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[27882] 【一気に逝ったよ~ッ!】永遠のほむら(魔法少女まどか☆マギカ)【本編アフター再ループ】【完結】
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2012/01/07 01:52
Gのひとことゴールドアームです。

 遂にたどり着きました。


 内容的には原作アフターから再ループ開始。ほむほむ主役。
 オリ解釈設定あり。まどかファンには不満多いっぽいですけど、根幹なので勘弁して。
 オリキャラ主役級一名、他脇数名登場。オリ魔女も多分たくさん。
 これは舞台が見滝原だけじゃないから必然です。


 なお、この作品は、ファイヤーヘッド氏の作品及び、水樹奈々さんの歌「pray」「ETERNAL BLAZE」使用MADなどに影響されています。

 タイトルも「ETERNAL BLAZE」より。


更新履歴つけます。

  7/31 裏23話 投稿
  8/07 真24話、裏24話 投稿
  8/17 真25話 投稿
  8/28 真26話 投稿
  9/13 真27話 投稿
  9/14 裏27話 投稿
  9/19 真28話 投稿
  9/27 真29話 投稿
 10/11 真30話 投稿
 10/23 真31話 投稿
 10/30 真32話 投稿
 11/06 真33話 投稿
 11/13 真33話 指摘を受けて少し改稿
 11/20 真34話 投稿
 11/27 真35話、裏35話 投稿
 12/04 真36話 投稿
 12/11 真37話、真38話、裏38話 投稿
 12/18 真39話、裏39話 投稿
 01/04 真40話 投稿
 01/06 真41話 投稿
 01/07 真42話、真43話、神0話 投稿&完結



[27882] プロローグ
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:38
*ついカッとなって書いた。多分続かない続きました。




 それは終焉の時。法則の変わった世界で、唯一『彼女』の記憶を持つ少女は、いつものように愛弓を片手に、魔獣と戦っていた。
 決して強い相手ではなかった。その原因を語るならば『不運』。
 意図したものでないでたらめな敵の攻撃が、偶然ある場所に当たっただけ。
 そしてそこが、彼女のソウルジェムだっただけ。
 
 不意の衝撃と共に、自分の『魂』が砕け散る様を認識した彼女の心は、意外にも恐ろしいまでに平静であった。
 
 (ああ……遂にこの時が、来てしまったのね)
 
 それはいつか来る定めの終わり。魂の石を砕かれた魔法少女は無に帰る。
 
 が。
 
 
 
 その瞬間左手首に現れる、歯車と砂時計を内包した盾。巨大化した腕時計。
 それは彼女が失ったはずの力。
 
 (なぜ! しかもっ)
 
 彼女の意図に反し、落ちきった砂が、目の前で逆流を始める。
 まるで時を遡るかのように。
 
 いや、彼女は時を遡っているのだ。ソウルジェムも魔力も無しに……いや、違う。
 彼女の手首にはソウルジェムが復活していた。だがほむらには判る。
 このソウルジェムは、かつての自分のものだと。
 魔獣の世界に適応したものではない、ループしていた時に自分が身につけていたソウルジェムなのだ、これは。でも、なぜ。
 
 (どうして? もう法則は書き換わったはず。あれは全て終わったはず。なのに、何故?)
 
 本当に珍しいことに、彼女は激しく動揺していた。彼女がすり切れる前、鹿目まどかに命を救われた、あの頃のように。
 
 そうするうちに、出口が迫ってくる。あそこを過ぎれば、彼女はまたあの時に帰る。
 何度も繰り返した、初めの時に。
 だがそこに、さらなる異変が生じた。
 鍛え抜かれた彼女の経験と感覚は、あり得ないものを感知する。
 
 (魔女の結界! なんでこんな場所に!……いえ、まさか……時の流れの中に潜む魔女がいたとでも言うの! それよりなんでまどかの手を魔女が逃れられるの?)
 
 その考察が実を結ぶ魔もなく、彼女……暁美ほむらは、魔女の結界に取り込まれた。
 
 
 
 そこは巨大な図書館だった。天を貫かんばかりにそびえ立つ、巨大にして無数の本棚。合わせ鏡のように、永遠に続く本棚。無限の蔵書の間を、手足の生えた本がどこからともなく現れ、さまよい歩き、そして本棚の中に収まっていく。
 こちらには一切攻撃してこない。恐ろしいまでの無関心さであった。
 
 (本体は、どこ……?)
 
 用心しつつ、彼女は周辺を伺う。戦おうにも、左手の盾の復活と入れ替わるように、弓が消えていた。かつて収納していた銃器も、ワルプルギスの夜に全て放出してしまい、全くなにも残っていない。
 今の彼女には、せいぜい使い魔を一体撲殺する程度の力しかない。
 それだけに、全く動こうとしない魔女のことが不気味でしょうがなかった。
 そしてほむらは気づく。本型の使い魔がさまよう中、本を閲覧しているシルエットの少女に。
 
 本を読む影の少女は、こちらが気がついた瞬間、本を読む手を止めた。影であるため、表情も全く見えないのに、何故かほむらにはその顔が、口を三日月状に歪めて嗤ったことを察知していた。
 
 『ようこそ、暁美ほむら』
 
 そこに聞こえる『声』。魔女の口からはなんの音も発しない。うかつにも気づかなかったが、思わず悲鳴を上げていたのに、その声は全く響かない。
 ここは図書館。絶対静寂の空間だった。
 
 『あなたは……だれ。初めて会ったわ。会話できる知性を持った魔女なんて』
 『そうね。普通はあり得ないでしょうね。これはわたしにとっても、ある意味喜ばしいイレギュラーであり、ただ一度出来る会話だから』
 
 その、頭に響く声は、あの不快な相棒を思い出す。感情を理解しない、使命の権化。
 あれと同じ、声なき会話。
 
 『会話……会話、なのね。それはつまり、あなたはわたしを認識し、そしてこちらの問いに答えることも出来る、そういう事なのね』
 『そう。さすがね。わたしは明確な自意識の元、あなたの質問に答えることの出来る存在よ。他の魔女のように、ただ自分の意志を押しつける存在ではないわ……今だけは』
 『今だけは?』
 
 つまり今のこれは、この魔女にとっても、特別な瞬間だと言うことであろうか。
 
 『ええ。今この瞬間、それはわたしの存在意義、わたしのあり方上、『あなたと会話し、情報を与えること』が、わたしにとっての必然だから』
 『それはつまり、あなたにとってわたしとの会話が、あなたの願望、届かない理想を満たすための必然である、と言う事ね』
 『ええ、この会話は、あなたがかつての世界で阻止していた魔女の誘惑と同じ事。魔女の口づけや、使い魔の襲撃の代わりに、言葉を使うだけのこと』
 
 魔女と化した魔法少女は、最初に掛けた望みを歪めたような存在になることが多い。希望が絶望に反転するという、その性質が魔女のあり方を規定するからだ。
 
 だとすると、この図書館で本を読み続ける魔女のあり方は。
 そうほむらが考えたのを読み取ったかのように、魔女は語る。
 
 『あなたの考えた通りよ。わたしは知識を、あらゆる知識を望んだ魔法少女。戦闘力は低かったけど、目の前に現れた魔女を一目見るだけで、その特徴から弱点まで見抜くことが出来た。私と組んだ魔法少女に、敗北の二文字はなかったわ』
 『……それでも、あなたは魔女になったのね。希望を見失って』
 『そう。私は全てを知ることが出来た。それによって人の心の汚さなんかも色々見たけど、その程度じゃ私はすり切れなかった。あなたを悲しませるインキュベーターの正体も、契約直後に知ったし。当然よね』
 
 強い、とほむらは思った。あるいは外れているのか。マミやさやかを絶望に追い込んだ真実に平然と耐えられるとは。
 
 『でもね、誤算だったのはね。私はあまりにも知りすぎて……遂に全知に至ってしまったの。そう。私は世界の全てを知ってしまった。全てを知ってしまい、もう知ることが無くなった。その瞬間よ、私が魔女になったのは』
 
 そういった瞬間、またシルエットの彼女が嗤ったのを感じる。だが、その瞬間ほむらが感じた嗤いは、非常に複雑なもののような気がした。自嘲のようであり、歓喜のようであった。
 その二つが、完璧に入り交じっていたのだ。
 
 『魔女としての私は、ただ知識のみを抱え込んだ存在。知識を渇望しながら、得られる知識は何も無い。私が人を襲わないのはそのせいよ。私の中には既に全てがある。そのことを自覚しているから、私はこうして引きこもっている。もしこれが知識を『求める』事だったら、私は無差別に人の記憶を奪いながら、自分は一切それを覚えられない、そういう存在になったでしょうね』
 『で、その引きこもり魔女が、何故私とこうして会話しているの』
 
 判らない。話を聞く限り、彼女は、完成してしまったが故に止まってしまった存在だ。彫像のように、静止した存在。それゆえに、人に仇なす事もなかった、究極にして無の絶望にとらわれた存在だ。
 そしてその答えは、意外であると同時に納得のいくものだった。
 
 『あなたが存在するからよ、暁美ほむら。気がついている? あなたは歴史を書き換える者。確定したはずの事実を別のものにしてしまう者。そう。あなたが過去に戻り、歴史を書き換えようとするたびに、“全知にして完全な知識”は破綻し、私の目の前に『未知』が現れる』
 『!!』
 
 私は理解した。私という存在そのものが、彼女の存在を覆す存在……但し、プラスの方向に……だったのだ。
 
 『私は全知の存在だから、あなたというイレギュラーな『未知』が現れても、それはすぐに『既知』に書き換わってしまう。全体としてはなにも変わらないわ。私は魔女だから。
 別にあなたをどうこうする必然性も、本来はないの。ただ一瞬……今この時を除いてね』
 『どういうこと?』
 
 彼女の言葉には、奇妙な重みがあった。
 
 『今の私には、かりそめのものとはいえ、『自意識』がある。なぜだか判る?』
 『未知が存在するからね』
 『正解よ』
 
 私の答えに、彼女は肯定の意を返す。
 
 『本来の私は、閉ざされた時の中、ひたすらに自分の知る知識を反芻するだけの存在。それが私のあり方。だけど『全知』という私の存在規定が『あり得ない未知』によって乱される時、その未知を既知に変える間だけ、私は元々の人格、全ての知識を求めた魔法少女のあり方を取り戻せる。今この瞬間のようにね』
 『私というイレギュラーがそれを可能にした……なら何故今私に接触したの? それとも実は私は毎回あなたに接触していて、それを忘れているだけ?』
 『違うわ。普段なら私は、いわばテレビドラマを見るように、あなたの行動を逐一『知る』だけ。あなたは私に『見られている』事を一切意識できない。あり方そのものが違うんですもの。二次元の存在が高さを認識できないのと同じ事よ』
 『だとすると、原因はむしろ、私の方にある?』
 
 その問いに、彼女は頷いた。
 
 『ええ。ちょっとややこしいけど、今だからこそあなたに『話せる』事を話しておくわ。
 ……わたしはたとえこうして自意識があっても、『魔女』なの。そして魔女のあたしは、『既知』である知識を語ることは出来ない。それは私の性質に反する行為だから。
 私に語れることは原則、確定しないこと、正しくないこと、あり得ないことだけ。
 だけど同時に私は『嘘』をつけない。全知である私は、間違いを肯定できないから。
 だからあなたに、たとえば他の魔女の弱点とかを教えることは出来ないわ』
 『それは要らない。ほとんど知っているから』
 
 それより重要なのは、不確かであっても、彼女の言葉に『虚偽』は存在しないということだ。つまり、この先彼女の語る言葉は、全て確認の余地無く正しい。
 
 『私の『既知』において、今この瞬間にあなたを見逃した場合、あなたは魔女化する筈だった』
 
 私は衝撃を覚えると同時に、彼女の介入の理由を悟った。
 今こうして介入しない場合、私という『未知を生むもの』は消滅する。
 それは彼女のあり方に、ある問題を生じさせる。
 彼女は、私という『未知を生むもの』の存在を認識している。そのため、私が存在する限り、彼女は自分を否定する存在である、新たな『未知』を得ることになる。
 そういう意味に於いては、私は彼女にとって、自分の存在を脅かす病原菌である。
 だが同時に彼女は私を否定することが出来ない。それは、『私』が最終的に完全に消滅することが証明できない限り、彼女は自分を『全知』と規定できないからだ。
 私という存在を無視したり否定する方向に改変したりすることは、彼女の存在意義そのものを否定することになる。
 結果として彼女は、私の存在を可能な限り引き延ばさないとならないのだ。
 
 『理解したわね。そう。私は私であるために、最低にして矛盾しない知識と助言をあなたに与えなければならない。あなたという特異点を完全に既知にするために』
 『解ったわ』
 
 ほむらは今こそ頷く。これはおそらく好機。本来アクセスを許されない絶対的なデータバンクが、バグを起こしてほんの少し開いているのだ。
 
 『で、その知識はどうやって与えられるの?』
 『あなたの質問に、回答可能なことだけを答えることになるわ。時間制限はないけど、あなたに問われなければ私はなにも答えられない。私は本来性質的に、あなたに情報を与えられない存在だから。あなたがここで私から充分な知識を引き出せずに魔女化したのなら、それが答えとなるだけ』
 
 
 
 図書の魔女グリムマギー。その性質は記録。あらゆる知識を求めた者が、全てを知り尽くした果ての姿。彼女は全てを知るが、それを語ることはない。人にとって、彼女は存在することすら知られない存在である。
 
 
 
 『なら問うわ』
 
 とにかく判らないことを聞くしかない。答えられないことに彼女は答えないだろう。だが、答えられないということが、また情報になる。
 
 『何故私は時間を遡ったの? あの戦いと、まどかの願いによって、魔女を生み出す仕組みは消滅したはずだった』
 『その問いには答えられるわ。その答えは今あなたがここにいることによって、存在しない知識に変わったから』
 『どういうこと?』
 
 ほむらは疑問に思う。因果が逆のような気がする。
 
 『理由は簡単。あなたの願いは果たされていない。だからあなたは、あの世界、『まどかの世界』でその存在が消えると同時に、本来の自分へと回帰した』
 『ちょっと待って!』
 
 それはどういうことだ。その言い方だと、まるであの世界は、私がいなければ『存在しないもの』であるみたいじゃないの。
 ほむらは動揺する頭でそう思う。
 そんなほむらに、彼女は冷徹に告げる。
 
 『その通り。あなたが魔獣と戦っていた世界、それは『鹿目まどかの願いによって誕生した世界』に過ぎない。あなたが時を遡って生み出す『未知』よりも弱い、『個人の夢によって生まれた箱庭』に過ぎないのよ。それがどんなに巨大であっても、その存在階位はあなたが時を巻き戻し、『未知』を発生させている世界よりも下になる。両者を繋ぐ『鹿目まどかの記憶を持つあなた』があの世界から消えた時点で、私の存在する『既知領域』から見れば、あの世界は『鹿目まどかの夢』と同レベルの存在でしかなくなる。夢は個人の妄想であり、確定した知識ではないから、私はこうしてその存在を語ることが出来る』
 『……うそ、嘘よ! まどかの願いは、そんな薄っぺらいものじゃない! 真摯な、心からの願いであったはずよ!』
 
 音なき静寂の空間で、ほむらは絶叫する。だが魔女は。
 
 『あなたのいう通りよ。その願いは純粋にして強大。でもその本質は個人による世界の構築。あまりにも巨大な個人に内包された、ただの夢に過ぎない』
 
 魔女には語れなかったが、それは魔女化したまどか、クリームヒルトと何ら変わりはない。
 クリームヒルトがあまたの命を取り込み、その内側に構築した『天国』が、あの世界と同じものである可能性は非常に高い。なぜならそれはまどかの理想そのものなのだから。
 そして魔女はさらなる追い打ちを掛ける。
 
 『確かに鹿目まどかは救われたかもしれない。だがあの世界に鹿目まどかは存在していない。円環の理という概念に昇華した彼女は、あなたの記憶にしか存在していない。気配のような残り香の記憶として彼女の存在を感知する者はいたが、確定した『知識』として彼女を認識していたのは、暁美ほむら、あなただけよ。
 それゆえ、暁美ほむらという存在があの世界から消滅すると同時に、この世界とあの世界は切り離され、この世界から見たあの世界は、夢として私が語れる存在に堕する。
 安心して。それは別にあの世界の消滅は意味していないわ。私からの見方が変わるだけの話。
それに、ね。実のところあなたは鹿目まどかを『救えていない』わ。彼女の心は自分を救われたと認識し、あなたもそれに同意したかも知れないが、客観的に見た時、彼女を救われたと定義できるかははなはだ疑わしいの。
 現にあなたは揺れていた。概念に昇華した彼女を本当に『守れたのか』と。その揺らぎこそが、私がこれを語れる理由であり、まどかの世界との繋がりが切れたと同時に、あなたが願いによって手に入れた力が復活した理由でもあるわ』
 『なら、どうすれば彼女を本当に救えるの! あれでもまだ救えていないなんて』
 
 無音の慟哭は続く。だが魔女は、あのインキュベーター以上に感情を揺らがせることはなかった。
 
 『答えは簡単よ』
 
 そしてあまりにも簡潔な答え。
 
 『全ての鍵は『ワルプルギスの夜』、そこに帰着するわ。あの魔女を『真』に倒すことが出来れば、おそらくは次のステージに進めるはず。今回の帰還で、あなたはいわば『後半戦』に突入する。これから帰り着く世界は、おそらくその様相を大きく変える。いや、変えなければならないの。私の介入も今現在の一度だけ。介入したという事実が、あなたがここを去った瞬間に、私の内部で『既知』に変わるから。後はどうなろうともあなたが力尽きて魔女と化すまで、わたしはただ見るだけの存在に戻るわ』
 『真に、倒す? どういうこと?』
 『これ以上は語れない。当然私はワルプルギスの夜の全てを知っている。だがそれは既知の知識だ。おまえが『真』にあれを倒せばそこから先に進めるというのは、高度な推論であって事実ではないから語れるが、それがなにを意味するのかについては語れない』
 『そう……自分で知れ、ということなのね』
 
 きっと魔女を見据えるほむらに、然りと魔女は頷く。
 
 『一度では無理でしょうね。おそらく数度は鹿目まどかを贄とし、世界を滅ぼしてでもそれを知ることに持ち時間を使うことになるかもしれないわ。あなたの持ち時間は、無限だが有限だから。そしてあなたはその絶望に耐え、今以上の修羅と化しつつも、心を失うことは許されない。今回のことであなたは悟ったはずよ。心を凍らせれば、決して鹿目まどかは救えないと。あなたの心を溶かすために、彼女はまた『世界』を作ってしまう。これは高確率に実現する予測。あなたはこの高確率に実現する未来を覆さねばならない。それこそがあなたの求めたものではなかったの?』
 
 ほむらは唇をかみしめる。
 
 『やって、やるわ……絶対、私は諦めない。絶対、たどり着いてみせる』
 『それでいいの。まだ質問はあるかしら?』
 『特にはないわ。質問しようにも聞きたいことはほとんどあなたにとっては『既知』……つまり話せないことに入るのでしょう?』
 『ええ』
 『ならば特に聞くことは』
 
 そう思ったほむらは、その時ふとある質問を思いついた。彼女はどんな質問にも答えてくれる。なら、こんな質問には?
 
 『いいえ、もう一つ聞きたいことがあったわ。私が彼女を『真』に倒すのに、なにをすればいいの?』
 
 それはある意味カンニングのような言葉。だが意外な事に、この問いは彼女の否定する『既知』には属していない。
 それは未来のことであり、確定した結末ではないのだから。
 そして彼女も、見えない顔で、明らかに笑った。嗤うのではなく。
 
 『よくその質問に気がついたわね。具体的なことは既知に当たるから言えないけど、そう問われれば答えられることはあるわ。
 まず、敵を知りなさい。
 さらに、自分を知りなさい。
 そして、仲間を知りなさい。
 あなたは知らなければならない。私ほどではなくても、より深いことを知らなければならないわ。
 今までのあなたでは、戦い方では、仲間では、今までの繰り返しにしかならない。
 なにを犠牲にしても、何度繰り返しても、知らないことは出来ない。不可能を可能にするのは、常に未知を既知に変える事よ』
 
 それは知る者だからこそ送れる、真理にして未知。
 
 ほむらは、繰り返されるのではない、新たなる未知の世界へと向けて、その一歩を踏み出した。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらが立ち去った図書館の中で、魔女は再び本を読み続ける。
 今彼女が開いている本には、ほむらの宿敵が描かれていた。
 
 舞台装置の魔女 フェウラ・アインナル
 その性質は無力。同じ道を回り続ける愚者の象徴。
 切り捨てられた未来は積もり重なって舞台を築き、道化達はその上で、失敗した戯曲を愚直なまでに繰り返し演じ続ける。
 かの魔女を倒すためには、己が切り捨てた未来を肯定せねばならない。
 
 



[27882] プロローグ・裏
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:28
*指摘のあった矛盾に思われることを補完してみた。矛盾はネタの元。
*前話の判りにくいところは暇が出来たら見直すかも。但し基本的な設定は直しません。


 
 そこは時と理を越えた魔女の結界。図書の魔女が、永遠の読書を楽しむ世界。
 そこに、来客があった。
 
 「いらっしゃい」
 
 絶対静寂の理を破って、魔女は肉声で来客を迎える。
 来客は少女。その姿は魔女の宿敵。
 桃色の髪と無敵の弓を持つ、世界の理を覆した女神。
 
 「ひさしぶり、なのかな。ちえみちゃん」
 
 昇華して世界に溶けたはずの、鹿目まどかだった。
 
 
 
 「行っちゃったんだね、ほむらちゃん」
 
 魔女と女神は、並んで一冊の本を見ている。それは一見、漫画のように見える。
 ただ、普通と違うのは、彼らが開いた時点では、その本は白紙であった。なのに彼らの目の前で、それは漫画と化していくのだ。
 
 「私は小説の方が好きなのだがな」
 「ごめんね。私、小説だと追いつかないから」
 
 本はものすごい勢いでめくれ、漫画はあっという間にページを埋め尽くしていく。
 こんなペースで本をめくっていたら、小説ではとうてい内容を理解出来ないだろう。
 
 「でもこんな形とはいえ、またほむらちゃんと会えるなんて思わなかった」
 「まあ私たちは見ているだけしかできないし、ほむらも気づくのはまだ先だろう。自分がどういう存在になっているのかをきちんと認識するのは」
 
 図書の魔女は嗤う。
 
 「タイム・パラドックス。いわゆる親殺しのパラドックスだ。鹿目まどかの願いは、あらゆる時間も空間も飛び越える、世界の絶対改変。だが、それが成し遂げられるためには、暁美ほむらによる時間の繰り返しが必然となる。まどかの願いが円環の理に至る蓄積を生み出したのが、ほむらが集めた因果によるものである以上、な」
 「私は私の願いで全ての魔女、魔法少女の因縁を断ち切った。でも、ほむらちゃんだけがある意味例外になっちゃってた」
 「ほむらもまどかも気がついていなかったからな。互いの記憶を残す奇跡。それが改変された『世界』に仕組まれたものだとは」
 
 まどかの願いが成立する大前提にほむらがいるため、まどかの『願い』には、ほむらを真の意味で書き換えることは出来なかった。ほむらの存在を改変してしまうと、そこに親殺しのパラドックスが生じてしまう。そしてパラドックスの存在は願いの破綻をきたす。
 この大前提をくぐり抜けるための改変が、自覚無き世界の複写であった。
 まどかの『願い』は、世界を完全複写し、その上で理の改変を行う。改変の後、世界は切り離され、別個の存在となる。切り離された元の世界、『旧世界』は、世界の理であるまどかにすら認識することが出来ない。それはお互いに『存在しない』事になる。
 これならば願いの力をもたらした世界と願いの叶った世界が共存するため、パラドックスは起きない。
 例外となるのは、
 『全てを知ることが出来る』、旧世界の魔女グリムマギー。
 双方に所属する特異点、暁美ほむら。
 女神のまどかは、旧世界の記憶こそ残るものの、改変の結果ゆえ旧世界を直接認識することは絶対に出来ない。それをすることは、すなわち世界の理の破綻を意味する。
 そして改変された新世界へいわば移住していたほむらは、新世界での死と共に前の世界にはじき出されてしまった。
 魔法少女の業は深い。強い願いは、まどかのように世界の理すらねじ伏せる。そしてほむらのそれは、まどかのそれに劣りはしない。まどかと並んで笑い合える可能性のためなら、女神の力さえ打ち砕く。
 まどかが世界を救うために己を消してしまった。その小さな綻びが、特異点であるほむらを新世界に固定化することを妨げた。理性は納得していても、感情を納得させるのは難しい。まどかの存在をほむらがわずかでも望む限り、女神となったまどかでもほむらは止められない。その望みは、等価の思いだから。
 それだけではない。
 ほむらはもう一つの理によって、既に前の世界にくくられている。元々ほむらは新世界においても唯一、まどかの理が及んでいない存在。ほむら自身がそのことを認識した上で新世界への残留を望まねば、まどかを持ってしてもほむらを理に取り込むとは出来ない。
 ほむらと旧世界を繋ぐ理。
 それは旧世界においてただ二つ存在する、世界の理を越えた魔女。
 良くも悪くも、全力を発揮すると神となってしまう鹿目まどか=クリームヒルトと、
 
 
 
 時の流れを歪めたが故に、時を越えて存在する。
 
 結界を持たずに、どこからともなく出現する。
 
 暁美ほむらの絶望。幾たび繰り返しても叶わない夢。時を戻るたびに『無かったこと』になる『失敗・愚昧・無策』がもたらした結果。
 
 彼女が未来を捨て、過去に戻るたび、切り捨てた希望(未来)は絶望(無力)となって世界に蓄積される。
 
 そんな彼女の心が折れ、己の愚劣と無力さに呑まれた時。
 
 無力を性質とする魔女は、うち捨てた未来の可能性、言い換えれば希望を、全て絶望に変えて切り離された時間の中にその実体を表す。
 
 それが通称『ワルプルギスの夜』と呼ばれるもの。
 
 舞台装置の魔女。暁美ほむら=フェウラ・アインナルである。
 
 
 
 「私の願いの隙間がほむらちゃんを元の世界にはじき出した時、それを知ったほむらちゃんが絶望して、ほむらちゃんは魔女になる。それが本来の流れなんだよね?」
 「ええ。それが『私が介入しない』時の流れ。まどかという女神を生み出すために存在する、因果の蓄積装置。ほむらの願いと絶望が生み出す、永遠の舞台装置。それがまどかの昇華と対になる、旧世界における裏面の円環の理よ。でもそれは私のあり方にぶつかる。この私、図書の魔女にして全知の魔女、そして世界最後の魔女たるグリムマギーのあり方と。だからこそ、私はその時より結界を開ける事が出来るようになる」
 
 まどかは新世界の女神、魔女は旧世界の全知。どちらも立場は違えど、『全てを知りうるもの』
 
 「ちえみちゃんも、ようやく次からは参戦するんだよね」
 「ええ、視野を広げ、まどかにこだわる態度を捨てた時、ほむらは初めて全てを知る魔女になる前の私を見つけ出す。まどかに続き、己の因縁をほむらが昇華するために欠かせない存在となる少女、添田ちえみを」
 「どのくらい掛かるのかなあ」
 
 そう呟く女神に、魔女は語る。女神はその特性上旧世界を見ることが出来ない。いかなる世界にも属さない、孤高にして不干渉の魔女たる図書の魔女の図書館で、再構成された情報を見るのがぎりぎりである。
 
 「成功する道があることは確定している。彼女がそれを昇華した時、私の知識が再構成されることも。だがまだそれは『確定』していない。全ては未だ事象の確率の海の中でたゆたっているに過ぎない。だがそれが確定するまでの間、私は今のように懐かしいちえみの心を取り戻せる」
 「楽しみだね」
 「所詮はうたたかの錯覚だがな」
 
 ほむらの勝利は、また一つ世界の複写を呼ぶことになる。その時ほむらは、新たな存在としてこの図書館でまどか等と再会することになる。
 それは確定するはずの未来。より正確には、可能性が存在していることは、必ず実現するという、善意によるマーフィーの法則。
 最悪が起こりうるのと同様、成功率絶対ゼロを証明できない事象は、必ず実現するのだ。
 それが奇跡。それが、人間。インキュベーターが渇望した、エントロピーを覆すものである。
 
 
 
 少女達のお茶会は、意外と長い間続いた。



[27882] 真・第1話 「私はなにも知らなかった」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/13 00:05
 「……そういう事になるのね」
 
 少女は、入院先の病室でテレビのニュースを見ながらつぶやいた。
 テレビに映るのは、なにかの災害にあったのか、ひどく壊れた町並み。
 その上にかぶさるテロップには、こう書かれている。
 
 『見滝原を襲った竜巻の恐怖』
 
 毎回必死になって守っていた街が、なにがあっても守ると誓った少女の住む街が、その周辺も含めて無残にも崩壊した姿だった。
 
 
 
 
 
 
 
 --敵を知りなさい。
 --自分を知りなさい。
 --仲間を知りなさい。
 
 --知らないことは出来ない。不可能を可能に変えるのは、常に未知を既知に変える事よ。
 
 ほむらはいつものように入院先で目覚めた直後、魔女ではあったが、偽りなき彼女の言葉を必死になって考えた。
 自分には幾多のループによって蓄積した、たくさんの経験がある。まどかだけでなく、巴マミや、美樹さやか、佐倉杏子の事も知っている。だが、それだけでは足りないと彼女は言った。
 ならば自分はこれ以上なにを知ればいいのか。そこから先はあの全てを知る魔女には答えられない領域になる。だから彼女も具体的には言わなかった。ただ、知識を集めろとしか。
 
 だが自分にはまだ判らない。自分の努力の、なにが足りないのか。
 ただ、彼女のアドバイスで一つだけ思いついたことがあった。
 今までのような、『修正』ではおそらく駄目なのだと言うこと。
 今までの自分は、前回失敗したことを踏まえ、次の回にはその不具合を『修正』するような形で事に当たってきた。トライ&エラーという手法である。
 だとすれば、どんな手段を取ればいいのか。なのになにも思いつかない。
 その時、ほむらは気がついた。思いつかない……自分が、なにも知らないことに。
 自分の視野が、ものすごく狭くなっていたことに。
 
 (一つ、判った……。私はあまりにもなにも知らない。今まで、考えもしなかった)
 
 ふと、社会の授業を思い出す。ソクラテスだったか。確か、無知の知、とか言うはず。
 
 これがそういう事なのか、と思いついた自分を、ほむらは笑う。
 どうやら、私はなにも知らなく、そして色々考えないといけないらしい。
 そう考えて、考えて、考えて……
 
 考えすぎて、思わぬ失敗をした。
 
 
 
 夜更かしをしすぎて体調を崩したのである。
 もちろん魔法少女となった自分の体は本来そんな事とは無縁である。ただ、基本的にそうと意識しなければ、眠くもなるしお腹だって空く。無理をさせれば代償として魔力を消費し、ソウルジェムを濁らせることになる。
 おまけにそれを看護師に見つかったのがまずかった。結果退院が延期され……転校も延期されてしまった。
 
 (なんという大失敗……)
 
 思わず真っ青になるほむら。転校が遅れたら、なにもかもが崩れてしまう。まどかは魔法少女となり、あの最初の悲劇がが繰り返され……そこではたと気がついた。
 『自分にとって』の全ての事の始まりは、転校して『ほむら』が『まどか』と出会った事。
 ならば、もし……
 
 (そもそも自分が、まどかと出会っていなかったら。まどかがマミと共に、ワルプルギスの夜まで、私と共に行動していなかったら)
 
 それは恐ろしい想像だった。もしかしたら、全ての悲劇は、その根源がキュゥべえに有ったとはいえ、自分もまたその要素だったのではないのか……
 
 ほむらはそんな想像をしてしまい、思わず自分を抱きしめる。
 もし、それが事実なら。
 もし、このまま自分がまどかと知り合わない未来が、むしろまどかを救う事になってしまったら。
 
 
 
 ……間違いなく自分は魔女と化す。そのことは容易に想像が付いた。
 
 
 
 
 
 
 
 この時のほむらは、凍らせた心がひび割れる寸前だった。鬱病患者のように不安が間断無く襲い、自分でもよく魔女化しないで持ちこたえられたのかが不思議なくらいだった。
 だが心の不安定化は、体力の低下と再発の恐れを呼び、約一ヶ月の間、彼女はなにもする事が出来ないまま、揺れ動く心を抱えたまま過ごす事になった。
 
 そして、運命の日--
 
 
 
 見滝原は、一夜にして壊滅した。
 
 
 
 
 
 
 
 たとえ自分がいなくても、ワルプルギスの夜は現れ、見滝原を崩壊させる。
 この事実は、ほむらを安堵させると同時に、自分が安堵した事を自覚してまたほむらを落ち込ませた。
 そんな相反する鬱な気分の中、ほむらはゆっくりと思考する。
 今自分は、一つの事を知った。
 自分が介入しなければ、まどかはワルプルギスの夜を倒せない。
 自分が彼女と出会う事は、まどかを救うためには『必然』なのだという事を。
 そしてそこでまた考える。
 
 自分とまどかが出会う事、知り合う事はどうやら必然らしい。
 だがそれは、『親友』として必要なのか?
 自分と佐倉杏子のような『戦友』ではいけないのか。
 それとも最初に出会った時の、巴マミとまどかのような『師弟関係』というのもあるのではないか……いや、これはまどかを魔法少女にする事だ。却下……いや、保留。
 間違えてはいけない。ワルプルギスの夜を一撃で葬り去る魔法少女になったのは、『最後の瞬間まで魔法少女にならなかったまどか』だ。
 最初から魔法少女だったまどかは、そこまでの力は発揮せず、共同で当たっても破れている。
 キュゥべえは自分が時を戻す事がまどかを強くしたと言ったが、それだけなら今回まどかはワルプルギスの夜を倒せたはずである。
 一度女神と化したことでその因果も巻き戻ったのか、あるいは自分という存在が必要なのか。
 それとまだ自分は、まどかが最後まで契約しない、という未来を見ていない。
 奇跡の世界を生み出したまどかでさえも、その源泉は『まどかが魔法少女になる事』だ。
 もしかしたら、まどかの魔法少女化無くして、ワルプルギスの夜は倒せないのかもしれない。だがそれもまた確定していない。
 
 
 
 ……この辺まで考えたあたりで、ほむらは頭痛を感じて一息つく事にした。今の自分は思わぬ失敗で魔女化寸前のポンコツ魔法少女だ。一度時を巻き戻し、手頃な魔女を狩ってグリーフシードを手に入れないと、あっさり魔女化しかねない。
 それと同時に思い知る。知る事がいかに大切か。自分が視野狭窄に陥って、いかに多くの事を見落としていたのか。
 
 図書館の中で出会ったシルエット魔女に、今ほむらは思いっきり感謝する。
 
 「確かに、私はなにも知らなかったわ。こうして解き放たれてみれば、可能性はまだまだたくさんある」
 
 自分に問い掛けるように、声に出してほむらは語る。
 
 「当然だと思っていた事をあえて否定してみる……これも思考する事の一つの手段なのね」
 
 声に出す事で、飛躍する思索を抑え、まとめていく。
 
 「私はまどかの親友になるべきなのか。私の仲間となる魔法少女はあの四人だけなのか」
 
 時間の制約がある以上、海外とかの魔法少女は無視してもいいだろう。だが、近隣の魔法少女は、佐倉杏子だけなのか?
 いや、そんな事はない。杏子は強力な魔法少女だが、見滝原周辺の魔法少女が、彼女だけという事はないはずだ。
 
 「見落とした仲間がいるかもしれない。見落とした事実があるかもしれない」
 
 その先にある事実に、心が痛む。
 
 「それを知るために、まどかを苦しめるかもしれない。見捨てるかもしれない。繰り返せるからという理由で」
 
 締め付けられるような心の痛みが、ほむらの枯れたはずの涙を絞り出す。
 
 「でもっ、私は知ってしまった! 今までより遙かに広い、あり得る可能性を!」
 
 少女の慟哭が、闇に響き渡る。
 
 「まどか、ごめん! その代わり、ぜったい、見つけるから……!」
 
 叫びと共に、ほむらの姿が変わる。見滝原中の制服に似た、魔法少女の姿に。
 
 
 
 そしてほむらは、この時間軸から姿を消した。
 
 



[27882] 真・第2話 「次は、絶対助けてあげる」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/13 00:05
 ほむらが見滝原総合病院を退院して見滝原中学に転入するまで、一週間弱の空き時間がある。
 なにもしなかった一ヶ月から帰還したほむらは、かなり濁ってしまっているソウルジェムの浄化のために、手頃な魔女を倒す事にした。
 いつものループでは、この一週間は武器の調達とキュゥべえ狩りに使っていた。
 かつての経験から、ここでキュゥべえを無駄と知りつつ狩っておかないと、まどかとキュゥべえが接触して、まどかが魔法少女になってしまうのだ。
 だが今回はキュゥべえ狩りをする時間がない。正確にはその時間を魔女を狩るために使わねばならない。
 毎度お世話になっている暴力団事務所から毎回愛用している武器を確保すると、ほむらはいつもと違う街に足を踏み入れた。
 
 残念な話だが、今までほむらは見滝原中学周辺では、薔薇の魔女か芸術家の魔女が現れるまで魔女を見かけていない。この時間ではまだ両者とも孵っていない可能性が高いのだ。
 魔女の大本が魔法少女とはいえ、そうそう魔法少女が頻繁に魔女になるわけではない。
 大概は一人で戦っていた魔法少女が力尽き、人知れず魔女になるパターンの方が多いと、ほむらは思っている。さやかのような事が頻繁に起こるのなら、もっと噂になっているはずだ。
 そのためほむらは、いつもキュゥべえを待ち伏せするルートを捨て、今まで踏み入れた事のない、近隣の街へと足を伸ばしたのである。
 とりあえず杏子の縄張りとは反対の方に足を伸ばす事にする。見滝原を地盤とする巴マミも、その近隣を地盤とする佐倉杏子も、魔法少女としてはアクティブな方だ。それはいわば、彼女たちの領域に潜む魔女は狩られている可能性が高い上、ぶつかり合う可能性も高いという事である。
 加えてマミはわりとお人好しだ。敵対しなければグリーフシードを分けてくれさえする性格なのは経験済みである。なのでどうしても見つからなかったらマミのところへ行くという最終手段もある。それゆえいきなりマミのところはまずい。
 
 「一ヶ月しかないからとはいえ、私の世界は狭かったのね」
 
 未知の町並みを、ソウルジェムの輝きに気をつけつつ、ほむらはひとりごちる。
 トライアンドエラーでは追いつかない、ならば。
 鬱に陥る自分と戦いながら、一月の間それでもほむらは考えた。
 
 「検証していく。一つの事項のために2週か3周してでも、それが『やるべき』なのか『やってはいけない』のか、それとも『どうでもいいのか』を確実に蓄積していく」
 
 人気の消えた裏路地で、自分に言い聞かせるようにほむらは言う。
 
 「確定した知識は、たとえ何周しても消えない、確実な『力』に変わる。それを蓄積して、まどかを救うための『標』となす」
 
 それがまどかを見殺しにする事になっても。
 
 (繰り返す事は見捨てる事。最後の一回が成立するまで、私はまどかを『殺し続ける』事になる)
 
 それはほむらが、鬱の思考の中でたどり着いた、一面の真実。
 たとえ毎回まどかを救うためにあがいたとしても、それは否定しきれない真実なのだ。
 ただ一度の成功以外は、全てまどかを苦しめる事。苦しめなくとも、まどかを別のなにかにしてしまう事。
 今までの自分は、先の見えない近道を進んでいた。だがそれでは堂々巡りの可能性も高い。ならば。
 
 (地図を作る。この一ヶ月に、自分が知りうる事の出来る地図を。その地図の中から、まどかを救うための道筋を、必ず見つけ出す)
 
 そんなことを考えながら、未知の地を歩く事3日。
 
 
 
 「あああああああああっ!」
 
 
 
 過去聞いた、そして二度と聞きたくない叫び声を、ほむらは聞いた。
 それは魔法少女が、魔女と化す時の、断末魔の、悲鳴。
 時を止めて駆けつけたいが、あまり魔力に余裕がない。
 断腸の思いで、ほむらは駆け出した。
 
 間に合わなかった。そこには既に、結界が出現していた。
 そして聞こえる声。
 
 『君は魔法少女だね? 大変なんだ! すぐそこに魔女が出現したんだ!』
 
 長い耳に浮かぶ円環を嵌めた、白いマスコットを思わせる小動物がいた。
 そのまま撃ち殺そうとも思ったが、今は魔女の方が先だ。
 ほむらは結界の中に飛び込んでいく。
 
 「これ……!」
 
 広がる結界は、見覚えのあるものだった。無限に広がる本棚。そして本に手足の付いた使い魔。
 それはあの、全知を名乗る魔女のそれに非常によく似ていた。
 だが、完全に同じではない。
 かの魔女の結界内の本棚は、摩天楼どころではない高さを持っていた。本棚というより壁であった。だがこの魔女の本棚は、無限に広がるものの高さは低い。
 何より違うのは、魔女の本体だった。
 かの魔女は、自分と背丈も変わらない、シルエットの少女だった。だがこちらは。
 
 巨大な机。それは小学生が好みそうな、学習机を思わせる。
 そこに座る、一応人型をしたなにか。
 胴体は中学生くらいを思わせる女性だか、頭部が存在していなかった。
 代わりにあるのは、顔面の位置に浮かぶ仮面。
 
 魔女は、本をものすごい速さで読む。終わりまで行くと、首をひねり、再び初めから本を読み始める。
 ただひたすらにそれを繰り返したいた。
 
 「似ているけど……ちがう。これって、さやかの時みたいに……」
 
 思わず考えに耽ってしまったほむらの元に、使い魔が襲ってくる。
 
 『危ない!』
 
 キュゥべえのテレパシーが割り込んでこなければ、不覚を取ったかもしれない。
 間一髪、白紙のページを開いて襲ってくる使い魔をさけ、取り出した拳銃で逆襲する。
 使い魔は、銃弾一発で砕け散った。
 
 『大丈夫かい? まだ慣れていないのかな?』
 
 心配そうに聞いてくる小動物を無視して、ほむらは戦いに意識を集中する。
 
 
 
 魔女は、それからわずか30秒後に撃破された。
 あまりにも弱い魔女だった。
 
 
 
 ほどけた結界の後に、グリーフシードが転がっている。ほむらはそれを使って、ソウルジェムの濁りを払った。
 
 『驚いたな。見かけない顔だから新人かと思ったら、ずいぶん強いんだね』
 
 「一つだけ確認するわ」
 
 なれなれしく話しかけてくるキュゥべえに、ほむらは冷たく言い放つ。
 
 「今の魔女は、魔法少女が魔女化した直後のものね」
 『……』
 
 しばしの沈黙の後、キュゥべえは答えた。
 
 『君はそれを知っているんだね。魔法少女の真実を』
 「知っているわ。それを今更どうこう言いはしない」
 
 そう。今更なのだ。だが、それとは別に、未来へ向けてのメモリーが一つ増えた。
 
 「教えなさい。今魔女化した魔法少女の名前は?」
 『それを聞いてどうするの? 彼女は消滅した。肉体も滅んでいるから、彼女の存在した痕跡は何も無いのに』
 「あなたが理解する必要はないわ。答えなさい」
 
 そう言って銃を突きつけるほむら。
 
 『仕方ないなあ。教えないと君のソウルジェムが濁りそうだからね。彼女の名前は添田ちえみだよ』
 「添田、ちえみ……」
 
 ほむらはその名前を心に刻む。
 
 「もう少し詳しい話を。知っているのでしょう」
 『ここ、見河田町の、見河田中学1年だよ。それ以上は知らない』
 「あと一つ、彼女が願ったことは」
 『頭が良くなりたい、だったよ。自分は馬鹿で、物覚えが悪いから、きちんといろんな事を覚えられるようになりたいって』
 
 それを聞いたとき、ほむらは理解していた。その少女は、『彼女』だと。
 だが、あの彼女は、たどり着いた果ての絶望で魔女になったと言っていた。それにしては姿も違うし、脆すぎる。
 さやかが魔女化した時は、結界内の様子や使い魔の姿は違ったが、魔女本体の姿や能力は同じだった。
 この違いはなんなのかしら、そう思った時、彼女の言葉が思い出された。
 
 
 
 --もしこれが知識を『求める』事だったら、私は無差別に人の記憶を奪いながら、自分は一切それを覚えられない、そういう存在になったでしょうね。
 
 
 
 あの魔女の姿は、頭部を--つまり、ものを記憶する『脳』を持たない姿をしていた。だとしたら、今自分が倒した魔女は、あの魔女が、『全知に至る前』に魔女化した姿だったのではないか。
 それにもう一つ。全知の魔女は既知を語れない。だが、仮定によって語られた事は、限りなく真実に近い。それは背後にある全能の知識より導き出される予測を、嘘偽りなく語るものだから。加えてあの魔女は、直接自分に繋がらない世界の事に関しては真実を語れる。この魔女が、自分が取り得た可能性の一つならば、それは全知の魔女となった彼女から見れば『あり得ないこと』になるので、彼女はそれを語る事が出来る。
 いずれにせよ。
 添田ちえみという少女は、あの全知の魔女に至る存在である可能性が極めて高い。だとすれば魔法少女としての彼女は、全知の魔女が語ったように『戦闘力は低いが、組んだ相手に必ず勝利をもたらす』という存在になるはずである。逆に言えば単独では役立たずのまま恐怖などから魔女化する可能性も高いという事だ。
 これは重要な情報だ、とほむらは思った。自分が万全なら、添田ちえみの魔女化は防げる可能性が高い。気になる事、矛盾はいくつかあるが、時間を考えても仲間に引き込めれば今までの流れを変える一因となるのは間違いない。
 
 「次は、絶対助けてあげる」
 
 今回は間に合わなかったが、次回は必ず助けよう。
 用済みになったキュゥべえを撃ち殺しつつ、ほむらは、そう心に刻み込んだ。
 
 
 
 見滝原中学に転入した時点で、まどかは既に魔法少女になっていた。理由は以前と同じ、猫の命を救うため。強さは初期の頃のまどか程度だった。この点についてはまた別の機会に検討する必要性あり、と心に刻む。
 それはそれとして、今回はマミのフォローをして共にまどかを鍛えてみた。
 魔法少女の真実は語らない事にする。少なくともマミにとってなにかの切っ掛けがなければ、待っているのは同士討ちであろう。
 さやかは恭介のために契約した。
 杏子とのいさかいは知っていたのでフォローしてみる。結果5人の魔法少女がそろい踏みした。
 だがそれも一時。やはりさやかは魔女化し、私たちで倒す事になってしまった。魔女化した際の結界はディスコの方。
 そしてやはりマミが錯乱。予測していたので杏子を助ける事は出来たものの、マミは自殺した。落ち込むまどかのフォローに全力を尽くす事になる。
 そしてワルプルギスの夜。今回は私、まどか、杏子の三人で挑む。
 もちろんこてんぱんにされて負けた。武器が足りなかったのも一因だとは思うが、さして重要な要素ではないだろうと判る。前回も思ったのだが、単なる火力ではどうも難しい気がする。
 あと今回は過去に戻れる事は話していなかったので、まどかの願いを聞く事はなかった。
 今回新たに判った事は総合して3つ。
 全知の魔女の元と思われる、添田ちえみという少女がいる。
 ワルプルギスの夜に対しては、ただの火力では対抗出来ないかもしれない。
 まどかが魔法少女となる時、その実力は願いの強さに比例する可能性が高い。
 もしくは女神化した世界を経由することによって因果の蓄積が消えている。
 
 
 --こうして少しずつでも知識を増やしていけば、まどかを昇華させずに倒す道も見えるはず--
 
 
 
 そしてほむらは、この時間軸から姿を消した。

 
 



[27882] 真・第3話 「先輩、よろしくおねがいします!」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:40
 見河田町。見滝原を流れる川の下流に当たる地域。
 武器弾薬を補充し、ついでにキュゥべえを少し狩ったあと、ほむらはここ見河田町にある、見河田中学へ来ていた。
 
 目当ての彼女が誰かは一目でわかった。
 肩にキュゥべえを乗せていてわかるなと言うほうが無理だ。
 見た目は焦げ茶色の、軽さを感じさせるショートカットの少女だ。スタイル的にもまだまだ子供っぽい。
 
 「あなたが、添田ちえみ?」
 
 ほむらは彼女が友達等と別れて一人になったのを見計らって、声を掛ける。
 
 「は、はいっ、そうですけど、あなたは?」
 
 彼女の様子を見て少し違和感を感じるほむら。全知の魔女は自分のことを『出会ってすぐキュゥべえの正体も知った』と言っていた。だとしたら相当強靱な精神力の持ち主の筈だ。
 だが彼女はむしろ眼鏡を掛けていた頃の自分のような雰囲気を纏わせている。
 お世辞にも強いようには見えない。
 
 『ちえみ、どうやら彼女も魔法少女のようだよ』
 
 肩のキュゥべえに言われ、ちえみは落ち着きを取り戻したようだった。
 
 「え! あの、本当ですか?」
 「私にはキュゥべえが見えているのよ」
 
 それで充分通じた。そのとたん彼女の表情は、かつての自分からマミに出会った時のまどかのようなものになる。
 花が咲いたような、という表現はこういう時に使うのだろうと思わせる変化だった。
 
 「うれしいです! わたし、他の魔法少女の人には初めて出会いました! 私、魔法少女になったけど、へっぽこで、使い魔一体倒せないだめっ子なんです」
 「キュゥべえ」
 
 ほむらはキュゥべえを睨み付ける。
 
 「あなたにしては珍しいわね。見立て違い?」
 『いや、素質は凄いんだ。君も感じるだろう? この子の魔力は』
 「ええ。普通ならどんなにへっぽこでも、使い魔ごときには負けないはずね」
 
 実際、ちえみから感じる魔力はかなりのものだ。間違いなくマミより上、一撃でワルプルギスを倒したまどかよりは下、というくらいは感じられる。
 キュゥべえが契約を望んだのも理解出来る。
 
 「でも駄目なんです。私、どういうわけだか、戦う力が全然無くて……」
 『どうも彼女の魔力は、特殊能力に偏っちゃって、それを生かし切れていないみたいなんだ』
 
 沈むちえみとそれを慰めるキュゥべえ。こうしている限りはいいコンビだ。
 それにしてもおかしい、と、ほむらは思う。彼女はあの魔女に聞く限り、一目で相手の弱点を見切る力を持つはずだ。それこそキュゥべえの正体を一目で断定できたとも。
 だが今目の前にいる彼女からは、そんな様子はかけらも感じられない。
 考えられる理由は二つ。彼女はあの魔女と別人か、まだ自分の力を把握していないか。
 
 「その特殊能力って? 聞いてもよろしいかしら」
 「はい、あの……」
 『待って、ちえみ』
 
 素直に答えそうになるちえみをキュゥべえが止める。ここは止めるキュゥべえが正解。
 やはりちえみはまだキュゥべえの正体を知らないことは間違いない。
 そしてキュゥべえがきちんと世話を焼いているということは、間近い無く初心者魔法少女。
 とりあえずここは様子見、とほむらは判断した。
 
 『教えてもいいけど、出来ればおねがいがあるんだ』
 「その子のヘルプをしろと言うのでしょう」
 『話が早いね』
 「そのくらい予測できるわ。そちらの話が無茶振りでない限りはいいわよ」
 
 グリーフシードを全部寄越せとか言わない限りね、とほむらは言う。
 
 『実際ぼくにもよく判らないんだ。彼女には間違いなく強い魔法少女になる素質がある。なのに、彼女に出来るのは、最低限の強化と、後はこれだけ』
 
 まわりに人がいないのを確認して、ちえみはソウルジェムを取り出す。
 マミの紅茶を思い出す、透き通った、濃い琥珀色のソウルジェムであった。
 
 そのまま魔法少女の姿に変わり、『力』を発動させる。
 その姿は茶系統でシックにまとまったブレザーとスカート、ロングソックスと茶のローファー。ソウルジェムは珍しいことにモノクルに変形して左目に装着された。
 そして前に差し出された両手の間に召喚されるのは、彼女が両手で抱えてなんとかぎりぎり持てる位の、図鑑か百科事典を思わせる巨大な本。
 だがその中は、全て白紙であった。
 
 「見ての通り、中になにも書いてないんです。私てっきり、ここに魔法の呪文が一杯書いてあるんだと思いましたけど。まさかどっかのゲームみたいに、この本を鈍器として殴るわけでもないでしょうし……」
 『彼女は知性に関する願いをしたから、ぼくもそういう呪文的魔法を使う方向性だと思っていたんだけど、どうも違うみたいなんだ。残念ながら、ぼくには契約によってどんな能力が芽生えるかはわからないからね。普通は自然に能力がわかるはずだし』
 
 なるほど。ほむらはあの魔女が干渉してきた理由が少しわかった気がした。
 まどかのような無茶すら通る魔法少女の願いだ。全知の魔女があそこで干渉してきたのは、卵と鶏なのかもしれない。
 どう考えても目の前の少女があれになるとは考えづらい。前回倒した魔女になる方がよほど信憑性がある。だが、まどかが神になってしまったように、この子があれになってしまう未来も、きっと存在しているのではないだろうか。
 まあ、全部自分の勘違いということもある。が、いずれにせよ放っておく線はない。
 
 「いいわよ。私は見滝原中学2年、暁美ほむら。しばらくつきあってあげるわ」
 「あ、ありがとうございます。でもなんで見滝原からわざわざこっちまで?」
 
 実際見滝原からここまでは女子が歩いてくるには少し遠い。
 
 「キュゥべえに聞けば知っていると思うけど、見滝原中には、巴マミって言う腕利きの魔法少女がいるのよ。言い換えれば見滝原中周辺は彼女の縄張りなの。私も腕には自信があるけど、私は転校生だから、彼女の縄張りを訳もなく荒らすわけには行かないわ」
 「そうなの? キュゥべえ」
 『うん、名前は聞いたことがあるよ。かなりのベテランの筈だ』
 「後彼女は優しくて面倒見のいい性格だから、私がもし敗れたりいなくなったりしたら、彼女を訪ねてみるのもいいかもしれないわね。注意することは彼女には隠し事をしたり突っ張ったりしないこと。困ったことがあるなら素直に頼った方がいいわ」
 
 マミの話題が出たついでにほむらは彼女のことを紹介しておく。
 面倒見が良くて寂しがりやの面もあるマミのことだ。こちらの都合が悪くなったら、あれに丸投げするのもありだろう、と、ほむらは少し黒いことを考える。
 
 「わかりました。暁美さんから紹介されたって言えばいいですか?」
 「あ、ごめんなさい。私のことは私がいいって言うまでは黙っていてくれないかしら」
 
 思わぬ事を言われ、ちょっと慌てて口止めするほむら。
 
 「私はマミのことを知ってはいるけど、あちらはまだ私のことをよく知らないはずなのよ。私が彼女のことを知っているのは、転校前に下調べしたせいだから。魔法少女同士にも、色々あるのよ。グリーフシードの扱いや分配を巡って、けんかになったりすることもあるから」
 「ほえ~、いろいろあるんですね~。勉強になります」
 
 素直な子なのね、とほむらは少しほほえましく思う。ひょっとしたら巴マミがかつての自分を見る目がこう言う感じだったのではないだろうか、などと思えてくる。
 そう思ったとたん、過去の自分という言葉に何故かとてつもない気恥ずかしさを感じるほむら。ひょっとしたら、これが黒歴史というやつかと彼女は思った。
 
 「さて……大分引き留めちゃったわね。時間大丈夫?」
 
 ほむらは携帯を取りだして、時間を確認しつつちえみに問い掛ける。
 
 「あ、私は大丈夫です。両親とも帰りがものすごく遅いんで」
 「あら、大丈夫なの?」
 「いわゆる技術系中小企業って言うやつです。お父さん、規模は小さいけど金属加工でNC旋盤より精密な切削とか出来るんですよ。腕に人が付いていますから、不況とも今のところ縁がないです」
 「凄いわね」
 
 ほむらは素直に感心した。
 
 「お父さんも凄いけど、お母さんも凄いんです。お母さんは営業方面で凄くて、お父さんの腕がどうしても必要な仕事を見つけ出して取ってくるんです。だから外国とかの単価の安い仕事のせいでコストとか下げなきゃいけないところみたいな苦労はしていないんです」
 「本気で凄いわ」
 
 ますます感心するほむら。
 
 「おまけにお父さん、面倒見が良くてお弟子さん何人も育ててますから、自分が倒れても安泰だって言ってます。私も女の子で中学生なのに、何故か旋盤回せるんですよね」
 
 うれしそうに語るちえみを見て、ほむらはふと違和感を覚えた。
 
 「ねえ、ちえみさん」
 「あ、ちえみでいいですよ。先輩ですよね、暁美さん」
 「それもそうね。じゃあちえみと呼ばせてもらうわ。私もほむらでいいわよ」
 「先輩ですからほむらさんかほむら先輩かで呼ばせていただきます。どっちがいいですか?」
 「どちらでもいいわ」
 「じゃあほむら先輩でおねがいします。で、なんですか?」
 
 ほむらは少し居住まいを正すと、真剣な顔をして聞いた。
 
 「ちょっと立ち入った話を聞くけど……あなた、なんで魔法少女になったの? 魔法少女は契約の際願いを叶えてもらえるけど、リスクは大きいわ。なにか大きな問題を抱えてでもいない限り、安易になっていいものではないのよ。
 話を聞いた限りでは、あなたは特に問題を抱えてはいないように見えるし」
 「あ、そうみえるんですか。良かった」
 「?」
 
 突然見えなくなった話に、ほむらは首をかしげる。
 
 「私、普通に見えますよね」
 「見えるけど……!」
 
 唐突にひらめいたことがあった。前回、キュゥべえは言った。
 彼女の願いは、『頭が良くなりたい』、だと。
 
 「私、魔法少女になるまで、ものすごくおばかさんだったんです。人の名前とか、漢字とか、全然覚えられなくて。手作業とかは忘れないどころか、お父さんにも『男だったら俺の跡継ぎ決定なんだがな』って言われるくらいすぐに覚えられるのに、学校の勉強とか全然駄目で。
 そりゃ勉強できない人はいると思いますけど、日本人でどうしても九九が覚えられないのって、ちょっと悲惨だと思いません? それに私、学校行っててもどうしても隣の席の人の名前が覚えられなかったんです。担任の先生の名前も。だから全然友達とかも出来なくて」
 『彼女は多分サヴァン症候群って言われる、ちょっと変わった発育障害だったんだと思う』
 
 サヴァン症候群。それは特定の分野に対して超常的なまでの能力を持つ知的障害のことである。天才はどこかが欠けるかとでも言うように、天才的な分野と、その代償になったかのような欠落を抱える症状を示す。
 
 『彼女の願いは『天才じゃなくてもいい、ちゃんと人の名前を、なんでもないことを忘れない頭が欲しい』っていうことだったんだ。後そのことについて家族とかが気にしないっていうオプションも付けたけどね』
 「そうだったの……ごめんなさい。無神経なことを聞いて」
 
 ほむらは丁寧に頭を下げる。ちえみはそれを見るとわたわたしながら叫ぶように言う。
 
 「いいんですよ、知らないことを知ろうとするのは当たり前ですし。でもなんでわざわざそんなことを確認するんですか?」
 「魔法少女はね、お気楽にやるものじゃないから」
 
 じっとちえみの顔を、目を見つめて言うほむら。
 
 「魔法少女の契約は、万能の奇跡をもたらす。でもね、当然それは重いものなの。あまり軽いことを願いにしちゃうとね、魔法少女としての努めの重さに、心が折れちゃうのよ。
 心が折れた魔法少女に待つのは、ある意味死よりも悲惨な運命。そうならないためには、かなえた奇跡、心からの祈りを支えに出来ないと、とってもつらいから」
 「……そうなんですか。ほむらさんはどんな願いを?」
 
 ほむらは視線を外し、後ろを向く。
 
 「ちょっと自分以外のことも関わるので、具体的には言えないの。ごめんなさい。でもね」
 
 そして振り向いたほむらの顔の厳しさに、ちえみは思わず身を竦ませてしまった。
 彼女の願いが、とてつもなく重いものなのが、その表情だけでわかってしまった。
 
 「その誓いが、願いがあるから、私は魔法少女としての重圧に、戦いの、死の、そして……それより重い宿命にも耐えられる。ちえみさん」
 「は、はい!」
 
 そのあまりにも真摯な瞳に、ちえみは思わずしゃちほこばる。
 
 「あなたの願いは個人的なものだけど、意外とそういう方が魔法少女の祈りとしては良かったりするのよ。奇跡で手に入った自分を維持しようっていうのは、意外といいモチベーションになるから。これが他人のためだったりすると、案外思わぬ事でぽっきりと折れたりするの。でも自分のためなら、自分を裏切れないでしょ?」
 「……ですよね」
 「これがダイエットしないですむ体重とかだったら、それは自分を甘やかす願いだからあれだけど、あなたの祈りには確かにそれを望む価値と資格があるわ。なら私はあなたを認める。戦闘力なんて、これからいくらでもやりようはあるから」
 
 見つめられてちえみは顔が赤くなるのを感じる。
 
 「そう、ですか?」
 「ええ。実は私もね、能力的にはそれなりに凄い力なんだけど、それだけではなんにもならない力だったの。だからそれを補う努力と工夫をして、ようやく戦えるようになったのよ」
 
 そうちえみに説明しつつ、ほむらは自分にたいして奇妙な感想を持っていた。
 自分はこんなに親切だっただろうか、饒舌だっただろうか。
 だが、何故かそんな自分を心地よく感じるほむらであった。
 
 「……時間をとりすぎたわね。一応魔女の反応が無いか探してみて、問題なかったら一旦別れましょう。あと、携帯持っているかしら。近くならキュゥべえがテレパシーを中継してくれたりも出来るけど、さすがに見滝原と見河田じゃ無理だから」
 「はい」
 
 お互いの番号を交換するほむらとちえみ。
 
 「それじゃ」
 
 それが終わると、ちえみはほむらに向かって頭を下げた。
 
 「先輩、よろしくおねがいします!」
 「い、いえ、こちらこそ」
 
 思ったよりハイテンションのちえみに、ほむらは少し早まったかと思うのであった。



[27882] 裏・第3話 『契約は成立したよ』
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/13 00:06
 ちえみと別れ、ほぼ日も落ちた見滝原を歩くほむら。
 その背後に、音もなく忍び寄る者がいた。
 
 『いるのはわかっているわ。話すことがあるのでしょう。ただ、私の視界に入らないでくれるかしら。反射的に殺しそうになるから』
 『へえ、現れると同時に僕たちを殺しまくった人物とは思えないね』
 
 振り向くこともなく歩き続けるほむら。その背後に、従うように歩いているのはもちろんキュゥべえだ。
 
 『そう、さっきはありがとうね。ちえみの前では、私のことをおくびにも出さないでいてくれて』
 『彼女に君のやったことを教えるのは損な気がしてね』
 『正解よ。少なくともちえみに付いているあなたには一切手を出す気はないわ。ただ、鹿目まどか。あれは諦めろ、とはあえて言わないけど、しばらくは様子見に徹した方がいいと助言するわ』
 
 無言の会話が、雑踏の中で紡がれていく。
 
 『どういうことだい?』
 『然るべき手順をふめば、彼女は全宇宙をも救う存在になる。でもね、それは必ずしも正解じゃないって言う事よ』
 『その言い方、どうやら君はいろいろなことを知っているみたいだね』
 『そのことは今更隠し立てする気はないわ』
 
 自分でも少し意外だと思う発言をするほむら。今までほむらにとって、キュゥべえ……インキュベーターは、まどかを騙し、己が目的のために利用する悪鬼羅刹の如き存在であった。
 だが今の自分は、インキュベーターに対して、そういう燃えるような憎悪を抱いていない。
 いや、まるで自分こそがインキュベーターにでもなったかのように、彼らの利用価値を冷静に計算している自分がいる。
 そう、今の『後半戦』になってから、ほむらはいろいろなものに対する感情が変化しているのを自覚していた。
 まどかに執着しなくなった。いや、正確には執着する自分を自覚し、最後のために途中を切り捨てるだけの非情さを身につけた。
 視野が広くなった。まどかという中心点をあえて外すことにより、まどかの周りしか見えていなかった自分は、今や遙かに広い世界を見渡せるようになった。
 その中にはインキュベーターという存在に対する見方もあった。彼らは確かに忌むべき悪魔である。だが彼らは基本的に一切嘘をつかない。それは彼らも認めることだ。聞かれないことには答えない、都合の悪いこと、彼らの目的に沿わない行為を誘発することは説明しない。そういう悪辣な面はある。
 だがそれは、裏返せば『聞かれれば答える』ということであり、しかもそれに関して『虚偽を伝えてごまかす』と言うことを一切しないと言っているも同然だ。
 彼らは狡猾だ。虚偽を以て交友関係にあるものを裏切った場合、交渉そのものが不可能になるということをよく知っている。だから彼らはあくまでも『語らない』だけなのだ。もし彼らが一言でも虚偽を口にした場合、真実を知って『嘘つき』となじる相手に対して彼らは反論できなくなる。
 そしてそれは彼らの計画の破綻を意味する。彼らは原則、どうしても必要であったと他人を納得させられる、緊急避難的な場合以外一切の嘘をつかないだろう。一度でも嘘をつけば、少女達の非難を躱せなくなることを彼ら自身が一番よく知っている。
 それが感情を理解しない、インキュベーターを統率する『論理』。
 人間からすれば不気味で非情で理解出来ない面もあるが、正しく扱えば、彼らは情報を提供せざるを得なくなる。
 そして魔女と魔法少女のことに関して、インキュベーター達は最大の情報源でもあるのだ。
 そういったことを踏まえて、ほむらは彼らにある揺さぶりを掛けてみることにした。
 なに、失敗してもやり直すだけだ、というすさまじい開き直りも、彼女が新たに獲得したものだ。
 一度で成功できないのなら、最後の一度以外は必要な犠牲と割り切る。その壮絶ともいえる非情さを、まどかの世界から帰ってきたほむらは身につけていた。
 
 『キュゥべえ、私の持っている力がわかるかしら』
 『いや、基本僕たちは魔法少女がどんな力を身につけるのかはわからない。わかるならもっとうまくアドバイスできるしね。ただ、ある程度の推察は出来る』
 『でしょうね。あなたたちは有史以来、この世界を育んできたものなのだから』
 
 女神と化したまどかとの交流の中で、ほむらはそのことを知った。かつてまどかがキュゥべえから聞いた魔法少女の歴史の一端を。
 
 『本当に詳しいね。どこで知ったのか聞きたいくらいだ』
 『あなたたちからよ。この事を知るのはあなたたちだけなのではないのかしら』
 『いや、ぼくは君にこの事を話したことはないはずだけど』
 『でも私は聞いたわ。それが、私が、あなたたちの誰とも契約したことのない私がここにいる理由』
 『やはり、そうか。君の能力は並行世界への転移か、時間の遡行か、いずれにせよ、ここ以外の、別の世界からの移動だね?』
 
 正解、と心の中で返答して、ほむらはキュゥべえに探りを入れる。
 
 『だから私はいろいろなことを知っているわ。鹿目まどかの力もね。私の掛けた望みは、まどかとの関わりに関することだった。まだ私が魔法少女でなかった頃、彼女は私のために命を落とすことになったわ』
 
 詳しいことは語らない。彼らは感情を理解することは出来ないが、論理的推察能力は人類を遙かに上回る存在だ。断片的な情報から、真理にたどり着いてしまう可能性がある。
 
 『彼女との関係をやり直したい……そう願った私は、結果として時間遡行の能力を手に入れた。でも皮肉にもね、それがかえってまどかを追い詰める結果にも繋がったわ。
 私の影響で、まどかは私が時を遡るつど、二人の間の因果が積み重なって、彼女は最終的に創世に値する力を蓄えてしまったのよ』
 『確かに……ありうる話だ』
 
 キュゥべえに人間のような感情はないが、感情そのものが絶無と言うことはない。疾病という形でなら感情があることは彼ら自身が口にしている。それに達成感や喜びに当たる感情が全くない存在には、そもそも使命を成し遂げようとするモチベーションを維持することが難しい。完全にフラットな存在は、そもそも試行錯誤をしないのだ。
 だから正確には、彼らには感情がないのではない。人間のように、感情が理性を上回ることがないのだ。彼らの感情は、理性と論理の下位に存在している。
 だから彼らは、論理的に正しいこと、理性的に優先されることに対して感情が揺らぐことがない。だが理性的に判断してより効率的なこと、より効果的なことを見出せば、彼らとて『喜ぶ』のだ。
 今のように、自分たちの知識にない新しいことを知ったりすれば。
 
 『私がこんな話をあなたたちに伝えたのはね』
 
 そしてほむらは、本命の情報を得るべく動く。かつてのことから、彼らはこの事を理性的に判断することが出来るはずなのだ。
 
 『現在の鹿目まどかが、どのくらいの力を持つのかを、あなたたちを通して正確に知りたいからよ。“この世界”に来る少し前の世界でね、彼女は単なる力でない、因果そのものを書き換えるような願いを掛けて、それを叶えたわ。それまでの単なる『力』ではない、あなたたちが組み上げた、システムそのものを破壊するような願いをね』
 『それは凄まじい』
 『だから確認したいのよ。彼女と私の間でもつれ、蓄積された因果の糸がどうなっているのか。一度前の世界では彼女はかつてほどの力を持っていなかったわ。だから一度その蓄積がリセットされている可能性も有るの』
 『納得したよ、暁美ほむら。基本的に君は、彼女を救いたいんだね』
 『ええ。そのことは否定しないわ。でもね、彼女が現在のこの、魔法少女と魔女の間の、希望と絶望のシステムを作り替えても、それでも完全には救えなかったわ。
 かといって私がある意味自家撞着に陥っているわけでもないの。私が彼女を救うためにループしているのとも違うのよ』
 
 キュゥべえがそれを聞いて、何となくだが納得したという思いを抱いたようだった。
 
 『あり得る話だね。助けたいという願いが、救いたいという願いが、助ける、救うという目的にすり替わってしまう場合が、君たち人間にはある。そうなれば待っているのは、助けるはずの相手を自分が危機に陥れているという絶望だけだ。僕たち的には効率のいい話でもあるけど、それは今ひとつおすすめできない相談だ。個々のケースでは効率が良くても、そういう事例は他の魔法少女の望みに悪影響がある』
 
 その返答を聞いて、ほむらは一つ納得する。やはり彼らは理性の権化だ。局所的な話題で今の話を振れば、彼らから返ってくるのは、今の答えの前半だけだ。それだけ聞いたら、魔法少女にとっては彼らが悪魔のように見えるだろう。だが、それより大きな包括的な問題として質問をすれば、返ってくるのは今のようなより大きな視点からの回答だ。
 
 『あなたたちならそう言うと思ったわ。だから私はこの話をあなたたちにしている。非情な話だけど、私はおそらく、あと数十回はこの時のループを繰り返す覚悟があるし、する羽目になると思う。あなたにとっての私は一期一会でも、こちらからはそうじゃない』
 『実に納得のいく話だ。ぼくは今まで、君ほど理解の及ぶ魔法少女に会ったことはないよ』
 
 そう、大概の魔法少女は、感情に流されてキュゥべえを理解出来ない。当たり前だ。
 理解出来ない存在だからこそ、彼らは彼女たちを利用するのだ。
 だが一度正しい接触方法が判ってしまえば、彼らはいつも変わらぬ存在としてそこにいる。
 
 『だから私は知らなければならないの。時を越え、幾多の並行世界を旅することを宿命づけられている私が、まどかを、そしてある意味世界を、あなたたちの目的も含めて収まるべきところに収めるために必要なことを。
 私とまどかの接触によって蓄積されるという因果のあり方を。それはあなたたちにとってはなんの意味もない雑音かもしれない。でも、この先私が接触する、あなたたち『達』にはそうではないわ』
 『やはり君は特異だ。君の話は僕たちにとっては実にわかりやすく、また納得のいくものだ。いいだろう。それは確かに僕たちの利益にはならない。でも君が行く並行世界の僕たちには、間違いなく利益になる。そしてそのことを、君は僕たちに冷徹な理論を以て了承させた。
 確認しておくけど、暁美ほむら。君は僕たちが何故このシステムを運用しているのかを知っているんだね』
 
 ほむらは頷く。
 
 『希望と絶望、人の持つ精神のエネルギーを使って宇宙全体のエントロピーを減少させ、その寿命を延ばすこと。それは通常の物理法則を越えるもの。感情を理解出来ないあなたたちには不可能なこと』
 『その通りだ。そのために僕たちはこのシステムを開発し、運用している』
 『私は今更あなたたちの行為を否定はしないわ。しても無意味だし。だからあなたたちの力を持って調べなさい。私とまどかの間に生じている、因果の絡み方を』
 『判った。せいぜい観察させて貰うよ。君はどうするのかな?』
 『しばらくはちえみを育ててみるわ。あの子は正しく育てれば大きな力になるのは間違いないの。ただ、私にもどうなるかは判らない』
 『それは僕たちの利にも適うね。よろしくおねがいするよ』
 『それともう一つ。私がこの世界に滞在する期間は約一月強。その終わりには『ワルプルギスの夜』が出現するわ』
 『あれが来るのか。大きな犠牲が出るね』
 『倒すにしろ私が敗れるにしろ、あれとの戦いが終わることが私が時を戻すトリガーよ。その時が来たら私の元にあなたを一体派遣しなさい。協力の対価として、私の持っている秘匿情報を渡すわ』
 『本当は今欲しいところだけどね』
 『今渡したら私が潰されかねないわ』
 『だろうね。後付けで、君が去った後の世界で役立たせるとしよう。契約は成立したよ』
 
 
 
 そしてキュゥべえは、ほむらの背後から立ち去った。



[27882] 真・第4話 「これからよろしく」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:41
 「こ、こんなもの、どうしたんですか?」
 「それは聞かない方が幸せよ」
 
 数日後。見河田町のある場所で、ほむらはちえみに戦う術を教えていた。
 自室にも使用している、時間停止能力を応用した結界だ。魔女のそれに似た結界は、内部で銃弾をぶっ放しても外にそのことを知られる恐れはない。
 
 だが……
 
 
 
 「参ったわね。根本的に考え方を見直す必要性があるわ」
 「すみません、先輩……」
 「いいのよ、あなたが悪い訳じゃないわ」
 
 ほむらはちえみに、自分の能力の一端を教えた。補助系の能力ゆえ、敵に対する攻撃力が全くないと言うことを。
 それを補うために、こうして銃器に頼っていることを。
 
 「魔法少女のもつ身体強化能力があれば、これくらいは撃てる筈なんだけど」
 「あう~、才能無くてすみません……」
 
 だがちえみの戦闘力のなさは筋金入りだった。キュゥべえにもアドバイスして貰いつつ全力を発揮しても、小型拳銃一つまともに撃つことが出来ない。いや、はっきり言おう。
 かつてまどかとさやかがマミと共に体験ツアーをしていた時、さやかが振り回していたバット。
 あれくらいの棒すらまともに振り回すことが出来ない。大変なまでの非力であった。
 いや、正確には力そのものがないわけではない。重いものは持てるのだ。
 だが、それを振り回すことが出来ない。
 いろいろ試してみて判ったのだが、動きそのものは凄まじく精密なのだ。実際彼女が拳銃を構えるポーズを見た時、ほむらは『これはいける』と本気で思った。
 
 『彼女は動きの精密さに掛けてはおそらくピカ一だよ。中学生なのに旋盤が回せるって言っていただろう?』
 
 キュゥべえに聞いてみると、彼女の旋盤工としての資質はとてつもないらしい。
 
 『ぼくも見て驚いたよ。彼女の加工は限界を極めている。目見当でナノ単位の精度を出すんだから』
 
 マイクロ単位では誤差がないに等しいという。だが彼女の動きは精密さに特化しすぎていた。
 静的で、ゆっくりとした動作に特化しているともいえる。持久力はあるが、瞬発力が致命的なまでにない。0といえるほどに。
 
 その結果。
 
 銃器では、反動に耐えられない。狙っている時点では完璧なのに、反動を抑えられずに的に当たらなくなる。
 刀剣では遠心力を支えきれない。それ以前の問題として、白兵戦では速度について行けない。
 瞬間的な動作が全く様にならないちえみは、おそらく回避能力が0だと言うことだ。接近戦はそれだけで致命的だろう。
 
 『もし仮に反動のない銃器……レーザーライフルみたいなものがあったら、ちえみはおそらく百発百中の狙撃手になれたと思う』
 「同感だわ」
 
 ほむらも困ったように言う。単に下手なのならば、いくらでもやりようがある。だがちえみの場合はそれ以前の問題であった。
 どんな名教師でも、赤子に熊を倒す技を授けることは出来ないと言うことだ。
 そう考えたほむらは、開き直ることにした。
 
 「ちえみ。あなたの身体強化能力、防御に特化しなさい。魔法少女の肉体は、そうと自覚すれば恐ろしいほどに頑強よ。痛覚を鈍らせて、多少無理させることとかも出来るの。
 見たところあなたは正確さが100の代わりに速度が0の状態。だとすると攻撃は諦めるにしても、相手の攻撃をよけられないっていう最大の弱点が生じるわ。幸いあなたは目もある。体の反射速度が遅いだけで、見極めに関しては誰より速くて正確。ならば攻撃の来る場所を予測して、その地点を確実に防御できるようになりなさい」
 「判りました、先輩! でも……」
 
 元気よく返事をするものの、尻すぼみになるちえみ。防御が出来たとしても、それではただいるだけだ。なら最初からいない方がむしろいいことにならないだろうか。
 
 「ちえみ」
 
 そんな彼女の不安を晴らすようにほむらは強い口調でいう。
 
 「実はね、私、あなたの持つ力に関しては予測が付いているわ」
 「え? 本当ですか?」
 「ええ。でもね、それを生かすには、せめて魔女の結界内で立っていられるだけの力は必要なのよ。あなたの力を証明するためにも」
 「判りました……やってみます」
 
 
 
 実際、この方向性は間違っていなかった。翌日以降、ほむらが用意したゴム弾などを、ちえみはきっちりと防御して見せた。
 戦いになるとほとんど棒立ちになるしかないちえみであったが、向かってくる攻撃の射線を見切り、当たる場所の防御力を強化するという、ピンポイントバリア的な強化に関してはほむらも呆れるほどの適正を見せた。
 正確さに特化した存在、それがちえみの基本資質であった。
 
 『惜しいな。ちえみが魔法で武器を作り出せていたら、半端ない力を誇っただろうね』
 「無い物ねだりはよしなさい。彼女の力は、ある意味諸刃の剣だけど、おそらくとんでもないものだから」
 『それも君の蓄積かい?』
 『外れてはいないわ』
 
 後の方はちえみに聞こえないようにするほむら。
 そしてほむらは実戦デビューをどうするか考えたが、ふとあることに気がついた。
 
 「ちえみ、あなたの実戦だけどね」
 「なにかアイディア有るんですか、先輩」
 「ちょっと遠いけど、見滝原に足を伸ばしてもらえるかしら。あと数日で、わたし、見滝原中に転入することになるから」
 
 そう、いろいろしているうちに、時期が来てしまったのだ。
 ほむらのの転入の日、まどかとさやかが魔女の結界に足を踏み入れて、巴マミと知り合う日が。
 そしてほむらは、ちえみを伴ってそこに乱入することを考えたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 「暁美、ほむらです」
 
 もう何度繰り返したか判らない、転校初日。
 ついまどかの方を見てしまうのは、もう自分でもどうしようもない。
 まどかが少しおびえるような表情になるのも。
 ただ、今回は少し踏み込んでみることにした。
 
 最初の授業が終わった後、クラスの人間が何人か話しかけてくる。どこの学校にいたのとか、髪きれいねとか。
 とりあえず当たり障りのない答えをした後、ほむらは彼女たちに聞いた。
 
 「ごめんなさい。薬を飲むために保健室へ行かなければならないの」
 「あ、ごめんなさい。じゃ、あたしが案内してあげる」
 「それですが、係の人がいるそうなのですけど、誰でしょうか」
 「保健係? 鹿目さんだよね。あ、鹿目さ~ん」
 
 呼んでもらったまどかに、ほむらは話しかける。
 
 「あなたが保健係の人なのね。よろしく。これからお世話になるわ」
 「え、その、こちらこそ……あ、私、鹿目まどかっていいます」
 
 そしてまどかとほむらは、保健室へ向かって歩いて行く。だが今回は特に威圧する雰囲気を出さないようにほむらは努力する。
 保健室へ行く間も、まどかの後を付いていくように歩く。
 
 「あの、暁美、さん?」
 
 それでも話ずらそうに話しかけてくるまどか。その様子に心を震わせながらも、その気持ちを抑え込むほむら。
 
 「ほむら、でいいわ」
 「え、えと……ほむら、ちゃん?」
 「それでいいわ、鹿目さん」
 「あ、あの、それなら、私も、まどか、で、いいです」
 
 たどたどしく答えるまどかに、ほむらは緊張を解いて言った。
 
 「わかったわ、まどかさん。これからよろしくね」
 「は、はい、ほむらちゃん」
 
 何とか努力して作った微笑みに、まどかは喜んで応えた。
 
 
 
 今回踏み込んだ理由の一つには、キュゥべえとの取引成立によって、四六時中まどかに張り付く必要がなくなったことがある。加えて、今回は今日追い詰める予定のキュゥべえを倒さなくなったため、まどかとさやかが魔女の結界に捕まるかどうかがあやしくなったのである。
 基本歴史は些細なことで変わるものであることを熟知しているほむらであるが、ある程度は起こることは起こるということも知っている。
 キュゥべえの件は無くなったとはいえ、まどか達が巻き込まれないかどうかは判らない。
 それに加えて、この日キュゥべえを追っているとキュゥべえを保護しようとする巴マミと険悪になるという問題もある。
 彼女と険悪になると、病院に出るお菓子の魔女との戦いで彼女が死ぬ可能性が爆発的に高くなる。
 彼女のループ経験からすると、初期の頃から仲良くしていた場合、真実に耐えかねて、あるいは知ってしまったが故に魔法少女を葬り去ろうとしてしまうことが多く、険悪になるとお菓子の魔女相手に油断して倒されることが多かった。
 マミは実力はあるがどうも逆境に弱い。努力家ではあるものの高すぎる実力が災いして苦戦した経験が少ないのである。遠距離型で肉薄する魔女と戦った経験が少ないのもあるかもしれない。
 だが、ほむらにとって最大の問題は、マミの存在はまどかの魔法少女に対するあこがれを強化してしまう点であった。元々ほむらから見てもマミは師匠筋の一人であるし、その心根の高潔さと脆さもよく知っている。
 これが佐倉杏子のようなタイプなら、まどかは距離を置くだろう。だがマミは綺麗すぎた。
 それが悪い事ではないのがまた痛し痒しである。加えてまどか自身が、綺麗なものと汚いものが並立していた場合、綺麗なものを増やそうと努力してしまうことが問題であった。
 極論すると、巴マミという『見本』が存在すると、他がどんなに非道魔法少女だらけであっても、いやむしろそれが故に業界浄化を始めかねないところがまどかにはあった。
 ある意味まどかはマミ以上にその根本が正義の人なのである。他人の苦難を解決できる手段が自分にあると知ったら、それをしないことが罪であると思い詰めるくらいには。
 義を見てせざるは勇無きなりという言葉があるが、まどかはこの勇があふれかえっているタイプなのだ。
 
 (まあ、考えても始まらないわ。ちえみのこともあるし、まずは一度試してみること、かしらね)
 
 保健室でまどかと別れたほむらは、本当はもう必要のない薬を飲みつつ、そんなことを考えていた。
 
 
 
 放課後。
 
 見滝原のショッピングモールで、ほむらはちえみと待ち合わせをしていた。
 キュゥべえを追いかけていなくても、ここに魔女がひそんでいるのは確かであり、まどか達が巻き込まれる可能性は十分に有りうるのだ。
 それを抜きにしても、ここの魔女はそれほど手強い相手ではない。ちえみを雰囲気に慣らすのにもちょうど良い相手であった。
 
 「広告とかでは見ましたけど、広いですね~」
 「見滝原は、ゆとりある空間をコンセプトにして開発されたらしいから」
 
 実際、見滝原はここが兎小屋に住んでいるなどと揶揄された日本かと思うほど、空間の使い方が無駄に広い。道幅とかもゆとりある上、建物にもガラスを多用してきわめて開放的な空間がイメージされるデザインになっている。
 この特徴的な空間が人を引きつけ、外部からの客を呼び込んで見滝原は発展してきたのだ。
 
 「で、このショッピングモールに魔女が?」
 「高確率でひそんでいるの。魔女探査の練習も兼ねているから、付いてきてね」
 「はい、先輩」
 
 ほむらとちえみは、広々としたモールの中に突入していった。
 
 
 
 一方、まどかは、同じモールの中で親友の美樹さやか及び志筑仁美とお茶をしていた。
 自然と話題は転校生のことになる。
 
 「なんというか、神秘的な人ですよね、暁美さん」
 「そう言えばさ彼女、病気で入院していたって割には容姿端麗、文武両道のスーパーウーマンなんだよね。入院っていうのも実は、改造手術とか受けてたりして」
 
 軽い口調でそんな与太を飛ばしたさやかだったが、何故かそれを言ったとたんまどかが固まってしまった。
 
 「あれ? まどか。どうしたの?」
 「え、あの、そのね……自分でも変だとは思うんだけど」
 「どうしたのですか?」
 
 心配そうに尋ねてくる仁美に、まどかは下を向きつつ言った。
 
 「それが、なんというか、今朝見た夢に、出てきたみたいなの、ほむらちゃん」
 「え~っ? まどか、電波系デビュー?」
 「しかも彼女、よく判らないけど、なにか凄いのと戦っていたみたいで……」
 「……まさか本当に改造人間の線もあり?」
 
 なにか瓢箪から駒をひねり出してしまったような、微妙な表情になるさやか。
 
 「ただ夢で見ただけなら、意識しないところで出会った事があったのかもしれませんけど、出会う前に夢に見るというのは、それとも違うみたいですね……」
 「ひょっとしてあの子とまどか、それこそ前世からの定めで結ばれた宿命の戦士とかだったりして」
 
 冗談口で、実は真実そのものを言い当てているさやか。だが当然まどかにそんな自覚はない。
 
 「そ、そんなのほむらちゃんに悪いよ。もしそうだったとしても、私きっと、迷惑掛けっぱなしのどじっ子戦士だったと思うし……」
 「百合か、百合なのか!」
 
 そんなツッコミを入れるさやか。なにかが引っ掛かったらしい。
 その時仁美が携帯を片手に立ち上がった。
 
 「あら、もうこんな時間ですわ。お先に失礼いたしますね」
 「大変だね~。今日はなに?」
 「お茶のお稽古ですわ」
 
 そう言いつつ、トレイを手にする仁美。
 
 「まどか、あたし達も行こうか」
 「うん」
 
 一歩遅れて立ち上がるさやかとまどか。
 
 「あ、CDショップよってもいい?」
 「いいよ。恭介君のCD?」
 「いや、その~」
 
 だが、CDショップの入り口で、二人は思わぬものを目にした。
 
 
 
 「あれ? まどか、ちょっと、ほら」
 「なに? あ、ほむらちゃん」
 
 二人が見かけたのは、この辺では見かけない制服を纏った少女と共に歩いているほむらの姿であった。
 
 「あれ、確か見河田中の制服だよ。リボンの色からすると1年だね」
 「昔のお知り合いかな?」
 「まあ、別段彼女が誰とつきあっていても関係ないけど……ん?」
 
 さやかは少しおかしな事に気がついた。
 
 「どうしたの、さやかちゃん」
 「いや。彼女たちが行く方……確か、今閉鎖中の場所だよ、確か」
 「あ、そういえば」
 
 そんなことを言っているうちに、二人の姿は見えなくなってしまった。だが、間違いなく二人は閉鎖中の区域へと向かっていた。
 
 「むむむ……これはなんかあるな。禁断の愛か、それとも謎の組織との戦いか」
 「さやかちゃん、まだそんなこと言ってるの?」
 
 ノリノリのさやかに対してまどかは少し引き気味だ。
 
 「でもさ、気にならない?」
 「……少し」
 
 そうまどかが答えた瞬間、さやかはまどかの手を引いて、二人の消えた方へと駆け出していた。
 
 「さ、さやかちゃん!」
 「いいからいいから、興味有るんでしょ? まどかも」
 
 結局のところ、まどかはさやかに手を引かれて閉鎖区域へと足を踏み入れた。
 
 
 
 ……その空間が、微妙にその様相を変えたことに気づかぬまま。
 
 
 



[27882] 真・第5話 「ケーキ、おいしいです」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:41
 「あれ……なんか変なとこに入っちゃったみたいだね」
 「なんで蝶がこんなにいっぱい飛んでるの……」
 「うわ、なんだあのひげの生えてる綿帽子は!」
 
 ふと気がつくと、ショッピングモールは奇怪な景色の場所に変わっていた。
 広すぎる空間、サイケデリックな景色、金属のこすれ会う音、そして化け物じみたなにか。
 美樹さやかと鹿目まどかは、ゆっくりと迫ってくる魔性を相手に、なにも出来ることはなかった。
 
 「ま、まさか転校生、こういうのを退治してるんじゃないだろうなあ、本気で改造人間かよ!」
 「ちょっとそれ言い過ぎじゃ」
 
 お互い抱きしめあいながら、ただ震えることしかできない二人。
 
 「転校生! あんたが改造人間なら何とかしてよ!」
 「さやかちゃん、それちょっと勝手すぎ!」
 
 混乱するさやか。それを止めているまどかも、実は負けず劣らず混乱している。
 確かにほむらのせいではないが、助けを求める事自体は別に勝手でもなんでもない。
 と、その時。
 
 
 
 パアァァン!
 バラバラバラバラッ!
 
 
 
 アニメやドラマでの、銃の効果音を思わせるような音がどこからともなく響き渡った。
 はじけ飛んで消える魔性。彼女たちのまわりに広がる光。
 そして。
 
 
 
 「危ないところだったわね」
 
 奥の方から、金色の輝きを伴って現れる人物。
 自分たちと同じ見滝原中の制服を着た、スタイルのいい女性だ。
 その手に大きな、光るなにかを持っている。
 
 「助かった、の?」
 
 安堵の息を漏らすさやか。
 
 「あ、ありがとうございます」
 
 とりあえずお礼をするまどか。
 相手の女性は、
 
 「もう大丈夫よ。でも」
 「でも?」
 
 相槌を打つさやかの背後を見つめる女性。
 
 「私が手を出すまでもなかったかも」
 
 その言葉に振り向いたさやかとまどかは、そこに意外な人物を見た。
 
 長い黒髪の女性と、茶色いショートカットの女の子。
 ほむらと、一緒にいた少女。
 但しその服装が替わっていた。
 ほむらは黒をベースとした服装。少女は茶のブレザー。
 そして何故かほむらはマシンガンを、少女は巨大な本を手にしていた。
 
 「お手並み拝見、と言っていいかしら」
 「あなたが片を付けた方が早いとは思うけど」
 
 ほむらがそういった瞬間、その姿が突然消えた。
 
 「えっ?」
 
 まどかが驚いたと同時に、その姿がまどかのすぐ脇に来る。
 同時に起こる大音響。まるで数十丁の銃が一斉に発射されたかのような轟音。
 そしてそれが収まると同時に、魔性の物はことごとく吹き飛び、同時に辺りの景色が、見慣れたモールの中のものに変わっていった。
 
 「魔女は逃げたみたいね。追う?」
 
 そう聞く女性に、ほむらは首を振る。
 
 「まどか達を放ってはおけないわ、巴マミ」
 「あら、私のことはご存じという訳なのね」
 
 ほむらが頷くと同時に、その体が一瞬光に包まれる。するといつの間にか、服装が見滝原中の制服に替わっている。
 
 「ちえみもこちらへ」
 
 そしてほむらが茶色の少女に呼びかけると、少女も一瞬光に包まれた後、見河田中の制服にその姿を変えていた。
 そこへさらにやってくる者がいた。
 
 『マミ、魔女が逃げたみたいだけどいいのかい?』
 「あ、キュゥべえ」
 
 やってきたのは、かわいらしい姿をした、うさぎとも猫ともつかない、白い小動物だった。
 まどかは思わず、「わ、かわいい」とつぶやいている。
 
 「なあ」
 
 そんな中、さやかが幾分怒ったような声でほむら達の方を見る。
 
 「今の、一体……なんなんだ?」
 
 いらだたしげなさやかを見て、マミも一旦ほむらの方を見る。
 
 「どうします? そちらの方で説明しますか?」
 「……いいえ。私はあなたにも用があったから、出来ればまとまって話がしたいわ」
 「そう、そういう事なら、場所を移した方がいいわね。あなたたち、時間は大丈夫かしら」
 「あ、はい、私は平気です。さやかちゃんは?」
 「私も、まあ、平気だけど……」
 「なら、ついていらっしゃい」
 
 そう言って歩き出そうとしたが何故かその足が止まり、両手を背中側で組んだままのポーズで、片足を軸にくるりと振り返る。
 その所作の美しさに、まどかなどは思わず見とれたくらいだ。
 
 「あ、私としたことが、自己紹介をしていませんでしたね。私は巴マミ。見滝原中学の3年よ。あなたたちは2年かしら」
 「あ、はい。私は鹿目まどか、2年です」
 「私は美樹さやか。同じく2年です」
 
 互いに頭を下げるマミとさやか&まどか。
 マミはそのまま視線を残る二人に向ける。
 
 「私は暁美ほむら。今日、二人のクラスに転校してきたわ」
 「わ、私は、添田ちえみです。見河田中1年、まだ新米で、ほむら先輩にいろいろ教わっているところです」
 「あら、そうなの」
 
 マミは傍らのキュゥべえに目を向ける。
 
 『そうだよマミ。彼女はつい最近魔法少女になったばかりで、まだなにも判っていないんだ』
 「魔法少女お~~~っ!」
 
 さやかが思わずツッコミを入れていた。それに気がついて少し眉をひそめるマミ。
 
 「キュゥべえ、もしかして」
 『ああ、二人にはぼくが見えている。一応声も聞かせているよ』
 
 それを聞いて、改めてほむらとちえみを見つめるマミ。
 
 「話をした方が良さそうね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 巴マミの家は、大きなマンションであった。
 
 「一人暮らしだから、気楽にしてね」
 「ええっ、中学生でこんな大きな家に一人暮らしなんですか!」
 
 驚くちえみをほむらがペちっとはたく。
 
 「気持ちは判るけどそれ以上詮索しちゃ駄目よ」
 「……あ、はい」
 
 そのやり取りを見て、まどかとさやかも、同じように思った疑問を押し殺す。
 マミは別に気を悪くした様子もなく、優雅に微笑んだまま、すっと立ち上がった。
 
 「今お茶を用意するから少し待っててね。あと私のことは、この後必然的に話すことになるから気にしなくていいわよ」
 「す、すみません、私、いろいろ考えなしで」
 
 マミが台所に行った後、ちえみはその後ろを伺うようにした後、そっとほむらに尋ねる。
 
 「あの、先輩は事情知っているんですか?」
 「一応はね。だからそういう事は聞いちゃ駄目よ」
 
 思ったより好奇心は旺盛らしい、とほむらは思う。こんなところは、あの全知の魔女を思わせる。
 程なくマミは、人数分の紅茶とケーキを持ってきた。
 ケーキを見て、さやかが思わず声を上げる。
 
 「うわ、おいしそう。でも見たこと無いなあ、どこのお店のですか?」
 「それは後で。とりあえず食べてみて」
 
 そんなやり取りを見て、ほむらは思わずくすりと微笑み、そして自分が微笑んだという事実に気がついて少し驚いた。
 少なくとも今までの自分は、こんな状況で笑うなんていう事は出来なかったはずだ。
 そう思考した自分に、ほむらはまた驚愕する。そしてその驚愕は、すぐ冷静な思考に代わる。
 --今の自分には、ゆとりがある。逆に言えば、今までの自分には、それほど余裕がなかったのだ。そんな状況で、よくもまああの強大なワルプルギスの夜に挑んでいたものだと思うと、背筋が少し薄ら寒くなる。
 
 「あら、暁美さん、甘い物は苦手?」
 「……いえ、いただきます……………………」
 
 勧められるままにほむらはケーキを口にする。
 ほむらは自覚していなかったが、その時。
 
 「って、うわ、先輩、なんで泣いてるんですか!」
 「ほ、ほむらちゃん!」
 「……なんかギャグで流すには深刻そう」
 
 ほむらが口にしたケーキは、とても懐かしい味がした。魔法少女でなかった自分が、マミとまどかに救われた後。そして魔法少女になったばかりの頃。その頃何度も味わっていた、マミ手作りのケーキの味だった。
 ……私は、こんなことも忘れていたんだ。
 確かに、辛いこともあった。悲しいこともあった。喜びも、悲しみも、全てが擦り切れ、摩耗していた。そうして自分を研磨してきた、そう思っていた。
 
 --もう誰にも頼らない。
 
 あの時、そう誓った。だが、今はっきりと判ってしまった。
 多分、それでは駄目だ。ワルプルギスの夜は強い。いくら力を付けても、一人では間違いなく、勝てない。
 あれは絶望の集合体だ。
 はっきりとしたことは判らないが、まどかが昇華した時のループで、ワルプルギスの夜と、その後の宇宙規模の魔女の姿を見たほむらには何となく理解出来た。
 絶望を打ち破るのはいつも希望。だが、所詮人間、一人では希望を持ち続けることなど出来ないのだ。
 マミのケーキの味は、かつて自分が持っていた、幼く、拙い頃の『希望』を、くっきりと思い出させていた。
 今回も、また負けそうな気はする。何となくだが、まだ『足りない』気がする。
 欠けた歯車、揃っていない歯車。噛み合っていない歯車。
 ほむらのは今の自分を含めた状況に、そんなものを感じていた。
 
 「暁美さん、どうしたんですか!」
 
 少し強い口調で声を掛けられ、ほむらは一瞬の呆然から帰還した。
 ふと気がつくと、何故か自分に注目が集まっている。
 
 「あ、帰ってきたわね……驚いたわ。口にしたと思ったら硬直してしまって、おまけに涙まで。その様子だと口に合わなかったわけでもないみたいだけど」
 「いえ、ちょっと、その………………ケーキ、おいしいです」
 
 眼鏡を掛けていた頃の自分のようだ。そう思いつつ、真っ赤になったほむらは、残りのケーキをぱくつくのであった。
 
 
 
 「さて、みんな落ち着いたかな」
 
 めっさ可愛いほむらという激レアな物を見れたと気がつかないまま、魔法少女とその卵の乙女は、キュゥべえも交えてお茶会モードに突入していた。
 ほむらも先ほどまでのかわいさはどこへやら、しっかり最初のクールビューティーに戻ってしまっている。
 あまりの落差に、まどかなどまだ目を白黒させたままだ。
 
 「私たちは魔法少女って言われているけど、要はね」
 
 そこでマミはキュゥべえの方を見る。
 
 「キュゥべえと契約して、あなたたちも見たあの使い魔や、その親玉ともいえる魔女を倒す者よ」
 「なんでそんなことをしているんですか?」
 
 まどかが不思議そうに質問する。
 
 「魔女はね、呪いから生まれると言われているの。そして魔女は、存在しているだけで人々に不幸をまき散らす。魔女によってもたらされた不幸は、自殺とか事故の形をとる事が多いわ。
 その上、魔女は普通結界の中にひそんでいるから、その存在はまず知られない。
 私たち魔法少女は、そんな魔女を倒すことの出来る存在なの」
 「そうなんですか」
 「なんというか、ボランティア?」
 
 素直に感心するまどかと、思わずツッコミを入れるさやか。
 興味津々なのが見え見えである。
 
 「そんなわけはないわ」
 
 そこに冷水をぶっかけるのがほむらであった。
 
 「今マミが言ったことは、魔法少女の表向きの話よ。セールスマンの営業トークみたいなものね」
 
 そう言いつつ、横目でキュゥべえを見る。キュゥべえはどこ吹く風だ。
 マミもほむらを見る目が少し鋭くなっている。
 
 「表があれば裏がある。この世にボランティアで成立する業界はないわ。魔女と魔法少女が存在する裏には、冷徹な収支決算がちゃんと存在しているのよ」
 「グリーフシードの事かしら」
 
 突き放す言い方のほむらに、マミが確認するかのように問う。
 
 「それも含むけど、もっと広範囲な事よ。ただ、今そこまで説明しても意味はないかもしれないわ。
 そこまで踏み込んでいるのは、私とキュゥべえだけだと思うから」
 「聞き捨てならないわね」
 
 マミの態度に、ほむらは内心、食いついた、と思った。
 魔法少女の真実は、今のマミにはまだ重いだろう。ただ語ったところで、反発されるのが落ちだ。
 だが、今のほむらは、本当ならマミはそれを受け止めるだけの強さがあるのでは、と思い直していた。冷静に自分を振り返れば、あの時真実を知った自分がキュゥべえに騙されていると思い込んでみんなに説明しようとしたのは、下策もいいところだったのだ。
 何より、キュゥべえは自分たちを騙していたのではない。本人も言う通り、自分の都合でこちらを利用しているだけだ。それを騙したと取るのはあくまでこちら側の感情、悔しいが道理はむしろキュゥべえの側にあるのだ。
 そんな魔法少女システムの真実を明らかにするのなら、むしろこちらの側面から開示していかなければ、信じてもらえるわけなど無い。というか、説明するだけ無駄である。
 感情に駆られて明かされた真実など、事実の前に潰されるだけである。
 マミの錯乱を呼んだ真実の公開は、そのしかたに問題があったのだと言うことを、前回やはり錯乱したマミを見てほむらは悟っていた。
 そう、マミが真実に潰されるのは、信じていた現実が『いきなり』崩壊するからだ。その切っ掛けは美樹さやかの魔女化。
 だが、段階を踏んで、そしてキュゥべえ側の思惑もきちんと理解した上でなら?
 前回、マミが自殺してまどかを慰める羽目になった時、ほむらは巴マミという人間をすこしだが理解出来た。自分が感じるのではなく、まどかに説明するという行為が、マミに対する理解を深めたのだ。
 そして出た結論は、魔法少女のあり方に誰より誇りを持つ巴マミは、本来この程度で潰れる存在ではない、ということだ。手順を模索する必要はあるが、自分ですらこれだけ変わるのだ。マミが変われないという道理はない。
 それはまどかにも、さやかにもいえる。変わらないのは既に自己を確立している佐倉杏子くらいだろう。彼女はある意味完成してしまっている。成長はしても、揺らぐことはもう無いだろう。
 
 そしてほむらは、試行錯誤の最初の一手を打つ。
 
 「本当に詳しく知りたかったら、キュゥべえに聞いてみるのが一番なのだけど、きちんと聞き方を考えないと誤解しかもたらさないから、今はまだ聞かない方がいいわ。
 それも踏まえて説明するけど、基本魔法少女になるって言うことは、命の取引よ」
 「命の、取引……?」
 
 不思議そうなまどかに、ほむらは極めつけに冷徹な表情のまま説明を続ける。
 
 「そう。キュゥべえも言っているでしょう、『契約』って」
 「そういえばそうね」
 
 マミが思い出すように上の方を見ながら肯定する。
 
 「契約は約束事よ。つまりギブアンドテイク。ボランティアに契約を持ち出す人はいないわ。魔法少女になるというのはそういう事なの。
 キュゥべえの契約は、一つの奇跡と命の引き換え。そういう意味では、言い方が悪いけど悪魔の契約に近いわ。まあ物語のあれよりは良心的だけど」
 『ひどい言いぐさだね、ほむら』
 「良心的だけどタチの悪さではあなたの方が上じゃない」
 
 キュゥべえの文句をさらりと流すほむら。
 
 「キュゥべえの契約は、本人の持つ資質の限界内で、およそあらゆる奇跡をかなえることが出来るわ。今言ったように資質的な限界はあっても、それはいわゆる量的な問題で、かなえられることに対する制約はないに等しい。たとえば千人の人を生き返らせるのは無理でも、一人くらいならなんとかなってしまう。半身不随程度ならどんなへっぽこでもまず大丈夫ね」
 
 ほむらの言葉に、マミとさやかが明らかに動揺した。
 
 「マミ、あなたのことを話していいかしら。私はあなたの契約の理由を知っているわ」
 「どこで知ったのかは気になるけど……まあいいわ。私も話すつもりだったし。
 あのね、皆さん。私がキュゥべえと契約したのは、事故現場だったの。交通事故で、私は死にかけていて。そこにキュゥべえが来て、ね。私には『助けて』としか言えなかったわ。
 だから皆さんには、よく考えて欲しいの」
 「そして今彼女が一人暮らしをしていると言うこと、それが限界の意味よ」
 
 その言葉にはっとなるマミ。
 
 「キュゥべえは悪魔と違って、決して願いの曲解はしないわ。むしろ誠心誠意、きちんと願いの裏まで読み取って正しく願いを叶えてくれる。良心的って言うのはそういう意味よ。
 ただ良心的ではあっても曖昧な願いは正しい形で叶うとは限らないけど。それでも、契約者の願いを切り捨てたりはしない。
 マミは助かることを願った。そして、もし可能なら、両親も一緒に助かることを願ったはずね。でも助かったのは彼女一人だった……そういう事」
 『そうだね。残念だけど、ぎりぎりとはいえ生きていたマミと違って、マミの両親は即死だった。二人を生き返らせるだけの因果は、マミにはなかった。元々人の死を覆すのは、願いとしてもかなり大変なんだ。特に死後時間が経っているとまず不可能になる。最悪死体を動かすだけならなんとでもなるけど、魂が消滅している存在を魂ごと復活させようとしたら、相当の才能が必要になるよ』
 
 ひとつ、賭に勝ったのをほむらは知った。キュゥべえのことだ、両親も助けられたところを、願わなかったからと切り捨てた可能性も有ったのだ。だが、先の理由の通り、ほむらはキュゥべえがしなかったのではなく、出来なかったのだと踏んでいた。
 出来るのならやっているからである。ただ、両親が死んだのを確認してから契約を持ちかけたくらいはありそうだと踏んでいたが。たとえば、マミの因果量が、両親のうち片方だけなら助けられるくらいだとしたら。マミは迷って契約を渋るかもしれない。それなら両親がどうやっても助からなくなってから契約を持ちかけるくらいのことは、彼らは平気でやる。
 なんにせよ、今の時点でマミがキュゥべえを疑うのは良くないことなのだ。まだ早い。
 
 「死体を動かすって、それなら出来るって言うの? 趣味悪いなあ」
 「悪魔の契約じゃないけど、確かそういう話があったような」
 「あ、猿の手の話ですね。三つの願いのお話の定番で」
 
 さやかのぼやきに、まどかとちえみが反応する。
 話の流れを受けて、ほむらはもう一歩踏み込んでみることにした。多分ここまでなら、流れ的に何とかなる、そう判断した。
 
 「たしかに、ね。ちょうどいいから、もう一つ、魔法少女になるって言うことが、どういうことか踏み込んで教えてあげるわ。マミも、ちえみも、この事は覚えておいて損はないわ。ただ……ものすごくきつい。これを知ったら、もう二度と引き返せない、そういうレベルの話だけど、あなたたちなら耐えられると思うから。それでも聞きたい? 今なら間に合うわ」
 
 卑怯な言い方だと、自分でも思う。こう言われたら、マミは間違いなく踏み込んでくる。そして知ってしまっても、マミは『壊れられない』。良くも悪くも、マミは責任感が強い。錯乱しても、『魔女を生み出さないために魔法少女を殺す』という錯乱のしかたをするくらいだ。ただ半狂乱になるのでも、絶望して魔女化するのでもない。
 魔女を生み出さないようにするという、『責任感』が暴走するのだ。
 ある意味始末に負えない壊れ方をするとも言える。
 そしてマミは。
 
 「……聞きたいわ。あなたがなにか企んでいるような気がするけど、それでも踏み込まないといけない、そういう話なのでしょう?」
 「私も知りたいです。大事な事みたいですし」
 「判ったわ。まどか、さやか」
 
 そこでほむらはまどかとさやかをじっと見つめる。
 
 「魔法少女になると言うことがどういうことなのか、この後のわたしを見ていればよく判るわ……だからね、絶対安易な気持ちで、キュゥべえと契約しては駄目よ。魔法少女の契約って言うのは、本来そのくらい重いものなのだから。
 マミも、ちえみも、そして私も、みんなそのくらい重いことと引き換えに、契約を結んだのよ」
 「私は選択の余地無く、だったけど。でも後悔はしていないわ」
 
 そんなほむらとマミの様子に、唾を飲み込むさやかとまどか。
 そしてほむらは、ソウルジェムをキュゥべえに渡していった。
 
 「キュゥべえ、ここから二百メートルほど離れて」
 『いいのかい……ああ、そういう事か。判った』
 
 
 
 キュゥべえが走り去った後、さやかは怪訝そうに聞いてきた。
 
 「ちょっと、あれになんの意味があるの?」
 「すぐ判る……」
 
 そこまで言ったところで、ほむらの体がくたっと倒れ込んだ。
 
 「ちょ! しっかりしろ!」
 「ほむらちゃん!」
 「暁美さん、どうしたの!」
 「先輩!」
 
 口々に上がる悲鳴。そして、マミがほむらを介抱しようとしてその身に触れたとたん、その表情が蒼白になった。
 
 「うそ……なんで……?」
 「ほむらちゃん!……うそ、つめたい」
 
 慌てて駆け寄ったまどかも一気に血の気が引いた。
 そこに。
 
 『驚いた? それこそが魔法少女の、偽るべからざる真実の一端よ』
 
 ほむらからのテレパシーが、彼女たちの脳裏に響き渡った。
 
 『どういうこと!』
 
 同じくテレパシーで叫ぶマミに、ほむらは冷静に答える。
 
 『すぐ戻るわ。体の方、よく見ていてね』
 
 そして信じられないことに、マミに抱えられていたほむらの体が、だんだんと血の気を取り戻してきた。
 そして、
 
 「判ってはいたけど、あまりやるものじゃないわね……」
 「大丈夫なの! まるで死んだみたいに」
 「みたい、じゃないわ」
 
 そう語るほむらの言葉に、一同は凍り付いたようになってしまった。
 
 『全く、無茶をするね、君は』
 
 一人キュゥべえだけが平然としていた。
 
 『そりゃ少しくらいは平気だけど、よほど慣れていないと普通は感覚が消えた時点でおかしくなりかねないんだよ』
 「自覚さえしていればどうにでもなるわ。そういうものでしょう」
 『そりゃそうだけど』
 
 そんな漫才のようなやり取りをしている。死んだようになるのが当然の如く。
 そんな二人に、マミは幽鬼のような有様のまま、それでも声を掛けてきた。
 
 「暁美さん、キュゥべえ……これ、どういうこと?」
 「簡単な事よ。ソウルジェムは、その名前の通り、『魂の宝石』なの。いわばこちらこそが私『暁美ほむら』という人間の要。肉体の方は抜け殻……というより、服みたいなものよ。あるいはアニメの巨大ロボットかしら。
 ソウルジェムという魂から操縦されている、乗り物に過ぎない、とも言えるわね」
 「それじゃまるでゾンビじゃない!」
 
 耐えかねたように、さやかが叫ぶ。
 
 「声が大きいわよ。近所迷惑だわ」
 
 そんなさやかを、なだめるようにほむらは語る。
 
 「みての通り、魔法少女になるというのは、契約に基づいて魂を物質化し、魔力を運用する力を身につける事よ。後さっき肉体が乗り物っていったけど、乗れるのはあくまで自分の体だけ。そう願わない限りは、他人の肉体を乗っ取るような真似は出来ないと思うわ。試したこと無いから判らないけどね」
 『そういう力じゃない限り、他人の体を動かすのはおすすめしないよ。自分本来の肉体以外を動かそうとしたら、マッチングに魔力を使いすぎてあっという間にソウルジェムが濁るだろうし』
 「ということらしいわね。まあ、利点がない訳じゃないわ。自覚していれば、最悪肉体が消滅してもソウルジェムと魔力の残りがあれば復活は可能よ。マミ、あなたあたりなら、願いの内容からしても、おそらくこの事を知っていれば、他の魔法少女がやられた時、かなりの確率で助けることも出来るわ」
 「そ、そう、なの……?」
 
 ああ、やはり自分は卑怯者だ。ほむらは話しながら少し自己嫌悪に陥る。話したことに嘘はない。死の否定、怪我の回復を祈った巴マミなら、この事を知っていればかなりの確率で肉体を損傷した魔法少女を癒すことが出来るはずだ。さやかの例を挙げるまでもなく、怪我の回復を祈りとした魔法少女はほぼ例外なくこの手の能力を持っている。
 そして自分がある意味ゾンビだと言われ、衝撃を受けていても、そのことに意味と利点があると思えばそれに縋って何とか自分を支えようとするのが巴マミという少女だ。
 本当の意味で自分を立て直すにはまだ時間が掛かるだろうが、いきなり堕ちると言うことはこれでないはずである。
 そしてここから立ち直れば、魔女の真実にも耐えられる可能性が上がる。
 
 「うわ~、そんな秘密があったんですか~」
 
 一方ちえみは意外に衝撃を受けていないようだった。
 
 「あの……気にならないの?」
 
 さすがにあっけらかんとしすぎていて、まどかが心配そうに話しかけている。
 
 「うーん、とりあえず自分の体はあったかいし、ちゃんと動くし。ソウルジェムを手放さなければ問題ないんですよね、先輩」
 「ええ。百メートル以内くらいなら特に問題はないはずよ。それでも原則、ソウルジェムは肌身離さず持っている事ね。あと、そう傷なんかつくほど柔じゃないけど、魔法が当たったり銃撃されればさすがに破損するから、ソウルジェムは最優先で守りなさい。この間はそこまで教えなかったけど」
 「判りました、先輩!」
 
 そんな様子に、あっけにとられるまどか。
 
 「そんなんでいいんですか?」
 「そのくらいでいいのよ」
 
 まどかの疑問をすっぱり切り捨てるほむら。
 
 「ただの人間だって、魂は見えてないだけでどっかにあるのよ、こうして物質化できるんだから。それを考えたら、魂がどこにあるか判らない人間の方が不便ではないかしら」
 「え? あれ? そういう事なの?」
 「おいまどか、それ騙されてるぞ」
 
 困惑するまどかをみてさすがに突っ込むさやか。その様子に、マミもちえみも、耐えられなくなって笑い出した。
 そして笑いながら、なにかを悟ったようにマミが話す。
 
 「(くすっ)そうなのね、その程度に捉えておく方が、精神的にもいいのね、(ぷぷっ)……」
 「そういう事よ。むしろ、最悪肉体を損壊させてでもソウルジェムを守る、それを自覚していないと、戦いの時思わぬ不覚を取るわ」
 
 ほむらは語る。
 
 「たとえばマミの場合なら、自覚さえしていれば心臓を打ち抜かれようが下半身を吹き飛ばされようが、魔力さえ足りてれば即座に復元して戦いに戻れるはず。確かあなたは変身した時ソウルジェムを髪飾りにしていたはずだから、頭部をソウルジェムごと潰されでもしない限り、そう易々とやられたりはしないと思うわ」
 「ご忠告感謝するわ。確かにあまり気分のいい話ではないけど、ちゃんと意味のあることでもあるのね」
 「ええ。ただ、その意味をきちんと理解していないとショックの大きい話だから、キュゥべえもいちいち説明しないし」
 『この事を説明すると、何故かみんな僕たちを非難することを言うんだ。だから説明しなくなったんだよ』
 
 そういった瞬間、マミ、まどか、さやかの目がキュゥべえを睨む。
 
 『ほら、そういう目だ』
 
 言われて慌てて視線を外す三人。そこにほむらが畳み掛けた。
 
 「キュゥべえは今みたいに独自の倫理で動く存在なのよ。悪意も敵意もないけど、やはり人間とは違うって言う事を自覚しておかないと、人は自分から奈落に転げ落ちることになる。決して嘘はつかないけど、契約内容はきちんと確認しないと、思い込みに足を取られるわ」
 「……心しておくわ」
 
 それでもこちらを少し恨めしそうに、マミはほむらをみていた。
 それは親友の旧悪を暴かれた少女のようであった。
 
 そして、ほむらは宣言する。
 
 「まどか、さやか、これが、魔法少女になるって言うことの意味よ。それは文字通り、人間を捨てて『魔法少女』という化け物に変わると言うこと。その代価として、キュゥべえは一つの奇跡をくれるのだけれどね。
 そしてこれに加えて、魔法少女には命を掛けて魔女と戦うという使命が加わる。マミ、もし彼女たちが望むのなら、本格的な魔女の戦いを見せてあげられないかしら。
 私は今、ちえみにそれをしないといけないから。後々相談に乗って欲しいんだけど、ちえみは魔法少女としてはちょっと規格外で、ほとんど戦闘力がないのよ。
 だから私が教えようにも、ちえみまで含めて三人を守りながら戦うのは少しきついわ」
 「時間が会えば合流するのはやぶさかではないけれど……添田さんは見河田中よね」
 「はい」
 「私はこういう言い方は好きではないけど、縄張り的な問題もあるわね。でも一緒に出来るのなら協力は惜しまないわ。だからといって、無理はしないでね」
 「はい。その辺の塩梅はほむら先輩にお任せします」
 「とりあえず取り逃がした魔女に関しては私も協力するわ。幸い明日は土曜だし。ちえみは大丈夫かしら」
 「この間も言いましたけど、問題ないです。お父さんの工場、忙しすぎて」
 
 元気に答えるちえみをみて、ほむらも微笑んだ。
 その時まどかは、何故か少し胸がずきりと痛むのを感じた。そして反射的に言ってしまう。
 
 「あの、わたしは、一度見てみたいです。魔法少女になるかどうかは、その、ちょっとあれですけど、私、魔女がこの町にいるって知っちゃいましたし。
 ばい菌は目に見えないけど確かにいる、みたいな感じで、ちゃんと一度見ておかないと、潔癖症みたいになっちゃいそう、ですし……」
 「あ、それ有りそう。台所でゴキブリ見ちゃったみたいな感じ?」
 
 さやかも便乗してきた。
 
 「ならまた明日合流しましょう。時間は……添田さん、あなたに合わせるのがいいわね」
 「なら2時くらいでおねがいします。うちに帰ってから自転車で来ますから」
 「ではモール中のハンバーガーショップ、そこに2時、ということで」
 
 
 
 話はまとまった。明日はあの魔女との戦いだ。
 元々マミ一人でも余裕で倒せる相手だ。ちえみに危険が迫ることもほぼ無いだろう。
 だが油断は禁物だ。一連の話の流れは、今までにない展開になっている。
 将来のためにも、みんなの行動を心に刻んでおく必要がある。
 ほむらはそう、改めて自分に誓った。
 



[27882] 真・第6話 「行くわよ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:41
 「お二人とも、今日はこの後どうするのですか?」
 「ん? あ、ごめん、あたしとまどかはちょっと用事があるんだ」
 「お二人でですか? そういえば今朝からなにか目と目で会話しているような様子も……いつの間にか、お二人はそういう関係になってしまったのですね。いえ、もしかしたら、昨日からそうなってしまったのでは」
 「あ、あの、仁美ちゃん」
 「いいのですわ。そうなってしまった以上、私は素直に身を引くのみですの」
 
 よよよ、とわざとらしい態度を取りつつも、それではお先にと言って帰っていく仁美に、さやかは苦笑、というよりにがわらいと表現した方がいいような、困った笑みを浮かべて言った。
 
 「判ってやってるんだとは思うんだけど、なんというか、ひょっとしたらって思わされちまうんだよなあ、仁美には」
 「私もそう思う」
 
 まどかも少し困惑気味だ。見た目も実際もお嬢様で通る仁美であったが、これがあるせいかラブコメにあるようなラブレターの山とかにはなっていない。
 
 「ま、仕方ないか……仁美にはキュゥべえ、見えてないみたいだしな」
 『だね。こればっかりは仕方ないよ』
 
 実は今日、キュゥべえはずっとまどかと一緒にいた。だがそれに気づいているのは、まどか、さやか、ほむらの三人のみ。他の誰も、キュゥべえに反応することはなかった。
 
 『それでは私はお先に。ちえみを迎えに行ってくるわ』
 
 そこにほむらからのテレパシーが入る。キュゥべえがついていたのも、この中継が目的だ。
 ほむらが出て行った後、まどかとさやかも教室を出た。
 
 
 
 「しっかし魔法少女、ねえ。そういえばさまどか、まどかはそうまでしてかなえたい願いって、考えてみた?」
 「ううん、考えては見たけど、全然思いつかなかった」
 「だよなあ。実質的には困らないとはいえ、ある意味ゾンビ化だもんなあ」
 「そういう言い方は、マミさんに悪いと思うよ」
 「それもそっか。ま、そのことは考えないようにしないとね」
 
 二人で会話しながら、見滝原の広々とした道を歩いて行く。
 
 「そういえばさ、まどか、ほむらの夢見た、っていってたよね」
 「あ、そういえば」
 
 まどか自身、いろいろあったせいですっかり頭からそのことは飛んでいた。
 
 「最初はなにそれって思ったけど、こうなってみると、意味あるのかもしれないな」
 「前世のあれ、とか?」
 「いや、さすがにそれは飛びすぎだと思うけどさ、ほら、キュゥべえの中継とはいえ、テレパシーなんていうのも使えるくらいだろ。だとしたら、やっぱ電波みたいなの受け取っちゃったとか、未来予知みたいな力が出てたとか」
 「じゃあもしあたしが魔法少女になったら、そういう力がつくのかな」
 
 まどかは自分が魔法少女になった姿というのを想像してみる。と、ピンクのフリルがついたドレスっぽい服に、弓を片手にしている自分の姿がふっと浮かんできた。
 
 「なんか私は弓かなんか構えている気がする」
 「ほお~、まどかは弓使いですか。じゃああたしは剣かなんかかな」
 『魔法少女の手にする武器は、資質と性格と祈りによって変わるみたいだね』
 
 キュゥべえが合いの手を入れてくる。
 
 「やっぱそういうものなの?」
 
 まわりを憚って声を落とすさやか。
 
 『明確な法則がある訳じゃないけど、少なくとも祈り……魔法少女の契約の際に掛けた願いは間違いなく影響するよ。昨日の話だと、巴マミは命の救済、回復を願ったわけだけど、この能力は魔法少女にとっては一応基本能力に入るんだ。そのほか、祈りの内容が特にそういう事に言及していない場合は、せいぜい傾向程度しか影響はしない。マミの武器も、祈りとはほぼ関係ないしね。だけど逆に明確な方向性があった場合は、思いっきり強く影響する。
 昨日のみんなだと、ちえみが一番はっきり影響しているね』
 「ちえみちゃんが?」
 
 まどかの疑問に、キュゥべえは答える。
 
 『具体的なことは彼女のプライベートだからぼくが勝手に言う事は出来ないけど、彼女は知性に関する祈りによって魔法少女になったんだ。そうしたら彼女が得た武器は、昨日君たちも少し見た、あの巨大な本だった』
 「武器が本って、それどこのゲームだよ」
 「魔法少女だから、やっぱり魔法の本なのかな」
 『いや、それが』
 
 キュゥべえは二人の感想をあっさり切り捨てる。
 
 『ほむらは少し予想しているみたいなんだけど、あの本は白紙なんだ。だからちえみは、かなり強い……それこそ、死者の一人や二人、死んだという事実そのものを消し去るくらいの願いは掛けられる力を秘めていながら、魔法少女としては何故かものすごいへっぽこになっちゃっている。普通それだけの資質と祈りがあれば、いきなりマミぐらいにはなっていてもおかしくなかったんだけどね』
 「そういうもんなのか……だからあいつ、彼女の面倒見ることにしてるのか?」
 「ほむらちゃん、見た目は冷たそうだけど、実はとっても優しいんだろうね、きっと」
 「そういえばそんな感じだよな、あいつ。ツンデレとはちょっと違うっぽいけど、素直じゃないのは間違いなさそ」
 「それは確かかも」
 
 二人の会話は、時折キュゥべえが相槌を挟みつつ、いつまでも続いていた。
 
 
 
 いつものバーガーショップには、さやか&まどかがまず到着し、程なくマミが現れた。ほむらとちえみは、おそらく時間ぎりぎりになるだろうと判っていたので、三人は時間つぶしも兼ねてそのままお茶をしていた。
 
 「へへっ、実はこんなものを用意してきました!」
 
 話の中でさやかがバッグから取り出したのは、なんと金属バット。
 それを見て吹き出すマミ。
 
 「まあ気休めかもしれないけど、その意気込みは悪くないわ。実際、油断すると危ないから。でも、しばらくはしまっておいた方がいいわ。女子中学生がバット持ってうろうろするのは、やっぱり少し変だと思うから」
 「あ、それもそうですね……そっか、野球のユニフォームに着替えとくべきだったか」
 
 まどかも爆笑する羽目になった。
 
 「ちょっと真面目に話すけど」
 
 変になった空気を引き締めるべく、マミが話題を戻す。
 
 「魔女を捜すのは基本的には足頼み。詳しいことは暁美さんが合流してから話すけど、基本的には魔力の痕跡を、強弱を見ながら追っていくことになるわ」
 「地道なんっすね~」
 「そう。何事も準備は地味で大変なものよ」
 「他にはなにか傾向とか有るんですか」
 
 まどかも真顔で質問する。
 
 「そうね。魔女の影響を受けて起こりやすいのは交通事故と喧嘩よ。だから交通量と人通りの多い道とか、盛り場とかが基本になるわ。後、自殺も多いから、人気のない、そういう事に向く場所ね」
 「けったくそ悪いなあ。魔女ってそういう陰湿なコトするのかよ」
 「魔女は人の心の弱さにつけ込んで、内側からむしばむから。そうそう、魔女に魅入られた人には、印が現れることがあるわ」
 「印、ですか?」
 
 不思議そうなまどかに、マミは説明を続ける。
 
 「魔女の口づけ、と私たちは言っているけど、私たち魔法少女か、その資質を持つもの……わかりやすく言えば、キュゥべえが見える人にしか見えない、魔女固有の紋章みたいなものが付けられていることがあるの。正確には魔女がわざわざ付けるのではなく、魔女の影響下に入った人に浮かび上がる、という事なんでしょうけど。
 一番多いのが首筋だけど、手の甲とかに浮かぶ場合もあるわ。もしそういうのに気がついたら気をつけて、後すぐ私たちに連絡してね。魔女の口づけが浮かんでいる人は、かなり強く魔女の影響を受けていることが多いわ。もし酔っ払いみたいにふらふらとしていたり、ひどく落ち込んでいたりするように見えたらかなり危険よ。そのまま魔女の結界に取り込まれて……っていう可能性がかなり高いの」
 「取り込まれちゃったら?」
 「ご想像通り、って事」
 「うわぁ……」
 
 きっぱりと言い切られて青ざめるさやか。
 
 「だからそうならない、そうさせないためにも、普段から注意を怠らないようにするのも大切なの」
 「はい、気をつけます」
 
 そこまで話した時、マミがふと店外へと視線を向けた。
 釣られてさやか達もそちらを見ると、ちょうどほむらとちえみがこちらに来るところだった。
 時間を確認すると、ちょうど2時である。
 
 「では、行きましょう」
 
 二人も揃って立ち上がった。
 
 
 
 
 
 
 
 「それではよろしくおねがいします」
 
 合流して改めて挨拶をした後、五人は揃って町中に繰り出した。
 
 「本来ならこの段階では一人一人動いた方が効率がいいんですけれど」
 「まどか達のことを考えると、バラバラに動くのは危険ね」
 
 ゆっくり歩きつつ、初心者講座は続いている。
 
 「そういえば、なんで魔法少女は一人で戦っているんですか? ある程度何人かで組んだ方が安心だと思うんですけど」
 
 そんなまどかの質問に答えたのはほむらだった。
 
 「それは昨日の話で言う、裏側の問題になるわ。一言で言えば、魔女退治には、それなりの見返り……いいえ、必要性があるのよ」
 「必要性?」
 「そう。必要性。魔法少女にとって、魔女を狩るのは義務じゃなくて必須であるという面があるのよ」
 
 よく判っていないらしいさやかの様子を見て、ほむらは言葉を選び直す。
 
 「キュゥべえの契約の話を聞いた時点では、魔女退治はせいぜい義務くらいに聞こえるでしょうね。願いと引き替えの義務。でもね、実際はそうじゃない。人は仕事をしなくても生きてはいけるけど、食事をしなくて生きてはいけないでしょう? 魔女退治には、そういう一面があるのよ」
 「それ、なんか全然違く無いか?」
 「キュゥべえから見れば、そこにあるのは『魔女を倒さなくてはならない』という事実だけよ。それがあくまで義務なのか、それとも必然なのかは全く意味がない。キュゥべえの物の見方はそういうものなの」
 『間違ってはいないけど、悪意を感じるのは気のせいかな』
 
 さすがにキュゥべえがツッコミを入れる。
 
 『むしろ善意よ』
 
 声に出さずに、ほむらも切り返す。そして続きは、普通に声に出す。
 
 「キュゥべえには別に悪意も何も無いのだけど、そういう面での人間の心に対する理解が欠けている面があるわ。彼らからすれば、魔女を倒すことにはどちらの意味でも変わりない。でも魔女退治をする私たちからすると全然違うと言うことを、キュゥべえは理解出来ないのよ。
 これは誰が悪いという問題じゃないわ。翻訳のミス、ことわざの解釈違いみたいな、悪意のないすれ違いよ。でも、それを理解しないでいて一番の不利益を被るのは私たちなの。あくまで結果的には、ね」
 「なんか難しいけど……何となく判る気はする」
 「きちんと相手を理解することが大事なんですね」
 
 さやかとちえみが、揃って頷いていた。
 
 「暁美さんの言うことは少し極論だけど、そういう一面は否定できないわ。それはね、魔女を倒した時に得られる利益のせいなの」
 
 マミもほむらの言葉を否定はせずに補足する。
 
 「グリーフシード、というものが、魔女を倒すと手に入ることがあるの。グリーフシードは、魔女の卵。魔女の力の源である、呪いの塊みたいなものなの。卵と言っても、孵化寸前にならなければ別段危険なものじゃないし、私たち魔法少女にとってはむしろ有益なものでもあるの」
 「魔法少女のソウルジェムは、魔力を消耗するとだんだん濁ってくるのよ。そしてグリーフシードには、その濁りを取り去り、魔力の消耗を回復する力がある」
 「あれ? ひょっとして」
 
 ほむらが引き継いだ説明を聞いて、ちえみが疑問を口にした。
 
 「私たちの魔力って、自然回復しないんですか?」
 「ほとんどしないわ。むしろなにもしなくても少しずつ消耗する方が多い」
 
 その答えを聞いて、さやか達も先ほどの言葉の意味が理解出来た。
 
 「それじゃ魔女を全然倒さないと、そのグリーフシードが手に入らなくて」
 「いずれ魔力が尽きちゃうって言うことですよね」
 「で、魔力が尽きたら……」
 
 さやか、まどか、ちえみの声が一連なりになる。そんな三人の脳裏に浮かんだのは、昨日ほむらが実演して見せたことだ。
 
 「そう。最後は自分の体すらまともに動かせなくなるわ。そしてその先の最悪に至ることも」
 「さ、最悪?」
 
 おびえの入るさやかに、ほむらは冷たく言う。
 
 「魔法少女の負の末路よ。出来れば知らない方がいい、下手をするとそれを知るだけで戦うことすら出来なくなる最悪の事態。文字通りの『死んだ方がまし』。過去何人もの魔法少女が、知ってしまっただけで生きていく気力をへし折られたわ」
 「……暁美さん、あなたは、なにを見てしまったの」
 
 そう語りかけてくるマミの声音には、怒りと、優しさと、おびえが等分に配合されていた。
 
 なにか大事なことを隠している怒り。
 傷ついてしまったのであろう彼女に対する、同情を越えた優しさ。
 そして事実そのものに対するおびえ。
 
 態度には出していないが、昨日ほむらに教えられた事実は、マミを打ちのめすには充分な重さがあった。ちえみの態度と、自らが誓った使命感でなんとか意志を奮い起こしているものの、さやか達の存在がなかったら、多分自分は折れてしまったかもしれない。
 だが、おそらく。
 もし自分が折れてしまったら、さやかとまどかの二人は、事実を知ってなお自分の意志を継いでしまうかもしれない。そんな純粋な危うさを、マミも感じていた。
 特にまどかが危ない。マミはそのことを、ほむらがまどかを見る目を見ていて気がついた。
 露悪的な苛烈さに潜む、まどか達を思いやる光。
 そんなほむらが隠している事実。それが魔法少女のあの真実よりさらに『重い』ものであることは予測できる。
 聞きたくはあったが、おそらくはこの場では話さないだろう、とマミは思っていた。
 そして事実、ほむらはそのことに関しては口を閉ざした。
 
 「見ない方が、知らない方が幸せな事よ。過去何人もの魔法少女が、この事実の前に屈したのは事実。私があなたを見て、大丈夫と思ったら、教える日が来るかもしれないわ。
 でもね、過去、ちょうど今のあなたによく似た性格の人が、これを知ってしまった現場に私は居合わせたことがある」
 
 沈黙が、落ちた。
 
 マミもじっとほむらを見据えるものの、言葉は発しない。
 だが一人、空気を読まない人物が混じっていた。
 
 「それで、どうなったんですか?」
 
 むしろ目を輝かせて続きを待つちえみ。さすがにほむらも少し頭が痛くなった。
 さやかも、まどかですらも、空気読めよという目つきになっている。
 そしてほむらは、そんな無言の非難に気づきもしないちえみを見て、諦めたように口を開いた。
 
 「……事実の重さに潰れた彼女は、その場で仲間の魔法少女を全員殺そうとしたわ。そしておそらくは最後に自分自身をも。結果壮絶な仲間割れになって、私ともう一人だけが生き残ることになったの」
 
 さすがに今度はちえみも黙り込んだ。
 
 「……昔の事よ。それによほどのことがない限り、マミのペースよりゆっくりでも魔女を狩っていればそこまでに至ることはないわ。そしてそこまでの覚悟を持てない魔法少女は、たいていが最悪に至る前に、魔女に敗れて死ぬことになる」
 「暁美さんの言葉は間違いじゃないわ。それをこれから、あなたたちもその目に焼き付けておいてね。戦うことの重さと、怖さを」
 
 そういうマミの瞳が、きっと前方に据えられていた。雰囲気の一変した彼女の様子に、さやか達も気がつく。
 
 「……いたんですか!」
 「ええ。見つけたわ」
 
 まどかの問いにマミが答えた時、
 
 「ああ、あれ見て!」
 
 さやかの絶叫が上がった。
 彼女の指さす方を見ると、眼前にある廃ビル、その屋上から、今にも飛び降りようとしている人の姿が見えた。
 
 「任せて!」
 
 すかさずマミはソウルジェムを掲げる。それに反応して彼女が付けていたリボンが彼女を包み込み、その姿を瞬時に別の物に変える。
 全体的にコルセットなどを含む、スイスかスコットランドあたりを思わせるシルエットに、ファーの付いた帽子という、魔法少女としてのスタイルに。
 その後即座に光のリボンが展開し、落下してくる女性をふわりと受け止めた。
 
 「大丈夫ですか?」
 
 心配そうにのぞき込んでくるさやか達に、マミは答える。
 
 「大丈夫。気絶しているだけよ。後、これを見て」
 
 彼女が指さした首筋に、蝶を思わせる入れ墨のようなものが浮かんでいた。
 
 「これが魔女の口づけよ。形は魔女によって違うけど、いわば魔女の紋章ね」
 「滅多にはないけど、使い魔が育った魔女は、同じ紋章を引き継ぐわ」
 
 そういうほむらも、既に魔法少女の姿になっていた。
 
 「行くわよ」
 
 改めてマミがそう宣言をする。さやかもしまっていた金属バットを取り出した。
 それを見たマミがバットに触れる。すると光り輝いたバットに、きらびやかな装飾がついていた。
 
 「それで少しは使い魔に対抗できるわ。でも無理しないで、あくまでも身を守ることに専念してね」
 「マミ、私がディフェンスは引き受けるわ」
 「了解」
 
 マミとほむらの間に同意が成立する。
 
 そして三人の魔法少女と二人の卵は、廃ビルの入り口に浮かぶ、結界の接触点に突入した。
 



[27882] 真・第7話 「あなたを知りたい」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/05 03:05
 結界の中は、それまでのビルの中とはまるで違う世界になっていた。
 厚みのない、書き割りのような景色。
 つづら折りになってしまっている道。
 広大な空間を飛び回る異形。
 そんな世界の中を、五人の乙女達は突き進んでいく。
 
 最初に迫ってきたのは、蝶の羽根を持つ人形のようなものだった。
 相対するは、魔法少女、巴 マミ。
 彼女は一歩前に出ると、ミニスカートの裾を掴んで、優雅に一礼した。
 だが、摘まれたスカートから現れたのは、優雅でありながら優雅とはかけ離れたもの。
 それは装飾こそ施されていたものの、その本質は紛れもない凶器――銃であった。
 現実にはあまりない、ライフリングされた単発式のマスケット。
 マミはそれを手に取ると、狙い撃つと言うより振り回すかのように無造作に撃ち放っていく。一撃すると同時に遠慮無く本体は放り投げ、次の銃を手に取る。
 だが適当に見える射撃は、ただの一発も異形――使い魔を外すことなく、一撃必殺で葬り去っていく。
 それは一差しの舞のようでもあった。
 
 だが使い魔の数は多く、間断無くこちらに襲いかかってくる。
 華麗なマミの舞をくぐり抜ける使い魔も、どうしても出てくる。
 だがそれは、もう一人の魔法少女の手によって、ことごとくが殲滅されていた。
 そう――殲滅。
 黒と紫の魔法少女が手にするのは、金の魔法少女のものと同じ銃。だが、あちらが魔法によって生み出されたあり得ない銃ならば、こちらは魔法とはかけ離れた、あまりにも無骨で現実的すぎる銃。
 引き金を引かれるたびに発生する轟音と焦げ臭い匂い。銃口から発する火花の輝き。
 それはとことん魔法とは相反するかのような、現実の光であった。
 非現実的な魔法少女の手に握られる、現実の極みとも言えるマシンガン。非現実と現実の掛け合わせは、やはり非現実であった。
 適宜弾倉を入れ替えつつ放たれる銃弾のバリアを、使い魔達は抜けることが出来ない。
 さやかも、まどかも、ちえみも、2種類の異なる銃撃の嵐の中、ただ見とれることしかできなかった。
 華麗と無骨、対称的な舞の中を、五人は奥へと進んでいく。
 そして長い道のりも、いずれはその終端にたどり着く。
 奇怪な文字の刻まれた扉の前。マミとほむらには、この奥に魔女がいることを、的確に感じ取っていた。
 
 「ついたわ。ここが結界の最深部。この奥に、魔女はいるわ」
 「この奥に、魔女が……」
 
 さやかは結局ここまで振るう必要の無かったバットを強く握りしめる。
 
 「待って」
 
 ここでほむらがみんなを止めた。
 
 「なにか感じることでも? 暁美さん」
 「いえ、ここが最深部なのは間違いないと私も思うわ。でもその前に」
 
 ほむらは扉を指さす。
 そこにはなにか、記号のようなものが刻まれていた。
 
 「これがなにか?」
 
 この記号自体はマミにとっても見慣れたものだ。魔女の使う文字ではないかとは言われているが、特にそれを意識したことはない。誰にも読めないものだからだ。
 ほむらもそのことは知っている。魔女の結界の意匠の中に、この記号はあちこちに組み込まれているからだ。
 彼女もいつもなら無視している。だが、今ほむらは、一つの予想を立てていた。
 もし、彼女の持つ『力』が予想通りであるのなら、おそらく……
 
 「ちえみ」
 「は、はい、先輩!」
 
 それまでただ二人の先達についてくるだけだったちえみは、ほむらに呼びかけられて思わずしゃちほこばった。
 
 ほむらは無表情という表情を崩さないまま、平坦な声で告げる。
 
 「あなたの力を教えてあげるわ。あなたが手に持つその本。それはおそらく、『事典』よ。もしくは『図鑑』ね」
 「事典、ですか? でもなにも書いてないんですけど……」
 
 ちえみは判っていなさそうだったが、マミがなにかに気がついたかのように、はっと声を上げた。
 
 「白紙の事典……ひょっとしてそれは、『これから書かれる事典』だというの?」
 「私はそう踏んでいるわ。ちえみ、あなたの心の赴くまま、これを『読んで』ご覧なさい」
 「これを……」
 
 ちえみが扉に書かれた記号を、改めてじっと見た時だった。
 抱えていた巨大な本が、わずかだが発光した。
 
 「きゃっ」
 
 思わずちえみは本を手放す。だが本は落下することなく、ちえみの前で独りでにそのページを開いた。
 そしてぱらぱらと勝手にめくれ出す。
 見えない人物が、素早くページを繰るかのように。
 
 そしてちえみの口から、無意識のように言葉が漏れる。
 それまでただの記号でしかなかった扉の印が、突然意味を持つ『文字』として認識できたのだ。
 
 「G……E……R……T……R……U……D……ゲルトルート。ゲルトルート? これ、魔女の、名前……」
 
 そして白紙だった筈の本に、くっきりとその名前が刻印されていた。
 
 
 
 「やはりね」
 
 ほむらはちえみの方を見つめて言った。
 
 「あなたの力は、おそらく『知識の獲得』。見て、理解したいと思ったものを、あなたは知って、その『事典』に記録することが出来る。今は扉と記号だけど、多分『魔女』本体にもその力は通用するわ」
 「これが、私の、力、なんですね」
 
 ちえみの声は少し震えていた。
 
 「ええ。とても、強い、力。でも使い方には気をつけなさい。その力は、濫用すればあなた自身を苦しめるわ」
 「どういうことですか?」
 「多分、その力は、たとえば私やマミですら、さやかやまどかあたりなら簡単に、私たちのあらゆることを『知って』しまうことができる。あなたが望むなら、この世から『秘密』という言葉は消えるわ」
 「そんな……私別にそういう気は」
 「だから、気をつけなさい、といったの。正しく使えば、魔女の弱点なんかを見抜くことも出来るはずだけど、使い方を誤れば、あなたを破滅させる。これはそういう力よ」
 
 ほむらの目は真っ向からちえみを見据えていた。その力強さに、ちえみは唾をゴクリと飲み込む。
 と、その力が、ふっと和らいだ。
 ちえみもすっと力が抜けた。
 
 「緊張のしすぎは良くないわ。マミ、そろそろ行きましょう」
 「そうね。美樹さんと鹿目さんは、ここから奥には踏み込まないでね。さすがに危険だから」
 「ちえみは一歩前へ。とりあえず試しに魔女に対して『力』を使ってみなさい。ただ、無理はしないこと。まだよく判っていない力だから、なにがあるか判らないわ。最悪魔女の呪いの意識に、あなたが呑まれるかもしれない」
 「や、やってみます」
 
 また少し緊張するちえみ。
 
 「まどかとさやかは、ちえみを励ましてあげて。もし呑まれかけたら、多分呼びかけるだけでも効果はあると思うわ」
 「うん」「おうっ」
 
 ほむらに、自分でも出来ることがあると言われたせいか、意気が上がるまどかとさやか。
 最後に、さやかのバットを媒介にマミが守りのバリアを張ると、最後の扉を、マミとほむらは押し開いた。
 
 
 
 それは奇怪な化け物であった。巨大な寝椅子に座る、薔薇と蝶とナマコの複合体のようなもの。
 
 「グロい……」
 
 さやかの口から、そんなつぶやきが漏れる。
 そして多数の使い魔に取り囲まれた化け物……魔女、ゲルトルートは、侵入してきたマミとほむらに、容赦なく襲いかかっていった。
 
 マミは再びマスケットを召喚し、ほむらがまたいつの間にか持っていたマシンガンでその隙を補完する。
 まとわりつき、時に蔓のように姿を変える使い魔は、そのことごとくがほむらのマシンガンによって打ち砕かれていく。その間に、マミは的確に魔女の本体へ、次々と銃を召喚しては撃ち込んでいく。
 
 まどか達は思わずその光景に見とれていた。
 
 (きれい……)
 
 二人の戦いは、優雅と無骨の極みであったが、そこに不思議な調和があった。
 だがそこでふとまどかは我に返った。気がつくとさやかもちえみも戦いに見とれている。
 
 「あ、ちえみちゃん! なにか試してみるんじゃ」
 「あ、いっけないっ」
 
 声を掛けられて正気に返るちえみ。あたふたと本を広げ、先輩達と戦う魔女の方をきっと見つめた。
 
 「どうすればいいのかな……あ、なんか浮かんできた……」
 
 再び本が彼女の目の前に浮かび、開かれる。だが、今度はページはめくれない。
 白紙のページが開かれたまま、ちえみの号令をじっと待っているかのようだった。
 
 「あなたを、知りたい……『アレッセ・アナリーゼ』!!」
 
 その瞬間、本のページがまたぱらぱらとめくられていく。同時にモノクルにへ変化していたちえみのソウルジェムが、両目を覆う大きなゴーグルに変形した。
 
 そして放心したようになったちえみの口から、言葉がこぼれるように漏れ出す。
 
 「薔薇園の魔女ゲルトルート……その性質は不信……なによりも薔薇が大事。その力の全ては美しい薔薇のために……結界に迷い込んだ人間の生命力を奪い薔薇に分け与えている……だけど、人間に結界内を踏み荒らされることは大嫌い。踏み込んだ人間は、全ては養分……もし薔薇が枯れれは、もはや存在することも出来ない……」
 
 そしてその言葉は、同時に『本』に記載されていく。
 その記述が終わると同時に、ちえみはくたりと倒れ込んだ。
 
 「ちえみちゃん!」
 
 まどかが叫ぶ。助けようにも、こうなるとマミの張った守りが邪魔になる。
 だがその叫びはしっかりと先輩達に届いていた。
 
 「っつ、マミ、とどめは任せたわ!」
 「了解。ちえみちゃんはそちらが」
 
 少し慌てた様子のほむらを、マミは優雅な笑みで見送る。
 
 「見た目は冷たいのに、内側はかなり情熱的なのね」
 
 そっと小声でつぶやくと、マミはリボンを引き抜いた。
 
 「さて、先輩としては、少しいいところを見せますか」
 
 リボンを使い、宙に舞うマミ。そのままもう片手のリボンで、魔女を拘束していく。
 横目でほむらの様子を確認。倒れたちえみを守って使い魔を掃討中――問題無し。
 ならばとどめの一撃を撃ち込むのみ。
 
 空中で再びリボンが翻り……マミの前で一つにまとまる。そこから現れるのは、マミの何倍も巨大な銃。
 片目をつむり、狙いを合わせる。その様子は、大丈夫、と観客達にウインクをしているかのようだ。
 そして解き放たれる、必殺の言霊。
 
 
 
 「ティロ・フィナーレ!」
 
 
 
 ちえみの安全を確保したほむら達の前で、放たれた巨大な力は、一撃でゲルトルートを粉砕した。
 ふわり、と着地するマミ。同時に結界がほどけ、マミの足下にグリーフシードが転がる。
 彼女はそれを拾い上げると、倒れているちえみの方に駆け寄っていった。
 
 「大丈夫? ちえみさんは」
 「怪我はないけど……」
 
 ほむらの言葉は少し歯切れが悪い。そして指さす先に、ちえみのソウルジェムがあった。
 それがずいぶんと濁っている。
 
 「これは……」
 
 ためらうことなく先ほど手に入れたグリーフシードで、ちえみのソウルジェムを浄化する。
 その後で自分のソウルジェムを浄化し、そのままほむらに手渡した。
 
 「暁美さんは大丈夫ですか?」
 「私は今回たいした力は使っていないから、この残りで充分よ」
 
 ほむらのもソウルジェムを浄化するが、その濁りは明らかに少ない。
 
 「だけど……私もマミもたいして濁っていなかったのに、もうグリーフシードが駄目になるなんて」
 
 ほむらはそのグリーフシードを投げ捨てる。と、いつの間にかそこにいたキュゥべえが、それをさっと回収した。
 
 『これがちえみの力か……でもずいぶん効率が悪そうだね』
 
 キュゥべえは傍らに落ちている、ちえみの本を見ていた。
 そこには先ほど倒した魔女、ゲルトルートの詳細が、イラストと共に記載されていた。
 
 「薔薇園の魔女ゲルトルート、ね……魔女にもちゃんと、名前って有ったのね」
 
 マミもそれを見て感想を漏らす。
 
 「みんな、ちえみは大丈夫。ちょっとめまいがしただけみたいだわ」
 「ごめんなさい……心配掛けちゃって」
 「いいのよ、不慣れなうちは仕方ないわ。ほら、これ見て」
 
 改めて本の記載事項を見る一同。
 
 「うわ―、リアル」
 「あの魔女って、こう言うものだったんだ……」
 
 さやかとまどかは、思わず魔女の説明を読みふける。
 ほむらは念のため素早く精査したが、元となった魔法少女のことのような情報は記載されていなかったので、とりあえず胸を撫で下ろす。
 ここでそのことがバレたらさすがにまずい。
 
 「やっぱり、ちえみの能力は、相手のことを見抜く力だったみたいね」
 「よく想像できましたね、先輩。私、自分でも全然想像していなかったのに」
 
 不思議そうにしているちえみに、ほむらは言う。
 
 「白紙の本なら、それになにかを書き込む力だと思っただけよ。思ったより強力だったし。ただ、今の段階だとあまり使えないわね。あなたの消耗が大きすぎるわ」
 「はい、なんかこう、読み取ると同時に、黒いものがどっと押し寄せたみたいで……」
 
 それを聞いて眉をひそめるマミ。
 
 「ひょっとしたら、魔女の呪いを同時に取り込んでしまったのかもしれませんね」
 「慣れは必要だと思うけど……文字を読んだ時は特に感じなかったのね?」
 「はい。別に」
 「だとしたら、濫用はせずに、強いと思った魔女に使っていく方がいいかもしれないわね。魔女の中には、力押しでは倒せないタイプもいるのよ。そういう相手に対しては、ちえみの力は絶対的なアドバンテージになるわ」
 「考えてみたら、私たちは魔女をただ倒すだけのものとしか見ていなくて、名前があるなんて事すら想像していなかったわ」
 
 そこで立ち上がるマミ。
 
 「さて、今回の魔女退治は、特に被害もなく終わったわ。これからはどうしましょうか」
 
 そういうマミに、まどかが言う。
 
 「あの、私、もう少し見てみたいと思います!」
 「私はいいけれど……美樹さんは?」
 「あ、まどかが行くなら私も当然」
 
 そしてマミはほむらの方に視線を向ける。
 
 「暁美さんはどうしますか?」
 「あと一、二回、いいかしら……ちえみのことを考えると、私と二人の方がいいんだけど、思ったよりちえみの消耗が激しそうなのが問題。ちえみはどう考えても単独で魔女を狩れるとは思えないから、少し交流を広げる必要もある」
 「そうね……ちえみさんがもう少し自分の力を使いこなせれば、最高のサポーターになるでしょうけど、今の消耗では、相方の負担が大きすぎるわ」
 「へへっ、よろしく、おねがいします」
 
 優しい先輩達の言葉に、ちえみは照れるように笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 今回の魔女退治ツアーはここでお開きになり、それぞれが帰りの道行きをとって別れていった。
 一人になった帰り道、まどかは今日見たマミとほむらの戦いを思い出していた。
 確かに恐かった。だがそれ以上に引きつけられた。
 
 (私もあんな風になれるのかな)
 
 そう考えて、家のすぐ手前まで来た時だった。
 
 「まどか」
 
 突然、声が掛けられた。
 
 「え、ほむら、ちゃん?」
 
 そこにいたのは、魔法少女姿のほむらであった。
 昼閒ちえみ達に見せていたのとは別人のような冷たい視線で、まどかのことを射貫いている。
 まどかは自分の体が恐怖で震えるのを押さえられなかった。
 そんなまどかの様子に気がつかないかのように、ほむらは言う。
 
 「今日あなたが見たのは、魔法少女の光でしかないわ」
 「ひか、り……?」
 「そう。あなたはまだ魔法少女の闇を見ていない。それを見るまでは、絶対に契約をしようなんて思わない事ね」
 
 次の瞬間、ほむらの姿は消えていた。去ったのではない。消えた。
 まどかは、そんなほむらの影を思いつつ、誰と無くつぶやいていた。
 
 「ほむらちゃん……私がマミさんやほむらちゃんを手伝いたいって思うのは、いけないことなのかな……」
 
 その後まどかは、少しして帰ってきた母に見つかるまで、そのまま呆然と立ち竦んでいた。
 心配され、質問されたことにもうまく答えられず。
 申し訳なくも入った寝床の中で、まどかは思う。
 
 
 
 (ほむらちゃん、私も、あなたを知りたいよ……)



[27882] 真・第8話 「とっても恐い。だけど」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:42
 目の前にいるのは、凱旋門を思わせる姿の魔女。
 対峙するは、紫黒と茶、二人の魔法少女。
 そのうち、茶の魔法少女が、開かれた本を前に、力を解放する言霊を唱える。
 
 「アレッセ・アナリーゼ!」
 
 モノクルがゴーグルに変形し、その内側に目前の魔女の力を映し出す。それを彼女が読み上げていくと同時に、その内容は目の前の『書』に記録される。
 
 「芸術家の魔女イザベル。その性質は虚栄。自らを選ばれた存在であると疑わぬ魔女。作品を褒め称えられることを望むけど、それはどこかで見たようなものばかり。そのことを権威と事実によって指摘されたら、もはやこの魔女は自分を保っていられない……」
 
 それと同時に崩れ落ち掛かるが、紫黒の少女が彼女を支える。
 
 「大丈夫? ちえみ」
 「はい、何とか今度は持ちました……先輩、後、この魔女なら、私に倒せそうです。ぎりぎりまで手を出さないでいてくれますか?」
 「いいけど……あなた、攻撃力はないに等しいのよ?」
 「魔女の中には、武器が無くても倒せるものがいるっていうことです」
 
 そう言うちえみは、ゴーグル状になったままのソウルジェムを光らせながら、迫り来る使い魔に恐れることなく立ち向かう。
 そして。
 
 「ゴッホのひまわりプラスダリの柔らかい時計!」
 
 ぐねっとした使い魔の一体を指さして叫ぶ。するとなにもしていないにもかかわらず、その使い魔が震えると同時にはじけ飛んだ。
 
 「え?」
 
 さすがに紫黒の魔法少女……ほむらも驚いた。今茶の魔法少女……ちえみがやったのは、ただ言葉を掛けただけ。物理的にも魔法的にも、一切なんの攻撃もしていない。
 
 「ビーナスプラス考える人プラスタロス!」
 
 また一体、使い魔がはじけ飛ぶ。それだけには留まらなかった。
 のんびりと歩いて行くちえみが指さしながら矢継ぎ早に叫ぶつど、その先にある使い魔がはじけ飛ぶ……いや、自壊していく。
 叫ぶ内容から、ほむらは何となくちえみのやっていることが判ってきた。
 
 「ひょっとして、元ネタを指摘されると自壊する?」
 「ええ、この魔女はすばらしい芸術を生み出したくてもその才能は皆無、作れるものは既存の模倣と改変だけ。それを自覚させられたら、この魔女は自分を保てなくなります」
 「でも、魔女があなたの言葉程度で揺らぐの? 魔女自身が認める芸術家とかならともかく」
 「そのための使い魔撃破なんですよ。使い魔はある意味魔女の分身でもあります。その使い魔が模倣している元を見抜かれれば、魔女は私の鑑定眼が並みならぬものであることにいやでも気づくわけです」
 「……天敵、というわけね」
 
 ほむらはため息を漏らす。この魔女にとってちえみはまさに天敵だ。あらゆるものの正体を暴くちえみの魔法に掛かったら、そんな弱点を抱えていて勝てるわけがない。
 そして群がる使い魔をある物は的確にピンポイントバリアで防ぎ、ある物は言葉の矢で打ち抜いて、遂にちえみは魔女の眼前に立つ。
 
 「恥知らずね、模倣しかできないエセ芸術家! 私が原典を指摘出来ない、『あなただけの作品』を見せてご覧なさい!」
 
 その瞬間であった。魔女の全身がぶるぶると震え出す。ほむらは警戒するが、ちえみはどこ吹く風だ。そして、魔女は。
 
 
 
 絶叫と共に、自壊した。
 
 
 
 結界が消え、後にグリーフシードが残る。
 
 「こんな倒し方もあるのね」
 「たまたまだとは思いますけど。逆に言うとこういう致命的な弱点のない魔女には私勝てないわけですし」
 「それが問題なのよね。どうもあなたは、その力に特化しすぎていて、他の魔法が全然覚えられないところがあるし」
 
 魔法少女の力は資質と祈りに大きく影響されるが、それは絶対ではない。経験を積み、学習と鍛錬を積み重ねることで非常に応用が利く。時には新しい独自の魔法を開発することも出来る。
 ただ、ごくまれに努力を積み重ねてもそれが出来ないタイプも存在している。ちえみもこの範疇っぽいが、彼女はまだ判らない。そのタイプの典型はほむらその人だ。
 時間停止と逆行という大きな力を持っているものの、それ以外は自己強化以外ほぼなにも出来ない。ほむらはその力にいわばメモリーを食われすぎているせいだと自己分析している。
 そして、それとは真逆のタイプも世の中にはいるらしい。
 ほむら自身が目にしたことのある魔法少女の数は多くはないが、噂という物は結構伝わるものだ。かつてのループの中で、魔法少女狩りをする魔法少女を知らないかと聞かれたこともある。
 そしていわゆる『化けた』魔法少女というのも存在しているらしい。
 だがとりあえず今は気にすることはないだろう。なにかあったとしてもそれは先のループでないと試せはしまい。
 ほむらは意識を切り替え、やるべき事をやることにした。
 
 「ソウルジエムの方は大丈夫?」
 「はい。やっぱり濁っちゃいますけど、最初ほどじゃないです」
 
 浄化をしながら、ちえみが言う。ほむらは今回ほとんど消耗していない。
 
 「それでも、あまり効率は良くないわね」
 「でも、ある程度はがんがんやって、慣れないと結局同じだと思います」
 「幸いというのは不謹慎だけど、どうも魔女が増殖期みたいのに入っているみたいね。相手には事欠かないわ。頑張りましょう」
 
 最初の戦いの後、地元の見河田町やこちら見滝原で何体かの魔女を、ほむらとちえみは狩った。マミ達と一緒の時もあったし、今回のように二人の時もあった。まどかとさやかも、時間のある時はマミとツアーを続けている。マミも、
 
 「急激に魔女が増えているの」
 
 と、最近の魔女の増殖に不安を隠せないようだった。
 ほむらにはうすうす理由がわかっている。ワルプルギスの出現と関係があるのだろう。
 出現するから増えるのか、増えるから出現するのか、それはどちらだかわからないが、ワルプルギスの夜が出現する前のこの時期、見滝原では魔女が一大増殖する。それこそマミとほむらと杏子が存分に狩りを出来る位に。
 グリーフシードの入手という面ではありがたいのだが、比例して使い魔も強大化して増えるのでわりと大変なことになる。
 
 「最近少しコツがわかってきましたから、がんがん試してみたいです。戦うのは恐いですけど、それ以上に魔女を放っておくのはいやですし、自分の力に振り回されるのもいやです」
 「その心がけはうれしいけど、調子に乗っちゃ駄目よ。魔女退治は、慎重で臆病なくらいでちょうどいいの」
 「はい、先輩。わたしはたとえ極めても半端物確定っぽいですし、せめて負担を掛けないサポート役にはなりたいですから」
 「そうね。あなたが魔力消費を抑えて魔女の力を見抜けるようになれば、ものすごい助けになるのは確実だし」
 
 ちえみの分析能力は一見その場限りのように見えるがそうではない。魔女には使い魔が成長して新たな魔女になったものもいる。その場合、元の魔女と誕生した魔女は原則同じ能力・性質を持っている。
 その場合、その魔女が『鑑定済み』なら、こちらは圧倒的なアドバンテージを得られることになる。
 そしてそういうケースはわりとあることなのだ。ほむら達も一度、見河田町で倒した魔女と同じ魔女に見滝原で出会うと言うことを経験している。見滝原の方が元で、株分けして見河田町に巣くったらしい。
 もちろん性質から弱点からバレバレだったうえ、その時はマミ達を交えた五人ツアーだったのでマミが一撃で弱点を突いて粉砕した。
 あまりのあっけなさに、マミ自身が拍子抜けしたくらいだ。ソウルジェムも濁るどころか曇りさえしなかった。
 だが一番の収穫はちえみ自身の意識改革だった。自分の力が微妙すぎて無駄なのではという意識が、この時を境にきれいに消えたからだ。
 『今日は添田さんのおかげで凄く楽が出来たわ』とマミに言われて、照れくさそうに笑っていたちえみが凄く印象的だった。
 
 
 
 だが。
 ほむらの心は決して晴れてはいなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらの知る繰り返しにおける大きな山場。それが病院での魔女発生……お菓子の魔女との対決である。
 基本的なかつての流れは2パターン+1であった。
 ほむらがいない場合、ほぼ確実にマミが敗れる。
 ほむらが同行した場合は、マミはうまくすると生き残る。
 例外はあのまどかが昇華した回。マミと険悪になると拘束されて結果マミが死ぬという、同行時の例外パターンだった。
 今回は同行したかった。ちえみと組んで魔女退治をしたおかげで、ほむらは魔女に対する知識が激増していた。次のループにおいては遙かに効率的に魔女を狩れることは間違いない。
 そのためにも要所に存在する魔女に対してはちえみに分析しておいて貰いたいのだ。
 慕ってくれるちえみを利用し尽くすひどい話であるが、そのことに対してはもはや後悔することも出来ない。やってしまう以上、自分が後悔するなど、むしろ相手に対する冒涜だ。
 利用するなら言い訳などするな。むしろ非難を背負え。
 それはほむらが己を強くするための誓い。
 
 そして、時は容赦なく流れる。
 『その日』が訪れたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 その日、さやかは少しクサっていた。恭介の見舞いに行ったところ、都合悪く面会が出来なかったのだ。
 まどかをつきあわせて無駄足を踏んだのと、恭介に会えなかったことでいらつくさやか。
 そこにとどめの一撃が来た。
 何故か病院の壁に、グリーフシードが刺さっているのをまどかが見つけたのだ。
 しかも孵化寸前の物が。
 
 「まどか、マミさんかほむらに連絡を!」
 「うん!」
 
 ここでほむら及びちえみと知り合っていた事による影響があった。
 以前のループにおいても、知り合いがマミだけ、もしくはほむらまでなら、学校その他及びキュゥべえ中継のテレパシーで連絡が取れるので、いちいち携帯の番号を交換していることはなかった。
 だが今回はちえみがいる。ちえみは学校が遠いためテレパシーでの連絡が届かない。必然的に携帯の番号を交換する形になった。
 その流れで、この五人は互いに携帯の番号を交換していたのである。
 
 「もしもし、マミさん!」
 “はい、私だけど、どうしたの? 鹿目さん”
 「今病院なんですけど、グリーフシードが孵りそうなんです!」
 “えっ! わかった。すぐそちらに向かうわ。危な”
 
 そこまで聞いた時、ついグリーフシードがはじけ、結界の展開が始まった。そのまま取り込まれるさやかとまどか。そしてそれと同時に、電話はふっつりと切れた。
 
 「あれ、切れちゃった」
 『魔女の結界内からは当然だけど電話とかは通じないよ』
 「そりゃそうだよな~」
 「でも、どうしよう……動かない方がいいのかな」
 『選択肢は二つあるね』
 
 困る二人に、キュゥべえは語る。
 
 『一つはこのままじっとしている。もう一つはあえて中心に踏み込む』
 「え、どうして?」
 『静かに。君たちも声には出さない方がいいよ』
 
 キュゥべえに言われて、念話に切り替える二人。
 
 『で、どうしてなの? じっとしている方はわかるけど、なんで踏み込むの』
 
 まどかの疑問に、キュゥべえは口調を揺らがさずに答えた。
 
 『基本的にはじっとしている方が安全だ。但しそれは、マミでもほむらでも、とにかく誰かが素早く魔女を殲滅してくれたらの話だ。
 結界内はある種の迷路になるから、二人が君たちをすぐに見つけられるかどうかは運次第になる。最悪君たちを見つけられないまま無駄にさまようことになりかねない。
 ぼくが誘導することは可能だけど、うまく道が繋がっているかどうかはわからないから、どのくらい時間が掛かるかがわからないんだ。下手をすると先に魔女を倒す方が結果的に早い場合だってありうる。
 ただ、逆説的だけど確実にぼくの誘導でマミ達を案内できる場所があるんだ。それがこの結界の最深部。ここには確実にどこから入ってもたどり着けるし、ぼくが誘導すれば最速でたどり着ける。
 つまり確実にマミ達と出会える上、中にいる時間も最短にできる。それを考えると、踏み込むリスクを冒す価値はあるんだ』
 『なるほど。多少はましとは言え長時間ダンジョンの隅っこでじっとしているか、ちょっと危険でも助けが来やすいボス部屋の前で合流するかっていう話なのか』
 『そうだね。その解釈で間違いはないよ。但し、どちらが正解かはぼくにはわからないし、どちらかを強制することは出来ない。それはぼくの分を超える行為だから。決めるのはあくまでも君たちだ』
 『なら踏み込んだ方がいいね。マミさん達へのアシストにもなる。けど本当に平気なのか?』
 『時間との戦いだね。結界が出来ても、魔女が孵化したり使い魔達が活動を始めるのには時間が掛かる。急げば使い魔が本格的に動き始める前にたどり着けるよ』
 『なら急ごう! さやかちゃん、キュゥべえ』
 『善は急げってね!』
 『後、どちらかでもぼくと契約をするっていう手もある。ぼくとしてはその方が望ましいけど、これも強制するわけにもいかないしね。ただ、最後の手段としてはありだと思うよ』
 『ああ、万が一の時には頼むかもな』
 『ならこっちへ。結界の最深部ならぼくでも案内できるからね』
 
 そして二人と一匹は、魔女の結界の中へ踏み込んでいく。
 
 『うわ、病院で出来た結界のせいか、薬瓶とか、はさみとか、なんかそれっぽいのが多いな』
 『でもなんでそこにお菓子が混じってるんだろうね』
 『それは魔女に聞くか、ちえみに調べて貰わないとわからないだろうね』
 
 二人も、そうだね、と頷くと、一路結界の最深部へと足を運ぶのであった。
 
 
 
 “そういうわけだから、暁美さんにもすぐに向かって欲しいの。いいかしら”
 「もちろんよ。急いで向かうわ。お互いいちいち相手を待たずに、とにかく二人との合流を急ぎましょう。魔女そのものはとりあえず慌てずに。無理をしないでいきましょう」
 
 マミからの連絡を受けたほむらは、ちえみと共に急いで病院に向かった。
 そろそろだと思っていたのでちえみと二人で見滝原の魔女を探索していたため、現在位置は病院からそう遠い場所ではない。だが多分マミの方が早く着くことは今までの経験から予測していた。
 病院に近づくと、キュゥべえ及びマミからのテレパシーが繋がる。
 
 『僕たちは結界の奥で待っているよ。ぼくが誘導するから急いで。使い魔達が活動を始めた』
 『すぐに向かうわ。暁美さん達もすぐ追いつくはず』
 『今ついたわ。私とちえみもすぐに向かう』
 
 マミは少し焦っていた。二人はキュゥべえに見込まれているとはいえ、まだ一般人なのだ。
 実のところ、そのことを知った時、二人には一緒に魔法少女として戦って貰いたい気持ちはあった。だが、ほむらから教えられた魔法少女の真実が、その気持ちにブレーキを掛けた。
 自分はいい。魔法少女にならなければ、どうせ死んだ身なのだ。暁美さんも、添田さんも、おそらくはなにか重い願いを掛けている。ある意味自分と同じような、魔法少女に『ならざるを得ない』重いなにかを抱えているのだと、マミは感じている。
 だが、あの二人はまだ取り返しが効く。そこまで重い『願い』をその身に抱えてはいない。
 だがもし自分が間に合わなければ、二人が怪我をするか、あるいは……どちらかが魔法少女になってしまうかもしれない。
 特にまどかにはかなりの素質が見えた。おそらくは自分に匹敵するような、強い魔法少女になれそうな力が。
 そしてさやかにはそこまでの素質はなくとも、強い願いがある。三人でツアーをしている時に聞いた、あの言葉。
 
 『願い事って、自分の事じゃなくてもいいのかな』
 
 それは危険な願いだ。あの時は少しきついことをいってたしなめたが、それで引き下がるタイプの子ではない。あれは踏ん切りがついたらためらわずに暴走するタイプの子だ。
 いずれにせよ、自分が間に合わなければ、どちらかの子がキュゥべえの契約を受け入れてしまう可能性が高い。
 それは少しうれしい反面、悲しいことでもある。
 
 「とにかく、急がないと……」
 
 マミは焦っていた。
 そして焦りは、たいていの場合、良い結果を生むことはないのだ。
 それでも、マミは走る。
 
 (わたしは、恐い。あの子達を失うことが、とっても恐い。だけど、だからこそ……)
 
 「邪魔を、しないでっ!」
 
 召喚された銃が、片っ端から使い魔を蹴散らしていく。
 マミの行く手を阻める物は、もはや存在しない。
 そして彼女は――間に合った。
 
 
 
 「マミさん!」
 「大丈夫! 二人とも!」
 
 結界の最深部。大量のお菓子で形作られた結界の奥で、今まさに魔女が孵ろうとしていた。
 いや、孵った。
 駄目かと思ったさやかとまどかだったが、それと同時にマミが飛び込んできた。
 
 「たった今あそこでグリーフシードが」
 
 まどかが指さすのは、お菓子の部屋の中、いくつも並ぶ異様に足の長いテーブルと椅子。
 その椅子の一つに座る、小さな人形のようなものがいた。
 今まで見てきた巨大でグロテスクな魔女とは、打って変わってかわいらしい姿である。
 そしてマミに気がついたのか、襲ってくる使い魔達。
 だが、そのようなものは巴マミの敵ではない。
 召喚した銃を手に、まさに舞うように次々と使い魔を蹴散らしていく。
 そして高所の椅子に座る魔女に、容赦なく銃弾を撃ち込んでいく。
 衝撃ではじき飛ばされる魔女。
 壁に当たったところにさらに追い打ちを掛け、跳ね上がったところをリボンで拘束する。
 それはマミ必勝のパターン。
 
 「よし!」
 「うん!」
 
 物陰からマミの戦いを見ていたさやかとまどかも、マミの勝利を確信する。
 そしてマミは、とどめの一撃を放つ、巨大な銃を召喚する。今回は下から上を狙うためか、据え置き型だ。
 
 まどか達も何度も見ている、アピールするかのように、片目を閉じて狙いを合わせるマミの姿。
 そして放たれる、勝利の宣言。
 
 
 
 「ティロ・フィナーレ!」
 
 
 
 轟音と共に、その一撃は、過たず魔女を撃ち貫いた。
 
 
 
 
 
 
 
 だが、
 
 
 
 
 
 
 
 着弾の瞬間、
 
 
 
 
 
 
 小柄な魔女の口から、想像もつかない、巨大な『なにか』が、ずるりと這い出してきた。
 
 
 
 
 
 
 
 (え?)
 
 
 
 眼前に迫る、開かれた大きな口。それがマミの視界いっぱいに広がった。
 
 (あなたの場合、一撃で頭部をソウルジェムごと潰されない限り、そうやられはしないわ)
 
 ほむらの言葉が、その時唐突にマミの脳裏に浮かんだ。
 それはいわゆる、走馬燈というものだったのか。
 
 
 
 「きゃあああああっ!」
 「マミさん!」
 
 二人の少女の絶叫が、結界の中に響き渡った。
 
 



[27882] 真・第9話 「魔法少女の、真実よ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:42
 ほむらとちえみが最深部にたどり着いたのは、まさにその瞬間だった。
 ちえみをカバーしながらだったため、どうしても今まで掛かってしまったのだ。
 さやかとまどかの絶叫に、間に合わなかったか、と、後悔の念にとらわれるほむら。
 だがそれは、ちえみの声によって覆された。
 
 「大丈夫ですか! マミさん!」
 
 ほむらも慌ててそちらを見る。マミが過去と同じ状況なら、ちえみの口からそんな言葉が出るはずがない。
 そしてほむらがそこに見たのは、
 
 
 
 右の腕から脇腹あたりを、完全に食いちぎられながら立つ、巴マミの姿であった。
 
 
 
 
 
 
 (危なかった……暁美さんの言葉がなかったら、私は絶対、あそこでやられていた)
 
 流れ出る血、のたうち回りたくなる激痛。
 だがそれは、二人の絶叫に守るべき物をマミが思い出したとたん、ぴたりと収まってしまった。
 血は、まだ流れている。右腕の感覚はない。腰の上あたりまで、まとめてざっくりと喰われてしまっている。巨大な口を前に、とっさに体を捻って頭部だけは守ろうとしたせいだ。
 それなのに自分は生きている。立ち上がれる。動ける。マミはとりあえず、左手でリボンを引き抜くと、自分の体をイメージしてみた。
 リボンはシュルシュルと伸び、とどめの銃を作る時と同様に、欠損した右腕と胴体を、包帯でも巻いていくように形作っていく。
 そしてその形が完成すると同時に、光を放って消えるリボン。
 その下から現れたのは、傷一つ無い、いつものマミの姿だった。
 
 「すっげえっ!」
 「マミさん!」
 
 それを見て再び襲いかかってくる、蛇のような胴体の正面に、ファンシーな顔を貼り付けた魔女。だがもはやマミには油断は存在していない。
 召喚した銃の集中砲撃で、その顔面を完膚無きまでにたたきのめす。
 だがこの魔女はひるんだものの、まだまだ持ちこたえている。
 そこにほむらから追撃が入った。無骨な銃弾の雨に、魔女は近づけない。
 そしてその背後では、ちえみがマミのことを案じていた。
 
 「大丈夫ですか、マミさん」
 「ちょっと堪えたけど、まだいけるわ」
 「でもなんか大分ソウルジェム濁ってますから、無理しないでくださいね」
 「さすがにあれはお手軽に出来ないって事ね」
 
 ちえみの指摘の通り、まだ戦う余裕は残しているものの、マミのソウルジェムは昨今無いくらいに濁ってしまっていた。
 半身の再生には、それだけ膨大な魔力を使ったということだ。
 
 「保険にはなるけど、頼るわけにはいかないって事ね」
 「ですね」
 「マミさん、マミさんはまどかさん達の守りについてください。とどめは私と先輩で行きます」
 
 マミもさすがにその意見に賛成する。
 
 「そうね。これじゃ無理できないし」
 「任せてください! 私の分析も、大分負担減ってきましたから!」
 
 そしてちえみは、ほむらの戦う魔女に向かって、巨大な本を捧げ持つ。
 
 「アレッセ・アナリーゼ!」
 
 本が茶色の魔力光で発光すると同時に、やはり一瞬ぐらつくものの、しっかりと自分で立つちえみ。
 そしてちえみは、さやかとまどかの方を向いて言う。
 
 「さやかさん、まどかさん、何でもいいから、今チーズ持ってませんか!」
 「ちーず?」
 
 唐突な物言いに、きょとんとなるさやか。
 
 「お菓子の魔女シャルロッテ。その性質は執着。あらゆるお菓子を生み出せるけど、大好物のチーズだけは出せない、あれはそういう魔女なんです。チーズを見せれば、あっという間に隙だらけになります!」
 「わかっていれば、新作のチーズケーキ、持って来たんだけど」
 
 使い魔を蹴散らしつつ、少し残念そうに言うマミ。
 
 「うわ、そりゃ残念。マミさんのケーキ、おいしいだけに」
 「ん? そういえば、確か……」
 
 鞄を空けて中をごそごそとあさるまどか。
 
 「ん、チーズなんか持ってたのか?」
 「チーズはないけど、お弁当のおかずにチーズ入りカツが入ってたから、匂いだけでも囮にならないかなって」
 「あ、それありそう」
 
 それはなんということのない軽口。無力な自分でも役に立てるのではないかというアイディア。
 だがそれは。劇的な反応をもたらした。
 
 次々に脱皮するシャルロットに、時間停止と銃撃のコンボでダメージを与えていたほむら。もう少しでとどめが刺せる、そう見込んだ時だった。
 おそらく最後だと思われる脱皮をしたシャルロットの動きが、唐突に変わった。それまで戦ってたほむらを無視するかのように急激な方向転換をしたのだ。
 当然隙だらけになるシャルロッテに追撃を掛けるほむら。が、とどめを刺したと思ったその瞬間、シャルロットはさらに脱皮をした。その形は半分くらいに小さくなっている。力尽きる寸前なのは間違いない。
 
 「いけない!」
 
 ほむらのは、その時初めて状況に気がついた。シャルロッテは自分を無視して、さやかとまどかのいる方に襲いかかっていたのだ。
 先ほどのちえみの言葉やさやか達の会話は、気には留めていなかったが耳には入っていた。
 眼前の戦闘に意識を回していたので対応できなかったのもある。
 だが幸いそちらにはマミがいた。消耗が激しいのでほとんど戦闘は無理だったが、それでも一撃を放つくらいは出来る。
 
 「行かせないわ!」
 
 召喚される多量の銃。マミ渾身の一撃が、銃弾の嵐となって、シャルロッテに襲いかかる。破裂し、吹き飛ぶ蛇のようなボディ。
 
 やった、と、マミもほむらも思った。思ってしまった。
 
 だが、シャルロッテは、首だけとなって、追い求めたもの……チーズの残り香のする、まどかの弁当箱を喰らわんとしていた。
 当然、まどかごと。
 
 「まどかっ!」
 「鹿目さん!」
 「まどかさんっ!」
 
 さやかと、マミと、ちえみの絶叫の中。
 
 首だけとなったシャルロットの口が、なにかを咀嚼するように動いた。
 そして次の瞬間。
 
 
 
 シャルロットの首は、轟音と共に吹き飛んだ。
 
 
 
 「あれ?」
 
 まどかは、目の前になにかが迫ったと思ったとたん、気がつくとほむらに抱きかかえられていた。
 いわゆるお姫様だっこで。
 恐いと思う暇さえなかった。
 
 「どうなってるんだ?」
 「いつの間に……でも、かっこいいです先輩」
 
 さやかとちえみが、少し離れたところに立つほむらに気がつく。
 
 「油断しちゃ駄目よ、まどか」
 
 そう言ってほむらはまどかをそっと下ろす。魔女の結界は消え始めていた。
 もちろん種はほむらが時間を止めて、まどかを助け出すと同時に爆弾をそこにおいてきただけである。
 
 「あ、ありがとう、ほむらちゃん」
 
 まどかは少し赤くなりながらも、ほむらにお礼をする。
 
 「弱点を突くというのは、いいアイディアだけど、時によっては諸刃の剣なのよ」
 「はい」
 
 まどかは素直に頷く。確かに、きちんと利用すれば、相手の隙を誘えただろうが、それは同時に狙われるということでもあったのだ。相手の執着する好物を手に持っているなど言語道断である。
 それに気がついたまどかは、素直に反省した。
 
 「じゃ、みんなで凱旋しますか」
 
 その場をまとめるように、さやかがいう。
 だが次の瞬間、ほむらの顔が引きつった。
 
 「え、マミ先輩! 大丈夫ですか!」
 「離れなさい! ちえみ!」
 
 ちえみの声と、ほむらの叫びが重なる。
 
 さやかとまどかもそちらを見ると、マミが倒れていた。
 当然駆け寄ろうとする二人。だがそのとたん。二人とも首根っこをひっつかむようにして放り投げられた。
 やったのはほむらだ。
 
 「こら、なにすんだよほむら!」
 「静かに。でも、なんで……」
 
 マミのほうを注視したまま、ほむらがいう。だがその言葉は、間違いなく震えていた。
 
 「おい、なんだよ、マミさん、どうしちゃったんだよ……」
 「ほむらちゃん……」
 「先輩……」
 
 ほむらが牽制するため、三人ともマミには近づけない。そして後ろ手で「近づくな」という合図をしたまま、ほむらはマシンガンを片手に、そっとマミに近づいていった。
 そしてほむらは見た。もはや間に合わないということを。
 マミの尊厳を守る、最後の手段が間に合わないということを。
 
 「……さやか、まどか。後ちえみもよく見ておきなさい」
 
 その声は、まるで地獄から響いてくるかと思うくらい、冷たい声音だった。
 
 「これが私が最後まで言えなかった、最悪。魔法少女の末路……魔法少女の、真実よ」



[27882] 真・第10話 「私のあこがれでしたから」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:42
ほむらの背後から立ち上る冷たい炎に、一歩も動けない三人。
 そしてマミに近づくほむら。傍らに落ちていた、シャルロッテのグリーフシードを拾うと、それをちえみの方に投げつける。
 その動きにマミもほむらに気がついたのか、顔を上げた。
 
 「そう……だったのね……ふふっ……言えないわけね……」
 「ごめんなさい。せめて、魔法少女として逝かせてあげられれば、まだ良かったのに」
 「もう止まらないのね……ごめんなさい。迷惑掛けるみたいね」
 「後は任せて。犠牲なんか、出しはしないわ」
 
 その瞬間、マミの体から力が抜け、その体が黒い炎に包まれる。
 それが消えた時、ほむらの手に抱かれていたのは、見滝原中の制服を着た、巴マミの姿だった。
 だがその体に、命の息吹は感じられない。
 そして、その背後で。
 
 
 
 消えたはずの魔女の結界が、急激に広がり始めていた。
 
 
 
 「どういうことなのよ! ほむらあっ!」
 
 マミの亡骸を抱きかかえて戻ってくるほむらにくってかかるさやか。
 だがそれを気にも留めずに、ほむらはマミの体を横たえた。
 そして、残酷なる真実を口にする。
 
 「私たちは魔法少女……では、それが成長したら、なんて呼ばれると思う?」
 「へっ? 魔法少女が成長したら……!!」
 
 正解に思い当たって絶句するさやか。
 
 「魔女……」
 「魔女、なんです、ね……」
 
 震えながら答えを口にするまどかとちえみ。
 
 「そうよ。希望を代償として生まれた魔法少女が、力尽きて絶望に染まる時、ソウルジェムはグリーフシードとなって、初代の魔女になる……これが、魔法少女の果ての定めよ」
 「キュゥべえ……」
 
 まどかが震える声で聞く。
 
 「あなたは、こうなるって知ってて、わかってて、私たちを魔法少女にしようとしたの?」
 『当然だよ』
 
 平然と答えるキュゥべえ。
 
 『今は説明している時間がないからいわないけど、とりあえず彼女がこれから生まれる魔女を倒したら、いくらでも説明してあげるよ』
 「こんのやろおおおおっ!」
 
 怒りにまかせてキュゥべえを掴み上げるさやか。
 だがそれは、意外にもほむらによって押しとどめられた。
 
 「今はそんなことをしている場合ではないわ。ちえみ、連戦がきつかったら、そのグリーフシードでソウルジェムを浄化しておきなさい。魔女の強さは、ある程度元の魔法少女の強さに比例するわ。
 多分、あなたの力がなければ、今の私でも、これから出てくる魔女には勝てないかもしれないから」
 「はい、先輩……泣いている場合じゃ、無いんですね」
 「そうよ。もしこの魔女の手による犠牲者を一人でも出したら、私たちは、マミに顔向けが出来ないわ」
 
 その言葉に、はっとしたさやかとまどか。
 
 「さやかとまどかは、マミの体を見ていてあげて。出来れば、結界の外に連れ出してあげたいけど……今は倒さないと被害が出るわ。そしてその死体を放置すれば、結界と共に消えてしまう。とりあえずここからは離れなさい。巻き添えになりかねないわ。多分私も、手加減どころか、あなたたちに気を回す余裕は無くなるから」
 「おねがいします。ここは今から、多分戦場になります」
 
 二人は顔を下げたまま、二人がかりで、そっと冷たくなったマミの体を持ち上げた。
 
 「マミさん……」
 「マミ、さん……」
 
 涙に濡れながらも、結界の中心部から離れていく二人。
 それを見届けたほむらは、傍らのちえみに声を掛けた。
 
 「来るわよ……多分、シャルロッテなんかとは比べものにならないくらい、強い魔女が」
 「はい、先輩」
 
 既にちえみは解析の準備を進めている。
 
 そして……魔女は、二人の眼前で孵化した。
 
 
 
 紐の魔女ザビーネ、その性質は孤独。寂しさを紛らわさんと、全身の紐で相手を束縛する。だが紐で縛られた人は自我をも縛られてしまい、全ての意志を失う。
 この魔女を倒すには、魔女が心から求める、ただ一言を囁けばよい。
 
 
 
 マミが魔女化した姿は、金色の繭であった。全てがマミのリボンを思わせる、紐で構成された魔女。
 その全身至る所から、紐は触手のようにほむらとちえみに襲いかかる。
 その数、優に数百。マミが得意とした、一斉射撃の銃弾にも劣らない攻撃の雨。
 
 「先輩、とにかく捕まらないでください! 捕まったらその瞬間に終わります!」
 「やっかいね。この強さ、あれに次ぐわ」
 
 ほむらは端からは瞬間移動に見える時間停止を駆使して、
 ちえみはその正確無比の見切りを駆使して、
 何とか魔女ザビーネの攻撃をしのいでいた。
 
 「使い魔が居ないのが救いね」
 「というか、この触手が使い魔っぽいです。本体とシンクロして攻撃しているみたいで。だからこんな数になるみたいです」
 
 苦戦しつつも、少しずつ本体を削っていくほむら。
 防御に徹しつつも、攻撃の穴を見切ってアドバイスするちえみ。
 
 だが二人は忘れていた。
 こんな状況を見逃さない、最悪の存在を。
 
 
 
 
 
 
 
 「この辺まで来れば安全かな……」
 『そうだね。あの魔女は、使い魔を遠くに放てないみたいだ。珍しいタイプだね』
 「キュゥべええっ!」
 
 平然と現れたキュゥべえに、さやかは激昂する。
 
 「よくもあたし達を騙そうと」
 『していないよ。それは単なる解釈の違いだ。やっぱり暁美ほむら以外の少女とは、この見解で妥協に至ることはないみたいだね』
 「え、それって、ほむらちゃんは……全部知った上で、魔法少女に、なったっていうの?」
 
 恐ろしい考えに、まどかの声が震える。
 だがキュゥべえの答えは、幸いにも違った。
 
 『いいや、彼女はイレギュラー、ぼくから見ても特異な存在だ。ただ、彼女が全てを知っているのは間違いないよ。そして僕たちのやっていることも、全て納得ずくだ』
 「なんだよそれ……あいつ、そこまで変なのかよ」
 『それは彼女に失礼な言い方だね。少なくとも彼女は、唯一僕たちにも理解出来る魔法少女だ。僕たちの契約に、完全に同意してくれている魔法少女とも言える』
 
 泰然とした様子を崩さないキュゥべえに、さやかは疲れたような顔を向ける。
 
 「ほんと、訳わかんないよ……なんであいつ、こんなこと知った上でまだ魔法少女やってられんの?」
 『それは彼女の願いが、そこまで重いものだからさ』
 「そんなに大事な、願い……?」
 
 まどかが少し呆然としつつも、じっとキュゥべえを見つめる。
 
 『詳しくは知らないし、言う事も出来ないけど、彼女はとてつもなく重い思いを抱え、そのために頑張っているのは事実だ。僕たちのやっていることも全て理解した上で、さらに僕たちを利用しようとするくらい』
 「なんかよく判んないけど、それって凄い大変なんじゃ……」
 『大変だろうね。よく心が折れて魔女にならないもんだと、ぼくも思うよ』
 「ねえキュゥべえ」
 
 まどかがそれを聞いて、キュゥべえに質問をする。
 
 「どうして魔法少女が、魔女になっちゃうの?」
 『僕たちは君たちの希望と、祈りと引き換えに君たちを魔法少女にする。そして君たちが希望を失い、絶望に染まった時、魔法少女は魔女になる。そして僕たちは魔女になった魔法少女を狩って貰い、その絶望を回収する。そういう仕組みなんだ』
 「なによそれ、詐欺じゃない」
 
 詰め寄るさやか。だがキュゥべえは揺らぐことなく答えを返す。
 
 『僕たちは何一つ嘘をいったことはないよ。もし質問されたら、僕たちは嘘偽りなく、全ての事を話すし。その上で、たとえ最後に魔女となるリスクを負ってでも契約しようと言ってくれたら僕たちは喜んで契約するし、恐いから嫌だと言ったら別に強要はしない。
 ただ誰もそんなことを聞いてこないだけで。この辺をまともに質問したのは、暁美ほむらくらいだよ。まあ彼女は最初から知っていたみたいだけど』
 「それを詐欺って言うんじゃ」
 『いいや、これは君たちが勝手にぼくの言葉を解釈して、勝手に思い込みで行動しているだけだよ。暁美ほむらも、その事実は認めている』
 「……ちくしょう」
 
 さやかは忌々しげに肩を落とす。
 彼女にもわかっていた。少なくともこいつらは、私たちを騙しているわけじゃないということを。
 あの日ほむらがいっていたことが頭をよぎる。
 彼らは自分たちとは違う思考の持ち主だから、そのことを踏まえないと自分から奈落に落ちると。
 それはこういうことか、と、さやかにもはっきりと理解出来た。
 そこに。
 
 『その上であえてぼくはこう言うよ。ぼくと契約して、魔法少女になってくれない?』
 
 その口調は、知り合った時のものと、全く変わりなかった。
 
 
 
 「ふざけるなあっ!」
 
 思わずキュゥべえを蹴り飛ばすさやか。だが、追撃を加えようとしたさやかを、誰かの手が止めた。
 当然それは一人しかいない。
 
 「なによまどか、なんで今更」
 「さやかちゃん、ほむらちゃんは、今ちえみちゃんと二人きりで戦ってるんだよ」
 
 その言葉にはっとするさやか。
 
 「ねえキュゥべえ。私には、才能、あるんだよね」
 『うん。かなり強いと思うよ』
 「ちょっと待ってまどか! あんた、まさか……」
 「じゃあ質問。ねえ、私の願いで、マミさん、助けられるかな? 生き返らせれるかな? 難しいけど、時間が経ってなかったら何とかなるかもしれないって、この間言ってたよね」
 『それは試してみないとわからないね。君の祈りが、因果を覆すほど強ければ、契約は成立する。逆に言えば、祈る力が、内なる因果が足りなければ、契約は不成立になる。その場合は、別になにも起こらない。ただ契約が不成立になるだけで、君になにかの不利益が生じることはない。別の祈りで契約が成立することも当然ある。ぼくがなにかをすれば契約できるっていうものでもないんだ。そういう意味では、ぼくは契約の仲介者でもある。最終的に契約の成立を決めるのは、祈りと因果が釣り合うかどうかであって、ぼくの意志じゃない』
 「ならおねがい……私はマミさんを助けてあげたい。生き返らせてあげたい。一人で頑張ってきたマミさんの、命の火をもう一度灯してあげたい! そして魔法少女になってでも、ほむらちゃんを助けてあげたい! マミさんから生まれた魔女を、あのままにしたくない!」
 『忠告しておくけど、その願いはかなり難しいといっておくよ。マミのソウルジェムはグリーフシードに転化してしまった。つまりそれは、マミという人間の心が消滅してしまったということだ。生き返るということの定義は曖昧だ。マミを蘇らせるとしても、肉体的な意味においては簡単だろうけど、その心がどこまできちんと蘇るかはぼくには保証できない。それこそ、君たちの祈りの強さと、思いの的確さ、そして費やす因果の量によって決まる。
 結論すれば、マミがマミのまま蘇れるかどうかは、ぼくには確約できない。それを定めるのは、契約が成立したとしても全て君たちの思いに掛かってくる。契約が成立しても、結果が君たちの理想通りかどうかの保証が出来かねない分野の願いになる。
 それでも君は、それを望むのかい? それを祈りとして、命を対価に差し出すのかい?』
 
 それを聞いて、さやかはキュゥべえに対する怒りが霧散していくのを感じた。
 確かにこいつはほむらの言う通りの存在だ。きちんと聞けば、願いに関してはむしろ良心的だと。
 だとすると、こいつは相当厳しい願いなんだろう。下手すると、生き返ったけど心は空っぽの、植物人間になりかねないような。
 だとしたら……放っておけないじゃないか。
 そしてさやかは、そっとまどかの肩に手を置く。
 
 「さやか、ちゃん……」
 「ちょっとキュゥべえ、二人で同じ願いを祈るって言うのはあり?」
 『基本的にはありだね。魔法少女の願いは原則何でもありだ。君たち二人の祈りが同期したら、二人分の因果で願いが叶うことになると思うよ。但し、さっきも言ったけど、ぼくにはなんの保証も出来ない。しないんじゃなくて、出来ない。これはそういうものだからね』
 「うん。わかってるよ……ねえまどか。やるなら二人一緒。だって、マミさんは、私たちの、友達、でしょ?」
 
 そして少女達は決断してしまう。決して引き返せない、禁断の道を。
 
 「キュゥべえ、私たちの願いは!」
 「マミさんを、生き返らせること! 体だけじゃなく、ちゃんと、心まで! 私たちの知っている、いつも通りのマミさんに!」
 
 そう言葉にしたと同時に、さやかとまどかの体が光に包まれる。
 さやかのそれは青く。
 まどかのそれは桃色に。
 
 「うっ」
 「くっ」
 
 そして胸をかきむしりたくなる痛みと共に、その胸から光の宝石が浮かび上がってくる。
 
 『おめでとう二人とも。契約は成立したよ。君たちの祈りは、エントロピーを凌駕した』
 
 その言葉と同時に、傍らにあったマミの体が、ゆっくりと起き上がった。
 
 
 
 マミは困惑していた。あの時確かに自分は、魔女と化したはずなのに。
 とどめを刺したのは、最後の光景。シャルロッテの首が、まどかに襲いかかった時だった。
 実際はほむらの救いが間に合っていたのだが、角度的にそれはマミには見えていなかった。
 鹿目さんを守りきれなかった……その想いが、ぎりぎりだったソウルジェムに、最後の絶望を与えてしまった。
 それが間違いだったと暁美さんに教えてもらえた所で、意識が途絶えたのだが……
 
 「マミさん」
 「よかった……」
 
 泣きながらすがりつく二人の姿を見て、マミは全てを悟ってしまった。
 
 「おばかさんね……二人とも。私のためなんかに」
 「いいんです……マミさんは、私のあこがれでしたから。私にも出来ることがあるって、教えてくれた人でしたから」
 「でも。わかってるんでしょう、二人とも。その先に待つのがなにか。暁美さんがあれだけ言ってくれていたのに」
 「それでも、私は、やりたかったんです。マミさんから生まれた魔女なんか、これからちょちょいのちょいでやっつけちゃいます!」
 「私だってついてるんだ! あの二人に任せっきりに出来るかって!」
 「そう……じゃあ、おねがいね」
 
 マミが託すように二人に言う。
 マミにはわかっていた。今の自分には、もはや戦う力がないことを。
 今まで感じられた、キュゥべえの気配を感じない。おそらく今でもそのへんにいるはずのキュゥべえを、自分が見つけられないことを。
 それはすなわち、自分はもう魔法少女には戻れないと言うこと。
 たとえ契約を願っても、もはやそれは叶わないと言うこと。
 
 「ごめんなさい……そして、ありがとう、二人とも」
 
 マミはただ、戦いの決着がつくのを待っていた。
 いや、実際は待つほどのことではなかった。
 二人の姿が消えてすぐ、魔女の結界は解除されたのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらは呆然としてしまった。
 突然現れた二人の援軍。
 さやかは手にした剣で紐の群れを難なく切り払い、
 まどかの手にした弓は、さやかによって開かれた紐の中核を、ただの一撃で射貫いた。
 それで終わりだった。自分たちの苦戦が何だったのだと言うくらいあっけなかった。
 
 「へっ。どんなもんだいっ!」
 「ほむらちゃん……これからは、一緒だよ」
 
 まどかの言葉に不覚にも涙が出そうになったほむらは、慌てて後ろを向く。
 そしてわざと冷たい声を作って言う。
 
 「馬鹿ね……二人とも。わざわざ私たちと同じゾンビになるなんて」
 「けっ、ゾンビ上等よ。なって見たら、別にいつもと変わんないし」
 「そうだよね。別に死んだなんて思えないよね」
 
 そこに、思わぬ声が掛かる。
 
 「そうね……馬鹿よ、二人とも」
 「マミさん!」
 
 ちえみが喜び勇んで駆け寄る。
 
 「あなた……そういう事、なの……」
 
 ほむらはマミの姿を見て全てを悟った。不覚だった。さやかはともかく、まどかならそれを願う可能性はあった。そしてまどかが願ったのなら、さやかもまた。
 キュゥべえに様子を見ろとは言ったが、これは約束違反にはならない。まどかが心から願ったのは、ほむらが一番よく理解出来てしまったのだから。そしてキュゥべえがそれを見逃しはしないことも。
 
 こうして、今回の歴史は、大きく書き換わってしまった。



[27882] 真・第11話 「聞かせて。あなたの、お話を」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/05 03:04
 「さやかさん……私、恭介君が好きです。でも、あなたが自分の気持ちをはっきりとさせるというのなら、私は身を引きますわ」
 「ううん、いいの。むしろおねがいする。仁美、恭介を、幸せにしてやってくれる?」
 「えっ……いいの、ですか? さやかさん。あなたも、恭介君のことを……」
 「うん、好き。でもね、私じゃ、駄目なの。私じゃ、恭介を甘やかしちゃう。ううん、そうじゃないね。私じゃ、恭介に治って欲しくないって思っちゃう。私にずっと頼っていて欲しいって、そう思っちゃう……。
 仁美なら解るよね。それじゃ、駄目。私じゃ、恭介を駄目にしちゃう。だから……おねがい……」
 「おばかさんなんですね、さやかさんも、私も。そんなに泣くほど、彼のことが好きなのに」







 マミがリタイヤし、代わってさやかとまどかが加わる形になった今回は、ちえみも含めて意外と安定した展開になっていった。
 さやかが願いを使ってしまったが故に、恭介の怪我が奇跡的に回復する事はなかった。さやかはその機会を逸した自覚もあって恭介と少し疎遠になり、その隙間に仁美が入り込んだ。
 だが、自覚のあった今回、さやかはそのことで大きくぶれはしなかった。泣いたし、仁美に正面切って略奪宣言もされたが、それによって魔女化するほどにはぶれなかったのだ。
 むしろ素直に恭介を仁美に譲ると宣言したほどだった。
 自分には無理だってわかってしまった。自分では支えると言いつつ頼ってしまう、甘えてしまう。だから代わりに、恭介を支えてあげて欲しい、と。
 今回のさやかは判ってしまったのだ。恭介を支えようとすると同時に、自分には『恭介に頼って欲しい』と思っている気持ちがあることに。それはある意味恭介に、無力な、自分に頼る存在でいて欲しいと願うこと。それはもはや願いではない、呪いだと。
 自分がある意味もはや人間でないと、覚悟を決めていたのがその違いになった。
 あきらめではなく、覚悟。その違いがさやかを格段に強くしていた。
 まどかが一緒だったのも大きかった。マミも戦う力は失ったものの、その経験を持ってまどかやさやかのよきアドバイザーとなっていた。だからこそさやかは、かつての自分が落ちてどうしても抜け出せなかった落とし穴に、今回は落ちずにすんだのだ。
 そして今回、杏子はマミの穴をさやかとまどか、及びほむらとちえみが埋めた形になったためか、接触してくることはなかった。ほむらも今回はいろいろありすぎてこちらから接触するゆとりもなかったため、完全にスルーした形になった。
 
 こうして、約一月の間、四人でチームを組む形で、見滝原及び見河田町の魔女を彼女たちは順調に狩り続けていった。
 
 後は……審判の日、ワルプルギスの魔女を待ち受けるのみ。
 ほむらはこの予想外の流れの中、来るべき日に備えての会合を開くのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 マミも交えた五人は、この日ほむらのアパートへと集合していた。
 どう見ても外枠より広い部屋と、空中に図版が浮かぶ異様な光景に、少し驚くほむら以外の一同。
 
 「これは……?」
 「私の魔法よ。まあ深く考えないで。考えるだけ無駄よ」
 「判った。あんたがそういうならそう思うことにする」
 
 そういう事は後回し、と、さやかはほむらの話を促す。
 ほむらも、今回は覚悟を決めていた。
 イレギュラーなことは多いが、まどかが魔法少女になってしまったとはいえ、その力はそれほど強くない。理由はまだわからないというか、キュゥべえからの報告もないが、とうてい今のまどかが魔女化してもあの強大な魔女になるとはとうてい思えない。
 今のほむらの知識には、ちえみという実例がある。同一の魔法少女から、あの全知の魔女と、前回倒した雑魚魔女のような、別種の魔女が生まれる可能性の。
 つまり今回もし仮にまどかが魔女化しても、あの魔女にはならないのではないか、とほむらは思っている。
 そして今回ワルプルギスの夜と戦うのに当たっては、自分のことを話さないわけにはいかない、とほむらは感じていた。
 今回は実に珍しいというか、今まで初めてだが、さやかが魔女化せずにワルプルギスの夜までたどり着いている。まどかが魔法少女化してしまったのは今更仕方ないが、全体としてみれば、かなり大きな収穫があったとも言える流れなのだ。
 
 段階を踏んで情報を明かしていけば、巴マミは潰れない。少なくともソウルジェムの真実の前半までは大丈夫。
 
 美樹さやかの魔女化には上条恭介との恋愛が掛かっている。さやかが上条への思いを振り切れればさやかは魔女にはならない。上条の手を治すにしても、そこは自覚させてしまう方がいい。
 逆にさやかの場合、おそらく距離を空けると奈落へ真っ逆さまになる。自分では無理でも、マミあたりから言い聞かせるべき。ある意味マミ以上に孤独が大敵。
 
 ちえみの力は知識の獲得。但し、魔女相手に力を使うと魔女の絶望も取り込んでしまうためか消耗が激しい。但し修練によって耐性が増し、負担も減らせる。弱い魔女から慣らしていくべき。
 
 そして魔法少女が絶望に至る理由の多くに、孤独の戦いがある。グリーフシード獲得の効率は悪くても、それ以上に仲間がいるという想いが消耗を減らし、結果よい流れを生む。キュゥべえに知られると逆用されそうな知識だが、多分もう知っているだろう。
 
 この流れでマミをリタイヤさせず、かつ杏子の協力を得られれば、まどかを魔法少女化させずに揃えられる最高戦力になるだろう。次回はそれを狙ってみよう、とほむらは心に決めた。
 それでも駄目なら、見河田町あたりでもう少し仲間を捜してみるか、また別の流れを試してみるというところだ。
 いずれにせよ、今回のパーティー構成の場合、決め手は信頼性になる。佐倉杏子と違って、わずかな疑念が全体の力を大きく減衰させることになるメンバーなのだ。
 
 「これは私が集めたワルプルギスの夜の資料。もうじき、この見滝原にやってくる、超弩級の魔女よ。
 結界を持たず、素質を持たないものにはスーパーセルや竜巻にしか見えない。そして放置すれば、この見滝原を一夜で廃墟にすることが出来る。それほどのものなの」
 「……疑うようで申し訳ないけど、ずいぶん詳しいのね。私も名前くらいは聞いたことがあるけど」
 
 さすがに詳しすぎる解説に、マミが疑念を挟む。そういえば初めて会った時のマミは、ワルプルギスの夜のことを知っていたのをほむらは思い出した。多分その時はキュゥべえが教えたのだろうと想像する。
 
 「判っているわ。今回の戦いを切り抜けるには、私も最後の札を切らないと駄目だと判断したから。だからこそ、ここまでの資料を開示しているの」
 「それって、ほむらがなんかものすごい事情通だって言う理由の秘密?」
 「そうよ、さやか。そして、まどか」
 
 その言葉と共に、ほむらはまどかを真正面から見据える。
 それは今までのほむらのそれとは全く違う何かだった。
 いつものほむらは、どこか虚ろで冷めた、世の中を斜めから見るような目をしていた。
 だが今のほむらは。
 
 その瞳の中に激情とも言えるほどの熱意が燃えさかっていることを、他の四人は感じ取っていた。
 いや、思い知らされたという方が正しいかもしれない。
 特に真正面からそんな熱い目で見られているまどかは、どうにも居心地が悪い思いをしていた。
 
 「これから言うことは私の原点にして原罪。こんなことを告げるのは、卑怯千万なこと。だけどお願い。今回だけは、こんなことを言う私を許して欲しい」
 「……どういうこと? 私、ほむらちゃんがなにを言いたいのか全然判んないよ」
 「判らなくて当然。あなたはなにも知らないことなんだもの。でも、今回は、黙ったままじゃ多分先に進めないの。だから、ごめん……」
 
 最後の方は、ほとんど涙声だった。あの孤高なまでに冷たいほむらが、か弱い乙女のように泣き崩れている。
 ……いや、違う。
 マミも、さやかも、ちえみも、そして……まどかも。
 こちらこそがほむらの素顔なのだと判ってしまった。
 そしてまどかは……そんな相手を、そのままに出来る人物ではなかった。
 
 「ほむらちゃん、聞かせて。あなたの、お話を」
 
 顔を上げ、涙をぬぐうほむら。その顔が、突然またいつも見慣れたきついものに変わる。
 同時に魔法少女の姿に変身する。
 
 「へ? どうしたのほむらちゃん」
 「その前に」
 
 手にした盾のようなものに触れ、同時に変身時は手の甲に付く彼女のソウルジェムが強い輝きを放った。
 同時に遠くからキュゥべえの声が聞こえたような気がして、首を捻る一同。
 
 「ここから先の話は、キュゥべえ――いえ、インキュベーターにはまだ聞かせるわけにはいかないの。だから少し結界を強化しただけ」
 「ん? ひょっとしてキュゥべえ、こっそり聞いてたの?」
 「彼らはいつでもそこにいるわ。そう思っていて間違いないのよ、さやか」
 「……ねえほむら、言いたくないけど、あんたギャップ激しすぎ」
 
 激しすぎて萌えられないじゃんとかぼやくさやかは無視してほむらは話を続け……ようとした矢先、今度はちえみが突っ込んできた。
 
 「あれ先輩、彼『ら』なんですか? それにインキュベーターって、キュゥべえの本名ですか?」
 「……それをこれから説明しようとしたのよ。私のこととまとめて」
 
 ほむらは思わず額に指を当てて沈痛な表情をした。先ほどまでの緊張と愛情が入り交じった雰囲気が霧散していた。
 そんな雰囲気の変化の中、マミがくすりと笑う。
 
 「暁美さんもそんな顔をしない方がいいわよ。そろそろ話を元に戻しましょう」
 
 その言葉に場の雰囲気もある程度落ち着く。
 
 「少し、長い話になるけど」
 
 そしてほむらは、自分の背負った道を話し始めた。
 
 本来の自分は、気弱で引っ込み思案な少女であり、勉強も運動も、全然駄目な子であったこと。
 そのことで落ち込んでいたら、魔女の結界にとらわれ、そこをマミとまどか、二人の魔法少女に救われたこと。
 
 「ん? なんか全然違う話じゃない?」
 「ですよね。先輩っぽくないです」
 
 さやかとちえみはのんきにツッコミを入れていたが、マミはそれを聞いただけで真っ青になっていた。
 
 「その言い方からすると、暁美さん、あなた、ひょっとして、時間を……」
 「さすがですね。巴さん」
 
 ほむらはあえてマミの事を『巴さん』と呼んだ。初めて会った、あの頃のように。
 
 「お察しの通り、私の力は時間に関すること。時間の停止と、ある条件を満たした後の時間遡行。今の私は、もう何度も、転校前の一週間くらいから、この後来るワルプルギスとの夜との戦いを、何度も繰り返し続けている、時の放浪者」
 「そんな、ほむらちゃん……」
 
 その告白を聞いて、少し呆然となるまどか。彼女は思い出していた。初めて彼女と会う前に見た、戦うほむらの夢を。
 それでは、ひょっとしたら、あの夢は。
 
 だがそれを問う前に、ほむらは話を続けていた。
 
 無力な自分。マミとまどか、二人と友達になりつつ、やがて来たワルプルギスの夜を前に、二人が敗れたこと。特にまどかは、自分を、友達を、そしてみんなを守ると、使命に殉ずるように一人で最後まで戦ったこと。
 
 「そして私はキュゥべえと契約したわ。二人の出会いをやり直したい、と」
 「だからなのね……あなたが時を遡る力を得たのは」
 「そうよ」
 
 再び巻き戻った時間で、いきなりまどかに抱きついたこと。
 まだ戦う力の無かった自分を、マミとまどかが面倒を見てくれたこと。
 再び力尽き、そしてまどかが魔女化したこと。
 キュゥべえに騙されたと思い、再び時を遡ってそのことを告げたものの、誰にも信じてもらえず、そして遂にさやかが魔女化し、その衝撃でマミが壊れたこと。
 
 「うげ、あたしがこの間のマミさんみたいに?」
 「……あの時聞いた話の、私によく似た性格の人というのは……」
 「そう。別の時間のあなたよ」
 
 そしてまどかと二人で戦ったこの回は、力尽きたまどかが最後にほむらに願いを託し、そしてまどかのソウルジェムを自分の手で撃ち抜いたこと。
 
 「暁美さん、あなた……」
 「ほむら……」
 「先輩……」
 
 もはや皆からはうめくような声しか上がらない。
 そしてまどかは声すら発することは出来なかった。
 
 それからはみんなとは接触せず、一人で戦っていたこと。
 まどかの契約を阻止し、それを妨害し続けたこと。
 だがそれでも、まどかは魔法少女になってしまったこと。
 そして……そうなったまどかは、一撃でワルプルギスの夜を倒し、そして同時にそのまま魔女となってしまったこと。
 
 「ずっと、その繰り返しだった。どうしても最後はまどかが魔法少女になってワルプルギスの夜を撃退し、その後魔女になってしまう。でも、遂にある時、それを崩せたの。
 その時においては、マミは体験ツアーの最中、あのシャルロッテに頭から食われて敗れ、さやかは上条恭介との恋愛のもつれで志筑仁美やまどかとの仲が悪化、最後は絶望と共に魔女となった。
 そしてまどかの魔法少女化は、これまでにないくらいうまく阻止できてはいたんだけど」
 「それってひょっとして、私やマミさんが犠牲になったのを、まどかが見続けていて?」
 「そうよ。言い方が悪いけど、いろいろありすぎてまどか自身が折れ掛かっていたから」
 
 その話を聞いて、まどかが少し反応した。
 だがみんながほむらの話に注目していて、それに気づいた人はいなかった。
 
 「いろいろあったけど、最後は私が、それまでの繰り返しの中で蓄積した全火力を投入してワルプルギスの夜に挑んだわ。でもまるで歯が立たなかった。
 過去には敗れたものの、ある程度相打ちに近いところまでは追い込めていたんだけど、それは全部まどかの力。火力だけなら見滝原を灰にしてもおつりが来るくらいたたき込んだ筈なんだけど、それでもあいつは持ちこたえていたわ」
 「ひょっとして私たち、それをこれから相手にしないといけないと?」
 「そうよ。今回は私の知る限りではわりと戦力が整っている方よ」
 「うっわ~、今私、初めて魔法少女になったこと後悔したよ」
 
 口調は軽いが、態度は真反対のことを主張していた。
 
 「話を戻すわ。結局その回も私は敗れて、力尽きそうになった。ただいままでと違うのは、私が私の罪を自覚してしまったと言う事ね。まどかに対しての、取り返しのつかない罪を」
 「私、への……?」
 
 そこまでほぼ無言だったまどかの口から、言葉か漏れた。
 まどかは今までほとんど圧倒されたままだった。ほむらの口から語られる、自分ではない自分の物語。
 その自分は、自分よりずっと自信もある、まるで理想の自分みたいだった。無力だったほむらを守り、強大な敵に立ち向かう、ヒーローのような自分。
 だがほむらは、その果てに待つものが絶望の権化と知り、それを防ぐために時の流れを旅していたというのだ。
 特にある時は、魔女と化す定めにあった自分のソウルジェムをその手で砕いたという。
 それはつまり、親友とも言える相手を自らの手に掛けることだと、まどかは判ってしまった。
 そして今回今自分は魔法少女になってしまったわけだが、とうてい話に聞くような力があるとも思えない。
 つまり自分はほむらの気持ちを裏切ったあげく、なったのもやがて来る敵を一撃で葬り去るような強大な魔法少女ではなく、ちょっと強めな程度のもの。
 それは二重の裏切りだ。
 なのにほむらは、まだ自分に罪があるという。
 
 「そうよまどか」
 
 そう言った所で、ほむらはまどかを強く見る。それは狂おしい情熱と、氷の冷徹さが同居する、不思議な色の瞳だった。
 そしてそれは、薄い笑みで色づけられる。
 
 「まどか、今あなた、落ち込んでるでしょう」
 「え、そんな、わたし」
 
 バレバレだった。さやかもマミもちえみも、思わずくすりとしてしまう。
 
 「どうせあなたのことでしょうから、私の気持ちを裏切ったあげくに、なったのもたいして強くはないなんて、そんなこと考えていたんでしょうけど」
 
 図星過ぎてがっくりとまどかは落ち込むことになった。伝統の落ち込みポーズ、orzを自然に取ってしまう。
 
 「私って、そんなに判りやすいかな……」
 「伊達に私主観では長いことあなたとつきあっている訳じゃないわ」
 「私でも判るくらいだけど」
 
 ほむらの言葉をさやかが茶化す。
 
 「けどね、これから私の話すことを聞いたら、その程度では済まないわよ」
 「まどか、おかわりだって」
 
 からかわれたまどかは思わず「ひどいよ~、さやかちゃん」とぽかぽかとさやかを叩きだした。
 そのほほえましさにマミもくすりと笑う。
 少しは気持ちが浮上したと見たほむらは、話を再開した。
 
 「ここからは真面目に聞いて欲しいんだけど、私が繰り返した時の流れ、それによって、因果の糸がまどかに絡みついてしまっていたの。そしてそれこそが、まどかの才能の秘密だった」
 「今ひとつよく判んないけど、それってつまり、ほむらちゃんが何度も時間を繰り返したせいで、私が強くなっちゃったって言うこと?」
 「そうよ。魔法少女の才能は、因果の糸……つまり、人や物、世界、そういうものとの関わりの量が決めるの。もう少しわかりやすく言うと、その人の影響で変動する、他人の運命の度合い、とでも言えばいいかしら。
 たとえば一国の指導者の言葉は、その国に住む人全てに極論すれば影響する。けどただの子供の一言は、せいぜい親兄弟くらいまで、下手すれば親すら動かしはしないわ。因果って言うのはそう言うこと。
 まどかも本来は、それなりの因果しか持っていない、悪く言えば凡人でしかなかった。けど、私が時を遡るつど、他の世界の因果がまどかに収斂されていき、最終的にはいかなる奇跡ですら起こせるほどになってしまっていたの。
 今のあなたにわかるように言えば、マミどころか、世界中の不幸な死に方をした人を、全て救えてしまうくらいの、ね」
 「それほどの力を、鹿目さんは?」
 「いいえ、それ以上、よ」
 
 マミの疑問を上書きするように言うほむら。
 
 「繰り返せば繰り返すほどまどかをより過酷な運命に追いやっている……そう思った私が、遂に諦めようとした時、まどかは私の手を取ってくれた。情けない話よね。絶対守ろうと誓った相手に、また助けられているのだから」
 「そんなこと無いと思う。今の私でも、多分同じ事している気がするし」
 
 まどかは思い出していた。あの夢の中、自分はどうしたかったのか。
 そう、自分は、彼女を助けたかったのだ。
 
 「それでね……その時のあなたは、初めて今までと違う願いを掛けた」
 「違う、願い……?」
 「そう。あなたがその時点までの中で、魔法少女になるためにかなえた願いは二つだけ。
 出会った時に魔法少女になっていた時は、『猫を助けたい』というささやかな願い。
 最後まで魔法少女になっていなかった時は、『私を助けたい』か『あいつを倒す力が欲しい』か、残念ながら正確には知らないのだけど、そういう意味合いなのは確かよ。あの時点でそれ以外のことを願う余裕は、その時のあなたにはなかったはず」
 「うん、私でもそう思う」
 
 頷くまどか。
 
 「そして待っている結末は3つ、敗れて普通に死ぬ、敗れて魔女になるもしくはその前に自殺する、勝ったものの魔女となるのどれか。だけどその回のあなたは、とんでもないことを願った。
 『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。魔法少女が絶望して魔女にならなくていい未来が欲しい』。言葉は正確じゃないけど、そういう意味合いの願いよ」
 「なんて無茶な……」
 「それって時間巻き戻すより無茶じゃないか?」
 「キュゥべえに喧嘩売ってますね」
 
 さすがにマミ達から一斉にツッコミが入る。
 
 「それ私だけど私じゃないもん!」
 
 まどかも反撃はするものの今ひとつ切れ味は鈍い。
 そんな様子を見て思わず笑うほむら。
 
 「だけどね、その結果はもっと無茶よ。無茶振りだけど、その願い……叶っちゃったんですもの」
 「えええええっ!」
 
 見事に声がハモる。まどかも含めて。
 
 「か、叶っちゃったんですか?」
 「それって、要するにキュゥべえが言ってた、魔法少女と魔女のサイクルをぶっ壊すっていうことだよね」
 「いえ、それどころか……下手をするともっと大きいことなのでは」
 「マミの言う通りね。それは歴史どころか、宇宙全体のあり方を書き換えるに等しい願いだった。でも、その時のまどかの祈りと、溜め込まれていた因果の蓄積は、エントロピーを凌駕し、その願いを実現してしまったのよ」
 「それでどうなったん? 無茶すぎて想像も出来ないわよ……」
 「平たく言えば、なにもかもをまどかは書き換えてしまった。歴史の影で連綿と行われていた、キュゥべえ――インキュベーターの手による、魔法少女と魔女の歴史を、全てご破算にして全く別物に置き換えちゃったのよ。地球どころが、銀河、いえ、全宇宙規模で。
 ただ、その代償として、まどかは魔女にはならなかったけど、それ以上のもの――法則を具現する概念、わかりやすく言うと神様みたいなものになっちゃったわ。円環の理と言われる、新しい魔法少女のあり方を司る存在に。そして全ては、まどかの存在と引き換えに終わった……筈だったの」
 「は?」
 
 さやかが思わず呆ける。
 
 「筈って……」
 「要するに、それで終わっていれば、ここにまどかさんがいるはずはないし、先輩達も魔女になる今のようなことにはなっていない、っていうことですよね」
 「そうよ、ちえみ。あなたなら気がついたでしょうけど、今までの話には一切あなたが出てこない。つまりその時点まで、私はあなたのことを知りもしなかったのよ」
 「う~、さっぱり訳が~」
 
 この辺でまどかとさやかがパンクしたようだった。
 
 「実際、ここから先は私にもまだ判っていないの。新しくなった世界で、私は今と形は違うけど、やっぱり戦っていたわ。そちらの世界では、マミも普通に戦っていたし、さやかは途中で敗れて円環の理に還っていった。キュゥべえも仲介者として普通に存在していたわ。
 でもそちらの世界で時を操る力を失った代わりに、まどかのような魔法の弓で戦っていた私は、ある日力尽きる時が来たの。ところがその瞬間……」
 「こちらの世界に戻ってきてしまった、ということ?」
 「そうよ、マミ。あちらの世界でソウルジェムが砕け、私が消える定めになったその時」
 
 ほむらは左手の盾を召喚する。
 
 「この盾が復活し、同時に私は時を遡っていた。途中ちょっとしたことがあったんだけど、そこはごめんなさい。こうなった今でも話せないことになるわ。ちょっとプライベートな所になるから。
 とにかく私はまたこちらに戻り、時の繰り返しをすることになったの。
 最初の一回目は、全くなにも出来ないままに時が過ぎた。そうしたら見滝原が壊滅したわ。
 次の回ではちえみは魔女になっていたし、ワルプルギスの夜との戦いは結局最初の頃みたいに力尽きて敗れた。まどかは魔女化する前に倒れていたわ。私主観の初回に近かったかしら。2度目以降はたいてい魔女化かその前の自殺かのどっちかだったから」
 「私は?」
 
 そう聞くさやかに、
 
 「その前に魔女化してまたマミが錯乱したから省いたのよ」
 「う……ごめんなさい」
 
 うなだれるさやか。
 
 「ひょっとして先輩と知り合えないと、私力の使い方が判んないまま魔女化してた?」
 
 ちえみも一緒にうなだれている。
 
 「先輩の話からすると、多分私、その書き換え前もずっと、あっさり魔女になってみんなに狩られてたっぽいなあ……」
 「ちなみに私が知る限り最弱の魔女よ、元ちえみは」
 「やっぱり~。私、サポートはともかく、直接攻撃力ゼロだし」
 「あなたはそれでいいの」
 
 ちえみをフォローしつつ、ほむらは話を戻す。
 
 「今回は私から見ると、帰還後三回目に当たるわ。とりあえず転校前にまどかを魔法少女にしたキュゥべえを殺して、契約を阻止。その後ちえみを見に行ったの。私が魔女のちえみを見たのは、あなたが魔女化した直後だったみたいなので、間に合うかもって思ったから」
 「うわ~、先輩本当に恩人だったんだ。ありがとうございますっ」
 
 その場で土下座するちえみ。
 
 「あれ? ねえほむらちゃん。今キュゥべえを『殺した』って言ったよね」
 
 さすがにギャグなやり取りが挟まったせいか、まどかも衝撃から持ち直していた。
 正確にはよく判らないことを棚に上げただけだが。
 
 「そういえばそこがまだだったわね。ちょっと話を戻すけど、あなたたち、キュゥべえ――インキュベーターの事については、どこまで知ったの?」
 
 ほむらの問いに、
 
 「えっと、魔法少女の魔女化を利用しているって言うことは聞いた」
 「私も一緒に」
 
 まどかとさやかはそう答え、
 
 「わたしはとくになにも」
 「私も詳しくは聞いていないわ」
 
 ちえみとマミはほとんど知らないと答えた。
 
 「それじゃあまとめて最初から話した方がいいわね」
 
 ほむらは、かつてまどかが聞き、世界の間の交流でほむらも知った、インキュベーターの真実と目的を語っていく。
 そのスケールの大きい話と、ある意味家畜の如く扱われていた事実に憤るみんな。
 だがほむらはそれをたしなめた。
 
 「怒るのは筋違いなのよ。それを言ったら、私たちだっておいしいお肉を食べるために牛や豚を飼い、殺しているわ。彼らのやっていることも、彼らの条理から見ればそれと変わりない。それに今のあなたたちなら何とか理解出来ると思うけど、インキュベーターはぎりぎりの一線で私たちを『騙して』はいないわ。誘導はするし、ある程度意図的に誤解を誘発する行動はしているけど、本当の意味で嘘をついて私たちを騙したことは決してない。彼らは落とし穴を掘って私たちが落ちるのを待ってはいても、決して穴に向けて私たちを突き落とすことだけはしないのよ」
 「たいして違わないんじゃない?」
 
 そういうさやかに、ほむらは言う。
 
 「似ているようで違うわ。突き落としてくる相手なら、私たちはそれに反撃できる。キュゥべえ達を断罪し、その意図を挫くことに意味が出てくる。私たちの論理でも、彼らの論理でも、それは正当なことになるわ。
 でも彼らはそうじゃない。私たちの側から見れば、キュゥべえを退治して、魔法少女と魔女の連鎖を断ち切ることには意味がありそうに思える。でもそうじゃない彼ら相手にそれをしても、それは全く意味がない。
 彼らは反省もしないし止めもしない。それが必要なことだとただ淡々と遂行するだけ。
 それこそ彼らの母星から文明から、全てを滅ぼしでもしない限り、私たちの報復行動なんてなんの意味もないのよ。そんなことをしようと思ったら、前のまどかみたいに神にでもなるしかないの」
 「なんで……訳わかんない」
 
 嘆くまどかに、ほむらは言う。
 
 「彼らを感情で捉えたら、待つのは自身の破滅のみよ。逆にそういうものだと理解した上でつきあうのなら、彼らは絶対的に信用できるパートナーともなり得るの。私もね、最初は憎んだわ。騙されたと憤り、ひたすらに抗おうとした。でも、全てを理解してみれば、お互い様でしかないの。私たちが生きるために家畜を飼うのと同じレベルで、彼らは魔法少女を飼っているだけ。そこを理解した上で割り切れば、結構言いたいことが言えるものよ」
 「そういうものなんですか? 先輩」
 「そういうものなのよ、ちえみ」
 
 ほむらは今は見えていない外の方を睨みながら、つぶやくように言う。
 
 「良くも悪くもお互い様なのよ。彼らのしていることは非道でもあるけど、確かに救われたものもいる。奇跡の代価をきちんと認識すれば、彼らは私たちに大きな益をもたらした存在でもあることは否定できないの。つまり、いてもいなくても、奇跡も悲劇も起こるのよ。彼らがいなければ、マミは交通事故で死んでいるし、私は病弱な落ちこぼれでしかなかった。その程度のことなの。
 彼らのせいで被害を受けた、と非難する資格は、実のところ誰にもないのよ。彼らはその一線だけはきっちりとわきまえているから」
 「でもな~んか納得できないんだけど」
 
 そう呟くさやかに、ほむらはきっぱり言う。
 
 「その感情の揺らぎが、墓穴への道しるべよ。彼らのことを考える時は、そういう好悪を無視して、徹底的に理非だけで思考するようにしないといけないわ。そうすれば彼らのものの考えも理解出来るようになる。理解出来れば、受け入れて利用するのはそう難しくはない」
 「大体の所は判ったわ。でも残念ね。もし私たちも一緒に時をさかのぼれたら、もっとうまくやれたでしょうに」
 「無い物ねだりはしないことにしたわ」
 
 マミの言葉を、ほむらはばっさりと切り捨てた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、皆はワルプルギスの出現予測と、フォーメーションなどの対策を練る。
 その時が来るまで、何度も打ち合わせをし、訓練などを続けた。
 ほむらも不足しがちな火力を補填する。ただ、今までの経験から、非魔法的火器は牽制以上の効果が薄そうなのでメイン火力はまどか任せになる。実際過去まどかの矢は、自分の火器より明らかにワルプルギスの夜にダメージを与えている。
 そして、その時はやってきた。
 
 
 
 
 
 
 
 見滝原に出される警報と避難勧告。さやかとまどかは、心配掛けてごめんなさいと思いつつ、こっそりと両親の元を抜け出した。以前のまどかと違って、魔法を使えるので抜け出すことにはなんの問題もない。
 ちえみとも合流し、四人の魔法少女は位置に付く。
 避難所では一人マミがみんなの成功を祈っていた。
 
 
 
 戦いはのっけから脱落者を出した。
 ちえみだ。
 ちえみが初見の魔女に対して分析を掛けるのは、今となっては基本戦略になっていた。
 だが、ちえみがワルプルギスの夜に対して解析を掛けた直後。
 
 「舞台装置の魔女、フェウラ・アインナル……うそ、そんな……きゃあああああああああああっ」
 
 その直後、絶叫と共にちえみのソウルジェムが瞬時に濁りきり、グリーフシードに転化する。
 
 「ちえみいいっ!」
 
 だが、そのまま孵化した魔女は、明確な形を取る前に、ワルプルギスの夜の回転に巻き込まれるように取り込まれてしまった。
 
 「うそ……まさかワルプルギスの夜って……」
 「魔女すら、喰らうって言うの……」
 
 まどかとさやかも衝撃を受ける。だがいち早く正気に戻ったほむらが、二人を励ます。
 
 「手を止めないで! 隙を見せたら終わりよ!」
 
 
 
 だが、結果は無残だった。
 為す術もなく惨敗し、三人は地に倒れ伏した。
 
 「負けちゃったね……」
 「ごめんなさい、まどか。力が足りなかったわ」
 
 そこにやってくるマミ。その手にはグリーフシードが握られている。
 
 「後は任せてね」
 「ちえみとさやかは、守りきれなかったわ……まどかも、もう間に合わない。まだぎりぎり持ってはいるけど、いつぞやのあなたと同じ。たとえソウルジェムを完全浄化しても、肉体を再生したらそれだけでまどかは魔女化してしまう。かといってそのままだと、肉体の崩壊を止められない。いずれにしても、待つのは死、それだけ」
 「悲しいけど、仕方ないと諦めるしかないのね。それが私たち魔法少女の定めなら」
 
 マミも頷いた。ほむらの肉体もとうの昔に回復不能レベルで崩壊寸前だが、彼女はソウルジェムはともかく、肉体は時間遡行によって元通りになる。そのため今のまどかのような、回復不能の臨界点が存在しないのだ。
 ソウルジェムに魔力があって、時を戻せる限り、暁美ほむらに死は存在しない。
 
 「結局戦いはどうなったの?」
 「時間が尽きたのか、ワルプルギスの夜は去ったわ。その名の通り、夜が明けると立ち去るみたいなの。被害をここまで抑えるのが精一杯だった」
 「暁美さん。あなたは今回、出来る限りの事をしたわ。鹿目さんはもうどうしようもないけど、あなたにはまだ先があるのでしょう? 手遅れになる前に、あなたは次の時間へ旅立って。そして、次の私にもよろしくね」
 「善処するわ。ひどい言い方だけど、今回のことであなたに明かせる情報のレベルが把握できたから。もう絶対、あなたに仲間は撃たせないわ」
 「それでいいのよ、暁美さん」
 
 そう言いつつ、マミはグリーフシードでほむらのソウルジェムを浄化する。
 
 「少し余力があるわね。暁美さん。キュゥべえはいる?」
 「多分すぐ来るわ」
 「なら」
 
 マミはまどかの濁りきったソウルジェムにグリーフシードを近づけ、すぐに引き離す。
 この量の濁りを吸収させようとすれば、確実に孵化してしまうからだ。
 
 『暁美ほむら、マミにグリーフシードを手放すように言って』
 
 案の定キュゥべえは現れた。マミの手放したグリーフシートを回収する。
 
 『ふう、危ない。孵化寸前だったよ。よくぎりぎりで止められるものだね、もうぼくも見えないはずなのに』
 「キュゥべえ」
 
 マミにも聞こえるように、あえて声を出すほむら。
 
 「契約を執行するわ」
 
 そう言って手を差し出す。そこにはほむらのソウルジェムがある。
 
 「許可するわ。私の中身根こそぎ、遠慮無くコピーしていきなさい」
 「暁美さん……」
 
 さすがに絶句するマミ。
 
 『助かるよ。こちらからも朗報だ。鹿目まどかの因果の詳細、遅くなったけど判ったよ』
 『確かに少し遅かったわね。で、理由は?』
 
 さすがにこちらははばかれるため秘匿の念話で聞くほむら。
 
 『理由は君にあった、暁美ほむら』
 『私に?』
 『そう。君から聞いた鹿目まどかの因果は、君と鹿目まどかが心理的に強い接触を持つことによって、君と鹿目まどかの間に一種の共鳴に近いものが生じて紡がれるんだ。元々時のループによる因果を紡いでいるのは君だ。君の場合は、新たな契約を結ぶわけでもないため、その膨大な因果が宙に浮いている。
 今まではそれが鹿目まどかに向かって接続されることによってその才能になっていたんだ。
 ちょっといいかい?』
 
 そう言ってほむらのソウルジェムに触れるキュゥべえ。その一瞬で膨大な情報を抜かれたことをほむらは理解した。
 
 『ああ、やはりそうだ。君は過去のループで、彼女とぼくの契約を阻止するため、ぼくを狩った後、鹿目まどかと接触していただろう?』
 
 確かにそうだと思い返すほむら。声を掛けたことも、ただ見ていただけのこともあったが、最後の前まではいつもそうだった。
 
 『その接触が、彼女と君の因果を接続する鍵だ。今回は君、添田ちえみを助けるために、ぼくを狩った後鹿目まどかと接触しなかっただろう。そのせいで因果の継承が完全じゃなかったから、彼女の才能は並みより上程度だったんだ』
 『そう。そうだったの』
 『加えて本来彼女に接続されるはずの因果の一部が、今回は添田ちえみに結びついていた。まあ彼女はその前に契約済みだったから、意味はないんだけどね』
 『それは言い換えれば、私が帰還直後に誰と接触するかで、因果の継承に差が出ると言うことなのね?』
 『そう。鹿目まどかにかつてのような膨大な才能を継承したくないのなら、しばらく彼女に会わないのが一番だ。もっともこの継承は君の心理面が一番大きいから、全くのゼロにすることは不可能だ。
 君自身がまどかのことを忘れない限りはね。
 最大にしたければ帰還直後に直接会えばいいし、ほどほどにしたければギリギリまで会わないことだ。
 但しこれは契約後は意味のないことになる。だからぼくを帰還直後に狩らないでまどかがすぐ契約してしまった場合は、君の知る前回くらいの強さで落ち着くんだ』
 『大体理解出来たわ。ありがとう。そろそろ行くわ』
 『次の世界のぼくによろしくね』
 
 そしてほむらは立ち上がる。
 
 「ごめんなさい。そして、行ってくるわ、まどか、マミ」
 「次の私たちによろしくね、暁美さん」
 「今度はちゃんと守ってね、ほむらちゃん」
 「うん、絶対……とは言い切れないけど、いつかは、必ず」
 「ほむらちゃん言ってたよね、神様になった私は、全部のことを知ってたって。ならきっと今回のことも、別の世界の私のことも、いつかは判る時が来るよね」
 「ええ、きっと。あの願いを叶えるあなたが、一人とは限らないわ。あれもあなたなのですもの。次があったら、過去も未来も、全部一つの『あなた』になるわ」
 「その時を、待ってるね、ほむらちゃん……」
 
 「……行ってきます」
 
 
 
 
 
 
 そしてほむらは、この時間軸から姿を消した。
 



[27882] 裏・第11話 「それ、どういう意味なの」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/20 04:42
 「行っちゃったね、ほむらちゃん」
 「ええ。鹿目さんも、そろそろ?」
 「はい……もう駄目みたい」
 
 このまま放置すると、まどかは魔女になってしまう。
 
 『ぼくは魔女になって欲しいんだけどね。ここで死なれると丸損だ』
 
 キュゥべえの戯れ言は無視するまどか。腹が立つが、彼からすればそうなるのはまどかも理解している。
 それでもまどかは、腹立たしさを抑えて言った。
 
 『キュゥべえ……せめて、魔女が人を襲ったり、傷つけたりしなかったら、まだ魔女になっちゃってもよかったんだけど、そうなる以上は駄目。ましてや私って、魔女になると世界を滅ぼしちゃうんでしょ?』
 『うん。今回そうなるかは微妙だけどね。それでも基本、君は桁外れに強い魔女になるのは確実だよ。
 でもなんで今更魔女になるのを拒むのかなあ。暁美ほむらが去った以上、もうすぐこの宇宙は滅びるのに』
 「え……それ、どういう意味なの、キュゥべえっ!」
 
 怪我も忘れてキュゥべえにつかみかかるまどか。まさに精神が肉体を凌駕していた。
 首を絞められながらも、キュゥべえはまどかに語る。隣ではマミが不思議そうにしていた。
 
 「キュゥべえが見えてないと、ずいぶん滑稽な行動に見えてたのね、私たちって」
 「それどころじゃないですマミさん! キュゥべえったら、もうすぐ世界が滅びるって!」
 
 さすがにマミも驚いた。
 
 「話は聞きたいけど、もう私にはキュゥべえの声が聞こえないし……」
 『裏技を教えてあげるよ、まどか』
 
 そう言ってキュゥべえは、まどかの胸元にあるソウルジェムを指さした。
 
 『一旦変身を解いて、ソウルジェムをマミに握らせるんだ。そうすれば、ぼくが聞かせようと思えば声位なら何とか伝えられるよ。ただその分まどかの負担が大きくなるからあんまりおすすめは出来ないんだけど。ほら、他人の肉体は動かすのが大変だって前にも言っただろう? ましてや今のマミには自分の魂が宿っているからね。声が精一杯だ』
 「わかった」
 
 変身を解除するまどか。そうなると傷がいっそう痛々しい。
 それでもまどかは、ソウルジェムをマミに握らせた。
 
 『ぼくの声が聞こえる?』
 「ええ。久しぶりね」
 
 マミも久しぶりに、愛らしくも不気味なキュゥべえの声を聞いた。
 
 「それで、どういうことなの?」
 『ああ、この世界がもうすぐ滅びるって言うこと? 今夜になればわかるよ。逆に言えば、それくらいの時間はあるし、それしか無いとも言える。マミ、グリーフシードはまだあるかい?』
 「後3つあるわ。一人一つ分ずつだけは、取っておくことにしてたから」
 ギリギリ勝てる見込みが付かない限り、その分はマミに預けておく、そういう約束だった。
 そしてそれ以外のグリーフシードは、戦いの中で全て使い潰していた。結果は、その分を使っても勝てないことが明白だった。
 
 『それを使って限界までまどかのソウルジェムを浄化しておくといいよ。そうすればまどかも一日動ける位までは肉体を回復できるはずだし。そうすれば君も家族に心配は掛けないで済むだろう? お別れはしておいた方がいいよ。といっても全員滅びるからあんまり意味はないけど』
 「それ、どうしてなの? なんでほむらちゃんがいなくなると、この世界がなくなっちゃうの?」
 
 涙声ながらも、まどかはしっかりと聞いた。それでは、まどかが苦労して戦ったことなど、なんの意味もないではないか。
 だがキュゥべえは、呆れるほどの冷静な声でその理由を説明した。
 
 『簡単な事さ。この世界は、本来とっくに消滅している筈なんだ。鹿目まどか、他ならぬ君の祈りによってね』
 「わたし、の?」
 『そう。まあ正確に言えば、世界の因果を覆した願いを掛けた君の祈りでね。
 君は別の時間軸で、全ての魔女の消滅を願った。ただ消すだけではなく、誕生前に遡っての消滅を。
 それはすなわち、過去の否定、因果の改変だ。魔法少女の、魔女に転化するという宿命を否定したとも言える。そして君には全宇宙規模の因果が集まっていたため、君の祈りはエントロピーを凌駕し、その願いは叶えられた。
 だけどね、それは同時に、宇宙に対して致命的なダメージを与えることでもあったんだ。
 全宇宙の希望を一身に集め、その対偶として存在した全宇宙の魔女の総合体をも撃破した君は、その行為によってこの世界の理を超え、概念的存在へと昇華することになる。
 さて、ここで君もマミも考えてみて欲しい。宇宙の理を否定し、全く新しい理で宇宙のあり方そのものを改変、上書きする。それがどういう行為なのかを。
 君たちは単なる改変を願っただけなのはぼくにも理解出来る。だけど、それを現実に適用するというのは、そんなに簡単な事じゃない。いや、むしろ本来は不可能なんだ。
 そもそもその奇跡を成し遂げる原動力自体が、まどかが否定する対象に入っている力だ。つまり願いそのものが自己矛盾を引き起こしている。普通に考えていたら、この願いは叶わない。だけど、君が無茶を願ったせいで、一つだけ抜け道が生じてしまい、この願いは叶ってしまった。
 過去の理を否定し、新しい理を生み出そうとすれば、方法は一つしかない。全取っ替えだ。
 そして、自身を手術するみたいな改変は自己矛盾によって不可能だったが、全宇宙を贄とし、まどかの祈りに沿って全てを再構成することなら不可能じゃなかった。だからこそ、この願いは叶ってしまったんだ。
 ちょっとごめんね。少しきついかも知れないよ』
 
 次の瞬間、まどかとマミは見た。ほむらが見た、まどかの祈りと、その結論を。
 惑星をも超える大きさのソウルジェムが流星となる様と、全宇宙の絶望を女神と化したまどかが撃破する所を。
 
 『今のはほむらの記憶だ。彼女も気がついていなかったけど、女神と化した君とあの魔女は、絶望の世界と希望の世界、二つの世界の象徴だ。絶望という過去を、希望という未来が撃破することで、宇宙は新生した。君が見た魔女の死は、この地球の科学で言うビッグバンに相当する。こうして古き理の宇宙は死に、君は新しい宇宙の神として、ほむら達が言う『円環の理』を管理している筈なんだ。今この時もね』
 「え? それじゃあ今のあたしは誰なの?」
 
 『僕たちはいわば、「影」さ。つじつま合わせとも言う。実はね、世界新生の円環は、まだ完全に閉じきっていないんだ。最後の儀式が行われていないから』
 「最後の、儀式?」
 
 マミの疑問に、キュゥべえは答える。
 
 『暁美ほむらの昇華だよ。彼女はまだ、運命に規定された本来の姿になっていない。本来ならこの残滓とも言える旧世界に暁美ほむらが新世界から帰還した時点で、つじつま合わせというか整合性を整える円環が回り始めるはずだったんだ。ところがそこに何らかの介入があったせいで、その円環がいわば空回りしているんだ』
 「……本来はどうなるはずだったの? キュゥべえ」
 『簡単な事さ。暁美ほむらが魔女になるはずだったんだ。旧世界に帰還した彼女は、もはや守るものがいない事を知り、目的を完全に見失って絶望し、魔女になる。そして世界は、その終わりを閉じるための舞台を上映するはずだった。
 その魔女の名はフェウラ・アインナル。別名を……ワルプルギスの夜さ』
 
 その瞬間、まどかのソウルジェムが一気に濁った。ギリギリで暴発は抑えたものの、浄化していなかったら即座にまどかは魔女化していただろう。
 
 「あれは、ほむらちゃんなの?」
 『正しくもあり、間違ってもいる。現時点の、君たちが会った暁美ほむらは魔女じゃない。だけどいずれかの未来で彼女が魔女になった時、この旧世界は全てが消えるんだ。ところがまだ彼女が絶望していないんで、そこに矛盾が生じている。その矛盾の隙間に存在しているのが、この世界だよ。暁美ほむらという観測者がいる限り、この世界は実在している。だけど、その要が消えると同時に、世界は崩壊することになる。具体的には……今、夜の国が、崩壊を始めているはずだよ。反転し、その全力を発揮できるようになった文明全てを消し飛ばせる二大魔女の片割れが活動を始めているはずだから。
 ちなみにもう片方は君だよ、鹿目まどか。君がその力でワルプルギスの夜を撃破した場合、その穴埋めをするように君は魔女化して世界中を呑み込んで崩壊させる。
 この世界が旧世界になる前は、ぼくはそのエネルギーを回収してここを去るだけだったんだけど、今の世界の場合は、暁美ほむらが去った後に世界の残滓を始末してワルプルギスの夜を復活させるための存在になるね。
 そしていずれにせよワルプルギスの夜は、全宇宙を食い尽くして回収した後、再び暁美ほむらのいる時間軸に移動して伝説に残る活動をする。自分自身である暁美ほむらを魔女化させるという舞台劇を演じるためにね。
 本来は一つの世界、一つの宇宙を食いつぶして消滅することによって旧世界の円環は閉じ、新世界はただの世界として安定化するはずだったんだけどね』
 
 マミも、まどかも、ただ泣いていた。
 世界はとうに救われていて、今のこの世はただの舞台。なんの意味もない世界の上を、ほむらは走り続けているのだ。
 回り続ける舞台装置の上を、いずれ未来があると信じて。
 
 「ひどいよ……なんでほむらちゃんは、ある意味死んだ後までそんなに苦しまなくちゃいけないの……?」
 「悲しすぎるわ。キュゥべえの言うことが真実なら、暁美さんは永遠にワルプルギスの夜を倒せない」
 『その通りだよ、巴マミ』
 
 マミの指摘を肯定するキュゥべえ。
 
 『ワルプルギスの夜を力尽くで倒せるのは、鹿目まどか只一人だ。暁美ほむらが魔女化した存在であるワルプルギスの夜は、暁美ほむらが存在している限り、自らが求める鹿目まどか以外の全てを拒絶できる。一種の無敵モードだね。つまりあれにはまどか以外の攻撃は一切通らない。少なくとも今現在の、矛盾した状態にあるワルプルギスの夜にはね。あれを倒そうとしたら、方法はたった一つ。
 暁美ほむらが魔女化して、ワルプルギスの夜と一体化するしかない。そうすれば過去と未来が同時に存在している矛盾は解消され、強大ではあってもそのあり方はただの魔女になり、結界も出現して、他の魔法少女の攻撃も通るようになる。
 もっともそれはこの世界の昇華と同義だけどね。まあその時僕たちはあるべきエネルギーとして新世界に吸収されるだけだけど。僕たちの生きている証としての記憶は、新世界の自分たちに、夢かなにかとして受け継がれる位だと思うけど』
 「でも、一つだけ気になることがあるわ、キュゥべえ」
 『なんだい? マミ』
 
 キュゥべえは揺らがないものの感心していた。この状況、この事実を知って、なおも疑問を出せるのだ。巴マミという人物は。
 
 「介入者がいるっていってたわよね。その介入者は、何故介入したの? 介入する以上、そこには利益があるはずよ」
 『それはぼくにもわからないよ。ぼくが一番知りたいのもある意味そこだっていう位だ。世界の破滅は確定している。一度救われているだけに、どんな奇跡が起ころうとも、たとえもう一度世界の新生が行われても、この破滅を確定づけられた旧世界は存在し続ける。もし別の時間軸でまどかが世界を新生しても、前の世界と統合されて終わりだよ。神であるまどかに少し記憶が増える程度の変化しか起きないはず。つまりもう一度条理を書き換えるのは不可能なんだ。まあほんの少し改良する位が限界だね。
 これは絶対の真理で、エントロピーの逆転を行える僕たちにも覆せない大前提に属することだ。
 僕たちがどんな奇跡を起こせても、本質的な意味で1+1を2以外にすることは出来ない。
 これは理由無く『定義』として定まっていることだからだ。白地図に原点を打つようなものだからね。
 どんなに理屈を書き換えても、理屈が理屈として成り立つための定義は書き換えられない。というか意味がない。
 それは日本語の本を英語に翻訳するような行為だからだ。翻訳した所で本の内容は変わらない。そう言うことだからね』
 
 それを聞いたまどかの顔が、何故か少し明るくなった。
 
 「あ、私、少しわかった気がする」
 『なにか思いついたのかい? まどか』
 「翻訳しても意味は変わらない、って今キュゥべえはいったよね」
 『うん。新旧世界のあり方は、そう言うことなんだ。翻訳は出来ても、内容の更新は出来ない』
 「でもそれ意味はあるよ」
 『どんな?』
 「私、英語じゃ読めないけれど、日本語なら読めるもん」
 
 その瞬間、キュゥべえとマミが止まった。キュゥべえも、だ。
 
 『そ、その発想はなかったよ、まどか』
 「勉強しないとだめよ、鹿目さん。今更だけど」
 「ひど~い、二人とも」
 
 まどかはぷんすかと怒る。
 
 『いや、さすがは世界を救済する魔法少女だ。少し僕たちにも見えてきたよ。介入者の意図が』
 「どういうことなの?」
 『残念ながら消えゆく君たちには意味がない。いずれ世界が再統合されれば理解出来る日は来ると思うよ。僕たちは崩壊の時まで、この事を検証しないと。
 それではあと少しだけど、悔いは残さないようにね、二人とも。今更こんなことを伝えてもパニックになるだけだろうから意味はないし。それこそ過去の暁美ほむらのように。
 だとしたらせいぜい悔いを残さないように、やりたいことでもやっておくのをおすすめするよ』
 「そうさせて貰うわ。ちょうど一つだけやりたいことがありますし」
 
 キュゥべえの気配は、それっきり途絶えた。
 
 
 
 「所でマミさん、なにをしたかったんですか?」
 「勝てたら振る舞おうと思っていた、新作ケーキを食べていただきたかったの。その時まで、お茶でもしませんか?」
 「わあ、お願いします」
 
 
 
 
 
 
 
 そして翌日。ほむらが去った宇宙は、舞台装置の魔女に吸収され、崩壊した。
 



[27882] 真・第12話 「なんで、ここに」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/08/29 20:52
 無限の回廊を抜け、ほむらは目を覚ます。
 見慣れた病室、カレンダーには退院と転入の日付。
 再び、基点の日に帰還したのだ。
 手の中のソウルジェムを確認する。濁りは許容範囲。帰還直後の、多少のだるさが残る体を魔力でアジャストする。
 視界、よし、体力補完、よし。
 もはやルーチンワークとなった儀式を済ませ、新しいルーチンになった、今回の方針を脳内で検討する。
 
 前回のループは、多大な収穫があった。マミとの協力を付ける方策や、さやかの魔女化阻止の方向性、ちえみの力と特性、そしてまどかの能力に関する真実。
 そしてちえみの協力で理解出来た、たくさんの魔女に関する知識。
 とくに毎回のようにマミを葬り去っていた、あのお菓子の魔女、シャルロッテのそれは価値が高い。リボンによる拘束から大火力での殲滅という、巴マミのコンボ攻撃を脱皮という手段で無効化できるシャルロッテは強さ以上にマミとの相性が最悪だった。
 だが今のほむらはあれの弱点を知っている。性質が執着なのでただ所持しているだけでは狙われまくってしまうだろうが、ほむらほどではないがマミも収納の魔法は使える。
 この情報をうまく渡せれば、単独でも簡単にシャルロッテを撃破出来るはずである。
 それ以外の魔女は、ほとんどがマミの実力を持ってすれば倒せるものばかりだ。ワルプルギスの夜まで生き延びさせることは、そう難しくはないはずである。
 魔女化に関してはほとんど心配する必要はない。前回のあれは事故のようなものだ。
 急激なショックで一気に魔女化でもしない限りは、マミは魔女になる位なら死を選ぶ性格であることも解っている。
 
 「敵にはしたくないわ。あのザビーネは私と相性がよくないし」
 
 そう独りごちるほむら。ザビーネは紐の魔女であり、その身体は空の繭である。そのため、相性がいいのは切断系の攻撃を持っているさやかや杏子である。対して銃器や爆発物メインのほむらにとっては非常にやりにくい相手であると言える。
 風に漂う紐を銃撃や爆風で破壊できるかどうかを考えてみれば判るだろう。
 ちなみにまどかはそのへん問答無用なのであまり相性とかを考える必要がない。
 因果抜きの初期状態でも、大概の魔女は撃破出来てしまう。
 彼女が苦手とするのは、そういう力押しの利かないタイプだけである。そしてそのタイプにはちえみがめっぽう強い。
 
 「前衛にさやかと杏子。遊撃に私、後衛にマミ、まどか、ちえみと置いたら、ほとんど万能の魔法少女パーティーになるわね。まあさやかは博打になるし、まどかは論外だけど」
 
 ふとそんな想像をしてしまう。この時点のほむらはまだワルプルギスの無敵モードを知らない。もし仮に実現したらワルプルギスの夜をまどかのスーパーモード無しで倒せるかもしれないわね、などと思っていた。
 そんな風に多少横道にそれながらも、ほむらは最初の手順をまとめていく。
 今回の狙いはこんな風にするつもりだった。
 
 まどかの契約は阻止。キュゥべえとも協力態勢を取り付ける。前回の様子からすると、もう少し情報を渡しても大丈夫そうである。
 ちえみは育成強化の方向で。ワルプルギスの夜の情報を抜くには、もっと鍛錬が必要そう。
 マミとはちえみと共に先手を打って協力態勢を作れないか模索してみる。共闘と言うより、情報を渡して効率化を図ると共に、マミ単独でシャルロッテを越えられるかの確認。
 もし駄目なようなら後のループにおいてマミとの共闘は必須になる。
 さやかは方向性は見えているものの不安定なことには変わりなし。魔法少女にはなるべくしない方向性で。マミと要相談か?
 因果は微妙。今回マックスは無しの方向で。
 
 ここまで考えた所で、未検討の要素を口に出して確認する。
 
 「もう少し確認したい要素は杏子ね。彼女は悪ぶっているけど本質的には面倒見がいいし」
 
 前回の情報の確認も兼ねて、今回はマミと少し距離を置いてみることにしよう、とほむらは考える。情報だけ渡して、後は観察に止める方向で行くことに決定。
 まどかとさやかのめんどうもある程度任せることになるだろう。
 
 
 
 ……と、そこまで情報を整理し、退院手続きを終えて病院の入り口ロビーに下りてきたほむらは、そこに信じられないものを見た。
 
 「なんで、ここに……?」
 
 
 
 何故、視界の範囲内にキュゥべえがいる。
 何故、キュゥべえは少女の肩に乗っている。
 何故、その少女は見河田中の制服を着ている。
 何故、少女は「先輩!」と叫びつつ私の元に駆け寄ってくる。
 何故少女は満面の笑みを浮かべつつ私に抱きついてくる。
 
 これではまるで、初めて時を遡った時の私ではないか…………!!
 
 「ちえみ、あなた、ひょっとして」
 「はい、先輩! 私、覚えてます! 正確には、継承した、っていうべきなんでしょうけど」
 「……ここじゃいろいろあるわ。どこか場所を変えましょう」
 
 自宅へ連れて行こうにも、今回は当然のことながらまだ結界も張っていない。
 かといって下手な場所では万一がある。
 
 「あ、先輩、ちょっと遠くてもいいですか?」
 「私は別に問題ないけど」
 
 といいつつ、ちらりとキュゥべえを見る。
 
 『ああ済まないね暁美ほむら。彼女との契約の際、僕たちも『前回』の記憶の一部を受け取ってしまったんだ。正確には契約と同時にちえみが倒れたんで、診断のために彼女のソウルジェムを調べた際に』
 『……わかったわ』
 
 どうやら先ほどまでの計画は変更を余儀なくされたようだ。
 と、ちえみがそこに話しかけてきた。
 
 「先輩、どうぞ」
 
 そちらを見るとちえみはタクシーを止めている。乗れと言うことだろう。
 そのまま乗ると、ちえみも乗り込んできて、行き先を告げていた。
 
 
 
 着いたのは見河田町の外れの方。典型的な中小企業的工場と屋上にペントハウスのあるビルが並んでいる所だった。工場には倉庫と広い駐車場が隣接している。
 工場からはそれなりの騒音がしているが、周辺には民家もほぼないので問題にはならないのだろう。
 ちえみはほむらを、ビルのエレベーターへと連れ込んだ。
 ためらうことなく鍵を差し込み、Rと書かれたボタンを押す。
 程なく屋上に着いた二人と一匹は、屋上に作られた趣味のいい庭を抜けて、そこに立っている平屋建ての家に入っていった。
 
 「あ、今誰もいないんで気楽に上がってください」
 「……お邪魔します」
 
 それでも律儀に挨拶をして、ほむらはちえみの部屋へと向かった。
 
 
 
 ちえみの部屋は特に変わった様子は無い、女子中学生の部屋だった。
 いや、よく見ると少しだけ変わったものがある。ノートの山だ。
 さりげなく部屋の片隅にまとめてあるが、20冊近い大学ノートがでんと積まれているのが少し気になる。しかもそのノートは手ずれの跡が見え、明らかに頻繁に書き込みをされていたのが見て取れる。
 
 「お茶入れてきますね」
 
 と言い残してちえみが出た後、ほむらがそちらをちらちらと見ていると、キュゥべえが話しかけてきた。
 
 『それはちえみの今までの苦労の跡だよ。契約するまで、どうしても覚えられなかった人の名前や文字を、必死になって書き取った、その記録なんだ』
 『そう……』
 『そうそう、今のうちにぼくのことを話しておくよ。今のぼくには、「前の世界」でちえみが魔女化する前までの記憶が流入している』
 『そう、解ったわ。でも何故ちえみが私のことを覚えているの? 彼女の力は『知識の獲得』の筈』
 
 ダメ元で聞いたほむらであったが、意外にもキュゥべえはあっさりとその答えを返してきた。
 
 『君のせいだよ、暁美ほむら』
 『私の?』
 『そう。正確には君がちえみに意図せずに繋げてしまった、因果のせいだ』
 
 その時ほむらは、前の世界で自分が紡いだ因果の糸が今回ちえみにも少し繋がったと聞いていたのを思いだしていた。
 だがあれはなんの意味もないはずでは?
 
 『心当たりがあるようだね。だとしたら前の世界の僕たちはちゃんと君との契約を果たせたようだね。よかった。
 それなら気がついているかもしれないけど、ちえみの記憶の原因は君が結んだ因果の糸のせいなんだよ。
 一つ確認するけど』
 
 キュゥべえは、ほむらがこの世界に帰還した時間を、出来るだけ詳しく、と聞いてきた。
 特に隠すことでもないのでほむらが素直に答えると、キュゥべえは、やはり、と小さくテレパシーでつぶやいた。
 
 『因果が繋がったせいだろうね。今回ぼくがちえみと契約したのは、君が帰還した時間、まさにその瞬間だった。これは偶然じゃない。君が帰還すると同時に引っ張ってきた因果の糸、そのうち前回ちえみに繋がっていた分が契約の際ちえみに取り込まれたんだ。
 その因果の糸が、契約の成立時間を微調整したんだろうね』
 『ちえみの力は知識の獲得。その力が私の因果を取り込んで、ちえみの記憶に流入したのね』
 「それだけじゃないですよ」
 
 そこにちえみが、お茶を持ってやってきた。
 
 「ちょっとマミさんみたいですね」
 
 そう言いつつ、紅茶とケーキののった皿をほむらと自分の前に置く。
 ちえみはその後変身すると、その武器たる本を開いて見せた。
 それを見て思わずほむらは硬直する。
 
 「ちえみ、あなた……」
 「はい。記憶だけじゃありません。記録した魔女の知識とかも継承されるみたいです。残念ながらワルプルギスの夜の記録は無理でしたけど」
 
 彼女が見せてくれたページには、前回の戦いの記録がきっちりと記されていた。
 薔薇園の魔女ゲルトルートから始まり、最後ワルプルギスの夜の所で途絶えたページを。
 
 「一応、名前だけは読み取れたんですけど、後は押し寄せてきた黒いものに流されちゃって……」
 「いいのよ。今回も無理にとは言わないわ。またあなたが魔女化した上、ワルプルギスの夜……いいえ、名前はわかったのよね」
 
 ちえみの言葉を思い出して、ほむらはちえみに尋ねる。
 ワルプルギスの夜らしき魔女のシルエットの浮かんでいるページは、にじんだ文字のようなものしか読み取ることが出来なかった。
 
 「はい。ワルプルギスの夜の正式な名称は、『舞台装置の魔女、フェウラ・アインナル』です。
 「その名前は私が集めた資料にもあったわ。あれは魔女の名前だったのね」
 「今度は絶対弱点を抜いて見せます、先輩!」
 
 そう言うちえみを、ほむらは頼もしそうに見つめるのであった。
 
 
 
 その後ほむらは、ちえみに今回の方針を説明した。キュゥべえも、おそらくちえみは、今回の因果の結びつきによって、ほむらの帰還と同時に契約を成立させ、前回の世界の知識を上乗せする形で受け継いでいく……事実上ほむらと同様のループを繰り返していくことになる、そう説明してきた。
 
 『その過程で多分毎回ちえみは今回みたいに倒れるだろうから、多分ぼくもある程度知識をちえみ経由で継承しちゃうと思うよ』
 「つまり私の正体はもはやあなたたちには隠せないと言う事ね」
 『そうなるね』
 
 ほむらにとっては頭の痛い問題であった。
 だが意外にもキュゥべえはこう言ってきた。
 
 『ああ、気に病むことはない、暁美ほむら。僕たちはこの件について、君と敵対することは僕たちにとっても大変な不利益を生じることだと認識している』
 『あなたたちが?』
 『そうだ。僕たちとしても、むしろ君とは今後とも協力態勢を築いていきたいと思っている。もちろん、鹿目まどかとの契約に関しても、原則君との協議の上で行うと約束するよ』
 
 さすがにほむらも驚いた。まどかとの契約は、特にほむらの因果が結びついた後では、彼らにとっても最大級の価値があるはずだ。それを止めるというのだ。
 
 『気にはなるだろうけど、今回受け継いだ記憶の範囲内でも、君の価値は大変に高い。まどかの力は魅力的だけど、それ以上に君という存在がもたらす情報は貴重だ。
 無理にとは言わないけど、出来れば事後ではなく、事前に一度君の記憶を見せて欲しい位だ。無理強いはしないし、僕たちとしても出来ないけど、もし許可してくれれば君にとってもいくつかの懸念が消えることは間違いないと言えると思うよ』
 『……その件は少し考えさせて』
 
 さすがにほむらもこの札はまだ早いと判断する。
 
 『まあ無理もないけどね。ただ今回とは言わないけど、出来ればいつか未来の僕たちに見せてあげて欲しい。現時点で僕たちに入った情報でも、少し気になることがあるんだ。ただその検証は伝聞では無理だ。どうしても君の記憶から情報を引き出す必要性がある。
 そしておそらくその情報は、君の運命に大きく関わってくるのは間違いない。それは多分、必要なことだと思うから』
 
 ほむらは返事をしなかった。
 
 
 
 「とりあえず私は今回こういう方針で行こうと思うの。あなたはなにか意見があるかしら」
 「いえ、特にはないです。マミさんに渡す予定の情報については、私をうまく使って言い訳してくださいね。さすがにいきなり未来から来ましたはまずいと思いますし」
 「ある意味助かるわね。あなたのその本が物的証拠になるから」
 
 今回は佐倉杏子という魔法少女との関係を調べてみるという方針に、わくわくした様子を見せるちえみ。打ち合わせも済んだ後、ほむらは自宅へと帰る。
 結界の設置、武器の調達など、やることはまだいくらでもあるのだ。
 明日以降また忙しくなる。
 とりあえずやることをやり終えたほむらは、次なる戦いへ備えて、英気を養うのであった。
 



[27882] 裏・第12話 「ごめんなさい……先輩」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/23 02:26
 「それじゃまた、先輩」
 「明日から忙しくなるわよ、ちえみ。でも無理はしないで。私は魔女化したあなたなんか見たくないのよ」
 「わかってます!」
 
 そしてほむらは、ちえみの呼んだタクシーに乗って、見滝原へと帰っていった。
 その様子をじっと見つめるちえみ。
 だがその瞳には、どこか思い詰めたような光があった。
 
 『ちえみ、よかったのかい?』
 『ええ。こうして記憶を継承できるのなら、この情報を渡すのは、まだ早いと思うの』
 
 無言のまま、ちえみはキュゥべえと話す。
 自室に戻った彼女は、自分のソウルジェムを見る。
 それはずいぶんと濁っていた。
 
 「とりあえず、これなら何とかなるかな?」
 
 図鑑を開き、とある魔女のページを確認する。
 そこに描かれているのは、鳥かごに入った魔女の姿。
 
 
 
 鳥かごの魔女ロベルタ。その性質は憤怒。カゴの中で足を踏み鳴らし叶わぬもの達に憤り続ける。この魔女はアルコールに目がなく、手下達もまた非常に燃え易い。
 
 
 
 「どう見てもお酒に溺れて身を持ち崩した魔法少女よね、これ。使い魔も弱点がものすごくはっきりしてるから、これなら何とかなりそう」
 
 そうして手にするのは、工業用アルコールや有機溶剤。そしてそれらを入れていた大量の空き瓶である。
 そして彼女はお手製の火炎瓶をいくつも作り上げた。
 
 
 
 数時間後、彼女は自室で危険域にまで濁ったソウルジェムをグリーフシードで浄化していた。使ったグリーフシードはそのままキュゥべえが回収する。
 
 「何とかなったぁ……先輩も、こんな苦労を積み重ねて、あんなに強くなったのね」
 
 彼女は魔法少女の姿のまま、巨大な本を開く。
 そこに載っているのは、ぼやけたワルプルギスの夜のシルエット。
 だが、ちえみがページをひとなですると、曇ったガラスを拭いたように、絵柄の曇りが取れた。
 そしてそこに記されている、ワルプルギスの夜の詳細な情報。
 そこには、前回のループでもほむらが去った後に話された情報……なんという魔法少女が魔女化した姿なのかまでが記されていた。
 その特性も、倒すための手段すらも。もっともその手段は、とうてい彼女に容認できるものではなかったが。
 彼女はそれらを読み返すとさらにページをめくる。ワルプルギスの夜ページの後に描かれているのは、魔法少女のほむらの姿。
 
 「ごめんなさい……先輩」
 
 ほむらは気づいていなかったが、席を外した後、ちえみはほむらの全てを、その固有魔法で暴いていたのだった。
 それはどうしても必要なことだったから。そしてそのせいでちえみのソウルジェムは危うく濁りきる所だった。自分でもよく持ちこたえたと思うほどだった。
 
 「ごめんなさい……」
 
 再び虚空に謝るちえみ。
 
 「でも、その代わり、絶対に見つけ出して見せます……先輩が、この悲しい因果の糸を出し抜いて、幸せになれる方法を」
 
 そしてちえみは考え、求める。
 永遠に未来の来ないこの舞台装置の世界をぶっ壊して、世界を救う方法を。
 
 「キュゥべえも、協力してね」
 『判っているよ、ちえみ。というか僕たちに選択の余地はない。暁美ほむらの本懐を遂げさせなければ、今の僕たちの記憶は全てが虚空へと消えることになる。宇宙の寿命を延ばすためのプロジェクトは、ある意味成功したとも言えるけど、僕たちもだからといってただ消えるのは少し違う気がするからね。やり方によっては神すら生み出せることが解った以上、たとえ消えるにしてもとことんその可能性は追求しておきたいし、鹿目まどかの作り上げた新世界にいる僕たちにも、この情報は伝えたい』
 「私嘘つくのはいやだけど、これは仕方ないのね」
 『僕たちと違って、この場合は君たちの言葉で言う、『嘘も方便』というケースじゃないかな』
 
 ちなみにキュゥべえがちえみから記憶を継承したことは嘘ではない。ちえみが契約直後ソウルジェムを手にした直後倒れたのも事実だし、そのちえみを診断してキュゥべえもループの記憶を受け継いだのも事実である。
 ただその後ちえみから新たに知識を分けて貰っただけだ。
 インキュベーターは嘘は言わない。だが余計なことも言わないのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 こうして、かつて自分を助けてくれた一人の少女のために、永遠の時を繰り返す覚悟を決めた少女がいたように。
 
 
 
 まるでその後を追うかのように、少女は自分を救ってくれた先輩を助ける決意をするのであった。
 



[27882] 真・第13話 「だから信じるわ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/24 15:32
*今作における注意事項。
*作中ほむらがマミの力を『回復』その他と語っていますが、これは『作中におけるほむら及びキュゥべえの、類推による誤解』であり、公式の『命を繋ぐこと>拘束』という設定を否定するものではありません。最初から私の話を読んでいる読者の方には解っていただけると思いますが、誤解を招きやすい所なので注記しておきます。
*佐倉杏子の居住地域を『滝の上』という地名に設定していますが、これは本作における捏造です。公式設定として杏子の居住地域や見滝原との相対位置などの情報をご存じの方、発見した方がいたら是非感想板で報告してください。適宜修正いたします。なお、見河田町はちえみのために設定したオリジナルですので公式情報はありません。ただ、『見滝原を流れている川の下流』としているため、杏子の本拠地が川の下流だった場合はこちらも変更されます(杏子の地盤の反対側に設定しているため)。







 「あなたが暁美ほむらさんかしら」
 「ええ、はじめまして、巴マミ」
 「あ、私は添田ちえみです、よろしくっ!」
 
 新たな時の流れの中、ほむらはまず巴マミと話をすることにした。
 思わぬ事からちえみ及びキュゥべえ関連についてやることがほぼ無くなってしまったため、こちらを前倒しすることにしたのだ。
 さらに今回ほむらはギリギリまでマミやまどかとの接触を減らしてみる予定だった。因果のこともあるが、情報を教えた上でのマミの動きを見ておきたいという意志もあった。
 
 「二人とも名前を聞いたことがないけど、新人……には見えないわね。そちらの添田さんはともかく、どう見てもあなたは歴戦の魔法少女にしか見えないわ」
 「それは正しくもあるけど間違いでもあるわ」
 
 ほむらはそう言葉を返す。
 
 「私はつい先日まで心臓病で入院していたし、ちえみはほんの数日前に契約をしたばかり。ただ二人とも、少し変わった力を持っているせいで、新人のくせに新人らしからぬ力を持つことになったの」
 
 すらすらと嘘を並べるほむら。相手に不利益になる言葉を言うつもりはないが、いかんせん本当の事の方が荒唐無稽すぎる。こうなるとキュゥべえが味方に付いてくれたことが大きかった。彼は立場的に嘘は言えないが、余計な情報を漏らしたりもしないからだ。
 
 「どういうこと?」
 「私は時間に関する力を、ちえみは知識に関する力を得たのだけど、それが思わぬ影響を及ぼしたの。私があなたを訪ねたのも、その力の関係なの」
 「時間に関する力……予知か何か?」
 
 それは一番あり得る推論だろう。だがほむらは首を振る。
 
 「近いけど、少し違うわ。私は『並行世界の体験』、ちえみは『並行世界の知識の継承』。結論だけ言うと、私たちは二人とも『別の世界の経験』を覚醒と同時に引き継いでしまったの。しかもそれは、今の時間から見ると、未来にあたることも含んでいたわ」
 
 間違いではないが、正しくもない言葉をほむらは積み重ねる。ちえみに関してはまあ真実だが。
 そしてマミは、大変に察しがよかった。
 
 「それはつまり、予知のような力ではなく、別の次元、別の時間で、あなたが体験したことの記憶を受け取ってしまって、それが結果的に予知のようなものになったっていうことなのね」
 「そう。だからそれはこれから起こる事じゃないわ。別の次元で起こったことなの。しかもそれは一つじゃない。複数の時間軸で、いろいろなパターンで起きた流れをまとめて体験するようなものだったりしたわ」
 「……それって、頭がごちゃごちゃになったりしない?」
 「思いっきりなったわ。でもいろんな歴史の流れを比較してみると、いくつか共通するパターンみたいなのがあったの。私があなたの所を尋ねたのは、そのことで話がしたかったから。
 あなたがこの時間でどんな未来を辿るのかは当然解らないけど、知らなければあなたが命を落としかねない情報を、私は知ってしまったから」
 
 マミは少し考えた。彼女は何か隠しているのは確かだろう。説明もどうも嘘くさい所がある。だが、渡したい情報というのは、多分本当のことだろうとマミは感じていた。
 そもそも彼女の言葉が嘘くさいと感じたのは、彼女にどことなく後ろめたさのようなものを感じたからだ。
 だが、韜晦している暁美ほむらからも、わりと感情が顔に出ている添田ちえみも、自分に対して悪意や敵意を持っていないのも何となく解る。
 こちらを利用しようという意図はあるのだろう。だがそれはいわゆるWin-Win的なものなのだとマミは判断した。
 
 「いいわ。ここではなんだから、よければ私の家に来ない? お茶位は出すわ。ああ、私は事情があって一人暮らしだから、気にしなくていいわよ」
 「知っているわ。その事情も込みで」
 
 それを聞いてマミは確信した。彼女の話す情報は、間違いなく真実なのだと。
 
 
 
 ほむらとちえみにとっては実のところ既に勝手知ったるマミの家で、二人は相変わらず上手なマミお手製ケーキをごちそうになっていた。
 お茶をいただいて落ち着いた所で、ほむらとちえみは話を始める。
 
 まずは自分たちの話が嘘ではない証として、マミの家の事情と魔法少女になったいきさつを。
 どこで知ったのと思わず聞き返すマミに、二人は口を揃えて言う。
 「別の時間で直接聞いた」と。
 マミの態度が改まったのを感じて、次にほむらはこの先ワルプルギスの夜が見滝原を襲うこと、そしてその戦いはどの時間でも負けて終わると言うことを話す。
 この時点では『まどかによって撃破→まどか魔女化』の部分は話さない。
 これを話すには魔法少女と魔女の関係を話さないといけないからだ。
 これはまだ早いのでとりあえずは無しにする。
 
 「とりあえずあなたの目的は、来るワルプルギスの夜に備えて、戦力を増やすことなの?」
 ここまで聞いた時点で一番ありそうな話をマミはほむらに振ってみる。
 ほむらの答えは、マミの予想とは少し違った。
 
 「あながち間違いではないけど、そうではないわ。少なくとも私には戦力を整える意志はあるけど、増やす意志はないの。戦力を増やすというのは、魔法少女になる子を増やすっていうことだから」
 
 ここでほむらは次の話題を振る。前回の話でマミに耐えられると判断できる、魔法少女の真実を。
 案の定驚くマミ。
 
 「詳しくはキュゥべえに確認するといいわ。でもキュゥべえを責めないであげて。
 最初はキュゥべえもきちんと説明はしていたそうよ。でも、そうするとそのことで落ち込んで戦えなくなったり、自暴自棄になったり、キュゥべえを嘘つき呼ばわりして、結局駄目になっちゃう魔法少女がたくさん出たらしいのよ。
 ソウルジェムを身につけていさえすれば特に不都合は起きない訳だから、結局キュゥべえも聞かれない限りはこの事は秘密にすることにしたの。実際その方がうまくいっているわけだし。
 私たちはそのことを知っている記憶も引き継いじゃったので、その心遣いも意味はなかったわけだけど」
 
 ほむらは言葉を並べつつ、内心ではなんで私がキュゥべえをかばわなければならないのかと、実にやさぐれたことを考えていたりした。
 
 「ねえ、一つ聞いていい? なんで私に、そのことを教えようと?」
 「理由は二つ、いえ、正確には三つあるわ。
 一つはこの事実を知らずに、魔法少女にあこがれる子を諫めたいから。
 これも未来知識なのだけど、私が転校する予定のクラスに、魔法少女になる素質のある子が二人いるの。そのうち一人は、世界によってはあなたとペアを組んでいたわ」
 「私と、ペアを?」
 
 その言葉にマミは少しどきりとしたものを感じていた。今までマミはずっと一人で戦ってきたのだ。知り合いの魔法少女は何人かいたが、佐倉杏子のように実力はあっても性格が合わないタイプが多く、誰かと組んで一緒に戦うということは今までしてこなかった。
 そんな自分にパートナーとなる子がいた。しかも自分と同じ学校内に。
 その可能性は、思ったより強くマミを揺り動かしていた。
 
 「その子は優しい子で、その時間軸では私のこともめんどうを見てくれたいい子だった。でもその流れでは、その子は私をかばって死んだわ」
 
 思わず息を呑むマミ。それを見つめるほむら。そんなほむらを見つめるちえみ。
 
 「私がちょっと調べてみた範囲では、この時間軸では彼女はまだ魔法少女になっていないわ。ほとんどの時間軸では、結局彼女は魔法少女になっているけど、私は彼女には安易に魔法少女になって欲しくはないの。
 だって、彼女は……私の知ったほとんどの時間軸で、その命を散らしているから」
 
 ちなみにこれは事実である。ほむらの知る限り、まどかが生き残った歴史は存在していない。死ぬか、魔女になるか、あるいは神になるかである。
 
 「彼女は優しくて、正義感も強いから、魔女と魔法少女のことを知ってしまえば、魔女と戦うために魔法少女になってしまいかねないの。
 魔法少女になるということの、本当の重さも知らずに。
 あなたは死の運命から逃れるために、命を繋ぐために魔法少女になった。
 ちえみは、生まれついての欠陥を克服するために魔法少女になった。
 私だって、逃れられない運命を覆すために魔法少女になった。
 マミ、あなたなら判ると思うのだけど、魔法少女は、それ自体を目的にしてなるものでは決してないわ。どんなに正義感が強くても、それでは駄目なの。
 そういう気持ちで魔法少女になったって、それではいつか耐えられなくなって、折れてしまうわ」
 「だからなのね、私に魔法少女の秘密を教えたのは」
 「それが理由の一つ。いえ、二つ。あなた自身にも、そして未だ見ぬ未来の友達にも、そのことをきちんと考えて欲しかったから」
 「解ったわ。あなたの話からすると、その子達と私の間には何かの縁があるのでしょう? ならもしその子達が私にあこがれたりとかで魔法少女になりたいと思うようだったら、私があなたから聞いた話をするわ」
 
 その返答を聞いて少しほっとするほむら。もっともまどかの場合はこれでも足りないし、さやかに関しては別方面のアプローチもしないと結局は同じ事になってしまうのだが、少なくとも一歩前進は出来た。
 
 「もう一つの理由は、この事を知っても心が折れなければ、私たちはより強く、タフになれるから。特に命の回復を祈りとした魔法少女は、基本的に治癒系に関してプラスの修正を受けているみたいだから、この事を知っていれば、たとえ腕が折れ、胴がちぎられ、頭を砕かれてでも、ソウルジェムと魔力が残っていれば生き残れるし、戦える。
 ちょっとグロい話をするけど許して。
 私が知る時の流れの中で、マミ、あなたは何度か特定の魔女にやられているの。隙を突かれ、頭を丸ごとかじり取られることで」
 「っ!」
 
 反射的に息を呑むマミ。しかしほむらは、叩きつけるように説明を重ねて行く。
 
 「もちろん即死、私がいた場合はまだよかったけど、最悪はさっきの魔法少女候補の子達まで一緒にやられたわ」
 
 少し嘘を差し込んで強調する。実際には過去、特に帰還前のループで、ほむらがまどかから目を離したことはない。
 
 「でもね。一度だけ、同じ状況であなたは生き延びたことがあったの。その時のあなたは、今私たちが話した事実を知っていたから」
 「どうやって?」
 「ソウルジェムさえ無事なら何とかなる。そのことが頭にあったのか、とっさにあなたがソウルジェムを身に付けている、頭部だけは守ったから。代わりに腕と胴を食いちぎられたけど、それでもあなたは持ちこたえた。再生に魔力を使い果たして、その時は下がることになったけど」
 「再生……そんな事まで私に出来たの?」
 「出来ましたよ。こう、リボンでくるくる~って、見えない体に包帯でも巻くみたいにして欠損した部分を形作って、ぱっと光ってリボンが消えたと思ったら、あらびっくり元通り、でした」
 「多分魔力さえ持つなら、他人に対しても出来ると思うわ」
 
 ちえみの説明をほむらも後押しする。
 マミも頭の中でその様子を想像してみた。何となく、確かに出来そうな気がする。
 
 「……今更こう言うのも変だけど、あなたは嘘をいってないみたいね。脚色とか省略はしたかもしれないけど、少なくとも間違ったこと、私に不利益をもたらすことは一切してないって解るわ」
 
 そういってほむらのことをじっと見つめるマミ。
 
 「今説明して貰った魔法だけど、私はそんな魔法、使ったことはないわ。なのにね、それを聞くと、私の中で何かがかちっとはまった気がするの。私には確かにそれが出来る、っていう感じで」
 
 その顔に、笑みが浮かぶ。
 
 「だから信じるわ、あなたたちのこと。今日初めて会っていきなりだけど、友達だって思っていいかしら」
 「ええ、もちろん」
 「私もオッケーです、マミさん」
 
 
 
 その後ほむらとちえみは、ちえみの持っている図鑑を見せ、将来この辺に出現する可能性の高い魔女の特徴をマミに教えた。
 
 「ただ、気をつけて欲しいのは、個々の魔女の特徴は基本変わらないはずだけど、出現位置とか強さとかは変動する可能性も高いわ。使い魔が成長して魔女になった個体だという可能性も有るわけだし。あくまでもそういうものらしいっていう程度に止めた方がいいわ。
 マミの場合、特に注意するのはこのお菓子の魔女位よ。これは脱皮する能力を持っているから、拘束を基本とするあなたとは相性が悪い。数多の世界であなたを殺したのが大半こいつであるっていう事実を忘れないでね」
 「気をつけさせてもらうわ。本来なら一緒に組んでその都度確認する方がいいのでしょうけど」
 「ごめんなさい。私たちも少し気になることがあるのと、私たち三人だとグリーフシードの数が足りるかどうかが微妙になるから」
 「それも問題よね。実際、全く魔女を狩らないでいると微細な濁りがたまって、最終的には身動きすら取れなくなりかねないっていうのは、さすがに私も気がついていなかったし。
 後でキュゥべえを少しとっちめてやるわ」
 「ほどほどにね」
 
 
 
 マミの部屋を辞した後、ほむらとちえみは見河田町に向かっていた。さすがにあまり長いことちえみを連れ回すわけにはいかない。
 
 「ああそうちえみ」
 「なんですか? 先輩」
 
 ほむらは少し大事なことを忘れていたのを思い出した。
 
 「佐倉杏子の地盤は、滝の上町のあたりなのよ。つまり見河田町とは、見滝原を挟んで反対側。学校が終わってからだと、行って帰ってくるだけでもそれなりに時間が掛かるの。
 学校もあるのだから、無理はしないでね」
 「はい。気をつけます。あと、私お小遣いとかは結構貰っている方ですから、この間のタクシー代とかみたいなことは気にしないでください。親も私に友達があんまりいないことの方を心配していましたから。
 あ、出来れば一度両親にあっていただけますか?」
 「え……? ええ、もちろん、喜んで」
 
 
 
 ちなみにちえみの両親への挨拶は、思ったより苦行になったとだけ記しておく。
 



[27882] 真・第14話 「どうしてこんなことに」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/25 15:49
 基本的にまどかから目を離したことのないほむらは、今まで杏子の縄張りとも言えるこの滝の上町に足を踏み入れたことはなかった。
 まあそれを言ったら見河田町なども同じではあるが。
 だがこうして一歩足を踏み入れてみたほむらは、今までこの辺に来なかったことを後悔した。
 
 「なに、この邪気の濃さ……」
 「なんかこう、至る所に魔女が潜んでいそうです……」
 
 杏子は魔女を狩る際、グリーフシードを持っていない使い魔は狩らないと言うことでマミと対立していたことを思い出したが、それにしてもこれは異常すぎる。
 なにも感じられない一般の人々が平然としていられるのがかえって不思議な位だ。
 
 「杏子さんって言う人に、何かあったんでしょうか……」
 「そういう話は聞いていないけど、これは縄張りどうこう言っていられないわね」
 
 思えば不思議には思っていた。この時期見滝原も魔女がかなり増える。それはてっきり、ワルプルギスの夜の影響だとばかり思っていたが、この滝の上町の様子を見るに、どうもそれだけではなさそうな雰囲気である。
 と、その時、結界が開く気配がした。
 
 「先輩、今!」
 「私も感じたわ。でもこれは」
 
 ちえみは経験が足りなくて解らなかったようだが、今開いた結界は『内から外へと強引に破られた』開き方だった。結界がこんな開き方をする理由は一つしかない。
 魔法少女が魔女を倒しきれずに脱出してくる時だ。
 そうすると負傷した、あるいは消耗した魔法少女が近くにいる可能性が高い。
 
 「ちえみ、グリーフシードのストックは」
 「一応二つほどならまだ余裕ありますけど」
 「私の分と合わせて五つ……微妙ね」
 
 こちらに来る前に、見河田町に出現する予定の魔女は根こそぎ刈り取ってきていた。
 ちえみの事典と過去の経験で出現位置も時期も見当は付いている。今回は外れが少なかった上、過去に情報収集済みの魔女ばかりだったので、速攻で弱点を突くことでほとんど消耗せずに魔女を刈り取れていた。
 その結果が手持ちのグリーフシードである。
 だがはっきり言って甘かった。もし前回もこんな感じだったのなら、杏子がこちらに来ないのも道理である。まさに入れ食いに近い様相なのだから。
 そんなほむら達の前に、誰かが現れた。
 怪我をしているのか、ずいぶんと動きが鈍い。
 
 「大丈夫ですか!」
 「ん……新人か? 気をつけろ、この先の魔女は、なんかえらく強い……ぜ」
 
 ほむらはそう言って倒れた人物の姿に驚いた。
 
 「佐倉、杏子……あなたほどの魔法少女が、どうしてこんなことに」
 
 杏子のソウルジェムは、信じられないほどに濁っていた。
 
 
 
 魔女も心配だったが、杏子も放ってはおけない。とりあえず安全を確保すべく杏子を抱えて移動しつつ、グリーフシードでソウルジェムの浄化を行う。
 それがよかったのか、杏子はすぐに目を覚ました。
 
 「ん……あんた達は?」
 「あ、気がつきました?」
 
 ちえみがうれしそうに声を掛ける。
 
 「私は添田ちえみって言います。よろしく」
 「わりぃ、助けて貰ったみたいだな。あたしは佐倉杏子。一応この辺を根城にしている魔法少女だ」
 「私は暁美ほむらよ」
 「ほむら、ね。聞いたことがない名前だが、ずいぶんやりそうだな」
 「そこはノーコメントで」
 
 杏子相手には、いきなりなれなれしくするのは禁物であることを、ほむらは知っていた。
 一旦打ち解ければ気安い仲になるが、そうなるまではある程度ビジネスライクな方がむしろ落ち着いた関係になる。
 例外はちえみのタイプ……空気を読まないで押し倒すタイプである。
 杏子は基本面倒見がいいため、この手の人物に対しては徹底排除か押し倒されるかの二択になる。そしてちえみタイプに押し倒されるとはねのけるのが苦手なタイプでもある。
 ちなみに自分がそんなことをすればガチで殺し合いになるので却下だ。
 とりあえず杏子を落ち着かせるために、近くのバーガーショップへと三人は足を運んだ。
 
 
 
 食事代はほむらとちえみで奢ることにした。ちえみはともかく、ほむらは杏子がろくに収入のない窃盗生活をしていることを知っている。個人的事情にはまだ突っ込む気がなかったほむらは、とりあえず山のようにハンバーガーやポテトを積み上げて杏子をもてなした。
 さすがにドリンクはおかわり可のホットコーヒーに限定した。
 
 「おっ、判ってんじゃねえか」
 
 杏子は遠慮無く目の前の食料をむさぼり喰らう。ちえみは少しあきれ顔だ。
 
 「いいんですか? 先輩」
 「いいのよ」
 
 実際、ほむらの知る杏子は、常に何かを口にしていた。友好の証にも、手持ちのお菓子を渡してくるような人物だ。だとすると事『食べる』という行為に関して、杏子に何か意見をするのはよほど親しくなってからでないと逆効果になるとほむらは判断していた。
 そして機嫌を取るというか、友好をアピールするのにも何かをごちそうするのが手軽なとっかかりになる。
 
 「ふう、落ち着いたぜ。なんかいろいろ世話になっちまったな。礼はするよ。所で何の用でわざわざ滝の上まで?」
 「率直に言うわ。一つはあなたという人物に興味があったから。もう一つは、近いうち……大体一月強位後に、見滝原に弩級の魔女が出現するらしいので、その調査に」
 「あたしに、ね。その弩級の魔女とやらと戦うのに手を貸せってか?」
 
 さすがにそのへんに関しては察しがいい杏子だった。
 
 「ええ。状況と条件その他について折り合いが付くのなら、是非にとは思っていたわ。あなたの実力はこの周辺では有数のものらしいから。多少黒い噂はあるものの、それでも条理を踏み外すようなものではないと思うし」
 「お、おまえ、巴マミよりは話が通じそうだな」
 
 その言葉を聞いてちえみの眉が少し寄る。
 
 「先輩、杏子さんって、マミさんと仲悪いんですか?」
 「いいえ。どちらかというと考え方の違いよ。お互いを理解すれば、結構相性はいいと思うのだけれどね」
 「おいおい、勝手に決めつけんなよ」
 
 さすがにこの言葉にはかちんと来たのか、杏子は不満そうな顔をする。
 
 「暁美ほむらとか言ったよな。おめぇさんの態度見ているとずいぶんやり手ッぽいんだが、その割には名前は聞いたことがねえなあ。さしずめ謎の魔法少女って所かい?」
 「今はまだ早いけど、時と事情が合えば、別に私は自分のことを隠したりはしないわ。でも今は少し、個人的な話は置いておきましょう……改めて率直に聞くわ。なんなの、この滝の上町の有様は」
 「ですよねえ。なんだか魔女だらけみたいですし。杏子さんって、先輩が認める位の腕利きなんですよね。なのにこれは少し異常です」
 
 二人の疑問に、杏子も少し苦い表情を浮かべた。
 
 「さっきの話っぷりからすると、あたしの噂も聞いてるんだろうけど、言っとくけどさすがにあたしだってこんなになるまで手を抜いたりはしないぞ。それどころかとにかく今は見つけ次第狩らないとどうにもならない位なんだよ。
 実際つい最近、なんか魔女の気配が多いなと思っていたし、それを当て込んでか魔法少女の流入も多かったんだ。普段なら縄張り荒らすなって文句の一つも言う所だけど、そん時はなんか手が回らなくなりそうだったから黙認したんだ。
 けどいつの間にかそいつらの噂を聞かなくなったかと思ったらこの有様だ。一時はちゃんと魔女も減ったから、そいつらが遊んでたとか何かしたとかじゃあないとは思うんだけど……」
 「そう言うことなら、私たちも手伝うわ。グリーフシードの分け前も、とりあえず浄化に必要な分を別にしたら細かいことは言わないでいい。というか、下手したら浄化分だけで全部なくなりかねなさそうだし」
 
 ほむらの言葉に、杏子は少しほっとしたようだった。
 
 「悪りぃな。落ち着いた時に余裕有ったら少しそっちに回すわ。でも今は少しでも人手が欲しいんだ。今度ばかりは頼む」
 「困った時はお互い様よ」
 
 
 
 杏子との同盟は、思わぬ事態からうまくいってしまった。
 
 
 
 
 
 
 「とりあえずはさっき逃げてきた魔女をどうにかしたいんだ」
 
 三人が最初に向かったのは、みんなが出会った所だった。
 
 「たいしたことないと思っていたんだけど、どうも妙に強くてな。こっちの攻撃がまるで通らないんだ。幸い逃げられたからよかったけど、あれはヤバかった」
 「だとしたらちえみが役に立つわ」
 
 程なく一行は先ほどの魔女の結界を見つけ出す。
 全員変身した後、杏子が手にした槍で結界を切り裂く。
 そして三人は、魔女の結界に侵入した。
 
 結界の内部は、一言で言うと『牢獄の商店街』だった。
 見た目は商店街のように、ずらりと小売店が並んでいる。
 だがその店先は、全て鉄格子で区切られているのだ。これでは商品を手に取ることも出来ないし、買い物も鉄格子越しにしかできない。
 
 「どういう世界なのかしら」
 「いちいち気にしてたら魔女退治は出来ないぜ」
 
 杏子は流したが、今のほむらは、この結界の風景が、魔女の性質と密接に繋がっていることを、ちえみの分析を通じて知っている。それは魔女の持つ攻撃手段や方向性とも繋がりがあるのだ。
 まあ全く無関係の場合もあるので予断は禁物なのだが、大概は不意打ちをさけたりするのに効果があった。
 それに、さすがに気がつかれたのか使い魔がわらわらと寄ってきたので、そんなことを考える暇はなくなってしまった。
 ほむらはグリーフシードを一つ取り出すと杏子に投げ渡し、同時に言う。
 
 「ちえみは攻撃能力がほぼ無いわ。それあげるからガードお願い!」
 
 そして向かってくる使い魔――妙に警察官っぽい中世の僧侶みたいな人型の使い魔を、銃撃で撃退する。
 対して強くはなかったが、その動きを見ている内に少し気になることがあった。
 明らかに自分と杏子は狙われているが、ちえみがほとんどターゲットになっていない。
 
 (戦闘力を見極めて対処している? だとしたら想像以上にやっかいかも)
 
 だが所詮は使い魔、ほむらや杏子の敵ではなく、程なく結界の最深部にたどり着いた。
 入り口の前には、何故か大量のパトランプが灯されている。
 ちえみがいつものように、付近に書かれている文字を読んだ。
 
 「えーと、ヘラ、ですね」
 「ん、おめぇ、これ、読めるのか?」
 「はい。今ではほぼ素で読めるようになりました」
 
 感心する杏子。
 
 「たいしたもんだな」
 「ちえみの本領はこの後よ。未知の魔女に対しては特にありがたいわ」
 「ん? 弱点見たり、とか」
 「その通り」
 「げ、マジかよ」
 
 さすがに杏子も驚くと同時に、戦闘力のないちえみのいる理由を悟っていた。
 
 「んじゃたよりにしてるぜ、学者さんよ! おらあっ、再戦に来たぜっ!」
 
 わざと言葉を荒げて士気を向上させる杏子。
 そしてほむらとちえみがそこに見たものは、
 
 
 
 ギロチン
 
 
 
 だった。
 どう見てもあの有名な、中世フランスの断頭台だ。
 そして使い魔達が、自分たちを捉えてあれに掛けようと、わらわらと近寄ってくる。
 本体は身動き一つしない。
 
 「あなた、あれに負けたの?」
 「負けたって言うか、引き分け? とにかくあいつ頑丈で、いくら攻撃しても効きやしないんだ。使い魔もここじゃとにかく倒しても倒しても切りがねえ」
 「そういう事ね。だとするとここはちえみの出番だわ」
 
 こういう力押しの利かない魔女は、倒し方になにがしかの条件を持っている場合が多い。
 そしてそういうタイプの場合、はまる相手には強いが、弱点を突かれるとあっさりとやられることが大変多いのだ。そしてちえみは、それを直撃で見抜くことが出来る。
 ちえみがいなければ、そういうタイプの魔女は倒すまでに大変な苦労を強いられる事になる。その意味でもちえみの存在は貴重だった。
 
 そして、ちえみの言霊が魔女の正体を見抜く。
 
 「ギロチンの魔女ヘラ、その性質は断罪。罪を憎むこの魔女は、いかなる犯罪者にも屈しない。犯罪、特に窃盗を犯したものでは、決してこの魔女には勝てない……あれ? そんな特殊な弱点じゃないのに」
 「逃げるわよ、杏子」
 「って、おまえもかよ!」
 
 二人はちえみを抱えると、そのまま全速力で撤退した。その時判ったのだが、この魔女は異様に追跡能力が高かった。侵入者には甘いのに、逃走者は意地でも逃がさないというほどに使い魔の能力が上がる。ほむらですら時間停止まで駆使してやっと逃げ切れたほどだった。
 
 「参ったな、そういう種かよ……」
 「私との相性も最悪だわ」
 
 そう言うとほむらは、一瞬銃を取り出し、すぐにしまった。
 
 「あ、そう言うことか」
 「あなたは生活物資かしら」
 「……まあ、否定はしねえよ」
 
 何とも始末に負えない魔女だった。
 と、そんな二人の肩を叩くものがいる。
 
 「ん、どうした」
 「ちえみ、どうかしたの?」
 
 不思議そうにする二人の肩を、ちえみは限界まで強化した力で握りしめる。
 ちえみの強化能力は大したことはないとはいえ、痛いことは痛い。
 
 「おい、なにすんだよ!」
 「ちえみ、ちょっと痛いわよ」
 
 だがちえみの目には、滅多に見えない怒りの炎が灯っていた。
 
 「せ・ん・ぱ・い・が・た、お・は・な・し・を・き・か・せ・て・も・ら・え・ま・せ・ん・か・し・ら」
 
 一言一言、ゆっくりと話すちえみの異常な迫力に、先輩魔法少女達は、己の犯罪歴を告白する羽目になったのだった。
 
 



[27882] 真・第15話 「お姉さんになって貰います」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/28 05:00
*ほむらの両親関連は原作中で全然出てこなかったので、関係者不在、ほむらはあのアパートで一人暮らしという設定になっています。もし両親同居その他がCDドラマなどで確定した場合、この話は改定されます。ご了承ください。




 「全く……まだ先輩の方は不本意ですけど、ちょっとだけは情状酌量の余地はあります。ヤクザ屋さんの武器なんて、百害あって一利無しですからね。でも軍隊はちょっとやりすぎですよ。あれものすごく高いですし、管理も遙かに厳重ですよ。先輩が盗んできた影で、何人の人が管理不行き届きで首を飛ばされるか判ったもんじゃないですし」
 「……」
 「でもまあ、入手手段無いですしね。背に腹は代えられないっていう所ですか。でも杏子さん」
 「……なんだよ」
 「あなたは情状酌量の余地無しですよ。生活手段全部魔法に頼って、基本全部窃盗で済ませるなんてちょっとやりすぎです。どこのホームレスですか。私たちみたいな子供は、日本では義務教育受けて親のすねをかじる義務があるんです」
 「おい、義務かよ」
 「義務です」
 
 
 
 杏子とほむらは、魔法少女の影の実態を知ったちえみに、何故か説教をされる羽目になっていた。
 もっともその説教はどこかずれていたが。
 
 「杏子さんにどんな事情があったかは知りませんし、聞きません。ただ、少なくともろくでもない事は確かでしょう」
 「ん、よく判ったな」
 「まともならもっと大人を頼っています。杏子さんみたいな人がそんな生活をしているっていう事は、少なくとも大人に頼りたくないと考えているっていう事です。それも深刻に」
 「ずいぶんいわれているわね、杏子」
 「ったく……なんであたしは言い返せないんだ」
 
 そんな事は決まっている。上から目線でこんなことをいうやつは生かしては置かないが、本気で馬鹿正直をいう人間を、杏子は無視できないだけである。
 
 「ですのでいやじゃなかったら杏子さんにはお姉さんになって貰います」
 「ちょっとまてなんでいきなりそうなるっ!」
 
 何か突然とんでもない方向へ飛んだ話に大慌ての杏子。彼女は勉強はしていないが基本的には馬鹿ではない。話の流れからして今の言葉の意味が文字通りの意味……推定身寄りのない杏子を文字通り添田家で養子に引き取るという意味だと理解したのだ。
 
 「おいほむらっ! こいつなに考えて……そう言う事かよ……」
 
 思わずほむらの事を呼び捨てにした杏子は、ほむらが沈痛な顔をしつつ、掌を顔の前で振っているのを見てまた理解した。
 おそらくちえみの言葉は掛け値無しの本気だと。
 そしてほむらも、先日彼女の両親に挨拶に行ったときのことを思いだして頭を抱えていた。
 
 
 
 『なに、今は一人だと! おいおい、元心臓病の入院患者がそれはいかんだろう、両親はどうした……海外で、治療費稼いでいるだあ! 後見人とかは? え、近くにいはない? 定期的に様子見に来るだけ? ばかやろう! だったらおじさんがめんどう見てやる。見滝原じゃなくて見河田に引っ越してこんか!』
 
 やたら人なつっこいお父さんと、やけに口のうまいお母さんに歓待され、気がつけば家庭の事情などをいつの間にか語らされていた。あげくに出た言葉が同居しろである。
 やたら弟子が多いのも、その弟子にやたら尊敬されているのも理解出来る人柄だった。
 おまけにこんなお人好しで豪快なお父さんを、経営面でもお母さんががっちりと支えている。
 元々腕がいいだけの、超がつくほどの職人気質だったこのお父さんを支え、会社を運営して経済面でも人材面でも軌道に乗せたのがちえみのお母さんである。一言でいえば強化型まどか母。まどか母を10年分パワーアップしてまどか父の家事能力を加えたような人だった。
 ちなみにその時聞いた話だと、ちえみは今でこそわりと裕福な社長令嬢だが、六~七年前までは貧乏のどん底の生活も経験しているという。会社を軌道に乗せるまでの間、生活費を極貧まで削ってでも借金をしなかったからだそうだ。それが当たって、一旦儲けが出始めたら銀行が頭を下げてくる優良企業になったそうなのだが。
 そしてある意味きっちり儲かってお金もある添田家では、その投資先たる人材を捜しているような状況なのだとか。
 実際添田金属加工会社は、日本中でここにしか製造できない特殊部品の製造がメインであり、ちえみ父も、『うちが潰れたら日本のトップ企業の一割が止まるぞ』と本気で豪語しているのである。しかもどうやらそれは事実らしい。
 そして家訓にして社訓は、『人は石垣、人は城』。
 これと見込んだ人材には積極的に投資して恩を売っているのだとか。
 ほむらも挨拶に行っただけでさんざんスカウトされた。歳に似合わぬ落ち着きと才女振りが評価されたらしい。
 自分はループによるチートだと判っているのでほむらは必死になって辞退したのだが。
 
 
 
 そんな両親の薫陶を受けて育っているちえみである。しかも本人、魔法少女になるまではサヴァン症候群の負の面の影響でものすごい苦労をしていた。そのせいかちえみはこういう不遇な生活をしている人物を見逃せるタイプではない。
 まあ杏子の事だから何とか逃げるだろうが、ちえみはおそらく本気である。ほむらは単に一人なだけだから誘われただけだし、マミは天涯孤独とはいえちゃんと経済的にも生活的にも自立・自活できているのでいらん事はしなかったが、杏子に関してはおそらくこの後猛攻が来る。
 うかつに気を許そうものなら、数日で名前が添田杏子になっている事は確定である。ギリギリまで粘って佐倉姓を残すのが精一杯だろう。
 
 
 
 「落ちつけちえみっ、あたしは誰かの世話になるつもりはないっ!」
 「自活能力ゼロの癖してそんな生意気はいわないでください。今後も泥棒生活続けるようなら、本気で杏子さんには杏子お姉さんになって貰います」
 「ほむら~、何とかしてくれ! おまえこいつの先輩なんだろっ!」
 「……あなたを添田杏子と呼ぶまでに何日かしら」
 「うが~~~っ!」
 (……からかいすぎたかしら)
 
 ここでさすがにほむらは動いた。このへんで止めないと杏子が破裂する。
 
 「ちえみ。気持ちは判るけど少し抑えなさい。杏子にも複雑な事情があるし、それに今は先になすべき事があるのよ」
 「……そうですね。済みません、ちょっと暴走しました」
 
 さすがに本気でたしなめられて、ちえみも少し頭が冷えた。もちろん杏子の生活を何とかしたいのは本気だが、杏子の意思を無視して押しつけるような真似は失礼な事だとはちゃんと理解している。
 そしてこういうタイプには元々杏子はめっぽう弱い。
 
 「ったく、少しは落ちつけ。まあいきなり今の生活を変えるのも、金を稼ぐのもちと無理だけどさ、魔女の一件が落ち着いたら、少しは考えてみるよ」
 「本当にですよ? 泥棒はいけない事なんですよ」
 「……わかったよ。でもなんというか、やちるのやつと言ってる事は似てても大違いだな」
 「やちる?」
 
 突然出てきた聞き慣れない名前に、ほむらが疑問を挟む。
 
 「ああ、やちるっていうのは、御国やちるって言って、この近くのスーパー、みくに屋の子だよ。 ちなみにあたしを目の仇にしていた魔法少女でもあった」
 「あなたを?」
 「ああ。まあ理由はわかってんだけどね。こちとらはみくに屋の万引き常習犯で、あいつは店の一人娘だったからな」
 
 そこでじっとちえみに睨まれて冷や汗をかく杏子。
 
 「まあ今更だよ……一時期やちるは魔女退治そっちのけであたしの事を追いかけ回してくれてたし。最初は簡単にあしらえていたんだが、場数踏んだからかいつの間にかやたら強くなってて、本気で飢え死にするかと思った位だったぜ、あの時期は」
 「あなたを追い詰めるだなんて、相当強くなったのね」
 「まあな……」
 
 そういう杏子の横顔は、どこか寂しそうだった。
 
 「やちるは正義感の塊みたいなやつで、あたし以外でも万引き見つけると、ミニスカポリスみたいなコスチュームで、万引き犯を追いかけ回してやがった。はっきり言って一般人じゃ逃げられなかったぜ。あたしだってかなり危なかった位だしな。あいつのコスチューム、町中でもギリギリ多少変とは言え普通の服扱いしてもらえる格好だったからな。よく町中で平気で変身してやがった」
 「仲間とかは?」
 「あいつにはいなかったと思う。一応ご町内の魔法少女だからな。チェック位はしてた」
 「今は?」
 「……滝の上町在住の魔法少女は、多分あたしだけだ。ひょっとしたら一人位はいるかもしれないけど。今じゃ噂すら流れてこないから、正確な所はわかんねーけどさ」
 そう言って上を向く杏子。その時何故かほむらは、ちえみの父が歓待の宴会で歌っていた、古い歌を思い出した。
 上を向いて歩こう、というタイトルだったか。
 
 上を向くのは、涙がこぼれないようにするため。
 
 
 
 「それはそうと、話変えるけどよ」
 
 杏子はちえみの方をちらりと見ると、そう話題を振ってきた。
 ほむらも頷く。
 
 「とりあえずあのギロチン魔女は少しパスしよう。あれはあたし達じゃどうにもならない」
 「そうですね~」
 
 ちえみはそっと読み取ったページを二人に見せる。
 
 「あたしの解析からすると、少しなら放置しても大丈夫です。元々あの魔女が結界に取り込むのは、一定レベル以上の自覚がある犯罪者だけですし。ただ長い事放置すると些細な事でも犯罪者として取り込みの対象にされそうですが」
 「倒すにはマミを呼んでくる位しかないのね」
 「はい。私じゃ絶対的な火力が足りませんし、先輩と杏子さんは属性制限に引っかかってアウトです。ただ、犯罪歴というか自覚のない人にはあの魔女襲ってこないですから、多分マミさんが単身堂々とあいつの前まで行って、ティロ・フィナーレ一撃で片が付くと思います。動かないから拘束の必要もないし、狙いを外すとも思えません。
 あの魔女は、こちらから攻撃するか犯罪者と一緒に行動しない限り犯罪歴のない人を敵と見なしませんから、ある意味敵の目前で行う完全な奇襲です」
 「そんなもんなのか?」
 「それが何かに特化した魔女の強みであると同時に弱みなんですよ」
 「じゃそれで行こう。巴マミへの連絡とかはどうする?」
 「そちらは私とちえみでやるわ。出現場所と、マミにしか倒せないって言う情報を付加しておけば、多分すぐに片付けてくれると思う。ただ……」
 
 少し考え込む様子のほむらを見て、杏子は尋ねる。
 
 「なんだ? 報酬とかでもめそうなのか?」
 「いいえ、彼女が滝の上町に来たら、そのまま居座って魔女を狩り始めかねないから」
 「……ありそうですね」
 
 三人とも少し下を向いたまま、「あるある」と思っていた。
 
 「そのこと自体は別にいいのだけれど」
 「絶対無理しますね、マミさん」
 「今のあたしとの仲じゃ、手伝うって言っても反発しそうだしなあ」
 「つまり呼ぶに当たってはもう少しこちらを落ち着かせるか、きちんとした協力態勢の樹立が必要、というわけね」
 
 出た結論に、またため息をつく一同。
 
 「ままならねえなあ……とりあえず、もう少し魔女を減らさないと、なんにも出来ねえ」
 「今日はまだ時間があるわ。もう少し探索してみましょう」
 
 
 
 そうして三人が立ち去ったファミリーレストランのテーブルには、とんでもない量の皿が残されていた。
 ファミレスであるから当然皿は適宜下げられている。なのに、である。
 ちなみにここの支払いはちえみが金色のカードで解決した。
 それを見た杏子が、「やべ……なんか包囲網を敷かれているみたいだ」とつぶやいたとか。
 
 
 
 
 
 
 
 そして事態は急変する。
 滝の上救急病院。そこでほむらは、信じられないものに出会う事になる。
 
 



[27882] 真・第16話 「私が迷惑なんです」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/28 05:00
 滝の上救急病院。
 全国で救急患者の受け入れ拒否が問題となる中、救急患者の常時受け入れを標榜して設立された、滝の上町の中央病院である。ほむらも入院していた見滝原の総合病院などとも連携し、一刻を争う患者の命を守る事を使命としている。
 この方針は都心での救急医療に不安を抱いていたお年寄りなどを引き寄せ、見滝原を中心とした地区の発展に大きく寄与した。負担は大きいが、それによる安心感は代え難いものだったらしく、今の見滝原周辺は、行政が多少税金を上げても許容されるという、空転しがちな某議会から見ればうらやましい状況が続いている。
 
 それはさておき。
 
 杏子がほむら達を案内してきたのがここだった。
 その邪気の強さは半端ではなく、ここが病院である事を考えれば、それはとてつもなく恐ろしい事であった。
 
 「杏子、あなたともあろう者がこんなヤバそうな所を放置していたの?」
 「何とかしたかったけど、ここはさっきのヘラとは別の意味でヤバかったんだ」
 「別の意味、ですか?」
 「ああ、ここは別名が『魔法少女殺し』。あたしが知ってるだけでも、ここで七人やられてる。さすがにあたしでも単身踏み込むのはちょっと遠慮したかったんだ。おまけにここは、こんだけヤバイ割りには、不思議と中の人間が死んだりはしないんだけどよ」
 
 杏子の言葉に、ほむらは首を捻る。これだけ強い邪気を放つ魔女がいたら、この病院の入院患者が死に絶えていてもおかしくは無いのだ。
 
 「ずいぶん変わっているのね」
 「ああ、これで人死にが出てたら、あたしだって覚悟を決めて突っ込んでいるさ。だが、ここは邪気がどんなに強くなっても、都市伝説が増えるだけで死人は出ない。だからつい後回しになってたんだ」
 「その都市伝説ってなんですか?」
 
 ちえみが質問をしてくる。
 
 「ああ、この病院にはお菓子は持ち込むな。特にチーズ味は最悪だ。こっそりお菓子を持ち込むと、それを手放すまで病院から出られなくなるってな」
 
 杏子の言葉に、ほむらとちえみは思わず顔を見合わせた。
 病院、お菓子、チーズは最悪。
 二人は知っていた。このキーワードは、ある魔女の特性にきわめて一致している事に。
 だかあの魔女は、見滝原の病院に出現したはずなのだ。
 
 ほむらとちえみは、目と目だけで会話していた。ちえみが近くのコンビニに駆け込んでいく。
 そしてほむらは、杏子に向かって言った。
 
 「ちえみが戻ってきたら突入するわ。確認しないといけない事が出来た」
 「なんか相当訳ありっぽいな。いいぜ。あたしもいい加減潰したくはあったんだ。一人じゃちょいとおっかないが、あんたとちえみもいれば、何とかなりそうだしな」
 
 程なくちえみも戻ってくる。その手にぶら下げられた袋を、ほむらは回収して異空間に収納する。
 
 「なんだいそりゃ」
 「お守りよ」
 
 一つだけ取り出して置いたそれを、ほむらは杏子に投げ渡す。
 
 「ん? ブロックチーズ? まあありがたく貰っとくよ」
 
 杏子はその場で銀紙を剥くと、中身を口に放り込んだ。
 
 「こいつは昔っから変わんねえな。行くかい?」
 「……やっぱり」
 「ん? どした?」
 
 侵入しようとした結界の入り口に掲げられた魔女の紋章。
 それは間違いなく、あのシャルロッテの紋章だった。
 
 
 
 内部の結界も、少し様相は違ったが、お菓子と医療器具という点では共通していた。
 違うのは、使い魔が全くこちらを襲ってこない点であった。
 数も少なく、たまに見かける使い魔は何かを捧げ持ったまま急ぎ足で奥へと向かって行ってしまう。
 
 「……なんか拍子抜けだな。邪気の強さと使い魔の強さが合ってない感じだぜ」
 「油断は禁物よ。でも、ここの魔女の特徴は、既に知っているわ」
 「お菓子の魔女シャルロッテ、その性質は執着。お菓子が好きで、どんなお菓子でも出現させられるけど、大好物のチーズだけは出せなくてそれをひたすらに求めるって言う魔女です。得意技は脱皮。ダメージを受けたり、拘束されたりすると、脱皮してそれを逃れようとしますので、間断無い攻撃が基本です」
 「ただ、チーズを見かけるとそれに執着して他は見向きもしなくなるから、それを囮にすれば撃破は難しくないわ」
 「ひょっとして、分体かなんかと戦ったか?」
 「ええ。既にちえみの事典に載っているわ」
 
 やがて着いた最深部への入り口は、ほむらとちえみには思い出のあるものだった。
 
 「間違いないわ、この奥にいる。小さい人形か、大きな蛇かナマコみたいか、どちらかの姿だと思うわ」
 「一応私が再確認はしますね」
 
 これだけの邪気だ。魔女が進化していないとは限らない。
 そして踏み込んだ先にいたのは、マミの油断を誘った、あの小さな人形姿の方だった。
 
 「アレッセ・アナリーゼ!」
 
 確認のため、ちえみが魔法を使う。
 
 「先輩! 性質その他は同じです! ただ、これが『オリジナル』です! タフですから気をつけて!」
 「杏子、私が牽制をするから、追撃をお願い」
 
 そう叫ぶと同時に、まずは人形形態のシャルロッテを容赦なく銃撃でぼろぼろにする。
 抵抗できずに吹き飛ぶ人形。だが油断してはいけない。隙を見せた瞬間、こいつは脱皮して本来の姿をさらす。
 シャルロッテをたたきのめしながら、ほむらはかつてのループで引っ掛かっていた違和感がなんであるのかをようやく理解した。
 シャルロッテに関する違和感、それはまどかの発見したグリーフシードであった。さやかが頻繁に訪れ、自分も入院していた見滝原の総合病院。もしそこに魔女の気配が有れば、自分どころかさやかでさえも何かを感じないわけがないのだ。
 だがシャルロッテのグリーフシードは、孵化寸前の状態で壁に刺さっていた。
 まどかを見続けていたほむらの目を盗んで。
 
 そう、ほむらの目を盗んで、だ。
 そこにひっそりとでもグリーフシードが存在して、病院から絶望の気を吸収していたのなら、ほむらの目をかいくぐれるわけがない。
 ループのさなかはそんな事は気にしている余裕がなかった。だが、こうしてちえみが『オリジナル』と断言したシャルロッテがいたとなると、これには何かがある。
 多分、これでは終わらない。
 ほむらは気を引き締めた。
 
 
 
 戦いそのものは楽勝だったと言えよう。
 脱皮して正体というか中の姿を見せたシャルロッテに、ほむらはチーズ+手榴弾という、極悪のコンボ攻撃を仕掛ける。チーズを見かけたシャルロッテは思わずそれに食らいついてしまい、一緒に手榴弾も呑み込んでしまう。当然口の中で大爆発だ。そうして隙だらけになった所に杏子が遠慮無く攻撃を掛ける。切り刻まれたシャルロッテが脱皮をしたら、またこれの繰り返しだ。
 
 「おーおー楽勝楽勝。敵のパターン見えてると、噂の強敵もこんなもんかよ」
 「油断はしないで。私の知っていたシャルロッテなら、とうに倒れているわ」
 
 実際異様にこちらのシャルロッテはタフだった。10回以上脱皮してもまだ底が見えない。
 
 「かなり削ってはいます! もう少し頑張ってください!」
 
 サポートするちえみの声に、ほむらはちらりとそちらの方を見る。
 ちょうどその瞬間だった。突然ちえみの胸から血が噴き出し、とさりとその体が倒れる。
 
 『困りますう。あみちゃんを倒されると、私が迷惑なんですう』
 
 それと同時に響き渡る、謎のテレパシー。
 
 『誰だか知らないけど、あなたこそが魔法少女殺しの元凶ね』
 
 ほむらの問いに、謎の声は答える。
 
 『そうですよう。あみちゃんが死んじゃったら、私はあみちゃんの子供から、グリーフシード取れなくなっちゃいますしぃ』
 
 その声と同時に、ほむらの心臓に激痛が走った。おそらくは鋭いもの剣で言うならレイピアのような、針状のものによる刺殺攻撃。
 反射的に傷を塞いだが、それなりの魔力を持っていかれた。
 
 『あら、一撃とは行きませんでしたあ。タフなのか、それとも再生能力持ちですかあ?』
 「ほむら、大丈夫か!」
 
 杏子がシャルロッテの攻撃をくぐり抜けながら、杏子の側にやってくる。
 
 「誰だてめえ! それになんだよ、今の言いぐさは!」
 
 そう、今の言葉は、どう考えても魔女を意図的に増やしているとしか思えないような言葉だった。
 
 『あらあ~、佐倉杏子さんともあろう方が、そんな事言うんですかあ? あなただって、使い魔がグリーフシード孕むまでは平気で見逃していたじゃないですかあ』
 「っ、まあな。だけどてめえがやっているのは、そんなもんじゃねえだろ」
 
 杏子の叫びに、あざ笑うような声音で謎の魔法少女のテレパシーが響き渡る。
 
 『ええ、あみちゃんはそこそこ強いけど、チーズがあるとおばかさんになっちゃいますから、私でも倒せる貴重な魔女なんですの。だからこそ、本体であるあみちゃんは、倒させるわけには行きませんの。それに使い魔から生まれた餌と違って、これは大切なあみちゃんなんですもの』
 
 その言葉を聞いてほむらは直感的に彼女の行為の意味を悟った。
 おそらくあみというのは、シャルロッテのかつての名前だ。そしてこの魔法少女は、あみという魔法少女がシャルロッテに変わるのを、おそらく見てしまったのだ。
 だが、杏子はそんな事は知らない。
 
 「自分の事を棚に上げてこんなことを言うのはなんだがなあ、ふざけんじゃねぇ! 悪いがあたしはてめぇみたいな外道は大っ嫌いだ!」
 『ふふふ、でもあなたに私が倒せるかしら』
 
 再び彼女のテレパシーが響き渡る。そう、『響き渡る』のだ。
 気配はかすかに感じるものの、その姿は全く見えない。物音一つ立てず、テレパシーもどこから出ているのか皆目見当が付かない。
 異様に隠密性に長けた魔法少女だった。
 
 「杏子!」
 
 そこにほむらの叫びが重なる。
 
 「シャルロッテは私が抑える! あなたはこいつに集中しなさい!」
 「わりぃ! 頼んだ!」
 
 杏子は少し息を入れる。幸い近接型の杏子は、姿の見えない謎の魔法少女であっても、攻撃してくる瞬間位は何とか察知できた。相手も近接型で、おそらくは刺突剣に属する武器を使っている事は見当が付いた。だがほんの少しでも距離を取られると、もう杏子には相手の気配がわからなくなる。判るのはほぼ零距離のみ。
 
 これでシャルロッテと同時に攻められたら、いくら杏子でも持つわけがない。
 
 (本気で助かったぜ。ほむら。ちえみの敵は取ってやるぜ!)
 
 そう、気合いを入れた瞬間だった。
 ぱあん、という一発の銃声が、あたりを貫いた。同時にドカッという、重い音がする。
 そちらを見た杏子は、開いた口がふさがらなくなった。
 腕を押さえ、剣を取り落とした少女の頭に、巨大な本がめり込んでいた。
 
 「うわ~、やっぱり鈍器にもなるんだ」
 
 のんきな事を言うちえみの姿に、杏子は気合いが抜けていた。
 
 「おい、おめぇ、刺されたんじゃ」
 「魔法少女は、あれくらいで死んだりしませんよ? この人はその辺知らないみたいでしたけど」
 
 気絶した謎少女をつつくちえみ。
 
 「杏子、それより今はこっちよ」
 
 どこから取り出したのか、手にしていたライフルをしまうと、ほむらは素早く取り出したチーズと手榴弾を投げた。
 そのままパターンで嵌め殺すのに、あと七回ほどかかった。
 
 
 
 結界が消え、グリーフシードを回収した後、謎少女を拘束して物陰に連れ込み、改めて結界を張る。
 
 「便利だな、それ」
 「私の魔法特性のちょっとした応用よ。だからあんまり真似できる人は少ないわ。物入れ位なら簡単だけど」
 「マミさんも紅茶しまってたりしますしね」
 
 それを聞いて杏子は是非教えろとほむらに迫る。おおかた食料をしまうつもりだろう。
 ほむらは時間が出来たらとごまかしてとりあえずの問題に集中する事にした。
 
 「さて、どうしたもんかな」
 
 問題の魔法少女は、網状の黒い上下黒ずくめという、時代劇のお色気くのいちのような姿だった。武器はエストック。刺突専用の針のような剣である。
 そして彼女の身につけていたポーチには、数十個のグリーフシードが入っていた。
 
 「お、こいつはありがてぇ。悪いが頂きだな」
 「まあ、止めはしないけど」
 
 何故かほむらの言葉の歯切れが悪い。おまけに妙な殺気がする。
 杏子がその微妙にぬるい殺気の方を見ると、燃え上がったちえみがいた。
 
 「おい、これは戦利品だろ! 一応正当な権利はあると思うぞ!」
 「グリーフシードはそういうものじゃありません! 悪い魔法少女でも、根こそぎは駄目です!」
 「ちえみ、とりあえずここは杏子の顔を立てなさい」
 
 ほむらが取りなすと、ちえみは不満げながらもおとなしくなった。
 
 「なあ」
 
 そんなちえみを見て、杏子はほむらに言う。
 
 「ずいぶん真面目だけど、よく扱えるな」
 「悪い子じゃないから。それとね」
 
 そこで何故かほむらは視線を下に落とす。
 
 「このままだと、本気で添田杏子になるわよ」
 「……少し考えてみるわ。あ、養子になるかじゃねえぞ」
 「判ってるわよ」
 
 結界の中に、しばし笑い声が響いた。
 
 
 
 「さて、冗談はこれくらいにして、この子に話を聞かないとね」
 「大体の見当は付いていますけど」
 「あたしには半分くらいしか想像できねえけど、なんでこいつ、この魔女にこだわってたんだ?」
 
 杏子は一人首を捻る。そんな彼女に、ほむらは言う。
 
 「それを知ると、いろんな意味で後戻りできなくなるわよ。あなたなら大丈夫だと思うけど。それでも聞きたい?」
 「当たり前だろ」
 
 実に男前な表情で答える杏子。
 その時、気絶していた魔法少女が目を覚ました。
 
 「う~ん、あれ、あたし……」
 「おい、目が覚めたばかりの所悪いんだけどよ」
 
 目覚めた魔法少女の首根っこを、杏子はつかみ上げる。
 
 「いろいろ聞かせてもらえねえかな」
 
 ところが、少女は辺りを見回すと、突然蒼白になる。
 
 「ねえ、あみちゃん、あみちゃんは?」
 「あみちゃん? あのシャルロッテって言う魔女か? あいつならブッ倒したぜ」
 
 杏子がそう答えた瞬間、少女の顔から文字通り血の気が引いた。
 
 「うそ……あみちゃんがいなくなったら、私も『なっちゃう』……いや、なりたくない、助けて、白巫女様、お願いします……」
 「杏子ッ!」
 
 様子のおかしくなった少女に、ほむらはいきなり銃撃を加えた。杏子がまだ首を掴んでいるのにもかかわらずである。
 
 さすがに杏子も彼女を手放す。そうした杏子を、今度はちえみが引っ張って彼女から引き離した。
 
 「おい、なにすんだよ! 危ねえじゃねえか!」
 
 だが、ほむらはそんな杏子の声に耳も貸さなかった。ちえみも、
 
 「先輩! 間に合いますか!」
 「遅かった……今、『変わってしまった』わ」
 
 そう言うと、彼女の抱えていたグリーフシードを、いくつか杏子とちえみに放り投げる。
 
 「おい、何事だこりゃ」
 
 同時に発生した邪気の噴出と、ほむらの結界を押しつぶして広がる魔女の結界に、杏子が不安そうに言う。
 
 「今教えようとしていた事よ。魔法少女最後の真実」
 「魔力を使いすぎてしまったり、心が折れて絶望して、ソウルジェムを濁り切らせてしまった魔法少女は」
 
 ほむらとちえみの言葉かが重なる。
 
 「ソウルジェムをグリーフシードに変化させて、魔女になってしまうのよ」
 「それが魔法少女の、末路です」
 
 思わぬ事実に、心が麻痺し掛かる杏子。その時、唐突にひらめいた事があった。
 
 「おい、ひょっとして、こいつがあの魔女を『あみ』って呼んでたのは……」
 「おそらく、魔女になる前の彼女は、あみという魔法少女で、多分彼女の相棒だったんでしょうね」
 
 ほむらは、そう言いきった。
 
 「先輩、もうすぐ実体化します! 私が見切りますから、対処よろしく!」
 「任せなさい、ちえみ。杏子も呆けている暇はないわよ」
 
 そして目の前の魔法少女から発生した黒い瘴気は、見る間にその形をおぞましい姿に変えていった。
 
 
 
 林立する城、寺社、ビル。
 どれからも異様な圧迫感と敬意のようなものを感じる。
 そんな中、歌舞伎の黒子を思わせる姿の使い魔が、次々と出現してくる。その中心に現れた魔女は、忍びのマスクに執事服、だがその胸部ははっきりと盛り上がって身体特徴が女性である事を強調している。
 だがその被服に包まれているのは、実体のないスライムのような、どろどろとした粘体であった。
 
 
 
 下僕の魔女アンナ=バルバラ、その性質は依存。一見忠節に見えるその態度は、相手に頼る事の裏返し。うかつにその身を許せば、彼女は依存した相手に寄生し、喰らい尽くす。
 だがもし彼女の真の主君となれれば、その全てを彼女はあるじに捧げるであろう。
 
 
 
 「粘着してくるタイプですから、接近戦は不利です! 弱点も特殊防御もないから、遠距離から力ずくで叩きつぶすのが一番かと」
 「こういうことね」
 
 そうほむらが言った瞬間、魔女はあっけなく炎に包まれて消滅した。
 
 
 
 
 
 
 
 「なんか今日は疲れたぜ……」
 
 結界が晴れた後、杏子はぐったりと腰を落とした。
 そのままほむらが投げた角チーズの残りをむさぼり食う。
 
 「どうやら滝の上の異変、只事じゃねえみたいだな」
 
 そう呟く杏子に、ほむらも頷く。
 
 「あなたも魔法少女の真実を知った以上、思い当たる事はあるでしょう?」
 「ああ……噂を聞かなくなった魔法少女、増えた魔女……そう言う事かよっ」
 「でも、あの人、気になる事を言ってましたよね」
 「そういえば、『助けて、白巫女様』とか……」
 
 あの少女は魔女化する前、確かにそう言った。
 
 「気になるな……調べてみるか」
 「他にもいろいろ話す事があるわ。こうなると今日は泊まりね」
 「仕方ないですね。家には後で電話しておきます」
 
 そう言うとがっちりと杏子の腕を捕まえるちえみ。
 
 「そうそう、魔法を使ったただ泊まりなんか許しませんよ。お金は私が出しますから、きちんと泊まってください。大体お風呂とかはどうしているんですか?」
 「いや、滝の上にはまだ銭湯とかもあるし」
 「どうせこっそり入っていたんでしょう。お金なら貸しますから泥棒生活は控えてください」
 「んなこと言われても返す当てなんかねえぞ」
 「10年後にでも返してくれればいいです。魔法少女やってて生活できないなら、それこそお姉さんになっていただければ」
 「返す! 絶対に返す!」
 「ちなみに家の会社なら魔法少女でも就職できますよ。というか私がそうします」
 「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だあ」
 「ハムレット? 思ったより教養があるのね」
 「わりぃがそこには突っ込むな」
 
 最後に少し尖った言葉に、ほむらは杏子の父が徳の高い宗教家だった事を思い出した。
 



[27882] 裏・第16話 「ただ一人彼女だけが」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/06/28 05:00
 「私、太るのはいや。ご飯食べられなくなるのもいや。ご飯うんと食べても、それでちゃんとスタイルが維持できるなら、魔女だってなんとだって戦ってもいい!」
 
 「私、人付き合い苦手だから、注目浴びるような力はいらない。でも、そんな私でも、人の役には立ちたいの。あみちゃんの役に立つ、そんな力が欲しいの! 私、なんにも出来ない自分なんて嫌い! そんな新しい私をちょうだい!」
 
 
 
 「おめでとう。君たちの祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、君の魔法を試してごらん」
 
 
 
 その日、この地に、また新たに二人の魔法少女が誕生した。
 
 新宮あみ、銀城かおる。
 
 あみの力は重力制御。かおるの力は感知不可。
 あみの振るう巨大なハンマーは、信じられない威力で魔女を叩きつぶし、
 かおるの振るうエストックは、ことごとく魔女の死角を突いた。
 
 
 
 友達も出来た。御国やちる。地元スーパーの一人娘。
 
 「へえ、すんなり契約できたんだ」
 「って、あれ? やちるちゃんは契約大変だったの?」
 「うん。願いのかけ方が悪かったんで。キュゥべえも、参考意見は述べたいけど、それをやると君の祈りを阻害しちゃうからって、どうして駄目だったのしか教えてくれなかったし」
 「結局どうなったの?」
 「最初は、泥棒をいなくして欲しいっていったんだけど、それだと『泥棒』の定義が曖昧すぎて、願いが拡散しちゃうって言われた。それに泥棒って言ってもいろいろいるでしょ? それこそ紛争地域で一日のご飯を何とか盗んだって言う子供も、お金有るのにスリルがあるからって万引きする馬鹿も、みんな同じになっちゃうから」
 「ああ、そういう意味で、自分の中の『泥棒』が固まってないから、契約に至らなかったんだ」
 「うん。地域限定とかも考えたけど少し変だし、で、最終的に叶ったのは、『どんな泥棒でも捕まえられる力が欲しい』だったの。これなら私の目の届く所にいる泥棒は一掃できるし、その判断も自分で付けられるから」
 「考えたね~。でもなんか落ち込んでいるみたいだけど」
 「うん、実は一つだけ見落としがあって」
 「見落とし?」
 「そう。私の力は願いによるものだから、実のところ同じ魔法少女には通じるとは限らないんだよね」
 「っていうと、魔法の力を泥棒に使っている悪い子がいるの?」
 「うん。なんとしてでも止めさせたいんだけど、これがまた逃げ足速くて」
 
 たわいもないお話。戦う事も楽しかった日々。
 だが暗雲は、確実に迫る。
 
 「最近の魔女、強いね……」
 「単純な力押しじゃ勝てないやつもいた」
 「いろいろ工夫しているけど、ちょっときついね」
 「どうにかならないかなあ……」
 「当てにならない噂だけど、試してみる?」
 
 それは一つの噂。見滝原と滝の上の中間あたりにある白滝女学園の近くに、一人の巫女がいるという。その巫女は悩める魔法少女に助言を与え、その使いこなせていない、秘めた力を解放してくれるという。
 
 「だめもとでいってみようか」
 「うん!」
 
 白滝女学園から、開発地区へと向かう道。その開発地区の境目あたりに、一軒の占い館が立っているという。その名を『救世の希望』。
 そして三人は、それぞれ白き巫女から、助言の言葉を授かった。
 それは自分でも気がついていなかった、自分の力の側面だった。
 
 『ただ、負担もその分大きくなるから、使い方には注意してね?』
 
 そんな言葉もなんのその。彼女たちは頑張って魔女を狩った。
 まあやちるは今度こそ例の万引き魔法少女を捕まえてやるって息巻いていたのだが。
 
 
 
 だが遂に破綻の時は来る。
 ある日、やちるの姿が消えた。
 そして数日後、不安を覚えつつも有る魔女と激闘を繰り広げた後、それは起こった。
 あみが、魔女になった。
 切っ掛けはたった一言。健康診断の時に出た、ちょっとした女の子同士の噂。
 
 ――新宮さんって、以前はもっと太っていたんでしょう?
 ――え、激やせじゃなかったっけ。
 ――過食と拒食を繰り返して、体がひどい事になっていたそうよ。
 ――最近は落ち着いたみたいですけど、またいつか太るかやせるかするんじゃないかしら。
 
 それはスタイルのいい彼女に対する嫉妬の言葉だった。だが、それを聞いて以来、あみは体重の変化を病的に気にするようになった。
 人間生きていればプラスマイナス1㎏位は、食事やなんかで変動する。体重の変化を記録するのなら、そういう環境をある程度統一して計らなければ無意味だ。
 だが、そういう微細な変化すら気に掛けるようになったあみのソウルジェムは急速に濁りはじめ、いくら浄化しても追いつかなくなった。
 そして遂にグリーフシードが尽き、補給のための戦いが終わった時、あみは限界を超えた。
 かおるの目の前で。
 しかもその時倒したのは使い魔で、グリーフシードを持っていなかった。
 これが切っ掛けで、かおるのソウルジェムも濁りが激しくなった。
 もしグリーフシードが切れたら、自分もまたあみと同じになってしまう。
 その恐怖を紛らわせようとしている時、ふといつか行ったあの場所の事を思い出した。
 
 
 
 白い巫女様は、今回も助言をくれた。グリーフシードを、確実に確保するための方法を。
 試してみたら、実に効果的だった。
 今の自分のポシェットには、たくさんのグリーフシードがある。こまめに使わないとすぐソウルジェムが濁るのが困りものだけど、ちゃんとその分の当てもある。
 だがちょっとだけ困った事もあった。せっかく一人で倒せる魔女を増やしたのに、他の魔法少女がその魔女を狩ってグリーフシードを取っていってしまうのだ。
 でも考えたら簡単だった。そんな魔法少女はいらないのだ。
 
 
 
 でも、そんなかおるにも破綻の時が来た。一番効率のいい『あみ』を、三人の魔法少女が狩りに来たのだ。いつものように不意を打って一人を倒すも、二人目は心臓を一撃で潰したのに死ななかった。
 再生能力持ちの可能性が高い。どうしようかと思っていたら、そいつは『あみ』の牽制に回った。
 なら今のうちにもう一人を討つ、かおるがそう思った時、突然右手が吹き飛んだ。
 どうして。
 自分の位置は、誰にも見つからないはずなのに。
 そう思ったとたん、今度は頭に衝撃が来た。何か鈍器のようなもので頭を叩かれたのだ。
 鉢金状になっていたソウルジェムにまで衝撃が走り、かおるは気絶した。
 
 
 
 彼女は知らなかった。魔法少女は、自覚が有ればソウルジェムさえ無事ならそう簡単には死なないという事を。
 
 彼女は知らなかった。添田ちえみには、見抜くものである彼女には、隠蔽系の能力が全く効かないという事を。
 
 彼女は知らなかった。暁美ほむらは佐倉杏子を囮にして、彼女の注意をそらした事を。
 
 彼女は知らなかった。暁美ほむらは、死んだふりをしていたちえみを通じて、彼女の位置を把握していたことを。
 
 
 
 そして彼女が目覚めた時、『あみ』は既に倒されていた。
 もはや自分にはグリーフシードを確実に確保できる手段はない。
 たったそれだけの事で、彼女は折れた。
 
 
 
 
 
 
 
 白滝女学院の近くにある占い館には、白い巫女がいる。
 もし暁美ほむらがその巫女を見たら、大いに驚愕する事だろう。
 彼女はこう叫ぶはずだ。
 
 
 
 「美国、織莉子……」と。


 
 そしてそれは、この世界で、ただ一人彼女だけが知る名前。
 そう、ただ一人……



[27882] 真・第17話 「全てが冗談ではないのですよ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/05 03:11
 滝の上の遠征は、結局もう一日延長されて終わった。
 翌日はとにかく狩れるだけの魔女を連戦して狩り、滝の上町の沈静化に努める。
 同時になにをしたのか、ちえみは杏子に一枚のカードを手渡していた。
 
 「この中のお金、いくら使っても文句言いませんから、泥棒は止めてください。
 施しを受けるのが嫌だって言うなら、いずれ返してくれればいいです。
 あ、後そのカードは家族用のキャッシュカードですから、返却とかは気にしないでください。暗証番号は……」
 「……判ったよ。借りとく」
 「ついでにこれも渡しておきます。大人の名前が必要になったら、これ見せて連絡するように言ってください。後どうしても泊まる所無くなったらこの住所に来ればいつでも泊めてあげます」
 
 渡されたのは、ちえみの両親の名前その他が入った名刺だ。
 
 「全く、押しが強いったらありゃしねえ……」
 
 ぶつくさ言いながらも、突き返しはしない杏子。
 ほむらはそんな杏子にそっと耳元で囁く。
 
 (お金はちゃんと払って、子供が一人という所に疑問を持たせないように魔法を使えばいいのよ)
 (あ、その手があったか)
 (あなたの場合はホテルより漫画喫茶とかの方が気楽でしょうしね)
 (確かにな。ホテルは飯たけーし)
 
 「なにこそこそ話しているんですか、先輩」
 「別に大したことではないわ。そんなに悪い事じゃないから安心しなさい」
 「という事は少しは悪い事なんですね」
 「そこは否定しないわ。まあ、本来悪くはないけど世間では悪いと見なされる程度の事よ」
 「いまいち信用おけませんけど、そこは先輩を信じます」
 
 む~っ、という感じてほむらと杏子を睨むちえみ。
 
 「いいですか。先輩は信じますけど、杏子さん、絶対これ以上悪い事しないでくださいね。お金なんかまた稼げばいいだけですけど、悪い事は取り返し付かないんですよ」
 「ったく……わあったよ。無駄にも使わねえ。けどとりあえず借りとくわぁ」
 「もし泥棒したら、強制的に養子にした上でうちで責任持って被害者に弁済しますからね」
 「それ、なんか違わねえか……?」
 
 もちろんおかしい。だが、ちえみの迫力には、それを本当にしかねない妙な説得力があった。
 そしてほむらには、まともに罰せられるより、杏子にはその方が堪えるという事がよく判っていた。






 そして、転校の日がやって来た。
 
 「暁美、ほむらです」
 
 もう何度したか判らない挨拶。目玉焼き談義の後に付け足されたような紹介で、ほむらは名を名乗る。
 そして座席に着くのだが、今回は少し違和感を感じた。
 視線を感じる。二人分プラス気配で。
 視線の主はすぐ判った。まどかとさやかだ。明らかに他のクラスメイトとは違う視線を向けてきている。
 そしてもう一つの気配、これは魔法少女のものだ。となれば相手はマミしかいない。
 席について授業が始まった所で、マミからのテレパシーが来た。
 
 『ありがとう暁美さん。あなたのおかげで助かったわ』
 
 助かった? その言葉に違和感を持つほむら。
 マミがこの時期危機に陥るような相手はシャルロッテしかいない。しかもそのオリジナルをここに来る前に黒幕ごと討伐してしまったので、見滝原病院での一幕を歴史から消してしまったと思っていたのだが。
 だとするとどんなイレギュラーがあったというのか。
 
 『危うくあなたのクラスメイトが魔女に食べられちゃう所だったし』
 
 必死に動揺を押し隠すほむら。
 
 『よければ授業中で悪いけど、話を聞かせて。このままじゃ気になって集中できないわ』
 
 テレパシーではそう言いつつ、指名されたほむらは黒板ならぬ白板へ向かう。
 すらすらと答えを書きながらも、思考の大半はマミとのテレパシーに向かっている。
 
 『あなたからの話を聞いた後、改めて学校で素質の有りそうな子を調べてみたの。そうしたら結構いるものだったのね。二人同じクラスだったのは今そちらにいる二人だけだったからこの子達が『縁』のある子だって判ったけど、他にも何人か素質の有りそうな子がいたわ。
 特に一人気になる子がいたんだけど、残念ながらその子は不登校気味で、見つけられたのも偶然だったの。私と同じ三年で……名前は、確か、呉……呉キリカって言ったかしら』
 
 その言葉を聞いた瞬間、ほむらは板書中にもかかわらず硬直してしまった。
 
 「どうしたのかね」
 
 数学の教師に声を掛けられ、慌てて計算の続きを再開するほむら。
 キリカ……その名前には覚えがあった。
 長いループの中での、ただ一度のイレギュラー。ほむらが唯一、ワルプルギスの夜を迎える前に時を戻したあの時。
 白い魔法少女、美国織莉子。ループの中でただ一人、鹿目まどかの真実を知って、彼女を殺害した女。
 それに付き従っていた魔法少女、学校襲撃の際、自分たちの目の前で魔女化した、おそらくは魔法少女殺しの実行犯。
 彼女は織莉子に、『キリカ』と呼ばれていた。そしてあの事件の時、カメラに写った姿は……
 
 (見滝原中学の制服を着ていた)
 
 うかつだった。いや、何故思い至っていなかったのか。ループの中でも、あれは一度だけのイレギュラーであり、後のループにおいても魔法少女殺しの黒い魔法少女はいなかった。
 だがそれは、イレギュラーが一度だけである事を証明するものではないのだ。
 
 『その子には少し気をつけておいてくれるかしら。もし魔法少女になっていたとしたら、ちょっと気になる事があるから』
 『……あなたの並行世界記憶で、何かやらかしたのかしら、その子。一応気には留めておくけど、たまにしか学校に来ない子みたいだから、接触は難しいわ』
 『そう。ありがとう。無理はしなくていいわ』
 
 ここでちょうど答えを書き終えた。
 教師が解説を加えていく。
 
 「で、こうなるわけだが、暁美君」
 「は、はい」
 
 ここで教師に声を掛けられるなど長いループでも初めてだったので、思わず返事がうわずるほむら。
 
 「解法も見事だが、ここの記号を書き間違っておる。前後を見れば単なる書き間違いである事はすぐに判るが、ケアレスミスには気をつけたまえ。特にこのような長い解法においては、よくある事だから、皆も一度きちんと見直す癖をつけるように」
 
 ほむらは真っ赤になって下を向いていた。
 
 
 
 休み時間、今までのループとは少し違った事になった。
 取り巻く人の数が倍近かったのだ。なぜだかさっぱり判らず、さすがに少しパニックになりかけていた所に、救いの神が現れた。
 
 「みんな、暁美さん、心臓の病気だったからまだお薬飲まなきゃいけないんだ」
 「気持ちはわかるけど、一旦解放してやってよ」
 「私からもお願いしますわ」
 
 まどか、さやか、仁美の三人だった。
 
 「あ、そうなの」「ごめんなさい暁美さん」「またお話ししたいですわ」などと言いながら、クラスメイトが散っていく。
 
 「あ、暁美さん、薬飲まないといけないんでしょ? 保健室の場所わかる? 私、保健係だから、案内するよ」
 「心配だからあたしも付いてってやるよ」
 「わたくしはクラス委員ですし」
 
 何故かなし崩しに四人で保健室に行く事になってしまった。
 事態の変わりっぷりに、さすがにほむらも少しパニック気味になった。
 というか、元々本来のほむらは今のようなパニック気質だ。長いループで慣れきってしまったからこそ、いつものクールビューティーが保てたと言ってもよい。
 実際こんな展開は全ループを通して初めてである。
 しかし爆弾はまだ爆発すらしていなかった。
 
 「あ、あの、暁美さん」
 
 道すがらそう話しかけてくるまどか。
 
 「ほむら、でいいわ、鹿目さん」
 「あ、じゃああたしもまどかって呼んでいいです」
 「あたしもさやかでいいよ」
 「わたくしも仁美、と呼んでくださって結構です」
 
 なんだこれは、ずいぶん好感度が高いわねと、ゲームのような事を思ってしまうほむら。
 そこに、
 
 「あの、ほむらちゃんも、マミさんと同じ魔法少女なんですよね。マミさん、アドバイスのおかげで助かったって言っていました」
 
 特大の爆弾が炸裂した。
 ふっ、とほむらの意識は白くなっていった。
 
 「きゃあっ、ほむらちゃん!」
 「ちょ、しっかりしてほむらっ!」
 「みんなで保健室へっ! 発作かも」
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらが気がつくと、保健室だった。よく知っている保険医の先生が、心配そうにこちらの顔をのぞき込んでいる。
 
 「大丈夫? 暁美さん。幸い心臓の発作じゃなかったけど、まだ無理は禁物よ。一時的な貧血みたいだったから、もう大丈夫だとは思うけど、くらくらしたりしない?」
 「……はい、大丈夫です」
 「もうすぐお昼だから、鹿目さん達にお礼を言うといいわよ」
 「はい」
 
 今度の返事は、微笑みと共にであった。
 
 
 
 四限目のチャイムが鳴って少ししたときに、ほむらは教室に着いた。
 教室に入るとクラスメイト達が寄ってくる。
 
 「あ、大丈夫でしたか暁美さん」
 「ごめんなさい、いろいろと」
 
 心配そうに言葉を掛けてくるクラスメイトに、ほむらは聞く。
 
 「あの……鹿目さん達は」
 「あ、彼女たちなら屋上で集まってご飯食べていると思うわ。最近先輩の方と仲良くなったとか言ってたし」
 「あ、巴先輩でしょ? あの人素敵なのよね」
 
 ほむらは頭痛がしてくるのを感じながら、すっと立ち上がった。
 弁当箱を取り出し、クラスメイトに礼をしてから教室を出る。
 屋上に向かいながら、今回はずいぶんと様相が変わっていると思い耽る事になった。
 
 
 
 屋上に着くと、そこではマミ、まどか、さやか、仁美の四人が仲良くお弁当を広げていた。
 するとこちらに気がついたマミが声を掛けてくる。
 
 「あ、暁美さん、もう大丈夫なの?」
 「ええ。もう平気よ。倒れたのも心臓が原因じゃないから安心して」
 「あ、よかった~」
 
 それを聞いてまどかが安心した声を出す。
 
 「さ、こちらへどうぞ」
 
 仁美が場所を空けてほむらを誘った。
 誘われるままにほむらは腰を下ろす。
 何となく柔らかい雰囲気のまま、それでも言葉だけは鋭くして、ほむらはマミに聞いた。
 
 「所でマミ、これはどういうことなの」
 「あら、あなたはこうなるって予想していたと思っていたけど、違ったの?」
 「いろいろと。だから最初から話が聞きたいわ」
 
 聞いた話はある意味頭が痛く、ある意味大変危険な綱渡りであった。
 なんと今回の世界では、まどか、さやか、仁美の三人が、既にシャルロッテに襲われていたというのだ。
 理由は不明だが、今回シャルロッテの出現が一週間近く早まっていたのだ。
 そのため、いつもなら今日の放課後にゲルトルートの結界と接触するのが魔法少女との初会合になる所が、まどか達が恭介のお見舞い中に結界発生、危うくそのままになる所だったというのだ。
 たまたままどか達の話を聞いてマミが様子を見ていなかったら、間違いなく間に合わなかったという。
 そしてまどか達はキュゥべえとも接触。これは後でキュゥべえからほむらが聞いたことも含むのだが、キュゥべえはほむらとの約束があるため二人をそれほど積極的には勧誘しなかった。が、まどかとさやかに魔法少女の素質がある事は告げたという。後、もしマミが間に合わないときは契約を勧めるつもりだったとも。
 そしてまどかもさやかも契約に乗り気になっていた。仁美や恭介がいたせいもあるかもしれない。
 実際さやかは恭介の怪我を治せるのか聞いていたという。
 そしてそんな二人の様子を見て、マミにはほむらの危惧が判った。
 特にさやかと恭介の関係の危うさに。
 そのため、マミはまどかとさやかだけではなく、仁美と恭介にも魔法少女となる事の重さを教えたという。ほむらの事はその話の流れで隠せなくなってしまったのだとか。
 幸いシャルロッテは、マミが一旦ひどい怪我を負わされたものの撃退できたという。
 
 「再生の魔法と、弱点の事を教えてもらっていたおかげよ」
 
 マミは真顔でほむらに礼を言う。
 
 「実際、鹿目さんのお弁当に、チーズカツが残っていなかったら倒しきれなかったかもしれなかったわ」
 「なんかやたらにまどかばっかり狙っていたから、あの化け物」
 「わたくしは才能がないせいか、今でも夢を見ていた気がするのですけど、命をマミさんに救われたのは確かです」
 
 まどか達も口々に言う。
 
 「その辺の事って、ほむらちゃんがマミさんに教えてくれていたんでしょ? だとしたらほむらちゃんもあたし達の命の恩人だよ」
 「そうそう。おまけにクールかと思えばちょっとドジな所もあるし、冷たいかと思えば可愛いし。ギャップ萌え?」
 
 最後のさやかの言葉を聞いて、ほむらはようやくなんで休み時間の人が倍増したのかに思い至った。
 多分、外から見ると、恥ずかしがって下を向いていた自分は可愛かったのだ。
 内心げんなりすると同時に、何故か血がほおに集まってしまっていた。
 
 「あら、ほむらさん、真っ赤ですわ」
 「う……これはくる。萌える」
 
 仁美とさやかにからかわれ、ほむらの調子はますます狂うのであった。
 
 
 
 そして放課後。
 まどか達五人は、ショッピングモール内のバーガーショップで、かしましくもお茶会をしていた。
 まどか達三人が、もう少し詳しく魔法少女の事を聞きたいといったのだ。
 ちなみにキュゥべえもちゃっかり参加していたりする。
 
 「でも残念ですわ。何故私にはキュゥべえちゃんが見えないのでしょうか」
 
 仁美が少しわざとらしい態度でいう。
 
 「その方がいいわよ。魔法少女になるというのは、一見かっこよさそうに見えても、その実体は命を売り渡す悪魔の契約と同じなのだから。そんなものに縋るのは、どうしようもない馬鹿か、それだけの願い、祈りを抱えている人だけよ。そしてそういう人は、たいていが悲惨な目にあっていたりするものなのよ。私然り、マミだってそう」
 『ちなみに仁美の場合は、環境が満ち足りていてエントロピーを覆すほどの祈りを潜在的にも持っていないからだね。実際の所、単なる才能だけなら、君たち思春期の少女はほとんどが魔法少女になる事は可能な潜在能力を持っているものなんだ』
 「ってキュゥべえが言ってるよ、仁美ちゃん」
 
 まどかが通訳をする。
 
 『だから仁美の場合、環境に何か変化があって、強い思いを抱いたら、その時はぼくが見えるようになるかもしれないね。ただ、そういう場合、起きているのはたいていが悲劇だから、ぼくとしてもそんな事は望まない方がいいと思うよ』
 「だって」
 「そうですの……私の場合だと、会社が倒産するとか、そう言う事になるわけですね」
 『そうだよ。そういう環境の激変が原因で僕たちの存在を感じ取れるようになる少女はそれなりに存在するし』
 「でも、もし私がキュゥべえの存在を見えるようになったとしたら、おそらくは原因なんかほっぽり出して恭介さんの回復を願ってしまいそうですわ」
 
 そういう仁美の事を、さやかが複雑そうな目で見つめていた。
 
 「さやか」
 
 それを見たほむらは、少しちょっかいを掛けてみる事にする。
 
 「私の事は、どのくらいマミから聞いているの?」
 「たいした事は聞いていないけど、ある意味新人でありながら新人じゃない、ちょっと不思議な人だって」
 「そう……信じてもらえなくてもいいけど、私には並行世界の記憶があるわ」
 
 マミに説明するときに使った嘘を、ここでも引っ張り出す。
 実際、ループをごまかすに当たって、この理屈は大変に使い心地がよかった。ちえみに起こった現象がなければ、こんな便利な言い訳は思いつきもしなかっただろう。
 
 「ああ、あの別の結果を辿った世界の記憶って言うやつ?」
 「そう。世界の可能性を調べているみたいな、いろんな結果を迎えた世界の記憶。その中には、あなたの未来に関わる記憶もあったわ」
 「それって、要するに悪い意味じゃないカンニング……じゃない、えっと……そう、攻略本! ゲームの解説本見ているような感じ?」
 「それ、うまいたとえね」
 
 ほむらも思わず感心していた。確かに言い得て妙な例えだ。ちえみの魔女の記録と合わせると、ほむらのループによる知識は、まさに人生の攻略本とも言える。
 
 「その攻略本を読んだ魔法少女から言わせてもらうと、さやか、あなたが彼の腕を治す事を願うと、たいてい悲劇が待っているわ」
 「え、どうして?」
 
 それを聞いたまどかが悲しそうな声で言う。
 そしてほむらは、話の流れがいい方向に向かったのを感じた。
 
 「他人のための願いは、裏切られやすいのよ。魔女の脅威からみんなを守りたい、誰かを助けてあげたい。そういう願いはね、一見すばらしく聞こえるけど、それは同時にものすごく無責任な願いでもあるのよ」
 「むせき、にん?」
 
 不思議そうなまどかに、ほむらは説明を続ける。
 
 「そう。どんな人だって、人生を決めるのは自分。他人のための願いというのは、その相手の意思を無視して自分の願望を押しつける事でもあるわ。そして同時に、どんな願いにも付いてくる、願いの結果に対する責任を、自分では一切取らない、そういう事でもあるの」
 「う~、なんだか難しくてよくわかんないよ、ほむらちゃん」
 「わからないうちは魔法少女になろうなんて思わない事ね。死ぬわよ」
 
 そこはきっぱりと言うほむら。
 
 「難しい事かもしれないけど、暁美さんの言う事は正しいわ、鹿目さん」
 
 マミもほむらの意見に同意する。
 
 「そして恭介君の怪我に関してだけど、さやか」
 「なに?」
 
 言葉は軽いものの、まなざしは真剣にほむらを見つめるさやか。
 
 「もし仮に恭介君の腕をあなたが願いで治したとして、それで彼からどうされたいの? あなたは彼から感謝してもらいたいの? それともそのまま彼が名声を取り戻した上であなたなんか忘れて誰かと結婚したりしても後悔しないの?」
 「ちょっとそれひどいよほむらちゃん!」
 
 切りつけるようなほむらの言葉に、むしろまどかの方が反発した。
 
 「いいえ、まどか。これは大事な事なのよ。他人のための願いっていうのは、そういうものなの。見返りを求める気があるのか、無いのか。殉教者のような無私の心なのか、それなりの利益を計算しての事なのか。
 そういうある意味下世話な、自分がどう思っているのかという事をきっちりと把握していないと、いつの間にか自分の心の中にずれが生じてくるわ。
 そしてそうやってずれた心は、必ず悲惨な事を巻き起こす。整備不良の車で高速道路を走るような行為なのよ、それは」
 「でも……」
 「いいんだよ、まどか」
 
 まだ何か言いたげだったまどかを、さやかが止めた。
 
 「ねえほむら、あんた、私がそれを願っちゃ駄目とは言ってないんだよね」
 「そうよ。その願いに対して、自分がどう感じているのか、それをごまかし無しに自覚しなければ、あなたは壊れるわ」
 「……私にも、少しわかる気がいたしますわ」
 
 さやかに寄り添うように、仁美が言った。
 
 「私はこう見えても結構利己的な女ですから、もし仮に私が魔法少女になれたとしたら、多分私は上条君の腕を治すと同時に、そこにつけ込むと思いますもの」
 「仁美!」
 
 さすがにその言葉にさやかが驚く。
 
 「幸い、上条君も魔法少女の事を今回の事で知っていますし。うまく恩を着せて、彼の事を振り向かせるくらいはしてしまいますわね」
 「ちょっと仁美! いくら何でも冗談だよね!」
 
 叫ぶような声で言ってしまい、思わずまわり中の注目を集めてしまうさやか。
 そして仁美は、
 
 「もちろん冗談ですわ」
 
 と平然とした顔で言った。思わずこけるさやか。
 
 「全く……仁美もきついんだから」
 「でも全てが冗談ではないのですよ、さやかさん」
 
 一転して仁美の顔は真顔になっていた。
 
 「魔法少女になる願いで彼の腕を治すというのは、つまりはそういう事ですの。あなた、それをわかっていまして?」
 「え……」
 
 凍りつくさやか。
 
 「……やはり、わかっていませんでしたのね。ほむらさんが忠告してくれたのは、要するにはそういう事ですのよ」
 「仁美……」
 
 その時、仁美は何かに気がついたように壁の方を見つめ、携帯を取りだして何かを確認した。
 
 「いけませんわ、時間になってしまいました。皆さん、お先に失礼いたします」




 
 仁美が去った後の場は、微妙な沈黙に包まれていた。
 
 「マミ、この後少しいいかしら」
 「いいけど、何か?」
 「ちょっと大事な話があるの。まどか、さやか」
 
 そこでほむらはまどか達の方をじっと見つめる。
 先ほどの雰囲気もあり、思わず腰を引くまどか。
 
 「仁美に感謝しなさい。そして……よく考えるのね。ここを間違えた魔法少女の末路は、文字通り救いようがないわ」
 そしてほむらはマミを連れてその場を立ち去った。
 
 残されたまどかとさやかは、なにも言えずに、じっとその場に座ったままだった。
 
 
 
 
 
 
 ちなみにゲルトルートは、逃げる間もなく、ほむらの八つ当たりで粉砕された。
 



[27882] 真・第18話 「それが私の名前」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/12 01:27
 「ところで、相談事って?」
 「……あなたにしか倒せない魔女がいるのよ」
 
 マミは少しとまどっていた。
 ほむらはマミを連れてバーガーショップを出た後、近くの魔力を調べながら未使用区画の方へと歩いて行った。
 まるで魔女がいるのを確信しているかのように。
 ひょっとしたら、例の並行世界記憶で、ここに魔女がいるのを知っているのかもしれない。そう思って聞いてみたらその通りだった。
 
 「過去はまどか達も一緒だったから逃がしてしまっていたし」
 「……ひょっとして彼女たちにきつい事をいったのは」
 「何故かわりとよくここで巻き込まれていたのもあるわ。それが半分」
 「後の半分は?」
 「言った事そのままよ。あの二人には出来るなら魔法少女にはなって欲しくはないの。さやかは私が知る歴史の中で、魔法少女になって真っ当な終わりを迎えた事がほとんどないし、まどかは最後はワルプルギスの夜と戦って終わる事ばかり。せめて一度でも普通の少女として終わる所がわかればいいんだけど」
 「……難儀ね、それ」
 「さやかはまだそういう普通の終わりもあるのよ、魔法少女にさえならなければ。でもまどかに至っては最後はどうしても魔法少女になって終わるわ……ああ、一度だけ例外があったわね」
 
 例外という割には、ほむらの顔は苦虫をまとめて百匹ぐらいかみつぶしたようなひどさだった。
 
 「あまりいい例外というわけでもなさそうね、その様子じゃ」
 「ええ。魔法少女になる前に殺されたんですもの、その時間軸では」
 
 さすがにマミも黙り込んだ。
 ただ、一つだけわかった事があった。
 暁美ほむらにとって、鹿目まどかは大切な人物なのだ。たとえそれが、引き継いだ記憶によるものでも。
 でも少し気になったので、マミはちょっといたずらをしてみる事にした。
 
 「ねえ暁美さん」
 「何かしら」
 
 声音に含まれたどこかいやな響きを感じたのか、ほむらの声も少し固い。
 
 「ずいぶん鹿目さんの事を気に掛けているみたいだけど、ひょっとしてあなた、記憶だけでなく、それに伴う気持ちまで引き継いでいるの? 本来ならたとえ記憶を引き継いだとしても、鹿目さん達とは初対面に近いはずよ。あなたは」
 
 ほむらは固まってしまった。
 
 「……その辺はちょっと複雑な事情があるわ」
 「いいのよ、今のはちょっとからかっただけ」
 
 マミは優雅に微笑みつついう。
 
 「でも一つだけわかったわ。暁美さん、あなたが並行世界の記憶を引き継いでいるっていうの、嘘ね」
 「……」
 
 無言のまま、研ぎ澄まされた意識がほむらからマミにぶつけられる。
 それは殺気と言うには温く、かといって敵意というには強すぎる、微妙な気であった。
 だかマミは動じるどころか涼風のようにその気を受け止めていた。
 
 「でも、同時に判ったわ。あなたにとって鹿目さんは、今でない時間でも大切な人だったのね。そしてこれはうぬぼれかもしれないけど、私や美樹さんも、多分」
 
 殺気は、霧散した。
 
 「あなたが話そうとしない限りは、もうこれ以上突っ込んだ話はしないと約束するわ。する必要もないと思うし……本当にいたのね」
 
 マミは、すぐそこに魔女の結界があるのを感じ取っていた。もちろん、ほむらも。
 そしてほむらは。
 
 「このマーク……間違いなくゲルトルートね」
 
 そう呟いた瞬間、その姿が消える。
 むしゃくしゃしていたほむらは、何か面倒くさくなり、時間を止めて一気にゲルトルートの結界中央へと走り抜ける。
 元々この魔女の結界の構造は熟知している。時間を止めた事が無駄にならないほどの手際よさで、ほむらはゲルトルートを奇襲する。
 こいつには弾薬を使う事すら勿体ない。薔薇を愛し、薔薇と共に生きる彼女には、薔薇を枯死させる農薬系の薬物がことのほかよく効く。
 
 ぼろぼろにしたところで、焼却用のナパームをぶち込み、仕上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 あっさりと魔女を倒してきたほむらに感心すると同時に、何故わざわざ自分に声を掛けて来たのかをマミが質問すると、冒頭の答えが返ってきた。
 
 「私だけにしか倒せない魔女?」
 「ちえみの分析で判ったのだけれど、わずかな犯罪歴も許されない、きれいな魔法少女じゃないと倒せないの、その魔女は。私にしろ佐倉杏子にしろ、純粋にきれいとは言えない身だから」
 「……何となくだけど判った気がするわ。幸い、今の見滝原では危険な噂は流れていないし、話からすると滝の上あたりかしら」
 「よくわかったわね。まだそこまで話していないのに」
 「佐倉杏子の名前が出れば見当が付くわ。あちらは今いい噂は聞かないし」
 「詳しくはここじゃ無理ね。あ、噂といえば」
 
 ほむらは、「白巫女」の話をマミにしてみた。
 
 「そういえば聞いた事があるわ。魔法少女の、というのではないけど、白女……あ、失礼、白滝女学院の近くに、変わった占いの先生がいるって」
 「占いの先生?」
 「ええ。しかもちょっと変わった事に、本当に困った悩みを抱えていないと、そこにはたどり着けないとか。伝わる話では、きれいな白亜の建物らしいのに。目の前にくるとなんで判らなかったんだろうって思うらしいですけど」
 「きな臭いわね……」
 「私はそういう力を持っている魔法少女なんじゃないかとは思いますけど。でも何か?」
 「ちょっと気になる事があって。出来れば一度調査してみたいと思っているわ」
 
 マミはそこに少し違和感を感じた。それを言葉にしてみる。
 
 「あの、何か大事な用事でも抱えてるのかしら」
 
 問われてとまどうほむら。
 
 「別にそんな用はないけど……何故?」
 「いえ、あなたならもっと積極的に動くのではないかと思ったのよ、人任せにせずに」
 
 いわれてみてほむらもそう問われる理由に思い当たった。
 まどかの事をそれほど気に掛けていない以上、もっと軽く動いた方がいい。
 だが、いつの間にか自分は、複数の人間で動く事を前提にしていた。
 理由はやはりちえみが一番大きいだろう。ふと自分の中で、ちえみの存在がずいぶん大きくなっているのをほむらは感じた。
 まどかに対する思いが減ったわけではない。純粋にちえみに対する気持ちが育っているのだ。
 そしてほむらは答えた。
 
 「多分……一人で動く事に限界を感じたのね、私は」
 
 マミはその言葉が、ずいぶんと重みを持っているのを感じた。
 それは、たくさんの『経験』を積まないと出てこない言葉。そう、感じた。
 そして何となく、暁美ほむらという人間が見えた気がした。
 
 (記憶の継承というのは、やっぱり嘘ね……多分暁美さんは、継承ではなく、『体験』している……記憶しているという並行世界を、ただ見たのではなく、実際に。
 イメージからすると、並行世界への移動というより……時間遡行、かしら。確証はないけど、彼女はこの世界を、きっと何度も繰り返し体験している……そんな気がするわ)
 
 そう考えると、いろいろな事が腑に落ちる。
 
 (だとすると、鍵になるのは多分鹿目さんね。暁美さんは彼女だけは助けられないといっている。そう、彼女だけ。彼女の話からすると、他の知り合いや友達は、救われている場合もあるみたいだけれど、鹿目さんだけは毎回非業の死を遂げているっぽいようだし。
 ……そして多分、私のパートナーだという魔法少女だったのも、多分鹿目さんね。それが一番私にしてもしっくり来るし。でも魔法少女になれば、待っているのは確実な死の未来……暁美さんとしては魔法少女になって欲しくないのも道理だわ)
 
 恐ろしい事に、マミの推理はほとんど正鵠を射ていた。
 そしてほむらはそんなふうに思われている事には気づかず、先の質問の返答を求める。
 
 「そんな魔女は放置できないわね。私にしか倒せなさそうなら、当然行くわ」
 
 マミは当然のように、そう答えた。
 
 
 
 
 
 
 
 さやかとまどかは、少し意気消沈したまま、互いの家路を辿っていた。
 もう少し先で、二人の道は分かれる。だが、お互い、何となくまだ別れたくない気分になっていた。
 といっても時間をつぶせそうなスポットは、角のコンビニくらいしかない。
 そして二人は、どちらとも無くコンビニに寄っていこうと言い出した。
 
 
 
 ……それが今回のループにおける、大きな分岐点となった。
 
 
 
 コンビニは意外と混んでいた。見滝原中を初めとする、近くの学校の制服が入り乱れている。
 どうやら部活動組の帰宅と重なったらしい。
 さやかとまどかは、単に時間をつぶしたかっただけなので、少し雑誌を眺めたりしていた。
 と、その時。
 ちゃりんというお金の落ちる音が、連続して聞こえてきた。
 まどかがそちらを見ると、レジ前で誰かがお金を落としてしまったようだ。
 落とし主はお金を拾おうとしていたが、どうにもその動きがどんくさいというかトロい。
 
 「とっととしろよなー」
 「後ろつかえているので早くお願いします」
 
 心ない声も聞こえている。
 そんな冷たい世間を象徴するような出来事に、まどかとさやかは、若者らしく反発した。
 魔法少女にあこがれたのに、それを冷たく否定されたように感じていたのもあったのかもしれない。
 くすぶっていた『何かをしたい』という思いが、心の中の勇気を、ほんの少し後押ししたのかもしれない。
 まどかはその時、落とし主がお金を拾うのを、ごく当然のように手伝っていた。
 そしてまどかが動けば、さやかも動く。
 二人は拾い集めたお金を、落とし主に手渡した。
 
 「これで全部ですか?」
 「多分もう無いと思うけど」
 
 二人から差し出されたお金を見て、少しびっくりしている落とし主。
 この時まどかとさやかは、相手が自分たちと同じ見滝原中学の制服を着ている女性である事に気がついた。
 幾分自分たちより大人っぽい雰囲気からすると、多分上級生だろう。
 
 そしてその上級生は、びっくりしつつも差し出されたお金を確認し、小さく頷いた。
 どうやら人見知りするタイプらしい。
 
 そしてまどかとさやかは、名も知らぬ先輩に小さく礼をすると、また店の奥へと向かった。
 そのままジュースの缶を一つずつ取り、列の後ろに並ぶ。
 二人が会計を済ませて店を出ると、先ほどの先輩が店の前にいた。
 あれっと思っていると、その先輩は、少し小さな聞き取りにくい声で、しかしはっきりといった。
 
 「……ありがとう」
 「あ、いえ」
 「気にしない気にしない、困ったときはお互い様。あ、ごめんなさい、三年の方ですよね。あたしったらえらそうに」
 
 まどかとさやかの様子に、またきょとんとなってしまう先輩。
 そして視線を外すと、下を向いたまま、やはりぼそっと先輩は言った。
 
 「……気にしなくて、いい」
 「でも先輩は先輩ですから。調子こいてすみません」
 
 軽く頭を下げるさやか。
 
 「さやかちゃんったら。そろそろ行かないと」
 「そうだね、まどか。そろそろ帰らないとまずいか」
 
 実際思ったより時間が経っていた事に気がついて、帰ろうとする二人。
 その時、先輩の口から言葉が漏れた。
 二人のフレンドリーな様子が誘った、彼女の言葉。
 それが第二の分岐点になる。
 
 「……キリカ」
 「え?」
 
 それを聞いて、まどかの足が止まる。
 
 「呉、キリカ。それが私の名前。あなたたちの名前を聞くだけなのは、なんか違う気がしたから」
 
 そして因果は結ばれる。
 
 「何かこういうのっていいですね……私、鹿目まどかっていいます。2年です」
 「あたしは美樹さやか。まどかの友達やってます。いわゆるマブダチ?」
 「こういうのはきっと、袖すりあうも他生の縁、っていうんでしょうね」
 
 そういって微笑むまどか。それにつられたかのように、さやかも笑う。
 そして、呉キリカも、自分でも忘れていたくらい久しぶりに、自然に微笑む事が出来ていたのだった。
 
 
 
 二人は実際に時間がなかったのか、二手に分かれて早足で帰っていった。
 それを見送る形になったキリカは、自分の心が温かくなっているのを感じた。
 二人は同じ中学の2年だという。
 明日は、学校に行ってみようか。
 何故かキリカは、そんな気持ちになった。
 
 
 
 
 
 
 
 ……かくして運命は書き換わる。
 
 この出会いは、どのような運命を紡ぐのか。
 
 それはまだ、誰も知らない。



[27882] 真・第19話 「なんであなたが魔法少女なんですか」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/17 16:20
 *07/13 指摘があったため少し手直ししました。



 「ここが結界の入り口?」
 「そう。私も付いていきたいけど、例の事情だから」
 「だから私がサポートします。と言ってもただの道案内になると思いますけど」
 
 ほむら、マミ、ちえみの三人は、断罪の魔女、ヘラの結界の入り口に立っていた。
 話をした日から数日後、ちえみの折り合いが付いた日に三人で滝の上町にやってきたのだ。
 マミは滝の上にはそれほど詳しくないし、ほむらや杏子はヘラの結界に近づくだけでも実はかなり危ない。
 円の中に戯画化されたギロチンを描いたヘラの紋章は、もしほむらが触れればそれで終わりかねないものだ。
 
 「よろしく頼むわ、マミ」
 「任されましたわ、暁美さん。じゃ、添田さん、よろしくね」
 「はい、マミさん」
 
 そしてマミとちえみは、ヘラの結界の中に消える。
 侵入者があったというのに、結界は静かなままだった。
 
 そこに現れる、白い影。
 
 「緊急事態だよ、暁美ほむら」
 「……なにがあったの、キュゥべえ」
 
 声音はいつもと変わらぬまま、キュゥべえは言葉を続けた。
 
 「鹿目まどかと美樹さやかが、魔女の結界に捕まった。君との約束は出来るだけ遵守するけど、命を守るために契約を結ぶ事になるかもしれない」
 「場所は」
 「残念だけど、君が時間停止を駆使しても間に合わない。正確に言うと、時間を停止したままそこまで君が走っていっても、たぶん君の魔力が尽きる」
 
 ほむらの時間に関する能力には一つの枷がある。それがほむらの盾に付属する砂時計。
 これがほむらの持つ『時間』を表している。ほむらのはこの砂を止めることによって、時間を停止できるのだ。だが、それにはほむらの主観時間に比例した魔力を必要とする。そしてこの砂が落ちきると、ほむらの能力は時間停止から時間遡行へと切り替わる。
 時間停止は強力な力だが、単独では役に立たない力でもある。
 おまけに主観時間に比例して魔力を消費するため、大変効率が悪い。
 そのため普段は瞬間的にしか使えない能力なのだ。
 長距離の移動のために時間を止めようとすれば、大変な負担になる。かつてさやかのソウルジェムを追ったときのように。
 ましてや今度はあの時以上の長距離だ。たとえたどり着けても、そんな事をしたらほむらに戦闘能力はほぼ残らない。

 そしてほむらはまた一つ学習した。
 
 キュゥべえにその意志がなくても、世界はまどかに契約を迫る。
 まどかが完全に折れない限り、まどかの前には常に魔法少女への誘惑がぶら下がっている。
 なぜならそれは、まどか自身が望むから。
 
 「ちえみ達には悪いけど、向かうだけは向かうわ」
 「連絡はぼくがしておくよ。間に合わなくても急いで」
 
 去っていくほむらを見送りながら、キュゥべえはつぶやいた。
 
 「ぼくには理解出来ない不合理だけど、だからこその魔法少女なんだよね」
 
 
 
 
 
 
 
 その日、さやかとまどかはまた二人で下校していた。ほむらはちえみ及びマミと、『マミにしか倒せない魔女』を倒すために出張中だ。
 仁美は習い事のため今日は早帰り。恭介のお見舞いも今日は都合が悪い。
 リハビリの予定なのだ。
 
 そして二人は、公園で一休みをしていた。
 
 「でも仁美、何であんなことをいったんだろう」
 「お昼の事?」
 「そう。もし願いを掛けるならこうしろって。まどか、意味わかった?」
 「うーん、微妙、かな?」
 「だよね。なんで直接治してくれっていっちゃ駄目なんだろう」
 
 ――さやかさん、もしあなたがどうしても上条君の手を治したいと思うのでしたら。
 
 昼休み、いつもの五人でお弁当を広げていたとき、仁美はさやかにそう言ったのだ。
 
 ――決して直接奇跡のように治してもらうよう願っては駄目ですわ。
 
 と。
 そして仁美は、その理由を説明したくれた。
 
 ――奇跡を願うという事は、それにつけ込むという事ですわ。この間私が言ったように、上条君に奇跡の対価を求めているという事ですの。でもさやかさんは本心はどうあれ、それをよしとする人ではありませんよね。
 
 「仁美ちゃん……多分、自分に素質があったらって、そう思っていっぱい考えたんだよね、きっと」
 「うん……私もそうなんじゃないかなって思う。たぶん――仁美、恭介が好きなんだよね。この間のあれのとき、そうなったのかも」
 
 病院が結界に取り込まれ、パニックが広がる数分の間、恭介は動かない手で、それでもさやかと仁美、そしてまどかを守ろうとしたのだ。『ぼくは男だ』という、ただそれだけの理由で。
 近寄ってきた使い魔に、近くにおいてあった椅子を振りかざして立ち向かおうとした恭介。
 実際はすぐにマミが助けに来てくれたため、その決意は空振りに終わったのだが。
 そしてマミに守られながら、結界を脱出しようとしたものの、着いたのは中央部。
 こうなった以上は倒してしまって結界を解除した方が早いと、マミはシャルロットと対峙した。
 何故かシャルロッテは脱皮をした後まどかにばかり襲いかかり、マミはそこに割って入りつつカウンターを当てるという戦略を余儀なくされた。
 それでも何とか削っていたが、遂に支えきれなくなってマミは危うく喰われそうになる。
 だがほむらの助言を聞いていたのが幸いし、身を捻ってソウルジェムを死守。腕を食いちぎられる事になる。
 それを再生術式によって埋めたマミは、そこでシャルロットのもう一つの特徴を思い出す。
 まどかが狙われたのは、残っていたおかずのチーズカツにシャルロッテが引かれたせいであった。
 理由さえわかってしまえばこっちのものである。
 チーズカツを囮に、脱皮でも追いつかない飽和攻撃によって、マミはシャルロットを仕留めたのだ。
 
 「こう言うのもあれだけど、あの時の恭介君、かっこよかったもんね」
 「仁美じゃなくてもあれは惚れるよ、うん」
 「だからかな、あんなこと考えついたの」
 
 ――もしどうしても上条君の腕を治したいのなら、そしてそれにつけ込んででも彼を自分のものにしたいとは思いたくないのなら、こういうふうに願いを掛けるといいですわ。
 
 「あれ聞いたとき、あたし『負けたなあ』って思っちゃったよ」
 
 ――上条君の、彼の腕を治せる画期的な治療法が発見もしくは発明されて、その被験者に彼が選ばれますように、っていうふうに。これならば彼は負い目を追う必要ありませんし、それに上条君だけでなく、同種の障害を負った人にも魔法による救いが届く事になりますわ。
 費用の事とかはあるかもしれませんけど、それはまた別の問題ですので、あなたが悩むものではありませんし。
 
 「ここだけの話だけどさあ」
 
 さやかは大事な事をまどかに告げる決意をした。
 
 「あたし、恭介の事、好きなんだよね、たぶん」
 「あ、やっぱり?」
 
 どっちかというと鈍いまどかにもバレバレであった。
 
 「うへ、まどかでも判っちゃうのか、やっぱり」
 「私だって女の子だよ。そのくらい判るよ。たぶん、気がついてないの、恭介君本人だけじゃないかな」
 
 まどかの意見を聞いて頭を抱えるさやか。
 
 「あちゃあ、まどかもそうおもう?」
 「うん」
 
 頷くまどかを見て落ち込むさやか。
 
 「こんなの言うと卑怯かもしれないけれど、恭介とは昔っから仲良かったからさ、なんというか、自然にそうなるんじゃないかな、なんて思ったのよね」
 「うんうん」
 
 さらに頷くまどか。
 
 「でもさ、恭介が怪我して、仁美も近づいてきて、この間の事もあって、その間恭介を見てたらさ、なんか不安になって来ちゃったんだよね」
 
 少し涙ぐむさやか。
 
 「あいつ、ひょっとしたら……あたしの事、女だと思ってないんじゃないかって」
 「……どうして?」
 「恭介、真っ先に仁美をかばった。次にまどか、あたしは最後。ある意味あたしを信頼してくれてはいると思うんだけど、それでもなんか違う気がした」
 
 さやかはシャルロッテに襲われた時の恭介の態度を見て、それまでぼんやりとしか感じていなかった事が、急速に重い意味を持ち始めたのを敏感に感じ取っていた。
 
 「あいつにとって、あたしはきっと、『友人』なんだ。少なくとも、恋とか、ちょっとどぎついけど、エッチな事とかをあたしに求めてない気がする。ううん、むしろ遠ざけようとしてる気がする」
 「さやかちゃん……」
 「魔法少女の事は置いておいても、私も恭介に告白しないといけない気がする。ううん、むしろ仁美のために、かな……。
 私が好きだっていってくれたら、仁美には悪いけど絶対渡せない。でも、もし恭介にその気がないんだったら、私はきっぱり振られないと駄目。
 仁美って、あれで気を使うから、私がはっきりしなかったら、絶対自分の気持ちを抑え込んじゃうと思うから」
 
 少女達の恋バナは続く。だがそれゆえに、日の落ちる公園に迫る危険には気がつけなかった。
 
 
 
 最初それに気がついたのはまどかだった。
 
 「あれ? 仁美ちゃん? 噂してたから影が差しちゃったのかなあ」
 「でもなんでこんな方に来るんだ? あいつの家、方向違うだろ?」
 
 二人の知る限り、志筑仁美がこの公園にわざわざ来る用事があるとは思えない。
 それによく見ると、彼女だけではなかった。
 仁美を含め、どこか虚ろな目をした人達が、皆同じ方へと歩いて行く。
 その薄気味悪さが、何か気になった。
 
 「ね、さやかちゃん、なんか仁美ちゃんも他の人も、変じゃない?」
 「うん、なんか変……って、ひょっとして、魔女がなんかしてるんじゃ」
 「あ!」
 
 残念だったのは、この時間軸において、二人はマミの魔法少女体験ツアーを受けていなかった。それゆえに、魔女の口づけなどの基礎知識を習得していなかった。
 
 「とりあえず様子を見る。そして連絡を……って、マミさんもほむらも今出張中だった!」
 「あ、そういえば。マミさんだけにしか倒せない魔女を倒しに行くって……」
 「くっそう……こんなときに限って仁美まで……」
 
 それでも後をつけていく二人。やがて彼らは、町外れの廃工場へと足を踏み入れていった。
 明らかに様子が変だ。
 やがて彼らは、泣き言を言いながら、どこからかバケツとポリ容器に入ったトイレ用洗剤を持ち出してくる。
 それを見たまどかの顔色が変わった。
 
 「それだめっ! 混ぜたら死んじゃう!」
 
 つい先日、母から注意された事をまどかは思い出していた。
 トイレや風呂を洗うための洗剤には、混ぜると命に関わるものがあるという事を。
 塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜると、次亜塩素酸ナトリウムが分解されて猛毒の塩素ガスが発生する。これは呼吸器系に甚大な被害を与えるガスで、第一次世界大戦では化学兵器として使用されたものでもあったりする。
 
 「さやかちゃん、仁美ちゃんをお願いっ!」
 「こっちは任せてっ!」
 
 まどかはしょぼくれた中年男性から、バケツを奪い取って、そのまま窓へと投げつけた。
 ガラスの割れる音と共に、バケツは工場の外へと転がる。
 一方さやかは、何とか仁美を正気に返そうとしていた。
 
 「しっかりしろ仁美! 死ぬ気なの!」
 「いいえさやかさん、私たちは、これからすばらしい世界へと旅立つのですわ。そうですわ、さやかさん、まどかさんも誘って、一緒に旅立ちましょう!」
 「どうしちゃったのよ、仁美!」
 
 だが仁美はさやかの叫びに答えようともしない。
 そして二人が焦る中。
 
 
 
 世界が、書き換わった。
 
 
 
 歪む世界。自身の輪郭すら溶けた絵の具のように曖昧になる中、天使の翼が生えた木彫りのデッサン人形のような、小さくも奇怪な生物がまどか達にまとわりつく。
 
 「こ、これ!」
 「やっぱり魔女!」
 
 二人は焦るものの、どうしようもない。
 やがて周辺は輪を描くメリーゴーランドの描かれた筒のような世界へと変わり、その周辺を幾多ものテレビ画面が浮いていた。
 その中央にある。テレビのようなもの。
 それは奇怪な声を上げていた。そして二人にまとわりつく奇怪なモノ――使い魔は、曖昧になったまどか達を、ゴム人形か何かのように引っ張りはじめた。
 自分の体が、自分のものでないかのような変形をしていく。だがそれにも限界というモノがあるだろう。
 それを越えたら待っているのは……死。
 
 そんな中、さやかは絶叫する。
 
 「キュゥべえ! こうなったら契約してやるわよ! 顔出しなさい!」
 「さやかちゃん!」
 
 まどかは迷う。止めるべきなのか、それとも自分も踏み出すべきなのか。
 そして覚悟を決めた少女と迷う少女の前に、悪魔の使者は現れた。
 
 「二人とも、慌てる事はないよ」
 「キュゥべえ!」
 
 いつもと変わらぬ声音で、白いマスコットは姿を表した。
 そして、それと同時に。
 
 
 
 魔女の結界が、いきなり三筋に切り裂かれた。
 
 
 
 その破壊の線は、周辺の空間を蹂躙し、線と交わった使い魔をことごとく鏖殺した。
 その後姿は黒髪の少女。一瞬「ほむらちゃん?」と思ったまどかであったが、よく見ると服のデザインが違う。髪も短い。
 ほむらもまた黒をイメージさせる魔法少女であったが、今眼前に現れた魔法少女は、より黒い。
 そしてその手に持つのは銃ではなく、三枚の刃を組み合わせた鎌状の武器。それが一対。
 眼帯で右目を覆った黒の魔法少女は、手を隠すほどに長い袖をひらひらとさせながら、神速で魔女を縦横無尽に切り刻んだ。
 絶叫と共に落ちる魔女。そして開かれる結界。
 仁美や中年の男女達は、そのまま気絶していた。
 
 「助かりました……あの、あなたは」
 
 けほけほと咳き込みながらも、まどかは乱入してきた魔法少女に礼を言う。
 それに返ってきた答えは、少しまどかにとって意外なものだった。
 
 「なに、君たちに私は大きな恩を受けた。君たちが思うより遙かに深く、私は君たちに救われたのだよ。ならば私が恩を返すのは当然だろう?」
 
 そう言って顔を上げる魔法少女。まどかは彼女を見て思わず絶句してしまった。
 
 「嘘、なんであなたが魔法少女なんですか……キリカさん」
 「あ、ほんとにキリカ先輩だ……先輩も、魔法少女だったんですか?」
 
 その問いに対する答えは、驚くべきものだった。
 
 「いや、私は成り立てほやほやの魔法少女だよ」
 「そう、君たちの危機を見て、彼女は契約を申し出てくれたんだよ」
 
 キュゥべえがキリカの言葉を補足する。
 
 「そんな……キリカさんは、魔法少女になるって言うのが、どんなことか判っているんですか?」
 「その言い方からすると、何かやはり裏があるみたいだね、この契約には」
 
 初めて会ったときのおどおどしたキリカとは別人のようなはきはきした受け答えに、まどかは少し疑問を持つ。
 
 「どうして、平気なんですか? 不安にならないんですか?」
 「不安? 心を交わした友人を助けるのに、理屈がいるのかい? 私はそうは思わないね。後悔など、助かった友人を前に愚痴をこぼせばいい。目の前で友人が死ぬ事より遙かにましだ」
 「キリカ先輩、キャラ変わりすぎ」
 
 思わぬハイテンションにさやかがぼやくと、キリカは笑いながら言った。
 
 「無理もないと思うよ。何しろ私は、自分を変えたいって願ったらこうなっちゃったから」
 
 
 
 この日、こっそりまどかとさやかをストーキングしていたキリカの前に、うさぎとネズミを混ぜたような、可愛い生物が現れた。
 その謎生物は、キリカにまどか達の危機を教え、魔法少女への契約を持ちかけたのだ。
 キリカはそれを受けた。掛けた祈りは、
 
 「自分を変えたい。守られるだけじゃなく、守ってあげられる自分に」
 
 奇しくもそれは、同じ黒をイメージカラーに持つ、放浪者の魔法少女の願いに大変近いものであった。
 



[27882] 真・第20話 「もう引き返せない」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/24 05:14
 その光景を見たとき、ほむらの胸に浮かんだのは、激しい焦燥であった。
 あの黒い魔法少女が、ほむらの目前で魔女に転じたあの魔法少女が、まどかとさやかの至近にいる。
 それにまどかの危機に際して側にいられなかった、その思いもあったのか。
 ほむらは反射的に取り出した拳銃を黒の魔法少女に向けていた。
 
 その時、視界に映る、倒れた男女と仁美の姿。
 
 
 
 ここで二つの事がほむらに幸いした。
 一つ、ほむらはかつての時間軸における魔法少女襲撃事件に関わっていなかった事。
 二つ、キュゥべえとの和解が成立していた事。
 もしほむらが襲撃事件の事を知っていたら、彼女の引き金は止まらなかった。
 時に味方のように振る舞うのがその手口だと知っていたならば。
 そしてキュゥべえと和解していなかったら、その助言を素直に聞けたかどうか。
 
 
 
 『危なかったね。彼女が二人を助けてくれたよ』
 
 タイミングよく滑り込んだキュゥべえの言葉に、状況判断をする冷静さがほむらに戻り、惨劇は阻止された。
 もしここでその手が止まらなかったなら、全てが終わっていた可能性すら有ったのだ。
 
 
 
 「まどか、大丈夫?」
 
 息を整え、まどかとさやか、そしてキリカの立つ所に現れるほむら。
 
 「あ、ほむらちゃん! 今日出かけてたんじゃなかったの?」
 「急いで、戻ってきた……遅かったみたいだけど」
 「危なかったね。私がいなかったらどうなっていたか。まあ私も、実のところはあんまり自慢できる話でもないんだけど」
 
 その言葉に少し面食らうほむら。何しろほむらはキリカの事を名前しか知らないと言ってもいい。あの事件においてほむらとキリカの接点は、最終局面において、織莉子の隣にいた、ただそれだけでしかないのだから。
 そして彼女は、その場で魔女になってしまったのだ。
 
 「あなたがまどか達を助けてくれたのね」
 「恩には恩で報いる。当然の事だよ」
 
 至極真っ当な事をいわれてほむらは意外に思う。彼女の事はあの忌々しい予知の魔法少女とは切り離して考えた方が良さそうだ、そう、ほむらは考えた。
 それでも確認はしないといけない。油断無く相手の挙動を見定めながら、ほむらは言葉を口にする。
 
 「ただ、一つだけ、確認しないといけない事があるわ」
 「ん? 私は君になにかした事があったかな?」
 
 隠しようもない敵意をほむらから感じて、キリカはまどか達をかばうような位置取りに移動する。その何気ない行動がほむらをいらつかせるが、それを無理矢理押しつぶしてほむらは禁断の名前を形にする。
 
 「あなた、織莉子、と言う人を知っている?」
 「おりこ? だれ、それ」
 
 どう見ても演技とは思えないその様子に、ほむらは肩の力を抜いた。同時に霧散する敵意に、キリカだけでなく、まどかやさやかもとまどった様子を見せる。
 
 「ねえ、ほむらちゃん、一体どうしたの?」
 「そうそう。なんでそんなに緊張してたのさ」
 
 二人の言葉で、完全にほむらの焦りが消えた。
 息を整え、改めてキリカ達に向き直るほむら。
 そして深々とキリカに対して頭を下げた。
 
 「お礼が遅れてごめんなさい。まどか、と、さやかを助けてくれて、ありがとう」
 「むっ、今なんかあたしの名前が遅れたような」
 「気のせいよ」
 
 鋭いさやかのツッコミを何とか切り返した事で、ようやくほむらはいつもの調子に戻るのであった。
 
 
 
 変身を解き、おじさん達には悪いと思いつつも仁美だけを抱えてその場から離れる四人。
 公園の一角まで戻ってきた所で、仁美が目を覚ました。
 
 「あら、ここは……」
 「仁美ちゃん!」「よかったあ~」
 
 目が覚めた瞬間抱きつかれて困惑する仁美。
 
 「お、落ち着いてください。なにがあったのですか?」
 
 どうにか二人をなだめた仁美の問いに、ほむらが答える。
 
 「あなたは魔女にとらわれて、危うく死ぬ所だったのよ」
 「魔女に……あなたが助けてくれたの?」
 「いいえ。私は駆けつけたけど間に合わなかった。助けてくれたのは、彼女」
 「私は呉キリカ。君は恩人達の友達かな?」
 
 恩人、と言うのが誰の事か判らなかったが、続く言葉から、それがまどか達の事だと仁美は判断した。
 
 「恩人というのがよくわかりませんけど、まどかさんとさやかさんなら、私のお友達ですわ」
 「うん。ならよかった。恩を返せるというのは気持ちのいいものだ」
 
 そういうキリカの言動を見て、少し意外に思うほむら。
 どうやら自分が考えすぎていたようだと、改めて時間を繰り返す事の危険性に思い至る。
 先入観は、時に諸刃の刃となるのだ。
 あの時間では織莉子の刃として自分たちに敵対したキリカという魔法少女。だが、今の彼女は明らかに織莉子を知らない。
 あの時間軸で織莉子達が襲ってきたのはかなり後の時だったことを合わせて考えれば、今の彼女は織莉子と知り合う前の彼女だったという事だろう。
 決して同じになるとは限らない歴史の綾が、今回彼女を織莉子ではなく、まどか達と知り合わせた。そういう事なのだとほむらは結論する。
 
 ならば、自分の取るべき態度は。
 
 「ところで呉キリカ。あなたは、魔法少女というものを判っているのかしら」
 「全然。私にとってあの時必要だったのは、恩人達を助けられるかどうか、その一点だけだったから」
 
 やはり、とほむらは思い、傍らにいるキュゥべえを見つめる。
 キュゥべえはほむらにだけ通じるテレパシーで返事をしてきた。
 
 『まあ考えた通りだよ。君との約束があったからね。たまたま彼女が二人の後をつけていたから、彼女に契約を持ちかけたんだ』
 
 それを聞いてほむらは思わずキリカを睨み付けてしまう。
 
 「ん? 私が何か君にしたかな?」
 「ほむらちゃん、どうしたの、いきなり?」
 「呉キリカ、二人を助けてくれた事には感謝するわ」
 「ん? 何か意味深だな、その言い方は」
 「それでも確認しないといけない事が出来たわ。何故、あなたは二人の後をつけていたの?」
 
 思わぬ言葉に、当事者以外……まどか、さやか、そして仁美はきょとんとした顔になる。
 
 「まあそれはそうだけど、なんで君がそのことを?」
 「キュゥべえから聞いたわ。あなたが二人をつけていたって」
 「ああ、そのことか。それは……愛だよ」
 
 思わずこける一同。
 それはどう見てもストーカーの台詞だ。
 
 「いや実際、魔法少女として契約したからこうやって話も出来るけど、私は元々ネガティブな性格で、先日まどかとさやかに優しくされた事は、ものすごく私にとっては衝撃的だった。でも私は、改めてお礼をいう事も、挨拶をする事すら、とてもじゃないが出来なかった。
 また話がしたい、そう思ったのに踏ん切りが付かなくて、二人には失礼だけど、形として後をつけるような事になってしまった。そうしたらこれだ。何とかしたい、でもなんにもできない。そう思っていた所に、天からの使者は訪れた」
 
 どこがネガティブだ。
 ほむらは内心そう突っ込んでいた。
 仁美もだった。
 まあこれは、以前のキリカを見た事のない二人ではしかたのない事だっただろう。
 
 「話を聞けば、私には彼女たちを救う力があるというではないか。こんな私でも役に立てる。ならばもうためらう理由はなかった」
 
 その言葉が出たとき、二人の少女の瞳に影が差した。
 まどかと、ほむらに。
 特にまどかは、その瞬間、思わず下を向いてしまった。
 
 「ネガティブで、自分すら嫌っていた私は願った。変わりたい。守られるだけでなく、守れる自分になりたいと。そしてキュゥべえは、私の願いを叶えてくれたよ」
 
 今度はほむらがその瞬間歯を食いしばっていた。
 
 「まあ、うまい話には裏がある。恩人達の様子からすると、どうも魔法少女になるというのはいい事ばかりじゃないみたいだけど、そんなもの、恩人達を救えた事に比べたら些細なものだ。今の私には判る。踏み出せず、後悔ばかりしていたら、勝ち取れるものは何も無いとね」
 「あなた……」
 
 ほむらにとっては意外だった。いや、だからこそというべきなのか。
 あの織莉子は、あの戦いの時、抜け殻となったキリカの死体を守ったが故に敗北した。
 それを考えれば、あの二人の絆がどれほどのものか想像が付こうというものだ。
 そして今初めて納得した。魔女となった彼女が、それでも織莉子に従っていたわけを。
 そしてほむらは、彼女に聞いた。
 
 「もし、この先あなたに逃れられない死と絶望が待っていたとしても、あなたは後悔しない? 刹那の願望に身を任せた事を、己の命を売り渡した事を」
 「それがどうした。自分の命で恩人に報いる事が出来るのなら、安いものじゃないか」
 
 とどめの言葉だった。間違いない。彼女は、呉キリカは。
 
 (私の、鏡写しだ)
 
 ほむらは、そう思った。
 と、その時。
 
 
 
 ぴるるるるる、ぴるるるる……
 
 
 
 雰囲気をぶち壊しにする、携帯の着信音が鳴り響いた。
 鳴っていたのはほむらの携帯、掛けて来たのはちえみだった。
 
 《先輩、キュゥべえから聞きました。そちらは大丈夫ですか? こちらはマミさんがあっさり片付けてくれましたけど。とりあえず今急いで見滝原に向かっています。先輩はどこですか?》
 「私たちは東公園にいるわ。とりあえずまどか達は無事よ」
 《よかった~。東公園ですね。なら10分くらいでそちらに行けますけど》
 「それが少しいろいろ話す事が増えたの。マミはいる?」
 《はい。当然いますけど》
 「マミに聞いて。あなたの家、また借りられないかって」
 《はい……いいそうですけど》
 「ならマミの家の前で合流しましょう。紹介する人もいるから」
 《判りました》
 
 携帯を切ったほむらは、まどか達にいった。
 
 「ちえみからだったわ。後キリカさん、話したい事があるから、よかったらもう少しつきあっていただけないかしら」
 「別に私はかまわないぞ。恩人達も来るのか?」
 
 まどか達に確認を取るキリカ。
 
 「キリカさん、私たちの事は恩人じゃなくて名前でいいですよ。ほむらちゃん、マミさんの家へ行くの?」
 
 そう聞いてきたまどかにほむらは頷く。
 
 「なら一緒に行く。仁美ちゃんはどうする?」
 「そうですわね……もうお稽古事とかは間に合いませんから、私もご一緒いたしますわ。連絡はむしろもう少し後の方が良さそうですわね。今連絡するとすぐ帰って来いっていわれそうですし」
 
 そういってぺろりと舌を出す仁美。
 
 「んじゃいくか。あ、先輩、私もさやかでいいですよ」
 
 さやかも同意する。そしてキリカも、
 
 「ん、判った、恩人。これからはまどかにさやかって呼ばせてもらうよ。私の事はキリカでいい」
 「はい。よろしく、キリカさん」
 「私も。キリカさん」
 
 改めて頭を下げるまどかとさやか。
 
 「んじゃいくか……えっと、君はなんていったっけ」
 「暁美ほむらよ」
 「んじゃほむら、これからもよろしく。恩人の友達だし」
 「そういえば助けられたお礼もまだでしたね……私は志筑仁美です」
 「そっちは仁美ね。覚えたよ」
 
 和やかな中どこか微妙な雰囲気のまま、彼女たちは合流地点である、マミの住むマンションに向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 その日のマミのマンションは賑やかだった。マミがほむらと知り合ってから何かと訪ねる人はいたが、これほどの大人数が押しかけてきたのは初めてだった。
 マミ、ほむら、ちえみ、キリカの魔法少女四人に加え、まどか、さやか、仁美の三人も加わった総勢七人だ。
 
 「こんなに大勢の人を迎え入れたのは初めてよ」
 「ごめんなさい、迷惑でしたか?」
 
 代表するように答えた仁美に、マミはにこやかに微笑む事で答えた。
 
 「いいえ、元々私一人には分不相応に広い家だから。賑やかな方がうれしいわ」
 
 ここで集まるときには定番のケーキも、今日は種類が揃っていない。
 そして一息ついた所で、キリカに対して魔法少女の真実(限定版)と注意点などが説明される。
 それを聞いたキリカは、ただ一言、ふーんといっただけだった。
 
 「まあ世の中、そうそううまい話ばかりじゃないっていう事か。そういう事なら、自分が壊れない程度に協力するよ」
 「あなたは近接戦闘の方が得意みたいだから、当座はマミとコンビを組むといいかもしれないわ」
 
 真面目に考えてアドバイスをするほむら。
 
 「ですね。この中じゃマミさんが一番のベテランですから、基本的な事を教わるのには一番です」
 「私とちえみは、ある意味ちょっとずるしたみたいな所もあるから、指導には向かない面もあるし」
 「了解。えっと、マミさんだっけ? しばらくお願いします」
 
 そういってきちんと頭を下げるキリカ。
 マミもうれしそうに答えた。
 
 「同じ年だからあんまりかしこまる事はないわ。呉さんが魔法少女として一人で行動できるようになるためのアドバイスは惜しまないつもりだけど」
 「なんにせよよろしく。でもうれしいなあ」
 「なにか?」
 
 感慨深げにするキリカに、マミが聞いた。
 
 「いや、私は少しだけ話したけど、本来暗くて友達も誰もいなかったんだ。だけど魔法の力を借りたとはいえ、一歩踏み出してみただけでこんなにたくさんの友達が出来た。私的にはこれは革命だ。そういう意味では恩人の二人に対してまた恩が積み重なってしまった気がする。命を救って返した恩など、まさに微々たるものだ」
 「え、そんな、気にしないでください」
 「あんまり気を使われると、かえって心苦しいわよ」
 
 まどかとさやかも困惑気味だ。
 
 「それに比べたら先ほど聞いた真実なんて屁でもない。ちょっと自分のあり方が変わっただけじゃないか。私には私という意思がある。私は恩人の愛を感じられる。私は恩人には報いたいと考えられる。それらが失われる事に対したら、私が純粋な意味では人間ではないなんて些細な事だ。
 まあ、魔法少女になった事で愛を感じられなくなると言うのなら、私は大いに憤っただろうけどね」
 「強いのね、呉さんは」
 
 マミが少し感慨深げにいう。実際、マミにとってキリカの言葉には、いちいちはっとさせられる事が多かった。
 だがキリカは、首を横に振った。
 
 「私は弱いよ。今の私は、祈りによって増幅されているようなものだ。世の中が気に入らなくて。内心みんなを馬鹿にして。でもそんな自分を認められなくて。なににも興味を持てなくて、空っぽだった自分。
 本当は寂しいくせに。みんなに交じれないくせに。初めて心が満たされる事があっても、踏み出す事すら出来なかったくせに。
 魔法の力を、祈りの力を借りて、一歩を踏み出したとたんに理解出来た。
 自分が弱いって事を。今までの憤懣や空虚は、全部自分の弱さを認められなかった自分が生み出していたんだって。
 そして私は踏み出した先にある果実を、勇気を出して認める事のすばらしさを、空虚な自分が満たされる事の幸せを知った。知ってしまった。
 知ってしまったからにはもう引き返せない。いや、引き返したくなんかない。
 今の自分が偽りの自分でも、魔法によって書き換えられた嘘の自分でも、もう二度とあの頃の自分には戻りたくはない。
 ならば」
 
 瞳に力を込め、マミを……そしてみんなを見つめるキリカ。
 
 「受け入れるしかない。代償がどんなに高価でも、貴重でも、もはや自分には今の自分を手放せない。ならば道は前に進む事だけだ。偽りの勇気を掲げ、人を捨てた身を肯定して、信じたものを、得た友をその手に抱えて進む以外の道はもはや無い。
 迷ったり、恐れたりする事は、自分に対する裏切り以外のものではない」
 
 それは圧巻だった。魔法少女になる負の側面を、全て吹き飛ばす高らかな宣戦布告。
 マミは彼女の強い心に、自分の悩みを吹き飛ばされたような気がした。
 まどかとさやかも、あまりにも様変わりしてしまったキリカにびっくりしたものの、その宣言は心に強く響いた。
 特にまどかの心に。
 
 そしてほむらは、改めてかつての彼女があれほど恐ろしい強さを誇ったのかを実感していた。
 これほどの強い心を、あの織莉子に従っていたキリカが持っていたのだとしたら、あの言葉の意味が理解出来る。
 
 ――これで私は、安らかに絶望できる。
 
 その言葉は大いなる矛盾だ。魔法少女が絶望から魔女になる時には、決してそんな言葉は語れない。魔法少女の絶望は、希望が断たれる事による反転だ。つまり、そこには絶対的な否定の感情がつきまとう。先日の下僕の魔女のように、現実を認められないからこそ堕ちるのだ。かつてのさやかもそうだった。魔法少女として人を救う事に希望が見いだせなくなったとき、彼女は堕ちた。
 だが、あの時魔女となったキリカには、その種の諦念や否定に当たる感情が全く見当たらなかった。
 だとしたらあの魔女化は不本意なもの――感情ではなく、物理的な要因。グリーフシードが足りなかったか、ソウルジェムか肉体が限界を超えて損壊したか、いずれにせよ希望を失った果ての精神的な堕ち方ではない。
 そしてかつてのキリカは、魔女化したにもかかわらず、織莉子の事を認識していたのだ。
 それはすなわち、魔女化したにもかかわらず、理性を保っている事なのだ。
 魔女化した事により、おそらく倫理や恐怖などは消滅したのだろう。社会的理性も、また。
 だが大切な友人や戦闘に関する知識は、明らかに失われていなかった。それゆえあの二人はコンビネーションを行って戦闘し、こちらを苦しめたのだから。
 杏子に付いていた幼い魔法少女の言葉で魔女化の衝撃から抜け出し、こちらのコンビネーションを取り戻せなかったなら、あの時間違いなくこちらが全滅していたはずだった。
 
 (敵に回すと心底恐ろしいけど、味方になるとここまで心強かったとは)
 
 ほむらは心のメモに、また一文を書き加えた。
 
 
 
 
 
 
 
 説明が終わった後、ふと思いついてほむらは懸念となっている事を改めて話題に出してみた。
 
 「マミもあちらに行って少しは実感したと思うけど、今この地域全体で魔女が急増している感じがするわ。そのことで気になる事があるの」
 「私も滝の上町に行って感じたわ。魔女の邪気がずいぶん濃いって」
 「そのことについて確証はないのだけど、一つ気になる事があるわ。以前聞いたでしよう? 白巫女の事」
 
 その話題に、意外にもキリカが食いついた。
 
 「ああ、聞いた事がある。白滝女学院近くに住まうという、占い師の事だろう?」
 「聞いた事があるの?」
 「君は何か含む所があるのかい? 私に殺気が向いているよ」
 
 ほむらは慌てて殺気を収めた。自分でも過剰反応だという事が自覚できるだけに、ほむらは素直に頭を下げる。
 
 「ごめんなさい。そういえば私とちえみの事は説明していなかったわね。ちょっとそのことに関係があって」
 
 ついでとばかりに、ほむらは自分の特殊性を説明する。
 
 「その記憶の中で、私は一度あなたと死闘をしているのよ。だから、つい」
 「ああ、なるほど。それは仕方ないかも」
 
 理由を聞いて、キリカはあっさりと引き下がった。
 
 「私はこういう性格だ。たぶん君とは、互いを理解し合うか、徹底的な宿敵になるかのどちらかになるような気がするよ」
 「それは同感ね」
 
 キリカの言葉に心から同意するほむら。
 
 「そうそう、白巫女だろ? 話を何となく聞いていて、あまりのうさんくささに馬鹿にしてたからよく覚えている。
 曰く、白巫女の館は心からの悩みを持つものにしかたどり着けない。
 曰く、訪ねてきた者のことを全て見透かす。
 曰く、その助言は絶対の成功を相談者にもたらす。但し、永遠とは限らない。
もっとも、私も一度本気で行こうかと思ったから、今更なんだけどね」
 「何故一度行こうかと思われたのですか?」

 そう質問する仁美に、キリカは何故か真っ赤になる。

 「いや、実は……どうやってまどかとさやかに話しかけたらいいか、助言をもらおうかと」
 「え」

 それを聞いて何故かまどかも真っ赤になる。さやかは赤くはならないものの視線がずれる。
 ついでにほむらの中の自覚無きデフコンがレベルを1上げていた。

 「ちなみに永遠じゃないっていうのは、これも又聞きだけど、告白は助言でうまくいったけど、その後別れた恋人達がいたらしい。そういう事らしいよ」
 「告白してつきあうのと、それを維持するのは別ですものね」

 仁美も頷いていた。
 そしてほむらは、少しずれた話を元に戻した。
 
 「そしてその白巫女だけど、ひょっとしたらこの魔女大量増殖に関わりがあるかもしれないの」
 「……どういうことなの」
 
 マミの目が鋭くなる。それに対してほむらは、
 
 「先日、今日の依頼の元になった、佐倉杏子との共同戦線を張っていたとき、ちょっと気になる手がかりがあったの。それと未解決だけど、記憶にある関係のないある出来事が合わさると、どうも気になるのよ、白巫女の正体が。だから一度、きちんと調べたい」
 「以前そのことでいろいろいったけど、あなたがちょっと、とは行かない話なのかしら」
 「ええ。私の最悪の予感が当たっていたら」
 
 マミの問いに、真面目な顔で答えるほむら。
 
 「だから調査に行くとしたら、私は可能な限りの全戦力を投入したいわ。ここにいる魔法少女ら全員に加えて、佐倉杏子の援軍も頼むつもりよ」
 「よほどの事なのね」
 
 ほむらの切羽詰まった様子に、マミも気を引き締める。
 
 「ただ、問題はどうやってそこにたどり着くか。私が聞いた話では、いずれも『本気で相談したい悩みがないとたどり着けない』となっているわ。もしこれが事実なら。私程度の気持ちではたどり着けない可能性がある」
 「私もそういう悩みはあまりありませんし」
 「私の悩みは解決してしまったなあ」
 「私も先輩のおかげでそういう悩みはないです」
 
 魔法少女組は、見事なまでに悩みが解決していた。ほむらには聞いてみたい事がないわけではないが、自分の思惑など、もし敵が「あれ」なら簡単に見透かすであろう。
 そうなると出てこない可能性も高い。
 だがここで、一番動いてほしくない山が動いてしまった。
 
 「あのね、みんな、多分だけど……私が行けばたどり着けると思う」
 
 自信なさげではあったものの、力強く、まどかは言い切った。
 
 言葉にした事で気持ちを決めたのか、まどかは全員の事を見つめる。
 
 「私、ただの女の子で、守られてばっかりで、役には立ってないし、魔法少女になるような願いもまだ持ってない……みんなを守りたいっていう願いじゃ駄目だって言われているし。
 でも、私もみんなのために何かしたい。ただ守られてるばっかりじゃ、なんか、とってもいやなの。
 だからって無茶な事をしたらみんなが悲しむから出来ないけど……これならきっと、私に出来る。今私、ちょっとそういう助言聞いてみたい事もあるし。たぶんその人のところへたどり着けると思う」
 「まどかっ」
 
 ほむらが焦った声を上げる。他のみんなは少しびっくりした目でほむらを見つめていた。
 
 「駄目よ、まどか。最悪があった場合……あなたは殺されるわ」
 「ええっ!」
 
 さすがに驚きの声が上がった。
 
 「暁美さん……それは、あの記憶の中の?」
 「ええ。一度マミには話したわね。例外の一回。最悪が当たった場合、白巫女の正体は、あの女よ」
 
 ギリギリと、見ている方が痛ましくなるほどに歯を食いしばるほむら。
 皆、その異様な迫力に、声も出ない。
 だが、一人だけ例外がいた。
 
 「なんだ、君は守りきれないというのかい? なら私が代わりに守ろうじゃないか。なにがあろうと、私は絶対に恩人の命を守る」
 「あなたになにが判るというの!」
 
 キリカの言葉に、ほむらがキレた。
 
 「なにも判らないさ。だがこれだけは誓える。私は恩人を守る、と」
 「相手がどんなに強大でも?」
 「それがどうした。私は相手が強そうだからとしっぽを巻いて、恩人の意思を潰す事の方に罪悪感を感じるよ」
 「知ったような事を! あれはそんなにに生やさしいものではないわ!」
 「それでも、だ」
 
 そう言いきったキリカの迫力に、思わずほむらがひるむ。
 
 「君の視点からは無謀なのかもしれないね。でも私には恩人の望みは潰せない。そこに危険があるというのなら全力で排除する。勝てない相手に敵対したのなら我が身を盾にしてでも逃がす。たったそれだけの事を、何故君は否定するんだい?
 ああ、君が見たという記憶では、まどかは白巫女に殺されたのかもしれない。だが、『それがどうした』。そんなものは君が見ただけの記憶だ。現実じゃない。ならば君のなす事は、現実を覆して、新しい現実でその悪夢を消し去る事じゃないのかな? ただ遠ざけるだけじゃ、それは恩人の意思を無視して、自己満足にひたるだけの最低な行為だ。
 恩人が望んだのなら、その行く手に立ちふさがるものすべてを粉砕するのが、親友の努めだと、私は思うよ。まあさすがに、恩人が悪に染まろうとしているのなら止めようとくらいはするけどね」
 
 キリカの言葉が、ほむらの胸に突き刺さっていた。いいたい事はいくらでもある。だが今の彼女の暴論には、そんな言葉は通じない。
 通じるとしたら、全ての真実を掛けた言葉でないと無理だ。ほむらにもそのことは判っていた。
 それに、ほむら自身も少し惹かれてしまったのだ。
 現実を覆して、新しい現実で悪夢を消し去る。
 それこそが、ほむらの望んだ事なのだから。
 
 
 
 そして、作戦の決行が決まった。
 目指すは謎の巫女の館、挑むは五人の魔法少女と二人の魔法少女候補。
 残念ながら仁美は参加できなかった。時間の都合と、魔女に操られる恐れがあるという事で。
 
 
 
 そして彼女たちは、そこで絶望より恐ろしい希望を知る事になる。



[27882] 真・第21話 「人違いですね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/10/30 14:36
 見滝原と滝の上の中間あたりにある名門女子校、白滝女学院。
 そこから少し離れた所にあるバーガーショップで、少女達は待ち合わせをしていた。
 意外な事に、女子校の近くだというのに店内には他に女生徒の姿を見かけない。
 どうもこの店は、名門女子の好みには適さないようだ。
 大量のポテトを間断無くほおばっていた佐倉杏子が、同席している少女達を見て少しため息をついた。
 
 「まさかまたあんたと共闘する日が来るとはねえ、巴マミ」
 「私も同じ気持ちよ、佐倉杏子」
 
 火花は散っているものの、言葉ほど険悪な雰囲気はない。
 やがて二人は、どちらとも無くふと笑った。
 
 「前より少し丸くなったじゃないか。あんたも現実というものを少しは知ったのかい?」
 「そういうあなたこそ角が取れてるわよ。少しは理想というものが判ったみたいね」
 
 二人は互いに相手の微妙な変化に気がついていた。マミも杏子も、見え隠れしていた尖った部分が消えている。
 マミは仲間が増え、孤独が癒された事で。
 杏子もまた、ちえみというお節介に感化された事で。
 
 「後はそっちの新人さんかい? なかなか面白そうなやつじゃないか」
 「私は呉キリカ。そこにいるまどかとさやかの愛の力で生まれた魔法少女さ」
 
 真顔でそんな事をいわれて、危うく吹き出しそうになる人物が三名。
 当事者のまどかとさやか、そしてほむらである。
 もちろん皆それが本気であると同時に冗談である事は判っている。だがそうだと判っていても耐え難い事というものはあるらしい。
 ちなみに杏子は馬鹿笑いしている。
 
 「気に入ったぜあんた。改めて、あたしは佐倉杏子だ。よろしくな」
 
 杏子は真面目な話、この呉キリカという魔法少女を見て思いっきり気に入っていた。
 基本的に杏子が好むのは裏表のない人物である。一貫していて、簡単に態度を変えない人物が杏子のジャスティスだ。
 マミの場合は態度を変えない所は好感度が高いが、語る理想が借り物くさい所で反発していた。ほむらは戦闘面では信頼できるが私生活がうさんくさすぎてそういう意味では友にしづらい。実際ちえみという緩衝材がなかったら、杏子はほむらの事を信じ切れていなかっただろう。
 まどかとさやかには今のところ含む所はない。ただ印象として、さやかとの間にやっかいなものを感じていた。
 なんというか、腐れ縁になるか、宿敵になるか、その二択のような気がする。
 
 「それはそうと全員揃った所で、今回の計画をまとめるわ」
 
 代表してほむらが皆に告げる。
 
 「あの後集めた情報でも、それほど目新しいものはないわ。新しい情報は一つだけ。白滝女学院から開発地区の方に向かっていき、霧が出てきたら館にたどり着けるらしいわ。もし霧が出てこなかったら、館は見つからない。後、同行者に悩みが無くても館にはたどり着けるのも確かよ」
 「なるほどね、となれば行ってみるだけか」
 
 杏子がパン、と手を打ち合わせる。
 
 「まどか」
 
 そしてほむらは、まどかに声を掛ける。
 
 「キリカにあおられたからという訳ではないけど、あなたの事は絶対守ってみせるわ」
 「うん。信じてるよ、ほむらちゃん」
 
 だが、そういう彼女の口調は、どうにも沈みがちであった。
 
 
 
 
 
 
 
 バーガーショップを出て、七人の少女達は街外れへと歩いて行く。
 開発地区には、建設途中のビルとかが多い。今見滝原は発展と拡大の時期を迎えており、長く続いた不景気を吹き飛ばす原動力にもなっている。
 すると不思議な事に、昼日中だというのにどこからともなく霧が漂いはじめた。
 
 「これは……当たりを引いたみたいね」
 「魔法少女としての力なんでしょうか」
 
 昼日中にこれだけ濃い霧が立ちこめてくるという事は、まず自然ではあり得ない事である。
 まどかとさやかを囲むように、残りの五人が位置を変える。変身こそしていないものの、いつでも動ける体勢は出来ていた。
 
 
 
 「そんなに警戒する事はないですよ」
 
 
 
 そんな彼女たちの耳に、突然そんな声が響いてくる。
 ぎょっとする一同の元に、さらに声は続く。
 
 
 
 「そのまままっすぐお進みください。すぐに館に着きますわ」
 
 
 
 「どうする」
 「進むしかないと思うけど」
 
 杏子の答えに、マミが答える。
 と、そこにさらに追い打ちが掛かった。
 
 
 
 「そうそう、添田ちえみさん」
 「ひゃいっ!」
 
 突然名指しで呼ばれ、変な声を上げてしまうちえみ。
 
 「あなたの力は、ここではまだ使わない方がいいですよ。今のあなたでは、たぶんそうした瞬間破滅しますから」
 
 その言葉に息を呑むキリカ以外の全員。
 
 「ちえみの力って?」
 「相手の正体や弱点を見抜く力よ」
 
 キリカの質問に答えるほむら。
 
 「ちえみ本人には戦闘能力がほとんど無いけど、彼女のアドバイスは魔女と戦うときにものすごく頼りになるわ」
 「なるほど……こういう状況で相手の事を探るのにはもってこいという訳なのか。でも先んじてそれを止められた」
 「相手は既にこちらの事を把握しているというわけね……ますますあいつの雰囲気がしてきたわ」
 「織莉子、っていう魔法少女?」
 「ええ」
 
 キリカの疑問を肯定するほむら。
 
 「その人はどんな力を?」
 
 二人の会話に興味を持ったのか、マミも聞いてくる。
 ほむらは苦い顔をしながら、その質問に答える。
 
 「……未来予知よ」
 
 そう、ほむらが答えたその時、霧が急速に薄れていった。
 そこに見えるのは、白亜の館。
 それが霧に呑まれる前の風景の中に、ひっそりと溶け込んでいた。
 そしてその前に佇む、一人の女性。
 その姿を見たとき、ほむらは感情を抑える事が出来なかった。
 
 目の前にいたのは、ほむらがある意味敗北を喫した、白の魔法少女。聖母を思わせるヴェールと広がったスカートに身を包む、未来を知る魔法少女。
 そして世界の救済のために、鹿目まどかの排除を企み、自らは敗れたもののその目的は達成した魔法少女。
 ほむらのループの中での、ただ一度のイレギュラー。その原因となった魔法少女。
 
 
 
 その人物の姿を、ほむらと、ほむらの記録を写したちえみだけは知っていた。
 
 そしてほむらは、感情のままに、彼女の元に走っていった。
 
 あいつが、
 
 あいつが、
 
 あいつが、
 
 まどかを……殺したっ!
 
 
 
 感情の迸るままに白の魔法少女に襲いかかるほむら。
 銃を抜くことも忘れ、その手で彼女に殴りかかろうとする。
 
 「美国……織莉子ぉぉぉっ!」
 
 それは魂ぎるほどの絶叫。抑えつけられた感情の爆発。
 
 
 だが、その白い魔法少女は。
 
 すっと体をずらして難なくほむらの拳をよけると、その口で残酷とも言える言葉を告げた。
 
 
 
 「人違いですね。私の名前は、ジークリンデといいます。美国織莉子という名ではありません」
 
 
 
 その瞬間、ほむらの心は真っ白になってしまった。
 そこに他のメンバーが追いついてくる。
 
 「先輩、落ち着いてください!」
 「ほむらちゃん!」
 
 口々に掛けられる声に、ようやく正気を取り戻していくほむら。
 
 「あ、私……」
 「びっくりしたよ。なんでいきなり殴りかかろうなんてしたの?」
 
 まどかに言われて、完全に頭が冷えたほむら。
 よく考えてみれば、もし彼女があの織莉子と同一の存在だとしても、まどかを殺すとは限らないのだ。
 こちらから手を出すのは、未来を知る者の傲慢であり、あの織莉子のやった事と何ら変わりがない。
 ようやくほむらもそのことに思い至った。
 
 「失礼いたしました、ジークリンデさん」
 
 ほむらをなだめる脇で、代表してマミが彼女にわびを言う。
 ジークリンデは気にした様子もなく、あっさりと頷いて言った。
 
 「お気になさらずに。私はあなたたちに敵対するものではないのですから。ご相談ごとがあるのでしょう? 皆さん、館の中へどうぞ」
 
 ほむらも、ちえみも知らない事であったが、その館はかつての時間軸で美国織莉子が住んでいた屋敷に酷似していた。
 ただ色が真っ白なだけで。
 
 
 
 館の中は、拍子抜けした事に、ごく普通の家屋だった。
 
 「てっきり占い館って聞いてたから、もっと神秘的なのかと思っていました」
 「あら、それならご期待に応えるべきだったかしら」
 
 ちえみの問いにも、素直に答えるジークリンデ。
 他の皆も、思わず警戒を解いてしまうような柔らかさが彼女にはあった。
 ただ一人、ほむらを除いて。
 
 「ほむらちゃん、なんでそんなにぴりぴりしてるの……」
 「ごめんなさい。判っていても気は抜けないわ。この女の正体がわかるまでは」
 「あら、判らないのかしら」
 
 挑発するようにジークリンデは言う。
 
 「でも、それは私の役目ではないわ。私はあの方の意に沿い、望むものに助言を与えるものよ。それが私の役目」
 「ならば問うわ。私の目的を果たすためにはどうしたらいいの?」
 
 それはさらに無茶な挑発。決して答えられない質問。
 だがジークリンデは、平然としたまま言い返した。
 
 「今回は無理じゃないかしら」
 
 その言葉に衝撃を受けるほむらとちえみ。二人だけには、彼女の言葉の意味が通じたのだ。
 そしてそれを無視して、言葉を続けるジークリンデ。
 
 「あなたが目的を果たそうにも、今のあなた方では決定的に力が足りません。少なくとも全力を出し切れるようになってからそんな寝言は言いなさい」
 「言ってくれるじゃねーか」
 
 そんな彼女の物言いに、杏子が反発した。
 
 「あたし達が全力を出してねーだと? 魔女との戦いはそんなに甘いもんじゃないんだぜ。手を抜いてて勝てるかよ」
 「あら、あなたはご存じでなくて? 私の助言を受けた魔法少女は、格段に強くなったっていう事を。そもそも力の大半を眠らせているあなたには、そんな言葉を発する資格もありませんわ」
 
 だがあっさりとそれをいなすジークリンデ。
 
 「もっとも、私の助言を受けてその力を解放したにもかかわらず、使い方を誤って悲惨な最期を迎えた方も多いですが」
 「おい、それどういう意味だ」
 
 杏子の頭にフラッシュバックする、あの魔法少女の最期。
 そしてジークリンデは、何ら悪びれることなく言い放った。
 
 「私は助言者。問われた悩みに、確実な解決策を与えるもの。ですが、それをどうするかはあなた方の責任です。私はちゃんと利点も欠点も全て説明しました。たいていの新しい力は、負担が増す事が多いので決して使いすぎないようにとも。
 それでも力を使いすぎて自滅するのは、運用する個人の責務だと私は思いますが」
 「くっ……」
 
 彼女の言葉はまがう事なき正論で、杏子には言い返せなかった。
 そして彼女は、とまどう一同にうんざりしたのか、爆弾を投入してきた。
 
 「私など警戒しても無意味ですよ。もし戦いになったとしても、今のあなた方ではあのお方どころか私にすら勝てないでしょうし。それであのお方よりも強い存在を倒そうなど、無謀もいい所です。
 もし疑問があるのなら、遠慮無く質問しなさい。疑問を解きほぐし、問いに答え、明日の希望を生み出すのが、私の使命なのですから」
 
 「なら問うわ。あなた……何者なの?」
 
 ほむらが切り返す。それに対してジークリンデは、驚くべき事を言った。
 
 「その答えは、添田ちえみ、あなたに聞くのが早いでしょう」
 「へっ、私?」
 
 慌てるちえみに、ジークリンデはさらにとんでもない事を告げた。
 
 「あなたの力で、わたしを見てご覧なさい? そうすればすぐに判りますわ。但し、あくまでも私だけにしなさい。それ以外のものを見たら、あなたの無事は保証できないわ」
 
 そこまで言われてはちえみもためらいはしなかった。変身すると同時に、解析の魔法をジークリンデにぶつける。
 そして浮かび上がった彼女の正体を見たちえみは、思わず絶句してしまった。
 
 「う……うそ……本当に?」
 「ちえみ、どうしたの?」
 「添田さん?」
 「おい、どうしたちえみ!」
 
 ほむらに、マミに、杏子に話しかけられたちえみは、何とか言葉をひねり出す。
 
 「この人……ジークリンデさん、『使い魔』です!」
 
 「ええええっ!」
 
 はからずしも他の皆の声がきれいにハーモニーを描いた。
 
 「ご名答」
 
 ジークリンデは優雅に微笑んだまま答える。
 
 「私は霧の魔女の手下ジークリンデ。その役割は再現。主の望むままを再現し、主の意思を実現するために人と会話するのがその努め。おわかりかしら」
 「判るかよっ! あんたが魔女の手下なら、あんたは私たちが狩る標的だっ」
 「無駄です、佐倉杏子」
 
 怒りのままに変身した杏子の槍を、難なく止めるジークリンデ。
 
 「あなたは自分の力を理解しないどころか封印している。そんな体たらくでは私を倒すなど夢のまた夢ですよ」
 「封印、だと?」
 
 そう聞きつつも力を込めるが、ジークリンデはびくともしない。
 見た目によらず、彼女は恐ろしく強い存在であった。
 
 「ついでだからあなた方も聞きなさい」
 
 マミやキリカも、ジークリンデの迫力に呑まれていた。
 
 「魔法少女の力は、本人の性格・性質と、掛けた祈りによって決定されるわ。たとえば巴マミ、あなたなら」
 
 名指しされたマミの体がぴくりと震える。
 
 「あなたの祈りは『命を繋ぐこと』。そのシンボルは『リボン』、その力の本質は『拘束』。その武器は『終わりを示すもの』。故にあなたは、繋ぐ事、結ぶ事、縛る事に力を発揮するわ。
 また命を願ったがゆえ、治癒と再生の力も相性がいい」
 
 皆思わずその言葉に聞き入ってしまった。相手は魔女の使い魔であるのに、その言葉を聞かずにはいられない。決してこれは魔法ではないのに。
 
 「佐倉杏子。あなたの祈りは、『話を聞いてもらうこと』。そのシンボルは『言霊』、その力の本質は『幻惑』。その武器は『意を貫き通すもの』。故にあなたは、惑わす事、貫く事、結びつく事に力を発揮するわ。但し今あなたは、罪悪感から幻惑の力を封じている。それゆえその力は、命の危機にしか現れない。
 あなたは気がついていなかったけど、断罪の魔女からあなたが逃れられたのは、その力が現れたからよ」
 
 杏子は激しい混乱にあった。わかってしまうのだ。彼女の言葉に嘘がない事が。
 
 「添田ちえみ、あなたの祈りは、『知り、憶える事』。そのシンボルは『眼鏡』。その本質は『記録』。その武器は『調べ、記するもの』。故にあなたは見抜く事、調べる事、記録する事に力を発揮するわ。反面直接戦闘力はほぼ皆無に近いけど。己の力を使いこなしても、普通の戦いは難しいわね。あまりにも地力がなさ過ぎるわ」
 
 ちえみは無言のままその言葉を聞いていた。
 
 「呉キリカ。あなたの祈りは『変わること』。そのシンボルは『意思』。その力の本質は『抑圧』。その武器は『束縛を引きちぎるもの』。故にあなたは、変化させる事、押さえつける事、解き放つ事に力を発揮するわ。ある意味ちゃぶ台返しが得意なタイプね」
 
 キリカはただ一言、ふーんと頷いた。
 
 「そして暁美ほむら。あなたの祈りは『やり直す事』。そのシンボルは『砂時計』。その力の本質は『遡行』。その武器は『守護するもの』。故にあなたは繰り返す事、やり直す事、そして守る事に力を発揮するわ」
 
 ほむらもまた、無言だった。
 そしてジークリンデは、宣告するように言い放った。
 
 「巴マミと呉キリカは、ある程度は己の力を使いこなしていると言えますけど、暁美ほむら、あなたは自分の力の本質を全く理解してない。佐倉杏子に至っては己の力を捨て去る有様」
 
 そしてため息をつく彼女。
 
 「これであれに挑もうなどとは、お笑いぐさ、ですわ」
 
 四対の視線が、ジークリンデを睨む。一人睨まなかったちえみは、
 
 「あの、あたしは?」
 
 と、どこかずれた事を質問していた。対するジークリンデの答えは。
 
 「あなたには今更何も言う事はありませんから」
 
 という、何とも判断に困るものだった。さすがにこの扱いにはちえみも、
 
 「む~っ、なんだかむかつきます」
 
 と、珍しくも怒りを見せている。
 
 
 
 そしてジークリンデは、ふっと意味深な笑いを浮かべると、ほむら達を逆に睨みながら言った。
 
 「納得できないみたいですね、その様子からすると。なら、一つ」
 
 彼女は立ち上がると、庭の方へと歩んでいった。
 そして広くなった所の真ん中で立ち止まる。
 
 「お相手、いたしましょうか」
 
 彼女がそう言うと同時に、浮かび上がってきた魔力の球が、彼女を守るように囲んだ。
 



[27882] 真・第22話 「私は……知りたい」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/31 19:24
 薔薇の咲く庭に、白い魔法少女――いや、使い魔は佇む。
 語る言葉は、宣戦布告。受けるは五人の魔法少女。
 そして戦いは始まる。
 
 「初手はあたしが行くぜえっ!」
 
 口にしていた菓子をかみ砕き、佐倉杏子が吠える。
 
 「あんたはどうもいけ好かないんだよっ!」
 
 手にした槍を接棍のように変形させ、彼女の死角を凄まじい速度で狙う。
 だが彼女は、そちらを見もせず、わずかに動いただけでその攻撃を躱した。
 間合いを詰めた杏子が次々と攻撃を繰り出す。だがその攻撃は、ことごとく当たらない。
 ゆらりと彼女が動くたびに、紙一重の隙間で杏子の攻撃は空を切るばかり。
 
 「杏子! 一人ではおそらく攻撃を当てるのは無理よ」
 
 ほむらが指示を飛ばす。
 
 「もし彼女が私の知っている彼女に近いのなら、絶対によけられない攻撃以外は彼女には当たらないわ!」
 「なんだそりゃ!」
 
 指示を出しつつも、ほむらは相手の動きを見ていた。
 
 (あの動き、間違いなく彼女は織莉子と同じ『予知』の力を持っている。加えて身体能力はオリジナルの彼女より上……単体でキリカの力のサポートを受けていたのと同じくらいはありそうね)
 
 そしてほむらの出した結論は、
 
 (全力で行く)
 
 出し惜しみをしていたら勝てない。相手は予知能力者だ。しかも即座にこちらの動きを見きり、その予知に従って攻撃を躱す事が出来るほどの。
 まともにやったらあらゆる攻撃を見切られる。こういう輩に対する手段は一つ。
 ほむらは左手の盾に手を掛ける。ほむらの意思によって動いた盾は、常に流れ落ちている、砂の流れを止めた。
 
 同時に世界が静止する。ほむらは止まったときの中を素早く動き、同時に多方面からの攻撃を仕掛ける。
 絶対の見切りに対抗するには、見切ってなおよけられない、飽和攻撃が最も有効だ。
 だが。
 
 時が動き、同時に10以上の方向から襲いかかった銃弾を、彼女は平然とすり抜けていった。
 
 「時間停止からの同時攻撃。いい手ですが、同期が甘いですわ。着弾にこれだけ誤差があっては、躱せてしまいますわよ?」
 「なら、これならどう?」
 
 それに答えるのは巴マミ。浮かび上がるのは、無数とも思えるほどのマスケット銃。
 杏子とほむらが攻撃をしている隙に、時間を掛けて召喚したものだ。
 
 「あたしからもおまけだよ!」
 
 さらに彼女の周辺の空間が、ぐん、と重くなったような印象を受けた。
 キリカの持つ固有魔法。対象の感覚や運動を抑圧する、『速度低下』の魔法。
 素早く杏子とほむらが引くと同時に、おびただしい弾幕が全方位から彼女に襲いかかった。
 しかも彼女はキリカによって反応速度を低下させられている。
 だが。
 
 「思ったよりコンビネーションが出来ていますね。でもまだまだ」
 
 ふと気がつくと、彼女の周囲に浮いていた魔法球が、複雑な軌道で彼女の周囲を回っていた。その動きに合わせるように踊る彼女。
 いや、踊っているのではない。あの無数の弾幕の中に、魔法球を使って間隙を作り、その隙間をくぐり抜けているのだ。
 
 「まあ、こんなものでしょうか」
 
 弾幕が生み出した土煙。それが晴れたとき、そこに立っている彼女は、
 
 傷一つ、付いていなかった。
 
 
 
 「なんだありゃ……」
 「いうだけの事はあるみたいだね」
 
 杏子とキリカが、前線を固めながらつぶやく。
 
 「個別に攻めていては、らちが明かないわね」
 「こちらの攻撃を全て事前に予測、それをすり抜ける未来を見切り、それを引き寄せる……想像以上に、手強いわ」
 
 相手の回避能力を突破する術を考えるマミとほむら。
 
 「私は今回役に立てません……」
 
 弱点の無い敵にはとことん弱いちえみ。
 
 「気にしないで。それよりちえみはまどかとさやかに付いていて」
 
 ほむらは気を許しはしない。相手はあいつの写し身なのだ。
 
 「わかりました!」
 
 空元気かもしれないが、明るく答えるちえみ。
 そのまま庭の端でこの戦いを見ているまどかとさやかの脇へと駆け寄っていった。
 
 「では、そろそろこちらからも仕掛けましょう」
 
 新たに五つの魔法球が、彼女のまわりから生まれた。
 防御に四つ、攻撃に五つ。九つの魔法球を、彼女は巧みに操って四対一の攻防を支える。
 
 「うわ、なによあれ。四人がかりなのになんかあしらわれちゃってるし」
 「ほむらちゃん……マミさん……キリカさん……」
 
 さやかとまどかも、固唾を呑んでこの戦いを見つめている。
 恐ろしい事に、彼女の攻撃はたまにとはいえ四人に命中するのに、未だ彼女に対するこちらの攻撃は当たらない。
 杏子の槍も、
 キリカの爪刀も、
 マミとほむらのの銃弾も、
 そのことごとくが、彼女に躱され、あるいは魔法球に軌道をずらされていた。
 
 「けっ、いうだけの事はあるじゃねえか」
 「全くだ。ここまでよけられると手がない」
 
 前衛二人のつぶやきに、ほむらはあまりやりたくはなかったが、最後の手段を使う事にした。
 
 「二人とも。マミも。私が隙を作るわ。だから、『なにがあっても』攻撃の手を抜かないで」
 
 そして返事を待たず、ほむらは時を止める。そのまま静止している彼女の背後に回り込み、相手の体を掴むと同時に時間停止を解放する。
 さすがに彼女もこれをよける術はなかった。殴られたのならまだしも、拘束されてしまっては振り払おうにもわずかながら身動きが取れなくなる。
 
 「かわまないわ! 私ごと打ち抜きなさい!」
 
 杏子もキリカもためらいはしなかった。
 ほむらを傷つける事を恐れず、この千載一遇のチャンスに容赦なく攻撃を叩きつける。
 さすがにこれは命中した。ほむらを振り払ったものの、引き換えに脇腹と足に攻撃をもらった。
 ほむらもあおりを受けてかなり深い傷を受けている。
 その傷に黄色いリボンがしゅるりと巻き付く。
 
 「無茶だけど、仕方ないわね」
 
 そしてリボンが光になると同時に、ほむらの傷は消える。
 
 「さすがに戦闘速度での予知は、取りこぼしが出ますわね。判ってはいましたけど、この手を使われるとさすがに回避できませんわ」
 「ハメ技っぽいけど、遠慮はしないわ」
 
 再び時間停止からの拘束を仕掛けるほむら。時間停止を併用されているため、わかっていても組み付かれる事は阻止できない。
 
 「ですが甘いわね」
 「!」
 
 背後から彼女を拘束したほむらの腹部に衝撃が走る。
 
 「どうやって組み付かれるかは、一応予知できるのですよ。そこに仕掛けをするくらいは簡単ですわ」
 
 彼女は己の背中に魔法球を一つ隠していたのだ。自分も反動でダメージを受けるが、組み付かれたまま杏子達の攻撃を受けるよりは軽い。
 
 「さて……私の攻略法も見破られてきたみたいですから、こちらも本気で行きましょうか」
 「おや、君はまだ本気じゃなかったのかい?」
 
 当たらないとは知りつつも、牽制のために攻撃を仕掛けるキリカ。
 それを躱しつつ、彼女は言った。
 
 「暁美ほむら、何故かはわかりませんけど、あなたは今の私の元の人物と、戦った事がありますね?」
 「あなたに比べれば、ごく当たり前の人間だった分弱かったけど」
 「なら運がよかったですね。あなたの知る彼女は、自分の真の攻撃手段に気がついていませんでしたから」
 「……どういうこと?」
 「こういう事ですわ」
 
 そう言うと彼女は、攻防一体だった九の魔法球を全て自分の周囲を巡る形に変えた。
 牽制も、本命も、銃弾すらも、九の守りを突破できない。
 その中心で、彼女はさらに何かを取り出した。
 新たな、純白の魔法球と、細長い一メートル半くらいの棒のようなものを。
 そして彼女の右の瞳が、すっと細められると同時に、異様な気配を湛える。
 それは彼女の予知が全力になった証。
 そして彼女は、棒状のものを水平にすると、構えをとった。
 その構えを見て、魔法少女達はその棒がなんであるかを悟った。
 
 棒の根本を右手で持ち、左手で支えを象って、その先端部を添える。
 棒の先端に浮かぶのは、白の球。
 それは紛れもない、ビリヤードの構えであった。
 
 「ブレイク・ショット」
 
 小さくその言葉を口にした彼女は、静止する白球に棒――キューを叩きつける。
 打ち出された白球は、周回していた九つの魔法球にぶつかり、それをはじき飛ばした。
 
 「うわっ」「なんのっ」「きゃあっ!」「っ!」
 
 白球に弾かれた魔法球は、今までのふわりとした動きとは一転した超高速でほむら達に襲いかかる。何とか初撃は躱すが、躱した瞬間別の球が体に突き刺さる。しかも反動で跳ね返った球がさらに別の球に当たり、軌道を変えた球がまた襲いかかってくる。
 目の前の球をよけたつもりが、まるで吸い込まれるように自ら別の球に当たりに行っていたりする。
 そして魔法球が勢いを失って静止したとき、ほむら達四人は、全て地に倒れ伏していた。
 
 「これでわかったかしら」
 
 球と魔法球を消し、ジークリンデは宣言する。
 
 「少しそのまま休んでいれば、すぐに動けるようになりますわ。ちえみさん、まどかさん、さやかさん、ご心配なく。私にはあなた方を本気で害するつもりはありませんから」
 「あの……どうしてなんですか?」
 
 まどかは、ジークリンデを見つめて質問する。
 
 「あなた、使い魔なんですよね、魔女から生まれる。今まで見た魔女や使い魔は、みんな人を襲ってました。人を操って、自殺させようとしたり、食べちゃおうとしたり。
 そういう事をする魔女はやっつけないといけないって思います。でもジークリンデさんは、こうやってお話も出来ますし、人を襲っているようにも見えません。魔女って、必ずしも人を襲うものじゃ、無いんですか?」
 「あなたは迷っているのね、鹿目まどか」
 
 そう問われ、まどかは少し下を向いて考え……そしてキッと上を向いて言った。
 
 「はい。私、魔法少女になって、みんなと一緒に戦いたい。でも、ほむらちゃんはそれをいやがってる。他の世界の事を知ってて、私が魔法少女になると、いつも最後は悲しい結末になるからって。それに、私には、かなえたい願いがないんです。戦いたいから魔法少女になるのは、特に駄目だって。ほむらちゃんもマミさんも同じ考えみたいですし。
 それに……何となく感じてはいるんです。戦いたいから、みんなの手助けをしたいから魔法少女になるんじゃ、何か駄目なんだって言うのは」
 「そう……真面目なのね。あなたは。そして、とても優しい」
 
 ジークリンデは、慈母の笑みを浮かべながら言った。
 
 「あなたの気持ちはわかるわ。そして、暁美ほむらの懸念も、私は判っている。あなたの戦いたいという気持ちは、尊いものだわ。呉キリカなら、何故ためらうと言うでしょうね。
 でも、私はあえて言うわ。あなたは、安易に魔法少女になってはいけない存在よ」
 「どうしてですか?」
 「そうだよ。なんでまどかは、魔法少女になっちゃいけないんだよ」
 
 話を聞いていたさやかも乱入してきた。その後では、ちえみが何故かあたふたしている。
 ちえみは話題がひじょ~にまずい方向に向かっているのを感じていた。だが彼女にはそれを止める事は出来ない。
 
 「鹿目まどか」
 
 そしてジークリンデは語る。
 
 「あなたは、魔法少女として、きわめて特異な立場にいるわ。私は何故あなたが魔法少女になる事を勧めないのか、その説明をする事が出来る。その助言をする事が出来る。
 でも、それを聞いてしまったら、あなたはもはや引き返せない。その説明をするには、隠された真実を全て話さないといけないから。
 そしてそれは大変に重い事。あなたに重大な選択を迫る事でもあるわ。
 霧の魔女の手下、魔女でありながら人を襲わず、ただ助言するものとして、まず私は、あなたに助言を聞く意思があるかを確認しなければならない。
 なぜなら、この助言には、まず『あなたの意志を確認する』という項目が入っているから。
 聞いてしまえば引き返せない。この助言は、魔法少女の祈りを掛けるのに匹敵する重さがあるわ。
 その内容を説明するわけにはまだ行かないけど、知ってしまえば――あなたは、たぶん真っ当な終わりを迎える事が出来ない。あなたは望んでその命を散らしてしまいかねない。暁美ほむらの思いを、踏みにじる事になるかもしれない。
 ――それでも、あなたは、私の助言を受けるかしら」
 「まどか……」
 
 脇で聞いていたさやかの顔が少し引きつる。さすがに彼女にも判ったのだ。まどかの問いに答える事、それは予想以上にとんでもないことなのだと。
 まどかには、そしてほむらや魔法少女達には、何か大きな『謎』がある。そして知ってしまえば、たぶん後悔するような事なのだ、それは。
 いや、多分ではない。『絶対』後悔する事だ。
 こう、何気なくおいしく食べていたご飯に、とんでもないものが混じっていた、とか言うような、いわゆる『知らなきゃよかった』的な何か。
 だが、さやかは同時に思っていた。まどかの性格からしたら、止まらないんじゃないか、と。
 
 そしてまどかは。
 
 「私は……知りたいです! 知ったら後悔するのかもしれない……でも、今聞かなかったら、やっぱり私は後悔すると思うから! 同じ後悔するのなら、せめて知って後悔したい!」
 「やはりそう言うのね、あなたは」
 
 ジークリンデは、ふっと気を抜いた笑みを浮かべると、まどかに向かって言った。
 
 「では聞きな
 
 
 
 そこで唐突に、ジークリンデの言葉は止まった。少し遅れて響く、ぱあんという乾いた音。
 
 額にぽつりと空く黒い点。
 
 
 
 「聞く必要はないわ、まどか」
 
 その声にまどかが振り向くと、そこには拳銃をぶら下げたほむらが立っていた。
 一方ジークリンデは、次の瞬間、まるで小麦粉をぶちまけたかのように白い霧になって飛び散り、死体すら残さずに、文字通り『霧散』した。
 
 「ほむらちゃん! どうしてっ……」
 「聞かせるわけにはいかないのよ、この事は」
 
 泣き顔になるまどか。だがほむらはそんなまどかをはねつけるように言う。
 
 「悪いけど……こればかりは、たとえ嫌われても、絶対に教えられないの。たとえあなたが望んでも、地獄へ一直線の道を進ませるわけにはいかないから」
 「……暁美さん、あなたは、知っているの?」
 
 二人の間に、よろよろと力無くではあったが、立ち上がったマミが聞いてくる。
 その後すぐに、杏子とキリカもよろけつつ立ち上がった。
 
 「あたしは詳しい事は知らないけど……まあうかつに聞かせられる話じゃねえ気はするな。裏目に出たらろくでもない事にしかならねえ事もあるし」
 
 杏子がマミへ、ほむらに代わって言う。
 
 「ほむら、私個人としては恩人の希望を無理矢理押しつぶすような君の言動は気に入らない。だが、そんな事をしたら嫌われるとわかっていてもやると言う事は、よほどの事なんだろうね。さすがにそれだけは判る。まあ、私には出来そうもないけどな」
 
 キリカも、ほむらへプレッシャーを掛けつつではあったが、思った事を口にする。
 そしてほむらは、それに答えることなく、こう言った。
 
 「帰りましょう。さっきの一撃は、まさに僥倖よ。彼女は意識しなければ未来を知る事は出来ない。あんな場でもなければ、間違いなくよけられていたわ」
 
 
 
 ほむらは体が動くなるようになると同時に、時間を止め、至近距離で銃弾を放ったのだ。
 まともでは絶対によけられない距離から。
 これが先ほどのような戦闘中なら、自分がこの手段を取るという事自体を予知されて対策されてしまっただろう。だがほむらは知っていた。織莉子の――ひいてはジークリンデの予知は、『魔力を使って行う能動的な行為』であることを。そして先の模擬戦で予知を全開にしていたのなら、戦闘終了後の未来はわざわざ予知していないだろうと。
 予知はいろいろ負担の大きい能力だから、おそらく戦闘後はオフにする、そうほむらは読んでいた。
 一種の博打であったが、気がついてみればジークリンデがまどかにいらん事を吹き込もうとしている。
 後は一種の反射だった。いくら何でもまどかに魔女化と、その果ての事を知られるわけにはいかない。魔女化だけならまだしも、その先はまずい。
 
 だが、親の心子知らずではないが、ほむらの思いはまどかには判らない。
 
 「ほむらちゃん……ひどいよ。なんで、教えてくれないの? なんで、私だけ、仲間はずれにするの?」
 
 その言葉が、ほむらの胸に突き刺さる。
 その胸の痛みに、ほむらは自分のたがが緩んでいる事に気がつく。
 最後の一度のために、他は切り捨てる覚悟をしたはずだった。だが気がつけば、切り捨てられない自分がいる。
 
 「私だって知りたい! みんなと一緒に頑張りたい! なんで、なんで駄目なの! なんで私は、魔法少女になっちゃ駄目なの! なんで、なんで!」
 
 駄々っ子のように泣きながら、ぽかぽかとほむらを叩くまどか。
 ほむらは甘んじて叩かれるままにしている。
 その背後では、
 
 「佐倉さん……あなたは、判っているの?」
 「ちょこっとはな。あたしは、見ちまったから」
 「見ちまったって……なにを?」
 「まあ、なんというか……魔法少女の宿命というか、なれの果てというか、終わりというか……メンタルの弱いやつには、教えられねえ話だよ。実際、ほむらが言うには、聞いただけで戦えなくなったり、果ては自殺した魔法少女もいるような話らしいし」
 「私は大丈夫かな?」
 「そうですね……キリカさんはたぶん平気だと思います。マミさんは……微妙?」
 「添田さん、その言い方は少し傷つくわ」
 
 魔法少女達が、その秘密について議論していた。
 それゆえ、それに一番最初に気がついたのは、話題に入りそびれたさやかであった。
 
 「なんか……魔法少女って、思っていたよりなんかずっとややこしいものなんかなあ」
 「ええ。曲がりなりにも奇跡を操る技ですのよ? その代償が、軽いはずはありませんわ」
 「あ、やっぱり……って、あんたああああっ!」
 
 さやかは、自分の独り言に合いの手を入れてきた人物を見て、思わず絶叫してしまった。
 ついさっきほむらに殺されたはずのジークリンデが、何食わぬ顔で佇んでいたからだ。
 
 「ちょ、なんで」
 「あの、私は使い魔ですよ? まあちょっと変わっていて、同時に一体しか出現しないんですけど、代わりがいないわけではないのですから」
 
 その言葉を聞いたほむらが、「キュゥべえみたいな使い魔ね……」とつぶやいていた。
 ちなみにそれを聞いていたのはちえみだけだったと言っておこう。
 
 そして新たに現れたジークリンデは、心底困ったような表情で、一同に告げた。
 
 「暁美ほむらさん。さっきの攻撃はなかなかでしたわ。ただ、ちょっと困った事になりましたの」
 「……その言い方からすると、何か不都合があったのかしら」
 
 言い回しから、よくない事ではあっても敵意有っての事ではないと判断するほむら。
 だが、彼女の口が出た言葉は、それを裏切るものであった。
 
 「ええ。あのお方と私は、基本的に人間を襲ったり死なせたりはしない魔女であり、使い魔なのですが、それでもやはり『魔女』なのです。
 そして魔女には一種の『律』があります。性質から生じる、逃れられない業のようなものですわ。
 あなたの行動は、その『律』に引っ掛かってしまうのです。
 具体的に言えば、あなたたちはこの後、あのお方に襲われます」
 
 さすがに引きつる一同。
 
 「あのお方の『律』は、『助言を妨げるものを許さない』です。あの不意打ちが、もう少し早ければ、まだギリギリ間に合ったのですが、わたくしが助言を告げはじめてしまったがゆえ、残念な事になりました」
 「まどか……」
 
 それを聞いたほむらは、じっとまどかを見つめる。心底、申し訳なさそうに。
 
 「絶対、守るから」
 「……」
 
 そういうほむらのあまりにも真摯な顔に、まどかはなにも言い返せない。
 まどかの中では、反発する心と、大切に思ってくれているという心が、激しくぶつかり合って渦を巻いていた。
 
 そんな二人をさらりとスルーして、ジークリンデは説明を続ける。
 
 「あのお方の名は、霧の魔女ヴァイス。その性質は『奇跡』。閉ざされた未来にあってなお、その先を求めるもの。過去と未来を知り尽くすその魔女には、あらゆる攻撃は通じない。
 彼女に勝つためには、文字通りの『奇跡』を起こさねばならない……幸い、あのお方は、直接人を傷つける力は持ち合わせておりません。ですが、同時にあのお方は、こういうお方なのです。
 魔法少女が魔法少女である限り、絶対に勝てない魔女。あらゆる世界に存在する魔女の中で、三番目に強い魔女。
 それでも、たぶんさやかさんとまどかさんは生き延びられるでしょう。あのお方は『人間を傷つけることが出来ない』ので。ですが、それ以外の方は……まず生きて帰れないでしょうね。お覚悟のほどを。
 そういうわけですので、帰り道には十分注意してください。それと」
 
 そこで一旦ジークリンデは、言葉を切って皆を見渡した。
 
 「もし無事に生きて帰れたら、またお越しください。一度助かれば、『律』は解除されますのでご安心を」
 
 その言葉と同時に、どこからともなく霧が漂いだし、辺りの景色が白い背景にとけていく。
 気がつけば、白亜の館は、姿を消していた。
 



[27882] 真・第23話 「甘い事は考えない事ね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/07/31 23:33
 「霧の魔女、ね……」
 
 だんだんと濃くなる霧を、忌々しげに見るほむら。
 
 「この霧を結界として、襲ってくるのかしら」
 
 油断無く周囲を警戒するマミ。
 
 「にしては妙だな……魔女の気配を感じない」
 
 槍を構えつつも、反応のなさを不審に思う杏子。
 
 「なにがあっても二人には傷一つつけさせない」
 
 まどかとさやかをかばう位置に付くキリカ。
 
 「あの人嘘をつくとは思えませんけど、実際、たぶんこの魔女の弱点を見たら、私の力が尽きます……」
 
 泣き顔のちえみ。
 
 「まどか……」
 「さやかちゃん……」
 
 身を寄せ合うまどかとさやか。
 
 だが、だんだんと霧が濃くなるだけで、魔女の気配はかけらも現れない。
 やがて濃くなり続ける霧が、至近にいるはずの仲間の顔すら見えづらくなるまでに濃くなったとき、ちえみはそれに気がついた。
 力はなくとも、感知能力に長けるちえみの本領であった。
 
 「いけません! 魔女は、この『霧』です!」
 
 しまった、と思う間もなかった。魔女はあらゆる姿をとりうる。今までのように、特定の『形』をとるという先入観を突かれた形になった。
 
 そして、ふと気がつくと――
 
 
 
 
 
 
 
 食いちぎられた傷は再生できたものの、魔力はもうほとんど残っていない。せいぜいこちらに近寄ってくる使い魔を撃退するのがせいぜい。
 シャルロッテは暁美さんが追い詰めてくれている。これなら大丈夫だろう。
 そう思ったときだった。突然シャルロッテの動きが変わる。
 なにもかも振り捨てて、傍らに隠れていた、鹿目さんに襲いかかろうとしている。
 隙だらけになったシャルロッテを暁美さんが全力で攻撃する……届かない。大きさを半分程度にしながらも、脱皮しつつ鹿目さんに迫っている。
 残りの魔力はほとんど無い。でも、通すわけにはいかない!
 私は残る全力を振り絞って、シャルロッテを攻撃する。ティロ・フィナーレを撃つ時間はない。銃を大量召喚して、同期攻撃を掛ける。
 これが文字通り、最後の攻撃!
 着弾した攻撃を受けて、シャルロッテの首と胴がちぎれ、分解していく。
 勝った、と思った。でもそれは早計だった。
 なんと、ぼろぼろの首だけになりながらも、シャルロッテは動いていたのだ。
 そして相手も最後の力を振り絞り……鹿目さんを、一飲みにした。
 
 あ……
 
 その瞬間、私の中で、何かが崩れた。
 ソウルジェムの濁りが限界を超え、収まりきれなくなった瘴気がはじけ飛ぶ。
 そして瘴気を放出したソウルジェムは、ある見慣れたものに変形した。
 それを見た瞬間、私は悟った。
 そういう事、だったのね……
 
 薄れ行く最後の意識は、自分の体が解き放たれ、一筋の紐となる所で尽きた。
 
 
 
 瘴気は細く、長くなり、瘴気の名に反するかのように、黄金に輝きはじめる。一筋の糸となった障気は紡がれていき、やがて瓢箪型の繭を形成する。
 
 
 紐の魔女ザビーネ、その性質は孤独。
 寂しさを紛らわさんと、全身の紐で相手を束縛する。だが紐で縛られた人は自我をも縛られてしまい、全ての意志を失う。
 この魔女を倒すには、魔女が心から求める、ただ一言を囁けばよい。
 
 
 
 
 
 
 
 あたしは織莉子のために全てを捧げると誓った。巴マミに負けた私を、偽りの自分で友になった自分を、織莉子は認めてくれた。
 私のソウルジェムは傷つき、砕ける寸前だ。
 もう、助からないのは判っている。このままだと、自分がどうなるのかも判っている。
 それでも、私は、織莉子のために。
 彼女のために。
 そして作れるようになっていた結界の中に、初めて見る魔法少女が入ってきたとき、私は限界を悟る。
 そして見知った魔法少女が来たとき、その時は来た。もう、持たない。でも――
 
 「大丈夫。
 私はなにになっても、
 決して織莉子を
 傷つけたりしない。
 
 いや、むしろ
 こうなる事で
 君を守る事が
 出来るのならば
 私は――」
 
 
 
 
 
 
 
 ――安らかに、絶望できる!
 
 
 
 瘴気は渦を巻き、新たな形を形成していく。下半身を残したまま、上半身が膨れあがる。
 ボコり、ぼこりと膨れあがる体は、女性の上半身がいくつも連なったような奇怪なオブジェと化す。
 そして頭部につばとリボンの付いた帽子がかぶさり、結ばれたリボンの中心に、むき出しの眼球がせり出してくる。
 
 
 
 風船の魔女マルゴ。その性質は偏愛。全てはこの身を満たす、あの方の愛のままに。
 空の身を膨らませる息吹がある限り、この魔女は息吹を吹き込みし者の意に全力を持って仕え、守らんとする。
 もし吹き込みし者が倒れたならば、この魔女はその者と生死を共にするであろう。
 
 
 
 
 
 
 
 「くそっ、なんで倒れないんだよおまえはっ、無敵だとでも言いたいのかっ!」
 
 いや、判っちゃいるんだ。こいつは無敵なんじゃない。耐えているんだ。
 鋼のような意思で、こちらの攻撃を跳ね返してやがる。
 このままじゃじり貧だ。逃げるか、攻めるか。
 そしてあたしは――『攻めた』
 使い魔を蹴散らし、本体に攻撃を掛ける。木枠、拘束台、そして、刃。
 ギロチンなんてふざけた形をしている魔女に、全力で猛攻を掛ける。
 
 それでも、あいつは揺るぎなくそこにあった。
 
 ヤバいな……ミスったか。もうソウルジェムも限界だ。
 さすがに逃げないとまずいだろう。そう思ってあたしは、最後の『啖呵を切った』
 
 「ったく、てめえ、魔女の癖して『何様のつもりだ!』。とっととくたばりやがれ!」
 
 そう、あたしが叫んだときだった。
 一瞬、魔女の、ギロチン台の姿が歪んだような気がした。
 そして返事をするかのように聞こえた声。
 
 
 
 ……許さない……万引きは、泥棒なんだよ……
 
 
 
 それは、「あいつ」の口癖だった。あたしを追っかけ回す、ミニスカポリスっぽい魔法少女の。
 おい、まさか、てめえ
 
 やちる、なのか……
 
 
 
 その瞬間だった。気が緩んじまったせいか、気がついちまったせいか。
 あたしのソウルジェムが、限界を超えちまった。
 押さえつけていた瘴気が、濁りが、よどみが、解き放たれていく。
 
 ああ、そういう事だったのか。キュゥべえのやつ、適当抜かしやがって……
 
 
 
 地面から突きだされた槍が、杏子の、既に物言わぬ骸と化した体を貫く。
 そのまま掲げられた体を、今度は水平に突き出された槍が、両の腕を大の字に固定する。
 それはかつて教会に掲げられていた聖人の像のごとし。
 だがその身は黒く穢れ、その顔はいびつに歪み、その身は淫靡な娼婦のようであった。
 やがてどこからともなく現れた使い魔が、十字架に貼り付けられた魔女を、聖なる者のように掲げながら行進していった。
 
 
 
 聖者の魔女マリアンネ、その性質は贖罪。彼女の姿を見、その声を聞いた者は、己の罪を告白せずにはいられない。
 だが、懺悔した者に与えられる救いは、常に『死』あるのみ。
 
 
 
 
 
 
 
 一人、だった。
 なにも、出来なかった。
 なにも出来ないまま、心は絶望に染まった。
 そして、私は――『歯を食いしばった』
 私は『知っているから』
 このまま心をゆだねていたら、私は『また魔女になってしまう』
 だから私は、必死に抗った。
 身動き一つ、出来ないけれど。
 
 
 
 
 
 
 
 気がつくと、私は病室にいた。
 
 「なんで? なんで私はここにいるの?」
 
 私はあの世界で死んで、円環の理に帰るはずだった。なのにここは、始まりの場所。ループの基点。
 そして手の中には、懐かしいソウルジェムの手触り。
 動揺した私は、『なにも考えられなかった』。
 混乱がめまいを、心臓を痛めつける。
 『いつもの確認も、なにもかも忘れていた』。
 私の変調に気がついた看護師さんから、私は退院の延期を知らされた。
 
 
 
 なんという大失敗。
 転校が遅れたら、なにもかもが崩れてしまう。まどかは魔法少女となり、あの最初の悲劇がが繰り返され……そこではたと気がついた。
 自分にとっての全ての事の始まりは、転校して私がまどかと出会った事。
 ならば、もし、そもそも自分が、まどかと出会っていなかったら。まどかがマミと共に、ワルプルギスの夜まで、私と共に行動していなかったら。
 
 不安は不調を呼び、迷いは迷いを呼んだ。運命の一月の間、私のソウルジェムはどんどん濁っていく。グリーフシードを手に入れたくとも、この体がまともに動いてくれない。希望の力がわき上がらない。体調を整える事すら出来なくなっている。
 
 そして運命の日。
 
 見滝原は――『平穏なまま時が過ぎていった』
 
 もう、駄目だった。私の心の中で、最後の支えが外れるのを感じる。
 せめてソウルジェムを砕いてしまいたいが、今の私は指一本動かせない。
 私は、どんな魔女になってしまうのだろうか。
 
 
 
 「それを、知りたいかしら。暁美ほむらさん」
 
 その声に、私の意識が急速に浮上した。
 
 
 
 
 
 
 
 そこは、視界を閉ざす霧の中だった。ほむらが自分の左手を見ると、そこに見えるのは限界まで濁ったソウルジェム。
 かつてまどかが昇華したときよりひどい、といえば濁り具合が判るであろう。
 ほむらは、自分の意識を覚醒させた存在――ジークリンデを睨み付けた。
 襲いかかろうにも、動くのはせいぜい首から上だけだ。
 あたりを見渡すと、うっすらと、三体の魔女の気配を感じた。そのうち二体は、見覚えのあるシルエットが霧に映っていた。
 
 「ザビーネと……キリカがなった魔女?」
 「ご名答」
 
 ジークリンデが答える。
 
 「あのお方には一切の攻撃能力はありません。ただ、あり得る未来を、あり得た可能性を体験させる事が出来るだけ。但し、体験させられる側にとっては、それは現実と全く同じ事。幻覚のように、打ち破るという事は不可能。そしてあなた方が見せられたのは、『魔女化した未来の体験』よ」
 
 それを聞いてほむらは慄然とした。そんな事をされたら、どんな魔法少女であってもまともでいられるわけがない。
 
 「そう……絶対不可避な魔女化の再現。それがあのお方の使える唯一の攻撃手段。勝てないといった意味がおわかりかしら」
 「……いやというほどね。でもなら何故あなたは、私を助けたのかしら。あのままにされたら、私も間違いなく魔女になっていたはずよ」
 
 ジークリンデは、一転して厳しい顔になって答える。
 
 「あなたが魔女化する事は、全ての終わりを意味するわ。それはあのお方にとっても望む事ではないの。あのお方は、絶望しかない世界に希望をもたらす『奇跡』を望んでいるのだから」
 
 そしてほむらのソウルジェムに、ジークリンデは細長い棒――キューを突きつける。
 
 「だからあなたは、この後で私が殺します。でもその前に」
 「その前に?」
 「少し助言を聞いて行きなさい。ああ、まどかさんとさやかさんは、何ともありませんから安心しなさい」
 
 ほむらは思わずジークリンデの顔をまじまじと見つめてしまった。
 
 「殺す相手に助言?」
 「黙って聞きなさい」
 
 視線だけでほむらを黙らせるジークリンデ。
 
 「助言は三つよ。まず一つ。あなたの固有魔法は、あくまでも『時間遡行』よ。あなたには時間を止める力など無いわ」
 「前にも言っていたわね。それ、どういう意味なの。私は確かに時間を止められるのに」
 「時間を止める事は、誰にも出来ないわ」
 
 ジークリンデは、馬鹿にするような目でほむらを見る。
 
 「そんな事をしようとしたら、神様にでもなるしかないわ。よく聞きなさい暁美ほむら。あなたの時間停止は、過ぎ去る時間と同じ速度で時間を遡行する事による、擬似的な時間停止なのよ。流れるプールを流れに逆らって泳いで、そこに静止しているように見えるのと同じ事」
 
 思わずほむらは納得してしまった。
 
 「あなたは自分の魔力を帯びたものを過去に戻す事が出来る。それがあなたの固有魔法。静止時間の中で普通に呼吸が出来るのも、銃を発射できるのもそういう理由よ。そしてこの魔法を応用する事で、あなたにとっては得難い真の必殺技を見いだせる。まあ、必殺技と呼ぶにはふさわしくないのですが」
 「それって一体……」
 「詳しくは教えられないわ。自分で考えて会得しなさい。だけど、あなたの固い頭じゃ思いつきもしないだろうから、ヒントだけは教えてあげます。
 その必殺技に名をつけるとすれば、それは『ゼノンの背理(Zeno's Paradoxes)』とでも言うべきものですわ。アキレスは亀に追いつけない、そういうものです」
 「ゼノンの、背理……?」
 
 この時点のほむらにはその意味が判らなかった。アキレスと亀の話は昔聞いたような憶えもあるが、詳しくは憶えていない。
 
 「まあ、あなたの武器がなんであるかをよく考える事ですね。助言の二つ目」
 
 そこで話題を変えるかのように、話を変えるジークリンデ。
 
 「もしこの先、魔女でない私に出会う事があったら……それは千載一遇、一期一会のチャンスだと思いなさい。彼女に会って、なおあなたが願いを叶えられなかったとしたら、それは全ての破滅を意味するわ。言い換えれば、それが最後のフラグよ」
 
 ほむらは考えて、また思わず納得する。織莉子が絶望したのは、おそらくは未来に救いがどこにもないから。ならば逆に言えば、織莉子が存在するのならは、それはその周回においては救いの目があるという事。
 
 「そして最後の助言。但しこれは聞かないという選択も出来るわ。あなたにはまだ時間がある。着実に力を積み重ねるか、多少危険でも一気に近道を行くか、その差くらいですけど」
 
 ほむらの答えは決まっていた。
 
 「聞くわ」
 「なら、最後の助言です。暁美ほむら」
 
 彼女の目に、怒りと、哀れみと、慈愛が混在した、不思議な光が宿った。
 
 「あなたがあのまま魔女となった場合、あなたはこんな魔女になるのよ」
 
 そしてジークリンデは、詩の一節を読み上げるかのように、朗々と語りはじめた。
 
 
 
 「舞台装置の魔女 フェウラ・アインナル
 その性質は無力。同じ道を回り続ける愚者の象徴。
 切り捨てられた未来は積もり重なって舞台を築き、道化達はその上で、失敗した戯曲を愚直なまでに繰り返し演じ続ける。
 かの魔女を倒すためには、己が切り捨てた未来を肯定せねばならない」
 
 
 
 ほむらの顔が衝撃でこわばった。
 そんなほむらの様子に気がつかないかのよに、ジークリンデは言葉を続ける。
 
 「さて、助言は終わりました。私はこれからあなたを殺します。ですが」
 
 キューの位置を修正し、握る手に力がこもる。
 
 「死如きで運命から逃れられるなんて、甘い事は考えない事ね」
 
 その言葉と同時にキューが突き出され、ほむらのソウルジェムは砕け散った
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 筈だった。
 
 唐突に目が覚める。そこは始まりの病院。手の中には、濁りのない、きれいなソウルジェム。
 困惑するほむらは、とりあえず深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
 まどから見える景色も、カレンダーの日付も、傍らに置かれたパンフレットも、今がいつもの始まりの時である事を示している。
 
 「どういうことなの?」
 
 先ほど聞いたばかりのジークリンデの言葉もあり、考えがうまくまとまらない。
 ひとつ確かなのは、もしほむらが死んだ場合、リセットするかのように、始まりの時に戻る。そういう事だった。
 



[27882] 裏・第23話 「それじゃ、駄目なんだよ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/08/07 19:46
 「なにが起こってんのかな……」
 「みんな……」
 
 霧の中、まどかとさやかは、なにも判らないまま二人で抱きしめあっていた。
 そうしていないと、永遠に相手に会えなくなってしまうような気がしたから。
 それでも、晴れぬ霧はないとでも言うかのように、うっすらとこの霧は晴れはじめた。
 
 「戦いは、終わりました……残念ながら、巴マミ、佐倉杏子、呉キリカ、暁美ほむらは、あのお方に敗れました」
 
 そこに響く、残酷な宣言。
 
 「そんな……」
 
 がっくりと膝を突くまどか。それを支えるさやか。それと同時に、さやかは何かが頭に引っ掛かったのを感じた。
 
 「あれ? ちえみは?」
 「添田ちえみは引き分けですね。あのお方の攻撃に耐えきれるとは。思ったより逸材かも」
 
 ジークリンデは声だけを残しつつ、その姿を消していく。
 
 「あなたへの助言は、少し時を置きましょう。暁美ほむらの意思に免じて。しばらくは自分で考えなさい。その上でもしまた助言が欲しくなったら、いつでもどうぞ。
 後添田ちえみは、生きて――知っているあなた方にこの表現はどうかと思いますが、まだ己を保っていますよ。ただ限界までソウルジェムが濁っていますから、自力では指一本動かせませんけど。すぐにグリーフシードを使えば助かりますよ」
 
 その言葉と同時に霧は完全に晴れ、二人の視界に、倒れ伏したちえみの姿が映る。
 
 「ちえみちゃん!」
 
 先ほどまでの落ち込みが嘘のように、まどかが走り寄っていく。彼女の腰のブローチからグリーフシードを取り出し、目にモノクルとして装着されているソウルジェムに当てる。
 
 「……ありがとう、後は自分で出来るよ。キュゥべえ、いるんでしょ」
 
 まどかの手を止め、ちえみはそう声を掛ける。それに応えるように、白いマスコットは姿を表した。
 
 それを確認して、グリーフシードをそちらに投げるちえみ。キュゥべえはそれを回収すると、まどか達に話しかけてきた。
 
 『大変だったね。よく生き残れたものだ』
 「まあ、わたしは。でも、他のみんなは、駄目だった」
 
 それを聞いて、再び落ち込むさやかとまどか。
 
 『ここの魔女はものすごく特殊だからね。あまり近寄らない方がいいと思うよ。僕すらここが魔女の結界内だと感知できないほどの自然さ、自然の霧としか見えない魔女……本気で規格外だ』
 「え、ここ、魔女の結界内なのか?」
 
 さすがにさやかが驚く。
 
 『そうだよ。僕だって、あの魔女が戦わなければ気づきもしなかった。完全に本来の世界と全く変わらない風景を、結界に貼り付けているんだ。邪気もほぼ0と言っていいくらいに薄いし、そもそも出入りが完全に自由だ。たぶんちえみが全開で探知してやっと区別が付くかどうかというレベルだよ、これは』
 「あそこの通りまで行けば、結界の外になるわ」
 
 ちえみの言葉に、三人と一匹は、そそくさと移動を開始した。
 
 
 
 三人が最終的に落ち着いたのは、主のいないマミの家だった。ちえみがまどかとさやかを、ここに引っ張ってきたのだった。
 大事な話がある、といって。
 
 「ねえ、なんでわざわざこんなところまで引っ張ってきたの?」
 
 静かすぎるマミの部屋の様子にまた落ち込んだまどかを見て、さやかが不満げに言う。
 対するちえみは、まるでほむらが乗り移ったかのような冷静さで答えを返してきた。
 
 「万が一にも、聞かれたくない話だから。まどかさん、さやかさん、先輩達が敗れた今でも、知りたいですか? 魔法少女の秘密を。そして、先輩達が、どうして敗れたのかを」
 「ちえみちゃん、知ってるの……?」
 「はい。私は全部知っています。『知る事』が私の力でもありますし」
 「でもなんで今更……」
 
 さやかは少し不審に思う。そしてその答えは、まどか達の予想を越えたものだった。
 
 「先輩が敗れた今、たぶんあと数日で、見滝原は崩壊しますから」
 
 
 
 しばし無言の時が流れた。ちえみは彫像のように、無言のままそこにいる。
 さやかも、まどかも、あっけにとられたまま、ちえみを見つめるばかり。
 やがて、それを打ち破るかのように、さやかが叫ぶ。
 
 「なんでよっ、なんで見滝原が崩壊って、ここかひどい目に合うのかよ!」
 「はい。魔法少女の事を知らない人から見れば、あくまでも自然災害の形をとって、この見滝原は全てが廃墟同然に見えるほどに破壊し尽くされます。
 ですが、それすら単なる前兆に過ぎません」
 「え……」
 
 追い打ちを掛けるようなちえみの言葉に、言葉が止まる二人。
 
 「そう、見滝原の崩壊は基点にしか過ぎないんです。それからわずか一日のうちに、全地球が壊滅し、全ては滅び去ります……ただ一人の魔女によって」
 「世界を滅ぼす魔女……」
 「そんなのがいるの……」
 
 聞き返す二人に、ちえみは言った。
 
 「通称を『ワルプルギスの夜』。先輩が宿敵としている魔女です」
 
 
 
 再び、しばしの沈黙が訪れる。
 
 「……それって、魔女なんでしょう? 倒せないの?」
 「先輩は倒すために頑張っていますけど、ほとんど勝てたためしはないです」
 「ん? それじゃ何度も戦っているように聞こえるけど、気のせい?」
 「いいえ、間違いじゃないですよ」
 
 さやかの疑問に、それを肯定するちえみ。
 
 「先輩の本当の力は、時間の遡行……過去へと戻る事ですから」
 「あれ、じゃあ負けたら時間を遡ってやり直してるとか? ゲームでボス戦前にセーブするみたいに」
 「微妙に違いますけど、そんな感じです。先輩はもう何十回と、転校一週間前くらいから一月ちょっとの時間を、延々と繰り返し続けている人ですから。
 ワルプルギスの夜を倒して、まどかさん、あなたを生き延びさせるため、ただそれだけのために」
 
 三度、時は止まった。
 
 
 
 今度の沈黙は長かった。
 それを破ったのは、まどか。
 
 「お願い……教えて。どうしてなの。なんでほむらちゃんは、私なんかにそんな事をしてくれるの。どうして私が魔法少女になっちゃいけないの。ちえみちゃんは知ってるんでしょ、ねえ、教えて……私、わけがわからないままなんていや」
 
 涙を流しながら懇願するまどかに、ちえみは言う。
 
 「それは友情と、呪いとも言える宿命の物語です。さやかさん。あなたも聞いてください。先輩が、繰り返す時の中で、なにを見てきたのかを」
 
 そしてちえみは語りはじめる。暁美ほむらが体験してきた物語を。
 
 
 
 「……そして、今に至ります。おわかりになりましたか、まどかさん。無力だった先輩は、あなたに心から救われていたんです。ですが、運命の果てに待つのはいつも残酷な現実。たぐいまれな力を持つ事を定められたまどかさんは、その優しさ故に自分を贄に、世界のために捧げてしまう。そんな定めを、先輩は打ち破りたかったんです」
 「ほむらちゃん……」
 「馬鹿だよ、あいつ……」
 「そして今のこの世界は、一度は救われた世界の、残滓に過ぎません。運命の精算を迫る、残酷な世界。この事は、先輩自身も、まだ気がついていないんです。たぶん今頃、次の世界でまたやり直しているんじゃないかと思いますよ」
 「え? ほむらちゃん、死んじゃったんじゃ」
 
 不思議そうに聞くまどかに、ちえみは首を横に振る。
 
 「たぶん先輩自身も気がついていないと思うんですけど、先輩は死ぬ事すら出来ません。時を戻し、歴史を書き換え、因果に反逆した先輩は、因果の円環が閉じない限り、永遠に時の輪から抜け出す事は出来ないんです。
 まどかさんが一度は救い、作り直してしまった世界からこちらにこぼれ落ちてきた時から、それは定まっていた事なんです」
 
 ちえみの言葉に、まどかは言葉もなかった。
 そしてさやかは。
 
 「あと数日、か……」
 「はい。どんなに長くても一ヶ月以内に、この世界は崩壊します。全ては一旦、無かった事になっちゃいます」
 「一旦?」
 「はい。もしいつか、先輩が成功したら、その時はこの虚ろの世界もまた、再び意味を持つ筈なんですけど、そこまでは私にもまだわかりません」
 「意味って、どういう?」
 
 さやかの問いに、ちえみは首を捻りつつも答える。
 
 「今の私ほど明確にじゃないでしょうけど、世界の体験は、記憶という形で統合されると思うんです。夢に見る、程度かもしれませんけど、いろんな世界で体験した事は、別の世界の自分にとって、何らかの『糧』になるのは確かなんです。つまり、今のこの世界だって、無意味なわけじゃないんです」
 
 それを聞いて、少し顔が上向くまどか。
 
 「意味……あるの?」
 「ありますよ」
 
 まどかの疑問を全肯定するちえみ。
 
 「後さあ」
 
 そこに重なるさやかの言葉。
 
 「世界が崩壊するって言っても、そんな事、誰も信じないよな。私はちえみが嘘ついてるとも思えないから信じるけど」
 「ですね。言うだけ無意味ですよ。人って、そういうものですから」
 「じゃあ……あたしは、その間、私にしかできない事、やりたい」
 
 どこか吹っ切ったようなさやかに、ちえみもまどかも注目する。
 
 「その数日も、魔女は活動するんだよね。人が、苦しめられるんだよね。でも、それを退治する魔法少女は、今、いなくなっちゃったんだよね」
 「……はい。それに先ほども話した通り、私以外の先輩達も、みんな魔女になっちゃったと思います。ほむら先輩だけは、まだこの世界があるから違うと思いますけど。
 先輩は一種の特異点なんで、死んでも復活するけど、魔女になると本当に全世界が無に帰しちゃうんです。さっき言った、世界の意味もなくなっちゃうくらいに」
 「なら、あたしがやる。馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、なんにも知らない人達には、なにも知らないままでいて欲しいから」
 「さやかさん……」
 「さやかちゃん……」
 
 さやかを見つめるちえみとまどか。
 
 「まどか、あんたは無しだよ。やりたいだろうけど、やったが最後、結局世界が滅びるんじゃ、意味ないじゃん」
 「さやかちゃん、ごめんね……」
 「キュゥべえ」
 『呼んだかい?』
 
 
 
 
 
 
 
 「お帰り、ちえみ。遅かったわね」
 
 見河田町の自宅でちえみを迎えたのは、彼女の母だ。
 
 「うん……母さん、ごめん。結局今回は駄目みたい」
 「あら……じゃあやっぱりあと一ヶ月?」
 「それが、下手すると明日か明後日にも」
 「あらあら、それじゃお仕事どうしましょうかね」
 「『来る』時にはたぶん竜巻注意報かなんかが出ると思うから、それを目印にするといいと思うよ」
 「はいはい。あ、そうすると、次の『私たち』に送るメッセージ、作り直した方がいいかしら」
 「うーん、どうかなあ」
 「おい母さん、玄関でなに話してるんだ~」
 「あらごめんなさいあなた。今行きますわ」
 
 
 
 そこにあったのは、どこにでもありそうな、家族の団欒だった。
 
 
 
 そしてわずか三日後。
 
 
 
 「なんだよありゃあっ!」
 「さやかちゃん、ちえみちゃん、大丈夫なの、あれ……」
 「私はもう端からなにも出来ないですから。考えるだけ無駄って諦めました」
 
 目の前には只人には嵐にしか見えない巨大な魔女。しかもそれは過去ちえみが見た逆しまではなく、正位置となったもの。
 魔女は只笑いながら進むだけ。それだけで進路上のものがことごとく薙ぎ倒されていく。
 人気はなく、どこかの民家でつけっぱなしになっているらしいテレビからは、巨大竜巻の出現と避難を呼びかける声が流れ続けている。
 それでもさやかとちえみは、宙を蹴り、さやかに至ってはわざわざジークリンデにアドバイスすらもらって、ワルプルギスの夜に立ち向かう。
 
 「一発勝負、魔女になったって、どうせこいつに喰われて終わりなんだよね、ちえみ!」
 「はい! ワルプルギスの夜は、『希望の潰えた未来』の集合体でもありますから、近くの魔女は全部吸収・同化してしまいます!」
 「それじゃあジークリンデさんやあの霧の魔女もか?」
 「たぶん真っ先に吸収されたと思います」
 「でもあのほむらがこいつになっちまった未来なんて、訳わかんないけどどっかにあるのかよ!」
 「あるはずです。そしてそれを消してしまえれば円環は完全に壊れて、先輩も『解放』されるはずなんです」
 
 吹きすさぶ風と雨、さらにビルまで降ってくる中で、二人の魔法少女はハイテンションでしゃべり続けている。
 それは戦いを甘く見ているわけではない。そうでもしないとやってられないのだ。
 
 ――あなたの祈りは『他者を救う事』、そのシンボルは『円環なす曲(しらべ)』、その力の本質は『再生』、その武器は『切り開くもの』。故にあなたは、耐える事、奏する事、開く事に力を発揮するわ。
 
 ジークリンデの言葉からひらめいた、さやかの魔法。ひとつはマミも使っていた自己再生。そしてもう一つが。
 
 「いけえっ!」
 
 掛け声と共に、さやかの脇から現れ、飛んでいくもの。それは銀色でありながら虹色に輝く、中央に穴のある薄い円盤。
 クラッシックのバイオリン曲を『奏でながら』、その円盤は群がる影の魔法少女を切り裂いていく。
 反撃にさやかも少し傷つくがその部分に円を描いた五線譜が浮かび上がり、瞬く間に傷を修復していく。
 
 (結局、あたしの気持ちって、とことん恭介に向いてたのよね)
 
 少し自嘲するように笑いながら、楽譜と共に奏でられる曲に耳を傾ける。
 さやかの願いは恭介に通じている。故にその力も、攻撃の要は『音楽』に象徴される物であった。
 
 「くらえええっ!」
 
 手にした日本刀が、幾度となく眼前の空気の壁を『切り開く』。
 切り開かれ、振動した空気は『音楽』となってあるものは追従し、あるものは拡散する。
 『音楽』は、衝撃波とかまいたちを複雑に複合させた『破壊力』となって影の使い魔や舞台装置の魔女に襲いかかる。
 そして、一筋の道が、さやかの前に『開けた』。
 
 だが、さやかの猛攻もそこまで。どうしても『とどめの火力』が足りない。
 
 
 
 そしてその、絶望的な戦いを見つめる、四つの瞳。
 
 止められた。
 願えば待つのは確実な破滅。
 一時は撃退できても、それは確実にさらなる破滅を呼ぶ。
 だが少女は、納得できてはいなかった。
 そして、善意という名の最悪の悪魔は目を覚ます。
 それは善意の裏に潜む業。
 何故地獄への道が善意に舗装されているのか。
 それは善意というものが、その言葉、その意味とは裏腹に、ある悪徳を秘めているからに他ならない。
 憚る事無き自己満足という、醜悪きわまりない罠が。
 善意の裏にあるのは称賛。
 他者からもそう思われる、何より自己に対する絶対的な肯定。
 だが絶対は必ずしもそうであるとは限らない。
 なのにそれは気づかれない。
 善意の裏に潜む悪魔、その名は自己正当化。
 
 その誘惑に、一四歳の少女が対抗するのは、あまりにも無謀だった。
 
 「キュゥべえ……私は嫌。どんなに危なくても、私はなにも出来ないなんて嫌! 黙って見てなんていられないの!」
 『それは僕との契約を望むという事なのかな? 滅びの定まった運命を覆すために、その命を掛けるという事かな?』
 「そんな運命、認めたくない! 絶対、ひっくり返すんだから!」
 
 豪雨と強風の中、少女は叫ぶ。
 だが悪意無き契約者は、非情の事実を告げる。
 
 『まどか、君が望むのなら僕は契約する事はやぶさかではない。だけど、ひとつだけ忠告しておくよ。
 この世界の崩壊の運命を決定づけたのは、他ならぬ『最強の君』が別の時間軸で掛けた祈りの結果だ。つまり、もし力尽くでその運命をひっくり返そうとするのならば、最強を上回る力が物理的に必要になる。けれども今の君には、そこまでの力はない』
 「それって、私の祈りじゃ運命は覆せないっていう事?」
 『そうなるね。かつて別の世界で君が願った『全ての魔女を生まれる前に消す』という祈りは、もしもう一度掛けるとしても、最低限暁美ほむらから受け継ぐ因果が最高に達していないと無理だ。つまり暁美ほむらが消滅しているこの世界では、その願いはエントロピーを凌駕する事が出来ないのが確定している』
 「そんな……」
 『これは厳然たる事実だ。僕としても、どうやっても不可能な事が確定している願いを掛けられても困るだけだ』
 「なら、せめて……私はみんなを助けたい! あそこで戦っているさやかちゃんや、ちえみちゃんや、今避難しているみんなを、町の人を、この見滝原を守りたいの! 私はもう、ただ見ているのは嫌なの!」
 
 それは少女の心からの願い。純粋な、心からの希望、心からの祈り。故に。
 
 
 
 『おめでとう、君の祈りは、エントロピーを凌駕したよ』
 
 
 
 それは奇跡。
 それは希望。
 それは夢。
 
 そしてそれは、幻想。
 
 
 
 
 
 
 
 「なんだよ、キュゥべえも脅かしやがって。別にまどかが魔法少女になったって、世界は滅びたりしないじゃないか」
 『申し訳ない。これは本気で予想外だった』
 
 魔法少女となったまどかから放たれた矢は、さやかの切り開いた花道を駆け抜け、ただの一撃でワルプルギスの夜を打ち抜いた。
 そして次に放たれた無数の矢が、薔薇の花びらになって世界を覆い尽くしていく。
 その花びらが触れると同時に、全ての壊れたはずのものは元の姿を取り戻していた。
 ついでに人々の記憶から、見滝原を襲った竜巻の事も消えていた。
 世界は、救われたのだ。
 ワルプルギス夜の崩壊と共に、全ての魔女も解放されていた。
 もう魔法は使えない。全ての魔女が消え、魔法少女もその意味を無くした。
 
 『全く大損だ。だけど仕方ないね。それが君の望みなら』
 
 そう言い残して、キュゥべえは地球から去っていった。
 
 「これでほむらちゃんとちえみちゃんがいれば、完全に元通りだったんだけど」
 「しかたなかったのよ。魔女化ではなく、ソウルジェムを砕かれたせいで、復活が叶わなかったなんて、あの時の鹿目さんにはわからなかったんですもの」
 
 マミの言葉に、ちょっと落ち込むまどか。
 
 「だからそうやって落ち込んでたら、あいつもキッと悲しむぜ。あいつは、今のまどかのために頑張ったんだから」
 「ったく、馬鹿だよな、あいつも。まどかを助けるために自分が犠牲になってたら意味ねえじゃんか。これでまだ魔法があったら、まどかのやつ、今度はあたしの番だって言って、あいつみたいに時間を遡りかねねえしな」
 「私もそう思うぞ、恩人。というか私だったらまずやっている」
 
 さやかの、杏子の、キリカの励ましの声がまどかに降り注ぐ。
 
 「そうだよね。下向いてちゃ、駄目だよね」
 
 まどかは、ぐっと、顔を上に向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 「……悲しいね。でもまどかさん、それじゃ、駄目なんだよ」
 
 無と化した空間の中で、ちえみはつぶやく。
 彼女が『見た』のは、結界の中の風景。それは彼女の理想の天国。
 それを見た反動でちえみのソウルジェムは完全に濁りきり、もう少しではじけるだろう。
 眼前にあるのは、全てを呑み込んだ、銀河をも越える魔女。
 
 
 
 救済の魔女クリームヒルト=グレートヒェン。その性質は慈悲。全宇宙全ての存在を強制的に吸い上げ、彼女の作った新しい天国へと導く。この天国に絶望は存在せず、拒絶された絶望は新たなる世界へと捨てられる。
 この魔女を倒すものは、そもそも存在していない。世界には他のものなどなにも無いのだから。
 
 
 
 ちえみの目の前には、腹部らしい所を大きく膨らませた救済の魔女の姿があった。
 そしてそこから分離する、ひとつの魔女。
 それはまどかが打ち破ったはずの、ワルプルギスの夜。
 
 「まどかさんが力でワルプルギスの夜を撃破したら、その瞬間、ワルプルギスの夜の絶望は全てまどかさんに流れ込んじゃう。当然よね。あれは先輩なんだもの。まどかさんのためだけを考えて、そのために切り捨てた先輩の負の思い。それがまどかさんと繋がったら、殺到するのは当然。
 そしてまどかさんがどんなに凄い魔法少女でも、その絶望を受け止めるのは、無理」
 
 そう独りごちた所で、遂にちえみのソウルジェムもはじけ飛ぶ。
 
 「さすがに限界かぁ。とりあえずクリームヒルトの情報は収集できたけど、まだ無理か。
 やっぱり、あれを見ないと駄目かなあ。でもあれ見ると、間違いなく『終わり』が来ちゃうんだよね」
 
 自分が魔女と化し、その存在を眼前の復活したワルプルギスの夜に喰われていくさなか、最後に残る意思でちえみは自分の武器であった本を開く。
 開かれたページに記されているのは、暁美ほむらの情報。
 
 「卵が先か鶏が先か。誰かが干渉しなかったら、この偽りの世界に帰還した先輩は、ワルプルギスの夜に出会えるはずはないのよね。だって、帰ってきた世界で先輩が絶望して、初めて見滝原にワルプルギスの夜は現れる筈なんだもの。
 つまり初めの世界で先輩が確認したワルプルギスの夜は、誰かが別の世界から送り込んだ事になるんだよね。そしてそんな事が出来そうなのって、どう考えても……
 
 残念ながら、ちえみの思考もそこが限界だった。千切れて消えていく想いの中、最後に彼女は思う。
 
 
 
 ……うまくやってね、次の私。
 
 
 
 その想いと共に魔女と化すはずのちえみは、形をなす前にワルプルギスの夜に吸収された。



[27882] 真・第24話 「ここは、私の望んだ世界ではない」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/08/17 19:42
 前回とは違い、退院したほむらを迎えに来たちえみの姿はなかった。
 
 「来ているんじゃないかと思ったけど、あれは一回限りだったのかしら」
 
 そう思いつつも、時間を止めて当座の武器をいつものヤクザから入手し、最初の待ち伏せ地点に行く。
 もしこちらの事をキュゥべえが知っていれば、必ず接触してくるはずだ。そうでないなら、また狩ればいい。
 だが、その夜、キュゥべえは現れなかった。
 
 
 
 どうやら、歴史は少し変わっているらしい。
 次の日、ほむらはちえみに会いに行く事にした。見河田中の校門付近で、ちえみの下校を待つ。
 やがて、見慣れたちえみの姿が校門から現れる。
 そこでほむらはまた少し違和感を憶えた。
 まず、ちえみの表情がどこか暗い。さらに、周りの人間との距離が以前より広い。
 明らかに避けられている雰囲気があった。
 だが、ここで見ていても始まらない。ほむらは、ちえみに声を掛けた。
 
 「添田、ちえみさんね」
 「え? あ、はい。私がちえみですけど……えっと、初めてお会いする人ですよね」
 
 ほむらは思わず衝撃を受けてしまった。このちえみは、少なくともほむらと知り合う前のちえみである。
 だとすると今回、ちえみは記憶を継承していない。
 そう思っている間に、ちえみは鞄から一冊のノートを取り出して、ページを繰りはじめた。
 
 「えっと……やっぱり見当たらないなあ。初めてですよね?」
 「え、ええ。そうだけど……どうかしたのかしら」
 「いえ、あたし、顔はともかく、人の名前が覚えられない方なんで、こうやって会った人はメモしているんです」
 
 その言葉を聞いて、今度こそほむらは理解した。
 このちえみは、魔法少女になる前のちえみだ。
 ちらりと見えたノートには、写真かと思うほどに精緻な似顔絵と、それにそぐわない、幼児が書いたようなひらがなが混在していた。
 桁外れの空間把握、形状認識に対して、漢字や九九、人の名前などの記憶がどうしても出来ないという、偏った頭脳構造。
 サヴァン症候群と呼ばれる、特異な精神。
 
 しかし、だとすると今のちえみに自分が関わっていてもたいした事は出来ない。
 彼女に関してだけは、魔法少女の契約も救いに繋がるからだ。
 
 「間違いなく、あなたと出会うのは初めてよ。私の側からはそうとも言えないのだけど」
 「よくわかんないなあ」
 「わからなくてもいいわ。わからないついでに、さらにわからない事言うけど、単純に憶えておいてくれる?」
 
 ちえみはきょとんとしながらも、反射的にノートの新しいページを開いていた。
 そこにものすごい速度で、写実的なほむらの似顔絵を描いていく。
 それを描き終えるのを見た所で、ほむらは続きの言葉を口にした。
 
 「私は暁美ほむら。そして用事は、もしこの先あなたが『キュゥべえ』と名乗る存在に出会ったら、私の事を思い出して欲しいの。ただそれだけよ。もし何も無ければ、それはそれでいいの」
 
 というか、もしキュゥべえと契約すれば、ちえみはほむらの事を思い出すはずである。
 だからこれは保険の意味でしかなかった。
 
 「……わかんないけど、わかりました。メモしておきます」
 
 ちえみはほむらの言葉を拙いひらがなで似顔絵の脇に書き込むと、ぺこりと頭を下げた。
 
 「あ、私、家に帰りますので、これで失礼します」
 
 その様子を、じっと見守るほむら。何か下校中の生徒がもこちらを見て何か噂しているようだったが、ほむらは聞かなかった事にした。
 そう。聞いていない。私は百合なんて単語を聞いていない。
 
 
 
 少し精神的にダメージを受けたほむらだが、それでは終わらなかった。
 場所は巴マミの住むマンション。マミの家の前。
 だがそこには、巴マミという表札がなかった。
 書いてあるのは、全く別人の名前。
 さすがにほむらもおかしいと思い始めた。
 
 何かが違う。この世界は、いつものループ世界ではない。
 
 魔法は使えるが、どうもいやな予感がする。
 その予感は、やがて確信となった。
 
 
 
 魔女が、いない。
 キュゥべえも、いない。
 
 一日時間を掛けたが、全く魔女の気配も、他の魔法少女の気配も、そしてキュゥべえの気配も感じられなかった。
 
 
 
 図書館で歴史を調べてみた。
 どうもいつもとは違う、少しずれた世界に飛び込んでしまった気がするから。
 そして奇妙なことに気がついた。
 
 歴史上の偉人、歴史に名を残した人物のうち、自分でも知る何人かの記述がない。
 しかもそれは、全て女性であった。
 クレオパトラがいない。
 卑弥呼がいない。
 ジャンヌ=ダルクがいない。
 他、女性天皇の一部や、西大后、エバ=ブラウンなどの名もなかった。
 
 さすがにほむらも気がつきはじめた。
 
 (もしかしたらこの世界……魔法少女がいない世界なの?)
 
 そしてその答えは、帰還一週間後、転校初日に出た。
 
 
 
 これは変わらない、自分の転校を後回しにする担任教師の声。ようやく呼ばれたほむらは、教室に入っていく。
 しかし実際のところ、ほむらは立っているだけでいっぱいいっぱいであった。
 見滝原中の教室はガラス張りなので、外から中が見える。
 そしてほむらは、困惑と憤りが入り交じり、自分を抑えるのに全力を使っていた。
 その理由は。
 
 (何故あなたがそこに座っているの、佐倉杏子!)
 
 本来まどかが座っている位置に、何故か杏子が座っていたのだ。しかも見滝原中の制服を着て。
 さやかと声を掛け合っている様子も見えた。ポジション的にも、杏子がまどかの位置にいるようだった。
 
 「あけみ、ほむら、です」
 
 そう言うだけで、ほとんど精一杯になってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 皮肉にも杏子が保健委員だった。そのせいで今ほむらは、杏子と見滝原の廊下を歩いている。
 その途中で、ほむらは杏子に声を掛けられた。
 
 「あのさあ、ちょっと言いにくい事聞くけど、いいか?」
 「何かしら」
 
 むかむかする気持ちを抑えつけながら、ほむらは答える。杏子自身には思う所が無くても、それが『まどかの代わりをしている』という事実に、ほむらはどうしてもわき上がる憤りを抑えきれなくなる。
 
 「あんたには会った事無いと思うけど、なんであたしに怒りを向けてるんだ? ひょっとして親父関係でなんかあったか?」
 「親父関係? あなたのお父さんとあたしに、何か?」
 
 少し予想とずれた事を言われて、ほむらはとまどう。
 
 「ほら……うちの親父、ちょっとある意味世間からずれた人だから。宗教っていうのはさ、いろいろあるだろ」
 「あなたのお父さんは、宗教関係の人なの?」
 
 知ってはいるが、それは不自然なのでごまかすほむら。
 
 「ああ、親父はさ、子供心にも立派な人だとは思うんだけどさ、宗教家って言うのは、どうしても変な目で見られるからさ。親父の説教……あ、叱られる方じゃなくて、宗教的な方の……っていってもわかんないか。まあ要するにいわゆる、ためになるお話って言うやつ?……は、聞いてていいなあって思うんだけどさ」
 「それが何か関係あるの?」
 
 そう問うほむらに、少し赤くなる杏子。
 
 「いやさ、そういうのでなんかあったのかと……親父、わりと誤解されやすいから」
 「違うわ。私はあなたの事、別に詳しいわけじゃないから」
 「わり、そうなのか……」
 「怒りっぽく見えたのも、ちょっと個人的なものなの。気をつけるようにするわ」
 「ならいいんだけど」
 
 会話をしつつ、ほむらはふと疑問に思った事を、言い方を考えつつ聞く。
 そもそも何故杏子が見滝原中に通っているのだろうか。
 
 「そういえばあなたのお父様、宗教家なのかしら」
 「まあ、一応そうなのかな? 元々はわりとメジャーな某宗派の神父だったんだけど、親父のやつ、とち狂ったというか行き過ぎたって言うか、教義が古いって言い出してある意味独立みたいな真似しちゃったからさ。
 教会施設とか買い取ったりしたりしたもんだから、今のあたしんちは極貧だよ。お袋が働きに出てギリギリ喰っていける程度かなあ。あたしはいいんだけど、妹がさ。ほら……って、なにいきなりあたしは転校生にこんなことしゃべってんだよ」
 「自爆だと思うけど」
 
 あがっ、とか言っている杏子の言葉を聞き流していると、保健室についてしまった。
 
 「んじゃあたしは戻るけど、大丈夫だよな?」
 「ええ。薬を飲むだけだから。次の授業までには戻るわ」
 
 そして杏子が去った後、ほむらは考える。
 
 (ここはどうも、魔法少女も魔女もいない世界みたいね。そしてもう一つ。おそらくまどかもいない。
 巴マミがいないのは、契約の切っ掛けとなった事故の時、契約が出来なかったから。
 佐倉杏子が見滝原にいるのは、杏子の魔法少女化が切っ掛けとなった、一家心中が起きていないから。話を聞いた限りだと、発展もしていない代わりに家族全員生きているみたいだし。
 歴史から消えた人物が全て女性という事は、彼女たちも魔法少女にならなかったから歴史に名を残せなかったのね。キュゥべえの言った事を考えると。
 でも何故こんな世界に?)
 
 この世界からは魔女と魔法少女が消えている。そして何故かまどかもいない。
 その時、ふと思いついた。
 全知の魔女は言った。まどかは世界を複写して再構成したと。
 まどかの願いはなんだ?
 『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい』だ。
 その結果、まどかの祈りは新世界を生み出したわけだが、
 
 (もう一つ考えられる解決法がある)
 
 そう、文字通り強引に『全てを無かった事にしてしまう』という手段だ。
 魔女を、ひいては魔法少女も、生まれる前に消してしまう。
 それはすなわち、インキュベーターの干渉を抜きにしての歴史の再構成。
 まどかは魔女の消滅は願ったが魔法少女そのものは肯定していた。
 その妥協点があの新世界だ。魔法少女の祈りが文明の発展に寄与したというのを肯定したとも言える。
 だがもし、人間がインキュベーターの干渉無しで文明を発展させられたのならば。
 キュゥべえは自分たちがいなければ人間はまだ文明を起こしていなかっただろうとはまどかに告げた。
 だがそれは『だろう』だ。キュゥべえから見て、自分たちの干渉抜きでは人類が発展しなかったというのは単なる彼らの推測に過ぎない。確定ではないから、この推測が誤っており、干渉無しでも人類が発展できた場合でも、キュゥべえは嘘をついたわけではない。
 推測を間違えただけだ。たとえその可能性が99.9%無かったとしても。
 そして並行世界なんて言うものは、『あらゆる可能性が無限にある』ものだ。絶対にあり得ないものでない限り、それは存在してもおかしくは無い。
 それに考えてみれば、魔法少女を新しい形で肯定している世界は、全てまどかが引っ張って行ってしまっているはずである。だとすれば、そこからはじき出された自分がたどり着いたのが、『魔法少女のいない世界』であるとするのは、きわめて妥当な結論のような気がする。
 
 (もしかしたら)
 
 ソウルジェムが砕けた時、自分はここに至るのかもしれない。ジークリンデはほむらに言った。死如きで運命から逃れられると思うなと。
 
 (という事は)
 
 ほむらは拳銃を取り出すと、ためらうことなく自分のソウルジェムを打ち砕いた。
 
 
 
 
 
 
 
 結論は予想通りであった。
 ソウルジェムが砕かれると、ほむらの時はあの瞬間に戻る。
 戻る世界は常に『魔女のいない世界』。
 ちえみは未契約で、マミは死亡、まどかは生まれておらず、杏子の家である教会は貧しいながらも見滝原に存在していた。両親と妹も健在で。
 さやかやキリカには、たいして変わった所はないようであった。
 美国織莉子に関しても少し調べてみたが、彼女は政治家の娘で、汚職事件追求による父の自殺が、彼女を魔法少女へ導いたのではないかとわかったくらいであった。
 そして何度かためしてみたが、ソウルジェムが砕ける限り、常にこの世界に自分は戻ってきてしまう。
 この世界にあったのは、何気ない平穏。魔女の脅威も、魔法少女の悲劇も、この世界にはない。
 ソウルジェムも、今ではほとんど濁らない。
 濁ってきても、グリーフシードはないが、破壊してしまえば戻る時と引き換えに濁りもリセットされる。
 ほむらはここで、いろんな人物と話が出来た。
 杏子の父にも会った。
 話してみると、心に気高い理想を持っている人であった。
 ただ、何というか、実に世渡りが下手そうな人物であった。実直すぎるというか、職人気質というか、理解するのに時間の掛かる人物であった。
 杏子が何故契約したのかがよくわかる人物ともいえた。
 話をきちんと聞きさえすれば、実に立派な人物なのである。ところがそれをプロデュースする才能がまるで無い。
 わかりやすく言えば不細工であがり症な稀代の歌姫だ。
 見た目にみすぼらしく、人前ではまともに歌えない、絶対的な美声の持ち主。
 神父の場合人前で話せないわけではないが、内容が高度すぎて聞き流しではさっぱり理解出来ない。
 そのすばらしさは真剣に聞かないとわからないのだ。
 つくづく思った。もし彼に、ちえみのお母さんのような、才能を売り込む能力を持った人物がいたら、杏子の悲劇は起こらなかったのではないかと。
 そう思った時にふとひらめいて佐倉一家と添田一家を引き合わせてみた。
 一月後、自分は見滝原に出現した新興宗教の幹部になっていた。
 ああやはりと思ったが、ストレスがたまりすぎてソウルジェムが濁るのでリセットする羽目になった。
 
 
 
 のべにすると六ヶ月ほどこの『魔法少女のいない世界』にほむらは滞在していた。
 そしてひとつの答えを得た。
 
 (ここは、私の望んだ世界ではない)
 
 まどかのいない世界。
 ちえみとも、さやかとも、仁美とも、杏子とも、彼女の妹とも、そしてキリカや織莉子とさえ、ここでは友達になる事が出来た。
 考える時間もいっぱいあった。
 ジークリンデは告げた。自分が変わる魔女は、フェウラ=アインナル……すなわち、あの『ワルプルギスの夜』だと。
 それは矛盾。だが自分には、その矛盾を解消できる術がある。
 ひょっとしたら、もしここに自分が、あの見せられたビジョンのように、なにも知らずにこの『まどかのいない世界』に落ちていたら。
 自分は舞台装置の魔女と化し、あの巨大な歯車を回して、時を戻すと同時に世界をさまよったのではないか。
 この世界にはいない、まどかを求めて。
 それにもう一つ説明のつく事があるのだ。
 ワルプルギスの夜は、常に『いつの間にか現れる』。
 出現パターンが他の魔女と、記録を調べる限り明らかに違うのだ。
 元々魔女は魔法少女が変わって『元祖』が出現し、使い魔が力をつけて増殖する。
 そのためたいていの魔女は使い魔を辿ると拠点が確定できる。移動する魔女もいるが、基本的に発生のパターンを読めるのだ。
 だがワルプルギスの夜だけはこれが当てはまらない。あまりにも強大な魔女が『突然』出現しているのだ。
 通常のパターンに当てはめるならば、出現までにもっとたくさんの『前兆』が発見されていないとおかしい。そのくらい彼の魔女は強大だ。
 なのに記録に残るワルプルギスの夜は、常に『唐突に』現れているのだ。
 だがもしワルプルギスの夜に、自分と同じ時間遡行能力か、それに類する力があるのならば。
 ほむらの知る限りにおいて、矛盾は解消してしまう。
 
 知りなさい。
 
 全知の魔女の言葉がほむらの脳裏に蘇る。本当にこの世は、自分の知らない事がたくさんある。
 そろそろ帰ろう、戦いの日常に。我が身はあくまでまどかのために。休息はもう、充分にした。
 ほむらは変身すると、左手の盾に手を掛ける。
 そういえばひとつだけまだわからない事がある。
 自分独自の技。ジークリンデによれば、ゼノンの背理と呼ばれるはずの技。
 一応調べては見た。数学関連で、『アキレスは亀に追いつけない』『飛行する矢は静止している』などの題目が有名な人物だった。
 だが、どうしても手が届かない、何かそんなもどかしさをほむらは感じていた。
 
 (こういうのはちえみの方が得意そうだから、帰ってから聞いてみましょう)
 
 帰る方法は見当が付いていた。初めての時、自分は『時を戻して』あそこに戻ったのだ。
 ならば話は簡単だ。
 ほむらは掛けた手を動かし、砂時計を反転させた。
 時の回廊が開き、世界が変貌する。
 
 
 
 そしてほむらの姿は、この時間軸から姿を消した。



[27882] 裏・第24話 「早く気がついてね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/08/17 19:42
 そこは時の間に浮かぶ巨大な図書館。
 そこで二人の少女が、並んで一冊の漫画を眺めていた。
 机の上には、今開かれているものと同じ漫画と思われるものが、四冊ほど積まれている。
 
 「うわ~、こんな展開になるんだ~」
 
 白いドレスを着た。女神を思わせる少女がつぶやくと、
 
 「ようやくそこまでたどり着いたか」
 
 黒い、影にしか見えない少女が答えた。
 
 
 
 「う~、それにしても私って、やっぱりわかってないんだな~」
 「落ち込んでもしかたあるまい。あれはある意味必然なのだから」
 
 前回のほむらに対する、かつてともいえる自分の行動をみて、女神は頭を抱える。
 対する影の少女は、肩をすくめつつそれを慰める。
 
 「そういえば今ほむらちゃんがいる世界、あれ何なの?」
 
 慰められた女神は、気を取り直して影に質問する。
 
 「ああ、あそこは、『否定の世界』だ。まどかが昇華の際に持って行ってしまった、世界のエレメントの残りの世界。そして、本来なら『ワルプルギスの夜の生誕の地』でもある。
 言い換えれば並行世界の可能性のうち、まどかが持っていけなかった世界ともいえる。
 まどかは世界の新生に際して魔女は否定したが魔法少女は肯定したからね。魔女を消すために、魔法少女そのものを否定するという、矛盾が生み出した世界のひとつだ。
 全ての魔法少女が存在せず、当然その元凶ともいえるまどかもまた否定されている世界。
 インキュベーターの干渉無しに文明化した中で、最も近い世界ともいえるね。
 まどかの祈りに矛盾として弾かれたほむらは、まどかの残滓がない世界のうちで、最も近いあそこに落ちたんだ。そこでまどかがいない事に絶望したほむらは、希望を喪失して魔女になる。それが本来の流れなのさ」
 「ほんらい?」
 
 女神は、影の語った言葉に潜む意味に気がついた。
 
 「そう。もしほむらがなにも知らずにあの世界に落ちていたら、たとえ漫画のビジョンみたいに落ち込んだりしなくても、さっきのシーンみたいに教室の時点で決定的に破綻している。魔女も、魔法少女もいない世界じゃ、ソウルジェムの浄化も出来ない。自殺しても、また最初に戻されるだけ。後に残るのは、まどかのいない絶望だけだ」
 「でも、ほむらちゃんはそうはならなかった」
 
 女神の言葉に影は頷く。
 
 「そう。落ち込んで気がつかない上に、しっかり現れるはずのないワルプルギスの夜が現れたからね。ギリギリの一線で、ほむらは『真に絶望』しなかった。そして矛盾が生まれ、時を戻した時、ほむらは『放浪者』から『観測者』にその意味を変えた」
 「観測者?」
 「そう、観測者だ。シュレディンガーの猫の生死を決定するもの。可能性を定めるもの。彼女の辿る世界は、彼女が観測する事によって出現する、あり得るかもしれない世界」
 「あ、だからほむらちゃんが消えると世界が滅んじゃうんだ」
 「そういう事」
 
 くつくつと影は笑う。
 
 「新世界がまどかの夢なら、今彼女がいるのはほむらの夢の世界。いくら頑張った所で、残るのは思い出のみ。だけどね」
 
 そこで影は女神を見る。
 
 「たかが思い出でも、世界を変える事は出来るんだよ。なにも変わらないように見えても、意味がないように見えても、なにも変わっていなくても」
 
 そう言うと影は、奇妙なオブジェを現出させた。
 
 一本の円柱を、上面の直径を描く線と下面の外周に接するように切り落としたもの。
 
 影はそのオブジェの影を映し出す。ある角度からだと落ちる影は円になり、ある角度からだと四角に、別の角度からだと三角になる。
 
 「同じものでも、見方によってその意味は変わる。重い物を持って歩む人がいる。ある人はそれを労働と見、ある人は拷問と見、ある人は鍛錬と見る。そして背負う人物にとつても、それは苦痛でもあり、希望でもある。
 意味の無いように思える些細な改変でも、時には人の意識を大きく変える」
 
 そして影は再び笑う。
 
 「だからかつての私は干渉した。いち早くそこにたどり着いた私は、なすべき事の結末が矛盾に満ちていたとしても止まらなかった」
 「そっか、でもそんなコトできるの? 矛盾しているよ?」
 「普通は無理。でも時間遡行が絡むと、そこに存在の輪が生じる事がある。私はそこにつけ込んだんだよ。それを成し遂げた結果、今の私が生まれたんだけど」
 「なにしたの?」
 「読み終わればわかるよ」
 
 それは未だ女神の元にはない知識。
 
 「さて、そろそろ気がつくかな? キュゥべえがキュゥべえであるが故に見落とした奇跡のタネ。熱力学第二法則の応用である今の魔法少女を越える、『真』の魔法少女への道。
 そう、理論上はあり得るとしながらも否定された、真の魔法、熱力学第一法則に喧嘩を売る万能無限への道、水でもなく、石でもない、永遠の焔へ至る鍵。
 希望と絶望を情報でごまかした今の魔法少女なんかお呼びじゃない本当の魔法、それを見いだせないと、出口は見えないよ」
 「熱力学第二法則?」
 
 不思議そうな女神を見て笑う影。
 
 「エントロピー増大の法則だよ。熱は低い所から高い所には流れない。これから導かれる結論がいわゆる宇宙的熱死で、キュゥべえ達はこれを回避、もしくは遅延させるために魔法少女システムを作り上げたんだ。でもね」
 
 全知たる影は哄笑する。
 
 「彼らは気がついていない。自分たちがなにを作ってしまったのか。そもそもエントロピーを減少させる事は根源的に不可能だ。なのに彼らはそれを成し遂げてしまった。感情という自分たちには未知の現象を利用して。原則エントロピーを減少させるには、その分のエネルギーをどこからか持ってくる必要があるのにね。
 そう、彼らは気がついていないんだ。『魔法』という力が、文字通り客観的な物である『科学』に喧嘩を売る代物である事に。『宇宙』なんていう小さな世界を、神のいる世界と繋いでしまう『爆弾』だっていう事に。
 そう、キュゥべえはキュゥべえであるが故に、決してそこにはたどり着けない。彼らが魔法少女システムを利用できないのと同等に。
 だけど魔法少女にはそれが出来る。キュゥべえが否定したが故に捨て去った物を持つ魔法少女には。希望と絶望の相転移、それは感情の内燃機関。希望を燃やして絶望という廃棄物を生み出し、その差分を力に変えるシステム。
 だけどキュゥべえにはわからない。
 
 『希望がどこから生まれているのか』
 
 早く気がついてね、魔法少女諸君。ははははは、はははははっ」
 
 「ちょっと恐いよ……」
 
 高笑いする影に、女神はどん引きだった。



[27882] 真・第25話 「変な夢って言うだけじゃない」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/08/28 17:52
 目覚めれば、そこは見慣れた病室。
 広く空間を取った、見滝原に多い構造。
 カレンダーには退院前の日付まで斜線が引かれており、枕元の台には見滝原中学のパンフレット。
 まがう事なき、回帰の目覚めである。
 手の中のソウルジェムには、かすかな濁り。それはここが、あの魔法少女無き世界ではないことの証。
 あの世界で目覚めた時は、ソウルジェムにはかけらの濁りもないのだから。
 ほむらは少しだるさの残る体を起こすと、いつものアジャストを行う。
 精神が落ち着いていれば、これはもう手慣れた作業だ。
 退院は今日の夕方の予定。身の回りを点検すると、いつものように準備は出来ている。
 最後の検診などが終了し、手続きを済ませるために医局に出向くと、そこで少し変わった事があった。
 
 「あ、暁美さん、お手紙を預かっていますよ」
 
 差し出されたのは女子中学生の好みそうなファンシーな封筒。こんなものを渡してくる相手など一人しか考えられない。
 裏返せば案の定そこには添田ちえみの名前が。
 病院を出たほむらが手紙を読んでみると、そこにはこう書かれていた。
 
 
 
 これを読んでいるという事は無事に退院されたと思います。
 当然私も(そしてキュゥべえも)記憶は継承しています。
 それで前回少し思う事があったので、出来れば今回はまどかさんの様子を先に見てあげてください。後でお話ししますけど、どうもまどかさんの因果継承も、クリア条件に入っているっぽいです。
 そんなわけですから、私は別の用事を先に済ませておきます。明日の午後、見滝原ショッピングモール内の、いつものバーガーショップでお会い出来ませんか?
 携帯電話の番号などは前と同じですので、よければメールでも入れてください。
 
 添田ちえみ
 
 
 
 ほむらの主観においては久しぶりの『ほむらの知るちえみ』の様子に、彼女は何かほっとしたものを感じるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 それは悲しい戦いの物語。
 時には一人で、時には数人で、吹き荒れる嵐の中、巨大な何かに挑戦する人たち。
 その人物は皆、自分と変わらない少女達で。
 どう戦っても最後は皆力尽きてしまう。
 特に、どの場面でも、どんなメンバーでも、必ずいる黒と紫の女の子。
 彼女の長い黒髪がたなびく様を見ていると、心がぎゅっと締め付けられたように感じる。
 自分に気がついているかのように、たまに彼女と視線が合う。
 その彼女の目を見ると、何故か言葉が伝わってくる。
 
 ダ イ ジョ ウ ブ
 
 それは音ではない声。
 
 ア  ナ  タ  ハ  ワ  タ  シ  ガ  マ  モ  ル  カ  ラ
 
 その目はとっても優しくて、それでいてとっても哀しくて。
 そして結末は、いつも少女達の敗北。
 これは夢なのに。夢だってわかるのに、でも自分は叫んでいる。
 
 おねがい、わたしも――
 
 なのに返ってくる答えはいつも同じ。
 
 ダ    メ
 
 どうして、どうしてなの。どうして私は戦っちゃダメなの? ○○○ちゃん!
 
 私は彼女の名前を知っているはず。なのにその名前が出てこない。
 そしてその叫びに答えるかのように、答えが返ってくる。
 
 ――確かにあなたが戦えば、あれには勝てる。
 
 なら、なんで?
 
 ――その代わり、あなたが死ぬ。
 
 ええっ? それって確定なの? だからなの?
 
 ――もう二度と、あなたを死なせはしない。
 
 ? それじゃ私死んだ事があるみたいだけど……?
 
 ――――
 
 そこで返事は途絶える。
 ふと気がつくと、戦っていた少女達は、ほとんどが地に倒れ伏していた。
 立っているのは二人だけ。
 茶色のブレザーに、モノクル、っていうのかな? 片方だけの眼鏡っぽいのをつけた子と、
 真っ白な、何となく聖女って言うみたいな雰囲気の、ちょっと大人っぽい人。
 その二人が、じっとこちらを見ている。
 
 『彼女を、彼女たちを助けたい?』
 
 茶色の女の子がそう私に聞いてくる。音が出ていないのに聞こえてくる、不思議な言葉で。
 
 『絶望しかない未来を、覆したい?』
 
 白い女の人がそう聞いてくる。同じような音のしない声で。
 
 私は答える。
 
 「もちろん! 私に何かが出来るのなら、何かしたいよっ」
 
 
 
 ――そう叫んだ、自分の声で、目が覚めた。
 
 
 
 「うにゅ~、なんかへんなゆめ」
 
 目が覚めた時、よく寝たはずなのに彼女はどこか疲れたような顔をしていた。
 寝床で我慢しきれなくなって続き物の漫画を読んだまま寝てしまったような、そんな感覚。
 とりあえずこのぼけた頭をすっきりさせようと、彼女は階下へと降りていく。
 洗面台に行くと、そこでは母が洗顔と化粧をしていた。
 いつもは寝起きの悪い母の方が先に起きているという事は、思ったより寝ていたのだろうか。
 
 「おはよう、まどか。今日は遅かったわね。どうしたの、何かむずかしい顔して」
 
 少女――鹿目まどかの母、鹿目詢子は、やり手の会社員である。鹿目家は世間一般とは少し変わっていて、母が家計を支え、父が主夫として家庭を守っているのだ。
 
 「おはようママ。うん、ちょっと、変な夢見て」
 「なに? 夢の中でデートでもしてたのかい?」
 
 からかうように聞いてくる母親に、まどかは真面目な顔をして答える。
 
 「ううん、えっと……バトル?」
 
 真顔で言われた詢子は一瞬怪訝そうな顔をした後、少し真顔になる。
 
 「バトルって、喧嘩でもしてた、っていうわけでもなさそうね」
 
 友達との喧嘩レベルなら、普通に喧嘩と言うはずだ。詢子はそのくらいは娘の事をきちんと理解している。
 
 「うん……こう、私と同じぐらいの女の子が、何かものすごいのと戦ってるの。空飛んだりしながら」
 「なにそれ、戦う魔法少女?」
 
 詢子は自分が娘くらいの年に見た、テレビアニメを思い出しながら言う。
 ただ気になるのは、最近はまたブームがずれて、当時のようなバトル系魔法少女物はあまりやっていないし、自宅でも見ていた事もない。まどかの読書傾向も、そういうものとは外れている。
 そして娘は、案の定、真面目な表情を崩さずに答えた。
 
 「うん……そんな感じなんだけど。それに、何か意味深で」
 「意味深って、まどかもそう言う言葉使うような年頃になってきたんだね」
 「ママ!」
 
 ちょっとふくれる娘を、詢子は軽くいなす。
 
 「でも、そういう言い方するっていう事は、変な夢って言うだけじゃないと思っているのね、まどかは」
 「うん」
 
 順番に用意されたメイクセットを手際よく使いながら、詢子はまどかに言う。
 
 「景色も、戦ってた女の子も、見た事無いはずなのに、よく知っているような気がして。
 不思議なの。それに何か言われたような気もするんだけど、よく思い出せなくて。何かこう……」
 「じれったい?」
 「あ、そう、そんな感じ!」
 
 詢子の入れた合いの手に、激しくまどかが頷く。思ったより大きな娘の反応に、詢子の手がずれ掛かる。
 気合いで失敗を回避しつつ、最後の口紅を塗る。
 塗りおえた後、自由になった口で、改めて詢子は娘に言った。
 
 「だとしたらあんまり気にしない方がいいよ。どっかから電波でも受け取っちゃったのかもしれないけど、わからない事はわからないんだから。わかった時点でまた考えればいいのよ。
 まあ現実には手遅れっていう事の方が多いんだけどね。そういうのは」
 「そうなの?」
 「そう。世間はそんなに都合がいいものじゃないのよ。変な電波受け取っちゃったとしても、信じるかどうかは自分次第。信じるもよし、信じないもよし。ただね」
 
 少し真顔でまどかの顔を、目を見つめる詢子。
 
 「なにを選ぶにしても、それをするのは自分なの。だからね、決断を後悔しちゃダメよ。失敗しても、ただ後悔するんじゃなくて、それを次に生かせるようにならないとね、ママみたいないい女には成れないぞ」
 
 そう語る詢子の顔を、まどかは輝いているかのように感じていた。
 
 「ほら、そろそろ行かないと遅刻するぞ」
 「あ、ほんとだ」
 
 
 
 
 
 
 
 退院翌日。
 
 ヤクザ屋さんに侵入しての武器の補充など、いくつかのルーチンワークをこなしたほむらは、ちえみとの待ち合わせ場所である、モール内のバーガーショップへと向かった。
 久しぶりに見る、魔法少女としてのちえみだった。
 
 「先輩、よかったです。(死んではいないと思っていましたけど)」
 
 後半は声をひそめて言うちえみ。
 
 「ええ。ちょっと意外な事もあったけど、こうしてまたあなたに会えてうれしいわ」
 「やっぱり何かありました? 私の方も、先輩がやられちゃった後、いろいろありましたし」
 
 それを聞いてほむらは意外な事実に気がついた。
 
 「ちえみ、ひょっとしてあなた、あれに耐えられたの?」
 
 前回というか、霧の魔女に敗れた時、感じた魔女の気配は『三つ』であった。そしてそのうち二つはほむらの知る魔女の物であった。
 そして思い返してみれば、ちえみが変わった時になるあの図書館の魔女の姿はあの場になかった。
 だとしたら結論は一つである。
 
 「はい。その、私は、魔女に変わる時の記憶、ありますから。ギリギリだけど、耐え切れました」
 
 それを聞いてなるほどとほむらは思う。霧の魔女はあくまでも『体験させる』力しか持たない。幻覚を利用した疑似体験であって、何かを強制する力は彼の魔女にはない。
 なのであれを受けて耐えられるかどうかは自分次第なのだろう。ほむらにしても、タネが解っている以上、次は耐えきる自信がある。
 
 「それでも私以外は全員やられちゃいまして、先輩はいなくなりましたし、マミさん、キリカさん、杏子さんは全員魔女になっちゃいました。あ、さやかさんとまどかさんは無事でしたよ。私は二人に助けてもらいましたから」
 
 改めてそれを聞き、ほむらも安堵する。嘘をつく相手ではないとわかっていても、確実な知り合いから聞けた安心感には及ばない。
 そこでほむらはある事実に気がついた。
 
 「そうそうちえみ、私があなたより先にある意味巻き戻ったのは初めてになるわけだけど、私がいなくなった後どうしていたの?」
 
 実際、これはほむらにとっても気になることであった。いつもならワルプルギスの夜に敗れ、ちえみも力尽きているので気にすることはなかったのだが、前回は珍しく自分が先に跳んだ形になっている。これは貴重な機会であった。
 
 「それを踏まえてお話ししたいことがあるんです」
 
 ちえみの表情が、きりっとしたものになった。
 
 
 
 「一つ確認しますけど……先輩は、ジークリンデさんとの会合で、どこまで『知って』しまいましたか? 最後の時、お二人が会っているのはぼんやりとですがわかったんですけど」
 
 そう言われたほむらは、あることに気がついて逆にちえみに聞き返した。
 
 「そういう言い方をする所を見ると……あなたも何かを『知って』しまったのかしら」
 「はい」
 
 帰ってきたのは、即時の肯定であった。
 
 「私は先輩がどんな魔女になるかを知ってしまいました。そしてたぶん、先輩もそれを知っちゃったと思うんですけど」
 「……そうよ」
 
 それだけで二人には通じた。
 
 「先輩もわかっちゃったんですね。ならむしろ気楽に話せます。先輩が去った後ですけど……わずか三日後に『ワルプルギスの夜』が現れて、戦いになりました」
 「えっ!」
 
 さすがにほむらにとってもこれは予想外であった。だが、ちえみの言葉は、それだけに留まらなかった。
 
 「その戦いの結末はちょっと置いておきます。それより大事なことがありますので。
 先輩。覚悟して聞いてください。
 先輩が時を戻して去った後、世界は滅びます」
 
 ほむらは一瞬、ちえみがなにを言っているのか判らなかった。
 
 「形はいろいろです。ですが、先輩が時を戻してから約一日で、地球はおろか、全宇宙は混沌に帰ります。ワルプルギスの夜か、まどかさんが変わる魔女……クリームヒルト=グレートヒェンによって」
 「……見たの、あれを」
 「はい」
 
 まどかさんの変わる魔女、その一言がほむらを引き戻した。
 
 「さっき置いておいた話ですけど、先輩達が敗れた後、それを埋めるべくさやかさんが契約しました。全力を出し切るために、ジークリンデさんの助言すら受けて。
 強くなりましたよ、先輩が想像できないくらいに。
 ワルプルギスの夜相手に、きちんと戦えるくらいには」
 
 別の意味で、ほむらは衝撃を受けていた。あまり才には恵まれておらず、見ていて痛々しくなる戦い方をしていたあのさやかが、ワルプルギスの夜相手にまともに戦えていたという事実に。
 
 「……ほんとに?」
 「ほんとです。単身挑んで、そこそこいい勝負になっていました」
 「信じられない……」
 
 考えてみるとひどい言いぐさであるが、思わずほむらはそう言ってしまった。
 
 「先輩、それはさやかさんに悪いですよ」
 
 さすがにちえみも突っ込んでいた。
 
 「そうね。言い過ぎだったわ」
 「まあそれはともかく。それでもやっぱり、ワルプルギスの夜には勝ちきれなかったんです。実際先輩達が複数で掛かっても無理なんですから、単身でどうこうできるわけ無いですし。
 で、それを見かねて、やっちやいました、まどかさん」
 「……契約しちゃったのね」
 「はい。因果が足りてないらしくて、かつての祈りは無理だったそうですけど、それでも一撃でした。でも、撃破の瞬間、ワルプルギスの夜の絶望が、一気にまどかさんにのしかかってきて……そのまま一気に魔女化して、全宇宙を呑み込んでしまいました」
 
 ほむらはそれを聞いて頭が痛くなった。かつて魔女化したまどかを見た時、キュゥべえは言った。
 『十日で地球を滅ぼせる』と。
 ところがちえみによれば、全宇宙を一瞬である。
 
 「……なんかパワーアップしているみたいね」
 「あ、先輩は知っているんですね、まどかさんの魔女化した姿。ちなみに記録できました。ワルプルギスの夜と違って、内に閉じているせいで読み取っても絶望がこっちに来なかったので」
 
 それはほむらにとっても意外であった。
 
 「ワルプルギスの夜を越える魔女の筈なのに、それは意外ね」
 「でも、あんなもの、どうやったって勝てませんよ。今事典出せませんけど、こう書いてありましたよ。
 『救済の魔女クリームヒルト=グレートヒェン。その性質は慈悲。全宇宙全ての存在を強制的に吸い上げ、彼女の作った新しい天国へと導く。この天国に絶望は存在せず、拒絶された絶望は新たなる世界へと捨てられる。
 この魔女を倒すものは、そもそも存在していない。世界には他のものなどなにも無いのだから』って」
 
 ほむらは思わず吹き出してしまった。慌ててちえみに謝りつつも、描写的な意味で頭を抱える。
 なんだそれは。そんなものどうしろというのだ。
 しかもちえみの説明にはまだ続きがあった。
 
 「おまけにこの切り捨てられた絶望が、新たなワルプルギスの夜になる所まで見ちゃいました。そこで力尽きたんですけど」
 
 ほむらは本格的に、現実でも頭を抱えることになった。
 
 「なんで魔女から魔女が生まれるの」
 「推測ですけど、聞きますか?」
 「聞くわ」
 
 肯定の意を受けて、ちえみはその『推測』の説明をはじめた。
 
 「『ワルプルギスの夜』は、先輩がなるはずの魔女。そしてその基本はたぶん、『先輩が切り捨てた絶望の未来』なんだと思います。やり直す、つまり時間を遡るっていうのは、それまで築いてきた過去と、その先にある未来を切り捨てるっていう事ですよね。過去はまだしも、未来を切り捨てるっていうのは、未来を見限る、つまり絶望に堕とすことになるわけです。ですから先輩が魔女になると、時を遡って切り捨てた物が、全てのしかかることになるんだと思います。強いはずですよ。絶望の蓄積が半端ないわけですから。
 それどころかまどか先輩に繋がる因果じゃないですけど、ワルプルギスの夜も、その性質からすると、たぶん先輩が過去に戻るたびにどんどん強くなると思いますよ」
 
 何故かほむらの脳裏に、見知らぬ少女が、「もう止めて、ほむらちゃんのライフはもうゼロよ!」と叫んでいる姿が見えた気がした。
 
 
 
 「先輩、しっかりしてください!」
 
 そんな声が、ほむらの意識を呼び覚ました。どうやらまた意識が飛んでいたらしい。
 
 「大丈夫ですか? 確かにショックな事実かも知れませんけど」
 「ごめんなさい。さすがにいっぱいだわ」
 
 無茶には慣れたつもりだったが、さすがに精神的な衝撃がいろいろと多すぎた。
 だが今のほむらには、立ち止まっている余裕はないのだ。
 
 「それでも、聞かないといけないのよね」
 「……はい」
 
 少し申し訳なさそうに、ちえみは言った。どうやら、まだ衝撃的事実は続くらしい。
 そう思ったらすとんと何かがほむらの中で落ちた。
 人はそれを『開き直った』という。
 
 「それで、なんでクリームヒルトからワルプルギスの夜が生まれるのかって言うのも、基本は同じ事です。まどかさんが変じるクリームヒルトは、その性質上あらゆる絶望を切り捨てちゃうんです。先輩が未来を見限るのと同じように。そしてワルプルギスの夜は『捨てられた未来』を象徴する魔女ですから、結果そういう事になるんだと思います」
 「……そう。だとすると、絶対まどかを契約させるわけにはいかないわね」
 「そうとも限らないと思いますけど」
 
 意外な事に、ちえみからそんな答えが返ってきた。
 
 「どういうこと?」
 「まどかさんが契約したら、最終的に元の木阿弥になるのは確かなんですけど、同時にワルプルギスの夜を倒すのにも、まどかさんの力が必要みたいなんです。
 正確に言うと、今私に思いつくワルプルギスの夜を倒す方法は二つ。でもその方法だと、その過程で、まどかさんか先輩、どちらかが必ず犠牲になっちゃいます。
 なので私たちは、第三の方法を探さないといけないんです」
 
 いやな予感を感じつつも、ほむらは確認する。
 
 「ちなみに二つの方法って?」
 
 「はい。魔法少女となったまどかさんが攻撃するか、先輩が魔女になるか、どちらかです。
 ワルプルギスの夜が先輩だとしたら、それは過去と未来が同時に存在することになります。この矛盾がある限り、ワルプルギスの夜を倒せるのはまどかさんだけです。先輩が魔女となって矛盾を消すか、矛盾の理を超越できるまどかさん以外の攻撃は、ワルプルギスの夜には一切効きません」
 「なんでまどかは?」
 「先輩が魔女となるとしたら、その絶望はまどかさんを救えなかったからです。だとしたら、魔女としての先輩は、いかなる理由であろうともまどかさんを拒絶できません。それが自分にとっても致命的な攻撃であっても。
 ジークリンデさんの言葉を借りれば、それがワルプルギスの夜の『律』になりますから」
 
 せっかく立ち直ったのに、ほむらはまた頭を抱えることになった。
 
 「どうしろって言うの……」
 「先輩」
 
 そこに突き刺さる、ちえみの言葉。
 
 「先輩が諦めたら、それこそこの世界全てが無意味ですよ。今この世界は、そのためだけに存在しているんですから」
 
 ほむらはまじまじとちえみを見つめる。もはや言葉も出ない。
 
 「なんで先輩が過去に戻ると世界が滅びると思いますか? この宇宙そのものが、先輩を要として存在しているからです。本来この世界は、まどかさんが世界を改変した時に消滅して然るべき世界なのは理解していますか?」
 
 ほむらの思考は、かつて全知の魔女と出会った時に跳ぶ。
 あれはそういう意味だったのかと、ようやく理解が及ぶ。
 
 「この世界は本当なら、先輩の魔女化と共に滅んでいる筈なんです。なのに先輩が魔女化していないから、こうやって存在している。それだけの存在です」
 
 自分の死亡と共に跳ぶ、魔法少女のいない世界。ある意味あちらこそが、真実の世界なのか。
 
 「ワルプルギスの夜が先輩の記憶よりさらに強いのも、たぶんこの矛盾を抱え込んでいるせいです。でも今現在では、先輩を魔女化させると世界が滅ぶ。まどかさんに任せるとまどかさんが世界を滅ぼす。手詰まりなんです。
 だからジークリンデさんの元の人も魔女化しちゃったみたいなんですけど」
 「なんでここで彼女が出てくるの?」
 
 さすがにここにいたってほむらはおかしいことに気がついた。いくらちえみに知識があっても、何か明らかに『知りすぎている』。
 その答えは納得はいくが納得しがたい物であった。
 
 「だっていま先輩に話した推論、ジークリンデさんがまとめてくれたんですよ。昨日助言してもらいに行って、いろいろ二人で……じゃない、キュゥべえも交えて三人で相談して出た結論です、これ」
 
 ほむらは思わすテーブルに突っ伏してしまった。
 そんなほむらを気にせずにちえみは続ける。
 
 「ジークリンデさんは確かに予知の力を持っていますけど、アフリカのとある少年の未来はわからないんですよ」
 「……なにが言いたいの?」
 
 唐突に出てきた言葉に、ほむらは混乱して聞く。
 
 「ジークリンデさん……というか、先輩から見ると織莉子さんの予知能力は、能動的予知、つまり基盤となる情報がないとその力を生かせないんですよ。だから私が情報を提供して相談に乗ってもらったんです。凄かったですよ。あっという間に今私が話した結論、導き出しちゃいましたから」
 「助言者の名に恥じないっていう訳ね」
 「ついでにいくつか助言もらっちゃいました」
 
 脳天気に言うちえみを少しうらやましそうに見るほむら。
 
 「一つ、私が知る限りの時系列をまとめてみると、とりあえずベストの手段は前回と同じ、滝の上訪問だそうです。但し、マミさんを連れて行き、速攻引き返せっていっていました。
 私たちの知る時間で前回シャルロッテの出現が早まったのって、私たちが滝の上を訪れたせいらしいですから。
 私たちの来訪を見て、あの忍者っぽい人が入れ替わりに見滝原病院にグリーフシードを植えたんじゃないかって、ジークリンデさん分析していました」
 
 それはありそう、とほむらも思った。
 
 「ギロチンの魔女ヘラから杏子さんを助けないと、杏子さんがこちらへ来ない場合魔女化する可能性が高いらしいですし、私たちが時間をとられるとまどかさんとさやかさんがシャルロッテの相手をするために契約しちゃう可能性が上がるそうです。
 ですので杏子さんを救った後、速攻でヘラは撃破し、返す刀で見滝原に戻ってシャルロッテに備えるのが最初の動きとしてはベストじゃないかっていってました」
 「あいつの言葉なのが少し癪だけど、理には適っているわね」
 
 ほむらもその点は認めざるを得なかった。
 
 「あともう一つ、たとえ矛盾のせいで効かないにしても、仲間の魔法少女全員の力が解き放たれなければ、ワルプルギスの夜をどうこうするのはまず無理だっていっていました。
 だから味方が揃ったらもう一度話をしに来いって言ってました」
 「……むかつくけど、認めるわ」
 
 ますますいらいらが募る。だがさらにもう一押し有った。
 
 「そして、これはまだ不確定だそうですけど……」
 
 何故か見上げるような目でほむらを見るちえみ。
 その態度に不吉なものを感じるほむら。
 
 「最後に事を決するのは、まどかさんになるだろうってジークリンデさん言っていました。
 それがおそらくは最後の鍵になるって。
 まどかさんを守るという事の真の意味を先輩が見いだせなければ、このループは果てしなく続くって……」
 
 ちえみの言葉は、そこで止まってしまった。
 眼前に阿修羅王を置いたまましゃべれるほど、ちえみの度胸はない。
 そしてほむらは。
 
 「そう……そこまで言うの、あいつは……いい度胸ね。やっぱりあなたは、私の敵よ」
 
 そのまますっくと立ち上がるほむら。
 
 「いくわよ、ちえみ」
 「ど、どこへ?」
 
 不安そうに聞くちえみに、ほむらは言った。
 
 「マミのところに決まっているでしょ。ジークリンデのところに殴り込むとでも思ったの? 私はそこまで短慮じゃないわ」
 
 それを聞いて大きく深呼吸をした後、立ち上がるちえみであった。
 
 
 
 そんな二人を見送る白い影が一つ。
 
 『やれやれ、ずいぶん波乱含みな始まりだね。でも現状を分析すれば、今のままでは彼女たちが救われる可能性はゼロだ。それなのに動けるというのは僕たちには考えられないよ。
 まずはお手並み拝見といくよ、添田ちえみ』
 
 感情を理解しない彼らは、あくまでも理性的に彼らを観察していた。



[27882] 真・第26話 「もう私は、決して……ならないわ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d108ff8c
Date: 2011/09/19 10:33
 巴マミは少し困惑していた。
 唐突な訪問、信じられないようなことなのに妙に説得力のある会話。
 何より少し焦っているような必死な態度。
 多少の気味悪さは残ったが、それでも何かあると思い、こうして彼女に付いて見滝原から滝の上に出てきてみた。
 驚いたことに、滝の上の現状は彼女の言ったとおりであった。
 気持ち悪くなるほどに濃い邪気、至る所に魔女が潜んでいそうな雰囲気。
 確かにあらかじめ言われていなければ、見滝原を少し置いておいてでもここの掃除をはじめたくなってしまう、そうマミは自覚する。
 だが、何より驚いたのは、案内された魔女の結界から、予言するかのように佐倉杏子が傷だらけになって飛び出してきた、ということだった。
 
 「お願い、今の私たちの中では、あなたが一番治療は得意なの。教えたことを試す意味でも、やってくれないかしら」
 
 そう話しかけてくるほむらの言葉に、マミは聞いたばかりの『あれ』を試してみる。
 彼女の手から伸びる光のリボンが、包帯のように杏子の傷を覆っていく。
 
 (傷よ、癒えて……あるべき元の姿に)
 
 他人の傷を治すという感覚がよくわからなかったので、マミはそれっぽい呪文のようなものでイメージを補強する。
 それがよかったのか、光と共にリボンがはじけた時、杏子の傷は癒されていた。
 同時に気がついたのか、杏子がゆっくりと起き上がる。
 
 「ん……わりぃ、助かった……ッと、なんでおまえがいるんだ? 巴マミ」
 「こっちの二人に引っ張られてきたのよ。何でも私にしか倒せない魔女がいるからって」
 「おまえにしか倒せない?」
 「その説明は私がするわ」
 
 そこでほむらが二人の会話に割り込んだ。
 
 「一応、初めましてになるわね。私は暁美ほむら、そしてこちらが」
 「添田ちえみです。わたし的には久しぶりですけどはじめまして」
 「おいなんだよその挨拶は……ま、助けられたからには余計なことは聞かねえけどよ」
 
 そういう杏子に、ほむらは首を振りつつ言う。
 
 「その辺のことは、あとでまとめてきちんと説明するわ。別段秘密にする気はないんだけど、今は少し時間が惜しいの。ちえみ、マミをよろしく。杏子はあたしが見ているわ」
 「はい。いきましょう、マミさん」
 「わかったわ」
 
 そして杏子の目の前で、ちえみとマミは今杏子が出てきた結界を切り開き、中へと侵入していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「おい、ここの魔女は」
 「全てわかっているわ」
 
 無造作に侵入していくマミ達の様子に思わず杏子が言葉を掛けるが、それはほむらによって遮られた。
 
 「大丈夫、少し待っていればマミが片付けてくれるわ。ここの魔女のことはもうわかっているから」
 「……何でもお見通し、っていう訳かい?」
 
 少し不審げにほむらを睨め付ける杏子。
 だがほむらは眉毛一筋動かすことなく言い放った。
 
 「ええ。この魔女、ヘラは、『犯罪を犯したものでは倒せない』という特徴を持っているの。だから私やあなたではダメなのよ」
 
 それを聞いて杏子の顔がまるで酢を丸呑みでもしたかのような酸っぱいものになる。
 
 「うげ……それであんなに丈夫だったのかよ……って、ほんとに何でもお見通しなんだな」
 「ええ。あなたのこともよく知っているわ、佐倉杏子」
 
 そういうほむらをみる杏子の目がますます不審げになる。
 
 「で、あたしをこうして助けたっていう事は、あんたにとってあたしは利用価値がある、ってことかい?」
 「否定はしないわ」
 「まあ、一応礼はするよ。助けられたことには変わりねえからな……」
 「気にすることはないわ。ある意味お互い様だから」
 
 そういうほむらの様子に、少し杏子の態度が変わる。
 
 「あんた……取り繕わないんだな」
 「あなたに対してそんな事をして何の得があるのかしら。私は『何でもお見通し』なのよ」
 「はは、なんだい。そういう事かよ。悪かった。ちと気味が悪くてさ」
 
 杏子の態度から角か少し取れる。彼女にはわかったのだ。
 ほむらが自分から言葉にした『何でもお見通し』という言葉を聞いて。
 それは知っていることは多いが本当に何でもお見通しだという訳ではないという、自分自身に向けた逆説的な皮肉だと。
 彼女がそれを語る時の口調に、そういう心が乗っていたことに。
 それは『本当に全てがわかるのなら、なにも苦労はしない』という皮肉。
 あるいは『わかっていても苦労は絶えない』という皮肉。
 それの意味することは、彼女もまた、苦労して現実を生きるものであるという事。
 決してその知識を元に楽をしたり、夢を見ているのではないと言うこと。
 そういう事をほとんど直感的に、杏子は理解していた。
 その直感こそが、『気に入った』と『気にくわない』の分岐点。
 今の説明だって、杏子自身はロジックとしては全く意識などしていない。
 
 「マミのやつとつるんでるみたいだったから、そっちのタイプかと思ってね。喰うかい?」
 「いただくわ」
 
 差し出された棒菓子を、素直に受け取るほむら。
 
 「しかし何だってここの魔女のこととか知ってるんだ?」
 「その説明は、説明するだけなら簡単よ。あなたには、そのまま言った方がいいわね。
 私には時を遡り、歴史を改変する力がある。ある目的のために、私は大体今から一ヶ月ほどの時間を、もう何度も繰り返しているのよ……あなたが信じるかどうかは別にして」
 「はあ? ま、それなら確かにいろいろ知っててもおかしくは無いけどよ……なんでそんなことしてんだ?」
 
 ぶっちゃけるほむらに、それをすんなり受け入れる杏子。
 
 「疑わないのね」
 「嘘ついて何になるんだよ、こんなことで。真実はともかく、ここはとりあえず信じて話を聞く所だろ? 本当かどうかは、そっちの要求が出た所で考えればいいって事、さ」
 
 そう言うと同時に、取り出した林檎をかじる杏子。
 
 「思ったより頭はいいのね」
 「そりゃどういう意味だよ」
 
 ま、あたしは知性派には見えないだろうけどさ、といいながら、杏子は食べ終わった林檎の芯を捨てる。そしてさっきほむらにも分けた菓子を取り出すと、その封を切った。
 
 「んでさ、あんたは私になにをさせたいんだ?」
 「最終的には、『ワルプルギスの夜』との対決よ」
 「よくは知らねえが、あの最強と言われるヤバい魔女かい?」
 「そう。それが後一月ほどで、見滝原に出現するの。私はそれを、『真の意味』で倒したい。それが私の目的よ」
 
 そう言うと、ほむらは視線を遙か遠くへと向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 「変ね、使い魔達が襲ってこないわ」
 「いえ、予定通りですよ」
 
 マミとちえみは、魔女の結界内を不気味なほど順調に奥へと進んでいった。
 結界内の景色は牢獄の商店街。そこを巡回する僧侶とも警察官とも付かない人型の使い魔達。
 だが、その使い魔はマミ達に一切の関心を払おうとはしなかった。
 
 「予定通りって? それがここの魔女が私にしか倒せないという事と?」
 「はい。言ったと思いますけど、ここの魔女は『犯罪者にしか敵意を示さない』んです」
 「そういえばそう言っていたわね」
 
 一度も武器を手にすることなく、ただ静かに二人で結界内を歩く。
 少しの間奇妙な沈黙が流れた。
 
 
 
 「マミさん」
 
 それを破るように話しかけたのはちえみ。
 
 「先輩のお話、聞いてどう思いました? うさんくさい話だとは、私自身も思ってはいますけど」
 
 そう問われたマミは、視線を前方から外さないまま、答えを言う。
 
 「そうね。嘘はついていないけど、真実を語ってもいないというところかしら。
 真実を語らないことも、私に対して何かを隠すと言うほどのものではないと思うけど」
 
 それを聞いて少し驚くちえみ。
 
 「わ、そこまでわかりますか?」
 「あら、当たってたのね。何となくそう思ったから言っただけなんだけど」
 
 マミからは見えなかったが、その瞬間ちえみの顔が少しこわばった。そして何かを深く思考するような表情が浮かぶ。
 そして。
 
 「そういう予感がするんだったら、もう少し踏み込んでお話ししても平気かもしれませんね」
 「あら、やっぱり何かあったの?」
 
 今度は足を止め、きちんとちえみに向き直って聞くマミ。そのマミの顔を見て、ちえみの表情に、決意したような様子が浮かぶ。
 
 「マミさん」
 
 その言葉に掛かる重さに、マミの表情も引き締まる。
 
 「私たちのこと、もう少しお話しします。とりあえずは先に向かいましょう」
 
 
 
 二人は今度は並んで奥へと歩き出した。
 
 「私たちのことを説明した時、自分たちに起こっていたのが記憶の継承だって言いましたけど、あれ少し正確じゃないです。私に関しては嘘でもないんですけど。先輩が体験しているのは、『時間の遡行による歴史の繰り返し』、私に起こっているのは『記憶の継承による疑似体験の自覚』で、あり方は違いますけど実質的には二人で特定の時間を繰り返して過ごしているようなものなんです」
 「繰り返し……そうなのね。それなら納得がいくわ。暁美さんの態度は、ただ記憶を受け取ったと言うにしては何か生々しさみたいなものがあったから、少し変だとは思っていたの」
 「あ、それでだったんですか」
 「ええ。単に記憶を受け取っただけなら、それは小説か映画を見るようなものなんじゃないのかなって」
 「ですね」
 
 そうあいづちを打つちえみ。
 
 「だとすると、やはりワルプルギスの夜に勝つために?」
 「基本的にはそうですけど、それ、実は手段で目的じゃないです」
 
 手段で目的ではない……そう言われたマミは、少し考える。
 
 「つまり、目的を果たすためには、ワルプルギスの夜を倒さなくてはならないと」
 「はい。より正確に言うと、条件を満たして倒さなくてはならない、なんです。
 実は、倒すだけなら簡単で、マミさんの後輩にあたり、かつての歴史で一緒に魔法少女としてコンビを組んでいた、とある人の力があればあっけなく倒せてしまいます」
 「私と一緒に? ああ、暁美さんが言っていた、後輩の子ね」
 
 その言葉に少し動揺するマミ。自分を説得する時、ソウルジェムの秘密と共に、ほむらの語ったこと。
 別の世界では、自分には今の時点で後輩がいたと。
 話を聞いてすぐにこちらに来てしまったために詳しい所は聞けなかったが、その言葉は一番マミの心を動かしていた。
 
 「はい。今はまだ名前を言うには早いですけど、その人はとある理由により、全宇宙最強の魔法少女になる力を秘めています。掛けられる願いにも、およそ不可能はないくらい。
 絶対的に矛盾するとかで根本的に叶えようがないことでなければ、あらゆる願いを叶えることが可能なほどの力です。
 ですけど、彼女を魔法少女にするのは、実は破滅と表裏一体の危険を秘めているんです……ここまでは、話してもどうという事はなかったりするんですけど。信じてもらえないかもしれないだけで」
 
 マミはその時、思わずちえみのことを注視してしまった。
 最後の言葉だけが、明らかに語調が変わったからだ。
 どちらかというと軽いノリで話されていたちえみの言葉が、最後の一言だけ、果てしない重さを持っていたが故に。
 そしてその重さに立ち向かうように、マミは言った。
 
 「信じるわ。あなたは嘘を言っていないって」
 「あ、ありがとうございます。ここ流されるとさすがにきついですからね~」
 
 再びノリが軽くなるちえみ。だがもうマミは騙されなかった。
 そのノリが、つらいものをごまかすための軽さであると、気づいてしまったから。
 そしてそれを証明するかのように、再び重くなるちえみの言葉。
 
 「マミさん……ちょっと早いかもしれませんけど、今のマミさんなら耐えられるような気もします。ここから先は、かつての歴史でマミさんを狂気と自殺に追い込んだ真実です。
 それでも、聞きたいですか?」
 「え……?」
 
 さすがにマミの足が止まった。そういう事なのね。マミの頭の中で、思考が渦を巻く。
 最初は『可能性』だと言っていた。それだけなら、たとえ自分が自殺したと言われても、それは『他人事』だっただろう。あくまでもそれは『可能性』なのだから。
 だがそれが、時間遡行によるやり直しだとしたら。
 それは『可能性』ではない。『事実』なのだ。
 かつて自分はその真実を知り、それに耐えかねて狂気と共に自殺を図ったというのだ。
 ちえみの様子からして、それは脅しでも誇張でもない。
 いや、この場においては事実こそが最大の重みを持つ言葉になる。
 もちろん、知られたくないことを追求されないために、ここぞとばかりに嘘を挟んだという可能性も有る。
 だが結局、その真実はパンドラの箱だ。開ければ災厄がまき散らされる。だが、開けずともそこに災厄が詰まっているという事はもう間違いがない。
 なら、自分はどうするべきか。
 マミは少し冷静になって考えた。そして一つの疑問が浮かぶ。
 
 「一つ質問していい?」
 「答えられることなら」
 
 そしてマミはちえみに問う。
 
 「私がそれを知って自殺した時って、こういうふうに前置きされて聞かされたの?」
 「いいえ、真実を目の当たりにすることによって」
 
 それを聞いたマミは、上を見上げ、大きく深呼吸して体の緊張をほぐした。
 そしてキッとちえみを見つめ、答えを述べる。
 
 「聞くわ。私を殺した真実を」
 「いいんですか?」
 「ええ。今の話を聞いて、自問自答してみたら少し変なことに気がついたから。
 私ね、こう見えても意地っ張りなの。自分が正しいと思ったことは、そう曲げる方じゃないと思うわ」
 「ですね。マミさん正義感強いですから。だから杏子さんともぶつかったんでしょ?」
 
 頷くことでそれを肯定するマミ。
 
 「そんな私が、『聞いたら自殺する』なんていう事を言われて、自殺するはずがないのよ。
 たとえそれが自殺するほどの衝撃的な事実でも、『聞いたら自殺するから教えない』なんて言われたら、意地でも自殺なんて出来る訳無いわ」
 
 力強く言い切られた言葉を聞いて、思わず吹き出すちえみ。
 
 「なら、大丈夫かもしれませんね。でも、本気でつらいですよ?」
 「いいから教えなさい」
 「わかりました」
 
 さすがにここからは茶化した雰囲気を消し、真面目な声で語り出すちえみ。
 
 「そうですね……マミさん、この魔女の結界を見て、どう思いますか?」
 「結界の印象? そうね……ここはなんというか、人が信じられない、とでもいう感じかしら。商店街なのにお店がみんな鉄格子って、これって犯罪者が店主なのか、それともお客がみんな泥棒だと思っているのか……」
 「それ、後半が正解です」
 「正解?」
 
 マミは答えが当たったという事より、正解が存在していることの方を不思議に思った。
 
 「魔女の結界の解釈に、正解なんて有ったの?」
 「有るとは限りませんけど、ここはわかりやすいですから。ここは、泥棒……特に万引き犯を憎んだ、一人の魔法少女のなれの果てですから」
 「そうなの……っ!」
 
 あまりにもあっさりと語られたため思わず聞き流してしまったが、そこには無視できない言葉が混じっていた。
 
 「魔法少女の、なれの、果て……?」
 「はい。それこそが『前の歴史』でマミさんを自殺どころか虐殺にまで追い込んだ魔法少女の真実です。魔女とは魔法少女が成長……いえ、破綻したもの。希望を代償に魔法少女となったものが、絶望をソウルジェムに溜め込みすぎて破裂する時、魔女は生まれます。
 ちなみに私は前の歴史で、何度か魔女になった事ありますよ。成った後のことはさすがにわからないですけど。マミさんも一度……じゃない、二度なった事がありますね。まあそのうち一回は反則ですからノーカンですけど。
 記録もありますけど、見たいですか?」
 
 そう言いつつ、巨大な本を召喚するちえみ。
 一方、マミは全身が震えるのを止めることが出来なかった。
 心が真っ暗になりそうな気持ちの中、一筋の意地がそれに心を潰されるのを防いでいた。
 
 「い、意地を張っていてよかった、わ……ただそれを知ったとしたら、間違いなく、私は潰れたわね……」
 
 引きつった笑みを浮かべつつ、ちえみに手を差し出すマミ。
 笑みというにはあまりにも痛々しく、差し出された手は小刻みに震え、ぶれて見えるほど。
 本を送還し、その差し出された手を、両手で抱くようにちえみは握る。
 
 「マミさんがこの事を知った時は、目の前で仲間の一人が魔女に変わったからだって、先輩に聞きました。いずれは自分も魔女になるって知ったマミさんは、仲間だったみんな諸共自分も死のうとしたそうです。そしてそれを止めようとした、最愛の仲間に倒されたそうです。
 別の歴史では、やはり心が砕けそうになった時、何気ない仲間の一言でどうにか踏みとどまったこともあったそうですよ。
 魔法少女が魔女になる原因って、こういう不安に耐えかねて、自分で自分を追い詰めちゃうことが一番多いんです。私みたいに身の丈を越える力を使っちゃったりとか、ソウルジェムや体が限界を超えて壊れちゃって、持ちこたえられなくなっちゃったっていうのはほとんど無いです。
 だから大丈夫。それはいずれ来る定めかもしれないけど、普通の人が交通事故に遭うのと同じで、来る時は理不尽に来る、そういうものなんです」
 「添田、さん……」
 
 ちえみが握っている手から、少しずつ震えが減ってくる。
 
 「それに最悪、ソウルジェムが完全に転化してグリーフシードになる前にソウルジェムを壊しちゃえば、死んじゃいますけど魔女にはならずにすみますよ。先輩も一度、命より大事な親友を、魔女にしないためにその手に掛けたことがあるそうです」
 
 その言葉が出た瞬間、完全にマミの震えが止まった。
 
 おびえていた目に、光が点る。
 
 「魔女にしないために、親友を手に掛けたですって……!」
 
 語調は怒りを含んでいたが、それは手を下した相手にではなく。
 
 「暁美さん……なんでもない様子をしていながら、あなたという人は……」
 
 つらい思いを押し殺す少女と、それに比べてふがいない自分への怒り。
 
 ちえみが包むように握っていたマミの手が、固く拳に握られていく。
 
 「どこまで、……なの」
 
 下を向くマミ。その顔から一筋の雫が落ちたのは、見なかったことにするちえみ。
 そしてマミが顔を上げた時、そこにはもはやわずかなおびえもためらいもなかった。
 
 「いきましょう、ちえみさん。そしてもう少し詳しい話を」
 「はい。この魔女、ヘラは、さっきも言った万引きする相手を憎んだ魔法少女の果てなんです。ですので犯罪者、特に泥棒をことのほか憎んでいて、それが魔女としての資質に表れているんです。
 犯罪者には屈しない。それが断罪の魔女ヘラの持つ『律』。ですので生きていくのに盗みを働いたことがある杏子さんや、武器の調達に同じ事をした先輩では倒せないんです」
 「佐倉さんたら……でも、話を聞く限り、あまり悪影響は出なさそうだけど」
 「でも、なにを以て犯罪とするかは、魔女の独善なんです。今はまだ人だった頃の倫理観が残っていますけど、いずれはそれも絶望に呑まれて、人間はすべからく断罪するものなんて思い込みはじめちゃいます。そうなっちゃったら文字通り手がつけられなくなりかねませんから」
 「確かにそうなったら、手がつけられないわね」
 「基本、魔女になっちゃったらいずれは害になります。全く例外がないわけじゃないんですけど。ある意味希望と理想の無茶が過ぎて、魔女になったのに一見まともそうな人もいなくはないです。知っていますし。
 ただ、基本的に、魔女になるっていうのは、絶望の果てに不安と迷いを捨てることなんです。だから例外なく、魔女になっちゃうと、人として『変われなく』なっちゃうんです。
 思い詰めた果ての方向にまっしぐら。太陽に挑むイカロスのように、その果てが破滅でも地獄でも、もう止まれなくなっちゃった存在が『魔女』なんです」
 「……そういう事なのね、魔女になるっていうのは」
 「もっとも、私が魔女になる時って、力のオーバーフローで破綻した時ばっかりなんで、その辺はわからないですけど」
 「あら、そうだったの」
 
 ほんの少しだが、マミにも余裕が生まれはじめていた。
 
 
 
 そして結界の最深部。マミの目の前にあるのは、佇むギロチン台。
 
 事ここに至っても、この魔女は動かなかった。
 
 「犯罪者を憎む魔女は、その反動として、犯罪者でないものには手が出せないんです。ですから、一撃必殺にすれば、この魔女は倒れます」
 「そう……ねえ添田さん。魔女の外観って、やっぱり元になった魔法少女の……」
 「はい。深層意識が形をなしたものになることがほとんどですよ。能力とかもかなり。
 断罪の魔女のこれは、罪を裁く形と、彼女の万引き犯に対する憤りと憎しみが、こうして形になったんです」
 「私が今まで狩ってきた魔女も、そうだったんでしょうね」
 
 少し寂しそうにいうマミ。そう言いつつも、目の前には据え置き型の巨大な銃が出現している。
 
 「でも、それが定めでもあり、代償でもあるんです。あ、この事でキュゥべえに文句をいうのは止めてあげてくださいね」
 「……何故?」
 「キュゥべえには、こういうことに対して私たちが抱く感情……喜怒哀楽を理解出来ませんから。キュゥべえにしてみれば、私たちを魔法少女にしていずれ魔女に至らせるのは、私たちが畜産で牛や豚、鶏なんかを育てているのと一緒なんです。マミさん、私たちが肉を食べるのに牛を育て、殺すことに、マミさんは罪悪感を憶えますか?」
 「……私は憶えないわ。原罪って言って、そういう事を問題にする宗教とかもあるけど……そういう事なのね」
 
 そういうマミの顔には、何ともいえない寂しさとやりきれなさが漂っていた。
 
 銃の位置を調整し、照準をきっちりと合わせる。
 
 「そうそう、添田さん。私が魔女になった姿って、どんなものだったの?」
 「リボンによく似た、金色の紐の集合体でしたよ。ピーナッツ型の繭の形した。
 ――紐の魔女ザビーネ、その性質は孤独。寂しさを紛らわさんと、全身の紐で相手を束縛する。だが紐で縛られた人は自我をも縛られてしまい、全ての意志を失う。
 そういう魔女でした」
 「そうなの……確かに、私ならそんなふうになりそうね。でも」
 
 そこで力強く、マミは宣言する。
 
 「もう私は、決してそんな、己に負けた魔女にはならないわ……ティロ・フィナーレ!」
 
 
 
 その宣言と同時に、断罪の魔女は一撃で滅ぼされた。
 
 
 
 
 
 
 
 「ワルプルギスの夜を倒す、ね……まあ、嘘は言ってないんだろうが。ま、助かった礼もある。前向きには考えとくよ。
 とは言っても、こっちはこんな感じだろ。ある程度片付けないとどうにもならないんだよ」
 「わかっているわ」
 
 頷くほむら。
 
 「本当はこのまま手伝ってあげたいけど、私たちにはこの後一旦すぐに戻らなければならない訳があるの。そちらが片付いたら、地元の魔女を判っている限り片付けてから、こちらにも応援に来るつもりよ」
 「ん、そん時は素直に力借りるわ。ッたく、なんでこんなに魔女が増えたんだか」
 「実のところ、理由も見当が付いているわ。でも、そこまで明かすのはちょっと早いと思うの。だから、それは次の機会にするわ」
 「ま、いいさ。本音を言えば、滝の上病院あたりのヤバそうなところはつきあって欲しかったんだが、とりあえず小物を潰して待ってることにする」
 「そうそう、ちょっと注意しておくわ」
 
 滝の上病院の名前が、ほむらの記憶を刺激した。
 
 「あそこは一人では手を出さないこと。一人で行ったら、あなたの負けよ。『前回の記憶』から考えると、最低三人、内一人がちえみじゃないと危険だわ。魔女そのものは倒し方も判っているけど、ちえみがいないと感知できない罠があるのよ」
 「ん? ひょっとして前回、組んでやったとか」
 「その通り。魔女はともかく、『罠』の方はちえみがいなかったらまず手が出ないわ。
 幸い多少は放置しても平気だけど、私たちも因縁がある魔女なんで、協力は惜しまない」
 
 そこまで語った所で、二人は魔女の結界が消えたのを感じた。
 
 「無事に倒したようね」
 
 そして現れるちえみとマミ。
 だが一瞬、杏子は己の目を疑ってしまった。
 マミの様子が違う。なんというか、いきなり一皮むけたような気がする。
 男子三日あわざれば、すなわち刮目してみよ、という格言が脳裏をよぎる。
 
 「……おいマミ、何か中であったのか」
 「ちょっとお話ししただけよ。その流れで添田さんから聞いたんだけど、佐倉さん」
 
 その言葉に妙な力が入っていて、思わず気圧される杏子。いつもなら反発が先に立つ所なのに、今回ばかりは変に逆らいがたい雰囲気が出ていた。
 
 「あなた、食うに困って魔法を使って万引きしているそうね」
 「悪いか!」
 
 悪いのだが、それよりもマミの言い方に腹が立った。
 だが、マミの対応が杏子の予想の斜め上に行った。
 
 「そんな事は人様の迷惑だから、本気で困ったのならまたうちに来なさい。ご飯ぐらいならごちそうするわ」
 「な……?」
 
 てっきり正論による罵倒が来ると思っていて身構えていた杏子は、思いっきり腰が砕けた。
 
 「幸い私はあなたと違ってお金にも住む所にも困っていませんので。居候の一人位は、どうにでもなりますし」
 「なに考えてやがる」
 
 喧嘩腰に突っかかるが、同時に何ともいえない違和感を感じて、内心焦る杏子。
 
 (おかしい……あたしの知ってるマミなら、こんなときもっと高飛車に正論で押してくるはずだ。こんなじわじわとした圧力を掛けるような真似はしない女だと思っていたんだが……)
 
 そんな杏子の内心を意に介さず、これは今までと変わりなくマミが押してくる。
 
 「無為な迷惑と意地で無駄に魔法が使われると、こちらにとっても迷惑なのよ」
 「なんだ、そういう事かよ……その気はねぇ」
 
 だが、こちらの挑発にも乗らず、マミは自分のペースを押し通す。
 
 「あなたも生きる上で必要なのでしょうから止めろとは言えないけど、私としては止めて欲しいわ」
 
 こうまで自信たっぷりに言い切られると、無駄に意地を張る方が小物っぽく思えてしまう。
 そんな事は杏子のプライドが許さない。
 
 「ふん、考えてはおくよ。そん時はたかっておまえさんの遺産食いつぶしてやる」
 「あ、うまいダジャレですね」
 
 横からちえみに突っ込まれて、思わず杏子はこけた。
 
 
 
 そして四人は、三人と一人に別れた。三人を見送る杏子は、奇妙な一日だったと思いつつ、滝の上の町をぶらつく。
 
 (さて、どうするかな……いまいち物足りねえけど、積極的に探す気にも慣れねえし……)
 
 そんな事を考えながら適当にぶらついていたせいか、普段あまり足を運ばない街外れのマンション街に杏子は足を踏み入れていた。
 
 「ありゃ、迷ったかな?」
 
 そう、杏子がつぶやいた時、『それ』を感じた。
 
 『魔女の結界っ! こんなところにも隠れてやがったのか、気づかなかったぜ。
 まあいい、今のむしゃくしゃ、八つ当たりさせてもらうぜ!」
 
 ためらうことなく結界に突入する杏子。
 中に入ったとたんに感じる血臭。
 
 「……どうやら人食いの外道魔女らしいな。ちょうどいい」
 
 使い魔を縦横無尽に蹴散らし、最深部に突入する。
 どうやら植物系の魔女のようだ。
 だがそこで、意外なものを杏子は見た。
 魔女に食い散らかされたらしい死体の側に、呆然と佇む少女……いや、幼女。
 死体の様子を見ると、幼女の母親か。
 そして杏子の目の前で、魔女の繰り出す刺の生えた蔦が、幼女に襲いかからんとする所だった。
 
 「アブないっ!」
 
 幸い魔女はまだ弱く、杏子の敵ではなかった。
 結界もすぐにとけるだろう。
 そして杏子は、死体の側から離れようとしない幼女に近づいた。
 こちらに気がついた彼女は、縋るような目を自分に向けてくる。
 何となくむかついた杏子は、突き放すような声で言った。
 
 
 
 「そんな顔したって、誰も助けちゃくれないよ」
 
 だが、それでもじっと杏子を見つめる彼女の瞳に、結局杏子は負けた。
 定番商品になっている、短い棒付きの球形キャンディーを差し出す。
 
 
 
 
 
 
 
 それは、最後の鍵がこの舞台に参加した瞬間であった。



[27882] 真・第27話 「とっても恐くて、悲しくて……でも」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/09/14 10:02
 ここのところ鹿目まどかは、少し寝不足気味であった。
 それというのも、毎晩のように、あの戦う魔法少女達の夢を見るのである。
 しかも、そこで戦う人物の中に親友が混じっていることに気がついてからは、なおさら寝不足に拍車が掛かっていた。
 
 (なんでさやかちゃんまで戦ってたのかなあ)
 
 夢の中の彼女は、青を基調としたコスチュームに身を包み、日本刀っぽい刀を手に戦っていた。
 それにしてもこう何度も見るようだと、本当に何かあるのかもしれない。
 まどかは少し不安に思えてきた。
 何しろ夢の中の戦いにおいて、親友はいつも敗れて落ちているのだから。
 
 
 
 寝不足でも学校からは逃げられない。
 
 「どうしたまどか、なんかここんところ眠そうだけど」
 「う~ん、ちょっと夢見が悪くて」
 
 休み時間にへたれているまどかの様子を心配してか、まどかの親友である美樹さやかが声を掛けてきた。
 
 「そういえば朝もつらそうでしたね」
 
 もう一人の親友である、志筑仁美もまどかに話しかけてくる。
 
 「うん……ねえさやかちゃん、仁美ちゃん」
 「なに、まどか」
 「相談事でも?」
 「うん。毎晩同じような夢を繰り返し見るのって、どう思う?」
 
 さやかと仁美の顔が一瞬呆ける。
 
 「同じ夢、ですの?」
 
 そう問う仁美にまどかは頷く。
 
 「それも、なんか、こう……私たちくらいの、なんというか、昔のアニメみたいな、戦う魔法使いの女の子が、何かと戦ってる夢なの」
 「戦う魔法使いの女の子って、それ、あたし達が小さい頃はやったアニメみたいなやつ?」
 「うん、そんな感じ」
 
 茶化すつもりだったさやかは、そこに真面目な返答が帰ってきて、少しうろたえる。
 
 「何か……ただの夢や妄想とは、少し違うみたいですわね」
 
 仁美の声も、少し真面目になった。
 ちょうどそこに、始業のチャイムが鳴り響く。
 
 「あら、時間がないようですわね……よければ続きは、お昼休みにでもいたしましょう」
 「うん」
 「そうだね」
 
 仁美の提案に、まどかとさやかも頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 昼休み。
 三人は仲良くお弁当を広げていた。
 仁美はサンドイッチを中心にしたランチボックス。さやかはかわいらしいプチおにぎり。そしてまどかは父お手製のお弁当。
 おかずを交換したりしながら、食事は和やかに進む。
 そしてほぼご飯が無くなり、最後の楽しみにとっておいたチーズカツとパイナップルを残して、まどかは休み時間の続きを話し始めた。
 
 「たぶん、場所は何となくだけどこの辺だと思うの。ただ、ものすごい嵐で、風の力だけでビルが倒れるくらい。その中、空を飛んで戦っている女の子がいるの。一人だったり、何人かいたり。そうそう、さやかちゃんがいた事もあったよ」
 「あたしも?」
 
 怪訝そうな顔になるさやか。
 まどかは視線を上に向け、あごに人差し指を当てるという、何かを思い出す時のポーズをしながら、見た夢のことを考える。
 
 「さやかちゃんがいた時のパターンは一通りだけっぽいから、たぶん同じシーンを何回も見たんだと思うんだけど……」
 
 語尾が濁るまどか。その様子に何か不穏な物を感じ取ったさやかは、
 
 「むっ、なんかろくでもない予感」
 
 顔ではにやにやしつつも、まどかを責めるように視線で脅して続きを要求する。
 
 「で、かっこいいさやかちゃんはどうしたって?」
 「その……かっこいいんだけど、やられて落ちてた」
 「やっぱりかあああっ!」
 
 いかにもわざとらしく叫ぶさやか。叫びながらも、よく見ると目が笑っている。
 そんな二人を見て、仁美もクスクスと笑っていた。
 
 
 
 「でも、そこまで明晰な夢を繰り返し見ると言うことは、何かあるのかもしれませんね」
 「そうそう、なんか明晰夢っていうより、変な電波受け取っているっていう方が、なんか信憑性有りそうなくらいだよね、そこまではっきりしてると」
 
 そして放課後、三人は揃って下校すると、見滝原総合病院へと向かっていた。
 目的はさやかと仁美の友人でもある、上条恭介のお見舞いである。彼はヴァイオリニストとして有名だったのだが、不運にもその命とも言える手を怪我してしまったのだ。
 ちなみにまどかにとっては、彼はさやかの知り合い程度でしかない。
 一方さやかと恭介は幼い頃からの知り合いであり、さやかが恭介のファンであることもまどかは知っている。
 最近の様子では、さやかの『好き』が幼なじみのそれからだんだん男女のそれに移行しているっぽいことも、まどかは何となく感じ取っている。
 まどかも思春期を迎えているとはいえ、少なくともそういう意味で男性を好きになった憶えはない。あこがれてはいてもよく判らない世界という感じだ。
 そうこうしつつも院内では会話は自粛し、目的の部屋の扉をそっと開ける。
 
 「やあ、いらっしゃい」
 
 病室で横になっていた恭介が、さやか達に声を掛けた。ある意味勝手知ったる仲であるから、お互いあまり遠慮はしない。
 入室してすぐに、室内に置かれた椅子に思い思いに座り、持って来た花を飾ったり、見舞いの品を渡したりして、まったりとした時間が過ぎていく。
 そうしてまどか達三人が、そろそろおいとましようとした時であった。
 外の光が入る明るい病室が、突然闇に閉ざされたのだ。といっても真っ暗になった訳ではない。
 周辺の景色が歪み、病室とは全く違う、奇妙な空間に書き換わっていく。
 それはお菓子と医療器具の入り交じった、奇怪な背景。
 
 「な……なに、これ……」
 「どうなっているのでしょうか」
 「さ、さやかちゃん」
 
 女の子達には、この異変になにが出来る訳でもない。
 しかもそこに、奇怪な侵入者が現れた。
 
 黒字に赤い水玉の、子供くらいの大きさの卵。
 中央には渦巻き模様の、目を思わせる大きな丸。その脇から生える、灰色の犬の耳のようなもの。
 そして細い足と尾を持つ、異形の……化け物。
 それが数匹、何かを探すように、室内――ともはや言ってよいか判らないここへ侵入してきたのだ。
 そしてそれは、何故か明らかにまどか達を狙っていた。
 
 「きやああっ」
 
 そのおぞましい姿に、仁美が悲鳴を上げる。まどかとさやかは、お互いを抱え有ったまま震えることしかできない。
 そしてその化け物の目が彼女たちを捉えた瞬間、この場にいたただ一人の男は動いた。
 幸い彼の怪我のうち、重いのは左腕だけ。彼はベッドから何とか起き上がると、置いて有る椅子の一つを右手で持ち、化け物に叩きつけた。
 
 「あっちへ行けっ! 彼女たちに手を出すな!」
 
 それは乙女のあこがれるヒーローのようで。
 ちょっと頼りないけどとてもかっこよくて。
 
 
 
 でも現実は厳しくて。
 
 
 
 化け物が体当たりをしてきて、恭介は吹き飛ばされた。
 さやかと仁美が、慌てて恭介を支える。
 
 「大丈夫っ!」
 「痛い所は」
 
 二人の心配に、苦笑しつつも安心して、という恭介。
 
 「大丈夫、それほど痛い訳じゃないよ。でも……」
 
 じりじりとまどかの方に寄ってくる、目玉卵の化け物。恭介は仁美やまどか、そしてさやかをかばうように立ちふさがる。
 
 「彼女たちには指一本触れさせないぞっ」
 
 それは精一杯の強がり。でもそれは、乙女達には何よりかっこいい男の子の姿。
 そしてそのがんばりは、無駄にはならない。
 
 彼がキッと化け物を睨み付けた時。
 
 
 
 化け物は、いきなり横っ飛びに吹き飛び、バラバラに砕け散った。
 血潮のようなものが飛び散り、四人は思わずこみ上げて来るものを抑える羽目になる。
 そこに掛かる声。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「大丈夫だった?」
 
 
 
 
 
 
 
 そちらを見た四人は、思わずさっきまでのグロテスクな光景を忘れてしまう。
 なぜならそこにいたのは。
 
 
 
 アニメーションか何かから抜け出してきたような、三人の少女だったのだから。
 
 
 
 「危ない所だったわね」
 「見に来て正解でした」
 「大丈夫。あなたたちは私たちが守るわ」
 
 三人の少女は、そんな事を話ながら、わらわらと集まってきた化け物を、信じられないもので駆逐していく。
 
 三人のうちでやや大人びた、コルセットと羽根飾りの付いた円筒形の帽子が特徴的な少女は、どこからともなく大量のマスケット銃を取り出し、それを使い捨てるようにしながら次々と化け物を倒していく。長い黒髪の少女は、同じように銃を使うものの、こちらは一転してリアルそのものの機関銃で、発射音やかすかに漂う焦げ臭い匂い、そして飛び散る薬莢からしても、本物の銃としか思えない。
 一番小柄な茶色いブレザーの少女は、その手に大きな本を持っているが、戦ってはいないようだった。
 
 最初はその姿そのものに衝撃を受けていたが、だんだん戦っているという事実が、まどか達の頭にも染み込んでくる。
 その中でもまどかの受けた衝撃は別格であった。なぜならそれは。
 
 (なんで、なんで夢で見た人たちが、現実にいるの? それどころか、本当に戦っているの? なんで?)
 
 それは昨日も見た夢。そして、見忘れることのない、いつもそこにいた、黒髪の魔法少女。
 
 「マミ。この辺の使い魔はもう居ないみたいね」
 「隠れている様子もないです」
 
 マミ、というのが、年長らしいマスケット銃を使う魔法少女の名前なのだろうか。
 ブレザーの少女はちえみと言われていたのも聞いた。
 そして今マミと呼ばれた少女が、こちらに話しかけてきた。
 
 「大丈夫? あなたたち」
 
 「あ、はい……大丈夫です……あなたたちは?」
 「私たちは、こういう使い魔や魔女と戦っている魔法少女よ。添田さん、他に取り込まれた人は?」
 「今のところいないみたいです。この人達も、二人に資質があったからたまたまですね」
 「そう。ならまだ完全には孵化していないわね。急ぎましょう」
 三人のうち、戦っていた二人が駆け出していく。そして残っていた本を持つ少女が、まどか達に話しかけてきた。
 
 「びっくりしたと思いますけど……とりあえず、ここは危険ですから、私たちに付いてきていただけませんか?」
 「あ、あの……」
 
 そう言って立ち去ろうとした彼女に、まどかは思い切って話しかけた。
 
 「なんですか?」
 「あの、もっと聞きたいことがあるんですけど」
 
 すると少女はにっこりと微笑んで返事をした。
 
 「とりあえず後で。というか、貴方たちも無関係じゃないですから。こっちへ」
 
 ちえみと呼ばれた少女の後を付いて、もはや病院とは思えない何かに変貌した世界の中を歩く。
 そんな中、さやかが、少し心細そうに、まどかに声を掛けてきた。
 
 「まどか……ここんところ変な夢見てたって言うけど……」
 
 それってこういうの? と続けようとしたさやか。が、その言葉を遮るように、まどかの口から答えが返ってきた。
 
 「うん、舞台は違うけど、彼女たちだった、戦ってたのは」
 
 さすがに息を呑む仁美とさやか。そして彼女たちは気がつかなかったが、前を行くちえみの肩が、一瞬ぴくりと震えていた。
 
 「特にね、あの、長い髪の、黒っぽい人」
 「ああ、マシンガン撃ってた」
 「あの人はね、いつも絶対いるの。一人っきりでも、何人かいても。でもね」
 「でも?」
 
 そう聞き返した仁美の問いに、今度は頭を落としながらまどかはその先を続けた。
 
 「いつもいつも、最後は負けちゃうの。頑張ってるって判るのに、怪我とかいっぱいしてるのに。私、それを見ているだけなの」
 「うわぁ、それ、きついかも。その負けるに、あたしもいるんでしょ」
 「うん」
 
 たかが夢の話、さやかも仁美も、そう思っていた。
 だが、こんな非現実的なことが現実となっている今、もはやそれはただの夢ではないのは明らかだった。
 そんな様子を少し後から見つめていた恭介は、前を行く茶色の少女に声を掛けた。
 
 「あの、すみません……今の話、何か心当たり有りますか?」
 「ありますよ。いやって言うほど」
 「えっ?」
 
 それはあまりにもあっさりとした肯定。落ち込んでいたまどかが、思わず顔を上げるくらい。
 だが少女はこちらを見ようとはせず、前方で津波のように襲ってくる使い魔を蹴散らして進む二人の魔法少女の方を見つめたまま、それでもはっきりと聞こえるように言った。
 
 「とりあえずここを抜け出したら、なにが起こったのかは説明します。といっても、なにも判らないんじゃ不安でしょうから、ちょっとだけ教えますね」
 
 振り返らないままに、少女は語る。その姿に、まどか達は、微妙な拒絶の壁を感じ取っていた。
 
 「さやかさんとまどかさんには、才能があるんです。私たちと同じ、魔法少女になる才能が。今回まだ人間を引き込めるほど強い力を発揮できない孵化前の魔女の結界に引き込まれたのは、たぶんそのせいですね。普通の人は、魔女にはほとんど対抗できませんけど、逆に自分から迷い込むこともほとんど無いですから……キュゥべえ、いる?」
 『呼んだかい、ちえみ』
 
 まどかの目には、そして耳というか心には、ちえみという少女の呼びかけに答えて現れた、白い猫というかネズミというか、そんな感じの小動物が姿を表し、そして音として聞こえない不思議な声で会話するのが判った。
 
 「わ、何あれ、可愛い」
 
 さやかも同じような感想を持ったようだ。だが、
 
 「あの、何かいるのですか?」
 「なにも見当たらないけど」
 「え、ほら、前の子の肩の上に、白くて可愛いのが」
 「なにもいませんけど」
 「僕にもなにもいないとしか」
 「え? え? え?」
 
 三人のコントを一歩引いてみているまどかは、コントの真相に思い至った。
 
 「さやかちゃん、たぶんその白い子、あたしとさやかちゃんにしか見えてないよ」
 「え、そうなの? まどか」
 『その通りだよ、鹿目まどか。僕の姿は、資質のある子にしか見えないんだ』
 
 キュゥべえのテレパシーにぎょっとするさやか。
 そんなさやかの様子にとまどう仁美と恭介を見て、まどかは今の声も二人には伝わっていないと確信した。
 ふと思いつき、まどかは鞄からノートを取り出すと、歩きながら下手ではあったが、キュゥべえの似顔絵を描く。
 
 「こんな子が前の女の子の肩の上に乗ってるの」
 「あら、確かに可愛いですわね」
 「うん、確かに」
 
 それを見せられた仁美と恭介も、思わず頷く。
 
 「あ、確かによく似ている」
 『うん。デフォルメされてるけど、特徴は捉えている』
 
 いつの間にかさやかの肩口から、キュゥべえも似顔絵を覗き込んでいた。
 
 そしてさやかとキュゥべえ(見えていない)の様子を見ていた仁美が、恭介に言った。
 
 「まどかさんが言ったとおり、二人にはキュゥべえさんが見えているようですね」
 「あ、僕にも判った」
 
 仁美にも恭介にも、キュゥべえは見えない。が、キュゥべえに視線を向けて会話するさやかは当然見える。
 そしてさやかに、そんな自然なパントマイムが出来るはずでないことも、当然二人は知っている。
 
 「キュゥべえさん、あなたには私の話が聞こえていると思いますので、一言言っておきますわ」
 『なにかな』
 「なにかな、って言ってるよ、キュゥべえ」
 
 キュゥべえの言葉を、さやかが中継する。
 
 「あなたが見えない人の前で、見える人と会話するのは、まわりの人に不自然に見えますわ。今の私には、さやかさんが見事なパントマイムを披露しているようにしか見えませんから。というかむしろ、さやかさんが見えないお友達と会話しているようにしか見えませんわ」
 「あ」
 
 その意味することに気がついたさやかが慌てる。
 キュゥべえも、
 
 『おっといけない。普通はもう少し考慮するんだけどね』
 
 そう言って一旦さやかの視界から外れる。
 
 『さやかも出来るだけ普段は、僕との会話はテレパシーでした方がいいよ』
 『そうだよね。気をつける』
 
 そんなやり取りも、前で戦っていた二人の足が、とある扉の前で止まったことで終わった。
 
 
 
 「あなたたちはここで待っていて」
 
 扉を開き、一歩入った所で、まどか達は黒髪の少女に止められた。
 目の前に広がるのは、馬鹿馬鹿しいほど背の高い椅子とテーブルが並ぶ広大な空間。
 そしてそのひとつに、ちょこんと女の子のぬいぐるみのような物が置かれていた。
 
 「マミ、あれに一発、大きいのを入れて。そうすると化けの皮が剥がれるわ」
 
 まだ寄ってくる使い魔を蹴散らしながら、黒髪の少女は言う。
 
 「わかったわ、使い魔はお願い、暁美さん」
 
 舞うようにマスケット銃を使い潰しながら、巻き髪の少女も答える。
 
 そして彼女の手から解き放たれたリボンが女の子のぬいぐるみを拘束する。
 召喚される、巨大な銃。
 解き放たれる言霊。
 
 「ティロ・フィナーレ!」
 
 掛け声と共に発射された弾丸は、難なくぬいぐるみを破壊する……と、思われた瞬間、ぬいぐるみの口から何かが飛び出してきた。
 擬人化された機関車のアニメのように、正面にファンシーな顔を貼り付けた、マーブルチョコをまぶしたような黒っぽい芋虫と蛇の中間くらいのようなもの。
 見ていた皆が一瞬あっけにとられていた中、黒髪の少女は油断することなく、その目の前に、何かを放り投げた。
 出てきた化け物は、それに気がついた瞬間、いかにもアニメチックな顔面芸をリアルにこなしながら、満面の悦びと共にそれに食いついた。
 次の瞬間、その上部が吹き飛ぶ。が、またもやずるりと口の中から何かが這い出てくる。
 それは今やられたはずの化け物と同じ姿をしていた。
 
 「なにあれ」
 「気持ち悪いですね」
 「一見ファンタジーっぽいのがかえって気持ち悪いな」
 
 さやか達は、ある程度離れた、安全な所から見ている気安さからそんな感想を口にしている。が、ふとさやかは声が足りないことに気がついた。
 
 「あれ、まどか……ちょっと、まどかってああいうのダメだったっけ?」
 
 まどかの様子がおかしかった。
 
 「まどかさん?」
 「大丈夫、鹿目さん」
 
 さすがに仁美と恭介もまどかの様子が只事ではないことに気がついた。
 
 「……わかんないの。でも、これ見てると、なんか、とっても恐くて、悲しくて……」
 
 そう、まどかは、幾分青ざめ、両手で自分を抱きかかえながら震えていた。なのにその視線は、目の前の情景から離れようとはしなかった。
 そして、その声が震えつつも、力強く、はっきりと続きの言葉を口にした。
 
 「でも、目をそらしちゃダメ、見てないといけない、そんな気がするの……」
 
 その言葉にさやか達も、改めて戦いの場に視線を向けた。
 だがその横顔からは、先ほどまでのふざけた表情は消えていた。
 そんな四人の様子を、ちえみは無言で見つめていた。
 
 
 
 戦いは安定して推移していた。マミが牽制し、黒髪の少女が何かを投げると、相手は喜んでそれに食らいつき、吹き飛ばされ、また中から出てくる。その繰り返しが何度かあった後、遂に相手は中から出てこなかった。
 
 「終わったみたいですね」
 「そうだね」
 
 その様子を見て、仁美と恭介がほっとする。
 
 「いや~、すごかったなあ」
 「う、うん」
 
 まだどこかおびえているまどかを励ますように、わざとらしく大きな声を上げるさやかと、わからないまま頷くまどか。
 そして彼女たちが、通路から一歩広大な室内へ足を踏み入れた時だった。
 
 「危ないっ!」
 
 まどかとさやかは、突然そんな声と共に突き飛ばされた。同時に何かが目の前を横切る。
 体勢的に、まどかが仰向けに倒れ、その上にさやかがまどかを抱きかかえるようにしてうつぶせに倒れる形になった。
 そのため、まどかには見えてしまった。
 
 あの化け物が、ちえみの下半身を食いちぎった所が。
 
 悲鳴を上げる間もなかった。
 次の瞬間、上がり掛けた悲鳴をかき消すほどの轟音と共に、その化け物は砕け散る。
 
 「いつつ~、なんだよって、わああああああっ」
 
 振り向いたさやかは、目の前にいきなり下半身がない少女の姿が飛び込んできて絶叫し、
 
 「志筑さん! しっかりして!」
 
 仁美は目の前の衝撃的光景に気絶して、恭介が必死に彼女を揺り起こしていた。
 
 だが、ホラー的光景はそれで終わりはしない。
 
 「あたたたた、マミさ~ん、すみません、再生お願いできますか~」
 
 下半身のない少女は、平然としたまま、仲間に声を掛けていたのだ。
 さすがにまどかもさやかも、それまでの恐怖が完全に吹き飛んだ。
 というか衝撃が大きすぎて、その手の感覚が麻痺してしまったようだ。
 
 「ねえまどか」
 「なにさやかちゃん」
 「わたしたち、ゆめみてるのかな」
 「ううん、たぶんげんじつ」
 
 そんな二人の目の前では。
 
 「マミ、急いで。結界が薄れてきたわ」
 「あはは、これで結界解けたらまずいですよね~。なまじ病院なだけに」
 「えっと、こんなかんじかしら」
 「あ、いいみたいです……ほんとに元通りだ。自力じゃたぶん結界解けるまでに再生できませんでしたと思いますし。ありがとうございます、マミさん」
 「今ので大分魔力使ったでしよう。これはあなたのものね」
 「お言葉に甘えるわね。さすがになれない魔法はきついし」
 
 辺りの景色が病院内に戻ると共に、その姿を魔法少女の物から中学の制服に替えた魔法少女が、怪我なぞ無かったかのような姿でそこにいた。
 
 そして先ほどまで下半身の無かった少女が、まどか達に微笑んで言った。
 
 「お部屋に戻りましょう。お話の続きはそこで」
 
 気がついた仁美を含めた四人が辺りを見回すと、そこは恭介の病室から20メートルほど離れた場所であった。
 あたりを行き交う人も、何事もなかったような様子である。
 文字通り狐に摘まれたような顔で、まどか達は恭介の病室へと足を向けるのであった。
 マミ達もそれに同行しようとしたが、
 
 「あ、すみません先輩」
 「どうしたの、ちえみ」
 「ちょっと時間が。すみませんけど、私はお先に失礼します」
 「あら、もうそんな時間? なら、仕方ないわね」
 
 一人違う制服を着た栗色の少女が、とてとてと早足でこの場を去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 「で、一体あれはなんだったんですの?」
 
 再び戻った恭介の病室で、まどか達を代表して仁美が新たな来客に声を掛けた。
 それを受けて、年長の少女が答える。
 
 「あれは魔女――この見滝原だけでなく、世界中の至る所で、闇に潜んで人を襲うもの。そして私たちは、それを倒す魔法少女。といっても、その実体はそれほどかっこいいものではないけど。
 そういえば自己紹介がまだだったわね。私は巴マミ。見滝原中学の三年よ」
 「え、同じ学校?」
 
 思わずさやかがつぶやく。
 
 「ええ。あなたたちも見滝原中学なのかしら」
 「はい。わたくしは二年の志筑仁美と申します。こちらが同級生でお友達の」
 「美樹さやかです」
 「鹿目、まどかです」
 
 仁美の返答に会わせて、さやかとまどかも自己紹介をする。
 
 「あ、僕は上条恭介と言います。今入院中です」
 
 そして四人とも挨拶をした所を見計らって、残りの魔法少女側が自己紹介を続けた。
 
 「私は暁美ほむら」
 
 その短く、素っ気ない自己紹介を聞いた時。
 まどかの心の中で、何かがカチリとはまったような気がした。
 
 
 
 そしてマミは、簡単に事のあらましを説明した。
 魔女という存在、それを倒す魔法少女の存在。
 魔法少女になるには、キュゥべえと契約すること。
 
 「でもね、この契約は、決して安易に結んでいいものではないのよ。キュゥべえはどんな願いでも叶えてくれる。でもそれはある意味、命を代償とした契約」
 
 重い声音でそう語るマミ。脇で聞いていたほむらは、少し意外に思った。
 気のせいかもしれないが、今のマミからは、真実を知った重みを感じた。
 ちえみが何か言ったのかもしれないと思い、ほむらはこの場ではその疑問を流す。
 ほむらにとっても、都合の悪いことではなかったから。
 
 「私はね、事故で死にかけている所にキュゥべえが来てくれたの。『助けて』と願った私の命を、契約は救ってくれたわ。でもね、両親までは無理だったから。私は今でも一人暮らしなの。
 そして、さやかさん、まどかさん」
 
 マミはじっとさやかとまどかを見つめる。
 さやかは怪訝そうな顔を、そしてまどかは何故か泣きそうな顔をしている。
 
 「もし願いがあるのなら、心して聞いて。キュゥべえと契約すれば、たぶん恭介君の怪我を、元通りに治すことも簡単なはずよ」
 
 その瞬間、間違いなくさやかの心が揺れたのを、マミは感じ取った。
 
 「でも、その代償はあなたの人生よ。魔法少女はね、強い力を持つけど、結局は死と隣り合わせの存在でもあるの。戦いに敗れて、結界の中で人知れず、誰にも知られずに死んでいく事も多いわ。
 それでもいいというなら止めはしないけど、安易な願いを代償にはしないでね。
 悩みがあるなら、いつでも相談に来て。出来る限り答えるわ」
 「特に鹿目さん」
 
 マミの言葉を受け継ぐように、ほむらが言う。
 
 「あなたの素質は空前絶後。願うならおそらく、不可能はないわ」
 「あ、ちえみさんからも聞きました。私にそんな素質、あるんですか?」
 
 何かいかにももどかしげに、まどかが言う。
 その様子にどことなく不審なものを感じたものの、ほむらは言葉を続ける。
 
 「あるわ。でもそれは諸刃の剣。あなたは魔法少女になれば、あらゆる魔女を一撃の下に滅ぼすほどの力を持つ。一見すばらしいことのように思うかもしれないけれど、それは破滅への序曲でしかないわ」
 「どういうこと?」
 
 さやかが首をかしげる。
 
 「最強ならいう事無しじゃない」
 「魔法少女は、どんなに強くても永遠じゃないわ」
 
 ほむらがさやかの甘えを切って捨てる。
 
 「どんなに強くてもいつかは魔法少女も終わる。その時、まどかの『最強』は、その代償を払うことになるのよ」
 「それって?」
 
 そう聞くまどかに、ほむらは拒絶を以て答える。
 
 「それは教えられないわ。でもね、軽く見ても地球が滅びるくらいになる」
 「ええっ」
 
 さすがに驚く皆。
 
 そしてマミとほむらは、そこで立ち上がった。
 
 「あなたたちには確かに力がある。意思も、勇気も、覚悟も。でも、それを望まないことを、私は望むわ。お手軽なことなんか、この世にはない。よく考える事ね」
 「そう。安易な考えに流されてはダメよ」
 
 そして二人の来訪者は、部屋から立ち去る。
 最後に言葉を残して。
 
 
 
 「――また、会いましょう」
 
 
 
 
 
 
 
 後に残った四人の顔には、未だ夢と現実の狭間を漂うような、実感のない不可思議さが残ったままであった。



[27882] 裏・第27話 「これで潰してあげる」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/09/19 10:47
 「はぁっ、はあっ」
 
 息が切れる。いやな予感が止まらない。
 一刻も早く、この魔女の結界から逃れなければ、たぶんろくな事にならないのはいやでもわかる。
 だが、この、
 
 使い魔の全く出てこない変な結界の、終端はどこなのだろうか。
 
 牢獄の商店街を、彼女はひた走る。
 
 そしてその終わりは来た。
 
 
 
 「どこへ行くのかな? 連続魔法少女殺害犯さん」
 
 
 
 出口ではなく、断罪の使者として。
 
 
 
 
 
 
 
 そろそろ孵化した頃かと、様子を見に来て、舌打ちをする羽目になった。
 いい感じに孵った所なのに、地元の魔法少女が狩りに来てしまったのだ。
 勿体ないが、安全には換えられない。
 戦いの様子を観察するだけに止めることにする。
 
 
 
 正解だった。
 さすがは見滝原をしきる巴マミ。その強さは安定している上半端ない。
 暁美ほむらとか言う黒髪も、何故か銃を使っていたがやはり強い。
 おまけにあみちゃんの弱点も熟知しているようだった。どこかで増殖した彼女と戦ったのかもしれない。
 最優先の抹殺対象だ。
 対して茶色は戦う様子がなかった。あまり戦闘は出来ないタイプか、なりたてかもしれない。
 こちらは慌てなくてよいだろう。
 
 
 
 ……そう、思っていた。
 
 
 
 だが、間違っていた。
 彼女はどうやら、こちらの事をよく知っているようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 「なんの事かしら。そもそもあたし、あなたのことなんか知らないけど」
 
 とぼけてみたものの、返ってきた答えは。
 
 「こちらは知っているわ、銀城かおるさん」
 
 私の名前だった。
 
 
 
 ならば取る手はひとつ。私は力を発動させる。
 
 それは絶対の隠蔽。私の姿を捉えるものはいない。
 背後に忍び寄り、必殺のエストックを背中から相手の心臓に合わせる。
 そして、突く。
 それだけで相手は倒れるのだ。
 彼女も例外ではない。私の一撃は、難なく彼女を貫いた。
 
 
 
 ――なのに。
 
 
 
 彼女は、笑いながらこちらに振り返った。
 
 
 
 「知らないんですね。魔法少女は、これくらいの肉体の損傷では死なないって」
 
 え、なに、それ。
 
 「魔法少女を殺そうとしたら、肉体を再生不能になるまでぐちゃぐちゃにするか」
 
 なんで、へいきなの?
 
 「中核たるソウルジェムを、破壊しないと駄目なんですよ?」
 
 そんなの、しらない。
 
 「おかげで滝の上は、ひどいことになっちゃいました」
 
 ききたく、ない。
 
 「あなたが殺したつもりの子達、本当は死なないで済んだんです」
 
 きいちゃ、だめ。
 
 「けど、普通の魔法少女は、知りませんから。私たちの体は、実はゾンビみたいなもの、死体だって」
 
 ききたく……
 
 「魔力で生きているように見える死体だから、魔力が尽きなきゃ死なない。でも」
 
 ききたく、ないのに
 
 「そんな事知らないから、死んだと思い込んで、絶望して」
 
 あ、それじゃ……
 
 「みんな、魔女になっちゃった」
 
 あ……
 
 「さすがに、これ以上は放っておけないです。私たちに関わったからには」
 
 
 
 私は、逃げた。
 
 
 
 なのに、私のことは見えないはずなのに、
 
 
 
 なんで、追いかけて、これるの?
 
 
 
 「逃げても無駄ですよ。この結界は、『断罪の魔女・ヘラ』の結界。犯罪者である限り、魔法少女がその力を全力で振るわないとまず脱出できません」
 
 
 
 なら、私は逃げられるはずじゃ! 全力で隠れてるのに、なんで追ってこられるのよ!
 
 
 
 「そして残念ですけど、あなたの『隠蔽』の力は、私の『看破』からは逃げられません」
 
 
 
 そ・ん・な……
 
 
 
 膝を突いてしまった私の元に、彼女は立ちふさがる。
 こうなったら、手はひとつ。
 あいつのソウルジェムを、真正面から叩き割る!
 確かあいつは、戦うのが苦手なはず。そうして向き直った私の行く手を、何かが阻んだ。
 それは槍の列。
 先端が二つに割れたそれは、佐倉杏子の得物。
 
 「なによ、それ、いったい……」
 
 そう呟いた私に、彼女は語る。
 
 「私の力は、識別と記録。魔女の力を見切り、この書に記述する。でも、実はもう一つ使い道があるの。基本あんまり役には立たないんだけど」
 
 今の言葉で気がついた。この結界って……
 
 「そう。書を『読む』力。読むことによって魔女の異能を使用すること。といっても、私はそのままだし、魔女の力なんて使いにくいだけで、せいぜいこうやって結界を張るくらいしか使い道がない。そう、思ってた」
 
 魔女だけじゃ無いじゃない。この槍、杏子の槍でしょ。
 
 「でも、一つだけ、ものすごく使える力があったの。白巫女様の力、『再現』」
 
 ちょっと待ってよ、あなたが使えるのって、『魔女』の力なんでしょ?
 
 「『再現』の力は、『読み取った情報を元に、その存在を再現する力』。私に限って言えば、それは最高の力だったの。私は読み取ることと、何かを正確に実行することだけは自信あるから」
 
 彼女が笑う。それはまるで魔女の微笑み。
 
 「だからね、あなたは、これで潰してあげる」
 
 彼女が召喚したものは、巨大なピコピコハンマー。
 
 「それ、あみちゃんの!」
 
 そう。私のかつての相棒、新宮あみの愛用武器。
 
 「確か、これが彼女の必殺技よね。『ギガント・ストライク』」
 
 巨大化し、その重量を限界まで増したハンマーが覆い被さってくるのが、私が最後に見たものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 叩きつぶされた彼女の死体から、ちえみは唯一無事だった鞄を拾い上げる。
 中にはぎっしりと詰まったグリーフシードが。
 
 『よかったのかい?』
 
 どこからともなく現れたキュゥべえが、彼女に問い掛ける。
 
 「うん。どうも時間が思ったより無いみたいなの」
 
 仲間には決して見せえない、凍った表情でちえみは答える。
 
 「マミさん、明らかに影響されてた。先輩の主観に。
 マミさんは元々あそこまで強くはない。なのに、ほんの少しだけ、前より『強く』なってた。
 まどかさんもたぶん、影響が出ている。さすがにまどかさんは変わらないけど、受け取った因果による影響が、前より強い。まあこっちは、単純に量が増えて溢れているだけかもしれないけど」
 『この世界が、暁美ほむらの観測によって存在する世界であることの弊害か』
 
 変わらないキュゥべえの言葉に、ちえみは頷く。
 
 「死者の蘇生の願いが破綻しやすいのと一緒、だよね」
 『そう。安定した観測には、最低二人、出来れば三人の観測が望ましい。君の記憶する以前のループにおける巴マミの蘇生は、偶然とはいえ奇跡であり、有益だった。あれがなければ、さすがに僕たちでもそれには気がつかなかったかもしれないからね』
 「一方向からの観察では、正確な観測は出来ない」
 『その通り。人間に限らず、一つの方向からの観測は、対象のデータを必ず歪めてしまう。最低限二方向からでないと、データの誤りを修正できないからだ。
 普通の候補が、死者の蘇生を願った場合、因果が足りていても、蘇るのは、『その人物の知る理想の相手』でしかない。個人のバイアスを除去するためには、最低限二人以上の候補が同時に同じ事を願わないといけない。その点でもあの時は奇跡的だった』
 「そしてそれは、世界に対しても同じ事。先輩の観測だけじゃ、世界全体が歪むのは避けられない」
 『まどかの世界で魔獣が出現しているのと同じだね。一人の願いによる世界では、どうしてもひずみが出るのは避けられない。ましてや彼女は、魔法少女を肯定しながら、魔女を否定したからね。その歪みを修整するために、まどかは円環の理となり、魔獣も出現した』
 
 ちえみは消えゆく結界にかおるの死体が取り込まれ、消えていくのを眺めながら、再びキュゥべえに語りかけた。
 
 「やっぱり、『あれ』を見ないと、あの場所はわからないみたい。でももう、待ってはいられないみたいなの」
 『僕には君の気持ちはわからないけど、それが一番合理的だとは思うよ』
 「そうよね。ジークリンデさんの分析もそう出たし。これで私は確定かな?」
 『そうなるね。それはもう、揺るぎないことだと思う』
 「もう少し、大丈夫だと思ってたんだけどな。でも、ま、仕方ないか」
 『結論は変えられないからね。これは始まりの時からのことだろう?』
 「うん。この世界が誕生した時から、いつかはやらないと駄目なこと。そうしないと、私はともかく、先輩がかわいそうだし」
 『僕にとってはどちらでもいいことだけどね。ただ、この情報を新世界に持ち込めるなら、それに越したことはないし』
 「知的刺激、だっけ?」
 『ああ、感情のない僕らに、進化へのモチベーションを与えてくれるものだ』
 「みんな、うまくいくといいね」
 『そうだね。それはきっと『いいこと』なんだろう』
 
 
 
 あかね色の夕日が、茶色の少女と白い獣を、同じ色に染め上げていた。



[27882] 真・第28話 「ひとりに、しないで」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/09/27 12:33
 「まいったな……」
 
 佐倉杏子は、ここ数日、とある悩みに引きずられていた。
 『ゆま』
 偶然魔女から助け出した少女は、そう名乗った。名字はわからない。
 幼いこともあって、まだその辺の自覚がないのだろう。
 本来なら、保護者を捜し出して引き渡すべきなのだろう。
 だが、いくつか困ったことがあった。
 
 まず、自分の事がある。ある意味自分自身もそういう保護を、本来ならば必要としている身だ。それゆえ公的機関にそう言った申し出をすることが出来ない。事が事だけに、魔法でごまかすにも限度があるだろう。
 かといって私的にこっそりも無理であった。
 魔女の結界にとらわれ、両親を失ったゆまは、同時に自分に関する情報も半ば喪失したような状態になっていた。
 自宅の住所もわからない。これはゆま本人もあずかり知らぬ事であったが、ゆまを虐待していた母親は、ゆまの存在をあまり表に出さなかったのだ。
 それゆえゆまには、自宅のまわりの景色の知識すらない。
 年の割に、ゆまは社会的なことに関して、あまりにも無知すぎた。
 そして杏子にもまた、それを補完できるほどの知識も智恵もなかったのである。
 
 結果――杏子はゆまと同行することになった。杏子にはゆまを放置するという選択肢が、どうしても取れなかったのである。
 
 悪いとはわかっていても、店から商品を万引きし、後払いの店では店に入って食事や宿泊したことを魔法で忘れさせ、何とか一緒に生活をした。
 
 好き嫌いは駄目だと言ってゆまを叱り、
 時にはゆまの話を聞き、
 寝る前にゆまに童話を語って聞かせ、
 
 姉妹と言うよりむしろ親子と言いたくなる生活を続けた。
 だが、いやではないがそれが負担になる事も確かで。
 そんな生活の合間に魔女を狩るものの、目に見えない負担が、少しずつ杏子を追い詰めているのも確かであった。
 
 時にゆまは聞く。
 
 「ねえ、どうしたら魔法少女になれるの?」
 
 それに杏子は答えない。それは文字通り命がけで、そんな強さがあるなら、普通に生きろと言う。
 
 時にゆまはうったえる。
 
 「私は、強くなりたい!」
 
 杏子は流す。強さをはき違えるなと。自分はそれを間違えて、やむなくこんな暮らしをしていると。
 
 だが杏子はわかっていない。
 杏子はもっと世間を見ろと言った。言ったつもりだった。
 だが、ゆまの世間は、杏子そのものなのだ。
 ゆまの視界には、元から杏子以外のものはなにも映っていない。
 ゆまにとって、杏子は、『全て』だったのだから。
 
 そして、ある日のこと。
 
 
 
 「ったく、魔女が本気で多いな。おまけに増えてやがる。こいつ、この間も倒したぞ」
 
 また魔女を一体葬り、落としたグリーフシードを手にする。それはポケットにしまい、浄化用のグリーフシードを使ってソウルジェムの濁りをとる。
 
 「ん……こいつもそろそろ駄目か」
 『そう思って見に来たよ』
 
 白い獣が、杏子の元へ現れる。
 
 「お、さすがと言うか鼻がいいというか。ほい」
 
 汚れのたまったグリーフシードを現れたキュゥべえへ向けて投げ捨てる。
 キュゥべえは巧みにそれを受け取り、格納する。
 
 『最近どんな調子かな。忙しそうだけど』
 「ああ、結構真面目にやってるつもりなんだけど、ちっとも減りやしねえ。どうも魔女の方も増殖してやがる。育つの待つなんて悠長なことしていないのに、見ろこのグリーフシード」
 ざらざらとこぼれ落ちんばかりのグリーフシードを見せる杏子。
 
 「見た感じ魔女そのものは10くらいなんだけどよ、使い魔が育つのがなんか早い。たぶん統計とったら、今の滝の上は相当ヤバいんじゃないかっていう気がしてる。
 マジでそろそろ手伝ってもらわねえとまずいかもな」
 『そうだね。マミ達もそれは判っているらしくて、今見滝原で見つけた魔女をものすごい勢いで狩っているよ。ほら、彼女たちは未来知識があるって言っていただろう?』
 「ああ、そういえば」
 
 そんな事言ってたなと思う杏子。
 
 『あれ、本当らしいね。僕の目から見ても信じられない的確さで魔女の出現を察知して、ほとんど被害が出る前に潰している。それこそ出現位置と時期を事前に知らなければ不可能なほどのペースでね。
 たぶんもう少ししたら、とりあえずの掃除は完遂されるんじゃないかな』
 「さすがに助かるわ……そっか、マミがいたな。今更なんだけど……しかたねぇ、相談してみるか」
 
 杏子は今の自分が捨てた、社会的なつてを持つかつての師匠のことを思い出した。
 彼女なら公的手段に相談することも可能だ。
 最悪しばらく置いてもらうだけでも、ゆまにはずいぶん違うだろう。
 杏子はそれをいい考えだと思った。
 ゆまがそれをどう受け止めるかなどということを思いもせずに。
 杏子にとって今の環境は最低だった。
 ゆまにとって今の環境は最高だった。
 そんな、最低のすれ違いだった。
 
 
 
 「やだ!」
 
 
 
 ゆまは抵抗した。基本杏子にべったりで、叱られても素直に反省するゆまが、これ以上ないほどにだだをこねた。
 
 「そんなとこ行きたくない! キョーコといっしょがいい!」
 「ばかやろう! こんな浮浪者生活してたら、おまえも駄目になっちまうぞ!」
 「じゃあだめになる!」
 「違うだろ!」
 「キョーコのばかああっ」
 
 珍しくけんかになって、ゆまが飛び出した。
 やれやれといいつつも、探しに行こうと思うあたりが、杏子のお人好し加減である。
 が、そこに思わぬ邪魔が入った。
 
 「ち……魔女の結界かよ。近すぎる。ゆまがまた巻き込まれたらまずいな」
 
 一度巻き込まれた人間は、わりと巻き込まれやすくなることを、杏子はその経験から知っていた。
 そんな杏子の前に立ちはだかるのはいびつなどくろを歪めたような、大きな頭を持つ魔女。
 
 趣の魔女シズル。その性質は奇想。相手を驚かせることを好む、いたずら好きの子鬼。
 その発想に枠はなく、そのいたずらには限度もなく、油断をしたら一巻の終わり。
 されど一度やられた振りをすれば、彼女は大喜びで油断するだろう。
 
 ちえみが見れば、こう説明したに違いない魔女。
 杏子は、ゆまのことを気にしつつも、己の使命を果たすことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 慌てて飛びだしたものの、ゆまに行く当てなど無い。近くの人気のない公園で、おいてあったブランコをこいだりしたものの、心は晴れない。
 戻ろう、と思って戻ったのに、杏子の姿がない。
 いつもは近くにいたのに。
 やだ。行かないで。おいて行かないで。
 
 ゆまを一人にしないで。
 
 ゆまが心の底からそう願った時。
 
 『どうしたんだい? 何か、心からの願い事があるのかな』
 
 
 
 悪魔は、現れた。
 そして彼女は、心からの願いを口にする。
 
 「いっしょにいたいの! ちからになりたいの! やくたたたずじゃいたくないの! キョーコみたいな」
 
 
 
 まほうしょうじょに、なりたいの
 
 
 
 『おめでとう。君の願いはエントロピーを凌駕した』
 
 
 
 ――その姿が変わる。
 
 子猫を思わせるネコミミの付いた帽子。
 首元を飾るのは大きなリボンで、それをソウルジェムの変化した飾りが止める。
 ひらひらしたドレスふうのワンピースは、少女のあこがれ。
 手袋やブーツもまた、猫っぽいイメージのもの。
 そして手にする武器は、丸い猫の胴体としっぽの付いた杖。形状からすれば、それは先端に鉄球をつけた、メイス、あるいはモールといわれる武器がファンシーになったものか。
 
 そして変身したゆまには、はっきりと杏子のいる場所がわかった。
 一気に杏子の元へと、ゆまは駆け抜ける。
 
 気づかぬまま、空間すら、飛び越えて。
 
 そしてそこで見たものは、手足を失った杏子の姿。
 崩れ落ちるその姿を、バケモノが――魔女が喰らおうとしている。
 
 ゆるさない。
 キョーコを傷つけることは、ゆるさない。
 キョーコが傷つくのも、みとめない。
 
 少女の思いが、絶叫が、
 
 
 
 
 
 
 
 (油断したなあ。さすがにこりゃ駄目か)
 
 四肢を不意打ちで飛ばされた上、目の前には相手の大口。
 回避しようにももはや動く術は無し。ソウルジェムもかなり濁っており、まだ死んではいないものの、たとえこの場を切り抜けても、身動きできないまま朽ち果てそうな気がする。
 
 (ゆま、わるかったな。おまえを放り出すことになってさ)
 
 そんな事を考えたせいか、ゆまの声が聞こえた。
 
 
 
 
 
 
 「だめぇぇぇぇぇっ!」
 
 
 
 
 
 
 
 その瞬間、同時に二つのことが起こった。
 瞬時とも言える速度で、失われた四肢が再生される。
 そして完璧なタイミングでこちらを喰おうとしていた相手の口が、何故か少し遠くなった。
 目の前で閉じられた口。ちらりと見て取れた相手のイメージは、『喰らった』という事を確信していた。
 ならばこちらに相手は気づいていない。一瞬の隙が相手に生まれる。
 その一瞬でこの場を離脱。相手は自分がすり抜けたことに気がついていないようで、隙だらけの体勢のまま、不思議そうに自分を探していた。
 
 千載一遇!
 
 その隙を逃さず、槍を節棍に変え、相手を一気に縛り上げ、空中に放り出す。
 そして未だ混乱したままの相手に、杏子は新たに召喚した槍を、全力を込めて撃ち込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 「一体、どうなってんだ……」
 
 自分の再生した四肢を見、結界が消えると同時に宙から落ちてきたグリーフシードを拾った所で、杏子はそれに気がついた。
 
 「大丈夫だった、キョーコ」
 
 そこにいたのは、一緒にいた少女の姿。だがそれは、彼女の知る者ではなく。
 
 『たいしたものだ。瞬間移動に治癒魔法。攻撃力はそれほどでもないけど、支援の力がずいぶん秀でているよ、ゆまは』
 
 命の契約を結んでしまった、魔法少女。
 
 
 
 「ばかやろう!」
 
 思わず杏子は怒鳴ってしまう。
 
 「なんでおまえがあたしみたいにならなきゃいけないんだよ」
 
 怒鳴りながらも、そこにあるのは真摯な思い。心から彼女を心配する思い。
 今のゆまには、そんな杏子の心が、はっきりと伝わってくる。
 
 ああ、この人は、こんなにも。
 
 ゆまの幼い心では、それを言葉のような形には出来ない。ただ、感じるだけ。
 だがゆまにははっきりとわかる。この暖かさが、ぬくもりがない所では、もう自分は生きていけない。
 
 「おねがい」
 
 だからゆまの口から、言葉がこぼれる。
 
 そんなゆまを、中ば呆然と見つめる、杏子の瞳を見据えながら。
 
 
 
 「いっしょに、いて……ゆまを」
 
 
 
 そして紡がれる、最後の契約の言葉。
 
 
 
 
 
 
 
 ひとりに、しないで
 
 
 
 
 
 
 
 もはや杏子には、それを拒絶することは出来なかった。
 たとえゆまが掛けた、祈りの力が無くとも。



[27882] 真・第29話 「絶対、これ、夢じゃないよね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/10/11 13:54
 また、夢を見た。
 それはついこの間見た、悪夢のような光景。
 でも今の自分は知っている。これは悪夢のような、ではなく、現実の光景だと。
 ただ違うのは、そこに至る過程。
 目の前に広がる、やたら背の高い机と椅子のある空間に来た時、現実では自分の他に三人の友達がいた。
 さやかちゃん、仁美ちゃん、恭介君。
 でも、今見ている夢では、さやかちゃん一人だけだ。
 そこに至るまで居た、魔法少女を名乗った二人もいない。
 いるのはキュゥべえという可愛い謎生物だけ。
 魔女の結界といわれる空間にとらわれた自分たちは、助けが確実に来る場所として、ここを選んだのだ。
 そして助けは来た。巴マミという、自分たちの先輩の魔法少女。
 暁美ほむらと名乗った、一番気になっている長い黒髪の人は来ていない。
 一人だけでも、彼女は強かった。瞬く間に使い魔を蹴散らし、本体の人形に一撃を当てる。
 
 あ、でも、あれ、脱皮するんじゃ……
 
 そう思っていたら、マミさんは脱皮した魔女に半身をかじられてしまった。
 夢の中で絶叫する私とさやかちゃん。遅れてやってくるほむらさんとちえみさん。
 でもマミさんは体半分無くなってもへこたれずに、現実でちえみさんを治した時のように、リボンで体を形作るとあっという間に元通りになっちゃった。
 その後は、ちえみさんが相手の弱点を見抜き、ほむらさんが攻撃、マミさんが使い魔相手に回っていた。この夢では弱点がまだわかっていなかったせいか、あんまりうまくいっていないみたい。
 夢の中の私が、お弁当のチーズカツのことを思い出す。あれ? 夢の中だと全部食べちゃってたのかな? 現実ではお話ししてたら食べ損ねて一つ残しちゃってたんだけど。
 そうしたらあの魔女が私めがけて襲いかかってきた。ものすごく必死に、なりふり構わないっていう感じで。
 私が「あ」って思っていたら、いつの間にかほむらさんが助けてくれてた。
 本当に「あ」っていう間だった。まるでコマ落としみたいに風景がとんでた。
 そして目の前で魔女が倒される。なのに。
 力尽きたマミさんが、魔女に変わってしまった。
 
 ほむらさんが何か言ったみたいだけど、夢の中だからか、はっきりとした言葉としては聞こえない。でも、いいたい事は伝わってきた。
 魔法少女が力尽きると、魔女になってしまうという事は。
 マミさんの死体を残して、黒い霧がかたまり、金色の繭が生まれる。
 私とさやかちゃんは、マミさんの体を担いでその場から去った。
 そして私とさやかちゃんは、離れたところでキュゥべえにお願いする。
 マミさんを、生き返らせてって。
 二人の願いは叶って、私とさやかちゃんは魔法少女になった。
 さっきまでとは違う。ものすごい力がわいてくる。
 私はさやかちゃんが刀で切り開いた道に、手にした弓から放たれる光の矢を撃ち込んだ。
 マミさんが変わった魔女は、その一撃で消し飛んだ。
 
 ……そこで、目が覚めた。
 
 
 
 起きてもまだ頭がぼうっとしている。
 
 「なんなんだろう、今の夢……」
 
 そう呟くまどか。まどかは自分の見たのが、ただの夢ではないのを何となく感じていた。
 起きても記憶がぼやけない、やけに明晰な夢。
 しかも色つきどころか、全身の感覚に、フルにその時の記憶が残っている。
 目の前にソウルジェムが生まれる時の痛み。
 軽くなった体で駆け抜けた時の風の感触。
 光の弓を引き絞り、一撃で紐の魔女を倒した時の達成感。
 
 ……その感覚は、まるで現実に体感したかのように、はっきりとまどかに刻まれていた。
 
 「絶対、これ、夢じゃないよね」
 
 そう自答すると、まどかはベッドから下りた。
 
 
 
 「ねえママ」
 「なんだい、まどか。妙に深刻な顔して。また変な夢でも見たの?」
 「夢は夢なんだけど……」
 
 そこで少し口ごもるまどか。
 少し考えをまとめ、こう口にする。
 
 「話していると長くなりそうなの。帰ってきたら相談したいけど、いいかな」
 「うーん、今の仕事だと、ちょっと難しいかも……」
 
 母としては娘の相談には是非とも乗りたいのだろうが、彼女の勤務時間がなかなかそれを許さない。
 普通の学生は、彼女の帰宅時間にはもう寝ている方が普通だ。こっそりラジオの深夜放送を聞いてでもいない限りは。
 まどかもちょっとがっかりしながらも、母の事情を察して頷く。
 
 「ごめん、ママ」
 「いいのよ。ま、もしうまく時間があったら、遠慮無く相談しなさい。私もお酒は控えるから」
 
 この母親はしょっちゅう泥酔して帰宅するのだ。もっともそれは大半が仕事の上のもので、決して憂さ晴らしなどで呑んでいるばかりではない。
 それでもまどかは、一応聞いてみた。
 
 「あのね、ママ、現実に魔法少女が悪っぽいお化けと戦っているって言ったら、ママ信じる?」
 
 母、詢子は、化粧中にもかかわらず思わずまどかの顔を見つめてしまい――真面目な顔で言った。
 
 「信じられない話だけど、信じないと駄目みたいね」
 「え?」
 
 言ってみたまどかの方が驚いた。
 
 「なんで?」
 「そんな顔して言うっていう事は、まどかにとっては、それは本当のことなんでしょう?」
 
 当然のようにそう返されて、まどかは改めて母を尊敬するのであった。
 
 
 
 そして朝食の時、唐突に詢子は夫である知久に言った。
 
 「そうそうパパ、まどかね、現実に魔法少女に出会ったみたいなのよ」
 
 思わず飲んでいたスープを吹き出しかけてむせるまどか。
 ん、と胸の真ん中あたりを叩いて何とか持ちこたえる。
 
 「ママ、いきなり何言うのよ!」
 「あら、真面目な話なんでしょ?」
 
 怒るまどかにしれっと返す詢子。
 そう言われるとまどかも返す言葉もない。
 
 「それは、そうだけど……」
 「おや、もしかして真面目な話なのかな」
 「ええ」
 
 まどかの様子に、一見にこやかに、その実目だけが真剣な表情で、妻を見つめる父。
 その父に対して、これまた目だけが真剣な顔で見つめ返す母。
 その意味すること。それは、魔法少女云々は、荒唐無稽であっても冗談事ではないこと。
 少なくとも妄想として茶化したりせず、真面目に向き合うべき話だという事。
 
 目と目だけでそれだけの会話をした夫婦は、愛する娘に結論を言う。
 
 「ま、私はどうしても忙しいから、パパにも相談してみなさいな」
 「僕でよければちゃんと相談に乗るよ」
 
 まどかにも、両親が自分の事を心配して、真面目に相談に乗ってくれるのだという事は伝わった。心にほっこりとしたものが生まれる。
 だからまどかはこう返す。
 
 「ありがとう、パパ、ママ」
 
 その隣では、弟がよくわからない、とでも言いたげに姉の方を見ていた。
 
 
 
 そして通学路で。
 
 「……っていう夢を見たの」
 「……なんていうかさ、もうそれ」
 「絶対ただの夢でも、まどかさんの妄想でもありませんわね」
 
 さやかと仁美にも、まどかの夢が只事ではないことがいやでも理解出来ていた。
 
 「一番ありそうなのが、普通ならあり得ないのですけど、いわゆる並行世界とかでの現実が伝わってきたっていう事だというところですね」
 「だよね~」
 「とどめはその夢を、まどかさんがはっきりと憶えていられるという事ですわ」
 
 二人の意見に、いちいちまどかは頷いてしまう。
 
 「そうなの。思い出そうとすると、わりとはっきりと思い出せるの。まるで私が本当にそれを体験したみたいに」
 「そういう夢というのも無い訳ではないですけど、状況を考えると……ですわね」
 「そうなると、マミさんあたりにちゃんと相談してみた方がいいかな」
 
 さやかの意見に、まどかは肯定の意を示す。
 
 「マミさん、三年って言ってましたよね。そうすると上の階かな?」
 『必要なら連絡を取ってあげるよ』
 
 そこにいきなり声なき声が頭に響き、まどかとさやかの体がびくりと震える。
 
 「ちょ」
 『静かに。そのまま歩いて。ここは人通りが多いから、僕は視線が合わないように、影から付いていくよ』
 
 さやかがその場で百面相をするのを見て、仁美は何となく事情を察したらしい。
 
 「ひょっとしてキュゥべえちゃんかしら」
 「うん。今話しかけてきた」
 
 まどかもさやかの言葉に会わせて首を縦に振る。
 
 「それでなんと?」
 「必要なら連絡とってくれるって」
 
 まどかがそう言うと、仁美はちょっと首をかしげながらにっこりと微笑んで言った。
 
 「ありがとう、お願いするって伝えてもらえますか?」
 『仁美のいう事は聞こえているから大丈夫だよ』
 「聞こえてるって」
 「そう……ありがとうございます、キュゥべえさん」
 『礼には及ばないよ。素質のある子の周りにいるのは、僕の努めみたいなものだしね。普通はもっと積極的に勧誘するんだけど、君たちはちょっと特別な事情があるから。ただ、その気があるならいつでも呼んでね。まどかだけは、ちょっといつでもとはいかないけど』
 『私たちが、特別?』
 
 言い方が言い方だけに、ここはテレパシーで返すまどか。
 
 『僕の口から話すと怒る人がいるからね。そのうちわかるよ。マミとの連絡は、僕にお願いすればいつでも繋いであげるよ。距離の限界があるから、本当にいつでもとは言えないけど、学校内くらいなら大丈夫』
 『ありがとう』
 
 ちょうどそこで、三人は学校に到着した。
 
 
 
 教室に入り、他のクラスメイトと挨拶を交わしたりして少し落ち着いた所で、まどかはキュゥべえに頼んでマミと連絡を取ってみる。
 
 『あら、まどかさん、なにかしら』
 『あ、ちょっと大丈夫ですか?』
 『少しくらいなら平気だけど、どうしたの?』
 『ちょっと、相談したいことがありまして、お昼休みあたりにでも、時間が取れないかと』
 『いいわよ。ならお昼ご飯一緒にいただきましょうか。まどかさん達はどこで』
 『あ、屋上です』
 『ならご一緒させてもらうわ。いいかしら』
 『はい、もちろんです』
 
 ちょうどそこで、担任の早乙女先生が入ってきてしまった。
 
 「はいは~い、皆さん元気ですか~。先生は絶好調ですよ~」
 
 この言葉を聞いて、どうやら先生の恋愛はうまくいっているようだと、まどかのみならず、クラス全員がそう思った。
 
 
 
 そして昼。
 屋上で昼食をとっている生徒は、ちらほらとしかいなかった。季節的に少しずれているせいもあるだろう。皆無ではなかったが、こうしてちゃっかりキュゥべえが紛れ込んでいても、不審に思われない程度には間隔が空いている。
 いつもの三人に、マミとおまけにキュゥべえを迎えての昼食会が始まっていた。
 マミのお弁当は、仁美のものとよく似たサンドイッチのメインのランチボックスと、ポットに入れられた紅茶。
 
 「実はちょっと魔法でずるしているの」
 
 とマミの語る紅茶は、入れ立てのような香気を放っていた。
 
 「うわ、なんかうちのとは別物」
 「普通なら時間が経って渋くなってしまいますのに」
 「よくわかんないけど、とってもいい香りです」
 
 少女達にも好評だったようだ。
 
 「それで、お話って?」
 
 食後の紅茶でまったりした所で、マミがまどかに聞いてくる。
 
 「あのですね……」
 
 まどかは、今朝見た夢の話をした。
 
 
 
 「キュゥべえ」
 『なにかな、マミ』
 「心当たり、あるかしら」
 
 この中で仁美にだけは伝わらない会話が行われる。
 仁美には、何も無い空間を見つめるマミが独り言を言っているようにしか見えない。
 それでも仁美には、視線の先にキュゥべえがいて、キュゥべえが無言の返答を返したことがわかった。
 まどかもさやかもなにも言わない所を見ると、あたりさわりのない返事なのだろうと、仁美は理解する。大事なことなら、必ず二人は仁美にも説明する。
 
 『確定してはいないけど、暁美ほむらから流出した因果を読み取っているのかもしれないね』
 
 キュゥべえはそう答える。
 
 『まどかが特別なのは、ある意味暁美ほむらとの、こことは違う時間軸でのことが影響しているんだ。おそらくまどかが見た夢の光景というのは、かつて暁美ほむらが巡った、今ではない時間の出来事じゃないかな。僕自身にも、マミやまどか自身にとっても、それはただの妄想に近いものだけど、暁美ほむらにとっては現実で、添田ちえみにとっては現実と変わりない継承した記憶なんじゃないかなと思う。
 そういう意味では、たぶん添田ちえみの状態が一番近いと思う。彼女は自身が暁美ほむらと共に体験した記憶を、契約の際にまとめて引き継いでしまうそうだから』
 「添田さんの状態……そういえば、そんな事言ってたわ」
 
 マミは自分を説得しに来た時に、ほむらとちえみの言っていたことを思い出す。
 あの時点ではほむらは、時間遡行ではなく、並行世界記憶の継承だと言っていた。さすがに同じ時間を繰り返しているというのは、いきなりだと嘘くさいと思ったからであろう。
 対してちえみは、魔法少女として契約すると、ほむらと絡んだ因果の影響で、過去ほむらと共にした時点での経験がまとめて流れ込んでくるそうだ。結果、契約した時点で、ちえみは時を越えてきたちえみと同化するような形になってしまうらしい。
 同化すると言っても、ちえみの自我が消えるようなことはなく、と言うか、比較しようにも同化してくる方のちえみの記憶は、契約以前においてはこちらのちえみのものと全く同一なので、自分が『変わった』という意識は微塵もないらしい。
 
 ちょうど今のまどかのように、自分のものではない異世界的な体験を、まどかの何倍もの量でまとめて受け取るようなものなのだろう。
 
 そう、自分の考えをまとめたマミは、まどかに安心するように言う。
 
 「この現象については、私よりも添田さんに相談した方がいいかもしれないわ。添田さんも、ちょうど今のあなたみたいな、別の世界の出来事を受け取ったって以前言っていたから。
 そういう意味では私より頼りになるわ。
 でも……と言うことは、あなたも知ってしまったのね。魔法少女の最期に待つものを」
 「え?……あ、はい」
 
 まどかは最初はなんの事か判らなかったが、改めて問われて、それがマミが魔女に変わってしまったことだと気がつく。
 
 「ん? なんの事?」
 「さやかさんはお気楽ですね……私は気がつきましたわ、まどかさんのお話を聞いていて」
 
 仁美は気がついたようだが、さやかは判っていないようだった。
 そしてマミは、ふう、とため息を一つつくと、まどか達の方を見ていった。
 
 「私も知った時は心が萎えそうになったわ……そう、魔法少女が倒れるのではなく、絶望と共に落ちた時、その身を魔女と変えて世に仇なす存在となる。ならばなんのために魔法少女がいるのかと。私もキュゥべえに問い詰めてみたけど、返ってきた言葉は身も蓋もなかったわ」
 『聞かれたら答えない訳には行かないからね』
 
 身も蓋もないことを言った存在は、しれっとしたままそう答える。
 
 「事前に添田さんから言われていなかったら、なにをしたか自分でもわからなかったでしょうね」
 『だから聞かれない限り答えないんだけど』
 「あなたたちがそういうものだって、嫌と言うほど判らされちゃったもの」
 
 そう言いつつキュゥべえを見るマミの視線は、今までとは違ってどことなく冷ややかだった。
 ただ、冷ややかではあっても、そこに蔑視のような負の感情は入っていない。呆れた目で見る、と言うのが近いだろう。
 マミ自身も、もし事前にほむらやちえみの話を聞いて、ある程度の心構えが出来ていなかったらどうなったことかと思う。自分なりに想像してみて、一番ありそうなのが耐えきれずに魔女になるかその前に自殺。
 下手に耐え切れたら魔女を減らすために魔法少女を狩るという本末転倒に至る可能性も有った。
 少なくとも話を聞いたちえみがああもあっけらかんとした明るさを保っていなかったら、マミは自分が耐え切れたとは思えない。ただでさえ自分はわりと落ち込みやすい方であるのだから。
 そういう意味でも、相談できる友人を持つという事は大切なのだと、マミは思った。
 
 「だとすると、ちえみさんと会えるのはいつ頃になるんですか?」
 「そうね……いまね、魔女が増えすぎて手が回っていない滝の上に手助けに行くためにね、見滝原の魔女を判る限り退治している最中なの。一区切り付くのが、予定だと、たぶん金曜の放課後あたりかしら。そのあと休みを利用して滝の上に遠征する予定だから、そこがベストね」
 「それじゃ金曜の放課後にお願いします。さやかちゃん達は?」
 「あたしは問題ないよ」
 「私は午後からお稽古事の予定がありますけど、場合によってはキャンセルできるように準備しておきます」
 
 こうして、少女達の予定は定まった。
 その後は数日、平穏な時が過ぎる。
 もっともまどかは、相変わらずの夢に悩まされる日々なのだが。
 
 
 
 
 
 
 
 25日の金曜日。
 もうかれこれ十日近く、夢を見る日が続いている。
 少し慣れたのか、体調の方は熟睡していたのと変わらない程度にはちゃんとしてきた。
 酔って帰ってきた母親を弟の達也と一緒に起こし、母と並んで朝の洗顔にいそしむ。
 
 「相変わらず例の夢見てるのかい?」
 「もうどう考えても夢じゃないと思うけど」
 
 母の問いにまどかは頷く。この数日の間のことを踏まえて、まどかは信じてもらえなくてもいいけど、と前置きした上で、個人情報だけ別にして魔女と魔法少女のことを両親にぶちまけていた。
 両親曰く。
 
 「理屈はわかるけど、ひどい話よね。まどか、うかつにそんな話に乗っちゃ駄目よ」
 「出来れば僕もそのキュゥべえ君と直に話がしてみたいと思うね」
 
 母はわりと冷静な感じだったが、父が冷静に見えてなんかものすごく怒っているように感じたのがまどかにとっては意外だった。
 さすがにまどかには娘を嫁に出す時の父親の心境は理解出来なかったらしい。
 
 「でもね、まあそんな裏がある方が納得できる話ではあるのよね。それは逆にそういう裏があるという事は、それ以上の裏が無いとも言えるから。実際、もうどうやっても死ぬしかなかったり、その時点でどうあがいてもどうにもならないことを一発逆転どうにかしちゃうという事が必要な場合には、彼らの持ち出す契約も、リスクはあっても考えられる選択肢ではあるのよ」
 
 母親は一流のビジネスマンらしく、リスクと利益を冷徹に計算することを教える。
 
 「個人的にどうにかなるような理由で契約するようなことは絶対『駄目』と言うしかないけどね。でもたとえば、私たちの誰かがもうどうしても現代医学じゃ助からない怪我かなんかをしたら、まどか、契約しないことに耐えられる? まあ無理よね、あなたの性格じゃ」
 「うん……たぶん無理だと思う」
 
 まどかもそう頷く。
 
 「たとえ将来魔女になっちゃうとしても、目の前のママを助けられるなら、たぶん契約しちゃう。ままが死にかけながら『駄目』って言ったとしても」
 「大事なのはね、そういう事をきちんと考えられる心よ。理性的に走りすぎるのも、感情的に突っ走るのも、どっちも最後はたいてい不幸を招くものだしね。頭は冷たく、心は熱く。これが一番物事をうまくいかせる秘訣なのよ。
 ま、それでもいろいろつらいことはあるから、大人はお酒に逃げたりするんだけどね。大人はあなたたちと違って、家族を養うとか、逃げられない選択って言うのがあってね。
 その辺はまだあなたたちの年なら考える必要はないから、自分の事だけをよく考えて答えを出しなさい。
 どうもね、まどかの性格だと、最後は契約しちゃいそうな気がするから。これはママからの忠告」
 「うん、ありがとう、ママ」
 
 まどかは、心が少しだけ軽くなったように感じた。
 
 
 
 まどかは知らない。
 まどかからの話を聞いた詢子が、酒の席で親友の早乙女和子に多少ぼかしながら魔法少女のことを話したことを。
 そして和子から、小中学生の少女が、突然謎の失踪を遂げることがあるという都市伝説めいた話が、教師達の間に伝わっていることを。
 単なる思春期の不安定さがもたらしていると言われていたことに、実は思わぬ介入があったのではないかと二人が懸念したという事を。
 だが、幸いというか、残念なというか、この相談事がまどか達の未来に何かをもたらすという事はなかった。
 少なくともまどかやほむらが、なすべき事を成し遂げる時が来るまでの間には。
 それでも、この事実は、最終的にある影響を残すことになる。
 まどかにとってはあずかり知らぬ事であったが。
 
 
 
 
 
 
 
 「おはよ~」
 「おはよう、まどか」
 「おはようございます、まどかさん」
 
 仲良し三人組は、いつものように合流して見滝原中学を目指す。
 たわいもない会話、なにも起きない日常。
 だが、それは意外に長くは続かなかった。
 
 
 
 「目玉焼きの焼き方に文句をつける男を選んではいけませんよ!」
 
 絶叫ではないものの力説する担任教師の言葉に、ああ、終わったのかと思うクラス一同。
 本来なら問題になるはずだが、まどか達を初めとして、クラスメイトはもうこの担任のこれには慣れきっている。
 
 「それはそうと、今日は転校生を紹介します」
 
 もっとも、さすがに今日のこれには、クラスの全員が『おいおい』と内心でツッコミを入れていた。
 まどかとさやかも、思わず目線を合わせる。
 だが。
 
 転校生が入室してきた時、そんな思いは全て吹き飛んだ。
 特にまどかは。
 
 「暁美、ほむらです。よろしく」
 
 ホワイトボードに名前を書き、そう名乗って一礼した少女を見た時、まどかは激しい既視感と、わずかな違和感を感じていた。
 つややかな長い黒髪のクールビューティー。
 身のこなしと、落ち着いた声音を聞いたクラスのみんななら、彼女のことをそう評したであろう。
 だがまどかは。
 
 何故か、彼女が一礼した時、その背後にお下げ髪で眼鏡を掛けた、目の前の彼女とは似ても似つかぬ彼女の姿を幻視していたのだった。
 
 (なに、今のほむらさん……)
 「おい、まどか、まどかっ」
 
 一瞬の放心は、隣のさやかに小声で突かれるまで、まどかの心を占領していた。



[27882] 真・第30話 「そんな他人行儀な態度だけは、とらないで」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/10/23 19:09
 「あの、ほむらさん」
 
 見滝原中学の長い廊下で、まどかは思い切って話しかける。
 恩人であり、夢にも現れる、不思議な人物である、暁美ほむらに。
 
 「……何かしら」
 
 対するほむらには、どこかとまどう様子が見られる。
 しかしまどかは、そのような細かいことに気づかぬまま、その言葉を告げた。
 
 「あの、ほむらさん……以前」
 
 
 
 転校生はスーパーヒーローだった。あえてヒロインとは言わないのがお約束。
 文武両道、しかも美人。スタイルに関してはまだかもしれないが、これで最近まで長期入院していたというのが信じられないほど。
 休み時間になると当然興味を持ったクラスメイトに取り囲まれることになったが、
 
 「申し訳ないけど、まだ薬を飲まないといけないの。保健委員の方はどなたかしら」
 
 と言う彼女の言葉によって、保健委員であったまどかはこうして二人で保健室までの通路を歩く事になった。
 あまり人気のない長い通路。ここでまどかは、思い切って話しかけることにしたのだ。
 そして思いきって語られた一言。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「以前、眼鏡を掛けてお下げでいた事って、ありますか?」
 
 
 
 
 
 
 
 その言葉を聞いた瞬間、ほむらは今までのループ人生最大級の衝撃を受けていた。
 完全に思考がフリーズする。ここしばらく、あの別世界にいたせいでまどかと会っていなかったのもあった。
 
 「なんで、知っているの……」
 
 そう呟いた自分の言葉すら、完全に意識から離れたもの。
 ほむらの目には、通路の光景すらホワイトアウトし、困った顔をしているまどか以外は映っていない。
 いや、認識できない。
 
 「なんでだかわからないんですけど、見えた……気がしたんです。その、本当に映像になった訳じゃないんですけど、なんかこう、教壇のところに立っているほむらさんを見た時、あれ? っていう感じて、見えたというか、感じたていうか……その、うまく言えないけど、そう、見えた気がしたんです」
 
 それを聞いたほむらの口から出た言葉は、またもや思ってもいないこと。
 
 「お願い、そんなに丁寧に話さないで」
 「はい?」
 
 突然跳んだ話題に、ついて行けないまどか。
 
 「私のことをさん付けなんかで呼ばないで。そんな話し方しないで。話しやすいように、気にしないで話して」
 
 ほむら自身も何でこんなことを言っているのか判らない。なのに何故か口から出るのはそんな言葉。
 だが、返ってきたのは、あまりにも残酷な言葉。
 
 「キュゥべえから聞きました。ほむらさん、訳あって何度も同じ時間を巡っているって。だとしたら、本当はほむらさん、私たちより年上なんじゃないかなって」
 
 ほむらの心に、致命傷とも言える一撃が突き刺さる。それはかつての歴史、あの決戦の前、はからずしもほむら自身がなにも知らないまどかに告げた言葉。
 自分の生きる時間はあなたのものとは違う。
 その言葉が、まさにブーメランとなってほむらに襲いかかっていた。
 
 「だから、あんまりなれなれしい言葉を使ったら、失礼なんじゃないかと……どうしたんですか?」
 
 ほむらは、泣いていた。かすかに内側に残る理性は、何やってるのよ、私は! と怒声を上げている。なのに、表に出ている感情が抑えられない。自分で自分が制御できない。
 
 「お願い……」
 
 そう呟くように漏れた言葉に、まどかは足を止めてしまう。
 クールビューティーはどこへやら。今のほむらは、まるで行き場を無くした子供だ。
 
 「好きになってなんていわない。友達になってなんていわない。怖がられてもいい。嫌われてもいい。でも……」
 
 もう、駄目だった。自分の中で押さえつけていた何かが、完全に壊れてしまったのを、ほむらの理性は感じていた。
 
 「そんな他人行儀な態度だけは、とらないで……」
 
 そんなほむらの弱々しい態度は、まどかにとっても衝撃だった。一瞬、走馬燈のように、認識できない何かがまどかの中を走り抜けた。
 そんなまどかの口からも、まどか自身が認識していない言葉が漏れる。
 
 「ほむら、ちゃん……?」
 
 その言葉を聞いたとたん、ほむらは崩れ落ちた。
 
 「え、あ、ひょっとして発作とか!」
 
 まどかは大慌てでほむらを抱き起こした。
 その体は、思いの外軽かった。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらが気がつくと、保健室だった。よく知っている保険医の先生が、心配そうにこちらの顔をのぞき込んでいる。
 
 「大丈夫? 暁美さん。幸い心臓の発作じゃなかったけど、まだ無理は禁物よ。一時的な貧血みたいだったから、もう大丈夫だとは思うけど、くらくらしたりしない?」
 「……はい、大丈夫です」
 「もうすぐお昼だから、鹿目さんにお礼を言うといいわよ」
 「はい」
 
 そう返事をした後で、ほむらはあることに気がついた。
 
 (なんか、前のループでも同じ会話をした気がするわ)
 
 これもループの影響かしら、と思考を巡らせたところで、自分がなんかとんでもないことをしたことを思い出した。
 顔とは言わず、全身の血が駆け巡って火照る。たぶん、今の自分を鏡で見たら、顔どころか全身真っ赤だろう。
 そして自覚する。もう駄目だ。もうあの自分には、『もう誰も信じない』と誓った、あの自分には戻れないと。
 後半戦に入って、いろんな事を知った。
 他人のことを。世界のさらなる裏側を。
 そして、他人と本当に力を合わせることを。
 秘密を共有することを。本当に信じられる仲間を見つけることを。作ることを。
 マミが世話好きな理由が、少しわかった気もした。
 もう自分は、この先何度ループしても、孤独に戦うことにはもう耐えられないだろう。
 ちえみがいてくれなければ。
 マミがわかってくれなければ。
 さやかと対立すれば。
 杏子に無視されたなら。
 そして、まどかを……友に出来なければ。
 たぶんそれだけで自分は絶望に至る。
 そうであった過去を懐かしみ、つらい未来を切り捨て、筋書きの決まった未来通りに、舞台の上で踊る存在になってしまう。
 
 (ああ……だからなのね。私の魔女化した姿が、舞台装置の魔女なのは)
 
 今こそほむらは理解する。魔女化の真実を。魔女の持つ『律』の意味を。
 ほむら自身は気がつかなかったが、ほむらがそう考えること、それは、自分の持つ『弱さ』を認めること。
 それこそが最後の奇跡を開く鍵の一つであることに気がつくのは、まだ先の話。
 
 
 
 
 
 
 
 「ほむらちゃん、大丈夫かな……」
 「ん? もう仲良くなったの?」
 
 心配そうに保健室のある方角を眺めるまどかに、さやかがあれっという顔をしつつ聞いてくる。
 
 「え? 仲良くなったって?」
 「いや、ほらさ、なんか呼び方があたしと変わらなくなってる」
 「あ、そうだね」
 
 指摘されてまどかも気がつき、何故か顔が火照る。
 
 「ん? 何か友情と言うより、どことなく百合百合しい香りが」
 「な、なによそれ」
 
 何気なくからかったさやかだが、まどかの態度を見て少し眉が寄る。
 
 「なんか本気で百合の香りがするんだけど」
 「えっ、えっ、えっ? なんで? なにそれ?」
 
 なんかまどかがパニックに陥っている。どうやら少なくともまどかにその気はないな、とさやかも少し安堵した。
 これで本格的に赤くなられようものなら、さすがに少し親友との友情を考え直さないといけなくなってしまう。
 
 「まあ、別に私は親友が百合に走ったとしても生暖かく見守るだけだけど」
 「なまあたたかくって、ひどいよ~」
 「冗談冗談。でも、なんかあったの? 最初はちょっとおっかない目で見てたのにさ。そりゃあの人、見た目より遙かに凄い魔法少女だって言うのはあってもさ」
 「うん……」
 
 さやかの言葉に、まどかの態度が少し沈む。
 
 「ねえさやかちゃん」
 「なに、まどか」
 「たとえばだけど、突然私が、二~三才年上になって今のさやかちゃんの前に現れたら、どう思う?」
 「まどかが? う~ん」
 
 少し考え込むさやか。
 そして出てきた答えは。
 
 「ごめん、想像付かない」
 
 あんまりな答えに、こけるまどか。
 
 「さやかちゃん……」
 「あはは、ごめん。でもさ、悪いけど本当に想像付かないの。あたしにとっては、まどかはまどかで、私より年上のまどかなんて思いつきも出来なくてさ」
 「そういうものなのかな……」
 「……んで、それが彼女と何か?」
 「え?」
 
 ぼけるまどかを、呆れた目で見るさやか。
 
 「あのさまどか、この流れでそんな話題振ってきたら、どう考えたってあの転校生のことでしょうが」
 「あ、そっか……そうなんだけど、あのね、さやかちゃん」
 
 そこで一旦言葉を切り、周りを見渡すまどか。
 こちらを気にしそうな人はいない。
 それを確認すると、声をひそめてまどかは言葉を続けた。
 
 「ほむらちゃんって、私たちより年上になるんだよね」
 「え? ああ、そういう事ね」
 
 さやかも考えてみてそう結論づける。
 
 「でもさ、それって、気にすることなのかな?」
 「え?」
 
 が、続けて返ってきた言葉に、まどかは少しとまどった。
 
 「なんていうかさ、実際にそういう事になってたとしても、あたしにはほむらさんは同級生にしか見えなくて、たぶんもう少し気心が知れたら、まどかと同じように普通に呼び捨てにしてるんじゃないかって思うよ?」
 「そうなの?」
 「うん。こう言うのは変な言い方だけど、マミ先輩とほむらさんじゃ、なんというか、こう……雰囲気が違うんだよな。マミ先輩はもうどこで切っても先輩っ! ていう感じなんだけど、彼女は実際年上だったとしてもそんな事忘れてタメ口きいてる雰囲気なんだよね、これが。
 もう少しつきあってみないと微妙なところはわかんないけど、さ」
 
 まどかは何となくだが、さやかの言うことが正解のような気がした。
 
 
 
 ほむらが戻ってきたのは、ちょうど4限が終了した時だった。
 わかりやすく言えば、お昼休みの直前である。
 見滝原中は給食がないので、この時間弁当を持たない購買派の人間が大挙して教室からあふれ出すことになる。
 間の悪い時に帰ってきたほむらは、危うくその波に呑まれるところであった。
 それでも何とか人並みをやり過ごし、教室に戻ると、ちょうどまどかとさやかが、仁美を伴ってお弁当を広げに屋上へ向かうところであった。
 
 一瞬、まどかとさやかの間に微妙な時が流れる。
 
 「あ、大丈夫でしたか? 私たち、これからお昼なのですけど、よろしければ暁美さんも一緒にいかがかしら」
 
 その間を読んだという訳ではなさそうであったが、それでも絶妙なタイミングで仁美が誘いの言葉をほむらに向ける。
 内心まどかとさやかは(ありがと~~、仁美ちゃん)である。
 そしてほむらも、一瞬気まずくなりかけた雰囲気が和らいだ隙を逃す気はなかった。
 
 「ご一緒させていただくわ」
 
 さすがに今日は弁当とは行かず、買い置きのパンであったが、ほむらはそれが入った袋を片手にまどか達と歩みを共にした。
 
 
 
 お昼ご飯は合流してきたマミを含めて特に何事もなく進み、今はマミ謹製の紅茶で全員がほっこりと和んでいる。
 
 「だけどさ……こうしてのんびりしてると、こんな平和な風景の中に魔女が潜んで、人に迷惑掛けてるなんて信じられないよな……」
 
 そんな中、さやかがそう呟いた。
 
 うららかな口調とは裏腹の物騒な内容に、他の四人が少しぎょっとした顔をする。
 
 「……なにが言いたいの?」
 
 今までのほむらなら、おそらくこんなことをさやかが言ったら、甘えるんじゃないとばかりにばっさりと現実という刃で彼女を切り捨てていただろう。
 だが、今のほむらは、何となくさやかがただ甘えてそれを言ったのではないと判った。
 何より今のさやかは『知っている』。
 魔法少女の真実も、恐怖も、そして、ほむらはまだ気がついているとは知らなかったが、さやかはその果ても知っている。
 当然ながら、言葉の重みが全然違っていた。
 
 「あのさ、えと、その……ああもう、何か言いにくい転校生、ほむらって呼んでいいか?」
 「え?……ええ、いいわ、好きに呼んで」
 
 一瞬、ほむらは彼女がなにを言っているのかが判らなかった。それが自分をなんと呼ぶかだったことに気がついて、好きにしろと言う。
 実際ほむらは今まで、後半のループに至っても、こういうふうに面と向かって呼びかけられるということがなかった。
 和解していた周回では、まどかとセットでいつの間にかほむらと呼ばれていただけに、改まるとなんだか恥ずかしいものがある。
 そして改めて、自分が追い込まれていたことに気がつくほむら。
 わかったつもりになっていても、また自覚される、一人になる事の恐怖。
 それは直接的な恐ろしさではない。自分が気がつかないうちに、世界が閉ざされていく恐ろしさ。
 世間でいろいろ取りざたされる、引きこもりなどに陥る人間は、こういう心理を通じて世の中を受けいられなくなるのだと、ほむらは理解した。
 事実、前半ループラスト近くの自分は、社交的に振る舞っていただけで心理的には引きこもりと大差ないことに、今更ながらに気がついた。
 それに時間遡行という、究極のやり直し、理想の具現化を加えたら、まさに出来上がるのは舞台劇だ。
 ならば自分はそれを否定する。自分に酔って、あんな代物になりはてるのはごめんだ。
 
 「んでさ……今はマミさんとほむら、そしてちえみちゃんなんかが、見滝原の平和を影ながら、ある意味仕方なく守っているんだよね。いろんな事情がさ、こう、大人の現実みたいに、ごちゃごちゃに絡まって。
 ドラマみたいにわかりやすくもなく、かといってビジネスライクって言うか、おまわりさんみたいにただの仕事とか役目とかだけっていう訳でもなく、さ……」
 「あら、さやかさんにしてはずいぶんと難しいことを考えているのですね」
 「ちょっと仁美! せっかく人が珍しくも決めてるのに」
 「あら、珍しいって言う自覚があったのですか?」
 
 果てしなくシリアスに傾きつつあった雰囲気が、一気に崩れた。
 マミも、まどかも、そしてほむらすら、笑いをこらえるのに必死だ。
 
 「でも、なんでまたさやかさんが、そんな真面目なことを?」
 
 落としてもフォローは忘れない淑女、志筑仁美。
 さやかは、少し赤くなって下を向きながら、訥々と話し始めた。
 
 「ここんとこいろいろあっただろ……私もさ、少し真面目に考えてみたんだ。こんなこと考えてるとネットとかじゃ厨二、なんていわれたりするんだろうけど、何しろ現実が厨二設定を上回っちゃってるだろ? よく痛いっていわれているネタが現実になると、こうも洒落にならないのかって、少し堪えてさ」
 
 他の皆も思わず首が縦に動く。
 まどかは電波な夢で、マミとほむらは魔法少女実行中で、仁美もそれに巻き込まれたポジで、全員絶賛厨二病罹患中だ。
 
 「マミさん達の実体見ていると、単なるあこがれで魔法少女やるっていうのはまずいんだなっていうのはわかる。はっきりいって恭介の事何とかしてやりたいっていう、心から叶えたい願いもある」
 
 また少し、さやかの顔が真面目になる。
 
 「ねえほむら、あんたは知ってるんでしょ、私が安易に魔法少女になった際の末路。私とまどかを魔法少女にしたくないのがさ、そのせいだって言うのは判るのよ」
 「……否定は出来ないわね」
 
 真面目にさやかに話しかけられ、ほむらも真面目に考えて答えを出す。
 そして思う。いつになくさやかが真摯で真面目だと。マミにも感じる、『知ることの強さ』を、ほむらはさやかにも感じていた。
 なら、話すのもいいかもしれない。
 ほむらはそう感じていた。
 
 「もし、その未来について知りたいなら、教えてあげるわ。でも、結構プライベートなことについても踏み込むわよ。この場で話していい話題じゃないような、恋愛ごととかも含むけど」
 
 そう真面目に返したほむらの言葉は、何故か笑いで返された。
 
 「あのさほむら、恋愛ごとっていってもさ、ここにいるみんなにはもうバレバレでしょ、あたしが恭介を好きなの」
 「そ、そうね……」
 
 この時、ほむらは心底、今のさやかは『強い』と思った。
 
 
 
 そのまま話は真面目な相談モードになるかと思われたが、残念ながら昼休みが終わってしまい、まどかの相談事と合わせて、放課後またという事になった。
 ちなみに仁美に、念話での内緒相談は禁止されてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 そして放課後。
 いつものハンバーガーショップは、ちょっと華やかな雰囲気に包まれていた。
 女三人寄ると姦しいなどといわれるが、六人だとどうなるのか。
 しかもそのうち三人は、明らかにレベルが高い。
 まどか、さやか、ちえみは悪くはないが基本そこそこレベルである。だが、マミ、ほむら、仁美は間違いなくハイレベルの美少女である。
 
 もっとも、そんな美少女達が話していることは、意外にヘビーなことだったりするのだが。
 
 まずは昼からの流れで、さやかに対する事情説明。ちえみが少し意外そうな顔をしていたが、とりあえず傍観モードのようだ。
 ほむらはあえてほとんど隠し事をせずぶっちゃけた。ループ全部を話すとややこしいので、まどかが昇華したあの回を基本にする。
 
 「仁美ぃ……」
 「あの、私でない私のことですごまれても応えようがないのですけど」
 
 引き金を引いた横恋慕話は、皆不謹慎なという顔をしつつも当事者以外内心わくわくなのがバレバレだった。
 
 「ちなみに今回は?」
 
 そう詰め寄るさやか。もっともこの話を他人事として流せていない仁美の態度を見れば答えなぞ丸わかりだ。
 
 「ごめんなさい。惹かれていますわ」
 「つまりはまだ横取りしたいほどではないにしてもその気はある、と」
 「その……自分の心というのは、抑えがたいものなので」
 「あ、それはいいのよ。私もまだ告白した訳じゃないし、ほむほむの話によれば、仁美に告白されてあっさりつきあい始めているところからしても、恭介が私を好きだったという線はない訳でしょ、少なくとも今現在においては」
 
 これまたぶっちゃけたさやかの態度に、思わずこける一同。
 
 「ところでほむほむっていうのは何かしら」
 「あ、いや、こうまでぶっちゃけた話聞いたら、なんだか他人の気がしなくて。んでなんかそう呼んでみたくなったというか……」
 「何となくそう言われると馬鹿にされている気がするのよ」
 「わかったわよ、真面目な話の時にはいわないようにするから」
 
 思ったより真面目に迫られて撤回するさやか。似合うと思うんだけどな~などとつぶやいている様子からして、また隙あらばそう呼ばれるのは確定か。
 
 「でもさやかちゃん、真面目な話、どうするの? ていうか、なんでそんな話聞きたかったの?」
 「ん……ちょっとこれは恋バナとは別の、真面目な話なんだけど」
 
 改まるさやか。
 
 「あたしさ……恐い目見て、恐い話聞いて、いいことも悪い事も全部ひっくるめて、そんで考えてさ……それでも、まだやってみたい、魔法少女してみたいっていう自分がいるのよ。この胸の中に」
 「あなた……」
 
 少し丸くなった目でさやかを見るほむら。マミも、ちえみも、少し驚いた目でさやかを見る。
 
 「安易な気持ちでは、ないのね」
 
 真面目な目でさやかを見据えるマミ。さやかは、その目を真っ向から受け止めていた。
 
 「うん……変な話なの。あんだけ恐い目を見ているのに、それでも、なんかこう……自分がのうのうとしていていいのかっていう気持ちが止められないの。マミさんやほむほむが頑張っているのに、自分だって力を貸せるっていうのに、それをただ見ていていいのかっていう気持ちが、抑えられないんだ」
 
 その言葉に、隣に座っていたまどかが、ぴくりと身を竦ませた。
 それを敏感に感じ取ったさやかが、まどかの肩を叩く。
 
 「たぶん、まどかも一緒でしょ? ましてやまどかは、あんな夢を見続けてるんだし」
 「あの、夢といいますと?」
 
 まどかの事情を知らないちえみがさやかに訪ねる。
 
 「添田さんにはそれを相談したくもあったの」
 
 そこから先はマミが受ける。
 
 「鹿目さんね、私たちが出会った日辺りから、毎晩夢を見ているのですって。私たちが戦う場面の夢を、いろいろと」
 「それって、どんな?」
 
 そう聞くちえみに、まどかはいくつかの場面を語る。
 少し聞いただけで、目に見えてほむらとちえみの顔が引きつった。
 
 「先輩……」
 「間違いないわ。それは紛れもなく、私が戦ってきた、私から見た過去の戦い。あなたには夢、ちえみにとっても記憶だとしても、私から見れば全て現実にあった事よ」
 「やっぱり……」
 
 ほむらの宣告に、まどかは少しうつむく。
 
 「理由もわかるけど、それは今のあなたに説明してもたいした意味はないわ。強いて言うなら、それがあなたを魔法少女に出来ない理由の一端ね」
 「それって、魔女化に関してのこと?」
 
 さやかが聞いてくる。
 
 「そうよ」
 
 それに頷くほむら。
 
 「魔法少女が魔女になってしまう時、その強さは魔法少女としての強さにかなりの割合で比例するわ。少なくとも力量においては完全に比例するわね。魔女の特性によっては力量以上に手強くなったり、逆に思わぬ弱点を抱え込むことはあるけど、地力に関しては間違いないわね」
 「そしてまどかの魔法少女としての能力は」
 「そう、空前絶後。だからこそ、まどかは魔法少女に出来ない」
 「まどかさんはその気になって頑張れば、全ての魔女を根絶できる力があります。でも、全ての魔女を狩ってしまうと、グリーフシードが手に入らなくなり、まどかさんが魔女化することを止めることが不可能になります。そしてまどかさんが魔女化したら」
 「地球に限らず、宇宙そのものが滅びることになるわ」
 
 少しの間、彼女たちの間に沈黙が落ちた。
 
 「よく出来た話ですわね。キュゥべえちゃんも、見た目はかわいらしいのに、なんでこんなえげつないというかよく考えられたシステムを作ってしまったのでしょうか」
 
 そんな沈黙を破るように、ぽつりと仁美がつぶやく。
 皆が注目する中、仁美は言葉を続けた。
 
 「一度誕生してしまうと、魔法少女も、そして魔女も、どちらも適度に存在しなければ互いが成り立たないようになっているのですわ。そしてもし魔法少女が魔女を絶滅させても、いえ、それだからこそまた魔女が生まれ、そしてその魔女を狩るためにまた魔法少女が生まれる。
 初めの一人が誕生した時点で、我々は逃れられない借金地獄に捕まってしまっているようなものですもの」
 『いっておくけど最初からこうだった訳じゃないよ』
 
 仁美以外の少女達に、そんな声が響き渡った。
 
 「あら、キュゥべえちゃん来たのかしら」
 
 一瞬変な顔になった皆の様子に、仁美がそう呟く。
 
 「ええそう。釈明にでも来たのかしら」
 
 そういうほむらに、キュゥべえは特に心を動かされた様子もない、いつもの声音で答える。
 
 『誤解は避けたいからね。ちえみ、よければ仁美にも直接話が通じるようにしたいんだ。いいかな』
 『出来るの?』
 『誰かのソウルジェムを仁美に触れさせれば可能だよ。文字通り魂を預けることになる訳だけど』
 
 それを聞いてちえみは自分のソウルジェムを顕現させる。
 
 「仁美さん、キュゥべえの話が一人だけ伝わらないのは不便でしょうから、ちょっとだけお貸しします。握っていればキュゥべえのテレパシーが聞こえますよ」
 「え……いいのかしら」
 「はい。私の魂そのものですから、乱暴に扱わないでくださいね」
 
 ちえみから渡されたソウルジェムを、そっと握りしめる仁美。
 
 『これで全員に通じるかな』
 
 仁美にも、今度のテレパシーははっきりと伝わった。
 
 「キュゥべえちゃんって、こんな声だったのですね」
 『厳密には声ではないけどね。その気になれば姿も見えるとは思うけど、そうするとちえみのソウルジェムに負担が掛かるから声だけで失礼するよ』
 「はい、わかりましたわ」
 
 そして皆は、キュゥべえの言葉を待った。
 
 『このシステムは元々、僕たちの母星で宇宙のエントロピー的熱死、つまり宇宙の寿命問題を解決するためのものなは、皆わかるかな?』
 「よくわからないけど、一応は」
 
 代表するようにまどかが答える。
 
 『そのための細かい理論は、難解だからはぶくけど、ようは普通の、この次元に存在している利用可能なエネルギーを使用していくと、どうやってもエントロピーの増大による利用可能エネルギーの総量的減少は防げないという結論に、僕たちは達したんだ。
 そのために、通常の理論物理学によらない、ある意味オカルト的な科学が見直された。
 僕たちの科学で解明されていない分野に、僕たちが見落とした理論が眠っているのではないかってね。その過程で僕たちの科学水準も一段階上がり、そして見出されたのが、感情をエネルギーに変換する技術。
 君たちが魔法を使うための基礎技術だ』
 
 思わず真剣にキュゥべえの方を注目する少女達。
 端から見ると、わずかに残ったポテトフライを誰が食べるのか、お互いに牽制しているように見えたであろう。
 たまたまテーブルの上、キュゥべえの隣に食べかけが残っていたがゆえの悲劇であった。
 もっとも少女達はそんな事には気がついていない。
 
 『僕たちには使えない、『感情』に基づく一連の理論。僕たちには使えないからこそ見逃されてきた技術。
 僕たちは検証のため、強い感情を持つ他星の生物に対して、いろいろな実験を行った。
 これが君たちから見ると人体実験に見えることは否定しないよ。
 でも、僕らから見れば、それは新薬の実験をマウスで行うのと何ら変わりはない』
 「そんな事は判っているわ」
 
 キュゥべえの釈明をばっさり流すほむら。
 
 『君がいると話が早いね。
 それはさておき、結果として感情のうち、希望を力に変えるソウルジェムと、その燃えかすとも言えるグリーフシードに関する技術が確立した。
 魔法少女が使う力は、エントロピーの増大に対抗できる。そしてグリーフシードを利用するエネルギー源は、エントロピーの増大を引き起こさない。この辺の詳しい理論も割愛するよ。残念ながら人類の技術水準は、このレベルの理論を理解する段階にないからね。
 僕が釈明したいのは、魔女化については予想されていたけど、その魔女がここまで人類にとって迷惑な存在となるという事までは予想できなかったことなんだ。
 本来なら魔法少女には、ただ存分に力を使って欲しいだけだった。魔法少女が使う力によって、ささやかながらエントロピーは減少するからね。
 君たち人類は、魔法少女の願いと力をうまく使って自分たちを進歩させる。
 僕たちはその魔法少女が力尽きた時、その落差と言えるエネルギーを代価としてもらう。
 こんなギブアンドテイクの関係を築くはずだったんだ』
 「それが魔女によって狂ったのね」
 
 マミの言葉に、キュゥべえは頷いた。
 
 『そうさ。考えてみれば判ると思うけど、『始まりの魔法少女』には、魔女を狩る義務はないんだ。僕たちが、魔法少女になる代償に魔女退治を依頼する理由など何も無い。
 魔法少女が力を使い果たすと変質することはもちろん予想できたよ。それを回収する気だったのも否定しない。
 でも、そうして生まれた『魔女』が、君たち人類社会に仇なす存在になったのは完全に予想外だ。というかそもそも予想すらされていなかった。
 もっと皮肉なことは、生まれた魔女に対抗するという形で、エネルギー吸収サイクルが初期予想より遙かに効率的になった事と、君たちの文明がこちらの予測を上回って進化したことかな。
 君たち人類は、自分自身の身がおびやかされたときにこそ、最高のポテンシャルを発揮する種族らしいし。
 戦争が文明を進歩させるっていうのも、君たちの言葉だろう?
 それと同じ事が起きて、君たちの文明は今の水準にたどり着いた。
 魔法少女と魔女の関係が誤解されて、それに宗教が絡んだせいで魔女狩りなんていう事件も起きたみたいだけどね。
 いずれにせよ、僕たちには君たちの文明をどうこうする意図は無かったといっておくよ』
 
 そういうキュゥべえに、ほむらがツッコミを入れた。
 
 「原因には関わらなくても、結果がよかったからそのまま放置、いや利用したのでしょう? インキュベーター」
 『当然じゃないか』
 
 さも当たり前のようにそういうキュゥべえに対して、全員の心は一致していた。
 
 駄目だこいつ、早く何とかしないと。
 
 
 
 
 
 
 
 なんかすっかり話がグダクダになってしまい、さやかの決意も少しずれた雰囲気になってしまった。
 ただ、最後にほむらはこう言った。
 
 「さやか、そこまで考えているのなら、私にはもうあなたに魔法少女になるなとは言えないわ。それとまどか」
 
 そして言葉の続きがまどかに向く。
 
 「あなたが今の夢を見続けていると、もっとつらいものを見てしまうかもしれない。我慢できなかったら、みんなに相談して。あなたにはさやかがいる。仁美もいる。マミも、そして……」
 
 そこで一旦言葉が途切れる。そんなほむらの背中を、ぽんと叩くちえみ。
 それに押されるように、言葉を続けるほむら。
 
 「私も、ちえみもいる。無理をすることも、我慢することもないわ」
 「うん、ありがとう、ほむらちゃん」
 
 そう言って微笑んだまどかの顔は、ほむらの心に深く焼き付いてしまった。
 それでもそれを振り払い、言葉を続けるほむら。
 
 「だけど、それだからこそ。私はあなたに魔法少女になるなとしか言えないわ」
 「仕方ないよね」
 
 寂しそうに言うまどか。
 
 「だったら、死なないでね。絶望、しないでね」
 「……まどかにそう言われたら、死んでも絶望できないわね」
 「だから死んじゃ駄目」
 「……ごめんなさい、まどか」
 
 謝りつつも、ほむらは笑いをこらえるのでいっぱいだった。
 
 
 
 
 
 
 
 話し合いは平和裏に終わった。
 仁美はこの後お稽古事。
 魔法少女三人はモールに巣くっている魔女退治。
 まどかとさやかは、二人で帰宅する事になった。
 ここの魔女は危険ではないが逃げ足が速く、また人の心につけ込んで自殺させたりするというたちの悪いものなので速攻で片付けないといけないため、まどか達を守りながらとはいかないからだった。
 
 「さやかちゃん、魔法少女になるの?」
 「ん? すぐになろうとは私も思っていないよ。でも、ほら、マミさん達、魔女が増えすぎて危ない滝の上に助っ人に行くっていってたでしょ」
 「うん。そういえば」
 「だとすると今一生懸命掃除してくれてても、その間見滝原はどうしても手薄になるじゃない。魔女は魔法少女が堕ちて変わっちゃうほかに、使い魔が成長してもなるんでしょ。
 というか、どっちかって言うとそっちが増えてはびこる原因みたいだし」
 
 さやかの言葉に頷くまどか。実際、発生する魔女がほとんどもと魔法少女だとしたら、その分魔法少女が堕ちまくっている訳でそちらの方がある意味恐ろしい。
 
 「だからさ、もしマミさんがいない間に、また事件が起きたら、その時は最悪私がやるしかないかなって。まどかもさ」
 
 そう言ってまどかの方を見つめるさやか。
 
 「同じ気持ちだとは、思うんだよね」
 「うん。ほむらちゃんにも言われてるけど」
 「勉強したいのに経済的理由で進学できない人ッて、きっと今のまどかみたいな気持ちなんだろうね」
 「かも。だとしたら、私は落ち込んでちゃ駄目なのよね、さやかちゃん」
 「そ。無理にあこがれて人生捨てるのは、きっと間違いだし」
 
 少女二人は何となく温かい気持ちで家路につく。
 
 「なんかしゃべりまくってたら喉渇いて来ちゃったな。なんかジュースでも買ってく?」
 「うん、私も」
 
 そして入ったコンビニで、少女達は、再び初めての運命に出会う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……あの、ありがとう」
 「いえ、どういたしまして」
 
 
 
 
 
 
 
 繰り返される歴史。
 運命に定められた、全ての魔法少女が出会った。
 
 
 
 結集の日は、近い。
 
 
 
 だがそれは、過酷な戦いの始まりでもあった。
 



[27882] 真・第31話 「あたし……恭介が好き」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/10/30 14:37
 その出会いは必然なのか。
 繰り返す時間は、寂しい乙女を定めの友に出会わせた。
 それは本来の出会うべき人物が存在しない事に対する補完か、代償か。
 だが、それによって、また運命の時計は進む。
 来るべき終焉の時に至る、定めの時計が。
 
 
 
 
 
 
 
 その日見た夢はややこしい二重の夢だった。
 出てきたのは、今日お金を拾ってあげた、引っ込み思案な先輩。
 キリカ、という名前の先輩。
 そしてそれが必然だったかのように、まどかはその晩、彼女の夢を見た。
 
 ストーリー的には破綻していた。学校を襲う魔法少女。それに対抗する魔法少女。
 何故かキリカ先輩が、その双方にいた。
 敵だった先輩は魔女になり、味方の先輩は出会いとはまるで別物のハイテンションで活躍する。
 珍しく、訳が判らない夢だった。
 
 
 
 朝、まどかはさやかに夢の話をする。
 
 「さやかちゃん、昨日合った先輩、なんか夢に出た」
 「ええっ! じゃ、先輩も魔法少女?」
 「先輩、ですか?」
 
 そう聞いてくる仁美に、まどかは昨日のコンビニであった事を話す。
 
 「暗い感じの、呉キリカ先輩ですか。同じ校内で魔法少女なのなら、マミさんが気がつかないはずはありませんよね」
 「だよね~」
 
 さやかも頷く。
 
 「ま、もし因縁があるなら、ほむほむが知ってるんじゃないかな」
 「あ、確かに」
 
 少し気が軽くなり、表情が明るくなるまどか。
 
 「でも、少しおかしな気分ですね」
 
 そんなまどかを見て、仁美が言う。
 
 「歴史を繰り返す。同じ時を何度も。ほむらさんは、毎回、何度も、こんな不思議な思いを味わったのでしょうか」
 「……あ~、確かに。そうよね」
 「ほむらちゃん……私、なにもわかってないんだ」
 
 少し沈む一同。
 
 「でも、それはそれとして、まどかさんの夢がただの夢ではない以上、キリカさんがそれに出てきたという事は、事の是非は置いてもほむらさんに話しておいた方がいいとは思いますわ」
 「だよね。少なくとも別の歴史では、キリカ先輩も巻き込まれたっていう事だよね」
 
 そうまとめるさやかの言葉に、まどかもほむらにこの事を話す事にした。
 
 
 
 「あ、ほむらちゃん」
 
 まどかが教室に入った時、ほむらは既に登校していた。
 
 「なに? まどか」
 
 微妙にテンションのおかしいまどかの様子に、ほむらは首をかしげる。
 
 「あのさ、まどかがちょっとまた妙な夢見てさ」
 
 まわりを憚ってか、さやかがなんとでも取れる言葉で補足する。
 まどかも声を落として、ほむらに聞く。
 
 「あのね、ほむらちゃん、昨日、コンビニで呉キリカさんって言う人と出会ったんだけど……」
 
 そこで思わず言葉を止めてしまう。
 ほむらが明らかに緊張したからだ。いや、殺気立ったという方がいい。
 一瞬、クラスメイトがぴくりと肩をすくめて、周りを見渡したくらいだ。
 よく一瞬で済んだものだと思うほどだった。
 
 「まどか……彼女とは、友達になれたの?」
 
 何気ない一言が、異様に重い。
 そんなほむらに気圧されつつも、まどかは言う。
 
 「うん……まだお互い名前を教えただけ位だけど。ただ、夢に出てきたから……」
 
 それを聞いたとたん、あからさまにほむらの緊張が解けた。
 さすがにまどか達にも、只事ではないと察知できた。
 
 「なあ、なんでそんなに緊張したの?」
 
 さやかが意を決してほむらに聞く。
 
 ほむらは、かすかに聞こえるくらいの小声で、まどか達に告げた。
 
 「彼女は……呉キリカは、あなたたちの最大の味方か……最悪の敵かのどちらかになるからよ。
 敵に回った時は、結果として……まどかを殺す事になったから」
 
 さすがにまどか達も、それ以上の事をこの場で聞くのは憚られた。
 
 
 
 
 
 
 
 今日は土曜なので、昼で下校になる。
 マミ達はこの後、そのまま滝の上に遠征して杏子を手伝う予定であった。
 このあと見河田町から来るちえみと合流するために、マミとほむらは合流場所であるいつものバーガーショップで待機。
 まどか達も、ちえみが来るまでそれにつきあう事にした。
 その席で。
 
 「呉キリカさんですか? 私は知らなかったわ。少なくとも、魔法少女じゃないのは確かよ。今の見滝原中には、私と暁美さん以外の魔法少女はいないはずだし」
 「私の知っている歴史でも、この時点で彼女が魔法少女だった事はないわ」
 
 マミとほむらは、まどかから今朝見たという夢の話を聞いていた。
 内心だが、ほむらは頭が痛かった。
 イレギュラーだったまどか殺害の時と、前回のキリカ合流時の話が混じっている。
 さすがにこのネタはあまりまどか達には話したくないが、混ざった理由は何となく想像が付いた。
 ほむらはキリカとの因縁が薄い。織莉子及びキリカと深く関わったのはマミや杏子で、ほむらは最終決戦の場に居合わせたに過ぎない。
 前回の時でも、キリカはまどか及びさやかと縁を結んでいたが、ほむらとの縁はあまりない。
 そしてまどかの夢の原因は、ほぼ間違いなくほむらが紡いだ因果のせいである。それゆえほむら自身がキリカとの因果を持っていないので、たぶんまどかもそれをうまく受け取れていないのだ。
 情報不足ゆえに、因果による夢を普通の夢のように適当な情報で補完しておかしくなったのだろう。
 だとしたらある意味幸いであった。キリカがらみでは、どうしても感情的になってしまう自分を、ほむらも自覚していたから。
 
 だが、だとするとあの事件が起きる可能性が高まる。箱の魔女エリーに仁美が襲われ、それにまどか達が巻き込まれる可能性が。
 ほむらは冷静に事実関係を考える。
 箱の魔女は、現在見滝原にあまり魔法少女がいない事を鑑みても、おそらくは使い魔からの進化。現時点で発見できていなかった事及び過去の強さからしても、進化してそれほどの時間は経っていない。
 最初の被害者が仁美である事からも、あまり自分たちのテリトリー内で発生したとは考えにくい。外部から流れてきたと考える方が妥当である。
 
 「まどか、そしてさやかと仁美さんも、注意しておいて欲しい事があるわ」
 「なに?」
 「何か?」
 「以前何かあったのでしょうか」
 
 ほむらの言葉に、まどか達は彼女に注目する。
 
 「これはあくまでも前回での事だけど」
 
 そう前置きしてほむらは話す。
 
 「私たちがやはり遠征していた時、仁美さん、あなたが魔女にとらわれて、危うく殺されそうになったわ」
 「私が、ですか?」
 
 緊張を隠せない仁美。ほむらはそれを気にせず言葉を続ける。
 
 「まどか達がそれに気がついて引き離そうとしたものの、結局一緒に巻き込まれて危ういところだったわ。私も駆けつけたけど、結局のところ私は間に合わなかった。
 そんなあなたたちを助けてくれたのが、呉キリカよ」
 「キリカ先輩が?」
 
 不思議そうに聞くまどか。
 
 「先輩、魔法少女じゃないんだよね……ってまさか」
 「多分だけど、そのまさかよ」
 
 正解を思いついたらしいさやかに、ほむらは言う。
 
 「たまたまあなたたちの事に気がついたキリカが、その場でキュゥべえと契約して、あなたたちを救ってくれたのよ。彼女にもいろいろあるらしいんだけど、残念ながら私はあまり彼女については知らないわ」
 
 実は嘘である。直接の呉キリカについては知らなかったが、まどかのいないあの世界でキリカの事はかなり調べている。
 だがそのことや、彼女がストーカー気質である事などは、ほむらは話す気はなかった。
 
 「私の体験からしても、歴史は繰り返すとは限らないけど、用心はした方がいいわ。どうも滝の上の様子は、私が知っている前よりもひどそうなの。だとするとすぐには駆けつけられないかもしれないわ。
 月曜日には帰ってくるけど、充分気をつけて」
 
 まどか達もそれを聞いて首を縦に振った。
 
 「うん、気をつける」
 「やっぱり因縁あったのか。でも、今度はそんなことさせるのは問題だよなあ」
 「私も気をつけないといけませんわね」
 
 ちょうどその時、ちえみがこちらにやってくるのが見えた。
 
 「あ、ちえみちゃん」
 「お待たせしました~」
 
 まどかの挨拶に、手を振って答えるちえみ。
 
 「とにかく気をつけてね」
 「うん。がんばってね」
 
 そして六人の乙女達は、三人ずつに別れて解散するのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 かつての世界では、マミと共に滝の上に行ったのも、仁美が襲われてキリカが契約したのも数日後の事である。それゆえ、月曜までに戻ってくればまだ間に合うとほむらは考えていた。
 だが、歴史というものはそううまくいかないらしい。こちらが事態を加速させれば、それに呼応したかのように、運命もまた加速するのか。
 マミ達が見滝原を出た後、それは起こる。
 
 「さて、これからどうする? 明日は休みだし、仁美も今日は」
 「ええ、お稽古事もありませんわ」
 「さやかちゃん、お見舞いは?」
 「あ~、えっと、たぶん大丈夫」
 「なら、決まりですわね」
 
 少女達は、恭介のいる病院へと向かう。
 そして、そこで。
 
 「どうしたんだい、なんか真面目な顔をして」
 
 思わぬイベントが起きた。
 
 
 
 「恭介……こんなときだけど、聞いて欲しいんだ。あたし……恭介が好き。友達じゃなくて、男と女として」
 
 
 
 さすがに仁美とまどかもあっけにとられた。もちろんいきなり告白された恭介も。
 しかもさやかは。
 
 「そして……仁美も恭介の事が好きなんだ」
 「さ、さやかさん!」
 
 真っ赤になりながらさやかを止める仁美。恭介はもう大混乱だ。
 
 「だ、大丈夫? 上条君」
 「び、びっくりしたけど、何とか……」
 
 まどかに言われて、何とか自分を取り戻す恭介。
 落ち着いたところに、さやかが言った。
 
 「返事はまだいいよ。恭介だって困るだろうし、実のところ、恭介があたしの事、女としては意識してなかったのはわかってる」
 「さやか……」
 「だから別段、仁美の方が好きって言ってもそれはかまわない。変な遠慮は無しで、恭介にはじっくり考えて欲しいんだ。あたしの事、妹や友達としてか見られないのか、それとも一歩進んだ仲になってもいいのか」
 「なんでいきなり……」
 
 とまどいつつも聞いてくる恭介。当然だろう。女の子がこんなふうに思い切るには、何かがあったと予想する事は簡単だ。
 
 「恭介、この間の魔女の事見て、どう思った?」
 
 そんな彼女が恭介に返してきたのは、忘れられないあの異変。
 
 「あれかい?……忘れられる訳がない。他の人には話していないけど、あれはもう一つの現実だった。僕たちがそんな事を大人に言っても、当事者にならない限りは単なる妄想としか取られないって思うけどね」
 「うん。あたしも同感」
 
 同意するさやか。
 
 「そしてさ、あたし、考えたの。もうあたしは、その『もう一つの現実』からは逃げられないって。忘れて、無かった事にして、知らない振りをして、今まで通りに生活していくなんていう器用な事、あたしは出来ない。
 だからさ……いろんな意味で、けじめをつけたかったの。
 いいたい事とか、ため込んでた事とか、全部表に出しちゃう。
 その上で、普通に生きるのか、それとも引き返せない道へ進んじゃうのか、決めたいって思って。
 あたしには今、あたしにしかできない事がある。
 そしてまどかみたいに、それを止める理由もない。
 だからさ、突き詰めてみたいの、自分を。
 恭介に思い切って告白したのもそう。自分勝手な決めつけ。
 恭介に止められたら止まるかもしれない、止まらないかもしれない。
 ただ、返事を聞かないと、前に進めないって思った。
 それがどっちの答えでも。
 ううん……たぶんあたしは進んじゃうと思う。今じゃなくても、いつかは。
 マミさんかほむほむが倒れたりしたら、たぶんなにもかも振り切って。
 だからさ……あたし、後悔は残したくないんだ。やっておけばよかったっていう事を、残したくないんだ。
 こんな私のわがままで、混乱させちゃって、ごめんね……」
 
 
 
 それは、さやかがため込んでいた、ここ数日の悩みの決壊だった。
 仁美も、まどかも、なにも言えなかった。
 そして、恭介は。
 
 「さやか」
 
 そう、力強く彼女の名前を呼ぶと、その続きを言った。
 
 「はっきり言って、さやかの事を、そういう対象として考えた事は今まで無かった。嫌いとかじゃなくて、さやかがいるのが当たり前すぎて、そんな事、考えた事もなかった。
 ひどい言い方だけど、そういう事だと、仁美さんも僕が好きって言われた事の方がなんかびっくりする」
 
 その言葉を聞いて、真っ赤になって下を向く仁美。何ともいえないさやか。
 
 「だからといって、仁美さんが好きって言うのもまた違う気がする。いつもお世話になっているけど、さやかほどよく知っている訳じゃないし、正直、今の僕にはどっちも選べない」
 
 それを聞いて、何故か乙女三人は頷いてしまった。
 
 「仁美さんとは、ある意味そういう関係前提でおつきあいして、初めて答えが出る気がする。さやかとだと、今すぐにはなんか想像できない。なまじっかよく知りすぎてて、そういうふうに考えると微妙な気分になっちゃって。
 女の子の前で言う言葉じゃない気もするけど、男としてそういう対象としてさやかや仁美さんを見た場合、ちょっと複雑すぎて答えが出ない感じなんだ」
 「うん……何となく、わかる気がする」
 
 正直な恭介の言葉に、さやかも頷いた。
 
 「たぶん、あたし、もしこの間の事が無くて、平穏な日が続いていたら、ずっとそのままで……仁美とかが先に告白するまで、なにもしなかったと思う。で、仁美辺りが告白してきてやきもきして、もし恭介がそれを受け入れちゃったら、張り合いもせずに影で泣いてた気も。
 でも、あたし、知っちゃったの。
 未来って、自分が思っていたより先がないって。やれる時にやっておかないと、なにもつかめないんだって。
 だからさ、恭介。答えはどっちでもいい。難しいかもしれないけど、ごまかしたりだけはしないで」
 
 静かな、しかしそれだけに奇妙な迫力のあるさやかの言葉。
 恭介には、頷く事しかできなかった。
 
 
 
 そんな、少し微妙な気分のまま、まどか達は病院を出た。
 いつの間にか夕日も落ち、夜の帳が下りようとしている。
 
 広い見滝原の公園で、三人は腰を下ろした。
 
 「さやかさん、決めたのですね、魔法少女になるって」
 
 口火を切ったのは、仁美だった。
 
 「……やっばりわかる?」
 
 それを肯定するさやか。
 
 「もちろんですわ。そうでもなければ、あなたがあんな思い切りのいい事をするはずがありませんもの」
 「まどか、ごめん。私も人外の仲間入りする。置いてってごめんな」
 「ううん……仕方ないよ。本当は私も一緒に行きたいけど」
 「まどかさんの事情……つらいですわね。誰よりも強くなれるのに、それは出来ないって」
 「ほむらちゃんも、そのことでなんかいっぱい抱えてるみたいだし」
 「ったく……ま、無理もないと思うけどね」
 
 まどかの夢の話を聞いていたさやかと仁美には、ほむらの苦悩も、少しだが感じる事が出来た。
 
 「そうそう、さやかさん。対価の祈りは、やはり上条君の腕を?」
 「うん。あたしが何とかしたい事なんて、それしかないし」
 「だとしたら、直接それを願うのは止めた方がいいですわね。もし突然腕が治ったら、絶対に感づきますわ」
 「あ、そか。そしたら恭介」
 「絶対負い目に思いますわね」
 
 あちゃ~、と叫んで頭を抱えるさやか。
 
 「う~、腕は治したいけど、恭介がそれを重荷に感じたら本末転倒だし……」
 「だとしたら、いい方法がありますわ」
 
 にっこりと黒い笑みを浮かべる仁美。
 
 「仁美ちゃん、なんか恐い」
 
 まどかも思わず引いてしまう。
 しかし仁美は、そんなまどかの事は意に介さず、続きを語った。
 
 「直接上条君を直すのではなく、上条君の腕の治療法が発見される事を願えばいいのですわ。上条君の腕を治す治療法が見出され、それを彼が受けられるようにと」
 「あ、なるほど」
 
 ぽんと手を打つさやか。
 まどかも思わず仁美の事をまじまじと見つめてしまった。
 
 「仁美ちゃん、頭いい……」
 「ふふ、もし私が魔法少女になれるとしたら、どんなお願いをしようかと考えていた事ですの」
 「さんきゅ、仁美。それ使わせてもらっていい?」
 「もちろんですわ」
 
 お互い顔を見合わせて、にっと笑う二人。
 
 「ところで、いつお願いするのですか?」
 「今すぐってわけじゃないよ。いくら何でも。マミさん達が頑張っているところにいきなり魔法少女が増えても、グリーフシードの事とかもあるでしょ。その辺、ちゃんと先輩達と話してからにするつもり」
 「その方がよろしいですわね」
 
 仁美もさやかがちゃんとその辺まで考えていた事に感心した。
 だが、その時は意外と早いうちに来る事になる。
 
 
 
 
 
 
 
 そう、いますぐに。
 
 
 
 公園内の灯りが、いつの間にか消え始めている事に三人が気がつくのは、このすぐ後の事であった。



[27882] 真・第32話 「これが、あたしの、力」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/11/06 22:49
 『それ』は、かつての歴史においては、魔女に育つ前、使い魔の段階で狩られていた存在だった。
 マミによるまどかとさやかのツァーの中で。
 だが、その移動するという性質ゆえ、今回の事前の狩りにおいて、使い魔でしかなかった『それ』は見逃されていた。
 
 そしてその見落としが、今回の歴史においては芽吹いた。
 
 
 
 暗闇の魔女ズライカ、その性質は妄想。
 暗闇の中ではほぼ無敵だが、現代の灯りの中ではそれほど恐れるほどではない。
 
 
 
 使い魔は魔女に育ち、それどころか学習していた。
 自分を苦しめる灯りは、消す事が出来るのだと。
 
 
 
 「あれ? なんで街灯が?」
 
 不自然に消えた街灯に、さやかが疑問を持つ。
 仁美やまどかも首を捻っていたが、同時にまどかは異様な違和感を感じ取っていた。
 
 「さやかちゃん、仁美ちゃん、なんか変な感じが」
 「変な感じですか?」
 「あたしは別に……ひゃっ、なんか感じた!」
 
 仁美は感じなかったようだが、さやかは何か感じたらしい。
 そして三人は、公園の外れで、幽鬼のようにさまよう人を見た。
 
 「明るいのはいやだあ~」
 「眩しいのはいやだあ~」
 
 どこからか持ち出された高枝切りばさみで、街灯に繋がっている電線が切られる。
 バチッという音と共に電線が垂れ下がり、街灯がすっと消える。
 明らかに常軌を逸した人の群れであった。
 
 「あ、あれって、ひょっとしたら……」
 「魔女に操られているの?」
 
 その懸念は当たっていた。
 周辺の街灯の電気が消え、辺り一帯がかなり暗くなったと同時に、まどか達は『それ』を感じた。
 現実と切り離された、異界に自分たちがとらわれた事を。
 
 
 
 「この感じ……」
 「なんか、あの時みたいだ」
 
 それは、まるで『黒い霧』が立ちこめているようだった。出来る限り辺りを暗くしようとする、闇の結界。ただ、周辺のビルの灯りなどのせいか、完全な闇には至っていない。
 そんな中、かすかにうごめく『使い魔』の存在にまどか達は気がついた。
 
 「さやかちゃん、仁美ちゃん」
 「うん。これはヤバいよ……」
 「脱出しないと、私たちもこの闇に閉じ込められてしまいますわ」
 
 その場に留まるのは危険だと判断する三人。だが、その途中、彼女たちは気がついてしまった。
 だらしなく座り込み、ぶつぶつと奇怪な言葉をつぶやきながら、夢でも見ているかのように顔を緩めている幾人の大人達の姿を。
 そしてまどかとさやかの目には、その首筋で不気味に光る、あやしい紋章が映っていた。
 
 「なんかあれ、よくないものみたい……」
 「ほっといたら、あの人達……」
 「私には見えませんけど、何かの印をつけられているのですか?」
 
 仁美の質問に、まどかとさやかは頷く。
 
 「だといると、このまま放置すると、あの人達は……」
 
 その先は、言葉にせずとも想像がついてしまった。
 
 「ああもうっ、マミさん達は遠征中だし。ほっとく訳にもいかないし……」
 
 そう頭を抱えたさやかが、何かに気がついたかのように固まる。
 
 「これって……運命なの? あたしに、覚悟を決めろって……」
 「さやかちゃん……」
 「さやかさん……」
 
 そして顔を上げたさやかの瞳には、今までにない光が浮いていた。
 
 「まどか、仁美」
 
 力強い声で、さやかは宣言する。
 
 「変な話だけど、恭介に会っておいてよかった。そうじゃなかったら、迷っていたかもしれない」
 
 そして闇の中、確信を持ってさやかは呼ぶ。
 
 「いるんでしょ、キュゥべえ」
 『呼んだ?』
 
 それに応えるかのように、姿を見せる使者。
 
 「契約するよ、キュゥべえ。あたしの願いは、恭介の腕の治療法が発見されて、それを恭介が受けられる事。それも迅速に、数日のうちに!」
 
 キュゥべえはなにもいわない。ただじっと、さやかの事を見つめるだけ。
 
 そして……
 
 
 
 さやかの胸の辺りに、ぽっ、と光が点った。使い魔らしき存在も、その光を恐れるかのようにささっとさやかのまわりから遠ざかる。
 
 「ん……くっ……ああっ!」
 
 そして光り輝く『何か』が、さやかの胸から飛び出し、浮かび上がる。
 
 『おめでとう、君の願いはエントロピーを凌駕した』
 
 感情のこもらないテレパシーで、キュゥべえが宣言する。
 
 『さあ、手にとってごらん。君の力を。使ってごらん、君の魔法を』
 
 さやかがその光るものを両手で握りしめると同時に、辺りは爆発的な光に包まれた。
 
 
 
 かわる。
 
 
 
 カワル。
 
 
 
 変わる。
 
 
 
 見滝原中の制服が、戦いの衣装に。
 平凡な少女が、力の象徴に。
 その背にマントを、その手に剣を。
 さやかを象徴するマリンブルーの輝きが、辺りを圧倒する。
 
 「これが、あたしの、力……」
 
 体が軽い。銃の引き金部分を思わせるナックルガードのついた剣を掲げ、さやかは雄叫びを上げる。
 
 
 
 「うぉぁぁぁっ!」
 
 
 
 そして剣を叩きつけられた使い魔は、なんの抵抗もなく切り裂かれ、消滅した。
 ただ、このまま突っ込むとまどか達が心配だ。ならば。
 さやかがマントを翻すと、まどか達のまわりに剣が降ってきた。その剣はまどか達を取り巻くように地面に突き刺さる。
 一瞬閉じ込められたかに思ったまどかと仁美であったが、それが自分たちを守る壁である事をすぐに理解する。
 
 「さやかちゃん!」
 「いってくる。まどか、仁美」
 
 そしてさやかは闇の中に突き進み……はじき出されてきた。
 
 「のわっ!」
 
 闇が濃くなり、お互いの顔を見るのもつらくなる。
 
 「く……思ったより固い」
 
 へその辺りでかすかに光を放つさやかのソウルジェムが、歯を食いしばるさやかの顔を下から照らす。
 
 「大丈夫?」
 
 ちょうど剣の壁の辺りに転がされたさやかを、まどかが気遣う。
 
 「思ったより固かったんでバランス崩しただけ。心配しないで、まどか」
 
 そうしてさやかは迫ってきた魔女に立ち向かう。
 この魔女は、暗闇の中にいるせいか、姿がよくわからない。もっともたいていの魔女は見るに堪えない姿なので、積極的に見たいとも思わなかったが。
 だが、立ち向かうさやかが、苦戦しているのは明らかだった。
 
 「さやかちゃん……」
 
 心配そうに見つめるまどか。
 
 「私も……」
 
 そう言いかけたまどかの肩を、仁美がぎゅっと押さえる。
 
 「いけませんわ、暁美さんにいわれたでしょう」
 
 仁美の声が、まどかの頭を冷やす。
 それでも、まどかの心の天秤は、危険な方に傾く。
 だがその時、少し離れた場所で、闇を切り裂かんばかりの光が天を貫いた。
 
 「え……?」
 「あれは、先ほどのさやかさんのような」
 
 まどかと仁美は、その光が照らす中、お互いの顔を見合わせてしまう。
 
 「誰かが、魔法少女に?」
 「でもいったい……」
 
 だがその疑問は、魔女の悲鳴によってかき消される。
 突然の光に動きの止まった魔女に、ようやくさやかが一矢報いたのだ。
 
 「さやかちゃん!」
 「まだだ!」
 
 だが、入ったのはその一撃だけ。光が消えると同時に、再び魔女の攻撃が激化する。
 位置的に見て背後にまどかと仁美、そして犠牲者がいるために、さやかはあまり回避する訳にもいかない。
 そのためさやかは先ほどから何度も攻撃を受け、そのたびに血しぶきを舞い散らせている。
 
 「大丈夫なの、さやかちゃん!」
 「平気平気っ! どうもあたしの力って、こういう事みたいだから!」
 
 よく見ると、傷がついた部分に円環状の五線譜が浮かぶと、その傷があっという間に消えてしまう。
 
 『自己再生……それが彼女の魔法なんだね』
 
 そこに響く音無き声。
 
 「キュゥべえ! どこ行ってたの」
 
 まどかの声に、仁美もキュゥべえが近くにいる事を悟る。
 そしてキュゥべえは告げる。
 
 『僕は契約を望む少女のところにいるものだよ』
 「え、それじゃ」
 
 その疑問に答えるまでもなく、さやかに襲いかかっていた闇の触手が、駆け込んできたさらなる闇に切り飛ばされる。
 
 そこにいたのは、つい昨日見た顔。
 そして今日、ほむらとの話にも出た人物。
 
 「き……キリカさん」
 「大丈夫かい、恩人達」
 
 その口調からは、昨日見た人見知りする様は全く存在していない。
 
 「な、なんで、キリカさんが……」
 
 さやかも思わずそう聞いてしまう。はっきりいって戦闘中にそんな事をするのは殺してくださいというようなものだ。
 しかし、そこにはキリカがいる。隙を見せたさやかに襲いかかる使い魔を、三本揃った、鎌を思わせる武器で、彼女は蹴散らす。
 
 「話は後。今はこいつを」
 「うん」
 
 そして二人の魔法少女は、初めての戦いに舞い戻る。
 
 
 
 
 
 
 
 前日、まどかとさやかから思わぬ親切を受けたキリカは、ここ数年無かった、心の温かさを感じていた。
 明日は学校に行ってみよう、そう思わせるくらいに。
 午前中で授業が終わり、二年の教室の方にいってみると、二人の恩人は友達らしき人達と下校するところだった。
 キリカは何となく、彼女たちの後をつけてしまった。
 
 ショッピングモールのバーガーショップで、彼女たちは他校の友達と待ち合わせをしていたようだった。やがて彼女たちは、三人ずつの組に分かれる。
 キリカは彼女たちのいるグループの後を追った。
 
 彼女たちが向かったのは総合病院であった。どうやら誰かが入院しているらしい。彼女たちが見舞いに来た事を確認すると、さすがにここは遠慮して病院のロビーで待った。
 
 やがて出てきた彼女たちを、キリカは再び後をつけるように動く。
 自分でもなにをしているんだろうとは思う。だが、やめる事も考えられない。
 だが、ここで思わぬ事態が生じる。奇怪な行動をする人たち、広がる闇とバケモノ。
 だが何より目を向いたのは、彼女たちがおびえるのではなく、それに立ち向かった事。
 そして、白いマスコットのような生き物に導かれ、彼女たちのうちの一人が、なんと『変身』した。
 それは衝撃だった。ある意味世の中を斜めに見ていたキリカの心に、まっすぐに突き刺さる衝撃。
 この瞬間、キリカの心は、遠目に見える彼女の光に魅了された。
 そしてその心の光を、見逃さない存在も、また側にいた。
 
 『君も、なりたいのかい? 心から叶えたい、願いがあるのかい?』
 
 その声(?)の方を見れば、そこにいたのは、先ほど彼女たちの側にいた、あの白いマスコット。
 
 『もし君に叶えたい願いがあるのなら、そして今君が見ているように』
 
 その視線は、闇の怪物と戦う彼女の方に向かう。
 
 『ああいった怪物……『魔女』と戦う事を恐れないというのなら』
 
 そしてマスコットは、あまり表情のない顔でキリカをじっと見つめる。
 そしてその表情を全く崩さないまま、声だけはかわいらしく、その言葉を告げた。
 
 『僕と契約して、魔法少女になってよ!』
 
 
 
 
 
 
 
 キリカが何か見えない『力』を振るうと、相手の速度が目に見えて遅くなる。
 まだ慣れないさやかでも、軽々と躱せるくらいに。
 そうして生まれた隙に、さやかとキリカは襲いかかる。
 だが、魔女はタフだった。
 二人がかりの攻撃すらも、ものともしない。
 
 「思ったより、強いな」
 「ですね、キリカ先輩。でも、負けられない」
 「先輩と呼んでくれるのか、うれしいな、恩人」
 
 だが、戦いは明らかに膠着している。二人になって余裕が出来たさやか達だが、魔女はなかなか倒れない。
 後で見ているまどか達も、はらはらしっぱなしだ。
 
 「大丈夫かな、さやかちゃん、それにキリカさん……」
 「あの人が、今日お話ししていた、キリカさんなのですか?」
 「うん。ほむらちゃんの言ったとおりになっちゃったね。本当に助けに来てくれた」
 
 そんな事をまどかと仁美は話していたが、そのうち仁美の目が細められ、眉間にしわが寄る。
 
 「何か変ですわ……」
 「どうしたの、仁美ちゃん」
 「いくら何でも、魔女が丈夫すぎます。先ほどの一撃以後、攻撃を受けても、魔女にひるんだ様子がないんですの」
 「そういえば……」
 
 先ほどのキリカのものと思われる変身の一瞬には、確かにさやかの攻撃が入っていたのだ。なのに今は二人がかりなのに堪えている様子がない。
 
 「なにか倒すための弱点とかがあるのでしょうか」
 
 その様子を見て、仁美がそう呟くようにいう。実際、まどかに向けた言葉ではなかったのだろう。
 だが、それが引き金になって、まどかの脳裏に、いくつかの光景が走馬燈のようによぎった。それは一瞬の事で、まどかにも自覚のあるものではなかった。
 奇怪な行動をする、操られた人たち。そのこと達が口にしていた言葉。
 だんだんと暗くなった周囲、闇そのものみたいな魔女。
 変身して『明るくなった時』に入った攻撃。
 それらがまどかの頭の中で結びつき、一つの結論を出す。
 
 「もしかしたら!」
 
 思わずそう叫びながら、まどかは携帯を取り出す。
 
 「まどかさん?」
 
 怪訝そうにしている仁美を無視して、まどかは携帯のモードをカメラに変える。モードは夜間撮影。そしてそのレンズを、まどかは魔女に向ける。
 そしてさやかが攻撃を当てようとする瞬間に合わせて。
 
 
 
 まどかは、シャッターのボタンを押した。
 
 
 
 その瞬間、携帯に付属しているフラッシュが魔女を照らす。
 さやかは少し驚いたものの、背後からの光だったため攻撃の手が止まる事はない。
 そしてその攻撃は
 
 
 
 
 
 
 
 魔女を、深々と切り裂いた。
 
 
 
 
 
 
 「え?」
 
 あまりに軽かった手応えに、さやかは一瞬とまどう。さっきまでは固かった魔女が、あっさりと深手を負っている。
 
 「やっぱり! さやかちゃん、その魔女、明るいのが苦手みたい!」
 
 そこに飛んでくるまどかの声。その瞬間、さやかもまた悟った。落ち着いて考えてみれば、ヒントはいくらでもあったのだ。
 そうとわかれば。
 ちらりとまどか達の方を見ると、まどかだけではなく、仁美も携帯をカメラモードにして身構えている。
 もう、言葉はいらなかった。
 そのままキリカの方を見る。彼女も理解したのか、眼帯の掛かっていないほうの目でウィンクをする。
 そして二人が魔女に襲いかかるのと同時に、背後から激しく突き刺さる二つのフラッシュ光源。
 タイミングはどんぴしゃりだった。
 二人の攻撃は、今度もまた魔女に深々と突き刺さり、
 
 
 
 魔女は、断末魔の声と共に滅びた。
 
 
 
 
 
 
 
 こうして、二人の魔法少女のデビュー戦が終わった……かに思えた。
 だが、土曜の暑い夜は、まだ終わってはいなかった。
 それは白い獣が告げた言葉。
 
 
 
 
 
 
 
 「滝の上に向かったマミ達が、危ないらしい」



[27882] 真・第33話 「その性質は飢餓」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/11/28 00:24
 杏子との待ち合わせ場所は、前の世界でも何度か寄った事のある、定番のハンバーガーショップであった。
 それなりの距離があるのだが、間の悪い事にこのルートにはバスのような公共の交通機関が通っていない。
 故に移動は徒歩かタクシーになる。今回は徒歩を選択した。
 
 小一時間ほど歩くとなると、年若い乙女達ではどうしても時間をもてあます。
 そんな中ちえみがふと思い出したようにほむらに聞いた。
 
 「そういえば先輩、前の世界からの宿題、解けました?」
 「前の世界からの宿題?」
 
 ちえみの言葉を聞いて、マミが質問してくる。
 
 「あ、すみませんマミさん。前の回に、先輩、とある人からパワーアップの宿題もらっているんです」
 「私としてはその宿題を出せる人の方が気になるけど」
 
 少し真面目な顔でマミが返す。
 
 「それに関しては滝の上の掃除が終わってからにしましょう。彼女の助言は的確だけどつかれるから」
 「先輩とは相性悪いですからね」
 
 興味津々なマミを見て、ほむらはげんなりした顔になり、そんなほむらをちえみが慰める。
 
 「いろいろ複雑な立場の人なんで、詳しいことは会った時にでも聞いてください。とんでもないですけど、その助言『だけ』は掛け値無しに正確無比ですから」
 「何か気になる言い方だけど、添田さんがそう言うなら信じるわ。ところで宿題は?」
 「話が戻りましたね~。先輩、で、どうですか?」
 「言葉の意味は判ったけど、それがどうして私のパワーアップに繋がるのかはさっぱりよ」
 「ゼノンのパラドックス、ですよね」
 「そう」
 「それって、数学の話よね」
 「はい、そうです」
 
 ちえみは一息入れて、その内容を簡単に説明する。
 
 「主に無限に関する考察で有名な話です。代表的なのが、『アキレスは亀に追いつけない』っていうパラドックスで、こういう話です。
 
 アキレスが亀の後方から走ってくる。
 アキレスが亀のいた地点に到着した時、亀はその時間分先に進んでいる。
 再びアキレスが亀のいた地点に到着した時、亀はさらに前に進んでいる。
 つまり、どれほどアキレスが追いつこうとしても、亀がいた地点に到着した時点で、亀は常にその先に進んでいる。
 よって、アキレスは亀に追いつけない。
 
 一見もっともらしいですけど、実はこれ、言い換えるとですね、仮に普通に考えて10秒後に追いつけるはずだとすると、
 
 9秒後には追いつけない。
 9.9秒後には追いつけない。
 9.99秒後には追いつけない。
 9.999秒後……っていうふうに、追いつけるまでの間をひたすら細分化して言っているだけなんですよね」
 「面白い考え方よね。でもなんでそれが宿題なの?」
 「はい。その助言者さん曰く、先輩がマミさんの『ティロ・フィナーレ』みたいな必殺技的なものを生み出すとしたら、それは『ゼノンのパラドックス』って言う名前がふさわしいものになるらしいんです」
 「ああ、ティロ・フィナーレやロッソ・ファンタズマみたいなものなのね」
 
 クスクスと笑いながら言うマミ。
 
 「ロッソ・ファンタズマ?」
 
 一方、その聞き慣れない技名につい聞き返したちえみ。すると微笑んでいたマミの顔がすっと影を帯びた。
 
 「……ごめんなさい。今のは忘れて」
 
 その様子に、ほむらとちえみは、とある誤解をした。
 
 ああ、黒歴史なのか、と。
 
 
 
 幸い、待ち合わせの場所は、もう目の前だった。
 
 
 
 
 
 
 
 「よ、悪いな、わざわざ」
 
 ほむら、ちえみ、マミの三人が店内に入ると、杏子は既に到着していた。
 その脇に、何故か幼女を連れて。
 
 (あれは……)
 
 ほむらだけは彼女に見覚えがあった。あのイレギュラーの時、杏子と一緒にいたゆまという少女。
 子供ならではの純真さで、絶望しかけていたマミ達を引き上げた少女。
 繰り返してきた全ループを通して、2度目の出会いであった。
 
 (これもまた、何かが変わる証なのかしら)
 
 前にも述べたが、ほむらはあのイレギュラーの回においては脇役であった。ゆまや杏子、そしてマミの態度から、織莉子及びキリカとの間にそれなりの確執はあったようなのだが、そう言った事柄にほむらはほとんど関わっていない。
 そんな事を考えている脇で、ちえみが杏子達に挨拶をしていた。
 
 「こんにちは、杏子さん。そちらの子は?」
 「ああ、こいつか? こいつはゆま。この年で魔法少女になっちまった馬鹿だよ」
 
 魔法少女、の辺りは少し声を落としながら杏子がいう。馬鹿といいつつも、頭をかいぐりしている様子などからすれば、だだ甘なのは一目瞭然だ。
 
 「ゆまちゃん、ね。でもこの年でって、ご両親とかは?」
 
 そうちえみが聞いた瞬間、明らかにゆまの顔が暗くなる。杏子も少し困り顔だ。
 さすがにその様子に、マミもほむらも少し不審に思った。
 
 「佐倉さん、その子、何か事情があるの?」
 「――ああ」
 
 ため息をつくように、杏子が語る。
 
 「こいつの親は、魔女に喰われた。おかげで名字もわからねえ」
 「それって……」
 
 それだけで3人とも事情は察することが出来た。
 
 「本当はあたしみたいな風来坊につきあわせたくはないんだけどさ」
 
 杏子はそう言うと、マミの方を意味ありげに見る。
 
 「あんたならあたしと違って、児童相談所みたいなところにも顔出せるって思ったんだけど……」
 
 そこまで杏子がいった時点で、ゆまはがっちりと杏子の服の裾を掴んでいた。
 力の入れすぎで腕が痙攣するほどに。
 その様子を見て、杏子の言いたい事がわからないにぶちんはこの場にはいなかった。
 
 「そういう事なのね」
 「ああ。無理に引き離す訳にもいかなくってさ」
 
 そういう杏子の顔は、まるで母親のそれであった。
 
 「まあ、この話は後。こっちの件が片付いたら、相談に乗ってくれないか?」
 「ええ、いいわ」
 
 少し気まずそうに問う杏子に、マミは間髪を入れず肯定の意を返す。
 それを見て、ちえみも口を挟んだ。
 
 「あ、マミさん、そういう事ならうちの両親も協力してくれると思いますよ」
 「あら、そうなの?」
 「はい。こういう人道的な事に関しては、ものすごく物わかりのいい両親ですから。ただ、今の杏子さんの事情説明したら、たぶんまとめてうちの子になれ、位は言いかねないですけど」
 「おい、さすがにそこまで厚かましくはねえって言うか、あたしは別におまえと姉妹になる気はねえぞ」
 「あはは、ですよね~」
 
 そんなやり取りを見て、ほむらは少し頭痛がしてきた。
 それにふと今のやり取りで気がついた事があった。
 
 「あ、ちえみ、それにマミ」
 「なんですか?」
 「何かしら」
 
 2人が自分に注目したのを確認してから、ほむらは続きを語る。
 
 「あなたたちがヘラを倒しに行っている間に、杏子には私の事を説明してあるわ」
 「え? じゃあ繰り返しの事とかも?」
 
 そう聞くちえみに、ほむらは頷く事で返す。
 
 「なんだ、そこまで知ってたんですか~」
 
 そう言うちえみの表情が、少しあやしげな雰囲気を纏う。
 
 「杏子さん」
 「な、なんだ?」
 
 変に迫力のあるちえみの様子に、思わず杏子は一歩引く。
 何かとてつもなくいやな予感がしたのだ。
 
 「相変わらずの万引き生活なんですか? ゆまさんというオプションついてるのに」
 「……悪いかよ」
 「悪いです」
 
 杏子のぼやきは、瞬時に叩き返された。
 
 「教育に悪いですよ。そういう事なら遠慮せず」
 
 ちえみはどこからか、分厚い封筒を取り出した。
 
 「前回の事がありましたからね。今回はこういうものを用意してきました」
 
 そのまま封筒を杏子に渡す。思わず受け取ってしまった杏子は、その中身がなんであるかに気がついて思わず引きつっていた。
 
 「おいこれ、現金じゃねえか。しかも万札ばっかり」
 「はい。百万円あります」
 
 食べ物を大事にする杏子が、思わず食べかけのポテトを吹き出した。
 それを見てゆまが杏子の顔を拭いている。
 もっとも杏子はそれどころではなかったが。
 
 「おまえ正気か?」
 「正気ですよ。ついでに言うと、うちの両親は魔法少女の事に関して理解があります。私の事情も知っていますし、記憶継承のループの事まで」
 
 さすがにそれを聞いてほむらも驚いた。理解がありすぎだ。
 
 「ちえみ、それ本当?」
 「はい。というか、私の場合、あからさまに頭の働きが契約で変わっちゃいますから、話しちゃった方がむしろ納得してくれますし」
 
 それを聞いてほむらも何故ちえみが説明してしまったのかを悟る。
 言い方が悪いが、娘の精神疾患が突然完治したら、両親は訝しむだろう。魔法や願いの力でごまかす事も出来るだろうが、ちえみは正直に話してしまうことを選んだのだろう。
 初めて会った時には魔法でごまかしたと言っていたから、その初回でごまかしたのが苦痛だったのかもしれないと、ほむらは思った。
 
 「まあ、杏子さんの生活にこれ以上介入するのはあれですから、浮浪者生活が続く事は黙認します。だけど、窃盗は控えてください。子供だけでホテルとか泊まるのをごまかすのに魔法を使うくらいはまあ仕方ないですけど」
 「にしてもこんな大金……」
 「管理できない、とでも言う気ですか? 出来ない訳無いでしょう? そうでなければとっくに魔力の使いすぎで杏子さんは魔女化してます。魔力も金銭も、管理するのに必要な能力は一緒なんですから」
 
 その瞬間、間違いなくこの席のまわりだけ温度が急低下した。
 
 「……おい、今なんつった」
 「え……あれ。先輩、説明、してるんですよね」
 
 ほむらは言い方を間違えた事に気がついた。
 
 「……今回はね、最後までは説明してなかったのよ」
 「げ」
 
 文字にすると「げ」だが、実際にはえとげの中間みたいな、何とも表現しにくいうめき声をちえみは上げていた。
 
 「……やっちゃいました?」
 「いいわ。どうせ説明する気だったし」
 
 杏子はともかく、隣の少女には聞かせたくない話ではあったが、考えてみればイレギュラーのあの時、真実を知っても揺らがなかった子である。
 ほむらは諦めて魔法少女最後の秘密を杏子に説明するのであった。
 
 
 
 予想できた事だが、真実を知っても杏子はおろか、ゆまも全く揺らがなかった。
 ゆまはまだよく判っていないだけかもしれないが。
 
 「……ったく、ひどい話だな。キュゥべえは後でシメるとして……ちえみ、っていったよな。こいつはありがたく受け取っとく。あ、あくまでもゆまがいるからだかんな。けど……」
 「けど、なんですか?」
 
 ちえみは答えなどとうに判っていると言いたげな笑みを浮かべていた。
 そしてマミにも、ほむらにも、それが図星である事が判っていた。
 
 「絶対、返すからな」
 「なら早いところ社会復帰してください」
 
 気合いを込めた言葉をものの見事に返され、杏子は思いっきりヘコんでしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 だが、こののどかな空気は、もう、持たなかった。
 
 
 
 彼女たちは、一歩、遅かったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 今回のループにおいて、それが起きた発端は、ちえみが密かにかおるを始末してしまった事だった。
 彼女は誅されるべき人物ではあったが、同時にある仕事を密かにこなしてもいたのだった。
 
 それは、魔女の管理。
 
 グリーフシードを狩るための魔女を適度な量にするため、適当な『間引き』もまた同時に行っていた。
 それが、途絶えた。
 
 滝の上救急病院。
 この地にやってきた魔法少女は、その大半がかおるの魔手によって、この病院で命を落とし……いや、魔女化した。
 魔女と、魔女から生み出される使い魔が、それとは知らずに、あまりにも狭い地域に押し込まれていた。
 結界がぶつかり合い、やがて魔女はお互いを認識する。
 そこには友愛もなれ合いもない。決して曲がる事のない、自我のぶつかり合い。
 そして、呪術にある蠱毒のように、押し込められた魔女達はお互いを賭けて喰らい合い始めた。
 魔女同士の戦いは、勝者も敗者もなかった。互いが互いを喰らい合い、やがてそこから新たな絶望が生まれた。
 いつしか魔女達は、魔女であってなお異質な何かに変質していた。
 
 恐るべき闇が、目覚めようとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 「変ね……」
 「ええ、変ね」
 「変です」
 「おかしいな……」
 「?」
 
 食事の後、町へ調査に出たほむら達は、すぐにその異変に気がついた。
 瘴気が、減っている。
 あれほど濃厚だった瘴気が、明らかに薄くなっているのだ。
 
 「消えたにしちゃあ変だし」
 
 そう呟きながら、まわりを見回す杏子。
 
 「ちえみ、何か判る?」
 
 餅は餅屋とばかりに、仲間の中でもっとも感知能力の高い専門家に意見を求めるほむら。
 その専門家は、目を寄せながら、かすかに残る瘴気を感知しようとしていた。
 
 「う~ん、何かどこかへ流れているっぽいです」
 「流れている……? もしかして、誰かが町中の瘴気を集めているとでも?」
 
 何気なく口から出たマミの言葉に、ほむらと杏子の視線がぶつかる。
 そしてマミも含めて3人の目が、ちえみを見つめる。
 
 「添田さん」
 「どっちに流れているか」
 「判るかっ?」
 
 迫られたちえみは、目をこらしつつ、とある方向を指さす。
 
 「えっと……たぶんあっちの方かと」
 
 その指さす先には。
 
 滝の上最大の危険箇所、滝の上救急病院の姿があった。
 
 
 
 言葉はいらなかった。
 杏子は足の遅いゆまを背負い、そのまま一直線に病院を目指す。
 ほむら達も遅れじと必死に駆ける。
 そして病院の近くまで来た時、ほむら達の髪の毛が文字通りに逆立った。
 
 「やべぇ……」
 「これは、まずいわ」
 「何か、とんでもない事になっているような……」
 
 杏子も、ほむらも、マミも、いやでも判ってしまった。
 町から消え失せた瘴気がもここに集中している事に。
 そして一番感知力に優れたちえみは、
 
 「これ、たぶん……とんでもない魔女が、それこそ、ワルプルギスの夜まではいかなくても、それに匹敵しそうな、とんでもない魔女が、孵りそうです!」
 
 その言葉が終わるか終わらないかのうちだった。
 
 
 
 魔女の結界が、急速に広がった。
 町全体を覆い尽くすほどの、巨大な結界が。
 
 
 
 だが。
 
 
 
 
 
 
 その結界が、
 
 
 
 
 
 
 突然……………………『喰われはじめた』。
 
 
 
 
 
 
 
 それは、使い魔だろうか。
 内蔵を思わせる肉色。
 形状は膨らんだホース……いや。胃袋か。
 ただ、普通の胃袋と違うのは、至る所に、『口』がついていた。
 サメのそれを思わせる、口内にまでびっしりと、鋭い牙という方がいいような歯を生やした口が、肉の袋の表面の、至る所についていた。
 手も足もないその使い魔は、ごろごろと転がるように動き、その口に触れたものを、片端から喰らいはじめる。
 それは、物だけではなかった。本来魔女の身を隠す結界、それすら彼の使い魔には『食料』であるかのようだった。
 
 しばし呆然とそれを見続けていた魔法少女達であったが、やがてそれの意味する事に気がついて愕然となった。
 魔女の結界は、魔女の悪行を隠すと同時に、魔女や魔法少女の存在が明るみに出る事をも防いでいた。
 だが、結界すら喰らうこの使い魔が、もし結界を食い尽くしてしまったら。
 
 
 
 ――次に彼らが喰らうのは、おそらく『現実』の全てだ。
 
 
 
 そんなよくない想像が、いやでも浮かんでしまった。
 
 「ぼうっとしてる場合じゃねぇ、いくよ!」
 
 杏子がそう声を掛けると同時に、その姿を魔法少女のそれに変える。
 続いてゆまが、そしてほむらが、マミが、ちえみが。
 
 その姿を魔法少女のものに変えた。
 
 
 
 先手を取るのは、ちえみの役目である。その力で、使い魔の力を見抜く。
 
 「胃袋の魔女の手下ガキ、その役割は吸収。ただ目の前のものを、なんであろうとむさぼり尽くすのみ。
 こいつら、知性のかけらもないです。蹴散らしてください!」
 
 「おう!」
 
 ちえみの指摘を受けて、魔法少女達は驀進する。
 実際、この使い魔達は、ほむら達が攻撃しても、何ら反応せずに、ただ目の前の全てをむさぼり喰らっていた。
 仲間が倒されれば、その死体すら。
 それは使い魔というより、何かの現象のようであった。
 そして一同は、さしたる苦労もなく、魔女の本体がいると思われる場所にたどり着く。
 苦労しなかったのは、結界自身が穴だらけで、迷宮の役を果たしていなかったからだ。
 ただまっすぐ進むだけで、ここまでたどり着けたのだ。
 そして魔女のまわりの結界も、ほとんど崩壊していた。
 他ならぬ魔女自身が、それをむさぼっていたのだ。
 その姿は、先の使い魔が巨大化し、口の数を思いっきり増やしたかのようであった。
 
 「あんまり知性はなさそうですけど……存在感が凄まじいです。たぶん強いですよ」
 「判るわ。おそらく弱点など無い、単純に強いタイプの魔女ね」
 「てことはガチンコの力押しか……やりやすいんだか、やりづらいんだか」
 「まあ見れば判る事です……アレッセ・アナリーゼ!」
 
 ちえみの声と共に、浮かび上がった書に魔女の詳細が浮かぶ。
 それを知らせるために書を見たちえみが、何故か一瞬硬直した。
 
 「ちえみっ!」
 
 ほむらの鋭い声に、我を取り戻すちえみ。そして返る言葉は、絶叫。
 
 「い……胃袋の魔女、と……トウテツ。その性質は飢餓。それは万物全てを喰らい尽くす飢えの化身。彼の魔女は、ただひたすらにあらゆるものを等しく喰らう。
 この魔女を倒すには、無限の食欲を満足させればよい……な、なんで、この魔女はいきなり中華風の名前なんですかっ! トウテツって、確か中国に伝わる怪物じゃあ」
 『その答えは僕が知っているよ』
 
 そしてその絶叫に答えるもの。
 
 「キュゥべえ、知っているの?」
 
 マスケット銃を召喚しつつ、そうマミが問えば。
 
 『うん。たぶんあれ、四千年くらい前に一度中国で出現した魔女だと思う』
 
 たいした事でもないように、キュゥべえは答える。
 
 『飢えでたくさん人が死んで、とある魔法少女が食料を願った。でもその話を聞きつけて人が溢れ、結局食料が足りなくなって、そんな人の姿に絶望して魔女が生まれた。
 それだけならよくある話なんだけど、その時のその国の飢饉はひどすぎた。
 その地では何人もの少女が食料を願って魔法少女になり、そして力尽きて魔女になった。
 それを倒す魔法少女もまた、すぐに魔女となる。そんな連鎖があまりにも短時間に集中して起きた。
 集中しすぎた魔女は、その願いが食べることだったこともあって、ついには魔女同士が食い合った。そんな混沌の坩堝から生まれた魔女の中の魔女は、今目の前にいる魔女とそっくりだったよ。
 なにもかも食い尽くすが故に、結界すらも食い破ったせいで、その姿が歴史の伝承に残ったんだ』
 「魔女が、魔女を喰らって、生まれる魔女……」
 
 そのおぞましさに、身を震わせるマミ。
 
 「なら、遠慮は無用ですね。喰らいなさい!」
 
 号令一下、マミの背後に召喚された、百を超すマスケット銃が、一斉に火を噴いた。
 
 ……が。
 
 「う、うそ……」
 「そんな……」
 「まじかよっ!」
 
 タイミングを合わせて襲いかかろうとしていたほむらと杏子の足が、目の前の光景を見て止まってしまった。
 巨大な胃袋、その表面にある無数の口が。
 マミの攻撃のほとんどを『喰らって』しまったのだ。
 ダメージを喰らうのではなく、『喰らう』。
 文字通り、マミの攻撃のほとんどは『食べられて』しまった。
 口と口との隙間に当たったわずかな銃弾が、ほんの申し訳程度に魔女の身を削る。
 だがそれも、あっという間にその存在を消してしまった。
 
 「まさに『何でも喰らう』魔女ね……」
 
 ほむらはそう呟く。
 あの様子では、おそらく軽火器は通用しない。マシンガンの弾など、あれにはおやつであろう。
 
 「マミ、無理をしないで牽制をお願い。私と杏子で少し接近して仕掛けてみる」
 「ゆまはマミと一緒に、後から助けてくれな」
 「わかった、キョーコ。けがしたらすぐになおしてあげるからね」
 
 マミとゆまのバックアップを受け、ほむらと杏子は巨大な魔女に迫る。
 相手は四肢を持たず、しかも大きい。巨体ゆえ意外と動きは速いだろうが、間違いなく小回りはきかない。直線の動きは速くても、曲がったり止まったりは苦手なはず。
 それを見越し、背後からのマミの射撃を煙幕代わりに、曲線のルートでほむらと杏子は魔女に肉薄する。
 が、直前まで迫った時、思わぬ伏兵の攻撃を受けた。
 無数の口が『飛び出し』、そのまま使い魔となって襲ってきたのだ。
 それはまるで使い魔の散弾銃。ほむらは時を止め、向かってくる使い魔を足蹴にして杏子を救い出す。
 回避しても安心は出来ない。襲ってきた銃弾は、そのまま周辺を喰らおうとする。
 それにはもちろん、ほむらと杏子も含まれる。
 
 「はっ」
 「おりゃあっ」
 
 銃弾をばらまき、槍を振り回し、とりあえず使い魔は撃退する。
 だが、相手の放つ使い魔弾もまた、無数のようであった。
 それ自体が攻撃力を持ち、さらにばらまかれた先で周辺を喰らいはじめる使い魔。
 やっかいきわまりない敵だった。
 
 
 
 それでも最初のうちはまだよかった。
 幸いグリーフシードには余裕があったため、まだまだ戦う事は可能だった。
 だがそれゆえに、それは起きた。
 ほむらと杏子を前衛に、マミとゆまが後からフォローする形で、散弾のように放たれる使い魔を蹴散らす。
 使い魔は何とかなるものの、本体まで攻撃が通らない。
 
 「ああいらつく。せめてこうやって消耗させれば本体がその分弱るとかならいいんだろうけど」
 「そんな様子はなさそうね……」
 
 相手の再生能力、使い魔創造能力は想像を絶した。使い魔をまるで銃弾のように無造作かつ無尽蔵に撃ち出してくるのだ。しかもこの使い魔は放置すると周辺の結界だろうが死骸だろうが食らいつく。
 思ったより時間が掛かり、いささかほむら達の集中力も切れてきた。
 そんな矢先に、それは起きた。
 
 
 
 ほむらは襲ってくる散弾使い魔を躱し、相手が落ちたところに範囲を攻撃出来る手榴弾をぶち込む。このサイクルである程度は相手を削れていた。今回もそんなルーチンワーク的な作業で、振り向きざまに手榴弾を投げようとした時だった。
 
 
 
 「ぐぎゃあああああっ」
 
 
 
 およそ人のものとは思えないような悲鳴と、噴き出すような血しぶきがほむらの目の前に飛び込んできた。
 
 
 
 人が、使い魔に、喰われていた。
 
 
 
 よく見れば、戦いの中魔女の結界が魔女自身と使い魔に喰らわれ、ほころびはじめていた。
 そう、判っていたはずだ。結界内ですら、その壁はぼろぼろだったのだから。
 結界はもはや、夢と現実を隔てる力を失いつつあった。そしてここは病院。つまりたくさんの人がいる。
 
 
 
 
 
 
 
 虐殺が、始まろうとしていた。



[27882] 真・第34話 「ゆえにその攻撃は届かない」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/11/28 00:25
 「キュゥべえ、マミさん達は今どこにっ!」
 
 マミ達の危機を知らされ、さやかは反射的にキュゥべえに問い返す。
 一方キュゥべえは慌てたそぶり一つ見せぬまま、その問いに答える。
 
 『滝の上救急病院。そこで今マミ達は戦っている。ただ相手がものすごく強くてやっかいなんだ』
 「細かい事は後っ! 滝の上救急病院だなっ」
 
 そんなさやかの言葉を聞いて、動いたのは仁美。
 戦いの舞台であった公園から表通りに向かうと、道に向かって手を振ると同時にまどか達に大声で呼びかけた。
 
 「車を止めます! 皆さんもこちらへ!」
 
 そう言われてさやか達は慌てて変身を解くと、仁美の元へと向かった。
 ちょうど4人が集まったところに、空車のタクシーが通りかかる。
 仁美はそれを止めると後ろにまどか達3人を乗せ、自分は助手席に乗り込んだ。
 
 「どうしました? 何か慌てて」
 
 中年の運転手が、息を切らせた女子学生4人という組み合わせを見て聞いてくる。
 仁美は息を整えると、こう言った。
 
 「すみません。お友達が大変なんです。滝の上救急病院までお願いします」
 
 ついでに財布から一万円札も取り出す。
 もっとも最後のそれは余計だったかもしれない。
 人の良さそうな風貌の運転手は、お友達が大変→病院の組み合わせから、何かを思いついたのだろう。
 
 「そりゃ大変だ。出来るだけ急いで行ってやる」
 
 そして車は、警察に見つかったらヤバそうな速度で走り出した。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらは、一瞬自分の意識が固まるのをどうにも出来なかった。
 このメンバーの中でほむらは一番戦闘経験を積んでいる。
 だが原則、それはそのほとんどが魔女の結界の中。数少ない例外も、キュゥべえを狩っていた事くらい。
 つまり、第三者に取り返しのつかない被害が出るという事は滅多になかったのだ。
 この間のシャルロッテ戦で恭介達をかばった事と、あのイレギュラー回で見滝原中学の生徒が襲われた時くらいである。
 中学の時は、まどか以外の生徒を心情的に切り捨てた。そこをまどかに指摘されて悲しい想いをしたりもした。
 だが、今回のこれは、似ていながら全く別物であった。
 完全な『不意打ち』になった。
 
 「おいっ、しっかりしろっ!」
 
 そこに飛び込む声。それによって何とかほむらは自分を取り戻した。
 杏子の声だった。
 
 「どうした、犠牲が出るくらい、よくある事だろっ!」
 
 非情なようだが、杏子は何度も見ている。魔女によって喰われる犠牲者の姿を。
 意外な事だが、ほむらは経験を積みすぎて、手際がよくなりすぎていた。
 そう。最初の頃はマミやまどかと共に戦い、ループの中1人で戦うようになったほむらは、その手際の良さと知識により、ほとんど犠牲者が出る前に魔女を倒せてしまっていた。
 対して杏子は、マミと決別した後はほとんど独力で魔女を狩っている。そしてグリーフシード確保のために小物を見逃したりしていたため、結果的に魔女に喰われる人の姿を何度も見ている。
 そう、ゆまの母親の時のように。
 
 「……ありがとう。不意に見たものだから」
 「しっかりしろよなっ、あたし達が油断すれば、ますます被害がでかくなるぞ」
 「そうね。でも……まずいわね。魔女の結界がほころびて、いつ外から人が入ってくるか判らないわ」
 「あたしはともかく、学校行ってるあんたやマミはまずいよなあ」
 
 日常を持つものと、捨てたもの。その辺からも意識の差が出たのかもしれない。
 だが、そんな思いは、もはや意味を無くしかけていた。
 
 「せんぱいっ!」
 
 それを告げるのは、後輩の叫び。
 
 「結界が、崩壊します!」
 
 
 
 後に、『滝の上病院の怪談』と言われる事になる事変の、これが始まりだった。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらの脳裏に蘇るのは、あの忌まわしきイレギュラーの時。
 あの時は魔女化しかかっていたキリカの結界に見滝原中学が取り込まれ、それに伴って出現した使い魔に襲われた生徒が多数犠牲になった。
 しかし全ては魔女の結界内の出来事だったため、世に出る時には謎の失踪事件になってしまった。
 対して今回は、結界の崩壊による外部との接続である。
 この時点でほむら達は気がついていなかったが、元々胃袋の魔女の結界は町全体を覆うほどであり、それが喰われる事によって部分的に崩壊して現実と繋がっていた。
 そのため、中途半端に異界と現実が入り交じった病院付近は、それでも広義の現実からは切り離されていたのである。そのため使い魔を見た人が警察に通報しようとしても、電話は無常にも外部には繋がらなかった。
 但し、学校の時とは違い、傷ついた人の死骸は現実に残る。そこは魔女の結界内ではないからだ。
 こういった要素がなにをもたらすかは、今戦っているほむらには想像するゆとりすらない。
 それが判るのは、ずいぶん後の事になる。
 
 
 
 「ほんっとに、やっかいねっ」
 
 マミはまさに『乱舞』という言葉がふさわしい速度で銃の召喚と発射を繰り返していた。
 ばらまかれる使い魔は、結界どころか、その隙間から見える現実世界の物質まで喰らいはじめた。そのためマミは、結界の穴から出ようとする使い魔を優先せざるを得なくなってきた。
 とにかく、手数が足りない。魔法少女の中では基本的に手数が多い方であるマミですらこれなのである。
 前線を支えているほむらと杏子はさらに苦しい戦いを続ける事になった。
 
 
 
 「くそっ、本気でキリがねぇ」
 
 槍一本で戦っている杏子はなおさらだ。多数召喚してぶちまける戦法も取れなくはないが、それはこういう細かい敵に対するのには向かない。
 基本的に杏子のスタイルは大物狙いなのだ。細かくて大量の敵を相手にするのは苦手である。
 使い魔を切り払い、串刺しにし、合間を見て本体の口以外に攻撃をする。
 しかしさっぱりそれが効いている様子がない。
 完全にじり貧だった。
 
 「完全に手が足りねえ。こういうのを相手にするには、ゲーム的な意味での『魔法使い』がいないときついぜ」
 「面制圧が出来る攻撃方法がないと本気できりがないわね。私の爆弾も威力重視で作ったのがほとんどで、広範囲に攻撃するタイプは手持ちがないし」
 「ちょ、爆弾作ったのかよ」
 「私は魔法的な攻撃手段を持ってないから」
 
 愚痴をこぼしながらも、とにかく杏子とほむらは使い魔を掃除し、本体にも攻撃する。
 たまに喰らうダメージは、後に控えているゆまが即座に治してくれる。
 ゆま自身も、近寄ってくる使い魔はねこモールで粉砕している。その様子に危なげなところは全くない。
 
 「おいキュゥべえ!」
 
 その熾烈な戦いの中、杏子は問う。
 
 「昔出たっていう時は、どうやってこいつを倒したんだよ」
 『一人の少女が願ったんだ。あの子に満足できる食事を上げてくださいって。そうしたら満たされた魔女は動きが止まって簡単に倒せたよ。
 もっとも願いを掛けた魔法少女はすぐに魔女化しちゃったけどね。まあこれに比べれば弱かったから、その場にいた他の魔法少女に即退治されたけど』
 「役にたたね~っ!」
 
 
 
 戦いは完全に千日手の様相を示しだし、そして崩壊した結界の外へと向かって、使い魔達は現実を侵略し出す。
 不幸中の幸いは、現実にはみ出した使い魔がまず建物をかじっている事だった。襲われた人は皆無ではないが、この世のものとも思えないものを見た人たちは、まず逃げ出す事を選択したのだ。
 現実と異界の境目が曖昧になる、そんなところに、仁美達は到着した。
 
 
 
 
 
 
 
 「ん? なんか病院の方が騒がしいな……って、ありゃなんじゃあっ!」
 角一つ曲がれば病院というところで、運転手は思わず急ブレーキを踏んでしまった。
 病院が、崩壊し掛かっていた。
 あちこちが崩れ、しかも中から人がわらわらと出てくる。
 その様子を確認した仁美は素早くいった。
 
 「こちらでいいですわ。急ぎますから」
 「あ、ああ……」
 
 運転手は放心しながらも差し出されたお札を受け取り、きちんと釣り銭を出す。
 仲間達が駆け出していく中、きっちりおつりを受け取って、仁美もそれに続いた。
 流れる人混みの中を、4人は逆送していく。目的地を間違える心配はなかった。
 病院の敷地内に入った時点で、皆の目には、それがしっかり見えていたのだから。
 
 ――巨大なバケモノ……魔女と、その周辺で戦う少女達の姿が。
 
 「ちょっ、なんで見えてんのよ」
 「見えるものは仕方ない」
 
 驚くさやかに、ためらわないキリカ。
 
 「待機している方が危ない。ついてきて、恩人」
 
 後に控えるまどかと仁美にもそう声を掛け、キリカは迷わず魔女へと向かって突き進む。
 さやかも慌てて後を追い、一歩遅れてまどかと仁美も魔女の元へと向かう。
 やがてがらんとした中に、倒れている人の姿が目に入る。
 死んでいるのは一目瞭然だ。何しろ体が半分無い。
 以前ちえみが目の前で半分喰われた、あの時よりさらに生々しい。
 4人とも吐き気をこらえるので精一杯であった。
 
 「さ、さすがにこれはきつい」
 「キツイですむ方がすごいと思うわよ」
 
 そう言いつつ再び変身するキリカとさやか。
 皆、視界の中で建物だろうとなんであろうと、転がりながら触れるものをむさぼり喰らう、肌色の筒みたいなバケモノに気がついてしまったから。
 
 「うぉぉぉぉぉっ!」
 「なぁろろぉっ!」
 
 自分でもなにを行っているのか判らない混乱した叫びを上げ、この見ていたくもない使い魔達を二人は切り刻む。
 そのさなか、使い魔を突き刺した刀が喰われはじめ、慌てて手放して再召喚した剣で切り飛ばしたのはさやかだけの秘密だ。バレバレだが。
 
 「マミさん達、こんなのと戦ってんのかよ……」
 「大丈夫かな、みんな……」
 
 さやかのつぶやきに、まどかも乗る。
 
 「奥にいってみよう。後まどか、見るに堪えないからって、契約しようとは思わないでよ」
 「う、うん……」
 
 まどかも理性では判っている。でも、わき上がる悔しさは抑えるのが大変だ。
 自分は戦えるのに。その力があると判っているのに。
 それをする事が許されない。それはとっても悔しくて。
 まどかはぎゅっと手を握りしめる。痛みを感じないほどに、強く。
 と、その手をそっと包む人がいた。
 
 「お気持ちは判りますわ」
 
 その人物……仁美は言う。
 
 「でも、そもそも戦う事すら出来ない私が、どれほど悔しいか判りますか? 恭介君を助ける事を、さやかさんに委ねるしかなかった、私の悔しさが判りますか?」
 「仁美ちゃん……」
 
 それが仁美の本心か、それとも言いつくろっただけの言葉か、それはまどかにはわからない。でも確実なのは、そんな気持ちを押し殺して、自分を心配してくれる仁美の優しさ。
 
 「行きましょう。そして、見届けましょう。この様子からすると、たぶんここは、戦地のように悲惨な事になると思います。でも、それを見届けるのが、事情を知ってしまった私たちに出来る事ではないでしょうか」
 「うん……」
 
 人知れず戦う定めを背負う魔法少女。自分たちはそんな彼女たちを支える存在なのだ。
 仁美がそう言っているのだと、まどかには思えた。
 
 
 
 
 
 
 
 「やべっ、また結界が崩れたっ!」
 
 杏子が叫ぶ。崩壊したものの、中途半端に残っている結界が意外と厄介者であった。
 大半の人は逃げているようだったが、逃げ遅れた人、取り残された人が思ったより病院内にはいた。
 元々が救急病院である。動かせない重篤の人物も多いのだ。
 そして使い魔達は、人を人とも思わずに、ただ喰らう。
 人を狙わないだけましというものだ。
 もう杏子もほむらも、人に姿を見られるのを気にする事をやめていた。
 声を掛けるゆとりすら無い。とにかく人に向かいそうな使い魔を、片端からたたきのめすのみ。
 マミも、ゆまも同様であった。ちえみすら、書を鈍器代わりにして使い魔を叩きつぶす羽目に陥っている。
 もっともちえみは自衛で精一杯だが。
 
 そして、崩れた結界の向こうから、大穴の空いた壁と寝たきりの病人の姿が見える。
 使い魔の進路は、まずい事に病人へ一直線だ。しかも杏子が後から攻撃すると、どうしても余波が病人を直撃する。回り込んでいると間に合わない。
 
 (わりいっ)
 
 杏子はあっさりとその病人を切り捨てた。少なくとも自分には手が出せない。手を出したら悪化する。
 
 (恨んでくれてもいいからよ。ふがいないあたしを)
 
 内心そう思いつつ、周辺を警戒する。と、そこに何かが引っ掛かった。
 誰かがこちらへものすごい速度で向かってくる。
 
 「あれは……」
 「誰かがこちらへ向かっている?」
 
 少し遅れてほむらとマミも気がつく。
 そして命を落とし掛けた病人は、青い疾風によってその運命を書き換えられた。
 
 「やらせはしないよっ」
 
 そしてさらにその後から迫る黒い風。
 
 「はじめまして、先輩方。助っ人にまいりました」
 「さやか……それにキリカ、あなたまで」
 
 そう呟くほむらに、さやかが言う。
 
 「話は後。あれが敵なんでしょ?」
 「ええ、名前はトウテツ。弱点はないけど、とにかく何でも食べる上、無限に近いくらい使い魔を放ってくるわ」
 「ならば手はひとつ、削りきる!」
 
 ほむらの言を聞いて、キリカが動いた。ずん、というプレッシャーが、魔女を中心にして展開される。
 
 「ありがてえっ」
 
 相手の動きが鈍った事に気がついた杏子が叫ぶ。
 相対的に上がった速度を生かし、使い魔達を次々に殲滅していく。
 均衡が、崩れはじめた。
 
 「ほむほむっ、まどか達も来てる。そっちをちょっと見てて」
 
 前に出つつ、さやかがほむらに向かってそう言葉を投げかける。
 
 「判ったわ。あと私はほむら。ほむほむじゃないわ」
 
 ほむらも訂正しつつ、一旦下がる。少しすると、まどかと仁美が物陰から様子をうかがっていた。
 ほむらが使い魔を蹴散らしつつそちらに向かうと、ちえみも彼女たちに気がついたのか合流してきた。
 
 「まどか、仁美、ここは危ないわ」
 「まあ今更ですけど」
 
 二人の言葉に、何か言いたげなまどかと、わかっているという感じの仁美。
 もうそれだけで、避難するという頭はないとほむらは悟ってしまった。
 
 「なら、むしろある程度開けているところの方が安全よ。あの使い魔は転がるように動いて触ったものを食い尽くす。壁でもなんでも抜いてくるから、軌跡が見える場所の方が安全」
 「うん、わかった、ほむらちゃん」
 
 まどかも素直にほむらの言葉に従う。
 そしてほむらはそんなまどかを背に、再び魔女に向き直る。
 ちょうどその時だった。
 
 
 
 
 
 
 さやかとキリカの援軍を受けて、杏子とマミは均衡が崩れたのをはっきりと感じた。
 特にキリカの速度低下が大きかった。これによって殲滅速度が相手の増殖速度を上回り、手数か増えた事もあって一気に使い魔を駆逐できたのだ。
 もちろん相手も相変わらず本体への攻撃に反応して使い魔は放ってくる。だが、速度低下の恩恵もあって、使い魔を迎撃しつつ本体に一撃を与える事が可能なレベルになった。
 
 「ったく、手間取らせやがって……」
 「キリカさん。でしたね。あなたのおかげで何とかなりそうだわ」
 「礼などいい。今はあいつを何とかしないと」
 
 キリカは全力で速度低下を維持しているため攻撃に出られない。かつてと違って、今のキリカは新人、速度低下と攻撃のバランスがまだ取れないのだ。
 
 ここまで来れば、時間は掛かっても本体を削りきれる。
 そう誰もが思った瞬間魔女の動きが止まった。
 
 「……?」
 
 それまで絶え間なく何かを喰らい続けてていた魔女が、初めてその食事を止めた。
 そして次の瞬間。
 
 
 
 魔女が爆発した。
 
 
 
 その場にいた魔法少女は、誰しもそう思ってしまった。そうとしか見えなかったからだ。
 動きが止まったかと思うと、突然炸裂したように魔女がはじけたのだから。
 だが、魔女は自爆した訳でも喰らう事を止めたのでもなかった。
 いち早くそれに気がついたのは、やはりちえみであった。
 
 「みんな、気をつけて! 魔女は、『使い魔を射出しただけ』です!」
 
 そう、魔女は爆発したのではなかった。
 体表にある口、その全てが使い魔と化して、それが一斉に放出されたのだった。
 むろん本体にはまた口が出来ていて、全く変わりはない。
 だが、その周辺にいた魔法少女からすればたまったものではなかった。
 
 「また振り出しかよっ!」
 「文句はあとよっ」
 「ゴキブリよりしつこい~ッ」
 「私が抑える。今の内に少しでもっ」
 「このっ、つぶれちゃえっ」
 
 杏子が、マミが、さやかが、キリカが、ゆまが、慌てて飛び散った使い魔を殲滅に走る。
 放っておいたらまた被害が広がるばかりである。
 まどか達の側にいたほむらも、もちろんすかさず応戦した。
 異空間から取り出される手榴弾を景気よくばらまいて使い魔を蹂躙する。
 基本数が多いのと貪欲なだけで、使い魔自体はこれで倒せるレベルである。
 それでもかなりの数がほむらの方へ……言い換えればまどかと仁美の方へ向かってくる。
 位置的にここでは防ぎきれない、そう判断したほむらは、まどかと仁美の手を取って時間停止を使った。
 
 「こっちへ」
 「え……わっ、まわりが止まってる」
 「これが、ほむらさんの力なのですね」
 
 位置取りを変えたところで停止解除、すかさず追撃をして使い魔を潰す。
 だがまた使い魔が迫る。迎撃しつつ、もう一度位置を変えようとした時だった。
 
 「だめっ、ほむらちゃん、私の後っ!」
 
 何故かまどかが後ろを向いて叫んでいる。そちらを見ると、ほころびた結界に穴が空いており、その後ろには新生児室……この非常事態の中、懸命に赤子の命を守ろうとまだ居残っている医師と看護師の姿が見えた。
 避難しようにも、相手が相手だけにすぐにとは行かなかったようなのだ。
 幸いギリギリ結界も残っているし、物理的な壁もあるのでもうしばらくは平気であろう……目の前に迫る、大量の使い魔がいなければ。
 
 「……よりにもよって」
 
 ほむらは素早く判断する。壁のように腰を据えても相手の量に押しつぶされる。まどか達は守れても、取りこぼした分であの赤ん坊達は間違いなく全滅だ。
 ならば機動戦であの流れを削ぐ。
 残り少ないグリーフシードを使ってソウルジェムを浄化し、時間停止も併用して、ほむらは迫る使い魔の津波を迎え撃つ。
 援護は期待できない。周りを見渡せは他の仲間達も、あふれ出ようとする使い魔の津波を止めるのが精一杯だ。
 自分を含め、バラバラに散って本体のまわりを取り囲み、押し込めているため、とうてい援護が出来る状況ではないのた。
 ほむらは撃ち、投げ、走り、とにかく使い魔を次々と潰していく。シューティングゲームのように、群がる敵の波を捌いていく。
 だが、ほむらにしても信じられない、うかつなミスが彼女の手を止めてしまった。
 
 
 
 ほむらには魔法的な武器がない。強いて言えば、時を止める盾がその武器だ。
 そのためほむらは爆弾を調合し、武器を盗んで攻撃手段にした。
 そのストックは、かなりの量になる。
 だが、ほむらは忘れていた。
 魔獣の世界から、まどかの世界から今のこの地に帰還した際、ストックしていた多量の武器は、全て失われていた事に。
 もちろん、こまめに補充はしていた。だが、めまぐるしく展開の変わる後半戦において、それは充分とは言えなかった。
 ほむらが撃ち尽くした機関銃の弾倉を取り替えようとした時、それが出てこない事に気がついたのだ。
 
 (まさかっ)
 
 時を止め、代わりの武器を調べる。そこで気がついた。
 残っているのは、拳銃のような威力不足の武器と、爆弾のような大威力破壊武器だけ。拳銃はともかく、結界が緩んでいるこの場で大威力の方を使ったら、間違いなくとんでもない被害が出る。結界が無事なら気にせず撃てるこの手の武器だが、この状況下では使えない。下手をすればまどか達も巻き込んでしまう。
 だからこそ、今までほむらは軽火器を使っていたのだから。
 やむを得ず拳銃を取り出して攻撃するものの、やはり威力と手数が足りない。
 機動力でも追いつかなくなり、まどかと背後の赤子達を守るポジションからほとんど動けなくなる。
 一手間違えたら崩壊する、そんなギリギリの状況だった。
 そんな必死な状況が、見て取れたのだろうか。
 
 「ほむらちゃ
 「黙って」
 
 まどかの励ましの言葉すら、ほむらは差し止める。本当に余裕がないのだ。
 まどかもほむらの様子からそれを理解し、じっと耐える。
 武器を撃ち、時間を止め、補給をし、また攻撃。
 威力が足りないため、あるいは過剰なため、わずかなミスで場が崩壊する。
 ほむらは機械になりきって戦闘を『処理』し続けた。
 そしてギリギリだが何とか津波をしのぎきったその瞬間。
 
 
 
 再び魔女が爆発した。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらはためらうことなく過剰威力の爆弾も使用した。
 だが使い魔の津波は止まらない。
 どうあがいてもかなりの使い魔の群れがここに押し寄せる。
 ほむらがそう思ってまどかと仁美に手を伸ばした時、まどかが言った。
 
 「だめっ! ここから逃げたら、あの子達がっ!」
 
 
 
 それはあの時の言葉。
 イレギュラーの世界、まどかを襲う使い魔。
 助けられたまどかが言う。
 
 ――なんで、私だけなの
 
 ――みんなを見捨てて逃げるなら
 
 ――私助からない方がよかった
 
 その時は納得してくれた。
 自分だって万能ではない。助けられる人しか助けられない。
 今なら、まどかと仁美は助けられるだろう。時間停止で離脱すれば。
 
 でも、それでいいのか。
 あの時まどかが許してくれたのだって、それは同情。
 彼女は本当は、みんなを助ける事を望んでいた。
 ほむらに頼る言葉になったのは、自分に力がないと思っていたから。
 でも今のまどかは知っている。
 望めば自分には力が手に入る事を。
 そしてまどかは、自分のためでないなら、それをためらいはしない。
 もしここでまどかの意を枉げれば、まどかの天秤は、間違いなくそちらに傾く。
 それは駄目だ。ここであの子達を見捨てたら、まどかは決断してしまう。
 
 ならば止めないと。あの津波のような使い魔の群れを。
 自分たちが守るこの場所から、一歩たりとも先に進めてはならない。
 だが現実は非情。ほむらの目測では、後30秒で、ここは使い魔で埋まる。
 忌々しい。無数の悪態が、ほむらの脳裏をよぎる。
 
 (あいつらを消し去れたら……)
 (あいつらが反転してくれたら……)
 (あいつらが永遠にここにたどり着けなければ……!)
 
 
 
 その瞬間、何かが繋がった。
 
 あいつらがここにたどりつけなければ
 アキレスは亀に追いつけない。
 あれって、時間を細分化しているだけなんですよね。
 ああ、あと10秒であれはここにたどり着く。
 では、10秒が、経たなければ?
 
 ――あなたは自分の魔力を帯びたものを過去に戻す事が出来る。それがあなたの固有魔法――
 
 ――時を戻し、10秒目が来ないようにしたら――
 
 「アキレスは亀に追いつけない。飛んでいる矢は静止している。ゆえにその攻撃は届かない……」
 
 そして言霊は紡がれる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「時の障壁ゼノンズ・パラドクス
 
 
 
 
 
 
 
 その言葉と同時に、ほむらの揺るぎない意思を受け、左手に装着されていた武器は、その真の力を明らかにする。
 歯車がまわり、ギミックが展開され、円形の小型盾は、その姿を一回り大きな正六角形に変える。そして変形した盾は紫色をしたほむらの魔力で満たされ、それが天に掲げられると同時に、自分と同じ大きさ、同じ形の魔力を複写しながら展開していく。
 そこに出現したのは、正六角形をした魔力のタイルで組み上げられた光の壁。
 そして殺到した使い魔は、そのことごとくが光の壁に接触すると同時に静止してしまった。
 それどころか、あらゆるものを食い尽くすはずの使い魔が、その光の壁を食べる事すら出来ない。
 
 そして、光の壁は、そのまま使い魔を包み込む。
 ほむらはその壁に向かって、威力がありすぎて使えなかった爆弾を投げた。
 爆弾は何も無いかのように壁を通過する。
 そしてそれが炸裂し、使い魔達を鏖殺しても、壁の外は何一つ揺らぐ事はなかった。
 
 「ほむらちゃん、今の……」
 
 驚いていたまどかに声を掛けられ。ほむらも余裕を取り戻す。
 
 「判ったの。私の力の、そして、『武器』の使い方が。そうよね、悔しいけど、あいつの言ったとおりだった。自分の武器は何か。自分はあの時、なにを願ったのか、そう考えれば自明なのに。私って、ほんと、馬鹿だったのね」
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらの武器は盾。ほむらの祈りはやり直す事。やり直して、まどかを『守る事』。
 それゆえに発現したほむらの力は、『速度』の概念を持つあらゆる攻撃を静止させる絶対障壁。
 精神攻撃や空間転移攻撃のような0時間で0距離を攻撃するもの以外の、あらゆる攻撃を無効化する無敵の盾。
 それがほむらの固有必殺技、『時の障壁(ゼノンズ・パラドクス)』
 今ここに、攻撃手段を持たなかった魔法少女は、自らの真の力を得た。
 
 暁美ほむら、彼女の持ちたる資質は、フォワードでもリベロでもなく、守り抜くもの、ゴールキーパーなのだから。



[27882] 真・第35話 「「あきらめてなんてやるものか!」」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/12/04 21:45
 見滝原郊外の送電塔。
 あまり高層建築物のない見滝原周辺においては、別格の高さを誇るこの塔の上に、この場にそぐわない人の影があった。
 ほぼ全身を白系統の装いでまとめたその人物は、服装のデザインもあって、こう呼ばれてもおかしくは無い人物であった。
 聖女。
 だがその実体は、とある魔女の使い魔である。
 その人物――霧の魔女の使い魔・ジークリンデは、遙か遠方に見える、滝の上救急病院の方を、じっと見据えていた。
 今その場では、魔法少女達が終わりの見えない激戦を繰り広げている。
 
 「ようやく気がついたようですね、暁美ほむら」
 
 遙か彼方の激戦を、まるで目の前で見ているかのように評するジークリンデ。
 
 「そう。守る事を誓ったあなたのあり方は、あくまでも守護者。大切な人を守るためのあなたは、まさに鉄壁。でもそれゆえに、孤高であろうとしたあなたのあり方は、あなたの力とは合わない。
 忘れてはいけませんわ。あなたは、『守るもの』。孤高で在らんとする事は、守るべきものをもうち捨てる事。
 人は時にすれ違い、時に理解し合う。でも、人としての最強のあり方を見失えば、あなたもまたキュゥべえが、インキュベーターがそれとは知らずに仕掛けた罠にはまりますわよ。
 何故彼らは魔法を見出しながらそれを使えなかったのか。感情を持つという事、人がわかり合えない事、人が一人一人違うものである事。
 その意味する事が判らない限り、あなたたちでもインキュベーターを越える事は出来ません。
 あれは最強の知、その利己的なあり方と相反する殉性。慈悲を持たぬのに世界に尽くす理の権化。
 理によって世界の滅びを知り、殉によってそれを回避せんと務めるもの。
 世界のために、己を含むあらゆる犠牲を承認するもの。最小の犠牲を以てそれ以外を救うもの。
 それはたとえ犠牲の比率が五分になっても揺るがぬ鉄壁の理性。あらゆるものを計算し、一切の好悪を排除し、ただ結果を持ってのみ論ずる律法の使徒。
 これを覆すには、ただ結果を出す事のみ。
 期待していますわ。あなた方なら、私が『知ってしまったが故にたどり着けない場所』へと至れる事を」
 
 ジークリンデは思う。この繰り返される世界の中、人であったオリジナルがその全力を以て見出した結論、それは見出してしまったが故に自分は永遠にたどり着けなくなってしまった奇跡。
 道はあった。だが、それを『予知』という形で知ってしまったが故に、自分ではその救いを掴む事が出来なくなってしまったという絶望。
 それこそがこの世界において、美国織莉子を霧の魔女に変えてしまった絶望。絶望してもなお諦めきれず、そのあり方を『助言者』としてしまった奇跡。
 その奇跡は、気がつけば簡単な事。
 『人』としては当たり前に過ぎない事。
 だが、『人』ではないインキュベーターには見いだせなかった。
 『理』の権化としてあらゆる事を計算する彼らには肯定できなかった。
 『人』ではあっても、『理解』出来てしまった彼女もまたそれを手放してしまった。
 それは理の対極、根拠無きもの。
 それが『在る』事を、それを『観る』前に確信してしまえば、その手からすり抜けてしまうもの。
 そして、決して一人では手に入れられぬもの。
 それは何か。
 だがこう言える。
 それがあったからこそ、人は未来に負けることなく、こうして発展していけるのだと。
 
 
 
 
 
 
 
 尽きる事の無い敵。ひたすら物量だけで攻めてくる敵。
 それは賽の河原で積む石塔。何度積み上げても、『増援』と言う名の鬼がそれまでの労苦を無に帰してしまう。
 
 「ちくしょう、また増えやがった!」
 
 人数が揃った事により、使い魔の殲滅速度は間違いなくこちらが上回った。だが、使い魔が一定量討ち取られると、本体は全身から追加の使い魔をばらまく。そのためいくら戦ってもいっこうにらちが明かないというもっともまずい状況になっていた。
 それでも魔法少女達は折れない。結界すら喰らうというこの魔女の特性のため、ひとたび自分たちが崩れれば、この場所、滝の上救急病院を中心としたこの一体は、この魔女に食い尽くされると判っているが故に。
 今でさえほころびた結界から使い魔がこぼれだし、建物にも、そして人にも少なからぬ犠牲が出ている。
 はっきり言って持ちこたえている方がすごいとさえ言える状況なのだ。
 だが、限界は、もう目前に迫っていた。
 
 
 
 「気をつけてください! グリーフシードがもうほとんど残ってません!」
 
 ちえみの悲痛な叫びが戦場に響き渡る。
 直接戦闘力を持たないちえみは、キュゥべえと一緒にサポートに徹していた。グリーフシードによるソウルジェムの浄化は、普通戦いの後に行われる。だがはっきり言って今回の戦いにそんな暇はほとんど無い。濁りが危険になったら素早く下がり、限界を超えそうなグリーフシードはちえみが回収してキュゥべえに収納してもらい、新しいグリーフシードを渡す。
 ずっとこれを繰り返してきたのだが、とうとう残りのグリーフシードがわずかになってしまったのだ。
 
 『きゅっ……プイ。う~、さすがにこれはきつい』
 
 キュゥべえも回収のしすぎでかなり堪えているようだ。
 
 「とにかく、もう一度増殖されると、さすがにまずそうです!」
 「まずいな……せっかくほむらがまわりを押さえ込んでくれたって言うのに」
 
 ちえみの声に、杏子が歯を食いしばりながら答える。
 ほむらが戦いの中見出した守りのおかげで、周辺への被害はほぼ食い止められた。今ほむらは後方で全周囲に壁を作り、使い魔の流出を阻んでいる。
 これのおかげで抜かれる事を恐れなくてもよくなったため、前衛は位置取りが格段に楽になった。
 だが、まだ足りない。あとひとつ、何か決定打が欲しい。
 そうじゃないと、このままこいつの物量に押しつぶされる。
 だが、そんなものはない。
 そんな暗い思いに引かれる杏子。だがそこに声が掛かる。
 
 「キョーコ、あきらめちゃだめだよ。あたしだって、まだまだがんばれるよ」
 
 舌足らずな声。杏子の側で頑張る幼子。
 いつしか杏子の顔にも明るさが戻る。
 
 「だな。まだまだ頑張らないとな」
 
 
 
 
 
 
 
 だが、現実は非情だった。
 長い戦いの果て、遂にグリーフシードが尽きた。
 残るは己の内にある魔力だけ。
 
 「覚悟を、決めないといけないわね」
 
 巴マミは決断する。
 
 「なにがなんでもあれを倒す」
 
 佐倉杏子は誓う。
 
 「いきなりキツいけど、まあ仕方ないよね。これがあたしの選んだ道だもん」
 
 美樹さやかは語り、
 
 「なに、恩人を泣かせたりはしないさ」
 
 呉キリカは謡う。
 
 「私はもうなにも出来ませんけど……」
 
 添田ちえみは悲しみ、
 
 「最悪、力尽きても皆を魔女にしたりはしないわ」
 
 暁美ほむらは断ずる。
 
 「でも、だいじょうぶだよ。キョーコも、みんなも、つよいもん」
 
 そして、ゆまは鼓舞する。
 
 限界に挑む戦いに向けて。
 いま、七人の魔法少女は、果て無き敵に吶喊した。
 
 
 
 さやかの剣が敵を切り伏せ、
 杏子の槍が敵を貫き、
 キリカの爪が敵を引き裂き、
 マミの銃弾が敵を撃ち貫き、
 ゆまの槌が敵を叩きつぶし、
 治癒の力が傷を癒し、
 ほむらの現代兵器が敵を蹂躙し、
 守護の盾が敵を阻む。
 
 だが、敵はそれを越えて強大であった。
 
 
 
 
 
 
 
 「まだ……まだたどり着けないのかよっ、あたしはっ!」
 
 杏子の叫びが戦場に轟く。
 
 一番にさやかが倒れた。不慣れな彼女は全力を出しすぎ、ソウルジェムが危険なまでに濁ってしまって、もはやまともに立ち上がる力さえ残っていない。
 
 続いてキリカが倒れた。倒れたさやかをかばって、やはり力尽きたのだ。
 
 続いてマミが、二人の抜けた穴をかばって限界に達してしまった。
 
 ほむらは倒れた皆と、ちえみ及びまどか&仁美を守る事に専念せざるをえなくなっている。
 今彼女が全力で展開している守りが潰えたら、倒れているみんなも含め、全てが喰われるのは間違いない。
 今戦えるのは、杏子とゆまのみ。そのゆまとも今は離ればなれになってしまっている。
 実際ゆまは小さいながらも頑張っている。
 そして戦況は、はっきり言ってきりがない。
 こんな状況では打てる手はひとつ。雑魚を無視して親玉を叩く、それしかない。
 そして今、ゆまがなけなしの衝撃波で切り開いてくれた道を、杏子は驀進している。
 そして眼前に、魔女・トウテツの巨体が迫る。
 ようやくたどり着いた。魔力も残りわずか。
 背後はもう使い魔で埋まっている。ほむらがみんなを守るために周囲をその無敵の壁で封鎖しているため、行き場の無くなった使い魔が共食いをしている有様なのだ。
 
 「いい加減に……」
 
 気味の悪い無数の口が触手のように伸びてくるのを槍で蹴散らしながら、本体の隙間に狙いを定める。
 戦いつつ観察していて気がついたが、敵の壁面に何カ所か口のない場所がある。
 そこに狙いを定め、杏子は残りの魔力を限界までつぎ込んで走る。
 
 
 
 「くたばりやがれぇぇっ!」
 
 
 
 狙いは過たず、深々とトウテツの体に突き刺さる。刺さったのを確信すると、杏子は一旦離れた後、槍の大きさを限界まで巨大化させた。
 より長く、より太く。
 伸びた槍がトウテツの体内に突き刺さり、太くなった槍がトウテツを引きちぎる。
 いわば体内から爆撃されたようなトウテツは――
 
 
 
 何事もなかったかのように、槍を咀嚼していた。
 
 
 
 
 
 
 
 「あ、あはははははっ」
 
 渾身の一撃だった。
 間違いなく相手は傷を負っている。その巨大な体躯の半分ほどが吹き飛んでいるのだ。
 なのにあれは、残った半分で突き刺さった槍を早速おいしくいただいている。
 そして彼女の槍を喰らうたびに、傷ついた体が復元していくのだ。
 
 足りなかった。あれは一撃で消滅させないと、際限なく復元していく魔女なのだ。
 彼女は昔、家族が揃っていた頃に遊んだテレビゲームを思い出していた。
 雑魚モンスターのくせに全快魔法を使うやつ。とにかく自分にも仲間にも全快魔法を毎回唱えるので、一撃で倒せないと延々と戦わされるやっかいな敵だった。
 
 「ボスモンスターが全快魔法ありって、いいのかよ……」
 
 まわりは使い魔だらけ。もう助け手もない。
 ほむらも武器が尽きかかっていたから、さすがにここまでか。
 仰向けに倒れたまま、何とか胸元のソウルジェムを見る。
 それはもう真っ黒であった。
 もう自分は、いつ魔女化してもおかしくは無いのだろう。
 魔女になるのが先か、こいつらに喰われるのが先か。
 そう思っていた矢先に、足が喰われた。もう、喰われる痛みすら、伝わってこない。
 遮断しているのではない。もはや肉体の感覚を伝える魔力すら尽きかかっているのだ。視覚と聴覚は生きているが、触覚や嗅覚はほぼ止まっている。
 これで使い魔が人間を優先的に襲う性質だったら、もう杏子の肉体は残っていないだろう。基本適当に転がりながら触れたものを喰うという性質のため、特定の物体には執着しないからだ。
 
 と、その目の前に、信じられないものが現れた。
 
 
 
 「キョーコっ!」
 「ば、馬鹿……」
 
 ゆまだった。信じられない事に、瞬間移動と思われる力で出現し、杏子の足をむさぼっていた使い魔を瞬時に叩きつぶした。
 次の瞬間、ゆまもまた倒れる。
 
 「ごめん……もうなおしてあげられるまりょく、のこってない」
 「何言ってやがる、早く逃げろ。跳べるんなら、逃げられるだろっ!」
 
 杏子は叫ぶ。
 だが、ゆまは逃げずに、必死に立ち上がる。
 
 「ううん、にげられないよ」
 
 そう言いつつ、モールの重さを利用して、また一体、使い魔を潰す。
 
 「わたしのとぶちからって、キョーコとちかづくことにしかつかえないから」
 
 彼女の転移能力は、杏子との絆の力。お互いに結んだ紐を引っ張る事のように、彼我の距離を縮める事にしか使用できない能力なのだ。
 
 「わたし、あきらめない。ぜったい、あきらめない」
 
 杏子を守るように背を向けるゆま。首の後に見えたソウルジェムが、やはり真っ黒だった。
 
 「キョーコがいるから、わたしいきてる。キョーコをまもるためになら、わたしたたかえる」
 
 それはとても気高い心。悪く言えばそれは依存かもしれない。宗教にはまった人が自分を省みず神に仕える様かもしれない。
 
 「馬鹿……野郎」
 
 そんなゆまの姿が、杏子に気力を吹き込む。もはや動かない体を、無理矢理引き起こす。
 起きようとして、その体がまた倒れる。当たり前だ。足を半分喰われて立てる人間はいない。
 それでも杏子は半身を起こした。
 
 「キョーコっ!」
 「おまえが諦めないって言うのに、寝てられるか」
 
 もはや槍も召喚できない。そんな彼女の方に、使い魔が一体転がってくる。
 杏子は両手を組み、ハンマーパンチの要領で、ふらつく体の体重も利用して、その使い魔に一撃をくれる。
 もちろんそんな程度で使い魔は死なない。杏子の手を餌とばかりに食らいつく。
 その寸前、ねこモールがその使い魔を潰す。
 
 「むちゃしちゃだめ」
 「無茶なもんか」
 
 杏子はにかっと、彼女独特の笑みを浮かべる。
 
 「まだ、手ぐらい動く。目も見える。一人ならもう駄目だったろうけど、ゆま、おまえがいる」
 「ゆまだって、キョーコがいればがんばれる」
 
 二人の目と目が合う。
 
 「こんなになっちまってるけど」
 
 杏子は胸元のソウルジェムを手に取り、ゆまに見せる。
 ゆまも首の後ろに手を回し、ソウルジェムを見せる。
 それはもう、どちらもほぼ漆黒だ。はっきり言って、グリーフシードに転化しない方が不思議な有様で。
 
 「ゆまのももうまっくろけ」
 「おそろいだな」
 「うん」
 
 何故かこみ上げて来る笑い。
 
 「こうなったら、最後の最後まで」
 
 杏子がそう言えば、
 
 「ぜったいに~」
 
 ゆまもそう返し、お互い視線を合わせた後、ソウルジェムを天に突き出すように掲げて誓う。
 
 
 
 「「あきらめてなんてやるものか!」」
 
 
 
 それは決意の儀式。残った気力を奮い立たせる、やせ我慢の言葉。
 だがその瞬間。
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻、鉄塔の上。
 
 ――おめでとう、たどり着いたのね。
 
 
 
 
 
 
 
 ちぃぃぃぃん、という、陶器のカップを指で弾いたような音が、どこからともなく響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
 「なんだ?」
 「あれ?」
 
 杏子とゆまは混乱していた。
 手にしたソウルジェムが振動している。ちぃん、ちぃん、と、いう音を立てながら。
 杏子とゆま、二人のソウルジェムが奏でる振動と音は、それがまるでひとつのものであるかのような完全な一致をしていた。
 そして杏子は、徐々にだが、体力が戻ってくるのを感じる。そして何とか動くようになった首を上に向けたその時。
 
 
 
 ソウルジェムの内側に、ぽっ、と火が灯ったのが見えた。
 
 
 
 「え?」
 それは杏子のものだけではない。ゆまのソウルジェムにも同じく火が灯る。
 そしてその火は、次の瞬間ボッという音と共にソウルジェムそのものを包み込む。そして同時に、ソウルジェムにため込まれた濁り――絶望を、瞬く間に燃やし尽くしていく。
 並行して流れ込んでくる、熱いエネルギー。自分自身の肉体すら燃やし尽くしかねないような、熱い炎。
 
 「キョーコ、なんだか、どんどん力がわき上がってくる」
 「あたしもだ、ゆま。なんだか知らないけど、ありがてぇっ」
 
 そして二人がその力を受け入れた瞬間、二人は爆発的な光に包まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 「あれは……」
 
 その様子はまわりにも見えていた。倒れていたマミは、力が戻ってきているのを感じた。
 髪につけたソウルジェムに触れると、何かに共振するかのように震えている。手に取ってみると、何故か濁りが、光を浴びてどんどんと薄くなっている。
 
 気がつけば、さやかも、キリカも、目の前で立ち上がろうとしていた。
 消えかかっていたほむらが展開していた壁も、その輝きを取り戻している。
 
 「一体、なにが……」
 「なんだっていいじゃない、先輩」
 
 マミがそう独りごちた時、立ち上がったさやかが近寄ってきていった。
 
 「奇跡ならありがたくもらっておきましょ」
 「考えても始まらないかと」
 
 キリカもやってきていう。
 
 「それにさ」
 
 そしてさやかは、自分のお腹の辺りに手を当てていう。
 
 「さっきからなんか、力がわき上がってしようがないんだ」
 「君もか、恩人」
 
 そしてマミは気がつく。さやかのソウルジェムに、何故か炎が灯っている事に。
 
 「行ってくる! フォローよろしく、先輩!」
 「同じく」
 
 そうして駆け出していくさやかとキリカ。
 マミは、去っていくキリカの背後に見えたソウルジェムもまた、炎を灯している事に気がついた。
 
 「あの炎は、いったい……」
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらもまた、謎の光によってその力を回復していた。
 
 「あれはいったい……」
 
 そう、彼女が独りごちた時。
 
 『ま、まさか、まさかまさかまかさまさか!』
 
 爆発的なテレパシーを感じて、ほむらは思わず振り返った。
 そして信じられないものを見て目を丸くする。
 そこには狂乱したキュゥべえがいた。
 
 『あ、あれはあり得ないはずのもの、打ち捨てられた第一魔法、無限エネルギーの発露、そんな、そんな、そんな、あれは熱力学第一法則違反、無から有を生むもの、そんなものはあり得ない、あり得ない、あり得な』
 
 そこで唐突に途切れるテレパシー。そして信じられないものを見る目のまどか。
 
 「キュゥべえちゃん!」
 「あの、なにが?」
 
 キュゥべえの見えない仁美は困惑顔だ。
 
 「仁美さん、今、キュゥべえちゃんが突然おかしくなったんです。そしたら……」
 
 そこから先は言い淀むちえみ。何せ目の前で起こったのは、
 
 
 
 突然キュゥべえが破裂して死んだのだから。
 
 
 
 その上、
 
 『やれやれ、突然感情疾病を発現した個体が出たから何事かと思ってみれば』
 
 新しいキュゥべえが目の前に現れたのだから。
 
 見えているまどかはともかく、仁美に説明するのは少し憚られる事だった。
 
 
 
 
 
 そんなコントのような場面を見ても、ほむらは冷静だった。
 何せキュゥべえ殺しには定評のある彼女だ。今更この程度では驚かない。
 
 『で。なんなの、あの光は』
 
 冷静に新しく現れたキュゥべえに聞く。キュゥべえ(新)は、黙々とはじけ飛んだキュゥべえ(旧)の死体をまわりの使い魔よろしく咀嚼しながら、それに答えた。
 まどかがひいいっと怪奇漫画みたいな顔になっているのはとりあえず無視する。
 
 『まさかこんな奇跡が起こるとはね。あれはたぶん、理論的に否定されていた第一魔法の発現だよ。否定された理論だけに詳しい事は判らないけど、結果だけは判っている。
 あれは感情エネルギー、要するに魔力を無限供給できる状態になっているっていう事だよ』
 『無限に……?』
 『だから判らないって。強いて言えば、絶望を上回る量の希望が無限供給されている状態だ。僕たちが君たちに提供する魔法は、基本的に希望の力を魔力という変化可能なエネルギーにするものだからね。その希望が暴走に近い状態で溢れているんだ』
 『あなたたち……そんなわけのわからない事をしていたの?』
 
 そう問うほむらに、キュゥべえは平然と返した。
 
 『僕たちには希望とか絶望っていう事の意味は判らないけど、使えるから使っていただけだよ』
 
 その瞬間、ほむらはこみ上げて来る爆笑をこらえる事が出来なかった。
 直感的にほむらにはわかってしまったのだ。
 自分には無理だが、世の中にはどうでもいい事に際限なく希望を持つ事が出来るタイプの人間がいる。もしそういう人物が魔法少女になってしまったら、あんな事になるのではないかと。
 もっとも、そういう人物は逆の意味で魔法少女にはなれないのだろう。仁美が魔法少女になれないように。
 だって、とほむらは思う。
 人間、その気になれば希望なんていくらでも持てる。ならばその希望を元にする魔法もまた、実は無限の力を持っていたのではないかと。
 なにがあったかは、後で光っているあれに聞けばいい。
 今は自分のなす事をするだけ、そうほむらは楽天的に考えた。
 キュゥべえの言う通りなら、その方がいい気がしたからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 そして、杏子とゆまは。
 
 
 
 暴走するほどに溢れてくる力を、必死になって押さえ込んでいた。
 
 「キョーコ、なんかちからがありあまってる!」
 「判ってるって、けどどうすれば」
 
 その時ゆまが、いかにも子供らしい事を言った。
 
 「あ、そっか、これ、ぱわーあっぷだ。てれびでみてたあれみたいな」
 「パワーアップ? あ、あれか」
 
 杏子の脳裏にも、以前テレビアニメで見た魔法少女物の事が思い出される。
 中盤、強大な敵に対抗するために、新たな力を手に入れるという定番のイベントだ。
 と、そのとたん、荒れ狂っていた力が方向性を以て流れを変えた。
 杏子はそれで理解した。力に方向性を与えて定義すれば、この力の奔流は収まると。
 
 「ゆま、想像しろ! パワーアップした、新しい自分を!」
 「わかった!」
 
 口ではそう言っても、実際のところ、杏子には細かい想像など出来なかったし、無意識的な想いが勝手に暴走した後だったりした。
 だが、方向性を与えた事により、莫大な力は収縮を開始する。
 全身は瞬く間に復元され、コスチュームも元に戻る。いや、さらに進化する。
 全体的に装飾が増え、作りもしっかりする。ソウルジェムが変化する飾りも、一回り豪華になっていた。
 そしてソウルジェムは、相変わらずその中に炎を灯したままであった。
 ゆまの姿も、やはりそんな一段階進化したかのような形になっている。
 
 「いけるか、ゆま」
 「うん。キョーコ」
 
 そして改めて杏子は、強大な魔女に対峙する。
 だが、不思議と恐ろしくはなかった。
 まわりを見回せば、マミ達も復帰している。さやかとキリカは、姿こそ変わらないものの、やはり一段階パワーアップしたかのように見違えるほど鋭い動きで周辺の使い魔を駆逐している。
 ほむらの壁も、さらに強固になったようだ。
 
 そして杏子は、この果て無き魔女を倒すための技に気がついていた。
 かつて自分が使い、あの別れからは封印していた技。
 その技はあくまでも幻惑の技であった。だが、今の自分なら。
 ただの幻影ではない、より進化したものが繰り出せると。
 そして言霊は紡がれる。
 
 
 
 「一撃で決めてやるぜ」
 
 
 
 槍を構える杏子の内から、膨大な魔力がわき上がる。
 
 
 
 「ロッソ・ファンタズマ――」
 
 
 
 言霊と共に、杏子の姿が増える。それはかつての技。幻惑による分身により敵を惑わし、必殺の一撃をたたき込む、かつての杏子の必殺技。
 だが、今その技はさらなる進化を遂げる。
 幻影はもはや幻影ではなく、ただ惑わすものでもなく、それ自体がダメージを与える、文字通りの分身に。
 さらにはその数も、2つや3つでは収まらない。かつての限界を超え、その姿が際限もなく膨れあがる。
 そして今、締めの言葉が発せられる。
 
 
 
 「インフィニッテ!」
 
 
 
 無限の分身による攻撃が、トウテツの元に殺到した。
 
 
 
 
 
 
 
 トウテツもまた、無限の使い魔で無限の分身を迎撃する。だが、迎撃してなお杏子の分身の方が手数が多かった。全身をハリネズミのようにするトウテツ。そしてその全身に刺さった槍が、
 
 
 
 一斉に巨大化した。
 
 
 
 さしものトウテツも、これには耐えきれなかった。さすがの無限回復も、全身を一度に殲滅されては再生のしようがない。
 それまでの苦戦が嘘のように、トウテツは倒れた。
 
 
 
 「やったわ!」
 「すっげーっ!」
 「これはこれは」
 
 マミも、さやかも、キリカも思わず感心してしまった。
 
 「やったー!」
 「お見事ですわね」
 「すっごい」
 
 まどかも、仁美も、ちえみも、杏子を称賛した。
 そして、
 
 「これが、奇跡の力、なのかしら」
 
 ほむらは、来るべき未来を見据えていた。
 この力なら、ワルプルギスの夜に至れるのかと。
 
 
 
 
 
 
 
 集結する魔法少女達。いつもなら、この後は魔女の結界が消えるに任せるだけであった。だが、今回は少し違う。結界の綻びから多数の被害が出ている上、自分たちの姿が目撃されている可能性が高い。
 そんな中、杏子とゆまが言った。
 
 「今更出来るかどうかわかんねえけど、何とかしてみる」
 「ゆまもがんばってみる」
 
 そして杏子は封じていた幻惑の力を。
 ゆまは治癒の力を。
 全開で解放した。
 その結果……
 
 
 
 
 
 
 
 「奇妙な結末になったわね」
 
 週明けの月曜日、昼。
 見滝原組は、全員集合して昼食を取っていた。
 
 「事件そのものが謎の怪奇現象になってしまっていますし」
 「魔法少女の事なんかかけらも出てないね」
 
 仁美が持って来た日曜の新聞には、滝の上の怪奇事件としか書かれていなかった。
 曰く、バケモノが襲ってきたという事は判っているのに、そのバケモノの姿などがほとんど記憶に残っていないというのだ。
 おまけに、死者はいるのに怪我人が皆無に近いという有様。これは実のところ、ゆまの治癒魔法が暴走して、周辺の怪我人が無差別に治ってしまったせいだったりする。
 
 「まあ、本格的に司直の手が入らないのはよしとするしかないわね」
 
 ほむらがそう言う。
 実際のところ、そうなる可能性は高かった。まともな捜査は期待できないだろうが、社会が魔女の被害を認知するというのは大きい事なのだ。
 今大人でこの事を知っているのは、おそらくちえみの両親とまどかの両親、そしてその周辺の一部だけであろう。
 そう、まどかは事の顛末を両親に報告していた。死者も出た以上、隠しておくべきではないと思ったのだ。
 両親はなにも言わず、まどかを抱きしめた。
 
 「ま、バレなかったのはよかった、って思うしかないんだよね」
 「死んだ人には申し訳ないが、私たちに出来る事は何も無い」
 
 さやかがぼやき、キリカが慰める。
 
 「私たちは魔法少女として、少しでも被害を減らさないといけないという事ね。それが願いを掛けてしまったものの負債」
 
 マミは、そうまとめるように言った。



[27882] 裏・第35話 「全てを知るというのも、つらいものよね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/12/04 21:45
 それは、事件の翌日、日曜日。
 ちえみは、とある場所にいた。
 そこは白の館。
 霧の魔女の使い魔、ジークリンデの住まう家である。
 
 
 
 「なんでまたここにあなただけ? 計画はうまくいっているのに」
 「ちょっと……個人的に気になる事があって」
 
 館の中で、ちえみとジークリンデは、紅茶を前にしていた。
 こうしているところを見ると、ジークリンデが使い魔であり、魔法少女の宿敵であるとはとうてい信じられない。
 
 「個人的?」
 「はい。これを」
 
 ちえみが差し出したのは、彼女のソウルジェム。琥珀色で、濁りはない。
 だが、それを一瞥したジークリンデの眉が寄った。
 
 「これ……もう影響が?」
 「はい。気になる事がいくつか。
 実は変身している間、自分も含めて、不自然に記憶が飛ぶんです。
 憶えているはずのことを憶えていない、そんな事がいくつか。
 私も変身していない時は気がつきません。ですけど、変身すると思い出すんです。
 なんであのことを忘れていたんだろうって。
 最初に気がついたのは、まどかさんから夢のことを相談された時でした。
 私、一度そのことを聞いていた筈なんです。見滝原病院でまどかさん達が襲われていた時に。
 なのに、別の日に相談された時、私、そのことをすっかり忘れていたんです。
 私だけじゃなく、当のまどかさん達も、私が前にそのことを一度聞いているっていう事を。
 ほかにもちょっと微妙ですけど、杏子さんとかも些細な事を忘れている様子がありました。
 とどめがこの記事です。
 病院の被害者から、魔法少女の記憶が抜けています」
 「あら、それは杏子さんが封印を解いた、幻惑の力のせいではないの?」
 
 ジークリンデの疑問を、ちえみは首を振って否定した。
 
 「杏子さんの力は、あくまでも『ごまかす』力なんです。杏子さんの力で私たちのことをごまかしたら、その場合『謎の魔法少女がいた』という形になります。私たちの正体はわからなくても、私たちがいたという事実は消せないんです」
 「つまり、あなたが気にしている、記憶消失現象が起きたと」
 「はい。そして、これが」
 
 ちえみは再びソウルジェムを指さす。
 
 「……濁っていないのに、明らかに色が暗くなっているわね」
 「そして、私が魔女になった場合、使い魔が得る力が」
 「……記憶の奪取、だったわね」
 
 ちえみが下を向いたまま言う。
 
 「私が制御できていれば、相談することはないんです。でも、いつどんな記憶を奪ってしまうのか、私には判らない。気がつかないうちに、みんなの大切な思い出を奪うことになるかもしれない。それが恐くて……」
 「……急ぐしかないわね。あと、多分だけど、魔女の力は使わない方がいいわ。使うと、余計に進行するのは確実だから。
 あなたの力を黙っていたのも、こうなると正解ね。さすがにこんなことまで予知はしていなかったし」
 
 かつてジークリンデはちえみに言った。あなたにいう事はないと。
 だが、この助言を使命とする使い魔が、なにも言うことはないと本気で言うだろうか。
 言うとしたら、それは文字通り意味がない……すなわち、完成していることを意味する。
 
 「あなたは暁美ほむら以上に戦闘能力がない。それは持ちうる資質から定まっていること。ならばあなたが強くなるには真っ当な手段では駄目。そんなあなたにあったのが、魔女の力の再現。そしてそれは、私の持つ『再現』と異常に相性がよかった。
 でもそれは諸刃の剣。使えば使うほど、その『魔女化』は進行するわね。取っておいたのは正解だった訳」
 「……もう、このまま行くしかないですね。なにを見捨てようと」
 「つらかったのね、滝の上の戦い。あなたがその気になれば、被害は格段に減らせた」
 「『奇跡』の顕現を願うには、手を出せなかったのも確かでしたけど」
 
 魔女の結界を多重展開すれば、使い魔がこぼれることはなかった。
 それだけでも格段に負担は減っただろう。
 だがちえみは、それらを全て切った。
 ほむらと、杏子とゆま、あるいはさやかとキリカの覚醒のために。
 
 「後はワルプルギスの夜との戦いで、まどかさんがどちらを選ぶのか」
 「私に見えている結論は二つよ。正しい願いを見出すか、再び誤るか」
 「正しければ全ては壊れ、誤れば私は円環に還るんですね」
 「ええ」
 
 その後しばし、紅茶をすする音だけがかすかに響く。
 
 「全てを知るというのも、つらいものよね……」
 「先輩を救うためとはいえ、つらいです」
 「大丈夫、きっとうまくいくわ。その時は」
 「はい。お任せします」
 
 
 
 それは、悲しい約束。どちらかの消滅によって果たされる、約束。



[27882] 真・第36話 「希望は、どこから生まれると思いますか?」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/12/11 20:04
 戦争の後には平和が来るという。その平和も、戦争の準備期間だったりする。
 そんな夢のない話はともかく、魔法少女達は、一時の平穏を味わっていた。
 というのも、見滝原周辺は遠征に備えて未来知識バリバリのほむらとちえみが先導して魔女の出現スポットをしらみつぶしに捜索したため、現時点で過去出現していた魔女はあらかた刈り取られていた。もちろんまどか達が襲われたズライカのような見落としがないという訳ではないが、現時点では明らかに魔女の出現は激減している。
 というかむしろ道を歩けば魔女に当たるという事態の方が恐い。
 マミに言わせれば平均よりやや楽なくらいだとか。
 
 そして滝の上は、トウテツの出現によって、いわば周辺一帯の魔女をまとめて討伐したような形になったため、今は見滝原以上に平穏である。一度くまなく探査したが、全くといっていいほど気配を感じない、一種の真空スポットになってしまっている。
 無駄に七人もいる魔法少女は、見河田町などの周辺地域にも足を伸ばしたが、ほとんど魔女の気配は感じられなかった。
 何しろ周辺一帯全て合計して、一週間の間に遭遇したのが魔女未満の使い魔一体という有様である。
 しかもマミや杏子の経験則から言えば、こうなると一月くらいは極端に魔女の出現が減るという。
 なおほむらの経験則は見滝原の一ヶ月に特化しているためこういう場合役に立たない。
 
 おそらくはこうなるとワルプルギスの夜の出現が近づくまで、魔女が大量発生したりはしないだろうというのが先達組の結論であった。
 
 
 
 
 
 
 
 「この機会に行きたいところがあるんですけど、明日皆さん大丈夫ですか?」
 
 ちえみがみんなにそう誘いをかけた。
 
 
 
 時はトウテツ戦から二週間後、所はマミの家。
 集まっているのは魔法少女フルメンバーにまどかと仁美という、文字通りの全員であった。
 ちなみに今のマミは一人暮らしではなかったりする。滝の上の落ち着きもあり、杏子がゆまと共に転がり込んできたのだ。
 杏子もゆまがいなければそんな事はしなかっただろうが、ちえみからお金をもらったことでかえってまずいと感じたらしい。
 もちろんマミは喜んで受け入れた。今ではゆまもマミを警戒したりはしない。おいしいケーキを作ってくれるお姉さんだと思っている。
 
 
 
 「明日なら私も大丈夫ですけど」
 
 一番問題のありそうだった仁美がOKすると、残りの全員も頷いた。
 明日は日曜だし、今のところ予定もない。
 
 「なら一度、皆さんをジークリンデさんに引き合わせたいんです。たぶん、『揃った』と思うんで」
 
 その言葉に、微妙に表情が硬くなるほむら。それに気がついたマミがほむらに聞く。
 
 「ジークリンデさんというと、前に言っていた助言が当てになるという人のこと?」
 「はい、そうです。その時も言いましたけど、先輩とは『前』でいろいろありまして」
 
 にこやかに言うちえみを少し恨めしそうな目線で見ながら、ほむらが言葉を続ける。
 
 「ちなみに人間じゃないわ。れっきとした魔女の使い魔。ついでに私はその魔女の生前の姿をよ~~~~~く知っているわ」
 
 「よ~」の部分に、不自然なまでに力を込めて言うほむら。錯覚なのだろうが、その瞬間、ほむらの髪が逆立っていたようにまわりの全員には見えた。
 
 「ん? そもそも使い魔に『会える』のか? 話っぷりからすると、そこいらの人に会いに行くみたいな感じだけど」
 
 そう口を挟んだ杏子に、ほむらは返す。
 
 「『白の巫女姫』って聞いたことある?」
 「ん、あるぜ。滝の上に新入りが来た頃、そいつらが噂してたし」
 「私もありますわ。よく当たる占い師の方だとか」
 「あたしもある。ていうか、行ってみようかと思った」
 
 返事は上から杏子、仁美、キリカである。まどかとさやかは知らなかった。
 さすがにゆまは年齢的にも環境的にも知るはずがなかった。
 
 「私も噂程度は聞いたことがあるけど、その言い方からすると、『白の巫女姫』が添田さんが会いたいという人なのね?」
 
 まとめるように聞くマミの問いに、ちえみは返答する。
 
 「はいそうです。白の巫女姫ことジークリンデさんは、使い魔ではありますが、見た目も行動も基本的には普通の人と別段代わりはないです。そういう使い魔なので」
 「そんな魔女もいるのかよ」
 
 杏子のツッコミにも、ちえみは真面目に答える。
 
 「『前』の縁もあるので一応なんでそんなトンデモ魔女がいるのかは判っています。
 ジークリンデさんの本体は霧の魔女ヴァイス。その性質は奇跡。
 絶望に至っても未来の救済を捨てられなくて、そのための『手助け』をすると言う妄執が魔女化の律になってしまったため、むしろ人には危害を加えられなくなっちゃったっていう変わった魔女なんです。
 但しもし戦ったら、普通の魔法少女では『絶対』勝てない強敵でもありますよ」
 「絶対……そう言いきれるのかな?」
 
 キリカが疑問を挟む。ちえみはそれに対して、
 
 「『絶対』です。例外はこの間のあれをやった杏子さんとゆまちゃんだけです」
 
 あっさりとそう返した。
 
 「わたし?」
 
 自分の名前が出たせいか、ゆまはぱくついていたマミお手製ケーキから目を離して顔を上げる。
 
 「そうなの。霧の魔女は杏子さんとゆまちゃんがやっちゃったあの『奇跡』の力を持ってでしか倒せません。あの力を使えない魔法少女では、最善で全魔力を使い果たして魔女化ギリギリで持ちこたえるのが精一杯。そこで耐えられなければいかなる魔法少女でも魔女と化してしまいます」
 「霧の魔女はね、とある方法でいわば魔法少女を魔女化する力を持つのよ。対抗手段は無し。強いて言うなら、絶対に絶望する状況で自分を保ち続けるしかないわ」
 
 さすがにゆま以外の全員の顔がしょっぱくなった。思いは一つ、なんだその反則は、であろう。
 
 「そんな恐ろしい魔女が……でも何故噂を……ああ、『人』には危害を加えないからですね」
 「それに加えて、結界は自然に周辺に溶け込む上瘴気を感じさせず、使い魔は見た目ただの人間そっくりですし。何しろ使い魔であるジークリンデさんの役割は『再現』、魔法少女だった頃の魔女本来の姿をまんま再現するというのがそのあり方ですから。
 私くらいの看破能力がなかったら、絶対使い魔だなんて気がつきません」
 「ちえみの看破能力でやっとかよ、そりゃあたしらじゃ気がつかないかもな」
 
 マミの疑問に答えたちえみに、杏子も同意する。
 
 「そういえばちえみちゃんの看破能力ってそんなにすごいの?」
 
 ここで話の内容がよく判っていなかったさやかが疑問を挟んできた。
 
 「私が知る限りでもたぶん空前絶後ね」
 「おまけに例のあれで蓄積もあるんだろ? 情報が取れてると間違いなく魔女退治の難易度がぐっと下がる」
 「はまった時は、ですけど。トウテツみたいに弱点を特に持たない魔女には役に立ちませんし」
 
 マミと杏子というこの場の二大ベテランに保証され、ちえみが謙遜する。
 
 「逆にいうと、弱点を突かないと倒せない魔女には圧倒的さ。実際、ギロチンの魔女はちえみがいなかったら間違いなく犠牲者が出てる」
 「あれはちょっと特別ですよ」
 
 例を挙げたつもりだったが、何故かそう言った杏子がちえみに横目で見られている。
 さやかは訳が判らないので、ほむらに聞いてみた。
 
 「ねえ、どういうこと、ほむほむ」
 「ほむらよ。まあ簡単にいうとね、ギロチンの魔女は『断罪』という性質で、特殊な力として『犯罪者には屈しない』っていう能力を持っていたの。特に万引き犯は最悪で、訳あって万引き常習者だった杏子とは相性最悪だったのよ」
 
 自分の事は棚に上げて説明するほむら。案の定杏子から「おまえもだろ!」という抗議が上がるが、ほむらはさらりとそれを無視する。
 
 「他にもチーズを見ると食いつかずにはいられないとか、そういう弱点を持つ魔女って意外と多いのよ。あなた達が襲われた魔女もそうだったのでしょう?」
 「うん、明るいのが駄目だった」
 
 まどかがそう答える。この二週間の間にその時の話は聞いていたが、ほむらは内心冷や汗ものだった。ちえみと一緒に検討してみて、まどか達を襲ったのが、たいていの歴史ではマミツァーで倒されていた使い魔の進化形であることは判明していた。
 内心次があったら絶対に見逃さないとほむらは誓っている。
 そんな内心はかけらも見せずに、ほむらは言葉を続けた。
 
 「ちえみは初見の魔女に対して、その弱点を見抜く力があるのよ。その意味は戦闘力のなさと引き替えだとしても絶大よ」
 「もっとも先輩がそれを知って私をこうやって引き上げてくれるまで、どの歴史でも私は魔法少女になってすぐやられちゃって魔女化していたらしいんですけどね」
 「とある回でちえみが魔女化した直後の現場に遭遇して、次があったら助けようって思ったのよ」
 「そうしたらなんか私も先輩の繰り返しにつきあうことになっちゃいましたけど」
 
 補足しておくと、現時点でさやか達もほむら達の事情は知っている。
 まどかの夢のことや、来るワルプルギスとの戦いのこともあり、またさやか達の様子からしても、隠しておく必要は全くないとほむらも結論したからだ。
 なのでトウテツ戦の後、まどかがらみのヤバいネタとワルプルギス関連の話以外は全てぶっちゃけた。
 ワルプルギス関連を話していないのは、単に情報過多で混乱するのを防ぐためで、もはや隠す気はほむらには全くない。
 変われば変わるものだ、と、ほむらも自覚していたりする。
 もう誰も信じないといっていた自分は、一体誰なのだ、と。
 こういうのをキャラ崩壊っていうのかしらね、と、自分を客観的に見る余裕すら有ったりするのだ。
 なお、ほむらは自覚していなかったが、それを世間では普通『成長』という。
 
 
 
 「とりあえずちえみの話はおいておくけど」
 
 ずれた話を戻すようにほむらは言う。
 
 「ジークリンデはね、魔女から託された権能の代行者でもあるわ。その力は基本的には『予知』。本体が魔女化した今では、その力を魔法少女だった頃より遙かに強く使えるのもほぼ間違いない。たぶん、加えて『過去感知』も出来ると思うわ。
 そしてかつての本体の持っていた優れた知性と分析能力もあって、情報を得た魔法少女の力を、おそらく本人以上に熟知している。それを元に、魔法少女に対してその力を引き出すための的確なアドバイスを与えるのが、使い魔としての役目なのよ。
 人型なのも、その能力が『再現』なのも、おそらくは全てこの『助言を相手に聞かせる』ためのもの」
 「ちなみに先輩は前回の歴史で、彼女の助言の邪魔してあっさり負けました」
 
 余計なことを言ったちえみを、ほむらは無言でぽかりと小突く。その有様がよく出来たコントみたいで、他のみんなは必死に笑うのをこらえていた。
 気を取り直してほむらは続ける。
 
 「……霧の魔女はさっきも言ったとおり『人を襲わない魔女』だけど、それだけは例外になるわ。『助言を邪魔する人でないもの』に対しては無敵の力を誇るから。会いに行った時、どんなに不快でも助言の邪魔だけはしちゃ駄目よ」
 「経験者は語る、ってか?」
 「杏子っ!」
 
 ……コント時空は、もうしばらく続きそうだ。
 
 
 
 
 
 
 
 そんなこんなで翌日。
 総勢9人の少女がぞろぞろと見滝原の外れ、開発途上地区を歩いていた。
 道案内は勝手知ったるちえみである。
 
 「もう少しすると霧が出てきますので、それが合図みたいなものです。あ、言い忘れていましたけど、ジークリンデさん、別に今回のことだけじゃなくて、恋愛ごととかの相談にも乗ってくれますよ。ちなみに的中率ほぼ100%。但しあくまでも助言を求められたことに関してだけで、その先のことまでは保証しないって本人も言っていますけど。
 あと、頼りすぎると自分を見失うっていう事で、ある程度というか必要充分なだけしかアドバイスはしてくれません。そっから先は自力でどうにかなるって言うメッセージでもあるんですけど」
 「あら、そうなのですか?」
 「……仁美ちゃん、なんか恐い」
 
 それを聞いた仁美の目が輝いた気がして、まどかが少し引いていた。よく見るとさやかも引いている。
 
 「あれは獲物を狙う肉食獣の目だな」
 
 キリカの一言が、実に的確だった。
 他の魔法少女達は、ゆまを除いて興味半分、引き半分という感じか。
 少女にとって恋バナは気を引くものであっても、生々しすぎるとまだ引いてしまうお年頃といったところであろう。
 
 「でもさ、基本的には言うなれば自分の代わりに事を成し遂げてもらいたい、っていう前のめりの絶望から魔女になったんだろ? なんで関係のない恋愛相談まで受け付けるんだ?」
 
 話題を変えようと思ったのか、そう言ってきた杏子に、ちえみは少し表情を暗くして答える。
 
 「だからこそ『魔女』なんですよ、杏子さん。私も直接聞いた訳じゃないですけど、当初のジークリンデさんが生まれた方向性は、たぶん杏子さんがこの間見せたあのあり得ないような『奇跡』をこの世に生み出すためなんだと思います。
 でも、魔女化するとそういう『目的意識』とか、『核となる思い』みたいな魔女の中核が、だんだんとまともに維持できなくなってくるらしいんです。
 抽象化、っていうんですか? 本質だけを残して、付帯条件とか、具体的目的とか、そういうものがだんだんと風化というかそぎ落とされちゃって、概念だけが残る、みたいな所があるみたいです。
 たとえば杏子さんも知っているヘラなんかは、『犯罪者を断罪する』が魔女化の際に残った妄執ですけど、だんだんと『断罪』だけが残って、『犯罪者』に当たる部分の定義が、時間と共に曖昧になってくるんだと思います。
 魔女になった彼女にとって、何を以て犯罪者と定義するかは、彼女の持つ魔女としての歪んだ主観でしかないのですから」
 「ああ……そういう事なのか」
 
 杏子は、別人のように真面目な顔でそう答えた。
 ちえみはそれに気がつかないかのように、言葉を続ける。
 
 「ジークリンデさんというか、霧の魔女もそれは一緒なんです。『自分には出来ないことを誰かが成し遂げて欲しい』って言うのが、彼女が魔女化する時に残った妄念らしいですから。それが残るが故に、手助けを望む人に自分の能力でそれを与える、というのが霧の魔女の魔女としてのあり方です。
 その辺の制約がうまい具合に魔女としての彼女が暴走するのを抑える形にはまったらしいんですけど。もし少しでもずれていたら、結界内の人を将棋の駒みたいに自分の奴隷にしかねなかったって、彼女から聞いたことあります。
 『魔女の支配下の幸福』って言うそうですけど、霧の魔女にはそれを絶対的に否定する核が同時にあったそうです」
 「魔女の支配下の幸福?」
 
 その言葉に反応するマミ。
 
 「簡単に言うと、身も心も魔女に屈服する代わりに、本人は絶対的な幸福を得るという事です。客観的に見ればそれは麻薬中毒の人とたいして差はありません。永遠に麻薬の切れない麻薬中毒は、まわりになんの悪さもしませんから無害ですが。
 でも、もし仮に全世界の人が同じ症状になって、その状態が永続するとなったら、不幸な人が存在すると思いますか?」
 
 ちえみの問いをマミだけでなくまわりの少女達も考える。
 もっともほむらだけはちえみの問いの裏を理解していたが故に考える振りをしていただけだが。
 
 「それって言い換えると、魔女の力で理想の夢を見させられてるようなもんか――永遠に」
 「はい。永遠に、です。魔女が存在する限り永遠で、あらゆる事に不満を感じることはありません。極端に言うと『不幸になる権利』すら保証されています。自分が望むのなら。
 悲劇のヒロイン願望って、結構ありますしね」
 「むう、そうなると悩むなあ」
 
 杏子は悩む。ロジックに穴がない。
 
 「確かにそれは理想郷だな。魔女の力で維持されるものとはいえ、その中にいたらたぶんそれを自覚できるものは誰もいない」
 
 キリカも真面目な意見を述べる。
 
 「『外部がない』というのがポイントだな。この手のものが破綻するのは、その外に別の世界があるのが原則だ。映画なんかでもあるけど、仮想世界に取り込まれた人が不安を感じるのは、『外部』が存在することを知っているからだ。もしそれを知らなければ、人は現状に不満を憶えたりはしないし、憶えても世界を否定したりはしない。
 その手の破綻は、外の存在を確信するがゆえのものだ」
 「う~、なんで杏子もキリカ先輩もそういう難しい議論が出来るのよ。あたし、ひょっとしてちえみちゃんにも負けてる?」
 「さやかちゃん、私もよく判んないから一緒だよ」
 
 さやかとまどかはついて行けていない。そんな二人に、ほむらはいった。
 
 「それだけあなた達は幸せだっていう事よ」
 「へ? なんで?」
 「こういう幸福論を語れるのは、不幸な目を見た人間だけよ。幸福な人間は、そもそも現状を疑わないし否定しない。満たされている人間は反逆しないのよ」
 「あれ、でもよく大金持ちのわがままお嬢様が不満を言ってたりしない?」
 「そう、何を以て満たされているとするかはあくまでも個人の実感であり、また相対的なものだっていう事よ。これ以上は証明できない哲学の領域に突入するから、あまりハマらないことをおすすめするわ」
 
 これに対するさやかの答えは。
 
 「うわ、なんかものすごい勉強になった。なにより」
 「なにより?」
 
 そう思わず合いの手を入れたまどかに、さやかは言い切った。
 
 「哲学って、そういうもんだったんだ。社会の時間に出てきたけど、なんのことだかさっぱり判んなかったのよね、哲学って」
 「あ、そういえば」
 
 まどかも含む無邪気なその言動に、年長組が揃ってこけていた。
 まあ、魔法少女なんぞになる少女は、そういう哲学的な命題を抱えていることが多いのだが。
 はからずしも皆が、自分がまだ『子供』であることを意識した一幕であった。
 
 
 
 
 
 
 
 そんな会話をしている内に、いつしか一行は濃い霧に包まれていた。もっともその霧はすぐに晴れ、行く手に白亜の建物が見えるようになる。
 
 「あそこが、ジークリンデさんのいる館、『救世の希望』です」
 
 そう言うちえみの言葉に従い、遠慮無くその建物の敷地内に全員が入る。
 その建物は、一言で言うと、立派なのに異様、であった。
 高級そうな作りの住宅なのだが、色が真っ白だった。
 何もかもが真っ白。ただそれだけで、これだけ異常に感じるのもまた不思議な話だった。
 ただ一人ちえみはそれに臆さず、玄関脇の呼び鈴を押す……までもなかった。
 まさにそのタイミングで、玄関の扉が開いたからだ。
 
 
 
 「いらっしゃい。待っていたわ、奇跡の魔法少女の皆さん」
 
 
 
 現れたのは、白の衣装に身を包んだ一見魔法少女。
 自分たちよりやや年長……おそらく高校高学年くらいの年齢の少女。
 少女と言うにはやや年かさな気がするが、大人の女性と言うには何かが明らかに足りない、そんな微妙な年頃。
 そして暁美ほむらにとっては、脳裏に焼き付いたまどかの仇。
 あの魔法少女のいないループでは友人となった事もある人物であるが、それが故に『魔法少女である』この人物の恐ろしさはその魂に刻み込まれている。
 友人となった時の彼女……美国織莉子は、父親のために一度全てを失った少女であった。
 有力政治家の娘として何不自由ない生活をし、理想に燃えていた少女は、父親の汚職疑惑とそれが解明されないままの父親の自殺によって、あらゆる人の対応が反転するという理不尽を体験した。
 自分を見失い、自殺も考えていた。
 キュゥべえのいた世界ではそこから魔法少女になり、ある時間軸ではまどかを抹殺するためにマミ達と対立し、別の時間軸ではこうして魔女となった。
 だが、あの時間軸ではそのような救いは現れず、織莉子は落ち込んだ自殺願望の強い少女のままであった。
 その時は織莉子の調査をしていたほむらがそれを知り、結果として彼女を引き上げる役目をしてしまった。対立から始まり、理解を経て親友へ。その過程であの時はキリカもほむらの親友になっていた。
 だからこそほむらは誰よりも理解している。
 目的のためには手段を選ばず。
 美国織莉子は、その言葉の体現者であることを。
 たとえば人類を存続させるという目的のために、わずかな組み合わせのカップルを残してその他全ての人類を抹殺することが平然と出来る人物であることを。
 そしてその際に自分が犠牲者の側に入ることを当然と思える人物であることも。
 
 それゆえ、油断は出来ない。
 必要ならば、彼女はいつでもまどかを切り捨てられるのだから。
 
 
 
 今回は人数が多いせいか、応接室ではなく、リビングのような部屋に通された。
 マミの家のように茶とお菓子が振る舞われる。
 
 「楽にしていてくださいね。お菓子も遠慮無くどうぞ」
 
 そう告げられると、杏子とゆまは遠慮無く目の前の菓子に手を伸ばした。
 
 「ずいぶん用意がいいわね」
 
 そう皮肉るほむらであったが、
 
 「当たり前でしよう。私を誰だと思っているのですか?」
 
 あっさりとジークリンデに撃墜されてしまった。
 
 「それはそうと」
 
 彼女はほむらいじりをやめ、皆の目を見る。
 
 「よくぞあの『奇跡』に至っていただけました。我が主、私のオリジナルでもある、一人の魔法少女の望みは、あなたたちによって果たされました」
 
 そう告げるジークリンデ。魔法少女も、それ以外の人物も、何人かの目が、その言葉を聞いて鋭くなった。
 
 「あなたは、知っていたのですか?」
 「あたしがあんな状態になるって」
 「私は魔法のことは判りませんけど、あなたは『知って』いたのですね。あの現象がなんなのかを」
 
 マミが、杏子が、そして仁美がジークリンデに視線で迫った。
 そして彼女は。
 
 「はい。存じております。あなた方の起こした奇跡が、どういうものなのかを」
 
 それを肯定した。
 
 
 
 「……なあ、聞いていいか?」
 
 一瞬訪れた沈黙。それを破ったのは杏子だった。
 
 「あんた、判ってたんだよな。あんたの言う『奇跡』。あの無茶苦茶力がわいてくるあの現象。なのになんで黙ってたんだ?
 ほむらが言うには、あんたはそういう事を助言するのが役目なんだろ? ならもっと広まっててもいいんじゃないのか? 何せあたしに出来る位なんだからさ」
 
 だが、その問いにジークリンデは首を横に振った。
 
 「出来ないのです。その助言は」
 「? なんで?」
 「それにお答えするには、あなたの成し遂げたことがなんであるのかを説明するのが一番早いでしょう。
 あなた方の起こした奇跡。キュゥべえの言う『第一魔法』。
 それは一番端的に言ってしまえば、ソウルジェムの共鳴による、希望のハウリングです。
 ハウリングというのは、スピーカーにマイクを近づけると「ピー」というものすごい音が鳴り響きますよね。あの現象のことです」
 「ああ、あのうるさいやつ」
 
 さやかがあいづちを打つ。
 
 「あれはスピーカーから出た小さな音をマイクが拾い、それを増幅してまたスピーカーから音が出、それをまたマイクが拾って……という繰り返しが大音量を生むことによるものです。そしてあの第一魔法も、それと似た現象から生じます。厳密にはかなり違うのですけど。
 ただ、それを理解するには、一つ皆さんに改めて考えてもらわないといけないことがあります。
 皆さん、希望とは……漠然としたものではなく、理想の推進力となるような、強い希望とは、どこから生まれるものだと思いますか? 魔法少女を生み出すに値する、エントロピーを凌駕する願いは、どこから生まれると」
 
 その言葉を聞いて、魔法少女達は己の掛けた願いを思い起こし、そうでないまどかは掛けたい願いを、仁美は叶わぬ思いのことを考えた。
 思いつくことはいくらでもある。
 マミは生きたいと願った。助けてと願った。
 杏子は無視される父親の話を人に聞いてもらいたいと思った。
 ほむらはまどかを救いたいと、そのために出会いをやり直したいと思った。
 さやかは恭介を、恭介の手を再び動かしたいと願った。
 ちえみはものを憶えられない自分の頭を何とかしたいと思った。
 キリカは一歩を踏み出せない自分を変えたいと思った。
 ゆまは杏子を助けたいと思った。
 仁美もまた、恭介の怪我を、動かない手を動かしたいと思っていた。
 まどかはまだはっきりとはしていない。
 
 「判りにくければもう少し別の見方を。仁美さんは、何故魔法少女になれないのですか? さやかさんと同じくらい強い願いはあっても、何故さやかさんは魔法少女となれ、何故仁美さんはなれないのですか?」
 
 仁美とさやかがはっとしたようにお互いの顔を見合わせた。
 
 「それは、生まれついての才能のようなものの差ではないのですね?」
 「ええ。私のオリジナルもかつてはキュゥべえが見えませんでした」
 
 ジークリンデは明言する。
 
 「私の姿を見ていただけると判ると思いますけれど、私は魔法少女としては年長の部類です。魔法少女になるのに必要なのが純粋な才能であるのならば、私のような力ある存在をキュゥべえが見逃すと思いますか?」
 「キュゥべえも万能ではないけど、たぶん見逃さないわね。まどかがその証明よ」
 
 ジークリンデの提示に、ほむらが答える。
 
 「まどかはあずかり知らないことだけど、私のループによって、まどかは莫大な魔法少女としての資質を得るわ。そして私の帰還と同時に、キュゥべえのまどかへの接触はその頻度を増すのも確か。元々まどかには素の状態でもそれなりの資質があるけど、私との接触でそれは劇的に変わる。
 そしてそれは、私か織莉子――あなたのオリジナルの介入がなければ確実に発見される」
 「そう。満ち足りていた私は資質があってもたぶんキュゥべえは見えなかった。父親の事があって初めて私はキュゥべえのことを知った」
 「そういえばキュゥべえちゃんが言っていました。私も身内に何かがあったら見えるようになるかもって」
 
 仁美がそう言った時、ちえみの肩がぴくりと震えた。
 
 「あれ? そんな事言ってたっけ」
 「言っていたと思うのですが……」
 「うーん、私は覚えがないなあ」
 
 まどかとさやかのツッコミが入って、仁美も少し不安げだ。
 
 「まあ、どっちでもいいじゃないですか。ジークリンデさん、仁美さんの話、あってるんですよね」
 「ええ。少なくとも今の仁美さんには、魔法少女にはなれない、それなりの理由があります」
 
 ちえみの言葉で、ジークリンデは話を戻す。
 
 「もう少し説明いたしましょう。さやかさん、仁美さん、あなたたちは、上条恭介君の腕を治すことの困難さについて、どのくらい知っていますか? どのくらい努力できますか? そして、どのくらい希望があると思いますか?」
 
 その問いに、さやかと仁美はこう答えた。
 
 「あたしは詳しい事は全然判んない。お医者様に任せるしかないって思う」
 「私は父のコネがありましたので、いろいろと自分で調べてみましたけど……かなり難しいのではないかと思います。少なくとも国内のお医者様ではもう難しいかと。何か切っ掛けがない限りは治らないのではないかとも思います」
 「仁美さんはずいぶんと勉強しているのですね」
 
 そう言われて、仁美は真っ赤になる。さやかも、
 
 「ちょっと意外。そこまで調べてたんだ。こりゃマジで負けるかも」
 
 心底から仁美の思いに感動していた。
 
 「仁美さんが真面目に努力していたことが、関係あるのかしら」
 
 その一方で、ほむらが話題をジークリンデの問いに戻す。
 
 「ええ。間接的にだけど関係があるのよ。それは願いを楽天的に捉え、絶望なんかしたこともないようなお気楽な人は魔法少女になれないのと一緒」
 「それ、私があの時考えていたこと……」
 
 心を読むようなジークリンデの返答に少し憤るほむら。だが、その答え自身はまわりの人に刺激を与えていた。
 
 「そういえば、そういう軽いノリで魔法少女になったやつって、あんまりいないよな」
 「そうですね。私が見たことのある魔法少女も、もう少し真面目な願いを掛けていたわ」
 「私は新参者だから判らないけど、そういうものなのか?」
 
 話し合う魔法少女達に、ジークリンデは告げる。
 
 「まあ、実際、あなた方に答えが出せるとは私も思っていません。情報が足りない、答えられない問題ですので。
 私がこんな質問をしたのは、皆さんにかつての願いを掛けた時のことを思い出していただきたかったからなのです」
 「ああ、そういう事だったのか。確かに思い出したよ。まだガキだった自分を」
 
 そういう杏子に、少し頭を下げると、ジークリンデは続けた。
 
 「魔法少女に至る願い、それは原則、『叶わぬ願い』でないといけないのです。少なくとも、『自分なら努力すれば出来る』と心から思っている事では、キュゥべえの言う、『エントロピーを凌駕する』事が出来ないのです」
 
 それを聞いてはっとする仁美。
 
 「私が至らなかったのは、上条君の、恭介君の怪我を治すことを、私が諦めていなかったから、なのですか?」
 「正解よ、志筑仁美さん」
 「でも、なんで? なんでそう言う願いだと叶わないの? 真摯に願っているっていう事では、そっちの方が上なのに」
 
 そういうさやかの言葉に、ジークリンデはさらに告げる。
 
 「その答えは、キュゥべえの活動を思い出していただけると判りますわ。
 キュゥべえが私たちを魔法少女にし、そして魔女に至らせる過程で、彼が収得しているもの、それが何かを冷静に突き詰めてみなさい」
 「キュゥべえが収得しているもの?」
 「グリーフシード?」
 「後、私たちが魔女に落ちる時のエネルギーって言っていたこともあるわ」
 
 マミ、杏子、ほむらが、それぞれ過去を振り返って考える。
 そんな彼女たちの言葉を聞いていたまどかは、あることに気がついた。
 
 「あれ? それって……全部『絶望』ですよね」
 
 そのとたん、一斉にまどかを見つめる古参魔法少女。そしてその瞬間を狙ったかのように、ジークリンデは最後の言葉を告げた。
 
 「そう。希望と絶望という言葉に惑わされやすいけど、キュゥべえが求めているのは、人々の『絶望』よ。そして彼らはその『絶望』をエネルギー源として求めている。
 そう、キュゥべえの持っている技術は、『絶望』をエネルギー源に出来るもの。
 そしてそれこそが、魔法少女システムの根幹の一つなのよ。
 何故真摯な願いでは駄目で、叶わぬ願いは叶うのか……その答えは一つ。
 
 『絶望している願いでなければ、キュゥべえは叶えることが出来ない』。
 
 いつか叶う願いではなく、少なくとも本人が、自分で叶えることは出来ないと、叶うこと、叶えることを絶望している願いでなければ、キュゥべえは叶えることが出来ないのよ」
 
 その瞬間、魔法少女達の間に沈黙が走る。
 
 「願いの力、少女を魔法少女にするための力の原点は、彼女たちが願ったことに対する絶望、叶うことを諦めている絶望にあるのよ。
 そして諦めていた願いが叶う時、少女の中でその絶望は希望に反転する。その希望こそが魔法少女達の力の源になる。少女達は希望の力を得、彼らは得た絶望の力を前払いして、後に彼女たちから絶望を回収する。
 それがキュゥべえの運営している魔法少女システムなの」
 
 それを聞かされた魔法少女達の顔は、実に見物だった。
 だが、彼女たちを襲う驚愕は、それに留まらない。
 
 「さらに考えてご覧なさい。ここで最初の問いに戻りますが、希望……そういう、強い希望は、どこから生まれると思いますか? 子供の語る夢ではなく、人の生き方を変えるほどの強い希望。そういう希望が、どうやって生み出されるのか。
 そこにこそ、キュゥべえが感情エネルギーを求めること、人間を魔法少女に変えることの秘密がありますわ」
 「その希望というのは、明日が幸せならいいなというような漠然としてものではなく、雪山で遭難した人が助けを信じるような強いものですね」
 
 マミの疑問に、ジークリンデは頷く。
 
 「そうですわ」
 「なら……判った気がします」
 
 その顔は、ちえみだけが知っていた、真実の絶望から、ほむらの事情を知って立ち直ったときの顔。
 
 「強い希望は、絶望の中からこそ生まれる……違いますか?」
 「正解、です」
 
 ジークリンデは、にっこりと微笑んだ。
 
 
 
 「お茶、新しく入れましょうね」
 
 空気を少し入れ換えるように、ジークリンデは皆の前の冷めた茶を新しいものに変える。
 
 皆の前にそれが行き渡った後、彼女は再び言葉を紡いだ。
 
 「希望と絶望は実のところ表裏一体なのです。希望が落ちて絶望となり、絶望の中より希望は育まれる。
 表裏一体と言うより、希望は植物、絶望は大地にたとえた方がいいかもしれませんね。
 希望が潰え、腐れば絶望に還り、絶望はその中から希望を芽生えさせる。絶望無くして真の希望はない。幸福と不幸にも似ていますわ。不幸を知らねば、自分が幸福であることを自覚できないのに近いことです」
 「それであの時、あたし達のソウルジェムの濁りが燃えたのか」
 
 杏子の言葉に彼女は頷く。
 
 「その通りです。あの炎は、絶望を燃やし尽くし、希望の力に変える心を象徴する炎。魔法少女に無限の力を与える『エターナル・ブレイズ』。現実には真の無限という訳でもないのですが、杏子さんとゆまさんの時のような、『真の覚醒』をした場合だけは文字通り無限大にも届きますわ」
 「理屈は判る。でもなんでそれが『奇跡』なの?」
 
 そこにさやかが疑問を差し挟む。
 
 「私も同感ですわ。魔法少女は、長い歴史を持つのでしょう? 不屈の心を持った魔法少女なら、いくらでもいたと思うのですが」
 
 同じく仁美からも疑問が提示される。
 
 「その通りです。ですが、真の覚醒を成し遂げるのには、大きな問題が3つ、あるのです。そしてその3つは、ある意味魔法少女のあり方と反するが故に、あの時までこの奇跡は起こることがなかったのですわ」
 「その3つの条件とは?」
 
 すかさずほむらがそれを確認しにかかる。
 そしてジークリンデは、ゆっくりとそれを言葉にした。
 
 「1つは、『絶望してなお諦めぬ心』。全ての希望が潰えた状態で、具体的なものなど何も無い状態で、なお悪あがきのように諦めない、折れない心を持つこと。
 これは杏子さんだけでなく、あなたも含め、その心を持つものはそれなりに存在していました」
 「ですよね~」
 
 ちえみが同感というように言う。
 
 「実際にそこに至ってなお諦めないというのは言葉にするより遙かに難しいのですが、それでも長い歴史の中ではかなりの数存在します。ですが、それに加えて第2の条件が加わると格段にその数は減ってしまうのです。
 その第2の条件とは、『第1の条件を満たす者同士が、心の底から互いを信じ合うこと』です」
 
 それを聞いて、さやかとキリカが口を揃えて言う。
 
 「それだけ?」
 「それくらいならいそうだけど」
 
 だがジークリンデは、動揺することなくそれに答えた。
 
 「そう思うかもしれませんが、実はこんなことが想像を絶するくらい難しいことなのです。考えてみてください。何故キュゥべえが魔法少女――感情エネルギーの生成システムの対象として、私たちを選んだのか」
 「感情の振れ幅が大きい、思春期の少女が最適だった、かしら」
 
 ほむらがその理由を思い出しながら答える。
 
 「そう、思春期の少女、感情の振れ幅が大きい――それがこの条件を難しくする要因です。
 この第2の条件の要求基準はとてつもなく高いものです。
 そうですね、想像してみてください。自分の親友を助けるために、自分の命を差し出さなければならない。そう思った時に、全くためらわずに即座にそれを肯定できる人は、あなたたちの中にいますか?
 もしわずかにでもそれをためらったら、その瞬間第2の条件を満たす資格は失われます」
 
 さすがにこの事実は少女達に沈黙を強いた。
 
 「……それは、厳しいですね」
 「てかさ、あたし達の年代じゃ、まず無理じゃない?」
 「私はできるかもしれないが、相手も同じとなるとそれはいささか厳しいかもしれない」
 
 そんな反応を、ジークリンデは肯定した。
 
 「ええ、それが普通です。自我が確立しはじめて、不安定になる年頃の少女……そんな彼女たちが、第2の条件を満たすような相手を持つのはまず不可能に近いのです。それが可能になるのはもう少し成長して、恋を自覚できるようになるか、あるいはもっと幼い、純粋な心を持つ少女でなければ不可能だといっても過言ではありません」
 
 その瞬間、少女達の視線は、ゆまに釘付けになった。
 
 「そう……今回『奇跡』が可能になったのは、ゆまちゃんがまだ幼女と言ってもおかしくないくらい幼かったからなのです。
 杏子さんとゆまさんの関係は、友情と言うよりむしろ親子関係のそれに近かった。友情では不可能でも、親子関係なら、互いが絶対の信頼を結ぶことは不可能ではありません。
 ゆまさんという、幼い少女でありながら、魔法少女に至る感情と絶望を持った人物がいなければ、奇跡には至らなかったでしょう。
 実際、この奇跡を満たせる可能性があるのは、ゆまさんのような幼子か、キリカさんやほむらさんのような、心のどこかに病みを抱えたものでもない限りまず無理なのです。
 私たちの年代の少女が、相手にそこまでの信頼を与え、受け取れるとすれば、それは母性本能か、恋愛感情か、狂信しかないのですから」
 「それを可能とするほど自我の確立している人物では、むしろ魔法少女になれない、のですね」
 「その通りよ、仁美さん。絶望に迷わない人物は魔法少女になれないわ。絶望を絶望のまま処理できてしまうと、それを希望に反転できないから」
 
 そして、そこに追い打ちをかけるように、ジークリンデは最後の条件を言った。
 
 「でも、そこまでだったら、頭のいい人物はこう考えるわ。ならばそれを狙うことを。その条件を満たす人物を、環境を整えることを。私自身もそうであることを否定しませんし。
 ただ、そのための障害が、最後の条件。厳密には第1の条件に付随するものなのですが、その重要度からすれば独立に値する条件ですわ」
 「それって、なんだ? あたしに出来たって言うことは、簡単だけどむずいって言うことだと思うんだけど」
 「ええ、その通りです。条件そのものは簡単なのですわ。でも、私のような助言者や、キュゥべえのような、奇跡の発現を望むものからすれば大変に難しい条件。
 そして、何よりこの奇跡の存在が、今まで明るみに出なかった最大の要因。
 こんな奇跡が起こせるという事をキュゥべえが否定した理由。
 その理由とは……第3の条件とは、『奇跡の存在を知らないこと』なのです」
 
 
 
 その瞬間、魔法少女の頭の中に、「はあ?」という文字が浮かんでいた。
 
 
 
 「それだけ?」
 
 さやかが問う。
 
 「たった、それだけ?」
 
 キリカが聞く。
 
 「知らないこと、それだけ……」
 
 マミは呆然とし、
 
 「なんでなんですか?」
 
 まどかは聞き返す。
 
 杏子とほむらとちえみは沈黙を貫いた。ゆまは端から話がわからない。
 そしてジークリンデは、ゆっくりとその理由を告げた。
 
 「簡単なことなのです。第1の条件に付随する、と申し上げたとおりなのですから。
 この奇跡の可能性を知ってしまうと、それは『希望』になってしまうのです。そして第1の条件は、『完全な絶望』。奇跡の存在を知り、その可能性を肯定してしまうと、それを否定しない限りその人は完全な絶望に至れなくなってしまう。そしてそれを否定した心では、もう奇跡は起こせない……それだけのことなのです」
 
 
 
 この時の少女達の心の中には、『あ』の文字が浮かんでいた。
 
 
 
 「ま、まさに盲点ね」
 「確かに……」
 
 マミとほむらは、そう呟く。
 
 「あれ。それじゃあたしたちももうむり?」
 「あ、そうなっちゃう」
 
 さやかとまどかがそう疑問に思う。
 それをジークリンデは否定した。
 
 「いえ、一度その身でそれを見、その余波を体験しているあなた方は問題ありません。奇跡の存在が確信として心底から理解出来ている今のあなたたちは、今更説明を聞いても奇跡の力が失われることはありません。あくまでも必要なのは『真の覚醒』、始めの二人がそこに至るために必要なのです。そうでなければ最初から説明なぞしません。
 残念ながら最初の二人の初回の覚醒以後は、『技術としての奇跡』にランクが落ちてしまいますけど、『お互いに心を通わせたものの心を共鳴させる』程度まで難易度が下がりますから。
 但し、それはあくまでも『始まりの奇跡』を目の当たりにし、その余波を心で受け取ったあなた方の間にのみ通じることです。言い換えれば、あなた方以外の、まだ奇跡のことを知らない魔法少女に説明したりしてしまうと、その魔法少女は限定的な方の奇跡すら起こせなくなってしまいます。限定発現の奇跡を見せることもその説明に当たりますから、取り扱いには注意なさい。
 説明しても大丈夫なのは、『始まりの奇跡』をその目で見、その心で感じた人だけです。それ以外の人には、一切の説明が害となります。
 それを不完全なまま知ってしまった人物は、二度と奇跡には至れません。魔法少女の真の可能性、無限の力に行き着くことは出来なくなってしまうのです。
 現に私のオリジナルは、それを知って絶望し、魔女になってしまったのですから」
 「それって……」
 
 まどかが何となくその話を聞きたそうにしている。
 だが、ジークリンデは黙って首を横に振った。
 
 「この話はあなたには少し早いですわ。いずれお話しできるとは思いますけど」
 
 そう言うと、ジークリンデは立ち上がって魔法少女達を見渡した。
 
 「もう少し、話を聞いていただけますか?」
 
 彼女たちが頷くと、ジークリンデは語りを続けた。
 
 
 
 「この奇跡が起こる原動力は、お互いがお互いを信じる心なのです。
 人は一人では弱いもの。でも、二人いれば、それは強くも弱くもなる事なのです。
 想像してみてください。
 とある所に不倶戴天のライバルである二人の少女がいます。
 あるときそのうちの一人が、不慮の怪我でその力を大きく落としてしまいました。
 彼女はある意味当然ですが絶望します。
 リハビリなどを頑張り、力を取り戻そうとはしますが、絶望は濃くなるばかり。
 そんなとき、彼女は物陰でライバルの少女が、その取り巻きらしき人物と話しているのを聞いてしまいます。
 取り巻き達は自分を貶め、ライバルを持ち上げます。
 ですがライバルはきっぱりと言いきります。彼女はこれくらいで終わるはずがない。必ず復活して自分の前に立ちはだかると。だからこちらもその時まで、彼女以外には敗れることのない存在にならなければならないのだと。
 ベタな展開ですよね。ですがこの時、この少女はどう思うと思いますか?
 おそらくは、希望を持つでしょう。それまでの絶望を焼き尽くすほどの、強い希望を。
 杏子さんとゆまちゃんの間に起こった奇跡というのは、たとえるならこんなことなのです。
 一人では、どんなに気張っても、やせ我慢をしても、空元気を本物の元気にすることは出来ません。でも、二人いれば、他者から認められれば、案外簡単に絶望を希望に反転することが出来たりするんです。
 魔法少女はグリーフシードのことなどもあって、そこまで強い絆を生み出すペアはなかなか誕生しません。
 忘れないでください。人という字は、二人の人物が互いを支えていると言います。
 一人の魔法少女は、決して絶望による魔女化からは逃げられません。それは宿命です。
 でも、二人いれば、奇跡とは言え、そこから逃げ切ることも不可能ではないのです。
 今回杏子さんとゆまさんが証明したように。
 そして今のあなた方は、互いのことを理解し、心を通じ合えば、あの時ほどではないにせよ、絶望を焼き尽くし、無限には至らなくともそれに近い力を振るうことも可能になるはずです。
 ああ、暁美ほむらさん。ループする時はお気をつけなさい。あなた自身はともかく、他人にこの奇跡の秘密を漏らせは、それは相手の未来を断ち切ることになりますから」
 「余計なお世話よ」
 
 ほむらは、ただそう答えた。
 
 
 
 
 
 
 
 「そうそう」
 
 話が終わった後、ジークリンデは告げる。
 
 「今見滝原近辺は、魔女が極端に少なくなっているわ。けれどあなた方は最大の敵との戦いが控えている。違いまして?」
 「その通りよ」
 
 答えるほむら。
 
 「ならばその時が来るまで、我が主の助力をお貸ししましょう。我が主、霧の魔女の力は『完全な疑似体験』。ソウルジェムを現実には濁らせることなく、あらゆる戦いの場をあなた方に体験させることが出来ますわ。その過程においては、死に至ることから魔女化に至ることまで体験させることが出来ます。そしてシミュレーション中は、それが疑似体験であることが一切自覚できないため、本格的な命がけの訓練が可能です。
 さらに今回の事件を見たので、奇跡に至る道もある程度可能になるかと。
 お望みなら、いつでもご利用をどうぞ。私による解説と批評付きです」
 「最後の批評が余計よ。ためになりそうなのがもっと頭に来るわ」
 
 
 
 口ではそう答えたものの、この後彼女たちは、頻繁にジークリンデの元に通うことになる。
 ジークリンデのアドバイスもあり、7人の魔法少女は、間違いなく歴代最強の力を手にした。
 
 
 
 
 
 
 
 そして、時は至る。
 
 (今回で、決着をつける)
 
 暁美ほむらは、そう、強く心の中で決意するのであった。



[27882] 真・第37話 「それはきっと、素敵な世界なのでしょうね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/12/18 23:54
 それは幾度となく夢見た戦い。
 焦がれたのではなく、文字通りに、夢として見た戦い。
 眼前を覆い尽くすのは、逆しまの魔女。
 対抗するのは、魔法少女。
 今回のそれは、暁美ほむらただ一人。
 夢を見る者……鹿目まどかが知る中で、一番苛烈な戦いだ。
 あまりにも強大な魔女に、個人とは信じられないような物量で対抗するほむら。
 だが、それなのに。
 その数多の物量が、彼の魔女には何の役にも立たなかった。
 打ち据えられるほむら。
 夢の中のまどかは――そう、夢を見ているまどかは、この光景を映画かアニメのように、俯瞰した第三者の目で見ているのだ――倒れたほむらに駆け寄る。
 会話しているようなのだが、その言葉は聞こえない。
 そして、登場人物のまどかは、キュゥべえを前に願いを掛ける。
 ここまでは何度か見ていた。
 だが、今回の夢では、少し違うことがあった。
 いつもなら聞こえないはずの声が、聞こえる。聞こえてくる。
 まどかは知りたかった。
 まどかが何度か見た夢で、この夢でだけはまどかは魔女にならないのだ。
 まどかが魔法少女として戦った夢だと、たいていワルプルギスの夜を倒すと同時に、心が絶望に満たされたまま意識が飛んで目が覚める。
 ああ、魔女になっちゃったんだ、と、何となくだが判る。
 だがこの夢の時だけは、ワルプルギスの夜を撃破する前に何かがある。そこの辺りはどうしても憶えていられない。まどかの感覚だと、憶えていられないというより、ごちゃごちゃしすぎて判らなくなるみたいだ。
 何か自分が同時に100の言葉で100人相手に同時にしゃべっているような気分になる。
 そしてそのままワルプルギスの夜が倒れ、ほむらを救ったところで目が覚めるのがいつものパターン。
 だが。
 いつもは聞こえないまどかの声が、今日はかすかに聞き取れそうだった。
 
 ――私は――
 
       ――全ての魔女を――
       
                 ――魔法少女が――
 
 
 
 そのまま、なんとしてもそれを聞こうと思っていた時だった。
 
 「それはカンニングだよ」
 
 突然耳元で、誰かがそんな事を囁いた。
 
 
 
 「ひゃっ」
 
 まどかはそんな自分の声で目が覚めた。
 時間を見ると、大分早い。だが、寝直すには少し時間がない。
 
 「起きよ……」
 
 しかたがないので、まどかは少々寝不足のまま早起きをする。
 カーテンを開けると、窓の外でキュゥべえがひなたぼっこをしていた。
 
 「なんでいるの、キュゥべえ」
 
 思わず少し引いてしまうまどか。トウテツ戦の時に見たホラーな光景がトラウマになっているようだ。
 
 『やあ、おはよう、まどか』
 
 キュゥべえの方はそんな事を気にした様子もなくまどかに挨拶をする。
 
 『ちなみに質問の答えだけど、素質のある子の近くには、たいてい僕たちは控えているよ』
 「ぼく……たち?」
 
 まどかは、初めてキュゥべえが自分の事を複数形で呼んだことに気がついた。
 
 『ああ、これは別段秘密でもなんでもないんだけど、聞かれたり知られない限りは説明しないたぐいのことだからね』
 
 そう言われてまどかは、ちらりと時計を見る。時間は大丈夫そうだ。
 いい機会なので、まどかはトウテツ戦の頃から気になっていることを聞いてみることにした。
 
 「ねえキュゥべえ、ちょっと聞いていいかな」
 『いいよ』
 
 あっさりそう答えるキュゥべえに、まどかは質問をする。
 
 「キュゥべえって、本当はいっぱいいるんだよね。でもなんでみんなそっくりなの? わざわざ似せているの?」
 『それは、僕たちが容姿や態度を揃えているのかっていう事かい?』
 「うん、それもあるけど、いっぱいいるはずなのに差がないのも気になって」
 
 それを聞いたキュゥべえは、不思議そうに答えた。
 
 『僕たちは僕たちだからね。どの個体でも、ほぼ違いはないし、そもそも意味がないし』
 「え? なんで意味がないの? あ、ひょっとしてキュゥべえっていっぱいいるけど、心は1つだけとかそういう事なの?」
 
 まどかはうまく言葉に出来なかったが、要は個々のキュゥべえは単なる端末で、どこかにメインサーバーとも言える中枢があるのかと聞いていた。
 その意味を正確にくみ取ったキュゥべえは、それに対する答えを、まどかにもわかるように説明した。
 
 『僕たちが単なる端末で、どこかに中枢があるのかと聞かれたらそれはNOだ。僕たちは、ちゃんとそれぞれの個体が思考能力と自我を備えた、れっきとした知的生物だよ』
 「でも、それならなんでみんな差がないの? 個性がないの? なんで?」
 『ああ、そういう事か。その答えは簡単な事さ。そもそも差が出る理由がないんだ』
 
 ますます困惑するまどか。
 
 「どうして差が出ないの?」
 『当然だろう? まどか、1+1を、そろばんで計算しても電卓で計算しても、答えは同じだろう? 僕たちは別個の個体ではあるけど、個々の情報はほぼ瞬時に全個体が共有するような形で分配している。同じ情報を元に自分の為すべき事を思考すれば、同じ答えが出るのは当然だよ。だから僕たちは別個の知性であっても、行動は常に一貫したものになるのさ』
 「なんで同じになるの? 同じ本を読んだって、私とさやかちゃんじゃ違う感想になるのに」
 『それが僕たちと君たちの違いだよ。僕たちからすれば、同じ情報からまるで違う解釈を引っ張り出す君たちの方が訳が判らないんだから。その辺はお互い様さ』
 
 それは感情を、自分の判断を優先する種族と、理性を、包括的な判断を優先する種族との致命的な差。
 そこには重要な意味があるのだが、まどかがそれを理解するのはまだ先の話。
 
 
 
 
 
 
 
 「仁美、ちょっといいかな」
 「よろしいですけど、どうかしたのですか?」
 「ん? ああ、放課後、ちょっとつきあって欲しいんだ」
 「私は大丈夫ですが……私だけですか?」
 
 携帯を広げてスケジュールを確認しつつ答える仁美に、さやかは真面目な顔で答えた。
 
 「うん、仁美だけ」
 「……わかりましたわ」
 
 その口調にあることを感じ取った仁美は、小さく首を縦に動かした。
 
 
 
 その日の放課後、さやかが仁美を誘って行ったのは、予想通り病院であった。
 
 「よ、調子はどうだい? 恭介」
 
 わざと伝法な口調で声を掛けるさやか。それに応える恭介の表情は、今までの数段明るい。
 
 「あ、さやか、それに志筑さん。すごいビッグニュースがあるんだ」
 「ビッグニュース?」
 「うん、僕の腕、また動くようになるかもしれないんだ!」
 
 さやかと仁美の間で、無言のまま視線が交わされる。
 
 「どうしてまた急にそんな話が?」
 「うん。日米共同で、iPS細胞から神経を再生させるっていうプロジェクトがあって、これが動物実験でほぼ成功して、いよいよ人間に試してみる段階になったらしいんだ」
 「それの被験者に?」
 「てかさ、それってひょっとして、人体実験?」
 
 喜ぶ恭介に、さすがにツッコミを入れる仁美とさやか。
 だが恭介は、そんな二人を安心させるように言った。
 
 「あ、心配しなくても大丈夫。実はもう、人間に使っても一定の効果は出ることはわかっているんだ。成功率何%って言う実験のレベルでは、もうほぼ100%だって判ってる」
 「あれ、じゃあなんでまだ実験なの?」
 
 さやかが当然のように質問する。そこまで行っているのなら、とうに公開されていておかしくないはずだ。
 だが、聞いてみればわかる話ではあった。
 
 「『動く』所までは確立しているんだ。でも、それが『とりあえず』なのか、『完全に』なのかがまだ判らないらしくて。損傷した神経系を補填・再生できるところまではほぼ完璧になったらしいんだけど、それによって再生前と後で感覚が変わったりするのかっていう、最後の段階の検証が残っているんだ。
 この検証には、普通の人じゃ駄目で、超一流の職人さんみたいな、繊細な感覚を極限まで使うタイプの人じゃないと検証が出来ないらしくて。だけどそんな腕前の人を実験のために怪我させる訳にも行かないでしょ。だからある程度の評価を受けていて、日常を越えた『プロ』としての感覚を持っている人をピックアップしたら、僕が引っ掛かったらしいんだ」
 
 きわめて筋の通ったその説明に、さやかと仁美は思わず納得してしまった。
 何というかキュゥべえ、本気で仕事は確かなようだ、と、思わず同じ事を考えてしまう二人。
 
 「僕がまだ若いっていうのも理由の一つらしい。年齢による経過の差も見たいっていうし。だから、僕の腕が治ることだけなら大丈夫らしいよ。
 腕前の方は感覚が変わるかもしれないから、一時は落ちるかもしれない。でも、もし変わっちゃったとしても、弾けさえすればまた腕なんか上げられる。動かない今より、ずっと、いいんだ」
 
 恭介は力強くいったつもりなのだろう。だが、その目からは、いつの間にか涙が溢れていた。
 さやかと、仁美の目からも。
 
 
 
 いい話ではあったが、そこでさやかが動いた。本来の目的のために。
 
 「感動しているとこ悪いけどさ、少し深刻な話していい?」
 「深刻な話?」
 「うん……またいきなりでごめんなんだけど、答え、聞かせてもらいたくなって」
 
 恭介は思わずさやかと仁美の顔を見つめてしまった。この二人だけで『答え』といわれたら、それがなんであるかが判らない恭介ではない。
 そして、一応自分なりの答えは出ていた。
 
 「わかった……まず、さやか」
 
 名前を呼ばれて、居住まいを正すさやか。
 
 「あれから何度か、いろいろ考えてみた。それで判ったのは、僕はさやかと別れることは考えられない。でも、それは、やっぱり恋人のそれじゃない。いなくなられるのはいやだ。でも、欲しいとは思わない。それはやっぱり、恋の好きじゃないと思う」
 
 さやかは、何も言わず、表情も変えず、そのまま恭介を見続けた。
 
 「そして志筑さんの方は、それ以前にいて欲しいのかどうかがまだ判らない。知り合ってはいるけど、さやかほどある意味深い仲じゃない。
 でも、想像してみると、何か心がもやもやするんだ。さやかの時には感じなかったのに。
 だから志筑さん、少し男としてあまりにも虫のいい話を聞いてもらえますか?」
 「虫のいい、話、ですか?」
 「はい、情けなく、おまけに虫のいい話です……僕と、恋人を前提としておつきあいしてもらえませんか?」
 
 一瞬、さやかも仁美も思考が空白になってしまった。よく回らない頭で、さやかは何とか言葉を紡ぎ出す。
 
 「ちょ、恭介、それって普通、『結婚を前提として』でしょ! 何よ恋人を前提としてっていうのは」
 「変な言い回しだけど、こうとしか言えないんだ」
 
 対して恭介は、あくまでも真面目だった。
 
 「僕はまださやか以外の女の子とはつきあいがほとんど無い。そしてさやかとの関係も、好きではあるけど恋だとはどうも思えない。
 そして志筑さんには事実上告白されたようなものとして、何かよく判らない気持ちがある」
 
 そう理路整然と語る恭介に、さやかも仁美も思わず頷いてしまった。
 
 「そうなると僕にはもう頭の中では判断できない。だから志筑さんには少しがっかりさせちゃうかもしれないけど、とりあえず、って、ちょっとひどい言い方だけど、恋人同士であることを前提として、お互いに少しつきあってみないと、ぼくの中の結論が出ないと思ったんだ」
 「ああ、そういう事ですのね」
 「お試し期間みたいなもんか……恭介、あんた真面目なんだか不器用なんだか馬鹿なんだか。普通そういうのは黙ってつきあって、合わなかったら別れ話を切り出すものでしょ」
 「そんなひどいこと、出来る訳無いだろ」
 
 さすがに仁美には無理だったが、つきあいの長いさやかには判ってしまった。
 
 「はいはい、あんた、変なところで真面目だもんね……仁美とつきあってみて、あ、これなんか違う、僕はやっぱりさやかが……なんて思っても、つきあい始めちゃってたら、絶対別れ話なんか切り出せないもんね、恭介は」
 「さやかさん、それって略奪宣言ですの?」
 「ならうれしいんだけど、たぶん恭介、仁美とちゃんと恋人同士のつきあいしたら、たぶんそのまま一直線だと思うよ。伊達に長いことつきあってきた訳じゃないもん。二人とも、若い情熱に流されないようにはした方がいいと思うよ」
 「なっ」「ちょっと!」
 
 さやかのからかいに、ぴったり同時に反応してしまう恭介と仁美。
 
 「ほら、息ぴったり。案外お似合いかも」
 
 そう言われて、お互い顔を見合わせてしまい、そしてそのまま真っ赤になってしまう二人。
 そんな二人を見て、さやかは自分の心の中で、何かが終わったのを感じた。
 さやかは知らなかったが、それはかつても感じた痛み。
 だが、過去絶望を生んだその痛みは、今のさやかには何故か心地よい痛みであった。
 生まれてくるのも、絶望ではなく、むしろ希望。二人を祝福したいという、喜び。
 そして同時にわき上がってくるのは、中学生らしいというより、ある意味厨二臭い使命感。
 こんな平穏な暮らしを根こそぎ壊してしまうという災害級の魔女、ワルプルギスの夜。
 ほむほむが時を越えてまで倒さんとしている魔女。
 
 (絶対、やらせない。こんな小さな幸せを、壊させたりしない。絶対、止めてやる!)
 
 それは、小さな決意。だが、大きな希望を、絶望に対抗する力を生む誓い。
 
 
 
 
 
 
 
 「腹減った~。マミ、何か作ってくれ~」
 「はらへったー」
 「……ずいぶんと腑抜けてるわね、杏子。それにゆまちゃんが真似するから、だらけた態度禁止」
 
 マミが帰宅すると、何故か杏子とゆまがへたれていた。かすかにカーペットに散らばった猫の毛と、わずかに残っている傷からすると、どうも近所の猫たちと一戦やらかしたっぽい。
 魔法少女化した姿からも何となく予想できたが、ゆまはわりと猫好きらしい。その絡みで、近所のボス猫たちと遊んでいたのだろう。
 そんなゆまのめんどうを見る杏子は、この年でもう姉というより母親にしか見えなかった。
 そんな内心は隠しつつ、母の姉として、いうべき事はいう。
 
 「今からつくってあげるけど、カーペットの猫の毛、ちゃんと掃除しておきなさい。きれいになっていなかったら、デザート抜きよ」
 
 デザート抜き、に反応してゆまが立ち上がる。
 
 「あ、当然だけど魔法も抜きよ。ころころ新しいの使っていいから、ちゃんと掃除してね」
 
 ころころというのはローラー式の粘着テープだ。汚れてきたら一周分剥いて使う掃除器具である。
 そしてこの手の者は子供心にはいたずら心と叱られることが相反するギミックでもある。
 ぱりっと剥いてきれいな面を出す事は、プチプチを潰す快感に通じるものがある。
 きちんと怒っておかないと、子供は際限もなくああいうものを剥いてしまったりするから、同居が決まった直後マミはことのほか厳しくゆまと杏子(間違いではない)を躾けた。
 その甲斐あって、今ではちゃんと食器の後片付けとかも率先してやるいい子である。ゆまだけだか。
 そしてゆまは、嬉々としてころころのローラーから、汚れの付着した面をはぎ取りはじめた。
 実に、平和な光景であった。
 
 
 
 
 
 
 
 キリカは何となく、ジークリンデの元を訪れていた。
 戦闘訓練のために頻繁に顔を出してはいたが、たいていは他の誰かが一緒だった。要はみんな揃ってである。
 
 「珍しいわね、あなた一人なんて」
 
 ジークリンデも少し意外そうだった。予知が出来ると聞いているのに意外な事なんてあるの? とキリカが訪ねると、返ってきたのはごく当たり前のこと。
 
 「いつも未来を予知している訳ではありませんもの」
 「そりゃそうか」
 
 白薔薇だけが咲く庭先で、キリカは紅茶をごちそうになる。
 
 「よく判らないけど、おいしいな、これ」
 「あなたの好みは熟知していますから」
 「それも予知?」
 
 ところが、何故かそれを聞いたとたん、少し落ち込むジークリンデ。
 
 「私は何か悪い事をいってしまったかな?」
 「いいえ、あなたのせいじゃないの。少し知りすぎている私にだけ降りかかる、ちょっと悲しい想いだから」
 「悲しい想い……ね。ほんと、あなたが魔女の使い魔だなんて、絶対に判らないだろうね」
 
 そしてキリカは、知らぬまま残酷なことをいう。
 
 「よかったら、聞かせてもらっていいかな。なんでか、知りたい気分になった」
 「よろしい……の? 多分もあなたにとってもつらいお話よ」
 「あなたは私にとって、順位は低いけど恩人の一人だ。恩には恩で報いるものだと、私は思う」
 「……そういうところは変わらないのね、キリカ」
 「変わらない?」
 「聞けば判るわ」
 
 それは悲しい物語。寂しい心のまま引かれあった、二人の少女の物語。
 
 ………………
 …………
 ……
 
 「そっか、そういう可能性も、あったんだ。私がまどかとさやかを恩人だと思ったあの時、もしそれを拾ってくれたのが彼女たちじゃなかったら、私の運命も、また激変するという訳か」
 「ええ、そう。でもそれは、この歴史ではあり得ないこと。私の母体とも言える魔法少女、美国織莉子は、この時間軸ではあなたに知り合う前に魔女と化してしまったから。
 私は彼女の意思、記憶、人格、その他全てを再現する存在ではあるけど、美国織莉子その人ではないわ。だからこそ私は決して美国織莉子の名前は使わない。
 そもそも別の時間軸で暁美ほむらが私と出会い、その記憶を、添田ちえみから間接的に教えられるまで、私自身も美国織莉子の名前は知らなかったのですし」
 「あれ? 再現なのに名前判らなかったの?」
 「ええ。ただ一つ、それだけは、私自身も知りませんでしたわ」
 「……なんかごめん。あなたがたとえ人ではないのだとしても、あなたを悲しませるのはよくないことだと思う」
 「いいえ、あなたはあなたでしかない。あなたに私との交流の記憶が無い以上、そのことを問うのは無意味ですわ。ならば今生において、あなたが恩人と定めたさやかさんとまどかさんを、最後まで守り抜いてあげてくださいな。
 それこそが、別の世界の私が親友だと思っていた、呉キリカの生き方ですわ」
 「肝に銘じるよ、いたかもしれない親友。でも、出来るなら……」
 「出来るなら?」
 「さっきの物語みたいな悲しい結末じゃなく、私も、織莉子も、さやかも、まどかも、みんなが親友になれる世界、そんなのがあってもいいと思わない?」
 「それはきっと、素敵な世界なのでしょうね」
 
 それは誓い。明日を夢見る乙女達の、揺るぎない誓い。
 
 
 
 
 
 
 
 久しぶりに化学作業に手を出して疲労した体を、今ほむらは浴室で癒していた。
 薬品を洗い落とすという意味もある。
 湯船に浸かりつつ、ふと自分の胸元を見てむなしくなる気持ちを抑え、ほむらは今までのことと新たに知ったこと、そして教えられたことを反芻する。
 間もなく来ると思われるワルプルギスとの戦いにおいて、今回初めてほむらは武器をほぼ持たずに戦うことになる。
 使い魔相手用の最小限のものだけで、ワルプルギス本体を攻撃するための重火器をほむらはほぼ捨てた。
 過去の蓄積、そして新たになった知識から導き出されたのは、ワルプルギスの夜相手に現代火力はほぼ無意味という事。
 それよりも今回のような複数人のパーティを組める状態では、ほむらは攻撃より防御に回った方が圧倒的にパフォーマンスを発揮出来る。
 それほどまでに『時の障壁』は反則的な防御魔法だった。
 実際、霧の魔女謹製のシミュレーションの中で、ほむらはそれを嫌というほど思い知ることになった。
 その本質は時間停止の応用で、あらゆる物理運動を静止させてしまうもの。
 いや、それどころか非物理的な魔力のようなものですら、空間内を『運動』している限りそれを止めてしまうことが出来た。
 止められないのは霧の魔女などが使う精神攻撃、使う魔女はいなかったが、瞬間移動による零距離接触(ゆまのテレポートで実験済み)、そしてこれも滅多にいないが、視線による凝視攻撃くらいである。メデューサ・ゴルゴンの石化の視線は止められないということだ。
 そして、事実上ほぼ全ての魔女の攻撃が止められるという事実は、時間停止による疑似転移と盾の展開・設置の組み合わせにより、敵魔女の攻撃の実に九割近くをほむら一人で阻止出来ることが訓練の結果判明した。
 しかも、盾一枚であのワルプルギスの夜のビル落下攻撃を止められるのである。
 反則過ぎであった。
 ワルプルギスの夜そのもの相手のシミュレーションは出来なかったので、それに近い魔女の戦いを再現してもらったのだが、直径10メートルを超す隕石みたいな岩塊を、ほむらの盾は難なく止めてしまったのだ。
 こと物理的な攻撃に関する限り、完全な鉄壁であることが今では判っている。
 守ることに専念した時の自分の鉄壁さには、ほむら自身があきれかえるほどであった。
 
 (全く……本当に私は自分の事が見えていなかったのね)
 
 ほむらとしても反省する事しきりである。
 この事実にもっと早く気がついていれば、やりようはいくらでもあったという事だ。
 もっとも、それで勝てるほどワルプルギスの夜は甘い相手ではないのだろうが。
 
 (練習もした。訓練も重ねた。気にくわないけど、ジークリンデの忠言も受け入れた)
 
 白巫女、白の巫女姫、助言者の名前は伊達ではなかった。
 助言に従って理解された力は、間違いなく格段に魔法少女達の力を引き上げた。
 非常に頭に来ることだが、あの傲岸不遜な上から目線の台詞の意味が嫌というほど理解出来てしまった。
 あんな助言が出来るなら、ああいわれても納得してしまう。
 文字通り、自分たちが何も判っていないことを思い知らされるのだから。
 戦闘力のつけようがないちえみ以外は、ゆまですら一騎当千の魔法少女と言えるまでに仕上がった。
 
 (もしこれで駄目だとしたら、私たちにはあの魔女を倒せない、そう言いきってもいいわ)
 
 ジークリンデは断言した。時間の矛盾によって守られているワルプルギスの夜といえども、奇跡の魔力を帯びた攻撃を止めることは出来ないと。
 残念ながら、トウテツ戦の時のような無尽蔵とは行かない。それでも、杏子とゆまを中心に、奇跡の祈りを発動させれば、約30分間ほどは魔力の消耗を一切気にせずに戦える。
 その間に削り切れればこちらの勝ち、相手の耐久力が上回ればこちらの負けだ。
 そして情報としては貴重でも、この成果は持ち越しが効かない。
 うかつに知られればかえって奇跡の芽を潰す、その理由がある限り、次のループでまた奇跡が起こることを期待することは出来ない。
 そういう誘導を仕掛けるにしても、そのためには次の世界でまたジークリンデに頭を下げる必要になるだろう。それでもうまくいくかどうかはあやしい。
 奇跡はあくまでも奇跡なのだ。
 だからこそ、今回で潰す。
 
 ほむらもまた、強く誓った。
 
 
 
 
 
 
 
 そして時は遂に至る。
 
 その日、見滝原に強風警報、竜巻警報が発令された。
 



[27882] 真・第38話 「悪いけど、その願いは通せないのよ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/12/18 23:55
 その日の空は、今にも雨が降りそうなほどに曇っていた。
 ねずみ色の空の下、まだ昼下がりなのに人気が消えた見滝原の町中に、七人の侍ならぬ、七人の魔法少女が佇んでいた。
 
 巴マミ。
 佐倉杏子。
 ゆま。
 美樹さやか。
 呉キリカ。
 添田ちえみ。
 
 そして……暁美ほむら。
 
 常人の目には見えないものが、彼女たちにはしっかりと見えていた。
 遙か天空から、けたたましい笑い声を上げながら接近してくる、逆しまの魔女。
 ただの人には竜巻に感じられる、災害の魔女。
 
 そして決戦の火蓋は切られた。
 
 
 
 「アレッセ・アナリーゼ!」
 
 開闢の一撃は、ちえみの看破。魔法少女の念話を通じて、より詳細に見抜かれたワルプルギスの夜の情報が伝えられる。
 
 「やはり基本的には弱点なんかありません。強いて言うなら、起こさないうちに撃破してください! 起こしてしまうと、倒せない訳ではないですけど、被害が尋常じゃなくなる恐れがあります!」
 「要は早めに片付ければいいんだろ!」
 「がんばってたおそうね!」
 
 答えるのは奇跡の二人、杏子とゆま。
 あれからこの時のために何度も練習した、奇跡を引き寄せる呼び水。
 あくまでも一時的だが、二人の心を合わせ、祈れば、まわりのみんなも巻き込むように、ソウルジェムの真の力が解放される。
 さらに。
 
 ――佐倉杏子。あなたの祈りは、『話を聞いてもらうこと』。そのシンボルは『言霊』、その力の本質は『幻惑』。その武器は『意を貫き通すもの』。故にあなたは、惑わす事、貫く事、結びつく事に力を発揮するわ。
 
 ジークリンデの助言。祈りと性格より導き出される、もっとも力を発揮しやすい方法論。
 杏子の場合は、それは言霊。その手段は、『目的を明確な言葉にすること』。
 だから杏子は、かつては否定した言葉を掲げる。マミがとどめの一撃に名をつけることに反発していた彼女が、今は敢えてそれを肯定する。
 
 「やるぞ、ゆま。合わせろ!」
 「うん、キョーコ!」
 「いくぞ」
 「おーっ」
 
 
 
 「「イグニッション!」」
 
 
 
 ソウルジェムに燃える炎を点火する、そのイメージとして選んだのがこの言葉。
 杏子とゆま、二人が心と声を合わせることで、二人の心は同期をはじめる。
 共鳴する心と魔力が、ちぃぃんという音と共に周囲に拡散し、他の魔法少女の心にも、その炎を灯す。
 それは未来への希望、絶望を打ち払う聖火。
 そしてその炎を受け、まずはとばかりに、さやかとキリカが前へ出る。
 
 ――美樹さやか。あなたの祈りは『他者を救う事』、そのシンボルは『円環なす曲(しらべ)』、その力の本質は『再生』、その武器は『切り開くもの』。故にあなたは、耐える事、奏する事、開く事に力を発揮するわ。
 
 ――呉キリカ。あなたの祈りは『変わること』。そのシンボルは『意思』。その力の本質は『抑圧』。その武器は『束縛を引きちぎるもの』。故にあなたは、変化させる事、押さえつける事、解き放つ事に力を発揮するわ。
 
 キリカの魔力が周辺空間に迸り、その行動を『抑圧』する。
 ワルプルギスの夜から、たくさんの使い魔――魔法少女を模した影が現れるが、その動きは明らかに鈍い。
 速度低下魔法を維持したまま戦えるようになったキリカは、その使い魔達を三対六本の爪刀で次々と切り裂いていく。
 そしてさやかは、そのキリカとコンビを組みながら、近づいてくる相手は剣で切り裂き、遠方の敵には、
 
 「いっけええっ!」
 
 召喚した銀の円環――CDのディスクをイメージしたチャクラムが、さやかの号令一下飛来する使い魔に襲いかかる。
 銀盤に切り刻まれ、使い魔達はあえなく引き裂かれ、消えていく。
 
 だが、ワルプルギスの夜も強い。信じられないがビルが引っこ抜かれ、逆落としに襲ってくる。
 だが、その攻撃は届かない。
 
 「無駄よ」
 
 ビルの大きさからすれば木の葉一枚にも満たない、紫色に発光する六角形。それが張り付いた瞬間、巨大なビルが静止してしまう。さらに、
 
 「居場所が間違っているわよ」
 
 大規模に展開された黄色の帯が、落下するビルを元の場所に植え直していく。
 
 ――暁美ほむら。あなたの祈りは『やり直す事』。そのシンボルは『砂時計』。その力の本質は『遡行』。その武器は『守護するもの』。故にあなたは繰り返す事、やり直す事、そして守る事に力を発揮するわ。
 
 ――巴マミ。あなたの祈りは『命を繋ぐこと』。そのシンボルは『リボン』、その力の本質は『拘束』。その武器は『終わりを示すもの』。故にあなたは、繋ぐ事、結ぶ事、縛る事に力を発揮するわ。
 
 さらに巻き付いたリボンは傷ついたビルを『再生』し、元通りにしてしまう。
 それにゆまが治癒の魔力を上乗せする。
 
 ――千歳ゆま。あなたの祈りは『共にあること』。そのシンボルは『猫』。その力の本質は『絆』。その武器は『叩きつぶすもの』。故にあなたは、保つこと、癒すこと、近づくことに力を発揮するわ。
 
 「ありがとうゆまちゃん、ついでに大技行くわ。呉さん、同調よろしく!」
 「よし、あれか!」
 
 マミが両の手にリボンを持ち、それをワルプルギスの夜に向かって一斉に投擲する。
 さらにキリカが、それに合わせて何かを投げた。
 そこに加えて、ゆまの魔法が上乗せされる。
 
 3つの魔法は融合し、ワルプルギスに襲いかかる。リボンと爪が融合し、アンカーとなって地面に食いつき、縛り上げられたワルプルギスの夜を地面に縫い付ける。
 本体の一大事とばかりに使い魔達がそれを剥がそうとするが、
 
 「それはやらせないよ!」
 
 さやかが激しく剣を振り回す。一見乱暴に振り回されているだけに見えたが、巻き起こる『風』にさやかの魔力が乗り、空間を渡る『音楽』になって使い魔達に襲いかかる。
 それはマミが張り巡らせたリボンに対してはただ揺らすだけに留まり、それにたかっていた使い魔達に対してはそれを吹き飛ばす烈風となった。
 さらにそこにほむらが展開した盾が襲いかかり、飛翔する使い魔達を静止させ、地に叩き落とす。
 そしてそこに。
 マミによって召喚された無数の銃が、使い魔達に照準を合わせていた。
 
 「アッラ・フィーネ」
 
 その言葉と共に、使い魔達は殲滅された。
 
 
 
 そして身動き出来ない状態のワルプルギスに、魔法少女達の全力の攻撃が殺到する。
 マミのティロ・フィナーレが。
 キリカの爪刀乱舞が。
 さやかの撃剣が。
 ゆまの極大ねこモールが。
 そして、杏子の、
 
 
 
 「とどめだあっ! ロッソ・ファンタズマ・インフィニッテ!」
 
 
 
 無数に分身した杏子より放たれる無数の槍。それが次々とワルプルギスの夜に突き刺さる。
 そして突き刺さった槍は、次の瞬間、一斉に巨大化する。
 内外より膨れあがる槍の威力に、さすがのワルプルギスの夜も耐えかねたのか、遂にその身をはじけさせた。
 
 「やった……」
 
 杏子が小さくつぶやき、
 
 「やったあー」
 
 ゆまがのんきに叫び、
 
 「やったの?」
 
 マミが信じられなさそうに言い、
 
 「やったな」
 
 キリカが天然ニヒルに語り、
 
 「いよっしゃあっ!」
 
 さやかが勝ちどきを上げ、
 
 「本当に、勝ったの……」
 
 ほむらが呆然となる。
 
 そう、間違いなくワルプルギスの夜は撃破された。
 あまりにもあっけなく。
 これまでのほむらの苦戦は何だったかと言うほどにたやすく。
 
 「これが、全力の、きちんと力を解放した魔法少女の、力だというの……」
 
 だが。
 
 「……皆さん、やはりそんな甘い相手じゃないみたいです」
 
 ちえみだけは、一人悲観的な言葉を述べた。
 
 「え」「なんで?」「それって」「いったい」「どういう」「ことなの?」
 
 何故か皆の言葉がきれいに繋がった時、それは起きた。
 
 彼女たちの目の前で。
 倒したワルプルギスの夜は。
 まるで今までの光景が夢だったかのように、そこに存在していた。
 
 
 
 
 
 
 
 まどかと仁美は、外の様子が心配であった。
 他の人には、そして仁美にも今の外は嵐が荒れ狂うようにしか感じられないし、見えない。
 だが、まどかにだけは感じられた。莫大な魔力が荒れ狂っているのを。友達が戦っているのを。
 そして先ほどから膨れあがる、いやな予感。
 元々まどかは、この戦い、それほど長期戦にはならないと聞いていた。長期戦になれば、負けるのはこちらだからと。
 なのにけっこうな時間が経つのに、まだ誰も戻ってこない。
 そしてまどかは、意を決して起ち上がった。
 そんなまどかの様子に気がつく、父と母。
 かつてと違い、二人はまどかを止めなかった。
 判っていたのだ。話を、事情を聞いていた両親には、この期に及んで止まる娘ではないということが。
 だから言う言葉は一つずつ。
 
 「しっかりおやりなさい」
 「帰ってくるんだぞ」
 「……はい」
 
 娘は小さく頷き、そして外へと駆け出していく。
 
 
 
 
 
 
 
 重い扉を開け、外に出たまどかが見たのは、倒れ伏すみんなの姿だった。
 見える範囲でも、マミとゆま、そしてほむらが倒れている。
 まどかは慌ててみんなの所へ駆け寄った。
 
 「みんな、だいじょうぶ! どうしたの?」
 「鹿目さん……あなたは逃げて」
 「なんでたおれないのよう、ちゃんとたおしたのに」
 「えっ?」
 
 ゆまの言葉に、まどかは思考が止まる。倒したのに、倒れない?
 
 「何故か判らない……私たちは勝ったはずなの。なのに、まるでそれがなかったことになるかのように、あいつは蘇ってくるの。もう、7回も倒したのに」
 「他のみんなは?」
 「杏子とさやかとキリカは、まだ前で戦っているけど……たぶんもう、時間の問題かも」
 
 それは、まどかが初めて……いや、よく憶えていないが一度だけ聞いた気もする、ほむらの弱音であった。
 
 「私に出来ることは全部やったはず。そして現に、あっけないほど簡単に、今まで苦戦していたワルプルギスの夜は倒せたはず。なのに、なんで、何でっ……」
 ほむらの顔が、涙で濡れていた。
 よく見ると、マミも、ほむらも、ソウルジェムが危険なほどに真っ黒になっている。ゆまのソウルジェムは見えないが、たぶん同じだろう。
 そしてそれは、今前でワルプルギスの夜を押さえているという、さやか達もおそらくは同じ。
 もう、駄目だった。もう、自分を抑えられなかった。
 そう思うと同時に、どうやらまた大きな戦況の変化があったようだった。
 まるで計ったように、人が降ってきた。
 杏子と、さやかと、キリカが。
 
 「あれ?……わりぃ、やられた」
 「反則だよ……倒してもすぐ復活するなんて」
 「恩人、すまない。守りきれなかった」
 
 そして視界に映るのは、悠然とこちらに近づいてくる、逆しまの魔女。
 そしてまどかは決断する。
 
 「ほむらちゃん、そして、みんな……」
 「まどか、あなた……」
 「ごめん、もう止まらない」
 
 判ってはいる。ただあれを倒すことを願っても、その後で自分が代わりになるように魔女と化すだけなのは。
 
 「ほむらちゃんは知っているんでしょう。一度だけ、私が魔法少女になっても、死にも魔女にもならなかったことがあったって」
 「! でも、あれは」
 「ほむらちゃん、私、もういやなの。ただほむらちゃんやみんなに守られているのは」
 
 言葉が止まるほむら。
 
 「ね、ほむらちゃん。私に出来ること、無いの? 私だって、みんなと一緒に戦いたいよ。みんなだけ痛い思いをするなんて、やだよ……」
 
 泣き顔になるまどか。その涙をぬぐい、まどかは問い掛ける。
 
 「教えて、ほむらちゃん。私に何が出来るの。私はどうしたらいいの」
 「まどか……」
 
 ほむらの胸に混乱が宿る。言いたい事が溢れてきて、なにを言えばいいのかが判らない。
 そして混乱したほむらは、胸を貫く一言を口にする。
 
 「まどかがそういう気持ちなのはうれしいの。でも、まどかを魔女にすることだけは絶対に出来ない……だって、まどかが魔女になったら、あれよりひどい最悪の魔女になるんだもの。全宇宙を瞬時に滅ぼしてしまう、救済の魔女に。私はまどかを、そんなものにしたくなんかないの!」
 「そう、そうなの、ほむらちゃん。私が魔女にならなければ、魔女になんかならなければいいんだよね。
 ――魔法少女が魔女になる、そんな定め、壊しちゃえばいいんだよね」
 
 それはどこに向かう一歩だったのか。その言葉が、まどかを封じていた、最後の封印を打ち砕く。打ち砕いてしまう。
 
 「キュゥべえ」
 
 それは宣誓の言葉。
 
 それを聞きつけたかのように、どこからともなくキュゥべえが現れる。
 
 「キュゥべえ、契約を。私の願いは……
 
 
 
 ――全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。
 
   全ての宇宙、過去と未来、そして平行世界、全ての魔女を。
   
   そうなるまで戦ってきた、全ての魔法少女の笑顔を、私は守りたい。
   
   そのためなら、魔法少女のルールなんか、全部壊して変えてみせる。
   
   それが、私の、祈り――さあ、かなえてよ、キュゥべえ!!」
 
 
 
 キュゥべえは、ただ無言でそこにいた。
 そしてまどかの、心からの、命と引き替えにしても悔いのない、不可能と思われる願いに、契約は反応する。
 まどかの全身が光り、やがてそれが、胸の一点に集まり始まる。
 
 「まどか……ばかっ」
 
 ほむらは嘆くが、その身はもう動かない。
 まどかは、この優しい娘は、またあの願いにたどり着いてしまうというのか。
 そして、その光が胸から浮き上がり、それをまどかが手を伸ばして掴む。
 
 
 
 
 
 
 その瞬間。
 
 
 
 
 
 
 
 どこからともなく飛来した何かが、その光を打ち砕いた。
 
 
 
 「悪いけど、その願いは通せないのよ」
 
 同時に響く、声。
 その瞬間、ほむらのソウルジェムは最後の力を振り絞る。それほどの衝撃だった。
 何とかそれによって立ち上がったほむらが見たものは、
 
 
 
 宙に浮かぶ九つの魔法球と、
 
 その中心に立つ、
 
 
 
 添田ちえみの姿だった。
 
 
 
 
 
 
 
 それは一種異様な姿だった。
 そこにいるのは、間違いなく、ソウルジェムをモノクルからゴーグルに変えたちえみだった。だが、そのシルエットは今までとは大きく違っていた。
 その手に握られているのは本ではなく槍。
 左の手に装着されているのは盾。
 その背に銃と剣、そしてねこモールを交差させて背負い、
 さらにその手首からは、三本六対の爪刀が生えていた。
 そう、仲間全ての武装を装着したちえみがそこにいた。
 
 
 
 「ちえみ……その姿は。それに、なんで、今のはあなたがやったの!!」
 「はい、先輩。まどかさんは、私が今殺しました」
 「どうしてっ!」
 
 もはや魔力などかけらもないはずなのに、ほむらは全身が引きちぎらせそうな声で叫ぶ。
 他の仲間達も、それに引きずられるかのように、最後の力を振り絞って立ち上がりはじめた。
 
 「どういうことだっ!」
 
 皆の気持ちを代弁するかのように、杏子が叫ぶ。
 
 「なんでまどかを殺したのよっ!」
 
 さやかの叫びがちえみを糾弾する。
 だが、ちえみは全く揺らがずに、こう答えた。
 
 「最後の決断を、間違えたからです」
 「間違えた……? あなたは正解を知っているとでも?」
 
 マミの詰問に、ちえみは頷く。
 
 「あの場でまどかさんには、3つの選択がありました。
 一つは正しい答え。全てをよき方向に向ける、正しい選択。
 一つは間違い。今回の結果を無にし、先輩を再び時の輪に戻す間違い。
 そして残る一つ、それは正しい間違い。この上もない正解でありながら、全てをご破算にする最悪の間違い。
 そしてまどかさんは、最後の一つを選んでしまいました」
 
 「何だ、それは……」
 
 キリカが必死に上体を起こしながらも弾劾の言葉を向ける。
 
 「ちえみっ! あんた、知ってたのか、その正解を!」
 「はい。でもそれは、杏子さんの奇跡と同じ……知っていたらすべては無に帰す答えなのです」
 「あれと、同じ……」
 
 杏子が力無くつぶやく。
 
 「今回は、賭でした。説明しきれないことも多いんですけど、今回たぶん、まどかさんは正解か、正しい間違い、どちらかを選ぶと思っていました。
 正解なら問題はありません。先輩も、それで救われていたはずでした。
 でももし正しく間違えたら……その時は、私は後始末をしないといけないんです。
 それが、私の、なすべきことですから」
 「何よ、それ……」
 
 マミがやはり力無くいう。
 
 「先輩。私、前にジークリンデさんから、助言は何も無いっていわれましたよね。まともに強くなることは出来ないって。でも、あれ、こういうことなんです。
 正攻法では駄目でも、裏技なら強くなれるって。
 そして私の裏技は、魔女の力の再現。そう、ジークリンデさんのそれとよく似た力です。
 それで今私は、ジークリンデさんの再現能力をコピーして、再現の対象を、魔女のそれから、私の知るあらゆることに格上げしたんです。この姿は、まあそれを証明するお茶目ですね」
 
 そしてちえみは、迫り来るワルプルギスの夜に向き直る。
 
 「先輩達があれを倒しても倒せなかったのは、ほむら先輩の矛盾が残っているせいです。
 奇跡の魔力があれば確かに倒すことは出来ます。でも忘れていませんか? あの魔女は先輩なんです。
 そう、先輩が時を遡ってやり直せる。同じ事を、あの魔女が出来ないと思っていたんですか?」
 
 衝撃で絶句する、ゆま以外の全員。
 その間にちえみは、無数の銃撃と槍衾、そして剣の檻でワルプルギスの夜を足止めする。
 
 「矛盾を解消するか、まどかさんの一撃、それ以外ではワルプルギスの夜は倒せません」
 
 先ほど魔女を拘束した、リボンと爪刀のコンボがワルプルギスの夜を拘束する。
 
 「でも、まどかさんが正しく間違えたおかげで、私がどうしても欲しかったものも手に入りました」
 「……何が……欲しかったの」
 「それは、情報です。とある場所の」
 
 ちえみは左手の盾を掲げ、ギミックを展開する。ほむらがやるのとそっくりな光の壁が、ワルプルギスの夜を取り囲む。
 
 「あ、先輩。これからやろうとすることは、真似しないでくださいね。私が今やるのには意味がありますけど、先輩が真似てしても、時空移動能力を持つワルプルギスの夜には無意味ですし」
 「何を……する気なの、ちえみっ!」
 
 ほむらの魂魄からの言葉が発せられる。その答えは。
 
 「ワルプルギスの夜を、別の時間へ飛ばします。そう……先輩が、初めて帰ってきた、あの時間に。
 今の先輩は知っていますよね。もし最初のあの時、ワルプルギスの夜が現れなかったら、自分がそのまま魔女になっていただろうって。
 そのワルプルギスの夜は、どこから来たと思いますか?」
 「……まさか」
 「そのまさかです。始まりのワルプルギスの夜は、私がこれからこうして送り込むんです。
 私が知りたかったのは、その時空座標。
 まさか、全ての因果を束ね持ち、全時空全てを知る、あの瞬間のまどかさんからじゃないと知ることが出来なかったのは、ちょっと痛かったですけど」
 
 そしてちえみがそう言うと同時に、光の壁は収縮を開始し、そしてそのまま、潰れるかのように目の前から消失してしまった。
 
 「転送、完了……さすがに、もう、限界かな」
 「限界?」
 
 そう言うちえみを見て、ほむらは恐ろしいことに気がついた。
 確かにちえみの魔力量はまどかほどではないにしろ多い方である。
 だがここまで常識外れの力を振るって、それが尽きない訳がない。
 
 「先輩」
 
 そう言うちえみの姿が、不意に陰って見えた。
 いや、影になったのではない。影になっているのだ。
 ちえみの姿が、塗りつぶされるように黒く染まっていく。
 そしてその姿が完全に黒一色に染まった時、ほむらは気がついた。
 
 「全宇宙全ての知識を得るためには、どうしたらいいと思いますか? それこそ、全知全能、宇宙全てを束ねる、そんな存在からでもないと無理ですよね」
 
 その言葉と同時に、ゴーグルに変わっていたちえみのソウルジェムは、遂にはじけ飛んだ。
 後に残るのは普通のものより二回りは巨大な、グリーフシードの殻。
 そして同時に、辺りを埋め尽くすように結界が展開された。
 天まで続く本棚。
 無限に広がる本棚。
 そして一切の音を封じる、静寂の空間。
 
 
 
 それは全知の魔女。図書の魔女グリムマギーのいた、あの無限の図書館であった。
 だが違う点が一つ。
 初めて見た時は無力だった使い魔――手足の生えた本の群れが、ほむら以外の魔法少女に襲いかかっていた。
 普段なら鎧袖一触だっただろうが、今の彼女たちはほぼ力を使い果たしている。
 その上、使い魔の攻撃は、接触だけでその力を発揮した。
 使い魔に接触された瞬間、まるで魂が抜けたかのように目から光が消え、その場に倒れ伏す仲間達。
 
 『何を、したの……』
 
 声が出ないため、念話で話しかけるほむら。
 意外な事に、魔女は答えを返してきた。
 
 『まだ答えられますね。使い魔はそのつとめを果たしたんですよ。私の使い魔の能力は、記憶の蒐集です』
 『記憶の蒐集?』
 『はい。今そこにいる皆さんは、あらゆる記憶を抜かれて、赤ん坊同然に戻っていますよ。身体制御記憶に至るまで抜き取りましたから』
 『ちえみ……いいえ、図書の魔女。私はあなたを、許さない……』
 
 だが魔女は、揺らぎもせずに答えた。
 
 『怒られるのはまだ早いですね~。先輩、いいえ、暁美ほむら』
 
 その瞬間、何故かほむらは、影の魔女がにやりと笑ったのが理解出来た。
 
 『此処であなたに倒れられる訳には行きません。だから』
 『だから?』
 『ラストチャンスです』
 
 次の瞬間、この結界全てを覆い尽くすほどの『門』が出現した。それはほむらが時を戻る時にくぐる、あの『門』。
 
 『あなたの力ではなく、私の力で時を戻します。
 そこはあなたではなく、私が観測者となる世界。
 そしてあなたは、もう二度とやり直す事は出来ません、まさに文字通りのラストチャンス。
 その機会、見事に生かし切って、ちゃんとハッピーエンドに至ってください。
 そのための手段も、情報も、全てはもう、あなたの手の中にあります。
 後は決断だけ。正しい決断だけ。
 今度間違えたら、まどかさんじゃないですけど、完全な終わりになりますよ。
 今回まどかさんを殺してまで止めたのも、あの祈り、2度目の世界再生をやられたら、あなたの努力が全て無意味になるからですし。
 ま、少しだけおまけはしておきますから、頑張ってくださいね。
 このあと私は、初めて先輩があった時の、時の流れから外れた、引きこもり魔女になりますから』
 
 抵抗する術など、何も無かった。
 全てが門の中に崩れ落ち、そして
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらは、目を覚ました。
 そこは明るい病室。
 枕元には、見滝原中学の学校案内。
 壁のカレンダーには、15の所まで斜線が入り、25の所に丸がしてある。
 それはまさに始まりの時。
 
 ここまでは、いつもの目覚めであった。
 
 だが、違ったのは、退院手続きをして、病院の外に出た時。
 
 
 
 そこには、みんながいた。
 
 マミが。
 さやかが。
 キリカが。
 杏子が。
 ゆまが。
 そして……まどかが。
 
 「どうして、みんなが……」
 
 呆然とつぶやくほむらに、まどかが告げた。
 
 「みんな、おぼえてるんだよ。ううん、前だけじゃない。その前も、その前の前も、全部。
 私だけじゃなくて、マミさんもさやかちゃんも、みんな。
 ……びっくりした? ほむらちゃん。私の、最高の、お友達……」
 
 そこから後は涙声になって、まどかはほむらに抱きついた。
 まわりのみんなも、涙ぐんでいる。
 だが、そこでほむらは気がついた。
 ちえみが、ちえみだけがいない。
 
 「なんでちえみはいないの?」
 
 皆一瞬、お互いの顔を見合わせる。
 そしてそこにかかる声。
 
 「その答えは、私が預かっているわ」
 
 そこにいたのは、白い女性。但し、その姿は魔法少女のそれではない。
 白滝女学院の制服に身を包んだ女性がそこにいた。
 
 「ジークリンデ、さん?」
 「いいえ」
 
 思わずそう問いかけたまどかに、その女性は答えた。
 
 
 
 「ご存じの方も多いでしょうね。私は、美国織莉子と申します。そして、同時に魔女ヴァイスと、使い魔ジークリンデの記憶を継ぐものでもあります」
 
 
 
 こうして、ついに真の終わりが幕を開けた。



[27882] 裏・第38話 「わたしを見ていてくれたんでしょ」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2011/12/18 23:55
 「じゃあ、行くね」
 「……さすがに判っていたか」
 「一応はね。私、これでも神様なんだよ」
 
 時空の狭間。魔女の図書館内。
 今、少女達のお茶会は、その終わりを迎えようとしていた。
 女神まどかの前には、8冊ほど積まれた漫画の本。
 今までのほむら達の軌跡だ。
 
 「わたしを見ていてくれたんでしょ、ほむらちゃんの代わりに」
 「……ああ」
 「そうじゃなかったら、ほむらちゃんがいなくなったあの時で、今の私、円環の理、女神としての『鹿目まどか』は消えていた」
 
 無言で頷く図書の魔女。
 
 「私が『円環の理』じゃなくて、『鹿目まどか』としてみんなを見守れたのは、ほむらちゃんがいたからなんだよね」
 「そういう事だ」
 
 本来まどかは、円環の理としてその存在を昇華する時に、『鹿目まどか』としての人格は消えるはずだった。それが残っていたのは、最後のあの時、お互いが消えようとする中で渡した、あのリボンのせいだった。
 落ち着いて考えてみれば判ることだが、あの時のまどかとほむらは、何も身につけていない状態、言い換えれば物理的な実体ではなかった。
 もしそうだとしたら、ソウルジェム無しでは二人は存在も出来ないのだから。
 そしてそんな、いわば魂の状態で渡されたリボン。
 
 「まどかはただリボンを記念に渡しただけのつもりだった。だが、実際に渡されたのは、まどかの『魂の力』に他ならない。そしてそれは、暁美ほむらが新世界へ転生した際、彼女本来のソウルジェムを覆う力となった。
 それゆえにほむらは身に秘めた矛盾によって世界に弾かれることもなく、新世界に存在することが出来た。そのせいで時間停止が使えなくなり、代わりに使える力がまどかの能力である弓になったりしていたがな。
 そして暁美ほむらが自身のソウルジェムを覆う力によって保護され、『存在』していたが故に、鹿目まどかもまた『観測者』を得て、その存在が円環の理という一概念に転化することを免れた」
 「うん。人は体の死と、記憶からの死と、二度死ぬっていうけど、私はほむらちゃんが憶えていてくれたから消えずにすんだんだよね。
 そして、ほむらちゃんが弾かれた後は、こうしてちえみちゃんが代わりにわたしを見て支えていてくれた。ありがとうね」
 
 黒い影なのに、何故か魔女は赤くなったようだ。
 
 「恥ずかしいことを言うな。ま、そうしたら事故でほむらのソウルジェムが破損した。だが、壊れたのはあくまでも本来のそれを覆っていたまどかの力。それが取れると同時にほむらは元の力を取り戻し、また世界の矛盾によって弾かれ、旧き円環に捉えられて元の次元に落ちた」
 「それをちえみちゃんが邪魔したんだよね」
 「ああ、存在の輪によって、その干渉をするのは定まっていたことだがな。旧き世界を巡ることによって、ほむらはちえみを見出し、そしてちえみは私に至る。見事なまでの存在の輪だ。今は結局の所歴史の流れに逆らえず、ほぼ輪が閉じてしまっているがな」
 「ごめんね。私があそこで正しい方の願いを掛けられれば……」
 「無理を言うな。あれはほむらが正しいキーワードでまどかを誘導しないと、あの時点のまどかの口からは出ないだろう」
 
 やれやれと肩をすくめる魔女。
 
 「さて、ワルプルギスの夜も始まりの世界に無事落ちたみたいだし、私は引きこもりに戻らないといけなくなったようだ。まどかも合流するんだろう、最後の世界のまどかに」
 「知っているとまずいキーワードだけちえみちゃんに預けていくけどね」
 「いってこい、まどか。もう私は何も口には出せない。失敗して全ての円環が閉じ、矛盾の消えた世界で私とまどかとほむら、三人だけが消えるのか、全てをぶちこわして新しい秩序が立つのか、全てはおまえとほむら次第だ。ま、私はどっちでもいいよ」
 「私は魔女じゃないちえみちゃんにまた会いたいよ」
 「じゃあ、頑張ってこい」
 
 その言葉と共に、女神まどかの姿は消えた。
 同時に魔女の図書館には、無限の静寂が戻る。
 そしてその主は、一つの世界を見続けるのであった。
 



[27882] 真・第39話 「私も考える」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/04 20:39
 集まった少女達は、とりあえず話が出来るところと言うことで、マミの家に移動していた。
 ちなみに候補地としてはほむらの家及び織莉子の家もあったが、ほむらの家はまだ結界その他の仕込みがすんでおらず、織莉子の家はいささか遠かったため、消去法でマミの家になった。
 さすがに話の内容が内容だけに、その辺の店とかは避けたかったのもある。
 
 そんな訳で、以前にも増しての大所帯が、マミの家に押しかけることになった。
 
 
 
 「私は賑やかなのも好きなのでいいのですけど」
 「私の家の準備が終わればそちらも使えるわ」
 
 マミが喜び半分ぼやき半分で言ったのを受けてほむらが答える。そして気がつく。
 
 「本当に、みんなも記憶を継承しているのね」
 「まあ、今朝方いきなりな」
 
 杏子がケーキにかぶりつきつつ言う。
 
 「でもよ、あたしやマミはともかく、さやかやキリカはいきなり魔法少女になっちまってるし、ゆまは……ちょいとあってな」
 「……?」
 
 何か歯切れの悪い杏子の様子に、みんなの注目が集まる。
 
 「あたしは滝の上で気がついたから、記憶の継承……っていうか、これのせいでちょっとパニクった後、真っ先にゆまの所に行ったんだ。前で少し言っただろ、ゆまは親を魔女に殺されている。
 そしてあたしが記憶を受け取ったのは、ゆまを見つける『前』だ」
 
 そう言いつつ杏子が見せたのは一冊の『本』。ほむらがそれを興味深そうに見つめるのに気がついた杏子は、それを少し牽制するように手を振りながら言葉を続けた。
 
 「あ、こいつに関しては後な。んで、あたしが以前ゆまを見つけた辺りに行った時、あたしが見たのは、消える結界の気配と……殺されかかってたゆまだった」
 「なっ!」「それは……」「大丈夫だったの?」
 
 さやかやまどか達が思わず声を上げる。
 それを制しつつ、杏子は言葉を続けた。
 
 「これ前はいちいち言わなかったんだけどよ、ゆまのやつ、どうも親に虐待されてたっぽい。たばこの跡とか付いてたからな。んで、時期を考えると少しずれちゃいるが、ひょっとしたらゆまの覚醒に引きずられたのか、ゆまの両親を喰い殺した魔女が出現したらしい。
 でも、今のゆまにはあんな雑魚敵じゃねえ。当然あっさり叩きつぶして、母親を守ったんだ、と思う」
 
 杏子の隣で、ゆまが頷いていた。
 
 「けどよ、かえってそれがまずかったっぽい。おふくろさん、変身したゆまを見て遂にぶっ飛んだらしくてさ、「あんたはあたしの娘じゃない」とか言いながら、錯乱して包丁持ってゆまを追いかけ回してやがった」
 
 皆の間に、何ともいえない沈黙が流れた。
 
 「実はさ、さすがにやべえと思って、ちょいと幻惑して逃げたまんまなんだよね」
 「オチをつけないでっ!」
 
 何故か珍しくも般若になったマミが、杏子を張り倒した。
 
 
 
 「……こほん。まあ、ゆまちゃんとバカの処遇は後で考えるとして」
 
 照れて真っ赤になったマミが、ごまかすように話題を変えた。
 杏子は今ゆまにいい子いい子されながら寝ている。
 どうやら本気でぶん殴ったらしい。
 まどか、さやか、ほむらの、マミをわりとよく知るメンツは、何事かとマミを注視してしまった。
 実際の所は同居の記憶ゆえ気安くなっていたせいなのだが。
 そんな皆の様子を、織莉子が笑ってみている。
 
 「何かぐだぐだね」
 「でも、嫌いじゃないわ」
 「あら、あなたからそんな言葉が出るなんて……変わったわね」
 「あなたほどじゃない」
 
 で、何故かほむらと織莉子の掛け合いになっていたりもする。
 
 「でも、真面目な話、ゆまちゃんは、何とかしないと」
 「……だよな」
 「少なくとも、親元には戻せねえぜ」
 
 まどかとさやかが話を真面目な方向に戻した時、寝たまま杏子がいった。
 
 「見てないと判んないだろうけど、ありゃ本気でヤバかった。親元に帰したら、間違いなくありゃゆまをガチで殺しにかかるぜ、あのおふくろさん」
 「そんなに、思い詰めているの?」
 
 杏子の物言いに、マミが確認を取る。
 
 「ああ」
 
 杏子は短く一言だけ言った。
 
 「だとすると、誰か大人の方の力がどうしてもいりますね」
 「そうだな、魔法でごまかすのはよくない事だろう」
 
 マミの意見に、キリカも同調する。
 
 「こういう時、子供だけというのは不便ね……」
 「ねえ織莉子、あなたには使えるコネ無いの?」
 
 が、その流れでキリカが言った言葉に、ほむらが固まってしまった。
 
 「……記憶があるって言う話だけど、『どこまで』あるの!」
 
 その慌て振りを見て、何故か顔を見合わせるほむら以外の全員。
 
 「あちゃ、そっちの話するの忘れてたよ」
 「ですね」
 「そういえばそうか。あの事件、ほむら嬢にはトラウマか」
 「あ、私が殺された時の?」
 「まどかっ!」
 
 さらっとまどかの口からイレギュラー時の言葉が出て、遂にほむらもぶち切れた。
 
 「ゆまちゃんのことも大事だけど、その前にきちんと説明していただけないか・し・ら」
 「ごめんごめん、あたし達、ただ記憶継承してるっていう訳でもないんで」
 
 憤るほむらを見て、さやかが謝るように言った。
 
 「んじゃほむほむご所望の説明をば」
 「ほむらよ」
 「というお約束はおいといて」
 
 うまく流されてしまっておかんむりのほむらであったが、事情は聞かねばならないのでさやかの言葉に耳を傾けた。
 まず、彼女たちが記憶の継承や魔法少女化した原因は、ある『本』のせいらしい。
 ほむら以外の全員が持っていた『本』は、各自のソウルジェムの色をしていたが、そのデザインはちえみの持っていたあの『書』と全く同一であった。
 
 「ま、見て判ると思うけど、誰がやったかは明白だよな」
 「私はどうもそれだけじゃないんだけど」
 
 どうやらまどかだけは他にも何かあるらしい。
 
 「まあまどかのことは少しおいておくけど、これにさ、記憶の他に、ちえみからのメッセージも入ってたんだわさ。
 ちなみにあたしが継承してるのは、原則魔法少女になってほむほむなんかと戦った時の記憶と、あたしが何か魔女になったのが二回分かな」
 「私はほむらさんと出会ったことのある記憶ほとんどですね」
 「ちなみに私は、織莉子と親友になった時とまどかやさやかと親友になった時の流れがメインだ」
 「ほむほむは何かプンスカしてるけどさ、それって見滝原中が魔女の結界に捕まっていっぱいやられた時の話でしょ。まどかが殺されてた」
 「うん。私がほむらちゃんに守ってもらってて、最後に飛んできた何かがお腹に刺さった時の」
 「……頼むからあの話を気軽に話さないで。あと私はほむら」
 
 真面目に聞いていたものの、織莉子と争った時の話があまりにも軽い扱いなのを聞いて、本格的にほむらは気が滅入ってきた。
 
 「あの時は私とキリカさんが争ったことがキリカさんの魔女化の原因になってしまっていたのね。戦ったことは謝らないけど、それに関しては知らなかったとはいえごめんなさいね」
 「何、あの時の私は織莉子の剣、そして非情なる殺人者だ。私自身は一片の悔いもないよ。もし織莉子と出会っていなかったら、マミが私の親友になっていた可能性だって有るのだろうし。
 実際今の私は少々困っている。織莉子に誓った私と、まどか及びさやかに誓った私が同居していて、しかもその両者が喧嘩しているようなものだからな」
 「キリカさん、私は殺された時のこと別に気にしていないよ。私から見れば誰に殺されたかなんて判らなかった訳だし、別の時間では守ってもらっているし、ほら、私の方が世話になっちゃってるから」
 「恩人……君は優しいな」
 「そうよ、キリカ。あの時私がキリカに手を汚してもらったのは、まどかさんが最悪の魔女……世界を滅ぼしてしまう存在になってしまうからであって、まどかさんという人の人格を否定してのものではないのだから。
 その前提がないこの世界で、私とまどかさん達が敵対する必要は全くないわ。むしろ手を取り合わなければならないくらいですもの」
 「そうですね。そんな都合の悪いことは忘れちゃいましょう」
 
 どうしても話がぐだぐだになる状況に、ほむらはこの場で話を聞くことを諦めた。
 
 
 
 結局そのまま夕食会になだれ込み、果てはお泊まり会にまで至るという話になってしまった。
 何とか事情は聞き出せたものの、ほむらの精神的疲労は半端なものではなかった。
 どうやら今回のループは、ほむらが最後の時に聞いたことと合わせて、ちえみ……いや、全知の魔女が仕掛けた事らしい。
 織莉子も、今の時間の流れには、救いの道があることを確信している。
 
 「ただ、その手段に至る部分は、意図的に私の記憶から消されているらしいわ。でも、それが存在していることだけは確信出来る……そしてそれが、予知に頼ってはいけないことだというのも、また確信しているの」
 
 だから私は絶望せずにすんでいる、と織莉子はほむらに語った。
 織莉子自身は、ジークリンデの知識を継承しているとのこと。但しそれにはジークリンデとして過ごした人格的なものは一切無く、純粋なデータの羅列らしい。
 その上で織莉子は、ほむらに手を差し出してきた。
 あの時はああするのが最善であり、今はこうするのが最善である。ほむらの人格や感情を無視した話であるが、この手を取ってもらえるか、と。
 もちろんほむらはその手を取った。織莉子の性格を、ほむらは熟知していたのだから。
 
 他の人物のこともまとめると、原則的に元々魔法少女だったマミや杏子は、ほむらと過ごしたループの記憶を継承しているらしい。ただまとめて受け取ったせいで受けきれずに抜けている部分も多いとか。但し、『本』に触れると、その忘れていることを自由に思い出せるらしい。
 他、必要とあれは本に記載された記憶を他者に見せることも出来るとか。
 まどかとさやかはほむらの憶えているループの記憶はほぼあるらしい。但し、やはり重複が多いせいで何度目のループの記憶だったかがかなり混乱しているとか。
 さやか曰く、『もういつの記憶かなんか関係ないでいいよ』とのこと。
 思い出があれば充分、とも言い切っていた。
 キリカや織莉子は、ほむらとの因縁が薄かったせいか、あのイレギュラーの時と、後半戦でつきあった時のものだけらしい。ゆまも似たようなものだとか。
 ゆまの場合は幼いこともあって気にもしていないらしい。
 
 
 
 「原則として、私とのつきあいのあった流れの記憶を以ているみたいね」
 
 マミの家の風呂の中で、ほむらはそんな事を考えていた。
 急遽泊まりになったため、早く寝るマミゆま杏子がまず入り、次いでキリカ織莉子さやか、そしてほむらとまどかがラストだ。
 ほむらが少し一人で入りたいと言ったので、まどかはいない。
 実際、話してみて判ったことは、あの「魔法少女のいない世界」の記憶を持った相手はいないということだ。
 さすがにあの世界の記憶まであったら混乱しまくりだろうとほむらも思う。
 なにしろあるときはちえみや杏子と新興宗教の幹部をやっていたり、織莉子と派手に喧嘩する仲になっていたりと、いろいろ違った世界なのだから。
 と、その時であった。
 
 「ほむらちゃん、いいかな」
 
 脱衣所の方から、まどかの声がした。
 しかも、いいかなと確認するようなことを言っておきながら、実際は既に服を脱いでいるようだ。
 女同士、別段恥ずかしがるようなことはないはずなのだが、何故かほむらは顔が赤くなるのを感じた。
 そしてまどかは、ほむらの返事を聞きもせずに浴室へと入り込んできた。
 そして……
 
 
 
 ……少女入浴中……
 
 
 
 「ほむらちゃん」
 
 一緒にあまり大きくはない湯船に浸かりながら、まどかがほむらに言葉を掛ける。
 ほむらは何気ないその言葉が、何故かものすごく重いものに聞こえた。
 なので、その直感に従い、真面目に返事をする。
 
 「何、まどか」
 「私ね……たぶんちょっとみんなより、いろいろな事がわかっているの」
 「……どういうこと? 何か余計な記憶でもあるの?」
 「余計じゃないんだけど……あのね、ほむらちゃんの前で消えちゃった、『円環の理』としての私も、今の私の中にいるみたいなの」
 
 危うくほむらは湯船の中に沈みかけた。幸い湯船が狭すぎて、まどかの体に引っ掛かったため沈没は免れる。
 
 「ま、まどか、それって……」
 
 声が大きくなるのを必死に抑えながらほむらは聞く。
 そしてまどかは、
 
 「うん。だから言ったでしょ、『私の最高の友達』って……」
 
 その言葉にはっとなるほむら。そう、あの言葉は、昇華直前のまどかの言葉。
 ただの記憶継承では、絶対に受け取れるはずのないもの。
 
 「別に神様の力が使えるとかじゃなくて、私じゃない私が、神様みたいな存在として、『もう一つの世界』をずっと眺めて、そして無数の魔法少女を、絶望の果てに至っちゃった魔法少女を、魔女にすることなく『円環の理』に受け入れていた、そんな思いの記憶を、少しだけ受け継いでいるみたいなの。
 でね、ほむらちゃん。
 私、生まれ変わったあっちの世界で、ずっと、『鹿目まどか』でいられたんだよ」
 
 その言葉に、ほむらは疑問を持つ。まどかはあの願いによって、円環の理という、人格も何も無い概念になりはてるのではなかったのか?
 少なくともキュゥべえはそう思っていたはずだ。
 そのことを問いただすと、まどかはこう答えた。
 
 「ほむらちゃんが、私のことを憶えていてくれたから」
 「え……」
 
 固まるほむら。それはまるで、愛の告白のようで。
 
 「私も知らなかったんだけど、あの時、ほむらちゃんにリボンを託したでしょ?」
 「ええ。愛用させてもらったわ」
 「あれね、実体としてのリボンだけじゃなかったの、渡したもの」
 
 それって……と言おうとして、ほむらも気がついた。
 確かあの時の自分は、そしてまどかは、概念として溶ける寸前のものだったはずだ。
 ましてや衣服すら着けていない状態。そんな状態で、何故リボンが受け取れる?
 そんな大事なことを見逃していた自分に、ほむらは今気がついた。
 
 「私も気がついていなくて、本当に記念にリボンを渡したつもりだったんだけど、それがほむらちゃんが私を憶えていられた理由なんだって」
 「それって、どういうこと?」
 「これね、魔女になっちゃったちえみちゃんが教えてくれたんだけど」
 
 その言葉に、胸がずきりと痛むほむら。
 
 「私が『リボンを渡そう』って思ったことで、私の力の一部が、ほむらちゃんに託されていたんだって。その力は、あっちの世界で、一部が象徴としてただのリボンになり、残りはほむらちゃんのソウルジェムを包み込んで、あの世界にほむらちゃんがいられるようにしていたんだって」
 「……私は、最後までまどかに守られていたのね」
 
 今のほむらには理解出来た。ほむらはまどかを守り切れていなかった。むしろまどかに守られていた。あの世界にほむらがいた事、ほむらだけがまどかの昇華を見守れたこと。
 それはつまり、ほむらが部外者であるという事。まどかの創り出した新世界において、ほむらは異物であるという事。
 それをまどかの心が包むことで、彼女が排斥されることを防いでいたという事。
 そしてその守りが砕けた時、世界の理、ほむらの祈り、時の矛盾、その全てが絡み合い、ほむらはあの『魔法少女のいない世界』に落ちた。
 そこに絡む『全知の魔女』。ほむらを助ける事によって、そこに至る定めを負ったちえみ。
 そしてちえみは、その定めに従って、遂に全知に至った。時の輪を閉じる、ただそのために。
 それがほむらを救うことに繋がるかは、今となっては確定していない。だが、それなくしてほむらが救われる可能性はあり得なかった。
 だとしたら、自分は。
 救われなければならない。救われるのではない。救われなければならない。
 
 「どっちも、どっちだよ」
 
 まどかはそう言った。そして、
 
 「ねえほむらちゃん」
 「何、まどか」
 「私……何を間違ったのかな。神様の私は、ちえみちゃんが私を殺した時に言った言葉を知ってたの。私の祈りは、世界を書き換えたあの祈りは、『正しい間違い』だって。
 それって、どういう意味なのかな」
 
 ほむらも考える。
 
 「正しい間違い……こんな言い方からすると、結果は正しくても手段が間違っていた、辺りかしら。
 まどかは祈りによって、多くの魔法少女を救った。それは揺るぎない事実であり、それは『正しい』筈だわ。
 でも、その結果としてまどかが円環の理に昇華してしまうことは、仕方ないのかもしれないけど、でも、どこか間違ったことなのかもしれないわね」
 「ちえみちゃん、やめさせられなかったんだよね。ちえみちゃんは私があの願いを掛けることを予想していた。それはやってはいけないことだった。でも、やらせないといけないことでもあった。
 神様の私が知ってたんだけど、もし私があの願いを掛けたら、ちえみちゃんはああするしかなかったんだって。
 願いは阻止しなければならない。でも、同時に神様になるわたしを見なければならない。
 それは時の矛盾、存在の輪を閉じる絶対条件だったからって。
 だから私は、今度魔法少女になるとしたら、あの祈りは掛けられない。
 でも、猫を救うみたいな祈りだと、ワルプルギスの夜の絶望に負けちゃう。
 でも、私が魔法少女にならなかったら、ほむらちゃんが犠牲になっちゃう。
 ねえ、ほむらちゃん、私、どっちを選べばいいの?」
 
 それは難しい命題。絶対の二律背反。
 だがそれは、本当に絶対なのか。
 
 「どこかに、隙があるはずよ。もしこれが本当に絶対なら、私とまどか、どちらかが必ず犠牲になるっていう事。でもそれでは、世界は救われない。
 まどかが魔女化すれば世界は呑まれる。
 私が魔女化すれば世界は滅びる。
 どちらも魔女化しなければ世界は滅ぼされる。
 いずれにしても救いがない。未来を見られる織莉子が絶望するのも当然だわ。
 でも、本当に絶望しかないのなら、私がこうしていられる訳はないわ。
 どこかに隙があるのよ。一見絶対に見えるこの仕組みの、どこかに付け入る隙が。
 考えましょう、まどか。知り、調べ、知識を、智恵を広げる。そうすれば、見えないものが見える。思わぬ解決法が見える。
 私はあの世界から戻ってきて繰り返した中で、そのことを嫌と言うほど思い知ったわ」
 「うん、そうだね、ほむらちゃん。私も考える」
 
 
 
 少女は、少女達は考える。運命を出し抜き、未来を救う手段を。
 実は意外なほど身近にあるその答えに、彼女たちは気がつけるのか。
 青い鳥は、いつも近くにいるのだ。
 
 
 
 「あ、そうだ」
 「何、まどか」
 「これね、神様の私からの、唯一の記憶じゃない、メッセージなんだけど」
 「なに?」
 
 
 
 ――今度は、賢者の贈り物をしないようにね。
 
 
 
 「賢者の贈り物って、知ってる?」
 「……どっかで聞いたことが……後で調べてみましょう」
 



[27882] 裏・第39話 「僕たちに出来るのは、信じることだけですからね」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/04 20:39
 「あなた、まどかはお泊まりだって」
 「やれやれ、まあ、気持ちも判るけどね」
 「だとすると、いけるわね。承諾の返事しておくわ」
 
 
 
 
 
 
 
 とある酒場で、二組の夫婦がテーブルを囲んでいた。
 
 「いやはや、信じられないような本当の話ですな」
 「ええ、私も何かと思いましたよ」
 
 二組の夫婦は、まだ若く見える二人と、中年の二人。
 女性二人がどちらもやり手のキャリアウーマン的な雰囲気なのに対して、男性は典型的な職人バカと人の良さそうな若い男性。
 
 「全く、死んだはずの娘からのメッセージとは何事かと思いましたが、まさか平行世界で生きていたとはねえ」
 「うちの娘なんか、どうも神様になってたそうで」
 
 男性二人の会話は、どこかぶっ飛んでいる。
 
 「しかし○○商事の鹿目さんとこんなところで接点が出来るとはねえ」
 「それを言ったら、添田さんこそ伝説の先輩じゃないですか」
 「所で今入り用の仕事はあるの?」
 「いえ、今のプロジェクトでそちら様の仕事になるようなものは残念ながら。でも、もう少し早くお知り合いになれていたら」
 
 対して女性二人はどうもビジネス臭い話になっていたりする。
 
 「おい母さん、そりゃ鹿目さんはおまえが気にしていた人かもしれんが、今する話じゃないだろ」
 「はいはい。わたしもつい、ね。もしくすぶってたら、絶対引き抜くって狙っていたこともあるし」
 「私も今の仕事場に不満があったら乗ったかもしれませんね」
 「詢子さん、今はその話じゃないでしょう」
 「それもそうね」
 
 どうやら話は脱線していたらしい。
 
 「真面目な話、うちの娘が何か迷惑をかけたようで」
 「いえこちらこそ」
 「まあ……うちの本当の娘は、もう死んでますからあれですけど、そちらさんはこれから巻き込まれるというか、踏み込む訳でしょう?」
 「ええ。私の娘は、こんなことになったらら絶対引かない子ですし」
 「いい子を持つと親は大変なのよね」
 「たぶん止めても無駄でしょうし。黙って見守りますよ」
 「そうそう、そういえば親を亡くして子供だけで生きている子が三人もいるらしいですわね」
 「ええ。一人は親の遺産もありますからまだましですけど、残り二人はどこの紛争地域の子供だって言う生活しているみたいで」
 「まあ、どうなっているか、様子は見ないといけませんね。すぐに調べましょう」
 「全く、子供が頑張っているのに、大人がなにも出来ないって言うのもいやなものですな」
 「僕たちに出来るのは、信じることだけですからね」
 
 
 
 



[27882] 真・第40話 「お願い、します」
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/06 00:13
 お泊まり会開けの土曜日。
 学校のある者達は、少し早めに起床して自宅へと戻り、通学路で再び集う。
 まどかとさやかも、いつものようにもう一人の親友である仁美と合流しようとして……その場で固まることとなった。
 なぜならば。
 
 「おはようございます、まどかさん、さやかさん」
 「やあ、おはよう、さやか、鹿目さん」
 
 仁美の隣には『健康な』上条恭介がいたのだから。
 
 
 
 「きょ、きょ、きょ」
 
 あんぐりと口を開けたまま、言葉が出ないさやか。ぽかんとしたまま身動きしないまどか。
 そんな二人の驚愕する様を見て、クスクスと笑いながら、仁美は鞄から何かを取り出した。
 
 「からかうのはこのくらいにしましょうか。ちえみさんもよくよくいたずら好きだったのですね」
 
 その瞬間、二人の驚きは別の方向にシフトする。そんな仁美の手にあった物は、言うまでもない『本』。
 
 「仁美、あんたも?」
 「僕もさ」
 
 そういう恭介の手にも又、同じ『本』が。
 そして仁美は、こう言った。
 
 「続きは、学校に向かいながらにしませんか?」
 
 
 
 「『今の世界』では、僕が怪我をした事実そのものが消滅しているんだ」
 
 道行きの中、恭介はそう言った。
 
 「この『本』によれば、さやかが魔法少女になった事による、因果のつじつま合わせによる世界改変らしいね。本来というか、かつての世界では、僕の怪我に対する因果として、さやかは魔法少女になっていた。でもこの世界では、さやかが魔法少女であるという事実が、僕の怪我を治すことに対して優先している。そのため、僕の怪我という事実自体を、観測者たる添田さんの意思が消し去ってしまったらしい。こういう細かな差違こそが、今の世界が『特殊』だっていう事の証明みたいだね」
 「だめだあ~っ。わけわかんない。なにそれ」
 
 さやかは軽いパニックになっていた。
 そんなさやかに恭介は言う。
 
 「気にすることはないさ。さやかはさやからしく、いつも通りに生きていればいい。気をつけるのは、僕たち以外は誰も『僕が怪我をした』なんていう事は知らないしあり得ないことだっていう事ぐらいかな」
 「あ、そうなるんですね」
 「そう。それとね」
 
 恭介は鞄から紙束のような物を取り出す。それはさやかにとっては見慣れた、しかし久しく見ていなかった……いや、見られなくなっていたもの。
 
 「こういうことだから、よければ増えたお友達と一緒にどうぞ」
 
 それは、一月後の日付の打たれた、コンサートチケットだった。
 それを見た瞬間、さやかはここが通学路であることも忘れて泣き崩れた。
 
 
 
 
 
 
 
 「賢者の贈り物、ですか?」
 「ええ、あなたなら知っていそうだって思って」
 
 ほむらは家の結界や今回使用予定の火器の仕入れと言った事務的なことをこなした後、かつて『救世の館』があった場所……美国織莉子の自宅を訪れていた。
 女神となったまどかの残したという最後の助言。その意味を調べるために。
 インターネットで検索してもよかったのだが、何となくこの方が早い気がしたのだ。
 
 「まあ、具体的に憶えてはいなくても、結構耳にするお話ですからね、あれは」
 
 織莉子はそんなほむらを、かつてのキリカにするように迎えていた。
 何となく、そうするのがふさわしいと思ったからだった。
 
 「『最後の一葉』って知っていますか?」
 「聞いたことあるわ。最後の葉が落ちる時、私も死ぬって言うあれでしょう?」
 「ええ。わりと有名な話で、日本でもオマージュやパロディがたくさんありますものね。
 その作者がアメリカの作家、オー・ヘンリー。賢者の贈り物は、その人が書いた話よ」
 
 そこで紅茶を一口口にし、織莉子は説明を続ける。
 
 「賢者の贈り物は、一言で言えばこういう話よ。夫は妻のために愛用の懐中時計を売って髪飾りを買い、妻は夫のために髪を売って時計につける鎖を買った。そんな善意のすれ違いとそこにある愛の物語。聞いたことなくて?」
 「あ、あれのことなのね」
 
 ほむらもその話なら知っていた。具体的なタイトルに憶えはなかったが、そのエピソードは聞いたことがあった。
 そんなほむらに、織莉子はでも、と話を続ける。
 
 「賢者の贈り物の話そのものは、愛を讃えるお話ですけど、『贈り物』に限った時は、敢えてよくない意味で使われることもある言葉ですわ。
 それは『賢いつもりで無駄になったその実愚かなこと』という意味を含みますから。今回の場合、そういう意味の方が強そうですし」
 「……そうね」
 
 ほむらにもうすうす判ってきていた。まどかのために己を犠牲にしたとも言えるほむら。そんなほむらのために己を犠牲にしたまどか。
 それはお互いを思いやる愛の行為。だがそれは物語の夫妻のように、むなしいすれ違いを生んでいるのではないか。
 
 「……でも、どうすればいいの。私はまどかをあれには、クリームヒルトにはしたくない。でもそうしないためには、私が魔女にならなければならない。こんな二律背反、どうやればいいのよ……」
 「本当に、そうかしら」
 「織莉子……」
 
 その時の織莉子は、ほむらだけが知る『親友の織莉子』と同じ顔を、同じ瞳をしていた。
 
 「こういう時は、出来ることは二つ。
 一つは、まず問題を徹底的に分析して、条件付けを細かく絞り込んでいくこと。
 もう一つは、まどかさんとあなたの絆を信じること。
 そしてその二つが出来れば、もう一つ、出来ることが増えるわ。
 ただ、その前に……」
 
 次の瞬間、振り下ろされた鉄のような刃が、紫の六角形に受け止められていた。
 無言のまま振り向きもせず盾を掲げるほむらを見て織莉子は微笑み、そして一言。
 
 「無粋ね」
 
 それを振り下ろした鎧の魔女は、九つの魔力球によって、瞬時に粉砕されていた。
 
 「お話、続けましょうか」
 「ええ」
 
 二人の魔法少女は、何事もなかったかのように二人の会話に戻るのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 そして時は過ぎ、日曜日。
 
 ピンポーン、という音が、マミの家に響いた。
 
 「ん、客?」
 「だれかきたの?」
 「変ね……そういう予定はなかったけど」
 「んじゃ宅配か何かか? なら隠れたり出て行ったりしなくていいな」
 
 マミは一人住まいだが、保護者が全くいない訳ではない。遺産を管理している後見人を始めとして、何人かの大人がまれにマミの元を訪れることもある。
 そんな場合は、杏子やゆまが居座っている状況は何かとまずい。
 もしそうならと杏子が気を使ったのだが、マミからすればそういう場合はまず事前に連絡が来るので、気にすることはほぼ無い。
 とにかく待たせる訳には行かないとマミが玄関のモニターを見ると、そこには知らない大人の男女がいた。
 
 「はい、巴ですけど、どなたでしょうか」
 
 インターホンにそう声を掛ける。そして返ってきた言葉を聞いて、マミは絶句することになる。
 
 『はじめまして。私、添田と申します』
 
 そういう夫婦の手には、あの『本』が握られていた。
 
 
 
 「あなたが、添田さん……ちえみさんのご両親なのですね」
 「ええ。『ここ』ではあなたとちえみは何の接点もない子でしたけれど」
 
 いつも魔法少女が集っていた居間で、マミは珍しく緊張していた。隣では杏子とゆまがだらけた姿勢で寝転がっている。
 しかり飛ばしたかったが、さすがに客の前でそうするのも憚られ、どうしたものかと悩んでいたが、
 
 「そちらが佐倉杏子さんと千歳ゆまさんね。大変だったらしいけど、いい娘さんじゃない」
 
 そう言った添田夫人の優しげな言葉の、その裏に秘められた不思議な苛烈さに、気がつくと杏子もゆまもきちんと姿勢を正していた。
 
 「警戒する気持ちは判るけど、お客さんの前ではそうやってきちんとしていないと、巴さんの矜恃を貶めることになるのよ」
 「……はい」
 
 何となく逆らえない雰囲気のまま、頭を下げる杏子。
 何というか、格が違った。
 
 「それはそうと、私たちが訪ねてきた理由だけど、娘のことは直接は関係ないわ」
 「……では、何故?」
 「あなたの抱えている問題、どうにかしてあげようと思って。杏子さんとゆまちゃんの親権問題、解決してあげるわ」
 
 マミと杏子の目が丸くなった。一人ゆまだけは訳の判らぬままぽかんとした杏子を見つめている。
 
 そんな子供達を、婦人はいとおしげに見つめながら言った。
 
 「あなたたちは、生きていられた娘の可能性を知っている人たちだから。だからこちらではいなくなってしまったあの子の思いに答えるためにも、何かしてあげたいのよ」
 「それって……」
 
 そう、この世界にちえみはいない。マミはそのことを思い出した。
 
 「添田さんは、ちえみさんは、どうなってしまったのですか? この世界では」
 「死んだわ」
 
 問いに対する答えは簡潔だった。
 
 「あなたは知らないのでしょうけど……この『本』に記された道を歩まなかった私たちの娘は、若い身空で死んでいるのよ、例外なく。どんな死に方かは……若い娘さんにはあまり教えたくない、悲惨なものだとしか言えないわ。人の名前を覚えられないあの子は、そこにつけ込まれて、騙されて……だからね、たとえ命を売り渡すようなことでも、最後に破滅が待っていても、『普通の子』としてあの子が過ごせた人生があったこと、その想いを受け取れたことは、私たちにとって、かけがえのない宝物なのよ」
 「あいつはそういうやつだったからな……」
 
 婦人がしみじみと語り、夫はぶっきらぼうに、だが愛情を込めて言う。
 
 「そんな『想い』を受け取った私たち夫婦が、あなたたちのために何かをするのはいけないことかしら。娘の仲間であり、友であったあなたたちに、私たちでなければ出来ない手をさしのべることは」
 
 いつしか、三人の……ゆまの頭すら、自然に下がっていた。
 そして出た言葉は一言。
 
 
 
 「お願い、します」
 
 
 
 
 
 
 
 そして再び、時が過ぎる。
 やってくるのは、ほむらの転校初日。
 だが、そこにも異変があった。
 早朝、ほむらが職員室に行くと、そこに見知った顔が。
 
 「……なんで杏子がここにいるの?」
 「……言うな。ゆまの件片付けてもらったら、あおりを喰らってこうなった。ああ、ゆまも今小学校行ってるよ」
 「あら、仲がいいのね」
 
 困惑するほむらと杏子に話しかけてくる早乙女先生。
 それでほむらは時間になっていたことに気がついた。
 
 職員室を出、教室への通路を歩く三人。無言の時間が過ぎる中、唐突に早乙女先生は言った。
 
 「暁美さん、佐倉さん」
 「はい」
 「なん?」
 
 少しの間。そして紡がれる、言葉。
 
 「あなたが『何か』と戦っていることは聞いています。私のような大人がそれに対してなにも出来ないことも。でもね、それにかまけて、学業や学園生活をおろそかにはしないで欲しいです、先生は」
 
 二人は、沈黙を持って答えるしか出来なかった。それを気にしないかのように、早乙女先生は言葉を続ける。
 
 「無理にとは、言わないわ。ただ、これだけは約束して欲しいの。いつの間にか、消えないでね」
 
 「……はい」「……おう」
 
 少し遅れて、力強い言葉が、彼女の元に帰ってきた。
 そして教師は沈んだ様子をきれいさっぱりぬぐい去ると、教室に入っていった。
 
 「皆さんは目玉役の焼き加減に文句を言うような大人になってはいけませんよ~。それと、今日から転校生が入ることになりました」
 
 この辺は毎回か、と思うほむらと、その破天荒振りに目を丸くしている杏子。
 そして二人が入って行くと、出迎えたのはまどかの絶叫。
 
 「ええっ! 杏子ちゃんもっ!」
 「まどか、声大きい」
 
 隣でさやかがなだめている物の時既に遅し。もっともほむらも、その隣で手を振っている上条恭介を見て表情が変わるのを抑えるのに必死だったのだが。
 
 
 
 
 
 
 
 その日の屋上は賑やかだった。
 
 巴マミ、呉キリカ、鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら、志筑仁美、上条恭介、佐倉杏子と、ちょっとした集団が出来ていたからだ。
 端から見るとイケメンで有名バイオリニストである上条ハーレムだが、この世界においては既に上条×志筑が認知されているため、その誤解は生じなかった。
 
 「何か大分違うのね、今までと……」
 
 少し疲れたようにほむらが言う。
 それを受けたように、まどかも言う。
 
 「ちえみちゃん、どんだけ記憶ばらまいたのかなあ。うち、お父さんもお母さんも知ってた」
 
 意を決して告白したら、黙ってあの本を見せられたという。話してくれてうれしかったとは言われたものの、気持ちは複雑だ。
 
 「添田さんのご両親も記憶を継承していたそうです」
 「まあおかげでゆまの親権、どうにかなったけどね」
 
 マミと杏子もそう言う。
 彼女たちに言わせれば、まさに快刀乱麻だったそうだ。ゆまの虐待の事実を元に、あっさりと言いたくなるくらい簡単に親権譲渡を取り付け、さらに杏子の身元引受人も受けたというのだ。
 さらにどう言いくるめたものか、マミの保証人代理まで勝ち取っているという。
 
 「両親を事実上失っている私たちのめんどうをまとめて引き受けていただいたおかげで、大人の承認を必要とする各種手続きが格段に楽になったの」
 「ま、その代わりにあたしもゆまも放浪生活に終止符打つことになったけどな。あたしはまあ仕方ないし、ゆまに取っちゃ必要なことだったし。
 本当はあたしはともかく、ゆまはあっちに引き取るって言う話もあったけど、ゆまがあたしと離れたくないって言って、妥協の産物でマミんとこに居候になった」
 
 ま、さすがに添田杏子・ゆま姉妹は阻止したと、笑いながら杏子は言った。
 
 
 
 「そういえば魔女退治の方はどうなっているのですか? 私や彼が巻き込まれた事件とかもあったはずですが……」
 
 話題が移る中、仁美がそんな疑問を提示してきた。
 
 「ああ、シャルロッテね……ちょっと暗い話になるわ」
 「あの事件、影に一人の堕ちた魔法少女がいたんだけど」
 
 マミとほむらが、少し落ち込んだ口調で話す。
 
 「杏子とキリカが調べに行ったら、もう『堕ちて』いたわ」
 「織莉子の……いや、白巫女の助言がこの世界ではなかったから、耐えきれなかったんだろうね」
 
 前の世界で人知れずちえみに殺されていた魔女育成者、銀城かおる。
 彼女は白巫女の助言が存在しないこの世界では、既に魔女となっていた。
 下僕の魔女は接近戦では倒しにくい魔女ではあったが、二人の敵ではなかった。
 
 「仁美さんが心配する気持ちも判るけど、今の私たちは歴代……っていうのも変だけど、おそらく魔法少女としては史上最高の実力者よ。今ここにいない織莉子さんやゆまちゃんを含めて。『その時』が来るまで、見滝原周辺一帯の魔女は、一人たりとも見逃さないわ」
 「ましてやトウテツみたいなバケモノなんか、生まれさせるもんか」
 
 マミと杏子は、力強く言い切った。
 
 「ま、判る限りの魔女は片っ端から掃除してるよ」
 「今日辺り、ショッピングモールにゲルトルートが現れるはずだから、退治しに行く予定、っていってたよね、ほむらちゃん」
 「ええ」
 
 さやかとまどかのそんな言葉に、仁美も少し落ち着いたようだった。
 
 「この『記録』の世界とは大分様変わりしていましたから、少し心配だったのですけど」
 「安心して、仁美。今のここには、このさやかちゃんを始めとして一騎当千の魔法少女がいっぱいいるんだから。魔女の被害なんか、一人としても出したりはしない」
 
 軽いように見えて、それはさやかが心に秘める激情。かつての世界では、一人で空回りしたあげく絶望に至った道。
 だが今は一人ではない。友がいる。仲間がいる。
 もはや迷うことはない。自分は信じた道を突き進める。
 かつての世界でもジークリンデに言われた言葉。
 自分は『切り開く者』だと。
 
 
 
 この時期、最強の守護者達に守られた見滝原周辺は、平和そのものだった。
 
 
 
 
 
 
 そんな彼女たちを、遠くで見つめる目があった。
 インキュベーター。世界を孵すもの。
 
 『今回、僕たちは傍観することにしたよ。現状維持以上の新規勧誘も全て止め、余裕の全てを君たちの観察に費やすことにした。君たちから呼ばれない限り、僕は君たちの前に姿を表さない。おそらく、それは鹿目まどかが契約を決意した時になるだろう。
 世界の命運を決めると思われるその契約、それがいかなるものか楽しみにしているよ』
 
 感情の無いはずの彼にしては、珍しくその言葉は、本当に楽しく感じているように見えた。
 



[27882] 真・第41話 (……わかんないよ、ほむらちゃん)
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/07 01:48
 「……滅びなさい」
 
 閃光弾――フラッシュグレネードの光の中、続けて放たれた銃撃と手榴弾が、暗闇の魔女をあっさりと殲滅した。
 時間停止すら必要もなかった。
 
 これに限らず、今の彼女たちにとって、ほとんどの魔女は、単独で殲滅出来るほどの存在でしかなかった。
 
 芸術家の魔女イザベラ……キリカ単独で撃破。
 薔薇園の魔女ゲルトルート……さやか単独で撃破。
 暗闇の魔女ズライカ……ほむら単独で撃破。
 ギロチンの魔女ヘラ……マミ単独で撃破。
 箱の魔女エリー……織莉子単独で撃破。
 
 その他、かつて戦ってきた魔女はことごとくが魔法少女達によって、苦戦すらすることなく撃破されていた。
 そんな彼女たちにとっての目的はただ一つ。
 いずれ来る舞台装置の魔女、ワルプルギスの夜、フェウラ=アインナルの撃破。
 
 だが、こればかりは一筋縄ではいかない。
 ほむらは自室で、今までのデータを整理・再構成していた。
 彼の魔女は、未来において絶望した自分が変じるという。
 そう決まっている運命が果たされていないという矛盾が、彼の魔女に絶大な防御力を与えている。
 ただでさえ自分は防御に長けた魔法少女だ。そしてワルプルギスの夜は防御に長けた魔女がさらに防御力チートをもらっているような状態なのだ。
 現時点でその守りを打ち破れるのは『奇跡』属性の攻撃か、まどかの一撃だけ。
 しかも矛盾の残るうちは、『無限復活』なんていう信じられない力まで付いている。
 
 (この『矛盾』が問題なのよね……)
 
 冷静にデータをまとめていて一つ気がついたことがある。
 彼の魔女、ワルプルギスの夜は、『攻撃魔法を持っていない』。
 まさに自分が変じた魔女であるように、彼女は魔法による直接攻撃手段を持っていないのだ。彼女の攻撃は、使い魔によるものと、ビルを落とすと言った、周辺の物質を使った間接的なものだけ。
 これは言い換えれば、相手の攻撃を避けきるのは案外難しくはないという事だ。
 あの攻撃が躱しづらいのはひとえにその規模が巨大なせいである。逆に言えば規模がでかいだけで速度もそれほどではなく、フェイントのたぐいは一切かかっていない。
 だからこそ前回は魔法少女の連携であっさりと沈められたのだ。
 特に自分がいれば相手の攻撃は100%止められる。本来なら楽勝なのだ。
 
 だからこそ、『矛盾』がその全てを覆してしまう。
 故にほむらは考えた。
 矛盾とは何かを。
 
 
 
 「……あら?」
 
 それに気がついたのは、どれほど考えた時だったか。
 『矛盾』の本質は、過去と未来の同時存在。
 『現在』のほむらと、その消失によって生まれる『未来』のワルプルギスの夜。
 これが同時に存在することが矛盾している。
 
 (私が存在しているという事は、本来ならワルプルギスの夜は、存在そのものが否定されているはず。ところが、『ワルプルギスの夜が存在する』という未来が確定してしまっているが故に、論理をひっくり返して彼の魔女は存在している。それは私が『彼の魔女に出会った』が故に魔法少女に……ひいては彼の魔女になるから)
 
 ここに存在の輪が生じていた。
 ワルプルギスの夜がいたが故に、ほむらは魔法少女になった。
 ほむらが魔法少女になったが故に、ワルプルギスの夜は誕生が確定した。
 この輪は、ほむらが魔女になった時点で解消される。
 それゆえに、ほむらが魔法少女として存在している限り、たとえ力尽くで……奇跡で倒されても、あの無限復活が起こるのだろう。
 
 ほむらは少し光が見えた気がした。あの無限復活の起きる条件は、
 
 『暁美ほむらという魔法少女が存在していること』。
 
 そう、『暁美ほむらが魔女になる事』ではないのだ。
 これは似ているが違う。もし仮にこの場でほむらが自殺して存在を消したら……実際にはあの世界に落ちるので死ねない訳だが……それで矛盾は解消するのだ。
 逆に言うと、ほむらが死ぬとワルプルギスの夜の存在もまた否定され、その事実が『ワルプルギスの夜は存在している』という確定している事実とまた矛盾するが故に、ほむらは死ぬことすら出来ずに、あの『絶望するしかないはずの世界』に送られるのだろう。
 絶望して魔女化し、矛盾を解消するという世界の律のために。
 
 (矛盾の解消法は私が死ぬか魔女化すること。だが死ぬことはまた別の矛盾が存在するが故に、私は死ぬことが出来ない。
 だとすると、問題の隙間は……私が死ぬこと無しに、魔法少女であることを魔女化せずに消すこと)
 
 だが、そんな事が出来るのだろうか。死なずに魔法少女であることをやめるには、魔女になるしかない。
 ワルプルギスの夜を前に、魔女化する自分を夢想するほむら。
 
 (あら?)
 
 その時、ほむらは新たな矛盾に気がついた。
 
 (私がワルプルギスの夜を前に魔女化してしまったとしたらどうなるのかしら……あ、そうか)
 
 一瞬矛盾かと思われたが、そうでないことに気がついた。ワルプルギスの魔女は『魔女をも吸収する』。
 そう、かつてのちえみのように。
 そしてそこに思いが行った瞬間、天啓のようにあることがほむらの脳裏にひらめいた。
 霧の魔女の時、絶望と魔女化に耐えたというちえみ。
 絶望の果て、奇跡に至った杏子とゆま。
 知っているが故に再現は不可能だが、もしかしたら。
 
 ほむらは考えた。そうなった時、自分がとうなるか、魔女はどうなるか。まどかがワルプルギスの夜を倒したらどうなるか。
 ……いけそう、だった。
 
 暁美ほむらは魔女にはならない。
 だが、暁美ほむらという魔法少女は消滅する。
 そしてこの場合、まどかがワルプルギスの夜を倒しても、その絶望は『まどかに流れ込まない』。
 
 最後の点が重要だった。
 まどかが魔女化するのは、最悪の魔女を倒し、その絶望を一身に受けるから。だがこれなら、その場合でも、それを受けるのは『まどかではない』。
 最悪の目が出ても、犠牲は自分だけ。まどかには申し訳ないが、少なくとも世界は救われる。
 そしてまどか次第では、これを越えることも不可能ではないだろう。何しろこの場合、まどかの願いには縛りがない。かつてのマミのように、自分の復活を願えばそれは叶うであろう。いや、まどかのことだ。そんなせこい願いを越える何かに至るかもしれない。
 何しろ一度は神に至る願いを思いついたまどかだ。また何かやらかさないとは限らない。
 
 
 
 ほむらは、決意を胸に、仲間を呼んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 ほむらの家に、7人の魔法少女と、1人の少女が集合した。
 
 巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子、千歳ゆま、美国織莉子、呉キリカ、そして暁美ほむらと鹿目まどか。
 
 「大事なお話って?」
 
 マミが代表して、ほむらにみんなを集めた意を問いただす。
 ほむらは結界空間にワルプルギスの夜の資料を展開しながら、ゆっくりと告げた。
 
 「道が見えたの……ワルプルギスの夜、私が変じるという魔女、フェウラ=アインナルを、今度こそ倒せるかもしれない道が」
 「……そうか、見えたのか」
 
 低く、押し殺したように言う杏子。
 
 「今度は、負けないよ……」
 
 同じくつぶやくさやか。
 
 「で、どうやってあの矛盾の守りを突発するのですか?」
 
 そんな中冷静に聞く織莉子に、ほむらは説明をはじめた。
 
 「まず、先にこれを言っておくわ。最悪の場合でも、私無しでワルプルギスの夜と二連戦して勝てれば、ワルプルギスの夜は倒せるわ。但し、その場合、私は消滅する」
 「ほむらちゃん!」
 
 その瞬間起ち上がるまどか。そんなまどかを落ち着かせるようにほむらは言う。
 
 「まどか、それはあくまでも『最悪の場合』よ。そしてそれを最悪でなくする鍵は、まどか、あなたが握っているわ」
 「え? わたし、が?」
 
 一転してとまどうまどか。
 
 「なあ、それってどういうことなの? あたしあんまり小難しい話だと判んないんだけど」
 
 そんな2人を見て、さやかが簡潔にまとめろやゴルァとばかりに文句を言う。
 ほむらはどうにかまどかを落ち着かせると再び言葉を紡いだ。
 
 「いろいろ考えていて気がついたのだけど、ワルプルギスの夜がある意味無敵なのは、その元となる『私が存在している』からなの。それを打ち破るには、どうしても私は一度消えないといけない。だけど、私はある理由で死ぬことすら出来ない。かといって魔女になるのは破滅。この矛盾が最大の問題点だったの」
 「え、死ねないって……?」
 
 そこが気になったのか、さやかが聞き返してきた。
 
 「細かく話すと長くなりすぎるけど、私には死ぬことすら許されていないの。私の死……ソウルジェムの破壊は、その時点でワルプルギスの夜の消滅を意味するわ。
 ワルプルギスの夜になっていない私が消滅した時点で、その未来であるかの魔女も消えることになる。
 でも、それは彼の魔女が存在しているという『事実』と矛盾する。だから私は死ねないの。
 別の世界でジークリンデからも言われたわ。『死如きで運命から逃れられると思うな』って」
 
 その言葉を聞いて織莉子が無言で頷き、皆にその言葉が真実であることを言葉無しに告げた。
 そしてほむらも説明を続ける。
 
 「この矛盾を解消する方法として私が思いついたことが、『私がワルプルギスの夜と一体化する』という方法よ」
 「一体化ぁ?」
 「それはどういうことなの?」
 
 杏子とマミが疑問を呈する。
 
 「私のソウルジェムを限界まで濁らせた上で、敢えて我が身をワルプルギスの夜が持つ、魔女の吸収能力を利用して喰わせるの。魔女化寸前のはじけるギリギリになったソウルジェムは、杏子とゆまの奇跡のことを思い出してみると判ると思うけど、事実上ひとかけらの希望も存在していない状態……ほとんどグリーフシード同然になるわ。わずかな意思だけが残った、奇跡、あるいは魔女化寸前の状態。そうなった私なら、おそらく魔女と区別出来ずに、私はワルプルギスの夜に取り込まれる」
 「……私の持つジークリンデの記憶も、その事実を肯定していますわ」
 
 その言葉に、ほむらが少し息を抜いた。
 
 「保証してくれると助かるわ。私もここだけは完全な確信があった訳じゃないから。だからこそみんなにも相談したかったんだけど。
 それはともかく、そうして私をワルプルギスの夜が取り込んだ場合、私という魔法少女が消滅するから、あの忌々しい無限復活は起こらない。そして、ここが重要なんだけど」
 
 そこで一旦ほむらは言葉を切り、その視線をある一点に向けた。
 その先にあったのは……まどか。
 
 「わたし?」
 「ええ。まどか。無敵の解除されたワルプルギスの夜にとどめを刺すのは、あなたの仕事よ」
 「えええーっ!」
 
 さすがにまどかは驚いた。そうした場合、確か、
 
 「ほほほむらちゃん、それやったら、私が魔女になっちゃって、世界終わっちゃうんじゃ」
 「いいえ」
 
 ほむらは、まどかの言葉を、きっぱりと否定した。
 
 「『私』が中にいて、完全に魔女化しないままならば、まどか、あなたに倒されたことによる絶望は、その本来の持ち手である『私』の元に流れ込むはず。そして最悪の場合……私がそれに呑まれた場合でも、その時は全ての矛盾が消え去った状態で、舞台装置の魔女・フェウラ=アインナルが『誕生』するだけだわ。そうして誕生した場合、彼の魔女はどんなに強大無辺であっても『ただの魔女』に過ぎない。つまり倒したことによって絶望が流れ込んだり、世界が破滅したりという矛盾を一切起こさない、いえ、起こしえない。
 いささか特殊ではあっても、それは『法則に従って生まれた魔女』に過ぎないのだから」
 
 皆、声もなかった。マミや杏子、織莉子は素の仮定を検証し、あまり考えないたちのさやか、キリカ、そしてゆまはそんなみんなをぼうっと眺めている。
 そしてまどかは。
 
 「ねえ、ほむらちゃん……それが、最悪、なんだよね。でも、それじゃ、どうしたら最悪じゃなくなるの?」
 
 そんな当然の疑問に対し、ほむらは、
 
 「そんなの全てまどか次第よ」
 
 丸投げした。
 
 
 
 
 
 
 
 「ねえ、さやかちゃん。私、どうしたらいいんだろう」
 
 ほむらの家からの帰り道、同行するさやかに、まどかは話しかける。
 あの後、ほむらの意見は、織莉子などの分析の結果、肯定された。
 問題があるとすれば、ほむらが吸収されてから初回撃破までの間にほむらが『呑まれて』しまった場合、破滅が確定することだけ。
 これに関しては、まどかが魔法少女になっていればほぼ確実に撃破出来るだろうから、それほど悲観視はされていない。
 だがまどかが悩んでいたのは、その点ではなかった。
 問題はその際に掛けるまどかの『祈り』であった。
 ほむらは言う。この手段により、最悪でも世界は滅びずに済む。
 だが、まどかの願い次第では、これを越えることも可能だと。
 かつての世界で世界を救済し、書き換える願いを掛けたまどか。
 そして今のまどかには、その時以上の因果が集っている。
 まどかの祈り、願いによっては、それ以上の結果を残せるというのだ。
 最初は、『じゃあ、ほむらちゃんが復活するってお願いすれば』と言った。
 だがそれは、織莉子によって……正確にはジークリンデの知識によって否定された。
 
 
 
 「その願いは、死者の復活と同等になります。それ自体は不可能ではないですが……それはうまくいかないでしょう」
 「どうしてですか?」
 「あなたは巴マミを復活させた時の記憶がありますか?」
 
 頷くまどか、そしてさやかとマミ。
 
 「死者の復活に限らず、失われたもの、壊れたものを復活させる願いには、一つの致命的な問題が生じるのです。それは、『1人では完全な復活は叶わない』というもの。あの歴史で巴マミが復活に成功したのは、鹿目まどかと美樹さやか、2人が同時に祈ったから。2人のそれぞれ違う側面からの視点が、巴マミという人物を再生するに至る情報を補完したからこそのことなのです。
 1人だけでは、復活が叶ったとしても、蘇るのは『あなたの知る相手』であって、『相手そのもの』ではないのです。
 つまり、あなたの願いがどんなに強力でも、1人で願う限り、蘇るのはあなた主観で見た暁美ほむらでしかない。それが暁美ほむら本人と言えるかは、微妙でしょうね」
 
 
 
 「考えてみると、危なかったんだよなあ、あれ。もし一緒に願っていなかったら、私たち、何を見ることになってたのやら」
 「そうなのよね……」
 「ま、今は迷うしかないんじゃない?」
 
 さやかはあっけらかんと言い放った。
 
 「私もさ、恭介の事で悩んで、迷って、時には魔女にまでなって。でも、今の私は心の中でけりが付いてる。
 ほむらが時を繰り返す中で、いろいろ情勢をいじって、何も知らない私に気がつかせてくれたからなんだろうけど、さ。
 時間はあまりないけど、それでもまだある。まどかも考えてみたら?
 どうしたら愛しのほむほむを救えるのかっていうことをさ」
 
 愛しの、などと言われて、まどかは思わず赤くなる。
 そんな様子を見て笑うさやか。
 
 「男女の愛とはまた違うと思うけどさ、その時まで、ギリギリまで、考えるといいよ。
 ほら、考えてみればさ、今回初めてじゃないの? 事情を知ってるほむほむが、まどかに魔法少女になってもいいっていったの」
 「あ……」
 
 そういえばそうだった。まどかにある記憶の中で、魔法少女として活動したのは、ほむらと知り合った直後の初期だけ。あとは即魔女化したり、神様になったり。あとは一度だけ、先輩として魔法少女成り立てのまどかを鍛えてくれた回もあった。
 その時は確かさやかが破綻して魔女化して、マミさんも事実に耐えられないまま自殺してしまった時だった。ほむらが新人新人していた時にも似たようなことがあり、どちらもいい思い出ではない。
 そしてそういう時はいつも、ほむらと出会う前に魔法少女になっていた。
 今回初めてなのだ。ほむらから「魔法少女になって」と言われたのは。
 その事実に思い至ったまどかは、胸のどこかが熱くなるのを感じていた。
 だが……。
 
 
 
 
 
 
 (……わかんないよ、ほむらちゃん、どんな願いを掛ければいいのかなんて……)
 
 時は無常にも過ぎる。
 まどかはどうしても答えを見いだせなかった。
 自分に預けられている、世界を変革するほどの力。
 それを生かせる祈りを、願いを、まどかはどうしても思いつけなかった。
 表向きは平穏な交流の中、いたずらに過ぎゆく時。
 まどかの焦りは、頂点に達しようとしていた。
 
 だが、物語にはいつか終わりが来る。
 それこそ、世界が平和になりますように、などというつまらない祈りしか思いつけぬまま、瞬く間に時は流れる。
 繰り返せない最後の時、終焉のその時が。
 
 
 
 
 
 
 
 まどかがそれを見いだせないまま、最終決戦の幕が上がろうとしていた。



[27882] 真・第42話 「契約しよう、キュゥべえ。私の祈りは――  new!
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/07 01:30
 それは、知る者には破滅の宣告。
 見滝原に出る、竜巻警報。
 やってくるのは、時を越える魔女。
 文明を破滅させる、舞台装置の魔女。
 
 流れる歴史の中、付いた名は『ワルプルギスの夜』。
 
 
 
 まどかの祈りがどうしても決まらない、という不安はあったものの、戦いに関しては不安はなかった。
 何しろ七度戦って勝てる相手なのだ。一度、もしくは二度なら勝てる。それは確かだ。
 だが、そこに奇跡の介入がなければ、最後に待つのは『暁美ほむらの消滅による世界の救済』だ。
 それだけはまどかには受け入れられない。
 そんな『賢者の贈り物』は受け取りたくない。
 まどかは、戦いの始まるその時を前に、未だ悩んでいた。
 
 
 
 事情を知る両親は、避難勧告が出る中、まどかが出て行くことを許してくれていた。
 最初からみんなの側にいることは今回出来ない。守りの要とも言えるほむらが、敵に意図的に取り込まれることによって消えるからだ。
 ほむら無しでただの少女であるまどかを守ることは、負担が大きい。
 よってまどかは魔法少女になった時点で参戦することになっている。
 
 
 
 「なんか思ったより決まらないのか」
 「仕方ない。こればかりは恩人の心の問題だ」
 
 さやかとキリカに、そう言われた。
 
 『君の心からの願いでないと、エントロピーを凌駕することは出来ないよ。ましてや君の力は強大な分、それに見合わない祈りでは無理だ』
 
 キュゥべえにも、釘を刺された。
 
 「まどか、気持ちは判るが、最悪、あたしはほむらを見捨てて世界を取るよ」
 
 杏子にも言われた。彼女の瞳は、自分は自分とゆまを優先させると言っていた。
 
 「ギリギリまでは持たせて見せますが、限界はあると思ってください」
 
 織莉子にも忠告された。
 
 「それでも、待っていますから。かつてのあなたを知る者として」
 「まってるよ、まどかおねえちゃん」
 
 マミとゆまに、期待された。
 
 
 
 それでもまだ、まどかの心は定まらない。そうしているうちに、戦いは始まってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 少し離れたビルの屋上から見る戦いは、まずこちらが優勢であった。
 出現時点でのワルプルギスの夜では、奇跡抜きでも倒せはしないがもはや相手にならない。
 あっさりと拘束され、その動きを封じられるワルプルギスの夜。
 そしてまどかの見守る中、ほむらはその身をワルプルギスの夜に投じた。
 
 
 
 元々ほむらには負の想念が多い。意図的にソウルジェムを濁らせることは難しくなかった。
 奇跡抜きで派手に力を使えばそれだけでもかなり濁る。
 ほむらは意を決して、ワルプルギスの夜の持つ、瘴気の流れにその身を委ねた。
 ほぼ限界までソウルジェムを濁らせたほむらに出来るのは、ただ思考することのみ。
 ほぼ五感を断たれた状態で、押し寄せる絶望に耐えなければならない。
 そんなほむらが見たものは。
 
 滅び行く世界の、苦悶の声だった。
 突然の世界の崩壊に悲嘆に暮れる人々。
 死へと向かう苦痛から発せられる絶叫。
 全世界でわき上がる、怨嗟の声。
 その全てが、ほむらを責め立てる。
 
 私が苦しいのも、
 私がいたいのも、
 私が悲しいのも、
 私が死ぬのも、
 
 全部、全部、全部、おまえのせいだ!
 
 そしてそれは、紛れもない事実であった。
 ごまかせない事実であることが、ほむらに逃げることを許さない。
 
 (こ、これは思ったよりきついわ)
 
 皮肉にも、『苦しめられる』という事実が、かえってほむらの自我を支える刺激になっていた。変な話、なんの刺激もなかったら、ほむらはあっけなく落ちていたはずだ。
 苦しい。だが、苦しむというのは自分があるから。それでも苦しいものは苦しい。
 
 (まどか……お願い)
 
 ほむらが祈るのは、ただそれだけ。それを心のよりどころに、ほむらはただ、耐える。
 
 
 
 
 
 
 
 一方、外で戦う者達も、意外なところで苦戦することになった。
 まどかはまだ来ない。それでもいつ来てもいいようにと、彼女たちは攻撃の手を休めない。
 だが、
 
 「まずいわ! 拘束が外れる」
 「それに魔女の顔、なんか変わってきてないか?」
 
 マミの叫びと、杏子の疑問が交差する。
 
 「確か起こすとまずいってちえみが言ってなかったっけ」
 「でもひっくりかえろうとしてるよっ!」
 
 前回も使った、マミのリボンとキリカの爪、ゆまの強化魔法の複合で縛り付けられていたワルプルギスの夜が、その拘束をはじき飛ばしながら反転しようとしていた。
 しかもその、顔無き顔であった部分に、別人の表情がうっすらと浮かんでいる。
 それは紛れもなく、ほむらの顔であった。
 
 「いけませんわ。あれが完全に反転したら、恐ろしいことになります。奇跡の力を使ってでも、それだけは押さえ込まないと!」
 「杏子、ゆま、頼む!」
 
 少女達の悲痛な叫び声が上がる。
 そして燃え上がる炎。穿たれる攻撃。
 だが。
 
 「ま、まさか、あれ……」
 
 さやかの一撃が、奇跡の攻撃が、『六角形の盾』によってあっさりと阻まれた。
 
 「ゼノンス・パラドクス……どこまで守りに長けた魔女ですの、あなたは!」
 
 この中でただ一人、奇跡の炎をともせない織莉子の、心からの叫びが響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
 まどかは、その光景を、見ていることしかできなかった。
 
 「わかんない、わかんないよ、わたし……どうしらいいの?」
 
 その時であった。まどかはあまりにも場違いな何かの音を聞き取った。
 ゆったりとした、バイオリンの調べ。それが避難所の辺りから流れてきている。
 
 「これ……上条君の、演奏……」
 「そうですわ。まどかさん、あなたは、こんなところで何をしているのですか?」
 
 吹きすさぶ風の中に現れたのは、仁美であった。
 
 「事が魔法少女としての戦いに関わることだと伺っていましたから、敢えて黙っていましたけど、あなたらしくありませんわね、鹿目さん」
 
 仁美が敢えて自分を鹿目さんと呼んだことに、まどかは気がついた。
 
 「何を悩んでいるのですか? それは友達にも相談出来ないことなのですか?」
 「うん……これは私が、私の意志で決めないといけないことなの」
 
 そう答えるまどか。そう、この祈りは、誰かのためであってはいけない。自分の意思で決めたものでなくてはならない。
 それだけはほむらと織莉子の二人に念押しされていた。
 だからまどかは、ずっと一人で考えていた。そして答えが出ないまま、今に至ってしまった。
 そう悩むまどかに、重ねて仁美は聞いた。
 
 「でも、そのことを私に言ってもよろしかったのですか?」
 「へ? いや、その、私が考えて私が決めなきゃいけないんだけど、秘密にしろとは……言われてないよ」
 「……全く。その程度でしたの? 私はてっきり、完全秘匿しないといけないのかと思っていたんですけど」
 「え? それって何か違うの?」
 「まどか。自分の意思で決めるのに、友人の意見を参考にしてはいけない訳ではないんですのよ。大切なのは、あなたが選んだ、ということなのでしょう? そのための選択肢候補を聞くくらいなら、許容範囲ではないですか」
 「あ~っ、そうだったの?」
 「まどか……」
 
 仁美はこの一本気で、思い詰めるとどこまでも走って行ってしまう友人に、今初めて絶望した。
 
 「そんな事だったらさっさと私でも仲間の皆さんでも、相談すればよかったのですわ! 自分一人で決めるというのを拡大解釈しすぎです。大事なことは、あなたが選び取ることであり、あなたが望んだことだという事でしょう。いけないのは他人の望みを叶えようとすることであって、人の望みと自分の望みが同じでもそれは別にかまわないのではないですか?
 やってはいけないのは自分は望まないけどあの人が望むから代わりにかなえようとする行為であって、あなたもまた望むのなら、それはそれでいいのではないですか?」
 「ごめん……仁美ちゃん」
 「人に出来る事なんてたかが知れているものですわ。今恭介は、避難所で不安がっている人の心を慰めようと、こうして演奏をしているのです。人として出来ることをする。それでいいんです。
 ただ今のまどかさんは、ちょっと出来ることの範囲が広すぎて、大きすぎて、迷っているだけですわ」
 
 それだけの言葉なのに、まどかの心には明らかに光が差していた。
 
 「ありがとう仁美ちゃん。なんか思いつけそう」
 「でも、それでうまくいかないのが現実というものだったりするものなのですわ」
 
 浮かれるまどかに水をぶっかける仁美。
 
 「実際、私が助言出来るのはここまで。どんな祈りにしようとするかを考えたら、私では無理です。他の方は戦っていますし……」
 
 が、その言葉は、まどかの心に響いた。
 
 「あ、そうだ、キュゥべえ! いるの?」
 『もちろん。いつでも僕は君たちの側にいるよ』
 
 まどかの呼び声にしれっと応えて物陰から出てくるキュゥべえ。
 ここで今までと違ったことが少し。
 
 「あら、あなたがキュゥべえちゃんなのですね。似顔絵そっくり」
 『……あの本の影響で僕の姿も見えているんだね』
 「ええ。声も聞こえていますわ」
 
 仁美にも、その存在が認知出来たという事だ。
 
 「あ、キュゥべえ、お願いしたいことがあるんだけど」
 『お願いという事は。契約とは別かな?』
 「うん。あのね……ほむらちゃんと、お話し出来るかな」
 
 さすがのキュゥべえが一瞬フリーズした。が、少しして無表情のまま返答を返す。
 
 「不可能では、無い。ギリギリ何とか、暁美ほむらとの間に念話を繋げることは出来る……まだ彼女の意思は屈していないからね。ただ、これは暁美ほむらに負担を掛けることになるよ。彼女の持ち時間は、間違いなく減ることになる。それでもいいのかな?」
 「うん。その分は、私が補ってみせる」
 
 それはまどかにしては、珍しい決断であった。
 
 
 
 
 
 
 
 ……ほむらちゃん。……ほむらちゃん!
 
 薄れゆく中ギリギリで保たれている意識の中に、そんな声が響いてきた。
 それは愛しいまどかの声。
 
 (幻聴? それとも精神攻撃かしら)
 
 ひたすら責められている中にそんな声を聞いて、いくらかほむらの精神は浮上する。
 気を抜けば一気に落ちかねなかったが、それでもこの誘惑には抗いがたかった。
 
 『もう、ひどいなあ。正真正銘、わたしだよっ』
 (まどか、なの?)
 『そう。キュゥべえに無理言って、繋いでもらったの』
 
 あいつらが、とほむらは思ったが、それでもこんな状態でまどかと話せるのもうれしいことだ。
 まどかは精神的に正座をした。
 
 (それで、なんでわざわざ)
 『あのね、ほむらちゃん。私ね……まだお願いしたことが決まらないの』
 (まどかっ!)
 
 思わずほむらは精神的に怒鳴っていた。全くこの期に及んでなにを言っているのだ、この娘は。
 
 『ごめんなさい~。どうしようかって悩んでたら、全然決まんなくて。そしたら仁美ちゃんに、一人で悩むなって怒られて……』
 (全く。あなたって言う人は)
 
 それでもほむらは、まどかのことを思って心が温かくなる。責め立てる言葉も、気にならなくなるほどに。
 
 『ねえ、ほむらちゃん。私、どうしたらいいのかなあ』
 (いう事なんか何も無いわ)
 
 が、ほむらはまどかの甘えをばっさりと切る。
 
 (誰に聞いても同じ事。こればかりはあなたが決めるしかない。でもね、私からいう事は一言だけ。これ、時間制限きついんでしょう?)
 『うん。もうちょっとだって』
 
 でしょうねと思いつつ、ほむらはその一言を言う。
 今でしか言えない一言を。
 
 (あなたが何を祈るにしても、私からいう事は一つだけ)
 
 過去を思い、未来を思う。そう、これは今だけのこと。
 
 (一緒に戦いましょう、まどか。あなたが私を守るのでも、私があなたを守るのでもなく、一緒に。だから、待っているわ。あなたが、心を決めるのを)
 
 そこでキュゥべえも限界になったのか、ぷつりと念話は切れた。
 それは何気ない言葉。ほむらにしても、現在の状況が言わせた言葉。
 だが。
 その一言は、ほむらの予想以上の衝撃を、まどかに与えたのだった。
 
 
 
 「一緒に、頑張る。ほむらちゃんと、一緒に」
 「……まどか?」
 
 突然ぶつぶつ呟きながらうずくまってしまったまどかに、仁美は声を掛けるが、まどかは反応しない。
 まどかは、その脳裏に、わずかな間ながら、魔法少女としてほむらと戦った記憶を思い出していた。
 最初はマミさんと一緒にほむらちゃんを導いて。
 キュゥべえのことで喧嘩して、仲間割れして、それでもほむらちゃんと2人で頑張って。
 時間を戻せるって言ったほむらちゃんに、バカな私を助けてってお願いして。
 そんな事を知ることも出来ず、ほむらちゃんのこと何も知らなくて。
 別の時間では、逆にほむらちゃんに戦い方を教えてもらって。
 それでもやっぱり負けちゃって。
 そしてあの祈り、神様になっちゃう願いを掛けて。
 ほむらちゃんがどれほど苦しんできたかを知って。
 そして……最高の友達だよっていって。
 
 
 
 思いは、いつしか、ほむらの軌跡へ飛ぶ。
 神様になった時、ほむらちゃんの苦悩を知った。
 そして今、その記憶を引き継いだ。
 一人のほむらちゃんは、苦しくて、でも頑張って。
 私も一人の時は、寂しくて、つらくて。何もわからなくて。
 でも、帰ってきたほむらちゃんは少し変わっていた。
 私だけじゃなく、みんなとも少しずつ打ち解けてきていた。
 私を助けるために、私の運命を変えるために、自分だけじゃなく、みんなと頑張って。
 そしてついには、あんな奇跡にまでたどり着いた。
 
 
 
 一人は、寂しいよ。一人じゃ、無理だよ。
 あたしは、一人で悩んで、でも頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって。
 なのに仁美ちゃんに話を聞いてもらって、励まされたら、すっごく気持ちが軽くなった。
 ほむらちゃんに声を掛けてもらって、一緒にって言われて、とっても心が熱くなった。
 
 
 
 そう……一人じゃ、駄目なんだ。
 そう……一人だと、間違っちゃう。
 二人いれば、マミさんの時みたいに人を蘇らせることだって出来るのに、一人じゃどんなに力があっても間違っちゃうって織莉子さんも言っていた。
 今ならわかる。あの願い。全ての魔女を滅ぼすって言う願い。あれは、私が一人で何とかするっていう祈りだったんだ。
 だから、正しく間違った。あれは世界を救う正しい祈り。でも人としては間違った祈り。
 あの祈りは、賢者の贈り物。相手のために自分を犠牲にして、結局相手の贈り物を無駄にしちゃう祈り。
 確かに私には力があった。全ての魔女を滅ぼして、全ての魔法少女を救うだけの力が。
 でも、それを私一人でやろうっていうのは、正しい間違い。みんなのために自分を犠牲にしたって、誰も喜んでなんかくれない。世界は助かるかもしれないけど、ほむらちゃんも、他の助かったみんなも、みんな捨てちゃう、正しいけど最低のお祈り。
 他の人を、悲しませるだけの祈り。
 立場を置き換えてみればすぐにわかる。今がまさにそう。
 だって、ほむらちゃんが犠牲になって世界を救ってくれたって、私、ちっともうれしくないっ!
 ほむらちゃんのバカっていいたくなっちゃう! なんで私をおいてったのって言いたくなっちゃう!
 でもそれは、かつて私がやっちゃったこと。残されたほむらちゃんが、どんな思いをするかって気がつかなかった、私の罪。
 だとしたら、私がやらなくちゃいけないことは。私が、この力で願うことは。
 一人じゃない、みんなで。
 
 
 
 みんなで、頑張ること!
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……わかったの、仁美ちゃん」
 
 仁美が心配そうに見守る中、まどかはゆっくりと顔を上げた。
 
 「……まどか? そう。その顔、何か掴んだのね」
 「うん、わかったの、私の本当にかなえたいこと」
 
 その顔は、先ほどまでとは別人のようで。
 
 「付いてきて、キュゥべえ」
 
 そう言って駆け出す足取りは、別人のように軽く。
 
 「待ってて、みんな! わかった! わかったの、私!」
 
 そう叫ぶ言葉は、希望に満ちて。
 
 
 
 少女は、戦場へと駆ける。
 
 
 
 
 
 
 「なんだこの固さは。今までの比じゃねえぞ」
 「いえ、むしろこちらが、本来の強さだったという事ね」
 「それじゃ、完全にほむほむを取り込んじまったら」
 「間違いなく、これ以上に強くなるな」
 
 杏子が、マミが、さやかが、キリカが、とにかくしぶとい魔女に辟易しながらも戦いを続けていた。
 ほむらを取り込んだワルプルギスの夜は、とにもかくにも守りが固かった。
 矛盾はなくなったのか当たれば通るが、とにかく当たらない。
 より正確には、ほむらの力であった盾、『時の障壁』を展開してくるのだ。
 現在の所同時多数の攻撃には対応し切れていないようで、複数狙いの攻撃なら何とか当たる。が、だんだんと相手が慣れてきたとでもいうように対応が正確になっているのが曲者だ。
 今現在、魔女は後45度ほどで正立するところまで来ている。
 完全に起き上がられたら、間近い無くえらいことになると、織莉子の中の知識が告げている。
 そんな苦しい戦場に、駆け込んでくる姿が。
 まどかだった。脇にキュゥべえもいる。
 その顔は、どことなく晴れやかだ。
 
 「まどかっ!」
 
 さやかが叫びつつ、たまたままどかに向かった無差別攻撃を落とす。
 
 「あぶないだろっ!」
 
 だが、まどかは意に介さない。
 
 「わかったの、私、わかったの、私の掛けるべき祈りが、私のかなえたいことが!
 でも、まだちょっとごちゃっとしてるの。だからお願い、もうちょっとだけ頑張って!」
 「そういう事なら任せろ、恩人は絶対に守り通す」
 
 キリカがさやかと共に、まどかの守りに入る。
 
 「まどかさん。時間はワルプルギスの夜が、完全に直立するまでしかありませんわ」
 「はい、織莉子さん」
 
 織莉子の忠告に頷くまどか。そしてまどかは、傍らのキュゥべえに問い掛けた。
 
 「キュゥべえ、キュゥべえってさ、いっぱいいるけど、実は一人なんだよね」
 『これはまたずいぶんと哲学的な命題だね、鹿目まどか』
 
 そう答えるキュゥべえに、まどかは言葉を続ける。
 
 「いっぱいいても、みんなが同じことしか考えられない。それって、一人きりと同じ事だよね」
 『そうとも言えるかもね。僕たちはそういう意味では『個』を捨てた存在とも言える』
 「でも、私たちは違う。私たちは一人じゃないの。私一人だと際限なく悩んじゃったけど、仁美ちゃんが話してくれたらすぐに解消しちゃった。ほむらちゃんの言葉で、掛けるべき祈りが見えた」
 『それこそが、僕たちと君たちとの一番の違いとも言えるかな』
 「だからわかったの。私たちってね、一人じゃ、駄目なの。どんなときでも、みんなが力を合わせて、初めて頑張れるの。今だってそう。みんなが頑張ってるから、持ちこたえてる。ほむらちゃんも頑張れる」
 『それは実に興味深い命題だね。僕たちでは不可能に近い領域だ』
 
 そしてまどかは起ち上がる。見出した祈りのために。
 
 
 
 
 
 
 
 「契約しよう、キュゥべえ。私の祈りは――
 
 
 
 
 
 
 
 



[27882] 真・第43話 「これが、私の答えだよっ!」 +new!
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/07 01:39
 
 
 
 ――私の祈りは、みんなが一緒に頑張ること。一人じゃないって、みんなに教えてあげること。
 
 過去、現在、未来、平行世界、全てに存在する魔法少女達に、私の思いを、心を、希望を届けてあげること。
 
 絶望している子達に、落ちかかっている子達に、あなたは一人じゃないって、私が、ううん、私だけじゃない、みんながついているって教えてあげたい。
 
 一度きりの奇跡なんかじゃない。まだまだ頑張れるって、諦める必要なんて全然無いって、悲しんでいる魔法少女達全てに教えてあげたい。
 
 これが私の願い。私の祈り。私の希望。
 
 
 
 お願い、かなえてくれる? キュゥべえ――
 
 
 
 キュゥべえは危うくまた感情疾患を起こすところだった。
 それは一見何気ないように見えて、その実とてつもないことを願っていたから。
 確かに不可能ではない。彼女の因果は、それを覆すだけのものがある。
 だがそれが意味することは……
 
 「君は、神を越える気かい。その祈りが果たされたならば、おそらく君は」
 「どうなろうと気になんかしない。これが私の願いだから」
 
 そしてまどかがそう言いきった瞬間、絶大な……そう、かつての神に至る願いをした時を遙かに上回る、巨大な光が周囲一体を埋め尽くしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 光の中、桃色の魔法少女は、その手にした弓を引き絞る。傍らには3本の矢。そのうちの1本が番えられ、天に向けて放たれる。
 天を貫いた矢は、無数の光に分裂して全宇宙へと散っていった。
 
 
 
 今とある場所に、力尽き、魔女になる寸前の魔法少女がいた。
 そこに下りてくる光。そこに現れるまどかの姿。
 それは前世においてまどかが神に至った時のそれとよく似た光景であった。
 だが、似てはいたがそれはまるで違う行為だった。
 前世においてまどかは、彼女のため込んだ穢れを吸収し、ソウルジェムを解放した。
 だが今回のまどかは、倒れ伏す彼女のソウルジェムを優しく包むように持つと、そっとささやきかけた。
 
 ――大丈夫。まだ諦めないで。私は鹿目まどか。あなたと同じ魔法少女。そしてね、頑張ったあなたを見てくれている人は、応援してくれる人は、いっぱい、いっぱいいるんだよ。
 
 少女が天空を見上げれば、そこに映るのは彼女たちと同じように戦う無数の少女達。
 優勢なものも、劣勢なものもいる。今の彼女には、その少女達の名前が見ただけで判った。
 そんな中、1人の魔法少女がやられそうになる。彼女は自分もまた力尽きそうになっていることを忘れて、頑張れ! と声援を送る。
 その瞬間、彼女の心の中に何かが灯った。それは希望の炎。絶望を燃やし尽くす、永遠の焔。
 
 ――ね。大丈夫。あなたは一人じゃないの。まだまだみんなが応援してくれるの。そしてあなたも、みんなを応援してあげられるの。諦めちゃ駄目。一人で無理をしちゃ駄目。頑張っているあなたを助けてくれる人は、そう思ってくれる人は、いっぱい、いっぱい、いっぱいいるんだから。
 
 「ま・ど・か……あなた、は……」
 
 意識がはっきりした時、彼女の姿はなく、自分は一人で立ち上がっていた。
 闇に染まったはずのソウルジェムには、今炎が灯り、その濁りを燃やし尽くしている。
 そして今でも感じられるのだ。彼女を励ましてくれた、あの少女のぬくもりを。そして自分以外の、あまねく世界に広がっている、同士達の希望を。
 その瞳からは、先ほどまでの絶望は、きれいに消えていた。
 大丈夫。私は一人ではないのだから。
 
 
 
 それは、あらゆる時代、あらゆる場所、あらゆる次元において、
 傷つき、絶望し、今魔女にならんとしていた、あらゆる魔法少女の元に届いたメッセージ。
 絶望なんかしなくていい。私が見ている。あなたには応援してくれる味方がいる。
 
 
 
 そして光が収まった時、そこにはあの魔法少女の姿に姿を変えたまどかが、2本目の矢を番えてワルプルギスの夜に正対していた。
 
 「まどか!」
 「鹿目さん!」
 「おめえ……今何したんだ」
 
 さやかが、マミが、杏子が声を掛ける。消えかけていた魂の炎が、先の光を浴びて激しく燃えさかっている。
 
 「何故かな……私は今、恩人を見ると心の震えが止まらない」
 「おねえちゃん、なんかすごい」
 
 キリカとゆまは謎の感動に打ち震える。
 そして織莉子は。
 
 「……今、記憶の封印が解けました。掴んだのですね、正しい答えを。インキュベーターの思惑を越える祈りを。彼らに絶対に理解出来ない境地を。我々人類の持つ絶対の強みを。
 正しき祈り、それは、孤独の否定。
 どうしても孤立しがちになる私たち魔法少女に、繋がりの大切さを知らしめる祈り。
 あの奇跡が示すように、人は繋がりあってこそ力を発揮する存在。
 個を捨てるのでもなく。個を競うのでもなく。個を合わせること、それこそが我々人類の持つ最大の武器。
 そしてその奇跡が知らしめしものこそ……」
 
 
 
 「受け取って、ほむらちゃん! これが、私の答えだよっ!」
 
 
 
 2本目の矢が、まさに直立しようとしていたワルプルギスの夜に、深々と突き刺さった。
 
 
 
 
 
 
 
 さしものほむらの心も擦り切れる直前、今まで以上に強い光が、ほむらの心に突き刺さった。
 それはまどかの祈り。まどかの心。
 伝わってくる心を受けて、ほむらは瞬時にそれを理解した。
 ああ、そうだったのか。これが賢者の贈り物にならない答え。
 簡単なことだった。たった一言でよかった。
 一緒に、戦おう。ただ、それだけ。
 どちらかがどちらかを守るのではなく、共に手を携え、二人で互いを守り合うこと。
 たったそれだけのことだった。
 たとえどちらかが先に倒れるのが宿命だったとしても、共に戦っていたのならばそれを受け入れられる。
 ほむらは今、真に満たされていた。
 そして、今ならわかる。今なら言える。自分を責めさいなんでいる、この切り捨てた未来という絶望が、なんであるのか。
 自分を責める絶望に、ほむらは今、傲慢なまでに高圧的に言い放つ。
 
 「……今、理解したわ。私はなんのために未来を切り捨てたのか。未来を絶望に捨て、過去に戻り、際限のないやり直しの果てにここまで絶望を積み上げたのか。
 それは今の一瞬のため。ただ一度の成功を掴むためよ。そのためにあなたたちは……我が踏み台、捨て石になりなさい」
 
 巻き起こるのは膨大な怨嗟と怨念。なんだその物言いは、なんだその思い上がりは。
 ただの一度のために、無数の可能性を切り捨てるというのか。
 捨てられたものの気持ちなど、どうでもいいというのか。
 
 「それは肯定であり、否定ね。でもね、あなたたちは、切り捨てられた未来は、失敗でしかないのよ。そう、失敗。打ち捨てられる不要物であるという事実は曲げられない。
 そんなものに何を同情すればいいというの? 同情して、何かが救えるというの?
 違うでしょう。失敗したものである以上、その存在は無意味でしかない。そんなものはただのあがきでしかなく、どんなに文句をいおうと、あなたたちの元には一切の救いがないのよ、失敗という事実の前では」
 
 それはおまえの無能のせいだ!
 おまえが誤らなければ、我々は苦しまなかったはずなのだ!
 
 だがその声を、ほむらは軽々と無視する。
 
 「無意味ね。成功か失敗かは、実行しなければわからない。事前にわかるのなら、それは失敗とはいわないわ。実行して、検証して、初めてそれが失敗だと判る。失敗だとわかった時点で、あなたたちは切り捨てられる。それが揺るぎない事実。そこには救いなど無いわ」
 
 ならば何故貴様は報われる!
 無能なるものに、永遠の苦しみを!
 
 「その怨嗟は正当なものね。いくらかましになったじゃない」
 
 不当な八つ当たりを、ほむらは肯定する。
 
 「さっきまでは、私はそれを否定出来なかったわ。成功無き失敗は、無能の証ですものね。
 でもね、まどかが届いたことで、私は遂に成功に至ったと確信したわ。その瞬間、その怨嗟は不当なものになるのよ」
 
 何故だ、何故だ、何故だ!
 
 「わからないの? 成功した時点で、それまでの失敗は、無能の証から必然の道へとその意味を変える。こうも言えるわ。
 『無数の失敗の果てに、我は成功に至った』
 そう、成功にたどり着いた時点で、あなたたちの存在は踏み台になるのよ。それが失敗の定め。
 だから理解しなさい。私が成功に至ったのは、あなたたちという犠牲があったからだと。
 この成功のために、自分たちは滅びの定めに至ったのだと。
 だから私はあなた方を救わない。あなた方を踏みつけ、贄とするわ。
 でもね、それはこういうことよ。
 我が成功は、あなたたち、贄となった無数の失敗あってのこと。故に私は、あなたたち、切り捨てた未来を、絶望を」
 
 
 
 ――肯定、するわ。
 
 
 
 
 
 
 
 舞台装置の魔女 フェウラ・アインナル
 その性質は無力。同じ道を回り続ける愚者の象徴。
 切り捨てられた未来は積もり重なって舞台を築き、道化達はその上で、失敗した戯曲を愚直なまでに繰り返し演じ続ける。
 かの魔女を倒すためには、己が切り捨てた未来を肯定せねばならない。
 
 
 
 そして今、暁美ほむらは、己の切り捨てた絶望の未来を、『肯定』した。
 
 
 
 
 
 
 
 完全に直立した魔女は、何故か一切の動きを見せずに硬直したままだった。
 
 「やった、のか?」
 
 思わずそう呟く杏子。
 
 「ちょ、それフラグフラグ!」
 
 慌てるさやか。
 
 「ねえキョーコ、ふらぐってなに?」
 「ん? ああ、こういう時にな、やったかとかいうと、しっかり相手が無傷だったりするっていう、物語のお約束さ」
 「むきず、なの?」
 
 そんなやり取りを杏子とゆまがしている前で。
 
 
 
 ワルプルギスの全身が、紫紺の炎に包まれた。
 
 
 
 それは紛れもない、暁美ほむらのソウルジェムの色。
 その燃えさかる様は、始まりの奇跡の時の杏子とゆまによく似ていて。
 そして、その炎に焼き尽くされるかのように、魔女の舞台は、崩れ落ちた。
 そしてその中から現れたのは。
 
 「あれ、ほむら、よね……」
 「なんだ、あの格好」
 「なんかひらひらしてて、魔法少女というより……」
 
 さやかが、杏子が、マミが呆然としつつもいう。
 それもそのはず。中から現れたほむらは、いつもの魔法少女ルックではなく、白一色のドレス姿だったのだから。
 
 そんなほむらが、ゆっくりと降下してくるのを、物怖じしせずに迎えるまどか。
 
 「お帰りなさい、やったね、ほむらちゃん!」
 「まど……か?」
 
 声を掛けられて、初めて気がついたらしいほむら。
 
 「ほむらちゃん、ワルプルギスの夜は、倒れたよ」
 「まどか……あなたが?」
 「ううん、ほむらちゃんが、自分で。だからこそ、ワルプルギスの夜は、『真に』倒れたの」
 
 そう言われてほむらは、まどかにすがりつく。
 
 「まどか? なんでそんな事がわかるの?」
 「ほむらちゃんがワルプルギスの夜に勝った時、神様の私が教えてくれたから。でもね、これからが本番だよ」
 「え?」
 
 未だ自分を把握していないほむらがそう問いかけた時、「それ」は起こった。
 
 「え」「これっ!」「なんだっ!」
 
 突然展開される魔女の結界。だがその規模、強さは、今までのどんな魔女のそれより強力で、広大だった。
 当然だ。その広さは全宇宙、その強度は無限大。
 そして立ち竦む魔法少女の前に現れたのは。
 
 
 
 ほむらが、そしてまどかがかつて一度目にした魔女。
 
 名無き魔女、その性質は絶望。世界の希望が一点に集まる時、その対偶として生まれる全宇宙の絶望の化身。
 この魔女が倒れた時、世界は新生の時を迎える。
 
 かつて女神となったまどかに打ち破られた、絶望の魔女だった。
 
 
 
 
 
 
 
 『どうするのかな、鹿目まどか』
 
 呆然とする魔法少女達に、理性の使徒は問い掛ける。
 
 『かつての君は、全ての魔女を倒す力を持って絶対の絶望たるあの魔女を倒した。だけど、今の君にはその力はない。つまり、純粋な実力を持って、あの魔女を倒さなければ、もはや君たちの未来はない。だけど相手の強さは全宇宙の絶望だ。君たちはそれを越えることが出来るのかな?』
 
 だが、鹿目まどかは動じない。
 
 「私たち8人じゃ、どうあがいたって勝てっこないよ。でもね」
 
 まどかは再び弓を掲げた。そして矢は番えず、その弦を楽器を奏でるかのように、びいいんと打ち鳴らした。
 その音が、結界内にあまねく響き渡る。
 すると。
 まるでその音に導かれたかのように。
 
 
 
 天を埋め尽くすかの如き、無数とも言えそうな魔法少女達がこの場に現れていた。
 
 
 
 そしてまどかは言う。
 
 「かつて存在した、全ての魔法少女達……絶望の淵から救われ、希望の炎を灯した、みんなの力を持ってしても、あれは倒せないかな?」
 
 さしものインキュベーターも、無言を貫くしかなかった。
 そしてまどかは号令を発する。それと同時に、その姿が、魔法少女から、今のほむらと同じ、女神のそれに変わる。
 
 「みんな……あれが最後の敵。私たちの負の心、絶望の権化。あれに打ち勝って、初めて私たちの、魔法少女の未来は開けるわ。
 行きましょう。合い言葉は、絶対に……」
 
 
 
 「あきらめてなんか、やるものか!」
 
 
 
 語尾が「せんわ」とか「かよ」とか、「ですか」とか、微妙に不揃いだったようだが、全宇宙全ての魔法少女が、いや、正確にはただ一人を除く全ての魔法少女が、その全てが心に希望の炎を灯したまま、絶望の魔女に襲いかかった。
 
 
 
 「喰らえ、ギガント・ストライク!」
 「後ろがお留守よっ!」
 「絶望の名の下に人を貶めるものを、私は許さないっ!」
 「希望はいつだって、この胸にあるのよっ!」
 「おーっほほほほほっ、絶望したあなたは、我が元に這いつくばって許しを乞うのよっ!」
 「魔女は……倒す」
 
 
 
 剣が、槍が、槌が、鞭が、矛が、鉞が、銃が。
 ありとあらゆる武器が、絶望の魔女に降り注ぐ。
 一撃では届かなくても、幾千、幾万の打撃を。
 そんな猛攻の前には、
 
 
 
 ――さしもの絶望の魔女も、抗うことは出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 戦いが終わったその時、魔法少女達は、まるで寿命が尽きたかのように、一人、また一人と、光となって昇天していく。
 その様は、まるで天へと落ちる流星のようで。
 そして、ほむらとまどかの目の前で、マミも、杏子も、さやかも、ゆまも、キリカも、織莉子も、その身を光に包まれていた。
 彼女たちは皆理解していた。自分たちはともかく、まどかとほむらとは、これでお別れなのだと。
 彼女たち二人は、自分たちとは別の何か、そう、神になってしまったのだと。
 
 ――お別れ、なのね。
 
 マミの言葉に、まどかは答える。
 
 「別の形では、まだ会えると思いますけど」
 
 ――なんでまた好きこのんで神様なんかになるのかね。
 
 そんな杏子の問いには。
 
 「これが私の逃れられない定めなんです。一度やらかしてますから」
 
 ――忘れないよ、まどか。
 
 さやかの誓いには。
 
 「はい。今度はみんな憶えていてくれる筈なんですよ」
 
 ――達者でな、恩人。
 
 キリカの挨拶には。
 
 「もちろん。病気なんかしたくても出来ません」
 
 ――またあおうね。
 
 ゆまの約束には。
 
 「うん」
 
 ――それでは、また『3人』と出会える日を。
 
 織莉子の意味深な言葉には。
 
 「うわ~、見切られてる」
 
 そして、まどかの前には、ほむらだけが残った。
 
 
 
 「まどか、これって、いったい……」
 
 一連の流れの中、ほむらだけは訳が判らなかった。
 そんなほむらに、まどかは言う。
 
 「ほむらちゃんもね、私と同じになっちゃったんだよ。存在の次元を越えた、神様に、ね」
 「それって……」
 
 絶句するほむらに、まどかは言う。
 
 「でもその話は後。最後の1人を迎えに行かないと」
 
 そして女神まどかは、残る最後の矢を番える。
 そしてそれは、放たれた後虚空の一点を貫いて消滅した。
 
 「いこ、ほむらちゃん。彼女を迎えに」
 
 そういうまどかに手を引かれ、虚空を飛ぶほむら。
 矢が消えたその点には、一つの紋章が浮かんでいた。
 全知の魔女、図書の魔女グリムマギーの、あの忘れえぬ紋章が。
 
 
 
 難なく結界を開き、まどかはほむらの手を引いて、無窮の結界の中を飛ぶ。
 やがてその眼前に、先ほどまどかが放った矢が見えた。
 そしてほむらの目にも入る。矢が目指すのは、結界の主、少女の影、図書の魔女グリムマギーその人。
 そしてその矢は、過たず魔女に命中し……その瞬間、結界は光に満たされた。
 眩んだ目が戻った時、そこにいたのは。
 
 
 
 「お疲れ様。やり遂げたんですね、先輩、まどかさん」
 
 
 
 自分たちと同じ、女神の装束に身を包んだ、在りし日のちえみであった。
 
 
 
 
 
 
 
 どこにあったのか、織莉子の家を思わせる謎の庭園で、3人の女神はテーブルを囲んでお茶をしていた。
 
 「まどか、これ一体、どういうことなの?」
 「その説明は私がしますよ」
 
 そう言ったのはちえみであった。
 
 「解説キャラとしてはこういうおいしい場面は逃せませんし」
 「戯れ言はいいの。さっさと説明しなさい」
 
 とぼけたことを言うちえみを小突くほむら。まどかはただ笑っている。
 そしてちえみが、どこからともなくモノクルを装着しつつ説明を開始した。
 
 「端的に言えば、私たちは3人とも、存在の輪を壊しちゃったんです。
 まどかさんは前世でやったのと同じ、世界の法則そのものを書き換えるような願いを掛けたことによって、現在の自分自身を否定してしまいました。
 先輩は確定した未来を打ち砕くことで、未来の自分を。
 そして私は、まどかさんの祈りの余波を受けて、確定していた過去の自分を否定してしまったんです。
 それゆえに今回はまどかさんだけでなく、私と先輩もまた、存在の次元を上げた、神様みたいなある種の概念になっちゃったんです。
 私は過去を否定したが故に過去の、
 まどかさんは今を否定したが故に現在の、
 そして先輩は未来を否定したが故に未来の女神になっちゃったんですよね~」
 「私はスクルドと名乗るつもりはないわよ」
 
 そんなツッコミにちえみも笑って答える。
 
 「そうすると私がウルドでまどかさんがヴェルダンディーですか。まあぴったりですけどね。それはそれ、これはこれで。
 で、かつてと同じように、世界は新生して、新しく書き換えられちゃいました。
 ただ、前にやらかしたまどかさんの世界があるんで、そこに少しだけ上書きした世界になりましたけど」
 「どう違うの?」
 
 その答えは、ほむらに起こりえない頭痛を起こすのに充分なものだった。
 
 「まず、魔法少女になった人は、全員私たち3人の名前を知ることになります。全ての魔法少女が、女神まどかの名の下にその存在を変えることになるのが新しい律ですから。
 そして魔法少女としてのあり方も、少し変わります。
 まず、形は違いますが『魔女』が存在します。これはまどかさんが、魔女の存在を否定しなかったからです。
 但し円環の理は生きているので、望まず魔女に落ちることはありません。力尽きただけなら、その存在を円環の理に委ねて消えるだけです。ですが……」
 「魔法少女が敢えてそれを望んだ時は、その限りではないのね」
 「そうです」
 
 ほむらの問いを、ちえみは肯定した。
 
 「意図的に望まずとも、ある意味恨みや憎しみ、憤りを残して魔法少女が堕ちると、円環の理ですくい上げることが出来なくなるんです。また、それと似た現象で、単なる歪みというか現象に近かった魔獣も、人の心と反応してより強大な存在……魔人に進化します。
 まあ、魔法少女の方も、初めて変身する時に女神まどかの加護を受けて、イグニッション認識済みの状態になるので、心から結びついたパートナーを得られればそう簡単にやられたりはしませんけど。そしてたとえ魔女化しても、思いが届けば元に戻ることは不可能ではありません。難しいですけどね」
 「となると大分様変わりするわね。新世界が」
 「はい。まどかさん主観の世界から、私3人で俯瞰する世界に変わりますから、世界としての安定度もぐっと増しますよ。まあその分どっかで見たような笑える世界になっちゃいましたけど」
 「……不安だわ」
 「あ、それと私と先輩が司る権能ですけど……」
 
 
 
 女神の会話は、まだまだ続いていた。



[27882] 神・第0話 おまけ的なエピローグ Last!
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:d6be9c18
Date: 2012/01/07 01:48
*四課はともかく、五課はフィクションです。





 奇怪な事件が、現場を検証しに来た刑事を悩ませていた。
 まるで猛獣に食いちぎられたかのような死体。
 
 「こりゃあ……」
 
 そう呟きつつ、どう報告書を書いたものかと悩んでいたところに、現場にはいまいちそぐわない人物が現れた。
 女性用のビジネススーツで身を固めた、妙齢の美女。
 見た目は日本人なのに、雪のように白い髪が印象的だった。
 
 「現場の方に申し上げます。この事件は捜査部第六課の預かりとなります。速やかに引き継ぎをお願いいたしますわ」
 
 噂には聞いたことがあった。現在の表向きの組織図には乗っていない、刑事部捜査第六課。
 四課が独立部署となり、電子犯罪が二課から独立して暫定的に五課として成立していく中、新たな設けられた謎の部課。
 何故かその組織員のほとんどが女性というその部署は、極端な秘密主義で内輪には知られている。
 そしてその部課が、今彼が見ているような、超常現象的な事件を主に扱うという事も。
 現職刑事としては、厄介事から遠ざかれたと喜ぶべきなのか、真相を究明する機会が失われたと嘆くべきなのか、思いは複雑であった。
 
 
 
 「以上が現場の状況です」
 
 場所は変わって、とある秘密の場所で事件の様子を報告する、白髪の女性。それを受けるのは、ショートカットのいかにも切れ者らしい40代の女性。だがその容姿は20代で通用しそうなくらい若々しい。
 
 「ご苦労様、三国主任」
 「最近増えましたね、魔人や落ちた魔女による被害が。リリアンの小笠原さんや聖應の十条さんも頑張っているのですが、なにぶん最近は……」
 「仕方ないわよ。現役を担ってくれているのは、中高生の少女達なのだから。私たちも昔のことは言えないけど、同じようなものだったでしょう?」
 「はい。でも歯がゆく感じることも」
 「先輩としてはね。でも、信じて成長を待つのも先達の努めよ。あ、報告書も完璧ね、さすが三国主任。かつての『白の巫女姫』ね」
 「それを言ったら管理官は……」
 「お願い。あなたがそれを知っているのはわかるけど、蒸し返さないで。私だって黒歴史の一つはあるのよ」
 「わかりました。では失礼いたします、鹿目管理官」
 
 白髪の女性……美国織莉子主任が帰るのを見届けた鹿目旬子管理官は、世の無常に思いをはせつつ独りごちた。
 
 「女神まどか……世が世なら我が娘であったって言う神様。世間は今でも理不尽に満ちていますよ」
 
 捜査六課……別名を魔法事件課。
 魔獣や魔人、魔女による犯罪を世間から秘匿するための特別部署である。
 その係員は、全て『元魔法少女』に限られている。
 
 
 
 
 
 
 
 そんな世界を眺める女神様達は。
 
 「なんでこんな世界に」
 「未来の女神様の権能で、魔法少女の『引退』が可能になりましたからね~。そりゃ社会的にもひっそりと認知されますよ」
 「でも何あの、『スール』とか、『エルダー』って」
 「心を合わせられるパートナーを、積極的に作るために、魔法少女の存在を知る女学校が試行錯誤した結果だって」
 「別の所には、なんかやたら熱い2人もいたし……」
 「ああ、あの『一人一人は小さな火でも、2人合わせれば炎となる』って言ってイグニッションしていたペアですか? 強かったですね~、あの2人」
 「おかげで沖縄の守りは万全でした。あそこって基地がらみとかでストレス多いから、魔獣が魔人に変化しやすくて大変なのに」
 「……勝手にして」
 
 
 
 女神の悩みは、まだまだ尽きないようだった。



[27882] 謎予告
Name: ゴールドアーム◆63deb57b ID:75117baa
Date: 2014/07/18 17:39
完結より2年。

追加された情報は、世界の不備をさらけ出す。

だが、それはこの物語を否定するのか。

否。それは否。

これは、異なる可能性なのだ。

そして、挑戦でもある。

最新の映画でも語られていたではないか。

ひとりぼっちはダメなんだと。

まどかはそうほむらに語っていたではないか。



故に我は挑戦する。
幸い時は出来た。

この物語を、より昇華させんと。


永遠のほむら・劇場版。

近日、こっそり公開する……かも。



はい、ちょっとまた免停食らって1ヶ月空いた作者です。
前からやりたかった、ゲームおよび映画の要素も踏まえて、ちょっと改稿してみたいと思います。

ただし、ストーリーラインは、奇跡とかも含めてそのままの予定です。

プロローグのやりとりや、真美さんたちの魔女化姿やシャルロッテ周りの設定を劇場版やゲーム準拠に、その他細かいミスなどの訂正を考えています。

時間出来たため叛逆の物語も見られまして、見て思ったのが、『我が作品はこれに対抗出来る』というある種の想いでした。
そりゃプロに対抗するのはおこがましいですけど、テーマとして私の二次創作は間違っていなかったとは思えました。

 これもまた、一つの答えとして正しいのではないか、と。

1ヶ月の間に出来るだけ手を入れてみます。
どこまで出来るか判りませんけど、出来次第こっそりSAGE進行する予定。
ストック貯めてからの公開なので、しばらくは音信不通のままになると思いますので慌てないでくださいね。
あと、たぶん最後まで行けたら、ハーメルンあたりにも載せるかも。

 気がついたら、こっそり期待していてください。
 まだこの物語を好きでいてくださるのなら。


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