「くはっはっ・・・・っ!」
とある都会の路地裏。
表の煌びやかな装飾とは違い、裏はゴミと埃にまみれ、汚物と虫とネズミが蠢く『表』の影。
そんな誰も寄り付きたくもない道を、一人の男が息を切らし、ゴミ箱を蹴散らしながら走る。
首や手首に光る金の装飾。お世辞にも上品とは言えないセンスの服。恐らくブランド物なのだろうが、今は酷く、汚れ見るに絶えない状況だ。
だが、男は気にする素振りも見せず、ひたすら走っていた。
まるで、何かから逃げるように…。
彼を逃走へと駆り立てる何か。それは着実に近付きつつある。
その身なりから、恐らく『ヤ』のつく自由業の方々の一員なのだろう。非常に大きいガタイではあるが、下っ端にある背伸び感が感じられる。
だが借りに下っ端でも『ヤ』の付く人。他の組織や警察組織でない限り逃げる必要など普通は無い。
そう、『普通』は―――
「おーい、どこ行くんだぁ?まぁだ、終ってないだろうが!!!」
「ひぃ!!!」
後ろから響く怒声に、思わず奇妙な声が漏れる。
恐ろしさの余り、相手を確認しようと首を後ろに向けた瞬間、視界から光が消えた。
「―――!?」
「どこ行くって聞いてんだよ~。あぁ??」
視界を奪ったのは、声の主。彼を追跡し、今その腕で彼の顔面を捕らえたのだ。
ギリギリと、男の顔面の骨を砕かんと力が加わる。決して太くない腕からは、想像も絶するような力が溢れる。
男は最早恐怖の余り声も出ず、膝は最早高速振動マッサージの如く震えている。
「おいおい、あんた等から喧嘩売ってきたんじゃねーかよ。自分が売った喧嘩ぐらい、ちゃんと後始末してくれなきゃ困るなぁ~!」
男の顔面を捕らえる腕に、更に力が篭る。
その時、不意に男から抵抗の力が抜け、手足がぶら下がった。
「あ?……おいおい冗談だろ…」
男が気絶した事を知り、ため息混じりに腕の力を抜く。
ドサッと音を立てながら崩れ落ちる男。その男の体を物色する人影。
人影に光が当る。その体の線は決して太くなく、むしろ細い。その体の角は丸く、腰の辺りはキュッと括れている。その上下は大きくはないが柔らかな膨らみが目立つ。
そう『彼女』がこの男の追跡者、赤木アンナである。
―――この娘『主人公』―――
「……たく、こんな服着てたったこれだけかよ。これじゃ「俺」の晩飯にもなりゃしね」
目の前で潰れている男から奪った財布を見て、思わず悪態を付く。
この男を含め五人。男達は閉まりかけた商店街にてグループになって行動しており、ついさっき「俺」が高校の知り合いのグループが絡まれている所を偶然見つけた。
金曜日の、時刻にして夜の九時。
知り合いのグループ(グループと言っても三人ほどだが)がこんな夜に、しかも閉まりかけた商店街などをウロウロしていたのかと言うと、どうやら遊びの帰りで、この商店街の通りは駅への近道。
調子に乗って遊んでいて遅くなっていたのだろう。ここを抜けようとして、ってなと頃だろう。
商店街の広場で男を四人絞めたあと、男が一人逃げたのに気付き追ってきたら、とんだフヌケだった。
「っはぁ。最近はましな根性持ってる奴はいないのか…」
思わずため息を漏らし、さっさと知り合いの元へ戻るとした。
――――――
今にして思えば、少しやりすぎたかなと思う。
今、目の前にいる知り合い達は、「俺」を目の前にした瞬間「ビクッ!」と跳ねたかと思うと、さっきからずっと震えている。
それが寄り添っているのだから、まるで逃げ場のないウサギみたいな印象を受ける。
さし当って、「俺」は狼か?
バカらしくて思わず舌打ちした。が、その音が聞こえたのか、彼女達は再び跳ね上がり、より一層くっついているb。
これで「俺」が男だったら、反応は変わったのかな。
………いや無いな。
もう一度回りを見渡す。正直今日はやりすぎた感じがして、少々罪悪感を覚えた。
一人目の男には、股間に一発蹴りを入れた後、俯いた顔面に腰の入ったアッパーを入れてやった。面白い具合に入り、気分がよくなったのか、エスカレートしていった。
二人目の男には倒れる一人目の影から飛び膝蹴りを顔面にぶち当て、着地と同時に後ろに蹴り飛ばした。
三人目は、殴りかかろうとしてきたから、その腕をひねり、一人目の膝に顔面を叩きつけ蹴っ飛ばした。
四人目は二人目の下敷きになっていた。だが意識はあったからとりあえずその顔を踏み抜いた。
何回も何回も何回も何回も何回も………。
で一部始終を見ていた五人目は逃げ、それを追って今に至るわけだが・・・。
「みんな顔グチョグチョ………」
思わず顔をしかめる。今回は少し顔を虐めすぎたかな。まぁこの分なら記憶は残っていないだろうけど…。
とりあえず沈んでる男どもから財布をかすめ、中身を確認していく。
「キャッシュとポイントカード…。以外に家庭的だな。お?コイツ金持ってやがる。イタダキ~!」
後ろで震えているウサギ達からして見れば、獲物を貪る狼に見えるかもしれない。だがそれは少し切ない…てか事実だが。
――――――
仕事(強盗だけど)を終え、一息ついた所で、後ろで固まっていた知り合い等を帰した。このままほって置くにはあまりに忍びなかったから………。
とりあえず人目が無いこの場所には感謝した。下手にバレれば過剰防衛になりかねない。正直鑑別所なんかには入りたくないからな。
だが、あの娘らもチクらないとも限らない。この状況を今一度考え直す。
………やっぱりやりすぎたか?
「俺」は逃げるようにその場を後にした。
―――――――――
ここは暗く、冷たいとある地下施設。そこは本来、都心の貯水場として存在すべき場所だが、今はその見る影も無い。
茶色く錆びたパイプが当りに張り巡らされ、用途不明の機会に無理やりくっ付いている。その組み合わせが辺り一面を埋め尽くし、禍々しい要塞とかしていた。
「皆の者!!!遂にこのときがやって来た!!!」
そんな不気味な城の一角、変てこな服装をした男が声高々と叫んだ。
途端、暗々としていた施設に、至る所から明かりがともり始めた。
それはあっという間に広がり、施設全体を覆った。
「皆の者!我らの悲願の時が遂にやってきた!!!」
ぉぉぉおおおおおおおおお!!!
そこにある全ての気配の声が、叫びが、悲鳴が、この施設一体を包み、一つの雄叫びのように空気を揺らした。その音は巨大な地下施設全体を揺らし、男の体をも揺らした。
その余韻に浸りながら男が手を掲げれば、無数の音は、まるで糸が切れたかのように止んだ。
そしてゆっくりと男が口を開く。
「諸君。遂に、我々にこの時が来た。長かった時間が遂に、終わりを向かえた!」
再びわきあがる叫び。だが今度は自然と消え、男を話しに誘う。
「諸君も身を持って感じたであろう。一万年と言う時間、永木に渡り、我々は地下での生活を余儀なくされた」
男の言葉には、喜びの間に、黒い感情が見え隠れする。
「あの時、我々は地上の王であり、神であった。
全てを蹂躙し、全てを堪能し、全てを掌握しつくした。そう、あの時まで!!!」
その内に秘めた憎しみを、まるで爆発させるように叫ぶ。手には血がにじみ、床に滴るほどに握り締め。
「あの時、『奴ら』が現れなければ、我々は地上の絶対であった!天候を操り、災害を起こし、生死すら自由であった我らの自由の時代…。
奴らさえいなければ!!!」
床を踏みつけ、怒りをあらわにする。その動きに、気配の幾つかも共感を表す。
「我らの自由は奴らに!たった五人の奴らによって奪われ、地下に追いやられた!!!この屈辱を、忘れたわけではあるまいな!!!」
おおおおおおおおお!!!
再び響く雄叫び。男はなり止む前に更に叫ぶ。
「あの時は我らが不覚を取った!!!だが、今は違う!!!我らは再び力を戻し、復習する時が来たのだ!!!」
遂に割れんばかりの声になり、施設全体を轟かせた。
「今こそ復讐の時!立ち上がれ同士よ!我らは帰ってくるのだ!!!!!」
興奮は最骨頂に達し、その絶頂の真ん中で、男は高らかに笑う。
「待っておれ、小僧ども。約束通り返り咲いてやるわ……」