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[28248] IS 史上最強の弟子イチカ (IS 史上最強の弟子ケンイチ クロス) 原作開始により板移動
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:bea3fd25
Date: 2011/08/10 07:10
プロローグ







「一夏ぁ!」

「ふぉふぉ、安心するといい、千冬ちゃんや」

「ちふゆ、ねぇ……」

弟の身を案じる少女に向け、老人が愛嬌のある表情を浮かべて安心させようとする。
その老人の手の中には千冬の弟、衰弱した様子の一夏が抱かれていた。

「いっくんに手を出した不届き者は、わしが皆懲らしめてやったからのう。怪我もないぞ。ただ、いろんなことがありすぎて疲れただけのようじゃ」

なんでもないことのように、陽気に言う老人。彼の名は風林寺隼人(ふうりんじ はやと)。無敵超人の異名を持つ、史上最強の生物。
風貌はそれに相応しく、二メートルを優に超える筋骨隆々の巨体。ただでさえ目立つ容姿なのに、それに拍車をかける長い金髪の髪と髭。
その姿は圧巻で、隼人の微笑みが妙なギャップを生み出していた。だけど千冬は隼人に怯えることなく、一夏を受け取り、抱き締めながらお礼を言う。

「ありがとうございます、本当にありがとうございます」

「なぁに、困った時はお互い様じゃよ。それにしてもよかったのかのう?いっくんが心配だったのはわかるが、今日は大事な試合だったのじゃろう?」

「そんなのはどうでもいいんです。一夏が無事だった、それだけで十分です」

「ふむ、お主は良い姉じゃの」

隼人は自身の顎鬚を撫でつつ、空いている手で千冬の頭をポンポンと叩いた。

「後はわしらに任せるといい。黒幕にはきっちりと落とし前を付けるからのう」

優しい笑顔でささやかれるその言葉。それは千冬にとってとても頼もしく、そしてとても恐ろしかった。


†††


「風林寺さんには、本当に頭が上がりません」

「気にするでない。何度もいっとるが、困った時はお互い様じゃ」

「ですが、いつもこちらが一方的に助けられてると思います」

「じゃから気にするでない。うちの者もいっくんのことを歓迎しとるからのう」

千冬と一夏の姉弟には両親が存在しない。幼い一夏と、当時高校生である千冬を残して突然失踪したのだ。
2人には頼れる親類もおらず、どうしたら良いのかわからなかった。そんな姉弟に向け、手を差し伸べてくれたのが隼人である。

「アパパパ~」

「アパチャイすげっ!」

「いちか、スピード上げるよ。しっかりつかまってるよ」

「うん!」

あらゆる武術を極めた者達が集う場所、梁山泊。
幼い一夏の姿はそこにあり、今は優しき巨人、アパチャイ・ホパチャイと遊んでいた。
隼人にも負けない巨体であり、褐色の肌と水色の髪をした青年。その風貌から恐れられることが多々あるが、彼の本質はとても優しく、子供や動物などには絶大な人気を誇っていた。
一夏を肩車して嬉しそうに走っている姿から想像できるように、彼は大の子供好きだ。そんな彼が裏の世界では『裏ムエタイ界の死神』などと呼ばれているのを誰が想像できるだろうか?

「それはそうとドイツはどうじゃった? 世界は広いからのう、何か新しい発見があったじゃろう? 今の千冬ちゃんはそんな顔をしておるぞ」

「……流石ですね」

隼人に指摘され、千冬は感心した。こうも見事に自身の心境の変化を突かれるとは思わなかったからだ。
千冬は今までドイツにいた。あの事件から既に1年以上の時間が経ち、既にIS操縦者の現役を引退している。

IS インフィニット・ストラトス
女性にしか扱えない、世界最強の兵器。
当初は宇宙空間での活動を想定して作られていたのだが、千冬の親友である篠ノ之 束(しののの たばね)が兵器として完成させた。
彼女1人でISの基礎理論を考案、実証し、全てのISのコアを造った天才科学者なのだが現在は失踪中であり、世界中が束の行方を追っているとのことだ。
束の親友だったために千冬はISの開発当初から関わっており、ISに関する知識や操縦技術は並みのパイロットよりも遥かに高い。しかも公式試合で負けたことがなく、大会で総合優勝を果たしたことからも誰もが認める世界最強のIS操縦者だった。
そんな彼女の突然の引退。よくよく考えれば、隼人じゃなくともなにかあったと勘ぐるのは当然かもしれない。

「最初は……借りを返すつもりで教官の話を受けました。ですが人に教えると言うことに意義を感じるようになり、その道に進んでみるのも面白いかと思っただけです」

「そうか……お主の決めたことじゃ。わしは応援するぞ」

「ありがとうございます」

「いっくんのことは任せなさい。血はつながっていなくとも、彼は既に家族のような存在じゃ。わしらがしっかりと面倒を見るから、安心するといい」

「はい」

縁側に腰掛け、お茶を飲みながら談笑を交わす隼人と千冬。
そんな2人に、背後から女性の声がかけられた。

「千冬……来て、たんだ」

「お久しぶりです、しぐれさん」

「ん……」

剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。
ポニーテールのように髪を後ろで束ね、くノ一のような格好をした美女。
年齢不詳だが、見た目からして歳は千冬とあまり変わらないだろう。彼女もまた、梁山泊で暮らしている者の1人だった。

「しぐれや、『あいえす』とやらの整備は終わったのかの?」

「今……秋雨が仕上げをしてい、る」

「そうかそうか、秋雨君に任せとけば安心じゃのう」

剣と兵器の申し子であるがゆえに、また、梁山泊で唯一の女性の達人であるがゆえに、彼女もまたIS操縦者だった。
しかも公式では負けなしとされている千冬だが、非公式、訓練などではしぐれに手も足もでなかった。
千冬が誰もが認める世界最強のIS操縦者なら、香坂しぐれは正真正銘、世界最強のIS操縦者である。

「逆鬼、一気に発電してくれ」

「ったく、何で俺がこんなことを……」

ISにいくつものコードをつなぎ整備、調整をしている胴着の中年男性。
彼が哲学する柔術家こと岬越寺秋雨(こうえつじ あきさめ)。黒髪と口髭が特徴的で、隼人やアパチャイに比べるとスマートな身体つきだが、武術の達人なだけにとても鍛えられた肉体を持つ。
書、画、陶芸、彫刻のすべてを極めたと謳われる天才芸術家だが、その他にも医師免許などを所持しており、からくりや機械関連の知識にも精通している。まさに完璧超人。
そんな秋雨だからこそ、世界最先端の技術の結晶であるISの整備ができるというものだ。

そして、ISにつながったコードの先端、自転車のような発電機で電力を生み出している人物の名が逆鬼至緒(さかき しお)。
ケンカ100段の異名を持つ空手家。口調は乱暴で、頬から鼻にかけて横断する一文字の傷があり、素肌の上に革のジャケットと言ういかにも恐ろしい風貌をしているが、心根はとても優しい青年だった。

「相変わらず、秋雨君の発明は見事じゃのう。その発電機のおかげで、うちの家計は大助かりじゃわい」

「収入が不定期な分、逆鬼の体力は有り余ってますからね」

「うるせぇよ!」

逆鬼達のやり取りを見て、千冬は思わず笑みをこぼす。
平和な日常。両親がいなくとも、自分達姉弟を支えてくれる家族のような者達。
これが幸せなのだと噛み締めていると、あっさりとその考えは崩壊してしまった。

「久しぶりね、千冬ちゃん。相変わらず良い体してるね♪」

「……………」

あらゆる中国拳法の達人、馬剣星(ば けんせい)。
長身とはいえ女性である千冬よりも小さく、小柄な中年の中国人男性。長い口髭と眉毛が特徴的で、帽子とカンフー服を愛用している。
彼を一言で表すならエロ親父。美女を見ればセクハラ行為を働くため、千冬は馬のことを苦手としていた。

「ほ、れ……」

「ありがとうございます、しぐれさん」

「ちょ、ちょっと待つね! いくらなんでも真剣は洒落にならないね!!」

それでも最近は慣れてきたのか、馬に対する遠慮がない。
しぐれに渡された刀、真剣を受け取り、千冬はそれで馬に斬りかかる。
中国拳法の達人なだけあり、千冬の斬撃を紙一重でかわす馬だったが、その表情は引き攣っていた。

「アパパ、剣聖楽しそうよ」

「これ、アパチャイ。どこを見ればそう取れるね!?」

「千冬姉、頑張れ~」

「いっちゃん!? 頑張られたらおいちゃん死んじゃうね!」

その様子をケラケラと眺める一夏達。そんな彼らを制する少女の声が、梁山泊内に響き渡る。

「みなさ~ん、おやつの用意ができましたわ」

無敵超人風林寺隼人の孫娘、風林寺美羽(ふうりんじ みう)。
一夏と歳の変わらない、長い金髪の美少女。幼いながらも梁山泊の家事を一手に引き受ける才女だ。

「あ、美羽ちゃん、私も手伝おう」

「ありがとうございます。では、こちらを運んでいただけますか?」

馬を追いかけるのを中断した千冬は、手伝いを申し出る。
いつまでもこんな日々が続けばいいのにと思う、平和な毎日。だが物事に永遠なんてものは存在せず、日常とは些細な切欠で崩壊するものだった。

「これが、IS……」

「これこれ、勝手に触ったら……」

おやつを食べ終わった一夏が、秋雨の整備していたISに興味を持つ。
興味本位で触ることを咎める秋雨だったが、もう既に遅い。一夏は既にISに触れてしまった。
これはしぐれの専用機だったが、整備のために一時初期化していたのが原因だろう。そうでなくとも、まさかこのようなことになると誰が想像できただろうか?

「こ、これは……」

どんな原理かはわからないが、ISとは女性しか起動することができない兵器。男性では到底扱うことができない。
だが一夏は男性、男の子である。普通なら起動するはずがない。動くはずがなかった。
だと言うのに……

「ISが……起動した?」

ISの起動。動かせないはずの男が、ISを動かした。
これが日常の崩壊であり、世界を巻き込むことになろうとは、一体誰が想像しただろうか?



















あとがき
クララ一直線が終わり、勢いに任せて書いてしまった一発ネタ。
まさかまさかの史上最強の弟子ケンイチクロスです。うん、反省はしています。後悔もしています(汗
この作品を書こうと思った切欠は、長老ならISも倒せるんじゃね、と思った理由から。ってか、あの人普通に飛んでますよね、空。制空権なんてあの人の前じゃ無意味ですよね……
さらにはしぐれさんにIS。いや、だって、梁山泊の達人で唯一の女性ですし、剣と兵器の申し子だからISも例外じゃないかなぁ、って。違和感ないですかね?
ちなみに一夏と美羽は同い年です。必然的に兼一も同い年ですが、続くとしたら原作主人公とヒロインの出番がかなり少ないです。舞台はIS学園になりますから、出番はほぼ皆無です。
でもしぐれさん、彼女はIS学園に教師として入るのなんてどうかなと思ってますw

さて、なにやってたんでしょうね、俺。フォンフォン一直線の常連の読者の方がISのSS書いてると聞いて、SS読むには知識が要るからISのアニメ見て見事にはまったこのごろ。
アレはSS書きたくなっても仕方がないです。セシリアかわいいです、鈴かわいいです。
セシリアや鈴がヒロインで、強い一夏が書きたいと衝動的にやってしまいました。もう一度言います、反省はしている。後悔もしています。

※ にじファンにも投稿始めました。



[28248] BATTLE1 剣と兵器の申し子に弟子入り!?
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/06/24 01:06
「ボクの弟子にす……る」

「待ってくださいしぐれさん!そんないきなり……」

一夏がISを起動させ、梁山泊は騒々しい空気に包まれていた。

「まぁまぁ、落ち着くね千冬ちゃん。しぐれどんもいきなりすぎるね」

一夏を弟子にするというしぐれと、それを反対する千冬。言い争いを始めそうな2人を馬が仲裁し、仕切り直させた。

「しかし驚いたのう。本来、その『あいえす』というのは女性にしか動かせないんじゃろ?なのに何故、いっくんが動かすことができたのかのう?」

「私にもわかりかねます。ただひとつだけ言えることは、彼は世界中で唯一ISを動かせる男ということでしょう」

隼人と秋雨は驚きと共に感心し、一夏を見定めていた。
IS、世界最強と呼ばれる女性専用の兵器。例え武術を極めた達人でも、男性なら動かすことは不可能な代物だ。
それをどこにでもいるような普通の少年、一夏が起動させた。ならば彼に何かがあると思うのは当然だろう。

「あぱぱ、凄いよ一夏!」

「えへへ」

アパチャイは自分のことのように一夏を褒め称え、一夏は照れ臭そうに笑っている。
まるで他人事のようであり、とても客観的な反応だった。

「一夏! お前のことなんだぞ、もう少し真面目に……」

「だから落ち着くね、千冬ちゃん。いきなりのことでいっちゃんもどうしたらいいのかわからないのね」

馬の言っていることはもっともだった。自身が世界で唯一ISを動かせる男と言ったところで、別に何かが変わるわけではない。一夏は一夏であり、千冬の弟、梁山泊の仲間なのだから。
だが、このことが世間に知られればこれまでの生活ができなくなるのも事実。何せ、世界で唯一ISを動かせる男なのだ。世界各国の研究機関、またはその関係者が放っておかないだろう。

「幸い、このことを知っているのは我々梁山泊の身内の者だけだ。平穏な暮らしを望むというのなら、一夏君のことは内密にすべきだと思います」

「ふむ、そうすべきじゃろうな。もっとも、それはいっくんがどうしたいかによるがの」

「へ?」

話を降られた一夏は、間の抜けたような顔で呆然とする。
真剣な表情で問いかけてくる隼人の雰囲気に恐縮し、言いようのない緊張感を味わっていた。

「これまでどおり平穏な日々を望むか、それとも茨の道を歩むのか? それはお主の決断しだいじゃ」

「俺の、決断……」

場合によっては人生を左右するほどの決断。それを迫られた一夏は瞳を閉じ、真剣に思考を巡らせる。
世界で唯一ISを動かせるという事実。それを知った時はいまいち現実味を感じず、アパチャイに褒められるがままに喜んでいた。自分は特別な存在なんだと思い、表現のしようがない高揚感に包まれた。
だが、冷静になって考えてみると話は違ってくる。確かに一夏は特別な存在だ。それは否定のしようがない事実だろう。けど、そのことが知れ渡れば彼は日常を失ってしまう。
これまでどおりに梁山泊の者達と一緒に過ごすことができなくなり、研究付けの毎日を送ることになるかもしれない。流石に非人道的なことはされないだろうが、モルモット(実験動物)一歩手前の生活を送ることになるかもしれない。
そう考えると、喜んでばかりもいられなくなった。

「俺は……このままがいいです。梁山泊から離れたくないです」

だから、正直な気持ちを吐露する。男でISを動かせるというのはとても名誉なことだが、だからと言ってこの暮らしを失いたくはなかった。

「そうか、それがいっくんの決断じゃな」

隼人が微笑む。身内に向けられる、とても優しそうな笑みだった。
千冬も一安心したようで、安堵の息を吐く。

「残……念。弟子、欲しかった……な」

しぐれは残念そうに俯き、畳の上にのの字を書いていた。

「あ、いや、それはISについての話であって、別にしぐれさんに弟子入りするのが嫌だとかそういうわけじゃないですから」

「本当……?」

「はい。むしろしぐれさんほどの達人に剣を教えてもらえるなら教えて欲しいくらいです」

落ち込むしぐれに向け、一夏は彼女を気遣ってのフォローを入れる。
それが、地獄の始まりだということをまったく理解していなかった。

「じゃあ、教え……る」

「へ?」

「そうだな。私はISに関わるのは反対だが、しぐれさんに剣を教わるのは悪いことじゃないと思うぞ。お前も昔は剣道をしてたからな」

「ほう、ならいっくんはしぐれの弟子じゃな。剣の道は険しいぞ」

「しぐれズルいよ~。アパチャイも弟子欲しい!」

一夏を他所に進んでいく話。
しぐれのフォローのために言った言葉が、なぜか彼女に弟子入りする意として取られていた。

「え~と、今のは冗談で……」

「弟子……ふ、ふふ……一夏、これからは私のことを、師匠と呼……べ」

(しぐれさんが笑ってる!?)

普段はどんなことがあっても顔色ひとつ変えず、感情を表に出さないしぐれが確かに笑っていた。
香坂しぐれ、年齢不詳のスタイル抜群の美女。そんな彼女が笑う姿はとても美しく、そしてとても恐ろしかった。


†††


「ふ、ふふふ、ふははははっ! いっそ殺せェェェ!!」

「わっ!? 一体どうしたのよ、一夏」

「鈴~」

一夏は錯乱し、狂ったような悲鳴を上げた。
そんないきなり取り乱し始めた一夏に向け、一夏曰く『サード』幼馴染で中国人の凰鈴音(ファン リンイン)、通称鈴(リン)が心配そうに声をかけてきた。
これまた一夏曰く、ファースト幼馴染の篠ノ之箒(しののの ほうき)が家庭の事情で転校し、その後に仲良くなったのが鈴なのだ。ちなみにセカンド幼馴染は美羽だ。
一夏の悪友である五反田弾(ごたんだ だん)とも仲が良く、美羽も合わせて4人で一緒に遊んだりもしている。

「しぐれさんが無茶苦茶なんだよ……お前はあるか? 日本刀持った女性に1時間以上追い掛け回されたことなんて……………刃物怖い刃物怖い刃物怖い」

「な、なんか大変なのね……」

流されるがままにしぐれの弟子となった一夏は、毎日のようにトラウマを植えつけられる日々を送っていた。
そして、時折羨ましそうな視線を送ってくるアパチャイ。彼は一夏にムエタイを教えたいらしいが、それは謹んでご遠慮したい。
裏ムエタイ界の死神と呼ばれる彼の修行風景を見れば、その理由も理解できるだろう。

「何度死ぬ思いをしたか……今、こうして鈴と並んで帰宅しているのが俺の唯一の癒しだ」

「い、いい一夏!? えっと、あの……私も一夏と一緒に帰るのに悪い気はしないわ」

「そうか……ああ、腹減った。帰りに鈴の家によっていいか? 鈴の親父さんの酢豚と杏仁豆腐が食べたくなった」

「別にいいけど……一夏ってうちの酢豚好きよね」

「おう、アレは絶品だよな。もう毎日食べたいくらいに」

「そっか、そうなんだ……」

道中、いい雰囲気になる一夏と鈴。
鈴は頷きながら何かを考え、ある決意をした。

「じゃあね、一夏。私が料理がうまくなったら……」

「ん?」

「酢豚を毎日……」

「ラララ~! 一夏殿、奇遇ですね」

「あ、響」

「……………」

だが、鈴が言い切るより前に邪魔が入った。
歌いながらやってくる邪魔者、それは羽帽子と奇妙な服をした不気味な少年、九弦院響(くげんいん ひびき)。
彼は暇があれば歌って踊り、作曲などをしていた。その作曲に関しては類稀なる才能を持っており、将来的には音楽学校への進学が決まっているとか。
天才気質の少年だが、そんな彼を一言で表すなら変人である。

「本日はお日柄も良く、良い天気ですね。まるで私達の出会いを天がしゅくふ……」

「なんでいいところで出てくんのよぉ!!」

「ぐふぁ!?」

そんな響を、鈴は情け容赦なく殴り飛ばした。

「スフォルツァンド(特に強く)……良い一撃でした。今ので素敵なメロディーが舞い降りてきましたよ。ラララ~!」

「だからあんたは、殴られたのになんでそんなにピンピンしてるのよ!? この国じゃ邪魔をする奴は馬に蹴られて死ねって言うけど、あんたは馬にけられても平気そうね」

「ララララ~」

殴り飛ばされた響はやばい倒れ方をしたものの、すぐさま起き上がって作曲を始めていた。
羽帽子の羽の部分がペンとなり、懐から五線譜紙を取り出して曲を書き込んでいく。
彼から声をかけてきたというのにそれに熱中し、一夏と鈴の存在は忘れ去られていた。

「これは家で早速奏でてみたいですね~! では、一夏殿、鈴音氏。私はこれで失礼します。ラララ~!」

「………なにしに来たんだ?」

「こっちが聞きたいわよ!」

自由翻弄な響に呆気に取られ、一夏と鈴は同時にため息をついた。


†††


あれから暫くの時が経った。
響経由で知り合った新たな友人、千秋祐馬(ちあき ゆうま)と知り合ったり、鈴や弾と共に遊んだり、しぐれの修行によってまた新たなトラウマを刻まれたり……
楽しかったことや思い出したくない出来事などなど、いろいろなことがあった。本当にいろいろなことがあった……

「俺の癒しが、心のオアシスが、酢豚が……」

「もう、一夏。そんなにマジ泣きしないでよ……」

「だって、だって……」

その日常が崩壊する。梁山泊の修行でボロボロとなった一夏の心のよりどころ、鈴が所謂家庭の事情と言う奴で祖国に、中国に帰るというのだ。
それに一夏は本気で涙を流し、空港で鈴との別れを惜しんでいた。

「ホントにやめてったら……帰れなくなるじゃない」

「帰らないでくれよ、鈴」

「そういうわけにもいかないわよ……」

「俺と一緒に暮らそう。絶対に幸せにしてみせるから」

「え、ええっ!? ちょ、一夏! それってプロポ……」

「馬さんがそう言えば一発だって言ってたけど、これってどういう意味なんだ?」

「死ね!」

「ぐはっ……」

鈴の手加減なしのビンタが一夏に叩き込まれる。バチーンと乾いた良い音が響き、一夏の頬には鮮やかな紅葉の跡がついていた。

「な、なんで怒るんだよ?」

「うっさい馬鹿! 死ね、本当に死ね!!」

怒鳴り、口論を始めてしまう一夏と鈴。
周囲からは呆れたような視線や、どこか微笑ましそうな視線が投げかけられるが、2人にはそんなものを気にする余裕はなかった。

「まぁ、いいわ。一夏の病気は今に始まったことじゃないし……」

「俺はいたって健康だぞ」

「いいから黙れ」

これまでのやり取りで疲労し、鈴はがっくりと肩を落とす。
だが、その表情はにやけており、例え一夏が言葉の意味を理解していなくともとても嬉しそうだった。

「ねぇ、一夏」

「ん?」

だから、ちょっとだけ積極的になった。
一夏の背は標準だが、男なだけあって鈴よりも高い。鈴は背伸びし、一夏に顔を近づける。

「え……?」

呆気に取られた一夏は、状況を理解するのに少しばかりの時間を要した。
頬に触れる感触。柔らかくて温かいもの、鈴の唇。

「えへへ……」

「鈴……」

鈴は真っ赤な顔で照れ臭そうに笑い、一夏に言った。

「じゃあね、一夏。一時のさよならだけど、いつかきっと……」

「ああ……」

言い終わり、鈴は一夏に背を向ける。そのまま飛行機の登場口に向かって歩いていった。
鈴の笑顔を正面から見た一夏は未だに呆然としながら思う。鈴のこと、今まで一緒に遊んでいた良く知っているはずの鈴が、意外な一面を見せたような気がした。

(鈴って……笑うとあんなに可愛かったんだ)

胸が高鳴る。それと同時に締め付けられるような痛みが走った。
感じるのは喪失感。いて当然だった存在が、自分の前からいなくなる悲しみ。
一夏はなんとなく、鈴に口付けされた頬の部分に触れて気づいた。

「あれ……?」

濡れていた。瞳から一筋の雫が垂れ、一夏の顔を濡らしていた。一夏は泣いていたのだ。

「やはり、お友達がいなくなるのは寂しいですね。はい、一夏さん」

そんな一夏に、隣に立っていた少女がハンカチを手渡す。

「ああ、ありが……って、えええええっ!?」

「うわっ、びっくりした!」

それを受け取った一夏だが、気配なく隣に立っていた少女に今更ながらに気づき、悲鳴染みた声を上げてしまう。
その大声に、少女も吃驚したように声を上げた。

「いや、それはこっちの台詞……なにしてんだ美羽!? ってか、見てた?」

「はい、ばっちりと」

「……………」

少女、美羽は素敵な笑顔で一夏の言葉に同意する。
一夏は顔は火が吹き出そうなほどに熱くなった。

「いいですね、幼馴染というものは」

「いや、それを言うなら美羽と俺も幼馴染なんだけど……」

「あら、そうでしたわね。ならこの場合、なんと言うのでしょう?」

「知らない。で、なんで美羽がここにいるんだ?」

「お友達の見送りをするのは当然ですわ。もう挨拶はしましたし、場の空気を読んで今まで隠れていたんですの」

「そうだったのか……」

「もっとも、それ以外にもここにいる理由はありますが」

「え?」

美羽の言葉に、一夏が首をかしげた。

「いっくんや、どうやらお別れは済んだようじゃのう」

「長老……え、どうしてここに?」

そんな一夏に、梁山泊の長である隼人が声をかけた。いや、彼だけではない。

「けっ、見せ付けやがって」

「グッジョブね、いっちゃん。でも、さっきの台詞は頂けないね」

「若いのはいいねぇ」

「う……ん」

「アパパ~」

「逆鬼さん、馬さん、岬越寺さん、しぐれさん、アパチャイまで!?」

梁山泊の者達勢揃い。未だに状況を理解できていない一夏は、パクパクと口を動かして固まっていた。

「はい、これ。一夏さんの荷物ですわ」

「え、ええ……なにこれ? 今から旅行にでも行くようなこの大荷物は」

「ようなではなく、本当に行くんです。飛行機に乗って空の旅ですわ」

「えええっ!?」

状況がまったく理解できない。既に定められた決定事項に、一夏は驚きの声を上げる。

「ちょ、説明を! マジで理由を説明して」

「ふぉっふぉっふぉ、さぁ、ゆくぞ皆の衆」

梁山泊、日本を発つ。


†††


「セシリア・オルコット……ガキを始末するのに、なんでわざわざ俺達武器組がイギリスまで出向かなくちゃいけないんだ」

「そういうな。何でもその小娘は良いとこのお嬢ちゃんでな、事故で亡くなった両親の遺産をたんまりと持っているのよ。それが周りの親族達には面白くないらしくてな、我々『闇』に厄介ごとが回ってきたということだ」

「ふん、気にくわねぇ。反吐が出そうな仕事内容だな」

「依頼だから仕方がない。それにこの小娘、代表候補の腕前を持つIS操縦者らしいから結構楽しめるかもな」

「IS……か。世界最強の兵器ねぇ。確かに使うものが使えば強力だが、ガキには過ぎた玩具だ。それにわざわざ、相手の土俵で戦う必要もない」

「まぁ……始末さえしてくれるなら、方法は任せるさ」

「ああ」

事態が動き出す。ある少女に、強力な魔の手が迫っていた。

























あとがき
何故か続いたし(汗
ISに関しては今のところスルーしましたが、一夏は将来的にISに乗ります。っていうか、次かその次くらいにISに乗ります。
弟子入りに関しては今のところしぐれのみ。修行風景はカットしましたが、一夏はそれなりに辛い目に遭っているようで。将来的に修行風景は書きますのでご安心を。
さて、そんな俺はセカン党。いや、このSSの設定ではサード幼馴染なんですけど。でもセシリアも好きなこの気持ち。
ヒロインは鈴とセシリアのツートップで行くかも。そんなわけでフラグ、もとい接点を作るために一夏旅立ちます。後1,2話くらいオリジナルをやりますが、それから原作に突入する予定。闇が出てくるのは基本、このオリジナル部分だけですね。

それにしても一夏が誘拐されたのって中二の時? えっ……マジですか。
アニメしか見てなかったですから、俺……えっと、時間系列が、その……そこら辺は二次創作ということで割り切ってくれるとありがたいです(滝汗

矛盾点はありますが、これからも執筆頑張っていきますので応援のほどよろしくお願いします。



[28248] BATTLE2 イギリスへ!!
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/08/08 10:51
「ヂューヂュー!」

「不憫だな、闘忠丸(とうちゅうまる)……」

飛行機に乗るために行う手荷物検査にて。
一夏はゲージに入れられてしまったしぐれの友達、ネズミの闘忠丸に哀れみの視線を向ける。
いくら闘忠丸がしぐれの友達とはいえ、飛行機内に動物の持ち込みは許可されていない。

「それはそうとしぐれさん……あなた、そんなものを持ち込んで飛行機に乗るつもりだったんですか?」

「………」

当のしぐれ本人は、手荷物検査にてあらゆる持ち物を没収されていた。
刀、鎖鎌、苦無、手裏剣、釵、トンファー、毒等等。驚愕を通り越してむしろ感心するほどの危険物を持ち込み、一夏はおろか手荷物検査を行う係員を呆れさせていた。

「特別許可が出た。通せ」

「ええっ!?」

その代わり、慌てて駆けつけてきた空港のお偉いさんらしき人物が述べた一言が係員達を驚愕させる。
没収すべき危険物は全てしぐれに返却され、闘忠丸もゲージから出される。

「ふっ」

しぐれは涙目の闘忠丸を頭に乗せ、何事も無かったようにゲートをくぐっていった。

「特別許可って……何したんですかしぐれさん?」

「別に……僕は何もやってな……い」

特別許可という単語に一夏は疑問を抱いたが、しぐれはそれだけしか答えてくれなかった。
だけどなんとなく理解はできる。そんな特別な許可を出せるような存在となると、普段なら手も届かないような上層部の人間にしかありえないと。
一夏は知っていた。梁山泊には時折、各国のお偉いさんが訪れることを。そしておそらく、何か面倒そうなことが関係しているということを。

「……もしかして、これからかなり危険なところに行きます?」

「ふっ」

「誤魔化さないでください!?」

一夏の問いかけにしぐれは視線を逸らして笑みをこぼす。だが、その程度では一夏は誤魔化されなかった。
何せ命が懸かっているのだ。しぐれの襟首をつかみ、涙目で揺さぶる。

「まぁまぁ、落ち着きたまえ一夏君」

「岬越寺さん……」

秋雨が一夏を落ち着かせようと、その肩にポンと手を置いた。

「人間……生まれたら必ず死ぬんだ!! なに、それが遅いか早いかの違いだよ」

「っ!」

が、それは逆効果だった。一夏は秋雨の手を振り払い、脱兎のごとく駆け出す。
今しがた入ってきたゲートを目指し、全力で走った。

「ふっ」

もう一度しぐれが笑った。返ってきた鎖鎌を早速取り出し、それを一夏に向けて投げる。
分銅が鎖を伴ってぐるぐると巻きつき、一夏は一瞬で拘束される。後は成す術もなく、一夏はあっさりと引き戻された。

「俺はまだ死にたくない~! た、助け……助けて千冬姉ェェ!!」

「こら、静かにしないか。周りに変な目で見られるだろ」

泣き叫び、見っとも無くもここにはいない姉に助けを求める一夏。
それを咎める秋雨だったが、そんなことを気にする余裕はなかった。

「今更そんなこと気にしてるんですか!? そもそもこの組み合わせじゃ好奇の視線に晒されるのは当然でしょう!」

隼人、アパチャイ、逆鬼。この3人の巨漢だけでもかなり目立つ。それに加えて武器を所持したしぐれ、胴着姿の秋雨、カンフー服に帽子の馬は十分に目立ち、一夏の現状は更に拍車をかけていた。

「しぐれどんに秋雨どんも意地が悪いね。いっちゃん、なにもそんなに怯える必要はないね」

「馬さん……これって、本当にどういう状況なんですか?」

そろそろ収拾のつかなくなった状況を落ち着けるため、馬がフォローに回る。
しぐれの鎖鎌から解放された一夏は疑問の全てを馬に向けた。

「ちょっとした人助けね。いっちゃんも知ってのとおり、梁山泊にはたびたびお偉いさんやその関係者が訪れてくるね。そんな人達が持ってくるのは表沙汰にできない秘密裏の依頼がほとんど。もっともそれは梁山泊の貴重な収入源になるね」

「えっと、つまり……今回の旅行はその依頼のついでということですか?」

「そういうことね。あちらさんがおいちゃん達全員の旅費を出してくれるというから、どうせなら豪勢に観光をしようと思ってね。そうじゃなけりゃ、うちが海外旅行には行けないね」

「危険……じゃないですよね?」

「大丈夫ね……………多分」

「帰る! 俺、お家に帰るゥゥ!!」

「男は度胸ね。いっちゃん、覚悟を決めるね」

「いやだ~! 千冬姉ぇ! 鈴!!」

収拾を図ろうとした馬も失敗。一夏は取り乱し、再び叫びだす。
いい加減喧しくなってきたので、しぐれは筒のようなものを取り出して一夏に向ける。口にくわえ、軽く息を吹きかける。

「ぷっ」

「がっ……」

「流石しぐれどん、見事な腕前ね」

それは吹き矢。先端には眠り薬が塗ってあり、一夏の意識が沈んでゆく。
意識を失って立つことすらできない一夏の体を馬が支え、視線を後方へと向けた。

「やっぱり飛行機はいやよ! 簡便よぉお!!」

「今更暴れやがって! そもそもハンバーグ三週間で手を打ったはずだろうが!!」

「船がいいよ!」

「馬鹿、行くのはイギリスだぞ! 何日かかると思ってんだ!?」

そこでは飛行機に乗るのを前にして暴れるアパチャイと、それを取り押さえようとする逆鬼の姿があった。
実はアパチャイは飛行機恐怖症である。一時は美羽が毎晩夕食にアパチャイの好物であるハンバーグを出すということで落ち着きはしたものの、乗る直前になって再び駄々をこね始めた。

「しぐれどん、あっちも頼むね」

「うん……」

馬に促され、今度は吹き矢をアパチャイに向ける。そして一吹き。

「うっ……」

「命……中」

本来なら野性的な勘と並外れた反射神経で余裕で回避することのできるアパチャイだったが、逆鬼に取り押さえられているためにそうはいかなかった。
背中に吹き矢の矢が突き刺さり、動きを一瞬止める。が、それだけだった。

「いやよ、いやよ! 飛行機はいやよ!!」

「象も眠らせる薬……なのに」

呆れるほどのタフネスさで眠り薬が効かない。しぐれの眠り薬は一滴でインド象すら眠らせると言うのに、アパチャイの耐性はそれ以上だった。

「仕方がないのう。逆鬼君、秋雨君」

「はい、長老。ここは力技で……」

見るに見かねた隼人が袖をまくり、それに秋雨も続く。
逆鬼、隼人、秋雨。屈強な男3人でアパチャイをふんじばる。流石のアパチャイも3人だとどうしようもなく、悲痛な叫びを上げながら飛行機内に連行されていった。

「飛行機はいや、飛行機はいやよ!」

「いい加減大人しくしろ!」

「そうだよアパチャイ君。飛行機が落ちる確率は宝くじで一等が当たるより低いから安心したまえ」

「そうじゃよ。お前さんが機内で暴れたりしない限り大丈夫じゃから安心するといい」

「それ、洒落になってねぇな……」

騒々しく、騒がしく、梁山泊の面子はそんな感じで飛行機に乗り込んでいった。


†††


そんなこんなでイギリス。

「うまっ! ピザうまい!!」

「いっちゃん、ピザじゃなくてピッツァね」

「アパパ、ピッツァおいしいよ」

「ごめんなさい、世界一料理のまずい国なんて思っててごめんなさい」

「おい……しい」

「本当ですわ。ほっぺたが落ちてしまいそうです」

なんだかんだで一夏とアパチャイはイギリス旅行を満喫していた。
馬やしぐれと、美羽と共にピザを頬張り、空きっ腹を埋めていく。飛行機内では機内食以外食べられなかったからだ。
アパチャイは飛行機を降りたらいつもの元気と食欲を取り戻し、一夏はイギリスに着いてしまったのでもはや開き直るしかなかった。
食費を含めた滞在費は依頼主持ちらしいので、とにかく食べた。自棄食いのように、いや、それは正真正銘の自棄食いだった。

「あ……そうだ、一夏。一応これを持ってお……け」

「へっ……?」

現実から逃避しようとする一夏だったが、それをしぐれは許してくれない。
思い出したようにあるものを取り出し、それを一夏の前に差し出した。

「ちょっ、これって刀ですか!? な、なんでこんな物騒なものを……」

「護身用だ。もしかしたらちょっと危険な目に遭うかもしれない……から」

「あははは……アパチャイ、次はシーフードピザを」

「アパ、限界まで食べ続けるよ。最後の晩餐よ!」

「アパチャイ……それ、洒落になってねぇ」

しぐれの物騒な言葉を聞き流し、さらに現実から目を背けようとする一夏だったが、アパチャイのあまりにも的を射た発言に現実へと戻されてしまった。
晩餐ではないが、これが一夏の最後の食事となりかねない可能性があった。

「ふっ、ただの刀じゃない……ぞ。知り合いの刀工がお前のために打ってくれた刀……だ。通常の刀とは刃と峰が逆になってい……る」

「へ……?」

しぐれに言われて、一夏は受け取った刀を少しだけ鞘から抜いてみる。
すると、しぐれの言葉通りこの刀は刃と峰が逆になった奇妙な刀だった。と言うか、これは……

「逆刃刀か!?」

正真正銘の逆刃刀。古流剣術飛天御剣流の使い手であり、人斬り抜刀斎と呼ばれた人物が不殺(ころさず)の剣士になった時に用いた刀。
一夏の愛読書であり、しぐれもたまに読んでいる漫画に出てきたものだ。その現物を前にし、一夏の頬が引き攣る。

「なんですかこれ!? 俺に不殺の剣士になれって言うんですか?」

「まぁ、そんなところ……だ。知ってるとは思うが、梁山泊の真髄は活人拳。人を殺すことをよしとはしな……い。それで刀剣を武器とする場合は峰打ちとなるわけだが、峰打ちと言うのは斬る時に峰と刃を逆にする高度な技……だ。実戦でそれを成すのはかなり難しい」

「確かにこの刀だと常に峰打ちになりますが……それなら木刀や竹光でもよくないですか?」

「その場合は、打ち合った時に相手の刀剣で得物ごと両断される……ぞ」

「もう帰りたい! 着いて早々ホームシックです! 千冬姉ぇ、リィィン!!」

相手が刀剣武器とした場合、木刀や竹光では強度に不安がある。それは理解できるが、そんな状況になるかもしれないという思いが一夏の平常心を蝕んでいた。

「不満……か?」

「いや、不満とか言う以前の問題です……」

「そうか……なら、一応もうひとつ用意した武器が……ある」

がっくりと肩を落とす一夏に向け、しぐれが新たな武器を取り出す。
それは大きな、あまりにも大きな鍵だった。どんな巨大な門を開けるのだろうと思うようなほどに巨大な鍵。だけどそれは剣、武器だった。

「き~ぶれ~……」

「逆刃刀がいいです! これがいいです!! それはやばい、なんかまずい気がする!」

しぐれがその剣の名称を言い切る前に一夏が抑止する。逆刃刀を握り締め、それが気に入ったような反応を見せることで誤魔化した。
何故なら全てしぐれに言わせたら非常にまずい気がしたからだ。主に版権的な問題で。

「そう……か。せっかく、この武器専用の衣装も用意したんだ……が」

「うわぁ……どっかで見たことあるような、真っ黒なコートですね」

「ピストルも……通さない」

性能は確かそうだったが、一夏は丁重に断りを入れた。
そして、再び現実から目を逸らす。

「アパチャイ、次はドミノピザにしよう……」

「アパパ」

この一時だけでも、現状を忘れたい一夏だった。



「ふむふむ、今回の依頼内容は彼女の護衛じゃな?」

「そういうことだ。なんでも名家のお嬢様で、遺産絡みのことで命を狙われているらしい」

「人の欲は深いものだね」

観光する一夏達とは打って変わり、依頼主によって用意されたホテル内で隼人、逆鬼、秋雨による3人で今回の依頼についての話し合いが行われていた。

「おそらく、今回の件には『闇』の武器組が出てくるだろうと言う事だ。達人級(マスタークラス)も何人かいるかもしれねぇ」

「ふむ、なら一応用心のために私も控えよう。逆鬼が交戦中でも、私が彼女を守るよ」

「わりぃな……しかし、よかったのかよ?」

「ん、なにがだね?」

念入りに計画を練っている中、逆鬼がふと秋雨に尋ねる。

「一夏を連れてきたことだ。それに美羽もだ。そりゃ、滞在費全額依頼主持ちだから旅行にちょうどいいとは思ったが、ちっと危なすぎはしねーか? 俺達の関係者ということで狙われるかもしれねーぜ」

「ほっほっ。逆鬼君は優しいのう」

「まったくですね」

「そんなんじゃねーよ!!」

純粋に一夏の心配をする逆鬼だったが、隼人と秋雨に冷やかされて声を荒らげる。
顔が赤く、とても気恥ずかしそうだった。それが更に隼人達の笑いを誘う。

「まぁ、なんじゃ。いっくんや美羽の方にはしぐれとアパチャイ、それに馬もついておるから大丈夫じゃよ」

「そうそう、例え軍隊が来ようと一夏君達に危害が及ぶ心配はないさ」

「そりゃ、わかってるけどよ……」

一夏達には梁山泊の豪傑が3人もついているのだ。例えどんな相手が来ようと撃退できる。
はぐれたり、迷子になったりしなければ大丈夫だろう。そう結論付ける。

「まぁ、何かあった時はあった時で、いつもの策でいけばよいじゃろう」

「そうですね、それがいいです」

「……だな」

隼人の言葉に逆鬼と秋雨が頷く。彼らの言う、いつもどおりの策とは……

「うむ! なりゆき任せ大作戦じゃ!!」

「なるようになるということですね」

「なんかあったら、その時にどうにかすればいいからな」

とても策とは呼べない、客観的過ぎる結論だった。
結論も出たので、話は仕事のものへと戻る。現在はホテルの部屋に滞在している3人だったが、これにはちゃんと意味があった。

「で、確かこの部屋に嬢ちゃんとボディガードが来るんだろ? そろそろ時間じゃないのか」

「確かに……これは少し気がかりだね」

梁山泊が護衛する少女は命を狙われているため、常に身を潜める場所を変えているらしい。
そのためにそう簡単には接触できず、このように待ち合わせをしているのだが……時間になっても相手が姿を現さない。

「どうやら……」

秋雨がポツリとつぶやく。違和感を感じる。それと同時に荒々しいものを五感が感じ取っていた。
隠す気など微塵もない殺意。秋雨だけではなく逆鬼や隼人も既に感じ取っており、椅子に腰掛けながらドアへと視線を向けた。

「情報が漏れていたらしい」

瞬間、ドアが突き破られる。ボロボロとなり、意味を成さなくなったドア板は無理やりはがされ、一人の男が室内に入ってきた。
その手にはトンファーが握られており、おそらくはそれでドアを破壊したのだろう。

「お前らが護衛の助っ人か? はっ、無駄なことを。どうせ俺に殺されるって言うのによ」

男は傲慢な口調で秋雨達を見下していた。それがどんなに無謀なことかすらも知らずに。

「おやおや、マナーがなっていないね。ドアを破壊するなんてノックが過激過ぎやしないかい?」

「はっ、悠長なことを。んなもん気にする余裕なんてテメェらにあるのか? ジジイに優男、それに人相の悪い男一人。全員この俺があの世に送ってやるよ」

「ふぉっふぉっ、なかなかに血気盛んな若者じゃわい」

「ああ、しかも達人級ときたもんだ。ちっとは楽しめそうだな」

隼人が笑う。逆鬼も笑う。達人級、確かに強力な相手だ。だが、それは一般人やせいぜい弟子や妙手級ならの話。
目の前の男など、梁山泊の豪傑達には眼中になかった。

「……舐めてんのか」

「滅相もない」

「ただ、青いなと思っただけじゃ」

「へへっ」

「やっぱり舐めているだろう! 殺す!!」

隼人達の言葉が男の癇に障る。青筋を浮かべた男は激情のままに突っ込んだ。
彼に与えられた任務は護衛の殺害。つまりは隼人達を殺すことであり、言葉を交わすよりも行動で示した方が早いと思ったからだ。
それにこれ以上の会話は億劫で、考えることすら面倒になったためにただ闇雲に突っ込んだ。それがどんなに愚かなことだろう?

「おせェ!」

「がふっ!?」

それを理解するのは逆鬼の拳が顔面に直撃し、意識を手放し、次に男が目覚める時のことだった。


†††


「……はぐれた」

織斑一夏は現在、迷子だった。トイレを探して席を立った時にしぐれ達とはぐれてしまい、一夏は内心でダラダラと汗を掻く。

「やばくないか、これマジで。こんな時に俺一人って……うわっ、どうしよう」

いまいち状況は理解できていないが、この場所はどうにも危険らしい。
少なくともしぐれが一夏に護身用の武器を渡すほどにだ。いくら逆刃刀とはいえ流石にそのままで持ち歩くわけにはいかず、今は刀袋に入れて持ち歩いている。

「とにかくホテルに戻らないと……道がごちゃごちゃしててわかりにくいな」

とりあえずは宿泊先のホテルに戻ろうと考える一夏。そこには隼人達がいるはずだ。
だが、そのホテルまでの道順がわからない。先ほども言ったが一夏は迷子である。

「誰かに道を聞けば……って、俺、あんまり英語得意じゃないんだけど。そもそもこの国の言語のイギリス英語ってなんだよ? 普通の英語じゃだめなのかよ。ああもうっ、こんな時に逆鬼さんか岬越寺さんがいれば……」

考え事をしながら一夏は歩いていく。彼は意識していないが、次第に人通りの少ない裏路地に向けてだ。
それがまさか、人生のターニングポイントになるなど一夏は思いもしなかった。

「とりあえず、話しかけてみないことには始まらないよな……うん。誰に声をかけよう? あ、あの子とかいいかな?」

裏路地で見つけた、1人の少女。他に人影もなく、歳も近そうだったからなんの警戒心も抱かずに一夏は声をかけた。
少女は鮮やかな金髪の長い髪を持ち、それを青のヘアバンドで止めている。それと同色の透き通るようなブルーの瞳。十人中十人が美少女と答える容姿の彼女に向け、一夏はなけなしの知識からひねり出した英語で話しかけた。

「え、エクスキューズミー……」

「だ、誰です!?」

話しかけられた少女は驚きの声を上げる。その反応に疑問を浮かべる一夏だったが、返ってきた流暢な日本語にほっと一息をつく。

「なんだ、日本語しゃべれるんですか。それは助かります。えっと、俺は織斑一夏と言うんですが、道を……」

「どなたか存じませんが、今はそれどころではないんです。早々にここから退散しなさい!」

「いや、そうしたいのは山々なんですが道が……」

道を尋ねようとする一夏だったが、少女は慌てた様子で遮る。
一夏としてもこんなところにいたくはなかったが、帰る道がわからないためにどうしようもない。
少女を宥め、もう一度訪ねようとする一夏だったが、

『ターゲットみ~っけ! これで僕が始末したら先生に褒められるぞ』

聞きなれない言語で、軽い感じの声がかけられてきた。

『あ、あなたは……』

「ん?」

その声の主に、少女も一夏が聞きなれない言語で話をする。おそらくはこれがこの国の言語なのだろう。一夏にはまったく理解できない。
2人は一夏を他所に、なんらかの会話をする。

『ちょろちょろ逃げ回ってさぁ、めんどうだからとっとと死んでくれない?』

『誰が死にますか。あなた方の思い通りになるとは思わないことですわ!』

声の主は男だ。一夏や少女とあまり都市の変わらない少年・その手にはトンファーが握られており、黒のコートを着ている。一瞬、先ほどしぐれが持っていたどこぞの機関員のような印象を受けたが、色は同じでもデザインが違っていた。

『虚勢張っちゃって、可愛いねぇ。でもさ、どうするの? いかに君が代表候補生とはいえ、ISがないんじゃどこにでもいる普通の女の子だ。そんな君が僕に勝てると思っているの?』

『……………』

『確かにISができてから世界は変わった。今の時代、女尊男卑が当たり前なんだろうね。でも僕は思うんだよ、凄いのは女性ではなくISと言う兵器だ。けど、たかが500にも満たない兵器で女性全員が偉そうにするのは気に入らない。だから教えてあげるよ。兵器は、武器はISだけじゃないってことをね。攻守に優れたトンファーこそが最強なんだ!』

宣言と共に少年が少女に襲い掛かる。トンファーを振り回し、目にも止まらぬ速さで突っ込んだ。
獣のように荒々しく、雄々しい動き。振り回されるトンファーの一撃は強烈で、直撃すれば人間の頭部を粉砕するには十分だろう。
もっともそれは、攻撃が当たればの話だが。

「うおわっ!!」

『っ!?』

一夏が間に入り、トンファーの一撃を刀袋に入ったままの逆刃刀で受け止める。
あまりの威力に一夏自身が吹き飛びそうになったが、踏ん張ることによって耐え抜く。
トンファーという重量のある武器を逆刃刀で真正面から受け止めたことから強度による不安があったが、逆刃刀も一夏同様に無傷だった。

「なんだかんだでしぐれさんが用意してくれた武器。流石だな……鞘も鉄ごしらえらしいし」

『くっ、なんなんだよお前!? 何で僕の邪魔をする!!』

「英語? まぁ、どのみち外国語は中国語以外わかんないからどうでもいいけどさ、今、お前がなんて言ったのかは予想できるぞ。何で邪魔をしたのか、か?」

声を荒らげる少年に対し、一夏はあくまで冷静だった。
少女を少年から庇う位置に立ち、刀袋から逆刃刀を取り出しながら述べた。

「女の子を襲う暴漢を見かけたんだ。そりゃ助けるのが男として、いや、人として当然だろう。何がなんだか状況がさっぱり理解できないけど、邪魔をさせてもらうぞ」

「ちょっと待ちなさい! あなたには何も関係ないでしょう。早くここから離れなさい!!」

だが、一夏のとろうとした行動。それを拒否したのはよりにもよって命を狙われた少女だった。

「せっかく助けてやろうってのに、その言い方ってないだろう?」

「誰も頼んでませんわ!」

『なに言ってるのかわからないけどさ、いいよ。邪魔をするって言うなら君も一緒に殺す!』

けど、そんなこと少年にはどうでもよかった。邪魔者はまとめて処分する。そんな短絡的な思考で、今度は一夏に襲い掛かる。

「速いな。けど、その分直線的でわかりやすい」

獣のように荒々しく、雄々しい動き。だけどそれ故に素直で、動きを予測することは簡単だった。
一夏はステップを踏むように少年の動きを避ける。その場で更なるステップ。ダンスのように回転し、遠心力を載せた逆刃刀の一撃を少年の背中に放つ。

『がはっ……』

その一撃で勝負は決まる。少年は前のめりに地面に倒れ、ぴくぴくと痙攣していた。
逆刃刀だから切れず、死ぬことはないだろうと思うが油断はできない。こんな得物でも骨を砕くことは十分に可能であり、当たり所が悪ければ最悪死ぬ。
打った場所が頭部ではなく背中だったことからその心配はないだろうが、少年はしばらく起き上がることはないだろう。それほどまでに強烈で良い一撃が入ってしまった。

「あなた……まずいですわよ」

「まずいって何が?」

少年が一夏によって撃退された。だと言うのに少女はあまりにも思わしくない顔色をしている。
それを不審に思う一夏に対し、小序は悲痛な声を上げた。

「彼らに目を付けられてしまいますわ! ああ、なんてことでしょう。無関係の人を巻き込んでしまいましたわ」

「ちょ、落ち着け。彼らって誰だよ? お前を狙っている奴が他にもいるのか?」

取り乱す少女と、状況を整理しようとする一夏。その時に感じてしまった。背筋を震わせる、ぞわりとした感覚。
あまりにも強大で、強力な気配。冷や汗が止まらない。ガタガタと体が震え、一夏の感覚すべてが警告音を鳴らしている。

「おぃおぃ、マジかよ。あいつの弟子がやられたのか」

新たな男の声。日本語で、一夏にも意味を理解することができた。
けど、安心はできない。何故なら一夏が警戒しているのはこの男が原因だからだ。

「坊主、少しはできるみたいだな。だがそこまでだ、その女を置いてとっとと立ち去るなら見逃してやる。わかるだろう? 俺はそこで寝ているガキとは桁が違う。坊主が逆立ちしようと勝てない相手だ」

黒い髪とサングラス。いかつい表情には生々しい傷がいくつもあった。
その男の手には巨大な槍、ランスという武器が握られており、屈強な肉体はそれを難なく振り回すことが可能だろう。そんな男の姿を確認し、一夏は確信する。自分では絶対に勝てない相手だということを。
達人級。梁山泊の豪傑ほどではないだろうが、男は一夏がどう足掻いても手の届かない次元の存在だった。
まさに絶体絶命。緊張でカラカラになった喉を潤すためにごくりと生唾を飲み、この状況をどう打破するべきか思考を巡らせ、答えはすぐに出た。


†††


「アパ、カレーを食べてたらいつの間にか一夏がいなくなってるよ」

「なに、ホントね?」

一夏がいなくなっていることに気がつく馬達。
アパチャイはカレーを頬張り、馬は美しいイギリス人女性を見つけては声をかけていた。

「アパ、まずいよ。いや、カレーは美味しいよ。けどまずいよ」

「秋雨どん達になんて言えばいいね? くぅ、いっちゃんもいい年して迷子になるとは……」

その間に一夏の姿が消えており、馬とアパチャイは多少の焦りを見せる。
状況が状況なだけに、万が一という可能性もあるのだ。一夏と美羽のことを任されていたのに見失ったでは秋雨達に申し訳が立たない。

「だいじょう……ぶ」

「ふぇ?」

そんな2人に向け、しぐれがどこか得意げに言う。美羽はピザを口にしながら首をかしげていた。

「闘忠丸が一緒……だ。なにかあっても平気」

「そういうことね。なら大丈夫ね」

「アパパ」

織斑一夏、彼の命運は一匹のネズミが握っていた。



































あとがき
今回中にしぐれをISに乗せようと思ったけどそこまで進まなかった(
それはまぁ、次回になりそうですね。1,2話でまとめたかったオリジナルの話も3話くらいになりそう……それ以上延びることはないと思いますので、そこは安心してください。
さて、そんなこんなで今回はイギリスで一騒動。一夏、ある事件に巻き込まれております。それから未だに名前も出ていない少女。彼女が何者なのか?
まぁ、気づく人は気づくでしょうし、前回の更新の時に名前は著六と出ていますが。それにしてもなんだかセシリアの口調が難しい(汗
とあるの黒子と混合して大変です……キャラが違うのに何でだろう? アレか、お嬢口調だからか?

逆刃刀に関してはアレですね、ちょっと悪乗りしました。でも、一夏に人を殺させたくないのである意味ちょうどいいかなと思ってみたり。細かいことは作中でもしぐれが説明しているとおりです。
き~ぶれ~云々に関してはもろにネタ。版権の国が関連しているあのゲームです。一夏中の人とくればあの武器でしょうw
千冬姉のことをアクアとか呼んで頭を叩かれる一夏……なんとなく妄想してみましたw

さて、そろそろフォンフォン一直線を更新しなければと思うこのごろ。ネタはまだ浮かんでこないですがそろそろダンスパーティの話を書かないと。
雑談ですが、レギオス関連のSSに感想をくださる常連さんがチラシの裏でSSを書いてたんですよ。で、本編が完結したとのことなんでその他板に移行されたんですが、それなら俺もクララ一直線が完結した時に移行したらよかったなと思うこのごろ。
更新せずに移行させるのもどうかと思うので、短編的な内容を書いてみようかなと思っています。一応案としては深遊先生の漫画版にあったツェルニそっくりの子供の話。まぁ、アレです。明日辺りから執筆作業に入ろうと思うのであまり期待せずに待っていてください。
ISのSSと関係ない内容でしたが、これで失礼します。



[28248] BATTLE3 動
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/08/04 22:07
「戦略的撤退!」

「きゃあ!? ちょ、あなた! なにをするんですの!?」

「黙ってろ! 舌を噛むぞ」

達人級を前にし、一夏は逃走した。少女を抱えて脱兎のごとく逃げ出す。
いくら一夏がしぐれに剣術を教わっているとはいえ、達人級の武器使いに勝てるわけがなかった。戦えばほぼ確実に命を落とす。故に戦わない。達人級の恐ろしさは誰よりも理解しているつもりだ。

「なんでですの……あなたには何も関係ありませんのに」

「だから黙ってろ。そもそも、放っておけるわけないだろ」

達人級の男の狙いはこの少女のようだ。男はこの件に関わらないなら見逃すと言っている。言われたとおりにすれば一夏に危害が及ぶことはないだろう。
けど、それは少女を見捨てるということだ。たまたまこの騒動に遭遇しただけの一夏だったが、襲われている少女を放っておくことなどできなかった。

「事情は飲み込めないけど、俺がお前を守ってやるよ。奴には指一本触れさせない」

「……………」

一夏は走り続ける。少女を抱えたまま、常人では考えられない速度で疾走していた。
一般的に知られている百メートル走の世界記録。一夏はそれを人を抱えた状態で更新している。

「……せめて、この抱え方は何とかなりませんの?」

「これが一番抱えやすいんだよ」

現在、少女は一夏によって『横抱き』、通称お姫様抱っこをされていた。
両手はふさがれるが走りやすく、逃げるためにはこれ以上最適な抱き方はない。ただ、流石に逆刃刀まで持ってくる余裕はなく、その場に捨ててきてしまった。
せっかくしぐれが用意してくれたものだが、持っていても邪魔になるし、そもそも達人級相手に戦うことが無謀なのでこの選択に迷いはない。
今は逸早く、この場から退散するべきだ。人通りの多いところに出れば相手は目立つのを避けるだろう。もしくは梁山泊の者達に合流する。梁山泊の豪傑に勝てる存在などほぼ皆無だ。合流さえできれば一夏の勝ちだ。

「なるほど……いい判断だ」

「なっ!?」

が、その考えは真横から聞こえてきた声によって粉々に粉砕される。
声の主、一夏の真横を並走していたのはさっきの達人級の男。
いくら一夏が少女を抱えているとはいえ、世界記録を更新するほどの速度で走っているというのに、男は数十キロはありそうな得物を持って、涼しい顔を浮かべて走っていた。

「勝てないとみて、逃げに専念するか。少しでも軽く、そして走りやすくするために武器も捨てる。それにいい足腰をしている。確かに並みの者が相手なら十分に逃げ切ることができただろうな」

「くっ……」

「きゃっ!?」

加速。一夏は更に速度を上げ、アスリートを置き去りにする速度で走った。だがそれでも男は慌てず、不敵な笑みを浮かべてつぶやく。

「鬼ごっこか……やったのはガキのころ以来か? いいだろう、少しだけ付き合ってやるよ」

男も速度を上げた。捕まれば死のリアル鬼ごっこ。
一夏は生き残るために必死で走った。

「チュー」

それを見守る……一匹のネズミ。しぐれのペットである闘忠丸だ。
闘忠丸は裏路地にある建物の屋根に上り、どこからかロケット花火とマッチを取り出す。
とてもネズミとは思えない器用さでマッチを擦り、ロケット花火の導火線に点火する。
導火線が燃え尽き、火薬に火が引火した。笛のような音が響きロケット花火が打ち上げられ、遥か上空で『パァン』と乾いた音を立てる。

「……………」

それを離れた場所で見るものがあった。闘忠丸のご主人、剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。

「アパチャイ……馬……みつけた」

梁山泊の豪傑達が動く。


†††


「ハァ、ハァ……ゲホッ、ゲホッ……撒いたか?」

達人級から逃げるために限界を超えて走った反動か、一夏は辛そうに咳き込んでいた。
ここはある廃墟の建物内部。人通りの多い場所に逃げれば如何に達人級とはいえ手を出せないだろうと踏んだが、それは男も十分に承知しているようだった。
一夏を人通りの多い場所に逃さないように回り込み、追い詰め、更に人気のない場所へと誘導していく。
逃げることができず、戦うことなどもってのほかな現状で体力の限界を迎えた一夏は身を隠すことを選択し、建物の中に身を隠していた。

「……で、一体どうゆう状況なんだ?」

「……………」

少女を助ける選択はしたものの、一夏は未だに状況を理解していない。
ただ放っておけなかったから、それだけの理由で少女を連れ出し、男から逃げていた。
自分に危害が及ぶかもしれなかった。相手は達人級だ。最悪死ぬかもしれない。それでも一夏に少女を見捨てる選択肢はない。
おそらく、梁山泊の者の誰もが一夏と同じで、少女を助けようとするだろうから。

「そういえば、まだ名前も聞いていなかったな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ。君は?」

とりあえずは状況の整理も必要だと考え、少女に状況の説明をしてもらうのは諦める。
未だに少女の名前を聞いていなかったことを思い出し、まずは軽い自己紹介を交わした。

「……セシリア、セシリア・オルコットですわ」

「そうか。セシリアって言うんだな。それにしても危なかったな。なんなんだよあいつら? いきなり襲い掛かってきやがって」

「彼らは『闇』ですわ」

「闇?」

闇という単語。その言葉の意味がわからず、一夏は首を傾げるだけだった。
そんな一夏に、セシリアは闇のことを説明する。

「簡単に言ってしまえば最低最悪の殺人集団ですわ。政財界に通じた者も多く、かなりの影響力を持っています。主に暗殺、諜報、誘拐、護衛、窃盗、傭兵派遣などの依頼を請負、遂行しているとか」

「マジ……映画とかじゃなくて、そんな組織が本当に存在するのかよ?」

「ええ……それであなたは、そんな組織である闇に関わってしまいましたわ」

「そうだよ! 思いっきり関わっちゃったよ!! うわっ、なにしてんだ俺!?」

トンファーを持った少年を倒し、ターゲットのセシリアを掻っ攫って逃げ出した。一夏はこれ以上ないほどに闇に関わってしまった。
達人級の男達、闇の狙いはセシリアらしいのでまた襲ってくることは確実だろう。関わってしまった一夏もまた、彼らに狙われるかもしれない。

「本当にあなたは余計なことをしましたわ。誰も助けてくれだなんて頼んでいませんのに」

「ははは、手厳しいな」

せめてもの虚勢で乾いた笑みを浮かべるが、一夏からは嫌な汗が止まらなかった。
どうやってこの状況を打破するべきか? 一夏は冷静に考え、あるものを取り出した。

「そうだ、電話だ!」

「警察にでも連絡する気ですの? 無駄ですわ」

携帯電話を取り出した一夏に、セシリアの冷たい声が響く。
なにもかも諦めたようで、感情を感じさせない声だった。

「先ほども言いましたが、闇は強大な力を持っていますわ。警察ごときに何かできるわけ……」

「違う違う。闇のことは知らないけど、俺だって達人級を警察が何とかできるなんて思ってねぇよ。達人級には達人級。今、その人達に連絡を……」

セシリアの疑問に返答し、一夏は携帯を操作する。アパチャイやしぐれは携帯を所持していなくとも、馬は持っているはずだ。それも最新型の物を。
だが耳元に当て、呼び出し音を聴いたところで、一夏の携帯は粉々に粉砕された。

「へっ、あ……俺の携帯が!!」

「いつから鬼ごっこがかくれんぼに変わったんだ?」

「っ!?」

それを成したのは達人級の男。気配を押し殺し、気づかれないように一夏とセシリアの元に接近した上で、あの巨大なランスで一夏の携帯のみを破壊していた。

「くそっ、俺の携帯が!」

「きゃあ!?」

悪態を吐き、一夏は再びセシリアを抱えて走り出す。
戦闘は無謀。故にこれしか手段がない。唯一の活路、梁山泊の者達への連絡手段は男によって断たれてしまった。
それでも一夏は考える、希望を見出す。この状況をどう打破すべきか?

「もう遊びには十分付き合ってやっただろう。終わりだ」

「あがっ、あ、ああああああっ!!」

「あう……」

だが、その僅かな希望すら摘まれてしまった。
ランスの先端が一夏の右足、太ももの辺りに突き刺さった。骨が断たれ、大量の血が流れる。倒れる一夏。投げ出されたセシリアは床を転がり、体を強打した。
こんな負傷をしたら、セシリアを抱えて走れるわけがない。

「っう……一体なにを、きゃあああっ!?」

一夏に抱えられていたセシリアは状況を理解することが遅れ、投げ出されたことに対する抗議をしようとしたところで状況を把握した。
足を押さえ、蹲る一夏。彼の右足は真っ赤に染まっていた。

「一般人がこっちの世界に足を突っ込むからそうなるんだ。高い授業料だと思いな、坊主」

男の嘲笑気味の言葉が耳を打つ。聞き分けのない子供を咎めるような声だった。
だけど状況はそれほど微笑ましいものではなく、緊迫し、重苦しい雰囲気が充満していた。

「さて、それじゃあとっととターゲットの始末を……ん?」

男は蹲ってる一夏の横を通り抜け、青白い顔をしているセシリアを始末しようと近づく。
男の接近に気づき、セシリアが『ひっ』と小さな悲鳴を上げた。けど、彼女には抵抗する術がない。
今ので腰が抜けてしまい、恐れの混じった表情で男を見ていることしかできなかった。
ならば何故、男はその足を止めたのか? それは、蹲っていた一夏が男の足をつかんだからだ。

「待て、よ……」

「おぃおぃ、タフだな。肉体的にも、精神的にも」

これほどの目に遭っても畏縮しない一夏に、男は感心する。
武術に多少の心得があるのなら対峙するまでもなく実力差を知り、臆してしまうことだろう。そんな中でも一夏は冷静な判断を下し、またこのように負傷しても諦める気配はなかった。
一夏は男を睨み殺すような視線で見つめ、問いかける。

「なんで、殺そうとする。セシリアが……なにをしたって言うんだ?」

「別に何もしてねぇよ。ただ、仕事だからやってるんだ」

「仕事……?」

「というか、事情を知らないのにあんなことをしたのか? 随分なお人好しだな、坊主。いいぜ、教えてやるよ」

いくら視線が鋭くともあの怪我ではまともに動けないだろうと判断し、油断し、男は一夏の問いに素直に答えた。

「こいつはある名門貴族のお嬢様だ。その上ISのイギリス代表候補生。そう聞くとなんの苦労もなく育った才色兼備のお嬢様だが、実はそれなりに苦労してるんだよ。両親を事故で亡くして莫大な遺産を継ぐことになる。それ目当てに親族が歩み寄ってきたが、このお嬢様は猛勉強の末にそれを守り通した。凄いな、素晴らしいことだ。が、それで面白くないのは遺産を手に入れられなかった親族達。歳若い小娘が遺産を独り占めするのが気に入らず、それを手に入れようと躍起になった。で、その中の誰かが言ったんだ。もしこのお嬢様が死ねば、遺産が自分達に回ってくるんじゃないかってね」

男は笑う。失笑をこぼし、嫌悪感に染まった表情だった。

「反吐が出そうな理由だろ? ったく、人間ってのはロクなもんじゃねぇ。どいつもこいつも欲望に塗れてやがる」

「ふざ……けるな。お前もそのロクでもない奴の一人じゃないのか!? 人殺しなんてやってる時点で!」

一夏の視線が更に鋭くなる。それを受けても男は飄々とし、軽い口調で答えた。

「ああ、そうだな。俺もロクでもない人間の一人だ、人殺しなんてやってる時点で。でも、そんなクソッタレなことが俺の仕事なんだよ」

「ぐうっ……」

男が一夏の手を蹴り払う。もはや遮るものは何もなく、男はセシリアと向き合った。

「ひ、あ……」

セシリアの表情が恐怖に引き攣っていた。いくら気丈に振舞おうと、いざ死を目の前にすると誰でも臆するものだ。それは彼女も例外ではない。
恐怖し、畏縮し、絶望し、さまざまな負の感情に彩られた表情を見せる。更に一夏の足から流れる大量の血液が、セシリアの恐怖心に拍車をかけていた。

「せめてもの情けだ。安らかな死を……」

男は別に、セシリア自身に恨みがあるわけではない。仕事だからやるが、罪悪感を感じないというわけではないのだ。
歳若い少女を手にかけるのは若干の抵抗がある。故に責めて、自分にできる範疇としてセシリアを苦しませないように、一撃で急所を断って殺そうとした。
振り上げられる凶器。それが振り下ろされる前に、一夏が立ち上がった。

「オオオオオオオオ!!」

「おぃおぃ、嘘だろ……」

立ち上がり、男に攻撃を仕掛ける。
拳だ。正拳突きなんて上等なものではなく、ただ力任せに殴りかかっただけ。故に達人級の男には容易く避けられてしまうものの、男が驚愕したのは別のところにあった。

「その怪我で立つのか? 普通立ち上がれないだろう。痛覚を感じていないのか?」

骨を断たれ、大量の血を流したというのに一夏は立ち上がった。
右足ががくがくと震え、膝が笑っている。先ほどの拳にだって力が乗っていなかった。それでも一夏は立っており、男を睨みつけている。

「くっ、はっ……ごほっ、カハァァァ」

咳き込みながらも息を整える。視線の鋭さと共に威圧感が増し、その姿には達人級の男も背筋に薄ら寒さを感じるほどだった。
そして、理解する。

「そうか、そういうことか! 坊主、お前は典型的な動のタイプなんだな?」

武術家には大きく分けて二つのタイプが存在する。
心を落ち着かせて闘争心を内に凝縮、冷静かつ計算ずくで戦う『静』のタイプと、感情を爆発させ、精神と肉体のリミッターを外して本能的に戦う『動』のタイプ。一夏は後者、典型的な動のタイプの武術家だということだ。
これらの属性に優劣の差があるわけではなく、個人の戦闘スタイルや性格的な向き不向きで決まる。
静は自身の実力を常に安定して発揮でき、力量が劣る相手との戦いで不覚を取ることは少ない。対して動はその時のテンション次第では実力以上の力を発揮できる場合もあり、時にはアドレナリンの多量分泌により痛みすら感じなくなる。今の一夏の状態がまさにそれだ。

「ウオラアアアアッ!!」

「ちぃっ!?」

獣のような咆哮と共にまたも一夏が殴りかかる。基本もなにもなっていない、力任せに振るっただけのただの打撃。
大振りで隙だらけ。そんな拳など、達人級の男なら簡単に避けられるはずだった。だが避けられない。

「速っ……」

拳が男の顔にかする。出鱈目なほどに速い拳。
一夏は肉体のリミッターをはずしているために、普段は無意識のうちにセーブされている力が解放された。
いわゆる火事場の馬鹿力状態。予想外の動きに不覚を取った男に、更なる一夏の追撃が加えられる。

「ウラア!」

「くっ……」

男の所有する武器はランス。必然的に攻撃方法は突きのみとなり、拳が繰り出されるほどに接近されれば思うように振り回すことができない。
再び飛び出す一夏の拳。今度はそれがクリーンヒットで顔面に当たり、男のサングラスが砕け散った。

「ぐぅ、坊主!」

「カヒュ……」

サングラスの破片で目元近くを切るも、男は怯まずにランスを振るった。
先端で突くのではなく、丸みを帯びた横で薙ぎ払うように振るう。左の脇腹にランスの一撃を受け、変な呼吸音を鳴らす一夏。だが、それだけ。それだけでランスの薙ぎ払いに耐え、左腕でがっしりとつかむ。ランスを押さえつけられたことによって身動きが取れない男に向け、右腕を振り上げた。

「香坂流、相剥ぎ斬り(あいはぎぎり)」

「ぐはぁ!!」

振り下ろす。手刀だ。刀を用いず、一夏は手刀で香坂流の剣技を再現してみせた。
刀を用いずに手で行ったために完全ではなく、練度もしぐれには遠く及ばない。それでも男にダメージを与えることはできたようで、男の肩口から腹部にかけて、衣服が刃物で切り裂かれたように破れている。晒される肌からは僅かに血すら滲んでいた。

「ウルアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

攻撃の手は未だに収まらない。怯んだ男に向け、一夏は更なる追撃を放っていく。
暴れるように荒々しく、怒涛の攻め。あまりの猛攻に流石の男も成す術がないようだ。

「いい加減に……」

少なくとも一夏はそう思っていた。

「しやがれえええええ!!」

男の怒りが爆発する。ほぼ密着状態では役に立たないランスを投げ捨て、一夏の拳をつかんだ。
振りほどこうとする一夏だったが男はそんな暇を与えず、拳を握ったまま投げ飛ばした。

「ごふぅ!!」

背中から壁に叩きつけられ、肺の中の空気を全て吐き出されてしまう一夏。痛みを感じずとも流石にこれには堪らず、息苦しそうな表情を見せる。

「末恐ろしいな、坊主。油断しすぎていいのをもらっちまった」

倒れこんだ一夏に警戒しつつ、男は冷静に先ほど投げ捨てたランスを拾い上げる。
サングラスが割れた時の目元の傷、手刀による切り傷、一夏の猛攻を受けたというのにそれ以外目立った外傷はなかった。

「が、基本がなっちゃいないな。なんだあれ? 剣以外素人か? せっかく筋がいいのに、無手の戦闘だとああもお粗末なんだな」

動として覚醒した一夏は確かに強かった。並外れた身体能力を披露し、思わず男が不覚を取ったほどにな。
だが、基礎がなっていない。一夏が師事していたのはしぐれだけであり、剣術以外の修行をまともにやったことはなかった。
無手の武術に関してはほぼ素人であり、高いだけの身体能力で暴れまわることしかできない。ましてや達人級に挑むこと自体が無謀である。

「く、そ……」

「おぃおぃ、もうやめとけ。それ以上やったら死ぬぞ」

尚も立ち上がろうとする一夏に、男は呆れたように言う。
アドレナリンの多量分泌によって痛みを感じなかった一夏だが、だからと言って無傷というわけではない。むしろ怪我をしても痛みを感じることができないという、大変危険な状態なのだ。
一夏の場合は元から右足を負傷しており、それを無理に動かしたので酷いことになっている。血が絶え間なく流れ続け、既に致死量一歩手前までに血液を失っていた。
痛みがどうこうという状態ではなく、意識が朦朧とし始めている。

「坊主、お前は生かしといてやるから安心しな。もう少し腕を上げて、また会う機会があったらその時は殺してやるよ」

「ま、待て……」

この場は生き残れそうだった。だが、安心も安堵もまったくできない。
今日、偶然であったばかりとはいえ、一夏は歳の近い少女が目の前で殺されるのを傍観できるタイプではない。放って置くことができない。
何とかして助けたいと思う。だが、これ以上は体が言うことを聞かなかった。

「むっ!?」

そんな時、ふと男の動きが止まった。一夏はなにもしていない。なにもしていないのに男が何かを感じ取り、その場に立ち止まった。

「どうやら、一匹ネズミがいるようだな」

「は?」

一夏には何のことだかわからない。が、男は冷静で、動きを止めた原因、腕に刺さったものを引き抜く。
それは爪楊枝ほどの大きさの槍。おそらくは、これを投擲したのだろう。

「暗器の類か? 毒は塗ってないみたいだがいい腕だ。俺に気配を悟らせないとはな。だが、もう隠れても意味はない。姿を現せ!」

男の言葉に答え、姿を現したもの。それは……

「ヂュッ」

「……………はぁ!?」

本物のネズミだった。この展開には、流石の男もポカーンと口を開けて固まってしまう。

「とう……ちゅうまる?」

「なんだ坊主。このネズミはお前のペットか?」

そのネズミの正体は闘忠丸。一夏のペットではなく、しぐれのペットで友達。
そして彼(?)がどうしてここにいるのかというと……

「弟子が世話になった……な」

「っ!?」

「しぐれ、さん……」

ご主人様をここに案内してきたからだ。

「おぃおぃ、おぃおぃおぃ……まったく気配を感じなかったぞ。何者だ、小娘……」

男と一夏の間、その場所に突如現れた気配と姿。剣と兵器の申し子、香坂しぐれ。
彼女の登場に、男は激しい動揺を見せる。

「アパ、大丈夫かよ、一夏」

「むっ、これはいかんね。急いで止血針を」

事態の変化はそれだけではない。更に2人、男が気配すら感じ取ることのできなかったものが現れる。
いつの間にか、気づいたらそこにいたのだ。達人級である男がこの3人の者の気配にまったく気づけなかった。そのことから考えられるのは一つだけ。

「達人級が3人? しかも坊主、お前の身内か? お前が一番なんなんだよ? 何者なんだ!?」

男の技量を遥かに超える存在。男は達人級ではあるが、達人としての格付けは下の方、相撲で例えるなら幕下だ。
だが、この3人は違う。男とは雲泥の差を持っている。遥か上位の存在、横綱とでも言うべきか?
男の第六感が先ほどから絶え間なく悲鳴を上げている。

「人は斬らぬと……誓った……が、一夏の敵だ。無事で済むと思う……な」

「まずいな、こりゃ……」

立場が逆転し、絶望的な状況に追いやられる男。
3人の達人級を相手にし、生き残れる可能性はほぼゼロといってもいいだろう。
今度は男がこの状況を、どう打破するべきか考える番だった。必死に考え、何か案をひねり出す。
この際ターゲットの始末を諦め、逃げ出すというのも手だ。だが、あの3人の達人から無事に逃げ出せるか?
そう考えていると次の瞬間、建物の屋根がものすごい音と共に吹き飛んだ。

「あらあら、まだ手間取っていたんですか? 相変わらずどんくさい」

「ちっ……余計なお世話だ」

現れたのは二十代後半ほどの女。彼女は見晴らしのよくなった上空で、クスクスと馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
目を見張るべきはその身に纏った武装。間違いなくあれが建物の屋根を跡形もなく吹き飛ばしたのだろう。
それはIS。女性にしか扱えない史上最強の兵器。

「無能なのに口だけは達者ですね。これだから男というものは」

女は女尊男卑を地で行くような性格で、言葉には男を馬鹿にした態度が十分に含まれていた。
それに対して男も忌々しそうに舌を打ったことから、この2人の仲は良くないらしい。
が、そんなことなど梁山泊の者には関係ない。男と女の仲などどうでもよいことだ。
ISは最強の兵器だ。故にそれを扱える女は自身がこの中では最強だと思っているようだが、それは違う。
彼女は知らない。武術を極めた者、達人の恐ろしさを。

「あいや~、今日はおいちゃんにとってラッキーデーね。是非とも縛札衣(ばくさつい)を使うね」

「アパチャイもやるよ。死んだ一夏の敵を取るよ」

「アパチャイ、俺、死んでないから……」

テンションの上がる馬と、意気込むアパチャイ。一夏はアパチャイの発言に突っ込みを入れる。
そんな中でしぐれだけ、真剣な面持ちで言葉を発する。

「妙……だな。お前達の狙いはあの子一人……なんだろう? それなのに達人級とIS操縦者まで出てくるとは……随分ご執心なんだ……な」

しぐれの感じた疑問。今回、イギリスに来たのは少女を、セシリアを保護するため。
セシリアを襲う組織は闇の武器組。セシリアがいくらIS操縦者で代表候補生とはいえ、現状はISを持たない少女に達人級だけではなく、武器組みに所属するIS操縦者までも出てくるのは予想外だった。

「別にそうでもないですよ。本来ならこの仕事は私が受ける予定だったんです。それなのに何の因果か、役立たずな男にも話が回ってましてね。だから仕事を譲ってあげたんです。その際にサービスとしてその子のブルー・ティアーズというISを点検中に掻っ攫ってきたのに、まだ始末できていなかったから私が自ら出てきたんですよ」

「なっ、あなたがわたくしのブルー・ティアーズを……」

「ええ、拝見しましたが良い機体でしたね。あんなものを使われたらこの男には荷が重いと思ってのサービスだったんですけど、こうも期待はずれだと呆れるしかありません」

「けっ……」

要は仲間割れのようなもの。同じ武器組とはいえ、使う武器によって不仲があるらしい。
ましてや女は高圧的な態度で男を馬鹿にしている。あれでは仲が悪くて当然だった。

「さて、おしゃべりは終わりにしましょうか。ここから先は私がやりますので、あなたは下がっていてください」

「……わかったよ」

女は男を下がらせる。素直に距離を取った男の姿を確認し、しぐれ達を見下したように言う。

「さて、あなた方は男ですが、せっかくの達人級とのことですからね。ここは私の弟子達に戦わせてみましょう」

いや、正確には馬とアパチャイをだ。余裕をかまし、そんなことを言う。
その宣言と共に、上空から更に2人の少女が降りてきた。量産型だが、ISに身を纏った十代半ばほどの少女。彼女達を馬とアパチャイに宛がうつもりなのだろう。
それが、どんなに無謀なことなのかも知らずに。

「いいねいいね、最高ね。全員おいちゃんが纏めて相手してあげるね」

「アパパパパ」

馬のテンションは鰻上りとなり、アパチャイは笑っていた。
そんな中、しぐれは冷静で、無表情で待機形態となっていた自身のISを起動させる。
しぐれの首飾りが光を発して形を変え、最強の兵器となった。
その名は黒影(こくえい)。その名の通り、黒一色のISだった。鎧のような装甲をしており、見た目どおりに強固な防御力を有している。
腰にはしぐれの愛刀、『刃金の真実』と呼ばれるものと酷似した刀が差されていた。

「馬、アパチャイ。あいつとそいつは……ボクの獲物だ。手を出す……な」

「あいや~、しぐれどんはいっちゃんをやられて随分お怒りのようね。わかったね、おいちゃんは弟子の女子(おなご)だけで我慢するね」

「オーケー牧場よ」

しぐれの言葉に頷く馬とアパチャイ。イギリスでの騒動を締めくくる戦闘が始まろうとしていた。






















あとがき
SSは難しい(汗
アニメしか見てない題材でオリジナル話をやるもんじゃないですね。よし、原作買おう。とりあえず明日か明後日辺りにブックオフに行ってきます。
さてさて、オリジナルのイギリス編は次回で終了。予定通りに終われそうでよかったです。
しかし一夏、生身なのに随分強くねぇ?
そこはしぐれの指導がよく、一夏自身にも才能があったというわけなんですが。まぁ、油断がほとんどですね。
剣以外に関して素人なのは仕様です。これから始まる一夏のサクセスストーリーw
次回、しぐれとアパチャイ、そして馬が大暴れ。縛札衣はロマンで、IS戦には最適なんだと思いますw
あ、ちなみに一夏が動のタイプの理由。先日SEEDを見て、砂漠の虎と呼ばれる敵がキラのことをバーサーカーみたいだと言ったことに由来しています。20話くらいまでみたんですが、SEEDに覚醒する瞬間ってかっこいいですよね。



[28248] BATTLE4 ふさわしい者
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/07/05 07:06
「は、ははは……」

圧倒的だった。あまりにも圧倒的過ぎてもはや笑いしか出て来ない。
達人級の男は乾いた笑みを浮かべ、目の前の光景に見入っていた。

「馬家 縛札衣(ばけ ばくさつい)!!」

「えっ……きゃああああああああ!?」

馬と相対した少女が悲鳴を上げる。何が起きたのかわからない。気が付いたら身に纏っていたISが解除され、さらにはその下に着ていたISスーツまでもが脱がされていた。
脱がされたISスーツは手足を拘束するように巻きついており、少女は身動きひとつ取ることができない。
羞恥心に顔を真っ赤にし、少女は泣き叫ぶことしかできなかった。

「武術と服には密接な関係があるね。中国拳法には袖を取る型が多くあり、柔術は和服を基本としてつくられ、ローマの格闘技では公平をきすため全裸で行われた。つまり、服を用いて無傷で制す……この技も活人拳の極みのひとつね!!」

真顔でもっともそうなことを言う馬。仮にそうだとしても、まさか実戦であんな技を使うとは思うまい。
それを成した馬に男は戦慄する。そして、ちらりと少女に視線を向けた。
まだ少女ゆえにこれからの成長に期待だが、晒された乳房がエロい。これは見事な眼福だった。

「イ~ヤバダバドウ~ッ!!」

「ごふっ!?」

男が少女に気を取られた一瞬、その間にもう片方の少女の方の決着も付いた。
シールドバリアー、絶対防御、なにそれ? 美味しいの?
アパチャイのパンチ。パンチパンチの連打。それだけだ、たったそれだけでISの防御が打ち破られた。
装甲は完全に破壊され、ISはもはや鉄屑と化している。ガラクタとなったものの流石はISといったところか、少女はかろうじて生きていた。目立った外傷は見当たらないが、ぴくぴくと痙攣し、完全に気を失っている。

(圧倒的過ぎるだろう……)

男も達人だ。ISは確かに強力な兵器だが、扱う者が並みの者なら互角以上にやりあう自身はある。そう思っているが、だからと言って馬とアパチャイに勝てる気はまったくしなかった。
達人級としてのプライドがあるが、そのプライドと自信が粉々に砕け散っていく音を聴いた気がした。

「ふっ……」

「な、なんで……」

しぐれと女との決着も付いた。これまた一瞬であり、到底戦闘なんて呼べるものではない。
一回の交錯、たったの一太刀によって女は敗れた。本当はもっと刀が振るわれたかもしれないが、男では一太刀にしか見えなかった。それほどまでにしぐれの剣速が早く、そして見事だった。
ISが両断される。細切れとなり、金属の破片が辺りに散らばった。それと同時に女のISスーツも細切れとなっており、布切れが宙を舞う。ISと衣服の切断。だと言うのに女には切り傷一つない。
ISと衣服のみを切断しただけであり、その上峰打ちを叩き込んだのだろう。しぐれの技量に男はただただ驚くばかり。

「は、ははっ……はははは」

もはや笑うしかなかった。女のことは気に入らなかったが、それでも実力は認めている。だからこそ冷静に状況を分析し、現状を理解する。
打つ手なし、お手上げ、詰み。こんな状況で任務を遂行できるわけがなく、だからと言って逃げることすら叶わない。逃げたとしてもこの3人が相手ならすぐに捕まってしまう。
男の命は風前の灯。彼の運命は、しぐれ達が握っていた。

「さて、次はお前の番……だ」

しぐれが刀を男に向けて宣言する。その威圧感に思わず発狂してしまいそうだ。
男はランスを構え、ポツリと言う。

「まぁ、なんだ。俺もなんだかんだで武人でね。背中晒して逃げるなんてことはしたくねぇ。もっとも逃げたところで、あんたらから逃げ切ることはできねぇだろうがな」

選んだ道は対峙。それがどれほど無謀なことかは理解している。だが、逃げることすらできないと言うのなら、せめて華々しく散ろう。そう決意して、男はしぐれと向かい合った。

「良い覚悟……だ。いくぞ」

しぐれが動く。男にはしぐれの体がISに溶け込み、同化したように思えた。
ISも武器。武器とは空手家の拳、ムエタイ家の膝、己の体の一部であるもの。それを武器使いの端くれとして理解している男だったが、しぐれのそれは次元が違った。

(ああ……勝てるわけねぇよ)

悟ると同時に、男の意識が闇へと沈んでいく。ランスは真っ二つに両断され、男の腹部に峰打ちが叩き込まれる。
胃液をぶちまけ、男はその場に崩れ落ちた。

「ははは……流石しぐれさん達。スゲーや」

一夏も笑う。自分の今までの苦労はなんだったのだろうと思い、改めて師との差を実感した。

「いや、あの……あれはそんな言葉で済まされるものですか? というかISを、世界最強の兵器を……殿方が素手で……」

セシリアは目の前の光景が信じられない様子だった。それも当然だろう。ISを素手で倒すなど誰が信じるだろうか。
だが、そんな規格外の者が存在するのも事実。それが達人なのだ。

「梁山泊に常識は通用しないんだよ……」

「りょう……ざんぱく?」

「そう……とっても頼りになる俺の家族だ」

子供が親の自慢をするように、一夏は笑っていた。笑い、意識が薄れていくことに気づかないほどに安らかな表情を浮かべている。

「ちょっと、あなた!? しっかりしなさい」

「血を失いすぎたね、これは。早いとこ輸血しないと大変なことになるね」

「アパ、アパチャイ一夏を病院に運ぶよ。それで万事休すよ」

「万事休すじゃ……まずい」

一夏の変貌に慌てふためく者達。武術の心得はあるものの、馬以外は医療に関する知識はなかった。
馬の行った止血針を刺すという行為も、所詮は応急処置。出血を抑えるだけであり、失った血は戻らない。
一夏は眠りに落ちるように目を閉じ、そのまま意識を失った。


†††


「ここは……?」

目を覚ました時一夏がいたのは、知らない天井の部屋だった。もっともここはイギリスなので、どこでも知らない部屋なのだが。
天井と同様、真っ白な壁とシーツ。一夏はベットに寝かされており、腕には点滴用のチューブが付いていた。おそらく、ここは病院なのだろう。

「目が覚めたかね?」

「秋雨……さん」

目覚めた一夏が最初に見た人物は秋雨。この病室には一夏の他に彼しかいなかった。
病室特有の殺風景な景色と相成ってか少し寂しげな印象を受ける。

「外傷は右足だけだね。骨が断たれているから暫くは絶対安静。しぐれとの修行も暫くは休みだ。それと出血が酷かったが、それについては既に輸血を済ませてある。馬の止血がなければ出血多量で死んでいるところだったよ」

「はぁ……そうなんですか。危なかったんですね」

「まったくだ」

死んでいたかもしれないと言うことに僅かな驚きを受けるが、それだけだった。いまいち実感がわかず、現実的に受け止めることができないからだ。
そんな一夏に、秋雨が呆れたように言う。

「さて、一夏君。君とはしっかりと話し合っておかねばならぬことがある」

「えっ?」

呆れてはいたが、秋雨の表情はいつになく真剣だった。ベットから起きられない状況だったが、思わず一夏の背筋が伸びる。
秋雨のその言葉に梁山泊の豪傑達、隼人、逆鬼、馬、しぐれ、アパチャイと全員が入ってきた。
皆堅苦しい表情で、中心にいる一夏を見つめている。

「織斑一夏」

その中を代表して、隼人が口を開いた。いつもはいっくんなどと茶目っ気たっぷりに一夏を呼ぶのに、今の言葉にそんな軽い感じは微塵もない。
畏まり、一夏のことをフルネームで呼んでいた。

「達人級を前に戦いを挑むとは何事じゃ!! 愚か者め!!」

「っ……!?」

ここが病室だと言うことも構わずに叫び声を上げる。
隼人に怒鳴られ、一夏はいろんな意味で驚きを感じていた。こんなことは初めてだ。いつもは飄々とし、豪快だがなんだかんだで優しい隼人が怒鳴り声を上げ、一夏を叱っている。
隼人に初めて起こられた一夏は体をびくりと震わせ、呆然としながら続けられる言葉を聞いた。

「たまたま生き延びたから良いものの、命を失う可能性がほぼ確実じゃったことは普段、わしらと生活しておるお主ならわかっていたはずじゃ!!」

確かに一夏は達人級の恐ろしさを嫌と言うほど理解している。
だから当初はセシリアを連れ、その場から逃げようとしていた。だが、逃げられる状況ではなかった。男はセシリアを狙っており、一夏が逃げれば彼女は殺されていただろう。そんな状況だったと、一夏は言おうとした。
だけど、憤怒する隼人を前にしてそう言うことができなかった。

「確実に死ぬとわかっていて立ち向かうのは自殺と変わらぬ!! 一夏、お主が死ぬことで悲しむ者が何人おると思う!?」

隼人の真剣な言葉が一夏を打つ。一夏は自分が、どれほどの心配をかけてしまったのか理解した。
もし、自分が死んだりしたら千冬が悲しむだろう。梁山泊の者達もだ。弾も涙くらいなら流してくれるかもしれない。鈴も泣いてくれるだろうか?
想像し、彼女なら悪態を吐きながらも泣きじゃくるだろうと結論付けた。鈴が泣く姿は、正直あまり見たくない。もう会えないかもしれない幼馴染のことを考え、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「そのことを考え、しかと反省せよ」

延々と説教を受け、最後にそう締めくくって隼人達が病室を出て行く。
一夏は一人部屋に取り残され、思考を巡らせた。

(確かに達人級に挑んだのは無謀だった……けど、逃げられる状況じゃなかったんだよなぁ)

最初は逃げようとした。達人級相手に戦うのが無謀だなんて百も承知だからだ。
だが、足を負傷し、逃げられる状況ではなくなってしまった。

(セシリアを見捨てれば逃げられた? 冗談、そんな選択死んでもごめんだ)

今日であったばかりの赤の他人。それでも一夏にセシリアを見捨てるなんて選択肢は最初から存在しなかった。
自身の信念を貫き、死ぬのならそれも仕方ないと思っていた。

(でも、それだと……)

だが、もしそうなってしまったら隼人の言うとおり、何人もの人が悲しんだかもしれない。
一夏は知り合いに恵まれていることを実感し、怒られはしたものの梁山泊の優しさに感謝する。

(ああ、くそっ……わかんねぇよ!)

それでもあの状況で、セシリアを見捨てることが正しかったとは思えない。
頭を掻き毟り、一夏は唸っていた。そんな彼の病室に、再度人が訪れる。

「あの……失礼します」

「え、セシリア?」

「はい……」

部屋を訪れてきたのは、一夏が悩んでいる原因であるセシリア・オルコットその人。
ベットの側まで歩み寄り、申し訳なさそうに一夏に問いかけた。

「……お怪我の方は大丈夫ですか?」

「あ、ああ……まぁな。右足が動かせないのは辛いけど、もう痛みはないよ。治療が適切だったんだろうな」

「そうですの……」

セシリアは暗く、会話が弾まない。負い目のようなものを感じており、一夏のことを直視できないでいた。
それでも何とか言葉を紡ごうと、必死に発する言葉を探した。

「あの、その……申し訳ありませんでした」

そしてでてきたのが、謝罪の言葉。

「結果的に巻き込んでしまう形になって……このセシリア・オルコット一生の不覚ですわ」

発端は身内の陰謀。セシリアはそれに無関係な一夏を巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていた。
さらに一夏がいなければ、自分はあの男によって殺されていただろう。一夏はセシリアにとって正真正銘の命の恩人だ。とても頭が上がらない。

「いや、一生の不覚って大げさな……それにセシリアが悪いわけじゃないだろう?」

「ですが……」

「あ~もう、暗い話は勘弁してくれ。ただでさえ、長老に怒られてヘコんでるんだ」

「それに関しても……申し訳ありませんでした」

その態度は一夏にとって気持ちの良いものではなかった。畏まられるのはどうも苦手だ。
この空気を一変するために隼人のことを引き合いに出す一夏だったが、一夏が怒られたのは自身が関係しているからだと余計に卑屈になってしまうセシリア。
一夏はボリボリと頭を掻き、深いため息を吐いた。

「あ~、だから……な。セシリアがなにも気にする必要はないって。怪我したのだって俺が至らないからで……」

「……………」

「まぁ、その、なんだ……俺はまだまだ未熟だけど、それでもさ、セシリアを守れてよかったよ」

「え……?」

「今の時代、確かに女尊男卑の世の中だけどさ、それとは関係ないって言うか、男が女を守るのは責務っていうか……要するに俺のくだらない意地の問題だけど、それでもセシリアを守れてよかったと思っている。だから、自分を責めないでくれ」

確かに隼人の言ったとおり、一夏は愚かなことをしたかもしれない。それでも、この選択が間違いだったとは思えない。
セシリアは助かった。その事実があれば、一夏は胸を張ることができる。だからいつまでもぐじぐじ、暗いままでいられるのは正直辛い。

「俺は……ん?」

「あ、うっ……」

「あれ、どうした? なんか顔が赤いぞ」

一夏は言葉を切ったところで、セシリアの異変に気づく。彼女の顔は赤かった。
発熱でもしたかのように顔が赤くなり、わたわたと慌てふためいているように見える。落ち着きがなく、その様子が一夏を心配させる。

「な、なんでもありませんわ!」

「そ、そうか……」

「お、思ったより元気そうで安心しましたわ。その……お体に障るでしょうからわたくしはこれで失礼いたします!」

「あ、ああ……」

「ではっ!」

セシリアは顔が赤いまま、慌てながら病室を出て行った。
理由をまったく把握できていない一夏に対し、今度は病室の扉ではなく窓側から声がかかってくる。

「前々から思っていましたが、一夏さんは女性の敵ですわね」

「人聞きが悪い。なんなんだよ美羽。ってか、ここ何階だけ?」

「5階ですわ」

「そうか……」

窓側から入ってきたのは美羽だ。その登場に特に驚くこともなく、むしろ呆れて、一夏は聞き捨てならない台詞に突っ込みを入れる。

「鈴ちゃんも大変ですわ」

「そこで鈴が出て来る意味がわからないんだが……あいつ、今頃は中国に着いてるんだよな。ちゃんとやっていけるかな?」

「ええ、きっと大丈夫ですわ。なんたって鈴ちゃんですもの」

中国に帰った鈴のことを思い、一夏は考え深い気持ちになる。
よく考えてみれば鈴と別れて、まだ数日と経っていない。昨日日本を発ったので、実質一日ほどだ。それなのにもう何ヶ月も、何年も離れ離れになった気持ちにさせられる。
いつも顔を合わせていた幼馴染がいなくなるのが、こんなにも違和感を生み出させるとは思わなかった。

「はぁ……酢豚食べたいなぁ」

「うふふ、今度作って差し上げますわ」

「ありがとう、美羽」

美羽の気遣いに一夏は微笑みを浮かべる。それに対して美羽も笑みを浮かべ、思い出したように言った。

「そうそう、先ほどのおじい様のお話ですが、あんまり気にしない方がいいですわよ!」

「へ……?」

「では」

「あ……」

それだけを言って、美羽は病室を出て行く。窓から飛び降りる姿を見て、内心では扉を使えと突っ込みを入れる。
美羽の言ったことを理解できない一夏は、ベットに横になりながら天井の染みを数えることにした。


†††


「ガハハハ!! しかし一夏の奴、よく頑張ったじゃねぇか。命を懸けて立ち向かうたぁてーしたもんだ」

「逆鬼どん、ここは病院ね。けど逆鬼どんが褒める気持ちもわかるね。いっちゃんはよくやったね」

病室の廊下、そこで愉快そうに笑う逆鬼。馬はそれを咎めるが、彼の表情もまた緩んでいた。

「命を賭して人を守る。まさに梁山泊にふさわしい行動じゃ!!」

「今夜は赤飯炊かな……きゃ」

一夏のことを怒鳴り飛ばした隼人も今では柔らかな笑みを浮かべ、褒め称えていた。
しぐれは無表情だったが、ほんの僅か、確かに笑っていた。

「おっと、そんなこと、彼の前では口が裂けても言ってはいけませんよ。ここにいる誰もが通った道とはいえ、褒めたら彼の死期を早めかねない」

秋雨が釘を刺すように注意する。だが、彼も内心では一夏の行動を喜んでいるのだろう。
これまた僅かだが、口元がほころんでいた。

「うわっはっは! 一夏は死なねーよ」

「そうよ、もしなんかあっても一夏はアパチャイが殺しても守るよ」

「殺しちゃ駄目だろう」

アパチャイまでも、みんながみんな笑っている。一夏の成長。それを自分のことのように心から喜んでいる。
だが、一夏のためを思ってか面と向かって褒めることができない。実力を過信することは大変危険だ。引き際を誤れば死ぬ危険性すらある。
だからここは心を鬼にし、一夏を叱ると言うのが梁山泊の者達の同意だった。

「へへ……いつの間にか……たくましくなりやがって……」

「なんね逆鬼どん、感動して泣いてるね?」

「アパパパ!!」

彼らは一夏のことを小さなころから知っている。そんな彼の成長に喜ぶなと言うのが無理な話であり、思わずホロリと涙を流してしまうほどだ。
逆鬼の涙腺が緩み、馬も逆鬼のことを指摘しているが、その瞳からは一筋の嬉し涙が溢れていた。

「うむ、一夏君は確かに成長した。たくましくもなったね。これもしぐれの指導の賜物だろう」

「え……へん」

秋雨の言葉にしぐれは胸を張る。が、続いて告げられた彼の言葉には顔を顰めた。

「だが、少々武器に頼りすぎる傾向があるね。剣技ばかりで、素手での戦闘は随分おろそかだ」

「む……」

「ここはそうだね……一夏君を徹底的に鍛えてみないかい?」

秋雨が笑う。優しい、死神のような笑顔だった。

「それはいいね。剣で戦い、時には柔術、拳法を使う達人……育て甲斐がありそうね」

「さらにムエタイも加えれば最強よ!」

馬が便乗し、アパチャイも乗り気だ。秋雨はあごに手を当て、考えるしぐさを取った。

「そうか、君は弟子を取ったことなかったっけ」

「そうよ、何事も経験よ」

「しかしアパチャイは手加減を知らないからね。一歩間違えばいっちゃんが死ぬね」

「アパ、『テカゲン』って何よ。日本語むずかしいよ!」

「アパチャイにだけはやらせちゃいけない気がしたね……もっとも、潰れたら所詮はそこまでと諦めはつくけどね」

今までの気遣いはなんだったのかという会話が平然と交わされる。悪巧みをするように計画を企て、彼らはとても楽しそうだった。

「一夏はボクの弟子……だい」

「しぐれどん、嫉妬かね? けど、いっちゃんのような才ある子を独り占めするのは少しずるいね」

「ふぉっふぉっふぉ、確かにいっくんは才能豊かじゃからな」

しぐれは嫉妬し、むくれているが、もしこれほどの達人達が一夏を鍛えたら凄いことになるだろう。
それを想像するだけで、本当に面白い。

「逆鬼どんも加わらんね? いっちゃんの改造計画」

「けっ、俺は弟子は取らねえ主義だ」

「なら仕方ないね」

逆鬼はどうも素直になれないようだ。馬はあっさりとその言葉を受け入れ、これからの修行の計画を立てる。

「一夏はボクの弟子……なんだい」

「そうだね、一夏君はしぐれの弟子だ。それに加えて少々、私達が面倒を見るだけだよ」

「腕が鳴るね」

織斑一夏。彼には知らぬ間に茨の道が用意されていた。


























あとがき
はい、プロローグと言うか第一部、セシリアにフラグ立ててIS学園入学前の一夏強化イベント完結です。一夏にIS使わせたかったけど機会がなかった!!
それにしぐれの弟子どころか、秋雨達による強化フラグが立ちました。一夏の命運は如何に!?
しかしこうなると、一夏が弟子一号で兼一が二号か……それはそれで面白そうですね。
兼一は今後、弾とかと一緒に出して行きたいと思います。もっとも基本は一夏と、IS学園に教師として参戦するしぐれメインとなりますが。
そしてヒロインは今のところ鈴とセシリア。なんかハーレムルート希望される声が多いですね……さて、どうしようか?
なんにせよ、次回からIS学園編です。それと同時にその他板に行こうかなと思ってみたり。
この作品もフォンフォン一直線などと同様によろしくお願いします。



[28248] BATTLE5 入学
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/10/23 22:17
(なんでこうなった……)

暫しの時が流れ、一夏は現在高校生。今日がその入学式であり、新しい世界の幕開けだった。
それ自体は別にいい。むしろ喜ぶべきことなのだろう。だが、一夏は素直に喜ぶことができないでいた。
何故なら、このクラスに男は一夏一人。残り二十九名は全員女だったからだ。

(弾に馬さんは羨ましがってたけどさ、これってめちゃくちゃ辛い……ってか、何で俺の席がこんな特等席なんだよ? いい注目の的じゃねぇか)

一夏は冷や汗をだらだらと流し、緊張していた。自意識過剰や思い上がりではなく、本当にこのクラス全員の視線を感じていたからだ。
その上一夏の席は真ん中の最前列。嫌でも目立つ場所であり、これが一夏の精神を蝕む原因のひとつでもあった。

(助けてくれ、箒……)

心の中で叫び、一夏は六年ぶりに会った幼馴染、篠ノ之箒に視線を向ける。が、彼女は救いを求めるような一夏の視線に対し、窓側に顔をそらすことで答えた。

(箒ィィ! あれっ、なんか怒ってない? 感動の再開のはずだよな!? 六年ぶりなのに……もしかして俺って嫌われてる?)

すごく憂鬱になってしまった。心が重たくなり、今にも挫けてしまいそうだ。。
それでも救いを求めて、一夏は今度は後ろの方の席に視線を向ける。一夏が後ろを向いたことで女子達の注目をさらに集めてしまったが、その先に目当ての人物はいた。
セシリア・オルコット。イギリスに行った時、ある騒動で出会った少女だ。
一夏の下宿している道場、梁山泊は彼女を保護することとなり、ごたごたが終わるまで匿ったことがあった。
その期間は一月にも満たなかったが、その短い間共に過ごした少女。付き合いは浅くとも、友と呼んでも遜色ない間柄だ。
そんなわけで一夏はセシリアに助けを求めた。が、彼女は曖昧な笑顔を浮かべて手を振るだけ。頑張れと励ましてくれているようだが、それ以上はしてくれなかった。
いや、できないというのが正しいのか。

「……くん。織斑一夏くんっ」

「は、はい!?」

何故なら今は自己紹介中だ。入学式初日、クラスメイト達はほぼ全員が初顔合わせ。故に自己紹介。
そんな中席を立ったり、面と向かって声をかけたりすることなどできるわけがない。
副担任の呼びかけに驚き、一夏は裏返った声で返事をしてしまう。その様子にくすくすと女子達の笑い声が聞こえてきた。

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

副担任の名は山田真耶。その山田先生がこちらの方が申し訳なくなるくらいにぺこぺこと頭を下げてきた。
身長はやや低めで、女生徒のそれとほとんど変わらない。服はサイズが合ってないのかだぼっとしており、眼鏡も大きめなためか少しずれている。
そのために見た目以上に小さく見え、生徒といわれても疑わないほどに幼い容姿をした女性だった。
若干頼りない印象を受けつつ、一夏は申し訳ない気持ちで返答した。

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」

がばっと顔を上げ、一夏の手を取り、熱心に詰め寄る山田先生。その行為でまたも注目を浴び、これ以上ない居心地の悪さを感じる一夏。
それでも何とか立ち直り、自己紹介しようと席を立つ。やはり何事も第一印象が大事だ。既に手遅れな気もするが……

(うっ……)

今まで以上に視線が集まるのを自覚する。一夏を見捨てた箒までもが横目で見ているのだから尚更だ。
別に上がり症ではなく、特に女子に苦手意識なんてものは持っていないが、このように視線が集中したらたじろぐのも無理はない。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げ、簡潔に自己紹介を終える。だが、それだけではクラスメイト達は納得してくれそうになかった。
期待のこもった視線が一夏に向けられ、集中する。そこには無言の圧力があった。

(いかん、マズイ。このままだと『暗い奴』のレッテルを貼られてしまう)

このまま黙っているのは良くないと判断した一夏は、一度深呼吸をし、思い切って口を開いた。

「以上です」

がたたっ、と音を立て、思わずずっこける女子数名。その中にセシリアもいたのが印象的だった。

「あ、あのー……」

背後からかけられる、山田先生の悲しそうな声。
一夏に悪いことをしたと言う認識はないが、それを聴くとどうにも罪悪感が芽生えてしまう。
すると……

「いっ……!?」

パアンッ、と乾いた音が鳴り響き、一夏は自分の頭が叩かれたのだと理解する。
この叩き方、威力といい、角度といい、速度といい、一夏にとってとても身に覚えがある者の仕業だった。
一夏はおそるおそると振り返り、そこにいた者が予想通りの人物だと理解する。

「げぇっ、アクア!」

「ヴェン……って、なにをやらせる!!」

もう一度叩かれそうになる。一夏の頭を叩いたのは彼女が持っていた出席簿だ。それが一夏の頭に直撃する寸前、一夏は両の手で挟んで受け止めた。これぞ真剣白羽取り。

「ほう、少しはやるようになったな」

「へへっ」

向かい合う2人。一夏の正面にいたのは実姉、織斑千冬だった。
出席簿を受け止めた一夏に感心したそぶりを見せ、次にニヤリと獰猛そうな笑みを浮かべた。

「だが、甘い」

「えっ、ちょっと待って。それは……」

出席簿を持っていない、千冬の空いてる腕が一夏の頭部に伸びる。出席簿を抑えている一夏はその腕を払うことができないでいた。
顔面がつかまれる。そのまま力が込められた。

「あたたたた! ギブ、ギブアップ! ちょ、タンマ。マジでタンマァァ!!」

アイアンクロー。正式名称はブレーン・クロー。別名、束殺し。
戯れる姉弟の姿に、周囲が引いているのがわかる。横目で見てみると、セシリアも引き攣った笑みを浮かべていた。

「お、織斑先生……もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「……………」

山田先生の言葉に、千冬がやっと一夏を開放する。
自由になった一夏は力なく崩れ落ち、頭を痛そうに抑えていた。そんな彼には目もくれず、千冬はクラス全員に堂々と宣言した。

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

そんな千冬の発言に対する、クラスメイト達の返答は黄色い声。

「キャーーーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」

「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

きゃいきゃいと騒ぐ女子達。一夏は改めて千冬の人気の高さを知ったが、当の千冬はとても鬱陶しそうな表情をしていた。

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」

「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

これには流石の一夏も引いた。このクラスにはMっ気のある変態が何人いるのだろうと本気で頭を抱える。
もっとも頭がいたいのは、先ほど千冬にやられたアイアンクローが原因だが。

「で? 挨拶も満足に出来んのか、お前は」

やっと女子達は落ち着きを取り戻し、千冬が一夏に手厳しい言葉を投げかけた。

「いや、千冬姉、俺は……」

再び出席簿が振り下ろされる。一夏は同じ轍は踏まない。今度は避けた。

「甘い!」

「なっ……」

一夏の避けた方向に、回り込むようにして出席簿が迫る。
この技を、この剣技を一夏は知っていた。あの宮本武蔵と並び称され、日本人なら誰もが知っている剣士、佐々木小次郎が得意とした必殺の剣技、燕返し。
避けることなど叶わず、一夏の顔面に出席簿が叩き込まれた。

「織斑先生と呼べ」

「ふぁい……おりむりゃへんへい(織斑先生)」

鼻を押さえ、一夏は痛そうに言う。そのやり取りが原因で、どうにもばれたらしい。

「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」

「それじゃあ。世界で唯一男手ISが使えるっていうのも、それが関係して……」

「ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ」

さて、今更だがどうして一夏がここ、『IS学園』にいるのか?
それは一夏が世界で唯一ISを使える男として認知されてしまったからだ。
あれはそう、今年の二月、受験シーズン真っ只中の時。その時はまだ、IS学園に通うなんてことは決まっていなかった。
学費が安く、就職率も高い私立藍越(あいえづ)学園を受けようと思っていた。なのに試験会場で迷ってしまい、何の因果かIS(あいえす)学園の試験場所に到着。そこでISを起動してしまい、世界で唯一ISを動かせる男としてここ、ISの操縦者育成を目的としたIS学園に入学させられてしまったのだ。
そのことを梁山泊の者達に話したら爆笑された。ドジだの間抜けだの言われ、存分に馬鹿にされた。
そんなこんなで一夏は現在、ここにいるわけなのだが……まさか姉である千冬がIS学園で教師をしているとは知らなかった。
おそらく隼人辺りは知っていたのだろうが、もしそうだったら別に教えてくれてもいいのにと内心でぼやく。

「さあ。SHR(ショートホームルーム)は終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」

なんだかんだで自己紹介も終わり、チャイムがSHRの終わりを告げる。
千冬の暴君のような発言に呆れつつ、一夏は小さなため息を吐いた。


†††


「これは辛い……」

「大丈夫ですか? 一夏さん」

「セシリアが普通に接してくれるのが唯一の救いだ……」

「まあ」

一、二時間目の授業が終わり、現在は休み時間。今日が入学式初日だと言うのに、IS学園では普通に授業が行われていた。
短縮とか、昼までなんて甘くはない。学内の案内などもなく、自分で地図を見ろと投げやりな状況だった。その分みっちりと授業が行われるので、一夏からすれば溜まったものではない。

「専門用語ばっかりでさ、まったくわかんねーよ! なにあれ、呪文!?」

「入学前に必読の参考書が届けられているのですが……まさかそれを捨てたとは思いませんでしたわ」

「はっはっは、酢豚こぼしてばっちくなったから古い電話帳と間違えて捨てた」

「威張ることじゃありませんわよ」

セシリアの呆れた視線が一夏に突き刺さる。だがそんなもの、今の一夏からすれば些細なものだ。
なぜなら常に、一夏には熱烈な視線が向けられていたからだ。動物園のパンダなんかはこんな感じなのだろう。
世界で唯一ISを使える男と言うのが珍しく、このクラスの者だけではなく、他のクラスの者、二、三年生先輩などが詰め掛けている。
そんな中、一夏曰くファースト幼馴染の箒が物凄い視線で睨んでいる気がするが、気のせいだと思いたかった。

「一夏さん、あの方に睨まれているようですが、何かしたんですの?」

「気のせいだと思いたかったのに……やっぱりあれか? 俺って箒に嫌われてるのか?」

思いたかったが、箒の視線に気づいたセシリアがそうはさせてくれなかった。
現実逃避すら許されない現状に、一夏は心身ともに参ってしまう。この状況を打破するためには、一刻も早く授業を再開して欲しかった。
そうすれば少なくとも、教室の外から視線を向ける他クラスの者、先輩方の視線から開放されるからだ。
そう思っていると、一夏の希望通りに休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「では一夏さん、また次の休み時間に」

「ああ」

セシリアは自分の席に戻り、廊下にいた者達も自分のクラスに戻っていく。
未だにクラス内の者からは視線を感じるもののだいぶマシになり、一夏はやっと一息ついた。

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

一、二時間目は山田先生が教壇に立っていたのだが、今は一夏の姉、千冬が教壇に立っていた。

「ああ、その前に再来週行われるクラス代表戦に出る代表者を決めないといけないな」

ふと、千冬が思い出したように言う。だが、一夏にはそれが何のことなのかまったく理解できなかった。

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点ではたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更がないからそのつもりで」

千冬の説明だとそういうことらしい。もっとも、男と言うだけでこの学園に入れられ、知識に乏しい一夏にはまったく関係のないことだが。
そんな彼にクラス長が勤まるわけがない。クラス長になった者はたぶん、面倒な仕事を押し付けられるのだろうと他人事のように考えていると……

「はいっ。織斑君を推薦します!」

そんな意見が上がった。

(え、なに? このクラスには織斑ってもう一人いるのか? そいつは奇遇だな)

「私もそれが良いと思いますー」

(おう、俺も俺以外がなるのなら誰でも……)

「では、候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

(ほうほう、織斑一夏ってこのクラスにはもう一人……ってそんなわけあるか!)

一夏は勢いよく立ち上がる。自分で自分を指差し、素っ頓狂な声を上げた。

「お、俺!?」

向けられる視線の一斉射撃。あまりにも無責任な期待の込められた眼差しが一夏に集中し、一夏は慌てふためいた。

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんなものやらな……」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

「ぐっ……じゃ、じゃあ、俺はセシリアを推薦します!」

千冬は一夏に反論を許さなかった。ならば一夏は、セシリアを推薦してクラス長を押し付けることにした。

「流石一夏さん、よくわかってますわね」

得意げにセシリアが言う。こういったことは嫌いではなく、彼女も満更ではなさそうだった。
一夏はもう一押しすることにした。

「セシリアはイギリス代表候補生ですし、俺なんかよりよっぽど適任だと思います」

「ふむ、そうか。ならば多数決を取るとしよう。セシリア・オルコットが良いと思う者?」

「はいっ!」

千冬の言葉に一夏は、勢いよく手を上げて返事をする。だが、それだけだった。結果は一人。

「「……………」」

一夏とセシリアの表情が引き攣る。

「もはややるまでもないが、織斑一夏が良いと思う者?」

一斉に女子達の手が上がった。

「決定だな」

「なんでだよ!?」

「うるさい。静かにしろ」

「あがっ」

圧倒的多数。その結果に思わず絶叫を上げる一夏。
そんな彼に千冬の出席簿が叩き込まれ、パァンと乾いた音が教室内に響き渡った。


†††


「まぁ、前向きに考えよう。IS学園に入学して散々な目にあったけど、良いこともあった」

放課後。クラス長を務める羽目になり、肩を落とす一夏。セシリアはショックだったのか落ち込んでおり、元気がなかった。
彼女はプライドが高いので、ああも極端に差をつけられてしまっては仕方がないだろう。

「それは梁山泊(修行)から開放されたことだ! イェイェ~イ! あそこは人権がないからな、マジで……」

それよりも今、一夏の気分は有頂天だった。IS学園は全寮制。それは男である一夏も例外ではない。
それは梁山泊の非人道的な修行から解放されることを意味しており、一夏の足が浮き足立っても仕方のないことだった。
一夏の正式な師はしぐれただ一人。が、面白そうという理由で秋雨に基礎体力作り、そして柔術を仕込まれている。馬には内攻を鍛えられ、時には中国拳法を仕込まれていた。
その修行方法が問題であり、しぐれには主に恐怖を植えつけられる。秋雨はさまざまなトレーニング機材(からくり)を作り出し、それの実験台に一夏を使用する。馬は怪しげな漢方を一夏に飲ませたり。前に間違って秘伝の精力剤を飲まされた時は大変な目に遭った。
逆鬼は弟子を取らない主義らしいので指導を受けたことはなく、それでも時折羨ましそうな視線で見られてことがある。アパチャイはムエタイを教えようと躍起になっていたが、一度一夏が死に掛け、それ以来しぐれが一夏に教えるのを許可しなかった。
現在、アパチャイはてっかめんの練習中だとか。その前にまず、『手加減』と言う日本語を覚えて欲しいと思う。
なんにせよ、あのまま梁山泊にいればいつか命を失っていた。洒落や冗談ではなく、割と本気で。故にそれから開放される寮という存在は一夏にとってとても魅力的だった。
当初は急な話で一夏の部屋はまだ決まっておらず、一週間ほどは梁山泊からの通いとなっていたはずだが、副担任の山田先生の話では事情が事情なので部屋割りを無理やり変更したのだとか。政府のお達しとのことだ。
いきなりのことだったが梁山泊から解放されることが嬉しく、深く考えずに部屋へと向かう一夏。その手には山田先生から受け取ったルームキーを握っている。
そんなお気楽思考の一夏に、背後から声がかけられた。

「織斑」

「千ふ……織斑先生、なんですか?」

声をかけてきた人物は千冬だ。千冬姉と呼ぼうとし、再び出席簿が振り上げられたので慌てて呼び直す。
下ろされた出席簿を見て、一夏はほっと一息をついた。

「いや、なに。お前の荷物のことだ。着替えと携帯電話の充電器は私が用意してやったが、秋雨さんからお前宛に荷物が届いていてな。職員室に置いてあるから取りに来い」

「秋雨さんから……?」

話を聴き、嫌な予感しかしない。あの秋雨から、一体どんな荷物が届けられたというのだろう?

「それから、お前がIS学園に在籍している間は私がお前の修行を監視することになった。これまた秋雨さんから修行メニューをもらっている」

「ええっ!?」

「サボれると思ったか、愚か者め。それと休日には梁山泊に顔を出すようにとのことだ。良かったな、織斑」

梁山泊からは逃げられない。一夏にとって、秋雨は魔王のように思えた。
案外、的を射ているかもしれない……

「あ、荷物……って、千冬姉それだけしか持ってきてな……いたっ」

「織斑先生だ。ったく、いい加減慣れろ。荷物はそれだけあれば十分だろう」

結局、出席簿はまたも振り下ろされてしまった。
頭を押さえる一夏は恨めしそうに千冬を見つつ、自分の言いたいことを言う。

「いやいや、男にはそれ以外にも必要なものがありまして……その、なんというか……」

「お前の部屋にあったエロ本ならこの際に全部捨てたぞ」

「NOoooooo!!」

一夏は魂からの叫びを上げる。血涙を流す勢いで、心の底から叫んだ。

「馬さんの影響か? あの人の影響を受けると碌な大人にならないぞ。しかも中国人の貧乳ものとは趣味が悪い」

「俺の勝手だよね? ってか見たの、見たんだな千冬姉ぇ!?」

「弟のことを把握するのは姉の責務だ」

「そんなことは把握しないでいいから、マジで……」

場所も構わず、一夏は床に四つんばいになって落ち込む。馬経由で集めたお宝、それを処分されて相当ショックだったのだろう。

「じゃあ写真は!? 俺の部屋にあった中学の時の写真!」

それと同じくらい、いや、それ以上に大切なものを思い出して一夏は叫ぶ。
梁山泊の一夏の部屋に飾ってあった大切な写真のことだ。

「ああ、あれか? あれも捨てた」

「千冬姉ぇぇ!!」

その言葉に流石の一夏も激怒する。姉ということすら関係なく、胸倉をつかみかからんほどの勢いだ。

「まぁ、それは流石に冗談だがな」

もっともそれは冗談であり、千冬はあっさりとその写真を取り出した。
写真立てに入れられ、大事に保管されていた一枚の写真。それを目の前に差し出され、一夏は落ち着きを取り戻す。

「心臓に悪いよ……」

「すまんな、ちょっとからかい過ぎた」

冗談だったが、そんなことを言う千冬も珍しい。写真を受け取った一夏は大事にそれを仕舞った。

「ここでは先生だが、やはり姉としては妬けるものだ。そんなにその写真に写っている幼馴染が大事か?」

「関係ないじゃん……」

「まぁ、それはそうだがな」

千冬は小さく笑い、意地の悪そうな表情で一夏を見ていた。

「ただ、条件がある。お前の嫁になる者は私を倒すことが条件だ」

「ちょ、それなんて無理ゲーなんだよ! 俺の嫁になる奴大変だな……」

「そうだな。さて、私は会議があるのでこれで失礼する。荷物はちゃんと取りに来い」

「あ、ああ……」

一夏の突っ込みをさらりと受け流し、千冬は会議へと向かう。
取り残された一夏は、荷物を受け取るために職員室へと向かった。



「こ、これは……」

そして現在、その荷物を持って今度こそ部屋へと向かう。だが、その前に、届いた荷物についていろいろと突っ込みたかった。

「秋雨さんどんな感性してんだよ……まさかIS学園で『これ』を見る破目になるとは思わなかったぞ。ってか、これを部屋に運ぶって……夜に動き出しそうで怖いな」

秋雨から届けられ、一夏が運んでいる荷物。それは『投げられ地蔵グレート』。
両手を突き出し、胴着を着たお地蔵さんであり、投げ技の練習、筋トレに大いに役立つ万能の地蔵だった。
だが、それを運ぶ一夏の姿は異質だった。寮内で地蔵を運ぶ姿はシュールなんてものではなく、ドン引きするレベルのものだ。
秋雨はこの投げられ地蔵を用いて修行しろとのことらしいが、正直あまりこれを使う気にはなれない。なんというか恥ずかしい。
捨てたり、置き去りにしたい気持ちは山々だったが、もしそんなことをすればどんな制裁を受けるのかわかったものじゃない。一夏はいろいろと諦め、投げられ地蔵を部屋へと運ぶことにした。

「ここが俺の部屋か……」

やっと着いたのが1025室と書かれた部屋の前。
部屋番号を確認した一夏はキーを差し込むが、最初から開いてることに気がついた。

「無用心な……」

部屋に入り、内装を眺める。まず目に入ったのが大きめのベット二つ。
高級そうな家具がそろっており、下手なホテルなんかより上だった。流石はIS学園といったところか。

「うおっ、柔らけえ」

荷物を置き、投げられ地蔵を立て、千冬から受け取った写真立てを机の上に置いた一夏はベットにダイブする。
ふわふわ、もふもふした最高級の肌触り。これはきっと高価な羽毛布団なのだろう。

「誰かいるのか?」

その柔らかさを堪能していると、突然奥の方から声が聞こえてきた。シャワー室の方からだ。
全室にシャワーがあるとのことだったので、後から使おうと思っていた矢先のことだ。

「ん?」

そして、一夏は異変に気づく。既に人がいる? もしかして同室?
となると、ここはIS学園だ。すると生徒は女子しかいないわけで……

「ああ、同室になった者か。これから一年よろしく頼むぞ」

一夏の予想は当たった。シャワー室から出てきたのは、一人の女子。

「こんな格好ですまないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之……」

「箒……?」

「い、い、いちか……?」

その人物はファースト幼馴染の箒。シャワーを浴びていたために肌と髪が濡れており、バスタオル一枚で姿を現す。
止まる時間。無音の世界。一夏のIS学園初日は、波乱の幕開けだった。


























あとがき
はい、原作開始です。IS学園入学編!
箒の扱いがちとあれですが……セシリアと原作開始前に会ってますからね。そんなわけで決闘云々はカット、一夏のクラス長が早々に決定しました。
当初はしぐれを特別教員という形でIS学園に叩き込もうと思ってましたが、千冬姉云々ということでその予定を取りやめました。梁山泊の方々は休日やらのイベントの際、または闘忠丸などがボチボチ登場したりします。
それから一夏の師匠、しぐれ、秋雨、馬の3名のみです。逆鬼は弟子は取らない主義だと意地を張り、アパチャイは手加減が不可で一夏を教えることができません。やはりアパチャイ最初の弟子は兼一以外ありえませんので。
一夏も梁山泊の一番弟子と言うより、しぐれの一番弟子ですかね?
なんか、一夏の性格が原作と変わってる気がしますがそこは私用です。今回は千冬とのやり取りに力を入れてみましたがいかがだったでしょうか?
その辺りの感想をいただけると嬉しいです。



[28248] BATTLE6 ファースト幼馴染
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/07/09 07:12
六年ぶりに再会し、こうやって面と向かい合った幼馴染。だが、タイミングがあまりにも悪かった。
誰がシャワーを浴びていたと思うだろうか? いや、そもそも、いくら幼馴染とはいえ女子と同室なんて思いもしなかった。一夏は呆け、ベットに座ったまま固まっていた。
箒は壁に立てかけてあった木刀を手に取り、一夏に殴りかかってくる。基本に忠実な鋭い一撃だ。

「どわあっ!?」

呆然とした状態から復活した一夏が、悲鳴染みた声を上げると同時に木刀を受け止める。千冬の出席簿をも受け止めた真剣白羽取りだ。
ギリギリと鬩ぎ合い、息がかかるくらいに近い距離で向かい合う一夏と箒。
箒は羞恥と怒りに染まった真っ赤な表情で、一夏に問いかけてきた。

「なぜ、お前がここにいる!!」

「いや、俺もこの部屋なんだけど……」

「はあ!?」

一夏の返答に箒が意味がわからないという顔をした。一夏もまったく同じ心境だった。

「お前が、私の同居人だというのか?」

「お、おう。そうらしいぞ」

「ど、どういうつもりだ」

「へ?」

「どういうつもりだと聞いているっ! 男七歳にして同衾せず! 常識だ!」

一夏はいつの時代の常識だと思った。だが、確かに15歳の男女が同じ部屋で生活するのは問題があると思う。
美羽や一時的に一緒に暮らしていたセシリアとは事情が違う。梁山泊という道場で暮らしており、そもそも部屋が違っていた。

「お、お、お……」

「お?」

箒が意味を成さない言葉を発し、木刀を握る力が緩んだ気がした。
そのことにほっとし、一夏も若干だが力を抜く。

「お前から、希望したのか……? 私の部屋にしろと……」

「そんな馬鹿な」

が、次の瞬間には一気に箒の力が増した。先ほどよりも強い力。一夏は思わず木刀を手放してしまいそうになった。
どうにも返答を間違ってしまったらしい。

「お、落ち着け、箒!」

「馬鹿……馬鹿だと? そうかそうか……」

怖かった。どれくらいかというと、初めてしぐれに指導を受けた時くらい怖かった。
鬼神のごとく激昂した箒。だが、それよりも一夏は先ほどから気になっていたことを口にした。

「あの、箒さん……」

「……なんだ?」

「いや、そろそろ服を着ていただけるとありがたいんですが……」

「っ!?」

箒はバスタオル一枚のままだった。その姿は男として目のやりどころに困る。
箒の体は最後に見た小学校4年生のころとは大違いで、凶悪なまでに育った二つの果実。それが激しい動きをしたためにぶるんぶるんと揺れていた。

「み、見るな!」

「は、はいっ」

やっとのことで木刀は手放され、一夏は慌てて後ろを向く。
箒はその間に急いで着替えをした。布の擦れる音が聴こえる。かすかな音だが、一夏の鍛えられた感覚、聴力は嫌でもその音を拾ってしまう。

「もう、いいぞ……」

「お、おう」

着替えが終わり、箒が声をかけた。一夏が振り向くと、そこには剣道着を身にまとった箒がいた。
傍にあり、すぐに着られる服がこれだったのだろう。大急ぎで着たためか帯の締め方が甘かった。

「わ、悪かったな、箒」

「いや、こちらも少し感情的になりすぎた。すまない、一夏」

まずは互い非を認め謝罪をする。着替えというワンアクションを挟み、冷静になったのだろう。
冷えた頭で言葉を交えた後、箒から話題を振ってきた。

「本当に久しぶりだな、一夏」

「ああ、六年ぶりだよな。教室で話しかけたかったんだけど、状況が状況だったし」

「災難だったな……ところで一夏、ひとついいか?」

「ああ、なんだ?」

箒は一夏の私物を指差し、引き攣らせた表情で問いかける。

「アレは……なんだ?」

「ああ、アレか?」

「ああ、アレだ」

箒が指差しているのは投げられ地蔵。部屋にあんな異物が運び込まれれば不審に思うのも当然だろう。
その辺りのことは一夏も十分に承知しており、頬を掻きながら困ったように言う。

「投げられ地蔵グレートだ」

「な、投げられ地蔵ぐれーとぉ?」

「まぁ、なんだ。トレーニング器具なのかな? 投げ技の練習、筋トレなんかに便利な秋雨さんの自信作だ」

「秋雨とは誰だ。いや、待て。その前に投げ技って……一夏、お前剣道はどうした?」

「えっ、いや、剣道ならだいぶ前にやめたけど」

「やめただと!?」

激昂したように箒が怒鳴る。思わず怯んでしまう一夏だったが、何とか取り繕って箒を宥める。

「だから落ち着けって。剣道はやめたけど、その後は剣術をやってたんだよ」

「剣術?」

「ああ、香坂流って剣術をな」

「『こうさか』流……聞かないな。で、まさかそのこうさか流という剣術には投げ技があるというのか?」

「いや、投げ技に関しては柔術だ」

「柔術?」

「ああ、他にも拳法を少々……」

「つまりお前は、そんな軟弱な気持ちで、片手間で武術をやっていると?」

宥めたはずが箒の怒気が増した気がした。だが、片手間といわれたことに一夏も少なからず怒りを感じる。

「片手間? とんでもない! そんな覚悟であんなことできるか」

「い、一夏?」

「俺は、最初は剣術だけのつもりだった。いや、その剣術も最初は無理やりやらされたんだけどそれは別にいい、もう諦めた。なら剣術を極めようと思ったわけだが、どういうわけかある日突然、柔術と拳法を叩き込まれる羽目になったんだ。箒、お前は死に掛けたことがあるか? 走馬灯を見たことはあるか? 俺はあるぞ。何度も死に掛けたし、何度も走馬灯を見た。や、やめっ……しぐれさん、真剣での練習は洒落にならな……秋雨さん、なんですかそのからくりは!? 馬さん、それなに? その怪しげな薬はなにィィ!! あ、アパ、アパチャイ!? いや、俺はムエタイはやらな……ひいいいいいいいいいっ!!」

一夏は自分の主張をするが、それが後半になると体を震わせ、青白い表情で悲鳴を上げていた。
幼馴染の豹変に箒は動揺した。彼女は触れてしまったのだ、一夏のトラウマに。

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

「い、一夏、私が悪かった。大丈夫、大丈夫だから落ち着け。なあ」

「はっ……俺は一体なにを?」

「覚えていないのか? いや、それならいい。なにがあったのかはわからないが、辛いことなら忘れてしまえ」

正気に戻った一夏に、箒は哀れみの視線を向けた。六年会わなかった幼馴染に一体なにが起こったのだろう?
気にはなるが、それはあえて聞かない。その方が一夏のためな気がしたからだ。

「あ、そうそう、六年ぶりだって話だったよな。久しぶりだけど、箒ってすぐわかったぞ」

先ほどまでの会話をなかったことにし、一夏が口を開く。

「え……」

「ほら、髪型一緒だし」

自分の頭を指差して一夏が言うと、箒は恥ずかしそうに自身のポニーテールにした髪をいじりだした。

「よ、よくも覚えているものだな……」

「いや、忘れないだろ。幼馴染のことくらい」

「……………」

ギロリと睨まれる。その理由が一夏にはわからない。
まさか、自分は本当に箒に嫌われているのではないかと自己嫌悪に陥りつつ、何か話題を不老と必死に思考を巡らせた。

「そういえば、去年、剣道の全国大会で優勝したんだってな。おめでとう」

当たり障りのない話題を、箒を褒める言葉を選ぶ。
だが、当の箒は何故か微妙そうな顔をしていた。

「なんでそんなことを知ってるんだ?」

「なんでって、新聞で見たし」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ」

新聞くらい誰でも読むだろうと一夏は思う。あまりにも理不尽、そして意味不明な言葉。
これには箒も思うところがあったのか、顔を赤くし、罰が悪そうに言った。

「す、すまない。今のは忘れてくれ……」

「あ、ああ……」

「……………」

「……………」

暫しの間、沈黙が流れる。一夏はそれに耐えられず、キョロキョロと視線をさ迷わせた。
窓の外、壁、天井、机といった順。机の上には先ほど置いた写真立てが置いてあり、無意識のうちにその写真を眺めていた。

「一夏。その写真は……」

「ん?」

すると、沈黙を破って箒が口を開いた。一夏が眺めていたもの、写真を見て不安そうな声で問いかけてくる。
その意図がまったく理解できていない一夏は、平然と箒の問いに答えた。

「ああ、これか? 中学の時の写真だ」

その写真に写っていた一夏は、地元の中学校の制服を着ていた。

「いや、それはわかるが……私が言いたいのはその隣に写っている女についてだ」

「ん、ああ、鈴のことか」

「りん?」

その隣には、これまた中学校の制服に身を通した少女が写っている。ツインテールがトレードマークのとても可愛らしい少女だった。
そんな少女がツーショットで一夏と共に写っている。箒が興味を抱いたのはそのことについてだ。

「ああ、箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ? そのあと、小五の頭に転校してきて仲良くなったんだ。つまり幼馴染だな。箒がファーストで、鈴がサード幼馴染」

「ファースト、サード……? 待て、セカンドはどうした? 間が抜けてるぞ」

「セカンド幼馴染は美羽。俺がお世話になってる道場主のお孫さんだ。歳も近いし、機会があれば紹介するよ」

「みう……女か、また女なのか!?」

「美羽って名前が男のものに思えるのか?」

「そういうことを言ってるんじゃない! 一夏はまったく……」

一夏には、箒がなにを怒っているのかまったく理解できていない。何故、機嫌が悪そうなのか、ぶつぶつつぶやいているのかわからない。
不服そうな顔で、箒は思い出したように言う。

「そういえば、教室でも親しそうに話していた女子がいたな。あれは誰だ?」

「セシリアのことか? 自己紹介を聞いていなかったのか?」

「そういうことじゃない!」

「なんなんだよ……セシリアは一年前くらいに前に、イギリスに行った時に知り合った。その後なんだかんだあって、一月ほど一緒に暮らした」

「一緒に暮らしたぁ!? 一夏、そこに直れ! その腐りきった根性、私が叩き直してやる!!」

「なんでだよ!?」

正直に答えたのに、あまりにも理不尽な仕打ち。あくまで一夏の主観だったが。
箒は再び木刀を手に持ち、一夏に襲い掛かった。一夏も負けじと、再び真剣白羽取りを決める。
入学初日の夜は、このように騒がしく更けていった。


†††


「ふんっ」

まだほとんどの者が眠っている夜明け前、早朝の四時。一夏は日課となった修行、トレーニングを始める。
短い呼気。それと共に振り回される投げられ地蔵。使用する地蔵は三体。
一体の頭の上に片足立ちで立ち、バランス感覚を鍛える。その状態で左右の手には一体ずつの投げられ地蔵が握られており、それを振り回すことによって腕力を鍛えていた。
等身大の地蔵を片手で持ち上げる。一夏の筋力は常人のそれを遥かに凌駕するほどまでに鍛え上げられ、尚も進化を遂げていた。

「朝から精が出るな」

「千冬姉!」

「織斑先生だ。だが、まだ早朝で二人っきりだからそれでもいいだろう」

そんな一夏の元に、千冬が顔を出す。ジャージを身にまとい、肩には二本の木刀が担がれていた。

「本当に逞しくなったな、一夏。まさかそれを振り回せるようになるとは思わなかったぞ」

「鍛えているからな。これくらい当然だ」

一夏は一旦投げられ地蔵を地面に置き、一体の頭の上から飛び降りる。
千冬と向かい合い、はにかんだ表情で笑った。

「で、それを持ってるって事は久しぶりにやるのか?」

「ああ、弟の成長を直に体験しようと思ってな」

千冬も不適に笑う。一夏は千冬から木刀を受け取り、互いに構えを取って向かい合った。

「千冬姉と手合わせなんて久しぶりだな。ほとんどしぐれさんとばっかりだったし」

「ふっ、本気で来いよ。しぐれさんほどではないとはいえ、私も達人級だ」

「ああ、いわれなくったって!」

宣言すると共に一夏の姿が消える。否、消えたとしか思えない速度で動いたのだ。
一瞬で千冬の背後、死角に回り込み最速で刺突を放つ。常人なら成す術がなく、一撃で絶命するほどの威力だった。
もっとも、相手が常人ならの話だが。

「ほう、縮地か。見事だ。だが、まだ無駄な動きが多いぞ」

一夏は背後を取り、死角から刺突を放った。だが、千冬は反応して見せ、一夏の刺突を木刀で弾く。
刺突が失敗したと理解すると同時に、一夏は背後に後退した。すると今まで一夏がいた場所に千冬の斬撃が走る。
一、二、三の連続攻撃。一瞬のうちに三太刀も木刀が振るわれた。

「危ねえ……死ぬかと思った」

「よく避けたな」

冷や汗を流す一夏と、純粋に弟の成長を喜ぶ千冬。
今のは決まったと思ったのだが、一夏は見事に回避して見せた。その動きに惜しみのない賞賛を送る。

「やっぱ強いな、千冬姉は」

「当然だ。まだまだお前に遅れを取るわけには行かないからな」

会話を交わしつつ、互いに接近する。ぶつかり合う木刀と木刀。そのまま打ち合いを始め、木々がぶつかり合う音が周囲に響く。

「それにしてもここで教師をしてるなんて知らなかったぜ。なんで教えてくれなかったんだよ?」

「言う必要がなかったからな」

「なんだよそれ……あ、そういえば千冬姉は昨日はどうしたんだ?」

「私は一年の寮長をしているからな。寮長室に泊まりだ」

「なるほど、それでなかなか帰ってこなかったのか」

打ち合い、受け止め、時には流し、避ける。一瞬のうちに行われる数々の攻防。
激しい戦闘が行われているはずなのに互いの表情は緩みきっている。まるで姉弟が戯れている様子、そのままの光景だった。

「本当に強くなったな、一夏」

「千冬姉に言われると照れるな……」

「だが、そろそろ終わりにしよう」

その光景も終わりを迎える。千冬が後退し、距離を取った。一夏はすかさず距離を詰めようとした。だが、できない。一夏は近づかず、千冬と同じように距離を取った。
理由は特にない。ただ、接近したらまずいと思ったからだ。背筋が震える。全身の感覚が警告音を鳴らす。
見える、理解できる。千冬の制空圏。そしてその巨大さ。
武術の第二段階の『緊湊』に到達した者は、自身を中心とする全方位に『制空圏』と呼ばれる球状の空間を展開し、その領域を侵犯した敵に対して条件反射で迎撃行動を取ることが可能となる。
有効範囲は体得者の実力によって個人差があるが、真後ろなどの死角からの攻撃や、複数の敵による多角的な攻撃にも半ば自動的に反応し、回避、反撃することができる。いわば自分の領域、武力による結界だ。
一夏もそれは可能ではあるが、千冬とはその練度が違う。こちらは射程外なのに対し、一夏が現在千冬の領域、制空圏内にいる。このままではまずいと判断し、領域からの脱出を図った。が、それが成功することはなく、千冬の手によって一夏の意識は闇へと沈んだ。


†††


「箒、これうまいな」

「……………」

千冬に伸された一夏は目を覚ますと、ずいぶんと時間が経っているのに気づいた。修行を切り上げ、朝の準備を終えてから朝食を取ることにする。
時間は八時。寮だから校舎とは五十メートルも離れていないが、少し急がないとやばい時間だった。
同じ部屋のよしみでとやらで箒が隣にいるわけだが、どうにも彼女は昨夜から機嫌が悪い。やはり、昨日のやり取りが多かれ少なかれ関係しているのだろう。

「箒、まだ怒っているのか?」

「怒っていない」

「けどさ……」

「だから、怒っていないと言っている」

箒はそういうが、それを言葉のとおりに受け止めることはできない。明らかに怒っているような反応だった。
怒っている人物の怒っていないという言葉ほど信用できないものはない。

「ねえねえ、彼が噂の男子だって~」

「なんでも千冬お姉様の弟らしいわよ」

「えー、姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり彼も強いのかな?」

それはそうと、今日も相変わらずだった。周りでは女子達が一定の距離を取り、好奇の視線を向けてくる。
動物園のパンダにでもなった気持ちで、そんなに男が珍しいのかと一夏が考えていると、唐突に声がかけられた。

「お、織斑君。隣いいかなっ?」

「へ?」

見ると、朝食のトレーを持った女子が三名、一夏の反応を待ちわびるように立っていた。

「ああ、別にいいけど」

それに対し、一夏はあっさりと頷く。その様子を見ていた周囲からは妙なざわめきが上がった。

「ああ~っ。私も早く声かけておけばよかった……」

「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る段階じゃないわ」

もっとも、そんなことは一夏には直接関係ないが。今は目の前の朝食を片付けることに集中する。

「うわ、織斑君って朝すっごい食べるんだー」

「お、男の子だねっ」

「ん、まぁ、これくらい食べないと体が持たないんだよ。体を結構動かすしさ」

食事は体の資本であり、特に朝食は大事だ。梁山泊の修行は厳しく、故に食事をしっかり取らないと体が持たない。
アパチャイほどではないにしろ、一夏はよく食べる方だった。

「ていうか、女子って朝それだけしか食べないで平気なのか?」

三人組の女子は、それぞれトレーのメニューこそ違うが、飲み物一杯にパン一枚、おかずが一皿と明らかに少なめだった。
一緒に暮らしていた美羽はしっかりと食事を取っていたため、それが一夏には信じられない。

「わ、私達は、ねえ?」

「う、うん。平気かなっ?」

「お菓子よく食べるしー」

のほほんとした雰囲気の少女に一夏は眉をひそめる。間食はあまり体によくはない。
梁山泊では栄養管理もしっかりとなされていたために一夏はそういったことに過敏だった。

「……一夏、私は先に行くぞ」

「ん? ああ、また後でな」

そんなことを考えていると、食事を終えた箒はさっさと行ってしまう。
そういえば、セシリアはどうしたのだろうと思う。もう食事を済ませたのだろうか? 食堂では姿を見かけない。

「織斑君って篠ノ之さんと仲がいいの?」

「ああ、まあ、幼馴染だし」

「え!?」

箒とのやり取りを見て疑問に思ったのか、三人組の一人が一夏に問いかける。
それに正直に答えたわけだが、驚かれ、周囲には動揺が走った。

「それと同じ部屋だな。同室だと知ったときは戸惑ったけど、全然知らない子となるよりはよかったよ」

さらにざわめく周囲。今度は別の三人組の一人が、一夏に質問を投げかけようとしたところで……

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグランド十週させるぞ!」

寮長である千冬の声が響いた。そのとたん、食堂にいた全員が慌てて食べ始める。一夏も残りをかき込んだ。
確か、IS学園のグランドは一周五キロはあったはずだ。それを十週、つまりは五十キロ。遅刻してフルマラソンを越える距離を走らされてはたまったものじゃない。

(なんだ、遅刻してもたった十週でいいのか)

もっとも、梁山泊で厳しい修行を受けた一夏にとってそんなものはどうってことなかった。だが、自ら進んで罰を受けたいと言うわけではない。
食事を終え、授業を受けるべく教室へと向かった。























あとがき
今回は箒のターン。なんだか彼女が目立った気がしました。
今回はセシリアの影が薄い。ってか、出せなかった。鈴は早く日本に帰ってこないとなぁ……
それはさておき、今回は千冬と一夏の手合わせ(生身)です。
木刀を使った剣術勝負ですが、一夏は千冬に一撃すら入れられませんでした。設定では千冬は達人級。梁山泊の方々ほどではなくともかなり上位の存在ですから仕方ないでしょう。
例のランス使いは格下、フォルトナ級、つまりは達人の超雑魚でしたから。

そして千冬、制空圏を使ってます。そして一夏も使えるみたいなことを言ってます。
現に史上最強の弟子ケンイチでも制空圏使う武器使いとか出ましたし、静のタイプの極み、長老の秘伝は『流水』制空圏であってまったくの別物です。
動のタイプでも訓練すれば普通に制空圏が使えると判断しました。そもそも長老が動のタイプらしいので。
どうでもいいですが、一夏が今回やったトレーニングは原作20巻で秋雨がやって、そのついでにボリスの部下を伸していたものです。
あれが出来るくらい一夏の筋力は上がりました。

さて、既に一夏がクラス代表に決まってるので、次回は専用機云々とISの訓練の様子を書きたいと思います。
セシリア登場、大活躍!? 鈴の出番はもうちょっと先……
次回も更新頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします。

最後にどうでもいいですが、この作品は鈴ヒロインでヤンデレのように、つまりはうちのフォンフォンのように行くべきか悩んでいます。
そうなるとラウラ終わりますね。シャンテやハイアの二の舞になりかねない……
まぁ、予定は未定、戯言ですのであまり気にしないでください。場合によってはハーレムルートもありですよw



[28248] BATTLE7 篠ノ之
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/07/16 09:31
「……ギブアップ」

「だ、大丈夫ですか。一夏さん」

入学二日目の休み時間。ISに関する知識が絶対的に不足している一夏は、授業後に机に突っ伏していた。
それを心配し、声をかけてくるセシリア。

「大丈夫なのか俺? こんなんで本当に大丈夫なのか? クラス代表にもなっちまったし……セシリア、今からでも代わってくれ!」

慣れないことで心身ともに参っており、その上クラス代表という立場まで背負わされてしまった。
不安でいっぱいな一夏はがばっと起き上がり、セシリアの手を取って懇願するように言う。

「い、一夏さん!? か、顔が近い、近いです! そ、その……代われると言うのでしたらわたくしも代わって差し上げたいのですが、織斑先生がそれをお許しになられるかどうか……」

「そうなんだよなぁ……千冬姉がなぁ……」

セシリアが顔を赤らめていたが、一夏にはその理由がわからず、あっさりとスルーする。
手を離し、肩を落として深いため息をついた。最強無敵の姉、千冬。一夏にとって、彼女はいろんな意味で鬼門だった。

「ねえねえ、織斑君さあ!」

「はいはーい、質問しつもーん!」

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

一夏が思考にふけっていると、いつの間にか周囲にはクラスの半数を超える女子が集まっていた。
一日が経ったが、やはりそれでも男という存在が珍しいのだろう。
昨日のどこか牽制し合う動きがなくなっていたことに、一夏は気づいていなかった。

「いや、一度に聞かれても……」

「そうですわ。一夏さんが困ってらっしゃるでしょう」

一斉に来た質問に戸惑っていると、セシリアが助け舟を出してくれた。

「もう、セシリアだけ抜け駆けずるいって」

「なっ、別にわたくしにそんなつもりは……」

「ねえねえ、随分仲が良さそうなんだけどさ、ひょっとして二人って付き合ってんの?」

「つ、付き合って!? い、いえ、そういうわけでは……」

だが、新たに向けられた質問に顔を紅くし、おろおろと狼狽していた。ハッキリ言って使い物にならない。

「そうだぜ、そんなわけねえじゃん。俺とセシリアは付き合っちゃいないよ」

あっさりと否定をする一夏。その隣では何故かセシリアが恨めしい表情で睨んでいたが、その原因を特定することが出来ない。
わけがわからずに、一夏は首をかしげていた。

「ねぇねぇ、織斑君ってば」

その間も質問攻めは終わらない。次々に飛び交ってくる一夏への質問。
十五分の休み時間はそれだけで終わろうとしていた。

「千冬お姉様って自宅ではどんな感じなの!?」

一際興味深く、見れば質問してきた当人以外もうんうんと頷いて一夏に詰め寄ってきた質問。
やはり、憧れの人物の私生活というものは気になるのだろう。

「え。案外だらしな……」

正直に答えようとした一夏。その直後、パァンと乾いた音が教室中に響いた。

「う、うぉぉぉっ……」

頭を抑えて悶絶する一夏。彼が気配を感じ取ることが出来ずに接近を許し、頭部を出席簿で殴打した人物。
言うまでもなく実姉、織斑千冬その人である。

「休み時間は終わりだ。散れ」

個人情報を漏らされそうになったからか、千冬の機嫌はかなり悪そうだった。
日本最強、いや、世界最強である千冬お姉様とやらが、自宅ではどれほどだらしない生活を送っているのかこのクラスの女子達は想像も出来ないだろう。
部屋を片付けられない、料理が出来ない。ISの才能はあっても家事の才能は皆無。そのために一夏は家事が得意となり、梁山泊では美羽と共に家事を担当していた。

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「へ?」

またも思考にふけっていると、授業の準備をしていた千冬が思い出したように言ってきた。

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

「マジで!?」

その言葉に一夏は驚愕する。教室中からもざわめきの声が上がり、さまざまな意見が飛び交う。

「せ、専用機!? 一年のこの次期に!?」

「つまりそれって、政府からの支援が出てるって事で……」

「ああ~。いいなぁ……私も早く専用機欲しいなぁ」

専用機というのは、いわゆるエリートの証。
ISの心臓部、コアを作れるのは篠ノ之博士だけ。けど、その博士は現在コアの開発をしておらず、ISは全世界でたった467機しか存在しない。
そのために国家、企業、組織、機関では、それぞれに割り振られたコアを使用して研究、開発、訓練を行っている。
それとコアの取引は、アラスカ条約第七項によって全ての状況下で禁止されているようだ。

「つまりそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家、あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データー収集を目的として専用機が用意されることになった」

「なるほど……」

つまり実験体ということだ。だが、専用機という話は素直に嬉しい。
一夏の知り合いで専用機を所持しているのはイギリスの代表候補であるセシリアと、師であるしぐれの二人だ。
ちなみに篠ノ之博士という人物だが……

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

女子の一人がおずおずと挙手し、質問をした。篠ノ之という苗字がそうそうあるはずもなく、いつかはばれることだろうと一夏は思う。
篠ノ之博士こと篠ノ之束。ISをたった一人で作成、完成させた稀代の天才。千冬の同級生で、箒の実姉だ。
ちなみに一夏の初恋の相手でもある。現在は、軽く自己嫌悪に陥ってしまいそうなくらい後悔しているが、子供のころの自分はなにを考えていたんだろうと本気で後悔したものだ。
それでも束が美人で、可愛らしい女性だということは否定しない。顔だけはいいのだ、顔だけは。性格も子供のころの一夏とは馬があったのだろう。だから好きになった。
もっとも、気の迷いと言ってしまえばそれまでだが……

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

いつかはばれることだろうと思った。だが、あまりにもあっさりと個人情報をばらす千冬。先ほど叩いたのはなんだったのかと問い詰めたいほどだ。
束は全世界が行方を探っている超重要人物だ。消息を絶ち、両親とも連絡を取っていないらしい。
もっとも、束は千冬と箒のことをとても大事にしていたので、この二人とはなんらかの方法で連絡を取っているかもしれないが。

「ええええーっ! す、凄い! このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりするの!? 今度ISの操縦教えてよっ」

クラスは盛り上がり、授業中だというのに箒の元にわらわらと人が集まっていた。
そんな中、箒の声が響く。

「あの人は関係ない!」

冷たく、拒絶するような大声。
クラスメイト達は冷水を浴びせられたように静かになり、困惑した様子で箒を見ていた。

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことはなにもない」

そう言って、箒は窓の外に顔を向けてしまった。それ以来口を開こうとは市内。
束は箒のことを大事にしているようだったが、箒本人は姉のことをあまり快く思ってはいないらしい。
そのことが、一夏はどうしても気になった。

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はいっ!」

クラス内の困惑を千冬が締め、授業が開始される。
山田先生も戸惑いを見せ、箒のことが気になっている様子だったが、そこはプロの教師。すぐに気を取り直し、ちゃんと授業を進めていた。

(後で箒に話を聞いてみるか……)

そう決意して、一夏は教科書を開いた。


†††


「箒、飯食いに行こうぜ」

「勝手に行け」

いきなりだが心が折れそうだった。昼休み。一夏は箒を誘って学食に行こうとした。それを拒否する箒。明らかに機嫌が悪そうだ。

「他に誰か一緒に行かない?」

「おい、一夏」

が、その程度では一夏も引き下がらない。
先ほどの一件でクラスでは妙に箒が浮いており、それをフォローするためにクラスメイトを何人か誘ってみる。

「わたくしも参りますわ」

「はいはいはいっ!」

「行くよー。ちょっと待ってー」

「お弁当作ってきてるけど行きます!」

セシリアを始めとして入れ食い状態だった。やはり、クラスメイト同士仲良くしたいのだろう。
一夏はあくまでそう思っている。

「だから、わたしはいいと……」

「まあ、そう言うな。ほら、立て立て。行くぞ」

「お、おいっ。私は行かないと……う、腕を組むなっ!」

箒を誘う時は行動で、多少強引に誘えばいい。六年振りとはいえ一夏と箒は幼馴染だ。
故に、こんな時の対策は万全である。

「なんだよ、歩きたくないのか? おんぶしてやろうか?」

「なっ……!」

ボッと顔を赤くする箒。一夏も悪乗りをしていた。
一夏と箒は共に高校生。だと言うのに小学生の時と同じような接し方をしている。これが間違いだった。

「は、離せっ!」

「学食に着いたらな」

「い、今離せ! ええいっ」

箒は一夏が絡ませていた腕を取り、肘を中心に曲げて投げる。
宙に浮く一夏の体。そのまま床に叩きつけられようとする一夏だったが、宙でバランスを立て直し、見事に着地した。

「あぶねっ……いくらなんでも幼馴染を投げるな!」

「ふん……お前が悪い」

「なんだよその理屈……でも、腕を上げたな、箒」

「こんなものは剣術のおまけだ。だが、一夏、お前も腕を上げたな……」

「そりゃどうも」

梁山泊ではおまけ程度ではなく、正真正銘、本物の柔術の使い手から毎日のように投げられていた。
その成果とでも言うべきだろう。

「え、えーと……」

「私達はやっぱり……」

「え、遠慮しておくね……」

だが、このやりとりは周囲の者を引かせるには十分だったらしい。
蜘蛛の子を散らすように退散していくクラスメイト達。残ったのはセシリアだけだった。

「さて、それでは参りましょうか」

「ああ、そうだな」

こんな時、セシリアの存在はありがたかった。一月に満たないとはいえ、あの梁山泊の者達と共に過ごしたのだ。
こういう騒動の耐性は高く、何事もなかったように一夏に笑顔を向ける。
一夏は再び箒の腕をつかみ、学食へと向かった。

「お、おいっ。いい加減に……」

「黙ってついて来い」

「む……」

有無を言わせずに一夏が箒を引っ張る。その後は特に抵抗をせず、黙って着いてきた。
そんなこんなで学食。お昼時のこの時間はやはり込むが、なんとか3人分の席を確保することは可能だろう。

「箒、なんでもいいよな。なんでも食うよなお前」

「ひ、人を犬猫のように言うな。私にも好みがある」

「ふーん。あ、日替わり三枚買ったからこれでいいよな。鯖の塩焼き定食だってよ」

箒の言葉を流し、一夏は販売機から日替わり定食三人前の食券を購入する。

「わたくしもですか?」

「ああ、悪い。セシリアはピザの方が良かったか? この魔女め」

「何故にその選択ですか!? いえ、別にピザは嫌いではありませんけど。そもそも魔女ってなんですの?」

「共犯者だ」

「お前達はなんの話をしている!? というか一夏、私の話を聞いてるのか?」

「聞いてねえよ。俺がさっきまでどんだけ緩和に接してやってると思ってんだ馬鹿。台無しにしやがって。お前、友達できなかったらどうすんだよ。高校生活暗いとつまんないだろ」

「わ、私は別に……頼んだ覚えはない!」

「俺も頼まれた覚えがねえよ。あ、おばちゃん。日替わり三つで。食券はここでいいですよね?」

右手だけで食券をカウンターに置き、一夏は食堂のおばちゃんに問いかけた。
左手は未だに箒をつかんだままだ。放せば逃げてしまうかもしれない。それはもう、はぐれメタル並みに。
逃げられないようにし、一夏は言葉を続けた。

「いいか? 頼まれたからって俺はこんなこと、普通はしないぞ? 箒だからしてるんだぞ」

「な、なんだそれは……」

「一夏さん! 先ほどから聞いていれば篠ノ之さんばかり……不公平です。わたくしとも手をつないでください!!」

「なんでだよ? ややこしくなるからセシリアは黙ってろ!」

「……………」

セシリアはむくれてしまった。何故だろう?
それはさておき、一夏は箒に向き直る。

「えっと、どこまで話したっけ? ……ああ、そうそう。なんだもなにもあるか。おばさん達には世話になったし、幼馴染で同門なんだ。これくらいのお節介はやらせろ」

ある事情により、両親が存在しない一夏。そんな時に世話になったのが箒の両親だった。
また、箒の父親は道場も開いており、幼少期の一夏はそこで剣道をしていた。今は香坂流をやっているので元同門となるが、この際、そんな細かいことはどうでもいいだろう。

「そ、その……ありが……」

箒は多少、いや、かなりひねくれてるところがあるのかもしれない。そんな彼女でも、一夏にこう言われてお礼を言おうとした。
だが、あまりにもそのタイミングが悪かった。

「はい、日替わり三つお待ち」

「ありがとう、おばちゃん。おお、うまそうだ」

「うまそうじゃないよ、うまいんだよ」

「そうなんだ。箒、テーブルどっか空いてないか?」

「……………」

「箒?」

出来上がった定食。それに反応した一夏は、箒の言葉を完璧に聞き逃していた。
重たい沈黙。そして益々不機嫌そうな表情を浮かべる箒。

「……向こうが空いている」

一夏の手を払い、自分の分の日替わり定食を手にすたすたと歩き出していった。
背後ではセシリアの大きなため息が聞こえる。

「一夏さん、それはありませんわ。本当にありませんわ」

「えっ、なに? 俺やっちゃったの? 箒を怒らせちゃった?」

「ええ、それはもう盛大に。少し、篠ノ之さんが可愛そうになりましたわ」

毎度のことながら、一夏はなんで箒が怒ってしまったのかわからない。
が、セシリアにそういわれると無性に罪悪感が込み上げてくる。
気まずい雰囲気で一夏とセシリアも日替わり定食を手にし、箒のいる席へと向かった。

「その、箒……ごめん」

「別に怒ってはいない」

「いや、怒ってるって」

「怒っていないと言っているだろう!」

席で謝罪するも、箒はまともに取り合ってはくれなかった。怒っていないと言っているが、その反応は明らかに怒っている時のそれだ。
いつまで経っても平行線、話が進まないだろうと判断し、セシリアがフォローを入れる。

「とりあえず落ち着いてくださいな。篠ノ之さんも一夏さんとの付き合いが長いなら、一夏さんの不治の病くらい把握してますでしょう?」

「おい、なんだよ不治の病って? 俺は至って健康だぜ」

「確かにそうだな……些細なことで怒った私が馬鹿だった」

「今ので伝わったのか? なに、俺って何の病気? いつの間にか病に蝕まれていたのか!?」

箒とセシリアが同時にため息をついた。一夏の病気はまさに不治の病。完治の見込みはないらしい。

「それにしてもクラス代表どうするかな……クラス対抗戦にも出ないといけないんだろ?」

話題が変わる。言葉どおりの意味で、クラスごとの対抗試合だ。
クラス代表を務めることになった一夏が試合に出るのことが確定しており、それに頭を悩ませていた。

「そういえば一夏、お前はISをまともに起動させたことはあるのか?」

「一応な。IS学園への入学が決まった時、しぐれさんが剣術のついでにISの指導をしてくれた。基本動作はマスターしたぜ。もっとも射撃戦はてんで駄目だ」

「しぐれ……か。そういえば昨日もその名を聞いたが、誰なんだ?」

「剣術の師匠。ISの操縦技術も抜群なんだぜ。もっとも知識や理論より感覚ってタイプだから、ISに関する知識はまったく学べなかったけどな」

ISの操縦は大雑把に言ってしまえばイメージで行うらしい。
IS操縦の基本中の基本、飛ぶという行為。そのために必要な急上昇と急降下は『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』をするそうだ。
もっともそんな論理的なことは一夏には理解できず、イメージするならば鳥。しぐれもISで飛行する時は燕を意識しており、急上昇、急降下、旋回などを難なくこなす。
動物などの動きを真似るのは武術の基本でもあった。中国拳法の象形拳(しょうけいけん)を始め、古来より人は強さを野性の中から取り込もうと試みてきた。
空手にも猫足という構えがあり、その他にも動物の名前を冠する構えが無数に存在する。一夏の場合はまさにそれだった。

「それならばIS操縦の訓練はあまり必要ないかもしれませんわね。専用機が届きましたら、とりあえず一次移行を済ませましょう。そうすれば一夏さんなら後は大丈夫ですわね?」

「専用機があればある程度自由に訓練も出来るだろうし、実際に乗って慣らすよ。問題はやっぱり知識だよな……」

「なら、わたくしを頼ってくださいな。わたくしはイギリスの代表候補、セシリア・オルコットでしてよ」

「マジで助かるよ、セシリア。ありがとな」

一夏はセシリアに感謝の言葉を向ける。それに対してセシリアがはにかんだ。
それを面白くなさそうに見つめる箒。

「一夏。ISもいいが、一度お前の腕を見てみたい」

「は?」

「今日の放課後、剣道場に来い。確かめてやる」

一夏を強引に誘う箒。それに異議を唱えたのがセシリアだった。

「あら、ISを使用しない訓練なんて時間の無駄ですわよ」

「なにを言うか! 剣の道はすなわち見(けん)という言葉を知らぬのか? 見とは全ての基本において……」

「いや、セシリアは日本人じゃないし当然じゃないか? そもそも俺も知らなかったぞ」

「お前は黙ってろ!」

「一夏さん、放課後はわたくしとご一緒に授業のおさらいをしましょう」

わいわい、がやがやと騒ぐ箒とセシリア。
その中心である一夏当人は、ずずずと味噌汁を啜り、平然と答えた。

「でも、箒の言い分もわかる。なんだかんだでISは人が使う兵器だ。身体能力や技術も大事だよな」

「一夏」

「一夏さん……」

箒の声が弾み、セシリアの声が沈んでいく。
一夏はそれにも気づかず、自分の考えを続けて口にいた。

「それに俺、近接格闘型だし。さっきも言ったけど射撃なんてできねえよ。殴るか蹴るか、投げるか斬るかだからな」

剣術、柔術、中国拳法。さまざまな武術をやっている一夏だが、射撃などは流石に専門外だった。
しぐれなら武器と兵器はなんだって扱えるのだろう。なんたって剣と兵器の申し子だ。彼女に扱えない得物などこの世には存在しない。

「もちろん、セシリアにもちゃんとお願いするぜ。ただ、今日は箒の言うとおりに剣道場にだな。久しぶりに会ったし、箒の腕も上がったみたいだからちょっと試してみたいんだ。同門だしな」

「一夏さんがそう言うのでしたら……」

セシリアは渋々と同意し、箸を器用に使って鯖の身をほぐしていた。
梁山泊での生活もあり、育ちも良いために箸の扱いは日本人顔負けだ。
なんにせよ、これで今日の放課後の予定は決まった。























あとがき
原作イベントを拾っていくと、どうもあまり話が進まない。
白式出したかったんですが、そこまで行きませんでした。あと今回は千冬姉を出せなかった……
次回は一夏と箒手合わせ、そして白式登場まで行きたいです。
まぁ、手合わせとはいってもここの一夏は強いですから、箒程度じゃ……
一夏と千冬の修行風景で間を埋めるかもしれません。スルメ踊りをさせられる一夏……想像して爆笑しました。
あとどうでもいい小ネタですが、お面をつけて我流W(ホワイト)とかw 長老と悪乗りする一夏を想像しました。
千冬は我流B(ブラック)? 駄目だ……面をつける千冬が想像できない……
そんな馬鹿なことばかり考えている作者です。
鈴を早く出したいなと思うこのごろです。
束さんが一夏の初恋の相手設定。いやあ、いいですよね束さん。なのは声でウサ耳で巨乳……どんだけ最強なんだ!?
今後、彼女の出番は如何に!?

パワプロ2011購入! おい、オリジナルの執筆は!?
締め切り、残り一ヵ月半を切った武芸者です。8月になったらそちらに集中しようと思ってますので、8月から9月までの一ヶ月間、フォンフォンやこの作品などの更新の予定はありません。
楽しみにされている方々には本当に申し訳ありません。



[28248] BATTLE8 白式
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:96f8e2c1
Date: 2011/10/01 18:07
「よっと」

「なっ!?」

幹竹割り一閃。一夏の竹刀が上段から勢いよく振り下ろされ、それを箒が竹刀で防御する。
だが、そんなことなど意味を成さなかった。一夏の振り下ろした竹刀は箒の竹刀を容易く両断した。まるで真剣で斬ったかのような切り口だ。
一夏の竹刀はそのまま箒の首筋に突きつけられ、ぴたりと動きを止めた。あまりにもあっさりとした幕引きだった。

「俺の勝ちだな」

「ああ……参った」

勝ちを宣言する一夏と、それを認める箒。時間帯は放課後、場所は剣道場での出来事。
一夏と箒は久しぶりに手合わせを行い、今、その決着がついたところだ。

「本当に腕を上げたんだな、一夏。まさか竹刀で竹刀を両断するとは思わなかったぞ」

一夏の腕前に、箒は感心したような眼差しを向けてくる。
それに悪い気はせず、むしろ気分が良さそうに一夏は言った。

「まぁ、これも修行の成果かな? とは言ってもしぐれさんと比べたらまだまだなんだけどさ」

「ほう、ということはそのしぐれとか言う人も竹刀でこの程度のことができると言うことか?」

「ああ、それどころかしゃもじで斬鉄すらするとんでもない人だ」

「ざ、斬鉄? しゃもじで!?」

「嘘だと思うだろ? 冗談だと思うだろ? それが本当なんだよなぁ。俺じゃしゃもじで竹刀を斬ることしかできないのに」

「待て、斬れるのか? しゃもじなんかで竹刀を斬れるのか!?」

本当か嘘かは定かではないが、一夏が冗談を言っているようには見えない。
箒は幼馴染が人間をやめたのではないかと本気で心配になった。

「お疲れ様です、一夏さん」

「ありがとう、セシリア」

手合わせを終えた一夏に、セシリアがタオルとドリンクを差し出してくる。
手合わせは一夏の圧勝で、すぐに決着がるいてしまったので特に疲れてはいないが、セシリアの好意を無碍にするのも気が引けたので、一夏は素直に受け取ることにした。

「それにしても悔しいな……少しは差が埋まったかと思ったが、逆に開いていた」

ドリンクで喉を潤している一夏に、箒が寂しそうに言う。小学生のころ剣道を共にやっていた二人だが、当時も一夏は箒を圧倒していた。
しぐれ達が言うには一夏には才能があるらしいが、当時は剣道が楽しかったので毎日練習を欠かさなかった。その成果もあってかそれなりの腕を有していた。
それが今は、梁山泊の者達による拷問のような扱き。いやいやながらにそれを受け、今の一夏は並みの者では太刀打ちできない域にまで達していた。

「いや、箒も腕は上がってるって。流石は中学の全国大会優勝者。ただ、俺の場合な……この力を手に入れるにはいろいろと大切なものを失ったわけで」

一夏の体がガタガタと震える。目が虚ろになり、覇気が消えた。顔面が蒼白となり、昨夜と酷似した状態になってしまう。
スイッチが入ってしまったのだ。一夏のトラウマスイッチがONとなる。

「う……うわあああああああああっ! や、やめっ、やめろ○ョッカーァァ!! しぐれさん、だから真剣での稽古は……刃物いや、刃物怖いィィ! 秋雨さん、だからそれなに? その怪しげな発明はァァ! にがっ、なんですこの薬? 馬さん? 馬さん! 目を逸らさないでください!! アパチャイィィ!! 手加減を、まずは手加減を覚えて! それ死ぬ、死ぬから……あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「い、一夏!?」

「一夏さん、落ち着いてください。ここはIS学園ですわ。大丈夫、あの方達はここにはいらっしゃいませんから」

昨夜と同じように豹変する一夏。その姿はあまりにも不憫で、箒を心配させるには十分だった。
セシリアは実際に梁山泊の豪傑達を知っているため、親身になって一夏に接してくれた。それがとてもありがたかった。

「ごめん、取り乱した」

「いや、大丈夫ならいいが……一夏、苦労しているんだな」

正気に戻った一夏に箒の優しい言葉がかけられる。それに対して一夏は泣いた。目に涙を滲ませ、感激していた。
このように心配されるのはいつ以来だろう? 梁山泊ではあの非人道的な修行が日常化しているためこんなことはあまりなかった。美羽によるフォローはあったが、彼女もまた浮世離れした人物。どこかで常識や見解が違っており、すれ違うことが多々あった。
別に美羽が嫌いなわけではない。梁山泊の者達のことを嫌っているわけではない。だが、ここには梁山泊の者はいない。一夏に理不尽な修行を強要する者がいない。
それは梁山泊からの解放を意味しており、一夏は自由だということだ。IS学園への入学は戸惑いを生んだが、これから訪れるであろう明るい未来に一夏は内心でガッツポーズを取る。
そんな、一夏の儚い希望は……

「織斑、ここにいたか。そろそろ秋雨さんから預かっている修行メニューを始めるぞ」

「……………」

いつの間にか剣道場の出入り口前に立っていた、実姉の千冬によって粉々に打ち砕かれてしまった。
一夏は千冬が昨夜言っていた言葉を思い出す。IS学園にいる間は自分が一夏の修行を監視すると、確かにそう言っていた。

「は、はは……あはは……」

一夏は壊れたように笑う。梁山泊の魔の手からは、いや、秋雨からは逃げられない。ならば諦めて運命を受け入れるか?
否、一夏は諦めることが大嫌いだった。

「戦略的撤退ィィ!!」

「き、消えた!?」

故に逃げる。そのあまりの逃走スピードに箒が消えたと勘違いするほどだった。
それも当然だろう。一夏が使ったのは縮地。あらゆる武術でも最高峰の歩法であり、目にも映らぬ速さで間合いを詰めたり、移動することが出来る。
それを逃走するためだけに使うという、無駄遣いも甚だしい一夏の使用方法。千冬は呆れていたが、あそこまで完成した縮地を見て感心もしていた。

「早朝も見たが、錬度はなかなかだな。だが甘い!」

千冬は剣道場に立て掛けてあった竹刀を手に取った。それを、窓を開けて逃げようとしていた一夏に向けて投擲する。
出入り口には千冬が立っているのだ。ならば窓から逃げるしかない。そんな一夏に矢のごとく迫る竹刀。

「くっ!?」

一夏は手の甲、裏拳の要領で竹刀を弾いた。力を失い、地に落ちる竹刀。それにほっと一安心する暇など一夏には存在しなかった。

「油断大敵だな」

「っ!?」

いつの間にか背後に回っていた千冬。おそらくは一夏が竹刀を弾き、僅かに油断した隙に背後に回っていたのだろう。
流石は達人級と言ったところか。一夏は千冬に後ろ襟首をつかまれ、見事に捕まってしまう。

「さあ、修行を始めるぞ」

「は、はは……箒、セシリア。俺が生きてたらまた明日会おう」

「い、一夏……」

「一夏さん……」

そのまま千冬にずるずると引っ張られ、引き攣った笑みで剣道場を退室していく一夏。
ドナドナの音楽がとても似合いそうであり、売られていく子牛を見るような目で、箒とセシリアは一夏を見送った。


†††


一週間後。

「生きてるよ。俺……ちゃんと生きてるよ」

「大袈裟……とも言えないな」

「一夏さん、よくぞご無事で」

なんだかんだで一夏は生きていた。それどころかこの一週間、千冬の扱きを見事耐え抜いた。
流石に一週間ほどで何かが劇的に変わるということはないが、修行の壮絶さは箒達も目撃している。
あれはもはや拷問だった。一歩間違えれば殺人未遂。それを耐え抜き、一夏はここにいる。そのことに箒とセシリアはある種の感動を抱いていた。

「来たか。織斑、お前のISが届いているぞ」

一夏を追い詰めた張本人、千冬が何事もなかったかのように一夏に言う。
ここはビット内。一夏の専用機が届き、今日はそれのお披露目の日だった。

「名は白式(びゃくしき)だ。お前の専用ISとなる。大切にしろよ」

千冬の言葉と共にビット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防壁扉は、重い駆動音を響かせながらゆっくりと開いていった。

「これが……」

そして……『白』が現れる。

白。真っ白。飾り気のない、無の色。まぶしいほどの純白を纏ったISが、その装甲を解放して操縦者を待っていた。

「綺麗……ですわね」

セシリアがポツリと感想を漏らす。その言葉に一夏も内心で同意した。
世界で唯一ISを動かせる男、織斑一夏のためだけに用意されたIS。特別に感じるのは当然であり、戸惑いながらも一夏はISに触れる。

「あれ……?」

その瞬間、異変を感じる。初めてISに触れた時には電流のような感覚を感じた。これには、白式にはそれがなく、ただ、馴染む。理解できる。これがなんなのか。何のためにあるのか……わかる。

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」

千冬の言葉に従い、一夏はISを装着していく。受け止められるような感覚。一夏を包み込むようにISが纏わりつき、装甲が閉じた。
かしゅっ、かしゅっ、と空気を抜くような音が響く。生まれた時から己の一部だったような一体感。最初から自分のためだけに存在していたように、一夏と白式が繋がる。
解像度を一気に上げたかのようなクリアーな感覚が司会を中心に広がって、全身に行き渡る。武術を嗜んでいる一夏はそれなりに感覚に自信があるが、通常時とは非にならないほどの違いを感じる。
各種センサーが告げてくる値は、どれも普段から見ているように理解できた。

「ISのハイパーセンサーは間違いなく動いているな。よし、一夏」

白式が戦闘待機状態のISの反応を捉える。気が付くと、そこにはいつの間にかISを展開した千冬が存在していた。
打鉄(うちがね)。純国産として定評のあるの第二世代型IS。安定した性能を誇るガード型で、初心者でも扱いやすい。そのことから多くの企業並び国家、IS学園においても訓練機として一般的に使われていた。
武者鎧のような形態をしており、どこかしぐれのISを思わせる。基本武装も同様に刀型近接ブレードであり、千冬はそれを手にとって雄々しく佇んでいた。

「えっと……千冬姉?」

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

厳しい言葉が一夏に投げかけられる。出席簿を持っていなかったので叩かれるということはなかったが、視線だけで人が殺せそうなほどに鋭いものを向けられてしまった。
それに思わず身震いをし、一夏は千冬の言葉に耳を傾ける。

「フォーマットとフィッテングはこれからやる実戦でものにしろ」

「え、ちょっと待って織斑先生。実戦って、相手はもしかして……」

「何のために私がISを装備していると思う? つまりそういうことだ」

これから千冬と戦えということ。いくら専用機があるとはいえ、あの千冬と戦えというのだ。
しぐれという例外が存在するが、それでも世界最強という名の肩書きを持つIS操縦者、織斑千冬との戦闘。いくら専用機があり、千冬のISが訓練機の打鉄とはいえ、その間には圧倒的な差が存在した。主に経験による差。勝てるわけがない。一夏は内心で即答する。

「ちふ……織斑先生が一夏と戦うんですか!?」

「世界最強の称号、ブリュンヒルデ。その力をこの目で……」

驚愕する箒と、どこかキラキラした瞳で千冬を見つめるセシリア。
いくらセシリアでも、代表候補として千冬にはどこか思うところがあるらしい。千冬曰く一部の馬鹿ほどではなくとも、世界最強という存在に少なからず憧れは抱いていた。
だが、そんな想いなどこれから戦う一夏からすればまったく関係がない。

「いや、織斑先生。流石にいきなり実戦と言うのは……」

「何事も体で覚えるのが一番だ。お前はいつもそうしてきただろう?」

「そういう問題じゃ……そもそも俺はISの初心者で……」

「うるさい、黙れ。男がぐちぐち言うな」

千冬との実戦を回避しようとする一夏だったが、暴君のような理論に押し込められてしまう。
なんだかんだ言っても、千冬には梁山泊の豪傑達より頭の上がらない一夏だった。

「一夏……死ぬな」

箒の言葉が身に染みる。一週間受けた扱きの中で、もっともハードな訓練がこれから始まろうとしていた。





















あとがき
クラス代表決定戦がカットされてますので、そのつなぎとでも言いましょうか?
一夏対箒に関しては一夏の圧勝。まぁ、梁山泊での修行を受けてますのでw
箒の実力に関しては一応全国大会優勝者ですし、初期の両手が使える武田くらい?
いや、初期フレイヤくらいはいくかな? むろん、素手ではなく竹刀(武器)ありの状態ですが。生身じゃ結構強いんですよね、箒って。
一夏のIS、白式登場。そしてまさかの千冬との戦闘。でも、描写なし。これまたカット。そこはまぁ、存分にボコられる一夏を想像してくれるとありがたいですw
今回は少し短かったですが、切がいいのでここまで。なぜかというと次回からついに鈴が登場する予定!
作者は何度も言ってますがセカン党です。ここの鈴はサード幼馴染だけど。
鈴無双はすぐそこ。IS一巻の前半部分も終わり、次回から後半に入ります。

では、今回は短かったのでちょっとおまけを。あの方達の登場ですw











五反田食堂営業中





「弾、ちゃんこを頼む」

「ねえよ馬鹿」

「なぬう、ちゃんこがないだと!? ちゃんこくらい置いておけ」

「無茶を言うな!」

地元では評判の五反田食堂。弾の友人である千秋祐馬ことトールが訪れ、注文をしていた。

「ならば仕方ない。業火野菜炒めだ」

「はいよ」

トールは五反田食堂鉄板メニュー、業火野菜炒めを注文する。それを弾が厨房に通し、五反田食堂の大将である五反田厳が厨房で鍋を振るい始めた。
八十を超えているとは思えない筋肉隆々の肉体。その豪腕は巨大な中華鍋を一度に二つ振るほどに鍛え上げられており、それから繰り出される拳骨は弾やその関係者達を震え上がらせるほどだ。
誰かが言った。五反田食堂の大将は達人級ではないかと。もっとも根の葉もない噂ではあるのだが。

「ラララ~。お久しぶりですね、だん……」

「うるせぇ、ガキが!」

「へぶっ!?」

歌いながら五反田食堂の中に入ってきた人物、九弦院響ことジークフリート。またはジーク。
そんな彼に厨房からおたまが投げつけられ、顔面に直撃した。

「いきなりおたまが飛んでくるとは思いませんでしたよ。相変わらずのようですね、大将」

「だからなんでお前はそんなに元気なんだよ? 他のガキどもはこれを喰らったら大抵大人しくなるって言うのに」

「それは私が不死身の作曲家だからです! ああ、曲が、曲が浮かんできましたよ。ラララ~」

「だからやかましいわ! 歌うな!!」

「あがっ!?」

厨房から出てきた厳に直接殴られ、ジークは歌うのをやめる。殴った厳はすぐに厨房に戻り、調理を再開した。
殴られてばたりと床に倒れるジークだったが、すぐにむくりと起き上がる。

「スフォルツァンド(特に強く)。相変わらずお歳を感じさせない、良い一撃です」

「だからなんでお前はそんなにピンピンしてるんだよ? 一夏と同様に人間やめてないか?」

弾の言葉などジークには届かない。ジークは平然とトールと同じ席に座り、メニューを注文した。

「カボチャ煮定食をひとつお願いします」

「よりによってそれかよ。ぶっちゃけるとそのメニュー、あまり人気ないぞ。いっつも売れ残ってるしな」

「私は好きですけどね、深い味わいがあって、良い品です。そう、一曲作りたいほどに」

「だからって歌うなよ。また拳が飛んでくるぞ」

ジークは相変わらずマイペースだ。武術、作曲などに天才的な才能を持っているが、天才には変人が多いとも聞く。ジークの場合はまさにそれだった。
別に変人なのは構わないが、振り回される方からすればたまったものではないというのも事実。弾は呆れたようなため息をついた。

「それにしてもうちの食堂に、七拳豪(しちけんごう)のうち二人がいるなんて何の冗談だ?」

「その七拳豪に関しても、最近では八拳豪になるのではと噂されてますよね」

七拳豪とは、武闘派不良集団ラグナレクの称号。コードネームとして北欧神話にまつわる神などが使われ、第五拳豪のジークと第七拳豪のトールはそこからきている。
これに近々、新たな拳豪が加わるのではないかと噂されていた。
候補は二人。一人はテコンドー使いの南條(なんじょう)キサラ。そしてもう一人と言うのが……

「なに、おぬしなら大丈夫だ。秘めたる力を見せてやれ」

「ねえよ、そんなもん。そもそも拳豪に興味ねえって」

五反田弾その人。ジークやトールと接しているうちに、流されるままにラグナレク入りしてしまった彼だった。
二人の拳豪と仲が良いことから幹部として扱われ、また拳豪候補に上がるほどの実力を有していることから注目度も高い。
もっとも本人は友達づきあいの延長でラグナレクに入ったため、拳豪なんてものに興味はなかった。

「やあ、やってるかな?」

「ああ、いらっしゃ……って、ええっ!?」

だからと言って無関心だとか、無知だってわけではない。拳豪に関してはある程度の知識を持ち、全員の顔を知っている。それも当然だろう、彼らはラグナレクの中枢なのだから。
だからこそそのトップが、第一拳豪のオーディーンこと朝宮龍斗(あさみや りゅうと)が五反田食堂を訪れたことが意外だった。

「おや、オーディーンですか。こんなところで奇遇ですね」

「ジークフリートか。トールもいるね。なに、近くを通ったから話題の食堂に来てみただけだよ。ここの業火野菜炒めが絶品らしいからね」

「はい、美味しいですよ。じいちゃん、業火野菜炒めもう一丁追加」

「おうよ」

五反田食堂は今日も大繁盛だった。














あとがき
ラグナレクの人達にも大人気、五反田食堂でした。
主にトールとジークが常連。トールはメニューにちゃんこを加えるように打診していますw
それにしても龍斗のしゃべり方が難しい。口調って初期と異なってるんですよね。
初登場時は僕で、ラグナレクと新白連合最終決戦では私って。因縁とかそういうのがなければなかなかに友好的なキャラだと思うのでこんな感じでしたが。
それはそうと、弾も武術やってます。で、彼の武術はなんにしようか悩んでいます。ですので皆さんのアイデアをお貸しください。出来ればケンイチに登場するキャラとかぶってないのがいいです。
今のところ第一候補はキックボクシング。そのほかに弾に合いそうな武術がありましたら紹介のほどよろしくお願いします。



[28248] BATTLE9 サード幼馴染
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/10/18 08:01
「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット。ためしに飛んでみせろ」

四月も下旬。遅咲きの桜も全て散ったころ、今日のIS学園、一年一組の授業は実践訓練だった。
一夏とセシリアは専用機持ちであるため、千冬に言われて生徒達に手本を見せることになる。

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

急かされ、一夏は右腕のガントレットに視線を向けた。ISはフィッテングしたら、操縦者の体にアクセサリーとして待機する。その形状が一夏はガントレットであり、セシリアは左耳のイヤーカフスだった。

(普通はアクセサリーだよな? なのに何故、俺のはガントレットなんだ?)

一夏は考える。ガントレットはアクセサリーではなく防具だ。
千冬との地獄の戦闘でフィッテングさせ、体でISの操縦を覚えたのは別にいいが、何故このような形状をしているのだろう?
そんなどうでもいいことを考えていると、千冬から活が飛んできた。

「集中しろ」

(やばっ、次は叩かれる)

出席簿での殴打を予想し、一夏はすぐさまISを展開させる。右腕を突き出し、ガントレットを左腕でつかむ。まだまだISには慣れていない一夏は、このポーズが一番集中でき、ISを展開するイメージを浮かべるのに適していた。

(来い、白式)

右手から全身に薄い膜が広がっていく感覚を味わう。約0・7秒の展開時間。一夏の体からは光の粒子が解放されるように溢れて、そして再集結するように纏まり、IS本体として形成される。
白式。フィッテングが終わっているため、この機体は完全に一夏専用のものへとなっていた。
初めて白式を展開させた形状とは異なる。工業的な凹凸は消え、滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的だ。中世の鎧を思わせるデザイン。
そして、何より驚いたのがISの武装。近接特化ブレード一本と言うあんまりな装備だったが、その装備が問題だった。

雪片弐型(ゆきひらにがた)

雪片。それは、かつて千冬が振るっていた専用IS装備の名称。刀に型成(かたな)した形名(かたな)。
世界最強の証であり、雪片の前にはあのしぐれでも苦戦したと言う。
そんな刀が自分のものとなり、嬉しくて一晩中振っていたことを思い出す。もっとも徹夜をしてしまったため、翌日の授業は地獄だったと苦い思い出もあった。あの日は居眠りをし、何度千冬に出席簿に叩かれたことか。

「よし、飛べ」

一夏が再び思考に耽っていると、千冬の指示が飛んだ。
セシリアは既にブルー・ティアーズ、その名の通り青く、フィン・アーマーを四枚背に従えた、王国騎士のような気高さを感じさせるISを展開しており、それですぐさま急上昇する。
遥か上空でセシリアが静止したのを確認し、一夏もそれに続いた。イメージは燕。燕が空を舞う姿を、しぐれがISで飛ぶ姿を想像し、イメージする。空を切り裂くように舞い上がる白式。すぐさまセシリアと同じ高度に到達し、静止したところで通信回線から千冬の声が聞こえた。

「上出来だ。まだまだなところもあるが、少しはISにも慣れてきたようだな」

「そりゃ、先生がいいですから」

急上昇、急降下を習ったのは昨日の授業でだ。だが、一夏はIS学園入学前にしぐれから手解きを受けており、入学後も毎日のように千冬から指導を受けている。これで上達しなければ泣けてくるところだった。

「本当に素晴らしいですわ、一夏さん。短い稼働時間でよくもそこまで」

「さっきも言ったけど、先生がいいんだよ。もっとも、何度逃げ出したいと思ったことか……」

一夏のつぶやきにセシリアは苦い笑みを浮かべる。あの修行を直に見た者だからこそ思える気持ちだろう。

「それにしても不思議だよな。実際に飛んでて今更何言ってんだって話だけど、なんで浮いてんだ、これ?」

話題を変え、一夏は疑問を口にした。一応白式には翼状の突起が背中に二対ある。が、だからと言って飛行機と同じ原理で飛んでいるわけではない。だからと言って鳥と同じ原理と言うわけでもなく、一夏のイメージする燕にしたって飛行の軌道だけだ。
ISとは翼の向きに関係なく好きに飛べるらしく、一夏の頭では原理を理解することなど到底不可能だった。

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「わかった。説明はしてくれなくていい」

「そう、残念ですわ。ふふっ」

セシリアが説明をしてくれようとするが、それでも一夏は理解できないだろう。ISに関しての知識、専門用語はまだまだ、圧倒的に不足しているからだ。

「ISの実践はともかく、知識はいまひとつですわね。一夏さん、放課後にわたくしが講義してさしあげましょうか?」

「お願いできるか? ありがとな、セシリア」

「いえいえ、そのくらいどうってことありませんわ。で、一夏さん。その時は二人っきりで……」

「一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!」

セシリアとの会話中に、通信回線から怒鳴り声が響いてきた。
発信源は地上。上空から見下ろすと箒が山田先生からインカムを奪っており、ご立腹の様子で一夏達を睨んでいた。
その隣ではインカムを奪われた山田先生がおたおたしている。やはり、ISのハイパーセンサーによる補正は素晴らしい。現在、二百メートルの高度で飛んでいるのだが二人の睫毛が見えるほどだ。
一夏がその気になれば何百メートル離れていようと望遠鏡要らずなのだが、流石に睫毛などは見えないだろう。もっとも、梁山泊の豪傑達なら睫毛どころか毛穴すら見かねない。目の良さは武術家にとってとても重要な要素だった。

「ちなみに、これでも機能制限がかかっているんでしてよ。元々ISは宇宙空間での稼動を想定したもの。何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ」

宇宙空間での稼動。そういえば、山田先生が授業でそんなことを言ってたなと思い出す。
今現在では兵器として使用されているISだが、元々はそのために作られたマルチフォーム・スーツなのだ。ならばこの性能も納得がいく。
流石に梁山泊の豪傑達でも、何万キロという単位になると肉眼での確認は大変困難なことだろう。そう考えると、やはりISは凄いのだと再認識した。

「織斑、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

「了解です。では一夏さん、お先に」

千冬からの通信に従い、すぐさまセシリアは地上へと向かった。
ぐんぐんとその姿が小さくなっていく。危なげなく下降していき、地上すれすれで見事に停止して見せた。

「うまいもんだなぁ」

その姿に一夏は感心する。流石は代表候補と言ったところか。次は一夏の番だ。
落ちるように下降する。重力に従い、落下していく。どんどん地上が近づいてきて、一夏は完全停止の体制に入った。

「よし」

またもイメージは鳥。今度は燕ではなくカワセミだった。
停止飛翔、ホバリングのイメージ。飛行原理は違うが、ISの操縦で一番大事なのはそのイメージだ。一夏のイメージどおりに白式の翼上の突起はバッサバッサと羽ばたき、地上十センチで見事に停止した。
だが、白式の羽ばたきにより風圧が発生し、土煙が舞い上がる。周囲にいたクラスメイト達はゴホゴホと咳き込み、千冬は出席簿で団扇のようにして土煙を払いながら、厳しい視線を一夏に向けた。

「停止は出来ているが織斑、その方法は即刻改善しろ」

「はい……」

この方法は迷惑過ぎる。一夏としてはこれがやりやすいのだが、そのたびに風圧や土煙が起こるのは問題だ。
もっと静かに、目立たずに完全停止する方法を模索する必要があるだろう。

「次だ。今度は武装を展開しろ」

「あ、はい」

千冬の新たな指示が飛び、そのまま授業は続行された。


†††


「ふうん、ここがそうなんだ」

夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄な体に不釣合いなボストンバックを持った少女が立っていた。
暖かな四月の夜風になびく髪は、左右それぞれを高い位置で結んである。所謂ツインテール。茶色がかった黒髪が美しく、金色の留め金がよく映えていた。

「えーと、受付けってどこにあるんだっけ」

上着のポケットから一枚の紙切れを取り出す。くしゃくしゃになったそれは、少女の大雑把な性格と活発さを非常によく表しているようだった。

「本校舎一階総合受付け……って、だからそれがどこにあんのよ」

うがーっと妙な叫びを上げる。だが、叫びを上げたところで返事を返してくれる者などいない。
少女は苛立ちと共に紙を上着のポケットに捻じ込むが、その時にまた中でぐしゃっという音が聞こえた。だけど、そんな些細なことは気にしない。

「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」

気にしている余裕がないのだ。ぶつぶつ言いつつも、その足取りが止まることは決してなかった。思考よりも行動。つまり、少女はそういう性格だということだ。良く言えば実践主義。悪く言えばよく考えないだけ。
愚痴をつぶやきながらも、彼女は先へと進んでいく。

(誰かいないかな。生徒とか、先生とか、案内できそうな人)

あまりにも広いIS学園の敷地内を当てもなく歩き回り、キョロキョロと辺りを見渡す。
とはいえ、現在の時刻は八時過ぎ。既にどの校舎も灯りが落ちており、生徒は普通なら寮にいる時間だ。そう都合よく、人影が見つかるわけがなかった。

(あーもー、めんどくさいなー。空飛んで探そうかな……)

そう考えたが、電話帳三冊分にも匹敵する学園内重要規約書を思い出してやめる。
まだ転入の手続きが終わっていないというのに、学園内でISを起動させたら事である。最悪、外交問題に発展するかもしれない。
それだけは本当にやめてくれと、何回も懇願していた政府高官の情けない顔を思い出す。少しだけ気が晴れたような気がした。

(ふっふーん。まあねー、私は重要人物だもんねー。自重しないとねー)

自分の倍以上も歳がいってる大人がヘコヘコと頭を下げる姿は、ハッキリ言って爽快だった。
少女は昔から歳をとっているだけで、偉そうにしている大人が嫌いだった。政治家や大学の教授なんて名乗っていても、無能な者はいくらでもいる。大事なのはその人自身の能力、実力だった。
また、子供のころは男ってだけで偉そうにし、女を見下したように接する子供が大嫌いだった。
だから、少女にとって今の世の中は居心地がよかった。女尊男卑のこの世界。けど、何事にも例外は存在する。

(元気かな、一夏)

世界で唯一、ISを動かした男。少女の幼馴染であり、周りの男達とは大きな違いを持っていた。
そして、少女がこうやってIS学園を訪れた最大の理由。会うのは一年ぶりになるはずだ。

(怪我は……いつものようにしてたわね。死んでないかな?)

洒落にならないことを思い浮かべる。一夏が居候している道場。そこにはISすらものともしない達人達が住んでいた。まさに人外魔境そのものである。
そこでの生活はまさに命がけであり、一夏は様々なトラウマを抱えていた。毎日のようにボロボロとなり、壊れていく一夏。
それを支え、癒しのような存在だったのが少女だ。一夏は少女のことを気に入っていた。それに対し、少女も満更ではない様子だった。
記憶がよみがえってくる。日本で暮らした日々。少女と一夏の思い出。

(まったく。一夏はあたしがいないと駄目なんだから)

少女は得意気に鼻を鳴らして笑う。そんな時、声が聞こえた。
少女はその声の主に受け付けの場所を聞こうと歩み寄る。だが、唐突に今まで止めなかった足が止まってしまった。
なぜなら交わされる会話、その一方の方を少女はよく知っていたからだ。

「バンドをやりたい」

「いきなり何を言っているんだ、お前は」

「いや、俺の友人が私設・楽器を弾けるようになりたい同好会なんてものをやってるんだけどな、それに感化されたというか、ギターを弾きたいというか」

「勝手にしろ」

仲が良さそうに会話をする一夏と、一人の少女。一夏は少女のことを名前で呼んでおり、とても親しそうだった。
それが、少女には面白くない。

「箒もやらないか? 歌うまいしさ、ボーカルとベースで」

「ボーカルはともかく、ベースはどこから来た? 私は楽器なんて弾けないぞ」

「いやいや、そんなはずないだろ。絶対にうまいって」

「その根拠はどこから沸く?」

募る苛立ち。冷たい感情が湧き上がり、少女は気づかれないようにその場から去っていく。額には青筋がくっきりと浮かび上がり、怒りのあまりに肩を震わせていた。

「ん?」

「どうした、一夏」

「いや、今、そこに誰かいなかったか?」

「気のせいだろう」

「そうか?」

一夏と少女の再会は、もう少し先のことだった。


†††


「というわけでっ! 織斑君クラス代表決定おめでとう!」

「おめでと~!」

クラッカーの音が鳴り響く。宙を舞う紙テープを眺め、一夏は心の中で絶叫した。

(ぜんぜんめでたくねぇよ! 何だこのパーティは!?)

現在、夕食後の自由時間。場所は寮の食堂。一年一組のメンバーは全員集合していた。
各自、飲み物を手に持って騒いでおり、そんな中、冷めた表情で一夏は壁にかけられた紙を見る。
そこには、『織斑一夏クラス代表就任パーティ』と書かれていた。
代表に決まったのはもうずいぶん前のことだが、どうして今更祝うのだろうとどうでもいいことを考えつつ、一夏はこれからのことを想像して肩を落とす。
とても、とても面倒なことになりそうだった。何度も思うが、こういったことはセシリアに任せた方が適任だと思う。間違っても自分に任せるべきではない。
どうなっても知らないぞと思う一夏だったが、クラスメイトたちはそんな一夏の思考に構わず存分に騒いでいた。

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるね」

「ほんとほんと」

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

「ほんとほんと」

「ちょっと待て! お前二組だろ!? というかおかしいだろ、おかしいよな!? 一組って三十人だろ? なのになんで、明らかに三十人以上いるんだよ!?」

相槌を打っている少女を始め、一夏は場の混沌さに絶叫を上げる。
クラスの集まりだというのに、その人数がクラスメイトの数を超えているという奇妙な状況だった。

「おりむー、そんな些細なこと気にしちゃダメだよ」

のほほんとした少女が一夏を諭す。それと共に笑いが巻き起こり、一夏の疑問はあっさりと吹き飛ばされてしまった。
とても疲れる。現状にため息をつき、一夏はどっかりと椅子に腰を下ろした。
というか、いつの間に『おりむー』なんて愛称が付いたのだろうか?

「人気者だな、一夏」

「……本当にそう思うか?」

「ふん」

箒はなぜか機嫌が悪い。冷たい態度でお茶を飲んでいた。
どうしてかわからない一夏からすれば、これも疲れの一因だった。

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました~!」

新聞部と名乗る少女に更なる盛り上がりを見せるクラス一同。一夏はテンションは留まるところを知らずに下がり続けていた。

「あ、私は二年の黛薫子(まゆずみ かおるこ)。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

「あ、どうもご丁寧に……えっと、坂本美緒さんですか。俺、どっちかって言うと先代の声の方が好きでした」

「本人を前にして言う事!? ってか、名刺にそんなこと書いてないよ! 黛薫子だって言ったよね!? どこから出てきたの、坂本美緒って名前!!」

「眼帯の下に魔眼とか持ってそうですよね。でもそうなると、将来的に眼帯キャラが被るか」

「何の話!?」

「あ、その眼鏡って実は魔眼殺しなんですか?」

「違うよ! これ、普通の眼鏡だからね」

「黛薫子さんですか。画数が多いですね。書くの大変じゃありません?」

「なかったことにされた!? 今までの会話、全部なかったことにされた!! いや、確かに書くのは少し大変だけど……」

なのでからかうことによって無理やりテンションを上げる。黛の突っ込みが痛快で、一夏は溢れてくる笑みを噛み殺す。
黛は自身がからかわれていたことに気づき、コホンと咳払いをして気を取り直した。

「いやはや、意外に面白い子だね、君。私が突っ込みに回るとは……これはインタビューも期待できるかも」

そういって、ボイスレコーダーを一夏に突き出してくる。

「ではでは、ずばり織斑君! クラス代表になった感想をどうぞ!」

「どうしてこうなったんでしょう? 俺にはクラス代表になるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに……」

「あやや、やる気が微塵も感じられないぞ~。頑張って、織斑君」

「期待に応えられるかはわかりませんが、やれるだけ頑張ります」

「うん、インタビューありがとうね。あとは適当に捏造しておくから」

「オイ!」

ニコニコと笑顔でとんでもないことを言う黛。先ほどからかったことに関しての仕返しなのだろうか?
今度は、一夏のすぐ側で控えていたセシリアに向けて黛はボイスレコーダーを向ける。

「代表候補生、セシリアちゃんにもコメントもらっていいかな?」

「わたくし、こういったコメントはあまり好きではありませんが、仕方ないですわね」

「ならいいや。適当に捏造するから写真だけちょうだい」

「ええっ!?」

なんというか、黛は自由なお人だった。そして面白い。一夏は彼女とは仲良くやれるのではないかと思い、僅かに頬を緩ませる。

「先輩も十分に面白そうですね」

「あはは、そうかな? さてと、それじゃ織斑君とセシリアちゃん、並んでもらえるかな? 写真撮るから」

「はい」

「え?」

カメラを構える黛と、それに素直に頷く一夏。セシリアは意外そうな声を上げていたが、その声はどこか喜色を含んで弾んでいるように聞こえた。

「注目の専用機持ちだからねー。ツーショットもらうよ。あ、握手とかしてるといいかもね」

「そ、そうですか……そう、ですわね」

もじもじし、チラチラと一夏に視線を送るセシリア。その真意を一夏が理解することは百パーセントありえず、顎に手を当て、首を捻って考え込むだけだった。

「あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん」

「でしたら今すぐ着替えて……」

「時間かかるからダメ。はい、さっさと並ぶ」

「そうだって。そもそも着替える必要ないだろ、写真くらいで。えっと、握手をすればいいんですよね?」

セシリアの提案を黛と一夏が同時に拒否し、一夏はセシリアの手を取って握手の形に持っていく。
その時、セシリアの顔が赤くなっていた。その理由を一夏が理解することはまずない。
箒が一夏を睨んでいた。その理由も一夏には理解できない。訳の分からないことだらけで、一夏は反応に困った表情をする。

「浮かない顔だね、織斑君。笑って笑って。撮るよー。35×51÷24は~?」

「え? えっと……2?」

「ぶー、74・375でしたー」

写真が撮られる。はい、チーズや1+1なんてありふれた掛け声ではなく、一風変わった掛け声で撮られたために変な顔になっていないか心配になった。
だが、それよりも、一夏は気になったことを口にする。

「なんで全員入ってるんだ!?」

黛がシャッターを押す寸前、一組の生徒は全員一夏とセシリアの周りに終結していた。その機敏な動きには流石の一夏も驚愕する。クラスメイトは全員武術をかじっているのではないかと思うほどに素早い動きだった。
そして、その中には箒もいた。箒は武術をかじってるどころではなく、剣道で女子中学生の頂点に立った人物だが、まさかこんなことをするような性格だとは思わなかった。
箒の意外な一面を見たような気がし、それと同時に何がしたいのだろうと考える。

「あ、あなた達ねえっ!」

「まーまーまー」

「セシリアだけ抜け駆けはないでしょー」

「クラスの思い出になっていいじゃん」

「ねー」

不満を漏らすセシリアだったが、クラスメイト達はニヤニヤした笑みを浮かべて彼女を丸め込んでいた。
その様子を他人事のように眺め、一夏は紙コップに注がれたジュースを口にする。

「まぁ、これはこれでありかな。仲良しクラスだね~」

「そうですか?」

黛はカメラの片づけをしながら、唐突に一夏に話題を振ってきた。

「そうそう、織斑君。これ知ってる? 最近加わった、IS学園の七不思議」

「七不思議……ですか?」

IS学園。そこはISを専門に教えるとは言ってもやはり学校。どこの学校にも七不思議というものは存在するらしい。一夏の小学校と中学校にもそういったものは存在していたが、そのどれもが似通ったような内容だった。
13段目の階段だったり、動く二宮金次郎像だったり、美術室のモナリザの絵、または音楽室の肖像画などなど。

「ずいぶん時期外れですね。普通、怪談なら夏とかですよね?」

これが七月や八月なら時期的にはちょうどいいが、現在はまだ四月。こういった話の時期的にはかなり早い。
それは黛も理解しているようだ。

「そうなんだけどね。でも、ここ最近結構目撃者がいるのよ。これは放っておけないってことで今度新聞部が張り込むことになったんだけどさ、織斑君も来る?」

「遠慮しておきます」

「ちえっ、残念。でね、その七不思議なんだけど……」

黛は語りだす。目撃者多数の、新たなるIS学園の七不思議を。

「深夜から早朝にかけて……出るんだって。お地蔵さんを担いだ少年が。石でできたお地蔵さんを軽々と担ぎ、IS学園内を徘徊するらしいよ。でさ、その少年に見つかると食べられちゃうんだって」

「突拍子のない話ですね?」

「そうかな? あ、食べられるってのは物理的にじゃなくて性的にね」

「女性がそんなこと堂々と言うべきじゃないと思います! ってか、どんな風に広がったんですか、その七不思議!!」

「案外初心だね、織斑君。でも目撃者の話だと、お地蔵さんを担ぐ少年はかなりの美形らしいよ。だからむしろ食べられたいってことで、夜の校舎を徘徊する人がいるとか」

「そうなんですか……俺には関係ないです」

疲れたようにため息を吐く一夏。箒はそんな一夏の側に歩み寄り、耳元でそっと囁いた。

「おい、一夏。その怪談だが……」

「なんだ箒? まさか信じたのか? こんな突拍子もない話」

「いや、こういった噂には尾ひれがつくし、別に信じたりはしないが……その少年というのはお前じゃないのか?」

「……………あ」

箒に言われて、一夏は気づく。深夜と早朝に現れる、地蔵を担いでIS学園内を徘徊する少年。その正体は織斑一夏だった。
地蔵とは秋雨作のトレーニング機材、投げられ地蔵グレート。これを使用するにあたって、目立たないように深夜と早朝に外に運び出し、そこでトレーニングをするわけだ。筋トレ、投げ技の練習。投げられ地蔵グレートの活用法はさまざまだ。
トレーニングをするたびに地蔵を外に運び、トレーニングを終わるために地蔵を部屋に戻す。つまりはそれが徘徊であり、地蔵を運ぶ一夏の姿を誰かに見られていたということだ。
その事実に唖然、呆然し、一夏は頭を抱えた。

「なになに? 七不思議について何か知ってるの?」

「何も知りません! 絶対に、微塵も、これっぽっちも知りません! 気のせいですのでお気になさらず!!」

「そ、そう?」

黛の問いかけに慌てふためいて否定する一夏。
この話はこれで終わったが、パーティは騒がしく、十時過ぎまで続いた。
テンションを始終継続させる女子達。そのエネルギーに圧倒され、一夏は疲労を蓄積していった。
その疲労は、翌日まで残るほどだった。




「ふぁ~あ……」

「だらしがないぞ、一夏」

盛大な欠伸と共に一夏は教室内に入る。それを箒に注意され、僅かに気を引き締めた。
が、それも長続きはせず、一夏は再び欠伸をする。

「はふっ……」

「気が抜けてるな」

「眠いんだから仕方がない」

深夜と早朝はいつもどおりにトレーニングをしていた。欠かしでもしたら秋雨や千冬に何を言われるか分からないからだ。
ただ、昨夜のこともあって地蔵を運ぶ時には細心の注意を払った。昨夜はおそらく、誰にも目撃されることはなかっただろう。

「織斑君、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

席に着くと、隣の席のクラスメイトに話しかけられた。
入学からの数週間で、今では気兼ねなく女子と会話をすることができる。話し相手が皆無で、一人ぼっちという状況はあまりにもさびしすぎるため、この状況配置夏からすればとても喜ばしいことだった。

「転校生? 今の時期に?」

今はまだ四月だ。何で入学ではなく、転入なのだろう。
しかも、IS学園に転入するにはかなり条件が厳しかったはずだ。試験はもちろん、国の推薦がなければできないようになっている。
それはつまり、転校生は代表候補生クラスであることを示していた。

「そう、何でも中国の代表候補生なんだってさ」

「ふーん」

案の定、代表候補生だった。それに代表候補生といえばこの一組にも一名存在する。

「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」

セシリア・オルコット。彼女の自信はどこからわいてくるのだろうと思うが、その自信満々の腰に手を当てるポーズはとても似合っていた。
彼女はイギリスの代表候補生だ。

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐことのほどでもあるまい」

箒もこの会話に入ってきた。噂の転校生とは一組に転入するわけではないらしい。入るのは二組だとか。
だが、それでも多少気になるのは事実。

「どんな奴なんだろうな」

代表候補生というからにはやはり強いのだろう。セシリアと同じくらいだろうか?
とはいえ、セシリアと戦ったことがないので確かな実力は分からない。一夏がISで戦ったことがあるのは千冬のみだが、あれは世界最強なので参考にはならないだろう。転校生が千冬クラスと考えただけで恐ろしくなる。もしそうなれば、次回のブリュンヒルデは間違いなくその転校生だ。

「む……気になるのか?」

「ん? ああ、少しはな」

「ふん……」

聞かれたことに素直に答えたというのに、何故か箒の機嫌が悪くなった。その理由が一夏にはまったく理解できない。
代表候補生云々も気になるが、転校生の国籍が中国だというのも気になる一因だった。中国といえば馬、そして一夏のサード幼馴染の出身国である。元気でやってるかと思い、今度手紙を書こうかと考えていた。

「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」

「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんだけなのですから」

「いや、千冬姉がいるしいいや。これ以上やったら俺、マジで死ぬから」

「そう、ですか……」

見てる方が気の毒なほどに気落ちするセシリア。思わず一夏に、罪悪感が芽生えるほどだった。
だが、一夏の練習相手で千冬ほどに最適な人物はいない。雪片という同等の武器を使う近接戦型同士。しかも世界最強。IS戦のいろはや戦闘の駆け引きなどを教わるにはこれ以上適任の人物はいなかった。

「まあ、やるからには勝つか。これでも俺は織斑千冬の弟で、香坂しぐれの弟子だからな」

「その意気ですわ、一夏さん。わたくしも微力ながらお手伝いいたします」

「男を見せろ、一夏」

「織斑君が勝つとクラスみんなが幸せだよー」

ちなみに、クラス対抗戦とはそのままの意味だ。クラス代表同士によるISのリーグマッチ。
本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作るためにやるらしい。また、クラス単位での交流及びクラス団結のためのイベントだそうだ。
しかも、一位のクラスには優勝商品として学食デザートの半年フリーパスが配られるらしい。甘い物好きの女の子としてはとても魅力的な話だろう。

「織斑君、がんばってねー」

「フリーパスのためにもね!」

「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

昨夜のパーティにも負けないほど、わいわい騒ぐクラスメイト達。
対応に困り、一夏が適当に相槌をうとうとしたところで……

「その情報、古いよ」

とても懐かしく、聞き覚えのある声が響いた。その声を聞いた一夏はがばっと声の主に対して視線を向ける。

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

腕を組み、片膝を立ててドアにもたれかかっていた少女。彼女は……

「リン……お前、鏡音リンじゃないか!」

「そうよ。中国の代表候補生……って、そういうネタはやめなさいって何度も言ってるでしょうが!!」

「あ、レンの方だったか」

「それは男でしょうっ!!」

「冗談だ。そんなに怒るなよ。久しぶりだな、鈴」

「まったく、あんたは……」

凰鈴音。一夏のサード幼馴染であり、中学時代に仲のよかった少女だった。

「で、何しに来たんだ?」

「宣戦布告よ。一組のクラス代表に向けてね」

「そうか。つまり俺に会いに来たんだな。嬉しいぜ、鈴」

「ちょ、なんでそうなるのよ? あたしは一組のクラス代表に……」

「だから俺が一組のクラス代表だって。察しろよ」

「ええ、そうなの!?」

「そうなんだよ。それにしてもさっきの登場の仕方はなんだ? かっこつけてたのか? ぜんぜん似合ってなかったぞ」

「んなっ……!? なんてこと言うのよ、あんたは!」

怒りをあらわにする鈴に対し、一夏は笑っていた。とても楽しそうな笑みを浮かべている。
久しぶりに会った幼馴染。それだけでも心躍る気分だったが、このやり取りの楽しさに快感のようなものを感じていた。
クラスメイト達とある程度話ができるようになったとはいえ、このように馬鹿騒ぎをする間柄ではない。箒は乗りが悪いし、セシリアに関してもそういったキャラではない。
だから今までの憂さを晴らすかのように、一夏は存分に鈴をからかっていた。

「おい」

「なによ!?」

が、この楽しかった時間も終わりを迎える。鈴の背後から聞こえる声。その声に一夏は表情を引き攣らせた。
鈴が怒り交じりで聞き返すと、頭部に痛烈な出席簿の打撃が叩き込まれた。鬼教官、織斑千冬の登場である。

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

「す、すみません……」

すぐさまドアの前から離れる鈴。その態度は明らかに千冬に対して怯えていた。
そういえば、鈴は昔から千冬を苦手としていたことを思い出す。その理由はわからないが、なんとなく理解することはできそうな気がした。

「また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「いや、なんで俺が逃げるんだよ……」

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

もう奪取で二組へと戻っていく鈴。幼馴染が泡っていないようで、一夏は一安心した。

「っていうかあいつ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

「おい、一夏。一体どういうことだ!? どうしてあの女がここにいる!?」

「い、一夏さん!? 説明を……」

「お、おい、落ち着け。ちふ、織斑先生を前にそんなことをすると……」

箒とセシリアを始め、クラスメイト達からの質問が一夏へと向く。その様子を見て、一夏は思わず黙祷した。

「席に着け、馬鹿ども」

千冬の出席簿が火を吹く。クラスメイト達は頭を強打され、その場に蹲っていた。あれは痛いと、あの痛みをよく知る一夏は思った。
鎮静化した教室。千冬が教卓に上がる。今日も一日、ISの訓練と学習が始まろうとしていた。


















あとがき
今回は中の人ネタが多すぎたかなと思います。けど、反省はしない。ギャグでしたから。シリアスなしで、ギャグ一直線だったからこれでいいのだと胸を張ってみますw
今回の中の人ネタは三回。それ全部、わかる人はいるかな?

本来ならこの作品、八月前に上げる予定だったんですけどね……伸びに延びて、オリジナルの執筆もあってこの時期に……
まぁ、オリジナルが切のいいとこまで進んだので気晴らしついでに仕上げてみました。
そしてオリジナルのタイトル決定! タイトルは『ヤンデレ一直線』ですw
その他にも『ヤンヤンデレデレ』とか考えてたりしましたが、内容はまぁ、想像通りヤンデレものです。一直線、一途、そして最強チートもの。一応ファンタジーを予定しています。
八月も一週間が過ぎ、締め切りに本当に間に合うのかと思うこのごろ。ぶっちゃけ、こんなの書いてる暇じゃないんですよね(汗
なんにせよ、これで本当に八月の更新はありません。後は九月以降となります。前にも言ってましたが、オリジナルはお試しでこちらの掲示板に投稿するかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。現在、一人称に挑戦中。これはこれで書いてみるとなかなかに面白いですw
なんにせよ、これからもよろしくお願いします。



[28248] BATTLE10 約束
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/09/05 11:45
(何故だ……何故今更にあの女子が、鈴とやらがIS学園に転入してくる!?)

朝の一件が気になり、箒は授業に集中できないでいた。
一組に宣戦布告に来たという少女、凰鈴音。箒は彼女のことを知っていた。髪が少しだけ伸びていたが、あの姿は忘れようがない。一夏の私物である写真に写っていたのがあの少女だった。しかもツーショット。それだけで一夏と鈴は特別な関係だということが伺える。
一夏曰くサード幼馴染とのことだが、果たして本当にそれだけだろうか?
なにか隠し事をしていないかと箒は勘繰りを入れる。

(幼馴染は私だろ。お前曰く、ファーストは私だろ! なのに、なのに、サードなどという後から出てきた女子に……)

込み上げてくる怒りをどうにか抑えながら、箒は一夏に視線を向けた。現在、一夏はまじめに授業を受け、ノートを取っている。

(私は授業に集中できないというのに、お前はっ……!)

だが、それは箒からすればさらに怒りを煽る切欠にすぎなかった。

「…………………」

それでも落ち着く、冷静になろうとする。明鏡止水のように。
考えてみればそれがどうしたというのだろう? なにせ、箒は一夏と同じ部屋だ。故に二人っきりの時間などいつでも作れる。それが大きなアドバンテージとなり、箒の心に余裕を与えていた。

(考えるだけ馬鹿らしかったな。私は一夏の幼馴染なんだ。余裕を持たなくてどうする)

ふふんと上機嫌で腕を組む。このアドバンテージは決して揺るがないだろう。それは鈴にしてもそうだし、セシリアやクラスメイトにしてもそうだ。

(まぁ……あの地蔵はなんとかして欲しいと思うが。たまに動き出しそうで、少しだけ怖い)

投げられ地蔵グレートのことを思い出し、苦笑いを浮かべる箒。それでもその表情は、とても楽しそうなものだった。

「篠ノ之、答えは?」

「は、はいっ!?」

突然名前を呼ばれ、箒は素っ頓狂な声を上げる。
今は授業中。それも最悪なことに、山田先生の授業ではなく千冬が受け持つ授業だった。

「答えは?」

「……き、聞いていませんでした……」

直後、出席簿が箒の頭に叩き込まれた。ばしーん、と小気味のいい打撃音が響き、箒は頭を押さえて机に蹲った。


†††


「……………」

教室の後ろの方の席。そこではセシリアがノートにシャーペンを走らせていた。しかし、まじめにノートを取っているというわけではない。書かれている文字は言葉になっておらず、意味のない線が無意識のうちにひかれていく。

(まずいですわ……今更あの方が何故!?)

直接の面識はないが、セシリアも鈴のことは知っていた。一月ほどだが梁山泊に下宿し、一夏と共に暮らしていたのだ。その時に知った。
セシリアと一夏が出会った時期に中国に帰った幼馴染。彼女は一夏にとって特別な存在だったらしい。
それでも中国にいるということから安心感を抱いていたが、まさかIS学園に転向してくるとは思わなかった。箒だけでも厄介だというのに、最強の敵の出現。この状況にセシリアは気が気でなかった。

(幼馴染。あの方や箒さんは一夏さんと長い間共に過ごしている。それに対してわたくしは一月だけ……それはズルですわ! 正々堂々と勝負なさい!)

なにがズルなのか、自分で考えていてもわからなかった。だが、それほどまでに動揺し、セシリアは取り乱していた。
もしも条件が同じだったら、一夏とセシリアが幼馴染だったら、その時は負けないだろうと絶対の自信を持っている。だが、そんなものを持っていたところでなにも意味はなかった。そう思ったところで、そう願ったところで、セシリアが一夏の幼馴染になれるわけではないのだから。
幼馴染というアドバンテージは思った以上に大きかった。

(しかも、代表候補生……)

ここ、IS学園には二十数名の代表候補生が存在している。けれど、一年生では四人しかいなかったはずだ。しかも、専用機持ちは一夏を抜かせば二人。
幼馴染の箒にはない、セシリアの大きなアドバンテージだった。なのに……

(専用機持ちって言っていましたわね……)

最悪だった。こちらの有利だった部分が潰され、万策が尽きる。それでもセシリアは策を巡らせ、この状況を何とか打破しようと考える。

(なにか決定打になるようなこと……わたくしがリードするには……)

「オルコット」

声がかけられた。けれど、セシリアはそれに気がつかない。

「……例えばデートに誘うとか。いえ、もっと効果的な……」

「……………」

直後、千冬の出席簿がセシリアの頭部に叩き込まれた。セシリアは頭を押さえ、痛みに悶絶する。


†††


「お前の所為だ!」

「あなたの所為ですわ!」

「なんでだよ……」

昼休み、箒とセシリアが理不尽な文句を一夏に向けてきた。
この二人は午前中の授業だけで山田先生に注意を五回も受け、千冬には三回も叩かれている。その全てが一夏の所為だというのはあまりにも理不尽過ぎる。

「まあ、話なら飯食いながら聞くから。とりあえず学食行こうぜ」

「む……ま、まあお前がそう言うのならいいだろう」

「そ、そうですわね。行って差し上げないこともなくってよ」

「そうか、それならいいや。二組に行って鈴を誘ってこよう」

「ちょっと待て一夏!」

「ごめんなさい、わたくしが悪かったですわ」

さっきの意趣返しも含め、一夏はあっさりと引く。そうすると箒は慌てふためき、セシリアは素直に頭を下げてきた。
一夏はニヤニヤとした笑みを浮かべ、結局は箒とセシリアと共に食堂に向かう。券の販売機では日替わりランチを購入した。リーズナブルな価格で毎日違うものが食べられるので、学食ではほとんどこれを注文している。
ちなみに箒はきつねうどんで、セシリアは洋食ランチの券を買っていた。

「待ってたわよ、一夏!」

注文の列に並ぶ。するとそこに鈴がいた。多少髪が伸びたが、昔と変わらない佇まい。
立ちふさがるようにそこにいたので、一夏は軽いため息を吐く。

「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

「う、うるさいわね。わかってるわよ」

鈴が一夏の前からどく。一夏はなんとなく鈴が持っていたお盆、それに乗ってるラーメンを眺めてつぶやいた。

「のびるぞ」

「わ、わかってるわよ! 大体、あんたを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

「いや、そっちが来るんじゃなかったのか? またあとで来るなんて言ってたが、結局来なくってもう昼休みだぞ。なにしてたんだ?」

「う……クラスメイトに捕まってたのよ」

「そうか、代表候補生で専用機持ちだからな。質問攻めにでもなったか?」

「まあね」

転校生というのはただでさえ目立つ。それに代表候補生で専用機持ちという看板が付けば尚更だ。
一夏には鈴の気持ちが痛いほどに理解できた。別に転校生や代表候補生ではないが、世界で唯一ISを動かせる男で専用機持ちだ。注目度は鈴の非ではない。気苦労を労いつつ、一夏は食堂のおばちゃんに券を渡した。

「それにしても久しぶりだな。ちょうど一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

「げ、元気にしてたわよ。あんたは……どうせ、しょっちゅう怪我してるんでしょうね」

「ああ、梁山泊の修行は容赦ないからな。今じゃ剣術の他に柔術、中国拳法をやってるよ」

「えっ、てことは秋雨さんと馬さんに? 一夏、あんた今までよく生きてたわね」

「ホントにな……」

一夏は遠い目つきをする。一体、何度死にそうな目に遭ったことか。

「あー。ゴホンゴホン!」

「ンンンッ! 一夏さん? 注文の品、出来てましてよ?」

箒とセシリアが大袈裟に咳き込み、一夏は出されたランチに視線を向ける。
今日は鯖の塩焼き定食だった。この間食べた時に気に入ってたので、これは嬉しい。

「向こうのテーブルが空いてるな。行こうぜ」

昼時となると混む学食だが、運良く全員が座ることの出来る席を見つけることが出来た。
一夏達はそこに向かい、テーブルにお盆を置いて腰を下ろす。

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。あんたこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見た時びっくりしたじゃない」

「あ~、やっぱ中国にもニュースで流れたんだな。日本じゃ毎日のように取り上げられてたし」

一年ぶりということで積もる話が多々あった。やはり、幼馴染の空白期間というのは気になるものだ。箒のときもそうだった。
このまま鈴との会話を続けようとしたところで、その箒とセシリアが間に入ってきた。

「一夏、私達を忘れてないか?」

「そうですわ。そろそろ話を進めませんこと?」

「ん、ああ、そうだな、悪い。とはいえ知ってるだろ? 俺のサード幼馴染の凰鈴音だ。もっとも俺は縮めて鈴って呼んでるけどな」

「よろしくね。で、一夏。気になってたんだけどこの人達って誰?」

「ん、ああ。前に話したろ? こっちが篠ノ之箒。小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣術道場の娘。小四の終わりごろに転校しちゃったんだけどIS学園で再会したわけだ」

「ふうん、そうなんだ」

鈴はじろじろと箒を見る。箒は負けじとそんな鈴を見つめ返していた。

「初めまして。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

(仲良くやれそうだな)

交わされる挨拶。何事も礼儀は大事だ。これならばうまくやれるだろうと、一夏はうんうんと頷いた。
一瞬だけ、二人の間で火花が散った気がしたが、それは気のせいだと信じたかった。

「で、こっちがセシリアだ。鈴も代表候補生なら知ってるよな?」

「よろしくお願いしますわ。中国の代表候補生、凰鈴音さん」

「……誰?」

今度はセシリアの番だ。一般人ならともかく、同じ代表候補生なら知っているかもしれないと思ったが、鈴の反応はとてもそっけないものだった。
そういえば鈴はこんな性格だったと、一夏は今更ながらに思い出す。

「なっ!? わ、わたくしはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存じないの?」

「うん。あたし他の国とか興味ないし」

「な、な、なっ……!?」

怒りで顔を真っ赤にするセシリア。こういう話の振り方はまずかったかと後悔する一夏だが、既に後の祭りである。

「い、い、言っておきますけど、わたくしあなたのような方には負けませんわ!」

「そ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

嫌味などではなく、素で得意気な言い方をする鈴。けれどそれは、セシリアの怒りを煽るには十分すぎる発言だった。

「い、言ってくれますわね……」

セシリアはわなわなと震えながら拳を握り締める。なのに鈴は何食わぬ顔でラーメンをすすっていた。

(さて、この状況をどう宥めるか……」

一夏は頭を悩ませる。

「一夏」

「ん?」

すると、鈴が声をかけてきた。一夏はあっさりとそれに乗る。こういった空気は、話題を変えることに限る。

「言ってたじゃない、あんたがクラス代表って」

「おう、成り行きでな」

「ふーん……」

鈴はどんぶりを持ってごくごくとスープを飲む。これも昔からのことであり、一夏は小さくため息を吐いた。

「何度も言ったがレンゲ使え」

「女々しいからイヤ」

「女々しいって、お前女だろうが。もったいない、そんなに可愛いのに」

「か、可愛い……」

鈴が顔を赤く染める。やはり女性は容姿を褒められると嬉しいのだろう。そう一夏が考えていると、箒とセシリアから鋭い視線が突き刺さってきた。一夏にはその理由が理解できず、冷や汗を掻きながら原因を考える。考えるが、いくら考えても一夏が原因を思いつくことはなかった。

「でさ、さっきの話の続きなんだけど……あたしがISの操縦、見てあげてもいいけど?」

鈴は今更ながらにレンゲを使い、ラーメンのスープを飲んでいた。飲みながら一夏に声をかける。

「申し出はありがたいんだが……」

それを、セシリアにもした問答で断ろうとする一夏。が、鈴の申し出を退けたのは一夏ではなく箒とセシリアの二人だった。

「お前には関係ない。これは一組の問題だ!」

「あなたは二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」

(顔怖っ……二人とも、そこまでクラス代表戦に燃えてるんだな。俺も頑張らないとな)

机を叩いて立ち上がる二人を見て、一夏は的外れなことを思っていた。

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

「関係ないのはそっちだ!」

「そうですわ。一夏さんは一組の代表ですからこれは一組の問題。なにを後から出てきて図々しいことを……」

「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ! それに、一夏は何度もうちで食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに長い」

白熱する言い争い。だが、箒の言うとおりに一夏は何度も箒のお宅に世話になった。
ある事情で困ってた一夏と千冬に手を差し伸べ、毎日のように夕食に招待してくれたのが篠ノ之家の人だ。箒の父と母には本当に良くしてもらった。

「うちで食事? それならあたしもそうだけど?」

ちなみに、鈴の家は中華料理屋だった。しかも安くて量が多く、うまいのだから梁山泊の面子とよく食べに行ったものだ。
また、修行後の数少ない癒しでもあり、今でも酢豚と杏仁豆腐の味は忘れられない。

「うまかったなぁ……鈴の親父さんが作る酢豚。また食べたいな」

「いっ、一夏!っ! どういうことだ!? 聞いてないぞ私は!」

「わたくしもですわ! 一夏さん、納得のいく説明を要求しますわ!」

「説明も何も……幼馴染で、よく鈴の実家の中華料理屋に行ってた関係だ」

正直に一夏が言うと、余裕の表情を浮かべていた鈴がむすっとした表情をする。

「な、なに? 店なのか?」

「あら、そうでしたの。お店なら別に不自由なことは何一つありませんわね」

対する箒とセシリアは、安堵の表情を浮かべていた。

「それなら、わたくしが一番一夏さんとの関係は深いですわね。なにせ、一つ屋根の下で一緒に暮らしましたもの」

「一夏!?」

鈴の鋭い視線が一夏に向けられる。獰猛で、茨のように刺々しい視線だった。それに表情を引き攣らせ、一夏は必死に弁明する。

「一つ屋根の下って、離れだろうが。確かに渡り廊下の屋根でつながってはいるが……基本、美羽と同じ部屋だっただろ?」

セシリアは一時期、梁山泊の保護下にいた。その際に梁山泊に一月ほど下宿していたのだが、梁山泊内の建物は母屋と離れ、そして道場と三つの建物で分かれている。
一応渡り廊下でつながってはいるが、一夏の部屋があるのは秋雨達と同じ離れの方であり、セシリアが泊まっていたのは母屋、美羽の部屋だった。故に一つ屋根の下という言い方には語弊があった。

「なんだ、そういうこと」

「それなら私の方が上だな。なにせ今現在、私と一夏は同じ部屋だからな」

一安心する鈴と、張り合う箒。またも鈴とセシリアの鋭い視線が一夏に向けられ、一夏は疲れたように肩を落とした。

「どういうことよ一夏!」

「その噂は存じてましたが……まさか本当だったとわ。一夏さん、納得のいく説明を求めますわ!」

「いや、俺の入学ってかなり特殊なことだったから、別の部屋を用意できなかったんだと。だから仕方なく、今は箒と同じ部屋でだな……」

「仕方なくだと!? 一夏、お前は仕方なくで私と同じ部屋にいるのか!?」

「だあっ! なんでそこで箒が怒るんだよ!? 話が進まないから少し黙ってろ!」

「そ、それってつまり、今の一夏はこのこと寝食を共にしてるってこと!?」

「まあ、そうなるか。でも、箒が相手で助かってるっちゃ助かってるんだぜ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足になっちまうからな」

「……………」

「……………」

混沌する場。それでも一夏の言葉に無言となった鈴とセシリアを見て、一夏はやっと納得してくれたのかと安堵する。
箒は先ほどは不機嫌そうな表情をしていたが、今の一夏の言葉にまんざらでもなさそうな表情をしていた。
コロコロと表情を変え、忙しそうな三人だった。

「……ったら、いいわけね……」

「………く、いきませんわ……」

「うん? どうした?」

俯き加減の鈴とセシリアがなにかを言ったが、一夏はそれを聞き取ることが出来ず、耳を傾けて問い返す。すると二人は同時に顔を上げ、怒声交じりに叫んだ。

「だから! 幼馴染ならいいわけね!?」

「納得いかないと言ったんですわ!!」

「うおっ!?」

思わず仰け反ってしまう一夏。だが、二人はそんな一夏をお構いなしに言葉を続けた。

「というわけだから、部屋代わって」

「そうですわ」

「ふざけるなっ!!」

雰囲気は一気に険悪なものへとなる。まさに三つ巴の状況だった。

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ? 気を使うし。のんびりできないし。その辺、私は平気だから変わってあげようと思ってさ」

「べ、別にイヤとは言っていない。それに一夏も私と同室で助かってると言っただろう。それに、これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくはない!」

「部外者じゃありません。むしろ関係者ですわ」

(なんの関係者だ、なんの……)

セシリアの言葉に疑問を感じる一夏だったが、決して口には出さなかった。なぜならとてもめんどくさいことになりそうだったから。
今は三人の口論を聞き流し、鯖の身をほぐすことに集中した。

「大丈夫。あたしも幼馴染だから」

「わたくしは、えっと、その……そう、一夏さんとはご友人という間柄で……」

「それはここにいる全員が当てはまるだろ。って、そうじゃなくて、それが同室になるのになんの関係があるというんだ!?」

味噌汁をすする。やっぱり味噌汁は豆腐だと思いながら、次はご飯を食べる。白米を食べ、日本人で良かったと場違いなことを考える。

「このまま言い争ってても埒が明かないわね」

「そのようですわね」

「そうだな」

鈴達が互いに頷き合う。険悪な雰囲気が漂い、一夏は居心地の悪さを感じた。
それでも昼食を食べ続ける。食事は体の資本でとても大事だし、何よりこの程度のことで食事をいちいち中断しては馬鹿らしかった。

「一夏に決めてもらいましょうか。誰と同室がいいのかって」

「その方が後腐れもなくってよろしいですわね」

「一夏、当然私だな?」

三人の視線が同時に一夏に向いた。ポリポリと漬物を食べながら、一夏は呆れたように言う。

「俺に振るなよ……」

そもそも、三人は部屋のことでこんなにも激しい言い争いをしているのだろう?
一夏にはその理由が理解できず、頭に頭痛のような痛みを感じていた。半分が優しさで出来ている錠剤が欲しい。
ほぐした鯖の身を口に運ぶ。おいしい。が、なにかが物足りなかった。

「酢豚食べたいなぁ」

酢豚が食べたい。鈴が転校してきたからか、あの味をよく思い出す。鈴の父親の酢豚は本当に絶品だった。

「そういえば鈴、親父さんは元気にしてるか? まぁ、あの人は病気とは無縁そうだけどな」

「あ……うん。元気……だと思う」

「?」

言葉の歯切れが悪い。普段の鈴なら話を逸らしたことに激怒しそうだったが、それをせず、俯き加減でそう答えた。その様子に、一夏は違和感を覚えた。

「話を逸らさないでください!」

「そうだぞ一夏!」

鈴は激怒せずとも、箒とセシリアが激怒した。怒りの視線を真っ直ぐに一夏に向けてくる。

「酢豚って言えば一夏、約束覚えてる?」

「約束?」

「おい!」

そこで、鈴が割って入った。大きなアドバンテージを思い出したように、不敵な笑顔を浮かべて問いかけてくる。
箒とセシリアが睨んでいるが、そんな視線など気にしない。

「鈴、約束って言うのは」

「う、うん。覚えてる……よね?」

チラチラと、上目遣いで一夏を見上げる鈴。心なしか、恥ずかしそうな表情をしていた。

「酢豚で約束というと、えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を……」

「そ、そうっ。それ!」

一度、響に約束の場面を邪魔されたことがあったが、日を改め、別の日にそんな約束を交わした気がした。

「……奢ってくれるってやつか?」

「……………はい?」

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをご馳走してくれるって約束だろ?」

次の瞬間、鈴の平手が飛んできた。一夏は思わずそれを受け止めてしまう。流石は梁山泊の修行。咄嗟の攻撃に対処する術は万全だった。

「受け止めるな!」

「鈴……?」

だが、これはまずい。今回ばかりはそれが悪い方に作用した。
鈴は体を震わせ、今まで見たことがないほどの形相を一夏に向けていた。それと同時に怒りと相反する感情、悲しみを浮かべている。
泣いているのだ、あの鈴が。いつも笑っていて、笑顔がまぶしいと感じるほどの鈴が泣いている。その原因はまがうことなく一夏である。

「最っっっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けない奴! 犬に噛まれて死ね!」

「あ、おい、鈴!」

鈴は一夏の腕を振り払い、食べ終えた食器を片付けすらせずに学食を後にした。
そう、ここは学食だ。今までの口論や騒ぎは全て周りの生徒に聞こえており、一夏に向けられる冷ややかな視線。それと同じものが、箒とセシリアからも放たれていた。

「一夏さん、一度死んだ方がよろしいのではなくって?」

「そうだな。馬に蹴られて死ね」

二人の冷たい言葉が一夏に突き刺さる。まったくそのとおりだった。
理由がわからないが、鈴を泣かせたのは一夏自身。そのことにずきりと胸が痛んだ。
昼休み終了のチャイムが鳴る。一夏は自分の分と鈴の食器を片付け、教室へと戻った。その道中、これからどうするべきなのか頭を悩ませた。


†††


午後の授業中、ずっと考え続けて一夏の出した結論。それは……

「もしもし、馬さんですか?」

「あいや~、いっくんかね? おいちゃんに電話してくるとは珍しいね。どうね、IS学園の方は?」

他者への相談。放課後に屋上へ赴き、携帯電話を使って馬に電話をする。梁山泊内ではこういった話に一番詳しく、適しているだろう馬を選択した。
馬は長老の隼人を除外すれば、梁山泊の豪傑の中で唯一の既婚者だ。しかも娘もいるらしい。わけあって中国に妻と娘を残してきているらしいが、それ故に人生経験はいろいろと豊富だ。若いころは美形で女性にもモテたらしい。もっとも現在は、頭頂部がとても悲しいことになっているが……

「いろいろ苦労しています。ところで馬さん、相談があるんですが……」

「なんね、いっくんも人並みに恋のお悩みかね? おいちゃんに話してみるね」

「はは、そんなんじゃないんですけど……」

一夏は苦笑を浮かべつつ、馬に全てを話した。鈴が転校してきたこと。その後のやり取り。学食での騒動。全てを話し、それを聞き終えた馬からは深いため息が吐かれる。

「いっくん、それ、本気で言ってるね? もし本気なら、お友達の言うとおり一度死ぬべきね」

受話器越しに馬のため息を聞き、一夏は苦々しい表情をした。やはり悪いのは自分なのだと再度理解し、馬にどうするべきなのか指示を仰ぐ。

「とりあえず、いっくんは自分がどんなことをしたのか知るべきね。じゃないと鈴ちゃんがかわいそうね」

「ごもっともです……でも、あいにく俺には理由が皆目見当も……」

自分が悪いとは理解している。なのにその理由がわからない。それが一夏クオリティ。
朴念仁、唐変木などと呼ばれる所以だ。

「こういったことは自分で気づくべきであって、おいちゃんが言うべきじゃないけど……いっくんの場合は誰かが教えないと一生理解しないだろうから、この際言うね。いっくんは日本の典型的なプロポーズの台詞に『毎日味噌汁を~』は知ってるね?」

「それはもちろん。前にアパチャイと一緒に昼ドラとかで……え?」

「気づいたね? 鈴ちゃんはそれを酢豚でアレンジしただけに過ぎないね」

「えええええええええええええっ!?」

馬の言葉に、一夏の絶叫が響き渡る。今更言葉の意味を、鈴の気持ちを理解し、一夏の頭はオーバーヒートするほどに混乱していた。

「ちょ、ちょ……待ってください。約束したのは、確か小学校の時ですよ!?」

「小学生だからそういった約束を気軽にしちゃったりもするね。でもその気持ちは純粋で、とても繊細なものね。いっくんはそれを踏み躙ったね」

「うっ……でもそれって、そういうことなら……」

それでも一夏は考える。考えに考えて、極限までに頭脳をフル稼働させた。
その約束が意味をすること。そして何より、鈴の気持ち。

「それって、鈴が俺のことを好きってことじゃ……」

「今更気づいたのかとしか言えないね」

馬の言葉を理解し、一夏は自分で自分の頬をぶん殴る。手加減はせず、本気で殴った。
好きでもない相手にプロポーズのような約束をするわけがない。しかも、小学校の時にしたそれを今更持ち出すということは、鈴の気持ちは今も変わらないということだ。
それなのに一夏は踏み躙ってしまった、鈴の気持ちを。気づかなかったとか、理解できなかったというのは理由にならない。

「馬鹿だ……俺は」

ズキズキと頬に痛みが走る。それでも、こんなものは鈴の気持ちを考えればまだ足りないだろう。自分で自分を殺したいほどの怒りを、一夏は自分自身に向けていた。

「いっくんは鈴ちゃんのことをどう思うね?」

「嫌いじゃないです。むしろ、その……」

鈴のことは嫌いじゃない。鈴が帰ってきて、IS学園に転校してきてくれたことは本当に嬉しかった。
何気ないやり取りを交わし、鈴が変わってないと理解して思わず笑みがこぼれた。
嫌いではない。鈴が側にいることで、一夏は安らぎのようなものを感じていた。

「でも、好きかって言うとどうかって話になって……正直、戸惑いが隠せないです。それに、俺はまだ高校生ですから……」

鈴は身近な存在だった。けど、身近ゆえに一夏はそういった対象として見ていない。見ることが出来なかった。
鈴とは幼馴染、友達のような感覚で付き合っていたのだ。それをいきなり異性として見ることに、少なからずの違和感を感じてしまう。
約束の意味に関しても、プロポーズだとか結婚は高校生の一夏にとっては早すぎる話だ。

「そこまで重く考えなくてもいいね。恋愛とはもっと気軽に、気楽に考えるものね」

そんな一夏に、馬からは軽い声がかけられた。微笑ましそうな笑みが携帯電話から聞こえてくる。

「それにいっくんも鈴ちゃんも若い。これもまた経験ね」

「でも、俺は、鈴を……」

一夏だって男だ、彼氏、彼女の関係に興味がないかといえば嘘になる。彼女が欲しいと思ったことだってあるし、性欲も存在する。
それでもまだ、一夏に戸惑いがあるのは事実。鈴を怒らせ、悲しませたことをまだ引きずっていた。

「その点に関してはおいちゃんに策があるね。とっても良い策なんだけど……聞くかね?」

一夏には打開策が思い浮かばない。だから、選択肢は選ぶまでもなかった。
迫るクラス対抗戦。一夏の所属する一組の相手は二組。つまり鈴だった。




























あとがき
オリジナル小説はもう締め切りに間に合わないと判断し、早々に諦めているという現状。そんな中の更新です。
さて、鈴登場ですがいろいろなイベントが前倒しになり、なんかこんな展開に。しかも馬が吹き込んで一夏は……
作者はセカン党なんで鈴がヒロインなのは前々から決めてたんですよね。でも、ハーレムルートもそれはそれでありかなと思う自分がいるw
セシリア陥落のルートは頭の中では既に出来てるんですよねぇ。そこら辺を楽しみにしててください。

それと既にご存知の方もいるでしょうが、なろうにも投稿し始めました。そちらもよろしくお願いします。



さて、今回のおまけ。










おまけ

「このまま言い争ってても埒が明かないわね」

「そのようですわね」

「そうだな」

鈴達が互いに頷き合う。険悪な雰囲気が漂い、一夏は居心地の悪さを感じた。
それでも昼食を食べ続ける。食事は体の資本でとても大事だし、何よりこの程度のことで食事をいちいち中断しては馬鹿らしかった。

「一夏に決めてもらいましょうか。誰と同室がいいのかって」

「その方が後腐れもなくってよろしいですわね」

「一夏、当然私だな?」

三人の視線が同時に一夏に向いた。そんな一夏が取った行動は……

「無敵超人直伝、亡心波衝撃(ぼうしんはしょうげき)」

まさに一瞬。こめかみの辺りを両手で挟むように叩き、脳を刺激してある程度任意に記憶を消去する技。それを一夏は三人に叩き込み、何食わぬ顔でお茶をすすっていた。

「あ、あれ……あたし達ってなにしてたんだっけ?」

「さあ……?」

「さっぱり思い出せませんわ」

IS学園はとても平和だった。



[28248] BATTLE11 クラス対抗戦
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/09/06 17:03
「甲龍(シェンロン)ねぇ……ウーロンのあの願いを叫びたくなるなぁ」

「一夏、あんた馬さんにいろいろと悪影響受けてんじゃないの?」

「まぁ、自覚はある。けど、なんだかんだでとても頼りになるんだぜ」

試合当日、第二アリーナ第一試合。組み合わせは一夏と鈴。初戦から示し合わせたような組み合わせに一夏は内心で笑みを浮かべる。
視線の先では鈴とそのIS、とある大人気漫画に喧嘩を売っているとしか思えない名前の甲龍が試合開始の時を静かに待っていた。セシリアのブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的だ。肩の横に浮いた棘付き装甲(スパイク・アーマー)がやたら攻撃的に魅せてくる。

(あれで殴られたら、すげえ痛そうだな……)

内心でつぶやきつつ、一夏は改めて段取りを確認した。馬に与えられた策。それを今一度頭の中で整理する。

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

アナウンスに促され、一夏と鈴は空中で向かい合う。その距離は五メートル。正面から向かい合っており、先日のこともあって嫌でも意識してしまう。

(落ち着け……落ち着け、俺。冷静になるんだ……)

柄にもなく、胸が早鐘のように鼓動を打つ。馬に言われるまで気づかなかったが、鈴は一夏に好意を向けている。それを知り、昔から知っているはずの鈴がまったくの別人に見えていた。

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

鈴が言葉をつむぐ。粗暴で棘のある言葉だったが、形の良い朱色の唇からつむがれた言葉は一夏を変な気分にさせる。息を呑み、心を落ち着けて一夏は言った。

「なんで俺が? むしろ謝るのは鈴、お前の方だろ?」

「はあ!?」

まずは責任を鈴に押し付ける。それが馬の与えた策だった。
鈴の眉が吊り上り、怒気を孕んだ鋭い視線が一夏に向けられる。鈴が怒っている理由を理解しているために、一夏には罪悪感が芽生えた。だけど、ここまで来てしまえばもう後戻りは出来ない。
ここからは個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)での会話を忘れない。もし、この話を赤の他人に聞かれたら悶絶ものだ。一夏は通信関連の操作は苦手だったが、このために千冬との訓練の合間に練習し、習得した。

『そもそも、普通あんなところで言うか? 学食で言われても、正直返答に困る』

学食にはセシリアと箒の他にも、そこを利用している他者の視線があった。そんなところで、そんな気恥ずかしいことを言えるかというのが一夏の弁だ。

『あう……それはそうかもしれないけど……って、一夏。約束の意味ちゃんと理解してるの!?』

『まあな』

内心で謝る。『ごめん、嘘』と。何度も言うが、馬に言われるまで鈴の好意には気づかなかった。約束の意味なんて理解しているわけがない。だけどここはあえて、気づいていたように振舞う。

『約束はちゃんと覚えてるぜ。そして鈴の気持ちもちゃんと理解している。その……正直、すげえ嬉しいよ』

『あ、あうあ……』

ポリポリと、頬を掻く動作をしながら言う一夏。これ以上ないほどに気恥ずかしい。
だが、鈴は一夏以上のようで、顔を真っ赤にしながら意味を成さない言葉を呻いている。

『でもな、俺も鈴もまだ十五歳で高校生なんだ。その話は早いって言うか、重いって言うか……戸惑いが隠せない。鈴は幼馴染で、今までそういった対象としてみていなかったのも理由かもしれない』

『……………』

けれど、続けられた一夏の言葉に鈴の表情がとても悲しそうなものに変化した。表情が沈んでいく。もっともそれは、一夏の次の言葉を聞くまでのことだったが。

『だからそんなに重く考えないで、もっと気楽に付き合ってみるのはどうかって思うんだ』

『え?』

鈴の顔ががばっと上がる。呆けたような表情で一夏を見つめていた。その顔が思った以上に面白い。

『それでは両者、試合を開始してください』

アナウンスが試合の開始を告げる。ビーッと鳴り響くブザーの音。だけど一夏と鈴は動かない、空中で見詰め合ったまま、プライベート・チャンネルでの会話を続けていた。

『ちゃんと手順を踏むべきと言うか、物事には順序があると言うか……それに、こういったことは男から言うべきだろ?』

一夏ははにかんだ笑みを浮かべ、自分の気持ちを真っ直ぐ鈴に伝える。

『だから、俺がこの試合で勝ったら、毎日昼飯に弁当を作ってくれないか?』

『え、ええっ!?』

『言い換えるなら、俺の彼女になってくれってことだ』

「ええええええええっ!!」

鈴が叫びを上げる。思わずプライベート・チャンネルを切ってしまうほどに衝撃的だったのだろう。
一夏はにやりと笑い、馬の策がうまく言ったことを確信し、プライベート・チャンネルを切る。

「俺が勝ったらの話だ。もう試合は始まってる。いくぜ、鈴!」

あとはこの試合に勝つだけ。一夏は雪片二型を構え、未だに呆然としている鈴に肉薄した。


†††


「あら、散々言ってた割には鈴さんの動きはたいしたことありませんわね」

「あれは……動揺しているのか?」

ピットからリアルモニターを見ていたセシリアと箒がそれぞれの感想を漏らす。
一夏の雪片弐型と鈴の武器、青竜刀が激しい打ち合いをしている。一見すると互角に見えるが、鈴の動きはどこか繊細さを欠いているように見えた。それは代表候補生というにはあまりにもお粗末な動きだ。

「動揺? そういえば一夏さんと鈴さんは試合前に何かを話していましたが、それが関係しているのかしら?」

「だろうな。だが、一夏と鈴は一体なんの話をしたんだ?」

セシリアと箒は同時に首を傾げる。もしもこの二人が、一夏と鈴の会話を聞いていたら果たしてどのような反応をするだろうか?

「なんにせよ、このまま押し切ってしまえば一夏さんの勝利は間違いありませんわ」

「ああ、そのまま叩き込め、一夏」

一夏の応援をする二人。彼女達が会話を聞いていたら、このように一夏の勝利を願うこともなかっただろう。


†††


「このっ、なんで……」

鈴は冷静さを欠いていた。最初こそ激しい打ち合いを演じていたが、自体は徐々に悪い方向へと傾いていった。
一夏の修めている香坂流とは日本刀から手裏剣、槍からトンファーまで様々な武器に精通している流派。その中でも一夏は剣術を得意としている。そんな一夏と真正面から打ち合うのは、如何に鈴が代表候補生とはいえ分が悪い。
更に鈴が苦戦している理由は、一夏が激しい打ち合いから一撃離脱戦法に切り替えたこと。冷静さを欠いているために鈴の攻撃は次第に大振りとなり、避けるのを容易にしていた。その隙を突き、一夏は確実に鈴に攻撃を当てる。そうやって、確実に鈴のシールドエネルギーは削られていった。

「どうした、鈴。動きが鈍いぞ」

「うっさいわね……そんなこと、言われなくても分かってるわよ!」

思ったように動けない。そのことに対する苛立ちが募り、一夏の問いかけに対し乱暴な口調で返してしまう。
後悔の念を抱き、それを振り払うように青竜刀を振るう。バトンでも扱うかのように回転させ、一夏に突っ込んだ。だが、一夏はそれさえも避ける。青竜刀をやり過ごし、隙をついて逆に鈴の胸元に突っ込む。
あまりにも決定的な隙。やられる、そう思い、鈴の動きが鈍った。それに対して一夏の取った行動、彼の攻撃は……

「あだっ!?」

デコピンだった。雪片弐型を使わず、デコピンを鈴に叩き込む。しかもどういった原理かシールドバリアーを衝撃が抜け、直接鈴に痛みが走る。
絶対防御は攻撃が通っても操縦者の生命に別状ない場合は作動しない。デコピンで人が死ぬことはないだろうが、それでもかなり痛かった。

「一夏! あんたふざけてんの!?」

鈴は額を押さえ、涙目になりつつ一夏を睨む。

「まさか。大真面目だ。少なくとも鈴よりはな」

当の一夏はそんな視線をものともせず、平然と言い切った。そして、そのまま言葉を続ける。

「まさか、中国の代表候補ってのはその程度なのか?」

「そ、そんなわけないじゃない!」

「だよな。なら本気を出せよ。じゃないと、あっさり落としちまうぜ」

「あんたはぁ……」

プルプルと鈴の肩が震えていた。あまりにも軽い一夏の物言いに、理不尽ながらも怒りが爆発してしまった。

「なんでそんなに平然としてんのよ!? あたしがどんな気持ちなのかも知らずに……この馬鹿一夏!」

「馬鹿はないだろ、馬鹿は。これでも結構頭を悩ませたんだぜ。ひょっとして、さっきの約束が嫌だったのか?」

「へ……?」

激情に任せて怒鳴る鈴だったが、予想だにしなかった一夏の切り返しに唖然としてしまう。

「そうか……そうだよな。あまりにも一方的だったからな。嫌なら仕方がない。鈴、さっきのことは忘れてくれ」

「ちょ、まっ……別に嫌だなんて言ってないでしょ!」

「そうなのか?」

「そうよ。いいじゃない、乗ってやるわよその話! あたしが負けたらあんたの彼女になってやるわよ!! 絶対にあたしが勝つけどね!」

慌てて言葉を発した鈴は、もはや自分がなにを言ってるのかさえ理解できなかった。カッとなり、感情の赴くままに叫んでしまった。

「そうか。なら、こっちも本気で行くからな」

「当たり前じゃない。こっちも、ここからは本気で行くわよ!」

もはや後戻りは出来ない。鈴は自棄になりつつ、それでも先ほどとは打って変わった動きを披露する。おそらくは吹っ切れたのだろう。

「はあああ!」

青竜刀一閃。それを僅かに後退してかわす一夏。本当に僅かな距離。だが、距離が開いた。それは鈴の欲しかった距離。この距離では鈴自身も巻き込まれるかもしれないが、それでもこの好機を逃すつもりはない。

「ぐはっ!?」

鈴のISの肩のアーマーがスライドして開く。中心の球体が光った瞬間、一夏は見えない衝撃に吹き飛ばされた。
鈴もその衝撃に巻き込まれるが、一夏と比べるとその被害は軽微。そして更に開いた距離。これでこちら側が被害を受けることはもうないだろう。
そして一夏は雪片弐型以外の装備を有していない。この距離は鈴を有利にさせる。

「これからたっぷり、龍咆(りゅうほう)をお見舞いしてあげるわよ!」

龍砲。それは一般的に衝撃砲と呼ばれる代物。空間自体に圧力をかけて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出す。その上、龍咆は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴だ。
セシリアのブルー・ティアーズと同様の第三世代型の兵器だ。それを鈴は連射する。

「うおっ、あぶねえ!?」

一夏は回避する。砲身も砲弾も見えないというのに、龍砲の連射を避けていた。
そもそも、最初に当たったのが出会い頭であり、鈴が自身を巻き込んでまでも砲撃を撃ってくるとは思わなかったからだ。来ると分かっていればそれなりの対応を取ることが出来る。
声こそ慌てているように聞こえるが、二発目から一夏は余裕で回避していた。

「なんで避けられるのよ!?」

「いや、確かに砲身と砲弾は見えないけど、射線はあくまで真っ直ぐだし。ハイパーセンサーが空間の歪みと大気の流れを探ってくれるから、あとはそれに合わせて避けるだけだ」

「なんてデタラメなのよあんたは!? ハイパーセンサーがあるからって、それでも撃たれてから分かってるようなもんでしょう? なのに回避するなんてどんな反射神経よ!?」

「これくらい出来ないと、俺は何度死んだことか……」

一夏は梁山泊での地獄の修行を思い出す。銃弾よりも恐ろしいしぐれの手裏剣。視認不可能なほどに速いアパチャイの拳。秋雨の怪しい発明。死にかけた時は馬の怪しげな漢方によっての復活。そして何より、ここ最近は世界最強の姉によって特訓をさせられていたのだ。
この程度のことが出来るのは当然であり、出来なければその時点で一夏は死んでいたことだろう。

「デタラメなのはあんたじゃなくて、あの人達なのね……」

「ははは……」

鈴の言葉に一夏は苦笑をもらす。その間も龍砲は放たれ続け、一夏はそれを回避していた。だが、このまま回避し続けても埒が明かない。一夏の武装は雪片弐型のみ。他にも中国拳法と柔術を修めているが、接近しなければ話にならない。
一夏が勝利するためには、こちらから仕掛ける必要がある。

「いくぜ鈴!」

「なっ……」

そして、一夏が仕掛けた。鈴への特攻。それは愚策としか思えなかった。真っ直ぐ突っ込むのはいい的であり、代表候補生の鈴がそんな好機を逃すはずがない。突っ込んでくる一夏に向け、龍砲を放つ。直撃。龍砲は確かに一夏に命中した。命中したのだが……

「捕まえた」

龍砲の直撃を受けつつ、一夏は鈴の元に接近した。シールドエネルギーが大幅に削られ、絶対防御が作動したがそれでも一夏は怯まない。鈴の手首をつかみ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「流石に直撃は結構痛かったけどな」

「訂正するわ……あんたも十分にデタラメよ」

鈴の表情が引き攣る。つかんだこの手は絶対に放さない。一夏はこのまま、柔術の技に移行しようとしたところで……

「!?」

轟音がアリーナ全体に響き渡った。隕石でも落下してきたかのような轟音。落ちた場所はステージの中央。もくもくと煙が上がっており、その姿を確認することは出来ない。
どうやらそれは、アリーナの遮断シールドを突き破って入ってきたらしい。

「なんなんだ、一体……」

状況が理解できず、混乱する一夏。そんな彼に鈴の声が飛んできた。

「一夏、試合は中止よ! すぐにピットに戻って!」

いきなりなにを言い出すのか。そう思った瞬間に一夏の背筋に嫌なものが走った。ついで、ISのハイパーセンサーが緊急通告を行ってくる。

<ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています>

「なっ……」

乱入してきたものはISだった。しかもアリーナの遮断シールドはISと同じもので作られている。それを貫通するだけの攻撃力を持った機体が乱入し、こちらをロックしている。そんなものが直撃すればただではすまないだろう。つまり、ピンチだった。

「一夏、早く!」

「鈴、お前はどうするんだよ!?」

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

「アホか。そんなことできるわけないだろ!」

「アホってなによ、アホって! あんたはまだISの素人でしょうが!」

「さっきまでお前は誰と戦っていた!? その素人に追い詰められてたのはどこのどいつだ!?」

「う、それは……」

一夏と鈴は口論を始める。敵を前にして、それはあまりにも愚かなことだった。
乱入した機体は狙いを鈴に定める。一夏同様、彼女もロックされていたのだ。

「あぶねえっ!!」

鈴の体を抱きかかえ、間一髪で回避する。先ほどまでいた空間は、熱線で焼き払われていた。

「ビーム兵器かよ……セシリアのISより出力が上だ」

一夏はハイパーセンサーの簡易解析でその熱量を知る。それは前に訓練で見たセシリアのビーム兵器の出力を優に超えていた。

「ちょっ、ちょっと、馬鹿! 離しなさいよ!」

「お、おい、暴れるな。……って、馬鹿! 殴るな!」

「う、うるさいうるさいうるさいっ!」

一夏に抱きかかえられ、いわゆるお姫様抱っこをされている鈴は気恥ずかしさのあまり一夏の腕の中で暴れていた。

「だ、大体、どこ触って……」

「あ~、うん。鈴ってスレンダーだけど、ちゃんと女らしい体つきしてるんだな」

「死ねえええ!」

「ぐふっ……って、あ、来るぞ!」

もう一発鈴の拳を喰らいつつ、一夏は再び飛んできたビームを回避する。
今のビームによって煙が払われ、ISがふわりと浮き上がってくる。

「なんなんだ、こいつ……」

姿からして異形だった。深い灰色をしたISはその手が異様に長く、爪先よりも下まで伸びている。しかも首がない。肩と頭が一体化しているような形状をしていた。
そして、何より特異なのが『全身装甲(フル・スキン)』ということだろう。
通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。それは何故か。必要ないからだ。
防御はほとんどがシールドエネルギーによって行われている。だから、見た目の装甲というのはあまり意味を成さない。もちろん防御特化型ISで物理シールドを搭載しているものもあり、一夏の師であるしぐれも強固な装甲を纏っているが、それにしたって肌が一ミリも露出していないISなんて聞いたことがない。
そしてその巨体も、普通のISではないことを物語っていた。腕を入れると優に二メートルを超えている。かなりの重量がありそうで、姿勢を維持するために全身にスラスター口が存在した。
頭部には剥き出しのセンサーレンズが不規則に並び、腕には先ほどのビーム砲口が左右に合計四つあった。

「お前、何者だよ」

「……………」

当然といえば当然だ。なぞの乱入者は一夏の呼びかけには答えない。

『織斑君! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

その代わり、山田先生からの通信が割り込んでくる。普段の頼りなさそうな声とは打って変わり、その言葉には威厳があった。

「えっと……山田先生。試合の方はどうなるんですかね?」

けど、一夏には納得がいかない。

『中止に決まってるじゃないですか! 織斑君、凰さん、早く!」

「そうですか……」

鈴が試合は中止だと言っていたが、山田先生が正式に試合の中止を一夏に告げる。当然だろう、このような状況で試合を続行できるわけがない。
わかっていた。わかっていたことだが……

「千冬姉……アレ、落としていいかな?」

とても納得できそうになかった。怒りがふつふつと沸いてくる。

『織斑君!?』

「一夏!?」

山田先生と鈴の驚きの声が同時に上がる。避難しろとのことだが、あのISは遮断シールドを貫通する攻撃力を有している。つまり、今ここで誰かが相手をしなければ、観客席にいる生徒に被害が及ぶ可能性があるということだ。
だが、一夏は言った。時間稼ぎではなく落とすと。

『織斑先生だ。いい加減にしろ』

「はいはい、織斑先生。アレ、落としますよ」

『はいは一回だ。ふん、それにしても大口を叩く。いいだろう、やってみせろ』

「ありがとうございます」

千冬の許可をもらい、一夏の表情に笑みが宿る。ニヤリとした不敵な笑みだ。

「一夏、いい加減に離しなさいよ! 動けないじゃない!」

「ああ、悪い」

未だに鈴を抱えたままだった。一夏が鈴を離すと、その瞬間に再びビームが飛んでくる。それを回避する。

「危なかった」

『織斑先生!? 織斑君もダメですよ! 生徒さんにもしものことがあったら……』

山田先生の心配そうな声が聞こえるが、それ以上聞く余裕はなかった。敵のISが体を傾けて突進してくる。それに対して、一夏も突進で応戦した。

靠撃(はいげき)。『こうげき』とも読む。

肩や背面部で突進する中国拳法の技。一夏はそれで、二メートルを越える敵のISを逆に弾き飛ばした。

「鈴、手は出すなよ。これは俺の獲物だ」

「一夏、無茶は……」

鈴が忠告するが、それは一夏には聞こえなかった。目の前の戦闘に集中する。心を高ぶらせ、臨戦態勢をとる。


†††


「もしもし!? 織斑君聞いてます!? 凰さんも! 聞いてますー!?」

ISのプライベート・チャンネルは声を出さずとも相手に言葉を伝えることが出来る。だが、そのことを失念するくらいに山田先生は焦っていた。

「本人がやると言ってるんだ。やらせてみてもいいだろう」

「お、織斑先生! さっきから何のんきなことを言ってるんですか!?」

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」

千冬は平然を振る舞い、コーヒーにたっぷりと白い粉を入れる。だが、この白い粉は砂糖ではなかった。

「……あの、先生。それ塩ですけど……」

「……………」

白い粉の入っていた容器を確認し、千冬の手が止まる。そしてポツリと疑問をもらした。

「何故塩があるんだ」

「さ、さあ……? でもあの、大きく『塩』って書いてありますけど」

「……………」

山田先生の言うとおり、塩の入っていた容器には確かに大きく『塩』と書かれていた。

「あっ! やっぱり弟さんのことが心配なんですね!? だからそんなミスを……」

「……………」

イヤな沈黙が訪れる。山田先生はまずいと思い、話を逸らそうと試みた。

「あ、あのですねっ……」

「山田先生。コーヒーをどうぞ」

「へ? あ、あの、それ塩が入ってるやつじゃ……」

「どうぞ」

が、その試みは失敗してしまう。千冬は先ほどのコーヒーを山田先生に差し出し、圧力をかけてくる。

「い、いただきます……」

ずずいと差し出されてくるコーヒー。塩がたっぷり入っているそれを、山田先生は涙目で受け取った。

「熱いので一気に飲むといい」

悪魔だ。千冬の言葉に、山田先生は本気で泣いてしまいそうになる。

「千冬ちゃん、後輩をいじめるもんじゃないね」

「えっ……誰ですか?」

そんな山田先生をフォローする声がかけられる。だが、山田先生はその声に首を捻った。
聞いたことのない声だ。しかも、女性の声ではなく男性の声のように聞こえた。
さらに千冬のことをちゃん付けで呼ぶのはどんな人物だろうと山田先生が視線を巡らせると、いつの間にか帽子を被った中年男性がいた。千冬の背後。そこでキリッと真面目な視線をモニターに向けているが、その手はじりじりと千冬の臀部に伸びている。とてもいやらしい手つきで、わきわきと指が動いていた。
中年男性の手がもう少しで千冬の臀部に触れ、揉みしだこうとしたところで千冬が振り返る。その手にはいつの間にか出席簿が握られており、それを中年男性に向けて思いっきり振り下ろした。

「久しぶりですね、馬さん」

「うん、久しぶりね。相変わらず元気そうね」

「あなたも相変わらずのようですね」

ビュンッ、と出席簿が空を切る。馬と呼ばれた中年男性はひょいひょいと千冬の出席簿をかわし、普通に会話を続けていた。
普段、教室などで振るわれる手加減された一撃ではなく、千冬本気の攻撃をかわし続ける馬。そのことがこの人物がただ者ではないということを証明している。千冬と親しそうに話していることから怪しい人物ではないだろうが、それでも山田先生は警戒して馬に問いかけた。

「あなたは誰なんですか? どうしてここに? そもそも学園にはセキュリティーが……」

「落ち着け、山田君。この人を前にそんなものは何の役にも立たない」

「って、ああっ! おいちゃんの帽子が……」

千冬が更に鋭く、出席簿を一閃させる。それを身を屈めることで回避する馬だったが、出席簿は馬の帽子を切り裂いた。
ホントにアレは出席簿なのかと目を見張る山田先生。箒は一夏の弁ではしゃもじで斬鉄をする人物がいるらしいので、千冬なら出席簿で帽子程度は切りそうだとある意味納得していた。だが、この人物が誰なのかは気になる。

「あの、織斑先生。この人は?」

山田先生と同等の疑問を千冬に向ける。千冬はコホンと咳払いをし、馬を紹介する。

「この人の名は馬剣星。中国拳法の達人だ。そして、一夏の師でもある」

「どうもね」

帽子がなくなり、見事な禿頭を晒す馬。彼はニカッと笑い、手を振って答えた。




























あとがき
馬登場! 次回で一巻編は完結する予定。一夏無双始まります。
ってか、今回から始まってる? 一夏強いなぁ……まぁ、ものすごく今更な話ですが。
それはそうと、一夏まさかの告白!?
何度も言ってますが自分はセカン党。まぁ、これまた何度も言ってますがここの鈴はサード幼なじみなんですが。
今後どうなるのか? ハーレムルートも視野に入れて構成を練ってます。そして、久しぶりにXXXとか書きたいなとかも思ってます。鈴って可愛いですよねw

今回はおまけはありませんが、次回はあります。予告としてはラグナレクの面々登場。一夏大暴走!? そんなお話です。

さて、最後にちょっとしたお話を。ご存知の方もいるでしょうが、最近にじファンにも投稿させていただいてます。
そしてフォンフォン一直線。かなりの話数があるので1日1話で投稿してたのですがもうすぐフェリの誘拐される話しに入る予定。
で、せっかくにじファンに投稿してるので別ルートも面白いかと思いました。フォンフォン一直線とは異なるルート、それはまさかのハイア死亡ルート。
フォンフォン一直線本編ではしぶとくもハイアが生き残っちゃったので、死亡するルートがあってもいいかなと。
フォンフォン一直線は第一部が完結したのでちょうどいい頃合ですしね。現在そのルートをクララ一直線の合間に執筆中。そちらもよろしくお願いします。



[28248] BATTLE12 決着!!
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/10/05 11:17
「で、なんで馬さんがここにいるんですか?」

「いっくんが試合だって言うから見に来たね。弟子の成長は師としてやはり気になるものね」

「そうですか」

千冬の問いかけに馬は平然と答えるが、千冬にはそれだけとは思えなかった。鋭い視線を馬に向ける。

「なら、そのカメラはなんですか?」

「えっ、これかね? こ、これは……そう、いっくんの勇姿を撮ろうと思ってね」

「そうですか。なら、写真を確認をしても構いませんね? まさか、更衣室とかが写ったりしていませんよね?」

千冬の指摘に馬から冷や汗が流れる。試合は中止となったものの。今日はクラス対抗戦が行われていたために更衣室では数多くの女子が着替えをしていた。それは馬にとって格好の獲物だった。最新式のカメラ片手にさぞ激写をしていたことだろう。

「いやぁ……千冬ちゃんは疑り深いね。そ、そんなわけないね……」

「なら、見せられないわけはありませんよね? もし提出を拒むというのなら、そのカメラを破壊します」

千冬の言葉を最後まで聞かず、馬は駆け出した。カメラを守るようにしてこの場からの離脱を試みる。
せっかく撮ったお宝だ。それを失いたくはないのだろう。馬は逃げる。だが、それを千冬は許さない。

「どこに行くんですか?」

馬の正面に回りこみ、退路を塞いだ。その手には凶器(出席簿)が握られている。

「後生ね、千冬ちゃん」

「そういうわけにもいかないんですよ。私はここの教員ですから」

馬からカメラを取り上げ、それを破壊する。カメラを破壊されたことにより、馬はがっくりと膝を突いた。その光景を見て、セシリアは冷ややかな視線を馬に向けた。

「剣星さんは相変わらずのようですわね」

「久しぶりね、セシリアちゃん。そもそも、おいちゃんからエロを取ったら何が残るね?」

「ただ、駄目人間だという事実が残りますわ」

「トホホね……」

セシリアの言いように肩を落とす馬。もっとも問題は馬にあるわけで、言い返すことすら出来ない。
梁山泊関係者には女性の敵と見られ、冷ややかな視線を向けられていた。

「織斑先生! 暢気に談笑をしている場合じゃありませんよ! 早くなんとかしないと……」

「さっきも言ったが、落ち着け。教師が取り乱してどうする?」

一夏と鈴の心配をし、あわあわと気が気でない様子の山田先生。彼女を落ち着けようとする千冬だったが、その千冬自身もどこか落ち着きがなく、そわそわしていた。

「先生! わたくしにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」

「そうしたいところだが……これを見ろ」

セシリアの申し出に対し、千冬はブック型端末を操作してある情報を見せる。それは数値化された情報で、この第二アリーナのステータスチェックだった。

「遮断シールドがレベル4に設定……? しかも、扉が全てロックされて……あのISの仕業ですの!?」

「そのようだ。これでは避難することも、救助に向かうことも出来ないな」

ハッキングをかけられ、現在一夏と鈴は孤立していた。遮断シールドにさえぎられて助けに行くことが出来ない。
また、アリーナの観客席にいる生徒達も扉がロックされているために避難できず、閉じ込められている状況だ。これでは避難することが出来ず、被害が及ばないようにするにはロックが解除されるために誰かが時間を稼ぐ必要があった。その点に関しては、一夏の選択は正しいだろう。
だが、千冬は苛立ちと戸惑いを隠せず、ブック型端末の画面を指で何度も叩いていた。

「で、でしたら! 緊急事態として政府に助勢を……」

「やっている。現在も三年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除出来れば、すぐに部隊を突入させる」

言葉を続けながら、ますます募る苛立ちに千冬の眉がぴくりと動く。これ以上は危険だと判断し、セシリアは頭を押さえてベンチに座った。

「はぁぁ……結局、待っていることしか出来ないのですね……」

「なに、どちらにしてもお前は突入隊に入れないから安心しろ」

「な、なんですって!?」

千冬が何気ないことのいうその言葉に、セシリアは過敏に反応した。

「お前のISの装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」

「そんなことはありませんわ! このわたくしが邪魔だなどと……」

「では連携訓練はしたか? その時のお前の役割は? ビットをどういう風に使う? 味方の構成は? 敵はどのレベルを想定してある? 連続稼働時間……」

千冬の意見を否定しようとする。だが、更に続けられた言葉には流石のセシリアもぐうの音しか出なかった。

「わ、わかりました! もう結構です!」

「ふん。わかればいい」

放っておいたら一時間は続きそうな千冬の指導を、セシリアは両手を挙げて止める。降参のポーズだ。
げんなりし、深いため息を吐いた。

「はぁ……言い返せない自分が悔しいですわ……」

「元気を出すね、セシリアちゃん。千冬ちゃんはいっくんが心配で言葉がきつくなってるだけね。まったく、少しは弟離れをすべきね」

「馬さん」

セシリアにフォローを入れる馬だったが、千冬にじろりと睨まれて肩をすくめる。

「それにいっくんは仮にもおいちゃん達の弟子ね。あの程度の相手に不覚を取らないように鍛えてあるし、ひとつ技を授けているね。そもそも、IS学園(ここ)に入学してから千冬ちゃんがいっくんの修行を見てるから、実力は把握しているはずね」

「……………」

今度はキリッと馬の表情が引き締まる。真剣な目付きでモニターを眺め、一夏と敵ISの戦闘を見ていた。
先ほどのやり取りが嘘のような真剣味に千冬も押し黙り、モニターに視線を向ける。そこでは敵ISを圧倒する一夏の姿があった。


†††


「うおらあああああっ!」

デタラメに長い腕を取り、力任せにぶん投げる。敵ISは全身のスラスターを用いて空中で体勢を立て直した。
このスラスターは出力が尋常ではなかった。そのためにあの巨体だというのに高い機動力を持っている。でかく、速く、一撃必殺の攻撃手段を持つ厄介な相手。だというのに一夏は一歩も退かなかった。

「ふっ!」

攻める。攻めて攻めて攻めまくる。八卦掌における型のひとつ、托槍掌(たくそうしょう)。
顔を守るように片方の手を配置し、もう片方の手を仰向けにして相手の喉元へ突き出すような構え。
この構えは逆の構えに変えることで攻撃と防御を同時にこなすお得な技だ。更に、流れるような連続技を得意とする。
喉を掻くように擦り、続いて金的、後ろに回りこんでの後頭部に手刀、脇腹に肘を入れる。戦場が地上ならば最後に膝の裏を蹴って体制を崩し、そのまま決めるのだがここは空中。IS戦においてそのような手は使えない。一通りの技を叩き込んだ一夏は離脱し、敵ISの様子を見た。

「まったく効いてねぇ……八卦掌って流れる攻撃な分、一発の威力は弱いけど、それでも急所に食らってノーダメージとかありえないだろ」

IS操縦者は女性だから金的は効かないだろうが、それでも喉、後頭部、脇腹と急所に連続で攻撃を入れたのだ。絶対防御が発動していたとしても、人である以上少なからず怯むものである。だというのに敵ISは、まったく怯む様子を見せなかった。

(もしかして……)

そのことから一夏は、ひとつの仮説を導き出す。他にも違和感を感じていた。動き、そして攻撃した時の手ごたえ。そのひとつひとつが一夏に疑問を生じさせる。
あのISはもしかしたら……

「……なあ、鈴。あいつの動きって何かに似てないか?」

「え……え、何かって何よ? まさかコマとか言うんじゃないでしょうね?」

敵ISを圧倒する一夏の姿に唖然とし、固まっていた鈴だが急に話を振られて我に戻る。
一夏の問いかけに、鈴自身が感じていたことを素直に言った。

「それは見たまんまだろうが」

敵ISの攻撃方法は、あのデタラメに長い腕をぶんぶんと振り回して接近してくる、まるでコマのような動きだった。その高速回転の最中にビームまで撃ってくるのだから厄介だ。
それでも一夏はビームを避け、高速回転する腕を取ってぶん投げた。決して対処できぬ動きではない。だが、その動きを見れば見るほど疑問が湧き上がってくる。

「あー、なんていうかな、昔自動車メーカーが作った人型ロボットいたろ?」

確か、アシなんとかという名前だった。

「いたっけ? あたしはどっちかっていうとロボット兵を思い浮かべるんだけど」

「あ~、ジ○リいいよな、面白いよな。ラピ○タは名作だ。今度DVDレンタルしてくるから一緒に視ようぜ」

「いいわね……って、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」

「まぁ、冗談はさておき、なんつーか、あれ……機械じみてないか?」

「ISは機械よ」

「そう言うんじゃなくてだな。えーと……あれって本当に人が乗ってんのか?」

「は? 人が乗らなきゃISは動かな……」

鈴は一夏の言葉を否定しようとする。だが、何か思うところがあったあのか、その言葉を止めた。

「……そういえばアレ、さっきからあたし達が会話してる時ってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに聞いてるような……」

思い返すように鈴が今までの戦闘を振り返る。その顔はいつになく真剣だ。
そして、鈴の言葉を証明するように、現状、敵のISは攻撃を仕掛けてこない。本当に会話に興味があり、聞いているような反応だった。

「ううん、でも無人機なんてありえない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」

鈴の言っていることは本当だ。教科書に書いてあり、一夏もそれを読んだ覚えがある。だが、どこかの誰かが言った。教科書に書いてあることが全てではないと。
もし、現在の技術力で無人機が可能だとしたら? そのことを極秘としていたら、一般的に知られることはまずないだろう。

「仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?」

「やけに無人機に拘るわね……何か策があるの?」

「ああ。人が乗ってないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」

人が乗っていないというのなら手加減する必要はない。雪片弐型には奥の手があり、また馬や秋雨にもいざという時のための技を習っている。
八卦掌の連続攻撃が効かないというのなら、一撃必殺の技を叩き込めばいいだけだ。

「いいわ、そんなこと絶対にありえないけど、アレが無人機だと仮定するわよ。それで、手伝いは?」

「要らない。言っただろう、アレは俺の獲物だ」

「そう、わかったわ。そこまで言うんだから、失敗したら駅前のクレープを奢らせるわよ」

「了解。あ、それと鈴」

「何よ?」

「俺、これが終わったら店を開こうと思うんだ」

「フラグが建った!?」

唐突な一夏の発言に、鈴の鋭い突っ込みが入る。

「ちょ、一夏! 今の会話のどこにそんな要素が……そもそもなんのお店なのよ!?」

「じゃ、いってくる」

「ちょっとおおおっ!!」

追求をさらりと受け流し、一夏は飛び出す。それを狙い撃ち、敵ISからはビームが飛んできた。回避。急加速。
瞬間加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる技能だ。後部スラスターの翼部分からエネルギーを放出、それを内部に取り込み、圧縮して再び放出する。その際に得られる慣性エネルギーを利用して爆発的に加速する。弱点として直線的な動きしか出来なくなるが、使いどころさえ間違えなければ大きな武器となる。雪片と瞬間加速。この二つで千冬は世界一に輝いたのだから。
一瞬で敵ISとの距離を詰め、一夏は投げの動作に入る。秋雨に教わった一撃で相手を戦闘不能にする技。

「悶虐陣破壊地獄(もんぎゃくじんはかいじごく)!!」

次の瞬間、敵ISは頭部から地面に叩きつけられた。
投げ、当て身、関節技の三つを同時に仕掛けるのがこの技の特徴だ。ISには絶対防御があるとはいえ、所詮は人型の兵器だ。関節技はとても有効だと言える。その証拠に敵ISの左手と右足の間接部分は完全に破壊されていた。

「この技のいいところは、ここまでやっても受け手が死なないということだよな」

「うわっ……」

鈴の表情が引き攣る。一夏の発言にしてもそうだが、あまりにも容赦のない投げ技に思わず敵ISを心配してしまうほどだった。
だが、敵ISは立ち上がる。手足の関節が破壊されているというのに平然と、まるで痛覚を感じていないかのように体勢を立て直す。その様子には一夏の言うとおり機械じみたものを感じた。

「やっぱり、人が乗ってないみたいだな。なら、このまま一気に叩く」

敵ISが完全に体勢を直す前に、再度接近した一夏が次の技の動作に入る。掌を一旦敵ISに当て、一瞬引き、そしてもう一度押し付けるように当てる。その瞬間敵ISが吹き飛んだ。

「浸透水鏡掌(しんとうすいきょうしょう)」

馬の絶招(ぜっしょう)であり、表面を破壊する打撃と、内部を破壊する打撃を同時に発する。これを前にISのシールドバリアーなんてものは何の役にも立たない。衝撃が突き抜け、今度は容易に立て直せないほどに敵ISの体勢が崩れる。

「終わりだ」

雪片弐型を展開。日本刀の形状だったそれが変形し、エネルギー状の刃が出現した。それを上段に振り上げる。
零落白夜(れいらくびゃくや)発動。バリアー無効化攻撃が雪片の特殊能力であり、相手のバリアー残量に関係なくそれを切り裂いて、本体に直接ダメージを与えることが出来る。大幅にシールドエネルギーをそぐことが出来るため、雪片は全ISの中でもトップクラスの攻撃力を誇っている。
ただ、この技、雪片の特殊能力である零落白夜を発動させるためには自身のシールドエネルギーを消費する必要があるため、まさに諸刃の剣と言えた。だが、千冬はこれを使って世界一に輝いたのだ。そして一夏は彼女の弟であり、弟子でもある。使えない道理などない。そんなものがあれば、それを叩き切ってでも前に突き進む。

「せえええええいっ!!」

一刀両断。敵ISの胴体を横一閃に切り裂く。上半身と下半身がずれ、支えを失った上半身は地にのめり込むように落ちた。

「完全勝利! どうだ、鈴。フラグなんて叩き折ってやったぜ」

「もう一度言うわ……やっぱりあんたはデタラメよ」

勝利の余韻に浸る一夏。それをどこか冷めた表情で見詰め、呆れたように言う鈴。
なんにせよこれで一件落着、一安心だと一夏の気は緩んでいた。

『この馬鹿者が! まだ終わってないぞ!!』

プライベート・チャンネルから千冬の怒鳴り声が飛んでくる。それとほぼ同時に、白式が警告音を発した。

『敵ISの再起動を確認! 警告! ロックされています!』

下半身を失って尚も、上半身だけで這いずるように敵ISは動いていた。無事な左腕で狙いをつけ、最大出力形態(バースト・モード)でビームを放とうとしていた。

(やばっ……)

避けようとするが今更間に合わない。だが、だからといってこのままやられるつもりはさらさらない。
思考を巡らせるよりも先に体が反応し、投擲の動作を取る。投げるのは雪片弐型。
雪片弐型は敵ISの頭部を貫き、今度こそ完全に活動を止めた。けど、活動が止まりきる前に放たれたビームはもうどうすることも出来ない。それが一夏に迫る。
視界が真っ白な光で染まり、そこで一夏の意識は闇へと落ちていった。


†††


「ぶふあっ!?」

闇へと落ちた一夏の意識。それは口内に入ってきた異物によって強制的に目覚めさせられてしまった。

「死人すら目覚める、超高価な秘伝薬ね」

「凄い効果ですね」

馬と千冬の声が聞こえる。だが、一夏はそれを冷静に聞くことが出来なかった。
辛い、苦い、痛い。舌に走る激痛。怪しげな薬を飲まされたことにより悶え苦しみ、じたばたとベットの上を転がり回る。

「あいたっ!?」

「お前は何をしている?」

ベットの上で暴れていたために一夏はベットから落ち、足元に転がる一夏を見下ろして千冬は呆れたように言った。

「いたた……ここは?」

「保健室だ」

床から千冬達を見上げ、一夏は問う。その問いに短く簡潔に、千冬が答えた。

「何があったか覚えているか?」

「確か敵の攻撃を受けて……ああ、俺はあのまま気を失ったのか」

「そうだ。正面から敵のビームを受けたんだぞ。その上、お前はISの絶対防御をカットしていたな? よく死ななかったものだ」

(あれ? 絶対防御ってカットできないシステム根茎じゃなかったっけ?)

そう思う一夏だったが、自分の記憶違いかと自己完結する。何せ、一夏にはISの知識が圧倒的に不足していた。だから勘違いだと思い、このことに関してはこれ以上深く触れなかった。

「油断大敵ね。やったと思った時が一番気を引き締めなければならない時ね。いっくんはそこのところがまだまだ未熟ね」

「まったくです。これは普段の修行をもう少し厳しくする必要がありますね」

「うえっ……」

自身の失態を指摘され、修行が増えるという言葉に一夏は嫌そうな顔をする。現状でもかなりきついのにこれ以上増えたら死なないかとしゃれにならないことを思いつつ、今更ながらに思ったことを口に出した。

「そういえば……なんで馬さんがここにいるんですか?」

「それは、いっくんの成長を見るために……」

「馬さんのいつもの悪い癖だ。既にカメラは破壊した」

「ああ、なるほど」

馬にかぶせていう千冬の言葉に、一夏は納得した。それと共に軽蔑したような視線を馬に向ける。

「ちなみに千冬姉、携帯は確認した? 最近の携帯は高性能だからさ、おそらくそれにも馬さんは……」

「これ、いっくん!」

指摘されて慌てるあたり、どうやら図星らしい。

「それなら心配する必要はない」

「ちょ、千冬ちゃん! それ、おいちゃんのけいた……」

「確認するまでもなく、破壊する」

「ああっ!」

千冬の手にはいつの間にか馬の携帯が握られており、そのまま握力によって握りつぶされてしまった。
ガラクタへと成り下がる携帯。それを見て、馬が悲痛な叫びを上げる。

「う、うおお~~~!!」

「まあ、なんにせよ無事でよかった。家族に死なれては寝覚めが悪い」

そんな馬をスルーし、千冬は柔らかな表情を一夏に向ける。とても優しげな、実の弟である一夏にしか見せない顔だった。

「千冬姉」

「うん? なんだ?」

「いや、その……心配かけて、ごめん」

千冬は一夏の言葉にきょとんとした後、小さく笑った。

「心配などしていないさ。お前はそう簡単には死なない。なにせ、私の弟だからな」

変な信頼の置かれ方だと一夏は思う。けれど、これは千冬の照れ隠しの一種なので気にはならなかった。むしろ信頼してくれることが嬉しく、一夏も釣られて小さく笑った。

「千冬姉」

「今度はなんだ?」

「俺さ、白もいいけど千冬姉には黒が似合うと思うんだけど」

「は?」

一夏の言葉に、千冬の目が点になる。
現在、一夏は未だに床に倒れていた。そこから千冬を見上げるように見ている。そう、千冬の足元から千冬を見上げているわけであり、スカートの中身がバッチリと見えていた。
黒のパンストから透けて見える実の姉の純白の下着は、なんともいえないエロさを醸し出していた。

「っ!?」

「へぶっ!!」

千冬は真っ赤な表情で一夏の顔を踏みつける。一夏は珍妙な呻きを上げて再び意識を手放した。
千冬は荒い息を吐き、キッ、と馬を睨みつける。

「馬さん! あなたの所為で一夏が悪影響を受けているんですが!?」

「いい傾向ね。エッチなのは生命力の証。きっといっくんはどんな状況でも生き残るね」

「そんな証は要りません!」

激情のままに怒鳴る千冬。心の底から馬を軽蔑し、どうしようもない怒りを向けていた。
当の一夏は未だに床の上で、とても満たされた表情で気絶していた。


†††


「一夏……」

人の気配を感じた。一夏はいつの間にかベットで寝ていた。既にここには千冬と馬がいないので、そのどちらかが一夏をベットに戻したのだろう。そのことに感謝しつつ、一夏は目を開ける。

「鈴」

「っ!?」

一夏の目先には鈴の顔があった。しかも鼻先三センチの距離だ。

「……何してんの、お前」

「おっ、おっ、おっ、起きてたの!?」

「気配を感じてな。それと鈴の声が聞こえたから。で、どうした? 何をそんなに焦ってるんだ?」

「あ、焦ってなんかないわよ! 勝手なこと言わないでよ、馬鹿!」

「馬鹿はないだろ、馬鹿は。そもそも馬鹿馬鹿言い過ぎだ。口癖か?」

「あんたが馬鹿なんだから仕方ないでしょう!」

真っ赤な表情で一夏と言い争いながら、鈴はベット脇の椅子に腰掛ける。そんな鈴の顔を見て、一夏はあることを思い出した。

「あ、そういえば試合は中止なんだよな?」

「あんなことがあったんだし、当然じゃない」

「再試合とかないのか?」

「今のところ決まってないみたいよ」

「マジかよ……」

正直、試合のことなどどうでもよかった。クラスの女子は学食でデザートの半年フリーパスが手に入らなくて残念だろうと肩を落とすだろうが、一夏にはそれよりも重要な問題があった。

「なら、試合前の約束はどうなるんだ? あのまま続けてたら、絶対俺が勝ってたよな?」

「そ、そんなわけないじゃない! 私は仮にも代表候補生よ! まだまだ奥の手を隠し持ってたんだからねっ!」

一夏が勝てば、毎日一夏に弁当を作るという約束。つまりは鈴が一夏の彼女になるということだ。
そして、あのまま試合を続けていたら勝ったのは自分だと述べる一夏に、鈴は更に顔を赤くして否定した。

「まぁ、俺は試合の勝敗はどうでもいいんだけどな。それにしても腹減った……そういえば鈴、こっちに戻ってきたってことはまたお店やるのか? 鈴の親父さんの料理、うまいもんな。また食べたいぜ」

「あ……その、お店は……しないんだ」

「え? なんで?」

一夏の言葉に急に鈴の表情が暗くなる。

「あたしの両親、離婚しちゃったから……」

その言葉が一瞬、一夏には信じられなかった。なにせ、あんなに仲の良さそうな夫婦だったのだから。
けれど、鈴が冗談や嘘を言っているのではないということは雰囲気で分かる。

「あたしが国に帰ることになったのも、その所為なんだよね……」

「そうだったのか……」

今にして思えば、あのころの鈴は酷く不安定だった。何かを隠すように明るく振舞うことが多く、一夏にはそれが妙に気になっていた。けれど、当時の一夏は鈴の力になることが出来なかった。過去に戻ることが出来れば、自分で自分を殴りたい衝動に駆られる。

「一応、母さんの方の親権なのよ。ほら、今ってどこでも女の方が立場が上だし、待遇もいいしね。だから……」

ぱっと明るく振舞おうとした鈴だが、その声がまたすぐに沈む。

「父さんとは一年会ってないの。たぶん、元気だとは思うけど」

一夏には、鈴にどんな声をかければいいのか分からなかった。鈴の両親が離婚したという事実は、一夏の心にも少なからずの影を落とす。
家族がバラバラになる。それは絶対にいいことじゃない。だが、そうせざるを得ない状況になったのだろう。
気前のいい、鈴の父親のことを思い出す。鈴にそっくりで、活動的な母親を思い出す。
どうしてだろう? どうして、あの夫婦が離婚してしまったのだろう? そのことについては間違っても鈴に聞けることではない。何せ、一番辛いのは鈴自身なのだから。

「家族って、難しいよね」

鈴の言葉に、一夏は実感が湧かなかった。千冬だけが一夏にとって、血のつながった家族。両親の顔は知らず、梁山泊の者達を本当の家族のように思っているが、そんな難しさなど今まで感じたことがない。
それでも、今の鈴を放っておくことは一夏には出来なかった。

「鈴」

「ん、なに?」

鈴が無理に明るく振舞おうとして、苦しげな笑みを浮かべる。それ以上は見てられず、一夏はベットから起き上がって鈴を抱きしめた。

「へ、ええっ!? ちょ、一夏!?」

鈴の顔は見えないが、おそらくまたも真っ赤に染まっているのだろう。荒い息遣いが聞こえる。
一夏は鈴の耳元で囁くように小さく、けれどハッキリと言った。

「俺が鈴を幸せにするから」

鈴が中国に帰る時、意味すら分からずに言ったあの言葉とは違う。今度はちゃんと意味を理解し、真っ直ぐ鈴に向けて続ける。

「その、さ……まだ高校生だから将来のことについては未定だけど、それでも俺は鈴のことを大事にするから。何か困っていることがあれば力になるから。だから……」

「いち、か……」

熱い。照れ臭さで焼き切れてしまいそうなほどの熱を感じる。心臓が早鐘の如く脈を打ち、一夏の息も荒くなっていた。

「試合の決着は付かなかったけど、俺の彼女になってくれないか?」

「一夏」

鈴の声は震えていた。とてもか細く、縋るように一夏に問いかけてくる。

「あたしなんかで……いいの?」

「鈴だからこそいいんだ。俺は鈴のことが好きだ」

「あたしも……あたしも一夏のことが前からずっと好きだった」

「うん……ごめんな、今まで気づいてやれなくて」

「……あれ? 一夏、約束の意味って理解してたんじゃないの?」

「やばっ……ごめん、あれ嘘。本当は馬さんに相談するまでぜんぜん気づかなかった」

「なによそれ……」

「本当にごめん」

「もういいわよ……結局、一夏があたしの気持ちに応えてくれたから」

カミングアウトされた事実に呆れつつ、鈴は小さく笑っていた。
一夏は鈴を抱きしめる力を緩め、正面から顔を見詰める。彼女となった幼馴染を見て、意地が悪そうに笑っていた。

「それはそうと鈴。やっぱこういうのって男の方からするべきだと思うんだよ」

「へ?」

呆ける鈴に反応する間を与えない。一夏はそう言って、即座に行動した。顔を近づけ、そのまま唇を奪う。鈴の瞳が大きく見開かれていた。思わずじたばたと暴れるが、一夏によって抱きしめられているためにうまく動けない。それでも鈴は抵抗しようとする。

「いてっ」

「あ、ごめん……じゃなくて!」

鈴のチャームポイントともいえる八重歯が一夏の唇に引っかかり、口元からは血が滲み出していた。それでも一夏は満たされたような表情をして、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

「い、一夏! あんた、さっきは起きて……」

「ああ、起きてたぞ。狸寝入りだ。だから鈴が何をしようとしていたのかバッチリ見てた」

「っ……この、馬鹿馬鹿馬鹿!」

「実を言うと俺、かなりエロいんだよね。鈴みたいな可愛い彼女が出来たし、色々とやってみたいことがあるんだ」

「ひゃうっ!? い、一夏、どこ触ってんのよ!?」

「ん、お尻」

「変態変態変態!」

いつの間にか一夏の手は鈴の臀部に伸びており、存分に揉みしだいていた。鈴も一夏を罵倒こそしているが、大した抵抗をしない辺りは悪い気はしないのだろう。
一夏は笑う。鈴は恥ずかしがる。甘く、桃色な雰囲気。そんな中、この雰囲気を完膚なきまでに破壊する乱入者が現れた。

「な、なんだ!?」

「え、なに? どうしたの!?」

耳を劈く破砕音。その音は保健室のドアの方から聞こえてきた。一夏と鈴はドアへと視線を向けるが、そこには既にドアなんてものは存在しなかった。完全に破壊され、破片となって辺りに飛び散っている。
そして、ドアの代わりに鎮座する阿修羅のような存在。阿修羅は鈴にギンと鋭い視線を向け、底冷えしそうな声で鈴に宣言した。

「よろしい、ならば戦争だ。凰鈴音!」

阿修羅の正体は千冬。最強無敵の一夏の姉だった。

「魔王ノブナガ!?」

「そういうネタはやめろと何度も……まぁ、それはいい。今は関係ない。一夏、私は言ったな? お前の嫁になる者は私を倒すことが条件だと」

「だから、それ無理ゲー過ぎるだろ千冬姉! そもそも嫁じゃなくて彼女だから。俺高校生だし、その話はまだ早い!」

「そんな屁理屈が通ると思うか?」

「屁理屈じゃないから! 事実だから!!」

「うるさい! お前は私のだ。凰、貴様が欲しいというのなら奪い取ってみろ!」

「何たる暴君……」

一夏と千冬の言い争いを、鈴はただ呆然として聞いていた。いきなりすぎる乱入者。その正体が千冬であり、ブラコン全開の発言をしたことが信じられないのだろう。普段の千冬を知るものなら誰もが唖然、騒然とする光景だった。

「ちっ、鈴! 逃げろ!!」

「えっ!?」

だから次の瞬間、何が起きたかも理解することが出来なかった。中国の代表候補生である鈴が、状況を理解することが出来ない。それほどの攻防が一瞬の内に行われていた。

「ここは俺が食い止める! だから、少しでも遠くに……」

「ええい、一夏! 何故私の邪魔をする!? 私はただ、あいつを始末しようと……」

「姉の凶行を止めるのが弟の役目だ! 千冬姉、正気に戻ってくれ!」

「私は正気だ!」

「そんなわけあるかっ!! 俺の知る千冬姉はこんなことをしない!」

振るわれる凶器(出席簿)。それを避け、受け流し、払う一夏。常識を超えた、超人レベルの戦闘。その光景に呆気に取られ、鈴は固まっていた。

「お前が私に勝てると思うのか!?」

「達人級に勝てると思うほど思い上がっちゃいないさ。だから……」

いつまでたっても逃げ出さない鈴に痺れを切らし、一夏は鈴の元に駆け出す。そもそも達人級の千冬とやりあうこと自体が無謀なのだ。ならばすることはひとつだけ。

「あ……」

「戦略的撤退ィィ!」

鈴を抱き上げ、一目散に逃げ出す。戦うことが無謀なら逃走すればいいのだ。如何に千冬が達人級の実力者とはいえ、ここはIS学園で、千冬は教師であり、専用機を有していない。いくらなんでも、空を飛ぶ存在を追うことは出来ない。

「来い、白式!」

一夏は窓から飛び出し、白式を展開して空へと逃げ出した。未だに状況を理解し切れていない鈴は、現実味を帯びない声でポツリとつぶやく。

「なんだったのよ、一体……」

「悪夢……かな?」

姉の豹変に一夏も戸惑いを隠せず、力のない言葉を吐く。
なにやら千冬は、一夏に彼女が出来たことによって覚醒したようだった。
今、IS学園に騒動の種が生まれた。






















『おまけ』

「ちーちゃん、おっまたせー!」

「束か……よく来たな」

「そりゃ愛しのちーちゃんのせっかくの呼び出しだもん。地球の裏側からでも駆けつけるよ~」

「そうか……」

夜、どこかのおでんの屋台。そこで千冬は酒を飲み、久しく友人と再会していた。その友人の名は篠ノ之束。千冬の教え子である箒の実の姉であり、天才(天災)と称される科学者。

「ちーちゃんがご飯を奢ってくれるってのも珍しいしね。あ、おじちゃん、私はんぺんね」

「あいよー」

束は屋台の親父に注文を述べ、出されたはんぺんをはむはむと食べ始める。

「今日呼び出した訳なんだが……実はお前に頼みがあってな」

「なになに? ちーちゃんのお願いだったらなんだって聞いちゃうよ」

「実は……専用機を一機、用意して欲しい」

そんな中、何気なく言われた千冬の注文。その言葉に束の瞳が怪しく光り、興味深そうに千冬を見詰めた。

「へえ~……一度は引退したちーちゃんが専用機を欲しがるなんてどんな心境の変化なのかな?」

「実はな……一夏に彼女が出来た」

「へ?」

あまりにも唐突過ぎる話題の変換。普通ならそれがどうしたって話になるだろうが、その言葉に束は鋭く食いつく。

「えっ、いっくんに彼女が? え、それってお相手はまさか箒ちゃん?」

「違う……中国の代表候補生、凰鈴音だ」

「へ~……凰鈴音って言うんだ。へ~……その名前、束さんの抹殺リストもとい、興味対象上位にランクインだよ」

「殺すなよ」

「あっはっは~、わかってるよ、ちーちゃん。で、つまりはその凰鈴音って子に対抗するために専用機が欲しいんだね?」

「話が早くて助かる。まぁ、実際凰ならどうとでもなるのだが、一夏が問題だ。あいつは凰のことを気に入っていているからな。その上、かなりの実力を付けてきた」

「流石いっくん。もっとも、あそこにいたのなら当然なのかな? それはそうとしーちゃんは元気でやってる?」

「しぐれさんか? この間会ったが、あの人は相変わらずだった」

「へ~、そうなんだ」

楽しそうに騒ぐ千冬と束。一夏のサード幼馴染、鈴は何気に大ピンチを迎えていた。




























あとがき
後半……どうしてこうなった!?
この回で一夏と鈴のことには決着をつける予定でした。その結果こうなりました。この作品のメインヒロインは鈴です、それは決定。
なのに千冬が覚醒、ブラコン全開に。一夏と鈴の明日はどうなる!?
おまけはラグナレクものを書く予定だったのにどうしてこうなったのだろう?
まぁ、これはこれで気に入ってるので別にいいですけど。それはまた今度ということで。
なんにせよこれで一巻編が完結。次回から二巻編に突入です。ここまで来れたのは読者の皆様方のおかげ。本当にありがとうございます。これからも更新がんばりますので、応援よろしくお願いします。
次回はいよいよ兼一登場の予定。IS学園が舞台のSSですからどうしても彼の影が薄くなってしまうよな……
影が薄いといえば箒……いや、彼女は嫌いじゃないですよ。むしろ好きなキャラですよ。けどなぁ……
なんにせよ、がんばります。



[28248] BATTLE13 梁山泊
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/10/09 01:34
『俺が鈴を幸せにするから』

画面から聞こえたその音声に、一夏の頭の中は真っ白になった。

『その、さ……まだ高校生だから将来のことについては未定だけど、それでも俺は鈴のことを大事にするから。何か困っていることがあれば力になるから。だから……』

『いち、か……』

画面に映る一夏と鈴は抱き合っており、背後では逆鬼が冷やかすように口笛を吹く。その音が一夏の耳を打ち、無性に腹が立った。

『試合の決着は付かなかったけど、俺の彼女になってくれないか?』

『一夏』

「いやーーー、よく撮れたね」

元凶、馬にはもはや殺意すら抱いていた。帽子で目元が隠れていているが、顔がにやけているのは十分に分かる。

『あたしなんかで……いいの?』

『鈴だからこそいいんだ。俺は鈴のことが好きだ』

『あたしも……あたしも一夏のことが前からずっと好きだった』

『うん……ごめんな、今まで気づいてやれなくて』

『……あれ? 一夏、約束の意味って理解してたんじゃないの?』

『やばっ……ごめん、あれ嘘。本当は馬さんに相談するまでぜんぜん気づかなかった』

『なによそれ……』

『本当にごめん』

『もういいわよ……結局、一夏があたしの気持ちに応えてくれたから』

「ちょ、そこまでっ! ストーップ!!」

暫し呆然としていた一夏だが、ふと我に返ってテレビの電源を切る。映像が消え去り、画面が黒く染まった。

「なにをするね。ここからがいいとこだというのに」

「黙れ盗撮魔! 人のプライバシーをなんだと思ってるんですか!?」

一夏の絶叫が梁山泊内に響き渡る。
もう五月も終わりごろの日曜日。IS学園での生活も落ち着きを見せ、一夏は久しぶりに梁山泊へと顔を出す。そこでは馬が撮影した映像の上映会が行われていた。

「迂闊だった。まさかカメラや携帯の他にもビデオカメラを隠し持っていたなんて……」

「いっくんに千冬ちゃんもまだまだ甘いね。ビデオカメラの件にしてもそうだけど、おいちゃんが撮影していたことにまったく気づかなかったのだから」

「達人が完全に気配を消してて、俺が気づけるわけないじゃないですか。それに千冬姉はなんか冷静じゃなかったし……」

「あれにはおいちゃんも驚いたね。それほどいっくんに彼女が出来たことが衝撃的だったのだろうね」

「あんな千冬姉は初めて見ました。ってか馬さん! あの現場にいたなら撮影なんかよりも千冬姉を止めてくださいよ!!」

「自分で蒔いた種は自分で刈り取るべきね」

「一体、俺がなにをしたって言うんですか?」

「どうやらいっくんに彼女は出来ても、根本的な部分が変わっていないようね」

千冬の暴走を思い出し、馬に文句を言う一夏。けれど馬はため息を吐いて肩をすくめ、呆れたように言い返す。

「気になる言い方ですね……そういえば、しぐれさんとアパチャイを見ませんね。それに秋雨さんも」

一夏もため息を吐き、それと同時に疑問を吐き出す。他にも梁山泊の主である長老、隼人も姿を見せないが、彼はふらっと放浪の旅をする癖があるために機にしない。隼人の心配などするだけ無駄だった。

「アパチャイは鳩の餌やりに行ったね。しぐれどんは『いつもの』ね」

「ああ、『いつもの』ですか」

しぐれもしぐれで、長老のように唐突に姿を見せなくなることがあった。とはいえ、二、三日もすれば平然と帰ってくるから梁山泊の者は何も気にしていない。一夏も同様で、納得と頷いた。

「一夏さん、お茶ですわ」

「ありがとう、美羽。でも困ったな。しぐれさんに稽古をつけてもらおうと思ったのに」

にこにこと微笑みながら、美羽が一夏にお茶の入った湯飲みを差し出す。一夏はそれを一礼して受け取った。

「それで、秋雨さんは?」

「秋雨さんなら兼一(けんいち)さんと一緒に走り込みに行ってますわ。ですので、もう少ししたら帰ってくるかと」

「兼一?」

聞き覚えのない名だ。首を傾げる一夏に対し、美羽はとても楽しそうに説明をしてくれた。

「そういえば、一夏さんにはまだ紹介していませんでしたわね。実は、最近うちに入門した方なんです。私のクラスメイトで、一夏さんや弾さんの手を借りずに初めて出来たお友達でもあるんです」

「そうなんだ。おめでとう、美羽。で、その友達が入門したって? 梁山泊(ここ)に?」

「はい」

美羽は楽しそうで、とても嬉しそうだった。それは一夏からしても大変喜ばしいことだが、それよりも非常に気になる単語が聞こえた気がした。

「美羽……お前は友達を死地に追いやるつもりなのか?」

「そ、そんなつもりはまったく。ただ、兼一さんにも事情がありまして、うちに入らざるをえない状況に陥ったといいますか……」

「どんな状況だよ、それ。それにしても秋雨さんと走り込みか……無事に帰ってくるといいな」

「そんな心配をしなくてもちゃんと帰ってきますわよ。ただの走り込みなんですから怪我をするなんてありえませんわ」

「まぁ、ただの走り込みかどうかはさておき、それもそうか」

案じるのは、兼一という美羽の友人の身。梁山泊の豪傑の中では比較的常識を持つ秋雨だが、彼の扱きが尋常ではないことを一夏は知っている。
走り込みで負傷を負うことはないだろうが、それでも未だ会わぬ兼一という人物を心配せずにはいられなかった。

「ただいま」

「あ、お帰りなさい、秋雨さん」

「おや、一夏君。来ていたんだね」

そんなことを考えていると、当の秋雨が帰ってきた。ということは兼一と言う人物も帰ってきたはずであり、一夏はキョロキョロと辺りを見渡す。

「秋雨さん。兼一って人はどこなんですか?」

「ああ、美羽にでも聞いたのかな? 兼一君なら今は、中庭で基礎トレーニングをしているよ」

「走り込みの後に基礎トレーニングですか? 相変わらずみっちりやりますね」

「何事も基礎が大事だからねえ」

一夏も秋雨達の手により、基礎をしっかりと叩き込まれていた。それはまさに鬼のような扱きだった。それを思い出し、背筋がぶるりと震える。
だから、一夏が兼一のことを気にするのは当然だった。

「中庭ですね。さて、どんな基礎トレーニングを……」

中庭に足を進める。先からは少年の悲鳴のような叫びが聞こえてきた。

「うがあああああああああああっ!!」

おそらくは彼が兼一なのだろう。黒髪と黒い瞳、如何にも日本人といった風貌をした少年。左目の目元にある絆創膏が特徴的だった。
彼は半裸で中腰となり、足をロープなどで縛られていた。膝の上にはご飯が盛られた茶碗が載っており、頭の上には沸騰したお湯の入ったお椀が置かれている。お椀には『忍耐』とかかれていた。
更には『努力』、『根性』と書かれた大きな壺。それを指の力だけでつかみ、握力を強化させるのだろう。壺の中には水も入っているためにかなり重い。股の下には『精神力』と書かれた線香立てが置かれており、火の点いた線香が差されているので腰を下げることは許されない。
腕にはバンドが巻かれており、そのバンドには棘が付いていた。腕が下がると脇に刺さるという仕掛けで、常に腕を上げていなければならない。
中腰で腕を広げ、指の力だけで壺を持ち上げる。下手に動けば火傷を負うというこの状況。それを見て、一夏はポツリとつぶやく。

「なんだ、思ったより軽めの基礎トレーニングだな。うん、兼一って奴もがんばってるし、邪魔しちゃ悪いな」

梁山泊の想像を絶する扱きにより、一夏の感覚は完全に麻痺していた。梁山泊の修行がとんでもないことに変わりはないが、あの程度なら準備運動にも入らないという認識だ。

「指が、指がちぎれるぅぅぅ!!」

「美羽に組み手の相手でもしてもらうかな? 美羽~」

せっかく梁山泊に戻ったのだから、自らも鍛えようと美羽に声をかける。
一夏は兼一に背を向け、中庭から去った。


†††


「そういえば美羽、転校したんだってな。せっかく名門の松竹林(しょうちくりん)高校に受かったってのに」

「ご存知でしたか。まあ、隠せることでもありませんわよね」

道義に袖を通し、一夏と美羽は対峙する。千冬以外の者とは久しぶりにやる組み手だ。

「そのとおり。馬さんに聞いたよ。しかも、いじめられてたんだって?」

「べ、別にそんなことは……ただ、わたくしが目立ちすぎた所為で……」

蹴りを主体とした美羽と、手数を重視した一夏の攻防。
かわし、受け、流す。その際に一瞬だけ、美羽に隙が出来たことを一夏は見逃さなかった。

「隙あり」

「あ、ずるいですわ!」

ぴたりと、美羽の顔の数センチ前で一夏の拳が止まる。会話の最中に隙を突かれたことで、美羽は不満そうに頬を膨らませた。

「油断する方が悪い。そうか……いじめか。なんで俺に相談してくれなかったんだ?」

「穏便に済ませたかったといいますか……一夏さんに相談したら相手のところに殴り込みに行きそうでしたから。あの時もアパチャイさんを宥めるのが大変だったんですよ」

なんだかんだで一夏は手が早い。小学校の時、クラスに溶け込むことが苦手だった箒をいじめていた男子と殴り合いの喧嘩をし、転校してきたばかりでいじめの標的となった鈴を庇うために大立ち回りを演じたりしていた。

「それは否定しない。でも、まぁ……それは別にしても美羽は友達を作るのが苦手だったからなぁ」

「うぅ、そうなんですよ。だから兼一さんがお友達になった時は本当に嬉しかったんです」

新たな組み手を始める。その際に会話も継続し、一夏と美羽は拳と蹴りによる攻防を始めた。

「確かに美羽は弾や鈴、響に祐馬も俺の経由で知り合ったからなぁ。セシリアは旅行の時に成り行きで。だから、自分の力で作った友達は初めてなわけか」

「はい!」

嬉しそうに美羽が笑う。またも出来た隙を突き、一夏は足払いを仕掛けた。

「おっと」

それを美羽は、跳んでかわす。

「お、かわしたか」

「同じ手は喰らいませんわ」

着地し、今度は美羽が鋭い蹴りを上段に放ってきた。

「なんだかんだで今を楽しくやってるならいいけど、転校するならIS学園って選択肢はなかったのか? 美羽の成績なら転入試験も楽勝だろ」

「大変魅力的な話ですが、IS学園の転入には試験結果だけではなく、国の推薦がなければ入れませんわよ」

「そこは千冬姉のコネを使ってだな。それに美羽はISの適正って、確かAだっただろ? 俺より才能あるんじゃないか?」

女性しか動かせない兵器、ISだが、それには才能や素質なども関係する。ISとの適正を調べ、それをランクとして表すのだ。政府はIS操縦者を募集する一環で、希望者はタダでその適正試験を受けられる。
Aランクは代表候補生クラス。美羽の他にセシリアや鈴もこのランクだ。
ちなみに箒はCで、一夏はBランク。もっともこれは、訓練機で出した最初の格付けなのであまり意味はない。

「冗談はさておき、一夏さん、鈴ちゃんとはどんな感じなんですの?」

「別に冗談じゃないんだけどなぁ。知り合いが少ないし、美羽が転入してくれたらいろいろと助かるんだけど」

互いに小さく笑い合う。その際に一夏の腕と美羽の腕が交錯し、互いに弾けたように腕を引いた。

「美羽も腕を上げたな」

「一夏さんこそ。それで、鈴ちゃんとはどうなんですの?」

「そんなに気になるのか?」

「はい」

美羽の笑顔が一段と輝く。やはり美羽も年頃の少女なのか、恋愛ごとには人一倍の興味を持っていた。
もっともそれは他人の色恋沙汰についてであり、自身の色恋に関してはかなり鈍い。なにせ、弾が好意を抱いていて露骨なアピールを繰り返したというのに、それに気づかないほどなのだ。
前にそのことを遠回しに指摘したら、一夏だけには言われたくはないと返されてしまった。

「その、なんていうか……鈴って可愛いよな」

「元から鈴ちゃんは可愛いですわよ。一夏さんは果報者ですわよ」

「それはまぁ……確かに」

「鈴ちゃんもきっと、幸せでしょう。けど、そうなると今度はセシリアちゃんが可愛そうですわ」

「なんでそこでセシリアの名前が出るんだ?」

「……一夏さんって、彼女が出来ても根本的な部分は変わりませんわね」

「さっき、馬さんにも言われたよ、それ」

美羽が呆れたように息を吐いた。またも隙が出来たので、今度は手刀を放つ。美羽は再び跳んでかわした。けれど、それだけでは終わらない。羽のように宙を舞い、空中から針のように鋭い蹴り技を放つ。
一夏は自ら地面に倒れ、転がりながら回避した。

「今のは危なかった」

そして、すぐさま立ち上がる。

「惜しかったですわ」

「本当に腕が上がったな、美羽。もう少しこの組み手を続けたいけど、午後からは鈴とデートだからそろそろ終わらせないと」

「ま、そうなんですの? デートですか、よろしいですわね~」

その会話を最後に、互いににやけていた表情が引き締まる。この組み手の決着がつこうとしていた。




「だ、誰だよあの人……」

一夏と美羽の最後の打ち込みが行われる少し前、道場のふすまを少しだけ開け、中の様子を伺う少年の姿があった。彼は先ほどまで基礎トレーニングをしていた人物、兼一。
道場の方から物音が聞こえ、基礎トレーニングが終わったので様子を見に来て見れば、そこでは美羽が見覚えのない少年と組み手をしていた。
美形だと兼一は思う。非の打ち所がない、理想的なイケメン。兼一の妹であるほのかならジャニーズ系と褒め称えることだろう。
しかも美羽となにやら会話を交わしており、内容は聞こえないがとても楽しそうだった。その光景が兼一を存分に焦らせる。

「うが~!! 誰なんだよあれ!? まさか彼氏? そ、そんなわけ……うわあ~んっ!!」

兼一は美羽のことが好きだ。一目惚れであり、彼女のあり方に一瞬で心奪われてしまった。
強く、心優しく、真っ直ぐな美羽。そんな彼女に惹かれ、いつか守ってあげられるくらいに強くなりたいという目標を持つ。だから兼一は強くなろうと決意し、梁山泊の激しい修行にも耐え抜いているのだ。もっとも強くならなければ自分の身が危ないということから、修行をやめるにやめられない状況なのだが。
それでも兼一が梁山泊に居続けているのは、美羽の存在が大きいだろう。

「なんだよあれ、なんなんだよあれ! 反則だよ。かっこいいし、美羽さんと互角にやり合えるほど強いし。誰なの? あの人誰なのおお!!」

「織斑一夏。少し前にニュースで大々的に取り上げられたから、兼ちゃんも名前は知っているはずね」

「うわっ、びっくりした!?」

取り乱す兼一に、背後から掛けられる声。その声の主は馬であり、いつの間にか後ろに回っていた馬の存在に兼一は肩をびくりと震わせる。

「え……織斑一夏? あ、それって世界で唯一ISを動かした男って有名なあの人!?」

「そうね。織斑一夏こといっくん。彼は元々、この梁山泊に住み込みで修行をしていたね。今は全寮制のIS学園に通っているから、兼ちゃんが会うのは初めてね。ちなみにIS学園は女の子ばかりでとても良いところね……羨ましい」

「はぁ……」

今の時代、ISを知らない者はいない。流石に専門的な知識は持ち合わせていない兼一だが、それでも織斑一夏という名前は知っている。
そして少しだけ思う。一夏のことが羨ましいと。なんだかんだで兼一も男だった。

「まぁ、安心するといいね。美羽といっくんは互いのことを家族として認識しているし、なによりいっくんは彼女持ち。美羽はフリーだから希望はあるね」

「そうなんですか!? よかったぁ……あの人が美羽さんの彼氏だったらどうしようと思いましたよ」

「そうだったら万が一にも兼ちゃんに勝ち目はないね」

「うっ……」

ぐさりと兼一の胸に言葉の刃が突き刺さった。ルックスだけでも既にかなりの大差がついている。

「なに、男は顔じゃないね。とはいえ、兼ちゃんがいっくんに勝っているものがあるかどうか……武術の才能にしたって、兼ちゃんの遥か上を行くからね」

「ぐふっ……」

さらに追撃の刃が突き刺さる。兼一はその場に跪き、プルプルと震えながら無力感に叩きのめされていた。

「それはそうと基礎が終わったのなら修行ね。少しでも強くなるために、おいちゃんが手解きしてあげるね」

「うぅ……」

泣きそうな兼一を引き連れ、馬の修行が始まる。その少し後に一夏と美羽の組み手の決着がつき、一夏の勝利で幕を閉じた。


†††


「やあ、俺は織斑一夏だ。一夏って呼んでくれ」

「あ、どうも。僕は白浜(しらはま)兼一」

「そうか。なぁ、軍曹って呼んでいいか?」

「どうしてそうなるの!?」

「いや、その声を聞くとどうもな……もしくは王様とか」

「あだ名を付けるのは構わないけど、そんな変なのはやめてよ。ってか、どこから出てきたの、その単語」

「まぁ、冗談はさておき、兼一と呼ばせてもらっていいか?」

「別にいいけど……それじゃ、僕は一夏さんで」

「同い年だし、同性だからさん付けはやめてくれ。なんかむず痒い。呼び捨てでいいよ」

「えっと……じゃあ、一夏君?」

「君付けかぁ……まぁ、別にいいか。よろしくな、兼一」

「うん、一夏君」

改めて一夏は兼一と対面する。まずは自己紹介。互いに名を名乗り、呼び名を決めた。

「それにしても、まさか梁山泊(ここ)に入門するとはな。勇気があるというか、無謀というか……」

「うぅ……僕もまさか、ここまで無茶苦茶な道場とは思わなかったよ」

「兼一はなにを習ってるんだ? 俺は剣術と柔術と中国拳法」

「あ、僕は空手と柔術、中国拳法にムエタイを」

「ムエタイ!! ムエタイってアパチャイにか!? ちょ、それはまずい。死ぬぞ!!」

「ぼ、僕だって……僕だって本当はやりたくなかった。けど、生き残るためには仕方ないんだ」

「事情はわかんないけど、アパチャイに師事する方が遥かにデンジャラスで死ねるぞ。悪いことは言わない、やめておけ」

「う、うぅ……」

二人は初対面だが、どこか通じるものがあったのだろう。互いの気苦労を吐露し、極めて良好な関係を築こうとしていた。

「アパ、来てたのかよ一夏。今戻ったよ」

そんな中、話題のムエタイ使い、アパチャイの帰宅。彼はニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべていた。

「ゆっくり話をしたいけど、その前に兼一の修行があるよ。その後で遊ぼうよ」

「いや、俺は昼から用事があるのでそろそろ失礼しようかと……」

「アパ……それは残念よ」

「すいません」

残念そうな顔を浮かべるアパチャイに罪悪感を抱きながら、一夏はそろそろお暇しようと準備を始める。

「兼一、修行がんばれよ。ひとつだけアドバイス……死ぬな」

「はい……」

兼一の肩にポンと手を置き、一夏は自分の荷物をまとめ始めた。

「一夏さん、鈴ちゃんによろしくですわ」

「分かった。美羽も元気でな」

「はい」

荷物をまとめ終え、美羽と一言二言言葉を交える。そしてちらりと、アパチャイと兼一が向かった中庭へ視線を向けた。
そこでは二人が向かい合い、これからミット打ちを始めるようだった。

「け、兼一……死ぬな」

「うふふ、大丈夫ですわよ」

「ホントか? 本当にそうなのか!? アパチャイって手加減を知らないんだぞ。比喩じゃなく、言葉そのものを!」

一夏の体がぶるぶると震える。前に一度だけアパチャイにムエタイを教わろうとした時、アパチャイの手によって死にかけたためだ。
あの時の出来事は今でも鮮明に思い出せる。それほどまでに一夏の記憶に深く刻み込まれ、トラウマと化していた。

「見ていれば分かりますわ」

美羽の言葉に促され、一夏は少しだけ修行風景を見ていくことにした。
アパチャイがミットを構え、兼一がそれに拳打や蹴りを放っていく。

「レウ! レウ!」

レウとはタイ語で『速く』という意味。アパチャイの指示に従い、兼一は更に速く、鋭くミットに打撃を叩き込んだ。

「そこで避けるよ!!」

その合間を縫い、アパチャイがミット越しにパンチを放つ。右腕が消失したかと思うような超高速のパンチ。それが兼一の顔面に直撃し、一夏は思わず渋い表情をした。アパチャイの本気の一撃を受けて、無事でいられるはずがない。

「はー……相変わらず凄いパンチだ。速すぎて見えなかったや」

だが、兼一は無事だった。アパチャイの一撃を受けて生きてる。今度は驚きの表情を浮かべ、一夏は美羽に向き直った。

「どうですか? アパチャイさん、手加減を覚えられたんですよ」

「凄いな……本当に驚いたよ」

「これで兼一さんや一夏さんにムエタイを教えられるって、本当に喜んでましたわ」

裏ムエタイ界の死神と呼ばれるアパチャイ。達人級の中でも上位の実力を持つ彼だが、未だに弟子を持ったことがなかった。
武術を修めた者にとって弟子は誇りであり、己の技術を後世に伝えるための大切な存在。そんな存在にアパチャイもあこがれており、いつか弟子を持つことを夢見ていた。
だから、本当に嬉しいのだろう。ムエタイを人に教えることが出来るようになり、初めての弟子が出来たことが。

「はい、また避けるよ!」

一夏は微笑ましそうにアパチャイを見る。アパチャイは優しく、とても良い人物だ。一夏が小学生の時はよく遊んでもらった。
梁山泊の者達を家族と思っている一夏だが、アパチャイの場合はそれに加えて歳の離れた親友という言い方がしっくりとくる。だから、そんなアパチャイの嬉しそうな顔を見ていると、まるで自分のことのように嬉しく感じられた。

「へぶっ!?」

その表情が引き攣る。

「……………」

美羽は言葉を失った。

「……お~~」

アパチャイは間の抜けたような表情で、冷や汗をたらりと流した。
今、アパチャイが放ったのは蹴り。テッ・ラーン(ローキック)だ。足元から掬い上げるように蹴り飛ばされ、兼一は宙で何回も回転し、頭から地面に落ちる。そして、ぴくりとも動かなかった。
アパチャイは確かに手加減を覚えた。けれど、足加減はまだまだだった。

「一瞬だけ、これならムエタイを教わってもいいかなと思ったけど……やっぱりやめとこう」

「キャー!! 兼一さーん!!」

梁山泊は今日も騒がしい。


























あとがき
二巻編を始める予定でしたが、その前に外伝、梁山泊編を。兼一の登場です。
それにしてもケンイチって、季節感というか時期が分かりにくいんですよね。一巻開始が入学から一ヶ月くらいなので五月。それから空手部と揉めて梁山泊に入門し、主将を倒して、個人的には今の時期は武田戦前だと思っています。
既に手加減を覚えたアパチャイ。けど、足加減がまだまだでした。兼一の苦難もまだまだこれからです。

次回は五反田食堂編を書きたいなと思います、二巻開始ですね。一夏が既に鈴とくっついてるんで蘭涙目……
ハーレムルート云々は読者の皆様方の意見に流されているところがありますが、それでも、それでもセシリアだけは……
当初、セシリアと鈴をヒロインにするといってましたしね。セシリアが少々アグレッシブといいますか、素直に攻める予定。
さて、次回は五反田食堂編ということでこんな短編をどうぞ。












その名は我流W






「クソッタレがぁ!!」

五反田弾。彼は足元にあったゴミ箱を蹴飛ばす。ゴミ箱は壁に当たり、ゴミを散らしながら転がっていった。

「落ち着け、弾」

「これが落ち着いていられるか!」

「そうですよトール。これは忌々しき事態です」

トールこと祐馬が荒れる弾を落ち着かせようとする。が、弾はその程度では落ち着かず、ジークこと響も同調するように、帽子を深く被り直して頷いた。

「スネイクの奴らふざけやがって! 蘭を攫っただぁ!? 上等だ! 一人残らず地獄に送ってやる!!」

「おい、どこに行く!?」

「決まってるだろ! スネイクのアジトに乗り込むんだよ!!」

スネイクとは弾の所属するチーム、ラグナレクと敵対関係にあるチームだ。
要するに不良集団であり、スネイクの連中はラグナレクの幹部である弾をおびき出すため、妹の五反田蘭を人質として誘拐したのだ。それに怒り狂った弾は鼻息を荒くし、今にも殴りこみを仕掛けそうな雰囲気だった。

「だから落ち着け。一人で行っても返り討ちにあうだけだ」

「ならどうしろってんだ!? 蘭を見捨てろってか!!」

弾は祐馬の胸倉をつかみ、腹の底から怒鳴りを上げた。
蘭は弾にとって大切な妹だ。そんな選択肢など存在するわけがない。祐馬もそのことはちゃんとわかっており、手を振り払ってから弾を宥める。

「一人で行けば返り討ち。だが、二人ならどうだ? 三人なら?」

「それって……」

「ええ、私達も妹君を助けに行きます」

かけられる力強い言葉。友が困っているというのなら、その友のために動く。熱い、男と男の友情。

「一夏殿にも先ほど連絡を入れました。すぐに向かうとのことです。ここは戦力を整え、確実に救出しましょう」

「響……」

「こんな時だからこそ冷静にならんでどうする? 大丈夫、蘭はワシらが絶対に助け出す」

「祐馬……」

弾の目頭が熱くなった。彼らは友のためならば命を懸けるだろう、そんな奴らだ。そんな奴らだからこそ、弾は共につるんでいる。

「すまない、ありがとう」

「まだ、お礼を言う必要はありませんよ」

「そうだ、それは無事に蘭を助け出してからだ」

結束を固め、いざ、蘭の元に向かおうとする三人。だが、その三人に待ったをかける存在がいた。

「待て」

「オーディーン……」

ラグナレクの将、第一拳豪のオーディーンこと朝宮龍斗(あさみや りゅうと)。彼の登場に弾は生唾を飲み込み、重々しい口調で問う。

「なんですか? いくらあなたの言葉でも、俺達は止まりませんよ」

「そうじゃない。別に止める気はないよ。ただ、スネイクの奴らには誰に喧嘩を売ったのかちゃんとわからせる必要がある」

龍斗から弾への返答は、とても予想外なものだった。

「ラグナレクに直接の関係がない君の妹を攫ったんだ。その報いを受けさせるため、スネイクの連中は今日潰す。僕も行くよ」

「オーディーン」

ラグナレクトップの参戦。その事実に、弾は驚愕する。

「オーディン……蘭はやりませんからね」

「君はなにを言っている?」

弾の言葉を聞き流し、龍斗は眼鏡を掛け直した。

「待てよ、オーディーン。最近退屈なんだ。そんな面白そうなことに俺を連れて行かない気か?」

「私も行こう。欄とはそれなりに面識もあるしね、放ってはおけない」

そして、更なる戦力の加入。第二拳豪バーサーカー。第三拳豪フレイヤ。この二人を加え、彼ら六人はスネイク殲滅へ向かう。
ラグナレクの敵対チーム、スネイクの運命は風前の灯だった。


†††


「うわああああっ!」

「な、なんだよあれ!?」

「化け物だ……」

風前の灯……いや、それどころかスネイクは今にも鎮火してしまいそうな勢いだった。
ラグナレクの敵対勢力なだけあり、百を超える人数で結成されているスネイク。だが、その集団がたった一人の手によって壊滅しようとしていた。

「我流~~~~~~っ……W(ホワイトォォォォォ)」

謎の少年、その名は我流W(ホワイト)。学ランに身を通し、宇宙刑事のような面をした十代半ばほどの人物がスネイクを相手に大暴れしていた。

「彼は何者なんだ……?」

現場に駆けつけ、呆気に取られるオーディーン。

「弾、あれって……」

「ふむ、非常に酷似したメロディーを感じますね」

「なにやってんだ、一夏の奴……」

我流Wの正体に感づく三名。面で顔を隠しているが、間違いない。彼は弾、祐馬、響共通の友人である織斑一夏その人だった。

「ホワイトォォォォォ!!」

「へぶっ!?」

「どふっ!!」

ゴミのように一掃されるスネイクの連中。その光景を見て、フレイヤは引き攣った表情を浮かべていた。

「本当に人間なのか?」

「面白そうな奴だな」

バーサーカーは我流Wに興味を持ったようで、くっくっと小さく、不敵な笑みを浮かべていた。

「流石に数が多いな……なら、無敵超人直伝、108秘儀が一つ」

そういって、一夏はある構えを取った。世界的有名で、王道なバトル漫画に出てくる構え。それを見て、祐馬はポツリとつぶやく。

「そういえば子供のころ、かめはめ波を出せないかとよく真似たものだ」

かめはめ波。男なら一度はあこがれる必殺技。けれど、それを実際に出来る人などいない。そんなことが出来れば、それは既に人ではない。人を、人類をやめているといっても過言ではない。

「梁!!」

それでも我流Wは、

「山!!!」

織斑一夏は、

「波!!!!」

やってのけた。人を、人類をやめた。
掌から波を出し、人をまとめて吹き飛ばす。何人も地に倒れたが、それ以上に戦意を削げたのが大きい。

「波が出たぞ、波が!!」

「逃げろ! あんな怪物に勝てるわけがねぇ!!」

「わああああああああ!!」

蜘蛛の巣を散らすように逃げていくスネイクの構成員。我流Wは敵が一人もいなくなったことを確認すると、呆けている弾達の下へ歩み寄ってきた。

「やあ、君が五反田弾だね。安心するといい。君の妹、蘭ちゃんは既に我流P(ピンク)が保護した」

「ああ、ありがとうな……それはそうと一夏、お前何をやってるんだよ?」

「っ? ち、違う! 俺は織斑一夏ではない。我流Wだ!!」

「いや、嘘はいいから。お前って嘘が下手だな。それに俺は一夏としか言ってないぞ。なのになんで織斑って苗字を知ってるんだ?」

「そ、それは……」

面をしているが、それでも我流Wが動揺しているのがよくわかった。最初っ殻まったく隠せていないが、それでも一夏は隠し通せると踏んでいたのだろう。はっきり言って馬鹿である。

「おっと! 我流B(ブラック)からの通信だ。今すぐ向かわないと!! 世界の平和を守る我流Wとして、この場は失礼する!」

「あ、逃げた……」

腕にはめていたおもちゃの通信機見て、我流Wはそうつぶやく。そして脱兎のごとく、その場から離脱した。
その背中を弾は呆然と見送る。

「なんだったんだ、一体……」

なんにせよ、悪は滅びた。蘭は無事に戻り、更に一夏に好意を寄せる原因になったことをここに明記しておく。
そして一夏と弾が激しく激突したとかしなかったとか……














あとがき2
正義の味方、我流Wでした。
ちなみにこのおまけの時期は一夏の中学時代。鈴が転校して、セシリアがイギリスに帰った数ヵ月後くらいですかね?
秋雨達に師事してる時点で我流じゃないですが、おまけですので。ちなみに我流Bは千冬ですw
梁山波を使う一夏。正直やりすぎかと思いましたが、反省はしていません。しょせんはおまけですしね。
さて、上にも明記してますが次回は二巻、五反田食堂編。弾は書いてて結構楽しいキャラですw
次回も更新がんばります。

それはそうと熱すぎる原作史上最強の弟子。最近のサンデーで美羽が……
美羽の身も心配ですが、それはそうと相変わらずあの漫画ってエロいですよねw



[28248] BATTLE14 五反田食堂
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/11/17 07:35
「お引越しで……ひゃう!?」

「山田先生、どうかしましたか?」

唐突に一夏と箒の部屋を訪れた山田先生は、部屋に入るなり悲鳴を上げた。

「一夏……やはりその地蔵は普通の人なら引くぞ」

「あ~……それは俺も思う。捨てられるなら捨てたいんだけどなぁ。けど、そんなことすると秋雨さんに怒られるし」

その原因は一夏のトレーニング器具、秋雨懇親の作品、投げられ地蔵グレート。
部屋のインテリアにそぐわぬ異物は、気弱な山田先生を驚かすには十分過ぎる威力を持っていた。

「というか一夏……前々から思っていたんだが、その地蔵大きくなっていないか?」

「そうか? 陽気で育ったんだろ」

「育つか!!」

箒の鋭い突っ込みが入る。もはや軽いホラーだった。
実はこの投げられ地蔵グレート、定期的に交換されているのだ。少しずつ、サイズの大きなものへと。
秋雨が新たな投げられ地蔵グレートをIS学園に送り、その度に一夏は梁山泊に今まで使っていた投げられ地蔵を送り返す。そうすることによって投げられ地蔵は少しずつ大きく、重くなっていく。それは一夏の筋力が上がっていることも意味していた。

「それはそうと山田先生、一体なんの用なんですか?」

「おい、無視をするな!」

「あ、はい、そのですね……」

一夏と箒のやり取りにおどおどしながらも、山田先生はこの部屋に来た訳を言う。

「お引越しです」

「はい?」

誰が? まさか山田先生がこの部屋に引っ越してくるのだろうか?
一夏と箒は同時にそんなことを思う。

「……先生、主語を入れて喋ってください」

「は、はいっ。すいませんっ」

箒の突っ込みに山田先生は肩をびくりと震わせ、逆にこちらが申し訳なくなってしまいそうなほどの謝罪をする。

「えっと、お引越しするのは篠ノ之さんです。部屋の調整が付いたので、今日から同居しなくてすみますよ」

都合によって一夏と箒は今まで共に暮らしてきたが、どうやらそれは今日までらしい。

「え?」

箒が驚きの声を上げる。山田先生はにこやかな笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「えっと、それじゃあ私もお手伝いしますから、すぐにやっちゃいましょう」

「ま、ま、待ってください。それは今すぐでないといけませんか?」

まるで、引越しを嫌がるような箒の言葉。その言葉が山田先生には意外だったようで、ぱちくりと瞬きをする。

「それは、まぁ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活をするというのは問題がありますし、篠ノ之さんもくつろげないでしょう?」

「い、いや、私は……」

箒は言葉に詰まりながら、ちらりと一夏の方に視線を向ける。対する一夏はというと……

「それってつまり、俺は一人部屋になるということですか?」

「はい。この学園には織斑君以外に男子はいませんから、室全的にそうなります」

「よし!」

喜んでいた。

「念願の一人部屋だぜ! なにをしようかな? どんな模様替えするかな? この部屋のベットは俺の独占か!? いやぁ、夢が広がるな」

「い、一夏……」

「おう、箒。俺の心配はするな。そもそも朝起きるのは俺の方が早いし、歯もちゃんと磨く。だから安心しろ」

親指を立て、満面の笑みで箒を見送る一夏。箒の顔は次第に険しくなり、額には青筋がくっきりと浮かんでいた。

「先生、今すぐ部屋を移動します!」

「は、はいっ! じゃあ始めましょうっ」

渋っていた箒は意見を変え、勢いのままに山田先生にきつい視線を向けてしまう。その視線にまたも山田先生が震えていた。

「俺も手伝おうか?」

「いらん!」

一夏の申し出を突っぱね、箒はぶつぶつと呟きながら引越しの準備をする。

「……私がこうまで気にかけているのにお前という奴は……」

「なにか言ったか?」

「言ってない!」

たまに怒声が混じりつつ、作業は一時間も経たずに終わった。



「とりあえずベットの下に隠してたエロ本は本棚に移動するか。いやぁ、堂々とこういうのを仕舞えるってのはいいもんだな」

箒が出て行った後、一夏は早速この部屋を自分色に染め始めた。
千冬によって処分された一夏秘蔵のコレクションだったが、先日梁山泊に行った時に馬から新たなものを貰っていた。今までは箒が同室だったために日の目を見ることができなかったが、これから一人部屋なので好きなだけ目を通すことが出来る。

「やっぱり馬さんはすげえ。こんないいもんをポンとくれるなんて。最高だよ、馬さんは日本で二番目に素晴らしい中国人だよなぁ」

ちなみに一番目は鈴、愛しい彼女だ。この本に載っているようなことを鈴とやりたいなどと思っていると、コンコンと扉がノックされた。

「ちょっと待ってくれ」

一夏は本をベットの上に置き、扉に向かった。

「こんな時間にどちら様で……」

「……………」

「箒?」

扉を開けると、そこにはむすっとした顔で箒が突っ立っていた。

「なんだ? 忘れ物か?」

「……………」

問いかけに箒は答えない。

「どうかしたのか? まあ、とりあえず部屋に入れよ」

一夏は首を捻り、立ち話もなんなので箒を部屋に入れようとする。だが、思い出した。今はベットの上に如何わしい本があることに。それを箒が見たらなんと言うのか想像し、背筋に冷たい汗が流れる。

「いや、ここでいい」

「そうか」

「そうだ」

だから、箒がこう言ってくれたことに一夏は安堵の息を漏らした。扉の前に立ち、箒が話すのを待つ。

「……………」

「……………」

暫し、無言の時が流れた。

「あ~……箒。用がないなら俺は寝るぞ」

「よ、用ならある!」

「なら早く言えよ」

一夏の催促に箒は顔を赤らめ、ポツリポツリと言葉をつむいだ。

「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」

学年別個人トーナメント。六月の末に行うらしいそれは、クラス対抗戦とは違い完全に自主参加の個人戦らしい。
学年別で区切られている以外は特に制限もなく、各々の腕を試す絶好の機会だ。もっとも、専用機持ちが圧倒的に有利だという事実は変わらないが。

「わ、私が優勝したら……」

最後はびしっと指を突き刺し、力強く宣言した。

「つ、付き合ってもらう!」

「……はい?」

勇気を振り絞った、箒の告白。それに対する一夏の返答は、非常にあっさりしていた。

「別にいいぜ」

「ほ、本当か!?」

その言葉に、箒は瞳を輝かせる。だが、そのあとの言葉には天国から地獄に叩き落されたような気分になった。

「ああ、付き合うって買い物か何かにだろ? 幼馴染なんだし、別に優勝しなくてもその程度ならいつでも付き合うぞ」

「……………」

感情が顔から消える。箒は無表情で、背筋が震えるほどに冷たい声を発した。

「一夏……」

「おう、なん……」

次の瞬間、飛んできたのは拳だった。

「あぶねっ!?」

「避けるな!」

「無茶言うな!!」

一夏は箒の拳を難なくかわした。これも今まで修行を続けてきた成果だろう。だが、それは箒にとって気に入らないことだったらしく、鬼面のような表情をしていた。

「そういえばお前はそういう奴だったな。私があんなにも勇気を出して言ったというのに、お前という奴は……」

「なんなんだよ一体……訳がわかんねぇよ」

「うるさい、黙れ。そして一度死ね!」

「酷い言われようだな……」

呆れる一夏に対し、箒は怒りながら背を向け、そのまま歩き去ってしまった。


†††


「この間そんなことがあったんだよ。どういうことかわかるか、弾」

「お前死ねよ」

またも死ねといわれてしまった。これはいじめだろうか?
何気ない一言でも、時にはそれが他人を深く傷つけることを理解するべきだ。もっともそんなことを言ったら、お前が言うなと盛大に突っ込まれそうだが。

「で?」

「で? って、なにがだよ?」

六月の頭、日曜日。一夏は久方ぶりに友人の五反田弾の元を訪れていた。

「だから、女の園の話だよ。いい思いしてんだろ?」

「してねぇっつの」

「嘘をつくな嘘を。お前のメールを見てるだけでも楽園じゃねえか。なにそのヘヴン。招待券ねえの」

「ねえよバカ」

「美人なんだろ、お前の言うファースト幼馴染って子」

「まぁ、箒は確かにかわいいけどさ」

「それにセシリアも通ってんだろ? 数多くの女に囲まれ、その上質も高いときた。もうもげちまえよ」

「やだね。まだ一度も使ってないのにもげてたまるか」

格闘ゲームをしながら、馬鹿馬鹿しい会話を交わす一夏と弾。ちなみに弾はセシリアとの面識があった。彼女が梁山泊に保護されていた時に出会ったのだ。
弾はセシリアの容姿に一目惚れしたものの、セシリアが一夏に好意を持っていると知って絶望し、自棄になって勝負を挑んだが返り討ちにあったことを思い出す。あれはとても苦々しい思い出だった。

「それはそうと、いい加減に落ちろ!!」

「ははっ、腕っ節じゃ勝てねえけど、せめてゲームだけは負けるもんか!」

「言ってて悲しくならないか?」

「少しだけな……」

ちなみに、一夏と弾がプレイしているゲームは『IS/VS(インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ)』。発売月だけで百万本セールスを記録した超名作。タイトルどおり、ISを用いた大人気格闘ゲームだ。
データは第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』のものが使用されている。もっとも、第一回の大会優勝者である千冬のデータは諸事情によって入っていない。

「よっしゃ、また俺の勝ち!」

「おわ! きたねえ! 最後ハイパーモードで削り殺すのナシだろ~……」

そんなこんなで決着がついた。弾が勝利し、一夏が敗北する。これでIS/VSに対する一夏の連敗記録が更に伸びた。

「やっぱりイタリアのテンペスタは強いわ。つうかエグいわ」

「たまには別のキャラを使えよ。イギリスのメイルシュトロームとかよ」

「いや、あれすげえ使いづらいし、技弱いし、コンボ微妙だし」

セシリアが聞いたら激怒しそうだと一夏は思った。
これまたちなみに、このゲームのソフトを開発したのは日本のゲーム会社。日本だけではなく世界中に発売されたのだが、当然のように各国から苦情が来たらしい。曰く、『我が国の代表はこんなに弱くない!』と。
ゲームなのだからキャラによる性能差、またはコンボや特徴が異なるのは当然のこと。なのに理不尽なクレームを受け、困ったゲーム会社はなんと、モンド・グロッソの参加二十一ヵ国それぞれが最高性能化されたお国別バージョンを発売。これがまた売れた。

(内部数値いじるだけで二十一種類作れるんだから、ボロいよなぁ)

一夏は一体いくら設けたんだろうと思いつつ、そういえば世界大会が行われるはずだったことを思い出す。
だが、その世界大会でどの国のバージョンを使うかで揉めに揉め、結局中止になってしまったのだ。

「IS/VSもいいけど、俺はガンダムの方が好きだな。ガンダムやろうぜ」

「やだね。お前ガンダムだと理不尽なくらい強いから。お前はあれか、ニュータイプなのか?」

「どっちかっていうと、俺は種割れの方が好きだな」

「知らねえよ、お前の好みなんて」

一夏と弾がどうでもいい会話を続けていると、それは突然の訪問者によって中断された。

「お兄(にい)! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん! さっさと食べに……」

「あ、久しぶり。邪魔してる」

「いっ、一夏……さん!?」

ドカンと、ドアを蹴って開けたのは弾の妹、五反田蘭(ごたんだ らん)。歳はひとつ下で中学三年生。有名私立の女子校に通っている優等生だ。
最近暑くなってきたからなのか、蘭はとてもラフな格好をしていた。肩まである髪を後ろでクリップに挟み、服装はショートパンツにタンクトップという機能性重視の格好をしている。もっともIS学園に通い、周囲が女性だらけの一夏にとって、その格好は既に見慣れたものだった。
季節は六月の頭、夏の始まり。今日は晴れているが梅雨時なのでじめじめと蒸し暑い日が続く。そのためにやたらと胸元の開いている服を着た女子が多かった。
一夏以外に男の視線がないからか、とても開放的というかなんと言うか、ほとんどの女子がノーブラで過ごしている。
鈍いといわれる一夏だが、彼だって健全な高一男子。その上馬の影響を受けているためにかなりエロい。何度理性が崩壊しそうになったことか。今は見慣れたが、あのままではいろいろとまずいことになっていたかもしれない。

「い、いやっ、あのっ、き、来てたんですか……? 全寮制の学園に通っているって聞いてましたけど……」

「ああ、うん。今日はちょっと外出。梁山泊に顔を出したついでに寄ってみた」

「そ、そうなんですか……」

現在の時刻は正午過ぎ。午前中、早朝から十時ほどまでは梁山泊で秋雨監修の地獄の基礎トレーニングを済ませてきた。
最近、武術の腕どころか発明の腕まで達人級に達してきた秋雨は様々なトレーニング機材を作り、それを一夏や兼一で試したりしている。その発明がだんだんと怪しげな方面に行っているのは、修行を受ける側としてはたまった話ではなかった。

「蘭、お前なあ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思われ……」

弾が言いかけたところで、蘭がギンッ、と強烈な視線を向けた。
その視線に体をすぼめ、小さくなっていく弾。相変わらずわかりやすい勢力図だ。女尊男卑を抜きにしても、弾は妹である蘭に頭が上がらなかった。

「……なんで、言わないのよ……」

「い、いや、言ってなかったか? そうか、そりゃ悪かった。ハハハ……」

「……………」

弾が苦々しい笑みを浮かべる。蘭は一夏に視線を向け直し、取り繕った笑みを浮かべた。

「あ、あの、よかったら一夏さんもお昼どうぞ。まだ、ですよね?」

「あー、うん。いただくよ。ありがとう」

「い、いえ……」

パタンとドアが閉じ、静寂が訪れる。そんな中、一夏はポツリとつぶやいた。

「しかし、アレだな。蘭ともかれこれ三年の付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれないのかねぇ」

「は?」

弾が一夏を『なに言ってんだこいつ』と言いたげな表情で見つめる。

「いや、ほら、だってよそよそしいだろ。今もさっさと部屋から出て行ったし」

「……………はあ」

「なんだよ?」

「いやー、なんというか、お前はわざとやっているのかと思う時があるぜ」

「?」

「まあ、わからなければいいんだ。俺もこんなに歳の近い弟はいらん」

「わけわかんねぇよ」

共にため息を吐くも、すぐに気を取り直した。

「まあ、いいや。とりあえず飯食ってから街にでも出るか」

「おう、そうだな。昼飯ゴチになる。サンキュ」

「なあに気にするな。どうせ売れ残った定食だろう」

売れ残った定食。それは五反田食堂では別の意味の名物、カボチャ煮定食だ。
カボチャがメチャクチャ甘いためにあまり人気がない。もっとも友人の響はどういったわけかこの定食がお気に入りで、五反田食堂を訪れたらまずこれを注文する。

「じゃ。ま、行こうぜ」

弾の部屋を出て一階へ。一度裏口から出て、正面の食堂入り口へ戻る。
五反田食堂は自宅兼店の造りだが、こうしなければ行き来することができない。多少面倒だが、『この造りのおかげで私生活に商売が入ってこないんだよ』と弾が言っていた。

(そういうものなんだろうか?)

疑問に思う一夏だったが、そこに暮らしている者が満足しているなら別にいいだろう。
食堂に入り、中を見渡す。

「うげ」

「ん?」

弾が奇声を上げたために、一夏も弾と同じ方向を向く。
そこにはテーブルがあって、上には一夏達の昼食が用意されていた。さらには先客。

「なに? 何か問題でもあるの? あるならお兄ひとり外で食べてもいいよ」

「聞いたか一夏。今の優しさに溢れた言葉。泣けてきちまうぜ」

先客は蘭だった。弾は嘆く。こんな場面でハンカチでも出せればいいのだが、あいにく一夏にそんな持ち合わせはない。

「別に三人で食べればいいだろ。それより他のお客さんもいるし、さっさと座ろうぜ」

「そうよバカ兄。さっさと座れ」

「へいへい……」

なんだかんだで三人一緒に昼食を食べることになり、席に座る。その時、ふと蘭に視線を向けて気がついた。

「蘭さあ」

「は、はひっ?」

「着替えたの? どっか出かける予定?」

「あっ、いえ、これは、その、ですねっ」

さっきまでのラフな格好とは違い、蘭は半袖のワンピースを着ていた。スカートは短く、そこから見える脚は美しい。その上わずかにフリルの付いた黒いニーソックスは、こう男心をくすぐる。こういうのを絶対領域というのだろう。
髪も下ろされ、ロングストレートとなっている。キューティクルが綺麗だった。

「可愛いね。似合ってるよ」

「か、かわっ……ありがとうございます」

ボッと顔が赤くなり、照れ臭そうに下を向く蘭。弾が非常に殺気立った視線で睨んでくるが、一夏は平然と受け流す。

「もしかしてデート? 相手は幸せ者だな」

「違いますっ!」

照れ臭くも嬉しそうだった表情から一変。蘭はテーブルを叩いて即座に否定する。
もしかしたら、いや、もしかしなくとも一夏は地雷を踏んでしまった。

「ご、ごめん」

「あ、いえ……とにかく、違います」

ひとまずは謝罪。一夏が謝ると、蘭はしゅんとしおらしくなってもう一度否定をする。
その様子を横から眺めていた弾は、呆れたように口を開いた。

「違うっつーか、むしろ兄としては違って欲しくもないんだがな。何せお前、そんなに気合い入れたおしゃれをするのは数ヶ月に一回……」

次の瞬間、弾の顔は蘭の手によってがしりとつかまれる。アイアンクロー、それも口封じ(マウスキラー)と言う奴だ。弾の言葉どころか、正確に呼吸すら止めている。恐ろしい技術だ。

(どこで習ったんだ? 有名私立女子校のカリキュラムには護身術に止まらず、暗殺術でも教えているのか? それとも蘭も秋雨さん達みたいな達人に師事してるのか?)

一夏が疑問に思っている中、蘭と弾はなにやらアイコンタクトを交わしていた。

「……! ……………!」

「! ………!!」

見下すように弾を睨む欄と、許しを請う罪人のようにコクコクと頷く弾。
そんな光景を見て、一夏は微笑ましそうに言う。

「仲いいな、お前ら」

「「はあ!?」」

寸分違わず、見事にハモった。どうでもいい話だが、ハモるという単語はハーモニーが語源らしい。

「食わねえんなら下げるぞガキども」

「く、食います食います」

ぬっと厨房から現れたのは、齢八十を超える五反田食堂の大将、五反田厳(ごたんだ げん)だった。
長袖の調理服を肩までまくり上げ、剥き出しになっている筋肉は流石に逆鬼やアパチャイ、隼人なんかには及ばないものの筋肉隆々。
重たい中華鍋を一度に二つ振ることの出来るその豪腕は、熱気に焼けて年中浅黒い。サロンなんかに行くより何倍も健康的な焼け方だと思う。
ちなみにすぐ手が出る。一夏も何度か拳骨を喰らい、その威力は千冬に勝るとも劣らないことを知っていた。なんでも梁山泊の長である隼人とは古い友人だそうである。

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます……」

「おう。食え」

一夏、蘭、弾の順に手を合わせて言う。厳はそれを見て満足そうに頷き、厨房へと消えていった。五反田食堂の鉄板メニュー、業火野菜炒めの注文が入ったらしい。
包丁が野菜を刻み、まな板を叩く音が聞こえる。その後はジュウジュウと野菜を炒める音がし、それをバックに一夏達は雑談を始める。
この時、くれぐれも口に食べ物を含みながらしゃべらないことを心がける。そうしなければ中華鍋が飛んでくるからだ。

「えーと、誰だっけ? そのファースト幼馴染って奴」

「箒のことか?」

「そうそう。お前が可愛いって言ってたからどんな子なのか気になってな」

「確かに可愛いって言ったけど、どっちかっていうと美人になったって言う方が正しいのかな? 久しぶりに会ったから、ちょっとびっくりした」

「ホウキ……? 誰ですか?」

「ん? 俺のファースト幼馴染」

「ちなみにセカンドは美羽で、サードは鈴な」

「ああ、あの……」

美羽と鈴の名が出て、蘭の表情がわずかに硬くなった。この話題になるといつもそうだ。
仲でも悪いのかと思ったが、一夏の気づく範疇ではそのようなことはなかったと思う。本当に何故だろうと首を捻り、一夏は思い出したように言った。

「そうそう、その箒と同じ部屋だったんだよ。まあ今は……」

「お、同じ部屋!?」

一夏が言いかけると、取り乱した様子の蘭が勢いよく立ち上がった。その反動でワンテンポ遅れて椅子が倒れる。

「ど、どうした? 落ち着け」

「そうだぞ、落ち着け」

一夏と弾は蘭を落ち着かせようとするも、その蘭からは再び鋭い視線が発せられる。睨まれた弾は何も言えなくなり、下を向いていた。
ちなみに厳は蘭には甘い。一夏や弾が蘭のように椅子を倒したら、高速でおたまが飛んでくる。

「い、一夏、さん? 同じ部屋っていうのは、つまり、寝食を共に……?」

「まあ、そうなるかな。ああ、でもそれはこの間までの話で、今は別々の部屋になってる。当たり前だけど」

蘭の言葉に頷きつつ、一夏は揚げ出し豆腐を食べた。カボチャ煮以外は普通に美味しい。

「でも、それだと……い、一ヵ月半以上同せ……同居していたんですか!?」

「ん、そうなるな」

蘭がくらりとふらつく。そういえばこのことについては鈴とセシリアが騒いでいたなと思い出した。
弾は冷や汗をダラダラと流し、引き攣った表情を浮かべている。

「……お兄。後で話し合いましょう……」

「お、俺、このあと一夏と出かけるから……ハハハ……」

「では夜に」

有無を言わせぬ口調。弾の顔色が青く変色していく。

「おい、お前何か蘭を怒らせるようなことをしたのか? 素直に謝った方がいいぞ」

「お前の所為なんだよ!!」

一夏が親切心でアドバイスをすると、弾は烈火のごとく怒りをぶちまける。

「あだっ!?」

次の瞬間、弾の顔面におたまが直撃した。流石は厳だ。八十にもなってその腕は未だに衰えていない。

「……決めました」

「なにを?」

蘭が何かを決意し、それについて一夏が尋ねる。次に蘭から発せられた言葉は、おたまの直撃によって床に倒れた弾を覚醒させるには十分すぎる威力だった。

「私、来年IS学園を受験します」

「お、お前、何言って……」

再度のおたまの襲撃。弾はまたも崩れ落ちた。

「え? 受験するって……なんで? 蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

その超名門校の名前を失念している一夏だったが、それを無駄にしていいのかと純粋に心配していた。

「大丈夫です。私の成績なら余裕です」

「IS学園は推薦ないぞ……」

よろよろと立ち上がり、蘭を指摘する弾。
体力は低いが、復活が早い。響と同じくらい打たれ強いかもしれなかった。

「お兄と違って、私は筆記で余裕です」

「いや、でも……な、なあ、一夏! あそこって実技あるよな!?」

「ん? ああ、あるな。IS機動試験っていうのがあって、適性がまったくない奴はそれで落とされるらしい」

機動試験は簡単な稼動状況を見て、それを基に入学時点でのランキングを作成するらしい。
一夏もその試験で、試験官の山田先生と戦った。

「……………」

蘭は無言でポケットから何かを取り出す。それは折り畳まれた紙だった。弾はそれを受け取り、開いて中身を見る。

「げえっ!?」

関羽でも発見したような声を上げる弾。一夏もその紙を覗き込む。するとそこには、信じられないことが書かれていた。

「IS簡易適正試験……判定A……」

「問題は既に解決済みです」

美羽も受けたあのテストだ。政府がIS操縦者を募集する一環で行っている。
しかし、一夏の適正がBなのに対し、友人の妹がAなのはなにか思うところがあった。

「で、ですので」

こほんと咳払いし、椅子を戻してから蘭は腰掛ける。

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を……」

「ああ、いいぜ。受かったらな」

「や、約束しましたよ!? 絶対、絶対ですからね!」

「お、おう」

物凄い勢いで喰いついてくる蘭。思わず押されて、一夏はコクコクと二度頷いた。

「お、おい蘭! お前何勝手に学校変えること決めてんだよ! なあ母さん!」

弾は戸惑い、反対だとばかりに叫びを上げる。そして店員として働いていた母親に助けを求めた。
五反田食堂の自称看板娘、五反田蓮(ごたんだ れん)。実年齢は秘密とのこと。本人曰く、二十八から歳を取っていないそうだ。
いつもニコニコと笑顔を浮かべており、愛嬌のある美人だった。年齢不詳だが、看板娘を自称するのも頷ける。流石は蘭の母親といったところだろう。

「あら、いいじゃない別に。一夏君、蘭のことよろしくね」

「あ、はい」

「はい、じゃねえ!」

その蓮は、あっさりと蘭の意見を認めた。弾は更に声を荒らげる。

「ああもう、親父はいねえし! いいのか、じーちゃん!」

「蘭が自分で決めたんだ。どうこう言う筋合いじゃねえわな」

「いや、だって……」

「なんだ弾、お前文句があるのか?」

「……ないです」

今度は厳に助けを求める弾だったが、はっきり言って相手を間違ったとしか言えない。厳は蘭にメチャクチャ甘いのだ。そして五反田家では弾の地位はメチャクチャ低い。

「では、そういうことで。ごちそうさまでした」

いつの間にか昼食を食べ終えた蘭は箸を揃えて置き、合掌をして席を立つ。当然だが、自分の使った食器は自分で片付けていた。

「一夏」

「なんだ?」

蘭の様子を眺めていると、弾が意を決したように語りかけてくる。耳元に顔を寄せ、小声で言う。

「お前、すぐに彼女を作れ。すぐ!」

「はあ!?」

「はあじゃねえ! すぐ作れ! 今年……いや、今月中に!」

興奮し、弾はもはや叫んでいた。最初の小声はなんだったのかと思いたくなるほどだ。

「いきなりなんなんだよ……」

「いきなりでもなんでもねえよ! お前はそんなんだから鈴が苦労するんだよ!!」

「あ~、それについてはだな……」

鈴の名が出て、一夏の表情が引き攣る。なんだかんだで問題は解決したが、それでも今まで鈴の好意に気づかなかったことから一夏は負い目のようなものを感じていた。
弾は口ごもる一夏に対し、更に攻め立てるように言葉を続ける。

「女に興味がないなんてことは言わせねえぞ! お前のコレクション、見事なものじゃねえか!」

「ちょ、バ……こんなところで何言ってんだよ!?」

「やっちまえよ! お前ならやろうと思えばいくらでもやれるだろ!? くそっ、言ってて悔しくなってきちまった! もげちまえ!!」

「やだね。そもそもなんできれてるんだよ!?」

「きれてねえよ!」

絶対に嘘だと一夏は思った。多分、弾が酔っ払ったら、絶対に『酔っ払ってねえよ』というタイプだ。そう確信する。

「お兄」

そんなやり取りをしていると、いつの間にか蘭が戻ってきていた。ああも騒げば当然だろう。
弾は極寒の地に放り出されたように、ガタガタと震えている。とりあえず静かになったので、一夏も一旦落ち着き、自分の意見を述べた。

「っていうか、彼女なら既にいるんだが」

『………………』

その瞬間、五反田食堂に静寂が訪れる。弾は呆気に取られ、蓮はニコニコとした笑顔が固まっていた。厳も厨房からひょっこりと顔を出し、一夏を見ている。

「は、はあ!? ちょ、おまっ……初耳だぞ!」

「まあ、そりゃ初めて言ったし」

逸早く復活したのは弾だった。一夏の知る限り、ショックからの立ち直りが一番早い。

「相手は誰なんだよ!?」

「鈴だよ。日本に戻ってきてな。で、なんだかんだあって付き合うことになった」

「ああ、鈴か。鈴なんだな……」

一夏の言葉に、弾はどこか納得したように頷く。だが、弾は納得しても、絶対に、確実に納得できない人物が一人いた。

「え、えっ……」

その人物とは蘭だ。戸惑い、動揺し、焦燥を浮かべ、蘭は複雑な表情で一夏を見ていた。

「い、一夏さんと鈴さんが……」

「蘭?」

欄の様子がおかしいことに気づき、一夏は首を傾げる。異変に気づきはしても、その理由までは理解していない。
彼女が出来ても、やはり一夏の根本的な部分は変わらなかった。

「は、ははっ、あはは……」

蘭から乾いた笑みが漏れる。今にも崩れてしまいそうなほどに脆く、儚い表情だった。

「あ、蘭!」

背を向け、蘭はそのまま走り去ってしまった。声をかけるが、それが蘭に届いた様子はない。
呆然とする一夏に対し、飛んできたのは弾の拳だった。

「いーちかァ!!」

「あぶねっ!? なにすんだよいきなり!」

「黙れ! お前蘭を泣かせたな? 殺す! お前だけはぶっ殺す!!」

「ちょ、待てよ弾! 落ち着け!!」

避ける一夏だったが、弾の攻撃はそれだけでは終わらない。殺意を持って、流れるような連続攻撃を仕掛けてくる。

「そもそも話を振ったのはお前だろうが!?」

「それはそれ、これはこれだ!」

「意味わかんねえよ!」

一夏はかわす。かわしてかわしてかわしまくる。
そのやり取りを終結させたのは、厨房から飛んできたおたまと中華鍋だった。

「いたっ!?」

「あいた! 熱っ!?」

おたまが弾の頭に直撃し、中華鍋が一夏の顔面に直撃する。しかも、中華鍋は先ほど業火野菜炒めを作っていたものであり、余熱によってかなり熱かった。
幸いにも火傷はしなかったが、少しだけひりひりする。

「静かにしろガキども!」

「「はい……」」

投擲した人物、厳の一括によって一夏と弾は沈黙する。
その様子に満足そうに頷く厳だが、ジロリと一際鋭い視線を一夏に向けた。

「一夏君」

「は、はい……」

思わず背筋が伸びた。尋常じゃない視線に晒され、君付けで呼ばれたことが更に緊張感を煽る。
喉がからからに渇き、少しでも潤すためにごくりと生唾を飲み込む。

「野菜炒めの具になるか?」

「え、遠慮しときます……」

五反田厳。彼の瞳は本気だった。


















あとがき
五反田食堂編の今回。原作のやりとりそのまんまの気もしますが、鈴と付き合ってるのでところどころ変更点があります。あと、ここの一夏は馬の影響を受けてますので……
蘭、玉砕。いや、嫌いじゃないんですよ。むしろ好きなキャラですよ。なんだけど……一夏、あんた鈍感で無神経すぎる。レイフォンより手に負えないんじゃないかと思うこのごろ。
それはさておき鈴といちゃつく話も書きたいと思っているんですが、順序があるといいますか、原作イベントをなぞってるのでもう少し先になるといいますか……
とりあえず次回はシャルとラウラの登場です。いやぁ、今からシャルをいじるのが楽しみです。ここの一夏はある意味漢ですからw
そして次回、千冬姉大暴走です!
どうなるかは次回以降のお楽しみ。今回は本編が長かったのでおまけはなしです。すいません。
次回もよろしくお願いします。



[28248] BATTLE15 転校生
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/10/31 13:09
「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」

「そのデザインがいいの!」

「私は性能的に見てミューレイのがいいなぁ。特にスムーズモデル」

「あー、あれねー。モノはいいけど、高いじゃん」

月曜日の朝。一夏は休日が終わりかったるい気分だったが、女子達は元気だった。カタログ片手にわいわいと騒ぎ、それぞれの意見を交わしている。

「そういえば織斑君のISスーツってどこのやつなの? 見たことない型だけど」

「あー、特注品だって。男のスーツがないから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリット社のストレートアームモデルって聞いてる」

話を振られて、一夏は答えた。
ちなみにISスーツというのは文字通り、IS展開時に体に着ている特殊なフィットスーツのことだ。
このスーツなしでもISを動かすことは可能だが、その場合はどうしても反応速度が鈍っているらしい。その理由は授業でやったが、一夏はすぐに思い出すことができない。首をひねり、思考を巡らせていると、

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」

山田先生が得意気に説明してくれた。
どうでもいいことだが、防弾性と聞くとしぐれからもらった鎖帷子を思い出す。当初は彼女のお下がりを使用していたが、一夏の体が成長したために入らなくなり、今では新たに拵えた鎖帷子を使用している。
なんでも特別な製法で作られたものらしく、しぐれ曰く『ぴすとるの弾も通さない』そうだ。
その鎖帷子とISスーツ。いったいどちらが防弾性に優れているのだろうと、一夏はどうでもいいことを考えていた。

「山ちゃん詳しい!」

「一応先生ですから……って、や、山ちゃん?」

「山ぴー見直した!」

「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。えっへん……って、や、山ぴー?」

入学してから大体二ヶ月。山田先生には八つくらい愛称がついていた。慕われている証拠だろうが、舐められ、遊ばれているようにも見える。

「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」

「えー、いいじゃんいいじゃん」

「まーやんは真面目っ子だなぁ」

「ま、まーやんって……」

「あれ? マヤマヤの方が良かった? マヤマヤ」

「そ、それもちょっと……」

もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」

「あ、あれはやめてください!」

珍しく山田先生の口調が強くなった。明らかな拒絶。『ヤマヤ』というあだ名に何かいやな思い出でもあるのだろうか?
そういえば小学生のころ、鈴もあだ名でトラウマを抱えていた。『リンリン』というあだ名だ。
鈴は中国人であり、クラスの男子に『リンリンってパンダの名前だよなー。笹食えよ笹』という風にからかわれていた。あの時のことは今でもよく覚えている。何せその日に、一夏は四人相手に大立ち回りをしたからだ。
当然圧勝。四人をボコボコにしたのは良いものの、その後は先生にこっぴどく怒られた。曰くやりすぎだとか。
たかだか鼻血が出て、口を切っただけなのに大袈裟だと一夏は思う。

「と、とにかくですね。ちゃんと先生と付けてください。わかりましたか? わかりましたね?」

「「「はーい」」」

女子は返事をするが、その返事に誠意がこもっていないのはすぐにわかった。おそらく、山田先生のあだ名は今後も増えていくことだろう。

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます」

それまでざわざわとしていた教室が一瞬で静かになった。背筋を伸ばし、空気がぴっと張り詰める。
一組の担任であり、一夏の最強の姉である千冬の登場だ。

(あ、ちゃんと俺の出したスーツ着てくれてるな)

梁山泊に寄った時、一夏は千冬の夏用のスーツを出しておいた。それを千冬は早速使ってくれたようだ。
色は黒でタイトスカートと見た目はあまり変わらないが、使っている生地が薄手のものでかなり涼しいらしい。そういえば学年別トーナメントが今月下旬で、それが終わると生徒も夏服に変わるそうだ。

「今日からは本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもない者は、まあ下着で構わんだろう」

(いや構うだろう!)

一夏は心の中で千冬に突っ込みを入れる。女子は何も言わないが、おそらく一夏と同じことを思っているだろう。
IS学園には現在、唯一の男である一夏がいるのだ。いくらなんでも下着はまずい。目のやり場に困るし、なにより女子にも羞恥の問題がある。
それから話題に出た学校指定の水着だが、IS学園のものはスクール水着。それも絶滅危惧種の旧タイプだ。それを思い出し、一夏は夏が楽しみになる。馬も水泳の授業がある日は絶対に教えろと言っていた。おそらく、いや間違いなく進入し、盗撮するつもりなのだろう。

(そういえば体操服もブルマーだったなぁ、ここ)

これまた体育の授業が楽しみだ。そして馬と弾は大喜びだろう。
一応言っておくが、当然ながら一夏は短パンだ。男でブルマーを穿けば変態にしか見えない。
ここでISスーツの話に戻るが、学校指定のISスーツはタンクトップとスパッツをくっつけたような、とてもシンプルなデザインをしている。それがあるのなら、なんで各人によってISスーツを用意するのかという話になるが、ISは操縦者のデーターを蓄積し、それに合わせた使用へと変化する。そのために早い内に自分のスタイルを確立し、それに慣れるために必要なのだとか。
もっともクラス全員が専用機をもらえるわけがないので、個別のスーツにそこまでの意味があるのかどうかも疑問だ。女子にしてもISのためというより、ファッションの一部と思っているのかもしれない。
先ほど女子達がしていた会話にしてもそうだし、セシリアが『女はおしゃれの生き物ですから』なんて言っていた。

(そういえば『パーソナライズ』なんてのもあったな)

パーソナライズ。専用機持ちの特権と言えるだろう。これを行うとISの展開時にスーツも同時に展開される。着替える手間が省けるために非常に楽だ。
その時に着ていた服は一度素粒子にまで分解されてISのデーター領域に格納されるらしい。その詳しい内容や原理を一夏は覚えていないが、簡単に言うと『変身』の一言だ。
一夏もやはり男なために変身には憧れを持つ。戦隊ヒーローやバイク乗りのヒーローだったり。もっとも、ISは女性にしか動かせないわけだが。
ただし、パーソナライズはエネルギーを無駄に消費するのだとか。そのため、緊急時以外は普通にISスーツを着て、普通にISを展開した方が合理的だったりする。

「では山田先生、ホームルームを」

「は、はいっ」

一夏が物思いに耽っていると、千冬は既に話を終えていた。山田先生と交代をするが、その時山田先生は眼鏡をはずして拭いてたために、慌てて眼鏡を掛け直す。
わたわたとする山田先生を見て、一夏は小動物みたいだなと思った。子犬とかが似合いそうだ。

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

「え……」

「「「えええええっ!?」」」

その子犬(山田先生)の発言に、クラス中にざわめきが広がった。
IS学園に転校生。鈴の件もあるが、IS学園への転入はかなり難しい。それなのに二人も、このクラスに転校生が来るのだ。

(ていうか、なんでうちのクラス……? 普通分散させるもんじゃないのか?」

もっともな疑問を一夏が抱いていると、教室のドアが開いてその転校生が入ってきた。

「失礼します」

「……………」

クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきがぴたりと止まった。それはまるで嵐の前の静けさのようだ。
入ってきた二人の転校生。そのうちの一人は、なんと男子だった。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

その男子、シャルルはにこやかな笑顔を浮かべて一礼する。その姿を一夏を始め、女子達も呆気に取られた表情で見ていた。

「お、男……?」

女子の誰かがそう呟いた。

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を……」

受けの良い、人懐っこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いと中世的に整った顔立ち。紙は濃い金髪で長く、後ろの方で丁寧に束ねられていた。
体格は華奢に見えるが、別に痩せすぎてはおらずスマート。四肢のバランスも十分に良かった。
そんなシャルルを見て抱く印象は貴公子。嫌味のない笑顔は男の一夏でも眩しく感じられた。

「きゃ……」

「はい?」

「きゃあああああああーーーっ!」

まさに完璧。このような美形をクラスに放り込まれ、一組の女子達が冷静でいられるわけがなかった。
悲鳴のような歓喜の叫びが響き渡り、それは一瞬でクラス中に浸透する。

「男子! 二人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かった~~~!」

(元気だな、うちのクラス……)

相変わらずな女子達の反応に、一夏は呆れの混じった視線を向ける。
女子達の反応に驚いているシャルルとは、妙な親近感を感じることが出来た。

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

めんどくさそうに千冬がぼやく。千冬は十代女子のこういった反応を苦手とした。
心底鬱陶しく感じており、一夏は千冬が学生時代の時も一般的な女子とつるんでいたところを見たことがない。

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

山田先生の言葉に、ひとまず場は収まりをみせる。もう一人の転校生、彼女はかなり個性的な格好をしていた。
輝くような銀髪。どちらかというと白に近いかもしれないそれを腰近くにまで伸ばしている。綺麗な髪だが、特別に手入れをしているようには見えない。ただ伸ばしっぱなしという印象を受けた。
そして左目には眼帯。医療用のものではなく、二十世紀の戦争映画の大佐、または海賊などがしていそうな黒眼帯。右目はウサギのように赤い瞳をしていた。

(瞳の色は違うけど、どっからどう見ても五番目の姉だろ、あれ。あ、でもあっちは眼帯が右の方だっけ?)

一夏はどうでもいいことを考える。あるアニメに出てくる少女にそっくりだが、それでも彼女に感じる印象は『軍人』。
あまり大きいとは言えないシャルルと比べて明らかに小さく、小柄な体躯をしていた。それでも背筋がびしっと伸び、冷たく、鋭い気配を放っている。どうやら、それなりに場数を踏んでいそうだ。
ちなみに制服はスカートではなくズボン。IS学園では個人の好みに合わせて制服をカスタマイズできるが、それでもズボンというのは珍しかった。

「……………」

当の本人は未だに口を開かず、腕組をした状態で教室の女子達を下らなそうに見ていた。正直、それに反論する弁を一夏は持ち合わせていない。
転校生の片割れは視線を千冬に向け、なにか指示を仰いでいるように見えた。

「……挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

千冬に言われ、ラウラと呼ばれた彼女はついに言葉を発する。

(声までそっくりだ!)

それを聴いた一夏は思わず噴出しそうになった。姿だけではなく声もそっくり。
冷たい印象を感じ、初めて会った少女だというのに、一夏はラウラに対して悪い印象を抱くことはなかった。むしろ好印象。佇まいを直して千冬に敬礼をするラウラに向け、期待の混じった視線を向けた。

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

千冬が先ほどとは違っためんどくさそうな表情を浮かべ、ラウラを諭す。
ラウラは返事をすると、軍人らしい動作で姿勢を正した。千冬を教官と呼んだことから、ほぼ間違いなくドイツの軍人。または軍施設関係者なのだろう。
とある事情で千冬は一年ほどドイツで軍隊教官として働いたことがある。その後は一年ほどの空白期間を置き、ここ、IS学園の教師となった。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

ラウラの自己紹介。だが、それだけ。たったの一言、自分の名前を言っただけだった。

「……………」

クラスメイトの沈黙。続けられる言葉に期待していたが、ラウラは回のように口を閉ざしている。

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

山田先生が困ったようにラウラに確認を取るが、帰ってきたのは無慈悲な即答の言葉だった。今にも泣きそうな顔をしている山田先生にはこう、保護欲がくすぐられるような気がした。

「! 貴様が……」

「ん?」

そんな時、ラウラと目が合った。ラウラは目が合うなり、つかつかとこちらにやってくる。
それはあまりにも突然。ラウラは右腕を振り上げ、そのまま一夏に平手打ちを放とうとした。

「何をしている?」

「きょ、教官!?」

そう、放とうとした。振り上げられたラウラの右腕は千冬にがっしりとつかまれ、みしみしと骨のきしむような音がしていた。
ラウラは苦痛と驚きによって、引き攣った表情で千冬を見ている。

「転校早々、いきなり一夏に手を上げようとするとはいい度胸だな。なんだ、そんなに死にたいのか?」

「い、いえ、そんなつもりは……」

「そんなつもりはなくともお前は死ぬ。今日、ここでな」

ラウラの腕をつかむ千冬の力が更に強くなる。ラウラは痛みによって涙目となり、プルプルと体を震わせていた。

「あ~、ちふ……織斑先生。その辺でいいんじゃないですか? ってか、それ以上はやばいって。折れるってマジで」

「骨の一本や二本くらいなんだ」

「普通に大怪我だから!」

一夏の突っ込みに千冬は平然と返す。ラウラの腕が折れようと構わないと、本気で思っているのだろう。
それはそうと、涙目で悶えるラウラは山田先生とは違う意味で保護欲をくすぐってくる。

「私に手を取られたことを幸運だと思え。もし一夏に触れていたら、この程度のことでは済まなかったぞ」

「織斑先生、俺のことを危ない奴みたいに言わないでください。どこの殺し屋ですか?」

それはそうと、千冬はどうしてこのようなことになってしまったのだろう?
最近過保護になったというか、弟離れの出来ない姉というか、鈴と付き合うようになってから千冬には大きな変化が見られた。
梁山泊の者達曰く、元からブラコンの気はあったらしいが、最近はそれが酷くなってきた気がする。どうしてこうなってしまったのだろうと、一夏は頭を抱えた。

「さて、それではホームルームを終わる。ボーデヴィッヒ、お前は早く席に着け」

千冬は手を放し、ラウラに指示した。

「私は認めないからな! 貴様がこの人の弟であることなど、認めるものか!」

「いいから早くしろ!」

「はうっ!?」

一夏に捨て台詞を吐くラウラだったが、千冬の出席簿によって黙殺されてしまう。
頭を押さえ、痛そうにその場に蹲った。

「何を見ている? 解散だ」

今まで呆気に取られ、様子を見ていた女子達に千冬の声が響いた。
ホームルームは終わった。ならば一時間目の授業に向けて準備をする必要がある。
今日は第二グラウンドで二組と合同の授業だ。なんでもIS模擬戦闘を行うらしい。
一夏は男であるため、教室で女子と一緒に着替えるなんてことはできない。なので急いで空いている更衣室に向かう必要があった。第二アリーナの更衣室。今の時間はそこが空いているはずだ。

「一夏。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

「あ、はい」

千冬の言葉に、一夏は素直に頷く。周りが女子ばかりなので、同じ境遇で転校してきたシャルルの存在は正直ありがたかった。

「君が織斑君? 初めまして。僕は……」

「ああ、いいから。とにかく移動が先だ。女子が着替え始めるから」

けど、のんびりするわけにはいかない。自己紹介や話したいこともあるが、次の授業は着替える必要がある。
時間があまりないため、一夏はシャルルの手を取るとそのまま教室の外に出た。

「とりあえず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

「う、うん……」

廊下を歩きながら説明する一夏。シャルルは頷くが、その返事にどうも落ち着きがない。

「なんだ? どうした? トイレか?」

「トイ……っ違うよ!」

「そうか。それは何より」

階段を下って一階に降りる。急がなければならない。時間がないこともあるが、それ以上に厄介な問題があるからだ。

「ああっ! 転校生発見!」

「しかも織斑君と一緒!」

他クラスの女子達の襲撃。ホームルームが終わったため、転校生の情報を得た彼女達は更なる情報を求めてシャルルの元に殺到してくる。
捕まれば最後。質問攻めの挙句に授業に遅刻し、千冬の制裁と特別カリキュラムが待っている。どうしても捕まるわけにはいかなかった。

「いたっ! こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

武家屋敷のようなノリで更に女子が集まってくる。一瞬だけ、法螺貝の音が聞こえた気がした。

「織斑君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」

「しかも瞳はエメラルド!」

「きゃああっ! 見て見て!ふたり! 手! 手つないでる!」

「日本に生まれて良かった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」

(いや、今年以外もちゃんとしたプレゼントしろよ)

どうでもいいことを考え、一夏は軽い現実逃避をした。

「な、なに? なんでみんな騒いでるの?」

状況が飲み込めないのか、シャルルは困惑した表情で一夏に尋ねる。

「そりゃ男子が俺達だけだからだろ」

「……?」

(いや、なんで『意味がわからない』って顔をするんだよ?)

首を傾げるシャルルに向け、一夏は小さなため息を吐く。

「いや、普通に珍しいだろ。ISを操縦できる男って、今のところ俺達しかいないんだろ?」

「あっ! ……ああ、うん。そうだね」

やっと意味が理解できたようで、シャルルは少し大袈裟に頷いてみせた。

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」

「ウー……何?」

「二十世紀の珍獣。昔日本で流行ったんだと」

「ふうん」

無駄な会話はここまで。まずはこの状況をなんとかする方が先決だ。
女子達の包囲網。これを抜け出さなければ話にならない。

「シャルル、俺に付いて来いよ」

「う、うん」

一夏は握っていた手を放し、シャルルに確認を取る。シャルルが頷いたのを確認し、助走をつけて壁を疾走した。

「え、えええええええっ!?」

一夏は走る。前方には女子がいるが、その横を勢いに任せて突破する。重力なんてなんのその。女子達の頭上を走り抜け、スタッと床に着地した。

「さあ、付いて来い!」

「無理だよ!」

シャルルから即答が返ってくる。一夏は微妙な顔をして、もう一度壁を走って戻ってくる。

「何故だ?」

「何故って、出来るわけないじゃない!」

「そうか? 意外と簡単だぞ」

「いやいや、無理だって」

「仕方ないな」

「えっ?」

一夏の取った行動に、シャルルは呆気に取られた。

「きゃあああああああああっ!!」

女子達からは歓喜の悲鳴が上がる。何故なら一夏がシャルルを横抱きで抱え上げたため、一部の女子が非常に喜びそうな絵面になったからだ。

「ったく、なんで男を抱えないといけないんだよ。これが可愛い女の子なら良かったのに」

「え、ちょ、ちょっとぉぉっ!?」

シャルルの意見は受け付けない。一夏はシャルルを抱えたまま、再び壁を走って女子達の包囲を抜けた。

「これでよし」

抜けることが出来ればあとは逃げるだけ。一夏は足には自信がある。人を抱えた状態でも、オリンピックで金メダルを取れる速度で走ることが可能だった。

「しかしまあ、助かったよ」

「な、何が?」

一夏は走りながらシャルルに言う。そのシャルルだが、何故か表情が赤かった。
そのことを特に気にせず、一夏は言葉を続ける。

「いや、やっぱ学園に男一人は辛いからな。何かと気を使うし。一人でも男がいてくれるっていうのは心強いもんだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ。それはそうと……いつまでこのままなんだよ?」

「わあっ!?」

第二アリーナも近くなり、女子達も振り切ったので一夏は少しだけ乱暴にシャルルを下ろす。
これが女の子なら優しく下ろすのだが、相手が男なためにまったく遠慮がない。
シャルルはよろけ、その場に倒れそうになったが、なんとか踏み止まる。

「酷いよ! 織斑君から抱きかかえたのに」

「アレは仕方なかったからだ。お前が壁を走れれば何の問題もなかった」

「だから無理だって!」

「まぁ、それはさておき、これからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

「スルーされた!? ……もういいや。よろしく一夏。僕のこともシャルルでいいよ」

「わかった、シャルル」

軽い自己紹介も終え、ついには第二アリーナの更衣室に到着する。
圧縮空気の抜ける音がしてドアが斜めにスライドし、その中に一夏とシャルルは入った。

「うわ! 時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ」

時計を見て、一夏が苦々しい表情を浮かべる。もうあまり余裕がない。
ISスーツは便利だが、実は凄く着づらい。一夏は急ぐために言いながら一気に制服のボタンを外し、ベンチに投げつけて今度はTシャツを脱ぎ捨てる。

「わあっ!?」

「?」

シャルルが大きな声を上げた。一夏は首を捻り、シャルルに視線を向ける。

「荷物でも忘れたのか? って、なんで着替えてないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃあ時間にうるさい人で……」

シャルルは未だに着替えていない。そのことに一夏は突っ込みを入れるが、当のシャルルはわたわたと慌てているだけだった。
同じわたわたでも、山田先生とシャルルがやるものには明らかな違いがある。正直、男がやるそれを見ても嬉しくもなんともない。

「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」

「??? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気はないが……って、シャルルはジロジロ見てるな」

「み、見てない! 別に見てないよ!?」

両手を突き出し、慌てて床に顔を向けるシャルル。どうしてこのような反応をするのだろうと一夏は疑問に思い、あるひとつの可能性を導き出した。

(も、もしかしてシャルルって……あっちの気があるのか!?)

一部の女子がとても喜びそうだが、一夏からすれば非常に厄介な答え。背筋が薄ら寒くなり、思わず括約筋に力が入った。
ここに来る道中で仕方がなかったとはいえ、横抱きをしたのは早まったかもしれない。

「まあ、本当に急げよ。初日から遅刻とか本当に洒落にならない……というか、あの人は洒落にしてくれんぞ」

最近一夏に甘くなった千冬だが、締めるところは締める。一夏に至らないところがあれば叱るし、遅刻しようものなら容赦なく出席簿が振り下ろされる。
その上修行は一切手を抜かず、最近は前にも増して厳しくなってきたような気がした。なので絶対に遅刻することは許されない。

「……………」

(なんだろう、視線を感じるんだが。後ろから)

後ろにいるのはシャルルしかいない。背筋に嫌な汗が流れた。

「シャルル?」

「な、何かな!?」

一夏が気になって視線を向けると、シャルルはこっちにちょっと向けていた顔を壁の方にやって、ISスーツのジッパーを上げた。

「うわ、着替えるの超早いな。なんかコツでもあんのか?」

「い、いや、別に……って一夏まだ着替えてないの?」

シャルルの着替えは既に終わっていたが、一夏の方はというとズボンと下着を脱いでISスーツを腰まで通したところで止まっている。

「これ、着る時に裸っていうのがなんか着づらいんだよなぁ。引っかかって」

「ひ、引っかかって?」

「おう」

「……………」

気の所為だろうか、シャルルがカーっと顔を赤くしている。

「よっ、と……よし、行こうぜ」

「う、うん」

一夏も着替えが終わったので、二人同時に更衣室を出る。グラウンドに出る途中で改めてシャルルを、彼が着ているスーツを見た。

「そのスーツ、なんか着やすそうだな。どこのやつ?」

クラスで女子達が話していた内容を思い出し、一夏が尋ねる。

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」

「デュノア? デュノアってどこかで聞いたような……」

「うん。僕の家だよ。父がね、社長をしてるんだ。一応フランスで一番大きいIS関連の企業だと思う」

「へえ! じゃあシャルルって社長の息子か。道理でなあ」

聞いたことがあるはずだ、デュノアとはシャルルの姓であり、更にはIS開発において世界で第三位の大企業だ。

「うん? 道理でって?」

「いや、なんつうか気品っていうか、いいところの育ち! って感じがするじゃん。納得したわ」

「いいところ……ね」

(やべ……やっちまったか?)

ふと、シャルルが視線を逸らす。どうやら一夏は地雷を踏んでしまったようだ。
前に弾が言っていた。『お前は地雷を踏み抜く天才』だと。その時は否定したが、弾の弁は以外に的を射ているかもしれない。

「それより一夏の方が凄いよ。あの織斑千冬さんの弟だなんて」

「まぁ、確かに自慢の姉ではあるし、とても頼りがいがあるんだけどな。普段ががさつというか、ポンコツというか……女性として家事がまったく出来ないのはどうかと思うんだよ」

「え、千冬さんって家事が出来ないの?」

「ああ。おかげで俺の家事スキルが上がった。下宿してた道場でも存分に役に立ったなぁ」

「へえ、一夏って道場に下宿してたんだ。なんの道場?」

「いろいろ。柔術に空手にムエタイに中国拳法、それと剣術だ」

「それはまた……ずいぶんと国際的な道場なんだね」

「かなりボロっちいけどな」

会話を交わしながら第二グラウンドへと向かう。
今日もIS学園の一日が始まろうとしていた。
























あとがき
はい、そんなわけでシャルルとラウラが転校してきました。本来ならISの模擬戦前、鈴とセシリアが共闘するとこまで書きたかったんですけど思ったより文量がありまして……そこは次回に回したいと思います。
それはそうとこれで三話連続鈴の出番ナシ! ヒロインなのに。一夏の彼女なのに……
なんで鈴は二組なんだ!? 正直、話に絡ませづらいです。ISで鈴が不遇なのが少しだけわかった気がします。
それでも、それでも次回は鈴が活躍する予定。いや、これは本当に。流石に次回は鈴が登場します。

さて、ラウラについてですが千冬姉が鈴の件を切欠に大暴走を始めました。ブラコン度が上がっています。
そして馬の影響を受けたり、梁山泊で鍛えられた一夏。彼は無自覚でシャルルをいじっていく!?
そんな内容を予定。とりあえず次回はISの模擬戦ですが鈴とセシリア逃げてぇぇ! な展開。
オリジナルの専用機が出てきます。誰のかって? それはもちろんあの人の。それでは次回をお楽しみに。

当初の案ではボリスを転校させようかと思いましたが、ISを唯一動かせる男という存在はこう、なんか特別な気がしましたので断念しました。
けど、山田先生をフォローするボリスとか書きたかったなと少しだけ思ってますw



[28248] BATTLE16 黒騎士
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/12/10 06:50
「織斑君、デュノア君、遅刻ですよ。もう少し早く来てくださいね」

「す、すいません」

「ごめんなさい」

第二グランドに到着。が、僅かだが時間に遅れてしまった一夏とシャルル。
山田先生が人差し指を立て、めっ、っと子供を叱るようにかわいらしく注意をする。その注意に無償にも罪悪感を掻きたてられた一夏は、シャルルと共に頭を下げて謝罪する。

「次から気をつけてくださいね。それでは、列に並んでください」

山田先生に言われて、すぐさま一夏とシャルルは一組の列の後ろの方に加わる。

「ずいぶんゆっくりでしたわね」

ちなみに、一夏の隣はセシリアだった。

「スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間がかかるのかしら?」

ISスーツというものは、当たり前だが一般的には女性専用だ。一夏とシャルルが例外というだけで。
そのために見た目はワンピース水着やレオタードに近い。肌の露出が多いのだが、それは動きやすいように考慮されてのことらしい。
ISスーツは小口径の銃弾程度なら受け止められる防御力を持っている。が、実際にはISのシールドバリアーがあるので、スーツ面積が少なくとも問題ないということだ。
そして、一夏とシャルルの例外のISスーツに関してだが、これは全身をすっぽり覆うように出来ている。露出しているのは頭と手足くらいなものだ。まるでスキューバダイビングに使う全身水着。
よくわからないが、データ採取のためにこのようなISスーツとなっているらしい。そのためにかなり着辛いのだが。

「シャルルが壁を走れなかったから遅れた」

「ちょ、僕の所為!? 壁を走るなんて無理だって。そもそも一夏が着替えるの遅かったんじゃないか」

「だから引っかかって着辛いんだよ。そもそもあそこで女子達が来なけりゃ……」

不満そうに言う一夏。そんな一夏に向けられたセシリアの言葉はとても刺々しかった。

「ええ、ええ。一夏さんはさぞかし女性の方と縁が多いようですから? そうでないと二月続けて女性にはたかれそうにはなりませんわよね」

「ぐっ……」

嫌味を言われた。ちなみに先月は鈴であり、今月というか今日はラウラだ。
とはいえ、そのどちらも結局ははたかれていない。鈴のは受け止めたし、ラウラは千冬が止めた。が、そんなことはセシリアにはどうでもいいらしい。
彼女は何故か、非常に面白くなさそうな表情で一夏を睨んでいた。

「なに? アンタまたなんかやったの?」

一組の後ろは二組であり、その列の一番前は鈴だった。鈴の問いかけにセシリアが皮肉そうに、丁寧に説明した。

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれそうになりましたの」

「はあ!? 一夏、アンタなんでそう馬鹿なの!?」

「いや、俺に非はないはずなんだが……初対面なんだけどな」

ドイツからの転校生ということで心当たりはあるが、ラウラと一夏に直接の面識はない。
はたかれそうにはなったものの、結局ははたかれていないし、第一印象や千冬に腕を取られて悶えていた姿から悪い印象は抱かなかった。
けれど、ラウラは違うようで、彼女は一夏に対して嫌悪を抱いているらしい。その理由がわからない。

「あ、あのぉ……私語は慎んでくださいね。授業が始まりますから」

「すいません」

山田先生に注意をされ、一夏は慌てて頭を下げた。セシリアと鈴も会釈するように頭を下げ、謝罪する。
これが千冬ではなくてよかったと心の底から感謝した。もしも千冬だったら、注意の前に出席簿が振り下ろされるからだ。
そこまで考えて、ふと思う。そういえば、千冬はどこにいるのだろう?
この授業は千冬の担当科目だったはずだ。

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を始めたいと思います」

「はい!」

山田先生が前に出て、パン、と手を叩きながらかわいらしく宣言をする。それに意気込んだ返事を返す生徒達。その声に山田先生は思わず身を竦めた。
なにせ、一組と二組の合同実習なので人数は倍。人が多ければ声も自然と大きくなる。

「その前に代表候補生の方には戦闘を実演していただきたいと思います。凰さん、オルコットさん、頼めますか?」

「はい」

「ふふ、わたくしの実力を見せて差し上げますわ」

山田先生のお願いを聞き入れ、鈴とセシリアは前に出る。
そのまま授業が進もうとしたので、その前に一夏は挙手をして疑問を解消することにした。

「あの、山田先生。ちふ、織斑先生は?」

これは一夏だけではなく、他の生徒も感じていた疑問のようだ。うんうんと頷き、山田先生に視線を向ける生徒多数。
その質問と視線に、山田先生は待っていましたとばかりに胸を張り、堂々と宣言をした。

「はい、織斑先生なんですが、準備が終わり次第こちらに来られるようです。きっと、皆さん驚きますよ~」

生徒たちが驚く様を想像してか、山田先生はニコニコした笑顔を浮かべていた。それは子犬のように微笑ましい笑顔であり、保護欲を存分にくすぐってくる。

「いてっ!」

「なんて顔してんのよ、アンタは」

「別に蹴らなくてもいいだろ」

思わず表情が緩んだ一夏に向け、鈴がわざわざ戻ってから蹴りを入れる。
当然文句を言う一夏だが、鈴は『ふん』と視線をそむけて、拗ねたように再び前へと向かった。

「あ、そろそろ来ますよ」

山田先生の声。次いで、空気を切り裂くような音が聞こえた。戦闘機が高速で飛び回る時に聞こえる音に似ている。
音の発信源は当然上空。視線を上げた一夏は、その光景に唖然とする。

「なっ……」

それはISだった。ISは空を翔け、真っ直ぐこちらに向かってくる。
そのISを、一夏は知っていた。いや、非常に見覚えのある形状をしていた。白式だ。一夏の専用機である白式と非常に似通った形状をしている。違うのは色だけ。白の百式とは対照的に、そのISは黒だった。闇のように暗い黒一色。
そして何より、一夏が一番驚いたのはISを操縦する人物。それは当にIS操縦者を引退したはずの一夏の姉、織斑千冬。ブリュンヒルデの称号を持つ世界最強の存在だった。

「山田先生、待たせてしまってすまない」

「へ……あ、ああ、いえ、別にいいんですよ」

千冬は前に一夏が失敗した、急下降と完全停止を見事に決めて地面に降り立つ。
その姿、立ち振る舞いに思わず見入っていた山田先生は慌てて取り繕っていた。

「ちふ、織斑先生……織斑先生がなんでISを?」

千冬が遅れたのは別にどうでもいい。時間厳守な姉だが、それには何か理由があったのだろう。だが、その理由が問題だ。
何故、引退したはずの千冬がISを装備している?
しかもあの形状、明らかに量産型のものではなく専用機だ。白式と非常に似た造りをしているが、それは千冬専用にカスタマイズされていた。

「なに、ちょっと現役復帰をしようと思ってな。束に頼んで専用機を用意してもらった」

『え、えええええええええええ!?』

千冬はとんでもないことをあっさりと言ってのけ、その発言にほぼ全ての生徒が驚きの声を上げた。
それほどまでにかのブリュンヒルデの復帰宣言は衝撃的だった。

「それに最近、一夏には悪い虫が寄り付いているからな。それを駆除するのにも必要だろう」

生徒達の驚きを平然と受け流し、千冬はニヤリと笑いながら鈴に視線を向ける。視線を向けられた鈴は背筋を震わせ、冷や汗を流していた。
蛇に睨まれた蛙とはこういうことをいうのだろう。

「いや~、やっぱりちーちゃんのIS姿は凛々しいね。かっこいい、惚れちゃいそうだよ~!」

不意に聞こえた甘ったるい声。この声に聞き覚えのある一夏はがばっと声のした方に視線を向ける。
先ほどから驚いてばかりの気がするが、視線の先には更に驚くべき人物がいた。

「た、束さん!?」

「やっほー、いっくん」

そこにいたのは全世界が探し回っている天才科学者、箒の実の姉である篠ノ之束その人だった。
彼女は陽気に手を振り、一夏に笑顔を向けた。一体、いつの間に現れたのだろう?
束の気配をまったく感じ取ることが出来なかった。

「なんだ束、まだ帰っていなかったのか?」

「あやや、もう、酷いなちーちゃんは。ISだけ持って来させといて、用が済んだらポイ? うう、束さんは悲しいよ」

よよよ、と泣き真似をする束。けれどそれは一瞬のことで、すぐに立ち直って一組の列の中央にいる箒へと視線を向けた。

「やあ!」

「……どうも」

久方ぶりの姉と妹の再会。束はとても嬉しそうだが、対する箒はとても微妙そうな表情を浮かべていた。

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

次の瞬間、束は箒に殴られた。しかもどこから取り出したのか、日本刀によってだ。

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ……し、しかも日本刀の鞘で叩いた! ひどい! 箒ちゃんひどい!」

頭を押さえて涙目になる束。彼女は再び一夏に視線を向け、泣きながら飛びついてきた。

「いっくーん、箒ちゃんってひどいんだよ」

「あ~、よしよし、泣かないでください束さん。こら箒! いくらなんでも実の姉を日本刀で殴るのはやりすぎだぞ!」

一夏は束を抱きとめ、子供をあやすように頭を撫でて慰める。それと同時に箒には責めるような視線を向けた。

「わ、私が悪いのか!?」

「確かに束さんにも問題はあるけど、殴るほどじゃないだろ」

「そうだそうだ! いっくん、もっと言ってあげて」

「束さんもあまり調子に乗らない」

「あう……」

一夏に庇われたことによって若干調子に乗る束。そんな彼女に一夏は軽いデコピンを放ち、諌めるように言った。

「おい束。自己紹介位しろ。うちの生徒が困っている」

「え~、私はもう少しこのままでいたいのに」

あまりの光景に言葉を失い、唖然と見詰めている女生徒達。その心境を代弁するように言う千冬だったが、束は拒否して一夏にぎゅっと抱きついた。

「いいから早くしろ!」

「あうう! 痛い、痛いよちーちゃん! わかった。わかったから放して~」

千冬が束の後頭部をがっしりとわしづかみにする。女性とはいえ達人級である千冬の握力は常軌を逸している。加えて今はISを展開中だ。
ISのごつく、機械的な腕が束の頭をギリギリと締め上げていた。

「えー……ごっほん。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり。いっくーん!」

解放された束は、その場でくるりんと一回転しながらあまりにも簡潔すぎる自己紹介をする。
それを終えると、再び一夏にむぎゅっと抱きついた。

「えへへ~、いっくん分の補充」

「俺の成分ってなんですか? まったく、束さんは相変わらずですね」

至極ご満悦の笑みを浮かべる束と、それに呆れながらも仕方がないと割り切る一夏。
その光景はとても面白くなく、箒は不満を全面的に押し出して姉に意見した。

「姉さん! いい加減一夏から離れてください」

「え~……やだ」

「くっ……一夏、お前も拒否しろ!」

「別にいいじゃん。束さんだし」

束の即答。箒は続いて一夏にこの苛立ちの矛先を向けるが、一夏は一夏で平然としていた。
箒は更に苛立ちが増し、ぎしりと歯軋りをした。

「おっと」

次の瞬間、ガシーンと何かが組み合わさる音が聞こえた。その音を一夏は知っていた。鈴の武器、青竜刀もとい双天牙月(そうてんがげつ)が連結した音だ。
双天牙月は元は二個に分かれており、それを組み合わせることによって両刃状の武器となる。この状態だと投擲も可能であり、かわされたりしてもブーメランのように戻ってきて再び敵を狙う。ちょうどこんな風に。

「あぶなっ! 俺がなにしたってんだ鈴!?」

「うっさい馬鹿一夏!」

束を抱えて初撃を回避する一夏。戻ってくる双天牙月だったが、今度はそれを蹴り落とす。
重量のある金属がガシャンと地面に転がり落ち、一夏は冷や汗を流しながら鈴に問い詰めた。

「どわっ!?」

続いて射撃。嫌な予感がして避けたのはいいが、先ほどまで一夏がいた場所をレーザーが通過する。このレーザーは間違いなくセシリアのものだ。

「ちょ、セシリア……」

「ホホホホホ……残念です。外してしまいましたわ……」

セシリアの顔は笑っているが、その額にはハッキリと血管が浮かんでいた。鈴もだが、彼女もISを展開している。
この際一夏に非があるかどうかは置いておくが、それでもISを展開させての突っ込みはどうなのかと思う。下手をしたら死んでいるところだ。

「ちょっとセシリア! 一夏になにすんのよ!?」

「鈴さんだってやったでわありませんか」

「あたしはいいのよ!」

「どんな理屈ですか!?」

自分もやっておいて、セシリアがやったことには激怒する鈴。あまりにも理不尽すぎる物言いだが、それを聞いて一夏はある仮定を浮かべた。

(もしかして焼餅って奴か?)

鈴は一夏の彼女だ。詰まり一夏は鈴の彼氏であり、鈴からすれば一夏が他の女性とこのように接しているのが気に入らないのだろう。一夏だって逆の立場だったら面白くない。

(なんつーか、やっぱ鈴ってかわいいな)

内心で苦笑を浮かべる。だが、だからと言ってISを展開しての突っ込みは流石にどうかと思うが。
にやけながら、そして呆れながらも、一夏は束を引き離そうとする。

「束さん、そろそろ離れてください」

「ん~、やだ」

「やだじゃありません」

子供のように駄々をこねる束。そんな彼女の後頭部に、再びメカメカしいISの装甲をまとった腕が伸びてきた。

「いい加減にしろよ、束」

「ぐぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンク……あううっ! ちょ、痛い、本気で痛いよちーちゃん! 装甲が! 装甲が頭に喰い込んでるぅ」

がっちりとアイアンクローを決められ、束は涙目を浮かべていた。
あまりにも痛かったので渋々、名残惜しそうに束は一夏から手を放す。それと同時に束の頭部も解放された。

「ううう……ちーちゃんもひどい」

「うるさい、黙れ」

このようなやり取りをしているのが、かの天才科学者、篠ノ之束だ。あまりの出来事に思考が止まっていた女生徒達だが、そのことを理解してか次第に騒がしくなってくる。

「あ、あの、織斑先生。その人ってやっぱり……」

「そうだ。信じられないだろうが、この馬鹿がISを開発した篠ノ之束だ」

「馬鹿とはひどいな、ちーちゃん。束さんは天才なんだよ」

「馬鹿と天才は紙一重とはまさにこいつのことだ」

「わ~い、ちーちゃんに褒められた!」

「褒めてなどいない」

お気楽な束の反応に、千冬は呆れたようにため息を吐く。そんな光景を見て、一夏は思わず微笑ましそうな笑みを浮かべた。
こうやって束と会うのは久しぶりなのだが、たとえどれだけの時間が経とうともこの二人の関係は変わらないだろう。

「ところで束さん。ISを持ってきたって、このISは束さんが?」

「えへへ、そーだよ。ちーちゃんのIS、その名は黒騎士。あの白騎士の後継機であり、第四世代のISなんだよ」

『え……ええええええええええっ!?』

そんな一夏の思いなど粉々に打ち砕く束の返答。そのあまりの内容には一夏だけではなく、クラスメイトを含めて山田先生までもが口をあんぐりと開けて驚いていた。
白騎士。その名がISを知る者にとってどれほど有名かは今更言うまでもない。なのでその話はあえて置き、またの機会に述べるが、それと同等なまでに第四世代という束の言葉は衝撃的だった。
現在、各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代ISの開発。それを無意味のものへとしてしまったのだから。

「……束、言ったはずだぞ。やりすぎるな、と」

「いやあ、せっかくちーちゃんが乗るISだったから、最強で最高のものをと思って熱中しすぎちゃったよ」

「まったく……」

けらけらと笑う束に苦笑をもらしつつも、千冬はキリッと目元を吊り上げた。未だに驚きの中にいる生徒達を見詰め、よく通る声で言葉を発する。

「随分と時間を浪費したな。予定が押しているので授業に戻る。山田先生に言われたと思うが、凰、オルコット」

「「は、はいっ!」」

「少し物足りないか? よし、代表候補生は全員前に出ろ」

千冬の言葉に、代表候補生である鈴、セシリア、ラウラ、シャルルの全員が前に出た。
ちなみにシャルルは何故だか代表候補生だった。一夏も専用機を所有しており、実力的には申し分ないのだが、男だということから前例がなく、未だに論議が続いているために代表候補生にはなれないでいた。
それなのにシャルルは、何故代表候補生なのだろうか?

(やっぱり、デュノア社云々が関係しているのか?)

シャルルと実家の間に溝のようなものがあるらしいが、そうとしか考えられない。世界有数の大企業の息子だから代表候補生になれたのだろうか?
シャルルのISはもちろんデュノア社製で、彼に合わせてカスタマイズされている。
正直羨ましくないかと聞かれれば、一夏は羨ましいと答えるだろう。尊敬する姉、千冬は元日本の代表だったし、代表候補生という響きには、どこか憧れるものがある。

「お前らに本当のIS戦を教えてやる。まとめてかかってこい」

その千冬は、代表候補生四人を相手に模擬戦を始めようとしていた。あのブリュンヒルデが、天才科学者束の手によって造られた最新鋭のISを駆って戦うのだ。その事実にクラスメイト達は声にならない歓喜を上げていた。
けれど、流石に四対一ともなれば不満がもれる。

「あの、織斑先生。流石に四対一というのは……」

「あの、流石にそれは……」

セシリアとシャルルの言葉。その言葉に対し、ドイツの代表候補生であるラウラはふふんと鼻を鳴らした。

「お前達はわかっていない。教官の前に、私達など物の数に入らないということを」

「あら、ドイツの代表候補生は随分と弱気なのですね」

「ほざいてろ。やってみればわかる」

ラウラはセシリアの嫌味を一笑し、まるで自分のことのように誇っていた。

「死ぬ……死んじゃう。あたし、今日ここで死ぬんだ……」

鈴は怯えていた。顔面蒼白で、がたがたと肩を震わせている。

「千冬姉、あまりやりすぎないようにな」

「織斑先生、だ。まぁいい。一夏、見ていろ。刀一本で戦う方法を教えてやる」

「お~い、俺の話聞いてた?」

「と言いますか、いくら織斑先生がブリュンヒルデといえど、わたくし達全員を刀一本で相手取るおつもりなのですの? それはあまりにも傲慢ではありませんこと?」

一夏は千冬が勝つことを微塵も疑っておらず、忠告の言葉を発した。けれど千冬はやる気満々であり、その効果は薄い。
また、刀一本という発言が、プライドの高いセシリアの癇に障ったようだ。

「傲慢かどうか試してみろ。お前達小娘全員を落とすのに、一分も必要ない」

「おっしゃいましたわね」

セシリアの瞳が鋭くなる。いくら教師とはいえ、かのブリュンヒルデとはいえ、ここまで侮られれば頭にくるというものだ。セシリアにはイギリスの代表候補生だというプライドがあった。そして、千冬と戦うまで知らなかった。そのプライドがどれほど儚く、そして脆いものなのかを。

「始めるぞ」

「先手必勝ですわ!」

代表候補生の面々がISを起動させたのを確認し、千冬は開始を宣言する。
その宣言と共にセシリアは六十七口径特殊レーザーライフル、スターライトmkⅢで狙いを付ける。が、撃つ暇もなく次の瞬間には撃墜された。

「きゃあっ!?」

「遅い」

まさに瞬殺。セシリアがトリガーを引くよりも速く接近し、千冬はそのまま黒騎士の武装である刀型のブレードを振り下ろした。その一撃で一気にセシリアのシールドエネルギーが0になる。

「当然ながら黒騎士の固有武装は雪片だよ。あれはまさにちーちゃんのための武器だからね」

「というか、あの機動性……速過ぎませんか?」

「黒騎士のスピードはまだまだこんなものじゃないよ。ちーちゃんが望む最高のスピードと最強の剣、その両方を兼ね揃えた束さんお手製のISだからね」

「どこぞのフラッグファイターみたいな要望ですね」

束の解説に、一夏は僅かに苦笑をもらす。雪片ならあの攻撃力も頷けるというものだ。もともとの使い手が千冬であるため、相性も抜群だろう。
奇しくも千冬と一夏のISの性能、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)は同じだ。一夏としても、これほど参考になる戦闘はない。

「流石は教官! あなたはそうでなくてはいけない」

ラウラはもはや感激し、尊敬のまなざしで千冬を見詰めていた。けれど、今は戦闘中。当然ながら千冬が待ってくれるはずがなく、瞬きする間もない僅かな時間で既にラウラの背後に回っていた。

「は、速っ、どふっ!」

そのまま蹴られた。強烈な蹴りがラウラの背中に決まり、体勢を大きく崩す。それでも流石は軍人というべきだろう。ラウラはすぐさま体勢を立て直し、更に尊敬の念が宿った瞳で千冬を見ていた。

「教官を相手に出し惜しみの必要はありませんね。私の全力を受けてもらいます!」

堂々たる宣言。そう言った次の瞬間、

「どふっ!?」

ラウラは落とされた。

「お前は一夏を叩こうとしたな。ならおまけだ!」

雪片に斬られて落ちていくラウラに向け、更におまけの蹴り。成す術もなく落ちていくラウラに、クラスメイト達からは同情の視線が向けられていた。

「うわあ……」

「ちょ、あんた! 何呆けてんのよ! 撃ちなさい! とりあえず無駄だろうけど撃ちまくりなさい! じゃないと次にやられるのはあたし達よ!!」

「え、ああ、うん」

そのあまりの光景に言葉を失うシャルルだったが、鈴に急かされて状況を再確認する。
自身のISの武装である銃器を取り出し、鈴の衝撃砲と共に千冬に向けて連射。まさに銃弾の雨。
それでも千冬はその雨を潜り抜け、また一瞬で距離を詰めた。

「速過ぎる!」

避けようとするがもう遅い。雪片は既に振り上げられており、あとはもう振り下ろすだけ。
千冬の一太刀がシャルルに決まり、シャルルも落下していく。

「あ、ああ……」

「さて、残ったのは凰鈴音、貴様だけだな」

千冬の視線が、最後に残った鈴へと向けられる。その視線によって、鈴の体がぶるりと震えた。
代表候補生三人を瞬殺。まさに圧倒的。あんな存在をどうやって倒せというのか? というか、自分は千冬と戦って生きていられるのだろうか?
千冬に比べれば、この間乱入してきたISなどかわいく思える。あれもあれで厄介な性能を要していたが、千冬とは比べるまでもない。

「あいつが欲しいというのなら、私を倒して、見事奪い取ってみろ!」

「む、無理です!」

この時の鈴は、本気で己の死を覚悟したという。


†††


「大変だったな、鈴」

「ううう……」

昼休みの屋上で、一夏と鈴は昼食の弁当を広げる。
あのあと、鈴は授業が終わるまで千冬によって甚振られていた。戦闘の実演、または模擬戦の体面を取っていたが、もはやあれは私刑だった。ISには絶対防御があるが、それは完璧ではない。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させることが可能なのだ。
千冬はもちろんそれが可能であり、加えて雪片という強力な武装を有していた。鈴に勝ち目などあるはずがない。そんなわけで鈴は千冬にボコボコにされ、完全にグロッキーとなっていた。ちなみに、束はいつの間にか帰っていた。

「千冬姉もやりすぎだよな。大丈夫か、鈴」

「大丈夫じゃないわよ……」

「千冬姉にも悪気はないんだよ、多分……」

千冬のフォローを入れる一夏だったが、後半は口ごもってしまう。本当に、どうしてこうなってしまったのだろう?
多少暴君なところはあるが、普段はかっこよく、強くて優しい自慢の姉だというのに。何故、鈴のことになるとこうもむきになるのだろう?
一夏には、本気でその理由が理解できなかった。

「一夏、本気で言ってんの?」

「え?」

「そうよね、そうだったわよね。あんたはそんな奴だったわ」

鈴は呆れ、疲れたようにため息を吐く。付き合うこととなったこの二人だが、それでも一夏の本質は、鈍さは変化を見せない。
そのために鈴が苦労しているということも、一夏はまったく知らなかった。

「それはそうと、さっきのあれはなんなのよ?」

「あれ?」

「さっきの授業、篠ノ之博士のことよ!」

「ああ、束さんのことか。で、束さんがどうしたんだ?」

「あんたねえ……随分親しそうだったじゃない」

「ああ、そのことか。つまり鈴は焼餅を焼いてたんだな」

「だ、誰が……」

一夏は基本的に鈍い。それでも鈴に好意を寄せられていることには気づいているためか、時折鋭い反応も見せるようになってきた。
もっとも、鈴の好意に気づいたのは馬に言われてからではあるが。

「まぁ、なんだ。昔は箒の家とは家族ぐるみの付き合いをしていたからな。そうすると必然的に束さんと触れ合う機会も増えるわけで、昔っからあんな感じなんだよ。歳の離れた友人か幼馴染という言い方がしっくりくるかな?」

「そ、そうなんだ」

「あとはまあ……初恋の人でもあるな」

「ええ!?」

鈴が驚きの声を上げ、一夏は気恥ずかしそうにポツリポツリと語りだした。

「小学校の時はよく遊んでもらってな。ゲームしたり、一緒にアニメ見たり、たまに買い物にいったり。その、なんていうか、一緒にいてて楽しかったんだよ。それにさ……」

「それに?」

「おっぱい大きいし」

「死ねえ!!」

「おわっ!?」

ある意味男らしい一夏の発言に、鈴は思わず拳を握り締めた。一夏の顎をめがけてアッパーを放つものの、当の一夏はひょいと回避する。

「なんだ鈴。お前、胸が小さいことを気にしてるのか? 安心しろ。別に鈴の胸が小さくたって俺はお前のことが大好きだから。まぁ、あるに越したことはないけどな」

「一夏、本気で一回殴らせて。お願いだから、ねえ?」

鈴は額にくっきり青筋を浮かべ、強張った表情で笑っていた。笑ってはいるが、その表情の裏に隠された感情が怒りであることは間違いない。
鈴にとって、胸のことは禁句だった。

「まぁ、なんだ。鈴みたいにかわいい彼女がいるけど、俺も男だ。大きな胸に対するロマン、憧れは当然ある。浮気しようとは思ってないけど、おっぱいに惹かれるのは男の本能なんだよ!」

「うん、わかった。なら去勢してあげるわよ。本能そのものを消滅させてあげる!」

「ちょ、それは困る! まだ一度も使ってないのに。童貞のまま息子とお別れしてたまるか!」

騒々しく、ギャーギャー騒ぐ一夏と鈴。他人の迷惑になりそうなものだが、現在、この屋上には二人以外誰もいない。
学校によっては屋上を立ち入り禁止にしているところもあるが、IS学園では一般的に開放されている。手入れの行き届いた花壇が置かれ、円テーブルとイスまでも配置されていることから天気の良い日の昼休みは生徒達で賑わう。けれど、今日はIS学園に二人目の男が転入してきた初日。シャルルを見ようとほとんどの生徒が学食に集中したため、ここは思いっきり空いていた。

「千冬姉にシャルルの面倒を見ろって言われたけど、学食に案内したし大丈夫だろ。あとは親切なご学友が教えてくれるさ」

「冷たいわね」

「そんじゃ、ここに連れてきた方が良かったか? 俺は鈴と二人っきりで飯を食いたかったんだけど」

「……馬鹿」

鈴はそっぽを向き、顔を赤くしてボソッとつぶやいた。
ちなみに、シャルルに対して特に興味のないセシリアと箒は一夏と共に昼食を取ろうとしていた。けれど一夏はすぐさま教室から姿を消し、二人を撒いてきた。
いくら幼馴染や友人とはいえ、彼女と二人っきりの時間を邪魔されたくはない。

「それはそうと鈴……弁当がご飯なしの酢豚オンリーとはなかなか大胆な発想だな」

「あんた、酢豚食べたいって言ってたじゃない」

「いや、まぁ、確かに言ったけどさ……って、お前は自分の分だけご飯持ってきてるのかよ!? 俺のは?」

「ないわよ」

「……………」

二人の関係は彼氏、彼女、つまりは恋人のはずだ。それなのに……
一夏はがっくりと肩を落とし、そしてふつふつと煮えたぎってくるものを感じた。

「仕方ないわねえ。どうしても食べたいって言うのなら……」

「よし、酢豚以外のものを食う」

「え?」

鈴が何か言おうとしたが、それを言い終える前に一夏は言葉を被せる。
一夏から煮えたぎってくるもの。それは怒り。怒りを鈴に向け、鈴を虐げたい衝動に駆られた。具体的に言うといじめたい。そしていじりたい。
現在昼休み。場所は屋上。そして人気がない。ならば、やることは一つしかない。

「鈴を食っちまうか」

「えええええっ!?」

酢豚の入ったタッパーをテーブルに置き、意地の悪い笑みを浮かべて鈴を押し倒す。あまりにも素早い一夏の動きに反応できなかった鈴は、容易に床に組み伏せられてしまった。
この時、鈴が床で頭を打たないように最善の注意を払う。それでいて動きを拘束し、抵抗できないように腕で押さえつける。

「馬鹿、馬鹿一夏! ここをどこだと思ってるのよ!?」

「屋上、保健室、体育館倉庫。この三箇所ならエロゲー的にやることはひとつだろ?」

「あうっ……ちょ、やめ……そもそも屋上の床でやったら制服が汚れちゃうじゃない」

「それくらい大丈夫だって。あ、これを忘れてた」

一夏は鈴にまたがるように体位を変え、脚で押さえつける。そのままゴソゴソとポケットを探り、あるものを取り出した。

「……なんでそんなもの持ってるのよ?」

「いつでも使えるように常に持ち歩いてる。やることはやってもいいけど、こういうことはしっかりしろって馬さんの言いつけだからな」

一夏の取り出したもの。それは避妊具、一般的にはコンドームと呼ばれるものだった。

「さっきも言ったけど、俺も男だしさ。本能的なものっていうか、したいって気持ちがあるんだよ」

「一夏のスケベ」

「褒め言葉だよ」

表情が緩み、一夏はそのまま鈴の唇に自分の唇を押し付けた。二度目のキスだ。
初めての時とはまた違った感触。あの時は唇が歯に当たってしまったが、今度は唇同士が触れる柔らかい感触がした。唇と唇が触れる。ただそれだけだというのに、それがどうしようもなく心地良い。気持ちよく、切なくとも満たされた感情が湧き上がってくる。
けれど、まだ足りない。もっともっと鈴を感じたい。そう思った一夏は舌で鈴の口を抉じ開け、そのまま鈴の口内に舌を侵入させた。

「ん! んっ、んむっ!?」

いきなりのことに戸惑った鈴は、じたばたと身動ぎをして抵抗をする。けれども手足は一夏に押さえつけられているため、その抵抗は意味を成さなかった。
唇を貪る。舌が絡み合い、唾液を奪い取る。ぴちゃぴちゃと唾液の音がする。

「ぷはっ……い、一夏」

鈴の瞳がとろける。顔が真っ赤に染まり、体からは脱力したように力が抜けた。

「相変わらずかわいいな、鈴は。よし、今日は最後まで……」

「させると思うか?」

いよいよ本番。そう思ったところで、一夏の頭上から非常に聞き覚えのある声がかかってくる。
見上げるまでもない。その声の主は千冬だった。

「ち、千冬姉……」

「ち、千冬さん!?」

「さて、お前達。言い訳なら一応聞いてやる」

どうしてここに、とか、いつの間に現れたのか、とかはこの際どうでもいい。一夏と鈴が同時に感じたもの。それは明確な死のイメージ。

「え、えっと……保健体育の実習を」

「そうか」

一夏は精一杯の言い訳を述べ、千冬はにこやかに微笑んだ。

「なら、私からも一つ教授してやる。一夏、放課後を楽しみにしていろ」

「は、はは……」

「凰、貴様もだ」

「ううう……」

「覚悟しろ」

千冬による私刑宣告を受け、一夏と鈴の初体験は未遂と終わるのだった。



















あとがき
切りが悪い気もしますが、結構長く書いたので今日はこの辺で。
千冬の専用機、そして束さんを原作より早く出してみました。束さん大好きです。声も田村さんですし、本当に最高ですよね。
とがめネタとかなのはさんネタとかやりたいですw
そして今回、久しぶりの登場のヒロイン、鈴。鈴がヒロインなんですけどね。何故だか出番が少ない……やはり彼女が二組だからか!?
それでも俺はISじゃ鈴が一番好きです。その愛が今回の話で感じられたのなら、作者にとってこれ以上うれしいことはありません。ちと強引で、あざとくないかなと思うところもありますが(汗
それはそうと久しぶりの更新。最近、思うようにSSを執筆できませんでした。
年末年始はバイトも忙しくなりますし、今年は思うように執筆出来そうにありません……
来年はがんばりたいですね。

さて、次回は予定ではフォンフォンを更新します。そしてクララを更新し、またイチカの予定です。それまで暫しのお待ちを。
『イチカ』ではガンダムネタ、または戦場の絆ネタのおまけをいつかやりたいとも思ってます。そういえばSSの執筆がうまく進まなかったのって、ガンダムOOの一期と二期+劇場版を一気に視聴したからでしょうか?
うん、間違いなくそれですね。反省します。でもこれだけは。ガンダムOO、本当に面白かったです!

それはそうとISのOVAが出たとか。自分はまだ見てません。とても見たいです!!



[28248] BATTLE0 裏社会科見学!! 【外伝】
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/03/07 16:03
「来い来い来い……キタァァァ!! これで十箱目!」

「また揃ったのか? 調子がいいじゃねえか、一夏」

「天下統一モード継続ですよ。お館さま愛してるう!!」

これは織斑一夏がIS学園に入学する少し前、中学三年時の夏の物語。

「おい、そんなにあるんだから一箱くれよ。出たら返すからさ」

「別にいいですけど、逆鬼さんは全然ダメみたいですね」

「うるせえ! 今度こそだ」

一夏は梁山泊の豪傑の一人、逆鬼と共にパチンコ屋に来ていた。

「でもいいのかな? 俺がパチンコなんか打ってて」

「何事も経験だ経験。それに最近の若いやつは、未成年なのに酒やタバコをやってるんだ。そいつらと比べたらまだ健全な方だぜ」

「そうなんですかね……?」

本来なら、未成年の一夏がパチンコを打つのは当然違法。そのことを気にする一夏だったが、逆鬼は気にするなと笑い飛ばした。
それに、次々と当たり続けているうちにそんな考えなどどうでもよくなってくる。

「また来た! 大当たり! あけりんステキ!!」

「なに、また出たのか!? 一夏、今日の帰り一杯奢れ」

「いいですよ」

まさに絶好調。一夏のテンションは次第に上昇していた。

「でも、この声ってどっかで聞いたことあるような……」

「ん、ああ、なんか束と美羽の声に似てるよな。まぁ、気のせいだ。気にするな」

「こんなとこ美羽に見られたら、千冬姉に言いつけられそうです」

「悪いことをしてるんじゃないから胸を張れ」

「いや、悪いことをしているような気がするんですけど……」

「あ、またかかったぞ」

「あ、本当だ! 今度はヨシモー。逆鬼さん、今日は一杯と言わずに好きなだけ飲んでください!!」

「おう、一仕事の後に頂くか」

盛り上がる一夏と逆鬼だが、仕事という単語は一時たりとも忘れてはいなかった。

「それで逆鬼さん、本当に待ち合わせ場所はここでいいんですか?」

「ああ、誰もこんなところでそんな話をするとは思わないからな。もうすぐ更識家の使いがくるはずだ」

「更識家……確か対暗部用暗部でしたっけ?」

「どの国にも裏の事情は存在するからな。それは平和に見えるこの国も例外じゃねえ。更識家はそんな日本を代々裏から支えてきた存在だ」

「へえ……」

パチンコを打ちながら、真面目な会話をする。
今日は一夏の裏社会科見学。言葉の通り裏社会を見学し、体験する命懸けのイベント。
気を抜けば死ねるために、流石の一夏も表情が硬かった。パチンコに興じていたのも、この緊張感をほぐすためだ。

「そんなに緊張するな。聞いた話じゃ、更識家の現当主はお前とそんなに変わらない歳のガキだそうだ。美羽も小さい時から裏の世界に係わってんだし、お前にも出来る」

「逆鬼さん……」

「それに、一応秘密兵器も持ってるだろ」

「はい」

一夏は逆鬼に言われ、右手の指にはめた指輪へと視線を落とす。
鈍い光を発するシルバーリング。これが逆鬼の言う秘密兵器だった。

「さて、そろそろ来るはずなんだが……」

逆鬼が腕時計を確認した。待ち合わせの時間が迫っているのだろう。
未だに止まらない各編に、一夏がどうしようかと考えていると、喧しい店内の音を切り裂くような悲鳴が聞こえた。

『きゃああああああ!?』

「なんだ?」

逆鬼は台を立ち、悲鳴のした方へと駆け寄った。一夏も打つのを中断して共に行く。
そこはパチンコ屋の出入り口。入り口付近には血だらけの男が倒れており、彼の側では女性客が青白い表情をして突っ立っていた。

「警察だ警察! いや、その前に救急車を呼べ!!」

次第に集まってくる人々。その中の一人が指示を出す。そんな中、逆鬼はさらに男の下に歩み寄った。

「おい、お前、更識家のやつだな?」

「うぅ……あなたは?」

「逆鬼至緒だ。いったいどうなってやがる?」

「ああ、あなたがケンカ100段の……すいません、情報が漏れてしまって……」

「なに!? ちっ、それで当主はどうした?」

「そのことなんですが、なにとぞお力添えを! このままでは……」

「おい!? くそ……気を失いやがった」

いろいろと事情を聞きだしたかったのだが、男は怪我が酷く、そのまま気を失ってしまう。

「おい、一夏!」

「はい!」

逆鬼の表情が険しくなる。一夏も表情を引き締めた。

「ちょっと換金して来い。今日の飲み代だからな」

「え……?」

「いいから早くしろ! 時間がねえんだ」

「は、はい!!」

時間がないのなら換金に行くべきではないと思う一夏だったが、決して声には出さず、弾かれたように換金に向かうのだった。


†††


「卑怯者……」

「私達にとって、卑怯というほど相応しい言葉もないでしょうに」

暗部にとって、正攻法ほど程遠いものは存在しない。そんなもの、少女にだってわかっていた。
けれど、それでも卑怯だと相手を罵ることしか出来ない。何故なら、最愛の妹が人質に取られているのだから。

「お姉ちゃん……」

「簪ちゃん」

大男に押さえつけられ、ナイフを突きつけられている少女の妹、更識簪(さらしき かんざし)。
このような状況のためか彼女の表情は引き攣っており、不安で心細そうな顔をしていた。

「こちらの要求はわかりますね? 更識楯無殿。とりあえず、ISを解除してもらいましょうか」

「……………」

更識楯無(さらしき たてなし)。それが少女の名前だった。いや、楯無と言う名は初代当主の名であり、少女の本当の名前ではない。それでも少女は更識家当主を名乗っており、楯無を名前としている。だから、これが彼女の本名でも間違いではないだろう。
対暗部用暗部、更識家の十七代目当主、更識楯無。そんな彼女でも結局は人の子。妹を護るには相手の要求を呑むことしか出来なかった。
楯無はISを解除し、無防備な姿を曝け出す。

「くく、ISが出来てから女尊男卑が当たり前になったこのご時世。けれど、そのISがなければ女は何も出来ない。くくく、いい様ですよ」

「あら、私がISだけに頼ってると思われるのは侵害ね。これでも生身の戦闘に多少の自信はあるんだけど」

「ほう、抵抗しますか? 別にいいですよ。それで妹さんがどうなるかは知りませんが」

「ひっ!?」

「卑怯者」

「褒め言葉ですよ」

男の言葉に皮肉で返す楯無だったが、男はそれには乗らず、嘲るような笑みを浮かべる。
大男はさらにナイフを簪の顔付近に突きつけ、優位性はこちらにあることを示していた。

「妹さんを無事に返して欲しければどうすればいいかわかりますね? なあに、ただ大人しくしてくれればいいんですよ。こちらの仕事が終わるまでね」

「……………」

「ですがまぁ、ただ待つのも暇かもしれませんね。どうせならうちの者達と遊びますか?」

男は下衆な笑みを浮かべて言う。その言葉に続くように、同じく下衆な笑みを浮かべた男が三人楯無の後ろに立った。

「旦那、本当にこいつを好きにしていいんですか?」

「へへ、こんな上玉滅多にいねえぜ」

「ええ、構いませんよ。せっかくですからその方に大人というものを教えて差し上げたらどうですか」

楯無に汚らわしい男達の手が伸びる。けれど簪を人質に取られた楯無は抵抗することすら許されず、大人しくそれを受け入れることしか出来なかった。

「お姉ちゃん!」

「ごめんね、簪ちゃん。ダメなお姉ちゃんで」

姉とは、妹を護るべき存在。なのに妹を護れず、無様な姿を晒したことに楯無は謝罪する。
そんな姉の姿を簪は初めて見た。いつも気丈に振舞っている様子からは想像も出来ない。
だが、このように姉が弱気な姿を見せているのは自分のせいだ。自分が捕まり、姉に迷惑をかけた。そのことが許せなくて、とても悲しかった。

「素直ですね。それでいいんですよ。そのまま大人しくしていれば……」

「ああ、お前が大人しくしていろ」

「へ……ぶっ!?」

が、次の瞬間にはそんな考えなど吹き飛んでしまった。
思考を塗りつぶす圧倒的な存在の塊、顔に横一文字の傷を持った大男の出現によって。
傷のある大男はいつの間にか現れ、男の顔面に拳を叩きつけた。その一撃で男は吹き飛ぶ。それはまさに飛んでいた。男はISすら使わずに高速で飛翔し、そのまま背後にある壁に激突する。

「ガキを人質にしてんじゃねえよ、小悪党」

中指を立て、憤りながら言う傷のある大男。だが、男の意識は既に途絶えており、傷のある男の言葉を聞くことは出来なかった。

「おう、遅くなったな更識のガキ。俺が梁山泊の逆鬼至緒だ」

「あ、あなたがあの、ケンカ100段……」

傷のある男は、今回楯無と共に任務を遂行するはずだった武術の達人、ケンカ100段の異名を持つ逆鬼至緒。
情報が漏洩し、それどころか妹までも人質に取られたために予定が狂ったが、こうして合流することが出来た。

「く、くそっ、まさか梁山泊が来るとは! おい、お前! 動くんじゃねえぞ。人質がどうなってもいいのか!?」

相手側からすれば突然現れた伏兵。その存在に忌々しそうに舌打ちを打ち、簪を捕らえていた大男はナイフをちらつかせて警告する。
その様子を逆鬼は冷静に眺めて、合図を送った。

「やっちまえ、一夏」

「はい」

「え?」

大男の後ろには一夏がいた。一夏はにこりと笑い、大男がナイフを持っている方の腕、手首の辺りををつかんだ。

「あ、ああああああああっ!?」

そのまま力の限り握り締める。大男の手首の骨がきしみ、痛みによって悲鳴が上がった。
一夏はさらに力を込め、大男はついには耐え切れずナイフを落としてしまう。カランとナイフが床に落ちる音が響いた。
それを確認した一夏は、そのまま大男の腕を取って豪快に投げ飛ばした。

「はぶっ!?」

大男は背中から床に叩きつけられ、悶絶する。一夏はさらに追撃と、男の腹に蹴りを放った。
男はゴロゴロと床を転がり、胃液をぶちまけてから意識を手放す。

「大丈夫か?」

「は、はい……」

「そうか。なら良かった」

一夏は解放された簪の頭にポンポンと手を置き、優しく微笑む。その笑みがどんな破壊力を持っているのかなんて本人は自覚せず、次なる標的に視線を向けた。

「く、くそっ!」

楯無の側にいた三人の男が銃を抜いた。人質という優位性を失い、焦りに満ちた表情をしている。
さらに出てくる増援。その数は十人ほど。人質がいなければ楯無と、ISと一戦交えるつもりだったのか、それぞれが武装していた。武装の中には銃はもちろん、バズーカ砲まである始末。

「ゴキブリよりはましか。あいつは一匹見れば三十匹いるって言うしな」

「えっと、俺と逆鬼さんで半々でいいですかね?」

「馬鹿野郎、お前は別に寝ててもいいぜ。俺が全員片付けてやるよ」

「いやいや、流石にそれは……」

だというのに逆鬼と一夏は動じず、それぞれ何人を相手するかなど暢気に話していた。

「舐めるな!」

それが男達の逆鱗に触れる。銃を構え、引き金を引いた。銃弾が逆鬼に迫る。が、銃弾が通り過ぎる場所に逆鬼の姿はない。

「おせえんだよ!」

巨体に見合わぬスピード。逆鬼は既に男の懐にまでもぐりこみ、再び拳を放った。
正拳突き。それはまさに必殺。逆鬼の拳はもはや凶器だ。男の意識を一撃で刈り取り、意識と共に体を物理的に飛ばす。

「う、うわあっ!?」

その光景に恐れを抱いた別の男が、バズーカ砲を一応生身の人間である逆鬼に向けた。だが、その大きすぎる得物を接近戦で振り回すのは非常に困難だった。

「ふん!」

「へ……えええええええ!?」

逆鬼はバズーカ砲の砲身を握る。そのまま力を込め、砲身を握りつぶした。
さらにはそのままバズーカ砲をぶん取り、鉄パイプを曲げるようにぐにゃぐにゃにバズーカ砲を曲げた。
こんなこと、たとえISを使おうとそうそう出来ることではない。逆鬼は曲げたバズーカ砲を放り投げ、男を威圧する。

「ひええええええ!?」

威圧された男は戦意を失い、逃走を始めた。その姿を見て、男達に走る動揺。

「流石逆鬼さん。もはや人間やめてるなあ」

「ちょ、ちょっと、余所見をすると……」

そんな光景を冷静に眺める一夏と、それを注意する簪。ほとんどの視線が逆鬼に向いているとはいえ、一夏と簪もまた危機的状況だった。

「あっちだ、まずはあっちを片付けろ!」

何人かが一夏達を標的にする。銃を向け、一斉に引き金を引いた。

「子供相手に銃を使うなよ」

一夏は慌てず、逆にため息混じりに呆れていた。

「へ……」

男達は驚愕する。簪も驚いていた。

「んな大人気ない真似をするなら、俺も最終兵器を使うからな。文句ないだろ?」

最終兵器。それは、世界最強の兵器だった。決して男には使えぬはずの、女性専用の兵器、IS。それを一夏は使っていた。

「前にイギリスに行った時に手に入れたコアを使って、束さんが直にカスタマイズしてくれた打鉄・改(うちがね・かい)。その性能を試させてもらうぜ」

ISを前に、銃弾なんてなんの脅威にもならない。一夏は最強の楯と矛を纏い、男達を見渡した。

「な、なんであいつがISを!?」

「こんなの聞いてねえぞ!」

「冗談じゃねえ、勝てるわけがねえ!!」

男達の戦意など粉々に粉砕される。逃走を試みようとする男達。だが……

「あんな真似をして、逃げられるなんて思ってるの?」

「観念しな。お前達はもう、詰んでんだよ」

ISを再び展開した楯無と、鬼神の如き存在の逆鬼。この二人を前に逃走などできるはずがなく、男達は大人しく捕まることしか出来なかった。


†††


「かー、やっぱ一仕事の後の一杯は最高だぜ」

「おっちゃん。俺はちくわとこんにゃくを」

「へい」

裏社会科見学の終了。逆鬼と一夏は先ほどのパチンコの儲けで、おでん屋へと来ていた。

「逆鬼さん、今思ったんですけど仕事の報酬は入ったんじゃないんですか? なら、別に俺が奢る必要は……」

「かてえこと言うなよ一夏。それにこの報酬は、梁山泊の運営資金になるんだからな」

「それなら仕方ないですね。逆鬼さんにも秋雨さんや馬さんみたいに定期収入があるといいんですけど」

「うるせえよ。その代わり俺は、一発でドカンと儲けるんだよ」

酒を煽る逆鬼の隣で、一夏はおでんを頬張る。ここのちくわは絶品だった。

「おっちゃん、あとたまごも」

「へい」

「本当においしいですね、ここのおでん。作り方を教えて欲しいくらいだ」

「ありがとよ、坊主。けど作り方は教えられねえな。うち秘伝の製法だからよ」

意気投合する一夏とおでん屋の親父。そんな様子を戸惑いに満ちた表情で、簪は眺めていた。

「あ、あの……」

「ん、どうした? 食べないのか? 遠慮しなくていいんだぜ。俺の奢りだ」

「うん、遠慮なく頂いてるよ。いやあ、本当においしいね、ここのおでん。おっちゃん、私にもたまご頂戴」

「へい」

戸惑う簪と、おでんをぱくつく楯無。先ほどの雰囲気など微塵も残さず、和やかな雰囲気が流れていた。

「えっと、織斑一夏君だっけ? 今回は助かったよ。本当にありがとね」

「いえいえ、気にしないでください。困った人がいたら助ける、これ当然のこと」

「君は優しい人だね。ところで……織斑ってひょっとして、あのブリュンヒルデ、織斑千冬さんのご家族の方?」

「あ、千冬姉を知ってるんですか。やっぱり有名人なんですね」

「いやいや、有名人なんてものじゃないよ。今の世の中、この名前を知らない人はいないんじゃないかな」

「それもそうですね」

穏やかな会話を交わす一夏と楯無。けれど、和んではいても楯無は一切気を抜いてはいない。
表情ではにこやかに笑っているが、その瞳には油断ならぬ光があった。

「だからなのかな? 男で、本来ならISを使えないはずの君がISを使えるのは?」

「さあ?」

「さ、さあ?」

けれど、その光が鈍った。楯無の鋭い問いかけに、一夏は平然と返す。

「なんか使えたんですよ。こう、触れたら起動しちゃって」

「なんか使えたって……」

「まぁ、使えたからって別に困るもんじゃありませんしね。むしろ使えてラッキーって感じです」

あまりにも軽い一夏の乗り。男なのにISが使えるのをラッキーの一言で済ませ、楯無を驚愕させる。

「おっちゃん、今度は大根頂戴」

「へい」

そんな楯無をよそに、一夏はおでんを食べ続ける。
これが一夏と、更識姉妹のファーストコンタクトだった。

























あとがき
史上最強の弟子ケンイチといえば裏社会科見学。そんなわけで今回は裏社会科見学の外伝です。
ISには暗部とかありますし、こんな感じで一夏と更識が出会っていればいいなという妄想。
原作じゃ楯無に振り回されてる一夏でも、数多の人外、ちょっとずれた人達に囲まれてるここの一夏ならこんな感じかな?
お気楽で、器がでかくて、そしてエロい。原作みたいに一夏をからかってると逆に襲われそうですねw
さてさて、次回は外伝ではなく本編を上げないと。
事故で怪我をして入院。退院はしましたがその後の労災や保険の手続きで更新に時間がかかりました。
次回はもっと、できるだけ早く更新したいと思います。



おまけ

打鉄・改

逆鬼や楯無がいたため活躍の場がなかったが、束がカスタマイズした一夏の専用機?
ベースは打鉄でメイン武器はもちろん刀。状況に応じて一刀流と二刀流を使い分ける近接戦主体のIS。
射撃武装は皆無だが、苦無や手裏剣などの暗器が隠されている。また鎧のような形状をしているためか、防御力に非常に優れている。
現一夏の専用機、白式にはこの打鉄・改のデータが流用されているとかいないとか……


とまぁ、そんな妄想です。
それはそうと最初のパチンコネタ。わかった方いますか?



[28248] BATTLE17 シャルル
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/03/22 07:20
「ここがデュノア君の部屋になります。織斑君と同室ですので、仲良くしてくださいね」

「わかりました」

同じ男同士ということで、一夏とシャルルは当然のように同室になった。
山田先生がシャルルを部屋に案内し、それと同時に鍵を渡す。それを受け取ったシャルルは、早速それを使って部屋の鍵を開けた。

「あ、デュノア君」

「はい?」

そのまま部屋に入ろうとするシャルルに山田先生は慌てて声をかける。シャルルは首をかしげ、ドアに手をかけた状態で止まった。

「あの、その、がんばってくださいね」

なにをだろう? シャルルは顔の前でぐっと両の拳を握り、応援の言葉を投げかける山田先生に疑問を持った。
この部屋には何かあるのだろうか? シャルルはそんな考えを抱く。それは正解だった。

「へ……?」

部屋に入ったシャルルを迎える数体の人影。それらは直立不動でその場に立ち尽くしており、無言でシャルルを見詰めていた。

「う、うわああああああああっ!?」

それは地蔵だった。それぞれが胴着を纏い、横一列に並んでいた。
あまりにも異様過ぎる光景。その光景を前にし、シャルルが悲鳴染みた声を上げてしまっても、それは仕方のないことだろう。
山田先生は『やっぱり驚きますよね』と、哀れみの視線をシャルルに向けていた。
一夏のトレーニング器具、投げられ地蔵グレート。それは初見の者には少々刺激が強すぎた。


†††


「そんなにびっくりしたのか?」

「心臓が止まるかと思ったよ」

「大袈裟だな」

夜、自室にて一夏とシャルルは向かい合っていた。
夕食は既に済ませ、今は食休みとして日本茶を飲んでいる。その席で一夏たちは雑談を交わしていた。

「そういえば一夏、今日の放課後なにしてたの?」

「ああ……保健体育の体育の方の実習を。これが保険の方の実習だったら俺としては大歓迎だったんだけどなぁ」

「ふ~ん、なんか大変だったみたいだね」

放課後、一夏は千冬によって扱かれていた。いつも千冬に鍛錬をつけてもらっている一夏だが、それが遊びにしか思えないほどに濃密で、きつい扱きだった。
正直、今すぐにでもベットに横になって爆睡したいほどだ。今日は風呂に入るのも面倒で、明日の朝の鍛錬後にシャワーでも浴びればいいかと思っている。
けれど、今はもう少しだけシャルルとの会話を楽しんでいたかった。何せ、シャルルはIS学園で唯一の男友達。最近女性とばっかり接していた一夏は、男の存在というものに飢えていた。

「って、別に俺は男が好きってわけじゃないぞ。当然女の子の方が好きだ」

「ん? 一夏、何言ってるの?」

「ああ、別になんでもない」

無論、一夏にそっち系の趣味があるわけではない。
シャルルの質問を濁し、一夏は誤魔化すように日本茶を啜った。

「それにしてもこれって、紅茶とは随分違うんだね。不思議な感じ。でもおいしいよ」

「気に入ってもらえたようで何よりだ。今度機会があったら抹茶でも飲みに行こうぜ」

日本茶を気に入ったシャルルを一夏は誘ってみる。
ちなみに、セシリアは日本茶が苦手でほとんど飲まない。味がというより、色が苦手らしい。緑色では飲む気がしないそうだ。
その理屈なら青汁も苦手そうだと思う一夏だったが、よくよく考えれば一夏も青汁は好きではない。というか、あの飲み物は好きな人の方が少ないだろう。
まずい、もう一杯だなんて意味がわからない。まずいなら飲むなという話だ。

「まぁ、体には良いんだろうけどな」

「え?」

「なんでもない」

一夏は再び日本茶を啜ることでシャルルの疑問を誤魔化す。
首を傾げるシャルルだったが、今度は先ほどの抹茶という言葉に反応したようだ。

「抹茶ってあの畳の上で飲むやつだよね? 特別な技能がいるって聞いたことがあるけど、一夏は淹れられるの?」

「抹茶は『たてる』って言うんだぜ。ちなみにたてれるけど、俺がたてるより秋雨さんがたてた方がおいしいかな」

ちなみに、一夏は茶道についても秋雨から指南を受けていた。
秋雨は本当に何でもできる。むしろあの人に出来ないことがあるのかと思うほどだった。思って、一夏はそういえばピーマンが食べられなかったなと思い出す。

「あきさめ?」

「俺の行ってる道場の柔術の先生。とっても強いんだぜ」

「へ~」

そのとってもが、素手でIS操縦者を圧倒できるほどだと知ったらシャルルはどれほど驚くだろうか?

「今度紹介するよ。機会があったら行こうぜ」

「うん」

梁山泊の者達はみんな人が良い。アパチャイや逆鬼は初めて会う人には刺激が強いかもしれないが、なんだかんだでとても優しい人だ。しぐれの場合は多少ずれているが、別に悪い人物ではない。
ただ、女性だったら馬には気軽に紹介できない。間違いなくセクハラを働くからだ。もっともそのことに関しては、シャルルは男なので心配していないのだが。

「そういえばシャワーとかの順番はどうするんだ? 俺は今日はもういいけど、普段はその日その日で決めてくって感じか?」

「あ、僕が後でいいよ。一夏が先に使って」

「そうか? でも俺って、千冬姉の訓練で遅くなることがあるからな……別にシャルルが先でもいいぜ」

「大丈夫だよ。僕ってあんまり汗を掻かない方だから、すぐにシャワーを浴びなくてもそんなに気にならないし」

「そっか。じゃあ、ありがたく使わせてもらう。でもあれだぞ、遠慮とかしなくていいからな。何せ男同士なんだし」

「うん、ありがとう」

-シャルルが微笑み、一夏はベットにどかっと横になった。そろそろ眠い。体が睡眠を欲しがり、まぶたが重くなった。

「今日は疲れたなぁ……」

「そういえば一夏って、織斑先生に訓練をつけてもらってるんだよね。いいな、羨ましいな」

「まぁ、千冬姉に訓練をつけてもらえるのは嬉しいけど、その分めちゃくちゃきついぞ」

「それが訓練なんだから仕方ないよ。ねえ、今度その様子を見ていいかな?」

「別に見ても面白いもんじゃないぞ」

「でも、あのブリュンヒルデの指導だよ。見てるだけで勉強になるよ」

「シャルルがそう言うなら……まぁ、いいんじゃないか?」

「うん」

半ば投げやりに許可を出し、一夏は目を閉じる。

「じゃあ、俺はもう寝るから。電気はそのままでもいいぜ」

「あ、うん。僕はもう少しだけ起きてるから」

「そうか。暇なら本棚にある本は勝手に読んでもいいからな」

「ありがとう」

「じゃ、お休み」

「お休み」

そう言葉を交わし、一夏はすぐに眠りについた。シャルルの耳にも一夏の寝息が聞こえる。

「はやっ……一夏って寝つきがいいんだね」

むしろ、それほどまでに疲れていたのだろうか?
まだ眠くないシャルルは、一夏の心遣いに甘えて、本棚にある本を読もうとした。

「一夏ってどんな本を読むんだろう?」

シャルルは流暢に日本語をしゃべり、読むことも問題なく出来る。
ここ、IS学園には様々な国籍の生徒が訪れるが、場所が日本なだけに日本語は重要だった。IS学園に在籍する国外の生徒、ほぼ全てが日本語を話せると言っても過言ではない。
なので特に気にすることもなく、無造作に一夏の本棚から本を一冊手に取った。

「え……?」

そして、シャルルの表情が固まる。つかんだ本の表紙を見て、顔が一瞬で赤く染まった。
表紙に写っているのは女性。女性はチャイナ服を着ており、誘惑するようなポーズを取っていた。その上着ているチャイナ服はいたるところが乱れており、本来なら隠れているべき場所が隠れていない。つまるところエロ本だった。

「うわあああああああああっ!?」

シャルルが叫ぶ。その叫びの意味を一夏が理解することはなく、そもそも聞こえてすらいない。
一夏は我関せずとばかりに、布団に包まってそのまま眠り続けていた。


†††


「なぁ、シャルル。なんで朝からそんなに不機嫌そうなんだ?」

「なんでもないよ」

「なんでもないって……そんなわけないだろ?」

「本当になんでもないったら!」

「まいったな……」

その日のシャルルはあからさまに不機嫌そうだった。けれど、一夏にはその理由がわからない。
シャルルはなんともないと言ってはいるが、そんなわけがない。彼の不機嫌そうな表情と、刺々しい声が全てを物語っている。

「もしかしてあれか、貧乳ものはシャルルに合わなかったのか?」

「え?」

「そうか、そうだったのか。つまり、シャルルは巨乳好きなんだな」

「ええっ!?」

「それならそうと言ってくれよ。そうか、巨乳か。やっぱり男としておっぱいの大きさには惹かれるよな。俺も何度束さんの胸に顔を埋めたいと思ったことか」

「……………」

シャルルの視線が何故か冷たかった。けれど一夏はそれに気づくことはなく、一人でうんうんと頷き、勝手に納得していた。

「一夏ぁ、あとでちょっとだけお話しましょうか」

「一夏さん、風穴を開けて差し上げましょうか?」

「一夏、お前という奴は……」

「あ~、シャル。鈴達が怖いから話を戻すか」

「え、あ、うん、そうだね」

そんな一夏に背後からかけられる声。鈴、セシリアはステキ過ぎて逆に怖い笑顔を浮かべ、箒は怒りに震えた表情で一夏に忠告する。忠告された一夏はぶるりと背筋を震わせ、とりあえずは話を戻すことにした。
今日は土曜日。週休二日制なんて言葉があるが、IS学園にそれは当てはまらない。午前中は理論学習を行うことになっている。
とはいえ、午後は完全に自由時間となっており、その上アリーナが全面開放なためかほとんどの生徒が実習に使う。
それは一夏とシャルルも例外ではなく、先ほど軽い手合わせを行ったのだ。

「それにしても一夏は凄いね。僕はこれでも射撃には自信があるんだけど、ほとんど当たらなかったよ」

「まぁ、どんなに速くても銃弾は真っ直ぐにしか進まないからな。銃身を見れば大体の軌道は読めから、ドッチボールを避けるような感覚で避ければいいんだよ」

「いや、銃弾をドッチボールを避けるような感覚で避けないでよ」

「前に一度、アパチャイとドッチボールをしたことがあったんだけど、あれは銃弾より速かったなぁ」

「ちょ、それって本当にドッチボール!? っていうか、アパチャイって誰?」

結果は一夏の勝利。シャルルの撃った弾はほとんど当たらず、その隙を縫って一夏は接近し雪片を振るった。それで決着がつき、今はこうしてミーティングを行っている。

「でも、射撃武器っていいよな。流石に梁山泊でも銃の撃ち方なんて教えてもらえなかったし、そもそも白式は雪片しか武装がないからな」

一夏は射撃武器にある種の憧れを抱いていた。梁山泊で学んだ武に誇りはあるものの、やはり一夏も男の子。映画の主人公などに憧れることもあり、派手なガンアクションなんかを自分で演じてみたかったりする。

「え、ああ、一夏の白式って後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いてないらしい。だから粒子変換(インストール)は無理だって言われた」

「たぶんだけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使っているからだよ」

「ワンオフ・アビリティーっていうと……えーっと、なんだっけ?」

「言葉どおり、唯一仕様(ワンオフ)の特殊才能(アビリティー)だよ。各ISが操縦者と最高状態の相性になった時に自然発生する能力のこと。というか……こんな基本的なことを知らない一夏に僕は負けたの……」

「は、はは……」

シャルルがへこんだ。今、彼が説明したのはIS学園に所属するものなら知ってて当然の事だ。それなのに一夏は知らなかった。
そんな、初心者同然の知識しか持たない一夏に敗北したことがよっぽどショックだったのだろう。シャルルはどんよりと暗くなり、がっくりと肩を落とした。

「まぁ、それはさておいて、ワンオフ・アビリティーは普通は第二形態(セカンド・フォーム)から発生するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間が使えるようにしたのが第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズと凰さんの衝撃砲がそうだよ」

「へ~、知らなかった」

「一夏さん、それはあまりにも無知すぎませんこと?」

「ホントにバカなんだから」

一夏はISに対しての知識があまりにも不足している。それなのにそこそこ腕が立つために性質が悪い。

「確かに俺の知識が不足してるのは事実だが、鈴、お前バカバカ言いすぎだろ。いくら俺でも傷つくぞ」

「実際、バカなんだから仕方ないじゃない」

「お前なぁ……」

「あ~、一夏。また話が脱線してるよ。元に戻してもいいかな?」

「あ、悪いシャルル」

またも話が脱線したので元に戻し、IS知識が不足している劣等性一夏に、シャルル先生のありがたい講義が再開した。

「で、一夏のワンオフ・アビリティーが『零落白夜』なんだよね? 白式は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけでも凄い異常事態だよ。前例がまったくないからね。しかも、その能力って織斑先生の……初代ブリュンヒルデが使っていたISと同じだよね?」

「まあな。そのおかげで千冬姉からはアドバイスと指導を受けられるんだけど、流石にこれだけじゃなぁ……俺も銃とか撃ってみたいぜ」

白式の性能には満足している。だが、武装が雪片一本だけというのは心もとない。それに、簡単には銃への憧れを捨てることは出来なかった。

「じゃあ、撃ってみる?」

「え?」

「はい、これ」

そんな一夏に、シャルルはさっきまで自分が使っていた銃を手渡す。五十五口径アサルトライフル『ヴェント』だ。

「え? 他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」

「普通はね。でも所有者が使用許諾(アンロック)すれば、登録してある人全員が使えるんだよ……うん、今一夏と白式に使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」

「お、おう」

初めて握った銃は妙に重かった。ISにはエネルギーフィールドというものがあって、これがあるからどんな巨大な武装でも難なく使え、たいした重さを感じないはずだ。
けれど一夏の場合は、初めて握るものなので精神的にそう感じているのかもしれない。

「か、構えはこうでいいのか?」

「えっと……脇を締めて。それと左腕はこっち。わかる?」

初めてでおぼつかない一夏に、シャルルが手取り足取り教えてくれた。
シャルルは小柄で一夏との慎重さがかなりあるものの、そこはIS。宙に浮きつつ、器用に一夏の体を誘導する。

「火薬銃だから瞬間的に大きな反動が来るけど、ほとんどはISが自動で相殺するから心配しなくてもいいよ。センサー・リンクは出来てる?」

「銃器を使う時のやつだよな? さっきから探しているんだけど見当たらない」

IS戦は当たり前だが高速で動き回る。そのため、射撃をするにはハイパーセンサーの機能、連携が必要不可欠だ。ターゲットサイトを含む銃撃に必要な情報をIS操縦者に送るために武器とハイパーセンサーを接続する必要があるが、そのためのメニューが白式からは出てこない。

「うーん、格闘専用の機体でも普通は入っているんだけど……」

「欠陥機らしいからな、これ」

「百パーセント格闘オンリーなんだね。じゃあ、しょうがないから目測でやるしかないね」

「マジか?」

初めてだというのにとんでもないハンデをしょってしまった。白式に不満はないと言ったが、それは撤回する必要があるかもしれない。

「まぁ、とりあえず撃ってみるか」

「うん。とりあえず撃つだけでもだいぶ違うと思うよ」

ああだこうだ言っても仕方がない。とりあえずは撃ってみることにした。
的に狙いを付ける。一夏の師である、武器と兵器の申し子と呼ばれるしぐれでも流石に銃の使い方は教えてくれなかった。だから一夏が連想したのは弓。しぐれに少しだけ教わったことがある。
勝手は違うが、的に狙いを付けるということに関しては同じだ。射線を真っ直ぐに固定し、深呼吸をして引き金を引く。
次の瞬間、乾いた発砲音が響いた。

「ふう……」

「ほぼど真ん中……凄いね一夏。とても初めてだとは思えないよ」

的の中心部を撃ち抜いた一夏の弾丸。そのことをシャルルは褒め称える。

「すっげ……」

対する一夏は、感動に打ち震えていた。

「すげえ、当たった。見たかシャルル? ちゃんと当たった。それに弾も速い。いや、前にアパチャイが投げたボールの方が速かったけど、それでも速いな!」

「落ち着いて一夏。それと、さっきも聞いたけどアパチャイって何者?」

まるで、玩具を与えられた子供のように大騒ぎする一夏。初めて撃った銃の感触に快感を覚えたようだ。

「なあ、シャルル。もっと撃ってもいいか?」

「あ、うん、そのまま一マガジン使い切っていいよ」

「サンキュー」

一夏はシャルルに礼を言い、さらに射撃を続けた。

「乱れ撃つぜ!」

「え?」

連射。連射。連射。まさにトリガーハッピー。そんな感じで撃てば一マガジンなどすぐになくなってしまう。
弾切れを起こし、引き金の音だけがカチャカチャとむなしく響き渡る。当然、そんな撃ち方で狙いを定められるはずがない。一夏の撃った銃弾は見事にばらけていた。

「一夏……ふざけてるの?」

「悪い、ふざけた。なんかこう、思いっきり撃ってみたくなって」

「まったく。ISは玩具じゃないんだよ」

「いやはや、ごもっともです」

シャルルに叱られ、一夏は素直に頭を下げた。浮かれていたのだ。初めて握った銃の感触に。
銃やISは玩具じゃなくて兵器。ISは今ではスポーツという体裁をとっているが、どの国でも軍事利用は行われているし、一機だけでも強力な戦力となる。
それは十年前に起こった白騎士事件が十分に証明している。

「とはいえ、はしゃぐ気持ちもわかるけどね。銃を撃つ時の感触や、的に当たった時の快感はなんともいえないものがあるからね」

「へえ、そうなんだ」

「一夏、もう一マガジン撃ってみる? 今度はふざけないでよ」

「いいのか? もちろん、次はふざけず真面目にやるぜ」

シャルルは呆れつつも、苦笑を浮かべながらマガジンをもうひとつ出してくれた。一夏はそれを受け取り、ヴェントのマガジンを取り替えようとする。
そんな時だった。ここのアリーナがざわめきだしたのは。

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

ざわめきの中心にいたのはもう一人の転校生、ドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒだった。
転校してまだ間もないが、それでもクラスメイトとは必要以上に係わらない孤高の女子。一夏から話しかけようとしたこともあったが、そっけない態度であしらわれてしまった。

「おい」

そんなラウラが、ISの解放回線(オープン・チャンネル)で声を飛ばしてくる。その特徴的な声はそうそう忘れられるものではない。間違いなくラウラ本人の声だった。

「なんだ?」

一夏はマガジンを替えつつ、やっぱり声まで五番目の姉にそっくりだよなと考える。
ラウラは言葉を続けながら、飛翔してこちらへと近づいてきた。

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

「いいぜ」

一夏はあっさりと返答する。そのあまりにもあっさりとした返答に、ラウラは拍子抜けしたように瞳を見開いていた。シャルル達も少し驚いているようだ。
だが、一夏はさっきまでシャルルと手合わせをしていた。別にラウラとの手合わせも拒む理由がない。

「そうか。ならば始めるぞ」

「あ、ちょっと待て。このマガジンを撃ち切るまで待ってくれ」

「む、それくらいなら……」

一夏の言葉に、ラウラは腕を組んで大人しく待つ。一夏はマガジンの取替えが終わったヴェントを構え、的に狙いを付ける。
一射、二射、一夏は先ほどの乱れ打ち出ほどではないが、標準を合わせて次々と引き金を引いていく。一マガジン十六発を打ち切るのに、そんなに時間はかからなかった。

「待たせたな」

「ああ」

ヴェントをシャルルに返却し、一夏はラウラと向かい合う。互いにISで地面から僅かに浮遊し、目線を合わせた。

「こうもあっさりと申し出に乗るとはな。少し以外だったぞ」

「別に断る理由はなかったからな。それと梁山泊には家訓があってな。売られたケンカは必ず買えだそうだ」

「梁山泊? なんだそれは」

「俺の通ってる道場だよ」

「そうか。まぁ、そんなことはどうでもいい」

互いに序是津になる。その間にもそれぞれの武器を構え、場には空気が張り詰めたような緊張感が走った。

「そうだな。俺も言葉を交えるより拳を交える方が性に合っているしな」

「ふん、いい返答だ。貴様が教官の弟でなければ、少しは認めてやっても良かったかもしれん」

「じゃあ、始めるか」

一夏の言った『始める』という言葉を合図に、両者が動き出した。ラウラの漆黒のIS、その左肩に装備された大型の実弾砲が火を吹く。
一夏はそれを回避し、ラウラへの接近を試みた。ちょうどその時……

『いつまでやっている? もう四時を過ぎてるぞ。アリーナの閉館時間だ。全員速やかに片づけをしろ』

一夏の姉、千冬の声がスピーカー越しから聞こえた。その声に反応し、一夏とラウラの動きが止まる。
おそらく、自由時間のアリーナを監視していたのだろう。閉館時間が迫っていることから、その声には多少刺々しさがあった。

「興醒めだな」

「ああ、こんな中手合わせを続けたら千冬姉にしばかれそうだし」

「……ふん」

一夏とラウラは互いに矛を引き、背中を向ける。ラウラはアリーナゲートへと真っ直ぐ進み、一夏はシャルル達の元へ戻る。

「じゃあ、あがるか」

「え、ああ、うん、そうだね」

閉館時間ならば速やかに撤収しなければならない。そうしないと、千冬の出席簿が容赦なく一夏達を襲うことになるだろう。

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

「ん、ああ、そうか? シャルルっていつもそんなんだよな」

「え、そ、そうかな?」

「一緒に着替えたがらないし、一緒に着替えた時はなんかよそよそしかったし、いきなり脱ぐなとか、服をちゃんと着ろってうるさいし」

「う……」

引き上げようとする一夏だったが、これまでのシャルルの態度からいくつか不審に思ったことがあった。
それはまるで、一夏との接触を避けているかのようだ。

「まぁ、俺も別に男の着替えをじろじろ見たいわけじゃないし、シャルルが嫌がるなら別にいいけど」

「そ、そう? なんかごめんね、一夏」

「気にするな」

とはいえ、一夏は気にしない。シャルルは一夏との接触を避けているようだが、普段は優しく、今回の自由時間のように何かと世話を焼いてくれる。
良くしてくれてるし、なんだかんだで男友達として仲良くやっていけてるのではないかという自覚もある。また、かわいい女の子ならともかく、男の着替えを見ても面白くもなんともないからだ。

「じゃあ、俺は行くわ」

そんなわけで一夏だけが先に更衣室に行き、着替えることになった。


†††


「風呂だ、風呂。来週の下旬から風呂に入れるぜ~」

「ご機嫌ね、一夏。あんた、相変わらず風呂が好きなの?」

「好きだ!」

一夏はご機嫌だった。物凄くご機嫌だった。
先ほど、山田先生が一夏の元を尋ねてきたのだ。用件は一夏の専用機、白式を正式に登録するための書類を書いて欲しいというものだったが、その際についでに聞かされた浴場の解放という言葉に一夏の心は躍っていた。
ここはIS学園。生徒のほとんどが女子であるため、今まで一夏は大浴場を使うことが出来なかった。それが今月下旬から、週二回で使えるというのだ。一夏は大の風呂好きであり、これに喜ばないわけがなかった。

「ちなみに、鈴のことはもっと好きだ!」

「ちょ、一夏! どさくさにまぎれて何言ってんのよ!?」

「まぁ、事実だし。それに男は俺とシャルルしかいないからほぼ貸切だ。一緒に入るか?」

「バカバカバカ!」

半分冗談、半分本気で一夏は鈴をからかう。ここに男は一夏とシャルルしかいないため、シャルルと入る時間をずらせば後は貸切なのだ。鈴と二人っきりで入ろうとなんの問題もない。
いや、問題はあり、千冬に知れたらえらいことになりそうだが、この時の一夏はそこまで深くは考えていなかった。

「それにしても風呂か~。梁山泊の風呂は最高だったよなぁ。鈴も美羽と一緒に入ったことあっただろ? アパチャイが掘り当てたやつ」

「え、ああ、あれね。うん、凄かったわ。あんなに立派な露天風呂のある家って普通はないわよ」

風呂といえば、思い出すのは梁山泊にある露天風呂。あれはアパチャイがいきなり地面を掘り出し、三日ほどで温泉を掘り当てた。

「梁山泊は普通じゃないだろ」

「そうだったわね……」

普通という言葉がこれほど遠い家も珍しいかもしれない。

「それにしても腹減った。今日の夕食はなんにしようかな?」

「ん~、私はラーメンにしようかしら?」

「お、いいな。俺も久しぶりにラーメンをするか」

ここ最近、昼食は鈴に弁当を作ってもらっている一夏だったが、朝食と夕食は普通に学食で食べている。毎食作ってもらうのは流石に悪い気がするに、鈴も大変だろう。
それに、学食のメニューもなんだかんだで美味しい。

「学食に行く前に、ちょっと部屋に戻ってくる。ついでにシャルルもメシがまだだったら誘ってくるから」

「わかったわ。外で待ってるわよ」

「おう」

一夏はそう言って、ひとまず部屋に戻ることにした。鈴は扉の外で待つ。

「ただいまー。って、あれ? シャルルがいないな」

部屋に入り、シャルルの姿がないことに気づいた。が、シャワールームから聞こえる水音に気づく。

「なんだ、シャワーか」

山田先生が呼びに来た時、遅くなるかもしれないから先にシャワーを使っていていいと一夏は言った。言ったのだが、その時、一夏はふとあることを思い出す。

(そういえば、ボディソープがなかったな)

昨日、シャルルがそう言っていた。
基本は一夏が先にシャワーを使うことになっているため、その時についでに補充すればいいと考えていた。だが、山田先生に呼び出されたためにそれが出来なかった。
それと、まだシャワーを浴びているなら夕食は後から取るだろう。ならばボディソープを渡して、先に学食に行こうと考える。

「おーい、シャルル」

一夏はクローゼットからボディソープを取り出す。それを持って、シャワールームに入った。
シャワールームは洗面所兼脱衣所と区切られており、一夏が中に入ると同時に区切りの扉が開けられた。おそらくはボディソープを探しに来たのか、シャルルのシャワーが終わったのだろう。けれど男同士なので、一夏はそこまで気にしない。
そう、一夏は今の今まで、完全に男同士だと思っていた。

「ああ、ちょうどよかった。これ、替えの……」

「い、い、いち……か……?」

「へ……?」

一夏は己の目を疑う。声は完全にシャルルだった。髪型だってそうだ、瞳の色も、身長も完全にシャルルと同じだった。
ひとつだけ違うもの、それは胸だ。馬によって鍛えられた一夏の眼力からして、おそらくはCカップほどだろうか? なかなかの大きさであり、しかもウエストが引き締まっているためかさらに胸が大きく見える。見事だ。本当に見事な美乳だった。そう、このシャルルらしき人物は女性だった。その上、今までシャワーを浴びていたために全裸である。

「あ~。ボディソープはここに置いておくからな」

「……………」

一夏はとりあえず、ボディーソープを脱衣所の棚に置く。シャルルは未だに呆けており、固まっていた。

「はい、チーズ」

「へ?」

が、次の瞬間には覚醒する。一夏は自身のポケットをさぐり、携帯を取り出す。それをすばやく撮影モードに移行させ、全裸のシャルルを撮ったのだ。
乾いたシャッター音とフラッシュの光は、シャルルの意識を完全に呼び覚ました。

「きゃあっ!? な、何してるの一夏!!」

「訳がわかんないけど、とりあえず一言。いいもの見させていただきました!」

「ちょ、消して。今の写真消して!」

「いやだ! これは永久保存だ。今すぐ馬さんと弾に写メを送らないと!!」

「やめて~!」

シャルルは大慌てで、全裸のまま一夏の携帯を奪い取ろうと奮闘する。だが、シャルルより大きく、その上もはや人外の域の身体能力を持つ一夏。そう簡単に携帯を奪われる失態を晒すはずがなく、携帯を護りながら脱衣所を出る。

「ちょっと一夏、いつまで待たせるのよ? それに、さっきから騒がしいわね」

「あ……」

だが、結果的に一夏はとんでもない失態を晒してしまった。部屋の外では鈴が待っていたのだ。そのことを今の騒動ですっかり忘れてしまった。
一夏の手には携帯。そんな一夏を追って、全裸のシャルルがシャワールームを出てそこにいる。

「いちか……」

鈴の底冷えするような声が聞こえた。それと同時に、鈴のISが展開される。

(詰んだ……)

これはボコられても仕方がない、そう思う一夏だった。
だが、せめてこの携帯だけは命を懸けても護る。そんな決意を固める一夏だった。

















あとがき
一夏の撮影したシャルの写真。欲しい方は是非ともメアドを。写メを送ります!
はい、ごめんなさい。嘘です。ここの一夏はあれですね、馬の影響を受けすぎてる。エロいよこいつ……なんでこうなった?
今回はなぁ、鈴の活躍があまりかけませんでした。ってか、ほぼ毎回ですね。前回は外伝でしたし。
ですが次回、次回こそは! 一夏、爆発します。
それはそうと、結局千冬の渇の一言で止められましたが、自由時間の時のラウラ戦?
原作では一夏も断り、ISのSSでもほとんどの一夏が断ってますが、確かに戦う理由はなくとも、断る理由もないと思うんですよね。シャルルとも手合わせしてましたし。
まぁ、ここの一夏の場合はラウラにビンタくらってないんで、そこまで印象が悪くないってのもありますが。

それはそうと、ついに史上最強の弟子ケンイチにあの方が登場。
ケンイチの手甲の前の所有者。それって、つまり……まさか傭兵に化けていたのは思いませんでした。
しかも、現在OVA付きのケンイチの新刊コミックが発売中。美羽の声優さんはなんとくぎゅうです。欲しい、欲しいぞ!
この間1パチの花の慶次で三万ほど勝ったし、こうなったら買おうかな?

では、今回はこの辺で。次回はフォンフォンかクララを更新しようと思います。そろそろ、クララ更新しませんとね。



[28248] BATTLE18 デュノア
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/09/05 11:45
「一夏、一応言い訳は聞いてあげるわ」

「あ~、なんだ、最近の俺は浮かれてたんだと思う。自分でもおかしいと思ってたから。だから言い訳はしない。思いっきりやってくれ」

「そう、それはいい心がけ、ね!」

次の瞬間、一夏は鈴に思いっきり殴られた。しかもISが展開されたままで、その装甲で強かに打ちつけられる。

「い、一夏!?」

その光景にシャルルは驚愕する。人がISで殴り飛ばされたのだ。その上鈴のIS、甲龍はパワータイプの近接格闘型。無事で済むはずがない。
今しがた、一夏は殴られたことによってやばい吹き飛び方をしていた。

「いてぇ、流石にISの一撃は効くなぁ……」

「え、ええっ!? 大丈夫なの?」

それなのに一夏は、むくりと起き上がってくる。

「一夏、最近、ますます人外っぷりに磨きがかかってきたわね」

「いや、それでもかなり痛いんだぞ。もう少し手加減してくれよ」

「思いっきりやれっていったのはあんたじゃない」

「それでもISで殴るなんて思うか、普通」

唖然とするシャルルを他所に、当の本人達は笑い話のように談笑していた。まるで、ISで殴られたことが小言のようだ。

「で、これはどういうことなの?」

その談笑も終わり、鈴がギロリとシャルルを睨みつける。そんな鈴に対し、一夏はのんきに首をかしげた。

「さあ? こっちが聞きたい」

「あんた同室でしょうが! なんで今まで気づかなかったのよ!?」

「なんでだろうな?」

「もういいわ……」

鈴はため息を吐き、今一度シャルルを見詰めた。胸のふくらみと引き締まったウエスト。特に胸を見て、鈴は小さく舌打ちを打つ。

「聞きたいことが山ほどあるけど、まずは服を着なさい」

「え、あああああああっ……う、うん!!」

今までの騒動でシャルルは自分が全裸だということを忘れており、慌ててシャワールームへと引っ込んでいった。
そんなシャルルの背中を、一夏は携帯のカメラでもう一度撮った。

「シャルル、胸も結構大きかったけど、いい尻をしているよな」

「ふん!」

「はぶっ!?」

とりあえず、一夏はもう一度殴られても文句は言えないだろう。


†††


シャルルが着替えを終え、ジャージ姿で出てくる。これからが尋問タイムだった。

「とりあえずお茶だ」

「ありがと。で、なんで男のふりなんてしてたの?」

「……………」

一夏がお茶を差し出し、鈴が主導を握ってシャルルを問い詰める。
鈴に睨まれているシャルルは、居心地が悪そうに湯飲みの中に入ったお茶を見詰めていた。

「なんか言いなさいよ」

「う、うん……実は、実家の方からそうしろって言われて……」

「実家?」

「ああ、確かシャルルはデュノア社の……」

「そう。僕の父がそこの社長。その人から直接の命令なんだよ」

「命令? なにそれ」

「親なんだろ。お願いや頼みでもなく命令なのか?」

命令という言い方に、鈴と一夏は違和感を覚える。それではまるで、部下や手下に対する物言いではないか。
そういえばと一夏は思い出した。シャルルが転入してきた初日、親の話で彼女の表情が曇ったことを。

「僕はね、愛人の子なんだよ」

「愛人……」

実際には昼ドラくらいでしか聞くことのない単語に、一夏は気まずい気持ちになる。
その言葉の意味がわからないほど一夏も、そして鈴も子供ではない。

「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々と検査をする過程でIS適正が高いことがわかって、非公式ではあったけどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」

シャルルも本来なら、こんなことなど話したくないはずだ。だが、話さないわけにはいかなかった。
自分がどうして、性別を偽ってまでIS学園に来たのかを。

「父に会ったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時はひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」

シャルルは愛想笑いを浮かべる。けれどその声はとても乾いており、表情も引き攣っていた。
当然、一夏や鈴も笑えるわけがない。神妙な顔でシャルルの次の言葉を待った。

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

「え? だって、デュノア社って量産機ISのシェアが世界第三位だろ?」

「そうだけど、デュノア社の主力商品であるラファール・リヴァイヴは第二世代型なんだよ。ISの開発ってのは物凄くお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立ってるところばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の総合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」

「うん、言ってることの半分もわからない」

「ちょ、一夏。あんたそこまで馬鹿だったの!? とはいえ、私も欧州のことはあんまり詳しくないんだけど……」

実際に話の内容を理解できていなかったが、少しでもこの空気を払拭したかった一夏はあえておどけてみせる。それに鈴も乗り、うろ覚えの知識ながらも説明してくれた。
なんでも、現在、欧州連合では第三次イグニッション・プランの時期主力機の選定中らしい。
今のところそのトライアルに参加しているのがイギリスのティアーズ型(モデル)、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型。その中で実用化向きとして一歩リードしているのがイギリスだが、まだまだ問題や課題が山積みのようだった。
実稼動データを取るため、イギリスの代表候補生であるセシリアと、ドイツの代表候補生であるラウラがIS学園に来たのはそのあたりの事情が関係しているとか。

「うん、凰さんの言うとおりだね」

「流石は中国の代表候補生だな」

「これくらい当然よ」

無い胸を張っても空しいだけだと思う一夏だったが、決して口には出さない。鈴に対してそのことは禁句だったからだ。
それに、貧乳はステータスだとも思っている。基本、巨乳好きな一夏だが、貧乳だって好きなのだ。というか、おっぱいはみんな好きだ。断言しよう。おっぱいが嫌いな男はいないと。

「一夏、あんたまた殴られたいの?」

「な、なんだよ鈴!? 別に俺は何も言ってないだろ」

「またなんか、変なこと考えてたでしょう」

「うぐっ……」

鈴の鋭さに一夏は息を呑む。その様子を見て、シャルルの表情が僅かに緩んだ気がした。

「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで、政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を前面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」

「なんとなく話はわかったが、それがどうして男装につながるんだ?」

「一夏、本当に鈍いわね」

「うん、凰さんの思っている通りだよ。二人目の男性操縦者が現れたとなれば、それはいい広告塔になる。何せ、世界中の注目がデュノア社に行くからね。それに……」

シャルルは一夏から視線を逸らす。

「同じ男子なら日本で登場した特異ケースと接しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろう……ってね」

「それは、つまり……」

「そう、白式のデータを盗んでこいって言われてるんだよ。僕は、あの人にね」

負い目からか、とても直視するなんてことはできなかった。その声は震え、苛立ちが募っているようだ。
この反応からわかるように、シャルルは父親のことを良くは思っていない。むしろ嫌っている。
今までの話を聞いた感じでは、シャルルの父親はシャルルのことを一方的に利用しているだけのようだった。そのことに、一夏はふつふつと怒りが沸いてくる。

「とまあ、そんなところかな。でも、一夏と凰さんにばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どの道今までのようには行かないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」

あはは、とシャルルが笑う。表情こそ先ほどよりはマシになっていたが、声は乾いたままだ。

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、ウソをついててゴメン」

深々と頭を下げるシャルル。そんな彼女に向け、一夏はまるで明日の天気を尋ねるかのように問う。

「なあ、本当にデュノア社がどうなろうと構わないのか?」

「え……?」

「だったら物理的に潰すか。殴り込みをかけて」

「ええっ!?」

驚愕するシャルルを他所に、一夏は鈴と共にデュノア社殴り込み計画を企て始めた。

「とりあえず逆鬼さんに声をかけてみるか。あの人なら絶対に面白そうだとか言うし」

「そうね。あの人が暴れ回る姿が目に浮かぶわ」

「それからアパチャイとしぐれさんも決定。秋雨さんはこの事を知ったら止めるだろうからパスして……う~ん、千冬姉を誘ったらどうなるかな?」

「なにその面子? デュノア社を潰すどころか、世界だって取れるわよ」

「それは流石に……冗談とは言えないな」

「ね、ねえ、一夏。凰さん……」

不穏な会話についていけず、シャルルは再び引き攣った表情で一夏たちの間に割って入った。

「まあ、冗談はさておき」

「冗談? 本当に?」

「シャルルはそれでいいのか?」

シャルルの質問を濁し、一夏は確認を取るように言う。

「親がいなけりゃ子は生まれない。そりゃそうだけどさ、だからって親が子になにをしてもいいってわけがない。子にも生き方を決める権利があって、たとえ親でもそれを邪魔することはできないはずだ」

「一夏?」

「お前がなにをしたいのか。それはお前が決めることだろ。これからどうするんだ?」

「どうって……時間の問題じゃないかな。フランス政府も事の真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補を下ろされて、よくて牢屋とかじゃないかな?」

「それでいいのか?」

「良いも悪いも無いよ。僕には選ぶ権利が無いから、仕方ないよ」

「……やっぱり殴りこみか?」

儚げに笑ってみせるシャルル。この時、一夏が囁いた言葉をあえて無視する。

「そんなことしなくてもさ、ここにいればいいんじゃない?」

鈴が唐突に、そんな提案をしてきた。

「え?」

「ああ、そうか。特記事項第二十二だな」

「そういうこと。ってか、一夏。あんた基本的なことは知らないのに、なんでこれは知ってんのよ?」

「いやいや、こう見えても俺は勤勉なんだぞ」

「だったらもう少し、ISについての基本的な知識を学びなさいよ」

「ねえ、どういうことなのかな?」

一夏と鈴、二人の間だけで進む会話に、シャルルは首をかしげることしか出来なかった。

「特記事項第二十二、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

「まぁ、そんなわけだから、学園に在籍している三年間は大丈夫ってことよ。それだけ時間があれば、なんとかする方法もみつかるかもしれないしね」

「というか、そもそもばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。俺も鈴も、シャルルが女だってことをばらさなけりゃ万事OKだな」

「それもそうね」

そう言って二人は笑った。シャルルは唖然としていたが、その笑顔に釣られてしまう。

「は、はは、なんだかそう言われると、今まで悩んでいたのが馬鹿みたいだよ」

「お、笑顔似合ってるじゃないかシャルル。やっぱり女の子は笑っていた方がかわいいよな」

「か、かわいい!?」

「い~ち~か~」

「なんだよ鈴。この程度で妬かなくてもいいだろ」

「別に妬いてなんか無いわよ!」

「はいはい」

「ははは」

こうして三人とも笑い出す。それが収まると、今度はこれからについての話が始まった。

「とりあえずは様子見か? 経緯はどうあれ、シャルルは性別を偽って学園に入学したんだから、ばれたら面倒なことになるだろ」

「でも、ずっとこのままって訳には行かないわよ。どうせ、遅かれ早かればれちゃうことなんだし、いっそのこと開き直っちゃえば?」

「う~ん、そうだなぁ……千冬姉にでも相談してみるか」

「千冬さんねえ……このことがあの人にばれたら、なんだかとても恐ろしいことになりそうな気がするわ」

「なんでだ? 家ではだらしないけど、なんだかんだで千冬は頼りになるぞ」

「そういう問題じゃないのよ」

「ごめんね、僕のことで……」

「それは別にいいのよ、それは。それよりも一番問題なのは、シャルルが一夏と同じ部屋と言うことよ!」

「え?」

これからのことも確かに大事だ。だが、鈴にはそれよりも気になることが、重要な話があった。
それは一夏とシャルルが同じ部屋だと言うことだ。シャルルの正体が女だとわかったために、これは一夏の恋人として決して無視できない問題だった。

「ああ、そのことか。うん……別に俺はシャルルと同じ部屋でも構わないけどな」

「もう一度殴られたいの?」

「ごめんなさい」

「ふん!」

一夏の戯言は無視し、鈴はある提案をした。

「そういうわけだから、今日から私もこの部屋に住むから。これ、決定ね」

「ええっ!?」

「それいいな、大歓迎だ」

それは、鈴までもがこの部屋で暮らすという提案だった。シャルルは驚き、一夏は二つ返事で承諾する。

「大丈夫なの? このことが織斑先生に知れたら大変だよ」

「う……それは確かに大変ね。けど、あんたと一夏を二人っきりにするわけにはいかないのよ」

「確かに。我慢できずに襲っちゃいそうだしな」

「ええええええっ!?」

「まぁ、勿論冗談だけど、シャルルも俺なんかと二人っきりよりもう一人女子がいたほうが安心するだろ?」

「そ、それは……」

勝手に進む話に先ほどから戸惑いっぱなしのシャルルだったが、一夏の言うことももっともだった。
今まで誤魔化してきたとはいえ、年頃の女性が男と同じ部屋で暮らすのにはやはり抵抗を感じてしまう。それに、先日はあんなことがあったので尚更だ。

「確かに凰さんがいてくれるのは心強いかな。一夏って、その、アレだから。この間、本棚から本を借りようとしてえらい目に遭ったよ」

「本棚?」

「あ、ちょっ! 鈴、待て!!」

シャルルに言われ、本棚を確かめようとする鈴。それを抑止する一夏だが、今更遅すぎた。
そもそも、抑止されただけで鈴が止まるわけがない。こんなことを言われれば、余計に気になる。

「一夏」

「はい……」

鈴の冷たい声が響いた。関係のないシャルルでも、気温の低下を感じられるほどだ。
一夏は姿勢を正し、その場に正座した。

「なにこれ?」

「えっと、その……エロ本です」

「馬鹿正直に言えば許されると思ってるの?」

「だ、駄目かなぁ? いや、だって俺も男だし。年頃の男なら誰だって持ってるって、それくらい」

「……………」

「ごめんなさい」

そのまま両の手を床に付き、一夏は土下座した。それだけの威圧感が鈴から滲み出ていたのだった。

「とりあえず、これは全部捨てるから」

「ちょ、えええええ!? 待て鈴! それだけは、それだけは本当に勘弁してくれ!!」

「うっさい、馬鹿一夏。これは決定よ」

「うぅ、俺の秘蔵のコレクションがまた……」

理不尽な決定にがっくりと肩を落とす。一夏のお宝が捨てられるのは、これで二度目だった。
とにもかくにも、こうして奇妙な同居生活が始まることとなった。大切なものを失った一夏だが、それでも羨ましすぎるこの展開。それは、IS学園で起こる新たな騒動の幕開けでもあった。



















あとがき
少し短いですが、生存報告も兼ねて更新です。ISやほとんどのラノベでは理不尽な暴力って結構ありますが、ここの一夏は殴られても仕方ないだろうと言う今回。
達人級に揉まれてますので、ここの一夏の耐久力がかなりのものと言う理由もありますが。
最近はパチンコだったり、戦場の絆を再開したり、キングダムハーツの新作をプレイしたり、ガンプラを作ったり。まぁ、要するに見事に遊んでたわけです。ゴールデンウィークはバイトが忙しくって暇があっては寝てましたが。
まぁ、なんだかんだでやっとこさ更新です。次はもっと早く更新したいですね。
それから一言。もうパチンコはやんない! 絶対だ、絶対に……
そういえば今週のジャンプで。ワンピースの表紙。よっしゃ、ボンちゃん生きてた!!
以上、武芸者でした。
















おまけ

「は、そういえばシャルルが女性って……」

「ん?」

「うわあああああっ! エロ本の記憶を失え!! 無敵超人直伝、亡心波衝撃(ぼうしんはしょうげき)ィィ!!」

都合の悪い記憶は消すに限る。一夏はシャルルのこめかみを両手で挟むように叩き、脳を刺激して記憶の消去を図った。
その技は梁山泊の長老、隼人に教わったものだ。

「あ、あれ、一夏。僕って何してたんだっけ?」

それが成功したのを確認し、一夏は安堵の息を吐くのだった。



[28248] BATTLE19 姉の役目
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/09/05 10:51
「……トイレ」

時刻は真夜中。一夏は自室のソファーから起き上がり、部屋の備え付けのトイレへと向かう。
IS学園は当然だがほとんどの生徒が女子。そのため、男子である一夏の利用できるトイレは極めて少ない。その数はこの広大なIS学園で僅か三ヶ所。備え付けのトイレは、その僅か三箇所のうちのひとつだ。
とにもかくにも用を足したことで一夏の目は覚める。時刻はまだ夜中の二時。修業を始めるにしてもまだ早い時間だし、千冬の扱きやIS学園のハードなカリキュラムを耐え抜くためには少しでも眠っておきたい。一夏は再びソファーに横になろうとしたが、そこでふと思いとどまった。
現在、この部屋には一夏の他にシャルルと鈴がいた。シャルルが本当は女性で、そんなわけだから一夏の彼女である鈴は気が気でなく、監視と称して共にこの部屋で暮らすこととなった。
だが、ベットは二つしかない。当然、二つのベットに三人で寝ることができるはずがない。また、女子を床やソファーで眠らせるのには少し抵抗がある。
そんなわけでシャルルは今まで通り自分のベットを使い、一夏はソファーで眠り、今まで一夏が使っていたベットを鈴が使うことになった。基本、一夏はどこででも眠れるために特に気にしていなかったが、夜中に目の覚めた彼は妙なテンションである行動に出た。

「お邪魔しまぁす」

心を躍らせつつ、静かに、そっと鈴のベットへと侵入していく。夜中にトイレに起きて、その際に寝ぼけて、間違ってベットに侵入してしまうというのはある意味王道的な展開だが、一夏は明らかに意図して鈴のベットへと侵入した。当然、寝ぼけているわけがない。布団に入り、ぎゅっと抱き枕のように鈴を抱きしめる。

「ん、んんっ……」

「うわぁ……やっぱ鈴ってちっちゃいな」

鈴は完全に眠っていた。一夏に抱きしめられるものの、まるで起きる気配がない。
ならばと、一夏の行為は次第にエスカレートしていく。

「こっちもちっちゃいよなぁ。鈴もちっちゃいこと気にしてたし、揉めば大きくなるかな?」

「ん、んん……むっ、あん」

胸に手を伸ばす。そのまま鈴の小さなふくらみを揉みしだき、一夏は感慨深そうにつぶやいた。
鈴は未だに目覚めないが、小さな喘ぎ声を上げている。

「でも、これはこれでいいんだよな。うん、貧乳最高」

貧乳はステータスである。だが、一夏はこうも思う。巨乳も最高だと。
束と山田先生、もしこの二人の胸が揉めたらどんなに幸せだろうかと思わずにはいられない。とはいえ、セクハラ行為はしても一夏に浮気をするような甲斐性はないのだが。

「しっかし、鈴のやつよく眠ってるなぁ。起きないのか? 起きないの。なら、もっとひどいことをしちゃうぞ」

一夏はさらに調子に乗る。最初は服の上から胸を揉んでいたが、今度は服の隙間から手を入れる。今の鈴の格好は、就寝中と言うこともあって当然寝巻き。下着もつけてはおらず、一夏は直に鈴の胸に触れる。

「うわっ、うわあ……これは、鈴の胸って小さくって、すべすべで、暖かくって、やわらかあああああい!!」

手に吸い付きそうなほどに滑らかで、餅のように柔らかい鈴の肌。それに触れ、一夏のテンションが妙な域に達する。夜中だと言うのにもかかわらず叫んだ。叫べばどうなるかと言うと……

「ん、え……きゃああ! なにしてんのよ、この馬鹿一夏!!」

「ごふっ!?」

当然ながら鈴は起きる。寝ぼけ眼を擦り、状況を理解するなり一夏を蹴り飛ばした。背中から鈴を抱きしめていた一夏は、その鈴本人に見事な後ろ蹴りを喰らう。思いっきり油断し、緩んでいた腹筋に見事に決まったために一瞬息が詰まった。
ゴロゴロと転がって一夏はベットから床に落ちる。その時、『あべしっ』と奇妙な声を上げたが、そんなことは鈴には関係ない。

「この馬鹿! アホ! 変態!! 夜中になんてことしてくれてんのよ!?」

「いや、むしろ夜中だからやったんだが……」

「うっさい、この馬鹿!」

「げふっ!!」

今度は鈴に腹を踏まれ、またも奇妙な声を上げる一夏。だが、ひとまずはこれで大人しくなり、鈴は『はぁ』と小さなため息を吐く。

「まったく……こんなことをしてシャルルが起きたらどうするのよ?」

今は夜中。騒いで同室の者を起こすのは良くないし、このようなやり取りを聞かれるのはかなり恥ずかしい。
幸い、シャルルは起きなかったようで、彼女の眠るベットからは規則正しい寝息が聞こえていた。

「いや、あれだけ騒いだんだしもう起きてるだろ。あれは狸寝入りだ」

「え!?」

「っ……!?」

鈴の言葉に、一夏は至極当然な言葉を入れる。考えても見れば当然だ。あれだけの騒ぎを起こして、起きないわけがない。
布団を被ったシャルルの方がびくりと揺れ、寝息が一瞬止まった。

「……くー」

「いや、もう起きてんなら、今更寝たふりとかしなくていいから」

「そ、そう?」

それでも寝たふりを継続して誤魔化そうとするシャルルだったが、鈴が諦めたように言って、おそるおそる布団から起き上がってくる。

「え、えっと、それじゃあ、僕部屋から出てようか? 夜中の散歩もホラ、日本で言う乙だと思うし。えっと、一時間くらい?」

「あ、どうせなら二時間くらいで頼む」

「わかった」

「わからなくっていいのよ! なに回さなくていい気を回してんの!? と言うか一夏、本当に黙りなさい!!」

夜中にこんなに騒いでいいのかと思うが、ここはIS学園。高級ホテルもびっくりの内装をしており、防音効果もばっちりだった。
そんなわけで隣室の者達が起きてくる事もなく、1025室は暫し喧騒に包まれていた。


†††


「そ、それは本当ですの!?」

月曜日の朝、教室からは真偽を確かめるような声が聞こえてきた。この声はセシリアのものだ。

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら、織斑君がまる一日デートに付き合ってくれるんだって」

クラスの中心では一人の少女、確か出席番号一番の相川清香(あいかわ きよか)、ハンドボール部所属。彼女を他の女子が多数で囲み、そんなことを話していた。
その会話を聞いていた一夏は、なんでこうなったのだろうかと思いながら相川の後ろに回りこむ。この際、身に付けた武術の技が成せたのか、意図せずとも誰にも気配を気づかせることはなかった。
なので、相川と他の女子達は一夏の存在に気づかず、そのまま話を続けていた。

「これって、織斑先生が発案したのかな? 私達にやる気を出させるために」

「あ、それってありえるかも。でも、織斑君とのデートっていいよね」

「だねぇ、どこ行きたい?」

「まだ行けるって決まってないじゃん」

「そうだよ、優勝しなきゃ」

「うんうん、向上心があるのはいいことだ。けど、俺とデートってどういうこと?」

学年別トーナメントに向け意気込むクラスメイト達に、一夏はうんうんと頷いて感心する。けれど、疑問は解決しなかったので、とりあえず聞いてみることにした。

「あ、それはね……って、えええっ!?」

「「「きゃあああっ!?」」」

相川を始めとし、女子達が取り乱したような悲鳴を上げる。

「お、織斑君、もしかして聞いてた?」

「ああ、ばっちりとな」

「うわあ……」

聞かれたことに関する負い目か、または気恥ずかしさからか、女子達の顔が真っ赤に染まっていく。
そんな表情を見て、一夏は申し訳なくなりつつ、ポリポリと頬を掻いた。

「えっと、なんか悪い。けど、俺にはなんでそんなことになったのかまったく心当たりがなくってさ」

「え、それじゃあこの話って、まったくのデマなの!?」

「そんな~」

見るからに気落ちする女子達。そんな彼女達に、一夏はあっさりと言い放った。

「いや、別に俺は構わないけど」

「え?」

「だからさ、もし優勝したらどこにでも連れてってやるよ。あんまり高くないなら、その日の金銭は俺が持つから」

向上心を削ぐのは良くないと思った。要は遊びに行きたいのだろう。なら、もしも優勝できれば自分の奢りでどこか遊びに連れて行ってもいい。一夏は中学生のころ、色々とバイトをしていたので貯蓄がかなりある。その金額からしたら、学生がたった一日豪遊する金などたかが知れている。
もっとも、彼女達が本当に優勝できたらの話だが。

「大ニュース! これ大ニュース!!」

「ほんとにいいの、織斑君」

「よーし、やる気出てきた!」

盛り上がる女子達。生徒がやる気を出すのは、教師である千冬も喜ぶだろうなと自己完結しながら、一夏はにやりと笑った。


†††


「い~ち~……」

現在昼休み。一夏は廊下を歩いていると、背後から声が聞こえた。これは鈴の声だ。
一夏は首だけで振り返ると、そこには助走をつけてこちらへと飛び掛ってくる鈴の姿があった。

「か!!」

一夏の名前を呼びながらの飛び蹴り。惚れ惚れしそうなほどの見事な飛び蹴りだったが、梁山泊の豪傑達や千冬に扱かれている一夏は、ひょいとそれをかわしてみせる。

「わ、あわわ!?」

「なにやってんだよ、鈴」

一夏がかわしたことにより、空中でバランスを崩した鈴だったが、その鈴を一夏が支えるように抱きとめた。それと共に呆れ交じりの言葉を鈴へと向ける。

「あ、ありがと……って、それどころじゃなくって! 一夏、あれはどういうことよ!?」

「あれ?」

「惚けるんじゃないわよ! あんた、学年別トーナメントで優勝した人とデートに行くってどういうことよ!?」

「ああ、あれか」

激昂する鈴に向け、一夏はああと頷く。
あれとは、先ほど一夏が教室で認めたことだ。学年別トーナメントで優勝すれば遊びに連れて行くという話。
これは一夏の彼女である鈴からすれば、当然見過ごせない話だった。一夏とはクラスが違うために情報が遅れ、それを知ると一夏を見つけ出し、発見するなり飛び蹴りを見舞おうとしたわけだ。もっとも、容易く回避されてしまったが。
ちなみに、鈴は未だに一夏の腕の中であり、いわゆるお姫さま抱っこ状態だった。そのためか、周囲からは好奇と共にどこか羨ましそうな視線が突き刺さってくる。当然ながら、一夏はその視線の意味には気づいていない。なので、周囲の視線もまったく気にせずに、鈴にじゃれついていた。

「向上心があるのはいいことだよな。みんな、優勝を目指してがんばってるみたいだし」

「この馬鹿!」

「はぶっ!?」

問いかけに見当はずれな答えを返した一夏は、鈴に強烈なアッパーを喰らう。一夏は鈴を抱えたままだったために、一瞬鈴を落としそうになるが、なんとか踏ん張って耐えた。

「危ないな、落とすぞ。それに顎はやめろよ。舌を噛んだらどうするんだ。流石に俺でも舌は鍛えられないしさ」

「あ、ごめん……じゃなくてね、一夏」

「ん?」

鈴は一夏の言い分に謝罪するが、このままではまったく話が進まない。
なので、鈴は一夏の両頬に手を伸ばし、つまんでから左右に引っ張りつつ、わかりやすく、素直に自分の意見を言うことにした。

「あたしの許可を取らないで、なにを勝手にそんな約束をしているのかってことよ!!」

「ふへっ、ひふへふ!!」

「ちゃんと言葉をしゃべりなさいよ」

「ひや、むりゅだろ(いや、無理だろ)」

一通り一夏をいじって満足したのか、やっとのことで鈴は一夏の頬から手を放す。解放された一夏は、とてもにやついた表情で鈴に問いかけた。

「ああ、つまり焼餅なんだな」

「あんたねぇ……」

「悪い悪い。でもな、鈴、俺はこういったんだ。『もし』優勝したら、ってな」

睨んでくる鈴に平謝りをしつつ、一夏は今度はとても意地の悪そうな笑みを浮かべた。
その言葉に一瞬だけ疑問符を浮かべた鈴だが、一夏の表情をまじまじと見て、やっと納得した。

「ああ、そう、つまりそういうことね」

「そうだな。つまり、俺が優勝すればいいんだよ、俺が。正直な話、代表候補生が相手じゃないと負ける気なんてしないし。いや、俺なら相手が代表候補生でも勝つけどな」

「あんまり調子に乗るんじゃないわよ」

一夏は、もとから誰かをデートに連れて行くつもりなんてなかった。確かにクラスメイト達がやる気を出すならそれもいいかと思ったが、一夏が優勝すればその約束は簡単に反故することができる。
確かに一夏はまだIS操縦者としての経験は浅いのだが、それでも有能な師達に教えを請い、類稀なる才能を発揮し、その上専用機まで有している。一年生で一夏同様に専用機を有しているのは代表候補生クラスのみだ。
そんなわけで一夏には一般の生徒にはさらさら負ける気はなく、また、相手が代表候補生だったとしても先日の鈴との試合の経験から十分に戦えると思っている。

「それにしても、まさかみんながあそこまで乗り気になるとは思わなかったな。やっぱり、俺がその日の費用を全額負担すると言ったからか?」

「え?」

「やっぱり、ただで遊びにいけるってのはいいよな。相手がどう思ってるのかは知らないけど、俺も女の子と出かけるのに悪い気はしないし」

「……………」

ふと、一夏から漏れた言葉。彼、織斑一夏はもてる。かなりもてる。
顔はかなりのイケメン。腕っ節も強く、ISの知識はないがその他の学業はそこそこのレベル。一夏を知る女子達からは優しいと評判で、男友達からもそれなりに信頼を得ており、人受けはかなり良い。その上家事が万能と、まさにもてるためだけに生まれてきたのが一夏だ。
だが、そんな彼にとって幸か不幸かは知らないが、一夏はかなりの鈍感だった。いや、もはやかなりと言う表現だけでは物足りない。まさに史上最強の鈍感王。自分がもててるということにはまったく気づかず、鈴と付き合うことになってからもそれは変わっていなかった。

「どうしたんだ鈴。そんなに深いため息を吐いて」

「なんでもないわよ……」

鈴は呆れつつも、内心でどこかほっとしていた。一夏はもてる。それ故にライバルも多い。だが、先ほども述べたとおり、一夏はその好意には気づいていない。なので、一夏の恋人である鈴からすればこれほどの安心感はない。
とはいえ、一夏は馬の影響を受けているためか、最近はセクハラ癖が目立っている。だから自分以外の女性に目移りしないのだろうかと不満におもうことがあるのだが、そこは恋人として彼氏を信じるべきなのだろう。なんだかんだで一夏は、鈴を泣かせるようなことはしないはずだ。
もしもそうなったら、美羽やしぐれにでも泣きついて、一夏にどぎつい制裁でもくわえてやればいい。

「さてと、飯食いに行くか。今日の弁当はなんだ?」

「酢豚よ」

「またそれか……いい加減飽きた」

「うるさいわねえ。男がぐちぐち言うんじゃないわよ」

「いや、酢豚は嫌いじゃないけど、こう続けてだとな……」

昼休みももう半分が過ぎていた。これ以上話しているとお昼を食べる時間がなくなるので、会話は一端ここで区切る。
今日も今日とて、鈴の作ってきてくれた弁当が一夏の昼食だった。だが、既に酢豚連続一週間。こうも続くと、如何に好物とはいえ若干飽きてくる。

「今度は別のもんが食べたいな。たまには和食とか」

「う……正直、中華以外ってあんまり得意じゃないのよね」

そんな会話を交わしながら、とりあえずは屋上へと向かう一夏と鈴だった。


†††


「やっぱ遠いよな、トイレ」

寮の設備や食堂のメニュー。または学業を行う環境にはまったく不満のない一夏だったが、やはり生理現象の一部としてトイレが遠いのは困る。
今は昼休みが終わって、五時限目の授業が終了。僅かな休み時間を挟んで六時限目の授業が行われるわけだが、その間にトイレに行って帰らなければならない。
距離が距離なので走らないと間に合わないのだが、先日とある教師に『廊下を走るな!』とお叱りを受けてしまった。なので助走をつけ、壁を走ったりしていたわけだが、その方がさらに危険だと今度は山田先生に叱られてしまった。ならばどうすればいいんだと、一夏は思う。ならば一旦外に出て、窓から出入りをすればいいのだろうか? 廊下ではなく、外ならばいくらでも走り放題だ。

「なぜこんなところで教師などを!」

「やれやれ……」

一夏がそんなことを考えていると、廊下の先の曲がり角から声が聞こえてきた。当然だが二人とも女性の声。この声は一度聞いたらまず忘れないだろうラウラと、一夏が間違えるはずのない千冬の声だった。
個人的に気になる二人の声だったので、一夏は足を止めて気配を消し、そっと耳を傾ける。

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

「このような極東の地でなんの役目があると言うのですか!」

冷徹にて冷血、感情を決して表には出さず、そんなイメージのあるラウラがこうも声を荒らげている。
そのことに多少驚きを感じながらも、一夏は黙って耳を傾けた。

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」

「ほう」

「大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」

「なぜだ?」

その言葉に一夏はむっと反応した。そして千冬も、無表情に声音を変えた。なのに、ラウラは気づいていない。熱弁を振るっているうちに熱くなり、周りが見えていないのだ。

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。そのような程度の低い者達に教官が時間を割かれるなど……」

「……そこまでにしておけよ、小娘」

「っ……!」

凄みのある千冬の声。流石は達人級と言ったところか。まったく関係のない一夏だったが、それでも心臓をわしづかみにでもされたような圧迫感を感じた。

「少し見ない間に偉くなったな。十五でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

「わ、私は……」

ラウラの声は震えていた。その感情はおそらく恐怖。千冬から放たれる威圧感と、かけがえのない相手に嫌われるのではないかという切ない思いが入り混じった恐怖だった。

「お前には一度、自分の立場を思い知らせるべきだな。それに……そこの男子、隠れていないで出て来い」

「ちふ……織斑先生」

千冬はなにか打算的なことを考え、廊下の角に隠れていた一夏を呼び寄せた。如何に気配を消していたとはいえ、それが達人級の千冬に通じているわけがない。
ラウラは一夏の存在に気づくなり睨んできたが、千冬の前ということもあってその表情がすぐにしぼんでしまう。

「言ったな、小娘。私には私の役目があると」

千冬はラウラの名前を呼ばない。それだけ言葉に棘があり、怒っているのが分かる。ラウラはびくりと震え、まるでこの世の終わりのような表情をしていた。

「その役目とは弟を、この一夏を一人前の武人として育て上げることだ。それが姉として、一夏の師として、ここの教師としてやるべきことだ」

「千冬姉……」

そんなことをいきなり真っ向から言われてしまい、一夏の顔が赤くなる。照れ臭く、にじみ出てくる嬉しさに表情が緩んでしまった。
対して、ラウラからは嫉妬と憎悪に満ちた視線を向けられてしまう。もはや千冬の前だというのにもかかわらず、今にも飛び掛ってきそうだった。

「そんなわけでだ、小娘。お前には一夏の踏み台になってもらう」

「え……?」

「お前にも色々と思うところがあるのだろう? ならば直接ぶつかって、発散させればいいだけの話だ。お前も代表候補生で、選ばれた人間を気取るのならその力を見せてみろ」

「はい、教官!」

ラウラの清々しいほどの返事。それを聞いた千冬は、今度は一夏に視線を向ける。

「お前もそれでいいな、一夏」

「まぁ、千冬姉がいいって言うなら」

「よし」

一夏も頷いた。姉の期待に応えようと思い、ラウラに視線を向ける。

「ならば放課後、第一アリーナに集合しろ。いいな」

「「わかった(わかりました)!」」

二人は同時に返事をし、視線を交じり合わせる。
一夏は千冬の期待に応えるために。ラウラは自分の意地と、千冬に認めてもらうために。両者共に別々の理由をもって、激突することとなった。






















あとがき
別に学年別トーナメントで戦わなくってもいいじゃない。やりあって友情が芽生えると言うのは、割と少年漫画ではポピュラーな展開。そんなわけで、次回はラウラと一夏にやりあってもらいます。
これによってちょろいさんと鈴のイベントがカット。残念……最近、セシリアの出番が。
最初の方で鈴は出てましたけど、最後の展開に全て持っていかれた感じもします……
何よりも問題なのは久しぶりの更新で少しテンポが悪かったこと。ちょくちょく調子を戻していきたいと思います。
しかし最近のケンイチ、まさか美羽が更なるパワーアップをするとは。ケンイチ(主人公)の立場が……
がんばれケンイチ。応援しているぞ!



[28248] BATTLE20 ラウラ・ボーデヴィッヒ
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/11/27 21:25
「準備はいいのか?」

「ああ、いつでも貴様を叩きのめす準備は出来ている」

「そうか」

第一アリーナにて。一夏とラウラは互いにISを展開して向かい合っていた。

「いいな、二人とも。ルールは公式戦のものを使用する。私が危険だと判断したらすぐに止めるから、それまでは安心して全力でぶつかり合え」

千冬立会いの下で行われる手合わせ。第一アリーナを貸しきり、観客が一切いない状況で行われる。
故に、この広大なアリーナにいるのはたった三人だけ。

「そのIS、確かドイツの第三世代だっけか? えーっと、名前は……」

「シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)だ。このISで貴様を倒す」

「へぇ、いい目をしてるな。戦意は十分ってか?」

一夏とラウラが言葉を交わしている間に、千冬の右手がゆっくりと上げられる。これが振り下ろされれば試合開始の合図となる。二人は釣られるように千冬の右手に視線を向けた。

「始め!」

宣言と共に千冬の右腕が振り下ろされた。それと同時に一夏は飛び出す。残像が残り、周囲に轟音と衝撃波を出すほどに強烈な加速。

「先手必勝!」

雪片弐型を振りかぶり、愚直なほどに直線的な一夏の攻め。
それに対してラウラは一切顔色を変えずに、右腕を前方に突き出すだけで対応した。

「あれ……?」

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

「ちょっと待て、なんだこれ? 体が動かないんだけど!」

一夏の動きが止まる。まるで見えない腕に固定されたかのようで、身動ぎひとつ取れない。

「これがシュヴァルツェア・レーゲンのAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)、私の力だ」

「AIC!? なんだそりゃ!」

「ふん、試合が終わってから自分で調べろ」

ラウラは一夏の疑問を一蹴し、シュヴァルツェア・レーゲンの砲身を空中で停止する一夏に向ける。
この距離。そして一夏の動きは止まっている。この状況で外す理由はなかった。

「落ちろ」

「ちょ、まっ……」

砲身が火を吹く。直撃、爆発。爆風が土煙を起こし、爆煙と共に一夏の姿を隠した。

「終わりました」

ラウラは千冬に向け、拍子抜けしたように言う。

「威勢はいいですが、それだけです。教官が言うほどのものを感じませんでしたが」

「はぁ……」

千冬はラウラの言葉に頭を抱え、深いため息を吐く。その表情が示すのは呆れ。

「なにをやっているんだ、あいつは。未知数の相手に正面から突っ込むことはないだろ。そもそもAICを知らない? 授業中は何を聞いてた、あの馬鹿め」

その呆れの大半は一夏へと向いていた。無様な醜態を晒した弟に向け、情け容赦のない言葉がかけられる。

「だがな、ボーデヴィッヒ」

今度は視線をラウラに向ける。その表情は、一夏に向けたものとまったく同じだった。

「まだ終わっていないぞ」

千冬のその言葉と共に、爆煙の中から白が飛び出した。一夏の駆る白式だ。
装甲を損傷させつつも、先ほどと同じか、それよりも速い速度でラウラに詰め寄る。

「くっ……」

もうAICは間に合わない。それほどまでに一夏に接近を許していた。
ラウラは慌てて後退し、一夏から距離を取る。

「かろうじてシールドエネルギーが残ったか。だが、所詮は残りかすだ!!」

直撃はしたが、先ほどの一撃では一夏のシールドエネルギー全てを削り取ることは出来なかったのだろう。そのことに舌打ちするラウラだったが、彼女の言うとおり所詮は残りかす。あと一撃でも加えれば一夏は確実に落ちる。つまりラウラは、銃弾を一発でも一夏に当てれば勝利なのだ。
その上、もう一夏にはシールドエネルギーがないために零落白夜すら使えない。圧倒的にラウラが有利だ。
だが、これは同時に失態でもあった。最初の一撃、あの好機で一夏を落とせなかったこと。これは明らかにラウラのミスだ。そして痛感する。本気となった織斑一夏の実力を。

「消えた!?」

ISの全方位視界接続は完璧だ。上下左右、前後をくまなく見渡すことが出来る。
だが、それを使っているのは所詮は人間。死角となる部分を直感的に見ることは出来ず、送られてくる情報を頭の中で整理するコンマ数秒の遅れが生じる。そのコンマ数秒の隙を一夏は突いた。

「よっ」

「な……」

ラウラの表情が引き攣る。視界から消えた一夏は、ラウラの背後にいたからだ。
慌てて後退して、一夏から距離を取ったラウラの後ろに一夏がいる。それを可能としたのは一夏の速度。イグニッション・ブーストではない。エネルギーの残り少ない白式ではそれすら致命的になりかねない。
これは、一夏の純粋な速度だった。本来なら空を翔け、縦横無尽に動き回るISだが、ここはあえて地を駈けることによって加速する。地を蹴り、鍛え上げられた足腰でISを加速させる。
戦闘がまだ始まったばかりであり、両者共にそれほど高い位置にいなかったのが幸いした。そして一夏は、既に雪片弐型を振り下ろしていた。

「このっ!」

近距離武器には近距離武器。避けるのは間に合わないと判断したラウラは既にプラズマ手刀を展開しており、それで一夏の雪片弐型を迎え撃つ。だが、一夏の一撃は重かった。

「ぐ、うぅ……」

一夏の一撃はプラズマ手刀ごと薙ぎ払う。一夏の腕力は石で出来た等身大の地蔵すら振り回す。その上白式は近接格闘型。パワー比べで負けるわけがなかった。
ラウラは吹き飛ばされ、大きく体勢を崩した。

「トランザム」

「!?」

体勢を崩したラウラに向け、更なる一夏の追撃がかかった。別に一夏の駆る白式が赤く発光したり、通常の三倍の速度で動いたわけではない。ただ、純粋に速い。
一夏の白式は近接格闘型のため、パワーの他にも速度に秀でている。スペック上では第三世代の最新機であるブルー・ティアーズを大きく上回る機動性を持っていた。その速度をもってしてラウラに接近し、雪片弐型の一撃を放つ。

「ぐっ」

ラウラの右肩辺りに一撃が加えられた。反撃しようとするが、既に一夏の姿はない。全方位視界接続のおかげで姿を確認する。一夏は既に背後に回っていた。だが、ラウラが振り向くより早く二撃目を放つ。

「がっ……」

今度は背中に衝撃が走った。そして、またも一夏の姿が消える。
そして三撃目。今度は右側に一夏の姿があった。それを繰り返す。上下左右、前後の全方位からの一撃離脱戦法。一撃を与えては離れ、また近づいて一撃を与える。白式の最大の武器である零落白夜が使えないために一撃のダメージはたいしたことはないが、それでもこう立て続けに喰らえばエネルギー残量がゼロになるのも時間の問題だ。

「このおおおおっ!!」

叫びと共に、ラウラは砲弾の雨を周囲にばら撒いた。周囲を飛んでいた一夏は慌てて回避行動を取り、ラウラとの距離が開いてしまう。

「そこか!!」

離れた一夏に向け、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンに装備してある六つのワイヤーブレードのうち二つを放つ。それは銃弾の回避に専念していた一夏を捉え、左右の腕に巻きついた。

「捕らえた……ぞ!?」

半ば勝利を確信し、ラウラはワイヤーブレードの先にいる一夏に砲身を向ける。が、そこから銃弾が放たれるよりも先にラウラの体は宙を振り回された。腕に巻きついたワイヤーブレードを逆につかみ、力任せに振り回す一夏によって。

「うおらあっ!!」

ラウラの体はアリーナの壁、地面へと叩きつけられる。逃れようにもワイヤーブレードがシュヴァルツェア・レーゲンとつながっているために出来ない。ならば、そのつながりを断てばいい。
武装を捨てることとなるが、ラウラはワイヤーブレードをパージする。それによって一夏から逃れた。だが……

「読んでたぜ」

「なっ……」

ここでイグニッション・ブースト。おそらく使えるのは、白式のエネルギー残量からしてこの一回だけ。その一回を、切り札を一夏はここで使ってきた。
驚異的な速度で体制を立て直しきれていないラウラに接近し、そのまま体当たりでもするかのようにぶつかる。

「ぐああっ」

吹き飛ばされたラウラは地面を転がっていった。すぐに起き上がろうとするが……

「ゲームオーバーだな」

倒れたラウラに一夏が馬乗りとなり、拳を振り上げてマウントポジションをアピールする。

ラウラの腕は足で押さえており、その上パワー比べでは白式に分がある。もはや脱出は不可能。
これまでの攻防によりエネルギー残量も大幅に減っており、ラウラの敗北は濃厚だった。

「降参するか?」

「誰がするか」

一夏の問いかけをラウラは憤りながら拒否した。目は未だに死んでいない。ラウラは敗北を認めてはいない。
この答えは、問う前から予想できたことだった。

「そういうと思った」

ならば止めを刺す。ここまで戦ったラウラに敬意を表して、一夏はラウラの顔面に拳を振り下ろした。


†††


(こんな……こんなところで負けるのか、私は……)

拳が自分に向かって振り下ろされる。絶対防御が発動し、シールドエネルギーが削られた。
マウンドポジションを取られているため身動きが取れない。だからラウラには次の攻撃を防ぐ手段がなく、再び拳を顔面に受ける。またも絶対防御が発動した。
ラウラにはこの状況から抜け出す手段がない。このままではシールドエネルギーを失い、敗北してしまう。

(私は負けられない! 負けるわけにはいかない……!)

負けたくない。心の底からラウラは思う。
遺伝子強化試験体C-00三七。それはラウラ・ボーデヴィッヒという名の前に付けられた彼女の識別上の記号。人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた存在。
戦いのためだけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。ラウラ・ボーデヴィッヒというのは識別上の記号、兵器の別名。
知っているのはいかにして人体を攻撃するのかという知識。わかっているのはどうすれば敵軍に打撃を与えられるのかという戦略。
格闘技を覚え、銃を習い、様々な兵器の操縦法を体得した。その飲み込みが早く、ラウラ・ボーデヴィッヒは優秀だった。性能面において、最高レベルを維持し続けた。
だが、世界最強の兵器、ISが現れたことで世界とラウラ・ボーデヴィッヒは一変する。ラウラ・ボーデヴィッヒはISとの適合性を高めるため、『ヴォーダン・オージェ』という処置を施された。この処置によって、ラウラ・ボーデヴィッヒに異変が生まれたのだ。
『ヴォーダン・オージェ』。擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度上昇と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン処理のことを指す。また、その処置を施した瞳のことを『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ」)と呼ぶ。
この処置に危険性はまったくない。理論上では不適合も起きない……はずだった。しかし、この処置によってラウラの左目は金色へと変質し、常に稼動状態のままカットできない制御不能へと陥った。左目に施された眼帯はそれを隠すためのものだ。
この想定外の事故により、ラウラ・ボーデヴィッヒは部隊の中で、IS訓練において後れを取ることになる。トップの座から転落し、周囲からは嘲笑と侮蔑を投げかけられ、『出来損ない』という烙印を押された。
それは、まるで深い闇に転がり落ちるようだった。自身を褒め称えられ、喝采を浴びていた。それが百八十度変わり、嘲笑と侮蔑を投げかけられる。そんな真っ暗な場所で差した光、それが織斑千冬との出会いだった。

『ここ最近の成績は振るわないようだが、なに心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな』

その言葉に偽りはなかった。ラウラ・ボーデヴィッヒを特別目にかけ、訓練を課したというわけではなかったが、千冬の教えを忠実に実行しただけでラウラは再び部隊内最強の座に君臨した。
もう、周囲からの視線は気に入らなかった。嘲笑も侮蔑も、部隊内最強になったことから向けられる嫉妬や妬みも、ラウラ・ボーデヴィッヒには気にならなかった。
それよりもずっと、強烈に、深く、織斑千冬に憧れた。崇拝し、もはや狂信の域に達するほどに。
強さに、凛々しさに、堂々とする様に。それを見て、思う。自分もああなりたい。織斑千冬のようになりたい。
そう思ってからラウラ・ボーデヴィッヒは、時間を見つけては千冬の元へと向かう。彼女が帰国するまでの半年間徹底的に付きまとった。どうすれば千冬のようになれるのか?
探りを入れるだけではなく、千冬といるだけでラウラ・ボーデヴィッヒは安堵を感じていたのかもしれない。

『どうしてそこまで強いのですか? どうすれば強くなれますか?』

ある日、千冬に尋ねた言葉だ。彼女の強さを知りたかった。少しでも彼女に近づくために情報が欲しかった。
その問いに対して、鬼のような厳しさを持つ千冬が少しだけ優しい笑みを浮かべて答えてくれた。その表情を見たラウラ・ボーデヴィッヒは、今でもその時に感じた胸の痛みを覚えている。

『私には弟がいる』

『弟……ですか』

『あいつを見ていると、わかる時がある。強さとはどいうものなのか、その先に何があるのかをな』

『……よくわかりません』

『今はそれでいいさ。そうだな。いつか日本に来ることがあったら会ってみるといい……ああ、だがひとつ忠告しておくぞ。あいつに……』

千冬の浮かべるとても優しそうな笑顔。どこか気恥ずかしそうな表情。それは……

(それは、違う。私が憧れるあなたではない。あなたは強く、凛々しく、堂々としているのがあなたなのに)

だから許せなかった。千冬にあんな表情をさせてしまう弟、織斑一夏を。彼の存在を認めたくなかった。

(敗北させると決めたのだ。あれを、あの男を、私の力で、完膚なきまでに叩き伏せると!)

そう決めた。だから負けるわけにはいかない。だが、このままでは敗北は必至。
一夏の拳がさらにラウラのシールドエネルギーを削り、残り二桁を切った。あと一撃でも喰らえば負けてしまう。

(力が、欲しい)

その呟きと共に、ラウラの奥底で何かがうごめいた。そして、誰のものともわからぬ声が聞こえた。

『願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』

その声に対し、ラウラの答えは決まっていた。

(言うまでもない。力があるのなら、それを得られるのなら、私など……空っぽの私など、何から何までくれてやる!)

迷いはない。あるのは何があっても曲げないひとつの信念。力に対する執着のみ。

(だから、力を……比類なき最強を、唯一無二の絶対を……私によこせ!)

この答えと共に、ラウラの意識はそこで途絶えた。


†††


あと少しで勝てる。抵抗も許さず、身動きの取れないラウラを殴り続けていた一夏は、勝利の確信と共に表情を緩めた。
瞬間、嫌な予感が強烈な寒気となって背筋を襲う。

「下がれ一夏!」

千冬の叫びと共に一、夏は条件反射でその場から飛び退いた。あと一撃でも入れれば自分の勝利だったにもかかわらず、その一撃を放棄してラウラの元から離れる。そして確認する。ラウラに起こった変貌を。

「ああああああっ!!」

身が裂けそうなほどの叫びがラウラから上がる。シュヴァルツェア・レーゲンは帯電しているのか、激しい電撃が走っているようだった。
だが、ラウラのあの叫びは決して電撃にしびれているわけではない。そもそも、自分もしびれるような兵装を搭載するだろうか?
もちろんそんなわけではなく、ラウラの叫びには別の理由があった。

「なんだよ……あれ」

シュヴァルツェア・レーゲンが変形した。いや、あれはもはや変形などと生易しいものではない。
変形前の面影などまったく残っておらず、ぐにゃりと装甲が溶けるように曲がった。ドロドロの液状、黒いスライムのようなものがラウラを飲み込み、取り込んでいった。

「千冬姉……ISって確か、変形できないはずじゃ」

「そのはずだが……あれは明らかにおかしいな」

ISは原則として変形をしない。いや、厳密には出来ないと言った方が正しい。
ISがその形状を変えるのは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッテング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』の二つだけだ。
パッケージ装備による多少の部分変化はあっても、基礎の形状が変化することはまずない……はずなのだが、そのありえないことが現に目の前で起こっている。
しかもそれは変形などではなく、一度ぐちゃぐちゃに溶かしてから作り直す粘土細工のような変形の仕方だった。
シュヴァルツェア・レーゲンだったものはラウラを完全に取り込むと、不気味なほどにぐにゃぐにゃ、ぬちゃぬちゃと動き、ある形状を作っていく。
それは、黒いフルスキンのISに似た『何か』だった。だが、フルスキンとは言っても先月襲撃してきた無人機のISとは似ても似つかない。
ラウラのボディラインをなぞったかのような体躯。僅かな胸のふくらみが少女であることを示し、最小限のアーマーが腕と脚に付けられている。
頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤く発光している。
その中で一番一夏の目を引いたのは、そのISが持っている武装だった。見間違うわけがない。これは……

「雪片……」

千冬が使い、一夏の武装の基となったもの。あれは酷似しているというものではない。まさに復元(トレース)。千冬が当時使っていた雪片そのもののような形をしていた。
それを見て、一夏は思わず雪片弐型を握る手に力を込める。中段に構え、相手の出方を伺った。

「避けろ!」

千冬の声が響いた。黒いISは一夏の元へ飛び込むように迫る。居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、必中の間合いから放たれる一閃。これは、この技は、この太刀筋は……

「千冬姉の……技?」

後方に下がることで回避した一夏は、唖然と黒いISを見詰めた。黒いISは今度は上段に先ほどの動きとつながるように構え、もう一度一夏に向けて振り下ろす。

「誰の弟に手を出している!」

その一撃を割って入った千冬が受け止めた。千冬のIS、黒騎士を展開し、正真正銘の雪片で雪片と同じような刀と鍔迫り合いを演じる。
黒いISの一撃はそれなりに重そうだったが、それを千冬は強引に押し返した。

「ボーデヴィッヒ、お前には色々と聞きたいことが……」

「は、はは……」

雪片を構え、千冬が淡々と言葉を発する。その言葉を遮るように、笑い声が聞こえた。

「一夏……?」

「はは、はははっ」

その笑いの主は一夏だった。千冬の怪訝そうな顔も無視し、一夏は笑い続ける。

「ははは、あーっはっは! なんだよそれ、なあ、ラウラ。それはなんだ? まさかそれで千冬姉のつもりって言うんじゃないんだろうな?」

一夏は笑う。腹を抱えて、本当におかしそうに笑った。

「千冬姉の斬撃が、その程度なわけないだろ」

「おい、一夏!」

一夏は両手を広げ、ラウラの元へゆっくりと近づいた。千冬が止めるが、まったく聞いていない。
さらにラウラへと接近し、得意気に語る。

「千冬姉なら、さっきの一撃で俺は死んでいた」

先ほどの最初の一撃。あれは必中の間合いから放たれる、回避不能の一閃。だが、一夏はその一閃を回避していた。
理由は簡単。一夏が千冬の技を知っていたのもあるが、何より使い手が千冬ではなかったからだ。

「お前は千冬姉じゃない。千冬姉にはなれない」

黒いISが僅かに反応した気がした。目の前の一夏に向け、再び刀を構えようとする。
それに、一夏は怯まない。相手が刀を振り下ろしてくるのをただ待った。そして、その時は来た。

「千冬姉の斬撃はこの程度じゃない」

上段から振り下ろしてくる一撃。その一撃に一夏は雪片を使わず、むしろ投げ捨て、拳の甲の辺りで刀の横腹を押し、必要最低限の動きで回避する。
刀が切れるのは先の方だけ。横腹から押され、軌道をずらされた刀はそのまま地面に叩きつけられる。その間に一夏は、ある技の構えを取っていた。

「お前なんかに、千冬姉の技はもったいなさすぎる」

それでも、ある達人の絶招を放とうとする一夏。
掌を一旦敵ISに当て、一瞬引き、そしてもう一度押し付けるように当てる。その瞬間表面を破壊する打撃と、内部を破壊する打撃が黒いISを駆け巡った。
浸透水鏡掌。一夏の師であり、悪友とも呼べるあらゆる中国拳法の達人、馬の得意とする技だった。
黒いISは弾け、形状を保っていられなかったのか、黒くどろどろしたものが周囲に飛び散る。その中心からはラウラが落ちるように出てきた。
眼帯が外れ、金色の瞳があらわになる。それはひどく弱っており、捨てられた子犬のように見えた。まるで助けて欲しいと訴えているかのようだ。

「……………」

一夏は無言だった。無言で、ただ落ちてくるラウラを受け止める。
しっかりと抱きしめ、気を失ったら裏を確認し、そして世界が反転した。


†††


「どこだ……ここ?」

気がつけば知らない空間にいた。先ほどまで纏っていたISがない。足場もなく、宙に浮いたような浮遊感。
自身の体を確認し、着ているのがISスーツだけだと確認する。そして、周りには何もなかった。そこには一夏と同じく、ISスーツを着ただけのラウラの姿だけしかなかった。

「なんなんだ、これは……」

「そうか、そうだったのか……」

ラウラの戸惑い、呟き。そして一夏は、あるひとつの仮説を生み出した。

「つまり俺は、ニュータイプだったのか!!」

「にゅーたいぷ? なんだそれは……」

「そしてラウラ、お前もニュータイプだ!」

「私も……にゅーたいぷ?」

もしも一夏がラウラの出自を知っていたならば、ニュータイプではなく強化人間だと思ったかもしれない。
だが、今はそれはどうでもいいことだった。

「ひとつだけ不満があるとすれば、なんで裸じゃないのかって点だな。UCだとロニさんやマリーダさんも裸っだったし、最近のガンダムでもOOやSEEDじゃこういった場面は裸だろうに」

「なんだ、お前は私の裸が見たいとでも言うのか?」

「見たい。かわいい子の裸を見たいと思うのは当然だろ」

「か、かわいい……私がか!?」

「ああ、普通にかわいいぜ。自信を持て」

顔を赤くし、照れるラウラに微笑ましさを感じる一夏だったが、いい加減この状況をなんとかしなければならない。

「それはそうと、本当にここはどこなんだ?」

「はっ、何故私は貴様と馴れ合っている!?」

「別にいいだろ。お前は俺のことを目の敵にしているみたいだけど、別に俺はお前のこと嫌いじゃないし」

「なんなんだ、お前は……」

「織斑一夏だ」

いつの間にか、ラウラの毒気はすっかり抜かれていた。今まで目の敵にしていたのが馬鹿らしく思える。
それと同時に、ラウラは疑問に思っていたことを尋ねた。

「お前は……どうして、そんなに強い?」

「はぁ、強い? 俺がか?」

ラウラの問いかけに一夏は心の底から疑問を浮かべる。思わず噴出し、苦笑を浮かべた。

「あのな、ラウラ。世の中は広いし、上には上がたくさんいる。俺なんかより強いやつは当然たくさんいる」

「……想像できないな」

「それが普通の反応だよな。あそこにいたらまず常識をぶち壊される」

笑みの質が変わる。一夏は自嘲するような笑みから、悟ったような笑みへと変化させる。

「俺は弱いよ。身近な人達から見たら、俺なんてまだまだだ。けど、お前よりは強いけどな」

「貴様はむかつくな」

「ははは……なぁ、ラウラ」

「……なんだ?」

今度は、一夏がラウラに問いかける番だった。笑みは既に引き、真剣な表情で問いかける。

「お前は何のために強くなりたいんだ?」

「私、は……」

千冬のようになりたかった。千冬に憧れ、千冬のように強く、凛々しく、堂々とありたかった。ラウラ・ボーデヴィッヒは、織斑千冬になりたかった。

「お前は千冬姉じゃない。千冬姉にはなれない」

「そんなこと……そんなことは、わかっている……」

指摘され、ラウラの息が詰まる。どれだけ願おうと、焦がれようとも千冬のようにはなれない。そんなことは、本人が一番理解していた。

「お前だけじゃない。他の誰でも千冬姉にはなれない。千冬姉は千冬姉だけだ。弟の俺が言うんだから間違いない」

「……………」

「そして、お前も一緒だよ。他の誰もお前には、ラウラ・ボーデヴィッヒにはなれない。ラウラ・ボーデヴィッヒはラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「えっ……?」

しゅんと、まるで小動物のように項垂れていたラウラに向け、一夏の手が伸びる。その手が少々乱暴に、がしがしとラウラの頭を撫でた。

「それとな、ラウラ。ただ強いだけの力なんて暴力と一緒だ。強ければいいって訳じゃない。だから、強いやつってのはそれと同時に心を磨く必要があるんだ」

「心を、磨く……」

「ああ。だからお前も千冬姉を好きになったんだろ。怒ると怖いけど、優しいもんな、千冬姉」

そう言った一夏の顔が、ラウラにはとても眩しく見えた。

「なら、きっとお前の心はピカピカなんだろうな」

「いや、逆にどす黒く染まってると思うぞ。なにせ、馬さんの影響を存分に受けているからな」

「誰だそれは」

思わず笑ってしまった。笑い方など当に忘れてしまったと思っていたのに、ラウラは自然と笑ってしまった。
織斑一夏。彼の側にいると、千冬とは違う安堵を与えてくれる。子の気持ちはなんなのだろう?
そう考えている内に、この場所に変化が訪れた。そして気づいた。この空間が崩れていくことに。

「あ……」

「崩れていくな……これでもとの場所に戻れるのか?」

この空間が終わる。そのことに切なさと寂しさを感じ、ラウラは下を向く。そんなラウラに対し、一夏は短く用件を伝える。

「じゃあな、ラウラ。また学校で」

また学校で。そう投げかけた言葉が、ラウラにとってどれほど嬉しかっただろうか?
こんな気持ちは初めてだった。また今度を、また一夏と会える時を期待してしまう。

「ああ、またな」

だからその時に期待して、ラウラはこう返した。この気持ちがなんなのか、今はまだわからぬまま。
そして、この世界が完全に崩れ去る。






























あとがき
史上最強の弟子イチカ、久しぶりの更新です。
今回は鈴の『り』の字も出てきませんでした。完全にラウラメインの回です。次回はちゃんと出したいと思います……
それはそうと一夏が強すぎる……いや、自分が接戦の場面を書くのが苦手だったり、一応この作品では一夏、達人級を除いては最強キャラだったりするんですけどね。一夏の強さを強調するために、結果的にラウラには踏み台になってもらった感じです。前回千冬も言ってましたしね。
それはそうと最近のケンイチ本編、リミがかわ……エロすぎるw
いやはや、ブルマにスク水にポロリ……どんだけつぼ押さえてんだ!! ちょ、拳聖様そこ代わってください!!
とまぁ、とにかく、リミは将来的にこのSSにも出したい好きなキャラです。
学年別トーナメントの前倒しでこのイベントをやりましたので、次回は学年別トーナメントの予定。一応原作どおり2対2でやる予定ですが、さてさて、一夏のコンビは誰になることやらw
それと次回は闇側の達人と、その弟子を少しだけですが登場させたいと思っています。そんなわけで、次回もお楽しみに~。
それはそうと、9月の16日は友達と福岡に行く予定。目的は勿論コミケです。こういったイベントは初参加なので楽しみです。待ち時間、青いPSPで暇を潰してるやつがいたら多分自分かもしれませんねw
当日が今から本当に楽しみです。



[28248] BATTLE21 一波乱の後
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9
Date: 2012/11/30 20:42
「う、ぁ……」

ぼやっとした光がラウラを現実へと引き戻す。白い天井と、そこから振り下ろされる蛍光灯の光。
ここがどこなのか確認するために起き上がろうとする。だが、全身に痛みが走って起き上がれず、表情をゆがめるだけに終わってしまう。

「目が覚めたか」

そんなラウラに声がかかった。この声には良く聞き覚えがある。それに間違えるわけがない。
これは紛れもなく、ラウラが敬愛している教官、織斑千冬の声だった。

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

「何が……起こったのですか……?」

千冬はそれとなく、何か起こったのかを隠してラウラに言ったつもりだった。だが、ラウラにはそんな思惑は通じず、痛む体を無理して起こして千冬に問いかける。
千冬を見詰めるラウラの目は、治療のために眼帯が外されていたため、左が金色、右が赤色という綺麗なオッドアイがあらわになっていた。

「ふう……一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」

ラウラにそんな誤魔化しは聞かないし、また引き下がろうともしないだろう。それに当の本人でもあるため、千冬は渋りながらもゆっくりと言葉をつむいだ。

「VTシステムは知っているな?」

「はい……正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……過去のモンド・グロッソの武門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、確かあれは……」

「そう、IS条約で現在どの国家、組織、企業においても研究、開発、使用すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

「……………」

そんなことなどラウラは初耳だった。仮にも自身の専用機だ。データに目を通したこともあるし、今まで何度も起動させた上でそのようなシステムがあることなど知らなかった。

「巧妙に隠されてはいたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意思……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制調査が入るだろう」

「そうですか……」

ラウラは俯き、ぎゅっとシーツを握り締めた。その声は限りなく沈んでいる。

「私が……望んだからですね」

あなたになることを。千冬に憧れ、千冬のようになることを望んだ。
あの不可思議な空間では一夏に千冬に離れないと言われ、ラウラ・ボーデヴィッヒはラウラ・ボーデヴィッヒだと言われた。
だが、ラウラ・ボーデヴィッヒとはなんだ? 自分とはなんだ? そう言われても、ラウラには答えを見出すことが出来なかった。

「食べるか?」

「え?」

神妙な顔をするラウラに向け、千冬はどうでもよさそうにシャクシャクとりんごを食べていた。そのりんごは皮を切り残し、兎を模している。
千冬はりんごの入った器をラウラに向ける。

「……いただきます」

正直、今のラウラは到底りんごを食べる気にはなれなかった。だが、千冬の誘いを断るという選択肢も存在せずに、ラウラは無言で器を受け取る。
フォークに手をかけ、りんごを口に運んだ。齧る。果実の甘味が口内に広がる。

「うまいか?」

「はい」

「そうか。そのりんごはさっき一夏が見舞いに来た時に置いていったものだ。ご丁寧にカットまでしてな」

「……………」

一夏。その名前を聞くだけで、ラウラの感情が揺らいだ。今まで感じたことのない、不可思議で未知な心の揺れ。
その揺らめきを感じた千冬は、あからさまに面白くなさそうな表情で言った。

「それがお前じゃないのか?」

「え……?」

「そうやって悩んでいるのがお前だと言っている。下手に気取るよりも、よっぽど年頃の小娘らしいぞ」

面白くはなさそうだが、それでも千冬は笑っていた。矛盾した表情で、優しげな視線でラウラを見ていた。

「それでも自分のことがわからないというのなら、これから探していけばいい。何、時間は山のようにあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も、まあ死ぬまで時間はある。たっぷり悩めよ、小娘」

「あ……」

意外だった。まさか、千冬が励ましの言葉を投げかけてくれるとは思わなかった。ラウラはそれに対し、なんと返せばいいのかわからない。わからないまま、ぽかんと口を開けている。

「ああ、それから」

千冬の笑みの質が変わった。どこか誇ったように、照れ臭そうに笑いながらラウラに言う。

「お前は私にはなれないぞ。というか、この立場は誰にも譲る気はない。あいつ(一夏)の姉は私だけで、あいつは私のものだからな。だから、今度一夏にちょっかいをかけたら、宅急便でドイツに送り返すぞ」

笑ってはいたが、千冬の目は本気だった。そう言い残して、千冬はこの部屋を、病室を後にしていく。
ラウラはぼふっとベットに倒れ、思わず笑ってしまった。

「ふ、ふふ……ははっ」

笑うたびに体が引き攣って痛い。だが、この痛みは決して嫌なものではなく、逆に心地良くすら感じていた。

「もう、ちょっかいをかける気なんてありませんよ……」

そしてつぶやく。もうラウラには、一夏に対する憎しみは微塵もなかった。それどころか好意さえ湧いてきた。興味以上の対象ということだ。
けれど、ラウラは千冬の言ったことを理解してはいなかった。ちょっかいをかけるなという言葉の意味は、そういうことではないのだから……


†††


「バンシィのクオリティたけぇ……素組みでこれかよ。やるなバ○ダイ」

「一夏、あんた本当にガンダム好きよね」

「ああ、宇宙世紀も好きだけど、平成ガンダムだって当然好きだぞ。最近はUCにはまってるな。しかしAGE、テメェは駄目だ」

今日一日の学業が終わり、今は放課後。一夏は久しぶりに購入したプラモデルを組み立て、鈴はそれを退屈そうに眺めていた。

「なに言ってんの。ガンダムなんて新作が出れば、大抵叩かれるものじゃない」

「いや、それはわかってるよ。でも俺はなんだかんだでSEEDも好きだし、最悪だって言われている運命種もまぁ……シンはそれなりに好きなキャラだし、ディスティニーガンダムかっこいいし、何より女の子はかわいいし。ルナマリアとか最高だろ」

「あたしはSEEDの時からバンクが多くて、正直あまり好きになれなかったわ。大体一話で二コル何回殺すのよ? 一体ニコルがなにしたのよ?」

「確かにあれはしつこかったよな」

「でしょ?」

「でもだ、ガンダムAGEはそれよりも酷い! まぁ、突っ込みどころが満載で、ヒロインがヒロインやってないとか、キャラが意味もなく死ぬとか、ゼハートがちょろすぎるとか、よくもフラム殺したなとか、キオがもうやめようよだけを連呼してキラの真似事をするとか、よくもフラムを殺したなとか、色々言いたいことはたくさんあるんだけど、それでもMS戦でよかったところはあるし、ちゃんと面白い回だってあった」

「どうでもいいけど、フラム殺したって二回言ったわよ」

「大事なことなんだよ! なんで殺した!?」

「あんたがフラム好きだってのはよーくわかったわ」

「でだ、なんだかんだで全体を見ればけっこう面白かったガンダムAGEだが、一番許せないのは最終回の放送前に発売されたゲームでネタばれしてるってことだ! アニメとゲーム、展開ほとんど同じだし! なんだかんだで毎週楽しみに見て、最終回もわくわくしてたのに、そのわくわくを返せよ! わざわざゲームを買ったやつと毎週アニメを見ていた視聴者に謝れ!!」

「ちょ、一夏、落ち着きなさいよ。たかがアニメにそこまで怒んなくてもいいじゃない」

「そ、そうだよな……そうだよ、何もここまでむきにならなくてもいいよな。なんか俺、ガノタみたいじゃん」

「え、違うの?」

「いや、まぁ……別に否定はしないけどな。ガンダム好きだし」

ガンダムについて熱く語った一夏だが、ひとまずは落ち着いて缶ジュースのコーラを口にする。これは先ほど自販機で購入してきたものだ。

「ねえ、一夏。あたしにもちょうだい」

「ん、まぁ、いいけどそんなに飲むなよ」

「ありがと」

「おいおい」

一夏の飲みかけのコーラをもらい、鈴はごくごくとそれを飲む。
間接キスとなるが、恋人同士となる前の中学の時からこのような回し飲みはしていた。別に今更気にすることではない。
それよりも一夏が一番気になったのは、鈴が残りのコーラ全てを飲み干してしまったことだった。

「全部飲むなよ。ああ、一滴も残ってねえ」

「ごちそうさま」

「このやろ……」

一夏は恨めしげに鈴を睨みながら、プラモデルの組み立てを続ける。

「よし、これで手足は完成。あとは下半身だけか」

「ねえ、一夏。別にあんたの趣味に口を出すつもりはないんだけどさ、隣にこんなかわいい彼女がいるのにガンプラを作ってるってどうなのよ?」

「まぁ、鈴もかわいいけど、マリーダさんもかわいいよな。何より胸が良い。ちなみに俺はオードリよりマリーダさん派だ」

「そんなこと誰も聞いてないわよ! というかアニメキャラとあたしを比べんな! そもそもあんたがそれだけは言っちゃ駄目でしょ!!」

「しかしバンシィって、本当にパーツの量多いよなぁ……」

「話を聞けぇ!!」

ガンプラを組み続ける一夏に対し、鈴は後ろからヘッドロックをかける。けれど一夏は痛がる素振りをまったく見せず、鈴に冷静な突っ込みを入れた。

「頭に胸が当たってる」

「当ててんのよ」

「悲しいな、その台詞。当てられて嬉しいほど大きくもないし」

「あんだと!!」

「ぐえっ!?」

その言葉と共に、鈴の一夏を締め付ける力が強くなった。一夏はガンプラを放り出し、鈴の腕を叩いてタップアウトを訴える。

「一夏と凰さんって、本当に仲が良いよね」

「だろ?」

「はぁ、あんた達バカ? どこをどう見ればそう見えるのよ?」

ちなみに、ここは一夏の部屋でもあるが、シャルルの部屋でもあった。今まで読書を続けていたシャルルは、微笑ましそうに一夏達を見ている。

「どこをどう見てもそうとしか思えないんだけど」

「なんだよ鈴、照れてんのか?」

「ちょ、そんなんじゃないわよ……」

シャルルの指摘と、関係者なのに便乗する一夏。その二人の言葉に鈴は顔を赤くし、むきになって否定していた。

「それはそうと、もうすぐ学年別トーナメントだよね」

「おう、なんでもより実践的な模擬戦を行うために、二人組みでの参加が必須らしいな。さっき、クラスメイトに是非とも一緒に出てくれって頼まれた」

「はは、僕もだよ」

一夏はこのIS学園で唯一の男。シャルルは実際は女だが、それでも建前上は男としてIS学園に在籍している。なのでこの際に是非ともお近づきになろうと、女子達がこぞって誘いに来たわけだ。

「まあ、当然俺は鈴と出るけどな」

「優勝はあたし達がもらうわよ」

けれど一夏はそれらを断り、鈴と共に参加することを決定していた。それも当然だろう。なんたって、鈴は一夏の彼女なのだから。

「あれ? でも、確か専用機持ち同士はペアは禁止じゃなかったけ?」

「は?」

「え?」

その出鼻をくじくシャルルの言葉。一瞬その内容を理解できなかった二人だが、次の瞬間には息を合わせて驚きの声を上げる。

「「えええええええええええっ!?」」

「なんでも、戦力の均等化を図るのが理由らしいんだけど……知らなかったの?」

「知らねえよ、初めて聞いた」

「あたしもよ」

「凰さんは二組だから事情は知らないけど、一夏の場合は一組の教室で、直々に織斑先生が説明していたでしょ」

「は、そうだっけ? ってか、千冬姉が!?」

「うん、聞いてなかったの?」

「えーっと、確か……」

言われてから思い出す。確かに、千冬は教室でそのようなことを話していたかもしれない。
だが、あの時の一夏は上の空で、その説明を聞き逃していた。いつもなら千冬の出席簿が容赦なく振り下ろされていたかもしれないが、あの時の千冬はあえて見逃していたような気もする。これも全て、千冬の策略なのだろうか?

「そこまでして俺と鈴の仲を認めない気か、千冬姉……」

「一夏、どうするのよ?」

「そうだなぁ……いっそのこと、鈴が千冬姉を倒せば全部解決すると思う」

「いや、無茶言わないでよ」

「だよなぁ……」

千冬は自分を倒せる者なら、一夏の彼女として、読めとして認めるような発言をしている。
なので、鈴がもし千冬を倒せるようなら全ての問題が解決するが、そんなことは現実的に考えてまず不可能だった。

「鈴とペアを組めないとなると、じゃあ、誰と組めばいいんだ?」

「一夏もあたしに期待しないで、千冬さんに逆らうとかできないの?」

「いや、無理だろ。千冬姉が俺にとってどんな存在か知ってるだろ」

「情けないわね……」

「お前には言われたくない」

「なによ、あたしもあんただけには言われたくないわよ!」

「千冬姉に逆らえるわけねえだろ!」

「千冬さんに勝てるわけないじゃない!」

互いに睨み合い、歯をむき出しにして唸り合う二人。その様子を見て、シャルルはまたも微笑ましそうに笑っていた。

「二人とも、本当に仲が良いよね」

「「良くない!!」」

意見は共通したが、またも息ぴったりで言う二人。これを見て、シャルルは改めて仲がいいなと思った。


†††


「先生、IS学園に行かれるんですか?」

「ああ、そこで行われるトーナメントの観客として呼ばれている」

薄暗い通路。そこをつかつかと歩み、先を進んでいく男と、明るい雰囲気を漂わせた少年。
少年は男のことを先生と呼んでいた。

「いいなぁ、俺も行きたいなぁ。ねえ、先生、俺も連れて行ってくださいよ」

「あんな遊戯など、お前が見る必要はない」

「え~、なら、なんで先生が行くんですか?」

「友人……ではないな。顔見知りの様子を見に行くだけだ」

「え、誰なんですか? IS学園にってことは女性ですよね? 先生のコレですか?」

「……どこで覚えた?」

小指を立てる少年に対し、男は無表情で、だけど落胆したような声のトーンで突っ込みを入れる。

「確かに相手は女だが、そういった関係ではない。さっきも言っただろ、顔見知り程度だと」

「気になるなぁ。先生、教えてくださいよ」

「いいからお前は留守番をしていろ。俺が留守の間は、ちゃんと他の先生がたの指示を聞くんだぞ。いいな?」

「はい、先生!」

少年は先生に、元気の良い返事を返した。けれどその顔はとても無邪気で、純粋ゆえの残酷さを併せ持つ子供のような顔だった。
こつこつと先を歩いていく男の背を眺め、少年は敬礼の姿勢でニヤリと笑う。



















あとがき
次回、学年別トーナメント戦。とはいえ、ラウラの件はもう終わってしまったのであっさり終わるかな?
大会や戦闘イベントにそう何話も使いたくありませんので。
今回は最後の方でちょっとだけケンイチキャラを出しましたが、誰だかわかりますかねw
それと今回はおまけがあります。これじゃあまりにも身近すぎるので……

















おまけ


裏社会科見学Ⅱ


「一夏君、後ろ後ろ!」

「わかってますよ。次のカーブでぶっちぎります!」

「あ、撃ってきた」

現在、織斑一夏はカーチェースを繰り広げていた。相手は国外のマフィア。麻薬の売買、人殺し、誘拐、悪いことなら何でもやる凶悪な組織だ。
その組織からの追っ手を、一夏と更識楯無は振り切ろうとしていた。

「ひっ……」

「大丈夫! 君は俺達が護るから」

一夏達の任務はある少女の護衛。この少女はどこぞのご令嬢らしく、彼女をマフィアから守り抜くのが仕事だった。
銃弾が窓ガラスに当たる。後部座席にいた少女は恐怖で身を屈めた。だが、この車は防弾使用だ。マフィア達の持つ銃の口径では撃ち抜くことが出来ない。
後方をちらりと確認し、ステアリング、アクセル、ブレーキを流れる動作で適切に操作し、見事なドリフトを決めた。

「それにしても一夏君、車の運転うまいね。その歳だと免許も持ってないはずなのに」

「そりゃ、日本は十八歳からしか免許取れませんしね」

現在、一夏達は車で逃走中。その後を追うマフィア達の車。運転しているのはもちろん一夏。

「……なんで運転できるの?」

「そりゃ、練習しましたから」

「そうなんだ、梁山泊じゃ車の運転まで教えてくれるんだね」

「いえ、ゲーセンで」

「え……?」

楯無の表情が固まる。一夏は片腕でハンドルを操作しながら、もう片方の腕を楯無の方に伸ばし、親指を立てて笑顔で言い放った。

「頭文字Dで練習しました!」

「ちょ、降ろしてえええ!!」

楯無が叫ぶ。少女は涙目だ。一夏は更にアクセルを踏み込む。

「秋名最速はこの俺だぁ!」

「ここは秋名じゃなあああいっ!」

「よし、ショートカットしましょう」

「え、そっちは崖じゃ……」

「大丈夫! マ○オカートでよくやりました」

「ちょ、まっ、待って! それはやめて! それだけはやめて!!」

「行きますよ!」

「いやあああああっ!?」

楯無が叫ぶ。少女が頭を抱えてしゃがみこむ。一夏は普通にハンドルを切った。

「流石に本当にやるわけないじゃないですか。そこまでゲーム脳じゃないですよ」

「へ?」

「やーい、ひっかかった。それにしても楯無さん、意外にかわいい悲鳴を上げますね」

「死ね!」

「はうっ!?」

楯無をおちょくる一夏の顔面に、楯無の拳がめり込む。運転中の暴挙に思わずハンドルを乱しそうな一夏だったが、耐え抜き、冷静に体制を立て直した。

「運転中はやめてください」

「ごめん。でも死ね」

「あ、そうこうやってる内に振り切りましたよ」

「あ、本当だ。一夏君、本当に運転うまいね」

「はい、頭文字Dで練習しましたから」

マフィアの車をバックミラーのかなたに消し去り、一夏はサムズアップで答える。
みんなもやろう、頭文字D。ゲームセンターで好評稼動中!









あとがき2
……………とりあえずネタに走りました。
裏社会科見学で楯無と共に仕事をする一夏を書きたいなと思い、けどあまりシリアスにするのも、本格的な戦闘をするのもどうかなと思って、ギャグ調で書いてみました。
で、今回題材としたカーチェイス。裏社会といえばカーチェースという俺の勝手な偏見です。IS一切登場しませんでした。
頭文字Dに関してはゲーセンでやったことのあるドライブ系のゲームがそれくらいしかなかったもので。あとは64のマリオカートくらいですね。
マリオカートはもう随分やってない。懐かしいです。

それにしてもここの一夏だと、どうやっても楯無を逆にからかってしまいます。もし原作のように色仕掛けをすれば襲われます、間違いなく。馬の影響でエロに目覚めた一夏を甘く見るなよ!
そして、今回はおまけがもうひとつ。これもはっきり言ってネタです。











おまけ2

「ガンプラファイト、レディ・ゴーォォォ!!」

「ちょ、待ちなさい!」

「はぶっ……」

とある模型ショップでハイテンションになる一夏に対し、鈴のアッパーカットが見事に炸裂した。

「せっかくのデートだって言うのに、なんで模型ショップなのよ!?」

「何故なら今日はガンプラバトルをするからだ。私の道を阻むな!」

「うっさい、黙れこのガノタ!」

ガンプラバトル。それは実際に作成したガンプラを、専用のシュミレーションマシーンでCG空間上に再現し、自らが操縦して戦うというゲーム。
この機体は大きなゲームセンターや模型ショップに置いてあり、最近一夏はこれにはまっていた。

「俺がガンダムだ。だから俺はガンプラバトルをやる。このユニコーンで、ガンプラマイスターになる!」

「一夏、いい加減にしないとそのガンプラぶっ壊すわよ」

「それだけはやめてくれ。この鬼、悪魔!」

「はぁ……一回よ、一回だけだからね。それだけやったら、このあと買い物に付き合ってよね」

「鈴……ああ、わかった。ありがとな」

「ふん」

こうして、一夏は戦場に立つ。そこには様々な強者達が待ち構えていた。

「これが対戦相手のスパルナ君。あ、ちなみにパイロットネームな。ネットで知り合った」

「君がシスコンバンザイ(一夏のパイロットネーム)か。こうして会うのは初めてだね」

「アル、大きくなったな」

「ちょっと待って、この人が今出てきたらやばい気がする。物語が崩壊しそうな気がする! というかあんたのパイロットネームなんなのよ!?」

「何言ってんだ鈴。気にしすぎだろ。あ、ちなみに本名は叶翔って言うらしいぞ。それから千冬姉は俺の嫁だ」

「だからやばいって言ってんでしょ! そもそも彼女の前でなに言ってんのよこのシスコン!!」

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

自重しない一夏。

「はーい、一夏君ひさしぶり。今日は僕と、このZZの実力を見せてあげようじゃなーい」

「武田さん、MSの性能の違いが、戦力の決定的差ではないと言うことを教えてあげますよ」

「ねえ、一夏。ZZよりあんたの使うユニコーンのほうが絶対新型よね?」

集う強者。

「ちなみに人数が足りないから助っ人を用意した。さいたま市在住のサラリーマン、のはらさ……」

「これはやばいでしょ! なんて人呼んでるのよ!?」

「この人はベテランだぞ。ガンダムで大活躍だったんだぞ。あるゲームでは俺の親友ポジだったんだぞ!」

本来なら会うはずのなかった者達が、作品の枠を超えて集う。

「史上最強のガンプラビルダーズイチカ、始まります!」

「始まんないわよ!」

「現在、短編執筆中」

「え、ホントに!?」

……始まりません。












あとがき3
……こんなネタばっかり考えていたので更新が遅れました。すいません……
ガンダム大好きです。ガンプラ大好きです。中の人ネタ大好きです。進められてみたガンプラビルダーズも大好きです!
で、何故かこんな妄想を……
実際に妄想ではなく書いてみたいですね。中の人ネタで色々なキャラを出したりして。でも、最近色々と時間が取れないんですよね……
色々やりたいことがあるのに。皆さんは今、やりたいことってありますか?
俺は今、エヴァ全シリーズを見たいです。レイかわいい、マリかわいい、シンジかわいそう。
劇場版Qも見ましたが、続きが本当に楽しみです。



[28248] BATTLE00 織斑一夏のクリスマスの過ごしかた【外伝】
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9
Date: 2012/12/24 09:29
今回は番外編、時期ネタです。調子に乗っておふざけで書きました。なので今回の話は史上最強の弟子イチカになんら関係なく、読まなくとも本編を楽しめます。
それでも良い方、おふざけに付き合ってくださる方はこのままお進みください。
最後にひとつだけ。内容やネタはふざけましたが、SSは真剣に書きました。書いてて楽しかった作品です。



































12月24日。今日はクリスマスイブ。

「ついにこの時が来たな」

「本来は明日だけど、俺達の戦いはこれから始まる」

とある模型ショップにて、シスコンバンザイ(一夏のあるゲームでのパイロットネーム)とスパルナ(叶翔のあるゲームでのパイロットネーム)が向かい合い、異様なテンションで語り合っていた。

「今日と明日、行われるイベント戦!」

「舞台はサイド6、リボー・コロニー!」

「あの名作OVA、ポケットの中の戦争に出てきたコロニーだな!」

「ああ、そしてこの戦争を、天国のバーニィに捧ぐ!」

「もちろん作ってきたぞ、ザク改!」

「凄いなシスコンバンザイ。相変わらずの完成度だ!」

「アレックスだろうがなんだろうが、このザク改でぶっとばしてやる!」

「その意気だ!」

回りを一切気にせず、一夏はザク改のプラモを手に、翔と愉快に笑い合った。
12月24日、学生ならば当然冬休みに突入しており、その休日を友人と共に有意義に過ごそうと考えていた。
けれど一夏は馬鹿だった。それでいて阿呆だった。12月24日、クリスマスイブ。その日を共に過ごすのは他の誰でもない、『彼女』でなければならなかった。

「あ……」

「………」

その彼女が、無言で一夏の手からガンプラを取り上げる。そして一切の躊躇なく、そのガンプラを床に叩きつけた。

「ふん!」

更に踏む。何度も何度もガンプラを踏みつけ、もはや修復不可能なまでに粉々に破壊した。

「俺のザク改ィィ!!」

「嘘だと言ってよバーニィィィ!!」

一夏と翔は血涙を流しそうなほどの絶叫を上げる。破壊され、無残な姿となったガンプラ。それをした犯人に対し、一夏はきっと、にらみつけるような視線を向けた。

「なにすんだ鈴!」

「うっさい、この馬鹿! せっかくのクリスマスだってのに、あんたなに考えてんのよ!?」

「クリスマスだからこそだろ! クリスマスだからこそガンダムをやるんだ。明日はアレだぞ、バーニィの命日だぞ!!」

「知らないわよそんなの! アニメキャラの命日よりも、あたしとの時間の方を優先しなさい!!」

ギャーギャー口論を始める一夏と鈴。その様子を眺め、なんとも言えない笑みを浮かべる翔。
口論は更に激しさを増していったが、それでかえって冷静になったのか、一旦は落とし所をつける。

「わかった、わかったよ鈴。じゃあ一回だけだ。一回だけやったらどこにでも連れて行く。映画だろうが食事だろうが、今日は俺の奢りだ?」

「ホントね? 約束したわよ。遠慮しないからね」

「だからわかったって。少し待ってろ」

「うん」

「待たせたな、翔」

鈴とは話を付け、翔に向き直る一夏。先ほどまでなんとも言えない笑みを浮かべていた翔は、今度は残酷なまでに清々しい笑みを浮かべていた。

「なぁ、一夏」

「ん?」

「もげろ」

「なんでだよ!?」

とにもかくにも、これでプレイに専念が出来る。
ガンプラバトル。作成したガンプラを、専用のシュミレーションマシーンで再現し、それを自ら操縦して戦うゲーム。
その際にドーム型の機体に入るため、遊び方や操作方法は何年か前にはやった戦場の絆というゲームに酷似していた。
そして今回、ザク改を使用するはずだった一夏が、替わりに使用するガンプラはもちろんこれ。

「俺はもちろん、ユニコーンガンダム、デストロイモードだ。翔はなんにするんだ?」

「俺は最初、スローネツヴァイにしようと思ったけど、今回はこれだな。デルタプラス」

「なるほど。叶少尉、男と見込んだ!」

「ああ、オードリーは俺に任せろ」

「どうでもいいから、ちゃっちゃと始めちゃいなさいよ」

「まぁ、待てよ鈴。その前に今回の対戦相手の紹介をしなくちゃ駄目だろ」

「誰にするのよ!?」

今回は番外編と言うこともあり、いつにも増してめためたな発言をする一夏。
何度も言うが、今回は番外編だ。短編、外伝である。史上最強の弟子イチカ本編には直接の関係がない、クリスマス特別編のSSだった。

「ザク改は亡き者となってしまったけど、それでも舞台はリボー・コロニー。なので今回はこの人に来ていただきました。中学の後輩、綾波レイです!」

「よ、よろしくお願いします……」

「ちょ、待ちなさいよぉぉ!!」

一夏の紹介した人物、青い髪と真紅の瞳をした少女に対し、今日も鈴の突っ込みが冴え渡る。
鈴は頭を抱え、まずはなにを言えばいいのか色々と考えながら叫んだ。

「作品が違ぁぁう! この子、インフィニット・ストラトスにも史上最強の弟子ケンイチにも出ていないでしょ! というか、ある有名な作品のキャラクターでしょう! そもそも中学の後輩って何よ!? あたし知らないわよそんな設定!」

「鈴、落ち着け。あくまで今回だけの設定だから。本気にしたら馬鹿を見るぞ」

「今回だけって何よ!? まったく……なに考えてんのよ?」

叫び続け、ぜいぜいと息切れを起こす鈴。だが、そんな鈴をよそに、この物語は続いていく。

「ちなみにこのレイは碇シンジ育成計画、通称学園エヴァの性格を参照としています。なのでこの世界にはエヴァンゲリオン、及び使徒はありません。今回は舞台がリボー・コロニーということもあって、ただ単に林○さんボイスが欲しかったから出しただけです」

「もう突っ込まないわよ、一夏」

鈴が突っ込みを放棄してもこの物語は続いていく。何が何でも続いていく。

「今日はわざわざ来てくれてありがとな、レイ」

「あ、いえ、織斑先輩の頼みですから」

「うんうん、もうかわいいな。シンジじゃなくて俺と付き合わない」

「ええっ!?」

「この馬鹿一夏!!」

「はぶっ!?」

突っ込まないと決意した鈴だが、早々に一夏の顎にアッパーカットを放った。
一夏は顎を押さえ、鈴を恨めしそうに見ていた。

「ちょっとした冗談じゃないか。なにも本気にするなよ、鈴」

「彼女の前でそんな冗談言うんじゃないわよ。次はIS展開して殴るわよ」

「わかったわかった、ごめんって鈴」

「あの……」

「レイもごめんな。ちょっとからかっただけだから。それからダラダラやっても仕方ないし、いい加減次の人を紹介しよう」

このままではどれだけ長くなるかわからないので、無理にでも話を進めようと思う。
ガンプラバトルは通常、三対三のチーム戦で行う。なのでレイの他にも、あと二人の対戦相手が必要だった。

「まあ、今回はもう学園エヴァのキャラで統一しようと思う。他の作品からキャラを出そうと思ったけど、それだとあまりにもカオスな光景しか思い浮かばなかったしな。そんなわけで惣流アスカ・ラングレーと碇シンジだ。あ、ちなみにアスカは式波じゃないよ。惣流だからな。それだと新劇場版になっちゃうし」

「ちょっと先輩、誰に言ってるんですか?」

「アスカ、今日の先輩には何を言っても無駄だと思うよ」

そんなわけで追加の二人、アスカとシンジが加わる。
世界観は違うが、なんにせよこれでチルドレンの三人が揃ったわけだ。

「ホントはカヲル君だったり、マリを呼びたかったんだけどな、中の人ネタとして。ただ、とってもカオスになりそうだったのでそこは割合。みんな、クリスマスの中集まってくれて、本当にありがとう」

「別にいいですよ先輩。でも、約束はちゃんと覚えてますよね?」

「ああ、もちろん」

話をまとめる一夏に対し、アスカが見返りを求めるような目を向ける。
それに対し一夏は頷き、ごそごそとポケットの中身をさぐった。

「この間、梁山泊の裏社会科見学に行った時に依頼主の人と仲良くなってもらった、この高級ホテル宿泊券(温水プールの使用、バイキング付き)をあげよう。これ一枚でなんと、五名まで利用できるすぐれものだ」

「ちょっと一夏」

「ん、なんだ鈴?」

得意気に言う一夏に対し、鈴は満面の笑みを浮かべていた。だが、それは逆にさわやか過ぎて怖い。
がっしりと一夏の頭部をホールドし、ぐいぐいと指をめり込ませる。

「痛い、痛いぞ鈴。最近握力上がった?」

「ねえ、一夏。そんないいもの持ってたんだ」

「ああ、クリスマス限定で使用できるらしい。依頼主の人がお友達と一緒にどうぞってくれた」

「ならさ、それを誰と一緒に使うのが有意義なのかわかるわよね?」

戦慄すら感じるほどに冷たく、そして恐ろしい鈴の笑顔。その光景にあの翔すら顔を引き攣らせ、シンジは思わず後ずさりをしていた。
女性陣二人は鈴の恐ろしさに怯えつつも、やっちゃったなという視線で一夏を見ている。
だが、当の一夏はあくまで冷静だった。

「え?」

一夏のポケットから取り出されるもう一枚の券。それは先ほど、レイ達の商品にするといったホテルの宿泊券と同じものだった。
それを手にし、一夏は自身満々に不敵な笑みを浮かべてみせた。

「実を言うと、もう一枚あんだよなぁ、これが」

「あ……」

「まぁ、そんなわけでさ。これが終わったあと、鈴とはのんびりクリスマスを満喫しようと思ってるわけだ。それから……」

更に上着のポケットをまさぐり、一夏はあるものを取り出した。それは小さな箱だった。掌に収まるほどの小さな箱。それを開け、中身を鈴に見せる。

「いちかぁ」

「安物だけどさ、クリスマスプレゼント。欲しいのがあるなら、またあとで買ってやるから」

中身は指輪だった。それを見た鈴は嬉しさで顔がほころび、今度こそ満面の笑みを浮かべる。
だが、その笑みは決して長くは続かなかった。

「というわけで、これ」

「え……?」

次に一夏が差し出したのは、ピンク色のガンプラ。ティエレンタオツー。

「鈴も加わってくれよ、人数足りないから」

ガンプラバトルは通常、三対三で行われる。
エヴァチームはレイ、アスカ、シンジの三名。こちらはまだ、一夏と翔の二人しかいない。

「あ、指輪もっと欲しいか? いくらでも取ってやるぞ」

コンコンと、一夏はあるゲームの機体を手の甲で叩いた。それはゲームセンターでは定番のゲーム、UFOキャッチャー。その中身、景品は先ほど一夏が鈴に渡した指輪が入っている。
レイとアスカは頭を抱え、鈴に哀れみの視線を向ける。鈴はぶるぶると肩を震わせ、いつの間にかISを展開していた。

「一夏、骨は拾ってやる」

翔の言葉。その直後、一夏には強烈な一撃が襲い掛かった。


†††


「さあ、気を取り直してガンプラバトルスタートだ!」

「なんでISで殴られて平気なんですか?」

「気にするなシンジ。俺は気にしない」

あの後、激昂した鈴は一夏をボコボコにすると宣言。なので鈴は敵チームへと行き、レイとアスカと共にチームを組んだ。
なので必然的にシンジがこちらへと移動し、つまりは男と女に分かれて戦うこととなった。

織斑一夏 ユニコーンガンダム
叶翔 デルタプラス
碇シンジ ジオング

男チームはこのチーム編成だった。

「ところで、なんで僕はジオングなんでしょう?」

「だって、お前マザコンだろ」

「ええ!?」

「設定的には『綾波レイは私の母となってくれるかも知れなかった女性だ』とか言えそうだし」

「なんですかそれは!? 僕は綾波をそんな目で見たことなんて一度もありませんよ! 設定って……そもそも、それならサザビーこそ相応しいんじゃないんですか?」

「別にいいだろ。シャアの機体なんだし。そもそも俺、サザビーもってないもん」

ガンプラを所有していなかったシンジは、一夏の所有するガンプラを借りていた。
それはレイやアスカも同じであり、一夏や翔の借り物を使用している。

「一夏、話が進まないからいい加減始めるぞ」

「あ、そうだな。じゃ、シスコンバンザイ、ユニコーンガンダム、行きます!」

「スパルナ、デルタプラス、出る!」

「えっと……サード(シンジのパイロットネーム)、ジオング、出ます!」

出撃する三名。母艦となるホワイトベースから飛び出し、戦場となるリボー・コロニーに降り立った。

「ジオングがホワイトベースから飛び出すって、違和感満載だよな」

「まぁ、ゲームなんだしいいだろ」

「綾波達はどこだろ?」

ユニコーンはウェイブライダー形体のデルタプラスに乗っかり、その後をジオングが追う。
周囲を警戒し、進んでいくと、三人のレーダーに高速で接近する機体が表示された。

「一機だけ先行してくるな」

「これは……後続機の三倍の速度で接近中」

「アスカだ……」

ついにそれは、肉眼で視認できるほどに近づいてきた。真っ赤な機体、シャア専用ザク。

「行くわよ、バカシンジ!!」

搭乗者はシンジの想像通りアスカ。真っ赤な機体ということからこれを選んだのだろう。
だが、一夏と翔の視線は妙に冷めていた。

「確かにシャア専用ザクは好きだけどな。それに赤いし」

「ああ、赤いな。赤いけど……」

ユニコーンがデルタプラスから飛び降り、ビームマグナムを構える。標準をシャア専用ザクに合わせ、トリガーを引いた。

「性能差がありすぎる」

「わ、わわっ!?」

掠っただけで新型のMSすら蒸発させる、超強力な射撃がシャア専用ザクを襲う。
それをなんとか回避するシャア専用ザクだが、デルタプラスから更なる追撃が来る。

「先行しすぎだよ、アスカ」

「うっさいわね、バカシンジ! あたしと戦いなさい!」

「いや、別に僕はいいんだけど……」

正直、シンジはこのゲームに無理やり付き合わせられているだけなので、勝敗なんてどうでもいい。

「ほらほら、避けろ避けろ~」

「当てちまうぞ~!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 待ってくださいよ先輩」

だが、一夏と翔がとても楽しそうにアスカを、つまりはシャア専用ザクを攻撃していた。
このゲームの経験が浅いアスカを弄ぶ熟練者二人は、かなり性質が悪い。

「おっと……」

「狙撃か?」

そんな一夏達に対し、射撃が飛んでくる。それはビーム兵器だった。
高速で迫った銃弾が一夏達の傍を通り過ぎ、そのすぐ後にそれを放った機体が出てくる。

「アレックスか」

「ということはファースト(レイのパイロットネーム)だな。ビームライフルを装備してきたか」

この舞台では主役と言ってもいい存在、アレックスに駆って出てきたレイ。
彼女の駆るアレックスは既にチョバムアーマーが外されており、高い運動性を発揮して迫ってくる。

「当てる」

「おっと!」

ビームライフルが再びユニコーンを襲う。ユニコーンはそれを回避し、アレックスに劣らない、いや、はるかに凌駕する機動性を持って接近する。
そして両肩に装備されたビームサーベル、その右側を抜刀しアレックスに斬りかかる。
アレックスも同じく抜刀。ビームサーベルの鍔迫り合いが起き、両者共に睨み合った。

「一夏、援護す……」

翔の駆るデルタプラスがユニコーンを援護しようとした。だが、それは飛び出してきた次のMSによって阻まれる。

「あんたもガンダムかぁぁ!!」

「黒いユニコーン……バンシィ、リン(鈴のパイロットネーム)か!」

黒いユニコーンガンダム、バンシィ。それを鈴が駆り、物凄い勢いで戦場に乱入してくる。

「機体の共通点が何にもないぞ、鈴」

「うっさいわよバカ一夏! あんただけは絶対あたしが落としてあげるから覚悟しなさいよ!!」

「ぐっ!?」

バンシィはデルタプラスを殴りつけるように攻撃し、その反動を利用して今度はユニコーンへと向かう。
肘部分に搭載されたビームサーベルの抜刀。それを一夏に向け、振りかぶる。

「やばっ……」

一夏も同じく肘部分から抜刀。二刀流となるが、敵も二体。アレックスとバンシィを同時に相手取らなければならない。
鈴の一撃を受け止めたはいいものの、アレックスの攻撃がユニコーンを襲う。

「一夏さん!」

「シンジ!!」

そのアレックスの攻撃を遮ったのがジオングだった。巨大な手から目が粒子砲を発射し、アレックスの右腕を撃ち抜く。ビームサーベルどころか右腕を破壊されたアレックスは慌てて下がり、ジオングから距離を取った。

「碇君……」

「ごめんね、綾波。でもこれはゲームだから、手加減はしないよ」

これはゲーム、遊びだ。実際の戦闘ではないので、当然知り合いだからと言って攻撃をためらう必要はない。
気楽な心構えで二人は向かい合い、戦場で激突する。

「スパルナ、さっきからウェイブライダー形体で飛んでるだけじゃねえか。そろそろMS形体に変形しろよ」

「いや、無理」

「はあ!?」

バンシィと交戦していた一夏の問いかけに、翔はなんとも情けない返答を返した。

「だって、このキット(144分の1デルタプラス)の変形って完全にパーツの差し替えだぜ。胴体別物だし。戦闘中に可変なんて出来るわけないじゃん」

「アホか! ならなんでデルタプラスを使ったんだよ!!」

「いいじゃん、かっこいいじゃんデルタプラス。それに俺、空を飛ぶのが好きなんだよね」

「お前はずっと空でも飛んでろ」

空を飛び続ける翔に対し、一夏から投げやり気味の言葉かかかる。そんな翔の乗るデルタプラスには、地上からマシンガンが襲い掛かった。

「うわあっ!?」

「空で余裕こいてんじゃないわよ!」

「やったな……」

地上からマシンガンを乱射したのはシャア専用ザク、アスカの機体だった。
いくら旧型の武装でも、撃たれてノーダメージというわけではない。撃たれた翔は気を引き締め、目標を地上のシャア専用ザクへと定めた。

「覚悟しろ!」

「ふん、MSになれないデルタプラスくらい、あたしが倒してやるわよ!」

交錯する戦場。最初はあまり興味のなかったものも、プレイするにあたって次第に熱くなっていく。
あたりに充満する熱気と緊張感。たまりにたまり、上がりに上がった場の空気は、次の瞬間、一気に払拭される。

「へ……?」

「なんだ、あれは……」

突如乱入してきたもの。それは巨大な何かだった。
最初からそこにあったのではない。プログラム上、唐突に現れたバグのようにそこに存在していた。
その存在を一夏と翔は知っている。真っ赤で、巨大な機体。本来なら地上で運用するためのもの。間違っても今回の舞台、コロニーなどで使用される機体ではない。

「MA……」

「シャンブロか!」

モビルアーマー(MA)、シャンブロ。それはOVA、ガンダムUCの四話で登場する、キットでは発売されていない、未知のガンプラだった。

「あははは、なにがMSだ! しょせんそんなもの、このシャンブロの前じゃ人形だよ」

「この声は……」

この声を一夏は知っていた。甘ったるい女性の声。中の人のつながりも、なんの共通点も持たないが、こんなことをやり、こんなものを用意し、バグまがいのやり方で乱入してくる人物を一夏は一人しか知らない。

「何をやってるんですか束さん!?」

「ヤッホー、いっくん。あっそびに来たよ~」

その人物とは天災科学者、篠ノ之束だった。実質全世界に指名手配されている彼女が、このゲームに乱入してきた。

「最近いっくんが遊んでくれないからさ~、無理やり乱入してきちゃった」

「いや、最近遊べないのは束さんが世界中ふらふらしているからじゃないですか。今どこにいるんですか?」

「今は日本だよ。あ、でもここにはいないからね~。コンピューターをハッキングして、他所から乱入しているんだ」

「なるほど、だからいきなりシャンブロが乱入してきたわけですね。ところで、シャンブロってキットで発売されてませんよね?」

「ふっふ~ん、天才束さんを舐めちゃいけないよ~。なにせ、このシャンブロはフルスクラッチの束さんお手製なんだから!?」

「マジで!? 凄いです束さん!」

得意気になる束を、一夏は本気で尊敬した。なにせ、一夏がこうまでガンダムにのめりこむようになったのは束が原因だからだ。
昔からよく遊んでおり、よく一緒にアニメなどを見たりした。それがガンダムであり、また束はメカ関連に強く、ISなども作ったほどで、それ故にMSに対する知識や興味も豊富だった。それに巻き込まれるように一夏はガンダムにのめり込み、今日の一夏があると言ってもいい。
つまり、束と一夏は共通の趣味を持つ友人といった関係なのだ。

「えっと、事情が読み取れないんだけど、要するにあの乱入してきたシャンブロを破壊すればいいわけか?」

「なんかそうなったみたいだな」

「ふっふ~ん、君達にこの束さんを倒すことが出来るかな?」

束の乱入によって対戦は中断し、シャンブロが新たな標的となる。

「なんだっていいわよ! このあたしがやっつけてやるわ」

「惣流さん、援護するわ」

「あ、じゃあ僕も」

この乱入と標的の変更に戸惑うシンジ達だったが、アスカを一番槍としシャンブロに攻撃を仕掛ける。
アスカは武装をバズーカへと変え、シャンブロに向け発砲。レイもビームライフルと腕のガトリングを連射し、シンジもメガ粒子砲を撃つ。
だが、シャンブロはあの巨体だ。装甲は厚く、その上リフレクタービットやIフィールドも有している。この強固な防御はちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。

「なら、ビームマグナムで風穴開けてやるわよ!」

鈴のバンシィがビームマグナムを構える。確かにこの一撃ならシャンブロの防御を破れるかもしれない。
だが、鈴がビームマグナムを撃つより速く、シャンブロから超極太のビームが発せられた。

「わ、きゃああっ!?」

それをなんとも情けない動きで回避する鈴。砲撃はバンシィの装甲を掠め、ボロボロとなりながらもなんとか避ける。
今のでビームマグナムは爆散し武装を失ってしまった。そんなバンシィに対し、シャンブロの巨大なアームが伸びる。

「やあ、君が凰鈴音ちゃんだね?」

「ちょ、まっ……酔う、画面酔いしちゃう!」

アームによってぶんぶんと振り回され、鈴のバンシィ、つまりはゲーム画面が高速で動き回る。
このガンプラバトルは専用の機体に入って、超リアルな戦闘が行われるため、中にいた鈴は画面のあまりにも激しい動きに酔ってしまいそうだった。

「君とは前から一度、お話してみたいな~、って思ってたんだ。いっくんの彼女なんだって? へ~、そうなんだ」

「や、やめ、ホントにやめてください! 気持ち悪い。ちょっと吐きそう……」

鈴の抑止も聞かずに、束の乗るシャンブロはぶんぶんとバンシィを振り続ける。
機体内の鈴はうっぷと口元を押さえ、ヒロインにあるまじき出来事が起ころうとしていた。

「鈴ー!」

「一夏!」

そんな鈴に救いの手が伸びる。再びウェイブライダー形体のデルタプラスに乗った一夏のユニコーンが手を伸ばし、バンシィの腕をつかんだ。そのままシャンブロのアームから引きずり出し、宙へと逃れる。

「ぐっ……シスコンバンザイ。流石にMS二機は推進力が……」

「わかった。鈴、降りられるな?」

「うん」

ユニコーンは手を放し、バンシィはそのまま地上へと降りていく。ユニコーンはそのままデルタプラスに乗り、シャンブロを見詰めた。

「あの反射板の反応速度を超える必要がある。ビームマグナムは?」

「残弾一です」

「一発勝負だ!」

「スパルナさん!?」

「やるんだ! 街を守るにはそれしかない」

緊迫した雰囲気を出しつつ、一夏と翔はとても、とてもとても楽しそうな会話を交わす。
一夏の機体はユニコーンガンダム。翔の機体はデルタプラス。そして標的はシャンブロ。これは嫌でもテンションが上がってしまう。

「迂回して正面から懐に突っ込む。すれ違いざまに分かれて同時攻撃、一転突破だ!」

翔の宣言どおり、デルタプラスは迂回して正面に回りこむ。その際にビームガンを放つが、それらはリフレクタービットによって反射されてしまう。
一夏はユニコーンのシールドでそれを防ぎつつ、束に呼びかけた。

「ロニさん、戻ってくれぇ!!」

「諦めろ!」

「そこは私の名前でしょ、いっくん!」

叫びと共に束の機体、シャンブロが動きを止める。それを好機と見たか、ユニコーンがビームマグナムを構える。

「束さん!」

「シスコンバンザイ。このまま撃て!」

正面からユニコーンとデルタプラスが接近する。シャンブロは頭部の砲台を開き、先ほど放った超極太のビーム兵器を撃とうとしていた。

「可能性に殺されるぞ!」

翔の叫び。シャンブロとユニコーンとの距離は、次第に近づいていく。

「そんなもの、捨てちまえ!」

「うわああああああっ!」

一夏の手が、ユニコーンガンダムの操縦桿、トリガーへと伸びる。狙いを付ける。
その際に、束ねの声が聞こえた気がした。

「いっくん……」

とても優しげな、けれども悲しそうな声。その声に一瞬、一夏の指が止まる。

「悲しいね」

確かに、そう聞こえた気がした。束が言ったのだ、『悲しいね』と。あの束が、天災科学者篠ノ之束が、とても優しげに、とても悲しそうに……

「撃てません!!」

一夏は叫んだ。儚げに、腹から声を絞り出して叫ぶ。

「え……?」

けれど、言ってることとやってることは違っていた。一瞬止まった指は、再びトリガーを引く。放たれるビームマグナム。
銃弾はシャンブロのコックピットへと向かい、そのまま貫いた。

「ちょ、ええ……」

束の間の抜けたような声が確かに聞こえた。コックピットを撃ち抜かれ、シャンブロが大破する。
戦闘不能、目標の破壊を確認。この時、この瞬間、一夏達の勝利が確定した。

「イェ~イ!」

「よくやったシスコンバンザイ」

専用の機体、ドーム状のポッドから出て、一夏と翔は外でハイタッチを交わした。

「色々言いたいことはあるけど、これでよかったの?」

「まぁ……一夏さん達が楽しかったんならいいんじゃないですか?」

「そうね……」

いまいち不完全燃焼気味だが、鈴達はそれで納得した。
こうして、クリスマスの一戦は幕を閉じる。なんとも微妙な幕引きだったが、楽しめたのならそれでいいだろう。
クリスマスはまだまだこれから。この後にも楽しいイベントは控えているのだから。
























おまけ

「さて、そんなわけで例のチケットがクリスマス限定だし、今日はお疲れさまってことで、ホテルに来ました」

「シスコンバンザイ、いや一夏、俺も来て良かったのか?」

「まあ、飯とプールはな。何せ一枚で五人まで遊べるし、人数多いほうがお得だろ。でもその後は帰れよ。俺は今日、鈴と聖夜もとい性夜を過ごすんだからな」

「ああ、わかってるよ。存分に楽しむんだな」

「おう」

「なにがよ!?」

「はぶっ!」

場所は変わってホテル。室内の温水プール。そこで水着に着替えた一夏と翔は楽しげに会話を交わしていたが、遅れてきた鈴によって後頭部をぶったたかれる。
一夏は前のめりに倒れ、そのままどぶんと水の中に落ちた。

「相変わらず楽しそうだな」

「なにがよ? どこがよ!! まったく、このバカ一夏……」

「お邪魔みたいだし、俺は一泳ぎして飯喰ったら帰るから、安心していいよ」

「あ~……うん、そう? まあ、相変わらず一夏は馬鹿だから、あたしじゃないと面倒見切れないのよね」

「そうだね」

ぽりぽりと頬を掻く鈴に対し、翔はとても微笑ましそうに笑っていた。
なんだかんだでこの二人は、良いコンビらしい。

「酷いな、鈴」

「あんたが馬鹿だから仕方ないのよ」

「なんだと?」

ざばっと一夏はプールから這い上がり、鈴に文句を言う
けれどすぐに興味は移り、びしっとある遊具を指差した。

「鈴、あれやろうぜ。ウォータースライダー。一緒に滑るぞ」

「別にいいけど……変なことしないでよね?」

「なに? 滑る時に密着して、後ろから胸を揉むのって駄目なのか?」

「駄目に決まってるじゃない!」

「あ、ごめん……鈴には揉むための胸がなかったな」

「死ね!」

「どふっ!?」

今度は鈴の飛び蹴りが一夏の腹に決まる。そのまま鈴ともども一夏はプールに落ち、ドボンと大きな水柱が上がった。
このような行為は他の客に迷惑がかかるため、くれぐれも控えるように。
なんにせよ、一夏と鈴のクリスマスはこれからが本番だった。

























あとがき
今回のお話……まぁ、短編です。おまけです。外伝です。番外編です。クリスマスの時期ネタということもあって、好きなように、調子に乗って書きました。うん、時期ネタだったはずなのに……どうしてこうなった?
反省はしている。でも、後悔はしていない状態です。うん……本当に後悔はしていませんよ?
なんだかんだで書いてしまったガンプラビルダーズネタ。でも、本当に後悔していません。ガンプラ好きだし、書いてて楽しかったので。
しかし翔のキャラクターが……これはあくまで外伝の翔君でして、本編に登場する翔君とはまったく、微塵も関係はないと……思います(汗

今回ゲスト出演したエヴァキャラについて。モデルは学園エヴァのあの方々。
クリスマスといえばポケットの中の戦争。なので中の人ネタ、林原めぐみさんの演じるキャラクターということでレイを選択。でもTVのレイだとこういうイベント時の性格がアレかなと思い、学園エヴァになりました。
中の人ネタでガンダムならカヲル君やマリも出したかったですが、そうするとカオスになりそうだったので……
おまけにはエヴァサイドのクリスマス風景、イベントも書きたかったなと思いましたが、どうにもクリスマスに間に合いそうになかったので断念。後悔らしい後悔といえばこのくらいです。

さて、こんなのが今年最後のSSになりそうなこのごろ。
最近仕事やら、なんやらで忙しく、今年はSSを書くペースがかなり落ちました。来年はもっと書けるようにがんばりたいです(汗
次回はクララ一直線か、フォンフォン一直線を更新しようと思ってますので、それまでは気長に待ってくださると嬉しいです。
それでは皆さんさようなら。良いお年を~



[28248] BATTLE22 学年別トーナメント!!
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9
Date: 2013/04/26 08:05
「専用機持ち同士はペアを組んじゃ駄目だって言われたんだけど、だったら俺は白式を使わなければいいのか?」

「打鉄でも使うの?」

「打鉄かぁ……そういや、俺も最初に使ってたのは打鉄だったな」

空間ディスプレイをいじってる少女に向け、一夏は感慨深そうに言う。

「あの打鉄は特別性だったんだよな。もうほぼ専用機ってか、束さんが調子に乗っていろいろ改造したから」

「織斑君って、本当に凄い人と知り合いだよね」

「まぁ、姉があの織斑千冬だからな。束さんとも昔っからの付き合いだし。それはそうと、俺の打鉄は簪も見たことあるよな。ほら、初めて会った時に俺が使ってたやつ」

「う、うん」

少女、簪が頷いたのを確認し、一夏は続ける。

「あのデーターって参考になるか? 簪の専用機作るのに」

「どうなんだろう? ちなみに、その打鉄ってどんな機体なの?」

「とにかく凄い。この一言に尽きる。まず、実体を持つブレード武器は当然だが、束さんがネタで付けたビームサーベル。雪片ほどじゃないけど、それでもIS武装としては破格の攻撃力を持っている」

「へえ」

「ただし、ビームでサーベルを維持するのにかなりのエネルギーを必要として、フルでビームサーベルを使ってたら三分で打鉄のエネルギーはすっからかんだ。ぶっちゃけ、白式より燃費が悪い」

「……使えるの、それ」

「だがな、これだけじゃないんだぞ。なんと、その打鉄にはあるシステムが搭載されている」

「あるシステム?」

「束さんはトランザムシステムと言っていた」

「それって……」

「ああ、機体が赤く発光して、光の粒子を撒き散らす。ただそれだけだ」

「え……?」

「別に機体の速度が三倍になったりはしない。ただそれっぽくなるだけの、擬似トランザムだ。さすがに束さんでも太陽炉は作れないみたいだな」

「それ、あっても意味ないよね」

「完全に見掛け倒しだな。むしろ発光して、光の粒子撒き散らすからその分エネルギーの無駄だ」

「完全に余分な機能だよ」

「でも、かっこいいだろ」

「……まあね」

「さすが簪、男と見込んだ!」

「うれしくないよ……」

話に出た一夏の打鉄、正式名称『打鉄・改』。それはあまりにも余計な機能が付けられた、実践向きの機体ではなかったが、一夏からすればかなりのお気に入りだった。
そのかっこよさを、役に立たなくとも擬似トランザムのあり方を理解してくれた簪に精一杯の賛辞を送る一夏だったが、見た目麗しい少女からすればそんなもの嬉しくもなんともない。この台詞は、あまりにも失礼である。

「悪い、さすがに今のは冗談だ。それと、話がずれにずれちまったが、要は俺が言いたいのは……」

そもそも一夏がここに来た目的、簪に会いに来た理由を述べる。

「俺と一緒にトーナメントに出ないかってことだ」

「え……でも、専用機持ち同士のペアは禁止だって……」

「簪には専用機ないじゃん」

「そ、そうだけど……」

日本の代表候補生、更職簪をペアに誘う。それが一夏の目的だった。
確かに簪は日本の代表候補生。本来なら専用機を与えられる立場の人間だ。だが、ある事情によって専用機の開発が遅れてしまい、今は立体ディスプレイを使ってまで自分で組み立てているといった現状だ。

「盾無さんに是非とも簪と組めって言われたし、俺も代表候補生がペアなら心強いしな。一気に優勝狙うぜ!」

「……………」

頼られるのは別によい。自分と一緒なら、優勝を狙えるという一夏の言葉も嬉しい。けれど、姉に言われたというのは余計だった。
簪は俯き、あからさまに気落ちしたような顔をしている。

「あれ、どうした? 俺とペアを組むのいやだったか?」

「ううん、いやじゃないよ。いやじゃないけど……」

「じゃあ、何も問題はないな」

一夏はその理由に気づかない。相変わらず鈍い一夏にため息を吐きそうになる簪だったが、それでも一夏と一緒にペアを組めるのは嬉しい。
そのまま首を立てに振ろうとした簪だったが……

「問題大有りだ、この馬鹿者」

「ち、千冬姉!」

一夏の姉、千冬の登場によって首の動きは完全に止まってしまった。

「普通に考えろ。如何に更職が専用機を持っていないとはいえ、お前と代表候補生が組んだ時点で他の者にとっては不利になるだろ」

「え~、いくらなんでも千冬姉厳しすぎだろ」

「馬鹿が、それだけお前を買っているということだ。何せ、私の弟だからな。そんじょそこらの小娘どもに負けるわけがない」

「千冬姉がこんなこと言うなんて、明日は雨でも降るのか? でも、その言葉は嬉しいな。よし、トーナメントはがんばるぜ!」

「ふ、その意気だ」

「……………」

姉と弟は熱く、なにやらよい雰囲気になっているが、簪からすればそれはものすごく面白くない。
無言でカタカタとキーボードを鳴らし、つまらなそうにその光景を眺めていた。


†††


「鈴も駄目、簪も駄目、当然セシリアやシャルルも駄目、となるといったい誰とペアを組めばいいんだ?」

「オッホン!」

「う~ん、悩むなぁ」

一夏は廊下を歩いていた。これからの方針を決めるため、ぶつぶつとつぶやきながら考え事をしていた。
その隣では箒が並走し、わざとらしく咳払いをしている。

「IS学園じゃ知り合いも少ないしなぁ。俺がよく知ってて、気軽にペアを組める相手っていないもんかなぁ」

「あ~、ゴホゴホッ!」

「何だよ箒、さっきから咳き込んで。風邪か? 保健室に行けよ」

「あ~、いや、別にそういうわけではないんだが……」

それでも一夏は気づいてくれない。なので、箒は次第にイライラを募らせていく。

「そのだな、一夏はまだトーナメントでペアを組む相手がいないのだろ?」

「ん、まあな」

「なら、一夏がどうしてもというのなら私が……」

「あ、そうだ。のほほんさんに相談してみよう」

「最後まで聞け!!」

「うわっ、いきなり叫んでなんだよ?」

箒の叫びに驚く一夏だったが、彼の表情はすぐににやけたものへと変化した。

「ははぁん、さては箒、俺と一緒に出て欲しいんだな?」

「なっ、な……それはこっちの台詞だ! 私は、お前がどうしてもというのなら組んでやってもいいと言っているだけだ」

「なんだ、違うのか?」

「え……?」

鈍感の一言では言い表せない一夏に対し、そのような言い方では通じない。素直になるのが一番なのだろうが、それは箒の性格からして無理な話だ。
一夏は拍子抜けしたような顔で、頭を掻く。

「ん~、俺は別に箒と組まなくても、大抵の女子から一緒に出ないかって誘われてるしな。箒もこの際だし、誰か別の人と出てみろよ。お前は人付き合いが苦手だから、友達を作るいい機会かもしれないぞ」

「……………」

一夏は一夏なりに、箒を気遣っての言葉だった。事実、箒は人付き合いを苦手としている。
元が不器用な性格であり、他人との接し方が少々不器用なのだ。そのせいか、箒には友達が少ない。一夏がIS学園に入学してから、彼女が同年代の女生徒と仲良く話している姿なんて見たことがない。
そのことを幼馴染として心配している一夏だったが、ハッキリ言って余計なお世話だった。

「おい、箒?」

「一夏の……」

「ん?」

「一夏のバカ!!」

「あぶねっ!?」

激情に任せ、一夏に殴りかかる箒。それを条件反射でかわす一夏。
空振りをした箒は、キッと一夏をにらみつけた。

「余計なお世話だ、このバカ! そもそもお前には言われたくない!」

「なんだと!? こう見えても俺って結構友達多いんだぞ! 弾だろ、数馬だろ、響に祐馬。それと……まだ一回しか会ったことないけど兼一は入るのか? まぁ、なんにせよ同性の友達は結構いる。異性にしたって鈴にセシリア、それにのほほんさんや簪、盾無さんなど他多数。どうだ、凄いだろ!」

「そういうことじゃない!」

ギャーギャー言い合う一夏と箒。ここは学内の廊下だ。そんなところでいい愛をすれば、当然ながら人目を引いてしまう。
周囲の者達は何事かと興味深そうに、どこか微笑ましそうに、そんな風に遠巻きで眺めていた。だが、そんな雰囲気などものともせずに、つかつかと歩み寄ってくる少女が一人。

「おい」

「ん?」

「お、ラウラか。もう体はいいのか?」

その少女とはラウラだった。ラウラと一夏が戦ったのが昨日のこと。まだそれほど時間も経っていない。
VTシステムだかなんだか知らないが、昨日はそれで大変なことになったのだ。そこにはラウラを除いて一夏と千冬しかいなかったのでたいした騒ぎにはならなかったが、それでもラウラは身体にそれなりのダメージを負ったようだ。昨日は結局、医務室で夜を明かしたらしい。

「ああ、おかげさまでな。ところで……」

「ん?」

ラウラがそのまま一夏に近づいていく。一夏の前に立ち、正面から一夏を見据えていた。
それが見上げる形になるのは仕方ないだろう。何せ、ラウラは女性にしても小柄だ。同年代の男子の平均以上の身長を持つ一夏の胸元くらいしかない。背伸びをするが、どうも届きそうにない。

「しゃがめ」

「は?」

「いいから、しゃがめ」

「なんなんだよいったい……」

言われるがままにしゃがむ一夏。ラウラは一夏の服の胸倉をつかみ、ぐいっと引き寄せた。

「へ……?」

わけがわからない。わかるのなら、誰か説明して欲しい。気がつけば、一夏はラウラによって唇を奪われていた。つまりはキスだ。
これが悪意ある攻撃ならば、一夏の研ぎ澄まされた危機回避能力や、条件反射でかわすことはできただろう。だが、ラウラの行った行為はそれらとは程遠く、しゃがんだことによって気を取られ、思いっきり不意を取られた形となった。
横目で見ると、箒がぱくぱくと口をあけたり閉じたりしていた。まるで金魚みたいだ。そして、それは一夏も同じである。

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

顔を真っ赤にしてそう言い放つラウラ。わけがわからない。

「日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだと聞いた。故に、お前を私の嫁にする」

激しく間違っている。ラウラにそんなことを教えたのはいったい誰なのだろう?
それでも、教えた人はグッジョブだと一夏は思った。少々ずれているところがあり、幼い体つきをしているが、それでもラウラはかなりの美少女だ。そんな美少女にキスされれば、男としてうれしくないわけがない。

(軟らかかったなぁ……ってか、間違ってるけど嫁ってことは、ピー(自主規制)したり、ピー(自主規制)して、ピー(自主規制)をやったりしてもいいのか?)

それはかなりテンションが上がる。他人には鈍いところを見せる一夏だが、それでも彼は十五歳の少年。そういったことにはとても興味があるお年頃だ。
これも、存分に馬の悪影響を受けたためだろう。いや、男の本能とでもいうべきか?

(あ~……でも、そんなことしたら絶対鈴泣くよな。それはやだなぁ……ってか、俺が殺されかねない。浮気は普通にまずいよな)

それでも、一夏にもちゃんと自尊心が存在する。一夏は彼女持ちの身だ。非常に残念ではあるが、そんなことをするわけにはいかない。というか、ラウラからキスされたのだって自分からしたのではないが、黒に限りなく近いグレーだ。これは鈴への弁解が必要かもしれない。

「なぁ、ラウラ。その嫁っていうのだが……」

とりあえず、一夏はちゃんとラウラに説明をしようと思った。間違った知識をそのままにしておくのは、本人のためにもよろしくない。一から説明しようとしたところで、一夏の眼前にはなぜだか日本刀が突きつけられていた。

「あぶねえっ! なにすんだ箒!!」

「……一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」

その犯人は箒だった。というか、どこから日本刀を取り出したのだろう? さっきまで何も持っていなかったはずだが。
というか、銃刀法違反という言葉はどこに行った? いくらここがIS学園とはいえ、学校に日本刀、それも真剣を持ってくるのはさすがにまずいと思う、

「とりあえず落ち着け、箒、それに説明してもらいたいのはむしろこっちの方……」

「問答無用!」

「だからあぶねえっ!!」

何をするのだろうか、この幼馴染は。巨乳じゃなければ一発殴っていたかもしれない。というか、日本刀を振る時に揺れる乳房が素晴らしい。かなり物騒ではあるが、男としては非常に興味をそそられる光景だ。
箒の斬撃をひょいひょいとかわし、一夏はその光景を存分に堪能していた。

「なにをしている!」

「っ……!」

出席簿一閃。日本刀を振り回していた箒の頭部に、出席簿が振り下ろされた。
どう考えても出席簿が叩きつけられたような音ではない轟音が響き、箒は日本刀を取り落としてとても痛そうに頭を抑えて蹲る。
こんなことをするのは誰か? 考えるまでもない。最強の教師であり姉、千冬だ。
まさにナイスタイミング。けれど、なぜだか最近千冬は、狙ったようなタイミングで登場している気がする。先ほどの簪との会話中もそうだし、いったい何故だろう?

「ち、千冬姉……これは」

「ああ、いい、わかっている。さて、ボーデヴィッヒ」

「はっ、教官」

千冬の登場に、ラウラは見事な敬礼で答えた。けれど、千冬はそんなことお構いなしにラウラの胸倉をつかむ。

「きょ、教官!?」

「私は言ったな、一夏にちょっかいをかけたら宅急便でドイツに送り返すと。本気だぞ。本当にやるぞ。というか、キスするとは……さすがに私も予想外だった」

「ち、千冬姉……」

千冬が怖い。先ほどまでこの騒動を見守っていたギャラリー(女生徒)達も、恐る恐る距離を取り始めていた。

「きょ、教官……苦しいです。息がつま……」

「クラリッサだな? お前にそんなことを吹き込んだのはクラリッサなんだな?」

「は、はい、確かにクラリッサに聞きましたが……ホントに息が、ご、ごめんなさい。訳が分かりませんがとにかくごめんなさい」

「許さん」

千冬はそう言うと、猫でも抱えているかのようにラウラの首根っこをつかむ。

「一夏、ドイツ宛の荷物ができたので私はこれで失礼する。それと、このことは忘れろ。いいな?」

「あ、ああ……」

唖然とする一夏にそう言って、千冬はラウラを抱えたままどこかに行ってしまった。その後姿を見ていると、この騒ぎがすごくどうでもいいことのように思えてくる。


†††


「一夏ぁ」

「おう、なんだ鈴……」

どうでもいいと思った騒ぎ。けれど、現実にはそういうわけにはいかなかった。
ここは一夏の部屋。現在、わけあって鈴やシャルルと同居中。シャルルは所用ではずしており、ここにいるのは一夏と鈴だけだった。

「ねぇ……嫁ってどういうこと? しかもあのドイツの代表候補生と、き、キスしたんだって?」

「……………」

あの騒ぎは、当然ながら多くのギャラリーに見られた。しかも、一夏はIS学園で唯一の男。注目度も高い。
なので噂は瞬く間に広がり、当然ながら鈴の耳にも届いてしまった。

「ねぇ、浮気? 浮気なの」

「あ~、いや、鈴……まずは話を聞いて……」

一応、一夏にも言い分はある。誤解されても仕方がない内容なので、まずは話を聞いて欲しい。
けれど、今の鈴には話を聞く余裕なんてなかった。いつのまにかISを展開しており、居間にでも殴りかかってきそうだ。

「一夏の……」

「あ~……」

鈴のISはパワータイプ。そんなもので殴られれば痛いに決まっている。むしろ、痛いで済まされる一夏の耐久力が異常だが。これも梁山泊の地獄のような修行の賜物なのだろう。
けれど、好き好んで痛い思いなどしたくはない。一夏にはM要素などないのだから。むしろSだ。鈴を性的にいじめてやりたいと思っている。
攻撃をかわすことは簡単だ。逃げることも簡単だ。その場しのぎなら十分に可能だった。

(いや……無理だろ)

だが、それは所詮その場しのぎ。問題の先送りにしか過ぎない。一夏は、今にも泣きそうな顔で殴りかかろうとしてくる鈴を放っておくことはできなかった。

(これは……避けられないな)

殴ることで鈴の気が晴れるなら、それもまたやむなし。

「一夏のバカァァァ!!」

「ごふぁ!?」

鈴の拳が振るわれる。それを一夏は甘んじて受けるのだった。


†††


「学年別トーナメント当日! 勝つぞ相川さん」

「うん、織斑君!」

いろいろあったが、学年別トーナメントの開催日。一夏は同じクラスの出席番号一番、ハンドボール部所属の相川清香と組んで試合に臨むこととなった。
ちなみに、あのあと何とか鈴の誤解を解くことができた。完璧にではないが、それでも少しは納得してくれたようだ。その分の埋め合わせはまた今度するとして、今はこれからの試合に集中するべきだ。
狙うからにはもちろん優勝。相川は運動部所属ということもあって身体能力はそれなりに高いし、反射神経もそれなりにいい。相手は同じ一年生だし、一夏がフォローすれば並大抵の相手に遅れをとることはないはずだ。
強敵はやはり、専用機を持つ代表候補生。ラウラはある事情でドイツに送り返されてしまったため、今回のトーナメントには間に合わない。もっとも、ISが破損してしまったために、どの道今回の試合には間に合わなかっただろうが。近日中にIS学園に戻ってくる予定らしい。
それはさておき、次に厄介なのがセシリアだろう。射撃武装を持たない一夏に対し、遠距離特化型のセシリアは少々相性が悪い。もっとも、近づくことができればその立場は逆転するが。
鈴も厄介だ。この間の試合では一夏が優勢だったが、射撃武装がないために距離を取られたらやばい。
シャルルだって強敵だ。彼(彼女)の武装のメインは射撃武器。距離を取られたらほんとにやばい。

「ってか、俺のIS射撃武装ないんだよなぁ。打鉄・改からそうだったし。束さん、なんかいい射撃武装作ってくれないかな? ビームマグナムとか」

「ビームマグナムって何?」

「加減が利かない射撃武器。そっか、相川さんにはこのネタ通用しないんだ」

「?」

「あ、別に気にしなくていいよ」

相川にビームマグナムのネタは通用しなかったらしい。そのことが少しだけ寂しかった。
何はともあれ、試合開始まであと僅か。一夏は気合を入れなおし、トーナメントへと望んだ。


†††


結果を述べると、一夏と相川は無事、決勝まで勝ち進んだ。実力はもちろん、運にも恵まれていた。決勝まで、代表候補生に当たらなかったというのは物凄く大きい。
セシリアやシャルル、鈴は一夏とは別ブロックで、そちらは存分に潰し合いを演じてくれた。
セシリアはシャルルを撃破。だが、次いで対戦した鈴に善戦するも惜敗。鈴はその後、無尽の野を駆けるがごとく決勝に一直線。さすがは代表候補生と言ったところだろう。

「まぁ、順当といえば順当だよな。けど、シャルルやセシリアもなかなか強かっただろ」

「そうね。結構危なかったわよ。一瞬、負けるんじゃないかって思っちゃった」

「けど、それを倒して決勝にまで勝ち上がってきた。さすがだな」

「このまま優勝をいただくわよ」

「そういえば、図らずともこの間のクラス対抗戦の再現か? 悪いな、鈴。今回も俺が勝たせてもらう」

「ちょっと何よ、その物言い! まるでこの間の試合はあんたが勝ったみたいな言い方じゃない」

「違うのか?」

「違うわよ! いい、今度こそあたしの本当の力を見せてあげるんだから。吠え面かくんじゃないわよ」

試合前の会話で、ボルテージの上がっていく一夏と鈴。観客として各国のお偉いさんが集まり、しかも唯一の男性操縦者、一夏の試合ということもあってギャラリーは十分すぎるほど集まっている。
熱気に包まれるアリーナ。このような状況なら、否応にもテンションはあがるというものだ。

「いこうか、相川さん」

「勝つわよ、ティア!」

一夏のパートナーはクラスメイトの相川。対する鈴のパートナーは、本来なら鈴の同室であるティア。この四人による決勝戦が、今、まさに始まろうとしたところで……

『え~……本来ならこれから行われる決勝戦でしたが、今回は仕様を変更してエキシビションが行われることとなりました』

「「へ?」」

アリーナ内に流れるアナウンス。それには一夏と鈴が揃って面食らってしまう。
アナウンスの声の主、山田先生は戸惑いながらも説明を続ける。

『勝ち残った四名の方々には、これからある人物と戦っていただきます』

その言葉と共に、アリーナに漆黒のISが乱入する。その姿を見て、一夏は思いっきり頭を抱えた。

『現役復帰を宣言したブリュンヒルデ、織斑千冬! 新たなる愛機、黒騎士を駆って登場です!!』

千冬の登場と、山田先生の言葉。その両方にアリーナ内が揺れた。
公式での世界最強のIS操縦者、織斑千冬の復帰宣言。それは世界を揺るがすほどの衝撃的な事実だ。
けれど、そんな衝撃的な事実は、今の一夏達からすればものすごくありがたくない。

「大人気なさ過ぎるだろ……千冬姉ぇ」

「やばい……やばいやばい。今度こそあたし、死んじゃう……」

軽く現実逃避をしたくなったが、時間は待ってはくれない。最強の存在は目の前にいるのだから。
この後、阿吽絶叫の叫びが上がったのは言うまでもない。


†††


「へぇ、機械仕掛けの翼っての案外いいかも。一度、あんな風に飛んでみたいもんだ」

アリーナの後方の客席。そこで3は、一人の少年がこの試合の様子を眺めていた。

「IS……確かに厄介だ。あんな風に飛ばれちゃ、こっちの攻撃のほとんどが当たらないし。けど、先生達にはそんなこと関係ないんだろうな」

IS、女性にしか使えない史上最強の兵器。そこまで武に精通していないものでも、これを使えば達人級の力を得られる。
けれど達人にもランクが存在する。中にはいるのだ、本当の化け物が。その化け物を師に持つ者として、少年は不敵な笑みを浮かべた。

「織斑一夏……か。唯一ISを使える男。ってか、あれシスコンバンザイじゃね?」

笑みが驚きへと変わる。どうやら、この少年は一夏のことを知っているようだった。

「知り合いなのか、翔」

「まぁ、ちょっとした顔見知りと言いますか……って、先生!?」

物思いにふけっていた少年の背後から、声がかけられる。その声を聞き、翔と呼ばれた少年は今度は苦々しい表情を浮かべた。
先生、本当の化け物、翔の師だ。

「お前には留守を命じたはずだが、どうしてここにいる?」

「あ~、いや、あのですね……」

黙って付いて来たことを咎められ、冷や汗を掻く翔。師は寡黙で無表情な人物だが、その内に秘めた恐ろしさをよく理解している。
どうやって誤魔化し、この場を切り抜けようかと考えていると、ふいに師は小さく笑った。

「まあいい」

「へ……?」

「それはさておき、翔。お前から見て、あの少年をどう思う?」

「あの少年って……織斑一夏ですよね」

「ああ」

師に言われ、翔は再びアリーナの中央、一夏の試合に視線を向ける。
現在、一夏は果敢にも千冬に挑んでいた。既に四人のうち二人が倒れ、現在は中国の代表候補生とともに連携を駆使して挑んでいる。だが、それすらを見切り、軽くいなしてしまう千冬。さすがは世界最強といったところだ。相手が悪すぎる。
だが、それでも一夏の動きは、見るものが見れば目を引くものであった。

「いい動きしてますね。いくらISを使ってるとはいえ、本人の身体能力と反射神経の良さが伺えます」

「さすがは織斑千冬の弟と言ったところか。歳はお前とそう変わらないが、やつはお前よりワンランクほど上の存在だ」

「うえっ、マジですか!? 先生がそういうなら……一度戦ってみたいなぁ」

「それから、織斑千冬だが、彼女は梁山泊とのつながりもある」

「へぇ……じゃあ先生、ひょっとしてあいつって活人拳(かつじんけん)なんですか?」

「おそらくはな」

師の言葉に、翔は更なる興味の視線を一夏に向けた。
織斑一夏、織斑千冬の弟、梁山泊縁の者。

「面白そうだなぁ。本当に一度、戦ってみたいや」

翔の無邪気で残酷な視線が、一夏を捉えて離さなかった。


†††


「いやはや、ホントに千冬姉大人気ないって。なにやってんだあの人」

「そうね……」

「相川さんなんか真っ先に落とされてたぞ、かわいそうに。鈴の同質のティアって子も奮闘してたけど、まぁ、相手が悪かったな」

「そうね……」

「で、残ったのは俺達だけだったんだけど……本当に相手が悪かったよな」

「そうね……」

「結局、それで優勝もうやむやになっちまったし、あの約束ってどうなるんだ?」

「そうね……」

「なぁ、鈴。さっきから話し聞いてるのか?」

『そうね』としか返さない鈴に、一夏は怪訝な表情で問いかける。

「ねえ、一夏。ひとつ聞きたいんだけど……」

「おう、なんだ?」

鈴は天井を見上げ、先ほどから感じていた疑問を吐き出した。

「なんであたしは、あんたと一緒にお風呂入ってんのよ!」

天井は浴場のものだった。IS学園の寮生のために用意された大浴場。当然ながら、一夏を除いてIS学園の生徒は女性。本来なら男である一夏の利用は禁止されているが、現在はどういうわけかこの浴場に女性は鈴、一人だけしかいなかった。

「だって、山田先生が言ってただろ。今日から俺も、時間指定で風呂に入れるって」

「ええ、試合の後に言ってたわね。私も聞いてたわよ。でもね、けどね、ならなんであたしとあんたが一緒に入ってんのかってことの説明にはなってないのよ!」

「それはあれだ、鈴が試合で疲れて寝てたところを、俺が拉致って風呂場に連れてきたからだ。軽かったぞ」

「なにしてくれてんのよ!」

部屋でうとうとと夢心地だったら、気がつけば湯船に浸かっていたのだ。しかも、風呂なので当然ながら全裸で。
鈴は腕で胸などを隠しながら、真っ赤な顔で一夏をにらみつける。

「だいたい、どうしてあたしは裸なのよ!? 服脱いだ覚えはないわよ!」

「そりゃ、俺が脱がしたからな。いくらなんでも寝ぼけすぎだぞ、鈴。まったく気づかなかったのか?」

「あ、あ、あんたねぇ……変なことしてないでしょうね?」

「おう、まだしてないぞ。これからするつもりはあるけどな」

「このばかっ!」

やった一夏も一夏だが、ここまでされて気づかなかった鈴も鈴だ。
気づけなかった自身を内心で叱咤しながら、鈴は赤い顔のままで一夏に言う。

「せめてタオルくらいよこしなさいよ!」

「鈴、タオルを湯船につけるのはどうかと思うぞ。それはマナー違反だ」

「寝てるとこを拉致って来るあんたにマナーがどうとかなんて言われたくないわよ!」

まったくの正論だ。だが、一夏には鈴にタオルを渡す気などさらさらない。

「まあまあ、せっかくの風呂なんだしゆっくり浸かったらどうだ?」

「おあいにくさま。あたしは一夏と違って、入ろうと思えばいつでも入れるのよ」

「でもさ、その時は他の女子が一緒だろ? 今はここに、俺と鈴しかいないんだしさ」

IS学園に男は一夏一人だけ。シャルルは一応、男ということで入学していたが、実際は女だった。なので、当然ながら一緒に風呂に入るわけにはいかない。
つまり、実質的に貸しきり状態ということだ。

「だからさ、こんなことをしても誰にもばれないんだぜ」

「きゃあ!? ちょ、一夏! 冗談はやめっ……」

「ふははっ、冗談なものか! 今日こそXXX板の壁を突破してやるぜ」

二人だけしかいない密室状態の部屋。そこでは、かわいい彼女が裸でいる。この状態で理性を保っていられる男がいるのだろうか?
断言しよう、一夏には無理だ。鈴に抱き付いて、いろいろなところを触りたくなっても仕方がない。

「うん、鈴ってやっぱ小さいけど、形も手触りもいいよな。美乳ってやつか?」

「ちょ、誰のが小さいって!? そんな風に言われても嬉しくな……ひゃんっ!」

「ほうほう、感度もなかなか」

「っ……この、馬鹿一夏!」

「あがっ!?」

妙なテンションを発揮する一夏に、鈴の拳が炸裂する。いきなりの反撃に驚きこそした一夏だが、すぐににやけた表情を浮かべる。

「効かないなぁ、鈴。そんな拳じゃ俺は止められないぜ」

「ちょ、きゃ……あんた、どんだけ打たれ強いのよ!?」

一夏が打たれ強いのもあるが、鈴はあくまで女性。女尊男卑の世の中とはいえ、単純な腕力で女が男に劣るのは仕方のないことだ。
さらには、湯船の中という足元の不安定な場所で存分に威力を発揮できなかった。そんな中途半端な攻撃が、一夏に効くはずがない。

「せめてISを展開しないとな。それなら少しは痛かったかも」

「ISで殴られて痛いで済むって……あんた本当にどうかしてるわよ」

鈴のISは黒のブレスレットという待機形態をしているが、今は風呂なので当然それをはずしてしまっている。
なので、鈴が一夏に抵抗する術は皆無だった。

「さあ、観念するんだな、鈴!」

「きゃああっ!」

「ふはは、悲鳴を上げても誰も助けに……」

「この愚弟が!」

「はぶっ!? ごぼごぼ……」

いつの間にそこにいたのだろうか?
千冬が一夏の頭部をつかみ、そのまま湯船に押し付けた。人間は水中で息ができるようにはできていない。たまに人間をやめていると思わせる一夏だが、それでもこの部分はまだ人間だったらしい。
水中でぶくぶくと泡を立て、苦しそうにもがいていた。

「ち、千冬さん!?」

「凰か、ちょっと待て。今はこの馬鹿に教育を施さなくては。とりあえず、百を数えるまで湯船に浸かっていろ。いくぞ、い~ち、に~……」

そういって、千冬は本当に数を数え始めた。
お風呂に浸かって百秒、または十秒、それは誰もが一度親に言われたことかもしれない。だが、それはあくまで肩までの話だ。頭まで浸かって百を数える者はまずいないだろう。そんなことをすれば息ができない。
人並みはずれた身体能力と体力、そして肺活量を持っている一夏だが、それでも予備動作なしに、いきなり水中に押し付けられればパニックになる。そうなれば無駄に酸素を消費し、百秒なんてまずもたない。
次第に泡は少なくなり、もがいていた一夏の動きは弱々しくなっていった。

「ちょ、千冬さんストップストップ! 一夏が死んじゃいます!」

「ふむ……まぁ、こんなものか」

「かはっ、こほ……」

一通り満足したのか、三十を数えたところで千冬は一夏を解放した。すぐさま一夏は湯船から顔を出し、咳き込みながらも新鮮な空気を補給する。

「あ、あの、千冬さん。助かりましたけど、どうしてここにいるんですか? それと……なんで裸なんですか?」

「風呂に入る時は裸に決まっているだろう。久しぶりに、きょうだい水入らずで風呂にでも入ろうかと思ったら、この馬鹿がお前を連れ込んでいたということだ。まったく、何を考えているんだか」

「……………」

千冬も何を考えているのだろうか?
千冬は二十四歳、一夏は十五歳。その歳できょうだいが一緒に風呂に入るというのはおかしい。
やはり、千冬は重度のブラコンのようだ。恐ろしいことになるので、決して本人には言えないが。

「じゃ、じゃあ、あたしは出ますね。千冬さん、一夏とごゆっくり~」

「まぁ、待て凰。せっかくの機会だ、ゆっくりしていくといい。私もお前と話したいことがあるからな」

正直、千冬が苦手な鈴は逃げるようにこの場を去ろうとした。けれど、続けられた千冬の言葉に逆らえずにここに留まることとなってしまった。
IS学園の大浴場。そこにいるのは千冬と鈴と一夏。その異質な光景に、しばしの沈黙が流れる。

「一夏、凰、最近、お前達はずいぶんと仲が良さそうだな。まぁ、私としても学生らしい、健全な付き合いをするというのなら文句は言わん」

「いや、文句たらたらじゃん。千冬姉を倒さないと認めないとかって、思いっきり無理ゲーじゃん」

まずは千冬から言葉が吐き出された。そして、すかさず一夏の突込みが入る。

「だが、一緒に風呂に入るのはどうかと思うぞ。ここで淫行ができると思うなよ」

「いや、話聞いてる千冬姉? それに、この歳できょうだいが一緒に風呂に入るのもおかしいよね。いや、俺は大歓迎だけど。いつでも一緒に入りたいとは思ってるけど」

「ねえ、一夏。あんたちょっと黙らないと、前歯折るわよ」

「はい……」

突っ込みの際に、変なことを言った一夏に鈴の静かな忠告が入る。これ以上鈴を刺激するのはさすがにまずいと考え、一夏は素直にうなずく。

「ああ、それとな、一夏」

「ん?」

「最近、凰は自分の部屋に戻らず、お前の部屋に入り浸りらしいな。んん、どういうことだ?」

「げっ!?」

「い、いえ、あの、それはですね、千冬さん……」

痛いところを突かれ、狼狽する一夏と鈴。だが、千冬の追及はそれだけでは終わらない。

「それとお前の同室、デュノアのことだが……あいつは女だろ」

「……千冬姉、知ってたのか?」

「姉に隠しごとが通じると思うなよ、弟」

このことは、シャルル本人を除けば一夏と鈴しか知らないことのはずだ。それをお見通しとは、つくづく千冬とはとんでもない人物である。

「で、でも、千冬姉、シャルルは……」

「その辺りの事情も理解している。本来なら家庭の問題と割り切るべきなのだろうが、一夏にちょっかいをかけようとしたんだ、デュノア社には相応の報いを受けてもらおう」

「い、いや、だからシャルルは……」

「ああ、そっちは何も問題ない。デュノア本人のことなら任せろ。私が言ったのは事の黒幕、つまりデュノアの父親だ」

「そ、そうなんだ……」

本当に千冬とはとんでもない人物だ。そして確信する。シャルルの父親終わったと。

「とはいえ一夏、同室の者は女で、しかも凰が部屋に入り浸り。これは少々、いや、かなりよろしくないことだぞ」

「あ~……やっぱり?」

「はぁ……どうしてこんな風に育った? 決まっているな、馬さんの影響だ」

なんだかんだで、千冬の本題はこっちの方だった。最近の一夏の行動は、学生としてはいささか問題がありすぎる。
だからといって、千冬の行動に問題がないというわけではないのだが。

「というわけで一夏、お前は私の部屋に引越しだ」

「へ?」

「ちょ、千冬さん!?」

「当然だ。こうなってしまえば、私が身近に置き、姉として、教師として監視するしかないだろ。それともなにか、私の決定に文句があるとでも言うのか?」

千冬に逆らう。それは一夏にとって、どれほど不可能なことだろうか?
それは鈴にしたって同じだ。この二人にとって、千冬はとはまさに強大な壁だった。

「文句はないな。さて」

「ぐはっ……」

千冬は湯船から立ち上がった。いまさらだが、ここは風呂場なので当然裸だ。そして、さすがは姉というべきか、タオルで隠すなんて愚考を犯してはいない。
裸なのだ、全裸なのだ。千冬の素晴らしい裸体が、惜しげもなくさらされている。これには一夏は大ダメージを受け、顔を上にして、鼻を押さえていた。

「一夏! あんた、実の姉に欲情してるんじゃないわよ!」

「いや、無理だろ。あれは無理だろ。ぶっちゃけ、千冬姉が血のつながったきょうだいじゃなければ、今すぐプロポーズしてるって」

「このシスコンっ!」

「ありがとう、鈴。最高の褒め言葉だ」

シスコン一夏。千冬も千冬だが、彼も彼で結構考え方はまずかった。

「おい、一夏。こっちに来て背中を流せ」

「喜んで、千冬姉!」

「させるかぁぁ!!」

「がぼっ、ごぼごぼ……」

千冬に応え、背中を流そうとする一夏。それを阻止するため、一夏を湯船の中に押し付ける鈴。
この三人による異色の入浴は、慌しくもこうやって過ぎていった。















あとがき
はい、久しぶりの史上最強の弟子イチカの更新です!
今回はいろいろと消費しないといけないイベントを一気に片付けようと思ったら、こうなってしまいました。今回でどうしても二巻編を終わらせたかったもので。
それはさておき、どうして一夏はこうなった?
いくら馬の影響を受けたとはいえ、少々やりすぎではと思うくらい暴走してしまいました。いやはや、目の前に鈴という極上の餌を与えられ、目の前にニンジンを置かれた馬のようになってしまったというか、箍が外れたといいますか。でも、書いてるととっても楽しいですw

なんにせよ、これで二巻編は完結。次回は三巻編の前に、ケンイチサイドの番外編をやろうかなと思っています。
たまにはやんないと、ケンイチとクロスさせた意味がないですよね(苦笑
次回も更新がんばりますので、よろしくお願いします。



[28248] 外伝詰め合わせ
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:981b079b
Date: 2013/06/21 17:13
「なぁ、弾」

「なんだよ一夏」

ある日の休日。弾の家に遊びに来ていた一夏は、弾とゲームをしていた。IS/VS(インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイ)ではない。対戦ゲームではあるが、ガンダムもの。完全完璧に一夏の土俵のゲームだった。

「前に俺は、一時期ファースト幼馴染の箒と一緒に暮らしてたって言ってたよな」

「ああ、そうだな……って、おわっ、デストロイモードになりやがった! ちょ、待っ……それ反則だろ!」

格闘の連続コンボで弾の機体に大ダメージを与えながら、一夏は涼しい顔で言葉を続ける。

「今はなんだかんだあって、千冬姉と同じ部屋なんだけど、まぁ、その話は一旦置いておく。今回はその箒のことなんだけどさ……」

「くそっ、落とされた。コストあと千しか残ってねえじゃねえか! あ、なんだって一夏?」

「あれはIS学園に入学した初日だったか。1025室の部屋をあてがわれて、投げられ地蔵グレートを部屋に運び込んだんだ。その時は同室だなんて聞かされてなかったし、まさか男と女が一緒の部屋だって思わないだろ。だから豪華な部屋とベットに感心してたんだけど……」

「だぁ、少しは手加減しろよ一夏。お前はニュータイプかっての!」

「そこを見計らったかのように箒が現れたわけだ。シャワーを浴びてて、バスタオル一枚で」

「なんだとっ!! ……あ」

一夏の話に気を取られ、弾に大きな隙ができた。一夏はそれを見逃さず、冷酷に止めを刺す。
機体が大破し、弾の負けが決定する。弾はコントローラーを投げ捨てるように床に置き、少しばかり不機嫌そうに、少しばかり羨ましそうに、一夏を睨んだ。

「んだよ、お前なんだかんだで良い思いしてるじゃねえか」

「思い返せばところどころあるんだよな。けどさ、あの時はIS学園に入ったばかりで、久しぶりに会った幼馴染だ。やっぱりどこか遠慮してたって言うか、紳士的にならざるをえなかったって言うか……とても箒の姿を堪能している余裕なんてなかったんだよな」

「おい、彼女持ち」

真顔で最低なことを言う一夏に、弾は呆れたような突っ込みを入れる。

「だって箒だぞ! いや、昔からかわいかったけど、久しぶりにあってすごい美人になってたし、胸なんか反則だぞ! 何アレ、ホントに高校一年生!? 将来的には束さんや山田先生並になるんじゃね? その胸が、バスタオル一枚に隠されてたんだぞ! 何でもっと堪能しなかった俺! 網膜に焼き付けようとしなかった。ケータイで写真撮っときゃよかった! あ~、もったいねえ、もったいねえ。過去に戻れないかな?」

「ホントに変わったよな、一夏」

「そうか?」

「何がそう、お前を変化させたんだよ?」

聞くまでもない。馬だろう。一夏は存分に馬の悪影響を受けており、かなりのスケベだった。
それでも今まではどこかむっつりだったのに対し、最近では止まれないスピードでオープンスケベが加速している気がする。

「う~ん、やっぱり鈴かな。いやさ、彼女ができて、エロいことし放題だヤッホー、なんて思ってたんだよ」

「なんだなんだ、つまり鈴とはもうヤったのか!?」

「い~や、ぜんぜん。ヤりたいんだけどさ、お預けくらってて欲求不満気味なんだよ。鈴がヤらせてくれたら、こういうのも少しは収まるかもしれないけどなぁ」

「こいつ最低だ。友達やめようかな」

「そんなこと言うなよ、弾」

一夏は一回、鈴に思いっきり殴られるべきだ。けれど弾は知らない。一夏は結構な頻度で鈴に殴られているということを。しかもISを使われているため、一般人だと洒落にならない。
もっとも一夏は一般人ではなく、変態的なまでに打たれ強い。もはや打たれ強さだけなら達人級。梁山泊の環境に感謝すればいいのか。それとも嘆けばよいのだろうか?

「一応言っておくけど、体だけが目当てじゃないぞ。鈴かわいいし、一緒にいて楽しいし」

「のろけんな。それはそうと一夏、聞いたか?」

「何が?」

ゲームをやめ、今はその辺にあった漫画を読み始める。パラパラと漫画のページを捲りながら、一夏は弾の言葉に耳を傾けた。

「キサラさんが負けたんだと」

「キサラ? キサラって……ああ、大佐か」

「なんだよ大佐って」

「バーロ、大佐は大佐だろ。または探偵」

「そういうネタはマジでやめろ」

またも弾から突っ込みが入れられるが、一夏にそれを改める気はない。

「で、冗談はともかくキサラさんが負けたってマジ? あの人は拳豪クラスじゃねぇと倒せねえだろ。ま、俺は余裕だけど」

「お前みたいな化け物と一緒にすんな。でも、確かにそのとおりなんだよな。キサラさんもこの間、八人目の拳豪になったばっかだし、そんなキサラさんを倒したのは拳豪クラスの使いてってことになる」

「ふ~ん、どうでもいい」

「お前はそういうやつだったな……」

弾の所属するラグナレクというチーム。キサラという少女はそのチームのメンバーではあるが、一夏からすればあまり興味はない。
響や祐馬と交流はあるものの、同年代の中でずば抜けた実力を持つ一夏からすれば、不良グループのいざこざなど子供の喧嘩としか思えない。

「そういや、弾はラグナレクに入ってんだっけ? 大丈夫か? 最近、ラグナレクで良い噂を聞かないぞ」

「ん~、確かに最近のラグナレクはおかしいよな。YOMIとの戦争が控えてるとかどうとか、詳しいことは知らないけど、荒っぽい連中が増えたからなぁ……」

「それに脱会リンチなんてものもあるんだろ? マジであぶねぇって。早々に手を切った方がよくないか?」

「まぁ、俺の場合は響や祐馬とつるんでたら、何故かラグナレクに入れられたみたいな感じだし。別に想い入れも目的もないからなぁ」

「抜けるんなら手を貸すぞ。ああいう組織は頭をたたけば自然と瓦解するからな」

「はは、頼りにしてるぜ一夏」

一夏の言葉に苦笑を浮かべる弾。どうやら彼は、まだラグナレクを抜けるつもりはないらしい。

「でもさ、そのキサラさんを倒したってやつは気になるよな。相手はそのYOMIってやつか?」

「いんや。なんでも新白(しんぱく)連合って言うらしいぞ。新しいチームだとか」

「なんだそれ? 最近の若者は暇だなぁ。そんなチームを作るよりも、もっと楽しく青春を謳歌する方法があるだろ。たとえば彼女作るとか」

「黙れリア充。それにお前も若者だろーが」

新白連合。聞き覚えのない名に首をかしげ、冗談めかして言う一夏だったが、弾は恨めしそうに一夏を睨む。
一夏ほどに恵まれた青春生活と言うのは、早々ないだろう。

「ゲームも漫画も飽きたな。この後どうする?」

「そうだなぁ……街にでも出るか? 買い物にでも行こうぜ」

「いいな。新しいガンプラが出てるはずだし、ちょっと模型屋でも見てくるか」

漫画を読み終えた一夏は、弾と共に街へと出る算段をする。
目的は買い物。そうと決まれば立ち上がり、外に出る準備を始めた。


†††


「お~い、弾くぅん」

「はは、わりぃ、一夏。どうやら巻き込んだみたいだ」

街へ出た。すると何故だか、怖いお兄さん達に取り囲まれた。弾は苦笑いを浮かべ、一夏は『はぁ』と大きなため息を吐く。

「ラグナレクの五反田だな」

「そうだけど、お前らどこのチームだ? 今日はせっかくの休みなんだから、ゆっくりしたいんだけどよ」

人数は十人。それぞれが鉄パイプなどの武器を持っている。
こんな大人数で街中で騒げば、すぐさまお巡りさんが飛んでくるので、あえて人気のない路地裏に移動した。

「おいおい、いきなりかよ」

弾の質問には答えず、裏路地に入るなり怖いお兄さん方は襲い掛かってきた。
鉄パイプを振りかぶり、弾の頭部をめがけてフルスイングをしてくる。弾はそれをかわし、鳩尾めがけて蹴りを放った。

「相変わらず良い脚力してんなぁ」

「でもさ、蹴りだとキャラかぶるんだよなぁ。キサラさんに、蹴りの古賀とか言うやつと」

弾に蹴り飛ばされた者は地面を転がり、路地裏の壁に激突した。これで残りは九人。

「なめるなぁ!」

それでもまだ九人もいるのだ。この数に囲まれていても、平然と会話を続ける一夏と弾。
その余裕の態度に、お兄さん方は切れて襲い掛かる。

「ずいぶんと血気盛んだな」

「やめといた方がいいのに」

襲い掛かってくるのなら、反撃するしかない。話し合いでは解決しない輩が相手なのだ。交戦するのは当然だろう。
相手が鉄パイプを振りかぶる。一夏はひょいっと、冷静に、必要最低限の動きで交わした。

「この……ぉぉ!?」

相手は更なる追撃を放とうとする。だが、それよりも早く、一夏は相手の服をつかんで投げ飛ばす。
相手は受身すら取れずに、そのまま地面にたたきつけられて沈黙した。これで残るは八人。

「ま、売られた喧嘩は買うのがうち(梁山泊)の家訓だしな」

「お前ら、とんでもねえやつを喧嘩に巻き込んじまったな」

その八人も、早々に一夏と弾の手によって伸されることだろう。
彼らはもう少し、相手を見て喧嘩を売るべきだった。


†††


「あれが拳豪に匹敵するといわれる幹部、五反田弾か……」

一夏と弾の喧嘩を、物陰から見物するいかにも怪しい少年がいた。
彼の服装は学生服。その格好からするに、どこかの高校の生徒なのだろう。けれど用紙は、超が付くほどに怪しかった。
おかっぱ頭に、変な触覚のようなもの。耳は異様に尖っており、、エルフ、または宇宙人を思わせる。そんな彼は端末を操作し、一夏達の喧嘩の様子をしっかりと目に焼き付けていた。

「少し我流が入ってるみたいだが、ベースはキックボクシングか? たまに手も使っているが、ほとんどは蹴り技主体だな」

五反田弾。噂に違わぬ実力を持っているようだ。鉄パイプにひるみもせずに、次々と相手を蹴り倒していった。

「だが、あいつはなんだ? あんなやつがラグナレクにいたのか? 俺様の情報に漏れが……」

それでも目を引くのは、やはり一夏の存在だろう。
弾も凄いが、一夏はそれより凄い。敵を投げる、吹き飛ばす。見かけによらず豪快な技で他者を圧倒し、蹂躙していく。

「ん、待てよ……あいつ、どこかで見た気が……」

宇宙人のような少年の情報網に引っかからない一夏の存在だったが、さすがはニュースにもなった世界的有名人。宇宙人のような少年は記憶の糸を探り寄せ、一夏の正体を見破ろうとしていた。
だが、それよりも早く、残り八人が伸されて喧嘩が終了する。

「これで終わりか」

一仕事を終え、やれやれと肩を下ろす弾。

「いや、まだ一人隠れてるみたいだぜ」

一夏はそう言うと、まるで自然な足取りで、通りがかった人に挨拶をするような感じで近づき、宇宙人のような少年に声をかけた。

「隠れてないで出て来いよ。ちょっとだけ遊んでやるから」

「!?」

宇宙人のような少年は、自身の潜伏能力に自信があった。身を隠すこと、情報収集において、非凡なる才能を持っていた。それが見破られた。
一夏は、ゆっくりと、確実に宇宙人のような少年に近づいてくる。宇宙人のような少年は、いったいどのような手段をとるべきだろう。
戦う? 馬鹿を言ってはいけない。彼には直接的な戦闘力など皆無なのだ。ならば、とる行動はひとつ。

「あ、逃げた」

脱兎の如く駆け出し、宇宙人のような少年は一目散に逃走した。

「うわっ、速いな。百メートル何秒で走ってんだよ?」

「ゲゲェ!?」

短距離走の選手以上の走りをする宇宙人のような少年に対し、一夏は涼しい顔をして併走しながら問いかける。
まさか追いつかれるとは思っていなかった宇宙人のような少年は、顔を驚愕の色に染めていた。

「新島式脱皮術(にいじましきだっぴじゅつ)!」

「お」

進路上には下りの階段。宇宙人のような少年は、階段を四段抜かしで駆け抜ける。その様子に感心し、一夏は階段すべてを飛び越えるように跳んだ。

「凄いな」

「ぎょええっ!?」

宇宙人のような少年の目の前に着地し、進路を塞ぐ一夏。
宇宙人のような少年はすぐに方向を変え、さらに裏路地へと入っていく。あちらは確か、溝川のある方向だ。

「うおおおおっ!」

「おぃおぃ……」

宇宙人のような少年は溝川を目指し、そのままフェンスをよじ登っていた。
そしてフェンスの鉄片から、溝川の水面に向けてダイブする。

「危ないだろ」

「ぐえっ!?」

一夏は跳躍ひとつでフェンスの天辺に上がり、水面に飛び込もうとした宇宙人のような少年の服の襟首をつかむ。そのまま、呆れたように宇宙人のような少年に言う。

「なに考えてんだよお前。いくら最近暑くなってきたとはいえ、溝川に飛び込むのは危ないだろ。それに汚いしさ。はぁ……今あげてやるから、じっとしてろよ」

「河童の川流れ!!」

「嘘だろ!?」

宇宙人のような少年を引き上げようとした一夏だったが、宇宙人のような少年はそのまま上着を脱ぎ捨て、溝川へとダイブしてしまった。
立ち上がる水しぶき。一夏が下を見ると、宇宙人のような少年は平気そうに泳いでいた。しかも、かなり速い。まさに河童のような泳ぎだ。
さすがに溝川に入ってまで追いかける気にはなれず、一夏は唖然と宇宙人のような少年を見送るのだった。

「何なんだよあいつ……」

一夏と、この宇宙人のような少年がちゃんと出会うのは、もう少し先の出来事だった。
















あとがき1
今回はケンイチ主体?の番外編集にしようと思いました。
そんなわけで、最初は弾の武術に少しだけ触れて、あの男を出しました。名前はちゃんと出していませんが、皆さんはお分かりでしょうw
弾の武術に関して出るが、悩みに悩んだ末キックボクシングにしました。そこまで奇抜にする必要もないかなと思い、蹴りでキサラや古賀とかいうのとかぶるかもと思いましたが、まぁ、とにもかくにも決定です。
とはいえ、どうしても舞台がIS学園側になってしまいますので、ケンイチサイドや弾はどうしても出番が少なくなってしまうんですよね。そこは仕方ないと割り切るべきなんでしょうか?

さてさて、今回は番外編集なのでまだ続きます。第二段です!














一夏の金策







稀にいるのだ。世の中には、勝利の女神に愛されているのではないかと思えるほど強運な人物が。
もはや理屈では説明が付かない。もしかしたら、勝利の女神にもフラグを建てているのかもしれない。
とりあえずついている。ある国の王様は、敵が数多の矢を放っても当たらないほどの強運の持ち主だったらしいが、もしかしたら彼の、一夏の運はそれに匹敵するかもしれない。
世界で唯一ISを使える男。そんな境遇の彼は、今日もその運を無駄な場所で発揮していた。

「ははは、逆鬼さん、笑いが止まりません!」

「くそっ、どんだけ出してんだよ。なぁ、一夏。一箱くれよ」

「後ろから勝手に取ってください」

あるパチンコ店。風営法を思いっきり無視してる一夏は、逆鬼と共にパチンコを打っていた。
一夏の後ろの席に山積みにされるドル箱。前に逆鬼に連れてこられた時にはまり、その上、一度も負けたことがないのだから性質が悪い。
なぜだか一夏は、パチンコに滅法強い。さすがに一人で来ると店員に追い出されるが、逆鬼と一緒だと誰も何も言ってこない。今回も逆鬼と来ており、いつものように一夏は大勝していた。

「キタキタァ! 確変中に赤い彗星! これ確定のやつだ!」

「お前、その機種と相性いいよな。くそ台だって有名なんだけどよ」

「そうなんですか? やっぱ俺って、ニュータイプなんですかね?」

一夏の表情は始終にやけ、もはや笑いが止まらない。さらに積み上げられていくドル箱。その数は二十箱を超えようとしていた。

「あ、さすがにもう終わりかな?」

「STタイプって俺はあまり好きじゃねえんだよな。おい、一夏。換金したら飯おごれよ」

「もちろんですよ逆鬼さん」

だが、始まりがあれば終わりもある。STタイプの確変も終盤に差し掛かり、残り十回を切っていた。

「それはいいな。なら、せっかくだから私も同伴させてもらおうか」

「……………」

騒がしい店内。そんな場所でもよく通る声。一夏は背後から聞こえた非常に聞き覚えのある声に対し、冷や汗をだらだらと流した。
STが終わり、本来なら右打ちから左打ちに戻すか、それとも打つのをやめるか、何らかの行動を起こすべきだろう。けれど一夏は動けず、硬直して正面を見ていた。
右に打たれた球はそのまま落ちていき、球を無駄に消費していく。その球も次第になくなり、カチカチと空打ちの音だけが響いた。

「一夏、私の言いたいことはわかるな?」

「……はい」

「まぁ、姉ちゃんは怖いよな……」

姉、千冬の声に一夏は観念し、逆鬼は同情と共感を覚える。
やっぱり一夏にとって、千冬は逆らえない、唯一絶対の存在なのだった。


†††


「はぁ……パチンコ屋に出入り禁止だって、千冬姉に言われました」

「まぁ、本来オメェの年齢なら当然のことだな」

「最初に連れ込んだ、逆鬼さんの言う台詞じゃありませんよね?」

その後、当然というべきか千冬にこってりと絞られ、パチンコ店への出禁をくらった一夏。これを破れば恐ろしいお仕置きが待っているといわれたので、一夏はしぶしぶとこれに従うしかなかった。
とはいえ、本来なら一夏の年齢ではパチンコ店に入れないのだ。だから、これは仕方がないことなのだろう。

「ていのいい臨時収入だったんですけどね……」

「いや、パチンコによく行く俺が言うのもなんだが、ああも勝てるお前が異常なんだよ」

「そうなんですか? ま、それはさておき、何かいい金儲けの方法はないですかね?」

「まぁ……確かに梁山泊の経営は楽じゃねえし、俺の収入も不定期だしな」

金儲け。中学の時はいろいろなアルバイトを経験した一夏だが、最近では逆鬼の影響か、それが馬鹿らしく思えた。

「ここは無難なところ、あそこに行きませんか? あそこならファイトマネーも出ますし、賭けもできますから」

「おぃおぃ、いいのかよ。秋雨や千冬に知られたら大目玉だぜ」

「うっ……秋雨さんはともかく、千冬姉に知られるのはやだなぁ……」

「とはいえ、パチンコの負けも取り返したいし、行くか一夏」

「はい」

なぜなら、もっと効率のいい稼ぎ方を知ってしまったからだ。
馬よりも、逆鬼の方が一夏に悪影響を与えているのかもしれない。


†††


「我流ゥゥゥ、W(ホワイト)ォォオオオ!!」

時刻は既に深夜を回っていた。だというのにここは騒がしく、熱気に包まれていた。
某所の地下施設。中央にはリングが設けられており、大勢の観客が見守る中、一夏は中央のリングでびしっとポーズを決めていた。宇宙刑事のようなお面を付けて。

『今宵もやってきました。正体不明の正義の味方、我流W! 今夜はどのようなファイトを見せてくれるのでしょう!?』

実況が観客達をあおるように言う。ファイト、つまりは戦い。ここは格闘場なのだ。
だが、地下にあることからもわかるように、決して正式なものではない。非合法、世間の裏側的な格闘場だ。
試合のルールなどは甘く、金銭なども賭ける裏格闘技。けど、それだけにお金になるという事実。
一夏はお面を付けることで正体を隠し、たびたび試合に参加していた。

「勝てよいち……我流W!」

セコンド兼お目付け役として逆鬼が付いている。何か問題が起こったとしても、逆鬼がいるなら安心だ。むしろ相手の方が心配である。だが、やはり馬よりも逆鬼の方が一夏に悪影響を与えているのかもしれない。
その逆鬼はというと、酒を飲みながらのんきに試合を観戦している。

『相手は、処刑マッスルリチャードⅢ号だ!!』

「よろぴくね♡ 哀れな死刑囚ちゃん♡」

「うおっ、でけぇ……」

実況の紹介に合わせ、軽く二メートルを超える大男がリングに上がる。語尾にハートなんて付けてるが、見た目はまったくかわいらしくない。
スキンヘッドにした頭が特徴的だ。リチャードという名前からしても外国人だろう。地下格闘場では外人のファイターも珍しくはない。むしろ多いくらいだ。力があれば、住所や身元が不明でも大金を稼げる。その金を求めて、大きな声では言えない輩が試合に参加するわけだ。
外国人、長身、それ相応の発達した筋肉。腕はちょっとした細身の人物の胴回りくらいはありそうだ。体型だけならば逆鬼と比べてもなんら遜色はない。そう、『体型だけ』ならば。

『試合はグローブなしのルール無制限で行われます。今まで無敗を誇ってきた我流Wですが、果たして今回はどうだ!? 明らかにウエートが違いすぎます』

実況の客観的な解説が述べられる。確かに見た目からすれば一夏が不利だろう。
相手はプロレスラーすら凌駕する大男。対する一夏は、男子高校生の平均的な体型。これで勝てというのが酷な話だろう。

「逆鬼さん、オッズはどうなってますか?」

「まだ最終オッズは出てないが、このままだと十倍ってとこじゃねえか?」

「結構高いですね。まぁ、連勝してるとは言っても、この体格差じゃ仕方ないか。あ、逆鬼さん。さっきのパチンコの勝ち分、全額俺の勝ちに賭けてください」

「おうよ。俺の有り金も全部賭けたんだ。負けたら承知しねぇぞ」

「わかってますよ」

けど、一夏も逆鬼も、負ける心配は一切していなかった。むしろ勝つ気満々である。

『さあ、試合が始まります! ファイト!』

「処刑しちゃうぞ!!」

試合開始のゴングが鳴る。開幕と同時に処刑マッスルリチャードⅢ号が殴りかかってきた。その太い腕で殴られれば、いくら打たれ強い一夏でもただではすまないだろう。
もっとも、当たればの話だが。

「よっと」

「このっ」

確かに腕力はある。攻撃も重そうだ。けど、力任せの大振りすぎる。
処刑マッスルリチャードⅢ号の拳を余裕を持って回避し、一夏は反撃の算段を立てる。

「さて、どうするかな? 相手はパンツ一枚だし、袖を取って投げるってわけには行かないよな」

処刑マッスルリチャードⅢ号の戦闘着はボクサーパンツ一枚。これでは服を取っての投げ技は使えない。
そもそも、相手はあの巨体だ。あれを投げ飛ばすとなれば、少々骨が折れるかもしれない。

「まぁ、投げれないこともないんだろうけど、ここは馬さんに教わったやつで行くか」

馬はどちらかというと小柄だ。それゆえに自分より大きな敵との戦闘経験が豊富である。それは今の状況に適していると言えた。

「ん?」

相手は力任せの大降り。故に回避はそう難しいことではない。
一夏は必要最低限の動きで処刑マッスルリチャードⅢ号の懐にもぐりこみ、胸元に手を当てた。そして、衝撃が駆け抜ける。

「ごふっ!?」

「けっこう……いや、見た目どおりタフなのか」

浸透勁(しんとうけい)。手の側面を相手の体に密着させ、足の踏み込みと同時に掌を押し出して勁を、衝撃を与える。
対象の内部、臓器などにダメージを与えるため、使い方によっては非常に危険な技だ。

「こ、このっ……処刑……」

「んじゃ、まぁ、もう一回」

「ぐふあっ……」

それでも強靭な肉体で、一夏に反撃しようとした処刑マッスルリチャードⅢ号。なのに一夏は慌てず騒がず、もう一度掌を押し付けた。
もう一度浸透勁。一度目は耐えた処刑マッスルリチャードⅢ号だが、二度目はたまらない。膝を突き、臓器が傷ついたのか血を吐きながら倒れていく。

「うわっ、やりすぎたか!?」

相手が血を吐いたことに戸惑いを覚える一夏だったが、あの体格と打たれ強さだ。死ぬことはないだろう。
それに地下格闘場という場所が場所だ。表舞台には立てない場所ゆえ、正式な医師免許を持ってはいないが、いわゆる闇医者というものが控えている。なので、よほどのことがない限り死にはしない。

「ちょ、逆鬼さん、大丈夫ですよねあの人?」

「なーに、気にすんな。それよりもよくやったぞ一夏!」

それでも処刑マッスルリチャードⅢ号を心配する一夏と、そんな心配を酒を飲みながら笑い飛ばす逆鬼。
地下格闘場に参加している時点で、怪我は自己責任。もし事故で死んだりしても、誰にも文句は言えない。
いまさらながらに、一夏はとんでもない試合に出ているのではないかと考えてしまう。

「まぁ、大丈夫ならいいか。じゃ、次いきましょう、逆鬼さん!」

それでもまずは目先の金。大丈夫ならとすぐに立ち直り、一夏は次の試合に意気込んだ。


†††


「はっはっは、笑いが止まりません、逆鬼さん!」

「一、十、百、千、万、十万、百万……おぃおぃ、大儲けだぞ一夏!」

軽く七桁を超える大台。一夜にて大金を稼いだ一夏と逆鬼は、とてもいやらしい笑みを浮かべて笑いあっていた。

「よし、じゃあ、約束どおり儲けは半々だ。全額俺に渡すってんなら、今度競馬で、倍にして返してやるぜ」

「いやですよ。前にもそう言って、結局全額摩っちゃったじゃないですか」

「そうだったか?」

これだからやめられない。秋雨や千冬に知られれば大目玉確定だが、こうもぼろい儲け話があったら働くのが馬鹿らしくなる。とはいえ、一夏はまだ学生で働いていないし、逆鬼は依頼が来ない限り仕事をしない。まともな仕事をしている立場ではないが、この際置いておこう。

「それにしても、もうずいぶん貯まっただろ? いったい何に使うんだ、一夏」

「そうですねぇ……とりあえず貯金でしょうか。もう貯金通帳が、すごいことになってんですよ」

「どれくらいだ?」

「都心に一戸建て建てて、指輪買って、式上げて、二、三年は働かなくてもいいくらいでしょうか?」

「ずいぶんと具体的だな」

鮮明な未来計画図を立ててる一夏に、逆鬼は思わず苦笑を漏らす。
現在、逆鬼は二十八歳。それでも結婚はまだ先のことと考えている。というか、自分が結婚する未来などまったく予想できない。
一夏は最近、幼馴染の鈴と付き合い始めたみたいだが、結婚まで考えているのだろうか?

「相手は鈴のやつか?」

「ん~、まぁ、鈴はかわいいですし、もしそうなったらいいなとは思ってますけどね。けど、俺はまだ学生ですし、どうしても結婚はまだ非現実的なイメージがあるんですよ。でも、貯金はしますけどね。将来のためにも」

「お前は変なとこで現実的だな」

一夏の答えに、逆鬼はさらに笑みを深めた。
まだ一夏は若い。しかも十五歳だ。貯金はしても、結婚について考えるのは早すぎる。

「よーし、飯食って帰るぞ。今日は俺の奢りだ。好きなもんじゃんじゃん頼みやがれ」

「逆鬼さんが奢ってくれるなんて珍しいですね。こりゃ、明日は雨かな?」

「なんだと、このやろ~」

今は、今が楽しければいいのかもしれない。




























あとがき2
一夏の金策。逆鬼の影響でろくでもない方法でしかお金を稼がない一夏。それでもかなりの額を貯金しています。
パチンコは俺も結構打つんですが、一夏のように勝てるわけがありません。ホントにパチンコやめようかなと思ってますが、なかなか……
というか、祖父が大好きなんですよね。休みの日にはいつも連れてけとせがまれます。
まぁ、戯言はさておいて、地下格闘場。一夏はたびたびこれに出てます。本来はカストルなども登場させようと思いましたが、原作だとニューフェイスって銘打ってたので新顔ということですよね。
世界中を飛び回るYOMIですが、そう頻繁に日本を訪れることもないだろうなとボツにしました。
まぁ、とにかくそんなわけで、今回のお話。あともう一個おまけの短編をやって、本日はおいとましたいと思います。最後のおまけは鈴とのデート編。場所は横浜です。

















逆鱗飯店へようこそ





「横浜の中華街かぁ。あたし、ここに来るのって初めてなのよね」

「そうなのか。ちょっと意外だな。まぁ、中国人だからって、絶対にここを訪れなければいけない決まりなんてないもんな」

横浜の中華街。そこは名のとおり、中国を模した中華街(チャイナタウン)である。
所在地である中区の中国人人口は六千人を超えており、日本で一番中国人の集まる場所と言って過言ではない。
それゆえに中国関連の店が多い。中でも中華料理は絶品なのだ。

「逆鱗飯店って店なんだけどさ、そこが俺の行きつけで、本当にうまいんだよ」

「ふ~ん。言っとくけど一夏、あたしは本場だから、ちょっとやそっとの味じゃ納得しないわよ」

「だいじょうぶだって。絶対鈴も気に入る」

そんなわけで一夏は鈴をつれ、行きつけの店へと向かう。
その逆鱗飯店は、中華街の入り口からそんなに歩かない場所にあった。

「ここだよここ。こんにちは~」

そう言って、一夏は店内に入っていく。鈴も、黙ってそのあとに続いた。

「おー、一夏か。久しぶりじゃな」

「すいません、白眉(はくび)さん。IS学園に入学してから、忙しくてなかなか来れませんでした」

「その節は大変じゃったな。ニュースで聞いたときは驚いたぞい」

一夏は、白眉と言う人物に抱拳礼(ほうけんれい)をして深々と頭を下げる。
白眉とはその名のとおり、白い眉をした老人だった。眉は白だというのに、後頭部の髪と髭は黒。けれど、頭頂部は非常にさびしそうだった。光沢を放つほどの平原。太陽拳が使えそうなほどだ。率直に言うと禿。それと眼鏡をかけている。

「ねえ、一夏。誰よこの人」

「この人は白眉さん。とは言っても白眉はあだ名で、本名は馬(ば)良(りょう)。逆鱗飯店の経営者で、馬さんの伯父さんだ」

「へ~」

一夏に軽い白眉の紹介を受け、納得の表情を浮かべる鈴。馬の伯父ということから一夏との接点を察したのだろう。
そんな鈴を見て、白眉は興味深そうに一夏にたずねた。

「ところで一夏、この娘は誰じゃ?」

「彼女は凰鈴音と言います。俺の恋人です」

「なんと!? 一夏に恋人が。それはよかったのう。しかも、かわいい子じゃ」

「はは、どうも」

鈴との関係を正直に述べ、それを祝福してくれる白眉。そのことに照れくささを感じながら、一夏ははにかんでいた。

「いてっ、なにすんだよ鈴!」

「うっさいわね。そんな恥ずかしい台詞を、人前で堂々と言うんじゃないわよ!」

「なんだと」

そんな一夏の背中に、鈴の蹴りが入れられる。
一応手加減はされており、そんなに痛くはなかったが、思いっきり不意を突かれた一夏はまともに食らってしまった。
このことで口論を始める一夏と鈴。その様子を、白眉はほほえましそうに眺めていた。

「一夏に彼女ができるとはな。よし、それじゃ、今回はわしの奢りじゃ。好きなだけ食っていけ」

「え、いや、それは悪いですよ白眉さん。ちゃんとお金払いますって」

「よいよい。これはわしからのお祝いなのじゃから」

「そんな……」

白眉の心遣いには感謝するが、それと同時に遠慮を感じてしまう。
一夏は戸惑い、最初は断ろうとしたが、結局は押し切られてしまう。

「ほれ、たんと召し上がれ」

「うわ、本当にありがとうございます、白眉さん」

テーブルの上に並ぶ料理。餃子に中華まんに、チャーハンにチンジャオロース、酢豚と逆鱗飯店名物、逆鱗激辛麺。
おいしそうな料理を前にし、一夏は白眉に感謝を述べる。

「じゃあ、まぁ、いただきます」

こんな料理を並べられたら、遠慮の念なんて吹き飛んでしまう。というか、遠慮する方が失礼だろう。
一夏は手を合わせ、目の前の料理にかぶりつく。

「うまい。ホントにここの料理はうまい」

「あ、おいしい。一夏が進めるのもわかるわ」

「だろ」

鈴も食べ始め、彼女も料理を気に入ったようだ。
逆鱗飯店の料理は、本当においしい。

「からっ……ちょっとこれ、辛いわよ」

「あ~、逆鱗激辛麺か。見た目はそんなに辛くなさそうだけど、激辛だしなぁ」

「水、水~」

「ちょっと待てよ、鈴。すいませーん、お水お願いします」

逆鱗激辛麺の辛さに鈴が参り、水を求める。前に一夏も食べたことがあるが、あれは見た目に反してかなり辛い。
おそらく舌がしびれているのではないかと思いながら、店員に水を持ってくるように頼んだ。

「はーい、お待たせしました」

一夏の呼びかけに答え、店員がお冷を持ってきた。
その店員とは女性だった。しかも、かなりかわいらしい容姿をしている。チャイナドレスに身を通し、はちきれそうなほどのスタイル。あの胸は正直反則だろう。美羽クラスかもしれない。
黒い髪を特徴的な鈴の髪留めふたつで留めている。見た目はアジア系。だが、日本人ではないはずだ。このお店で働いていることから、おそらく彼女は中国人なのだろう。

「ありがとうございます」

お冷を渡し、去っていく店員の少女。その背中を見送って、一夏はポツリとつぶやいた。

「胸の大きさに国籍は関係ないんだな」

「一夏」

店員の少女と鈴を見比べて、あまりにも失礼なことを言う一夏。
鈴は水を一気に飲み干した後、一夏を射殺さんばかりの視線でにらんだ。

「いや、でも、貧乳はステータスだからな、鈴」

「よし、殺そう!」

てんやわんやと騒ぐ一夏と鈴。そんな彼らの元に、白眉が困った顔で近づいてきた。

「店の中では騒がんでくれんかのう」

「あ、すいません……」

「一夏の所為よ」

「ホントにごめん」

白眉に注意され、騒ぐのはやめた一夏と鈴。だが、あの店員がどうも気になる。

「ところで白眉さん、新しい子を雇ったんですか? さっきの店員さん、とってもかわいい子でしたね」

「連華のことかのう」

「へぇ、連華ちゃんって言うんですか」

「ねぇ、一夏」

かわいい女の子が気になるのは、男としてある意味当然かもしれない。だが、一夏は彼女も地だ。その彼女である鈴が、冷ややかな視線で一夏を見つめていた。

「歳は十六。一夏はまだ十五じゃったかの?」

「はい。でも、九月に十六になりますから、学年は一緒ですかね?」

「そうじゃの。わしの親戚で、名は馬連華。剣星の娘じゃ」

「へぇ、剣星……つまり馬さんの娘なんですか。って、ええええええ!?」

「だから騒ぐな」

「はぐっ……」

衝撃の事実を知らされ、驚愕の叫びを上げる一夏。そんな一夏の口に中華まんを突っ込むことで、白眉は一夏の叫びを止めた。

「どうかしたの? 白眉伯父さん」

「ほほ、なんでもない」

「そう?」

連華と呼ばれる少女が気づきかけたが、白眉がそれとなく誤魔化す。連華はそのまま仕事に戻っていき、一夏は中華まんを口からとって謝罪した。

「すいません」

「なーに、驚くのも無理はない。ちなみに剣星には、連華の他にも中国本土に妻と二人の子がおるぞい」

「へ~、結婚してるのは知ってたんですが、あんなかわいい娘さんがいるとは意外だったなぁ」

「そうね、あのエロ親父に娘がいるなんて」

「なんだかんだで鈴、馬さんに酷くないか? 同じ中国人だろ」

「人を悪く言うのに、国籍は関係ないわよ」

「やっぱり酷い」

鈴の辛らつな言葉に、一夏は苦笑を浮かべる。

「で、なんでその娘さんが日本にいるんですか?」

「馬を連れ戻すためじゃ。あんなんでも、馬は鳳凰武侠連盟の最高責任者だからのう」

「あ~、そういうことですか」

「へ……鳳凰武侠連盟って、あのエロ親父が!?」

鳳凰武侠連盟とは、中国では知らぬ者はいない有名な武術団体だ。通称・鳳凰会。十万人以上の門下生を有する、超巨大な団体だった。

「ん、知らなかったのか鈴。あの人はなんだかんだで、とってもすごい人なんだぞ。俺が千冬姉の次に尊敬している人物だ」

千冬の次ということから、一夏が馬をどれほど慕っているのかが伺える。もっともその一番(千冬)と二番(馬)の間にどれほど大きな壁が存在するかは知らないが。

「まぁ、そんなわけでの。連華には悪いが、一夏からしても、馬のことを知られるのはまずいじゃろ」

「そうですね。馬さんにはまだ、いろいろと教わりたいことがありますから」

「ほっほ、武術だけの話ではなさそうじゃの」

「はい。まぁ、『いろいろ』と」

その『いろいろ』が何なのかは、あえて語るまい。
一夏は逆鱗激辛麺を手に取り、麺をすする。非常に辛いが、これはこれで美味しいものだった。

















あとがき3
はい、まぁ、そんなわけで短編その3でした。デートとはいっても、なんか違うなと思わなくもありません。
こんかいはちょっと、連華に白眉を出してみました。ここの一夏は逆鱗飯店の常連です。馬のことを尊敬しています。なのである程度の事情などは知ってますが、さすがに連華のような娘がいるとは知りませんでした。
自分は九州から出たこことがないので、一度は行ってみたいですね横浜。いったいどんなところなんでしょう?
まぁ、何より一番行ってみたいのは秋葉なんですけどねw


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