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[28329] 十七歳のサンタクロース【ラブコメ?】(晒し中)
Name: 町田◆74041a4e ID:34212c9c
Date: 2011/06/20 18:07
 *まず初めに、謝らなくてはならないことがあります。
  前作「魔法じかけの理想郷」ですが、完結する見込みがないので削除させて頂きました。
  お読み下さった皆さん、申し訳ありませんでした。これからはこういうことはないようにしますので、どうかお付き合い下さい。
  多分自分は、コメディ要素がないと書いていられないタチなのかな、なんて思いました。
  今作はそんな感じですので、よろしくお願いします。




 ■■


 プロローグ

 世の中にはサンタクロースと名乗るおっさんが存在する。
 常に笑顔で、白のトリミングのある赤い服・赤いナイトキャップ姿で白ヒゲを生やした太りぎみの老人。白い大きな袋にクリスマスプレゼントを入れて肩に担いでいる。
 ここ日本では親しみを込めて「サンタさん」などと呼ばれているが、その正体はただの不法侵入者のロリコンじじいだ。サンタクロースの目的はクリスマスの前の夜に良い子の元へプレゼントを贈る、というものだ。だがしかし、俺はサンタクロースの姿なんて見たことはない。
 もしも俺がサンタクロースの姿を発見したのなら、トナカイという警察に引きずらせ、パトカーというソリでお帰りいただくだろう。
 サンタの存在を信じるのは基本的に幼い子供だけだ。それを信じなくなった子供は「大人になった」などと一般的に評価されるが、俺はそれは誤りだと思う。サンタへの信仰は神、宇宙人のそれに類似している。
 神の存在をその目で確かめた人物は今現在この世に存在していない。だけど、多くの人間が神を信じる。
 宇宙人の存在をその目で確かめた人物は今現在この世に存在していない。だけど、多くの人間が宇宙人を信じる。

 きっとそれは、信じたいからだ。この腐りきった世界で生きていくのは容易なことじゃない。この世界で生きていくのに確かなものなんて何もない。子供にとっての神が恐らくサンタなのだ。
 ここまでグダグダと御託を並べてきたが、俺が言いたいことはたったの一つだ。俺はサンタなんて信じやしない。不確定で存在すら疑わしいものを信じる理由はどこにもありはしないのだ。

 だが――

「お、お前、本当に……」

 俺の前に立っている女は本物のサンタなのかもしれない。

「うちな、本物のサンタなんや」

 ――そいつは、夜の静寂を壊さぬよう、静かに屋上に降り立った。赤い服に赤いナイトキャップ姿で、白いヒゲこそ生やしてはいないが、サンタのように見えなくもない。

「いや、でも、あのな……」

 しかしながら、俺はサンタの存在など信じてはいない。目の前のこいつのことも俺は信じたりしない。
 赤い服こそ着ているものの、俺には信じられない根拠があったからだ。下手な関西弁をほざいていることが一つ。もう一つは――

「お前……それ和服じゃん」

 そいつの着ている赤い服が、和服だったからだ。




[28329] 一章 一話
Name: 町田◆74041a4e ID:34212c9c
Date: 2011/06/20 01:25
 一章


「そ、そういえば春はさ、サンタとかまだ信じてる?」

 俺の言及を避けるため、匠はそんな下らないことを口にした。俺も正直言ってこんなことは聞きたくなかったが、聞くしかないだろう、親友として。
 教室内で弁当を突きながら、俺は匠を追及する。

「話を逸らすな、マイベストフレンド。俺は風の噂で聞いたんだよ。お前は人生の中で一番大切かもしれない何かを手に入れたってな」
「いや、まあ一番大切かどうかは分からないけどね」

 アハハ、と後頭部をかいて匠はそんなことを言っているが、明らかに動揺してやがる。その証拠にさっきから貧乏揺すりが半端ねえ。
 嘘をつくとき、匠は貧乏揺すりをする癖がある。小学校からの仲だ。見逃すはずがない。

「いいから話してみろ。怒らないから、絶対に怒らないから」
「何その悪いことした子供を諭す親みたいな態度。僕は別に悪いことは」
「悪いことしてないなら話せるだろうが」
「う、ううん……」

 俺に言われると匠は箸を置いて、息を大きく吸い込んだ。決意を新たにするように真っ直ぐな瞳で俺のことを見てきた。

「実は、その……」
「…………」
「……彼女ができっちゃって」
「…………」

 やはり、そうなのか。
 いや、落ち着け俺。こういう時こそ冷静になるんだ。これはあれだ、テストで一問目から躓いてしまう時に似ているな、感覚的に。まあ、そういう場合は冷静になったところで解けた試しはないが。
 とにかくだ。ここはもう少し匠から情報を収集する必要があるだろう。

「……え? いや、匠、ちょっと待て」
「え?」
「それって、いつからなんだ?」
「えっと、その、かれこれ一ヶ月くらいかな」
「はあはあ、一ヶ月ね……」

 匠に彼女が出来た。
 匠は俺と同じく童貞歴十七年の猛者だ。
 俺は匠が、将来的に俺のライバルとなるに相応しい逸材であると思っていたし、いつの日か俺をも超え、全ての童貞のカリスマとして降臨すると信じていた。
 そしてゆくゆくは日本の童貞を率いて彼女持ちの悪鬼共を皆殺しにするであろう存在と思っていた……その矢先に、この様な事態が発生してしまった。そう。匠が敵側に回ってしまったのである。
 俺は非常に残念でならない。
 だが、ここは素直に祝福しよう。匠程の人間が敵に回ってしまったのは本当に惜しいが
 匠とその彼女が強い愛で結ばれる事を願おう。おめでとう。匠。

 ――しかし、ひとつ許せない事がある。

「えっと、じゃあ、何でそんなになるまで俺にその事実を黙ってたんだ?」
「ん?」
「いや、だってそうだろ? 俺は曲がりなりにもお前の親友なわけだし? それくらいなら知る権利はあるかなって思ってたんだが」
「ああ、えっと、それは……」

 そして匠はしばらくの間、考えた後こう言い放った。

「……だって傷つくと思ったから……」
「あ、ああん?」

 やっぱ止めた。
 誰が、誰がこんな野郎のことを祝福してやるか。

「止めるわ」
「え?」
「お前のことを祝福してやろうかと思ったが止めだ。あのな。なんだ? この俺がお前に彼女ができたことによってショックを受けて嫉妬に狂い奇声を発しながら襲いかかるとでも思ったのか?」
「多少は」

 ――匠の言葉が引き金となって俺の中の何かが切れた。もうプチンと、張り詰めてた糸みたいに。

「ふざけろッ! 誰がお前に彼女ができたからって嫉妬に狂ってスーパーサイヤ人化するってんだよッ!? 俺はそこまでガキじゃねえ、だがな、お前のその態度がきにくわねえんだよッ!」
「なんだよそれ、僕は春のことを思って隠してたってのに」
「余計なお世話だッ」

 もしも俺が下級戦士だったのなら心身共に多大なダメージを受け、気が狂い、悲鳴を上げながら死に至ったかもしれない。
 しかし俺のようなレベル超A級戦士ともなればそのような惨めな醜態は晒さない。最大限に賞賛をし、共に戦友として喜びを分かち合い、匠と別れた後の帰り道。心のどこかからか込み上げる悲しみと寂しさをホロリと味わうのだ。そう。上級戦士はあくまでも紳士なのだ。
 その事をアイツは見誤っていた。同じA級戦士の匠ともあろうものが……墜ちたものだ。
 もういい、聞いてやる。下品だから決して聞かないと心に決めていたが、こいつの態度をみてたら考えも変わったわ。

「絶対に聞くまいと思っていたが、聞いてやるよ。どこまでいったんだよ!? どうだったんだよ!?」
「な――ッ! ちょ、ちょっと待ってよッ!」

 そうすると、匠は音を立てながら立ち上がった。幸い昼休み中盤ということもあって教室内にそれほど人がいなくて助かったが、こいつけっこう本気で切れてやがるな、顔がマジだわ。

「僕とのぞみはそんなんじゃない!」

 匠の彼女はのぞみと言うらしい。いや、今はそんなことどうでもいいか。
 なんか匠のやつ、すげー早口なってる。メッチャ発狂してる。まさかここまで怒るとは思わなかった。

 ……そりゃあ、そうか。大事にしている彼女のことをまるで体しか見てないみたいな言い方されりゃ、そりゃ切れるよな。匠にむかつく部分もあったけど、俺が全面的に悪いよな。
 俺はそう思って、匠に謝ろうとしたのだ。

「僕は、僕はのぞみのことを、本気で、本気で……!」
「わ、分かったって。ごめん、俺が悪か……った……」

 ――その瞬間。コンマ数秒の刹那。ふと、俺の視線は匠の鞄へといった。別に確信的な予感はなかった。けれど、彼女ができた男ならば持っていても不思議ではないものがあるかもしれなかった。
 俺の予想通り、匠の鞄からはチラリと、一瞬だが確かに薬屋の袋が見えた。

「――そこだぁッ!」
「あ、ちょ」

 体が勝手に動いた、というのは建前で、俺の体を突き動かしたのは言いしれぬ違和感だった。すぐさま机の横にかかってあった匠の鞄を没収、それを解放。中身を強引に見てやった。

「……おい、なんだこれは、匠君?」
「い、いや、その、それは……」

 薬屋の袋の中に入っていたのは間違いなく男の三種の神器の一つ。本物の男になるためには欠かせないものだ。これを匠が持っているとは一体どういう了見なのか、詳しく聞いてみたいものだった。

「おい、匠くぅん? 何男のアルテマウエポン鞄の中に隠し持ってやがんだぁ? なんだ? これから真のラスボスでも倒しに行こうってのか? これは何だ、言ってみろッ!」
「……お守り、恋愛の」
「嘘つけッ! さっき嘘付いただろ、完全に俺に嘘付いただろッ!」
「本当だい。お父さんが僕にくれたんだよ。これさえあれば恋愛運急上昇だって」
「黙れッ、この狼少年がッ」

 そう言って俺は椅子にドカリと座り込んだ。こいつはあくまで他人の前では純情ぶろうって腹だったのか。許せん、許せんぞ。

「……さて、匠よ。ここまでの会話を踏まえた上で俺はお前に尋ねたいと思う『今年のクリスマスは、どう遊んで過ごす?』」
「彼女がいるので、今年のイブは一人で過ごしてください」

 手刀を匠に向かって放つ。ふてぶてしい態度でそんなことを言いやがった匠のことが許せなかったのだ。
 だがしかし、俺の放った一撃は匠の見事な白羽取りによって受け止められていた。

「な、何するのさ、春……」
「お、お前こそ、一体どういう了見だ、匠……」
「普通じゃん? 彼女ができたんなら、わざわざ野郎とイブを過ごす理由なんてどこにもないよ」
「くっ、この裏切り者が……!」

 クリスマスは二人でパーティーをする。彼女と過ごすなんて『それっぽい』ものは絶対にしない。それが俺と匠の間で交わした協定だったはずだ。それをこいつは……。

「俺は今年も、お前とばか騒ぎをするのを楽しみにしていたのに!」

 こいつと出会った、小学一年のころの映像が脳内でよみがえる。
 当時、俺のクラスではクリスマス会が計画されていた。それは担任教師や他クラスも巻き込んだ大規模なもので、学級通信にも『子供たちの心あふれる交流』として掲載された。

 だが。

 俺と匠だけは、呼ばれなかった。楽しそうに過ごしている同級生たちをドアの隙間から指を咥えて見た悲しさ、空しさは忘れない。

「おまえ、ひとりなのか」「うん、だれにもよばれなくて……」「ふうん、おれもだ」「たのしそうだなあ、みんな」「ちっ、ぐぶつどもが。さんたなんぞにほだされおって」「きみ、むずかしいことばしってるねえ」「とうぜんだ。おれはあたまがいい」「ふーん……うう、さむい……」「おれもだ、はなみずでてきた」「こんびにでもいく?」「いいな、にくまんおごれ!」「ぼ、ぼくがおごるの?」「あたりまえだろ、おら、かねだせよ!」

 ……とまあ、こんなセピア色の思い出があるってのに。
 それを!

「貴様、女ができただあ? そんなものは粗大ゴミの日にでも捨ててしまえッ!」
「仕方ないだろッ? 時代は変わったんだ。今で言えばモー娘。からAKBに変わった並の変化だよ」

 そう言って、匠は俺の手を振り払う。いいぜ、お前がやるって言うんなら。

「……まずはその幻想をぶち」
「いや、別に壊さなくてもいいでしょ。まあ悪いとは思うんだけど、人生初の彼女なんだよ。思い出作りたいんだ」
「やはり貴様の中では彼女>俺なんだな。いいだろう、俺が直々に粛正してやる……!」
「嫌な言い方だね……それに粛正ってなんだよ……あ、そうだ。春も作ればいいじゃん。恋人」
「だるい。金がかかるし気苦労も耐えん」

 一番の理由は俺の地味~な容姿だ。匠は気弱だが優しい性格だし、華奢な外見に甘いマスクと、母性本能をくすぐりまくって笑い殺せそうなスペックを持ってるからな。

「そんな即物的なことだけじゃなくて――って、わ、メールだ」
「なんだ、彼女からか」
「うん。今日、一緒に帰らないかって。いやあ、毎日こんな感じだから参っちゃうよね」
「……はあ」

 まるで鬱々とした物語のように俺はため息をついた。そう言えば、と俺は窓の外を見てみた。

 いい曇り空だ。

 親友に彼女ができてしまった俺には丁度いい天気だよな、多分。 ちょっと迷うが、まあいいか。こいつは俺の親友だしな、俺も大人になるべきだ。親友の幸せくらい素直に喜んでもいいだろう。色々とむかつくが。
 匠は今日、教室の掃除当番だったはずだ。理論的には放課後にデートなど不可能なはずだ。ならば答えは決まっている。こいつは次にこう言ってくるはずだ。

「あの、春さ、今日暇?」

 やっぱりな、端っからこいつは俺に掃除当番を代わってもらうつもりだったのだ。いつからだろう、匠がこんなに一人前の男になったのは。小学校のころは完全に俺の舎弟に成り下がっていたというのに、最近は逆に俺のことを利用し始めてきた。
 親友だから、今回は見逃すがこれからは気をつけなければなたないだろう。

「いいぜ、代わってやるよ、掃除当番」
「え? いいの?」
「別にお前のためじゃない。彼女さんを待たせたら悪いだろ」
「まさか本当に代わってくれるとは思わなくて……」
「じゃあ屋台のラーメンを後で奢れ」

 こう提案してやれば匠も了承しやすいだろう。俺個人の事情としても手伝いはしたい。こいつにも非はあるとはいえ、色々と酷いことを言ってしまったからな。少しは反省してる。

「いやあ、悪いね。今日は確か、ニコルさんと一緒だったよ」
「ああ、あいつか。と言っても話したことねえけど」

 ニコラウス・ステノ――こんな流れで紹介するとすごい人気者のようだが、実際そうだ。俺と同じ高校二年生で、成績優秀で素行も良い真面目な学生。そして可愛い。最近うちの学校に転校して来た転校生だ。名前の通り金髪青眼の外人。周囲からチヤホヤされるのも頷ける。
 匠が言ったニコルというのはニックネームだ。ニコラウスなんて長ったらしくて俺なんか舌が回らないから便利だと思う。
 まあ、多分なんとかなるだろう。




[28329] 二話
Name: 町田◆74041a4e ID:34212c9c
Date: 2011/06/20 01:24

「…………」

 箒を無心で動かす。
 たった一人で放課後の学校に残るというのは想像以上に空しいものである。例えを言うならば、バレンタインデーの日に一人でそわそわとチョコを待ち、愚かな希望的観測で照れていて渡せないだけだろうからわざと一人になっていようという浅はかな考えを抱き、淡くも崩れ去っていくようなそんな心境である。
 うちの学校は無駄に部活動が盛んならしくて外からは吹奏楽の音楽と野球部伝統の掛け声が交互に流れてきていた。
 外はすっかりオレンジ色に染まっていて、それによって染まった教室の中で、俺は一人掃除をしていた。

 そう――たった一人で、だ。

「……どういうことだ? これは」

 掃除の当番というのは基本的に毎日変化する。決められたペアによってグルグルと回され、それが毎月のように行われている。今日俺は匠の当番を代わった。つまり、俺と一緒に掃除をするのは件の転校生、ニコルということになるのだが……。

「なんでだーッ!」

 何もありはしない天井に向かって思わず叫んだ。別に今の時間なら校舎内にそれほど人もいないだろうから問題ないだろう。
 いや、羞恥心なんて今はそれほど問題じゃあない。現時点で最重要の議題は俺と共に掃除をするはずの転校生がこの場に現れない、ということだ。
 叫んで荒れた息を整えながら、俺は考える。

 可能性としては二つだ。
 一つ、バックれた。
 二つ、何か用事があって今日はどうしても掃除をすることができなかった。
 この二択ということになるが、もしも後者ならば匠に何か一言言っていくはずだ。それが人としての常識だし、当たり前のことだ。ならば必然的に答えは前者、ということになる。信じたくはないが、今日俺は一人でこの広い教室を掃除しなくてはならない、という結論になる。

「ゆ、許せん、あの転校生……!」

 箒を両手で力強く掴みながら、歯ぎしりを立てる。明日教室内でその姿を見かけたらガツンと言ってやらねばなるまい。

「はあ……」

 そう怒りに身を震わせるものの、現状を打開しなければ未来はないのだ。俯いて、ため息を一つはき出した。とりあえず、パパッと済ませよう。これからバイトもあるわけだし、あまり時間はかけられない。
 そう思って、また箒を動かし始める。本来ならば机を前か後ろ、どちらかに寄せなければならないが、今日は別にいいだろう。面倒くさいし。

「ん?」

 ふと――そんな俺の視界に何か異物が入り込んできた。一番後ろ、扉側から二つ目の机。その上に体操服のようなものが置かれていた。

「なんだ?」

 今まではまるで気がつかなかったが、こんなもの置いてあっただろうか。あんまり自分の記憶に自信はないけれど、確か置いてなかったような気がする。
 気になって、俺はその机の傍に近づいていく。

 それは一着のブルマだった。

 ブルマ――女性が運動などを行う際に下半身に着用する衣類の一種で、ブルマあるいはブルーマ、ブルーマーとも呼ぶ。学校教育で体育の授業の運動時に着用する体操着や、スポーツ用パンツとしても広く用いられる。女子バレーボールや陸上競技の選手が試合や練習で穿くユニフォームパンツもあり、用途に応じてバレーブルマー、バレーショーツ、陸上ブルマーと呼ぶこともある。チアリーダーが穿くコスチュームパンツにもブルマーが用いられる。また、オーバーパンツとしても用いられる。
 それはすなわち、男の夢、ロマン、幻想。ブルマからは普通の体操着からは得られない不思議な感動が詰まっている。輝く太もも、殆どパンツと変わらないその大きさ。

 ……いやいや、そんなことはどうでもいいんだ。それよりも気になることがあった。
 そもそもうちの学校の体操着はブルマじゃない。一般的な普通の短パンだ。ブルマがこんなところにあるはずがない。だったら何故ブルマがここに?
 好奇心を抑えられなかった俺はブルマを手にとってみた。見たところ買って間もない印象を受ける。触った感じも新品のそれだ。ますます謎は深まるばかりだ。新品のブルマが、何故ここに――
 そんなことを考えていた俺の意識は、教室の扉を開ける激しい音で一気に覚醒した。

「――――ッ!」

 慌ててブルマを机の中へ隠して、背後へと振り向いた。

「堪忍な、岡本君。遅れてしもて……って、あれ? あんさん、どちらはんやろか」
「い、いやあ、その……」

 下手くそな関西弁。オリーブオイルのように透き通った金髪。サファイアのように青く光り輝く瞳。今日俺と一緒に掃除をする予定だったニコルが、そこに立っていた。

「…………」

 ニコルの隣には同じく綺麗な金髪でショートヘアー。くすんだ琥珀石のような色の瞳を持った女の子が立っている。ニコルもそれほど背が高いというわけではないが、この子はさらに小さい。
 えっと、確か誰かから聞いたことがあるぞ。ニコルとほとんど同じ時期に別のクラスへ転校して来た女の子がいるって。金髪で、背が小さいらしいが、この子で間違いないだろう。名前は、俺の記憶が正しければコメット・ビアス、とか言ってたっけか。
 同じ外人同士、気が合うのかもしれないな。

「……どうかしたん?」

 ……って、今はそんなことはどうでもいいんだ。放課後の教室。教室内にいたのは俺、文月春ただ一人。教室内にたった一人でいた俺は、密室で、ブルマを――最悪だ。考えたくもない。こんな噂が学校中に広がってみろ、一瞬のうちに俺は社会的に抹殺されるだろう。間違いない。何とか、何とかして誤魔化すんだ……!

「な、何でもねえよ……ハハ」

 我ながら下手な嘘の隠し方だとは思う。だが、これしか手はない。とりあえず、事情を話したほうがいいだろう。

「じ、実はよ、今日は俺が匠の代わりに掃除をやることになってな」
「ああ、せやったんか。ほんま堪忍な、うちな、どうしても外せない用事があったんよ」
「…………」

 どうやら事情は分かってもらえたらしい。ニコルの関西弁はあれか、日本文化勘違い系ってやつなのか? 関西弁を公用語だと思い込んでいて、それを覚えちゃったパターンなのかもしれない。
 教室に入ってきてから、ニコルの隣にいるコメットは黙ったままだが、どうしたのだろうか。何となく、その視線からは無言の敵意を向けられているような……気のせいか。

「それで、あんさんは、えっと……」
「春だ。文月春」
「ああ、そやそや、文月君やったな。覚えとるよ、ちゃんと」
「そうすか……」

 名前を聞いてくる時点でうろ覚えだったと思うんだが、まあ深くは突っ込むまい。

「……それで、文月君は、そんなところで何をしとるん?」
「え?」
「そこ、文月君の机やないやろ? 机の中に手突っ込んで……一体何を……」
「――――ッ!」

 ニコルの言葉に俺はハッとした。
 そうだ、そうじゃねえか。
 いくらブルマを隠すためとはいえ、誰のものかも分からない机に手を突っ込んでいたら怪しいのは当たり前だ。誤魔化すんだ、なんとしても!

「い、いやあ、俺の友達がよお、貸した漫画全然返してくれなくてさあ、ここにあるんじゃねえかなって」
「……そこ女の子の席やけど」
「……漫画は老若男女関係なく読まれるもんだろ? やっぱ」
「せやけど、光ちゃんはそないなもん読まんと思うよ」
「ぐ……」

 とうとう俺は記憶の整理まで上手くつかなくなってしまったらしい。確かにここは女子の席だ。さらにニコルが言った光というのはガチで今時の女の子、といった形容が似合う女子だ。髪なんか茶髪に染めて、手首にはシュシュをつけて、とても俺に漫画を借りに来る人種じゃない。
 どうする、どうすればこの困難を打開できる? 教えてくれ、ドラえもん……!

「……い、いやあ、机の中に埃が入っちまってよ。参ったよな、全く」
「……それ、ほんまなん?」
「本当だって言ってんだろうがッ!」
「…………!」
「…………」

 しまった、失敗した。思わず誤魔化したくて叫んでしまった。ニコルは酷く驚いて一歩後ろに下がっている。コメットはというと相変わらず微動だにしないけど。

「そ、そないに怒らんでも……」
「い、いや、悪い。ちょっと発声練習をだな」
「まあ、せやな、うちが遅れたんが悪かったんやし、今日はうちとコメットちゃんでやっておくさかい、文月君は帰ってええよ」

 な、なにぃ!
 これは俗に言う最悪のパターンっていうやつだ。
 もしもこのまま俺がブルマを放置して教室を後にしたのなら、確実にニコルはこの机の中を確認するだろう。間違いなく。そうなったら俺は終わりだ。俺の小学校のモテ期並に一瞬で終わりだ。
 どうする、なんとかして机の中からブルマを回収しなければならないが……いや、一つ思いついたぞ。だが、これはあまりに古典的すぎる。古典的すぎてもはやギャグになっているレベルだ。しかし……もうこれをやるしか手はねえ。
 俺は意を決して、息を大きく吸い込んだ。

「あ、ああ! あんなところにUFOがッ!」

 我ながら、ギャグにしか見えないと思う。
 思い切って窓の外を指さしてみたはいいが、当然UFOなんているはずもない。だが今はこれにかけるしかない。
 頼む、この一瞬だけでいい。少女よ、天然であってくれ……!

「え、嘘、どこどこ、どこにUFOおるん?」

 願いが通じた。
 どうやらこの人、生粋の天然だったらしい。今のうちにブルマを回収するんだ。
 俺はそう思い、光の如き速さで机の中からブルマを抜き去った。それを背後へと隠して一歩後ろへと下がる。
 危ないところだった。何とか社会的抹殺は避けられた……ってあれ? そういや俺、コメットの存在を忘れていたような。
 額を拭う手を止めて、俺は視線をコメットへと向けてみる。

「…………」

 やべえ、こっちガン見してるよ!
 コメットは相変わらずの無表情で俺のことを凝視していた。ニコルは天然だったとしてもこいつまでそれが当てはまるとは限らない。
 もしかして、今の見られた? いやいや、そんなはずはねえよ。たとえこっちを見ていたとしてもあの神速の動きを目で捕らえられるはずがねえ。そうだ、そう信じるしか俺に道はない。

「文月君、UFOなんてどこにもおらんよ?」
「ああ、えっと、なんか俺の勘違いみたいだったわ、アハハ……」
「そうなん?」
「…………」

 ブツはもう手に入れた。ここに長居する理由はない。早々に退散したほうが身のためだろう。
 そう思って俺は自分の席の近くまで移動する。もちろん、ブルマは背中に隠したままで。

「じゃ、じゃあ、今日はお言葉に甘えさせてもらうとするわ」

 言いながら鞄を解放し、中へ危険物を自然に放り込む。多分何か教科書でも入れたように見えただろう。

「そ、それじゃあよろしく頼むわ」
「うん、またな、文月君」

 そして俺はニコルの隣を通り抜け、扉の傍へ近づいた。

「…………」

 先ほどまで俺のことをガン見していたコメットはいつの間にか扉の近くに立っていた。先ほどのことを見られたかもしれないという恐怖心が、コメットに挨拶することを躊躇させる。いや、別にいいか。とにかく今は素早くここから撤退だ。
 コメットのことを無視し、教室内から外へ出ようとした俺の耳に、声が届いた。

「……あんさん、気をつけなはれよ?」
「え……?」

 その声はコメットのもの。オレンジの日差しで表情までは読み取れないが、何を言いたいんだ、こいつは。

「不幸は、思わぬところに転がっとるもんやからなあ」

 表情はよく見えなくとも、口元ぐらいは見えた。
 コメットの口元は歪んでいた。耐え難い愉悦を押さえきれないような笑顔。
 こ、こええ! 何この怖い生物。見られた? やっぱり見られたんだ! 逃げよう、今は逃げるしかねえ!

「そ、それじゃあ、また明日ッ!」

 教室を飛び出して、走り出す。
 やばい、明日から俺の高校生活どうなるってんだ。
 そんな不安が、俺をバイト先へと走らせていた。




 ■■





「いらっしゃいませー、クリスマスケーキはいかがですか?」

 商店街の中にある小さなケーキ屋、ここが俺のバイト先だ。店の中には食事をするスペースなんかなくて、ただただこういうイベント時に客が増えるような店だ。
 ショーケースの中には様々なケーキが並べられているが、クリスマスのこの時期に需要があるのはクリスマスケーキだけだ。
 今俺はそのクリスマスケーキを店先で売っている。真っ赤なサンタの衣装に身を包んでだ。
 とは言う物のまだクリスマスまで日にちがあるわけで、ケーキが売れる気配はない。やっぱりあの店長アホなんじゃないだろうか。

「おら、バイト、もっと腹から声出せッ」

 店の中から怒鳴り声が響いてくる。

「はいはい」

 などと適当な返事を返すと、店長はさらに怒り出すわけだが、この時の俺はすっかりそのことを失念していた。

「何だ? その不抜けた返事は。給料減らすぞこらッ!」

 筋骨隆々の体。それに似合わぬ純白のエプロン。そしてスキンヘッド。
 顔つきなんか、映画の冒頭で主人公にいきなり殺されるマフィアの下っ端みたいだ。誰がこんなおっさんがケーキなんぞ作っていると思うだろうか。ほら見ろ、今叫んだから余計に人相が悪くなった。とても直視できやしねえ。

「うっす、自分頑張るっすッ」

 とりあえず敬礼しておく。

「けっ、しっかり働けよ? ったく」

 そう言って店長は厨房の中へと戻っていった。いやはや、あのヤクザを退けるにはこの手法が効果的だ。なんつうか、いい後輩を演じる、みたいな?
 まあ、クリスマスケーキを楽しみにここの店へ買いに来た親子には店長の顔を見せられないな。見せたら五秒で帰っちゃうかもしれないし。
 店長は言っていた「俺のケーキの半分は優しさで出来ている」と。ただまあ、どんなに気持ちを全面に押し出したとしても変わらない現実があるわけで。だから俺みたいなバイトが売らないと、この店は経営難に陥るってわけだ。……怖くてそんなの聞いたことすらないけどな。
 しかし、全く売れないな、ケーキ。俺の売り込み方が甘いからか? こういう時は何か別のことを考えるに限る。

 あれから、つまり危険物を回収し、このバイト先まで走り込んできたわけだ。途中で大きな出来事はなかった。ブツは今のところ俺の鞄の中で安らかに眠ってもらっている。
 世界中で一番安全なところは俺の鞄の中だ……というのは建前で、ただここに来るまでに処理する機会がなかったというだけだが。
 てか一体どう処理すればいいんだ、あのブルマ。現時点でもかなりやべえぞ、とある男子高校生の鞄の中に新品のブルマが……怪しいアロマしか漂よわねえ!

 家に持ち帰るか。いやそれも危険だ。家の中で処理するという手もあるが、もしも父さんに見つかったりしたら家庭崩壊の危機だ。ただでさえ二人しかいない家族の中に埋まることのない亀裂が生まれてしまう。ならば、俺の部屋の中で管理する、というのはどうだ? これも危うい。もしも誰かが偶然、俺の部屋へ無断で入り込み、偶然ブルマを発見してしまったら……アウトだ。限りなくアウトに近いアウトだ。
 家に帰る途中で何とか処理するしかないか、方法は未だに思いつかないけど。
 それにしても街はもうクリスマス一色だな。そう思って辺りを見渡してみる。
 商店街の中央にはいつもはない大きなクリスマスツリーが居座っているし、街路樹の枝には電球が張り巡らされている。何だ、まだクリスマスまで時間があるってのに気が早いもんだ。店の前を歩いて行く人たちも心なしか浮かれてるみたいだし。
 日本人のイベント好きっぷりには素直に感心する。クリスマスの何が楽しいというのか、ただただクリスマスケーキを食べて、みんなでパーティして、恋人と楽しく過ごして……やっぱ楽しそうだわ、ガチで。
 今年はどう過ごそうか、俺は考えてみる。匠のやつは俺のことを裏切って彼女と聖夜を過ごすらしいし、今年は俺一人で過ごすということになるわけだ。まあ、匠以外に誰か特別な友達がいるわけでもないし、父さんは今年も仕事が忙しいだろうし――いや、それはもしかしたらないかもしれないな。

「おいバイト」

 そんなことを考えていた俺にまた店長が声をかけてきた。何だ、俺は何も悪いことはしてないぞ。ただちょっとサボっていただけで。

「なんすか、店長」
「お前の鞄から、何か青いものがはみ出てるが、ありゃあ一体何だ」
「な――」

 言葉を失う。

 しまった!

 慌てて鞄を投げ捨てたから中身が飛び出してしまったのか。仕方なかった。だって遅刻ギリギリで焦ってたし。
 どうする、店長にあの危険物の存在を知られた日には一生この人相の悪い顔も拝めなくなっちまうぞ。もみ消すんだ、それしかねえ。

「き、気にしないでくだせえ、それは今日体育で使った体操着なんでさあ」
「……こんな冬の時期に短パンはくのか、お前は」
「じ、実はおいら、学校では短パン小僧という異名を持っていましてね、たとえ雪が降ろうと雨が降ろうと短パンをはき続けるのが俺のポリシーなんでさあ」

 苦しい嘘だが、俺の危機回避能力ではこれが限界だった。店長は俺の言葉を聞くと首を傾げていた。効果は今ひとつのようだ。

「まあいいけどよ……お前がはく短パンにしちゃ、やけに面積が小さいような……」
「さ、サイズをミスっちまったんですよ。いやー、俺っておっちょこちょいなもんで、参ったなあ」
「そうか? どうでもいいが、しっかり働けよ?」
「お、仰せのままに」

 そして店長はまた厨房の中へと戻っていった。ふう、どうやら上手く誤魔化せたようだ。代わりに俺はおっちょこちょいと短パン小僧という二つの称号を手にしてしまったわけだが。まあ、何かを得るためには同等の代価が必要だ、これも必要経費として受け入れるとしよう。
 興奮してしまったせいか帽子の中が蒸れる。「仕事中は絶対にとるな!」と店長に言われていた気もしたが、多分気のせいだ。
 そう思い込んで俺は帽子を頭から外した。冬の乾いた風が当たって気持ちいい。というか、なんなんだこの衣装は。
 サンタなのか、これ。サンタの衣装着たからって売り上げが伸びたりするのか?

 ここで一応言っておかねばなるまい。俺は、存在が確認されていない、抽象的なものの存在を信じない。神様しかり、幽霊しかり、宇宙人しかり――サンタだってその中に入ると思う。いもしないじじいを崇拝して、それを商売の糧とする。殆ど偶像崇拝と一緒だ。いもしない神様、UMA、宇宙人などの関連商品――神様で言えば免罪符などがそれに当たるだろうか――を売りつけて金儲けをする野郎がいるのだ。
 下らない、何がサンタだ。サンタがもしも存在するのなら俺の願いを叶えてみやがれ――これ以上、父さんのことを傷つけないでくれ――そんなことができるって言うんなら、俺はお前のことを信じよう、サンタ。だから、

「それまでこの帽子は被らないことにする」

 そう決めて、俺は帽子をポケットに仕舞い込んだ。色々と独白してきたが、つまりは頭が蒸れて限界だったのだ。一番大きな理由はそれだ。
 幸いにも今、店長は厨房の中にいるわけだし……。

「…………!」

 そう思いつつ振り向いた俺の視界に店長の眼光が突き刺さった。
 やべえ、見られた!
 なんかもう俺のことを殺さんばかりの目力だ。死ぬの? 俺死ぬの?

「おいバイト。俺は言ったはずだよな。その衣装、仕事中は絶対に外すなって」
「そ、そりゃあもう懇切丁寧に……」
「……俺もそこまで鬼じゃねえ。てめえがそこにあるケーキ、全部売り捌いたってんなら見なかったことにしてやる」
「ええッ!? いや、いくらなんでもそれは……」

 それはいくらなんでも無理だ。今までさえ数個売れたくらいなのに。まだまだ山のように残ってるというのに。この店長、鬼畜か!

「男に二言はねえ。できねえってんなら、今月の給料、半分にするだけだ」

 そう言って、店長は厨房の中へといってしまう。

「ちょ、そんな……」

 伸ばした手を下ろして、俺は冷静に考えてみる。
 今更、泣き言を言ったところで始まらない。何とかこの状況を打開する方法を考えるのだ。それしかない。

 ……この手だけは使いたくなかったが、やるしかねえ。

 そう思って、ポケットから携帯を取り出した。アドレス帳から探し出すのは匠の電話番号だ。デート中と言うことであまり期待はできないが、それでもやつは俺の中ではリーサルウエポンのポジションなのだ。
 呼び出し音が一回、二回、三回、四回……そこで匠はようやく受話器を取った。

『はい、もしもし。どうしたの、春』
「あ、匠か? 実はさー、ちょっとした用事が……」

 と、その時俺の耳は違和感のある音を聞き取った。匠の声に何か金属の擦れるような音が混じっているような気がする。

「……あれ、匠、お前今どこにいるんだ?」
『え? どこって、学校の近くの公園だけど』

 公園ねえ。そんなところで金属の擦れる音と言ったら、ブランコやら、遊具の軋む音とかがイメージできるが、それとは何か違うような気が……。

「いや、なんか変じゃね? なんか金属の擦れるような音がするんだけど」
『…………』

 しばらくの沈黙。
 え? なんかやばいこと聞いたのか、俺。

『……いや、なんでもないよ。大丈夫』
「そうか? ならいいんだが……」

 まあ、多分俺の気のせいだろう。それよりも早く俺の用事を済ませるとしよう。

「実は、俺のバイト先の売り上げに貢献してほしいな……なんて」
『今から?』
「緊急事態」
『うーん、そうだねえ。今デート中だからちょっと厳しいかな』
「やっぱそうか。分かった、無理強いはできねえしな」
『ごめんね、次の時は付き合うからさ』
「ああ、それじゃあな」

 そして俺は通話を切って携帯をポケットの中にねじ込んだ。まあ、予想通りだったな。リーサルウエポンを使い果たした以上、俺に打つ手はない。今月のバイト代は塵となって消え失せることになりそうだ。
 というか、やっぱりさっきの匠はおかしかったな。あの音は、あれだ。鎖みたいな音だったな。なんだったんだろう。明日にでも聞いてみるか。
 それよりもなんとかこの状況を……。

「ん? あれって……」

 そんなことを考えていた俺の視界に見慣れた人影が入り込んだ。
 道路を挟んだ向こう側。装飾のかかった木の陰に隠れるおっさんがいた。茶色く、年季が入ったトレンチコートを着込んで、無精ヒゲを生やしたそのおっさんは右手にはあんパン、左手には低脂肪牛乳という誰がどう見ても張り込みの刑事にしかみえない。いや、元々そうなんだけど。何故それを知っているのか、それはあれが、俺の父さんだからだ。

「はあ……」

 ため息をついて、俺は歩き出す。何でこう、俺は父さんに世話を焼きたがるのだろうか。決してファザコンではないと思うが、心配なのだ、父さんのことが。
 バイトをほっぽり出して横断歩道を渡りきる。父さんの近くまで歩み寄ると、ようやく父さんは俺の存在に気がついた。

「……お、なんだ春じゃないか」
「いや、なんだじゃないって」

 頭をかいてまたしてもため息をつく。凄腕刑事のように見えてどこか抜けているのが俺の父さんの特徴だ。

「どうしたんだよ、張り込み?」
「ん、ああ、そうだけど」
「……バレバレだっての、そんな両手にあんパンと牛乳持ってさ」
「そうか? でもな、これが正しい張り込みの作法なのさ」
「作法、ね……」

 そんなことを考えている時点でまともに仕事ができるとは思えないんだけど。深くは突っ込まないほうがいいだろう。

「……で、今日は何の事件? 俺に話していいことかは分かんないけど」
「いいさ、別に。お前も知っているだろうからな。毎年この時期になるとサンタに扮した金庫破りが出るんだよ」
「ああ、あの強盗サンタ」

 強盗サンタとはもうこの街では有名になった名前だ。俺も詳しくは知らないが、毎年クリスマスの時期になるとサンタの衣装を身に纏って強盗を働く悪いやつらしい。防犯カメラに映った姿がサンタの服ということで毎年捕まえることができないでいるらしい。サンタなんて街に溢れかえってるしな、現時点では俺も容疑者の一人ってことになる。

「今年こそは捕まえてやろうってことで、こうしてサンタの衣装を着てるやつを見張ってるってわけさ」
「俺も容疑者ってわけ?」
「それはないさ。お前は俺の息子なわけだしな」
「あっそ……」

 言って、俺は考える。
 ほら見ろ、サンタの存在なんてあったって何もいいことはないのだ。偶像を利用して悪事を働く野郎まで出てくる始末だ。下らない、下らないのだ。

「まあいいけど、あんまり目立たないようにね」
「あ、ちょっと待て、春」

 バイトに戻ろうとした俺に父さんが声をかけてくる。

「今日バイトが終わったら櫻井さんの家に来いよ」
「ああ……」

 父さんが言う櫻井さんと言うのは、最近父さんと仲のいい女の人のことだ。仲がいいと言っても二人で飯を食べに行くくらいで……一般的にみれば、もう結婚してもおかしくない関係なのかもしれない。二人とももういい年だし。
 櫻井さんの境遇は俺の父さんとよく似ている。どっちも離婚して子供を一人抱えている。惹かれ合う部分があったのかもしれない。でも、俺には何となく分かるのだ。あの人はきっと――

「な、なあ、父さん。やっぱりさ……」
「じゃあよろしくな」

 俺の言葉を最後まで聞かずに、父さんはその場を立ち去った。
 俺には何となく分かっているのだ。あの人はきっと、父さんと結婚したりしないって。それに気がついて欲しいのに、俺は未だに言い出せずにいるのだ。父さんを悲しませたくないから。






[28329] 三話
Name: 町田◆74041a4e ID:34212c9c
Date: 2011/06/20 01:23


「やっぱ無理だったか……」

 ため息をつきながら帰り道を歩く。さすがにもう冬だった。吹きつけてくる風は冷たく、そんな風に吹かれつつ顔を上げると、そこには星が瞬く夜空が広がっている。ちょっと都会で空気が淀んだこの街でも冬はよく星が見えるらしい。制服の上にジャケットを着て、さらにマフラーまで巻いているが酷く寒い。
 マフラーに顔を埋めながら、ポケットに放り込んある腕時計を取り出した。

 午後八時――。

 今から櫻井さんの家に行っても時間が余るな。いつも櫻井さんの家に行くときは九時くらいから食事を始めるし、どうしようか。
 あれから、つまり父さんを見送った後、俺は一生懸命にケーキを売りさばいていた。が、その努力も虚しく、大量のケーキが売り残ってしまった。まさか本当に給料がなくなるということはないだろうが、このままでは大幅カットは免れないだろう。くそう、あのヤクザ店長め。いつか粛正してやるからな。
 そんなことを思ったってどうせ実現できないのは分かっている。が、心の中で悪口ぐらい言わなくてはやってられないのだ。
 体を震わせ、ずず、と鼻水を啜る。いや、ガチで寒いな……雪が降っていないだけまだましだけどさ。俺はあんまり寒いの得意じゃないんだよ。

「ん?」

 ふと前方に見たことのある二人の影。うちの学校の制服を着て、透き通るような金髪の女……あれってニコルとコメットだろうか。
 二人とも俯いててよくは見えないけど間違いないだろう。うちの学校で金髪なんてあの二人しか存在しないし。てか、ちょっと変だな。さっきニコルのやつメガネなんてかけてたか? いや、かけてないぞ、それは間違いない。だが、今俺のほうに向かってくるニコルと思わしき女はメガネをかけている。
 これは一体どういうことだろうか。本当は目が悪かった、とか? それはないだろう。だったら何故学校でメガネをかけていなかった? 一番重要なところでそれをかけないなんておかしいだろ。

「……まあ、どうでもいいか」

 考えたって答えは出てこないだろうしな。あんまり話すこともないし、ここはスルーしていいだろう。
 そう思って俺は歩く。雪が降ってきそうで本当に寒いな。あれ? なんか変じゃね? なんかあの二人、こっちに向かってくるような……。

 と――

「っと」

 俺とニコルの肩は少しだけ擦れるようにしてぶつかった。俺もそんなに痛くなかったし、多分大丈夫だろう。

「…………」
「悪い」

 まあ、話すこともないし、これにて退散するとしよう。あの時のことを突っ込まれたりしたらたまったもんじゃねえしな。――そう思って、俺は歩きだろうとしたのだ。

「ちょっと待たんかいッ!」
「は?」

 この声、どこかで聞いたことがあるぞ。これは確か……コメットの声、だったか。いやでも、あいつこんな声で叫んだりするもんなのか。俺は気になって立ち止まり、そして背後へと振り向いた。

「……おい、兄ちゃん。あんさん、何してきつかんねんこれ……姉御のメガネがこれ、落ちてしもうてるやんけぇッ!」
「な、何ぃ!?」

 言われて、ニコルの足下を見てみる。確かにニコルがかけていたメガネは地面に落ちていた。しかも、何か所々ひび割れているような。

「お前これどうしてくれるんじゃボケカスッ! 姉御のメガネがこれ、ちょっと傷入ってもうてるやんけ! お前弁償じゃ済まされへんで、どないするつもりじゃあッ!」
「ええ……」

 な、何なんだこれは……俗に言う当たり屋ってやつか? てかコメットってこんな感じのキャラだったの? 無口キャラじゃなかったの?
 いや、そんなことはどうでもいい。今すべきことは何とかこの状況を……。

「いや、俺は別にただぶつかっただけで……」
「どないするつもりかって聞いてんねや。質問に答えろやッ!」
「い、いや……」

 ヤクザか、こいつヤクザなのか? 制服のポッケに手を突っ込んで俺のことを下から見上げてくる。顔に似合わずえげつない。
 まあ、いいか。とりあえずメガネなんて一万円程度だから弁償でするってことでいいのかな。俺にも非はあるわけだし。バイト代も少しは財布の中にあるし。

「分かった。弁償するって」
「ああん? 弁償じゃ済まへんっていっとるやろうが……じゃが、まあうちらもそこまでワルやない。締めて六万で手を打ったる」
「ろ、六万だとッ!?」

 どういうことだそれは。メガネで六万だって? かの有名な弐萬圓堂でさえ二万だっていうのに高すぎるだろそれ。

「おかしいだろッ、たかがメガネで六万って」
「ああ? 兄ちゃん、姉御のメガネはなオーダーメイドなんや。ほれ、見てみいな」

 そうしてコメットは落ちていたメガネを手に取り、それを俺に手渡してきた。
 遠目には細い金色としか思わなかったが、よく見てみるとツルのあたりに綺麗な彫り物が施されている。葉っぱみたいな、花の茎ような、一概にコレとは言えない鮮やかな意匠――玄人はどう判断するか不明だが、素人目にはクソ高そうに見える。
 左耳にひっかけるツルの内側には、N・ステノというイニシャル入り。ニコラウス、ステノ、だ。高校生で自分のイニシャル入り眼鏡とは恐れ入るぜ。そして右ツルの内側には『Carol』と筆記体が彫りこまれている。おそらくは購入した店の名前だろう。
 すごく、高そうだということは分かった。

 そういやこのCarolってメーカー、聞いたことがあるな。高級メガネを専門に作っててそれをCMで見たことがあった。フレームは三万円から――レンズは二万円から――文字や模様を彫りたい方は別途料金が――。なんて言葉が俺の脳裏を掠める。
 こいつはマジで六万円の価値があるらしい。

「はは、わろす」

 などと棒読みで言うしか俺にはなかった。コメットがここまで強気に出てこなかったとしても、こんな高級メガネを破損させたとあっては俺の気が収まらなかっただろう。一体どうすればいいというのだ。

「おい兄ちゃん。棒読みで何言うとるんや。早う六万円耳を揃えて出してもらおうか?」
「く、そ、それは……」

 現在の所持金、五千円。家にある俺の貯金を全部放出したとしてもせいぜい三万がいいところだ。どうすることもできなかった。

「ちょっと今は持ち合わせが……」
「なんやてえ? そんなんで世の中渡っていけるとでも……」
「コメットちゃん、もう止めようやこんなこと」

 困っている俺を、天の助けかニコルの言葉が救った。でもいいのだろうか、このメガネってニコルのじゃなかっただろうか。

「文月君だって別に悪気があったわけや……いや、そうわけやないけどな」と、ニコルは何かを言いかけて一つ咳払いした。
「しかし姉御……」
「堪忍な文月君、コメットちゃんが失礼なことをして」
「いや、俺も悪かった。そのメガネ高いんだろうし」
「ええんよ別に。ただその……文月君、うちのお願いを聞いてはくれへんやろか」
「お願い?」

 金の代わりに何か言うことを聞け、ということだろうか。まあ、六万円のバイトだと思えば安い物だが、内容に寄るな。

「詳しい話もあるし、これからうちの家に来てほしいんやけど」
「え? 今から?」

 それはちょっと厳しいだろう。時間的にももうすぐ櫻井さんの家に行かなくてはならないし、今日のところはお断りするべきだ。

「いや、ちょっと、今からは」
「……無理、やろか」
「ああ、うん、どうしても外せない用事が……」
「……やっぱり無理かのう。仕方あらへん。コメットちゃん」

 俺の返事を聞くとニコルはコメットに目で合図を出した。一体何をするつもりなのか。

「なあ、兄ちゃん」
「な、何だよ」
「ちょいとその鞄の中、改めさせてほしいんやけど、ええか?」
「え?」

 鞄の中だと? いや、それはまずいんじゃないだろうか。この鞄の中には件の危険物が厳重に……そんなことを考えていた俺の頭に先ほどの光景がフラッシュバックしてきた。
 そうだ、コメットは確か俺がブルマを鞄の中に仕舞う様を目で見ていた。知っているのだ。こいつはこの鞄の中に何が入っているのか。さっきの口ぶりから想像するに、ニコルもコメットから話を聞いているに違いない。
 俺にはもう逃げ場はなかった。

「お、お前らまさか……」
「なんもやましい物がないんやら簡単やろ? もしかして、入っとるんか? あんさんを社会的に抹殺できるようなぶつでも」
「俺を脅そうっていうのかッ!?」
「まあ心配せんでもええで、あんさんの犯行の現場はきっちり写メらせてもらったからのう」
「ってことは、まさか……」

 コメットの言葉を聞いた俺の頭にはある可能性が浮かんでいた。写メを撮るってことはつまり、こいつらは俺がブルマを手に取ることを前もって知っていたってことだ。そこから導き出される結論は……。

「お前ら、俺を嵌めたなッ!?」
「そういうことになるかのう。お詫びにそのブルマはくれてやるさかい、許しいや」
「くっ……てめえら……」
「文月君、堪忍な。これから一緒に来てほしいんよ」

 ニコルの言葉に俺は小さく頷いた。
 仕方あるまい、言うことを聞かなければ俺は社会的に死ぬはめになるのだ。櫻井さんの家に行くのは少し遅れてしまうかもしれないが、しょうがない。




 ■■




 ニコルに連れてこられてやって来たのは、大体十階建てくらいのマンションだった。どこにでもある普通のマンションだ、茶色い外壁に覆われていて、特別描写するべき点もない。というか、こいつらここに住んでるのか。もしかして一人暮らしとかだろうか。
 五人もいれば圧迫感を感じるエントランスに入り、四人もいれば奥の人はボタンが押せない狭いエスカレーターに乗り、ニコルは『7』のボタンを押す。エレベーターの動きはけっこう遅くて、さらに振動も大きかった。何となく気まずくて、エレベーターの中では一言も話せなかった。
 大体二十秒くらいだろうか、それくらいの時間がたった後エレベーターの扉は開いた。エレベーターを降りてニコルは歩き出す。嫌々ながら俺もその後ろについていく。
 一番奥の角部屋『706』。ここがニコルの部屋らしかった。ニコルは鞄から鍵を取り出し、慣れた動作で鍵穴に。ガチャリと鍵を開けて扉を開け放つ。ここに来てようやくニコルは口を開いた。

「さあ、まずは入って」
「いやいやいや、まずはって何も始まってねえよ。まずは事情を話せ、事はそれからだ」

 というか、あんまり話したこともない女の子の家に入るだなんて正直気が引ける。今はコメットもいて二人っきり、というわけではないが。

「構へんて。それに今はコメットちゃんもおるし」

 ニコルに言われて俺はコメットの方を見てみる。やばい人相のままこちらに向けてガン飛ばしてやがる。なんだ、俺のことを殺すつもりなのか? そうにしか見えないぞ。

「安心しいな、兄ちゃん。兄ちゃんがおかしなことをしようとしたら、地獄のゲートを潜らせてやるだけやからなあ」
「遠慮しときます」

 ていうか、元々俺に拒否権はなかったのだ。このまま帰ったりすれば……まあ、そういうことだ。

「はいはい、入りゃあいいんだろ?」

 ため息をついて中に入るニコルに続く。細い廊下の奥にある六畳一間はシンプルだけど女の子っぽい部屋だった。ピンクの絨毯にクッション。その他テレビなどの家具は白を基調に纏められている。右の角にある照明が何となく目に付いた。

「今はこの部屋にコメットちゃんと一緒に住んどるんよ」
「そうなのか」

 いっつも一緒にいるから仲がいいと思っていたが、まさか一緒に住んでいるとは。一体どういう関係なのだろうか、ニコルとコメットは。
 件のニコルはというと、大きな窓ガラスに手をかけて決意を新たにするように息を大きく吸い込んだ。キッとした目で俺のことを見据えてくる。

「単刀直入に言うわ。文月君、うちと、その……恋人になってほしいんよ」
「……………は?」

 頭からそのまま出てしまったような、我ながら間抜けな声だった。何を言ってやがるんだ、この女は。

「いや恋人って……俺にお前と付き合えってことか?」
「そうや」
「いや、それは……」

 別に嫌という訳じゃない。ニコルは見ての通り可愛いし、彼女にするには申し分ない。だがしかし、物事には順序というものがあるのだ。

「別に嫌って言う訳じゃねえけど、そんな急に……」

 そう言いかけた俺の首元に何か鋭いものがあてがわれた。

「は?」

 恐る恐る背後へと振り向いてみると、コメットが包丁を俺に向けていた。凄惨に口元を歪めながら、何よりも変えがたい愉悦を瞳に灯して。

「おいゴミ虫。姉御のお願いが聞けへん言うんか? ええで、それなら。最初の約束通り、あんさんの命を対価にもらうだけやから」

 舌を口の周りに這わせながらコメットはそう言った。やばい、こいつやる気だ。本気でやる気だ。

「最初の約束ってなんだよッ!? 俺はただ物事には順序がって言っただけで」
「言い訳ばっか垂れる野郎は嫌いなんや」
「いやだって、俺はニコルのことよく知らないし」
「――コメットちゃん、よしいな」

 と、そんなコメットの暴挙をニコルが制した。た、助かった。よく分からないがコメットはニコルに頭が上がらないようだしな。

「し、しかし姉御」
「ええんよコメットちゃん。こんな急な話、元々まともに聞いてくれるわけなかったんや。うちも文月君のこと、よく知らへんしな」

 そりゃあそうだ。知らない相手と付き合うなんて抵抗あるんだよ。だったら、なんでニコルのやつ、俺と付き合いたいなんて言ったんだ? こいつの境遇は今の俺と似ているはずなのに、一体何故なのだ。

「あ、あのさ……」
「ん? なんや?」

 少しだけ痛みの走る首を押さえながら、俺はニコルに尋ねてみることにする。

「何で俺なんかと付き合いたいって、思ったんだ? 何か俺じゃなきゃいけない理由とかあるのか?」
「……そやな」

 そう言って、ニコルは少しだけ微笑むと、部屋の出口の方へと歩いて行った。

「うちのことよく知ってもらうためにも、ちょっと来てほしいんよ。今の文月君の質問にも関係してくることやから」
「行くって、どこにだよ」
「屋上や」
「は? 屋上? 何で」

 言った俺の首筋にまたしても鋭いものが押しつけられる。振り向くまでもなくコメットのやったことだということは分かった。

「なんか文句でもあるんか? ゴミ虫」
「何もないっすッ」

 気をつけをしてそう言ってやった。こいつに逆らったら命がいくつあっても足りないような気がする。とりあえず今は従っておいたほうが賢明だろう。

「こっちや、文月君」

 言われて俺はニコルの後に続き、部屋の外へと出る。どうやら今回はエレベーターを使わないらしい、先ほど来た道とは反対方向へニコルは歩いていた。多分屋上はエレベーターと直通ではないのだろう。いい機会だ、そう思って俺はニコルに今まで聞きたかったことを聞いてみる。

「なあ、お前……ニコルさ」
「ん? なんや?」
「何でお前ら関西弁使ってんだ? ここは関東なのに」
「ああ、それはやね……日本語を勉強するためにコメットちゃんと見た映画が関西弁のやつでな、それが影響してしまったんよ」
「そうなのか」

 俺の予想は的中したらしい。勘違いってやつか。でも何となく標準語より関西弁のほうが覚えにくいと思うんだけど、まあ別にいいか。

「……文月君」
「あ? なんだよ」

 ニコルは躊躇するように顔を舌へ向けると、またしても意を決したように大きく息を吸い込んだ。

「これから文月君は、私のある秘密を見ることになる。でも、それは見てしまえば後戻りできない類のもんなんよ。どれくらい後戻りできないかと言うとな、標高二千メートル、パラシュート無しでスカイダイビングするくらい後戻り出来へんのよ」
「そりゃあ後戻りできねえな……」
「もしかしたら、文月君。文月君はうちの話を信じてくれへんかもしれん。――いや、これからうちが見せようとしておるんは、恐らく……『信じるやつのほうが少数』という類のもんや。どれくらい少数か言うとな、コメットちゃんが高校の制服を着ずにランドセルを背負った状態で『高校二年生です』って名乗った時くらい信じるやつが少数なんよ」
「そりゃあ少数だな……」

 しみじみと俺は頷いた。
 同時に背後から尋常ではない殺気を感じた気もしたが、多分気のせいだ。

「せやから、文月君にはいくつか約束してほしいんよ。一つ、うちの言うことを無条件で信じること。一つ、うちの秘密を誰にも口外したりしないこと」
「そんなに重要なことなのか?」
「そうや、とっても、重要や」
「ふうん……」

 そんなに重要な秘密を俺なんかにバラそうなんて物好きなやつだなって思った。その秘密が、俺を恋人にしたいなんて言い出した原因なのだとしたら、それは一体何なのだろう。
 色々なことを考えている内に俺たちは屋上へと続く階段へ辿り付いていた。屋上なんてほとんど誰も訪れてはいないのだろう。時間的な要因もあるが、埃っぽくて薄暗くて、あんまり長居したくない場所だった。
 と、咳き込んでいる俺の前方で突然、ニコルが足を止めて振り向いてきた。

「文月君、うちにはな、いくつか秘密があるんよ。今日はその一つを文月君に見せる」
「はあ、そうすか」
「うちがいいと言ったら入ってくるんやで。その前に入ってきたら絶対にあかん」
「え? 何で」
「そ、それは……」

 俺の問いに対してニコルは何故か顔を赤らめて俯いた。もじもじとして何か言い淀んでいるようにも見える。何だ、何か恥ずかしいことなのか? よく分かんないけど。

「と、とにかくダメなもんはダメなんやッ」
「いや、だから理由がないと。世の中全てのことは科学で説明できるように……」

 例によって、またしも俺の首筋には包丁が押し当てられる。

「おいゴミ虫。姉御がダメ言うたらダメに決まっとるやろ。なんか文句でもあるんか? ああ?」
「何もないっすッ、すいませんしたッ」

 とりあえず、コメットには逆らえない=ニコルにも逆らえないということは分かった。本能的に。

「そ、そういうことやから、絶対に覗いたらあかんで」
「了解っす」

 俺がそう言うと、ニコルとコメットは屋上の方へ出てしまった。
 絶対に入って来るなって、一体外で何をやっているというのか。見るなと言われれば見たくなるのが人間の性、なのだが、今回ばかりは理性を働かせるとしよう。まだ俺、死にたくないし。
 てかなんか、心細いなあ。こんな薄暗い場所に一人きりでさあ。早くしてくれないかな。

「もうええで、文月君」

 そんなことを思っていた俺の耳にニコルの声が届いた。あんまり時間かからなかったな。数分くらいだろうか。そのくらいで一体何をしようってんだ、あいつ。

「開けるぞー」

 言って、屋上の扉を開け放つ。目の前に広がったのは先ほどと同じような星が瞬く夜空だった。屋上には事故防止用に作られたコメットの姿、それしかなかった。
 先ほど俺に話しかけて来たはずのニコルの姿がどこにも見当たらなかった。

「ん? おい、ニコルはどこにいるんだ?」

 気になってコメットに訪ねてみると、コメットは俺の方へ指を向けた。

「ほれ、後ろ見てみい」
「は?」

 言われて俺は振り向いてみる。俺の後ろには屋上から出る扉しかない、はずなん、だけど……。

「……え、ええッ!?」

 扉の上を見上げた俺はようやくコメットの言葉の意味を理解した。
 ――そいつは、夜の静寂を壊さぬよう、静かに屋上に降り立った。髪は結い上げているのだろう。赤いナイトキャップからはみ出ていないことを見るとそうに違いない。
 ニコルは先ほどまでの制服姿から百八十度変貌を遂げていた。手には真っ赤な和傘を持ち、身につけている和服も同じく真紅に染まっている。
 誰がどう見たって、この姿は、赤いナイトキャップをかぶった――姉さんそのものだった。

「お、お前それ、どうしたんだよ……」
「文月君……うちな、見ての通り、サンタなんよ」
「…………は?」

 またしてもニコルのやつ、訳の分からないことを言い出したぞ。サンタだって? それのどこがサンタだって言うんだ。違うよ、サンタは言い伝えだとこう、もっと太っててヒゲを蓄えたおっさんだよ? お前がサンタなわけねえじゃん。

「どこが見ての通り?」
「……どこがって、この格好はサンタそのものやないか」

 ニコルの言葉に俺はボリボリと頭をかく。ええっと、こいつはもしかして壮大な勘違いをしてるんじゃないだろうか、多分そうだろう。これは指摘してやらねばなるまいて。

「いやだってお前……それ和服じゃん」
「古来から日本において、女の正装と言えば和服と決まっておる。そう聞いたんやけどな」
「まあ、あながち間違ってはいないけど……」

 あながち間違ってはいないが、それがサンタと結びつくかと言うと首を傾げざるを得ない。やっぱこいつ天然か、天然なのか? 日本文化を勘違いしてるにも程があるぞ。

「いいんだけどさ、別にそれでも……ていうかお前、その服装が百歩譲ってサンタの物だとしてもだ、お前がサンタってのは一体どういうことだ」
「言葉の通りよ。うちは今年、ここ日本に派遣されたサンタの一人なんや」
「はあ、派遣ねえ……」

 胡散臭いな。そもそも俺はサンタの存在なんてとうの昔に信じなくなってしまった人間なのだ。証拠がなければ到底信じることなどできはしない。

「分かった分かった。俗に言う、サンタは沢山存在するっていう可能性ね。はいはい……だったらサンタさんよ、俺に証拠を見せてみろよ。お前がサンタだって言う証拠をよ」
「証拠、か……ええよ別に。文月君の欲しいオモチャはなんじゃろうか」
「オモチャ? ああ、そういうことか」

 サンタなんだから、自在にオモチャを出現させることが出来るってわけか? ようし、だったらなるべく高い物を言ってやる。そんなに欲しいわけじゃないけどな。

「じゃあ、あれだ、DSとか出してみろよ。サンタなら簡単だろ?」

 PSPとかPS3とか選択肢は色々とあったが、何となくそれにした。まさかその懐にDSを隠し持ってるなんてことはないはずだ、多分。これくらい本物のサンタならいとも簡単に出せるはずなのだ。本物のサンタなら。

「ええよ、それくらいなら」
「え?」

 予想外の返答が返ってきた。
 ニコルはそう言うと持っていた傘を目の前で一振りした。するとそこに白くて四角い何かが突如出現したように見える。あれは、まさか……そんなはずは……。

「ほら、これやろ?」

 出現した白いものをニコルは無造作に俺に投げつけてきた。慌ててそれを受け止める。

「うおっと……おいおい、マジかよ……」

 それは紛れもなくDSだった。誰がどう見たってDSだ。こいつ、本当に魔法か何かでこれを……?
 元から懐にこれを隠していたという線もある。だが、それは正直言って考えにくい。何故ならばこいつは今『オモチャ』というカテゴリーの中から俺に何かを選ばせた。その守備範囲は膨大だ。その中から俺がDSを選ぶと予想して、それを前もって準備していて、それが的中しただなんてどんな天文学的確率だろう。確率論的に考えてみれば、それはあり得ないのだ。ということは……。

「お前、本物のサンタなのかッ!?」
「だから、最初っからそう言っとるやないか」
「いや、だって……そんなの信じられるわけ……」

 言った俺の背後にまたしてもコメットの牙が迫っていた。

「分かったか、ゴミ虫。姉御がサンタって言うことは、わいは一体何もんやと思う?」
「ええと、もしかして、トナカイ、とか?」
「大正解や。頭の回るゴミ虫じゃのう」

 トナカイが人間っていいのか、それ。いや、深く突っ込んだらいけないような気がする。俺の命的な意味で。

「それでな、文月君。文月君に恋人になってほしいゆうたんは、その……サンタの補佐をやってほしかったからなんよ」
「サンタの、補佐?」

 聞き慣れない単語に俺は首を傾げる。サンタに補佐なんて必要なのだろうか。さっきみたいな魔法で何でもできてしまいそうなもんだけど、以外と万能ではないのかもしれない。

「そんなの必要なのか?」
「う、うん。まあ、必要なんよ」

 何かニコルは言い淀んだような気がしたが気のせいだろうか。そしてニコルは言葉を続ける。

「こないなこと、恋人でもないと頼まれへんさかい……じゃから、あんなことしてしまって、文月君には悪いと思っとる。でも、お願いできへんやろか」

 両の掌を合わせてニコルは俺にお願いしてくる。つまりはこういうことか、恋人というのは仮でもいいからサンタの仕事を俺に手伝えと、そういうことだろうか。

「いやでも俺、バイトが……」
「なんか言うたか? ゴミ虫」

 背中に何か鋭い物が触れているような気がする。恐らくこれはコメットの持っている包丁だろう。俺に、拒否権はなかった。

「……分かった。手伝ってやるよ。でも、恋人になるって言うのは仮の形でもいいんだな?」
「うん、まあ、そういうことになるかな……」
「ゴミ虫、恋人という関係にこしつけて姉御に何か変なことでもしてみい。わしが直々にあの世へ送ってやるわ」
「へ、へい……」

 店長になんと言い訳しよう。そんなことを考えながら、俺は一人ため息をついた。




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