「……だめっ!! 絶対、魔法少女になっちゃ!」
登校途中に、そんな声を聞いて振り向く。
「……巴、マミ?」
通学路の途中で、何か、血相を変えた表情の巴マミが、例のルーキーとその友人に、真剣な顔で迫ってた。
見ると、必死になって魔法少女になるのを止めているらしい。そして、何やら真剣な顔でルーキーに頭を下げ……こっちの目線に、気付かれた。
その、何やら思いつめた表情に、俺は悟る。
……あー、こりゃ、あの馬鹿ネタヒントで、うすうす何か感づいたか?
ま、彼女が絶望して魔女になろーが、ソウルジェム砕いて自殺しようが、俺が知った事ではない。ワルプルギスの夜相手に、彼女くらいのベテランが居れば心強いのだが、正味、魔法少女の真実を知った程度でブレるようなメンタルの持ち主なんぞ、はっきり言っていらない。
あの絶望的な相手と戦ってる最中に、精神的に折れられて計算狂ったら、どーしょーもないからだ。最悪……というか、あの暁美ほむらと二人だけで挑む事になるのは、ほぼ確定だろう。
折れぬ執念と、生き抜く図太さ、そして綿密に取られた対策。その全てをもってして、初めてワルプルギスの夜に対する勝機が見いだせる。そのどれか一要素でも欠けたのなら、とっとと逃げるが正解だ。
そして、俺は、奴に再び挑む。……っつーか、挑まざるを得ない。
なら、足手まといは邪魔になるだけである。
「……さあて、どーすっかなー?」
あの暁美ほむらの時間停止の能力、俺の持ってる武器、火力。そして『切り札』……先程の巴マミの存在なんぞ、綺麗サッパリと頭から追い出して、様々な要素を勘案しながら、俺は学校へと足を向けていた。
「……おい、ハヤたん。ニュースだニュース!?」
放課後。先に教室を出たはずのクラスの友人が、わざわざ教室に戻ってきて、開口一番。
「ん? なんだよ?」
「なんかさ、校門の所で、すげー綺麗な子が待ってんの! 見滝原中の制服で、モデルでもやってんじゃねーかっつーくれーの美人! 誰待ってんだろうな、あれ!」
見滝原中で、モデル並みの美人さん? ……暁美ほむら、か?
……嫌な予感がする。
何か、とてつもなーく。どこぞのそげぶ的に『不幸だーっ!!』とか言いたくなるような。
あの女、何か厄介事を俺にまた持ち込んできやがったんじゃねーだろーな!?
「えーっと、それって、黒くて長い髪の毛の、無愛想な感じの子?」
「そうじゃねーよ、金髪縦ロールで、胸が大きくてさ! 襟章からして中三じゃねーのかな」
「あー、あれ、巴マミさんだよ。俺、見滝原中出身だから知ってる。結構有名人。すげー頭もイイんだよ」
「っかーっ! 俺らとイッコ下でアレかよ! ウチのクラスの女子共とマジ戦闘力が違うぜ。俺のスカウターが、そう言っている!」
はい、俺、リアルに死んだー。
とりあえず、向こうは『正義』を張り続けた最強クラスの魔法少女。
こっちは外道と非道を繰り返してきた小悪党。加えて武器弾薬ソウルジェム一切なし。
つまり、世紀末的死亡フラグな死兆星は、俺の頭上にバッチリ輝いていやがるぜ。ヒャッハー!
「じゃ、俺、先に帰るわ」
「何だよ、一緒に見に行かねーの?」
「遠慮しておく。例によって俺は妹の世話で忙しいし、例によってスーパーのタイムセールに間に合わせないといかんのだ」
「はぁー、シスコン兄ちゃんよー……少しは自分のために、青春つかってみたらどーだ? 高一で枯れ過ぎだぞ」
「そんな余裕、俺にゃあ無ぇよ。じゃーなー」
さて。
どーやって逃げ出すか。
モヒカン革ベストで、バギーに乗ってマサカリ片手にヒャッハーとか言いながら逃げ出したい気分なのだが、あいにく、学校にそんなものは持ってきてない。
……一応、俺の縄張りの中なので、武器庫は各所にあるが、ソウルジェムも無いし、彼女程のベテラン相手では、即興的に安易な作戦で不意を突くのは無理だろう。
あの圧倒的な火力を前に、俺が小細工を弄する暇や余裕を、与えてくれるとは思えない。
加えて、彼女の武器は飛び道具だ。あのマスケットの射程が、どの程度かは知らないが、少なくとも破壊力から言って対物ライフルは超えそうだ。となれば、彼女からおおよそ1キロ以内は、キル・ゾーンの真っただ中と考えてもいい。
とりあえず、ケータイを利用して地図を検索。学校を裏口から抜けて、直線ルートを回避しつつ遮蔽物を利用した逃げ道を探す。
……よし、このルートならば、逃げ切れる……かもしれん。ついでに、スーパーの中を突っ切る形で通らせて貰って、夕飯の買い物もできる。
「……さて、と。頑張りますか」
そして……
「こんにちは」
学生かばんと、徳用ピーマンとニンジンの詰まったスーパーの袋を手に、俺は呆然と立ち尽くす。
はい、アッサリと見つかってしまいました。
ってか、結構、複雑なルートを辿って、スーパーの中を、『ちょっとストーカーに追われてるっぽいんで、裏口から出ていいですか?』って言って、突っ切って逃げてきたというのに。
自分の家の一歩手前で、確保されてしまいました。
「……どーも。で、どんな御用で?」
「この間の『虚淵』がどうとかという、ジョークについて。
あれ、元はニーチェですね? 『wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.(汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである)』。
……ところで、『虚淵』って何ですか?」
「日本に数多住まう八百万の神々の中でも、最も邪悪な神の一人で、恐怖と絶望と絶叫の物語を描かせたら、右に出る者のない筆神様です。
信者を公言すると色々と人格的なナニかをSUN(正気度)チェックされる程に邪悪な存在ですが、その魔性に魅入られて密かに信仰する者も少なくありません」
……実は、俺もその一人だったりします。というのは内緒だ。
「……ま、まあ、いいでしょう。
重要なのはその前の一節。『Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.(怪物と戦う者は、みずからも怪物とならぬように心せよ)』
あの場面で、私たち、魔法少女に投げかけるには、あまりにも重い意味の一言です。だから、あなたはオブラートに包んで次の一節を、更にパロディにして弄って口にした。違いますか?」
「……頭いいですね、原語でサラッと出るなんて。尊敬しますよ」
「からかわないでください。
あの状況で、あなたのような言葉をとっさに出せるセンスは、私にはありません」
「最強無敵の『正義の味方』からすりゃ、俺はタダの小悪党ですからね。
生き意地汚く悪足掻いてきたんで、余計な小知恵も回るってダケの話ですよ。で、本題は何ですか?」
その言葉に、彼女が真剣な目を向けて来る。
「……あなたが知る、私たち魔法少女の秘密。教えて頂けませんか?」
「暁美ほむらに、尋ねればいい。彼女も知ってる」
「学校で何度も訪ねたのですが、教えていただけませんでした。そして、あなたに聞け、と」
……ちょっ! あの女っ、丸投げすんじゃねーよ!! 戦闘能力とか考えろよ! こっちは生身の人間なんだぞ!
もし彼女がトチ狂って、暴れ回られたとしたら、今の俺には打つ手が無い。
経験上、『正義のため』だとか『世界のため』だとかで頑張ってきたタイプの魔法少女ほど、この話を聞かせて足元から価値観崩壊して、発狂するケースが多いのだ。……まあ、その分、隙が突きやすくなるのは事実なんだが。
「……自殺した三人、ってのは嘘じゃないですよ? その死に様、全部語って聞かせましょうか?」
「構いませんわ。私の願った奇跡……何だと思います?」
「おいおい! 魔法少女の願った奇跡に踏み込むほど、俺は野暮じゃねぇぞ?」
「いえ、そう込み入った理由じゃありませんわ。『……死にたく無かった』それだけなんです」
「あー……そっか」
事故か何かかな、とは、容易に推察がついた。実は、魔法少女になるのに、意外と多いケースだったりするのだ。
このあたりに、あの悪魔の悪辣さが垣間見えるのだが……
「だから『死ぬしかない』なんて考えたりはしません♪ 安心してください」
「じゃあ……もし、あなたが。これまで戦ってきた『正義の味方』の存在意義を否定される事になったとしても?」
「っ……それは……」
躊躇して迷う彼女に、俺は一つの推論を下した。
「察するに……あんた多分『サバイバーズ・ギルト』なんじゃねーのか? 結構多いんだ、そーいう『願い』で生き残った魔法少女に」
「サバイバーズ・ギルト?」
「大きな災害や事故なんかで、『自分だけが生き残ってしまった。自分だけ助かってしまった』人間が、それを『罪』と認識する意識。
そのために、意味も無く自分を罰しようとしたり、あるいは極端な『正義』や過剰なボランティアに突っ走る。
でも、どれだけ人を救おうが助けようが、心理的に本人はその地獄から逃げられないで、心身をすり減らして益々泥沼にはまっていく……そんな心理を『サバイバーズ・ギルト』っつーんだそーだ。
思い当たる節、無いか?」
「……………」
なんか、彼女の顔面が蒼白だが……まあ、正味、俺の知ったこっちゃ無い。
問題は、俺がこの場をどう上手く切り抜けるか、だ。
「だから、もし、俺が口にする言葉が、仮にお前さんの『正義』を否定する内容だったとして、お前さん、それを受け入れられるのかい?」
「っ! ……うっ、受け入れるわ! 大丈夫……大丈夫よ!」
「そうかい……じゃあ、例えば、あなたへの加害者は、別の誰かの被害者だった。それとも知らずに、あなたは正義の味方として一方的に戦ってきたとしたら?」
「『怪物』とは、そういう意味ですか? あなたは魔法少女と魔女の真実を知って……っ!!」
次の瞬間、巴マミの顔面は蒼白から土色気になり、足元をぐらつかせた。
「まっ……さ…か……」
気付かれたか。まあ、ショーガナイ。
「すまないが、もういいか? 俺、沙紀の晩飯を作らないといけないんだ。肉じゃがは味を染み込ませのるに手間がかかるんでな」
「あなたは……じゃあ、沙紀さんは!」
「とっくに知ってるよ。ついでに姉さんは『もうなっちまった』」
「……ぁ……ぁ……」
ガクガクと震える彼女を余計に刺激しないよう、限りなく普通に歩いて、俺は家の中へと入っていった。
「……お兄ちゃん?」
「沙紀、ソウルジェムをまわしてくれ! 彼女は『なっちまう』かもしれん」
俺の言葉に、沙紀も真剣な表情を返すと、自らのソウルジェムを躊躇なく俺に手渡した。
ロケーション的に、俺の家の前ってのは最悪だが、まあ、今まで無かったワケじゃない。
俺は、手早く武器を整える。
とりあえず、沙紀のソウルジェムから取りだした、パイファー・ツェリスカ……象狩り用の600ニトロ・エクスプレス弾を使用する、世界最大サイズの拳銃を握り締める。(マニアの人は、この銃が『拳銃かどーか』って定義については、後回しにしてくれ。少なくとも俺は『拳銃』として使ってるのだから)。
理想を言うならば、ソウルジェムがグリーフシード化する直前に砕くのが、一番、抵抗が無くて楽なのだ。
が……
ピンポーン。
「!?」
玄関のチャイムが鳴る。……玄関カメラを見ると、案の定、巴マミだ。
唇も真っ青で、驚愕に体は揺れているが、それでも真剣な目線と表情で、カメラを見ている。
「……なんだ!? 魔女になるなら、出来れば他所でやれ!?」
「いえ……少し、お訪ね……いえ、答えて頂きたい事があります。入れていただけませんか?」
「……」
さて、どうしたものか?
理想を言うのなら、この場で問答無用で射殺すべき最大のチャンスなのだが、あいにくワルプルギスの夜戦が控えている。
……豆腐メンタル……ってワケでも、存外無さそうだ。
その辺は、流石ベテラン。前の三人は、事実を知って、全員発狂して周囲を巻き込み自殺してしまったし。
ただ、いつ崩れてもおかしくない状況なのは、事実。
……とりあえず、試してみて、発狂しても即ぶっ殺せるようにしておこう。
「ソウルジェムを出しな」
「え?」
「ソウルジェムを出しておいてくれ。何時でも砕ける状態にしてもらわなきゃ、家に入れるわけにはいかん」
「それは!」
「無理ならいい。俺が、お前さんの質問に答える義理は無い!
こっちは、魔法少女の力を借りられるとしても生身なんだ。魔法少女を狩った事は確かに何度もあるが、エース中のエースな『正義の味方』相手じゃ、こっちの手管がどんだけ通じるかも分からん!」
断られるだろう。
それを前提に、俺は交渉を組み立てた。だが……
「!?」
無造作に。
自らの魔力の証である、ソウルジェムを手の中に出現させる巴マミ。
……馬鹿か!? こいつ!?
俺がどんな悪党か、知ってるだろうに!
『見滝原のサルガッソーの主』の悪名は、ある意味、好戦派で知られる佐倉杏子よりも酷い。むしろ残虐さではそれを遥かに上回る。
佐倉杏子と違うのは、彼女が他へと積極的な攻勢に出て縄張りを広げるのに対し、俺は自分が決めた縄張りを徹底的に堅守しているという……逆を言えば、それだけなのだ。まあ、領土を広げられない理由というのは、幾つもあるのだが。
それは兎も角。
「お願いします! 私は……私は、あなたの答えが知りたい!」
どうも、彼女は諦める気配が無い。
「……入れ」
扉を開けると、油断なくパイファーを、彼女の右手のソウルジェムに向ける。
だが……ぽん、と。
無造作に、彼女は自分のソウルジェムを、俺に手渡したのだ。
「……あんた、馬鹿だぜ?」
そう言ってソウルジェムを受け取ると、俺は今度は銃口を彼女に向ける。
だが、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。
「『見滝原のサルガッソーの主』だって、俺の事、知ってたはずだろ?」
「はい」
「なんで、ソウルジェムを俺に預けやがる!? ……言っておくが、これ割られたら魔力を失うとか、甘いもんじゃネェんだぜ?
っていうか、魔力を失ったとしても、俺はあんたを見逃すほど、甘い人間じゃネェって知ってんだろ!」
「やはり、このソウルジェムそのものに、何か秘密があるのですね? キュゥべえに聞いても、はぐらかすばかりでした」
やっぱりか、あの宇宙悪魔め……
「そりゃ、あいつははぐらかすだろーさ。絶望を回収して回る悪魔だもん。
っつーか、絶望ってのは落差の問題で、会社の社長がいきなり平社員に降格されるのと、元から平社員だった人間。社長は絶望するだろーが、元から平社員なら絶望のしようもねー。
あんたは、俺の言葉を知って『ヤバイ予感』ってもんに囚われながら、俺に聞きに来た。
『何かあるかも』、『嫌な予感がする』、『お化けが出るかも』……そーいう人間ってのはな、実は答えの予感予想をしてるから、予想の範囲内なら、ある程度耐えられるし、耐えられそうに無いと判断すれば、その場から逃げだす。
どっちにしろ、恐怖に対しての防衛本能が働くんだ。で、そんな防衛本能でガードが働いてる状態じゃ、アンタや俺みたいな、それなりに修羅場くぐってきた人間は堕とせないしな」
「絶望を回収して回る……悪魔、ですか?」
「まあな。
あいつは、人間がぶっ壊れる最高の瞬間を狙って、絶望の種明かしをするんだ。
よく『人間の感情が理解できない』とか言ってるが、『どういう刺激に対してどういう人間がどういう反応を人間が示すか』って統計の結果だけはしっかり蓄積されていやがるから、大体、どんな瞬間にどんな人間の中の絶望の針が振り切れる……つまり、魔女になるか、ってのは、分かってるんだよ。
原子力の実際のシステムはどういうモノか知らなくても、原子力発電で日々電気の恩恵を受けているように。あいつは人間を、『よく分かんないけど、宇宙を伸ばす便利なエネルギー元』って見てるんだぜ?」
「そう……ですか。あの、魔女に……私も、なるのですか?」
今すぐ堕ちそうな顔をしてる彼女に、俺は力強くうなずいた。
「なる。いずれは。
次の瞬間かもしれない。明日かもしれない。来週かもしれない。そして……100年後かもしれない。1000年後かもしれない。
何しろ、魔法少女が魔女になるまで、どんな人間が、どんな風にどんだけ生きたか、なんて魔法少女の来歴その他全部、それこそキュゥべえに聞くっきゃねぇんだが……そんなデータ、多分、あいつ出してくんなさそうだし、出したとしても恣意的で作為的なデータしか出さないだろ。
契約1日で魔女になった記録とか、悲惨な死に様ばっかした連中をサンプルとして出したり、な。……俺が殺った記録出せば、何も知らんお前さんは、絶望するかもだが。
兎も角、まあ、見た所、イイカンジに濁ってても、そこそこソウルジェムが綺麗だから、このままでも戦わなければ十日くらいは持つんじゃね? つまるとこ、お前さんの寿命なんて、俺の知ったこっちゃねーって事だ」
ぽかーん、と。
巴マミは俺の説明に、完全に呆けてしまった。
「あ、あの……じゃあ、沙紀さんのは?」
「ん、一緒だよ。沙紀がいつ死ぬか、魔女になるか。
……まあ、考えたらマジに泣きたくなるけどさ。俺が泣いたって沙紀の寿命が延びるわけでなし。
泣くなら魔女になった沙紀を殺した後か、沙紀が魔女になる直前に殺す時か、死んだ後にするよ。他人事だもん」
「たっ、他人事!? でも……あの」
俺の言葉に、巴マミが理解できない、って表情を浮かべる。
無理も無い。俺のブラコンっぷりは、自分でもどうかしてる、ってレベルだしな。
それをして『他人事』と言い切られては、ワケが分からないかもしれん。
「そう。だって俺が魔女になるワケじゃない。魔女になるのは沙紀で、それは沙紀自身が抱える絶望だ。沙紀のために戦う事は出来ても、根本的に向かい合わなきゃならんのは沙紀自身だ。
そりゃ愛してるさ。たった一人の身内だ。命を賭けて戦えるか、って言われりゃ意地でも戦うさ。そのために、必死にもなる。
でもな、結局、最後に、自分の命をどう使うか、ってのは自分自身が決めるっきゃねーんだ。
俺は小悪党だからな。張れる命や時間のチップの量も限られてる。スッちまうの覚悟の上で『沙紀の人生』にチップ張ってんだ。スッちまうより張らないほーが後悔する博打だって分かってるからな。
そして、その上で。
俺が命を賭けた博打に対して、『沙紀自身はそれを俺に感謝する必要性は、全くない』と、俺は思ってる」
「なっ!」
「沙紀が俺に感謝の言葉を返すのは、『感謝されて嬉しがる俺を、沙紀自身が見たいから』だ、と俺は理解している。
その程度にゃ、お互いがお互いを理解してる……あー、つもり、ではある。多分。……まあ、なんつーか。そんなわけで、ウチの兄妹は、ワリとそんな感じの勝手モンの兄妹なんだよ」
「……それが、あなたたち兄妹の倫理で、哲学……なのですか?」
「哲学なんて上等なモンじゃねーって。『テメーの命』っつーチップを、どう配分してどう博打にかけるかなんて、誰もが考えてるこったろ?
例えば、あんたは『正義の味方』やってたワケだが、その『正義の味方』ってカンバンに、テメーの命のチップを、どんだけ賭けるかなんてのは、それこそあんた次第だ。
つまり、どう足掻こうが、人生なんて博打の連続なんだよ……まあ、『キュゥべえ』に賭けて一発逆転ってのは、絶対お勧めしないな。オッズが高すぎる」
と……
「お姉ちゃん、魔女になるの?」
奥からやってきた沙紀が、じーっ、と巴マミを見つめる。
「……そうみたい」
「私もなるかもしれないの。でもね、お兄ちゃんが泣きながら約束してくれたの。
怖くなって、『魔女になりたくない』って言ったら、魔女になる前にソウルジェム壊してくれる、って。あと『魔女になっても生きたい』って言ったら、『好きにしろ、でも、お兄ちゃんは沙紀に殺されるつもりは無い』だって」
「!! ソウルジェムを壊したら、魔女にならなくて……済むの?」
「……うん。魔女になる前に、苦しまず死ねるの」
「っ!!!!!」
「お兄ちゃんがね……たまーにやるよ。ソウルジェムを狙って、沙紀を殺そうとした魔法少女を殺していくの。
私は殴ったり叩いたり殺したりなんて怖くてできないし、お兄ちゃんにも本当はやめてほしいけど……でもね、お兄ちゃんが、大好きなの。美味しい和菓子とか食べさせてくれるし、悪い事すると時々怒るし、怖いけど、普段は優しいから。
だから、最後の最後まで、ずーっとお兄ちゃんと一緒に居たいの。
そう言ったら、『じゃあ、ずっと沙紀で居るように、最後が来ないように、お兄ちゃんがんばる』って。ずっと頑張ってくれてるの。
だから、最後にどっちにするかは、最後の時に決めようと思ってるの」
次の瞬間、巴マミが、その場に泣き崩れた。
その頭を、沙紀が抱きしめて、撫でる。
「っ………っ………」
「死んじゃうのも、魔女になるのも、怖いよね……でも『魔法少女』って大変だけど、お兄ちゃんみたいに、回りの人間も大変なんだよ?」
「……私……周りに誰も居ない……私だけ、キュゥべえに助けてって……死にたくないって……なんで、なんであの時……パパと、ママを……」
「じゃあ、魔女になる?」
「それも嫌!」
「じゃあ、魔女にならずに死なないように、お姉ちゃんもがんばらないと。
はい、がんばれー♪」
「っ…………!!」
声に成らない嗚咽と共に……巴マミのソウルジェムの濁りが、僅かながら薄れて行く気がした。
「お姉ちゃん、私、頭撫でてあげるくらいしか、出来ないけど……がんばって。もう私は『正義の味方』にはなれないけど、同じ『魔法少女』だから、応援してる」
「……ごめんね。ごめんね……少し……もう少し、このままで……」
やがて、ひとしきり泣きやんだ後。
彼女は、俺を見据えて、言い切った。
「私は、死にたくない。魔女になりたくもない。
でも……魔女に親しい人が好き勝手されるのも、親しい人が魔女にされるのも、自分が魔女になるのも、我慢ならない!」
「んー、それがお前さんの答え?」
「私が叶えた願いなんて……最初からあったのよ。
死にたくない。
それを思い出せば、『自分自身も含めた魔女』に、その……あなたたち、悪党流に言うなら『喧嘩売りながら』生きてやろうかな、って……覚悟、決めちゃった」
気がつくと……ソウルジェムの濁りは、ほとんど消えて無くなっていた。
「あっ、そ。んじゃあさ、超ド級の魔女が、暫くしたら来るっぽいんだけど、一緒に喧嘩、売りに行く?」
「超ド級?」
「ワルプルギスの夜」
俺の言葉に、マミが絶句する。
が……次の瞬間、不敵極まる笑いを浮かべ……
「いいわ。乗った! その喧嘩、一緒に売りに行きましょう!」
「よし、契約成立!」
その言葉と共に、ぽん、と彼女に、ソウルジェムを返す。
「やー、良かった!
戦力になりそうに無いなら、後腐れが出る前に、早々にブッ壊そうかと思ってたんだ、お前のソウルジェム♪」
「……は?」
「『全ての魔女に喧嘩売る』覚悟キメたんだろ? 二言は無いな?」
イビルスマイルを浮かべて嗤う俺に、暫し、その言葉の意味を彼女が理解する間が空き……
「あっ、あっ、あっ……あなたって人はっ!! 何考えてるんですか!!
これじゃ、あなたもキュゥべえと一緒じゃないの!! っていうか、本気で壊す気だったでしょう!?」
「有効な手段だからな。使わせて貰った。っていうか、古参のベテラン魔法少女なんて、そうそう殺るチャンス無いし。
ワルプルギスの夜が来ないんだったら、寝言吐いてる間に壊してたさ」
蒼くなったり紅くなったり、なんか複雑な表情で、巴マミが俺を見ていた。
「だって、沙紀以外の魔法少女なんて、大概邪魔だし、魔女になるまえに殺したほうが手早いかなー、っつーか、悪党なんて何時裏切るか知れないんだから、気をつけたほうがいいって言ったろ。
ああ、あとはー……お前さん程の大物が死んじゃうと、後継の縄張り争いで、このへん戦国時代になりかねないから、少し躊躇はあったか。特に、佐倉杏子とは、あまり関わり合いになりたくないしな。
まー、ワルプルギスの夜戦をどー超えるかなんて相談もこれからだがな。どー戦えばいいのか、見当もつかん相手だし」
と、立ち直ったのか。元々の回転の良い頭を働かせたマミが、俺に釘を刺しに来た。
「待った! 一つ聞かせて。あなたのような自己と妹の保身にしか興味の無い悪党が、何でワルプルギスの夜に挑むなんて言い出したの?」
「暁美ほむらに脅された。色々と、な……まったく、アイツこそヒデェ悪党だと思わないか!?」
俺の言葉に、巴マミがとうとう引きつった顔を浮かべた。
「は、は、ははははは……あなた……ワケが分からないわ。
何? すると私に色々答えてくれたのは、ワルプルギスの夜と、私を戦わせるためだけに?」
「言ったろ。悪党なんざ、信用すんなってね。ある意味、俺もキュゥべえも同類だしな。
安心しろ。ワルプルギスの夜と戦うまでは、俺は逃げらんないんだから。コトの真偽を疑うなら、暁美ほむらに聞いてみな」
「是非、そうさせてもらいますわ。まったく……」
と……
「お姉ちゃん、あがって。お茶とお菓子が入ったよー」
「おい! 沙紀、お前が楽しみにしてたカルカンじゃねーか。いいのか?」
「いいじゃないのー。お姉ちゃんと、こー……もっと、『魔法少女』として、腹を割って話がしたいのー」
「沙紀! 必要以上に慣れ合うと、コイツが魔女ンなった時に『引っ張られる』ぞ!」
「いいじゃない。一人ぼっちは、寂しいんだもん」
「……チッ! だ、そうだ。どーする?」
パイファーをソウルジェムにしまいこんで沙紀に返すと、巴マミに俺は問いかけた。
「是非」
「あ、お兄ちゃん。お姉ちゃんの分の晩御飯も、おねがーい! 出来たら、今晩泊まってってもらおうよー」
「なっ! おっ! 沙紀!」
「マミお姉ちゃんと、いっぱいお話ししたいのー!」
「…………………好きにしろ! ああ、巴の。分かってると思うが、うちの妹に危害を加えたら」
「もとから『見滝原のサルガッソー』を、敵に回すつもりは無いわ。……結構、怖かったんだからね。ここまで来るの」