「おー、ウナギだー」
目の前で金色の髪のコーカソイド系の容貌をした美少女が、隣のテーブルの中年の男性客が食べようとしている鰻重に身を乗り出してキラキラとした期待に満ちた視線を送る。
この国ではディスプレイ以外では滅多にお目にかかれない、輝くような美を体現した幼い少女。そんな少女に見つめられて、心穏やかに食事を続けられるほど日本人男性は図太くできていないらしい。
「すぐに来るわよ」
「お、おう」
それを見かねたのか、俺の隣の席に座る大和撫子然とした長い黒髪の少女が苦笑しながら金色の少女に注意を促す。
金色の少女はそそと姿勢を正し、俺たちに正対する。見ていて微笑ましい限りだが、萌えていては話が進まないので、コホンと咳払いをして場を繋ぐために紳士である俺は会話の切っ掛けを提供することとした。
「で、まじでエルフっ子になったのか」
「子ってつけんな、子って。大体、こっちと向こう合わせたら実質お前らよりも年上だぜ。敬え」
ここは繁華街のどこにでもあるような和風飲食店の一席。木の柱と梁と白壁、石畳の床に木製のテーブルとカウンター。
椅子には和風に朝顔の図柄がモチーフとして染め付けされた赤色のカバーがついていて、内装は実に和風。しかし、流れる音楽はそんな店の内装には全く合わないポップ調。
おそらく、一昔前に流行ったバンドの代表曲。名前は思い出せないが、多分、ランキングとかにも入っていたはずだ。たぶん。
俺たちのテーブルは店内の奥の方の四人掛けで、俺こと後藤隆は木之本佳代子と共に、先程のとある事件で自分たちを救った小さな少女と相対していた。
事件の詳細についてはまた語る事もあるかもしれないし、あるいはないかもしれない。というか、顛末の大半ついては、そもそも気絶していた俺の知るところではない。
相対するのは北欧系の容貌の、信じられないほどの美少女。これほど精巧な美を体現しているなら、俺などは物怖じして普通は話しかける勇気など湧いてこないだろう。
黒髪黒目の生粋のアジア系人種である俺たち、後藤隆とその隣に座る木之本佳代子との組み合わせは客観的に見て違和感がある。
いや、傍目から見れば留学生か何かを案内しているようには見えるだろうか?
もちろんそんな違和感の原因はそれだけではないが、しかしブロンド髪の美少女というのはそれだけで平たい顔族たるアジア人が多数を占めるこの国においておおいに浮く存在だ。
少女の三つ編みで後ろにまとめられた髪は明るい日の光のような金、大きく愛らしい瞳もまた宝飾の黄金。
歳のころは12、3歳ぐらいだろうか?
黄色人種とは異なる白磁の様な白い肌は黄金の髪によく映えて、小柄で華奢な身体とまだ幼い顔立ちは人形を思わせる。
装いは清楚ながら金糸の刺繍が入った淡い青のワンピースをと桜色のカーディガン、足元に目をやれば本物の獣皮で作られたであろうブーツ。
好奇心に満ちた瞳でキョロキョロと周りに視線をやりながら椅子の上で足を揺らす姿は、どこに出してもおかしくない西洋のどこかの国のお嬢様に見えるだろう。
その妙に長く尖った耳を除けば。
エルフ耳はロマンである。
エルフとはヨーロッパ北部地域を中心とした伝承に登場する妖精の類であるが、その存在が広く世界に知れ渡った理由はトールキンの著作によるものだろう。
しかしながら、今目の前にあるようなアンテナのように長く尖った耳という特徴がこの国のエルフの外見に関する基本的な合意に至った諸悪の根源と言えば、ロードス島戦記にその因を求めることが出来る。
かの作品における挿絵において描かれた、ヒロインのハイエルフの耳が長くとがっており、その可憐な容姿が当時の大きなお友達に大変な好評を得たのが全ての震源地であったわけである。
長々と語ってしまったが、要は日本のオタク、萌豚どもにとってエルフ耳は極めて普遍的なシンボルである。
故に俺が目の前の絶世の美少女ならぬ、エルフ耳魔法少女(仮)に対して舐めるような視線を注ぎ、観察することにはなんの異常もないのである。QED。
「ていうか、何で来たそうそうに正体バレたんだろ…」
「それは単純にアナタが迂闊なだけでしょう? 昔からそうだったもの」
溜息をつくエルフっ子を見つめながら、クスクスと隣で佳代子が笑う。
切れ長の憂いを帯びた瞳の同い年の少女。射干玉のようななどという表現が似合う腰まで伸ばした艶やかな黒髪はある意味において日本美人の典型。
スレンダーな身体ながらすらりと伸びた美しい白い脚、どことなく影のある色っぽい笑みを浮かべるその姿は男どもの視線を釘づけにする。
そんな佳代子と目の前のコイツの二人は昔から仲が良い。ドジで迂闊でどこか抜けたところのあるコイツをいつもフォローしていたのが佳代子だった。
「そもそも、隠すつもりあったの? あれで」
「いや、まあ、だって、そもそもお前らとこんな所で会うなんて想定外だったし…」
少女はごにょごにょと言い訳を独りごちりながら、出された湯飲みを右手で取って緑茶を音も立てずに口にする。そして首をひねって怪訝な表情をした。
記憶と現実が噛み合わない様な、歯と歯の間に言語では表現できない何かが詰まって取れない様な、そんな表情。
「緑茶は久しぶり…、けどなんかどこか違うような?」
「そう? 普通の緑茶よ。ねぇ、タカシ君」
「ああ」
俺は佳代子の言葉にうなずき、少女の言葉に怪訝な眼を向けながら湯飲みを手にズズっと音を立ててすする。
と、少女は俺をじっと見た後、はっとした様に声をあげた。
「おうっ、それだそれ。何か忘れてると思ったら、日本人って茶を飲むとき音立てるんだよな」
すするという飲み方や食べ方には、香り成分を口から鼻により多く通すという効果があり、食味にいくらかの影響があるのだという。
まあ、そんなことはどうでもいい。本当にどうでもいい。
問題は、少女がうんうんと納得するようにして、嬉しそうに湯飲みをとって口をつけ、そして止まり、苦悩に満ちた表情に変わるという一連の動作にある。可愛い。
そして少女は湯飲みから口を離し、
「…長年の習慣ってのは恐ろしいな。音を立てて啜ることにものすごい抵抗を感じちまったぜ」
「欧米かっ」
「懐かしいなーソレ…。何だったっけ? 思い出せねぇ」
少女はあーでもないこーでもないと腕を前に組んで考え込む。
そんな様子のエルフっ子を佳代子は目をキラキラさせて「何このカワイイ生き物」と呟き、そして席を移動してエルフ少女の隣に座ると抱きしめ、頭を撫ではじめた。
「ちょっ、はーなーせー、はなーせー! 噛むぞ! マジで噛むぞ!」
「可愛い。これすごい可愛い。ねぇ、耳触っていいかしら? いや、触る」
羨ましいが、男である俺がこのような行動に移れば、間違いなく周囲からロリコンの誹りを受け、警察の人に職務質問を受ける羽目になるだろう。
目の前の二人が「こんな人知りません。他人です」と警察の人に答えるまでリアルに想像できた。男女差別反対。変態にも人権を。
「カヨっ、やめれっ。うわちょと、くすぐったいからっ、やーめーれー!」
「ここ? ここがいいの? うふふふふふ」
じゃれ合う二人を眺めながら俺は苦笑する。
本当に今日はとんでもない日だ。訳のわからない事件に巻き込まれ、魔法少女(仮)に間一髪で助けられた。
まるでアニメか何かの一場面に放り込まれたような偶然。しかし、ある意味においてこの俺たちの《再開》が必然であったことを知るのは、事が全て手遅れになった後だった。
Phase001『エルフさんはウナギがお好き July 11, 2012』
「ていうか、その身体でその口調は似合わないぞ」
「判らんでもねぇーけどさ、お前らに会ったら、なんか自然と昔の口癖が出てきたんだよ」
少女は苦笑しながら応える。
実のところ、俺との再会もまた天文学的な確率での偶然だったらしい。あの場に居合わせた事自体が奇跡なのだそうだが、とはいえ何か運命的なものを感じてしまうのは確かだ。
なにしろ目の前の少女は俺の、俺たちの親友だったのだから。
俺は大きく姿かたちが変わってしまった親友の姿とかつての姿を見比べるように、改めて目の前の少女を上から下へとまじまじと診察でもするかのように見つめる。
そんな視線に少女は居心地の悪さを感じたのか、ジト目で俺を睨んで咳き込むふりをした。
「しかしお前が…ねぇ」
「う、なんだよ」
「異世界トリップ+転生+性転換とか、どんだけテンプレなんだよ。ありえねー」
「言うな。ありえないってのは十分承知だぜ」
「いいじゃない、こんなに可愛くなって帰って来たんだから」
「それはどうかと思うぞ」
「アタシだってこんなナリになるとは思わなかったぜ」
茶化すと少女は渋い顔をして溜息を吐く。
それはあまりにも突飛な話。文字通り“ありえない”。
目の前にいるお嬢さんは、間違いなく3年前に死んだはずの親友と呼んでも差し支えの無い人物、佳代子にとっては幼馴染と言ってもいい相手なのだから。
俺の記憶が確かならば、その親友は生物学的には男であった。間違いなく男で、女の子に間違われるような容姿ではなかったし、断じてコーカソイドでもエルフでもなかった。
こんな、こんなに愛らしい、妖精のような容姿の少女ではなかったはずだ。
「ねぇ、そっちもついてないの?」
「そっち?」
「だ・ん・せ・い・き」
「あー、うん、まあ、キレイさっぱり。代わりに子宮あんぞ」
「じゃあ、その、女の子なんだ」
「女の子なんだよ。まあ、わりとマジで」
そう、俺の親友であるところの『彼』だったモノは、何の冗談か異世界などに輪廻転生し、あまつさえエルフさん(♀)になって帰ってきたのである。
本来ならば正気を疑うような展開。どこぞのファンタジーやライトノベル、今時ならばネット小説ぐらいでしかお目にかかれない設定。
「しかもエルフ耳で魔法少女、どんだけって感じだな」
「うっさい、あと魔法少女言うな。アタシは決してカードを集めたり、砲撃とかしたりはしない」
「変身、しないの?」
「しねぇよ」
「砲撃、撃てないの?」
「う、撃てるけどさ」
とはいえ、佳代子の方はこの正気を疑うような展開に難なく適応しているらしい。むしろどこか嬉しそうで、声が弾んでいて、いつもよりも笑顔が輝いていて、笑っている。
そうして、ああ、そうなんだなと俺は勝手に納得して、そうして心の奥で少しだけドロリとした感情を押し込めて、苦笑して、からかう事にする。
「つーかさ、一人称『アタシ』?」
「変か? 一応目立たないようにって口調とかは気をつけてみたんだけど」
「…お前さ、言葉以前に何故耳を隠さない。そんな耳してたら周囲から浮きまくりだぞ。ただでさえこの国じゃ外人は浮くからな」
「うっ…」
俺は少女の耳を指差す。図星を指されて少し落ち込んだのか、長く尖った少女の耳は下向きにしなっとなっている。
それが楽しいのか佳代子は少女のエルフ耳をつまむが、「アンっ」とかちょっと色っぽい声を出して少女は嫌がり佳代子の手の中から逃れる。やはり性感帯なのか?
「いやさ、ちゃんと術が効いてれば大丈夫なはずだったんだぜ」
「術? 魔法か?」
「まあな。認識阻害系の奴で、ちゃんと作動してたら耳とか普通に見えてたはずなんだけど、全然効果なくてさ」
いわゆる灯台元暮らしというか、誤認による認識阻害。
人間は目で見たモノそのままを視覚情報として認識するわけではなく、脳内である程度修正を加えた上で認識する。
曰く、そういった『勝手な思い込み』を利用した幻術を使用しており、正しく作動していれば、相手は視覚情報を自ら常識によって修正し、手前勝手に誤認するはずだったのだとか。
と、ここで店員がお盆に赤い漆器で出来た箱を3つと汁物の入った椀、そしてお新香を運んでくる。
「うな重・竹3つ、お待たせしました~」
「う…」
少女が箱を凝視し、呻く。
「「う?」」
俺たちは少女のうめき声に怪訝となるが、その瞬間少女は、
「うな~~~~っ」
妙な声を上げた。
「うな?」
「う~~なっ♪ う~~なっ♪」
少女は喜色満面の笑みを浮かべ踊るように箱の蓋をとり、その香りを胸いっぱいに吸い込み、ふにゃらとだらしない表情へと変わる。どうやら相当、目の前にある鰻の蒲焼にご満悦の様子らしい。
「何この可愛い生き物っ、ねぇ、これ持ち帰っていい? いいわよね。っていうか、許可なくても持ち帰るわ!」
佳代子は興奮して目をキラキラさせはじめる。そして少女はそんな佳代子に構わず変な歌を歌いながらリズムに身体を揺らしつつ、うな重に箸を勢い良く突き入れて、
「いっただっきまーすっ」
たどたどしく一口、鰻を口に運ぶ。箸の使い方をイマイチ思い出せていないようだ。もう佳代子の表情が完全に蕩けてモザイク修正しなければならないレベルに達している。放送事故である。
「はくはく…。ん~~~、ん~~~、絶滅危惧種ふめぇ」
少女は笑みを浮かべながら悶えだす。喜びを体で表現しているらしい。アカン、俺も自然とニヤニヤ顔になっているのが自分でわかる。
「これは、反則…」「鼻血がでちゃうわ…」
俺たちは良くわからないが、エルフさんのその表情、仕草に萌えていた。
不覚にも、かつて男であった親友に、どうしようもなく、心の奥底から湧き上がる感情を、性欲とは明らかに異なる、「萌」という感情を制御できないでいた。
やはりかつての『彼』と目の前のエルフっぽい何かを完全に同一視することは少しばかり困難らしい。
というわけで、俺たちは理性と思考を放棄し、目の前の生物に素直に萌える事にする。人間、素直になるのが一番なのだ。
佳代子のそそと自らの口の縁から涎がダダ漏れするのをハンカチで拭い去ったのを俺は視線の端で確認した。まあ、それもまた仕方がない。
「なんという破壊力。俺は今世界の真理を垣間見た」
「そうね」
「だよな、やっぱり土用の丑の日は鰻だよなっ」
「この魅力には抗えないものがあるからな」
「もう、たまらないわ」
「この油の旨さと醤油と味醂の香り、最高だぜ」
「輝きと形が違う」
「表情がもう…」
「そうそうこの照りが。やっぱ国産が一番だよな。ふわっふわだなっ」
「私はトロけそうだわ」
「俺はふにゃふにゃになりそうだ」
微妙にかみ合っていて、噛み合っていない会話。その言葉のとおりトロ顔をさらしている佳代子。しかしと俺はそんな感情に逆らい、場を引き締めるために尋ねる。
「蒲焼はまあ、判るとして。鰻は向こうにいないのか?」
「似たようなのはいくつか居るな。だけど醤油と味醂がないと。あと米」
「お米ないの?」
「ねぇなぁ。麦はあるんだけど、麹がないんだよなぁ」
少女が小さな口でたれの付いた白いご飯を口に入れる。顔がまたふにゃっと綻んだ。俺たちは萌えもだえる。洋ロリエルフ耳付の破壊力は想像以上だ。
とうとう佳代子は自分のウナギを箸でとり、「あーん」と餌付けを始めた。親鳥から餌をもらう雛鳥のようにそれにパクつくロリエルフ。癒しである。今の俺の顔はさぞキモいことになっているだろう。
「へ、へぇ、そ…そりゃあ帰ってきたくもなるよな」
「米で納得かよっ」
俺は挙動不審な自分の姿に、目の前の少女が不審がらないことを安堵する。かつての親友が自分の姿に萌えるなんて場面は見たくないだろう。でも、いや、これは無理だ。萌える。
「日本人が異世界から帰る理由は米」
「断言かよ。まあ確かに米には飢えてたが」
「しかしよく(米のためだけに)帰ってこれたよな」
「語られなかった部分についてはあえて突っ込まんが…。協力してくれたヒトたちもいるからな」
遠い眼をして、どこか楽しそうな。
そんな表情をする少女の頭を、佳代子がどこか慈愛に満ちた表情で撫でた。少女はどこかくすぐったそうな仕草をして、そして佳代子の顔を見ると抵抗を諦めてなされるがままになる。
「向こうでも、元気にやっていけてたのね」
「…まぁな。お前らはどうなんだよ? 俺がいなくなって寂しかったんじゃねぇのか?」
「ん、そうね。寂しかったわ」
「っ…、そ、そっか」
どこか影のある佳代子の表情に、少女はバツが悪そうにかしこまって押し黙る。そんな表情のエルフさんを佳代子は抱きしめた。表情は悦に入った悪い顔。
俺は思う。ああ、佳代子の奴、わざと落ち込んだフリしやがったなと。好きな子をイジめるのを趣味とする彼女らしい所業である。
「しかし、お前にも手を貸してくれる奴いたんだな」
「まぁな。何ていうか、迷惑かけっぱなしっていうか」
少女は思い出すように、苦笑する。それを見て少し安心した。
「お前はヘタレだからな。それぐらいで丁度いい」
「うっさいわ」
憤慨する少女を俺はからかい笑う。先ほどの停滞した空気はどこかに流れ、少女は舌打ちしつつ、お茶がなみなみと注がれた湯飲みに手を伸ばす。
「へゃうっ!?」
いつの間にか店員さんがお茶を淹れ直していたせいで、高温のお茶に舌を火傷。エルフさん涙目。それを見た佳代子がそれはもう18禁な表情で悦に入っている。
まあ、俺も萌えたのだが。
「あづひ…」
「お前、どれだけ人を萌えもだえさせれば気が済む」
「萌へ?」
「はい、お水よ」
「んにゃ」
舌を冷ましながら少女は怪訝な表情で問いかける。佳代子がお冷を少女に手渡すが、その表情は完全に蕩けていた。
「お前。もう、どこからどうみても萌えキャラな」
「も、萌へキャラ…? どこをどう見たりゃしょうにゃりゅ?」
抗議の声。ちなみに舌はまだ痺れてるらしい。何を言っているのか分からないが、萌えることは確かである。
「なんていうか、そのバカっぽいトコとか、迂闊なトコとか」
「ば…バキャっ!? 喧嘩売ってんにょきゃっ?」
「ダメじゃないタカシ君、本当の事言っちゃ。バカで迂闊なのは昔からなんだから」
「カヒョまでぇ!?」
「じゃー、さっきのウナ重踊りは?」
「うにっ…」
確かにバカっぽい。
「猫舌で涙目?」
「にょ…」
まだ舌がヒリヒリしているそうです。
「ロリ・エルフ耳・魔法少女。ほら、要素詰め込みすぎだろ? ランドセル(赤)が似合うだろ? 白スク水が似合うだろ? 俺の事はおにいたんと呼べ」
「にゃ、にゃんということだ…。あ、アタシは、萌えキャラだったのか…」
少女は愕然と頭を抱え、両肘を机の上について苦悩する。佳代子はそんな少女を愛おしそうに抱きしめる。
「タカシ君、メイド要素が抜けているわ。あと、私の事はお姉ちゃんって呼んで」
「ニーハイは?」
「お前らな……」
「まあ、エルフ(♀)に転生した時点でアウトだろう。あと、俺の事はおにいたんと呼べ」
「そうね。あと、私の事はお姉ちゃんって呼んで」
「そ、そうだよな…、エルフ(♀)に転生したら普通だよな、これぐらい」
エルフさんは錯乱している。
「その時点で普通じゃないことに気付け」
「うっせぇバカヤロー…。もういいや、萌えキャラで…」
少女はうな垂れた。そのまま肝吸いに手を伸ばす。香りをかいで少し笑顔になった。割と単純らしい。と、ここで俺はコホンと咳払いをし、ずいと身体を前に出す。
「ところで…、改めて聞くが、さっきのは一体なんだったんだ?」
「さっき?」
「おう。あのガキが暴れて…、人間を…したやつだ。夢とか幻じゃないよな? その、魔法とかと関係あるのか?」
話はほんの二十分前の出来事。
あの後俺たちは警察の事情聴取などの厄介事から逃げるように、この和風料理店に席を移したのだが、その間、少女から件の怪異についての説明は一切無かったのだ。
自分の命、そして佳代子の命にも関わったことでもあり、改めて先の件について少女に尋ねる。
「コイツが分かるか?」
「ん?」
少女は腰の小さなポーチから何かを取り出し、テーブルの上に置く。それは見間違い出なければ、先の事件で少年の手の平に嵌っていた黄色の光を放っていた宝石だった。
それは一辺が3cmほどの澄んだ明るいレモン色のガラスのように薄い板状の三角形の欠片。
良く見ればそのレモン色の宝石の中で金色の文字のようなものが単語を形成して踊っており、その文章は板状の欠片の表面に浮かんでは消え、散っては踊っていた。
神秘的な宝石板。まるで小宇宙のような煌めきに、引き込まれるような錯覚すら覚える。
「妖精文書(グラム・グラフ)ってアタシたちの世界では呼ばれてる」
「ねぇ、その、大丈夫なの?」
「ああ。封書、つまりは一応だけど封印したから、よっぽどのドジ踏まなけりゃさっきみたいに暴走はしねぇぜ」
「暴走?」
「うん。まあ、なんていうか、向こうの世界でも超危険物扱いされてる石でさ。簡単に言うと、持ち主の願いを勝手な解釈で叶えちまう、そういう傍迷惑な魔法アイテムって思ってくれ」
「勝手な解釈っていうのがミソなのね?」
「ああ、そうだな。例えば、強くなりてぇっていう願いがあるなら、勝手にそいつが一番強いって思うイメージ通りに持ち主を心とか精神もろとも変身させちまうとかさ。そのせいで怪物になったりすることもある」
少女は語る。おそらく、先ほどの少年はそういった願望を持っていたのだろう。そうして彼は強力な力を得た。
だが、それは声を出したり、あの宝石に祈って得た願いではなく、あの少年が潜在的に持っていた心の中の願望だった可能性が高いらしい。
たまたま少年の近くにあの宝石が落ちていて、たまたまあの少年とあの宝石の相性が良く、たまたまその少年が心の底で強く何らかの破壊的な願望を抱いた。
それだけで、あの宝石は奇跡を引き起こす条件を満たすのだ。そうして妖精文書は暴走する。
「危ないわね。なんでそんなモノがあんな場所にあったの?」
「……いろいろあってな。かなりの量がこっちの世界に入り込んでるらしい」
「じゃあ、お前はその、妖精文書とやらを集める為に魔法の世界からやって来た魔法少女という設定なのか?」
「設定いうな。つーか、何でアタシがそんな面倒なことせにゃならん。スポンサーの思惑は別みたいだけど、アタシは単にもう一度日本に戻ってきたかっただけだ」
「なんだ、ヘタレめ」
「ふふ、ヘタレねぇ」
「てやんでい、べらぼうめ! ヘタレヘタレ言うんじゃねぇ!」
そう悪態をついて、少女は最後の鰻の一切れを口に放り込む。
俺も佳代子も食べ終わっていて、というか、途中から佳代子は餌付けを始め出していたが、それはともかく皆のお重の中身は空になっていた。
「…そろそろ出るか。ご馳走様」
一服の後、俺たちは席を立つ。まあ、久しぶりに親友と会えたわけで、ここは俺が持つことにしよう。上着の懐から財布を取り出す。
「ゴチになります」「ふふ、ごちそうさま」
「ここは俺のオゴリな」
「むしろアタシはこっちの金もってねぇ」
文無しだと少女は何故か偉そうにひらひらと手を振る。そこには金を払う俺への敬意などと言うものは欠片もない。まあ、俺だってお小遣いくれる親への敬意なんてほとんど表してないんだけど。
「…そういやお前泊まるトコあんのか?」
「唐突な話題だな。はっ、まさかっ?」
少女が我が身を庇うように俺から一歩下がる。佳代子は軽蔑するような視線を俺に向けて、少女を庇うような位置取りをする。
なんとなく、というか酷く心が傷ついた。そんな風に憮然としていると、二人の女子はケラケラと笑いだす。
「いや、違うから。単純に気になっただけだから。その、家に帰るのか?」
「いんや。だいたい、この姿で帰ってもなぁ…」
「そのだな、泊まるトコないんだったら―」
真剣に話しているのが伝わったのか、少女はため息をついた。そして、呆れまじり、どこか嬉しそうな笑みを浮かべてピンと人差し指を立てて俺の言葉を遮る。
「アタシみたいなの、どうやって泊める気だ? 今日から犯罪者やってみっか?」
「無理か…」
「家族になんて説明すんだよ。ロリエルフ拾いましたってか? そりゃねぇよ、マジ笑える。家出少女拾うよりもありえねぇ。拉致監禁とか疑われんぞ」
確かに、唐突に外国人に見える小学生ぐらいの少女を家に連れ帰ったら、間違いなく警察に電話しようとするだろう。主に姉貴が。
「召喚?」
「バーカ。まあ心配すんな。サバイバルとかは魔女の基本だぜ?」
と、少女は胸を張って大丈夫だと主張する。しかし、俺はそんな彼女の言い分をいぶかしむ。
「で、具体的には?」
「…こ、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に」
「ぐ・た・い・て・き・に・は・な・せ」
「野宿とか?」
「ダメよ。もう貴方は女の子なんだから」
「うぁ」
おどける少女の背中から、佳代子が腕を回して抱きしめる。抱きしめられる少女はどこか影のある複雑な表情。
「いや、まあ、ビジネスホテルとかもあるしさ。あんま迷惑かけられねぇし」
「迷惑だなんてっ。だいたい、お金とかどうするのよ。それに貴女、そんな姿でホテルに行ったって…」
問1:白人の12歳ぐらいの少女が一人、ビジネスホテルのフロントで一部屋取ろうとするとする。この時、ホテルの従業員はどのような反応をするか?
答え:「お嬢ちゃん、親御さんはどこ?」「警察ですか…、はい、そうです。すぐに来て頂けますか?」「じゃあ、お嬢ちゃん、ちょっとお姉さんとそこでお菓子食べてようか。ジュースにする? それともコーラ?」
証明終了。
「いやいや、アタシ魔法使いだから。催眠術とか幻術とかでどうにでもなるから」
「つーか、遠慮するな。ホテルって言っても金がかかるんだし、俺たちの家に居候すればタダなんだぞ」
「そうよ。タカシ君の家が嫌なら、私の家でもいいのよ?」
「そういうんじゃなくてよ…」
少女は言い淀む。何をそんなに気にしているのだろうか。確かに説明とかは面倒だけれども、その気になればなんとでもなるはずだ。
分からない。でも、こういう時に限ってコイツは何かを抱え込んでいるのは昔からの付き合いのおかげで理解できた。
そして、案の定、コイツは俺たちの手を払いのけようとする。
「ああっ、もう、うぜぇな! これ以上、アタシに関わんな!」
暴発するように声を荒げて、踵を返し、店の戸を少しばかり乱暴に開け放って、少女は速足で俺たちから離れようとする。
「待てよ!」
「離せよ!」
急いで追いかけて腕を掴んだ俺を、キッと強く睨んでくる。そこには苛つきと憤りの感情が見て取れて、綺麗な顔だけに嫌に迫力があった。
それでも、この手は離せない。ここで離したら、多分、コイツとは二度と会えなくなるなんて、そんな予感がしたから。
それに、コイツのこういう態度は昔にも見たことがある。大抵が、自分のせいで自分の周囲に迷惑をかけるような時だった。身内が困っているときは率先して手を差し伸べるくせに。
だから、いつも苦労を背負い込んで、いつも肝心なときに行き詰る。まあ、それは佳代子も言えるのだけれど。この幼馴染二人組は、そういう意味ではよく似ている。
そして、なんとなく、そういう気配をコイツの態度から感じ取る。そして、経験上、こういう時は強引に手を取るのが正解だと知っている。
だから、俺は絶対に離さない。
少しばかり睨み合って、しばらくすると諦めたのか少女は全身から力を抜いた。そうして俺は溜息を吐いて、改めて話しかける。
「相変わらずだなお前は」
「お前もな。…放せよ。これ以上、アタシなんかに関わらない方がいい」
「何も分からないで、そんな事ができるか」
「……っ」
少女は何かを言いかけて、すぐに言葉を飲み込み、食いしばるような表情で黙り込む。なんて苦しそうな表情をしやがる。
すると、後から駆け足で追いかけてきた佳代子が、俺が掴む少女の手をふんわりと両手で包み込んだ。
「ケイ君、お願いだから…」
佳代子の口から出たのは、そんな言葉足らずな言葉。だけれどもその瞳には大粒の涙が溜まっていて、それを見上げた少女は言葉を失い、さらに苦しそうな表情に変わる。
「すまねぇ、カヨ。でも、アタシと一緒にいたら、多分、またさっきみたいなのに巻き込んじまうから」
「そんなの構わないわっ」
「…っ、頼むから、分かってくれよカヨ。頼むからさ…」
案の定の理由だ。本当にコイツらしい。何よりも初志貫徹できずに、最後まで拒絶し続けられなかったり、女の涙に弱かったりするところなんか、どう考えても案の定だ。
なら、初めからこんな店で一緒にメシを食わなければよかったんだ。さっさと俺たちの前から姿を消せばよかった。だというのに、未練タラタラのクセに。
「このヘタレが」
「はっ?」
「いいんだよ! 死んだと思ってたバカがこうして帰ってきたんだ。放っておけるわけないだろう? だから大人しく来い。返事はハイかYESだ。それ以外は許さん」
「………」
少女は絶句する。佳代子もそんな俺を見て絶句して、そして笑みを浮かべた。
強引なぐらいが丁度いい。考えなしなぐらいが丁度いい。この無計画な言葉の結果が悪い目を出したとしても、それでも今ここで手を離すよりかは余程いい。
すると、見逃してしまうぐらいに少女は小さく口元に笑みを浮かべて、聞こえないぐらいの小さな声でバカ野郎と呟いた。
「先生、ここに幼女を未成年略取しようとする変態がいます」
「おまわりさんに通報しなくちゃね」
「お前らな」
睨む俺の前でクスクスと笑う二人。いつの間にかしみったれた雰囲気はもうどこにもなくて、昔一緒に過ごしていた頃のような、軽い雰囲気に戻っていた。
「冗談だって。でもさ、お前ってさ、時々すげぇイケメンな」
「今頃気づいたか」
「たいていは変態なのにね」
「だよなー」
「お前らいい加減にしろよ」
なんなの、さっきまでのシリアスはどこに行ったの? ここは顔を真っ赤にして「ありがとう」とか言うシーンじゃねえの? 俺、めっちゃカッコ良かったろ?
「はんっ、つーか、後で後悔するぜド阿呆が。アタシがベッドで、お前の寝床、床の上だかんな!」
「は? いや、同じ部屋?」
「……あー、そーだったな。青少年にはちょっと刺激強すぎたな。うん、じゃあ、アタシ、押し入れな。未来から来た猫型ロボットみたいなのがいい!」
「相変わらずバカねぇ、ケイ君は」
泣きそうな表情だった佳代子もいつの間にか、いつもの調子に戻っていて。まあ、今日の所はこれぐらいにしてやろう。
「あー、これからはケイ君って呼ぶなよ。家の人が変に思うだろ? だから、これからはルシア様と呼べ」
「わかったわルシア様」
「そうだな、ルシア様」
「おい、お前らな、本気にすんな…」
「ん、どうしたのルシア様」
「はっはっは。ルシア様は照れてるだけだ」
「ごめん。様付けは止めてください」
「ルシアたん萌え~」
「燃やすぞ、この変態紳士が」
手から雷をビリビリするエルフ。青白い電光が火花となって放電する。どうやら本当に魔法使いだったらしい。
「でもまあ、まさかお前とこんなカタチで再会するなんて、人生何があるかわからないよな」
「そうね。本当に、夢みたい」
佳代子が俺の言葉に同意する。だけれども、その言葉は本当に文字どおりの意味で、俺は少し胸が痛んだ。
そうして俺は会計を済ませて、待っている二人に合流する。そしてふと少女が何かを思い返すように、静かな笑みを浮かべ、のびをした。
「どうした?」
「いや、そうだな…。今日もいい天気だって、思っただけだ」
少女は振り向き、妙に吹っ切ったような笑顔で応えた。
振り向き様に振り乱された彼女の髪を、夏の日差しがまるで光の糸のように輝かせる。だけどそれ以上に、少女の笑顔が明るく輝いて見えて、俺は思わず息を呑んだ。