ギシッ、キシッ、ギシ、キシッ、ギシッ、キシッ、キシッ、ギシッ。
歩く度に修復中の箇所が軋みを上げる、脳内にノイズが走る、全ての箇所が悲鳴をあげている。
両手に"愛のあかし"を大切に抱えて、行く当てもなくさ迷う、行く当て……おうちは何処だろう、あそこはおうちでは無かったのかな?
(わからない……いたい、おなかすいた、ごはん、いたい、おうちは何処にあるんだろう?――私におうちは無いのかな?)
「でも、おにいちゃんはおうちに帰りなさいって言ってた……明日遊んでくれるって」
ギシッ、キシッ、ギシ、キシッ、ギシッ、キシッ、キシッ、ギシッ。
軋む音は一向に止まない、いつになったら修復するのだろうか、確認する気も起こらず、目的地もわからないまま夕暮れの道を歩く。
胸の奥がズキズキと疼く『カオス――お前は、廃棄処分だ、もうこの世の何処にも、お前の帰る場所などあるものか』
疼くのは胸の奥の奥、軋むのは体のあらゆる場所、活動時間の少ない自分だが、このような異常な状態は起動して初めてだ。
「あう」
足が絡んで道路に転ぶ、真正面から地面に突入してしまった……しかし痛いのは胸の内で、ズキズキと今も疼いている。
『また明日遊んでやるからな!』『お前は廃棄処分だ』
『今日はもう遅いからな、お家に帰りな』『もうこの世の何処にも、お前の帰る場所などあるものか』
『よし!お前に愛を見せてやる!』『――――――――撃て』
思考が混濁としている、膨大な情報に処理が追いつかない、冷徹な眼をした長髪の青年と、優しい瞳をした少年の姿が交互に浮かんでは消えてゆく。
つい先程の事なのに、懐かしくすら感じてしまう。
「おうち…………わたしのおうち」
おうちは何処?このまま壊れて朽ちて、おうちもわからずに消えてしまうのだろうか?
愛はわかったのに、今度はおうちがわからない、世の中にはわからない事が沢山ある、そして困る、困ってしまう。
「――――わたしのおうち、無いの?」
酷く澱んだ感情が停滞した意識を後押しする、胸の奥の痛みは激しさを増して、ズキズキと悲鳴を上げながら出口を探している。
その度に"おにいちゃん"の優しい表情、撫でられた感覚、手を繋いで走った瞬間が思い出されて、さらに痛みは大きく広くなる。
「…………あ」
おうちが無いと、おにいちゃんにも会えない、だっておうちに帰って、明日また遊ぶと約束したから、それを自覚すると視界が霞んで来る。
センサーに異常は無い、なのに、瞳の奥の方からポロポロと見知らぬ何かが零れてくる、そんな機能は知らない、知りたくも無い?
「……ぁあ、あ、う、ああああああああああああああああああああああああああ」
――――あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。
「ちみっ子?」
声がする。
○
家に帰った後、外から聞こえた"石焼きイモ"の声に導かれて全力疾走、無事に購入してポテポテと軽快な足取りで家路を急ぐ。
今日は色々とあった、吹っ飛んで公園の地面に突き刺さり、まあ、これはいつもの事か……で、変なちみっ子に出会った。
前にも会ったような気がする、登場シーンでいきなり猫を潰そうとしていたのは驚いた、猫は恨み深い、あのちみっ子が懐かれる事はもうないだろう。
夕暮れ時の橙色の世界はなんとも物悲しい、そう言えば、どうしてあんなにあのちみっ子が気になったんだろうか?
「…………ああ、そっか」
脳裏に過るのは初めて会った頃のイカロスの姿、浮世離れをした振る舞いと不器用な性格、そして何処かほっとけないような不思議な空気。
明日も遊ぼうと約束してしまった―――決してロリコンではないぞ、ロリコンはいかんぞ智樹、でも遊ぶ道具を沢山持っててやろう!
――――あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。
「ん?」
――――あーん、あーん、あーん、あーん、あーん、あーん。
「子供の泣いてる声?」
声がする、辺りを見渡しても人影は無い、ぽりぽりと頭を掻きながら気のせいかなと思いつつ耳をすませてみる。
やはり声がする、しかも何処かで聞いた事のあるような声だ、まさか知り合いか?と思いつつも、自分の知り合いにこんな風に泣く人間はいない。
もしかして迷子か何かだろうか、焼き芋をモグモグと食べながら声のする方向に足を進める、既に橙色の空は黒く染まりつつある。
「…………っ」
中々、声の主が見つからない、次第に焦りの様なものが胸に芽生える、自分でもどうしてこんなに真剣になっているのかわからない。
だけど声の主を見つけない事には家に帰るわけにもいかない、街灯の光を頼りに眼を皿にして探す―――暫しの後、畑の小脇でうごうごと蠢く物体を発見する、黒い。
ゴキブリ?と失礼な言葉が一瞬浮かぶ、それから泣き声がする、時折鼻水を啜るかのような『ずずっ、ぐすん』と、急いで駆け寄る。
ボロボロの黒い布、フードに隠れて顔は見えない、それ以前に顔面から地面に突っ込んでいるから確認のしようがないが……直感でわかる、何より裸足、小さな足がすぐに連想させる。
「ちみっ子?」
確信と共に問いかける、その言葉を発した瞬間にボロボロのそれが大きくびくんと震える、ローブのあちこちは破れていて、所々焦げている。
フードで自分の顔を隠すようにしている手がふるふると小刻みに震える、膝を折って視線を合わせる、涙で濡れた紫色の瞳が呆然とこちらを見上げている。
「ど、どうしたんだよ?こんなにボロボロで、野良犬にでも襲われたか?け、怪我してんのか?」
「…………おにいちゃん?」
「とりあえず、俺ん家に来い!イカロスに手当てしてもらおう!ほら、立てるか?おんぶしてやっから」
「………おうち、わたしのおうち、私のおうち、無いの、無かったの、何処にも、この世界の何処にも、ますたーが言ってたの」
「マスターって、お前、もしかして」
ギシッ、キシッ、ギシ、キシッ、ギシッ、キシッ、キシッ、ギシッ、油が足りない機械が動作不良を起こすような音が全てを証明している。
思えば最初からおかしな少女だった、まるで常識を知らないと言うか、そんな彼女に最後に言ったのは『お家に帰りな』って一言。
それはあの非道のマスターの下へと帰れと言う事で、自分が気軽に発した言葉の重要性に気付いて体が震え、汗が吹き出る。
自然と体が動いた、頬に流れる熱いソレを無視して強く強く抱きしめる、人間の子供と変わらない、柔らかなその体を強く抱きしめる。
「……おにいちゃん、おうち」
「バカだっ!俺は……ごめん、ごめんなァァ、もっと早く気付いてやればよかったっ、わかっていたのにッ!お前のような奴の事は誰よりッ」
「あ」
「……俺の家に来い、俺がお前の"おうち"になってやるからっ、いつでも遊んでやるから………帰る場所が無いなんて、そんな悲しい事言わせないからっ」
「おにいちゃんが、カオス(私)のおうちなの?」
「ああ!今更、未確認生物が何人増えようが変わらないしなっ!だから、俺の家に来い、なっ?」
「ほんとうに?」
「ああ!」
「私のおうち、おにいちゃんの、あ、ぁ、ぁ、っああああああああああああああああ」
「ごめん、ごめんなァ」
――――インプリンティング(刷り込み)を開始します。
「へ?」
○
自分で歩くっ!と強い口調で言われたので手を繋いで星空の下を歩く、何がどうなってこうなってしまったのかはわからない。
じゃらりと重々しい音をたてる鎖が自分の右手からちみっ子――カオスに繋がっている、取り返しのつかない事になってしまった。
(いかんっ!いかんぞっ!……こんな事がイカロスにバレたら……って、俺もなんでイカロスに遠慮してんだ?)
そはらでも無く、ニンフでも無く、アストレア……はバカだから大丈夫か、取り合えず、どうしてかイカロスの悲しそうな顔が浮かんでしまう。
「ますたー?」
「んぁ!?な、なんだよ、いきなり」
「ますたーの事、おにいちゃんって……呼んでいい、ですか?」
「いや、無理に丁寧に喋らなくてもいいし、好きに呼べばいいけどなー、ゴキブリ桜井とかは勘弁な」
「あ」
「んー」
「え、えへへへ、でもますたーでいい」
「変な奴だなー、いや待てよ、っても他の三人に比べたらマシかも知れん」
嬉しそうに笑うカオス(名前を教えて貰った)の顔を見ていたらどうでもよくなって来た、イカロスのように危うい所もあるようだから、無理にインプリンティングを解かない方がいいだろう。
大事そうに抱えた上履きを見ながら、胸がポカポカとあたたかくなる、大事にしてやりたいとか、柄にでも無い事を思って気恥ずかしくなる、そしてイカロスの顔が浮かぶ。
「ぬがーーーーっ!なんでだーー!別に悪い事をしたわけでも無いのにっ!」
「?」
「ええい、ロリッ娘枠のニンフが浮かぶならまだしもっ!意味がわからんっ!ああ、あいつは身長が無くて胸がぺったんこなだけか?あはははははははは」
「ますたー、嬉しそう」(ニコニコ
「くっ」
「?」
「……癒されるぅーー、くっ、俺の周りの女子はどいつもこいつも真っ黒に汚れちまってるからな、その純真無垢な視線が……いいぜっ!」
「ますたー」
「くそ、甘やかしてしまいそうな俺がいる……この、このっ、このっ、愛い奴じゃ、愛い奴じゃ」
頭をグリグリと撫でてやる。
「ますたー、愛を、ありがとう」
これからが大変そうだ。
あとがき=どうも黒いメロンです、新刊の展開が話を盛り上げる為に必要だとわかっている……わかっているんだ!だけど我慢できねェ!で書いてしまいました。
普段は絶対2次は書かないのですが、今回はカッとなって一気に書いてしまいました、後悔も反省もしています、はい、こんな作品でも楽しんで貰えたら幸いです。
続きももしかしたらカっとなって書くかもしれません。