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[27880] 【ネタ・完結】Illusion/D (Fate/stay night×Demon's Souls)
Name: ココロポキン◆aeafa8e4 ID:57ba2524
Date: 2013/12/09 19:27
 不自然なほど木々に覆われた空間の中、甲冑を着込んだ騎士がいる。軽い鉄板がいくつも取り付けられた、北の大国ボーレタリアでは珍しくもない、フリューテッド一式に身を包んだ男だ。彼はかつて大国南方にいるだけの下級騎士であり、世界を左右する場に立つほどの器もなければ武技もなかった。
 しかし、その凡庸たる騎士を尋常ならざる存在へ作り変えたものがある。はるか昔、古い人たちが世界を統べるために用いたもの、ソウルの業。信仰で生じる奇跡、魔力によって編まれる魔術、多岐に渡って及んだ業は、彼を強化する全てだった。王都を守護する北騎士と対峙することすらやっとであった下級騎士は、今や無謬の力を持って拡散する世界を繋いだのだ。
 騎士の、視界の悪いヘルムから見据える先には、呻きながら飽和するように消滅していく醜い大国の君主、賢王であったオーラントがいる。誰も望んでいない、と今際の際に告げる老王の粘りつく野太い声は、消滅の音に飲まれて消えた。
 それを意に留める動作もせず、騎士は何気なく左方を見やる。そこには、黒い歪な大剣が引き抜かれるのを待っているかのごとく、水面に突き立っていた。妖しくも美しい装飾がなされた大剣は、彼が右手に握るロングソードなどと比べるまでもなく業物であり、普通であれば迷うことなく引き抜き己の物とするだろう。
 だが彼は一瞥したに留まり、すぐに視線を逸らした。関心など初めからなかったとばかりにロングソードの血振るいをし、左腰の鞘へと納める。黄色い竜紋が描かれた盾を持つ左腕に入れていた力も抜いて、緊張していた心を解放。そのまま誰かを待つように、ヘルムの内で目蓋を閉じ、水面が僅かばかり立てる清らかな音色に耳を傾けた。
 ほどなくして、待ち人は現れた。手入れがされなくなって久しい、束ねられた艶のない黒髪。体中に、幾重にも巻かれた黒布の衣。長い灯火杖を携え、そして顔の半分を蝋のようなもので潰され視界をなくしている、儚げな女だ。

「……これですべて終わりました。デーモンを殺す方、あなたは、このまま上に戻ってください」

 女、火防女は騎士の傍らで、優しい声色で言った。火防女の言うとおり、デーモンを殺す方と呼ばれた騎士は、この空間の出口へ歩みを向ける。彼の背後、火防女は木々で覆われた深奥、光り輝く洞の前に立ちただそれを見ている。
 その様子を振り返り確認することなく、水面をしぶかせ鎧を鳴らして歩を進める騎士の背は、どこか孤独を感じさせた。浅い泉から上がり、木の根の道を見れば、輝く霧が行く手を阻んでいる。これを潜れば、戻ることは叶わない。

「……ありがとうございました。あなたのおかげで、やっと、役目を終えることができます」

 やはり優しい声で言う火防女に対し、騎士は色々な感情を持っていた。彼を最も強くしたソウルの業は、彼女の術だ。世界を繋ぐ力を与えてくれた彼女には、感謝の念がある。しかし……。
 騎士は思考を断ち、霧を抜けて戻っていく。歩みは決して軽くない。とてもボーレタリアに蔓延る悪魔たちを葬り、拡散する世界を繋ぎとめた英雄の足取りではないのだ。
 森のような道を抜ければ、そこはくらめくほどに美しい砂浜。振り返れば、海鳥舞う空を背景にする、色のない濃霧と恐ろしいデーモンたちを生じさせた、林道のような口を持つ巨大な獣。騎士が先までいたのは、緩やかな崩壊を誘う古い獣の体内であった。彼がデーモンを殺す方などと仰々しい二つ名で呼ばれたのは文字通りであり、この獣によって生じたそれらを殺すものであったからだ。
 そして今、原因の獣は再びまどろみへ落ち、世界は平和へ向かっていく。なのに、騎士の足取りが重かったのは、その背が酷く寂しいのは、移ろう世をその身で感じることが、“一度も”叶っていないからだ。
 彼は、何度獣が浜から頭を上げて眠りにつく光景を見たかわからない。何度デーモンたちを滅して来たかわからない。気がふれてしまいそうな繰り返しの中、乱れる心のやり場を、彼自らが救った者を手に掛けることでおさめたこともある。繰り返しの原因を火防女と決め付け、何度も刃を突き立てたこともあった。獣の力を得、デーモンへと成り下がったことだってある。
 彼は両手を強く握り締め、すぐに緩めた。これから、拡散する世界を真に繋ぎとめるため、騎士は観測者である要人となる。幾度も経験していることと諦観からか、彼の心は穏やかに萎んでいた。またやり直せばいい、と。だが、そうやって空虚にやり過ごしては来たものの、騎士は確かな疲れを感じていた。
 淡く優しげに降り注ぐ日の光。それを爛々と照り返す海面。踏み込めば沈む清廉な白砂浜。その場に不釣合いであるはずの、古い人たちと獣が争った爪痕たる楔の剣群と瓦礫も、廃退的でありながら美しい。騎士はそれらを感じながら、手ごろな瓦礫に寄りかかりながら浜へ腰を下ろし、癒えぬ疲れを搾り出すように深く息を吐いた。
 そうしているうちに、彼の意識はゆっくりと霞んで行く。意識が途切れる間際、彼は願う。いつか、繋いだ先を見てみたい、と。


 ●


 常冬の地にある山間に、かつては第三魔法を有していたとされる、千年以上も続く家系アインツベルンの城が荘厳に佇んでいる。第三魔法。端的に言えば不老不死たるその奇跡を、ただひたすらに追い求める者たちが在る場所だ。
 錬金術に秀でた魔術を持つこの家系は、やはり貴金属の扱いにおいて無類であり、その技術は手に入れた者の願いを叶える聖杯の器を作るほど。彼らは第三魔法を取り戻すため、ひいてはその先へ至るために、東の地にて行われる血で血を洗う闘争へ、最強の駒を放とうとしている。
 身体に施された改良は万全で、その内に保有する魔力も無論膨大。闘いを制する従者もよく選別した。敗北など考えられぬ、磐石にして揺るがぬ勝利を予感させる布陣。彼らはそうなるはずだった。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 従者を喚ぶ呪文が、不夜城の一室に粛々と響く。それは極東の地にて行われる闘争……否、戦争への早すぎるプレリュード。

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――――」

 七組計十四名よって引き起こされる、戦争に匹敵する少人数の闘い。その最後に立っていた者は、聖杯を手にすることができる。何度も辛酸を舐めてきたアインツベルンは、今回ばかりは負けられないのだ。
 ここに憂いは欠片もなく、戦争が始まる二ヶ月も前にルールを侵して従者を召喚する。部屋の中央にある、円線と文字で敷かれた魔力渦巻く陣と斧剣が、確固たる勝利と魔法を、無垢なる少女の痛みと引き換えにもたらすのだ。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――」

 しかし最後の一説が発せられた瞬間、魔力の渦の中心から、色の無い魔力が突如湧き出たことで綻びが生じる。

「っ――――!」

 不足の事態の中、憐れな契約者である少女は絶叫し、体中を雷に撃たれたように跳ね上げ床に崩れた。痛みにのたうちつつ見上げた先は、靄がかかっていてわからない。破裂しそうな身体を指が食い込む程に抱きしめる。激痛を与える者がいるだろうそこから視線だけは逸らさずに。
 そして、ようやく露になった存在に少女は憤怒する。なんの変哲もない鎧を着込んだ、英雄たちに一刀の下斬り捨てられそうな三流騎士。いわれもない痛みは、この木偶の棒が原因なのだから。

「――――……!」

 だからといって、此度の聖杯戦争を諦めるという選択肢がアインツベルンにあるはずもなし。当初の予定通り、少女と従者を訓練という名の拷問にかけるべく、餓狼が闊歩する森に至る転移魔術が発動する。
 転移陣の光は室内を白に染め上げ、輝きが失われた時には、騎士と少女は消えていた。
 痛む少女と空虚の騎士は、かくして地獄へ叩き落された。


 ●


 素肌を刺す雪風と、刻まれた呪いを内から食い破る反則の代償。雪原に倒れ伏す少女、イリヤスフィールは、熾烈な責め苦の中にいた。その傍らには、少しばかりの理性が残された騎士がいる。凍え苦しむ少女に救いの手を差し伸べるように腕を上げる。

「――――ぐ、ああ、ああ――――!!」

 が、そのたびにイリヤスフィールは絶叫する。本来は大聖杯の補助を得てこそ成される奇跡を、その小さな身で負担しているからだ。一介の魔術師では到底まかなえる魔力量ではなく、改良を施された彼女だからこそ従者を繋ぎとめていられるのだが、命を蝕まれているのに変わりはない。
 魔力によって現界している従者が動けば、その分それは消費され、流れ出た分を契約者であるイリヤスフィールから搾り出して取り戻す。
 それに伴い、彼女の全身に刻まれた令呪は、死さえ生ぬるいと思える痛みを発するのだ。

「――――……」

 だから、騎士は何も出来なかった。体の内から流れ入るイリヤスフィールの、強烈な痛みの訴えかけと、灯り始めた怨みの念。彼女が何かをなそうと動くのが先か、尽きるのが先か。彼から出来ることは、何もないかと思われた。
 濃密な獣の臭いがする。餓えに飲まれたものが持つ、理性なく命を奪う死の気配が。騎士はよく似たものたちを知っている。何度も屠ってきたのだ。忘れることなどできはしない。視界の悪いヘルムの先、それらを見て取ることが出来た。
 そこには狼がいた。神秘に対抗し得る力をアインツベルンによって与えられた、本能を凝縮した大狼が何匹も。
 騎士には二つの道があった。一つは何もせず、少女と共に朽ちる道。もう一つは、幾度もの繰り返しとは明らかに違うこの世界で、たとえ繋いだ先でなかったとしても、生き残る道だ。彼は狂化によって複雑な思考が難しいものとなっているが、強固な精神を持つがために、少女を慈しむ心を残していた。だから動くことをためらう。己の行動が、痛みもたらすからだ。
 せめぎ合う狂と理の狭間に立たされた彼は、結局何もできずに、果てる運命にあるかと思われた。大狼の鋭い眼が、イリヤスフィールを映していなければ。
 騎士、バーサーカーは、契約者の絶叫を鑑みずに動くことを決める。見れば、剥かれた牙はイリヤスフィールへ喰らい付こうと、一直線に駆けてきている。
 彼は霞みのかかった頭で思う。今、あの拡散した世界でないどこかの景色を、片時でも見たことへの代償が少女の痛みなのだとしたら、償わなければならないだろうと。

「――――う、っ、――――あああっ!!」

 右手を鞘に収められた剣の柄にかけただけで、痛みと共に制止の指示を出される。彼女を侵す苦痛は如何程のものだろうか。壮絶な死を何度も経験した彼でも、それを計ることはできない。
 だが、それ加えて、獣に食い殺される苦しみまで負わせて良いわけがないのだ。彼女から流れるものに、迫る顎の恐怖が感じられた時、彼は剣を引き抜いた。
 雪を踏みしめ鎧を鳴らし、重さを感じさせない動きで狼へ駆ける。バーサーカーは恐れない。いくら強化がなされていようと、滅してきた悪魔たちに比べれば、どうということはないのだから。抑止を振り切り、彼女へ更に激痛を与え、ようやく振るわれた剣は、いとも容易く大狼を切り伏せる。
 彼に後悔はない。背後に、負担の所為で全身を血塗れにし、喉を枯らしながら泣き叫ぶ少女を、傷つけながらでも護りきるのだ。恐怖に曝される中、彼女からたしかに感じた生への渇望を、決して失わないように。
 しかしその密やかな決意は、バーサーカーが見知らぬ地に誘われてから数日の内に意味を無くした。朽ち木に腰を下ろす彼の傍ら、理をとばして結果をはじき出す力の一端か命を繋ぎとめている、イリヤスフィールがいる。力無く発せられる言葉は全て彼に対する罵倒で、狂化によって理性を奪われているか余程温厚なものでなければ、反抗しその喉笛を切り裂くほどであった。
 彼女は限界だった。なぜ自分が、このような苦痛を強いられなければいけないのか。どうして自分が、マスターなのか。あれから何度かあった獣たちとの遭遇で、灯った怨みは積み重なり、とうとうその言葉が紡がれた。

「……バーサーカー……自害しなさい」

 騎士は、狂化による束縛に慣れた思考で思う。やはり、そうなるか、と。イリヤスフィールに負担をかけるばかりで、結局はなにもなせなかったのだ。彼女に生きる意志はあるけれども、苦痛からの解放が勝ったのである。ただそれだけのこと。せめて尽きる時だけは安らかに。
 イリヤスフィールに走る痛みは、これが最後である。バーサーカーは自害を受け入れ、剣を抜いた。擦過音が静かに響き、ヘルムとアーマーの間に得物を当てる。何故ここに喚ばれたのか、そしてここは何処なのかもわからぬままだが、どうしようもない。わからぬ問の答えを諦めるのは、慣れている。繰り返す楔の世界は、彼の心に諦観を刻んでいた。
 戸惑いのない動作で、首を横薙いだ。
 落ちるヘルム。噴出す鮮血。取りこぼされる剣と盾。崩れ折る体。それらは風化するように、解けて消えた。
 消えたはずだった。

「え……」

 だれも予想できなかったのだ。否、それは予想などではなく必然で、確かめるすべを持っていた少女が見ようとしなかっただけ。自刃した騎士が、少女の眼前にいる。輪郭は曖昧で音はなく、どこか希薄になった騎士が。
 答えなど簡単なものだ。バーサーカーは確かに死んで、蘇生したのだ。

「――――どう、して……」

 楔となった少女は、苛烈な痛みと共に枯れた声で呟いた。


 ●


 冷たい夜風が、住宅街の坂を吹き抜ける。

「ねぇ、お話は終わり?」

 舌足らずに紡がれた言葉はただ愛らしく、これから始まる惨劇を欠片も感じさせない。そよぐ紫の外套を着込んだ幼い容姿は、街の中で過剰な程に浮いている。街路灯を背にする少女、イリヤスフィールの美しい紅眼は坂を降った先に注がれていた。
 影が三つある。圧倒的な存在感を持つ黄色い雨合羽に身を包んだサーヴァントと、内包する魔力は確かな才能を感じさせる赤い少女。そして、己に注がれるべき愛情を独り占めにした少年。
 それらを視界に納めながら、イリヤスフィールは思う。ついに念願の舞台に立てたのだ、と。逸る気持ちを抑えることなどもう出来ない。彼女の意思と呼応するように、バーサーカーが現れる。
 靄のかかったような輪郭は、やはり英霊であるのに希薄だ。膨大な魔力で編まれているのに曖昧で、剣を引き抜いて構えてもどこか凄みがない。
 その不自然なサーヴァントの眼前、赤い少女、遠坂凛はいぶかしむ。

「おかしなサーヴァントね……」
「そう? 無骨ながらも洗練された甲冑はいかにも騎士然としていて、素敵だと思わない?」

 見れば誰もが中世を描いた物語に出てくる騎士と思うだろう出で立ちは、この住宅街ではイリヤスフィールよりも異常だ。
 だが、姫君を護るように佇むバーサーカーはこの上なく自然で、おぼろげな輪郭も相まって幻想的ですらある。
 彼女は少年へと笑みと殺気を向けて、歌うように口を開く。

「まあいいわ。それより、こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 次は身体を凛の下へ向け、優雅な動作でスカートの裾を摘む。

「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 容姿のためか、大人びようとして無理をしている様に見えるが、それは正しく溢れんばかりの気品を持ったものだ。
 対する凛はイリヤの家名に身体を揺らし、若干の動揺を見せる。その様にイリヤは満足し、しかし顔を顰める。

「あなたのサーヴァントはおやすみなんだ」

 だがそれは数瞬で、すぐに朗らかな笑みへと戻る。

「つまんないけど、仕方ないね」

 その貌は、見た者に死を幻視させる程の強烈さ。

「行きなさい。バーサーカー」

 その言葉と共に、死を本当の意味で恐れぬバーサーカーは、坂を駆けて一層の武を誇る者へと迷い無く襲いかかった。斬りかかるは、かつて仕えていた老王に勝るとも劣らぬ威厳を持つ騎士王。
 邪魔な外套を脱ぎ捨て、見えぬ何かを構えるセイバーの姿は、彼にどこか貧金の女を思わせた。どのような形状であり効果を有するかなど、慣れたとはいえ霞のかかった思考での考察は不可能だが、一つだけわかることがあった。彼は、振るわれるであろう一閃に対抗できず、命を失うだろうと理解していたのだ。
 バーサーカー。そのクラスが奪う筈の理性が残された彼の剣戟は、明確な意志を帯びている。しかし、最優のサーヴァントたるセイバーにとっては、容易く切り返すことが出来る凡庸な一太刀。

「っ…………!」

 セイバーが魔力を伴わせ見えぬ剣を振るう。それはバーサーカーの直剣を危なげなく弾き、また体勢を崩させた。生じた隙を見逃すことなどありえるはずも無く、確実に仕留める為に魔力を盛大に消費し、必殺の一撃を振るう。
 裂帛の気合と共に放たれた一閃は、バーサーカーの胴を斬り裂いた。切断部から吹き出る血と魔力が、現界の終わりを証明している。
 だが、その手ごたえに、セイバーは違和感を覚える。甲冑を叩き斬り、肉を裂いた感触が、酷く曖昧だったのだ。
 しかし剣と盾を取り落とし、膝をついて霧散していく姿を見て、他愛も無いと気を緩める。完全に消え去るのを見て、彼女は視線をイリヤへと向けた。俯いているため表情を伺うことは叶わないが、なぜか彼女は恐怖や焦りといったものなど感じさせない雰囲気をまとっている。
 おかしいと、気を入れ直したその時だった。風を切る音のみで攻撃であると判断する、半ば未来予知にあたる技能が無ければ、酷く霊核を損傷したであろう背後からの一撃。

「っ、ぐ……」

 胸部へ放たれた剣先はセイバーの俊敏さの前に外れ、だが左肩を大きく抉り傷つけた。セイバーは痛みを無視して反撃に打って出る。体を旋回させて不可視の攻撃。しかし咄嗟の反撃、それは難なく盾に阻まれ更に隙を生む。
 バーサーカーの、再度胸部へ向かう剣先。またも俊敏さの前に左脇を甲冑ごと穿つに留まる。同じ轍は踏まぬと、苦悶を噛み殺しつつ切り返すセイバーの一閃は、今度は阻まれずバーサーカーの首を刎ねた。
 けれども成果は出ず。殺すことは出来ても、滅するまでは届かない。苦し紛れの反撃をあざ笑うかのように、バーサーカーはイリヤの傍らで再顕現した。

「――――……」

 剣を引き抜き、臨戦態勢になるその様子は、どこから見ても守護騎士だ。

「――――う、そ……」

 バーサーカーの異常性を理解したくないとでもいうように呟いたのは、驚愕し目を見開く凛だ。決定的な一撃を、一度ではなく二度も受け限界が保てなくなり霧散して、不自然な蘇生をする様を見たのだ。
 凛にとって、それがただの蘇生であれば驚愕に留まるのみで、遠坂としての矜持の下に、瞬時に冷静さを取り戻せただろう。

「サーヴァントって、死んでも生き返るものじゃないよな?」

 セイバーのマスターである少年も、未熟とはいえバーサーカーのおかしさを感じ取っている。凛はその言葉に心を戦慄かせる。あれは、生き返るなどという生易しい蘇生ではない。蘇生であるかも疑わしい、いわば呪いにも似た不気味さを感じている。

「おそらくそのような能力を持っているか、宝具を有しているのでしょう……」

 バーサーカーに付けられた傷は、回復を阻害する呪詛を含んでいない。セイバーの身体は着々と治癒していく。その様子を優秀な魔術師は視界におさめつつ、もう一つ考える。
 あのような蘇生がいとも容易く、しかも連続で行なわれたのだ。何かしらの負荷が、サーヴァントかイリヤに現れるはず。
 そう思い、街路に浮くその主従を、多少の変化も見逃さぬとねめつけたそのときだった。

「ふふ」

 天使の様な相貌で、悪魔のように、イリヤがくすりと哂った。見透かされている。焦りを発露させた凛の内心を知ってか知らずか、セイバーが口を開く。

「あの剣や盾も、普通の物ではありません」

 剣を構えなおし、癒え行く身体でセイバーもまた考えていた。バーサーカーには、重圧な鎧が立てる金属音や鞘から剣を引き抜く擦過音、そして足音までもが存在していない。まるで――――

「まるで……亡霊そのものではないか……」

 英雄のような悠然さを、バーサーカーの身から感じることはない。
 かわりに底知れぬ不気味さと、理性を奪われ殺戮機構となるクラスにそぐわぬ業を醸し出す風体に、薄ら寒いものを覚える。持ち得る宝具で掻き消しても消滅しそうにない、最早未知と化した悪夢のような存在に下手な動きは見せられない。
 鋭利な殺気に満ち満ちた、膠着した場の空気を破ったのはイリヤだった。

「もう、ちゃんと殺さないとダメじゃないバーサーカー。消えないことだけが取り柄なんだからしっかりやりなさいよ」

 怒気を帯びてはいるものの、口角を吊り上げ発せられた言葉からは喜悦が読み取れる。じりじりと追い詰めるのもいいかもしれないと、イリヤは殺し方に迷いつつも、わざとらしく呆れたといわんばかりに溜め息をつく。

「消えない……って……」
「あは、そうなのお兄ちゃん。バーサーカーは消えないの。どんなに切り刻まれてバラバラになっても、叩き潰されてグシャグシャになっても、焼き払われて塵になっても……。
 三つ目の黄金にこの上なく近い存在……アインツベルンのサーヴァントとして、とっても相応しいと思わない。――――ミス・トオサカ?」

 買い与えられた玩具を自慢するように、喜色にまみれた声色でバーサーカーの性能を謳い上げる。死に様を聞けばわかるだろうと。
 そして家名で言を向けられた凛は聡明であるがために、バーサーカーの蘇生の秘密について、正確ではないにしろ解に近しい考えに至ってしまう。

「――――まさか、三番目の魔法は魂の……いえ、それはサーヴァントとして召喚された英霊にもいえるはず……」

 アインツベルンの刺客はバーサーカーのことを、協会でも禁忌の中の禁忌とされる、五つある内の三番目であるという。魔術師としてはにわかに信じがたいし、信じてしまっては何かが壊れてしまいそうになる。
 しかし、家名を口にすることで、その三つ目とアインツベルンは深い関わり合いがあり、また確かであると言い放ったのだ。馬鹿げているが、認めざるを得ない。

「バーサーカーは、人知れずその身一つで至ったとでも――――」
「うんうん! でも、もうお話は飽きたわ。――――やっちゃえ、バーサーカー」

 イリヤはまるで出来の良い妹が上げた回答に満足するように、可愛らしく何度も頷きつつ言葉を断ち切り、何気なく狂戦士をけしかける。
 不死身の騎士が盾を霧散させて、アスファルトを滑るように駆け出す。防御を捨てた自身の命を鑑みぬ、愚直に過ぎる突撃は蛮勇そのものだが、振るわれる剣は有象無象の区別なく、対する者に喰らい付く。彼の命はいかなる者よりも軽く、しかし刃に乗せられるそれは途方もなく重い。
 セイバーへ、勢いよく横薙ぎに直剣が振るわれる。

「――――!」

 セイバーは己が持つ聖剣で弾き返す。両腕に響く反動。それは片手で振るわれたとは思えない凶悪さ。
 バーサーカーの猛攻が始まる。威力を上乗せるべく剣を両手に持って右袈裟に、そのままの流れを保ち体を回転させつつ横薙ぎ。連撃は止まらず、左からの強引な斬り上げ、再度の叩き斬る右袈裟へ。刺し違えてでも致命傷を与えようとする命を賭した連係は、重量を目一杯乗せた左薙ぎで締められる。
 その弛まぬ剣戟に、セイバーはついに隙を見せた。しかし立て直せない程のそれではない。すぐさま剣を構える。が、バーサーカーの刺突は目前だった。弾くのは間に合わない。首を左へ傾けすんでのところで回避する。頬に走る痛みを無視しつつ、体を沈めて死に体の胴へ深く斬り込む。
 殺すに至るが手ごたえは無い。霧散しても、刹那の間に背後から滲み出る殺気が危機感を煽る。先の連撃にまたいいようにされることは無いが、実体を構成する魔力は確かに消費されていく。比べてバーサーカーは万全の状態で復活し、見切るまでは到底届かないがセイバーの剣を覚えていっている。
 じり貧であるセイバーと、一向に衰えを見せないバーサーカー。魔力を削り合うこの聖杯戦争に限っては、心技体がいかに秀でたサーヴァントであろうと、活動の際には制限が付きまとう。
 だがその制限がまるでないように、果ては一度死ねば終わりという当たり前の理を無視する不死の騎士は、何と非常識なことか。どこかに莫大な負荷がかかっているはずで、その代償を支払っていると考えられるイリヤは何を無理する風でもなく、成果を上げないバーサーカーに対し不機嫌な顔色を見せている。
 送られてくる不満の念を晴らそうと騎士は踏み出る。左には消していた盾を現界し、右には直剣ではなく、簡素な刺突剣を携えて。
 騎士が拡散の世界で愛用していた武器は、二つある。一つは言わずとも知れたロングソード。もう一つは、短剣大で刃のない、刺すことのみに重きを置いたメイル・ブレイカーだ。小ぶりな形状と侮ること無かれ。直剣や盾と同様、鉱石を愛した鍛冶師によって特別な強化が成されている。
 刺し穿とうと瞬時に肉薄するバーサーカー。その武器ごと叩き斬ろうとセイバーが剣を振るう。そのままバーサーカーが受けるわけも無く、盾を持つ左腕に力を込めた。
 卓越した受け流し。それは幾千の亡者や悪魔たちの黒い下僕を屠ってきた、致命の一撃への布石。振り向き様にセイバーが振るったそれは力強く、完全にいなすことは叶わない。だが、左腕がズタズタになっただけである。
 ついに明確な隙が生じたそこに、がら空きとなったセイバーの胴へ刺突剣が突き込まれた。

「ぐ、があ、あっ――――!」

 細く鋭い魂そのものを貫くような撃滅の針は、鎧に易々と穴を開け、胸部へ突き刺さる。されど、彼女は騎士王の名を冠するサーヴァントである。心臓を穿つことあたわず。
 セイバーは熾烈な痛みをもたらす刺突剣をそのままに、それを噛み殺しながら牽制しつつ退去。見逃さないと言わんばかりに、瞬時に現界させた直剣を持って追撃に出るバーサーカーの眼前に、不意に影が入り込む。
 赤茶けた頭髪の少年が、割り込んで来たのだ。愚かにも、従者を護ろうと身を挺するその姿に、イリヤは瞬時に気が付きバーサーカーへ制止をかけるが、遅かった。

「っ――――う、あ――――」

 上段右袈裟に振り下ろされた剣身は肩へ深々と入り込み、肉を切り裂き骨を断つ。即死するまでは行かないが、終わりを感じさせるには十分な深手。呆然とする一様の中、いち早く声を上げたのはセイバーだった。

「――――シロウ!!!」

 その声に各々が感情を取り戻して行く。怒気を孕ませつつ声を上げる者。夢が覚めてしまった様に、心を萎えさせつつ剣を収めるように言う者。指示にただ従い、白い幻影となって消える者。血まみれの主を抱く者。

「――――こ、ふ……」

 むせかえる濃厚な血の香が支配する街中に、感情のない声が響く。

「――――ほんとにつまんない。リン、次に合ったら、殺すから」

 去り行く妖精の顔は、さながら凍てついた雪原のように、冷酷だった。



[27880] つづき
Name: ココロポキン◆aeafa8e4 ID:57ba2524
Date: 2013/12/09 19:19
 聖杯が降りる地、冬木には、市街地から西へ外れた場所に手付かずの森がある。その樹海の中心にあるアインツベルンの城。主であるイリヤの私室で、その言葉は紡がれた。

「――――バーサーカー。私だけは、シロウの味方でいてあげたいの」

 あの坂の一戦で死んだであろう少年は、なんと奇跡的に生きていた。バーサーカーのマスターであるイリヤとは、切っても切れぬ深い縁を持つ士郎という名の少年。彼は日常を知らない彼女へ数日に渡って多くを語らった。物言わぬ騎士にその日々を話した少女の姿は見た目相応で、また幸福に満ちていた顔は希望そのもの。
 騎士は、その眩い笑顔を思い出す。報われない結末を目指しているイリヤを、この戦火の中で育んだであろう人の心を、どうにかして護れないかと。
イリヤの根本的なものは、何一つ変わっていない。そう理解していても、平穏を感受しそれを心地よいと尊ぶ心を、彼女から感じてしまったのだ。
 騎士は真の意味で誰かを救い、それが希望へと進んで行く様を見たことがない。不確定の世界で救いの手を差し伸べた数は多くとも、繰り返しが始まった時にそれらの事実は拡散し、なかったこととされている。だからといって、何か、誰かを救ったという、確かな証を欲しているわけでもない。闘うことしか出来ない彼では、イリヤを救うことは叶わないのだ。
 しかし、天使そのものである笑顔と、味方でいたいと悲痛に歪む顔を引き出した少年にならば、成し遂げられるのではないだろうか。自分の手で救えなくとも、せめて橋渡しならば……。
 聖杯戦争がおかしいと、イリヤは言う。事態が収束した先に、自分はいないだろう、とも。彼の王と同じように、騎士の心は暗く悲しいものに苛まれていた。未だよくわからぬこの戦争が、あの世界と同じようにもとより悲劇だったのだとしても、それを良しと思えるほど、彼の心は死んでいない。
 寧ろ逆に滾り始める。騎士の確かな経験と存在意義が、芯まで冷えた心を熱くしていく。誓う先から出鼻を挫かれるのは運の無さかと思いつつ、頭を上げて拳に力を入れ、イリヤを見やる。

「――――吉くないモノが、来たようね」

 それから逃げるのは不可能で、不死たる彼にも抗いがたい終わりをもたらすだろう気配。騎士はイリヤへ逃げるようにと意を飛ばす。そして部屋から出て、広間へと向かう。
 諦めてやるものか。殿を勤めようとする騎士が持つ本当の宝具は、剣でもなければ盾でもない。魂を縛りつける指環でもないし、魔法に近い体も違う。彼の強さは只一つ。折れない心。それだけである。
 豪奢な広間の階段を悠然と降る。抜剣しつつ、盾を持つ左手に力を込めて音も無く。威厳に満ちた様を見せ付けるように歩む彼は、かつては弱い者だった。帯剣の儀を済ませ騎士になった時も、騎馬を駆り戦場へ至るまでになっても、決して強くはなかったのだ。彼が変わったのは、いつからだったのか。
 意匠が細部にわたって施された、赤い絨毯が終わる最後の段を降った先、開け放たれる扉を気にも留めず騎士は追憶する。南領から飛び出した時ではない。最初の霧を潜って死に、招かれた時も違うだろう。そう。何人も通さぬ、槍群を破ったあの時だ。悪魔を殺した、その瞬間である。
 ようやく意識を向けた騎士の眼前に、悪魔がいた。今はまだ完成に程遠く、ましてや産まれてすらいない。しかしサーヴァントを侵す一点に限って、それは完璧であった。不意にそれは蠢動し、確かな形を持ち始める。妖しい光沢を見せる黒々とした戦装束。紅の筋を走らせた死を体現する色合いは、汚れていると理解できても美しい。くすみを見せている金糸も、差し込む陽光を浴びれば白い環を浮かばせる。清廉さを損なわずにあるだろう相貌は、残念ながら簡素な覆いのために見て取れない。

「――――貴公には、ここで果ててもらう」

 鈴の転がるような声もそのままに、ただ在り方のみ反転した騎士王が口を開く。紡がれた言葉は冷淡で、後ろ暗さも喜悦もない平坦なものだ。言を返す程の理性を残されていない騎士は剣を水平に流すことで、大広間から先に行かせはしないと意を示す。最早言葉は必要ない。騎士王も剣を現界させて構える。風の結界から解き放たれている聖剣は、堕ちていても幻想を影らさずに冴え冴えと凶つ。
 緊迫を打ち破ったのは、同時であった。その身一つで突撃する狂戦士。影を引きつれて疾駆する騎士王。持ち得る全てを使った両者の剣戟が、荘厳な間に響き渡る。双方繰り出す深い業は死の嵐と化し、床を、壁を、そして体を壊して行く。共に傷だらけとなっていくが、明確な差が生じ始める。急速な自然治癒、再生していく体と無尽蔵の魔力を持つ騎士王は衰えないが、不死身であるはずの狂戦士の肉体が崩れて行く。
 動きの鈍った体を騎士が見やれば、影が満遍なく張り付いていた。それはただ動きを阻害する束縛ではない。こと死に関してならば、どうあっても願いを叶えようとする六十億の呪いの片鱗。本来、この地に存在出来ようはずもない騎士である。ならば世界の法則に従わせ、散逸させてしまえば良い。いくら悪魔の天敵たる彼でも、それは抗い難いものだ。
 それでも彼は折れない心の下に剣を上げる。既に過半は影に侵されて、騎士王へ振り下ろそうとする右腕の感覚はもうない。
 その飲まれ行く様を、騎士王は表情なく見守る。見事であったと心に秘めて。宝具を用いればすぐさま決した雌雄を捨て、剣戟だけで騎士を制したのは慈悲か、それとも必要がなかったからか。
 騎士は、先を見出す道を付けることすら出来ねば、それ以前に舞台へ立つことも赦されなかった。視力をも失いつつある彼には、終わりしかない。
 だが、その絶望の中、一つの命を愛しむ心が繋ぎとめていた意志は、希望を見た。声が聞こえる。少女の名前を叫ぶ少年の声が、確かに聞こえたのだ。

 ――――イ、リ……■ス、■ィ……■ヲ――――

 魂の体として存在する騎士に、声を出すことは出来ない。誰にも聞こえない、託すような呟き。それを最後に、飲み込まれた。





 あの壮絶でいて呆気ない城での攻防はバーサーカーに次いでアーチャーと、そして士郎の左腕を奪って収束。完全に崩壊した聖杯戦争へと発展し現在へ至る。
 最後の闘いに赴いた戦士たちを、みんなで戻って来てと見送ったイリヤスフィール。彼女は今、ただ少年の味方としているためだけに、存在している。可笑しくなった聖杯のプログラムも説明したし、魔法の剣を製造する手伝いも成し遂げた。願わくは皆一緒に聖杯戦争という地獄から、脱すことが出来たなら。

「シロウはきっと、無茶をするから……」

 このまま行けば、誰かを失う結末になるだろう。それが誰になるかはわからないし、もしかしたら全員戻って来ないかもしれない。イリヤには、もしもに備えて待つことしか出来ないかと思われた。しかし、一つだけ気にかかることがある。
 バーサーカーを失ったあの闘いの後、イリヤは自らの意志で、終わりに向かって城へ行った。聖杯へと書き換えられた少女と、腐敗した翁らの手によるものが大きいが、アインツベルンの役割でもあったのだ。愚かにも、救うために士郎がやって来てそれは果たされず、今も生きているのだが。気にかかること、それはこの時から抱えているのだ。
 普通ならばその時追っ手がきて、脱出は失敗しているはずなのである。だが翁もアサシンも、サクラもセイバーも現れずに、難なく帰ってくることが出来た。

「ねぇバーサーカー。――――あなたはどこにいるの?」

 イリヤは考える。サーヴァントは消滅すれば、器であるこの身かサクラの方へと納められるのだ。しかし存在そのものが消えてしまったかのようなバーサーカー。何らかの不具合が生じたとしか考えられない不自然さである。思えば、召喚した時からあのサーヴァントはおかしかった。
 バーサーカーは弱くはなかったが、強くもなかった。魔法のような体を持ってはいたものの、相手を倒せないのでは意味がない。けれど一つだけ、此度のどんなサーヴァントも、誰一人として持っていない希望を有している。それは、ギリシャの大英雄ヘラクレスですら関わりがないであろう、第六の……。

「そこにいたのね」

 今になってようやく感じ取れたのは、心に余裕が出来たからか、それとも求めたからだろうか。
 バーサーカーは感じ難いほど希薄になっていただけで、未だ死なずに名残として存在していた。あの泥に溶け合うことで、かろうじて。彼は悪魔を殺す者であると同時に、悪魔そのものである。森で襲われなかったのは、影の中で彼が抗いを見せたからだろう。サクラはさぞ苦労しただろうなとイリヤは思いつつ、いつの間にか胸の内に響き始めた詩に耳を傾ける。
 流れるように、どこか不思議な言い回しで紡がれる古めかしい呪文。バーサーカーと過ごした二ヶ月の中、何度か夢で聞いたことがある。それは騎士を支え世界を繋ぎとめるまでに至らせた、古い悪魔の大禁呪。

「――――Souls of the mind, key to life's ether. Soul of the lost, withdrawn from it's vessel. Let strength be granted, so the world might be mended. So the world might be mended.」

 丁寧になぞれば、確かな繫がりがイリヤの内に蘇る。天の衣を纏い歌いながら霊地への道を行く彼女は、女神のようであった。

「みんなをお願いするね」

 ――――自分も生を望んでいいのだろうか。隠された願いを聞き届けたように、辿りつくにはまだ幾ばくか掛かる約束の場所から、声なき咆哮が上がった。

「ありがとう。――――スレイヤー・オブ・デーモン」

 この世界で確かな名を得た悪魔は今、繋いだ先を初めて手に入れようとしている。





 悪魔とは、必ずしも悪しきものを指す要素ではない。人であるかぎり捨てることなどそう簡単には出来ぬ苦悩を理解し肯定する、場合によっては味方となり得るかもしれない幻想だ。実体化には人々が創造したカタチを必要とし、また自由になるためには名を与えられなければならない。
 突如大空洞に顕れたソレは、不完全なカタチで、しかし絶大だった。かつて主従だった両名と騎兵は、世界へ這入りこんだその気配に体を硬直させる。矜持と愛憎の姉妹もまた、飲まれんばかりの濃厚な存在感に停止した。
 心を傷つけあうように言を重ねていた姉妹より、少しばかり離れた場所に騎士が在る。影に飲まれた、闇の聖母に咀嚼されて封じられたはずの狂戦士。赤黒い影に染まった姿は、聖杯のそれと親和した影響か、はたまた彼の世界での一面か。

「――――バーサーカー」

 自らの手で桜は殺しに来るだろう。凛はそう思っていて、その通りに戦いが始まろうとしていたのに、なぜ今になって顕れたのか。

「どうして……完全に消せなかったから、ボロボロにして封じ込めていたはずなのに――――」

 怯えるように頬を引きつらせる桜の視線は、姉ではなく騎士をうつしている。彼の全身を覆っていた武装は原型を留めておらず、頭を上げるだけで損壊が増して行く。背筋を正せば胸甲板が崩れ落ち、左腕はもう盾を無くしている。折れた直剣を握る右腕はどうにかつながっている有り様で、地を踏みしめる両足も影だけではない赤黒さに滲んでいる。誰もが、いつ消えてもおかしくないと思うだろう凄惨な姿。
 しかしその身から溢れる色のない魔力と、最早役割を果たさない、顔面をちらつかせるブレスから除く眼光は、確かな輝きに満ちていた。
 おもむろに、桜へ向かって騎士が動き出す。彼が一歩踏みしめる毎に、甲冑が弾けて内装がさらされて行く。命を刈り取られる訳には行かぬと、彼女の影が蠢き出す。

「い、や。――――来ない、……で」

 帯の群が幾筋も伸びていく。それを目に騎士は崩壊を鑑みず走り出す。救うためには必要のない剣を捨てて。長期戦はもう望めない。イリヤが起こした奇跡は、一度きりしかないのだから。崩れて消えるしか残されていない彼の体に突き刺さる帯。しかし止まらない。

「来ないで――――!」

 止まるわけには行かない。騎士は何度も取り返しのつかない過ちを犯してきたし、諦めてもきた。だがこの世界は、あの霧に覆われた世界ではないのだ。それに、繋ぎとめることが出来るだろう機会を棒に振るなど考えられない。
 影に刺されていない部位など騎士にはなく、だが前進を止めることは許されず。
 まだ距離がある。このまま慈悲のない暴虐に曝され続けられれば、とてもではないが耐えられない。

「妹が迷惑をかけるわね。――――道は付けるわ」

 その言葉は心強かった。敵であった存在をいかなる理由で信じたのかは、騎士にはわからない。だが今は、そんなことはどうでもいい。行く手を阻む黒い帯を、迫る先から最高の幻想に匹敵する光が打ち消していく。これならば届くだろう。もうすぐそこだ。そう思われた。

「どうやら、貴公とは奇縁があるらしい。――――今度こそ果てよ」

 再三立ちはだかる騎士王。因果なものだと、騎士は己の運の無さを呪いつつ、それでも前進を止めない。彼は声を聞いたのだ。今も、イリヤが止まるなと言っている。
 底知れぬ恐怖に苛まれている桜は、セイバーへ宝具の解放を命じる。それは必殺の最強の幻想。

「“約束された――――」

 闇色が空間を支配する。

「――――勝利の剣”」

 光が伸びる。
 なおも止まるなと響く、白い少女の言葉。それは正しかった。騎士の眼前に桃色の花が咲く。しかし拮抗は数瞬で、清廉な四枚羽は聖剣の光度を落としたが決壊。回避するには足りないが、被る傷を抑えるには十分な間。漏れ出たそれは、彼の右腕を消し飛ばして終わる。
 止まらない。後ずさろうとする黒い少女まで、あと少し。通さぬと騎士王が聖剣で斬り上げる。剣身は胴の半ばまで食い込んで止まった。

「な、――――抜けない。なんという――――!」

 自身を裂く剣をそのままに、奥歯を鳴らし嗚咽する彼女を目前に捉え、騎士は残っていた左手に古木のお守りを現界させた。神と獣は同じであり、あの世界は初めから終わっていたのだと証明する真理。

「――――――――」

 騎士の残り少ない魔力を使ってなされるは、最も真摯だった第六聖女の神業。その御業を込められた拳が、怯える少女へ当てられる。

「あ――――、え――――」

 大空洞が光に満ちた。それは全てを暖かく包み込む、救済の輝き――――――――





 あの戦争から二年。深い傷を刻まれたアインツベルンの城は綺麗に修復され、庭を彩る樹木たちも綿密な配置のもと美しい景観を作り出している。木漏れ日が優しく降り注ぐ場所に、それを一身に受け銀糸を輝かせる麗人がいた。
 何をするわけでもなく、ただ追想するように目蓋を閉じて黙している。柳眉を下げたどこか物憂げな相貌は、男女を問わず惹きつけて止まないだろう。その色香に満ちた女へ声がかけられた。

「お嬢様、お客様が見えられました」

 女は白く清楚な侍女服に身を包むセラの声を聞き、ただ一言行くわと答え歩を城へ向ける。翻る紫色のドレスはあの頃と同じで、靡く豊かな銀髪も同様に輝く。年増もいかぬ少女の姿のみ変わった女が、侍女が開いて促す扉の先へ行く。
 頭を揺らし、たおやかな手を細い腰の後ろに組んで回廊を進む。足取りは軽やかで、響く靴音は小気味良く、それはうら若き時を刻んでいるかのようだ。大人びた容姿に少女らしい仕草。彼女にとっては矛盾でなく同居である。
 姿形は変われど、何ら変化していない女は、それでも確かに命を紡いでいた。
 客間に入ると同時、声が掛けられる。

「久しぶりね」

 救いなど、始まった時から欠片も残されていなかった聖杯戦争。その争いを乗り越え、今ではイギリスにある魔術協会の一角時計塔にて根源を目指している者、遠坂凛が至極真面目な顔色で椅子に腰を掛けていた。

「ええ、久しぶり、リン。変わりないようね」

 艶やかな黒髪はもう二房に束ねられていないが、強気な目と雰囲気は彼女そのものだ。凛は、二年ではそうそう変わらないと返しながら、頬にかかった髪を払い後ろに流す。その様は大層絵になっていて、いかにも遠坂の当主然としている。

「そういうあんたはますます変わったわ。……ま、見た目だけ、ね」

 冷静な表情で、儚いものを見るようにして発せられた言葉。軽い口調で述べようとも、滲み出る哀愁を消すことは出来なかった。変わったもの、変わらないもの、凛の中で色々なものが思い起こされる。
 あの戦争の後、気苦労は絶えず。しかし今、幸福に浸る妹と、左腕を失いつつも日常を歩む彼がいるのだ。その苦労は決して無駄ではなかったし、これからも後悔をすることはないだろう。だがサーヴァントが二体も現界したままという爆弾を抱えてもいるし、いくら宝石剣の設計図を手に入れていたとしても、時間の掛かる命題もあるのだ。
 物思いに耽り出し、顔を憂愁に、背は憐憫に染め始めた凛に対し、銀髪の女は頬を引き攣らせつつもようやく椅子へ腰をおろした。魔術師だというのに、あまりにも多くを抱え過ぎているなと思いつつ、女は口を開く。

「それで、ただの挨拶ではないでしょう?」

 流れるように発せられる言葉に、拙さはない。しかし、わずかばかり口角を上げ楽しげに発せられたそれには、しっかりと面影がある。

「ええ……。そろそろ頃合でしょう。面倒だから、さっさと済ませて士郎の家に行くわよ」

 二年という歳月。それは凛を若くも、一流といえよう風格へ至るまでにした。先ほどまでの憐れさは鳴りを潜め、冷徹な魔術師としての顔が表に出る。

「あんたの存在を秘匿し続けるのと引き換えに、あのサーヴァントについて教えなさい」

 放たれた言は鋭く無駄がない。そして拒否や譲歩も認めず、嫌が応にも聞かせてもらうという凄みが見て取れる。凛は二年も考え続けたが、バーサーカーについて何一つわからなかったのである。16世紀の初めから見受けられるようになった、マクシミリアン式の西洋甲冑。それに酷似した形状の甲冑を纏い、第三魔法と密接な関わり合いを持つ騎士など、見つけることが出来なかったのだ。
 魔術とは秘されるものだが、魔法に近い体を持っていたのである。それに騎士なのだから、武勲や功績を称えられ伝説となっていてもおかしくはない。それこそ、オルレアンの乙女のように歴史に名を刻んでいるはずなのだ。フランスを勝利に導いたそれのように、神聖ローマには不死身の騎士がいたという事実がなければならない。まさかエミヤのように、未来の英雄というわけでもあるまいに。
 別段わからなくとも問題はないし、凛自身に返る利益もない。しかし、最後の最後に全てを救って消えていったあの騎士を知ろうとするのは、おかしなことではないだろう。凄みは見せているものの、どうしても拒絶するなら潔く切り上げてもいいかと、彼女は内心思いつつ強く問いかける。

「バーサーカーは一体何者だったの? イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 刻まれていた令呪、膨大な魔力、聖杯としての機能。それらホムンクルスとしての在り方を書き換えられ、人間の営みを与えられた姿は魔法の成果そのものである。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼女は幼さを少しばかり残し、止まっていた成長を取り戻したかのような年齢相応の女となっていた。
 だがいくら魔法といえども、半分とはいえホムンクルスとして産まれたイリヤの魂の書き換えは、容易いものではなかった。桜という、人間でありながら聖杯の機能を有し、寿命まで生きながらえる彼女との繋がりがなければ、起こりえなかった奇跡である。
 また膨大な魔力と、絶対的な機能にものを言わせて成し遂げたといわざるを得ない。

「リンが得することはないと思うのだけれど、いいのかしら?」

 愚問と首肯する凛を横目に、イリヤはついに話しはじめる。拡散の世界からやってきた、あの騎士を。

「まずバーサーカーであった彼は、この世界の存在ではないわ」

 この世界の者ではなく、また別の魔法と関わる、しかもそれを遠坂の前で言うイリヤの言を、凛はどうにか飲み込んで先を促す。

「もう世界の過半が霧散してしまった終わり行く世界。そんな絶望の中心で闘い続けた、ただの騎士」

 語りは続く。

「彼の世界を、拡散と言う名の滅びへ誘う存在がいたの。それはたくさんの悪魔たち。そうね……悪魔たちは皆名を持っていて、絶大な力を有していたわ。人々の畏怖がカタチになったものや、嵐といった自然の権化のようなものもいた――――」

 たんたんとしたイリヤの口調に、凛はアンリマユについて話された時を思い出しつつ聞く。どこかの夢物語みたいな、一人の戦士が悪魔たちを倒して伝説になる英雄譚。だが話の終わりは全く王道とは程遠い、虚脱するには十分な幕引き。そして、始まりでもあった。終わらない世界で、彼は一体何度絶望しただろうか。

「法則の異なる所から私に喚ばれてやってきた彼だけれど、一応サーヴァントとしての枠に収まったわ。わかっているでしょうけど、彼にはバーサーカー以外の適正は無かった」

 しかもバーサーカーの平均値に多少色をつけた程度の能力値で、肝心の狂化ランクも低い。ブリキの騎士もいいところである。

「でも、宝具だけは規格外だった。彼には、彼という存在を縛り続ける指環があったの。楔……私がいる限り何度でも蘇えらせる呪いの縛環。それと実体を持たず、霊質的な存在でありながら現世へ干渉する体ね。その二つは、ほんとに魔法のような宝具」

 今回の聖杯戦争はイレギュラーの塊だったのかと凛は呆れ果て、しかしそれだけでは大空洞での復活と、桜や聖杯、セイバーまで浄化したあの輝きに説明がつかない。その求めに応じ、イリヤは重く口を開いた。

「バーサーカーは聖杯の影に飲まれたけど、完全に消えることはなかった。彼は、悪魔を殺す者であり、また悪魔そのものでもあったの。当然よね。彼を強くした協力者は、実は悪魔だったんだから……。ねぇリン。あのアンリマユは、悪魔たる存在だというのは覚えているわよね?」

 頷き一つで答えるリンを見つつイリヤは続ける。

「似て非なる存在同士だったからか、それとも法則が違うものだからなのか私にもおよびがつかないけどね。それで、影に飲まれつつも彼が蘇ったのは……彼は、カタチはサーヴァントの枠として得たけれど、名は得ていなかったの。そう、自由になるためにはとても大事なものを」
「まさかイリヤ――――」
「名を与えたわ。第六架空要素の塊であった彼は自由を得て、影の束縛から逃れ一度きりだけど蘇生したの。最後のは……彼が起こせる、最も真摯な奇跡の魔術よ」
「ほんと……滅茶苦茶ね……知りたくないことばっかりだったわ」

 精彩を欠きに欠いた凛の顔色をイリヤは無視し、声を弾ませて言った。

「さあ、もうシロウの家に行きましょう。早くしないとセイバーにお菓子を全部食べられちゃうじゃない」

 いたずらに成功したように顔を綻ばせるイリヤの顔は、輝きに満ちている。あの戦争で得たものは少ない。だが掛け替えないのないものを彼女はもらったのだ。
 何気なく続いていく、人としての日々を――――





 寄せては引く波。それは優しげに、白い瓦礫の楽園に響く。その夢幻のような景観を引き立てている崩れた石柱に、朽ち果てた騎士が背を預けて腰を下ろしている。甲冑は最早役割を果たさないほど壊れており、剣を振るう為の右腕は無い。二度と闘うことが出来ぬであろう身体。
 その傍らに、形を損なっていない何かがある。冠だ。白銀色を基調に、縁を美しい金で煌びやかにされた神々しい冠。彼は、朽ち果てながらも役目を終え、自分の世界へ還ってきたのだ。得たものは、触れてはいけない禁断の礼装だけ。
 要人として在れるかどうかも疑わしい身体で、騎士は息を吐く。痛みはない。感覚などとうに失っていた。また、始まるのだろうか。最後にそう思いつつ、彼は目を瞑った。
 しかし、意識はどこか冴えており、閉じたはずの目蓋の内で騎士は何かを見る。それはきっと試練を乗り越えた強い魂を持つ彼への、少女からの報い。たとえ夢だったとしても、間違いなく彼は報われた。
 騎士は見る。全てを失って、それでも希望に向かい進んで行く、大国の姿を……。



[27880] 【蛇足】Fate/hollow ataraxia ~Illusion/D ver.
Name: ココロポキン◆aeafa8e4 ID:83e26e84
Date: 2013/12/09 19:20
■――――夜の聖杯戦争5


 霧かかり、より鬱蒼とする夜の樹海。色無く煙ながら森に顕れ出でしその姿は、紛うことなき亡霊だった。
 第三に置いて存在し得ぬ、しかし繰り返し再現される四日は第五の者たちで行なわれるがために、彷徨う者として没した幻影。いたるところに溝が在る甲冑を着込んだ徘徊騎士は、音無く剣を引き抜き、明確な戦意を持って構えた。役割を与えられなかった爪弾き者は、己が持つ意義を忘れずに狂演する。
 逃しはしない。騎士の眼前にいる侵入者二人。護りは要らぬ。盾を消し、叩き斬る剣を両手で持ち腰溜めになる。
 滅するべき影の一つ。悪性を凝縮した獣へ踊りかかる。
 
「っ――――!」

 対する影の獣は禍々しい牙を無尽に振るって答える。呼吸すら億劫と、絶え間なく奔る二双の餓狼。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハ――――!」

 獣も亡霊も強い存在ではない。しかし差が生じぬほどに拮抗しているかと問われれば、そうではないだろう。無尽蔵ともいえる持久力を兼ね備えた亡霊が、徐々に影を押していく。そもそも影は、聖杯によって用意された七つの函の全てに劣るのだ。収まる函がたった一つであっても、亡霊に成り下がっていようとも、騎士は従者なのである。
 だが獣の陣営は劣勢を覆す。そう、飼い犬には主がいるものだ。亡霊の死角に、従者を凌駕する戦士がいた。繰り出される拳は、孤独な練磨で昇華された人外の打撃。風斬り兜打ち据える剛拳は、当然のように亡霊の頭を吹き飛ばした。詰めを忘れてはならんと言わんばかりに、獣の牙が胴を、腕を、足を愉しむように切り裂いていく。
 欠損に欠損を重ねた首なし騎士は、亡霊らしく消え去った。仄かに残る血の香と、色無き魔の粒子。

「行きましょう。一息吐いている暇はありません」

 不夜城へ行き、真相を探らねば。程よく切り裂かれた影犬と、傷一つない飼い主は目的地へ駆け出そうとした。
 気配が一つ蘇る。役にあぶれていようとも、楔だけは奪われなかったのだ。否、言うなればこの樹海が、亡霊の楔であった。首が在る。剣を持つ腕も同じく。有象無象に喰らい付く足も、しっかりと腐葉を踏みしめている。必殺の一撃で何度殺されようと、因果を曲げて穿たれようと、楔と断たれぬ限り亡霊に消滅はないのである。

「確かに倒したはずですが――――」

 驚愕する戦士と、さもわずらわしいといった風体でいる影。

「さしずめ、樹海に憑いた亡霊ってところさ」

 再戦だ。戦士は、受け身な攻めを見せる己の従者を見つつ、先のようにまた死角から亡霊を打ち抜く。やはり終わらない。だが二対一である限り、亡霊にも勝利はない。
 もう何度目かの蘇生、そしてまた始まる不毛に過ぎる戦い。相対する戦士は選択を強いられる。不夜城へ行き不可思議な事象の解へ近づくには、影を残して単身向かわなければならないだろう。
 あの亡霊を倒すことは出来ない。それはどこか、四日目をこえることは出来ないという不安を表しているようだと戦士は思う。終わりの見えない戦い。廻り続ける四日の縮図。
 だが戦士に諦めるという意志は無い。しかし亡霊を消滅させる手立ても無く。

「これでは埒が明きません。それに、あなたはもう傷だらけです」

 亡霊を巻く、霊体化して追従しろ。最良を考えず戦士はそう口に出す。

「それじゃあダメだ。ソイツはそんなに強くはないが、オレより足が速い。何より蘇生地点はマチマチ。二人で城に向かったら、自分の首を掻き切ってどこまでも憑いてくる。一応移動しながらヤリ合ったんだからわかるだろう?
 それにダルマにしたって、生きていたならどうかもわからなかったが、二回目以降の今じゃあすぐに死んじまう」

 従者の珍しい真面目な一面と共に言い放たれる、たった一つの打開策。

「オレを囮にして、アンタ一人で城へ行きな。思うところがあるのかしらないが、ソイツはオレ狙いだ」

 始めからそうするべきとわかっていても、胸につかえて選べなかった最良。

「遠い世界の話は、所詮遠いままだ。それでも何かをしたいというのなら、笑ながらいけばいいのさ。
 それに、どうせまた顔を会わせるんだ。オレは一足先に戻っているだけだからよ」

 その言葉で、影を見捨てて城へ行くという選択が成され、ようやく決行される。
 戦士の両脚に刻まれるは早駆けの神秘。瞬時に戦線を離脱して行ったそれを復讐者は見つつ、品のない喜を貼り付けながら考える。主が戻るまで持ちこたえるのは無理だろう。亡霊の四肢を切断し完封しようとも、落ちている耐久がすぐさま死を呼び寄せ、その先にある蘇生へ至らせるのだ。
 さらに言ってしまえば、どういうわけか亡霊は餓えた獣の扱いに慣れている節がある。我武者羅の内に忍ばせた巧みな受けも感じ取られ、切り札の宝具も際限無く在る命の前には意味を成さない。仮に動きを止められるとしたら、四肢を失い頭を砕かれ、死を待つのみの肉となってからだ。それに万が一亡霊を殺してしまえば、主の方へ行ってしまうとも限らない。

「アンタも大概出来損ないだ。それになかなかどうして獣臭い。似ていないけれど似たモノ同士、無駄な争いは止めてのんびりなんて――――」

 聞こうとする意志すら持たず、影の獣へ刃を振るう。

「――――出来ないか」

 復讐者が取るべきは、狂おしい程の防戦だった。斬り下ろしをいなし、次の一手を振るわせないよう適度に攻撃。傷を与えてはいけない。しかし傷を負わされてもいけない。
 これ程じれったいのは趣味じゃないと、復讐者は内心イラつきつつ、刺突を絡め取って逃がす。生かさず殺さず、殺されず生きる。

「いつまで――――」

 持つか。その一瞬の思考が隙を生む。いつの間にか現界していた亡霊の盾は、餓狼の牙を流れるようにいなした。

「ヤベ――――!」

 規格がもとから違うのだ。突き込まれる直剣は影を貫き、今回の終わりをもたらした。
 血は流れない。決定的な最後。そして始まり。

「ハ――――ハァ、ハァ、ハ――――…………」

 溶けて消える影を穿った剣を鞘に収める。追うべき侵入者は、禁断の中央へ至ってしまった。
 最早出来ることはない。未だ亡霊の役割である騎士が中央に這入ることは叶わないのだ。やるべきことと言えば、這入れぬ境に陣取って、出てくるかもしれないそれを待つことだけだろう。たとえ追いつけず倒せなくとも、見つけて喰らい付くこうとするのみが、今演じても良い立ち位置なのだから。
 亡霊であって亡霊でないそれは、色無く煙ながら森の徘徊を始めた。鉄が鳴る。弱くとも悪性を殺したという事実を得た彼は、曖昧な役割の内に実像を再び手に入れたのだ。重圧な鋼と土を踏みしめる音が陰鬱の森で静かに響く。されど今はまだ、刃を振るう時ではない。
 役割がもたらされた時、その生ける身、一夜を繋ぐ要と成る。




■――――アインツベルン城


 この幸福な時間には、終わりがある。それ故に輝き止まず、未知であるほど儚くて美しい。
 冬城の主は、幼き容姿に不釣合いな悲哀を浮かべ、雪の降る中庭を眺めていた。優しく舞って消えていく雪は、森のざわめきを消して静寂を作り出す。
 その美しさに魅入られたのか、白い妖精は継ぎ接ぎで都合の良い記憶の合間に、既視感のある光景を見た。幻視であればと切実に思う心を無視し聞こえ出した剣戟の生々しさは、逃れようのない事実を突きつける。
 今の自分は、どこをどのように辿って存在しているのか。もとから幻のような立ち位置が、足元から消えていくような恐怖に苛まれる。
 しかし背筋に這う怖気は決して逃さぬと撫で付け、華奢な体は直視しろと引き攣り出す。心地よい幻の現実とわかっていて、それを良しとした代償にしては大きすぎる仕打ち。
 イリヤスフィールは、夢を見る。どこにもなくて、どこかにあった、そんな悪夢を。





 冬の城に絶えず響くは、風を穿ち奔る必殺の音色。舞台に立つ従者の一人は、それを転げるように回避し応戦を試みる。しかし面として場を制圧する射撃の前では死にもの狂いのそれも意味はない。慈悲無く射出される真作の一本が、彼の体を紙のように射抜いていった。
 機動が落ちる。だが、宝具を取替えのきく粗末な矢のように射続ける王が、その隙をついて人形の心臓を奪うなど凡夫のような真似はしない。余裕の先にある慢心に浸り、それを一つの誇りとしてある英雄王が、そのような甘い手段に出る筈もなし。雑兵一匹を狩るのに全力で当たるような愚行は、真の王たる彼にとって認められるものではないのだ。
 もし相応の力を振るうとしたら、相対した者の中に真に迫るナニカを感じた時のみ。
 狂戦士への絶え間ない掃射は、ついにその命を刈り取った。全身に剣や槍を生やしたそれは、膝をついて崩れる。

「余計な手間をとらせる」

 豪奢を塗り固めたその造形は、鎧を着込んでおらずとも翳ることはない。細やかな金の髪。栄光を溢れさせる麗しい相貌。気だるげに、そして見下すように視線をとばす紅眼。極東の国において、そうそう目にかかることは出来ないであろうアインツベルンの城が、釣り合わずに霞むほどの威厳。彼を王といわずしてなんという。

「……ふん。人形が従えられるものなど、所詮その程度。悪性あれども、ただの傀儡であったか」

 対し消え行く騎士のなんと無残なことか。惜しみなく溢れる王の気を前に、塵芥の如く吹き消えた。だが、従者を失い絶望に打ちひしがれるべき此度の聖杯は、王の威圧に怯えながらも気丈に佇んでいる。

「――――気に入らんな、人形」

 終わったのだから、頭を垂れ聖杯を献上するのが礼儀であろう。そう告げる英雄王の声は、倦怠と多少の憤懣を含んでいる。
 片目を瞑り、さも醜いモノを見るようしながら、白い人形へ歩んで行く。いたいけなそれに、手を掛ける戸惑いなどない。王の目に映るモノの大半は、くだらなくどうでも良いものばかりだ。それがもし尊き命の死への抗いであっても、全てをかけた血戦であったとしても、一時の暇つぶし程度にしか思わない。
 英雄王は不快を隠そうともせずに思う。醜い。複製品などそれこそゴミのようなものだ。このような面倒は疾く済ませ立ち去ろう。それに背後に控える雑種などどうでも良いが、長引いては煩くなる。

「我が手を下すのだ。――――燦然たる回り合わせを噛み締めろ」

 淀みなく構えられる腕。形作られる手刀。そして憂いなく突き込まれるその凶刃。

「貫きなさい。――――バーサーカー」
「――――何? ……っぐ――――!?」

 穿たれ零れる水音。それは、英雄王の胸元から生まれた音だった。狂戦士の直剣が、数瞬早くその胸部を背後から刺し貫いたからだ。
 狂戦士は不死身である。楔である主との繋がりを断たれぬ限り、その命は無限にある。繰り返される死に飲まれるような心は、とうの昔に失ってしまった。ここにいるのは、業苦を耐え抜き妄執の中世界を繋ぎ続けた英雄だ。
 聖杯の寄る辺に従い現れた従者等の中で、騎士は強い方ではない。剣士には真っ向から打ち負け、弓兵には成す統べなく射抜かれる。槍兵の俊足は悉く攻撃を避けるだろうし、魔術師が構築する陣の前では灰燼に帰す。騎兵が扱う数多の宝具にはその身体一つで挑む騎士は敵わず、暗殺者には翻弄され嬲り殺されるが必至である。
 もともとは、弱い英霊の理性を奪って強化する位、狂戦士。その函に収まったのは、秀でた能力値が乏しい騎士だ。狂戦士でなければ戦えぬ騎士。しかし、狂戦士こそが相応しい力を持っている。悪魔の要素を持つために狂いながらも受動的で、そして楔との繋がりがある限り何らかの救いを見出すまでは滅びぬ身体を持つ。
 英雄王が聖杯を抜き取ることは叶わない。主である少女には触れさせぬ。貫いたままの剣を力任せに横へ薙ごうとする。だが腕を振りぬくことは出来なかった。いつの間にか、鎖が絡んでいたのだ。硬直が生じる。それは刹那の拘束。神性などない狂戦士の筋力ならば、力めば引かれるであろう鎖。されど、英雄王が騎士から逃れるには十分な間であった。
 逃がさぬ。全身に絡まる鎖をものともせずに、逃れ行く英雄王へ追撃に出る。それを憎々しげに見やった王は、瞬時に倉を開き掃射。宝群が狂戦士に刺さる。濃密なそれの前、騎士の剣が頸へ至る直前に弾かれてしまう。狂戦士の身体は薄れ始め、しかし諦めない。倒すべき敵との距離は殆どないのだ。右腕は酷く損傷している。刺突剣を現界する間はない。ならば、残った左の腕を使え。果てるにはまだ早い。盾の鉄帯に力を込め、王の顔面を殴り打つ。

「っ、ぬ――――!」

 重圧な打撃音が大広間を震わせ、次いで破砕音が響いた。弾けた壁に伴い巻き上がる粉塵。気配は消えていない。狂戦士は直剣を伴い蘇生し、主を護るように構える。瓦礫を掻き分け、英雄王が現れた。貫かれた胸と口腔から血を流し、気に入りの服を埃濡れにして。

「……おの、れ……赦さんぞ、亡霊…………!」

 憤怒だ。しかしその形の良い貌に、怒り以外の感情がある。それは愉悦であった。仮初の不死を目の当たりにするのは不快極まりないが、神秘の度合いは侮れない。だが、偽者の存在など必要ないのだ。

「――――殺しなさい! バーサーカー!」

 英雄王は哂う。

「その自慢の不死。――――王の財の前では無意味と知って滅ぶがいい」

 認めたのではなく、ただ滅されて行くであろう一瞬に愉しみを見出すためだけに、英雄王は再び財を開く。苛烈に一斉掃射される宝具の群。狂戦士にあるかも知れなかった勝利など、少しばかり王の圧力が増せば潰える光明であった。騎士の身体に、瞬く間に生える刃。三回目の死だ。すぐさま蘇生、そしてまた射られ死ぬ。四回目。五回目。六回目…………。
 狂戦士は攻めに転じることが出来ない。そして、最早両手で足りぬほど死を重ねた騎士と少女は、訪れるなどとは考えもしなかった限界を感じる。“楔の縛環”騎士を縛り続ける呪いの指環。過ぎた奇跡は、やはり代償がある。騎士が蘇生の際必要とする魔力は、全てイリヤスフィールが賄っているのだ。三、四度の死程度であれば十分許容範囲内であるし、持久戦に持ち込めば相手はじり貧になって行くのだからいずれ有利になり勝利できる。
 しかし、蘇生する先から殺すほどの殲滅力を維持し続けるこの王は、騎士を容易に超える悪魔だ。従者殺しである所以、王の財は英雄が持ち得る宝具の原典を収めたものである。悪魔の身を祓い消す物、蘇生の呪いを鈍らせる物。それらが蒐集されていないわけがない。この世の悪を飲み干して受肉し、従者の限界を超えた存在はまさしく規格外だった。

「このまま削り切るのはいいが、飽きたな」

 そう言って狂戦士を壁に縫い付け、掲げていた腕を倉にやる。引き抜かれるはやはり宝具。それが、何の原典かはわからない。しかし騎士には感じ取れた。あれは確かな終わりを与えるモノだ。

「地獄に叩き落としても、生き延びられるやも知れぬ在り方は評価する。――――が、我が支配する価値はない」

 この世界の統べては、なにげなくそれを投擲した。イリヤもそれを察し、退去を命じるが間に合わず。

「っ、抜け出しなさい――――!」

 騎士に刺さるそれは、

「――――バーサーカー!」

 主との繋がりを断つ。

「あ――――…………」

 訪れるは、真実の死――――――――





「――――お嬢様。イリヤスフィールお嬢様!」

 夢はいつか覚めるものだ。明けない夜がないように、上がらない雨がないように、生ある者に目覚めは等しく訪れる。雪は止み、森はざわめきを取り戻していた。
 セラに呼び覚まされたイリヤスフィールは、まどろみを取り払うように頭を振り、冷えてしまった体を抱く。凍える体は、決して中庭の寒さだけによるものではない。夢は眠りから覚めると同時に拡散していく。しかし脳裏へ仄かに焼き付いた受け入れ難いナニカが、少女を戦慄かせ続けているのだ。
 泡沫の箱庭。せめて今この時だけは、幸福でありたい。セラと一緒に来ていたリーゼリットへ、イリヤスフィールは力の限り抱きついた。悴み畏縮しきった体は言うことを聞かず、無雑作に掻き抱かれた侍女服は深いしわを生んでいる。

「イリヤ、ここはさむい。行こう」

 リーゼリットは普段希薄な表情を気遣わしげなものにし、イリヤの震える背へ手をやりさすった。暖かさが身体の芯まで行き渡るよう強く優しく、その心に棲む闇を取り払うように。
 幻と知って、それを感受することに罪はない。ないはずの日常があって、いるわけのない者たちがいる。
 ――――こうであれば。それを叶えた得難い日々に溺れてしまうのは人である証。故に、この夢は少女にとってたまらなく辛かったのだ。
 抱きしめ合う二人へセラも寄り添い、三人はただただ暖めあった。いつの間にか日が差し始め、肌寒い庭が仄かな陽気に満たされる。それを感じながらイリヤは思う。一瞬であろうと幸いを心から感じられる時がもたらされたのだから、先の夢もまた、得難いものなのかもしれない、と。




■――――ブロードブリッジ


 どうせ眠れば通り過ぎるもの。深い価値など在りはせず、朝を迎えれば溶けて消えるのだ。白い少女が見据える先、半年の間に暖かさが溢れるほどに満ち満ちた場所がある。しかし今、そこは深い闇色の獣共に群がられ、放っておけばすぐさま喰い潰される有り様。音が聞こえる。絶え間なく響く鋼と肉を穿つ影が奏でる仰々しいそれは、窮状を訴えていた。吹けば消えるだろう灯火。

「行くわ、バーサーカー。――――見ていられないもの」

 少女は傍らで残骸を屠り続ける騎士へそう言い、気まぐれとほんの少しの献身のもと力を振るう。初めに奪ってしまって、この都合のいい幸福を継ぎ接ぎされた中で再び得た、もう一つの魔法じみた奇跡を。騎士は姫を優しく抱き、音の鳴る方へ駆ける。

「イ、イリヤさん……!?」

 どうしてここにと問う、今はまだ黒い海を波打たすには足りない少女、桜。倒す先から雪崩れ込んで来る残骸に応戦しつつ答える彼女は、限界ではないにせよ辛い状態であった。半年の内に修練した、深層意識をさらけ出し発動する影の魔術はまだ身に余る術であり、同時に騎兵を使役しているのだ。その魔力消費量と、精神にかかる負担は膨大である。
 あくまで公平を期すためにやってきた。騎士から降りつつそうイリヤは返し、どうせなら大本を叩きに行こうと桜を誘う。しかし桜はいぶかしむ。
 今ある戦力は、魔力の半分を消費した自分と十分な力を出せない騎兵。そして戦闘には不向きなイリヤと、大海を割って進む術など持っていないであろう狂戦士だけだ。だが、今宵に限りその不可能は覆る。
 騎士は刃を引き抜いた。静かに、だが確かに響く擦過音。そして踏み出たと同時に鳴るは、重圧な鎧が生む戦音だ。半年と二ヶ月前、憎悪と無力が失わせた生ける身。それが今、騎士にある。
 猜疑を向ける主従の念を打ち消すべく、イリヤは騎士を要にナニカを喚ぶ。世界からの粛清を、その身の魔力でどうにか抑える。膨大に過ぎるはずの魔力を喰らい尽くすほどの負荷。全身に刻まれた令呪は焼けるような痛みを発し、とうとうそれらを喚びよせる。
 
「矛盾は長くは保てない……でも、この一時だけなら、繋ぎとめていられるわ」

 桜は見た。花咲くように地へ顕れた、どこまでも青い高潔な秩序の光群を。
 その青き印が脈動し、ついに現れ出でる百一の伝説。儚き命の寄る辺に従い馳せ参じたのは、幾度もあの散り行く世界を繋いだ楔の殿堂者たちだ。出で立ちは千差万別。兵士がいる。騎士がいる。魔術師もいれば神官もいる。握る得物も多種多様だ。しかし、どうしようもないほどに共通するものがただ一つだけあった。彼らは皆、折れない心を持っている。黒い残骸らがこの地の明日を拡散させる者たちならば、彼らは今日より先を確固たるものとする収束の者たちだ。亡者以外の何者でもないガラクタに、遅れを取ることなどあろう筈がない。
 イリヤの傍ら、要の騎士が赤黒い海を視界におさめつつ、剣の柄を握り締める。同調するように青き者たちも己が有する武器を構えた。鎧は鳴らず、布擦れもない。だが武器群が風を斬る音は勇ましく、清浄でいて厳粛な光景を覆しようのない現実として結ぶ。
 ここに、在りえぬ事象の担い手は高らかに言い放つ。

「さあ、奇跡の続く限り進むわよバーサーカー!」

 青きそれらは凡庸なれど絶対である。魂そのものを扱う業によって激成された、濃密な第六架空要素群。狂戦士を含む総勢百二の“悪魔を殺す者”が今動き出す。天と地を断つ最古の王や、星造された幻想を持つ騎士の鑑には勝らずとも、地を揺らし海原を割るその進軍は間違いなく一夜を繋ぐ希望となろう。
 取り囲う骸たちは、悪性を帯びているがために戦慄き本能で悟る。あの青いバケモノたちを消すことは出来ない。このような爪と牙だけではどう足掻いても勝ち目はないだろう、と。
 
「……すごい」

 桜はその幻想を目の当たりにし感嘆する。いつの間にか主に並び立っていた騎兵も、眼を覆う礼装の内に稀代の神秘を見た。すべての日常の中心であった邸から出遅れた彼女たちは、ようやく歩み始める。ここからは、防衛ではなく蹂躙だ。
 全身を赤く光らせるイリヤは相貌を妖艶にし、桜を見やりつつ言った。

「行きましょう。至れるかはわからないけど、私の騎士たちがエスコートするわ」

 一夜の先に別離があろうと、結果は無ではない。決して虚無ではないのだ。色とりどりの可能性が交差した空虚の先、そこにあるそれぞれの場所へ還るために。
 剣を持って斬り払え。戦斧で地を打ち消し飛ばせ。業火を持って焼き尽くし、神罰滾らせ突き進め。
 ――――明日を賭けた一度限りの表舞台、謳い躍れよ収束の尖兵。









 
 量、質共に残念仕様ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 私がFate×Demon's Soulsを題材にして書いてみたいネタはもうありません。ネタ切れです。
 わくわくざぶーん編なんてなかったんや。ギャグは無理だったんだ……。
 
 誤字・脱字、表現のおかしいところなどありましたら教えてください。

 7/24
 改行や変換ミスなどを修正しました。
 読んで頂いた方々、感想を書き込んで頂いた方々に感謝致します。


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