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疑惑
<1年前 1943年5月22日>
<ヒスパニア上空>
「ふむ、魔力供給機関の具合と加速性能は、前よりも良くなっているな」
「そのようですね。
ウルスラさん、そちらではどうですか?」
『計測器に異常はありません。
予測計測値を出しています』
新型のストライカーユニット、Me262で試験飛行行なうアドルフィーネ・ガランドの言葉に、その随伴ウィッチであるフリーダ・ヴェンデルと、地上でデータ測定を行なっているエーリカの双子の妹、ウルスラ・ハルトマンが応える。
『これなら、近い内に先行量産型を作る許可が取れそうです。
それに、あの誘導弾の開発も順調だと聞いています』
「ああ、FAFには感謝しないといけないな。
彼女等が居なかったら、こうして新型を飛ばす事は出来なかったからな!」
ウルスラの意気込みにガランドは応えるとさらに魔法力を込め、天高く上昇して行った。
<4月初め>
<501JFW基地>
「そうですか、もう量産が始まっているのですね」
『ああ、私達でも手前味噌だと思うが、あれはこれまでの戦いを変えるぞ。
何せ態々ヒスパニアにまで運んで、実地試験を行なったんだからな』
「ふふっ、あなたがそこまで言うのですから、その通りなのでしょう。
それで、こちらには何時、何機ほど送られるので?」
受話器の向こう側に居るガランドの嬉しそうな言葉に、ミーナは微笑みながら応え、噂の新型の配備状況を知ろうと、そう聞いた。
『余剰部品の数を揃えてから送りたいと言っていたから、5月には3機そちらに送れるそうだ。
ただ気をつけろ、あれは今までのストライカーとは勝手が違う』
「分かりました。
2人にもそう言っておきますし、スノー大尉からも助言を頼みます」
『まあ、君達三人に彼女の補佐が付けばそんなに……っと、もうこんな時間か。
私は仕事に戻る』
「了解、今回はありがとうございます。
お体には気をつけて」
『ははは、そちらもな。
では』
ガランドはそう言って電話を切った。
ミーナも受話器を置いて、この基地に来るまでに取得したスノーの偵察情報を見る。
ここ数年、FAFからの戦術や技術情報の提供で学んだ事も多く、ミーナや他のウィッチ達もその恩恵に感謝している。
一部の人間は、一方的な恩恵は我々にとって害になると言っているが、ネウロイとJAM両方の敵と戦うには、人類連合側からFAFとの技術差を埋めて、共同で戦えるようにしなければならない。
「難儀なものね……」
スノーが撮ったガリア地方の偵察写真を見ながら、ミーナはそう呟いた。
所変わってここは滑走路端、そこには対物ライフルを伏射体勢で構えたリネットと、扶桑に一時帰国した美緒に代わり、訓練を見ているシャーリーの姿があった。
「次、距離1,000、撃て!」
シャーリーの合図でリネットが対物ライフルを発砲する。
撃ち出された銃弾はリネットの狙い通り、1km離れた標的に命中した。
「命中率は500mで5発中4発、1kmで5発中3発か」
「す、すみません」
「いや、この距離で6割は上出来だと思うぞ?
あたしじゃ1発でも当たれば良い方だよ」
リネットの射撃能力に、シャーリーは掛け値の無い賛辞を送る。
実際、狙撃用の照準機がなければ、常人では標的を見る事すら出来ない距離だ。
「それでも、私は……「リーネ!」ひゃわぁ?!」
リネットが何か言おうとしたところで、ルッキーニがその豊満な胸に背後から手を伸ばし、そのままもみしだく。
「やっぱり大きいって良いねぇ~」
「ちょ、ちょっとルッキーニちゃん!?」
「あははは!」
そんな二人を見てシャーリーは笑い声を上げた。
リネットがここに来てから暫くは様子を見ていたが、彼女がこの基地に慣れ始めると同時に、ルッキーニのセクハラ(?)が始まったのだ。
「うんうん、やっぱりこの反応だよ~」
「そう言えばスノーにもやったんだよな?」
「うん、でもやった後すぐに、『楽しいですか?』だもん!」
「抵抗しなかったから不快ではなかったのかもしれないけれど、あそこまで淡白な反応されると逆に困るよなぁ」
「淡白と言うより、そう言った事に興味が無いと思うんですけど……」
「あー……確かに、そんな感じかもしれないな」
リネットの言葉にシャーリーは頭を掻きながら応える。
実際の所、スノーが誰かと一緒に作業をするのは、殆ど仕事か訓練だけで、個人的な趣味などには一切関心を示さない。
『発進機有り、滑走路上から退避して下さい!』
そんな会話をしていると、基地の外部スピーカーから声が流れ、それを聞いた三人はそそくさと滑走路脇に退避する。
格納庫から轟音が轟き、徐々にその音量が大きくなる。
『滑走路クリア、どうぞ!』
アナウンスと共にスノーの姿が格納庫から出てきた。
スノーは滑走路に出ると同時に加速を開始、滑走路の中ほどで体を浮き上がらせ、急角度をつけて一気に上昇を開始する。
「わっはー♪」
「相変わらずの上昇能力だなぁ……」
「高高度から地上を偵察するストライカーだって聞いていますけれど、あそこまで高度を取る必要があるんでしょうか?」
「彼女があの高度まで昇るのは、交戦するリスクを極力避けるためよ」
歓声を上げるルッキーニを尻目に、シャーリーとリネットが話していると、後ろからミーナが声を掛ける。
「あの高度まで到達できる飛翔体は、人類連合だけでなくネウロイやJAMでも難しい。
それに彼女にはそれを振り切るだけの速力がある。
敵が彼女の高度に到達する頃には、既に遥か遠くへ退避しているのよ」
「敵を倒さない代わりに、ネウロイの詳細な情報を確実に取る為か……」
太陽の光を目に入れないように、手で隠しながらスノーが昇っていった空を見上げるシャーリー。
ただ自分の役割に忠実なスノーに、少し物悲しげな感情が芽生える。
「別に倒さないと言うわけではないのよ?
自分に向かってくる敵は倒すけれど、他の方へ行った敵は手を出さないと言うのが、彼女が昔居た部隊の方針みたい。
目標に当たらないブーメランみたいに必ず帰還する部隊、ブーメラン戦隊だって皮肉られたと言う話もしていたわ」
「ブーメランねぇ~」
オセアニアに伝わる武具の名前を出されシャーリーは、偵察飛行から帰還するスノーを思い出す。
必ず主翼に装備されているミサイルが何基か無くなり、専用武装である20mmガトリング砲の残弾も、3割まで減っているのに全くの無傷で帰還する様は、正に標的に当たらなかったブーメランの如くだ。
「でも、必ず帰還するって言うのは、それだけの腕と機材が無きゃ出来ない事だと思うんだ」
「そうね……」
実際、連日JAMと戦っていたスノーの練度は501の中でもトップクラスだ。
ストライカーの性能も有るのだろうが、長い間戦い続けていたと言う実績が今の彼女を形作っている。
そこでミーナはふと疑問に思う。
(じゃあ彼女は何時から戦い続けていたの?)
少なくとも今の彼女の外見的年齢は18歳の少女、最初の目撃例が1940年でこの時14歳だと仮定できる。
そしてその時には、既にラロスを数十体も撃墜していることから、その時には既に戦士として完成されていると見て良い。
(サーニャさんの例から見て、12歳から戦っていた?
いえ、どう考えても二年間戦ったにしては動きが洗練され過ぎている)
スノーの性格が酷くドライな事からでもそれにも説明が付ける。
だが、それでも彼女の戦闘技能は群を抜いている。
少なくともガランド少将等のように、長い間戦場に身を置いていた歴戦のウィッチでなければ、あのような動きは出来ない。
(あの娘は一体……)
「中佐、どうかしたのか?」
「行き成り黙り込んでどうしたの?」
「……いえ、何でもないわ。
ただ、彼女のポジションを今のままで良いのかな……って思っただけだから」
「んー、でもスノーの戦闘力はこの隊の中じゃずば抜けているからなぁ。
あたし達と同じ隊列に入れたら逆に扱い難いから、遊撃戦力として一人で行動させた方が良いと思う」
急に黙り込んだミーナに二人が呼び掛け、彼女は適当に理由をつけて返すと、返ってきた答えは、美緒やバルクホルン達と同じ様な物だった。
最初こそハルトマンが、自分達が弾持ちをするという冗談を交えた意見も出ていたが、当然の如く採用されていない。
その後試行錯誤した結果導き出された現在のポジション、スノーを遊撃戦力として扱う形に収まったのだ。
「それもそうね……」
今の配置を無理に変更する事も無い、それに、この話題は彼女達の気を逸らす為に振ったものなので、別の意見が出た場合は考慮する気持ちだった。
「でもあんな高いところ飛んでいて寒くないのかなぁ?」
「そう言えばあいつ、何時も2万メートルとかそこら辺を飛んでるんだよな?
幾らウィッチでもあそこまで行くとかなり冷えるぞ」
「飛行中は身体の保護と、偵察機材の操作に武器の管理で、シールドを張る余裕は殆ど無いと言っていたわ。
でも、彼女のストライカーなら迎撃が来る前に振り切れるから、彼女自身は問題視していないみたいだけど……」
そんな三人の心配を他所に、スノーは何時もの偵察コースを飛行していた。
現在位置はボルドー地域で、先ほどノルマンディー周辺を偵察したばかりだ。
「……」
赤外線カメラで地上の様子を映し出す。
そこには多数の陸上型ネウロイが、かつてワイン産業で盛んだった筈の土地を闊歩している。
これを見たらペリーヌは憤慨するだろう。
「今日も収穫なし……か。
こちら雪風、偵察飛行終了、RTB」
暫く飛行した後スノーは帰還の報告を入れ、緩降下して速度を稼ぎながらヒスパニア領空を掠めるようにボルドー沖に出た後、ウィッチーズ基地へ向かう航路を取った。
<後書>
急に気温が上がり、書き始め→気が付いたら寝てる、と言うパターンが増えてきて全く筆が進まない今日この頃……。