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[28778] 【習作】久しぶりにFate/extraやったらおもしろかったので(stay night×extra)【こっそり継続】
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:c7bf3ef4
Date: 2011/09/06 02:22
久しぶりにextraやってるうちに思いついたFate本編とのクロスSSです。
このネタは既にやられてるかと思ったんですが、これというのが見つからなかったので自分で書いてみました。
hollowとのクロスはそこそこ見かけるんですけどねー。
第五次聖杯戦争とは設定的に難しいんでしょうか。
ともあれ思いつきのプロローグ、楽しんでいただければと思います。




――――――――――――――――――――――――

 ―― そこは高く遠い月の海。
 空に浮かぶ玉座を見上げ、私は空へ落ちて(沈んで)いるのだと理解した。

 遠くに詠唱が聞こえる。
 耳を傾けるまでも無く滑りこんでくる呪い(まじない)の言葉。
 転がり落ちるその道程、私は私を思い出す。

 手足が動かない / まだそんなものは無い
 息が出来ない / まだその機能は無い
 私は誰であったのか / まだ知る必要は無い
 私の願い(おもい)はなんだったか / そんなもの、思い出すまでも無い

 落ちる、堕ちる、墜ちる(沈む 沈む 沈む)
 重力に囚われる。もう後戻りは出来ないと知らされる。
 同時に、世界に満ちる法則に従って、急速に形作られる私自身。

 天に届きそうな空の下(海の底)、透き通るほど青い月光を浴びて。
 ――私は、再び生を受けた。
 
          ●

「―――かんっぺき……! 間違いなく最強のカードを引き当てた……!」

 ああもう、視界が戻るのがもどかしいっ。
 あと数秒で目が回復して、そうすればもう目前には召喚されたサーヴァントの姿が――――――あった。

「よっし、狙い通り―――……?」

 まず見えたのは赤。身にまとう真紅のドレスは否応なしに目を引きよせる。
 これは別にいい。
 次に金髪翠眼のその容姿、小柄な体躯。
 イメージとは違うが、まあ許容範囲内。
 戦う為の存在としてはやや力不足にも見えるが、それでも規格外の存在だという事は言わずもがな。
 辺りに散らばる、見覚えの無いもの。
 ――― そして腕に抱かれた長い髪の、女の、子……?
 
穂群原(うち)の制服……!?」

 頭がこんがらがる。
 見慣れた制服は、今この場においてあきらかな異物だった。
 地獄に仏――、は違うにしても、存在する世界を間違えているような、そんな感覚。
 けどいつまでも呆然としている訳にもいかない。
 とにもかくにも、この来るべくして来た相棒に挨拶の一つでもしようかと思い、

「――――ッ!?」

 上方からの爆発音。
 具体的に言えば天井越しの地上部分。
 ……すなわち、わが家のリビングからである。

「ああもう、ほんとなんだってのよ―――!」

 階段を駆け上がり、リビングへ通じるドアへ手をかける。
 ―――が、開かない。
 ぎしぎしと抵抗する扉は、二秒で見切りをつけた。
 現状から考えれば、十分すぎるほどの猶予だと思う。

「とっととどけ――………!!」

 魔力のうねりと、華麗な蹴りで吹っ飛ぶ扉。
 散らばった木片を抜けて、飛び込んだ先には――、

「まったく、騒がしいな……と。む……?」

 白髪男が瓦礫の山でふんぞり返っている。
 瓦礫は元うちの家具だったもの。
 一体どんな趣味だと疑いたくなる。というか痛くないのか、あれ。

「……………」
「……………」

 しばし無言で見つめ合う。
 赤い外套に褐色の肌、白い髪。
 そして服の上からでも分かる程鍛え上げられた身体。
 その男は、さっき開きかけた口を閉じてからむっつりと黙りこんでいる。

「………あんた、サーヴァント――……?」
「その通りだが――。なんだ、君が召喚主では無いのか?」

 沈黙を破った問いかけに、男は眉をひそめて返答する。
 ――まったくもって馬鹿らしい。こいつが人間じゃないなんて、一目見た瞬間から理解できている。
 重要なのはそこじゃなくて――、

「召喚主……、ってことはあんた、今召喚されたの?」
「それ以外にいつ召喚されるというのかね。それとも何か、君は冗談半分に儀式をやった類の人間か? まったく、興味本位で参加したマスターとは、ついてない――――」
「違うわよ! いや、マスターなのは違くないけど………」

 これ見よがしに溜め息を吐く白髪男に、噛みつかんばかりの勢いを見せる私。
 そう、今重要なのは、こいつが私のサーヴァントかどうかじゃない。
 ――――この男が私の喚んだ存在(もの)だというのなら、地下室に現れたあれは、一体なんだ――――?

「ふむ、随分と前衛的な内装だな。これは破壊と再生の象徴か? しかし一時(ひととき)羽を休める場も無いとは、いささか無粋に過ぎると思うが」

 ―――そうして、何事も無いように現れる元凶(女の子たち)
 わからないことだらけの中、魔術師としての自分は瞬時に反応した。
 自分のパスが白髪男に通じているのを確認。
 振り向きながら跳び、男には近づき、女子二人とは距離を取る。
 同時に家の仕掛けへ接続開始(アクセス)
 壊れたのは内装(表面)だけ。
 (魔術師)の領地としての機能は十二分にある――――!

「む、その子は怪我でもしているのか? 見た所、外傷は無いようだが」
「召喚時の余波にあてられたのかもしれぬ。なに、心配はあるまい。しばらく休んでおれば目も覚めよう」
「とはいえ横にした方が良いだろう。少し待っていろ、簡単にだが、場所を確保する」
「うむ、よきにはからえ」

 ………だというのに、一体何をしてるのかコイツらは。
 白髪野郎は二人へ歩み寄ってはてきぱきと辺りを片づけ、相手も当然の様にそれを受け入れている。
 聖杯戦争はサーヴァントとマスターが命をかけて戦い合うものじゃなかったのか。
 それともこいつらが輪をかけて能天気なだけか。
 だとしても、世話を焼く方も焼かれる方も、様になっているのがなんというか―――、

「あんた私のサーヴァントでしょうが――――!!」
「静かにしたまえ。大した事は無いとはいえ、怪我人が居る前で騒ぐのは感心しないぞ」
「んなこと言ってる場合か! 目の前にサーヴァントが居るっていうのに何やってんのよ!」
「何ともやる気に満ち溢れた言葉をありがとう。だとすると君は、私が飢えたケダモノの如くこの二人に襲いかかった方が良かったとでも?」
「―――そんな訳ないでしょう。もしそんな事したら、私があんたを叩き落としてたわ」

 それはもう、これ見よがしに溜め息を吐いてやってから、

「私が言いたいのは、相手のサーヴァントに不用心に突っ込むあんたの能天気っぷりを直せってことよ」
「…………ふっ」
「あ、あんた今鼻で笑ったでしょ!?」
「いやいや、ありがたい忠告感謝する。確かに不用心だった、以後気を付けるとしよう」
「しかし今回に限ってはその心配は無用だ。このサーヴァントはイレギュラーだからな。あの場で私と戦うよりは、己のマスターを優先すると考えただけだ」
「イレギュラーって……、それ、むしろあんたの方だと思うんだけど?」

 そもそも何でそんな事が分かるんだ、と疑念を込めて見返してやると、
 やれやれと言わんばかりに肩を竦めて、

「まあ私もある意味イレギュラーであると言えるか。もっとも、私はここの聖杯に導かれた身でもあるから、そうでないとも言えるのだが―――」
「ともかく、君の不出来な召喚のおかげで私達が呼ばれたという訳だ。同じ場所に繋がりを持つが故か、同類かどうかは感覚で分かるのでね」
「馬鹿な事言わないで。今回の召喚術式は完璧だった。詠唱なんか間違える訳も無し、材料も、時間も、最高の条件で………、さいこうの、じょうけん、で……………」

 ………アレ、ケサナニカアッタヨウナ。
 ふと、居間の時計を見る。
 幸いにも形を保っていた柱時計の時間は午前2時を少し回った所。
 そしていつも正確にしてるはずのそれは、ちょうど今日に限って1時間はやい――――、

「うぁ………、またやっちゃった」

 もうつくづく嫌になる。
 なんでこう、大事な場面に限って失敗をするような呪いがうちにあるのだろうか。
 ―――しかしいつまでも頭を抱えている訳にもいかない。
 イレギュラーだかなんだか知らないが、ここに聖杯戦争の参加者が二組揃っているのは確かなのだ。
 いくら家の中とはいえ、このままでは休む事も出来ない。
 ……一度大きく深呼吸。
 まずは味方のはずの、厭味ったらしいこの白髪頭を何とかしなくては。

「とりあえずあんた、クラスを教えなさい。呼ぶのにも不便だし、戦術もたてなくちゃいけないんだから」
「おや、一人前にマスターのつもりかね?」
「―――――は?」

 ギギギと軋んだ音でもたてそうな首を回して相手を見る。
 やばい、くらくらしてきた。

「サーヴァントどころかマスターまで召喚する常識外れっぷりは素直に感心する所だが、敵も味方も分からない連中を連れて来るようでは三流もいいところだ。
 今回は向こうにやる気が無いようだから良かったものの、普通だったら君は既に殺されていてもおかしくない所だぞ」
「ぬ―――、ぐ―――」

 ああもう腹が立つっ!
 ………が、全くもって正論なのでぐうの音も出ない。
 いくら条件が揃っていなかったとはいえ、"余計なものを喚ばない"のは召喚における基本中の基本。
 余計なものが来れば良くも悪く(天使でも悪魔で)も面倒事が確定する。
 故に、意図したもの以外を呼び出すなど、三流どころか素人と言われても仕方のないレベルなのである。

「何、じゃあ私はマスター失格ってわけ?」
「そう言いたいのはやまやまだがね、生憎と私の魔力は君から供給されているようだ。それにこの状況で君に死なれても寝覚めが悪い。少なくとも、状況が一段落するまでは協力しようじゃないか」

 全くもって遺憾だがね、と続ける男。
 ―――しかしそれにしたって傍若無人すぎるだろう、これ。
 それにこいつ、結局聞いた事に答えてないし。

「余計なお世話よ。それより、あんたは、いったい、なんのサーヴァントなのかって、聞いてんのっ!」
「―――やれやれ、私が何のサーヴァントなのかなど大したことではないと思うがね。別段変わり映えのしない弓兵(アーチャー)だよ」
「アーチャー? なに、あんたセイバーじゃないの?」

 ――アーチャー。聖杯戦争に呼ばれる英霊の中で、俗に三騎士と称されるクラスのサーヴァント。
 七つのクラスの中では優秀とされる部類である。
 特に私自身の方針的に、キャスターやアサシンを喚ぶよりかは勝算も高い。
 高い……、のだが、やっぱり費用対効果としては残念賞と言わざるをえない。

「あれだけ宝石使ったのになー……。ま、召喚自体が片手落ちだった訳だし、高望みも良くないか」
「―――ふん、セイバーでなくて悪かったな。そんなに不満なら、君が喚んだもう一人にも聞いてみたらどうだ?」
「――――――」

 いや、なんというか。
 こんな事でふてくされるなんて意外と子供っぽいというか、さっきまでの態度には似つかわしくない。
 ……実は、案外まともな奴なんだろうか。

「む、どうした?」
「………ううん、別になんでも。それと、不満かどうかはともかく、あっちにも話聞かなきゃいけないのは確かね。―――あれ、大丈夫なのよね?」
「君が余計な事をしなければ、まあ大丈夫だろう。―――おかしな話だが、その辺りは妙な確信がある」
「期待しないでおくわ。せいぜいがんばって私を守ってちょうだい」
「無論だ。約束をした以上、君の安全は保障する」

 ―――いや、本気でなんていうか。
 あんな態度でした約束とは思えないほどの真摯っぷり。
 しかも本気で果たそうとしてるあたり、まともどころか相当なお人好しである。

 ……などと、そんな事を考えているうちに女の子二人の下へ。
 まあ部屋を横切っただけなのでさっきまでの話は丸聞こえだったろうが、こちらも隠す気は無い。
 敵意が無いと伝わればよし、準備不足を好機と仕掛けて来るなら叩きのめしてお(かえ)り願うまで――――!
 
「話はもう良いのか? ふむ、では次は余の番だな。今一度出会えたこの運命(さだめ)、余は心からの言葉をもって祝賀に変えようぞ」

 赤いドレスの少女(サーヴァント)は、鷹揚な仕草で両手を広げ、満面の笑みを浮かべると、

「―――凛よ、再びそなたに出会えた事、余は大変嬉しく思う。この想い、いかな装飾を用いても全てを伝える事は不可能であろう。
 しかし、ウロボロスの描く環を超えて、余と余の奏者を導いてくれた事に、―――今はただ、感謝を」

 ―――そうして。
 この夜、私の聖杯戦争は幕を開けた。
 私の喚んだ、二人のサーヴァントと、一人の少女と共に。



[28778] 【細かい事は】勢いで設定資料集買ったら面白かったので【決めて無い!】
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:c7bf3ef4
Date: 2011/10/17 02:40
感想で続き欲しいとか言うから書かざるをえなかったじゃないか! 何て事してくれるっ!!
……嘘ですごめんなさい。貰った感想何度も見直してニヤニヤする様な奴に感想くださった皆様、ありがとうございます。続き読みたいとかマジありがてぇ。
でもホントは本編とExtra両方の設定をちょっと紹介する感じのつもりだったんだけどなぁ……なんでこうなってんだろ?
これからの予定は未定です。折角なのでExtra勢をどばどば出したいんですが、一人二人ならまだしも、ほぼ倍に増えるとなると召喚する方法が無い!
明らかに出せないのは除くとしても多いですから、どうしたものかと考えておりまする。たくさん出すのは無理かなぁ。むむむ。
後はビジュアルファンブックのExtraアサシンの老年期がやばいほどツボだった事とか。見た目は完全に中国マフィアのそれですが。

ああもう前置き長いですね。そろそろ本文行きましょう。
それでは楽しんでいただければ幸いです。




――――――――――――――――――――――――

 ―――眩しい、と、そう感じて目が覚めた。
 ぼやけた意識を手繰り寄せ、ようやく、ここはどこだろう―――、なんて疑問を引っ張り出した。

「――――――――――」

 けれど身体も心も、私を置いてけぼりにして眠っている。
 魂だけが放り出されてしまった感じ。
 私は考える事も出来ないまま、ふわふわと漂いながら辺りを眺め始める。

「―――? ――――――!」

 ……誰かが、何かを言っている気がする。しかし、身体と繋がっていない私は聞く事も理解する事も出来ない。
 それに魂が抜けて生きていられるはずもなし、このまま死んで(生まれずに)終わるのかと、そう思った時、

「―――――! ――――――――――――――――、―――――――――――――――――――!!」

 傍に居る誰かが、勢いよく動くのがわかる。
 何はなくても危ないという事だけはわかってしまうが、こんな状態の私には何もできない。
 眠ってた諸々は本能の警告に目を覚まし、慌てて(のろのろと)用意を始めるがもう遅い。

「――――――――――――!!!」
「~~~~~~っっッッ!?!?」 

 振り下ろされた一撃はこれ以上ないほどクリーンヒット。
 ……情緒なんて欠片も無い。
 浮いている感覚など吹き飛んで、身体を丸めて縮こまる。
 
 胸が痛い。
 呼吸が止まる。
 涙があふれる。
 喉は咳き込んでひりひりする。

「ぁ―――――――――けほっ」

 ああ、でも、
           感覚は繋がっていた。
           息が出来る事を思い出した。
           心は私の中にあり、
           まるで思い切り泣いた(産声を上げた)後のようだった。

 ――― そうして、私は痛みと共に目を覚ます(生まれ落ちる)
 状況は何もつかめないまま、それでも抱きしめられる喜びは身に染みた。
 
          ●

 しばらくして落ち着いてくると、ここまでの記憶が戻って来る。
 すなわち聖杯戦争の記録。
 月における生存競争、その顛末を思い出した。

「あの、セイバー、私どうなって、――っていうか、苦し……」
「おお、すまぬ。つい嬉しくてな」
「それは私も、……けほ、まだなんか苦しい………」
「うむ、余が思い切り叩いたからな!」

 ようやく頭を離してくれたセイバーは、胸を張ってそう答える。
 ―――えっと、何言ってるんだろうこのヒト。

「少しばかり危なかったのだぞ? どういう理屈かは知らが、(ソフト)身体(ハード)が上手く繋がっていなかったようでな。全く、寝ている様に見えて実は呼吸どころか心臓も動いていないと気づいた時には、余の心臓まで止まるかと思った」

 呆れたように、そして本当に心配そうに顔を曇らせるセイバー。
 そういう事ならしょうがない。
 放っておかれてたら、きっとあのままどこかへ飛んで行ってしまっただろう。
 ……しかしそれはそれとして、彼女(セイバー)ならもっと別の方法を取るのではなかろうか。
 自分に似合わない役なのは仕方が無いとして、シチュエーションだけなら眠り姫のそれだ。それこそ嬉々としてキスの一つでもしそうなものだが―――。
 と、思った事を口に出すと、
 
「それはだな、……うむ、何というか、あれだ」
「?」
「その――、そなたとするのならば、もう少し浪漫があっても良いと思っただけだっ!」
「―――――――」

 いや、確かに話を振ったのはこっちだけど、そういう反応をされるとちょっと困る。
 セイバーが男女平等に愛を語るのは自他共に認める事だし、こっちもそれを承知で付き合ってきたのでその辺りは今更驚かない。
 いわゆる恋とか愛だとかは解らないけれど、そういう所を含めて私はセイバーが好きなのだ。
 聖杯を手に入れた(消去された)時、私にとってセイバーは従者であり、保護者であり、友人であり、恋人であり、そして何より運命を共にする半身だった。
 だけどそれは意識せずに通じ合っている事で、改めて口にされると意外性が高くなるというか、"愛すべき人々"ではなく"好きな人"として言葉を向けられるのには慣れてないというか―――。
 ………… 一言で言えば、すごい恥ずかしい。
 セイバーの顔が赤い。無論、私も同じか、それ以上に赤くなっているはずだ。
 
「………で、そろそろいいかしら」
「うむ、待たせたな」
「ひあぁぁっっ!?」

 思考に浸っていた所にいきなり声をかけられて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
 抱きついていたセイバーが離れると、そこは―――、

「と、とおさかっ、さん? それにここ……、え、と、廃墟―――?」
「人の家を見るなり酷い言い様ね。私、ここに住んでるんだけど」
「えっ、いえその、あの………、ごめんなさい」

 見定める様な視線に思わず謝ると、遠坂さんは肩を落として大きく溜め息をついた。

「まあいいわ。―― それにしても、並行世界からの来訪者か……。確かにうちはそっちとも縁があるけど、まさかそれがこんな所で繋がるなんて普通思わないっての」
「それでどうするつもり……、なんて聞いても解る訳ないか。セイバーだっけ? あなたこっちの世界の事とか、今の状況は掴めてるの?」
「いや、分からん。分からんが、このむやみやたらな高揚感は聖杯戦争に似ているな」
「似てる、じゃなくてその聖杯戦争真っ只中よ。貴女達の所がどういうものだったかは知らないけどね」
「聖杯戦争――――?!」

 そんな馬鹿な。
 聖杯戦争は終わったはずだ。それに私達が辿り着いて聖杯を閉じた時点で、次の聖杯戦争が起こる事も無いはず―――。

「だからそれは貴女達の世界の事で―――、って、これじゃいつまでたっても終わらないわね。いいわ、とりあえず今日はこれでお開きにしましょう。だから貴女」
「はっ、はいっ!」
「私の部屋を貸してあげるから、今日はそこで休みなさい。で、寝る前にでも貴女のサーヴァントと話しあって、分からない所や聞きたい事をまとめておく事。いいわね?」

 有無を言わせぬ口調に、一も二も無く頷く。
 まるで初対面の様な態度ではあるが、同時に彼女らしい態度でもある。
 それを見て、ふと懐かしい気持ちになった。
 思えば聖杯戦争で彼女がマスターだった時も、やはり同じような態度だったのだ。
 それに、必要の無い嘘はつかない人だ。きっと何かがあって、再び聖杯戦争が起こっているのだろう。
 ――今は彼女にもサーヴァントがいる。私は、私のやるべき事をやらなければ。
 と、そのまえに。

「遠坂さん」
「何? あ、部屋なら二階の奥だけど」
「ううん、そうじゃなくて――」

 小さく(深く)息を吸う。
 まずは挨拶から。精一杯の気持ちを込めて。

「ありがとう。――また会えて、とっても嬉しい」

 心からの笑顔で、そう告げた。

          ●

「あー、身に覚えの無い事で感謝されるのって変な感じよねー」
 
 瓦礫の中から無事な椅子を引っ張り出して来て座り、軽くだらける。
 ここにはもう私とアーチャーしかいないので、少しくらいなら罰はあたるまい。私の家だし。

「やれやれ、二人が居無くなった途端、随分な有様だな」
「別に良いでしょ、どたばたしっぱなしだったんだから。休まないで動けなくなる方が問題よ」
「忘れているようだが、私の約束は"状況が一段落するまで"だぞ? 気を緩めるには少し早いと思うが」
「おあいにく様。私が休めてるのは身体の方よ。あんたはそんなだし、サーヴァントを家の中に置いておいて気を抜くほど馬鹿じゃないの。いつでも叩きだす準備くらいは出来てるけど、試してみる?」
「遠慮しておこう。……では一つ聞くが、彼女達を自分の部屋に通したのは何故かね? 家主の部屋となれば家の術式を集中させる部分だろう。手を加えられるとは考えなかったのか?」
「別に。招いた客をろくに掃除もして無い客間に通す気がなかっただけよ。そんなことしたら遠坂家の当主として恥になる。そんなの許せる訳無いじゃない」
「それにねアーチャー、術式を集中させてるって事は私が感知しやすいってことよ。覗くような趣味は無いけど、手を出したら繋がってる私に直接反応が来るから」
「全く、それも相手の技量次第だとは考えないのか」
「それこそ余計な心配じゃない。どこが弱点か熟知してるものに牙をむかれたって、怖くも何ともないわ」

 私の言葉をどう受け取ったのか、アーチャーは大きく溜め息をつく。
 ――実際の所、弱点を知った程度で無力化出来る程甘いものではないのだが、そこは長年住んだ我が家である。抜け道だってなくは無い。
 そもそも魔力を通している術式を、術者に気づかれず改竄する様な化け物相手だと家に入られた時点で詰んでいる。
 ならばいっその事、開き直ってもてなしてやるくらいが丁度いい。
 
「ところでアーチャー、あんたこっちの世界の情報だけじゃなくて、向こうの世界の情報もあるみたいだけど、どの位まで知ってる訳?」
「……………………」
「ちょっと、聞いてる?」
「ああ、聞いている」
「なら返事くらいしなさいよ。子供じゃないんだから」
「何、どうしたものかと思ってね」

 身体を起こして顔を向けると、やっぱり気難しい顔をしたアーチャーがいる。
 しかし、何か違う。悩んでいるというより、困っている、といった雰囲気だ。
 ……それよりどうしたものかとはどういう事だ。それは私のセリフだろう。

「で、なんだったか。ああ、私の持っている情報についてだったな」
「………まあ別にいいけど。とにかく、あんたが何を、どの位把握してるかを知りたいのよ」
「ふむ、そうだな。両方とも世間一般の常識レベルならば記憶としてある。後は英霊に関する情報(データ)だな。内容としては元となる神話や伝説の要約、といったところか。問題は、その中に私自身のの情報が含まれない事だが」
「妥当なとこ―――――、ってちょっと待ちなさい。そこ重要な事さらっと流そうとしない! 何よ、自分の情報が無いってのは!」
「ああ、どうも記憶が曖昧になっている様でね。自分の事が思い出せなくなっている」
「ばっ――――――!!」

 思わず頭を抱える。
 どこかの神は試練を与えてその人の業を清めるというが、これはいきなり難関すぎるだろう。
 まさかとは思うがこの呪い、聖杯が我が家に与えているのではあるまいか。
 ―――うん、きっとそう。これは聖杯が遠坂の家(うち)に期待を込めて与えている試練なのだ。ははは、手に入れたら一から造り直してやる。

「あの子のサーヴァントと取り換えたりは………、無理か………」
「それはいい。向こうのマスターくらい素直そうだったら私もやりやすそうだ」
「うっさいわよ………、はぁ………」

 精神的な疲れと共に、召喚時の肉体的な疲れもどっと噴き出て来る。
 身体に引きずられる様に、駄目だと分かっていても考えが良く無い方に向かってしまう。
 無理矢理テンションを上げるのにも限界がある。とにかく、何か打開策をたてなくては―――。

「ところでもう一つ。ああ、これは質問では無く確認だが」
「ん?」
「君の名前は遠坂凛であっているか?」
「そうだけど―――」

 そういえば、名前を名乗って無かったっけ。
 いや、教える前に色々ありすぎたのか。家壊されたり、喧嘩売られたり。サーヴァントが自分の事忘れてたり。

「私の名前がどうかした? なに、観念して言う事聞く気にでもなった?」
「冗談はよしたまえ、と言いたい所だが、状況からして諍いを起こしている場合ではなさそうだ」
「仕方が無い、ここは私が折れよう。絶対服従とまではいかないが、出来うる限り尊重しようじゃないか。だから君もだな――」
「―――駄目よ」

 渋々顔のアーチャーの提案を一言に付す。
 むっとした表情を見せるが、こっちの顔をみると一先ずの文句は飲み込んだ様だった。
 ……ああ、きっと今の私は優雅さとは程遠い顔をしている。

「何故、と聞かせて貰っても良いかね?」
「私のサーヴァントになるなら、文字通り主人が私であんたが従者。その関係だけは譲る気は無いの。片手間に協力されても迷惑なだけだわ」
「………君はサーヴァントを使い魔の延長と考えていないか? 聖杯によって召喚されるサーヴァントとは、一般的な魔術とは別格の―――」
「知ってる。だからこそ、そこは譲らないのよ、―――絶対に」

 サーヴァントとは英霊と呼ばれる、伝説が形となった存在だ。
 人の形をしているが人では無い、人知を超えた奇跡の体現者。あらゆる災厄を打倒する、規格外の力の結晶。
 ――― そう、だからこそ、なのだ。
 魔術師より上にあるサーヴァントという"力"は、自分の意志を持って行動する。好き勝手に振る舞われれば、この小さな街の平凡な日々など簡単に吹き飛ぶだろう。
 それを止められるのはそのマスターか、同じサーヴァントだけ。なのにマスターがサーヴァントと対等以下では止める事が出来なくなる。
 私の魔力で動く以上、どれだけ規格外だろうと私の力の一端だ。それを制御出来ないなんて、冬木の管理者(セカンドオーナー)としても、遠坂凛個人としても許せる事では無い。
 
「なるほど、それが君の意思か」
「え? 何、私口に出してた?」
「所々だが。うわ言のように呟いていたな」
「あー…………」

 まずい。無意識に考えが口に出るなど、本格的に限界みたいだ。
 少し休むだけのつもりで座った椅子も、気づけば立ち上がるのがおっくうになってしまっている。

「恥じる事ではないだろう。君は力とそれに付随する責任をわきまえている。それは誰かに見せつけるものではないが、十二分に誇っていいものだ」

 アーチャーの言葉に、一応お礼を言っておこうと思って椅子に座り直す。
 重い身体を起こして深く掛け直してから顔を上げると、アーチャーもまた真面目な表情でこちらを見つめていた。

「サーヴァントの魔力供給を万全に行えるほどの魔術師でありながら、君は力と責任の在り方を理解している。そして力に酔う道化とならず、意地(プライド)にすがる愚者でも無い―――」
「訂正と謝罪をしよう。君は確かに、素晴らしいマスターだ」
「そ、そう。一応、ありがとうって言っておくわ」

 真っ直ぐにこちらを見て告げるアーチャーに、少し気恥ずかしくなる。
 ともあれ、これはマスターとして認められたという事でいいのだろうか。
 ……とか思ってたら、

「マスターとしては、だ。魔術師として優秀かどうかは、……まあおいおい見極めさせて貰おう」
「素晴らしいマスターとか言っておいて、二言目にそういう事言うのはどうなのよ」
「なに、君の在り方が気に入ったという事だ。魔術師としての才など無くても構わないが、こればかりは替えがきかないからな」

 ああもう、そんな嬉しそうに言われては文句を言う気も失せる。
 まだ色々と問題は残ってるけれど、一番の悩みの種が解消出来たので良しとしよう。
 長い長い運命の一日。
 弓兵のサーヴァントを従えて、私は聖杯戦争へ参加した(舞台へと上がった)のだった。

「ではこれからよろしく頼む。―――これより我が弓は君と共にあり、君の運命は私と共にある。―――ここに契約を完了した」



[28778] 【Apocryphaは】そのままExtraマテリアルも買ったら面白かったので【出ないのですか】
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:c7bf3ef4
Date: 2012/03/02 22:46
どうも。ちまちま書いてたのがそれなりに溜まったので投稿です。
今回――、というかExtraの資料集とほぼ同時にExtraマテリアルも買ってたのです。
それにあったFate/Apocryphaという、ボツ企画の資料があった訳ですが――
それがまた、実に妄想を刺激される良い物でした。没になってしまったのが実に残念です。
特にきたのはバーサーカーですね。しかも全員。めかくれさいこー!筋肉さいこー!ゴールデンさいこー!

……ふぅ、そんなこんなで本編です。
ちなみに最後のはネタというか、Extraを参考にゲームっぽく区切ってみようかな、とか思った結果。
なぜかちゃんと揃わないのでずれてるのは仕様です。……くそぅ。




――――――――――――――――――――――――

 ―――聖杯戦争。
 何百年も前から続けられる、魔術師同士の殺し合いの名前。
 七体の英霊(サーヴァント)と七人の主を合わせた七組が、聖杯を求めて競い合う大儀式。
 その発端には遠坂家(うち)も一枚噛んでいて、この聖杯戦争においては魔術師である限りマスターとしての参加枠が確保されている。
 遠坂の悲願はこの聖杯戦争に勝ち残り、手にした聖杯をもって根源へと至る事。
 まあ根源に至るっていうのは大方の魔術師に共通した使命と言うか、憧れの場所の様なものだ。
 それが天国だろうと地獄だろうと、行きつく先まで行ってしまった場所には違いない。
 とはいえそんな場所までいける人間など限られている。しかも行ったら行ったで戻ってこれないらしいというのだから性質(たち)が悪い。
 普通ならば眉唾もののお伽噺ではあるが、それを信じさせるだけの力がここ――、冬木の聖杯にはある。
 七体ものサーヴァントがその最たる例だ。条件付きとはいえ、魂を物質化させる第三魔法の成功例など、二束三文の奇跡が裸足で逃げ出すほどの神秘である。
 これだけでも時計塔がひっくり返りそうなものだが、…………今回は、それに加えてもう一つの魔法が起きている。
 第二魔法と呼ばれる並行世界の運営。無数に存在する並行世界を行き来するとかいう、遠坂家の大師父でもある魔法使い、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの代名詞だ。
 これは明らかな異常事態だ。両者の共通点は魔法という事だけ。第三魔法(魂の物質化)第二魔法(並行世界の運営)とは基本的に関わらないはずなのだ。
 サーヴァントは"座"から喚び出されるが、それは決して並行世界なんかではない。
 ……いや、確認した訳ではないが、とにかくそう定義されている。
 よく言われる並行世界の例が同じ地平に流れる無数の川ならば、英霊たちの居る"座"は空とでも例えるべきか。
 天まで届く道を作ろうと、それが隣の川へ繋がる事は無い。精々道の陰(余波)が影響を及ぼす事がある位だ。
 しかし―――、現実問題として彼女達は来た。話を聞く限りではアーチャーもまた、彼女達の居た並行世界を認識している。
 セイバーいわく、向こうの世界の私はセイバー達に協力して聖杯戦争を戦い抜いたらしい。
 なんでも最初はマスターとして参加していたが、途中でサーヴァントを失ってリタイア。その後はセイバー達を色々とバックアップしたのだとか。
 ―――正直な所、他の世界の私になど興味は無い。
 いろいろと疑問に思う事はあるが、いくら似ていようと違う世界にいる以上は赤の他人。あった事も無いのならなおさらだ。……まあ、もっと頑張れ私と思わなくも無いけど。
 ともかく、まずは自分の事だ。
 信頼されているのは"遠坂凛"であって私じゃない。
 それに"私"が手を借したらしいとはいえ、聖杯戦争を勝ち抜いたマスターだ。下手につけこんで、憎さ百倍とばかりに後ろから刺されでもしたら堪らない。
 まずはその辺りを言い含め、彼女達がどうするかを見極めなければ―――。

 ………と、そういえばと思い至る。
 彼女達は聖杯を手にしたという。
 万能の釜、願望機とも呼ばれる最高位の聖遺物(アーティファクト)
 ならば一体、彼女達は何を願ったのだろう――――――?

            ●

「んー……」

 日の光を手で遮りながら目を開ける。
 冬の乾燥した空気が、埃っぽさと相まって喉に染みる。
 もぞもぞと布団の中で寝返りをうち、時間を確認しようと手だけを出して時計を探る。

「ん~~……??」

 しかし肝心の手ごたえが無い。
 いつも置いてある場所くらい身体が覚えているが、手を振っても空を切るばかりだ。
 手を振りまわしてみたが、腕をぶつけたので諦めて布団を剥がして身体を起こす。
 そうして一通り部屋を眺めてから、

「あー………、そういえば、そうだっけ」

 いつもと違う部屋の内装に、昨日自分の部屋を貸した事を思い出した。
 昨夜の出来事。時間を間違え、記憶を無くしたというサーヴァントの召喚に、共に召喚された並行世界からの参加者。
 ……思い出すだけで頭が痛くなりそうな出だしだが、幸い自分のサーヴァントはこちらの命令に従うという。
 無茶な命令まで聞くかどうかは少しばかりあやしい所だが、それでも効率は段違いだ。
 魔術師としてどうかは、自分らしく振る舞っていけば自然と認めるはず。
 気負って背伸びをしても良い事は無し。こっちは十年前からこの聖杯戦争に備えて鍛えた身、噂を聞きかじって参加しに来た連中とは準備の程が違うのだ。
 そう、遠坂家の家訓は、どんな時でも余裕をもって優雅たれ――。
 その方針は、十年間のアドバンテージをこれ以上ないほど有意義に使わせてくれている。

「よしっと、いい加減に目を覚ましますか」

 軽く頬を張って目を覚ます。
 昨日から続く身体のだるさは取れないが、魔力を根こそぎ持っていかれてしまったのでそれもしょうがない。
 とはいえそれも少しの辛抱だ。アーチャーに流れている分を差し引いても、二、三日あれば完全に元通りになる。
 まずは身支度。自室は貸してしまったので着替えも無いし、髪も乱れっぱなしだ。
 上にいる二人が起こさない様、何とかして着替えを手に入れ、さっさと済ませてしまおう――。

「ようやく起きたか。とっくに日は昇っているぞ、凛」
「あ――、おはようございます」
「良い朝だぞ、凛よ。幕開けとしては中々のものだ」

 ――目の前の光景に、思わず目を丸くする。
 部屋を出てリビングに入ると、三者三様の挨拶で迎え入れられた。
 それだけでも意外ではあったが、さらに部屋が元通りになっている事にも驚いた。
 部屋は綺麗に片づけられており、昨夜の惨状が夢か幻のようだ。
 ……そんな中、テーブルの上にだけ所狭しと物が置かれていれば、一体どういう状況だと言いたくもなる。
 ぼんやりと、皆朝早いんだなー、と思っていると、

「寝ぼけているのか? 今はもう9時を回っているぞ」
「へ? ……嘘っ!?」
「そう思うなら時計を見るといい。そして現実を受け入れたまえ」

 言われた通りに時計を見ると、確かに9時などとうに過ぎ、もはや10時の方が近い。
 が、しかしあれは昨日の元凶ともなった、一時間進んでいる時計では――!

「言っておくが、時計は正確に合わせてある。一つ言うが、1時間もずらしても、時間の流れは変わったりしないぞ」
「うっ………、べ、別にそんなつもりじゃ――」
「まあ昨日の時点でだいぶ辛そうではあったから召喚の疲れが出た、と、そういう事だろうな。気に病む事では無いさ」
「ぃ――、今更フォローすんな! 余計恥ずかしいでしょうがっ!!」

 こんな情けない所を見せるなんて恥辱も良い所だ。
 こっちは一足先に起きて出迎えなければならない立場だというのに、遅れた上に身だしなみも整えていないとは何たる不覚。
 ……とりあえず、咳払いを一つして誤魔化し、手櫛で申し訳程度に髪を整えてからセイバー達と顔を合わせる。

「まずはおはよう、二人とも。それと遅くなってごめんなさい。昨日はよく眠れた?」
「は、はい、おかげさまで」
「それは良かった。申し訳ついでに、身仕度する時間も貰えないかしら。顔ぐらい洗っておきたいのだけれど」
「構わぬのではないか。こちらももう少し時間がかかる故な、顔だけと言わず、湯浴みも済ませて来るがよい。――アーチャー! 紅茶を持て!」
「君はもう少し遠慮という言葉を学びたまえ。――マスター、折角だから君も飲んで行くといい。仕度はその後でも遅くはあるまい」

 そういうアーチャーは迷い無く台所に向かうと、手際良くティーセット一式を用意し始める。
 ……いや、遠慮の度合いで言えばあんたもどっこいだと突っ込みたい。
 何故戸棚にあったはずのティーセットがきっちり三人分揃って水切りかごに入っているのか。その答えはきっと、私以外の全員が知っている。

「………はぁ」

 溜め息をついて、セイバー達の向かい側に座る。多分紅茶はこの二人が起きて来た時にでもアーチャーが出したのだろう。それに目くじらを立てても仕方ない。
 折角淹れてくれると言うのだし、一先ず問題は棚上げしてご相伴に与ろう。
 前に居る二人も、紅茶が来ると聞いてから机の上にあった物をどかしているわけだし。
 ……とはいえ、いくらなんでも物が多すぎる。このままでは向こうも自分の場所を確保するだけで手一杯だろう。
 仕方なく私も自分の場所を確保するべく、雑多な物の中から近くにあったアンティークなオルゴールを手に取って適当な所に置こうとし――――。

「な――――、え、ちょっと、これって―――!?」

 触れた指先に伝わった、じわりとした感触に慌てて手を引く。
 しかしその感覚は初めてのものではない。むしろ、自分にとってはなじみ深いものだ。
 いわゆる"いわく付き"や、自分で魔力を籠めた宝石を手に取った時に感じるものと同じ、五感の裏で感じる力の波動。
 ―――もう一度、今度は慎重に手を伸ばす。
 ひたり、と指がオルゴールに触れ、その先端から温い冷気(・・・・)とでも言うべき空気の層があるのが伝わって来る。

魔術礼装(ミスティックコード)………! ――って、もしかしてこれも? うぇ、こっちも!? 何これ、どっから持って来たのよ!?」
「どこ、と言われてもな。全て余の持ち物だが」

 一見では無造作に積まれたガラクタの山が、手にとって見ればどれもこれもが礼装としての力を持っていた。
 質はピンキリ。どれ、とまでは分からないが、中には手に取るまでも無くそれと分かるような品も混じっている気はする。

「マスター、適当な所で切り上げて貰わないと紅茶が冷めるのだが」
「……ん、そうね。詳しい事は後にするって決めたし、先に頂くわ」

 お盆を手にしたアーチャーが声をかけて来たのに合わせて確認作業を切り上げると、申し訳程度に空けられた場所に三つの赤い華が咲く。
 ふわりと湯気が舞い、良い香りが辺りに満ち、それだけで十二分に美味しく淹れられた紅茶だと確信できた。
 匂いだけで味が分かる程のものを冷ましてしまうのはもったいないので、早速口をつける。
 ―――うん、美味しい。
 舌の上で転がしてから喉へと送ると、大きく息がついて出た。
 なるほど、これならセイバーが持ってこいと要求したのも頷ける。
 まるで本職の召使い(サーヴァント)みたいだとか、そういう悪い想像も吹き飛ぶようだ。
 聖杯戦争がどうとかは今は考えない。うん、考えない。

「ごちそうさま。それじゃあ悪いけれど、少し時間を貰うわね」

 飲み終えたカップを置いて席を立つ。
 さてと、それじゃあ手っ取り早く終わらせますか。

          ●

 ――で、身支度を整えて戻ってきた所、

「どうだ奏者(マスター)?」
「うーん………、やっぱり無理みたい。それに凄く重いし、動き難いし……」
「そう上手くはいかぬか。いか程に持てるようになっても、この有様では本末転倒だ」

 全身に礼装を飾り付けられたモノが、セイバーと何やら話をしている。
 武蔵坊弁慶よろしく背中には剣やら棒やらを背負い、着膨れした身体をベルトで無理矢理に固定した上からさらに服とマントを羽織っている。
 手にはラッパとオルゴール、ベルトには護符が差し込まれ、足にはスポーツシューズ。
 顔はマフラーで半ばまで隠され、覗いている目元には片眼鏡、耳にはイヤリングがついている。
 アレはどこからどう見ても立派な不審者なのだが、一体何をやっているのか。

「お待たせ。ところで、何をしてるか聞いても良いかしら?」
「む? 思いのほか早かったな。なに、折角実体化しているのでな。一度に装備出来ないかものかと為していた所だ」
「そりゃ取れる手は増えるでしょうけど、こんなに持っても使わないなら邪魔になるだけよ」
「分かっておる! しかしだな、こういうものは多いに越したことは無かろう。た、只でさえ心配ばかりかけさせられるというのに………」

 途中からごにょごにょと言葉を濁すセイバー。その後ろではアーチャーが衣装直しを手伝っている。
 ………おかしい、なんか微妙に疎外感を感じる。それというのも、

「アーチャー……、あんた本当に英霊なの? 部屋の片づけの事といい、さっきの紅茶といい、私にはどうしても英霊とは思えないんだけど」
「心外だなマスター。………まあ、些からしくない所ばかりを見せた私も悪いか。しかし、見ているとつい手を出したくなってな………」
「執事も茶坊主も程々にしてよね。私はサーヴァントを喚んだのであって、召使いが欲しい訳じゃないんだから」
「むぅ……、了解した。心に留めておこう」

 アーチャー自身も気にしていたのか、それとも昨日の話しあいの効果か、言った事には素直な返事が来た。
 よかった。これに反論されたらどうしようかと思ったが、自覚があるなら多少は良くなっていくだろう。
 ……本当は自分のサーヴァントが他人に使われてる現実に不安を覚えた、という理由もあったりするのだが、それは口に出す物じゃ無いし。
 私のサーヴァントはどうにも世話焼きというか、困っている相手を無差別に助けようとするきらいがある。
 強気な相手には反抗するが、本気で頼まれると断れないタイプとみた。
 もっとも、本人の雰囲気から鑑みるに、英雄的というよりはやっぱり小間使いの類なのだが。

「ま、何はともあれお互い準備は出来たみたいね。このまま時間を潰すのも趣味じゃないし、さっさと始めますか」

 先程と同じように、しかし座らずにテーブルを挟んで対峙する。
 すぐ後ろではアーチャーもソファー越しに控えている。うって変わった緊張感は、味方である分には頼もしい。
 位置関係だけは同じまま。しかし明確な意思の差だけが、この場を別のものに変えている。

「それじゃ、そっちは必要ないかもしれないけど、まずは自己紹介からいきましょう。――私は遠坂凛。この土地の管理を任されている家系の魔術師よ。後は知っての通り見ての通り、聖杯戦争におけるアーチャーのマスター、ってわけ」

 主導権を取られぬうちに、最低限の自己紹介(情報開示)をする。
 ついでに言外に"余計な事を言う気は無い"というニュアンスを籠めておく。
 今はこんな状況であっても、聖杯戦争のマスターである以上遠くない内に敵になるのだ。
 聞くだけ聞いてこちらが話さないというのは気が乗らないが 向こうが後から勝手に話す分はむしろ大歓迎。
 ……多少せこい気がしないでも無いけど、こういう時は気を緩める方が悪い。
 いわば様子見の軽いジャブ。こっちの態度に気づくかどうか、そしてどう返してくるかで相手の事は大体分かる。

「ふむ、ならば余も応えよう。余はセイバー、聖杯戦争におけるサーヴァントの一騎だ。堂々と名乗れぬのが歯痒いが、いずれ相応の舞台の上、改めてそなたに告げる日もこよう――。それまで楽しみに待つが良い」

 にやりと笑って片方の腕を広げると、芝居がかった口調で名乗りを上げるセイバー。
 ひどく似合っている所を見ると何がしかの逸話があるのかもしれないが、流石にこれだけでは判断できない。
 セイバーはそのまま、これ以上話す事は無いとばかりに隣を促すが、その途中にふと目を向けてきた。
 不敵、と呼ぶには柔らかい眼差し。しかしその笑みは全部分かっていると言わんばかり。
 こっちも余裕の笑みで返してやると、ますます楽しそうに鼻をならした。

「――――――」

 ――うん、あれ敵だ。いわゆる好敵手(ライバル)とか、その辺り。
 向こうは全然本気じゃないんだろうけど、こう分かりやすく対抗心を刺激されるとこっちもやる気になってくる。
 測らずとも気合いが入る。さてそのマスターは一体どんな反応を見せてくれるのか―――!

「――って、何が可笑しいのよ?」
「ぁ……、ごめんなさい。その、楽しそうだな、って」
「………………」

 ………まずい。こっちは好敵手どころか天敵の類だった。
 何がまずいかって、戻ってきたペースをぶち壊しにする辺りが特に。
 とはいえ、魔術師としての危険性は感じない。――いや、むしろ感じ無さ過ぎる事に違和感を覚えるべきか。
 聖杯戦争を勝ち抜いたらしい魔術師の姿。
 まともに顔を合わせるのはこれが最初のはずなのに、どこかで会った事がある様な既視感がある。
 これが彼女の使う魔術なのだろうか。(味方では無い。)
 それとも並行世界の記憶とやらなのか。(敵でも無い。)
 好意も敵意も無い赤の他人。名前すら知らない通りすがり。(其は書き割りのNPC。過ぎては消える誰かの形)
 ――― それでもやっぱり、その笑顔を良いと思う位には気持ち(警戒心)が緩んだみたいだった。

「全く。――ほら、自己紹介なんだからちゃんとこっち見る! 私、まだ貴女の名前も聞いてないんだから」

 黙っていた事で気を悪くしたと思ったのか、どうしようとおろおろし始めたのを一喝する。
 私の催促に、セイバーのマスターはこほん、と軽く咳払いをしてから、

「初めまして――、というのも変な気分ですけど、とにかく初めまして。私は――――」







・名前を入力してください。
NAME  _ _ _ _ _ _ _ _

ひらがな あいうえお はひふへほ がぎぐげご ぁぃぅぇぉ
カタカナ かきくけこ まみむめも ざじずぜぞ ゎ っ ー
ABC  さしすせそ や ゆ よ だぢづでど ゃ ゅ ょ
 戻る  たちつてと らりるれろ ばびぶべぼ 。 、 …
 決定  なにぬねの わゐをゑん ぱぴぷぺぽ

           △変換 □一字削除 LR一字移動



[28778] 【そろそろ】Fate/Zeroのアニメを見たら面白かったので【サブタイネタ切れ】
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:c7bf3ef4
Date: 2011/11/27 22:53
また少し書き溜まったので投稿ー。
Fate/Zeroのアニメですが、なかなか凄い出来ですね。良い意味で。
いろいろ端折られてる部分もありますが、作画も相まって劇場版の様な雰囲気。
今の所アサシンの結界突破シーンがお気に入り。踊る様に回避して行く様子は音楽と相まって見ていて小気味よかったです。
Fate/extraも続編のcccが出るとかで、拙作とはいえこの時期に書き始められたのは何かの縁かなぁと思ったり思わなかったり。
しかしそれはともかくFate/extra ccc のcccがカードキャプター桜(Card Captor Cherry)の略にしか見えないのはどうしたものか。

色々と先が楽しみですが、こっちは相変わらずのんびりなので気長にお待ちください。
それでは本編、楽しんでもらえれば幸いです。
ps:感想で皆大好きザビエルコメしてくれた方、ありがとうございますw。でも残念ながら名前はザビエルじゃないんだ・・・・ごめんねっ!
ps2:間違えて削除しちゃってマジビビった。勘弁してくれ・・・




――――――――――――――――――――――――

「私は―――」

 己の従者に続いて、名乗りを上げようとするセイバーのマスター。
 ――しかしどういう訳か、肝心の名前が一向に来ない。
 忘我。
 当惑。
 焦燥。
 視線の先、彼女の表情は三段階で今の心境を物語っていた。

「あ、れ? え、っと………」
「………マスター?」

 いつまでも名乗らない事を不審に思ってか、セイバーが怪訝な顔を向ける。
 まさかとは思うけど、これって――――、

「私の名前、って、なんだっけ……?」

 ぽつりと、溢す様に"誰か"は呟いた。
 思わず、あんたもか! と言いそうになり―――、

「―――凛!」

 ――セイバーの、悲鳴じみた声で遮られた。
 虚を突かれ、僅かに呆然としたその刹那、セイバーは臨戦態勢を整えていた。
 手には身の丈ほどもある真紅の大剣。
 そして同時に、全身を締めあげられるような錯覚。
 それが激越したセイバーによるものだと気づいた時には、相手はもう動いていた。
 紅い残光が流れ、振り抜かれる。
 ……身構える事すら遅すぎる。
 真紅の大剣が目の前をゆっくりと流れていく中、――何かが足を引っかけた。

「わ、――――きゃっ!」

 視線が上を向き、そのままソファーへとひっくり返る。
 見上げた先には逆さまになったアーチャーが、険しい顔で辺りを窺っている。

「アーチャー、見えるか!?」
「――目視は出来ないな。サーヴァントも、君以外は感知できん。………アサシンか?」
「否、この児戯はキャスターだ。少なくとも、余に覚えがあるのはな」

 窓を開けて身を乗り出しながら、セイバーはどうやら近くに居るとふんだ敵を探しているらしい。
 ……ここまで来て、ようやく状況が飲み込めて来た。
 自分の名前を忘れる、というのは普通ありえない。
 だとすればそれは怪我などによる障害か――、何者かからの攻撃、ということになる。
 それに感づいたセイバーの、殺気に近い気迫に当てられて硬直していた所を、後ろから押しだされたソファーに足払いをかけられたらしい。
 ソファーを動かしたのは当然、後ろに居たアーチャーだろう。

「凛、そなたは無事か? よもや今さっき名乗った名前を忘れているという事はあるまいな?」
「私は別に問題ないわ。それよりも自分のマスターを心配した方がいいんじゃない?」
「言われるまでもない! ――奏者よ、今しばらく耐えよ。必ずや余が――」
「ま、待ってセイバー! 違うの! あの時とは感じが違うって言うか……。とにかく、"名無しの森"の時みたいに消えたりするような感覚は無いから、だから待って!」

 どうやらマスターの方にも心当たりがあるようだ、……って当たり前か。
 セイバーをなだめる様子から目を離してアーチャーへと向けると、向こうもこちらに顔を向けた。

「一応聞いておくが、怪我は無いだろうな」
「ふくらはぎに痣が出来るかもしれないんだけど、これって怪我の内に入るかしら?」
「とりあえず、首は繋がっているようで何よりだ。―― それで、魔術が使われた感覚はあるか?」
「ん、それは無し。あんたも感知しなかった所を見ると、セイバーの取り越し苦労みたいね」

 溜め息をつく姿を横目に、身を起こして立ち上がる。
 アーチャーも攻撃では無いと分かったからか、幾分気は緩めたみたいだ。なので、少し気になった事を聞いてみる。

「ねぇ、さっきあの子が言ってた名無しの森について、何か思い当たる事は無い?」
「さて、どうだろうな。キャスターのサーヴァントに関係するようだが……、単純に一致する物なら、童話の不思議の国のアリスにそのような名前があったはずだ。しかし名前を拝借しているだけという可能性も高い」
「ルイス・キャロル? ある意味魔法使いみたいなものだけど、英霊とは呼べないし……。確かに、名前を借りた可能性の方が高いか。――話からするに、効果は忘却。名前と連動させて存在も消す魔術、かしらね」

 ――と、何やら様子がおかしい。
 マスターの方は相変わらずの困り顔だが、それがセイバーの方にも伝播している。

「何、結局名前、分からないの?」

 遠坂さん、と未だに名前の分からないセイバーのマスターに呼ばれる。
 その隣のセイバーは、こちらも見ずにうんうんと唸っている。

「いえ、名前は分かっているというか、分かり過ぎているというか――」
「……その、思い当たる名前が多すぎるんです。むしろ、思い出す名前全部が、自分の名前の様な、そうでないような―――」

 逡巡しながら、一つ一つ整理するように言葉を放つ。
 それにしても、思い出す名前が多すぎる? 名前を忘れる、というならまだしも、そんなのは聞いたことが無い。
 アーチャーにそっと目配せをすると、小さく首を振って返して来た。
 記憶を戻す役に立つかと思って様子を見ていたけど、どうも症状が違うみたいだ。
 
「セイバーも分からないの? 貴女達、一緒に居たのよね?」
「ぅ……、と、当然覚えているに決まっておろう。余が、奏者の名を忘れるなど………」
「でも、私が適当に名前を言ったとして、それが本当に私のものだった、って言える? 私と同じ状態なら、書類の記入例みたいな名前でもそうかもしれないってなると思う。もしかしたらフランシスコ・ザビエルなんて名前だったり――」
「ふざけている場合ではなかろう! そもそも、それは男の名前で……、いや……、うむ、そのはずだ。………多分」

 いやそこは言いきりなさいよ、と言いたいけど、状況を考えればしょうがないか。
 でも、明らかにおかしいはずの名前でも違和感を感じない………?
 確かに、サーヴァントに対しては有効だと思う。現にアーチャーはそのせいで宝具を封じられたも同然の状態になってしまっている。
 しかしそれをマスターにやったとして、一体だれが得をするのか。それとも単に近くに居たから巻き込まれただけなのか。
 そもそも、これが第三者によるものだと考える事自体が間違っている――――?
 ………だめだ。これ以上仮定に仮定を重ねてもしょうがない。
 どうにも判然としないけれど、――まあ、解決するだけなら手軽で効果的なのがある。

「ちょっといいかしら。名前の事ならどうとでもなると思うんだけど」

 うわ、二人揃って意外そうな顔。
 こんなの大した問題じゃないじゃない。
 要するに――、

「全部自分の名前だって思えるんなら、何か一つ名前がつけば、それが自分の名前だってことでしょう? こっちに戸籍なんて無いんだろうし、好きな名前を名乗れば解決よ。自分で付けるのが嫌ならセイバーにでも付けて貰ったら?」
「ふむ……、なるほど、一理あるな。確かに、全て(まこと)なれば後は好みの問題だ。――奏者よ、何かリクエストはあるか? あれば聞くぞ!」
「えっ! えーっと……、そう言われても」
「どのような名でもそなたには似あうと思うがな。……うーむ、何が良いか。ここは直球に"愛"はどうであろう! む、いや待て、それでは――――」

 嬉々としてはしゃぐセイバーの態度を向けられる方は、嬉しそうだけど割増しで困り顔。
 ―― そんな目で見られても、こっちだって困る。
 ここまできたら付けてしまった方が早いんだけど、名前なんてあんまり付ける機会無いし、―――あ、そうだ。

「名は体を表す、って言うし、住んでた場所とか、好きなものからとるのはどう?」
「住んでた場所、ですか。………………教室?」
「………深くは突っ込まないけど、悪い事は言わないからせめて学校名にしておきなさい」
「あ、はい。だったら月海原(つくみはら)学園です。月の海原(うなばら)で、月海原」
「じゃあ名字はそれね。セイバー、名前は決まった?」
「うむ。始めは愛とするのが良いかとも思ったが、余が"愛"を与えるとなると少しばかり具合が悪い。――だから夢、というのはどうだろうか」
「愛とくれば勇気と通じ、夢をもって希望に通せば、活劇は円満に幕となるのが道理というものだ。我等の聖杯戦争(活劇)はその全てをもって幕となったが、降りた幕の先に夢を馳せるというのもまた一興だ」
「ならそうね……、そのままだとちょっと名前っぽくないから、音を会わせて、っと」
 
 電話の傍に備えてあるメモ帳と万年筆を持って来てテーブルに置き、聞いた名前を書き出す。
 えーと、ゆめの字は愛を入れないとすると―――、

「月、海、原、由、命、で月海原由命(つくみはらゆめ)っと。はい、こんな感じでどう?」
 
 名無しのマスターもとい、月海原由命さんは差し出された紙をまじまじと見てから、両手で受け取る。
 視線を落として紙を見つめたまま、何度も噛みしめる様に小さく声を出して反芻(はんすう)した後、泣いた。
 ………泣いた!?

「ちょっと、何で泣くのよ!?」
「あ―――、その、何かすごくほっとして。もしかしたら、って考えてたのに、簡単に解決しちゃうから。――やっぱり、遠坂さんは凄いね」
「別に、おだてたって何も出さないわよ」

 うん、知ってる。――― そう返す彼女は、優しいというか、穏やかな表情で微笑(わら)う。
 まあ、こっちだって朴念仁じゃない。こんな風にお礼を言われれば、やっぱり嬉しい。
 けどそれはそれとして、本当に聖杯戦争に参加している自覚があるのか、少し不安にもなる。
 聖杯戦争のマスター同士である以上、いつかは必ず戦わなければならない。
 それを分かった上での余裕ならまだいい。けど、昨日からの様子を見ていると、どうにもそのようには見えない。
 さっきもさっきで、セイバーの動きに反応はしたものの、魔術の準備をする素振りすらなかった。
 相手を見据え、一挙一動をつぶさに観察する。
 今この場に居るのはアーチャーのマスターたる魔術師。そう気持ちを入れ、努めてそっけなく声を上げる。

「ちょっと寄り道したけど、挨拶も終わった所で改めて聞くわ。――貴女、どうするつもり? 一晩あげたんだから、もう決まっているはずよね?」
「―――それは、マスターとして、という意味ですよね?」
「当然。ちょっと変則的だったけど、貴女達で最後のマスターとサーヴァントは揃ったわ。この世界(こっち)に呼びつけた手前一晩は面倒見たけど、これからもそうだなんて思わない事ね」

 言葉を区切って様子を見る。
 動揺は………、してない。少なくとも表向きは。
 とはいえ、

「聖杯を手に入れてる貴女からしたら、聖杯戦争なんてもの自体に興味は無いか。それとも、私達なんて敵じゃないって事かしら」
「敵じゃない、……なんて言ってみたいですね、そんな台詞。それに、聖杯が使えたなら、昨日の内に使ってます」
「ふーん、ならなおさらどうするつもりかお聞かせ願おうじゃない。言っておくけど、私は貴女達の知ってる"遠坂凛"じゃないんだから、変な期待はするだけ無駄よ」

 なるほど、手に入れたらしい聖杯は今は使えない、と。
 予想はしてたけど、これで聖杯を手に入れたという話の信憑性はさらにダウンだ。
 まあそうであってくれないと勝負にならないとはいえ、妄想や与太話の類ではなかろーかという思いもよぎる。
 ……本当は同じ世界の人間で、召喚時に記憶がねつ造されたとか、ないといいんだけど。
 そんな思いをよそに、彼女は目に意を決して口を開いた。

「どうするも何も――、これが聖杯戦争なら戦うだけです。聖杯なんて必要無いですけど、何もせずに、負ける(諦める)のは、嫌ですから」

 目の前のマスター(女の子)はこちらを見据えてそう言った。
 声が僅かに震えて無ければ完璧だったけど、やる気になってるならこっちも遠慮はいらないだろう。
 でも、

「聖杯は必要無い――、って、あなた、帰りはどうするのよ。あなたの所の聖杯はどうだか知らないけど、こっちのなら元の世界に帰るくらい簡単に叶えられるはずよ?」
「元の世界に、帰る………?」

 何故か、呆然とした顔をする月海原さん。
 てっきり聖杯を手に入れて悠々自適な所を引っ張り寄せたのだと思っていたのだが、違うのだろうか。
 訝しげなこちらの視線を受けた先で、はっとして身体を震わせると、

「ああ―――、そうですね。それは考えてませんでした。そもそも、そんな先の事を考えていられる程楽な戦いでもないですし」
「………そう言う事にしておきましょうか。油断してるよりはよっぽどマシだしね」
「はい。まずは初戦に勝つことから、ですね。出来れば、その、遠坂さんとは協力したいんですけど………」
「残念、やる気になってるのは結構だけど、生憎そんな気は毛頭ないわ。なんなら私が初戦の相手になりましょうか?」
「ふふん、こっちの凛は随分と血気盛んだな。しかし良いのか? 余は逃げぬが、対戦相手の発表もされぬうちから勝手に始めたとなれば、管理者(システムサイド)からペナルティが来てもおかしくはあるまい」
「システムサイド……、聖堂教会の事? 街を壊して回る様な事ならともかく、あそこのエセ神父はこの程度で口出ししたりはしないわよ」
「こちらの神父は寛容なのだな。セラフの神父は事あるごとに現れてはルールを押しこんでいったものだが」
「ちょっと待て二人とも。会話が噛みあっていないぞ」
「え?」
「む?」

 今まで黙っていたアーチャーの割り込みに、揃って疑問の声を上げる。
 当の本人は眉を顰めたまま腕を組み、

「とりあえず、セイバーに一つ聞くが、君はこの世界……、いや、聖杯戦争についてどこまで知っている?」
「どこまで、とはまた曖昧な質問をするものだなアーチャー。形式通りで良いならば、聖杯戦争とはマスターがサーヴァントを従え、最後の一人になるまで戦うものであろう。そうでなくては立ち行かぬ」
「………それだけ、か? ムーンセルで行われた聖杯戦争とこの世界の聖杯戦争の違い――、いや、それ以前に、聖杯自体の違いについては?」
「余はセイバーのサーヴァントだ。――そんな事、知る筈が無かろう」
「―――――――――――――」

 自信だけはたっぷりに答えたセイバーに、アーチャーは肩を落とした、様に見える。
 眉間に当てた手の隙間から覗く表情は、何というか、まさに苦虫だか渋柿だかを口にしてますというのがぴったりな顔をしている。
 しかし一分と経たない内に顔を上げると、初めてあった時と同じ仏頂面に溜め息を付けて、

「なるほど、何も知らないという事だけは良く分かったとも。………全く、ここまで来ると昨日の段階で確認しなかった自分が恨めしい」
「もったいつけて愚痴言ってないで、分かってるなら説明しなさいよ」
「さて、どうしたものかな。私としてはここは素直に説明しておきたい所だが―――。ああ、ここではマスターが協力しないと言っている相手にも聞こえてしまうな。困ったものだ」
「~~~ッッ!! そんな当てこすりみたいに言わなくたって、この位の事でとやかく言ったりしないわよっ!」
「生憎だが、とやかく言われないとなればなおさら困りものだ。長引かせるつもりはないが、短く済む話でも無い。話が終わった直後に剣を交えるかもしれない相手にするには、少しばかり無駄が過ぎる。君はこの後どれだけやる事があるか、理解しているのかね?」
「ふん――、そのくらいが何だっていうのよ。こっちは数時間潰した程度で切羽詰まる様な準備はしてないわよ」
「それは失敬。せいぜい時間の無駄にならない事を祈っておこう」

 皮肉げな物言いを忘れずに、アーチャーは私達の側面に回り、

「では講義だ。各自、分からない事は手を挙げて質問するように」

 片手と共に声をあげ、二つの世界について話し始めた。



[28778] 【設定とかは】ニコニコのFateMADが面白かったので【なるべく原作通りにしたい】
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:c7bf3ef4
Date: 2011/12/01 23:17
やらなきゃいけない事いっぱいあるのに投稿です。ははは、現実逃避万歳。

感想を読んでて気づいたのですが、漫画もブロッサム先生も赤セイバーには男主人公なのに、自分の中では何故か女主人公のイメージしかなかったんですよね。
で、なんでかなーと思ってたら、extraの販促イラストが原因だったっぽい。
ググるとすぐ出ますが、staynightのセイバー召喚シーンのオマージュで、セイバーはそのまま赤セイバーなんですが、士郎ポジションが女主人公。
それを見た時「ああ、これはFateだけど、今までと違うFateなんだな」と凄く納得すると同時に印象的で、赤セイバーは女主人公、というイメージになったようです。
実際、男同士はまだしも女性同士のコンビはかなり珍しいというのもあるかも。

あと少し気になったのですが、令呪って魔力通してなければ見えない…ですよね?
アニメのZeroだと常時出っぱなしなので何とも不安なのですが、あれは演出だと信じたい。
原作で特に隠してた覚えもないし、きっとそのはず。うん。

さて、本編は色々と準備が整って、段々と動き始める段階。
目に見えない所でも色々と動いてる・・・はず!
・・・あ、無駄に選択肢とか作ってますが、あくまでイメージですのであしからず。
選ばれなかった方はボツ案だった、という事でご了承くださいw。
それでは、楽しんでいただければ幸いです。




――――――――――――――――――――――――

 ――― そうして、アーチャーの語ったもう一つの世界は、およそこちらの常識では考えられ無いものだった。
 説明自体は簡潔に要点をかい摘まんだものであった為、長かったけれど分からないという事は無かった。
 しかしまあ、それでも色々と疑問はある。
 一先ず説明を最後まで聞いたあとで自分の中の考えをまとめ、書き留めたメモ用紙に目を通しながら問いかける。

「大体の所は分かった、……と思うけど、大前提として理解出来ないのは、そもそも大源(マナ)が枯渇したっていうのに、なんで世界が存続してるのか――、ってことよ」
「魔力って言うのは言いかえれば精神力や生命力でしょ? 生き物にしろ植物にしろ、生命活動を行っている以上魔力はある。でも流れる魔力が枯渇したらそのどちらにしたって"枯れる"しかない。だって、身体の状態とは別に、生きようとする(こころ)が無くなるってことなんだから」
「星に流れる魔力である大源(マナ)が無くなったら生き物が住めなくなるどころか、単なる岩の塊になりかねないっていうのに………。おかしいじゃない」
「それに関しては原因不明、としか言いようがないな。魔力が枯渇し始めてから調べ続けられていた事柄だろうが、これといった結論は出ていないはずだ。もっとも、この一事が世界の大きな分岐点であることは明白だがな」

 大源(マナ)が枯渇するという異常事態と、それが起きた故の結果は、おおよそ予想道理と言えるものだった。
 時計塔を始めとする魔術協会は軒並み解体。魔術師は奇術師に成り下がり、神秘の探究など到底無理な状況に陥らされた。
 形だけになった魔術師達の遺産は、宗教という表向きの力を基に生き残った聖堂教会に回収、管理され、そうならなかったものはガラクタか骨董品としての道を辿った。
 魔術師は滅び、神秘は残り香として世界の隅っこに追いやられるだけになる――――、

 ――かと思いきや、魔術師の執念深さはやっぱりそう簡単に諦めたりはしなかったらしい。

 絶滅寸前に追いやられた魔術師達は自身の魔術回路を使って出来る事を考え、それまで多くの魔術師が忌避してきた最先端技術に目を付けた。
 否――、目を付けられる物がそれしかなかった、と言うべきか。
 しかし理由はどうあれ、そうしてこれまで踏み入れた事の無い場所へ歩を進めた魔術師達は、確かにそれまでとは違う境地へと至る事になる。
 コンピューターと、そのネットワーク。そこに自らの魂を霊子化して送り込み、思いのままに世界(システム)を書きかえる魔術師(ウィザード)として、その在り方を変えた。……らしい。
 
「魂のデータ化に霊子ハッカー……、か」
「基本的な手順としては君達魔術師と同じだ。君達は自らの魔力や儀式をもって世界に接続し、望む結果を引き出す為の方程式を組み上げる事で現実へと反映する。魔術師(ウィザード)の場合はネットワークを通じてサーバーへアクセスし、プログラムを走らせ、システムを書き換える事で仮想世界内に出力する訳だ。この時の処理能力は魔術回路の数によって決定するが、これは―――……」
「う………」

 丁寧に教えてくれるのは良いんだけど、途中からは本当に学校の授業みたいになって来ている。
 魔術に関係する事ならまだ理解出来るけど、向こうの用語になるとちんぷんかんぷんで半分も分からない。
 その用語がどういうものかを聞いては、その説明でさらに分からない用語が増えるありさまだと思い知ってからは、メモに取って後で聞こうと決めた。

「私、こんぴゅーたーとか、苦手なのよね……」
「意外、という程のものではないか。余の知る凛も、大源(マナ)がが枯渇せなんだらそなたの様になっていたのかもしれぬ。しかし、ここは逆もまたしかりだ。そなたならば学ぶ気があればすぐにでも使いこなせるようになるという事であろう」
「それはどーも。そういうセイバーは分からない事とか無いの?」
「勝負の形式がバトルロイヤルである事と、総勢が七組だという事は少なからず驚きもしたが、元々セラフの聖杯戦争は地上で行われていたものを基にしたものだ。それを考えれば、後は確証があれば理解できる。余の世界の魔素(マナ)がは枯渇したが、それ以前は魔術も、それを扱う魔術師(メイガス)がも存在していたのだからな」
「そっか。サーヴァントが使うのは魔術なんだし、知らなきゃおかしいわよね」
「うむ、そういう事だ」

 サーヴァントが生きてきたのは魔術も呪いも全盛期だった神代の時代だ。
 それを考えれば、むしろこちらの世界の方がなじみが深いのかもしれない。
 そうなると、気になってくるのは同じ"魔術師"としての見方だ。
 魔術師と魔術師(ウィザード)――、似て非なる立場からの意見は興味があるし、両方の知識があるサーヴァントよりも分かりやすいんじゃないか、と思う気持ちもある。

「月海原さんはどう? こんな根本的な部分が違うとなると、貴女の魔術も上手く機能するか試しておいた方がいいんじゃない?」
「と言われても……。ここで使うのは、その、迷惑じゃ―――」
「あら、そんなに気を使わなくてもいいわよ。むしろ私としては外でやられるより好都合だわ。外だと誰が見てる分かった物じゃないし、何かあったの対処も、ここならやりやすいしね」
「それは、そうかもしれない、ですけど……」

 これまでの無警戒な態度とは裏腹に、随分と出し渋る。
 勿論、魔術師としては正しい反応だし、敵になるかもしれない相手を前に手の内を晒す様なもの好きはそういないだろうけれど、この急な変化はやっぱり気になる。
 目が泳いでいるというか、何かを探す様にきょろきょろとして落ちつかない。
 ……この辺りで、手の内の一つでも見ておきたいなん所だけど。
 相手を探るという目的(本音)と、外でやられると迷惑だという理由(建前)が一致する絶好の機会なのだ。加えて別の世界の魔術が見れるかも知れないとなれば、一石三鳥の大チャンス。さらにリスクがほとんど無いとなれば狙わない理由が無い。
 ここはある程度譲歩してでも使わせたい。
 ――と、そんな月海原さんの袖をセイバーが引いて、耳元で何事かを囁く。聞いた方は慌てた様子で、

「だっ、駄目! そんな――」
「案ずるな、奏者よ。何も喉を突くわけではない。余とて好んで行いたいとは思っておらぬが、この機を逃せば試し難い事である事もまた事実。ならば後の命運を(ひら)く為、余は傷を負う事も厭わぬ」

 止める声を聞き流し、部屋の隅にまとめてあった礼装の中からマフラーを持ってくると、セイバーは己が主の手に包み被せる。
 数歩を下がり、辺りを軽く見渡してから、さっき見た真紅の剣を顕現(あらわ)して胸に抱く。
 今一度取り出された剣を警戒するアーチャーを横目に、手を刃に添える。
 そして、

「では凛よ。余の名演、そして奏者の勇姿、しかと見るが良い!」

 ―――刃に乗せていた左手を、撫でる様に引き切った。 

「!?」

 驚きは誰のものか。
 血が落ちる前に上に掲げられた手の平からは、一拍遅れて血が溢れ、赤い衣装を袖口からなお赤く紅く染めていく。

「――――っ!」

 ――瞬間、部屋全体が僅かに揺らいだ。
 理由は簡単、放たれた魔力に対する、家の防衛機構による自動反応だ。
 警戒は月海原由命、セイバーのマスターが持つマフラーに向けられている。
 魔力が流された事で礼装としての機能を取り戻したのか、茜一色だったマフラーには緋色の紋様が炎の様に浮き輝いている。

礼装起動(コードキャスト)――――!」

 爆ぜる。
 流し込まれた魔力はガソリンの如く。火花を散らせて組み込まれていた術式を起動させた。
 ―― それで終わり。
 何も変わらず、しかし流れが途切れて肌に残った血の(あと)が、傷が癒えた事を告げている。
 そのセイバーは、やおら手首に口を付けると、()に残った血溜まりを一息であおった。
 口に溜め、飲み干すと、そのまま、残った血の痕に舌先を這わせる。
 袖口から辿り手首へ。そして立てた手の平を超え、甲の側とを赤く濡れた道で繋ぐ。
 輪を描いた所で舌を離し、最後に軽く口づけをすると、ほぅ、と蕩けた表情で大きく息を吐いた。
 それは妖艶さを伴って、さながら劇の一幕の様に。あるいは、一枚の絵画を切りだしたかの如く、視線を釘付けにする。
 息を呑み、耳の奥に喉を鳴らした音が響いてから、
 ……い、いけないいけない。のまれてる場合じゃないってば………!
 目を閉じて、短く深呼吸。
 頭を切り替えてから改めてセイバーに目を向ける。

「セイバー……っ!」
「見事だ、奏者(マスター)。こちらの世界でも、十分に使えるようだ」
「そんなことよりっ、なんで、あんな事! 血だって出て………っ!」
「なんでも何も、少し試しただけであろう。それに、怪我はちゃんと治ったから良いではないか!」
「だからって―――!」
「何だ! 余は謝らぬぞ!!」

 ……あ、なんか口論になってる。
 でもまあ、いきなりあんなことされたら誰だって驚く。
 ―― それが例え、治せるものだと分かっていても。

「大体、傷を負うというならば、今までの方がよほど多かったではないか。それに比べればこの程度、かすり傷と大差ない」
「それでも、……それでも、戦ってる時だけで十分心配なんだから、自分で傷つける様な真似は、しないで………っ」
「む………」

 むくれっ面をしぼませ、眉根を下げた表情で、月海原さんは言う。
 セイバーはそれを見ると、大きく息を吐いて剣幕を治めると、

「始めに行ったであろう。余とて好んで行うのではないと。効果を測る為にある程度の傷は必要だったが故、この様な手段を取っただけの事。だから―――、案ずるな、奏者よ」
「………うん」
「何だか、焚きつけたみたいになって悪かったわね。そこまでして貰うつもりは無かったんだけど」
「余が決めた事だ、何も謝られる事は無い。それに、もし上手くいかなければ、凛、そなたに治してもらえばよい」
「……もしかして、機を逃せば、ってそういう事?」
「門をくぐるまでは客人であろう。傷を負わせて帰すのは、あまり褒められたものではないと思うが」

 言ってくれる。――でも、上手くいってなかったら、多分治してたんだろうなー、とも思ってしまう。
 さっき言われた通り、世界が違っても私はやっぱり私だったみたいだ。
 こういう時、性分を知られているのは良いんだか悪いんだか。
 ともあれ、一応目的は達成できたと言っていい。
 礼装自体におかしな所は無し。少なくとも、私に分かる範疇ではこの世界の礼装と変わりない。
 違う世界(システム)から持ち込んだのなら何かしら起こると踏んでいたが、結局何も起こらずに使えてしまった。
 結果としてマスター本人の手の内はほとんど見れじまい、総合的な身入りは見積もりよりもやや少なめだ。
 偶然か、それとも隠す必要がある"奥の手"があるのか―――。
 ……名前の件も含めて、人格を切り替えてるとかならあり……、かもしれないけど、やる意味が無いのよね。
 いくら科学が発達したとはいえ、いま私が居る様に、魔術の全てが取って代わられた訳ではない。
 特に精神面の操作に関しては魔術に一日の長がある。
 心得のある魔術師ならば、複数の人格を用意して切り替えるくらいは造作もない。
 彼女もその類であると考えれば、警戒心の無さや名前の忘却など、説明できる事は多い。
 しかし聖杯戦争はその目的(聖杯)が協力する事を許さない。手に入れられるのが一人である以上、次の瞬間には敵になる危険性を孕むからだ。
 バトルロワイヤルという勝負方法において、複数人が協力し合うというのはそれだけで大きなアドバンテージになるが、足を引っ張り合っては元も子もない。
 なのでこういう場合、各々の得手に応じた役割を割り振るのだが――、セイバーとアーチャー。どちらが前に出て、どちらが援護に回るかなど考えるまでもない。そしてどちらの消耗がより激しいか、という事も。
 敵が来ればセイバーはアーチャーに背を向けなければならない。それはつまり、こちらからすれば前線(サーヴァント)の裏を取った上で本陣(マスター)を切り離す事と同じだ。
 サーヴァントを消耗させ、身を危険にさらして得られるのは私に近付けるという事だけ。手を出すなら、そこからさらにアーチャーを突破する必要がある。
 そんな事をするなら、最初から正面突破した方が絶対に早い。
 ……結局、疑うだけ損か。……聞かなきゃよかった、なんて、今更な事、思ってもしょうがないんだけど――。
 聖杯戦争の趣旨に則るなら、今ここで仕留めておくべきだ。いくら最優のサーヴァントといえど、相手の陣地(ここ)でマスターが狙われてはどうしようもあるまい。
 しかし同じ位に興味も湧いてしまっている。
 根本的に異なる世界。何もかもあり方が違う相手。それがサーヴァント共々協力するという幸運。
                                                 でも。
 聖杯戦争を勝ち抜くのも楽になるはず。ちゃんと協力しあえるなら、まず負けることは無い。
                                                 でも。
 メリットは大きい。よく知らない、という事を除いても、十分なものはある。
                                               それでも。
 受けてしまえばいい。魔術師ならば、自分を優先してしかるべきだ。心に贅肉なんて付けている場合じゃない。
                                     こんなやり方は、趣味じゃない。

「……………………………はぁ――ぁ」

 肩を落として、大きく溜め息を吐く。
 ……ああもうっ、要するに私は、自分の都合に付き合わせるのが嫌なだけじゃない……!
 つくづく自分の不器用さが嫌になる。
 正直な話、運によるものだとばかり思っていた。協力者(向こうの私)の背に隠れて戦いから逃げ、最後に消耗をした所を持って行ったものとばかり。
 聖杯を求め競い(殺し)合う相手を前に構えもしないのを見て思った気持ち(侮った事)に気付かないふりをした。
 ―――これなら、と。
 労せずして手に入れたものならば、今一度その担い手の選定がやり直されるのも仕方が無いと。
 そんな、馬鹿げた勘違いを、疑いもせずに受け入れていた。
 セイバーのクラスに有利な条件(ルール)だとは思う。      / 相手にもセイバーのクラスはいる。
 偶然、消耗した相手ばかりに当たったのかもしれないとも思う。  / だからといって、自分が消耗しないはずが無い。
 万に一つ、全てが上手く行っていたのだとしても。―――戦う意思、生きる覚悟の無い人間に、勝ち抜ける程甘くは無い。
 こっちに喚んだのも、冬木の聖杯戦争に巻き込んだのも、私の責任だ。
 私は、実力を以って必死に生き抜いた勝者を、天の玉座から引きずり落としたのだ。
 それなのに、彼女達は協力をしてくれる。誰とも知れない、私の為に――、協力を、させてしまう。
 そんなのはおかしい。片手間に手を貸すというならまだしも、肩を並べて戦ってもらう立場じゃない。
 でも――、だからといって聖杯を渡す訳にもいかない。
 それとこれとは話が別なのだ。
 大体、責任を取る為に聖杯を諦めたりしたら、遠坂家の先祖代々から袋叩きにされてしまう。私だって今後の人生後悔しっぱなし確定だ。
 ここは――――、

 >1.仕方が無いので協力する。<
 2.断固拒否。意地でも協力しない。

 ……協力するしかない、か。
 少なくとも、それで生き残る可能性は上がる。手を抜かずにいけば向こうの消耗も抑えられるだろう。
 最後の二人になった後で決着をつければ、私達のどちらかに聖杯は渡る。
 私が勝てばそれでよし。セイバーには悪いけど、手に入れた聖杯で月海原さんだけでも元の世界に(かえ)して義理を果たす。
 もし私が負けたとしても、元の世界に還るのならその時点で勝者は別の世界行き。この世界ではそれ以上の事は起こらない。
 仮にこの世界で何かをするとしても、それは聖杯戦争の勝者の権利だ。
 その時は私達がどうこう言える状態では無くなってるだろうが、異議があったら力づく(死ぬ覚悟)で訴えよう。
 ―――うん、そう決めた。決めたなら、後は動くだけだ。

「ねえ、ちょっと良いかしら? 別にお詫びって訳じゃないけど、さっきの話、受けてもいいわよ」
「さっきの………――?」
「……あのねえ、貴女から言ったんでしょうが。協力しないか、って」
「えっ――、いやまあ、言いました、けど……」
「アーチャーの話で協力するだけのメリットは得られるって分かったし、聞いてるうちに興味も湧いちゃったしね。それとも今更言っても遅い?」

 軽く笑顔を見せて問いかける。
 月海原さんは目を丸くしてから、花が咲くように笑顔を見せ、

「そんなっ――、そんな事無い! ありがとう、遠坂さん!!」
「はいはい話は最後まで聞く! はい、いいえで終わるものじゃないんだから、後で文句言っても聞かないわよ?」

 手を打ち鳴らし、小躍りしそうな勢いではしゃぐのを(いさ)める。
 こちらを向き直ったのを確認してから、

「協力するにあたって、こっちからいくつか条件を出すわ。
 一つは、協力は休戦と同意義であり、必ずしも戦闘行為における協力じゃないって事。
 もう一つは、お互いを可能な限り守り合う事。
 最後に、この協力関係は他の相手を倒しきった時点で解消とする事―――、どう?」
「あの、一つ目と二つ目の条件が矛盾してる気がするんですけど」
「それは協力を強制しない様にするためよ。
 例えば手ごわい敵がいたとして、そいつに勝てる、勝てないで意見が割れた時とか、もしくは戦うと危険なくらい消耗してる時とかね。一から十まで一緒にやるわけじゃなし、要は相手が協力しないからって文句を言うなって話よ」
「そういう事なら、私からは特に言う事は無いです。セイバーは?」
「余もそれで構わぬ。雑兵の相手など余一人で十分だが、休む時間は必要故な」
「それじゃ決まりね。ほら、アーチャーも挨拶の一つでもしなさいよ」
「特に言う事など無いのだが。せいぜい長い付き合いになるように努力しよう」

 満足げな顔で尊大に頷くセイバーと、溜め息を吐きながらも皮肉気に笑うアーチャー。
 そして私達を見て微笑んでいる月海原さん。
 きっとこれで良い。
 後悔は無い。後悔はしない。
 ――― そう決めた。

            ●

「ん。これでいい、かな」
「おお、中々に似合っているぞ奏者(マスター)。まるで路傍に咲く名も無き花のようだ」
「……あ、ありがとう?」

 素直に喜んでいいものかと悩みつつ、姿見の前で服装を確認する。
 上は白のブラウスに(こん)色のリボン、下はリボンと同じ紺のロングスカート。
 前、後ろと確認する動きに合わせて服の端々がふわりと風を含む。
 ――少し前。
 協力する事になってからの段取りはとんとん拍子で決まり、私とセイバー、アーチャーは遠坂さんに街中を案内して貰う事になった。
 善は急げとばかりにそのまま出かけようとしたのだが、家を出ようとした所で制服ではまずいと言われてしまった。
 なんでも最近は事件事故が多発しており、そんな中で平日の昼間から制服でうろついていれば職務質問間違い無し、罰金くらって豚箱行きだとか何とか。
 ……刑務所に行くんだったら保釈金、いやあれも罰金の一種なのかと突っ込むのは心の中だけにして、着替えは礼装以外には無いと言うと、この着替えを持って来てくれた。
 着替えの為に借りた部屋は客間らしく、家具は揃っていても人に使われていない場所特有の(わび)しさを感じる。
 姿見での確認を済ませた所で隅のベッドに腰を落とし、僅かな埃とシーツの皺を生み出す。

「んぅー……、っく、……ふぅ」
「奏者よ、疲れがあるのならば休むが良い。多少待たせた所でいかようにもなるまい」
「ありがとうセイバー。でも大丈夫。緊張が解けて、ちょっと気が抜けただけだから」

 腕を上げて背筋を逸らし、筋を伸ばす。
 緊張でかたまっていた身体と一緒に、どうなるかと不安に思っていた気持ちもほぐれていくようで気持ちが良い。
 ……それにしても、

「本当に驚いたんだからね? いきなりあんな事するなんて……、心臓が止まるかと思ったんだから」
「余が手を切った事か?」
「うん。ちゃんと治せたから良いけど、血がたくさん出てたし、……心配にもなるよ」
「血はあえて出る様に切ったのだ。浅く、広くな。あのままでも別に支障は無いが、剣をとる手間は増えたかも知れぬ」
「だったら何で―――!」
「凛を()る為だ、奏者よ」

 セイバーは静かな表情(かお)でこちらを見る。
 
「遠坂さんを……?」
「余らの知る凛と、この世界の凛が違う事は知っておろう。それがどの程度のものかを知らねば背を預けるなど論外だ。ま、概ね同じではあったようだが」

 どうだっ、と言わんばかりに胸を張るセイバー。でも正直、それが何であの行動に繋がるのかが分からない。
 それが顔に出ていたのか、セイバーは軽く息を吐くと、

「奏者よ。凛が一から十まで魔術師であったのなら、余が血を流した時にあの様な顔はせぬ。――あれは血を嫌い、傷を忌避する者の顔だ。魔術師のものではない。加えて言えば、礼装が使われた後、奏者では無く余を見ていた事も根拠の一つだな」
「それは普通だと思う、けど」
「人であればそうだ。だが魔術師(マスター)であったならば奏者を見るであろう。相手の情報を得る絶好の機会だったのだ、逃しはすまい」

 顔は見ていなかったが、まあ、そうかもしれない。
 しかし元から協力するつもりであったとはいえ、それだけで判断するのは少し早すぎるのではないか。
 そう口にすると、セイバーは不思議そうな顔で首を傾げる。

「ん? 何だ奏者(マスター)、それだけ分かれば十分であろう。ただ単に勝利を求めるのであれば、昨夜の内に事が起きているはず。そうしなかった時点で、ある程度信用はしていた」
「あ……、そっか」

 言われてみればその通りだ。
 特に気にせず寝てしまっていたが、何かされる危険性も十二分にあったのだ。
 次があるかは分からないが、もしあったら気を付けるようにしないといけない。

「なんだか、色々まかせきりにしてごめんね」
「気にするな。いつぞやは楽しむ余裕などなかったが、なかなかどうして、そなたに心配されるというのも悪くない。ところで………、言う事はそれだけか? 奏者(マスター)
「ふふっ、――ありがとうセイバー。今こうしていられるのも、セイバーのおかげだよ」
「うむ、存分に褒めよ」

 心からのお礼を言うと、口をとがらせていた表情を満足げな笑顔に変えて、右隣へ寄り添うように腰を降ろす。
 肩ほどの高さにある頭を撫でると、セイバーは鼻を鳴らしてこちらへと寄りかかって来る。

「ともあれ、危うくはあったが結果としては上々だ。奏者よ、今一度聞くが、本当に良いのか? 望むのならばそなたとて―――」
「セイバー」
「――すまぬ。既に決めた事であったな。許すが良い」
「………うん」

 短く答えながら、左手を前へと突き出す。
 手の甲には魔力を通された令呪が、赤い光を放っている。
 ―――――― そして、同じ場所には色を失った(あと)が名残として、かつて令呪があった事を告げていた。

「せめて一つだけでも戻って来ると良かったんだけど」
「全くだ。奇跡を起こすほどならば、稀人(まれびと)を遇する程度は造作もなかろうに……、ここの聖杯はケチだ!」

 憤慨するセイバーの頭を撫でて窘めながら、一画のみが残った令呪に目を向ける。
 けれど、頼りないとは思わない。令呪は戻らなかったが、それによって得たものは残った。たった二画の令呪より、残ったものの方が何倍も頼もしい。
 心配があるとすれば、

「まだ、セイバーのサーヴァントが喚ばれる可能性がある事、か」
「凛は既に揃ったと思っているようだが、奏者に令呪が宿っておらぬ以上、新たなマスターが現れる可能性は十分にある。気を抜くで無いぞ」
「分かってる。セイバーも気を付けて」

 本当なら、マスターが現れるかもしれない事は真っ先に遠坂さんに話すべき事だ。しかし、私達はそれをしていない。今話せば令呪が宿っていない事も話さなければならなくなる。
 遠坂さんに話せば、きっとその分を行動で返そうとするだろう。しかし令呪二画分の対価となれば相当だ。こんな事で負い目を作らせたくない。
 ……なんて酷い自己満足。
 けれど――、実際に現れるか、せめて話す機会が来るまでは、このままで。
 この事が危険をもたらすなら、私は身を(てい)してでもそれを阻もう。
 ―――気が付けば、大分時間が経ってしまっていた。
 まだ何とか着替えと言い張れるが、これ以上は無理だろう。

「セイバー、そろそろ行こう?」
「了解だ奏者よ。現代の街の有様、人の営みを直に見るのは余も楽しみだ」

 立ち上がり、服と一緒に借りた黒っぽい赤色をしたウールコートに袖を通す。
 そしてマフラーを含め、持ち歩いていても問題の無さそうな礼装を幾つか選び、身に付ける。
 セイバーは既に霊体化している。
 最後にもう一度身だしなみをチェックしてから早足で玄関へ降りると、遠坂さんは丁度靴を履き終わった所だった。

「ようやくご到着ね。それじゃ行くわよ」
「はい。よろしくお願いしますっ!」

 勢いそのままで返事をして玄関先に出る。遠坂さんが何かの呪文を唱えるのを見届けてから、後に続いて門をくぐる。
 ふと思いついて、門の向こうにある屋敷に向き直る。
 ……――よろしくお願いします。
 口の中で呟きながら小さくお辞儀をし、今度こそ遠坂さんの後を追う。
 澄んだ空には雲ひとつ無く、―――高く昇った太陽が、透明な空に輝いていた。


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