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[28096] 【ネタ・十二国記・完結】仁?何それ美味しいの? 【その他板に移動】
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/10 09:32
【ネタ・十二国記】仁?何それ美味しいの?



違和感

子供の頃から、そればかりを感じていた。



物心ついた頃には既に感じていたそれは時と共にゆっくりとだが確かに大きくなっていった。
おかげで常にいらいらしており、まともな人間関係も作れなかった。
それどころか近所の悪ガキどもとは常に喧嘩三昧で、小学校初期の時点で既に要注意人物扱いだった。
でも、心配してくれる両親と祖父母、兄弟を裏切る事はできなかったので、勉強だけは必死にやった。
14年、オレはずっと勉強と喧嘩を続けていた。
そんなだから、オレの趣味は静かに読書する事。
誰とも話さずに知識を貯め込んでいく事は、オレにとって非常に心地よいものだった。


だが、そんな生活は唐突に終わった。


祖父母の農業の手伝いを終わり、帰宅すべく通り慣れた街角を曲がった時
突然、大地が揺れた。
地震。
そう判断した途端、咄嗟に電柱や塀から距離を取り、両手をついて回りを警戒する。
地震大国日本でもそう簡単に体験できない程の揺れ。
家は大丈夫だろうか?農作業で疲れた祖父母は?
そう考えた途端、ガツン!といきなり頭に衝撃が走った。
近くの家の屋根から落ちら瓦だ。


そして、オレは自身の血の海に倒れ込んだ。












気付けば、何処か鬱蒼とした森の中にいた。


「何処だここ?」

全く見覚えが無い。
植物なんかはテレビで見た南米の密林に似ている感じがするが、専門家でもないのであまり詳しくは解らない。

そのままボーっとしていると、唐突に近くの茂みがガサコソ。

「っひ!?」

出てきたのは、図鑑でも視た事の無いような猿の化け物だった。
全身が白の体毛に覆われ、丸太の様な太い腕に3m近い体躯。
そして、何より重要ななのは…


 明らかにこっちを見て涎を垂らしている事だ。



逃げた。必死になって逃げた。
無我夢中、とはこういう事を言うのだろうと、そう思える程に走った。

何時の間にか大猿は追わなくっていたが、それに気付かずに走り続けた。

「何、とかっ、まいた、かっ?」

ぜぇぜぇと息を荒げて周囲を警戒する。
…どうやら、もう周囲には何もいないらしい。

「水、水~。」

近くに流れている川に近づく。
一見して澄んでいるようだが、山水は鳥の糞等で腹を下しやすい。
だが構うものかと顔を突っ込んで思う存分水を飲んだ。

そして、漸く一心地ついた時、オレは漸く感じ続けていた違和感が消えている事に気付いた。

「は…何だこりゃ?」

そして、自分の身体に目をやって、オレは漸く異変に気付いた。

服を着ていない。
いや、それどころか人の身体ですらない。

銅色の鹿か馬の様な哺乳類の身体に、視界の隅に見える赤い鬣(たてがみ)。
水面を鏡代わりにすると、更に額から一本の角が突き出ている事が解る。

「なんだよ、これ…。」

自分の正体が解らない。
自分は人間だった、その筈だ。
だが、今の事の姿は、なんだ?

「なんだよ、これ!!」

オレは、狂った様に叫び続けた。




小一時間ほど経過して、オレは漸く叫ぶのをやめた。

「絶対に生き延びてやる…!」

こんな訳のわからない状況で死んでやるものか。

ジャングルの中、赤い獣が宣言する様に吠えた。








 ジャングル生活二日目
 川を中心に活動。狩りや住居を作ろうにも、蹄では不可能。
仕方無いのでそこらの草を適当に食べてみた。苦い。
 変な実のついた木の下で寝る事にする。
 木の実は高さがあって取れないが、何故かここにいる獣は襲ってこない。


 ジャングル生活三日目
 ウサギ等の小動物を標的として狩りをする。
 爪も牙も無いので額の角を用いての突進を試すが、成果はゼロ。
 今日も草を食んで飢えを誤魔化す。


 ジャングル生活四日目
 遂に狩りに成功、角でウサギを打撃し気絶させた。
 漸く肉!と思ったら、羽の生えた犬が掻っ攫っていった。畜生め。
 今日も今日とて草を食み、水を飲む。
 木の根元に枯れ草や落ち葉を集めてベッド代わりにして眠る。


 ジャングル生活五日目
 今日はプレーリードッグ?を角で仕留めた。
 火は無いからそのまま食べた。毒や寄生虫を避けるため、内臓は避ける。
血の匂いが濃い上に肉が硬かくて不味かった。
 魚の捌き方とか教えてくれた祖父母に感謝する今日この日。
 血の匂いを川で水浴びして消してから眠る。

 
 ジャングル生活六日目
 鹿?を仕留めた。足が速かったが、こちらよりは遅かったので簡単だった。
 やはり食事は生、でも段々慣れてきた。
 内臓や骨を残したが、先日のネズミ(角あり)やプレーリードッグ?が来て残りを食べた。
 川で水浴びの後、草を食んで眠る。
 枯れ草や落ち葉は順当に増えて、今や全身ゆったりと眠れる。


 ジャングル生活七日目
 狼?の群れに出会う。
 幸いにも足はこちらよりかなり遅いため、逃走に成功。
その後気付かれない様に大周りして突進、離脱のヒットアンドアウェイを繰り返し、群れの半数を刺し殺し、群れは散り散りになって逃げた。
 今日の飯は狼?の肉。大きな一頭だけ食べると直ぐに離脱。
 血の匂いで大型の肉食獣を呼んでしまったらしい。
 集まっていた角ネズミやプレーリードッグが耳の長い肉食動物に蹴散らされていた。
 
 
 ジャングル生活八日目
 人間を見かけた。
 しかし、その恰好はぼろい着物に鎧や剣を装備。明らかに堅気では無い。
 それに今の自分は如何にも貴重そうな獣。狩られるのは御免である。
 
 
 ジャングル生活九日目
 巨大な鳥から逃走。
空から滑空してくるので気付けば回避しやすいが、延々と狙われるのは神経をすり減らす。
 相手が降りて来る瞬間を狙って何度も足に角での斬撃を当てた所、漸く撤退してくれた。
 今日も水浴びして草を食んで寝る。


 ジャングル生活十日目
 以前会った大猿に遭遇。逃げ続けるも、森の中では加速しきれない。
 そして走り回った所、崖に気付かず飛び出てしまった。猿も一緒に。
 このままDeadendかと思いきや、もがいた所、空中を走った……背中に猿を載せて。
 そのまま着地すると、猿はこちらを襲わなかった。
 ???は大猿(仮)を仲間にした!


 ジャングル生活十一日目
 今日から大猿と共に狩りをする。同時に飛行訓練を開始。
 以前狩った鹿?を日中に三頭も狩った。やはり戦争は数だよ兄貴。
 猿と共に鹿を食い、変な木の下で寝た。


 ジャングル生活二十日目
 すっかり狩りにも慣れて日に日に食生活が豊かになっていく。
 大猿は食べられる木の実や茸が解るので、肉以外も充実している。
 木の下のベッドも拡張してすっかりマイホーム化。
 正直、野生動物としての生き方が馴染んできている気がする。


 ジャングル生活二十二日目
 大猿が宝石を食べてトリップしていた。
 慌てて鼻先で頭を叩いて正気に戻す。隙を見せたらここでは生きていけない。
 その後は大猿に宝石喰うなら寝床でしろときつく言う。
 一応人語は理解するらしく、それからは寝床以外でトリップする事は無くなった。
 

 ジャングル生活二十五日目
 大型肉食動物と遭遇してしまった。
 何時もの狩りの最中、大猿にいきなり飛びかかっていった。
 空かさず後ろ足で蹴り上げて援護。その後、一時間?程の睨み合いの末に撤退させる事に成功した。


 ジャングル生活三十日目
 最近襲ってくる獣の数が増えた。
 その度にマブダチの大猿と共に撃退していくのだが、どうにも多過ぎる。
 このままでは狩りに専念できない。


 ジャングル生活三十二日目
 遂に襲撃増加の原因が判明。
 以前の大型肉食獣が周辺の獣をけしかけていたらしい。
 その日の内に猿と襲撃、長時間の戦闘に及ぶが辛うじて勝利。
???は大型肉食獣を手下にした!









 その日、男達は黄海に潜っていた。
 男達黄朱の民の中でも妖獣を捕獲する事を生業とする者達であり、今まで数多くの妖獣や妖魔と戦った経験を持っていた。
 今回もまた騎乗用の妖獣を捕獲しようと黄海に来たのだが……その時見た光景は、そんな彼らをして想像の範疇を超えていた。

 あんぐりと口を開いた彼らの視線の先には、百以上の様々な妖獣・妖魔が列を成して行進する姿があった。
 小型の妖魔から比較的大人しい妖獣、何十人もの軍隊を軽く蹴散らす大型の妖魔達。
 それらが群れを成して行進していくのだ。その堂々たる姿に、男達は隠れる事も忘れて棒立ちとなっていた。
 
 そして、その群れの先頭を行く者を見て、更に衝撃を受ける。
 赤い鬣(たてがみ)、赤銅の毛並み、そして額から延びる宝剣の様に鋭い角。


 赤い麒麟、赤麒の姿がそこにあった。


 だが、それを見て麒麟と断言する事が男達にはできなかった。
 並の軍馬など足元にも及ばない鍛え上げられた筋肉と、通常の麒麟の二倍はある体躯、潜り抜けた修羅場を物語るかのような多くの傷痕。
 争いを好まぬ仁の獣?あれ明らかに歴戦の軍馬か何かだよね?もしくは黒○号。
 男達はただ呆然とその威容を遠巻きに眺める事しかできなかった。





 ???は、当初の目的である生存が満たされると、続いてそれも持続を願った。
 しかし、彼は本人?は知らぬとは言え麒麟である。彼が狩りや戦いの際に流す血とその匂いは、力ある妖獣や妖魔を引き寄せる原因となった。
 対し、???は実力を持って外敵を排除するか、その傘下に加えていった。
 既に蝕により黄海に降り立って三年の月日が経つ。
人の知能を持つ???が生存競争に慣れれば、食物連鎖の階段を駆け上がるのは当然の事だった。
 
勿論、麒麟としての本能があるため、???は本来肉や魚、血に暴力は苦手だ。苦手だが、生きたいという生物としての欲求が、仁の獣としての在り方を否定してしまったのだ。

 そして、???はこの三年間黄海中を駆け抜け、その配下を徐々に増やしていった。
 だが、それは使令としてではない。あくまで実力でその傘下に加えていったのだ。
 元々麒麟とは天の力を受け取る事ができる神獣。全力を出した際の神通力は妖魔如き比では無い。
 それは史実において高里が自身の王を背後において饕餮を使令に下した事からも解る。
 ましてや、更に希少とされる赤麒麟なら言わずもがな。

 その結果が、この百鬼夜行な光景であった。










 後日、正気に戻った男達は急ぎ蓬山の女仙達に事の次第を話すのだが、余りの内容に信じられるのに2日掛かる事となった。








[28096] 仁?何それ美味しいの? 第二話
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/04 11:13
 仁?何それ美味しいの? 第二話



 事の次第を黄朱の民に聞いた蓬山の女仙達は半信半疑ながらも、黄朱の民を案内の元に急ぎ黄海に入った。
 何処の国の麒麟かは解らないが、それでも麒麟は麒麟。何としても保護しなければならない。
 もし麒麟に何かあったら、それは目前で今まで気付いていなかった蓬山の落ち度に他ならない。
 何処の国の麒麟も大抵は蓬山で女仙達の愛情を受けて幼少を過ごす。
 彼女達は、麒麟に対しこれ以上無い程の愛情を抱いているのだ。もし麒麟に何かあったら全員が卒倒しかねない。


 しかし、彼女達の心配は杞憂に終わった。


 彼女達は見た。
 使令に下してもいない妖獣・妖魔の群れと、それを率いる麒麟とは思えぬ威容を持った赤い麒麟の姿を。

 そして、あろう事か赤麒は妖獣・妖魔を率いて大型の妖魔を狩り、その血肉を群れと共に喰らったのだ。



 それを見た瞬間、女仙達の半数が卒倒した。
 そして、気を保った熟練の女仙達は何とか精神の均衡を取り戻すと、急いで捕縛の準備を始めた。
 麒麟は神獣と言えど、生まれたばかりは本当に獣である。
 その俊足を生かして女仙達の手をすり抜ける事はやんちゃな麒麟ならよくある事だ。

 女仙達は必死に妖獣・妖魔・赤麒に気付かれない様に捕縛のための仙術を組み上げ、数日程赤麒が罠にかかる事を待った。
 元々麒麟に関する事なら誰よりも熟知している彼女達である。赤麒はお供の妖獣・妖魔達と共にあっさりと引っ掛かった。

 これで一安心と彼女らは胸を撫で下ろしたが、しかしそうは問屋が卸さなかった。
 


 結界の中で混乱する妖獣・妖魔の中でただ一頭、赤麒だけは怒りに身を震わせていた。

 すっかり野生の王として君臨している赤麒だが、それと共に嘗ては無かった矜持というものを胸に抱くに至った。
 今の彼には女仙達が小生意気な人間として見えており、己と配下の者達の敵であると断定した。

 怒りと共に全身の筋肉が隆起し、鬣が逆立ち、その角に紫電が走る。
 並の妖魔では見た瞬間平伏するであろうその異様に、女仙達は慌てて距離を取った。
 

 その瞬間、地を揺らす踏みこみと共に、振り下ろされた角で結界は砕け散った。


 女仙達はものの見事に混乱の内に敗走した。
 黄朱の民が玉を撒いて妖獣・妖魔の群れの気を引いていなかったら、きっと半数が彼らの胃に収まっていた事だろう。

 蓬山に這う這うの体で帰りついた女仙達は、自分達では手に負えないと判断せざるを得なかった。
 

 「仕方無し。他の台輔方に助力を乞うしかないのぅ…。」


 蓬山の主たる玉葉の言葉に、女仙達は無力感に項垂れた。








 「で、オレが呼ばれたのか?」

 延麒は久しぶりに蓬山を訪れた。しかも珍しくお呼ばれする形で。

 「兎も角、もう私達では手に負えません!あんな沢山の妖獣や妖魔に、戦える麒麟なんてもうどうしようも…!」
 「解った解った!オレが何とか説得か捕縛をすれば良いんだろ?まぁやってみるけど、あんま期待するんなよ?」
 「お願いしますぅ!」


 涙ながらに悔しさを語る女仙達の元を去って、延麒はどうしたものかと頭を悩ませた。
 
 何せ相手は赤麒である。しかも麒麟としての常識なんぞ打ち捨てている様子。とても自分一人では手に負えない。しかし、見捨てては何処かの国で何千もの民が犠牲となるだろう。

 「取り敢えず、偵察だな。」

 延麒は獣形を取ると、使令達と共に黄海の奥へと入っていった。








 「尚隆、一大事だ。」
 「帰ってきて第一声がそれか。」

 近年他国の手助けばかりやっている延王の皮肉に、しかし延麒は真剣な顔を崩さない。

 「…何があった?」
 「黄海で麒麟が見つかったのは聞いてるな?」
 「あぁ、何処の国の麒麟かは知らんが、目出度い事だ。」
 「所がそうもいかないんだ。」

 延麒が見た赤麒は、ものの見事に血と穢れに染まっていた。染まっていたが、そんなもの毛筋も気にならぬ!とばかりに赤麒は黄海を我がものとしていた。
通常の倍の巨躯に、赤い鬣、銅色の毛並み、宝剣の様な角、全身にある無数の傷跡。
明らかにまともではない。延麒などはその赤麒が吐く吐息の匂いだけで顔を青くしていた。
しかも妖獣・妖魔の群れを率いて狩りをし、群れを日々拡大させているとなると、最早自分一人の手には負えない。

 「…となると、他国の手を借りるしかないな。」
 「陽子みたいにか?」
 「数年前、泰麒捜索の件で他国と協力して事を運ぶ前例はできた。蓬山の玄君に相談し、各国の王と麒麟に相談するとしよう。」
 



 前代未聞の「狩り」が始まろうとしていた。






 ちょっと短すぎた



[28096] 仁?何それ美味しいの? 第三話
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/03 09:55
 仁?何それ美味しいの? 第三話



 黄海の中に男達が入っていく。
 その内訳の中心は雁。しかも禁軍の中でも更に厳選を重ねた者達だ。
 他にも姿は見えないが無理を言って借りてきた嘗て泰麒捜索に手を貸していた使令達の内の半数近くと妖獣狩りに熟達した黄朱の民が周囲を警戒している。

 何処に戦争に行く気だ!とでも言われそうな面々であるが、今回ばかりは蓬山の養成であり、仕方ないと言える。

 何せ、泰麒の使令で知られる傲濫こと饕餮並に危険な相手という事で、一時は禁軍全軍の出撃すら考慮された程だった。
 しかも、この行軍の目的も驚きのものだった。


 麒麟、それも伝説でしか語られる事のなかった赤麒麟である。


 蓬山からの情報で、その麒麟が穢れも血も戦いも恐れず、黄海で王者の様に振舞っている事が解っている。
 このままではそのまま黄海で暮らし、寿命が尽きてしまうだろう。そうなれば現在空位が続いている国ではどれ程の犠牲が出るか解らない。
 今回は特別に蓬山の主である玉葉からの許可もあって延王自らが総指揮を担当、件の赤麒麟の捕縛作戦が実行された。
 
 「さて、赤麒とはどれ程のものかな…?」

 武人としての顔で、延王は呟いた。



 作戦自体は簡単なものである。
 
 前回同様に、玉葉率いる蓬山の女仙達が結界を張って赤麒を捕縛する。
 ただ、その際に女仙達を護衛するのは黄朱の民や禁軍精鋭達だ。
 使令達には相手の妖獣・妖魔を混乱させる事が目的であり、一撃離脱に徹してもらう。幸いにも赤麒に従う妖魔達は使令になっておらず、地脈に潜ったり言葉を話す事は出来ないので、効果は期待できるだろう。

 この面々であれば恙無く終わる事だろう。何、相手は元々慈悲の塊とも言える麒麟。少し剣で脅してしまえば、きっと言う事を聞くだろう。

 誰ともなく、麒麟を知る禁軍の兵士達はそう考えていた。精々十二国一と言われる俊足に気を付ければ逃がす様な事はないと。
 だが、女仙や黄朱の民、そして雁主従は言い知れぬ嫌な予感を感じていた。



 そして、作戦前日のこと。
 延王率いる禁軍が宿泊していた平地に、夜明けと共に妖獣・妖魔の群れが攻めてきた。
 


 小型で比較的害の少ない妖魔や妖獣により、既に彼らの位置は正確に把握されていたのだ。
 泡を食ったのはその場にいた全員だった。全員だったが、そこはやはり精鋭で知られる禁軍と雁主従、前回の事で覚悟完了済みの女仙達。一旦後退し、素早く術の準備をし、妖獣・妖魔の群れを結界で封じた。
 
 「ふぅ、漸くか…。」
 「全く、奇襲を受けた時はヒヤヒヤしたぜ。」
 「ん?…待て、赤麒がいないぞ!」

 漸く本命である赤麒麟がいない事に気付いた捕獲部隊の面々。
 よく見れば、妖魔・妖獣の群れには赤い種類が多く、誤認してしまったのだろう。
 そして兵士達が目標を探そうとすると、狙った様に本陣上空から赤麒が現れた。

 「主上に近付けるな!」

 禁軍左将軍の声に兵は一斉に構えた。
 しかし、上空から轟音と共に隕石の如く着地した赤麒麟の壮絶な姿に男達の動きが止まる。
 
赤く逆立った鬣、銅色の毛並み、宝剣の如き角。そして、まるで覇王のそれが如き瞳。
 
 その全てから放たれる威圧が禁軍の精鋭達を威圧する様に向けられ、彼らは完全に気圧されていた。
そして、動きの止まった者をこの赤麒が見逃す筈もない。
紫電を撒き散らす赤麒の角が薙ぎ払われると、全員が10m以上吹き飛ばされた。
 皆昇仙した者であるから助かったが、もし仙でなければ今の一撃で絶命していた事だろう。しかし、戦力としては既に使い物にならない状態だ。
 次に使令達が一斉に跳びかかり、その銅色の毛並みに牙や爪を立てた。だが、それ以上は何も出来なかった。
 あまりに圧倒的な密度を持った筋肉に爪が、牙が完全に喰い込んでしまったのだ。

 バリバリバリバリ―――ッ!!

 次の瞬間、角から迸った紫電が使令達を貫き、昏倒させた。
 だが、これで少しは手傷を負った筈…。少なくない数の兵士がそう思ったが、ぶるりと身体を揺らし使令を振り落とした赤麒の身体は皮一枚切られた程度の傷しかなく、血も僅かに垂れる程度しかなかった。
 赤麒麟は自身を傷つけた使令達など足元の落葉であるとでも言う様に踏みつけながら、本陣最奥にいた女仙達と延王へとその視線を向けた。

『■■■■――ッ!!』

 次は貴様らの番だ。そう告げる様に赤麒は嘶きと共にその巨躯を前進させた。
 
 「おいおい、本当に麒麟か?」
 「延殿、すまないが暫く時間を稼いでおくれ。妾は術の準備を始める故。」
 「御婦人の頼みとなれば致し方ないな。」

 延王はそう言って笑い、愛剣を手に殺気立った赤麒と対峙する事となった。



 音も無く、空気を貫く様に高速の刺突が連打される。
 麒麟の速さと異常な筋力、そして1トン近い体重から突き出される角は、大型妖魔すら一撃で仕留める威力を誇る。
 
 (手心を加えればやられる…!)
 
 延王はここにきて完全に相手を麒麟ではなく、上級の妖魔と判断し、必死の連打を持ち前の剣術で辛うじて捌き続けた。
 もしまともに受ければ、彼の冬器と言えどもそれ事叩き潰されてしまう事だろう。
 反撃に出る事もできず、延王はただ必死に捌き続け、玉葉達の準備が終わる事を、焦った赤麒麟が隙を見せる時を待った。
 
 二十、三十、四十……。剣と角が打ち合う音が響き続け、5分程経った頃だろうか。
 唐突に赤麒の動きが変わる。隙の無い刺突の連続から、両前足を持ち上げての踏み潰し。
 一トン近い体重から放たれるそれは、当たれば小屋位なら簡単に崩してしまう事だろう。
だから、延王は前に出た。
 防御不能、回避にしてもジリ貧。ならば死中に活を見出すのみ。
 幸い、動き自体は大振り。延王は振り上げられた両足の内側、腹の下へとその身を滑らせた。

 通常、四足の動物は腹の下に入られると弱い。腹は彼らにとって最も無防備な部位。
 それはこの赤麒にしても例外ではない。


 例外ではないが、知恵持つ神獣である赤麒はその程度の事は既に考えていた。
 腹の下に潜りこんだ延王に対し、赤麒はその身を空中に躍らせる事で対処したのだ。
 

そう、麒麟は須らく空を飛べるのだ。
 そして赤麒の真下には無防備となった延王がいる。
 死ね
 言葉にされない殺意を延王は確かに感じ取った。
 しかし天は延王を見捨てる事は無かった。

 ギチンッ!!
 
 空間毎凝固した様に、赤麒の動きが停止する。
 女仙達が張った術、それも玉葉が己が矜持を賭けて入念に準備した「とっておき」である。如何に赤麒と言えど天の理に生きる者。より上位の神が作ったものには敵いはしない。
 本来ならば。
 
 『■■…!!』
 
 ギチギチ…!!

 本来ならば。この言葉がこれ程当て嵌まらぬ麒麟も十二国の歴史上初の事であろう。
 仮にも麒麟の身でありながら、こうまで天の力に逆らうというのだからこの赤麒麟の跳び抜けた規格外っぷりが伺える。
 天の縛りの許容量を超え、赤麒は徐々に己を縛る楔を外し、その角先を顔を青褪めさせた女仙達へと向ける。
 誰もがまずいと顔を青褪めさせる中、赤麒の眼前へ進み出る者が一人。
 天の使わした神の1人として、これ以上の狼藉を見過ごせない者。
 

 「妾とて意地があるッ!!!」


 女仙達の長、玉葉が渾身の神通力を込めて宙に縛られた札を投擲する。
西王母直筆のその札は使用される紙・墨からして厳選に厳選を重ねた一品。
本来なら生まれたばかりの麒麟の世話をし、手厚く守らなければならない女仙の長たる玉葉が恥を忍んで西王母に製作を依頼したこの札は赤麒の元に真っ直ぐに飛ぶと、紫電飛び散らせるその角に張り付いた。

 『■、■…!?』

 赤麒が初めて上げた動揺から来る嘶き。
圧倒的だった威圧感が、ここに来て始めて減少する。
 だが、数秒もすれば怒りに満ちた視線を玉葉に向け、壊れかけた結界を完全に破壊しようともがき出す。
 しかし
 
 「喝ッ!!!」

バリバリバリバリ!!

 不意に黒雲が湧いたかと思うと、張りつけられた札目掛け天上から雷が落ちてきた。
 まるで天の怒りそのものとでも言うべき光は赤麒の身体を一瞬で飲み込み、その場にいた全ての者の網膜に強過ぎる光と衝撃を叩きつけた。
 


 漸く目が回復した頃、そこには疲労困憊で五体投地した状態の玉葉と、焼け焦げつつもそ大地に立ったままの赤麒の姿があった。

 「玄君っ!」
 「玉葉様!」

 女仙達が慌てて助け起こしにかかるが、本当に限界だったのか、玉葉はそのまま気を失ってしまった。
 
 「急ぎ手当てを!」「はい!」

 ばたばたと怪我人の治療が始まる中、延主従は雷が落ちた地点にいた。

 「これは、死んだのか?」
 「いんや、死臭はしねぇな。」

 延王が距離を取って眺め、その疑問に延麒が応える。

 「…あの落雷を喰らってか?」
 「オレも信じられねぇけどな…。」

 2人して周囲の喧騒など気にせず、呆れた様にソレを眺めた。



 そこには特大の雷に撃たれ気を失いながら、決して膝をつかずに天を見据え続ける赤麒の姿があった。














書いてて思う


これ本当に麒麟じゃねぇ










[28096] 仁?何それ美味しいの? 第四話
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/06 14:42
仁?何それ美味しいの? 第4話



 赤麒は捕獲後、蓬山で生活している。


 穢れだらけに全身火傷の状態だったが、一月もすると完全に回復した。
 今は女怪に世話をされて暮らしている。女仙達は以前の事もあってか、遠巻きに見ている事しかしない。
 また、前の様に暴れるのではないか?
 そう思ってしまうのは無理からぬ事だが、しかし、赤麒とて矜持がある。
 敗者となったからには、勝者に従わねばならぬ。
 今は獣形のままだが、何れはこちら側の文字や政治の勉強をする事となるだろう。
 
 勿論、当初は渋っていた。

 「あん?何ぞ、妾に逆らうのかえ?」

 すっかり頭の上がらなくなった玉葉に言われれば、渋々とだが大抵の事は従った。



 そんなこんなで半年が過ぎた。



 「いよーう、赤いの!元気かー!」

 延麒の六太が蓬山に来た。
 あの事件後も延主従はちょくちょく顔を見せにくる。
赤麒としては延王の相手は良いストレス解消となるので歓迎だが、六太の場合、お供の使令が恨みがましい視線を向けて来るのでちょっと面倒だった。
獣なら獣らしく喰らいついてこいというのに、使令となるとどうして途端に理性的になるのか?赤麒にはどうしてもそれが不思議でならなかった。

『六太か。こちらは変わりない。』
「まぁ、お前さんに何かあるって事の方が考えられないけどな。そうそう、女仙達がそろそろ麒麟旗を掲げるそうだけど、どうだ?何か感じられたか?」
『何も。玉葉の様に、オレをどうにかできそうな気配は感じられない。』

麒麟が蓬山にいるのだから、麒麟旗を掲げるのは当然の事。
 常識とも言える行動だが、しかし、今回の麒麟は規格外そのもの。
 
 『武人色の濃いのなら歓迎だが、それ一辺倒でも困る。』
 
一応蓬山周辺で麒麟を捕獲しようとしている連中にはこちらから出向いてやったが、実力も王気も無かった。適当に痛めつけ、後は妖魔達に食わせてやった。

 「お前、本当に規格外なのな…。」
 『こうも頻繁に蓬山に来る麒麟も珍しい事だ。暇なのか?』

 六太の顔が引き攣った。使令達が殺気立った。
 赤麒のにらみつける!使令達はちんもくした!こうかはばつぐんだ!

 「まぁ、兎も角。先ずは人型に転変する事だな。その恰好じゃ誰もお前を麒麟と信じないぞ。」
 『…善処しよう。』

 3年にも及ぶ野生生活で、すっかり人型の感覚を喪失してしまった赤麒だった。



 パカパカ…と、静かに黄海を歩く。
 眼下には昇山者が列を成して蓬山に登ってくる。
 だが、その中には一人として王気が感じられない。
 
 『蓬山に伝えよ。今回の昇山者の中に王気無し、とな。』
 『御意。』

 小物の使令を伝令代わりとし、赤麒は蓬山から飛び立ち、一路外界を目指して駆けた。




 自分は巧国の麒麟だと言う。
 己の骨の髄まで染み込んだ穢れを払った西王母が告げた。
 同時に、己の存在は隣国の慶王を暗殺しようとした罰だとも。

 恐らくだが、罰はまだ続く。
 海客か山客か半獣か……何れにしろ、巧の民が求めない者が王となる事だろう。

 そして自分はそれを守り、巧を安定させるために遣わされたという事か。


 『天の意志など知らぬ。』


 だが、己は天に仕える者に負けた。
 であるならば、己もまた天に従わなければならない。
例えそれがどれ程の屈辱であったとしてもだ。


 『先ずは国を見、そして王を見つける。』


 覇者であれば最上。賢者であればまぁ良い。愚者であれば殺す。
 そう心に決め、赤麒は空を駆け抜けた。

 …なお、その速さは歴代の麒麟全てと比べて早かった。





 『ここが、己が仕える国か…。』

 疲弊していた。
 妖魔が溢れ、災害が頻発し、人心は荒廃している。
 蓬莱、向こうの世界では間違いなく亡国への道を辿っている状況だ。


 『呆れるな…。先代は余程の暗君だったらしい。』


 しかし、ここは既に己の国。であるならば、やる事は一つだけだった。


 『行くか。』






 民は疲弊していた。
 幾ら畑を耕せども天災や妖魔、逆賊と腐った官吏によってあっと言う間に辛うじて保たれていた日々の暮らしは崩れていった。
 家にももう何も残ってはいない。辛うじて口減らしはしていないが、それも単純にするだけの気力も体力も無いからに過ぎない。
 辛うじて里木の下で妖魔に襲われない様にする事で、死を先送りにしているに過ぎない。
 民は、もう限界だった。

 だが、目の前に妖魔の死骸が降ってきた時、今までの無気力が吹き飛ぶほどに驚いた。
 

 ≪はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!≫

 
 なんだ、空行師でも来たのか?
驚きが冷めやらぬまま空を見上げると、そこには何匹もの大型の鳥の妖魔と、一頭のナニカがいた。


 「なんだ、赤い妖獣か?」
 「違う!ありゃ麒麟だ!」
 「は?なんで麒麟が直接妖魔と戦うんだよ?」
 
 麒麟は仁の生き物。血と争いを厭い、全てに慈悲を掛ける神獣。
 だが、目の前の光景は彼らの常識を悉く打ち破る者だった。

 飢えに駆られた怪鳥が赤い麒麟ヘ喰らいつかんと嘴を開けて飛翔する。
 誰もが麒麟が喰われると予感した。他の妖魔達もお零れに預かろうと近づいていく。
 だが、その結果は誰も予想だにしなかったものとなった。


 紫電を纏う角で、一閃。

 怪鳥はその頭から完全に両断され、地へと落ちていった。


 ぽかん、と誰もが動きを止めた。そして、そんな大き過ぎる隙を見逃す程、赤麒は甘くない。
 手近な怪鳥から順に角で切り捨てられていく。
一匹、二匹と少なくなるにつれ、妖魔達は漸く自分達が狩られる側になった事を悟った。
 生存本能に導かれ、彼らは一斉に逃げ出した。だが遅い、遅すぎる。
 強烈な飢えから生存本能が麻痺していたが、本来の妖魔達なら気付いた筈なのだ。
 視界に入ってしまった時点で、もう手遅れなのだと。


 そして、10分としない内に里に上空に存在した妖魔達は、一匹残らず狩られていた。


 「あ、ありゃ麒麟様、なのか?」
 「んな訳あるかい!麒麟様っていや、血や争いは苦手の筈…。」

 混乱する村人を尻目に、赤麒は血に降り立つと絶命した妖魔の元へと向かい


 その血肉を盛大に貪った。

 ≪ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!?≫


 村の誰もが一度は考えた行動だが、妖魔の肉は硬い上に臭く、とてもではいが食べられたものではない。
 しかし、目の前の赤い麒麟(?)はそんなもの関係無いとばかりに豪快に血肉を貪っていた。

 やがて満足したのか、赤麒は口元から伝う血を気にも留めず、再度その角に紫電を纏わせた。
 それを見た瞬間、村人達は一斉に距離を取って避難し始めた。
 逃げ切れるとは思えないが、それでも何もできないよりはマシ!
 彼の考えを漸くするとこうなった。
 だが、赤麒は最初から彼を眼中に入れてはいなかった。
 
 角の紫電が輝きを増した瞬間、四方八方へと雷が迸った。

 その瞬間、村人達は確かに死を確信した。
 あ、死んだ。そんな具合に確信してしまった。
 だが、彼らの予想は外れ、雷は別のものに命中した。
 
赤麒が狩った、妖魔達の躯へと。

 そして、村人達が頭から疑問符を撒き散らすのを放って、赤麒はまた空へと舞い上がり、何処かへと駆け去っていった。


 残された村人達は一先ず安堵で胸を撫で下ろすと、次いで一体何だったのかと先の光景について話し始める。

 「しかし、何だったんだありゃ?」
 「麒麟、じゃないよなぁ?」
 「馬鹿!あんな麒麟様がいるかい!」
 「だってよう。妖獣が一匹で妖魔の群れに勝てるのかよ?」

 大人達があーだこーだ言っている間に、腹を空かせた子供が妖魔の死骸へと近づいていく。
この子供はとても空腹だった。もう三日は何も口にしていない。4日前も木の根を齧っていただけだ。
だから、目の前の香ばしく焼かれた肉が妖魔のそれだと解っていても、口に運ばずにはいられなかった。

じゅぅじゅぅ…と焼き音がするその肉を見るだけで唾液が湧いてくる。
そして、ふぅふぅ言いながらその肉へ小さな口で噛みついた。

瞬間、口の中に広がるハーモニー。短い人生の中で食べた事のない素敵な味わいが広がった。


「う、うーまーいーぞー!」


 後はもう無我夢中だった。
 子供を止めようとした大人達も、次第に妖魔の肉に控えめに喰らいついていく。
 やがて、村中の者が必死に肉へと喰らいついていった。
 美味い美味しい食べた事無い麒麟様ありがとう赤麒様ありがとう。
 人心地付くと妖魔から、飢えから救われた村人達の口からは、自分達を救ってくれた者への感謝の言葉が出ていった。




 
 この村と同じ出来事は、やがて巧国全体へと広がっていった。
 同時に、新たな巧麒の存在も同様に伝わっていった。

 今回の麒麟様は凄い!国中を飢えと妖魔から御救いくださった!
 妖魔の肉は麒麟様の聖なる雷で焼かれると、極上の食糧になる!

 こんな話が国中に広がっていき、やがて巧国で新たな麒麟の存在を知らぬ者は一人もいなくなっていった。
 







書いてて思う

どうしてこうなったし







[28096] 仁?何それ美味しいの? 第五話
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/06 14:42
 仁?何それ美味しいの? 第五話


 新たな麒麟の存在は、半年としない内に十二国中に広まった。
 
 曰く、赤い麒麟。
 曰く、血も争いも恐れず、妖魔の血肉を喰らう。
曰く、赤い鬣、銅色の毛並み、宝剣の様な角、誰もが平伏すだろう瞳を持つ。
 曰く、妖魔の血肉を雷で焼いて民を飢えから救った。
 曰く、多くの妖魔と妖獣を率いる。

 曰く曰く曰く……。


この一カ月、赤麒は己の仕える国を見て回った。
 その間、妖魔は殺して食うか又は焼いて民に与え、逆賊や民に理不尽を働く役人を殺してきた。

 

 しかし、その間、王気を持った人間は一人としていなかった。



 『どうしたものか…。』

 柄にもなく悩んだ。
 麒麟とは天意を受けて、王を選ぶ者。 所が肝心要の王がいない。
 蓬莱(日本)か崑崙(中国)か。はたまたまだ生まれていないのか。
 何れにしろ、気長に待つしかなかった。

 そして、それ以前にやっておくべき事があった。





 その日、功国の王宮は大混乱に包まれた。

 夜明けと共に、その歴史上初めて妖魔の大軍に襲われたのだ。
 勿論夏官は戦ったが、奇襲された上に長い間弱者をいたぶる立場であったため、そして妖魔の圧倒的な物量により、瞬く間に逃げ出していった。
 残ったのは戦力足り得ない文官達だけ。
彼らは闇雲に武器を振るいながら逃げ出そうとしたが、王宮の下と雲海の上から攻められて城下には出れない。さりとて騎獣に乗ろうとしても何かに怯えてか全く動こうとしない。

 徐々に上へ上へと追い立てられる官達は、やがて朝議の場へと追い詰められていた。しかし、何故かそこから先からは妖魔達は立ち入らなかった。まるで見えない壁があるかの様に、そこには入りたくないと言う様に一歩も室内へと足を入れないのだ。
 
 「い、一体何なのだこれは…。」
 「使令以外の妖魔が王宮に来るなど有り得ん!」
 「では、今度の麒麟の仕業とでも言うのか!?」
 『いかにも。』
  ≪!!!!!≫

官達が混乱しつつもほっと一息をついてこの状況について話し始めた頃、朝議の間に唐突に声が響いた。
そして見た。脇に女怪を侍らせた玉座の横に立つ巨躯を。
赤い鬣、銅色の毛並み、宝剣の様な角、威圧感溢れる眼差し。
巷で噂となっている赤麒そのままの姿であった。

『お前達がこの国の官か?』

上からの視線とそれに込められた圧倒的な威圧感に、官達の顔が引き攣る。
幾ら相手が神獣と言えどもその横暴ぶりは不正で肥え太った彼らからすれば圧倒的に不愉快だった。不愉快だったが、先の塙王にも取り入った彼らはいつも通りの媚び諂った笑みを浮かべて目の前の麒麟へと相対した。

「はい!私めが主上亡き後この国をお預かりしている冢宰でございます!」

 真っ先に伏礼して声を上げたのが、現在この王宮の実質的な支配者である冢宰だった。
 先代塙王の時代から王に取り入り、専横を続けてきた男だった。
 それに続いて伏礼する官達だったが、実にその8割以上が何らかの不正をした者達だった。
 
 『それを読み上げよ。』

 冢宰の言葉など無かった様な赤麒の言葉に、傍にいた女怪がある書物を宰補に投げ渡した。

 「ととと!?これは…?」

 困惑。取り繕った笑顔の下で、平静に考え事をしている冢宰。
 彼には投げ渡された書物に見覚えがあった。しかしそれは本来この場には無かった筈のものだったため、彼は豪奢に着飾った衣の下で冷や汗をかいていた。

 『二度は言わん。』
 「は、はは!!」
 
 そして、冢宰は益々汗を流しながら書物の内容を読み上げ始めた。
 その声を聞いていく内に、徐々に他の官達の表情が驚きと軽蔑に満ちてくる。

 その書物は、冢宰が自宅に隠していた筈の裏帳簿だった。
 その金額たるや国家予算一年分を優に超える程であり、多くの官達が冢宰がこれ程多くの金額を横領していた事に驚きを露わにし……同時に次は己の番であると理解し、顔を青褪めさせた。

 「た、台輔!どうかお許しを!私は…!」

 焦りの余り命乞いを始める冢宰。それを見ていた赤麒は、ただ静かに呟いた。

 『よし。』

 その一言で冢宰が安堵を表情にすると同時

 

 部屋に雪崩れ込んだ何匹もの妖魔が、冢宰に喰らいついた。



 「あギャアァァァァあぁァァァァあw;い;kzslせlがぁlがぁlgじゃ」かl》@をf1;:ks名:msあッッッッ!!!!!!」

 冢宰は何が起こったか解らないという顔をしながら、一瞬で妖魔の群れの中に埋もれ、生きながら咀嚼されていった。
 後に残ったのは床にこびり付いた僅かな血痕と血で汚れた衣服の切れ端のみ。
 100年以上王宮に巣食っていた古狸のあっけない最後だった。
 
 『次、天官長太宰。』

 そしてまた書物が投げ渡され、読み上げが始まる。
 逃げ出そうにも入口は飢えた妖魔達に塞がれ、夏官達は既に戦う気力を圧し折られている。
 
 既に、何処にも逃げ場は無かった。





 書物の読み上げが終わったのは、翌日の昼頃の事だった。

 赤麒は血に染まった朝議の間を見て、生き残った女官達に清掃を命じた。
 彼女達は政治に関わりを持たない使用人であるため、昨夜から続く凄惨極まる処刑に招かれる事は無かったのだ。

 『結局、残ったのは3割にも満たんか。』

 それだけ多くの官達が不正に手を染めていたという事だった。
 中には家族を養うために仕方無く行った者もいるにはいるが、それは極少数でしかない。
 そういった少数は精々指の一本や二本で許されたが、過半数は先の冢宰と同じ道を辿った。

 『お前達、主上がおらぬ間は恙無く国を回せ。』

 さもなくば死を。
 2割しか残っていない官達に赤麒は告げ、その場を去ろうとした。
 
 「お待ちを!台輔は何処へ行かれるのですか!?」

生き残った小司寇(秋次官)の声に、赤麒は振り向かずに応えた。

 『各州候の元へだ。』

 短くそう言い残し、赤麒は王城を飛び去っていった。




 後に残ったのは未だ血の匂いが残る朝議の場と、呆然とする官達の生き残りだけだった。
 










 

 本当にもう王様いらねぇし






[28096] 仁?何それ美味しいの? 第六話 エンディング×3
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/07 23:11
 仁?何それ美味しいの? 第六話 エンディング×3



 赤麒が各州を巡回するのに二カ月もかからなかった。

 
 既に民衆の多くは新たな麒麟を歓迎し、一部の心ある官達も少々の怯えはあるものの賛同している。
 各州を収める州候達には、既に武力による鎮圧した残されていなかった。

 しかし、人の武力ではどうしようもない差が存在していた。

 全ての戦術は見透かされるか正面から突破され、元々民だった兵達は次々と離反していく。
 逃げようにも周囲は民衆と離反した兵、妖魔の群れに囲まれて、騎獣も怯えて動かない。
 残ったのは他に行く所も無い兵と専横を振るった官達に、逃げ遅れた女官や雑用達。
 最後には壁をすり抜けて来る使令達と妖魔に食われるか、赤麒直々に処刑されるしかない。

 功国が再統一され、国家としての体裁を持つまで、あっという間だった。





 
 ごぉ…と雲海の近くを赤い麒麟が駆けていく。
 その後ろには白い雲が長く伸び、その先は功国へと続いている。
ここまでずっと駆け通しでやや疲れが出ているが、それを推してまでするべき事があった。

「ととと、赤いの!?お前、どうしたんだよ!」

並走する様に使令に乗った延麒が声をかけてくる。
強烈な風で怒鳴る様に話しているが、赤麒はそれに構う余裕は無い。

この先に、いる。

探し求めていたものが、確かにある。
確信と共に、赤麒が更に加速した。


なお、赤麒の真下の城下町では強烈な風や騒音が発生したとの報告が後日の調査で明らかになった。



ズン、と延の王宮に上がり込んだ。
夏官率いる警備達が武器を構えているが、戸惑いと恐れからか、遠巻きに囲んでいる事しかできていない。
その内、面白そうとでも言う様に延王が現れた。

「どうした塙麒?探し物か?」
『無礼を承知して言う。この上に功国出身の者はいるか?』

ガヤガヤワイワイキシャーと騒いでいる周囲を置いて、2人は歩を進めながら勝手に話を進めた。

「ふむ、心当たりはいるが…それがお前の主か?」
『己の主は己だけだが……妙に気になる。』
「…兎も角、案内しよう。」
 『使令か騎獣を使え。急ぐぞ。』

そして前代未聞の騎獣と麒麟が王宮内を駆け回るという暴挙の後、赤麒は漸く目指していたものに出会った。



「へ?え、延王様!?一体どうしたんです?」

見習い秋官の使用する一室、そこには一人の青年(仙であるか外見は頼りにならないが)が資料を整理していた。
昨年、延の大学を首席で卒業した秀才。
そして現在の慶国王とその侍従にとっての大恩人。
名を清張、字を楽俊。功国出身のネズミの半獣だ。

赤麒はじっと楽俊の顔を見つめた。
それに何を見出したのかは、本人(麒?)以外誰も解らない。
或いは同族である麒麟になら解るのかもしれない。
赤麒は獣形のままその膝を折り、その頭を楽俊の足元へと下げた。

『御前を離れず、忠誠を誓うと誓約する。』

規格外。
十二国においてその代名詞とでも言うべき赤麒が、初めて常識に則った時だった。

「お…私はまだまだ未熟者です。ここで働いてるのも経験を積んで慶国で出仕するためです。そんな私が…王に、ですか?」
『功国の王気はあなたにある故。しかし断るというのなら、それもまた良し。』
「良くねぇよ!?」

楽俊の断りの言葉に然したる反対も見せない赤麒に、延麒が思わずつっこみ。
しかし外野の騒ぎに赤麒は気にも留めない。

『主上がそう望むのであれば、己が王位を強要する訳にはいかない。』
「え!?いや、そう言う訳にゃ!」
「悩む位ならやってみてはどうだ?」

ここに来て延王が口を挟んだ。

 「慶に続いて漸く期待できそうな王が登極するのだ。延としては近所が安定するのは好ましい。援助は弾むぞ。」

 面白いもん見つけた、といった具合ににやにやする延王。
 あんた絶対この状況楽しんでるだろ!と言ってやりたいが、母のいる生まれ故郷の功国のためにはやらねばならない。

 「解った。許すよ。おいらが功国の王になる。」


 こうして周囲を騒がせ続けた赤麒の契約は、意外とあっさりと結ばれたのだった。


 楽俊は功国にて赤麒の王とは思えない仁に則った治世を続けた。
 半獣差別が酷いと言われた功国であったが、赤麒の『半獣と言えば己もそうだ。何だ、己と己の主に喧嘩を売るのか?』の一言で沈静化、表だって歯向かう者は消えた。
 また、禁軍は大幅な再編成がなされ、災害援助を専門とする珍しい編成となり、未だ災害の多い国内で多くの民を救う結果となる。
 官の方も延国から大量の官を期間限定で借り受け、新人の教育と半獣・海客・山客差別を始めとした悪法の撤廃を始めとした制度改革を行った。
 また、不足する食糧などは延国から大安売りで輸入、安定化しつつあるお隣の慶国とも非常に良好な関係を築いている。
 赤麒は配下の使令と妖魔を用いて国内の不穏分子の粛清、王の身辺警護を徹底、新たな功国の統治を盤石とした。
 
 余談だが、この主従の統治の方法が後世にて「楽王の故事」と呼ばれ、所謂「飴と鞭」を意味する言葉として広く使われる事となる。
更に余談だが、妖魔の調理法などが確立された後、妖魔の肉が食される際、必ず天帝の他に赤麒への感謝の言葉が捧げられるようになる。
 
 
 エンディング1 楽俊編
 
 
 
 


赤麒麟が懐かしい黄海を訪れ、それを発見したのは偶然の事だった。


黄海の奥深く、とある大きな滝の裏にある洞。
そこに見事な桜の木とそこで手を合わせる偉丈夫の姿があった。
 腰に佩いた立派な太刀から明らかに一角の武人であると解る男は、その巨躯からは威圧感は無く、代わりに何処か清水のような涼やかな雰囲気があった。

 「ん~?なんだお前さん?此処に何か用かい?」

 人懐っこい笑みを浮かべる男に、赤麒は無言で洞の奥に進み、桜の木を見上げた。
 どれ程の年月を経たのだろうか、その桜、本来は向こう側にある筈のその木は今が旬とばかりに咲き誇っていた。

 『立派な桜だ。』
 「おう!これはオレが此処に住むようになってから見つけてな。凄いだろう?もうかれこれ400年以上になる。」
 
 赤麒は見事に咲く桜を見上げた。
 あぁ、そう言えば向こうにいた頃から桜は大好きだった。
 桜を見ていた時は昔感じていた苛立ちも和らぎ、本当に心休まる時だった。
 そうだ。桜で思い出したが、家族はどうしたろうか?
 こちらに来てからずっと生存競争を続け、理不尽に民を苦しめる要因を潰してきた。
 随分と、家族の事を忘れていた。
 もう皆、自分の事など忘れてしまったろうか?それとも悲しんでくれたろうか?
 赤麒の中に、久しく感じていなかった家族への情が湧き始めていた。

 『ここは…墓、か?』
 「あぁ、オレの友の松風だ。」

 桜の木の下、よく見ると小さな墓石があった。
 「松風」と刻まれたそれは古くはあったがきちんと手入れがなされてあった。
 
 『…また来させてもらう。邪魔をした。』
 「おう、またな!」

 名も告げずに赤麒は去った。偉丈夫も名乗らなかった。
 
 
 彼らが再会するのは1年後。
 赤麒が向こうの世界から帰還した直後の事だった。
 
 そして、主従となった彼らは功国中興の名君として長い善政を敷く事となる。
 

 エンディング2 前田慶次編




 

 赤麒がその漢と出会ったのは、或いは必然だったのだろう。
 鍛え上げられた全身から放たれる覇気に、赤麒は口角を吊り上げる。
 これ程の手合い、伝説級の大妖魔を前にしても感じた事は無かった!
 己と正面から目を合わせ、覇気を叩きつけて来る者はいなかった!

 「気に入った。名を名乗るがいい。」
 『赤麒と、人は呼ぶ。』
 「そうか。では我が名を聞け。そして、その心にしかと刻みつけぇい!」

 マントと兜を投げ捨て、漢は宣言した。
 まるで世界全てに告げる様なその咆声に周囲のものがギシギシと軋んだ。

 「我が名は拳王!貴様を地につける者の名だ!!」
 『ほざくなぁッ!!』


 この世界最強の生物とも言える両雄が、激突した。



 
 この後、この主従は功国を十二国最大の武力国家へと育て上げ、各国への傭兵派遣業を営む事となる。

 「この程度の数で、この拳王が満足するとでも思うかぁッ!!」
 『■■■■■――ッ!!』

 勿論、自分達も率先して前に出ていた。



 エンディング3 ラオウ編











 とりあえず感想掲示板で見た奴を文章にしてみた
 
 
 にしてもそれぞれ個性的過ぎるわwww 




[28096] 仁?何それ美味しいの? IFルート1 ちょっと修正
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/08 22:04
 仁?何それ美味しいの? IFルート1&番外編1



 
 「そう言えば、赤麒は転変しないのか?」

 今更すぎる疑問を、休憩中の楽俊が言った。
 なお、現在はネズミの姿である。

 『今更だな。』
 「本当ですね。」

 同じく休憩していた赤麒と出張中の朱衡。
 赤麒は汁気の多い果物(輸入品)を食べ、利広はのんびりお茶を飲んでいる。

 「いやさ。登極してもう1年も経つけど、おいらは一度だって赤麒の人の姿を見た事ないしよう。」
 
 一年とは言うが、その密度はそこらの安定した治世数十年とは比べ物にならない程濃いものだった。
 


「前王と同じ姓を持つ者は王になれない。」という天の理がある。
 楽俊の名は張清。対し前王の姓も張。これでは如何に王気を持っていても王にはなれない。
 これに対して赤麒は抗議のために蓬山を目指し、玉葉と再戦した。
 戦いは苛烈を極めた。
 前回の事を踏まえ、両者とも再戦に備えて鍛練を怠る事は無く、嘗て無い程の被害が蓬山に齎され、被害は拡大した。
 一昼夜の戦闘の後に漸く玉葉が折れて西王母にお伺いをたてた所、盛大な溜息の後に「例外措置」として認められ、楽俊は漸く登極したのだった。
 『次は勝つ。』「ふん。何時でも来やれ。」≪勘弁して下さい!!≫
 こうして蓬山史上初の大被害を出した事件は収束した。
 後にこの事件を原因として前王と同じ姓の王気持ちを王にする際、必ず蓬山にお伺いを立てる事が慣習となる。



「確かに。常に獣形ですからね。」
 
 そんな王と重臣の言葉に、赤麒はふんと鼻を鳴らした。

 『別に必要あるまい。』
 「そうは言ってもさ。気になるもんはきになるんだよ。」
 「それとも何か理由があるのですか?」

 朱衡も長い間延王に仕えてその気風が少なからず感染してしまったらしい。
面白そうだと目を輝かせながら、楽俊に便乗している。

 『この姿だと楽だからな。』
 「あー解る解る。確かに儀礼服とか重いし熱いし蒸れるからいやなんだよなー。」

 赤麒の言葉に大いに納得する楽俊。
 彼も普段から獣形を取っているのは衣服の節約だけでなく、その方が服やら帯やら玉やらで飾るよりも遥かに楽だからだ。
 今は国庫に余裕が無いから必要最低限のものしかなかったが、本来なら即位式ではもっと豪華で煌びやかなものになるはずだった。

 「お二人の言わんとする事は解ります。私も位が上がるにつれて堅苦しい官服にうんざりした覚えがりますから。」

 苦笑する朱衡。彼とて最初から偉かった訳ではないのだ。

 「しかし、あなたが獣形のままだとまた不埒な事を言う輩が出ますよ?」
 『むぅ…。』

 赤麒は転変できない。それは胎果だからだ。
 半獣差別と海客差別は未だ根強い。表だって逆らう者はいないが、少しでも粗を見つけるととやかく喧しく囀る者達は何時の時代も存在するのだ。
 赤麒だけなら無視か蹂躙かなのだが、この麒麟に足りていない仁を補っている楽俊がそんな暴挙を許す筈が無い。
 それにその「不埒な事を言う輩」の大元は既に片付けられているため、今言っているのは無実な民しかいない。
 そのため、どうしても暴力以外の手段を取る必要がある。
 
 『…ではやってみるか。』
 「すまねぇな。」
 「では何か着る物を用意しましょう。」

 赤麒が重い腰を上げ、朱衡が楽しげに衣装棚に向かう。
 楽俊は楽俊でキラキラと目を輝かせている。
 
 『む…ぬ…ぅ…。』

 眉根を寄せて集中し始める赤麒。
 どうやら長く過酷過ぎた野生生活で人型の感覚をすっかり忘却しているらしく、上手くいかない。

 「こう、衣服を着替えるみたいな…自分の内側の棚から出す様な感覚でだな……。」
 「御召し物を選びました。何時でも良いですよ。」
 『んぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ…っ!』
 
 プスプスと頭から煙を噴きそうな赤麒。
 漸く外野2人はこりゃダメだと悟ったらしく、肩を落とした。

 「おーい赤麒。無理すn『だりゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!』
 
 

 瞬間、ズドゴン!と室内に爆発が起こった。



 「げほげほげほ…!」
 「こ、殺す気ですか!?」

 爆発が収まった後、楽俊と朱衡が瓦礫から出て来る。
 もし2人が神と仙じゃなかったら死んでいただろう。
 部屋はほぼ完全に吹き飛び、隣接していた全ての部屋にも破壊が及んでいる。
 あぁ無駄な出費が…。頭の中で被害額を計算しながら、2人は赤麒の方に振り向いた。

 「赤麒!部屋が目茶苦茶じゃねぇか!どうすんだこれ!?」
 「台輔!今日と言う今日は許しませんよ!また王宮を壊して!」

 自分達が注文したのに酷い奴らである。まぁ洒落になってないので仕方ないとも言える。

 「ふははははっ!どうだ、これが己の人型だぞ!」

 粉塵の向こうで微妙に聞きなれない声が響く。
 無事に転変自体はできたようだが、この周辺被害はどうにかならないのか?
 2人が頭を痛めながら、まぁ一先ず一目見ようと目を凝らす。
 丁度粉塵も収まり始め、漸く赤麒の姿が見えた時
 
 「「ぶふっ!?!」」

 2人は噴いた。

 「む?己の身体は何かおかしいか?」

 そう言って首を傾げる赤麒?の姿は、2人は思わず視線を反らした。

 「んん?本当にどうしたんだ主?」
 「いやいやいやいやいやいやいやいや!!おめぇこそどうしたんだよ!って言うか隠せよ!」
 「ん?ああ。」

 必死に視界から排除しようとする楽俊。しかし赤麒は躊躇無く近づいてくるし、楽俊はついつい薄目を開けて見てしまう。

 人型に転変した赤麒の姿、それは……非常に肉感的な美少女だった。

 高い身長に大きな胸、しなやかに鍛え上げられた肢体、意志の強そうな太い眉と瞳、慶王に似た赤い長髪、小麦色の肌。
 全身にある無数の傷痕も、彼女の野性的な魅力を引き立たせる飾りにも思える程の美貌。
 それらの魅力的な部位は、勿論の事ながら完全に肌に晒されている。
 手っ取り早く言えば全裸である。マッパである。キャストオフである。

 そっかー。赤麒は赤麒じゃなくて赤麟だったのかー。

 呆然としながら楽俊は思った。
 確かにあの赤麒を女性にしたらこうなるだろうという姿に何処か納得する。
 納得するが、この状況を早急に打開しなければならないのはさっきから何も変わっていない。

 「朱衡!早く服、を……。」

 朱衡は血の海に沈んでいた。
 仕事一筋600年。不真面目な延主従(必ずどっちかは年に10回は行方を暗ます)の元で真面目に働き続けて女に耐性がない彼には刺激が強過ぎたらしい。

 「主、本当にどうしたんだ?具合でも悪いのか?」
 「えーとな、取り敢えず服を着てくれないか?」

 疑問符を乱出する赤麟に、楽俊は毛皮の下に大量の脂汗を流す。
 この状況を誰かに見られたらどんな事態になるか…!
 少なくとも更なる混乱は避けられないだろう。
 楽俊としては絶対にそんな事は避けたい。避けなければならない。
 唯でさえ半獣と言う事で下からの突き上げが酷いのだ。
更に色狂いとか言われたら後々に問題の火種になりかねない。

 「主、典医に会おう。今の主は何処か変だ。」
 「いや、今おかしいのはおいらじゃなくて…!」

 しかし、抵抗空しく軽々と担がれてしまった楽俊。
 妖魔を指先一つでダウンさ~♪の赤麟の前に、ネズミの半獣程度では太刀打ちできようもなかった。

 「急ごう。何かあったら事だ。」
 「いやだから何かあるのはおめぇの方だって――ッ!!」



 数秒後、楽俊は生れて初めて肉食系美少女(全裸)に担がれて王宮内(幸いにも人の少ない内殿)を全力疾走するという貴重な体験をする事となった。






 後日、女官達(+女怪)による赤麟への苛烈な淑女教育が始まったのは言うまでも無い。


 「こんな香水は嫌だ!獲物の匂いが解らん!」
 「ぶふぉうっ!!?」
「ちょ台輔!下着姿で主上の前に出てはいけないとあれ程!!」


 楽俊の心の平安は遠い。








 一度はやってみたいTSネタ
 




[28096] 仁?何それ美味しいの? IFルート2
Name: GAP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/06/09 11:14
 仁?何それ美味しいの? IFルート2




 現在、功主従は



 「ふはははははははっ!!他愛ないなぁ!」
 『■■■■――!』

 「ぶぎゃぁ!?」
 「ひげぇあ!?」

 
 
 柳国内にて賊を討伐中です。






 始まりは即位直後、拳王が天綱の存在を知った時だった。

 『他国へ侵攻すれば王は失道する。』

 遵帝の故事からも解る通り、天綱は油断がならないのだ。

 『では、あくまでその国の者に兵を貸し与える形にすれば良い。』

 憤懣やる方ないといった拳王に、赤麒はそう進言した。
 幸いにも近年、延王が慶王にその兵を貸して偽王を討伐した事はよく知られている。
 蓬山との綿密な協議は必要だが、一先ず方針は決定した。
 
 雲海から蓬山に生き、協議と騒乱と破壊を積み重ねて一カ月。
 蓬山と黄海に壊滅的な被害を出しつつも(二人と一頭のガチバトルと狩猟による)、幾つかの規約を設けて例外措置が決まった。
「失道した王には兵を貸さない」、「虐殺や略奪目的で兵は貸さない」、「必ず雇用期間を限定する」などの項目が設置された。
 で、朝が機能している国で妖魔や賊の討伐に困っている国にへ、即座に営業が開始した。
 そして、第一回が王様が政治へと関心を無くして不安定になっている柳国となった。
 
 しかし、そうそう早く傭兵向けに訓練した部隊を送り出す事はできない。
 そのため、最初は護衛などの任務ではなく妖魔や賊の拠点への襲撃となった。
 妖魔に関しては妖魔専門の部隊が国内で引っ張りダコなので無理。対賊にしても迅速に動ける部隊はいなかった。
 そこで
 
 「ならば我直々に賊共を討ってくれよう…赤麒!」
 『御前に。』

 で、周囲の静止も豪快に無視し、功主従は柳国目指して空を駆けていった。




 で、冒頭に戻る。

 「ひぎゃぅ!」
 「ぷげらァァッ!?」
 「ふはははははははははははははははッ!!」
 『■■■■――ッ!!』

 200を優に超える賊がひしめき合う廃棄された古い砦。
 そこでは一頭と一人によるワンサイドゲームが繰り広げられていた。

 槍が矛が斧が剣が弩が盾が鞭が360度から放たれ続ける中、拳王は人の海の中を行く。
嘗て黒王号の背に跨った時と同じく、赤麒の背の上で攻撃のみに専念する。
拳王の攻めは全て拳により繰り出される。肉は弾け、骨は粉砕、鎧は吹っ飛ぶ。
 おおよそ妖魔や一部の半獣くらいしか出せない様な威力の打撃を平然と行使する。
 しかもその拳は単純な力ではなく、幾星霜と積み重なった業によるものなのだ。
 賊は物量に任せて攻め立てるが、その攻撃は届かない当たらない。
 その全てを赤麒は見きり、回避し、時にはその巨大な足で踏み潰して前進する。
 かつて世紀末世界に存在した拳王の戦いがそこにあった。

 「こっちは大勢いるんだぞ!なんで当たらないんだ!?」

賊達は視界に入った瞬間、情報が届いた瞬間、逃げれば良かったのだ。
 何もかにもを捨て置いて、ただがむしゃらに逃げれば良かったのだ。
 そうすれば、1%にも満たない確立ではあるが、もしかしたら逃げ切れたのかもしれなかった。

 『■■■■――!!』

 逃走用の騎獣は赤麒の嘶きに怯えて竦み上がる。
 徒歩で逃げようとも正面の入口は一頭と一人のお陰で出る事は敵わない。
 だからこそ、賊の頭領は密かに脱出を開始した。

 (あんな化け物相手にできるか!逃げ切って新しい商売をした方が得だぜ。)

 人身売買や強盗殺人、略奪と一通りの悪事を全てこなしてきたこの男が今まで生き残ってこれたのは、一重にこうした危険に対する感覚だ。
頭領はあの主従を一目見て、どう足掻いてもこちらの戦力では敵わないと悟ったのだ。

 (幸い隠れ家には商売の元手にできるだけの額がある!足を洗って他国で商売すればあの連中も追ってこれない筈…!)

 今後の段取りを考えながら、暗い通路を走り続ける。
 その頭には今死地にいる元部下達の事など欠片も無い。あるのは畜生にも劣る欲しかない。
 だが、この男が好き勝手できるのも今日までだった。
 突然、男の正面に黒い影が立ち上がり、男を殴った。
 
 「ぶぐぇぇ!」

 不様な悲鳴を上げて壁に叩きつけられる男。
 しかし叩きつけられながらも、同時に懐の短剣を投擲していた辺り、意外にも侮れない。
 短剣で怯んだ隙に逃げるか殺すか。勿論、金銭でどうにかできる可能性もある。
 だが、自分を吹き飛ばしたモノの姿を見て、その考えは露と消えた。

 猿。全身を黒い毛並みに包んだ、筋骨隆々の猿。

 妖魔。その単語が頭に浮かんだ瞬間、男の意識は闇へと消えた。



 この砦が陥落するまで、一時間もかからなかった。






 
 拳王と赤麒。
 
 この主従の存在は後に「他に並ぶ者の無い境地にいる」、「十二国無双」という拳王の故事として長く語られ続ける事となる。







 
 うーん、世紀末



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