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[28755] 【習作】迷子の赤い死神 リリカルなのは×鬼畜王ランス
Name: 丸いもの◆0802019c ID:2baa930d
Date: 2011/07/09 17:46
これはリリカルなのはと鬼畜王ランス(設定は鬼畜王を基準に戦国ランスまでの
正史ルートを組み合わせたもの)のクロスです。
主人公はランス君じゃないため残念ながらエロはありません。
主軸となる人物が所々でありえない無双をしているため割を食っているキャラが
います。プレシアさんとかごめんね・・・
結構というかかなり自己解釈あり。
色々土下座したい部分ありますが興味が湧いたら暇潰しに読んで頂ければ
嬉しいです。
では、始まります。



[28755] 導入部分のようなもの
Name: 丸いもの◆0802019c ID:2baa930d
Date: 2011/07/09 19:12
 ある宇宙の空間に浮かぶ一つの大陸、
 そこでは人間が魔人と呼ばれる恐ろしい生物と戦争をしていた。
 その戦争はリーザスと呼ばれる国の王となったランスと呼ばれる人物が
 ヘルマンとゼスの二大大国、独自の戦闘集団国家であるJAPANを従えて
 人間と対立する魔人達を打倒するために仕掛けられたものであった。
 ある者は殺された恋人の復讐をするため、ある者は長年続いた大陸の戦争に
 終止符を打つため、様々な思惑を持った人間がこの戦いに身を投じた・・・

 この物語はその戦争に関わったとある男に起きた悲劇、そして不可思議な事件の 始まりである


















「今だ!斬り込めっ!!」
 雪が降り積もるヘルマンの帝都の近く、白く染まった大地にて。
 そこでは人間と魔物による激しい戦闘が行われていた。
 その中で戦闘の中心となっている赤い騎士鎧に身を包んだ部隊。
 指揮官鎧を着込んだ人物がその部隊の先頭に立ち、
 大声と共に魔物の群れへ突撃する。
 その突撃を受けた魔物達は血を空に撒き散らし斬り飛ばされていく。
 リーザス王国精鋭部隊の一つ―――赤の軍は敵陣のど真ん中を一点突破し、
 撹乱する。それに続いて赤の軍を追うように他の部隊も突撃して魔物を
 半包囲しながら少しずつ殲滅していく。
 突破した赤の軍も反転して自分達も魔物の殲滅へ加わろうとした時、
 この軍の副官が急いで将軍の下へ駆け込んできた。


「リック将軍!前方からさらに次の魔物部隊が迫って来ています!!」
 リックと呼ばれた人物は無表情で一瞬だけ考え、命令を出す。
「態勢を立て直せ、先程と同じように敵をひきつけて一気に叩く」
「しかしながら将軍、私達の部隊は今までの戦闘による損耗が激しすぎます。
 一旦撤退して他の部隊と合流するべきでは?」
「いや、撤退するにはもう敵との距離が近すぎる。
 今ここでそんなことをしたら隙だらけになって無視できない損害を被る。
 それにこの場所に穴が開いたら前線が崩壊して軍が総崩れだ。
 損耗が激しいのはどの前線部隊も同じ、自分達が楽をするわけにはいかない状況 だ」
「でも・・・」
「メナド」
「・・・了解しました」

 上官に見つめられて萎縮したメナドと呼ばれた人物は敬礼をしながら急いで
 自分の指揮する部隊へ戻っていく。
 戻っていくその顔には複雑そうな気持ちが見て取れる。
 副官の様子を見て赤の将、リック・アディスンは気持ちは
 分からなくもないと思った。
 すでに自分達の率いる部隊で動ける者は半分近くまで減ってしまっている。
このままでは軍として行動不能となって全滅だ。
 王から賜り、今まで苦楽を共にしてきた大切な部下の命を失うのは
 戦争をする上では仕方のない事とはいえ心が痛む。
 私の指揮が未熟なばかりに死んでいった者達への家族に、手紙を書いた数は
 どれくらいあるのだろう・・・


 魔人との戦争が始まってから半年、各地で激戦が繰り広げられている。
 戦争の初期は人類側が押していたが魔物たちによる圧倒的な物量の前に
 ジリ貧となり、押され始めている地域もある。
 しかも最前線で戦っている部隊には補充される物資と人員が
 だんだんと少なくなっていきそのおかげで敗北してしまう部隊もあった。
 自分達の部隊も満足な補給を受けていないがそれでも他の部隊に
 比べればまだマシ、文句は言えなかった。
 しかしながら十分な補給を受ければこの程度の敵に苦戦することもないと
 心の中で溜息をついてしまう。
 恐らくメナドを始めとしたどの部隊も同じような感想を
 持っているんじゃないだろうか?
 常にギリギリの戦いを強いられている今の状況に悩まされる。
 

「王直属の親衛隊までここの戦いに駆り出されてしまっている・・・」

 本来なら王の最後の盾としてその側に付き従っているべき親衛隊が
 人員不足の為に戦いに参加している。
 それほど人類側は苦しい状態にある。
 もっともそれより辛いのは多分私達が守るべき王国の領民か。
 戦争の為に臨時徴収として食料物資を巻き上げられ、兵士として
 慣れない戦いの場に赴く人達。
 戦時下とはいえこれらの事情は好ましいと思えるものではない。
 だが、悪いと言える人間はあまりいないだろう。
 魔人との戦争がいずれ始まることは誰もが分かっていたからだ。
 だが戦争はいつ起きるか分からない。
 一週間後か?一ヶ月後か?それとも一年後か?
 全く不確定の未来、領民達はいつ魔物に襲われるかと恐慌していた。
 さらに時間を置けば置くほど敵の戦力は増大されていく。
 それこそ人類側の数倍のスピードで。
 これらの要素を踏まえて早く戦争に踏み切ったキングの決断は
 決して間違ってはいないと自分は思う。
 座して待つより打って出たほうがこの戦争に勝利する確率は高かったのだ。
 リーザス影の宰相、マリス様の尽力によって完璧な状態で戦争に突入した
 ものの、
 時が経過するにつれて悪い報告が入るようになっていき、そして今に至る。
 正直、魔人を甘く見ているつもりはなかったがこの戦況を考えると
 頭が痛くなってしまう。


「だが目の前の事を考えるしかない」
 魔物の大群が迫っていた。
 リックは赤く光り輝く長剣、バイ・ロードを両手で握り締め
 突撃する態勢に入る。
 それに付き従うように彼の部下達も剣を構え始める。
 ボロボロではあるが彼らの闘志は消えていない。
 苦境ではあるがこの戦いには負けられない。
 彼らの肩には文字通り人類の未来という重みがのしかかっているのだ。
「よし、行くぞ―――!?」
 いざ、敵陣に駆けようとした時だった。
 魔物の群れの奥から強烈な威圧感がリック達を襲った。
 この独特の感触は魔力の波動。
 魔法大国ゼスの魔法使いが攻撃を放つ前触れとして感じるものであった。
 しかし今回の波動は一般のゼスの魔法使いより桁違いに大きい。
「散開しろ!!」
 怒号とも思える大声に反射して兵士達は各地に素早く散ろうとした。
 自分自身も急いでこの場から離れる。
 だが、その大声をかき消す様に巨大な光と高熱が兵士達を襲い
 跡形も無く飲み込んでいった。


「馬鹿な・・・」
 リックは地面に転がりながらも間一髪で光から逃れることが出来た。
 それでも鎧の一部が熔解しており焦げ臭い臭いを発生させている。
 彼は絶句していた。
 先程まで率いていた部隊が、目の前に近づいていた魔物の群れが
 あっさりと消し炭にされた。
しかも被害は後方で戦っていた敵味方問わずほとんどに及んでおり、
今まで火花を散らしていた剣戟の響きが停止していた。
 どのような魔法を使ったらこんな事が起きるのだろうか?
 以前に魔法使いから白色破壊光線クラスの魔法を受けて損害を
 被ったことはあるがそれより数倍以上の威力がある。
 こんな芸当が出来るのは恐らく・・・


「ん~~、相変わらずミーの魔法はとってもビューティフル!
 くっ…けけけけけけ!!」
 ドシン、と無機質で重量のある大きな足音を立てながらこの惨状に近づいてくる 者がいた。
 明らかに人の気配ではない、魔物以上に流れてくる殺気のようなものに
 皮膚がチリチリと痛みを伝えてくる。
 その気配の方向に目をやると圧倒的な巨体を持つ機械の塊の姿が立っていた。

「魔人か・・・!」
「オー?あのクリティカルから逃れてるとはユーとてもスーパー!でも・・・」

 機械で出来た大きな指がゆっくりリックに向けられる。
 その指先に複数の矢の形をした炎が浮き上がる。

「一応、ラストの自己紹介。ミーはレッドアイ、魔人。そしてユーは人間、
 ゴートゥヘル」

慌ててリックは回避行動に入ろうとするが間に合わない。
 詠唱による魔法攻撃の方が速かったからだ。
 矢が放たれる。
 その魔力量はやはり通常の魔法使いと違う。
 炎であるはずなのに巨大な石の質量をもったような塊だ。
 それらが一気に襲い掛かり爆散した。

「アッサリ終了・・・つまらない」
 まあ仕方ないとレッドアイは思った。
 辺り一面は火の海、この中で生き残る事なんて到底出来ない。
 そもそも彼の魔法を受けて生き残るものは魔人以外にまずいないのだ。
 興味を失って次の獲物を探そうと周囲を見渡す。


「オ・・・発見発見」
「う・・・あ・・・」
 レッドアイの触手のような目玉が捉えた者、
 それは赤の軍の副官を務めるメナドであった。
 奇跡的に彼女とその部下数十人はレッドアイの魔法の射程範囲外にいて
 助かったのだ。
 メナドは睨みつけられて萎縮、姿勢を崩し地面に座り込んで後ずさりをする。
 次に死ぬのはぼくだ。
 魔人の圧倒的存在感に彼女は恐怖していた。
 あの光で兵士が消え去り、頼りにしていたリーザス随一の剣士であるリックも
 目の前で消え去った。
 だれも救いの手を差し伸べる者はいない。
「くけけけけ!そう怖がることはないよユー?これら全てミーのビューティフルアート!
 キルキルキルキルキルー!!」
「ああ・・・!」
 魔人の狂った声が辺りに広がる。
 それがより一層恐怖を増大させた。
 なんとか立ち上がって逃げようとするが恐怖のあまり転んで上手く行かない。
 他の部下も同様だった。
 その様子にレッドアイはいささかがっかりした気分であった。
「ノンノンノン、せっかくいいテンションだったのに台無し・・・
 これだから人間は臆病者で嫌いネ」
 またレッドアイの指先に魔力の渦が発生する。
 先程リックを葬った時と同じ魔法だ。
「メイクドーーラマ!そういうわけでグッバイ!!」
 指先がメナドに向けられた。
 そして魔法を発動させる、が―――


「おおおおお!!」
「ア!?」
 火の海から火球となって飛び出してきた者がいた。
 高速でレッドアイに接近して赤の光の刃を魔力が渦巻いている指先に
 連続で叩きつける。
 結果、魔力は四散して飛び散った場所で爆発をおこし、レッドアイの
 魔法詠唱を妨害した。
 その突然の事に一瞬呆然としている魔人からすぐに離れて
 急いでメナドの元へ駆け寄った。
 その姿に思わずメナドは涙が出そうになった。


「大丈夫かメナド」
「リック将軍!無事だったんですね!!」
「あまりそう言えた状態ではないがなんとかなった」
 そういってリックは苦笑する。
 レッドアイの魔法が迫ったあの時。
 炎の矢が被弾する直前、リックは咄嗟にバイ・ロードを使って
 切り払いを試みていた。
 魔法攻撃を切り払うのは初めての経験だった。
 そもそもそんな無茶は誰もやらないだろうし普通なら剣が魔法に耐え切れず
 壊れてしまう。
 だが、彼の持つ剣――代々リーザス王国赤の将に継承されてきたバイ・ロードは
 けっして刃こぼれせず折れることが無い魔法剣であり、もしかしたら可能かも
 しれないと思ったのだ。
 結果としてはかなりのダメージを負い、意識が飛びかけたものの
 あの強力な矢を切り払い致命傷を避けることが出来た。
「それよりも急いでこの場から逃げるぞ。部隊が壊滅した今、
 私達だけではどうすることも出来ん」 
 あちこちに火傷を負っていたリックは腰につけていた皮袋から世色癌の入ったビンを取り出し、
 数粒飲んで火傷の痛みを緩和させる。
 そして腰が抜けているメナドを無理やり立たせて彼女の部下に大声で命令する。
「後に続け!」
 その声に応じてリックを先頭に小さな一団となってヘルマンの帝都、
 ラング・バウに向かって走り出した 。


「ウゥゥゥゥゥッ!ミーから無事にエスケープ出来ると思っているのか!!」
 気を取り戻したレッドアイが後ろに控えていたモンスター達に号令を出した。
 魔物の群れが一気に動き出して彼らの背を追う。
 それとは別に先程の魔法を喰らわずに生き残った魔物達も逃がさないと言わんばかりに逃げる方向の前に立ち、包囲しようと展開する。
「邪魔だ!どけぃ!!」
「うあああああ!!」
 斬光が魔物たちの間で煌く。
 袈裟斬り、横薙ぎ、全ての攻撃が一刀両断―――
 リックの剣が目にも留まらぬ速度で立ち塞がるモンスターを薙ぎ倒していき、
 その道筋の後には振るわれた剣の赤い残像が残っていく。
 それに負けじとメナド達も必死に追いすがるように剣を振るう。
 その集団――正確にはリックの鬼気迫る姿に畏怖して魔物達の足が後退した。
 それを見てレッドアイが激怒し、近くにいた部下を拳で殴り潰した。
「勝手にホラーしてる!!役立たずはキルキルキル!!」
 辺り一帯に魔力の矢が飛んだ。
 それは敵味方を問わず吹き飛ばしていく。
 リック達はレッドアイの魔法によって
 空に巻き上げられ落ちてくる魔物を何とか避けながら逃げる。


「くっ!見境なしに攻撃してくるんじゃない!!」
「なんなんですかあいつ!?頭のネジが飛んでるんじゃないですか!?」
 毒づきながらも必死に逃げる。
 だが魔法でデコボコになった大地に足を取られないように注意しながら
 進むため体力の消費が激しくなる。
 リックは大丈夫であったが他の者の息が
 だんだん荒くなり走るスピードが落ちていく。
 また、ほとんど不眠不休で戦ってきた戦闘の疲労が全員に蓄積しているのもあって、その影響も大きく出ていた。
 まだ脱落者が出ていないのが幸いであったがリックは心中で焦る。
 まずい。
 このままでは追いつかれて魔物に取り囲まれるか
 奴の魔法に被弾してしまう。
 そう考えていると突如後ろに迫っていたモンスター達に黒い光弾が降り注いだ。
 その光弾が魔物達に炸裂して爆発、狼狽して行軍速度が乱れた。


「おーいリック殿!急ぐのじゃ!!」
 逃げる彼らを遠くから呼ぶ声があった。
 その声の主は帝都の城壁の上に立って数百体の
 魔力人形を指揮してリック達の逃走の手助けをしていた。
「フリーク殿!」
「早く城門をくぐれ!生き残った他の部隊はとっくに帝都へ逃げ込んだ、
 もたもたしていると敵まで雪崩れ込んでしまうぞ!!」
 全身を青銅製の身体――バイオメタルで構成していて青い帽子を
 被った白髭の老人が手首を開いて
 そこに溜め込んだ魔力弾を放出する。
 それに続くように人形達も魔力弾を発射、敵に炸裂させる。
「ぬぅ・・・!数が多すぎる!!」

 それでもフリーク達の攻撃を掻い潜りモンスターがやってくる。
 帝都まで後少しという所で包囲されてしまいリック達は足を止めてしまった。
 リックは小さく舌打ちをする。
 強行突破・・・無事にいけるだろうか?


「リックさん!メナド!援護するわ!!」
 帝都の城壁から跳躍する者がいた。
 それは赤い忍び装束を着た女性で空中で身体を丸めて回転しながら落下、
 跪くようにリック達の側に飛び込んできた。
 着地の衝撃を上手く殺し、降り立ったその女性は口に巻物を咥えて両手で印を組み始める。
 メナドが目を輝かせてその女性の名前を呼んだ。
「かなみちゃん!」
「ハァッ!!」
 爆炎が地上と空に広がった。
 彼女が放った忍術、火丼の術。
 その術から放たれた火が津波のように広がり周囲のモンスターに着火、
 瞬時に全身を炎上させる。
 致命傷には至らないものの撹乱するには十分な効果があった。
 モンスター達は自身の燃える身体の焼く痛みに耐え切れず混乱して
 地面を転がり回っている。
 隙が出来たそれらの魔物をかなみは手にもった首切り刀によって
 切り裂き、わずかながら突破口を作る。
「今ですリックさん!早く帝都へ!!」
「助かりましたかなみ殿、あなたも一緒に」
「はい、こんなところにいたら嬲り殺しですしね」


 リック達数十名は障害物となっている無力化した魔物達を斬り捨て、
 小さな突破口を無理やり押し広げてなんとか無事に帝都へ駆け込むことが出来た。
 そして城門が帝都へ乱入しようとする魔物達の一部を巻き込んで押し潰し、固く閉ざされる。
 獲物を逃がした悔しさと怒りなのだろうか、魔人レッドアイは城門、城壁、
 ありとあらゆる場所に魔法を乱発する。
「ユー達こそこそ隠れてないで出て来るネ!フレッシュミート!!」
 暴れるレッドアイの姿を城壁の上から凝視するフリーク。
 魔人の醜態にしかめ面を浮かべながらも考え事をしていた。
(あの魔人の身体・・・あのボディ闘神か?それにしては・・・どこか妙だぞ。
 いや…間違いない! あれは闘神ガンマ!
 だが…ガンマに乗っていた男は死んだ。奴が死んで…どうして闘神が動いて・・・うお!?)
 考えているところにフリークがいる城壁の部分にレッドアイの魔法が着弾した。
 フリーク自身には直撃しなかったがその衝撃で思いっきり空中に吹き飛ばされてしまう。
 そのフリークを慌てて魔力人形達が地面に激突しないように動いてしっかりキャッチ。
 ゆっくりと地面に下ろした。
「ええい、くそ!かつて儂の友人が乗っていた闘神のボディを悪用しよって・・・。
 死者を、我が友を愚弄する奴は、生かしてはおかん!!後で覚悟せい!!」
 捨て台詞を吐いて急いでフリークは城壁から降りて市街地へ撤退する。
 魔人レッドアイはまだ暴れ続けていた。
 気が付けば空はすでに夕暮れ時となり、夜になりかけていた。
 暗闇が帝都と人間を、魔物たちを少しずつ黒く染めていく。
 激闘に疲れ果てた魔物達は夜の訪れと共に撤退を開始していき
 一時休戦の状態となった。



「戦況報告は・・・あまり考えたくありませんがしましょう」
「そうじゃのう・・・」
 帝都ラング・バウの中にある無人の民家にて、
 各部隊を率いる主要の人物が集まって会議していた。
 リック、メナド、フリークである。
 各人物が椅子に座り、天井に吊るされた魔法ライトがゆらゆらと
 辺りを照らして人影や物影を作り出す。
 街を駆け巡る冷たい風が無人の家の窓を揺らす音が聞こえてきて
 無人の荒野を連想させる。
 元々この帝都を初めとしたヘルマンの各都市は華やかさとは程遠い所であった。
 痩せた大地で民衆は貧しく、かつてのヘルマン帝国では徴税も高く
 その金は決して民衆に使われる事無く王家の贅沢や軍事費用に使われていた。
 リーザス王国に倒されて多少はマシになったものの今度は魔人との戦争である。
 戦火から逃れる為にこの国の国民は避難して安全な後方地帯である
 リーザスに移動していた。
(もっとも国家規模の人数のため全員がリーザスに行く事は出来ず、ヘルマンには
 民衆がまだ各地にかなり残っている。この帝都にもわずかながら民間人がいる。
 JAPANも難民受け入れ体制を取り始めているものの様々な問題が重なって
 上手く行っていない)
 それに魔物達による度重なる襲撃によって今の帝都はかつてのヘルマン帝国が
 誇った権力の象徴の面影はなく、廃墟といっても差し支えない。


「まず自分達が・・・私とメナドが率いる赤の軍、現在動ける者は80人と数名。
 ほぼ壊滅状態です」
 リック達率いる赤の軍は総数約3000名であった。
 リーザス国内でもっとも剣術に優れた者を集めた精鋭部隊、
 それが一気に壊滅状態まで追い込まれた。
 赤の軍の性質を考えると立て直すのは非常に難しく再起不能に近い状態であった。
 しかもこの帝都周辺での主戦力であったため戦略的にも大ダメージであり、
 それに加えて魔人レッドアイが振りまいた恐怖が軍全体に広がって
 士気が下がっておりこれでは戦闘不可能である。
 普通ならばこんな甚大な被害を出すことはまずない。
 リーザスの将軍達は得て不得手はあるもののそれぞれが
 進撃戦、情報戦等、ある一つの分野において特化した優秀な者で構成されており
 大敗をするようなことはまずありえないのだ。
 だが…今回は相手が悪すぎた。
「申し訳ありません・・・」
 メナドが無念そうに俯く。
 手を強く握り締めて肩を震わせていた。
 それを見てフリークが優しく言葉をかける。
「あまり自分を責めてはならんメナド殿。想定外の魔人が出てきて
 悪夢と思える魔法を放ってきたのじゃ。そなたを責める理由はどこにもない」
「ですが・・・」
「私も人の事を言えた義理ではないが・・・メナド、あの怪物を相手にして
 生還出来た。それだけでも幸運だ」
「うむ、そうじゃな」
 それでも・・・と彼女は口ごもる。
 戦争とはいえ部下の死にはあまり慣れていないのである。
 若干17歳にして猛者揃いの赤軍の副将になったメナドであるが、
 精神面ではやはり若者なりに不安定なものがある。
 今回の戦闘で大量の戦死者が出た為、そのショックは計り知れない。
 それに彼女は部下の面倒見がよく稽古には親身につきあってあげる光景が
 軍隊内でよく見られた。
 それだけに部下の死という重圧は強い。
 だが心に迷いを生むのは不味い。
 冷徹にならなければ次に死んでしまうのは自分なのだが
 いつも元気で明るいメナドにそれを求めるのは酷かもしれない。
 あまり気負いすぎるな、とフォローの言葉をかけた所でフリークが話を続ける。


「話を戻そう。
 儂の部隊は後方での援護だったからほとんど無傷じゃが・・・いかんせん元々
 数が少ない。資金があればもっとロボを量産出来るんじゃが・・・我侭は言えんか。
 かなみ殿が率いる忍び部隊が約1800名、敵の撹乱活動も命がけじゃ。
 任務に就いて帰ってこない人間が増えてきておる。
 そしてレイラ殿が率いる親衛隊は確か・・・約1200名。この部隊は多少損害が出たか。
 結果的に見ればリック殿らが敵の目を引き付けて暴れまくったおかげで
 他の部隊は比較的無事だのう。貧乏くじを引いてしまったお主等には申し訳ないが」
「・・・そういえばレイラさんはどこに?」
「確か急遽援軍が来るから迎えに行くと言っておったぞ」
「援軍ですか・・・」


 今の状況ではありがたい話だった。
 このままの状態で次の戦闘をやれば間違いなく全滅する。
 しかしどこの戦線も手一杯のはずなのだが・・・
 一体誰がやってくるのだろう?
 と、そこへドアをノックする音が聞こえた。


「お待たせしました。レイラ・グレクニー、入ります」
「同じくジュリア・リンダム入りまーす!」
「ちょっとジュリア、あなたは呼んでないから自分の持ち場へ戻りなさい!」
「えーだって一人だとつまんないだもん、ジュリアも混ぜて!!」
「どうせ会議の途中で寝るでしょう、大人しく言う事を聞きなさい」
「ぶ~」
「まぁまぁレイラさん、そのくらいにして入りましょ」


 リック達のいる民家に何かにぎやかそうに入ってくる、
 金色の鎧を着たレイラとジュリア。それとかなみ。
 その後ろに古い時代の神官帽子を被り、二つのおさげの髪を肩に下げ
 メガネをかけた小さな少女がいた。


「お疲れ様です皆さん」
「それはこっちの台詞よリック。あなた、今回の戦闘で危なく死に掛けたんでしょう?
 外見からして相当酷い傷を負っているのが分かるわよ」
「ホントだー、リックちゃんの可愛い顔が火傷で台無しになってる」
「大した傷ではないですよ」
「お主のう・・・自分の身体が今どうなっているか分かっておるのか、
満身創痍に近い状態じゃぞ?」

 皆の視線がリックの身体に注目する。
 指揮官鎧と兜を脱いで楽にした状態で椅子に座っているが身体の
 あらゆる部分が火傷しておりそこに包帯が巻かれている。
 どう見ても重傷である事が分かる。


「リックさん、その身体でよく魔人から逃げ出す事が出来ましたね・・・」
「あのリック将軍、会議はぼく達に任せてベッドで休んだ方がいいと思うんですけど」
「心配することはない」


 リックの返答にその場にいた全員がハァッと溜息をつく。
 常人なら寝込んでいてもおかしくない状態なのだがこの男は
 怪我に対する耐性と言うか外傷への精神力は凄まじいものがあった。
 ある程度の傷を負っても普段どおりに行動して王から受けた任務を
 忠実にこなす男であり、ある時大怪我を負っても任務をこなし続けて
 命を落としかけた時は命の心配を通り越して呆れさせたものだ。
 いくらリーザス随一の剣士とはいえもうちょっと身体を労わって欲しいと
 皆は、特にレイラはそう思う。
 その皆のやりとりを見ていて小柄なメガネをかけた少女はクスクスと
 笑っていた。


「困った人ね。皆を心配させるような意地っ張りは駄目よ?」
「いえ、意地は張っていないのですが」
「それが意地を張ってるの、ちょっとじっとしててちょうだい」 


 少女がリックの片方の手を両手で包み、なむなむなむ...と何か呪文を
 唱え始める。
 両手から光の粒子のようなものがこぼれはじめてリックの全身を
 包みこんでいく。
 少女の優しい手の感触のようなものが身体に広がっていく。
 とても気持ちよくてこの感覚にいつまでも
 身を委ねたくなってしまうとリックは思った。


「いたいのいたいの全部とんでいけーーーっ!」
 詠唱と共に光が民家の部屋をいっぱいに照らした。
 その光が徐々に薄れていくと同時に痛みがなくなっていく。
 思わず包帯を取り始めてみると火傷の跡がなくなっていた。
 自分の身体の具合を確かめるように傷を負っていた部分を手でさする。
 平常だ、むしろ絶好調な状態にある
 この少女が施してくれた魔法にリックは感嘆する。


「これはすごい・・・今までの倦怠感や痛みが全て消えている。
 ありがとうございます」
「えへへ~」
 どういたしまして、とにっこり笑う少女。
「おそらく皆さんとは初対面になります。カフェ・アートフルです、
 よろしくお願いします」


 行儀よく頭を下げる。
 その動きで小さな身体がより小さく見えてしまう。
 それでなんというか全体の仕草が子供っぽい。
 いや見た目からして子供な感じなのでメナドがちょっと
 心配そうな表情になる。


「あの、もしかして援軍ってこの子がですか?確かにリック将軍にかけた魔法は
 すごいのですが・・・子供が戦場にいるというのはちょっと」
「失礼ね、私から見ればあなたの方が子供だもん。これでもあなたの
 何十倍も生きてるんだから」
「えー・・・」
「ちょっとメナド、失礼でしょ!外見で判断しちゃ駄目じゃない」
「でもかなみちゃん、そんなこと言ってもぼくよりちっちゃい子に言われても・・・」
「あなただって私と似たようなくらいちっちゃいじゃない」
「うーん、それと何十倍も生きてるって嘘でしょ?」
「きゃはは~、ねえねえカフェちゃん、アメちゃんあるけど食べる?」
「ジュリア!」
「う~、せっかく援軍としてやってきたのにこの対応・・・。
 今に始まった事じゃないけど子供扱いしないでよ・・・」


 相手がまるで納得してない事にぷうっ!と頬を膨らませるカフェ。
 彼女はちょっと怒っている様子だがそれがやはり子供みたいな感じで
 可愛らしい。
 失礼ではあるがリックも子供っぽいなぁ・・・、と思ってしまった。


「これこれ、あまりからかってはいかんぞ。
 まぁ儂も彼女の事情を噂レベルでしか知らんからあまり語れんが。
 じゃがの、カフェ・アートフル・・・この名前に心当たりはないかのう?」


 なにか愉快そうに笑うフリーク。
 彼女の正体を知っているような素振りを見せる。
 この老人は数百年も生きている賢者で、その知識はかなりのものであるから
 知っていてもおかしくは無い。
 余談だがこの老人は昔を遡れば魔法工学における天才であり、
 今の魔法文化の基礎を作った凄い人である。

「心当たりって言われても・・・」
 メナドを始めとした数人が頭を捻る。
 頭の片隅に引っかかるようなものはあるらしいが
 それが何なのかさっぱり掴めない様だ。


「・・・昔の話になりますが」
 一息置いてリックが話を切り出す。
 少しうろ覚えではあるが簡単に説明しようと思ったからだ。
 このままではカフェがちょっと可哀想というのもあるが。
「今から約1500年程前に魔王ジルに戦いを挑んだといわれる
 伝説の冒険者達がいました。
 その冒険者達で構成されたパーティは当時最強といわれ、今後このパーティを
 超えるものは現れないだろうと言われる程です。
 歴史にはその人達をエターナル・ヒーローと記述してますね。
 そのパーティの一人の名前に」


 リックはチラッとメガネの少女を見やる。


「カフェ・アートフル・・・その名前が記されています」
 その説明にうむ、と頷くフリーク。
 これに対してかなり面食らっている数人がいた。
 千年以上も昔の話の為、形骸化してしまっているおとぎ話のような
 ものなのだがどうやら通じてくれたようだ。


「ええー!?この人が伝説の!?とても信じられない・・・」
「だから言ったでしょメナド、が、外見で判断しちゃ駄目だって」
「かなみちゃん、なんかキミも疑ってたんじゃないの・・・?
 それじゃもう一つのツッコミ所として何で1500年前の人が
 今生きてるの?」
「信じないだろうけど今まで不老不死になってたのよ私。
 今は解けて普通の人間だけど」
「ふ、不老不死って・・・あ、フリークさんも似たような存在だから
 納得出来るような出来ないような」
「儂はある過程でほとんど人間やめたのだから参考にされても困るんじゃが・・・」
「そんなことよりアメちゃん一緒に食べようカフェちゃん」
「空気を読・み・な・さ・い!!」


 一応カフェに対する態度を改めるメナドとかなみ。
 対照的にジュリアは能天気な笑いを浮かべてお菓子を勧めて
 一緒に食べようとしてレイラにポカッと頭を叩かれていた。
 そんな皆の様子を見てそれなりに満足したカフェはリックにお礼を言う。


「リックさん説明ありがとう、でも歴史上はそうだけど
 真実は違うのよ色々」
「その辺りは大体、キングとカオス殿から色々聞いています」

 エターナル・ヒーロー。
 キングとカオス殿から事情を聞く限りでは
 魔王を倒す為の手段を探して大陸中を旅していた人達だという。
 紆余曲折を経て彼らは神と呼ばれるに等しい存在に謁見して一人につき、
 ひとつ願いを叶えてもらうという褒美をもらう事が出来た。
 だがそれは悲劇の始まりだったようだ。
 神と謁見して願いを叶えて貰ったものの、彼らは人生を狂わされ
 人の身には長すぎる1500年を越える歳月を不老不死の躰で今も生かされ続けているという。
 例としてカオス殿と日光殿は魔王や魔人を倒せる力を望んだ結果、力は手に入れたが
 剣と日本刀として武器の姿に変えられてしまった。
 これでは自分の力として振るうことが出来ない、本末転倒である。
 そしてカフェ殿も・・・語るには憚れる過去を経験して今を生きている女性だ。


「あ、ごめんなさい。なんだか私のことで色々話がずれちゃっている。
 リックさん達はさっきまで何か会話してたようだけどどんなお話?」
「話していたのは今回の戦闘で残った現在の戦力ですね」


 リックが姿勢をあらためて正す。
 リックの副官であるメナドは慌てて自分が座っていた椅子から立ち上がり
 席を空けてリックの後ろに移動し、手を後ろに組んだ態勢を取る。
 本格的に会議が始まるため階級が低い自分が偉そうに椅子に座ってるのは
 不味いと思っての行動である。
 メナドが空けた席にレイラが座る。
 かなみは援軍としてやってきたカフェの為に椅子をすぐに用意してメナドの横に立った。
 意外な事にジュリアが気を利かせて紅茶とカップ、それにお菓子を
 それぞれの指揮官分用意してテーブルに置いていた。
(彼女は親衛隊随一のお荷物であり、レイラはいつもジュリアの行動に悩まされている)


「私が率いてきたカルフェナイトは1500名だけど・・・
 あなた達の様子を見ると焼石に水みたいねこれは」
「いえ、援軍としてやってきた事にとても感謝します。ここにいる兵士達の
 不安もいくらか取り除けるでしょう」
 しかし・・・とリックがちょっと疑問をぶつけてみる。
「カフェ殿のような人物ならどこでも必要とされます。
 確かにここは激戦区ですがゼス方面でも激戦区域となってる場所が
 沢山あるはず。何故キングはあなたをこちらに援軍として出したのでしょう?」
「それなら理由は簡単。魔人カイト、知ってるかしら?」
「ふむ・・・」

 魔人カイト。
 主にゼス方面の戦線で猛威を振るっている拳法の使い手の魔人だ。
 この地で戦ったレッドアイと比べると戦闘能力は地味そうであるが
 粘り強く戦い、体力と精神力が尋常ではなく疲れというものを
 知らずに戦う相手だという。
 ゼスで戦っている人達はこの者に持久戦を無理矢理持ち込まれて何度も敗退しているらしい。

「あまり詳しくないけどいい噂は聞かないわ・・・何でも
 占領したゼス宮殿に公開処刑場を作って、捕まえた一般民衆を自らの手で殺しているとか」
 そう言って見当かなみは険しい顔を作りそれに釣られてメナドも同様の表情をする。
 他のメンバーも大体の噂は聞こえていたらしくあまりいい顔をしていなかった。

「そのカイトがね、ある日突然いなくなっちゃったらしいの。
 どこの戦線にも現れたっていう報告がプッツリ消えちゃって。
 よく分からないけど魔人が一人消えたからあっちの戦闘は大分楽になったのよ。
 ・・・影でリーザス王が何かやらかしたんだっていう話しがあるけど、本当かしら?」

 まさかね、とカフェは笑う。
 それを聞いてレイラが苦笑を洩らしてしまった。

「う~ん…、ランス君ならありえそうだけど…」

 あの男は予想の斜め上を行く場合が多いから否定出来ないのが困る。
 良い意味でも悪い意味でも。
 ランスが王になって初めての国民に対する演説を思い出す。
 あの時の滅茶苦茶な演説は今でも有名であり、それが元となって反乱が
 起きた事があった。
 最終的には丸く納まり一時的に軍事力は衰退したがこの反乱を素早く鎮圧した
 ランスの軍事的手腕を見て支持する民衆や兵士が増大した。
(これにはマリスの暗躍による宣伝と悪い部分の揉み消しのおかげもあるが)
 王としてのスタートは最悪ではあったが最後に国はまとまって結束力が高まり、
 結果的に良しとなったから王と国に仕える身としては複雑なものである。


「そんなわけで若干余裕が出来たからこっちに私が派遣されたんだけど・・・
 今ここに来たのはベストタイミング?それとも逆かしら?」
「この状況だと両方当てはまるかのう」

 ふう、とフリークは溜め息をついてお茶を飲む。
 ほぼ壊滅状態に追い込まれているところにカフェの援軍は正直頼もしい。
 彼女の率いるカルフェナイトは全員の出自が娼婦という異色の部隊であるが
 かつてカフェが商隊を率いて旅していた時はその護衛を務めており、
 驚くべき事にリーザス正規兵と互角、下手をするとそれ以上の実力を持っている。
 さらにカフェの神魔法の加護により、防衛戦においてはさらに真価を発揮する部隊である。
 だが、そんな優秀な部隊がボロボロになってしまった最前線に回されたのは
 運が悪いと言えよう。
 必然的に彼女の部隊が壊滅してしまった赤の軍の代わりを果たさねばならないのだ。
 今まで主戦力だった赤の軍と入れ替わるわけだから酷使されるのは目に見えている。

「今までの魔物との戦いも激しいものだったしそれに加えてあの魔人じゃ。
 伝説に伝えられるそなたといえども耐えられるか…」
「大丈夫よ、私にとって魔人との因縁は浅くはないし…それに皆が頑張っているのに私だけ頑張らないなんてプライドが許さないわ。
 援軍としてやってきたからには皆を守ってみせる」
 彼女は戦いの決意を表明する。
 だがフリークはちょっと気まずそうに髭を指に絡ませた。
「その意気込みに水を差すようで悪いんじゃが…
 この会議が始まる前に魔法による長距離無線電話で
 パットン達から連絡を受け取っていたんじゃ。
 それによるとあっちも一度魔人レッドアイと交戦して痛手を負ったらしい。
 ハンティがいたおかげで魔人の侵攻を食い止めれたようだが。
 さらに他の方面の部隊についてだがの・・・」

 他の地域で戦っていた仲間の苦戦、被害報告を聞いて部屋にいる皆が
 難しい顔をする。
 たった一人の魔人の出現によって今まで拮抗していた戦力バランスが
 大きく崩されてしまっていたのだ。
 一騎当千とはまさにこのことか。
 改めて魔人の脅威というものを痛感してしまう。

「・・・ここで食い止めるのはもう限界でしょうか?」
「無理じゃな、先程の一戦でコテンパンにやられてしまった影響もある。
 それにこの帝都の防御機能も魔物の襲撃で低下して無いに等しい
 次にあの魔人がやってきたら帝都ごと叩き潰されるかもしれん」
 メナドの質問にフリークが重々しく答えてお茶を啜る。
 何かブツブツ言っては考え事をしているようだがよく分からない。
 多分、この状況をなんとか打破しようと考えているのだろう。


「ん~だったら後ろへ逃げちゃおうよ。
 もう勝ち目無いんだから無理して戦う事ないんじゃない?」
「事実だけど・・・もうちょっと言葉を選んで発言しなさい」

 ジュリアの言葉に同感しつつもレイラはあまりいい気分ではない。
 今までここを守るようにと任された任務を放棄する発言であるからだ。
 危険になってきたら状況に応じて撤退してもいいと言われているが
 任務を果たせなかったという事に彼女の自尊心が傷つく。
 とはいえそんな事を言っている状況ではなくなってきている。

「この帝都とマイクログラードの中間地点にヘルマン方面の軍司令部が
 堅牢な要塞として築かれている。無念じゃが一時司令部に撤退するしかないのう。
 今のまま戦えば全滅は必死じゃ」
「それに魔人相手ではキング、同じ魔人であるサテラ殿やメガラス殿、
 そして健太郎殿がいないと対抗出来ませんね」


 魔人についての対策を考えていた所に扉をノックする音が聞こえた。
 リック達から許可を得て伝令の兵士が入ってくる。
 手には伝令文書と思われる紙を両手に大事そうに持っている。
 兵士がその紙に書かれている文章を高らかに読み上げる。

「ヘルマン方面軍総大将バレス将軍及びレリューコフ将軍両者からの命令であります。
 各地の部隊は戦闘継続をやめて一旦軍司令部に集まり、
 部隊の立て直しを図るようにとの事です」
「・・・そうか。伝令ご苦労、下がっていいぞ」
「ハッ!」

 兵士が敬礼をして部屋から出て行く。
 その後姿を見送って全員が厳しい顔つきになる。

「全部隊の撤退命令が出てしまうなんて、改めて危険な状況だという事を
 認識させられるわね・・・」

 レイラが遠い目をして命令の内容を反復していた。
 戦線の縮小、今まで守っていた地域を放棄して後方に撤退せざるを得ない
 損害がヘルマン方面の軍団に出ているという事だ。
 その事を考えて溜息が出てしまう。
 軍が撤退すれば魔物が一気に侵攻してくるのは明白だ。
 軍の撤退と同時に民衆の避難も同時に行われるだろうが
 少なからず逃げ遅れる人達もでるだろう。
 魔物に侵略された地域で何が行われるかは・・・想像したくもない。
 全力を尽くして戦陣に立っていたというのに敗北して
 守るべき民を敵に蹂躙される。
 自分達のあまりの不甲斐無さに怒りを覚えてしまう。

「・・・皆さん、急いでこの帝都から撤退する準備に入りましょう。
 色々思う事もあると思いますが命があっての物種。私達が死んでは
 守れるものも手の平から零れ落ちてしまいます」

 その場にいた皆が無言で頷いた。
 それを合図に会議室にしていた民家から出て行き、それぞれ行動を開始する。
 無人になった民家には冷たい風の音で軋む音がいつまでも響いた






「急げー!今夜のうちにとっとと帝都から脱出するぞ!!」
「負傷兵が多すぎます!治療班が懸命に頑張っていますが今夜中に撤退するには無理が・・・」
「無理でもやるしかないんだよ!明日には魔物が大量に襲ってくるんだ、出来るだけ運べるように最善を尽くせ!!」
「りょ、了解!!」

 夜の帝都の様々な場所で怒号とも言える指示が飛び、人が忙しなく動いている。
 所々に淡い灯りがついて城下の表情を照らす光景をリックは高い城壁から眺めて いた。

「帝都を守れず撤退か・・・パットン殿に申し訳ないな」
 ふぅっと溜息をつく
 この帝都を中心にしていたヘルマン帝国は打倒され、パットン・ミスナルジと呼ばれる皇子の下に
 国は生まれ変わろうとしていた。
 だがその矢先にこの魔人戦争である。
 いい国にしてやる!と張り切っていたパットンはさぞかし無念であろう。

「リック、こんなところで油売ってていいのかしら?」
 コツコツと足音が近づいてきた。
 その足音に振り向くとレイラが微笑を浮かべて立っていた。
「リーザスを代表する将軍の一人なんだから皆が動いている現場にいないと兵士達が不安がるわよ?」
「すみませんレイラさん、ですがメナドに一任してありますので大丈夫でしょう」
「もう・・・それにまだ私をさんづけするのね・・・いい加減二人だけの時は呼び捨てでもいいのに」
「こればかりは性分なので、すみません」

 その反応にハァーっと白い息を吐きながらレイラはリックに寄り添って城下を眺める
恋人同士になっていた二人は時間の合間を縫ってはこうしていた。
 お互い恋愛経験が少ないからぎこちないが少しずつマシになっている。
 その様子を見てジュリアなど一部の人間はいいなーと優しく見守っていた。
 ただ一人、この二人が仕える王であるランスは事あるごとに呼び出しては
 からかったりいちゃもんつけたりしていた。
 世界の美女は全て俺の物!!と豪語するランスにしては比較的寛容な対応であり、これがただの一般人なら強奪or殺してでも奪い取る展開になっている。
 リックとレイラ、それぞれランス自身がその実力を認めているから二人の仲を認めているのだろう。

「ねぇリック」
「はい?」
「いつ結婚式挙げようかしら?」
「は、はぁ!?」

 いきなりそんな話を振られても困る!
 付き合いだしてからかなり時間が経っているとはいえまだそういうことを考えてはいなかった。
 だってその、色々踏むべき手順があるんじゃないだろうか?
 彼女の両親に挨拶とか世話になった恩人に報告とか、そして一番の難関であるキングにも報告・・・
 キングにこんなこといったらどんな顔されるか分からない。ちょっとだけ怖い。
 そ、それにまだレイラさんとは大人としての関係に至る行為を行っていないし・・・!!

「どうしたのリック、冷や汗かいて?」
「・・・かいてません、気のせいですよ」
「じゃあ兜脱いで表情をよく見せて」
「断じて断ります」
「どうしてよ~?」
「だ、駄目なものは駄目なんです!それでは私はそろそろ持ち場に戻りますのでレイラさんも戻って!!」
「あ!話逸らして逃げるなんてズルイ!待ちなさいリック!!」
「待ちません!大体なんでそんな話を今持ち出すんですか!?」
「今だからよ!戦時中でも幸せの未来の展望について語ってもいいじゃない!!」
「さっき私に将軍として現場の指揮をしろと言われたから緩んだ気持ちを引き締めようと思ってたのに台無しですよ!!」 

 リックが逃げるのを追いかけるレイラ。
 その様子を見守る影が三人。

「あ~リックちゃんまた逃げちゃった」
「リックさんも進歩ないわね~」
「またっていつものことなの?」

 見守る影の正体はジュリア、見当かなみ、カフェの三人であった。
 二人の様子をダシに雑談に入っていた。

「うんうん、いっつもレイラちゃんが恋愛の話を振るんだけどその度に恥ずかしがって話題を逸らすの」
「まぁリックさんは剣術馬鹿と言ってもいいくらい剣に没頭する人だったから仕方ないんだけどいい加減慣れたらいいのに」
「うーん、二人の関係は分かったけど・・・この状況であんな話するのは不謹慎じゃないかしら」
「この状況だからこそだと思うよカフェちゃん、毎日毎日戦いの連続でいつ死んでもおかしくないもん。明るい話題が欲しいんだと思うよ」
「そうよねー・・・死んでもおかしくないよね私達」

 私もいい男と出会いたかったなーと嘆息するかなみ。
 悲しいことに彼女は未だにランスに弄ばれてて涙目であった。
 なんであんな男が私の運命の人なんだと神様を呪っていた。

「あ!レイラちゃんが剣を抜いたよ!!」
「リックさんも剣を抜いた・・・これが恋愛なのかしら?」
「カフェさん、彼らの恋愛観は一般人とは少々異なりますから・・・止めにいきますよ」

 かなみの言葉に頷き三人は二人に近づこうとした時だった。
 天をも揺るがす轟音が帝都を襲った。






「なんじゃあ!?一体何が起こった!?」
 物資運搬の指示をしていたフリークがそう叫ぶとともにすぐさまお手製のフリークロボに集合命令をかけ円陣を組む。
 轟音が鳴り響いた方向を見てみると外からの外敵を許さないように固く閉ざされた黒い城門が大きな槌をぶつけられたかのように
 へこみヒビが入っていた。
 さらに轟音。
 メキメキと音を立てて城門が崩れていくのを見てフリークは舌打ちをした。
「魔物も消耗しきっているはずじゃが・・・夜襲を強行してくるか!」
 体力精神の基礎が違うとはいえ魔物は無限に動けるわけではない。
 人間と同じくちゃんとした思考を持ち、戦えば疲れる生き物である。
 今までの合戦でも疲れる、または傷を負う等をすれば撤退を開始する。
 今回とて激しい合戦で明日までは身動きは取れないと考えていたが・・・
「魔人の出現のせいか」
 多分、あの魔人の出現のせいで敵の士気が高揚しているのだろう。
 それに敵味方関係なく攻撃、狂ったような姿を見せる魔人の性格を考えると
 無茶苦茶な指揮を出してこの強行攻撃に移ってもおかしくない。

「フリーク殿!」
 リックを始めとする各武将が集まってきた。
 集まってきた皆が崩壊しかけている城門を険しく見つめた。
「カルフェナイトの皆集まれ~!皆を守るために戦うわよ!!」
「親衛隊直ちに集合!敵を迎撃するわよ!!」
「私達忍者部隊は敵の牽制!それと帝都から撤退する部隊と民間人の警護にも人を回すわ!!」
「これは防衛戦じゃなく撤退戦じゃ!無防備の者達も守らねばいかぬ故しんどいがやりこなすぞ!!」

 各々が瞬時に指示を飛ばし散っていく。
 後に残されたのは先の戦闘で行動不能状態になっているリックとメナドの部隊だった。

「将軍・・・私達はどうすればいいでしょうか?」
 メナドを始めとする少数の生き残りである赤の軍の兵士達はリックからの指示を待った。
 しばらく沈黙してリックは言葉を切り出す。

「メナド、生き残った部下達を連れて撤退部隊に加われ。今の赤の軍の状態では戦闘は不可能だ。
 撤退部隊の警護ならなんとか役に立つだろう」
 そう言ってリックは立ち去ろうとした。
 どこかへ行こうとする姿を見てメナドは慌てて引き止めた。

「ど、どこへいくんですか!?私達はともかくリック将軍はどちらに!?」
「私は皆の手伝いに行く」
 そう言って背中に取り付けてあるバイ・ロードの柄を軽く手で揺らす。
 メナドはその言葉を聞いて顔を真っ青にした。


「む、無茶ですってー!!いくらリック将軍でも一人じゃ魔物の群れに対抗するのは無理・・・」
「誰も一人で戦おうとは言ってない。他の部隊に混じって戦うんだ」
「あ、ああ・・・そうですか」

 良かったーとメナドは心の底から思った。
 この人なら本気で一人で敵に突っ込むだろうなと思っていたからだ。
 そういう経歴が本当にあるから性質が悪い。

「でもどこの部隊に混じって戦うんですか?」
「ああ、それはだな・・・」




「・・・それで私の部隊に加わって戦いたいの?」
「いけませんか?」
「あのーさっきまでは重体だったんですよリックさんは?治療こそしましたけど
 その後すぐに戦闘なんかに加わったらまた傷が開きます。だからダーメ!」
 メッ!!と両人差し指でバッテン印を作るカフェ。
「ですがこの状況だとそうも言ってられないでしょう。戦える者は一人でも
 いたほうがいい」
「そうかもしれないけどー・・・」

 なんて困った人なんだろうとカフェは思った。
 確かに普段どおりに動く分には治療できたけどそれは戦闘出来るまで回復出来た
 わけではない。ないはずなのに目の前の人は元気に動いて身体の回復具合を確かめるかのように物を試し切りしまくってるし。
 世色癌の一気飲みして体調を無理に誤魔化してるんじゃないだろうか?

「もう駄目なものは駄目ですって!!それになんで私の部隊に混じって戦いたいのー!?
 恋人のレイラさんの部隊に混じって戦いたいとか思わないの?」
「え!?どうしてレイラさんと恋仲だという事を知っているんですか!?」
「・・・なんでそんな返答が返ってくるのかな」

 王様公認で皆が知ってるネタみたいだったのに。
 気づかないのはおかしいと思うよ。

「まぁそれは置いといて、レイラさんの部隊に加わらない理由は私がいなくてもちゃんと指揮が取れるからですよ。
 カフェ殿の場合は率いる部隊こそ優秀ですが合戦の指揮にはあまり向いてないように見えましたので」
「否定はしないけど・・・やっぱり怪我人は参加しないで!何かあったら困るわ」
「大丈夫です、カフェ殿の代わりに臨時隊長を務めるだけです。私は切り込み部隊として最前線に立ちますからカフェ殿は魔法でサポートを・・・」
「私から指揮権半分以上取り上げる上に最前線の切り込み部隊に参加!?冗談言わないでよ!!」
「いえ、冗談じゃなく本気ですが」
「尚更性質悪い!誰よこの人を将軍にしたのは!?」
「先代赤の将であり私の師であるアルト・ハンブラ・・・」
「真面目に返答しなくていいわよ馬鹿ー!!」

 頭痛がする。
 初対面の印象は理知的で真面目な人だと思ったのにその正体は敵の生き血を求めるような獣だ。
 いや、理知的で真面目なのは合ってるけど好戦的過ぎる。
 戦いになると血が騒ぐタイプなのかしら・・・

「これ、いつまでも言い合ってる場合じゃないぞお主ら!来るぞ!!」
 後方支援部隊として戦闘準備しているフリークが声を荒げた。
 その声が発されると同時に完膚なきまでに破砕される音が辺り一面に響いた。
 城門の破片がばら撒かれ魔物が沸いて出てくる。
 闇によって魔物の姿は詳細に見えないが無数に赤く光る瞳がこちらを向いて近づいてきた
 もはや問答をしている場合ではない。
 そう考え、リックはカルフェナイトの部隊を掻き分けその先頭に向けて走り出そうとした。

「待って!!」
 カフェが大声を張り上げてリックの行動を制止した。
 彼女は神官帽子を取って髪を掻き毟り呆れ果てた表情で服のポケットから青の綺麗な袋を取り出した。
 それを手に小走りに駆け寄り持った袋がそっとリックの手に握り締められる。

「これを持っていって。傷が開いたり怪我を負ったりして致命傷になった場合は迷わずこの袋の中にある薬を飲んで」

 渡された袋の中身を見ると緑色の液体が入った小瓶が二つ入っていった。
 ちょっと毒々しくて飲むのを躊躇いそうなものだった。

「これは?」
「とっておきの薬、幼迷腫っていうの。傷だけでなく低下した生命力の回復までする秘薬中の秘薬よ。
 私が商隊を率いていた時に入手したの」

 その時にちょっと無茶苦茶やったけどね、と付け足すカフェ。

「本当はまだ使う予定じゃなかったんだけどリーザスの重鎮であるあなたが危険な行動して死ぬかもしれないから
 仕方なく渡すのよこれ。もっと自分の立場を考えて行動してほしいわ本当に」
「・・・色々申し訳ありません」
「いいわよもう、出し惜しみしてる状況じゃなくなってきたからね」

 そう言ってカフェはチラッと破られた城門を見やる。
 リックも同様にその方向を見る。
 そこから魔物の群れが次々と城下町に溢れていく様子が見え、街を踏み潰してこちらにやってくる音が近づいていた。
 急いでリックは受け取った薬の袋を重要アイテムとしてバックパックに厳重保管する。

「カルフェナイトの皆聞いて!今から私に代わって赤の将のリックっていう赤い人が私達の指揮を取るわ!
 私は補助魔法で皆を全力で守るから安心して!!」
 それを聞いたカルフェナイト達が無言で頷きリックの為に最前線へ誘導する道を作った。
「感謝します」
「死地に赴きたがるような人に感謝されても困るんだけど・・・はぁ」

 この女泣かせー!と内心で毒づきながらカフェは魔法を詠唱する態勢に入った。
 リックは走って部隊の先頭に立つと肩にかけてあるバイロードをはずして柄を握り赤い光の刀身を伸ばして構える。
 眼前にはすでに敵が広がって見えている。
「来るぞ!構えろ!!」





 戦場の舞台となったのは飾り気も無い大きな石床の広場である。
 大体800人が入れるぐらいであり、大量に押し寄せるモンスターを一度に
 相手しなくてすむのが幸いであった。
 もし、これが広い平地であれば主力が壊滅して最低限の戦闘員しかいないリック達は包囲されてあっという間に壊滅してしまうだろう。

「ふぁいやー!!」
 最初に口火を切ったのはフリークだった。
 老人が率いるロボど同時に発射された黒の魔法弾が迫ってくる魔物たちの中に吸い込まれ爆発を起こす。
 着弾を確認すると急いで後方へ退き次の魔法を発射する準備態勢に入る

「せぇぇぇい!!」
 次に高い建物の上を飛び交うかなみ率いる忍者部隊が手裏剣や爆弾を投げ落とし敵を撹乱する。
 無数の爆炎の柱が上がり吹き飛ぶ魔物の姿が照らし出される。

 だが止まらない。
 魔物達はどんどん進軍していきリック達の眼前に迫る。
 双方が白兵戦になる領域になるまで接近するとリックとレイラの部隊が雄叫びを上げた。
「はぁぁぁぁっ!!」
「おおおおおっ!!」

 一気呵成、白刃が煌き敵の中枢にまで斬り込んでいた。
 これには流石に魔物達も狼狽して一時後退することになった。
 二人の部隊はその隙を見逃さずどんどん敵を切り上げていき魔物の進軍を押し返していく。
 しばらくすると魔物の部隊は崩れだし、恐慌して逃げ出し始めた。

「まずは上々か・・・」
 一時的にではあるが次の敵部隊がくるまでの時間稼ぎをした。
 深追いしては不味いので後方部隊と合流しようとした時だった。
 強大な魔力の波動が辺り一面に広がった。
 
「エスケープするのはキル、ミーは言ったのに許さない」

 無数の炎の矢が飛んだ。
 それはありとあらゆる場所に飛び建物を融解、炎上させ
 逃げ出した魔物達は悲鳴を上げながら矢に消し炭にされていく。
 その凶弾はリック達にも襲いかかる。

 マズイ!
 リックがそう思った時、半透明の球体が部隊全体を覆った。

「バリアー!!」

 カフェが大声でその魔法を叫んでいた。 
 高熱が建物・床を融解させ魔物を飲み込み、あらゆる場所に炎の傷跡をつけたが
 リック達前線部隊にはそれを寄せ付けず弾かれて虚空の彼方に消えていった。

「オー?ミーの魔法が・・・くっ・・・くけけけけっ!!」

 何がおかしいのかレッドアイは笑っていた。
 自分の魔法を弾いた人間に対する賞賛なのか機械の手で無機質な拍手を送っていた。
 
「ならもっとビューティフルに・・・メーーイク・・・ドラーーマ!!」

 レッドアイが片手を上げて手の平を広げた。
 赤い光が集まりそれが莫大な熱の量を持っていることが遠目でも分かる。
 一般の魔法使いが使う魔法より規模が違うがそれはファイヤーレーザーと分類されるものであった。
 詠唱を邪魔しようにも距離が遠くこれでは白兵戦を挑めない。
 リック達は急いで後退する姿勢に入っていた。
 そこに赤い光の帯が飛び込む。

「っ・・・バリアー!!」

 カフェが苦悶の声を上げた。
 彼女の張った防御結界に灼熱の魔力を帯びた光線が浴びせられる。
 それは単発ではなく何度も何度も。
 結界を超えて魔力の熱が伝わってきてそのあまりの熱さに兵士達が苦しみの声を発していた。
 レッドアイが魔法を撃ち終わった時には周囲全体がまるで溶岩が活発に噴出する火山の中のようになっていた。

「これにも耐えた、人間のくせにやる」
 何か思慮をするように腕組みをするレッドアイ。
 一方のリック達はそんな様子を見る余裕がなかった。
 辺りは沸騰して灼熱地獄の状態。
 カフェを中心にリックとレイラの部隊は円陣を組んでいたが
 防御魔法を張っていたカフェが荒い息をして膝を地面につけていた。

「カフェ殿!?」
「大丈夫よ・・・大丈夫。それより私の可愛い子達は?」
「数人火傷を負っただけで平気です。レイラ殿の部隊にも損害は無い様子。それよりあなたが」
「へっちゃらよ。この程度で・・・へこたれたりしないわ」
 だがカフェは汗を大量に流して顔色がよくなかった。
 立ち上がろうとして足元がふらつくのを見ると傍に控えていたカルフェナイトが思わず支えていた。
 そこへ後方に控えていたフリークと、リックと同じく前線指揮をしていたレイラがやってきた。

「おのれ、あの盗人め!好き勝手しよって!!」
「無茶苦茶ねあの魔人・・・私達の手に負える相手じゃないわ」
 二人が苛立ちを見せる。
 いくら魔人相手といえどもここまで好き勝手されたことに頭にきているようだった。
 それはリックも同じ気持ちだった。
 先の合戦でレッドアイに部隊丸ごと壊滅させられ、大切な部下達を失ったのだから。
 この中で一番怒り心頭なのはリックであろう。

「儂等も撤退するぞ、このままでは全滅じゃ」
「しかし負傷兵を運んでいる部隊がまだ撤退完了してません。彼らを置いては」
「そこはこやつ等を陽動に使って時間稼ぎをする」

 フリークの後ろに控えていたフリークロボがひょこひょこと姿を現して前進していく。
 小さな人形は無表情ではあるがどこか力強い意思を持っているように感じた。

「いいんですか、あの人形達を使って?」
「人形は時間と手間がかかるがいつでも作れる。陽動役に赴くあやつらに申し訳ないがのう・・・」

 そういって人形に目を向けるフリーク達。
 命令を受けているフリークロボ達はまとまった人数の部隊を数部隊作って色んな 場所に散っていく。
 忠実に動き無言で玉砕命令に従うその姿になんともいえない感情がこみ上げてくる
 過去にリック達は魔人侵攻を止める時間稼ぎの為に数部隊を犠牲にしたことがあったからだ。
 上官の命令を忠実に守り命を散らしていった兵士達の姿が重なってしまう。

「あ~もう!魔人とモンスターの数の暴力の合体って理不尽すぎる事この上ないわね!!」

 静かに暗闇の空からかなみが降り立つ。
 外傷はないが疲れの色が見て取れた。
 
「もう限界です。敵の増援を防ぐ為に工作していましたが魔物があまりに多すぎる事と
 あの魔人による魔法の余波で私の部隊もダメージを受けて活動出来ないわ」
「こちちが戦力的に劣っているとはいえ短時間で勝敗が決するか、まさに化け物だな」

 忌々しげにリック達はレッドアイを睨み付けたがそうしたところで状況は好転しない。
 囮役になったフリークロボ達がレッドアイに攻撃を仕掛け始めると即座に退却を始めた。

「殿は私とリックが務めるわ!皆、早くここから脱出するわよ!!」
 レイラが叫ぶ。
 撤退に移って数分立つと槍やメイスを持った魔物が地上と空の両方から襲い掛かってきた。
 これにかなみが顔をしかめる。
 今も彼女の部隊は襲撃を仕掛けようとする魔物達を牽制していたがそれにも限界 があった。
 魔物達が武器を振り上げると同時にリック達も武器を振り上げ交戦状態に入った。

「せいっ!!」
 リックが瞬時に魔物3体を斬り捨てるが魔物はどんどん襲いかかってくる。
 周りにいるカルフェナイトも必死に応戦するが敵の勢いに押され負傷者が続出して後方へ退避するようになる。
 撤退戦というのは非常に難しい。
 撤退する側は敵の追撃を受けながら後退する形になるので少なからず損害が出る。
 攻勢に出ることは出来ず守りに集中して引き上げなければいけない。
 対して追撃側は逃げる敵に大損害を与えるチャンスである。
 逃げに入っている側はろくに攻撃出来ず守りに入らざるを得ないので猛攻を仕掛ける事が出来る。
 撤退側の思わぬ猛反撃によって逆に追撃側が大ダメージを受ける例もあるがそれはよほど用兵に通じた人間と兵士の士気が高くないと出来ない芸当である。
 残念ながらリックとレイラにはそんな用兵術は持ち合わせていないし兵士は疲労困憊であった。
 リックは尊敬する人物の一人であるバレスにもっと損害を減らす戦い方を心がけるようにと言われてきたがそれを痛感していた。
 また一人、戦っていた人間が彼の横で倒れていく。


「脱出する門まで後少し!負傷兵の搬送ももうちょっとで完了するから頑張って下さい!!」
 そういってかなみが空を浮遊する魔物一体の目に手裏剣を投げつけて
怯ませた後に飛んで首を刈り取る。
 撤退戦に移ってどのくらいの時間が経ったのだろうか。
 昼間の激戦に続いて今夜の夜襲である。
 精神的にも体力的にも削り取られている兵士達はもう倒れていてもおかしくなかった。
 それにも関わらず限界を超えて倒れるのを踏み止まり敵との交戦に入り続けている。

「どうした!?もっとかかってこい!!」
「まだ私はやれるわよ!それとも怖気ついたのかしら!?」
 
 二人の将が気を吐いていた。
 味方がどんどん戦闘不能になっていく状況で軍が崩壊しないように迫り来る敵を薙ぎ払い続けていた。
 満身創痍になりながらも戦い続ける二人の姿に兵士達も力を振り絞り戦線に立ち上がっていく。
 全軍が命を懸けて敵の猛攻に抗い続けるその光景は魂という名の剣による鍔迫り合いであった。

「潮時じゃ!二人とも逃げるぞ!!」
 単身で魔法弾を敵に撃っていたフリークがリックとレイラに退却を促した。
 後方を確認するとあらかたの部隊はこの都市から脱出したようであった。
 今、この都市に残っているのはレイラとリック率いる殿部隊と主要武将だ。

「全軍後退!この都市から出て先に撤退した軍と合流するぞ!!」

 リックが号令をかける。
 足がバラバラになりつつも殿部隊が城門をくぐろうと行軍を始めた。
 だが――――

「いけない!!」

 大声を上げたのはカルフェナイトに身体を支えられて安全な場所で休息を取っていたカフェだ。
 彼女は足がふらつきながらも城門に向かって走り出していた。
 
「どうしましたカフェ殿!?」
「皆急いで逃げて!早く!!」

 カフェは城門をくぐって行く殿部隊を後ろにして防御結界を張っていた。
 全員がその意図を図りかねたがすぐに理解した。
 遠い距離から膨大な魔力の渦が伝わってきたのだ。
 光が集まり帝都の暗闇を晴らしていた。
 
 理解した。
 あれは私達赤の軍を壊滅させた魔法。
 無理だ。
 ありとあらゆるモノを飲み込んだそれを防ぐのは不可能と本能で悟った。

「―――――!!」

 誰かが叫んでいた。
 結界を張り巡らしたカフェか、それとも早く逃げるように指示しているフリーク達か判断出来なかった。
 そして光の塊が彼らを飲み込んでいた。






「く・・・ぅ・・・!」
 
 激痛で目が覚めた。
 どのくらい気絶していたか分からないが気絶していた時間は恐らく短いと思う。
 瓦礫に埋まっていたのでそれを押し退けてリックは周囲を見回した。

「何たる事だ・・・」

 帝都全体が廃墟になっていた。
 無数に立ち並んでいた建物が粉々となるか溶解して熱で溶ける音を出している。
 魔法の影響なのか空を覆っていた暗闇の雲が吹き飛び月が戦場全体を照らしていた。

 またか。
 赤の軍が壊滅し、今度は軍全体が崩壊した。
 奮闘していた部下達は消えて私だけが生き残ったのか?
 酷い仕打ちだ。
 生き地獄をまだまだ体験しろと誰かが言っているんじゃないだろうか。

「あ・・・ぅ・・・」
 呻き声が聞こえた。
 今頃気づいたがリックは自分の胸に抱えていた人物に目がいく。
 その小柄な身体には大量の汗と熱を帯びており思わず声が出てしまう。

「カフェ殿!?大丈夫ですか!?」
「はぁーい・・・大丈夫よ」
 苦しそうな声であったが彼女は自分を抱きかかえているリックを見上げて手をひらひらと振って笑顔で笑ってみせた。
 特に致命的な外傷は見当たらないようだが魔法の過剰行使による影響はどう出るか分からない。
 リックは慎重にカフェを抱きかかえて歩き出した。

「大丈夫よリックさん・・・恥ずかしいから降ろして」
「こんな状況で恥ずかしいとか気にしていられませんよ」

 それもそうかしらと溜息をつく。
 暴れる元気もないらしくじっとして身を任せるようにしていた。

「皆守るって言ったのに・・・守れなかったわ」

 その言葉にどう答えればいいのか分からなかった。
 リックも彼女と同じ気持ちで戦っていたが結果はこの有様だった。
 無言のまま城門の形を成していなかった脱出口へと向かう。

「生きておったかリック殿にカフェ殿、こっちじゃ!」

 脱出口にフリークが立っていた。
 その側にはレイラ、見当かなみ、おまけにジュリアとここで戦っていた主要メンバーが揃っていた。
 皆声を上げてこちらに手を振る。


「皆さんよくご無事で」
「無事というには色々憚れるがのう、なんにせよ生き残ってよかったわい」

 皆がボロボロであった。
 フリークの着ているコートは裂けてバイオメタルのボディの所々に傷がついていた。
 レイラの鎧の一部は吹き飛び、かなみは肩口から血が流れるのを止血していた。

「皆さん急いでここから逃げましょう、奴がやってこないうちに」
 
 皆がその言葉に従いよろめきながらも歩き出した時だった。
 頭の中におぞましいあの声が響いていた。





 ところがフェイント、人間は逃がさないネ





 空からの巨大な風切り音、それが徐々に近づいていた。
 皆が咄嗟にそれを回避しようとするが間に合わない。
 地響きと共に全員が吹き飛ばされていた。

「んー、やっぱり俺様ビッグストロング!ナンバーワン!!」

 片手を天高く頭上に掲げて高笑いするレッドアイ。
 吹き飛ばされた皆が地面に転がりつつも戦闘態勢を取る。
 …ただ一人を除いて。

「レイラ、さん」
「え?」

 リックは吹き飛ばされながらも何とか受身を取ってカフェに衝撃のダメージを与えないように配慮していた。
 彼女を片手に抱えて素早くバイ・ロードの刀身を伸ばしてレッドアイを睨み付けた時、その睨み付けた光景を見て呆然としていた。

「リックさん!どうしたの!?」

 痛みに顔をしかめる。
 カフェは異常に力が篭り始めるリックの手からなんとか抜け出して地面に立つ。
 明らかに彼の様子がおかしい。
 その原因であるレッドアイの周囲を見渡すと彼女は間抜けな声を漏らしていた。

「あ・・・」

 血が広がっていた。
 レッドアイの足元から血が大量に流れ出しそれが徐々に地面を染めていく。
 その傍に見覚えのある剣が転がっていた。
 金色の鎧の一部が足からはみ出して見える
 そしてかろうじて見える顔。

「プチプチ?何か踏み潰したアンノウン?」

 レッドアイが踏み潰していた片足を上げた。
 そこには身体の現状を留めてない人間の女。

「レイラちゃん・・・」

 ジュリアが呟いた。
 フリークが歯噛みして「くそっ!」と吐いて、かなみが怒りで身体を震わせていた。

 レイラは全く反応を示さなかった。
 じっと目を閉じており、ただ血を流しているだけ。
 誰の目に映っても分かる。
 即死だった。

「キタナイ、キタナイ。自慢のボディが汚れた、足の感触悪い」

 詰まらなさそうに言って足を振り下ろした。
 最愛の人が踏み潰される。
 刹那、リックは駆けていた。

「やめろぉぉぉ!!」

 バイ・ロードの赤い光がリックの意思に呼応するように力強く輝いた。
 刀身が異常に伸び、レッドアイに斬りつけようとする。

「ティーゲル!!」
「はぁっ!!」
 フリークの手首の発射口から黒の魔法弾が吐き出された。
 それに続くようにかなみが手裏剣を投げつけた。

 だが無駄であった。
 無情にも踏み潰され救おうとした人間は肉塊となり
 衝撃によって噴出した血が空中に舞い、リックの身体に降り注いだ。

「グッド!お前らのシャウト、踏み潰す人間のハープ、いいハーモ二!!」

 くけけけけと高笑いが夜に響いた。
 強大な災厄の具現は愉快そうにその場にいた人間を嘲笑っていた。


 リックの心は静かに冷え切り、


「ハァァァァッ!!」


 そして爆発した。


「オオおオ!?」

 目に捉える事の出来ない、赤い線がレッドアイの身体を走った。
 衝撃で思わずレッドアイは仰け反りジタバタと身体を後退させた。
 線が走った斬撃の痕が正面の身体に袈裟懸けに残っていた。

「フリーク殿」
「あ・・・な、何じゃ!?」
「私が時間稼ぎをします、その間にあなたは皆を連れてここから逃げてください。
 後の事は頼みます」

 振り返らずにリックはそう告げた。
 捨て身の覚悟であった。
 人間が魔人相手に時間稼ぎをするなんて到底出来る事ではない。
 フリークが声を荒げて言葉を何とか口にした。

「む、無茶じゃ!相手が何か分かっておるじゃろう!?」
「分かってて口にしています」
「だったらとっとと逃げの一手に決まっておるだろう!早まるんじゃない!!」
「誰かかここで長く時間稼ぎをしなければ皆全滅です。でしたら私が適任でしょう」

 その言葉に反論したかった。
 確かにここにいるメンバーではかろうじて戦闘を挑めるのはリックだろう。
 彼が時間稼ぎをすれば皆の生存率が上がる。
 だが、ここで死ぬべき人物ではない。死ぬとしたらこの儂だろうとフリークは考える。
 友人が乗っていた闘神のボディを悪用しているあの魔人を刺し違えてでも倒す。
 だが、今の身体では対抗できない事が非常に恨めしかった。

「・・・皆の者、逃げるぞ」
「で、でもそれじゃあリックちゃんが」
「口惜しいがリック殿以外に対抗出来る者はいない」
 
 その言葉に皆が罪悪感に包まれるも退却を開始した。
 過度の魔法行使で動けない状態のカフェをかなみが背負おうとすると
 カフェはリックに向かってよろよろとした手で魔法を唱えた。

「リックさん・・・最後の魔法、受け取って」

 ヒーリング!と彼女の手から漏れた光がリックを包むのを確認すると
 カフェはそのまま気を失ってかなみの背中に倒れた。
 
 最後まで申し訳ありません、とリックは背中越しに言葉をかけた。








「へい、ヒューマン。一人でミーに勝てるとでも思っているのか?
 ずいぶんとオールド脳の持ち主」
「黙れ」

 先程受けた一撃で若干興奮気味になっているレッドアイにリックは突撃した。
 レッドアイが指に炎の矢を形成して迎撃しようとするが間に合わない。
 赤い剣閃が身体とその中核である紅い宝石に斬り込む。

「む!?」

 初撃の機械の身体への斬撃は傷をつけたが二段目の斬撃による宝石への攻撃は見えない壁によって弾かれた。

「無敵結界・・・だが全身には張り巡らされていないのか?」

 レッドアイは近距離での魔法攻撃は間に合わないと思ったのか腕を払う動作で
 直接攻撃に転じた。
 だが、リックはそれを掻い潜りさっきと同じ攻撃を繰り返す。
 結果はさっきと同じ、身体には傷がついたが宝石には壁で阻まれた。

「やはり宝石以外の部分は結界が張られていない」

 だが、それが分かった所で突破口が無い。
 恐らく本体と思われる宝石への攻撃は無効果。
 攻撃が通じる身体の部分もかすり傷程度であった。
 
「しかし攻撃が一応通じるとなれば致命傷になる部分があるかもしれないが」

 かつてリックはランス達と共にレッドアイに似た兵器、闘神ユプシロンを打倒したことがあった。
 アレと同じならば戦闘不能にすることが出来るかもしれないが自分一人ではそんな事は出来ないだろう。
 だが、戦うしかない。
 怒りに身を任せて最後は死んだあの人の後を追うべきか。

「自慢のボディに傷をつけるなユー!」

 巨大な機械の手が頭上を覆った。
 それを勢いよく叩きつけてくるがその攻撃範囲内から素早く抜け出すと同時に機械の指の溝を斬りつける。
 その斬りつけた衝撃で機械の指に電磁パルスが発生した。

「アオ?指がバチバチ、ビリビリ?」

 暢気な事に指の具合を確認しているレッドアイの背後に回りこんだ。
 そのまま勢いよく飛んで機械仕掛けの身体の隙間に剣を一気に突き入れる。

「オオオ!?」

 ダメージになったらしい。
 一瞬電流が外に迸り目が眩む。
 剣を抜き取り次の攻撃に移ろうとするがそれは振り返り様に放たれた裏拳によって妨害、弾き飛ばされ破片だらけの地面を盛大に転がることになった。

「小賢しい、今のはすごくバチバチした。不愉快ネ」

 どうやら怒らせたようだ。
 距離を十分に取った事により魔法詠唱を開始している。

「ミーはノーヘルプ!楽に殺さない!」

 魔人の両手に炎の矢が大量に形成された。
 それが当たり一帯に撒き散らされ爆炎をあげていく。
 リックは先ほど受けた裏拳のダメージがまだ取れず身体がぐらついて起きれなかったが
 なんとか地面を転がって回避する。

「まだまだ、まだまだ終わらない」

 強力な熱を帯びた光線が周りを薙ぎ払う。
 かろうじてダメージから回復してその光線の範囲内から逃れようとするが
 レッドアイは執拗に追跡した。
 光線が着ている鎧を掠めてその熱に思わず呻き声をあげる。
 薙ぎ払われた石の床と破片が飴状に融けていく
 辺りは火炎の海となり酸素が奪われて意識がなくなりそうになる。
 よろよろと身体をふらつかせるリックの姿に魔人は満足そうであった。

「ジャッジメント!これでユーはデッドエンド!!」

 そう言ってレッドアイは両手を掲げて頭上に光の玉が浮かび上がる。
 小さな玉だったそれは魔人の魔力を吸収してどんどん大きくなっていく。
 リックは確信した。
 あれは自分達を一瞬で壊滅に追い込んだ光の源だ。
 喰らえば跡形も無く消えてしまうだろう。
 時間稼ぎもここまでか。
 後は死ぬだけを待つのみと悟る。

 だが、ただでは消えてやらない。
 最愛の人を惨たらしく殺したあの魔人に一矢報いたい。
 朦朧とした意識で剣を強く握り、彼は飛び出していた。

「あああああっ!!」

 雄叫びがあがった。
 自分で無意識の内に叫んだそれには怒り・憎しみが込められていた。
 踏み込む足に力が入る。
 バイ・ロードが意思に応えるかのように禍々しく輝き、凶刃に変化した。
 気づけば彼は赤い流星のようにレッドアイの懐に飛びこんだ。

「オウァァァ!?」

 レッドアイが悲鳴をあげた。
 本体の宝石の近くにバイ・ロードが突き刺さったのだ。
 驚くべき事に闘神の装甲を貫通して深々と食い込んで電流が周りに火花を散らしていた。
 リックは突撃した勢いを殺さずそのまま剣を根元まで突き刺していく。

「くたばれ化け物が!!」
「ウァウ、アウチ、アウチ!メイクドラーマー!!」

 両手をぶんぶんと振り回し、周りの石等を破壊して悶える魔人。
 収束して巨大な光の玉となっていた魔人の最強最悪の魔法がすんでのところで発動せず無効化した。
 これに激怒したかのように宝石から伸びる触手のような目玉がリックを血走った目で睨み付けた。
 レッドアイの巨大な手がリックを鷲掴みにする。

「ぐぅぉぉぉ!!」

 怪力で締め付けられ思わず声を上げる。
 身体中が悲鳴を上げて訴えてきた。
 だが、そんなリックの様子などお構い無しにレッドアイは怒りの言葉を吐いた。

「ただの人間のくせにやる!ミーは褒めてやる!!そんなユーにはとっておきの
 魔法をプレゼント!!」

 そう言うや否やレッドアイの前方に虚空の空間が展開された。
 中身は真っ暗でなにも見えない。

「何を、するつもりだ・・・!?」
「転移魔法でキサマを異次元に吹っ飛ばす。片道切符の地獄巡りを楽しむがいいネ!!」

 そう言ってレッドアイはリックを力任せに虚空の空間に投げ込んだ。
 レッドアイ!!と、怒りの形相で睨みつけながら彼は真っ黒な空間に沈みこんでいった。
 それを確認すると怒りがいくらか収まったようで彼によって身体に深々と穴を空けられた部分を指でボリボリ掻いた。

「ビューティフルなボディが台無し・・・、隠れているロナを捕まえて帰る」

 無機質で重量のある足音を立ててこの場から去っていく。
 後に残ったものは魔人との激闘によって破壊尽くされ、火の海となっている廃墟。
 いつのまにか太陽が山から少し顔を出して筆舌に尽くしがたい光景を照らしていた。


 魔人レッドアイの出現によってヘルマン方面の軍は悉く魔人軍に破れ
 後に首都であるリーザス王国への接近を許してしまう危機となってしまう。
 これは魔人との戦争においてもっとも甚大な被害を出した戦闘として記録に残る事になった。

















「フェイト、あなたのすることは分かっているわね」
「はい、母さん」

 次元間を移動する移動庭園、その名は時の庭園。
 だが庭園と呼ぶには冷たく、無機質な建造物が広がっておりどちらかというと
 要塞に近い状態であった。

 その建物の中心の広間に二人の人間と一匹の獣がいた。
 一人は紫のロープに身を包んだ妙齢の女性ともう一人はその女性の前に跪いている黒衣のマントを身に着けた女の子。
 女の子の傍には寄り添うように赤毛の大型の狼のような獣が立っている。

 年上の女性は王が座るような玉座に肩肘をつけて頬をついていた。
 フェイトと呼ばれた少女は女王からの命令が無ければ一言も発さず動かないような状態。
 親子のように見える二人だがその関係は主従関係に近かった。

「形態は青い宝石で一般呼称はジュエルシード。ロストロギアと呼ばれるそれを私が集める事」
「そう、母さんの為に集めるのよ」

 少女が顔を上げた。目の前にいる女性――母はどこかつまらなさそうに少女を見つめていた。
 その顔に対して赤毛の獣が不満そうに唸り声を上げた。
 それを制するように少女は獣の頭を撫でる。

「アルフ」

 アルフと呼ばれた獣は少女の意図を理解したのか黙り込む。
 フェイトには絶対服従なのかアルフは感情を押し殺して目の前にいる女性を睨むのをやめた。
 
「それでは行ってきます、母さ―――」

 母に呼びかけた時だった。
 建物に突然衝撃が起こり、侵入者の警告を知らせる地図のディスプレイが頭上に浮かび上がった。
 フェイトは怪訝そうな顔をしてそれを見つめた。

「これは・・・?そんな、この場所には誰にも知られてないはず」
「珍しい事もあるものね」

 女性は警告サインを見ても気怠そうであった。
 興味があるのかないのか、ディスプレイをじっと見つめること数秒、
 彼女はこう切り捨てた。

「侵入者は放っておいて行きなさいフェイト」
「でも、母さん」
「どうやってここに転移してきたか不明だけど大きな魔力は感じられない。すぐに傀儡兵に捻り潰されるわ」
「母さんに万が一の事があったら」
「私の言うことが聞けないの?」

 その言葉にフェイトは息を詰まらせた。
 確かに母ならどんな敵でも容易に撃退できるだろうが心配なものは心配なのだ。
 だが下された命令も絶対な物であり、優先事項だ。
 どうしたものか思考を巡らせている娘の姿を見て不機嫌になる。
 母の顔色が変わったことによりフェイトは身体を強張らせる。

「全くお前はグズねフェイト」
「ご、ごめんなさい母さん」
「まぁ、いいわ。今回は好きなようにしなさい」

 その言葉にフェイトは喜色の色を浮かべた。
 傍から見れば無表情に見えるがアルフには感情の機微が読み取れてやれやれと言わんばかりに
 どっかりと座り込んだ。

 ・・・・・侵入者の動向を伺いながら。








「うわあああああ!!」

 ぽっかりと開いた黒い空間からリックは派手に転がり込んで出てきた。
 床に身体を激しく打ちつけ十数メートルくらい移動して壁に激突、そのまま停止した。
 穴の開いた空間は人間が転送したという事を認識したのか徐々に縮まっていきそして消失した。

 無様な姿であった。
 着込んでいる赤将の鎧はぐしゃぐしゃにへこんでおり
 勇壮に魔人と戦っていた姿はなく、覇気と呼べるものが消失していた。
 大の字に身体を開いて天を見上げる。

「・・・・・・ここは?」

 眼前には巨大な吹き抜けのホールが広がっていた。
 天井は空を見るように高く、壁を沿うように螺旋階段がそれを目指すように作られていた。
 そして周りを見渡すと巨大な像が複数あり、それぞれが剣や斧など様々な武器を握っている。
 その武器が飾り物ではなくやけに切れ味の鋭そうな実用的な物であり嫌な感じがした。

 手に強く握られた柄、バイ・ロードを見る。
 特に損傷はなくまだ武器として使用可能であった。

「あの人の後を追うかと思ったら生き残ってしまった」

 そう言ってみると途端に怒りと憎しみが心の中で激しく揺れ動く。
 魔人レッドアイ。
 最愛の人を殺し、笑っていた魔人。
 奴だけは絶対にゆるせない。
 こうやって生き残ったのも何かの縁だ。
 必ず奴を破壊してやる。

「とりあえず現在位置を確認しないと」

 身体は幸い動く。
 身体中に痛みが走っているが特に問題は無かった。だが体力は限界に近い。
 螺旋階段以外に他の部屋へと続く通路を見つけたのでそこに行ってみることにする。
しかし人の気配が全く感じられない。
 不気味な場所である。

「あー・・・嫌な思い出が蘇るなこれは」

 ある日の事である。
 リックは自分が仕える王、ランスが白昼堂々と女性を襲っていたのを目撃したので騎士として仕える使命感から
ランスに理想の王としての在り方を説いた事があった。
 その後日。

「リック、お前今からその兜被らないで全国のダンジョン肝試しツアーな」

 滅茶苦茶怖かった。
 勇気が湧いてくる赤の将の兜無しでダンジョン探索はこりごりでありキングに
 女性関連で注意するのは二度としないと心に誓いかけてしまった。
 嫌なダンジョンばかりであった。
 モンスターがわんさか出てくるダンジョン、トラップが沢山仕掛けられているダンジョン、
 そして今、目の前にある大量の像が動き出して襲い掛かってくるダンジョン――――

「え?今、目の前にある大量の像が動き出す?」

 間抜けな声が出るのと斧を持った像が首を掻っ攫うように武器を振るってきたのは同時であった。

「うおっ!?」

 瞬時にバイ・ロードの刃を展開してその攻撃を弾き上方に受け流す。
 受け流すと同時に横薙ぎに払い抜けようとするがそれは見えない障壁に喰い込んだ。
 刃が切り裂く一歩手前で停止、空中でバイ・ロードが激しく赤い光を散らしていた。

「なんだこれは!?」

 結界でも張られているのか?
 そう思いながらも障壁にぶつかっている刃は徐々に奥深く喰い込んでいく。
 破れそうに見えたのでそのまま力任せに横に払った。
 結果、何かが破れる音と共に像の足が水平に斬り倒され動かなくなった。

 ただの像の癖に結界魔法を展開しているのか?
 だがこちらからの攻撃が通じる敵でよかった。
 もし、カフェ殿並の張る結界の固さであったら一方的にやられて殺されるところ だった。
 そんな結界を持つ雑魚が沢山いるダンジョンなんて考えたくないが。

 そんなことを考えていると次々に像――傀儡兵が現れて全周囲からリックに襲いかかってきた。

「チッ!」

 リックは次々に襲来する傀儡兵の攻撃を避けて逃げの一手を決めた。
 今までの激闘でもう身体に力が入らない。
 それでも生存本能の為せる技なのか、身体は勝手に動き身の危険を遠ざけようとする。
 みっともない姿で逃げる自分の姿に彼は苦笑していた。

 魔人の言っていた地獄巡りってこれだろうか?
 それにしては随分と生ぬるい。
 まだ序の口なのだろうか?
 なんにせよただでは死んでやらん。
 地獄から舞い戻って目に物を見せてやる。










 どのくらい逃げ回ったのだろうか。
 気がつけば彼は大きな門の前に立ち、荒い息で呼吸を繰り返していた。
 なんとか逃げ切ったのか傀儡兵は周囲にはいなかった。
 
「全く、ここを作った奴は恐ろしいな」

 逃げる先には必ず大量の傀儡兵が待ち構えていた。
 厄介な事に空中を浮遊して魔力弾を撃ち込んできたりするし
 強固な結界を張って刃が通じ辛い奴もいた。
 あれだけの質と量を備えた人形を作るにはフリーク殿でも難しいだろう。
 
 本当にここは一体どこなんだろう・・・?

 呼吸を整えて改めて眼前にある門をみる。
 すると門が開き、風が中から流れてきて外に吹き抜けていく。
 中はよく見えず真っ暗、奥行きが確かめられない。

 入って来いという意思表示だろうか?
 罠が無いか警戒、バイ・ロードを展開して臨戦状態のままゆっくり門の暗闇の中へ入っていた。


 暗さに目が慣れて歩く事数分、明るい広間に出た。
 目の前の玉座に人間が座っている事を確認するとリックはすぐに剣を構える。
 初対面の人間にいきなり剣を向けるのは無礼だが今まで出会った連中と状況から考えて油断は出来ない。

 そのあまりの警戒ぶりに玉座で髪の毛を弄っている女性は嘲笑うように声を漏らした。

「物騒なお客様ね、問答無用で剣を向けるなんて」
「そういうあなたは客を歓迎するにはよくもまあ危険すぎる仕掛けを設置しましたね」
「当たり前よ。本来ならこの建物は誰にも知られないようにしているのよ。侵入者がいたら殺すわ」
「客=侵入者ですか・・・人に知られてはいけない悪い事でもやっているのですか?」
「そうね、あなたが管理局の人間かどうか分からないけど悪人そのものと言える様な事をやってるかしら」
 
 女性は悪びれも無く答える。
 具体的にどういうことをやっているか聞きたくなったがそれ以上追求するのをやめた。
 多分聞いた所で答える気もないだろうし、そもそもそんな事を聞いている場合ではない。
 悪事を働いているなら独断であるが私の手で捕縛して司法の手に差し出せばいいのだろうが
 消耗している今の状態ではそれは難しいだろうし相手の力量が分からない。

 とりあえず今は一刻も早く魔人との戦いに復帰しなければいけない。

「あなたが何をやっているかはひとまず置いておきましょう。ここは一体どこですか?」
「さぁ?どこかしらね?そもそも秘匿したい場所を教える奴なんてどこにいると思う」
「む・・・」

 それはそうだ。
 人に知られてはいけない事をやっている場所を教える奴なんていないだろう。
 言ってみて馬鹿な質問をしたなと少し恥じた。

 ・・・関係ないが女性がさっき口にした管理局って何だろう?治安維持部隊みたいなものかな?

「さて、下らない話は終わりにしてアナタには死んでもらうわ」
「いきなりですか、まぁ予測出来た展開ですが参ったものです」

 目の前の人間は悪人だと公言してるし知られてはいけない場所で何か悪事を働いてる。
 そんな人間が侵入者である私を生きて帰すはずもないだろう。 
 そもそもここはあの女性の腹の中なのだから何かを決める権利は私ではなくあちらにある事を理解する。
 ・・・今の自分は随分と思考が鈍ってしまっているな。



 剣を頭の右側に構え、切っ先を女性に向ける。
 明らかに敵意を示しているのに女性は悠然と見下していた。
 相手の格好とこの場所に至るまでに出会った敵を考えると恐らく魔法使いのタイプだ。
 ならば魔法を詠唱される前に斬りかからなければいけないのだが・・・目の前の敵は無防備すぎる姿勢。
 玉座から動こうとせずこちらの動向を眺めていけるだけ。
 トラップを張って誘っているにしても露骨すぎる。

「どうしたの?一撃だけなら受け止めてあげるわよ」

 その言葉に瞬時に反応してリックは斬りかかった。

 どれだけ自信があるか分からないが大層な発言だ。
 確かにあれだけの実力を持った操り人形を作れるなら納得出来るが。
 大抵の魔法使いは接近戦に持ち込まれただけで敗れ去る事が多い。
 例外として扱える魔法使いは知ってる限りでは2~3人ぐらいいるが・・・
 まさかこの女性も例外と言える部類のレベルに達している魔法使いなのだろうか?
 なんにせよ相手はこちらの力量を確かめるように挑発してきた。
 敢えてそれに乗ってみることに決めた。


 跳躍、赤い死神と恐れられた者の鎌が襲い掛かる。
 それが女性の首下に斬り込まれ死体となって床に転がると思われたが


「・・・!!」
「大したものねあなた、私の結界に侵入してくるなんて。それに面白い武器を持っている」

 振り下ろしたバイ・ロードが傀儡兵の時と同じように見えない障壁に食い込んで いた。
しかもその障壁は堅牢で傀儡兵とは比べ物にならない。
 驚愕する赤の騎士、久しぶりに面白い物を見たと思う魔法使い。
 対照的な反応であった。
 弱体化しているとはいえリックは魔法使い相手に攻撃を無効化されたのだ。
 相手の力に脅威を覚えざるを得なかった。


 女性が軽く腕を横に振るとリックは空中に吹き飛ばされるが態勢を整えて片膝をつけるように着地。
 そのまま助走をつけるようにダッシュ、再度斬りかかる。

 今一度。
 強固ではあるがあの結界に一歩入り込む事が出来た。
 ならば攻撃する箇所を一点集中すれば破れるかもしれない。

 深くしゃがみこみそこから大きく飛ぶ。
 目標を真正面に捉えた。
 それを見て女性は含み笑いを浮かべた。

「さっき言ったわね?一撃だけなら受け止めてあげるって」

 その言葉と同時に横殴りの蹴りがリックに襲いかかってきた。
 奇襲に反応する事が出来ずそのまま吹き飛び、広間の壁にまで飛んで激突。
 壁からずり落ちるように身体を崩した。
 激突した壁はへこみ、破片が彼に降り注いでいた。

「さあフェイト、思いがけないところで敵が現れたわ。母さんを守って」
「はい、母さん」

 どこに潜んでいたのだろうか、いつの間にか黒い死神を思わせるような少女が女性の目の前に立っていた。
 手に閃光を発するスティック?のようなものが握られていてそれから光が伸びて鎌が形成されている。
 その少女に付き従うように赤い獣がこちらを威嚇する動作を見せている。
 新たに出現した敵の姿を確認してリックは頭を抱えた。

 子持ちときたか。
 この手の魔法使いは大抵異性に興味なく自分のしたいことに没頭しているものと思うが私の偏見だろうか?
 今はそれをおいておこう。
 しかし、獣はともかく目の前の少女は戦わせるにはあまりに幼すぎる。
 あの魔法使いは正気なのか?
 現実にはあのくらいの年で戦っている子供はいるがまだ殺すには忍びない。
 武器を構えている以上容赦は出来ないが最低限の攻撃で無力化出来るように努力しよう。

強打した身体の痛みを堪えつつも何とか立ち上がり目の前の少女と対峙する。


「名乗る必要はないと思いますが・・・私の名はフェイト・テスタロッサ。
 そして今、私が持っているデバイスの名はバルディッシュ、私の命を預ける相棒 です。
 そしてこの子はアルフと言いましてとても頼りにしています」

 そして一呼吸置いて。

「・・・参ります」

 その声がリックのすぐ側、側面から聞こえてきた。

「む!?」

 すんでのところで少女の持つ光の鎌が首を刈り取ろうとするのを阻止することに成功した。
 バイ・ロードの赤い光がバルディッシュの放つ閃光と拮抗して鍔迫り合いになる。
 一気に間合いを詰められた事にリックは内心で肝を冷やしていた。

 少女の驚異的な瞬発力を捉える事が出来なければ今頃首が飛んでいた。
 この子はこの年代で戦士としての資質がすでに目に見える形で現れている
 甘く見ていたら間違いなく殺される。
 子供相手と認識していたのを変えざるを得ない。

 バイ・ロードを持つ両手に力が入る。
 鍔迫り合いではリックのほうが体格・力が優位であるため
 自然、フェイトが不利に追い込まれ態勢を床に倒される形に押し込まれる。

 このまま地面に倒し、武器を弾き飛ばして無力化するべきか。
 そう思い力をより一層込めようとしたら背後から強烈な突き飛ばしがきた。
 耐え切れずリックはフェイトを飛び越える形になるが無事に地面に着地して少女の方へ向き直る。
 結果、リックとフェイトの鍔迫り合いが解かれ両者とも仕切りなおしをする形になる。

「ありがとうアルフ」

 立ち上がり少女は唸り声を上げるアルフの頭を撫でた。 
 アルフはリックに対して明らかに敵対心丸出しで今にも飛び掛って来そうであった。

 そうだ、敵は一人じゃなかった。
 今の状態の自分ではフェイトという少女を相手にするだけでも苦しいのに
 さらに妨害して連携攻撃をされてきたら捌ききれない。

「申し訳ありませんが二対一の形になります。多分私一人じゃアナタを潰せそうにありませんので」

 予想通りの状況になった。
 獣は駆け出しリックに向かって突進した。
 アルフは速さこそさっき見せたフェイトには及ばないが人間相手には十分すぎる速さであった。
 体当たりを寸前でかわす。
 アルフは体当たりしようとした速度を殺すことなく壁に向かって飛び、そのまま三角飛び。
 空中から再び襲撃をかける。
 迎撃しようとリックの剣が獣に向かって伸びる。
 だが、驚くべき事にアルフは迎撃の剣に食い付き受け止めた。

「ぬぅ・・・!!」

 剣に食い付いているアルフの口が刃で切れて血の滴が落ちていく。
 だがそんなのはお構い無しとリックから武器をもぎ取ろうとして頭を振り回す。
 獣にしては異常なまでの力を持っており奪われまいとリックは剣ごとアルフを無理矢理持ち上げて
 上段から地面に叩き付けるように振るった。
 叩きつけられる寸前でアルフは口から剣を離して後ずさり距離を取った。

 その時、獣はしてやったりと笑みを浮かべたような気がした。


「バルディッシュ、フォトンランサー連撃」
『Photon Lancer,Full Auto Fire』

 少女の声に反応してバルディッシュと呼ばれた武器から声が上がった。
 何かの攻撃の前触れ、と感じ取ったリックはフェイトの姿を確認せずに即座に
 その場から逃れようとするが身体が動かない。
 何故?
 力を込めようとして力が上手く入らない。
 身体に何か違和感がある

 気がつくと両手両足が光の輪で縛られていた。

「うぉぉぉぉぉ!!」

 雷の弾丸の嵐が降り注いだ。
 尋常ではない速さで撃ち出されるその魔法はリックをノックバックさせ、壁に打ち付けた。
 だが射撃はまだ止まらない。
 周囲の壁を、床を粉砕して空間が粉塵で覆われる。
 フェイトが魔法を撃ち終わった頃には赤い騎士の周辺は大きく抉り取られボロボロ、見るも無残な光景になっていた。
 リックは言葉を発さず壁を背に倒れた状態になっていた。

「もう御終い?がっかりね」

 玉座に座る女性は詰まらなさそうに言った。
 所詮魔導師じゃない人間がどうあがいたところでこんなものか。
 すでにリックに興味を失った彼女はフェイトに命令を出す。

「フェイト、その男を殺して適当に処分しなさい」
「・・・あの、母さん」
「殺さなくてもいいとか言い出す気ねその顔は」
「だってこれ以上のやりとりは無意味だと思う」

 少女は嘆願するように母に言う。
 生来この少女は優しく争い事を好まない性格であった。
 その少女がこんな荒事に身を投じるのはひとえに母親の為。
 だが母親の為とはいえ人の命を奪うのには躊躇いがあった。
 殺すとは一体どういう行為であるか?
 命を奪うという概念がどういうものかまだ完全には理解していないが
 本能的に怖いものだと少女は感じていた。

 それにさっき戦っていたあの男性は見たところ、当初は私達に敵対する気は無かったように見える。
 最初に攻撃を仕掛けてきたのはあちらだがあれは母がわざと誘ったもの。
 止むを得ず戦闘した感じだ。
 その人間をこちらの都合で殺すことに強い抵抗を感じずにはいられない。

「母さん、この人は見逃してあげて・・・」
「フェイト」

 その娘の言葉に母はいつのまにか持っていた杖を鞭に変化させてフェイトの足元を叩く。
 それに身を竦めた主をかばうようにアルフが目の前に立って唸り声をあげていた。
 いい忠犬っぷりだと女は心の中で笑う。

「母さんの為よ、お願いだから言う事を聞いて」
「でも」
「私が注ぐあなたへの愛とあの男、どちらが大事なの?」

 女性は玉座から立ちフェイトへ歩み寄る。
 そして少女の目線に合わせるようにしゃがみこみ頬を撫でた。
 フェイトは母の思わぬ仕草に心から嬉しさが込み上げたが
 次に母が口にした悪魔の言葉のようなささやきにそれはかき消されてしまう。

「もう一度言うわ、あの男を殺しなさい」

 その言葉に迷うこと数巡。
 少女は無言で立ち上がり閃光を発する鎌を持って命を奪おうと男の下へ向かった。
 母の言葉に洗脳されたかその無表情の姿は幽鬼を思わせる。

 アルフが無言でフェイトの前に立ち塞がった。
 やらなくていい、と少女に忠誠を尽くす獣は訴えていた。
 この小さな子に人殺しをさせたら魂が壊れてしまう。
 その一心で。

「どいてアルフ、お願い」

 だがその思いは届かない。
 少女にとって母の言葉が全てであり逆らう事が出来ない。
 アルフを押し退けて歩み寄っていく。


 フェイトが倒れている男の前に立つ。
 バルディッシュを掲げてただ一言。

「ごめんなさい」

 光の鎌が振り下ろされた。









「謝るぐらいだったら最初からやるものじゃない、それに・・・子供が人の命と血で自分の手を汚してはいけない」


 金属同士のぶつかりあう音が響き渡る。
 男の首を切り裂こうとした光の鎌は寸前で止まっていた。
 長い光の鎌が届く前に少女に向かって前のめりに踏み出し回避、赤く血塗れた手甲が振り抜こうとするバルディッシュの柄を弾き、そして強く握り押さえ込まれていたのだ。

「全く、こういう純真な子を利用して人殺しを促すとは・・・どういう神経をしている貴様は!!」 

 それはこの子の母親に対する怒りであった。
 今までの人生の中で自分の子供を利用して悪事を働く輩は見聞きしていたが
 現在そういう状況に出くわしている。
 自分は騎士としての務めを完全に果たしてしているわけではなく善人とは言えない。
 他人の悪行を批判出来る身分ではないが目の前の少女を利用して笑っている玉座のあの女を見ると我慢ならない。
 斬り捨てたいところだが然るべき法の裁きを受けさせてやる。

「はぁ!」

 渾身の力を振り絞り、握っているバルディッシュごと少女の身体を片手で投げ飛ばす。
 それをフェイトは事も無げに空中を浮かんで姿勢を崩す事無く着地する。

 全く大したものだこの少女は。
 戦士だけでなく魔法使いとしても一流とは。
 将来どんな子に育つか楽しみではある。

「・・・まだ立つんですか?」

 フェイトの目が憂いを帯びていた。
 一度殺しかけた罪悪感から来ているのだろうか、もうこれ以上は戦いたくない
 といった表情である。
 確かにこちらはもう戦う力が尽きて指揮官鎧も現状を留めてない有様だ。
 後は一方的にいたぶるしかないだろう。

「フェイト殿とは戦う気はありませんよ。最も、最初から無かったんですが仕方なく」

 そういってリックは何か思い出したかのように腰の後ろにつけてあったバックパックに手を入れる。
 取り出したのは青の綺麗な袋で中にはあの緑色の液体が入った小瓶が二つ。
 今までの戦いでよく無事だったものだ、と心の中で思う。
 その内の一つを一気飲みした。

「ぐほ!?こ、これは・・・!?」
「え・・・?」

 リックは咳き込み、悶える。
 壁に身体を叩きつけて中から焼けるような激痛に無理矢理耐えようとしていた。
 その奇行にフェイトは身構えて様子を伺っていた。
 しばらくして荒い息をつきながらも平常を取り戻すのを確認。
 いったい何を飲んだんだろうと思案する。


 とんでもない劇薬だ。
 確かに身体の傷の痛みが治まり活力が湧いてきたがその代償が大きすぎる。
 下手したらショック死起こすんじゃないかこれは?
 一気飲みしたのが悪かったのかもしれないが。

 ともあれ、これで万全の状態で戦える。

 空になった小瓶が投げ捨てられて地面に落ちて割れる。
 バイ・ロードの柄を両手で握り気合を入れ直した。

 ・・・つくづくカフェ殿には助けられたな。後でお礼をしなければ。

「さて、そこで高みの見物をしている女。降りて来い、性根を叩き直してやる」
「性根ねぇ・・・」

 心底つまらなそうな表情でフェイトの母親は見下す。
 リックはそれに憤りを感じてゆっくりと玉座へと歩いていく。

「いかせません」

 だが少女が立ちはだかった。
 バルディッシュから光が溢れ出し鎌の形状を取る。
 アルフと呼ばれる獣も嫌そうではあるが少女の為に従う

「フェイト殿と戦う気はないのですが」
「私にもありません、でも母さんには手を出すというなら」

 許さない、と少女はバルディッシュの先端をリックに向かって突きつける。
 どうしてこの子はあの母親を慕っているのだろうか?
 非道な命令を出してきたのになお母を庇う。
 まだ子供だから親子としての繋がりを保とうとするのだろうか?

「お願いです、もう決してアナタを殺す気はありません。悪いようにはしませんから
 武器を捨てて投降して下さい」
「断ります、個人的にあなたの母には一度拳をぶつけたい。自分の子供を利用している悪人は許せない」
「・・・母さんは悪人じゃない、決して。何も知らないのに決めつけないで!!」

 母に対する言葉を否定しようとして昂った感情がフェイトの思考を停止させた。
 湧き上がる気持ちに身を任す。
 先程以上のスピードで突進してきて鎌を振るい再起不能にしようとかかってくる。

 だがそれは容易く受け止められた。
 今度はフェイトが驚愕する番だった。
 さっきまで瀕死の状態だった人間が自分の全力の一撃を受け止められるなんてありえないと思ったのだ。
 それを否定するようにバルディッシュで連撃を入れるが軽くいなされていく。

 もっと速く。
 瞬時に背中に回りこんで蹴りを入れようとしたがそれも見切られて足首を片手で鷲掴みにされた。

 信じられない、という顔をしているフェイトにリックが語りかけた。

「フェイト殿、あなたは強い。戦士としても魔法使いとしても優秀すぎる。
 その豊かな才能は私など容易く追い越していくでしょう」

 リックが掴んだ足をフェイトごと軽く上空に放り投げる。
 それに反応してフェイトは空中に持ち上がった身体を立て直し浮遊、様子を伺い警戒していた。
 赤い騎士はさらに言葉を続ける。

「だがまだ幼すぎる。幾戦もの死線を潜り抜けた人間の力、お見せいたしましょう」

 刹那、広間からリックの姿が消えていた。



「え?」

 動きが見えなかった。
 慌ててフェイトが周囲を見回すが時すでに遅し。
 赤い死神が空中を飛んでいたフェイトの背後に回りこんでいた。

「あああああ!?」

 お返しと言わんばかりに蹴りが背中に炸裂した。
 フェイトはそのまま地面に叩けつけられ石畳の破片を撒き散らす。
 だがダメージが無いのかそのまますぐに立ち上がり、着地するリックを凝視する。

 普通の子供なら気絶している打撃だが
 あの女と同じように結界を周囲に張り巡らしているのか?
 ・・・なら多少の攻撃を喰らわせても大丈夫か。

 リックが神速の領域でフェイトの間合いに踏み込む。
 フェイトがそれに対処しようとするが間に合わない。
 バイ・ロードの剣筋が空間に幾重もの赤い残像となって残り、フェイトやバルディッシュに容赦ない斬撃が打ち込まれる。
 ついにはバルディッシュが宙に弾き飛ばされ徒手空拳、丸腰の状態になる。
 そこをすかさず剣の柄で腹に目掛けて打ち込む。
 少女は腹から突き抜ける衝撃が伝わったのか苦悶の表情を浮かべて屈みかける姿勢となる。
 
 さらにもう一発。
 膝蹴りを喰らわせて身体を浮いた所を握った剣の拳ごと腹に叩き込んだ。

 少女はそのまま飛ばされ壁に叩きつけられるかに見えたが赤い獣がそれを阻止した。
 アルフは自分の身体でフェイトを受け止め衝撃を吸収する。
 よろめくフェイトをゆっくり地面に下ろした後、リックに襲いかかった。

 アルフが襲いかかると同時にリックの手足に光の輪――リングバインドが発生して 拘束しようとした。
 だが拘束されるよりも速く飛びかかってくる赤の獣に突進した。

「同じ手は二度もかからん」

赤の獣の手と赤い騎士の手が交差、機先を制したのは騎士であった。
 リックの片手がアルフの首元を掴み高く掲げる。
 アルフはリックの手甲や鎧を引っ掻き、暴れて逃れようとするが強固に締め付けられる手がそれを許さない。

 掲げられた手が一気に地面に向かって振り下ろされた。
 アルフは打ち下ろされ、頭から地面にめり込む形となる。
 リックはまた持ち上げてフェイトのいる方面に向かって投げ飛ばす。
 赤い獣は受身を取ることも出来ず地を転がることになる。
 
 それでもアルフはなんとか立ち上がり、ふらつきながらもフェイトの側に寄り添った。
 頭から血を流しながらこちらに向かって威嚇するようにか細く唸り声を上げた。
 
 戦闘を続行する能力はもうないのに見事な忠誠心だとリックは心の中でアルフを賞賛した。

「困った娘ね、母親が危機に陥っているのに全く役に立たないなんて」
「身をていして貴女を守ろうとした娘に対する言葉がそれか」

 それに対してこの女の悪態はなんだ。
 自分の娘への言動とはとても思えない。
 これならまだ赤の他人の方がマシな言葉をかけてくれるだろう。
 もし、キングがこの場にいたら怒り狂って斬りかかっているはずだ。

「覚悟はいいか、魔女よ」
「魔女ね・・・まぁ間違いではないけど」

 ふぅっと溜息をつくと玉座から立ち上がり杖をトントンと床に突かせる。
 すると雷が一瞬周囲を走り、物に帯電して火花を散らせた。

「どうせなら魔女より大魔導師と言ってもらったほうが嬉しいわね。
 大魔導師プレシア・テスタロッサ、いい響きね」

 雷光が飛び散った。
 辺り一帯に電流が走り広間が雷雲の中にいるような空間に変貌していた。
 どうしたものかリックは思案する。

 ゼスの魔法使いにも雷の魔法を得意とする方がいてそれが中々手強い方だったが
 プレシアと名乗ったこの女も負けず劣らずの使い手のようだ。
 おまけに堅牢な結界魔法を身に包んでいるときた。
 下手をすればカバッハーン殿より凶悪かもしれない。
 流石に範囲型の魔法には剣でどうにか出来るものでもないだろうし。

「ただの凡骨だと思ってたけど興味が湧いたわ。使えないとはいえ剣一つでフェイトを破ったのだから。名前を聞こうかしら、剣士よ」
「・・・リーザス王国軍赤の将、リック・アディスン」

 その返答に満足したのか分からないがプレシアの杖が手元で一回転、
 杖の先端をこちらに向けた。

「義を重んじ、弱者の刃となる者よ。見事この私を懲らしめてみなさいな」

 悪者である自分を退治する勇者がやってきた。
 そんな風に捉えてプレシアはこの状況を楽しむ事にしたようだ。
 
 リックに向けられている杖が発光、すると先端から雷の束が走った。

「っ!?」

 発光した時点で危険を察知したリックはさっきまで立っていた場所から飛び退いていた。
 雷が発生して攻撃された場所を確認すると爪で大きく抉り取られたような跡が残っていた。
 攻撃の比重がフェイトとは比べ物にならない、大魔導師と名乗るだけの事はある。

 一発でもまともに食らったら再起不能。
 それも雷の性質上避けにくいまさに電光石火の魔法だ。
 そんな魔術をいつまでも避けられない、短期決戦で挑まねば。

 突撃する。
 とにかくプレシアに接近して間合いに入らなければ攻撃のしようが無い。
 張り巡らされた障壁に関しては多分なんとかなる、はず。

「そらっ」

 プレシアの杖が横にゆっくりと振られた。
 すると雷球が何個も発生して周りに雷を散らす。
 それらが離れて床を踏み砕き接近しようとするリックに襲いかかる。

 リックは走る身体を止めずに真っ直ぐプレシアの元へ。
 こちらに向かってくる雷球は四つ。
 正面、左右、そして回り込んで背後からやってくる。

「ふんっ!」

 感電するかしないかのギリギリの距離で飛んだ。
 突然目の前から目標が消えた雷球は混乱して雷球同士でぶつかり合う。
 激しい光を散らして雷球は徐々に小さくなり消えていった。
 
 着地してそれを確認したリックは再び突撃。
 玉座を駆け上ろうとする。

「簡単に近づけさせないわよ」

 後、一歩だった。
 プレシアの眼前に雷の柱が複数発生、リックを囲い込むように動き近づいてきた。
 身動きが取れなくなった赤い騎士はこの窮地をどう脱するのかと大魔導師は好奇の目で見ていた。
 直接剣で雷を斬ろうとしようものならどんな魔法剣だって電流が流れ使い手に少なからずダメージがいくはずだ。
 さあどうする?

「はぁぁぁ・・・」

 リックは深く息を吐いて右足を引き剣を脇構えにする。
 そして精神集中の為に目を閉じた。

 かつて手合わせしたことがある人間を思い出していた。
 ヘルマンの人斬り鬼と呼ばれ恐れられていた完全攻撃型の苛烈な剣術の使い手を。
 その使い手の最大の必殺技を盗み取り、身に着けた技を今ここで再現する。

「弐武・・・豪翔破!!」

 斬り上げから袈裟懸けの二段攻撃。
 二つの衝撃波が振られた剣から発生して雷の柱二本と相殺、消滅した。

 本来ならもっと沢山の衝撃波が発生しているのだが必殺技の元となる攻撃スタイルが違う。
 やはり本人の技を完全に真似るには無理があったか。

 だが、わずかに雷の柱で形成された檻に隙間が生じた。
 掻い潜りプレシアの元へ飛びかかった。

「あらあら、困ったわね」

 全然困った様子ではない感想を漏らす間に間合いに踏み込んだ。
 魔法使いとしてはもう致命的な距離に追い込まれたというのに余裕の表情だ。
 
 赤の魔法剣が振り下ろされた。
 先程と同じようにプレシアの障壁によって阻まれると思われたが

「・・・ホント、大したものだことあなた」

 剣が結界の中に沈み込み食い破ろうとしていた。
 原始的な戦術しか持たない人間も極めればここまでの強さになるのだろうか?

 珍しく、本当に珍しくプレシアは目の前の人間に賞賛の声を心の中で上げていた。

 だが余興は終わりだ、それなりに楽しませてもらった。
 そろそろ遊びはやめるとしよう。


 プレシアが結界に食い込んでいる剣にそっと手を触れた。
 すると電流が流れ剣を伝ってリックに流れ込んでいった。

「ぐぁぁぁぁ!!」

 全身が破裂するような感覚が襲ってきた。
 血が沸騰してるような気分とはこういう事を言うのか。
 身体の外側と内側を熱い熱と激痛が駆け巡っていく。

 焼け焦げていく匂いを発するリックを見て魔女は笑っていた。

「無情ねぇ、正義は必ず勝つとはいうけど現実はこんなもの。残念だったわね」

 さらに流す電流に力を入れようとして感電死させようとした時だった。
 突如プレシアが咳き込むように地面に膝をついた。
 結果、雷撃の拷問から解放されリックは空中に浮いていた身体ごと玉座から転がり離れていった。
 その間にもプレシアは苦しみ口を手で押さえ身体の不調を訴えていた。

「忌々しい・・・!何故こんな時に!?」

 遊びが過ぎた。
 本来ならあまり動かせる身体ではないのにあの男の動きをみて興が乗りすぎたか。
 我ながら馬鹿な真似をしてしまった。
 やるべき事があるのに、それを実現する為の私の命――時間を削ってしまった。

「助かり・・・ましたよ、あのままだったら私は死んでいました」
 
 リックはバイ・ロードを支えにして立ち上がりふらつく身体を意志で押さえつける。
 よく分からないがチャンスだ。
 今を逃したら私はここで朽ち果てる事になる。
 まだやるべきことがあるのにこんな分からない所で死ぬわけにいかない。

 もう一度プレシアに向かって駆け出した。
 まだ電撃の痺れに身体の姿勢を崩しながらも走る。
 
「ぐっ!近寄るな!!」

 杖の先端から雷光が走った。
 だがそれは狙いが定まらずボロボロになった赤い騎士の側の地面を抉る。
 繰り返し雷光を放つが結果は同じ。
 再びバイ・ロードがプレシアの結界に喰い込んだ。

「いくら足掻こうと私の結界は抜くことが出来ない!諦めなさい剣士よ!!」
「ならばこれならどうだ」

 剣が結界から離れた。
 リックは両手に握り締めた剣を頭の右側頭部に構え、切っ先をプレシアに向ける。
 本来なら万全の状態で放ちたかったが仕方ない。
 自分が生み出した最高の技。
 これを受けた者は生きて帰れない秘技を今ここに。

 プレシアは本能的に直感したか結界の強化に力を注ごうとした。
 だがもう遅い。

「バイ・ラ・ウェイ!!」


 数え切れない剣閃が空間内を渦巻いた。
 余波が地面を無数に斬り刻み、果ては遠い壁や天井にまで届いていた。
 遠くから二人の戦いを眺めていたアルフがフェイトをかばうように立つ。
 そのフェイトは今まで気絶していたのか朦朧とするように立ち上がろうとして姿勢を崩していた。

「母さん・・・?」

 フェイトの眼前に入ってきた光景。
 それは結界を破られリックに掴みかかられている母の姿だった。


「うぉぉぉぉぉ!!」

 力の限りリックは平手打ちをしていた。
 平手打ちでも男としての力は凄まじく、体重の軽いプレシアは玉座から転がり落ちていった。
 そのまま地面に横たわり天井を眺めて酷く咳き込んでいた。
・・・立ち上がる様子は見受けられない。


 大魔導師は戦意喪失――運に助けられたリック・アディスンの辛勝であった。

「母さん!しっかりして母さん!!

 フェイトがプレシアのもとに駆け寄り手を取った。
 魔力の酷使の影響だろうか、その手は冷たかった。

 そこにリックも側に寄ってきた。
 フェイトは身体を震わせた。
 自分の誇るべき母まで敗れたのだ、もはや勝ち目はない。
 私たちはどんな目に遭わされるのだろう?

「大魔導師プレシア・テスタロッサ殿。経緯はどうであれ勝ちは勝ちだ。法の裁きを受けてもらうぞ」
「法の裁きねぇ・・・まさか私の計画を実行に移そうとした途端に素性の知れない剣士に潰されるなんて困ったわ」

 フェイトに身体を起こされながら自嘲気味に呟く。
 その目には光はともっておらず精力が感じられなかった。

 ・・・確かに謎の人間にいきなり計画滅茶苦茶にされたらこうなるかなぁ、気持ちは分かるかもしれない。

「この子を・・・フェイトを迫害した罪で問われるのかしら?」
「詳しい罪は今のところ分かりませんがその辺りかもしれませんね、後は魔法使いとしての悪行も追及されるでしょうか」
「母さんはそんなことしてない!お願いです、それだけはやめて下さい!!」
「む・・・」

 参ったな、と唸る。
 この子、フェイトは先程の戦闘における母親とのやりとりからしてろくな目に  遭ってないと思う。
 それにプレシアはフェイトを惑わせて私を殺すように命令を出している。
 実際殺されかかったし。
 人殺しをさせようとした事はどんな言い逃れをしようが無理があるだろう。
 そもそもなんでこの子は非道の母を庇おうとするのか?
 考えた所で答えが出ないので自分にとって重要事項を聞くことにした。

「あ、重要なことを聞くのを忘れていました。・・・ここはどこですか?」
「時の庭園よ、次元間を移動する家みたいなものだから決まった場所にあるわけではないわ」
「?あの、リーザス王国のどこかとか自由都市地帯のどこかとか言ってくれると助かるんですが」

 リックの言葉に二人がしばらく無表情になる。
 知らない、と言った感じでフェイトは母に目配せをする。
 対する母はだんだん不機嫌そうな顔になり騎士を睨み付けた。

「え?どうして可哀想な目で私を見るんですか?まさかここは魔人領の領域・・・」
「誰が可哀想な目で見ているのよこの野郎」

 そう言うや否やプレシアの靴の踵がリックの破れている長いブーツ、
 露出している脛に入った。
 悶絶した。
 あまりの痛さに涙が出そうになり思わず蹴られた場所を手で押さえる。

 プレシアはフェイトに支えられながら立ち上がり不気味な笑みを浮かべていた。

「ふ、ふふ、ただの次元漂流者なんかに私の計画を潰されそうになるなんてね。
 法の裁きを受けさせてやるとか調子のいい事言っといて当のお前が迷子じゃ意味ないわ!!」
「あだ!?あだだだ!!なんでそんなに怒ってるんですか!?もう決着はついたでしょう!?」
「黙れ!貴様に計画を滅茶苦茶にされる一歩手前にされるは私の手足になってくれるフェイトを好き放題やってくれたし挙句の果てには私までボッコボコにやられた!!理不尽すぎるわただの迷子の分際で!!
「か、母さん落ち着いて!」
「お黙りフェイト!!」

 鞭状に変化した杖でビシバシ叩かれるリック。
 回避しようにももう力は使い果たしてされるがままの状態になっていた。
しなる鞭の乱舞が身体を竦めているリックのあらゆる場所に後を残す。

 私が理不尽過ぎる存在っていうのならハンティ殿やキングはどんなカテゴリに分類されるんだろうな・・・?

「ぜぇ、ぜぇ・・・色々疲れたわ」

 汗だくになって鞭を握り締めるプレシア。
 息を荒くしながらも咳き込むその姿は鬼気迫るものがあった。
 一通りいたぶって満足したのか杖の鞭の形状を元に戻して膝を地面につけるリックに歩み寄る。

「あ!?私の剣をどうする気だ!!」

 リックの手に握られていたバイ・ロードが容易く抜き取られた。
 もう剣を握る力も残っていないのだ。
 一度プレシアから電流を流し込まれたのが響いている。
 そもそも彼がその状態でプレシアの結界を打ち破ったのが奇跡なのだ。
 後は煮るなり焼くなり好きにされる危機だった。

 あれ?この魔女を倒して私が優位に立っているはずだったのにいつのまにか立場が逆転してる?

「興味が湧いたから借りるわよ。それと回復した貴方が私達に反抗した時の保険ね」

 抜き取ったバイ・ロードは力を失い、刀身が揺らめき始めて長い木製の鞘に包まれていく。
 その様子を見てプレシアは再び剣を抜き放とうと試してみる。
 すると剣は形成されたが剣の長さはリックが振っていた時の半分以下、ショートソードぐらいになっていた。

「使い手の意思・技量で剣の規模が決まるのかしらね」

 今度は試し切り、適当に浮かせた石の破片に向かって斬りつける。
 だが刃は通らず斬りつけた石の破片は受けた衝撃で床に転がっていく。

「・・・単純に私に剣術の心得がないからこの結果か」

 刀身を鞘に戻してプレシアは広間の奥へと消えていく。
 そのまま消えて放置状態にされそうなので思わずフェイトが立ち去っていく母の後ろ姿に声をかけた。

「あ、あの母さん!私たちはどうすれば・・・?」
「戦いで負った怪我の回復に専念しなさい、後は自由よ」
「そ、それじゃあこの人の処遇は」
「そうね、あなた達が世話でもしたら?」
「そんな投げ遣りな・・・」

 何で?と疑問マークがフェイトの頭を渦巻いているのを尻目に完全にプレシアの姿は消え去った。

 普通なら冷酷な処分を下す母が何故か適当に指示を出して消えていった。
 魔力も持たないただの剣士であるこの人を気に入ったんだろうか?
 単なる気分にしては少々無理があると思うし。
 魔法を使わないで母と対等に渡り合ったからかな。
 何にせよこの人が殺されなくてよかった。
 この人、リックという人は子供が人の命と血で自分の手を汚してはいけないといったけどそれは大人も同じ事だと私は思う。
 気絶していたから詳しい戦闘は分からないけどこの人も母さんも互いに死なずに手を血で汚さずにすんだ。
 それは嬉しい事だと思った。
 やっぱり殺し合いをして人の命を奪うのは悲しいと心の中で思う。

「・・・あの、フェイト殿」
「え、はい、何でしょうか?」

 腕を組むリック。
 兜に隠れて表情が分からないが悩んでいるというということは分かった。
 武器を取り上げられている上に激闘の影響もあって体力はもうないと思う。
 多分、自分がどうなるか分からないから不安なんだろうな。

「色々状況整理したいですがまず確認したいことが。
 プレシア殿はああ言われましたがフェイト殿は私をどうするつもりですか?」
「母さんが好きにしろと言ったから・・・私の好きなようにします」
「具体的には?」
「面倒を見ます、怪我の手当てもしますし食事も出します。貴方の事を一任されましたから。ですから安心して下さい。怖がらなくていいですよ」 
「怖がってはいませんが・・・恐縮です。ですが私はあなた達に色々酷いことした のですよ、そんな好待遇されるような身分ではないと思いますが」
「私達も同じ酷いことをあなたにしました。その上、今の状況が分からないリックさんを殺そうとしましたし。酷さで言えば私達のほうが上です」
「そんなことを言ったら私は貴女の母上を殺す一歩手前まで追い詰めましたし・・・」
「あーそこの二人、その話はきりがないからそこで中断しなさいな」

 突如後頭部を優しく叩かれた。
 振り返るとあのアルフと呼ばれる大型獣が立っていてベシベシ頭を叩いてくる。

「とりあえずフェイトがアンタの面倒を見るって言ってるんだから深く考えなくていいんじゃないの?」
「喋れたんですかアナタ、だったら早くに意思疎通出来たのに」
「ごめんごめん、アンタは戦いであっさりやられて退場すると思ってたからさ。会話は必要ないと考えてた」

 そういってアルフは距離を取ると身体の形状を変えていく。
 一瞬にして大型獣から人の姿へと形を変えていた。
 ・・・よくみたら犬耳と尻尾がある。

「なるほど、女の子モンスターか」
「・・・女の子モンスターってなんだよ」
「文字通り女の子の姿をしたモンスターのことですが?」
「アタシはモンスターじゃなくて使い魔だよ、使い魔。フェイトと契約してるんだ」
「はぁ・・・」
「まぁ、細かいこと気にするんじゃないよ。それより!!」

 突然ガシッ!!と首を腕で組まれてフェイトから遠ざけられた。
 そしてフェイトに聞こえないようにアルフはリックにヒソヒソ話を始めた。

「素性の知れないアンタだけどまさか、あの女を倒すなんて思っても見なかった。
 いやーざまぁみろって感じで嬉しかったわ、ありがとうな」
「その口振りからするとプレシア殿に不満が溜まっていたみたいですね」
「当たり前よ!あんの女、フェイトに今まで辛く当たってきたのよ。フェイトが作った飯は全然食わないし
 ちょっとした粗相で体罰やったり挙句の果てには研究が進まないからって私達に当たり散らしたり!!
 思い出しただけでも腹立つわ!!」

 組まれた腕に力がどんどん入っていく。 
 怒りの形相が今までの鬱憤を表していて中々迫力がある。
 怨念が渦巻いても不思議じゃないかもしれない。

 直情的で素直な人だなとリックはアルフという人物を認識した。

「アルフ、傍からみても邪念渦巻く会話を吹き込まないで。リックさんが困る」
「え~アタシは素直な感想をぶちまけただけだよ、別に困らないって。そうだろ赤いの?」
「まぁ困りませんが主人であるフェイト殿を困らせてはいけませんよアルフ殿」

 そういってリックは自分の兜を脱いだ。
 今までの戦いで汗だくだ。
 汗が兜から滝のように流れ落ちた。

 リーザス王国赤の将に代々受け継がれてきた兜。
 被れば勇気が湧いてくる相棒の一つ。
 今までの激闘に付き合ってくれてありがとう、今後もよろしく頼む。
 そう思って大事に抱え込んだ。

「・・・おおぅ、意外と美男子?いや美男子つーか童顔で可愛い系?」」
「声は若いけどもっと年を取っている人だと思ってました」
「なんだろ?軽くカルチャーショック?こんな坊ちゃんに負けたのアタシ達」
「え?」

見つめてくるフェイトにアルフ。
 そういえば人前であんまり兜取った事ないから自分の顔を珍しい目でよく見られたな。
 自分の顔の評価は・・・それなりらしいが。

「どうしました二人とも?」
「時にリックさんや、今何歳?」
「三十代の半ばになりますね・・・身体の衰えが訪れる頃ですから年はこれ以上取りたくないですね」
「フェイトー、こいつ大真面目に嘘ついてる。三十路超えてるっておかしいよその顔で」
「そうだね」

 フェイトが苦笑して相槌を打っていた。
 いや、嘘じゃないんですけど。

「まぁいいや、とりあえずアンタの今の状況とか色々説明しなきゃいけないね」
「私について来てください、まず怪我の手当てからしないと」
「あーそういやこいつに地面に頭ごと叩きつけられて痛いや。剣に噛み付いた時に口も切ったし」
「すみません。戦いの最中とはいえ」
「別に恨んでないから安心しておくれ」

 二人に促されその後を追う。
 ここから脱出は出来なかったが命を繋ぎ止める事は出来たようだ。
 明日も生きていれるかどうか分からないが死ぬわけにはいかない。
 プレシア・テスタロッサの心中は読めないがなんにせよ今日生かしてもらった事には感謝しよう。
 とりあえず今の目標は・・・一刻も早く魔人との戦いに復帰する事か。
 後、出来ればプレシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサの問題か。
 今後の指針にしよう。

 疲れ切った身体を動かして歩いていく。
 リック達もプレシアと同じように暗い闇へと消えていった。

今後どうなっていくんだろうな私は・・・









 後書き

 何も考えずに書いてしまった。
 無事完結出来るかなぁ…頑張ろう 



[28755] 海鳴市に旅立つ そして遭遇
Name: 丸いもの◆0802019c ID:c975b3ab
Date: 2011/07/16 01:36
「なにぃぃぃ!?ヘルマン方面の軍が壊滅状態だと!?」

 ゼス方面の前線軍事基地となっているアダムの砦。
 そこで戦闘に向けて準備している人類の統一王、ランスが素っ頓狂な声を上げていた。
 その声を冷静に受け止める参謀的存在、マリスはさらに報告を読み上げる。
 
「はい、ランス王。ヘルマン方面に展開していたリーザス赤の軍、忍び部隊、親衛隊が
 ほぼ壊滅状態。援軍として赴いたカルフェナイト部隊も致命的な打撃を受けています。
 さらには軍を率いていた将軍にも戦死者が出ています」
「・・・死んだ奴は誰だ?」
「親衛隊を率いていたレイラ・グレクニー将軍です」
「レイラさんがかよ・・・くそ!!」

 ランスは怒りを紛らわす為に様々な書類が置いてあった自分の机を蹴り上げた。 
 机は勢いよく転がり、紙が空中に舞った。
 それでも怒りが収まらず魔剣カオスを抜き、手当たり次第に斬りつけた。

「おいおい心の友よ落ち着け。気持ちは分からんでもないが儂を粗末に扱うな」
「うるせえカオス!叩き折って廃棄物にするぞ!!」

 ランスはカオスを窓の外に向かってブン投げた。

「うおおーい!?いくらなんでもこの扱いは酷くね!?」

 窓ガラスは粉々に砕けてカオスは地面に落下していった。
 そこに運悪く一般兵士が通りがかりカオスに串刺しにされて絶命した。

「それに加えてリック将軍は行方不明・・・恐らく死亡している可能性が高いかと」
「・・・アイツまでか」

 ランスは少し気を取り戻して荒れた部屋の豪華な椅子に座る。
 リックとは友人と言える間柄ではないが信頼の置ける男の一人だった。
 レイラがリックを好きで付き合っていると知ったときもまぁしょうがないかと特別に許した。
 だというのに、何勝手に死んでんだよあの馬鹿は・・・

「さらに悪い知らせがあります。ゼス宮殿の奥深くに封印されていた魔人四天王の一人、カミーラが
 復活してゼス方面の軍に甚大な被害をもたらしています」
「こんな時にかよ、タイミングが悪すぎるぜ」

 泣きっ面に蜂だ。
 ヘルマン方面の魔人をなんとかしたいのにようやく戦線が安定してきたゼスの方面に
 また災厄が降り注いだ。
 
「・・・いかがいたしましょうランス王?」
「カミーラを速攻で片付けてヘルマン方面に向かう。ヘルマンで戦ってる連中にはなんとか持ち堪えろと伝えておけ」
「承知しました」

 頭を下げてマリスは退室する。
 ランスは椅子に腰掛けながら天井を眺めていた。

「今まで俺様の知り合いが死なないように作戦練って戦争やってきたのによ・・・死ぬんじゃねえよ」

 一人嘆息するランス。
 彼はかつてJAPANで出会った織田信長を思い出していた。
 織田信長という人物はランスが対等に語り合えた人間であり初めて出来た友人であった。
 だが彼は魔人となってランスと敵対して殺す事になってしまった。

 その時からだろうか。
 彼は少し、ほんの少しではあるが身内に対して甘くなり、誰かが死ぬことを嫌うようになった。
 普通の人間ならこれが至極当然の反応だがランスという傲岸不遜の鬼畜的な性格を考えると
 これはすごい人間的な成長をしたと回りの人間は思っている。
(もっとも気に入らない人間、ただの男やブスとか簡単に殺してしまうところはあまり変わってないが)
 それだけ信長の存在は大きかったのだろう。
 
「あーくそ、俺様に感傷なんざ似合わん。とっととカミーラぶっ倒してもう一回封印して観賞用の結界にぶち込む」

 後、ハイパー兵器もぶち込む。ヒィヒィ言わせてやる。
 そんな事を考えながらランスは戦闘出撃まで椅子でくつろいだ。














「うわー酷いなアンタの身体、傷だらけじゃないか。よくそんな状態でアタシ達やあの女と戦う事が出来たね」
「その傷であれだけ動き回るなんてすごい強靭的な精神力・・・私達が負けるのも頷けるかも」

 時の庭園の居住部屋の一室にて。
 フェイトやアルフが献身的になってリックの手当てをしていた。
 上半身から下半身に至るまで火傷や裂傷の傷だらけだ。
 アルフは半ば呆れたように、フェイトはおっかなびっくり男性の身体の傷に触れて薬を塗っていく。

 いつもは男に戦場の傷を治してもらってたからなにか気恥ずかしいなとリックは思った。

「治療するついでにアンタの今の状況も教えておこうか」
「リックさん・・・心の覚悟はいいでしょうか?」

 包帯を巻きながらそんなことを言われた。
 心の覚悟か。
 今までの戦争の激戦やあの魔人との戦闘で死ぬ覚悟とかそういうのはいつでも出来ていた。
 彼女達の言葉を聞いてもそんなにショックは受けないと思う。

「直球で言うとアンタは迷子だね、次元漂流者」
「その言葉はプレシア殿からも聞きましたね。どういう意味でしょうか?」
「文字通りです。本来自分がいるべき世界から離れてしまって次元間を漂流して元の世界に帰れなくなって
 しまった人のことを指します」
「・・・本来自分がいるべき世界?元の世界に帰れなくなった?」
「リーザス王国とか自由都市地帯とか喋ってたけどアタシ達にはさっぱり分からない地名だ。まぁ要するに」

 そういってさっきの戦闘で頭を痛めてたアルフは適当に自分の頭を包帯で縛り止血、言葉を続ける。

「アンタにとってここは別世界だってことさ。文化も違えば言葉も違う。不思議なことに言葉は通用してるけど」
「別世界・・・ですか」

 確かに私達の扱う魔法とは別に独特に発展した魔法をこの人たちは披露してくれた。
 戦闘においての戦術もフェイト殿やアルフ殿、そしてプレシア殿も様々で私達とは違った手を使ってきた。
 魔法によって作られた異空間とも違う感じがするし。
 彼女達の言っていることは本当なのかな。

「ここが私の住んでいる世界ではないというのなら元の世界に戻りたいのですが」
「無理」
「即答ですか」
「先程もいった通りリックさんは迷子なんです。元の世界に戻そうにも私達の力では。リックさんの住んでいた世界の場所も分かりませんし」
「むぅ・・・」

 困った事態になったぞ。 
 早くリーザスに帰還して戦線復帰したいのに帰れないとは。
 今は一人でも戦力が欲しい状況だ。
 こんなところで足踏みをしていられない。

「・・・でも母さんならなんとかできるかも」
「本当ですか?」
「げっ、あの人に頼み事かい。アタシ達のいう事なんて聞かないよ絶対」
「今のところリックさんを戻せる方法は私達は知らないし母さんに頼るしかないよアルフ」
「でもなー言っちゃ悪いけどこいつにそこまでする義理があたし達にあるかな」
「私達はリックさんを殺しかけたんだよ、それなのに償いをしないなんて許されないと思う」
「う・・・そうだった」

 ごめん、と頭を下げてくるアルフ。
 まぁアルフ殿の意見も間違っては無い。
 これは余所者である私自身の問題だ、その問題にこの二人を巻き込むのは気が引ける。
 彼女達は彼女達であのプレシアという問題を抱えているのだから。

 参ったな、元の世界に帰れたら帰れたでプレシアをとっちめることが出来ないじゃないか。

「ほい、手当て終了ー。後で食事持ってくるからそれ食ったら今日の所は寝て体力を回復させときな」
「リックさんの着ていた鎧と衣類はズタズタになってますね、鎧は無理ですが衣類の方は持ってきますね」
「重ね重ね申し訳ありません。感謝します」
「どういたしまして」

 アルフは手をヒラヒラさせて、フェイトは頭を下げて部屋から退出する。
 それを確認するとリックはベッドに身体を預けて溜息をついた。

 迷子か。
 自慢ではあるが赤い死神と武名を諸国に轟かせていた自分が迷子なんて間抜けすぎるな。
 戦っていた相手が魔人だから仕方ないもののそれにしたって格好が悪い。
 知り合いに聞かれたらなんと思われるだろう?
 
「・・・レイラさん」

 最愛の人。
 自分が命を賭けて守るべきだった人。
 あの時、ボクはどんな行動をしていれば彼女は救われたのだろうか。
 ・・・何も出来なかった自分こそが死ぬべきだったんじゃないか?

「くそ!!」

 強く握り締められた拳が壁に叩きつけられた。
 叩きつけられた拳から血が滲み出てベッドのシーツを汚した。

「リックさんどうしましたか!?」
「おおい!?なんかでっかい衝撃が部屋越しに伝わってきたよ!?」

 フェイトとアルフがそれぞれ衣類と食事を持って大急ぎで部屋に駆け込んできた
 しまったと罰が悪そうにリックは頭を垂れていた。

「すみません、過去の事を思い出していたらつい身体が・・・」
「・・・何があったか分からないけど自傷行為はやめなよ。見ているこっちが堪らない」
「はい・・・」
「あの、食事を置いておきますから食べてゆっくり休んでくださいね」

 そういって二人は深くは追求せず部屋を出ることにした。
 取り残されたリックは用意された食事に黙々と口にする。

 まずいな。
 魔人やレイラさんを思い出しただけで興奮して冷静になれなくなる。
 この二つはボクの心に深く刻み付けられている。
 時間が経てばある程度感情のコントロールが出来るようになるだろうが・・・
 とりあえずこの世界にいる間は抑えないと。

 そういってパンを裂いてスープにつけて口にいれた。
 長い戦争のおかげでまともな食事を取れる事が少なくなっていたなぁ。
 疲れてるせいもあってか非常に美味かった。










「アルフ」
「ん~なんだいフェイト」

 二人はリックの部屋を退出してフェイトの部屋へ戻ろうと廊下を歩いていた。
 冷たい無機質な石の床が二人の姿を薄っすらと映す。

「さっきのリックさん、少しだけど目から涙を浮かべてた」
「え?嘘、気づかなかった。よく気づいたね」
「私も最初は気づかなかったけど偶然目が合ってそれで気づいた。あの人、ここにくるまでに何かあったのかな?」
「そりゃあ・・・次元漂流者はなんらかのトラブルでどこかの世界に放り出される訳だしそれが原因じゃないかい?」
「・・・」

 その答えに無言になりフェイトは思考を巡らせる。

 トラブルか。
 事故でここに飛ばされて悲観的になっているのかな。
 でも今までの会話を思い出してみるとそれとはちょっと違う感じだ。
 私達を敗退させるほど強い人が涙を流す理由って一体何だろう?
 何か、大切なものでも失ったのかな。

 ふと気がつくとアルフがフェイトの顔を覗き込んでニヤニヤしていた。

「おや~フェイト、何考えてるんだい?」
「何でもないよ、何でも」
「そう?なんかあの男の事考えてそうな顔だったなぁ~」
「え?」
「ん~そうかそうか、意外と面食いだったんだねぇ。確かに腕っ節も強いしあの女にも対抗できる存在だしね。
 童顔な顔立ちでしかも精神的に脆くて支えてあげたいって感じがフェイトの好みに的中したと」
「バルディッシュ」
『yes sir』
「冗談だから怒らないでおくれよ。無表情でバルディッシュ振りかぶるの怖いって」

 クックックと両手を挙げながら笑うアルフ。
 謝っている姿勢を見せているがそれがまた自分をからかっているようで釈然としなかった。

「まぁ私のフェイトに手を出すんならこのアタシを倒してからにしないと許さないけどね」
「アルフはリックさんにもう倒されてるじゃない」
「フッ・・・アタシは後二段階変身を残しているのさ」

 そういって腕を曲げて力コブを作るアルフ。
 おかしいな、アルフの性格ってこんなだったかな?漫画の読みすぎでちょっと曲がったのかな。

「まぁ、あれさ。今はあの男の事を気にしてもどうにもならないよ。
 それに私達はあの女の指示でジュエルシードっていうのを集めないといけないみたいだし」
「そうだね」
「そういうわけでフェイト、とっとと寝よう。夜更かしは肌に良くないからね」

 二人はそのまま廊下の闇へと歩いていく。
 足音が無人の空間に響いては消えていった。









「ふーん、あの男なかなかいい物を持ち込んでくれたわね」

 部屋全体を明るく照らすには光量が足りない薄暗い研究室にて。  
 プレシア・テスタロッサはリックから取り上げたバイ・ロードの解析に勤しんでいた。 
 時折暗い科学者特有の笑みを浮かべて嬉しさを表に出す。

「仕組みは分かったけどこの剣を発動するには魔力ではなく使い手の意思の力が必要というのはユニークね」

 バイ・ロードを手に取り抜き放つ。
 今度はショートソードではなく一般的な長さの剣に伸びる。

「フフ、意思の力で制御か。もしかしたらこの剣の原理を応用すれば私の目的に近道が出来そうね」

 パネルを叩く音が黙々と続く。
 モニターに表示されたバイ・ロードの図面のようなものが回転したり縦に立てられたりする。
 さらにはリックが戦ったフェイトやプレシアの交戦光景が映し出され剣の特性を調べ上げていく。
 半ば狂気に魅入られている科学者は不眠不休で研究対象にのめり込んでいた。


 ・・・身体の状態が良くないと知らせる咳をしながら。















「・・・朝か?」

 食事をとって就寝、そして目覚めたリック。
 だが時間帯を確認しようにも空は真っ暗だ。
 感覚が狂ってしまったのかな、こんな夜に目覚めるなんて。

 いや、元々狂っていたか。
 元の世界では四六時中戦闘態勢で寝る時間はあんまり取れなかった。
 昼夜問わず魔物は襲撃してくるから休む暇も無い。
 常人は精神が狂い、薬に溺れるか自殺を図る人間は沢山いた。
 そのなかで発狂せず精神を健康的に保てるというのはある意味壊れている人間かもしれない。

 とりあえず用意された服に着替えて外に出てみるか。

「サイズが合っている・・・よく用意することが出来たな」

 黒のトレーナーの上にレッドジャケットを身につけ、そして青のジーンズに足を通す。
 なんだか若返った気分がする、気持ち的に。
将軍という職についてからこういう服を着るのはめっきり減ったな。

「おっと、これを忘れてはいけない」

 棚の上に置かれていた赤将の兜を脇に抱える。
 キングのダンジョン肝試しツアーによっていくらか心は鍛えられたがやっぱりこれがないと少々不安になる。
 ・・・いつか私もキングにお返しとしてビックリ作戦でもやってみようかな。後が怖いけど。

 下らないことを考えつつもリックは部屋を出ようとしてドアノブを捻る。
 そのまま外に出ようとするとなにか障害物にぶつかった。

「きゃう!?」
「む」

 可愛らしい声が聞こえた。
 衝突した物体を確認するとフェイトがリックに跳ね飛ばされて尻餅をついていた。
 おでこを強く打ったのかフェイトはそこを手でさすっていた。
 
「すみませんフェイト殿、私の不注意でした」
「あ、いえ、気にしないで下さい。こちらこそ気をつけてなくてすみません」

 両者とも一様に頭を下げる。
 お互い謝りあった後、フェイトはリックの容態を気遣う。

「身体は大丈夫ですか?昨日の手当てじゃ完全に治せない部分もあったので」
「その点はお気遣い無く。元々私の身体は頑丈に出来ていますし昨日の戦闘で飲んだ幼迷腫の効果がまだ残っていたようで傷は塞がっています」
「幼迷腫?」
「私の世界の薬です。特製中の特製らしく傷を負い生命力が低下した人間を復活させる薬とのことです。劇薬みたいですけどね」
「リックさんの世界にはすごい薬が存在するんですね」
「私にとってはこちらの世界も凄い物ばかりが存在してると思っていますよ」
「おーい、二人とも朝から何謙遜し合ってるんだよ」

 アルフがバタバタと二人の間に入ってくる。
 もう怪我が治ったのか頭に巻かれた包帯は解かれていて犬耳をピンと伸ばしている。
 尻尾もゆらゆらと動いて元気であることをアピールしていた。

 フサフサして気持ちよさそうな尻尾だ。ちょっと触ってみたいかも。

「朝っぱらからあの女から呼び出し食らっているんだ、急がないと何されるか分かったもんじゃないよ」
「うん、分かったアルフ」
「呼び出しですか・・・二人ともお気をつけて」
「何いってんだ、アンタも来るんだよ」
「え?」

 何故私も?
 と思ったがよく考えれば昨日までプレシアと敵対していたのだ。
 用が済んでしまえば私は殺されるかここから追放される身だ。
 その処分を下すつもりだろうか。

「大丈夫ですよリックさん、私がいる限りあなたの身の安全は保障します」
「・・・考えが顔に出てましたか?」
「まぁ、派手にドンパチやったからねぇ。そんな風に考えられても仕方ないよ」
「ははは・・・」

 苦笑いする。
 殺し合いをしてどちらかが死ぬ一歩手前までいったのだ。
 私の懸念する事など二人にはお見通しなのだろう。

「しかし、フェイト殿は何故そこまで私を庇うのです?昨日も言いましたがあなたの母親を殺しかけたのですよ」
「繰り返しますが私の好きなようにしたいという理由では駄目でしょうか?」
「駄目ではありませんが。それで私の命を保てるというのなら。でもあなたの理由は人を納得させるには弱すぎる」
「横からの意見だけどいい?」

 片手を上げて発言したいと意思表示をするアルフ。
 フェイトの心を代弁するかのように発言を始める。

「多分さ、フェイトは自分の母親に真っ向から意見を発言出来る人が欲しかったからアンタを庇うんじゃないか?」
「あ、アルフ・・・」
「昨日の戦いのときリック、アンタはあの女に恐怖を見せず母親としての行為を批判し真正面から闘いを挑んだ。
 結果としてはあの女はいう事を聞きゃしなかったけどこれって私達からすれば凄い事なんだよ。
 私達は基本的に逆らう事が出来ないから。それにアンタは殺されずに生き残った。
 何か理由があるかもしんないけどこれも凄い事だ、滅茶苦茶強くて悪運あるのはアタシには羨ましいよ。
 あの女に口を挟むことが出来る実力があるってわけだから」

 アルフの発言を聞いてフェイトは肩を落としていた。
 遠からず当たりらしい。
 何か申し訳なさそうにリックを見つめていた。

「ごめんなさい、大体アルフの言うとおりです。母さん、身体が弱いのに私が休んでって言っても
 今まで聞き入れてくれなかった・・・それでリックさんならなんとかしてくれるかもしれないって思ったんです」

 利用しようとしてごめんなさいと頭を下げるフェイト。
 ・・・事情はどうあれこの子はあの母親を一心に慕っている。
 その母親がなんであんな性格なのか分からないが純真な少女の願いを無下にする事もできない。
 お互い利用しつつされつつだ。
 とりあえずフェイト殿の考えに乗るのは悪くない今のところは。命を保障してくれる訳だし。

「別に謝る必要はありませんよ。逆に役に立つというなら喜んであなたの為に働きましょう」
「り、リックさんそんな跪く真似しなくても・・・恥ずかしい」
「おー流石騎士様だ、あの騎士鎧を着てればもっと様になるんだろうねぇ」

 私にもやってくんない?とリックにねだってくるアルフ。
 断る理由もないからやってみたら気分がよさそうに喜んでいた
 顔がにやけている。
 欲求に忠実な人だなぁ。

「おおっと、あの女が呼んでいるのを忘れた。行こうフェイト、リック」

 そういって三人は廊下を駆け出す。
 後を追うリックは二人の走って流れていく長い髪が綺麗だなと見とれていた。
 そういえば・・・いつのまにかアルフ殿にリックと呼び捨てにされるようになったな。










「早くも無くかといって遅くもなく・・・中途半端にやってきたわね」

 昨日の戦闘の傷跡がまだ残る広間にて。
 到着したフェイトとアルフは膝をつき頭を垂れる。
 リックも今はフェイトの家臣のようなものだから二人と同じ姿勢をとる。
 プレシアは不機嫌なのか分からないような顔をしていたがリックの姿を見つけると表情を変えていた。

「あら・・・随分若い顔立ちなのね騎士よ。赤い色の服装が似合うわねあなた」
「元の世界では赤の騎士鎧を着込んだ姿がトレードマークだったからその影響かも知れません」
「そう、それにしてもなかなか可愛い顔」
「そんなふうに言われるのはあんまり好きじゃないんですけどね」
「もったいない事をいうわね、それも一つの個性よ」

 何か機嫌よさそうに笑みを浮かべるプレシア。
 それをみていたフェイトとアルフはヒソヒソ話を始めていた。

(え、なに?あの女、リックの容姿が自分の好みに直撃したのか?)
(母さんのあんな顔、初めてみた・・・)
(流石親子、好みは似ているのか)
(アルフ)
(分かってるって、冗談だよ。それにしたってありえない反応で気持ち悪い)

「さて、あなた達を呼んだ本題に入りましょうか。二人にはすでに言ってあるけどジュエルシード、
 これを集めにいってもらうわ」
「ジュエルシード?なんですかそれは?」

 リックが疑問の声を上げた。
 二人に目配せするが顔を振っており詳しくは知らないようだ。

「そうね・・・強いて言うなら願いを叶える石といったところね」
「それは大層な代物ですね」

 リックはジュエルシードという物に疑問を抱く。
 願いを叶えるか。
 微妙にぼやかされたような答え方をされて信用しづらい。
 私の世界にも膨大な魔力を使って不老不死、億万長者等様々な願いを叶えることが出来たと言う話を
 知人の女性から聞いたが・・・その手の話は眉唾物だ。
 死者蘇生の話ならキングから聞いたことがあるので信用できるのだが。

「疑っている顔ねその顔は。仕方ないといえば仕方ないけれど」
「願いを叶えるという事事態が胡散臭いものですが。貴女は何をその石に願うんです?」
「・・・知る必要はないわ、その発言はちょっとだけ私に踏み込もうとしているから気をつけなさい」

 そういうとやや気怠く溜息をつくプレシア。
 何か重い物を背中に背負って人生を歩いてきたような表情だ。
 この女は女で深い事情でもあるのだろうか?
 願いを叶えるというその胡散臭い石にまで頼って何をしようというのだろう?
 多分、ろくでもない願いだとは思うが。

「質問はないわね?三人とも探索に向かいなさい」

 そう言い放つと大魔導師は席を立つ。
 そのまま奥へ消えようとしたがふと思い出したかのようにこちらに振り向いた。

「忘れるところだったわ。騎士よ、返すわよ。これがないとまともに活動出来ないでしょう」

 そういってプレシアの手元に長い長剣――バイ・ロードが転送されて姿を現した。
 わざわざ歩み寄ってリックの愛剣を返す。
 その行為に少々驚いた。
 まさか投げて渡すではなく丁寧に自分自身の手で譲り渡したのだ。
 自分の相棒の一つである剣を礼儀よく返された事に嬉しさを覚える。

「丁重に扱っていただきありがとうございます。しかしいいのですか?これを手にしたからにはまたあなたに刃向かうかもしれませんよ?」
「二度も遅れを取るほど私は間抜けではないわよ。それにあの子の手前、それはやりづらいんじゃないかしら?」

 そういってフェイトに視線を移して薄笑いを浮かべる。
 プレシアと目が合ったフェイトは少し身体を竦めて目を逸らす。
 ・・・確かにこの子の前で母親に向かって暴れるものなら再び私の前にフェイト殿は立ちはだかり闘いを挑んでくるだろう。
 流石にそれは勘弁したい。

「ま、それはともかくあなたにはお礼を言うわよ。あなたが持ち込んだその剣で色々データが取れたから今後の研究に役立つかもしれない」
「研究ですか、熱心なのはいいことですがお身体は大事にされたほうがいい。昨日の戦闘で貴女は咳き込み吐血していた」
「自分の身体をどう扱おうと私の勝手よ。忠告は聞いておくけど」
「・・・身体の調子が悪いときはこの薬で症状を緩和されるとよい」

 そういってリックはレッドジャケットの胸のポケットに手を突っ込み薬瓶を取り出す。
 その瓶をプレシアの手元に渡す。

「何よこれ?」
「世色癌という薬です、かなり苦いですが傷や体力等の回復に役立ちます。是非活用してください」
「本当に効くのかしらねぇ?」
「少なくとも私がこちらの薬と私の世界の薬の効き具合を比べたら私の世界の方が大分効きましたよ」
「中途半端に薬学が発展してるわねあなたの世界は、それにしても薬を送ってくれるなんてどういう風の吹き回しやら」
「目の前の人間が身体を悪くしている事実があまり気に入らないだけですよ。悪人とはいえ」
「そう」

 プレシアは世色癌の入った薬瓶をカラカラと音を立てて眺める。
 これも研究対象にいれようかしら、と呟く。
 これでフェイト殿の懸念する母親の身体の具合についてはいくらか解消されるだろう。

 さて、後は自分にとって重要な問題を聞いておこう。

「話は変わりますがプレシア殿ちょっと聞きたい事が、貴女は私が元の世界に戻れる方法があるか知りませんか?」
「知らないわよ」
「・・・」

 バッサリ斬り捨てられた。この人らしいが。
 嘘をついてるようにも見えないしこれで八方塞になってしまった。
 私はこのままこの世界に留まるしかないのか・・・?

「ただ、ジュエルシードを集めて来てくれたらなんとかなるかもしれないわねぇ」
「ジュエルシード・・・」

 願いを叶えるという胡散臭い石。
 それを集めればなんとかなるというのか?
 ・・・藁にも縋る思いだ、本気で取り組むしかないか。

「疲れたわ、昨日は不眠不休で研究をしていたし。寝させてもらうわ」

 探索頑張ってきなさいと声をかけてプレシアは奥に消えていった。
 それを確認するとアルフとフェイトはリックの元に駆け寄ってきた。

「なぁーリック、お前ってあの女の好みに入ってるんじゃないか?あんだけ会話してたのに不機嫌な顔しなかったのって初めて見たぞ」
「随分気に入られていましたね。それでその、私の願いを聞き届けてくれてありがとうございます。母さんを気遣ってくれて」

 ぺこりと頭を下げて感謝の意を表すフェイト。アルフはこんなに話がスムーズに通るなんてなんか納得いかないと頭を捻っていた。
 リック自身も予想外に好感触な感じがしたので驚きだった。
 まさか死闘の末に友情が芽生えたとか・・・うん、絶対にあり得ないな。

「フェイトー、何か意見したい時はリックを前面に出していかないか?色んな陳情通るかもしんないぞ」
「リックさんを悪用しないアルフ」

 へーいとおざなりな返事をするアルフ。
 半分本気だったらしい、陰で楽すること出来たかもしれないのにと漏らしていた。

「それではいきましょうリックさん、アルフも不貞腐れてないでこっちに来て」
「御意」
「不貞腐れてないってばー」

 二人はフェイトの近くに寄った。
 フェイトは何かブツブツと呪文らしきものを唱えると金色の魔法陣が地面に現れる。
 魔法陣の光は強まり、回転しながらフェイト達を包んでいく。

「開けいざないの扉。願いを叶える石、ジュエルシードが眠る地のもとへ」

 光が爆散した。
 三人は光の柱に包まれてしばらくすると三人の姿は消えていなくなっていた。











「妙(たえ)なる響き、光となれ! 赦されざる者を封印の輪に! 」

 鬱蒼と茂る森の中にて。
 片手から血を流している少年が謎の生物と対峙していた。
 赤い球を手にして魔法陣を前面に展開して生物を迎撃する。

「ジュエルシード、封印!」

 魔法陣に向かって謎の生物が突撃する。
 生物は魔法陣に跳ね飛ばされ周囲に体液を撒き散らしていく。
 勝てないと悟ったか生物は血のようなものを地面に残して逃げていった。

「逃がし、ちゃった・・・追いかけ、なくちゃ・・・」

 少年の方は今までの疲労と怪我が蓄積していたのかそのまま倒れこんだ。
 逃がしてはいけないと分かっているが限界だ。
 身体が全く動かなかった。

「誰か・・・僕の声を聞いて、力を貸して・・・魔法の・・・力を」

 その言葉を残して少年は気を失った。
 誰にも聞こえないはずの言葉は後にある少女に伝わり、やがて・・・














「なんと・・・すごい光景です。見たことが無い乗り物が沢山あって種類も豊富、人も沢山集まっていますね」
「なんだリック、こういう場所は初めてかい?」
「恐れながら。それに今の私の世界と比べると非常に活発でとても羨ましい」

 交差点信号前にて。
 三人はジュエルシードが眠っている地域である海鳴市にやってきていた。
 リックはこの世界の文化に圧倒されていた。
 なんとも凄まじい文化だと思う。
 聞けばフェイト殿の出身地域もこれより遥かに上回る文明をもっているらしいから
 恐ろしい話だ。
 果たしてここで上手くやっていけるかどうか心配になってきた。

「そうかそうか、ならこの世界の観光でもしてみる?アタシとフェイトがエスコートしてやるよ」
「それって立場が逆なのでは・・・?」
「二人とも、まずは本拠地となる場所に向かおう。アルフ、私達には任務がある事を忘れちゃ駄目だよ」
「はーい」
「分かりました」

 青信号になると同時に人の群れが動き出す。 
 三人は人混みにぶつからないように気をつけながら本拠地に向かって歩き出す。

 しかしここは様々な人種がいるなぁ。
 白の肌を持つ者に黒の肌を持つ人種。
 髪型も様々で服装も奇抜なものが多い。
 おかげで私みたいなものが紛れても怪しまれないですむので助かるが。

 カバン持ってくればよかったなぁ。
 脇に赤将の兜を抱えているし、バイ・ロードは刀身を発動させて長さを調節して刃が出てない状態にしてから
 首飾りみたいに吊るしている。
 剣の柄を飾りとして通すというのは無理があるが仕方ない、通常の状態では目立ちすぎる。
 その点、フェイト殿のバルディッシュは小型化できて便利だと思う。
(ちなみにアルフ殿は器用なことに耳と尻尾を隠している)

 いかん、やっぱり不審者か私は?

「リック遅れているぞ、離れすぎて迷子になるなよ?」
「あの、私が手を握って誘導しましょうか?」
「申し出はありがたいのですが・・・恥ずかしいです」
「遠慮することはありませんよ、はい」

 そういってフェイトは手をリックに向かって差し出す。
 ・・・せっかくの好意を無駄にするわけにもいかないので手を繋いで引いてもらうことにした。
 こういうときに身体が大きいと人にぶつかりやすくて不便だな。
 大人が子供に手を引いてもらう姿を周りが笑っている気がするのは気のせいだと思いたい。
 頼りない父親がしっかりものの娘に手引きされてる感じだ。悪い気はしないが。

「ははは、しっかりしろよ年長者」
「そう言われましてもこう人の行き来が多いと」

 ふとフェイトの方を見る。
 困っている自分の顔が珍しいらしくクスクス笑っていた。

「もう少しですから頑張って下さいねリックさん」

 そういって手を離さないように強く握る。
 なんというか、こんなにほのぼのしていいのか迷ってしまうな。
 自分の世界の状況を考えると。




「さて、着いたぞ。ここが私達の本拠地となるマンションだ!驚け、でかいだろう!!金持ちが住むところだぜ!!」
「確かにでかいですね」

 目的地に辿り着いた三人。
 本拠地となる場所はとても高く広くよほどの高給取りでなければ住めないような場所だった。
 何故か建物全体が金色に発光しているがアルフ曰く身を隠す為の術と説明された。

 身を隠す・・・誰かに狙われる危険があるというのか?
 確かに願いを叶える石という情報は私達以外にも入っている可能性はあるが。
 この二人を超えるような実力者がいて私達と同じく石を狙っているかもしれない。
 プレシア殿の例もあるし世界というのは全くもって広いな。次元世界の規模となるとなおさらだ。

「それでどこの部屋を借りたんでしょうか?二人の荷物運びますよ」
「借りてませんよリックさん」
「え?それじゃあどこに住むんです?」
「一番高いところの部屋に住むぞー!眺めもいいしお日様の当りや夜景もなかなかのもんだと思うぜ!!」
「借りてないのにどうやって?」
「それはですねリックさん、事前にマンションの管理人さんを魔法で操って洗脳をですね・・・そうしたから大丈夫」
「犯罪じゃないですか!?何気に黒いことやってますねフェイト殿!?」
「え?そうなのアルフ?」
「大丈夫!ばれなきゃ犯罪じゃない!よってフェイトはセーフ!!真っ白な子だよ!!」
「良かった・・・」
「・・・良かったんですか?」

 納得いかない。
 誰だこの純真な子に真っ黒な手段を身につけさせたのは・・・
 母親か?母親なのか?それとも悪乗りしたアルフ殿か?
 どちらにしてもこの子には真っ当な道を歩んでもらわないと困る。
 人格形成が未熟な時期なのだから誰かがちゃんと指導しないと。

「といっても私では偏った性格の子に育ってしまうだろうしなぁ・・・」
「リックー何悩んでるの?」
「将来有望な子供の未来についてですよ」
「フェイトの事ならアタシがいるかぎり大丈夫だよ!任せておきなって!!」
「それもまた不安なんですけどね」
「むっ失敬な」
「二人ともそろそろマンションに入ろう」
「ほーい」
「御意」












「怪我はそんなに深くないけど随分衰弱しているみたいね。きっとずっと一人ぼっちだんじゃないかな?」

 とある動物病院の一室にて。
 ある少女達は怪我をした野生動物を持ち込み治療を頼んでいた。
 院長である槙原愛はそれを快諾して無料で治療してくれていた。

「院長先生ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!!」」

 三人の少女は治療してくれた大らかな先生に感謝していた。
 その言葉にどういたしましてと返事を返してくれる。

「先生、これってフェレットですよね?どこかのペットなんでしょうか?」
「フェレット・・・なのかな?変わった種類だけどその首輪についているのは宝石?なのかな」

 院長がフェレットらしきものに触れようとするとフェレットは起き上がった。
 あちこちを見回しここがどこであるかを確認するような仕草を取る。

 フェレットがある少女を目にして止まった。

「なのは、見られている」
「え?あ、うん、えっと、えっと・・・」

 なのはと呼ばれた少女はためらいがちにそっと指をフェレットに近づけた。
 すると指を舐めてきてその行為になのはは感動する。

 だがしばらくするとまたぐったり倒れてしまう。

「しばらく安静にしていたほうがよさそうだからとりあえず明日まで預かっておこうか?」
「はい!お願いします!!」

 なのはと少女二人はアイコンタクトをして申し合わせたように言った。

「よかったらまた明日様子見にきてくれるかな?」
「「「はい、分かりました!」」」

 それと同時に少女達は塾の時間を思い出す。
 いそいで間に合わせようとする少女達のうち院長先生はなのはに向かって声をかける。

「なのはちゃん、この間は美味しいシュークリームありがとうね。寮の人たちも喜んでいたわ。桃子さんには後でお礼するわ」
「あはは~それはよかったです」
「それと恭也君に伝えて欲しいことが。最近那美ちゃんが恭也くんと会わないから寂しがっているみたい。できたら会ってほしいと伝えてね」
「はーい、それでは院長先生また明日来ます」」

 そうして少女達は病院を後にした。
 後にこの病院に暗雲が渦巻く事になるが誰が予想出来たであろうか?
 恐らくは持ち込まれたあのフェレットもどきか。
 少女、なのはの物語はここから始まることになる。












「ほうほう、流石高級マンション。ある程度のものは揃っているな」
「調度品がなかなか豪華ですね。よっぽどの重鎮でなければ住めませんよここ」
「ベッドがフカフカ、気持ちいいね」

 一番高い部屋に入室して三人がそれぞれの感想を漏らしていた。
 アルフ殿の言うとおり外の眺めは最高、他の備品も文句無しであった。
 
「さて、次はどうしましょうかフェイト殿?」
「そりゃこっちに来た目的から決まってるだろう?」
「そうだね、このままジュエルシードの探索の開始を・・・」

 と言いかけた時だった。
 小さくて可愛らしい空腹音と豪快な空腹音が部屋に響いた。
 フェイトは顔を真っ赤にして、アルフはあっはっはと笑いを上げていた。

「前言撤回、お腹減ったから買出しに行こう」
「いやー確かに空腹には叶わないもんね、そうと決まったら飯の材料や必要な調理器具、その他の買い物しよう!」
「気がつけば夕方になって夜に切り替わる時間帯ですね」

 まあ、初日ぐらいはいいだろうということで。三人は出かける準備をしていく。

 いきなり探索しても目星がついてないから見つけようがないだろうとリックは納得して装備を整える。

「おーいリック」
「何でしょうアルフ殿」
「どうしてその兜を持ち歩くのさ?途中で怪しまれるぞ」
「いや、これがないといざという時不安ですから。何かと遭遇した時の為に準備は必要です」
「ただの買い物だよ?そこらへんのチンピラが絡んできたってアンタなら楽勝だろ?」
「あーその、色々言い辛い理由がありまして・・・」

 実際言い辛い。
 この赤将の兜がないと気弱になってしまうなんて。
 アルフ殿が知ったらからかいの材料に使うに違いない、間違いなく。
 それに暗い街でお化けなんか出てきたらまともに闘い辛い。
 この傾向は以前よりマシになったがやはり兜がないと不安だ。

「まぁよく分かんないけど没収だね。そらよっと!」
「ああ!返して下さいよ!!」
「家に帰ったらちゃんと返すって。バイ・ロードぐらいなら持ってもいいからそれで我慢しなよ」
「はぁ、分かりました」

 うぅ、大丈夫かなぁ、怖いなぁ。
 これでもし他の敵対する人物と出会ったらどうしよう。
 その時は全力で逃げたいけど・・・一応騎士だから背を向けるわけにもいかないし。

「うっわ!兜取り上げただけでそんなに落ち込むなよ!?負のオーラが漂いまくってるぞ!!」
「え、そうですか?」
「そうなんだって。リック、そのままだとお前あの女と対等に渡り合ったっていう評価が落ちまくるぞ」
「うーん、そう言われましても」
「あの、リックさん。気休めですがこれを」

 そういってフェイトが懐からアクセサリーを取り出す。
 金色の三日月をあしらったペンダントで綺麗だった。
 それがリックの手に渡された。

「これをつければ魔力の無いリックさんでも念話をすることができますから少し安心できると思います」
「はて?念話とは一体なんでしょうか?」
(こういうのを念話といいます)
「うわ!?頭にフェイト殿の声が響いた!!」
(アタシも念話が出来るぞ~)
(アルフ殿もか・・・って本当だ。私も念話というものを出来ている)
(ちなみに微弱ながらジュエルシードの探索や魔力で張られた結界を感知、侵入することが出来る優れものです。
 大事にしてくださいね)
(分かりました)
(あんまり距離が離れすぎると魔力の無いお前じゃ念話出来なくなるからそこんところ気をつけてな)

 フェイトからいただいた三日月のペンダントを身に着ける。
 なんだかんだでフェイト殿にはお世話になりっぱなしだ。
 後でお礼を考えないといけないな。

「よーしそういうわけで出発!フェイト、リック、今日の晩飯はカレーライスだ!!」
「なぜカレーライスなんですか?」
「気分だよ気分!」






 そして約一時間半経過・・・

「晩飯よーし。調理器具よーし。明日のご飯の食材もよーし。一応使うかもしんないので化粧品よーし」
「服が安売りして色んなのが買えたね。私やアルフ、リックさんの予備の服はばっちり」
「髪の手入れ用品や毛並みのブラッシング、お風呂の用品も仕入れた。ふっ、完璧だ、完璧すぎる。だというのに・・・」

 アルフはこめかみをピクピクさせながら念話で叫ぶ。

(何初っ端から迷子になっているんだリックー!!)
(うわ!アルフ殿!?すみませんすみません!!)

 迷子になったリックの様子をみるに本気で平謝りをしているようだ。
 いい大人が迷子になるのってどーよ?と思ったが実際になる人もいるしましてや
 リックは初めてこの地方を訪れたのだ。迷子になっても仕方ないかなーと思う。

(それでリックさん、今どの辺りにいますか?)
(えーと、人の波に流される内にどんどん人気の無い場所へ。住宅街にいるのかな?)
(変なところに流されたな。まあそこなら特に問題になるのもないし標識見ながら帰れるんじゃないか)
(帰れるかなぁ・・・)
(帰って来い、私達は先に家に戻っているけどもし駄目なようなら念話で助けを求めて来な。迎えに行ってやる)
(出来れば今がいいんですが)
(今の私達にはビーフカレーを作るという崇高な使命がある。暖かい飯作ってやるから何とかしろー)
(崇高な使命って・・・カレーに?)
(深く気にすんな)
(リックさん、ファイトですよ!)

 なんだかよく分からないがフェイト殿にガッツポーズをされたような気がした。想像できないが。
 しかしカレーか・・・元の世界での激薄味のカレーを作ってたあの人を思い出すな。
 あの味のカレーを好む奇特な兵士もいたが私は正直簡便したい。

 って感傷に浸っている場合ではない。
 早く家に帰らないと。





 さらに一時間経過・・・

「・・・何故さらに迷っているんだ私は?」

 ますます分からない場所に迷い込んでしまったリック。
 おかしいな、ちゃんと標識を見て駅前に出るはすだったのだが・・・。
 古い方の道を歩いている訳でもなし、こんなに方向音痴だったかなボクは。

 まいったな、念話も通じなくなっている。このままじゃ路上で一晩明かす事になるかもしれない。

「・・・あれ?」

 ふと胸の間をみると光が漏れていた。
 調べてみるとフェイト殿がくれたペンダントが輝いていた。

「まさかな・・・いきなりビンゴというわけではないだろうし」

 そう思いつつもリックは歩みを止めずペンダントの光が強くなる方向へ歩いていく。
 さて、鬼が出るか蛇がでるか・・・。










「はぁはぁはぁ・・・!」

 少女、なのはは走っていた。
 街灯が照らす薄暗い路上の上を必死に。

 自分を呼んだあの声は何だろう?
 誰にも聞こえない自分だけが聞こえる声。
 幻聴とも思ったが学校の帰り道にも同じ声が聞こえたので気のせいとは言い辛い。
 幻聴だったら自分は病院にかからなければなさそうだけど・・・。

 そうして辿り着いたのは夕方訪れた槙原動物病院。
 病院の敷地内に一歩入ろうとすると突然強い波動が襲ってきた。

「っ・・・!またこの音!!」

 周囲の空気が変わる。
 木の枝が擦れ合って激しく音を立てて風が出てくる。
 波動はまだ発されておりなのははたまらず頭を押さえる。
 何かが響いて頭の中で反響する。
 冷や汗を流しつつも何とかそれをこらえる。

「・・・あっ」

 発されていた波動が消えた。
 ・・・消えたが代わりに不気味な叫び声が聞こえてくる。
 それと同時に建物が破壊される音が聞こえた

 思わず病院の敷地に侵入する。
 再び破壊音。

「あれは!?」

 なのはが見たもの。
 それは夕方助けた野生動物、フェレットが正体不明の者に襲われている姿だった。
 空に巻き上げられたフェレットはなのはの姿を見つけるとそこへ飛び込んでいく。
 それをなのはは上手くキャッチ、勢い余って倒れこむ。

「なになに!?一体何!?」

 目の前で蠢いている生物を凝視する。
 明らかに見たことが無い生物だ。
 いや、そもそもあれは生物なのだろうか?
 身体の形とか色々変わっていてこの世の生物とは思えない。

「来て・・・くれたの?」

 突然声が聞こえた。
 ものすごい近く?と見回すと目の前にいるのはフェレット。
 ということは・・・・

「喋った!?」

 だが、それに驚いてる場合ではない。
 あの怪物が目標をこちらに見据えたようだ。
 急いでなのはは病院内から脱出して逃げ出す。

「う、その、何が何だかよく分かんないけど一体なんなの!?何が起きているの!?」
「君には資質がある。お願い、少しだけボクに力を貸して!」
「資質?」
「ボクはある探し物のためにここではない世界から来ました。ボク一人の力では思いを遂げられないかもしれない。
 だから、迷惑とは分かっているんですが資質を持った人に協力してほしくて。
 お礼はします。必ずします!ボクの持っている力をあなたに使ってほしいんです、ボクの力を、魔法の力を!!」
「魔法・・・?」

 少女は困惑する。
 あまりにも突然すぎる事態の上にフェレットは喋って別世界からやってきたと言うし。
 しかも何の因果か訳の分からない生物に追い回されて人生最大のピンチ。
 そこに魔法を使ってくれと来た。
 こんな分からないことを一気に叩き込まれたので脳味噌に散弾銃をぶち込まれた気分だ。
 なんでこんな事に・・・
 なのはは自分の不運を嘆かざるを得なかった。

 そんなところに突然空中に黒い雲のようなものが渦巻きそれがあの生物となって襲い掛かってきた。

「あ!?」
「しまった!?」

 とっさに逃げ出そうとしたがつまづいて路上に突っ伏す。
 これではあの生物の攻撃を回避のしようがない。
 それ以前に少女の足であの素早い動きをする魔物から逃げるというのが無理があった。

「ああ・・・」

 少女は目の前に迫ってくる魔物の動きがスローモーションとなって近づいてくるのを感知した。

 私、死ぬのかな?こんな訳の分かんない所で。
 もっとやりたいことがあったはずなのに・・・。
 お父さん、お母さん、ごめんなさい。なのはは親不孝者です。
 お兄ちゃんやお姉ちゃんもごめんなさい。我侭ばっかりいって困らせて。
 アリサちゃんやすずかちゃん・・・私が死んだら泣くかな?

 なのははゆっくりと目を閉じようとしたその時だった。




「弐武豪翔破!!」

 一つの衝撃波が走った。
 その衝撃波はなのはを押し潰そうとした生物に命中して吹っ飛ばした。
 いきなり目の前のものが吹っ飛ばされてどう反応していいものか困っていた。
 死を覚悟してそれを受け入れようとしたらいきなり助かった。
 今日は一体どういう日なんだろう?

「誰だ・・・あの人は?」
「え?」

 フェレットが魔物が吹っ飛ばされた逆方向を凝視する。
 なのはも釣られて見る。
 すると路上に赤のジャケットに赤く光輝く刀身の長剣・・・赤が目立つそれらを持った男が立っていた。

「民を脅かす邪悪な魔物よ!貴様の相手はこっちだ!!」

 一喝、それを切り口に男は謎の生物に斬りかかっていった。














 後書き

 キャラの性格がかなり改変というか変なことになっちゃってる。
 特にフェイト、原作と比べて明るくなってる。元は暗い感じなのに。
 とらいあんぐるハート3もちょっと絡めてみたいなと思って槙原さんにそれっぽい事言わせてみたけど
 槙原さん、高町家とはちょっと縁が薄いから違和感あるな~。
 ・・・実はとらハ2・3しかやったことがないのであった。(しかも2は半分しか攻略してない)
 こんな書き手ですみません。
 ちなみにリックさんは兜を脱いでる為、弱体化中。しばらく酷い目にあいます。

 うーん、それにしてもアリスソフト的なノリが面白く書けない。
 もっと推敲しないと駄目か。








[28755] ジュエルシードを取り込んだ怪物
Name: 丸いもの◆0802019c ID:c975b3ab
Date: 2011/07/25 18:59
「グォォォォォ!!」

 怪物は咆哮を上げて怒っていた。
 どうやら獲物を捕らえて捕食しようとしたのを邪魔されて御立腹のようだ。

 リックはバイ・ロードを正眼に構えつつも冷や汗をながしていた。
 気のせいか手元が時折震えている。
 目の前にいる怪物を目を逸らさないで見ているが目が恐怖の色を帯びていた。
 大量に分泌される唾を何度も飲み込んでいる。
 この状況にリックは不運を嘆かずにはいられなかった。

 まいった、石を探り当てられるかと思ったら魔物を探り当ててしまった。
 だがそれのおかげで目の前の少女が死ぬのを回避することが出来たが・・・次はどうすればいい?
 恐怖を振り払うためにさっき虚勢を張り上げたもののその効果は薄かった。
 やはりアルフ殿に反対されようと赤将の兜を持って来るべきだった。
 そうすればこんな思いをしなくてすんだのに。

「こ、怖い・・・」
「立って!今は逃げるんだ!!」
「でも足が竦んで」

 目の前の少女が地面を這いずるように逃げようとしていた。
 立ちあがろうと何度も実行するが上手くいかない。
 完全に魔物の存在感に飲まれていた。
 それを見てリックは決断する。
 今、一番恐怖に包み込まれているのはあの少女だ。
 少女が体験している恐怖に比べれば私の恐怖など些細なものだ。
 この程度の威圧に飲み込まれて何が騎士だ。
 こんなのに負けているようでは共に戦ってきた戦友達に顔向けが出来ない・・・!!

「はぁぁぁぁ!!」

 雄叫び。
 それが辺り一帯に広がると共に目立つ赤色の剣が壊れて荒れ果てた路上の上に薄い赤の光を残して魔物の懐に飛び込んでいった。
 一閃、怪物は切り裂かれ体液を撒き散らし斬られた体組織は切断されてバラバラになって飛ぶ。
 だが。

「なに!?」

 不気味なことにバラバラになった体組織は魔物の身体から伸びる触手のようなもに掻き集められて怪物の元に集まり体液も吸収されて元通りになっていく。
 攻撃して無効化されたこっちを嘲笑うかのように怪物は口元を歪めていた。
 これにリックは舌打ちした。

 再生能力持ちか。
 しかも回復速度が異常に速い。
 一気に攻撃を叩き込まなければ打ち倒すことは不可能だ。

 反撃として怪物は飛び上がり遥か頭上から長い触手を多数伸ばしてくる。

「くっ」

 硬化している触手が地面を貫き電柱を薙ぎ倒す。
 リックは兜無しでの慣れない戦闘、回避運動に苦戦しながらもなんとかこなしていく。
 無事切り抜けたが攻撃をかすめていたのか身に着けているジャケットに切込みが入っていった。

「これでは服はズタボロ決定だ・・・アルフ殿に叱られるぞ」

 だが、そんなことを考えている場合ではない。
 今の私ではこの程度の魔物にも苦戦しており、下手をすれば命を落とすかもしれない。
 気を引き締めてかからねば。

 震えていた両手はいつのまにか治まっていた。
 恐怖が宿っていた赤の瞳に闘志が宿り剣士は邪悪を打ち払うべく立ち向かっていった。







「す、すごーい・・・」
「何者なんだ・・・魔法も使わずにあの怪物と渡り合えるなんて」

 少女達は遠巻きに男の奮戦を眺めて驚嘆の声を上げていた。
 男の動きは速い。とにかく速いのだ。
 触手に貫かれて、やられた!と思ったらいつのまにか魔物の側面に回りこんで斬り倒す。
 体当たりを仕掛けようとした魔物をカウンターで空に打ち上げ無防備になった所へ瞬時に飛び上がり叩き落とす。
 漫画みたいな光景だった。
 持っている剣もそこら辺にあるようなものじゃない、某ロボットのビームサーベルみたいでかっこいい。
 お兄ちゃんやお姉ちゃん、そしてお父さんを上回る剣士はいないと心密かに思っていたがその考えが目の前の男を
 見ていると覆されてしまいそうであった。
 それに見た目も若い、お兄ちゃん?いや、お姉ちゃんぐらいかな。
 どうやったらあの若さであんな無茶苦茶な強さを手に入れたのだろう。

「ねぇ、このままだったらあの人が悪い怪物をやっつけてくれるんじゃないかな?」
「・・・いや、その考えは甘いようだ。見て」

 フェレットが冷静に状況分析をする。
 なのはは言われてみて男の姿を見るが特になにも変わってないように見える。
 互角の勝負だ。
 このままいけば勝利を手にするんじゃないだろうか。

「よく分からない。見たところ対等の勝負をしていている感じだけど・・・駄目なの?」
「対等じゃ駄目なんだ。このままじゃ遅かれ早かれあの人の体力は消耗して不利になって負けてしまう。
 それに引き換え怪物の体力は石の力によってほぼ無尽蔵に近い」
「そ、それじゃあ・・・」

 そういってる矢先だった。
 リックがほんの一瞬足元をふらつかせて無防備になった。
 精神力の消耗のしすぎのせいだった。
 兜をかけてないのに無理矢理恐怖を押さえつけて戦ってきたのだから限界が近づいてきていたのだ。
 その隙を怪物は見逃さなかった。
 怪物は無数の触手を伸ばしてリックに迫る。
 リックはとっさに地面を転がるが触手の一本が左腕を貫いた。

「ぐぅ・・・!!」

 痛みを噛み殺す声がなのは達にもちょっとだけ聞こえた。
思わずなのはは目を塞いだ。
 残った右腕で左腕を貫いた触手を魔物から斬り離し、刺さっている触手を引っこ抜いて道端に捨てる。
 捨てられた触手は切り離されてもなおビチビチと跳ねて気色悪い。
 だらりと動かなくなった左腕から血が流れ路上を汚していく。
 リックは左腕を押さえてうずくまり、ピンピンしている目の前の怪物を見ながら毒づく。

「くそ、決定打が生まれない!!」

 なにせいくら斬りつけても斬りつけてもすぐに再生する。
 このままじゃあの魔物の餌食になってしまう。
 どうすればいい?どうすれば奴を一気に片をつけることができるんだ?
 
 そう考えているうちにも魔物は猛攻を続ける。
 加速をつけて体当たりをしてきた。

「くおおおお!!」

 片手しか扱えなくなった状態で体当たりを受け止める。
 本来なら回避を取るべきだったのだがそう考える思考の余裕がなくなってきている。
 このままでは魔物に潰される。
 焦りが生まれてより一層余裕が消えていく。

 その男の姿をなのはは黙って見ていられなかった。
 なんとかしたい。
 なんとかして助けてあげたい。
 私の命を救ってくれたんだ、今度はこっちの番。
 でも一体どうすれば・・・。

「・・・ボクの力を、魔法の力を使って」
「え?」
「このままじゃあの人は嬲り殺しだ。救うのなら魔法の力を使うしかない」
「で、でもどうやって?」

 いくらなんでもおとぎ話に出てくるものを普通の人間に扱えるはずが無い。
 でも、喋るフェレットが私には資質があるって言ったから使えるかもしれないし・・・
 えーと、私いつのまに普通の人間っていう括りじゃなくなったのかな?

「これを」

 そういってフェレットは自分の首に吊るしてあった赤い宝石をなのはに差し出した。
 澄んでとてもきれいに輝いている宝石をなのはは手に握り締める。
 とてもあたたかい。
 まるで宝石が脈づいて活動しているかのようだ。
 

「それを手に目を閉じて心を澄ませて、ボクの言うとおりに繰り返して」
「う、うん」

 もう手段は選んでいられる状況じゃない。
 あの人を助けられるのならなんだってする。
 それが魔法なんてありえない手段でも実現できるならやってみる!

「いい、いくよ?」

 フェレットは言葉を続ける。
 宝石に眠る力を発動させるためのキーワードを。

「我、使命を受けし者なり」
「・・・我、使命を受けし者なり」

 宝石が発光する。
 言葉に反応したのかより一層あたたかくなっていく。

「契約の元、その力を解き放て」
「えと、契約の元、その力を解き放て」

 宝石が脈動した、はっきりと。
 それは少女にも伝わり自分の心臓の高鳴りのようだと錯覚してしまう。

「風は空に、星は天に」
「風は空に、星は天に」

 意識がなんだか宝石の中に取り込まれたような感じがした。
 でもとてもあたたかくて悪い感じがしない。
 まるでお母さんに抱かれているみたいだ。

「そして、不屈の心は」
「そして、不屈の心は!」
「「この胸に!!」」

 少女の心の中で光が爆散する。
 今まで命令を待っていた宝石がやっときたと言わんばかりに声を上げていた。

「「この手に魔法を!レイジングハート、セットアップ!!」
『Stand by ready.set up』

 機械的な返事が返ってくると同時に少女は光の柱に包まれていた。









「なんだ!?この光は!?」

 リックはよろよろと立ち上がりながら光の出現方向を見る。
 怪物もこの光に驚いているのか分からないが怯んでいる。
 その光を出している中心にはリックが守ろうとした少女が立ってこちらを見ている。

「少女よ何をしている!?何故こいつを引きつけているうちにここから逃げなかった!!」
「ごめんなさい!でもあなたに助けられたから今度は私が助けなきゃいけないと思って!」
「正気か!?この魔物は手強い!今からでも間に合う、早く逃げるんだ!!」
「嫌だ!あなたを絶対助ける!!」

 少女ははっきりと、強い意志をもってリックの言葉を否定した。
 くそ、想定外の事態だ。
 よりにもよって状況を読むことが出来ない頑固者の少女とは。

 やはり念話が通じない。
 こんなときフェイト殿とアルフ殿がいれば心強いというのに。
 なんとかして少女だけでも・・・いや私も一緒にここから生還しなければ。
 こんな見知らぬ土地で死んでたまるか。
 私はあの魔人に復讐しなければいけないんだ!!

「まだ…戦える………まだ!!」

 血塗れの左腕をジャケットの袖を長く切り取って傷口に縛り付ける。
 意識はまだ朦朧としてないのが救いだがいつ倒れるか分からない。
 なんとしてでもこいつを倒さなければ。







「落ち着いてイメージして!君の魔法を制御する、魔法の杖の姿を!そして、君を守る強い衣服の姿を!!」

 そんな、急に言われても・・・ってそんな場合じゃない!
 今は一刻も争うんだ。
 こんなことを考えている間だけでもあの人は怪物の凶刃に倒れてしまうかもしれない。
 イメージ、イメージ・・・。

 そう考えていると白い服とステッキが脳裏に浮かんだ。

「と、とりあえずこれで!」

 そう言ってイメージが決まった途端、拡散していた光が少女の身体に収束して包んでいった。
 光が少女の平服を変化させ、胸元の赤いリボンが特徴の白い衣装に身を包んでいく。靴も同様に。
 手には同じく白い色のステッキが握られていた。
 それを回転させて杖を怪物に向けて決めポーズを取っていた。

「・・・成功だ!!」

 フェレットは完璧と言わんばかりに声を上げていた。
 当のなのはは少々困惑していたがそうしてる場合ではない。
 早く助けないと。
 そう思うと同時に地を蹴っていた。

「あ!?ちょっと、まだ魔法の使い方も教えてないのに行っちゃ駄目だ!!」

 あわててフェレットも追うが時すでに遅し。 
 なのはは剣士と怪物の殺界に飛び込んでいた。

「今助けます!待ってて下さい!!」
「馬鹿な!?どうして飛び込んできたんだ!!」

 リックはなのはを追い出そうしたがその隙を狙われて怪物の体当たりをモロに受けた。
 あまりの衝撃に身体全体が痺れて視界が揺らめく感覚に襲われた。
 これでは受身の取り様が無かった。
 吹っ飛ばされた先にはあの少女がいる。
 このままでは私の体重の相乗効果もあって押し潰してしまう。

「きゃっ!?」

 思わずなのはは手にしたあの魔法の白い杖を盾にしてぶつかる衝撃に備えた。
 すると――

『protection...』

「ぬああああああ!?」
「きゃあああああ!?」

 女性のような機械音声と共に少女の前面に桜色の結界が展開された。
 その結果、さらにリックは吹っ飛ばされて近くの塀に身体をめり込ませる事になってしまった。
少女は予想外の事態にパニックに陥っていた。
 いきなり魔法が勝手に発動して助けようとした人物を逆に弾いて攻撃を加えたようなものだから仕方ないかもしれない。
 ・・・何故こうなる?いや、少女が助かったのだからいいんだが。

「すごい・・・自己防衛で防御魔法が勝手に働いた。あなたとレイジングハートの相性は思った以上に良いのかも知れない」
「そんなこと言っている場合じゃないよ!あの、大丈夫ですか!?」
「はい、なんとか・・・手荒いですが気付けにはちょうどいい」

 がらがらと塀の瓦礫を身体から落としながらリックは溜息をついた。
 その様子になのはは動転して何度もごめんなさいと謝っていた。。
 全く、あの指揮官鎧がないとダメージの蓄積が早すぎる。
 戦争や冒険のときにいかにあの鎧に助けられてきたかを身に沁みて感じる。
 頑丈で軽量の両方の機能を持ち合わせた鎧。
 かつて大陸最強と謳われたヘルマン帝国の屈強な兵士に対抗するためには優れた金属の鎧を初めとしてヘルマンより
 機能が上回った装備で軍団を充実させなければならなかった。
 それでも苦戦を強いられたがこの優れた装備がなければ勝利するのは難しかっただろう。
 そしてそれはこっちに初めて来たとき、フェイトやプレシアとの闘いでも役立っている。

「また来る!後ろに下がってて下さい!!」
「不安ではありますが・・・さっきの防御結界もある。あなたの言葉に従いましょう」

 そういってリックは少女の後ろに下がる。
 万が一、結界を破られてもいいように少女を抱えて回避する態勢を取りながら。

「っ・・・!」
『protection』
「グォォォォォ!?」

 怪物が突貫、そしてリックが吹っ飛ばされてきたときと同様に吹っ飛ばされた。
 体組織が結界にぶつかった衝撃で周囲に弾丸のように飛び散って物に突き刺さった。
 えげつない。
 結界魔法とはいえ攻撃力も備えているのかこれは?
 私が結界にぶつかった時は加減されていたのだろうか・・・。

 そう考えているとなのはは喜びの声をあげていた。

「見ましたか!?私だってやれます、あなたの助けになれます!!」
「お見事です。ですが問題が」
「ふぇ?」
「あの怪物を一撃で止めを刺す手段が我々に無い、このまま防御に徹しても勝ち目がありません」
「あ・・・」

 そういってしょんぼりするなのは。
 肝心の部分を失念していたのでがっかりしているようだ。
 とはいえあの怪物相手なのだから目先の部分にとらわれても仕方ないのだが。

 しかしあの再生力は驚異的だ、色んな技を試したものの残念ながら無駄に終わった。
 今の私の状態では技の力を100%引き出せず、中途半端な威力だったせいもあるが。
 どうする?
 未だに周囲の住民が騒ぎ出してないのが不思議であるがそれは救いでもある。
 第三者が介入して被害を出さない内に決着をつけないと。

「・・・あの怪物を仕留める手段はあります」
「え、ホント!?」
「その言葉は信用できますか?えーと、なんの妖怪ですかあなたは?」
「よ、妖怪じゃないよ!?ボクはスクライアっていう部族の出身!!ってそんな話は今はどうでもいい、
 とにかくあれを何とかすることが出来ます」

 フェレットが二人を見上げて言う。
 嘘か本当かどうかは分からない。 
 もし、この妖怪の提案が失敗すれば二人と一匹はお陀仏だ。
 どれほどの自信があるかは分からないが今の状態では賭けに近い。
 勝算の低い方法は取りたくないのだが・・・。

「ただこれを成功させるには条件と言うか問題が・・・」
「問題とは?」
「先程まであなたが戦っていたとおりあの魔物はとても素早い、魔法で捉えて封印するには難しいです。
 なんとか足を止めて魔法を打ち込まないと成功しない」
「確かに、あの怪物を捕捉して食い止めるのは難があるな・・・」
「魔法で捉えて封印って・・・何気に私が重要ポジション!?」

 そうこう言っているうちに魔物が立ち直りこちらに視線を向けてきた。
 いかん、もう話し合う時間が無い。
 すぐにでも奴は襲ってくる、結界に弾かれた痛みのせいなのかさらに鼻息を荒くしている。
 
「くっ、もう時間が無い!お願いです、ボクの言葉を信じて下さい!アレを封印する方法はありますから貴方に・・・」
「囮になって足止めをしろということだな」
「は、はい!」
「・・・君の言葉が嘘でないことを祈る」

 バイ・ロードを片手で持ち地面につける。
 仕方が無い、やってやるしかないか。
 失敗したらしたでこの少女達を連れて一目散に逃げよう。
 騎士道に反するが命あっての物種だ。自分の理念に少女達まで付き合わせるべき行動ではない。
 失敗して逃走を図り付近の住民の命を失ってしまうかもしれない外道行為を取ることになるか、
 それとも成功してこの場所に平和をもたらすことになるのか・・・。
 なんにせよ今は全力を尽くす。

 魔物が突撃してくる。
 その速度は今までのものとは比べ物にならない、本気のようだ。
 とっさにリックは路上に落ちていたアスファルトの大きめな破片を蹴り飛ばした。
 それは魔物の片目に命中してわずかに動きを鈍らせた。
 すかさず近寄り斬り上げ、袈裟懸け、横薙ぎと流れるような三段斬り。
 怯んだところに頭部らしき所へ剣を突き刺した。
 加速した体当たりが徐々に速度を落としていく。
 体当たりを食い止める為に踏ん張っている両足から摩擦熱によって靴から煙が出ていた。
 そして少女達の一歩手前、ギリギリで何とか停止した。

 少女達はここから少し離れた。
 恐らくは魔法を撃つための距離を取ろうとしたのだろう。

「ぐっ・・・!後は頼みます!!」

 剣は貫通して地面に突き刺さっていた。
 それから逃れようと暴れる魔物をリックは必死に押さえ込む作業に入る。
 お互いが苦悶の声を上げる。
 魔物が封印されるのが先か、騎士が倒れるのが先か―――







「それでどうするの!?急がないとあの人が死んじゃう!!」
「落ち着いてボクの言葉を聞いて」

 落ち着いてと言っても落ち着けられる状況じゃなかった。
 怪物はあの人が食い止めているがいつ競り負けて殺されるか気が気でならなかった。
 あの剣士は無茶な要求を呑んでそれを見事実現させた。
 今度はこっちの番、絶対に期待に答えてみせる!

「さっきみたいに攻撃や防御魔法等の基本魔法は心に願うだけで発動するけどより大きな魔法を発動するには呪文が必要なんだ」
「呪文?」

 よくある長い詠唱の末に唱えるものかな。
 でもあまりに長すぎると困る。
 出来れば手短に発動できるのがいい・・・。
 そうでないと助けに入ることが出来ない。

「心を澄ませて、心の中にあなたの呪文が浮かぶはずです」

 言われる通りにしてみる。
 心を澄ませるっていうのがよく分からないけど多分純粋に呪文がどういうものかそれを想像すればいいのかな。

 なのはは目を閉じて精神集中して早く呪文を浮かべようとする。
 そこへ。

「しまった!!」

 リックが失敗したというような声を上げていた。
 見ればリックは振り落とされるようになのは達の近くに振り飛ばされていた。
 魔物がなのはの姿を捉える。
 どうやらターゲットを変更したようだ。
 飛んで空から鋭利な触手を伸ばして少女を串刺しにしようと襲い掛かる。

「まずい!!」

 フェレットが絶望の声を上げた。
なのはは目を閉ざしたまま思いふけっていた。

 呪文、呪文、私の呪文・・・
 一体何の呪文?
 敵をやっつける為の?それとも自分の身を守るため?
 ・・・いや、違う。 
 あの人を守るために、そしてその元凶を打ち払う為の呪文を!
 私の思い浮かべる魔法は人を助ける為の魔法!!

『protection』

 少女の目が開く。
 目の前に防御結界が展開され怪物の攻撃を打ち消した。
 これに驚いたか怪物は一時後退を始めた。
 フェレットはほっとする。
 少女は開眼したかのように呪文をすらすらと唱え始めていた。

「リリカル、マジカル―――」
「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!!」

 なのははさらに呪文を唱えようとするが続かない。
 原因は魔物が素早く動き回り狙いが定まらないからだ。
 まずい、このままじゃ詠唱を邪魔されて振出しに戻っちゃう。

「グォォォォ!?」

 そこに突然魔物の悲鳴が聞こえた。
 原因はいつのまにか魔物を攻撃範囲内に捉えるように移動していたリックが剣で魔物の身体を串刺しにしていたのだ。
 魔物にしがみつき呪詛のような声がリックから漏れる。

「この野郎・・・!化け物は黙って人間に退治されていろ!!」

 突き刺さった剣元から魔物の体液が漏れてリックの服を汚していく。
 怪物の足が止まった!
 今がチャンス!ここしかない。
 なのはは祈祷するように呪文を唱えた。

「ジュエルシード、封印!!」
『sealing mode set up.』

 レイジングハートが光り、光の翼のようなものが現れる。
 宝石から多数の光の帯が伸び怪物を包み込んでいく。
 
『stand by ready.』
「リリカル、マジカル、ジュエルシードシリアル21、封印!!」
『sealing.』

 さらに光の帯が包み込んでいく。
 耐え切れないのか怪物は光に身体を撃ち抜かれていく。
 最終的に大量の光を発して徐々に怪物の身体は消えていった。

「・・・やったー!!」
「うん!すごいや、こんな短期間で封印の魔法を覚えることが出来るなんて!!」

 なのははフェレットを持ち上げて歓喜の声を上げてくるくる回っていた。
 リックも一仕事を終えたと思ってバイ・ロードの刀身を消して懐へしまう。
 地面に座り込もうとしたがある言葉が気になって立っていた。
 
 ジュエルシード・・・確かに少女とスクライアという妖怪は呪文詠唱の際そう言っていた。
 あの子達はジュエルシードの事を知っているのか?
 そしてこの怪物はジュエルシードに関連するものだというのか?
 リックは消え去った怪物の場所へ近寄る。

「む」

 地面に光る青い石が落ちていた。
 プレシア殿の言っていることが本当であれば間違いない、ジュエルシードだ。
 それを拾い上げ空にかざして眺めてみるとうっすらと数字のような物が見える。

 これが願いを叶える石か。
 あの怪物はこの石に何を願ったか分からないが確かに持ち主に効果をもたらすようだ。
 しかもその効果は計り知れない。
 これを取り込んでいた怪物は尋常ではない強さを発揮してこちらを大いに苦しめた。
 あの大魔導師が欲しがるのも分かる気がする。
 ・・・ひょっとしたら今、私もこれに願えば元の世界に帰れるんじゃないか?

「むん!」

 試しに元の世界に帰りたいと願ったが石は特に反応を起こさなかった。
 願う力が足りないのか?
 リックは力の限り右手に石を握り締めて叫んでいた。

「うおおおおお!!」
「きゃっ!?」
「あ、あの、何をしているんですかあなたは?」

 二人に思いっきり不審がられた。
 スクライア妖怪の表情はいささか読み取れないが少女には怖がられていた。

 駄目だ、いくら思いを込めても発動しない。
 何か条件があるのか?それとも石一つだけでは足りない?

「あ、その石は・・・」
「どうしたの?」
「あの、その石をレイジングハートに近づけさせてくれませんか?
「え、うん、分かった」

 そういってなのはがリックの元に近寄り石にレイジングハートを寄せた。
 すると石が浮き上がり、レイジングハートの宝石の部分に吸収されていった。

『receipt number XXI.』
「あ!?ちょっとお待ち下さい!!!」
「え、どうしたんですか?えーと・・・お名前は」
「リック・アディスンと申します」
「はい!私は高町なのはです!!さっきは皆と力を合わせて倒すことが出来たからとても嬉しいです!!」
「そうだね、相手が強敵だった分その気持ちがよく噛み締められるよ。ちなみにボクはユーノ・スクライア」
「確かにそうですね。で、話は戻りますがなのは殿。その石を私にくれませんか?」
「え、何か危険な代物っぽいですからこのままレイジングハートに入れたほうがいいんじゃ?」
「それについては私も身をもって知りました。ですがその石を私に下さい、お願いします」
「石を出そうにも・・・レイジングハートが反応してくれない。どうしよう?」

 そんなことを言っていると突如なのはが光の渦に包まれる。
 戦闘危険区域から脱したとレイジングハートは判断したのかなのはが今まで来ていた服、
 バリアジャケットが解除されて平服に戻る。
 レイジングハート自身も杖から小さな赤い宝石へと変化していく。

「わわ!元に戻っちゃった!!」
「魔法少女ですね、似たような女の子モンスターがいたから分かります」
「女の子もんすたー?」
「気にしないで下さい。それでなのは殿、どうにかして石を・・・」

 迫るリックになのはは思わずたじろぐ。
 こんな石を欲しがるなんてどうしてだろう?
 何か特殊な石であることは分かるんだけどこの人は知っているのかな?

 その事でなのははリックに問いかけようとしたその時だった。
 突然なのはの頭に声が響いていた。

(なのはさん、彼に石を渡しちゃ駄目だ)

「と、突然頭の中でユーノ君の声が!?」
「む?」

 リックが怪訝そうな顔をした。
 念話か?
 確かになのは殿は魔法が使えるから出来るのも納得だがあのユーノという妖怪も使えるのか。
 見る限りでは内緒話をしているようだが・・・。

(落ち着いてなのはさん、これは念話といってテレパシーのようなものだよ)
(あはは、そうなんだ・・・なんだかどんどん人間離れしていく私)
(さっきの話に戻るよ、繰り返すが彼に石を渡しちゃいけない)
(え?どうして?見る限り優しそうなお兄さんだから渡してもいいかなーと思っているんだけど。
 私を守ってくれて一緒に怪物を倒したんだし)
(それとこれとは別問題なんだ。あの青い石、ジュエルシードはボク達スクライア達を初めとする一部の人間しか知らないはずなんだ。
 なのにあの男、リックという人はそれを知っている感じだ)
(えーと・・・ユーノ君は何を警戒しているの?)
(どうしてあの人はジュエルシードを欲しがるんだ?っていうことなんだよ。あんな危険な石を。
 それにジュエルシードは然るべき場所に保管されるはずだったが謎の事故か人為的災害で石はこの地域に散らばった。
 石がこの地域に散らばったのはボク以外には知られてなかったはずなのにあの人はこれを欲しがってたから
 この地域に散らばっているのを知っている可能性が高い。謎の事故に関わっていて石を狙っていた線も否定出来ないかも)
(え、じゃあこの人は悪い人なの?)
(分からない、この人がジュエルシードをどう使うか分からないけど・・・何か黒い部分がある事を否めない)
(そんな・・・)

 先程までの戦闘の経緯を見る限りそれはないのでは?となのはは思った。
 確かにジュエルシードの存在やその在りかを知っていて欲しがるのはおかしいと思う。
 だけどそれとは別にリックという人は命を賭けてまで私を怪物の魔の手から救おうとしていた。
 ジュエルシードだけが目的なら彼はそんな危険をおかすはずがないと思う。
 なんだろう、矛盾して頭が混乱する。

「なのはどの?」
「ええ!?は、はい!!」
「どうかしましたか、顔色が悪いようですが」
「あの、さっきとの怪物でちょっと」
「無理も無い、普通の少女があれとやりあうには刺激が強すぎる。休んだほうがいいですね」
「はい・・・」

 そういって地面にペタンと座るなのは。
 路上に座るのなんて行儀が悪いが疲労困憊だ。
 それに私達以外に誰も見ていないからいいかな?

 再びなのはにユーノの念話が届く。

(なのはさん、あの人がなんと言おうとあの石を渡しちゃ駄目だよ)
(納得しきれない部分もあるけど・・・分かった)

 その念話を皮切りにユーノとの内緒話が終わった。
 だがなのはと同じく疲れていたのかユーノは路上に倒れこんだ。

「ユーノ君!?大丈夫!?」

 思わずなのはは立ち上がりユーノを抱え込んだ。
 それと同時に周囲にサイレンの音が響き渡り、今まで時が止まっていたのが動き出したかのように
 周囲の住民が騒ぎ始めた。

「今頃になって異常に気づいたのか?だが、なんにせよ被害は出ずにすんでよかった」
「物理的損害は酷いですけどねー・・・」

 特に院長先生の病院、大丈夫かなー。
 院長先生、ショックのあまり倒れたりしないかな・・・。
 なのはは荒れ果てた周囲の悲惨な光景を見て溜息をついた。

「動くな!警察の者だ!!」

 いきなりパトカーが数台走り込んできてリック達の前で止まった。
 車から数人の警察官が降りてきて取り囲んできた。
 リックは無表情であったがなのははやばそうな顔をして真っ青にしてた。

「これは・・・滅茶苦茶だ、なんなんだ?」
「むぅ、君達一体ここで何が起こったのか知っているのなら話してくれないかね?」

 紳士的な中年が深刻そうに話しかけてくる。
 これになのはは頭を痛める。
 どうやったって説明できるはすが無い。
 仮に説明したところで信用される事もないだろう。
 それ以前に未成年がこんな夜中に見知らぬ異国の人間と一緒にいる自体怪しまれる。
 どうしよう、どうしたらいいんだろう。

(なのは殿)
(ふぇ!?り、リックさんも念話が使える事が出来たんですか!?)
(ちょっとしたアクセサリーのおかげで少しだけなら。それよりなのは殿)
(はい?)
(逃げますよ、どうみてもこれは収拾がつかないでしょう)

 そこでリックは念話を切るとなのはを抱きかかえこんでいた。

「はにゃ!?」
「舌を噛まないようにして下さい。それとそのスクライア妖怪を落とさないように」

 そう言うや否やリックは警察の取り囲みをジャンプして乗り越え着地、そして全速力でこの場所から脱出、逃走に成功していた。

「うわ!はぇぇ!!すごい勢いで遠ざかっていくぞ!!」
「そんなことより幼女が誘拐されたぞ!追え追え!!」
「ここの状況検分はどうするんです!?」
「後からやってくる人間に任せる!皆車に乗り込め!!」

 車のドアが閉められる音が複数。
 エンジンがかかり、逃亡者を追いかけようとパトカーは走り出していった。










「何とか振り切ったか」
「うぇぇ、気持ち悪いよー・・・」

 リック達はある公園のベンチに座って休憩していた
 なのははグロッキー状態になってベンチに横になっていた。

 酷かった。
 走っている体感速度が物凄く、その上障害物を飛び越えまくるものだから身体が揺さぶられて堪らなかった。
 特にジャンプしたときにかかる重力が酷い、思わず吐きそうになった。
 F1レーサーや戦闘機パイロットとかは巨大なGに耐えて活動しているというらしいからその人達を尊敬する気になってしまう。

「り、リックさんに抱きかかえられて逃げるというのは勘弁したいですね・・・」

 すでに意識を取り戻していたのかユーノがなのはの懐から顔を出す。
 なのはと同じく顔を青くしていた。

「申し訳ありません、本気で逃げていたのであなた達を気遣う事を怠っていました」
「き、気にしなくていいですよ。あれは不可抗力ですし・・・」
「それより気になるのはリックさんの腕の怪我なんですが」
「む」

 そういって自分の左腕を見る。血は少量であるが未だに流れ続けている。
 貫通する攻撃を受けた腕はしばらく使い物にならないだろう。何とかして治癒魔法を受けたいところなのだが。
 いかんな、腕を見た途端激痛が襲ってきたぞ。血の流しすぎで意識もフラフラし始めてるしさっきの全力疾走だ。
 少々無茶をしすぎたか。

「どうしよう、早く病院にいかないと」
「それはご勘弁を。訳あって公共機関にはいけないんですよ」
「・・・ひょっとして不法滞在者?」
「誤解ですなのは殿」

 身分証明書とか事前に色々アルフ殿から渡されたんだがさっきの闘いで紛失してしまったような・・・。
 また叱られる要因を作ってしまった。

「あの、ボクが治療しますよ」
「え、ユーノ君が?」
「妖怪に治療できるのですか?」
「だから妖怪じゃないって!まぁそれはともかく」

 ユーノは自分に巻かれていた包帯を脱ぐ。
 今まで自分の怪我の治療に集中してたのだ。
 フェレットもどきはなのはから離れてリックの左手の手の平に乗った。

「怪我を見せてください、傷口を縛っている服の袖をほどいて」

 言われるがままにリックは傷口を見せた。
 今まで縛るのに使っていた服の袖は血を吸って重たく黒く変色していた。それが重い音を立てて地に落ちる。
 傷の部分も周囲が血で染まってそこから流れるように手元へ血が流出して地面を濡らしていた。
 思わずなのはは目を背けてしまう。
 そしてユーノは手を怪我に向かって伸ばすと光が放たれた。

「これは・・・?」
「フィジカルヒール、怪我を治療する為の魔法で即効性です。しばらく時間をかければ治るかと」
「こちらの世界にも回復魔法の使い手はいるんですね。当たり前かもしれませんが」
「え?ひょっとしてリックさんもこの世界じゃないところからやってきたんですか」
「あ・・・」

 しまった。
 うっかり口を滑らせてしまった。
 とはいえ、自分の使っている剣をこの子達は見ているんだしいずれ気づくだろう。
 正直に言うか。

「まぁ、そんなところです。ちょっとした事故で次元漂流者というのになってしまいまして」
「次元漂流者?」
「元の世界の座標が分からなくて帰れない人の事を指すそうです」
「それは大変な事じゃないですか!?よりにもよって管理外の世界からの来訪者だったなんて!!」
「・・・そうですね」

 怪我の治療を受けながらリックは夜空を見上げる。
 綺麗な星々が満天に輝いていた。
 キングは・・・そして戦友達は今もこんな夜空の元戦っているのだろう。
 メナドは無事だろうか。生きていたら多分いなくなってしまった私の席を埋めるために必死に頑張っているだろうな。
 その友人であるかなみ殿やフリーク殿達は無事脱出できたかな、あの魔人と戦ってわずかしか時間を稼げなかったが
 無事であると願いたい。
 いかんな、次々と色んな人達を思い出す。思わず涙が出てしまいそうだ。

「そんなわけですから故郷に帰りたいですね」
「リックさん・・・」
「・・・それでジュエルシードを欲しがっていたんですか?」

 治療を続けるユーノから疑問の声が上がった。
 その言葉を否定せず黙って頷いた。
 それにユーノは複雑そうな顔をして黙って治療を続けた。

「リックさん、今はどうやって暮らしているんですか?」
「とあるマンションに暮らしています。幸いにも私を拾ってくれた恩人達がいましたのでその人達と暮らしています」
「そっか、よかったです孤独じゃなくて。一人は寂しいですから」

 なのははどこか寂しそうな顔をする。
 この子はそういった経験があるのだろう、年に相応しくなく寂しさや孤独を人一倍知っているようだ。
 なんとなく空いた右手でなのはの頭に手を置いてしまった。

「な、なにするんですか?」
「失礼しました。思わず手が動いてしまって」
「・・・そんなこと言って、実はロリコンなんじゃないんですか?」
「どこぞのよーい○ろーと一緒にしないでいただきたいユーノ殿」

 よーい○ろー。
 それはロリの伝道師。
 各地に出没しては様々な男にロリの素晴らしさを説く正体不明の人間。
 かつてキングもお目にかかったらしく、その人を邪悪と判断して斬り捨てたとかないとか。
 ・・・余計な話は置いておこう。

「怪我の治療、終わりましたよ」
「すみません、ありがとうございますユーノ殿」

 ユーノはトン、と飛んで地面に落ちてなのはに近寄る。
 なのははユーノを拾い上げて大事そうに抱える

 おお、怪我の痛みも消えて腕も自由に動く!
 これならすぐに前線復帰できそうだ

「ああ、駄目ですよすぐに動かしちゃ!怪我した部分は絶対安静ですよ!!
 それに流した血までは取り戻せてないんですから下手に動かないで!!」
「む、そうだったのか。不用意でした」
「それはそうと今日はすみませんでした、あなた達をこんなことに巻き込んでしまって」

 ユーノが頭を垂れて謝罪の意を表す。
 さっきの怪物の一件だろう。
 少女はともかく私はあの手のモンスターには慣れているから気にしないのだが。

なのはは意外と精神的に強いのかユーノに対して笑顔をみせる。

「んー多分私は平気。リックさんは?」
「なのは殿と同じく。慣れていますよああいうのは」
「・・・ありがとうございます二人とも」

 再び頭を下げるユーノ。
 生真面目な妖怪だなと思う。
 多分人知れず頑張っていたんじゃないだろうか?
 恐らくはジュエルシードの探索、そして魔物の封印を。
 出来うる事なら少女も含めて敵対したくはないのだが・・・多分そうはいかなくなるだろうな。

「とりあえずユーノ君、まだ怪我が治ってないみたいだしここじゃ落ち着かないよね。とりあえず私の家にいこう」
「重ね重ねすみませんなのはさん」
「送りましょうか?少女が一人で夜道を歩くのは危険ですから」
「そ、そんな!いいですよ、私一人でも大丈夫!!」
「先程の闘いであなたはかなり消耗している。念の為、ということで」
「あ・・・はい、分かりました」

 本当に疲れていたのだろう。歩き出したものの足元がおぼつかない。
 このままでは転んで怪我をするか、建物に身体をぶつけるだろう。

「危なっかしいですね、再び失礼します」
「ふぇ!?」

 なのははまたリックに抱きかかえられることになった。
 恥ずかしいのかジタバタ暴れていた。
 その際にアッパーがリックの顎に命中。
 痛みをなんとかこらえる。

「むぅ・・・!」
「あぁ!?ごめんなさーい!!」
「い、いえ、突然抱きかかえた私が悪かったです。それでなのは殿の家はどこでしょう?」
「あ、指で行く道の方向を指しますからそれに従ってください」
(やっぱりこの人、ロリコンなんじゃないか?)

 二人と一匹は夜道に消えていく。
 涼しい夜風が闘いで火照った身体を冷やして気持ちいい。
 元の世界でもこういう風に過ごしたことがあったな、懐かしい感覚だ。
 なんだろうな、この世界にいると妙に自分の世界を思い出して心が苦しい。
 原因はなんなんだろう?








「とうちゃーく!着きましたよリックさん」
「ほう、なかなか古い建物で趣がありますね」
「そうですか?私には普通には感じますけど」

 リック達は高町家の木の扉の前に立っていた。
 なかなか大きい。
 そこらへんの住宅とは一回り違う。
 住んでいる人たちはこの少女と同じく優しい心の人達なのだろうか。

 抱きかかえていたなのはをゆっくり下ろす。
 なのははお礼を言って自宅に入ろうとしたが突然肩をリックに掴まれて動きを止められた。

「お待ちくださいなのは殿」
「え?」
「扉の向こうで待ち構えている者がいます、人数は二人」

 ?と頭の上に記号を出すなのは。
 するといきなり扉が開き、男女の二人がやってきた。

「お兄ちゃん!?お姉ちゃん!?」
「嘘・・・気配を消してたはずなのになんでばれたの?」
「お前の修行不足だ馬鹿弟子」
「そういう恭ちゃんだって存在ばれてたじゃないの~」

 その反論に無言で男のデコピンが女の額に命中する。
 女は痛みを堪えつつ恨めしそうにひどいよ~と呟いていた。

「それはそうとこんな時間にどこにお出かけだ?それと後ろにいる方は?」
「わ、私の恩人!え、えーと私が変質者に襲われていた所を助けてくれたの!!」
「愚か者」
「あぅ!?」

 男の拳が軽くなのはの頭をこづく。
 少々痛そうにこづかれた頭をさすっていた。

「皆心配していたんだぞ。しかも危険に出くわして何一つ反省の色をみせていないとはおしおきが必要だな」
「う、ごめんなさい・・・」
「あら、この動物可愛い~。ねぇなのは、ひょっとしてこの子が心配で夜中に出かけていたの?」
「・・・うん」
「恭ちゃん、なのはには悪気はなかったんだしこうして無事なんだから許してあげようよ」
「駄目だ、後で父さん母さんの説教も覚悟するように」
「はい・・・」
「厳しいなぁ・・・お姉ちゃんはなのはの味方だから安心して」
「美由希、なのはの行動に対して甘すぎるからお前も説教な」
「え~そんな!?」

 不用意な発言するんじゃなかった、と心の中で思う美由希。
 でも本当に私はなのはの味方だよ、多分父さん母さんも許してくれる。・・・と思う。

 恭ちゃんと呼ばれていた人物――高町恭也がリックの前に立つ。
 恭也はリックという人物に丁寧に頭を下げながらも威圧感を感じていた。
 
 この男は一体何者だ?
 遠目からでは分からなかったが目の前に立つと巨人と対峙しているような錯覚を思わせられる。
 一般人には少々分かりにくい感覚、鍛錬を積んだ武芸者だけが出せる威圧感を目の前の異人は大きく放っている。 
 父さんでさえこんな感覚を出すことは出来ないぞ。
 しかも若い、下手をすれば美由希ぐらいの年の顔をしている。身長は圧倒的に違うが。
 どんな修行を積んできたんだこの男は?

 少々怪しみつつも恭也はお礼の言葉を述べる。

「うちの妹が世話になったようですみません、なんとお礼を言ったらいいか」
「いえ、お気になさらずに。当然の行為をしたまでですよ」

 リックもなのはの変質者に襲われたという口裏に合わせて発言をする。
 どうやったってこの夜の一件は説明の仕様が無いからだ。
 この人達が魔導師関係者なら話は別になるのだが。

「申し訳ありませんでした。それでですがお世話になったお礼をしたいので是非家に上がって下さい」
「先程も言いましたがどうぞお気になさらず」
「いえいえ~私達の大切な家族を助けていただいだんですからせめてお茶だけでも飲んでって下さいよ~」
「あ、ちょっと・・・」

 丁寧に礼を尽くす兄、家に引っ張り込もうと手を掴んでくるその妹。
 困ったぞ・・・今夜は色々やらかして疲れたし帰りを待っているフェイト殿やアルフ殿に心配をかけたくない。
 こんなときはどうすれば・・・。
 あ、そうだ。

「あ!あんなところに空飛ぶベヘターが!!」
「は?」
「べ、ベヘター・・・ってなに?」

 チャンスだ!
 指を指した空の方向に二人の気が逸れた。
 キングとのやり取りによる経験が今ここで生かされた!!

 リックは瞬時に逃走モードへ、そして高町家の前から一気にアクセルを踏み込むように走り去っていった。

「それではさようなら!縁があったらまた会いましょう!!」
「あー逃げたー!?」
「なんという逃げ足の速さだ、見習いたいな」
「恭ちゃん妙なところで感心しないでよ」
「あ!リックさん今夜はありがとうございました!!」

 そう言っている間に三人の視界からはリックの姿はすでに消えていた。
 本当に惚れ惚れするぐらいの逃げ足だ。
 赤いジャケット着てたし某アニメの天下の大泥棒を連想させるなぁ・・・。
 年取ってなくて若いけど。

「しかし・・・色々怪しい男だったな」
「怪しい?あの人のどこが?」
「全然怪しくないよお兄ちゃん」
「お前なぁ、なのははともかく頭が平和ボケしているぞ」
「平和ボケって酷いよ?確かに最近緩んでいて気を引き締めないとって思うけど」
「暗がりでよく見えなかったかもしれんがあの男の服は所々に血が染み付いてとてつもなくボロボロだった。
 変質者と交戦して傷がついたのかもしれんがそれにしたっておかしい。あれほどの武の達人が変質者に遅れを取るとは思えん」
「え、あの人武道やっているの?すごいな恭ちゃん、すぐに見抜けるなんて」
「お前・・・あの人の近くに寄っていってプレッシャー感じなかったか?」
「ん~全然」
「明日から稽古を厳しくするか」
「あぅぅ・・・稽古頑張ります」
「後、一つ不審点だ。なのはの服の背中を見ろ」
「あ、なのはどうしたのそれ!」
「え、何・・・ってあぁー!」

 ユーノを抱きかかえて頭を撫で撫でしているなのはが思わず背中を隠すが遅かった。
 その服の背中には少量ではあるが血がべっとりとついていた。
 恐らくはリックが警察から逃げる為になのはを抱きかかえて逃走している途中に
 傷ついた腕から染み付いたのだろう。

「怪我をしているのかなのは?」
「ううん!全然してないよ!!えーとえーとこれは・・・」
「うーんなのは、何か隠し事をしてる?」
「なのは、家に入るぞ。少し話をしようか」
「うぅ、はーい・・・」

 かくして高町家の家族会議が始まることになる。
 なのはの血のついた服を見て「どこを怪我したんだなのは!?さあ今すぐ服を全部脱ぐんだ!!」と迫る父。
 すかさず笑顔で足払いをかける母。
 隠し事を言わない(というかどうやってもあの怪物は説明しきれない)なのはに容赦なくデコピンを食らわす兄。
 やりすぎだよ、と兄を制するが同じく制裁を加えられる姉。
 なのはは何度も額を押さえて説明に苦心して家族を納得させるのに頑張った。
 疑問点が幾らか残ったがそれでも仕方ないと母を始めとして皆は渋々納得することにしたようだ。
(父はしつこく服を脱ぐことを強要したがその度に母に足払いをかけられていた)
 この難儀な家族(特に兄)を説得するのになのははよく頑張ったと思う。
 頑張りすぎてボクはもう疲れたよパトラッシュ状態になるくらいに。
 というかあの闘いの後にこの家族会議は誰でもキツイであろう。

 ちなみにユーノは家族会議の最中にあっさりと飼う許可を貰えていた。








「ふぅ、何とか駅方面に出られたか」

 リックは道に迷いつつもどうにか自分の分かる道に出ていた。
 やっと迷路から脱出出来た。
 二人とも怒っているだろうなーと思いつつも今夜起こった出来事を報告しないといけなかった。
 まさか初日からジュエルシードに遭遇するとは思わなかったのだ。
 それを手に入れていないのは自分の手落ちであり痛手であった。
 さて、どう報告したものか・・・

(こんな深夜までお疲れさん)

 突然念話と同時に目の前に獣耳と尻尾を生やした人間が空から降り立った。
 この大胆な露出衣装は間違いない。

「アルフ殿、どうしてここへ?」
「聞かずとも分かってるんじゃないかい?ま、積もる話は帰ってからにしよう」

 そういってリックの手を取って飛行魔法で一緒に空に飛んだ。
 周りに人の気配がないから遠慮せず魔法を行使しているのだろう。
 しかし、空を飛べない者にとっては飛行魔法とは怖いものだな。
 街が広大に広がり、足場の無い空が恐怖を増大させる。
 落下したら死ぬんだろうな間違いなく。

「おーいリック、早く帰るからしっかり掴まってろよ」

 そういうとより一層飛ぶスピードが加速する。
 少し慌てつつも振り落とされないようにしっかりと手を握って帰路についた。









「・・・やっぱり奇妙な違和感があると思ったらジュエルシードが発動していたんですね」
「面目ありません、手に入れるのに失敗してしまいました」
「仕方ないですよ、リックさんは魔術には長けていませんから」
「つーか初日からジュエルシード探り当てるなんてすごいな、ラッキーマンかアンタ」

 今夜起こった出来事を一通り説明するリック。(魔導師と共闘していたといったらアルフに呆れられていた)
 その間にテーブルにビーフカレーを並べていくアルフ。
 香ばしい匂いがしてあの戦闘で消耗したエネルギーの補給を求める衝動が激しく動く。
 ついでに喉も渇いていたので冷蔵庫から小型のペットボトルのミネラルウォーターを取り出して一気飲みする。
 水の潤いにとても生き返る思いだ。

「しかし、魔導師がいるとはねぇ。ありえない話じゃないけど一歩先を越されたか」
「あの青い石は全部で何個あるんですか?」
「確か21個だったと思います。でもこの地域に石が散らばって日が浅いらしく
 最初から探索して見つけるのは難しい。その意味ではリックさんは幸運でしたね」
「でも現状を見る限りろくな目に遭わなかったみたいだな」
「いや全く。ジュエルシードがあんなに手強いとは思いませんでしたよ。兜があれば多少楽だったんですが」
「悪かったよ、でもそのまま持ち歩くのは怪しいからスポーツバッグかなんかに入れて持ち歩けよ」

 自分のタンスから赤将の兜を取り出してそれをリックに投げ渡す。
 やはりこれがあるとないとでは安心感が違う。

「兜のある無しで性格や強さが変わるなんてどういう人間なんだか」
「私だって気にしているんですから突っつかないで下さいよ」
「話は変わるけどさ、どうしてアンタはその魔導師からジュエルシード奪ってこなかったんだ?」
「え?」
「え?じゃないだろう。私達の目的はジュエルシードを集める事。聞くにその魔導師は怪物と戦って弱ってたんだろう?
 なら奪う絶好のチャンスじゃないか」
「それは・・・」

 あの闘いは二人と一匹が壮絶な戦いの末に勝利できたものだ。
 石はなし崩し的になのは殿のものになってしまったがそれはまあ仕方ないかもしれない。
 あの魔物を封印したという重要な功績はあの少女にあるのだから。
 その弱った少女から石を奪い取るというのは・・・罪悪感がある。
 譲ってくれと何度も頼み込んでしまったが。

「申し訳ありませんアルフ殿。ですが弱みにつけこんで石を奪い取るというのは少々・・・出来ることなら正々堂々と戦って石を勝ち取りたい」
「リック」

 無言でこちらに歩み寄ってくるアルフ。 
 そしていきなり軽くどつかれた。

「何をするんですか?」
「そう言ってる状況なのかアンタ?私達としては一刻も早く石を集めたいんだよ。あの女の思い通りになるってのは癪だけどさ。
 それに元の世界に帰りたいんだろう?ならその方法を知っているあの女の機嫌を損なう真似してていいのか」

 真剣な表情で詰め寄るアルフ。
 その言葉にはフェイトやリックを気遣う意思が込められてるように感じられた。

「私は・・・今まで培ってきた精神を捨てることはできません。例え偽善者と罵られようと」
「そうかい」

 ふぅっと溜息をついてアルフはテーブルの椅子に座る。
 何か憂鬱そうに頬杖をついて外の夜景を眺めていた。

「忠告・・・というかこれは予言だリック。この先ジュエルシードの獲得に向けて徐々に争いが激しくなっていくはずだ。
 その時アンタはその理念を保っていられるか?アタシは保てないと宣言する。それに想定外の展開もあるはずだ。
 状況は刻一刻どんどん変わっていく。多分どこかでその考えを捨てる事になるよきっと」
「・・・」

 アルフ殿の言う事はもっともだ。
 今、私が置かれている状況は厳しい。
 プレシア殿の管理下に置かれていて生かすも殺すもあの女次第。
 しかも元の世界への帰還方法は現在のところあの人しか知らないように見える。
 今の私の世界は人類の存亡をかけた激戦をしている。
 それなのに私は甘い事を考え続けていいのか?
 考え続けていいわけがない。
 でも・・・。
 今の私はこの考えを捨てきれない。

「アルフ、話はもうそれぐらいにしてあげて。リックさんにはリックさんの考えがあるんだから」
「でもフェイト」
「まだ石の争奪戦は始まったばかりだよ。まだ見えない未来を論じるのは早いと思う」
「・・・分かったよフェイト」
「すみませんフェイト殿」
「気にしないで下さいリックさん、そろそろ食事を食べないと冷めますよ」

 そうして三人は食事を開始する。
 カレーがとても暖かくて美味しい。
 今まで思考のループに陥って深みにはまっていたリックの心を癒してくれるような気がした。
 今日は疲れてまともな考え方が出来ない。
 明日にでもまた考えてみよう。

「皿洗いは私がやっとくよー。リック、お前が今日一番疲れているんだから先に入りな」
「いいんですか?」
「私達は後でいいですから。それにこういうのは男が先に入るものらしいですから」
「はぁ・・・では遠慮なく」

 浴室に入る。
 ボロボロになった衣服を捨てて裸になる。
 脱いで見ると色んなところが血で汚れていた。
 ひょっとしてアルフ殿は血の匂いを嗅ぎ取って先に私を風呂に入れさせたんじゃないだろうか?
 血を落として身体をよく洗ってから一番風呂をいただくことになった。

「いたた・・・所々身体が痛むな」

 治療してもらった左腕はうずくだけだが他の細かい傷がしみて痛い。
 だが、こんな豪華な風呂に入るのは初めてだ。
 とても広いしシャワーまでついている。
 お湯の加減もいいし思わず忘れたくない事まで忘れてしまいそうになる。

「レイラさん・・・」

 深くその言葉を心に刻み続ける。
 同時に復讐の対象も忘れないように怨念とも言える思考が脳内で飛び交った。
 暗い、呪いの灯火がリックの奥深くで静かに燃え続けていた。

「風呂から上がりましたよ」
「あいよ。じゃあ次はフェイト入って」
「うん」

 リックは自分には全く似合わないと思われる青の縞々模様の寝間着姿で浴室から出てきた。
 なんだろう、サイズはピッタリなのにしっくりこない。
 やはり服は赤色じゃないと落ち着かないな、うん。

「寝る場所はソファーだぞ。結構寒いから毛布何枚か持っていけよー」
「はい」

 広いベッドはあるがそれはフェイト専用のベッドだ。
 異性同士が寝るのにはかなり問題があるのでこうなった。
 そのベッドとは離れた部屋のソファーに全身を預けて横たわる。
 毛布を包んでゆっくりと目を閉じた。

 寝るにしても戦いの連続だったから周囲の物音に反応して寝辛いな。
 もっとも元の世界と比べれば緊張が少なく天国と言えるような環境だ。
 襲われる危険が少ない。

 あ、アルフ殿も風呂に入り始めたな。
 服を脱ぐ音が・・・って何か想像してしまいそうだ。
 いかん失礼だ、さっさと眠りに集中しよう。















 焦熱と火炎の息吹が世界を渦巻いていた。
 周囲は石の大小の破片が転がっている荒野。
 誰もいない。自分だけが一人取り残されたような世界。

「ここは・・・?」

 リックは自分の姿を見ると赤の指揮官鎧を着込んでいた。
 何故だ?私の鎧はもうとっくに使い物にならないはずなのに何故着ている?
 それにしても熱い、熱すぎる。
 以前にもこんな体験をしたような・・・どうしてだ?思い出せない。

「――――――!!」

 声にならない叫びが世界に響き渡った。
 殺意、いや悲しみの悲鳴?
 とっさのことにリックはいつのまにか握られていた剣、バイ・ロードでその声の元を切り裂いていた。

「な・・・!!」

 正体にリックは唖然とする。
 自分が切り裂いたのは自分によく忠実に従ってくれていた青いショートヘアーの副官。

「メナド!どうしてお前がここに!?しっかりしろ!!」
「ごめん・・・なさい、リック・・・将軍。私達の軍を、そしてリーザスを・・・守れませんでした」

 そう言った途端リックに抱えられていたメナドの身体は砂に変化して手の平から零れ落ち、荒野に消えていった。
 メナドの嘆きの声が辺りに広まり、それがリックの頭の中で反響する。
 それに耐え切れず頭を押さえて地面にうずくまる。

「なんだこれは・・・!?」

 突然世界が暗転する。
 するとそこはリーザスの首都でもあり最重要拠点でもあるリーザス王宮。
 王都の華々しさはなく一面が火の海、辺りに死体が多数転がっていた。
 魔物の叫び、人々の悲鳴が、焼ける匂いがあちこちから飛んでくる。

 人類の・・・敗北だと。そんなわけがない。ここまで魔物が攻め込めるはずがない。

「こんなことがありえてたまるか!!」

 リックは立ち上がり火を避けて王宮内に入り込む。 
 目指すは自分が仕える王、ランスの元へ。
 とちゅうに魔物が徘徊していたのを斬り倒し一刻も早く。

「あ・・・」

 リックは見てはならないものを見てしまった。
 国を支える重要な人物。政治を幅広く見ることが出来る才女。
 かつて自分の憧れの対象でもあり恋焦がれていた人物。その人が倒れていた。
 リックはその人物に思わずしゃがみこみ冷たく、重くなった上半身を支え上げていた。

「マリス、様・・・」

 口元からうっすらと血を流していた。
 幸い顔には傷は無く美しさはそのままだった。
 だが、腹部には何かに貫かれたと思われる穴が開いていた。

 恋焦がれた人、そして私にレイラさんの存在を気づかせてくれた人。
 その人が無残な死を迎えていた。
 リックの目元から自然に涙が流れ出ていた

「・・・くそ!!」

 涙を振り払い王宮の奥へ。
 がむしゃらに剣を振り、王の玉座の下へ飛び込んだ。

「キング!!」

 扉を開くとそこには一面敵、敵、敵。
 魔物で支配し尽されていた。
 玉座にはこの絶望の数に奮戦している王、そしてその王が最も愛したであろう最愛の奴隷が側に横たわっていた。
 シィル・プラインの死に激昂しているのかランスは迫る敵を次々と薙ぎ払って近くに寄せ付けなかった。

「俺様は一人でも強いぞ!どっからでもかかってこい!!」
「よせ!ランス、お前さんは冷静さを失っている!!落ち着くんだ!!」
「うるさいカオス!シィルを・・・皆をぶっ殺したこいつらを許せねぇ!!」
「くそ、万事休すか!一体どこで歯車が狂ってしまったんじゃ・・・心の友よ」

 ランスは疲れを見せず敵を斬り倒す。
 カオスは諦めたのか一蓮托生、最後まで付き合う様子を見せていた。

「キング!助太刀します!!」

 リックも魔物の群れに突入しようとしたその時だった。
 また世界が暗転して別の場所に移動していた。

「うぐ、またか・・・!」

 今度は見慣れた場所であった。
 忘れられるはずの無い土地。そこはヘルマンの帝都。
 都市の面影は無く瓦礫の山と化していた。

「まさか」

 そうだ、そうに違いない。
 リックは次に起こりえるであろう事態を予測出来ていた。

「うーん、フレッシュミート。でもミーは構造上食べる事が出来ないネ」

 あの忌まわしき魔人が、
 自分の愛する人の身体をグチャグチャにしてリックの元へ投げ捨てた。

 瞬時に怒りが爆発した。

「レッドアイ!キサマァァァァァ!!」

 剣を振るおうとしてレッドアイの元へ突撃した。
 だが、途中で時が停止したかのようにリックの身体が固まって動かなくなってしまった。

 くそ!何故だ!?何故動かない!?
 動け、動くんだ!!
 あの魔人に刃を突き立てるんだ!!
 私がこの様では今まで散っていった仲間に申し訳ないじゃないか!
 奴の喉下に食い付かせろぉ!!

 声は発することは出来ず口さえ動かせない。
 レッドアイはこっちの存在を確認したのかゆっくりと指先をこっちに向けた。

「オー、まだ生き残りがいた。大したタフガイネ」

 巨大な炎の矢が飛ぶ。
 矢は命中して爆散。
 命中したそこには跡形も無く残らずリックはそこで意識が切れた。












「うあああああ!!」
「ふぎゃっ!?」

 リックは荒い息をつきながら眠りから覚醒した。
 悪夢。
 それも自分にとってこの上ない悪夢だった。
 質が悪い、誰がこんな夢をみせたんだ?
 リーザスが滅ぶ・・・ましてや人類が敗北するなどあってはならない事だ。
 少なくともキングがいるかぎり敗北などありえない。そう信じている。
 だが・・・もしこの夢が正夢だとしたら・・・。

「考えたくもないな・・・それにしても頭が痛い」
「あーそりゃーそうだろうよ。勢いよく飛び上がってアタシの顔面に向かって頭突き食らわしたんだから」
「へ?」
「うなされてたから心配して様子を見ていたのに何すんだアンタはー!!」

 パコーンとフライパンの叩く軽快な音がマンションの部屋に響いた。
 


「さっきはすみませんでしたアルフ殿」
「もういいよ。それより何の夢を見たか知らないけどすごい汗出してたぞ。シャワー浴びたら?」

 朝食はフレンチトーストにベーコンエッグ、それに野菜サラダを数種類合わせてきざんだものが置かれていた。
 ちょっと物足りないが夢にうなされて遅く起きてしまったんだし文句は言えない。
アルフは頭突きで赤くなった鼻を擦りながらリックの食事を眺めていた。

「汗びっしょりで少々気持ち悪いですね。後で浴びましょう。ところでフェイト殿の姿が見えませんが?」
「フェイトならジュエルシード探索に向かったよ。本来ならアタシも同行するとこだったんだけど
 アンタが心配だからここで残って待機してた」
「・・・感謝します」

 パンを紅茶で流し込みながら話は続く。
 アルフは何か心配そうにリックの顔を窺っていた。

「なぁリック、聞いちゃいけないかも知んないけど何の夢をみていたんだ?」
「本当に聞いちゃいけない事を聞きますね」
「ごめん、でもあんだけ苦しそうな寝顔を見せられたら気になるよ。
 出かける前のフェイトだって心配してたんだぞ」
「そうですか・・・」

 皆に心配をかけた事を反省する。
 よくよく考えれば自分の悩みを聞いてくれる相談役がここにはいなかったなぁ。
 かつては副官のメナドやかなみ殿、そして同じ将軍であるエクスやバレス様等に悩みを持ちかけていた。
 このままじゃ自分は自分自身の心に潰されてしまう。
 ・・・厚かましいとは思うがアルフ殿に相談役になってくれないかな?
 フェイト殿はまだ幼すぎるし、まだ色々と自由に話せる女性がアルフ殿だ。
 どうしよう?

「・・・自分の祖国が、そして人類が滅亡をする夢を見ていました」
「随分重い夢だなぁ、にわかには信じがたいけど世界は広いからありえるな。そんな夢を見るほどリックは今まで重要な事でもやってたのか?」
「国と民のため、そして人類の未来の為に戦ってきました。きましたが・・・」
「きましたが?」
「犠牲が多すぎたんです。その戦いの為に幾千の命が散っていたか考えると果たして私は正しい戦いをしてきたのか・・・散っていった者達の
 思いはちゃんと報われているのか分からないんです。私は将軍として上に立つ者として立派に振舞うように心掛けてきましたが
 下の人間の想いをちゃんと汲み取ってやれたのか・・・分からない」

 思いを吐き出し、紅茶を一口飲む。
 アルフも紅茶を飲み難しそうな顔をしていた。
 やはり、こんな話は他人にするべきではなかったか。

「アンタの故郷は戦争をしてたんだな・・・。アタシ達は戦争なんて体験したことがない」

 アルフはうーんとしばらく唸って気難しい顔をしていた。

「よく分かんないけどリックは実はとっても偉い人で戦争の指揮を取っていたのか。だけどその事で悩んでいるのか?
 聞いた限りじゃアンタはそれで罪悪感に悩まされているようだけどそこまで深刻に悩まなくてもいいんじゃない?
 基本的に弱気だけど兜被れば立派で勇敢な人間だ。下の人間はリックの事を尊敬してるんじゃないの?
 かくいう私だって武の力という一面においてはアンタに一目置いてる」
「その武の力しか取り得がありませんよ私は。戦争の指揮は荒削りで大切な部下をよく死なせてしまっている。
 最初に敵に突撃して突破口を開く先方部隊の担当でしたから損害が出るのは仕方ないかもしれませんが
 それでも死んでいった人間の家族に申し訳ない気がして」
「あ、もう一つ付け加えとこう。アンタは鋭い刃で敵を斬っていく鬼だが同時に気弱な分、味方には優しい。
 なんか矛盾しているけどこれも立派な性分だと思う。素人の意見だけどやっぱり悩む必要ないと思うよ。
 下っ端に慕われる要素はあると思うからリックに従って死んでいった人間は報われててアンタを恨んでるとは思わないなぁ」
「そうでしょうか・・・?」
「そう思っとけって。リック、アンタは知らないうちに心の重圧に潰されかけてるぞ。気楽に考えていかないとそのうち壊れる」
 
 座っていた椅子から立ち上がりアルフはリックの側に寄ってポンポンと両肩を叩く。
 心を落ち着かせるように且つ真剣な顔で。

「そんな考えのままだと精神が保てなくなるよ。いつかその精神は外道の道に堕ちるかもしれない」

 両肩から手を離してアルフは離れる。 
 アルフ殿の言葉は現実味が帯びてて怖い。
 あの悪夢の事もある。
 いつの日か手段を選ばずに非道とも言える行為に着手、あるいはその手の輩に手を貸すかもしれない。
 自分の世界に戻る為に。
 そんなことにはなって欲しくないと思うが今の精神は不安定すぎる。
 ・・・やっぱり相談役が必要だ。

「あのアルフ殿、話が」
「ん~何だ?」
「少しでもいいですから私の話し相手、相談役になってくれませんでしょうか?あなたの言うとおり
 私は道を踏み外してもしまうかもしれない]
「相談役なぁ、アタシには向いてない役だな」

 食べ終わった食器を洗いながら背中越しに答えてくる。
 確かにアルフ殿の性格を考えるとガラじゃないって感じだが・・・。
 ちょっとした雑談でもいい、心の落ち着きが欲しい。

「駄目でしょうか?」
「いや、駄目じゃない。それでアンタの杞憂が消えるならいいし私の不安も消えるから一石二鳥だ」
「む?あなたの不安とは?」
「プレシアに誑かされてアタシ達からあの女の味方に回ることさ。それを考えただけでもゾッとする。
 ただでさえ手をつけられない母親なのにリックまで敵に回ったらどうしようもないね」
「・・・私が裏切るとお考えなのですか?」
「可能性としてはありえるよ。だって今のところ元の世界に戻れる方法を知っているのはあの女だからね
 精神的に弱っているリックにつけこんで利用するかもしれない」
「意外と信用がなかったんですね私は」
「それは仕方ないだろ、リックも外部の人間だからね。私にとって信用出来る、そして守らなければいけないのは
 フェイトただ一人だ。あ、だからと言ってリックを全く信用してないってわけじゃないからな」

 そこんところ勘違いしないでくれよと言うアルフ。
 鼻歌を歌いながら食器を洗っていく後ろ姿を見ながらリックはアルフの言葉に思考を巡らせていた。

 裏切る、か。ありえない話ではないな。
 本当に帰れる手段があるというなら私は一目散に飛びついている。
 アルフ殿の懸念することももっともだ。
 しかし現状ではプレシアという典型的な悪人の味方につくというのはありえないのだが。
 今は仕方なく協力せざるをえないという状況だ。

「よーし皿洗い終わり、リックもシャワー浴びてジュエルシード探索に向かう準備しろって」
「御意」

 リックは椅子から立ち上がり浴室へと入っていく。
 アルフは今までの話を振り返って一人溜息をついていた。
 窓際に寄り下を流れていく車や人の光景を眺めた。

「やれやれ、生真面目で堅物だとは思っていたがその上責任感が強いか・・・よくあいつ今までの戦いで生き残ってきたな」

 戦場に立った経験はないが命の取り合い、それによって起こる精神の擦り切れ、知識としては知っていた。
 特に精神の擦り切れによって自暴自棄になってしまう人間は後を絶たないという。
 それでも精神に支障をきたさずあいつは生き残ってきた。
 普段は心が弱いけど戦場に立つと人が変わるタイプなのだろうか?あの赤将の兜の事もあるし。
 随分アンバランスな人間だ。子供の頃はどんな奴だったんだろうな。

「さて、アタシも準備するか」

 アルフはエプロンを外して普段着に着替える。獣耳や尻尾を引っ込めて人間になりすます。







「アタシはフェイトと合流する為に向かうけどリック、アンタはどうする?」
「うーん、どうしたものか・・・」

 金色に発光する屋上にて。
 アルフとリックは向かい合い、今後の方針について相談していた。
 リックは昨日ボロボロになった服装を着替えて新しく赤いレッドジャケットに身を包んでいた。
 同じ服装をするのはどうよ?とアルフに突っ込まれていたがそこは自分が気に入ってしまったものとして押し切っていた。
 肩にスポーツバッグをかけてそれに兜を入れてある。
 身分証名書なども新たに持たされて準備万端だ(その際にこっぴどく叱られたが)

「昨日出会ったジュエルシードの怪物並となると私一人では対処しきれませんね」
「かといってリックも一緒にフェイトと合流しても過剰戦力だしなー。おまけにジュエルシード探索に向いた
 魔術なんて持ってないし・・・リック、分身して戦力アップ出来ないか?」
「知り合いの忍者に分身の術を使える方がいますが生憎私はその技を使うことが出来ません」
「・・・本当に分身出来る人いるんかいお前の世界、冗談で聞いたのに」
「ええ、4、5人以上に分身出来る人がいますよ」
「・・・お前の世界の方がアタシ達よりファンタジーな世界なんじゃないか?」
「そうですかね?」
「まぁ、それはともかくだ。とりあえず手分けして探そうか。今回のアンタならジュエルシードに苦戦する事も
 ないだろうしジュエルシードの怪物の強さもその状況によりけりだ。昨日みたいな事にはならないだろう。
 念話も届くように気をつけて周囲を飛び回ることにするよ」
「お手数かけます。それではお気をつけて」
「リックもな・・・って忘れるとこだった」

 アルフはズボンのポケットから財布を取り出して一万円の紙幣を数枚取り出す。
 偉人の顔がパラパラめくられて数えられ、それと一緒に小銭もリックに渡した。

「この世界の通貨だよ。腹が減ったときの食事や何かの施設に入るときに使うんだぞ」
「ふーむ、金貨ではないんですねこの世界の通貨は」
「金なんて持ち歩くには重すぎるだろうに。じゃ、私はいくからな」

 そういってアルフは空に飛び立つ。
 その姿はすぐに視界から消えてリック一人が残った。
 もらった通貨を無くさないようにとりあえず室内に戻って適当な袋に入れてバッグに入れる。
 さて、どうしたものかな?








「海か・・・お目にかかったことはあるがこうして長々と眺めるのは初めてだ」

 海鳴市の人気デートスポット、海鳴臨海公園にて。
 リックは自分の世界では滅多にお目にかかることの出来ない現象の海を眺めていた。
 青く、どこまでも広がっていく世界。
 世界の現象の違いに戸惑いつつもベンチに座り心を落ち着けていた。
 時間はすでに昼食の時間帯になっておりリックは近くに売っていたタコヤキを買って口に入れていた。
 なかなか上手くて美味しい。何パックか買って持ち帰ろうかな。
 
 多数の人が集まり、この辺り一帯で食事を取っている。
 その中にはカップルと思われる男女が仲良く談笑してお互いの口に食べ物を運んだりしていた。

「はぁ・・・」

 そのカップルを見てふと過去を思い出す。
 レイラさんと初めてデートしたときの事だ。
 ある程度公園や街を散歩した後、夜に彼女行きつけの酒場があるらしくそこに一緒にいったのだが、
 彼女は酒をガンガン飲む酒豪だった。
 おまけに調子に乗って私にも度数のキツイ酒を口に突っ込まれて咳き込んでしまった。
 そこにガラの悪い連中が絡んできて酔いが回ったレイラさんが暴れだし、酒場は騒然となった。
 さらになぜかキングが酔っ払いながら乱入してきたので喧嘩上等、乱闘状態になり店は完膚なきまでに
 破壊されてしまった。
(ランスは二人の初デートに悪戯しようと公務を放棄してこっそりつけていた。そこには悪乗りした仲間が数人いたりする)
 おかげでランス、リック、レイラはマリスからお説教を受けてしばらくの間その説教が軍内で話題になってしまったのであった。
 その際リックはエクスから「災難だったね」と慰めの言葉をかけられた。
 ・・・初デートとしては最悪だったとは思うが同時にどこかで楽しく暴れていた事を感じていたから
 内心悪いものではなかったかな。酒場の店主には申し訳なかったが。

「・・・そうか、この世界はまだリーザスが平和だった頃を思い出させてしまうんだ」

 昨日感じたこの世界にいると思い出させる感傷。
 それはこの世界が平和で、とても平和すぎてまだ魔人戦争に突入する前のリーザスを始めとする
 色んな国々やそこに暮らす人々を思い出すのだ。
 魔物が徘徊して治安がいいとは言い辛いがまだ子供や仲間等、皆に笑顔があった。
 それを思い出すからこの世界は居辛いと感じてしまう。
 ここは私がいるべき場所ではないんだ。
 本来の世界、闘争に明け暮れる戦場が私の帰る場所なんだ。

「他の場所に移動するか、ジュエルシードの反応もない」

 リックはタコヤキを数パック買って公園を後にする。
 カップルの光景に尾びれを引きつつもなんとか振り切って探索を開始した。
 一種の寂しさが死神の心に去来しつつも。









「もしかしたら山中にあるかもと思ったがそうでもないか」

 長い急な階段を登り続けるリック。
 昨日の戦闘で身体に若干異常を感じていたがそのリハビリにはちょうどいい。
 この階段を登りきったら剣術の稽古でもするか。
 戦闘が少なくなってしまっているからレベルダウンが怖い。
 それを少しでも食い止める為に稽古だ。
 あの怪物を退治したからかなりの経験地が入っているとは思うが念入りにやっておこう。
 稽古に付き合ってくれる人物がいるとなお助かるんだが。

 しばらくして階段を登りきる。
 するとそこには中規模の建物があり、入り口には朱色の不思議な形状の物体が建てられている。
 本でしか見たことがないが確か鳥居、そしてその中心となる建物は神社といったか。
 キング曰く桃源郷といったがそんな感じはしないな。
 中に入ると結構広く綺麗に掃除されている地面。
 管理人がいて毎日手入れをしているのかな?

「うん?」

 視界の端っこで何かが動いた。
 確認しようとするがその何かは素早く森の茂みに消えていった。

 多分野生動物だろう、自然が豊かでいい事だ。

「よいしょっと」

 スポーツバッグを神社の縁側の部分に置く。
 首に吊るしてあったバイ・ロードを外し剣を正眼に構える。

「ふっ!!」

 正面への振り下ろし、それに続いて身体を深く沈みこませ回転するようにして行う下段の足に対するなぎ払い、
 回転の勢いを殺さずそのまま逆袈裟懸けに斬り上げながら立ち上がり再び正眼の構え。
 剣の風圧により地面の砂が中に舞う。
 その中で次の技を繰り出そうとリックは精神を集中する

 そういえば・・・上杉謙信殿の技を真似したことがなかったな。
 以前は重武装の鎧を装備していて身軽な謙信殿の技を再現するのは不可能だったが今の軽装なら出来るかも。
 必殺技名は何だったか分からないな。本人は特に技の名前をつけてないようだったから。
 適当に技名をつけてみるか。

「・・・秘剣、車懸り――姫鶴!!」

 突風が吹き荒れた。
 リックが独楽―こまのように少し傾きながら回転して剣を横薙ぎに払いつつ境内を走り抜ける。
 カマイタチでも起きたかのように地面や木々に切り傷の痕がつけられていく。

「ぐ、お・・・!!」

 身体が軋む。痛い。 
 流石JAPAN最強と名高い軍神が使うだけの技の事がある。
 自己流に技をアレンジしてみたがそれでも数秒程度しか技が持たないだろう。
 負荷も大きいし、ここ一番の勝負でしか使えないなこれは。
 そろそろ技を止めないと身体に支障が出る。

 そう思ってリックは身体全体にブレーキをかける。
 速度は徐々に低下して嵐も治まっていくが・・・

「あれ?」

 身体が止まりかけた先には急な階段が。
 ここに登るまでに歩いた階段、それが目の前に広がっている
 見下ろすとかなりの高さだ。
 転がり落ちたらただじゃすまないかも。

「ぐぅっ!!」

 止まれ!止まるんだ!!
 ここから落ちて大怪我なんて馬鹿丸出しじゃないか!
 こんなことなら技を試すんじゃなかった!!

「うあーーー!?」

 彼の願いは虚しく階段から転がり落ちていった。





「あれ?」

 制服を着た穏やかな感じの少女が階段を登っていた。
 いつも登っている見慣れた階段、だが今日は違っていた。
 派手に階段を転がってくる赤い服の男がこちらにやってくるではないか。

「え、え、ええーーー!?」
「しまった!少女よ、何とか回避して下さい!!」
「避けてって言われましてもーー!?」

 時すでに遅し。男は少女は目の前に迫っていた。
 とっさに少女は持っていた鞄を正面に突き出して身を守ろうとしていた。
 それを見て男は一か八か転がり落ちるのに歯止めをかけようとした。

「むん!!」

 赤の刀身、バイ・ロードが無理矢理階段に突き刺さるが勢いは止まらず突き刺した剣が階段を滑るように切り裂いていく。
 それでもリックは何とか少女の目の前で停止することに成功した。
 だがその反動で不自然な姿勢で階段に横たわり何かが曲がった嫌な音が身体から聞こえた。
 滅茶苦茶痛い。

「うお、おおお、おお・・・」
「ああー!?だ、大丈夫ですかー!!」

 少女は鞄を投げ出してリックに近寄っていた。
 どこを怪我しているか確認して意識があるのか確認してくる。

「もしもし、私の声が聞こえますか・・・?」
「はい、聞こえます。そちらにお怪我はありませんか?」
「無事です、それよりあなたの怪我の手当てをしないと。歩けますか?」
「何とか」
「と、とりあえず神社の方に向かいましょう。あそこには応急処置の救急箱が置いてありますから」

 リックは身体のあちこちを打ちつけたが幸い歩行には問題はなかった。
 だが、急ブレーキに使った利き腕の肩が多少負荷がかかったので結構痛みが走っている。
 身体を支えましょうか?と少女の申し出があったがそこまでされるほど深刻な怪我じゃないので辞退した。
 二人は一緒に階段を登り、神社へと向かう。
 しかしみっともない姿だ・・・おまけに一般人を危うく巻き込んでしまうところだった。
 軍隊なら下手すれば罰則が適用されてしまう、新しい技の取り扱いには注意しよう。






「よかった~思ったより大した怪我じゃなくて。転がり落ちてから時間が短かったのが幸いでしたね」

 少女はリックに絆創膏や湿布を張って応急処置をしていく。
 リックは上半身裸になってこそばゆい気持ちになりながらもおとなしく治療を受けていた。

「それにしても珍しいですね、この神社に来訪者がやってくるなんて。しかも外国の方が」
「ちょっとした身体の鍛錬でも言いましょうか、ここは静かでいい場所だったので」
「そうですか~。私の知り合いの方もよくここに鍛錬に来ますからこの周辺は修行の場に向いてるんですね」
「実際そうだと思いますよ。心を研ぎ澄ますにはちょうどいい場所かと」
「本来はお参りする場所なのに変な話です、でも神聖な場所だからこそそうなのかな。
 こう、神様に見守られているというかなんというか」

 上手く説明出来なくて思わず笑う少女。 
 そしてちょっと待ってくださいねと彼女は神社の建物に入っていく。
 その間にリックは治療を受けるために脱いでいた服を着て彼女がやってくるのを待つ。

「おや」
「くぅーん・・・?」

 茂みから狐が顔を覗かせていた。
 こちらを警戒するようにじっと見つめてくる。
 ひょっとしてこの神社に入った時に視界の片隅に入った物体だろうか?

 ちょっと好奇心が湧いたので呼び寄せようとした。

「怖くないぞ、こっちへこい」
「・・・」

 手招きする。
 だが狐はじっとしてこちらを警戒したまま動かない。
 それはそうか、野生動物がいきなり懐いたら苦労しない。
 スポーツバッグから買ったタコヤキのパックが入った袋を取り出す。
 その袋からパックを取り出しタコヤキ一つを狐に見せびらかせる。

 狐ってタコヤキ食うんだろうか?まあいいか。

「ほれ、これ食わないか?美味いぞ」
「・・・」

 やはり反応しない、駄目か。
 どうしたもんかなーと悩んでいると神社の建物から少女が出てきた。
 巫女装束と呼ばれるものに着替えて。

「お待たせしましたー」
「その姿は?ええと、お名前は何でしょう」
「那美っていいます。神咲那美、ここの神社の嘱託管理人兼アルバイトをやっています」
「なるほど道理で。私はリック・アディスンと申します、ええと、観光のようなものでこの地にやってきました」
「そうですかー。海鳴市はとてもいい所ですから楽しんでください。それにしてもなんだかロボット戦記物に出てきそうな名前ですね。
 さっきあなたが使っていた剣もそれっぽいですし」
「・・・私の剣に疑問を抱かないのですか?」
「世の中には不思議なことがいっぱいあります。似たようなオーバーテクノロジーは知り合いの家で見た事あるし
 最近の科学の発展もすごいですからビームサーベルがあっても不思議では無いとおもいます」
「そ、そうですか」

 ・・・何か少々ずれている子だ。
 オーバーテクノロジーを持っているという知人も気になるところだし。
 私の正体に疑問を抱かれないのは助かるけど。

「ところでリックさん、そのタコヤキで何をしているんですか?」
「あ、ちょっと餌で動物を釣ろうとしているんですが」

 那美の視線がリックの見ている方向に向く。
 そこには相変わらず警戒している狐の姿があった。

「久遠!くおーーん!!怖くないからこっちにおいで」

 那美が名前らしきものを呼びかけると狐は茂みを抜け出しこちらに向かって走り出す。
 こっちに到着すると那美の足元に駆け寄り少女はその狐を抱え上げて頭を撫でた。

「なんと、手強かった狐が那美殿に呼びかけられたらあっさりと・・・」
「ごめんなさい、この子人見知りが激しいから初対面の人間にはまず懐かないんです」
「あなたのペットなんですか?」
「ペットっていうより・・・今は親友かな、仕事で色々助けられてるし」
「ふむ」

 親友か・・・私に親友と呼ぶべき人間っていたかな?
 キングやバレス様等は尊敬の対象であって親友と呼ぶ間柄ではない。
 友人と呼べるものならエクスかな。
 こうして考えると私は親友・友人が少ないなぁ。

 それにしても種族を超えた友情か。
 この子と狐がその友情を築くまでにどれくらいかかったのだろうな。
 人間同士でも友情というものを作るのは容易いことではない。
 人の性格にもよるがちょっとした心のすれ違いで喧嘩や心の悩みというものは簡単に生まれてしまうものだ。
 真の友情というのは長い時間をかけて葛藤の連続の末に出来上がると個人的に思っている。
 那美殿や久遠も最初は簡単には上手くは行かなかったんじゃないかな?

「久遠、リックさんからせっかく美味しい食べ物をくれるっていうんだから好意に素直に従いなさい」
「くぅん」

 久遠は那美の手元から離れて恐る恐るリックの手元にあるタコヤキに近づく。
 匂いを嗅いでしばらくするとタコヤキを口にくわえてすぐに那美の後ろ側に回り込んだ。
 そして食事にありつく。

「ご、ごめんなさい。この子本当に臆病ですから」
「いえいえ、単なる好奇心から出た私の行動を受け入れてくれただけでも嬉しいですよ」
「そういって頂けると助かります」

 リックと那美は一緒に神社の縁側に座って広く見渡せる海鳴市や空、森を眺めて静かな風の流れを受け止めていた。
 時折那美が持ってきたお茶をもらって飲み、リックはお礼にタコヤキを一パックあげて那美はタコヤキを頬張る。
 仕事行くときに歯に青海苔ついてたら恥ずかしいな~と照れながら。
 久遠はまたタコヤキが欲しいのか隙を窺ってはタコヤキを奪い取り食べていく。

「そういえば知っていますか?」
「何です?」
「昨日私の知人の動物病院が何者かに襲撃されて破壊されたんです。幸い動物達には怪我はありませんでしたが
 それでその、知人が病院壊された~!って泣いちゃって」
「それは私の耳にも入ってましたがまさか那美殿の知り合いだったとは、災難でしたね」
「はい・・・」

 声を低めに落として知人を心配している那美。
 それを見てリックはちょっと罪悪感を感じていた。

 まさか当事者が目の前にいるなんて言えないよなぁ・・・。
 なのは殿を守るためにやってしまった行為とはいえ申し訳ない気持ちだ。

「その他にも広範囲に渡って道路や塀がありえないくらいに破壊されてて・・・怪獣が出たんじゃないかって噂まで出ちゃって」
「怪獣、か。その表現はあながち間違いではないかもしれません」

 実際は怪獣というか球体上の化け物だった。
 あの時、なのは殿がいなければ私は死んでいただろうか?
 逃げれば生き延びただろうがそんな事をしてしまえば付近の住民の命は無かっただろう。
 そして多分、なのは殿も命を落としてたかもしれない。
 そう考えると私が逃げずに二人と一匹で共闘したのは間違ってなかったかも。
 ジュエルシードを奪わずにそのまま帰ってきたのは怒られたが弱みにつけこんで
 奪うのはよくないと再度思う。

 ただ、この考えはアルフ殿の言うとおり破綻するかもしれない。
 もしジュエルシードのほとんどがあの少女の手に渡ったら私は正攻法で勝負をつけるだろうか?
 多分だが・・・邪道をとってあの青い石を奪うかもしれない。
 考えたくはないがありえる。

「まさか自分の信じていた騎士の道が頭を悩ませる種になるとはな」
「?リックさん、どうかしましたか。深刻そうな顔をして」
「ああ、すみません。お茶のおかわりもらえますか」
「は~い」

 給湯ポットから急須にお湯が注がれ、そして湯飲みにお茶が注がれる。
 それを一口飲んでふぅっと息をつく。

 考えるほどなんか頭が老け込んでいく気がするなぁ。
 悩みすぎると禿げるってこういう心理状態からくるんだろうか。

 そんなことを考えていると突然若い女性の悲鳴が神社内に響き渡った。

「何だ!?」

 リックはスポーツバッグから赤将の兜を取り出し、木製の鞘に包まれていたバイ・ロードを手に取る。
 那美も短刀のようなものを鞘に入れて何事かと手に握り締めた。
 久遠は那美の肩に上がっていたが何かを警戒しているのか毛を逆立てていた。
 二人は縁側から降りて悲鳴の元へ向かう。

 悲鳴を出したと思われる女性が這いずる様に境内へ逃げ込んできた。

「どうしたんです!?」
「しっかりしてください!大丈夫ですか!?」
「私の飼っていた犬が・・・突然変異して・・・」

 その言葉を残して女性は気絶した。
 何があったのか分からないがその答えはすぐに出た。
 リック達の周囲を素早く駆け巡る黒い大きな物体が飛び回っていたのだ。

「きゃっ!?」

 黒い物体が那美に飛びかかってきた。
 このまま体当たりを受けると思われたがそれはリックの拳にぶん殴られて防がれた。
 すぐさま那美はリックの背中に回りこんで恐る恐る自分を襲った正体を見る。

「グルルルル・・・・」

 それは犬の形をした獣だった。
 両目合わせて四つある真紅の瞳。
 牙が所々むき出しになり角が生えている。
 背中には鱗のようなものも生えて尻尾も細く長い。
 これは果たしてこの世界に存在する獣なのか?

 胸元を確認すると三日月の金色のペンダントが光っている。
 ということは・・・!!

「ジュエルシードの怪物か!!」

 再び獣が突撃をかけてくる。
 リックは動じずゆっくりと兜を被る。
 木製の鞘に包まれていたバイ・ロードが揺らめき赤い刀身へと変化していく。
 剣は昨日より一際強く輝き、見るものの目を吸い込むような美しい色をしていた。
 バイ・ロードが魔物に向かって振るわれた。
 常人には見えない剣閃は赤い残像となって空間に残りそれが初めて剣が動いていたという事を認識させた。
 魔物は硬い装甲のようであったがそれを斬り裂き血しぶきを上げて地面を濡らした。
 那美は目の前で起きた現象に驚愕する。

「り、リックさん!?今の太刀筋は一体!?」
「下がってて下さい那美殿。その女性を連れて安全な場所へ」
「は、はい!!」

 リックと獣の一対一の勝負になる。
 獣は傷がついた刀傷を舐めてこちらをじっくりと眺める。
 よく見ると傷が徐々に塞がっていくのが見えた。

 こいつも再生能力持ちか。
 だが昨日の奴と比べると再生速度が遅い。
 これなら一人でもなんとかなるかもしれない。
 だが念の為だ。念話で連絡を取っておこう。

(フェイト殿、アルフ殿、聞こえますか?聞こえたら返事をして下さい)
(おや?リック、どうしたんだい?)
(よかった通じた。フェイト殿は?)
(んーちょっとアタシと別行動して石を探索している。・・・ひょっとしてジュエルシード見つけたか?)
(今、それに取り付かれた怪物と交戦中です。一人でも何とかなるかもしれませんが出来れば援護を)
(了解、大急ぎで向かうがかなり距離があるな。到着するのに時間かかるがそこは勘弁してくれ)
(大丈夫ですよ、簡単にやられるほど私は弱くありません)
(違いない、フェイトは石探索に夢中で合流できないけどアンタとアタシならなんとかなるさ。健闘を祈るぞ)

 念話が途切れる。
 大体の用件を済ましたリックは剣を構えて臨戦態勢。
 先手を打って獣に斬りかかった。

「いざ、参る!!」


















 後書き

 ゲスト出演の神咲那美ちゃんと久遠ちゃん。
 とらハ3では一番お気に入りのコンビだったから登場させたかった。
 仮にこの話がリリカルなのはA'sまで続けば八束神社(と思われる場所)が重要拠点となって
 この二人が活躍するかも。
 ちゃんとこの話を上手く完結させないと無理な話ですが。
 しかし今回の話は難産だった・・・。でも面白いかどうかと聞かれると分からない。
 自分なりに楽しんで書いてるのですが。

 それにしてもアニメの美由希は可愛いなぁ。
 兄と一緒にもっと動いてる場面がもっと見たかった。







[28755] VS魔人四天王、そして「ねんがんのジュエルシードをてにいれたぞ!」
Name: 丸いもの◆0802019c ID:c975b3ab
Date: 2011/08/30 12:18
「撤退ー!撤退ー!退却にあらず!!」

 ゼスの首都近郊にて。
 ここでゼスの率いる魔法使いの後方部隊、そしてJAPANの足軽と武士の前衛部隊が魔軍と激突していた。
 ゼス方面の軍はJAPANとゼスの連合軍によって構成されておりその力はリーザスへルマン連合軍に劣らない。
 だが今、魔物の圧倒的物量によって押し込まれ敗退、その中のある一つの部隊が敗走していた。

「負けた負けたー!参ったのう!!」
「・・・なぜお前はそんなに嬉しそうなんだ?」
「お二人ともそんな気軽に会話してる場合ですか!?」

 足軽部隊担当の柴田勝家、武士部隊の乱丸、そして魔法部隊のアレックスが魔物と交戦しながら後退していた。
 足軽が槍衾を作りながら魔物を近づけないようにして魔法使いはその隙を見逃さず攻撃魔法を放つ。
 乱丸率いる武士部隊は酷い損害であったが空から強襲してくる魔物達を撃退して安全をかろうじて確保する。

「くそ!しつこい!!」
「皆の者踏ん張れ!勝負は負けたが生き残る戦は勝敗を決しておらんぞ!!」
「今の私はただ斬るのみ、それだけだ」

 諸将が鼓舞の声を上げる。
 だが負傷者は蓄積して戦線から後退する者が続出していく。
 攻撃の要であった武士が少なくなり、次第に魔法使いや足軽を狙われていく。
 まさに多勢に無勢、絶対絶命の状況であった。

「くぁ・・・!!」
「アレックス殿ー!?」
「・・・チ」

 アレックスが空中からやってきた魔物の槍で肩を貫かれる負傷。
 その魔物を反撃にと光魔法、ライトをぶつけて消滅させた。
 部隊を率いる将が負傷したという事態に一瞬であるが三人の部隊の行軍が止まった。
 その隙を魔物は逃がさない。
 人間を殲滅しようと一斉に群がってきた。

「こんなところで!!」

 アレックスの無念の声が上がる。
 だが、それと同時に男の声が遠くから聞こえたようなが気がした。
 気のせいか?
 ・・・いや、気のせいじゃない。

「・・・徐かなること林の如く」

 戦場とは思えない静けさがその場に訪れた。
 思わぬ戦場の空気の変化に魔物は驚き、そして混乱した。
 これは一体どうしたことか?
 三人の部隊はいつの間にか草むらに退いており、木々に覆われた森を背にしていることに気がついた。
 兵を伏せるには絶好の場所だ。
 再び男の声が戦場全体に静かに広がっていく。

「弓兵部隊、鉄砲部隊構え、左右から矢と鉄砲を浴びせる。然る後、てばさき部隊で蹂躙せよ・・・かかれ」

 森と深い草むらから風を切る矢の音、貫通力のある鉄砲の炸裂する音が聞こえた。
勝家達はとっさに全部隊に地面に伏せるように大声を上げた。
 三人の部隊に群がろうとする魔物達が十字砲火で一気に殲滅されていく。
 目に見えぬ痛烈な反撃に狼狽した所へさらにてばさき部隊が森から駆け抜けて敵を吹き飛ばしていく。
 形勢逆転、絶望的であったがなんとか三人は無事に退却することに成功した
 そして森の中から一人、弓と軍配を片手にゆっくりてばさきをつれて歩いてくる男がいた。

「無事でよかった、あなた方の敗走報告を偵察兵から聞いてとっさにここで待ち伏せ部隊を作りましたが功を奏してなによりです」
「おおー透琳殿!助かりましたぞー!!」
「感謝する」
「透琳さん助かりました!あなたがいなければ今頃どうなっていたか」
「いえ、感謝されるべきものではないです今回の場合」
「え、何故?」

 アレックスが疑問の声を上げる。

 真田透琳。現在のJAPANを代表する軍師の一人である。
 その巧みな用兵戦術は少数の部隊を使ったゲリラ戦や大規模の軍団を操れるなど様々。
 さらには広い戦闘地域を見渡し戦略を練る事が出来る稀有な存在であり、その能力は
 JAPANが生み出した傑物と言われる人物である。
 その武将が何か苦々しげな顔をしている。

「魔物の侵入を食い止めているマジノラインの存在はご存知ですね?」
「はい、それでも魔物は強行して侵入してきますが・・・」
「そのマジノラインの機能が停止してしまった。これにより魔物の侵入が増大、あなた達を始めとする各地の武将の行動に大幅な行動制限、
 最悪敗退している。おかげでウルザ殿と立てていた戦略が崩壊してしまった。」
「そんな!?」

 ありえない。
 あの絶対的な防衛力を持つ要塞が機能停止に追い込まれるなんて。
 外側から破壊するのはまず不可能、出来るとしたら以前この国家の危機に陥った時の様に内部側だが・・・。
 内部?

「まさかマナバッテリーが破壊された!?」
「その通りです。そしてそのマナバッテリーを破壊したのはかつてあなたとランス殿等が相手した魔人」
「・・・魔人四天王、カミーラ」

 最悪だ。
 復活したという話は聞いていたが・・・。
 よりにもよってあの魔人が再びこの地に降臨するなんて。
 またあの時のゼスと同じように全土が戦いの煙に巻かれるのか?
 そんなことは絶対にさせてはならない!!

「想定内の事態ではあったのですがこの戦域にここまで深く影響を及ぼすとは・・・
 これは破壊を止められなかった私の手落ちです。すみませぬ」
「気になされるな透琳殿。全てが全て読み通りいくとは限りませぬ。戦場なのですから」
「乱丸の言うとおりですぞ!全てが万事上手く行ったら世の中面白くないのう!!」
「しかし今回ばかりはそうもいってられません、マナバッテリーを直す技術はありませんし
 なにより今ゼスの首都の奥深くに突撃している部隊が・・・」

 アレックスの言葉に皆が深刻になる。
 現在ゼス方面の軍はヘルマンの救援に向かうためにとゼス一帯の魔物の掃討作戦を開始していた。
 以前と同じように敵を劣勢に追い込んで逃げる魔物は追わず逃がす作戦を取りたかったが今回はそうはいかなかった。
 魔物の士気が異常に高くなっており撤退する者が少ないのだ。
 これも魔人カミーラの復活の影響によるものか。
 乱丸達は首都に巣食う魔物を撃退する為の部隊の補助をするために他の魔物の邪魔が入らないように
 首都への敵の増援を食い止めていたがそれがマジノラインの停止が原因によって魔物の侵入が増大、
 負けるはずがなかった戦に負けたのである。
 これにより首都への敵の増援を許してしまいゼス首都で戦っている人間達は退路を断たれてしまっている状態だ。
 これはゼス各地でも同様の状態に陥っている。
 さらに諸将の反対を押し切ったランスによる作戦の強行の影響もある。
 慎重に手を打って有利に進めていたゼスの戦況が一刻も早くヘルマンへの救援へと考えていたランスの考え、
 その焦り、それが様々な悪条件が重なり裏目に出てしまった。

「私は救援部隊を引き連れて各方面の軍の援護及び武将の救出に向かい、
 その後に首都に突撃して敵を撹乱して首都にいる者達を救出・撤退します。皆さんは後方の安全地帯へ。
 負傷者を収容している陣があります」
「透琳殿、討死されるなよ?」
「死ぬつもりは毛頭ありませんよ。私はあの日、武田家が仲間と共に滅んだ時から人々の為に死ぬと決めた。
 太平の世を作るまで絶対に生き抜く」

 凍てついた氷将の覚悟。
 己の誇り、そして武田の武人の誇りの為に散っていった仲間からの最期の言葉の為にこの男は戦っていた。
 仲間から託された思いを胸に戦場に立ち、戦乱の世を終わらせるために軍配を取る。
 元武田四天王の一人としてその名に恥じないように。

 透琳はてばさきにまたがり駆け出す。
 時間は夕日が落ちかけて夜になろうとしていた。
 落ちかけた夕日の光がてばさきに乗った男を薄く照らして地面に走る影を作る。
 自分達から遠ざかっていく誇り高き名将に思わずアレックスは激励を送っていた。

「透琳さん、ご武運を!!」

 それに応えるように透琳は背を向けながら片手に取った弓を高々と上げて見せた。












「毘沙門天の加護ぞある!!」
「独眼流政宗ここにあり!かかって来い!!」

 ゼス宮殿の奥深く、玉座に入るために解放されている扉前にて。
 上杉謙信を中心とした女性の武士部隊が魔物を玉座に侵入させまいと踏ん張っていた。
 謙信がつむじ風のように舞いながら刀を振るい敵を薙ぎ倒し、政宗がおけらカー小十郎に乗って疾走、
 敵を撹乱しながら不気味な光を発する妖刀で次々に斬り倒していく。
 この二人に負けじと武士部隊も気勢を上げて突撃する。
 倒した魔物の数は数え切れない。
 ありとあらゆる場所に敵が転がっておりそれを見るとなんだか疲れて億劫になる。

「謙信殿、大丈夫か?」

 政宗が小十郎に乗ってすぐ側に近寄って謙信の容態を気遣ってくれる。
 大きな目玉の首元(?)には聖獣オロチの砕け散った大きめな鱗の首飾りが飾られていた。
 本来、妖怪である政宗はJAPANから出られないのだがこのオロチの鱗が発する妖力によって
 大陸でも活動出来るようになっていた。

「問題ない。だがお腹が空いたな」
「それはあなたにとって死活問題だな。しかし・・・」

 目の前にはわんさかと湧いてくる魔物達。
 そして後方の玉座には。

「魔人がいるとなると迂闊に撤退は出来ないな」





 玉座には魔人四天王の一人、カミーラが座りある男と対峙していた。
 そのある男とは皆がいろんな意味で敬服する男、英雄の資質はあるのに英雄の行動とは思えない事を常にする男。
 リーザスの王であり人類の統一王、別名鬼畜王。

「くぉらああカミーラ!!よくもマナバッテリー破壊しやがったな!!
 ただでさえ魔物の侵入が多いってのにさらに増えたじゃねえか!!
 おかげで俺様の偉大なる計画が台無しだ!どうしてくれんだ!!」」
「・・・・・・」

 ランスである。
 過去の事を考えると人の事言えないランスだったがそんなの気にしない。
 彼は膠着状態に陥って思うようにいかない戦況に怒るばかりだった。

 カミーラは無言でランスの声に応えない。
 冷たい瞳でただ、見下している。
 冷静で何事にも動じてないように見えるが目の前の男に心が滾っていた。
 復讐という念。
 それがカミーラの中で激しく渦巻き外に噴き出そうとしていた。

「待ちわびたぞ」
「何?」

 周囲の空気が冷えた。
 比喩的な表現ではない、確かに言葉だけで温度が下がっていた。
 冷徹な意志の元に燃える絶対零度の怒り。
 その怒りが撒き散らされていた。

「貴様をバラバラにすることを何度夢見たことか・・・お前は私から全てを奪った。
 私の愛する使徒達・・・七星、アベルト、そしてラインコック。私は貴様を許さない」
「あーそんなやつらいたっけかなぁ・・・?」
「・・・」

 ランスのあまりな反応にカミーラは宙を爪で薙いだ。
 突風が起きて部屋に大きな空気の流れが生まれた。。
 直感で危険を感じたランスは今まで立っていた場所から飛び退く。
 飛び退いた場所には真空波による爪痕が深く床に刻まれていた。

「お、おっかねー・・・」
「以前の私と思わぬほうが身の為だぞ」
「ふん、それはこっちにだって言えるセリフだ。俺様が今までダラダラ過ごして来たと思ったら大間違いだ」
「よくまぁそんな大口叩けるようになったな心の友。ランス、今のお前さんは確かに強い。全ての人類国家を制して、
 人類最強の称号を手に入れているだけのことはある。だが、相手を考えろ。相手は魔人四天王の一人だぞ?
 しかも見たところ以前と比べてパワーアップ。いや、これが本来の実力なんだろうな。
 こいつに一人では勝ち目は薄いぞ?」
「そんなのはやってみなくちゃ分かんねえだろ?」
「無謀な奴だのう・・・まぁやるだけやってみろ。もしかしたら勝ちを拾えるかもしれんからな」

 それっきりカオスは黙り込む姿勢に入った。
 全くうるせえ駄剣だ。
 俺様が休まずにどんくらい戦場を駆け巡ってきたと思ってるんだ。
 今の俺様は人類史上最強だ、ぜってぇ負けてやるもんか。

「覚悟はいいな?」
「あ、一つだけ思い出したぜカミーラちゃんよぉ」
「なんだ」
「お前の使途のアベルトは最悪だったぜ。色々と。俺様の女を試練と称してヒデェ事しやがって」
「・・・だからどうした?」
「テメェは男を見る目がねえな。他の使途にしてもそうだ、顔だけの男ばっか集めやがって。
 お前を盲信する使途ばかりで中身が空っぽ、使途にしたお前の器が知れるぜ」
「・・・」

 再び無言でカミーラの爪が振るわれる。
 ランスは余裕でかわしたがそのかわした後ろの壁に大きな爪痕が入る。
 少しばかり怒りが入ってたようだ。

「ついでにそのアベルトな、俺様の推測に過ぎんかもしれんがお前も試練の対象として色々と暗躍して・・・」
「戯言はそこまでだ」

 カミーラが大きく飛び空から破壊のブレスを吐いてきた。
 ランスは舌打ちをしてブレスの範囲内から退き余波をマントで身体を覆い防ぐ。
 王の間は一瞬にして瓦礫の世界となり、ありとあらゆる場所が破壊されていく。
 破壊されて粉塵が充満しているところからカミーラが飛び出してくる。

「ふん」

 すれ違いざまに爪が振るわれる。
 その奇襲にすんでのところでランスは対応、首を持っていかれるところをギリギリかわした。
 だが、頬にうっすらと爪の傷がついて血が頬を伝って地面に落ちる。
 ランスは不敵に笑いながら血を拭う。

「へっ!この程度はお情けってもんよ!!」

 またカミーラが瓦礫で舞い上がった濃い粉塵に紛れて奇襲してくる。
 その速度は例え一流の剣士でも捉え切れない速さで一撃必殺だ。
 だがランスとて今までの戦場を渡り歩いてきた古強者。
 二度目の奇襲は完全に見切りカウンターを入れる。

「必殺、ラーンスアタック!!」

 剣が爪に叩きつけられると同時に衝撃波が発生、カミーラは打ち負けて吹き飛ばされるが
 無様に地面に転がるようなことはせず悠然と空を飛んでランスを眺める。
 その様子から見るにダメージはないようだ。
 全く、本当に力を取り戻して厄介なことこの上ないなとランスは心の中で毒づく。

「・・・確かに以前の貴様とは違うな、単独で私とやりあえるとは。忌々しいが実力を認めよう。
 だが、一人で本当に勝てるとでも思っているのか?」
「ぬかせ、思っているに決まっているだろうが。俺様が勝ったら再びハイパー兵器でお前の身体という身体を蹂躙してやるぜ」

 グッと親指を下品に立てて意思表示を表すランス。
 こういうところは全く変わってないのだなとカミーラは何かおかしさが込み上げてしまった。
 馬鹿馬鹿しいがこの男の愉快な部分だけは褒めてやるべきか。
 羽ばたいていた空から地面に降りてランスを真正面に捉える。
 真っ向勝負だ。カミーラらしからぬ行動だがこの男の挑戦状を受けようというのだろう。
 ランスのプライドを粉砕して血祭りに上げる算段だ。

「よかろう。やれるものならやってみろ。貴様だけで私を倒せるのならな」
「上等、後悔すんじゃねえぞ!!」

 互いに一歩踏み出し魔剣と魔人の爪がぶつかりあった。





「まさか本気で魔人四天王の一人に一騎打ちを仕掛けるとは。謙信殿、助太刀しましょう」
「いや、政宗殿。ここはあの方に任せましょう。ランス殿なら遅れを取ることはないでしょう」
「あなたはランス殿を過剰評価しすぎでは?確かに強いが魔人相手に一騎打ちは・・・」

 実際政宗の言うとおりであった。
 最初こそは互角に見えたがすぐに不利に追い込まれランスは防戦を強いられていた。
 時折隙を見計らってカウンターを打ち込むが攻撃に転ずる事が出来ない。
 振るわれる爪の暴風が辺りを切り刻む。
 その中で致命的なダメージを受けずに戦闘続行出来るのは流石歴戦の戦士と言ったところだが
 このままでは追い詰められて命を落とすのは時間の問題のように見えた。

「やはり危険だ。手助けをする」
「待たれよ。これは二人が互いに誇りをかけた約束の上で行われている神聖な決闘だ。
 それに横槍を入れるなど許されぬことだ」
「だが、ランス殿は人類を統率する重要な柱だ。それが討死となっては人類の戦争自体が危ぶまれる事になる」

 政宗は小十郎に乗って走り出そうとするがそれを謙信の手が制する。

「どうかランス殿を信じて下さい政宗殿。あの方は数々の逆境を実力で乗り越えてきた。今回も同様に乗り越えてくれるはずです」
「いつからあなたは博打打ちみたいな物言いをするようになったのか・・・」

 魔人への参戦を諦める政宗。
 だがそれも仕方ないかと納得することにした。
 ランスとカミーラが戦っている王の間は修羅場だ。
 例え謙信と政宗が助太刀に入っても鎧袖一触、すぐに身体をバラバラにされる。
 常識を超えた戦いになってしまっているのだ。
 その中で防戦一方とはいえ生き残っているランスは人間というカテゴリーを外れている。
 人外、いや化け物と言ってもいい。

「ふぅ、なれば私達は邪魔が入らないように魔物を蹴散らすか」
「はい、それにもうすぐ愛とガンジー殿がこちらに合流するはずです。撤退できるように安全を確保しましょう」

 二人が魔物の群れに突撃する。
 人類の勝利の為に勇猛果敢な武士部隊も突撃する
 ランスとカミーラ、勝利するのは果たしてどちらか?



















「はぁっ!!」
「ギャイン!!」

 海鳴市郊外の神社にて。
 そこでリックとジュエルシードを取り込んだ怪物が交戦していた。
 怪物は大地を踏みしめてリックに飛びつくが相手にならない。
 一方的な勝負になっていた。

「昨日のやつと比べると質が大分落ちているな・・・アルフ殿の言うとおり状況によって強さが変わるのか?」

 怪物は四足歩行の大型の獣だが素早いだけで他はこれといった特徴はない。
 攻撃力は今までの直接攻撃をかわしている感じからすると恐らく並の魔物程度の攻撃力だと思う。
 これならアルフ殿を呼ぶ必要はなかったな。
 彼女に無駄足を踏ませてしまうことになってしまった。

「悪く思うな、これも全ては私の目的の為。石は頂かせてもらおう」

 散々痛めつけられて横たわって動かない怪物。
 それに止めを刺そうとリックは歩み寄った。
 荒い息を立てている怪物の首元に剣を突き刺し命を絶った。

「グルァァァ!!」
 
断末魔の悲鳴が上がった。
 怪物を身体を引き攣らせて血しぶきを上げていく。
 だが、それは怪物の身体が光を発して消滅していくと共に血も同様に消えていった。
 後に残るのは春風の風が残る神社。
 そして例の青い石・・・と子犬が地面に残った。

「青い石は分かるが何故この生き物が一緒に残るんだ?」

 見たところ傷はない。気絶しているようにみえる。
 前回の怪物はそのまま消えたが今回のこの白い子犬は何だろう?あの怪物の幼生体か?

 そこに陽気な女の声、そして拍手がリックにかかる。

「ジュエルシード封印ご苦労さん!空からお前の戦い眺めてたけど楽勝だったじゃないか!!」

 神社の階段を登る音が聞こえる。コツコツと。
 その正体はすぐに現した、アルフ殿だ。
 人にばれないようにちゃんと耳と尻尾をしまって人間になりすましている。

「近くにいたんなら手伝ってくださいよ」
「いやーそれだとかえってアンタの邪魔になるとおもうから見守ってたんだ。悪く思わないでくれよ」
「まぁ確かに、楽な敵だったから別にいいんですが」
「それにしても昨日はてこずってたっていうけど今日の見る限りだと全然そんな風に見えないな。
 本当に昨日のジュエルシードに苦戦してたのか怪しく見えるぞ。
 その被っている赤将の兜っていうの、筋肉増強とかサポート特化のデバイスなんじゃないか?」
「そんな分からない事を言われましても、とりあえずこの石を手に入れたからいいじゃないですか」

 兜を脱ぎ、戦闘後の一息をつく。
 正直身体を持て余したな。
 もっと動き回りたいという欲求が生まれて物足りない。
 それだけ今回の怪物退治は楽だった。

 地面に落ちているジュエルシードを手にしてそれを仰ぎ見る。
 願いを叶える石であり私が元の世界に帰るための手段。
 その為の一歩をやっと踏み出した。
 だがこれで満足してはいけない。
 一刻も早く集めねば。

「やっと念願の物が一つ手に入ったな」
「はい。ところでこの子犬は一体?ジュエルシードと共に一緒に現れたのですが」
「ん?」

 手に持った石と子犬のうちから子犬をアルフに渡す。
 白い子犬は何か眠っているような小さな息吹を繰り返している。
 手渡された犬を両手で優しく抱きかかえてふむふむと一人頷く。

「多分原住生物をジュエルシードが取り込んだ結果だろうね」
「取り込む?」
「そ、聞いた話だから私もよく分かんないけどこの青い石は願いを叶える石だ。多分この子犬が常に願っていたのに
 ジュエルシードは同調、そしてこの子犬ごと取り込んで同化して怪物化したんじゃないかな」
「う、下手すれば私は罪も無いこの子犬の命を奪ってしまう事になってたのですか・・・?」
「それは分かんないなぁ。基本的にジュエルシードっていうのは魔術で封印、そして石に戻す方法を取る。
 リックみたいに物理攻撃を主とする手段で封印ってのはどういう結果が出るのかさっぱり。
 でも、アンタの使う剣は魔力で構成されている感じだし今回は無事に子犬は助かったから多分
 魔術で封印するのと変わらないんじゃないかな。アタシの憶測だけど」
「ふむ・・・」

 とりあえず今まで通りの退治方法で問題はないということか。
 安心して木製の鞘に包まれたバイ・ロードを肩にかけようとする。が、それは失敗して
 危うく地面に落としそうになる。

「何やってんだ?」
「つい、いつもの癖で剣を肩にかけようとしていました」
「・・・その滅茶苦茶長い剣を肩にかけるなんて重くないか?」
「見た目に反して恐ろしく軽いんですよこれは」

 そう言ってあらためて木製の鞘を握り締めて持ち直す。
 いつも鎧の肩に取り付けていたからなぁ。
 今は赤い服を着込んで金属類の装備がないからマグネット式で取り付けている普通の状態のバイ・ロードが身につけられない
 異世界での人目があるから仕方ないとはいえやっぱり鎧が無いと不便だ。
 バイ・ロードも刀身に変化させてその剣を縮めて人目につかないように運ぶしかない。
 意外と剣の長さの調節に気を使いながら移動するってのは精神的に疲れる。
 何があっても動じないようにしないと精神的動揺から剣が長大化してしまうからだ。

「それにしてもこれでやっとフェイトの喜ぶ顔が見れそうだよ、ここんところいい顔をしてなかったからね」
「そうなのですか?」
「鈍感だね。私達の前、特にリックと話する時は表面上は笑っているけどそれは愛想笑いみたいなもんだよ」

 ・・・まぁ確かに私の場合はあの子の母親を殺しかかっている。
 内心では警戒されててもおかしくないだろう。
 こっちの命も賭けた死闘だったのだがそれを言い訳にしても見苦しい。
 殺しかけたのは事実だから。
 ひょっとしたら憎んでいるかもしれない。

「あの子はさ、プレシアが喜ぶ報告がしたいと常に思っている。なんていうか、あの女の為に尽くすのが自分の生き甲斐って感じでさ。
 普通の母親なら報われて幸せな事なんだろうけどプレシアに尽くしてもそれは全然報われない。
 なのにフェイトは酷い仕打ちを受けても母親の役に立ったと思うことなら笑っているんだ。
 ・・・これっておかしくないか?おかしいよな?」
「それはプレシア殿と対峙した時から感じていましたが」

 歪んだ親子関係。
 いつからそのような関係が築かれたのか余所者の私にはわからない。
 しかし、そんな事を考えた所で私に何が出来るだろう?
 問題は深刻な亀裂が入っていてちょっとやそっとじゃ手がつけられない。
 ・・・この世界に滞在している間、余計なお世話だと思うが親子関係の改善、特にプレシア殿をなんとかしたいと思うようになってきた。
 偏屈で悪事を働いてるっぽい犯罪人だが更正させたい。あの子の為にも。
 だが、私の考える浅知恵では更正なんて無理だろうな。仮に出来たところで時間は長くかかるだろうし私も急ぐ身。
 こんなときマリス様ならいいアイディアを思いつくんだろうな多分。

「アルフ殿は難題を抱えていますね、出来ることなら力添えしたいところですが」
「あー・・・ごめん、余計な事を聞かせてしまった。これはアタシ達の問題なのに」
「あなた達とは一時的な、目的が一致してるだけの仲間だけかもそれませんがアルフ殿は私の悩み相談に乗ってくれると言ってくれました。
 なら私とて出来うる事ならアナタの相談に乗りたい。余計なお世話かもしれませんが」
「その言葉だけで十分だよ。ありがとうな」

 ポン、と背中を優しく叩かれる。
 それには親しみの感情が篭っているような気がした。
 ちょっとだけだが彼女達の仲間の枠に足を踏み入れた感じで嬉しい感じだ。

「あ、あのーリックさーん・・・。か、怪物はどうなりましたかー・・・?」
「くぅーん・・・」

 神社本殿の正面入り口から恐る恐る那美達がこちらの様子を覗き込んでいた。
 警戒してるのだろう、顔を左右、左右、そして正面と動かして辺りの様子を窺っている。
 本当に今回の怪物が弱くて助かった。
 とてもじゃないが前と同等の強さの怪物だったら私はともかく那美殿等は無事ですまなかっただろう。

「もう大丈夫ですよ、出てきても」
「はー・・・よかった。久遠で対応しなければならない事態にならなくて」

 よいしょっと本殿から降りてくる那美。
 こちらに近づいてくると同時に見慣れない女性が新たにこの神社に来ていることに気づいた。
 さっきまでの騒ぎがばれていないだろうか?そしてあの怪物を目撃していないだろうか?
 それらの事に少女はわたわたと慌てだす。

「ああああのこんにちは!今日はいいお天気ですね!この神社はとっても平和でいい事です!!」
「さっきまで怪物が暴れてたのに平和?」
「はぅ!?」

 アルフの一言に硬直する巫女さん。
 一部始終目撃されてるー!
 どうしようどうしよう!
 あんなの一般人にどう説明したらいいのー!?

「あ、あの怪物はですね。そう、飼い犬!飼い犬なんですよ!!
 ちょっと今日は興奮気味でしたけど普段は大人しくて・・・」
「ああ成程、そういうことか。怪物の正体についてはアタシ達は詳しいから大丈夫だよ。
 別に言いふらす気もないしこの手の荒事は慣れてるからね」
「え?え?」

 困惑する。
 幽霊のようなもので様々なタイプの怨霊と出会ってきた那美だが先程リックが戦った怪物、
 実体化して肉体を持った化け物とはお目にかかったことがない。
 幽霊じゃない久遠みたいな妖狐のような存在は知っているけどあの怪物はそれとは違う異常な存在だ。
 ・・・新手の妖怪?
 この女性、そしてリックさんはその存在を詳しく知っているというからそれ専門の退魔師?

「すみません那美殿、紹介が遅れました。この方はアルフ殿と言います。私の友人でさっきの化け物・・・」
(アルフ殿、何て言えばいいでしょう?)
(それ専門の化け物退治を仕事にしているとでも言っておけば大丈夫だろ)
「えーさっきの化け物退治を専門にしています。私はそのお手伝い兼見習いといったところです
 この地に観光と休暇で訪れたのにまさか怪物と出くわすとは、運がいいのか悪いのか」
「災難でしたね・・・。でも凄いです。リックさんとっても強そうなのに見習いなんですか?
 それでアルフさんがリックさんの師匠だから・・・どのくらい強いんだろう?」
「あ、いや別に師匠ってわけではフガ!?」
「フフフ、こいつの師匠だから滅茶苦茶強いぞー。天を貫き地を割いちゃうぞ」
「ひぇぇ・・・」

 
 アルフを師匠にしていると勘違いしているのを正そうとしたリックの顔をアルフは自分の方向に
 片手で抱き寄せそのまま無理矢理手で口を塞いだ。
 それから逃れようとするが意外と力強く引き剥がせない。
 無理矢理剝がす事は可能だがその際に暴れるという挙動不審な行動をしなければいけないので強く出れない。
 怪我をさせてしまうし。
 念話でリックはアルフの行動に抗議する。

(アルフ殿、何の真似ですか?別に師弟って間柄ではないでしょう。那美殿があなたの嘘を純粋な瞳で信じきっているじゃないですか)
(見習いっていうような勘違いを誘う発言したお前が悪い~。それに師匠って信じきっているあの子を見ていると気分がいいからこうやった)
(呆れたものです・・・これからの事ですがジュエルシードの被害者とそのもう片方の手に抱えている子犬が
 気がついたらここから退散しましょう。那美殿の仕事を邪魔しては悪いですから)
(んーそうだな、普通なら放っておいていくけどリックがそういうなら仕方ない。まぁ被害者をほっといてさよならは後味悪いもんな)

 念話を切り、リックの口を塞いでる状態を解放するアルフ。
 全く、こっちは女性の象徴である大きな胸が背中に当たっていたのだから恥ずかしかった。
 もうちょっと恥じらいを持った行動をしてほしい。
 
 とりあえず那美から尊敬の眼差しを集めている二人は許可をもらって神社本殿の縁側でしばらく休憩することになった。
 子犬は本殿の奥でまだ気絶している女性の隣に寝かせつけた。
 まだ残っていたタコヤキをアルフにあげたらよろこんで食い付いていた。
 リックはお茶を飲んで戦闘後の喉の渇きを潤す。
 那美は久遠を肩に乗せて鼻歌を歌いながら竹箒で戦闘で神社の荒れてしまった庭を掃除していた。
 それを見て申し訳ないことをしたなと思ってリックも掃除の手伝いを申し出るが那美はこの神社で広がりそうになった騒動を
 止めてくれた恩人ですから気にしないで下さいと言って辞退した。
 そこまで思われるほど大した事をしてなかったのだが・・・本人がそう言っているからいいか。

「アルフ殿」
「ふぁんだ?」
「タコヤキに夢中になりすぎです。夕食に支障が出ますよ」
「んなこと言ったって美味いし」
「だからといって年頃の女性がガツガツ食うのはどうかと・・・少々みっともないですよ」
「別にいいじゃん。それにこれ残したらもったいないお化けが出るぞ」
「家に持ち帰って皆で食べればいい話なんですが・・・む?」

 神社を登る階段の音が聞こえてくる。
 足音の重さからして子供か。
 何か急いでるように駆け上っている感じだ。
 この神社に来訪者がくるのは珍しいと言ってたが案外そうでもないんじゃないだろうか。

「なのは、注意するんだ。ジュエルシードの反応がこの近くに・・・ってアレ?」
「分かってる。昨日みたいに上手くできるかどうか分からないけど一人でやってみる・・・ってどうしたの?」

 アレ?妙に聞き慣れた声だな。気のせいか?

「・・・おかしい、ジュエルシードの発動した反応が消えている」
「え?」

 階段を上りきり、少女が見た神社の風景。
 それは少々殺風景だが巫女さんがのんびり楽しそうに何かの後片付けをしている光景だった。
 その奥では外人らしき人間二人それぞれがタコヤキを食らい茶を啜っていた。
 おかしいな、確かにジュエルシードの反応がここにあってやってきたのに。
 ちょっと荒れているけど平和だ。
 ひょっとして私達の勘違い・・・?

「あ、なのはちゃん久しぶり。元気にしてた?久遠に会いに来てくれたの?」
「あー!お久しぶりです那美さん、くーちゃんも元気だった?」
「くぅん!」

 那美の肩に乗っていた狐が飛んで姿を変化させていく。
 ポン!と音を立てて一瞬にして狐は一本の尻尾を生やした巫女服の幼女の姿を取った。

 なんと、変化か。正真正銘の妖怪だ。
 愛らしい姿だ。とても穏健に見えて保護欲をかきたてられるな。
 なんだかキングの子供のリセット・カラー様を連想させられる。
 ・・・私もああいう子供が欲しい。もう叶わない願いだが。

「なのはー。なのはー。会いたかった。最近なのはと会えなくて寂しかった」
「ごめんねくーちゃん。最近忙しかったから・・・」
「それはそうとなのはちゃん、その格好は?それに魔法のステッキみたいなの持って。何かの演劇の練習?」
「う、こ、これはその、はい、演劇の練習です!人気の無いここで練習しようと思って」
「そのフェレットさんも魔法使いの使い魔みたいで可愛いー」

 杖に変化した状態のレイジングハートとフェレットと思われているユーノ、
 そしてバリアジャケットを着込んでいる事を聞かれる。
 その説明と嘘を考える為に幼い少女は頭をフル回転させることになった。

 ボロが出ないように必死に説明する子供、なのはをアルフとリックは注視していた。

「リック、ひょっとしてあれがアンタと昨日共闘した魔導師か?」
「はい、魔法使いとしての才能はどうやら昨日目覚めたばかりのようですが怪物封印に一役買っている中々の人物ですよ」
「子供じゃん。それに魔法に目覚めたばかりってなら大したことなさそうだが」
「子供と思って侮ってはいけませんよ。同年代ぐらいのフェイト殿とて驚異的な実力を発揮しているのですから。
 人の成長を甘くみては危険です。・・・私もあのぐらいの年から剣を振り始めたかな」
「おまえの成長過程は興味深いから一度見てみたいな。まぁそれはともかくフェイトの場合は師匠の仕込みがいいから強いんだよ。
 あんな独学で魔法を覚えたようなガキンチョとは違ってちゃんと努力を重ねているんだからな」
「プレシア殿の教育なら否が応でも強くなりそうですね」
「いや・・・正確にはフェイトの師匠はプレシアじゃない」
「え」
「リックが気にするようなことじゃないよ。忘れてくれ。フェイトの師匠はすでにこの世にはいないから」
「そう言われると気になります」
「気にすんなったら気にすんな。今のアタシ達には関係ないことだ」

 全てのタコヤキを平らげてご馳走様とお茶を飲んで一服つくアルフ。
 口元には青海苔がつきまくってて見栄えが悪いので服のポケットに偶然入っていたハンカチで軽く拭う。
 サンキューとアルフはリックに言うとジュエルシードを手にして縁側から降りた。

「どこに行くんです?」
「あのお子様にちょっとした挨拶だよ」
「何か不安ですから私も一緒に行きましょう」
「なんで不安なんだ、別に脅すつもりはないって」

 リックも縁側から降りてアルフに付き従う。
 なんだろうな、なんで猛烈に嫌な予感しかしないんだろう?
 何か縁起が悪いことでも起こるわけじゃないのに。

「やぁやぁやぁ!こんにちはお嬢さん。素敵なカッコをしているね」
「わわ!こ、こんにちは!!」

 那美達に自分の事を嘘を織り交ぜて説明しているところへアルフの声がかかったのでなのははびっくりする。
 慌てて挨拶するがそれは見知らぬ女性。
 なんで言葉をかけてきたか分からない上に那美達がひっきりなしに質問をしてくるから混乱してきていた。

「昨日はリックが世話になったようだね。あたしの仲間を助けてくれてありがとうね」
「え?リックさんって・・・あ」

 アルフの後ろに見覚えのある姿の男性がいた。
 赤の色がとっても特徴的で大きい人。
 昨日の怪物に遭遇して命の危機に瀕していた所を赤い長剣を振るって助けてくれた命の恩人。
 それらしき剣を収めている木の鞘を手に持っている。
 間違いない、リックさんだ。

「こんにちはなのは殿、昨日はお世話になりました」
「こんにちはリックさん!私こそ助けて頂いてありがとうございました!」
「あれ?なのはちゃん、リックさんとお知り合いなの?」
「はい、色々とありまして。複雑なのでちょっと説明できないのですが」
「それよりなのはー。私と遊んで。久しぶりなんだからいいことしよう」
「うわ、いいことしようなんてエロい台詞吐く狐だなー」
「なに言ってるんですかアルフ殿」
「・・・は!?久遠が妖狐だって事を隠すの、このほのぼの会話のせいで隠し忘れてた!!どうしよう!?
 リックさん達はまさか久遠も退治対象に入るんでしょうか!?」
「那美殿落ち着いて下さい、この手の妖怪は見慣れていますから。それに害意のない者まで退治したりしませんよ」
「よかったー・・・のかな?」

 私の世界では経験地稼ぎの雑魚としてやられまくるかもしれないけど。
 その事は心の奥にしまっておくことにした。

(いいなぁ、皆会話に混ざれて。喋ることが出来ないってこんなに不便なんて)
(ごめんねユーノ君。ちょっとだけ我慢してね)

「さて、話は変わるけどあなたがここに来ている本当の目的はこの石でしょう?」
「あ!」
(・・・ジュエルシード!!あの男の仲間だからもしやと思ったけど、先手を打たれたか)
「あら、綺麗な石ですねー」
「あの怪物を退治した時の副産物と言っていいかな。危険だから那美ちゃんは触っちゃ駄目だよ」

 ユーノはしまったといわんばかりに心の中で頭を抱えていた。
 なのはは怪物に出会わなかった事をほっとしている反面、この女性はジュエルシードを一体何の目的で
 手に入れたのだろうと疑問に思っていた。
 この人もリックさんと同じく故郷に帰りたいのかな?
 でも、リックさんとは何か違った考えの持ち主っぽい。
 なにに使用する気だろう?

「もう言わなくても分かるでしょう?ここは大人しく立ち去るのが賢明・・・ん?」

 突然なのはの持っているレイジングハートが輝き出した。
 中核が発光して周りを照らし出すと青い石、ジュエルシードが空中に浮遊した。

「あ、こら!なに勝手に空中に動いてるんだ!?おい、そのデバイスの発動を止めろって!!」
「そ、そんなこと言われても・・・!」
「あらあら、とっても不思議な現象。なのはちゃん本当に魔法使いみたい」
「なのは、すごいすごい」
「・・・さっき感じた猛烈な嫌な予感ってまさか」
『sealing mode.set up......stand by ready.』

 アルフは石を捕まえようとするがジュエルシードは捕らえようとする手から器用に避けていく。
 まるで何かの意思が宿ったかのように。
 そして石はレイジングハートの赤い中核部分の前で止まったかと思うと。

『sealing......receipt number XVI.』
「あ」
「あ」
「「ああーーーー!?」」

 石はそのままレイジングハートに吸収されて消えていった・・・

 アルフは悶えて石を捕まえようとした勢いそのままに地面に突っ伏した。
 リックは嫌な予感が的中したことに空を仰いで嘆いていた。
 神よ、なぜこういう時にかぎって予感は当たるのですか?

「石が吸い込まれて消えちゃった!?・・・けど危険な石らしいけど大丈夫なの、それに触れて身体に異常とかない?」
「その点についてはレイジングハートが安全を保障してくれてるみたいです」
「へー・・・ってなのはちゃん、その口振り・・・もしかしてリックさん達みたいに退魔師の真似事をやっているの?
 そのステッキ、本当にただの杖かとても怪しい。さっきの私への説明も不審な点あったし」
「え!?それはちょっと違うというか当たっているというか」
「・・・やっているのね。子供がこんな危険な仕事に手を出しちゃいけません」
「で、でも危険だけどやれる人間が今のところこの地域には私しかいないから!」
「そういう仕事は私と久遠がまとめて引き受けます。なのはちゃんは家族に心配かけちゃ駄目」
「なのは、危険な目に遭うのは私達だけでいいから危ないのに手を出すのはやめて」
「そ、それでも大事なことを私は託されたから!知ったからには黙って見過ごすなんて出来ない。
 困っている人がいて自分に助けられる力があるのならそのときは迷っちゃいけないってお父さんに教えられたから!!」

 なのはと那美達は問答を始める。
 お互い自分の主張する部分については一歩も引かない様子だ。
 那美と久遠としてはこんな幼い子が命を落とすことになったらと心配で仕方ないのだ
 危険な仕事をしていると知っていてそれを敢えて黙り込むのは高町家の家族に負い目を感じてしまうこともある。
 危険な目にあわせて悲しませたくない。
 私も、久遠も、高町家の皆さんも。
 目の前に立つ幼い少女は何かしら大切な事を知って動いてるのだろうが幼すぎる。
 義理の姉、薫みたいに才能と意志に恵まれた子供であればまだいいのかもしれないがそれでも危険すぎると思う。
 やはり子供は大人しく平和に育っていってほしい。
 舌戦は続くが那美の論説が優勢であり、まだまだ子供のなのはが劣勢になっていた

 そこへアルフが不気味な笑いを上げて割り込んできた。
 その笑いに思わず怯えるなのはと那美。
 なんだかそこらへんのチンピラよろしくな笑い方だった。

「なぁ、お嬢ちゃんよぅ。ジュエルシード返せよ。いきなりやってきて横取りは感心しないなぁ、感心しねぇよ」
「あぅ!?い、今返しますから待って――」
(なのは!前にも言ったはずだ、この人はあの男の仲間だ。いかなる理由でも石を渡しちゃいけな―――)
(とりあえずユーノ君は黙ってて!!)
(ちょ!?ボクの言う事無視しないで!重要な問題なんだから!!さっき言ってたお父さんの教えはどうしたのさ!?)
(別問題!リックさん達が苦労して手に入れたんだからそれを私が横取りなんて許されないと思うの!!)
(そんなこと考えてるレベルじゃないのに・・・楽して手に入れられたのに手放すなんて)
「レイジングハートお願い!さっきの石をあの人に返してあげて!!」
『No, I will not.』(嫌です)
「きょ、拒否られたー!?どうして!?」
(よく言った!流石ボクの所持していたレイジングハート!!)
(ユーノ君・・・家に帰ったらちょっとお話しようか)
「こ、この野郎!その綺麗な赤い宝石をフッ飛ばしてやるぜ!!」
「アルフ殿落ち着いて下され!私も少々頭にくるものがありますがここは冷静に!!」
「止めるなリックー!!」

 リックの制止を聞かずにアルフはなのはに向かって拳を振り下ろす。
 なのははそれに思わず反応して杖を正面に出し防御態勢、自動的に防御魔法プロテクションが張られる。
 だが、今まで強固を誇っていたプロテクションにヒビが入った。
 怒りに燃えるアルフはさらに拳を結界内に侵入させていく。
 バリアブレイク。
 アルフが得意とするものであり対象の防御魔法に割り込みの魔力をかけて破壊する技だ。
 そして張っていた防御魔法は容易く破られ、なのはは派手に吹っ飛ばされていた。
 地面を転がり神社内の中心に留まる。
 肩に乗っていたユーノはとっさに攻撃時に離れて回避、すぐになのはの近くに寄る。

(なのは!?大丈夫!?)
(う、うん。この服のおかげでなんとか・・・でもどうしよう。すごい怒っているあの人)
(あの様子じゃ絶対に引く事はなさそうだ。まずい。今のなのはじゃレベルが違いすぎて勝負にならない)

 その怒り狂っている女性は再びリックに取り押さえられなだめられていた。
 だが、それで収まるようなアルフじゃない。
 なにせ目の前で目的であり自分達の進退がかかっているジュエルシードを横取りされたのだ。
 平常心を保て、というのは無理があった。

「やりすぎです!相手は子供ですよ!?アルフ殿はなのは殿の命を奪うおつもりか!?」
「黙ってなリック!子供だろうが大人だろうが私達の手柄の横取りを堂々としやがったんだ。この落とし前はきっちりつけないと腹の虫が収まらないね!!
 アンタは悔しくないのか!?さっきから聞いてるとあっちのガキに味方して、ジュエルシードはどうでもいいって感じだぞ!!」
「私だって石を奪われて湧き立つ感情はありますよ!ですがそれとは別問題です!!貴女は必要以上に力を行使しようとしている!!
 下手をすれば命を奪いかねない力だ!子供の命を奪ってまで石を欲しいと考えているのですか!?」
「流石にそこまで考えちゃいないよ。だが少々おいたが過ぎた。キツイおしおきが必要だと考えているまでさ!!」

 その言葉を最後に口火を切りなのはに向かって駆け出す。
 元は大型獣を素体にしている使い魔のせいなのかその速度は速い。すぐになのはの前に立った。

「そら!歯ァ食いしばりな!!」
「くっ!間に合え!!」

 ユーノが急いで吹き飛ばされたなのはの前に立ち防御魔法を張る。
 魔法陣のシールドが展開されて振り抜こうとしたアルフの拳が宙に浮いて立ち往生、破るか破られないかの拮抗状態となる。

「邪魔するな!お前なんか焼いて煮込んで食っちまうぞ!!」
「ぐっ・・・!やれるものなら・・・やってみろ!!」
「アルフさん!落ち着いて下さい!!なのはちゃんは悪気があってやったわけじゃ・・・」
「那美ちゃんは黙ってな!!」

 アルフとユーノの迫り合いが続く。
 いかん、このままでは本当にあの子達に大怪我をさせかねないぞ。
 反感を買うのを覚悟の上で止めねばならない。

 リックが駆け出そうとした時だった。
 突如晴天だった空が曇り暗雲が漂い集まってくる。
 周囲がどんどん暗くなり、ついには雨まで降り始めてそれが強くなっていく。
 那美が険しい表情をして隣にいる久遠を見つめている。

 なんだ?一体なにが起ころうとしているんだ?

「ふぎゃあああああ!?」

 神社内に絶叫が響いた。
 雷鳴が轟き雷が落ちた・・・アルフに。
 全身を真っ黒にしたアルフが膝をつき、ケホッと灰色の煙を口から吐き出し、片膝をつく。
 魔力に対しての耐性があるのかそれとも雷撃の威力が弱かったせいなのか頭をフラフラさせるだけで
 致命傷には至ってない、よかった。

 しかしこの状況の急激な変化は一体?

「なのはに手を出す奴、絶対に許さない」

 あの小さな妖狐の声が周囲に広がった。
 その声に振り向くと全身に雷を巡らして帯電している久遠がいた。
 光が発生して久遠を取り巻き包み込んでいく。
 その光が神社一帯を一瞬であるが強烈に照らす。
 目が眩んで光が収まった後には五本の尻尾を生やした大人の女・・・この世界では恐らく最強最悪の妖狐がいた。

「なのはは私が守る!!」
「ちょ、ちょっと久遠!?何する気なの!?」
「ごめん那美、ちょっとだけ暴れる」

 雨の中の神社を疾走する妖狐。
 水溜りが跳ねて久遠の走った地面に無数の水の波紋が出来る。
 目標はただ一つ、なのはを傷つけようとしたあの女だ。
 大切な友人に害意を為すことは万死に値する!!

「なんだってのさこれ!?か、身体が痺れて上手く動かない・・・!!」
「うあああああ!!」

 雨と暴風の中、久遠の爪がアルフの身体を切り裂こうと振り抜かれる。
 何者にも目が止まらない一撃は確実に入ると思われた。

「・・・なんで邪魔をする、お前?」

 切り裂こうとした爪がリックの手によって押さえられ危うく血の海になることを防いだ。
 久遠の腕を押さえている手が強力な腕力に耐えようと小刻みに震えていた。
 そのまま睨み合い、時が止まったように二人はしばらく動かず一時的にだが雨の勢いが弱まり静けさが訪れた。

「先に乱暴を働いてしまった私達が言うのもなんですが冷静になりましょう、お互い。
 このままでは本当に死人が出てしまいます」
「それは出来ない。そいつはなのはを傷つけた。だから許さない。邪魔するならお前も一緒にやる」
「困りましたね、アルフ殿は私の大切な仲間だ。その大切な仲間を傷つけるなら私も強行手段に出ないといけません」
「やるのか?」
「やらないといけないというのなら・・・仕方ありませんね」

 その言葉を合図に両者とも間合いを取る。
 久遠の戦闘の意志がさらに強くなりそれに呼応するかのように雨と風が強くなった。
 リックの手に持った鞘が赤く変化する。兜を被り剣を構えてアルフの側に立つ。

(アルフ殿、動けますか?)
(痺れがなんとか取れてきたがまだ動きづらい。それにしたってなんだ今日は。厄日だよ)
(それに関しては同感です)
(しかしどうするんだリック?見たところやばそうだぞあの狐)
(まともに相手をしたら勝利は難しいですね。まともに相手をすればですが)
(うん?何か策はあるのかい?)
(まぁその、策とは言えないんですが)
(勝つ方法あるんならやれ、もうジュエルシードどうこう言ってられない状況になっちまったよあの狐のせいで)
(分かりました。アルフ殿、お覚悟を)
(へ?)

「いきますよ!マリア殿直伝、チューリップ人間大砲!!」
「だぁぁぁぁぁぁ!?」

 アルフの後ろに回りこみリックは豪快に弐武豪翔破を地面に叩きつけた。
 今回は斬れ味のある殺傷力ではなく爆発の衝撃波の特化に工夫した技にアルフは勢いよく空中に飛んでいって空の彼方へと消えていった。

 チューリップ人間大砲。
 それはマリア・カスタードと呼ばれる技師が堅牢な要塞を攻略するために開発したものだ。
 その使い方は文字通り人間を大量に入れた沢山の大砲を用意して要塞に向かって一斉発射。
 その圧倒的人員で侵入して一気に攻略するものである。
 だが、これはあまりにも安全面に問題がある事と戦果が全然上がらなかった事、それに人道的な問題からすぐに廃止されたものである。
 リックの場合は応用版(?)としてマリアから伝授されたが使い道は一生無いだろうと思っていたら
 こんな場面で役立つことになるとは思わなかったのであった。
 だってアルフは空にフッ飛ばしても空中を飛べて平気だから。

 あまりの突飛な行動にその場にいる人間と妖怪一同が呆然とする。
 だがリックのターンは終わらない。

「それではさらば!車懸り――姫鶴!!」
「逃げるのか!?ずるいぞ!!」
「お互いここで争っても利益はありませんよ久遠殿。縁があったらまた会いましょう!那美殿もお達者で!!」
「は、はい!」
「なのは殿!その石は一旦預けておきましょう、だが必ず取り戻します!では!!」

 必殺技を使い、一気にこの死地から脱出する。
 だが悪戯好きの妖精さんはどこにでもいるものである。
 必殺技によって発生したカマイタチが久遠と那美の服を切り裂いた。

「あ!?」
「きゃあっ!?」

 那美殿は白、久遠殿は・・・穿いてないだと!?。
 そんな感想を抱きながらリックはこの場から去っていった。

「ぬあああああああ!?」

 神社の階段を転がり落ちながら。
 さっきも転がり落ちたのに全然反省してなかった。
 それでもリックは不屈の闘志で立ち上がり急いでこの地から逃げていった。
 鼻血を出しながら。

「え、えーと、とりあえず助かったのかな?」
(た、多分・・・命拾いしたと思う)

 へなへなと地面に座り込むなのは。
 雨はまだ強く降っていて地面は大量の水で濡れていたがそれを気にする余裕がなかった。
 服を濡らしていく雨を浴びながらなのはは考える。
 命拾いしたというのがまだ実感出来ずにいた。
 あの女性にまともにぶつかり合ってたらどうなっていたんだろう?
 ミンチにされる?
 そう考えると恐ろしい。
 私はリックさん達の逆鱗に触れてしまうことをしてしまった。
 今度会うときは・・・敵として現れる事になるのだろうか。

「うああああああ!?」
「え!?」

 再び神社内に絶叫。
 雨を降らせている雲の中を閃光が走り、雷が再び落ちた・・・今度はユーノに。
 真っ黒焦げになりつつもかろうじて地面に立ち続けて何が起きたのか把握しようとするが混乱していた。
 というか雷落ちて生きているのが不思議だが。それ故に混乱するのだろうか。
 ユーノ君も丈夫だなぁ。普通なら倒れているのに。
 ってそんなこと考えてる場合じゃない!!

「くーちゃん落ち着いて!もう私は大丈夫だから!!」
「久遠!やりすぎよ!!下手したらさっきの人の命を奪っていたのよ!!今すぐ普通の姿に戻りなさい、お説教よ!!」
「こんな結末認めない!せっかくなのはを守ろうと本気出したのにすぐに逃げられて勝ち逃げ行為された!!納得いかない!!」
「べ、別にそれでもいいんじゃないのかな・・・ていうかなんでボクに雷落とすの?」
「お前は本来私がいるべきポジションに居座っている!許せない、私のなのはを返せ!!」
「いや!ボクはそんなつもりでなのはの側にいるわけじゃ!?君の言ってることおかしいような・・・ってぎゃあああ!?」
「こら久遠!八つ当たりはやめなさい!!ってフェレットさんが喋ってる!?」

 神社内はパニックに陥った。
 降り注ぐ豪雨と暴風。轟く雷鳴。落ちる雷。
 建物や木々、そしてユーノに恨みがあるかのように集中砲火する雷撃の嵐。
 久遠を止めるためになのはは必死に説得、那美は止むを得ず自分の使える神咲一灯流最大奥義まで行使することになってしまった。
 事態は夕方にやっと収束。そうなるまで大体3~4時間かかったと思われる。
 ボロボロになってしまった巫女服を着替えた那美は元の状態に戻った久遠に対して一言。

「久遠、罰としてしばらくなのはちゃんに会うの禁止」
「くぅーん・・・」

 それにしても色々物珍しい光景と人物を目にしたなぁ。
 赤い剣士にその師匠、喋るフェレットさんに魔法を使えるなのはちゃん。
 それぞれが様々な特技を持って災厄を祓える力を持っていた。
 私も早く一流の退魔師になりたい。

 色々と受難のあった一日だったけど学べる点もあったかな?
 そんな事を考えながら警察から請け負った仕事を解決すべく那美は現場に向かったのであった。



 ちなみにリック達はどうなっているかというと。

「おいリック!アレのどこが策なんだ!?単にアタシを空にかっ飛ばして自分も逃げてきただけじゃないか!!」
「だから策とは言えないって言ったじゃないですか」
「確かにそうだったけど・・・他にまともなアイディア思いつかなかったのか?」
「無理ですよ。正論を言わせてもらいますと手負いのアルフ殿というハンデを負ってあの妖狐相手に戦うのは厳しい。
 あの状況では戦略的撤退しかありません。石を取り返そうと必死になったらさらに手痛い傷をもらいます」
「私を吹っ飛ばした後、リック一人で戦えば勝ち目あったんじゃないか?」
「正直苦しいかと。あの久遠殿という狐は天候操作を出来る上にフェイト殿やプレシア殿と同じく瞬速の速さの雷撃、
 凄まじい攻撃性能を持っています。肉体性能も見る限りレベルが高い。単純な戦闘能力だけならプレシア殿より上かもしれません。
 勝てない事はないですが正直無事じゃすみませんよ」
「お前をしてそこまで言わせるかあの狐。戦わなくて正解だったってことか」
「ナポレオンの書や信玄の書にはこう書いてあります。逃げるのも勝ちの一つだと。私は戦略的撤退と無理矢理解釈しますがね。
 敵に背を向けて逃げるのは臆病者な気がして」
「時と場合によるだろそれは。頭固いぞ」
「以前と比べればマシになったほうですけどね。我が主、キングとその仲間達と一緒に冒険して逃げるのも勇気の一つだと学びました」
「なんだかなぁ・・・とりあえず帰るか。せっかくジュエルシード見つけたってフェイトに念話飛ばしておいたのに。
 何も収穫なくてぬか喜びさせるのが目に浮かぶよ」
「あの子をガッカリさせるのはちょっと心が痛みますね」
「分かるのか私の気持ち?」
「アルフ殿の態度を見てたらなんとなく、ですが」
「そうか、あんがとな。今回頑張ったお前にご馳走してやりたいけど生憎あの狐の雷撃の痺れがまだ残ってて料理出来ないや。
 コンビニ弁当で我慢してくれ」
「食べれるものであれば私は構いませんがフェイト殿の食事はどうします?」
「うーん、リック。料理は出来るか?」
「軍隊式の料理なので味の保障は出来ません。栄養はあると思いますが」
「むむぅ、仕方ない。今回ばかりはフェイトにもコンビニ弁当で我慢してもらおう」
「今日は色々疲れましたね」
「全くだよ」

 アルフを背負って買い物。そのまま帰路についていた。









「・・・フェイトの方は結局空振りだったか」
「うん、それでリックさんがジュエルシードを見つけたという話がありましたが結果は?」

 フェイトがわずかではあるが顔に期待の色を浮かべていた。
 参ったな、これは。
 心の中ではとんでもなく期待をしていたらと思うと心苦しい。
 でも正直に失敗してしまった事を詫びなくてはならない。
 アルフ殿の気苦労が何となく分かってくる。

「申し訳ありません。入手に失敗してしまいました」
「そうですか・・・」

 落胆の色が見える。
 やはり期待してたんだな。こんな顔をされると罪悪感が湧き上がってくる。

「フェイトー。今回のリックの失敗の責任は私にある。責めるんならアタシにしてくれ」
「え?」
「アルフ殿?」
「いや、だってそうだろ?調子に乗ってジュエルシードを見せびらかしてあのガキに横取りされちまったんだ。
 悪いのはアタシだって。それを取り戻そうとしたら予想外の伏兵がいたし。運の悪さもあるけど全面的にアタシの責任だ」
「そうなのリックさん?」
「いえ、これは・・・」
「リック、別に庇わないでくれ。庇われると自分が惨めになってくる.決定的に最悪な事態を作ったのはアタシだよ」
「・・・むぅ」

 言葉に詰まる。
 そう言われた以上フォローをすることが出来ない。

 フェイトの機嫌をうかがってみる。
 うかがった顔は無表情、だが心なしか優しさがあるようなのは気のせいだろうか?

「一体何があったのか分からないけどアルフを責めるようなことはしないよ。アルフは大切な仲間なんだから」
「罵倒された方が気楽なんだけど・・・今回は本当に酷かったんだから」
「まぁまぁ、あまり自責されずに」
「そうだよ、チャンスはまだあるんだから元気を出して」
「二人とも・・・ごめん」

 どうやら気のせいじゃなかったみたいだ。
 リックは弁当のぺペロンチーノを食べながら会話を続ける。
 今回は運が悪かったというかなんというか。
 色んな想定外の状況が発生してしまったからアルフ殿を責めるわけにもいかない。
 もしかしたら自分がやり方次第で取り戻せるチャンスもあったのだから。

「それにしても続けて石を取られましたか・・・これについてプレシア殿は何か言ってきましたか?」
「母さんにはまだ成果をあげてないから報告には行ってません。逆にこんな有様を報告したら怒ってしまうので」
「確かに、あの鬼ババァがどんな行動を起こすか分かったもんじゃないね」

 雷撃による不調と戦いながらも食事するアルフ。
 自己嫌悪に陥っているのか溜息をついてスパゲティをフォークでグルグル回すのを眺めながら遊んでいた。

「引き続き探索、アルフ、リックさん、頑張ろう」
「はい」
「あいよー」

 今日のフェイト達は徒労に終わって報われなかったが気を取り直して。
 一生懸命やろうと心を固めた。

「ちなみにジュエルシードは見つけたのに横取りされたのはどうして?リックさんとアルフの二人組みなら簡単に取り返せると思うんだけど」
「聞かないでくれ・・・」
「嫌な出来事でしたね・・・」
「???」












 数日後・・・


「やっと次のジュエルシード反応を見つけたか」
「うん」
「今度は発見するのになかなかてこずりましたね」

 とある豪邸の近くに広がる森の中にて。
 フェイト達は身を潜めてジュエルシードの発動を待っていた。
 リック、アルフ、フェイトそれぞれが目立つ格好をしているのでこそこそと隠れている。
 フェイトに至っては露出が多い黒のバリアジャケットに身を包んでいて一際目立つことこの上ない。
 この娘の戦闘服のデザインした人は一体誰なんだ?
 そういえば・・・初めて青い石の怪物と交戦していた時になのは殿が魔法使いに覚醒するためのプロセスが
 聞こえてきたような?
 確か・・・戦闘服となるバリアジャケットと武器はイメージして作るってのがあったかな?。
 とするとフェイト殿の今の格好は・・・。
 こちらの魔法文化は進んでるいろんな意味で、子供がこういう格好をイメージして戦闘服に仕立て上げるんだから。
 私の世界の文化も人の事言えないか。
 特に山田千鶴子さん、あの人はやばい。

「どうしましたかリックさん?難しい顔をして」
「異文化同士の人々の服のセンスについてちょっと考え事を」
「なんじゃそりゃ。今はジュエルシードに集中しろよ」
「はい、すみません」
「なんだか分からないけど私が馬鹿にされたような気がする・・・」

 三人ともじっと草の茂みに伏せる。
 とにかくジュエルシードの発動を待つ。
 待つのだがいつまで待てばいいんだろうか?
 反応があるなら発動する前にしらみつぶしに探したほうがいいんじゃないだろうか?

「あの、ジュエルシードが発動する前にこの辺りを探索して見つけたほうがいいんじゃないでしょうか」
「手間がかかりますから効率的ではないです。一応見つける簡単な方法がありますがそれには問題が」
「問題?」
「辺り一帯に手当たり次第に魔力を打ち込んでジュエルシードを強制発動させるんです。
 しかしその方法だと派手すぎて人目についてしまうんです。結界を事前に発動させて抑える事は出来ますがどうしても限界が」
「おまけに被害も大きくなっちゃうしね。それにあの例の魔導師が結界の発動を嗅ぎつけて邪魔してくるかもしれないし。
 出来る事なら自然発動、被害がでないように速やかに入手したほうがいいのさ」
「ふむ」

 結局発動を待つしかないのか。 
 いつ発動するか考えると気の遠くなる話だが仕方ない。
 茂みに伏せ続けるのも疲れたので豪邸の人間に見えないように立ち上がって木に寄りかかった。
 腕組みをして気長に待つ。

「む?」
「お?」
「あ・・・」

 三人がそれぞれの反応をする。
 リックの胸元の三日月のペンダントが発光していた。
 フェイトとアルフも感じ取っていたがアルフは嫌そうな顔をしていた。

「ジュエルシードの発動と同時に結界の発動・・・またあのガキか」
「アルフ、それってリックさんから二連続で石を奪ったっていう魔導師?」
「間違いないよ。つうか私達以外で魔導師がいるのはアイツ一人しかいない」
「・・・皆行こう」
「あいよ」
「御意」

 三人がそれぞれ臨戦態勢で石の発動場所に走り、そして張られた結界内に侵入する。
 そこで見たものは。

「にゃおーん・・・」

 巨大な穏健そうな猫の姿だった。
 フェイト達三人が一瞬硬直して目の前の物体がなんなのか見直す。

「にゃーん・・・」

 ・・・どう見直しても猫だった。 
 無害そうに見えるので放っておいても大丈夫な。
 フェイトは無表情、リックは物珍しげに、アルフはげんなりした顔で巨大な物体を見上げていた。

「アタシ帰っていいか?」
「駄目だよアルフ」
「ジュエルシードを手に入れる為ですから帰っちゃ駄目ですよ」
「なんかやる気なくなったんだが、見物してていい?」
「まぁ、それなら。今回は私一人でも大丈夫そうだから。でも危なくなったら助けてね」
「分かってるさ」
「私はフェイト殿の近くに隠れてすぐに救援に入れるようにしましょう」
「お前が出張ると使い魔のアタシの立場がなくなるなー・・・」

 苦笑しつつも頑張ってこいとアルフは手を振って見送る。
 フェイトは飛翔して猫の元へ、リックは身体を屈めてサポートポイントを探る。

(リックさん)
(なんでしょうフェイト殿?)
(今度こそは絶対手に入れましょう、ジュエルシードを)
(分かっていますとも)

 短い念話のやりとり。
 それっきり会話がなくなりリックはいい隠れ場所の大木を見つけそこに隠れる。

 そしてフェイトは・・・あの例の魔導師といきなり交戦していた。

『Photon lancer Full auto fire』
『Wide area Protection』

 複数の雷の弾丸を弾く白の魔導師。
 フェイトは特に気にすることも無くただ呟く。

「例の魔導師・・・」

 フェイトの放った魔法が巨大な猫の足元に命中した。
 猫はバランスを崩し、慌ててその上に乗っていた白の魔導師――高町なのはは空中を浮遊して地面に降り立ち、杖を正面に構える。
 それを見てリックは感嘆の声を上げる。

「空を飛べる魔法を使えるようになっているとは、なのは殿の才能は未知数だな」

 だがまだまだ未熟だろう。
 あの子は実戦経験が足りなさ過ぎる。
 才能で足りない経験を補っているようだがそれにも限界がある。
 同じく才能があり、鍛錬を積んでいるフェイト殿に立ち向かうのは無謀だ。
 どちらが勝利するかは決まっている。

「同系の魔導師・・・ロストロギアの探索者」

 木の枝に降り立ったフェイトを見てユーノはその正体に少しだけだが勘付いた。

「間違いない・・・ボクと同じ世界の住人。そしてこの子はジュエルシードの正体を・・・」

『Scythe form Setup.』

 フェイトは有無を言わさず光の鎌を展開して斬りかかった。
 足を薙ぎ払おうとするも間一髪なのはは空に上昇して回避した。
 だが攻撃の手は止まらない。

『Arc Saber.』

 三日月の光の刃が放たれた。
 楕円状に軌道を描き襲い掛かる。

「くっ!」

 それも辛うじて防御する。
 だが瞬時にフェイトはなのはの目の前に現れバルディッシュを振り下ろす。
 
「あう!?」

 何とか受け止め鍔迫り合いに入る。
 だが形勢は悪くなっている。
 なのはには今のところこれといった攻撃手段が少ないため魔導師相手の場合には防御に回らざるを得ないのだ。

「なんで・・・なんで急にこんな?」
「・・・答えても、多分意味が無い」

 鍔迫り合いが解かれ、フェイトは先程と同じように木の枝へ。
 なのはは地面に着陸する。

『Device form.』
『Shooting mode...Divine buster Stand by.』
『Photon lancer Get set.』

 両者が睨み合う。
 それぞれが自分の得意とする技を放とうとしてデバイスを構える。

「にゃおーん・・・」

 巨大化した猫の声になのはは一瞬気を取られた。
 その隙をフェイトは見逃さない。
 ただ、一言。

「ごめんね・・・」

 懺悔とも思える声と共に雷撃弾が発射された。

「きゃあう!?」
「なのは!!」

 爆撃で空中へ舞い上がったなのはを受け止めようとユーノが走った。
 なのはは意識を失っているのか無防備。
 このままでは大怪我をする。
 一刻も早くなのはを助けようとする一心で地面を駆ける。

「ふっ!!」

 ユーノが展開した三重の魔法の円陣が落ちてくるなのはを優しく受け止める。
 怪我はどの程度か分からないが回復魔法を施さないと!!

 その間にフェイトは巨大な猫の元へ接近していた。
 
『Sealing form.Set up.』
「捕獲!」

 バルディッシュが地面に振り下ろされた。
 それとともに雷が地を走り、猫に向かって一直線。そのまま直撃した。

「にゃおおおん!?」
『Order.』
「ロストロギア、ジュエルシードシリアル14、封印」
『Yes sir.』

 雷が空に向かって発射され、それが虚空に消えていく。
 そして小さな暗雲が漂い、そこから雷撃の雨が降ってくる。
 ジュエルシード封印には少々荒っぽい方法だ。

『Sealing.』

 最後にバルディッシュの声と共に光の柱が猫を包んだ。

『Captured.』

 フェイトは倒れて元に戻った子猫の近くに寄る。
 猫の側に転がってあるジュエルシードをバルディッシュに収納した。

「やっと・・・やっと手に入れたジュエルシード」

 自分が、そして母が望んでいた物を手に入れることが出来た。
 引き続きこれを集め続ければ母さんは喜んでくれる。
 そして・・・昔の優しい母さんに戻ってくれるはずだ。

 目的達成したフェイトはなのはを一瞥してそのまま去ろうとしたその時だった。

「待って・・・」

 フェイトの足が止まった。
 振り向けばよろよろと立ち上がる少女の姿。
 服等の外面の傷は少ししか見受けられないが初めての魔導師同士の戦闘に内面、精神の消耗が激しい。
 荒い息をついている。
 元々は平凡で優しい少女だ。
 こんな暴力のぶつかり合いは精神を削るのだ。しかも見知らぬ人間と問答無用ならなおさらである。

「なのは!立っちゃ駄目だ!!怪我の治療を施すからじっとして!!」
「その石を・・・返して。それはとっても危険なものなの」
「・・・それは出来ない」

 フェイトはマントを翻し再び森の奥へと消えていく。 
 もう無力化はしてある。
 このまま無視をしても問題ないと決めて仲間の下へ帰ろうとした。

 だが。

「話を・・・聞いて!!」

 力を振り絞ってなのはは素早く飛び上がりフェイトの肩を掴んでいた。
 これにフェイトは少々驚きを隠せなかった。
 速さを自慢としている自分が反応出来なかったのだ。
 リックに続いて二度目だ。背後を取られるのは。

 この子は潜在的に恐るべき力を秘めている。

「お願い、お話しよう?どうしてジュエルシードを狙うの?その目的は?あなたは一体何者なの?」
「言ったはずよ、答えても多分意味が無いと」
「そんなの聞かなくちゃ分からない!!」
「・・・まるで駄々っ子、話をしたところで平行線なのに」

 フェイトがなのはの腹に鋭い掌底を打ち込んだ。
 その勢いで近くの木に叩きつけられる。
 木にぶつかった衝撃でなのははうめき声を上げている。
 意識も朦朧としているようだ。

 これじゃただの弱いものいじめだ。
 もうこの子に付き合ってられない。
 一刻も早くここから退散しよう。

「まだ、だよ・・・まだ終わってないよ」
『Shooting mode...Divine buster Stand by.』

 しかし相手はしつこかった。
 木に寄りかかりながらも立ち上がり杖を構えて砲撃モード。
 ディバインバスターを発射しようと力を蓄えていた。
 これにユーノは焦ってなのはの前に立つ。

「やめるんだなのは!今の状態で撃ったらただじゃすまない!!」
「その子の言うとおりだよ・・・自滅してしまう」
「無理矢理にでもあなたと話をする!その為だったら手段を選ばない!!」

 無茶苦茶だ。武力行使をしてまでの話に冷静な話し合いなんて出来ない。
 さっき頭を木に打ちつけたのだろうか?
 錯乱状態に陥っており人の話を全く聞こうとしない。
 あのまま魔法を撃てばあの子は心身に深刻なダメージを受けるだろう。
 もう戦いの決着はついているんだ。
 無闇に傷つけるのは不本意だ。止めに入ろう。 

「受けてみて!これが今の私の全力全開!!」

 駄目だ、相手の方が一手先んじて間に合わない。
 このままじゃあの子が・・・。


「ディバイーン・・・」
「そこまでですなのは殿」

 業風一閃。疾風と共に目に見えない剣の影が走った。
 なのはの持っていたレイジングハートは空中に跳ね飛ばされ回転、そして地面に突き立つ。
 杖を弾き飛ばした剣はなのはの首元に突きつけられていた。
 それで正気を取り戻したのかなのはは自分に突きつけられている剣を見て震えていた。

 間一髪。
 魔力の暴発を防ぎなんとか少女の暴走を止める事が出来た
 穏やかな風がその場を和ますように吹き始めて草がたなびく。
 フェイトは溜息をついてこの場に割り込んできた赤い男に声をかけた。

「・・・リックさん、助太刀に入るのならもっと早くして下さい」
「すみません、フェイト殿一人でも大丈夫と思っていたので。それにこの子がこんな無茶な行動を取るとは思わなかった」
「後の処理は任せます。その子達はあなたがよく知っている人物だと思うので」
「いえ、私はそれほどなのは殿等と親しいわけではないのですが・・・っていっちゃった」

 そのまま森の奥へと消えていくフェイト。
 困ったな、処理といっても後は私も帰るだけなんだが。
 石は手に入れたんだし。
 他にこの子達に何をしろと言うんだろう?

「そうだな・・・」

 馴れ合いじみたやりとりはやめるべきか。 
 フェイト殿は明らかな敵としてなのは殿の前に現れ、戦った。
 私もいい加減甘い考えは捨ててこの子とは敵として相対すべきだろう。
 なのは殿は恐らく私達よりジュエルシードを多く確保しているはずだ。
 少しづつだが邪魔者となってきている。
 もう遠慮はしていられないだろう。
 私達の目的の為にも。

「怖いですかなのは殿?」
「・・・」

 なのはは無言で答えない。
 ただ首元に突きつけられている剣に、
 そして目の前の、以前は丁寧で優しかった男の顔が冷徹に変貌していることに恐怖して震えていた。
 ユーノがなんとか隙を窺ってなのはを助けようとしていたが身動きを取れずにいた。

「これが本来の私の正体だ。剣を取り敵対するものは例え女子供であろうと切り捨てる悪鬼だ」
「・・・ち、違う。リックさんそんな人じゃない」

 声を絞り出して否定する。
 だが現実はどうだろう?
 死神は容赦なく幼い少女に剣を突きつけて脅迫に等しい行為をしているではないか。
 幾千の人間と魔物を斬り捨てた剣が赤く禍々しく発光して恐怖を煽る。

「だ、だってリックさんは故郷に帰りたいからジュエルシードを集めているんですよね?
 他に手段がないから仕方なくて。
 さっきのあの子だって何か大切な目的があって私と戦ったはずなの。
 そうじゃなければあんな暗くて、悲しそうな目をしていない・・・きっと悪い子じゃない」
「甘いですね。本当にそう思っているのですか?私は確かに故郷へ帰るために集めていますがあるお方の願いの成就のために集めてもいる。
 その願いの成就とは恐らくあなた達にとって許せない絶対悪だ。さっきの少女もその願いを叶えるべく動いている私の仲間。
 そんな人間達をあなたは善人と言い張るのですか?それは否、でしょう」
「違います!リックさんは嘘をついています!!だったらなんで最初私がジュエルシードの怪物に襲われた時、身体をボロボロにして、
 死にかけてまで助けてくれたんですか!?そんな人が悪人なんて絶対違う!!」
「あの時は色々事情を知らなかったんですよ。あなたの魔法使いとしての才能の覚醒など予想外の出来事もありましたしね。
 ジュエルシードを封印できるなのは殿は邪魔だ。命をかけてまで助けるべきではなかった」
「ぜ、絶対嘘ですその言葉は!事情を知らないのに私を助けてくれたのならそれは純粋に人を守りたいという気持ちがあったからじゃないのですか?
 リックさんが冷酷な人間だったら私の命なんてどうでもよくて見捨てていたはずじゃ・・・命をかけてまで助けるべきではなかったなんて
 きっと偽りの言葉。あなたは悪い人じゃないです」
「なのは殿は故郷にいた頃の私を見てないからそんなことが言える。軍を司る者として時には仲間を見捨てる、もしくはわざと囮にして
 自軍の被害を最小限に抑えた事は何度もやってきた。その人間が冷酷でないと?悪人でないと?」
「そ、それは・・・リックさんが特殊な事情でそうしなければいけないからやったんだと思います。本当はその事実に心を痛めているはず、なの・・・。
 自分にもっと力があれば皆を助けたい、あなたはそういうタイプの人間に見えます」
「やれやれ、あなたは他人という者に対していささか好意的に見過ぎている。そのままでは私達と戦う前から負けます」
「・・・戦うんですか、リックさん達と?」
「お互い譲れないものがあってジュエルシードを集めているのですから薄々は感じていたでしょう?」
「命を助けてくれた恩人と争うのはとっても悲しいです・・・回避出来ないんですか?」
「いずれそんなことを気にする余裕はなくなります。そしてあなたも覚悟を決めて戦いに望むはず」
「でも私は・・・私は・・・」

 考えは巡り回り迷いを見せるなのは。
 精神的に達観しているフェイトと違ってなのははまだまだ青い。
 果たしてこの子の精神はこの先の戦いに耐えられるのだろうか?
 ・・・考えてももう敵同士だ。
 アトバイスを送る必要は無い、戦いの決意は自分でなんとか決めるべきだろう。
 遅くなったが宣戦布告の狼煙は上げられたのだ。

 首元に突きつけていたバイ・ロードの刃をなのはから遠ざける。
 そのままゆっくり現れる木の鞘に剣を包み込ませ脅迫状態を解いた。
 気を張り続けていたのだろう、剣をどかした途端少女の身体は地面に崩れ落ちた。
 バリアジャケットが解除されて地面に突き立ったレイジングハードが赤い宝石に戻って持ち主の手に収まる。

「なのは!?」
「スクライア殿、この子の治療を」
「言われなくても分かっている!なのはから離れろ!!」

 リックは黙ってなのはから遠ざかる。
 ユーノはそれを確認すると急いで駆け寄り治癒の光を施した。

 溜息をつく。
 宣戦布告したとはいえこの幼い少女を敵に回すには気が引ける。
 明確な敵意がないのだ。おまけに敵方の事情を考え、それを心配する。
 正直、最初に出会った時のフェイトやアルフ、プレシアの方がやりやすい。
 それに戦力は明らかにこっちの方が上だ。
 ジュエルシードを巡って戦った場合、どちらが勝利するかは決まっている。
 不謹慎だがなのは側にももうちょっと仲間がいて欲しいとおもう。
 お互い対等な条件で戦ったほうが気が楽だ。
 ・・・こんなことを考えている自分は甘いな。人の事はいえないか。
 未だに騎士として正々堂々戦いたいと願っている。
 アルフ殿にこの精神からくる矛盾で自分は押し潰されると忠告されているのに。

「よし、応急処置は施した。なのは、立てる?」
「う、ん・・・」

 立ち上がろうとするが足がおぼつかない。
 ふらふらと数歩歩きこむと地面の石につまづいて転びかけていた。
 なんだか最初のジュエルシードの怪物を退治した後、この子が家に帰ろうとした時の光景を思い出すな。
 仕方ない。

「失礼します」
「あ・・・」
「あ!なのはに何をする気だ!?」

 リックはなのはを抱え込んで歩き出していた。
 なのははそれに抵抗する気力も無くただリックの腕の中に身を任せていた。
 ユーノはこの男が何をするか分かったものじゃないと慌ててリックの足元を走り回って歩行を邪魔していた。

「スクライア殿、歩けませんからやめて頂きたいのですが。踏んづけてしまいますよ」
「うるさい!なのはを離せ!!」
「今はあなた達に害意はありません。一刻も早くこの子を休ませたいのでしょう?ならばこのまま運んだほうが安全だ」
「・・・よく分からないな。あなたはボク達に敵として対峙するのでしょう。それなのに今、なのはを助けようと正反対の行動を取っている」
「以前に私達三人はジュエルシードの怪物を退治した仲間です。その仲間の最後の好意ですよ」

 そのまま無言で三人は豪邸へと向かっていった
 共に戦った仲間の最後の温情は暖かさがあると同時に敵になる重苦しさが混ざって全員が複雑な心境であった。
 途中で両腕に抱えられたなのはがぼんやりした目でリックの顔を見上げていた。

「・・・やっぱりリックさんは酷い人じゃない、優しい人です」
「そう思っていられるのも今のうちです、その考えは早く捨てたほうがいい」
「捨てません、色々脅されて怖かったけどなんだかんだで心配してくれてる気がしますから」
「・・・困った子だ、どう見たら私をそんな風に見れるんですか?」
「にゃはは・・・」
「ちゃんと現状認識してください、笑い事じゃないですよ」
「やっぱり心配してくれてます」
「はぁ・・・」


















 月村家正面、その正面の庭で少女達がティータイムを楽しんでいる場所にて。

「なのは!?」
「なのはちゃんどうしたのその傷!?」
「うん、ちょっと転んじゃって・・・」
「それのどこが転んだ傷なのよ!?腕に酷い擦り傷を負ってるじゃない!!」
 
 なのはの友人、月村すずかとアリサ・バニングス。
 リックが抱えてきた友人の姿にその二人が何事かと血相を変えていた。
 すずかが急いで近くにいたメイドのファリンという人物に救急箱の手配及びメイド長を呼んでくるよう伝える。
 
「ちょっとあなた、何者なの?もしかしてなのはに何かやったんじゃないでしょうね?」
「ある物を賭けて決闘を申し込みました。結果、私が勝利してなのは殿は怪我を負われた」
「・・・ハァ!?」
「け、決闘・・・?」

 実際はフェイト殿が戦ったのだが私も最後には助太刀したのだから同じようなものだろう。
 事実を伝えると血気盛んな感じの金髪の少女、アリサがリックに詰め寄る。

「ふざけないで!なーにが子供に向かって決闘よ!!大体月村家の私有地に勝手に侵入して何やってたのよ!?」
「そうですね、泥棒さんでもやろうとしてたんでしょうかね?」
「適当な事言うな!なのはに喧嘩を吹っかけておいて・・・ただで済むと思ってるの?
 アタシが一声かければ怖ーい人達がアンタをボコボコにしちゃうわよ」
「ほう、どれくらい怖いのですか?楽しみですね」
「この・・・!舐めるな!!」
「アリサちゃん落ち着いて!」
「そうだよアリサちゃん・・・この人は色んな事情があって私と戦ったの。だから責めないで」
「こんな得体の知れない部外者の事情なんて知ったことか!この馬鹿なのは!!」
「あぅ」

 軽く頭をアリサにはたかれる。
 それに酷いよーと力なく笑うものの嬉しそうななのは。
 見てすぐ分かるな。
 この子に声をかける二人の少女はなのは殿とは良き関係だ。
 片方は友人を傷つけられた事に対する怒り、もう片方は引っ込みがちだが友人の怒りをなだめつつも静かに冷めた視線で私を非難している。
 根底にあるのは友情、か。この幼い年代でそれを築き上げられるのは素晴らしいことであり羨ましい。
 キングも友人関係だったという今は亡き信長殿とはこういう感じだったのだろうか?
 ・・・私はキングとはただ家臣の関係でありそれ以上の関係ではない。
 出来うることなら固い絆で結ばれた理想の王と家臣の関係でありたいものだ・・・。

「大変です大変です!とにかく大変なんです!なのは様が深い傷を負って・・・!!」
「落ち着きなさいファリン。メイドたるもの、常に冷静かつ優雅に振舞いなさい」
「恭也!なのはちゃんに怪我させた奴をこの館から逃がさないようにトラップフル活動させたわ!!半殺し、いや全殺しにしよう!!」
「やめろ忍!お前が本気出すとろくな事にならないから今すぐ停止させろ!!」
「えー」
「えーじゃない!!」

 館正面の門が大きく開かれる。
 そこからいますぐ戦闘に臨める態勢で飛び出してくる四人がいた。
 両手にブレードを装着して拳を握り締めるメイド二人。
 鋭利な爪を輝かせ腰を低くして飛び掛る姿勢を作る長髪の美女
 そして・・・見覚えのある男性が短い剣、確かJAPANでいう小太刀二刀を両手に持って構える。
 あのちっちゃいメイド、どういう説明したらこんな武闘派集団を呼び出すんだ?
 怪我の手当ての為の救急箱はどこへいった。

 おまけにトラップと思われる細長い棒が各地の地面及び館の外面から数え切れない程伸びてきた。
 先っちょに何かの発射台と思われる穴が空いた球体がついている。
 牽制射撃なのかそれとも試射したのか分からないがリックからみて右側から光の光線が足元に飛んできた。
 焦げ臭い匂いを発して草が燃えて黒い煙を出している。
 ・・・もしかしてとんでもない場所に踏み込んでしまったか?

「夜の一族の科学力は世界一!このままケチョンケチョンにしてやるわよ!!」
「だからよせ!目の前の男の近くにはアリサちゃんとお前の妹のすずかちゃんがいるんだぞ!!
 おまけになのはは敵の術中に落ちて・・・む?」
「・・・参りましたねこれは」

 リックが苦笑いをする。
 なのはの肉親、高町恭也も気づいたのだろう。この場をどうするべきか迷っている。
 現状では多分彼がこの殺気立った場で話が通じる人物だろう。
 今は争う気はないのだから停戦すべきだ。

「なのは殿の手当てをしたい。剣を収めて場に平穏をもたらしませんか?」
「・・・分かりました、なのはは大切な妹だ。いかなる理由があったにせよあなたの行動は今は不問としましょう」
「ちょっと恭也!あいつを私の家に入れるつもり!?」
「そうよ恭也さん!なのはに傷をつけたやつなんて信用出来ない!!ここにマシンガンあったら蜂の巣にしてやるとこよ!!」
「似たようなのあるから貸そうかアリサちゃん?」
「お姉ちゃん!問題を煽らないで!!」
「ゴホン・・・とにかくなのはの手当てと保護をするためだ。それに彼とは面識があるから安心しろ。後、あの人は剣を抜く等という敵意をこちらに示してない。
 その礼儀にいちゃもんつけるなら赤っ恥だぞ。皆落ち着くんだ」
「なのは様を傷つけた時点ですでに敵意を示しているような気がするんですが」
「ファリン、余計な事を言って事態をややこしくするのはやめなさい」
「す、すみませんノエル様・・・」
「あ~あ、せっかく改造に改造したトラップちゃんのお披露目だったのに。ダブルロケットパンチとかファリンの性能も試す機会なのについてない」
「忍、時々お前のそういうとこについていけなくなるからやめてくれ・・・」












「どうぞ、紅茶です。よかったらケーキもいかがですか?」
「いえ、お茶だけで十分です。ありがとうございます」

 月村邸のある一室にて。
 そこでリックは恭也と忍、二人と向かい合って話をしていた。
 メイド長のノエルは三人に紅茶を配り、邪魔にならないように忍の側に立つ。

 リックによって運ばれたなのはは怪我の手当てをして別の部屋で静かに眠っている。
 身体的に問題はないが精神的な消耗が激しい。
 フェイトとの慣れない魔導師同士の戦いで意識が飛んでいてもおかしくない状態なのに今まで
 気絶することなく自我を保っていたがこの屋敷に入ると安心したのか眠りに入ったのであった。
 不屈の精神というべきか、やせ我慢というべきか・・・。
 アリサやすずかは友人の心配をして看病している。
 
「改めて名前を名乗りましょうか。俺は高町恭也と言います。そしてこっちは・・・」
「恭也の内縁の妻の月村忍で~す」
「真面目に名乗れ。内縁の妻じゃないだろう」
「・・・私はノエル・綺堂・エーアリヒカイトと申します」
「リック・アディスンです。よろしく・・・というわけにはいきませんね。この場合は」
「確かに。以前なのはを救ってくれた時は感謝しましたが今回はその逆だ。なぜ俺の妹に害を為したのです?」
「なのは殿は私にとって邪魔な存在となった。それだけですよ」
「随分直球な答えだ・・・あのなのはがあなたほどの武を誇る方にとって何故邪魔な存在に?想像出来ない」
「ある物を集めているのです、それはなのは殿から聞けば分かるとは思いますが」
「ふむ・・・」

 気難しげに、そして顔を険しくしていく恭也。
 腕組をしながら考えを巡らしこの男が今、どのくらい危険かを推し量る。

 なのはのやつめ。
 最近、隠し事をするのが多くなったりやたらと外出が多くなったと思ったらこの男に関する事が原因か?
 なのはとリックという男、互いに何をやっているかは分からないが危険性を帯びている。
 特に俺の目の前の男、初対面では敵意といったそういうやばいものを感じなかったが今は少々違う。
 邪魔する者がいるならば少々痛い目を見てもらう。
 そういう気配が漂っている。
 温厚そうな顔をしているが見た目とは裏腹に黒い。
 予感だか・・・この男になのはが関わり続けていたら斬られる、冗談抜きで。
 今回は手加減してくれていたようだがこいつは一度本気を出せば周りにいるどんな人間だって一瞬で斬り伏せる鬼だ。
 まだ御神の剣士として若造である俺がこんな判断を下せるんだ。その実力と剣の使い手としての資質は計り知れない。

「今後も私はそのある物、正式名称はジュエルシードといいますがそれを集める。それでまたなのは殿が妨害してくるならば我が剣を持って打ち払う」
「そうですか・・・なら」

 恭也は席から立ち上がり、近くのテーブルに置いてあった小太刀の一振りを鞘から抜きその刀をリックの目の前に突きつける。 

「俺はなのはの剣となってあなたの目の前に立ちふさがる」
「・・・何故です?普通ならなのは殿に私に関わるのをやめさせるように進言するべきですが。命を落とすかもしれないと
 説き伏せる行動をしないのですか?」
「俺だってそうしたいところなんだが・・・我が高町三兄妹はそれぞれが頑固者でな。一度決意を決めたら最後、何を言っても止められない。
 多分だがなのはもなにかしらの目的、ちゃんとした意思があって動いてるはずだ。なら、サポートに回って被害を最小限に食い止めるしかない」
「厄介な兄妹ですね・・・面倒くさいことこの上ない。痛い目にあっても知りませんよ?」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返しましょう」

 恭也が小太刀をしまい、元の席に座る。
 そして注がれていた紅茶を一口飲んで一息をつく。

 内心では恐怖で震えている。
 この男に勝負を挑むなど愚の骨頂だ。今の俺が戦ったら間違いなく破れる。
 だがこいつを放っておいたらなのはが危ない。
 もし、死んだりなんかしたら・・・以前父さんが病院で死の境を彷徨っていた時以上の悲しみが家に訪れる。
 それは絶対にさせない。
 例え無茶だと分かっていても守らなければいけない。兄としてなのはを・・・そして家族を。
 
「さて、話すべきことは話しましたかね」

 紅茶を飲み終わったリックが席から離れる。
 壁に立てかけておいたバイ・ロードを取り、その柄に吊るしてあった赤将の兜をスポーツバッグに入れる。

「帰るんですか?」
「ええ、次に会った時は敵同士です。あなたの剣士としての力量、どの程度か試させてもらいますよ」
「お手柔らかに頼みたいものですね、こっちとしては」
「それではリック様、この館の門まで見送りをさせていただきます」
「ありがとうございますノエル殿」

 話は終わった。
 恭也は立ち上がり男の後姿をじっと眺めていた。
 なのはは今まであの男の相手をして俺達に泣き言も言わずに戦ってきたのか。
 我が妹ながら賞賛に値するぞ。



 ・・・だが、実際の交戦回数は今回のを含めて二回しかない。
 おまけにその内の一回、八束神社での戦いは本格的に事を構えてないのではあるが。
 恭也はなのはが今まで幾度もなく激戦を繰り広げているという誤解をしていた。

「は~い、ちょっと待った」

 突如帰るリックの腕が掴まれた。
 後ろを振り返るとあの内縁の妻とかとぼけていた月村忍が笑顔で引き止めていた。
 ・・・いや、笑顔ではあるがわずかに身体を突き刺す冷たい感覚、殺気がある。
 何か穏やかではないな。

「なんでしょうか忍殿?」
「いや~あれですよ。あれ。リックさんがせっかくなのはちゃんに挨拶代わりの怪我をさせたのにこっちも
 なんかしないと失礼だと思いまして」
「おい、忍?」
「・・・忍お嬢様?」

 掴まれた腕に力が篭った。
 とっさにリックは振りほどこうとしたがそれが出来ない。

 とんでもない怪力だ。
 常人ならすでに骨を折られて粉々にされている。
 この女はやばい!!

「恭也は今のところは不問にすると言ったけれど私は納得できない!よくもなのはちゃんに怪我をさせたわね!!」

 もう片方の拳が顔面に向かってくる。
 逃げようにも手を拘束されている上に密着状態、しかも相手は人間ならざる力と速さを持っている。
 回避出来ない。
 ならば。

「はぁぁぁぁぁ!!」
「がは!?」

 拘束されてないほうの片腕で忍の服の襟を掴んだ。
 そして自分の身体を丸ごと後ろに飛ぶように倒れこみながら片足を忍の腹に突き刺す。
 腹部による蹴りによってリックの腕を掴んでいた忍の手の力が緩む。
 そのまま転がる力を利用して思いっきり片腕と片足に力を込めて無理矢理投げ飛ばした。
 出鱈目であるが巴投げに近い技だった。
 投げ飛ばされた忍は恭也のほうに飛んでいって受け止められるが投げ飛ばした力が強いせいで上手く受け止められず
 床に崩れ落ちた。
 その際にテーブルやら席やら多くの高価な調度品が壊れてしまっている。
 ・・・これは弁償したらどのくらいかかるのだろうか?

「ぐ・・・!まだよ!!」
「やめろ忍!あの男に本気を出させるな!!死ぬぞ!!」
「なによ恭也!?このまま黙って帰せっていうの!?」
「いいから言う事を聞け!」

 痛む腹を擦りつつもこちらに攻撃の意志を示し続ける忍。
 鋭い爪がこちらに向けられて臨戦状態だ。 
 さっきまで怪力で締め付けられていた腕が痛む。
 あのまま掴まれ続けていたら本当に腕を砕かれていたかもしれない。

 なのは殿を傷つけると恐ろしい連中が出てくるな・・・。
 あの神社での妖狐といい、この館の武装メイドと人間ならざる力を持つ目の前の女性といい。
 ひょっとして私達はとんでもない子を敵に回しながらジュエルシードを集めているのか?

「それではまた会いましょう」

 ノエルの横を横切り扉を通り抜ける。
 リックは一目散にこの館から逃げ出すことを決めた。
 これ以上こんな所にいたら何が出てくるのか分からない。
 用件は済ませたのだから一刻も早く帰らなければ。
 
「ノエル!そいつを逃がさないで!!」
「恐れながら申し上げます。リック様の戦闘能力は私の戦闘限界地を超えています。対処しきれません」
「諦めろ忍、相手が悪すぎる」
「い~や、絶対に諦めない」





 館を走っていくリック。
 玄関口までのルートを思い出しながら走るが迷路だ。
 この館はこんなに広かったのか?
 複数の部屋や曲がり口があって道を間違いそうになる。
 まぁ、とにかくフェイト殿等の元へ一刻も早く帰らなければ。
 敵にとっ捕まったとか誤解されそうだ。

 そんなことを考えながら次の曲がり角を曲がったその時だった。

「うわ!?」

 突如足元の床がぱっかりと開いた。
 慌ててリックは床が開ききる前にジャンプをしてトラップを回避する。
 床から穴になった場所を覗いてみると深淵、底が全然見えない。
 館内にまで罠を仕掛けているのかと呆れるリック、そこへ高笑いが館中に響き渡る。


 これはまだ序の口よリック・アディスン!!さぁ、忍ちゃんの数々のトラップから逃げ切れるかしら!?


「む!?」

 光の光線がリックの身体を掠めた。
 飛んできた場所を見るとそこには砲台がついたクレーンアームが複数天井から伸びてきているではないか。
 ガチャガチャと機械音を立てて狙いをこちらに定めて来ている。

「・・・どうやら本気だな、あの女」

 バイ・ロードを展開して兜を被る。
 しかしこの程度のトラップ、今まで踏破してきたダンジョンの罠と比べればまだ軽い部類に入る。
 本気で殺しにかかってこないトラップなど子供だましだ。

 クレーンアームを容易く撃破して再び駆け出そうとしたその時だった。
 今度は通路の両側の壁が迫ってきてリックを押し潰そうとする。
 咄嗟に前転して回避したが連鎖するかのように天井から大きな鉄球が頭上に落ちてきた。
 まるで回避されるのを予測されたかのように仕掛けられている。
 ギリギリのところで剣を斬り上げて一刀両断、割れた二つの鉄の塊が左右に転がる。

 前言撤回、子供だましじゃないな・・・







「で、最後になんでアナタが立ちはだかるんですかね・・・」
「うっさい!なのはに怪我をさせたアンタを許さないわよ!!」

 数々のトラップを突破してやっと辿り着いた玄関口前にはアリサ・バニングスが待ち構えていた。
 何やら武器らしき物を小柄な身体に抱えている。
 チューリップ?いや、違うな。
 大砲型のチューリップじゃなくてJAPANの人間が使う鉄砲に似ている。
 形状は大幅に違うが。

「アリサちゃん!危ないからやめて!!」
「そ、そうです!アリサ様に何かあったら私がメイド長に怒られます~!!しかもそのやばい武器を持ち出して!!」
「徹底的にこいつを叩きのめす為よ・・・それに忍さんからこのマシンガンの使用許可をもらったって事は殺れって合図よ」
「む、無茶苦茶です~!!忍お嬢様は何を考えているんですか~!?」
「考えても駄目よファリン・・・お姉ちゃんは一度火がつくと見境無しだから」
「さぁそこの赤いの!戦闘開始よ!!」

 アリサが持つ忍お手製の武器、子供用に小型化、軽量化されたマシンガンが火を噴いた。
 どういう原理か分からないが反動というものがないらしい。
 連続で銃弾が発砲される衝撃に振り回されることなく使いこなしている。
 腰溜めに撃ってきて辺りの物が破壊されていく様に思わず嘆息する。

「全く、物騒な物を」

 リックはすぐさま床を剣でくり抜いてそれを防弾障壁代わりにした。
 だが驚くべきことに連続で乱射される銃弾の一撃自体が強烈だ。
 瞬く間に障壁が穴だらけになって用途を為さなくなっていく。

 なんて武器だ。
 防壁代わりに切り出した床は斬った感じではそれなりの強度を持っていた。
 それがあっという間にぼろぼろにされていく。
 こんな殺傷性のある武器を子供に持たせるとは・・・忍という人物は恐ろしい。
 アリサという子にしてもそうだがそこまでなのは殿を傷つけた事が許せなかったのか。

「こそこそ隠れてんじゃないわよ!男なら正面に出てきなさい!!」
「・・・ではそうさせもらいましょうか」
「え?」

 すっかり穴だらけになってしまった障壁をアリサに向かって思いっきり蹴飛ばした。
 
「ふぎゃ!?」

 蹴飛ばした障壁は見事命中。
 顔面を強かに打ちつけたらしく少し赤くなっている顔の痛みをやわらげようと手で擦る。
 この仕打ちにアリサは怒りをさらに燃やした

 女の子の顔にこんなことするなんてあの男、絶対土下座させてサブミッション地獄の刑を与えてやる。
 アリサは再び銃を構えて狙い撃ちにしようとする、が。

「あ、あれ?」

 赤い男の姿が消えていた。
 目に見えるのは自分が破壊尽くした調度品と穴だらけにした床と壁。
 どうやらさっき障壁をぶつけてきたのは目眩ましの為のようだ。
 しかしアイツは一体どこに? 

「くっ!どこに消えたの!?」
「ここです」

 頭上からの声。鳥肌が立った。
 見上げれば剣を肩に抱えて振り下ろそうと落ちてくるあの男。
 かなり距離があったのにいつのまに頭を取ってくるなんてどういう運動能力しているのよ!?

 迎撃しようとアリサが銃を天井に向ける。
 だが思わぬ奇襲の為に上手くトリガーを引けず発砲出来なかった。

「せいっ!!」
「きゃあ!?」

 落下と共に剣が振り下ろされた。 
 迎撃は間に合わないと悟ってアリサは剣を防ごうと武器を横にして頭上に掲げる。
 だがそれは無力。
 銃は真っ二つ、武器を構成していた部品がバラバラになって床に転がっていった。
 無力化したのを確認すると剣を鞘に戻して戦闘態勢を解く。

「私の勝ちだ。子供がそんな危ない玩具を振り回すのは感心しませんね。あなたも女性であるならばそれ相応の振る舞いを・・・」
「い、イヤァァァア!!」
「へ?」

 アリサが地面に座り込んで顔を真っ赤にしていた。
 よく見ると・・・彼女の上半身の服から下半身のスカートにかけて切れ込みが入り肌が露出していた。
 服を斬られ正面の身体を両手で必死に隠そうとするが見えている肌色の面積が多すぎる。
 隠そうにも隠せない。

 しまった、手加減する力を見誤ってしまった・・・。

「・・・すみません、やりすぎました」
「やりすぎました、じゃないわよ!!エッチ!スケベ!変態!色情魔!エロ兜野郎!!」
「え、エロ兜野郎・・・」

 ちょっとだけショックを受けた。
 これは事故、事故なんだ。確かに私が悪いけどここまで言われると傷つく。
 だが、それにしても。

「ふむ」
「な、なによ・・・?」
「最近の小学生ってブラジャー着けているんですね、昔の世代の私としてはちょっとしたカルチャーショックです」
「アタシの裸を見た感想がそれかー!!」
「へぶ!?」

 そこら辺に転がっていた花瓶がリックの頭にぶつけられた。
 幸い赤将の兜のおかげで大怪我を負わずにすんだが衝撃でクラクラする。
 
 いや、だって小学生がブラジャーつけるなんて・・・おかしいですよね?

「責任取れ!!」
「な、何の責任ですか?」
「うるさい!とにかく責任取んなさいよ!!」
「え、えーと・・・じゃあ私の養子として迎えましょう。剣の才能はありそうに見えませんが第14代リーザス赤の将候補として鍛えますよ」
「どういう責任の取り方だ!?誰がアンタの養子に入るか!!何よリーザス赤の将って!?」

 そんな問答をしているところへ念話が入った。

(おいリック!帰りが遅いぞ、なにチンタラやってんだ?)
(アルフ殿、もうちょっとしたらなんとか帰れますので安心してください)
(なんだ、何か面倒臭い事になってんのか?)
(まぁ、ちょっとだけ・・・)
(まだるっこしいなぁ、よし。アタシが乗り込んで解決しよう)
(いや、あなたが来たら余計に・・・)
(もう遅い、お前がいる館の正面扉にいるぞ)
(ちょ・・・お待ち下さい!?)

「ちわーっす!奥さん米屋でーす!!」
「ぷぎゅ!?」
「あ・・・」

 爆砕開門。
 アルフが大声と共に玄関正面扉を蹴破り館に侵入してきた。
 蹴破られた扉の破片が舞って散らばっていく。
 謎の侵入者にすすか達は何事かと驚く。

 そしてアリサは・・・蹴破ってきたアルフの足に扉の大きな破片ごと身体を押し潰されていた。
 か細い声で何か言っているようだが分からない、ただ理不尽な現実に罵倒、抗議でもしているような気がする。

「あーあ・・・」
「ありゃ?もしかして間が悪かった?」
「いえ、ある意味では助かりました。この子との問題を後回しにしただけかもしれませんが」
「よく分からんが無事でよかった。さ、帰るぞリック」
「承知しました、今回は疲れたなぁ」
「それ、前も言ってたぞ」
「・・・言われてみれば確かに」

 とりあえずなのは殿は恐ろしい人達と交友関係を持っているのは分かった。
 子供でありながら人徳というものを備えているのかな・・・。
 なんにせよ現れる敵は撃破するのみだ。
 まぁ、殺さない程度に倒すとしよう。

 アルフとリックは月村邸から出てそこを後にする。
 走っている二人の後ろに向かって少女の大きな声が一言。

「覚えてなさいこのロリコン野郎―――!!」


「・・・お前、あの屋敷で何したんだ?」
「ちょっとした事故がありまして・・・ってアルフ殿、何ですかその目は?」
「フェイトに手ぇ出したら殺すぞ」
「私に幼女趣味はありませんって」
「へいへい」
「信用して下さいよ・・・」










「やっと手に入れたね二人とも」
「おう!やったねフェイト!!」
「おめでとうございますフェイト殿」

 ジュエルシードを入手した事により三人は気分が高揚していた。
 その記念としてささやかながら料理が豪華になっていた。
 アルフがジュースの缶を開けてぐびぐび飲んでプハーっと息を吐いていた。
 ・・・一仕事終えた後の酒飲んでいる親父みたいな行動だ
 フェイトは微笑を浮かべながら嬉しさを噛み締めている。
 手に取ったジュエルシードを大切に胸に抱きしめて。
 この子の本来の笑顔なのかな、初めて見たような気がする。

 そんな二人の様子を見ながらリックはステーキをフォークとナイフで器用に切り取って口に運ぶ。
 うん、温かくてやわらかくて美味い。久しぶりに肉を食べたという感覚にとらわれる。
 戦場じゃまともに食べる機会が少なかったからなぁ。
 こういう日常で食べる食べ物がとても恋しく感じられてより一層美味だと舌が感じる。

「嬉しそうですねリックさん」
「え、そう見えますか?」
「はい、見えますよ。意外と表情が顔に出るんですね」
「うーん・・・私が帰る手段の為の物がやっと手に入りましたからそのせいかもしれません。
 後、料理が美味いというのもありますかね」
「・・・でしたら私の料理を半分あげますね」
「あ、いや、それは辞退します。子供から料理をたかるのはちょっと」
「いいんですよ。元々私は少量しか食べれませんから」
「ちゃんと食事を取らないと身体に悪いですよ」
「フェイトー、無理にとは言わないけどアタシの作った料理食べてくれると嬉しいよ、それに今日は腕を奮って作ったんだし」
「・・・それじゃあ食べて食いきれなかったらリックさんかアルフ食べて」
「んーまぁそれならいいか」
「無理に食事を取るのも身体に悪いか、分かりましたフェイト殿」
「リック、お前用に酒とか買ってきたんだが飲む?」
「いただきましょう」
「酔っ払って暴れんなよ」
「ちゃんと節度を持って飲みますよ」

 冷蔵庫に入っていた缶ビールが手渡される。
 フタを開けて冷えたビールを少し一気飲み、一息をつく。
 うーむ、世界は違えどこういう大衆向けのお酒の味ってちょっとしか変わらないんだな。
 美味さはなのは殿の世界のほうが上かもしれないが。
 もう一口、酒を飲む。やっぱり美味いな。 

「おー全然酒飲めなさそうな顔をしてんのに結構飲むなお前」
「以前は任務上に支障が出ると思ってお酒を避けていたんですがある人のおかげによって結構鍛えられましてね。
 最初こそお酒の味に慣れませんでしたが徐々に美味しさが分かってくると飲むようになりました。流石に戦時中は飲みませんが」
「ふーん、私も一口いいか?」
「未成年は飲んじゃ駄目ですよ」
「固いこと言うなって」

 そういってリックが飲んでいた缶ビールを取ってグビグビ飲みはじめるアルフ。
 間接キスになっているんだがこの人はそういうの気にしない性格なんだな。

 そして飲み終えると微妙な顔をしていた。

「うへー苦い・・・これ、お前にとって本当に美味しいのか?」
「慣れればその苦味もまた美味しさの一つなんですよ。アルフ殿はまだまだ子供ですからしょうがないです」
「年上とはいえその童顔の顔で言われるとなんか悔しいなー」
「ははは」

 笑ってもう一缶開けて飲む。
 久しぶりに解放された感覚だ。こうやって平和にお酒を飲むのは心地いい。
 元の世界の仲間もここにいれば賑やかで楽しいだろうな。

「リックさんとアルフ、何だか仲良しですね」
「はて、そうか?」
「ここ最近はアルフ殿とよく会話してたからそう見えるんじゃないんでしょうか?」
「そうなんだ・・・うん、とってもいいことだね」

 ジュエルシードが見つからないこの数日間、よく暇を見つけては二人は話をしていた。
 内容はお互いの抱えている不満や悩み、その相談だった。
 リックは故郷に帰れない、一刻も早く戦線復帰したいがそれが出来ないジレンマや戦争で起きた出来事の悩み。
 アルフはフェイトの今までの身辺状況に対する悩みや愚痴、そしてテスタロッサ親子の関係に関する事で
 どうやったらフェイトが今までの努力が報われて自然に笑ってくれるようになるかという話だった。
 リック自体の悩みはジュエルシードを集めれば何とかなるし、戦争の悩みはリックの精神の強さもあって話すことで幾らか解決できた。
 問題はアルフであった。
 フェイトに関する事柄は思った以上に暗く根深い。
 愚痴を聞いてはなんとか相槌を返すもののプレシアの話題が出てくると一気に重苦しくなる。
 テスタロッサ親子の関係にはどうやっても現状のリックとアルフでは解決出来ないのだ。
 アルフはリックに話した所で解決方法が無いのが分かっている。
 だが、話さずにはいられないのだ。自分の苦しみ、葛藤を誰かに聞いて欲しい・・・。
 アルフもある意味フェイトと同様プレシアに蝕まれている。
 リックはとにかくジュエルシードを集めて新たな状況を打開するしかないと言ってアルフの心に活力を与えようとするが
 今までのプレシアのやり方を見ている影響なのか効果が薄い。

 どうしたものか・・・元の世界に帰ることを第一にと考えていたがこの二人を見ているとそれが揺らいでしまう。
 別の世界の住人の問題なのに、その問題に首を突っ込む暇はないはずなのに。
 私はこの人達を救いたいと思っている。


「・・・」

 レイラさん、申し訳ありません。
 あなたの仇を取るのに遠回りの道をとってしまいます、許してください。
 キング、魔人戦争という人類の命運をかけた戦争にしばらく加われない事をお詫びします。
 騎士として二君に仕えることは許されない事ですが今の私はこの二人の力になりたい。
 出来うる事ならハッピーエンド、幸せに大団円でこのジュエルシードに関する冒険を終わらせたい。
 剣士として血塗られた道をこの世界でも歩んでしまうかもしれませんが・・・。


「フェイト殿、アルフ殿」
「・・・はい?」
「なんだ?」
「このリック・アディスン、リーザス王国軍赤の将の名にかけてあなた方が願い求めるものを叶えさせる事を約束します。
 あなた方二人が本来の笑顔で笑っている姿を見るために。そのために私はこの剣を取り邪魔するものは斬る」

 バイ・ロードを手に取り、鞘を横にして顔の正面に構える。
 そして鞘から少しだけ剣を抜き赤い光の刃を見せて意志を示す。

 そのリックの行動に二人はちょっと呆然。
 そして少しずつおかしさがこみ上げて笑い出していた。

「な、なぜ笑うのです二人とも?」
「だ、だってリックさん大真面目な顔で恥ずかしい台詞を言うから・・・」
「全くだ、突然何を言い出すかと思ったらくさい言葉を言うんだ。聞いてるこっちが恥ずかしい」
「う・・・」

 自分の発言した言葉を振り返る。確かに恥ずかしい。
 私は数々の戦場と街を血で染めた薄汚れた騎士なのに何言ってるんだろう。
 こんなこと言える真っ直ぐな人間じゃないのに。

「でもリックさんの決意は大事に受け取ります。ありがとうございます」
「同じく。しかし余所者のお前が無理にそこまでする必要はないよ。限界だと思ったらやめろよ」
「いえ、やめません決して」
「この堅物め。まぁいいか、その決意に免じて肉を一切れやろう」
「私からもステーキをプレゼントしますね」


 そうしてフェイト達三人の夜は更けていく。
 ジュエルシードを巡るリックの戦いが本格的に始まる。
 この先、赤い死神の前にはどんな敵が立ちはだかっていくのだろうか?
 そしてテスタロッサ親子を取り巻く闇を打ち払うことはできるのだろうか?
 
 歴代の赤の将を守ってきた赤将の兜、バイ・ロードは静かに鎮座してリックを見守っていた。





























 後書き

 更新大幅に遅れてすみませんでしたorz
 原因はストーリー書いてる途中で物語をちょっとだけハッピーエンドに終わらせたいと考えたのが発端で。
 ハッピーエンドの為にシナリオちょっと修正→アレ?少しおかしくなったぞ→もう一回修正→さらにおかしくなったぞ?
 →さらに修正→ギャアアアシナリオ破綻!!キャラ設定も無茶苦茶!?いや、元からそうだけど。
 おまけに座っている姿勢が長く続いて尻痛めたり、PCクラッシュでデータ吹っ飛びかけたり焦りました。

 今回はなのはがディバインバスター覚えるアニメ第三話を省略しています。
 スタートダッシュの第一話第二話はともかく第三話は話を書く上で余計な部分だと思ったので。
 それといつまでも横道に逸れないで本格的になのはとフェイトが事を構えて話を進行させたかったというのもあります。
 というわけで数日後→いきなりアニメ第四話からスタートという展開に。(第三話で手に入るジュエルシードはちゃんとなのはがこっそり取っています)

 月村邸が刻○館よろしくトラップハウスになってたり忍が暴走しすぎてしまいました。ちょっとだけ反省。
(それに忍って戦闘特化じゃなく知能特化した珍しい夜の一族だから強く書きすぎたかも?)

 しかし・・・話を書き続けていると何か言ってることが矛盾している場所が出てきて大変です。
 前回の話と照らし合わせながら書いているのですがそれでも知らないうちに出てきちゃって・・・
 書いてるうちは正しいと思っている→後になってチェックすると間違っている。というのがきついっす。

 リックの目的がだんだん変な方向に行き始めています。
 元の目的はジュエルシード集めて元の世界へ帰還からジュエルシード集めつつテスタロッサ親子の問題解決。そして元の世界へ帰還と変化したわけですが
 上手くいくかなー・・・。
 そしてちゃんと話完結できるかなーorz
 更新遅くなってしまったし・・・

 ランス側の話も合わせて書いていこうと思っています。
 ランスシリーズのキャラクターがやっぱり好きですからリリカルなのは側を食わないように注意して書きたいです。
 ・・・本気カミーラにランスが一騎打ちってランスを強く書きすぎたかな?でも戦闘を怠らなければレベルはすごい上がってるだろうし、うーん。

 色々と反省点があると思いますがこれで。読んでくれてありがとうございました。




 それとアリサ・バニングスには決して恨みはありません。アレは事故だったんだよ・・・



 


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