<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29120] 今度はきっと二輪の華で【再構成】(北斗の拳 憑依?)
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/22 17:59
 どうも、お久し振りです。初めての人には初めまして。

 『きっと、今度は二輪の華で……』と言う題名でジャギの2次創作を執筆させて頂いていましたが、

 最近読み直して(どうも納得いかんなぁ……)と考え。悩んだ挙句自分の満足いく出来を模索しやり直しを決意しました。

 尚、作品を紹介するにあたっての注意事項。

    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

        ↑のまーくがちょこちょこ出てきます。主に話の回想、そして場面の移り変わりで使用します。

 それと主要人物の過去、及び性格に作者のオリジナルが付け加えられます。

 あと、前回はギャグを多用してましたが、今回はシリアスメインで行くつもりです。

 そう言うのが嫌いな方は北斗千手殺。

 そしてヒャッハー! 構わねぇ! と言う方は羅漢撃でお読みください。









 報告》【巨門編】三十話を別の話にしました。少々改訂しました。

 報告》 オリジナルキャラクター キマユの企鵝拳が企【鵡】となっていたので目のつく限り修正しときました。

 


 誤字脱字の報告及び、皆様の感想をお待ちしております。







[29120] 【文曲編】第一話『名も無き星の目覚め』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/02 20:52

 ……それは遠い遠い過去の事


 男は死ぬ前に罅割れが目立つ建物の屋上で星を見上げていた。


 その時に見えていたのは男が目指していた物。そして裏切られ忌み嫌った物。


 男は常にそれを私怨や嫌悪を込めて憎悪していた。


 そして、そんな日は特に胸の傷が痛み、彼はバイクに乗る。……懐かしい幸福だった日々を思い出そうとするように強く走る。


 だが、そんな彼の願いも虚しく。


 彼はこの翌日に死亡する。その彼の存在を世界から消し去ったのは後に救世主と謳われる者。世界の主軸。


 そして彼はそんな救世主の伝説の一端の存在、彼は荒野の中で消え去った。


 そして……本来の物語は其処で終わる……筈だった。











  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 
 ……それは深い深い奈落の底。

 その場所は常人ならば一瞬で致死となるであろう業火に包まれている。

 生きるものは存在しない、永遠に火だけが昇る場所……死の世界。

 業火の中に佇む影もちらほら見える。だが、そんな場所に存在する者が真っ当な物である筈がない。

 それらは咎人。殺生を繰り返し、命を無下にしてきた者々の成れの果て。

 それらは最後の最後に此処で何時か生まれ変われる時まで謝罪と苦悶の声を上げる……聞こえるだろうか?




 ……ア!  ……コロセ ェ  コロセェエエエエェ!!


  ゴメンナサイゴメンナサイ ユルシテクレェ  ユルシテクレェ!


 ミズ   ミズ  水ヲ! 水ヲクレェ! 一滴デイイ! 頼ム! 水ヲヲウォ!


 ケシテ クレ…… ヲ願イ ヒトオモイ二……  ケシ  テ



 

 無きに等しい体は時の流れすら忘れ去られる気の遠くなる時間の中で火の激痛に煽られつつ亡者達は死を請う。

 最初はこの世界に来て恨み言を発する事が出来た亡者達もやがてこうなる。

 そして最後に人としての後悔による懺悔を行い、魂は浄化されていくのだ。

 ……いや、唯一違う声が聞こえてくる。






 ……許せねぇ……許せねぇ……殺してやる……きっと……奴を。







 ……それは冒頭で語った彼の成れの果て。

 彼は永遠に怨嗟の声を上げる。業火の激痛すら構わないとばかりに宿敵の名を紡ぎつつずっと……。

 そのような魂は浄化されず業火により消える、悪に染まった魂は救われず、生前塵へ還ったように無へと還るしか非ず。

 ……本来、それで終わる筈だった……終わる筈だったのだ。

  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……焼ける体。押し潰されるような頭の激痛。そして胸の特異点から発される鈍痛。

 前者の二つは常人ならば決して耐え難い痛み。発狂し心を失くすであろう。

 だが、それでも俺が狂わないのは……微かに疼くように痛む胸の傷の所為。

 それは報復の誓いの傷。俺の全てを狂わし、全てを奪った男へと復讐を決意した傷。

 あいつはあの世界で、俺が死んだ後に幸福になったのだろうか?

 そう考える度に頭を掻き毟りたくなる位の懊悩と憎悪が吹き出てくる、アノ男ハ俺より下だった筈なのに……!

 『くそ……くそ! ……許さねぇぞ「    」! 俺をこんな目に合わせたあいつを……俺は絶対に許さねぇ』

 男は限りなき時間の中で狂わぬのは皮肉にもその男のお陰ゆえに。だが、そんな救いなき者である彼にも……光はあった筈なのだ。

 それを彼は忘れた。いや、思い出せば自身を失いかねない為に封じた、と言って良い。

 そして希望通り彼はパンドラの箱から幸福だけを追放させ……そして死んだのだ。

 『殺す、八つ裂きに……胸を貫き……抉り……秘孔を突いて……』

 彼は復讐の塊。悪の、極悪で染まりし荒野の華。

 だが、くどいようだがもう一度言う。『彼にも光はあった』





                                  『   』





 『……誰だ』

 鬱陶しそうに彼は自分を呼ぶ声に耳を傾ける。

 その声に耳を傾け、彼は一瞬だけ歯軋り音を発した。

 『……うざってぇ』

 その声は自分が良く知っている声だ。

 自分に生き抜く力を教えた存在。そして目標をくれた存在ではあった……そう、『あった』。

 だが、結果的には自分はソレにはなれず、そしてその存在には最後の最後に見放された……その存在が死んでも憐れとは思わない。



                                  『    』


 『……くそ、何だってんだ……っ』

 次に聞こえてきたのは、それを共に追い求めた者。

 その者は、こんな惨めな存在となった自分にも生前優しい言葉を投げかけた。いや、『そういう存在』だった。

 誰からも慕われ、誰からも尊敬される。完全無欠と言う言葉が似合う、面白みもない糞みたいな人物。だが……認めてはいた。

 その者ならば自分も渋々ながら認め、そしてあのような末路を辿らなかったかも知れない。

 ……いや、過ぎ去った過去を悔やむような者じゃ俺はない。そんな『弱い』存在ではないのだ。

 『失せろ……』

 その存在は自分にはない才を、生まれながらにして恵まれていた。

 今更そんなものに同情されるように声を発せられても……救われなどしない。




                                   『   』


 『っ……くそ……くそくそ……っ』


 次に聞こえる声に、男は一瞬体が本能的に避けるようにざわめき、そしてそんな自分に苛立つ。

 その声の存在は自分にとって畏怖の存在。そして自分には決して超えられないものだった。

余りにも強く、余りにも圧倒的なその声の持ち主に……少なからず憧れに似た何かがあったのは否めない。

 アレはあいつを倒す事を望んでいた筈だ。あいつを倒せただろうか?

 それならばどんなに良いか。いや、それは決して自分の希望通りではない。

 あいつを倒すのは俺だったのだ。そして、俺は……。

                
                                   『   』

 
 『!っ消えろっ!!』

 次に聞こえてきたのは、何の皮肉か自分を消した存在。

 『てめぇなんぞ消えろ! 死ね! 俺の傷と同じ苦しみを味わえ!!』

 それに向かい男は濃密な怒気と殺気を入り混じって慟吐する。

 『全部てめぇの所為だ! てめぇさえいなけりゃ俺様はこうはなりはしなかったんだ!!』

 八つ当たりだと解っている。全ては自業自得だと。それでも男は止まらない、止められない。

 『絶対に許しはしねぇ! 何もかもお前の所為だ!! お前が悪いんだ!!!』

 そう思わなければ男は自分の価値観を失ってしまう。あの、この地獄とも似た世界でそれだけが男の生きる支えだったから。

 『お前が俺から最初に奪い取ったんだ! 何もかも、お前がよぉ!』

 『くたばれ偽善者が!! 俺よりも醜く焼き爛れろ!!!』

 散々罵詈雑言を吐きつくしてから、男は息荒くポツリと言う。

 『……消えろ、全部消えちまえ……もう全部無駄だろうがよ』

 何もかも全て後の祭り。自分は死に、もう残るのは痛みのみ。

 絶望と怨嗟と、苦悶と憎悪の果てに自分は消えるしかないのだ。

 そうだ、自分は極悪。これが相応しい末路。自分に残されたものなどもう何も





                                   『   』




 

 『……あ?』

 ……その声を聞いても、最初何が何だが解らず男は体を包む炎の痛みも、頭の痛みすら忘れ思考は停止した。
 
 だが、声は続いて男の名を呼ぶ。遥か彼方から、その男の名を。



                                   『   』


 『……あ、あぁ……?』

 


 ……聞き覚えのある声。

 それは、男にとって遠い遠い昔に置き去りにしてしまった声だった。

 いや、置き去りと言う言葉には御幣がある。だが、男はその声を平和の世界と共に置いてきた……置いてきた筈だった。

 ……だが、男の反応に構わず声は再度続く。


                                   『   』



 『……俺は……俺は』


 ……遠い昔、自分の居場所を見失っていた時。

 誰がか声をかけてくれた、その誰かは常に微笑みかけ、自分の心の支えだった。





                                   『   』


 
 『……止してくれ、そんな、そんな優しい声で俺を呼ぶな……』


 散々人を殺した。散々略奪した。最後には罪も無い子供を野へ放り捨てた。

 それなのに、それなのに何で……。


                                   『   』



 『……俺は……お前を捨てちまったんだ……見捨てたんだ』


 ……たった一つの自分の光。

 たった一つ自分が憎まなかったもの。たった一つ自分が好意をもってたもの。

 今でも何一つ自分の悪事の所業を悔いるつもりはないのに、ソレだけは後悔に包まれてしまう。

 もっとあいつの側にいれば良かった。掟など気にせずあいつに自分の悩みや心の全てを打ち明けてれば良かった。

 あいつの笑顔をもっと見たかった。あいつの笑い声はとっても気持ちが良いから、そして、とっても心が晴れたから。

 そういえば、あいつは夢があると言っていた。結局聞く事が出来なかった。何だったんだろう、あいつの夢……。

 『……ちくしょう……今更何でだよ……何でお前を……俺は』

 










                      ……俺は……あいつを助ける事も出来なかったのに。








 『……? 何だぁ……これは?』

 その後悔の念で魂が押し潰されかけたその瞬間……男の前に光が現れた。

 それは陽炎のように儚く弱弱しい。蛍火のように一瞬で吹き消しそうな……そんな光。

 花弁のようだと……男はそれを見て何故かそう思った。

 だが、男はそれを無下に消し去る気分になれず……それを握った。



  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




                            私ね、大人になったら叶えたい夢があるんだ



                            自分の心が何を変えたいか、聞かなくちゃ!


 
                            卑怯者! 真剣勝負に手を抜いて、何の……



     
  


 ……移り変わる場面。其処に、君が居た。

 ボロボロで変わり果ててもなく。虚ろな微笑みのまま永遠に沈黙していない君の姿があった。




 …… …… 何故だ。

 …… …… 何故なんだ。

 …… …… 俺は認めない。

 …… …… 認めれる訳ない。

 …… …… 何が 北斗七星だ。

 …… …… 何が 世紀の救世主だ。

 …… …… 俺は 俺は 違う 俺達は。






                                ただ    幸せになりたかっただけだ。



 
                                ただ    ともに星へと願っただけだ。




                            俺は         ……俺は。










                            俺は          あいつと一緒に







            ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

                 
 



                               ……チッチ    チッチ



 鳥の囀り、窓から差す陽射し。

 何てことは無い朝。なんて事は無い部屋の一室で……ある人物が目覚めた。

 最初、その男は天井が自分の知っている部屋の色とどうも違うように思った。だが、それを気にもとめない……最初は。

 男は目覚めた瞬間に襲ってきた頭痛に顔を顰める。頭を抑えつつ目蓋を強く閉じて痛みを堪える。

 「……痛ぇ、頭がガンガンする」

 二日酔いなのかどうか知らないが頭がガンガンする。

 そういえば、先程変な夢を見た気もしたが……多分関係ないだろう。男はそう若干の眠気により大事な事を放棄した。

 未だ、男は異変に気付かない。いや、視覚は既に事実を認識している、だが、男の精神は現実を受け入れてなかった。

 男は思考する。昨夜この頭痛に関連する行為をしていたか? 食事も然程可笑しなものは非ず、薬物などは一切なし。

 

 昨日は缶ビール一杯程度しか飲んで無いのに変だな? と首を傾げつつベッドから降りて床に……うん?

 「あれ……此処、俺の部屋じゃねぇぞ?」

 ベットから降りると同時に足の裏に伝わった冷感が薄っすらと未だ覚醒してなかった男の脳を覚醒した。

 辺りを見渡す男。灰色のコンクリートの壁。そして質素な家具、自分に見覚えのあるものが一切ない。

 「……部屋を、間違えた……とか?」

 もしかして友人と馬鹿騒ぎして、部屋を間違えたとか? それともこれは自分が未だ眠っている夢の光景かも知れない。

 「……いてて……」

 頬っぺたを抓る男……夢ではない。

 ……それに……考えたくはないが男は自分の視界が何時もより低いと違和感を感じ……その現実味のない感覚を理性は拒否する。

 「……」

 泥酔した自分を居住してる場所に置くのが面倒で何処かに寝かしたのかも知れない。またはこれは知人の悪い冗談だろう。

 あぁそうだ。多分、数分したら飛び出して困惑している自分を見て大笑いする。そうに違いない。
 
 そう、男は未だ自分の置かれている状況を楽観視ししていた。そして、顔でも洗って少しばかり本能的にざわめいている
 心臓を落ち着かせようとして部屋に置かれている洗面台へと体を動かし……そして愕然とする。

 洗面台に翳した手は……紅葉のように小さかった。

 「……は? 手が小さい……? いや……てか、この顔……顔」

 そうだ、俺は未だ夢の中にいるんだ。

 男は鏡を見てそう感じた。

 男の顔は……自分の知る顔ではなかった。

 「……誰だよ、お前」

 返事はなく愚問と思いつつ問いたださなければ気が済まなかった。

 幼子特有の丸みを帯びた顔。そして将来気が強い、いや、聞かん虫が強そうだと窺わせる少しばかり鋭い目つき。

 昔の自分とは異なる、まったくの別人の子供の顔が鏡に映し出されていた……困惑した表情でその瞳は自分を見ている。

 「……はは、やっぱ夢だ。やべぇな、昨日の記憶が変なほど飲み過ぎたんだ」

 男は空笑いして現実逃避を試みる。男と同じ動作で鏡の幼い子供は一緒に額を押さえて子供に似つかわしくない笑みを浮かべた。

 「……はは、はは……っどうなってんだっ!?」

 暫く笑い、男にはありえない、非現実的な現実が事実だと感覚が認識した。それでも冷静さを失わぬのは心の強さか?

 「一体こいつは誰なんだ? ……い、いや待てよ。俺は……俺の名前……っ!? 何でだ!? 何で思い出せない!?」

 男は今になって大事な事に気がつく。自分の記憶の中から現在の状況に回答を見出そうとして、そして更なる真実に。

 「俺は……弟、両親との四人家族。××大学在住。現在は一人暮らし……」

 昔の幼稚園位からの記憶から昨夜までの記憶は覚えているのに、その中から自分の名前だけがまるで意図的に消されたかのように
 男は思い出されない。そんな自分では抗うことの出来ない何かに操られたかのような未知の恐怖に男は鳥肌が立ち……そして。

 
                                   ガチャ


 ドアノブが回る音。男は意識を今の異変だらけの現実へ戻し扉へと注意を集中する。

 もしかしたら、この可笑しな状況を全て解決してくれる人物なのか? そんな淡い期待を乗せて身構え……そして固まった。

 「……おぉ、自分で起きたか」

 それは……まるで僧のような姿をした老けた男性だった。

 自分の父親よりも少し歳をとっており、そして男は本能的にこの人物を見て体を強張らせていた。

 (誰、だ? いや、と言うか微笑んでいるけど……この人、何か怖いな)

 男の直感、または勘は何かに警戒していた。だが、そんな男の考えなど構わぬかのように、その人物は言葉を続ける。

 その言葉に、今目覚めた人物の思考は完全に停止した。

 「偉いぞ『ジャギ』。一人で起きれる事は立派な事だからなぁ」






                                   ……は?   ……あ?





 
 「……ぇ」

 「そうだな、今日はジャギが一人で起きれた事だし、朝ご飯は奮発するぞ」

 「ぃ、や、ぁぉ……」

 「そうなると、もう少し仕込みに時間が掛かるな。ジャギ、お前は部屋でのんびりして良いぞ」



                                  ……バタン。



 「……今、何て……言った?」

 聞き間違いであって欲しい。自分の幻聴が空耳であって欲しい。

 だが、この耳は確実にその名前を捉えていた。この自分の五感はそれが事実だと捉えていた……そして、男は崩れ落ちる。

 「……は、はは……冗談……」







                            俺……          ……何でジャギになってんだ?








  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……その、男が目覚めた数日後。

 その当の男はと言うと……全力疾走で階段を駆け上っていた。

 「ふーーーーーッ!! ふーーーーーーーっ!!」

 (きつっ……きつっ!!)

 子供の体、頭脳は大人。そんな冗談すら軽んじる事出来ず、我武者羅に男は走……階段を駆け上っていた。

 階段を全力疾走で駆け上り、到着したら駆け下る……体力を造り上げるには些か急すぎる感もするが……男にその余裕はない。

 「はーーーっ!! ……よう、やく二十七回往復ってとこ……か」

 微妙な数字で切り上げ破裂しそうな心臓を鎮めるために適当な場所で寝っ転がる。

 「……俺……何でジャギになっちまったんだ?」

 心当たりは無い。日ごろ特に悪さもしてないし、少し弟と口喧嘩した事が思い当たるが、そんなの日常茶飯事だ。

 確かに自分は北斗の拳は好きだし、蒼天の拳やら関連した作者の本は熟読した。……だが、だがしかし!

 「よりによって何でジャギなんだよ……」

 ……ジャギ。

 その人物を男はよく知っている。

 それは北斗の拳と言うジャンプ漫画の中で散っていった悪役の一人。

 北斗の拳とは北斗神拳と言う特殊な暗殺拳を扱う男が、世界に蔓延る悪を倒す。まぁ、少年ジャンプ王道の作品である。

 だからこそ男は知っている。この人物の成れの果てを。

 ジャギは北斗四兄弟と呼ばれる兄弟の三男。そして主人公である弟に北斗神拳の伝承者となれなかった事を妬む。

 そして主人公に襲い掛かるが返り討ちで重傷を負い、そしてその傷の恨みで悪事を働き、結局最後は倒されるのだ。

 そんな人物になってしまった事に嫌悪感や絶望は否めない。だが、それも数日経ってから男は考えた。

 「……だが、未だ諦めるには早いよな」

 ……歴史は未だ始まっていない。

 どうやら不思議な事に、自分はその四兄弟が来る前に師父……『リュウケン』の養子らしいのだ。

 リュウケン……暗殺拳たる北斗神拳の現伝承者であり、北斗四兄弟の師。

 最後には長男であり作品の最大の敵の手に掛かるのだが……それは未だどうでもいい。

 「俺、あの人の息子なんだな……新事実だぜ、おい」

 どうやら、そのリュウケンの息子としてジャギは育てられてるらしい。それは男にとって衝撃的な事実だった。

 あの自分がジャギになっていた、と言う出来事から暫くして、とりあえず落ち着いて様子を見る事にしたのだ。

 何故か? と問われると困るが……まず、最初に対峙したのがリュウケンだったから……としか答えられない。

 相手は北斗神拳伝承者……北斗神拳とは秘孔で相手を操ったり体を内部から破壊する事が出来る。

 終いには『気(オーラ)』なんぞ使って触れもせず相手を倒せる事が出来る……もはや何でもありだ。

 そんな拳法を扱える人物に、自分はジャギですけど実は全く別の人間なんです。なんて告白してみたらどうなる?

 リュウケンの事だ。最初は何の冗談かと思うかも知れないが、本気だと知ればジャギでない自分をどうするか解らない。

 この子供の体のジャギには悪いが……自分だって如何にかされたくない。

 ……そして平静を装いつつ豪華な料理が並べられそれをゆっくり食べつつ……さり気なく聞いてみた。

 『……あの……とう……さん?』

 『うん? どうしたジャギ』

 『(呼び方はこれで良かったか……)ぅ、うん。その……聞きたい事があって……さ』

 『何だ、改まって? 私はお前の父親なんだ。何でも聞きなさい』

 この時、その言葉から自分はリュウケンが本物の父親ではない事を薄々勘付く。

 だが、未だ確信も持てないし慎重を期して、当たり障り無く質問したのだ。

                         



                         『……父さんは、母さんの事……知ってる?』


 


 「……しかし、ジャギが養子ねぇ……漫画の解読書にもそんなん載ってなかったぞ」

 あの質問は多分ベストだった。一瞬リュウケンは顔つきを強張らせたので失敗したか!? と焦ったが、杞憂に終わった。

 『……お前にはもう話なさくてはいけない頃だな……』

 そう、口火を切りリュウケンは話し始めた。

 何でも、赤ん坊の頃ジャギをリュウケンは救い、そのまま養子にしたとの事。

 その時、自分の実母、実父は亡くなったとの事だ。他に親類もなかったらしい。

 そしてそんな孤児のジャギを見かねてリュウケンは引き取った……大体こんな内容だった。

 『良いか? 例え血が繋がって居なかろうと、お前は私の息子だ』

 「……そう言われても、なぁ……」

 結局の所、リュウケンには悪いが自分の身が大事なのだ。

 自分がジャギの体だと自覚して、一日は寝込んだ。寝込みながらこの先の事を考えた。

 最初は家出し何処かで一人で生きる事も考えたが……×。

 まず、こんな子供が一人で生きれる程に世界は甘くない。何よりも、この世界にはタイムリミットがある。

 「……世紀末、拳法扱えなくちゃ死ぬもんな」

 そう……『北斗の拳』は核戦争後の世界が舞台なのだ。

 その世界では野獣と言う名の暴力だけで暴れるモヒカンと、紆余曲折を経て悪へ走った拳法家がうようよ居る世界。

 その世界では何よりも力が基本となる。となると、自分がリュウケンの元から離れる選択肢は……皆無なのだ。

 「……まぁ、救いはあるよな。他のよりかは」

 ……このジャギと言う人物。散々な結果の末路を取るが、それを回避するのは以外にも簡単なのだ。

 まず、北斗神拳を競い合う四兄弟がいるのだが……その伝承者候補で無意味に手を出し対人関係を悪化しなければ良い。

 そんな簡単な事で、少なくとも死ぬ末路は避けられる。……避けられる、が。

 「果たして……他の『シン』や『レイ』がどうなるかだよなぁ……』

 『シン』『レイ』。……詳しい説明は後々にするが、この二人はジャギが手を出し悲劇的な運命になった被害者だ。

 『レイ』に関してはジャギが手を出さなくても死ぬ運命は避けられそうに無い。そして、『シン』に関しては……。

 「……俺、いや、ジャギが手を出さなくても、あいつはなぁ……」

 ……タイムパラドックスやらSFは好きな部類だ。よって男は思案する。

 『シン』と呼ばれる人物はジャギの悪魔の誘惑に乗せられ主人公と争い、それが引き金で主人公の旅が始まる。

 だが、果たしてジャギが悪魔の誘惑をしなければ『シン』は動かないのか?

 「……無理だろうな。この世界は『北斗の拳』だ……多分、自分であいつは事を起こす」

 歴史は変えられない……それが事実ならばジャギがせずとも『シン』は歴史通りの行動を起こす。

 自分は北斗四兄弟に居る聖者でなければ、救世主でもない。生きる事に必死で他人に関わる余裕など……。

 「……っん」

 その時だ……微かに何かが鼻を擽った。

 「……何だ?」

 男、幼い子供のジャギは疲労を回復した体を起き上がらせ、原因の出所へと身を乗り出し、そして直に解明した。

 「何だ、ただの花かよ……」

 ……ただの花。それは何の変哲もない花で、苦笑いしつつ男はその花びらに触れる。

 ……すると、何かの声が聞こえた気がした。







                            ……自分の心 変えたいって叫んでるのを……聞かなくちゃ








 「……何だ? ……幻聴……か?」

 ……女性の声だと男は思った。……不思議だ、初めて聞く筈なのに……ずっと昔から聞いたような……。




                                     ……ポタ。



 「……っ何で泣いてるんだ? 俺?」


 そして、男は、知らず知らず目から零れ落ちた涙に驚く。その涙は静かに花へと落ちた。

 「……っ訳が解らん。……とりあえず、もう一度走ろう」

 今は少しでも体力を鍛え世紀末に備えなくては。思考を切り替えて男は踵を返す。

 ……男は気が付かないが……その背中を優しそうに……花は見送っていた。












   後書き





 ブランクはありますが、とりあえず皆さんのお陰で復活できた。ありがとう。



 キム、ブスに関しては出します。ですが、キムに関してはもう少しシリアスにします。



 それと、前作の完結を楽しみにしてた皆様、色々と勝手な事をしてスイマセン。










[29120] 【文曲編】第二話『迷い狼と迷い猫』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/03 22:03


 
 何時か何処かでまた出会えるならば、その時は今度こそ幸せになりたい。


 けれど、一人でなく あなたが側に……

 きっと、きっと今度はあなたの側に……








  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……あれから約半年が経過した。

 時間の経過が唐突だと思えるが、実際話す程の事がないので仕方が無い。

 しいて言うならば、この世界は1900年代後半期らしいのだが……文明度が低い。

 まず、交通手段は主にバイクが主流であり、車を持ってる人間がほとんどいない。

 下手をすると馬で道路を渡る人間がいるので驚きだ。それでも、この世界では然程珍しい事ではないらしい。

 町へと下りる機会は結構頻繁にあったので色々見て回ったのだが、大きな屋敷を除き無かった……何処のアジアだ。

  娯楽関係でも、漫画類は殆どなく(有名な鉄〇アトムなどは発見した。世界が違っても漫画の神様は居たらしい)主に小説類

 やらなどが本屋では立ち並んでいる。……正直漫画が大好きな自分には多少カルチャーショックならぬワールドショックであった。


 どうも、この『北斗の拳』世界と言うのは第二次世界大戦後の余波を未だに引き摺っているようである。

 北斗の寺院及び周辺の町しか自分の知っている世界を知らない訳だが、この世界にいると昭和にタイムスリップした気分に陥るのだ。

 ……そういえば、幾つか重要な事もあった。

 まず、自分……ジャギは北斗兄弟の三男に位置するのだが……その内の兄二人と弟一人が寺院にいないのである。

 まぁ、これについては幾つか説明出来る。まず、その二人の兄なのだが、名は『ラオウ』、『トキ』と言う。

 この二人は修羅の国と言う多分中国辺りの出身であり、漫画を見た限りの推測では多分今は修羅の国なのだろう。

 ……いや、だが漫画ではこの地でも過ごしていたと言う描写がる……その矛盾を自分なりに解釈してみた。

 恐らく、なのだが……修羅の国を渡った『ラオウ』『トキ』は一旦別の場所に移されてたのでは? と自分は思う。

 それならば原作との食い違いも氷解出来る。……まぁ、全部は自分の憶測だ。

 そして、四男である『ケンシロウ』は未だ子供だし別の場所で育てられ……。




                                   ……ズギッ!



 「……っ痛っ」



 ……『ケンシロウ』

 その名を思い浮かべ、名前を唱えるだけで頭に痛みが発生する。

 それは多分自分の末路で頭を破壊され殺された事が原因しているのだと思う。

 「けど、可笑しいよな。この『ジャギ』は未だケン……救世主と争ってないのによ」

 ……フィードバックだが何だがよく解らないが、それだけ救世主とジャギの因縁は凄まじいと言う事なのだろう。

 これで対面した際には頭の血管が切れるのでは? と今から不安で一杯だ。

 それに、他にも懸念すべき事項は多い。

 『ラオウ』に関しては世紀末では『拳王』を名乗り軍を上げて世界を統治しようと暴君と化す。

 『トキ』に関しては核戦争の際に死の灰を浴びると言う事件が発生する。

 後者は何とか出来そうな問題だが、前者に関しては幼少期から野望を少なからず秘めた『ラオウ』を止めれるとジャギは思えないのだ。

 「……まぁ、とにもかくにも俺のする事に変わりはないけどな」

 ジャギはポツリと呟き、町の周辺を走る、走る。

 「あら、ジャギちゃん。今日も精が出るわねぇ」

 「おぉ、ジャギ坊主! ほれ牛乳だ! 丈夫な体作れよぉ!」

 鍛え始めて半年。ジャギは今から対人関係を良好化するにも町の人間には愛想よくしておこうと決めている。

 機会があれば人手が足りない町の人間達の仕事を手伝ったりした。(ジャギになる前はバイトは色々経験してたのだ)

 その成果が実ったのか、町の大人達の評判はまずまずと言ったところだ。偶に漫画に良く出そうな八百屋の親父が牛乳瓶を

 投げて贈ってくれるような些細なサプライズも起こる。……だが、決して良いこと尽くめではない。


                                  ……ザッ



 「……おい、ジャギィ……っ」

 「……また、お前等かよ。邪魔だっつうの。俺、今修行中なんだから」

 大人達の視界から消え失せた場所へと移り変わった瞬間、ジャギは複数の影に囲まれ睨まれる。ジャギはうんざりした口調で呻いた。

 「五月蝿ぇ! 何時も何時もすかした顔しやがって! 貰いっ子の癖に生意気だぞ!!」

 「そうだそうだ! 寺院の爺いに拾われた孤児の癖に、図体でかいんだよ!」

 「今日こそ身の程をわからせてやるぜ!」

 「今日は俺の兄貴も連れてきたんだ! 絶対に負けねぇぞ!!」

 ……影の正体は町の子供達。

 最初はジャギも仲良くしようとしたのだが、此処の町の子供達はジャギを受け入れようとはしなかった。

 それは他所の土地から行き成り飛び込んできた子供ゆえか、それともジャギの因果なのか? 原因は不明だがジャギは
 ほどほど困りつつ、まぁ仲良くなれないなら無理して仲良くせずとも良いかと大人の対応へ段々移った。

 だが、その態度が子供達には気に食わないらしい。それで、何日後かにはジャギは子供達に挑まれた。

 最初はジャギも闘うのは気が引けていた、だが、ただ殴られているようでは将来世紀末で生き残れる筈もなし。ジャギはジャギに

 なる前は大人だった。喧嘩も偶にはした事ある。そして、子供相手に恐れるような玉ではない。当然ながら子供達に勝利した。

 そして、今でも隙有らば挑まれる。ジャギにとっては良い迷惑だった。

 「いくぜ、うおおおおお!!」

 一人、鼻水垂らした大柄な子供が拳を振り上げてジャギに襲い掛かる。

 「……だる」

 それを、冷めた目でジャギは冷静に拳を避けて片足かけて子供を転ばした。

 「て、てめぇ!!」

 「兄貴ぃ、やっちまえ!!」

 そして、十歳程の子供の兄が青筋立ててジャギに襲い掛かる。腹部目掛けて思いっきり蹴りを放つ。

 ……スッ

 「危ねぇな、おい」

 だが、それさえもジャギは軽々と避けて、その兄の顎を思いっきりアッパーカットで打ち抜いた。

 「ガッ!?」

 顎を打ち抜かれ白目を剥いて倒れる子供。……暫くは目を覚まさないだろう。

 「あ、兄貴ぃいいい!?」

 「……おい」

 「ひ、ひいぃっ!」

 絶対に勝てると確信していた子供は自分の兄がいとも容易く倒された事に青ざめて固まる。その固まった体に添えられる手。

 振り返り見れば真っ暗な瞳で自分を見るジャギ。その瞳に体中は恐怖で冷たくなり、布地のズボンには染みが出来る。

 「……次はないって目が覚めたら伝えておけ」

 「わ、わかった……っ」

 「うしっ……行け」

 半眼で命令するジャギ。怯えて涙目の子供は染みが出来たズボンを抑えつつ尻を巻きつつ遁走した。

 「……子供ながら凄いよな」

 ジャギの体、それはいずれ伝承者を外されたとは言え北斗神拳を扱える体だ。

 この半年間自分なりに腹筋背筋腕立て、そして倒れるまで走ったりなどしていた成果は、着実に実ってはいた。

 「……多分、普通の子供なら十五歳ぐらいでも勝てるんじゃないか?」

 先程の喧嘩でも拳が余裕で視認出来ていた。

 今では五歳ほどの体にも関わらずベニヤ板を軽く割る程の筋力は出来ている。……凄い進歩だと自分では思っている。

 それは多分ジャギの実力。自分ではなく、この体の本来の性能なのだろう。

 だが、力を持つと言う事は最終的には使用しなくてはいけない……あの漫画の中の……世紀末の世界の中で。

 「……何か未来で闘う事が決定付けられている見たいだよなぁ……」

 溜息が無くならないジャギ。名前も結局この半年間思い出す気配がなく、名無しの男はジャギと言う名前を半ば受け入れ始めていた。


 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……ただいま」

 「うむ、帰ったか、ジャギ」

 ランニングを終えて汗を拭きつつ寺院へ戻るジャギ。それを、リュウケンは若干厳かな顔で出迎えた。

 (……な、何だ? 俺、別に何も悪いことしてないよな?)

 その多少の違和感にジャギは大袈裟に動揺する。平静な表情の裏で鍛錬後の汗に混じり冷や汗が吹き出る。

 だが、リュウケンの発言はジャギが予想していたのとは違った言葉だった。

 「……ジャギ、最近のお前はどうも体を酷使し鍛えているようだが……その目的は何だ?」

 (……あぁ、その事か)

 その言葉にジャギは少なからず安心した。子供のジャギに憑依した自分に勘付かれたのではないか、又は北斗兄弟が現れるのでは?

 と言う不安が心の中にもたげていたのだ。だがまぁ、この発言も少々ジャギに関しては不味い。何故行き成り普通に

 日々を過ごしていたジャギが鍛錬を始めたのか? と言う疑問は、後に『自分』を勘付かれるかもしれないからだ。

 だが、ジャギには既にその答えを創り上げていた。

 「……何故って、強くなりたいから」

 「強く? 何故強くなろうとする」

 ジャギの言葉に少しばかりに眉間に皺を寄せるリュウケン。……北斗神拳伝承者に嘘が通ずるか如何かは半ば賭けだ。

 だが、自分が強くなりたいと言う言葉は真実だ。強くならなくては生き残れない。

 ジャギは、『自分』は散々デモンストレーションしてきた真価を、此処で発揮した。

 瞳を真っ直ぐ、それでいて瞬きせずに『ジャギ』は『リュウケン』を見つめる。

 「僕は……父さんに産まれた時から助けてもらった。……火事の中、自分の命すら危うい中で僕の命を」

 「だから……強くなって父さんを守りたい。そして……今度は父さんを僕が守りたいんだ」

 ……嘘ではない。……やがて『リュウケン』は『ラオウ』の手に掛かる運命である。

 その運命を何とか防げれば、多少は未来を変化させられるかもしれない。

 自分は命が惜しい。その為ならば実の父であろうとも、師父であろうとも利用する……卑怯者と呼ばれても構わない。

 そして……気がつけば自分はリュウケンに抱きすくめられていた。

 「……っ父さん?」

 「……我が子よ……其処まで父を想ってくれるかっ……!」

 横目で見れば、泣き伏せるリュウケンの横顔。

 その顔を見ると、騙した罪悪感と、それに入り混じって上手く説明できない痛みが心を過ぎった。……暫く経ってリュウケンは言った。

 「わかった。ならばお前が望むままに鍛えなさい。……そうだ、もうすぐお前の誕生日だったな。良いものをやろう」

 そう涙混じりに微笑むリュウケンに……自分は言いようの無い感情に苛まれつつ心の中でリュウケンに頭を下げた。

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……ちょいと不味ったな」

 ……数日後、六歳の誕生日が迫ったと言う時に……事件が起きた。

 町の中では子供達に煙たがられる。ならば山中で修行しようと決めたのがそもそもの事件の始まり。

 ジャギは山中を走り、……そして出会った。



                                  グルルルルル……!!!



 「……み、見逃してくれ……る訳ないよな」

 『グオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 「あぁっ!! くっそぉ!!」

 それは熊。小熊を引き連れた熊が鋭い目つきでジャギへと立ちはたがった。

 (そ、そういや今って熊が凶暴の時期だってリュウケンが言ってたような……不味い……不味い!!)

 振りぬかれる爪。幾ら北斗神拳伝承者候補になると言っても、今の体では熊に太刀打ちなど出来ない。

 「て、撤退~~~~~!!!」

 草木を掻き分け、地面の割れ目を飛び越え……命を失いかねない時の人間の潜在能力とは凄まじいものだ。

 大急ぎで山中を走りぬけ……そして……ジャギは迷った。

 「……まさか熊に出遭うたぁな。……あれって、もしかして『ジュウザ外伝』に載ってた熊だったりして……」

 そんな自分の妄想を自分で否定して笑う。……『ジュウザ』それは雲のように生きて『ラオウ』に挑み散った男。

 数々の男ならぬ漢達が世紀末では空に散った。……願わくば自分は死にたくないものだ。

 「……やべぇ、星が見えてきた。……リュウケン、てか親父心配してるだろうな」

 最初は父さんと呼ぶのに抵抗があったが、今では段々慣れてきた。それに、何としてもリュウケンにはジャギを

 認めさせなくてはいけない。問題はある。どうやらリュウケンは北斗神拳に関してはジャギに秘匿しているらしいし、
 寺院では参拝客や修行僧を除き拳法家が来る様な気配も無い。……多分別の場所に修行場があるとジャギは睨んでいる。

 その証拠、と言うわけではないがジャギを放っておいてリュウケンが外に出る頻度はかなり多い。それは多分北斗神拳に
 関する事なのだろうとジャギは思っている。……まぁ、そのお陰で自由に修行できる訳だが。

 「……やべぇ方角が解らない……なんてな。こんな時こそ北斗七星!」

 空を見上げるジャギ。暗くなった空には目映い星が輝いている。北斗七星も例外ではない。

 「……あったあった北斗七星。……て事は北極星はあそこ……良し!」

 北極星……説明するまでもなく方角を示す旅人の目印。それを確認して上空を何回か確認しつつ山中を歩くジャギ。

 そして、そのお陰で暫くして公共用の道路へと抜ける事が出来た。ホッとしつつジャギは余裕を取り戻した。

 「……北斗七星……死兆星は見えない、よな。……この星の中に、あいつらの星もあるんだろうなぁ」

 ……『北斗の拳』の物語には多くの星の宿命を背負いし男達がいた。

 前回も述べた男達……『シン』や『レイ』は『殉星』と『義星』を宿命とする男であった。

 『殉星』は愛に全てを懸ける宿命を背負い

 『義星』は人の為に生き、命を懸ける宿命を

 「……南斗六星か……まっ、俺は俺が無事に生き残りさえすれば良いんだがな」

 南斗六星……それは『北斗の拳』の世界では語らねばならぬ物。

 それぞれの星に宿命を背負いし五人の男と一人の女……その一人の女性『ユリア』を巡り世紀末の争いは激化した。

 「……そりゃ、まぁ出来るなら助けたいけどさ」

 南斗六星……その星々を背負うものは上で語った二人を除き四人。

 『慈母星』を背負い南斗の最後の将たる秘密を背負いし『ユリア』

 『妖星』たる美と知略を名乗り、裏切りの宿命たる南斗紅鶴拳の使い手『ユダ』

 『仁星』たる己を犠牲にしてまて民を救う宿命たる南斗白鷺拳の使い手『シュウ』

 最後に『将星』たる星。南斗聖拳の最強の拳法たる南斗鳳凰拳の使い手『サウザー』

 どちらも世紀末の中散った男達。彼等は今何をしているのか……。

 「……まぁ、どうでもいいさ。とりあえず、寺院に通ずる方角は……ぅん?」

 星から注意を逸らし家へ本格的に帰ろうとするジャギ。腹も減っているしいい加減に肌寒くなってきた所だ。
 
 そんな折、道路の先から段々近づいてくる小さな光の集団……そして耳に聞こえるバイクのエンジン音。

 「何だ? 何だ? ……!? ってやべぇ!!」

 現れたのはバイクに跨る不良集団。遠目でそう視認出来たジャギは山林に一旦戻ってやり過ごすかと考えた。

 だが、その思考の結論と同時に飛び出してきた白い影。それは雑種と言ったみすぼらしい犬だった。

 「おい! 馬鹿戻れ!!」

 慌てて叫ぶが、犬は呆けた表情でジャギを見るばかり。ジャギは一瞬頭を抱えつつも、今にも轢かれ掛けそうな命を

 見捨てるわけにもいかず飛び出し……そして、その白い犬を腕に抱えつつバイクの集団の横を転がり抜けた。

 「……っセーフ!」

 「っぶねぇ!! おい、てめぇ何いきなり飛び出してやがる!? ひき殺されてぇのか糞ガキ!!」

 白い犬は未だ寝ぼけたような表情でジャギの腕の中に居る。それを見て苦笑いしていたら耳障りな声が飛び込んできた。

 その言葉に立ち上がり地面に転がって汚れた服をはたきつつジャギは半眼で言う。

 「……行き成り飛び出したのは悪かったけどよ。そっちも構わず犬を轢き殺そうとするなんて屑だろ」

 「はんっ! 犬一匹死んだから何だってんだ。こちとら大事な用の真っ最中なんだよっ」

 「大事な用ねぇ……簡単に命奪おうとするてめぇなんぞこの犬以下だな」

 「あぁん!? てめぇ何上から目線で……っ!」

 



                                「よさねぇか!!!」





 バイクに乗ってた不良とジャギは睨みあいをする。バイクに跨り唸る不良。そしてファイティングポーズを取るジャギ。

 険悪な雰囲気。口論から乱闘に発展しかけた時、気合の入った怒声が二人を止めた。

 「リ、リーダ。だってよぉ……」

 言い訳しようとオロオロする不良。それをリーゼント頭のリーダと呼ばれた十代後半らしき男は青筋立てて怒鳴る。

 「だっても糞もねぇんだよっ! 一分一秒争っている時に、んな下らねぇ事に鎌ってんじゃねぇ!!」

 「……悪い」

 その只ならぬ迫力に、その不良は縮み上がり頭を垂れる。

 その迫力満点のリーダーと呼ばれた不良は次にジャギを見た。ジャギは次に自分が何を言われるか身構える。

 「おい、悪かったな。犬轢きかけた事は謝るよ。だが妹が行方不明でこちとら気が立っていたもんでな……お前何か知らないか?」

 そのリーゼント頭の不良は冷静さを保とうと額を軽く拭いつつジャギへ目線を合わせる。嘘は通じないと瞳に乗せて。

 「……妹?」

 無論、ジャギは知る由も無い。今まで山林を彷徨っていたのだ、知る由がない。

 その様子から何もジャギから得られないと判断したのだろう。リーゼント頭の不良は舌打ちしつつエンジンを吹かす。

 「悪かったな、……坊主、もしバンダナ巻いた長い金髪のお前と同じぐらいの女を見かけたら連絡してくれ」

 「い、いやちょっと待ってくれって。……町まで乗せ」

 「悪いが急いでるんだ」

 妹を捜すのに必死なのだろう。黒い皮ジャンに真っ赤な狼のシンボルを最後に、リーダーと言われた男と不良達は去った。

 「……何だったんだよ、今の」

 呆然としつつも、とりあえず自分には関係ないと頭を振りつつ気を取り直す。

 そして不良達と反対方向へと歩みを開始して……立ち止まった。

 「……何だ、一緒に来たいのか?」

 クゥ~ン……と白い犬は尻尾を揺らしてジャギを見上げる。

 仕方が無いなぁとジャギは苦笑いしつつ犬の自由にさせる。……以前は自分は動物好きだったのだ。

 (さて、リュウケンも心配してるだろうし、どう言い訳するか。まぁ、この犬を拾ったって事で言い訳)

 




                                    ……ギ







 「……ぁ?」

 ……何処からか声がした。

 その声を聞いた瞬間、体は何故か硬直し、そして思考は麻痺したように停止する。

 「……誰だ?」

 ……フラフラと、ジャギは無意識に声の方向へと足を進めていた。

 






                       もっと        もっと     あの声のする方へ……







 何故かその声を聞いた瞬間哀しみが沸き起こった

 何故かその声を聞いた瞬間喜びで体が打ち震えた

 何故かその声を聞いた瞬間愛しさで心満たされた






 「……誰か、俺を呼んだか?」

 アンッ! アンッ! と、その白い犬は自分に注意を向けるように吼えてから、先頭へと走る。……付いて来いとばかりに。

 そしてジャギは疑問を露とも思わず走り始めた。腹も減り、喉も渇き、足も散々走ってクタクタだけれども。

 それでも……ジャギは走った。



 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……遠い遠い昔、ある所に私はいた。

 ……母親も父親もうる覚えの中で亡くし、兄だけが育ての親となり流離(さすらい)の旅を続けていた。

 ……流離(さすらい)は迷子に出会い……私は彼に出会った。

 行き成り犬を助ける為に飛び出した男の子。そして自分より大きな人にも果敢に挑む男の子。泣き虫な男の子。

                                 私は彼が好きだった。


 年月が経ち、胸も膨らんできた頃。私は攫われた。

 それを王子様のように助けてくれた男の子……いや、もう男の子とは言えない彼は私をお姫様のように守ると誓ってくれた。

 彼には一杯秘密があった。誰にも言えない秘密。一人で抱え込んで、そして苦しむ彼。

 私に出来る事は……彼を見守る事だけだった。

 それでも良かった。それでも彼が満足してくれるならば。……やがて、それが大きな間違いだと気付くまで。

 ……ずっと、ずっと一緒に居られると思った。

 ……ずっと、ずっと側に貴方が居ると思った。

 ……ずっとずっと……星に願いを……手を合わせ。

 ある日、貴方は突然消えて、それにとても怒ったけど、貴方が帰る日を望んだ。

 
 きっと戻って来ると信じていた。きっと前のように幸せな日々が訪れると。


 けど……あの日……あの時私は……。

 ……ねぇ、神様。

 私は……私はあの星に願った……ずっと彼と一緒に……けど、それだけじゃない。

 彼に幸せになって欲しかった。其処に、私も一緒ならどれほど幸せだろうけど、彼に一番に幸せになって欲しかった。

 私はどんなに傷ついても

 私はどんなに穢れてても

 私はどんなに離れてても

 ……だから、だから彼に幸福を……。






                             ああ     貴方の名を今日も紡ぐ






 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……此処、は」

 其処は古びた小屋。何の変哲もない木の板で覆われた小屋だった。

 『レイ』が死んだ家に似ているとぼんやり思う。体中、全速力で走ったお陰が脳まで酸素が行き届かない。

 だが……それでも走らなくてはいけない気がしたのだ。

 「……此処、此処に連れてきたかったのか?」

 その言葉に白い犬は賛同するように鳴く。そして……声がした。








                                   ……ャギ







 「!! ……此処からか」

 ……ドアノブを回す。そして開かれる扉。

 ……古く、長年誰も住んでないのだろう。埃が舞い上がりジャギの鼻腔を襲う。

 顔を顰めつつ室内を見渡す……そして……部屋の隅に誰かが……居た。

 「……」

 ……何故か声をかける事に躊躇があった。

 ……何故か近づく事に抵抗を感じたのだ。

 だが、意を決してジャギは足を小屋の中へと足を踏み入れる。

 トン

 軽い足音。そしてビクン! と過剰に部屋の隅で丸まっていた物体が揺れた。

 「……ぃで」

 「え?」

 低く重い声。その音質に戸惑いつつジャギは歩みを止める。

 「……来ないで……来ない……で」

 怯えたような声、そして静かなる拒絶。その声にジャギは狂おしく胸は何故か締め付けられる。

 「……あぁ、わかった。動かないよ」

 その正体は不明だが近寄らないで欲しいらしい人物に両手を挙げて降参の意を示しつつジャギは意思表示する。

 ……暫く沈黙だけが世界を支配していた。……世界が沈黙であった。

 「……お前、迷子、か?」

 痺れを切らした、と言う訳ではないが、何時まで経ってもこの状況では埒が明かないとばかりに沈黙を破るはジャギ。

 その言葉に、丸まった影は返答はしないが、微かに肯定するように縦に揺れた来たした。

 「……俺も、迷子……なんだ」

 「……そ……う」

 気まずい空気。その中で何とか会話の糸口を探すようにジャギは言葉を続ける。

 「……此処に何時から?」

 「……昨日から」

 「そうか、俺は山中で熊に出会って迷子になったんだ」

 ジャギは、見ず知らずの相手だと言うのに喋り続ける。

 「家族は?」

 「……兄貴だけ」

 「そうか、俺は今は一人だけど……何時か兄弟が増える……いや、増えたら良いなって思ってるんだ」

 それから会話とは言えない会話を続ける。……必死で言葉を放つのはまるで贖罪をするかのようにジャギは喋り続ける。

 ……やがて、日の出が見える。

 「……朝になっちまったなぁ」

 「……」

 「……如何して、この小屋に居るんだ?」

 核心を突く質問。それに蹲った影は、小さく呟く。

 「……追われて」

 「追われて?」

 顔を顰めるジャギ。確かにこの『北斗の拳』の世界は治安が良いとは言えない。この声の人物……多分女の子を
 追い掛け回すなんて碌でもない人物だろうと憤りを感じ、そして憎悪までが吹き出てくる。

 (……? 可笑しいな。何で、俺こんなに怒って)

 「……如何して」

 「ぅん?」

 思考の渦に飛び込みかけた時、不意に今まで静かであった声が若干大きく聞こえた事で意識を戻すジャギ。

 「……如何して、ずっと此処にいてくれるの?」

 「……わからねぇ。……解らんけど放っておけなかったから……かな」

 それは事実。ジャギには何故この小屋に来て、そしてこの正体不明の影と会話しているのか不明だ。

 ただ、『そうしなければいけない気がした』……それだけの理由なのだ。

 「……私……そんな価値ないよ」

 絶望したような、諦観したような無気力な声。

 その言葉にジャギは何故かムッとして反論する。

 「んなもん解らねぇだろっ。俺、よくお前の事知らないけど、自分の事を価値なんて無いって言う奴は嫌いだねっ」

 「……っ」

 「何故諦める必要がある? お前が如何してそんな風に怯えてるか知らないけどよ。俺が何とかしてやるっ。絶対にだっ」

 口から飛び出る確証なき約束。けれど、それは真実味を帯びて、そして……。

 「……外に出たくない」

 「あん?」

 先ほどの絶望したような声とは違う、すすり泣く様な声。

 「……外に出たら、またあの光景を思い出すから。またあの感覚が思い出すから……だけど……だけど見つけたくて一人で」

 「……見つけたくて、絶対に見つけたくて一人だけで抜け出して……けど、夜になると追われる気がして……私は」

 そこで、彼女の独白は唐突に終幕を迎える。

 それは脆かったからかもしれない。微弱な地震があったのかもしれない。もしくは体感せずとも強い風が吹いたのかも知れない。

 だが、それは唐突に起きた。





                                    ……ゴゴゴ!




 「……っ地震か!?」

 震える家屋。埃を降らす天井。もう少しで崩れ落ちるとジャギは直感した。

 それを影も……いや、朝日によって正体は照らされた……『バンダナを巻いた女の子』は伏せていた顔を上げた。

 「早く逃げろ! 崩れるぞっ!」

 「……ぁ」

 「ほらっ! 早く!!」

 ジャギは無我夢中で女の子の手を握り……そしてゆっくりな景色の中外へ向かい足を駆け出す。

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……とっても大好きな人。

 ……とっても愛してた人。
 
 


                             最後に貴方に会えた。そう思っていた。






 ある日一冊の書物に女性出会った。

 それはただの何気ない漫画。暇つぶしに何気なく手を取った際に表紙に『彼』は描かれていた。

 硬直し本は取り落とされる。ただ一人硬直していた女性は、その本を何事も無いように拾い上げ、本屋のレジでそれを買い取った。

 ……そして、それを自室に女性は帰り読みふける。

 そして、数十分後に何やら水滴で染みだらけの本を後に、女性は教会へ赴き手を組み何やら祈った。

 ……数日後、女性は再び本屋へ赴き何冊かの本を買い上げてまた自室に戻る。

 そして、彼女は再び本を濡らし、そして教会へと赴き跪いていた。









 ……もしも奇跡があるならば、『二度』奇跡を起こしてください。

 貴方が幸福になる事。それは奇跡でなく、私が望み、叶えたい事だから。

 貴方が絶望に狂う事なく生きる事     ただそれだけが私の望み。

 だから だから神様  居るのならばお願いします。







                                今度はきっと……





 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 (くそっ……っ……出口が……遠いっ)

 見知らぬ女の子、バンダナを巻いた金髪の女の子。

 血色悪く、霞んだ目をしている女の子の腕は一瞬見ただけで細い傷跡が見えた。

 (何で俺……関係……ないのに)

 そうだ、関係ないはずだった。

 ジャギである事なんて関係ない。例え多少の諍いあろうともリュウケンの元から離れれば良かったはず。

 そうすれば熊に襲われる事も、バイクに轢かれかける事も、今、小屋に押し潰されて死ぬかもしれない状況だって……。

 (何で俺……俺は……俺は……)

 自分はただの大学生の筈だ。それなのに、ただ一人の女の子の為に命を張っている。

 其処まで自分は善人だったであろうか? 自問自答しながら走馬灯の如く遅い景色の中で同じスピードで体は出口を目指す。

 ……小屋の天井は……嫌な軋む音とともに落盤した。

 (……っ!? てん……じょうが……っ)

 不味い、確かに鍛えているが、この小屋の屋根は思った重量がありそうだった。もしかしたら潰されたら重傷かもしれない。

 それに、今引っ張っている女の子。手を離せば助かる……助かるが……。

 (何を迷って……生きたいんだろ、世紀末を? 助かりたいんだろ自分が……そうさ、ジャギなんてそう言う男だった)



                                 ……ジャギ




 ……!!!

 その、はっきりと聞こえた自分の名を呼ぶ声は。

 疲れ果てていたジャギの体に気力を一瞬にして充電した。

 体中に熱が廻る。手が、足が、胸が、頭が訴えている。




                             今繋いでいる彼女を守りぬけと




 「お」

 迫る落盤、それを空いた手で人差し指だけ翳す。

 「おお」

 後少しで自分達へ降る落盤、だが、ジャギには自然と恐怖はなかった。

 「おおお……っ!」

 そして……指に触れた瞬間……その落盤は粉砕した。


 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……なぁ『  』

 もし、お前がこの世界で生きていたら……そうだな……俺はそれだけでよかった。

 それだけで良い、伝承者だの、北斗神拳だの……だって……だってよ





                               俺の目指す星は お前だったんだ







 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……ゼェ! ゼェ!! ……助かったぁ……!!」

 間一髪。女の子を先ほどの白い犬を助けたのと同様に抱きしめて崩壊した家から救ったジャギ。

 背後では土煙を上げて家であった残骸が残っている。一歩間違えればあの中で窒息死した可能性が高い。

 それを嫌そうに目を走らせて、心配そうにジャギは腕の中の救出した人物に目を向けた。

 「……大丈夫か……って……泣いて、んのか?」

 「……ギ」

 「……うん? 何だ?」

 死に掛けたのだ、泣いても不思議じゃないと思ったジャギだが、それにしては様子が可笑しいと首を捻る。

 その女の子は泣いているのに微笑んでいた。大粒の涙を零しながら、ジャギの腕の中で涙を流し微笑んでいた。

 その微笑が場違いに綺麗だなとジャギは思う、そして、先ほどまで結構喋っていたのに聞けなかった事を不意に思い出した。

 その言葉は、多分、世界が始まる呪文であった。彼等の世界が始まる呪文。

 立ち上がらせ、一緒の目線の中で、ジャギはその呪文を最初に唱えるのだった。







                                「俺の名前はジャギ」






 その言葉に、捜し求めていた彼女も涙を未だに零しつつ微笑んで唱え返した。





 

                                「私の名は……アンナ」








 




       後書き



 とりあえず、未だ本調子じゃないから許して欲しいんだ。




 きっと、多分未だ羅漢撃投稿出来る日が来るから。









[29120] 【文曲編】第三話『当惑  約束』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/14 18:30
 呪縛 それはきっと生まれ変わろうとも引き摺り続ける

 決して逃れられぬ宿命がある 決して避けれぬ運命がある

 ですが あの満天の星空で控えめに輝く星よ 願わくば

 
 その呪縛を一時で良いから軽くしてやって下さい

 



  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 名前を告げて暫く見詰め合う二人。ほんの少しだけ、自分より背が高い女の子は地形によって自分と同じ目線となっている。

 もっと、もっとその瞳を見つめていたい。ジャギは不思議と抗えない力で目線を外せなかった。

 (……何で、俺この娘の事ずっと見つめて……って!?)

 その時、フッと、その女の子は体中から力が抜けて自分の胸に凭れ掛かってきた。

 慌てて受け止めるジャギ。淡い女の子特有の甘い香りと体温にドキマギしつつ、耳元に規則正しい呼吸音がする。

 「……寝て、る?」

 信じられないと言う顔でジャギは顔を捩りアンナと名前を告げた女の子の顔を覗き込む。

 安心しきった表情。無警戒な寝顔をアンナはジャギの肩を枕に晒していた。

 「……しょうがねぇな」

 何故か、何故かは知らぬが放っておけない。

 ジャギはその何故かが理解出来ず多少苛立ちを眉間に皺を寄せて表現してから、姿勢を変えてアンナをおんぶした。

 (……花の香りがする)

 先程まで埃まみれの家屋に佇んでいた筈の金髪の女の子の髪の毛からは、花畑を転がったのか揺れるたびに髪の毛から香りを放っていた。

 「……さて、如何しましょうかね」

 多分だが、あの必死で妹を探していると言っていたリーゼントの不良グループのリーダの探し人が彼女だろう。

 バイクで移動してたのを考えると此処から目的地まで遠いかも知れない。徒歩で送れるかどうか……。

 そう悩むジャギに、また先ほどの白い犬が吠え立てて意識を向けさせた。

 「……また道案内してくれるってか?」

 その言葉に、白い犬はアンッ! と元気良く吼える。

 「良い子だな。お前この子送り届けたら飼ってやるよ。どうだ?」

 その言葉に白い犬は肯定するかのように吼えて先頭を歩き出す。ジャギは若干おかしそうに笑いつつ、アンナを背負い歩くのだった。







 ……数時間後。







 「……多分此処ら辺りなんだろうが……辛気臭い場所だな、おい」

 人一人背負ってきたので疲労はあるが、これ位は自主鍛錬で鍛えているので問題ない。問題は着いた場所。

 落書きだらけの壁。そしてボロボロの家屋が立ち並んだ場所。何やら視線が感じられるスラム街の一角と言った場所。

 如何にも物陰から危ない人間が出てきそうな場所まで白い犬に連れられてジャギは来て、今更ながら後悔し始めてきた。

 「……っうん」

 「おっ、起きたか、眠り姫?」

 背中と言う不安定な場所でぐっすり眠っていたアンナに軽く冗談混じりで声を掛けてジャギは呟く。

 「……ぇ、此処……って……ジャギ?」

 「……何そんな不思議そうな顔してんだ? 俺はこの世に一人しかいないけど」

 まるで信じられない物を見た、とばかりの表情を背負われたまま自分を覗きこむアンナにジャギは困ったように返事を返す。

 「……へへっ、ジャギだぁ……うん、ジャギだよね……っ」

 (……俺、この子と初対面だよな?)

 まるで何時か何処かで会ったような口振り。死に別れしたのが再会出来たかのような声色にジャギの疑問は一層膨らむ。

 「とりあえず……もう自分で立てるか?」

 「え? ……ごっ、御免! ……重かった?」

 「うん? 別に……何時も米袋担いだりとかして走ったりとかしてたから然程重くなかったけど」

 そうジャギは素直に返す。世紀末を生き抜くために我ながら最初から結構無理な鍛錬をしていたと思い返す。

 だが、その言葉は少々アンナの乙女心に害す言葉だったらしい。

 先程まで嬉し泣きの表情だったのを一変させ、頬を膨らませアンナは声を強め言い返す。

 「それ……まるで本当は私が重いように聞こえるんだけど」

 「へ? いや、別に俺は鍛えてるから重かろうか軽かろうか関係な」

 「関係ある! ……言っとくけど私重くないから。そりゃちょっと最近二の腕に筋肉とか増えたけど重いって訳じゃ……」

 「な? 何だ??」

 行き成り怒鳴り、そしてブツブツと呟くアンナにジャギは只々困惑するばかり。乙女心を知るには未だ早い。

 例え憑依する前は大学生だったとしても、恋愛経験は豊富ではなかった。……合掌。

 そんな少しコント交じりの空気が沸き。多少緊張感がジャギには薄れ掛けていたが、濃い視線を感じ意識を集中させる。

 それと同時に、アンナも子供特有の雰囲気を抜いて、ジャギと同じ方向に体を向けて意識を集中させていた。

 (……へぇ……この娘)

 自分は北斗神拳伝承者候補となる身。半年間我流ながら厳しい鍛錬をしていたゆえに、ある程度闘える自信を持っている。

 だが、この女の子は普通の子にしか見えないのに。ジャギと同じように視線には闘う意思が秘められていた。

 (この娘、多分結構鍛えてる……)

 背負った感触。その際もアンナの体つきは柔らかさより筋肉の硬さが感じられた。

 その感触をジャギは知っていた。寺院に何度か訪れる修行僧。その中には拳法家らしき人間も混じっており、ジャギは拳法家
 がどんな感じの筋肉なのか知りたくマッサージを称して触れる機会があった。それとアンナの感触は似ていた。

 これならば自分が闘う状況に陥ってもこの娘は切り抜けられるだろう。そんな確信を持てる光をアンナは持っている。

 そんな思考をしていたら、先程からこの場所に踏み入れて感じ取れていた視線の正体が現れた。






                                    ……ドクン







 ……現れたのはニヤニヤと哂っている男二人。

 ヘルメットを被り、鈍器を肩に乗せつつ自分達の前に現れる。

 ああ、何故だろう? 不思議だ。まったくもって理解不能だが……。




                                俺は      こいつらを……。






 
                                   滅したい……







 「おいおい、此処はガキの遊び場じゃねぇぜ? ヒヒヒ!」

 そう黒縁眼鏡の強面の男が自分達を見下ろして呟く。

 「おいガキンチョ。てめぇ見たいなガキが居て良い場所じゃねぇぜ? さっさとママの所へ帰んだな、おい。ケッケッケッ!」

 そして、少し頭が抜けてそうな太っちょの男がそう言って下品に笑った。




 ……嗚呼 酷く不愉快だ。

 この『  』を切刻みたい。貫きたい。秘孔を突きたい。この世から塵一つ残さずに滅ぼしたい 今すぐに 今すぐに

 ジャギには先ほどから理解不能の現象が連続で起きていた。この現象もその一つ。

 その男達の……ヘルメットを被った不良達を見た瞬間にジャギは途轍もない殺意と憎悪が自分の中に生まれるのを感じた。

 ……キュッ

 「……アンナ?」

 右の拳が軋む程に握り締め暴力のままに振りぬこうかと本能が動こうとした瞬間。強い熱が左手を伝わりジャギを正気に戻す。

 そして、ジャギは当惑する。先程まで気丈な顔を見せていた女の子の顔は青褪め、そして呼吸は正常ではなかった。

 「……おい、大丈夫かその娘?」

 ハッと、ジャギはアンナに気を取られ男達が接近するのに気付かなかった。

 だが、正気に返ったジャギには、先程まで異常な憎悪を膨らませてた人物達の顔が、それ程悪人には見えなかった。

 アンナの方を本気で心配するように肩に乗せていた鈍器……バットを軽く自分の頭を叩きつつデブッチョの方が黒縁眼鏡へ喋る。

 「おい、兄貴。この娘病気じゃねぇのか?」

 「かもな。おいガキンチョ。そんな今にも倒れそうな子、引っ張りまわすもんじゃねぇぞ」

 そう最もらしく説教を自分に垂れる黒縁眼鏡。どうもただ純粋に野球をしようとしていた二人組みらしい。

 (……こいつら、別に悪者ではねぇのか)

 どうも何か近視感を呼び起こす格好をした男二人組みだったが、不良らしいが其処まで悪人では無さそうでジャギはホッとする。

 まぁ当然かも知れない。人を平気で犯したり強奪や殺人を犯すような連中は滅多にいない……倫理や善悪が崩壊した世界を除き。

 「おい、本当に大丈夫か? 俺達近くで良い医者知ってるから案内してやるよ」

 そう、本当にただの純粋な親切心だったのだろう。その黒縁眼鏡の男は単純な好意でアンナに自分の腕を伸ばした。

 ……そう、本当にただそれだけだったのだ……。

 「……ゃ」

 「「あん?」」

 「……いや」

 青褪め、紫色に近い唇へと化したアンナ。只ならぬ様子にジャギも血相を変えてアンナへと体の向きを変える。

 「おいっ、如何したんだアンナっ!?」

 だが……その声も虚しく……。








                   いやああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!







   アンナの絶叫が……一つの町に響き渡った。







  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……思い出される悪夢。

 それは何かに追いかけられる夢。私はそれから逃げたくて必死に走っていた。

 もし追いつかれたら私は『    』追いつかれたら私は『    』

 体中に纏わりつく感触。それは白昼でも時々起こり。夜はもっと酷かった。

 けれど、一番最悪なのは眠る時。

 それから逃げたくて必死に出来る限りの抗う手段を私は考える。

 けれど、その精一杯の薔薇のトゲの抵抗では黒いトラには勝つ事は出来ない。

 私はきっと貴方を待ち続けていたのだ。あのトラを倒す、狼の貴方を。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……男性恐怖症?」

 「あぁ、そうだよ坊主」

 場面は変わり古臭いバー。其処で一人のリーゼントの男と、未だ幼い体のツンツン頭の子供が向かい合って座っていた。

 あの後、アンナは悲鳴……絶叫を上げてそのままジャギに気絶して倒れこんだ。

 如何して良いか解らないジャギと居合わせた不幸な二人組み。飛び込んできたのは妹の悲鳴を駆けつけたボス。

 その現場を最初に見てボスは一瞬二人組みを不埒な加害者と思い拳を振り上げて形相を浮かべたが、それを何とか言葉で

 ジャギは制止し、ボスに連れられてアジトに居る。……二人組み? とっくの昔にボスの眼光によって何処かに逃げた。

 「それってアレだろ? 男性が近づいたら拒絶反応起こすって言う……」

 「拒絶反応なんぞ難しい言葉よく知ってるな。……そうだよ、あいつはどう言う訳だが男性に触れられるのを恐れてる」

 兄の俺を除いてな、と付け加えるボス。それを複雑そうにジャギは差し出されたコーヒーを飲み干す。

 「苦っ……でも、俺と居る時は別段平気そうだった……」

 「そう、俺はそれを聞きたくてお前を此処に呼んだんだ」

 そう、膝を叩き身を乗り出しリーゼンドをジャギの顔すれすれに接近させてボスはジャギの顔を覗き込み強い調子で喋る。

 「正直に答えろよ。……あいつはな。数年前までは誰であろうと笑顔で接する普通の女の子だったんだ。……死んじまった
 両親の変わりに母親の代わりで家事を甲斐甲斐しくやってよぉ……本当……良く出来た妹だぜ……っ」

 その最後のフレーズに馴染みありすぎて一瞬米神辺りに痛みが走りかけるが、平常心でジャギは続きに耳を傾ける。

 手を組み、ボスは苦しそうな表情で語る。

 「……それが如何いうわけだが……本当、何の変哲もないある日、急にあいつは俺以外の男を怖がるようになったんだ……。
 しかも、それだけなら未だ俺だって一時の事だって受け入れられた。……けど、けどよぉ……あいつは……あいつはっ!」

 其処で我慢の限界を超えたとばかりに、リーゼントをクシャクシャにさせてボスはバー一杯に響き渡る程の声で叫ぶ。

 「あいつ、俺が目を離した隙にナイフで自分を切ったんだよ! くそっ! 後で聞いても、あいつは自分でも良くわからないって
 言うんだ! 風呂場の鏡割って傷つけたり! バイクの背に乗ってた時飛び降りかけたり……放っといたら今に死んじまう!」

 それは、自分の肉親を失う恐怖を伴わせた独白。藁でも何かに掴みたい一心とばかりに、ボスはジャギの肩を強く握り言った。

 「そんな時……そんな時お前が現れた……未だ半信半疑だが……お前を見てもなんとも思わず、そんで平気だったんだよな!?」

 「あ、あぁ……」

 気後れしつつ肯定の返事を返すジャギに、ガバッとボスは土下座しつつ懇願する。

 「頼むっ……妹と出来る限り一緒に居てくれ!!」

 「え? えぇ??」

 急な願い。ジャギとしては拒絶する理由もないが、受ける理由もなく困惑するばかり。それを涙目でボスは説得する。

 「今日俺は希望を見た! 俺の妹が平気だったお前には何かがある! ……お前ならあいつが死のうとするのを止められる!」

 「俺は……そんな大層な事」

 自分はただのジャギ。そんな医者めいた事など本来なら次兄の役目。自分が頼まれる事などお門違いな筈だ……普通ならば。

 だが……。

                              「頼む! お前だけがアンナを救えるんだ!」





                          『---今アンナを救えるのはお前しかいねぇ---!』





 
 「……ボス」

 「頼む……頼むっ」

 跪き懇願するボス。彼は必死だった。心の支えたる大事な妹が目の前で傷ついているのを黙って見てる事しか出来ず

 そして無力な自分を責めていた。そんな時の僅かな希望。これを放せば二度と自分の大切な者は救われない。そんな予感がしていた。

 彼はただただ願う。自分の守るべき者の幸せを……。

 その肩に手が乗せられる。顔を上げるボス。例えどんな言葉でも、目の前の子供を強引に説得させる気持ちだった。

 だが、そんな気持ちもすぐジャギの表情を見て雲散した。

 (!……うぅ!?)

 「……わかったよ、ボス」

 その瞳、その表情は……生気は無かった。

 まるで幽鬼を相手にしているかのような、今まで多くの不良と対峙して恐怖など一笑に付していたチームのヘッドは
 たった五歳の子供に対し恐怖を抱いていた。……直感で感じる。この子供はただの子供では無い……と。

 (俺は……もしかしたら大変な爆弾に手を出したのかも知れない……だがよ)

 「アンナは……」

 虚ろな瞳、虚ろな表情が段々一変され、本来のジャギの素顔が現れる。

 三白眼の瞳。そして未だあどけなさを秘めているのに既に男の顔つきをしたジャギの顔……何かを守る意思を秘めた顔。

 「アンナは……俺が守るよ、ボス」

 (だがよ……蛇の道は蛇! 俺はこいつに懸ける! 懸けてみる!!)

 「あぁ……頼むぜっ」

 強く、強く握手しあうジャギとボス。正史と異なる出会い、正史と異なる展開。

 だが、それでも二人の漢は共通の守るべき者の為の意思表示を示した。

  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……あぁ、また闇が広がっている。

 四角いベットの上。其処で肩まで伸びた金髪の女の子が横になっている。

 その女の子は夢を見ていた。ただ広がる闇の中を突っ立っていた。





                  ……ヒヒヒ         ……ヒヒヒ  ……クヶヶ   ……キキキ




 闇は生理的な嫌悪感を伴い哂う。アンナはただただ終われば良いとぼんやり思っていた。……悪夢の経過を。

 闇から形が造られる。真っ黒な手、幾重にも伸ばされた真っ黒な手。

 それはまさぐるように、吸い付こうとするようにアンナへと伸ばされる。

 それに諦めを伴いアンナはじっと見据えていた。その闇をただただ見ていた。



                                   ……ンナ




 「……ぇ」





                                 ……アンナ





 黒い何本も揺れていた手は唐突に動きを止める。そしてアンナは自分を呼ぶ声が誰なのか必死で探す。

 そして、上空を見上げ微かに点滅する光の隙間を見出す。そして、その正体を確認して彼女は呟いた。




                                「……ジャギ」





  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 女の子っぽくない部屋だな。最初にそう思った。

 ボス……アンナの兄に許可を貰いアンナの私室へとそっと入るジャギ。

 既にアンナはチームの女性が脱がしたのか着替え終わり、布団をかけられた状態で眠っている。

 「……っとに、訳が解らないよな」

 頭に腕組みして、人心地ついて今まで起きた出来事を振り返る。

 熊に追いかけられ……バイクに轢かれかけ……小屋に押し潰されかけ……見ず知らずの女の子を助け……そして女の子を守れと頼まれ

 じっと、すやすやと眠る女の子を見る。……自分より少しだけ歳が上な女の子はあどけなく、先程まで絶望に泣き伏し

 そして一瞬だけ垣間見せた闘志を秘めた女の子には見えず、ジャギは今までのが白昼夢なのではないかと疑問が浮かんだ。

 「……この子、別に原作にも外伝にも存在してないもんな」

 ……知っている外伝は『慈母の星』『天の覇王』『銀の聖者』『彷徨の雲』。そのどれらにも彼女の存在は無い。


 『蒼黒の飢狼』ケンシロウ外伝に関してはゲッソーシティやら別の場所が舞台となっているので関係性は低い。
 リュウケン外伝とやらも有ったが、あれはストーリが少なく、当然それにもアンナが居た覚えはジャギには無い。

 「……オリジナルキャラって、奴か? ……けど、この子はこうしてこの世界に……居る」

 この子の存在は……『北斗の拳』がただの漫画の世界ではないのだと告げる象徴だとジャギには思える。

 漫画で見た世界。世紀末にバタバタモヒカンを倒しまわる世界。そんな安易で暴力だけの世界は、一人の少女により否定される。

 「……俺が、頼りね……」

 正直、何が頼りなのか良く解らない。

 ガシガシと頭を掻きつつジャギは苦悩する。連続で起きた急な出来事。それを整理するのにジャギである『自分』は必死だ。

 日々を平穏に謳歌していた『自分』。突然投げ出されリュウケンの養子として寺院で過ごし修行に明け暮れる『自分』。

 何故こうなったのか後悔する事すら無く、今自分は目の前の眠る少女の前に居る。
 「あ~ったく、俺は救世主でも何でもないってぇのに……っ」

 悔やみも悩みも苛立ちも、この世界では意味を成さない。やるべき事はまず強くなる事。この少女の事など放っておけば良い。

 寺院に戻り北斗兄弟が来るまで修行に専念しなければ危ういのに、何故自分はこんな場所で……。

 「……ギ」

 「……俺を呼んでいるのか?」

 ……だけども、そんな焦燥感に似た気持ちも何故だがこの女の子が言葉を発するたびに雪解けのように無くなる。

 「……俺は此処に居るぜ、アンナ」

 ……『アンナ』。……不思議な少女、初めて会ったのに昔から知っているようで、そして男性に恐怖を抱きながら
 自分の事だけは唯一恐れないと言う少女。……これは何かの運命の暗示か、それとも神様の冗談か何かなのか。

 「……ャギ」

 「……アンナ」

 無意識に手を握る。そうすると苦しそうな表情が穏やかに戻る。

 あどけない表情、血色のよい唇。顔に比べると若干大きな瞳。金髪の髪。そして仄かに発される花の香り……。

 (……変だな……俺は)

 ジャギは……『自分』は不意に思った。





                              (俺は……この子が大事だ……)





  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 


                               ……チッチ チッチ




  (……あぁ、朝だ)

 悪夢の後には朝が訪れる。朝は嫌いではない、『あの時』の感覚が一番ない時だから。

  (……けど、夜が)

 けれど、夜はなくならない。今日もまた自分は悪夢を見、そしてその感触を消したくて自分の体を傷つけるだろう。

 兄には言えない。言っても頭を疑われるだろうし何よりこれ以上心配かけられたくない。

 ……そう言えば何か幸せだった気がする。……そんな事は有り得ないのに、捜し求めていた物がようやく見つかったような。

 けれど、何時もと変わらぬ朝を見ると、それもきっと気のせいだったのだろう。

 「そろそろ起きない……と」

 体を起こす、そしてその時違和感を手に感じて、その原因を探ろうと首を向けて……私の世界は止まった。

 「……ぁ」

 其処に居るのは……随分子供だけど……間違いなく貴方。

 「……ぁあ」

 ……そうだった。私は昨日捜し求めていた『   』に出会えたんだった。

 けれど、その後に見えた二人組みが『あの時』を思い出して、それで……。

 「うぅ……此処? ……おっ、起きたのか?」

 その思考を貴方は中断させる。寝癖まみれの頭。寝ぼけ眼の表情は不思議と安心させる。

 「……ふふっ」

 「ぁん? ……って俺あのまま寝てたのか? うわっ、顔も洗ってねぇし、やべぇやべぇ……っ」

 自分の微かな笑い声に眉を顰め、そして寝癖まみれの髪の毛に気付き慌てて立ち上がる彼。

 その時、ずっとあった左手の体温も消える。其処でやっと気付く、大事な事実に。

 (一晩中……私の事心配して手を握っていてくれてたんだ)

 その事実にまた涙が零れそうになる。もう涙は出尽くしたと思っていたのに。

 「ジャ……」

 「あぁ、そういや改めて名乗っとくか。俺、ジャギ。あっちの方角の寺院に住んでるんだ、宜しく」

 アンナの呼び声を遮り、ジャギは大事な事を思い出したとばかりに手を差し出しつつ言う。

 それはジャギにとっては何てことはない挨拶のつもりだった。昨日はバタバタしつつちゃんとした名乗りも
 出来ていなかったとの判断からの行為。だが、それはアンナと他人だと言外に秘めた行為にアンナには映った。

 (ぁ……そう……か……そう……だよね)

 その差し出された手は、アンナにとっては喜ばしくない手。

 けれど、アンナは左手に残る熱を感じ取り。そして笑顔を作って言う。

 「……ぅん! 私アンナっ! よろしく!」

 そして……二人は新たに名乗りあい……出会いを果たした。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・









 「……寺院、寺院……あぁ、あの山奥にある古びた建物。あそこの息子なのか、お前」

  ヘルメットは被らない、ではなく被れないと、リーゼントを自然の風に靡かせボスはアンナとジャギを乗せて走る。

 数日、数日間ジャギはアンナとボス、そして時折現れるボスのチームと過ごした。

 その時発見した新事実。どうやらアンナとボスは常に移動しながら生活をしているらしい。

 「まぁ、その日その時で肉体労働して稼いでる。……金がありゃ妹を学校なり何なり通わせるんだがな」

 苦々しくそう語っていたボス。『北斗の拳』世界には公共機関で学校はあるが、裕福な家庭以外通うのは難しい現状だった。

 青空教室見たいのも有るには有るらしいが……それもリーダーは余り快いとは思ってないらしい……危険だから。

 チームである不良らしき人間が入ってくる時は、大抵アンナは自室に閉じこもっているらしい。

 アンナの部屋は棚と椅子と机と布団。そして鉢植えだけと言うシンプルな造りだった。

 そして、一番驚いたのは……地下にトレーニングジムらしき部屋があった事だ。

 結構使い古したサンドバックや鉄アレイ……ボスが使用しているのだろうか? そのような素振りは無かったけど……。

 「着いたぜ」

 そう色々と考えていると、ようやく寺院の階段へと到着した。

 「おい、何尻込みしてんだ? ジャギ」

 「いやぁ……ちょっと、ね」

 (絶対怒ってるよな……リュウケン)

 ……黙って出て行って数日。リュウケンを今まで怒らした事はないが、ジャギは今この階段で待ち受けているであろう
 人物の気迫をまともに受けるのは躊躇すべき事だった。……その時、右手に不意に現れた体温。……首を向ける。

 「……私も一緒に叱られるよ」

 「……悪い、アンナ。けど、俺の親父怖いよ……?」

 と言うかれっきとした暗殺者だ。それを知っていれば生きた心地はしない。

 「ぇへへへ……兄貴によく叱られてるからねっ。平気平気!」

 そう向日葵のように笑顔を見せるアンナ。……そういえば、初めて会った時もこんな笑顔をした気がした。

 初めて出会った時……そう、確か……。

 アンッ!!

 「っととっ。悪いなリュウ……行くか」

 「あっ、その犬、リュウ君って言うんだ」

 顔全体で『可愛い!』と目を輝かせて抱き上げた白い犬を見つめて言うアンナ。ジャギはリュウと名づけた犬を見遣る。

 「……おい、リュウ。お前が頼りだぜ」

 (リュウって名前を付けたらラオウも同じ飼い犬いたし……俺の事気に入ってくれるよな?)

 そう、果てしなく未来へ向けた小細工を抱えつつ、ジャギは重い足取りで寺院の階段を登った。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……事情は大体わかった。……だが、ジャギ。連絡も寄越さぬとはな」

 「……父さん、御免」

 静かに怒りを示すリュウケン。ジャギは頭を垂れて謝罪する。

 言い訳はせず正直に、そして真実の中に空白も混ぜて。

 山林で熊に襲われ逃げて、その時ボスに出会い妹探しを手伝った。

 こんな内容の事を言ってジャギはリュウケンを説得した。因みにリュウを飼う事は意外にすんなり許してもらえた。

 「来なさいジャギ。お前には少しばかり言う事がある」

 説教か……と肩を下げジャギはとぼとぼとリュウケンの後を付いていく。……そのジャギの服の裾をアンナは掴んだ。

 「……また、会えるよね」

 そう……必死な表情でアンナはジャギを見て問いかけていた。

 その言葉に、一瞬だけジャギは目を見開く。……そして。

 「……あぁ。勿論……絶対会いに行く……約束だ」

 「! ……うん、約束ね……」

 ……小指を絡ませ、二人の子供は約束し合った。

 その二人を見て、一瞬だけリュウケンと連れ添っていたボスは。この二人の子供の瞳に浮かぶ光に胸がざわめいた。

 「……送り届けて貰い礼を言う」

 「大した事はしてねぇよ。……アンナ、もう暗いし帰るぞ」

 その言葉に、我が侭を言わずアンナは素直に兄の後を付いて行く。……このままジャギと一緒に居ると言っても無駄だと
 悟っているかのように大人びた顔つきで、そして、階段を下りる間際、ジャギへと儚げな笑顔で口を開いた。

 「……またね! ジャギ!」

 「……アンナ!」

 思わず呼び止めるかのように切迫した言葉。そして、ジャギはそんな自分から出てきた声色に驚き我に返り、冷静に言う。

 「……また、な」

 「うんっ。また」

 そして、アンナは闇夜にバイクの光の中去った。……ジャギはそれが消えるまで見送った。

 「……ジャギ」

 「父さん……僕初めて友達が出来たよ」

 「……良かったな。町の子供と仲良くなれず心配していたが……だが、あの娘は」

 あの娘は危うい……。その言葉を、ジャギが居る事でリュウケンは辛うじて飲み込んだ。

 「……もう一度会うって……約束してるんんだ」

 (……ジャギ……数日間で大人の顔になりおった。……あの娘が原因か)

 ジャギの横顔……その横顔に、これから先に起こる波乱の予兆を思いつつ。リュウケンは空を見上げ思った。







                             今日も北斗七星が良く輝いている……と















        後書き



 眠らなくて良い秘孔を教えてください




[29120] 【文曲編】第四話『家出 そして出会い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/05 18:31
 世界は廻る回る。夜の後に太陽が昇り始める。

 そして、とある古びた寺院では一人の名前を叫ぶ男性の姿が有った。

 「……ジャギ!!」

 険深く寺院に響き渡る声で名を叫ぶ男の名はリュウケン。ジャギとアンナが出会い数ヶ月。頻繁にジャギは寺院を抜け出していた。

 そして、ある日遂にリュウケンは夜遅くジャギと対話し……そして彼は闇夜へ消えた。

 ……六歳のジャギはリュウケンの手から離れた。

 「……まったく」

 溜息を吐いてリュウケンは俯く。……ちゃんと愛情を注ぎ育てていた筈。なのに何故このように不良紛いの行動を……と。

 肩を落とすリュウケンはジャギの自室に向かう。そして、其処には前から書かれたある紙切れが置いてあった。

 『友達の所へ行ってきます。心配しないで』

 「……馬鹿息子め」

 そう、複雑な感情を乗せてリュウケンは紙切れを仕舞い込む。仕舞い込む瞬間、紙切れと同じ厚みの手紙が見える。

 ……それには北斗を記すシンボルが記されていた。

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


  「……アンナ! ジャギ!」

 一方、不良チームを纏め上げるヘッドのボス。彼も同じく二人の男女の名を叫んでいた。

 「おいっ、あいつら何処へ行ったんだ!?」

 「あっ、ボス……ジャギとアンナか? 確か自転車に乗って何処かへ行ったぜ」

 「知らせろ馬鹿野郎っ!!」

 怒りのままに気の毒な不良を殴り飛ばしボスは口元を歪めて二人の去った方向を見遣る。

 「……確かにアンナの事を頼むとは言ったぜ? けど知らない場所へ連れ回せなんて言ってないぞ……俺は」

 疲れた表情でボスは呟く。だが、少しだけその表情には安堵の色も秘められていた。

 (けど……お前ならアンナの苦しみを取り除いてくれるよな?)
 






 
 「……あっははは!! こっちだよ! ジャギ!」

 「くぉの! 絶対捕まえたる!」

 町から少し離れた場所。其処でジャギとアンナは鬼ごっこをしていた。

 数週間、ほんの数週間だけだがジャギが側で過ごすだけで若干青白く不健康そうだったアンナはみるみる元気になっていた。

 肉体的でなく精神的な要因が強かったのが大きな事だが、アンナにとってジャギが側に居る事は万病に効く薬より効果があるのだ。

 一方、ジャギもアンナと一緒に過ごすのは居心地良かった。何時自分の正体がばれるか不明な状態で寺院に過ごすのは

 精神的に辛い。何時来るかわからない北斗兄弟の不安。それらを纏めてアンナが側に居ると不思議と癒され、気がつけば

 自然とアンナの側に居る事となった。アンナも、表に出さずとも内心でジャギとの時間が多いのを心から喜んでいた。

 「……くっそぉ。速いな、アンナ」

 息を切らし草むらに寝っ転がるジャギ。その隣を同じようにアンナが仰向けに倒れこんだ。

 「へへっ、私、子供の頃から走ってるからね。誰にも捕まらないよ」

 そう得意げにアンナは笑う。敗北感はない。ジャギはアンナが微笑んでいる事だけが不思議と安堵感を覚えていた。

 「子供の頃からかぁ……って、今でも子供だろ?」

 「ジャギも子供だけどね。……ねぇ、ジャギって鍛えているのって、お父さんの為だっけ?」

 暇な時の会話で聞いた事。アンナは今一度確かめるように目をクルクルとさせて横になったジャギへと聞く。

 「……そうだな。父さんを守る為に鍛えている……誰にも負けないような強さをさ」

 「……もし、良かったら」

 「ん?」

 恐る恐る、と言った様子でアンナが口を開く。それに意識を向けるジャギ。瞳を揺らし、意を決してアンナは言った。

 「私も……鍛えてくれないかな?」

 「……アンナが? ……いや、けど自分もまだまだズブの素人だぜ?」

 「それでもいいよ。私も……私も出来る限り強くなりたいんだ」

 そう笑うアンナの顔は何故か儚い……そんな表情をされたらジャギは否とは言えなかった。

 ……数日後……その鬼ごっこしていた草むらでは同年代の男女が拳を構えて対峙していた。

 修行……と言うなの組み手。ただしジャギはアンナを傷つける意思を宿していない。避ける事だけに徹底するつもりだった。

 アンナもジャギを傷つける意図はない。けれど気概は本気。ペコリと一礼してアンナはジャギへと鋭い目つきへ変化した。

 (……この前の時と同じ目だ……あん時は悲鳴上げて倒れたけど……)

 「行くね……!」

 ぼんやり前の出来事を思い出そうとしていたら、鋭くビュッと言う音と共に拳がジャギへと迫っていた。

 「おっ……」

 (結構速い……今まで血の滲む鍛錬やってたのに速く感じるって事は……アンナってもしかして結構鍛えているのか?)

 冷静に考えつつ体は次に迫る攻撃に備えている。未だ北斗神拳も教わっていないこの体。だが下町の子供相手には

 自慢にはならぬが百戦練磨。何よりも未だどちらも子供ゆえに闘いの空気は血生臭くなく、淡く空気が揺れるのみ。

 「とぉ!」

 次に迫る上段蹴り。女性特有の柔らかさを伴った素早い蹴りがジャギへと襲い掛かる。だが、それをスッと後退して避けた。

 (南斗邪狼撃もどきステップ……ってな)

 この体の持ち主……ジャギはいずれ南斗聖拳を扱う。

 どのように会得したか不明な最初で最後に救世主に傷をつけた技。ジャギはジャギになった時南斗聖拳を覚える事は決めていた。

 「未だ未だっ!」

 攻撃は未だ続く。蹴りが避けられると同時に軽快にトンボ返りをアンナは見せた……まるで白鷺拳のように。

 その動きに少しばかり驚くジャギ。アンナの体つきは身軽だとは思っていたがこれ程とは……と心の中で感心する。

 だが、感心したのは其処まで。アンナは後退し終えると跳躍して、こんな風に叫ぶのであった。

 「アンナキック!」

 その不似合いな台詞にジャギは思わず体を崩す。その崩した体を通り抜けてアンナは横切り派手にお尻から着地した。

 「いったぁ~!」

 「……何が『アンナキック』だよ、おいっ! そんなんで倒せる馬鹿はいないっつうの!」

 「だってだって! 前にこう言う風にジャンプして悪の怪人を倒す漫画があったんだもんっ」

 「そりゃ漫画だからだ!」

 そのまま軽口交じりの言い合いが続く。……それが彼等の日常風景だった。

 何も損なわれぬ幸福の日々。……けれど、一月後、それは崩れ去る。


   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……は? アンナと会うのを止めろ?」

 それは唐突の出来事。寺院に何時ものように遅く帰ってきたジャギ。それを腕組みしつつリュウケンは待ちうけジャギに言った。

 その言葉に頭が一瞬真っ白になり、そして納得できぬ発言にジャギは沸々と怒りを沸きつつ言い返す。

 「何でだよ父さん。アンナは俺……僕の大事な友達だ」

 「かも知れん。だが、お前を夜遊びさせるような者に、私は余り快く思わん」

 それは親心から。リュウケンにとってジャギは『家族』。彼を真っ当な道に進ませたいが為の親愛の情ゆえの発言だった。

 けれど、それを理解せよと言うのは酷。ジャギが何たるか知らぬ事。これによって些細な亀裂が生まれるのだった。

 「ふざけるなっ」

 何時も礼儀正しい言葉遣いをジャギはしていた。だが、ジャギはリュウケンの言葉を受け荒々しく言葉を出す。

 「俺にとってあの子は凄く大事なんだ! 幾ら父さんの言葉でも絶対に聞けない! そんな事は俺が認めない!!」

 「お前……ジャギ」

 「絶対に認めないからな!」

 そう言って、ジャギはリュウケンの呼び止める声も虚しく。寺院を飛び出したのだった。

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……アンナっ、お前またそんなボロボロの姿で帰ってきやがって……っ」

 「……ちょっとジャギと遊んでただけだもん」

 「ちょっとじゃねぇだろ!? ……ったく、間違えたか? 元気になったは良いけど……お転婆にしろとは言ってねぇぞ……」

 そうリーゼントを掻きつつボスは呟く。組み手をして一杯遊んで土や砂まみれになって……そりゃあ子供は風の子。元気良く

 遊んでくれる事は正直嬉しい。突然男性を怖がってから同年代の子供を見かけても遊べなかったアンナが今ではジャギとなら

 大はしゃぎで遊ぶのだ。だが、出来る事ならば……もう少し女の子らしく育って欲しいと言う願いも父親代わりとして思う。

 その親心ゆえの何気ない発言。だが、その発言はアンナの逆鱗に触れさせる。

 「ったく、そんな風に何時も泥ん子になって帰ってくるんだったら、あいつと遊ぶの禁止にしちまうぜ?」

 回復してきたのを視認しての油断か、それは冗談を含めつつの発言だったのだ。

 だが、それに対しピクンと体を揺らし、アンナは自分の兄を見る。カウンターを吹いていたボスは、その時空気の変化を感じ取った。

 (……っ!? やばいっ)

 「おい、アンナ落ち着け……」

 失敗したと感じ、取り直そうと行動しようとした瞬間。ガシャンとガラスの割れる音がボスのアジトに響き渡る。

 アンナの表情……それは生気を失っていた。何時も元気良く陽の光を吸い込み輝く瞳は濁り、そして死人のように顔は白い。

 「アンナ……」

 「……何でそんな酷い事言うの? ……ジャギは私の大事な人。ずっと前から私が捜していた王子様。……何で引き離そうとするの」

 「おいっ、アンナ……」

 コップを投げたアンナは、顔を歪めて手元にある皿を手当たり次第に投げる。

 「そんな事言う兄貴は大嫌い! 大嫌い! 大嫌い! 嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌いっ!!!」

 フリスビーのようにボス目掛けて皿は投げられる。それをカウンターにしゃがみつつボスは避ける。

 そして、手元に投げる物がなくなり息荒くアンナは破片まみれの床の上で仁王立ちする。それに言葉をボスは出せない。

 「アンナ……俺は別に」

 「兄貴なんて大嫌いっ!!!」

 そう言って自室へと階段を駆け上りアンナは去る。その泣き腫らしたような表情に、ボスは呼び止める事さへ忘れた。

 「……ったく何だってんだ。……子供の癖に、まるで愛し合ってるかのような……」

 溜息を吐いて皿の破片の処理を如何するか考えるボス。その一方でリュウケンも同じ事を思い、呟いていた。

 「……ジャギ、あの子はお前の何なのだろうな。……お前達を無理に引き離そうなどとは思っておらぬ。だが、危うい。
 お前達の瞳に浮かんでいる光……恋慕や愛情等とでは言い尽くせぬ……どうすればあのような光を……あの年で」

 リュウケンにはジャギが遠く離れた場所に行ってしまった気がした。物理的にも精神的にも……リュウケンは言葉を続ける。

 「……北斗神拳の継承……お前を決してその道に入れる気はないが……彼の瞳を浮かべるお前が北斗神拳を扱う事に
 なればどうなるのかなジャギ。……私は……そんな、途轍もなく不安を抱く想像を拭い去れん……」

 ゆっくりとした足取りで寺院へ戻るリュウケン。……その背中は切なさを宿していた。



   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 そして、話は現在の時間軸へとなる。バイクは流石に乗れない歳。自転車の後ろにアンナを乗せてジャギは必死に漕いでいた。

 「ジャギ、頑張れっ」

 「頑張れ……っつっても……坂道……だぞ」

 急な登り道を立ち漕ぎでジャギは登っていた。アンナは下りて手伝うと何度も言っていたが、それは男が廃るとジャギは
 拒否してアンナを乗せて心臓破りの坂を自転車で上り続ける。そして……ようやく山一つを超えた。

 「わ、我ながら結構無茶したなぁ……!」

 「本当に大丈夫? ……お水、もう少ないし……」

 急な家出。ほとんど何の準備もなしに出てきたジャギと、夜に手頃な荷物を作ったアンナ。

 ジャギがアンナの居る場所に着いた頃、既にこっそりと自転車に乗ってアンナはジャギの居る場所へ向かう途中だった。

 そして、互いに何も言わなくても知りえたのだろう。一回頷き、ジャギはアンナを有無言わさず後ろに乗せて旅立った。

 目的地などない。ただあの場所を抜け出せれば良かった。自分たちの世界を脅かす、あの世界から。

 だが、前もっての計画ではなく突発的な行動だった為に……二人とも疲れている。

 そして、時間はお昼。簡単な食べ物(アンナが持ち出していたクラッカーやら固形の菓子)を除けば何も食べていない。

 一本だけの水筒もカラカラ。水だけでも補充しなくてはいけなかった。

 「水のある場所、水のある場所……井戸とか近くにないかな」

 「井戸なぁ……水の音でもすりゃ何とかなぁ……」




                                  ……チャブン



 「……水の音?」

 「え? 私何も聞こえなかったけど?」

 ジャギの耳には確かに水が揺れる音が聞こえた。アンナを引っ張りつつ音の方角へ進む。

 数十分後……何やら大きな屋敷を見つけた二人組みだった。

 「……わぉ」

 「……このご時世にこんなでかい屋敷……どんな成金野郎が住んでるんだ?」

 アンナは純粋に大きな屋敷に驚き、ジャギは屋敷の持ち主を想像して眉をしかめる。
 
 そして、水の音は屋敷の中からジャギには聞こえていた。

 「そりゃあ確かにこんな大きな屋敷なら井戸ぐらいありそうだけど……入ったら色々困らない?」

 至極真っ当な意見。だが……。

 「……このまま汗まみれでいたいか?」

 「さぁて、行きますか!」

 暑さが立ち込める季節。それゆえに不法侵入と大好きな人に汗臭いと思われたくないと言う心の天稟はすぐに勝った。

 もっとも、純粋にジャギは現状の汗と渇きを何とかしたかっただけの発言だが……。

 鉄格子の扉を乗り越えて二人は屋敷の庭園らしき場所へ忍び込む。運の良い事に手入れが余りされてないのか芝は伸び放題で
 子供ならば絶好の隠れ場所だ。二人は体勢を低くして鼠のように暫く歩き続け、目的の物を発見した。……井戸が見える。

 そんな子供ゆえの冒険を二人は無意識下に楽しんでいた。

 「これをジャギは捜してたんだっ。……あれ、でも何であんな遠い場所から、こんな場所の水音が聞こえたんだろう?
 ……ジャギってば、もしかして地獄耳? 耳をすましたらいけない事まで聞こえちゃうとか?」

 「偶然だよ、偶然。何だ、いけない事って?」

 冗談めかしつつジャギは井戸に吊るされていた桶を取る。ようやく水が飲めるのだ。地味に重いロープを二人で引っ張る。

 並々と陽の光を反射しつつ揺れる水。二人は普通の水だけど唾を鳴らし、心行くまで飲もうとした……その時だった。



                                 「……誰?」



 「「ひゃっ!?」」

 手で掬って飲もうとした束の間、背後から突然聞こえてきた声に驚き二人は同時に掌の水を地面に零してしまった。

 「だ、誰でぇ!?」

 「ジャギ、この場合私達が怪しい者だって。御免なさい、喉が渇いて水が欲しくて……」

 江戸っ子のように腕まくりするポーズをしてアンナを守れる位置に瞬時に移動するジャギ。そんなジャギを苦笑しつつ

 アンナは諌めて声の持ち主へと謝罪する。声は伸びきった芝から聞こえ、暫くしてから、その声の正体が現れた。

 (……女の子か?)

 ジャギは第一印象でそう思った。ゆったりとした何やら装飾めいた長いガウンのような服。そしてアンナ以上に伸びている黒髪。

 黒髪には簪(カンザシ)なのか解らないかアクセサリーのような物を髪の毛に差している。顔にも薄い化粧が見られた。

 歳も自分達と同じ程だろうか? 少し怯えた様子の子供が、ジャギとアンナの前へと現れたのだ。

 一瞬どちらとも対峙して動かなかった。その場を動かしたのは目の前の

 「……君たち誰?」

 (って……男か!?)

 声もハスキーで解る人間にしか解らないが、その声のトーンからジャギは男と察する。だが、アンナは気付かないようだ。

 「こんにちは! えぇっとね……私達家出してきたの! 貴方、この屋敷の子? 凄く可愛いドレスだね!」

 「……これ、ダルマティカ(※ゆるやかな広袖のチュニックの一種)って言ってドレスじゃないんだけど」

 「……あれ、その声の調子……もしかして男の子?」

 そのアンナの言葉に若干気分を害したように目の前の女の子のような中性的な容姿の顔の男の子は顔を歪ませる。

 「何だと思っていたの? ……此処の水なら好きなだけ飲んでいいよ。……父上に見つかったら大変だけど」

 そうボソボソと男の子は答える。アンナとジャギは家人の許可を得て安心して水を心行くまで飲んだ。

 半日振りの水、それはどんな食事よりも体中にいきわたる。

 「……ふぅ、助かった。礼を言うぜ。……そういや、お前の名前何て言うんだ?」
 
 行儀悪く口元を拭いつつ、ジャギはその女の子のような格好の男の子に名を尋ねる。

 だが、如何いうわけがモジモジしつつ男の子は答えを出さない。何か言えない理由でもあるのだろうか?

 そんな疑問がもだけた時、自分達の上空から大きな声が響き渡った。

 「フィッツ!! おい! 何処だフィッツ!!」

 剣呑な声。自分が上だとばかりの強さを秘めた声。ジャギは初めて聞く声なのに眉を顰める。アンナもその声を聞いて

 いけ好かないと言った表情を見せた。ただ一人、女の子のような格好をした男の子だけは反応が違った。

 「!! ……父上だ……! どうしよう……こんな格好で外に出てるのが見つかったら……!」

 青褪めた顔。その様子にジャギとアンナは顔を見合わせ、そしてすぐに行動を起こした。

 「こっちだ!」

 「付いて来て!」

 二人はフィッツと呼ばれた男の子の両手を取る。そして困惑した表情の彼を芝を通り抜け屋敷の裏側へ移動させる。

 そのすぐ後を男が通り抜けた。間一髪。その男の容姿は顔は細く、どうも意地悪な感じの目つき、木の棒を持って闊歩している。

 「何処だ! 今日の稽古をさぼって何をしているんだ!?」

 その言葉の内容から、微弱に震えている男の子が稽古が嫌で、この庭園にある井戸へと逃げ出したのだと二人は理解する。

 だが同情を禁じえない。彼等も逃げてきた身。そしてあんな乱暴そうな声を聞くと、この子の不幸を同情し得なかった。

 「如何しよう……ねぇ……如何すれば」

 強まる声と怒気。涙目でおろおろとした表情の男の子に、ジャギとアンナは言った。

 「任せろ、水の礼だ」

 「そうそう、私たちが何とかして見るからっ」

 「……如何やって?」

 ベソをかく男の子に、二人は素早く耳元で囁く。そして相談を終えると素早く先程入れ終えていた水筒を取り出した。

 「……今は悪魔が微笑む時代」

 フッ、と悪そうな笑みを浮かべるジャギ。……悪戯めいた事は大好きな年頃であった。







 ……土を掬う、水をまぶす。そして濡れた土を丸状に捏ねる。

 アンナとジャギ、二人が捏ねている間フィッツと呼ばれた男の子は父親が来ないかどうか見張りを任された。

 暫くして数個作られた泥団子。それを並べてジャギは言った。

 「まず、フィッツだっけ? ……お前が怒られないようにあいつの注意を逸らしてやる」

 「如何するの? 父上はとっても厳しい人なんだ。……稽古をさぼったのばれたら僕……」

 「大丈夫! 要はあの人がフィッツ君の事以外で頭が一杯になればいいんだよ」

 その言葉に、頭に?マークを浮かべるフィッツと呼ばれた男の子。

 それに丁寧にジャギは説明し出した。

 「まず、だ。あいつが此処まで近づいてきたら俺がこの泥団子を投げる。そして、次にアンナ、次にフィッツが投げる」

 「そんな事したら父上に殺されるよっ」

 半ば悲鳴に近い声を上げる男の子の口を手で押さえ続きを喋るジャギ。

 「落ち着け。……複数から投げて、あのお前の親父が怒り心頭になってきたら俺が顔を出す。そうしたら近所の悪ガキ
 だと思いあいつは追いかけてくるだろう。……単純だが、あいつの怒りの矛先を俺達が受ける。その間お前は屋敷に戻れ。
 お前の親父が部屋に戻った時お前が居れば多分大丈夫だろうしな……あぁ、後、時間があれば服を着替えて証拠隠滅しろ」

 ガウンのようなダルマティカと呼ばれた服は芝やらで汚れている。彼一人上手く屋敷に戻れても服の汚れが見つかれば手遅れ。

 屋敷に戻れば自分で何とか出来るとフィッツと呼ばれた男の子は言った。ならば自分たちの役目は時間を稼ぐ事だ。

 「け、けど……」

 「大丈夫っ。私たち逃げ足は速いから!」

 「……自慢すんな、そんな事」

 サムズアップして安心させようとするアンナ。ジャギはやれやれとばかりに頭を掻いて……作戦を決行した。

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……何処に隠れたんだ。……時間の大切さを解らないのかあいつは」

 ……丁度子供を叩ける長さの棒を持ち、空いた方の手の平で軽く叩き感触を男は確かめていた。

 この男は事ある毎に息子に厳しく接していた。そうすれば、いずれ自分の夢が叶うと無想していたのだ。

 ゆえに日々休む事のない教育。その折逃げ出した自分の息子への折檻の方法。木の鞭を構えつつ男は庭を歩きつつ考えていた。

 (……外に居る筈はない。あの子は外の世界へ行けるような性格ではないからな。……屋敷の外、其処にいなければ中へ)

 その時、風切り音と共に何かが自分に飛来してきた。反射的に木の鞭を振るう男。
 何かボールのような物。木の鞭に当たって割れる。鞭の方を見遣れば泥のような形跡が見れた。

 「……泥団子だと? ……誰だっ!」

 あの『  』にこんな度胸があるとは思えない。ならば何処かの悪ガキでも迷い込んできたか?

 そう思い男は芝を掻き分ける。漂う羽虫に苛立ち舌打ちする。……男にとって汚れる事は一番嫌いな事の一つだった。

 「何処にいる?」

 見つけて捕まえて、一体どのように罰するか。

 その男は加虐心が強い男だった。想像上の子供を罰する事に薄っすら笑みが零れる。……芝が動いた。

 「見つけた! ……ぁ?」

 飛び込んで動いた芝の付近へ接近した男。だが、其処で見たのは期待とは違う光景。

 其処では何やら紐にくくられた石が揺れて定期的に芝を揺らしていた。それを見て男は確信する。罠にはまったと。

 「一体何処に……っ!?」

 その瞬間三方向から飛来してきた泥団子。男は一瞬硬直しつつも素早く三つの泥団子を粉砕した。

 (三人居るのか……! ……ならば本気を出して一網打尽に……っ)

 「おら、こっちだぜ色男さんよ」

 「何ぃ?」

 見えぬ敵へと本気を出そうとした時、襲撃者の正体が現れた。

 三白眼の黒く空に向けて突いた髪。そんな如何にも悪ガキと言った様子の子供が泥団子を手で弄び口を開く。

 「捕まえたきゃ追ってきな」

 「……ガキめっ」

 子供はどうも好かない。自分の子供も含め、子供は。

 男は捕まえて背中を蚯蚓腫れになるまで叩いてやろうと決意しジャギへ向けて走り出す。

 それを確認して逃げ出すジャギ。だが、男は捕まえられる自身はあった。……男は南斗聖拳を学び、そして伝承者だったから。

 (ククッ、どうせあれは囮。追いかけて捕まえようとした瞬間仲間が援護するつもりだろ? 来い……南斗聖拳伝承者の私に)

 その時、急に前に勢いよく出した右足が地面に吸い込まれた。

 (な、何だ!?)

 足元を見れば浅く掘られた落とし穴。……理解して憤怒する。こんな拙い罠にこの俺を掛けるとは……!

 気に入っていた靴は土まみれ。それも怒りに拍車をかけた。木の棒を折れるかと思うぐらい撓らせて形相となり男は叫ぶ。

 「ガキぃぃぃいいい……!」

 「うわっ……未来の俺の顔より醜いな……」

 「何訳のわからない事言ってやがる! あぁああああぁあ!!」

 子供とは言え容赦はしない、大きく、その子供の背丈より跳躍して木の棒を振り上げる。半ば本気で、その棒をジャギへと
 
 その男は振り落とそうとしていた。男の目には、ゆっくりと、着実に自分を冷静に見上げる子供目掛けて棒を……。

 (……待て、何故『冷静に』俺を見てる……!?)

 そう、違和感に気付いた時は時既に遅かった。




                                   シュッ


                                   ビュッ!!





   
 「もげげげげぇ!??」

 二方向……ジャギの背から気を窺っていたアンナと、背後から奇襲するよう頼まれたフィッツと呼ばれた男の子。

 二人の泥団子は上空に跳んだ男の顔面と後頭部を見事に命中した。

 「くっ……が……ぁ……っ」

 相談……もし、フィッツと呼ばれた父親が本気でジャギに暴行を加えそうだと感じた場合、多少作戦を変更する事にしていた。

 『父上は……南斗聖拳の使い手なんだよ……泥団子なんかじゃ』

 『南斗聖拳? ……好都合だ。そう言う実力者ってのは子供に対して舐めて掛かって来る。そんで自分の誇りやら何やら
 汚されると本気(マジ)になってくる。……お前、自分の父親に本気で立ち向かう気なのか?』

 そう、真っ直ぐにフィッツと呼ばれた男の子の瞳を見るジャギ。

 『……ぅん、僕……逃げてばかりは嫌だから』

 その、男らしい態度にアンナは微笑んで言う。

 『じゃあ決まり! 無事に逃げ切ったら、ちゃんと今度は名前を教えるね!』

 





「……己の無力さを思い知らせてやろう」

 この男は自分の息子に対して虐待まがいの教育を施している。そのような男を見逃せる程、『自分』は非情にはなれない。

目の前でアンナとフィッツから泥団子を食らわされ、血が頭に昇り完全に混乱状態に陥り必死で顔の泥を落とそうとする男。

 ……今なら倒せる。

 そう感じ取ったジャギは手加減は無用と拳を鳴らし……そして思いっきり足を踏ん張って男の股間に拳を捻じ込んだ。

 「%$?!♯&|」

 その瞬間、泥まみれの、フィッツと呼ばれた子供の父親の顔は急速に青褪め……そして地面に伏した。

 「……勝っちまった……」

 呆然と、ジャギは喜んで駆け寄る二人を見つつ、天罰を下した自分の拳をしげしげと見下ろした。


   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 そして、夜。ジャギとアンナ……彼等はフィッツがバケットに持ってきたパンやら野菜やら肉類をガツガツと食べていた。

 「ふぁふぃふぁほい!(悪いなおい!)ほひほふひふぁっへ!(ご馳走になって!)」

 「ほへふへ!(御免ね!)ほふふぁひふぁふはん(こんなに沢山!)」

 飛び出して初めてのまともな食事、二人にとって天の贈り物だった。

 それをニコニコとフィッツと呼ばれた子は言う。

 「気にしないで……父上に叱られずにすんだんだもん。君たちのお陰で父上、暫くの間別の場所で休養するんだって!
 僕、ピアノの稽古や、フレッシングの練習やら、夜遅くまで勉強しなくても良いって家政婦さんに言われたんだ!」

 信じられないとばかりに目をキラキラさせて言うフィッツ。

 「……そう言えば、二人の名前なんて言うの」

 その言葉に二人は言葉を噤んでしまう。何しろ家出して来た身。フィッツが触れ込むとは思わないが、この場所に
 ジャギとアンナが居るとリュウケンやボスに知られたら連れ戻される可能性が高い……ゆえに二人は嘘を吐いた。

 「……えぇと」

 「私の名前はアケビ!」

 唐突に、ジャギが悩んでた時にアンナは唐突に言った。

 「……へ? いや、ア」

 「それで、こっちがシラン! 私たち、幼馴染なんだよね。ねっ!」

 「……」

 必死に『言う通りにして』と言う視線を投げかけるアンナに、ジャギはとりあえず、従う事にした。

 「シラン、アケビか、どっちも花の名前なんだね」

 (……あ、成る程花の名前ね……機転を利かせてくれたのか、アンナ)

 そう心の中で礼をアンナに出していると、フィッツは言う。

 「良いな、二人とも外の世界をいっぱい周れて。……でも、偶には僕も母上と久し振りに庭を散歩したり出来るんだよ。
 ……今は、母上は家にはいないけど、そう言う時はお花畑で一緒に母上と歌ったり、花冠を一緒に作ったりして……」

 ジャギはそんな事を嬉しそうに語るフィッツを見ても複雑な気分だった。また、あの父親は復活したらフィッツに厳しい
 教育をするのだろう。問題を自分達は先送りしただけ、アンナも気付いてか食べる手を止めてジャギの顔を窺った。

 「……フィッツは父さんと母さんで暮らしてるのか?」

 「うん、母さんはとっても優しい……父さんは、僕がいずれ立派な人間になるからって……厳しいけど悪い人じゃないんだ」

 聡明そうな光を携えて空を見上げるフィッツ。多分、彼自身も自分の境遇は逃れ得ぬと何処かで悟ってるのかも知れない。

 ジャギは、それでも自分達に食事をくれた優しき少年に何かしたかった。だからこそ手を差し伸べる、……二人で。

 「……なぁフィッツ」

 「私たち、友達になろう」

 言おうとした言葉はアンナが。そして、フィッツは信じられないとばかりに言った。

 「……僕と、友達……に?」

 「あぁ、てかもう半分友達見たいなもんだと思うけどな。……家出してきて偉そうな事言える身分じゃないが……お前、何か
 とっても我慢しているように思えるからさ……あ~、だから、何つうか、ガス抜きが必要だろ? そんで……」

 「思いっきり遊べばさ、今の悩みも軽くなると思うんだ! 私、ジャ……シランと遊んでる時は嫌な事なんて全部忘れるから」

 彼女の言葉は真実。それゆえに説得力は増している。

 だが、フィッツには信じ難かった……今まで友達など居なかったのに……。

 「俺達はお前の友達だぜフィッツ。絶対だ、俺達は嘘は吐かない」

 「うん、私たち三人で今日力を合わせたじゃない」

 そう手を差し伸べる二人の笑顔に、フィッツは涙を一筋垂らして……手を伸ばした。

 ……その後の描写は省いても良いだろう。彼等三人は数日間……一週間程共に過ごした。
 二人は屋敷の住人に見つからぬよう手頃な空き室をフィッツに手引きされ眠り、緊張感あるゲームを彼等はしていた。

 それはフィッツにとって、とても忘れられない七日間だった事は言うまでもないだろう。

 ……そして。

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……は? 引っ越す!?」

 「うん……僕の母上……母上がね、体が良くなってきて……それで又一緒に過ごせるようになったから」

 ……フィッツの母親……それは今まで病気で病院で過ごしていたようだが、治り、またフィッツと過ごせるようになったらしい。

 だが、養生もかねて別の場所で過ごす。それゆえにフィッツは折角ジャギ達と友達になれたのに離れる事になった。

 ジャギやアンナにとっては衝撃的な事。けれど、仕方がない事とは幾多にも存在するのかも知れない。

 「……そっか元気でな……」

 「私、短いけどフィッツと一緒に遊べて楽しかったよ」

 寂しそうに、涙目でジャギとアンナは別れを告げる。

 フィッツも泣きそうながらも我慢していた。……それは、ある約束をジャギ達と交わしたから。

 「それじゃあ、シラン、アケビ……また、ね」

 「あぁ、またどっかで会おうぜ……絶対に」

 「うん、絶対に、また会おう」

 手をゆっくり振り、フィッツは去って行った……その衣装を見てジャギは何かが引っかかったが……すぐに忘れてしまった。

 (何だろう……フィッツで『北斗の拳』の誰かに……)

 「ほらっ、ジャギ。行こう!」

 「……って、待てよ、アンナ!」

 二人はもう暫く旅を続ける。ほんの少し、この儚くも幸福な日々を享受しようと。

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……とても楽しかった。

 ……心残りなのは自分の名前を偽ってしまった事。そして、二人の住む場所を聞けなかった事。

 ……いや、これで良い。自分の環境だといずれ二人に迷惑を及ぼしかねない。

 父上は、彼らが友達だと知れば、他の人達にするように大人同士の話し合いとやらで僕と彼等を引き離すだろう。

 だから……これで良かったんだ。

 フィッツはまるで大人のような思考を既に備えていた。それは、生まれながらの天才。そして恩恵ゆえに。

 ……もう会えないかも知れない、けれど、それでもあの二人と一緒に遊べて嬉しかった。

 瞳に涙を浮かべるフィッツ……その彼が乗る車は長い時間を更けてから一つの屋敷へ辿り着いた。

 そして、その屋敷の扉では『緑色のマフラー』をした貴婦人が微笑んで車を今か今かと待ち受けていたのだ。

 そして、その貴婦人へ向けて駆け寄り腕を伸ばしながら……彼は叫んだ。
 


                                「ただいま、母上っ」





                                「お帰りなさい、ユダ」












             
      後書き



 某友人がクロスオーバは復活しますか? と聞いている。


 ……とりあえず作品を完結次第するつもり。


 ガンツとクロスオーバしろとか無茶言ってる。とりあえず殴る。










[29120] 【文曲編】第五話『出会い 因果と死闘』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/07 19:29
 とある町、其処ではある事件が起きていた。それは陰湿な出来事。弱者を嬲り、それで喜ぶ下衆の事件。

 会議室で一人の警察が怒鳴った。

 「まただ……子供を捕まえては悪戯する事件……くそ、犯人は未だわからないのか!?」
 
 それに、困り果てたように近くに居た警察官が言い訳するように言う。

 「ですが……事後に犯人に薬品を被されたとかで犯人の顔がわからないんですよ」

 「言い訳になるか! ……この町でこのような事件を起こすような人物だ。犯人は腕に自信ある者に違いない!
 しかも、そいつは『我々の印』を備えていたと言う話ではないか! その様な事を許すわけにはいかん。
 不埒な所業を平気で行う犯罪者の事だ。如何にも悪人面で、筋肉隆々の男に違いない! そうに決まっている!!」

 「そんな、勝手な想像を……」

 だが、その勝手な犯人像を上げる男の地位は高いのだろう。自分の描いた犯人像を勝手に配布し捜査を始める。

 ……それは何処にでもある事件の話。……だが、それが今回の物語へ繋がる……。







 一つの坂道を自転車が駆け下る。ハンドルを握る男の子。そして後ろでしっかりと、その男の子に掴まる、ほんの少しだけ背が高い
 女の子。彼女は金色の髪を風のままに後ろへ靡かせながら小さくとも頼もしい自分の王子と共に居る事を喜んでいる。

 気侭な二人旅。彼と彼女は行く宛てはなくとも幸福である。

 周囲は田舎道。街灯なく周囲に民家もない。だが、前方を目を凝らせて見れば何やら大きな町が見えてきた。

 「町だよ、ジャギ!」

 小さく興奮した声を出すのはアンナ。運転する男の子の肩を掴み揺らす。

 「わかってる揺らすなって! フィッツから貰った食料も残り少ないし、丁度良い。今日はあそこで泊まる事にすっか」

 旅を再会する前に少しばかり食べ物を餞別として貰ったジャギとアンナだが、別れてから大分立ち、食料は残り少ない。

 「……でも、私たちお金ないよね?」

 アンナの低い口調に、うぐっとジャギは詰まる。何の準備もせずに旅に出た二人。行きずりの屋敷で同年代の男の子と
 出会っていなければ空腹で苦しんでたかも知れない身。もっとお金やら周辺の地理やら知識を備えておくべきだったと後悔しても
 後の祭り。ジャギはペダルを漕ぎながら暫く唸っていたが、目つきを鋭くして声を強めて言った。

 「大丈夫だ。歳の割には鍛えているし、俺、働くぜ!」

 「雇ってくれないって、私たち子供だし」

 「……あっ」

 アンナの静かな諌めにジャギは気づく。そう言えば自分は『自分』でなく『ジャギ』なのだと言う事を。


 年齢は六歳。アンナも未だ十歳に満たない歳。この二人を誰が雇ってくれると言うのか? いや、誰もいない。

 「……けど、このまま戻る訳にはいかないだろ」

 リュウケンとアンナの兄のボス。この二人が自分達が一緒である事を許してくれるまでジャギは帰りたくない。

 何故、此処まで意固地になってるのか時々自分でも不思議に思う。けど、初めて出来た友達。それを勝手な都合で
 引き離されたくはない。ジャギは帰ると言う選択肢を捨てていた。そして、アンナも同じ。死が別つまで共に居るつもりだ。

 「……あの町でずっと過ごせたら良いね」

 「そっだな。ずっとは無理でも……長く」

 大きな町。寺院や周辺の町を除き初めて訪れる場所。ジャギとアンナは少なからず期待と不安を秘めて、町へと入った。

  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ジャギとアンナが町の影まで辿り着いていた時。

 その一方で、その大きな町で一際目立つ建物……十字の印を掲げる建物では一多数の子供達が修行を行っていた。

 それは南斗聖拳使いを志す子供達。彼等は各々の実力を見出すべくこの場所で修練を行っている。

 北斗、南斗。これについて詳しい説明を行おう。

 北斗神拳……最強の暗殺拳であり内部からの破壊を主とする一撃必殺の拳。一般に知られる事は決してない闇の拳法では
 あるが特定の人物には、その存在が知られている。そして、それを会得出来唯一生き残った人間は唯一人……。

 そして、南斗聖拳。陽の拳として世界には一般的に知られている拳法。外部からの破壊を主とした拳法であり、
 その拳法家の多くは鳥の名を記している。そして、その伝承者を目指し幼き子供達は日々修行を行っているのだ。

 数多くの子供達が組み手を行っている。未だ拳法の初歩を教わっている者ばかり。多くが痣を作れども、南斗聖拳の
 真価である切断する程の威力を備えた力を持った者はいない。その子供達を眺める一人の老人。

 その男はじっと数多くの拳や蹴りを行っている子供達を柔らかな目で、且つ実力を見出さんと奥底で鋭く観察している。

 だが、ある程度観察してから溜息を気付かれぬように吐く。如何やら、見込みある人物は老人の目には無かったようだ。

 (やはり……期待出来るのは、あの二人のみか)

 そんな思考が老人の頭に過ぎる。と、同時に、子供達の修行場へと、もう二人男の子が現れた。

 一度組み手が止まり、子供達がその二人へ視線を集中させる。どうやら、その二人がこの修行場で実力高き者のようだ。


 一人は強面で如何にも戦士と言った風格を持ち、鉄のような色の瞳。紅葉のような色の髪を無造作に縛り上げている。
 髪の毛と同じ色の胴着は汚れたまま、肌も汚れ外見には無頓着のようだ。『武』それ以外は興味なしとばかりに。

 
 もう一人は色々と真逆な風格を持った子供だった。

 うなじまで隠す金髪の髪、ブルーの瞳でギリシャ彫刻のような端整な顔つきをしている。紫色の胴着を纏い、露出した肌、服
 及び汚れに敏感なのか綺麗な侭。まるでモデルのようだ。だが、周囲の羨望の視線など構わないとばかりの静かな拒絶が、
 その男の子の体から滲み出ている。抜きん出た実力ゆえに周囲より孤立している……そんな雰囲気を男の子は纏っていた。

 二人は互いに眼中なしとばかりに別々の場所へ歩み、そして互いに修行場に置かれていた一本の木材へ立ち止る。

 お互いに同じ構えを行い、足を広げ立てられた木材に意識を集中させる。緊張の一瞬、幼き拳法家達の視線の中二つの声が叫ぶ。

 「「しゅあっ!!」」

 同時の気合い、同時の突き。互いの拳が木材へと走る。そして、同時に抜き放った拳を元の構えの位置へと戻した。

 そして……拳が放たれた木材はと言うと、浅く刃物で傷つけられたような跡が出来ていた。

 おぉ~っ、と言うどよめき。紅葉の色を持つ男の子は勝算の声に口元を歪め笑い。金髪の男の子は冷めた顔をしている。

 その二人が付けた柱を注意深く観察し、妙齢の老人は心中で採点する。

 (……『ジュガイ』の放った拳は強く切れ込みを付けているが、荒々しさが残っておる。気性の強さが滲み出ておるな。
 一方『シン』の方は『ジュガイ』に比べ切り込みは無いが、切れ跡は真っ直ぐであり鋭利じゃ……難しいものよ)

 『シン』『ジュガイ』……この二人こそ、後に南斗孤鷲拳伝承者候補として選ばれる二人。そして、見定めているのは
 現南斗孤鷲拳伝承者である『フウゲン』であった。この町では南斗孤鷲拳伝承者を目指すこの二人が居た。

 軽いベルの音が鳴り響く。それと同時に子供達が修行場を離れた。多分、昼時の休憩時間の音なのだろう。厳しい鍛錬を
 終えての開放感に喜ぶ姿が走り修行場を駆け抜ける子供達の様子から見て取れる。無人になる修行場。

 ……否、シン、ジュガイだけは修行場を離れない。休む事さえ惜しいとばかりに黙々と拳打を行っている。

 「シン、そのような力の無い拳では直に俺がお前を追い越すぞ?」

 不敵な笑みを浮かべるはジュガイ。気合の篭もった声と共に柱へと鋭く手刀を放つ。先程と同じく柱に切れ込みが走った。

 「力だけでは南斗孤鷲拳を極める事は出来ん。お前はお前、自分は自分のやり方で南斗孤鷲拳を身につけるのみ」

 そう冷静に言い返すはシン。柱に付けた目印へと正確に拳打、手刀、蹴りが当てられる。放つ度にシンの髪が乱れていた。

 「ふん、確かにシン。お前の実力は認めている。だがな、何時か南斗孤鷲拳伝承者となるのは……俺だっ」

 最後の語尾と同時に強く拳を柱へと打ち込んだジュガイ。それど同時に木材は容易く砕け折られた。

 「はははっ! 力なくして拳はない! 解るか!?」

 そう自慢げに、誇らしそうに自分が折った木材を指差しジュガイは吼える。

 黙々と木材へと拳を放っていたシンは深く呼吸を一回行い手を止めると、ジュガイへと半ば冷たい声で言った。

 「あぁ、お前の拳の強さは認めるよ」

 「ははっ! そうだろ、そうだろ!! シン、今の内に別の拳を身につける事を考えておくべきだな! 後々恥を掻きたくなければ!」

 そう高笑いしてジュガイは修行場を去る。未だ子供なのに豪胆と言うか、青年のような男らしさを秘めている。荒々しいが。

 それをシンは無言で見届けた。そして、誰も人気が無くなるのを確認すると先程と同じように拳を放ち始める。

 ……いや、違う。徐々に、徐々にではあるが速さが増し、そして数分後には腕の動きが見えぬ程にシンの動きが増した。

 「しゅあぁ!!」

 強い掛け声、それと同時に、シンの的である木材は『切り倒れた』




                                  ……パチ、パチパチ



 「! ……師父」

 「見事よシン。ジュガイよりも先に南斗聖拳の真なる領域へ踏み込んだか」

 背後からの拍手。焦りつつ振り返りシンは音源の正体が自分の師だと知り安堵の溜息を放つ。

 南斗孤鷲拳伝承者であるフウゲンは拍手しつつ、シンが南斗聖拳の真髄たる『外部からの破壊』を見に付けた事を褒めた。

 ジュガイのは半ば強引に力で木の柱を折ったに過ぎない。だが、シンの拳は切り倒した。それは南斗聖拳たる証拠。

 フウゲンは温和な笑みを張り付けてシンに近寄る。だが、そのシンを見る視線は鋭かった。そして、接近し鋭くシンへ聞く。

 「シンよ。お主先に南斗聖拳の定義たる『斬撃』を身につけたのならば、何故言わなかった?」

 シンはフウゲンの弟子。何かしら伸びた部分があれば師として知らなくてはいけない。なのにシンは今まで自分に告げなかった。

 いずれ伝承者になるかも知れぬ子供。その心に悪意あれば後の災厄となる。フウゲンは真剣に詰問する。

 シンはと言うと多少フウゲンの突然の出現に焦りを見せていたものの、すぐに元の静かな顔立ちに戻ると冷静に言った。

 「隠す気持ちはありません。これが出来たのもつい最近の事、何より私は南斗聖拳の極みに至っていないのです。
 南斗孤鷲拳の技の一つも会得してない身で、ただ木の柱一つ切り倒しただけでは拳士と名乗れるとは思えませんでした」

 「言う必要もなかった、とな?」

 その言葉にコクンと頷くシン。フウゲンは、この子供は大人びていると感じると同時に、戦慄さも感じていた。

 拳法の極みとは底知れぬ長い時を経て完遂する。この子供は意識せぬままだが、この歳ならば諸手を上げて喜ぶ事を
 当たり前の事と受け止め次へ次へと飲み込もうとしている。その、底知れぬ武への探求と欲望にフウゲンは僅かに惧れを抱いた。

 「そうか……だが、修行も良いが、お前の歳ならば外で同じ年頃の者達と交わり遊ぶ事も必要だぞ……見よ」

 修行場にある窓を指差すフウゲン。見下ろせば、活気づいた笑い声と共に修行する子供達が遊んでいる。ジュガイの姿もだ。

 だが、シンは冷めた顔で言った。

 「自分は拳を身に付ける方が今は大事ですから」

 その言葉にフウゲンは少しだけ頭を痛めた。才能ならばシンは、この町の中では上だ。だが、悲しきかな友を作るに不得手。



 
 予測ながら、シンは幼少期はケンシロウと同じ気質を持っていたと考えられる。ゆえに、子供の頃は拳意外に
 興味を示したとは考えにくい。ケンシロウも滅多に感情を表す方でなく、自身が心惹かれる物、事においては
 顔つきを変貌させる所において、子供の頃の境遇は似ていたと思われる。ゆえに、シンとケンシロウは、いずれ会うときに
 友人となったし、ユリアを愛す事も宿命だったのだろう。……それゆえに、正史ではあのような悲劇が行われた。

 

 (この子にはもっと心のゆとりが必要だ。真っ直ぐで、性根も良いが……此の侭育てば心の何処かに脆さが……)

 「師父。用件はそれだけですか?」

 シンはと言えば既に自分の切り倒したのと、ジュガイが力ずくで倒した柱を脇へと片付け新たな木の柱を建てている。

 フウゲンは、気を取り直しシンへと言葉を告げる。

 「皆にも伝えたが、夜遅くには歩かぬようになシン。最近、子供を狙った悪質な犯罪が起きているようじゃからのぉ」

 「存じています。ですが、出会ったならばその時がその者の最後でしょう」

 そう呟き、一度間合いを作りシンは木の柱と距離を開ける。

 そして、フウゲンの技を真似、跳躍してシンは叫んだ。

 「南斗獄屠拳!!」

 その技は、蹴ると同時に相手に南斗の斬撃と衝撃を同時に与える南斗孤鷲拳の奥義とも言える技。

 未だ完全に物にせずとも、何時か究めたる事。それがシンとジュガイの同じ目的。

 「……下劣な暴漢如き、師の弟子たる自分は遅れを取れませんよ」

 柱に新たな傷を技で作るシン。その自身の成長する力に対し表面は冷静ながらも、僅かだが表情には獰猛さも見れた。

 その一瞬の表情の変化を見逃さず、だが、何も言わずフウゲンは建物の上へ登り、未だ明るい空に星を見定め呟いた。

 「……南斗の星よ、幼き光は今日も輝かんと切磋琢磨しております。……しかし、南斗孤鷲拳を究めし人物は
 本当に育て上げられるのでしょうか? 南斗の星々よ。私はそれが不安で堪りませぬ」

 ジュガイは武人のような性格であり、人を集う指揮力や前へ進む情熱がある。だが、反面暴力性が時折見えなくもない。

 そして、もう一人シン……才は先程見た通り。だが、あの子はこの侭育てば一つ何かが崩れればジュガイ以上に自身の
 力を何か恐ろしい事へと使用するようにも思える。師とは、これ程までに懊悩すべき者なのだろうか?

 ふぅっ、と息を吐き。フウゲンは町を見下ろすのだった。

 「……南斗聖拳は陽の拳。使い方を誤れば陽は陰へ容易く堕ちる。……果たして、あの子等はどのように拳を未来で使うか……」

 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 そう憂うフウゲンを他所に、ジャギとアンナは町へ辿り着くと歓声を上げていた。

 「凄いよジャギ! あそこ、ほらっ、あそこ可愛いアクセサリー一杯立ち並んでいる! あっ! あそこではドレス売ってる!」

 いや、正確にはアンナだけが黄色い悲鳴を上げているだけだ。ジャギはと言うとこの町で何か商売は出来ないかと模索していた。

 「靴磨き……まず道具ないし。……伝が無いから頼み込んで店の手伝いは無理、……売れるような物はまったくない。
 ……くそっ、北斗神拳さえ……北斗神拳さへ使えれば大道芸と偽って金を稼げるのに……!」

 「何ぶつぶつ言ってるのさジャギ! ほらっ、折角来たんだから町を探索しよう!」

 そう朗らかにアンナは笑う。どんよりと曇った眼をして暗い声でジャギは言う。

 「アンナも少しは悩んでくれよ~。金ないから食べ物も手に入らないし、それに金がないから宿もない。……未だ結構暖かいから
 外でも眠れるかも知れないけど雨降ったらどうする? ……あぁ、くそ! 先行きが不安で苛々しちまう!」

 大学時代も今月の生活費のやりくりなどで悩んでた気がする『自分』だが、この世界ではすっかり忘れていたが、
 衣・食・住を身につける事さへ大変なのだ。そんな風に、世界で生きる事に段々と精神的な負荷が増してきたジャギだが……。

 「ねぇ、ジャギ」

 それを、アンナは見透かしたように透明な色を帯びた瞳でジャギを見つめて言う。

 「色んな小さな事で悩んじゃうとね……大きな嬉しい事を見逃しちゃうんだ」

 「……大きな嬉しい事?」

 「うん、何か解る?」

 その問いに、ジャギは暫く悩んだ。悩んだが、答えが見つからない。

 「……わかんね」

 ぶっきらぼうに降参を告げるジャギ。アンナは微笑んで言った。

 「それはね、『今生きてる』って事。確かにもう食べる物も無いし、今日寝る所も無いかも知れないけど……私達、
 生きてるもん。最悪、何か盗んでても食べるし、道の真ん中で物乞いしたって良いよ? ジャギがお腹空いてるの嫌だし」

 「物乞いって……」

 二の句が告げないジャギに、アンナは続けて言った。

 「お金だって町の外で動物捕まえて売る事だって出来るし、私、花が好きだから花売りしたって良い。……男の人が
 怖くなってから、私、ずっと暗い場所に閉じこもる事が多かった。だけど、ジャギが私を見つけてくれて世界が広がった」

 そのアンナの言葉で、ジャギはアンナが花の名前について詳しい事。そして、最初見つけた時小屋の中に居たのを思い出した。

 笑みは空に輝く陽射しを受けて輝く、アンナは力強く言った。

 「どんなに辛い事があっても、二人で一緒なら何とかなるよ。ジャギ」

 その言葉は……何の実証もなく、不安定で気休めかもしれない。

 けど、ジャギは暫しアンナの瞳に吸い込まれそうな程見つめてから、照れくさそうに笑って言った。

 「……へっ。それじゃあアンナの言うとおり、今を楽しんでみるかな」

 「そうそう! だって、折角来た町だもの。楽しもう」

 アンナの手を握り、ジャギは共に町を駆け抜ける。アンナの手は熱く、ジャギの心と体にも熱が伝わったように足取りは進んだ。

 ……町の商店が立ち並ぶ所。其処でお金がなくともアンナが服を見て試着したりするのをジャギは時折疲れ、時折称賛する。

 張り紙で『全て食べきったら×××××円』と書かれた場所へと赴き。ジャギは腹が破れそうな程に詰め込み賞金をゲットする。

 町の広場。風船を配るピエロ、そしてジャギとアンナはともに風船を持って歩く。心も風船のように軽いまま。

 二人は楽しかった。心行くまで、共に驚き、口喧嘩したり、笑って……そして気がつけば空には北斗七星が見えていた。

 「……すっかり夜になっちゃった……」

 「そうだな。大食い成功した賞金あるから一泊出来るけど、子供だけで泊まらしてくれるかぁ?」

 「あっ、それ私も考えてなかった……駄目で保護されそうになったら逃げて何処かに野宿するしかないかな?」

 それしかないか、と。ジャギは野宿が確定しそうだと頭を垂れる。そんな横へと針金のように立てられるジャギの髪の毛を
 アンナは感触を楽しむように梳きつつ、何時ものように笑い声を立ててフォローの言葉を投げかけた。

 「大丈夫大丈夫! 雨も降る気配ないし、私、ジャギと一緒なら野宿も大歓迎だよ。二人一緒に抱き合えば寒くないし」

 「抱き……っ。いや、いやいや。流石に毛布買ってだなぁ」

 「あっ、ジャギったら赤くなってる。やらし~」

 からかうアンナに、ジャギは大袈裟に拳を振り上げる。それに応えてアンナも笑いつつ逃げる。辿り着くは人気なき公園。

 「おっと、ちょいと手洗いしてくっかな」

 目に止まったトイレを発見し、ジャギは呟く。アンナはと言えば『ちゃんと手は洗ってよ~』と未だジャギをからかう。
 
 口では叶わない。ジャギは逃走するようにトイレへと駆け込む。トイレがぼっとん式なのを危惧したが、和式の普通の
 水で流れるトイレであった事を確認してほっとした。流石に、埋め立て式である事はこの世界に慣れても嫌だ。

 (世紀末になったらトイレも破壊されるんだろうなぁ。……本当、精神的に可笑しくなりそうだよなぁ……実際)

 用を足して未来に溜息を吐くジャギ。出口を抜ければ空には星が輝いている。すっかり夜だと何故か感心してしまった。

 「おいアンナ、もう済ました……ぜ」

 ……いない。

 公園は先程からの静けさのまま。そして、女性用の個室に目を走らせ、少し覚悟を決めて覗き込んで確認したものの、いない。

 いない、アンナがいない。……消えてしまった。

 「……お、おいアンナ? 悪い冗談だ、早く姿を見せてくれよ」

 そう冷や汗を流しジャギは言いつつも、アンナが冗談で隠れている可能性を心の中では否定していた。

 最悪の可能性、その可能性が心の中を占める。……そう、夜は無法者が闊歩する時間。ならば……ならばアンナは。

 その可能性に辿り着いた途端。ジャギの頭には激痛が走り……何かが過ぎった。

 ……何時も走り修行していた北斗の寺院の階段。

 ……その寺院の階段に誰か女の姿……ぼろぼろで肌身を露出し倒れている。

 ……その倒れた人物を『   』は知っていた。そして『   』は好きだった。
 ……なのに、なのに『   』は……。


 「……はっ!?」

 我に還るジャギ。そして、目の前が元の公園である事を認識し、今脳裏に起きた光景が幻覚だと悟る。

 だが、そんな事はどうでも良かった。あの……あの光景が現実になると言う事だけはジャギには耐えられない。

 「アンナっ!!」

 闇雲に、闇雲にだがジャギは公園を飛び出し闇夜へ飛び込んだ。

 ……もう二度と……同じ過ちをせぬようにと……。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 空に輝く北斗七星。

 その脇に輝く蒼い星、私はずっと一緒に彼と居るようにと願う。

 だけど、その願いは永遠に来なかった。いや……来ないと思っていた。

 永遠に等しき長い時間の中で……その願いはようやく叶った。

 願わくば……其処では安らかな眠りを……それは、淡い希望なのでしょうか?






 「……お嬢ちゃん……大人しくしててねぇ」

 暗い路地裏……其処でアンナは長身で、眼鏡をした男に口を塞がれている。

 その男は普通の男だった。町で商売をする中肉中背の男。大人しめで、周囲に目立たないような、そんな男だった。

 そんな男が怪しく夜の星空に照らされない場所で、アンナへとギラギラと危ない蒼い光を宿しつつ見ていた。

 ……アンナは弱くはない。その拳も、その動きも常人ならば容易く捻じ伏せられる強さを持っている。

 けれども、けれどもアンナは金縛りに会ったように何も出来なかった。それは、その男の瞳の光は余りにもそっくりだったから。

 ……全身に走る生臭い感触、そして軟体の気持ち悪い生暖かい物が走る感触。腹の中心に走る痛み。股間部分に触れる……。

 アンナの瞳からは生気が急速に失われつつあった。ジャギとの出会いから取り戻してきた生きる光が……急速に。

 (……ジャ……ギ)

 愛しい愛しい人の名。そればかり頭と心に満たす。涙は瞳から流れ、力ない体とは逆に心は必死で助けを望む。

 ジャギ、ジャギ……助けて。

 「いいねぇ、お嬢ちゃんの、その絶望に満ちた顔最高だよぉ。ふふ……怖がらないでいいよ、すぐに済ませてあげ」

 

                                    トン



 男の言葉は途切れた。暗い路地裏に、現れた足音。

 荒い息遣い。全速力で駆けてきたのが直に解る息遣い。壁に手を当てて肩で息をしつつ、だが、瞳だけはしっかり見据えている。

 暴漢たる南斗の町を脅かしていた男……その冴えない顔つきで、何処にでも居るような男は現れた男子へと不気味に哂った。

 「おやおや、どうした僕? そんな苦しそうな顔して。おじさんが薬を上げようか?」

 その男は、薬剤師だった。……男の心には自分で作った抗生物質でも治らぬ心の病があった。
 ゆえの犯行、ゆえの心の闇が起こす狂気。男は自分で作った記憶に弊害を起こす薬品を掲げて優しい声を出す。

 「……ろ」

 「うん? すまない、よく聞こえないなぁ……何て」

 その男の声は途切れた。……何故なら呼吸を正した彼は、逆立てた髪を揺らし、爛々と瞳を赤く光らせてこう言ったのだ。





                               「俺の名を……言ってみろ」



 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……かつて、『正史』では七つの傷を刻んだ男が一人の男の技を盗んだ。

 その男の技を盗んだ理由? それは知る由もない。だが、推測ならば語れる。多分、その男の境遇は自身の復讐すべき
 人物と似通っていたゆえに。且つ盗み易く、そして彼の魔性たる暴力性を見抜いていたからかも知れぬ。

 男はそして拳法を身につける。そして、その拳法で憎き相手へと浅く傷をつけた。その拳法の定義は身につけれはしたのだ。

 その拳は悪に染まり、陽の光は黒く歪んだ。

 果たして、その拳は何かを残せたのだろうか?


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 『死闘』それは相手と命をやり取りする闘いの事。

 ジャギは体験していない。ジャギは今まで子供の殴り合いと、複数で大人を気絶した経験しか得ていない。

 厳しい修行はしていた。汗がこれ以上出ない程に腕を鍛え、腹を鍛え、足を鍛え、ただひらすらに、力を求めて。

 彼は闘いを経験してはいない。子供相手のは喧嘩。好意を抱く相手との組み手も闘いとは呼べぬ物。

 そんな一度も『死闘』を経験していない身で、ジャギは知りえる事が出来た。

                       人はただ一つの事柄でこんなにも人を殺したいと思えるのだと。

 

 ジャギの体には殺気が漂っていた。六歳、僅か六歳ながらもその身には殺気が、相手を寄らば死なす意思が周囲に漂っていた。

 だが、アンナの側に居る男はジャギのその気配に僅かに身じろぎしつつも、直に不気味に顔を歪ませ哂いながら言った。

 「……いけないなぁ、そんな怖い顔して。……ほら、私は何にもしない……よっ!!」

 男は無抵抗だとばかりに両手をL字に上げ、そしてジャギ目掛けてナイフを投げた。

 「ジャギっ!!」

 小さな悲鳴と呼び声。愛する人が駆けつけてくれたのは嬉しかった。だが、今この時投げつけられた凶器に身は縮まる。

                                   カキンッ!

 「……甘いわっ」

 微動だにせず腕を振るいナイフを弾くジャギ。……怒り、憎しみ、負の感情で暴漢を見据えるジャギにはナイフもスローに見えた。

 そして足に力を込めて暴漢目掛けて殴りかかる。アンナへと、無邪気な魂を嬲ろうとした事、全ての負の感情を拳へ込めて。

 だが、それは無為に帰す。

 「怖いなぁ!!」

 「ゴフッ!?」

 男の蹴りがジャギの腹部を捉える。拳は届かず、壁に強く背中は叩き付けられた。

 「うっ……がっ!?」

 気持ち悪さと鈍痛がジャギの腹部を暴れる。口元から唾液が零れる……このような痛みは初めてだった。

 それを暴漢は不気味な笑い声を立てて言う。

 「ヒヒヒヒッ! 幾ら南斗聖拳使いとして未熟な私でもねぇ! 子供相手に苦戦などしないんですよぉ」

 「ふっ……ぁ……お前が、南斗聖拳……使い?」

 腹部を押さえつつ、ジャギは俄かに信じられないと言外に含めて呟く。

 男はジャギの問いに丁寧に答える。

 「ええ、そうですよ。ですがねぇ、落ちこぼれで、南斗聖拳の定義も身につけられなくてねぇ。その所為で周りからは
 散々馬鹿にされましたよ。こう、今日見たいに南斗の星が輝いている日はねぇ……子供相手に発散するんですよぉ!」

 そう言ってまた強くジャギの頭へと蹴りを暴漢は放つ。額に蹴りは命中し、ジャギは大きく吹き飛ばされる。

 「ジャギぃ!!!」

 「ははは! 可愛い可愛いナイトが来てくれたのに残念でしたねぇ。……まぁ、この侭だと警察に気付かれるかも
 知れませんから、場所を移しましょうか。其処でゆっくりぃ~、君の相手をしてあげますよ」

 舌なめずりする男。アンナは悔しかった。

 こんな奴に……罪もない子供相手に欲望を発散するしか出来ない奴に、暴れる事も出来ない自分が悔しかった。

 何故、私は悲鳴を上げれもしない? 何故、私はジャギを苦しめる相手に数年間個室で鍛錬した力で挑もうとしない?

 アジトの地下。あそこで数年間自分で作ったトレーニングジムで必死に鍛えたじゃないか。

 人気のない森の中を。動物達相手に一緒に駆け抜け必死で誰よりも速くなるようにしたではないか。

 なのに、なのに全部無駄? こんな、不気味に蒼い光を宿す男相手に、『また』同じ目に遭わないといけないと。

 嫌だ……嫌だ嫌だ。

 「嫌……だ」

 「怖いですかぁ? 大丈夫ですよ。痛い事は全然無いんですからね」

 腹に力を込める。私の力の源、私の生きる目的。大丈夫、その名前を呼んで、そして打ち破るんだ……呪縛を。

 「ジャギ……!」

 もっと、もっと強い声で……!

 


                               「ジャギ!!!!!!」


 その声は……路地裏の壁を反響し周囲に響き渡る。

 暴漢は少しばかり焦った。人気のない場所を選んだとは言え、今まで人形のように固まっていた子供が突然
 大声を出したのだ。今までの自分の遊びに起きたアクシデント。歯を出し、手を震わせて上げながら暴漢は呟く。

 「いけない子ですねぇ……!」

 黙らす目的で振りかざされた手。だが、それが降ろされる事は終ぞ無かった。

 「……勘違いするな……終わりじゃねぇ……」

 背後から聞こえた声。暴漢は信じられないとばかりに振り向く。

 殺す……事は出来ずとも気絶は可能な威力で放った蹴り。だが……それは立ち上がっていた。

 愛する者の叫び。愛する者の言霊が、脳震盪を起こしかねない衝撃さへも耐え切り、彼の体を動かしていた。
 
                         「これから貴様に生き地獄を味合わせてやろう……!」

 

  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 『へへ……やった、やったぜ!』

 ある時、ある場所の話。

 其処では一人の男が居た。その男は鉄の柱、その柱に出来ている、突き出した掌がすっぽり入るような穴を見て喝采していた。

 『どうだぁ、俺はやっぱり伝承者だ! これ程早く誰が南斗聖拳を身につけられる!? いや、誰も出来ん! はははっ!』

 男は嘲笑(わら)っていた。ただただ苦しみを忘れるには笑う事しかないとばかりに、天に木霊して笑っていた。

 『見てろ×××××!! てめぇの心臓に、俺様の南斗聖拳が当たった時がてめぇの最後だぁ!!』

 『い~ひっひひひ!! こいつをただの貫手だとあいつは思うだろう! だが、こいつは俺の意思で心臓すら痛み無く
 抜き取れる! 今の俺様ならば×××××如きに負ける要素はない! 俺様は無敵だ! 無敵だぜ! あっははは!!』

 その男は己が強い事に執着していた。そうすれば、自分が敗北してないのだと思ったから、男はただ嘲笑(わら)っていた。

  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「はははっ! 何だその構えは!? いいさ、来なさい! そんな構えで私が倒せると本気で思ってるなら!!」

 腕を水平に後ろへと構え、両膝を曲げ、相手の腹部のみを見据える。

 ジャギの額には暴漢の蹴りにより浅く血が吹き出て瞳を伝い流れていた。それでも、目を閉じず、ジャギは構えを解かない。

 「例え正式に南斗聖拳を究められずともねぇ! 私は多くの拳法家と闘って来たんですよ。……それによる方式は……
 君は、絶対、私に……勝つ事は出来ないんだよおおお!! 悲しい事にねぇえええええ!! 死になさいいいい!!」

 ナイフを振りかざしジャギへと走る暴漢。殺人を犯すのは暴漢にとって初めての事。今まで幼少の女の子にしか手を出すしか
 なかった。だが、此処にいるのは目撃者。自分の安穏な生活を脅かす細菌。ゆえに、負の悦びに染めつつ男の手に鈍りはない。

 対するジャギは、走馬灯のように暴漢の男の動きがゆっくり見えていた。失敗すれば自分の脳天にナイフが刺さるだろう。

 恐怖はない、躊躇はない。ただあるのは憎悪。アンナを脅かした者に対しての制裁だけが体中を支配していた。

 (そうだ殺してやる。殺してやる。ぶち抜いて、貫いて殺してやる。このゴミを、この邪悪を滅してやる)

 グクッ、と僅かに腕の角度を修正した。近づく暴漢。ジャギの頭の中には既に暴漢の心臓を両手の貫手で貫くイメージが出来ていた。

 (そうだ来い。来い、来い来い来い来い来い来い……)

 この両手に 貴様の邪悪なる魂を染め上げて。

 
                                   ジャギ……





 (……アンナ?)

 その時、暴漢の端っこで自分を見るアンナの姿に気付いた。

 その姿は未だ何もされておらず衣服に乱れもない。それはジャギにとって安堵すべき事。そして、その瞳には涙。
 
 その瞳の涙と共に、何かがジャギの体に走った。そして……ジャギには聞こえた気がした。



              
                              ジャギ……私は……『今の』ジャギが……好き


 「南斗……」

 迫る暴漢、もう迷う暇はなし。

 ジャギは意を決し……自分にとって唯一である南斗の技を放った。

 






                                  南斗 邪狼撃






  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 それは、偶然の出会いだった。

 夜遅く、偶々修行が長引き帰る時刻は夜。それは良い、それは伝承者を目指していれば当たり前の事だから。

 だが、暗闇を歩いている時、誰かの名を叫ぶ悲鳴が聞こえた事は、当たり前の事ではない。

 (悲鳴? ……もしや、今日師から聞いた暴漢か!?)

 手柄を立てるとかそう言った野心などではなく。ただただ南斗の拳法家たる自分が住む街を荒らされるのが嫌な事から。

 例え未熟と言えど、すべき事を行いたいと彼は常人以上の脚力を以ってして現場に急行し……それを目撃した。

 (何と……!)

 それは一人の自分と同じ歳である男が大の大人相手に南斗の技を繰り出す姿。

 荒々しく、未熟で、それは師が見せた技のように美しさも洗練さも無かった。

 だが、ただそれには何やら圧倒する力……そう、『生きる力』があった。

 懐に突き出される両腕と伸ばされた両手。それは確実に暴漢の腹部に吸い込まれ、そして暴漢は路地裏の外へ吹き飛んだ。

 「がはっ!! こ、このガキ、が……っ、殺して!」

 男は腹部を押さえ取り乱した様子でナイフを取り出し激情する。だが、暴漢の男の願いは虚しく、冷たい声に遮られた。

 「その必要はない」

 男の背に近づく。背後を取られた事に驚き暴漢は振り向く。そして自分が誰なのか知り、青褪めて言った。

 「お、お前……あ、貴方は……!」

 その暴漢の男は、一目見てその人物が誰か知りえたのだろう。何せ腐っても南斗の拳法家。そして、彼は若くして
 南斗孤鷲拳の伝承者候補のホープとして期待されていた。ゆえに、その暴漢の男は負の連鎖反応に対し絶望を感じた。

 だが、暴漢の男は眼鏡も割れ、そして胃液なのか唾液なのかわからぬ液体を口元に滴らせつつも余裕の笑みを取り戻す。

 「は、ははっ……た、例え如何に期待されていても子供は子供! 優秀な南斗の伝承者候補には悪いが……消えてくれぇ!!」

 振りかざされるナイフ。だが……それは彼にとっては無駄な事だった。

 「お前ごときでは……俺に勝つ事は出来ん!」

 ナイフを軽々と避け、そして彼は放つ。自身の拳法たる技を。

 それは未だ未熟、だが、それでもこの南斗の名を汚す男を沈めたらんと、そのブルーの瞳を光らせる。

 獰猛に変化する顔つき。本気で、真剣に力を出そうとする時自分は極悪人のような顔つきに変化してしまう。

 口調も普段の幼い口調よりも男らしくなり、それを注意され余り普段は稽古場で実力を全て出し切る事は出来なかった。……だが、今ならば!

 「南斗……!」

 脚に力を込める。全身の気を、張り巡らせた相手に込める闘気を脚へと。

 イメージを膨らませる。体中から傷跡を作り、血飛沫を上げる男の末路を。

 そして、『シン』は叫んだ。

 
                            

                                  南斗獄屠拳!!




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 もし、もしの話。

 もし、自分が南斗聖拳を身につけなかったら。

    もし私が何か一つでも拳法をみにつけていたら

 もし、自分が北斗神拳をみにつけなかったら。
 
    もし私が何か一つでも武術をみにつけていたら

 もし、自分があの父親に育てられなかったら。
    
    もし私がほんの少しでも生き方を変えれたなら
 
 自分は幸福になったのだろうか? 自分はあんな結末を迎えずに済んだのだろうか?

 かも知れない、そうじゃないかも知れない。だが、どちらでも良い。

 だとしても、どっちにしても不幸になるならば、迷わず同じ道へ辿る。

 理由? そんなものは決まっている。

 その道に 自分の愛する花が咲いているからだ。

 その道に 自分の愛する人が待っているからだ。

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 「……ここ、は?」

 ジャギが気付いた時。其処は見知らぬ天井だった。

 初めて自分が『ジャギ』として見た天井とも、アンナの住まう場所の天井とも違う結構豪華な色をした天井。

 よくよく注意して周囲に感覚を巡らせると、どうも可笑しい。

 体を包む柔らかな毛布。そして誰が知らぬベットの横から窓越しに朝の陽射しが零れている。

 その時やっと気付く、自分は南斗邪狼撃を暴漢目掛けて全力で放ち……後は?

 「アンナは……アンナはっ!?」

 「気がついたか?」

 ふと、柔らかな自分と同世代と思しき声がした。

 そして、その声を聞いた途端電流のように何かが走りぬけ、ぱっと横を振り向き……そしてジャギは見た。

 (……シン)

 紫色の服。背中までは無いが肩まで伸びた髪。そしてブルーの瞳。例え背が低く声も子供特有に少し高くともジャギには解った。

 『シン』……南斗孤鷲拳伝承者であり、世紀末で自分が唆し救世主たる弟の愛する女性を奪い、そして死んだ男。

 愛に命を懸け生きる『殉星』たる宿命を備え、そして彼は報われぬと理解しても永遠に愛する人を想った……。

 そんな男が何故此処に? いや、その前に此処は何処なのだろう?
 
 「此処は?」

 「自分の家で、客間だ。安心しろ、両親は好きに使って良いと言ってるからな」

 「……アンナは」

 ジャギの言葉に、シンは柔らかに答える。

 「その女なら、お前の側にいるぞ」

 「え……」

 起きて手を見る……其処には手を握りベットに頭を乗せて眠るアンナの姿。見つめているとシンが説明した。

 「覚えているか? お前が南斗の技を放った後に気絶して、必死にその女がお前を助けてくれと俺に頼んできたんだ。
 まぁ、自分も人でなしでなし。幸い頭の傷も浅いし、それ以外に傷は無かったよ。その女はずっとお前の手を握ってたな」

 『殉星』たる宿命を持つゆえか、愛する者の介護たる様子はシンの心の琴線に何か触れたのだろう。アンナを見る瞳は優しい。

 「そうか……ありがとな、シン」

 「……待て、お前に自分は名を言った記憶はないが?」

 (しまった……!?)

 怪訝そうにジャギを見るシン。それを心中焦りつつジャギは口を開く。

 「い、いやっ。ほ、ほらっシンと言えば南斗の……」

 上手い言い訳が作れず口ごもる。まぁ起きぬけゆえに仕方がない。だが、ジャギの必死な想いはどうやら通じたらしい。

 「……成る程、確かに自分は有名かも知れんな。……皮肉なものだ。南斗孤鷲拳伝承者候補として天狗にならぬようにとの
 考えで控えめに過ごしてたつもりだが、噂は止められんからな。まぁ、南斗の拳法家としては嬉しい事か……」

 どうやら、自分が有名な事を自覚してか勝手にジャギの言葉を勘違いし受け止めたシン。その様子を見て、ジャギはホッとする。

 「……まぁ、改めて。自分は南斗孤鷲拳伝承者を目指している……シンだ」

 そう、笑顔も無く生真面目な顔でシンは手を差し出した。

 「ジャギだ。……礼を言うぜ、お前がいなきゃ俺も……アンナも……」

 そう……シンが居なければ多分暴漢に自分は手も出せず殺され、アンナは誰も目の届かぬ場所で一生心に残る傷を負っていた。

 それを想うとゾッとする。シンは救世主だ。自分達の。

 感謝して頭を垂れるジャギに、シンは少し黙ってから言った。

 「……言っておくが、お前は多分、あの男を倒せていた」

 「え?」

 ジャギは呆然とした声を出す。シンはジャギの様子に構わず自分の感想を口にする。

 「……あの貫手、お前は放つ瞬間に力をわざと逃がしていた。……殺さぬよう加減をあえてしたのか知らんが、もう少し
 力を瞬間的に強めれば、あのような男の腹部を簡単に貫いて絶命してた筈だ。……何で、わざと力を逃がしたんだ?」

 そう、その事が理由でシンはジャギを助けた。

 南斗の技。もし、自分が伝承者となれば南斗聖拳を守る柱となり、管理する者とならなくてはならない。

 このジャギと言う人物が何者かは後で詳しく聞かなくてはならないが、その拳法で暴漢を殺さなかった理由に興味があった。

 それは武を究めたき欲望ゆえか、単なる好奇心からか解らぬが、ジャギを救った理由の大部分がそう言う事だった。

 ジャギは、そのシンの質問に僅かに頭を巡らしてから……口を開く。

 「……わざとなんかじゃねぇ。あの男を、俺は本気で殺す気だった」

 「……アンナを好きにしようとするあいつが許せなくて。そんな事を平気でやろうとするあの男が憎くて憎くて……。
 絶対に二度と出来ぬよう……あいつの心臓をこの世から消し去るつもりで俺はあの技を放ったんだ……けど」
 
 ジャギの手を握り締め、眠るアンナの髪を掬い続ける。

 「……声がさ……聞こえたんだ」

 「声?」

 シンは不思議そうに聞く、そして、ジャギは照れくさそうに答えた。

 「あぁ……頭が変だって思うかも知れないけど……アンナの声で、俺が俺のままでいて欲しいって……。そう言われて、
 その瞬間何か殺しちゃいけない気がして……それで、俺は多分、あいつの腹を貫く力を緩めたんだと思う」

 「……たった、声が聞こえたと言う、たったそれだけの理由だけで」

 それはシンにとっては有り得ぬ事。

 殺されるかも知れぬ状況。そのような最中意中の相手の言葉のみで憎悪を、殺意を秘めた拳を一瞬で力を無くせるのか?

 そのような事は達人でも難しいだろう。師であるフウゲンの言葉を思い出す。拳の極意とも言える、拳法の心得たる言葉を。

 

 『技』とは、人が人を制す為の物。それは己を守る爪となり己を狩る牙となる。ゆえに……『技』とは扱う事が困難な物。

 しなる剣がないように、縮む槍が存在せぬように……『技』は放たれれば他者を自分の想像のままに傷つける事じゃろう。

 
 
 なのに此処に存在する自分と歳がそう変わらぬ男は……それをやってのけたと言う。

 南斗聖拳の極意たる『外部からの破壊』を自在に操作した……それが真実ならば凄い才を秘めてる……この男は!

 「……なぁ、ジャギ」

 シンは、照れくさそうに頭を掻くジャギへと真剣に、こう言った。





                               「暫く……自分の家に住むか?」










   
     後書き


 某友人『沙耶の唄のクロスオーバ作品出たら、以前よりレベルアップしたものにしてね(ハート)』











 喰われろ








[29120] 【文曲編】第六話『修行 馴れ初めと理解』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/22 18:05
 明るい空の下 その空の下で今日も南斗の未来を背負わんとする子供達が修行を行っている。

 その南斗印の十字マークの建物より少し離れた場所。其処では木の柱目掛けて必死に両手を伸ばし突いている子供の姿があった。

 「九千……二十……七回……っ」

 一体何時間地味で同じ動作を続けたのだろう? その髪を逆立てた子供は今にも倒れそうになりつつ未だ続けようとしていた。

 「熱心な事だな。だが、もう昼だぞ? ほらっ、差し入れだ」

 そう言って、紫色の胴着を纏った金髪の子供がパンを持って現れた。

 「もう、そんな時間か? ……ふぅ、腹ペコペコだ」

 どかっ、と木の柱へと凭れ掛かるジャギ。……彼は遂この前暴漢を吹き飛ばす事が出来た『南斗邪狼撃』を練習していた。

 シンが放り投げて寄越したパンを持つ手は僅かに震えている。何度も木の柱を貫通させようとした手。その手は黒ずみ
 爪の部分は傷だらけで見れば眉を顰めそうな状態だったが、ジャギは平気そうにパンを頬張る。シンは不思議そうに言った。

 「この前の時は出来てたのに、何故今は出来ないのだろうな?」

 「さぁな。無我夢中だったからだろうぜ」

 シンは前にジャギが放った南斗の技の様子から、直にでもジャギは南斗聖拳を覚えられると踏んでいた。

 だが、期待とは違いジャギは数日間木の柱と睨みあい拳打及び南斗の技をこうして放つが徒手での『斬撃』に至ってない。

 ジャギからすれば、あの時はアンナを守る為に必死だったのだ。火事場の馬鹿力ゆえの成功。平常で使えるとは思っていない。

 「それに、わざわざこんな離れた場所じゃなく自分達と同じ場所で修行すれば良いだろう。師匠も別に構わないだろうし」

 シンはパンを貪り食うジャギを見つつ、自分も昼の食事をしつつ呟く。

 「それでも、急に修行に参加したら何かとあっちの都合が悪いだろう。こうして色々世話になってる身だし、これ以上はな」

 「……何と言うか、大人びているな。ジャギは」

 そう感心するシンに、ジャギはこれまでの事を回想し出していた。

 
 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「はぁ? お前の家に……か?」

 突然シンに此処で暮らすか? と聞かれ、ジャギは間の抜けた顔をして聞き返す。
 シンは説明が足りなかったな、とばかりに言葉を続けた。

 「あぁ、そちらの女にお前が倒れてた時に聞いたんだが、お前達孤児で二人旅なのだろう?」

 (……アンナの奴、どう言う説明したんだ?)

 それについては、ジャギが倒れた後涙目ながら抱き起こそうとした所から描写しなくてはならない。

 『ジャギっ、起きて、ねぇ起きて!』

 『……そちらの二人、大丈夫か?』

 暴漢を未熟ながらも中々威力ある『南斗獄屠拳』によって半死半生の体にして倒したシンは、気絶したジャギと、それを
 必死に起こそうとするアンナへと駆け寄る。それが、ジャギが南斗邪狼撃を放ってからの続きだった。

 『怪我をしてるのか、そっちの男は?』

 ジャギの額から血を流し倒れている様子を見て、シンは眉を顰める。そのシンの姿を見咎めて、アンナは必死で縋りついた。

 『お願い! ジャギを助けて! 医者でも何なりお願いだから……!』

 『落ち着けっ……多分、気絶しているだけか……医者ならば、自分の家に居る。……よしっ、女、名前は?』

 『アンナ、だけど』

 男性恐怖症ながらも、アンナはジャギの命を救う為ならば自分の事など構っていなかった。ゆえに、素直にシンへと名乗り上げた。

 『アンナ、か。よしっ、運ぶぞ』

 
 ……此処までがジャギが気絶してからの流れ。シンの両親は行き成り怪我だらけの子供を運んできたシンに驚きつつも
 事情を掻い摘んで説明したシンの言葉に頷き、家に居る主治医によりジャギの怪我は早急に応急治療された。

 包帯を巻かれ眠るジャギ、そのジャギにシンの言葉を聞かず、ずっとアンナが手を握り締め見守っていた事は、話すまでもない事だ。

 「その時、多少落ち着いてから女の方に聞いて身の上を聞いたのだが……両親を失って二人だけで旅して生活してると
 聞いた。……自分の意見としては、そんな根無し草の生活が何時までも続くとは思わないし、何より南斗聖拳を
 扱えるのも何かの縁だ。この町で自分と一緒に修行してみるのも良いんじゃないか? 飯と宿は提供出来るぞ?」

 「……何で、其処まで?」

 ジャギの疑問は最も。初対面の自分へと怖いほど上手い話。疑うな、と言う方が無理だった。

 ジャギの言葉と疑いを濃くした顔に、シンは正直に打ち明ける事にする。

 「何と言えば良いか……自分は多分、同じように南斗聖拳を扱えるお前に興味を持った……としか言えんな」

 「俺に、興味を?」

 意外な言葉。ジャギは半信半疑でシンを見続ける。

 「あぁ。暴漢を吹飛ばしたお前の技……その技は優雅でも無いし洗練さも無いが……何か惹き付けられたんだ。……それに」

 「それに?」

 何やら言いあぐねているシン。そして『いや、何でもない』と消化不良の言葉を残して言葉を切った。

 「とりあえず、理由はそんな所だ。まず今のままじゃ生活出来ないぞ?」

 そう言われて……ジャギには断る術は無かった。

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「師匠ならば何か助言を下さるのだろうけどな……」

 「あの爺さんか。確かに好々爺って感じで良い人そうだけど……どうも俺合わないんだよなぁ……」

 あの後……アンナはジャギとシンの話が終了後に目を覚ましジャギが目覚めたのを抱きついて喜びを表した。

 その後はシンが両親を紹介したり(父親は青い瞳をして目はシンに似ている大柄な男の人。そして母親は瞳の色を除き
 シンにそっくりだった。『母も父も寛容だからな』と言う言葉どおり、優しく自分達二人の境遇を労わり接してくれた)

 シンの師であるフウゲンが暴漢に痛手を食らわしたジャギに会いに来たりと、中々忙しい一日だったと振り返る。

 フウゲンはジャギが放った『南斗邪狼撃』を見せて欲しいと言われ、その時、ジャギは修行場に招かれ技を放った……が。

 「……南斗邪狼撃!!」

 ガン!!

 「……痛っ……たぁ~!!?」

 木の柱は傷を帯びず、ジャギの指を真っ赤に腫らすと言う喜劇が生じ。結果、ジャギは真に南斗聖拳を会得は出来てなかった。

 『命の危機に晒された時、人は何十倍もの力を発揮するものじゃ。お主は未だ未だ若い。今から鍛錬を行えばシンが
 話した時のようにも出来よう。……だが、くれぐれも南斗の技を悪用しようとは考えぬ事じゃぞ? わしの居る時は特にな』

 (……最後の部分の目つき……ありゃ冗談ではないよな)

 流石は南斗孤鷲拳現伝承者と言った所か。ジャギは未だ未熟で己より強い者を図るなど未だ出来ないが対峙した時に
 何やら背中がざわざわするような感じがした。多分、それが南斗聖拳を極めし者の実力の一端なのだろう。

 「しかし、あの時のお前の地面に転がって指を押さえる様は滑稽だったな。ジュガイも笑い転げていたぞ」

 「放っておけ! 大体、てめぇも口を抑えて笑いを噛み殺してたじゃないか!」

 含み笑いして情景を思い出すシンへと怒鳴るジャギ。数週間過ごして、ジャギにはシンの性格が大体掴めてきた。

 シンは、ケン……救世主に良く似ている、と。

 物腰は基本静かで、普段は冷静に物事へ対処しているが、自身に関わり深い部分では感情的である所……様々に似通っていた。

 多分、もし救世主たる自身の弟が存在しない場合本当にシンが彼女を愛したのかも知れない。それ程、シンは現在
 付き合っている限りでは優しいし、話している限りその顔は穏やかでジャギには自分だけど自分の事ではないのに
 未来でこの男が豹変させた事に対して何故か胸が痛むのだった。それ位、ジャギはこうして付き合うシンが好きだった。

 シンもシンで、南斗聖拳に対して真剣に取り組むジャギの姿。ジュガイに似て野性的だが、何処と無く大人びた感じと
 自分と話の合う気質が数日間で気に入っていた。……息苦しくない。それはシンにとって新鮮な出来事だった。

 その時、扉をバンッ、と開き影が飛び出す。

 「ジャギ! お弁当持って来たよ! ……って、もう食べちゃってるの!?」

 息を切らしお弁当を作ってきたアンナは、ジャギが握るパンを見て愕然とする。青い縦線がアンナの背後に見えてきそうだ。

 「そんな泣きそうな顔すんなって……未だ食べれるから」

 「本当!? それじゃあ食べて食べて! 私の手作りだから!」

 「……材料は自分の家なんだがな」

 苦笑いするシン。それに構わずアンナはジャギへとニコニコと食べる様を見守る。

 ジャギが住み込み修行するのを、アンナは勿論快諾した。今の二人は一蓮托生。拒否する理由を捜すのが困難だった。

 ジャギが修行している間、アンナはと言えば働く事に決めた。

 理由はシンの好意で寝る場所を提供されてるとは言え、何も返せないのは非常に心苦しいから、と言う理由から。

 シンの両親はそんな事は気にしない、と言っていたが、アンナの決心は固かった。そして、今日もアンナは働いていた。

 「……綺麗な薔薇だな」

 「でしょでしょ! 朝から十本位売れたんだ。多分午後には全部売れる筈だよ」

 カラカラと笑うアンナ。ジャギはその向日葵のような笑顔を見て、この笑顔を守れて良かったと、心の中で安堵する。

 「元は自分の家の金だがな。……っと、肩に花弁がついているぞ」

 シンはアンナの体から迸る元気なエネルギーに苦笑いを浮かべるしかない。そして、アンナの肩に付いた薔薇の花弁に
 気付きシンは手を伸ばす。紳士的な心遣いからの動作、ただ単純に親切心ゆえの行動。だが、それが和やかな空気を変えた。

 ピクッ

 シンの手が肩に触れた瞬間に、アンナの肩は目に解る程に揺れた。

 シンはその反応に手を止める。そして、アンナは先程とは打って変わって無表情に自分に出された手を見て、そして肩の花弁に気付く。

 「あ、有難う! それじゃあねジャギ! 私、一生懸命稼いで来るよぉ!」

 表情を一変させ、元気溌剌と言った様子で颯爽と去るアンナ。だが、ジャギとシンの間には気まずい空気が漂っていた。

 「……もしや、その……アンナは」

 シンはようやく気付いたとばかりに、ジャギへと視線を投げかける。

 「……あぁ、その、男性が怖くてな……俺や、あいつの兄貴は大丈夫なんだけど……すっかり忘れてた……最近元気で」

 落ち込むジャギに、シンはアンナの行動を振り返る。……そう言えば、南斗の修行場、自分の両親と居合わせた時も
 自分の父親、それにジュガイや師匠、それに修行場の自分と同じ子供……男性には必要以上に距離を置いていた気がした。

 「……大丈夫なのか? 花売りを今しているが……」

 「直接触れなくちゃ大丈夫らしいんだ。……俺、何度も止めたんだぜ? けど、あいつ大丈夫だって聞かなくて……」

 引き止める力がない自分が恨めしいとばかりに拳を強く握るジャギ。シンは、憂いを帯びつつジャギを見て、そしてアンナが
 去った方向を見遣った。扉は既に閉められ町の通りからの人の声以外は何もしない。だが、漠然と何か不安な気持ちが沸き起こっていた。

 
 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「薔薇はいりませんかぁ? 薔薇はいりませんかぁ!」

 笑顔で薔薇を掲げて通りで叫ぶアンナ。それを道行く人々の視線が走る。

 恥ずかしさはない。太陽の下で自分の好きな事が出来ると言う事、それはアンナにとって幸せな事だったから。

 「あら、綺麗ねぇ! 一本貰おうかしら」

 その元気の良さが人々には好感を抱くのだろう。アンナの明るさに惹かれて薔薇の花束は次々と売られ……残り一本となった。

 「……最後の一本、中々売れないなぁ」

 別に収入はもう十分だが、一本だけ残ってしまうのは不完全燃焼な気分。アンナは太陽が落ちるまで粘るつもりだった。

 「……残り、一本かね?」

 「はい、こちらの薔薇、残りいっ……ぽん」

 最後の言葉が途切れる。……其処に居たのは、普通の男性。

 自分は男性恐怖症で、肌に触れたら過剰に反応してしまうが、最近では何とか自制出来ていると、自分では踏んでいる。

 けど、その男性はそう言うのとは何か違い……どうも、アンナはその男性を見た瞬間に何故か胸騒ぎと不安に締め付けられた。

 「……どうした? 貰えないのかね?」

 「いえ……はい、どうぞ」

 「どうも」

 そう言って、アンナの薔薇が入っていた篭に賃金通りの金を投げて男性は消える。その男性が視界から消えると、急に
 アンナの体は緊張感から解放され、額に流れた嫌な汗を拭う事が出来た。仕事が終わったと言うのに、心は晴れない。

 「何だったんだろう……今の」

 その、アンナが感じた感覚について理解出来るのは、未だ未だ当分先の事、世紀末以降とは、未だ誰も気づく事は出来なかった。

 
 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「「……南斗獄屠拳!」」

 季節の変わり目が見える頃……其処には二人の男の子が柱目掛けて跳躍し鋭い蹴りを木の柱に見舞う光景が見えた。

 その木の柱は、二人の男の子の蹴りが触れた瞬間に柱全体に切り傷が瞬時に生まれた。

 大きく生まれるどよめき、そして、拍手。二人……紅葉のように赤い髪をしたジュガイ、以前より少し金髪が伸びたシンは
 師であるフウゲンを同時に見つめた。フウゲンは乾いた拍手を行い、二人を視界へ収めて口を開いた。

 「見事! ジュガイ、シン。お主達は、ようやく南斗孤鷲拳を学ぶ域へと入る事が出来た。これからも精進怠るでないぞ」

 「「はっ! 師父!」」

 少しばかり伸びた背。ジュガイ、シン、二人ともめきめきと南斗孤鷲拳伝承者候補としての実力を付け始めていた。

 ……ある程度の祝辞を同世代の子供から受けた後、以前のように南斗孤鷲拳を学びし者は、今度は鉄の柱相手に拳を放つ。

 「とうとう、とうとう本格的に南斗孤鷲拳を覚えられるのか! ははっ! 俺は、俺は絶対になるぞ!」

 ジュガイは鉄の柱相手に大笑いしつつ拳を振る。その隣に……シンはいなかった。

 「ふっ、尻尾を巻いて逃げたかシンめ! まぁあいつの実力ではその程度よ! ははははっ!!」

 ジュガイの笑い声が修行場に響き渡る。その勝利の笑い声を他所に、シンは一つの室内へと踏み込んでいた。

 汗、そして僅かに空気に香る鉄臭い血の匂い、そして室内に満ち渡る鋭利な気配。

 踏み込んだ瞬間シンは眉を顰め、そして当の人物を無言で見る。

 ……其処には一人の男の子。水平に腕を後ろに構え、じっと木の柱目掛けて睨みつけ、そして長い間の後に叫んだ。

 「……南斗邪狼撃!!」

 叫びと同時に繰り出される貫手。それは、木の柱を大きく壁へ叩き付けるも、傷はついていなかった。

 「……くそっ……くそくそっ!」

 手の爪は割れている。普通ならば痛みで手を動かす事さへ嫌気が差すだろうに地面を叩き付けジャギは続けようとする。

 「もう止せジャギ! 休まないと手が壊れるぞっ!」

 シンは心から彼の身を案じて手首を掴んだ。だが、それを蠅を払う如く若くも野生の獣に似た彼は拒否した。

 ジャギは、シンを強く睨み言う。

 「……邪魔しないでくれよ」

 「邪魔ではない! どうして其処まで頑張る!?」

 理解が出来ない。何がそこまで掻き立てるのか? 何がそこまで執拗に強さを求めるのか?

 強さを渇望するのは自分も同じ。だが、彼には自分には無い絶対不変の理由が窺い知れるからこそに疑問が生じる。

 「南斗聖拳とは長い年月を懸けて覚えるものだ。其処までして」

 その言葉を、一つの声が封じる。

 「守る為」

 シンの言葉を、ジャギの大きくない呟きが遮る。

 「何?」

 「……南斗聖拳を……極めるんだ……そうしないと……また今度……今度は……あいつを守らないと……っ」

 「……お前」

 ……『殉星』のシン。愛に全てを懸ける宿命を抱く男の目に、ジャギの真摯を超えて執念深い鍛錬の様子は心に焼け付く。

 シンは、ただ呆然と、また指から血を滴らせジャギが貫手を放つのを見守るしか出来ない。

 歯痒さ、無力さ……それが胸へと去来し、シンは目を瞑る。……そして。

 「……何だよ」

 「何……自分も……少し馬鹿をやりたくなっただけだ」

 シンも、疲労困憊なジャギの隣に降り立つ。そして、気合と共に拳を柱へと放つのだった。

 「なぁシン」

 ジャギは、同じように汗を滴らせ拳を柱へ無心に打ち込むシンへと、ぽつりと言った。

 「ありがとな」

 「……フッ」

 ジャギの礼にただ笑みだけを零し、シンはジャギと腕が動かなくなるまでその日は修行を続けた。

 ……彼等は正史の未来では悪魔に魂を売り、売らせた関係。そのお互いの因縁は何時か未来に起こりえるかもしれない。

 だが、今だけ彼等は南斗の技を競い合う友としてお互いに心行くまで互いの理想の拳を目指し競い合う。

 その二人の若き輝きを、南斗と北斗の星は静かに見守っていた……。









      後書き


 ちょっとこの時系列での年齢に関しての考察。

 ジャギ(六歳)としてアンナ(多分ジャギより二歳程上)

 ユダ、レイ、シン、ジュウザ、ケンシロウは五歳位。そしてトキ、リュウガはアンナと同い年程でサウザーとラオウ
 はジャギより三歳程上で同い年ぐらいだと推測。そんな感じで今後物語を展開していこうと考えてます。

 シュウは多分一番年上、今の時系列だと十一歳位。






 ……ま、年齢なんて北斗の拳で余り関係ないけどな!









[29120] 【文曲編】第七話『憧れる事 求める事』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/22 18:16
 青々しく輝いていた緑色の葉も褪せ、やがて枯れていく。

 時は刻一刻と過ぎていく。それと共に気付かぬ内に人は成長していく。

 


 南斗の修行場。其処では子供達が南斗の拳士を目指し切磋琢磨今日も修行を続けている。

 其処に一際目立つ男が三人いた。

 一人の男の名は『ジュガイ』

 南斗孤鷲拳伝承者候補であり、未来では妻子を夜盗に殺され暴君と化し、世紀末とある町で救世主に命を落とす男。

 一人の男の名は『シン』

 未来で南斗孤鷲拳伝承者となり『KING』と名乗り関東一円を制覇。そして親友の最愛の相手を魂を堕ちたがゆえに
 奪い取り、そしてその業ゆえに世紀末、来たるべく時に拳を交え報われぬ愛を抱えたまま命を落としてしまう男。

 そして最後にもう一人。

 その男は、何の運命の悪戯か……『ジュガイ』と拳を構えていた。

 「くくっ……どうした? 怖気付いて攻めてこないのか?」

 (何でこうなっちまったんだ)

 構えながら頭を悩ますジャギ。そして手を出せず困り気味に傍観するシン。

 


 時は少し前に遡る。


 
     
      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 シンの家に同居し始めて数ヶ月。ジャギも段々この世界の生活に慣れ始めていた。

 シンの両親は本当の父親や母親のようにジャギやアンナにも優しくしてくれた。ジャギは、こんなに優しくされて
 本当に良いのかと不安になる程、寺院を離れてから幸せな日々を此処で過ごしていた。アンナも申し訳無さそうに
 お金が貯まったら何処かに借りて本気で暮らす事をジャギへ話した事もあった。それ程、シンと、シンの両親は親切だった。

 『別に子供二人増えた所で、それ程困らんさ』

 『えぇ、何より放っておけないもの。それに、私娘や息子がもう二人欲しかったもの。丁度良いわ』

 ……流石は愛に全てを懸ける『殉星』の親、と言った所か。両親ともに博愛家で、ジャギは頭が下がる思いであった。

 衣食住の完備。修行場の提供。至れり尽くせりゆえにジャギとアンナも必死で生活態度は気をつけていた。

 そのお陰が今でもシンの両親と友好関係は築けている。遠慮するな、と言われても無理。ジャギとアンナは感謝し通しであった。

 (ただ……世話になりっ放しの身で言う事じゃないけど、和食だったら完璧なんだよなぁ)

 この世界の主食なのか主にシンの家の主食はパンだ。両親の出生が西洋なのかも知れんが、やっぱり日本人としては朝に
 ご飯と味噌汁と出来れば納豆や焼き魚を食べたいとジャムにパンを塗り付けつつジャギはシンとアンナとシンの両親と共に食べつつ唸る。

 そんな変な顔をしたジャギに、シンは食事の手を止めて口を開く。

 「どうした? 難しい顔して」

 「いや、下らない事考えただけだ」

 気にすんなと手をヒラヒラ揺らすジャギ。シンは少し首を傾げてから食べる途中だったパンを再度口に咥えた。

 「シン、口に端に食べかすが付いているわよ」

 「……っ、お、お母様……自分で拭くから止めてください……」

 シンの両親……母親はシンの口元の汚れを笑いつつ拭き取る。それを恥ずかしそうにシンは赤面して文句を言う。

 (……不思議なもんだよな。こう言う風に子供の頃のシンのこう言う姿を見るのって……)

 自分達は未だ十歳にも満たない子供。それゆえにこの情景はある意味当たり前とは言えば当たり前なのだが、原作の
 要であった人物の子供時代をこう言う風に見るのは数ヶ月経ったジャギであったが、未だに慣れずにいた。

 「大丈夫、ジャギ? 何か何時にも増してぼうっとしてるけど?」

 そんな風に考えているジャギへ、洋風たる朝の食事の半分ほどを食べ終えたアンナが初めて声をかけた。

 「うん? あぁ平気だ。……アンナこそ大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

 ジャギの言葉に、反応するようにコーヒーを口にして人物が顔を上げる。

 其の人物はシンの父親。容貌はシンと似つかない、然しながら其の瞳の色合いはシンと同じ血を持っていると知れる。

 父親もまた突如の居候となったアンナとジャギを娘、息子同然に扱っていた。ゆえに彼女へと顔を向けて声をかける。
 
 「そうだな、確かに顔色悪い。今日は安静にして、直ぐにでも医者を呼ぶぞ? アンナ」

 連れ人と、そして彼女を案ずる親。二人の問いかけにアンナは手を大袈裟に振って焦り気味に言った。

 「だ、大丈夫大丈夫! 単なる寝不足だから!」

 「寝不足? ……そう言えば夜な夜な最近家を出る気配がしていたような気が……」

 「はっ? それマジか、シン? ……って事はアンナ、お前夜に何を……」

 「ご馳走様!」

 シンの何やら重要めいた言葉に、ジャギは過敏に反応してアンナへ質問を投げかけようとした。だが、それはアンナが
 素早く立ち上がり(お盆を持ち上げ)台所へ逃げるように去った事により有耶無耶になってしまった。

 「……大丈夫かな、アンナの奴」

 ちょっときつめに質問した方がいいんじゃないかな。と、ジャギの呟きに、シンの父親は暫ししてから口を開いた。

 「……ジャギ。暫く、アンナの様子を見てあげるだけにした方がいい。君と彼女はどうも複雑な事情を経た特殊な
 絆があるようだが、それでも言いたくない事を無理やり聞き出すのは時には裏目に出てしまうからな」

 長く生きてきた経験ゆえか、人の繊細さを察しれる殉星の父は的確なるアドバイスをジャギへと掛ける。

 そして母親も同じく、ジャギへと穏やかに助言するのだった。

 「そうね、ああ言う年頃だと友達にも余り言いたくない事って沢山あるわ。ねっ、もう少し見守ってあげなさいな」

 シンの父親と母親はそう言ってジャギへと言葉を投げかけた。ジャギは決して見た目通りの年頃ではない。だが、それでも
 シンの両親の言い分に反論する理由も無かったし、アンナの秘密にしたい事が何であれ、ジャギはその場では納得する事にした。

 そんな、少しだけ重くなった空気を遮断するように、少しお洒落な時計が鳴りだす。シンは顔を上げて言った。

 「……もうそろそろ時間か。そろそろ修行場へ行くぞ」

 「って、もうか!? それじゃあ弁当は準備出来たし筆記具類もOK……ちょい待てよ! 急いで食べ終わるから!」

 既に準備が終えたシンに、焦ってパンを詰め込みジャギは身支度を始める。

 「そんな慌てて食べなくても大丈夫よ。ほらっ、喉に詰まるわ」

 「無理して食べると後で腹に来るからな。シン、服の襟が曲がってるぞ」

 「お父様もネクタイが少々曲がってますよ。……お母様、髪の毛ぐらい自分で後で梳かしますから……ジャギ笑うな!」

 ……シンの家に同居して数ヶ月。今となっては日常となった風景であった。

 








 「それで、南斗聖拳の方はどうなっている?」

 「未だ全然だよ。……俺、才能ねぇのかな」

 「余り落ち込まない事だな。師も言っていたぞ、心折れれば拳も折れる。遮二無二にでも心を強く抱くのが重要だと」

 「……偉そうに言うけどよ。お前、昨日の勉強で俺に負けて項垂れて暫く声かけても気付かなかったよな」

 「放っておけ!」

 ジャギではあるが、異世界から憑依した大学生ゆえに知力ではチートなジャギである自分。誰にも言えぬ、自分だけの秘密。
 見た目は子供、頭脳は大人ゆえに小学生程度の勉強など目を瞑っても全問正解出来てしまうジャギ。シンも決して頭は
 悪くない。だが、常日頃から努力を怠らず、そしてその成果ゆえに同年代から飛びぬけて学問でも優秀だったシンは、勉強面で
 ジャギと競い合った時に負けたのは一際ショックだった。ゆえに、密かに夜遅くでも勉強し、それでアンナが夜に抜け出した
 事も知りえた訳である。だが、決して何故夜に起きていたかと言う理由を周囲には決して言う事がないシンなのであった。

 『ジャギ君が来てくれたお陰でシンの成績が上がってくれて嬉しいわぁ。励みが居るって良い事よねぇ』

 『家庭教師が必要なくなったしな。……むしろ、ジャギ君が住み込みの家庭教師のようなものだな。はははははっ!!』

 ……シンの両親共に、裏ではこんな事を言っていたのだが二人は知る由もない。

 「……何故だ。何故南斗聖拳の修行ばかりしているお前に全部の試験で負けるんだ……この俺がっ」

 「へっ、己の無力さを思い知ったようだなぁ……って本気で落ち込むなよ。大体算数はこの前同じ位の点数だったろ?」

 「例え算数は同点でも、他の科目で負けていたら駄目なんだよっ」

 最近では呼称も自分から俺へと変わったシン。

 少しだけ背が伸び、髪の毛も肩より下がっている。このまま行けば半年後には髪の毛も原作と同じ程になるだろう。

 だが、それを除けばシンは良い意味でシンのまま。子供特有に感受性は強く、ジャギとは時折口喧嘩しつつも良い友だ。

 ジャギもほんの少しだけ背が伸び、南斗聖拳の修行の成果により筋肉も着実に付いている。だが、未だに邪狼撃は極めれぬ。

 「……ひょっとして、ジャギは意外に学者とかそっちの道の方が似合ってるんじゃないか?」

 「怖い想像させんな」

 原作の衣装で眼鏡かけた自分の未来予想図を想像して、笑っていいのやら怯えていいのやら複雑な顔をするジャギ。

 そんな馬鹿なやり取りをしつつ、ジャギとシンは修行場へと到着する。

 「おっ、シンとジャギ来たのか」

 「今日は昼にサッカーやろうぜ、ジャギ。シン、お前らも一緒にやれよぉ」

 「そうそう! ジャギが俺達のチームで、シンがそっちな。そうしないと、俺等不利だし面白くないもん」

 「わかってるって……おらシン。逃げられんぞ~、てか、逃げんなよ?」

 「わかってる……」

 修行場に到着すると、同年代の子供が駆け寄りシンとジャギへ取り囲む。

 最初、ジャギは離れた場所で南斗聖拳の修行をしていたのだ。だが……結局そのスタイルを維持するのは破綻してしまった。

 『一人だけで常に鍛錬したって成長しないだろ。俺や他の同門と共に修行しろ』

 『シンの言うとおりじゃな。お主が南斗聖拳を本気で学びたいのならば……無理は言わぬが正しい指導を受ける事じゃぞ?』

 そう言われてシンと、彼の師であるフウゲンに説得されれば、ジャギは断る理由は存在しなかった。

 シンは友情からの言葉、フウゲンは南斗聖拳の師と言う立場ゆえに出た言葉だった。どちらの言葉も無下には出来ない。

 (何時か北斗の者だってばれた時の為に本当なら余り目立つ行動取りたくないんだけどなぁ……まっ、しゃあねぇか)

 ジャギは今更と言う感じで二人の言葉に促され南斗の修行場で鍛錬をする事になる。最初は自分だけ他の者より実力が下で
 見下されるのでは? と言う懸念もあったが、それはどうやら杞憂。他の南斗聖拳を修行する子供達の実力はジャギとどっこいどっこい
 であった。そもそも、シンやジュガイと言った者の実力の方が異常なのである。ジャギは修行場に暫く居てその事態に気付いた。

 『なぁシン。お前、もしかして周りから浮いているのか?』

 『……自分は南斗孤鷲拳伝承者を目指す者だ。……他の者と馴染めずとも別に平気だ。仕方がない事だ』

 平気そうに言うが、言葉の節々から寂しげな声色が容易に察する事が出来たジャギ。

 (……そういや、原作のシンも部下に恵まれてなかったよな。……そういや、『自分』の子供の頃も勉強が異常に
 出来て、それが理由でクラスで浮いている奴が一人ぐらい居た気がするな。……シンもケンシロウもその口なんだろうなぁ)

 余計な事かも知れない。お節介かも知れない。だが、ジャギは自分を救ってくれた恩人に、せめて恩返しはしたいと思った。

 数日経ち、ジャギは子供達に何気なく言う。

 『シンも誘おうぜ。良いだろ?』

 『シンを? ……でも、あいつ何時も断るもん』

 『俺に任せろ、嫌っつっても引き連れて来てやる。……おい! シン!』

 其処からはジャギの独壇場。ジャギの元に来たシンは休み時間遊ぼうと言われ渋面をして最初は断ろうとする。
 だがジャギもシンには負けず、強引にシンの腕を掴み『子供は遊べ!』と言う持論を掲げてシンに半ば土下座までしつつ
 説得に当たった。最終的に、やつれたように疲れ果てたシンと、同じようにぐったりしつつもやり遂げたジャギの顔ぶれが
 半ば驚いているジュガイと子供達と共にドッチボールなどして遊ぶ姿が目撃されたが……それは省略して良いだろう。

 そして、それを影でフウゲンは穏やかに微笑みつつ見守っていた……。



 ……そして、数ヶ月が経って。




 「……まったく、お前に付き合うと無駄に疲れ果てるのは気のせいか?」

 「まぁ諦めろって。お詫びに、今日の宿題手伝ってやるよ」

 「……要らん! 自分で解く!」

 半ばやせ我慢してシンは自分の持ち場で南斗聖拳の修行をする。気合の掛け声と同時に建てられた鉄の柱には傷が生まれる。
 南斗聖拳の修行を始めて数年。他の子供達に比べ異常な速度で成長をし続けるシンであった。

 (やっぱ凄いんだよな南斗六星ってのは……まっ……でも)

 「はっ! しゅあぁ!! うおおおおおぉ……!!」

                                    ガン!!!


 「%♯$・-&……!」

 「あっ、シンってば失敗してらぁ」
 
 「多分、またジャギにテストで負けたんだよな。その後、絶対失敗するんだよな。シンの場合」

 「意外とメンタル弱いよな、シンって」

 鉄の柱に指を思いっきりぶつけ蹲るシン。それを笑って子供達は口々に自分達の感想を言いつつシンに駆け寄る。
 
 「……お前等、好き放題言いおって……っ」

 「御免御免っ。けど、別に馬鹿にしてるんじゃないぜ? シン」

 「そう、何ていったら解んないけど……こう、以前見たいに垣根が無いって言うか……」

 「親しみが出来たよなぁ~」

 和気藹々とシンの周りの子供達は笑顔でシンに接する。そして、中心たるシンは文句を言いつつも顔は柔らかかった。

 ……前ならばこんな事はなかった。常にシンは周囲から孤立し黙々と鍛錬をし、そして日が落ちれば自分の家へと戻る。

 それが日常であり、それでシンは別に不満はなかった。……だが、その変わらぬ日常にジャギが入り変わる。

 気質の変わった一人の南斗聖拳の技を覚えようとしている子供は、他の子供を引き連れてシンを自分達の輪に入れてしまった。
 そしてシンは以前より大分感受性が増し、他の子供達と同じように接する事が出来るようになった。それを見てジャギは思う。

 (今のシンなら……独りぼっちで過ごす事は無いだろうな)

 ……原作では気性荒い野獣崩れの部下しか居なかったシン。

 今から子供達と触れあい楽しく過ごし、精神的に余裕を持てれば、自分の言葉に惑わされぬ強い心を持てるかもと思う。

 この世界では人に恵まれれば良いとジャギは本気で思っている。……願わくば救世主となる弟の恋人も奪わずに済んで欲しいと。

 




 「……ふん、シン。その体たらくぶり……やはり、お前は俺より下だな。そのような落ち零れ共と談笑して……屑が」

 そんな和やかな空気を壊す一声。一瞬にして静寂が沸き、そして子供達は少しだけ不安な顔つきで顔を向ける。

 その子供達の顔を向けた方に、柔らかな顔を引き締めてシンは空気を変えた人物へと堅い口調で言った。

 「……ジュガイ、俺はお前と競い合う相手だが……その言葉は頂けん」

 「ほぉ。良くもまぁ実力も無い癖に口応え出来る……」

 紅葉のように紅い髪を揺らし、荒々しい素肌を露に口の端を吊り上げてジュガイはシンを嫌な目で見つつ言う。

 最近のジュガイは常にこんな調子だった。南斗の技を磨き、そして実力を上げてつるんでいた子供達とも離れ修行する毎日。

 仲の良かった子供達さへも突き放し半ば狂信的に拳を磨くジュガイ。その鬼気迫る雰囲気に何時しか子供達も離れていた。

 「ジュガイ、お前の最近の態度だが目に余る。何故、そんなにも乱暴なのだ?」

 シンは冷静にジュガイへと言葉を投げかける。子供達も同意するように微かに頷き、空気はシンに完全に味方していた。

 それに、ジュガイは胸を張り力強く言う。

 「何故、だと? 馬鹿めがっ! シン、お前は何を目標に南斗聖拳を磨いている? 南斗孤鷲拳伝承者となる為だろうがっ!
 その為には今のままでは駄目だ! より鍛えなくてはいけない! より力を得なくてはいけない! その為には今でさえ
 基本がなっていない連中と戯れる事が無駄になっただけの事よ! 良いかシン! 俺達は南斗孤鷲拳伝承者になれる素質がある!
 その為にはより過酷な修練を積まなくてはいけない! そいつが来なければお前だって俺と同じ行動をしていた筈だ!」

 「……え? 俺の事か?」

 最後の部分に辺り、ジュガイが睨み付けた事でジャギは自分を指して呟く。

 注意がジャギに向けられ、ジュガイは熱の篭もった声で言った。

 「あぁ、そうだ! 思えばお前が来てからシンの奴は俺と競い合うのを止めてしまった! 今でさえ南斗聖拳の定義さえ
 身につけられん落ち零れのお前にシンは堕落させられ好敵手たる存在が奪われた! ジャギ! お前の所為だ!」

 ジュガイの怒り……それは私怨ながらも理解出来る理由。

 今まで認め合ったライバルが突如現れた者によって離れてしまった……それは未だ大人にならないジュガイからすれば
 我慢できない状況だったのであろう。それが時間と共に我慢の限界を超えた……言わばこの状況は必然だったのだ。

 だが、友を馬鹿にされシンも黙ってはいられない。

 「おい! ジャギを悪くは言うな! ジュガイ、お前にジャギは何もしていないだろう!?」

 「何も!? いいや、有るね! 俺はこいつに好敵手を『奪われた』! 怒るには妥当な理由だっ」

 『奪う』……その単語を聞いて一瞬だけジャギの頭に痛みが走る。

 額を押さえシンとジュガイの口論を暫し見てから……ジャギは力なく言ったのだ。

 

                      「……わかった、なら……俺が落ち零れじゃないってお前に証明してやるよ」


 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 
 (……勢いであんな事言うんじゃ無かったよ……本当)

 身構えお互いに一歩も動かない。周囲の同門の子供達とシンが見守る中、ジュガイは挑発を繰り返す。

 「ふっ、威勢が良いのは口だけか。……シン、何でお前はこんな奴に一目置いている? どうせ暴漢に一撃与えたと
 言うのもお前の見間違えだ。こんな腰抜けに南斗の拳が一度でも成功するなど万に一つもない……違うか?」

 (むかつく野郎だ……ジュガイって、こんなに性格悪かったか?)

 自分は『ZERO ケンシロウ伝』で変貌し暴君と化したジュガイの姿しか見た事がないので子供の頃のジュガイがどんな
 感じだったのかと想像した事も無かった。だが、今実際本物と自分は対時している。本物と試合を行おうとしているのだ。

 「ジュガイ、ジャギ! 二人とも止めてくれ!」

 「止めるなよシン。こいつが少しでも骨のある所を見せれば、俺とて納得して態度を改めてやるさ」

 (……脳筋野郎め)

 ジャギはうんざりしつつジュガイとどう闘うか考える。

 南斗聖拳及ぶ、北斗神拳も扱えない実力。殴り合いならば勝てる気もするが、今回の場合南斗聖拳の拳士としての実力を
 ジュガイは見たいのだ。ゆえに、単純に腕力で闘って勝ってもジュガイが納得せず、余計に乱暴になる可能性も有り得る。

 (けど、南斗邪狼撃は未だ出来ない……どうすれば良いんだよ)

 「来ないのならこっちから行くぞ!」

 悩んでる間にジュガイは闘争心丸出しにジャギへと技を放った。

 「南斗獄屠拳!」

 跳躍し、相手に向かい斬撃と衝撃を同時与える南斗孤鷲拳の代表的とも言える技。
 無論、ジャギもわざわざ受ける気は無い。素早く横へと回避する。


                                    ザシュッ

 「……っ痛」

 「中々素早いな。だが……次は外さんぞ」

 だが、掠った。そう、ジャギは横に跳躍しジュガイの南斗獄屠拳を避けた筈なのに肩に切り傷を負ったのだった。

 (くそっ……漫画と違って『南斗獄屠拳』ってのは衝撃で周囲にもかまいたち見たいなのが発生するもんなのか!?)

 漫画ならば救世主に放った一撃は肉体に向けて叩き込んでいたように見えたが、ジュガイの『南斗獄屠拳』は避けても
 衝撃波なのかどうか解らないが肩に切り傷を負わすかまいたちのような物が技の際に出ていた。これが南斗の拳……!

 ジャギは肩から滲み出る血を押さえつつ、その威力に心中辟易する。

 「ジュガイ。お前本気で殺すつもりか!?」

 「何を言ってる。南斗の拳士たる者がこの程度で死にはしないさ……だろ?」

 そう嘲笑うようにジュガイはジャギへと問う。

 「……はっ、まぁな」

 「どうだシン。こいつも同意しているぞ」

 「っ……お前達は……」

 シンは髪を掻き毟り悪化する事態の解決法を模索する。ジャギとジュガイは止まらない。火花を散らし再びにらみ合う。

 (……考えろ。例え『斬撃』が出来なくても『突撃』は出来る……俺の唯一の技で……ぶっ倒す事は出来る筈だ)

 自分にとって唯一の南斗の技。……この数ヶ月色々模索し試したが、どれ一つ成功の兆しが見えず、結果、起点に戻った技。

 ジャギは、ジュガイを見据えつつ腰を下げて両腕を後ろへ持っていった。

 (……っ、こいつ気配が……)

 ジャギが初めて構え、その時初めてジュガイの顔から嘲りの部分が拭い去られた。

 ジャギの気配は邪狼撃の構えに入った瞬間に剣呑さを増した……ある程度の実力を備えたものに感じ取られる……殺気を出し。

 ジュガイは何も子供特有の感情でジャギに勝負を挑んだ訳ではない。自身の考えゆえにジャギとの闘いを選んだのだ。

 彼もシンと同等の力量、それ以上の力を今備えている。だからこそ、ジャギの構えに自然と臨戦態勢が作られていた。

 (勝負は一瞬……)

 (外せば……死す)

 二人の思考は同じ。顔つきや背格好も微妙に似ているこの二人。闘いに置ける意識も奇妙に一致していた。

 そして、ジャギは不思議な事にジュガイとこうして重傷を負う危険の中で自然と恐怖より楽しさが沸き起こっていた。

 それは拳士としての感情か、それとも別の何かがそう駆り立てるのか解らない。だが、それに構わずジャギは呟く。

 「南斗……」

 (来る……ならば迎え撃つ! 南斗孤鷲拳は負けん……!)

 そして、ジュガイも来るであろうジャギの技に期待を抱きつつ迎え撃つ気で四肢に力を込める。そして、自身の最も
 信頼に値する技。好敵手たるシンと同じ技で迎え撃とうとジュガイもジャギを見据えて同時に呟いた。

 「南斗……」

 両者の技が激突する。それを予感し群集は唾を飲み込みその時を待つ。

 だが……。





                          「止めんかあああああああああああああ!!!」




 だが……それは腹の底より響き渡った老人の怒声により機会を永遠に奪い去られた。



  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……愚か者が! わしの弟子でありながら情けなし! ……ジュガイ、お主は暫く謹慎を。おぬし等二人は一週間は
 修行場の清掃を任せる。それに、引き止めもせんかったお前達は一時間正座しつつ反省をしおるんじゃぞ」

 何かしらの用を終えて戻ってきたフウゲン。それに見咎められ南斗の子供達はそれぞれ罰を与えられ悲鳴を上げた。

 修行を終えて足を痺れさせて帰る子供達をフウゲンは見送り、そして居残った二人へと対面する。

 「……シン、ジャギよ……理由は大体理解したがな。どんなに罵声を浴びせられようとも忍耐が大事じゃ」

 「フウゲン様よ。だけど……」

 「ジャギっ……師匠が正しい」

 反論しようとしたジャギをシンが制す。ジャギははっきり言ってジュガイが全面的に悪いのに納得できなかった。
 だが、南斗には南斗の仕来りがあり、そしてそれを取り仕切っているのは目の前の老人……南斗孤鷲拳現伝承者フウゲンなのだ。
 自分とて理性では納得できている。それでも、子供に帰ってしまった自分の感情の自制をするのは、多少困難だった。

 「シン、お前だって悔しいだろうが」

 「……例え一方が悪くとも、いがみ合うのは愚かな事……ですよね、師匠?」

 シンは大人びた顔つきでフウゲンに確認する。重々しくフウゲンは頷き、そしてシンはジャギへと顔を移した。

 「……お前は頭が良いんだ。……解ってくれるだろ?」

 「……ったく解ったよ! ……ちくしょう」

 行儀悪くポケットに手を突っ込みジャギは不貞腐れて去る。……シンはそれを見送ってからフウゲンに顔を戻し言った。

 「……ジュガイの今日の行動。……師匠はどうするおつもりなのです?」

 「……確かに今日のあ奴の行動は喜ばしくない。……だが、奴の実力が今の所此処で上なのは解ろう、シン」

 「っ実力があれば何をしても宜しいのですか!? 俺は……俺の友達が不当な理由で傷を負ったのですよ。それを……!」

 「悔しければ」

 声を荒げるシンを、フウゲンは静かに制して言う。

 「悔しければ……ジュガイを納得する程に力を付けるのじゃ。……それがあ奴の心を確実に納得出来よう」

 「っ……解り……ました」

 ……自分に力ないゆえに友に怪我を負わせた。……それは最近になり周りの輪が増えたシンには大きな痛手を心に受けた。

 唇を噛み締めてシンは帰路へ向かう。……フウゲンはシンの背を見つつ誰にも聞こえぬ小さな声で言った。

 「……すまんのシンよ。……だが、お前達は未だ幼く、それゆえに大きな成長を遂げれる。……ジュガイ、シン、ジャギよ。
 お前達はこれから紆余曲折を経て成長していくのじゃ……これもその試練の一つ……乗り越えよ……強くなる為に」

 ……彼等の未知ゆえの成長に期待を懸けて心を鬼にしてフウゲンは見守る道を選んだ。

 それは師と言う立場ゆえの選択。建物から見下ろせば肩をいがらせ歩くジャギへ追いつくように走るシンの姿が見える。

 「……乗り越えるのじゃ。シン、ジャギ」

 ……柔らかさをようやくもて始めたシン。そして切欠を与えた素性が不明の子供、ジャギ。

 まだまだ不安定だが、将来性ある二人を静かにフウゲンは見守るのであった。

 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 (……さて、一日がこれで終わりか)

 老体の体から鳴り響く骨。背中を叩きフウゲンは一日の終わりを溜息吐きつつ受け止める。

 今日も濃厚の一日だった。……特にジュガイとジャギの事に関しては忘れられぬ記憶の一ページとなるだろう。

 フウゲンは珍しく夜遅くまで南斗の修行場に居た。それは、仕事が忙しかったのもあるし、今日の一件をよくよく検討
 する必要もあったがゆえだ。指導者と言うのは、そう言う難しい事を考えなくてはいけない立場にある……難しいものだ。

 「……ジュガイは気質がもう少し抑えられれば……ジャギ、あの子は頭は悪くないし着実に磨けば……」

 指導者としてか自分の時間でも弟子や教え子の事を考えてしまう。フウゲンは自分の寝所へと向かいつつ思考を巡らす。

 ……そんな折、ふとフウゲンの耳には何やら木材を叩く音が聞こえた。

 (……? 拳打の音か?)

 馴染み深い子供が柱に向かい拳を繰り出す音。それにそっくりな音にフウゲンは気になってその場所へ赴く。

 時刻は既に牛の刻。木々も寝静まる時刻に何故このような音が現れるかとフウゲンの疑問は最もだった。

 (……女子、か?)

 近寄って、音源が聞こえた場所に向かい壁に耳を当ててフウゲンは予測する。

 壁越しに聞こえるのは柱に拳を叩き込む音、そして周囲を起こさぬよう配慮した小さな気合の声。

 暫く黙って聞いていたフウゲンだったが、我慢できずフウゲンは扉を叩いた。

 ……拳打の音が止む。……暫しの静寂。

 「逃げようと思っても無駄じゃぞ。わしは気配を読むのが得意じゃからな」

 前もって釘を刺すのを忘れない。修行していたであろう人物が逃げ場所を探そうとする気配が濃厚にフウゲンの眼力に
 容易に捉えられたゆえの忠告。フウゲンの言葉が聞こえたのがコソコソとした音は止み、暫くして扉が開かれた。

 「……お主は……」

 「えへへ……どうも」

 ……其処に居たのは……アンナだった。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 
 
 「……まさかお前さんが南斗聖拳を覚えようと隠れて修行していたとは……いや、本当に意外じゃのう」

 フウゲンは静かな町の空の下でアンナと一緒に椅子に座りつつ言葉を零す。

 アンナは決まり悪そうな笑みを浮かべてフウゲンの隣で頭を掻いていた。

 「ははは……あのぉ、この事はジャギには内緒にして貰ってくれますか?」

 「かかか……そりゃわしは口の堅い方じゃが……お前さんが何故南斗聖拳を覚えようとしてるかによるな」

 そう……自分は南斗孤鷲拳現伝承者。

 それゆえに見定めなくてはいかん。……南斗の拳士を目指す子達の心を。

 あのジャギと言う子供の瞳は多少の危うさもあるが許容内。真っ直ぐな瞳をしていた。……気質も悪くは無いし、良い
 南斗の拳士となるだろうとフウゲンは思っている。……シンの心に柔らかさを作った……あの男ならば安心、と。

 そして……その連れ人たる女性……アンナと言う名の娘。

 フウゲンはじっとアンナを見る。……虚偽なき真実の言葉を聞かんと。

 アンナは暫し悩んだ。フウゲンと出会う事は予想外であり、そして自分の目指す理由は余り人に話したくない事だったから。

 だが、虚言は通用せぬと諦めて、アンナは一瞬の吐息と共に空を見上げてから、口を開いた。

 ……空には北斗七星が輝いている。

 「……私が……夜な夜な目を盗んで南斗聖拳を身につけようと思ってるのは……強くなるのが目的、です」

 「強さ、か。……何を目的に強くなろうと思っている」

 そのフウゲンの鋭い言葉に、アンナはゆっくりと、空を見上げて答えを紡いだ。

 「……良く言葉に出来ないけど……その、自分はどうしようもなく弱いから……それを克服したくて……強くなりたい……」

 「どうしようもなく、弱いとな?」

 視線を走らせアンナの体つきをフウゲンは確認する。

 その体つきはある程度修練をした者の体だとフウゲンは思った。女性だからと言って南斗の拳士に成れぬ事はない。事実、
 南斗水鳥拳の担い手である方は女性だと知っているし、南斗翡翠拳を学ぶ者の中に女性が居た事を自分は知っている。

 「お主……お主は我流でそこまで鍛えたのか?」

 「……未熟ですけれども」

 何と言う事か。フウゲンは言葉を失う。

 アンナの体つきには無駄な肉が一切ついてない事は以前見て確認していた。だが、それがちゃんとした師もなく独自の
 修練だとは思いもしなかった。如何すればそのように幼い子供が鍛えようと思うのか、フウゲンには予想出来ない事だった。

 「……何がお主を其処まで追い詰める? ……お前さんのように小さな体でそのような鍛錬は体に毒じゃぞ」

 フウゲンの言葉に、アンナは微笑んだ。

 その微笑に一瞬だけフウゲンの心臓は大きく揺れた。

 (……この女子……本当に子供か?)

 一体どうすればこのような微笑みが出来るのか。一体どのような経験をすればこのように物悲しい笑顔が作れるのか。

 齢(よわい)六十を有に越すフウゲン。幾多の経験を経たフウゲンでさえ、アンナは推し量れない。

 「……ねぇ、フウゲンさん」

 「……何じゃ」

 一瞬心此処にあらずの状態だったフウゲン。アンナの声に我に返り応答する。

 「私は……南斗聖拳を……身につけられる才能がありますか?」

 平静を装った声。なのに、必死に訴えるように聞こえるのは気のせいか?

 フウゲンは暫しアンナを見つめてから、重々しく言った。

 「……南斗聖拳とは……陽の拳たる物。……ゆえに何者も拒みはせん……じゃが」

 フウゲンはアンナの露になっている細く引き締まった腕を見る。

 その腕は鍛錬か、自傷かは不明の切り傷が無数に出来ており。そして無駄な脂肪は全て失せた腕だった。

 「……じゃが、お主に才あるかどうかは不明じゃ。……だが、わしの見立ててはお主は南斗聖拳を……極められぬ」

 ……幾つも優秀な拳法家をこの目で見てきた。

 それゆえに一目でその者が南斗聖拳を覚える向き不向きも理解出来るようになった。それゆえのフウゲンの評価。

 アンナの体つきは無駄なく、拳法を覚えればある程度の闘いを身につけられるだろうとフウゲンは判断している。

 だが……南斗聖拳を極めるとすれば話は別。アンナの体つきでは南斗聖拳を極められるとは思えなかった。

 「……そっか……っはは……無理……か」

 ……笑う。アンナは笑う。

 虚空を見据えてアンナは笑う。その笑みは遠くへ向けており、手の届かぬ場所にアンナはその時存在していた。

 「……アンナ。お主」

 「けど、『極める』事は出来なくても、『覚える』事は出来るでしょ?」

 「……むっ」

 フウゲンは口ごもる。確かに南斗聖拳を『極める』のは困難だが、『覚える』事は可能だ。

 その言葉に勇気付けられたように、アンナの笑顔には活力が取り戻しつつあった。

 「なら、これからも修行する。必死で、私、独自で修行して見るから」

 「……何故、其処までして」

 何のために、その肉体に傷の鎧を纏い鍛錬を。

 フウゲンの言葉を読み取り、アンナはただ何ともないように言った。





                                 「生き続ける為に」





  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……場所はうって変わり……刑務所。

 其処には囚人が置かれていた。……幾つもの囚人がだ。

 その一つの独房に、アンナを襲った南斗の拳士の端くれも居た。

 「……くそっ……くそっ。薬品があれば……もっと……私に力があれば……あのガキめ……あいつが居なければ」

 一人呪いの言葉を吐き続ける男。

 その男の耳に足音が聞こえてきた。どうせまた看守が自分に嘲りの言葉を浴びせに来たのだと男は暗い瞳で思う。

 南斗の拳士でありながら犯した愚行を、この町の者達は自分が死するまで罵声を浴びせ続けるのだ、と。

 ……だが、今日はその罵声が飛んでこなかった。

 いや、それ所が男にとっては信じられぬ事に……永久に閉ざされた筈の扉が……開いた。

 「……何だ、これは……夢?」

 「夢ではないさ」

 ……男の耳元に声が聞こえた。……不思議な事に、男にはその声を聞いても性別も年も判断出来ずに居た。

 いや、そんな事を気にする思考さへ何故か無くした。

 「……復讐したいかね?」

 「! 勿論だっ。……あの、あの男が居なければ私は今も平和を謳歌していたんだ。……どんな手段を使っても!」

 「……取引だ。それが不可能ならば……君はこの鳥篭で一生住む事になる。

 『取引』 それが何か男には解らない。

 だが、NOと言う返事は男にはない。男は暗い独房の中の生活で、確固とした黒い感情が身を包んでいたからだ。

 


 


                     故に……その声の持ち主に導かれるまま男は自ら……パンドラの箱を開けた。










      後書き



 今更だが、ちょっとした説明。

 【文曲】って言うのは北斗七星を司る星の名前の一つになります。

 ゆえに【貧狼】 【巨門】 【禄存】 【文曲】 【廉貞】 【武曲】 【破軍】の七部構成で送るつもりです。

 【文曲】編はとりあえずジャギの幼少時代を主要にお送りする予定です。






[29120] 【文曲編】第八話『南斗の触れあい そして兆し』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/22 18:53
 
                  ……コン       ……コン     ……コン   ……コン


 ……粉雪が降り注ぐ空の下で、一人の男性が赤ん坊を背負いながら木の柱に人差し指を一定の間隔で突いている。

 赤ん坊は啄木鳥のように木を突く男性の背後で降る雪を見て楽しそうに笑う。

 その赤ん坊の笑い声を聞きながら、男性は無心に木を突く。

 ……粉雪は振り続ける。シトシト、シトシトと。

 そして男は木を突き続ける。コンコン、コンコンと。

 ……赤ん坊は雪を見ながら笑い続けていた。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 





 ……朝陽……夜が空けて人々を照らす星が上がる。



 とある南斗の修行場がある町。冬が近づき初めた町の中の一つの家の部屋では外気とは真逆の熱気が立ち込めていた。

 その男は木の柱へ向けて黙々と修行を行っていた。だが、それは南斗の拳法家が行うような修行でなく、別の修行である。

 男が行っているのは中国福建省南少林寺発祥の秘伝練功術『一指禅功』。一指を無心で木の柱へと突く修行である。

 その修行は北斗神拳を目指す者が行う修行。そう、その修行を行っているのは勿論ジャギであった。

 一万回は繰り返しただろうか? ジャギは黙々とその修行を繰り返していた。

 やがて何度目かに木の柱を突いた時、罅割れるような嫌な音が耳に付き、其処で一旦手を止めた。

 息を大きく吸って呼吸を整えるジャギ。それと同時に一つだけ設置された扉が開き人影が現れる。

 「……熱心な事だな。未だ五時にすらなってないぞ?」

 「そう言うお前も起きてるじゃねぇか。シン」

 「起こされたんだよ。お前にな」

 部屋に立ちこまれていた熱気は、開け放たれた外気へ逃れようと進む。

 その熱気もシンの体を避ける様に進んでいく。それは、確認できずとも多分だがシンの体から『気』が滲み出ているからなのだろう。

 腕を組みまじまじとジャギを見つめるシン。手ぬぐいで汗を拭くジャギはそれに気付き眉をひそめて問う。

 「何だよ?」

 「いや……お前と出会ってから大体半年程経つな、と思ってな」

 その言葉に、あぁと呟きジャギは頷く。

 窓は木枯らしによって強く揺れる。……思えばこの町に来てかなり月日が経ったわけだ。

 「……もう半年か……あっと言う間だな」

 「未だ全然南斗聖拳覚えられなくて、こちとら焦ってきた所だけどな」

 しみじみと呟くシンに、ジャギは小さな傷で覆われた自分の手を掲げて鼻息を荒く自分の無力さに苛立ちつつ呟く。

 「そうふてるな。師匠も言ってたぞ? 筋はお前は良いと」

 「……別にふて腐る訳じゃないけどよ。やっぱ才能無いのか、俺?」

 半年間かなり鍛錬を行ってみたが、それでも未だ手刀や貫手で木の柱を切断する事すら出来ない。

 シンやジュガイなどは既に鉄の柱を半分ほど切断出来る器量を持っている。これは、やはり生まれ持っての才能なのか?

 「南斗聖拳を扱うには確かに多少は才は必要だと思うが……ジャギは才能ある」

 そう、信頼の篭った光がジャギを映す。
 
 「暴漢を一度お前は、その拳で打ち破ったんだ。絶対に何年掛かろうともお前ならやれるさ」

 そう自身を励ますシンに、思わずジャギは目頭が熱くなりそうになる。そして、一抹の罪悪感も。

 (嬉しいこと言ってくれるけど……最近、俺北斗神拳の修行の方を重点的にしてるんだよなぁ……)

 ジャギが行っていた『一指禅功』とは北斗神拳を扱う上での重要な基礎鍛錬である。これなくして北斗神拳扱えず、と言った所だ。

 何故、ジャギが最近これをし始めたのか? それはジャギが見た夢に解答があった。

 ジャギは思い返す、自分が見た夢……リュウケンと思しき人物が赤ん坊を背負いながら木へと人差し指を突いていた不思議な夢を。

 それは多分、この体のジャギの記憶。『自分』が憑依する前の、『ジャギ』の記憶なのだろう、と。

 この町の図書室にある資料で、その鍛錬が中国拳法で実際にある修行である事も知りえた。ジャギは夢の中の修行が
 北斗神拳を身につけるのに実を結ぶと確信すると、南斗聖拳の修行と併合して始めることを決意したのだった。

 そうなると時間をもっと有効に扱いたいと言う事で、ジャギは朝四時程から鍛錬を行っている、と言う訳である。

 「余り無理し過ぎて風邪を引くなよ? ただでさえ、最近は寒くなって来てるからな」

 「そういや、もう冬も近いか」

 あの夢の中の風景も初雪が降り始めた時期だった気がする。だからあんな夢を見たのだろうか?

 「……あぁ、そう言えば昨日言うのを忘れてたんだがな」

 「あん? 何だよ突然」

 思考はシンに遮られる。顔を向けて軽く睨むと、シンは少し困った顔つきで、こう言ったのであった。

 
 
                      「……近日中……南斗頂点である鳳凰拳伝承者者が……来る」




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 南斗の修行場。子供達は何時にも増して興奮した面持ちで会話をしている。

 「今度、南斗鳳凰拳伝承者であるオウガイ様がやって来るんだってな!」

 「凄いよなぁ。鳳凰拳、見せてくれるかな?」

 「馬~鹿、そんな簡単に見せるもんか。でも俺達運が良いぜ。フウゲン様が此処に居るからこそ、オウガイ様が来るんだから」

 「そういや聞いたか? オウガイ様の……弟子の事」

 「聞いた聞いた! 俺達と同い年なんだろ? もしかして……この道場で一番実力あるジュガイがシンと組み手する
 かも知れないぜ! それだったら凄いよなぁ! 何だって南斗孤鷲拳と南斗鳳凰拳の闘いだもの! 凄い闘いが見れるだろうなぁ!」

 そう勝手に妄想を繰り広げる子供達を他所に、シンとジャギは自分達だけで会話をしている。

 シンは何時になく熱の篭もった声で言った。

 「南斗鳳凰拳とは南斗聖拳を纏め上げる最強の拳法なのだ。その拳は何人たりと触れる事出来ず相手を薙ぎ倒す最強の
 拳法だと聞いている。その現伝承者であるオウガイ殿の唯一の弟子だと言う者は俺達と同い年位だと聞いている」

 「けど、そんな興奮する事か? 一応、南斗の伝承者が訪れる事なんて珍しくないんだろう?」

 「……いや、まぁそうなんだが」

 余り興奮しないジャギに肩透かしを少々味わいつつもシンは熱冷めずに続ける。

 「だが、それでも南斗最強の拳法家だぞ? 拳士としては一種の憧れだ……」

 願わくば拳法を見せて貰い、自分の糧に出来れば……と呟くシンの顔は、憧れに出会える期待に満ちていた。

 一方、ジャギはと言えば他の子供達に比べ余り興奮はない。

 確かに現在のオウガイや、その弟子……サウザーに出会える事は正直ある程度緊張する。けれど、それに興奮はない。

 (オウガイとサウザーかぁ……七、八年後にはオウガイをサウザーが殺しちまって……それが悲劇の始まりだもんなぁ)

 『サウザー』……世紀末南斗鳳凰拳伝承者であり南斗最強の拳法を扱い聖帝として君臨し、救世主を一度負かした男。

 その体は特殊体質で全ての臓器、血管、神経に至るまで通常の人間とは正反対に位置している。無論、秘孔の位置もだ。

 『将星』の宿命を持ち。そして最も愛深きゆえに伝承儀式と言えども師を殺してしまった哀しみに耐えれず暴君に至る。

 その結末を知るがゆえに、ジャギは南斗最強の拳法家が来日すると聞かされても素直に喜べないのだった。

 「……あんまり難しい顔してると、禿げるよ?」

 「禿げて堪るか……ってうぉ!? アンナ何時から其処に!?」

 「ついさっき。シンが興奮して喋っている所から」

 何時の間にか背後にはアンナが出現していた。その手にはお弁当。そう言えばもうすぐお昼かと考えつつジャギは呟く。

 「……全然気配が無かったぞ、おい」

 「まったくだ。俺も気付かなかった……」

 「まだまだ二人とも修行が足りないんでしょ」

 アンナにそう言われ、落ち込むシンとジャギ。南斗孤鷲拳伝承者を目指し、もう一人は北斗神拳伝承者(候補)を目指す
 のにアンナ一人来た事さへ気付かないとは……と不覚を取った事に対して落ち込む。アンナはジャギだけ頭を撫でて
 慰めつつお弁当を差し出す。再起可能となったジャギは未だ落ち込んでいるシンを叩きつつ三人で円を囲み座った。

 アンナは二人が話していた内容を聞き、お弁当をつまみながら言った。

 「その……オウガイって人は何で此処に来る訳?」

 「様を付けろ。……多分、我が師フウゲン様に用があるのだろう。お二人とも南斗を支える重要なお人達だからな。」

 「大人の話ってか。俺は、オウガイ様よりも、その弟子の方に関して興味があるけどな」

 オウガイ様、と言う部分を全く敬う事なくジャギは言いつつ漫画の中で見た幼少時代のサウザーを思い浮かべつつ喋る。

 「オウガイ様の弟子か……いずれ、その弟子も南斗鳳凰拳を継承するだろうからな。今から楽しみだ、どれ程の腕なのか」

 「……勝負する為にあっちは来るんじゃないぞ?」

 「何だジャギ、お前だって拳士の端くれなら一度は拳を交えたいだろうに」

 そう真顔で言うシンにジャギは少々困りつつ空返事で頷いた。『自分』は生き抜く為に拳を欲してるのであり、別に
 闘いが好きな訳では無いのだ。むしろ、暴力や喧嘩は嫌いな方だ。……と言っても、世紀末では言うのも無駄な事だが。

 「……ふん、落ち零れ同士で同じ釜の飯を食う……か」

 その時、嫌な声が三人の頭上を下りた。その声にジャギとシンは同時に顔を顰めてその方向へと顔を向ける。

 「……嫌味を言うのにわざわざ来るな。暇なのか、お前は……」

 「ふんっ、話し声が俺の方にも聞こえてきたからな。シン、未だ俺より実力が低い癖に本気で南斗最強と言われる
 鳳凰拳の使い手と試合が出来ると思っているのか? ……傑作だな。お前では、一瞬の内に地べたに這い蹲るだろう」

 「んなもんやってみないとわからねぇだろ。シンの腕なら、南斗鳳凰拳だろうと勝てるかもしれないぜ?」

 ジュガイの言葉に受けて立つはジャギ。以前に決着が着かぬまま終わってからジャギとジュガイの中は芳しくない。
 シンとジャギの仲を事ある毎にジュガイは見下してたし、それをジャギとシンは快く思わず顔を合わせば口論していた。

 アンナはその間、男同士の事には関わらず。と、大人しく自分は無関係だとばかりに素知らぬ表情でご飯を突っついていた。

 例えジャギに好意を抱いても、こう言う場合は空気を読むのだ。

 「未だに南斗聖拳もまともに扱えぬ身で良く言う……まぁ良い。どうせ訪れればはっきりする。鳳凰拳を扱う者がどう言う者か、な」

 話は終わりとばかりに自分の修行する位置へ戻ったジュガイ。それを二人は苦々しげな顔で見送りつつ同時に呟いた。

 「「もうちょい可愛げのある態度を取れないのか、あいつは」」

 「それ、ジャギやシンにも言えるんだけどね」

 その言葉を、小さく噴出しつつアンナは気付かれぬように呟くのだった。


 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 日は過ぎ、とうとうオウガイとサウザーがやって来る日がやって来た。

 「……と言うか、冷えるな本当に」

 「寒っ……」

 格好は未だ夏用の胴着のまま、それが祟ってか鳥肌が出来る。アンナは一応長袖を着てたが、それでも手に吐息を当てていた。

 「もう雪も降って良いんだがな……しかし冷え込む、もう少し厚着しろお前達」

 そう注意するシンに、わかったわかったと手を降るジャギ。だが、厚着すると言う事は言外にシンの服を借りる事を意味する。

 別にそれが嫌な訳ではないが、余り人の世話にならないようにしたいジャギには、シンの提案は余り頂けない。

 「まぁ、これ位なら少し街中走り回れば体が暖まるって。シンもどうだ?」

 「いや、俺は良い。お前達二人で走ってきてくれ」

 「了解」

 シンに背を向けてジャギとアンナは同時に走り出す。競争してる訳ではないが、身のこなしは早く、あっと言う間に姿は消えた。

 「……元気だな、あの二人は」

 余り深い事情は聞いていないが、あの二人の仲の良さを考えると恋人なのだろうと言わずとも見当がつく。……別に
 それに関して嫉妬も何も無い。むしろ、あの二人が一緒に笑い合ってる様子を見るのが楽しい程だ。

 (何故、だろうな? ……まぁ、どうでも良い事か)

 シンは未だ知らない。自分が『殉星』の宿命を持ってる事を。

 それを知るのはもう少し先……その強く儚い星を宿す男は、室内へと戻っていった。



 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ふぅ……結構走りこんだなぁ」

 「……はっ……速い~、ジャギ」

 激しく鳴る心臓を手で押さえつつジャギは深呼吸を繰り返す。その横でアンナも同じように汗を垂らしつつ同じ格好だ。

 「いや、アンナの方が速すぎるって。本気出しすぎだろ」

 「え~? だって、これ位しなくちゃ修行にならないでしょ?」

 そう笑いつつアンナは返事をする。アンナが修行する事なんてないのに……と一瞬ジャギは思うが、一先ずアンナの脚力には
 内心舌を巻いた。かなり自分も本気を出したのだが、アンナはそれに追いついており、未だ余力があったのだから。

 (単純に働いてただけだと思ったのに……アンナの奴、俺の居ない所で修行してたって事なのかな?)

 「どうしたの、ジャギ? 私の顔、何か付いてる?」

 「……いや、別に」

 じっと、アンナを見ても当たり前だが答えは来ない。

 直接聞き出しても良いのだが、アンナが正直に答えてくれるか解らないし、何より、ジャギは何故か聞く気になれなかった。

 「……まっ、一先ず戻るか」

 「そうだね、それじゃあ、もう一度走りますかっ!」

 元気良く、アンナは先頭を切って走り出す。元気があるなとジャギは笑いつつその後を追いかけようと脚に力を込める。

 その時だ、アンナが地面に躓き転びかけたのは。

 「アンナ!」

 慌てて駆け寄ろうとジャギは跳ぶ。……だが、間に合わない。

 地面に激突……そうするかに見えたアンナを……近くから出てきた人影が一瞬にして支えた。

 「……大丈夫ですか?」

 その人影は落ち着いた声でアンナの無事を確かめる。駆け寄ったジャギはその人物が視認出来、そして固まった。

 「う、うん大丈夫……って……ぁ」

 「? ……自分の顔に、何か付いていますか?」

 先程のアンナと同じ台詞を呟くその男の子……十歳程で金髪の芝生のような髪の毛を持つ、温和な顔の少年。

 それだけなら未だ不思議ではない。だが、この顔つきの少年に、原作を知っているジャギは素性が容易に知れた。

 だが、その時少しだけ不味い事が生じる。

 「っ! ……ゃ!」

 支えられている腕に、アンナは小さく悲鳴を上げて飛び退く。その過剰な反応に少年は戸惑った様子を見せた。

 ジャギは隣まで駆けつけ、その行動を取り直す発言をした。

 「悪い、こいつ男性に触られるの駄目なんだ。……アンナを助けてくれて有難う」

 「……御免なさい。ありがとう」

 アンナも自分の態度が悪いと自覚し謝罪と感謝の言葉を述べる。その少年は、笑みを浮かべ手を振り穏やかに言った。
 
 「いや、大した事はしてないよ。……この町の人かい? 出来れば南斗の修行場への方向を教えてもらいたいんだけど」

 この町に来たのは初めてで……と頭を掻く少年。

 ジャギは極めて平静な声で喋る。目の前の人物と、原作の違和感に戸惑わぬように、と。

 「あぁ、それなら知っている。自分が何時も修行している所だからな。良ければ案内するよ」

 多少棒読みだが、ジャギは何とか普通に対応する。そのジャギに、少年は笑みを浮かべてジャギに軽く頭を下げて言う。

 「有難う。……お師さん! この人達が道を案内してくれるようです!」

 そう、振り返って少年が言った先に、一人の妙齢の男性が気が着けば立っており、少年と同じ優し気な笑みを携え言った。

 「そうか。……『サウザー』この方達に良く礼を言うのだぞ。袖振り合うも他生の縁。この方達の好意を無下にしてはならん」

 そう、立派な言葉を『サウザー』へと伝えるのは……言うまでも無く『オウガイ』だった。



   
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 (……しっかし、驚いた。……生のサウザーがこんな好青年……好少年だったとは……)
 
 修行場へと赴くオウガイ、サウザー、ジャギ、アンナの四人。道行く人々は一瞬だけ目線を向けるが、直に前を向く。
 
 普通の人間には南斗聖拳使いかどうも解らぬし、何より、この仲良さそうな親子にしか見えぬ二人組みか、現南斗鳳凰拳
 伝承者であるオウガイと、そして世紀末で暴君となり君臨する男、サウザーだと思いもよりはしないだろうから。

 「しかし、お主達と出会えて良かった。何分初めての町だし、交番も運悪く誰も居ずに少々困っていた所だったんだ」

 「これも何かの巡り合わせですね、お師さん。ジャギ、と言ったか? 修行場に良く通うと言う事はお前も南斗の拳士
 と言う訳だな。流派は何だ? 今、南斗聖拳の定義は覚えているのか? 自分が一番得意だと思える技は何だ?」

 「こらっ、サウザー。そんな風に根掘り葉掘り聞こうとするでないっ」

 「あっ……申し訳ありません。お師さん」

 (……何つうか……慣れん)

 子供であるからしょうがないのだが。こう言う風に子供っぽいサウザーを見ると言うのはどうもジャギには違和感がありすぎた。
 初めての町に興奮して好奇心丸出しで自分に質問してくるサウザー。それを父親当然に叱るオウガイ……貴重な光景だ。

 「二人は、何でこの町にやって来たの?」

 「うん? ……私達がこの町にやって来たのはな。この町に居るフウゲン殿に関して話があって来たのだ」

 アンナはサウザーとオウガイのやり取りを一通り見てから、ジャギが聞きたかった事を聞いてくれた。アンナの顔を見つつ
 オウガイはジャギとシンの予想通りの答えを出した。だが、アンナはそれでは満足は出来ないとばかりに、続けて質問した。

 「用って如何言う?」

 「それは……言えんな。すまぬが」

 「アンナと言ったな? お師さんを困らせないでくれ。お師さんは南斗の未来の為に頑張っているのだ。その為には
 色々と外部の者には話してはいけない事だって沢山ある。例えば他の流派の奥義、または先人達の記録や南斗六……」

 「サウザーっ!」

 オウガイの一喝。サウザーは口が滑ったとばかりに手を口に当てる。だが、それだけでジャギには収穫が出来た。

 (成る程……南斗六星に関するお話ね)

 南斗六星……南斗の拳士達の代表格たるこの星々は南斗108派を構成する頂点に達している。

 その事に関しての話……多分、フウゲンの弟子であるシンの事に関して話があるのだろうと、ジャギはサウザーが
 思わず滑った言葉から読み取った。まぁ、それ程大した話には思えないが、この世界では結構重要な事柄なのだろう。

 (と言うか、南斗六星に関する話って南斗の拳士の中でも結構重要な部類なんだな。……当然か、南斗の星一つ無くなれば
 南斗六星全部が崩壊の道に走るとか原作でも描写されてたし、そりゃ秘密にしなくちゃいけないか……)

 もし、悪意ある人物が原作の知識を知っていれば子供の頃のサウザーや、シン、未だ出会った事は無いがレイやシュウ
 ユダにユリアを手に掛ける可能性もある。その様な最悪の可能性を防ぐ為に、南斗の人間達は南斗六星に関して秘密にしてるのだろう。

 「あ、結構不味い事聞いちゃった? ……御免なさい」

 「いや、別に構わん。……サウザー、久し振りに町を訪れて興奮するのは解るが、心穏やかにせんといかぬぞ」

 「はい……肝に銘じます」

 (……本当に珍しい光景だ)

 叱られるサウザーなんてこんな事態でしか見れないだろうなぁと感心するジャギ。アンナはそのやり取りをクスクスと
 微笑んで見守っている。そのアンナの表情に気付いてか、少しだけ不貞腐れた表情をサウザーが見せるのも新鮮だった。

 ……そんな風に珍しい事ばかり見ていたら、修行場へと辿り着いていた。

 修行場へ入ると、騒がしかった子供達の喧騒がピタリと止んだ。全員がジャギとアンナの背後……オウガイとサウザーに
 視線を向けていた。オウガイは視線に慣れているとばかりに平然と。サウザーは緊張を隠せず少しだけ顔を強張らせていた。

 「良く来なすってくれた。オウガイ殿」

 子供達の中心が割れ、其処の中心に居たフウゲンはゆっくりとオウガイへ近づいた。
 「息災なく何よりです。フウゲン殿」

 「お主もな。……まぁ、場所を移すか。……ジャギ、お前さんに後は任せるぞ」

 「はいぃ?」

 行き成り、サウザーを指して任されたと言われたジャギは、素っ頓狂な声を思わず上げてしまった。フウゲンは続ける。

 「シンには少しばかり使いで出してしまったんでな。とりあえず、わしらの話は退屈だけじゃろうから。任せるぞ」

 南斗の重要な会話に関してはサウザーは未だ加えられない……そう暗に言い含めたフウゲンの言伝にジャギは溜息を吐く。

 一応、この修行場で鍛錬し始めてからフウゲンには数々の助言をさせて貰ってきた。……腰の捻り、足幅。基礎鍛錬に
 関しても直した方が良い部分を教えてもらったりと……。悪い印象を持たれぬ様に素直に従ってきたのが功を奏したのだろうか?

 「了解しました。フウゲン様」

 立ち去るオウガイとフウゲンを見送ってから、ジャギは少しばかり寂しそうな顔をサウザーが浮かべてるのに気付く。

 原作でのお師さんに対する愛情の深さを照らし合わせ、ジャギは試しにとばかりに聞いてみる事にした。

 「……ひょっとして、オウガイ様が居なくなって寂しいのか?」

 「っ俺はそんな甘えん坊では無いっ」

 そう、赤面して答えたサウザーは図星を突かれたのがありありであり。ジャギはサウザーにファザコンの一面が有った
 事に若干の衝撃と納得をした。それ程の愛情がなければ、この子供が世紀末で暴君に化す程の哀しみを得ないのだろう、と。

 そんなジャギの思惑を知らず、子供達はサウザーの方へ集まる。

 矢継ぎ早にどのような修行をしてるのか? どんな場所で暮らしてるのか? 南斗鳳凰拳を見せて欲しいなどと言う無茶な
 要求に関してもサウザーはやんわりと断りの言葉を出しつつ子供達の質問に丁寧に答えていた。

 そのように、肩書きからかも知れぬが一瞬にして注目を浴びるサウザーを冷静にジャギは分析して見る事にした。

 (一瞬にして何て言うか人気者になったな……これも一種の『将星』の宿命を兼ね備えているサウザーの力か?)

 例えば修羅の国でのオウガイと言えど子供達を惹き付ける力を兼ね備えていた。

 サウザーもそのように人を統率する力を子供の頃から持っていても不思議ではない。

 「……お前が、鳳凰拳の弟子か?」

 その時、無遠慮な言葉がフウゲンとオウガイが去った方向から現れた。

 ざわ……と静寂が走る。ジャギは声の心当たりに思わず頭痛が走りそうで頭を押さえてしまった。

 「……お前、は?」

 紅葉のような髪の毛を無造作に束ね上げた男が荒い音を立てて現れたのを、サウザーは不思議そうに聞く。

 それに、胸を張って男は言った。

 「俺の名はジュガイ。南斗孤鷲拳伝承者候補となる男。この修行場では最も実力ある」

 「ジュガイ……」

 サウザーは初対面のジュガイをまじまじと見つめる。ジャギは何やらジュガイが仕出かさないかと戦々恐々だ。

 「俺に何か用か?」

 「用、ああ確かに用ある。サウザー……いや、サウザー殿。この俺とどちらが腕が上か闘って確かめて頂きたい」

 (やっぱか……)

 こうなる事はサウザーが訪れると知って予想出来ていた。だからこそ、ジャギは無駄だと知りつつジュガイへ言う。

 「おい、サウザーは何もここに闘いに来た訳じゃないんだぜ?」

 「貴様は黙ってろ」

 有無を言わさず黙殺されるジャギ。困ったなと頭を掻くジャギの横で、サウザーは一部始終見つつ思考していた。

 (……態度は無礼ではあるが……南斗孤鷲拳……その拳の使い手の実力……一度味わってみたい)

 悲しきがな、サウザーもまた男。ジュガイの言葉に少しばかり心揺れる。

 ジャギは面倒事は正直御免である。よって、サウザーへと半ばうんざりした声で告げた。……切り札とも言える言葉を。
 
 「おいおい、そっちは良いかも知れないけど。お前の師匠だって危ない真似させたくないだろうが? 勝手に師匠の
 許しも得ずに試合なんてしたら、お前の師匠に幻滅されるんじゃねぇの?」

 「わかった。しない」

 あっさりと芽生えた闘争心を摘み取るサウザー。……お師さんを出しただけでこんなに従順になるとは……南斗の未来が心配だ。

 「ジャギ……貴様」

 ジュガイは相手が挑む気がないならば闘う事が出来ない。邪魔してきたジャギを睨みつける。だが、襲い掛かるような真似はしない。

 「そんな怒るなよ。第一、正式な理由もなく腕試しなんてフウゲン様だって許しはしねぇだろ?」

 その言葉に、ジュガイは何も言えず舌打ちをしてその場を離れた。……南斗同士の争いは一応回避出来たと言う訳だ。

 修行場をジュガイが去ったと同時に……次に現れたのはシン。

 「……如何したんだ? 何やら肩をいがらせてジュガイが俺が居る事すら気付かず去って行ったぞ?」

 「大した事じゃねぇ。折角強者と闘えそうだと思ってたのに台無しになっちまったから拗ねてるだけだ」

 拗ねる……シンは少しばかりジャギの言葉に沈黙してから、サウザーの居る事に気付き丁寧な物言いで挨拶し始めた。

 「初めまして、自分は南斗孤鷲拳伝承者候補を目指すシンです。鳳凰拳継承者となる方に出会えて光栄です」

 その言い方に、少しだけ先ほどのジュガイとの事で少し気分を害していたサウザーだったが、すぐに機嫌を直した。

 「そんな風に敬われる言い方をされると照れるな。……俺はサウザー、別に鳳凰拳を伝承するからと言って、偉い立場に
 なるかどうかは別だ。……出来るなら、普通に接してくれ。その方が、俺としても助かる」

 「……ぷっ。そうだな……俺も、この言い方は慣れない」

 サウザーとシンは軽く笑い合い握手し合う。その光景を見て、ジャギは何とか二人が仲良くなりそうだと思い胸を撫で下ろした。

 「おい、ジャギ。何そんな所で変な顔して頷いているんだ?」

 「そうだ。お前の事についても、もっと良く知りたい。もっと近くに来い」

 「へ? いや、どうぞ二人でごゆっくり……」

 そう言ってジャギは逃げ出そうとする。この二人と一緒に喋るのは少し勇気がいる。二人とも、未来では聖帝とKINGと
 名乗る者達。並んでいるとどうも貫録が滲み出て、そのお陰で他の子供達は無意識に離れた場所に気がつけば立っている始末だ。

 「何馬鹿な事言ってんだ。サウザー、こいつはジャギと言ってな。暴漢を一度南斗聖拳で撃退した事がある。今は未だ
 南斗聖拳の定義も身について無いが、将来こいつは俺と肩を並べる位強くなれると俺は思っている。俺の自慢の友だ」

 (え? 俺ってそんな重要な位置に何時の間にか居たっけ?)

 シンに肩を抱き寄せられ、冷や汗を出しつつジャギは逃げられぬ状況に絶望を浮かべる。

 「ほぉ、暴漢を……! 俺達の年でそんな事が出来るとはな。……俄然お前に興味が沸いて来た。ジャギ、もっと話してくれ」

 「……おい、頼むから誰かもう一人……アンナ……って居ない!? 何処に……え? 既にもう外に出て行った?
 何時の間に……ってか、あいつこうなる事見越して逃げやがったな……! ちくしょ~! おい、俺も後を追う……」

 そう、逃げようとするジャギを。シンとサウザーは若干悪戯交じりの笑みを浮かべて肩をがっしり掴み逃げられぬようにする。

 ……どうやら、この三人は良い関係を結べそうだと。星々だけは感じとるのであった。



  
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……となると、未だ自分の星の宿命に関し伝えてはおらぬのじゃな?」

 「あぁ、そちらも同じようだな」

 南斗の修行場にある一室。その一室で、フウゲンとオウガイは向かいつつ話し込む。

 出された茶を啜り、オウガイは重々しく口を開く。

 「……サウザーには、未だ自分が『将星』と言う重い立場である事を自覚させるには早すぎる。……フウゲン殿。そちらに
 居るシンと言う若者も『殉星』の宿命を抱いていると聞いた。……それはやはり間違いないのですな?」

 オウガイの深い眼差しに、フウゲンは微かに首を縦に揺らして口を開く。

 「……間違いなくな。……オウガイ殿、貴方がサウザー殿の瞳に極星たる南十字星を見たのと同じように……わしも
 又あの子の瞳に『殉星』を見た……全てを投げ打っても愛に尽くす……南斗の磐石の基礎たる星の輝きを……」

 「……中々思うように事は行かぬ物です。南斗六星たる『妖星』を持つ人物は未だ見つからず。『仁星』の子には既に
 南斗司祭が宿命の星について教えたようです。……優秀な若者らしく、その役割について直に納得したとか」

 「理性で納得しても心で直に納得しなくては結局は何もならん。……『義星』の子も、今のわしらと同じようらしいな」

 フウゲンの言葉に、オウガイも同じように微かに頷く。

 「水鳥拳伝承者たるロフウ殿と、同じ担い手であるリンレイ殿の言は間違いないだろうかと。……ロフウ殿は正直、
 些か拳情が激しい所が見えるが、それは伴侶たるリンレイ殿が諌めてくださるゆえに問題ないと思いたい所だ……。
 どうやら十になった頃に自身の役割を教えると言ってるらしい。……我々も、差し当たってはそれで問題ないでしょう」

 「そうじゃな。この事を知るのはわしも含めた南斗聖拳伝承者と、シンの両親のみ……無論、厳密に守秘するよう誓わせている」

 「……万が一、そのシンと言う名の若者が道を外した時どうするおつもりです?」

 その言葉に、フウゲンは暫し沈黙を通してからオウガイへと次げた。

 「……オウガイ殿。星の宿命とは奇妙な事に、その人間に出生と同時に兼ね備えられている。……万が一その宿命と
 外れる道に走れば。星の輝きは消える。……じゃが、役割を戻れば星の輝きも戻るらしい。……南斗の文献にはそう書かれておる」

 「……ならば、その若者を伝承者にするのは既に決定だと?」

 オウガイと違い、フウゲンには二人弟子が居る。

 同時に目指す物、一人手に入れ一人が願い叶わぬ時……亀裂が生じるのでは?

 オウガイの懸念に、フウゲンは皺だらけの顔に笑みを宿す。

 「……あの二人はわしが見込んだ若者じゃ。……例え、『殉星』を宿すシンが伝承者となろうと、ジュガイが伝承者
 になっても何も不都合は生じぬ。……何より、南斗孤鷲拳は一子相伝では幸いにも無いからのう。……どちらともが
 伝承者となる未来も無い訳ではない。南斗を支える六つの星……それが崩れさる事はありはせんよ」

 「……だが、不安もある。かつて一人の予言者が遺した言葉だ」

 其処で一区切りつけ、呼吸を一度大きくしてからオウガイは予言と言われた言葉を出す。

 



 
                        『……南斗乱れし時、北斗現る……』

 




 「……そのような予言、わしは信じぬ」

 オウガイの言葉を、湯のみを抱きつつフウゲンは感情を消した声で返事する。

 「信じずとも、信じるとも予言があるのは事実。……何より、最後の星であり『あの方』は心を失くしてしまった。
 真に南斗に君臨すべしあの方の生まれると同時の事故。これらの事も含めて、予言に関係が」

 そのオウガイの言葉を、鋭くフウゲンは制した。

 「オウガイ殿、全て推測じゃ。……確かに今、南斗の未来に翳りが生じてはおる。……だが、それはいずれやがて
 無事に収まるはずじゃ。……今は動きを見せぬ北斗の事も、そして心を封じてしまった『あの方』の事も……」

 フウゲンとオウガイは重い胸を抱え、同時に空を見上げた。……自分達の象徴たる……南斗の星を。

 「……『あの方』の心を少しでも取り戻す為と、どうやらいずれ各地を訪問し回るようです。……何か切欠になるかと」

 「そうか……その旅行で、南斗の未来に光あれば良いな」

 二人の男性は南斗の未来を案じ憂う。その一室の下では、和気藹々とふざけつつ未来の光たる星と、そして異邦者が遊びあう。




                             ……時は廻る    運命に沿い












        後書き


 南斗六星の宿命って本人達が自覚出来る筈ない。ならばそれを見定めるのって多分南斗司祭とかそんな感じだったと思う。

 あと、南斗六星拳の流派って時代毎に変わっていたと予測。その時に生まれる子供達の中で(あっ、こいつ『×星』っぽいな)
 と思われた者達が、どんな流派が関係なく南斗六星に付いていたんだろうと予測。(『慈母星』は血統なので除く。
 『将星』の星も、宿してると思われる子供は多分すぐに鳳凰拳伝承者に引き渡されていたんだろうと予測してみる)
 
 だってそうしないと病とか不慮の事故による時に廃退してしまう可能性があるし。

 だから南斗朱雀拳とか、南斗孔雀拳とか、南斗千鳥拳とか、そんな感じの拳法家が南斗六星の『仁星』やら『義星』
 やら『殉星』やら『妖星』だった時代もあるんだろうなぁと、空想してみる。


 





[29120] 【文曲編】第九話『忍び寄る冷気 曇天』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/14 23:45


 「……何と言うか」
 
 「これは……」

 「少し、居心地が悪いよな、やっぱ」


 そう順番に呟いたのは、シン、サウザー、ジャギ。

 現伝承者同士の話し合いの為にサウザー、シンの師であるフウゲンとオウガイの話は思った以上に長引き、その為
 サウザーは一泊を余儀なくされた。その宿の対象となったのは……言わずもがな、ジャギも居候させて貰っているシンの家だ。

 「……しかし、何と言うか豪華な家だな。……余り慣れない」

 「まぁ、シンの家って西洋風に作られているからな。俺も住む事になって最初は寝心地悪かったな。ベットは柔らかすぎるし」

 「ジャギ、お前そんな事思ってたのか。何なら今から寝場所は床に変えるか?」

 「滅相もありませんKING」

 「……何だその呼び名は? と言うか、KINGと呼ぶに相応しいのはサウザーだろ、どう考えても」

 「……そう言う発言は、だからあんまり止してくれ」

 現在の時刻は夜。三人は互いに寝巻き姿に着替え各々の寝れる場所に陣とっている。因みに、大勢で泊まれる客間に居る。

 「しかし、悪いな。宿はとろうと思えばとれたのに」

 「気にすんなって。明日、明後日には帰るんだから、もう少し長く一緒に過ごして楽しんだ方が良いだろ。なぁシン?」

 「……まぁ、そうだが。お前、最近あつかましくなった気がするのは気のせいか?」

 サウザーを一緒に泊まらせようと発案したのはジャギ。修行場である程度自分が暴漢を倒した経緯をざっくらばらんに
 話終えた後、三人はお互いの事を軽く話しつつ思いの他に話は弾んだ。フウゲンとオウガイも話は長引くようで、
 夕方頃にオウガイが一旦姿を現すと、今日はフウゲンと話し合う事が多いからとサウザーには先に宿を取るよう薦めたのだ。

 寂しそうな顔をしつつも頷くサウザーを見て、ジャギは、ならばシンの家に一緒に泊まった方が楽しいだろうと勧誘する。

 シンは自分の家なのに勝手に計画するジャギに呆れつつも、断る理由も皆無なのでジャギの提案にすぐ賛成した。
 シンの両親もサウザーが現れた事に多少驚きつつも、すぐ普通の家庭と変わらず歓迎を表し泊まる準備もすぐ済ましてくれた。

 「しかし、オウガイ……様が先に帰れって言った時、お前かなり寂しそうな顔してたよな。傍から見て可笑しい位に」

 「このっ……今日何回その事でからかう気だ……ジャギ」

 拳を振り上げて赤面するサウザー。ジャギは笑いつつ降参の意を込めて手を上げる。
 シンはそれを眺めながら、未来の指導者になるかも知れない相手に平然とからかうジャギの肝っ玉に内心舌を巻いてた。

 「三人とも、もう遅いから眠りなってシンのお母さんとお父さんから」

 その時、扉を開けて現れたのはアンナ。

 風呂上りなのか湯気を昇らせ頬は健康的に赤く、何時も巻いているバンダナは外され金髪の髪は自然に下がっている。

 ジャギはそのアンナの姿を見て一瞬ドキッとする。夜におやすみの挨拶を交わすのは何も初めてではないが、このように
 不意打ちでアンナの姿を見るとジャギの胸は不自然に鼓動が激しくなる。ジャギはその度に自分の中の感情に混乱するのだ。

 (おいおい、『自分』。お前はそもそも大学生だったろ。十歳にも満たない女の子に何でドキドキしているんだ?)

 そんな葛藤を知ってか知らずか、アンナは不自然に硬直したジャギに首を傾げつつ不思議そうにジャギだけを見て喋る。

 「えっと……聞いている? ジャギ」

 「あ……聞いてます聞いてます」

 「なら良いけど。まぁ男の子同士の話って盛り上がるだろうから、私は少し遅くまで起きても黙認するけどね」

 「お前は俺の母さんか」

 ジャギの突っ込みにアンナは笑いつつお休みと告げて扉を閉める。ジャギは子ども扱いしやがって……とばかりに半眼で
 閉まった扉を見ていた。だが、決して本気で怒っている訳で無い事はジャギの顔つきが柔らかい事から一目瞭然だろう。
 
 シンとサウザーは、そのアンナとジャギのやり取りを見届けると、ジャギへと話しかけた。

 「……なぁ、一つ聞きたいんだが。お前と……アンナの関係とは如何言う関係なんだ?」

 「そうだな、サウザーと同じく俺も良い機会だから聞きたい。ジャギ、正直に答えろよ。アンナの事をどう思ってるんだ?」

 「え? え??」

 急に接近し自分の顔を覗き込むサウザーとシンにジャギは困惑し二人の顔を交互に見て質問の意図を考える。

 「……いや、どうって。……アンナとの関係?」

 ……説明し辛い、とジャギは正直に思った。

 出会いは夜更けの小屋。道に迷ったジャギが北極星を頼りに歩き、その時アンナの兄に出会い、そして犬のリュウと
 出会ってからアンナと出会いを果たした。その時のアンナは疲弊してぼろぼろで、そして男性恐怖症なのにジャギだけ平気で……。

 「……幼馴染?」

 「何故疑問系なんだ」

 言った途端にシンに突っ込みを入れられる。だが、六歳に差し掛かる前にアンナと出会い、その後はほぼ毎日過ごして
 今も修行を除いては兄妹のように過ごす関係を幼馴染以外にどう表現しろと言うのだろうか? 

 客観的に考えれば、アンナとジャギの関係は異常なのだ。子供でありながら異常に男性に触れられる事を恐れるアンナ。
 そして、ジャギであるが、ジャギでない人間である自分。このちぐはぐな関係を簡潔に表現しろと言われてもどだい無理な話である。

 「……何て言ったら良いのかなぁ。……アンナは自分にとって大切だ。けど、好きかどうかって言われたら良く解らない」

 「……俺は少ししか見ていないたが、仲睦まじい関係にお前達が見えたんだが?」

 サウザーは第三者として冷静に、今日アンナとジャギに初めて出会いを果たし、そして二人の様子を観察して感想を言う。

 サウザーが見た光景とは、帰路に向かう為に外に出たらジャギが出るのを待っていたアンナの姿。そして逃げ出した事で
 大袈裟に怒気を発するジャギを、アンナが困った笑みで諌め、軽い口の叩き合いの後にじゃれあっている様子。
 歩いている時も自然にジャギはアンナを助けられる位置に立っており、それらの行動を含め、サウザーの感想には十分な光景だった。

 シンも賛同して言う。

 「そうだ。もう半年程お前達の行動を見ているが。恋人同士以外にお前達を表現するのが俺には難しいぞ?」

 シンは知っている。ジャギの為に必死に料理を自分の母から学ぶアンナの様子。それに花売りなどの少ない金額から
 時折買う物はジャギの好物が主な事だと言う事。そんな献身的な様子を見れば、ジャギの優柔不断な物言いに文句を付けたく
 もなるだろう。南斗の技を放った理由もアンナの為だったと聞く。これを『愛』と呼ばずして何と語るのだろうか?

 そう二人に責められ、ジャギは困り果てる。現状を打開する言葉は生まれず。ただ頭を掻いてただ逃れる方法を模索する。

 「だってよ。アンナが何でこんな俺なんかに優しくしてくれるのかすら解らないんだぜ? 肌に触るのが平気な理由だって」

 「……そう言えば、アンナは男性恐怖症だったな。……何故、お前だけ平気なんだ?」

 サウザーは今日の出会いの際のアンナの反応を思い出し、何故ジャギだけ平気なのかを問う。

 その問いを、ジャギの代わりにシンが答えた。

 「俺の主治医が診察して見たが、原因は不明だった。多分心的外傷(トラウマ)が原因と言っていたが……俺にはお手上げだ」

 「アンナに直接聞こうと何度が思ったんだけどよ。けど、どうも聞いちゃいけない気がして、未だに聞けずじまいだしな……」

 ジャギは、アンナにとって唯一心穏やかに過ごせる人物だ。そして、ジャギ自身もアンナの事を大切に思っている。
 ゆえに、アンナの心の傷に関し直接的に聞くのに躊躇している。それが、アンナ自身を更に追い込む可能性を危惧し。

 その二人の言葉に、この中で唯一関係が一番浅いサウザーが、頭の後ろで腕を組みつつ暫ししてから口を開いた。

 「……俺が思うに、アンナは自分が何故男性を恐れているのか知っている気がする」

 「え?」

 ジャギは、その聞き捨てならない言葉にサウザーの顔をじっと見る。

 「あの女はお師さんが時折り瞳の中に浮かべる輝きと同じ物を携えていた。その輝きとは俺が答える事が出来ない質問を
 お師さんにしてしまった時の輝きと似ていた。俺の予想が正しければ、多分アンナは自分の苦しみの原因を知っているだろう」

 そう語るサウザーの瞳には僅かながら輝きが帯びていた。

 それは、未だ覚醒せずとも『将星』ゆえの慧眼が発する輝き。幼くとも未だ曇らぬサウザーの魂が見せる力の欠片。

 「……下らない質問だけど……その困った質問ってのは。」

 「鳳凰拳継承儀式について質問した時だな。未だ、俺に話す事ではないと言う事なのだろう」

 語り終え、瞳の中の輝きが収まったサウザーから質問の回答を出され、ジャギは暗い溜息を吐き出し、心情を吐露する。

 「……お前の言葉が正しいなら。俺はどうすれば良いのかな」

 「……見守るしかなかろう。俺は未だ愛する者に出会ってはいないが。俺の母や父ならば、愛する者が言えぬ秘密を
 抱えているならば、その秘密を告白するまでじっと待っているだろう。例え、永遠とも言える長い年月が経とうとも」

 シンの瞳にも光が宿る。『殉星』であり愛する者に対し全てを懸ける男の光。『愛』に殉する者の言葉は予想以上に重い。

 ジャギは二人の言葉に瞑目し、そして暫くしてから言った。

 「……なら、俺は待つか。気長にな」

 「あぁ、そうしろ」

 「それがいい」

 頷くサウザーと、シンの言葉を区切りに。その日は過ぎた。


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……苦しみが何時か雪解けのように消えるのならば。それは苦しみでなく幸福に繋がる希望でしょう。

 けれど、私の抱く苦しみは長い眠り以外に取り除く術は無いのです。

 一時の暖かい風は苦しみを僅かに和らげど、その風は自らが望む風かは最早解らないから。

 真ならば身が滅びても満ち足りて、偽ならばもはやただ沈黙を持ってただ咲き続けましょう。

 天から降る雪は、私の心を救うに至る熱なのでしょうか?


 
  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 
 「……脱走?」

 「えぇ、今日の朝方の話です」

 「……何と由々しき事態だ。この事を知っているのか、特にあの二人は?」

 「いえ、話して不安にさせるのは如何かと。我々で処理するつもりです」

 「……それが良い。……鳳凰拳伝承者の来訪している時に……全く」

 その会話とある日、とある署内で行われていた。

 そして、その会話の情報が南斗聖拳の師たるフウゲンやオウガイに伝わる事は無かった。

 もし、この二人に伝達されたら……あのような事は起こらなかっただろう。

 それは全て仮定。ただ運命は無情に廻る廻る。

 暗い空気を流しつつ、曇天は冷気を漂わせ立ち込める。

 ……初冬はもう迫っていた。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……遂に来た。遂に来たぞ……!」

 「シン、その興奮した目つき。危ない奴に見えるぞ」

 「お前は冷めすぎだ! 聞いてただろ! フウゲン様とオウガイ様の組み手の話を!」

 朝、興奮しているのはシン。それを引き気味にジャギは野菜を齧りつつ見ていた。

 興奮している理由はただ一つ。言葉の通りフウゲンとオウガイが組み手を今日すると言う事が伝達されたからだ。

 サウザーが泊まった翌日。夕方頃オウガイとフウゲンは話し合いは終わり、ある程度フウゲンの居る所の弟子達を観察し終えて
 その話は出てきた。因みに、その時ジュガイとシンは拳筋が良いとオウガイに褒められ(ジュガイはその言葉にガッツポーズし
 シンは体を震わせて転びそうな程頭を下げていた)ジャギは何時にも増して気合を入れて邪狼撃を放ってみたが、木の柱は
 ジャギの勢いつけた貫手に弾み壁に叩きつかれた後、ジャギの顔面に当たり結果的に全員に笑われる結果となってしまった。

 恥を掻いたとジャギは穴があれば入りたい気持ちになったが、一部始終様子を見たオウガイの感想に少しだけ救われた。

 「確かに南斗聖拳の定義を習得するにはもう少し鍛錬がいるようだが、貫手の際の型に関しては動きがちゃんと出来ている。
 後は単純な力の扱い方だろう。柱にも先程の衝撃に関わらず傷一つ無いと言う事は君が未だ力の使い方に慣れてない
 だけの事だ。体にちゃんと力の流れさえ覚えこませれば、すぐにでもサウザーと同じ位、実力を君ならば伸ばせる筈だ」

 (あの人……本当に善人なんだよなぁ。……だからだろうなぁ、善人過ぎてサウザーが自分が死んでも道を外す事を
 予想出来なかったんだろうな。……信頼が強すぎたがゆえに、その先にある危惧に目が眩んでしまった……って事か)

 自分の命を投げ打ち継承の儀を行った程の人物だ。人格者なのだろうが、サウザーの心の脆さを理解してない感が否めない。

 恐らく、サウザーは自分の死を乗り越えて立派に南斗を統べれると信じていたのだろう。……だが、結果は……。

 (……やべぇな。本当、今から俺北斗神拳や南斗聖拳じゃなく軽く応急処置の練習とかした方が良くね? 北斗神拳を
 使ってトキなら治療可能だし、俺だって頑張れば出来るか? それに、今からでも世紀末の為に農作業とか、色んな準備を……)

 「……ジャギ、ジャギってば」

 「ふぁ? 何だ?」

 「目を覚ましなって。はいちゃんと口に入った物噛んで、牛乳飲んじゃって、そして修行場に行く荷物持ってしゃきっとする!」

 余りに色々考える事が多くフリーズするジャギ。それは日常茶飯事ゆえにアンナは体を揺すりジャギの身支度を素早くする。

 「……やっぱり、恋人同士以外の何物でもないよな」 

 (いや、と言うかこれだと夫婦だな、早速)

 その様子を一部始終見て、シンは紅茶を啜りつつジャギとアンナの関係を再度自分の中で認識するのだった。

 
  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「……それにしても今日は本当冷えるな。……やっぱ長袖着るべきだったぜ……!」

 「……と言うか、今の今まで半袖で過ごそうと言うお前の気概に俺は呆れて良いのか感心して良いのか困る」

 外出した途端に体に吹き付ける外気。ジャギは猛烈な寒気に鳥肌を生み、それを横目で見つつシンは呆れた。

 「いや、ちゃんと理由があるんだって。最近、アンナが部屋に篭もって何かしてるのをシンも知っているだろ」

 「そう言えば……そうだったな」

 「それで何かと思い聞いて、アンナは答えなかったが俺はピンと来たんだ。部屋にある毛糸の玉を見てな。俺は多分
 アンナが手編みのセーターを作ってくれると予測した。それでそれが出来上がるまで夏用の服のままと言う訳だ!」

 「……出来上がる前に風邪引くぞ」

 馬鹿げた理由だな、とシンは言いつつも友人の楽しげに語る話を聞いて自分まで楽しくなるのに心の中で苦笑する。

 要するに、自分は何だかんだ言ってこの友人との付き合いが楽しいのだ。

 (ジャギは不思議な奴だ。……南斗の修行場の者達とも気兼ねなく接するし……サウザーとも直に打ち解けられた)

 もし、自分だけだったらあそこまでサウザーと仲を打ち解けれただろうか?

 ……多分無理だ。ジャギと出会う前は消極的に人と余り接さず拳の道に入り、それだけで自分は良いと納得していた。

 その状態でサウザーが来訪しても挨拶程度以外に関係を持てれたがは疑問である。
 けど、自分がその事に関し感謝の言葉を述べる事は多分ない。それは気恥ずかしさもあるし、相手も望まぬだろうから。

 「そんな事言って羨ましいんだろシン? イ~ヒッヒヒ! どうだ、悔しいかぁ!? あっははは……あ痛っ!?」

 「寒すぎて頭を壊したのか、お前は」

 行き成り頭を叩かれたジャギ。そして、その相手はシンではない。

 「……行き成り叩くなよなぁサウザー」

 「朝からお前の笑い声なんて聞かされても迷惑なだけだ」

 「それじゃあオウガイ様なら良いのか?」

 「……さ、行くぞ」

 途中までシンとジャギを迎えに来ていたサウザー。すっかり、馴染んだなとシンは軽口を叩き合うジャギとサウザーを見て思った。

 








 
 ……ジャギとシンが家から出た後。アンナは見送った後に台所へと赴き食器を洗う。
 最初はシンの母親に別にせずとも良いと言われたが、半ば強引に手伝いを申し込み、今ではそれが定着していた。

 住ませて貰って何もしないなど人でなしだ。アンナの兄は不良でありつつも常にしっかりした所はしっかりしていたので
 そう言う部分を、アンナも受け継いでいる。普段、ジャギと居る時はリラックスしている所為が危なっかしい部分が出るが。

 掃除、洗濯及びアンナは朝の内に済ませる。(シンの母曰く『住み込みの家政婦が来てくれたみたい』との事)
 そして、ジャギのお昼の弁当を完成させると、少しばかりの準備運動の後、シンの家族が居ないのを見計らい彼女は行く。

 「……今日は、出来たら良いな」

 それは、シンの家に取り付けられている部屋……ジャギが主に訓練している場所である。

 其処には南斗聖拳の為にサンドバックやら、ジャギが使っている木の柱など色々と拳法の修行に使われる物が設置されている。

 「……ふっ!」

 木の柱に向かって立ち、拳打を打つアンナ。

 ドンッ、と僅かに衝撃で木の柱は揺れる。続けざまにアンナはその木の柱に手刀や貫手を放つ。緩く、速く、連続で。

 ズンッ、ズンッ、とアンナの放つ拳の衝撃で木の柱は揺れるも、アンナが息を荒げ終了した時、木の柱に傷は付いてなかった。

 「……やっぱりフウゲン様も言った通り……私、才能無いのかな?」

 ……ジャギと同い年位の頃から、必死に体を鍛えようと我流で砂袋に拳を何回も叩き込み、我武者羅に体を痛めつけてみた。

 けれど、筋肉は普通の女性よりも硬くなったが未だにシンのように『斬撃』を放つ事は出来ない。

 「……悔しいなぁ」

 見ようによってはジャギと同じ程のレベル。だが、アンナは知っている。

 『ジャギは絶対に南斗聖拳を覚えられる』と言う事を。

 「……強くなりたいなぁ……別に、伝承者になる程じゃなくていい。……でも、せめて胸を張って強くなれたって言う位」

 そう、寂しそうに呟くアンナの顔は……達観していた。

 「……やば! そろそろジャギにお昼を届けないと!」

 だが、それは昼を告げる三十分前の針の音で終わる。常に身に付けているバンダナを引き締め直し、それと同時にその顔は
 普通の女の子と変わらぬ慌てた様子でアンナは弁当を下げてシンの家を出る。もう、先程の雰囲気は何処にも無かった。

 「ちょっと遅れそう! 走らないとジャギがお腹空いて待ってる!」

 腹の音を出しつつ自分を待つジャギの姿を想像し、その想像に笑みを浮かべアンナは駆ける。冷気を切りながら。

 ……それを、一人の怪しい輝きが見ていると気付かずに。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……遅いな、アンナの奴」

 昼。ジャギは何時も通りアンナが来るのを待つ。子供達は昼休みが終わった後に行われるオウガイとフウゲンの組み手の
 事で熱気が高まっている状態だ。シンも期待で胸は弾んでいるが、今日に限って起きた不自然な出来事に気付き、呟く。

 「そうだな、何時もならもう来ている頃だろうに」

 アンナの行動は決まっている。昼を告げるベルが鳴ると同時に現れ何時もならジャギの場所へと現れている。

 最初はその様子を子供達がからかったりなどしていたが、ジャギとアンナは別に照れる様子もなく、その光景はすぐ
 日常の一部と化した。もし、今日も普通の時ならば、子供達でさへ不自然さに気付き疑問を浮かべていただろう。

 「……俺、ちょっとだけ様子を見に」

 「おいおい、今日はフウゲン様とオウガイ様の試合。出席しなければ色々と面倒だぞ?」

 南斗伝承者同士の試合など、滅多に行われるものでない。それゆえに、今日はフウゲンの弟子を除き、他の大人の南斗の
 拳士も寄り集まっている。今日欠席すれば、南斗の拳士としては余り心象良いとは言えないだろう。

 その言葉に、ジャギは出口へ向けた足先を一瞬だけ停止させる。シンは、休憩時間が終わるまでの針の音を歯痒そうに見る。

 「……何だ。何時も居る女は一緒では無いのか?」

 不安な様子だった二人に、介入するは紅葉のような髪を束ねし男。

 ジャギは苛立ちつつ顔を向け口を開いた。

 「……何だよジュガイ」

 「ふっ……何、拳にも恵まれず、その上女にすら逃げられた無様な男を笑いに来ただけよ。未来の鳳凰拳の担い手と
 仲良しごっこをしてるからそう言う目に遭う。……まったく、アンナとか言う女も物好きだな。お前のような落ち零れ
 の何処を好いてたのか。……まぁ、落ち零れに付き合うんだ。その女もきっと落ち零れなのだろう……っ!?」

 ジュガイは気に入らなかった。拳の腕前も劣る男が、好敵手も鳳凰拳の使い手とも馴染む目の前の三白眼の男の事を。

 ゆえに、ただ単に気に入らない子供の癇癪に似た感情で勢いの弾みで言った言葉だった。

 だが、最後の部分を言った瞬間……猛烈な寒気がジュガイを襲った。

 



                            「……ジュガイ……もう一度……言ってみろ」




 (!? ……何だ……これ……はっ……)


 金縛りのように硬直するジュガイ。その背筋の悪寒と、体中の痺れたような震えが、目の前の男から発されていると
 気付き更に呆然とする。……ジャギは表情が消え、まるで能面のように表情無く暗い瞳でジュガイへと顔を向けていた。

 

                               「……もう一度……言ってみろ」



 
 (殺気……とでも言うのか!? この俺が……怯えているだと!?)

 今まで、同年代で常に実力を抜きん出ていたジュガイ。

 それが、今南斗聖拳も禄に扱えぬ男の発する気配に自分が圧倒されている事が信じられなかった。

 「……っつけ! ジャギ! 落ち着け!!」

 ……その状態を解放したのは、シン。ジャギの急な変貌に驚きつつも、冷静にシンは異常な殺気を放つジャギを制した。

 暫く能面のような顔を維持していたジャギ。……だが、暫くして元の顔つきへと戻った。

 「……あれ? 俺……」

 何が何やらと訳が解らないと言った様子のジャギ。シンは元の状態に戻ったジャギを安堵して見つつ思う。

 (これだ……以前暴漢を吹飛ばした時もこの雰囲気を纏っていた。……やはり、俺の予想が正しいならば……)

 「……ちっ!」

 ジュガイは、ジャギが正気に戻ったと同時に解放され。そして自分がシンに助けられた事、そしてジャギに対して
 怯えた事に隠す事の出来ない憤りを感じ修行場を出た。そして、ジャギは少しだけ呆然としていたが、暫くして言った。

 「なぁシン……やっぱ俺、行くわ」

 ……伝承者同士の闘い。それを見れば確かに自分の拳を得て何かしら実力が伸び世紀末に役立つかも知れない。

 だが、それ以上にジャギは傾倒すべき事柄があった。それは魂にまで刷り込まれている……一つの使命。

 シンは、半ば予想付いていたのが溜息して頷き言った。

 「確かに……もしこれで何か身に起きていれば一生後悔するかも知れないしな。……まぁ、いずれまた見る
 機会もあるだろうし。……付き合おうジャギ。だが、この借りは結構大きいから覚悟しろよ?」

 助かる、と言ってジャギとシンは一緒に修行場を抜け出す。

 その二人が抜け出したのを子供達や南斗の拳士達は幾つか気付いたか、未だ休み時間でもあったので、何かしらの
 用であろうと別段気にも留めなかった。……ただ一人、未来に君臨する王の目を除いては……。

 「……シン……ジャギ?」

 サウザーは、修行場を抜けた二人の背をじっと見つめていた。




 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……くそっ……この俺が……怯えた……っ」

 建物の屋上に佇むジュガイ。その体からは自分自身への怒りで気が滲み出ている。
 「くそ……俺ともあろう事が……しかもシンに助けられ……っ!」

 ジャギの気迫に圧倒された事より、ジュガイにとってシンが自分の自縛を解放した事が屈辱だった。

 自分より下と馬鹿にしてた男が見せた殺気。それに圧倒はされしも、相手に対し憎悪はない。それは自分の実力が低いゆえだ。

 だが、シンに助けられたと言う事実は違う。それは自ら競争を放棄したと思っていたジュガイには馬鹿にされたと感じたのだった。

 「……もっと、鍛え直さなくては……ん? あれ……は?」

 その時、南斗の拳士を志す者として視力に長けたジュガイは一瞬見た。

 金髪を下げたバンダナの女が、街路を歩き。そしてその後方に怪しげな人影が居る光景を。

 「……まさかな」

 多分、自分の目の錯覚だとジュガイは納得する。

 それは見間違いでないと気付くのは……全てが終わってからだ。










       後書き


 北斗無双に出てくるプレイヤーキャラのモヒカンって強いよね。


 だけど、作品に出すとなると。あべしされないモヒカンはただのモヒカンなんだ。









[29120] 【文曲編】第十話『初雪の冷たさと哀しさ』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/15 14:16

 なぁ、教えてくれないか神様

 何故、そうまでして苦しめる?

 何故、そうまでして悲しませる?

 自分自身が苦しみ絶望するなら未だ良い。

 だが、そうでないからこそ貴方を憎み果てる。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 
 「……アンナ、何処だ?」

 一度全速力で駆けてシンの家へと舞い戻り確認もして見たが、誰も居なかった。

 既に昼は過ぎフウゲンとオウガイの組み手も始まっているであろう時間。シンは時間の経過から何かに巻き込まれた
 可能性が高いとここに来て予感した。街路に立ちつつアンナの特徴を述べて心当たりが無いか聞いている。だが、手掛かりは得ない。

 「駄目だ、誰も見かけていないらしい」

 「……アンナの奴。時折幽霊見たいに誰にも気づかれない時があるからな」

 「だとしても、この街中で何かに巻き込まれたならば誰かしら気づくと思うのだが……いや、待て」

 言葉の途中で、シンにはある不安が過ぎった。

 「……ひょっとして、本当にまさかと思うが……お前達が襲われた場所へと居る可能性は無いか?」

 シンの不安……それは自分がジャギとアンナに出会った場所に居るのではと、言う根拠の無い予測。

 だが、ジャギはその言葉を聞いて閉口した。有り得ない、と思いつつも。シンの言葉はジャギの不安を掻き立てる。

 「あそこは余りこの町で治安が良いとは言えないしな。もしかしたら……」

 「行くしかねぇだろ。……取り越し苦労になりゃ良いんだが」

 もし、またもしこの間のような事が起これば……。ジャギにはその暗雲たる不安が纏わり付いて離れない。

 そして、そのジャギの予感は悪しくも的中する事になるのだった。

 

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……ハッ       ……ハッ     ……ハッ     ……ハッ     ……ハッ       ……ハッ

 (……何で)

 (ねぇ……何で、神様)

 荒い息遣い、そして、必死にそれを押し隠そうと口に手を当てて呼吸の音を隠そうとするアンナ。

 「……何処に、行ったのかなぁ?」

 それは……悪夢ならば醒めて欲しい状況だった。

 以前、自分を襲った暴漢。……その暴漢が何故か自身が進む道に現れたのが悪夢の始まり。

 アンナはその姿を見た瞬間硬直し、そして周囲に助けを求める人物が居ない事に気付くと人通りの多い場所を本能的に
 探し逃げた。幻聴でなければ、その時確かに耳に舌を打つ男の声が聞こえた。冷たさが血流を通して流れていく。

 ある程度人が多い道に紛れ込んでも、アンナの不安は消えない。誰かしらに付いて行く事も考えるが、相手が一度ジャギを
 平然と叩きのめしていた時の情景が思い出され、アンナはその提案を浮かび、直に消した。……人の事を心配する余裕など無いのに。

 ジャギの、ジャギの元へと彼女は急ごうと色々と裏道や別の通りを使いジャギの居る修行場へ目指す。

 だが、その度に怪しげな視線を感じて、アンナは引き返したり別の横道に逸れ、ジャギの居る元に段々離れていった。

 そして……現在まったく人気がない場所でアンナは物陰で必死に隠れ忍んでいた。
 「くっくっ……隠れんぼなんて子供の時以来だなぁ。……何処かなぁ」

 粘着質な声。そして興奮したような息遣いが自分の耳元に聞こえ、アンナの体は反射的に震えが収まらなくなる。

 寒さ、などではない。それはアンナがこの世界に生を受けてからの呪縛、その呪縛が本来のアンナの動きを制限していた。

 (怖い……怖い怖い怖い気持ち悪い怖い怖い……っ)

 理性は男に一撃でも食らわせて逃げるように訴えている。

 だが、本能は身をすくませ、アンナに肉食獣から必死に身を隠す草食動物のようにしか行動させてくれない。

 (逃げなきゃ……逃げなきゃ……っ)

 


                                   ガタッ


 「……おやっ?」

 (……っ)

 そう、必死になって動かない足を動かそうとしたのがいけなかった。

 物陰に隠れていた置物に僅かに体が当たり、それが原因で静けさで包まれていた場所に小さくもはっきりとした音が発生する。

 「其処かなぁ?」

 コツン、コツンと嫌な足音が近づいてくる。その足音が近づく度にアンナの体の震えは最高潮に達していく。

 そして……足音が止まった。

 「……見つけ……ぶほっ!?」

 物陰から顔を出した男。その男の顔面にぶつかったのは……弁当箱。

 必死にジャギの為へと作った物、それを犠牲にしてアンナは男の横を必死ですり抜けて逃げる。

 男にぶつかった後に散乱する弁当。それを踏みつけながら男は醜い形相を浮かべアンナの後を追って走り始めた。

 「逃がさんぞ……あの小娘……!」

 (俺をコケにした餓鬼も、獲物も全部この手で鬱憤を晴らしてくれる……それさえ出来ればもう二度と陽の光を得なくて良い……)

 男の心には暗い欲望と、自分の人生を破綻させた二人の少年の姿しか頭の中に無かった。

 一人の介入者に手助けされ外へと出た男。人通りの多い場所で攫う訳には行かず機を伺い、やっと好機を得たと思い姿を現した。

 (そうだ、神とて俺に味方している……!)

 今日は南斗伝承者達の組み手と言う催しがあるゆえに、自分の楽しみを邪魔するような人物は町には居ない。

 天啓だと男は愚かにもそう思っていた。そして、一度捕えなかった標的を今一度手篭めにせんと言う邪悪な思考はそれで確立した。

 男は下衆な笑みを隠そうともせず、アンナの背を四肢に力を込めて追いかけ始めた。

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 
 「……何? シンとジャギが居ない?」

 試合の準備が整い、フウゲンとオウガイの組み手が正に始まろうとしていた時、場内に居ない二人にやっと師達は気付いた。

 「……恐らく、アンナが居ない事に不安を感じ探しに出たのだと思います、お師さん、フウゲン様」

 二人の去る背を目撃していたサウザーは、師二人の前に立ちつつ報告する。追いかける事までは、サウザーは本能的に
 事態を悪戯に混乱させない為に残る方を決意した。そして、時を見計らいオウガイとフウゲンに報告したのだ。

 「……何か事故に巻き込まれた可能性があると?」

 フウゲンは、それ程アンナと接した事は無い。

 だが、あの夜更けに必死で南斗聖拳を覚えようとしていた姿は、脳裏に未だ焼き付いている。心配するなと言う方が無理な話。

 「未だ解らないですが……」

 未だ……そう未だ事が起きたのか、それともただ単に不運なすれ違いによって起きているただの取りこし苦労かも知れない。

 だが、一度暴漢にこの町で襲われたと言う事件の話を聞いた限り、サウザーには三人の不在がどうも気がかりに思え仕方が無かった。

 オウガイ、フウゲン、サウザーが三人で重い顔をしているのを見咎め、一人の大人の男性が近づいてくる。

 「あの、どうかしましたか?」

 「いや、一人女の子が行方不明らしくてな。フウゲン様のお弟子二人が探しに行ったらしい。まぁ、何も起きていないとは思うが……」

 「女の子? ですか?」

 「あぁ、以前この町で暴漢に襲われたと聞いたが……何か知っているのか?」

 オウガイの言葉に、その男性は若干顔が青褪めた表情に変化した。

 南斗鳳凰拳現伝承者であるオウガイは、幾多の闘いによって敵の表情から危険を見抜いた戦術眼から、男が何か知っていると確信した。

 「答えよ。隠し立てする事が無いと言うのならっ」

 一人の子供の安否が掛かっている。オウガイは南斗の未来を守りし者として一人の魂を損なわせる真似だけはしたく無かった。

 「……その……その暴漢ですが。……脱走、したと言う報告がありまして。……いえ! 最も町を抜け出し逃げたと言う
 情報がありますから一個部隊を引き入れて捜査を行っています。この町に犯人が潜伏して何か事を起こすような真似は……」

 「フウゲン様」

 その、警察関係者と思しき男のしどろもどろの言葉の途中。紅葉のように真っ赤な髪がフウゲンの前に立ちはたがった。

 「俺は先程屋上から見ました。アンナと思しき女が、何やら追われているような様子だったのを、遠い街路の中で」

 「追われて? ははっ、君。屋上から遠距離の通りで話に出ている女の子が追われていたなどと何で解るんだい?」

 そう、お気楽に言い返す男性だが、ジュガイの言葉の方が信憑性は高い。

 「……サウザー、お前の足で一度街中全体を見渡して貰ってきても構わんか?」

 「はっ! お師さん!」

 話を聞き終え、厳格にオウガイはサウザーに命令を下す。

 サウザーも瞬時に応答した。ジュガイの言葉が真実ならば、この町で悪しき所業をしようとする輩が存在するかも知れぬのだ。

 「ジュガイ、お主も遠目で見た場所まで行くのは可能じゃな? わしらは此処を動く事は今は出来ん。この催しは大分
 前から決めていた事だしのう。今更中止には出来ぬ。お前に託した。自分の心に従い行動せよ」

 「はっ! 了解しました!」

 ジュガイも胸に手を当てて応える。多少いがみ合っているとは言え、その女に対し自分は恨みもない。何より、南斗孤鷲拳伝承者
 となるならば、ここである程度手柄を立てるべきだ。何より……シンより先に手柄を立て……優越感に自分は立ちたい。

 その想いから力強く返事しジュガイは去る。警察関係者の男だけは困惑した顔で現伝承者の顔を見比べて言った。

 「そんな……何も別に起こりはしませんよ! 我々の捜査に間違いはないですから!」

 「そう言って、以前もおぬし達警察は何度も事件の発生を防げなかったであろう?」

 冷たくフウゲンは男性の口を封じ、そして組み手の時間が迫ったのを確認し溜息を吐くと、三人の安否を憂いた。

 (シン、ジャギ……あの娘に何も起きぬようにするのじゃぞ。……あの娘の心は脆い。……たった一つの突きで崩れる程に)



   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「くそっ……! 見つからねぇ……!」

 「……予感ではこの辺りに居そうな感じなのだが……見込み違いか?」

 前にアンナと逸れた公園まで全速力で駆けたが、手かがりとなる物は全くなかった。
 焦り刻一刻と経過する時間に如何しようもない苛立ちを感じるジャギ。

 (こんな時、前みたいに声が……っ)

 以前、アンナと最初に出会った時は声が聞こえた。

 自分を呼ぶ声。それは何か懐かしく耳から去らず、その声の方向へ従うとアンナを見つけた。

 「せめて犬のリュウが居れば匂いで……」

 「アンッ」

 「そう、そう言う風にお前が付いて来いって言う風に走って、俺はアンナの方まで……って……リュウ?」

 足元を見下ろすと……其処に居たのは以前自分が道で拾い今は寺院に居る筈の……雑種犬のリュウだ。

 何故此処に? 此処にリュウが居ると言う事はリュウケンも居るのか??

 「何だ、お前の知っている犬か?」

 「あ、あぁリュウって言って前に拾って……って、そうだリュウ! アンナの居る場所解らないか!?」

 藁にも縋る思い。何故現れたかは後で知れば良い。今は一刻もアンナの行方を知るのが先決だとジャギはリュウに訴えた。

 リュウは舌を垂らしハッハッとジャギを見つめてから、付いて来いとばかりにジャギの前に行き走り始めた。

 「……良し! 行くぞシン!」

 「おっ、おい待てジャギ!」

 走り出し始めたジャギとシン。彼等は一目散にリュウの導きによって駆ける。……大切な人の元へと。


 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……此処まで、来れば大丈夫だよね」

 心臓は激しく、はちきれそうな程に揺れている。アンナは、子供が入れる位の抜け穴を運良く見つけ、入り抜け
 何処かの倉庫のような場所へ潜り込み、そしてその場所で暫く潜伏する事を決めたのだった。自分を襲う手垂れが消えるまで。

 何故、あの暴漢が牢獄から抜けれたのか不明だが、自分を追っているのは確か。

 少なくとも、夜まで隠れれば相手も諦めて去るだろう。その後に自分はジャギの元に帰る事が出来る。

 (大丈夫……『今度』は私は逃げ切れる……)

 そう自分自身を安心させてアンナは体育座りして精一杯自分の存在を隠そうとする。……誰にも見つからぬよう。

 (今度は……今度はきっとジャギが助けに来て……)

 バンッ

 「……何処かなぁ?」

 (!? ……何で!?)

 倉庫の扉が開かれる。アンナには何が何だが解らなかった、この場所に潜り込んだのを見られたのだろうか?

 「良い場所を見つけたねぇ……と言いたい所だが。地面が僅かに穴の場所だけ汚れていたからねぇ。残念だったねぇ……」

 男がアンナの姿を探し、そしてその異常な執念から倉庫の壁に出来た穴の微かな汚れを、アンナが潜り込んだと見当付けたのだ。

 「もう逃げられないよ。倉庫の抜け穴は塞いじゃったからねぇ。此処は色々楽しい事をするには良い場所だねぇ。
 誰も来ないよぉ、今日は何たって催しがあるからねぇ。……さぁ、おじちゃんと一緒に楽しく遊ぼうねぇ……!」

 男は謳う。これから起こす不潔であり邪悪な催しに関し喜悦な声で。

 その声に怯え娘は震える。もはや手元に投げつける物はなく、ただ心の中で愛しい人の名を呟く。

 (お願い助けて……)








                                 (ジャギ……!)







 
 「くっくっ……さて……何処かなぁ?」

 男は倉庫の灯りに照らされる影に、人影のような物が映ったのを発見し顔を笑みに歪ませ近づく。

 一歩、二歩足を進め、その影が見えた時、怪しい瞳の光を携えて覗き込もうと……。





                                    バンッ!!





                             「……おい、其処で何してやがる」




 
 「……あ~あ。折角楽しい遊びをしようとしたのに……また現れたか……」

 扉を開く音。そして、その声を聞き身を潜めていたアンナは心躍り冷たかった血液が溶けて温かみを持ったのを感じる。

 「何で邪魔するかな? ……君、本当にお邪魔虫だねぇ……!」

 そう、男は眼鏡を押しながら……ジャギを睨み付けた。

 「ふざけんな糞虫野郎……てめぇは生かしておくわけにはいかん……!」

 ギリギリと歯軋りを強く睨みつけるジャギ。その横で涼しい顔をしつつも、怒気を滲ませてシンも自然体で構えていた。

 「クク、貴方も居ましたか。丁度良い、復讐の相手が全員揃っているとは好都合だ。その為に私は刑務所を出たのだから……」

 「……わざわざ殺されるためにか」

 シンは最早この男に情けをかける余地はないと判断した。南斗の拳士の端くれでありながら、その心にあるのは邪悪な欲望のみ。
 
 男の執念はいたいけな女子を自分の欲望の捌け口にする事しか考えていない。そのような下衆に、シンは正義感ゆえの怒りを宿す。

 「シン……ジャギっ」

 堪らず、アンナは倉庫の奥から顔を出し二人の救世主の顔を見る。二人は何とか無事なアンナの様子を確認し一先ず安堵した。

 「さて……それじゃあ楽しい楽しい時間の前に……君等に傷のお返しをしようか……!」

 その瞬間、その暴漢の体から殺気が滲み出ていた。

 以前とは違う、男の体から迸る相手を葬り去ろうとする気配。その気配は一瞬だけジャギとシンの体に悪寒を駆け抜けた。

 「っ……喰らえ!」

 その悪寒を振り払うようにジャギは拳を振りかざし暴漢の男目掛けて突進する。シンはその行動に慌てて叫ぶ。

 「馬鹿っ、無鉄砲に挑むな!」

 そのシンの言葉は正しい。ジャギの拳は男の顔面を狙っていたが、軽々としゃがみ避けられ、そして腹部に蹴りを入れられた。

 「ゴハッ!?」

 「はははは! 弱いねぇ。まったく、弱い!」

 続けざまに、男は懐から取り出したナイフを掲げると。倉庫の照明に鈍く輝く刃をジャギの体全体に我武者羅に振った。

 「しゃはははははははは!!!」

 悲鳴を出す余裕すら無く、ジャギの胸全体から血が吹き出る。そのまま、ジャギは暴漢の手で吹き飛ばされた。

 「ジャギ! ……くっ、死ねぇ~!」

 友をボロ雑巾のように扱われシンの顔は何時もの穏やかな顔から悪魔じみた顔へと変貌する。鋭い貫手が暴漢相手の心臓
 へと向けられる。命中すれば致死は必死……だが、以前と異なりこの時ばかりは暴漢の方が上手だった……。


                                   ガシッ!


 「な!?」

 「……ははは! これが噂に名高い南斗孤鷲拳ですか! スローですねぇ!」

 有り得ない光景。自分の渾身の思いで放った貫手が、ただ腕を掴まれ不発に終わるなど。

 だが、それは現実だった。シンの貫手は暴漢に掴まれ、そのまま硬直したシンを暴漢は力任せに倉庫の壁へと叩き付ける。

 「ぐぁっ!」

 背中を思いっきり強打し肺から息は零れる。それは、シンにとって初めて『敵』から受けた一撃だった。

 「……てめぇ!」

 シンが叩きつけられたのを見て、ジャギは重傷に関わらず立ち上がりもう一度、今度は跳躍し男の首目掛けて蹴りを放った。

 「ははははは!! 馬鹿が!」

 だが、暴漢は笑い飛ばしジャギの蹴る足首を容易に掴み地面に叩き付ける。まるでタオルか何かのように水の入った袋を
 思いっきり叩きつけたような、ドガッ!! と言う擬音の後にジャギは一瞬だけバウンドして、そのまま動かなくなった。

 「ジャギぃ!!」

 悲鳴を上げるアンナ。今度の状況は前より劣悪。シンでさへ手が出せない程……男は強く変貌していた……。

 「はははっ。素晴らしいですね強化薬品と言うのは。全てにおいて無敵のような感覚を得られていますよ!」

 「強化……薬」

 壁に叩きつけられながらも、今までの修行のお陰が何とか立ち上がる事が出来たシンは体を立たせながら男の言葉に呟く。

 「ええ、ええ! とある人物から購入してね! その代わり私が所有していた幾つかの貯蔵薬品の大部分を失いましたが
 この薬は最高に私の体を進化させてくれたんですよ! ははは! 素晴らしい! 今の私ならば南斗伝承者にも勝てそうだ!」

 「……聞こえんな。そんな戯言」

 シンからすればそれは一笑に付す言葉。自らの師の実力は痛いほど身に染みている。この男の力量は確かに自分より上かもしれない。
 だが、この男が自らの師に勝てる力量などと到底思えない。ゆえに、シンは気丈に笑みを浮かべる。南斗の拳士として。

 「ははは!! 自分の立場が解らないんですかね!? 足すら震えて立つのがやっとじゃないですか!」

 「……俺様を見下したような台詞は吐かせん!」

 シンは跳躍する。自らが信ずる一撃。師から教わりし南斗孤鷲拳の一撃を。

 「南斗獄屠拳!!!」

 体全体を切り裂く威力を秘めた蹴りは、暴漢目掛けて前進する。

 以前ならば男の体全身を切り裂き再起不能と化した自分の渾身の一撃。それをシンは遥かに前より成長した一撃で放った。

 「小賢しいわ!!」

 だが、男には執念が、欲望があった。そのシンの南斗孤鷲拳の一撃をただの掌で受け止めようとする。

 衝撃は男の掌を通じ全身に広がる。後退する足。だが、数センチ男の体を後退させつつも、シンの一撃は……防がれた。

 「なっ……」

 「しゃははははっ!! 弱い弱いですねぇ!!」

 暴漢の腕には異常な程血管が浮き出ている。その腕はシンの足首を掴み、ジャギのように地面に叩きつけようと力を込めていた。

 (まっ、不味い……!)

 「ははは! 潰れ『おい』へぶっ!?」

 地面に叩きつけようと暴漢が腕に力を込めた瞬間、その横っ面に対し言葉と同時に腕が現れ、暴漢の顔を強かに打った。

 「……き、さ、ま……!!」

 「……げほっ……」

 「ジャギ……っ!」

 足首を離され、何とか体勢を立て直せたシンはジャギの様子を見て愕然とする。

 地面に叩きつけられたジャギの頭は血に濡れ、その顔面と体全身は赤く染まり呼吸も不自然になっていた。

 だが、それでも目は死んでいない。ただ一つ、ただ一つ守る為にジャギは立ち上がり目の前の男に対し挑みかかっていた。

 「止せジャギ! お前の拳ではその男は倒せ」

 「何故諦める、シン」

 ジャギは、よろよろと拳を構えながら、感情を消した声でシンへ言った。

 「……此処で、諦めたら俺はもう生きる資格すらない」

 その言葉は強くなくも、シンに反論させる余地を全く無かった。

 だが、暴漢は嘲笑う。ジャギの言葉を嘲りながら叫ぶ。

 「それじゃあ、君は早速死ぬがいい!!」

 薬品で強化した蹴り。それはジャギの痛んだ腹部をもう一度狙った。

 今度は腕を交差しジャギは防ぐ事が出来た。だが、半死半生の体での防御は威力まで殺せず、後退を余儀なくされた。

 「子供二人で私を倒そう何て思いあがったからこんな目に遭うんですよ! 貴方達じゃこの娘一人助ける事さえ出来やしない!
 無力、無力でねぇ! あぁ、今なら気分が良いから見逃して上げる事も出来ますよ! さぁ、どうしますか!?」

 余裕ゆえの発言。アンナを逃げられぬよう背で壁を作りながら男は嘲笑を模りシンとジャギへと提案する。

 無論、ジャギはその提案に乗る筈がない。ただ口の中に入った血交じりの唾を吐き捨てて暴漢を睨む。
 だが、その気丈な態度とは逆に、その立っている状態を維持するのさえ、今のジャギには精一杯だった。……限界は近い。

 一方、シンはこの状況を打開する策を頭の中で模索していた。

 このままではジャギもろとも自分は殺される。自分一人助けを求めるには余りに状況は切迫している。間が悪い事に
 今日は人がこの場所を通る事はほとんどない。先ほど、リュウが此処へ着いてから去ったが、それに期待を賭けるのは分が悪い。

 (……待てよ。前に、暴漢を倒した時、ジャギは声がしたから勝てた……と言っていたな?)

 それは一種の賭けにもならぬ考え。この敗北が濃厚な状況に何の波紋も与えられぬような、ただのちょっとした思い付きだ。

 (だが……試してみる価値はある)

 そう考えると、シンはその考えを実行した。

 
 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……アンナ」

 はらはらと、ジャギが死にそうな状態なのに何も出来ない不甲斐なさと歯痒さでただ泣きそうな顔で自分は見つめていた。

 その時に掛けられた声はシン。……一体何だとばかりに自分はシンに顔を映す。

 「……ジャギの名を呼べ」

 「……ぇ?」

 一体何を言っているのだろう? アンナはただ漠然とそう思いシンを見る。

 だが、ふざけているようではなく、シンは必死に言った。

 「ジャギの名を呼んでくれ。以前、それでジャギはこいつに勝機を見出した。……強制はせん、自分の意思で言うんだ!」

 最後の語尾を強く、シンは何とかジャギに回復の時間を与えようと暴漢目掛けて何の策もないまま突撃する。

 暴漢は何をわめき無謀に挑みかかるのかと嘲りてシンの拳を易々と受け止める。

 時間は無かった。気合を入れつつ貫手、手刀、蹴りを打ち込むも全て防がれ逆に体に拳を叩き込まれるシンの体力は少ない。

 だから、アンナはその言葉通りにする。シンの瞳に光る、昔自分が誓いをした蒼星の輝きと同じ、シンの青い瞳を一度
 見てから腹の底から強く強く、ふらふらとただ立つのがやっとなジャギへ向けてアンナは倉庫全体を揺らす声で叫んだのだ。



                               
                               「勝って!! ジャギ!!」





  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……頭、腕、腹、足。節々に激痛が走り。呼吸するたびに痛みが発生する。

 もう立つ事すら嫌気が差し、ただ、自分を此処まで追い込んだ男の顔を睨みつけるしか出来ない。

 (何で……ははっ。俺ただ、南斗聖拳を覚えれれば良かったのに……)

 原因は男の背後で自分とシンを泣き腫らす彼女。……けれど、それをジャギは恨む事も無いし、それはお門違いだと知っている。

 何より……このように痛めつけられるのが彼女でなくて良かったと……ぼんやりそんな事を考えられる自分が可笑しかった。

 (このまま、逃げてくれよ。……俺は大丈夫だから……さ)

 体から力は段々抜けていく。例え、倒せようと倒せなくとも自分は多分もうすぐ意識は途切れる。

 (せめて……一撃。……もう、そんな力も……)

 


                                   ……ギ





 (……あぁ、まただ)

 ……何時も、過酷な修行の時。寺院での暮らしに嫌気が差した時。そんな風に自分の心が折れそうな時に聞こえる……声。

 それは以前アンナを助けれた時も、聞こえた。

 だけど、今回ばかりは駄目そうだ。ジャギは血が腕から流れ落ちるのを感じながら実感する。

 少し実力が付いたからと言って、本当の『悪』に挑んだのか無謀だったとでも言うのか。最早、勝機が見つからない。

 血が地面に滴り落ちる度に、体は冷え、そして目の前の視界が暗くなる。

 誰も見えない、誰も居ない状態。これか……『死』

 



                                   ……ャギ



 (……あぁ、くそ)

 何でそっとしてくれない? 何で休ませてくれない?

 こんな絶望だけが約束された世界で……『ジャギ』として生きる自分に……幸福なんてありはしないではないか。

 (そうだ……『俺』は今まで何も得なかった……平等に与えられる死や生を除いてよぉ)

 (親父も……奴等も何も俺に……俺なんて別に……)

 それは、『自分』の思考なのか? 『ジャギ』の思考なのか? ……あるいは。

 そんな風に何もかも終われば良いと考えるジャギに……ただ一つ声だけが縋りついていた。



                                  ……ジャギ!!



 

 (……あぁ、そう、だな)

 (此処で眠ったら……以前と同じだ)

 (……それなら、俺の命を全部懸けて……今持てる限りの力を果たそう)

 (……あいつが……あいつが生きれる世界に……俺の……俺の北……南斗の拳で)

 その思考と共に、ジャギの体はゆっくり構えに移っていた。

 常に修行で行っていた動き、ただ己が生きる糧として覚えた力。最速、それはただの驕れる拳でなく、この歪みし世界を崩す拳。

 「南斗……」

 (なぁ……『   』)

 その男は、誰かに向けてこう心の中で呟いていた。

 
       
                                (……俺は……もう、捨てないからな)





                                  南斗邪狼撃





    
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「ぐはぁっ!」

 激しい攻防。だが、それもシンには長い時間に思えたが一瞬の出来事。

 暴漢はシンの全力の拳の連続を悉く防ぎ反撃し、シンの体に痛手を与え吹飛ばした。

 「さて……もうそろそろ時間も無いし、君達二人を殺して私は自分の時間を堪能したいんですよ」

 「このっ……異常性癖者かっ! 地獄に突き落としてやる……!」

 痣だらけの顔でシンは暗く青い炎を瞳に浮かべ吼える。だが、それすら負け犬の遠吠えと暴漢は嘲る。

 「はは、もう君は反撃する余力も無いでしょうに。……残りは……一人か」

 そう言って、険しい顔つきになると暴漢は先ほどのナイフをもう一度出し、何時の間にか邪狼撃の構えになっているジャギ
 に体を向けた。南斗の拳士としては落ち零れでも、その顔には先ほどのように愉しむ様子は見えない。

 「この前はその可笑しな構えで痛い目に遭いましたからね。……来なさい、飛び掛った瞬間に止めを刺して上げましょう」

 暴漢は隙は無かった。以前の経験からジャギに対し余裕を見せるのは危険だと考えての臨戦態勢。

 「……南斗」

 (いかん! ジャギのあの技は単調な突き。見切られる!!)

 「「ジャギ!!」」

 奇しくも、シンとアンナの声が同時に響き渡ると同時に。暴漢とジャギは交差していた。

 



                                 ……プシュッ!!



 両手を突き出した姿勢で固まるジャギ。そして、頬から噴出す血。

 シンは二人の動きを一部始終見て、暴漢の一撃がジャギに当たったのか? と考える。……だが、それは事実と異なっていた。

 


                                「……あ……ぁ……」

                                   ……カラン。


 「なっ……おぉ……!」

 シンは思わず何時もなら上げぬような声を出していた。

 暴漢の脇腹から流れる血。鋭利な刀のような物で裂かれたような跡。そして激痛により零れ落ちるナイフ。

 それは間違いなく……ジャギの南斗聖拳が成功した事を意味していた。

 (やはり……アンナの言葉がジャギの潜在能力を一気に引き出す鍵となったのだ。……俺の考えに間違いは無かった)
 
 「この……この餓鬼がぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 だが、未だ男は動けていた。

 臓器まで損傷しているであろうにも関わらず、その目の光は爛々と輝きジャギへと一瞬にして飛び込み拳を振っていた。

 声も無く吹き飛ぶジャギ。先ほどの一撃で、最早ジャギには動く力さえ無くなっていた。

 「殺す、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるぅ!!!」

 地面に落ちたナイフを拾う事すら面倒だとばかりに、予備のナイフを取り出して両手に掲げる。……ジャギへ向けて。

 「や、止めろ!!」

 シンは跳び、暴漢へ挑むが。まるで蝿でも叩くように、男の裏拳で吹き飛ばされてしまった。

 (何と言う……馬鹿力! 俺は……俺は何て無力だ!!)

 「俺の……俺の実験による完成された肉体をよくもぉ!!」

 男はジャギに跨り、ナイフを両手に握り締めながら額に向けて焦点を定める。腕に力を込め、最後とばかりに男は哂う。

 「はははは! これで最後だ! その額にナイフを生やして……『ジャギを』……はぁ、あ~?」

 だが、男はその時後方から聞こえた声に一瞬だけ動きを止めてしまった。その、止めたのがジャギの……彼の命運を分けた。




                                   ドスッ!!


 鈍い、鋭利な物が肉に刺さる音。

 シンは一部始終見た。見てしまった。

 ……表情の見えないアンナが、ナイフを拾い上げ暴漢の後ろからナイフを突きたてる……その光景を。

 「……ジャギを……死なせはしないっ」

 「……がふっ」

 男は血を吐き、振り返りアンナの姿を信じられないと言った表情で眺めていた。

 それは男性に触れる事も出来ぬ無力な女が牙を向いた事に関してか、それとも、あるいは最も低い可能性だが……。
 気に入っている人形のようだと思えていたアンナが、自分の事を殺すと言う事に関して理解出来なかったのかも知れない。

 アンナはただ無言で前髪を垂らし、表情が見えないままナイフを引き抜き、今度は暴漢の首辺りにナイフを刺した。

 それが最後の止め。男は不思議そうに首から生えたナイフを視線を合わせ、そしてアンナを最後に見た。

 男だけが、初めて人を殺したアンナの顔を見る事が出来た。

 そして……笑みを浮かべ暴漢はジャギの隣へと倒れこみ……死んだ。

 「……ジャギ、アンナ」

 ……長い沈黙が流れていた。

 暗い倉庫に天使が流れ、そしてシンは時間によりある程度回復した体を起こしアンナとジャギに近づいた。

 ……ジャギは意識を失っている。当然だ、あのような激しい闘いを行い、何より血を流しつつ渾身の一撃を放ったのだから。

  次にシンはアンナを見た。……手に握っているナイフは一度ジャギの頬に傷を付け、その後に痛手により落ちたナイフ。

 アンナはそれを握り締めながら呆然としている様子だった。……声を掛ける術が見つからない。

 「アンナ……」

 「……ジャギ……」

 名前を呼びかけ、何か言おうとしたシンに構わず、アンナはただジャギの事を見つめ名を呼ぶ。

 初めて、アンナは人を殺した。初めて、その手で自ら手に掛けた。

 ……けれど。

 「ジャギ……私……ジャギを……守れた、よね」

 「これからもジャギを……ジャギが幸せに……」

 其処まで言って……アンナはジャギの胸へと倒れた。

 



 「……アンナ……ジャギ」

 ……何も出来なかった。……自分は何も。

 ……不可抗力とは言え人を殺したアンナ。そして、そのアンナを守るジャギ。

 神は、何のためにこのような試練を与えたのだろうか? この二人は、この傷を引き摺って生きる羽目になる。

 「……雪、だ」

 人手を呼ぶために、シンは外に出て降って来た物に対し呟く。

 「……初雪」

 シンは、その青い瞳に雪を映しながら、地面に触れすぐに解けて消える雪の儚さが、あの二人の姿に何故か重なってしまった。

 「……ジャギ、アンナ。……お前達は……これから……」

 自分は孤鷲拳伝承者を目指す者。人の生死に闘いの中で触れる事になろう。

 だが、あの二人は陽の光の中で生きる事か可能なのだ。それなのに、その心に抱える傷は一層酷くなるのでは?

 シンはそれだけがただただ気掛かりで、シンは雪を降らす曇天の向こう側にあるであろう南斗の星に願うのだった。




                               
                               死が別つまで彼等を共に居させてくれ、と。












        後書き


  

 とりあえず、ジャギが使える技は『北斗羅漢撃』『北斗千手殺』『南斗邪狼撃』『醒鋭孔』で行こうと思う。
 後はあれだ。ほら、ジャギが原作で兄者達の腑抜けさに切れて鋼鉄の扉ひしゃげていたのを『北斗砕覇拳』に出来たら良いと思うんだ。















[29120] 【文曲編】第十一話『初冬 そして 眠る子』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/17 00:12

 冬が来れば植物達は眠り春まで待ち続ける。

 木は眠り、草花は土の中でじっと堪え、そして獣達も眠り凌ぐ。

 私も出来るなら眠りながら過ごしたい。

 この冷たい世界から。



   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 ……夢を見ている。

 それはジャギが雪の中で佇む夢。目の前にはリュウケンがいた。

 ジャギは親父に何かを願い、そして師父は自分に対し拒絶の言葉を発した。

 ただ屈辱で顔を歪む自分に……雪は無情に振り続けていた。

 雪が体に当たる度に痛みが走った。それは、心と体へ同時に痛みを走らせていた。

 ……その風景の隅に……良く知っている……彼女の……。








 「……ぁ……」

 目が覚める。それと同時に僅かに痛む体。

 何故こんなに痛むのだろう? 首を捻りたいが、満足に動かせない。

 「俺は……」

 はっきりと声が出たと同時に、隣からガタッと椅子を揺らしたような音がはっきりとした。

 目だけを横に必死に動かすと……其処に見えたのは……シン?

 「……気が付いたのかっ」

 そう喜びを露にシンは安堵を顔に浮かべる。だが、可笑しな事にその後何故か悲しみと、虚しさを含んだ表情を浮かべた。

 「……シン?」

 「……お前に、会いに来てる人がいる。……今、此処に呼んでくる」

 そう、シンは苦しそうに言いながら部屋を出て行った。

 (……シン? 一体……俺は……如何した……っ!)

 そこでジャギは思い出す。脳裏に呼び起こされるのは暴漢にナイフで体中を切刻まれた時の情景。その後にシンが挑むも
 敗れ去り、そして必死に叫ぶアンナの姿。そして遅くなる周囲の風景。邪狼撃……脇腹から出血し自分を殴り飛ばす暴漢……。

 (俺が生きているって事は……!! シンは無事……でもアンナは……!)

 


                                 「気が付いたのだな……ジャギ」



 ……その声を聞き、ジャギの体は硬直した。

 包帯が体中に巻かれている所為で禄に動かせない首を無理に捻り横を見る。

 そして、その声が間違いない事を知った。その声は自分が良く知る声。そして、今は最も聞きたくないと思える声でも有った。

 だが、現実にこの人は此処に居る。目の前に、その人物は厳かな表情で自分を怒りも、喜びもなくじっと見つめていた。

 「……父、さん」

 「……半年振りだな」

 ……ジャギの言葉に、現われた『リュウケン』は腕を組みシンが座っていた椅子へと腰掛けてジャギの側へと寄った。

 ……暫し、両者とも無言だった。何を言えば良いのか解らない。言うべき言葉が見つからない。

 もっと、もっとちゃんとした出会いを出来れば望みたかった。奇しくも、ジャギもリュウケンも今同じ事を考えていた。

 だが、沈黙だけでは進みはしない。ジャギは意を決し口を開いた。

 「……どうやって此処に?」

 「お前の飼い犬のリュウがな。……この町に寄って興奮し出し、そして私の制止に構わず飛び出し……」

 そこで、リュウケンは言葉を区切り無言になった。言葉を整理したかったのだろう。二秒程考えてから、リュウケンは話し始めた。

 「……そうだな。まず……私が話せる範囲で話すとするか」

 

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 ……それはジャギとシンがアンナの元に駆けつける数時間前だった。

 リュウケンは、何も家出したジャギを捜索しなかった訳ではない。自分の可愛い愛息子を見捨てる父親が居るであろうか?

 必死に周囲の町を探し回った。アンナが住んでいる街。治安の悪い薬が売られているような場所。または大都市。

 人攫いが多く居ると言う場所も聞き、自分の息子に特徴が似ている人間が居るとも聞き乗り込んだ事も有ったが人違いで
 あった事もあった。最も、その時は年端も行かぬ子供を救う事が出来たのである意味結果オーライと言った所だが。

 ある程度周辺の町を探し周り、手掛かりを得られなかったリュウケンは懊悩しつつも、死亡したと言う報告が無い事で
 希望は失くさなかった。何より、ジャギが拾い飼う事になったリュウと言う犬も繋いでなければジャギを探しに行こうと
 勝手に飛び出そうとするような行動をしていたのだ。リュウケンは、ゆえに半年間ジャギを探し続ける努力を怠らなかった。

 だが、リュウケンは北斗神拳伝承者としての任もある。北斗神拳伝承者候補となる人物に対して気を配らなくては
 行かず長期間ジャギを探す時間を作る余裕は無かった。もし、その時間さへあればジャギがこれ程長くシンの居る街 
 へと辿り着けない事も無かったのだ。それは、リュウケンにとっては不運としか言いようが無かったかも知れない。

 アンナの兄も不運だった。リュウケンの探す方向とは別方向を探すも、その場所は治安の悪い場所ばかり。アンナとジャギ
 がちゃんとした家庭の中で過ごせるとは夢にも思っていなかったので、スラムのような場所ばかり探し回っていたのだから。

 ……最も、その過程で犯罪に巻き込まれそうな人間を救出したりなどして株が上がったのを考えれば良いだろうが。

 ……リュウケンはこの街に来て、ジャギの何らかのて手掛かりが得れば良いと言う気休めで連れてきたリュウが飛び出した時は
 絶句した。その街は南斗孤鷲拳伝承者フウゲンが居る街。リュウケンからすれば灯台下暗しの場所にジャギが居たのだ。

 ……そして、話は遂先程の時間へと遡る。

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……ある程度探し終えたが……何処にも見つからないな」

 立ち並ぶ家屋の一つの屋根へと立つ少年。通りを歩いている人間は見上げれば驚嘆していただろうが、幸いな事に
 家屋が影になっていたし、何よりも少年は山中の獣に気配を悟らせぬ修行のお陰で、常人に気付かれない事など容易かった。

 「通りに居ないとなると屋内……悪質な者に拉致されたとなると、一軒一軒調べるのには骨が折れるぞ……!」

 その時、彼は一人の男を見つける。それは先程修行場にも居た人物。彼は一度情報を得る為に家屋から飛び降りた。

 家屋は二階建て程あるが、五年は常人ではとても耐えられぬ修行を耐え抜いている彼には容易に着地が可能だった。
 その彼が降り立った目の前の人物も、それ位の事は可能なのだろう。少年が目の前に降りた事に眉を一度上げるも、反応は
 それだけだった。少年は、金髪のオールバックを日に反射しつつ、その爛々と輝く瞳を真っ直ぐ目の前の人物に向け質問した。

 「見つかったか? ジュガイ」

 「いや、未だだなサウザー殿。付近の住人に聞き込んでみたが、アンナに似た特徴の人物の事は知らないようだ」

 『ジュガイ』『サウザー』。師に命じられ消えた三人の行方を捜索する二人は未だに手掛かりを得られずに手をこまねいた。

 「くそっ……やはり、外に出てしまったか?」

 「それは無いだろう。門には一応監視の者が居るからな。先程サウザー殿が上から見回っていた時に先に聞いてきた」

 「そうか……因みに、殿は止めてくれ。シンもジャギも、そんな風には呼ばない。普通に名だけで呼んで……」

 「俺は、ジャギでもシンでもない」

 サウザーの言葉に、激しい口調でジュガイはサウザーに向けて言った。

 「南斗の掟ならば貴方は南斗を統べる者だ。ならば、殿を付けるが当たり前の事だろう。俺は、俺だ。シンの代わりでは無い」

 それは、ジュガイにとっての誇りでもあるのだろう。自分は自分。シンとは違うのだと言う想いゆえに、ジュガイは言い募った。

 サウザーは、その言葉に対し別に反論する気は無かったし。何よりジュガイと争い時間を無駄にするつもりも無く、大人しく引き下がった。

 「わかった……して、どうする? このまま丹念に探すとなると日が暮れる」

 サウザーの言葉にジュガイも良い提案は浮かばず閉口した。その時だ、二人にとっての天の助けとなる使いが現われたのは。


                                 アンッ!! ワンワンワン!!


 「何だ?」

 「犬……?」

 二人の横をすり抜けるのは、自分達の膝程の大きさの犬。舌を垂れながら必死に風の如くすり抜ける犬が通過した後には、
 何処かで水溜りでも踏んづけたのかくっきりと黒い足跡が残っていた。それだけならば二人は何も気にしなかったかも知れない。

 その犬が去った後に自分達の前に現れた人物。その人物が出現した時、二人は同時に同じ思考をしていた。

 (……何者だ? この男性は……)

 その人物が現われた時。気配も、足音もほとんどしなかった。

 ゆえに修行中の身とは言え、フウゲン、オウガイと言う達人の普段の振る舞いを知る彼等は、目の前の人物が只者ないと瞬時に理解した。

 「……君達はここの町の住人か?」

 静かに、問いかける男。警戒しつつも、ジュガイは男の動きに注意しつつも口は開いた。

 「……あぁ、自分は此処に住んでいる南斗孤鷲拳伝承者候補ジュガイ。……此方は別に関係ない、偶々居合わせただけだ」

 そう、サウザーを赤の他人と言わしめたのは彼の南斗の拳士としての宿命がそうさせたのだろう。
 
 幼くとも彼は知っている。鳳凰拳の、正統なる南斗聖拳108派を率いる彼が如何に重要な立場であるかと言う事を。

 目の前の人物が悪しき者ならば、最悪自分の命を懸けてでもサウザーを守らなくてはならない。そう考えたのだ。

 「……ふふっ」

 だが、意外にも目の前の男性はジュガイの言葉に微笑んだ。その反応に拍子抜けするジュガイ。そして、男性は言う。

 「……ジュガイと申したな? お主の体つき、気風から良く修行をしていると解る。……そして、隣に居る少年よ。そなたも
 私が少しでも殺気を出せば瞬時に拳を放てるようにしているな? ……孤鷲拳伝承者候補と言う言葉を信ずるならば、
 そのような男が嘘を吐いてても隠し通そうと言う相手。……私が思うに、それは鳳凰拳伝承者候補……間違いないかな?」

 (!? ……この男は一体……!?)

 ジュガイは恐れた。自分の言葉、それだけで全てを見抜いた男の観察力に。

 サウザーもまた、男の慧眼に畏れを抱くと同時に、そのように見抜きながら自分達に危害を加える様子の無い人物に
 危険は無いと判断した。ゆえに、サウザーはジュガイより先に前に進み出て、目の前の達人へと頭を下げて言った。

 「どなたが存じ上げませぬが、その通りです。私の名は南斗鳳凰拳伝承者オウガイ様の弟子、サウザーと申し上げます」

 男は、サウザーを見下ろしながら微かに頷き呟く。

 「やはりか。……風の噂で今日この街にオウガイ殿が降りたったと聞いたが……有無、予想通り、良い弟子を持ってるようだ」

 「? ……お師さんと知り合いでしたか?」

 このように瞬時に自分の正体を射抜く人だ。自分の師とも知り合いだとしても可笑しくない。

 だが、興味あるとすれば『何の』達人であるかだ。白鷺拳か? 飛燕拳か? はたまた隼牙拳の元達人かも知れない。

 この時、二人とも目の前の男が南斗の達人だと疑いは持っていなかった。いや、泰山や華山の拳法家かも知れぬと言う
 可能性も頭の片隅には持っていたが、まさか、目の前の人物が伝説である拳法の使い手だとは、未だ夢にも思っていなかった。

 目の前の人物は、サウザーの言葉に『まぁ……こちらが一方的に知っているようなものだ』と言葉を濁す。

 だが、次の言葉で男はジュガイとサウザーの質問を避けられぬ立場となるのだった。

 「まったくリュウめ……ジャギの匂いでも嗅ぎ付けたのだろうか……」

 ((何……!?))

 行方不明たつ人物の名を知っている事に二人は同時に驚愕し、そして男を見上げて叫ぶ。

 「あ、あいつの事を知ってるのか!? いや、それよりもあいつ今何処に居るのか……」

 「す、すまない! 今ジャギが何処に居るのか知っていれば教えてくださいませんか!?」

 その二人の急変した様子に一番驚いたのは、目の前の男性だったであろう。

 何しろ、南斗の町で伝承者候補二人と出くわしたのもそうだが、その候補二人が自分の息子の事を知っているのだから。

 「息子の事を知っているのか!? ……一体何故……いや、まず私も詳しい事は……先程のリュウならばジャギの匂い
 を嗅ぎ取りもしかすれば追いかければ辿り着けるかも知れんが。っと! お、お主達待ってくれ!」

 リュウケンの言葉を途中まで聞き終わるとリュウの足跡を追いかけだした二人。男性の正体も気になるが、師の言葉を
 今は忠実に遂行しなければならないし、それに二人には理由は違えども急がなくてはならなかったからだ。

 (シン、待っていろ。……俺はお前よりも南斗孤鷲拳伝承者候補となるに相応しい。お前よりも速く手柄を……!)

 (ジャギ……未だ二日しか過ごさずとも、立場など関係なく友として過ごしてくれた男……シン、ジャギ……無事で居ろ)

 二人は互いに違う思考で、同じ速度でリュウの後を追う。その後姿をリュウケンは暫し動かず見送り、そして走り始めた。

 (南斗孤鷲拳伝承者候補に、南斗聖拳の最強たる鳳凰拳伝承者候補……何故にジャギを知り、ジャギを追うのだ?
 ……それに、あの慌てぶり。……考えたくない事だが、ジャギに何かあったと言うのか……!? 私の……唯一の息子に……っ)

 その考えたくも無い残酷な未来を頭から振り払い、リュウケンは駆けた。

 北斗神拳伝承者であるリュウケン。その速度は彼等にすぐ追い着く程……速く。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
  


 「……ジュガイ、サウザー」

 「「シン!!?」」

 ……彼等が辿り着いたのは、その数十分後。

 リュウは足跡を残しつつも、その跡は途中から壁の抜け穴などを通り抜けており獣だけが知るような場所が多く
 二人は無駄に時間を喰ってしまった。そして、辿り着いたのは雪が降り始めた時。彼等は血だらけのシンを発見した。

 ジュガイは血だらけのシンを発見し、自分が手遅れだった事を認識する。その胸から湧き上がるのは、無力ゆえの屈辱。

 サウザーは血に濡れ、疲弊したシンを見て何より二人の安否が気になった。師も憂いていた二人。二人は無事なのか?

 「シン。ジャギとアンナは?」

 サウザーの質問に、シンは無言で首だけを建てられ開き放たれた倉庫の入り口へと振った。それだけで理解する。

 「! ……ジャギ、アンナ……」

 ……見たのは言葉を失う現場。血に濡れて意識を失っているジャギ。そして、そのジャギを守るように、抱きしめるかの
 ように折り重なって倒れているアンナ。その横には犯人である暴漢が大量に出血を帯びて倒れていた……恐らく、死んでいる。

 「……何が」

 「其処に居る奴が……此処でアンナを襲おうとしていた。……大丈夫だ。間一髪で俺とジャギがこいつのお陰で来れた」

 そう言って、シンは舌を出して尻尾を振って立っているリュウを指す。

 「……そいつは、どうも薬でドーピングしたらしくてな。……俺の南斗聖拳が歯が立たず……ジャギも重傷を負った」

 「お前が薬中如きに劣勢を強いられただと? ……済まん、今のは俺が悪かった……」

 ジュガイは半ば嘲りを含みシンに向けて言ったが。サウザーの射抜くような視線も相まって言葉が過ぎたと直に反省する。

 「……それで、俺も殺されそうになった時。……ジャギがアンナの言葉で……その犯人の脇を南斗聖拳で斬った」

 「何!? ……ジャギが……」

 ジュガイは驚きを露にして意識を失ったジャギを見た。

 ……修行場で一度も木材を切断すら出来なかった男……その男が実戦で成功した。……落ち零れと思っていた男が……。

 「……だが、暴漢はしぶとくてな。……致命傷を負っているにも関わらずジャギを殴り飛ばし止めに入った俺も殴り飛ばし。
 ……もう駄目かと思った瞬間アンナが暴漢がジャギの一撃で取り落としたナイフを拾って……そいつに止めを……差した」

 「!! ……アンナ、が……そう、か……」

 全てを聞き終え、サウザーと、シンの想いは同じとなった。

 ……年端も行かない女。拳士でもない女が自分を襲った相手とは言えども初めて人を殺した。

 正当防衛とは言え人を殺した傷は一生残るだろう。夢に出る程に魘される事だろう。『殺人』とは……そう言うものだ。

 「……アンナは……ジャギは大丈夫だろうか?」

 「ジャギは強いさ、俺が保証する。……だが、問題はアンナだろうな」

 ジャギは拳士を志している男だ。例え体に受けた傷が残ろうとも、心に傷は残らぬだろう。

 だが、アンナは違う筈だ。生まれながら男を恐怖し、そしてジャギにだけ心を許していた女が人を殺し、何を想うのか。

 「もし、これでジャギさえも恐れる様になったら……」

 そう危惧するシンの前に……最後の人影が現れた。

 「……これは、如何した事だ?」

 ……目を見張り、顔を白くして血だらけの床を見て、そして血に濡れた息子を見る男……その顔は暗殺者の顔でなく父の顔。

 「……貴方は……誰だ?」

 シンは重傷ながらも警戒する。これ以上、ジャギとアンナに危害を加える相手は屠る、と意思を込めて男へと質問する。

 「私は……ジャギの父親だ。……信じられぬかも知れんが」

 「……父親? ……あいつは、孤児だと」

 その言葉に、リュウケンは寂しげに微笑み言った。

 「あぁ、実の両親は死んだ。……私はジャギを前まで育て……そしてとある理由でアンナと別れさせようと馬鹿な事を
 言ってしまって……それで私は……息子を……ジャギをこのような姿にさせてしまうとは……! 私は……私は……!」

 そう、頭を抱えるリュウケンにシンは確信する。……この人は間違いなくジャギの『父親』なのだと。

 多分、ジャギはそれを押し隠し父親から去ったのだろう。それは、多分アンナの為だったのだと推し量れる。

 だが、馬鹿な事をしたものだな。そう考えながらシンは溜息を吐いて倒れるジャギとアンナを見遣る。

 (ジャギ……お前は馬鹿だ。……愛する者が居ながら嘘を通し去るなど。……それでは、この父親も浮かばれぬだろうに)

 目の前のリュウケンに同情するシン。その人物が、正史では愛する者を奪う為の障害だったと敵視する者と思いも寄らず。

 「……一先ず、ジャギの手当てを。……傷は俺よりも深い」

 「ならば、早く医者を。私は……すべき事をしよう」

 医者を呼ぶために、この場で余り二人に関しそれ程好意を抱かぬジュガイが去った。

 其処で、リュウケンは『すべき事』をした。……それが、この居合わせた二人と、ジャギの関係を変えると知らずに。

 「ジャギ……活きよ」

                                 
                                  ……トンッ


 ((……これは!?))

 二人が見た物……それは血まみれで瀕死になったジャギへと男性が人差し指で突いた瞬間、ジャギの顔に生気が戻る光景。

 その光景を見て驚愕し且つ、シンとサウザーには目の前の人物が何かを知り得た。

 シンはフウゲンから。サウザーはオウガイから耳にしていた……。

 『……この世には、南斗と対を為す……北斗と呼ばれる拳法が存在する』

 『北斗……南斗の拳を陽とするならば……北斗の拳は陰……その拳は我々が知る中で最強の暗殺拳とされている……』

 『その拳は経絡秘孔と呼ばれる肉体に存在する秘孔を突き、相手を破壊……または活かす事も出来る……ゆえに恐ろしい』

 『覚えとけ……北斗と南斗……それはすなわち二つの極星なのだと言う事を……』

 彼等は知りえていた。北斗と言われる拳法の存在を。

 だが、だが今正にその本物の拳法を見るとは夢にも彼等は思いもしなかった。

 「貴方は……貴方が……北斗神拳の……」

 「……北斗を知るとは……お主は」

 「……南斗孤鷲拳伝承者候補……シン」

 「……成る程、お主がフウゲン殿の育てる二人目の弟子……と言うわけか」

 リュウケンは合点が言ったとばかりに呟く。だが、そんな事はどうでも良いとばかりにシンはリュウケンへと言った。

 「なら、ならジャギは北斗神拳伝承者候補と言う訳ですか!? 北斗の者でありながら南斗を……!」

 リュウケンが北斗神拳伝承者と言うならば、ジャギも同じく北斗神拳を扱う事になる。

 それは……南斗に対する侮辱。ジャギは嘘を通し続けていた事になる。

 そのシンの哀しみに濡れた言葉を、リュウケンは静かに首を振って否定した。

 「……ジャギは何も知らぬ。……息子には私の拳については何も教えてはおらん」

 「……知らせる気はあるのですか? ……ジャギは、南斗の技を身につけた。俺はこの目で見た。ジャギは優秀な拳法家になる」

 シンは知る。ジャギの才を。

 このままならジャギは優秀な南斗の拳士になるだろう。そして人々の為に役立つ男になるだろう。

 その男が暗殺拳を習う事になる。……それは……自分との離別だ。

 シンの不安を他所に、リュウケンは言った。

 「……先程も言った通り、私はジャギを北斗神拳伝承者候補にするつもりは一切ない」

 「ならば……!」

 「だが……南斗聖拳の拳士にさせる気もない!」

 その力強い言葉に、シンは二の句を告げなくなった。

 その厳格であり暗殺拳の担い手の表情の欠片を覗かした……その言葉に。

 「……ならば、このままジャギを貴方はどう育てるつもりなんだ?」

 シンに代わり、今まで傍観に徹していたサウザーが質問した。

 ジャギが北斗神拳伝承者の息子であった事。そして伝承者候補にさせる気がない事。色々と衝撃的な出来事があったが、
 それに一々心乱れてはお師さんに笑われると感じるがゆえに冷静にサウザーは事を見ていた。

 ……最も、身内の、オウガイに少しでも関わる事になれば『将星』の輝きはあっと言う間に去るのだが。

 「……未だ、解らぬ。……だが、ジャギは私のたった一人の息子だ」

 「……息子を、茨の道に放り投げようとする親が何処に居ると言うのだ」

 そう言い残し、リュウケンはジャギに再度秘孔を突いた。

 ……それが物語の結末。後は救命士が駆けつけるまでは沈黙だけが物語りを占める。

 ……雪は止まず振り続けていた。

 
  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 ……包帯に包まれたジャギは、事の顛末を全て聞き終えると溜息を一つ吐いてリュウケンを見た。

 最も、今の物語の中でリュウケンが秘孔を突いた部分は当然ながら省略されている。大まかに『この町に辿り着きリュウが
 ジャギを探し当てた』と言う風にしか説明していない。リュウケンは、決してジャギに真実を語る気はないのだ。

 「……事情は大体わかった。……有難う……父さん」

 そう、ただ心から感謝を今だけはジャギは述べる。

 半年……子供の半年は貴重な時間だ。……その半年間をジャギはリュウケンからある意味奪い取ってしまった。

 もう、タイムリミットは終わりを告げた。……ジャギは諦観の思いでそう考えたのだ。

 リュウケンは意外にも怒りは見せなかった。……自分の息子が怪我だらけなのも有るし、何より、もっと重い事実ゆえに。

 「……ジャギ、アンナに会いたいか?」

 「は? いや、そりゃ会いたい……っ!?」

 この言い方……もしや……。

 「何が……何があったんだ……!? 父さん何が……!」

 「落ち着け……ジャギ!」

 怪我で安静にしなくてはいけないのに立ち上がるジャギに、リュウケンは必死に肩を押さえて言う。

 「怪我はしとらん! だが……だが心して聞いてくれ。あの娘は……」

 ジャギは、全部聞く余裕は無かった。

 部屋を飛び出すジャギ。飛び出してすぐに、室内のすぐ近くで待っているシンを見つけた。

 「アンナは!?」

 「っ向かって右側の……」

 その必死な様子に、思わずシンもジャギを止めるのを忘れた。ゆえに、起きる悲劇。

 リュウケンの手をすり抜けてジャギは走りその扉のドアノブに手を掛ける。シンとリュウケンが何かを言ってるのにも耳を貸さず
 彼はドアノブを一気に回し扉を開いた。……その先にある……吹きすさぶ外の冷気よりも冷たい真実へと……。









                         ……扉を抜けて見たのは……何時も通りの笑顔の……君



 「……あ! ジャギ!!」

 「……アンナ?」

 ……自分を見て抱きつくアンナ。それは、襲われ、暴漢を刺したと聞かされたにしては不自然な程何時もと同じ行動。

 「アンナ。何とも……無いのか?」

 「……? ……何言ってるの? 可笑しなジャギ?」

 首を傾げるアンナ。……本当に平気なのか?

 辺りを見渡すジャギ。……そのアンナの部屋には四人居た。

 ……オウガイ、フウゲン、サウザー、ジュガイ。……ただ、そのどちらも表情は硬く、決して良い事が起きてるとは言い難い空気。

 「……アンナ」

 「ねぇジャギ。今日お医者さんにね、こんなに沢山お菓子貰ったんだぁ」

 「……アンナ?」

 ……手の平に、飴玉やらビスケットやらを出して喜ぶのは。……時折り大人びた様子を見せていたアンナにしては……。

 (! ……もし、かして……)

 ジャギは考えたくない事を予想してしまった。有り得たくない想像。

 アンナを抱きしめながら、湧き上がる不安はジャギの胸にせり上がる。

 その不安が顔へと現われるジャギへと……アンナは困った様子で見つめた。

 「ジャギ、如何したの? 頭が痛そうな顔してるよ? お菓子いらない? だったらねぇ、私が頭撫でてあげるからね」

 「……アンナ……お前」

 「ほらぁ、撫で撫で、撫で撫で」

 そう、柔らかな顔つきでジャギの頭を撫でるアンナに……ジャギは自分の想像が当たってしまった事に絶望した。

 (……退行)

 ……余りに深い心の傷を負った時。人は児童に戻ったように退行すると大学の心理学で聞いた気がする。

 ……アンナは、普通の子供より大人びていた。……けど、こんな。

 「……ねぇ、ジャギ、私の話聞いている?」

 「……あぁ、聞いている」

 (……俺だ)

 「私ねぇ、ジャギの事大好きだからねぇ」

 (……俺が守れない所為で……アンナをこんな風に)

 「ジャギの事、ちゃんと守るからねぇ、私」

 (……もう、俺は傷つく事なんてどうだって良い。……『二度と』あんな目に遭わせない為に俺は……強くなる)

 「ジャギ、大好きだよ……ねぇ、ジャギ、私大好き……」

 



 呪文のように唱え続ける小さな女の子を、その日彼はただ抱きしめる事しか出来なかった。



                     




                    彼を想い輝く魂が傷つき眠るのを……ただじっと抱きしめるしか
















           後書き




   駄目だ。こう言うシリアス考えると昔『北斗八悶九断』喰らった時の痛みが思い出されちまう











[29120] 【文曲編】第十二話『暫しの別れ そして決意』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/17 13:18

 ……陽は空高く昇っている。

 それなのに部屋の一室は暗く、それでいて重苦しい雰囲気を身に纏っていた。

 其処には三人の男がいた。その三人、今の世ならば一国の兵力にすら個人で迎え撃てる実力を持つ者達。

 南斗孤鷲拳伝承者フウゲン

 南斗鳳凰拳伝承者オウガイ

 そして……北斗神拳伝承者リュウケン

 彼等はお互いの顔が見える位置に陣取りながら、極みに極まった達人の気配を如実に滲ませながら沈黙を押し通していた。

 その沈黙を最初に破ったのは……まずはフウゲン。

 「……一目出会った時から多少疑問は感じておった。……ただの子供が南斗の技を放てたと言う技量。……お主の子だと
 知った今ならば納得出来る。修行では非凡な部分は見当たらなかったが、それは流石は北斗神拳……周囲には簡単に悟らせぬ、か」

 フウゲンはジャギの素性を知った今、ジャギの非凡な才がリュウケンから受け継いだと信じて疑わない。

 だが、それをリュウケンは否定する。

 「確かに、息子を今まで私は育て上げていたが、私はあの子に拳法の心得すら教えた事はない。……初めから話すとなれば、
 あの子は私に恩を感じ、それゆえに自ら修行を独自で始めたのだ。……最も、奇異にもあの子の修行は普通の子と違っていたが」

 リュウケンは回想する。北斗の寺院にある通常の大人でさえただ上るだけでも息を切らす階段を何度も往復していた
 ジャギの姿を。それ以外にも、町の方に出向けば重い荷物を背負い届け出たりなど、それは見方を変えれば拳法を習う上での
 基礎体力を付かせる重要な訓練であった。リュウケンは、自ら拾い育てた子が天に恵まれた子だと気付かされてはいた。

 「……血は繋がらずとも、あの子は私の息子。……そして、あの子は確かに『何か』を秘めている。……だが、だからと
 言って私は拳法家の道に進ませる意志はない。……フウゲン殿、貴方はあくまでもあの子を拳法家の道に進ませた方が良いと?」

 然様……今フウゲンとリュウケンの議論はその点に絞られていた。

 ジャギとアンナの家出に関しては、二人に対し厳重に注意を要すれば済む話。……アンナの精神的な傷の有無も
 色々と考えるべき要点だったが、大人達は時間が彼女の傷を治すだろうと結論付け、今はその問題を置く事にしたのだ。

 今考える事……それは北斗神拳伝承者の子を、南斗の拳士の道に進ませるか、あるいは北斗の拳士の道に進ませるか。
 または、リュウケンの言葉通り、拳士の道を選ぶ事はせずに、ただの普通の子供として一生を終わらせる道へ進ませるか、であった。

 フウゲンはリュウケンの言葉に頷き口を開く。

 「……リュウケン殿。あの子はな、この町へと訪れ我が弟子とも心を通じ合い、そして二度、悪しき者を南斗の拳で退いた。
 ……一度目ならば偶然と言えよう、だが、二度ならばそれは必然。……貴方も知っていよう、南斗聖拳の真髄たる外部からの
 破壊を行える者は、百人に一人程の割合でしか無い。……あの子はシンやジュガイと同様に天武の才を持つのじゃ。
 そのような子をただの町人として一生を終わらせるなど戯けた事よ。お主が否と言おうと、わしがあの子に伝授するわ」

 「あの子は私の子だ! 貴方にそのように言われる筋合いはないっ」

 フウゲンの言葉にリュウケンは強い調子で言い返す。

 南斗、北斗。……それらは今は友好的だが、先見的に言えば複雑な関係である。

 南斗は多くの拳法家を集い繁栄を志し、北斗は一子相伝と言う方法で後世へと影の守り手として受け継いで行く。

 フウゲンからすれば、南斗聖拳の拳士になれば優秀な使い手となるであろう少年を埋もれさすのは酷だと純粋に思っている。

 そして、リュウケンは実の息子が傷を負い、そしてこれから先にも伝承者候補になるであろう子達を修羅の道へ送り出す
 使命を帯びる者として。ジャギは、ジャギだけはただの息子として育って欲しかった……拳法家などではなく、ただの人として。

 「何が不満じゃ? 南斗は陽の拳として世に受け居られておる。お主の子は何ら恥じる事なく生きれるのじゃぞ?」

 「戯言を。私の目は誤魔化されん。貴方がたは私の子を南斗の繁栄の道具の一つとしてか見ていない。あの子の生き方は
 あの子自身が決めなくてはいけないのだ。北斗、南斗の険しく過酷な道に放り込み、私の息子の命を悪戯に危機に瀕するつもりか」

 その、父親の顔をしながら話すリュウケンに、フウゲンは喉からカカ……と笑い鳴らしつつ思わず漏らした。

 「……お主が命を語るとはな……」

 フウゲンは知っている。北斗の伝承者争いに敗れた者が南斗を創立した経緯や、他に北斗の今までの黒い歴史まで人以上には。
 勿論、全てを把握は出来ていない。だが、フウゲンは常人よりも濃い一生を経て北斗の事にも多く通じていた。ゆえの言葉。

 最強の暗殺拳を行使するリュウケンから、命の重さを語られ思わず失笑を禁じえなかった。多くの命の犠牲から創られた
 北斗神拳。その伝承者である男が息子一人の命は重いと語る。……これが笑わずして何と言える!? これが笑わずして……。

 リュウケンは、そう考え笑うフウゲンに対し一瞬だけ殺気を隠せず解放した。

 確かに自身は多くの命を奪ってきた事も有った。だが、それは一重に平和の為。この目に映る人々の笑顔の為に拳を振るった。

 確かに、自分が命を語るのは甚だしいかも知れぬ。だが、暗殺拳を極めし者として命の重みは誰よりも知りえたつもりだ。

 目の前の相手も達人。だが、自身の言葉を一笑されるのは北斗神拳伝承者の誇りを僅かに傷つけられたと感じたのだ。

 リュウケンの殺気にフウゲンも気配が変わる。幾多に渡る対戦者、獣、あるいは北斗神拳まで行かずとも暗殺拳を
 相手にしてきた時と同じく闘気を滲み出す。既に、好々爺の顔から百戦練磨の老武者の顔へと変貌していた。

 「……あい、それまで」

 その、二人の剣呑な雰囲気を一言。一言で雲散する声。

 それは、今まで中立の立場として二人の話を聞き、そしていざとなればこのように場を収める為に佇んでいたオウガイの言葉。

 オウガイはこの中で言えばある意味一番の権力を用いる人物。二人は互いに腰を浮かせ年甲斐も無い若者のように
 好戦的になっていたのをオウガイの一言で気付かされ恥じるように大人しく座った。……二人とも、熱するのも速ければ
 冷えるのも尚速かった。フウゲン、リュウケンの顔を見比べつつオウガイは話を整理しつつ両者へと言葉を放った。

 「……互いの言い分は解ったが、この問題の要に関しては何よりその子……ジャギの意思を尊重すべきであろう。
 ……我々が何を言おうとも、決めるのはあの子の意思。……その答えがどうであれ我々は見守る……それでは駄目かな?」

 オウガイの言葉は静かながらも説得力に満ち溢れていた。それは『将星』を宿しているからか否かではなく。オウガイの
 生まれ持った力がそうするのだと考えられる。フウゲン、リュウケンはオウガイの言葉に納得すると、その場は解散となった。

 ……一方、その頃彼等の話に上げられたジャギは……。

    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……ねぇジャギ。今日はね、私が絵本読んであげるね」

 「あぁ、アンナ」

 ……ジャギは凭れ掛かるように自分に接するアンナに、限りなく優しい表情を浮かべてアンナの言葉に受け答えをしていた。

 その場に居るのはアンナとジャギの他に三人。

 一人は鳳凰拳伝承者の弟子たるサウザー、もう一人は孤鷲拳伝承者の弟子たるシン。

 そして、もう一人は前に居合わせていたジュガイ……と言いたい所だが違う。

 ……それはアンナの実兄であり、唯一の肉親である……アンナの兄だった。

 アンナの兄は行方を聞きつけ(リュウケンがジャギとアンナを発見した次第、アンナの兄へと南斗の拳士を使い報せた)
 バイクがスクラップに陥りかける程まで急スピードで走らせて駆けつけたのだった。

 アンナの兄は、駆けつけてイの一番ジャギを殴ろうと心に決めていた。だが、それは二人の状態を知るなり振り上げた拳は目標を失くす。

 子供返り(実際、未だ子供なのだが)したように、年齢よりも振る舞いが幼くなってしまった自分の妹。

 そして、それを悲痛そうに見て、自分の所為だと苦悩するジャギの姿を見てしまっては、彼は怒る術を見失ったのだ。

 「……兄貴ぃ、ジャギったらね。私がいっぱい話してるのにぼうっとしちゃってるんだよ? もうっ、そう言うのって悪いよね」

 「あ、ああ……」

 「私を放っておいて何処かに行っちゃったり……秘密ばっかりで何も言わなかったり……悪い子だよね……ジャギ、は」

 とろんとした、眠たそうなアンナにジャギだけが唯一しっかりとした声で言った。

 「眠っていいぞ、アンナ。……ちゃんと、側に居るから」

 「……本当? ……破ったら……針……千本……だ、よ……」

 ……眠るアンナ。アンナが寝息を立てて本当に眠ったのを確認すると、ジャギは先ほどまでの笑顔を金繰り捨てて俯いた。
 
 表情は見えずとも後悔と苦悩に満ち溢れたその雰囲気に、誰も声を掛けられない。

 「……ジャギ、お前の所為でない事は俺にもわかってる。……長い間家出した事は兄貴として許せないけどな。……だが
 お前はお前なりにアンナの事を守ってやってたんだよな? ……だから、とりあえずは水に流すわ。……けど、よ」

 猫のように、身を丸めてジャギにしがみ付き眠るアンナを見遣り。アンナの兄は溜息を吐いて自分のリーゼントを
 撫でつつサウザー、シン、ジャギを順番に見遣った。……見終えてまた溜息を吐いて、そして肩を力なく落として呟く。

 「……南斗ねぇ。……世の中には、そんな凄い奴等が居た訳だな。……そんで、お前も一端にそんな力が扱えるって訳か」

 ……南斗聖拳は世間に広まっているとは言え、それを知らぬ人間も未だに数多くは居る。アンナの兄もその一人だった。

 シンやサウザーらがらジャギの友人だと紹介を受けての説明。ジャギが拳法家の卵になったと聞き、驚きつつも何処か納得した。
 ジャギは以前から只の子供とは違っていたし、アンナも普通の子とは違う過ごし方をしていた。……予感はあったのだ。

 「聞きたいんだが、アンナも南斗の拳士ってのになったのか?」

 「いや、アンナはジャギのように修行していてなかったしな。ジャギ、そうだろ?」

 シンはアンナの兄に回答を応じ、そしてジャギへと言葉を振る。

 頷くジャギ。そうかとアンナの兄も別に落ち込んだ様子もなく頷いた。だが、其処で納得を示さず口を挟む者が一人。

 「む? 自分が見た限りアンナは結構鍛錬された体つきをしているように思えたが……本当にアンナは南斗の拳士でないのか?」

 サウザーの観察力は伊達ではない。師と接する時は視界が狭くなっても、他の事に関しては注意を逃さぬように鍛えている。

 アンナの歩行、それに動き方は南斗の拳士と差し支えぬ動きをしていた。無論、未熟だが、他の南斗の子供達と遜色はない。

 ジャギは、サウザーの言葉を受けて、以前アンナを背負った時は確かに何かしら鍛えた様子はあったなと感じた。

 だが、それは常人に比べたらの話で。ジャギはそれが拳法家を目指してとは夢にも思っていなかったのだ。

 ……ジャギは此処に来て実感する。何時も雑談や談笑はしても、アンナが何を思い行動していたが全然知らなかったと。

 ジャギも、ジャギでないと言う真実ゆえに人に言えぬ秘密は多々ある。……だが、それを理由にアンナと距離は置きたくなかった。

 「……俺、アンナの事何にも知ってやれなかったんだ……全然……何もっ」

 力強く握る拳。それは無力感に苛まれるジャギの怒り。自分自身に向けられた怒りだった。

 (何をやっているんだ俺は。俺は同じ事を『また』繰り返すのか?)

 その『また』が今回の事なのか。それとも他の事に関してか今のジャギにも解らない。

 だが、ジャギの焦燥感を三人は言葉にせずとも知った。そして、再び起こる沈黙。

 「……まず、様子を見よう。俺達に出来る事は今はそれぐらいだ。ジャギ、お前も気を落とさずアンナの側に付いててやれ」

 「そうだな。秘……怪我の治りが早いとは言えお前も無理しては元の木阿弥だ」

 一瞬、『秘孔』と言う言葉を出しかけて自分自身の心の油断さに恥じつつ表面は冷静に言い終えたサウザー。だが、シンは
 勘付き冷たい視線で注意を示した。解っていると、サウザーも視線で了承の意を示す。

 『北斗神拳』……それは現代では既に知られる事すらない伝説の暗殺拳。

 伝承者候補である二人は特別な立場ゆえに話を聞いただけ。普通ならば一般人は一生知る事のない秘匿の情報なのだ。

 アンナの兄に関しては一般人なので『秘孔』と聞いてもチンプンカンプンかも知れない、だが、ジャギに隠すのは難しい。

 ジャギには、父親が北斗神拳伝承者とは言え、その父親が知らせたくないと思っている事を、彼等が教える事はないのだ。

 ゆえに、ジャギが万が一北斗の拳を伝授する時以外、彼等がこの秘密を話す事はない。

 または……彼が自分達と同じ南斗の拳士として優秀な一人前になったら時を見て打ち明けよう……二人はそう決心していた。

 ジャギはサウザーの言葉に頷き、アンナをまた再び撫でる。

 「……ジャギ」

 「……アンナ、俺は此処にいるぜ……アンナ」

 眠りの中でジャギを呼ぶアンナ。そして、それに応えるジャギ。

 その光景はある意味厳粛かつ静粛で……誰も脅かす事が許されない……そんな感じがした。

 (この感じ……そうだ、アンナとジャギが互いに思いあっている時……俺の心の何かが震える。……これは『恋』や
 『嫉妬』とも違う何か別の感情だ。……俺は、俺はこの感覚を何か知りたくて二人と共に居る……そうだった)

 ……『殉星』のシン。彼がジャギとアンナの二人と共に暮らす決意をしたのは運命だったのかも知れない。

 この二人が共に思い合う姿を……今は小さな輝きである『殉星』が惹きつけ彼等の生き様を見たく寄せたのだと感ずる。

 (ジャギ……アンナか。……お互いを想いて生きるか。……お師さん、この二人の生き方は『愛』と言うのでしょうか?
 ……お師さんは愛程この世に強いものがないと前に話してくれた。……ならば、彼等の温もりも自分と同じく、得難い……)

 サウザーもオウガイの言葉を思い出し二人の姿に何かを想う。幼き『将星』は彼等の姿に何を想うのか? それは未だ不明のままだ。

 アンナの兄は、彼等二人の姿を見て神秘的な物を見るようなそんな感覚に一瞬囚われる。けれど、それが自分の肉親である事、
 そしてそれがただの子供なのだと頭を振り無理やり正気に戻ると、何時もの自分……強気である態度を復活し言った。

 「へっ……まぁ、一先ずアンナとお前が無事な事も解ったし俺はお邪魔だから帰ってやるよ」

 「え? ……ボスは、どうするんだ?」

 「アンナが俺の家に帰りたけりゃ帰らせてくれればいい。……あいつは自分の意思で俺の家を出た。……なら帰りも自分で決めさせるさ」

 それは、苦渋の決断だったのだろう。

 頭はそれ程良くなくとも、今のアンナが自分と無理に居させた所で子供返りした状態が治るとは思っては居ない。

 ならば、例えこのような原因の一端がジャギにあるとしても、以前男性恐怖症で手が負えなかった妹を回復させた
 ジャギにもう一度だけチャンスを与えよう。アンナの兄は、そうジャギにもう一度だけチャンスを与える事にしたのだ。

 「ありがとう! ボス!!」

 「俺はお前のボスじゃないけどな。……言っとくが、絶対にアンナを守るんだぞ」

 そう、背中を向けて手を振るアンナの兄の背中は逞しかった。……外伝のちょいキャラにも関わらず。

 「……アンナの兄の名前って何なんだ?」

 「知らん。だが、確か『俺は皆のリーダーだからリーダーって呼んでくれ』と言っていたぞ」

 ……シンとサウザーの話を総合すれば通称『リーダー』で決定らしい。

 そんな風に一先ず事は全部終わった風に見えた。……扉が開くまでは。

 「……少し、邪魔するぞい。……ふむ、どうやら体は問題なさそうじゃな」

 ……訪れるのはフウゲン、オウガイ……そして……リュウケン。

 「……父さん」

 「ジャギ、治療中の身で済まぬが一つ聞きたい事がある。……大事な事ゆえしっかりと考えて答えてくれ」
 
 そうリュウケンはジャギが何かを言う前に、事の本題へと入った。




                         「お前は……南斗の拳士をこれから目指したいか?」


 ……その言葉に少年三人の心は揺れる

 ……ジャギが南斗の拳士として目指す。……それは多分ながら北斗の寺院での生活に別れを告げる事を意味するだろう。

 ……シンはそれでも構わない。切磋琢磨する友人、心許せる友人が共に居ればこれからの修行にも励みになるから。

 サウザーも多少はジャギがこの町に住まう提案に心は傾いたが、そこは少し年上である所以か、ジャギが如何言う答え
 であろうと、友であり続けようと大人びた考えに辿り着いていた。……その考え方をオウガイに関する事でも維持して貰いたいものだ。

 「……俺は」

 「お主が南斗の拳士となるならば、わしらはお主の事を立派に育て上げるつもりじゃ。……適正がどのような伝承者の
 拳法に当てはまるか未だ解らぬが。お主の実力はこの前の件ではっきりと示されておる……自信を持って良いのじゃぞ?」

 フウゲンは、そう南斗寄りの発言をしつつジャギへ喋る。

 「……君は、君の考えを我々に示してくれれば良い。……例えどのような考えであろうと、後でやり直しは聞く。
 気楽に自分の今の考えを言ってくれれば良い。……最も、私も正直南斗の拳士が増えてくれればと思っているがな」

 オウガイはあくまで中立の立場を維持し、最後に僅かだが正直な感想を素直に告白しジャギへと提示する。

 リュウケンはただ無言でジャギの答えを待った。……己の道は己しか解り得ない。父と子、繋がりを持ってしても道は己で決める物。

 「……俺は」

 ……そして、ジャギは見守られる中アンナの手の熱だけを意識しつつ答えを示した。

 「……俺は……」




     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……雪は止まない。もう、雪は地面に落ちても解ける事なく降り積もる。

 外では楽しそうにリュウが駆け回る。……だが、元気なのは一匹のみだ。

 「……お世話になりました」

 ジャギが頭を下げるのはシンの両親。……数多くの世話になりっ放しだった。……何もお返し出来なかったとジャギ
 は考える。……だが、シンの両親は伊達ではなく、そんなジャギの心情を読み取ってか寂しそうながら笑顔で言った。

 「子供がそんな大人みたいな振る舞いをしなくて宜しい。それに、私達も息子を助けて貰ったしな」

 「そうよ。短い間だけど私達こそあなた達に助けてもらったわ。……また、会いに来てねっ」

 シンの母親はそう言ってジャギの体を抱きしめた。……実の母親の顔は知らない。だが、その温もりはジャギの目頭を
 熱くさせた。……最も、『自分』の記憶が残っているゆえに泣くのは恥ずかしいと言う気持ちが自分の涙を何とか止めたが。

 
 ジャギは、結局リュウケンと共に寺院へと戻る決意を示した。

 シンは半ば強く引きとめたが、ジャギの意思は固かった。

 効率を考えれば南斗の拳士を目指すと世紀末でもし北斗兄弟と相対する場合勝つ見込みが無くなると言う打算的な考え。
 いや、争うのを前提にするつもりは無いが、世紀末に覇者と名乗る者が居るのを想定すると、ジャギには例え頭を破壊されかける
 未来が残っているとは言え、例え今は絶望的に北斗神拳に関われない立場でもリュウケンの元へ戻る方が良いと判断した。

 そして……感情論で言えば。

 「……此処はとっても居心地が良くて、自分は天国だと思えた。……本当の両親見たいな人が居て……友達が沢山居て
 ……親友も出来て……好敵手(ライバル)見たいな奴も居て……けど、けどそんな風に恵まれていててもさ……」

 ジャギは、悲痛な笑みで言った。

 「……それでも、一人大切な人をこの町で傷つけちまったんだもん。……南斗の拳士としては……失格だわ、自分」

 ……その言葉に師も友も父親も何も言えずジャギの言葉を通した。

 ……そして、別れの時。

 ……オウガイとサウザーは先に町を出た。予定よりも長く居た程だ。

 「……お主はどのような道に行こうとも大成する器はある。……しっかり励みなさい」

 「ジャギ、俺はお師さんと共にこれからも南斗の未来を背負える程に大きくなるつもりだ。……お前も、大きくなれよ」

 二人はそう言って向かってくる吹雪を裂くように走り去った。……鳳凰拳伝承者と、未来の伝承者。どちらもいずれ起こる
 悲運を未だ知らない。師は信頼ゆえに、そして弟子は愛ゆえに招いた悲劇を未だ知らない……変わるかどうかさえも。

 「……気が変わったらこの町で過ごしてくれ。俺の両親も構わないだろうし……何より、俺がお前達に来て欲しい」

 寂しそうにシンもジャギへと別れを告げた。……別れはいずれ起こるもの。また会えるであろうとしても別れは辛い。
 だが、彼も決意する事があった。今回の件により無力だった自分……シンの心の中には一つの欲望の芽が出始めていた。

 (ジャギ……俺は強くなる。……あのように友一人助けられぬような未熟ではなく真の南斗聖拳を身につけて見せる。
 ……その為にもっと力を……もっと技を……もっともっとこの身を鍛え抜いてみせる……だからお前も強くなれジャギ)

 ジュガイと同じように、力への欲望にとり付かれ始めたシン。……その想いは、未来の運命をどう変化するのだろうか?

 「……さて、行くかジャギ」

 「うん、父さん。……行こうぜ、アンナ」

 「うんっ、ジャギと一緒に行くよ。私」

 ……背はこの半年程でアンナと同程度まで伸びた。……けど、心はまったく成長してない。

 ……俺はアンナを守る為に少しだけ体に傷が残った。……だけど、それはやがて成長すれば傷跡も消えるだろう。

 けど、アンナは俺の命を救うために心に傷を負った。……それは、俺が一生懸けてでも支え続けるしかないんだ。

 だからこそ……シンの居る町で過ごせばアンナも一緒になる気がして……俺はあそこで修行する道を元から諦めるつもりだった
 のかも知れない。……あぁ、そうだ。……俺にとって、元からあそこは仮初の幸福であり……居るべき場所でなかったんだ……。

 心の奥底で自分を哂うジャギに、不思議そうにアンナは首を傾げて言った。

 「ジャギ……何処か痛いの? 泣きそうな顔してる……」

 「……何言ってんだ。何処から見ても笑ってるだろ?」

 「ううん、だって、悲しい顔してるもん。ね、リュウ」

 その言葉に肯定するかのように吼えるリュウ。……リュウケンを見遣るも困った顔を浮かべジャギの答えはくれなかった。

 ……もしかしたら……アンナを支えるとは言ったけど……。

 ……俺を……アンナが支えてくれているのかな……。

 「……戻るか、アンナ」

 「うんっ、ジャギと一緒なら、何処でもいいよ」

 そう雪と同化するような笑顔を見せられ、ジャギは泣き笑いのような表情を隠し安心させる笑顔を浮かべて想う。

 奇しくも、その願いは手を繋ぎあう両者の同じ想いだった。




 
                       



                         ……願わくばこの優しい人を守れる強さを下さい……と。











        後書き


  アンナの兄の名前。一先ず通称『リーダー』で。

  主人公や重要キャラって思考回路なんで解り易いからさ。脇役の脇役に焦点おいて書きたいんだよね。

  ……とりあえずこの速度で完結出来るのだろうか?










[29120] 【文曲編】第十三話『それぞれの冬の過ごし方』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/19 07:46
 ……寒い寒い冬の季節。……その冬の中を二人の子供が厚着をしつつ走っている。

 一人は身を切る風の中、頭から下はごわごわな服で覆われつつも、頭だけはバンダナだけと言う出で立ちの金髪の女の子。

 そして、もう一人も同じような服装。そして逆立った短い髪の毛を外気に解放しつつ女の子と一緒に駆けていた。

 「……っ待てって、アンナぁ!」

 「へへへ! 捕まらないよぉ!」

 それはジャギとアンナ。彼等は降り積もる雪に足跡を残しつつ元気に走り回っていた。

 ……幾日が過ぎ本格的な冬が到来した。

 リュウケンをこれ以上心配させるつもりは、既にジャギには無い。だが、拳法家になる目標を諦めるつもりもなかった。

 最初はリュウケンと面を向かって話をするのもままならなかった。家出をして半年、色々な経験が心の距離を大幅に離していたから。

 だが、ある程度の月日が経つとリュウケンとジャギは徐々にであるが会話も出来るようになった。

 『ジャギ……もう、拳法家になる意思はないのか?』

 『……自分は、約束したのを今更嘘にしたくないから……自分なりに修行は続けるよ。それが、一番良いと思うから』

 そんな話もリュウケンとジャギはした。ゆえに、今でも父親が見てる時であろうと無かろうと独自で修行は続けている。

 ……だが、ジャギが密かに行っている『一指禅功』についてはリュウケンにはジャギは知らせていなかった。リュウケンは
 未だジャギに北斗神拳について一片たりとも匂わせる発言及び行動をしていなかったし、ジャギ自身もリュウケンには
 平面上は南斗の拳士の修行を志しているように今は見せた方が無難だと考えていた。南斗と北斗。基礎の鍛錬は似ていても
 あからさまに北斗神拳を修行していると言うような修行をしていたら疑われる。ジャギはそれだけは御免だった。

 (……下手すりゃ解唖門天聴・上顎コース(二つとも自白させる秘孔)だからな……そうなっちゃあ笑えねぇって)

 自分がジャギでなく平和な世界の一般人なんですよ、なんて言った時のリュウケンの行動を想像するだけでジャギは恐ろしい。

 ゆえに、ジャギは一応この世界では平面上は普通の修行をしてるのである。……無論、それも若干異常なのだけれど。

 「……ひぃ~暑っ!」

 「あははっ! ジャギったらだらしない~」

 「アンッ」
 

 数十分走り回り、雪の上で寝っ転がるジャギにアンナはからかい混じりに一緒に寝っ転がる。その側で、同意するように
 ジャギが飼い始めた犬のリュウも一緒に座った。既に、その体は普通の成体犬に近く大きくなっていた。

 その、少し厚着しているように見えるジャギの服の中には……数十キロの重りが実は入っているのであった。

 (流石は北斗神拳現伝承者……ってか誕生日にこれ渡す事に関して何も疑問に思ってない時点でやっぱり北斗の人だな)

 ジャギが身に付けている体力向上装具はリュウケンによって夜鍋して作られた物だ。以前リュウケンを守れるように、と
 言ったら感涙しつつ良い物を渡すと約束していた物。……それがこのトレーニング器具だったのだから笑うしかない。

 家出する際は邪魔にしかならなかったので置いていたが、今は常に着ている状態で動いている。

 半年間、南斗孤鷲拳の伝承者であるフウゲンの元で鍛えてはいたが、基礎的な修行以外では、ほとんど過酷な修行は
 してはいなかった。この程度でへばっていては、本格的に北斗神拳の修行を受ける事は出来ないと薄々ジャギも感じている。

 「……ふぅっ……おっしゃあ回復した。次は捕まえてみせる……!」

 「言っとくけど、ノロマなジャギには絶対に捕まらないよ~だっ!」

 笑いながらアンナは冬風のように走り始める。ジャギはその背を必死に追いかけつつ心の中でこう思っていた。

 (……しっかし。アンナも『同じ装具』を付けているのに何であっちの方が速いんだ??)

 ……そう。アンナも同じようにジャギと同じ重りを付けている。

 リュウケンが作ったものではない。アンナがジャギの服の違和感に気が付き、同じ服を着たいと我が侭言ってアンナが
 自作で作った物だ。ジャギは勿論止めた。自分なら未だ耐えれると思うが、アンナが同じ鍛錬をしたら体を壊すと心配して。
 けど、アンナはジャギと同じ装具をしても平然としていた。その時の驚嘆と不可不思議による疑問はジャギの記憶には新しい。

 「……くっ……何故アンナに勝てんのだ。……認めぬぞ~!」

 何度か緩急を付けてアンナへとタッチしようと頑張ったジャギだが遂に音を上げて倒れる。微妙に心に傷がついた。

 「へへっ! 何度やっても私は捕まりませんよっ」

 そうカラカラとアンナは笑う。ジャギは、膨れつつも、アンナが笑っている事に心の中では安堵していた。

 ……あの事件の後、アンナが子供返りしてから二月ほど。

 リーダーの元にアンナを送り、ジャギも北斗の寺院へと戻ったが、数日後にはリーダーがバイクでアンナを連れて寺院に来た。

 『……いや、何度も来て良い場所じゃねぇって事は知っているんだ。……けど、アンナの奴お前が居ないとなると
 泣いて飯も喉が通らない状態なんだよ。……済まんジャギの親父さん。数日程で良いからまたジャギを貸してくれ!』

 リュウケンも鬼ではない。と言うより、家出する前と同じ状態に戻ったような物だ。

 リュウケンも何度も何度も自分の息子が他人の娘と過ごす事に快くは正直に思わなかったと思う。リーダーははっきり
 言えば暴走族の頭だ。そう言う社会的に余り印象良くない人物と過ごす事を、家出する前はリュウケンは良い気持ちで
 思わないからこそ、アンナとの離別を促したのだから。……だが、それもジャギとアンナの行動が状況を変化させた。

 『……わかった。……ジャギ、お前が望むなら好きなだけその娘と過ごせ。……私もお前とその娘の繋がりが固いと前の件で
 良く解った。……だが、これだけは言っておく。私の息子ならば、恥じない生き方をしてくれ……父としての頼みだ』

 リュウケンはそう言い残し、最近ではジャギに強く干渉せず寺院で僧侶や修験者の相手をしたり、時折長い間別の場所へと
 出かけたりする。……ジャギの予測では多分北斗兄弟の元に行っているのだろうと推測している。

 ……話を戻そう。アンナだが依然と症状に変化は無い。

 依然ジャギと過ごしている時は普通の八歳と比べれば幼い感じを見せるも、それ以外は別段普通の女の子として過ごしてる。

 だが、ジャギが居なくなると急変して暗くなり、兄が居ようと無かろうと食事も余り通らず下手すると自傷行為をしかける。

 それはジャギが言葉で止めれる範囲ではなかった。ジャギの言葉にアンナは良く素直に従うが、それでも症状を抑えるには
 足りない。アンナ自身の『何か』がアンナ自身を苦しめていて、それを治せるのはアンナ自身に他ならないのだ。

 「ジャギ、今日も雪が綺麗だね」

 「あぁ、本当に綺麗だな」

 「雪の華って言うのがあってね、高い高い山で小さな虫が雪の上で綺麗な色を付ける事があるんだって」

 「へぇ、アンナは物知りだな」

 褒めると、アンナは良く笑う。ジャギの言葉が何であれ、アンナは良く笑った。

 アンナが笑うと、ジャギも安心して自然に笑みを零した。寺院でのリュウケンとの会話は最近では辛くない。
 けれども、父親として自然に愛情持って接するとなるとジャギは素直にリュウケンに身を任せる事は出来なかった。
 ジャギは、それも当然だろうと納得している。リュウケンは『自分』にとっては他人なのだからだ、と。

 ……そう、『ジャギ』は今の所そう思っている。……そうなのだ、と。

 「ねぇねぇ、最近兄貴ね。仲間と一緒に町の警護に当たり始めたんだって」

 「うん? そうなのか?」

 「うん。前に私を探していた時に色々と人攫い? って言うのを捕まえたり何か手柄を立てたから、町の偉い人に頼まれて
 今では町の警備隊とかも偶にしているんだって。兄貴、ようやく定期的に稼げるって喜んでいたよ?」

 (……あの人、今までアウトローに生きすぎだろ……)

 よく、アンナが素直な性格で育ったもんだと感心する。そうとは露知らず、アンナは身の回りの話を楽しげに語る。

 「この前フウゲンのお爺さんから手紙が来てね、『もし、南斗聖拳を本格的に鍛えたいなら遊びに来い』って書いてたんだ』

 「……あの爺さん、節操が無いな」

 南斗孤鷲拳伝承者であるフウゲンは、この前の事件の事を気にかけて時々アンナやジャギに手紙を出してくれていた。

 ジャギに関しては、気が向いたら自分の元でもう一度修行しろ。アンナに関しても似たような事を書かれていた。

 ジャギはその文面を見て、アンナに南斗聖拳の才能があるのか? と思いフウゲンに手紙でその疑問を問い合わせてみたが、
 才は自分の目から見て無いと思うが、伝承者にはなれずとも、護身程度に南斗の拳は身につけられるだろう、との事だった。

 アンナは何も疑問に思わず喜び、ジャギは、アンナが原作のスピンオフで唯一描かれていたカレン(南斗翡翠拳の伝承者であり
 外伝作品の中では幾多の運命の悲劇により想い人であったレイと離反し敵対し、レイの手で死んだ人物)のような拳法家に
 なるのかと一瞬未来を想像したジャギだったが。南斗の拳士及び、主人公以外の拳法家が全員死んでいるのを考えると
 複雑な気分では有った。生き延びている女性キャラで唯一闘えるマミヤも、拳法は身につけていないのだから。

 『アンナ、南斗の拳士になりたいのか?』

 『私? 別に、拳法家になる気は無いけど……』

 『けど?』

 『ジャギが修行するなら私もするよ!』

 そう、ニコニコ笑って応答するアンナに。質問したリーダーと、ジャギは顔を見合わせて、溜息を吐くしか出来なかった。

 (……まぁ、世紀末では強くなるに越した事は無いし。アンナも意外に動きは悪くないんだよな……本当、意外だけど)

 今の所、速さだけならばアンナの方が上。筋力や背筋腹筋ならば当然ながらジャギは負けないが、体の柔らかさとか
 そう言った女性に有利な面はアンナの方が勝っている。ジャギは横目でアンナの意外な力を目にしつつ、こんな子が実際
 北斗の拳世界に居たならば、如何して原作に登場しなかったのだろう? と常々不思議に思うのだった。

 「ジャギ~……もうっ、未だぼうっとしちゃって……えぃっ」

 「冷たっ!? ……てん、めぇ~……アンナっ」

 考えている隙に首の後ろに雪を入れられたジャギ。怒れば笑いつつアンナは逃げる。捕まらないとの自信が笑顔に溢れている。

 「……家に戻ったらハードな勉強を思い知らせてやる」

 「うぇ!? そ、それだけは勘弁してよ~ジャギ~!」

 国語が異常に苦手なアンナ。ジャギはそれを良く知るがゆえに勉強と言う点では一歩アンナには勝っていた。

 ……無論、余り本人は嬉しくも感じなかったが。


 
 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……トキ……ラオウ……か」

 ……ジャギにとって不吉な言葉を、寺院の奥室に存在する仏像が立ち並ぶ部屋で文に目を通しながら呟く一人の男。

 その男の名はリュウケン。彼は、ジャギの知らぬ場所で、密かに密かに北斗の次代の担い手を選び抜こうとしていた。

 「……一人は穏やかな気性ながら、その奥底に激しい激情を。……もう一人は激しい拳性を帯び、そして確固たる信念を」

 リュウケンは、今まさに北斗神拳伝承者候補を選び抜こうとしていた。……自分の後継者たる……その可能性を持つ子を。

 「……二人は決定した。……残りは……一人」

 リュウケンの顔は、空へと目線が映っていた。……何も無い天井。その天井を貫き視線は空に浮かんでいるであろう北斗七星に。

 ……既に伝承者候補はほぼ決まった。……後点睛を付けるとなれば……それは陽を高まらせる為の……陰が必要だ。

 それは未だ先でも良い。だが、今からでも検討しとかなければとリュウケンは思う。北斗神拳伝承者は心此処に非ずと言う風に。

 「……兄上……きっと……きっと私はこの世に……」

 そう呟くリュウケンの瞳は現実を映しておらず、遠い遠い過去へと瞳を映していた。

 リュウケン……別名を霞羅門。今現在、彼の心には北斗の宿命に対する使命において重点的に置かれていた。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……場所は打って変わり、其処は南斗の道場。

 冬の冷気で冷たい鉄の柱に向けて、手の甲から血を滲ませながら汗を滴らせて金髪の少年が拳を打っている。

 青い瞳を爛々と輝かせ、そして緊迫した顔で命のやり取りをしているかのように力を体全体に込めて……鉄の柱に新しい傷が付く。

 「……その辺で止めてはどうじゃ、シン。余り無理をすると体が壊れるぞ」

 「……師父、おらしておいでて?」

 「遂さっきからな。気配を殺してはいなかったのじゃが、余程集中していたようじゃの。その傷を見ると」

 そう、南斗孤鷲拳伝承者であるフウゲンは、シンの手の甲に夥しい痣が出来ているのを見遣って呟く。

 シンは、手の痛みをおくびに出さず、また拳打を続けようとする。フウゲンは静かにシンの前に出る事でそれを止めた。

 「何を焦っておる? ジュガイが最近お主より実力が付いたからか?」

 そう冗談交じりに問いかけるフウゲン。最も、フウゲンの言葉は真実だ。成長の度合いの問題なのか、今の所、ジュガイの
 次にシンが居ると言う所。最も、ジュガイは多少言葉で自慢しつつも、鍛錬に関しては真剣に常に挑んではいた。

 「……そうではありません。自分は……自分が情けないのです」

 拳を握り締め、何時に無く激しい口調でシンは心の内を明かす。

 「南斗孤鷲拳伝承者候補と言う立場ゆえに、自分は他の者よりも上だと心の何処かで慢心がありました。ゆえに、ゆえに
 私は友にしなくて良い怪我を負わせ、その友の大事な人の心さえも傷つけてしまった……これで何が拳法家でしょうか!」

 ……シンには辛かった。己の未熟さゆえに友が、その想い人を傷つけた自分の独り善がりに……。最もシンには何の落ち度も無い。
 ……だが、半年間のジャギの行動はシンに大きく影響が有った。友を持たず拳に傾倒していたシンに、人間的な楽しさを
 覚えさせたのはジャギ。シンにとってジャギの存在はジャギが思いも寄らぬ程に大きかったのだ……それゆえの後悔。

 「……俺は自分が情けない! だからこそ俺は強くなる! これよりももっと。もっと、もっと強くならなくては……!」

 そう言って、更に自分を痛めつけて修練するシンを、フウゲンは静かな目でじっと見守っていた。

 (……シン、お主の秘められた『殉星』の性かお主をそう強さを欲し執念を見せるのか……。……ジャギ……か。不思議な
 男じゃ。一生の内のほんの少しの時間で『殉星』の心を惹きつけたのじゃから。……そして、その不思議な男の側の
 アンナも真に神秘なる瞳を持っておった。……あの時は口にせんかったが、人一人殺したのに、あの子の瞳に有る何処か
 不思議な輝きは依然損なってはおらんかった。……だが、わしは何も言うまい。未来を担う者には、その者達だけで
 背負わんなくてはいかぬ宿命がある。……わしが出来るのは、応じられれば手を貸す事ぐらいじゃろうて)

 フウゲンは、激しくラッシュを繰り広げるシンを一人残し、その場を今は去るのであった。

 (ジャギ、アンナ……次に会う時は俺はもっと成長している。……俺はもう誰にも負けん。……誰にも負けぬ強さを持つっ)

 少々危うげな光を携え、少年は今日も修行を続ける。

 ……彼がまた星々に見放された二人と出会うのは……もう少し先の事。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……場所は変わり山奥。その山の中で一人の少年が逆立ちで立っていた。

 しかも、普通の逆立ちとは違い親指での逆立ちだ。凍てつく冬の寒さに耐えながら、少年はじっと動かず状態を維持していた。

 「……良しっ、今日は此処までだ。サウザー」

 「はい、お師さん」

 一人の男の声により、その少年……サウザーは親指で立っていた木の棒から飛び降り空中で回転しつつ地面に着地する。

 お師さんと呼ばれた男……南斗聖拳108派を統べる最強の拳。南斗鳳凰拳伝承者であるオウガイは満足そうに頷き言う。

 「中々良かったぞサウザー。今日は何時にも増して、な」

 「本当ですか!? お師さんっ」

 「あぁ、だが途中僅かにだが無心である筈のお前に微かにだが揺れが見えた気がした。……何か心残りか?」

 オウガイにはサウザーの事が全て解ると言って良い。多くの経験が、彼の観察眼を仙人並みに長けさせている。
 弟子であるサウザーは尚更の事、彼の目を誤魔化す事はサウザーには不可能であるし、サウザー自身も自分の師に
 隠し事をする気など一切なく、また、その様な事を一生の内で考える事など想像の範囲外であるのであった。

 「はい、実は……ジャギと、アンナについて」

 素直に告白するサウザーに、オウガイは成る程と白い吐息と共に口を開く。

 「……二日程しか観察出来なかったが、ジャギと言う男の子に関しては、多少荒いが南斗の拳は筋が良く、また意欲も
 申し分ない。……それに、私の目では彼は化ける素質を持っている。フウゲン殿の言う通り、良い師が居れば伸びるだろう」

 オウガイの言葉にサウザーは同意して頷く。彼もまた、始めて出来た友人の事を称賛されて悪い気はしなかった。

 「……だが、私の勘違いで良ければ良いのだが……あの子には何処か闇が見える」

 「……闇、ですか? お師さん」

 意外な言葉に、サウザーは怪訝な顔をする。オウガイは頷き続けた。

 「有無。最初北斗の子と聞かされたから、それゆえだろうと思ったが養子ならば関係性は無いだろう。……あの子の瞳、
 常に表面は明るく振舞っているが、あの子の瞳には多くの絶望を経験したような闇が潜んでいる……それが何か解らぬが」

 「ジャギは……ならば危ないと?」

 「……こればかりは私の目でもな。……フウゲン殿にも話したが、本人が話したくない事を無理に話させるのは酷と
 言うのも。何より、瞳に闇があるからと言って悪と言うのは極端なのだサウザー。どんな人間とて闇はある。
 ……忘れるな。お前の瞳は曇りなき光で今は輝いている。だが、一つの大きな事がその輝きを容易に消し去るのだ」

 ……何時か来る離別。それを想定してか、少しばかりオウガイの顔に影が差した。

 サウザーはそんな事を想定していない。純粋にオウガイの顔に差した影に不安を抱きつつ、話を変えようと口を挟む。

 「ならば、アンナはどうなのです? 彼女こそ、傷を負い今苦しんでいる事でしょう」

 その言葉に、オウガイは頷きつつも、もう顔に影は現われていなかった。

 「……あの子こそ不思議だ。……身を守る為とは言え殺人をしながら、その瞳には闇は見当たる事は私には出来なかった。
 ……フウゲン殿もおっしゃっていたが、彼女には不思議な輝きがある。……多分それは彼が居るからこそ放てるのだろう。
 サウザー、もし、もう一度出会う事があれば、あの二人を良く見なさい。お前なら、その輝きが何か知れるだろう」

 それが……多分だがお前の成長に繋がる。……そう、心の中で付け加えて。

 「はい、お師さん」

 サウザーは何の疑問にも思わず返事をした。……何時か、もしもう一度自分を初めて同等の友として接してくれた
 不思議な少年と再会出来る。そんな根拠もない確信が何故か不思議と満ち、彼は今日も幼い宿命の星を携えて修行に励むのだ。

 「さぁサウザー。次の修行へと移るぞ」

 「はいっ、お師さんっ!」

 鳳凰の弟子と師は今日も森を翔る。何時か来る曇天の未来さへも切り抜こうと強く……強くだ。




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ふぅ、しんどかった」

 ……そう、リーゼント頭の強面の男はバイクから降りつつ呟いていた。

 ……男はとある理由から本名を捨てていた。そして、生き抜く力ゆえに純粋な『力』を駆使しならず者の不良を
 率いり、社会的弱者には援助出来ない国家を見限り、そして彼は自由な生き方を何とか得て、そして生活していた。

 だが、今では一つの町に落ち着き定期的な金額を貰っている。安定した生活の代わりに束縛されない生き方を放棄
 してしまったが、それも仕方無い事。人間、何時までもふらふらと生き続ける事は不可能なのだと男は身に染みた。

 「……帰ったぜ……って、もう寝ているか」

 ……階段を静かに上がると、其処にはすやすやと寝息を立てるアンナが居た。

 ……そのアンナの周りには、少し前まで誰かが居た痕跡があり、その痕跡の持ち主は容易に男には知る事が出来た。

 「……ったく、ガキの癖に男作って。……しかもその男は南斗っつう拳法家の卵だもんな。将来は玉の輿だよな。おい?」

 南斗の拳士。それはある種の国家資格と同等の力を持つ。もし、話中の人物が本当に南斗の拳士になれば確かに
 玉の輿ではあろう。……まぁ、それは普通の平和な時代が続く事が出来ればの話だ。彼の想像は未来で泡沫の夢と化す。

 頬を悪戯に突けば、アンナは嫌々と眉を顰めて顔を振る。

 指を離せば、何やら笑顔になって、そして寝言を呟いた。

 「……ャギ……悪戯……ら、メッ……よ」

 「……ったく、夢の中までべったりか」

 ……未だほんの子供の癖に、何時の間にか自分の手からすり抜けた可愛い妹。

 ……死んだ両親は、自分よりは、妹の事を可愛がっていた。

 最も、それに対して不満は無い。自分も妹は可愛かったし、何より妹が赤ん坊の時はやんちゃしていて、自分もガキだった。

 時折子供ゆえに妹が些細ながら妬ましく感じもしたが、大概はちょっとした癇癪で終わり、自分もまた妹を目に入れても
 痛くないほど可愛がった。……結局、両親も自分もこの妹に関しては天使が生まれたと思えるほどに愛していたのだ。

 ……だが、『あの事件』が起きてから両親は死んで、それで……。

 「……お袋、アンナは無事に育ってるぜ。……最も、まだまだ色々手が焼くけどな」

 ……眠っている時でも外さぬアンナのバンダナ……母親の形見をそっと触れて、リーダーはそっと部屋を離れた。

 「……ガキだと思って目を離した隙に成長する。……俺の時もそうだったかね? 俺が未だ中坊の時にどっちも
 死んじまったしなぁ。……まぁ、生きてたら俺と同じ気持ちだったろうな。……はっ、感傷的になっちまってやがる!」

 冬の空は星が多く輝く。星の事なんて余り関知しないが、妹が空を良く見ていたので、ある程度は覚えてしまった。

 「……北斗七星だったか? ……なぁ、アンナはこれからどう生きるか見守ってくれよな。……それに、それにだ。
 あのちょっと頼りないナイトに関しても俺が心配しなくても良いように強くしてくれよ。頼むぜ? ……ったく寒!!」

 今は真冬。革ジャンで出て間抜けにクシャミをしたリーダーは、体を抱きつつ自分の部屋へと戻るのであった……。






 ……彼等はそれぞれ自分のやるべき事を目指して生き抜く。





 ……そして、遂に春が迎えた頃……一つの転機が訪れる事となった。






                                「……女神だ」








                              ……それは……南斗の慈母星との出会い。













   
          後書き




    俺はね、ジャギ外伝が何故アニメとして作ってくれなかったのか酷く悩む訳ですよ。

    けどね。流石にあのストーリを映像化するとなるとね。R17は決定だからな無理だなって断念するのです。









[29120] 【文曲編】第十四話『姫君と 哂う天邪鬼(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/22 18:55
 昔昔、ある所に天邪鬼と言う鬼がいたそうな。

 その鬼はある所に居る姫君を攫ったんだそうな。

 けど、鬼は姫君を愛し、人々から逃げ続けたそうな。

 けれど、やっぱり人によって見つかり殺されたそうな。

 姫君は人と幸せになりました。めでたし、めでたし……。



  
 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……厳しい冬は過ぎた。

 ……語るべき、と言ったものは特にない。……まぁ、しいて言えばアンナの様子もある程度落ち着いてきた事や、
 リュウケンが頻繁に最近寺院を出て何やら外でしている事位だろうか? ……十中八九北斗神拳関係なのだろう。

 南斗聖拳、北斗神拳の修行に関しては地道に修行の方は続いている。まぁ、小指で逆立ちしたりとかは平気で出来る
 ようになったし。あの重りの付いた服を着続けても飛んだり跳ねたりと身軽な動きが出来るようになったから成長したのだろう。

 まぁ、アンナが一番成長した気がする。何たって自分の体重と同じ位の重り付けたままバグ転出来るんだもん。チート過ぎる。

 ……だが……だが何と言っても今……。

 ……現在、ジャギは七歳を過ぎていた。

 「……暇だ」

 
 
 ……七歳になったが、余り自分が成長したと思えず、春の風がぐだぐだと化していたジャギ。

 寺院の窓辺に座りつつ、人気の居ない部屋でぐったりしながら顔を横にして垂れている。

 修行? 続けてはいるが、『自分』であるジャギとて命は懸かっているが、まだまだ十分時間があると思うと修行にも
 余り身が入らなくなってくるのだ。いけない、いけないと思いつつも集中力が散漫になる。ジャギの理性は危険を告げていた。

 「こりゃあ駄目だ。……少し、気分転換せんと体が鈍っちまう」

 シンやジュガイ、サウザーも今は必死で修行をしているのだろう。……自分だけ怠けていたら世紀末はアボーンだ。

 そう思っていると、プスス……と鼻息を鳴らす音が聞こえて壁の隅に目を走らす。……北斗長兄対策にと飼い始め、
 今では穀潰しであり、だがアンナは可愛がっている手前あんまり厳しく当たれぬ阿呆犬。リュウがだらしなく眠っていた。

 半眼で見ていても、だらしなく涎を垂らして眠る様は余りにも今のだらけきった自分と重なって……ようやく、ジャギは決意した。

 「……っよっしゃあ。……ちょいと遠出っすっか!」

 ……ジャギ、懲りずにもう一度外の世界へと羽を伸ばす事を決意した。七歳の春満開の頃であった……。


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……そんで? それでてめぇはもう一度俺の妹連れて出ようと思ったってか? あぁ~ん?」

 「ボ、ボス……怖いって……!」

 「兄貴怖い~!」

 「五月蝿いわマセガキがっ! それとアンナ。泣き真似したって俺は誤魔化されないぞ! おぉっ!?」

 ……遠出を決意し、何処かへと出かけているリュウケンに『ちょっとアンナの兄に呼ばれたんで数日留守にします』
 と嘘手紙を残し、今回はリュウを引き連れて遠出の準備を整えてアンナの元へとやって来たジャギ。アンナもジャギと
 逃避行が出来るならばと乗り気で出かけようとした際。今回ばかりはアンナの兄も見逃さずジャギに巨大なタンコプを
 作りつつガミガミと説教を降らした。……常人より鍛えているのに何でタンコプ作れるんだろうと不思議に思ったのは別の話。
 無理やり連れられてこられたリュウは、欠伸をしながらジャギとアンナの間を挟むように座っていた。

 「……ぜぇぜぇ。ったく、出掛けたいなら俺が連れてってやれば良いだけの話だろうが?」

 「え? ボス良いのか? だって連れ出したら良い顔しないし……」

 「んなもんこの前の件で無駄だって気付いているよ。……てめぇらにまともな倫理感聞かせたって豚に真珠だ。豚に真珠」

 そうヒラヒラと腹の立つ顔で手を振るリーダー。少しばかり目が険しくなったジャギに、こうしてりゃ普通のガキに
 見えるのにな。とリーダーは考えながら、アンナとジャギの顔を交互に見つつ、春風が吹く中で口を開いた。

 「で、お前等何処に行きたいんだ? また、あの町に行くのなら俺は賛成しないぜ」

 自分の妹に忌まわしい事が起きた場所。ジャギの友人が居る事は聞いたが、余り良い印象は得てないのだ。
 
 リーダーの渋面を見つつ、ジャギは言った。

 「いや、確かにシンを連れて行きたいからその町には寄るけど。本当の目的地は別の場所なんだよ。ボス」

 「ボス言うな。……あん? なら何処だよ」

 リーダーは不思議な顔をする。何しろ、ジャギが望む場所なんて限られているとリーダーは考えている。

 だが、ジャギはリーダー以上にある意味この世界を知り尽くしている。ゆえに、この世界で接触したい場所を、ジャギは唱えた。

 

                      
                                  「南斗の里だ」





   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……なぁ、ジャギ。久々に会えた事は確かに嬉しいし、アンナも元気そうな顔を見れて安心はした。俺の父親と母親も
 背が伸びたと言って喜んでたし、師であるフウゲン様もお前が柱に、あのちょっと変梃りんな名前の南斗の技で浅い
 ながら斬り跡が出来たのを見て『真面目に修行をしていたようじゃな』と言った事も好敵手(ライバル)としては嬉しい
 限りだし、まぁ色々とお前に再会出来たのは嬉しい。だがな、行き成り誘拐するように連れ出すとは如何言う気だ!?」

 「説明口調ご苦労さん。そんな青筋立てると禿げるぞ?」

 「シン、久し振り~。金髪、大分伸びたねぇ」

 「誰が禿げるか! ……あぁアンナ。とりあえず、母上譲りの自慢の髪なんでな。まぁ、これ以上伸ばす気は無いが……」

 「ワン! ワンワンワン!!」

 (……喧しいな、おい)

 ギャーギャーと騒ぐ子供三人、そして一匹。フウゲンの居る町から半ば強引にシンを連れ出したジャギ。

 ジュガイはどうやら山篭りなのかどうか解らんが、サウザーの強さを感じ取り、真似して山奥で修行をしてるとシンから聞く。

 フウゲン様は相変わらず見た目普通の爺さんだが、自分の南斗の技を見る視線は達人の顔だったし、シンの両親は自分が
 訪問した途端二人して抱きしめて歓迎した。……直に出なかったらあのまま泊り込みだったとジャギは確信する。

 ある程度、ジャギに文句を言い続けていたシンだが、これ以上は無駄だと判断すると落ち着きを取り戻し、そして言った。

 「南斗の里か。……俺も、行くのは初めてだな」

 「うん? シンって南斗の人間なのに言った事無いのか?」

 「……多分、四年ほど前には両親や師と共に着たとは思うんだ。……だが、そんな子供の頃の事覚えている筈が無かろう?」

 「……まぁ、普通そうだよな」

 『ジャギ』の記憶の中に赤ん坊の頃の記憶が微かに有るジャギは複雑そうにシンへと同意する。

 そんな男二人の会話をつまらないと感じて頬を膨らましアンナはリュウを抱きしめながら言う。

 「ねぇねぇ、そんな事より。南斗の里ってどんな所なの?」

 そのアンナの問いに、シンが代表して応えた。

 ……南斗の里。……それは鳳凰拳とは異なる権力を持つ南斗聖司教が住まう場所。其処では拳を極めた伝承者が赴き
 聖司教から与えられた試練を乗り越えて伝承者の印可を与えられると言われている。また、宝石が埋め込まれた女神像がある。

 「……とまぁ、全部フウゲン様から聞かされたものばかりだがな。……後、戻ったらジャギ、説教は覚悟しとけよ」

 「地の果てまで逃げ切って見せるぜ」

 「てめぇには無理だ。絶対に」

 シンは、未来を暗示しジャギを詰り、ジャギは虚勢を張るも運転するリーダーに瞬時に突っ込まれた。

 そんな三人のやり取りをアンナだけが笑った。笑い声は春風の中へと消えていく。

 ……桜の花弁が……走り行くバイクの背後で散り舞っていた。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……意外だな。俺達って怪しい集団だから門前払いされるかもって思ってたんだけどよ」

 「お前、無理だったら忍び込む気だったのかジャギ。……ったく。俺がフウゲン様から南斗の正式な許可証を持ってたから
 良かったものの……もし、それが無かったら半日掛けて来た意味が無駄になる所だったんだぞ! おい!」

 ジャギは、自分で言い出したのだが南斗の里と言うのが自分のイメージより遥かに田舎っぽかった事にショックを。

 そして、シンはジャギの無鉄砲さに呆れつつ。だが、物心付いて初めて来る場所に少しだけ期待感を膨らませつつも、
 それを表に出す事なくジャギへと怒鳴る。……最も、ジャギに対する鬱憤の感情は本物だったが……。

 「とりあえず早く中に入ろうよ二人とも~。兄貴ってば着いた途端にへばっちゃってるんだもん」

 「アンッ!」

 「……ってん……めぇ。……人事……だからってな……」

 催促するアンナとリュウ。その横で、リーゼントを萎びらせ、げっそりとした様子のリーダーがバイクに凭れ掛かっていた。

 ……子供三人と共に長時間走り続けていたリーダー。……言っておくが運転なんてかなり集中力を使うのだ。
 しかも、子供三人連れていての運転。リーダーは何度も放り投げようか? と考えつつも必死に目的地へ完走した。

 「……俺は此処で煙草吹かして待っているわ。……ついでに今日はここらで宿を取る感じでもう良いだろ」

 「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は両親にそんな事伝えてな」

 「安心しろ、いざとなったら一泊するって俺が言っといたから」

 「こんな時だけ用意がいいな、お前は!?」

 シンの突っ込みを他所に、ジャギとアンナはレッズゴーと手を繋ぎあい南斗の里へと入る。

 シンは疲れた顔をしつつも、こんな風に馬鹿騒ぎが久し振りに出来る事に、少しだけ棘が生えていた心も解れていた。

 『……シンよ。お主の拳にはゆとりが見えん。……それでは孤鷲拳を極めれはせんぞ?』

 『ゆとり、ですと? ……拳は力あってこその強さ! 力なければ敵には打ち勝てないではないですか! 師父!』

 『……ジュガイと同じ事を言うようになったな。……己で、一度ゆっくりと今の自分を考えよ、シン』

 (……今の俺に足りない物……この南斗の里で、何か得られるだろうか?)

 シンは、悩みを押し隠しながら彼等二人の背を追う。自分の欲望に、何が今足りないのかと悩み考えながら。

 そして彼は一つの答えと巡り合う。それは、ジャギにとっても、シンにとっても、そしてアンナにとっても貴重な出会い。

 ……それは、ゆっくりと近づいていた。



  
    

     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……綺麗」

 「……こりゃ、成る程」

 現在、アンナとジャギは二人で南斗の女神像へと赴いている。

 ……南斗の女神像。それは北斗の女人像のように、神秘と幻想を織り交ぜた雰囲気を宿し建っていた。

 (多分、この像も本来は北斗の女人像を元に作られたんだろうな。……または、女人像に対抗して……とかか?)

 原作を知るが故に、どうも裏の裏を読もうとする癖があるジャギ。素直に美しいと思えないのは悲しい性である。

 アンナは純粋に綺麗だと喜んで小さく跳ねている。……ちぐはぐで対照的な二人だ。

 子供が二人女神像に来ても、この里の者達は外の子供がお祈りにやって来たのだろうと関心も示さない。

 ……今更だが世紀末の極悪人の姿でなくて本当に良かったと思う。

 いや、数人だがジャギとアンナへと話しかけてくる。結構中年の女性。多分此処で働いているだろうその女性は言った。

 「あら、可愛い二人組みね。貴方達も女神像にお祈りに来たのかい?」

 それに二人は頷く。その中年の女性はニコニコしながら言う。

 「偉いねぇ小さいのに。……貴方達を見ていると、あの方と、そしてリュウガ様を思い出すわぁ」

 (……何?)

 聞き捨てならぬ。いや、出遭えたら幸運だと思っていた人物の情報を早速聞きつけて最近聴覚が異様に発達した
 ジャギはピクピクと耳を動かしつつ、その女性へと詰め寄って口を開いた。冷静になろうとしているが、口調は興奮を隠せていない。

 「な、なあおばさ『お姉さん』……お姉さん。その……その二人って何処に今居るか解る?」

 おべっかまで使って、女性へと問いかけるジャギ。必死だ。

 その言葉に、女性は少し難しい顔をした。……ビンゴだ。

 「……うぅ~ん。ダーマ様に住んでいる所は聞かされてないんだよね。御免ね、僕ちゃん」

 「あぁ別に良いよ良い。もしかすりゃ、今日にでも会えるだろうし」

 (あぁ、そうだ……会ってみせる。……そんで会って……とりあえず『あいつ』に接触して好人物だと思わせれば……!)

 ジャギはユリアが南斗の最後の将である事が既に知っている。原作の知識ゆえに、その情報を利用して今からでも 
 自分とユリアが友人となる事が出来るようであれば、それは未来で強力なバックアップを作ったようなものだと心の中で
 悪魔のように高笑いをしていた。……勝て(生き抜けれ)ば良い。それが全てだの精神を地で行こうとジャギはしている。

 ……だが、彼は大事な事を失念していた。……そう、本当に……大事な事を。


   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……ったく、ジャギめ。あいつの破天荒ぶりには疲れる」

 南斗の女神像。……確かに何かしら神秘的に感じたがそれだけ。自分の拳に何か活かせるかは到底思えずすぐ離れたシン。

 ……この里をある程度見たが、自分にとって得するものだと何も無い。

 「……来るのが早過ぎたんだ。俺が伝承者になる暁には、多分もう一度来るだろうが、今は別に来る必要は……」

 無い。そう言い切ろうとした時。シンはジャギとアンナが女神像の元に居る近くの建物で……一人の娘を見かけた。
 
 その娘を見た瞬間、彼の瞳は一瞬にして彼女だけを捕えていた。

 激しく揺れる心臓。体中の血管が沸き立つ感覚。そして飢えるように欲したいと思う感情。……今まで感じた事ない気持ち。

 (何だこれは? ……それよりも……彼女は……)

 「おいっ、何ぼうっとしてんだシン?」

 そう、耳元で言われてシンは我に返った。

 「……ジャギ?」

 「あぁ、俺だよ。……如何したんだ? そんな熱に浮かされた見たいな顔して?」

 ジャギの言葉に返事をせず、シンは先程の人物が何処に居るか確認しようと首を戻す。

 ……先程の胸の高鳴りを起こした人物は……何時しか消えていた。

 「……あの娘は一体……」

 「おらっ、もう日が暮れてるんだから早く宿行こうぜっ」

 「シン~。私もうお腹ぺこぺこ~」

 「……あぁ、たくっ! 解った解った!」

 シンは先程の感情が何だったのだろうと思いつつ、ジャギとアンナの後ろを付いて行き、後ろ髪を引かれる思いで
 先程気になる人物が居た方向へと何度も背後を振り返る。……だが、決して彼が気になった人物を見る事は叶わなかった。


   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……ユリア、平気か?」

 ……シンが見失った時。その時一人の少年が女の子の手を繋ぎ細い道へと歩いていた。

 「……全く、一人で出歩くなとダーマ様にも言われてなかったか? ……まぁ、自発的にお前が歩いたのには驚いたがな」

 ……その少年……『リュウガ』は何も言わぬ少女へと話し掛けながら細い道を連なり歩き続けていた。

 ……その女の子は人形のような美しさを秘めており。成長すれば何者すら霞ます美しさを持つだろうと予感させる女の子だった。

 ……なのに関わらず、彼女は無表情でリュウガと言う名の少年の手につられるまま歩いていた。

 ……『リュウガ』。彼は『天狼星』と言う名の星の宿命を抱いていた。

 その星は北斗や南斗とも異なる孤高の星。その星の宿命とは、何時か世が乱れた時に、天を統べる星を見定める宿命である。

 彼は、未だ十にも満たぬ歳だがそれを既に知っている。……知りつつ、彼は未だ柔らかな光を携えて妹を見ていた。

 「……なぁユリア。お前が生まれてから、もう六年程か? ……随分大きくなった。……だが、出来るならばお前の
 笑顔を見たい。……お前が喋る様を、普通の娘のように振舞う姿を見たい。……それさえ叶うなら……星の宿命など……」

 寂しそうに、リュウガはそう打ち明けてユリアの顔をじっと見る。

 ……だが、ユリアは何も言わない。……彼女の心は、生まれた時と共に封じ込まれたままなのだ。

 リュウガは溜息を吐き、道を抜けると一つの隠されたような場所にある宮廷へと入り、そして一つの一室をノックした。

 「……ダーマ様。ユリアを連れ戻しました」

 その声と同時に扉が開かれる。一瞬リュウガに目を走らせ、そしてユリアの無事を確認して安堵の溜息と共にユリアを抱きしめる。

 「おぉユリア……! ……リュウガ、済まん。お前の代わりに私が親の務めを果たさんくては行かぬのに」

 「良いのですよ。ユリアには、命を救ってもらった。……こんな事しか今の俺には役立てない」

 自傷気味にリュウガは己を哂う。……命を救ってもらった。……それはユリア伝に描写された飛行機事故の事だろう。

 ……日本に辿り着く際、彼等の飛行機は爆発し本来ならば命を失う運命をユリアのお陰により救われる事が出来た。

 その時怯えて逃げたのが、最後にユリアが人形のようになった後に見せた人間らしい感情。それを後にユリアに変化は無い。

 リュウガ、ダーマ、それに付き人は何度も話しかけては、ユリアの心に何か兆しが起こるか藁に縋る想いで掛けて来た。

 その中で一際積極的に昼夜問わず語りかけていたのは……リュウガだろう。

 彼は、ユリアを肉親として愛している。それゆえに、心を失くした彼女の為に何か出来る事を必死で案じているのだ。

 「……ユリア様の父上が居れば」

 そう、弱気な声がダーマから漏れる。

 それに過敏に反応したのは、他ならぬリュウガだ。

 「父が居たら? ……馬鹿馬鹿しいっ。俺を、ユリアを置いて何処かに消え去った男など……父でも何でもない。
 ……何より、俺は聞いたぞダーマ。俺の父は母を娶りながら別の女の事も愛してたと言う噂をな。……当たりか」

 リュウガの激しい言葉と問いかけに身を凍らすダーマ。リュウガは自分の疑問が真実だと理解すると嘲りと共に言った。

 「……きっと、俺が自らユリアの心を取り戻して見せる。……ダーマ。貴方の事は好いている……だが、俺が守る者は
 ユリアただ一人なのだダーマ。それを除き、俺の周りには何も無い……俺には、俺は『天狼星』なのだからなっ」

 ……ダーマの他に、ユリアが目の前に居るのに激情に至るのは、彼も薄々ながらユリアに回復の兆しが無い事を
 心の何処かで諦めてるからかも知れない。……彼も成長し心に棘が芽生えていた……霜のように凍る棘がだ。

 バタン! と。彼はそう言い切ると扉を強く閉めて去った。……多分だが、拳法の修行へと向かったのだろう。

 ……リュウガの拳法は泰山天狼拳。……泰山流を統べる最強の拳法であり、その拳は元斗に通ずる技を備えている。

 リュウガはその拳のみだけを糧に生きていた。……生まれを変える事は出来ない。彼は目の前に有る運命に対し、
 有るがままに受け入れる特殊な性質があった。……ゆえに、受ける拳法も、星の宿命も抗う事なく全て受け入れた……全て。

 ……その扉が閉まった数分後に、浮かない顔のユリアと同い年程の娘が現われる。
 「……ダーマ様。今、リュウガ様が物凄い勢いで飛び出しましたけど……何か」

 「いや、何でもないのだサキよ。……少々、ユリアの話し相手になってくれんか」

 その言葉に頷き、サキは笑顔を浮かべてユリアの手を取り部屋を出る。……例えそれが傍から見れば無駄な事に
 見えても、南斗の者達は続ける。……彼女の心を戻そうと……彼女の星に輝きが放たれるのを……南斗の者達は続ける。

 「……そう言えば、今日孤鷲拳の候補の子供と、少々変わった子供が二人この里に来たとか聞いたな」

 疲労を帯びた顔で、この里の事を知り尽くしたダーマは色々な情報を集める裏の者からの話をふと思い出した。

 「……南斗孤鷲拳伝承者候補と言えば、確か『殉星』を司っていたな。……もしも出会えれば……ユリアの……心に」

 ……ダーマは疲労からか机に眠る。……春の眠気は、流石に最後の将の代わりを務める彼にも抗うのは酷だったらしい。

 ……彼等は未だ気付いていない。その来訪した『殉星』と、その連れの天邪鬼が運命を狂わす者だと言う事を。

 それは、すぐ近い内に知れる事なのであった……。










        後書きと言う名の考察


 リュウガって、多分幼い頃から南斗の先人達にユリアを守るようにって指示されていたと思うんだよね。

 それで『天狼星』と言う、感情に左右されずに巨星を見極めるがゆえにジュウザやユリアとも疎遠の生き方だったと予測。

 ……と言うか、世紀末前はユリアとケンシロウが付き合ってたなら自己紹介しとけよ。そうすりゃ未だ色々と変化あったろ。












[29120] 【文曲編】第十五話『姫君と 哂う天邪鬼(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/20 23:19


 彼女が探すのは青い鳥 自分を幸せにしてくれる人を欲し待ち続ける

 彼女が探すのは一輪の華 自分が見失った幸福を見つけるため歩き続ける

 二人は七つの星を刻む人を愛す 二人は七つの星の側にずっと居る事を願い続ける

 一人は叶い 一人は夢破れ それは一つの物語 ただ一つの物語に過ぎぬ

 たったそれだけ たった些細な出来事

 だが、二人に決定的な違いがあるとすれば、ただ一つ。

 それは、幸福の在り方を彼女達は共に違う想いを抱いていた事。



   
    
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 とりあえず南斗の里の一角で宿泊したが、シンの様子が可笑しい。

 変にぼんやりした顔で、歯磨き粉と洗顔液を間違えるような些細な失敗を朝から連続でしていた。

 どうも可笑しい、いや、薄々もしかして、と言う予想はあるのだが、もしそうなった場合少しだけ危ない。

 もし、シンが『あの人』を見かけたとならば、多分だが心奪われて直にでも素性を知りたいと思うはずだ。

 ……それだけは避けたいと、ジャギは横目でちらちらシンを見遣りつつ溜息を吐くのだった。

 「美味しいねぇ~、ジャギ」

 そんな苦労を知ってか知らずが、アンナはニコニコとご飯粒を唇に律儀に付けてジャギへと話しかける。

 ジャギは自然にアンナの口を拭きながらそうだなと頷く。寺院じゃ粥、シンの家ではパンが主食だった為に新鮮な朝食だ。

 (……いっその事自分で稲植えて米作るか?)

 日本人なのにまともにご飯を食べる生活が無い事が本気で心配なジャギ。

 周囲の人物は主食が米で無い事に無頓着だ。アンナなら『ジャギと一緒なら何でも美味しいから良いよ』との言であり。
 シンならばパン。リュウケンは一昔前の日本育ちゆえか粥をメインに食事に出すのでジャギとしては普通に米が食いたかった。

 「……ボス。町で田んぼって近くにあったっけ?」

 「いきなり何言ってんだお前?」

 世紀末になったら米が食えなくなる……! そんな馬鹿げているが結構切実な問題を抱えているジャギの言葉を、リーダーは
 呆れながら南斗の里特有の山菜料理に舌鼓を打っている。シンは、先程から何か話しても頷くばかりだ。

 アンナは不思議そうに、ぼうっとしているシンの目をじっと見る。……何か、こう子供返りする前もだけどアンナは
 シンの瞳をじっと見ていた事が多かった気がする。……シンが好き、とか? ……いやいや、とジャギは心の中で首を振った。

 「……シンってば何か起きてるのに夢でも見てるみたい」

 「……だよな」

 的を得た発言にジャギは頷く。……アンナは時折、事件の前の頃の何かしら大人びていた時の発言を取り戻す事がある。
 ……きっと、きっと何時か自然に前のように戻れる。だから、ジャギはアンナに普通に今日も接するのだ。

 「今日は、どうするアンナ?」

 「う~ん……ジャギ、ジャギ私ね。ちょっとだけ森の中リュウと散歩しに行ってみたいっ」

 「……一人で、って事か?」

 その言葉に頷くアンナ。……別に珍しい事では無い。最初はジャギにべったりなアンナも、状態が落ち着いていると一人、
 もしくは犬のリュウと一緒にぼんやりする事が、ジャギと一緒に居る事の次に好きだから。……アンナの兄のリーダーは
 他所の場所で一人にするのは不安だ。と顔にありありと書かれていたが、ジャギはアンナの好きに出来ればしてやりたかった。

 「……うん、構わないぜ。……ボス、別にリュウも居るし何かあったらすぐに俺が駆けつけるから……良いよな?」

 「……ふぅ、まぁな。そんじゃ、俺はもう少し此処でのんびりするかね。……桜も綺麗な事だしな」

 そうリーダーは窓の外を見つつ言葉を切る。

 ……南斗の里の周囲には桜が散りばめ、桃色の景色が朝の陽射しに輝いている。

 ……今日は少しだけ良い事が起きる……そんな気がした。


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 
 ……生まれながらにして、彼女は姫君だった。

 我等が守りし星を真に統べるお方。今、自らは南斗の一部の者以外に知らされずあの方の代わりとして担い手を務めている。

 だが、あの方の心がもし目覚めた時、その役目も何時しか終わりを告げる。

 それまでの私は影武者。一切語らず、歴史の影へと葬られる者の一人として生を終わる覚悟を抱いている。

 「……眠って、いたか」

 ……ダーマは久々に夢を見ていた。……それは、随分と昔にユリアの両親が一緒だった頃の夢。

 その時自分はユリアの両親とは旧い友人としてでもあり、また南斗の未来を語り合う良き相手として過ごしていた。
 
 ……あの、事件と言うには悲しすぎる事故が起きるまでは。

 ……赤ん坊の泣き声、そして男性の必死な声と女性の穏やかな最後の言葉。

 その傍らに医者と私が佇んでおり、そして未だ幼いリュウガ様が感情を失ったユリア様と同じ能面のように何も
 映さぬ顔でじっと父母を見ている光景……悪夢と言うには悲しすぎ、幸福と言うには余りに絶望に満ちた夢……。

 その夢は過去の真実。ユリア様の母君はユリア様を産む事に命を尽くし、余りに短い月、余りに少ない回数ユリア様をその
 優しさに包まれた腕で抱く事が叶わず、世を去った。そして、その直後に、ユリア様から喜怒哀楽全ての感情がお顔から
 消え去り。医者も、神主も、その時高名であった術士の手でさえもどうにもならぬ事を知り絶望した父君が突然南斗去ったのは
 ダーマの記憶には未だ鮮明に妬き付いている光景なのであった。……ユリアの父君の行方は……未だ生死は不明のまま。

 「……心労かな。今まで忘れ去っていたのに……あの時の記憶を見るとは……」

 ……悲しき運命だと感じる。

 ……リュウガは『天狼星』を宿命に掲げ、いずれは南斗を去り、独りで星の使命を遂げようとしていると感じている。

 そして、ユリア様も自分の宿命をやがて気付くだろう。……『慈母星』と言う。彼女だけが背負わなくてはならぬ宿命を……。

 そう重い未来を憂いながら、窓辺を見て少しだけだが口端をダーマは上げた。

 桜が満開……そう言えばもう春なのだなと彼は思い出す。……未だ両親ともに生存し、周囲の全ての者の心を癒す笑顔
 を放つ赤子のユリア様と、そしてそれを幸せだと言わんばかりの表情を浮かべ付き添うリュウガ様が居た頃も桜が咲いていた。

 「……そうだ、こう桜が咲いていた筈だな」

 感傷気味にダーマは部屋を出てユリアが居る部屋へと向かう。……部屋を開ければきっと何も映し出さぬ瞳と無の顔で
 ユリア様が立っている。……それでも私は諦めず笑顔を携える。……それが、今の私の宿命なのだと思いながら。

 「ユリア様、おはよう……っ!?」

 ……部屋に入り愕然とするダーマ。……無人の部屋。開け放たれた窓。……何と言う事だ! ……また見逃した!

 「りゅ……リュウガ! サキ!」

 慌てて口から泡を飛ばしリュウガと、未だユリアの従者では無いが、いずれはそうする為に置かせているサキを大声で呼ぶ。

 ユリアに何があったのかとダーマの声に参ずる二人。常にユリアに変化があればすぐ応じられるようにしてるので行動は早い。

 「如何したのですか!? ダーマ様ッ」

 「ユリア、ユリア様……が」

 震える人差し指で無人の部屋を指すダーマ。サキも感づき口に手を当て青褪め。リュウガだけは冷静に歩みを進めた。

 生まれた時からのユリアの守護者ゆえにか、その行動は迅速。少し捲れたベットに触れ、未だ熱があるのを感じ
 そう遠くには行ってないと思考するリュウガ。そして、ユリアの部屋に置かれた絵本と、そしてリュウガは答えに辿り着く。

 「……また抜け出したのか」

 「そんな事は解っている!」

 ダーマは未来の南斗を支えしユリアの安否を憂い半ば恐慌しながらリュウガへと叫ぶ。リュウガは、冷静になれと
 少しだけ苛立ちを視線に含みつつダーマを見遣りながら、『青い鳥』と題名打たれた絵本を持ち上げて言った。

 「……きっと、昨日も見つからなかったから今日も探しに森へと行ったに違いない。……読ませたのが不味かったな」

 その苦渋を含ませた呟きを耳にし、ダーマは絵本の題名に気が付き言った。

 「でも、何故。何故ユリア様は……」

 「はっ、決まっているだろ?」

 そう、リュウガはお見通しだとばかりに悲しそうな表情で開け放たれた窓から春一番の風がリュウガの髪を揺らす中言った。



                            「失くした幸福を……取り戻す為さ」




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……南斗の里の陽射しが森林を照らす。

 その森を歩く一人の少女。森林と同化しそうな緑のバンダナを巻き鼻歌を口ずさみながら彼女は犬を引き連れ歩いている。

 彼女にとって一人っきりな事は寂しいけれど、酷く居心地が良くなるのも確かだった。

 ……彼女は夢現の中で何やら大事な事を自分が忘れているような気がしていた。

 ……私は大好きな人が居る。私には大好きな兄が居る。私には大好きな友達が居る。

 ……けれど、そんなものでは無いもっと大事な事。……時々はっきりしそうなのにそれが如何しても明確にならない。

 「……如何したんだろうなぁ~」

 首を傾げて温もりあるリュウを見つめるが、答えは出さない。

 「私、何か忘れてるのかなリュウ。……ジャギは優しいけど、何か一緒に居ると最近酷く心がざわざわするし。兄貴は
 兄貴で変に優しくて何か合わないし。……シンはね。あの青い瞳を見ると何かを思い出せそうだけど……何だったかな?」

 ジャギ……何時も一緒に居てくれる人。一緒に居ると心がポカポカして自分の心が今日の暖かい陽射し見たいに穏やかになる。

 けど、それじゃあ駄目だよって、私の中でとっても知っている声が今のままじゃ駄目だよって言ってくる。

 ……兄貴はずっと昔は怒ってばかりだったのに。今では何か気持ち悪いぐらい優しい。……何だろう。昔は昔でもっと
 ギラギラ! っとした感覚を纏っていたけど、今はそのギラギラが消えて、変に大人びた雰囲気を身に付けている。
 その変に大人びた雰囲気を時折ジャギも見せて。その大人びたジャギを見ると、お腹が冷えたようなそんな感じがするのだ。
 
 ……そして、シン。

 自分と同じ金色の髪の毛。けれど、私のは艶も無いし、少し癖っ毛があって私は自分の髪の毛は余り好きじゃない。
 ジャギが褒めてくれるけど、鏡で見るとそれ程綺麗じゃなくてがっかりする。……シンに生まれる事が出来たら
 あんな風に艶があって絡まない真っ直ぐな髪の毛に生まれたのだろうか? ……最も、シンは男の子なんだけど……。

 ……男性は今でも怖い。……ジャギのお父さんも優しい人だと理解してるけど、あの大きな手が近づくと怖い。
 
 フウゲンさんって言う、良く覚えてないけど自分が一生懸命『何か』の為に鍛えていた時に教えてくれた人も触られたら怖い。
 ジュガイって言う子も怖い。自分より年下な男の子も皆怖い。……だから、一緒になる場合は大抵ジャギの側に居る。

 ……気が付いたらジャギが居て。何故そうなのか知らないけど、ジャギが居れば私はずっと安全だと私は知っている。

 けど、ジャギは何時も私が居たら疲れるだろうなって最近思った。これって、兄貴が時折り『大人になれ』って口走る
 『大人』に近づいた証拠なのだろうか? ……良く解らない。難しい事を考えたり、何か大事だったような事を思い出すと
 頭が変に痛くなったり眠くなる。……そう言う時でも、私は笑顔を浮かべる。……笑顔なら、ジャギも泣きそうにならない。

 ……それで、何だったけ? ……あぁ、確か最近出来た友達の話。

 『シン』。ジャギと同じ位の歳で、ジャギの初めての友達。私と同じ金色の髪。だけど私より男の子なのに綺麗な顔の子。
 ……シンはとっても綺麗な青い目をしている。母が西洋の家系とか何とか難しい事を言ってたけど……良く解らない。
 けど、その青い瞳をじっと見るのが最近の私のお気に入り。……あの蒼い輝きは、『前に』見た星を……。

 「ワン!」

 「……あれ? ってあわわわ……!」

 アンナは気が付けば森林を少し抜けて崖のようになった場所に居た。

 無論、大人ならば余裕で飛び降りて着地出来る高さだが、子供のアンナには、その崖は大きすぎる奈落に見える。

 目を見開き手を大袈裟に振って落ちまいとする。……だが、姿勢は既に崖下に傾いている。

 「ワンワン!」

 「あっわわわ! もうっ……駄目っ!!」

 リュウは既にアンナの腕から飛び降りて崖下を転がるようにだが無事に着地した。

 アンナは目を瞑り崖下に落ちる。子供でも姿勢が悪ければ骨折する高さ。アンナの体は一瞬空中に投げ出された。






                             ……ジャギっ。私こんなに身軽なんだよっ。





 ……空中に一瞬滞在していたアンナ。

 その体は自然に猫のようにしなやかに回り……そして無事に落ちた地面へと両足と両手を付けて着地する。

 「……はへ? ……無傷」

 ……呆然と一瞬アンナはしつつも、そこであっ、と言ってアンナはぽつりと言った。

 「……そっか、私……修行してたんだ」

 ……思い起こされる記憶。……確か今のように山中で走り回ったり、そして結構高い所から落ちつつも身を捻って怪我を
 少なくして落下したりとかしていた記憶が思い出されるアンナ。……その時の記憶の自分は今より背が低かった。

 「私って腕白だったのかな? ……あっ、そう言えばボール……」

 今の落下の衝撃で、リュウと遊ぶ為にと持って来ていたボールが零れた。

 そのボールを拾おうとアンナは身を屈めるも、それを奪い取る白い影。

 「あっ、こらっリュウ!」

 へッへッと息を出しながらリュウは悪戯っぽい輝きでボールを咥えて走り出す。アンナは眉を上げて追いかけ始めた。

 木が、枝が、根っこが走るアンナを邪魔するが、それでも前へと駆けるリュウへ追いつこうと必死に腕を振っている。

 息は上がるものの、アンナは走っている時に何か思い出される気がした。

 ……それは、誰かと走っていた記憶。……ジャギ。そんな気がするも何かが違う。

 ……その走っている自分は今より背が高くて、そして……隣に居る人は自分より背が高くて、速いのに合わせてくれて。
 その人より、今の自分より背の高い自分は足は遅く、それでもその人は笑いながら……私と一緒に……。

 「アンッ!!」

 「……ぁ」

 そんな、不思議な記憶が一瞬脳に浮かんだものの。アンナはリュウの鳴き声に我に返ると、視界を認識した。

 「へぇ……綺麗」

 其処は、森林を抜けた小さな草原。……其処は秘密の、森の隠れ家と言うに相応しい静けさが包まれた場所だった。

 木の梢には珍しい青い鳥が止まり鳴いており、アンナはそんな自然に満ち溢れた場所に自然に笑顔が零れた。

 リュウは何時の間にかボールをアンナの足元に置いて、早く投げてくれとばかりに尻尾を振っている。

 「よし、リュウ行くよっ」

 振りかぶりボールを投げるアンナ。一声元気良く鳴いてリュウはボールを追いかけて走り出す。

 それで、またボールを咥えてリュウは自分の所に戻るだろう。そう自然に待ち構えていたアンナだが、次の光景に目を白黒させた。

 「……誰?」

 「……?」

 ……見えたのは……リュウの後を追いかけるかのように突然現われた少女。

 自分より背がちょっとだけ低いけど歳は同じ位。鞠を大事そうに抱きながら、その子は自分を見て首を傾げている。

 アンナは誰だろうと思いつつも、その子が凄く綺麗な子だと最初に思った。

 とっても、人形見たいに綺麗な子。けど、アンナは直感する。



                                この子は……私と似てる……と。



 ……アンナがアンナである時。周りの人達がアンナへと接する空気は酷くアンナに不愉快、と言うような感覚を抱かせた。

 それは、自分の兄の仲間達からも感じられたし、時折り兄貴と手を繋ぎ外に出た時に周囲から差される視線にも感じた。

 その度に、アンナは如何しようもなく嫌で嫌で堪らなく、兄には悪いと思いつつも悲鳴は腹から口へと零れてしまっていた。
 
 ……ジャギと居る間、その感覚は消えていた。……そして、その感覚が全く沸かない人物は特定の人間に存在していた。

 ……まずは当たり前ながら『ジャギ』……そして『兄』。

 ……そして、自分に何か思い出させそうな蒼い瞳を持つ『シン』……女の子のような格好の男の子だった『フィッツ』。

 ……この場合『フィッツ』との出会いの時に感覚は似ている。アンナは今目の前に立つ女の子を見て、自分と同類だと見抜いていた。

 ……それは、何処かしら欠落している事なのか……どうなのか。

 
 その小さな人形のような女の子も、自分と同じ女の子とは言え初めて出会う人物なのに逃げも隠れもしなかった。

 青い鳥を探し追いかけて外に出た少女。彼女は心を閉ざしたままとは言え、自分にとって嫌な物ならばすぐ逃げる事は可能だった。

 だと言うのに彼女も微動だにせず、あろう事か彼女へと近づく。

 ……二人は無言で近くの木の下で座った。


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・
 

 
 ……陽の光は既に頭上高く上っている。昼近い時刻……其処に二人の男が森の周辺を歩いていた。

 「居たか?」

 「いやっ……ったく何で何時も何時も俺ははぐれちまうんだっ。……これでもしまた何かあったら……」

 「それは無いと思うがな。……しかし意外と広い森林だな。……このまま行方不明ならば里全員で捜索する事になるぞ」

 朝餉を終えて無理やり運動させたら元の状態に取り合えず戻ったシン。

 昼近くなってから、戻らぬアンナを心配してジャギはシンを連れて捜索し始めていた。……意外にこの里は広い。

 ……アンナの兄貴も出来れば人手に呼びたかったが南斗の女神像へ見に行って距離が若干有ったし、何よりまた騒動
 が有った事を知らせるのは忍びないと思った。……最も、シンを巻き込んでしまうのは、ジャギは割り切っているのだけど。

 大声で呼びかけてみるが、結構深い所に居るのか森林からは何も聞こえない。

 時間が過ぎれば事故に巻き込まれたかも知れぬ不遇な彼女の安否について心配が募る。ジャギは苛立ちが頂点に達していた。

 「あぁくそっ! 俺も森に入るぞシン!」

 「だからそう焦るな! お前まで遭難なって事になったら如何する気だ!? 此処は土地に詳しい人物を捜してだ……」

 そんなの待っていられるか! と叫ぶジャギにシンは頭を悩ます。……この二人は何かと事故に巻き込まれる体質なのか
 観光に訪れたこんな場所でさえ一騒動が起きている。……別に良いのだが、自分の悩みを一々考える暇も目の前の人物は
 与えてくれない。シンは、取り合えず昨日見た女性の事や、拳法の悩みは一先ず置いておこうと決意した。

 「こうしてる間にでもあいつが熊か虎か狼かに襲われていると思うと俺は……俺はっ!」

 「生憎だが、この辺では熊は出るが、虎や狼は出ない」

 「……誰だ?」

 カサカサ……っと草木を掻き分ける音と共に現われた少年の声。

 ジャギとシンは取り合えず動きを止め、現われる人物を見た。

 (! ……こいつは)

 そう、ジャギは出現した意外な人物に目を軽く開き。シンは何者かと純粋に訝しんだ。

 「何者だ?」

 シンの質問に……その栗色の若々しい髪の毛を春の風に揺らす少年は静かに鋭い知性を秘めた言葉でシンに言葉を返す。

 「……この辺の者だ。……お前達、この近くで俺より少しだけ背が低い女の子を見かけなかったが?」

 小さな女の子……その言葉に、少し背が成長しそして子供返りした少女の姿を追っていたシンはすぐに聞き返してしまった。

 「! アンナの事かっ?」

 その、行き成り初めて出てきた人物の名に首を傾げつつ……『リュウガ』は喋る。

 ジャギだけが正体を知る目の前に人物『天狼星』リュウガ。……どうやら素性を二人に明かす気は無さそうだとジャギは
 暗に納得しつつ理解して、リュウガを見る。……天帝の使者だとか、その生涯が多少不明な人物。ジャギは自分の
 人生において、このように人生模様が今一はっきりしない人物がはっきり言えば苦手だった。何か起きるか解らないから。

 「? ……生憎だが、俺が捜しているのは妹だ。……アンナと言う名前ではないな」

 (……おいおい、ユリアまで行方不明なのかよ)

 一難起こってまた一難……とシンとリュウガの対話を聞きつつ重荷が心の中で増すジャギ。……アンナの心配と一緒にユリア
 が行方不明となると南斗の危機だ。……もし何か身の危険があれば、もはや北斗の拳の世界は滅茶苦茶になるだろうと確信する。

 「何だ、違うのか……生憎だが俺達も急いで」

 「解った。お前の妹探し、手伝ってやる」

 「って、おいジャギ!?」

 シンの言葉を遮り快諾するジャギ。……アンナも見つけるが、何よりもここら辺でリュウガに良い所を見せた方が良い。
 ……アンナも心配だが、それ以上に将来的な保険を懸けたいと言う、どうにも汚い思考がジャギには浮かんでいた。

 (……何か嫌な考え方だな。……けど、これも仕方が無いんだ。仕方が無い……)

 自分の心が、何やら酷くざわざわしているジャギ。その表面上笑みを浮かべるジャギを、シンは疑わしそうに。リュウガ
 は幾分見定めるような視線を宿してから、とりあえず悪意は無いと判断つけると顔を森へと向けて言った。

 「……俺が案内しよう。……もし、俺の妹が居るならば鳥の巣の近くだろうからな」

 そう言って森へと入り込むリュウガを、ジャギとシンは一拍置いて追いかけるのであった。


   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 ……アンナは世間話をしていた。

 ……長い長い話。それは対話とは言えないほぼ独り言。

 だけどアンナは構わない。長い時間ゆえに睡魔に誘われたリュウを仕切りに、ユリアの隣で木に凭れつつアンナは喋る。

 「……私ねぇ、アンナって言う名前なんだ」

 その、アンナの言葉に……少女は何も言わない、何も顔に浮かべない。

 「……この場所ねぇ、初めて来たんだ。綺麗な所だねぇ。私の住んでいる場所、前は何処もゴミだらけど、外に出たら
 感じの悪い人達が一杯いる所で、外に出る事だって自由に出来ない所だったんだ。……今はね、もう居ないけど其処に」

 アンナは、何を話しかけても無言を守る少女に、害す事なく独り言のように喋り続ける。

 ……無意識に、彼女は心をあの事件で半壊されつつも知っていたゆえにかも知れない。また、『知識』が呼び掛けたお陰かも知れない。

 ただ、どちらにしようとアンナは常に纏う笑顔を此処でも携えて、少女へと語りかけていた。……ただただ思い出を。

 「……それでね。今はジャギが一緒に居るから寂しくないんだ。……ジャギと一緒なら何処にでも行けるし、どんな物
 でも美味しく食べれるんだ。……私はジャギが好き、好きなんだけど、如何してだろうねぇ。ジャギは大好きだって言うと
 頷いてくれるけど、けど変だよね。私解っちゃうんだ。それが、それはジャギの言葉だけど『ジャギ』じゃないって」

 ……笑いは哂いに。笑みは虚ろな仮面へと変化する。

 ……側で眠りこけていたリュウは、耳をピクリと揺らした。

 ……話している内に、アンナには自分の中の心の何かが悲鳴を上げているのに気付いていたのだ。

 ……ずっと見守られ、愛され……それでも心から零れなかった『何か』

 自分で封じ込めてしまった一定の『負』の感情が……徐々にアンナから零れ始めていた。

 「……私、シンだったら良かったな。それだったら南斗の拳士ってとっても強いから、ジャギを守れる筈でしょお?
 ……あぁ、でもそれだとジャギは私を好きになってくれないのか。……ううん、別に私はジャギに好かれなくても良いんだ」

 何時しか、アンナの言葉は前の状態へと無意識に戻っていた。言葉遣いは子供のように間延びした物からしっかりした言葉遣いに。

 「何で? 何で私は弱いの? 何でジャギをしっかり安心出来るようにならないの? ……如何して? ねぇ如何して?」

 


                               


                             「如何して……私達だけ幸せになれなかったの?」






 アンナの瞳から……涙が零れる。

 ユリアは、じっと人形のように真正面を向いたままだったが。そのハラハラと涙が零れ出したアンナへと……ゆっくり首を向けた。

 「……ぁはは。何言っているのか自分でも解らなくなっちゃった」

 ごしごしと目が傷つく事すら忘れ涙を拭うアンナ。目元が赤いが顔に幾分差していた影は抜け去る。

 ……今のアンナには何故か知らないが少しだけ気持ちが整理する事が出来ていた。

 それは心を奥底に眠らそうと仄かに輝く『慈母星』が側に居るからなのか解らぬが、それでもアンナの心は少しだけ癒された。

 「ねぇ、ありがとう。貴方に一杯喋っていたらここの所モヤモヤしてた気持ちが晴れたよ。……何で喋れないかわからな」

 「……ァンナッ」

 「! ジャギ」

 そう、隣に居てただ語りかけただけで心楽になった彼女へとお礼を贈ろうとした途端、自分の悩みの種でもあり、そして
 自分の心を常に守ってくれる大切な人の声が聞こえてアンナは大声で応答する。その途端、森から人影が飛び出してきた。

 「っ無事か!?」

 「うんっ、平気だよ、私」

 そう、力瘤を作り元気なのを示すと、力が抜けた様子のジャギと、その後を少しだけ疲弊した感じのシンが現われた。

 「やれやれ、何事もなく良かったな。……アンナ、お前も黙って何処かへ行く……むっ!? はーーーーはっ!?」

 ユリアを見た瞬間、運命の出会いとばかりに硬直するシン。その口から確かに『女神だ……』と言う声が聞こえた。

 ジャギは、ユリアを一瞥し、その顔に表情が浮かばないのを見ると確信した。

 (……やっぱ、『未だ』心を取り戻せてないのか。……となると、『あいつ』が訪れるまでずっとこの状態か……)

 ……赤ん坊の頃感情を置き去りにしたと描かれていたユリア。ジャギは原作を知るがゆえに、ケンシロウが来なければ
 ユリアの心が戻らないと知っている。……それまでリュウガはずっと歯痒い想いを抱き、そして南斗の者達も憂うのだろう。

 そんな少しの期間とは言えども、しらなければ長い辛い期間を過ごす者達に幾分同情しつつアンナへと言う。

 「どうだ、楽しかったか? 散歩」

 「うんっ、あのねっジャギ。私、友達が出来だよ!」

 そう、晴れやかな顔で笑うアンナに、少しだけ動揺するジャギ。

 「……アンナ、もしかして……戻っているのか?」

 「……? 私、ジャギが何を言っているのか解らないよ」

 そう不思議そうに言われて、ジャギは未だ駄目か……とがっかりする。

 今、一瞬だけ気の所為かも知れ無いが、事件前のアンナの表情を今のアンナはしていた気がした。

 自分の見間違いかも知れない、だけど、もしそれが見間違いでないのなら……アンナは何時か戻って来る……。

 そう思いながら頷いていると、少し遅れてからマントに包まれて無機質でない無表情を浮かべた少年がユリアの元に近づく。

 「……ユリア、心配したぞ。そろそろ帰らなければ、ダーマ様も心配している」

 「! ユリア……それがその娘の名前……」

 シンは、自分が一目惚れ……とは言わぬが心奪われた少女の名を聞き口の中で繰り返し呟く。

 「……誰だが知らんが俺の妹は生まれてすぐに心を失くしてな。……悪いが、下手に刺激して妹の心を壊すような事を
 していでくれ。……もし、万が一でも危害を加えるならば……俺は、お前達に何をするか自分でもわからん」

 そう言って、一つの樹木へとリュウガは爪を立て、そして一気に引き抜いだ。……樹には削いだ跡が残る。

 ……泰山天狼拳。……それは余りの素早さから拳を受けた敵は冷気を感じ絶命する泰山最強の拳法。……作者の推測が
 正しいのならば、天帝の使者と言う解説を判断するに、元斗の闘気(オーラ)を組み合わせての拳法と思える技。

 未熟だとは解るが、愛する者に危害を加える者は削ぎ祓うと言う意思を秘めた拳は樹を如実に傷つけた。

 シンは単純に南斗の拳を知る物かと思い、ジャギは、何故こんなに原作の登場人物って幼い時から実力が有るんだろう?
 と不思議に思っている。……多分だが、南斗六星にしても、北斗兄弟にしろ普通とは昔から掛け離れているのだと言ってみる。

 「あぁ、了解したよ。おらっシン、何時までもその女の子見つめていたら怖がるだろうが! アンナ、行こうぜ」

 さり気無く、でも無いがシンにこれ以上ユリアに干渉させるのは危険と即判断して腕を引っ張るジャギ。

 ジャギは想像が正しければ、もう既にリュウガを目印として、南斗の五車星までとは行かぬが、誰か尾行しているだろう
 と思っていた。……まぁ、それは杞憂である。リュウガだけがただ、ユリアを捜す為に今回は一人で捜索していた。

 「うんジャギ。それじゃあねユリア。また、会おうね」

 そう言って、約束の印にと小指を差し出すアンナ。

 それにジャギは複雑そうな顔を浮かべ、リュウガも苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

 ユリアは心を失くしている。ならばアンナの指に応じるはずは……。





       
                                  ……スッ





 
 ((何……!?))

 ……信じられぬ光景。

 ……アンナの小指……指きりげんまんの為に差し出された小指に、ユリアの手は動き、小指は絡みついていた。

 ……有り得ぬ光景。有り得ぬ反応。……心を何処かへと置き去りにしたユリアが一人の女の手によって蘇ったとでも……。

 そんな、ジャギとリュウガの硬直している事に気付かず、アンナだけは笑ってユリアへと言った。

 「えへへっ。それじゃあね。また、会おうね」

 そう、手を振ってアンナはジャギが飛び出した場所へと飛び込む。……それに慌ててジャギも追いかけ、そしてシンは
 もう少しユリアの事を知りたいと思いながら、ジャギに掴まれた事によって反応する暇なく森の中へと姿を消した。

 「……ユリア、お前感情を……っ」

 素性も知れぬ三人が消え去った後、リュウガはユリアの肩を掴み顔を覗き込む。

 ……だが、ユリアの顔には何の変化も無い。まるで、さっきの出来事は夢だったと言わんばかりに……。

 「……いや、夢ではないよな。……何故なら、ほら、お前の頭に花の冠が載せられている……先ほどの女が居た証拠だ」

 ……誰かが手で作った花の冠。女の子が作ったと言わんばかりの華の冠を被りし小さな自分の妹……小さな姫君。

 「……あの子は何者で、それであの二人はどう言った人物だったユリア? ……あの子の約束にお前は応えた。
 ……母君の遺した鞠をつくか、見知らぬ誰かから距離を置く以外反応を示さぬお前が始めて見せた人間らしい反応。
 ……ユリア、それはきっとお前の心がもうすぐ取り戻せる……そう、俺は希望を持っても……望んでも……良いよな」

 そう、一人の小さな運命を背負う騎士は、小さな姫をじっと抱きしめていた。

 ……先ほど彼女と風変わりに自分達に希望を見せた少女が座っていた桜の大樹は満開に桜を散らす……まるで祝福するかのように……。







 「……ジャギ、何故すぐに去った。……俺は、あの娘の事をよく知りたかったのに」

 「ど阿呆。もう帰らなくちゃいけない時間だし、何よりちょっと病気持ちだって感じだったから長い事構うのは可哀想だろうが」

 そう、諌めるジャギにシンは何か言い返したかったが、ジャギの言葉は正論過ぎて何も言えず口を閉ざした。

 (……ユリアと呼ばれていたな。……美しい娘、俺が始めて心を奪われた。……あの子は心を失くしていると言われていたな。
 ……もし、もし万が一俺が彼女の心を目覚めさせれるなら……それはきっととても大きな喜びなのだと……)

 「……きゃっ!」

 そう、ユリアの事ばかり夢想に更けるシンの目の前に。突如一人の女の子が飛び出しシンの前で転びかけた。

 「おっと! ……気をつけろ」

 「! っす、すいません。あ、有難う御座います……っ!?」

 抱きすくめられて、その少女は助けてもらった少年を見て赤面する。……何しろ若くても美少年なシン。接近して見れば
 普通の少女ならば赤面するのが平常な反応。シンは、その少女の反応に構いもせずに立たせて、再び歩き始めた。

 「……何だ、ぼうっとしている割には女の子助ける余裕あるのな」

 (……今の女の子……どっか原作で見た気がしたな……)

 「当たり前だ。南斗孤鷲拳伝承者候補をなめるな」

 ジャギは、重要な事以外は最近風化しつつある記憶を丹念に掘り下げ、そして思い出せず断念した。

 ジャギの台詞に平然と言い返すシン。既にユリアについて傾倒する気持ちは無い。……未だ『恋』も『愛』も真剣
 に受け取る器をシンは持っていない。少し些細な出来事でも、その想いを心の片隅へと置ける余裕はあった。

 「ねぇ二人とも。また、暇があったら来ようね、絶対」

 そんな二人を振り返り、金髪を春風に揺らしてアンナは微笑んで言う。

 その笑みは自然で、まるで以前の自分を取り戻したかのように、その笑みは力強かった。

 「……あぁ。今度暇が出来たら、絶対な」

 「そうだな。あの娘の事をもっと知りたいし、機会があれば是非……!」

 意欲的に返事するシンと、アンナの些細な変化かも知れぬが輝く笑みにジャギも元気を貰い力強く頷く。

 心に幾つも何かを抱え、それを正直に出せぬ天邪鬼達は哂い笑いながら自分達の帰るべき場所へと返り咲く。






                             願わくば、彼等にもっと光あらん事を……。









    
          

          後書き




   ジュウザはユリアの心が取り戻されてからだからもうちょっと後だな。

 レイ、ユダ、ジュウザ、シュウ辺りはジャギが十歳以降にならんと登場しないのよ。

 それと、今回は南斗の拳士オリジナルキャラ入れようと思うけど、嫌だと思う人居たら無しにするけど、如何する?











[29120] 【文曲編】第十六話『雑談と此処にいる実感』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/21 21:14


 南斗の里で、少しの心のガス抜きを終えたジャギ。アンナの顔に前の笑顔が再び垣間見えるようになったのは
 リュウガやユリアと出会えた事よりもジャギとしては嬉しい収穫だった。ジャギはアンナの笑顔を見ながら考える。

 (……何でかな。……肉体は子供でも精神は大人で本来アンナ位の歳の子などに恋なんてしない筈なのに。……『自分』は
 アンナに対して確実に好意を抱いている。……客観的には似合っても、普通ならば有り得ない筈なんだけどな)

 異世界と言ってよい、この北斗の拳の日本で過ごすジャギには心許せる人物など居なかった。父であるリュウケンも
 半ば心許せない。そんな時に出会った原作にも外伝にも載っていない自分の知識外の少女……その少女の名はアンナだ。

 (考えりゃ考えるほど不思議だよな。……この世界ってパラレルワールドなんだろうか?)

 もう、最近になってこの世界が自分の知っている原作世界なのか疑わしくなってきたジャギ。

 改めて考えれば、劇場版やら別の北斗兄弟や前に出会ったユリアに関しての外伝で見知らぬ登場人物が出る位だ。

 自分が知らぬだけでアンナはもしかしたら原作に居たのかも知れない……それも、ジャギの過去の中ではだ。

 (……あれ? そうなると。……世紀末に登場しないって事は……)

 「ジャギ? 何してるの、早く行こう」

 そう、考えたくない想定がジャギの頭に一瞬浮かび上がったが、目の前の少女の顔が突然現われ、その想像も打ち消された。

 今、ジャギとアンナが居る場所はシンの居る町でも北斗の寺院や南斗の里でもない別の町だ。……まぁ考えてみれば
 当たり前である。北斗の世界は荒廃する前はちゃんと国民が生活出来るレベルの世界だったのだ。……未だ平和な世界。

 その、別の町へと赴いた理由は一つ……ある話を聞きつけ興味が沸いた為にジャギとアンナは訪れていたのだ。

 その話とはフウゲンから聞かされた。……一体、どう言う話だったのか?


     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 リュウケンは長い間最近留守にする事が多く。それゆえにジャギとアンナは連れ添って別の町へ行く事が多い。

 シンの町へと訪れてフウゲンの元に顔を出す事もあるし(その度にシンの両親に抱きしめられ、ジュガイからは
 『何処まで成長したか確かめてやろうか?』と言われて無理やり試合させられそうになる)後はサウザーを捜して別の町へ行ったり。

 その分交通手段でリーダーに頼るのだが……まぁ最近では暖かくなったので自分達の足で町から町へ移動している。

 ……大人でも結構掛かる距離だが、着実に修行の成果が出ているのか、走るのに慣れたジャギやアンナには、シンの
 居る町へと訪れる事は苦ではなかった。……最も、シンは会うたびにからかわれるのが悩みの種だったけれども……。

 ……どうもサウザーは師であるオウガイと共に山中を使い移動している事が常らしい。時折りシンに対し手紙をサウザーが
 送るらしいが、『相変わらず修行は忙しいし、お師さんとは仲良くやっている』と同じ文章ばかりらしい。

 「まぁ、当たり前だろう。何と言っても未来の鳳凰拳を担う身ならば俗世の世界よりは自然の場所で過ごす方が色々
 修行になるからな。……俺か? 別に山篭りするのが嫌ではない。ただ、今は師の下で教わる事が沢山あるだけだ」

 南斗獄屠拳を毎日練習するシンは、ジャギとアンナに手紙を渡しながら口にする。

 「まぁ、修行が一段落したら少しは会える時間も増えるだろ。……と言うか、シン、別の技の練習しないのか?」

 顔を会わせる度に、柱へ向けて『南斗獄屠拳!』と叫んで練習しているが、そればっかりなのは変だろ、とジャギは突っ込む。

 シンは、ジャギの言葉に修行を一通り終えると冷静に言い返した。
 
 「お前だって変梃りんな技名の南斗の技ばかり練習しているだろ。……あと、何か勘違いしているようだから言っておくが、
 南斗孤鷲拳の技は南斗獄屠拳を入れて他には無いぞ。本来、一つの拳法には一つの技のみしか師から教わらないものだ」

 「はへ?」

 ジャギはその言葉に間の抜けた声を出す。……可笑しい。シンの南斗聖拳はアニメとかでは結構多数の技を出していた。
 ……いや、原作を基準にしているのであれば確かにシンは南斗獄屠拳を使った以外に技は出していない……だが。

 「えぇ~……」

 「……何だ行き成り、その不満そうな顔は」

 「いやっ……南斗孤鷲拳なんて格好良い拳法扱ってるのによ……技が一つのみって……えぇ~……」

 純粋に、『自分』がアニメやら外伝やらに毒され過ぎたからかも知れぬが、シンは多彩な南斗聖拳の使い手と言う
 イメージが定着していたがゆえに不満げな声と顔を出すジャギ。その様子に少々シンは腹が立った。……ジャギと付き合って
 既に一年は優に経過した。……もはや馬鹿な事やら真面目な話まで素のままで話し合える関係である。

 「あのなぁ……格好良いとかそんな訳の解らん下らん理由で俺の人生を左右させようとするなっ」

 「んな事言ったってお前南斗孤鷲拳伝承者になるんだろ。伝承者が技一つってしょぼ過ぎるだろうが」

 そう膨れるジャギに、シンはこの馬鹿は……と思いつつも自然と笑みが漏れる。

 ……この男は自分で気付かぬが、自分が伝承者になるのは決まりだと言外に自然のまま言ってくれる。……こそばゆくも嬉しい。

 「? ……何笑ってんだ」

 「今の顔、何か嬉しそうだったけど、何か思い出した?」

 「いや、別に大した事ではない。……大体な、お前達は南斗孤鷲拳がどう言う理由で生まれたのかさえ知らないだろ」

 『うん、全然』

 シンクロして答える二人に少しだけ目頭を押さえてから、シンは呆れた面持ちで自分が習う拳法の歴史を紐解いた……。




 ……古来、未だ世が戦禍と戦渦の波に飲まれ人々の心を絶望と堕落闇が支配していた時代、一つの拳が生まれた。

 その名は南斗聖拳。その拳、天を払う鳥の如く華麗であり。鳳凰のように美しき輝きを放つ者と共に闇を振り祓わん。

 闇を振り払いし翼、その翼持ちし鳥の中に一羽離れし鷲が存在する。

 その鷲は自らの身を捨て去り光を得る為に全てを捨て去る事を決意し鷲。

 ゆえに、その鷲は孤独の鷲。孤鷲……全てを守りたいがゆえに、全てを捨て去る決意を示す強き拳……。




 
 「……とまぁ、これが俺の拳法の出自だな。……どうした? そんなボケッとした顔して」

 「……いや、そんなルーツが存在するとは」

 「てっきり、ただ格好良さそうだから孤鷲なんて名前なのかと……」

 「南斗聖拳は伝統ありし拳法だ、鳳凰拳は正に伝統の象徴だしな。……それとアンナ。そんな理由で拳法は出来ん!」

 実際、南斗人間砲弾などと言うふざけた拳法を使う者がいずれ自分の配下になるとは夢にも思わず、シンはアンナを叱咤する。

 「……いや、でもよ。なら何で南斗獄屠拳って名前なんだ? 普通に南斗鷲脚(なんとしゅうきゃく)とかで良いんじゃねぇのか?」

 「……そう言えば、確かに」

 「そりゃ、南斗獄屠拳が本来は孤鷲拳の技では無いからじゃ」

 うぉ!? と、突然会話に参加して来たフウゲンに驚く二人。アンナだけはフウゲン様だと言って喜ぶが、二人は寿命が縮まった。

 「行き成り出てくんな! 心臓が止まるかと思ったわ!」

 「何じゃジャギよ、それ位で心臓は止まらんわ。それにシン、お主も常日頃から気配に気付けるようにしとけよ」

 「う……すいません」

 フウゲンの気配に気付けなかったシンは素直に謝る。……未だ素直な心を持つシン。未だ可愛さが見れる歳であった。

 「で? 何の用だよ」

 「何やら殊勝な話をしてたからの。……ふむ、良い機会じゃし教えとくか」

 フウゲンは三人を見回しつつ自分が担う拳法の歴史を話し始めた。

 「まず、南斗聖拳は六つの星の拳法家によって構成されておる。ジャギ、言うてみよ」

 「『将星』『殉星』『妖星』『義星』『仁星』じ……あ、後確かもう一つの星は不明のままなんだよな」

 どうも、南斗の最後の将の事はこの世界の最高機密に近いのか、教科書の中にも最後の星は不明、と書かれていた。
 
 危うく原作知識ゆえに『慈母星』とか言いそうになったが必死で誤魔化す事に成功出来たジャギ。……頑張れ。

 「うむ、最後の星の拳法家は不明。だが、その最後の星は今の世を守りし五つの星が朽ち果てた時のみ切り札として登場するのじゃ」

 「南斗鳳凰拳が最強とされているのに、その最後の星の者は物凄い拳法家なのだろうな。さぞや強い猛将なのだろ」

 お前が未来で奪う女で、この前会った女だよと、ジャギは突っ込みたくて仕方が無かったが、其処は我慢する。

 「うむ、まぁ今は平和な時代ゆえに星の宿命を宿す者が誰であれ関係ないのじゃがな。……とりあえず、話を続けるぞ。
 今シンが言うたように鳳凰拳を中心として四つの星は鳥を冠する拳法家で構成された。……それは何故じゃ?」

 「はいはい! 大空、天を守る為……だよね! 鳥さんは空の生き物だから打ってつけだもん」

 シンの町で約半年間過ごしていたアンナは、フウゲンが南斗の拳士の卵達へと教えていた授業の内容を、ジャギの口から
 聞いていた。この世界でアンナは勉強は嫌いだが、ジャギの話を聞くに関しては抵抗なく、頭の中に入っていた。

 「正解じゃ。天を守るには空舞う強き拳が必須。ゆえに古の拳を受け継ぐ拳法を輝く星に据えた。……まず、鳳凰拳は古来から
 受け継がれし由緒ある拳であり。それに続いて派生が多い拳法としては水鳥拳などが挙げられている」

 「水鳥拳……確か、陰と陽を併せ持つ珍しい拳だと聞いた覚えがあるような……」

 「真面目に授業を聞いておいて嬉しいわい。うむ、水鳥を冠する南斗水鳥拳。その拳は優雅華麗、見る者の心を奪うとか。
 現在は一人の女性と男性がその拳法を伝授しており、いずれは弟子にも受け継がせようと切磋琢磨していると聞いておる。
 ……最も、南斗の同じ者と言うても自身の拳法を秘匿にしたいのが拳法家の常じゃからな。詳しい事は解らぬが」

 そうカラカラと笑うフウゲンに、ジャギはいずれその水鳥拳の使い手であるロフウがリンレイを殺すんだよ、と
 フウゲンに言って止めて貰いたいと思った。……だが、そんな事すれば未来に亀裂が走るだろう。……それは避けたい。

 「……そして、この平和な世に入り南斗孤鷲拳は奥義と、それ以外に南斗獄屠拳を取り入れた」

 「取り入れた? 元からあったのじゃなくて?」

 その話こそ、今まさにジャギが聞きたい部分だった。フウゲンはジャギへと頷きつつ言う。

 「……南斗獄屠拳とはな、暗黒時代に南斗聖拳が抵抗するがゆえに産み出した拳法の一つなのじゃ。……その時代は
 人肉を喰うのすら当たり前の地獄絵図……それを産む闇を屠らんとして生まれたのが南斗獄屠拳……地獄を屠る拳」

 「始めてそんな事聞かされましたよフウゲン様。何故自分に教えてくれなかったんです?」

 弟子なのに教えてもらえなかった事に不満を抱き、シンは詰問する。

 「まず、拳の由来を説明するのはお主達には未だ早すぎると思ったから……と言うのが理由の一つ。そして、その拳は
 その時代の光と闇の戦争によって衰え、今の南斗孤鷲拳へと託し満足して消えた拳じゃ。聞いてもお前達の歳では面白くも無かろう?」

 フウゲンの言葉にブンブンと力強く首を横に振る三人。そんな重要な事を聞いて、詰まらんと思う者はこの中に居なかった。

 そんな熱心な弟子と生徒に満足しつつ、気が乗ってきたのか滑らかに続きを話し出し始めた。

 「まぁ、南斗孤鷲拳と南斗獄屠拳の関係についてはそれで十分じゃろ。……余談じゃが、南斗聖拳は生み出されてから
 暗黒時代との激突した時の数が108派じゃったと言われている。大多数の鳥を冠する拳と、それを守護する拳が
 荒れる野獣を迎え撃ったと記されておる。……因みに、羽や翼と言った名を記す拳は南斗聖拳の上位・中位・下位の中で
 中位に。そして鳥の名を記す拳は上位。そしてどちらでもない拳は下位として判断されておる。また南斗の歴史では……」

 この辺りで、ジャギは段々と長話に眠気が誘われ、そしてシンもそろそろ聞くのに飽きたのか集中力が欠けた。
 アンナも頑張って聞こうとしていたが、余りにこの後詰まらぬ話ばかりだったので挫折したと、この中で書いておく。







 「……また、それにより南斗飛竜拳は例の範疇外ながらも、その『飛』と言う文字ゆえに中位に属される事になり。また」

 「あ~、ちょっと質問に入って良いか?」

 長話ゆえにジャギは眠気を噛み殺しながらフウゲンに手を上げる。シンは既に疲れ果て、アンナは船を動かしていた。

 「大体南斗の歴史は解ったけどよ。……その暗黒時代って他に別の拳法もあったんだよな? もう消滅したのか、
 それとも別の場所で今も受け継がれてるのか? この町ぐらいしか知らないけど、南斗の拳士以外知らねぇし」

 南斗の話は十分だとばかりに、別の話で何とか終わらせようと考えたジャギの策。だが、そんな子供騙しは通じない。

 「ふむ……ならば泰山と華山の拳法にして話すとするかの」

 ここにきて初めて出される『華山』と言う名の拳法。……補足として説明するならば華山は中国陝西省に実在する山である。

 泰山……北斗、南斗、説明をここで省くか元斗の次に実力を持つ拳法の一つ。この世界で南斗と並ぶ程に使い手が
 多く存在している拳法である。……華山もその次と言った所であり原作では牙一族が主に使っていた拳法だ。

 「泰山、華山……南斗の拳を天ならば、泰山と華山は地と人の拳と言った所じゃな。この近くに使い手はおらんじゃろうが、
 中々優秀な拳法である事は間違いないわい。何しろ、南斗が生まれる前に既に存在してらしいしの。用は人の拳なのじゃ」

 泰山、華山……北斗神拳と南斗聖拳が天を守りし拳ならば、元斗は天の『帝』を守る拳であり、二つの拳は人が生み出し拳だ。

 ゆえに、実力で劣る拳法だが技の多さでは群を抜いているのは間違いないであろう。

 「まぁ、泰山には最強と伝わる拳が一つ存在するが、所詮は大地の拳、天を守護する南斗の拳には及ばぬだろうし、
 華山に至っては目立った拳が無いからのう。まあ、それでも拳法家なら多少参考にはするじゃろうがらな、大体が
 南斗の拳士達が集まるように、その拳法家達のみで町に居ついているだろう。確かわしの記憶ならば……此処じゃな」

 そう言って地図を広げて指すフウゲン。幸運にも、その場所は北斗の寺院を中心とすると意外と近い場所にあった。

 「……よしっ、起きろアンナ! それじゃあ俺も参考にするとして泰山・華山が集まる場所へと言って見るかな!」

 「へ? ……あ、うん! よしっ行こう!」

 半ば眠りこけていたアンナも口の涎を拭いて元気良くジャギと一緒にその町を目指す。善は急げ、彼等は走るのだった。

 「では、私も共に」

 「シン、お前はちゃんとわしの話を続けて聞いて貰うぞ」

 「……はい」

 久々に気分転換出来ると思ったのに、座学を聞かされる羽目になったシン。

 二人を恨めしく思いつつも、彼は南斗の歴史を頭の中に埋め込みつつ子供時代に勉学に励むのだった。




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……とまぁ、そんなこんなで俺達は泰山の拳法家が集まると言う町へと訪れている……と」

 「誰に向かって言ってるの?」

 「独り言だ」

 「そお? ……と言うか、何にもない町だねぇ、此処」

 「そうだな」

 子供二人、手を繋ぎあい町を見渡すジャギとアンナ。

 シンの居る町が、建造物で囲まれた近代的な町と称するならば。この町は完璧に明治、昭和時代の町だった。

 ほとんどトタン屋根やらで作られた家。それにポンプ井戸で水を運んでいる人々。

 中国の僻地ならば今でも見かけられる田舎町。それが彼等が見た風景だった。特に際立ったものは何もない。

 ジャギの知識の中で泰山に関する目立った情報と言えば、読みきり版と言われるものでは北斗に唯一対抗する拳と書かれていた。
 まぁ、それはこの世界で別に関係ないとはジャギは考えている。リュウガが泰山天狼拳を扱えていた事も予想の範囲だし、
 華山に至っては最初から興味も沸いていない。問題は『何処で泰山天狼拳を覚えたのか?』その興味をジャギは抱いていた。

 泰山天狼拳。泰山流最強と言わしめる拳であり元斗にも通ずる拳法。

 この町では多分無いだろうなとジャギは思う。この辺鄙な町にリュウガが訪れた可能性も低いし、何より優秀そうな
 拳法家も見当たらない。ジャギは目論み外れだったなと、町に訪れてから数十分、アンナの言葉に賛同していた。

 「……まぁ、一応修行場らしきものは見えるけどな」

 手作り感満載の廃材で作られた修行場らしき広場。だが、今は誰もいないようで足を踏んでも静けさが漂っている。

 一つの木材を拾い上げてピュッと何気なくだが木材に切れ込みを入れてみた。……鋭い切れ味。

 ジャギはもう少し鍛えたら木材も簡単に切断出来るようになるなと思いつつ頷いていると……人の気配。

 無言で振り返れば、そこには小汚い格好の少年の集団があった。

 「……何だお前等?」

 『てめぇらが誰だ!』

 そう少年達に言われて後ずさりするジャギ。そりゃそうだ、行き成り乗り込んだのはジャギとアンナなのだから。

 思わず取り落とした木材は跳ね返り少年達の元へと転がる。

 それを拾い上げる一人の少年、木材に走った切れ込みに鋭き気が付くと言った。

 「……この切れ込み……これって南斗聖拳じゃねぇ?」

 「はぁ!? じゃあこいつら南斗の拳士かよ、おい! 何だ俺達華山一派のスパイに来たって訳かよ」

 そう睨む少年達に、アンナが聞き返す。

 「……華山一派?」

 「おうよ! 何を隠そうこの町で華山流を盛り上げようとしているのが俺達華山一派!」

 「衰退する華山を俺達で再興しようって訳さ」

 そう、誇らしげに語る少年達にジャギは不思議そうに言った。

 「……華山ってそんなに知名度低かったっけ?」

 「低くねぇ! ……だけど、優秀な拳法家なんて全部国のお偉いさんが持って行っちまうし、華山、泰山の拳法の出自って
 あっちの方で盛んだからさ。日本じゃあんまり俺達の拳法って学ぶ奴少ないんだよな」

 「愚痴るな!」

 しょんぼりと自分達の拳法の知名度が低い事を嘆く少年に、気の強そうな子がポカリと頭を叩いて叱咤する。

 「……まぁ、そう言う訳で自己紹介は終えたぜ。……そっちは何者だよ」

 そう、大将格の少年がジャギに進み出てきたので、南斗の拳士(卵)だと素直にジャギは告白する。

 その少年はじろじろジャギを見た後、ニヤリと笑って言った。

 「なぁ、それじゃあ俺達の修行場の見物料って事で一度試合して貰おうか?」

 「はぁ?」

 「いや、頼むって。ここいらじゃ俺達以外に拳法家なんて居ないし、結構暇してたんだよ」

 そう気軽な調子で笑う少年に、ジャギは呆れつつも、少しだけ興味が沸いていた。

 何しろここいら組み手なんてする事は無かったし、何しろ……このまま帰るのは男が廃る。

 「よっしゃ、やってやろうじゃねぇか」



    
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 ……薄汚れた胴着を纏った少年と、動き易いトレーナのジャギが対時する。

 「そんじゃあ俺からだな……『華山角抵張手』!」

 そう叫び、その少年は四股を踏んでから体重を乗せた張り手をジャギに向けて突き出してきた。

 ジャギはその少年がまともに拳法を扱った事に少々驚きつつ、その張り手を手の平で受け止め……衝撃で後退した。

 (! こいつ……意外と強いな)

 名も知らぬが結構鍛えている筈の自分の手を痺れさせる技量を持つ少年。

 ジャギは久し振りに燃える気がした。主要キャラでもなく、ただの町の子供の癖に自分達と渡り合える人間。

 これだ……これが今自分が此処にいる実感に繋がる。

 その後は拳法家同士の闘いとは及ばぬ殴り合いで終わる羽目になった。

 少年が覚えているのは『華山角抵張手』のみだったし、南斗の技は未だ未熟だし下手すると大怪我に繋がる。

 暫くして闘いとも言えぬ乱闘が終わり、勝負は少年に分がある形で終わりジャギは汚れたまま寝転がった。

 『お前、強いんだな。俺達この町でまだまだ鍛えるからさ。南斗が嫌になったら何時でも来いよ。歓迎するから』

 「……ああ言うのが、一杯昔は居たんだろうな」

 ……世紀末以前の世界。

 ……その世界は多分こう言う風に平和な風景が有ったのだ。……少し離れれば薄汚い大人の居る世界も垣間見える。

 けど、今日華山の拳法家の卵に出会い、ジャギは思い始めていた。

 (……やっぱ、俺原作を少しでも良い方向に変えたいな)

 「……なぁ、アンナ」

 「何、ジャギ?」

 アンナは、甲斐甲斐し濡れたハンカチでジャギの顔を拭いていたが、ジャギの声に意識を向け、何時もの人懐っこい笑み
 を浮かべてジャギを見た。……その何時も見るだけで安心する顔を見て、ジャギは今まで迷っていた考えが纏まった。

 (……原作、少しでも良い方向に変わる努力してみよう。……自分が死なない努力じゃなく、シンとか、サウザーとかが
 幸せになれるように何とかやってみる価値はあるだろ。……未だ何か俺には出来るか解らないけど……けど)

 「俺さ……頑張ってみるよ、アンナ」

 「……うんっ。ジャギならきっと出来るよ」

 アンナは、ジャギの心情を解ったかのように咲き零れる笑みで力強く頷いた。

 ……運命は多分だが近づいてきている。

 ジャギへと、アンナへと暗い運命は何時か必ずやって来る。……ジャギが知り、そしてこれから出会う人物にも。

 だが、それは未だ起こっていないのだ。……ならば、出来るだけ抗ってみよう。

 そうだよな……アンナ。

 彼は小さいながら強い熱を持つ彼女の手を握り決意する。





                            これからの未来を 出来るだけ変えてみようかな、と。










               

           後書き



   

  とりあえず華山の子供達を出してみました、と。



  華山の拳法も、もう少し強い拳法家いればいいのにね。


 ……一瞬その創作でキムが浮かんで消えたが……まぁ気にしない方向で












[29120] 【文曲編】第十七話『リュウガ と 寂寞の村』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/23 23:22

 ジャギとアンナ、彼等が運命に立ち向かう覚悟は未だ不十分ながらも芽生えては居る。

 そんな彼等が北斗の兄弟と出会うまでは未だ時間は有る。

 その『空白』の中での、彼等以外の話をここで上げる事にしよう。


 
   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……『天狼星』リュウガ。

 まず、彼の出生から、彼の物語を紡いでいこう。

 彼は生まれた時には父親から天に翳すように抱き上げられて最初は祝福された。それは、南斗の王にも成り得る
 子が生まれたと言う事も有るし、ただ単純に我が子が生まれた事ゆえの祝福も有った。最初、彼は幸福をただ与えられていた。

 ……数年。約三年かそれ程の年月。立ち上がり言葉も喋れるがどうか怪しい歳。

 その歳で、彼はもう既にまともに歩き、そして物事を理解する力を備えていた。

 父は……この場合『先代である南斗の王』は、長年を渡り数々の宿命を抱く星の子を見るがゆえにすぐ判断出来た。

 ……この子の瞳の中に輝いているのは……『天狼星』だ……と。

 それは決して悪い事では無かったのだと思える。だが、それはリュウガの父、そしてこれから生まれるユリアの父
 としては若干ながらの失意も隠せぬ出来事だった。……それを星の皮肉か。リュウガは感じ取り、少しだけ父と距離は離れた。

 ……僅かに、そっと気付かれぬ程に……その星の聡明さゆえに気付かれぬ位。

 彼の中に有るのが『天狼星』だと気付いた父は、彼をまず向かわせた場所。……其処は、『天狼星』が行くべき場所。





                                  ……泰山





 
 「……こちらです、リュウガ様」

 そう、十歳程の子供二人が、木々が茂る場所に隠れていた寺院のような場所を指し、彼へと呼びかける。

 「此処が泰山流を並ぶべき場所、『泰山寺』です。我々も修行している場所ですので、何か解らぬ事があったら……」

 もう一人の少し馬面な少年が喋るのを、今まで冷たい顔で佇んでいた五歳程の子供……リュウガは口を開いた。

 「なら、聞かせてくれ」

 「ガロウ、ギュンター。……如何して君たちは僕を敬称で呼ぶんだ?」

 静かな口調。それなのに冷たさが感じられるリュウガの疑問。

 その言葉に二人はハッと固まる。……二人が彼に抱く畏れ、または年下の子供へと下手に出る憂鬱、鬱憤……それらの
 負の感情が顔に作る笑顔を削ぎ落とし覗かれた……そんな羞恥と驚嘆に似た恐怖を、彼等はずっと昔、その時感じた。

 「……『俺』達は貴方が南斗の彼の高名なる方のご子息だと知ってる。……ですから、俺達は貴方を守るのが使命なんだ」

 そう、本心で子供の頃であるガロウは語った。未だ子供の頃の柔らかさが残るも泰山の修行の為男らしい顔つきをしている。

 そのガロウの少しだけ不平不満あると言う表情が嘘でない事が解り、リュウガはこの男に、ほんの少しだけ気を許せると思った。

 そんな思考を常日頃から普通に行えるこの子供は異常なのか……または、そんな環境に仕立てた者達が異常なのかは解らぬ。

 「……父上は、自分が『天狼星』を持つ身だからこそ、この場所へと赴き基礎を学び、そして終えれば天帝の国へ行け……と」

 そう、二人に聞こえるかどうか解らぬ程の小さな声で、自分に言い聞かせるような調子で声を呟く。

 「? ……何か言いました?」

 「……別に」

 ギュンターへと素っ気無く告げて、彼は二人より先に泰山寺へと跳んだ。

 それを慌てて追いかける二人。……リュウガの父が去り、そしてユリアが心を去ってから未だ幾年も経たぬ頃だった……。



 

 ……。



 「……良い面構えをしておる。お前が『天狼星』を抱く子か」

 ……泰山寺……泰山の中に存在する寺と言う単刀直入な名前だが、その寺院は普通の寺院とは異なる拳法家達の巣窟。

 一人は身の丈の二倍の有る岩石を背中に背負いながら眠り。一人は骨のように痩せこけながらどんな刃物にすら傷つかぬ体に。

 一様にも一癖、二癖の者達が修行を行い、そして、それを上から見ゆる男、泰山の総帥は簾の奥に陣取っていた。

 どのような姿、幾らの歳なのか誰も知りえない。

 神秘が偉大さを増し、未知が畏怖と強さを増させる。その簾を挟みリュウガは座りながらじっと総帥へ向けて座っていた。

 「……特異な子よ。南斗の星を統べるに等しき血脈から外れた天狼の瞳を授かりし子供。……お前は知っているか、『天狼星』
 とは人の世が戦渦に満ちし時代でこそ輝く厄(やく)と益(やく)を備えし宿命を抱く事を。……古の闇渦巻きし戦渦の時代にも
 天狼は世を治めるべく天を駆け、そしてその為にどの星にすら相容れぬ宿命へと繋がった。孤高に生き抜く……その宿命よ」

 「……自分は、そんな宿命なんてどうなろうと知らない」

 リュウガは、自分を怯えさせるように話す正体不明の影を伸ばす泰山の総帥を冷たい目で映しながらはっきりと言った。

 「自分には父が居た。その父は跡継ぎと成る子が自分である事を失望した。そして、もう一人生まれた俺の妹……妹は
 祝福されてまもなく不慮の事故により心を喪失した。……そして、父上……父は絶望し何処と知り得ぬ場所へ自分達を残し、去った」

 そこまで言って一息ついてから、リュウガは睨むように目つきを変化し荒い口調で続ける。

 「父を恨みはしない、妹を憎みはしない、優しき母に縋りはしない。……全て、それは起きるべくして起きた出来事だ。
 ……だが、それゆえに起きた悲劇がこれ以上広がらぬように俺は強くなる。……俺の妹を……守れる程に……だから」

 何時の間にか、『自分』から『俺』へと変化していたリュウガは全ての言葉を言い切った。

 「だからこそ、俺は泰山の拳で強さを得るのみ。星の宿命や、血脈より外れし忌み子など言われぬ……俺だけの『強さ』を……!」

 「……それがお主の本音か……ヵヵヵ……気に入った」

 泰山の総帥……かつて混沌の暗黒時代すら生き抜き受け継いできた末裔。その意思を知るべくして知る者はリュウガへ下す言葉。

 「ならば知れ、お主の持つべき拳は泰山に備わりし最強の拳。それは、かつては最強と謳われ、今も生き世を統べるだろう拳を
 汲んで生まれた天の拳……その拳の真価天を削ぐ事すら出来る狼の爪。そして、孤高ゆえに冷たく輝く凍てつく気の力……!」






                                  泰山天狼拳





 ……その後に描写されるは……幾多にも経た過酷な修行。

 血の汗を噴出しながら爪を割れる程に樹を削ぎ……石を削ぎ。幾月の中で彼は得られる物を全て吸収せんと猛襲に耐えた。

 それは泰山抜刀術を修練するガロウや、槍術を練習するギュンターでさえ身を案じる程に傍目過酷であったと記しておく。

 だが……彼には強さを求める理由があったのだ。

 (……強くなる)

 (……俺が強くなればきっと……何時かユリアも……父も)

 ……そう、彼はもしかしたら奇跡を望み……それに縋り彼は拳を磨いていたのかも知れない……。

 そして……異常と周囲から見られながら彼は約半年……異例の速さで泰山の拳の基礎を学び終えると、唯一の肉親の元へ帰った。

 ……例え、人形のようになった姿となろうと可愛い最愛の妹。

 母と父の最期の忘れ形見……誰が無下に出来る? 誰が憎める? ……俺の生きる理由は……もう彼女しか居ないのだから。

 帰り着いたリュウガを出迎えたのはダーマと南斗五車星を名乗るリハクと言う男性……その他幾人か居たか今は省略する。

 ……部屋に戻り、寝台へ腰掛けるユリアの背中が一番彼の心労を癒してくれた。

 ……彼女は眠りの中では少しだけ人としての心を垣間見せた。

 時折、ほんの時折苦痛に顔が歪むように眉が下がるのを目撃もした。

 時折、ほんの少しだけ、きの所為程に口元が綻ぶのを見た気もした。

 そんな時、彼は誰にも悟られぬように手を握る。……幼いなりに、精一杯に彼は彼女へと尽くす……それは約束の為に。

 『ねぇ……リュウガ』

 『……ユリアを、頼むわよ』

 ……その、切なくなる程に慈愛に満ちた誓いと表情は……ユリアの中にも確かに存在していて。

 それが一番……リュウガがユリアを嫌えぬ理由だったのだと……誰が知りえようか。

 ……彼女は『青い鳥』の絵本が好きだった。

 ……彼女は母が残した鞠で遊ぶのが好きだった。

 ……彼女は……家族と手を繋ぎあい歩くのが好き……な筈だった。

 ……だが……もう居ない。

 

  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……何年が経っただろう。

 ……数えて十。それ程の歳になってもユリアの心を取り戻せない。

 最愛の母も、そして尊敬していた父が戻る事はない。

 一人は永遠に居なくなり、一人は絶望し帰る場所を捨て去り……何と無力……何と言う現実……希望は何処にも無かった。

 ……年月が経て明かされるものと言えば醜い真実ばかり。

 ……父は世継ぎの為に子を設ける為に母以外の女を抱いたと言う話……そして、南斗の正統なる血統の星の宿命……。

 ……人がここまで疎遠に出来るのは……自分自身が嫌になるからだと子供なのにはっきり理解出来た。

 ……だから、青い鳥を捜す為にユリアが出たほんの気紛れさえ別に最初は何時もの事だと機械的に捜していた。

 ……その時に……起きた奇跡は俺の失いかけていた人間性を取り戻させてくれた。



                               
                              『約束! また会おうね!』





 ……そう、妹に約束した不思議な少女。

 ……その側に兄のように従う少年。……そして、後に明かされるが『殉星』たる自分と同じ星の宿命を背負う……シン。

 ……その少女は約束を……違えなかった。





  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 「……ねぇ、何処かなぁ、あの娘?」

 「俺が家を知るわけないだろ、アンナ。……まぁ、気楽に探せば夜には見つかるだろう」

 ……後日、もうあの奇跡を見るのはないかと少し落ち込み始めていた時。

 本当にその娘はやって来た。本当に約束を守りこの地へと訪れた。

 ……あの奇跡をもう一度。我が大切な姫君の心に奇跡を。

 そう願い人前である事すら忘れ俺は飛び出る。……ジャギと名乗る付き人を押しのけて、その娘をユリアの元へ連れて行き。

 ……度々、その少女……その名をアンナと名乗った娘はユリアへと話しかけていた。

 ……何て事はない世間話である事を遠くから聞き愕然とする。……自分とて世間の情報を自分の口からユリアには聞かせていた。

 ……新聞、物語、絵本。……『青い鳥』を除き何事にも関心を示さぬユリアが何故その娘にだけ小指を絡ませる動作をしたのか?

 ……全ての理由は不明。天を見渡せる程の慧眼を宿すと言われている『天狼星』が役に立たぬとは……無力な星だ。

 『……別によ、そう悲願せずとも何回も重ねる内に何時か普通に喋れたり笑ったり出来るんじゃね?』

 そう、他人事のように言うジャギと言う男に最初は冷たい目線しか俺は向けない。

 誰もがそう気休めに俺へと言葉を投げかけた。ただ自分の善意を周囲に示したいと言わんばかりの自己の表明。

 そんな利己的な人間達を憎みはしない。だが、その出汁にユリアを使われる事だけは俺は我慢は出来はしない。

 けど……。

 『……言っとくけどよ。本気で、俺はお前の妹がよ。……お前が望むように心が取り戻せる時が絶対来るって思ってるぜ?』

 ……そいつは何の根拠もないのに言い切った。

 ……そして、その男の連れも。

 『……私はね。昔、とっても酷い事を男の人にされそうになったんだって』

 ……笑いながらそう語る娘。……ユリアとは異なる、けど何か似通う心の病。

 ……後に気付く。この娘は『笑ってる』のではない『泣いて(笑って)いる』のだと……それは何時か話せるだろう。

 『……けどね、ジャギと一緒に居て私、そんな事気にならない程今は楽しい。……辛い事はね、絶対に有るけど
 何時か終わる。……だから私、ユリアも私と一緒に笑ってくれる日が来るって信じる。……信じれば何時か叶うかも知れないから』

 ……儚い願望。

 ……脆い希望。

 だけど、それは否定するに余りに眩しくて……俺はそれを待ち侘びている自分が心の中に居る事に気付いた。

 

 ……俺は……未だ『天狼星』でなく……リュウガで在って良いのかも知れない。





   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 ……アンナとジャギが訪れ、俺の沈み込んでいた心にも少しだけ希望が灯された気がした。

 ……だからこその気紛れであろうか。……少しだけ日を空けて、天帝の居るであろう場所へ赴く気になったのは。

 数年前にも天帝の居る場所へ訪れはした。……『天狼星』の宿命により、その使命には元斗も関わるゆえに。

 ……元斗。旧きから存在する天帝を守るがべく存在する守護の拳。北斗、南斗が天帝を去ってからも、ただ天帝を守るが
 ゆえに闘気を自在に操り、『光る手』と呼ばれる者達が使う拳……それが元斗天皇拳の由来である。

 リュウガは天帝がどう言う人物か、そしてそれに関わりあう気も全くない。

 ただ、己の拳が高まるならば、とリュウガは泰山の総帥に、そして星の輝きの忠告すらも背き目的地へと旅立った。

 『天帝の元へ行くならば……気をつけよリュウガ、その旅路で待ち受ける者は、お前に何時か死を宣告する者だろうから』

 ……泰山の総帥。占星術すら行使し生き抜いてきた者の言葉。

 それとて、リュウガは天狼でなく、『リュウガ』ゆえに、道を進むのであった。

 ……旅立ち、未だ眠るユリアを残し、彼は立つ。

 その彼の荷物の中に、『青い鳥』の絵本を入れて……。

 旅には昔からの部下であるガロウとギュンターを連れて、リュウガは馬を操りながら道を歩いていた。

 ……と言っても世紀末のように荒野を渡り歩いている訳ではない。……それでも山中に近い所を沿って歩いているので、
 その道中は少しばかり難航していたし、何より馬が人よりも疲弊していた。……リュウガは舌打ちするも如何にもならない。

 「……村だな」

 ……天帝の道に通ずる場所。其処には村の形をした野盗の拠点も有るかも知れない。

 それでもこれ以上馬を疲弊しては倒れるし、何より二人の連れ人を休ませぬ程にリュウガの中に未だ非情さは無い。

 (何より……ユリアの為に花一本でも摘み取ってやりたいものだ)

 そう、意を決し……彼は村の中へと入った。




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    




 ……此処ら辺で、話を少しだけ変える。

 それは、ある兄妹の物語。

 彼等は、とある一族末裔だった。その一族とは、北斗とは違うゆえに闇へと閉ざされた一つの拳法である。

 その一人の兄と、妹はその拳を継承した。

 兄は、それを世の隠王と成らんが為に使用し。妹は天を統べる可能性を持つ王の為に、自らの力と拳を使用した。

 そして、一人は妹が愛す者に散り。一人は愛する者の拳に斃れた。

 ……そんな村が有ったと……今だけ覚えていて貰いたい。




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    



 「……寂しい村だな」

 ……南斗の里のように静けさが漂う村。

 だが、南斗の里にある穏やかな気風はなく、反対に侘しい、切ない印象が目立つ村だった。

 余所者を歓迎はせぬようで人々の視線はリュウガに冷たく当たる。……両親が共に去り、その座を狙う禿鷹のような
 連中からも、似たような視線を受けた事がある。……愛を持って接しはせぬ……欺瞞と暗鬼を忍ばせた……視線。

 (……この視線は……馴染まん)

 襲われても対処は出来る。二人の部下も未だ若いが既に泰山の抜刀術をガロウは見に付けギュンターも大の大人に負けはしない。

 ……それでも、三人で居るより一人で行動する方が遥かに目立ちはしないし、心が安らぐだろう。

 リュウガはそう見当付けると、二人へと伝言し村を歩く事にした。

 「……太陽が……輝いているな」

 ……眩しい太陽は、酷く心がかき乱される。

 ……父と母と……妹と共に桜の花を見に行った時があった。

 その頃はユリアも赤子であるが良く笑い。……父と母も共に微笑み……俺も微笑(わら)っていた。

 ……その日も眩しい太陽が差していた。……眩しい、太陽が……。



                  
                                    トンッ



 「……っ?」

 体に何かがぶつかった衝撃。

 ……太陽に顔を向けた所為で、人にぶつかったと気が付くのは優に一秒。……一介の拳法家に有るまじき失態。自分の
 愚かさに腹が立ちつつも、目の前でぶつかった人間を心配せぬ程に人である事は捨てていない。手を伸ばす。

 「手を」

 「……」

 ……顔を向けたのは、ユリアと同い年か、それより年下の女の子。

 日本には珍しいかも知れぬ褐色の肌。そして短い黒髪ながら、伸ばせばきっと美しい娘に変貌するであろう顔の娘。

 その娘はリュウガの顔をじっと見つめて……そして手を触れる事はせず自力で立った。

 「……平気か?」

 ……見た目はローブで包まれて、どのような身なりか知り得ぬが自分の手を取らぬ事から意思は強そうだと判断する。

 リュウガの言葉に娘はコクリと頷く。……意思の疎通は出来る。だが喋らぬのはどう言う理由か。

 ……トントン。

 「喉? ……喉を痛めている……と言いたいのか?」

 娘は、自分の喉を指で数回軽く叩いた。

 その動作でようやく娘が声を出さない理由が理解出来たリュウガ。意思が繋がると言うのは、どんな人間であれ心地よい……。

 そのまま謝罪してすぐ去っても良かったが……何故か無性に気にかかりその少女に向けて、暫くリュウガは身の上を話した。

 それは、大雑把な何気ない話でも有ったし……ユリアに何度も眠る前に話した御伽噺もあった……無論、『青い鳥』も。

 「……お前を見ていると、俺の妹を何故か思い出すな」

 暫くして、リュウガはその娘にポツリとつぶやいていた。

 「……?」

 ……その女は姿格好何一つユリアに似てはいない。

 だけども、その瞳の輝きは何故かユリアを思い出し口走ってしまった。女の不思議そうな顔を見て、慌てて弁解の言葉を
 探すか何も浮かんでこない。……この場を何か取り繕える妥協策がないかと考えつつ、リュウガは荷物を無意識に触れて
 一つの物体に触れた。……それが何か知ると、リュウガは天啓を受けたとばかりに、その……ユリアの絵本を取り出した。

 「……?」

 「解らぬのか? 絵本、なんだが……」

 ……土着的な村だと、この時代だと大人でも未だ文字を知らぬ人間も多い世界。

 だが、その女の思慮深そうな顔つきを見ると、文字が読めないと言うのは無さそうだとリュウガは判断する。……ならば。

 「……絵本を、知らないのか?」

 その言葉に頷かれ、リュウガは溜息を吐き、そして渡した。

 ……リュウガの差し出された物に、その娘は首を傾げる。その行動が読めないようで初めて女の瞳に動揺が浮かんだ。

 「……ぶつかった侘び……それと……お前が知るならば花が有る場所を教えてくれないか? ……妹の、為にな」

 余り、人に向けてぺらぺらと喋る性格では無いが、ユリアの為に何時もよりは饒舌に喋るリュウガ。

 ……娘は、絵本を受け取りリュウガを見て絵本を見る。そしてまたリュウガを見て絵本を見ると言う動作を交互に繰り返した。

 「……知らんのが?」

 リュウガの、花の場所は知らないのか? と言う質問に首を横に振る事で女は答えた。

 ……贈り物など、その娘は始めてされたのだった。それをリュウガは知る由もない。……リュウガのした事はこの村では『特別』だと。

 ……女はリュウガの手を取った。……幾多の道を曲がり、直進し……そして一本の花が咲いている場所へと辿り着く。

 「……これは」

 ……リュウガは言葉を失う。

 ……それは、一つの岩山だった。

 その岩山に……ぽつんと咲く花が一つ。……その花は小さいが、手に取れば美しさに酔いしれるだろうと思える花だった。

 (……だが、これを手折るのは……少々勿体無いだろうな)

 そう、リュウガは少しだけ思案する。……そんな時……一つの影がリュウガと案内人の少女の前に現れた。

 「……誰かな? ……こんな辺鄙な場所に……」

 (!? ……気配を……感じなかった)

 ……歳は自分より少し高い程の少年。……だが、それの瞳はほの暗い光を携えており……一目でリュウガはその少年に苦手意識を感じる。

 「……旅人か。……此処は余所者を歓迎しない。早く帰る事を薦める」

 「……言われなくても帰るさ。……有難う、ここまで案内してくれて。……だが、この花を取るのはまた今度にするよ」

 そう、リュウガはその娘に、今まで辛い過去を経てきたが最近になり希望が見えてきた事によるお陰の錆び付いた笑みを向けた。

 ……娘は、『青い鳥』の絵本を抱えたままコクリと、リュウガの言葉に縦に頷いた。

 ……後は両者ともに無言……本能的に話し合えば何かしら敵対し合う可能性を感じ取り……リュウガは十分に時間を取り
 馬達を休ませる事も出来たので、その村を出た。……それを、影から覗き込む集団の視線に……気付かぬまま。

 「……何者なのじゃ、あの子供は?」

 「……旅の者だろうが……どうもあの目つきと動き……もしかしたら拳法家も知れんし……今は事を荒立てるのは良くないしな」

 ……大人達の話し声。それらを聞きながら、先ほどリュウガへと声掛けた少年は少女の手を握りながら声を掛けた。

 「……いけないな、一人で勝手に家を抜けたら駄目だとお婆様や爺様も言っていただろう?」

 ……少女は、僅かに顔を曇らしながら頷く。……『青い鳥』の絵本を、胸に大事に抱え込みながら。

 「……まぁ良いさ。……良いか? お前は俺の大事な妹……大事な家族なんだ。……これからもお前の助けになるし、
 お前の力を介添えよう。……そして、何時か俺はこんな村だけでなく一国を統治する程になる……お前と一緒にな……」




              
                                  「サクヤ」









 ……リュウガは旅路を順調に行い、天帝の下で修行をする。

 ……やがて彼は泰山天狼拳を見に付ける。……それは長い年月を経て完成するが、その一部分だけでも見に付ける事は
 今のリュウガでも可能。……血反吐を床に撒き散らす程の修行を経て彼は見に付けあの村に寄ろうとして……無人の村を発見する。

 ……その村に残るのは岩山と、そして花が咲いていた名残だけ……。

 




 ……寂寞だけを胸に抱えて、リュウガは希望が未だ地面に眠る故郷へと戻る。……希望の芽が出るよう……願いながら。











          後書き




  リュウガとサクヤはくっ付けたいんだ。

  何故か知らないけど、そう言う秘孔を付かれた感覚を徹夜明けに
  受けてさ、完全に今それに執念を燃やしている所。





[29120] 【文曲編】第十八話『小春日和 そして春影』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/28 15:28


 ……19××日×月×日

 連続児童拉致の容疑者死亡。最後の被害者の親類者及び知人たる南斗の拳士の子供との諍いの後に、容疑者が所持していた
 凶器を被害者が拾い、自身の知人に殺害を決行しようとした犯人に対し防衛の為に犯人の背中及び首数箇所に刺す。

 容疑者は出生後すぐに両親は死亡。養父養母に虐待を受けていた事が容疑者の遺品により判明される。
 容疑者の動機がこれによるものかは不明であるが、犯行において児童を対象としたのを含めると可能性は高い。

 南斗の拳士としては未熟であったが、代わりに特殊な薬品に関しての知識及び製作は優秀であったが、本人が目立つのを嫌う。
 没収した薬品の中には中々の効能を示す薬品があったが、事件に関わる人物の証言の中に含まれた『持ち去られた薬品』
 に関しては現状発見されない。





 19××年×月×日

 ××付近において殺人事件発生。

 凶器と思えるものなく、拳法による斬撃痕が見られる事から犯人は南斗聖拳使いと思われる。また、奇妙にも顔面には
 爪痕のような物が付けられており、これが犯人によるメッセージであると思われる。……被害者数は××に上る……。
 被害者は全てにおいて関連せず、時刻及び地域に関してもバラバラであり特定は困難を極める。また、犯行現場から
 有力な証拠を検出するのは不可能に近い。……だが、今回の挌闘家の被害者に置いては今までの事件とは違い僅かだが
 被害者が犯人と争ったと思える手の甲から特殊な薬品が検出される。その薬品はとある事件に使われた薬品に大きく似る……。


     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    




 大体、もう数えて八歳程になったであろうか?

 相も変わらず自分は独自に拳法を磨き、そして以前よりも少し重たい服を付けて毎日シンの元や南斗の里へ行く毎日だ。

 アンナも自分の真似をして、自分の体重を少し上回る重りを着こなしながら付いてくる毎日。……何故付いて来れるのだろう?

 「なぁシン。アンナってやっぱり強いのかね?」

 「かも知れんが……俺は女と闘う真似はしないし。何よりアンナが闘う様子を見る機が無いから何とも言えん……」

 アンナの男性恐怖症は未だに治る気配は無い。親しい筈のシンやフウゲンでも直に触れる事は出来ないと判明した。

 試しにシンやフウゲンが手を出しても、アンナは冷や汗を流しながら頑張って触れようとするのだが、いざ触れた途端に
 青白い顔が土気色へと変化し気を失いかける。慌てて止めて、アンナの症状が改善しない事に心の中で涙するのだった。

 「……まぁ、アンナの事もだけど。最近あいつがしつこいのも困り物だよな」

 「ジュガイか。まぁ認められてきたと思えば喜ばしいんじゃないか?」

 「良い迷惑だっつうの。お前は毎日顔会わせるから慣れてるかもしんないけど……」

 最近では時折り挑んでくるジュガイの拳も避ける事(だけ)は得意になってきた。『自分』は殴り合いは好きでないので
 基本的には避けるだけだが、ジュガイからすれば苛立つ以外なく、長時間避けられると唸りながら勝手にジャギと闘うのを止める。

 「正直、挑まれるこっちとしては迷惑なんだけどな」

 「そう言いながらお前だって断らず付き合ってるじゃないか。ジュガイとて、本気で嫌なら闘おうとはせん」

 シンの言葉通り、別にジュガイと闘うのが嫌ではない。……と言うか、全般的に殴り合いが余りジャギは好きでないのだ。

 「俺、根本的に平和主義なんだけどな」

 「……時折り喧嘩を吹っかけるような言葉を吐くお前が言える言葉ではないぞ」

 ……とまぁ、そんな事を言い合いながら……今日も南斗の里を訪れている。

 「おぉ、アンナ様おいで下さりましたか。どうぞユリア様に会いに行って下さい。……貴方方もどうぞ一緒に」

 南斗の里に訪れると最近では少し年のいった男性が出迎えてくれる。

 その男性の名は『リハク』。世が世なら名将と成っていたであろうと言われる天才軍師なのだが……ジャギである『自分』は
 作品を読了して節穴のレッテルが張り付けられているリハクを尊敬する気は余り無い。むしろ、少しだけ心の中で馬鹿にしてる。

 「リハクのおっさん。何でアンナだけ様付けで俺達はオマケ扱いなんだよ?」

 「……ユリア様に人らしい反応を与えてくれたのはアンナ様ですが、あなた達では無いですからね」

 「くっ! 痛い事を……せめて、せめてアンナの代わりに先に俺がユリアと出会えていれば……!」

 「シン、多分それだとユリアは逃げたぞ?」

 リハクはアンナに対しては『ユリアを人に戻してくれる希望』として扱っているが、ジャギやシンはオマケ程度しか見てない。

 北斗神拳習ったら覚えてろと思いつつ、ジャギとシンは先へ進むと二人の女の子が見えた。……アンナとユリアでは無い。

 だが、その二人は面識あるので、手を上げてジャギは挨拶する。

 「よっ」

 「……あぁ貴方達ね。アンナだったら先にもうユリア様の元へ言ったわよ?」

 「こ、こんにちはシン様っ。……あ、あとジャギ様こんにちは」

 「む? ……あぁ、こんにちは」

 「おい、ちょい待て。何で俺だけついで扱いだ? サキ」

 ……現われたのはサキ……そしてトウである。

 『サキ』……ユリアの世話役であり世紀末ではシンの居るサザンクロスからユリアを脱出させる為に身代わりとなる。
 そして原作ではシンに故郷の村へと送り返されると言う結構優遇されて生き残った人物だ。……北斗の拳では貴重である。

 『トウ』……南斗五車星(これに関しは何時か説明)である『海のリハク』の娘であり、世紀末に南斗の城へ向かった拳王に対し
 ユリアの影武者を務めていた。だが、実態は拳王を過去のある出来事で愛し、そして彼女は……ここで説明を終える。

 どうやらサキとトウは南斗の里の出身では無いのだが、ダーマと言う男性からユリアに同年代の女性が友達として
 なってくれれば回復が訪れるかも知れないと言う希望の為に選ばれたと言う事を後にジャギは二人から聞いた。

 『私、兄(テムジナ)と両親の四人家族でして。両親が南斗に代々仕える方ですので、その縁で此処に暫く滞在してるんです』

 『私も、父と二人暮しで此処に来たのはユリア様のお世話の為よ。……最も、人形見たいに反応のない相手を前にして
 私達もどう接して良いか困っていたのよ。だから、アンナが来てくれて本当に助かったわ。あの子、不思議よね。
 人がどうであろうと関係なく明るいでしょ? だからユリア様がどうであろうと常に何時も通り話し掛けれるのよ』

 サキはシンを相手にする時は緊張しながら。ジャギ相手には普通の態度で、自分の身の上を話してくれた。

 原作でちょい役でありながら衝撃的な死に方したトウと言えば、中々聡明な意見を言ってシンとジャギの舌を巻かせたりもした。

 「二人とも、何か訪れる度に何時も居るけど自分の家には戻らんの?」

 「私達はユリア様の侍女になる事を目指していますしね。今から宮廷の礼儀作法とか覚える事があるので、此処で勉強してるんです」

 「偉いな。頑張れよ」

 シンに応援されてサキは赤面しながらコクコクと頷く。……見る者から見れば好意を抱いている事が一目瞭然だ。

 「私は、もう殆ど此処が家みたいなものね。父上の仕事って、南斗の事に関する仕事ばかりだから、この場所が都合良いの」

 「リハクのおっさんなぁ……あの人、悪い人じゃないんだけど少し小言が多いのが玉に瑕だよな」

 「ふふっ、父には内緒にして上げるわ。その言葉」

 リハクは訪れる度に、ジャギにポケットに手を突っ込むのを止めろとか髪型をちゃんとしろだのと教育者の鑑として扱う。

 小学校の先生とかになれば良かったのに……と思いつつ、対時する度にジャギは億劫そうに頷くのだ。

 サキ、トウ。……原作では大きな影響とならなかった二人。この二人も願わくば幸せな未来を進めれば良いものだ。

 ……二人は適当に言葉を切ると再び先へと進む。其処には既に青くなった桜の木の下で犬のリュウを挟みアンナとユリアが座っていた。

 「……でね。最近ではフウゲン様の真似して私も南斗聖拳を練習しているの。シンってば女の子が拳法習うなんてしなくて
 良いって言うけど、私が強くなったって別に良いよね。ジャギは私が修行しても別に構わないって優しいのに。シンってば……」

 アンナは自分の最近の身の上に関し、無言で佇むユリアに喋り続ける。

 「アンナめ……あの言い方では俺が悪い見たいではないか」

 「まぁ怒るなよ。……けど、俺はアンナが南斗聖拳を覚えたいって言い始めた時……何でか駄目だって言い出せなかったんだよなぁ」

 ……何度かシンの町へ赴き……突如アンナが思いついたかのようにフウゲンへと南斗聖拳を覚えてみたいと言った。
 フウゲンは躊躇い無くその言葉を受け入れ……今ではジャギとシンが修行している時同じようにアンナも修行している。

 最初何の冗談かとシンは一瞬思い、そして思いなおした。

 あのような事件を受けて、多分アンナの心は表面からは解らぬが色々と変化が見えたのだろうと。

 ……多分、昔も強くなろうと思っていた事。その想いをフッと思い出して自分達の修行風景に何かが反応したのでは……と。

 ジャギも、フウゲンと同じで……何時かそう言う予感は少しだけあった。

 あの事件……自分が重傷を負い、シンと共に殺されかけたのを救ったのはアンナ。

 ……彼女を守るのは自分の役目なのに、それが十分に出来ぬ無力さゆえに彼女は頑張ろうとしている。

 自分が守るからアンナは自由に生きてくれれば良い。そう告白出来たら良いのだけど……今のアンナの生き甲斐を奪うのは
 気が引けて……ゆえにジャギはアンナの行動を黙認する。そして危ない時はすぐに自分が身を挺して守ろうと決意していた。

 ……それでアンナの実力なのだが……何と言うか難しい結果だった。

 柱には南斗聖拳の定義たる『斬撃』はつかない。けれど、殴った痕は残っているがゆえに少し経てば傷は付けれそう。

 俊敏性に関してはシンとジャギを上回り。筋力では南斗の子供達の中では平均的。……柔軟性も一際飛びぬけていた。

 フウゲンの言では『修行を怠らなければ十五程の時は斬撃を扱えるようにはなる。最も、技を見に付ける事は難しく
 極める事はずっとずっと後』の事だった。要は、アンナは基本的に普通の女性よりは強いが、『それだけ』なのだ。

 (……まぁ当たり前か。北斗の拳で強いと思える女性キャラって言えば……外伝作品入れたらリンレイとかしか居ないし……)

 蘭山紅拳のベラとか、双剣のレイナとか、セがサターンゲームに出てきた水鳥拳ザキとか南斗翡翠拳のカレンとか。

 少ない女性拳士の中で唯一強そうだと思える人物ってリンレイしか『自分』には思いつかない。ザキってほぼ平行世界だし……。

 しかも……前も語った覚えがあるが女性拳士全員死んでいる……レイナは省くとしても、彼女は剣士であり拳士でない。

 (アンナが修行して後々死ぬって事……無いよな?)

 そんな拭う事出来ぬ不安が何時の間にか沸き起こるが……今はアンナの頑張りを無碍には出来ない。

 ただジャギは歯痒さを押し殺しアンナが必死に鍛える様を、自分も肉体を痛めつけつつ見守るのだ。

 
 そんなやり取りを……じっと見守っていた一人の男が不意に出現する。

 少しだけ人の気配を上らせた所為か、ジャギとシンはその人物に気付き目線を走らせる。

 その人物は憂い顔で、二人へ向けて口を開く。

 「……何度も訪れて貰い感謝はする。……だが、ユリアは未だに……」

 「悲観的になるなっつうの。一年だろうと二年掛かろうと、俺とアンナは諦めないぜ?」

 「お前は基本的にアンナの側に居るだけだろうがっ。……俺も、ユリアの笑顔を見るまでは絶対に諦めんぞ」

 執念と欲望交じりの顔のシンに、勝気な笑みを浮かべるジャギへとリュウガは呆れたように吐息を漏らしつつユリアを見る。

 「あの時の小指を上げたユリアの姿は……今では俺が望んだ幻覚だったのではと最近思い始めてな……」

 天帝の場所へ赴いて拳を磨いたり、ユリアの心を取り戻す方法がないかと様々な町へと赴き文書やら調べ模索する毎日。

 心労は普通の大人の倍だろうが、それすらおくびに出さずリュウガはめげずに己の宿命に抗わず生きている。

 ……あの原作の銀髪は、今の茶色い艶のある髪を見ると心労が原因だったのでは? と思うから恐ろしい。

 「幻覚なら、アンナが居る事だって夢になっちまう。……そんな事は認めねぇ。俺はあいつが微笑む時代を創るのみよ」

 「……その台詞、良いな」

 確信を込めて握りこぶしで言い切るジャギに、シンは少しだけジャギの言葉に感銘打ちつつ飽きなくユリアを見つめる。

 そんな二人と、ユリアへ喋り続けるアンナの様子を見ながら晴れた空に浮かぶ雲を見つめてリュウガは考えるのだ。

 (……未だ希望を……失わなくても……良いのだろうか?)

 
          ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……ただいま」

 「むっ、帰ったか」

 ……寺院へと帰るジャギ。最近では帰っても出迎える父親は居らず、それゆえにアンナとリーダーの元へ泊まる事が多かった
 ジャギだが、今日は久々にリュウケンが居た。一言二言帰りを労う声をかけるジャギ。それに応じつつリュウケンは言う。

 「……なぁ、ジャギ」

 「うん? 何、父さん?」

 重りを外し、身動きが軽くなり肩を鳴らすジャギへと、リュウケンは何でもなさそうに言った。




                            「……兄弟を……お主は欲しいか?」




 
 (! ……来た、か)

 ……もし、自分が何も知らぬ子供ならば今の言葉も聞き流していよう。

 だが、この言葉を原作を知る『自分』は重要として受け止める。……その言葉は確実に……ラオウ、トキ、ケンシロ……!?

 ズギイイイイイイィ!!

 「うっ!!?」

 思い浮かべた人物の姿が脳裏を過ぎった瞬間に走る激痛。反射的に米神を押さえ屈んだジャギをリュウケンは慌てて駆け寄った。

 「ジャギ!? ……如何した?」

 「……っいや、何でもない。……ちょい、立ち眩み。……寝れば、治るよ」

 「……そうか?」

 ……心配そうに自分を見送るリュウケンを後に……ジャギは居室に戻り倒れこみながら呻く。

 「……あいつが……そろそろ来るのか……」

 ……『ラオウ』世紀末に拳王と名乗り世を統治するが為に動く……北斗の拳のラスボス。

 ……『トキ』世紀末の聖者と言われし男。……その類稀な医術の才を北斗神拳で活用し多くの命を救う為に彼は動いた。 
 その優しき光は強すぎたか為に偽りの輝きが相対し生まれ、そして彼は昔の約束を果たさんが為に……病の身で未来に……。

 そして……自分でない『自分』……いや『自分』だが違う自分を殺す……あいつ。

 そいつは北斗神拳伝承者であり、世紀末の救世主であり、彼は世界の主軸だ。

 彼の存在に比べれれば、他の二人は光を強める為の大地であり……自分はそれよりもちっぽけな存在だ。

 だから憎んだ、だから妬んだ、だから恨んだ。その三人を、そしてあいつを。

 だってそうではないか? もし、もし自分がそうなのであれば。

 あの階段の前で彼女を助ける事を……。

 「……っ!? 何を……考えていた俺は?」

 ……気が付けば真夜中。……何かとても嫌な事を思い出していた気がするかジャギは思い出せない、気付けない。

 側には最近ではアンナの飼い犬に成り下がったリュウが久々に自分の横で安眠を貪って鼻提灯を膨らましている。

 「……何だったんだろうなぁ……さっきのは……」

 何かの感触、何かの感情。

 それが思い出せず悶々としながら、彼はその日を終えた。


       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 そして夜が明ける。雨が過ぎれば晴れるように。当たり前の朝の陽射しが今日も始まる。

 今日はシンの町へと赴こうかと、アンナの居る場所へと赴く。

 アンナは少しだけ自分の顔を見て首を傾げていたが、直に笑みを浮かべて手を繋ぎジャギと一緒に外へ出た。

 ……今日の、その日は少しだけ何時もと違った。





 「……あれ? サウザー?」

 「むっ? ……おぉ、ジャギ。暫くだったな」

 シンの町へ来て見れば、フウゲンと共にオウガイ、そしてサウザーが居た。

 「本当に久々だな。どうだ? 強くなったかよ」

 その言葉に、自信満々に頷くサウザー。

 「あぁ、まだまだお師さんに及ぶ筈もないが技も少しは覚えた。後で見せてやる」

 「サウザー久し振りぃ~」

 「おっ、アンナも居たが。……相変わらず、元気そうだな」

 アンナの顔を見つめ、『変わっていない』事を安堵と憐憫交じりの複雑な顔で見つめつつ至って普通の態度でサウザーは接する。

 「あのね、あのね。最近自分、南斗聖拳を覚え始めたの」

 「そうかそうか。ならば、何時か俺の下で動くようになったら守って貰おうかな」
 
 「へへへ。良いよ、ジャギもだけど、サウザーも私が守ってあげる」

 そう応答するサウザーとアンナを穏やかに見つめながら、ジャギはサウザーの言葉に少しだけ引っかかり問いかけた。

 「……なぁ、サウザー。お前、もしかして……だけど」

 「鋭いなジャギ。あぁ、お師さんに十歳になった日に教えてもらった。……『将星』とはな。……帝王学やら物心ついた
 時から覚えさせられ、普通の子供とは違う事を教えてもらっていたのは南斗の拳士だからと思ってたが……まさか俺がな……」

 『将星』……南斗を率いる星。帝王の星。極星。

 鳳凰拳伝承者候補のサウザーは十歳となりオウガイに教えてもらう。鳳凰拳伝承者は南斗の長と同様の力を持つのだと。

 サウザーも賢いゆえに自分が人とは違う事は無論感じ取っていた。だが、教科書に載るような人物の宿命を受け継ぐとは……。

 「……なぁ、ジャギ」

 「まぁ、サウザーが王様だろうが『将星』だろうがどうでも良いさ。俺達、そんな事関係なしに友達だろ?」

 「……くっ。あぁ、そうだったな」

 ……自分が『将星』と言う南斗でも重要な役割を担うと聞かされた時に浮かんだ不安。

 自分を知る者……同年代の子供は自分に対し敬称付きで話しかけてくる。……そのような立場である事は理解しているが、
 それでも自分が素直に心通わせる者がいないのは寂しく、その寂しさを壊したのはジャギ、シン、アンナ達だった。

 今も予想通りの言葉を投げかけ、友が離れてしまうのでと言う俺の一抹の不安を消し飛ばしたこの男は……何と強いのか。

 「……まったく、お前は変わらんな」

 「? ……何だ行き成り」

 怪訝な顔で自分を見つめるジャギに、何でもないと受け流しサウザーは続けて喋る。今日この場所へ訪れたのは何も
 友人に出会うのが目的ではない。重要な話があったのだが、それを話すには少しばかり待ち人が後最低一人は必要だった。

 「それより……ジュガイとシンは今如何している?」

 「ジュガイの奴は、こっちに来る以外は付近の山で修行しているぜ。……野性味がパワーアップしていたな」
 
 未だ自分と同い年の筈なのに、かなり原作に近い顔立ちになったジュガイの姿を思い出し眉を顰めながら呟く。

 「あいつ、きっとお前の事もライバル視してるぜ?」

 「構わん。何人たりと言えど、俺を倒せはしないさ」

 「おっ、大きく出たな。……シンは……爺さん何か知っているだろ?」

 シンの居所ならばフウゲンに聞くが手っ取り早いと、オウガイと話していたフウゲンに振ると、返答の代わりに拳骨が振った。

 「フウゲン様、もしくは師父じゃろうが。……シンならば後少しで戻るじゃろうて。……ほれっ噂をすれば」

 その言葉と同時にシンが現われた。……サウザーが来た事に驚き喜びつつ四人は合流を果たす。……そして話は本題へと入る。

 「……それで師父、オウガイ様。今日来た理由は一体……?」

 「あぁ、実は最近起きた事件について気に掛かりフウゲン殿の元へな」

 そう、オウガイは腕を組みつつ重苦しい空気を発しながら事情を飲み込めていない三人へと説明し始めた。

 ……ある時、この国で通り魔が起こした事件があった。

 ……事件による被害者は大多数が死傷者であり、警察は全力を上げて捜査をしていたが、未だ解決の目処は立っていなかった。

 ……その事件の全貌とは、昼夜問わず一通りの居ない場所で人を襲う事件。……被害者の顔には何時も動物の爪痕らしき
 物が残っており、警察は連続殺人であると確信し事件に繋がる証拠を探していたが……その証拠に繋がる発見は困難であった。

 オウガイの話を引き継ぎ、サウザーがそして核心を口から飛び出す。

 「……だが、最近になってな。ようやくだが、一つ心当たりに繋がる物が出てきたのだ。……それはだジャギ、アンナ。
 お前達が襲った犯人……南斗の拳士であった男が所有していた薬……それに良く似た薬品が被害者から割り出せてな……」

 「え!?」

 「なっ!」

 驚愕するはシンとジャギ。アンナはきょとんと首を傾げている。

 「……アンナ、お前はこの事聞いても」

 「……私、襲われた事ってあったの?」

 (……! そう、か……愚問……だったな)

 心の中で苦虫を噛み潰しながら、サウザーはアンナが退行と同時に忌まわしい記憶さへも心の中に封じたのを感じ取る。

 「いや……俺の勘違いだな」

 「でしょ? 変なサウザー」

 ……そのやり取りを偉大なる師二人と、弟子であるシンとジャギは沈痛な顔で一瞬アンナを見つめたが、すぐに顔を戻した。

 「……まぁ、それでこの町へ訪れて詳しい事を探ろうと思ってな。……私の考えが正しければ、今度の犯人も南斗の拳士である
 と睨んでいる。しかも、今度は多分未熟でなく相当な実力を持っていると踏んでいる。……十分注意が必要なのだ」

 ……被害者の中には泰山、華山の拳士も入っていたと聞いている。それ程の拳士でも殺されたと言うのだから犯人が
 南斗の拳士ならば自分は南斗鳳凰拳の伝承者として自身が決着を付けなければならない。……それが南斗を背負う物の宿命だ。

 「……もし俺達が捕まえられたら」

 『ならん!』

 ジャギは、思いついたように言うがフウゲンとオウガイは同時に厳しい顔で制した。

 そう言われてしまえばジャギも何も言えず。大人達がその事件において対策を立てている間にジャギ達は外へと
 厄介払いされるのであった。不貞腐れた表情を浮かべるジャギを中心に、シンとサウザーは会議を始める事にした。

 ……アンナはリュウを連れて近くを散歩している。……あえて、アンナは危険に巻き込ませたくないゆえに。

 「……それで、どうするつもりなんだ? ジャギ」

 既にお見通しだとばかりに、ジャギへ向けて口火を切ったシン。

 「んなもん決まっているだろ。犯人がどんな奴が知らんが大勢殺しているような奴なんだろ? んなもんぶっ倒すに決まってる」

 拳を片方の手の平に叩きながらジャギは言い切る。

 争い事、厄介事は正直苦手だが、以前重傷を負いつつアンナまで心に傷を負わせてしまった自分。

 ジャギは二度とそんな結末を迎えるのは御免だった。ならば、避ければ良い、穏便に過ごそうと思えば危険は降らない。

 だが、ジャギは『自分』ゆえに覚悟を決めていた。もう、ジャギとなった日からどうあっても自分には救世主に
 殺される可能性のある運命がある。……ならば、それを回避する為には強くあらなくてはいけない。……そして、自分が
 強くなれば悲しまないようにする事が出来る。そう言う思いが、僅かにジャギに燻る不安や恐怖を打ち消しているのだった。

 「やはりか。俺も同じく手を貸そう。……もう、俺とて負けるつもりはないからな」

 シンも同意だった。始めて南斗の拳士としての死闘は、女の介助を受けてズダボロながら生き残った自分。……余りに無力だった。
 その自分を打破し、南斗孤鷲拳を極めるには大量殺人鬼だろうが何だろうかシンは決して退くつもりは無かった。

 (もしかすれば……俺の強さがユリアを目覚めさす切欠になるやも……)

 根拠も脈絡も無い妄想にすら更けて、シンはジャギと今一度共闘を果たさんと此処に決意した。

 「……俺は、止めた方が良いと思うんだがな……」

 だが、そこに一気に水を差すようにサウザーがそう呟いた事により、ジャギとシンはつんのめりつつサウザーを睨む。

 「何だよ、藪から棒によ」

 「……考えてみろ。相手はお師さんとて危険人物と見なすのだぞ。……しかも正体不明の輩相手に二人で闘えるのか?」

 その疑問は至極真っ当だった。だが……ジャギは鼻息を一つ出し笑う。

 「誰が……二人で闘う気だと言った?」

 「……俺もか?」

 自分を指すサウザーに怏々しく頷くジャギ。呆れつつサウザーはジャギを見遣る。ジャギは大人振った口調で言った。

 「考えてみろ。その犯人を捕まえない限り平和じゃないんだろ? なら、その相手が手強くても俺達三人で捕まえれば
 お手柄じゃねぇか。シンは今より強くなるし、サウザーはお師さんに認めてもらえると思うぜ」

 「今より強く……」

 「お師さんに認められる……」

 それは、中々甘美な誘惑。ジャギの性根から放たれる悪魔の誘惑。

 ……そして。

 「……まぁ、暇あれば捜してみる……か?」

 「俺も、お師さんが何が解り次第お前達に報告しよう。期待はするなよ?」

 ……二人は今賑わす殺人犯を捕まえる計画へと賛同を示した。……若きゆえの行動。若さゆえの浅はかな思慮。

 それでも、お互いに誓うは南斗の敵を打倒すると言う熱い決心で固めていた。

 「……? 如何したんだろうね、リュウ。三人とも燃えてるね」

 その三人を傍観しつつ、アンナだけは蚊帳の外で不思議そうにしていた。



  
     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

  
 ……辺りは夜更け。……そんな折に人影が現われる。

 ……暗闇の中で梟の声が響いている。その声に導かれるようにして男は町の中へと入っていった。

 それを見下ろすのは月のみ。怪しい人影はそのまま何かするまでもなく暗闇と同化して消えた。

 
                            ……後はただ闇夜が包むのみである。














      後書き


 『akb48の顔が全員ジャギだったら?』






 ……友人。お前は一体何がやりたい……。






[29120] 【文曲編】第十九話『捜査  そして 訪れの日』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/29 21:59
 ある時ジャギが居る日本において発生した猟奇殺人事件。

 その正体不明の殺人鬼は何と以前アンナを襲おうとした人物が使用していたとされる特殊な薬品が現場で発見された。

 一体犯人の目的は? そしてジャギ達は犯人を見つけられるのか!?

 ……そんな次回を期待するノリが最初は渦巻いていた。

 ……しかし。




 「……駄~目だ。何の手掛かりもねぇ」

 「……南斗の拳士と言っても幅広いからな。……ふっ、燃え尽きた」

 体が白に染まる二人。徹夜で図書館やら色々見て周って南斗の拳士を調べたが……その多いこと多い事。

 「……フウゲンとオウガイの爺さん達除いて106人探せば見当も付くと思ったのに……南斗の拳士って多すぎるぞ……」

 「……当たり前だ馬鹿。言っとくが、『正式な』南斗聖拳は108派なだけで我流で名乗る偽者はゴロゴロ居る」

 ジャギは最初犯人が南斗拳士ならばフウゲン、オウガイ、リンレイ・ロフウを除き105人の住所を割り出せば犯行現場の
 位置と重ねて犯人を絞り込める……そう確信していたのに、それは思わぬ事実により出鼻を挫かれてしまう事になる。

 南斗鳳凰拳・南斗白鷺拳・南斗水鳥拳・南斗紅鶴拳・南斗孤鷲拳である南斗六星の拳を除く南斗聖拳。

 まずはリュウロウが使う南斗流鴎拳。そして白鷺拳の派生、カレンが使う南斗翡翠拳。ハッカ・リロンが使う南斗飛燕拳。

我王軍将軍ハバキが使う南斗隼牙拳。ハーン兄弟が使う南斗双鷹拳。ザンが使う南斗紅雀拳などが、
 主に外伝及び北斗の拳原作で見る事が出来た拳法である。それらの拳法は武器使わず徒手空拳で斬撃を行う事が可能だ。

 ケンシロウ外伝小説版だとボーモンが使う南斗夜梟拳。闇帝コーエンが使う南斗黒烏拳。

 そして、あまりの残虐さゆえに108派から除外されたダルダが使う南斗白鷲拳


 南斗白鷲拳を除外して14の拳法が正式な南斗聖拳として、南斗正統血統と言うユリアの力を一派として数えると残り21.
 残り21の南斗聖拳が何なのか、不眠不休で調べつくしたお陰でシンとジャギはようやく、残り21の鳥の名を冠する
 南斗聖拳が何かを知る事が出来た。中々秘匿扱いなので、大多数の書物を山積みにしなければ出てこなかったのだ。

 ……南斗鶺鴒(セキレイ)拳。南斗鴛鴦(エンオウ)拳。南斗千鳥拳。南斗雲雀(ヒバリ)拳。南斗塔鳩(トウキュウ)拳。

 ……南斗阿比(アビ)拳。南斗錦鶏(キンケイ)拳。南斗百舌(モズ)拳。南斗企鵝(キガ)拳。南斗交喙(イスカ)拳。

 ……南斗夜鷹(ヨタカ)拳。南斗食火(ヒクイ)拳。南斗丹頂(タンチョウ)拳。南斗蟻吸(ギキュウ)拳。南斗斑鳩(イカル)拳。

 ……細かい歴史資料から割り出した中で15個の正式な南斗聖拳を発見して、その時点で精神的な疲労でジャギは机に伏せた。

 「……思えば南斗朱雀拳とか、南斗蜂鳥拳とか見て騙されたな……」

 「調べてみれば昔の奴が自分で命名したものだったからな。……まったく。南斗聖拳を何だと思っているんだ……」

 何度も言うが南斗人間砲弾やら南斗列車砲なんて馬鹿げた代物を部下に持つ事になる人物が言えた台詞ではない。

 「……しっかし、その犯人って何を考えて人を殺すんだろうな?」

 そんな単純な疑問。それが頭に引っかかる。

 生きる為、憎む相手が居るならば素直に納得出来る。

 だが、相手は無差別で人を殺しているようだ。その原因がジャギには理解出来ない。そう、『ジャギ』には理解出来ないのだ。

 「さあな。狂人の考える事なんて俺にはわからん。……だが、どんな相手であろうと俺は負けはせんぞ。……今まで俺は
 必死に拳を磨いた。……文献を読み漁り、機会あれば別の南斗拳士の技も盗み取り、技を覚えたのだからな……」

 そう、手を組み危なげな顔つきで呟くシンに、ジャギは引き気味に問う。

 「盗み取った……って。……お前、そんな事してたの?」

 「あぁ。……フウゲン様は知れば怒るだろうがな。……だが、あの一件で俺は力が無ければ打ち勝てない事を知った。
 ……俺は弱い。ならば手数を、技を増やすのも力を付ける近道な筈だ。それゆえに、俺はフウゲン様に内緒で技を増やしてる」

 それは、シンが今まで隠し通していた事だった。

 ……あの、初雪が降り積もった日。徹底的に痛めつけられて敗北を味わいジャギと別離した後にシンは決意した。

 もう、何者にも負けたくない。強くなりたい……と。

 それゆえに南斗獄屠拳以外にも彼は技を秘密裏に増やしていた。ジュガイ、師父のフウゲンにすら……秘密に。

 「……言っておくが、これは内緒だぞ」

 「……おう、ならお前も今回の犯人を捕まえる事。内緒にしてくれよ」

 そう、ニヤリとお互いに笑みつつ拳を軽く打ち付けあう二人は……若い。






 ……一方、空き地のような場所に一人の少年が立っている。

 金髪のオールバックを風に揺らし、目を閉じて彼は精神を研ぎ澄ましていた。

 ……ビュッ!!

 風を切り何かが放り上げられる音。それと同時に少年はカッ! と目を見開くと空中に向けて跳び上がった。

 それは通常の大人ですら異常な跳躍。建物の二階程まで跳び上がった少年は空中に浮かび上がり重力によって落ちようと
 上がる力が弱まり空中に僅かながら静止した木材を視認すると、その木材と自分の位置が重なった瞬間に叫んだ。




                                 極星十字拳!!



 叫びと同時に胸元に×印に組んだ両腕を一気に外側へ向けて放つ少年。

 その両腕が振り払われると、木材は一瞬にして十字へと切断された。

 ……大きな跳躍と比例し小さな衝撃で着地。背中にはバラバラになった木材が叩きつけられる音。

 その木の破片を拾い上げる男性。……その男性は厳しい口調で言った。

 「……サウザー、如何した?」

 それは純粋に疑問に思うと言った調子で……若き『将星』のサウザーに放たれる。

 サウザーは真一文字に口を結びながら頭を垂れる。それを未だ現伝承者であるオウガイは少し困った表情を浮かべ言った。

 「何時もならば見事な程に断つお前の拳が今日は欠けてしまっている。……何を悩んでいる? 私にも言えぬ事か?」

 純粋に、純粋にオウガイはサウザーを心配していた。

 何時もならば常に真摯に拳の研磨を行うサウザーが、今日はと言えばどうも真剣さに欠けている。

 それに思い当たる節もあった。久し振りに友人に出会えた事や、未だ世間には公開を控えている南斗に関連する事件など。

 サウザーは、オウガイに嘘は吐かない。ゆえに、正直に自分の気持ちを吐露した。

 「……お師さん。……もし、もしもですが」

 友人が今しようとしている事は危険な事。だが、その決行する理由が、南斗の為、守りたい者の為と言う理由ゆえに
 サウザーも裏切る真似はしたくない。ゆえに、妥協ではあるが仮定の話としてオウガイへと告白をする。

 「もし、友人が南斗の為に危険な真似をしようとしている場合。……無理にでも止めるべきなのでしょうか?」

 「……成る程、それが今のお前を作る原因か」

 溜息を吐くオウガイ。……思えばジャギと言う少年は拳に対する姿勢は真面目だが、人間的な面では普通の子供よりは
 大人びているが、反面時折り突拍子も無く行動が人より行き過ぎる面も見られる。もっとも、それは若い故に仕方が無いし
 何よりそう言う行動全てが悪い訳ではない。……今回の事件を自分達で解決したいと言う正義感も南斗には大切な精神だ。

 ……そして。

 「……サウザー」

 オウガイは、悩み解答を得ようとするサウザーの目線と同じようにしながら言う。

 「……お前がすべき事をせよ」

 「……自分が?」

 不思議そうに目を開くサウザーに、オウガイは優しく語る。

 「そうだ。……お前も、ジャギもシンも皆同じように南斗の為を、守りたい者の為に動く気持ちを、私が止める権利はなし。
 ……お前は『将星』を宿し、そしてこれからそれを自分の手で輝かさなくてはならん。……ゆえに、自分で決めるのだサウザー」

 それは、オウガイなりの試練。

 無論、凶悪犯を発見すれば自分の手で討つつもりであるが、若き少年達の行動をわざわざ妨害する真似はしたくない。

 サウザーは、ジャギやシンと行動を共にし成長を遂げる。……それは、今まで自分の手で育て数々の普通の人間としての
 生活を奪い去ってしまった贖罪でもあるし、他にもサウザーを愛するがゆえにオウガイはサウザーに決定権を与えた。

 「……わかりました。では、自分は自分の意思でジャギ達と時折り行動してみます」

 「わかった。……だが、くれぐれも危険と判断した場合。私に報告するのだぞ」

 そう、釘を刺すのをオウガイは忘れない。しっかりと頷くサウザーを確認してから、オウガイは星が見える空を見上げた。





      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……ねぇ、リュウ」

 ……其処はフウゲンと南斗の拳士である卵が居る修行場所。

 其処に一人の女の子が汗を流しながら絶対に髪を巻くバンダナは脱がずに拳打を練習していた。

 その横に眠りこける犬がおり、その犬へと女の子は喋りかける。

 「私ね、ジャギも、シンもフウゲン様も大好き。……なのにね、ジャギ以外の人に触れられるって思うと何だか心臓が
 止まりそうになるんだ。……後ね、それにシンの……あの蒼い瞳を見ると何だが時折り自分が自分じゃないように思えるの」

 打撃音が無人の修行場に響き渡る。軽い鞭のような音を出しつつアンナは蹴りを出しながら言葉を続ける。

 「昔の私ってどんな感じだったんだろ? 兄貴はね。前とほとんど変わらないって言うけど、嘘だよねぇ……多分」

 何故か全員が自分に距離を置いている気がする。……ジャギも、その優しさがまるで仮面のように時折アンナは思える。

 幼くなった状態とは別に、アンナの本能は見抜いていた。……周囲が自分に対し向き合わない事を敏感に感じ取っていた。

 それが今のアンナには如何しようもなく苛立っていて、それゆえにアンナは最近誰も居ない場所で苛々を失くす為に拳を打っていた。

 ……喉から出すような笑い声がする。

 「……そのような修行では何年経とうか強くはなれんな」

 「……ぁ、……ジュガイ」

 ……視線を入り口へと向けると、其処には汚れまみれの胴着で腕を組み哂うジュガイの姿が見えた。

 山篭りを終えたばかりなのだろう。彼はじろじろとアンナの様子を見ると、小馬鹿にした口調で言い切った。

 「まず腕の伸ばしが甘い。打つ際の角度が甘い。衝撃の際の腰の捻りが甘い。……全てにおいて甘いな、アンナ」

 ジュガイからすれば、アンナは気に食わない男が連れている女としか見ていない。

 突如南斗の拳士として転がりシンの友人となり何時か王と言う立場になるサウザーとも友人である男。

 その男をジュガイは疎みつつ、且つそのような対人関係を作れる性格を半ば羨みもした。ジュガイが心から憎悪しないのは
 拳の腕では自分より劣るし、何よりも男は自分と競い合う関係ではないと知っているからであろう。

 だからこそアンナに関しても常に自分のままで対時する。ジュガイのまま言葉を放つ。

 「お前のように南斗の『な』の文字すら習得出来ぬ半端者には拳士に成る資格すらない。拳士になるとは、常に死と隣り合わせ
 であり己との闘いなのだ。南斗の拳士となると陽の下に差す影と常に闘う。夜来たれば闇とも戦うのが基本だ。
 お前にそんな覚悟があるか? そんな決意があるか? ……無いのならば、直にでも此処から立ち去るのだな」

 ジュガイは獰猛に笑みを浮かべ言い切った。

 ……ジュガイは別に嫌味で言った訳ではない。単純にアンナの実力が低い事を判断し、半端な拳を見に付ける位ならば
 いっその事止める方が身の為だと忠告している。南斗孤鷲拳を極めしフウゲンでも、そのように言うだろうと思い。

 フウゲンは逆の事をアンナに薦めたと、ジュガイは未だ知っていなかった。

 アンナが自分の言った事で泣こうか、怒ろうか別に良かった。女の涙など煩わしいだけ、自分は南斗孤鷲拳伝承者候補。

 そう思いながら、動かぬアンナを静観し……そして硬直した。







                                  ……ニコッ





 「……うん。有難う、正直に言ってくれて」

 「……あ?」

 「でもね、私、もっと強くなりたいんだ。だからもうちょっとやらせてよ」

 「……あぁ」

 ……拍子抜け、とでも言うべきか。

 ジュガイの言葉にアンナは笑みを浮かべ、怒る所かジュガイにお願いする始末。

 ジュガイは予想だにしない反応ゆえに、肩透かしを食らって反射的に頷いてしまった。

 (この女阿呆か? ……皮肉も通用せんのか)

 無駄な時間を過ごしたとばかりに、未だ拳を打ち込むアンナを無視し用は無いとばかりにジュガイは立ち去ろうとする。

 だが……その時になって気付く……僅かにだが、アンナの周囲の床だけ……色が違うのを。

 「!? ……お前」

 ……それは、紛れも無く血。

 アンナの手の甲からは血が滲んでいた。……何百回もの拳打の練習に手の甲が耐え切れず、出血を野放しにしていた。

 「あ、気付いちゃった? ジャギやシンやフウゲン様には内緒にしといてね」

 「……」

 ジュガイはここに来て自分の認識が間違いだと気付く。

 ……この女はただ男に惚れて付き添う普通の娘ではない。……ただの娘が血を流しながらこんな普通の笑みは浮かべれない。

 「……痛みを感じないのか?」

 心に病を負ったのは既に知っている。ならば無痛症でも併発したかとジュガイはアンナの異常振りに答えを付けようとする。

 それを、アンナは静かに首を振って返答する。

 「ううん、痛いよ。手は痛いし、何度も同じように腕を振って動くのも嫌だし。……けどね」

 『   ……私……   を……守れた、よね』


 僅かに、誰にも気づかれぬように小さく奮える手を胸元に持ち上げながら、アンナは月光が照らす中微笑んでいた。

 「……もっと、もっと強くなるって約束したの。……何時したのか覚えてないけど、強くなれば、もう悲しまないって思うの」


 『これからも   を……   が幸せに』

 「……強さ」

 ……自分は追い求めている。……南斗孤鷲拳の伝承者に相応しい強さ。

 それゆえに山で過ごし時には獣と格闘すら行い肉体を、精神を鍛える日々を過ごした。環境さへ異なり雑念を払えば、
 鳳凰拳の弟子たるサウザーと同格となり、シンを超える事が出来るのではと考えたがゆえに山篭りを自分は始めた。

 ……シンは何時も自分の少し上を行っていた。誰もが自分を褒め称えても、自分がシンに正直に勝利を確信した事は無かった。

 だから今日も山から帰り、そしてシンの代わりにアンナだけが修行している様を見て正直ホッとしていたのだ。
 ……もし、この目でシンが修行している風景を見て、それでシンが自分より実力が上だと俺が思えば……俺の心は大きく揺れるから。
 
 「……一つ聞いて良いか?」

 「うん? 何?」

 「……強くなっても負ける時はあるだろう。お前はその時どうするんだ」

 ……聞きたいのは有り得る可能性の敗北。その敗北とは死と必至。この目の前で血を流しながら鍛える女の答えを知りたいがゆえ。

 自分がもしシンに敗北すれば押し潰され難い屈辱感と殺意が沸き起こるのは目に見えている。だが……この女ならば。
 この……敗北と死を同義と既に本能から理解していると思える女ならば……一体どのように答えを出すのだろう?

 少しばかりアンナは首を傾げてから、その後微笑んで言った。

 「……多分、何もしないよ」

 「……何も?」

 「うん、だって……そうなったとしても」

 そこで一度口を閉じてから、彼女は更に笑みを深くして言った。






                           



                           「……そうなっても、私はそれで『彼』が幸せになるなら」






                           「強くなって負けた事も……きっと後悔しないって思うよ」







 ・



        
       ・

   ・



    
      ・



  ・



      ・




         ・

 


 ……ジャギとシンの捜査と言えぬ捜査は続く。

 サウザーとオウガイも共に修行を続けつつ近辺を荒らす犯人を絞ろうとして。フウゲンも弟子を見つつ町に目を光らせる。

 ハッカ・リロンも警察数十人以上の労働しつつ聞き込みを続ける。

 アンナは、周囲に気付かれぬようひっそりと鍛え上げ……そんな日々が数ヶ月も続いていた時だ。






                             



                           ……北斗の寺院に……二つの人影が現われる。










       後書き



 『なぁ、戦国無双や三国無双の世界に北斗無双をクロスするって感じ出来ない? 199×年の核が降った衝撃でタイムスリップ
 して北斗の拳のキャラクターが闘う系の作品作ってよ、胸熱じゃん? 信長対ラオウとか。毛利対ユダとか。
 慶次対ジュウザとか、秀吉対ケンシロウとか。本田対トキとか一杯夢ヒロガリングじゃん? どうよ俺の発想』




   うん、発想は良いけど、お前それ無双じゃなくてBASARAだよな?(´・ω・`)





[29120] 【文曲編】第二十話『邂逅 境界線 懸念』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/29 12:41

 彼等は自分にとって最強の象徴でもあった。そして嫉妬の対象でもあった。

 その右手と左手から織り成す破壊と殲滅の力は全てを畏怖とし、我々の無力さを知らしめて我が心に一日毎に傷を与えた。

 その右手と左手から織り成す奇跡と治癒の力は全てを崇拝させ、我々の萎縮さを思い知らせ我が心に嫉妬の心を増幅した。

 彼等は新たなる世界で覇王と聖者の称号を与えられん。我々は片隅で狂言者となりて救世主(メシア)の来訪を待つ。

 極まれし悪の華から香る色香は毒々しく輝きを帯びて彼等を擬態せんと成長する。その悪の華すらもやがて土に還る。

 一度たりと追い抜いた日々非ず。ゆえに追い抜かれた杭に対し拳を向け、やがてはその杭に我が存在は滅される日を迎える。

 滅び去った悪の華。一輪の中にもう一つ一輪の華を。その華だけを、今は我が胸の中でそっと抱かかえる事だけが望み。




      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 その日、彼等は突然の宣告を受けた。

 ある道場の中で今日も自分は拳の練習をしていた。

 物心ついた時から? それともつく前から? 記憶が怪しむ程の中で自分は必死に拳を磨いていたと思う。

 ……無言の背丈同じ木の柱に拳叩けば、その隣では同じく木柱を叩く音が聞こえる。

 だが、その木柱は軋み今にも折れそうな程に、その拳を放つ者の強さを一段毎に周囲へと示すように強くなっていた。

 周りの同年齢の者達は、その拳を放つ者に怯え混じりの視線を向けて遠巻きに見つめている。

 ……この修行場で、大の大人さへ圧倒するその者は自分の兄。

 常に自分を支え、そしてどんな時でも強くなる事を望む遠い背中。……その兄は一心不乱に拳を放っていた。

 ……ピタッ、と拳が突然止む。何事かと周囲の視線が、兄が意図的に作った間に呑まれ全ての意識が兄へと集中する。




                                   ……ゴオッ!!!



 
 ……風圧、そして小型の爆弾が爆発したような衝撃。

 それと同時に木柱は割れ、兄は自らの拳を天へと掲げた。

 それを見る視線は畏怖、憧憬、尊敬、嫉妬……様々な感情が周囲から見て取れたが、全ての感情は一つに結合されていた。

 ……兄は……子供の頃から全ての王に成り得る資質を持っていたのだ。

 「……ラオウ……兄さん」

 ……自分は……兄を尊敬し、愛し、目標とし、言葉では言い表せぬ感情を持って接している。

 だが……この日ばかりは……何故か兄か遠く思えてしまった。

 そう……来訪した北斗神拳伝承者……リュウケン様が宣告した日。


     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……トキ、また医学書を読んでいるのか?」

 ……修行が一通り終えると、トキは陽射しが少ない場所を選び静かに読書に耽るのが最近の日課となっていた。

 その少年が持つ本は子供が読むには似つかわしい大人でさえ難解な本ばかり。ラオウが拳で畏れられるならば、トキは
 その類稀なる知能から人から畏怖の視線を周りから受けていた。……それを、二人とも当たり前の如く受け止めていた。

 「今日は動物の体の仕組みに対してだよ」

 そう、柔和な笑みを浮かべるトキは幼少ながら人々に不思議な安らぎを与える片鱗を覗かせており、慧眼持ちし者ならば
 この少年が成長すれば全ての者から崇められる存在になるであろうと、彼の笑みはそれ程まで優しい表情を醸し出していた。

 ラオウは、そんな笑みを携えるトキに嘆くような、哀れむような瞳を一瞬だけ浮かべていた。……それが何故なのかは
 未だトキには解らない。ラオウは解答を出す事なく、虚空を睨みつけながらトキに対して口を開いた。

 「……今日だな。リュウケンが住まう寺院へと行く日は」

 「兄さん、呼び捨てはいけない。これからあの方は我々の師父なのだから」

 リュウケン……北斗神拳現伝承者。一見は普通の年を少し老いた男性に見えるが正体は最強の暗殺拳を担う者。
 トキは純粋に尊敬の念を抱いている。だが……ラオウは違う。彼だけは別の視点からリュウケンを『観察』していた。

 「何故だ、トキ。確かにあれは今日から本当の師父となる。……だがな」

 そこで一旦口を閉じ、彼はその年齢で浮かぶには獰猛過ぎる表情を一瞬だけ浮かばせて遠い寺院のある場所へ向けて言い放った。

 「……師父と言えど、俺が本当に信ずる者はお前だけだトキ。それを忘れぬな」

 「……わかってる。兄さん」

 ……兄は、優しいとトキは思っている。

 周囲からはその年齢には出さぬ気迫及び滲み出す貫録が本来の年齢よりも上回らせて彼の存在を何倍にも際立たせている。

 トキは兄の強大な存在を尊敬すれど嫉みはない。……彼には、『不自然』な程に人を憎み、嫉み、恨む感情が小さすぎた。

 頷くトキに満足したようにラオウは遠い目線である方向を見る。

 それはこれから向かうであろう寺院とは反対側。遠くであるが海がある方向。

 ラオウは時折り、自分でも理解出来ないのだが海のある方向を漠然と懐かしさを抱いて見つめる事が多かった。

 トキは、そんな時のラオウは通常と異なる優しさを滲ませた雰囲気があると知っていたが、決してそれを口外はしなかった。

 それは、多分トキだけが知る秘密。彼等兄弟のみの秘密だ。

 「……トキ」

 そして、海に向けていた視線を外し何時もの覇気に満ちた本来の兄の姿に戻ると、ラオウはトキへ呼びかけて言った。

 「どんな場所であろうと俺達は兄弟。……挫ける事は許さんぞ」

 「……あぁ」

 ……彼等は、常に互いを支えあい生きてきた。

 ……彼等は、お互いだけが唯一の支えであり……そして互いだけが心を開ける存在だった。



       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……場所は移り変わる。その場所は北斗の寺院の階段前。

 ……長い長い旅路を終えても彼等の表情に疲労は見えない。彼等にとって、たかが三十キロ程の旅路などで疲労
 する程に弱い体ではなかった。見上げれば聳え立つ寺院を見てもラオウは感慨など沸かない、トキは無言で見上げて
 少しだけその寺院の形状に何か思いあぐねていたが、少し頭を振った後に何時ものトキの状態に戻りリュウケンを見た。

 ……北斗神拳伝承者リュウケン。第63代北斗神拳伝承者。霞 羅門。彼は幾多の北斗の歴史の中でも一際異彩。

 『北斗の拳』と言う世界を創り上げたのは、彼が始まりと言って過言では無いのだから。

 そんな彼へ向けたトキの視線に敏感に気付き、リュウケンは視線を合わせる。

 「如何した、トキ」

 「……リュウケン様。この寺院で、私達は……」

 「……トキ、お前の腕は確かに見所ある。だが、先に拳を教えるわラオウだ。……ラオウ、わかっておるな」

 ……リュウケンがラオウに向ける視線は険しい。それは師の目線。殺人の拳、暗殺拳を教える師の目であった。

 普通の者ならば震え上がる眼光を向けられても、この少年は普通ではない。

 「……えぇ、わかっていますよ」

 彼は、臆する事なくリュウケンを見つめ返した。

 別に険悪などではない。だが、彼が秘めし目的は何時か目の前の人物が障害になると予感していたのかもしれない。

 ゆえに、ラオウがリュウケンに向ける視線はリュウケンとは異なる光を宿しており、リュウケンもそれを見定めようとしていた。

 「……行くぞ、ラオウ、トキ。……いや、待て一つ話さなければならない事があった」

 ……この時二人は今までとリュウケンの気配が僅かに変化した事に少しだけ疑問を生じた。……リュウケンは気が付いたと
 言わんばかりに師としての仮面を外し、通常の俗世の仮面に戻ると少しだけ困ったような、人間味ある顔へとなり口を開いた。

 「……お前達がこれから住まう寺院には……我が息子が居る。……仲良くしてくれ」

 何だ、そんな事かと二人は心の中で肩透かしを食らっていた。

 ……だが、二人はやがて気が付く。リュウケンが見せた、困惑に似た表情の意味を。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 寺院の階段。それは108段は有にある長い段数。

 一歩一歩踏みしめる度に下界と異なる場所へと踏み進める事になる。

 何故ならば、この場所は暗殺拳を伝授されし場所。闇の拳を知らしめる場所。俗世の通常の世界と隔離される事を意味する。

 それは、確かにある程度の空いた時間はこの世界から降りて俗世の世界へ戻る時もあるだろう。だが、それは一時。
 自分達は、この世界で人生の何割かを過ごす。その覚悟と、決意は既に心に刻んだのだ。……そして、その象徴たる寺院が見え……。

 「……むっ」

 「……あっ」

 ……二人が階段を登り最初に見た物。

 それは、一人の少年が寺院の通路の少し脇の場所で瞑想している姿。

 その瞑想の姿勢は空気椅子へ座った状態で、そして突き出された両手には鉄棒が握り締められていた。

 無論、そのような修行は自分達が住まう場所でも行ってはいた。

 だが、無人の寺院で一人そのように修行している少年の姿はかなり際立ち、ラオウとトキも無意識にその人物を視界に映したのだ。

 その少年は、人の気配に気付いたのか目を開けてこちらへ目線を向ける。

 その視線を向けられ、トキは感じる。

 (……空虚な目だ)

 距離は離れているが、その目の中にあるのは『虚』

 自分達を歓迎も、驚きも、疑問も、そんな感情と言う感情を一切消し去ったように少年の顔はある種の仮面に似ていた。

 ラオウも、それを感じ取ったのだろう。

 その少年を見た途端、苛立ちに似た何かが胸を支配し、その少年に対し拳を振り上げそうな不思議な敵意があった。

 (……何だ? 何故、一目見てあの男に俺は敵意を抱く?)

 彼等の想いに関係なく、少年は二人へ近づく。そして、トキ・ラオウの隣に立つ人物を見ると……ニカッと笑みを作った。

 その、仮面を一気に外すように人間に戻ったかのような感じにトキとラオウは拍子抜けのような感じを味わった。

 「父さん、お帰り。……この二人は?」

 「……あぁ、この二人は……今日からお前の兄達となる」

 その言葉に、少年は瞬きした後に二人の顔を見比べる。突然の事に驚きを隠せぬように、現実を受け入れようとするように。

 だが、その反応をラオウは『うそ臭い』と思い、トキは『違和感』を抱いた。

 「兄……」

 その少年は、口の中で転がすように兄と言う言葉を呟き、そして二人へ向けて腕を差し出した。

 ……最初意味が解らなかった。だが、それが握手を求めているのだと理解するのは数秒後。

 「あ……あぁ、宜しく」

 「おうっ、こっちこそ宜しく。まぁ解んない事あったら俺に聞いてくれよ」

 そう、トキにだけ視線を集中させる少年に。ラオウは何かドロドロとした何かが芽生えてくるのが自分でもわかった。

 だが、その感情が未だ何かわからず、様子見と言う事で無言で彼を観察するに徹底する。

 その観察されてるとは知らない少年は、そこで名乗りを上げた。





                         「俺の名はジャギ。まぁ宜しく頼むよ、兄者達」







       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……なぁ、トキ。お前はあいつをどう思う?」

 「……どう、と言われても。……親切な少年だと思いますよ」

 ……寺院に来て一日がその日は何事もなく更けた。

 いや、『何事も』と言う言い方には御幣がある。その日始めて着いてラオウは何時もと変わらず拳の練習を行おうとした。

 強さ、強さ、強大、圧倒、最強、無敵、絶対無比、それらの力、力を望む彼にとって一日でも鍛える事は忘れない。

 だが、彼が日が暮れた時に見たのは……そのジャギと言う男が自分より先に拳の修行をしている姿。

 「……何をやっている」

 自分でも知らぬ内に苛立ちが言葉に込められていた。……自分は強者。それを知らずまるで追い越すように修行する男に向けて。

 「……何って、南斗聖拳の修行だよ」

 「……何?」

 ……その言葉にラオウは微かに驚きを示し、そして納得もした。

 最初に対時した時、その体つき、気配から普通の子供とは逸脱していたと知っていた。その原因が南斗聖拳を使うなら解る。

 「……南斗の拳士なのか」

 「と言っても未だ斬撃も余り上手くないんだけどよ。……ラオウ……だっけ。父さんから聞いたけど北斗神拳っての習うんだろ?」

 「何だ……興味あるのか?」

 この男が一端に拳士ならば北斗神拳に興味あるのも頷ける。そして、可能性としては、この男は自分と争う可能性も。

 そう、穏やかではない想像を浮かべつつジャギに向ける眼光は強い。

 だが……普通ならば怯むラオウの視線に、ジャギは黙って受け止めてラオウを見る。それが、ラオウには気に食わなかった。

 (気に食わん……まるで俺など眼中にないような……)

 ラオウは、常に向けられる視線と言えば、トキを除く周囲の人間の視線には畏怖、尊敬、崇拝の感情が常だった。

 だが、その自分より少し年下の少年の瞳は空虚で。ただ自分がちっぽけだと言わんばかりの瞳をしていた。

 それが気に食わない、気に食わない。そうラオウは段々と彼に嫌悪が芽生えていた。

 「俺、父さんに頼んでみたんだよ」

 ……ラオウは、ジャギの言葉に浮かんでいた感情を一瞬だけ消す。

 「だが、俺には絶対に教える事はないと」

 その声色には悲観的でも憤怒もなく説明的だった。それでも、ラオウには一抹ながら優越感のような物が湧き出ていた。

 こいつは自分とは同じ土俵には立たない。そうだ……当たり前だ。

 「……ふっ、そうか」

 ラオウは少しだけ気分が良かった。リュウケンがジャギと仲良くしろと言うならば兄弟ごっこをしてやるのも一興だと思える程。

 何より、目の前で拳打を放っていた男の実力は、自分やトキには劣るかも知れないが中々鍛えているようで。ラオウは実力
 あるものならば認める。ゆえに、ジャギが南斗聖拳使いであろうが訪れて一日目、認めても良いと感じた。

 ……だが、それも一瞬……その感情は直に失われる。

 ラオウは意識を切り替え自分も拳の練習に入ろうとした瞬間……それは訪れた。

 「     」

 ジャギが、何やら技を呟き繰り出した南斗の拳。

 その拳が木柱に命中した瞬間……大きく木柱は裂けた。

 先程まで単純に少し格下と思っていた男が繰り出した一撃は……自分が見間違えでなければ……その拳は……。

 (……有り得ん)

 「この技さ、今俺が出来る唯一の南斗聖拳なんだよな。ラオウから見てどう思う、この技?」

 そう……笑い掛ける少年の笑みは既にラオウには……悪魔に見えた。

 『お前は下だ……オマエハシタダ』

 ……そう幻聴が聞こえる中、ラオウは吐き捨てるように言葉を飛び出していた。

 「……下らんっ」

 ……困惑気のジャギ。そして背を向けて寺院へと入るラオウ。

 ……既に境界線は……引かれた。
 
 その日から……ラオウの心には、ジャギは障害足りえる人物としてラオウの中に刻まれる。……それは死するまで。


 

 「……トキ。リュウケンから聞いたが奴は実子でなく養子。……だが、俺達のように拳を元々教わった訳でなく自発的に
 自分から鍛える事を始め、そして、とある南斗の拳法家が集まる町へ半年程滞在し其処で南斗の拳を知ったと言う」

 ラオウは、考え込むように言葉を続ける。……それはトキに語ると言うより自分に語るように。

 「……俺の目は節穴ではない。奴は……奴はただの拳士とはならん。……必ず俺の前に立ち塞がる。……俺はそう予感する」

 「……ラオウ、気にしすぎだ。……私もこの数日接したが……行き成り兄弟になった私達にすら優しいじゃないか」

 トキは数日であるがジャギを好人物として見ている。

 ラオウが拳をリュウケンから教わる間。自分は未だ拳を教わらないので独自に前の修行場でしていた鍛錬を行っている。

 その時、しょっこりと何時の間にかジャギも黙ってトキの隣で同じような鍛錬をした。……それも、本格的に手馴れた様子で。

 他にも、自分が持ち込んだ医学書を読んでいるのを見て。翌日ジャギは外に出て自分が興味ありそうな本を持ってきてくれた。

 トキは、ただ有るがまま接するジャギに対し悪意を抱く筈がなかった。ゆえに、ジャギを弁護する言葉をラオウへと放つ。

 「……確かに北斗神拳伝承者の子が南斗の拳士であるとは驚きましたが。別にそう驚く事でもないでしょう。北斗と南斗
 の歴史は元を辿ると同じ。今は拳の腕は自分達と同じでも、やがてその拳には違いが生まれ、そして別の道を辿ります」

 ……トキは聡明だ。それゆえに、何時かは北斗の道、南斗の道でジャギとは別々の道に行くだろうとトキは思っている。

 本格的に北斗神拳を教わる時には、ジャギが南斗の拳士になるならば遠方にでも赴き南斗の拳を磨きやがて俗世で活躍する。

 陽射しの下でジャギは生き。自分達は影の中で拳を使う事になる。……例え生き方違えどトキはそれで構わぬだろうと思っている。

 だが……トキのそんな思惑を見抜くように嘲笑を浮かべてラオウは言葉を紡ぐ。

 「……トキ、未だ気付かないのか? ……ジャギは、お前ではない。……普通の、普通の子供が行き成り現われた俺達
 に対し接する態度だと思うか? ……あいつは、ただの子供でない。リュウケンのように、奴も何か大きな秘密がある」

 トキには、ラオウが何をジャギに敵意を抱くのか解らない。

 だが、確かにジャギの態度は子供らしからぬと思えるのは事実。……その事実は、随分長い事トキには引っかかる事になる。

 「……だけど、ジャギは私達の事を嫌いではない。むしろ仲良くなろうと接しているじゃないか、ラオウ」

 「……それが、本当に単純な好意……ならな」

 ……ラオウは決して心を許しはしない。トキを除く、全ての人々に。

 トキは逆に全てを受け入れようとする。ゆえに、敵意を抱かぬジャギも受け入れる。……全てに置いて逆の兄弟。

 だが、その根本で似通う部分が存在する。その部分はやがてジャギとの関係を変える。

 ……それは、未だ先の事だ。



       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……一方、ジャギは悩んでいた。

 懊悩し、歯軋りをし。トキやラオウに接していた時とは異なる『自分』のまま苦悩し、冷静に物事に対処しようと必死だった。

 「……何でだ? ……何でなんだ?」




                           「何で……トキとラオウが現われて……奴が居ない?」



 ……ジャギは知っている。この世界は『あいつ』によって進む物語である事を。

 その存在なくして北斗の拳は進まず。ゆえに彼はそれだけを危惧しながら生き続けていた。

 けど、運命の日をじっと気を落ち着かせて出迎えてみれば……予想外の状況。ラオウ・トキしか訪れない事態。

 ジャギは人の前では平静を装っていたが、実際は冷や汗を垂れ流し事の重大性にどうすれば良いのかを考えていた。

 (……トキ・ラオウが訪れた、其処までは予想内だった。けど……何であいつが来ない!? これじゃあ歴史が可笑しくなるだろ!)

 ジャギは知っている。原作では最初北斗四兄弟として描写されていた北斗兄弟の歴史……そして、その末路を。

 ゆえに、彼は恐れている。その主人公たる人物が現在何処にいるのか不明な状態をだ。

 (……落ち着け、落ち着くんだ俺。……そうだ、時期が違うのかも知れないじゃねぇか。明確にラオウ・トキ……あいつが
 同時に寺院に伝承者候補として訪れた描写は一切ないんだから。……そうさ、大丈夫だ……大丈夫、問題ない……)

 「……ふぅ~~~~……っ」

 夜の外気を窓を開けて大きく吸い込みジャギは意識を切り替える。

 ……ラオウと仲良くなれるとは最初から期待はしていなかった。……アレは、自分の為に、その為に生きているのであって
 基本的にトキ以外に相容れる事はない。拳を交えれば仲良くなる可能性もあるが、それは賭けであるゆえにジャギには
 未だ危ない行動は出来ない。……安全牌として、聖者と未来で呼ばれるトキと今は友好を着実に作っておこう……そう考えた。

 「……大丈夫さ……きっと……生きれる」

 ……ラオウ・トキとの邂逅。……運命が廻り始めた事をジャギは実感し始めていた。

 僅かに走る頭痛を押し隠し、拳を突き出し彼は星空を睨みつける。

 憎いぐらいに……北斗七星は強く輝いていた。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……そして、数日。……その日、トキとラオウは町へ出る事にした。

 当たり前だ。寺院で生活するだけでは日常用品は手に入らない。ゆえにリュウケンの許可を得て彼等は町へと出る。

 ラオウの今行っている修行は『一指禅功』。大樹に向かい一心不乱に指を突く修行を行っている。

 五指全体が紫色に鬱血する程にラオウは訓練を行い、そして、その痛みを感じぬように振る舞いながら彼は荷物を持つ。

 「……自分が持つよ。……兄さん」

 「構わん。この程度の痛みで挫ける俺ではないわ」

 ……彼の言葉は冷たくも優しさを秘めているのだとトキは知っている。……ゆえに時折り哀しくなる。彼の優しさを理解
 しえない周囲を。そして、その事に構わぬ彼の強さに……時々堪らなくなるけれど、それをトキは如何しようも出来ない。

 「……ぁ、ジャギ」

 「む……っ」

 ……彼等は、そんな折りにジャギを見つける。

 ……ジャギは誰かと談笑していた。それは良い、ジャギとて誰かと喋る相手は居るだろうから。問題はその表情。

 (……何と言うか……明るい顔だな)

 ……普段、トキやラオウに浮かべる笑顔は何か固く、それゆえにトキは今ひとつジャギに心を開く気になれずはいた。

 ……だが、遠目から見ると、そのジャギは子供特有の柔らかい笑みを携えて、バンダナを巻いた金髪の女子と喋っていた。

 「あいつも女の前ではただの子供と言う訳か……」

 そう、意外とは言わずとも普通の子供の面のジャギを見てラオウは鼻で一笑する。

 トキは、単純にジャギに心許せる人物が父以外に居る事に安堵した。……寺院の生活は自分やラオウを迎えて大きく変わる。
 ジャギは表面に出さずとも変化に戸惑っている筈だ。ならば、気が許せる人物が居る事はジャギにとって良い事だろうから……。

 そう、考える二人は方角的にジャギの前を通る事になる。

 それゆえに接近してきたラオウとトキにジャギは気がつき、手を上げて声を掛ける事になる。

 「よっ、兄者達買い物か?」

 ……数日、たった数日で自分達の存在を当たり前のように振舞うジャギ。

 その態度はやはり違和感が拭い去れず、特にラオウに警戒心を増させる行動だと、未だジャギは気が付けていない。

 「あぁ。少々足りない物をな……そちらはジャギの恋人か?」

 その言葉に……ジャギの側に居た女性は笑い声を上げた。

 ……空気を反響するような笑い声。そして、太陽に輝く笑み。その笑みは力強く、生命力を実感させた。

 「ジャギ、私達恋人だって! そう見えるんだねっ!」

 嬉しい、嬉しいと言う感情が彼女から迸る。トキは、ジャギに向けて笑顔を放つその女性が少し眩しく見えた。

 そして、面食らうでも無いが……ジャギはその女性の言葉に赤面する。

 ……数日間寺院の中では人らしい反応はあるもの、何か違和感が感じた感覚は既に抜き去られている。

 「あのなぁ……そんな事喜んで言う事じゃねぇだろうがアンナ!」

 照れ隠しや羞恥心を押し隠そうと必死に険しい表情を作ろうとしているが、その赤面が全てにおいて怒りと言う感情を台無しにしてる。

 ……アンナ。そう言う名前なのかとトキは単純に思い。ラオウも頭の中に名前を一つの記号として記憶する。

 「別に良いでしょ。だって、私ジャギの事好きだもん」

 「……あぁ~、ったく。……有難うな」

 諦めたように頭を掻きながら、空いた片手でアンナと言う名の女の子の頭をバンダナ越しにジャギは少し強めに撫でる。

 キャッキャッと軽く悲鳴交じりに声を出しつつ、猫のように目を細めてアンナと言う女の子が喜ぶ様を見て……トキは気付く。

 (? ……何だ? 見た目より何故か幼い気がするが……)

 「あ! ねぇねぇジャギ。今日ここ歩いてたらね」

 ジャギの手が離れると、思い出したようにアンナは喋る。

 「『お兄さんから事故で退行したって聞いたわ。お気の毒ね』って言われてお菓子貰ったの。ほらっ、こんなに一杯」

 ……アンナの明るい声とは裏腹に、ジャギとラオウ、トキの空気が一瞬にして静止した。

 「……そう、か。良かったなアンナ。……あぁ、リュウだけど少し散歩させておいてくれないか? こいつ、お前の家で
 良い物食ってるばかりが少し腹の部分が気になるからさ、アンナと一緒に競争させたら少しは痩せるだろ。アンナ、早いもんな」

 そう、最後にアンナを褒める言葉を加えると。アンナは嬉しそうに言う。

 「うんっ。私駆けっこは得意だからね。じゃあ、ジャギの言うとおり走ってくる!」

 ……リュウと言われた犬を連れて遠くへ走るアンナ。……三人になってジャギはトキとラオウへと視線を移す。

 その表情は先ほどの柔らかさは失せ、鉄のような固さが見て取れた。

 「……まぁ、解っただろうけど。あいつちょいと事故で精神的に幼くなったんだ。……だからまぁ……宜しく頼むわ」

 「……成る程」

 ……ジャギの二面性……その理由を見抜きラオウは小さな笑みと共に呟く。

 ……その笑みは決して良い意味でなく……ジャギを貶める為に紡がれる笑み。

 「あの女がお前の拳士になった理由と言う所か?」

 その言葉に片方の眉を上げるジャギは、無言で肯定を示した。

 「……リュウケンからはお前が父親を守りたいがゆえに拳を覚えたと聞いたが……どうも、アレを見た限り違うらしいな」

 「……兄者」

 ……ジャギは、能面のような顔に今や変わりながらラオウへ静かに言っていた。

 「……俺の事気に入らないようだって事は知ってる。……けどアンナに何かしようとか……思わないよな?」

 「……俺が気に食わん奴の女の事なんて気にすると思うのか?」

 それはラオウにとって侮辱。自分が敵と見なす物は自分の力で捻じ伏せるのみ。卑怯な手など、このラオウ自身の傷だ。

 だが、ジャギは睨むラオウに怯まず……空虚な瞳でずっとラオウを見つめていた。

 「……俺は、元々父親の為に強くなるって言ったのは本当だよ。……今でも親父を守る気持ちはあるさ。……けど」

 ……そこで口を切り、ジャギはアンナが去った方向へ顔を背け表情見せず言った。

 「……今は、あいつを守るのが俺の優先事項だ。……あいつを守るのが」

 ……その呟きはラオウには下らない理由だと思いつつ……そのジャギの雰囲気に何故か自分よりも何故か巨大に思え。

 そしてトキには、そのジャギがアンナへと見つめる姿が贖罪を続ける罪人のように何故か思えてしまった。

 ……トキ・ラオウ。彼等はジャギと邂逅した。

 未だ同じ世界に足は重ならずとも、その三人の出会いは以前の『世界』と異なるゆえに道筋をゆっくりと変えて行く。

 果たして……彼等にも救いは訪れるのだろうか?








  


           後書き


  現在、ジャギ八歳、トキ九歳、ラオウ十歳と言う設定。

  サウザー十歳、シン、ケンシロウ、ユダ、レイ七歳。シュウ十四歳。

  女性勢はアンナ十歳。そしてユリア達は七歳程度です。

 ……改めて思うけど、子供の口振りじゃないよね。北斗の拳のキャラクター




 



[29120] 【文曲編】第二十一話『描かれる悪意』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/29 18:30
 ラオウとトキが訪れても、ジャギの生活スタイルに変化はない。

 四時程に起きて軽く運動を行い、そしてリュウケンに挨拶がてら『北斗神拳を教えてくれ』と言って断られ。
 そしてラオウの修行する間にトキが自己鍛錬すると同時に自分も一緒に鍛錬する。……変わった所と言えばそれだけ。

 ……まぁ、しいて言うなら『一指禅功』の修行を隠れず自分も行う事が出来るようになった事が嬉しい誤差か。

 それと……。

 「……成る程、そのラオウとトキと言う者が北斗神拳を……ほぉ~……そうか」

 「何だそのわざとらしい反応は、シン」

 シンに兄が二人出来たと言う報告と、その兄が北斗神拳伝承者を育てると説明すると、シンは何故か安堵の溜息を吐いた。

 詰問すれば、どうも以前自分が襲われた時にリュウケンに固く口止めされていたので、もう隠す必要がないから安心したと言う。

 「やれやれ……お前が南斗聖拳を極めるまでは死んでも秘密にするつもりだったんだがな」

 「怖ぇよ」

 ケンシロウに、ユリアが生きている事を秘孔突かれても黙っていた男である。本気でやりかねないのがシンの怖さだ。

 「それで、お前はその……どうする気なんだ? 北斗神拳を学ぶ気なのか?」

 「……どうだろうな。……今はとりあえず南斗聖拳覚えるだけでも満足してるから。……わかんね」

 そう言うとシンは頷きながら安心の笑みをはっきりと覗かせた。……シンの気持ちも解る。自分が北斗神拳伝承者候補と
 なれば、今までのように時折り組み手やったりも出来ないだろうし、何よりフウゲンが良い顔をしないのは間違いない。
 北斗と南斗は今の所友好を保っていても、案外その繋がりは脆く下手すれば争いあう関係になっても可笑しくないのだから。

 「まぁ、俺はこのままのお前で良いと思うけどな」

 「……今のままねぇ」

 (今のままじゃ……『あの日』と同じように……)

 「……痛っ」

 「如何した? 平気か?」

 「ん? あ、あぁ。最近、何だか頭痛が多くてな」

 ラオウ・トキが訪れてから、その奇妙な頭痛は時折起こっていた。

 その頭痛は単なる痛みとは違い、瞬間的に熱を持ち頭に釘を刺されたような、頭蓋骨や脳を圧縮するような痛み。

 まるで昔味わった痛みがフラッシュバックするようだと、ジャギはすぐに消えるも、後を引く痛みに顰めつつ思うのだ。

 「……少し休養をとった方が良いぞ。ただでさえ、お前の場合無理な鍛錬をするからな」

 「……そうか?」

 「あぁ」

 南斗孤鷲拳伝承者候補シン。

 彼は最近では南斗獄屠拳以外にも別の拳を見につけようと自分の拳を高める為に強さを望み必死に鍛えようとしている。
 彼が強さを望む切欠になったのは最初の敗北。アンナを襲った犯人による敗北が彼の拳を磨く理由となった。

 恐らく、正史ならばジュガイ、及び別の拳士がその役割を担っていたかも知れない。

 だが、ジャギがシンの町に訪れた事が、彼の強さを欲す原因を早く創り上げる要因となったのだ。

 「最近な、ようやく一つの技が完成したんだ」

 「ほぉ……それ、見せて貰っても良いのか?」

 「まぁ、普通なら秘匿にするが……何時もお前の技を見せて貰っているしな。構わん、見せてやろう」

 本来、拳士の技と言うのは特性を知れば戦況を左右するので見せる事は皆無。

 だが、シンはジャギと本気で闘う事はないと確信するがゆえに、躊躇する事なくジャギへと技を見せる。

 ……ケンシロウよりも早く創られた絆。それもまた原作とは大きく異なる物だ。

 シンは木の柱に立ち、呼吸を整えて気を充実させる。

 そして、自分のタイミングが確保出来ると、目を大きく見開き一喝と共に叫んだ。



                                  南斗迫破斬!!!



 「おぉ!」

 思わず感嘆する程に凄まじい威力。

 地面すれすれから片手を渾身の力で振り上げ四本の斬撃により四つに縦に判れた木柱。拍手と共に四つの木片は地面に落ちた。

 「凄いな、その技。……南斗迫破斬、かぁ……独自で編み出したのか?」

 「まさか、な。……この修行場に訪れる拳士の技を盗んだんだよ。どうも訪れるタイミングはジャギと異なるから
 知らんだろうが、その拳士も南斗聖拳伝承者らしくな。少しの間この場所に訪れ最近は来てないが……実力は高い」

 シンが其処まで言うなら相当の人物だろう。……そう考えつつ、ジャギは少し疑問が沸き起こった。

 「南斗聖拳伝承者……って。何の伝承者なんだ?」

 「……そこまでは知らん。……まぁ、だが最近賑わせた犯人でない事は確かだと思うぞ」

 「何でそう言い切れるんだよ?」

 そのジャギの言葉に、シンは気負い無く言った。




                             「警察手帳が見えたからな。有り得ないだろ?」




   

     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……また、犠牲者か……」

 オウガイはその日、一つの路地に重い顔をしながら見下ろしていた。

 其処に居るのは数人の警察官……それ以外には新たな被害者。

 ……南斗鳳凰拳伝承者オウガイ。政治的な部分及び警察関係の仕事にも南斗関わるならば南斗の権力者として関与する
 事が可能。ゆえに、オウガイはこの度起きた殺人事件に関し自ら出て事件現場を見る事を国家機構は許可した。

 「……酷い有様ですね、オウガイ様」

 その場に一人の男が現われる。……少し白髪交じりで鼻の下に産毛を生やした二十歳程の男性。その男性は南斗の十字を印す
 服を着こなし、憐れな仏に片手て合掌しつつオウガイに近づくと歩みを止めた。オウガイは、男の顔をじっと見て名を呟く。

 「……ハッカ」

 ……南斗飛燕拳の担い手ハッカ。

 南斗飛燕拳の担い手であるハッカは、従来南斗鳳凰拳に仕える拳士の一人。

 『天の覇王』でも暴君として君臨していたサウザーに仕えるのは、狂信的に南斗への忠誠固きゆえに。

 彼もまた、この度起きた事件が南斗であると知ると捜査に加わった人間の一人だった。

 「……お主の相棒であるリロンは如何した?」

 「あいつならば、死体を見て気分が悪くなったので少し離れた場所に」

 少しばかり頼りない相棒に、眉を下げるハッカの表情は少し困り気味。

 拳士であれば血を見るのは当たり前であろうに……とハッカは十五の頃には共に組んだリロンの事を最近少しだけ後悔し始めていた。

 「そう言うな。死体を見慣れて平気になるのは私のような人物だけで十分だ。……だが、今回の犠牲者を
 見てやはり私は確信した。……やはり、今回の事件の首謀者は……南斗の拳士である以外は考えられんな」

 そのオウガイの断言に、ハッカも仰々しく頷く。

 「えぇ。犠牲者を発見した時には既に死後硬直で傷口が変形していたがゆえに判断が困難でしたが、今回の犠牲者は
 運良く……失敬、死体は真新しく、それゆえに南斗聖拳の傷跡だとはっきり判明しましたからね。……最初は南斗の
 拳士の模倣した犯人である事を願いましたが。……どうやら本格的に拳士全員を招集する必要があるかも知れません」

 今すぐにでも私が……と、ハッカはオウガイの指示を待っている。

 彼の使命は子供の頃から刷り込まれる程に南斗の為にと心に刻まれている。それは洗脳かも知れないし、あるいは自分の
 意思だったかも知れない。とにかく、彼はオウガイの言葉あれば、直にでも南斗108派を集合させるつもりだった。

 「……いや、止そう。悪戯に拳士を集合させ何も判明出来なかった場合信頼を失くす。……ハッカ、今は耐えるのだ。
 このような所業を行った我等の仲間はもはや仲間で非ず。……きっと、鳳凰の拳の裁きが下されるであろう……」

 オウガイの瞳には鳳凰の炎が上っていた。

 自分が住まう空の下で悪しき鳥が光の影の中で暗躍している。……しかも理由なく、愉しむように……。

 それは、許されざる所業。オウガイは見つけ次第、その者に鉄槌を落とす決意を固めているのだった。

 「……ハッカ、辺りを調べたが警察の証拠品以外に目ぼしい物は見つからなかったよ」

 ……その時現われるのは、未だハッカより若い十八かそこらの拳士。

 その名はリロン。彼もまた南斗飛燕拳の使い手であり、ハッカと組む事により本来の実力よりも高い闘いを行う事が出来る。
 ……最も、若いゆえに未だ血を見たり死体を見れば多少精神的に揺れる一面も見られたが、成長すればそれも無くなるだろう。

 「何が辺りを調べただ。死体を見た瞬間吐きかけた者の台詞か?」

 「う……まぁ、それは謝る。……それよりも、オウガイ様、思うのですが最近の犠牲者なのですが……私の調べた
 記録に間違いなければ……どうも最近犯人の行動範囲が近くなったように思うのは気のせいでしょうか?」

 「……いや、お前の言うとおり気のせいではない」

 ……現われたリロンの言葉は正しい。……最近の被害者の場所は、どうも位置関係的に近い事がオウガイも不安だった。

 かなりの警戒をしているのに、まるで手をすり抜けるように事件が起きる。……その都度、何処かしら嘲笑うような
 視線をオウガイは感じ……彼は日増しに大きくなる不安を抑えつつ、事件が突然奇跡的に終わるのを願う。

 「今回この場所で事件が起こったのは運が悪いですね」

 ハッカは、顔色悪くリロンの疑問に続けて言葉を放つ。

 「……此処を離れてすぐに……南斗孤鷲拳伝承者フウゲン様がおらす町は目の前です。……もし、あの方と弟子の身に
 何かあれば……。特に、『殉星』を持つ者の身に何か起これば南斗の星に亀裂が……。まさか犯人は無差別を装いそれを……」

 オウガイは、ハッカの暗い予想を重苦しく首を横に振って否定する。

 「……未だ狙いは解らん。……だが、今まで無差別と思っていたこの事件……ハッカ、これを見よ」

 ……オウガイが取り出すのは一つの地図。

 その地図の中には……今まで死んだ人間達の場所が赤い印しで描かれていた。

 「……惨いですね。これ程の犠牲者が出たのは」

 「それもある。だが、私が言いたいのは……気付かぬか? ……この、赤い位置を見て……」

 リロンの言葉にオウガイは言いながら上げるのは……赤い点の位置。

 それにハッカとリロンは暫し見てから……驚愕の真実に気付いた。

 「!? ……星座」

 「……まさしく」

 ……今までばらばらで不規則な位置で行われた事件。……それはオウガイに言われ始めて気付くか星座の形に酷似していた。

 ……そして、今回の犠牲者の位置を照らし合わせるならば……。

 「……わし座、ふうちょう座、はと座、はくちょう座、つる座……」

 「くじゃく座、からす座……何て事だ……この事件は……まさしく」

 「……そう、恐ろしい事にこの所業を起こす輩は星座に見立てて殺人を犯している。……たった、それだけの理由で人を」

 ……南天に広がる星に見立てて人を殺す事件。

 そのような所業はただの連続殺人鬼とは違い知能犯であろう。

 ……だが、これで少しだけ希望が見えた。……もし、これが星座通りならば犯人の次の狙いは……。

 「……フウゲン殿の場所へ行こう」

 『はっ!』

 オウガイは思考を一巡させると力強く歩き出す。……この事件を……完全に自分の手で終わらせる為に。

 ……そのオウガイとハッカ・リロンの姿を……一つの人影がずっと様子を窺っていた。




   
     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……最近、ジャギもシンも忙しくて私達寂しいよね~、リュウ」

 ……南斗の修行場近くでジャギとシンの組み手を見飽きてリュウを抱かかえてアンナは外に佇んでいた。

 ジャギとしてはアンナは目を離すと危険な目に遭うので側に四六時中居るのが一番良いが……流石にそれは限界ある。

 「……私十歳になったんだよね~。……けど」

 まじまじと手の平を見つめて……アンナは呟く。

 「何だか全然成長してない気がする……がっくし」

 ……アンナはジャギ達より二歳年上だ。それゆえに本来ならもっと背も伸び始めても良いのだが余り背が伸びない。 
 悩んでいるのをジャギに告白したら笑うだけだし、話し相手になるシンやサウザーからはいずれ伸びると言われただけだ。

 「……牛乳一杯飲んでるのになぁ~」

 リュウと言えばただ鳴いて同意するのみ。

 アンナは現在時間を持て余していた。何時もならジャギと一緒に過ごすので満足だが、そのジャギも忙しくて構えない。
 フウゲンも出かけてるがゆえに拳法を独自で修行しても余り面白くない。……アンナは至極退屈さを覚えていた。

 「……出かけちゃう? 一人で」

 そう呟くと、リュウは首を横に振りながら鳴く。

 「あはは冗談だよ。……けど、何でか皆、最近ピリピリしている気がするね」

 ……アンナの勘は鋭い。子供返りしたが相手がどのような状態が見抜くのは常人より跳びぬけている。

 それゆえに最近では大人達が何やら緊迫した気配を出しており、それはアンナにとっては余り心地よいとは言えなかった。

 そして、ジャギやシン、兄貴であるリーダーも意識して自分の側に居るようにしているのにアンナは既に気付いていた。

 「……あ~あ、もっと自由に遊びたいよね。リュウ」

 最近では南斗の里すら満足に行けない。リーダーが『余り遠くは旅路で何か起きるか解らないからな』と禁止したゆえに。

 アンナが溜息を吐いていると……一つの足音と気配が近づいてきた。

 (? ……ジャギ、シンじゃない気がする。……ジュガイ?)

 アンナは立ち上がりリュウと共にその人物に体を向ける。

 その人影は徐々に形作ると……アンナに向けて声を出していた。


 「……ここに、フウゲン様は居るかな?」

 ……その男の服装はスーツ。黒いスーツに黒ネクタイで刑事のようだとアンナは感じた。

 「フウゲンのお爺ちゃんなら今居ないよ?」

 「……お爺ちゃん? ……フウゲン様にお子さんは居ない筈だよね?」

 その人物は、首を傾げてアンナの顔をじっと見る。

 そのじろじろと自分を見る男に、アンナは少し居心地悪くなっていると。その後ろから何時も感じる暖かい気配を感じた。

 「……アンナ、如何かしたか?」

 「ジャギ、この人フウゲンのお爺ちゃんに用事だって」

 「……さっきも聞いたが……この娘、フウゲン様と如何言う関係なんだ?」

 「……あぁ~……」

 フウゲンに用があると言う人物。……アンナとフウゲンの関係と言うと上手く説明するは難しい。時折りアンナを孫娘
 見たいに可愛がっているし、時には拳法を教えて上げている。師でもあるし、また孫のような関係……複雑だ。

 「まぁ可愛がって貰っているって感じかな? ……あんたこそ一体何者だ?」

 「私か? 私は……」

 名乗ろうとする人物に、シンが小声でジャギに耳打ちした。

 「……この人だ。俺の南斗迫破斬の親である……」

 「こいつが?」

 ジャギはまじまじとその人物を見る。……撫で方でスーツを着る男。狐のように細い目。ボサボサの鳥の巣のような髪。

 だらしない感じが見える男性がシンの南斗迫破斬を使える人物……南斗聖拳の伝承者とはジャギには思えなかった。

 「……嘘だろ、おい」

 「何も嘘ではないんだけどね。……フウゲン様のお弟子さんの南斗孤鷲拳伝承者候補のシン君だろ。いやぁ~一度
 会ってみたかったんだよね。……あっ、今の内に出来ればサインとか貰っても良い? 何時か価値出るかも知れないし」

 「は、はぁ……」

 その、余りに普通な感じにシンも調子狂うのか色紙を渡されながら戸惑うばかり。

 ジャギと言えばその男の胡散臭さに半眼でアンナを背中に庇いつつ見ていた。

 「……あぁ、私が誰かって話だっけ? 私の名はトラフズク。刑事だよ、ほらっこれが警察手帳」

 そう言ってヒラヒラと出した警察手帳は……まさしく本物。

 (……頼り無さそうな刑事だな、おい)

 ジャギとしては、そのトラフズクと名乗る刑事の頼りなさに不安を。シンは修行場で見かけた時とは異なる感じに違和感を。

 二人の少年は訪れた警察をとりあえず中に招き入れた。

 
      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ふ~ん。それじゃあ君がアンナちゃんを襲った犯人に重傷を負わせたのか。凄いな、それは」

 「無我夢中だっただけだけどな」

 ……修行場一角で談笑する少年二人少女一人と刑事一人、おまけで犬一匹。

 トラフズクと言う刑事は、フウゲンが来るまで自分の身の上話や南斗に纏わる話、他にも世情などを面白可笑しく
 話していた。それをジャギとシンは気に入り、トラフズクと言う男に多少は好感を抱き始めていた。

 「いや、謙遜する事ないよ。その年で南斗聖拳の定義が扱えるのは凄いものだ。私なんてこの年になってようやくだよ」

 「……え? ならば、この前修行場で見せたあの技は」

 「あぁ、偶然だよ、偶然。五回中一回位の成功だもの。昔は南斗夜梟なんて目指したけど、ほらっ、こんな腕だもの」

 そう言って腕まくりした男の二の腕は脂肪で柔らかく。確かに拳士としては未熟だと二人は思った。

 「まぁ、南斗の拳士としては余り期待通りにならなかったけど、子供の頃から憧れていた刑事になれたのは嬉しかったなぁ」

 「へぇ、子供の頃からの夢だったのか」

 「あぁ、だから今が楽しいからね。……だから今回南斗拳士が行ったって言う事件は是非解決したいね。……自分の手で」

 そう、手を組んで決意を表明するトラフズクと言う男の眼光は強い。

 刑事としての使命か、正義の光を宿す男は確かに、ジャギの目からも悪人には見えなかった。

 「……それに、もう『南斗総演会』の時期が迫っている。私は南斗の権威が落ちない為にも、その前に解決したいんだ」

 「っそうだっ、もうそんな時期だった……!」

 額をピシャリと叩くシン。『南斗総演会』とは何ぞや? と言う顔するジャギとアンナに説明する。

 『南斗総演会』……正統南斗108派も含む南斗聖拳使いを一堂に集めて繰り広げる十年に一度の南斗の祭りと言える催し。

 南斗六星を初め多くの者達が寄り集まる。この日だけは世界中の南斗拳士が集まるのだ。

 「……うん? でも南斗の拳士が犯人なら。その時調べれば簡単なんじゃ」

 「そう言う問題ではないジャギ。……『南斗総演会』は南斗の伝統ある行事だ。この行事に国家機関たる警察の捜査を
 関与させる事は出来ない。また、もし今回の事件を終結しなければ、南斗は南斗の過失すら未解決で『南斗総演会』
 を出すような輩だと……そう暗に表明する事になる。……だからこそ、フウゲン様やオウガイ様も必死なのだ」

 ……これは所謂政治的な問題だ。

 南斗の拳士は、その実力ゆえに兵士としては有力だし、その他の特殊技能も国からすれば喉から欲しい人材が豊富。

 ゆえに南斗は国と対等な関係を行える拳士。言えば国から一つの資格として認められているのだ。

 「……犯罪者一人捕まえられぬようでは、多分『南斗総演会』過ぎても掴まらなければ世間の非難は必至……だからこそ
 今勢力を尽くして犯人逮捕に尽力を上げているんだが……相当な知能犯なようでね。一切手掛かりが無いんだよ、こいつが」

 警察であるトラフズクでさえお手上げの犯人。……その南斗の拳士とは一体何者なのだろう?

 「シン、その南斗総演会が開催されるのって何時だ?」

 「……大体二ヶ月だな」

 「二ヶ月……良しっ!」

 ジャギは、足を床に強く踏み鳴らし、拳を掲げると強く言い切った。

 「生まれて八年! 南斗聖拳でありて南斗邪狼拳の使い手であるこのジャギ様が、その悪党を絶対に二ヶ月で捕まえてやらぁ!」

 「そんで! 皆で晴れ晴れとした気分で南斗総演会を迎えてやろうぜ! シン!!」

 ジャギは最近になって暗雲広がる世間に歯痒かった。

 ならば……例え救世主になる事は出来ずとも……今だけは救世主の真似事で良いから自分の力を表明したい。

 ……それが……変わる切欠になると信じて。

 その、宣言にアンナは笑顔で拍手し、そしてシンはと言うと呆れたと言う面持ちながら、その前向きなジャギの姿勢
 に笑みを浮かべ……彼は自分も手を貸す事を心に決めつつ『無茶はするなよ』と釘を刺すのを忘れないのだった。






                                ……残り二ヶ月。




                              果たして暗闇に隠れる獣の正体は










      
            後書き



   今回書いて自分にミステリーはとてもじゃないが無理だと解ったよ。


   因みにリンレイとロフウの結婚式をネタに書こうと思っていたのですが、リンレイとロフウの結婚時期って多分
 未だレイやアミバを弟子にする前の時期だから不可能だと思い断念しました。……北斗の拳のキャラの
 結婚式の場面ってほとんど無いよね。全部その前に襲われて台無しになっちゃってるもの。



[29120] 【文曲編】第二十二話『南斗飛龍拳の使い手』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/08/30 13:37

 
 ……ジャギが力強く拳を掲げて宣言する中。事態は犯人逮捕を目指し裏では慌しい動きが行われていた。

 「……これを見て欲しい」

 そう、オウガイはフウゲンの居る場所へと赴き、ハッカ・リロンを率いれて自分が見つけた事件の法則を教える。

 ……今回行われている連続殺人。それらは地図の上から見ると星座に見立てられると言う事実。それにはフウゲンも
 オウガイの発見した事実に驚き、そしてそれらが導かれる答えにフウゲンも長年経た経験の知識から直見抜いた。

 「……となると、次は南斗の里……か?」

 「えぇ……この星座が描かれるのは正しくカニ座……南斗の里を犯人が襲えばカニ座の形へとなります」

 オウガイの言葉に呼ばれた警察関係者も驚く。今まで混迷していた事件に解決の光が差した事に俄かに活気付く。

 「……犯人は実力者。我々も同行しますが、不安はあります」

 「フウゲン殿。貴方の助力も何卒願いたい」

 ハッカ・リロンはフウゲンへと頭を下げる。

 オウガイ一人でも南斗の里を襲おうとする犯人を捻じ伏せられるとは思える。だが、南斗の拳士の中には毒を、幻術を
 使うような危険な輩とて例外ながら存在する。もし、そのような相手ならばオウガイだけでは危険が及ぶかも知れない。

 フウゲンは言わばオウガイの目の届かぬ部分の盾として助力を願われているのだ。

 「……事情は大体わかった。……私も町を離れるのは心許ないが……それが南斗の里の為になるらば……手を貸しましょう」

 ……これにより、ある一定の期間。フウゲンはシンとジュガイが修行する町から離れる事になる。

 現南斗聖拳伝承者四人……南斗総演会の期限までに全力を尽くすつもりである。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……一人の男が居る。

 その男の体は180前後の大きさで筋肉は固くどう考えても一般人には見えない気配を醸し出していた。

 体からは酒の香りが染み付き、呼吸する度に男の口からは酒の匂いが出る。……だが、顔からは酔いは確認出来ない。

 黒いサングラスで顔を隠し、そして首元から揺らすのは……鳥の爪を模したアクセサリー。

 男はじっと建物を睨みつけ……そして数秒後にその建物に入った。

 「……誰も居ないのか?」

 大きめの声で男は喋りながら広い空間へと乗り込む。少しばかり先程まで溜まっていた熱気を感じ取りつつ奥へと入り込む。

 男は、そしてある人物を発見する……子供だ。その子供は犬を撫でながら自分に背を向けていた。

 丁度良いとばかりに男はその子供へと近づく。バンダナから零れた金髪の子供に、男はゆっくりと……足を進ませて。
 
 犬は、その男に気付き今まで撫でられ横になっていた体を起こす。……子供も男の影が視界に入り、気が付き振り返った。

 「おい」

 男は、その強面の顔を近づかせ首からブレスレットを小さく揺らし子供に顔を近づける。

 「お前、ちょいと聞きたい事があるんだが……」

 ……そして、その子供は見る見る内に顔を歪め……。

 


 ……泣いた。




 「ふええええぇ……!!」

 「は? ちょ、待てっ、泣く……」

 男は……アンナが突然泣き出した事にうろたえ如何するか思案し……ドタドタと激しい足音が背後から迫る事に気付いて……!

 「アンナから離れろやヤクザがぁ!!」

 「誰がヤクザだおらぁ!!?」

 ……飛び出して跳び蹴りを放つジャギに応戦し乱闘と化し……それを追いついたシンがやれやれと見るのだった。


    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「……ったく、こちとら町の事情に詳しいフウゲン様に用事あって来たのによ……出迎えの挨拶がこれかよ」

 ブツブツと強面の男はジャギによって細かい傷が付いた顔に絆創膏を張り付けながら文句を言う。

 それを、弟子たるシンはばつが悪そうに。ジャギは男に数発殴られたので同じように湿布を張りつつ半眼で男へと言い返した。

 「あんたこそ行き成り此処へ入ってきてアンナを襲おうとしているような体勢になってたんだから自業自得だろうが」

 「だからって行き成り跳び蹴りするか、普通!? ……そりゃ子供には怖がられるのは慣れてるけどよぉ」

 男は、そう言いながらアンナに『行き成り顔近づけて御免よ』とおなざりに謝罪しつつ手で御免のポーズを取る。

 今まで見知らぬ男性……しかも行き成り急接近して印象が悪い状態のアンナは多少涙目でジャギの背中から離れない。

 別にその男に対し嫌悪している訳ではない。……ただ、アンナはその男の風貌が単純に怖いだけだ。

 「悪いんだけどよ。こいつ、男性駄目なんだよ」

 「……なぁる程。まっ、そいなら突然泣かれて、お前に蹴られても仕方がないか。まっ、これでお相子だ、お相子」

 そう、男はヒラヒラと手を振って先程起きた出来事を終わらせる。シンは、そんな男へと今まで聞こうとした事について尋ねた。

 「で……フウゲン様に用があると言いましたが……誰なんですか?」

 その言葉に、男はぶっきらぼうに『誰でも良いだろ』と正体を明かさない。

 怪しさばりばりの男に二人の少年の目線は険しくなる。だが、男はシンの答えには応じないが、二人の疑惑の目を払いつつ答える。

 「俺様の名はウワバミ。南斗飛龍拳の使い手でお前等の大先輩だぞ、こちとら」

 胸を張って、自分は南斗の拳士なんだとアピールする男。酒の香りを充満させつつ大見得切る姿は少しばかり大人気ない。

 「何!? 南斗飛龍拳の使い手だと!?」

 そう、ジャギは驚愕の顔を作ってから……。

 「……いや、そんな拳法知らないんだけど」

 そう言い返し、男はそれを聞いてつんのめった。

 ジャギは、そんなノリの良い反応を見せる男に関西人っぽさを感じ、シンは警戒を少しだけ弱めた。

 「っはっ! 予想通りの言葉だぜっ、おい! ……今時のガキは南斗飛龍拳も知らねぇのかよ。昔々は108派の上位にも
 入れたのによ。……今じゃ正式に鳥の名が用いられなければならねぇって……ったくんな物適当で良いだろ適当で……」

 「なぁ……結局あんた何しに来たんだ」

 その言葉に、ぶつぶつ世間へと文句を吐いてた男は気を取り直してとばかりに三人に対し喋り始める。

 何でも、連続殺人鬼についての調査を、このウワバミと言う男もしているらしくそれで町の情報を教えて欲しく来たらしい。

 「……何でこの町の情報を?」

 「そりゃ、部外者には教えられねぇな」

 そう、煙草を咥えて(すぐにジャギに注意され、渋々仕舞ったが)悪い笑みでシンの言葉をはぐらかす。

 その後も男の目的をそれとなく聞いてみたが……まったくもって肝心の聞きたい事ははぐらかした。

 そのままフウゲンが今日は帰らない事をやってきた大人に聞くと『初対面の奴を行き成り蹴るのは止めろよ』と有り難くない
 忠告をした後、男は乱暴にジャギ、シン、アンナの頭を乱暴に撫でてから帰り去ったのであった。

 「……結局、名前ぐらいしか奴の事解らなかったな……南斗飛龍拳を使うとか聞いたが……」

 シンはそう言いながらクシャクシャになった髪を整え疲れた顔をする。

 「まあ、俺が想像する連続殺人犯って感じではないから白だな、多分。……つうか昼から酒呑むような奴が捜査って……」

 前に来たトラフズクよりは闘えば頼りになりそうだが、頭脳を使う感じでは無さそうだったので別の意味で不安だ。

 アンナはと言うと、リュウを抱きしめながら目を瞑り舌を出して去ってくウワバミを見送った……余程気に食わなかったらしい。
 
 (……あれ? そういやアンナの奴頭撫でられたけど平気だったような……?)

 そうジャギは思いつつも、今となっては先程の男は去り答えは得られぬまま。……釈然としないまま寺院へ戻る羽目となった。


     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 
 階段を登りきり、水平の地面がやっと見えると響き渡る一つの音。

 それは飽くなくラオウが拳の修行をしている音だ。

 「……お帰りジャギ」

 「おう、兄者」

 迎えの声を寄越してくれるのはトキ一人だ。……町へ出る以外ではトキとは寺院で友好的に接しようとしているのは
 実を結んで入る。その証拠に、帰ってくればトキは常に笑みを携えてジャギの帰りを出迎えてくれるのだから。

 ある意味、アンナと居る時とは違った安心感をジャギはトキには抱いている。ケンシロウとは違う意味での正義の人。
 トキは、子供の頃から神童でもあり、そして聖者の卵でもあるのだ。……正直、ラオウにトキの爪の垢でも煎じて飲ませたい。

 ラオウは、ジャギが帰って来たのを見ても、一瞥するだけで修行に戻るのみ。

 ジャギも、ラオウが自分の事を気に入らないのを知っているのであえて構いはしない。薮蛇を突付く気はさらさら無いのだ。

 トキに、現在南斗で話題に上る殺人事件の事について話し始めるジャギ。この話題は前にもトキには話している。

 「……それでよ、俺が思うに犯人は近くに潜伏していると思うんだ。だって行動範囲が狭いって事はその分犯人も
 近くに居る可能性が高いって事だろ? 第一、最近じゃ南斗の人達が素性の知れない人間は全員調査してるらしいしな」

 「そうだな、ジャギの言うとおりかもな」

 トキはジャギの推理に関して否定する事はない。

 何がジャギの解らない所があったり、そして助力を頼まれれば手伝う……そう言うスタンスだ。

 「兄者も南斗の町に行けば良いのに。楽しいぜ?」

 「……自分は、北斗の拳法を学ぼうとしているからな。……おいそれと南斗の町へ行くのは……少しな」

 困りながら笑みを浮かべられればジャギもそれ以上強制はしない。何しろ、トキは北斗神拳を目指すのは既に知覚済み。

 ゆえに、彼が南斗に関連する場所へ行くのは北斗の道を進む身としては後ろめたいのだろう、色々と。

 「……トキの言うとおりだジャギ。……貴様こそ南斗の拳士に本気でなるのならこの寺院からもう出ても良いのではないか?」

 「っ兄さん……!」

 ラオウは、目も暮れず大樹だけに手集中しながらジャギに言う言葉は素っ気無い。

 トキは、ラオウの言葉を諌めようと強い口調で呼びかけるが、それもラオウには効果ない。

 「……此処は俺の家だぜ兄者。それを、忘れるなよ」

 ……ジャギは、半眼でラオウへと告げる。……まるであえて挑発するように、その言葉には棘が含まれている。

 それと同時にラオウの修行の為に突くのに使用されていた樹は軽く皹を作られた。ようやく、ラオウはジャギをまともに見た。

 「……驕るなよ、ジャギ」

 その目には怒りだけが燃えていた。……ジャギも、怯む事なくその瞳を凍るような瞳で見つめ返す。

 トキは、そんな二人を止める術が見当たらず。ただ口を閉じて見守るしか出来ない。

 「……ラオウ、順調か?」

 ……その二人の緊迫した空気を壊したのは……リュウケンだった。

 「……えぇ、師父」

 「ジャギ、お前も帰ってきたか。……怪我はないか?」

 「あぁ、父さん」

 ……二人がリュウケンに向ける表情は奇しくも同じ。先程までの表情を僅かに残した固いままの表情でリュウケンに返事をする。

 リュウケンは、そんな二人の様子に心の中で首を捻り。トキは、顔を合わせれば敵対し合うこの二人の関係に頭を悩ませるのだった。






 「……あ~あ、また、やっちまった」

 ……ジャギは、寺院の自室で頭を悩ます。

 ……本来ならラオウとも仲の良い関係を築きたいのに。どうも、ラオウとは意思の疎通に弊害が出てしまい結果的に悪くなる。

 挨拶でも無視されるし、修行している時に声を掛ければ邪魔だと言われ。食事中も無言……結果的に自分を避けていた。

 無論、ジャギもアンナと共に居る時に敵意を含んだ言葉を言われ一瞬頭に血が上り余り良い言葉を掛けなかった事も原因がある。

 「だけど、あそこまで俺に敵意を向けなくて良いだろ……」

 五歳から鍛えてた事が、まさかラオウとの関係を悪化させる事に繋がるとは予想外だった。

 「……ラオウって子供の頃もあんなだっけ?」

 原作の回想ではトキを担いで谷底から這い上がったり、過去には常にラオウとトキが共に居た場面はかなりあった。

 ゆえに、彼がトキの事を信頼してるのは既存の事実。だが、その他に関してあそこまで敵対心があるとは知らなかった。

 「……リュウに対しても無関心だったしな」

 一応秘密兵器? として修羅の国でカイオウの飼い犬と同じ名前にしたのに、ラオウと言えばまったく興味を見せない。

 一度、ラオウの部屋に何故かリュウが乗り込んだ時があったのだが、蹴り飛ばしはせずとも、尻尾を持ってジャギの
 部屋へと乗り込み投げ渡した事があった程だ。……未だマシな方なのかも知れないがリュウに何か思い入れは無さそうだ。

 「……けど、ちょいと変だよな」

 トキに、それとなく出身地で何処なんだ? と聞いた事がある。そうすると決まって××の方(日本の地名)だよと答える
 のだが、トキとラオウが修羅の国の出身だと自分は知っている。……ならば、何故嘘を吐く必要がある?

 「トキが嘘吐いてる素振りはなかったしな」

 トキは正直者……と言うか嘘も方便と言う状況でない限り他人に嘘を吐くのは苦手なタイプの筈だ。

 ……この件については、何時か自分でもう少し掘り下げて調べる必要があるかも知れないと思いつつ、ジャギは眠るのだった。


     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 「……今日も、フウゲン様なら居りませんよ」

 「あぁ~、わかってる、わかってる。今日はお前さんだけか? あの生意気そうなガキと泣き虫な奴はいないな」

 ……フウゲンが最近出かけてるので、最近では南斗の拳法を習いに来る子供は少ない。言い方を変えれば夏期休暇である。

 そんな時でもシンは熱心に拳の修行をする。むしろ、人が居ないので好きに使えるこの時期はシンにとって都合が良いのだ。

 そんな自分の時間を邪魔する男。……突然訪問して来た……ウワバミ。

 「フウゲン様に用がるのでしょ? 出かけている場所なら教えますから帰ってください」

 「つれない事言うなって……あの、ジャギって言ったか? 面白い経歴だよな」

 ピク、とウワバミと言う男の言葉に拳を止める。ウワバミは笑いつつ言う。

 「北斗の寺院で育ち、南斗孤鷲拳伝承者フウゲン様の下で今は拳法を習っている。……北斗の寺院って言えば
 確かちょっとした噂があるんだよな。……伝説の暗殺拳だとか……南斗乱れし時に現る予言とか……色々と」

 ……サングラスを掛けたウワバミの瞳は読めない。シンはこの男が何のつもりで此処に来たのかますます警戒しつつ問う。

 「……ジャギの事を調べて何のつもりだ?」

 「何……この町で起きた事件の犯人を撃退したって言う子供だからな。気になるのは当然だ。……あぁ、勿論あんたにもな」

 男はすっ呆けた様子でそう言うが、不安は拭い去れない。

 ……その時、トラフズクの言葉が過ぎった。

 『……何でも、被害者の顔には爪で引っ掻いたような傷跡が残ってたと言う事だ』

 『被害者の顔には爪で引っ掻いたような傷跡が残って』

 『爪で引っ掻いたような……』

 ……シンの顔強張っていた。……ウワバミはそんなシンの顔を不思議そうに見つめる。

 「……具合悪そうだが平気か?」

 「……あぁ、問題ない。……それより、一つ聞いても良いか? 貴方が南斗の拳士だと言うなら技を見せて貰いたいのだが」

 「はぁ? 何で俺が……っと言いたい所だが。……あんた南斗孤鷲拳伝承者候補なんたっけ? まっ、構わんぜ」

 将来優秀な人材なら、今の内に恩を売っとけとばかりに真昼間から酒を飲んでたのだろう。ふらついた足で木材に立つ。

 ……男が南斗飛龍拳を使う様子をじっとシンは見ながら、心の中ではずっと思案していた。

 (……確かに怪しすぎる人物。……やはり、この男が犯人なのか? ……いや、未だ結論付けるには早い……か)

 ウワバミと言う南斗飛龍拳の使い手。その技をじっと見ながら、不安を押し殺しシンは鷲のように鋭い目でウワバミを観察するのだった。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 
 ……その日、アンナは珍しくもリーダーの場所に居た。

 と言っても、リーダーが居ると言う事は自分の家と言う事。その場所で不貞腐れたようにカウンターに座っていた。

 「……つまんない」

 最近、物騒な事件が発生している為。ジャギが同行しない限りアンナは外に出るのはリーダーから止められている。

 リーダーは『絶対に家から出るなよ』っと釘を刺し。もし、出ようものなら不良仲間に捕獲するよう頼んでいるのだ。

 アンナは、以前の事件のお陰で前ほど行動的ではなくなっている。

 窓から飛び出そうにも怖いから無理だし、入り口は固められているので不可能。

 ゆえに、顔をカウンターに乗っけて腐っていると言う訳だ。

 「……あん? お前は……」

 そんな時、自分の家及びバーへと乗り込んできたのは一人の男。……アンナは顔を上げて声の方へ振り向く。

 「……あ」

 「……なんだ、ここお前ん家か」

 ……現われたのは……ウワバミだった。




 ※        ※          ※         ※        ※       ※        ※



 
 ……突然現われたウワバミ。どうやらシンの元から帰り酒を欲してアンナの場所へ偶然寄ったらしい。

 補足としては、アンナの家の下はちょっとしたバーなのだ。それゆえにアルコール類は勿論置いてあった。

 「しっかし……兄妹で此処で暮らしてるとはね。……何て言うか、お前も苦労してるんだなぁ」

 そう、その男はサングラス越しにまじまじとアンナを見るので、アンナも余り気分良くなく自分の飲み物を口にしていた。

 「……何でじろじろ見るの?」

 「……いや、何でも」

 男は、アンナに言われてようやく決まり悪そうに目線を外し自分の飲み物に口つけた。

 ……アンナは自分でも不思議だった。このウワバミと言う男性は正直苦手意識はあるが、別に恐怖はない。

 最初行き成り驚かせるように顔面を近づけられ泣いたが、今は別に普通だしアンナとしてはこの男に普通に喋れた。

 「ウワバミぃ……だっけ?」

 「ウワバミだウワバミ。……アンナだっけか。……その、な。……辛い事あってもな、それって何時か乗り越えなくちゃ
 いけないんだ。……こんな事ガキに言っても仕方がないけどよ。……それでも俺の気がすまないから言うわ」

 そう言って、酒が入ったグラスを片手にウワバミと言う男は言うのだった。

 「……苦しい事は何時か終わる。雨が降れば晴れる。……お天道様ってのはちゃんとなお前の事も見てるんだよ。
 俺の拳には飛龍ってのが付いている。これって昔は龍ってのがいてよ、それが人を守っていたって話しなんだ」

 「……だからよ、上手い事は言えないが……お前の事を天ってのは見守ってるって話だ……だから苦しくても負けんなよ?」

 ……後は雑談。男は適当に話を切り上げ酔いが回った頃に金を置いてフラフラと帰る。またアンナの頭を一撫でしてた。

 ……アンナは頭を押さえながら……じっとそのウワバミの言葉が頭に廻る。

 『……苦しい事は……何時か終わる』

 「……何だろう、……何だか……前にどっかで聞いた気がする」

 アンナは何かを思い出しそうになりながら……その日の終わりまでずっとその言葉を考えるのだった。






                          ……そして、南斗総演会まであと一ヶ月





                          ……その日、運命の日は訪れた……。









           
            後書き



  クローズとかそう言うのに出てくる不良の感じがウワバミです。

  彼が使う拳法はシンがアニメで使っていた拳法です。それが使えます。

  ……他にもオリジナル南斗拳士が出るか……まぁそこまで重要キャラでは無いので大目に見てくださいな










[29120] 【文曲編】第二十三話『動き始めた歯車』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/02 11:20

 ……南斗の里。その里は本来ならば木々のざわめき、小鳥の声を除けば常に静けさで守られた穏やかな里である。

 だが、最近になってその静けさにも段々皹が入られてきた。

 里の中心にある寺院に似た建物では、豊満な髭を蓄えた南斗聖司教が慌しく統率された制服の人々を憂い顔で見守っている。

 ……そして、その風景を南斗の里にある小高い丘で見守る複数の人影があった。

 「……由々しき事態かな。この里に悪意ある者が入り込む可能性があるとは。……天の動きと合わさり嫌な感じだ」

 そう呟き雲行きの怪しい空を見上げる人物……『海』のリハクは憂い顔で里の様子を見下ろせる場所に佇んでいた。

 「……天の動きは幾度にも変わる。気にする事ではない、リハク殿」

 その言葉に対し理論的に返事をする者は冷気を帯びた風を微動だにせず同じ温度を保った瞳で里を鋭く観察していた。

 その者はリュウガ。彼もまたリハクと共に里を見渡せる場所に佇んでいる。

 「リュウガよ。その悪しき者……殺人鬼がユリア様を狙うと思うか?」

 リハクの不安の中心はそれ。南斗の里へ訪れたオウガイにフウゲン。彼等の話はダーマからリハクに伝えられ、そして
 ユリアを守護すべし『南斗五車星』を緊急に召集し、今現在異変があるかを見守っている所であった。

 「……幾人も手に掛け、星の図になぞらえると言う奇行。……そのような者が本当に訪れたならば……」

 ユリア様を守りきれるのか? リハクは自身の実力は南斗の伝承者にも劣らぬとは思っている。だが、戦争は終わり日々
 ある程度は平和な日常に同化しつつある自分の拳が、未知なる敵に通ずるかと言う懸念も少なからずあるのだった。

 その、独白に対し数える程の歳であるリュウガは大人びた発言でリハクに応じる。

 「南斗の拳士の最高格であるオウガイ様に、孤鷲拳伝承者のフウゲン様が居るならば最悪の可能性は防げるでしょう。 
 ……私達の役目は万が一の可能性を一撮み程に小さくする事。……自分は自分の出来る事をするつもりですよ」

 「最もな言葉だな。……だが、それでも」

 不安が消えん。と続けようとするリハクに、突如二人分の声が上がった。

 「大丈夫ですよリハク殿。ユリア様に、この里の民に危機あれば我がヒューイは風の如く駆けつけ闇を吹き払い」

 「そして、このシュレンが里の悪意を焼き尽くして見せましょう。我等二人と、リハク殿にリュウガも居るのですから」

 ……若い声。そして現われるは、炎のような髪と、相なす涼風を思わす水色の髪の毛を靡かせる二人の少年。

 彼等の名は『風』のヒューイ、『炎』のシュレン。南斗五車星の守り手であり、兄弟でもある二人の声は自信に溢れていた。

 ……その炎風の如く気合を上げようとする二人に、霜の矢を突き刺すように冷たい声がヒューイとシュレンに降り注いだ。

 「……今のお前達の実力が、通ずる相手ならばな」

 その言葉を射たのはリュウガ。彼の言葉に兄弟は憤り口を開く。

 「おいリュウガ。その言葉では俺達が実力不足とでも言いたげだな」

 「ヒューイの言う通りだ。俺の実力と、ヒューイの実力を合わせれば南斗の伝承者以上の実力が出せるのだぞ」

 彼等兄弟の性質は『風』と『炎』。ヒューイの風(精神)が強く吹くならば、シュレンの炎(魂)が強く燃え上がる。

 例え大量殺人鬼だろうとなんだろうと互角に闘えると、彼等は本気で思っていた。……が。

 「……未知の相手に対し、一番危険なのは自分の力を過信する事だ。……もし、俺がその里を襲撃する者ならば。常人を
 装い人を襲うであろう。……今のお前達の想像の敵は武器を携えながら真っ向から挑んでくるような間抜け……現実は違う。
 人を平気で幾多に掛ける輩の精神は逸脱している。……俺ならばお前達のように闘いはしない。……少しでもユリアの側にいる」

 その消極的とも言える理論は、リハクからすれば正しく、ヒューイ・シュレンからすれば戦士の面汚しとも言える言葉であった。

 「リュウガ、何だその言い方は。お前には南斗を守る使命を持たないのか」

 「ユリア様を守るは重要な事。だが、その言い方では里の者の命などどうも思わないと同じ」

 「あぁ」

 ヒューイ・シュレンの言葉を遮り、リュウガは止めの言葉を放った。

 「俺の守るべき者……それはユリア」

 「……他など如何でも良い。里の者を守るは訪れた鳳凰拳と孤鷲拳の者と……お前達で勝手にやれ」

 そう言って立ち去る彼の方向は……ユリアを里の者にも見つからぬ隠れ家へ。

 リュウガの言葉に暫し閉口した二人だったが。リュウガの気配が完全に無くなったと同時に気炎に彼の態度に不平を言い始める。

 ……リハクだけが、海より深い哀しみを秘めた瞳でリュウガの意図を見抜いていた。

 (……不憫なものだ。星の宿命から孤独に成ろうとする様も、そして心の中では人々を想いながら、それを押し隠す生き方も。
 ……我等三人を除き、『山』と『雲』が欠け不安定な状態である事も暗に指摘した事を、ヒューイやシュレンに解れと
 言うのは困難な事。……常に人の事を深く考えているのに、誰にも理解されてくれぬとは……神はなんと残酷な事か)

 リハクは、自分からリュウガの気持ちを周囲へと知らしめる事は無理だと感じている。

 例え、百歩譲りその言葉を人々が受け取ろうと、リュウガ自身が人々に対し自分の意図を伝える事は無いだろうから。

 (……何時か、リュウガ様の凍る心を溶かしてくれるのだろうか。……そして、『山』と『雲』はいずれ見つかるのだろうか?)

 その願いを未だ明るくも向こう側に輝いているだろう南斗の星を仰ぐリハク。

 彼は知らぬ。未知なる殺人鬼と等しい数の命を屠りし鬼が『山』となる事を。

 彼は知らぬ。求める『雲』は彼が守護し者のもう一人の兄であり、そしてその運命を知らず愛を抱き、悲劇的な真実を
 後に思い知り、その突発的な喪失に『彷徨の雲』となる天狼の腹違いの弟の事を、彼の目をもってしても見抜けない。

 ……里は相も変わらず、少しばかり慌しさが見えていた。



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 

 ……場所は変わり一つの町、一つの修行場。

 鉄柱を相手に技を繰り出す少年が一人。金髪を乱し、多数の拳打、手刀、爪撃を繰り出す彼の体からは湯気が出ている。

 「……くそっ!」

 だが、彼は満足出来ず苛立ち紛れに鉄柱を殴りつける。……習得しようとしているのは来訪した一人の男の拳。

 この修行場へ訪れた男の拳で目によって覚えようとした技は三つ。

 一つは警察機構であり、今騒がれる殺人鬼を捕まえようとする者が唯一身に付けたと言う技。

 もう二つは正体不明の男、南斗の拳士と言う事と名前以外は何も明かさぬ常人とは異なった風貌を宿した男の技。

 前者は何とか様となり、後者の方を身につけようとするも、彼は焦りを帯びていた。

 (あの男の技……ただの乱打や、貫手を連続で繰り出していたのではない。……見た目と違い洗練されていたのがわかる。
 ……あれは幾度にも渡る修行で培われた技だ。……今の俺で身に付けられるかは……五分五分と言ったところか)

 フウゲンにさえ内緒で技を覚えようとしているシン。彼が技を覚える理由は端的に言えば強さを身に付ける為。

 多くの技はその分戦略を増やせる。孤鷲拳を身に付けるだけでも確かにフウゲンと同じ程には強く成れるとは思っている。

 だが、シンにはそれ以上の強さを望んでいた。それは、一度味わった敗北が彼を高みへの欲望と執念を芽生えさせ、そして
 何よりも自分が出会った友に負けたくないと言う気持ちが心の中を飛び交っていたからだ。ゆえに彼は自分を苛め抜いていた。

 傷だらけの両手。軟膏を塗りつけ痛みを食いしばり彼は続ける。

 ……それは、夜遅くまで続けられた。





 「……ただ、いま」

 ……月が輝き、空腹と疲労が満ちる中彼は帰省する。

 「シンっ。……顔を洗って、食事にしましょう」

 それを出迎えるのは、彼が敬愛する者……シンの母である。

 同じ金色の髪。そして輪郭などの細かい部分とスラリとした女性特有の丸みを帯びた体さへ除けば大人のシンと言われても
 見間違える容姿。彼女の瞳だけはシンと違い透明に近い黒色をしていた。彼女はシンの修行から終えた後の酷い格好に
 心配はするが、彼の将来を考えれば口に出すような真似はせず、ただ彼の疲労を労う事を優先していた。

 「……うんっ、帰ったかシン。……今日もまた随分な格好だな。ほらっ、今日はお前も好きなオムレツだぞ」

 「貴方、オムレツじゃなくてオムライスよ」

 父の味覚を受け継ぐシンは、父と同じく母の手料理は大好きである。

 出されたオムライスにはケチャップで花丸が描かれている。その子供っぽい事に関しては正直最近些細な抵抗感を感ずる
 のだが、ニコニコとした顔で自分に料理を出す母親の顔を見ると、それに抗議する事さえシンは馬鹿馬鹿しく思え何も言わない。

 「どう最近の修行は? フウゲン様の師事をちゃんと聞いている?」

 「物騒な事件でお前も最近は一人で修行だろう? 師がいなくとも真面目に鍛錬するのは良いが、根を詰めすぎるのも毒だぞ?」

 シンの両親は彼を大いに愛している。その情愛は見知らぬジャギやアンナを受け入れる程に深かった。

 彼はその愛情を受けて過ごしてきた。そして、彼もまた両親の愛に応えるには拳を磨く事が恩返しだとも考えの中に入っている。

 「同じように何時もの技の練習です。それに、同門のジュガイならもっと厳しく修行しているでしょう」

 ジュガイ、彼は最近では南斗孤鷲拳に関し師事を師父から仰ぐ以外は修行場にも来ない。

 既にジュガイは『南斗獄屠拳』の型は出来ている。それ以外に孤鷲拳は奥義以外には何も無い。

 ゆえに、既に彼が修行場を抜けるも自然。山林に囲まれ、飢渇を耐え忍び修行する日々を彼は選び取った。

 「……彼か、夜は冷え込むだろうに。……拳の道を極めるにしても、無茶な事をするな」

 「シン、貴方は止めてね? 私、貴方が山篭りなんてして死んだりしたら泣くわよ」

 父と母は釘を刺す。シンが過酷な環境で修行出来ぬ訳は、ある意味平凡過ぎる理由も含まれている事がこれで解った。

 それに肯定しつつ、彼は口に料理を運びながら、少しだけ周囲が静かだと気付いた。

 それは、ある時期から起きた静けさ。もう馴染んだ筈なのに、時折疲弊が激しい時は思い出され、寂しさがフッと過ぎる。

 「……あの二人がいないのは……少し寂しいな」

 正直に漏れた言葉。以前ならば泣き言も口にしない彼が漏らす本音。

 その言葉に、両親も食事の手を止めて深く頷いた。

 「そうだな。……もう一人の息子と娘が同時にいなくなったようなものだからな」

 「そうね……ジャギは何時も貴方と一緒に修行してる時の話をしてくれたし。アンナと一緒にお料理した時もねぇ……」

 ……半年はこの家に二人の少年少女が家族となっていた。

 彼ら両親はシン一人でも満足ではあった。だが、年々子供っぽさを抜けて自分達の相手よりも拳の道に深く入り込もうと
 する彼は父母との会話も少なく、一抹の寂しさがシンの両親にもあったのは当たり前の事ながら持っていた。

 その寂しさを破壊してくれた人物は、少年と少女の形をしており、そしてシンの家庭は半年間だがかなり賑わっていた。

 「今度は何時此処に泊まってくれるか聞いている? シン」

 シンの母の質問に、シンは肩をすくめて首を振り母親は残念がった様子を見せる。

 「今はあの二人も忙しいから。……それに、事件が解決しないと道中も最近では不安でしょうからね」

 『事件』……騒がれている殺人鬼に関してはこの町でも騒がれており、最近では一人で歩く人も少ない。

 神出鬼没で何時襲われるか解らぬ不安とは、人々にとっては恐怖を抱かせるに十分だ。

 「……そうだな。早く解決してくれば、また四人で過ごす事も偶に出来るのにな」

 「そうね。……また四人で一緒に暮らしたいわね」

 ……彼らの愛は深く、優しい。シンは頻繁に会うも、彼ら両親も仕事がある為にアンナやジャギは出会う機会が少ない。

 今度会ったら、半ば強引にでも家に泊まらせるかと、彼は食事を再開しつつ考えるのだった。

 ……既に彼の頭の中には、殺人鬼も、南斗の技に関する事もさっぱり消えていた。


      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……また、来たの?」

 「おぅ、邪魔するぜ」

 ……アンナの家、もといバー。

 リーダーが居ない時は不良仲間(勿論アンナの事を考慮して女性)が店を任され、そしてアンナも共に居る。

 ジャギは今日は寺院で修行している。よって、アンナは退屈を謳歌していたのだが、それも一人の乱入者が終わりを告げた。

 その男の名はウワバミ。南斗飛龍拳の使い手。そして、それ以外は不明な謎の人物。

 「結構良い酒が並んでるからな。気に入ったんだよ、この店」

 そう、黒いサングラスで目を隠し、口元を歪ませ笑うその男をじとりとした視線でアンナは冷たく見る。

 恐怖の対象ではないが、それ程好きでもない……それがアンナのウワバミに対する評価だ。

 「今日は、あのガキは居ないな。この前此処でまた会ったらむかつく顔で出迎えたから、いなくて清々するぜ」

 「ジャギは優しいんだもん。だから危ない人見たら守ってくれるだけだもん」

 ジャギも、最近遠出を禁じられアンナとこの店で過ごす事は多い。そんな時にウワバミが酒を飲みに出くわしたのは必然。

 まるで犬の糞でも踏みつけたような顔でジャギはウワバミを見て、ウワバミも又ジャギの顔を親の仇でも見る顔つきで再会した。

 「あんな騎士(ナイト)で守られる姫様ってのも不憫だと俺は思うがね。……冗談だよ、冗談。怖い顔しなさんな」

 ウワバミはアルコール片手に睨むアンナを抑える。アンナはこの男と話すよりも目の前の飲み物に集中しようとグラスを握った。

 「……あぁ、そういやよ。……お前さん、本当にその時起きた事って覚えてないのか?」

 「だから、本当に覚えてないもん」

 鬱陶しそうにアンナはウワバミを見る。ウワバミは訪れる度に、『以前』起きた事件と言うものを聞いてくる。
 それに関しアンナは何も覚えてないのだから何時も否定の声を上げる。ウワバミはそれに不満そうにしつつ話題を終了する。

 それが、最近までの流れだった……その日は少し違った。

 「……両親は一歳の頃に父親が事故死。そして母親は三歳の頃に病死。そして今実兄の手で過ごす。
 ……やがて、あのガキ……ジャギと出会う。そのジャギとは北斗の寺院が住所であるが、出生は違い、養子。
 ……何より、その養子の出所である父親であるが……その父親には……どうやら大きな秘密があるらしい……」

 ……ウワバミは、既に酔いで顔を赤らめた顔つきではなかった。

 表情読めぬ黒縁のサングラスは、じっとアンナの顔を映し、言葉は続ける。

 「……表面は単なる寺院。……だが、奇妙にもその寺院の事を深く検索した人間は一人もいないらしい。……町から離れた建物。
 本来なら何か曰くあっても可笑しくないのにそれが一つもないと言う事はな、余りに『何も無さ過ぎて』可笑しいんだ。
 ……俺は、其処でピンと来た。南斗には……ある一つの眉唾ものの伝説がある。……その伝説と言うに短い言葉」

 そこで、ウワバミは謳いあげるように言った。





                             「南斗乱れし時……北斗現る」




                             「北斗……またの名は北斗神拳」







 「……北斗、神拳?」

 ……その言葉に、アンナは首を傾げる。……アンナには彼の言葉が何の意味を示唆するのか解らなかった。

 もし、もしアンナが『以前』のアンナならばその瞳に何らかの反応を見れたかも知れない。だが、哀しきがなアンナはアンナのまま。

 「……まぁ、何にも解らないなら良いんだ。……気にすんな、お子様にはどうだって良い話なんだからな」

 「むぅ! 私、子供じゃないもんっ!」

 「ははっ、ガキは全員そう言うんだ、ガキはっ」

 先程の異質な気配を打ち消したウワバミからは、もう突き刺すような雰囲気はない。

 頭を撫でられて起こるアンナと、酔っ払いのウワバミ。少し離れた場所で見知らぬ男を観察していた女は問題なさそうだと
 アンナとウワバミを放っておく。……その時だ、入り口の鈴が鳴り、一人の足音がバーへと入ってきたのは。

 「こんにちは、此処にアンナ君が居る……と聞いたんだが……おや?」

 「……誰だあんた?」

 ……その男は……トラフズク。警察の男。

 ボサボサの髪を掻きつつ、トラフズクは赤面した黒いサングラスの男に警察手帳を差し出しつつ自己紹介する。

 「警察? 何でこんな場所に……俺は何もしてねぇぞ」

 「別に逮捕とかそう言う事で来てませんよ。今日は、ちょっと其処のアンナ君にお話があって来たんですよ」

 そう、トラフズクと言う男は快活な笑みでアンナを見た。

 ……アンナは、じっと椅子に座ったままトラフズクの瞳を見据える。嫌悪も好意も抱かず、ただ見る事だけのみに特化して。

 「……私?」

 「あぁ、以前の君の身に起きた事件と、今回の事件。被害者から検出された薬品から関連性があると私は睨んでいるからね。
 シン君やジャギ君でも良いんだが、君の記憶が一番重要だと思ってね。……何か思い出せれば、それが一番なんだが」

 「……私、何もおぼえて無いもん。ウワバミにも言ったけど」

 そうウワバミを見ながら顔を背けるアンナに。トラフズクは視線をウワバミへと走らせる。

 「……お宅、警察ではないでしょ? ……何故彼女にそんな事を?」

 「別に、単純に興味あっただけだが? ……言っとくが事情聴取したけりゃ礼状でも持ってこいよ。刑事さんよ」

 ……険悪な雰囲気になりそうなバー。それを、店を任された女が『外でやっとくれ』と言う声によって何とか場は収まった。

 「……それじゃあ、日を改めて。……アンナ君。また何かわかったら私に教えてね?」

 ……トラフズクは最後まで笑顔でアンナに向けて手を振って店を去った。それを行儀悪く舌打ちしてウワバミは見届け、そして立つ。

 「……そいじゃあ俺も帰るか。……そんじゃあな、アンナ。……あぁ、それと」

 店を出る前に、振り返ってウワバミは告げる。

 「見知らぬ奴に付いてくんじゃねぇぞ」

 そう言って立ち去るウワバミに、アンナは不平不満の顔で呟いた。

 「……だから……子供じゃないもん」




       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 日も変わり、場所も変わる。


 ……場所、北斗の寺院。

 木に向かい一指禅功の修行をするラオウ。そして、それを見守りつつ座禅をするトキと……縄跳びをしているジャギ。

 各自自分の修行をしている最中。その最中に雑談が飛び交う。

 「……それじゃあよ、悪性腫瘍を抑えるには毎日魚肉及び海草食べた方が良いって事だな」

 「あぁ、そうだな。主に食物繊維・大豆・魚・ω-3脂肪酸・カロテノイド・ビタミンB2・ビタミンB6・葉酸・ビタミンB12
 ビタミンC・ビタミンD・ビタミンE・カルシウム・亜鉛・セレンを含んだ食生活が重要だと書かれているよ」

 「……兄者、とりあえず寺院の食事ってたんぱく質系多いから自分達で自炊してそう言う食事にするか、または頼もうぜ。
 特に兄者は海草食え、大豆食え、海鮮類及び、鶏肉を食った方が良い。俺も付き合うから主食はそうしようぜ」

 「いや、別に良いんだが……何故?」

 今からトキの北斗神拳伝承者候補寸前に如何しようもならない病気になるのを防ぐ画策するジャギ。トキは別に悪い事は
 言ってないのでジャギの提案を否定する気もないが、この弟の突拍子なく提案した事柄に少々当惑があるのも素直な感想だった。

 「ジャギ、お前はそんな下らん事を考える暇があれば、もう少し拳に集中すべきではないのか?」

 「……俺は別に下らない事だとは思わないぜ。体の健康は拳士の基本だろ、兄者」

 ラオウからすれば、ジャギの考え、行動を素直に評価する意思は余りない。

 弟に関するお節介な心配も余計な事。ラオウからすれば、早くトキが自分と同じ道に入る事を心の底で願っていた。

 ジャギの返事に鼻を鳴らしつつ無言で修行を続ける。ジャギも半眼の視線を外し足腰の強化を続ける。

 トキは、二人の対比した態度に溜息を吐くのみ。これが、彼らの日常風景だ。

 そんな時、寺院の階段を上る人が一人。

 「ゆ、郵便です……」

 「おっ、お疲れさん」

 長すぎる階段に疲労した気の毒な郵便屋から新聞を受け取るジャギ。

 ……其処に書かれている記事を読み……ジャギの気配は硬直する。

 「!? ……なっにぃ……?」

 「如何した、ジャギ?」

 ……只ならぬ様子に、トキはジャギが持つ新聞を覗き込む。

 ……其処には、一人の男の写真が写されていた。……黒いサングラスで隠れているが、中々獰猛な顔をした風貌が見て取れる。

 「この男が如何かしたのか? ……!? ジャギ!?」

 新聞を地面に放り投げ、寺院の階段を駆け下るジャギ。

 その突然の行動にトキは慌てて止めようと手を伸ばすも空を切る。呆然とジャギの後姿を見つめるしかトキは出来ない。

 ラオウも、一度手を止めて、ジャギの突然の奇行に目を止める。そして、ジャギが視界から消えると、放り投げられた新聞
 へと目線を移らせた。……新聞は広げられた状態で投げ出され、その投げ出された紙面にはこう大きく書かれていた。

 『事件の容疑者か? ……年齢不詳、名称ウワバミと言う南斗飛龍拳の使い手である男を指名手配。現在捜査中の事件に
 関し、被害者の顔の傷の爪痕は鳥類の爪痕と判定。その爪痕を模したアクセサリーの行商店からの情報によると、その
 爪痕を模したアクセサリーは珍しい物であり限られた数しかないとの事である。現在、重要参考人としてこの人物を……』




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……居たかっ?」

 「いや、住んでいると言われた家を見てみたが何処にもいない。どうやら既に抜け出した後らしい」

 ある家屋の下で話し込んでいるのはハッカとリロン。彼らは指名手配となった男の捜査に尽力を努めていた。

 「南斗の里の警備はオウガイ様にフウゲン殿によって完全に守られている。潜入は不可能だろうし、奴は袋の鼠だ」

 「あぁ、抵抗するならば我等の南斗飛燕拳を見舞うのみ。……しかし、何処へ消えた?」

 ハッカ・リロンは事件の首謀者がその男だと確信して捜索している。見つけ次第南斗聖拳を振るう事も厭わぬ姿勢だ。

 「……どうしました。ハッカ様、リロン様?」

 「どうしたも、こうしたも。指名手配された男の行方を捜しているのだろうが」

 ……男の行方を捜す中、その場に訪れる一人の男。

 その男は以前も現場で出会った。それゆえに、少し乱暴な口調でハッカは応える。拳の上では、彼は下の筈だから。

 「……実は、連絡ではあちらの方角だと聞きました」

 「何? ……わかった、礼を言おう。……行くぞリロン」

 ……ハッカ・リロンは教えられた方角へと走る。……教えた人物……トラフズクはそれを見届けると反対方向へ歩いた。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……あの男が犯人……」

 ……新聞を見通すシン。彼はその文面を見てどうも納得出来ずに居た。

 ……時折り自分を訪問し子供の如く自分の拳を振るっていた男。そしてジャギと対等に口喧嘩をしていた男……。

 その素の状態が全部偽りだったのか? シンには、あの男の態度が全部偽りとは如何しても思えずにいた。

 「……まず、そんな男が俺に拳を教えるか? ……可笑しい、妙だ」

 ……殺人を連続で行う異常者。しかもそれが星になぞらえた犯行と言う逸脱した知能犯。……そんな男が自分に拳を教えるか?
 ……いや、まず見せない。絶対に捕まらない自信があるならば見せるかも知れんが、あの男の言動が否定を物語っている。

 『……拳なんぞな。生き抜く為の処世術であって大したもんじゃねえよ。……あんた、いずれ将来伝承者になるんだろ?
 なら忘れんな……拳法家なんて、大事な物全部捨てて得るしょうもないもんだってな。……全部捨てるのって辛いんだ』

 そう、修行場を最後に訪れたウワバミの言葉はシンの印象に強く残っていた。

 その時だけ、何時もの飄々とした感じを抜け去り、その男の素顔をシンは見た気がしたのだ。

 正体は不明でも、自分の感覚では悪者ではないとシンは思っている。

 「……真相は、聞くしかあるまいな。自分の手で」

 もし……自分があいつなら……行動してウワバミを探し問い詰めるだろう。

 逆襲するならばそれも良し、あの男の拳は確かに強かったが、見切れない程度ではない。

 シンは何時も通り修行場へ赴く事を家族に告げて……そして自分に拳を教えた男の行方を捜し始めた。

 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「っあの男……あいつが犯人だったのか……」

 苦い顔で新聞を強く握り締めるリーゼント。その瞳には燃え盛る火が見え、歯は強く噛み締められている。

 「リーダー。けど、どうするんだ?」

 「決まってるだろ。この店に殺人鬼をぬけぬけと入れさせたまま黙って捕まるのを見るだけなんぞ俺には出来ねぇ。
 ……つう訳でアンナ。一人にするけどジャギの所に行こうと思うなよ。それに、他の場所へ抜け出すのもだぜ?」

 そう、念を押しリーダーは仲間を引き連れ自力で犯人逮捕を目指しバイクに跨る。

 アンナは、バイクの集団が遠ざかる音を聞き届け。……その音が完璧に無くなると、立ち上がり扉を開けた。

 「……ジャギの所へ行こう」

 ……家の中に缶詰であったアンナ。彼女は人が恋しかった……何よりもジャギが。

 それゆえに外へと出る。周囲に人気はなく、何時もならば怖がって外に出ないアンナも、安心して歩ける気分だった。

 「……あんっ、お前一人かよ? ガキ」

 「……あ」

 ……人気なき場所までアンナは歩く。ジャギの場所へ行こうと、見当違いの方角へと歩いているアンナは……出会ってしまった。

 「……注意がもう一つ必要だったな。見知らぬ奴に付いてくな。……それと、勝手に外を出歩くなってのも追加だな……」

 ……新聞に掲載されし指名手配犯……その人物が、今まさにアンナの前に出現していた。

 ……カチャ。

 ……腰元から引き抜かれる黒光りする獲物。それを、手にゆっくりと持ち上げながら……ウワバミは言った。





                            「さて……ちょいと人質になって貰うか」











           後書き



  将来、ジャギにショットガンを二丁装備させるか、一丁だけにするか……。

  ……北斗無双の如くバズーカー備えるか……難しい問題だ。






[29120] 【文曲編】第二十四話『酔いどれの龍 ミネルヴァの梟』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/02 20:00
 
 怪物と戦う者は、自らも怪物とならぬよう心せよ。

 汝が長く深淵に見入る時。深淵も汝をまた見入るのである。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……っはぁ……はぁ……何処だ!?」

 息を荒げて、ジャギは苦悩していた。

 あの新聞に以前出会った男を見た瞬間……ジャギが一番に心配したのはアンナについて。

 虫の報せが、それとも以前の経験もあってか。ジャギは真っ先にアンナの身を案じアンナの家へ駆けつけていた。

 だが、不安は的中したのが無人。リーダー達は犯人の捜索へいったと隣人から聞いたが、アンナについては不明。

 彼は思い悩んでいた。また……今度また同じ事が起こったら……!

 「……ジャギ?」

 「っ!? シン……お前、何で此処に?」

 ……道端でこれからの行動を模索していると、道路上から見知った人物が自分の元へと現われた。

 それは、ジャギからすれば予想だにしない人物……シンと同じように不思議そうな顔をした。

 「俺はあの男の行方を捜すのにお前達と一緒の方が良いと思ってな。……それで此処まで足を運んだんだが……如何した?」

 ジャギの様子が只事では無さそうだと感じ尋ねるシン。ジャギは有りの侭の出来事を告白すると、また厄介事かとシンは
 頭を抑える。……シンはジャギとアンナがトラブルメーカだと完全に今回の事で認識した。気を取り直しシンは口を開く。

 「……なら、まずアンナを探そう。……まさかと思うが、また犯人と一緒に居る可能性はないよな?」

 「……否定は、出来ないな」

 ……事件の中心にアンナが居る可能性……それはジャギには否定出来ない。

 漫画のような出来事など、この世界では常に起きて可笑しくないのだ。それは『自分』が良く知っている。

 「……心当たり。南斗の里は遠すぎる……後、他に行った場所って言ったら……っ! そうだ……あそこっ!」

 閃いたのは何時かジャギとアンナが出会った場所。……それは何かのお告げがどうか知らぬが、ジャギの脳裏を駆け抜けた。

 「シンっ、居るとすればあそこだ。あそこへ行こう!!」

 ジャギの慌しくも瞬時の行動に、シンは黙って素直に頷く。

 ……その二人の様子を、一人の人影、以前オウガイとハッカ・リロンを眺めていた時と同じ視線。

 二人が去る方向へと、暫くしてからその視線も後を追いかけるのだった。





   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……あぁくそ……切れたぜ、酒が」

 ……酒の入った瓶を逆さにして、その男は隣に少女を連れながら一つの家屋の壁にだらしなく寄りかかっていた。

その家屋は、アンナが昔に家を出て辿り着いた小屋。ジャギと最初に邂逅した場所。

 その出会った際に軽い地震で崩れ去ったが、数年の間にどうやら人の手で造り直されたようで、物置き小屋のようになっていた。

 屋内には並べられた酒。そして情報を得る為のラジオ。他にも何やら器具が並んでいる場所で、二人の人影は忍んでいた。

 「しかし悪いねぇ、こんな隠れ家教えてくれてよ」

 ……黒いサングラス。赤面した顔で男は頭を下げる。

 「お礼は良いから顔近づけないでよ。酒臭いもん」

 男に顔を顰めて少女はバンダナを微かに揺らして後退する。……少女の名はアンナ。そして男の名はウワバミ。

 彼は少女を堂々と人質にすると言った。少女は素直にその男の人質と成った。

 ウワバミとしては意外だった。逃げ出されても仕方がないと思いつつ、彼の言葉に平然と従ったこの少女の行動に。

 「……新聞読んでないのか?」

 「見たよ。でっかく不細工な顔が写っていた」

 「……殴るぞ、こんガキ」

 ウワバミは唸りつつアンナに言うが、アンナはと言うと果敢に舌を出す。

 そんなやり取りもすぐ終えて、ウワバミはポツリと呟いた。

 「……怖くないのか? 俺、殺人犯らしいぜ」

 ウワバミは、公開捜査されている殺人犯。

 首元に下げられ揺れているアクセサリーが、彼が事件の犯人だと主張させている。……けど、アンナは首を振る。

 「ウワバミ、私の事殺さないもん。わかるの、そう言う人は」

 平然と言い切るアンナに、ウワバミは言葉を失う。

 ……一時凌ぎで良い。その為に自分はこの娘を利用しようとしてるのに、この娘は恨み言すらなく……そして怯えない。

 「だから、暫くは居てあげる」

 ……そんな子供っぽい少女の顔は年齢に似合わず勇ましく、それでいて彼には眩しく見えていた。

 ウワバミには理解し難くも、それがアンナなのだと何故か直感した。……この部分も、他も含めてアンナなのだろう、と。

 ウワバミは、とりあえずこの少女には素直に話すべきかと感じた。

 「……あのよ」

 

                                   バタン!!



 「此処かぁ!!」

 開け放たれる扉。荒い息遣いと共に飛び込む人影。

 その人影に一瞬固まるウワバミ。そして飛び込んだ主に笑顔を浮かべるアンナ。

 「ジャギ!」

 「アンナ無事か!? ……てめぇ、アンナに何を」

 「何もしてねぇ、何もしてねぇぞ俺は」

 ウワバミは、両手を上げて降参のポーズを示す。その行き成り敗北宣言する男を疑わしそうにアンナを守れる位置にジャギは立ち。
 一呼吸遅れて現われたシンは、状況が以前とは少し異なる様子を感じ取り、男へと言葉を呟いた。

 「さて、一応取り囲んだ訳だが……一つ聞かせてくれ。あんた本当に犯人なのか?」

 シンの質問。そしてジャギとアンナの視線。

 三方向から受けるウワバミは、暫し動かなかったが……観念したように話し始めた。

 「……まぁ、こうなったら全部話すか。状況は、一刻を争うだろうしな」

 「状況?」

 シンは眉を顰め、ジャギはアンナの前で首を捻る。

 どうも、自分が想定していた感じとは違う。……ウワバミは、黒いサングラスをゆっくりと取り外した。

 ……遮断していたグラスから覗かせるは……深い、深い藍色の瞳。

 その瞳を強く輝かせながら……ウワバミは語り始めた。

 「……話は、丁度お前さんらが襲われた事件の後になる」






    
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……如何しました、また何か?」

 「あぁ、一つ、聞きたい事があって戻ってきた」

 ハッカ・リロン、そして幾人かの警察官。

 彼らは一人の男の前に立っていた。その男は自分達を間違った方向へ導こうとしており、その道に危うく踏み入れる所だった。
 それを止めたのは……リロンが指名手配されていた男の家から見つけた手記。ハッカと相談中は見る事はしなかったが、
 トラフズクの言葉に従い道へ進んだ時に手元から零れ落ち。それを拾い上げた時に興味ある文面が飛び込んできたのだ。

 「……トラフズク。これは……今指名手配されている男の手記だ」

 「この手記には、とある内容が執筆されていた。……それがどうにも奇妙でな」



   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……お前達の事件の後、世間を恐怖で震え上がらせた殺人事件が発生した」

 「その最初の犠牲者は……俺の目の前に居る女の子と同年代の子供。……それから星座を模した事件が起きた」

 「俺は必死で自力でその事件を追った。……時刻、地域。それらから犯人を割り出せず、難航してた頃に……光明が差し込んだ」

 「検出された一つの薬品。……そいつは」




  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「その薬品の名はオウル……梟を指す薬品だ」

 「モルヒネに良く似た薬品であり。鎮静剤に良く似た薬品……以前、この町で起きた事件でもそれは使用されていた」

 「この手記には、犯人がその薬品を携帯していた可能性及び、今までの犯行からそれが犯人のメッセージなのでは? と
 予想したらしい。……そして、彼の考えによればだ。……これは盲点だったのだが、犯人が居た場所、それらと警察の
 包囲網が合致していたのは、『犯人が警察なのだから』だと言う可能性を指摘していた。……其処から含まれる結論」

 ハッカ、リロンの視線がトラフズクに注がれる。


    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……俺はその方向で捜査をして……一人の人物が浮上した。……そいつは署内でも好評で、正義漢に熱い男だとされていた。
 ……そんな男ならば、決して今行われている残虐な事件と関連を結びつかないだろう。……巧妙、まさに巧妙だよ」

 そこで柏手を打つウワバミ。

 何時の間にか、話に引き込まれていた三人は我に返ると、信じられないと言った表情で呟いていた。

 「じゃあ……犯人とは……」

 「あぁ、そうだとも。そして、奴の狙いは南斗の里ではない」



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……我々は勘違いしていた。……次の狙いは南斗の里ではない」

 「お前の狙い……それは此処。南斗の里は我々を誤誘導させるものだ」

 ハッカ・リロンの言葉にトラフズクは沈黙を守ったまま。

 微動だにせず、石像の如く動かない彼をハッカとリロンが呼び寄せた警官隊が取り囲む。

 じりじりと間合いを詰める警官隊。常に発砲出来る体勢で囲む警官隊と、そしてハッカとリロンはトラフズクを見据える。

 そして……突如事は起きた。





                              
                                「……仕方がないな」






  その呟きと同時に。警官隊が上空へと吹き飛ばされる。

 一瞬にして引き裂かれた数名の警官。慌てて発砲しようとするが、仲間の体が障害物となり撃つ事が出来ない。

 その一瞬の隙を突き、梟のように鋭い爪撃が残りの警官達の体を裂き、行動不能へと化した。

 「! やはり……っ!」

 「その技は……っ」

 ハッカ・リロンは知っている。その一撃は、今までの被害者の体に刻まれた痕と同じ傷跡を警官達にも付けていた。

 正体が暴かれた。闇に姿を消していた獣……梟の名は明かされる。

 「……別に構わなかった、ばれる事は。別に良かった、見抜かれる事は。肝心な事は……如何にして今の自分を継続するか」

 血の霧が男の黒いスーツと同化する。その男の瞳は闇色に深く濁りを帯びていた。

 「……これでは、余りに詰まらない。このように中途半端に終りは私が許さない。……ならば私は舞おう。梟のように」

 彼は、既に戦闘の為に太く浮かんだ血管の腕と、鋭く光る爪を鳴らしつつ目の前の二羽の燕を獲物と判断し哂う。

 「させん。此処でお前は終わるのだ」

 「梟は陽射しで舞う事は叶わん。飛び立つ二羽の燕……その一撃を甘く見るな」

 「我が名はハッカ」

 「我が名はリロン」

 『我等二つで一つ。南斗飛燕拳伝承者也』

 二人の等しい構え、大空を舞う二羽の燕が陽射しの下で構えを取る。

 その二人へと……狐目の目を大きく開きながら、闇は謳い名乗った。

 「……南斗木兎(みみずく)拳トラフズク……さぁ、存分に踊ってくれ」

 黒いスーツが跳ぶ。ハッカ・リロンはそれに合わせ跳んだ。

 勝負は一瞬。南斗聖拳使いは実力が伯仲するならば短期決戦が基本。ゆえに、彼らは目の前の悪意に奥義を以って応える。

 ハッカ・リロンの姿がトラフズクの前から掻き消える。いや、消えたのではない。視認出来ない程の俊敏さを以って
 彼らは両方向から挟み撃ちするように移動しただけだ。……トラフズクは気付いてない。二人は、阿吽の呼吸から繰り出す。

 『南斗飛燕拳奥義……っ!!』







                                  双燕乱舞!!!







   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……けど、未だ納得いかねぇ。なら、何でお前はアンナを誘拐なんて……」

 「この前俺も不慮だったが奴と鉢合わせになってな。……勘付かれたと思ったんだ。だから取りあえず知り合いを
 攫って、下手に奴が部下を総動員しても手出し出来ないように保険をかけたんだが……。まぁ、その前に俺の部屋を
 捜索すれば、俺が今まで纏めた手記からあいつの調査をするだろう。まっ、巻き込んじまって悪かったな、おい」

 アンナの頭を軽く叩くウワバミ。アンナは不満顔のまま大人しくウワバミにされるがままになっている。

 ジャギは、自らの予想を違い犯人がもう一人の知っている人物だった事に、シンは自分の予想が正しい事に同じ苦い顔をした。

 「……けど、警察に捕まるのか?」

 「……さぁな。奴は南斗木兎(みみずく)拳。……南斗夜梟拳の流派であり、その拳は猛禽と獰猛を兼ね備えている。
 鳳凰拳の部下のハッカ・リロンってコンビが、俺の考えが正しければ奴を追い詰めていると思うが……安心出来ないな」

 銃弾を確認するウワバミ。……自分の拳の腕は自覚している。南斗聖拳では相手は上位。自分の拳は中位だ……勝機は薄い。

 「……もし、奴が脱出したら。……まず、正体を知る人物を抹消する筈だ。……警察はあいつを信頼しているから
 俺の話は信用しないだろうし、お前達も子供って理由で話を聞かれないだろうな。……だから、すぐに立ち去れ、こっから」

 「……それで、はいそうですかと俺達が応じると思うか?」

 ……黙って聞き続けていたジャギは。口元を歪めウワバミへと胸を反らして言い返す。

 「まったくだな。……其処まで知るならば、その輩を捕まえる役目……南斗孤鷲拳伝承者候補に任せて貰おう」





                           「ならば、それに鳳凰拳伝承者候補も入れて貰おうか?」





 頭上から降り注いだ声。四人は同時に声の降ってきた方向へと顔を向け……数秒後に戸口に人影が降り立った。

 「……っサウザー!?」

 「水臭いぞ、ジャギ、シン。真犯人とやらが知れたのなら、俺も一緒に捕まえる約束だったろ?」

 驚くジャギ。そして腕組みしつつ好戦的な笑みを浮かべるサウザー。

 「……何時から此処に?」

 「最近はお師さんは事件を捜査し、俺は俺で修行するように命じられていたからな。誰にも言わず、俺一人で最近は
 事態の中心となる人物……この場合お師さんやフウゲン殿。それに……お前達を遠くから観察する方が素早く参加
 する事が出来ると踏んで尾行していたと言う訳だ。敵を欺くには、まず味方からと言ったところだな」

 全然気付けなかったと悔しそうにシンとジャギ。サウザーは一本取ったと言う感じで満足した笑みを浮かべている。

 その三人の拳士を見比べつつ、既にサングラスを装着したウワバミは言った。

 「……孤鷲拳伝承者候補に鳳凰拳伝承者候補様か。……言っとくが、これから起きる事は子供の遊びの闘いじゃねぇ。
 少しでも油断すれば死ぬ闘いになる。……俺の意見としては、お前達自分の伝承者の所に戻って俺が得た真実を伝えて欲しいんだがな」

 ウワバミの言葉に、サウザーは言った。

 「今、南斗の里に我等の師は居る。連絡を取るのも一苦労だし。何よりその間にその犯人に逃げられる可能性は高い」

 「……だろうな」

 ウワバミは、鼻を鳴らしつつラジオに手を伸ばした。

 「こいつはな、一応警察関係者の情報も電波ジャック出来る優れものよ。……っとと流れた流れた」

 ウワバミの言葉と共に、ラジオから何やら音声が流れる。

 『……ガー……現在……××町にて警官……及び南斗拳士二名負傷……犯人……ガー……×方角へ逃走……ピー……ガー』

 「……へっ、俺を指名手配にした癖に、自分が指名手配になってやがらあ」

 愉快だとばかりに笑い、一通り笑い終えてウワバミは呟いた。

 「……勘だが、奴は此処へ来る可能性は高い。……一度、あの店に訪れたのを目撃されてるからな。……あぁそうだ。
 だからこっちの嬢ちゃんを連れ出したんだよ。……奴が万が一狙って来る可能性も踏んでな。……こっちに来る最中
 少しは人もいたし、もし、あいつが聞き出せば直に居所も割り出される。……此処で迎え撃ってやる」

 ウワバミには、彼には逃げる、隠れると言う選択肢はない。

 数年掛けて、ようやく追い詰めた犯人。窮鼠猫を噛むと言う様に、追い詰められた人間が厄介だと彼は知る。

 彼の長年の勘は何処へ逃げても相手が追ってくる可能性が頭を支配していた。……だからこそ、彼は選んだ。

 ……闘う事を。

 「……今、未だウワバミのおっさんの指名手配は効いている」

 「下手にこちらも動けない、か。最悪、あいつの言葉に周囲が聞き届けて、俺達も何かしら不利な立場となるな」

 この世界の情報伝達は著しく低い。誤報により周りの人間に誤解されるのが今は厄介だ。とくに、相手が凶悪犯であるならば特に。

 「……ウワバミ。私も手伝うよ」

 ……気が付けば、アンナはウワバミの『腕を握り』声を出していた。

 それに、ジャギを含め三人は驚く。……ウワバミはそんな彼女に言う。

 「……お前、自分が何言っているのか解ってんのか? ……闘う力もないんだぞお前。大人しく家……は危ねぇから
 どっか安全な場所見つけて隠れてろって。……凶悪犯の逮捕なんて、大人がやりゃ良いんだよ、大人が」

 ウワバミの説得に応じず、アンナは力強い声で言い切った。

 「私、闘う。……逃げるの嫌だもん」

 (……アンナ)

 ……その様子を一部始終見守り、ジャギはアンナが以前のアンナに……いや、それ以上の勇気が立ち昇る様を確認した。

 「……どうするんだ、ジャギ?」

 サウザーは、これは梃子でも動かないだろうと。アンナの保護者となっている彼に問いかける。

 ……ジャギの心は……彼女を守る事。……そして、彼女の意思を尊重し……それを助ける事で鬩ぎあい……そして。

 「……なぁに。俺達が無事にそいつを倒せば良いだけだろ、シン」

 「そう言う事だな。……殺人鬼退治とはな。……お前と一緒にいると、退屈しなくてすむよ、まったく……」

 シンは呆れつつ、サウザーは既に決まったとばかりに仰々しく頷いた。

 ……運命は決断された。……今、四人は二人の魂が出会った場所で決戦を誓いあう。

 






                          闇の梟に……陽射し舞う鳥は闘いの舞を告げる……












          後書き



  南斗木兎(みみずく)拳。オリジナル南斗聖拳。正式南斗108派。

  
  完全に作者のオリジナル。因みに夜梟拳のボーモンとは一切関係性はなし。


  ……哲夫先生すいません。









[29120] 【文曲編】第二十五話『闇夜の鳥 雛の鳳凰』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/05 19:36
 それは長い時間に思えた一瞬の出来事。

 彼等二人は、自分達と同時に跳躍した敵に奥義を以って迎え撃った。

 彼等の拳、南斗飛燕拳の極意とは鍛えけ上げられた拳法家の目にも止まらぬ速さを以って頭上に移り相手を叩く奇襲の拳。

 今、その二羽の内の一羽の燕は敵の頭上へと長い年月を経てほぼ完成された肉体の力を使い移り、先手を打とうとしていた。

 彼の目は、同じく頭上から敵を屠ろうと掌底を掲げている相棒へと合図を送る。今こそ好機、存分に我等の拳を浴びせろと。

 その視線に微かにだが彼は頷く。敵の視線は明後日の方向。何ら問題なく自分達の拳は相手の意識を刈り取れると自負していた。

 ……自負していたのだ。

 力む腕、繰り出される一撃。相手を屠れる威力を十二分に備えている。

 (いけ……リロン!)

 自分の心の声と同時に……リロンは渾身の一撃を振りぬき……。



                                   ズシャァア!!!



 そして……それと同時にリロンの胸には四つの縦に並ぶ斬撃痕が咲いた。

 (!? なっ……!!??)

 馬鹿な……確かに奴は我々に気付かなかった筈……!

 動けぬ体とは反対に思考は動かぬ世界で猛然と駆け巡る。

 何故奴は気付いた? どうやって奴はリロンの一撃にカウンターを繰り出せた? 何故奴は同じ距離でリロンだけを狙った? 何故?

 何故、何故、何故何故何故何故何故だ!!??

 パンクしそうな何故? の疑問の嵐。

 その完全に恐慌状態に相まい硬直しながら跳躍を終えて着地するハッカ。そして……昏倒し地面に叩きつけられたリロン。

 リ……ロン。

 ……倒れた相棒。自分と同じく南斗飛燕拳伝承者であり、そして掛け替えの無い片割れ。……助ける事すら出来なかった。

 「……いやぁ危なかった」

 その……その悲嘆を感ずる自分を他所に、敵は謳うように口を開いた。

 「距離、角度、タイミング。全てにおいて完璧だった。悲しむ事はない、嘆くことはない南斗飛燕拳ハッカ。君は最善の
 行動を行った。君の本能、君の判断、一瞬の世界の中で同じ拳士同じ拳法を扱いながら君と倒れた彼の違い」

   
                           「君が彼を助けなかった事は正解だ」



 「……なん、だと」

 ……何を言っている? 何を褒めている? ……俺が……俺がリロンを助けれなかった事が素晴らしいと?

 「混乱しているね。君は正しい事をした、と私は言っている。何故ならあの時拳を繰り出したのが君であれば、今、この場で
 倒れていたのは彼でなく君だ。君は生き残って私の前に立っている。君が彼を助けずに手を出さないことを責めずとも良いんだ」

 ……そう、だ。確かに今自分はこうして無傷で立っている。

 それは、俺があいつを助けられなかったから。あいつを止める事も出来なかったから。……俺の……責任。

 そいつは、優しく慈しむように俺に語り掛ける。

 「あぁ、だから君は苦しまなくて良い。君は、今生きている事が尊いと感じるなら正しい選択はまず医者を呼び彼等を助ける事だ。
 幸い、私は彼等に致命傷を負わせても殺してはいない。君は、私に構わず自分の為す事をすれば良い。そうだろ? ハッカ」

 ……そうだ。今、俺は多分こいつには適わない。

 南斗飛燕拳の奥義が通じなかった……だと、したら。

 そうだ、この男の言うとおり医者を呼べば未だ全員助かる。俺にとってリロンは大切な相棒。そう、相棒が死に掛けてるのだ。

 俺が、『こいつを見逃し』てリロンの命を助けるのは当然……。


                               「……ハッ……カ」


 「……リロン?」

 ……顔を俯かせ、思考の渦に囚われかけていた俺に届く声。

 ……リロンの声。昏倒しているのに、掠れ声ながらそれは確かにリロンの声だとわかった。

 ……今や、奴は俺や倒れている者達に目も暮れず先へ行こうとしている。

 助かった。……そう、安堵する感情が浮き出た瞬間……俺の体には怒りとも区別つかぬ熱が体を駆け巡った。

 「……ハッカ……奴……」

 胸から夥しい血を流しつつも、意識を刈り取られながらも彼は未だ闘える身の彼の名を呼ぶ。

 それは、使命からか? それとも正義の魂ゆえか?

 どちらにしても彼は名を呼んだ。……それは、確かに届いた。

 「そうだな……リロン」

 ……俺達は、共に何時も闘いぬいてきた。

 伝承儀式の南斗十人組み手で危うく負けかけた時、支えてくれたのはリロンだった。

 鳳凰拳伝承者オウガイ様の命を狙う悪しき輩を殲滅した時も……リロンが側にいた。

 常に、この掛け替えのない相棒が……俺に力をくれた。

 「南斗の拳士ともあろうものが……敵の甘言に乗せられるものかっ!!」

 魂からの慟哭と共に、ハッカは身を翻し吼える。

 繰り出されるは南斗飛燕拳に在る個から繰り出される奥義。その拳は大群の敵を屠る威力を秘めた技。

 ハッカは全身全霊の力を四肢に込める。これを外せば恐らく戦闘不能。もはや奴を捕らえる事は出来ぬだろう。

 だが……それでも自分はやらなくてはいけない……何故なら私は死するまで南斗の拳士なのだから。

 「南斗飛燕拳……っ!!」

 (共にこいつを倒すぞ……リロン!!)



                                 南斗飛燕斬!!!



 跳躍と共に獄屠拳と類似した型の跳び蹴りが相手の背中に放たれる。

 とった! そうハッカは一瞬だけ自分の勝利を確信した。

 

                                  ……二ヤァア


 ……奴が、まるで待ち侘びていたかのような嘲笑と共に振り向くまでは。

 その笑みと、リロンを葬った時と同じように掬い上げられるように鉤爪の形をした指先を見た瞬間、自分の敗北を直感した。

 (頼む……)

 もう避ける事は出来ない。ゆっくり、ゆっくり近づいてくる敵の拳を見ながら、ハッカは神に祈っていた。

 (頼む……南斗の神よ……)

 服が裂ける音。

 (俺を……リロンを……多くの者達の犠牲が無駄にならぬ為に……)

 肌に食い込む爪。同時に帯びる強烈な熱。

 (誰が……)

 吹き出る血と……空に一瞬映った二羽の燕。

 (誰が……南斗の未来を……っ!!)

 その祈りと共に、南斗飛燕拳もう一人の伝承者ハッカの意識は刈り取られた。




       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……さて」

 彼は、今闇を歩いていた。

 既に日は暮れ。世界は闇が主役の宴へと降り立つ。彼はその舞台の中心へと向かおうとしていた。

 彼にとって闇は視界の邪魔でなく、むしろ自分の味方。彼の拳を増長させてくれる力だった。

 「……良い夜だ」

 彼は月も無いそらを見上げ哂う。薄く引き延ばされた見えぬ曇天が星も月も照らさず闇を一層と濃くしている。

 「……こんな良い夜なのに……この痛みは少し勿体無いなぁ」

 そう、彼……トラフズクは苦笑いを浮かべながら脇腹を押さえる。

 最後にハッカが喰らわした南斗飛燕斬……それは目の前の夜の梟に確かに痛手を少し食らわせた。

 だが、それで彼は止まらない。何故なら今日は宴だから。

 彼は、彼の直感はそちらへ行けば自分が望む相手に巡り合えると感じていた。

 町での会話、そしてこちらへ着いてから何時もの演じる仮面を以って聞き出し、そして自分の勘が其処を見出していた。

 彼は其処まで来ると指の骨を鳴らしながらその顔は今まで数多くの人命を刈り取った顔へと変わる。

 その笑みはリロンを、ハッカを致命傷に至らした時と遜色ない顔つき。……人に見せる事のない彼の顔の一つだった。

 「……あそこかな」

 見えてくる小屋。彼の嗅覚には、其処から自分が欲する者が香る。

 そして一歩足を踏み出し……彼は直後飛び退いた。



                                   ドスッ!!!




 ……飛び退いた場所に出現する刃物が括りつけられた棒。即席の槍。

 それは、まるで此処から先へは行かせぬとばかりに、彼の進行を遮った。


 その槍が投げられた方向に視線を走らせる。それと同時に、木々から投げた人物は大きく跳ぶと彼の正面へ着地していた。

 「……これは、これは。驚いた」

 闇夜の狩人は、言葉通り本当に驚きは心の中にあった。

 その者の名は聞いた。その者の顔は多少は見知った。

 だが、それだけの人物。自分と相対する事はないと思っていた人物が、目の前にこうして気を満たしながら立っている。

 「如何して此処に? 南斗鳳凰拳の弟子……サウザー様」

 「敬称などお前に付けられる筋合いはない。南斗を穢す裏切り者よ」

 サウザーは、拳を打ち鳴らしつつ鋭い目でトラフズクを睨む。

 「数々の命を奪いし者が、まさか南斗聖拳伝承者だったとはな。……お師さんに代わり、俺が引導を渡してくれる」

 今、彼の思考にあるは南斗を堕とす原因たる人物の排除。
 
 この男を倒せば、また自分は高みへ昇れる。自分の師に認められる。

 それゆえに四人の言葉に介さず彼は一番手を名乗り上げ、目の前の南斗聖拳伝承者へと挑む決意をした。

 その、南斗聖拳最強と言われる拳法を知る者に。畏れる事も、恐れる事もなく彼は両指を折り曲げつつ両腕を広げながら謳う。

 「……素晴らしい夜だ」

 「何?」

 怪訝な顔をするサウザーに構わず、彼は続ける。

 「今日は私が舞える最後の夜。この夜が明けるとともに私は消える。だが、それと同時に未来の『光』も消そう」

 「私は夜。この世界を夜で満たそう。今日三つの輝きを消し去り、未来は夜の訪れへと成すのだから」

 ……サウザーはその言葉を吟味し……そして恐ろしい結末へと到達する。

 輝き……星……その意味が自分が考える事ならば……。

 「……ならば、お前は宿命の星を……」

 サウザーの考える最悪の予想。……それは、自分の抱える星、並びに未だ認知しないである彼を……。

 「話は……終わりだ」

 言葉を途切れ、トラフズクは両腕を垂らしながら、細い目を鋭く変え哂いながら言った。

 「さぁ舞おう雛の鳳凰よ。君の輝こうとする光を。夜の梟で包もう」

 その笑みは狂気。サウザーが今まで見た事のない病みと闇を備えた笑み。

 だが……サウザーは恐れない。

 「……良かろう、果たして」

 サウザーは構える。この男の思考は読めない。幾多かは師と共に肉体を研磨してきた。だが、死闘こそ演じた事は皆無。

 大型の獣との闘い勝った事はあった。だが……知性ありし同等の拳技、いや、それ以上の力を帯びた者と闘った事はないのだから。

 それでも、サウザーは退くと言う選択肢はない。何故なら彼は……。

 「果たして、この俺を倒すことが出来るかな」

 彼は、未だ幼くも……『将星』サウザーなのだから。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……この記事を見た瞬間、血相を変えてジャギは出たと」

 「えぇリュウケン様。……リュウケン様なら何か解るのではないかと」

 ……日が暮れた頃。寺院に帰りついたリュウケンにトキはジャギが戻らぬ事を告げる。

 リュウケンはジャギが時折りふらっと寺院から居なくなる事は既に周知。だが、何時もなら寺院の誰かが、または書置き
 でも残すものなのだが、今日に限っては何時もと異なる。そう言う時は何かしら厄介ごとに巻き込まれるのが自分の息子……。

 「……ふむ、行くか」

 リュウケンは迷う事なくジャギを探そうと今さっき上った寺院の階段へと戻る。……だが、意外な人物がそれを阻んだ。

 「……如何したラオウ」

 「……」

 ……ラオウ。彼は腕を組んだままリュウケンの前に立つ。……その意図を暫し思考してから、リュウケンは口を開いた。

 「お前も、共に来ると?」

 「……少し思う事がある。自分も、ジャギを探すのを手伝います」

 慣れない敬語まで使いつつ、彼はリュウケンへ頭を下げる。

 「っなら、私も行きますリュウケン様。ジャギは私の大切な弟です」

 未だ数ヶ月しか共にしていないが、ジャギとの関係はある種馴染めるものになっていた。

 何か起こったのなら自分も力になりたい。トキは純粋に優しさから願い出ていた。……ラオウの思考は未だ解らない。

 リュウケンは二人を見つめて、そして顔色一つ変えず言った。

 「……はぐれてはならんぞ」

 
       ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……二人、その二人はじっと無言で対時していた。

 一人は未だ極めずとも南斗では最強たる拳法を習得中である弟子……サウザー。

 一人は南斗木兎拳伝承者であり、そして多くの命を手に掛けた殺人鬼……トラフズク。

 拳法の力だけならばサウザーが上。だが、経験、腕、精神的な面ではトラフズクが上回る。

 サウザーとてそれは理解している。だが、それでも後ろ手に回る事は却下した。

 「行くぞっ!」

 サウザーは跳ぶ。目の前の南斗を穢し悪鬼を屠らんと、お師さんと共に修行して覚えた自らの技を繰り出す。

 
     
                                  極星十字拳!!!



 「! 噂に名高い鳳凰拳の一撃……成る程……」

 二ヤッ……!!

 「……遅い」

 「何?っ!?」

 振り放たれた鳳凰拳十字の斬撃。腕を交差させ相手を切り裂く鳳凰の技。その技をトラフズクは横に飛び退き避けた。

 サウザーは目を疑う。師から教わった鳳凰拳が避けられた衝撃に。だが、敵はその衝撃に関し待ってはくれない。



                                  南斗迫破斬!!



 「ぬぁ!!?」

 放たれる殺気と同時の斬撃。リロンとハッカを仕留めたその一撃を腕をクロスして防ぐ事で何とか昏倒は免れる。

 だが、その代わりに両腕……サウザーの二の腕には大きく爪痕と出血を代償とした。

 「その腕で、どう闘いますか?」

 トラフズクは哂う。惨めな鳳凰を。弱気鳳凰を嘲りて哂う。彼の恐ろしき部分は拳の腕だけではない。相手の心を傷つける話術だ。

 「情けないですね。鳳凰拳は最強の拳と聞いていた。なのに、その弟子は何と弱い事か。例え拳を極めてなかろうと貴方は
 余りに無力。その無力さで助けを請う事もせず貴方は自分の腕を台無しにした。憐れだ……貴方の無力さに私は同情しよう」

 それは、彼の誇りを、サウザーの尊厳を粉々にしようとする彼の悪意。

 だが、サウザーは二の腕を大きく裂けられたとはいえ、未だ闘志は死んではいない。

 「よくもまぁペラペラと喋る口だ」

 気合と呼吸を同時に入れる。するとサウザーの二の腕の出血は僅かに治まった。

 「……南斗鳳凰拳は最強。そして……未だ極星十字拳の全てを披露していないぞ!」

 極星十字拳(否退)!

 極星十字拳(否媚)!!

 極星十字拳(否媚・下段)!!!

 極星十字拳(否省)!!!!

 相手を十字に切り裂こうと腕を交差し、二発の貫手を放ち前進し、開いた両手を閉じるように相手を切り裂こうとし。

 そして、跳躍し回し蹴りを放つ。

 この四つの動作が全て備わりしこそ極星十字拳。相手を薙ぎ倒す帝王の拳。

 その拳を、トラフズクは不気味ながら音無く後退し避ける、避ける、避ける、避ける。

 「ははははは!!! 良い、良い、良いですよ!!!」

 「っ不気味な動きを……っ!!」

 「木兎(ミミズク)は闇あれば気とられず相手から逃れる。陽射しの下ならば不利かも知れぬ。ですが……!」

 極星十字拳全てを避け、トラフズクはがら空きになったサウザーの肩に強烈な蹴りを見舞った。

 「……っ」

 「だが……夜ならば木兎(キト)拳は鳳凰にすら打ち勝てる」

 思わず怯みサウザーは後退する。その攻防から吹き出る汗と出血。サウザーは痛みを耐えつつ男の評価を改めた。

 (強い……拳の切れ味もさる事ながら、闇夜に溶け込むような一撃を避けるのは至難! これが……南斗木兎拳……!)

 サウザーは話だけならば108派全ての名前は知りえている。

 だが、その全ての拳をその瞳で網羅した事はない。あくまで聞き知った程度だ。

 (勝てるか? ……いや、勝ってみせる! もし俺が負ければ……背後に居る仲間にすら危害が及ぶ……俺は)

 「逃走など……せん!!」

 未だ未熟な体を空中へと舞い、全力で相手に向かい拳を交差させる。

 それによって起きる衝撃波。例え伝承者とならずとも、サウザーは『将星』としての輝きにより強くその肉体を使える。

 「堕ちろ! 夜の梟よ!!」

 全ての力を込めて交差させた腕を一気に外側へ降りぬく。高速の斬撃はトラフズクの真正面に放たれる。

 
                       ヒハハハハハハハハアッハハッハハッハハハハァ!!!!

 哄笑……夜に溶け込むようにトラフズクは突如哂った。

 拳士として、鳳凰拳と相対する事は希有。そして、夜の狩人たる自分の前に幼くも必死に舞いて自分を屠ろうとしている。

 それがトラフズクには何よりも楽しい。何よりも自分の嗜虐心を煽るのだった。

 「南斗木兎拳……奥義」

 ……哄笑の中でトラフズクは両手を腹の中心へと持って行く。

 その瞬間サウザーには悪寒が背筋へと走った。

 (あれは……やばいっ!!)

 だが、距離を離す事は出来ない。逃げる、避ける事は否。

 何故ならば……帝王に……サウザーに逃走はないのだから……!

 彼は敗北を予感しつつも……恐怖の色を表す事なく……トラフズクへと飛び込んだ。



                               極星十字拳!!!!






                                夜走翼斬!!!!                               






         ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……サウザー、行っちゃった……」

 小屋の前で、心配そうにアンナは風が少し出ている夜の闇を見つめている。

 「あのガキ……いや、サウザー様はわかってんのかね。相手は伝承者。例え南斗鳳凰拳使いでも相手の経験は上だぞ」

 「じゃあ、何で行かせたんだよ、お前」

 ウワバミは、呆れ顔で酒を含みサウザーの愚行を非難し。それをジャギは睨む。

 「勝手に行ったんだろうが。……ったく、これだからガキは嫌いなんだよ。ろくすっぽ大人の意見聞かねえから」

 ブツブツと呟きウワバミは持っている拳銃をチェックする。拳が通用しない場合、これが少しでも通用する事を願い。

 「お前等は残っていろ。俺が戻ってこない時は反対方向へとにかく走って逃げるんだ」

 「いや……その必要はない」

 ……戸口で様子を窺っていたシン。ウワバミの言葉を遮りシンは重苦しい声で言った。

 「……来た」

 ……その声の調子から、ウワバミ、ジャギは最悪の可能性を察した。

 同時に飛び出す二人。後に続けてシンとアンナも外へと出る。

 そして……彼等は見た……微妙に赤黒く変色したスーツ……そして近づいてくる男を。

 「……サウザーを、如何した」

 ジャギは、近づいてくる敵に強く拳を握り締めながら問う。

 「……眠っている。あの林の中で。……彼は勇敢だった。誰よりも勇敢に挑んでくれた。その褒美として彼は朝陽を迎える
 権利を獲得した。……なんだいその顔は? 君たちの仲間が生きている事に安堵もしないのかい? ……無情だね。
 彼は最後には私の拳に怯えて倒れた。彼は永遠に私に勝ち得る事はない。……そして……君達の命で舞台の幕は下りる」

 彼は、平然とした顔で嘘を吐く。夜に溶け込ませ真実を覆い隠す。

 真実と嘘を交えた話は他者を欺ける。だが……実際はこうであった。
 

    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……っ」

 「鳳凰拳の使い手……最強の拳法を扱うだけの事はある。……私の奥義を喰らって未だ意識はあるのか」

 ……極星十字拳と奥義夜走翼斬がぶつかった瞬間。

 サウザーは奥義の衝撃により一本の樹へと叩きつけられ、そして地面へと倒れた。

 ……サウザーは体中裂傷を負いながら闘志は消えていなかった。

 彼は生まれながらにして勇士であり。そしてまた彼はとても暖かく、そして強い者の背中を見続けてきた。

 彼は、傷だらけの中、師の言葉を思い出していた。

 『……サウザー、よく聞くのだ。「敗」の真髄とは命が失くした時が敗北ではない。四肢がもがれ闘えなくなった時でもない』

 『「敗北」とは、自身がその相手に呑まれ、屈した時となる。……常に強い心を抱けサウザー。さすればお前の拳は……』

 彼は、体中が微熱を負いながら、その言葉だけを思い出していた。

 彼の中にあるのは未だ師への愛。そして……その愛に応えんが為の強さ。

 ゆえに、彼は未だ諦めない。……その口から絶対敗北を相手へ向けて宣言する。

 「……お前は……誰も倒せない」

 その言葉に、梟は哂う。目の前で這い蹲る者の言葉とは思えず。

 だが……意識が最後に途切れる前にサウザーは勝者の笑みを浮かべていた。

 「……お前は……南斗の拳士の強さを……知らない」

 ……その言葉と同時に、サウザーは目を閉じた。

 ……それがその夜の彼の最後の記憶である。


         ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……さぁ、次は誰が私と闘うのか。……そして、私の渇きを癒すのか」

 「どの口が言う。この殺人鬼がっ」

 荒々しい口調で呟くシンに、トラフズクはシンの顔を見遣り言った。

 「……孤鷲拳伝承者候補シン。君もまたあの幼い鳳凰と同じく私の前で強く羽ばたくのだろうか。君の強さの輝きは
 どう私に目に映るのだろうか? 闇夜を切り裂ける程に、孤鷲拳に君は夜の梟の爪も取り入れ強くなろうとしている」

 「もし、お前の技が幾多の命を奪い去った技だと知っていれば、俺とて覚えようとはしなかったさ」

 「ならば如何する? 私を裏切り者と蔑み己の拳が汚れた事を後で後悔でもするのかい?」

 「いや、そんな事はしない。……今、この場に立つのはただ俺の意思。その意思で覚えた拳に咎を覚える事など愚慮。
 ただ俺は南斗を包む闇を振り払うのみ。古来に闇に打ち勝った拳士達と同じように……俺の……南斗孤鷲拳で!」

 南斗孤鷲拳伝承者候補『殉星』シン。

 彼は、彼の生き方を貫く為に、目の前の敵と闘う決意を固めている。

 それは己の拳を信じ、そして、隣り合わせとなった友を守る事も含めて。その理由だけでシンが闘うには十分だった。

 戦闘態勢に移るシンから目線を外し、隣の少年へと目を移す。

 「君は、この場所には少しだけ風変わりだ。北斗の者、それなのに君は此処に立つ。まさか、予言の子でもあるまいに」

 「予言なんぞどうだって良い。俺は、いかれた殺人鬼なんぞ出歩かれちゃおちおち外に出られないから居るだけだよ」

 ジャギは指を鳴らしながら戦闘態勢へと入る。

 北斗の子、異世界から憑依した者、南斗の拳士の卵、呼称だけなら幾らでも湧き出て、そして彼は自分が無力だと感ずる。

 その染み付く未来の絶望を振り払いたいが為に、彼は現在蔓延る闇に打ち勝ちたかった。それが彼の闘う理由。

 「……さて、南斗飛龍拳の使い手だったかな? 少し聞きたい。何故、君はそんなに私に殺気を滲ませているのかを」

 「……そうか、俺が解らないか。……まぁ、当然だろう。お前は命を刈り取る事は優秀だろうと……人と人との想いを
 知るのは0超えてマイナスだ。……ようやく、この日が来た。……お前だけは、この手でぶち殺したかったんだ」

 ……サングラスは外される。彼の藍色の瞳は爛々と輝きトラフズクを睨みつけていた。

 「さぁ、伝承者同士の闘いを始めようか?」

 「……今日は本当に良い夜だ。……そして、夜はまだまだ終わらない」

 トラフズクは髪の毛を逆立てさせながら哂う。

 その笑みは目にする者を戦慄させる狂気の笑み。……それでも居合わせる四人の戦士は心を折れさせはしない。

 トラフズクの体も無傷ではない。先程、サウザーをその奥義によって全身を裂傷させて、彼は前に進む事が出来た。

 だが、ハッカの時もそうだが……彼はその体に僅かながら傷を帯びている。サウザーの拳も同じく……彼の体に僅かな傷を。

 衣服についた返り血とは違う出血。それは致命傷には程遠いが、確かにトラフズクの動きを僅かに遅滞させている。

 だが、それを四人は知らない。知らずとも構わない。

 例え相手が如何なる状態であろうとも……この場所で自分達は打ち勝つ……!

 闘いの合図は、この夜を制している男から告げられた。




      
                              「さぁ、闇を見せてあげよう」













          後書き



   
  南斗拳士同士の闘いって、長期戦可能なのが良いよね。話を長く出来るし。

  ……北斗神拳だと一瞬で終わっちゃうもん。










[29120] 【文曲編】第二十六話『龍と梟は舞いて 朝露は華に伏す』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/06 22:35
 ねぇ、お父さん。私ね、お父さんの事大好き。

 あぁ、お父さんも、お前の事が大好きだよ。

 私ね、お父さんのお嫁さんになるよ。

 はははっ。それじゃあ、お前が大きくなったらな。

 もうっ、私、今でも大きいもん。

 ごめん、ごめん怒らないでくれよ。そうだな。今でも十分大きいよ、お前は。

 ……えへへっ、お父さん約束だよ。

 あぁ。けど、言っておくぞ?

 例え、お嫁さんになろうとならなくても。お前は、今も、これからも大好きな俺の娘だよ。



 お前は……俺の大切な娘だよ。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……藍色の瞳。その瞳を煌々と輝かす男の気配は瞬時に膨れ上がっていた。

 その体中から滲み出る闘気は、孤鷲拳伝承者候補のシン。そしていずれ北斗神拳伝承者候補となるジャギですら
 側に居るだけで肌が痺れそうになる気配。……言葉に出さずも驚く。先程までの雰囲気と打って変わっての気配。

 対する、黒髪を自然に垂れ下げ、細い目を限界まで開ききり暗い眼を笑みに作る相手は、一歩前へ踏み出し指先を曲げる。

 ……それと同時に、あらゆる方向から羽が付いた小さい矢が。

 「掛かったな!」

 ジャギの声、それと同時に懐から敵へ向けて飛ぶ矢と同じ矢を取り出すシン。

 それは、予め決められた作戦の一つ。

 『奴が来るまで時間が掛かる。なら、俺達で精一杯罠を張ろうぜ』

 提案したのはジャギ。それに同意して作られたのが……その罠。

 『踏んだ瞬間にワイヤーを切らせて矢を飛び出す仕掛けを何箇所かに仕掛ける。無論、南斗聖拳伝承者ならそんなん防ぐ
 のは訳ないだろう。だが……弾き飛ばす瞬間、体の何処かはがら空きになる。そん時誰かが奴の体へ向けて矢を投げれば……』

 『ならば、その役目俺が引き受けよう』

 小屋に置かれていた幾つかの品物の中には、矢の代用品となる鋭利な棒や、鳥の羽類などが都合よく打ち捨てられていた。

 手際よく、シンはその羽と鋭利な棒を繋ぎ手頃な矢を多数作る光景には、三人の男と女の子一人は感心の声を上げたものだ。

 『父がこう言う手作業に慣れていてな。俺も昔はよく手伝ったものだ』

 そう得意気に語るシンの手には、作られた矢の中で特に気に入った鷲の羽根で作った矢が摘まれていた……。


 



 「もらったぁああ!!」

 大きく振りかぶり投擲するシン。原作ではハートを傷つけた羽。今の場合は矢が付いてはいるが、その矢がトラフズクへ飛ぶ。

 南斗流羽矢弾。それは奇しくもシンによってその日一つの技として生み出された。

 その矢は、成功する確立は五分程度であったが見事に腹の中心へと吸い込まれた。

 「っが……っ」

 子供の威力とは言え、ダーツのように小さくも鋭い痛みが一日に二度に渉り闘いの中で受けた傷口へ偶然にも当たる。

 それはトラフズクにとっては不運。そして……ジャギ達にとっては絶好の好機!

 気合を入れながらシンは跳ぶ。

 彼が最も信ずる技。師から受け継ぎし南斗孤鷲拳を飾る技を渾身の一撃でトラフズク目掛けて放つ。



                                 南斗獄屠拳!!!



 「……っ!っ!!……っ!!!」

 小さな大砲の弾のように、シンは姿が霞む程の速さでトラフズク目掛けて技を繰り出していた。

 無論、黙って相手も受けるつもりは毛頭ない。だが、両手で防ぐにしても、一瞬の痛みに気が逸れた相手には、
 南斗孤鷲拳伝承者候補の一撃を防ぐのは至難。その両手は浅く裂け、そして爪は鈍い嫌な音ともに皹が生まれた。

 シンは、自分の一撃が効いた事に会心の笑みを浮かべる。

 だが……それは死闘には命取りである!

 「……ぁ」

 「……あ……はっ……っ!!」

 ギュッル!!ッ!

 「う!!っ?!」

 シンの獄屠拳によって放たれた蹴り。……その足首を骨を軋ませる程に強く握り捕えられた。

 その痛みと捕えられた事にシンの顔は歪む。……そして……恐ろしい一言が彼の闘志を一瞬崩させた。

 「……シン……君。君は強いねぇ……いやぁ、侮っていたよ」

 そう、本当に感心したと言う笑みを浮かべ……一言。





                         「君のご両親も……いやぁ、強かったよ」




 「……は?」

 その言葉に、何を言っているのか解らずシンは一言漏らし、呆然とした顔をする。

 その呆けた顔へと、柔らかい声で囁くようにトラフズクは紡ぐ。

 「あぁ……本当に強かった。……君に良く似た綺麗な方……そして君に良く似た蒼い輝きの強い人……いやぁ、本当に」


 殺スノガ、勿体無カッタ。


 「あ」

 「ああああああああああああぁ!!!!」

 その一言に、シンは我を忘れ大きく体を回転させ彼は逃れる。

 足首の肉は無理な回避行動により変に捩れる。けど、その痛みは今の彼には感じ得ない。

 『今日は、貴方の好きなオムレツよ。シン』

 『根を詰めすぎるなよ。無理するのは毒だぞ。シン』

 「ああああああああああああああああぁ!!!」

 『また、四人で暮らせたら楽しいだろうな。シン』

 『貴方とジャギやアンナ……五人で一緒にまた過ごせたら楽しいわね。シン』

 浮かぶ、両親の優しい笑顔。

 それが奪われた? もう二度と会えない?
 
 この……この男の気紛れの心で……父と……母が?

 「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああ!!!!!」

 絶叫しながら、彼は憎しみに満ち溢れた顔でトラフズクを睨みつける。

 そして、向けられた当の相手は。目の前の少年の中に潜む規格外の憎悪を見せ付けられ……歓喜の表情を浮かべていた。

 「……素晴らしい憎悪だ」

 シンは、金髪を振り乱しながら拳に力を込める。

 彼の脳裏に過ぎるのは……目の前の両親を奪ったと言った悪魔を葬り去るに最も等しいと思える拳。

 彼は爪が食い込み内側から血が染まった拳で、悪魔を打ち砕かんと叫んだ。



                                南斗飛龍拳!!!



 ……正史ではバルコムの鋼鉄の肉体に皹を入れて葬った技。南斗孤鷲拳の中で唯一拳打で相手を葬る剛の拳。

 彼は、それを見て盗み取っていた。彼は、自身の強さを伸ばさんが為に欲望に従い拳を真似て会得していた。

 それが、こうも直に両親の仇を取らんが為に使われるとは、誰も夢にも思わぬ事。

 「ははははははっはははははは!!!!! その憎悪! その怨嗟!! その殺意!!! 最高だ!!!!」

 彼は、誰にも理解されぬ思考の中で愉快とばかりに滅しようとする意思だけで放たれた技を闇の中踊りながら避ける。

 少しでも受ければその肉体は砕かん威力をシンは秘めていた。

 だが、その夜は彼の星を輝かせはしない。今、憎しみと怒りだけに囚われた星を、今漂う闇夜は味方はしなかった。

 シンの猛打、それは長くは続かない。

 例え脳内麻薬に浸され、限界以上の力を込めようと命を縮めかねない程の拳の連続を、シンの肉体は意思に反し認めなかった。

 ゆえに起きる隙、ゆえに出来た悪の好機。それをトラフズクは見逃さない。

 屈み、そして地面を削る爪音。

 「南斗迫破斬!!!!」

 気付いた時にはもう遅く、シンの体は四つの裂傷を作り上げた。

 「……っ倒れるかぁああ!!!!!」

 だが……彼の意思は闇なる未来を圧倒せん程に凌駕していた。

 父と母。それは彼にとって現在の最愛の人達。その最愛の人達を奪われたと言われ、彼は狂う鷲となりて倒れない。

 ゆえに、彼は全身から夥しく出血し、今動き続ければ確実に失血死を伴おうとも続ける気だった。

 (こいつは殺す! 殺してやる! 俺の、俺の手で!!)




                               「ほい、バドンタッチ」



 トン

 「……あっ?」

 ……首筋に受けた痛み。それと同時に薄れ行く視界。

 彼が最後に聞き覚えがあると思った声。その声は、先程自分が怒り任せに打った拳を前に見せてくれた人物の声に
 良く似ていると思った。……そして、憎い敵を、その人ならば倒せるのかと、疑問と期待を抱きながら……彼は落ちた。


 

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……その飛龍拳で倒すのは……悪いが俺なんだよ、ガキんちょ」

 そう言って、彼は感情を推し量れない藍色の瞳で自分が気絶させたシンを見遣った。
 ウワバミ。彼はトラフズクを睨みつけつつ、下手に手出し出来ぬよう闘気だけは体から滲ませている。言えば殺気の壁だ。

 そして、ウワバミがトラフズクを抑えている間にジャギは気絶したシンを小屋付近へ運ぶ。最もこれで安全になった
 訳ではないが、それでもこれから起きる戦闘を考えると少しでも離れた方が良い。終わると両者が対時する場所から
 少し離れた場所にジャギは立つ。恐怖がない訳ではない。だが、今は逃げ出したい気持ちよりも……ある感情が勝った。

 トラフズクは先程出来た両手の傷を塞ごうと、わざとらしくハンカチを取り出し巻きつける。

 まるで襲ってくださいとばかりに。ウワバミは理解している。これで下手に手出ししようものなら痛い反撃を喰らうと。

 相手が出血し続けるのは戦闘においては有利となる。……だが、あえてウワバミはトラフズクのその行為を黙認した。

 「なぁ、ガキンチョ。一つ聞くがよ。お前、あいつの両親殺されたって聞いたが、どう思った?」

 ウワバミは、先程のシンの逆上とは反対に冷静な顔をしているジャギに疑問を感じ、一先ず空いた時間を埋める為に会話する。

 「あぁ、あれな。……別に」

 そう言って、ジャギは機械的にトラフズクを見遣りながら言葉を続ける。

 「多分、あいつの言葉シンを逆上させる為の言葉だろ? シンが『殉星』だって知っていたらやりそうな事だしな」

 ……端的だが、それは正解。

 トラフズクの言葉……梟の言葉は闘いを難関にする為の砦である。ゆえにその言葉は真実と嘘を織り交ぜている。

 ジャギは、その男の言葉にある悪意と共にシンを陥れる策略と想定する。……もしかすれば違うかもしれない。だが、
 ジャギはこの闘いで絶対に我を失うまいと自負する。……それは、この闘いで自分が負ければ……失う者が多すぎるから。

 「だから、奴の言葉が嘘だって俺は思う。……もし、本当なら」

 俺が直々に殺す。

 そう、偽りなき本心から言葉を出すジャギの顔つきは……怒りも憎しみもない澄んだ顔つきをしていた。

 (……まったく、嫌なガキばかりだ)

 ウワバミは思う。何故、自分が出会う子供は全員子供らしくないのだろう、と。

 サウザーはその環境ゆえに大人びており、シンは生来の気性から大人びており、ジャギに関しては反則的な出来事により。

 そして……最初に出会い自分を見て泣き出し、そして次に出会った時には少しばかり嫌われていたあの娘に関しては。





                                 ……お父さん





 「……」

 ……彼は其処で今までの思考を打ち切る。……そして、彼はほとんどの止血を終えたトラフズクへと意識を集中させた。

 「意外とフェミニストなんだね」

 「……俺の事を、お前は知らないだろうな」

 ウワバミの言葉に、トラフズクは何のことだ? と言う顔をする。本当にウワバミとは以前の出会い以外は知らないらしい。

 「……安心しろ。俺とお前は前回の除けば初対面さ。……俺は、それでもお前の事を必死で追い続けた。……ずっとお前だけを」

 その藍色の瞳、血走った眼球の白と赤の部分と対照的に、ずっとトラフズクの顔を捕えている。

 「すまないが、本当に君が何故私を追っているのか解らないんだ」

 「構わん。闘っている最中時間さえあれば話してやる」

 肩をすくめるトラフズクに、旧友に語るように砕けた口調でウワバミは喋る。だが、その目はまったく笑っていない。

 そして始まった……南斗飛龍拳と、南斗木兎拳の闘いが。

 正史では有り得ない二人の人物。一人は孤鷲拳の中の技として出てきた名前を掲げる拳士。もう一人は外伝の作品に
 出てきた夜梟拳の流派と言われた名を携えた殺人鬼。どちらも『自分』が知る世界に出ない、イレギュラーが二人。

 その二人は全身から幾多の闘いから経た生気を滲ませながら……ゆっくり構えた。



 

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 (……どちらも隙がねぇな)

 ジャギは、二人の因縁を何となく想像は出来そうになるも、その想像が当たったとして、自分にはウワバミを止める
 事は不可能と知るからこそ傍観に徹していた。……無論、不利と感ずれば自分が介入する事を見越した上で。

 (飛龍拳ってのは主に拳打。木兎拳は相手を裂く事に徹した拳……技の特性だけならウワバミが不利……か?)

 そう思いつつ、ジャギにはウワバミが負ける想像を作るのは少し至難だった。

 何故ならば、ジャギは少し殴りあいした事あるもウワバミが本気で闘った姿を見た覚えは無い。そう、まったくないのだ。

 トラフズクの実力は先程のシンの闘いを見せて貰った上で。あの怒り猛るシンを容易くいなす敵の実力に関しては、どう
 見積もっても自分の拳では勝機は薄いと冷静に考えていた。……無論、本気で闘うとしたらジャギは勝つ気で挑むが。

 ……実力未知数のウワバミ。そして自分よりは強いと確信するトラフズク。

 (勝算あるのかよ? おっさん……)

 苦渋に満ちた顔で、これから始まる闘いを見守るジャギ。……彼は出来るならばこれに終止符を打つ人物の到来を待ち望む。



  

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


  ……スッ。

 ウワバミがまず最初に構えた。

 その構えとは先程のシンと等しい構え。それもその筈。今ウワバミが放とうと考えている技は、先程シンが放ったのだから。

 もし、相手がただの雑魚ならば二番善二が通用しないなどと嘯き油断するかも知れない。

 だが、トラフズクは知っている。真に極めた南斗聖拳伝承者の恐ろしさを……!

 「破ァァ嗚呼アア!!!っ」



                                南斗飛龍拳!!!!



 乱打

 乱打

 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打
 乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打乱打




 数えるのも馬鹿らしい乱打の嵐。その無数の乱打がトラフズク目掛けて浴びせられる。

 「!!!っ……っ」

 その拳の前に、流石にトラフズクも焦りを生じる。

 まとも喰らえば肉体を全て破壊される拳の猛威に、周囲の闇にその体を溶かす。

 その闇を打たんと乱打は闇目掛けて闇雲に打たれる。だが……手応えはない。

 「……ちっ、外した……!」

 周囲から気配がなくなる。ウワバミは、相対していた敵が闇に紛れ奇襲してくるのを予測すると、無言のまま其の場に佇んだ。

 


                                 クスクス    クス    クス





            クスクス     クス                  クス    クス





 闇に紛れ嫌な笑い声が耳を打つ。

 だが、ウワバミは平常のまま、ただ瞳を閉じていた。

 (何ぼうっとしてんだよ!? ……いや、違う……ああやって待ってるんだ)

 ジャギは、最初こそウワバミの無防備な状態に焦るも、その様子が静かな事に拳士として気付く。……それが彼の策だと。

 ……ッ。

 「……っ!」

 僅か、僅かに生まれた地面を踏む音。

 その音に向けて体は反転する。自然体であった状態の構えを、攻撃的な態勢へと瞬時にウワバミは変わる。

 (! あれは……!)

 ジャギには、その技が何か見覚えあった。

 その技はどう考えても未来でシンが使用した技。救世主に痛手こそ与えれずも、それは孤鷲拳の中では最も高い貫手の技。

 『これは……飛龍拳の最大の切り札だ』

 『言っとくがこれを扱えるようになるのは何年も何十年も先だ。お前さん、もし飛龍拳覚えたけりゃ。拳打を地道に練習しな』

 そんな言葉を、ウワバミがシンへ託した事も有った。だが、今はそれに関し話す事はない。また別の時に話そう。

 そして……その飛龍拳の奥義は……夜の闇と共に木兎拳の奥義を放ったトラフズクへとぶつかった……!!!

 「南斗飛龍拳奥義」

 「南斗木兎拳奥義」

 藍色の瞳と、闇色の瞳が交差する。

 お互いにその瞳に何を思い描くか……それは当人にしか知りえない。

 そして……一瞬だけ奥義のぶつかり合いによって光が生じた。






                                南斗千首龍撃!!!!




                                   夜走翼斬!!




  


  

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……昔、児童誘拐事件が発生した。

 それは単純にある町で起きた事件。その時はそれが原因の一部だと知らず、俺は平和に過ごしていた。

 だが……あの日だ。

 あの日から……何もかも変わった。

 ……俺は、探偵業なんて営んでいた。

 こんな身なりだから人は俺をその手の職業なのだろうと噂したりして……まぁ、何時もそんな誤解をされつつも上手く
 やっていた。……そして、一つの依頼を頼まれ、その依頼で知り合った女性を愛して……娘が一人生まれた。

 ……娘を産んだ直後彼女は死んだ。元々そんなに体が強くもなかったのだ。……泣いた、もう泣けないと思うほどに泣いた。

 けど、泣いてばかりではあいつに笑われる。だからこそ俺は必死で娘を育てた。

 あいつの面影を残す娘。俺と将来結婚するなんて言ってくれた娘。……悲しみを乗り越えて明るい未来は俺達を照らしてた。

 そうだとも。戦後の後遺症で俺に奥義を託した後にすぐ倒れてしまった師も、今の世は幸せに包まれて良いと言っていた。

 俺も、娘も幸せになる。……そう、決意してたんだ。






 ……ある日、依頼があった。

 ……一人娘は、未だ幼くも一人で留守番は大丈夫だと張り切り、俺は笑って娘を一人で家に残した。

 ……その後の事を余り言いたくはない。……その二日後、児童惨殺の一面を、俺は自分の南斗聖拳で無意識に切刻んでいた。

 ……数年、短くも長い月日の中……手掛かりを見つけた。

 その中で……娘を何故か重ねてしまう子を一人見つけてしまった。

 ……思わず覗き込み泣かれた。我に帰る。あぁ、この娘は違うよな、と。

 伝承者候補とも出会った。……これから自分のする事を考えると、今備えた技をむざむざと今の世から失くすのも忍びない。

 だから、その瞳を見て娘を失くした直後の瞳の色に良く似たそいつにわざと自分の拳を見せびらかした。……優秀だと噂
 されているのは知っている。ならば、俺の拳とてすぐ覚えられる筈だ。……もし覚えられぬならそれで別に構わない。


 もう、自分には何も残されていない。

 もう、自分には何も幸福などはない。

 毎日復讐の為に拳を磨き、そして辛さを忘れる為に酒を飲む以外に……自分は生きる目的など無いのだから。

 ……そう言えば、俺の娘は酒を飲むのをよく注意してくれた。

 

                            『お父さん。そんなに飲んだら駄目でしょ!』



 ……あの声を……もう一度聞きたい。

 そう切に願っている時……声がふと耳に届いた。




                           『ねぇ……そんなに飲んだら体に毒だよ』



 ……それは、この町で奴を探す為に偶然接触した一人の女の子。

 その子は紛れも無く娘と同じ言葉……表情をして俺に言葉を言った。

 ……だから、俺はその子を連れて奴を待ち受けたのかも知れない。

 そしたら……『今度は守れる』と思いながら……闘えると思ったんだ。

 ……奴は上位の南斗聖拳。……俺は復讐で塗り固められた中位の拳。

 ……あぁ、でも。



                                  ……ゴホッ


 ……奥義の交錯した後に残るは……手刀が腹を貫通しているトラフズク。

 そして……首筋から血が夥しく流れている……ウワバミ。



 ……引き分けなら……まぁ……満足だな。




   

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「!っウワバミのおっさん!!」

 ジャギは、二人が奥義を放ち、そして相打ちとなった瞬間に今まで動こうとも動けずにいた体を動かし飛び出た。

 「来るな!! ガキ!」

 だが、ウワバミは激しい口調で制す。そして、トラフズクに吐息まで感じる距離で凍るような口調で言った。

 「南斗聖拳伝承者同士……ここいらで決着つけようじゃねぇか……俺の娘の元に……てめぇはあの世で詫びるんだよ!」

 絶叫と共に貫通した腕を動かす。トラフズクは、激痛に体が痙攣しつつも、薄笑いを浮かべて喋る。

 「!っはは、成る……程! 貴方、私が最初に出会った子の親でしたか。これは笑える! まさか伝承者の子だったとは!!」

 可笑しくて堪らないとばかりに笑うトラフズク。それを、ウワバミは怒りさえ通り越した殺意の仮面で言葉を紡ぐ。

 「何なりと言えば良い。……てめぇだけは、此処でどうあろうと殺して見せる。それだけの為に俺は生きてきた……!」

 彼の生きる目的……それは目の前の男を殺す事。

 それだけが彼の生存理由であり、それなくして彼は生きる理由を見出せない。

 彼もまた狂ってはいた。だが、それは悲劇ゆえの狂気。……そして元凶もまた狂いながら彼へと告げる。

 「……あぁ、そう、言えば……貴方の娘さんねぇ……それのお詫びといっちゃあなんですが、面白い話を一つ」

 腹を貫かれながら平然と話せる余裕は南斗聖拳伝承者だからか? または別の理由からだろうか?

 「其処に居る彼。彼ともう一人の女の子……その子達に殺された犯人……あれね。私の従兄弟だったんですよ」

 「……ぁあっ?」

 その言葉、突拍子なく語られる言葉に、首筋から出血しながらウワバミは怪訝な顔をする。尚もその男は語り続ける。

 「あいつはねぇ、家族から虐待され育ってね。それで勘当して一人になりましたから。けど、あいつは私の従兄弟だよ」

 南斗の拳士になるのを薦めたのも、私だしね。と笑うトラフズクの言葉に……嘘は見られない。

 「……それが、如何した? それで、何が言いたいんだってめぇは!?」

 ウワバミは出血しながらも頭に血が上りながら叫ぶ。この男の言葉に耳は貸さないつもりだった。だが……だが自然と
 耳は傾いてしまう。龍の名を携える自分が……夜の梟の声へと心が呑まれてしまう……そのような馬鹿な事が……。

 「いや、仮定の話しだが……もし、あの子達が私の従兄弟を殺さなければ、私も貴方の子供を殺さなかった可能性もある、と」

 「……っ!?」

 ……それは、確かにありえる仮定。

 ジャギとアンナ。……彼、彼女がもし、トラフズクが従兄弟と呼んだ犯人を殺さなかった場合……トラフズクは従兄弟の
 生存によって、気紛れに殺害する対象が違っていたかも知れない。……無論、犠牲者の数は変わらないかもしれない。
 だが、それでも対象が違うと言う事は、自分の……自分の娘が生きた可能性もあったと示唆されて……ウワバミに迷いが生じた。




                            ……それが命取りだった。




                                 ドシュッ!!!




 「っ!!?」


 無理やり……無理やりトラフズクはウワバミの腕を自分の腹から引き抜いた。

 ウワバミは唖然としつつも、その頭の中の冷静な元探偵としての思考が幾つかの情報を総合しある考えに辿り着く。

 以前起きた誘拐事件……その犯人は薬品関係を取り扱っていたと言う。

 ならば……この男が鎮痛剤及び、それに類似した薬品を投与している可能性は……高い。ならばこのような荒行を 
 しても肉体の痛みは遥かに軽減されるだろう。そう、吹き飛ばされながらウワバミは朦朧とする意識で考えた。

 今……ウワバミとトラフズク、そしてジャギの距離は微妙な立ち位置だった。

 ジャギは飛び込めばトラフズクを倒せる。ウワバミもトラフズクを倒せる位置。

 だが……その前に問題が生じる。

 「……いやぁ……本当は使いたくないけど……ちょっと予想外に傷が深いんでね……!」

 そう言って……トラフズクは『二丁』の拳銃の撃鉄を鳴らした。

 ……トラフズクが所有していた拳銃。刑事としてトラフズクが所有している拳銃。

 先程の荒行と共にウワバミから奪取した銃を握り締め、それを二人へと向けるトラフズク。

 致命傷で満足に動けないウワバミ。そして、未だ拳銃の弾丸を避ける芸当には至らないジャギ……シンとサウザーは戦闘不能。


 ……絶体絶命だった。


 「……おい、クソガキ。……お前、逃げろ」

 暫し後、ウワバミは何時ものジャギに対する態度に戻りながら彼は尊大な口調で呟く。

 「重傷負ってるこいつより、お前なら早く町の奴に報せられる……その間に俺がこいつを抑えておくからよ」

 「……馬鹿だろあんた。……今にも死にそうだろうが……っ」

 ……ジャギにはわかる。……この男が、身を挺して自分以外の者を守り抜こうとする姿勢……本物の南斗の拳士としての姿勢を。

 ジャギは、その姿勢に対し正直に尊敬の念を抱く……だが、その言葉に従うかどうかは別だ。

 トラフズクは、そのやり取りをする二人をゆったりと見物しながら……引き金を引いた。




                                   ピュッ!!

  
                             ダン   ダンッ  ダンッ!

 「ぐぅっ!!っ!?」

 「ガキ!!っ」

 何かが風を切る音。それと同時三発の銃声。

 ……背中に銃弾を、そして両腕に銃弾を浴びるジャギ。

 ……撃たれた銃の方向は……瀕死のウワバミに向けて。

 トラフズクは現在の状況で一番厄介なのは手負いの伝承者の方と判断んしたゆえの行動。……だが、その命をジャギは救った。

 そして、ジャギは銃弾を受ける前にシンから一本だけ貰っていた矢を……トラフズクに投げたのだ。

 それはトラフズクの拳銃に当たり遠くへと転がる。……だが、冷静にもう一丁の拳銃はジャギへと浴びせられた。

 そして、その銃弾でジャギも軽くは無い傷を負う。……もう一度すれば次は脳天に弾丸を喰らうだろう。

 「何馬鹿やってんだ!!! お前に救われても俺は全然嬉しくねぇんだよ! 早く俺の前から消え失せろよガキがよ!!」

それは、精一杯のウワバミの虚栄交じりのジャギを救う為の言葉。

 だが……ジャギは震えながら立つ。

 「……前に、よ」

 背中に喰らい付くような熱を必死で耐えながらジャギは言う。

 「……前に、あんたがアンナの店へ寄って帰った後……アンナが言ったんだ。……あんたの事……俺に少しだけ似てるって。
 ……それってさ。少なからずあんたをアンナが好きだって言うのと同じだと思う……だから、俺はあんたを守る」

 ……ジャギが此処に今いる訳。

 それは、南斗の未来を守りたいから? ……違う。

 自分の強さをもっと伸ばしたいから? ……それも違う。

 ……その場所に……初めて出会い守り抜きたい相手がいるから……そして、その人が悲しまない為に……笑顔を守る為。

 「……馬鹿だぜ、お前」

 ……ウワバミは、自分の無力さを呪う。

 この子達は何故こんなにも強い魂を持っているのだろう。この子供達は……将来大きくなり必ずや必要となる。

 それを……むざむざ見殺しにするのか……。そう、余りにも納得出来ない未来が想定されるがゆえに、彼は目の前に
 立つジャギを苦悩と後悔を混ぜ合わせた表情で見て……そして……殺人鬼の指が引き金に差し掛かったのを……見て。

 ……そして……その瞬間華の香りが鼻腔を擽り……そしてウワバミの脳は真っ白となった。
 
 そのように齎(もたら)した光景は目の前に立つ三人を硬直させる。そして……その原因たる人物とは……。

 ジャギは、その人物に対し喉から絞り出すように掠れた声を出した。


                               「……アンナ……お前」





                     それは……拳銃を拾い上げて構えているアンナ。




      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……運命とは、皮肉なものだ。

 ある時、一人の人間が一人死んだ事で、その為に歯車が狂い後に強大な災厄と化す事がある。。

 例えるならば、それは一人の母親が死に。その事が原因で修羅と化し後に魔界の闘気を見に付け多くの犠牲を出した王。

 例えるならば、未来の為に継承の儀で命を捨て、それゆえに狂い後に極星が潰えた暴君の王の末路もそうである。

 更に挙げるなら、一人の愛する人が死んだ事で、それで精神を病む原因と化し後に救世主の名を騙りた人間もそうだ。

 ……今回の場合、それは一つの人物。名も世には出ぬ一人の男が死んだのが一つの原因であった。

 その人物は確かにどうしようもない屑だと称されても仕方が無い所業を犯していた。だが、倫理の究極の禁忌たる殺人まで
 犯した事はなく。そして、彼は最後の最後、後一人を心の慰めとして終わらせる事を決意していたのだ。

 その最後の対象は……死の星を見た少女。

 その少女を襲ったがゆえに男の末路は狂う。そして、一人の介添えと共に彼は復讐を試み……そして死んだ。

 自業自得、因果応報。

 だが……どんな悪であれ、それに味方をする者は一人はいるのだ。

 ……それが、今回偶々同じ穴の狢とも言える人物であり……そしてその人物は南斗の伝承者であっただけの事。



 ……運命とは、皮肉なものだ。

 ある時、突然の変質者に襲われた少女。

 その少女は、どんな人々にも属さぬ唯一の希有な星の下で生まれ、そして果てて生まれ変わった少女である。

 その子は、掻い摘んで言えば『一度』その精神を陵辱され……そして、それは心の中に引き摺られていた。

 彼女は、毎晩悪夢の中を彷徨い、そして自分を傷つけていた……数年もの間。

 ……だが、彼女は奇跡的にその悪夢を封ずる人に出会える。それは、待ち望んでいた相手。例え、『真実』でなくとも。

 ……そして、暫しの間彼女の心には安穏が生まれた。……だが、それは冬の到来と共に崩れ去る。

 彼女は、その事により心を一度壊れた。……そして、彼女は記憶の幾つかを抜け落とし……そして生きていた。

 ……だが、人とは不思議なもの。

 ……ある患者は、人命が多数に消えた事故に遭遇し、そして衝撃で記憶を失くした。……だが、ある時もう一度似た
 事故に遭遇した時、その患者の記憶は蘇ったケースがある。……その患者は、果たして取り戻した事に何を感じたのだろう?





      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……アンナ、お前」

 ……背中に銃弾を浴びた痛みが気にならない程に、ジャギは焦り、そしてどうすれば良いのか困惑していた。

 (何で……何で出てきたんだよっ!)

 ジャギ、他三名の男性陣は罠を作り終えた後、アンナを隠す事に関して異論なく行われた。

 この中で闘う手段を持たないのはアンナのみ。そして、彼等の頭の中に女性を、しかも女の子を闘わせる概念はない。
 アンナは四人の言葉に反論する事なく、素直に小屋の空いた空間を色々廃材で隠しながら入ったのを見届けていた……のに。

 「……動か……ないでっ」

 銃口は……血だらけのトラフズクに向けられている。

 だが、状況はこちらに有利に関わらずも、トラフズクの顔は出血で青白さが見えつつも笑みが浮かんでいた。

 それに比べ、アンナの顔は蒼白。

 胸騒ぎで出てきた時には、意識を失ったシンが戸口に横になっており。そして血だらけのウワバミとジャギを視認していた。

 そして、銃を構えている前に出会った男。……アンナは瞬間的に理解し、そして自分の方へ転がっている銃を見た。

 ……そして出来た状況。腕を振るわせ、照準を定められずも至近距離ゆえに外す事はない。……無論、それは客観的な
 情報なだけで。本人達の意識が如何言う状況が把握すれば、まったく異なった見方が出来る。……今のアンナは、人を
 傷つける事など考えた事のない無垢な状態。……黒光する銃の重さも、血の香りもアンナの精神には大きすぎる重圧だった。

 それを一目見ただけでトラフズクは理解する。それゆえの余裕の発言。

 「……ハハ、これが、君達の切り札か」

 「馬鹿っ、何で出てきた!? 逃げろっアンナ! おいっジャギ!! てめぇ早くあいつを引っ張って逃げろ!!」

 ウワバミは、血相を変えて叫ぶ。

 ……アンナ。自分の娘を何故か思い起こす不思議な子。

 その子供だけは何としても守りたかった。偽善、独善、自己満足。どう罵られようと、彼にとって少女は言葉では表せぬ
 存在だった。それが、今自分の銃を握り最悪の相手に健気に立ち向かっている。ウワバミの中に冷静さは消えていた。

 その、先程まで自分に勇敢であった敵が、今は娘の命乞いするように変わり果てたウワバミにトラフズクは笑う。

 「ハハッ傑作だ……成る程、そうか。……君が従兄弟を殺したと言う情報は眉唾だったが……ようやく、解った気がする。
 成る程……君の瞳には、私がこれまで出会った伝承者ともまったく違う不思議な光が携えている。……それが、
 多分従兄弟を惹きつけた。納得するよ……今の君は、私を殺す事も厭わぬ輝きを秘めている! 私は、今だけは君に
 殺されても良いとすら思えている!! さぁ、撃ってみてくれ! 君の、初めてのっ、殺人と言う快楽を知らしめる一号として!!」

 ……狂気。

 ……トラフズク。南斗木兎拳伝承者……彼の思考を読み解ける者を探すのは至難であろう。

 彼は、生まれながらにして人と異なっていた。

 彼は、生まれながらにして人を殺す事に疑問はなかった。

 その……生まれながら逸脱した人間の感覚は……その感覚はある種の事柄に関しては異常に鋭い場合がある。

 そして、彼はアンナを見て撃てと懇願する。

 彼の瞳の中で少女は震える。今にも取り落としそうな銃と、そして気絶しそうな表情。

 今、この闇夜の中で彼は魂を引き千切れそうな程に舞わせながら彼は悪意を振り回していた。

 そして、その悪意によって一人の少女の心を黒へと染め上げようとしている。……ジャギは、アンナに向けて
 一言でも心を保たせる言葉を言い放ちたかった。『大丈夫だ』その一言だけでも言えばどれだけ彼女は救われるか。

 だが……トラフズクが持つ銃口は……今やどんな行動さへ禁ずるとばかりにジャギへと向けられていた。

 「……ジャギ……っ」

 涙が、アンナの顔から自然と溢れる。

 トラフズクは、欲望に満ち溢れた表情で悪魔の言葉を囁き続ける。

 「ほらっ、早く撃たなければ大事な彼が死ぬんじゃないですか? ……私は、見たいんだ。……あの死体と化した従兄弟の
 顔には笑みが携えられていた。私はその表情が気に懸かり調べ上げ、君が、君の存在が鍵を握ると私は確信した!
 さぁ、私に見せてくれ!! 君が私の心臓を射抜いた瞬間!!! 君の心は崩れ魂は永遠に私が好む物に成り続ける!!!!」

 夜の梟は、少女に絶望を味合わせようとしていた。

 闇の梟は、少女に悪夢を再会させようとしていた。

 邪な梟は、少女に狂気を約束させようとしていた。

 アンナが……『アンナ』が殺人を犯した時と同じくアンナもまた同じ行為をすれば……彼女は思い出すだろう……黒い記憶を。

 さすれば彼女の心は崩壊する。それを本能的に見抜き彼は自分の命すら喜び差し出そうとしている。……一つの白い星
 が真っ黒に染まりあがる事。……それは自分の最後に相応しいとばかりに。彼は、死に対し恐怖はない。

 ……審判は、訪れる。





     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……何が起きたのかわからなかった。

 大好きな人と、その大好きな人の友達と、そして風変わりな人が一緒に居た。

 私は、風変わりな人を最初は怖いと思っていた。だから、最初は苦手で、けど、他の人達のように怖くはなかった。

 ……私が好きな人たち。それとは少し異なる、私と同じような人たち。

 その同じ人たちの中に風変わりな人は当て嵌まっていた。その風変わりな人は、何時も私を見ながら別の人を見ていた。

 ……その人は藍色の瞳で、口悪く何時も子ども扱いをして、どんなに私が怒っても陽気に笑い声を立てていた。

 


                          ……まるで、昔の『あの人』のように。



 ……『あの人』が誰だったか思い出せない。

 けど……『あの人』に似ているその風変わりな人は自分にとって怖くない人だと解り……だから私は一緒にいた。

 ……そして、訪れた日。

 目の前に闇を伴って現われた人。……それは何かを思い出させる笑みを携えて私の大切な人達を傷つけ哂っていた。

 だから……それを止めたくて必死で私は人を殺せる武器を持つ。

 ……それを見たのは初めてではない。その、風変わりな人も自分の家でお酒を飲んでいる時に腰に挿していたから。

 興味本位に何故持っているかと聞けば、その人は服越しに大事そうに触れながら大切な者がこれ以上無くならない為に
 持っているのだと言った。……私は、そう自慢気に語るその風変わりな人が、やはり『あの人』を連想させると思った。

 ……そして。


                    
                           サァ   撃ッテクレ   アンナ





                           サァ   殺シテクレ   アンナ





 ……何時か誰かに似た言葉を私の心が崩れる間際に聞いた。

 そして、今も同じ言葉を目の前の『闇』が喋っている。

 ……撃つ? 撃たない? ……私は、如何すれば良いのだろう。

 撃たなきゃ大事な人が死ぬ。……なら、撃つべきだ。

 でも……心の小さな何かが撃つのを躊躇っている。

 心の何処かで蹲っている声が、私を止めようと……。

 (私は……私は……私は……っ!)

 その、『闇』に向かって引き金を引く力が強まった瞬間……。






                        「……ガキが……大人みたいに迷ってんじゃねぇよ」





                          ……嫌なぐらい優しい    龍の声がした……。




   








           後書き


 
    次回でこの話に関しては終了。北斗の拳の主人公もう少しで出ます。


    それと、今回出たオリジナルキャラ最後まで引っ張るかも知れないけど大目に見てください。




[29120] 【文曲編】第二十七話『終わりと言う名の始まりを』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/09 00:22



 ……彼女の生まれ

 彼女は小さい頃両親と死別した。これは、その世界では珍しくも無い事ゆえに省略する。彼女は、唯一残った兄と、
 その兄が弱肉強食の世界を生き残る為に引き連れた仲間達の下で健やかに過ごした。……ある年齢までは。

 やがて、その彼女は人が変わったように男性に対し過剰に恐怖を芽生える。

 その過敏な反応には兄の仲間達も手に負えず、また兄もその彼女の病なのか別の要因なのかで起きる彼女の変異に懊悩した。

 突然、彼女は自分の肌を裂いた。

 突然、彼女は身を投げようとした。

 突然、彼女は家を出て誰かを探した。

 最後の方に関してはどんなに拘束しようと、説得を願っても彼女は暫くしてから外の世界へ出ようとしていた。

 ……そんな彼女は日一人の少年に回り逢った。

 その少年と出会ってから、彼女は家を出るのを止めた。

 その少年と出会ってから、彼女は自分を傷つけるのを止めた。

 その少年と出会ってから、彼女は夜、魘される事は少なくなった。

 ……だが、ある日周囲が彼と彼女を引き裂こうとした。

 それゆえに彼女は彼と裂こうとする事に反抗し家を出る。そして……彼女は不慮の事故により心に傷を負う。

 既に傷を負っていた彼女の心はその傷に耐えれず……彼女は『彼女』である事を放棄する。……そして時は経た。

 やがて、そんな彼女に一人の男が現われる。

 口悪く、それでいて無礼だが……その男は何処となく少年に似ている雰囲気を持っていた。

 そして、そんな男の手で訪れかけた魔の手を逃れ……彼女は一つの棘を生やし梟と対時する。

 それは、そんな彼女のお話、ただ綴られる世界のお話。




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ぅ、ったく……だから……ガキは……子供と一緒に居るのは御免なんだよ」

 そう……戦闘により罅割れたサングラスを掛けた男……ウワバミは一瞬にしてトラフズクを羽交い絞めにした。

 「っ……!」

 「無駄だぜ、お前が伝承者であるのと同じく……俺もまた伝承者だ。単純な筋力で負けるつもりはねぇよ」

 トラフズクは、必死にウワバミの体から抜けようと力を込める。

 一度でも離せば、トラフズクの拳がウワバミを襲い全てが終わる。そのように死と隣り合わせの中で……彼は穏やかだった。

 ……ずっと、家族を失い自分の心は無様に落ちぶれていた。それを……短いけれど、今、自分を助けようと小さな力
 で必死に救おうとしてくれる子達……拳士として正々堂々挑んだサウザー、シン。……自分の命を救ったジャギ。

 ……そして、自分の娘を重ね合わせた……アンナ。

 「……おい、アンナ」

 そう呼ばれ、アンナの顔には恐怖や躊躇、混乱などで埋め尽くされていた感情に、別の色が見られた。

 何故ならば……それが始めて、彼女がウワバミから名前を呼ばれた瞬間だったから。

 「こいつを、俺が抑えている間に……撃て」

 そう言われて、アンナは驚愕を浮かべると同時に、理解し涙を浮かべた。

 アンナは、確かに今の状態は子供の精神状態である。……だが、知性までもそれに合わさってはいない……アンナは聡明だった。

 今、目の前で悪夢たる人物を羽交い絞めにしているこの人は……自分までも巻き込んで死のうと決意してると……!

 「ぃやっ! 嫌!!」

 「聞き分けない事、言わないでくれよ……」

 頭を振るアンナへ、ウワバミは優しい声で諌める。

 だが、それを黙っていられない男が……一人。

 「……何っ、馬鹿な事……ほざいでやがる!!」

 腕を銃弾で撃ちぬかれ、そして背中にも一発浴びて半死半生と言った状態に関わらず、ジャギは怒気を滲ませ叫ぶ。

 「何勝手にアンナをあんたの介錯なんぞに付き合わせてんだよ! どけっアンナ! 俺が、今あいつを……!?」

 そう、言ってジャギは一番の解決策となる……決死の行動で捕えたトラフズクを自分の拳で行動不能にしようと近寄ろう
 として瞬間……体中の力は抜けて、そして吐血した。……いきなりの激痛と、脱力にジャギは混乱しつつ倒れこむ。

 アンナが自分を呼ぶ小さな叫び声と、そしてウワバミがある程度諦め混じりの声がはっきりと頭の中に響いた。

 「……さっき、背中に銃弾撃たれた時、肺まで突き抜けたんだ。……起きるなよ。下手に動けば命に関わる」

 ……ウワバミは気づいていた。ジャギが銃弾を浴びた瞬間、既に瀕死となってたのを。……それでも彼は異常に自分が
 平気なように振る舞いアンナを安心させようとしていたのだ。……それは、一重に愛の力と呼んで良いのか……。

 「だから、よ。……もう、お前しか頼めないんだわ」

 そう、苦笑を浮かべるウワバミの藍色の瞳は……真っ直ぐにアンナを射抜いていた。

 「良いんですか? 彼女は心に深い傷を負っている。それを知りながらあえて貴方は私と一緒に死ぬと?」

 「てめぇ、黙ってろ。……アンナ、例えこれでこいつを殺そうと、お前は別に気に病む必要ねぇ」

 そう、アンナへと説得しながら……ウワバミは今までアンナとした会話で初めて核心とも言える言葉を発する。

 「お前は……『人を殺す』事が何よりも怖いだろ?」

 そう、言われてアンナの体は震える。肯定を体全体で表すかのように。

 「……結構これでも場数踏んでるからよ。だから、今こう……拘束してる奴が危険な奴だって見抜けたし……そんで、
 お前が無邪気な笑顔の中で……とても、人には並大抵には言えない過去持ってるって気付いちまった」

 (……なんで、そんな歳でそんな瞳を持ってんのか詳しくは聞かねぇ。……それを聞くのは……俺じゃねぇだろうしな)

 体からは段々力が抜けていきそうになる。それを何とか必死で耐えつつ彼は残された時間を必死に生きようと言葉を出し続ける。

 「……だがよ、人っては……どんなに逃げても逃げられなくなる時がある。……逃げ続ける事ってのは……不可能に近い」

 ……酒を飲んで忘れようとした。

 ……復讐を望み拳を磨いた。

 ……ある時は争いの渦中で尊敬する師の拳で忘れたい過去の為に拳を使用していた。……許されるべきではない。

 「……立ち向かわなくちゃいけない。だから、俺は……俺にとって……これはけじめなんだ」

 ……南斗飛龍拳ウワバミ。

 彼は、南斗聖拳では特異でもあり、そして中位である南斗飛龍拳を見に付けた。そして、妻と出会い娘が生まれた。

 彼の拳は剛拳と、そして南斗聖拳の定義を併せた拳。師は、何時ぞや死ぬ間際こう言った。

 『……飛龍。それは日沈む国では神の権化とも言える幻獣。……それは天を護りし者の拳。……星々の為に振るう拳』

 『お前は気性も荒く、それに無鉄砲な部分もあるが……その根本は誰よりも人を護ろうとする意思に沿い生きている。
 ……お前だからこそ私は伝承者にしよう。……そして、お前はお前の生き方を……貫くのじゃ、ウワバミ』

 ……師よ、これが俺の生き方だ。

 ……貴方が護ろうと俺に託した『南斗』……最初こそ俺はたかが拳法と驕っていたが……何時しか惚れこんでいた。

 そして、やがて俺は探偵業なんぞ営んで、そしてその過程で依頼主が犯罪者で、それに苦しめられてる人を救ったら……
 妻になって、子供が生まれて。……幸せな家庭が築くもんだと思ってたら……一番大切にしてた人を病気で失って。

 ……娘を頼まれて……必死で妻に似た娘を育てて……そして、今目の前で拘束した野郎に奪われて……。

 だけども、俺は憎悪に縛られる訳にはいかない……それを妻が……娘が望む筈ないと何処か心の中で知っているから。

 それを……自分が復讐を決意し購入した……その子には全く似合わない武器を構えて……そしてとても辛い事を頼んでいる。

 ……悪いな。けど、俺も正直限界なんだ。

 目の前で、自分の拘束を引き離そうとしている悪意の塊のような輩は、重傷を負っている筈なのに何処から沸いてくるのか
 少しでも気が抜けば自分が万力のように込めて縛り付けている腕の力を負かそうとしている。……長くは持たない。

 首からの血は頚動脈に傷をつけているのか、かなりの出血を流し続けている。……今から治療出来る人間を呼んでも、俺の体は

 (だから……そう、だから。……最後は……俺の願いを聞き届けろよ……くそったれの神様よ……!)

 「撃て! ……アンナ、てめぇは俺の分まで生きなくちゃならねぇ! てめぇは今俺がしている行為を無駄にしないでくれ!」

 「頼む……! 頼む!! 今、此処でお前が撃たなけりゃ全部泡に帰っちまう! ……辛い事引き受けてる自覚はある。
 けどな……お前しかいない。お前が自分のトラウマを破らけりゃ……前に生きる事はどうやったって無理なんだよ……!」

 そうだ、だから……撃ってくれ!

 「アンナ……こいつは終わらせる為じゃない……お前が始まる為にだ……!」

 ……俺は、既に諦め、終わらせる事を決意した人間。

 だが、この目の前の子は違う。この子は前に進もうとしている。これからの未来を懸命に生きようとしている。

 


                        


                              終わりじゃない   ……これは始まりだから



 「……ゥワバミ……」

 アンナは……必死に嘘偽りなく訴えかけるウワバミへと、涙を濡らしながら拳銃を構えている。

 アンナは撃ちたくはない、けれども……腕の震えは止まっていた。

 「……良いか? 撃つのに力はいらねぇ。……単純に、照準を定める事だけ意識しろ。……そして、イメージするんだ」

 「まっさらな状態で……指に少しだけ力を込めろ……」

 そう、娘に対し軽く教えるように……今から死を迎えようとしている男の顔は……安らかな笑みさえも浮かんでて。

 アンナは、その笑顔がとても哀しくて……だからこそ慟哭で彼の名をはっきりと叫んだ。

 「ウワバミ……!」

 「……やってくれ」

 ……徐々に、ウワバミの顔から血の気が薄れていく。

 それと同時にトラフズクは今やその瞳を真っ赤に変化させながら、ウワバミを、アンナを、ジャギを……そして自分に
 敗れた者、傷を付けた者の姿を瞳の内へと宿し嘲笑を携えながらゆっくりと拘束を破ろうと均衡を崩すそうとしていた。

 ……もう、猶予はない。

 そして……アンナは決意する。




                              腕を伸ばし    引き金に指を添える。





 その動作に闇を負った梟は笑みを更に濃くしながら羽ばたこうとするがのように両腕を伸ばそうと力を更に込め。

 反対に空へ還ろうとする龍は安らかな顔つきを崩さぬままに胎児へ戻らんとするかのように両腕の拘束を強めた。

 どちらも真逆の動作、だが、どちらも思考はその時等しかった。





                               (撃て……アンナ)



 
 ……一人は目の前の少女が闇に堕ちる事を期待し。

 ……一人は目の前の少女が光り咲かん事を希望し。



 やがて涙を濡れさせながらも……口を真一文字に結び、何かを決意した表情を浮べて……少女は腕を持ち上げた。

 



 ……あぁ、終わったな。




 
 その顔つきと、瞳の光に男は敗北を、男は勝利を同時に浮かべ。






                                  ……パンッ!!!





                   乾いた一発の破裂音が……    天へと響いた。









      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 




 ……目を開けると、其処は馴染み深い家が見えた。

 (……家? ……一体、何故?)

 そう、ぼんやり男は思う。先程まで自分は何か大事な事をしていた筈。……自分は何をしていたのだろう?

 思い出そうとしても辿り着かない記憶。それに少し懸念を帯びつつも彼は家の中に入った。

 「あら、お帰りなさい。今日は早いのね?」
 
 そう、何時ものように妻が出迎える。

 家に入る前から漂っていた香りが少しばかり食欲を刺激した。……カレーの香りだ。どうやら大好物を用意してくれたらしい。

 「ほらほら、ちゃんと顔と手を洗ってからしてね? 仕事が大変なのは知ってるけど、汚れたまま食べちゃ駄目よ?」

 そう、人差し指を立てて注意する妻の言葉は正論で。笑いながら頷き言うとおりにする。

 誰か一人そう言えば足りないなと、顔と手を洗ってから気がつく。そして、それを妻に尋ねようとした時……扉は開いた。

 「お父さん、お帰りー」

 そう……華の様に綺麗な笑顔で現われたのは……この世でたった一人の娘。

 この場合、俺がお帰りって言う台詞だぞと言いながら、娘を抱き上げる。八歳程の娘にするには子ども扱い過ぎるんでは
 ないか? と周囲に注意された事もある。それでも、俺達はこうして愛情を表現するのが日課で……これが、俺達の普通だ。

 食卓を囲みながら、娘は学校、友人、その他の話を絶え間なくする。

 妻も、周囲の出来事、そして俺が興味を惹きそうな話をする。……そうしているのはとても心落ち着き。

 あぁ、此処は天国だと……俺は何かを忘れている事すら気にしないまま穏やかに過ごす。

 「お父さん、テレビ付けて良い?」

 食事中、本来なら窘める事だが、気分が良く俺は娘の好きにさせる。

 そしてテレビが付く……すると、如何も気掛かりな音声が流れてきた。

 『……現在、××で行われた連続殺人事件ですが、最近になり証拠が現われたと言う事で、警察はその事件を公開捜査……』

 ……そう言えば、最近良く恐ろしい事件が世間を騒がせていたなと考える。

 それも、その人物は自分と同じく南斗の拳士だと噂では流れていた。南斗だからと言って、やっぱり人間は人間。悪人だって
 普通に居るんだなと、テレビの画面を見ながらぼぉっと考える。……そのニュースは直に終わり、関心も消えた。

 ……夜になる。

 娘は寝ている。可愛らしい寝顔。今からこの娘が将来大人になったらどんな風な人物と結婚するのか? などと気が早い
 考えを想像する。そして、その時自分はこんな強面だが、だらしなく泣き続けるんだろうなぁと苦笑も漏れ出すのだ。

 「あなた、何が可笑しいの?」
 
 そう、娘の寝顔を覗き込んでいる俺を、妻は小さく微笑しながら隣に座り込み聞いた。

 自分は正直に今の気持ちを言う。そしたら、やっぱり気が早いと笑われた。

 ……あぁ、幸せだ。

 ……『幸せだった』






 「……御免な」

 俺は……ウワバミは力強く立つと、既に優しい父親の顔つきから、南斗の拳士の顔つきへと変わると、家の戸口へと立った。

 「すぐに、すぐに『此処』へ帰って来るよ。でも、でもな。……少しだけ、未だ仕事が残ってたのを思い出してな」

 ……娘の笑顔……それを見続けて……自分は思いだす。

 最後に撃たれた感触。人生を破滅に追い込んだ男との死闘……何もかも思い出した。

 「……あの子達に、伝えなくちゃな」

 ……『此処』で暮らす前に……彼らに伝えなくてはいけない。

 それを全部伝え終われば……もう、何も思い残す事はないだろうから……。




                               ……行ってらっしゃい



 そう。全てを悟り、そして最後に飛ぶ龍へと……何時の間にか起きた娘、そして妻は一緒に手を繋ぎ父親へ告げた。

 それを、男……ウワバミは初めて妻から贈られたサングラス。それを掛けながら自信に溢れた笑顔で戸口を開けた。

 その戸口を開ければ……眩しい光が龍を包み。








                         泣き腫らしたアンナと    ジャギを映した。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……握られた拳銃から硝煙が立ち昇る。

 それと共に、羽交い絞めにされた男と、そしてそれを行っていた男はゆっくりと崩れ落ちた。

 その直後、手から拳銃を零れ落とし……アンナは座り込む。

 ……暫し、天使だけが通り過ぎた。

 「……アン、ナ」

 小さく漏れる声が上る。それにアンナは、ゆっくりと顔を上げた。

 「……ジャギ?」

 その表情は解らない。だが、それでも彼女はゆっくり倒れているジャギへと近づき、そして抱き起こした。

 「……ウワ、バミ……は」

 無理に動けば命に関わる。それゆえに満足に動けなくも、彼は結末を知る為に必死で当事者だったアンナへ聞いた。

 アンナは、首を横に振る。アンナ自身も、今の出来事を全て語れる程に力は無いのだから。

 二人は、互いに限界の身である事をゆっくりと理解しながら、二人は倒れている人物へと引き摺るように近づく。

 ……そして、完全に絶命していると思われる彼の……息遣いを聞いて半覚醒状態の彼等の意識は覚醒した。

 「おっさんっ……!」

 「……っ奴、は?」

 途切れ途切れ、その声に力は無く、もはや虫の息。

 それでも彼がこの世界に舞い戻ったの意地か? はたまた彼の生来の気質か?

 ジャギは、その質問にうつ伏せで倒れている男をちらりと見遣り、そして相応しい言葉を喋る。

 「ありゃ死んでるよ。……今、医者を呼んで」

 「その必要はねぇ。……そっか、死んだか。……後はお前等少し落ち着いてから近くの町で保護して貰えよ」

 その後事情聴取だろうな、と気楽な調子の声と反対に……彼の体は冷たくなろうとしていた。

 アンナは、その体を必死に温めようと小さな手で擦りながらウワバミを見る。

 彼女は彼に謝罪したかった。彼女は彼に死なないで欲しいと懇願したかった。
 
 でも、何を言おうとしても胸が一杯で……そんな彼女を全て見抜き、男は笑った。

 「……良いんだよ。……これで、良いんだ。……なぁ、約束してくれるか? 俺の娘の分まで生きるって……強く、心を
 強く持って……生きるって……そうして……よぼよぼの婆ちゃんになるまで……絶対に……それまで死なないって約束……」

 その言葉に必死で彼女は頷く。両手で彼の小指を立てた片手を握り締め。涙を落としながら。

 「……な……なぁ、ガキ……ジャギ、よ。……お前、一人前の南斗の拳士になるのが夢なら……絶対に諦めんな。
 ……サウザー、シン……あいつ達に負けないようにするんだぜ。例え才能が下っ端でも……俺見たいに伝承者並みに強くなれる。
 そしたら、アンナを……自分が大切な人を護れるように強くなれ……俺は……あの世で見守って……やっから」

 サウザー……出会った回数は殆ど無かったが、彼の瞳は南斗鳳凰拳オウガイに生き写しだと、ウワバミは思った。

 そして、シン。少しだけ危うさが見えるも、それは幼いゆえ。この子達が居れば彼も大丈夫だと……ウワバミは思考する。

 そう、自信に溢れた顔で彼はジャギを応援する。……遺言を残すように。

 それにジャギも頷いた。じっと、ウワバミの顔を見ながらただ頷く。……彼も普通の子供と違い、そして奇異な人生を
 少しばかりは送ってきた。死闘も一度体験し、抽象的ながら死が如何いうものかは人一倍知っている。


 ウワバミは、そのジャギの表情を見て、こいつも安心だと安堵の溜息を吐く。

 ……目が霞む、呼吸音が激しくなる。もう、後は終わりをただ待つのみ。龍は、天へと還る。そう、ゆっくり瞳を閉じて……。

 ……それを、優しい声が止めた。







                            「……生きてよっ、『お父さん』っ」





                                  ……!!







 その言葉に、閉じかけた瞳は力強く開く。

 藍色の瞳が映すのは……アンナの顔。涙は既に止まり、ただその表情は既にもう終わるこの身に未だ希望を捨ててなかった。

 ……反則、だと思う。

 ……そんな顔を、そんな声を掛けられたら……無駄に命が惜しくなるじゃないか。

 「……ア、ンナ」

 ウワバミは、既に生きてるのが不思議な程に白い顔で……なのに安らかな顔つきで言った。

 







                               「……ありがとう……な」




 ……カクン。

 ……瞳は閉じる。微笑を張り付けたまま呼吸が止まる。

 「……おっさん」

 「お父……さん」

 ……ジャギと、アンナは小さく呼びかける。……男はもう呼びかけに応じない。

 ……彼は復讐に憑かれ、数年を生きてきた。

 酒に溺れ半ば自暴自棄になりつつも人の道は辛うじて踏み外さず……彼は最後に南斗としての人生を真っ当した。

 ……彼もまた、アンナの顔を最後に映しながら笑顔で散った男であった。

 「お父さん……お父さん……っ……ウワバミ……っ」

 ……彼は、良く酒が回った後に自分にそう呼びかけてくれと冗談交じりで口にしてたのを彼女は知っている。

 そして、それに嫌だと言えば膨れながら直に止めて……それが真剣だったと気付いたのは……時既に遅いままに。

 「……馬鹿、野郎」

 ジャギは、一筋涙を流し、目の前で殉死した男に対しありったけの感情を込めて一言だけ呟いた。

 何故、あんな真似を。他にやりようがあった筈だ、もっと別の結末も送れた筈なのに……そんな想いで心はかき乱れる。

 「……馬鹿、野郎」

 それしか、今悲哀で胸痛む彼はそれしか呟けなくて。

 泣き伏すアンナの肩を叩き、とにかく彼は今も気絶しているシンやサウザー。そして自分も重傷である事を思い出し立とうとする。

 そして、今回の全てが終わった事に疲弊しきった表情で後ろを振り向き……彼は硬直した。







                              「……ァアア」




                               「アハハハハハハッ!!!」






 「……てめぇ」

 ……その笑い声に、ジャギは固まる。

 それは……小さく笑い声を立てながら狂った笑みを浮かべている……トラフズク。

 確かにこの男の心臓にアンナは撃った筈だ!? なのに……っ!?

 死

 それがジャギの脳を一瞬で埋めた。

 死ぬ? 此処で……ウワバミと約束したばかりで……?

 ジャギは、その冷酷な運命に体を固まらせながらトラフズクの姿を直視し続けて……そして倒れこむまで見届けた。

 「……ぁ?」

 「……無事か。ジャギ」

 「……ぁあ」

 そして、トラフズクが倒れたと同時に……その影から直後現われた人物に対し、ジャギはようやく安堵と共に口を開いた。

 「あぁ……父さん」





 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 
 「……なぁ、王様よ」

 ……ある時、彼は一人の男にそう呼びかけられた。サウザーは王様と言う呼称をした男が、その言葉と裏腹に自分を
 まったく敬っていない態度である事に怒った方が良いのか解らぬままに対峙する。男はサングラスをずり上げて言った。

 「あんた、何時か南斗を担うんだろ? そん時、あんたは如何言う目的で背負うんだ? 師への敬愛から? それとも友達の為?
 ……説教なんて垂れる身でない事は重々承知しているが、ちょいとあんたに、年長者として最後に言おうと思ってよ」

 そこで区切り、男は自分と同じ目線に屈むと言った。

 「……正直、あんた見たいに宿命とか運命とか掲げて生きる人間は俺はあんまり好きじゃねぇんだ。自由に、鳥みたいに
 あんたは最初から生きる事を禁じられているんだもんな。……けど、お前は絶対に未来で多くの人間を救う」

 「……だが、その前に絶対に何時かあんたは越えなくてはいけない試練が出来る。……自分に勝て。それが俺の忠告だ」

 それじゃあな。と、そう言って男は目の前から消えた。

 ……サウザーは、それを最後に背後から突如眩しい気配を感じ振り返る。

 其処には愛する人が立っていて……そして歩み寄ろうとした瞬間……彼は何か生暖かい感触と、暗闇を最後に見た。

 「……ぉ……あ」

 目を開ける。……何やら頬から生暖かい感触が定期的に張り付いてくる。

 「……舌? ……リュウ、か?」

 ……以前、アンナと再会した時その飼犬と思われる犬に頬をよく舐められた。

 別段動物が嫌いでもないので構わず受け入れたが……まさか、気絶してたとはいえ犬にこう隙だらけでいるとは……気絶?

 「! そうだ、ジャギ……」

 彼は悟る。自分が負けた事を。立ち上がりかけて、鈍い痛みが体を発する。……空の様子を見る限り、もうすぐ夜が明ける。

 立ち上がらなくては……自分は、彼等を護らなくてはいけない。

 そう、決意を固めつつ立ち上がって……そして傷の所為でそのまま転びかけた彼は、大きな腕に支えられた。

 「……お主はサウザーじゃな。……その傷と……ジャギの居所……教えて貰おうか?」

 「……リュウケン殿」

 ……それは、ジャギの父親……サウザーは彼がジャギを捜しに此処まで来たのだと言う事を瞬時に見抜く。

 其処までは良い。だが、気になったのはその後ろに黙って付いている……二人。

 「……お前達は」

 誰だ? と言う言葉を出す代わりに無言で視線を。リュウケンも視線だけで彼等に紹介を促した。

 二人の内、一人荒々しい雰囲気を携えた自分と同い年程の男は舌打ちして、その行動を自分の意識から逸らそうとするように、
 庇うように自分より少し下に見える優しげな瞳と顔つきをした少年がリュウケンより前に進み出て名乗り上げた。

 「私はトキと言います」

 その言葉に、サウザーはそう言えば以前ジャギが寺院に家族が新しく出来た話をして、それで北斗神拳の伝承者候補が
 遂に育てられるのかと、半ば実感沸かずに頭の中に入れていた記憶を思いだす。

 彼はトキを見て、無害な子羊を一瞬連想する。そして、この男の優しげな顔つきと共に、大人びた雰囲気が少しだけ
 どうも噛み合わないような、そんな微妙な波長の合わなさをサウザーは感じる。そして、もう一人へ目線を向けて。

 ……次の人物。それが、癖者だった……。

 「……ラオウ」

 たった一言。自分を象徴する記号だけ上げて彼を不躾にじろじろ見る男。

 その言葉だけで構わない。何故ならば、それだけが自身であり、それ以外に自分を語る事はなし、と言外に秘めて。

 その男の目つきは僅かに敵意を秘めており、友好的な雰囲気は皆無。サウザーは瞬時にこの男の性質を見抜けた。

 そして、こうも思う。この男は……強い、と。

 何を如何言う風に強い、と言い表せないが。漠然とサウザーはラオウに対しそう感じる。

 「……私の名はサウザー。南斗鳳凰拳伝承者候補……」

 「……成る程、な。俺は、北斗神拳伝承者候補だ……」

 そう言って、男は少しだけ口元を吊り上げる。……それは友好を誓う為と言うより、敵陣の将に名乗るかのように。

 サウザーは、彼のそんな言葉に未だどう言い表すが考えあぐねる。下手な言葉は、多分永きに渉る皹となる気がして。

 ……サウザー、ラオウ。それが何時の日か一つの大地を巻き込む天空の二つの極星の……最初の出会いだった。

 「……それで、サウザーよ。ジャギは何処なのだ?」

 その言葉に、ラオウと対峙した事に僅かながら散漫だった意識は戻され、サウザーは自分の立場を再認識する。

 そして、慌てて彼はリュウケンに助けを乞うた。……もし、彼がもっと大人ならば、北斗に借りを作るような行動、及び
 その言葉の意味する重大性から軽率に助けを求めもしなかったかも知れない。だが、未だ幼い彼の心は時に味方された。

 そして……危機一髪の状態を……リュウケンは救ったのだ。

 

  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……随分と手酷くやられたようだな」

 リュウケンは、ジャギの体の特定の部分さり気無く手で抑える。周囲の者には、ただ介抱してるようにしか見えない。

 リュウケンは、治癒速度が進むようにジャギの秘孔を突いている。ジャギは、既に北斗神拳を知らされていた。
 そしてラオウ、トキも問題ない。問題は、この場所に居る唯一の女性……アンナには秘匿しなくてはいけないゆえに。

 「……立てるか?」

 その言葉にジャギは無言で頷いて立つ。

 ……改めて状況を考えれば……手酷い結末だと思う。

 ……シンは以前と同じ程にボロボロで気絶。サウザーは何とか起き上がっているが、今にもまた倒れそうだ。
 ……そして……一番問題なのは……未だ……微かに息をしている……トラフズクの事だった。

 「……何で、だよ」

 ……こいつは、沢山の人間を殺した。

 「何で、だよ」

 こいつは、大切な人を傷つけた。

 「何でだよ」

 そして……こいつは殺した。

 ……復讐に駆られ、そして中途半端に達成した……『自分』に似た人間を。

 「……っく、そ……!」

 手を振りかざす。ジャギは、出来るならば未だ生きているこの男を殺したい。
 
 ……けれど、それは止めた。……それでウワバミが戻るなら……今までの出来事が無に帰すならば拳が砕けるまで殴る。

 けど……隣で自分を支えるアンナは、ジャギの振り上げた腕をそっと抑え……それによりジャギは拳を収めた。

 「……運が良かったな」

 そう、彼は憎々しくトラフズクに唾でも吐きかけたい気持ちを全身の力で封じ込めつつ、一瞥して顔を背けた。

 この男は、リュウケンによって何とか生を繋がれた。……ジャギは、出来るならば止めを差すように言いたかったが……。

 だが、ジャギはウワバミがもしトラフズクに無傷で勝てたならば……生かして多分こいつを牢屋なりに閉じ込めたかも知れない。

 そう何故か不思議にその光景を連想させて……アンナを見た。

 「……終わったな」

 「……うん」

 アンナも、目立った傷、汚れは無いが精神的な意味合いではジャギ以上だ。

 ……二度も、しかも今度は大事だと思えた人を……。

 ジャギは、何とアンナに言ってやれば良いか正直解らない。

 ……暫く、二人は周囲が彼等の心境を察知し二人っきりにしてくれるのを良い事に、お互い無言のまま朝陽を見ていた。

 「……アンナ。俺、ウワバミにさ……自分のやりたい事やれって言われたよ」

 「……だから、俺、決めた。……こんな終わり方にはさせねぇ」

 「……絶対、誰も悲しまない終わり方にしてやる。……誰も、後で思い返してもハッピーエンドな終わり方に……」

 「……約束、する」

 ……ジャギは、顔を俯かせ、掠れ声で宣言した。

 ……自分は無力だった。……勇気も行動も中途半端ゆえに友すら満足に護れず……挙句の果てに強い人を失った……。

 ジャギは、酷い自己嫌悪の中で自分を呪いつつ強さを望む。……そして、本気で彼は北斗の拳を……今、欲していた。

 「……ねぇ、ジャギ」

 「……私ね。あの人は……本当のお父さん見たいに思えた」

 「……だから触られても怖くなかったし。……あの人の言葉、素直に聞けた」

 「……私も、ジャギと一緒に強くなる。……強くなって、お父さん見たいに優しい人が居なくならないように」

 「そしたら……『前見たいに』ならないよね?」


 


                              ……前見たいにならないよね?




 
 (……え……)


 ジャギは、その言葉に信じられないと言う表情でアンナを見る。

 『前みたいに』……その言葉が、ジャギが想像する通りならば……!

 「アンナ」

 「私……わかったんだ。……前に襲われた時、あの人が笑ってた意味」

 「きっと……あの人も同じ。自分やお父さんと一緒……心の底では自分に諦めていた。……それで笑っていた」

 「……ジャギ」





                                 ……ただいま





 その……朝陽に照らされ涙の跡を残すアンナの微笑みは……以前、事件の前の微笑みのままで。

 ジャギは……氷解するようにゆっくりと笑みを顔中に広げて……そしてアンナに飛び込むように抱きついた。

 「アンナ! ……痛っててててっ!!!??!!」

 「ジャ、ジャギ大丈夫!!?」

 銃弾の傷が塞がってない事に気付き苦しむジャギ。

 そして、慌ててジャギの傷を抑えようとするアンナ。

 リュウケンはジャギの傷が再び開いたのを騒ぎで聞きつけて駆け寄り。その様子をトキは苦笑、ラオウは笑みを見せず
 事態を冷静に裏がないかを疑念の視線を向けつつ傍観する。……彼等兄弟との距離は、未だ余り縮まらない。

 「……綺麗な空だな」

 ……サウザーは、未だ気絶するシンの隣で小屋の壁に凭れつつ空を見る。

 ……今回の出来事は……サウザーの中ではあらゆる経緯の中で……そして一つの

 

 「……朝陽……だ」

 ……随分と酷い結末を迎えた。……鳳凰拳は破れ、そして飛龍拳の伝承者を死なす結果となり。

 それは、余りに由々しき事態。これからの後始末や、今回の波紋は大きく南斗に広がるだろうと簡単に予想がつく。

 だが……。

 「……言われずとも強くなるさ。……なぁ」

 呼びかけるのは、既に天へ還った龍へと。

 サウザーは、太陽の陽に一瞬長い尾を持った生き物が飛んだように思い……直にただの幻覚だと一笑する。

 ……そうだとも、ウワバミの言うとおりこれは終わりではない。

 これは、始まりだ。哀しみに終わりは無い……だが、喜びも始まりすら未だない。

 両方は等しく存在する。ゆえに……想う限り人は生き続けるのだから。

 「……俺は、あの二人を見守ろう。これからも……」

 ……これにより、南斗を騒がす一つの事件は終結を迎える。

 ……だが、これは終わりではない。……これは始まり。

 一つの闇は封じ込まれ、また新たな闇が運命へ忍び込む。

 ……それと同時に……光もまた世界に広がるのだ。




                            

                        ……この世界に 終わりと始まりを広がせて









 



          後書き




  
  今回で人物設定




  ウワバミ:南斗飛龍拳伝承者 奥義南斗千首龍撃を使う。
       家族構成は妻と娘。妻は娘を産んで暫くしてから死去。娘は八歳まで育った後、トラフズクに殺害される。
       依頼、仕事を放棄し復讐を志して生きる。その為に他人の命など軽視していたが、アンナとの出会いを
       経て改心。本来の優しく強い拳士の頃の状態へと戻り決着を着け、アンナとジャギに目的を教え満足し死んだ。



 トラフズク:南斗木兎拳伝承者 奥義夜走翼斬を使う。
       作者の力不足により表現出来なかったが、本来は知能犯であり刑事である事も併せかなりの知能を秘めてる。
       殺人に関する理由は後に説明するが、自分が扱う拳については殺人の為の手段としか見てない。
       作者が考えたオリジナルキャラクターとしては今後もっと洗練させようと決意しているキャラである。





  ……二次創作のオリキャラって本気できつい。

  ……ブスさん。貴方が私の中で最初で最後のメインキャラでした。






[29120] 【文曲編】第二十八話『欠けた天 その天の下で』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/09 16:07
 ……後日、南斗……いや、世間は大々的にこの事件を取り上げた。

 関わった人物、詳しい詳細は省かれたが……この世界での警察関係者の隠蔽能力などたかが知れている。

 ある程度権力を有した人間ならば簡単にその内容を調べるのは容易だった。……例えば。

 「……成る程な。……あいつが」

 ……南斗の里、その場所で静かな瞳で風を受けながら少年は突き従っている青年二人。ガロウ、ギュンターから話を聞かされていた。

 「南斗飛龍拳の使い手は交戦の後に失血死。犯人の方は辛うじて弾丸は心臓を逸れ、怪我が治り次第刑務所へ護送されるとか」

 「もっとも、今は別の南斗聖拳伝承者達が交代で見張りもかねてますので、この事件はほぼ終わったと見て良いでしょう」

 二人の代わる代わるの情報に言葉の切れ目で頷きつつ、リュウガは一人になると、おもむろに歩き一人の少女の居る元に着く。

 「……ユリア、どうやら、またあいつらが何やら騒ぎを鎮めたらしい」

 「……だが、俺の心はあいつらの無事を喜ぶよりも……お前の心が蘇る事が大事なんだ。……俺は、お前が笑顔を取り戻せた
 時に堂々と顔を合わせれるのかな? ……知人の無事よりも、ただお前の命だけを考える……こんな人でなしの俺に」

 ……その言葉に彼女は微動だにせず、ただじっと鳥が止まる方向へと顔を向けている。

 「……俺達に、青い鳥は何時訪れるのだろうな」

 リュウガは、人形のように佇む彼女の肩に優しく肩を添えながら……ゆっくりとした天の動きをじっと見守るのだった……。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……一人の少年は夢を見ていた。

 それは、とある少女と共に過ごしている夢。その中で自分はとても幸せに満ち足りていた。

 だが、その少女の顔だけは何故か霞みかかったように解らない。

 それでも、少年はその少女を愛していると言う事だけは何故か確信していた。……そして……。

 少年は何時しか切り立った場所に立っていた。

 それは、大きな城に似た場所だと少年は感じた。何故、自分は飛び降りようとしているのかと薄っすらと想う。

 ……待て、『飛び降りよう』としているだと? ……何故、自分はそんな事を。

 ……シン

 (……誰、だ?)

 ……何かの記号。多分人の名前なのだと思う。だが、それは自分の名前なのかすら確信が持てなかった。

 ……シンっ

 (……お前は……誰、なんだ?)

 彼は、その声の持ち主が誰なのか知りたかった。

 だから、彼は足を踏み出せば奈落に落ちる場所から一歩身を引き、そして意を決し振り返る。

 ……そして……そこで彼の意識は途絶えた。
 





 「……此処、は」

 「お主の家じゃ、シン」

 「……っ! フウゲン様っ……師父!」

 ……数秒ほど状況を上手く呑みあぐねていた……が、師であるフウゲンを見て記憶は一瞬にして再生する。

 殺人鬼トラフズク。飛龍拳ウワバミ。……そして……自分は闘い……。

 「……父、母は」

 「安心せよシン、生きておる。と言うより、傷一つ負ってはせん」

 「……え?」

 「お主は敵の術に呑まれたのよ。それによりお主の敗北は決したのじゃ。……無論、勝てる勝負では無かったかもしれん。
 だが、お主の敗北を決したのは己自身を制する事の出来なかったお主の力じゃな。……気をしっかり持てい」

 シンは、フウゲンから聞かされ呆然と、そして闘いの時の細部を回想させ……そして顔を俯き恥じた。

 ……無力ゆえに、自分の心が弱いゆえに己は敗北した。……何と言う腰抜け。これでは……孤鷲拳伝承者候補などとても名乗れぬ。

 「……飛龍拳の使い手はなぁ……二度、わしは目にした事があある」

 「ウワバミ……をですか?」

 「そうじゃ……未だ洟垂れで、お前さん達と同い年の時に目にした。……そうじゃな、ジャギに似ておったかも知れん」

 ……ジャギ。そう言われて、心臓は激しく揺れる。

 「っジャギは無事……」

 「安心せいシン。無事じゃ、全員無事じゃ。……一人、飛龍拳の使い手を除き」

 ……あぁ……やはりか。

 シンは、沈痛の面持ちを浮かべフウゲンの話を無言で促す事にする。フウゲンは素直に聞く姿勢になったのを確認して、口を開く。

 「……疳の虫が強く、少々気性が激しかったが……目に見えぬ所で人を思いやれる男じゃった……そして、二度目に目に
 した時……あ奴は、宝のように大事にしておった子を亡くし触れる者全て屠らんとする光を宿しておった。わしは、その瞳
 を目にして、あ奴はもう修羅道の道に片足を踏んでいる事を見咎め、何とかしてやりたかったがすぐに所在を隠した。
 ……半ば諦めておったが……あ奴の眠った顔を見て確信したわ。……あ奴は、最後に人へと戻る事が出来たのじゃのう」

 ……フウゲンは、遺体が棺に収まるのを目にした人物の一人。

 ウワバミ……南斗飛龍拳の使い手の死に対し集まった人数はほとんど居なかった。

 ……彼は、人を離れ孤独のまま復讐を遂げれば孤独に死を選ぼうとしていた。……だが、最後の最後に踏みとどまった。

 「……シン。お前はあの男の拳を教わったのだろう? ……気付いておったよ。お前が強さを求め別の南斗聖拳の技を盗み
 取る事に関してはな。……恥じる事はあるまいて。古来から多くの拳士は師、別の者から強さを会得しようとしておったからな」

 フウゲンは、自分の言葉に顔色を一喜一憂と変えるシンを見つつ、そして最後とばかり喋る。

 「……あの男の拳を覚え、そしてお前はその魂も宿す事になる。……別の拳士の拳を会得する事は……それ程の覚悟が必須じゃ」

 「……魂を、宿す」

 「そう。……あの男の肉体はやがて土に還ろうと、その魂はお前と共に生き続ける。その意思はお前と共に……未来へと」

 ……フウゲンは話は終わりとばかりに、立ち上がってシンから離れる。

 「師父。……私は、ずっと拳の強さを求めていました。未だ、未熟ゆえにもっと時が必要だと言う師の言葉を聞かず
 不相応に強さを……。……『強さ』とは何なのでしょうか? 私は……私は己の目的を見定められないのです」

 その言葉に、フウゲンはカラカラと笑い、そして優しい目で言い切った。

 「そう悩む事が……強さじゃよ」

 ……そしてフウゲンは彼の寝室を後にする。……シンは、フウゲンの言葉を必死で理解しようと頭を悩ませる。
 だが……それも次に扉が開いた瞬間悩みは消し飛ぶ。……目の前に現れる……最愛の人物達の生存に対し笑顔を表して。

 「……っ父さん……母さんっ」

 彼は、最愛の両親に抱きすくめられながら、今生きている事に南斗の神へと感謝を心の中で述べた。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……ご苦労だったな。ハッカ・リロン」

 「いえ……私達は力及ばず……あの男を制したのは少年達と飛龍拳伝承者です」

 「えぇ……今回の一件で我々の力の無さを痛感しました。……良い機会です。この事件を機にもう一度修行し直そうと思います」

 ……包帯を覗かせつつ、ハッカ・リロンは事後の処理を何とか行いつつオウガイへと経過報告をしていた。

 「犯人の木兎拳伝承者は……名を馳せた絶対脱出不可能な牢獄……ビレニイブリズンへと怪我が完治次第収容されるようです」

 「護送に関し、南斗水鳥拳伝承者のロフウ・リンレイ様。それにフウゲン様も参加されると。不慮の事態が起こる可能性は低いかと」

 「……了解した。……お主達もゆっくり養生を行ってくれ。未だ、怪我が治った訳ではないのなだからな」

 ……ハッカ・リロンはオウガイの元を立ち去る。それをオウガイは見届けると、ようやく、一息吐いて自分の息子に顔を向けた。

 そして、視線を合わせオウガイは顔を張り詰めると……手を上げた。

 ……一発の張り手。それが一つの森で響く。

 「……サウザー」

 「……お師さん。申し訳ありません」

 「……馬鹿者」

 ……言わずもがな、事件の渦中に乗り込んだサウザーに対する怒り。

 オウガイは確かにサウザーに対し自由に行動せよと言った。だが、自身の命を蔑ろにしてまでとは言った覚えは無い。

 だから、これは当たり前の出来事。オウガイは、彼に一発の張り手と、そして胸中の想いを一言に集約させた。

 「……サウザー……お前は、これで満足か?」

 ……飛龍拳の使い手が死んだと聞き。彼は自分が今回、今は監視の元に治療を受け続けている男の掌の上で踊らされた事を
 知り苦い思いで胸は満たされていた。……事件は、南斗聖拳108派の一人を欠けて終わった……それは余りに悲しき結末だ。

 「……いえ、師父。……もっと、もっと私は強くなります。……私の目の届く者を……今度は死なせぬように」

 「……そうだな、お前は賢い。……いずれ、お前は私の代わりに南斗の多くの者達を引かねばならん。……今度の一件も
 またお前が乗り越えなくてはならなかった試練と言っても良い。……忘れるなサウザー。南斗の拳士とは言え、全てが
 忠誠を仕える者ではない、全てが良心に従い行動するものではないと言う事を。……お前は、それを忘れないでくれ」

 「お師さん、大丈夫です。今より大きくなっても私は今の私です。お師さん、私は貴方が望む姿にきっと成ります」

 ですから、ずっと側で見守って下さい。

 その、最後の言葉にオウガイが一瞬酷く哀しい顔をしたのを……サウザーは残念ながら見る事は叶わなかった。

 「……サウザー」

 「何です? お師さん」

 「……そろそろ、修行を始めよう」

 ……本当に言いたい事を堪え、オウガイはサウザーを連れ森へと入る。

 ……その後姿は、彼らの別離が残り少ない事を知らしめているようだった。




     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……北斗寺院。

 その場所で一人の少年が木に向かい黙々と指を突いている。その木は少年が指を突く度に微弱な揺れを木々の葉が表す。

 彼は何分かそれを行ってから、ちらりと一つの樹を一瞥した。

 ……その樹には、彼が修行で行っているのと同じく……指を突いた跡が見えている。

 「……奴は今日も外か」

 「えぇ。まぁ、ジャギにはジャギの修行があります。寺院に閉じこもるよりも、ジャギ成りのやり方があるのでしょう」

 ラオウは、余り真面目とは言えないジャギの行動に僅かながら侮蔑を込めて、そしてトキはやんわりと諌める。

 「……トキ、奴は南斗聖拳108派と対峙した。……ならば、奴の腕は俺達よりも成長している可能性は高いと言う事だ」

 「兄さん……ジャギも言っていたでないですか。自分は拳も出さずやられたと」

 「確かに闘いはしてないかも知れん。……だが、死線を潜り抜けた。奴は、俺達よりも成長する切欠を手に入れていると言う事」

 ……ラオウは面白くなかった。自分の拳は確かに今の地道な修行により成長はされている。だが……ジャギは自分の居ない
 場所で死線を超え、あらゆる拳士……噂に名高い鳳凰拳伝承者候補達と混じり成長している……気が付けば自分より先に。

 そう、僅かであろうと自分を追い越している気がするジャギに対し苛立ちを隠しきれないまま、ラオウは修行を続ける。

 トキは、ジャギから貰った医学書……それを携えつつ、ジャギが居るであろう遠くを見つめるのだった。

 ……今日は、天は穏やかだ。




     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 ……二人の人影が、以前血と狂乱で埋め尽くされていた場所に立っている。

 「……なぁ、これで良かったよな? ……アンナ。あんたのお陰で元に戻れたよ。……有難うな」

 ……此処に、彼の死体はない。だが、彼は此処で眠った。

 ならば、この場所で弔っても可笑しくはない。そう思いながら、アンナはウワバミが倒れた場所……其処に花の種を埋める。

 「……私、ね」

 「……ウワバミが、本当のお父さんになったら、ちょっとは楽しいかなって思ったよ……。……私、約束するよ。
 ……もう、どんな事があっても逃げたりしないから。……もう逃げない……だから……安心して眠って?」

 そう、透明な涙を流しながらアンナは手を合わせる。

 ……トラフズクがビレニイブリズンへと出る間際……二人は伝承者達付き添いの元に一度だけ会った。

 聞きたかったからだ……何故、その男が今回の事件を起こしたのか……男は口が裂けるように笑いつつ言った。

 『……何で殺したか? 何でこんな事を起こしたのか?』

 『戦争が終結しても暴力が蔓延っているから? 始終陽射しの見えぬ場所では犯罪が謳歌し、正義の味方は失望したゆえに?』

 『そんな思考とは違うよ。私は、私が望むままにただ好きで人の命を奪ってただけ。君達が思うように辛い過去とか、そんな
 もので人が堕ちる発想は陳腐過ぎる。人間には二種類ある。壊れてしまった者と、最初から壊れた人間と言う二種類が』

 『私は……今も君達が死んだら如何言う表情を浮べるのか……それが気になって仕方が無い……』





 「……あんな奴の為にあんたが死ぬなんて馬鹿げている……って言っても、あんたは最初から命を懸けてたもんな」

 「……俺も、あんたと約束したもんな。……だから、頑張ってみるよ」

 ……数年後……サウザーはオウガイとの継承の儀式により心を狂う運命が控えている。
 ……慈母星を中心として、一つの星によって南斗の破滅の兆しも知っている。

 ……番の水鳥の死別、それによる女人の国の悲劇。……防ぐには困難な物事は沢山ある……けど。

 「……あんたは命懸けで……生きろって俺達に言ってくれたもんな」

 ……だから……約束する。

 ……絶対に、俺達が微笑む時代を……作ってみせる。

 「……アンナ、それじゃあ行くか」

 「うん、ジャギ」

 ジャギはアンナの手を繋ぎその最初の出会いの場所を去る。

 ……辛い出来事は未だ二人の胸に抱えられたまま……それでも前には進めるから。

 だから……だから今だけは歩き続けよう。幸せが二人を何時か包む日まで。





                               ……この天の下で








          


            後書き


  

   レイ<俺の出番は未だか?






   もうちょい待て、後、お前よりユダの方が活躍多い予定だから。








[29120] 【文曲編】第二十九話『南斗総演会』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/11 11:44
 

……およそ、数週間後。




事件が収まり、ようやく日々に平和が戻ってきた頃。

 南斗の修行場、其処で一人の少年が今日も建てられた鉄柱へ向かい拳を放つ。

 然し、彼が今日している修行は本来の自身が習う拳法でなく、別の拳法家の技。……それは、遺された技だった。

 「……南斗千首龍撃っ」

そう言い放ちながら、腕を巧みに蛇の如く揺らし、そして鎌首を擡げた手刀を鉄柱を敵に見立てて突く。

 ……その仮想の敵は、以前両親を殺害したとのたまい、人の心を堕ちさせる事に関し喜悦を感じる犯罪者だ。

 鋭い斬撃痕が鉄柱へと走る。常人ならば、それでも成功したと思えるだろう。

 だが、その少年はその跡を見ても不満な顔つき。……極める事は出来ていないと感じ彼は自分の力の未熟さに苛立つ。

「……少々硬いのう、シン」

 息を整えもう一度行おうとするシンに、近づく一人の老人。

 足取りはゆっくりとしているが、最小限の動き、そして気配を感じさせぬ歩みは達人の域。……南斗孤鷲拳現伝承者フウゲンである。

 「目前の敵に捉われては、周囲の流れに呑まれ機を逃し負ける。……この前の件でお前も知った筈であろう」

 「……はい」

 「ジュガイを見てみよ」

そう言われ、シンは最近久し振りに見た気がする修行場で鍛錬するジュガイを見る。

 ジュガイは、シンに、他の修行場に居る人間に話し掛けずたった一人鉄柱に向かい獄屠拳だけの修行に励んでいる。

 その拳は振る度に浅い傷を鉄の柱へとつけ、そして五度も降れば……。

 「うおぉお……破ぁ!!」


 ゴゴゴゴゴ……ドンッ!!


 ……その鉄柱は容易く切断された。

 「……ジュガイは、お主のように迷いを持っておらん。それゆえに拳の腕も成長しておる」

 「……存じてます。……今のままならば、あいつが伝承者には相応しいでしょう」

 ですが……と言いながらシンは微かに笑みを浮かべて言う。

「……ですが、俺とて負ける気はありません。……俺は、あの時の闘いで自身を見失わないと決意しましたから」

 そう宣言するシンの顔つきは晴れやかである。それを確認すると、少しだけ憂いが消えたかと、フウゲンは安心するのだ。

 「おい、シン。何をじろじろと見ている」

 「うんっ、……いや、治療の際に見舞いの品を有難うと言おうと思ってな」

 「……ふん」

 はぐらかした言葉に、ジュガイは鼻息を鳴らしてシンを半眼で見つつも修行を再会する。……シンは、未だ確かに未熟。
 それがこの前の事件により身に染みる事が出来ただけ良しと思う。彼は『謙虚』さを体の中へと身に染みたのだ。

 「それで、師父、用件は何ですか?」

 「うん、忘れてはおらんと思うが三日後、お主も行くのか確認しようと思ってな。……それに、あの二人も来るかどうかを」

 「……三日後?」

 その言葉に、シンは首を捻り何の事か考える。

 そして……ようやく思い至りシンは目を見開くと、慌ててこの事に対し伝えなくてはと急いで修行場を出るのだった。




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

……うららかな陽射し、そして何やら啄木鳥のように木を突く音。

 その音の正体は少年二人が人差し指で木を突いている音。強面で少しばかり目つきが鋭い二人の少年が修行をしている。
 
 一人の少年の名はラオウ。いずれ世紀末と化す未来で拳王となりて彼は覇道へ進む。そして救世主最大の強敵となる人物。

 一人の少年の名はジャギ。いずれ世紀末と化す未来で偽者となりて救世主を騙りて、そして救世主に引導を渡される人物。

 だが後者の場合何の因果が精神は全くの別の主であり、彼はその未来を変える為に必死で今日も生きる事を続けている。

彼等はお互い気質は全く異なる。その性質の違いは木を突く事に関しても同じ。

 除夜の鐘を突く槌の如く、ラオウの突きは木の葉を揺らす程に強さを秘めており。

 一方、ジャギの突きは正月の餅つきの如く、一定のリズムで突きが周囲に木霊する。

 その突きだけでもかなり異なる二人の様子に、読書をしつつ見守るトキは心の中で感心しつつ時間が過ぎるのを感じていた。

 ……その時、寺院へと一人の男の声が聞こえた。

 「……-い、ジャギ」

 「……あんっ?」

 その声は馴染み深いが、この寺院で聞くには余りに意外で。
ジャギは修行を一旦中止させて寺院の階段へと急いで駆け寄る。そして目を見開いて呟いた。

 「おいおい……如何したんだ、シン?」

 息を荒くついて、ジャギが現われた事にほっとしているシン。ジャギは、この北斗の寺院に現われるには余りに不相応
 なシンに登場に首を捻る。……一体全体何故この場所へと訪れたのだろうと首を傾げて入れば、シンは息を整えると言った。

 「……多分、忘れているだろうと思ってな。……三日後、南斗総演会だ」

 「!っ……そうか、そういやすっかり忘れてたぜ……」

 南斗総演会……南斗聖拳108派が一堂に集まり、その拳を披露しあう会である。

 つまり、言ってみればこの機会に参加すれば、南斗聖拳108全ての伝承者を見る事が出来ると言う訳だ。

 この機会を逃したくないからこそ、ジャギは事件を終わらせる理由を急いでいた原因もそれ。

 「行き方に関してはフウゲン様が案内してくれる。お前はアンナと多分行くと思うから後を付いて……」

 「ちょ、ちょい待てよ」

 ジャギは、若干困った表情を浮べてシンを制す。シンはその様子に不思議そうな顔をする。

 「如何した? お前だって行きたいだろう?」

 「そりゃあ、な。けど、シンは伝承者候補だから行けるだろうけどよ。俺は別に南斗の拳士としてはひよっ子だろ。
 いいのか言っても? それに、俺は北斗の寺院の子だぜ。別に伝承者候補って訳ではないけどさ……」
 
 ジャギの考えはこう。前は総演会に関して乗り気だったが、事件を終えると少しばかり不安が過ぎっていた。

 自分が、もし北斗神拳を習う可能性があるならば、総演会に行くとなると今でもリュウケンには北斗神拳を習いたいと
 言ってもにべもなく断られるのに、南斗聖拳拳士としての道に完全に入り込むとなると北斗神拳伝承者候補の道が狭まる。

 はっきり言えばジャギの不安は小さな不安だ。それを知って知らずが、呆れた顔でシンは言い返した。

 「そんな事で悩むな。お前だってあの時身を呈しウワバミを守ったのだろう? 何より罠の提案をしたのもお前だ。
 闘ってはいなくとも南斗の拳士として事件を収めた立派な功績をお前は残してるじゃないか」

 シンは、もうジャギが北斗神拳伝承者候補としての道を諦めていると思っている。
 ゆえの発言、共に南斗を穢す伝承者を倒したジャギに関し、仲間と思っての発言だ。

 「……わかったよ」

 今、断る上手い理由もないし、何より総演会に行かない理由もない。

 頷けばほっと一安心と言った様子でシンは三日後の予定を軽く話す。

 それに頷いて聞いていれば、トキやラオウも近寄ってきた。

 「……南斗総演会だと?」

 ラオウは少しばかり興味を持って呟き、トキもラオウの隣に立ちつつ話に耳を傾けていたのが興味があるとばかりに口を開く。

 「南斗の演舞か。ジャギ、行けば良い。リュウケン様も了解して下さるだろう」

 「兄者達は……行かない、よな」

 「興味はあるが……我等は北斗の伝承者を目指すからな。……流石にあちらが首を縦に振りはしないだろう」

 トキは苦笑しつつ、ジャギの勧誘をやんわり否定する。最も、ジャギが無理に誘おうと先方がトキやラオウを拒否するだろう。

 「……そうだな、行け」

 そして……意外にもラオウまでジャギが行く事を薦めた。

 その言葉にジャギは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。あのラオウが自分の背中を押すような言葉を? 

 ……だが。








 「お前が南斗の拳士を目指すならば……好都合だ。一人、この俺が直に潰す手間が省けて丁度良い」







 そう、口元を歪めながら荒々しい笑みを浮かべるラオウに、ジャギは達観した顔でやはり相容れぬと感じた。

 「……ラオウ。その言葉、まるでジャギが伝承者候補になるような口振りに聞こえるんだが?」

 その言葉を聞きとがめてシンは質問する。それにギクリとするジャギだが、構わずラオウは言った。

 「あぁ、こいつは朝の挨拶と共にリュウケンに伝承者候補になる事を願っているぞ。最も、断られるのを見越してだがな」

 その言葉に、少しばかりシンの顔は張り詰める。

 「……本当か? ジャギ」

 「……あぁ」

 ジャギは、諦めて申し訳なさそうな顔をして頷く。シンは、何か言いたそうな顔をしてジャギを見て、そして溜息を吐いて
 階段を降りる。ジャギは、別に嘘を吐いていた訳ではないが隠していた事による罪悪感でシンに何も言えなかった。

 「……何も、今言う事ではなかったのでは?」

 「隠していた奴が悪いのだ、トキ」

 階段の上で、シンの背中を見送るジャギの哀愁漂う背後でトキとラオウの声は上っていた。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 
 「……ジャギの奴、俺に嘘を吐いていたのかっ」

 「う~ん、確かに、それはジャギが悪いかも知れないね」

 ……シンは、今アンナの住む店のカウンターで飲み物を含みつつジャギが今も北斗神拳伝承者候補を目指していた事を
 思い出し腹を立てていた。……理性では、別にジャギが自分に嘘を吐いていた訳でもないし、何よりも二つの拳法を
 習う事が悪い事でない事は知っている。

 「そうだろ? あいつは、南斗聖拳を習いながら、別の拳法まで習おうとして……」

 「……? シンが怒ってるのって、其処? 私はシンがジャギに隠し事していた事を怒っていたと思ったんだけど」

 「……あ」

 ……北斗神拳とは、本来闇の拳法であり、普通の者には知らされない物だ。

 うっかり、ついジャギが裏切っていた事を知らされて近くで話す事が出来るのがアンナしか居なく打ち明けたが
 不味かったと後悔する。だが……シンの後悔とは他所にアンナは平然とした顔つきでシンへと言った。

 「北斗神拳……って言うのはウワバミから聞いたよ。如何言う物か正確に知ってる訳じゃないけどね」

 その言葉にホッとすると同時に、『ウワバミ』と言う言葉を紡いだ瞬間アンナは少しだけ悲しそうな顔つきをした事で。

 ……彼がアンナを娘のように思い、アンナも彼を父親のように思えていたと言うのは聞いた。

 その人物を死なせた要因には自分も責任あると思い……無言になるシンへ元気の良い声が言い放った。

 「私は気にしてないよ! だって、私が生きてる事が幸せだって言ってくれたもん。だから落ち込むのは禁止禁止!
 シンもそんな下らない事で落ち込まないで早くジャギと仲直りして上げたら? ジャギって結構ナイーブで繊細だからさ」

 そう笑顔で言われると、シンは今まで悩んでいた事が確かに馬鹿らしくも感じてきた。

 確かに、ジャギが北斗神拳伝承者候補を望んでいると知って少しショックだったが、別にそれが自分に対する裏切りではない。
 むしろ、リュウケンの事を詳しくは知らずも、その背中を見て育って来たのならその拳法を教わりたいと思うのも無理ないの
 かも知れないと思いなおす。……これまでジャギと付き合ったゆえの柔軟な思考が、シンの中の不満を緩和させる。

 「……そう、だな。それじゃあ、あいつに明日にでも『シンーーーー!!! 居るかぁ!!!』……必要なさそうだな」

 シンの居る店へと扉を開け放たれると同時に叫ぶ声。シンは、聞いた途端呆れた顔つきで扉の方向へと顔を向ける。

 「済まん! 別に隠してた訳じゃねぇんだけど言い出すタイミングが掴めなくて……! えぇっと言い訳になるけども」

 「わかった……わかったから……だから顔を上げろ! 俺の方が恥ずかしいわっ!」

 土下座までして謝り倒すジャギに、シンは軽く切れ気味でそれを止めようとする。

 アンナは、それを見ながら笑い声を店中に響かせるのであった。




     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……そして、当日。

 「……此処か南斗総演会の会場……!」

 やって来ましたとばかりにジャギは感無量の声を上げ、そしてアンナも口を開けて建物を見上げる。

 ……何故アンナが居るか?

 「だって、私も一応南斗聖拳をフウゲンのおじさんから手解きして貰ってるんだよ。それに、お祭りって私好きだし」

 ……との理由によりアンナも参加していた。……最も、アンナが駄目ならばジャギも行かない事になる。結果オーライだ。

 今訪れているのはジャギ、アンナ、シン、フウゲンの四人。アンナの兄のリーダーは伝承者が居るならば別段自分が付いて行く
 必要性はないと判断したし。ジュガイに関しては、総演会には自分一人で行く事を望み、別行動である。

 後でもしかしたら会う事になるかも知れないが、これ程大きな会場だ。必要性がない限り出会う可能性は少ないだろう……。

 「成る程……これは壮観だな」

 シンも、その建物を見て手を顎に付けつつ唸る。

 南斗総演会会場とは、言ってみればジャギの記憶に照らし合わせると東京ドームに似ていた。

 円形状のドーム、そしてある程度人々が簡易的に宿泊出来る施設が存在している。

 「南斗聖拳108派の演会だからな。無論一日で終わりはしないから三日、四日は滞在するのは決まっている」

 「これ程結構規模がでかいならやっぱり兄者達も参加させれば良かったな。……まぁ、親父はきっと無理だったけど」

 ……ジャギの父親リュウケン。彼はジャギの不安も杞憂であっさりと了承を見せた。

 「そうか、確か総演会は長い行事の筈だからな。日用品は少しは持っていきなさい。あぁ、後広い場所だからはぐれぬようにな。
 孤鷲拳伝承者候補の子と行くのだろう? ならばフウゲン殿には息災なしと伝えておいてくれ。もし時間があればオウガイ殿にも……」

 そう言って、ジャギの予想に反し行くのを強く勧めた程だ。

 多分、ジャギの推測だが……リュウケンは南斗の拳士の道を推している……とジャギは思っている。

 ラオウ・トキが訪れた時、それとなく自分も入る希望をしたが、その瞬間気迫交じりに拒絶の言葉を吐かれた。
 リュウケンは何か強い理由が無い限りは絶対にジャギを北斗神拳伝承者候補にさせる気はない。むしろ、今ジャギは
 南斗聖拳拳士としての道を辿っているのだ。ならば、北斗の立場として多少考える物はあるが、自分の愛息子が北斗と言う
 陰の拳士となる位なら、陽射しの下真っ当に振るえる南斗聖拳拳士の道になる方が良いとリュウケンは考えてるのだろう。

 (……本当、結構やばいな。北斗神拳伝承者候補になる道……)

 別に、伝承者候補にならずとも北斗神拳の技や秘孔に関しては覚えられるかも知れない。

 だが、ジャギの心の中には北斗神拳伝承者候補にならなくてはいけないと言う、何か言いようのない感覚が襲うのだった。

 ……その感覚の理由は今の所掴みようが無かったのだけれど……。

 「……ジャギ、大丈夫?」

 「うん……あぁ、平気だ。結構早起きだったから未だ眠いだけだよ」

 アンナにはそう誤魔化しつつ、ジャギは不安がらせないよう辺りを見渡し……そして周囲に並んだ店に呆れた。

 「……あーい、今なら南斗饅頭、南斗煎餅、南斗ホットドックが百円引きでござ~い」

 ……このように出店が付近では立ち並んでいたりなどする。……気のせいじゃなければ、その中に原作の救世主によって散った
 やられキャラも見えた気がする。……最も、脇役だしジャギは声を掛ける気は全く無い。スルーする事にする。

 「……完全に祭り騒ぎだよな」

 「仕方が無い。今日は南斗聖拳伝承者が唯一全員集まる日だと言っても過言ではないからな。大方、この日を機に
 伝承者に対し印象つけようと言う腹なんだろうな。……ほらっ、あそこに居る人間とか良い例だな」

 そう言って、一つの出店を指すシン。

 「……はい毎度っ……あの、それでですね。この焼き鳥の火ですが、何と! 私の拳法によって起こしている火なんですよ。
 その名も南斗龍神拳!! もし、もし宜しければ、南斗聖拳の正式な拳法として認めて下さったらなぁ~……と」

 (……ドラゴン)

 その光景を見て体が一瞬傾いたジャギ。何せ、アニメ版のキャラクターが焼き鳥を売って南斗聖拳士に媚を売ってるのだから。
 少しばかり小太りで、世紀末で奴隷売買を営んでいたが成る程、強者に気に入られようとする姿勢は世紀末以前からの
 姿勢だったようだ。まぁ、そんな奴でも世紀末ではパトラと言った女性と仲が良かったのはある意味ラッキーか?

 (……あれ、てか『この世界』ってアニメ版の世界って事になるのか? ……いや……違う。だって……)

 そして、相手も相手。その人物を見て本当にジャギは頭を痛めた。何せ……その相手は外伝ではかなり印象的な人物。

 ドラゴンの前に立つ男。その男の風格は近寄り難い相手を圧倒する気配があり、周囲に対し剣呑な雰囲気を振りまいている。
 大きな数珠を首からぶら下げた顔つきは長年辛い経験を経た固さが張り付いており、厳格と言う言葉が相応しい男だ。

 「……ふざけた事を抜かすなよ青二才めが。お前の火など子供騙しの火遊び、南斗聖拳108派など片腹痛いわ」

 (……ロフウが居るもんな。『蒼黒の飢狼』の世界も混ざっている……いや、外伝キャラが居ても不思議じゃないか……)

 ……ドラゴンの媚び売りを一刀両断したのは、

 現南斗水鳥拳伝承者であり南斗水鳥拳の剛の拳を極める事に終着している男でもある。

 ジャギはロフウの事を一度だけ見た事ある。

 あの大量殺人鬼。南斗木兎拳伝承者であった男をビレニイブリズンへと送る際に立っていた人物の中にロフウは居た。

 最も、その時は大人達から離れて見守っていただけに話す事も無かったゆえに、ジャギが一方的に知っているだけだ。

 「失せろ、我輩は余り機嫌が良くはないのでな……」

 「そ、そう言わずに! 一度で良いから俺の拳法を見……」

 ドラゴンが尚も自分を売ろうと言葉を続けかけた瞬間、ロフウの腕は一瞬ジャギの目の中でぶれた。

 「失せろ、と言ったのだ」

 その瞬間、ドラゴンの屋台は壊滅する。

 屋根は嫌な音を立てて崩れ落ち、並べられていた焼き鳥は崩壊に巻き込まれる。ドラゴンは悲鳴を上げて崩壊と共に倒れた。

 その光景に周囲に居た人間達は事態を静観しつつロフウが苛立ち混じりに去ったのを見送った。……ドラゴンに関しては
 パトラと思わしき人物が駆け寄りドラゴンを助け起こそうとしたのを見遣り、他はもう見向きもしなかった。

 「……あれがロフウ殿だな、南斗水鳥拳伝承者の。……実力の一片も出してないだろうが……先程の拳、見えなかった」

 「多分支柱を手刀で一閃したんじゃない? 右斜めに手が動いたと思うし」

 その言葉に、シンとジャギは同時にアンナを見る。……時々、アンナは元の状態に戻ってからこう言う風に鋭い言葉を
 言う事が多くなった。時折り、シンでさえ舌を巻くように南斗聖拳拳士の動きを指摘する。ジャギはアンナを見て言った。

 「……アンナ、今南斗聖拳だけど、どの位出来る?」

 「うん? ……えぇっと、思いっきり手刀で木柱を叩いたら、僅かに切れ傷が生まれるかなぁ~って程。因みに、
 シンやジャギの動きははっきり見えるよ。さっきのロフウ……様だっけ? その人の動きも早いけど見えたし」

 (……動体視力だけなら、伝承者並みなんじゃないかアンナって?)

 意外な人物の、意外な能力に対し感心するジャギ。

 シンも、無表情でアンナの意外な能力に対し心の中で侮れないかも知れないと一瞬思う。

 そんな三人を他所に、遅くなったとばかりに済まなさそうな声が振ってきた。

 「ほっほっほ……すまんの、こう賑やかだと色々と目移りしてしまってな」

 そう言いながら……フウゲンの手元には三人に買ったと思われる林檎飴が握られていた。

 三人は同時に(わざわざ買わなくて良いのに……)と思いつつフウゲンを見るか、口に出す者はいない。

 素直に受け取りつつ口に含みジャギは言う。

 「それで、何時に始るんだ? フウゲン様よ」

 「ジャギ、お主の口調は人を敬う態度ではないな。……まぁ良いわ、最初に始るのは昼過ぎじゃな。大体開会の言葉を
 一時間程して、そして10程の演目が行って今日は終わりと言う所か。そして明日は49程の演目。そして明後日て終了じゃ」

 「げっ!? 一日49も見るのかよ……っ」

 「49と言っても1つ辺りそれ程長くはせんからの。短時間でどれ程に自身の技を周囲に理解させるのかが大事なのじゃ」

 まぁ、わしの場合も大体五分程度で終わるがな。と笑うフウゲンに、シンは気に成っていた事を質問する。

 「……師はどのような演目を?」

 「なぁに、大した事はせんよ」

 そう好々爺の顔をしてはぐらかすフウゲンの顔は、単純に実力を押し隠している姿だとジャギは見抜いているがゆえに
 少しだけ反抗的な顔つきが顔に見れるジャギ。最も、一応自分の南斗聖拳の指導者にも当たるので、何も言わないが。

 そんな狸爺いの言葉を聞きつつ四人は歩く。その道中に、自分達を(正確にはフウゲンを)見る特徴的な顔立ちのある
 人間や、大道芸人のように南斗聖拳らしきものを披露している人々を見たりもした。それだけで飽きない。

 「あの大道芸も南斗聖拳拳士になりたい者達、か……」

 「そうじゃな。何しろ、正統なる108派から二つ欠けたのじゃから。その枠組みに入りたい輩は必死じゃろうよ」

 ……あの事件により、南斗聖拳108派は二つ南斗聖拳拳法を失う事になった。

 飛龍拳の担い手で正統な伝承者は死亡し、木兎拳伝承者は南斗聖拳108派から今回の事件により追放された。

 これによって正式な南斗聖拳は106派に欠けた事になるのだ。

 「嫌だねぇ。あぁ言う見世物もそう言う思惑で成り立ってんだから」

 「でも、そう言う考えでも楽しい見世物見させて貰ってるんだし、それはそれ、これはこれで割り切って楽しめば良いと思うよ?」

 ……ただの子供でありながら、大人びた発言をする四人。この会話を、十歳に満たぬ年齢の子供が発言しているのだ。

 フウゲンは、この子達の行く末が少々不安になりつつも、会場の中心へと立ちパンフレットらしき物を広げる。

 「開会の式において話しをするのは……まぁ、知っておったがオウガイ殿か」

 「あぁ、やっぱあの人か。……サウザーは何処に……」

 「まぁ、サウザーは師と共に居るだろう。後で時間があれば会いに行こう」

 オウガイは、南斗鳳凰拳現伝承者。そして、南斗108派の頂点に達する人物だ。

 ジャギは原作でも知っていたから納得するが、改めてオウガイと言う人物はこの世界では『今』はかなり重要な人だと実感する。

 (……あっ、そういや南斗水鳥拳伝承者ロフウが居るって事は……レイも来ているのかっ!?)

 ならば、接触して今から好感を持ちたい所。と、ジャギは未だ時間がある事を見越し立ち上がる。

 「俺、ちょいと未だ時間あるし出店で何か買ってくるわ」

 「ならば、俺は此処で席を取っておく。それに演目の内容もじっくり今此処で見ておきたいからな」

 「私も、今はお腹空いてないしジャギだけで良いよ」

 フウゲンは、演目の参加者であるのでその内抜ける。ゆえにシンも席を立つと場所を誰かに取られる恐れも兼ねて席取り。

 そしてアンナの言葉も得て、ジャギは席を離れ未来の水鳥拳伝承者を探しに行くのであった。


  
     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……私は今迷っていた。

 ある日、突然私は言われた。伝承者に成れと。

 確かに、それは私の夢だった。目標だった。私の人生において担わなくてはいけない使命だった。

 けれど……私にはあの人がいた。

 幼い頃から私と共に同じ目標へと突き進んでいたあの人。

 無骨で繊細さには欠けていると周りは非難するけども、私はひた向きに常に努力し続けるあの人の姿勢を気に入っていた。

 あの人は、確かに技量では私より下だったかも知れない。けれど、その分あの人は強い情熱を持って進んでいたのだ。

 だからこそ……私は伝承者を辞退した。

 『良いのか? お前は多分我が拳法の中で稀代の実力者じゃ。それなのに……』

 『師父、もう決めた事です。私よりも……ロフウが伝承者になれば貴方に教わった水鳥拳。強くそれは羽ばたくでしょう』

 ……私は嘘を吐いた。

 私は、あの人を愛していたから。あの人が傷つくのを恐れて嘘を吐いた。

 そのまま約束していた婚姻を結び……私は拳士ではなく女としての幸せを手に入れた。

 ……あの人は、自分が伝承者に選ばれたと知り諸手を上げて喜びつつも、私が伝承者でない事を影では私が自らの意思で
 退いた事を知っていたのかも知れない。あの人の顔に、時折り少しだけ影のような物が見えたのは……その時から。

 けれど……それでも私はあの人を愛しているのだ。

 だから、私の選択は正しいと信じている。今も、彼が選んだ弟子は成長し私の目からも水鳥拳を学ぶに相応しい瞳を携えている。

 その子の瞳には南斗を支える一つの星が宿っていると知った時。その子が水鳥拳を学ぶも一つの運命だと実感したのは未だ新しい。

 ……だが、その子の星の宿命を考えると。私が愛するあの人の望むものと、その子の生き方に何時か歪が生じる危惧もある。

 「……ふぅ、迷ったわ」

 ……私は、今迷っていた。

 「……会場まで来たのは良いけど。……ロフウは何処なのかしら? やはり一緒に来れば良かったわね……」

 顎に手を付き悩ましげにため息を吐く女性。

 黒髪で東洋系の顔した女性は、見る者が見れば大和撫子と言うであろう美しい女性……それは何処と無く雌の水鳥を思わす。

 その名はリンレイ。もう一人の南斗水鳥拳の使い手である。

 「……まぁ、あの人は目立つからすぐ見つかるでしょう」

 (けど、知っている方が多い所だけど。あの人は気が短い所があるから何かいざこざを起こさなければ良いのだけど……)

 そう悩みつつ、彼女は会場を歩く。時折り熱い視線が彼女に向けられる。それは女性拳士からの羨望の視線だったり、
 男性拳士からの求愛の視線であったりする。だが、その全員が彼女の夫の事を知るがゆえに下手に声を掛けないのだ。

 「……困ったわ」

 リンレイ程の女性ならば、近くの拳士にでも声を掛ければ懇切丁寧にロフウの道を教えてくれるだろう。

 だが、リンレイも今の時勢からして、ただ単に人の行方を聞くにしても面倒になりかねないのを知っていると
 尋ねる事も難しいのだった。誰か、ロフウの事を知っている人間が居ないかと周りを見回すも適当な人物が居ない。

 (……レイのような子供なら、私も気兼ねなく聞けるだけど)

 ロフウの弟子であり、自分の弟子でもあるレイ。

 今、レイはこの会場には居ない。何しろ演目で今日水鳥拳を披露はしないし、何より総演会は未熟な拳士が見世物として
 見物する所ではないとロフウが考える場所だ。この場所にレイが来るのは少なくとも今日以降……それによって
 無駄に時間を消費してしまう一人の少年が居るのをリンレイが知る由もない。そのまま歩き続けてると……不幸が生じた。

 ガツンッ……。

 「……災難ね」

 ……総演会と言う事で、少しは服装もそれに相応しい衣装にしようと言う事でハイヒールなど履いてきたのがそもそもの間違い。

 踵部分は折れ、下手に歩く事が出来なくなる。

 このまま歩くのも良いが、そうすると足を痛める危険性が高く。南斗聖拳拳士として、足を痛めるなどは愚の骨頂だ。

 「……困ったわ」

 適当な場所で座るリンレイ。……少しすれば知り合いも通るだろう。そうすれば適当に靴を持って来て貰えるかも知れない。

 リンレイは、式が始るまでには良い方法が生まれるか。または最終手段としてヒールのもう一つを折るかと考える。

 不運と同時に何もしない怠惰な時間が併合すると、嫌な出来事を考えてしまうものだ。

 私は、冒頭に戻りロフウと、レイの事を考えていた。……南斗の未来に関して。

 ……最近でも、その事について考えさせられる言葉を……囚人から聞かされたから。

 『水鳥拳のリンレイ様。着くまで暇なので話し相手になって貰えますか? 貴方も弟子を育てているのでしょう? ならば
 貴方も未来に生きる者を守ろうとしていると言う事ですよね。素晴らしい事だ。だが、貴方は考えた事がありますか?
 貴方が育てる光が、やがて時代に生じる試練に関し闇に染まる可能性を? 私は犯罪者でありながら法の正義を行使する
 立場でもありましたからね。解るんですよ。人間は生まれながらにして悪……貴方達が絶対に闇に堕ちないと考えても
 運命とは絶対に避けられぬ結末を用意している。リンレイ様、貴方は自分が抱えている不安が起きない保証があると思いますか?』

 ……幾つも人の命を奪いて星の図を描き、そして飛龍の名を冠する108派の中位の拳士の命を奪った……木兎拳伝承者。

 一目見れば何処にでもいる好青年と思しき顔から覗かす闇は、ロフウが強く殴り彼を実力行使で無言にしなければ
 他の者とて何かしら不時の行動を及ぼしかねないほどに邪悪な言葉で……正直言って私も精神的に嫌な思いをした。

 ……未来、それはあの囚人の言うとおり不安定なもの。

 ……けど、未来は闇ばかりでなく光もあるのだと知っている。なのにこの不安はなんなのだろう?

 こんなに私は弱かったかと自傷気味になってしまう。……水鳥拳の女拳を担いながら、このような事では先代伝承者にも
 笑われてしまう。血生臭い戦渦が終了し人々がようやく仮初ながらも平和を築く時代。未だこの世は一つの出来事で
 辛い時代に戻りそうな程に不安定だ。こんな時だからこそ、私も心を強く保ち生きなくてはならないと言うのに……。

 ……そんな風に上の空で、悩んだ上に言葉を吐く。

 『ふぅ……困ったわぁ(なぁ)……』

 『……あら(え)?』

 ……まるで狙っていたかのように同時に同じ言葉が隣から聞こえる。

 私が気付かぬ内に接近されていた? いや……殺気もないので刺客の可能性は皆無。一体誰だろうと首を横に向ける。

 ……見えたのは、会場の電灯に反射する綺麗な黄金色の髪と、それを可愛らしく縛るバンダナ。

 大きめの強い意志を秘めた瞳。その瞳にはキラキラと輝きが宿っている。

 その子の瞳の輝きを見て私の胸はざわめいた。何故なら、その子の瞳の輝きは今まで私が出会ったどの人物の光とも
 異なっており、その子を見た瞬間、言いようの無い何かが自分の体の中を突き抜けて私はその子を目から離せずにいた。


 ……それが……私と彼女の最初の出会い。



  
  
     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……はぁ、はぁ……だ、駄目だ! やっぱ……こんな……でかい場所で捜そうってのが無理だったんだ……!」

 「……何をしているんだジャギ」

 ……一時間後程か、ジャギは汗を垂らしつつシンの居る元へと戻る。その何やら絶望しているジャギに呆れた様子で
 シンは声を掛ける。ジャギにとっては結構重要な用事なのだが、シンはそれを知る由もない。出店で目ぼしい物が買えなかった
 ぐらいにしか思えないのだ。……最も、ジャギが真実を話す事は絶対ないので、シンの誤解はなくならないのだが。

 「くっ……い、いや未だ時間はある。諦めるには未だ早い……ぅて! アンナは如何した?」

 悩んでいたジャギだが、その時ようやく周囲にアンナが居ない事に気付き慌てる。それをシンは落ち着いた声で諌めた。

 「……あいつも少し周りを見物したいと言って出て行ったぞ。なに、大丈夫だろ。この辺りで馬鹿な事を仕出かす輩はいない」

 「そ、そうか……って、何時も大丈夫大丈夫って言って何か起こっているんだぞ!? 俺、もう一度行ってくるぜ!」
 
 そう言って、シンが制止する間もなく、ジャギは飛び出していってしまった。

 (こいつは忙しないな、本当)

 シンはパンフレット片手に呆れつつジャギを見送りながら、会場の時計を見つつアンナの行方に関し少しだけ脳裏に過ぎらせる。

 ……そして、ジャギは知らない。アンナが、この世界で女性の中では最高位の実力者である人物と出会っている事を。









 「……でね。ジャギったら修行に集中し過ぎて私が側に居るのにもまったく気付かないんだもん。気付いたの全部終えてからだし」

 「フフ……ロフウの小さい頃にそっくりね。あの人も、私が側に居る事に気付かないで修行修行って一生懸命だったわ」

 ……会場の廊下の一つのベンチで、話を弾ませる金髪の少女と、そして和服姿の東洋の女性。

 「ようするに真面目だけどちょっと融通が聞かないんだもん。何時も私の事心配してるけど怪我が多いのはジャギだし。
 ジャギこそ怪我しないようにしてよ、って注意しても『俺は男だから良いんだよ』って無茶苦茶言うし」

 「あらあら、まったく同じね。ロフウも自分の怪我は無頓着で私が少し指先でも傷が付いたら服を破ってまで止血しよう
 とするのよ。その度に私が縫わなくちゃいけないんだけど、あの人ったら別に寒くなければ別に良いって感じだから」

 ……話の中心は自分達の意中の人。何の因果がどちらも行方が知らぬ相手を捜そうとしてどちらも見つからず。
 リンレイは踵が折れて休み、アンナは普通に一休憩入れようとして座り込んだ場所が一緒だったのが談話する次第の経緯。

 アンナに関しては、前に一度フィッツの父親らしき人物を見かけた気もするが……それに関し今回の話には関係ない。

 どちらも相手の行方は知らぬけれど、前回の事件によりアンナがロフウとリンレイの事を知っていると話し始めて
 から、暇つぶしにどちらも互いの事を話す事になった。女とは、何時の世もどんな世界でもお喋りが多い生き物である。

 「……一つ、そう言えば聞いても良いかしら?」

 「うん? 何、リンレイさん」

 「リンレイだけで良いわ。……貴方や、そのジャギ君って言う子。……今の世の中を生きて……幸せかしら?」

 ……この子は見た目と違い賢く、年齢も子や親程に違うと言うのに大人びた発言が私と合う。

 だからこそ、この子に少しだけ聞きたかった。……以前、かなり深い傷を負ったであろう、この子から。この時代で
 必死に生きるこの少女はどのような視点で今の世の中を語るのが興味あったから。……その子は暫くして言った。

 「……私は、今が好きだよ」

 「皆が皆必死に夢に向かって生きている。……夢が叶わない人が居るけど、それでも夢に近い場所を目指す事は出来る」

 「私は……だから今が幸せ。今の幸せを守り続けたいから……だから私は自分の手で出来る事を精一杯やりたいと思うの」

 ……そう、胸に手を当てて言い放つその子の瞳は……怖いほどに綺麗な輝きを秘めていた。

 まるで、私と同い年か、それ以上の年を生きたように……その子の口振りは何かを達観しているように思えた。

 私は、その子の言葉を聞いて、自分が今まで生きてきて培った事が無駄ではないのだと実感させられた。

 ……そうだ、何を気弱になっていたのだろう。

 私は……ロフウや私が南斗水鳥拳を次代へ残す事は未来へと光を託す事。

 その輝きを守る事に躊躇するなどお笑い種にもならない。私は気が付けばその子の頭を撫でて礼を述べていた。

 「……そうね。今、私が出来る事を精一杯やらなくてはね」

 「うん、リンレイなら出来るよ。だって自分の心が何を望んでいるか聞いて上げなくちゃ」

 くすぐったそうに、私に撫でられながら彼女は私に告げる。私を前に進ませる言葉を。

 ……そうね。私は南斗水鳥拳の女拳を伝えし者として……。

 ロフウの為に……ロフウと共に今出来る事をしよう……。

 「……あっ」

 「あ、ジャギだ」

 そう、決意が固まっ時……人込みに混じって行方を捜していたあの人が見えた。

 それと同時にあの娘も行方を捜していた子を反対方向から見つけたらしい。立ち上がるその娘。南斗総演会はもうすぐ
 始まるのを考えると、この娘とゆっくり喋る時間はこの会場でもう一度作るのは至難の業だろう。

 「あの人が来たわ。……有難うね、アンナ。……また、今度会った時にでも話しましょう」

 「うん、リンレイ。またね」

 笑顔で、その子は人込みに混じって消える。……不思議な光を宿した娘。……あの子の体つきはどうやら南斗聖拳を
 習っているようにも思えた。……もし、あの子が水鳥拳の女拳を習ったらどうなるのだろう? ……そんな仮定が浮かぶ。

 私は、あの娘が水鳥拳の女拳を覚えれば……きっと良い意味で何かが起こりそうな気がする……そう思い微笑を宿した。

 「其処に居たかリンレイ。……何が良い事があったのか?」

 「……えぇロフウ。……少しだけ、私の心を解らす……そんな出会いがあったの」





 「……アンナ。頼むから知らない場所ではいなくならないでくれって……何か良い事あったのか? 楽しそうだけど?」

 「ううん、ジャギ。……いや、そうだね。……優しくて真っ直ぐな人に……出会えたかな」


 ……アンナ、リンレイ。

 彼女達の出会いは何時の日かの邂逅と同時に未来へ向かう者達にとって大きな兆しが生まれる。

 それを、未だ彼女達は知らない。……だが、星々は予想する。

 




          その輝きの邂逅は……何時か迎える運命に対しきっと大きな変化なのだろう、と。











         後書き



 南斗総演会に関してユダは来ていません。

 レイ関しても同様です。サウザーは開会の式でオウガイの隣に居ます。アンナとジャギやシンとは少々会話しました。

 ユリア・リュウガも訪れています。ジャギ・アンナと会話しました。シンのユリアに対する好感度はアップしました。

 






[29120] 【文曲編】第三十話『彼女の初試合と拾い物』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/12 20:08


 ……南斗総演会。

 それは何とか無事終了する事にはなった。

 リュウロウが居ない事に気付いたり、隼牙拳伝承者ハバキが何やら用意していた猪を倒すのを見たり。現水鳥拳伝承者ロフウ
 が一振りで用意した鉄骨を一瞬にして解体する様を感心しつつ見たり。何かと楽しみジャギ達は思い出を作れた……と言いたいが。

 「……レイのばっかやろおおおおおおおお!!!」

 ……今、ジャギはアンナの店で飲みながら(※勿論ジュースです)荒れ狂っていた。

 (レイの野郎……! 結局会う事が出来なかったじゃねぇかよおおおおお!!)

 ……南斗総演会では結局念願の人物に出会う事は叶わなかったジャギ。

 必死こいて昼休み時間に捜索した貴重な時間を返せ! とばかりに、彼は呑みながらふてる。それをアンナは呆れて呟く。

 「……レイって誰よ。ジャギ、そんなに飲み過ぎたらお腹壊すよぉ?」

 「構わないでくれアンナ。……俺とした事が、貴重なイベントを逃してしまうとは……!」

 「……兄貴、何とかしてよぉ」

 「放っておけ」

 そんなジャギにアンナは兄へと助けを求め、リーダーは興味なしとばかりに皿を拭く。

 ……とりあえず平和な時間が流れていた。

 南斗総演会が終了して一月程月日は経っている。

 大した変化はなく今日も大体平和だ。ジャギは独自で修行を続け、北斗兄弟とも依然付かず離れずの関係を送っている。
 ……救世主に関しては未だ来ない。リュウケンについて聞く訳にも行かず、こればっかりは時間の経過に頼るのみだ。

 数分後、ジャギは立ち直るととりあえず話題を変えて話し始める。

 「そういや、シンの奴また別の拳法家に技を教えてもらってる見たいだな。……確か、南斗飛燕拳のハッカ・リロンとか……」

 「あぁ。確かあの事件で闘った人達だっけ? シンもますます強くなろうとしてるんだ。ジャギも負けてられないね」

 「当たり前よ。俺だって南斗聖拳を極めてあいつの鼻を明かしてやるぜ。……どうやってかは後で考えるとしてな」

 「いっその事他の拳法家の真似でもしてみたら? ジャギならシン見たいに技を覚える事出来るんじゃない?」

 「いや、それは止めとく。……と言うか、意外でも何でもないが……南斗聖拳拳士の実力って全員高いんだな……」

 ……南斗総演会が過ぎてから、ジャギはある程度の考えが持てた。

 集まった南斗聖拳拳士……鳥の名を冠する36の拳法。そして『翼』『羽』『嘴』など鳥類に関係する中位の36の拳法。
 そしてどちらにも当て嵌まらず武器などを使用して物体を斬る下位の36の拳法家によって構成された南斗108派。

 ジャギはその108派の内。死亡、逮捕された二つを除き、当日の事故によって来れなかった拳法家を除けば全てを
 視認した。それゆえに理解している。南斗聖拳108派の実力の高さを。……それゆえに不可解な事実が呼び起こされる。

 (なら……何で『北斗の拳』ではあんなに実力の低い連中しか居なかったか?……そりゃ勿論……核戦争しかねぇよな)

 ……199×年、世界は核の炎へと包まれる。

 その威力は大地を割れ、海を涸らし、木々を枯らし……人類の人口を八割がた減少させたと言う威力。

 それによって本来の実力者である南斗聖拳拳士達は死に絶えてしまったのだろうとジャギは結論する。

 ……ここで生じる疑問。では、何故南斗聖拳の数派を原作でユダやサウザー、シンが引き連れる事が出来たのか?

 それは……意外にも南斗総演会でフウゲンから聞く事が出来た。

 フウゲンの演目は空中を跳びながら地上に置かれた板へと触れる事なく傷を絵のように付けると言ったものだった。

 その絵は空を舞う鷲。南斗孤鷲拳の凄さの一端を見せたフウゲンへと、色々な演目を見て生じた疑問をぶつけた。

 すると、だ。フウゲンから貴重な情報はすんなりと得られた。

 『お主の言っている事は予想だにしない出来事で108派が全滅したら? と言う恐ろしい仮定の話じゃな。何ぞそのような
 想像が浮かんだのか知らぬが、まぁ教えよう。……そのような場合、既に南斗の星は正常に機能せぬ状態と言える。
 ならばこの場合南斗聖拳下位の者達によって一度編成を行い、後に実力ある者達が生まれた後に新たな108派が生まれる事になる』

 (……フウゲンの言葉通りなら。つまりあの時代は後世にちゃんとした108派が作られるまでの布石……だったって事か)

 言われて見れば納得。実力を備わっていた拳士が現在居るのに、あの世界で活躍しない方が異常なのである。

 だが、不運にも時代は暴力を望む者達に味方し、陽の下で振るう南斗聖拳拳士達は悪意の塊の炎下に犠牲となったのだろう。

 (……後、これは考えたくなかった事だけど。……多分、核が落ちても実力ある拳士はある程度生き残った筈。……けど
 平和を望む拳士達……正常な倫理感を望む拳士達はきっと……サウザーによって処刑されたんだろうな……)

 ……サウザー。

 彼は、師への愛が深きゆえに、死を受けいられず愛を憎み狂う事を望んだ。

 ゆえに彼にとって暴虐の時代は悲しみを忘れられる世界でもあり。その世界で正常な倫理で平和な時代……師が生きていた
 時代を望む者がいれば、それはきっと彼にとって傷をぶり返す物であり……彼自身の手で死を下された筈だ。

 ……想像するだけで簡単に言葉が浮かぶ。

 狂気の笑みを貼り付け、嘆き舞う鳳凰の声が。

 『平和だと!? 笑わせるな!! この世界を支配するのは力!!! 誰にも負けぬ我が帝王の血と鳳凰拳のみ!!!!』

 『勇気で! 寛容で!! 勤勉で!!! 忍耐で!!!! 慈悲で!!!!! 謙譲で!!!!!! 愛で!!!!!!!』

 『それで命が救えるか!? それでこの世が平和になると思っているのか!!? 否!!! 救えた試しなどない!!!!』

 『貴様達が我に服従しなければ良かろう! 帝王の血は粛清の血!! 貴様達の血で鳳凰は更に強さを増すのだ!!!』

 ……その言葉と共に彼は両手を広げ、鳳凰拳無敵の構えを取り本来は手を取り合い世界を守る拳士達へと舞う。

 暴虐へ果てた鳳凰に絶望しながら、108派の頂点に立つ鳳凰拳へと生き残りある程度の実力を担う拳士達は、己の拳で
 または長年共にしてきた相棒の武器を構えて敗北の運命へと最後の舞いを演じたのだろう……と。

 「……救えないよな。そう考えると」

 手を頭に当てて考えた悲観的な空想に浸るジャギ。

 ……そんな、ジャギへとアンナは黙って隣に座った。

 アンナは、ジャギが何を憂い悩むのかは知らない。だが、それを無理に聞き出さず側に居てあげる事は出来る。

 アンナは、悩みなど無いような笑顔で口を開いた。

 「ジャギ、久し振りに華山の子が居る場所へ行ってみない?」

 「……華山?」

 ……あっ。と、ジャギがぼんやりとした状態から抜け出し、何時か前に再対決を約束した事を思い出すのは暫くしてからだった。




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……つう訳で、また来た『おせぇよ!!』……あ、やっぱ怒るか」

 久し振りに華山拳法家の卵達が居る町へと訪れたジャギとアンナ。それを若干苛々しつつも出迎えた子供。

 「また試合しようって言って数ヶ月は経ってるぞ!? 一体どの位のんびりしてたんだっつうの!」

 「悪かったって。でも、具体的に日取りは決めてなかったろ?」

 「……う~ん、まぁそれもそっか。……久し振りだなジャギ! 俺達華山一派は歓迎するぜ!」

 そう言って少しばかり薄汚れた鼻をこすりつつ握手する少年。……何と言うかこう言う普通の少年を見ると異世界から
 来たと言うより、昭和初期程にタイムスリップしたようにも思えるから不思議だ。……まぁだから何だと言う感じだが。

 「いや、別に南斗の拳士は止めねぇよ。と言うか、そっち寄りで俺進むつもりだし」

 「うわっ、冷たいなそれ。……まぁいいけどな。今日はどうする? もう一度試合は当然するけどよ」

 「そうだよな。あっ、そっちの娘はどうする?」

 「……私?」

 まさか、話しを振られると思わなかったのだろう。華山の子供達に指されたアンナ。戸惑いつつ自分を指す。

 「おいおい、アンナは女だぞ?」

 「別に関係ないじゃん拳士なら。実を言うとさ、俺達ちょいと最近困ってて、それで女性拳士が必要だったんだよ」

 「……話が見えねぇな。……詳しく言えよ」

 何故か、アンナが必要だと言う華山一派の子供達。ジャギに詰問され、詳しく話し始める。

 ……話の内容。それはと言うとジャギ達と知り合い数週間後の話。

 どうやらその数週間で町に引っ越してきた家族。その家族にとある拳法家がおり、そしてその家族の中の娘は拳法を
 教わっており、それが中々強い。しかも、自分達にも手加減なくその拳法を使って来るのが性質悪い。

 「俺達、流石に女は殴れないしな。俺達の修行場だってのに勝手に乗り込んで自分のもんだって言い張ってよ」

 「平等に使おうぜって俺も話したけど……何つうか気が強くて。あぁ言う奴は一回叩いて解らせないと行けないけど……ほら」

 俺達男しか居ないから。と、苦笑いの華山一派のリーダー格が呟く。

 「成る程ねぇ、要するにアンナに問題を解決して貰いたいって訳か……話は解ったぜ」

 「おぉそっか、たすか……」

 「だが、断る」

 青筋立てて笑顔で却下するジャギ。その途端華山一派からブーイングが走るかジャギは怒鳴りつけた。

 「うっせぇわ! んなもん関係ないアンナに解決させようとすんな! アンナだってそんなん嫌に」

 「私別に良いよ?」

 そう言われて地面へダイブしジャギは倒れる。アンナは続けて言った。

 「話だけ聞いたらその子が悪い見たいだし……それに、良いチャンスだしね」

 何が? と言う顔つきをするジャギに、アンナは笑顔ではぐらかしつつ答えない。

 けれど、頭の中ではこう考えていた。

 (ジャギに、何時までも弱いままだって思われたくないもんね)



   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 (……ベラかよ)

 ……以前、ジャギと華山一派の少年が試合した自己製作鍛錬広場。其処で車のタイヤへと座りつつ睨んでる少女。
 少女の容姿は丸い容姿の割には鋭い目つきをしており、髪は黄緑色をしており、そしてその少女の一番の特徴と言えば、
 紫色の口紅と、そして何を思ったのか口に咥えている薔薇の花が目立っていた。……この少女の容姿からジャギは
 アニメ版でカサンドラに幽閉された母親を救う為にケンシロウと闘い、その後母親を殺した人物へと殺された悲劇の
 北斗の拳では唯一正式な女性拳士(外伝などは別の作者の為)であるので印象深かったベラだと解ったのだ。

 このベラ、蘭山紅拳と言う拳法の使い手である。その拳法は曰く『風に花弁の舞い散る如く華麗だが、その美しさに
 秘められた破壊力は計り知れない』……と言う、強いのか弱いのか作者には見当つかない代物である。

 そのベラは、接近してきた華山一派男衆へと、また来たかと言う感じで見た後、そしてアンナを見て合点が言ったとばかり言う。

 「……ふーん、あんたが勝ったら公平に此処を使うようにって? ……其処で情けなく見学してる奴等に頼まれたのかい?」

 情けない、と言われ華山一派は歯軋りしつつ唸るが、基本フェミニストゆえに暴言吐かず、アンナに希望を抱きつつ見遣る。

 アンナは、のんびりとした口調でベラへと言う。

 「うーん、とりあえず仲良く使う形で私は良いと思うんだけど? 男の子ばっかりだけど、彼等良い人ばかりだよ?」

 「はっ、別に男だから仲良くしたくないって訳じゃないよ。単純に、私より弱いのに此処で鍛錬してるのが嫌なのさ」

 そう言われ、華山一派は怒気を上げて反論しようとする。だが、それはジャギが無言で制し、黙ってアンナに任せるよう目で伝える。

 「……何で彼等が弱いって思うわけ?」

 「だってあいつ等私が挑んでも一方的にやられちまうんだもん。そんな奴等なんて鍛えたってしょうがないじゃないか」

 その言葉に、アンナは理解したとばかりに頷く。

 ジャギも、ベラの思考がアンナと同時に理解した。そして、心の中でこう思う。

 (アンナ。別に無理しなくて良いが……あの勘違い女に出来るなら思い知らせてやれ!)

 ……そして、ジャギの願いが通じたのかアンナは口を開いた。

 「……言っとくけど、この中で一番弱いのは貴方だよ?」

 「……はぁ?」

 その言葉に、眉を上げてベラはアンナを睨みつける。

 だが、その睨みを涼しい顔で受け流し、アンナは言う。

 「なら、試してみる? 私と闘って、何で貴方が弱いか教えてあげる」

 「……その言葉忘れんじゃないよ。あんた見たいなひ弱そうな女、一瞬で泣かして上げるよ」

 ……かくして、闘いの火蓋は落とされた。





 ……華山鍛錬場の広い場所で、アンナとベラは間隔を開いて立つ。

 既に勝負の開始は華山一派のリーダー格が宣言した。ベラは蘭山紅拳の構えをその瞬間取り出した。

 「何だあれ? フラミンゴ?」

 「いや、格好で油断すんな。確か蘭山紅拳って言えばスペインの躍りと中国拳法を混ぜた最先端の格闘術だって言われてる」

 「……良く知ってんな」

 上から華山の少年、同じく華山の格闘オタクっぽい少年、そしてジャギだ。

 「ふんっ、ぼうっと突っ立ってるだけかい?」

 対して、アンナは開始した状態から動いていない。

 自然に腰に手を真っ直ぐ伸ばしたまま付けた状態。肩幅ほどの位置に足を置き、自然体の状態でベラを正眼している。

 一見棒立ちの状態に思えるその姿に、華山一派はハラハラとするが、ジャギと、そして華山一派リーダーの見解は違った。

 「……凄いな、アンナ」

 「あの娘……隙ないな」

 ……その二人の言葉通り、アンナの今の状態には隙がない。

 余りに普通に立っているように思える状態で普通の人間は気付かないが、その状態は言わばあらゆる状態からすぐ行動へと
 移る事が出来る攻守転位最良の構えである。そして、アンナの顔つきはしっかりと落ち着いており、相手がどう攻撃へ
 移っても直に対処出来るようになっている。……ゆえば無行の構え。原作のシンも言えばこの構えである

 ベラはリズムに乗りつつ小馬鹿にしながらアンナに何時攻撃を仕掛けるか思っていたが、やがてその顔に焦りが浮かぶ。

 (な、何だい? あんな無防備に見えるのに隙がまったくないじゃないかいっ!)

 ……少し強い風が吹き、彼女のバンダナから覗かせた金髪の髪を靡かせながら、彼女はじっとベラを見つめたまま。

 ただじっとベラだけを見たまま剣呑な気配も、闘いを挑む気配すら見せずにただ彼女は立っているだけ。

 ……彼女が最初に師として教授して貰った人は、プライベートでは彼女を孫のように可愛がる表情を見せていたが、いざ
 彼女が拳を教わる時になれば、厳格なる老師の顔つきへと変貌し、生真面目な表情の彼女へと言葉を託した。

 『良いか? 闘いにおいてまず何より大事はまず『構え』。『構え』なくて拳を習う資格なし。これはわしが南斗を習う
 者全てにおいて言っておる。人は生まれ歩く使命を最初に帯びる。ゆえに、歩行と立位は何よりも格闘の原点である』

 『お主に最初に教えるは『無行の構え』。自然に立ち、時、場所、何事にも即応じられるように立ってみせよ。
 常に生活の中で心がけよ。排泄、食事、睡眠、歩行。ありとあらゆる場所で立ち止まればわしの言葉を思い出せ』

 これは、シンもジャギが教わった事。南斗聖拳に限らぬ基本的な拳法及び格闘技において普通の言葉である。

 アンナは、それを人よりも異常に意識して行っていた。南斗聖拳において未熟ならば、まず基礎を徹底的に行おう、と。

 そして、彼女はシンやジャギよりはこの構えを極めていた。……そして、現在に至り彼女は闘いの場とは思わぬ程に落ち着いている。

 「……くそっ!」

 ベラは、何時まで立っても攻撃せず自分を見るだけのアンナに心が乱れ不用意に未だ発展途上の蘭山紅拳を繰り出す。

 ……スッ。

 アンナは、それを落ち着いて見ながら拳を避ける。一度、二度。ベラがフェッシングに見立てて突き出した腕を
 突っ立った状態から最小限に避けて、また元のリラックスした状態で立ってベラを見る。……それを何度か繰り返した。

 華山一派は無抵抗に避け続けるだけのアンナに駄目かと最初諦め模様だったが、次第に、アンナが優勢な事に気付き始める。

 何しろ、リズムに乗り攻撃する蘭山紅拳は、大樹のように落ち着いて立っているアンナに心をかき乱され勝手に疲弊してるのだ。

 (……一応、シンにも感謝すべきかも知れないな)

 ジャギは心の中で今日も鍛錬を続けているだろうシンへと礼の言葉を述べる。

 見立て稽古と、言うものがある。相手の動きを観察して自分も真似して会得する稽古の事だ。シンは、フウゲンの言葉を
 忠実に守り何時も技を出す前は不動の姿勢……無行の構えの状態で立っている。それをジャギと同じように何時も
 アンナが見ていたゆえに此処までの成長に至った訳だ。アンナの強さを感心しつつ、周囲への感謝も忘れない。

 そう考えている内に、一瞬足がもつれたのかベラはアンナに攻撃を避け続けられ遂に一度地面へと拳を突き出したまま転ぶ。

 それに失笑の声が華山一派から思わず漏れる。だが、それは火に油を注ぐ行為だ。

 「!……っ舐めんじゃないよ!」

 その場に転がっていた武術用の棒を掴むとベラは構えたままアンナへ向けて走り振り下ろす。

 その光景に華山一派は制止の声を上げ、そしてジャギは固まりつつもアンナを心の中で信じていた。

 「アンナ! 負けんな!!」

 「!っ」

 その言葉に、アンナは避けるだけの行動が突然変えた。

 「えっ!!?」

 ベラが振り下ろした棒……それに向かってアンナは足を一歩前へと踏み出す。

 後退するとばかり思っていたベラは思わぬアンナの行動に一瞬固まる。その隙にアンナは容易にベラの手首を掴んだ。

 「!っしまっ……!」

 ベラが気が付いた時はもう遅い。

 アンナは合気道の要領でベラの手首を捻ると地面へともう一度転ばさせていた。

 「……私の勝ち……でOKでしょ?」

 アンナは、地面に仰向けに倒れたベラに微笑む。

 その微笑みに嫌味な感じはなし。毒気が抜ける程に軽やかな笑みだ。

 「怪我ない?」

 「……あったま来るねぇ。あんた、未だ全然余裕だったろうに」

 「ううん、だって私攻撃するのてんで駄目だもん。人殴るの嫌だから、あぁ言う風に無力化する位しか出来ないし」

 ……それは本当の話。復帰したとはいえアンナは殴り合いの喧嘩は出来ない。

 人同士が形相浮べながら闘い、殺し合うような光景が生理的に受け付けないのが今のアンナの現状。それは拳士としては
 致命的な弱点である。それを何とかカバーしての闘い方しかアンナは出来ず、今回は偶々それが出来ただけ。

 「だから、ベラが闘い方変えて挑んできたら私、多分負けちゃうよ?」

 ベラは、その言葉を聞いて一瞬沈黙してから……肩を震わせ。

 「……プッ、ハハハハハハッ!! 闘うのが嫌なのに拳士って……何だいそりゃ!?」

 ……爆笑した。もう先程までの敗北感に関する屈辱や怒りはない。清清しい表情でベラはアンナへと口を開く。

 「負けた負けた。……正直、私ってば蘭山紅拳なんて好きじゃないんだけど、子供は私しかいないから無理やりね……。
 だから半分自棄で使用してたんだけど……あんた見たいな変わり者に負けちゃ私も本気で蘭山紅拳を習得したくなったよ」

 (……闘うのが嫌なのに拳士……多分、私が想像しない理由があるんだろうね。……見た目闘いより着飾ったりする
 方がお似合いなのに、この子は私よりも大分強い。……この子を見てたら、自分の悩みが馬鹿らしくなった……)

 ……彼女は拳法家になるつもりはなかった。

 本当なら普通の女の子のように綺麗な服や装飾品を纏ったりして遊びたかった。……けれど、父は何時もスペインの
 闘牛士見たいな格好で自分を無理やり拳法を習わせ、女として普通の生き方が叶わなくなってしまった。

 『ベラ、お前には蘭山紅拳の素質がある! 頼む! 父の最期の頼みと思って聞いてくれ!!』

 ……そう言いながら未だ元気で外を動き回る父に何度怒りを覚えたか。……今となっては過ぎた話だったけど。

 でも……とベラは思う。

 父が私に継承して貰いたいのは、先祖から受け継いだこの拳法を守り抜きたいから。

 その気持ちは解らなくも無い。だから父を憎みはせずとも反発していた。

 だけど……この娘に手も足も出ず負けて、そして笑顔で見下されもせず強く成れると言われると……強くなりたいと思えてきた。

 「あんた達!」

 私は今まで自分の感情のまま拳で怪我をさせていた同い年の男達へ大声で言う。

 思えば、こいつ達は私が女だから黙って受けてたんだ。そう言う配慮に全く気が付かない自分に最早怒りが沸いてくる。

 「……御免、殴って! これからは私も半分使わせて!!」

 都合の良い話だと思う、怒鳴られても、どんなに文句を言われても覚悟している。

 「……応! 宜しく頼む!!」

 「華山一派はどんな拳法家だろうと迎え入れるぜ! それに始めての女性拳法家だからな! こちらこそ仲良く……いたっ!」

 「変な目で見んな。……とりあえず仲良くしようぜ、華山一派は誰であろうと拒まない……」

 ……意外にもすんなりと歓迎する少年達に、思わずベラの目頭は熱くなる。

 新しい町に来て、拳法家ゆえに独特の格好ゆえに周りから浮いていると自分で思いこみ人からあえて嫌われるような行動を
 とっていたのに。……この町の人々の暖かさを、ベラはようやく感じ取り、そして知った途端心に救う塊は溶け出す。

 「……うん、有難う!」

 そして、眩しい笑顔で握手し返すベラに、一件落着とばかりにジャギとアンナは満足そうな顔して同時に頷くのだった。



 
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……そんな物語も終えて……久々にアンナとジャギは一つの里へと辿り着く。

 「……何だ、来たのか」

 「何だはねぇだろ、何だは。リュウガ」

 「……」

 「やっほーユリア」

 ……南斗の里、相も変わらず二人はリュウガやユリアへと訪問する。

 ……最近になってもユリアの症状変わらない。時折り、アンナの方向へ顔を向けるような気もしたが、それがユリアの
 症状を好転するのがどうかも解らない。リュウガは、最近ではすっかり諦観した顔で、例えユリアが永遠にこの状態でも
 一生側でユリアを守ろうなどと決意を固めているので、ジャギとしてはフォローするのに心臓が痛い。

 「リュウガ、少しはリラックスしろって。ほら、ユリアもお前がそんな顔してたら悲しむだろうが」

 「……ジャギ、正直に言うぞ。俺は、時折りお前のその楽天的な発言がとても嫌いだ」

 最近になり、そう言う毒舌が目立ってきたリュウガ。ジャギは前向きに正直な気持ちを吐露してくれるようになったと
 思うようにしている。そう思わないと、リュウガと付き合うには骨が折れる。『天狼星』の攻略は至難の業だ。

 「ペットでも飼うか、何なら? アニマルセラピーって流行っているらしいぜ?」

 「……この里にどれ程の獣が住まうか知ってて言っているのか、それは」

 そう言われて、確かにユリアが住む所は家から出れば自然一杯で動物をわざわざ飼う必要性がないと気付くジャギ。

 むしろ、リスやらイタチやら無害に近い動物はユリアに寄ってくる時がある程だ。それでも無反応なユリアは末恐ろしい。

 「……とりあえず、気長に頑張る方向で」

 諦め顔を俯き呟くジャギに、顔を背けてリュウガは遠い方向へと向く。

 早く訪れろ救世主。そしてこの居た堪れない空間を開放しろとジャギは心の中で毒づくのだった。

 「……! ジャギ!! ちょっと来て!!!」

 ……その時だ、只ならぬ声をアンナが出したのは。

 「! どうしたっ!?」

 「ユリア!!!?」

 ジャギはまずアンナの安否を、そしてリュウガは目にも止まらぬ高速でユリアへと馳せ参じる。

 だが、ユリアやアンナには何も起こっていない。……いや、一つだけ先程のアンナとユリアの居た場所になかった物があった。

 「……この子怪我してる」

 そう言って、涙目である物体を抱かかえるアンナ。

 その物体を見てリュウガは目を細めながらユリアの側で立ち止まり。ジャギはアンナの抱えている物体を見て呟く。

 「……酷い傷だな」

 ……猫のような生き物。その生き物は背中にかけて大きな傷を負っていた。

 「……そう言えば、この前里に数人程狩人が来てたな。……余りにも狩猟し過ぎて、ダーマ様もご立腹だった」

 「……そいつ、どんな奴だった?」

 「生憎俺とユリアは遠方に出てて知らんが……山のようにでかい男だったと聞いている」

 (絶対フドウだ)

 確信と同時に、鬼のフドウが頭の中に出るジャギ。その想像のフドウは正に鬼の表情で鹿の首を掴んで大笑いしている。

 「ねぇジャギ、リュウガ。この子治療して上げないと……」

 「おいおい、そうは言っても野生の獣だぞ? 下手に噛まれて菌が移ったら……っておいっ!」

 その猫のような生き物は唸りながらアンナの手の甲に噛み付いていた。

 ……仮に、もしこれがユリアであったら瞬く間にリュウガの泰山天狼拳により、その生き物は無情に引き削がれたであろう。

 アンナは顔を顰めて痛みを堪える。……そして、すぐに柔らかな顔つきになると、その生き物の背中を優しく撫でた。

 「……平気、大丈夫だよ」

 それは、ジャギに向けて、その生き物に向けて同時に呟かれた言葉。

 その生き物は最初こそアンナに噛み付き激しく震えていたが、次第に、アンナに背中を撫でられ落ち着いていった。

 「……アハッ、ほらっジャギ! この子とっても良い子だよ。……名前何にしよう?」

 「……アンナ、お前……アンナ……ったく」

 狂犬病とか、咬鼠症とか、そう言う獣特有の病気が頭を渦巻いたりしつつ怒った方が良いのかなと思いつつも、アンナの
 笑みを見せられ最早怒りが引っ込んだジャギ。そのまま、彼はアンナのペースに乗せられるのが最近多くなっていた。

 ゴロゴロ、とアンナに首筋を撫でられ機嫌良く喉を鳴らす猫のような生き物。

 アンナはそれを抱かかえ治療する道具があるユリアの家へと向かう。それにユリアも黙って付いて行く。

 (……そう言えば、俺やダーマを除いてユリアが誰かの後に着いていくのは、そう言えば初めてではないか?)

 ……これも、一つの変化かもしれない。

 そう、感じるとリュウガの先程までの鬱な感覚も不思議と消えて、穏やかな気持ちで彼は彼女達の後を追いかけるのだった。

 「……おぉ、ユリア様方、お帰りなさい……まし」

 そして、ダーマは彼女達の帰りを笑顔で出迎え……そしてその表情で硬直する。

 「あっダーマさんこんにちは! ちょっと包帯貰うね」

 そう言って、笑顔で去る彼女達を見送りつつ……彼はアンナが抱かかえていた物が自分の目に間違いないと知りつつも、
 正直否定したい気持ちで一杯ながら、彼は窓から吹き放たれる横風でたくわえられた鼻の下の髭を崩しつつ言った。







                               





                                「……虎?」












         後書き



   後のキラーパンサー。



   名前、絶賛募集中です。







[29120] 【文曲編】第三十一話『鳳凰とは何ぞや?』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/14 23:15
 ……時代19??

 ……日本のとある場所。山地に囲まれた場所の一角に三十かそこらの歳の男性、女性が佇んでいた。

 その者達は各自に白鳥を思わせる構え、鶴を思わせる構え、白鷺、翡翠、鴨……それらの鳥を模倣した動きで立っていた。

 その模倣した構えをする者達は全員拳士、彼等は国から要請あればその拳を振るい数ある火の粉を振り払う使命を持っていた。

 その拳士達の中心に居る者、歳は不明だが百戦練磨と言った気配の鎧を身につけており、その拳士こそ今集合している
 拳士達の指導者なのだと存在が誇示している。だが、その厳格な雰囲気とは逆に、修行を行っている者達に向ける
 瞳は見る者の心を不思議と落ち着かせる柔らかな光も携えており、その人物の偉大さが佇むだけで見て取れた。

 だが、その人物は腕を組みつつ今苦境に立たされていた。

 自身はその拳士達の指導者。だが、その中心たる中で自身の拳が未だに点睛に欠けていると認識していたがゆえに。

 (……これでは駄目だ。このままでは真の××拳を後世に伝える事は出来ない)

 その者に対し周囲の拳士達は今のままでもその指導者の拳に不満はないと言うが、指導者自身が満足しないのでは
 この問題は解決しない。彼等はとある星の下に集う拳士達。その中心の星の不安は全員にも伝染していた。

 先代から伝えられたこの拳。だが、自身が伸び悩む原因は他でもなくその拳が現実に存在しない物の模倣ゆえに悩む。

 他の拳士達の拳は現実の鳥獣を元に振るわれる拳法。実体が存在するゆえにその拳は磐石となった技や奥義を創られる。

 だが、その指導者の拳は現実に存在せぬ神獣を元にして創られし拳。言わば伝説を偶像化させるようなものなのだ。

 文献や絵で掴むには余りに困難。それゆえに先代も、それ以前の師達も想像から作られたのだろう拳。指導者は師父から
 確かにそれを受け継ぎ継承した。だが、その拳を極めたと言う感慨は指導者にはどうしても納得出来ず空白が胸にあった。

 何が足りないのか? 何を得れば良いのか?

 そう、指導者が悩みに立たされてた時だ……その者が訪れたのは。

 「……おう、おう。詰まらない事で悩んでるじゃないか。……鳳凰拳伝承者、南斗を統べる者よ」

 ……それは男性。ぼさぼさで長く旅をしたのが見受けられる。その男の登場に周囲の拳士達は警戒するも、指導者自身が
 制止し、その男性を丁重に歓迎の言葉を述べ何用か尋ねる。その男は気分上々と言ったままに言葉を述べた。

 「なぁに、今日は花見日和だ。そうだろ? だから桜を見に来たのさ俺は。……こう桜が満開だと無性に血が滾る……そう思わんかい?」

 ……男の言葉に乗せられ指導者は多少迷うも、その男と闘いを応じた。

 男と指導者の闘いは苛烈を極めた。一瞬一秒の差で繰り広げられる拳。それは奇妙にもどちらも似たように手で斬撃を
 生じさせ相手に致命傷を与えようとする拳。そして、闘いは指導者の攻勢へと移った時に終止符が打たれる……。

 ……パキンッ!!

 「ちぃ! ここにきて折れたかぁ……!」

 指導者に闘いを挑んできた男の足は突如として金属の音を立てて折れた。

 仰向けに無様に倒れる男。そしてぼろぼろの薄汚れたズボンからはみ出た物こそ、男の立位を支えていた残骸だった。

 それによって指導者は決定打となる一撃を降ろすのを止めて気付く、この男は義足の状態で自分と五分の死闘を演じていたと。

 「……名は、何と申すのか?」

 指導者は、この男の名を知りたく熱を持って尋ねる。

 義足でありながら我が身と互角の勝負をした男。その拳技は正に自分が望む答えが秘められた拳法だったと。

 そして、この拳法を自らの拳に取り込めれば、『最強』の称号に相応しい拳を完成させられると指導者は確信していた。

 その言葉に、男は好戦的な相好を崩す事なく地面に寝っ転がった状態で自身が勝利者かのように慇懃無礼に名乗った。





                                「我が名は魏瑞鷹(ぎずいよう)。極十字聖拳の使い手」




 (……極十字。これはまた何とも奇妙な巡り会わせか)

 (南斗の星極星南十字にも合わさる拳……これは単なる偶然ではない。天は私にこの男と牽き合わせたのだ)

 ……指導者……鳳凰拳伝承者はその名を胸に刻みつつ、実力ある異邦の旅人に敬意を称しつつ手を差し伸ばす。

 男、魏瑞鷹はその手を口の端を吊り上げ悪戯小僧のような笑みで握った。

 ……それが……最初の出会い。南斗の星達の頂点なる拳士の生き方を決める出会いだった。




  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……いやいや、本当頼むねぇオウガイさん。私の立場としてもね、こう言う世情も不安定な時でしょう? ああ言う風に
 南斗の拳士が事を起こすとこちらとしても困る訳なんだよ。まぁ、今回は何とか貴方方で解決して下さったから良かった
 ですけど、今度このような事件があれば我々としても良好な関係を築くのに今一つ問題が……となるんですよねぇ」

 「おっしゃる事、身に染みて理解しているつもりです。我等南斗の拳士、身から出だ錆は我等で斬り落とすのは承知の上。
 貴殿の申す通り我々と『この国』は常に対等であり相互共同の関係を築きたいと思っております」

 「わかってるなら良いんだけどねぇ。……あぁ、そうそう。またあちらでテロ行為が盛んになっていて我々も政治的な
 問題で軍隊は派遣するけど少々心許ないんだよね。だからさ、今回も、いや別にそっちが嫌なら別に良いんだよ? だけど」

 「了承しました。我々の中から優秀な拳士数名を派遣いたしましょう」

 「あ、そぉ? それじゃあ有難うねぇ」

 ……その一室を抜けて『国会議事堂』を出た一人の老齢の男性は、監視の視線が消えたのを見計らい大きく溜息を吐いた。

 (……まったく嘆かわしい。あれが、今の『総理』か……)

 ……南斗鳳凰拳伝承者オウガイ。彼は前回の事件により現在の総理へと招かれ事態の報告を行い、そして、『恒例』の
 政治的な問題に対し対処をした。その問題は彼が伝承者になってから良く起こる出来事で、彼には手馴れたものだった。
 だが、慣れていると言っても、自分より少々年が下とは言え友人のような態度で問題の救済を願う姿勢は、彼にとって頭痛の種。

 (……あのような者がこの国を率いていると思うと不安で時々堪らなくなる。……いや、高望みし過ぎか。
 大戦が終了し、ようやく平和な時代が訪れて早数十年。民を統べる者が怠慢なのもある程度の余裕が生じたと言う証拠……)

 とは言っても、あのような態度が長引くようではかなりの問題だとオウガイは悩む。

 ……鳳凰拳伝承者オウガイ。自身の弟子の事以外にも問題が多い事に心労は絶えぬのだった。




  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 オウガイが自身の弟子の元へ戻り、最初に見た光景。

 それは、馴染みのあるバンダナと、それからはみ出ている金色の髪の少女。

 そして、それに付き添う鋭く逆立った髪の毛をした少年。

 何やら少女は猫のような生き物……赤子の虎と思しき物を抱えて自分の弟子へと見せている光景を目にする。

 弟子もその生き物が虎と理解するのか少々困った顔をしつつ撫でる光景は我知らず微笑みが浮かび……抱えた憂いも軽くなった気がした。

 「サウザー、ただいま帰った」

 「! お師さんっ、お帰りなさい!」

 「あぁ。……お主達もよく参った。何もない場所だが……」

 「いやいや。無理やり訪れてるの俺達だしな。アンナ?」

 「そうそう。あっ、オウガイ様! これ、ゲレゲレ! この前南斗の里で拾ったの! 可愛いでしょう?」

 ……虎の赤子は人懐っこいのが自分を一瞬見ても威嚇するでも関心を浮べるもなく少女に身を寄せて喉を鳴らしている。

 ……正直赤子の虎の名のセンスに少々口を挟みたかったが、我が弟子と少年の瞳は諦観しており、結局何も言わぬが華となった。

 「……うむ、確かに可愛いな。……だが、危険ではないのか?」

 「お師さん、俺もさっき言いました。……ですが、大丈夫の一点張りで」

 「オウガイ様よ。あんたからもちょっと言ってくれよ。動物園にでも預けるべきだって言ってんのに、アンナの奴……」

 「何よぉジャギ。言っとくけど此処ら辺にある動物園って設備悪くて衛生状態悪いんだから。そんなの嫌だよねぇ、ゲレゲレ?」

 『ガルッ!』

 意思の疎通が出来るのか、少女の言葉に赤子の虎は一声肯定のように鳴く。……このような光景を見てると先程の悩みを
 真剣に自己討論していたのが嘘のようになくなる。……この子の気質や雰囲気がそうさせるのが解らぬが、この子には
 時折りユリア様を思わせる程の人を安らか……いや、元気にさせる雰囲気を身に纏っているのだと実感させられる。

 そう思っていると、呆れつつ少女を見守っていた少年は私に視線を向けてきた。

 ……この少年も少女と同じ位に不思議な気質を備えている。

 何せ、出生からして特異。南斗と相対の北斗を宿す男の下で育てられ、そして南斗の拳を知り我が弟子と絆を作った子供。

 そして未熟な拳で一度目、そして最近になり二度目も南斗の拳士を退けた実績を持つ……その力の未知数さは侮れない。

 瞳に時折り移る影も、そして普段浮べる歳相応の無邪気な笑みも。夢か現か何が真実か不明な子供。

 さて、この少年は一体何を私に聞きたいのか……。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……サウザーが自分達の近くの町へと降り立っていると聞いて、すぐに駆けつけた時に見た光景。

 それは大樹の太い枝に片足で立ちつつ両手を広げるサウザーの姿。

 大声で声を掛ければ、サウザーは何時も自分達に出会う時の、嬉しさを顔中に広げた笑みをもって彼等を出迎えるのだった。

 「……へぇ、それじゃあオウガイ様は首相と出会ってるって訳か」

 「あぁ。前にも言ったかも知れんが、鳳凰拳は南斗の最高権力と言って良い担い手。ゆえに国家間とも密接な関係が有る。
 伝承者の中にはすぐ正式に認可か下れば軍属する人間も居るようだし、または重要な役割を担う人間の補助、及び護衛の
 任に就く人間も多い。言えば、それらを管理するのがオウガイ様曰く鳳凰拳伝承者の役目と言う訳だ。……とは言え、
 この前の事件は南斗に関しては痛恨の痛手と言って良かったからな。オウガイ様も事後処理に関しては大変だったしい……」

 自身も大きく関わった人物なだけに、サウザーの顔には憂いが見える。

 ジャギとアンナも慰めたものの、彼にとって師は何よりの存在であり、師の痛みは彼の痛みと言って良い程に愛抱いでるのだ。

 「まぁ、ともかく過ぎた事を蒸し返しても仕方が無い。……ジャギ、修行はどうだ? 未だ北斗伝承者候補を望むのか?」

 「未定、だな。……そういやラオウの兄者がサウザーに会いたかったようだぜ。多分、試合でもしたいんじゃねぇの?」

 「……あいつか。……今は修行の最中言えに暫く後にしてくれ、と伝言してくれ」

 「了解。……あぁ、それと個人的にオウガイ様に俺質問あったんだよ」

 「……お前がお師さんにか? ……何か変な質問でもするんじゃあるまいな?」

 「するか」

 ジト目でジャギを見るサウザーに即座に否定の言葉を上げるジャギ。一応信頼関係はあるが、お師さんに関してサウザーは
 直にその信頼関係など無い態度を取るがゆえにジャギも少しだけ疲れがある。まぁ、それ以外なら問題ないのだけど……。

 そんな経緯で、彼は今抱えている疑問を解決するべくオウガイへと質問する。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……フウゲン様にも一応質問したんだけどよ。南斗聖拳で最強の拳法は鳳凰拳なんだろ? なら、その鳳凰拳ってどう言う
 風に生まれたのか知りたくてさ。……フウゲン様は『空を護る獣の最高位が鳳凰だっただけだ』って言うけどよ。南斗聖拳の
 起源って日本か中国だろ? なら鳳凰じゃなくて朱雀とかでも良かったんじゃないかって思ってさ」

 (……この少年。中々深い質問するではないか)

 大の大人でも疑問視せぬ質問に、内心舌を巻きかけるオウガイ。

 その質問はある意味鳳凰拳の秘匿の部分に触れ掛ける質問。本来ならばはぐらかすかするのだが……。

 「……サウザー、お前はこれを聞いてどう思う?」

 「私ですか? ……確かに何故普通の鳥でなく鳳凰なのか疑問ではあります。……ですが、ただ単純な理由でない事は
 理解出来ます。108派を束ねるのに鳳凰を掲げる理由。それは多分おいそれと語るには重過ぎる内容かと……」

 その言葉にオウガイは殊勝に頷く。……愛する弟子も、自らの星の宿命を知ってから頼りになる人物に成長し始めた。

 ……確かに秘匿に近いが、この話を告知したからと言ってこの少年が悪用する確立は低い。……何よりも、この話に関しては
 北斗とも関連する話だ。……ならば、話しても良いかも知れん。……オウガイは暫し黙考してから口を開いた。

 「……ふむ、ならば語るか。……我が鳳凰拳の出生について」
 
 ……近くの適当な場所へ座り、オウガイは少しばかり空想に耽るような顔つきで、長い物語を語り始めた。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……かつて、世界は波乱と戦渦に満ちた世界であった。

 戦渦は人々を襲い、虐殺、陵辱、奴隷……恐怖絶望に圧せられ善なる者達は邪悪へと服従せなければならなかった。

 勿論、人とて何もしなかった訳ではない。悪なる者達へと立ち向かう為に泰山・華山などの拳法家達も生まれ対抗したが、
 焼け石に水……暴力を愉悦に望む者達を更に嗜虐を煽る結果、火に油を注ぐ結果にそれは成った。

 ……時代の憂き目に当たり、拳を極めし者達が成した拳法。

 「……それは、どうやら北斗の拳だったと言う話だ」

 「……何ですって?」

 サウザーはオウガイの言葉に戸惑う。何故ならば、始祖にあたる自分達の拳が北斗からの派生だったと言う事になるゆえに。

 「ならば……南斗聖拳は……」

 「あぁ、サウザーお前の予想は正しいだろう。……ゆえに、北斗と南斗は表裏一体と以前に話したのだ」

 ……オウガイは話を続ける。

 ……かくして、北斗の拳は一時期戦渦を鎮圧するに至り。

 だが、その拳は余りに壮絶ゆえに諸刃の剣に成りえる拳。ゆえに、陰は新たな闇を作る可能性があるゆえに陽の拳を求める。

 願わくば、空を舞う鳥のように自由な拳。陽射しを舞う鳥のように平和の象徴たる拳。闇を払う強さを秘めし拳を……。

 「……それゆえに、北斗が生まれし国で噂された伝説の神獣の名を借りて鳳凰拳は生まれた。……その拳はやがてこの国へと
 渡来すると、あらゆる鳥の名を借りて拳を創立した。……紛い物から本物に成り得る拳まで多く創られ、切磋琢磨され
 ようやく物の形となり108派が創立された。……そして……鳳凰拳について話は未だ続く」

 「え? これよりもっと凄い話があるの!?」

 アンナは、もうこれ位で全部だろうと思っただけに目を見開いて驚く。

 ジャギ、サウザーにおいても同意。オウガイの話はある意味トップシークレットものの話だ。その話よりもっと大事な事……。

 「有無。そして南斗が生まれおよそ1500年の月日が過ぎた頃……既に完成形には至っていた鳳凰拳であるが、その代の
 鳳凰拳伝承者に関しては自らの拳は点睛に欠けていると悩み、憂いに陥っていた頃に一人の拳士と出会ったらしい」

 「その拳士の拳法は血に染まる鶴のように壮絶で水鳥のように華麗であり白鷺のような足捌きを持っていたと言われる。
 また、その拳の真価は統べての拳を見切り何者の拳も受け付けぬ力だったとも言われている」

 (……もろ、それ極十字聖拳じゃねぇか)

 ジャギは原作知識を持っているがゆえに、オウガイの話が十二分に知れてしまう。

 それを知らずか知ってか、オウガイは話を続ける。

 「その拳と対峙した鳳凰拳伝承者は、彼の拳から鳳凰拳を完成へと至った。その敬意を称し、鳳凰拳の技に似た名を付けた」

 「もしや、それは極星十字拳ですか? お師さん」

 サウザーの言葉に頷くオウガイ。念を押して言うが本来南斗の拳士が自らの技を他人の前で話す事はない。だが、サウザーと
 ジャギは知らぬ仲でもないし、何よりジャギがサウザーと闘うような事は無かろうとオウガイが信ずるがゆえに話す。

 「そうだ、サウザー。……また、その拳士の動きから『紅鶴拳』と言う拳法が生まれえたとも言われているし。また、
 その拳士には二人の弟子がおり、その弟子達もまた遠方では優秀だったがゆえに彼等の名を借りて創られた技があると
 言われているが……その拳士の名は今の所不明らしく、正直どの技が拳士の名を用いたのかはよく知らされてない」

 (……弟子の名は流飛燕と彪白鳳……間違いなく飛燕流舞と天翔十字鳳じゃね?)

 ……南斗水鳥拳の女拳の象徴と言われる技と鳳凰拳の奥義が二人の拳士の名だと言われてジャギは酷く納得する。

 と言うより、蒼天の拳の設定が此処に来て北斗の拳に通じていると言われた事からして、ジャギにはおっかなびっくりなのだ。
 
 多分99%で当たっているジャギの思惑とは別に、オウガイはようやく一段落ついたとばかりに溜息を吐いた。

 「……まぁ、今となっては全て少ない資料からしか推測出来ない話なのだがな。……その遠方からの異邦者の拳士は
 鳳凰拳伝承者と暫し過ごし、また旅立ったとも言われてるし、そのまま伝承者達と余命尽きるまで過ごしたとも言われている。
 ……どちらの説が正しいか解らぬが、まぁこれが鳳凰拳の発祥の由来だな。……サウザー、お前の拳はあらゆる拳士達
 の魂が受け継がれている。そして、お前が掲げる星『将星』に関しても、その拳士の……」

 そこで、オウガイは口を閉じた。如何したのかと思っていると、その後に二人分の足音が近づいてくるのが聞こえる。

 「……失礼、オウガイ様。新しい108派に加入する拳士なのですが、それに伴いオウガイ様も話し合いにと……」

 「やれやれ、戻ってきてそれか。……続きはまた後にしよう」

 その言葉にブー垂れるジャギ。それをポカリと殴りつけサウザーは黙らせる。

 頭をさすりつつジャギと、そしてゲレゲレと付けられた虎を抱かかえ別れを告げるサウザーは、久々に友と過ごせ満足だった。

 「久々に友人と会えて満足だったか、サウザー?」

 「ええ。また明日も来るらしいですよお師さん。もっとも、お師さんは忙しい身ですし、居ないと思いますが……」

 その言葉と共に、何か確認するようにオウガイを見上げるサウザーに、オウガイは穏やかな笑みを浮かべて口を開く。

 「……構わん。修行ばかりでなく良く遊ぶ事も大事だ」

 「! はいっ! お師さんっ! では、今日は明日の分まで修行をします!」

 そう言って元気良く修行を始めるサウザーを微笑んで見つつ、オウガイは思う。

 (……そうだとも、例えこの国に衰退の兆しが見えようとも南斗の未来が憂う訳ではない。例え国が崩れようとも南斗を
 担う者達の魂の輝きは損なわぬのだから。……そうですよね先代師父よ? 貴方が望んだ平和は今此処に確かにあります)

 ……先代鳳凰拳伝承者。……その伝承者の瞳にも極星南十字星と思しき光をオウガイは見ていた。

 だからこそ彼はサウザーを選んだ。だからこそ彼はサウザーを育て上げたのだから。

 (……命に代えても……あの子を次代の鳳凰として)

 ……自分は新しい『将星』が引き継がれるまでの仮初の将でしかない。

 ……そう、オウガイは『将星』を宿しては居ない。……何故ならば、将星を宿す男はサウザーが生きた時代に自らの目で
 床の中で死亡したのだ。……そして、その伝承者の遺言こそ、次代の自分と同じ瞳の光の子を鳳凰拳継承者にする事
 だと言う事を誰か知ったであろう? ……それは、オウガイしか知りえぬ彼だけが知る秘密であった。

 「……私は、お前の瞳に極星南十字星を……」

 ……何時か、何時か私はあの子に……。

 ……どうしようもなく色濃い悲哀の瞳をオウガイは浮かべる。

 ……冷たく吹いた南風だけが……オウガイの髪を靡かせていた。





                       



                            ……未だ見ぬ鳳凰が吹かす風の如く。










       

           後書き



  北斗の拳創立⇒約100年後、南斗の拳を世間認識の拳として創立。

  『蒼天の拳』魏瑞鷹、北斗神拳伝承者霞 鉄心と決闘後弟子を育てた後か前に
 日本へ渡る(※理由は多分鉄心との再決闘を希望してたとかそんな所)と、
 鳳凰拳伝承者と運命の手引きで出会い鳳凰拳伝承者に教授した……多分こんな所。

 極十字星拳が南斗聖拳と無関係ってやっぱ無理あると思うんだ。

 あと、今回の過去の鳳凰拳伝承者。もう一回位登場します。蒼天の拳のマニア居たら間違いあれば教えてください。

 






[29120] 【文曲編】第三十二話『聖者になりし彼の想い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/18 11:11

 ……私には一人兄が居た。

 とても強く、大きな目標を掲げている兄。私が挫けそうな時も叱咤し、厳しい言葉の中に優しさを秘めて励ましてくれた兄。

 私は、兄と共に何時も過ごしていた。育ての親は良くしてくれたが、思い出の中で霞むようにその映像が薄い事は、余り
 馴染めなかった事が窺える。私と兄、どちらもお互いに関して思いやっていたが周りには少々無頓着過ぎたのだ。

 私達は拳士を目指していた。物心付いた時には拳の修行をしていた。

 同じような胴着を纏った同年代の者と共に修行を行い、私達は寺院に似た場所で来る日も来る日も拳を鍛えていた。
 
 その場所には師が居た。師は厳しく、気の所為でなければ我々には特に厳しく鍛錬を施していたと思われる。

 私は時折り、その修行に危うく付いていけず挫けそうになった。その度に兄は私の手を引っ張り共に道を進めてくれた。

 ……ある日転機が訪れた。

 その転機の前にある悲しき事故が訪れた。それは、私が飼っていた可愛らしい一匹の子犬。その子犬が悪戯に狩人に
 射殺された事が始まり。私は愛犬の死を目の当たりにし……そして直後に私は痙攣し顔面から血を流す狩人を見下ろしていた。

 ……多分でなくも私がしたのだろう。居合わせていた兄や師に問うても、曖昧であるが私の言葉に否定はしなかった。

 ……私は打ちひしがれた。そして、愛する物が死ぬ事に恐怖を覚え……その時だ、私がその命を救う事を願い始めたのは。

 ……その日から願いを叶えんが為に私は医術書を読み耽る。時に付近の医者に教えを聞き、私は己の中に知識を植えつけようとした。

 兄は、私の行為を見て別段何も言わなかった。それは、兄が私を否定せぬ事は黙認している事であり、私はその無言が居心地良かった。

 ……ある朝、私と兄は二人だけで師に呼ばれた。

 てっきり兄がまた同門の者といざこざを起こし、その事が原因で呼ばれたのか、と思ったが……その話は全く違う話。

 『……ラオウ、これからお前を伝承者候補として育て上げる事となる』

 『トキ、お前は兄と共に我が寺院で過ごす。解るな』

 ……私と兄は共に別の場所へと移り住む事となる。

 兄は、その事を聞かされても別段驚いた様子もなく、ただ無表情でそれに頷いていただけだった。

 後で、兄に候補者となる事に対しどう思っているか聞いてみた。

 『……この俺の目的の為には又とない機会。精々利用するだけだ。……俺の目的か? 強くなる事に決まっているだろ』

 ……兄は、常に強さを望んでいた。

 絶対の強さ、それで何をしようか解らないけど、ただ己の意思を添い遂げようと兄は常に強さを得ようとしていた。

 私は、その異常なまでに強さを望む兄に僅かながら不安があった事は否定出来ない。だが、不安を感じてたからと言って兄へ
 その行為を止める事など到底不可能だった。何故なら、兄にとって強さを得る事は生きる事に等しいのだから。

 ……やがて、その転機が訪れ私達は北斗の寺院へと移り住む。

 ……その寺院で、私は出会った。……その出会いは幾年も経ての付き合いになる存在……突如出来た弟の邂逅。

 ……その弟は師の子供であり、また師自身の子でなく孤児であった時に引き取られたと、後に弟から聞かされる。

 それを聞くまでには弟は実の師の子だと私は疑っても居なかった。そして、師の子ゆえにあれ程鍛えられているとも思っていた。

 彼は私や兄と同じ程に技量と力を備えていたと言って良い。訪れた初日でも彼は兄の修行の前に拳の修行をしていたようだから。

 兄は、控えめにも弟と仲が良いとは言えなかった。兄は出会った日から余り弟に対し好意を抱いてはいなかったと言って良い。

 とは言うものの、それを私は未来の危惧と思っては居なかった。兄は現状から言って周囲の私以外の人間にあからさまに
 人懐っこい笑みとか、優しい振る舞いを見せる事は無かったから。いや、全く無かったかも知れない。兄は生来その様な人だった。

 ……弟は南斗聖拳なる物を学んでいる子だった。それは、私が目指す拳とは相対する陽の拳。私は彼の実力が中々高い事も
 判断して彼は良い拳士になるだろうと思った。何より、彼自身の気質も私の見立てては悪くないと判断したからだ。

 ……私は未だ未熟で、兄が伝承者候補として修行しているのを本を片手に見守っている時、弟は話しかけてきた。

 私の持つ書を見て、弟は医術に興味あるのか? と尋ねる。

 ……私は正直に吐露した。私はもし拳の道が無理ならば、医者となる事が望みだと。

 ……別に馬鹿にされても構わない。拳士以外の事を目指す逃げ場所を作っている者だと言われても構わない。

 ……だが、弟は素直にその言葉に笑顔を浮かべ、応援の言葉を贈ってくれた。

 『良い夢じゃんか。兄者なら良い医者になれる。そん時は俺の怪我も見てくれよ』

 ……そこまで素直に応援してくれるとは私は思っていなかった。

 私の初めて望んだ夢。愛犬の死から芽生えた命を救いたい想い。

 兄は何も言わず、弟はその言葉に素直に賛辞を。

 ……私は果報者なのだろう。だからこそ、兄や弟の苦しみを、来るべき未来まで察してやる事も出来なかったのだ。

 ……ある日、私にとって大きな転機が訪れる。

 弟は南斗の拳を学ぶ為か外出し、そして兄の修行を見ていると突然師が我が元に訪れて言った。

 その瞳には喜怒哀楽の感情なく、私だけをただ瞳に映し見上げる私へ静かに言った。

 『……トキ』

 『今日からお主も、伝承者候補として北斗の拳を学ぶが良い』

 ……あぁ、遂にその時が来たのだ。

 ……私は膝に置いていた医術書を脇へ置き、ただ無言で立ち上がると師に向かって深く礼をした。

 ……少しばかり悲しみ帯びるかのように医術書は風で捲れ上がっていた。

 ……北斗神拳伝承者候補、それは闇の拳であり、その力を正しき事に振るえば万の命を救え、逆に悪用すれば万の命を摘む。

 私は、その拳に魅了されると同時に大きな恐怖もあった。……その拳を学べば確かに私の夢に大きな力となるかも知れない。

 だが、その前に私は兄と競い合う事も少なからず抵抗あった。

 ……だが、兄はそんな私の悩みも笑みを浮かべて言った。

 『……下らん。例え伝承者候補になろうとお前が俺の弟である事に変わりは無い』

 『……候補者としてはお前は俺にとって確かに障害なるだろう。だが、その前にお前は俺の弟だ。……何も変わりはせん』

 ……そう言われて重荷もストンと無くなる。
 
 そうだ、何を不安に想う。兄は何時であろうとも兄。私の悩みなど取るに足らぬのだ、と。

 ……私は安心して寺院の前で私を祝福してくれる柔らかな木漏れ日を浴びて目を細め……そして影が降り立った。

 そして、気が付く。私の悩みは未だ尽きていない……その人物は私の鼻の先に居たではないかと。

 『……伝承者になったんだって? 兄者』

 ……あぁ、何故私は愚かに候補者になった事に安堵してたのだ。

 居たではないか、私が候補者になれば失意に陥る人間が居る事に……!

 ……弟、ジャギは私や兄が訪れた際……突然の来訪者である私達の紹介と共に聞かされた北斗の拳に、その瞳は何を見たか。

 私は、少しばかり恐れのような者が弟が私の前に現れた時に背筋に走っていた。

 弟は、私が彼も目指す者に成りて負の感情に満ちた言葉を浴びせても何ら不思議は無かったから。

 だってそうだろう? 彼は……私よりずっと……崇高なる想いで拳を磨くと知っていたから……。

 

    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 ……ある日の事だった。

 私が寺院で書物を読み、それを一室に閉まっている時に聞いた会話。

 『……父さん、考えてくれないか?』

 『またその話か……何度も言っているであろう。私は、お前を伝承者候補にする気は絶対にないのだ』

 ……ジャギと師の会話。盗み聞きするのは悪いと思ったが、私は好奇心に勝てずそっと聞き耳を気配を殺して立てていた。

 『……何故、そうまでしてお前は伝承者候補に成りたがる? ジャギ、お前は既に南斗の拳を覚えている。何時しかその拳を
 極める事になれば、お前は陽射しの下の元で南斗聖拳拳士として生きる事になる。私としてはお前が拳士になる事も忍びない
 と考えているのに、お前が北斗神拳を習う事を想定するだけで胸が痛い。後生じゃ、ジャギ。頼むから口にせんでくれ』

 『……南斗の拳、北斗の拳両方を望むのは駄目だと?』

 『あぁ、そうだ』

 ……言葉の内容から読み取れるのは、ジャギが師に伝承者候補を願う声。

 私は、彼が南斗の拳士の卵でありながら、何故北斗神拳伝承者候補を望むのか理解出来ない。

 既に陽の拳を極める道を知りながら、あえて陰の……人々の影の拳を目指すのか私には……。

 『……父さん、俺が何で拳法を学ぼうかと思ったか解るだろ』

 『……あぁ、十二分にな。……だが、それとこれは話が違う。この拳を身に付ければ、それは逆にお前の身を縮める……』

 『俺は……もう嫌なんだよ』

 『……何?』

 ……空気が変わった事が、壁越しでも解る。ジャギは何を言おうとしているのだろう?

 『……あの町で俺は二度度死に掛けた。……そして、俺は一度目に南斗聖拳を覚える決意をして、そして二度目に至っては
 その未熟さゆえに俺は……俺はあいつの心を守ってやる事も出来なかった。……父さん、俺はもう御免なんだよ、あんな思いは。
 ……父さんの全てだって言う北斗神拳。俺は、それを得て強くなりたい。そうすれば父さんも守れる。俺が守れなかった
 者も守れる気がする。……俺はもう嫌なんだよ、何も出来ないまま誰か死んだり傷ついたりするのは……』

 (……ジャギ)

 ……私の知らぬ所で、彼はどれ程の経験をしたのだろう。

 未だ十歳にも至らぬだろう彼の言葉は深く重く。師も咄嗟に言い返す程に悲哀の滲んだ言葉。

 『……お前の気持ちは解る。……南斗の拳だけでは不満と申すのか』

 『いや、そうじゃないんだ。南斗聖拳のお陰で俺は未だこうして生きている。俺は南斗の拳が弱いと言うつもりは無い。
 ……だが、父さんが其処まで執拗に拘る北斗の拳を知れば……俺は南斗の拳と同時に北斗の拳を振るい……もう、あんな事には』

 『ジャギ、二つの拳を扱えると本気で思っているのか? ……南斗聖拳は言っておくが北斗の拳と相対の拳。そのどちらも
 元は同じ、それゆえにどちらも極める事は不可能ではない。……だが、どちらも対極ゆえに同時に扱おうと思う物はいない』

 『なら、俺が最初の一人になる。そして……俺が守りたい奴を守るよ』

 ……ジャギ、お前は如何して其処まで……如何してそうまでして……諦めない強さを持っているのだ?

 ……それ以上、私は彼等の話を聞きはしなかった。

 ……私は、北斗神拳伝承者候補に最初はなれるような人間ではない。ただ、兄のおまけでなれたような男だ。

 ……彼は、必死に自分の目的を持って拳を磨いている。それゆえに、誰かを守る為、師を……父を守りたいが為に 
 命懸けで拳を磨いている事が理解出来た。……そのような重い決意を秘めた人間を他所に……自分は伝承者候補になった。

 ……なのに。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……良かったじゃねぇか。これで、ようやく夢の一歩が踏み出せたんだろ?」

 ……なのに、彼は……私に向かって笑いかけた。

 「……ジャギ」

 「いやぁ安心したぜ。兄者が伝承者候補になったって聞いてさ。何時になったら兄者が拳を教わるのがヒヤヒヤしてたからな」

 「……何故だ、何故だジャギ」

 「ん?」

 不思議そうに自分を見るジャギに、私は尚も言う。

 「何故喜んでくれるんだ。私は……私は確かに伝承者候補を目指してはいた。けど……お前のほうがよっ程……」

 「兄者」

 ……ジャギは、私に向かって笑いながら言う。

 ……その笑顔は余りに無邪気で……私は二の句が告げない。

 「んな気にするなって。俺は、俺のやり方で強くなる。南斗聖拳を極めて、そして何時か俺も北斗神拳伝承者候補に
 なってやるさ。その時は絶対に兄者も、ラオウの兄者も越す。俺は……俺は諦めるつもりなんて更々ねぇよ」

 ……私には弟が居る。

 ……突然訪れた私達兄弟を平然と受け入れ、尚且つ彼は父に拒絶されようと何度も何度も師が宿す拳を教わろうと願う。

 それは、師を守りたい想い、誰かを守りたいと言う想い。未だ不確定なままに拳を教わる私よりも、崇高な精神を持つ弟。

 ……私は、このような弟を持てて自慢だ。……そう本人に向かって言えばどう反応するのだろう。

 多分、彼の事だから笑って私の言う事を冗談だと言いつつ自分を卑下する言葉を続けるだろう。それを知るから、私は
 彼に何も言わずただ見守るのみ。伝承者候補になった今日も私は兄と彼と修行を続けながら研磨し続けるのだ。

 ……ジャギ、私はお前と言う弟が居て良かった。

 ……例え、お前の道が私と重なっても、私はお前の事を見守るよ。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……久々に、町へ降りたな」

 ……トキやラオウ。彼等は町へ降りる頻度はジャギと比べれば少ないが時には町へは当然降り立つ。

 最近では、ラオウはサウザーの存在を知ったがゆえに、近々サウザーに会う事を望んでいた。

 強者との対決、鳳凰拳伝承者である事を知ったがゆえに、彼にとってサウザーとの闘いは何よりの糧だと踏んでの事。

 トキは、誰であろうと闘う事には余り気乗りはしない。……それいえに兄の性が少しは穏やかになる事を望むが……石を泣かす方が容易い。

 ある程度の品物を買い揃えると、彼は眩しそうに細い目で町並みを見下ろす。

 ……寺院へ降りて下界を見渡せば、活気賑わう人々の笑顔は見れる。

 だが、その一方で顔を俯き病で座り込んでいる人間も時折り見かける。トキは、それを見ると堪らなく悲しくなるのだ。

 自分では如何しようも出来ない。もし、自分が北斗神拳を見に付ける事さえ出来れば……。

 「……あれ、貴方……」

 そんな時だ、意外そうな声と、花の香りがトキの背後から現われたのは。

 「……? 君は……」

 「こんにちは、私アンナだよ。覚えている?」

 ……トキは一度だけ彼女と出会った事がある。

 ……彼女は、ジャギの想い人だ。トキははっきりとジャギから聞いた訳ではないが、彼女こそジャギが守りたい者その人だと
 思っている。彼女を見る時のジャギの笑顔は自然で、トキはその二人の居合わせた空気は穏やかだと知っているから。

 「あぁ……ジャギは?」

 彼女が居れば、ジャギも居ると推測し問う。

 だが、笑いながら『今日は別行動』だと聞かされ、そうかと頷いているとアンナは言った。

 「ねぇ、少しだけ私の店に寄って貰って良い?」

 「え?」

 言われて思うは意外。彼女はこのような笑顔を浮かんでいる人だったであろうか? ……そう言えば、あの事件が収まった後に
 この女性はショックから立ち直ったとジャギから聞いた。……彼女の違和感の正体を自分で納得していると、アンナは言う。

 「少し、貰って欲しいものがあるの。時間がなかったら別に良いけど」

 「……いや、別に急いで帰る必要もない。……付き合おう」

 ……ジャギが想う者。私は彼女がどう言った人物がもう少し詳しく知るのも良いであろうと思っていた。

 あれ程までに執拗に伝承者候補まで目指し守ろうとする娘……彼女は一体何を秘めているのかと……。

 私は、彼女の背を追いかけた。



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……此処が家か」

 ……家と言うよりも、BARと言う方が適切な店。

 正直、入るのに少々勇気が居るが私は入る。何分店の外で待つのも体裁悪いし、何よりも彼女の好意を無碍には出来ない。

 初めて入る酒場に少々見渡しつつ適当に彼女が引いてくれた椅子へと座る。カウンターには面倒くさそうにグラスを拭いてる女性。

 「うん? 何だいアンナ。ジャギを放って置いて別の男とデートかい?」

 ……アイシャドウが派手な女性は小指を立ててアンナへ告げる。

 私は何と言って良いか考えあぐねている間にも、『ジャギの兄貴だよ』とアンナは少々怒った顔つきをして女性へ言い返していた。

 その後は別段何事もなくグラスに飲み物が注がれる。酒でも出されたらどうしようかと思ったが、普通の水に心から安心した。

 ……アンナが店の上にある自室へ入るのを見送りつつ水を飲みながら周りを見渡す。

 仄かに漂う煙草の香り、酒の入ったグラスの棚。控えめに置かれた観葉植物に、ある程度置かれている花瓶や植木鉢。

 何やらロックバンドのような派手衣装をしたポスターを覗けばそれが店の内装。それ程悪くない趣味かも知れない。

 ……そんな事をぼんやり考えていると、自分の足元に何やら柔らかい生き物が擦り寄ってきた感触を覚えた。

 「……猫? ……いや、虎っ?」

 ……最初、足元を見下ろして尻尾ち軟体てきな動きをする生き物に猫だなと思ったが、その幼い骨格は図鑑で見た虎に
 見間違いなしと判断し小さく驚きの声を出す。その私の様子にカウンターで煙草を吸っている女性は可笑しそうに言った。

 「あぁ、アンナの奴ったら虎の赤ん坊なんて拾って来たんだよ。一体何考えているかわかんないねぇあの子は。
 まぁ、そこそこ大きくなって手が付けられなきゃ動物園にでも寄越せば良いだけだしね」

 そう言う問題なのかと思いつつ、その虎を撫でる。

 ゴロゴロと喉を鳴らし大人しく撫でられる虎。人を警戒しない様子は随分と飼い猫臭いと考えつつ暖かい毛並みが掌に触れる。

 「……あっ、ゲレゲレ気に入ってくれたんだ」

 「……ゲレゲレ?」

 「うん、その子の名前ね。ジャギったら私が名づけた途端変な顔したけど、良い名前でしょ?」

 ……如何返事して良いか困る。そんな私を他所に、アンナは私に用件たる持ち物をカウンターへと置いた。

 「……これは、医学書?」

 「うん、ジャギが取り寄せて欲しいって言ってたから私がね。ジャギと今度会う時にあげても良かったけど、貴方に
 丁度よく会ったし今贈れば大丈夫かなって。……ジャギから聞いたけど、医者になりたいんだって? トキさんは」

 「……あぁ、そうなれば良いかなと思っている」

 ……伝承者候補となり、私はようやく拳士の端くれとなって北斗神拳を学ぶ事になる。

 その中にある経絡秘孔扱えれば、多くの命を救う所業も可能だろう。

 ……私は、伝承者になった時に自分がどのような生き様を送るのか正確な未来像は未だ見えていない。

 だが、悪用はせず先代の伝承者達のように人々を守る為に使おうとは決意している。……その為に医術に用いるのは良い事か。

 「……ジャギ言ってたよ。トキは、俺が知る中で人の事を一番思いやる事が出来る人だって」

 「! ……ジャギがそんな事を?」

 ……突然出来た兄である自分。本当は疎ましく思われても仕方が無いと言うのに。
 ……彼は、私に対し其処まで思ってくれてたのかと……心の中に熱い物が込み上げる。

 「……ジャギもね、貴方と同じように医学を習ってるんだ。知ってた?」

 「! いや……初耳だ」

 驚いた。ジャギは拳だけを磨き他には興味ないばかりと思っていたから……。

 ……そう言えば栄養知識やらそう言う事に対し私と議論した事もあった。……ジャギは私の知らぬ所で成長しているのか。

 ……だが。

 「……だが、何故ジャギは医学を?」

 「……多分だけど、守りたくても、守れない時があるって知ったからかな」

 「……何?」

 ……遠い目を彼女はしていた。自分と同い年程の彼女は、達観したような物言いで彼を語る。

 「……私やジャギは、南斗の伝承者と対峙した。……その時、とっても強くて、そしてとても勇敢だった人は死んだ。
 ……もし、その時少しでもジャギや私に医術が扱えれば、その人は死ななかったかも知れないから……だからかな」

 ……その言葉に、トキは目を閉じ思い返す。

 ……あの、木兎伝承者と言われる大量に人を殺した人物。師父に背から秘孔を突かれ倒れたとは言え、瀕死ながら
 立ち上がりジャギに対し死を宿す拳を振りかざそうとしていたあの男の背中には鬼気迫るものがあったと思い出される。

 ……その男と命を賭して闘った飛龍拳の伝承者。……自分は名も知らぬ者だが、随分ジャギは世話になったと聞いている。

 『……強い奴だったよ。……大切な人殺されて、酒に溺れて復讐に呑まれて……だけど、俺やアンナには決してそんな
 暴力的な一面は見せずに俺達を守るって宣言してた奴だ。……恥ずかしいよな、何にも出来なかった自分がさ』

 「……そうか、だからジャギは」

 あぁも、北斗神拳を覚えたいのか……とトキは憂う。

 ……北斗神拳さえ見に付ければ、瀕死の者であろうとも救える可能性はある。

 ……ジャギは、守ると同時に救う事も目指すべく拳を磨く……それを知り改めて頭が下がる思いだった。

 「……ねぇ、トキさん」

 ……さん付けをして私の瞳を見るアンナに、私は顔を上げてアンナを見る。

 ……その瞳は不思議に輝き私を映していた。太陽や星の輝きとも異なる不思議な輝き。私はその輝きに少しだけ呑まれている
 間にも、アンナは私に向かって厳かな声を帯びて、私へ頭を軽く下げながらお願いをしてきた。

 「お願い、私が居ない時にはジャギを見て。ジャギが挫けそうな時、苦しそうな時があれば私に教えて。
 ……ジャギは、強い人。強いから、私の事を守ろうと必死で傷つくのも無視して頑張ろうとするの。……だから、お願い」

 「別にジャギを労わって欲しいとか、そう言う事はお願いしない。……ただ、ジャギが苦しんで生きる事だけ……私は止めて欲しい」

 ……あぁ、この娘がジャギの想い人である理由が解った気がする。

 ……この娘は、光なのだ。ジャギにとっての光。

 ……この娘がジャギを支え、ジャギの強さを望む原点なのだろうとトキは酷く納得する。

 「……お願い、トキさん」

 「……あぁ、約束しよう。……私からも一つ良いか?」

 トキは、アンナに向かって姿勢を正しながら言った。

 「……ジャギは強い男だ。私よりも強い心を持って目的に向かって歩いている。……アンナ、お前はジャギを
 支え続けるつもりなのだろ? ……ジャギの事をここれからも同じく支えてくれ。……無論、ジャギの側にいる時……」

 「決まってるじゃない」

 ……アンナの瞳の中の輝きは一層強まり……その口調は絶対的になる。

 「例え、ジャギが居ない時も、そして側に居る時も……私はジャギの事を想っている。ずっと、ジャギを想っている」

 「……生まれ変わることになろうと、私にはジャギが幸せな事が何より大事。……私は……ジャギを幸せにして見せるから」

 ……その顔は病的な程に美しく染まり、そしてトキの方向を見ているが、それは多分今は居ないジャギを見ていた。




 ……神よ、貴方は知っておいでか?

 このようにお互いを想いあう男女を……貴方は祝福して下さるだろうか?

 ……いや、解りきった事か。このように愛し合う者を、神が祝福しない筈がない。


 トキは、寺院に戻る最中医学書を強く胸に抱きしめながら空を仰ぐ。




 
                                ……彼等に祝福を。











              後書き



   

  次話しで彼が登場。以前の作品をより細かく描写して八話程だらだら執筆するけど長い目で見てね。


  これが終了したらジャギ十歳から十五歳の話になるので宜しく。





[29120] 【文曲編】第三十三話『拳王になりし彼の想い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/24 20:23
 ……世界は今日も緩やかに廻っている。

 下界では軽犯罪及び重犯罪が村や町で頻発し、その度に幾分頼りない警察や下手すると軍隊を駆使しそれを鎮圧する。

 一つの村では近代的な町並みが建てられており、そしてそれ程遠くもない隣の村では木材で建てられた村が並べられている。

 隣町では飢える子供は殆どおらず、そしてその又隣町では毎日空腹に嘆く子供が居る。これがこの世界の日常だ。

世界的な戦争が終わったとはいえ、貧富の差は余り狭まらず未だ未だ差別的な要素が色濃く残るこの国。

 その国のとある町、とある寺院で一人の少年は遠くへとずっと視線を向けている。

 彼は常に人気なく気が抜ける環境になればその方向へとずっと視線を向けるのが主だった。彼自身も自分で明確な理由を
 表せないが、何をするでもない時間が生まれれば、その方向に視線が向かれ、そして答えが出せぬまま時間を浪費していた。

 暫く経てば、このような時間が勿体ないとばかりに彼は一つの樹木へと歩み人差し指を掲げる。

 そして、彼はその樹木へと力を込めて指を突くのだった。

 彼の名はラオウ。いずれ世紀末と化すであろう世界で君臨する拳王の名である。

 彼は今寺院に一人修行を行っている。時折危うく見える程に善良さを宿す弟は、今日は街へと出ており、そして……。

 「奴は、また外へか……ふっ、伝承者候補を目指す者の態度では無いな」

 ……北斗神拳伝承者候補、ラオウはそれを目指しこの寺院で過ごす事を決意した。

 理由は強さを得る事。何者にも負けぬ強さ、運命、宿命、使命など強大なる天の意思すらをも越える強さを手に入れる事。

 彼は、その理由の原点を思い出そうとしても何故か明確には答えられない。だが、強くなる事がとても重要だと知りえていた。

 その為にはどんな試練とて耐え抜く意思を携えこの寺院に訪れた最初の日。ラオウにとって最初の障害は……師父の子。

 ……義兄弟となる弟の存在だった。

……初めて見た光景は何やら独特の拳の構えに似た形で瞑想する姿。そして自分と実弟に好意的な態度で接した子供。

 ラオウの知る同年代の者や、異彩を自身と同じく放つ弟とも違う雰囲気を持つ少年を、ラオウはきに食わないと感じた。

 何が嫌悪を感じるかは不明。拳がその時の自分の実力より上だと判断した為? それとも威圧に動じぬ不動の姿勢の為?

 どれとも違う。彼自身の直感が、その者を敵と判断したのだ。

 だが、それでもはっきりとその弟に対し攻撃的な態度を取らないのは彼自身の土俵へと乗り込まないゆえに。

 その隔たりさえも無くなれば、彼は実力行使で彼を排除するだろうとラオウは予測していた。

 だが、それも杞憂だろうとラオウは思っている。彼の土俵……伝承者候補へと奴がなる望みは希薄。しかも奴は
 南斗聖拳を志し、既にその道に片足、いや両足を既に突っ込んでいる状態と言って良いのだ。北斗と南斗は表裏一体、
 ゆえに奴が伝承者候補となるならば南斗の拳士の道を捨て去る事になる。奴に、それ程の決意があると自分は思っていない。

 (そうだ、奴が俺の前に立つ確立は万に一つ無いと言って良い。……だが)

 北斗神拳基礎の修行一指弾功を終えて、ラオウは考える。

 奴は飄々とした態度を取っているが、反面拳の修行は真面目にしているのか時折り修行を共にする時は確かに実力が伸びている
 ようにも見える。実弟であるトキも、それを褒め称え彼の実力を買う言葉を時々仄めかす。別にそれを嫉妬を覚える訳では
 無いのだが、甘いと時々苛立ちを覚えつつ反面情愛も同じように注ぐ実弟から、義弟の擁護する言葉を聞くと
 無性にその言葉を訂正したくなるのだった。最も、そのような大人気ない態度を彼が取る気は更々無いのだが……。

 「……俺は何を乱されているのだ」

 言葉に出して自身の心にある不安を叱咤する。

 このように心に浮き立ちに似た想いを抱くのも気が殺がれる環境にいる所為だとラオウは思っている。

 昔は違った。かつては周囲は殺伐としており、その環境に常に身を置いていると生の実感をより濃く知って……。

「……? ……俺は」

 そこまで考え、ラオウは額に指を当てて懊悩する。

 彼の回想に一瞬浮かんだ光景。その光景とは悪鬼に勝る表情を浮かべ殺し合いをする人々の光景。
 その人々の間を縫うように自分が自分を見て歩いている光景。そして、自分は誰かの小さい手を握っていて……。

 「……っ」

 彼は、其処まで考えると同時に鈍痛が走り、その回想は途切れた。

 自分には見に覚えが無い記憶。それは幻覚なのか? いや、それにしてはやけにはっきりとした光景にも思えた。

 ラオウは、無理やりそれは気の所為だと思う事にした。現実の疲労から造られた架空の想像なのだと。

 だが、それは幻覚などではなく本物の光景だと、未だラオウは知らない……。

 「……そう言えば、奴も時折り頭を押さえてたな」

 今日は、やけに余計な出来事が頭の中に浮かぶと自嘲しつつラオウはふと思い出す。

 自分の走った鈍痛と同じく、その義弟も時折り頭に手を置いて顔を顰める動作をよくしていた。

 別にその様子に不安を覚えるとか心配する気持ちを自分は持ち合わせていない。だが、その様子は現在自身が受けた
 動作と似通っていたとラオウは推察する。義弟は、暫く頭を抑えてから溜息を吐き、何事もなく何時も通りに振舞う……。

 ……義弟が普通でない事を、ラオウは見抜いていた。物の怪の類がこの世に実在するならば、あれがそれに妥当する物だと
 ラオウは自負している。あれは人の皮を被った別の生き物。その皮を剥げば別の何かが現すだろう、と。

 実質、義弟は普通の子供と何かが違っている。幼くも南斗聖拳の素質がある事や、将来的に有望たる南斗の拳士の子供らと
 交友関係ある事も少しは関係するが、それよりももっと異質なのは、彼自身が生きる為に磨いてきた観察眼がそうだと断言している。

 ……現状では、その異質が自分に降りかかってくるとラオウは思っていない。だが、油断して良い事でないと自身は知っている。

 「……そういえば、サウザーとの決着を今度果たさないとな」

 ……以前、一度暗闇の森林で出会った鳳凰拳伝承者候補のサウザーと言う者。

 彼は一目で、その実力が自身と相応していると見抜き、そして手合わせを願った。

 最も、彼とサウザーの関係性からそれは容易な事ではない。ゆえに、彼は取りたくない手段だが義弟の口を借りてその
 願いを果たそうとした。二、三回は師から断りの返事を義弟から聞かされ未だに果たされぬ野望。

 だが、この冬を越してサウザー自身が下地が完了したら一度手合わせしても良いとの返事をラオウは聞かされていた。
 その言質を取ったがゆえに彼の修行にも熱が入ると言うもの、例え死闘でなくとも、試合で得られる物は大きいのだから。

 こう言う場合においては、あれが義弟である事も役立つと彼は思っている。最も、それに兄弟愛は無いのだけども。

 ……幾分か時が経つと、彼は師に修行を終えたと返事をする。

 「師父、今日の鍛錬は全て終えましたが?」

 「……むっ、そうか。……ならば今日はここまでで良い。残りは自分で好きにして良い」

 ……その言葉にラオウは目を細め師の言葉を吟味する。

 最近になり、師父はどうにも少しだけ浮ついた様子が見れるとラオウは判断していた。

 その態度に義弟も気付いているのか時折り師父に鋭い目を向けているのにラオウは気付いている。観察眼は自分と等しく
 高いかも知れないと感じ、そして改めてそれが侮れない者だと再認識するのだ。……そして、彼は口を開く。

 「わかりました。では、少し町へと降ります」

 その言葉に師は頷き顔を机へと戻す。……ラオウは気付いていた。彼が師の居る部屋へと赴いた瞬間に僅かに開いた棚の口を。

 多分だが、それは文を自分に気付かれぬように入れた跡。そして、その文の内容が自分の考えが正しければ……。

 「……ふんっ」

 寺院の階段を降りながらラオウは鼻で一笑する。

 例え、自身の予想が当たっていようともそれが何だと言う? 来訪する者が自身の道に立ち塞がるなら容赦なく拳を向ければ良い。

 今も、昔もそうしてきたのだ。自分に楯突くか、または邪魔立てする者は自身の拳を向けて突破口を開いてきた。

 「そうだ……そうだとも」

 ……ラオウは迷わない。彼は彼自身の目的を明確に持っている。ならば、揺らぐ道理はないのだ。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・
    
                ・




 ……町に下りれば、常に下らぬ風景。

 街角で遊ぶ子供等の群れ。井戸端会議する主婦達。そして道に寝転がる敗者達の姿。……変わる事のない風景。

 ……その、反吐が出る程に安穏さがある光景に何故かラオウは自分が場違いの場所いるように思えていた。

 ……その原因は未だに不明なのだけれども、彼はその原因が理解出来ない事に苛立ちが増し、彼の雰囲気はより剣呑になる。

 その雰囲気に周囲の人間は恐れ寄り付かなくなる、彼に話しかけようとする希有な人間は一人として居ない。

 ……そう、居ない筈……なのだが。

 「ちょっとリュウ、いきなり走らないでよっ……って、あらっ?」

 「……お前は」

 ……行き成り自分の前に現れた犬。そしてその手綱を急いで握り締める金色の髪の毛をバンダナで縛る少女。

 ……その犬に馴染みは深く、そしてその少女とも彼は面識あった。

 「……こんにちはっ。えっと……ジャギのお兄さんのラオウ、だっけ」

 ……彼はその少女に出会い、今日は本当にどうも調子が崩れる日だと感じた。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 ……目の前には舌を出して自分に纏わり付く犬。

 そして、少し困った様子で腕に虎の赤子らしき物を抱える少女。

 
 ラオウは、その少女の事を少しは知っていた。

 義弟の想い人。そしてその少女も義弟に好意を抱いているのは明白で、そしてその少女は心に病いあった筈だった。

 だが、ある一件でその病状も回復したと聞いた。だが、それでも彼女が以前から引き摺っている傷は癒されてないらしい。

 「……俺は、お前に用など無いんだが」

 ……今、その彼女とラオウは二人っきり。

 はっきり言って、ラオウは彼女に悪意もなければ好意もない。単純に話し相手になる気もなかった。

 話に付き合う気もなかったのだが、半ば無理やり彼女が頼み込むように話を願い、ラオウは舌打ちしつつもそれに従った。

 本来、何時もなら彼は強引にでも拒絶していた。だが、その日素直に従ったのは気紛れなのか、それとも……。

 「それで、聞きたい事なんだけど……」

 「さっさと話せ、俺は言っておくが暇ではない」

 ラオウは、苛立ちを隠そうとせず彼女に感情露にしたまま突き放す言い方をする。

別に、その言い方で彼女が気分を害そうがどうでも良い。彼にはその事でうろたえる精神は持ち合わせていないのだから。

 だが、彼の態度に彼女は構わず言い放った言葉。それは僅かにラオウの興味を引いた。

 「最近、ジャギがよく頭を押さえているんだけど……ラオウ、君なら何か知っているんじゃないかって……」

 ……その言葉を聞き、その女の言葉から義弟の名が出た事に何ら不思議だとも思わず、そして内容に少しだけ思考した。

 寺院でも見た光景を、外でもしていると言う事は症状は重い事になる。もし、この女に寺院での義弟の様子を報告すれば
 血相を変えて義弟を医者に見せるか何なりするだろう。……別に、この女がどう言う行動を起こそうと自分は構わない。
 ……が、ラオウにはこの時ある思考が過ぎっていた。この女に……義弟に得するような行動をあえてする必要があるのか? ……と。

 「……いや、知らん」

 ……ラオウは、あえて黙殺を選んだ。

 将来的に敵になるかも知れない相手。例え、もしかしたら後遺症になるかも知れぬ病を相手が宿して居ようが、ラオウには
 それを救う温情などない。それに、その病を相手は自覚してるのだ。自分が何もせずとも相手が自分で何とかするだろう。

 ラオウは彼自身の生き方に従いその時もそれに適った行動をするのみ。例え、それが義弟の命に後に関わるとしても。

 「……そう。……ジャギ、最近になってからどうも心配事が多いのか修行したりする以外はよくぼんやりしててさ。
 私にも相談してくれないし……ジャギは何でもないって言うけど、絶対違うと私は思うから……ラオウ、君からも何か言って」

 アンナの台詞を途中でラオウは遮り強い口調で言う。

 「俺に君付けなどするな、不愉快だ。……後、一つだけ言うぞ。俺は、奴の事がはっきり言って嫌いだ。奴の態度、言動、所業
 そして存在全てが気に食わないと思っても良い。師が俺に兄弟ごっこしろと命令してなければ俺は奴に拳をとっくに向けている」

 「……何で、そこまでジャギを嫌うの?」

 ……何故? ……そんな事は解らない。ただ、嫌いだから嫌いなのだ。

 初めて出会った時から、奴はまるで自分が無力なように……いや、無力とも違う、まるで見通すかのような。

 そうだ、まるで己の努力が無駄だと思うような瞳をしていたのだ。……それが何よりも彼を苛立たせた……。

 「……あぁ、そうだ。俺は、奴の瞳が……奴のまるで諦めているような様子が苛付くんだ」

 「常に前向きに見ているようで、実質その奥で諦観しつつ見苦しく抗うような奴を、俺が好きになる筈がない」

 ……ラオウの言葉に、少女……アンナは僅かに目を見開き、そして小さくそっと声を紡ぐ。

 「……ぁあ、ジャギ。……やっぱり、貴方もなの?」

 「……何?」

 意味不明の言葉。ラオウは聞き返そうとしたが、その時にアンナは目を瞑り首を振って黙考していた。

 そして、瞳を開いた時には何やら決意の色がその瞳には宿っていた。

 その瞳の色にラオウは沈黙して思考する。このような瞳の色……以前、遥か昔に何処かで見た気がする。

 ……何処で? 何時に? ……他者の為に命を懸けるその瞳の色……。









                           ……奥には未だ子供……ケンシロウ、ショウが居ます。



 
                           あの子達を救わなくては、母は母でなくなります


                             



                            ……カイオウ   ラオウ ……強く生きるのです






 「……母者」

 「……え?」

 ……フッと、ラオウは我に返り、不思議そうに首を傾げるアンナを見た。

 「……っ何でもない。もう俺に用はないのだろう? ……っとっとと立ち去れ」

 ……アンナは、何か言いたそうにラオウを見ていたが、名残惜しそうにしつつ素直にラオウの言葉に従う。

 (……今、俺は何を考えていた?)

 ……カイオウとは、誰だ?

 ……母者とは、誰だ?

 ……ヒョウ? ……ケンシロウ?

 幾つもの疑問が浮かび上がりては消えていく。水泡が消えるように疑問が並びそして連鎖して消えていく。

 ……ラオウは、無意識に未だ擦り寄る犬へと目を向けていた。

 ……本来ならば蹴り飛ばしてても追い払う筈なのに、何故か今のラオウはそんな気分になれず。

 「……リュウ」

 ……リュウ……そうだ、俺は昔、リュウと言う犬を飼っていた……。

 ……欠けていた一片が……一つ見つかった気がする。

 自分の声にリュウは名を呼ばれた事で元気良く鳴いた。

 「……行くぞ、リュウ」

 ……何故か理解出来ない……だが。

 ……未だ自分の中にある疑問が……ようやく解答に辿り着ける兆し……それを見つけたような気がする……。

 ラオウは妙に晴れ晴れとした気分で、ジャギの飼い犬であるリュウを引き連れて寺院へと戻る。

 その顔つきはすでに元のラオウの状態で。先程の不安定な雰囲気は既に失われていた。




  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 

 ……トキが北斗神拳伝承者候補になり、数ヶ月が経つ。

 相も変わらず日々は過ぎている。ジャギは九歳、そしてアンナは十一歳となったが、背丈はジャギがようやくアンナを
 少しだけ抜かしたと言った所を(その事に対し、アンナは『遂に追い抜かれちゃった』と言いつつも顔つきは喜んでいた)
 除けばそれ程進展はない。サウザーは鳳凰拳の基礎の出来上がりに精を出しているし、シンは南斗飛燕斬をようやく
 極めたと言った所である。ジャギもある程度斬撃は出来上がってきたし、アンナの動きも大分様になったと言って良い。

 ……一つ問題があるとすれば……ジャギに関してだ。

 「……ぁあ、くっそ……」

 ……起き抜けにジャギは頭を押さえて顔を顰める。彼は最近になって鈍痛が更に激しくなっているのを自覚し始めていた。

 ……まるで頭が割れるような、破裂しかける寸前の痛みと言った感覚。

 その原因は薄っすらと予測出来るものの、ジャギにはそれを回避する術は思いつかない。

 「……奴が来る、のか……」

 ……原因は多少は予測出来るつもりだ。

 ……自身の体は、将来的に救世主により頭を破壊され死ぬ運命となっている。

 勿論回避するつもりだが、自分の中には漫画の知識とは言えその人物の死が記憶されている。

 この体のジャギに関しても、その知識が自分が憑依した時にその知識が植えつけられているのならば、その事に
 対して肉体に自動的に記憶がインプットされて、副作用として救世主の来訪を感じて痛みを信号として発している……。

 そんな仮説が立てられるが、自分は自分でありジャギではない……このような痛みを受ける責務などないのだ。

 「……俺は、俺だ。……『ジャギ』じゃねぇんだぞ……くそっ」

 必死で自己暗示するも、その努力すら嘲笑うように痛みは引かない。

 不意打ちで来る激痛、吐き気……何度それを衆人の前で晒しそうになった事か。

 リーダー、シン、サウザー、トキ、ラオウ、リュウケン……そして、アンナにだけはこの苦しみを勘付かれる訳には行かない。

 ……この苦しみはきっと、どうしようもない事だと知るがゆえに……。

 「……ははっ、けど……そろそろ限界かも知れないな……」

 ……鏡に映し出されるジャギの顔は……青白く、それでいて瞳は濁りきっている。

 ……最近になって、『ジャギ』の記憶も見えるのだ。とは言うものの、大抵記憶の中のジャギは漫画とほぼ同じ内容だが……。

『……貴様の地獄が目に見えるわ……!』

 その捨て台詞と共に視界は空白に包まれ、目を覚ます。

 そして起こる鈍痛が過ぎるのをじっと耐える……一体どの位、この苦しみに耐えなくてはならないのだろうか?

 「……誰も、助けてくれないよな」

 この痛みは……ジャギの呪いとも言って良い。

 ……告白しても余計な心配をされるだけ。リュウケンならば痛みを防ぐ術を知るかも知れないが……それは自分の正体を
 明かすと言う禁忌と代償に行われる事だ。それは……即ち今の自分の生活が完全に崩壊し離別へ辿る道と言って良い。

 「……それは、嫌だよな」

 ……今の生活は、もはや後戻りする余地ない程に幸福に包まれている。

 ……本来ならば、『ジャギ』の利用の為に踊らされたシン。

 『ようやく最近孤鷲拳の本質が理解出来るようになったんだ。まぁ、ジュガイは俺より今は多少上だが、今に追い越してみせる。
 ジャギ、お前も実力付いているんだ。そろそろ誰かに本格的に師事を受けろ。……孤鷲拳は止めとけよ? いや、
 別にお前と争うのが嫌とかじゃなくて、それもあるが、単純にお前にはもっと相応しい拳が……ぁあくそっ! 
 そうだよ! お前と候補者を目指していがみ合いたくないんだよ! アンナ、お前も解った風に笑うな!!』

 ……何時の間にか、初めての親友になって、お互いに何でも話せる関係に至ってしまっていた。

 共に敵を倒し、繋がりの最初は……シンだった。

 
 ……次にサウザー。

 『……お師さんと共に最近になって鳳凰拳の下地も完了してな。まぁ、そろそろラオウと闘っても構わないだろうな。
 ……ジャギ、お前と会ってそろそろ三年は経つか? 月日が経つのも早いが、お前と共に木兎拳伝承者と闘った事が
 つい昨日のように思える。……南斗の拳士同士で一緒に何かする事は良いものだな。時間があれば、また同じ、とは
 言わずとも一緒に何か出来れば良いと俺は思っている。……因みに、鳳凰拳伝承者候補を目指すとか言わないでくれよ?』

 ……下心で彼を救えれば多くの人命を救うに繋がると判断して作った絆。だが、その下心に構わず彼は自分に好意的に
 接し、彼の宿命の星は今も穏やかな輝きと共に成長していく。もし、あの運命が待っていると知らなければ、何の
 気兼ねなく自分は彼の魅力に惹かれていたであろう。彼のその真っ直ぐな心を、何時しか全力で守りたいと思うようになった。

 ……自身に強い在り方の見本となった人物……それがサウザー。

 
 ……トキ、ラオウ。

 ……世紀末に聖者と覇王となる自分の兄弟。二人とも、既にその将来像の片鱗を見せつつも、彼等には彼等の確固たる
 意思があるとジャギは知った。そして、同時にその意思を折る事が不可能だとも、ジャギは知ってしまっていた。

 ……約束された運命の象徴……それが自分の兄弟。

 
 ……誰もがこの世界を生きる人間であり、漫画の中のキャラクターとかでない一人の人間として行動している。

 リーダーも、常に男気溢れる態度で周囲に接しているが、反面裏では彼なりに自分の仲間、そして妹に対し心配りを
 したりなど指揮する立場の苦労がある事をジャギは気付いていた。だが、ジャギの心配を他所にリーダーは笑っていた。

『ガキが心配する事じゃねぇよ。俺は、俺の好きで族をやってる。この背中の赤い狼は、俺の生き方を貫く記章(シンボル)だぜ。
 ジャギ、お前も後で後悔しない生き方しろよ? 人生は一度っきりだ。後で振り返ってこれで良かったって生き方しろ』


 初めての出会いは突飛で、そして子供の自分に土下座する勢いで助けを求めた人物。その人物の頼みもなければ、今の
 自分の人生はなかったかも知れなくて。余り目立たずも、リーダーが居たからこそ今の自分の道筋が出来上がった。


 ……リュウケン。

 『……ジャギよ、お前の気持ちは痛いほど理解出来る。……だが、物事には何事も不可能があるのだ。……陽と影が
 混ざる事ないように、対極なる物を目指し真の拳を身に付ける者はどの時代にも存在せん。……そして、私はお前の息子。
 何度言われても私の決意を変えれはせん。……解ってくれ、お前を茨の道に進ませたくない親の心を……』

 憂い顔でそう自分に説くのは親の顔。その様子だけ見れば最強たる暗殺拳を宿す人物とは思いも寄らないだろう。

 何時しか、ジャギは彼の人の愛情を受け入れ始めていた。ゆえに、その愛を強引に振り解き拳を教わろうとする
 自分の心に嫌悪も感じた。けれど、その拳を教わらずして彼の目的は達成されはしない。ジャギはジレンマに苦しんだ。


 ……そして、アンナ。

 「……アンナ、俺はどうすれば良いんだろうな?」

 ……出会いからして奇妙なものだった。

 無人の小屋で薄汚れた姿で出会った少女。彼女は何かに怯えて隠れ潜んでいた。

 そして、その姿に無性に自分は放っておけず、一夜を明かし付き添い、そして彼女の心を救いたく共に過ごす。

 何時しか拳を共に習おうとしたし、甲斐甲斐しく自分の世話も楽しそうにしていた。……本当の恋人のような態度。何の
 繋がりもないのに何故そこまで自分を想ってくれるのだろうと時々不思議に思うも、それは結局口に出すは適わず……。

 「……俺は、あいつと出会ったらどうすれば良いんだ?」

 ……彼女なら、自分の今の苦悩に対し答えを出してくれる気がする。

 その結論に達し、ジャギは暫しその結論に縋るがどうか迷い……そして意を決し彼は恥も外聞も投げ捨て階段を降りた。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
  

 ……冷たい外気が体を吹き付ける。

 ……その日、彼女は前に拾った子虎を腕に抱えて広場に居た。

 広場と言っても公共用の場所ではなく、彼女とジャギだけが使う場所。彼と彼女だけで共有している場所だった。

 ……彼女はじっと空を見ていた。透き通るような空を瞳に映して。

 「……よぉ、アンナ」

 「……ぁ、ジャギ……っ」

 アンナはジャギに気が付くと空へ向けていた顔を下ろし微笑みを浮べる。先程までどんな顔をしてたか解らぬようにしたように。

 ジャギは、何時も通りのアンナの微笑みに安心しつつ隣に座り込む。……暫く無言だけが場を支配していた。

 「……暇だなぁ」

 「うん、平和だよね。……今日、拳の練習は?」

 「体調悪いからパスだな。……アンナは?」

 「私も今日はお休み。……どっか悪いの?」

 「頭痛」

 ……空を一緒に寝転がり見上げながら、彼と彼女はお互いに短く会話をする。

 別に関係が悪い訳でなく、むしろ以心伝心し合う仲に至るゆえに長い言葉は殆ど彼と彼女には不要なだけだ。

 ジャギの最後の言葉に、アンナは首を横に捻りジャギを見る。

 「……何が出来る? 私……」

 「……正直、どうすりゃ良いのかわかんねぇんだ。……この症状は薬でも効果ないだろうしな」

 ……ジャギは一見平気そうだが、正直限界も近くなっていた。

 瞳に血は走り、注意深く見れば深刻な闇が奥深くに潜んでいると確認出来るその目。……ジャギは救いを求めていた。

 アンナも、それを感じ取っている。以前にラオウから聞いた言葉も比較し、ジャギの声が普段より弱弱しいと感じ取っている。

 「……なぁ、アンナ……俺」

 もう、今の自分のまま生きる事はきついかも知れない……そう言いかけた瞬間、アンナは既に行動に移っていた。

 ガバッ……!

 「っ……アンナ?」

 ……ジャギに覆いかぶさるように抱きしめるアンナ。

 ジャギはアンナの行き成りの行動に困惑し身動き出来ずなすがままに抱きしめられる。鼻腔に擽る花の香り。

 「……ジャギ、大丈夫だよ」

 「……アンナ?」

 「ジャギは、何があってもジャギのまま。……どんな事があっても、自分は自分だって事を忘れなければ良いんだよ、ジャギ」

 ……アンナは何を知っているのだろう? 自分の秘密、それらを全て見透かされているように時々彼は思ってしまう。

 問いただしたいけど、それを聞くのは禁断の扉を開く恐怖に似ていて……ジャギは、その扉を開く勇気を未だ持ち合わせなかった。

 「……俺は、俺……そうだな」

 ……弟と口喧嘩して、仲直りして。大学で友達と馬鹿騒ぎして、両親の元に帰ったら世間話をして……拳法や殺伐とした物
 とは無縁だった『自分』……その頃の自分は未だ忘れては居ない。……あぁ、そうだ。『自分』は、それを忘れたくないから。
 だから生き抜いて、生き抜いて天寿を真っ当出来れば元の世界に戻れると信じて……そうだ。こんな簡単な事に何故……。

 「有難うな、アンナ。……大事な事、思い出したぜ」

 ……ジャギの顔に生気が戻る。目には輝きが帯び、憑依した頃の決意が胸に蘇る。
 例え、自身を殺害する可能性のある者が来訪するとして……この心は砕かれはしない。

 「そうだな……何怯えてたんだろうな俺は。俺は……ジャギだもんな」

 そう言って力強い笑顔を浮かべるジャギに、アンナも抱きついていた体を離し、笑顔で告げる。

 「悩みは消えた? ……その顔なら大丈夫そうだけど……はいっ、これ」

 ……そう言ってアンナは手を頭に持っていき、何時も着用しているバンダナを解き始める。

 結んでいた布が解かれて金髪は自然に垂れ下がった状態へと陥る。ジャギは呆然と見つつも、アンナのバンダナが自分の
 頭に巻きつかれた事に気が付くと、慌てて自分の手をバンダナに持っていきながらアンナへと言った。

 「お、おいおいアンナ良いのかよ? これ、お前の母親の形見だろ? 確か……」

 ……アンナの両親は既に死別している。

 幼い頃に両親が死別したのはジャギと同じ。唯一違うのは、アンナの場合形に残る物が残されていた事ぐらいか。

 その形見の一つがバンダナ。アンナはその形見であり常にトレードマークであるバンダナをジャギの頭に巻きつけたのだった。

 「何で、こんな大事な物を俺に……」

 「私のね、お守りなんだ。……だから、ジャギには今独りの時に頼りになる物が必要。……苦しい時は、それが守ってくれるから」

 ね? と。アンナはそう言って聖母のような穏やかな笑みをジャギへと見せた。

 ……ジャギは照れくさそうにバンダナに触れる。先程までのアンナの体温が心地よく自分の頭に感じられ、鈍痛は波の様に引いていく。

 「……本当だ。元気になった」

 「でしょ? ……ねぇ、ジャギ」

 「うん?」

 「……ずっと、どんな事があっても私達は大丈夫だよ」

 「……あぁ、そうだな」

 ……露になった金髪を風に揺らしアンナは微笑む。その笑顔に吊られバンダナを巻きつけたジャギも同じく微笑んだ。

 空は明るくも、その向こう側に北斗七星は輝いている。







                        
                               ……そして、遂に来訪の日は訪れた。









            後書き



  某友人『ボルゲは今回活躍するんだろ?』






  ……いや、しても良いんだけど絶対脇役だぞ









[29120] 【文曲編】第三十四話『北斗七星と華の夢』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/25 15:58



……もし、世界がもっと二人に優しければあのような目に遭わなかったのだろうか?

 もし、あの星に願わなければ、もし、あの星がなければ……。

 それらは全て仮定で、どうしようもない事だと理解しているのだけれど。

 あれが必然ならば、私は此処に居る意味合いはあるのだろうか?

 今度はきっと二人で。

 それは、とてもとても果てしなく近いようで遠い夢……。


 


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……ある世界がある。

 その場所は全てが割れた岩肌で出来た地面で覆われており、遮蔽物は存在せず周りは空に光る太陽に焦がされている。

 空は異様で雲ひとつ存在せず、黒く鈍く光る太陽だけが世界を支配している。

 其処は見る者が見れば直感的に理解する。あぁ、此処は滅び去った結末の世界だと。

 ……大地は割れ、草木は枯れ……海など存在しない。

 ……おなざり程度の小石が転がり、何処からか風が吹き付ける。

 何も存在しない、永遠に変わらない『無』の世界。

 ……いや、一つだけ何かがその世界で動いていた。
 
 「……あ~あ。暇だなぁ、おい」

 ……その世界で生きている、いや、正確には意思ある者は暇そうに一つの岩に腰掛けていた。

 その男の姿は一言で言えば奇抜。棘付きショルダー、鉄のヘルメットと言う奇妙なファッション。

 ……そして、暑いのか素肌を大きく晒した胸元に北斗七星を模る傷……。

 「……あ~ぁ。暇だ……」

 ……男の手元には一つの散弾銃。それを手で弄びつつ男は一人ごちる。
 
 「……俺の勘が正しければ、もう少しの筈なんだがなぁ」

 そう言って、男は黒光の太陽を忌々しそうに睨んで呟いていた。

 その男が何を考えているか知る由もない。ただ、その成れの果ての世界では男だけが唯一の観察者である事だけは真実である。

 「……あぁ、くそ。今日は」

 「今日は、やけに……あの星が輝いてやがる……」

 その男は空を見上げ、太陽と同時に浮かんでいる星を見つつ唸りながら呟く。

 太陽と星が同時にある矛盾はこの世界では普通の出来事。男はその星に対し強い憎悪を宿していた。

 そして、手元の散弾銃をその星に対し狙いを定める。それが、天に唾を吐く如く無駄な行為と知りつつも。

 一発の銃声が無人の世界に響く。

 ……北斗七星はその世界でも輝いていた。



   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……その日は得に何の変哲もない日だった。

 穏やかな昼下がり。ラオウとトキも修行を行っており、ジャギも南斗聖拳の修行と言う名目で似た修行をしている。

 その日少し違った事と言えば父であるリュウケンが外出中である事と、そして階段から声がした事。

 「……ギー」

 「うん? ……あぁ、ジャギあの娘でないか?」

 その声に階段付近にいたトキがいち早く気付く。

 その言葉にジャギも反応し寺院の階段の下を見下ろし声の持ち主が自分が想定した人物である事を確認すると、少しだけ
 安堵の顔つきをした。その頭には最近になって馴染んできたバンダナが彼の頭には巻きつけられている。

 「おうっ、今行く。兄者達、そんじゃあな」

 階段を駆け下りるジャギ。それを、木に指突く修行を行っていたラオウはと言うと、鼻を鳴らしつつも無言。

 ジャギが修行を一時中断する理由と言えば、その女性の事であり、その事についてラオウは心の中で軟弱者と
 思いつつも別に表立って揶揄はしない。ジャギが修行しようとしなかろうと個人的な問題であるのだから。

 「ふんっ、女に構っているばかりの奴など……」

 「兄さん、またそんな事を……」

 何時もと同じくラオウがジャギに対する不満を、そしてトキはやんわりとそれを諌める。

 何も変わらぬ日々の延長。それだけだったらどんなに良かったか。

 






 「……最近ね、ゲレ(※子虎の愛称)も結構大きくなって食費も馬鹿にならないんだよね。兄貴が『この際野生に戻してやるべきじゃねぇの?』
 なんて言うけど、私はずっと一緒に居ても良いと思うんだけどなぁ……。ジャギはどう思う?」

 「俺はあんまりあいつに懐かれてないから何とも……。てか、あいつ何で女には普通に撫でられて俺には唸ってくるんだ?」

 「ジャギが怖い顔してるからじゃない?」

 「うるせぇよ」

 何時ものやり取り、何時もの会話。

 アンナは代わりのバンダナ(ジャギの付けているのと色違いの)を風に揺らしつつ取り留めの無い会話を続ける。

 ジャギもそれに応じつつアンナとの会話を楽しむ。アンナのバンダナのお陰が鈍痛は最近は無く、夢も最近見なかった。
 ジャギはある意味油断していた。常に『彼』が来る緊張感が以前はあったが、日々何事も無いゆえに時間が彼に隙を作った。

 それゆえに……邂逅も唐突に行われたのだ。

 


                               ……ピュウウウウウウウウ……!



 吹き抜ける一瞬の強い風。共に歩いていたジャギとアンナは手で視界を庇いつつ風が収まるのを待つ。

 ……砂埃がおさまり、視界はまた穏やかな道へと戻る。



 ……そして。





                                 
                                  「……あ?」







                                  「……っえ」








 ……視界の明けた先には……リュウケンと共に居合わせる……一人の少年。






      
                                 ……ジジジジ





                        
 ……その少年を見た瞬間、ジャギの脳裏には鮮明に何かが浮かんできた。

 原作の衣装をしたジャギ。そして……ケンシロウ。

 ……『ケンシロウ』

 北斗宗家の男。北斗神拳伝承者の男。死神の男。救世主である男。

 シンを殺す男。サウザーを殺す男、。ラオウを倒す男。

 

 そして……自分を殺す男。

 ケンシロウ。

 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウ、ケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウケンシロウ
 
 埋め尽くされる単語と脳に浮かぶは目の前の少年と重なり合う未来の男。

 その男の顔と同時に胸にせり上がる憎悪・怨恨・嫉妬・絶望・破滅・復讐・憤怒・悪意・懇願・破壊と言った負の感情。

 全てにおいての自分の中の何処に隠れていたのか理解しえない感情が膨れ上がる。

 自分が自分で無くなる感覚。

 ヤメテクレ、ヤメテクレ……止めろ。

 ジャギは、必死で膨れ上がった感情を何とかしようと望む。

 だが、抗えない。目の前の視界に映る自分より背丈の低い幼い子供を……未来の光を奪おうと本能は命令を下す。

 殺せ、ころせ、コロセ……こいつを消滅させろ。

 (やめろ……俺は……ジャギじゃねぇ)

 (ジャギなんかじゃ……お前なんかじゃねぇんだよ……!)

 彼はそう必死で理性を駆使し、その感情に抗う。

 (俺は……俺だ! 俺はただ……)
 
 (ただ……俺は俺として生きたいだけだ!)

 その必死の心の叫びも虚しく、今まで収まっていた頭痛は少年を切欠に再起する。
 痛みは体を無理やり少年の前に走らせようとする。『自分』は、ただ必死にその意思に反し動こうとする体を縛りつける。

 ……止めろ。

 ……俺は……俺はこのままで良いんだ。

 ……あいつが……好きだって言ってくれた今のままの……俺で。

 ……また、『前』のようなんぞ……真っ平……なんだ……よ。

 お……れ





  
   
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……心地良い風が辺りを吹きつける。

 今、胸を満たしているのはこれからの生活に関する期待と不安。それと、父と呼ぶ方になる人から聞かされた兄弟の話。

 『これから住む場所では、お前は三人の兄を受け持つ事になる』

 『その内の二人はお前と共に競い合い……そして一人は私の息子。その息子はお前も暖かく迎え入れてくれるだろう』

 『ケンシロウよ。お前の才……我が住処で華開く事を願うばかりだ』

 ……リュウケン。自分の師父となる方。

 最初の出会いはどのようなものだったろう? 気が付いた時、自分の両親の側に居たような気がする。
 
 余りに自然に側に居たがゆえに、その存在が普通の世界の住人と異なると気が付かなくて……。

 その人に引き取られる時も、両親は何も不思議に思わず自分を引き渡した。

 その時初めて理解した。自分の両親は実の両親でなく……この時のために自分を育てていたのだ……と。

 理解と同意に浮かびあがる虚無感。ならば、自分の生みの親は誰だったのだろう?

 ……考える事は沢山あったのに、時間はそれを与えてくれない。師に連れられ自分は拳を学ぶ場所へと連れて行かれる。

 ……その町は穏やかな気風が周囲に存在していた。

 バイクで走り回る若者達を通りで見かけたが、それはどうやら自衛団のようで師に気付くと一人の若者が手を軽く振っていた。

 どうやら師と知り合いらしい、すぐに走り抜けたのでどのような人間かは知らぬが、背中に張られた赤い狼がやけに印象的だった。

 ……寺院がある山。上る前に見える森林。

 此処を登れば自分は世間と隔離され伝承者の道を辿る事になる……。

 伝承者……北斗神拳の事を聞かされ、その使命と将来の生き方を聞かされた時自分は受け入れる事に何ら反抗も沸かなかった。

 それを、後に大切な人に指摘されて気付くけれども……その時は自分は必死に目の前の現状を生きる事に精一杯だった。

 だから、その時も師に連れられて寺院で生きる事に念頭を置き、無言で師の背中を見ながら歩いていた。

 「……もうすぐだケンシロウ」

 ……師は、寺院が近づくに連れて顔つきを引き締める。

 師が何を考えて自身を迎え入れたのかは定かではない。だが、これは必然なのだと言う風に自分の顔を見て真剣な表情を浮べていた。

 師に向かって頷きながら、自分は建物の一端が見えて、ようやくこの場所で過ごす事に現実味が沸いた。

 ……もうすぐ、自分はこの場所で過ごす。……見ず知らずの三人の兄と、師と共に。

 上手くやれるか? と言う不安も多少はある。……だが、逃れぬ運命なのだと自分は自身を納得させる。

 そんな折だ、風の悪戯か強く砂埃が舞ったのは。

 目を細め砂が入らぬようにする。この時期にしては珍しい酷い一風。師も顔を顰めて腕を顔の方へと構える。

 ……やがて、粉塵が晴れて見えたのは……二人の男女。

 ……女性の方は金髪で新しい感じのバンダナを巻きつけている。動き易い格好で隣の自分より少し年上な男性と手を繋いでいる。
 利発さと活発さを同時に持ち合わせていそうな顔つきは、笑えば人を惹き付けそうであり、雰囲気は柔らかい。
 

 ……そして、その柔らかさの源らしき人物。

 その男を見て、最初に自分が持った印象は、鋭い雰囲気を携えている男と言う印象。

 目つきは鋭く、半眼で顔を顰めれば獰猛そうな顔つきをしている。

 だが、隣に居る女性のお陰ゆえか雰囲気はそれ程殺伐としていなく、穏やかな気配がその人からは滲み出ている。
 
 体つきは拳士のそれで、多少辺りを警戒しているように体は多少構えている部分が見受けられる。

 この少年は町の子か、それとも自分の考えが正しければ……。

 そんな想いで少年を見ていただけだった。ただ、それだけだったと言うのに……。

 後に……ケンシロウは言う。

 あの時、自分は始めて兄と邂逅した時……その瞳は確かに自分を見て赤く変化したと。

 まるで捕食者のようにその瞳は光を放ち、あの時は間違いなく自分に殺意を宿していたと。

 まず、それは間違いなく自分の記憶に些細な御幣があるのだと、彼は自分の目を間違いだと必死で否定する。

 だが、彼の瞳の事実は紛れも無く真実を打ち出していた。

 そして……少年。……ケンシロウを見た瞬間。





 
                               ジャギは……  意識を失った。







   
  
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・






 ……何が起こったのか? 果たしてこれは悪夢でないのか?

 最初、目の前で倒れた者が自分の息子と思えず。彼は、リュウケンは呆然と彼を見ていた。

 「ジャギ? ……っジャギ! ジャギ!?」

 瞬間、血相を変えてアンナは倒れたジャギを仰向けにして体を揺らす。

 うつ伏せになって倒れたジャギの顔には血の気がなく、真っ白な肌とか細い呼吸音が口から漏れていた。

 「しっかりしてよジャギ! ジャギ!! 死んじゃ駄目!!!」

 アンナの声にリュウケンは我に帰る。一足でジャギの元に駆け寄り脈拍を調べる。

 その脈は心許ない程に遅く、リュウケンはジャギの体を丹念に触れると同時に経絡秘孔を突く。

 アンナも側に居るが、ジャギだけに彼女の視点は置かれていた。リュウケンも、この緊急事態にアンナの処遇は後で
 構わないと判断し生気を取り戻さんと、己の知る限りの活性の秘孔を突いた。……だが、信じられない事に。

 「……何故」

 リュウケンの一言には絶望的な響きが。

 自身が知る瀕死の人間すら生を取り戻す秘孔が何故かジャギには効かない。

 こんな現象はリュウケンが北斗神拳を学び極めた前にも後にも知る事のない事態。彼は困惑しつつジャギを見た。

 白いジャギの顔には死相が溢れている。両腕の拳は震え、魚が地上で呼吸するように喉は激しく上下に揺れている。

 死ぬ? ……息子が……死ぬ?

 (……認められるか、そのような事……!)

 ……火災により孤独となった子。

 引き取りたのも何かの縁。彼は息子に情愛を一心に注いだ。

 今まで命を奪った所業も、彼の成長を見て自分に笑顔を浮かべる度に心癒されていた。

 ある日、体を鍛えたのも怪訝に思ったが、理由を知れば己への孝行の為。……リュウケンはそれだけで胸が一杯だった。

 やがて、自身の発言から家を出て南斗の拳士の卵となった息子。だが、それでも自身に愛情を変わらず持つと宣言していた。

 言葉だけれども十分だった。だが、それを証明する如く伝承者候補を望んだ時。自身はそれを頑なに拒絶した。

 何がいけなかった? いや、私は何も間違っていないと振り返りて思う。

 ジャギの、ジャギの想いを無碍にするつもりはない。だが、北斗神拳と己を守る意思はまったくの別物なのだから。

 (……ジャギ、お前を死なせはせん)

 ……二人の兄を許容し、自身を守る手段の為に拳を習うと言った息子。

 その行為は全て善性なる感情ゆえに……リュウケンは拒みつつも彼の優しさに感謝し、それだけで十分だった。

 そんな愛息子を……己が期待する子供を引き連れた今日に失くすと言うのか?

 ……それは……否だ!

 「アンナよ、少し離れてくれぬか? ……よし」

 有無言わさぬ口調でジャギをリュウケンは抱き上げる。

 少しばかり大きくなり重くなったと言え、子供一人抱き上げるなどリュウケンには訳ない。

 彼は、己の全力を以って彼を救う。……秘孔が効かぬならば医者も無意味であろう。だが、そうだとしても……。

 「一先ず、我が寺院に……アンナ、お主は……」

 リュウケンは、其処まで言いかけて愚問か、と悟る。

 アンナの瞳にはジャギの突然の昏倒に涙を浮かべつつも、その瞳にはジャギへの深い想いが満たされている。

 例え、己がどんなに言葉で、例え拳を振るっても意地でもジャギに付いて行くだろう。

 本来北斗の寺院は女人禁制……だが状況が状況だ。

 「……ジャギの側にいてやってくれ」

 その言葉に当然とアンナは頷く。彼女はジャギに快方の兆し現るまで永遠に側に居るであろう。

 その間に、ケンシロウはじっとジャギを見ていた。

 ……会話から察するに、この倒れた者が自分の兄だと判断出来る。

 ……何が原因かは知りえずも、その少年の安否はケンシロウには酷く気掛かりであり、そして先程見た赤い瞳に不安を感じた。

 リュウケンとアンナが寺院の階段を登る間、その後を付いていきながら彼は一つだけ強く思った。

 (……何が何だが解らないが……無事に目を覚ます事を祈ろう)

 (目の前で倒れた人……その人が自分の兄になるならば……尚更だ)

 ……邂逅した兄の覚醒への祈願。……彼が知らぬだけであり、正史での彼の旅の起源の作り手であり、報復の対象。

 彼はそれを知る事は適わない。今だけは只、ただ彼の身の安否を憂いつつ寺院の階段を駆け上がって居た。

 ……その間、ジャギだけはじっとリュウケンに抱えられたままぐったりと動かずに居た。






   
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





  ……アア、此処は一体何処だろう?

  ……昏倒したジャギは、視界が暗く染まったと思った瞬間……別の場所に自分が降り立っていた事に気付いた。

 そして、自分の居る場所を見て呟く。

 「……此処は、世紀末?」

 ……自身が知る漫画。その世界に良く似た殺風景な世界。

 地面は割れて荒野のような感じ。石ころが転がっており木々らしき物は存在していない。

 地平線に何か建てられている感じはせず、ジャギはその世界で自分が一人っきりだと一瞬で感じ取ってしまった。

 「……誰が居ないのかぁー!!?」

 居ないのか~……ないのか~……のか~……。

 無音の世界にジャギの叫びは吸収される。

 「……何なんだよ一体……しかも暑いぞ、此処……」

 ……空を見て、ジャギはこの世界が異常な事に気付く。

 太陽と星が両方存在していた。その太陽も普通の光に覆われた物と違い黒く輝いている太陽だ。

 その太陽の黒さゆえか、星の輝きもはっきりと際立ち輝いている。

 夜と昼が両方存在している……対極なる存在の確立。

 「……一先ず、何処か休める場所を……」

 まず、このままだと日射病で倒れる可能性が高い。

 ジャギは、突然このような状況に放り出され訳が解らなかったが、一先ず休まないといけないと判断した。

 ゆえに遮蔽物がある場所を探して歩く。この場所には自分を隠してくれる物が存在しないのだから。

 ……そして、一時間が経つ。

 ……荒い息が目立ってくる。顔からは汗が滴り落ち地面に黒い染みを作り、太陽の熱で元の地面に戻る。

 ……まるで地獄だ。生命が一つとして存在する気配がない。……此処は死と無だけが許された場所だ。

 「……死ぬ、のか?」

 ……考えたくなかった事が浮かび上がる。

 ……歩いている内に、自分が如何してこんな場所に来たのか思い出してきた。

 意識が暗転する前に見たリュウケンに付き添っていた少年……あれは間違いなく自分の記憶が正しければ……。

 「……ぶっ倒れたのはあいつが原因だよな。……だが、こんな場所に何で俺は……」

 考えを纏め様として、また起こり始めた頭痛に彼は思考を打ち消す。

 体力は消耗し始め、彼の体は限界に近づこうとしていた。

 ……これから訪れるのは……この生命が活動するには過酷な環境の恩恵による……永遠の眠り。

 「……死ぬのか」

 ……死ぬ?

 ……こんな訳の解らない場所で……自分は死ぬ?

 ……嫌だ。

 ……また、自分は何もしていない。

 南斗聖拳も極めていない。

 ……北斗神拳も習えていない。

 ……シンを、サウザーを……これから出会うであろう人物達を救う事だって……出来てはいやしない。

 やる事は沢山ある。このまま行けばラオウは変わらぬ道筋を、トキは死の病に侵されるだろう。

 変わらぬ歴史を辿る地獄の世界を……このまま自分は知る事なく死す。

 ……それも一瞬だけ、良いかも知れないとジャギは思ってしまい……そして歯軋りした。

 「……っざけんなよ」

 ……逃げはしない。

 ……約束した。

 ……シンを、サウザーを助けるのだと。

 ……生きて自分の大事な人の心を拾ったあの伝承者の分までこの世界で拳を振るうと。

 ……アンナに……アンナを守ると……俺は……。

 「……こんな所で……下ばってたまるかってんだ……!」

 ジャギの瞳に生気が戻る。

 ……倒れかけた膝に力を込めて、地平線を睨みつける。

 生きる、生きてみせる……。

 例え、大地が乾き水もない世界でも……咲き誇って見せる。

 ……生き残ってみせる。

 ……そんな、ジャギの考えを世界は読み取ったのだろうか?

 その思考に辿り着くと同時に……砂埃が舞った。

 またかとジャギが思う間もなく視界は砂で覆われる。

 ……そして、一つの建物が目と鼻の先に現われた。

 「……はぁ?」

 ……呆然としつつ、ジャギはその建造物に何やら懐かしさを覚えた。

 今まで過ごしてきた場所で見た建物とは違う。……だが、酷く懐かしい。

 そんな不思議な感情に満たされつつ彼は建物に歩く……そして。






        
                               「……あぁん? 何だ、てめぇは?」






 ……カチャ。

 ……頭上から振る声と、銃の撃鉄を鳴らす音。

 ……ジャギは、その声を聞いた瞬間顔を上げた。

 この世界に人が居た驚きとか、そう言う瞬間的な感情は後回しにその人物を見上げる。

 その人物は建造物の脇に鎮座していた倒れた柱の上に立っていた。

 その柱で照りつける黒い太陽を背に銃を構えていた。

 「……あんたは」

 「てめぇ、何処から来た。……いや、そいつは如何でも良い。……お前何者だ?」

 「……それは、こっちの台詞だよな」

 ……彼は知っている。その、頭上に立って散弾銃を構えている男の正体を。

 ……彼は知っている。その男こそ、最も自分が否定したかった存在である事を。

 ……彼は知っている。その鉄兜の男が、何をして、そしてどのような末路を辿ったが。

 やがて、彼は一言だけ言った。








                             「何でお前が居る? ……ジャギ」












            後書き


   再構成前と殆ど話は変わらないです。お話もほとんど同じで文曲編は終了します。

   更新は以前と比べると遥かに遅くなりますが、日曜には更新出来るように何とか頑張りたいと思います。





  



[29120] 【文曲編】第三十五話『もう一人のジャギ』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/26 20:46
 ……目覚めた場所で見るはカビの生えた壁と散乱したゴミ。

 糞と尿の匂いが所々に染み付いた柱。蝿のたかった猫の死体。

 俺は目が覚めたら昨夜に盗んだ食料を朝食にし、破裂した水道管から滴る水で乾きを潤す。

 今日も何時もと変わらない。

 通りを歩く連中で鈍い奴等から盗(す)る。そして通りで品を売る連中で一際忙しそうな場所から何かを奪(と)る。

 似たような自分と同じ輩は自分の獲物を奪おうと集団で襲い掛かってくる。最初はボロボロになったが。今では慣れた。

 襲い掛かってきた奴等を、止めてくれと懇願しても無視し殴りつける。

 多少何発が貰ったが、唾でもつければ治る程度。二度と自分を襲わぬ事を決意させるまで何度も何度も拳を振り落とす。

 奴等から奪った戦利品を齧りつき、辺りを警戒しながら口を動かす。

 ……通りの人間で自分に気付く奴等は、自分を見ると死体を発見したかのような嫌悪の表情で自分を見る。

 汚物を踏んだかのように自分を見る視線、視線。……煩わしい自分はそいつ達を睨みつけると、直に顔を背ける。

 ……毎日、毎日そんな繰り返し。

 ……野良犬のように餌を求めゴミ箱を漁り、安全な寝床を確保する為に他の放浪者を痛手を貰いつつ追い払う。

 働く? ……それは不可能な事だ。読み書きは人並みには出来る。だが、一目見れば棒を振り上げて人は自分を追い払う。

 汚い獣を追い払うように、食卓に飛んできた蝿を殺すように……。

 働けない人間を、この世界は安全な場所で過ごさせはしない。野垂れ死にするか、または略奪し生き延びるか。

 自分は、後者を選択した。

 力が弱い未熟な自分には、未熟なりに必死で考えて盗み、奪い、そして独自に生きる為に力をつけて。

 ……死ぬ事は御免だ。死が惨く、そして救われない物だと何度も路地裏で飢えで死に、または人に襲われ死んだ者を見て。
 または事故で死に、病で死んだ者を見て理解している。『死』ねば、人は何であろうとも最早何も出来ない『ゴミ』だと。

 ゴミは焼却されるしかない。肉が焦げたような匂いと、黒い煙だけが人間の最後の結末だと俺は知っている。

 ……生きる。生きて何時か俺を塵(ゴミ)のように見た奴等を今度は俺が見下ろしてやる。

 ……生きるんだ。

 


 ……やがて、俺の願いに応じるように転機が訪れた。

 その日も、俺は盗みをしていた。……だが、その日は目敏く人が気付く。

 多少は力も付いたとは言え、集団で掛かられると流石に分が悪い。鈍器で武装した周囲に抗戦するも隙が出来てしまった。

 ……目から一瞬の火花。そして、何やら熱い液体が自分の顔へと流れ落ちる。

 指で触れる。赤い液体が指先に付着している……血?

 ……死ぬ? こんな俺を蛆虫のように見ていた奴等に殺されるのか?

 ……その瞬間に俺は雄叫びを上げた。

 俺の咆哮に奴等は身を竦める。俺はその隙に思う存分に暴れた。

 奴等に拳を浴びせ、急所に蹴りを放ち、首筋を噛み千切り、鈍器を奪い顔へと振り下ろし。

 周囲の悲鳴が心地良いと感じた。そして、俺をゴミだと思ってた奴等が恐怖しながら俺に倒されるのが気持ち良かった。

 ……幾人か地面に倒し、俺は幾らか落ち着き周りを囲む奴等を睨みつける。

 奴等から奪った鈍器を構え、襲い掛かれば返り討ちにしてやろうと意気込む俺に、奴等は不用意に近づかない。

 このまま続けば警官が訪れ俺を拘束し……俺は多分監獄の中で過ごすだろう。

 それでも構わない。どんな環境であろうと生き延びてみせる。

 だが、今は違う。今此処で俺が投降すれば奴等は俺をまた痛めつけるだろう。

 散々暴れた俺に制裁を加えようと、俺の意識が無くなるまで叩きのめすだろう。運が悪ければそのまま俺は……。

 ……俺は生きる。

 ……俺は生きる。そして……俺の夢を叶えるんだ。

 ……生き延びてみせる……俺は……生きる。

 「……少し、話をして良いか?」

 ……そして、俺は出会った……奴と。俺のくそったれな運命を変える最初の切欠になった奴と。

 そいつは、僧見たいな服を着たむさい男だった。

 俺は、坊さんが最初俺の乱闘に説教でもかますかと思ってた。……だが、そいつの言葉は小難しい話とは違って……。

 「……お主には拳才がある。……私の元に来ぬか?」

 ……あぁ、そうだ。それが……奴と俺の出会いだ。




   
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……兄上、ジャギは何時目を覚ますのでしょうか?」

 「……知らん。先程医者らしき輩が入ったからな、そいつに話でも聞け」

 「……解りました」

 ……北斗の寺院。何時もなら厳かな空気と神秘的な雰囲気で満ちるその場所は、今重苦しい気配で立ち込めていた。

 二人の少年が寺院の入り口の横付近で会話をする。名はトキとラオウ……聖者と覇王の幼き頃の姿。

 トキはラオウの言葉に頷くと、中に入り医者の元へ赴く。
 
 ラオウは、トキの背中を見送りつつ回想をした。







 ……寺院に登ってきた三人の人影。リュウケン……そして幼い少女と少年。

 トキとラオウは修行の最中であり、一人は名を知り、もう一人は初対面となるが彼等はその顔に何故か見覚えがある気がした。

 だが、そんな感覚も吹き飛ぶ程の衝撃的な事により、彼等はその事を頭の隅に追いやられる事になる。

 「っ!? ……ジャギ!? 師父、一体何」

 「トキ、話は後にせよ。……時間が惜しい」

 トキは、腕に抱えられている死に体のジャギに血相変えリュウケンに問いただそうとするも、その迫力すら勝る厳格な
 リュウケンの表情と言葉に沈黙する。リュウケンは二人の間を駆け抜けて寺院の中へと入った。

 アンナも、トキとラオウに構わずリュウケンの後を追う。

 二人とも、本来女人禁制の寺院にアンナが構わず入ろうとするのを一瞬止めようか迷い……そして結局彼等は通した。

 アンナの顔に携えた死をも覚悟した瞳の光と顔つき。その、二人も無言で圧倒する雰囲気に彼等は何も言えなかったのだ。

 ……そして、二人の前で立ち止まったのは……ただ一人。

 「……お前は……」

 「……ケンシロウです、始めまして」

 ラオウの問いかけに、幼い少年は無表情で挨拶する。
 
 その言葉に二人は得心する。この場所にリュウケンが引き連れる子供など、一つしかない。……自分達と同じ立場の者だけ。

 「……そうか、これから宜しく頼むケンシロウ。……早速で済まないが一つ聞いて良いか? ……何があったのか知りたい」

 トキは、何時もの微笑でケンシロウに優しく声を掛けるも口調は幾分何時もより固い。

 それは当然。先程の変わり果てたジャギの……自分が認める弟の異変に何か知っているならばトキは直に知りたかった。

 ケンシロウは、そんなトキの意思を汲み取り口を開く。

 「……突然、自分の前で倒れました。……自分も、何が何だが」

 「……遂に限界が来た、と言う所か」

 ケンシロウの言葉に、ラオウは思慮深い顔つきで小さくそう零した。
 
 その言葉にトキとケンシロウは同時にラオウを見る。何かこの人物は知っているのか? と、その表情は語り。

 「兄さん……ジャギが倒れた原因を知っているのか?」

 「……大した事ではない。奴が最近頭痛が酷いのを目にしただけだ。……最も、奴が倒れるとは予想しなかったがな」

 ラオウは知っている。ジャギがここ最近になり顔を顰めて頭を押さえていた事は。

 アンナもその事に不安を感じラオウに救いを求めた位だ。もしもこれがトキならば師父に報告し別の結果になっていたであろう。

 「何故、それを早く言って……」

 「奴の問題だろう。自分の管理など俺が口出す問題でない」

 にべもないラオウの言葉。だが、それは正論ゆえにトキも口を閉ざす。

 ケンシロウは二人の様子からして、ジャギと言われ先程運ばれたのが自分の兄となる人物だと理解し、そしてこの二人の内
 一人は彼に好意を抱き、もう一人はどちらかと言えば敵意を抱いている事を知る。……ケンシロウは口を開いた。

 「……その、あの人は……」

 あの人は、一体どのような人なのか……。その疑問に、トキは応じる。

 「……ジャギは、とっても強い人だ。……南斗聖拳を学んでいてな、そして、その理由は師父を守ると言う理由から始めた」

 「伝承者候補にも成りたがっていて……その理由も師父を守る為だと私は知っている……私が知る中で最も優しい男だ」

 ……トキの言葉に、ケンシロウは素直にジャギと言う人物の評価を右上斜めに、ラオウは余り愉快でない気持ちに陥る。

 「トキ、お前は奴を持ち上げるがな。奴は俺からすれば何を考えているか解らぬ不審者だ。常に飄々として自分の本当の
 気持ちは誰にも晒さん。……何を考えているのか理解出来ぬ奴ほど性質の悪い奴は居ない。奴はその中でも最悪の部類だ」

 そのラオウの返答にケンシロウはジャギと言う人物が如何言う人物かまた解らなくなった。

 (……あの人が目を覚まして……自分は上手く接すれるのだろうか?)

 ……トキとラオウの話しに耳を傾けつつ、ケンシロウはジャギの安否を憂う。

 ……その一方でリュウケンの手で寝室に横になったジャギは……未だ昏睡したまま。

 ……アンナは、今は手を組みジャギの側に付いている。

 「……本当に何も解らぬのですか?」

 「……申し訳ありませんな。……長く医師をしてますが、このような病状は初めてです。ウイルスでも伝染病の類でもない。
 疾患でもなく疲労から来る倒れとも違う……しいて言うならショック状態と言う所ですが……目を覚ます可能性は……」

 「不明……だと」

 「今目を覚ますかも知れません。また、このままずっと目を覚まさない可能性も十分に……一応、栄養剤の類は打ちましたが
 それも単なる延命の為の措置でしか有りません。……長く昏睡状態になるようでしたら……覚悟も必要かと」

 その言葉に、リュウケンは蹲り頭を押さえる。

 ……突然の悲劇。……これは今までの自分の所業が今になって降りかかったのか?

 リュウケンのそんな姿を同情した目で医師は見つつ、言葉を放つ。

 「どうか、気を落とさず付き添って上げて下さい。昏睡状態に陥った患者が突然目を覚ました例は幾つかあります。
 その時は患者を良く知る人物が声を掛けたりなどした事が症例の改善に繋がったとも……最も、可能性の一つですが」

 ……医師とリュウケンの会話を他所に……アンナは眠るジャギの側で祈り続ける。

 「……ジャギ」

 ……あらゆる感情を、一言の名と共に集約する彼女の祈り。

 ……ジャギは……未だ目を覚まさない。





  
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……CLUB STORKと書かれた一つの建物。

 その建物だけが、荒地と化した世界に唯一まともに建てられた建造物である。

 その建物の中の一つ、その場所で一つのテーブルを挟み少年と、男は立っていた。
 男は、手に握っている散弾銃で少年を指し言い放つ。

 「おい、そこに座れ」

 「いや、言われなくても座るけどな。足クタクタだし」

 「……口の利き方に気をつけろよ。気が強いガキは嫌いなんだよ俺は」

 銃を向けられても怯えない少年に苛立ちつつ男は散弾銃をホルスターへと仕舞い乱暴に音立ててソファーに座る。

 少年は男をまじまじと見ながら倣い椅子に座った。……暫くしてから少年は言う。

 「……それで、何であんたが此処に?」

 「おいおい、言っとくが此処の主人は俺だ。お前は俺の場所にズカズカと入り込んだ厄介者だ。質問は俺が仕切るぜ」

 そう男は偉そうな口調で呟き酒を煽る。……この建物には酒や食料が何故か置かれていた。……理由は不明だ。

 ……少年は思い返していた……この状況に陥る前の事を……。


 

  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……何で俺の名前を知ってやがる小僧」

 ……黒光する銃口は、少年に狙いを定めている。

 直にでも引き金を引けるように指は添えられ、その目はギラギラと危なく光っている。

 ……少年はその眼光を受け止めて名乗った。

 「……俺の名は……ジャギだ」

 「……何だと? おい、小僧出鱈目言ってるんじゃねぇぞ。ジャギは俺様だ」

 そう言ってジャギ……ややこしくなるので『大人のジャギ』はそう言って少年……ジャギを睨みつける。

 ジャギはと言えばどう説明して良いものか悩む。このジャギは、自分の予想出来れば最悪の相手だから……。

 ……ケンシロウを苦しめる為にシンの魂を悪魔に売らせ、レイにケンシロウを倒させる為にアイリを連れ攫い。

 アミバと結束し奇跡の村の襲撃を行わせ、そしてケンシロウの名を堕ちさせようと七つの傷を創り数々の悪行を犯した男……。

 その本人が、こんな未知の世界に居るなど誰が予測出来たか?

 「……自分は」

 「あぁくっそ。こんな場所でだらだら喋ってたら蒸し焼きになっちまう。……中にとりあえず入れ、話は其処でしてやる」

 『大人のジャギ』は外の環境に嫌気を差しそのままの状態を嫌い建物の中へと入る。

 そのお陰で、とりあえずジャギは外で熱射病で衰弱死と言う結末はとりあえず免れたのだ……。

 

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……奇想天外な話しだな。てめぇが俺の子供の頃になって糞爺いに育てられてそんであの野郎に出会って此処に来た?
 ……てめぇが如何して俺の素性やら何やら知ってるのかも別世界の人間だからだと? ……寝言は寝て言え餓鬼」

 「嘘じゃねぇって」

 ……ジャギは水を飲み干し一先ず一心地付きながら『大人のジャギ』に詳しく話した。

 自分の今までの身の上を洗い浚い全て……その過程の間ずっと『大人のジャギ』は無言で聞き役に徹していた。

 「……まず、一つ言うがな。俺は奴の養子になった覚えはねぇぞ」

 「は? ……でも、俺は確かに」

 「てめぇの話が嘘じゃないとしても事実だ。俺様は道端で気に食わない奴等ぶっ倒してた時に奴に目を付けられた。
 そんで伝承者候補として育てられたからな。火災で孤児になったとか、そんな事は一切存在しねぇ。出鱈目だ」

 ……一体如何言う事なのだろう?

 『大人のジャギ』の話が真実であれば、リュウケンの話は虚言……けど、リュウケンが自分に嘘を付く理由が思いつかない。

 ……まず、確か設定の中だけの話しだが、『ジャギ』は伝承者候補の毒として入れられた人間だと書かれていた気がする。

 ……ならば『大人のジャギ』の話のほうが真実性が高い。……だが、自分の今までの生活でリュウケンは確かに……。

 「……平行世界とか、そんな感じか?」

 自問自答して、結論付けたのは自分が今いる世界が原作の『北斗の拳』に良くにた世界であると言う可能性。

 まず、外伝作品に出ていたロフウ・フウゲンの存在を最初は何の疑問も思わなかったものの、外伝は原作とは本来異なる。

 それが登場していると言う事は、この世界は『北斗の拳』の世界だが、一方正史の世界とも何処かしら異なるのだろう。

 ……大体にして、全ての外伝作品が総合するとなると矛盾が発生するのだ。自分がリュウケンの養子であったが、それとも
 別の生き方の中で出会ったかなど些細な違いでしかない。そう、ジャギは生じた疑問を自分で完結する事にした。

 「……とりあえず、この場所は何処か教えて貰いたいんだけど」

 「知るか。俺も気が付いたらこの場所に居た口よ。案外、てめぇももう死んでるんじゃねぇか?」

 酒を口に含みながら冷酷に言い放つ『大人のジャギ』。

 ……意外ではあるが、『大人のジャギ』は自分の死を受け入れていた。自分が知っている原作の末路を語ろうと別段
 逆上したり何か事を起こすような気配も見せず大人しいまま。ジャギは半ば暴力を受ける覚悟で話したのに拍子抜けした程だ。

 「……あんたは、別に何とも思わないのか? 自分が死んだ事に……」

 「そりゃ、おめぇ最初は自分が死んだって気付いた時はぶち切れたぜ。だがこんな場所で長い間いると怒り続ける方がな」

 「……どの位居るんだ?」

 「さぁな。生憎この場所は時間の感覚が麻痺するもんでね。大分この場所で過ごしているってのは理解してるがな」

 ……一見何ともないように語るが……『大人のジャギ』の話は内容を聞けば壮絶な事が伺える。

 目の前の男は……この荒地でずっと独りだけで生きてきたのだ。

 しかも、何年何ヶ月経ったかも知覚出来ぬ何もない場所で……もし、相手がこの男でなければジャギは敬服した事だろう。

 「……戻れるのか、俺は」

 ……それが最大の今の懸念事項。……ジャギは、自分が元の世界に戻れる事を悩んでいた。

 その表情を見て『大人のジャギ』は口元を歪めて瞳に悪戯な光を含ませて問う。

 「てめぇが言う戻りたいってのは、あいつが居るくそったれな世界か? それともお前が元居たって言う世界か?」

 「それは……っ」

 ……どうなのだろう?

 ……元の、自分がジャギに成る前の世界……そりゃ戻れるなら戻りたい。

 あそこには『自分』の家族……両親と弟が居る。大学の、それ以前の友人が居る。

 もし、この世界と時系列が同じなら家族は自分が居なくなってどう思っているだろう。

 ……いや、ひょっとして自分の意識だけがこのジャギに移り、元の世界の自分は普通に過ごしている可能性もあるのだが……。

 ……元の世界への帰郷。……既に諦めきっていたが。

 「……俺は」

 ……ジャギとなった世界。元の『自分』の世界。

 ……ジャギとして過ごした世界で……自分は友人を作った。

 ……それは最初計算を含んだものだったけど……それでも何時か次第と彼等の事を『自分』は気に入っていた。

 ……シンを、サウザーを、リュウガを、他の皆が大事だと思った。
 
 リュウケンを救うと、トキを救いたいと、ラオウの野望を阻止したいと。

 ……アンナを……守り抜きたいと。

 ……大事な物をこの世界で作った……生き残るのが最初の目的だったけど、何時しか生き残る中に守り抜きたいと言う
 目的も生まれ……そして、その中心に金髪をバンダナで結った彼女の微笑みが何時も脳裏に焼きついていた。

 「……俺は、どっちにも帰りたい」

 「はっ、物好きな野郎だな。まぁ正直なだけマシか? てめぇが殊勝ぶって善良気取りの返答したら撃ってた所だ」

 その言葉は紛れも無く本気の口調で、ジャギは心の中で『大人のジャギ』に対し警戒の再度の必要性と危険の脱出に感謝する。

 今は何事も無く自分と話しても、目の前の相手は多くの命を手に掛けた男なのだ。何時殺されても可笑しくない。

 無意識に強張る体。それを見透かしてか嘲りを含み『大人のジャギ』は言う。

 「安心しろ。初めての物言う客だ。てめぇが可笑しな真似しない限り殺しやしねぇよ。……そういや面白い事言ってたな。
 俺や奴の事が漫画だって話……。……とりあえずてめぇが知ってる事全部話して貰うぜ。言っとくが、嘘を吐いたり何かを
 隠したりしても無駄だ。騙してると思った瞬間てめぇの秘孔突いて洗い浚い白状させてやるからな?」

 ……訂正、殺される方がマシかも知れないと……ジャギは考え直すのだった。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……北斗神拳伝承者候補?

 最初、俺は何が何だが理解しなかった。とにかく、騒ぎを起こした所為でこの場所にもう住み着く事は出来ない。潮時だ。

 他所で生きるには色々と厄介だ。だから、この男にとりあえず胡散臭くも付いて行く事にした……常に逃げれるように警戒しつつ。

 ……招かれた場所は一つの屋内、何処かの店だったかも知れない。うろ覚えなのは初めて出されたまともな料理が
 衝撃的で、その味に集中していたからだと思う。口の中に広がる始めての暖かな食事。他の事には目が入らなかったのだ。

 そいつは北斗神拳とか言うものを育てるのが目的だと言っていた。

 ……俺は料理を誰かに奪われないかに気が向いていて、話し半分だったがとりあえず理解した。

 「……それ覚えたら、俺は強くなるのか?」

 俺が一番初めに気にしたのは……それで強さを得れるのか。

 この男が強いかどうかも俺には理解出来なかった。……見た目は何処にでもいる普通の年配の男……不意打ちすれば倒せそうだ。

 「……ならば、試してみようか? ……そうだな」

 ……そいつは、外に出ると俺を連れて人気の無い場所に移動した。

 俺は、その時点で余り気が進まなかった。人気のない場所は人攫いや、何か嫌な出来事が多い事が自分の知識ではそうだったから。

 ……そして、俺は始めてみる信じられないものを目にした。

 「……墳(フン)ッ」

 ……岩の塊が、人差し指で突かれただけで粉砕される。

 ……手品か、それとも幻覚か? ……いや、これは紛れも無く目の前のこの男がやったのだ……!

 ……すげぇ。

 ……たった一本の指でそれをやってのけた男の技……力に俺は魅了された。

 ……これさえ身に付ける事が出来れば……俺の夢が適う。

 「……それが、北斗神拳って奴なんだな……っ!」

 「こんなものは一端でしかない。北斗神拳の極意は深い。極めれば天を動かす事さへも……」

 ……アア、すげぇ……!

 ……見てろ。絶対に覚えてみせる。

 ……北斗神拳伝承者に俺はなって見せる。

 ……俺は、俺の夢を叶えてみせるからな……!




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 「……ふう。疲れた」

 ……一体どの位時間が経過したのだろう? この建物の中には時計は存在せず、本当に時間の感覚は解らなくなってきた。

 ……酒や食料もあるが、別段空腹を感じない。……あれらは空腹を満たす、と言うよりも気を紛らわすものだ。

 ……そう言えば、建物にあった別室にも本類が幾つもあった。……テレビやパソコンと言う物は存在しないが
 あれらも奇妙なものだ。……自分の世界にあったジャンプ作品系統は揃っていたし、娯楽小説も数々並べられていた。

 自分の住む……ジャギとして過ごした世界にはそう言った漫画類は存在しない。火の鳥と言ったかなり有名な作品類は
 作者名だけ変えて登場していたが(グリム童話系列とかそう言った古典文学も同じだ)1990年代以降の作品はない。

 ……この建物だって奇妙なものだ。一体、何故この世界にこの建物だけ存在するのだろう?

 ……考えるほどに疑問が沸き起こる。だが、それを解決する方法はない。

 「……考えるだけ無駄か」

 ……ジャギは別の事を考える……主に『大人のジャギ』について。

 ……あのジャギは間違いなく『原作』のジャギだ。横柄な態度で自分の身の上に関し全く話さなかったが質問から窺える。

 ケンシロウに殺された事に関しても逆上せず普通の態度で頷いた事にどうも違和感あったが、本人曰く『目の前に居れば
 殺してやるが、今居ない奴に対し怒り狂うほど俺は短気じゃねぇんだよ』との事だった……この世界で大人になったのだろうか?

 ……色々聞いて理解した事。……アイリ、レイの妹を攫った事に関しての『大人のジャギ』の理由はやはりケンシロウを
 殺す駒として使う為。……アイリを殺さなかった理由は、その方がレイを苦しめられると言う判断だったかららしい。

 『俺はよ、ああ言う風に家族仲睦ましいって言うのが反吐が出るんだよ。結果的に奴は俺の思い通りに踊ったしな』

 ……ジャギが外伝作品から考察する、ジャギが拳王軍の配下だった事についても聞いてみた。

 その質問に関し、『大人のジャギ』はこう返答した。確かに拳王となった兄に出会い一応命令は応じたが、心から服従してなかったと。

 『俺様が誰かの言いなり通りだと思うか? 確かに兄者に関し俺は認めてたがそれと話は別よ。隙あれば俺様だって
 兄者を倒そうと思ったぜ。……まぁ実力で勝つのは難しかったかもな。まぁ、爆薬でも使えばあるいはな……』

 その言葉にジャギはラオウは近代兵器で倒すにはもう一度核兵器でも使用しなければ無理だと言うと、『大人のジャギ』
 もその言葉には素直に頷いた。やはり、『大人のジャギ』からしてもラオウは偉大であったのだろう……まぁ当然か。

 「……そういえば、此処って何時までも明るいままなのか?」

 「違うな。言っとくが日は沈むぜ?」

 ぽつりと呟いた独り言だったのに、何時の間にか出現していた『大人のジャギ』は返答する。

 ……例え伝承者候補では一番下でも北斗神拳伝承者候補だったのだ。……今のジャギの背後を取るのは容易い。

 「見ろよ、あの空をよ」

 「……っ、あれは……」

 ……ジャギは、店の外から見た空を見て絶句する。

 ……黒い太陽は何時しか沈もうとしていた……沈むに比例して真っ暗になっていく世界。

 「……あの太陽が沈むと完全にこの世界は闇になるからな。……電気付けとけよ。俺は少し一眠りするぜ……点けとけよ?」

 「何だよ、怖いのか?」

 何時しか、『大人のジャギ』に対し警戒が解れていたのかジャギは軽口を叩く。

 ……怒る事なく、真剣な口調で『大人のジャギ』は返答した。

 「……言っとくが、この世界の『闇』を甘く見るな。……油断してると一気に呑まれるぞ」

 「は? 呑まれる……」

 「言うより体験した方が早いな」

 『大人のジャギ』は、そう言うや否やジャギの背中を問答無用で掴んだ。

 口を開き文句を言うジャギに、『大人のジャギ』は無言で店の扉を開き乱暴に外へとジャギを投げ捨てた。

 「ってめぇ、何すん……っ」

 ……ジャギは文句を言いかけて……そして凍りついた。

 「……何だ、これ?」

 ……店の外に出た瞬間……その外を支配するのは……完全なる黒。

 ……その『黒』には……温度も、音も、触感も……人間の五感にどれも当て嵌まらず、どれにも応じない物……。

 ……ジャギは初めて知った。……絶対に太刀打ちできない……『何か』を。

 「おら、早く入れ」

 ……気が付くと、ジャギは店の中に引っ張り込まれていた。
 
 チカチカと光る電球に、こうまで有り難味を感じたのは始めての経験。ジャギは人工の光に感謝しつつ『大人のジャギ』へ言う。

 「あれは一体……」

 「考えるな」

 ……『大人のジャギ』はジャギに対し命じる。

 「アレに関して何も考えるな。アレは俺やお前じゃどう足掻いても太刀打ち出来やしねぇ。良いか? 『夜』に関しては
 ずっとこの店で電気点けて寝てろ。そんで『昼』になったら俺と一緒にてめぇは修行しろ」

 「……は!? 修行!? 何で!?」

 ……暫くして再起したジャギの叫びに、ニヤニヤと口を開く……悪魔。

 「おいおい、この世界で元に戻れる確証もねぇてめぇは俺の言う事に従う術しかねぇんだぜ? ……安心しろ。てめぇには
 俺様の暇つぶしに付き合って貰うだけだ。何せ折角の玩具……あぁ、いや。暇潰しだ……言っとくがな、てめぇは俺から……」

 そして、その悪魔は自分が良く知る原作の台詞を止めに放った。

 








                                 「逃げられんぞ~!」











            後書き


   此処でもジャギは原作ジャギに修行して貰います。

   南斗邪狼撃、含み針、色々な禁じ手。それらに関し原作ジャギはこの世界ではチートです。それだけはご容赦を。



   ……もっと文才が欲しいです。








 



[29120] 【文曲編】第三十六話『惰眠の狭間と星の標』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/27 23:24

 ……何処までも救われず。

 ……何時までも報われず。

 ……如何しても辿れない。

 その魂に幸福を見る事は適わず。ただ見苦しき汚臭の中で悶え苦しむ事を望む者達の傍らでそれは足掻き続ける。

 だが、もし願わくば。

 その魂とて、生まれた時は祝福されたと思いたいものだ。



   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……北斗の寺院、その階段を駆け上がる少年一人。

 彼は金髪を振り乱し、顔面から流れ落ちる汗に構わず服が乱れる事も気にせずに階段を駆け上る。

 急な階段。大の大人にも苦行に近い登り坂を荒い息ながらも未だ余分を残し上りきった少年は、寺院を睨みながら足を進める。

 ……寺院の入り口には、不安そうに入り口の奥をチラチラと見る一人の少年が萎縮しつつ立っていた。

 その少年と、寺院に辿り着いた金髪の少年は互いの存在が近づいた時に気付きあう。

 「……貴方は?」

 その少年は、透き通るような目で金髪の髪で青い瞳が輝く少年の目を見据えていた。

 その少年の目は心まで見通すような目をしている。だが、その事に対し相対する少年は懸念する事により気は回せない。

 「俺?」

 彼は、急報を耳にした瞬間この寺院に死に物狂いで駆けていた。何かの間違いだと信じたく、それを願いながら走り。

 「俺の事か? お前こそ誰……いや」

 彼は目の前の相手を気にする余裕すら消えていた。彼にとって最も大事な存在に近い相手の急変に、今彼は我を半ば自失していた。

 「俺の名は……シン。……ジャギの友だ」

 ……南斗孤鷲拳伝承者候補『殉星』のシン。ケンシロウとの最初の邂逅であった。

 ……ケンシロウは、彼と最初に出会った時の事をこう語る。

 服を乱し焦燥に掻き立てられた目の前の人物は意中の人物を心配しているのが見て明らかで、そこまで思われる人物は
 果報者だと思えた、と。そして、彼の瞳の輝きもまた初めて見る輝きだったと。ケンシロウはシンとの出会いは、予想も
 しない出会いではあったが、不思議と、彼との出会いに何故か初めてのようでは無かった気がすると思うのであった。

 「……ケンシロウ。この寺院には昨日訪れた……その人なら、未だ眠ったままだ」

 「ケンシロウ……っ色々と聞きたい事はあるが、まずジャギだ! ジャギに会わせてくれ!」

 彼は懇願する。知らされた事が夢であって欲しいと、自分の目ではっきりと伝えられた情報を真実だと確認するまでは。

 ケンシロウは、僅かに躊躇する感はあった。だが、シンの願いを無碍に断る程に彼は無情ではない。一度頷き、寺院の奥を先導する。

 ……寺院は、その日は珍しく来訪する僧や、その他の客は居らず人気がない。その雰囲気もシンの心を一層と不安にさせた。

 「……此処、だ」

 ケンシロウは一つの部屋へ立ち止まり口を開く。それを聞き、居ても立っても居られずシンは扉に手をかけていた。

 ケンシロウが口を開く間もなく、強い音立てて開く扉。そして彼は見た……冷酷なる、自分が耳にした真実を……。

 「……ぁあ」

 ……信じたくなかった。……出来れば、性質の悪い冗談で欲しかった。

 だが、それは真実……彼の目はようやく悲劇を受け入れた。

 「……何故だ……ジャギ」

 ……その部屋では……怖ろしい程に無音の部屋では息遣いすらなく横たわるジャギと……じっと動かず祈るアンナの姿が……。

 ……ジャギは、未だ起きる事はない。


   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「おらおら、腰がなってねぇんだよ。腰がよぉ」

 「……ぐぬぬ」

 「ぐぬぬ、じゃねぇよ、おら。そんなへっぴり腰で邪狼撃なんぞ出来るかってんだ。おい」

 ……何処か知れぬ荒れ果てた世界。その世界に唯一存在する建物の片隅に大人と少年が居る。

 その大人は鉄兜で散弾銃を携えると言う、お世辞にも善良な市民と言えぬ悪人の風格たる人物。その人物は、何処かその
 人物に面影が似ている少年へと、銃を指揮棒のように振り回しつつ睨みつけながら拳法の指導をしていた。

 だが、先程から何度も罵声を浴びせられた所為か、指導されている少年は遂に負けじと教授者へと言い返す。

 「あ、あんた簡単に言うけどなぁ……俺は未だ初歩の初歩しか覚えてねぇんだっつうの! いきなり極められるかってぇの!」

 「泣き言言ってるんじゃねぇ! 良いか!? てめぇは腐っても俺様なんだ! それなら『南斗邪狼撃』を極めろ!
 そいつが出来ない限り、てめぇ見たいなひよっ子野郎が世紀末を生き抜く事なんて出来ないんだよっ、おらぁ!」

 廃棄物の(大人のジャギが簡単に倒れていた石材を立てて拵えた)石柱に向かい、南斗聖拳の修行をしている。

 彼……ジャギは自身の知識から織る模倣の邪狼撃を修行している事を幸か不幸か告白してしまった。それゆえに至る修行。

 大人のジャギ……別名では原作のジャギ、残虐非道のジャギ、世紀末破壊王の名を冠するジャギは、自身が以前振るっていた
 拳を、世界が異なれど修行していると聞くやいなや早速それを修行するようにと彼は強制した。……それがこの現状。

 「さっきからんな柔い突きばっかりしやがって! 玉付いてんのかてめぇは!?」

 
 「下品だぞ、おい! さっきから放つ度に『腰抜け』だの『糞野郎』だの『小便垂れ』だの……最後に関しては卒業したぞ!」

 「自慢する所かっ! 大体にして何で俺の癖にそんな出来損ないの突きしか出来ないんだてめぇは! はっきりしたぜ、
 てめぇが俺とは別人だって事がな! お前見たいな野郎が昔の俺と同じ環境で生きていたら一日でお陀仏だぜ!!」

 ……ジャギの突きが行われる度に言葉の突き合いが開戦される。本来、原作のジャギに少しでも舐めた言葉を吐こう
 ものなら北斗神拳、または殺意を秘めた拳を振るわれ命を失くしそうなものだが、この世界で過ごしている所為か、または
 指導しているジャギを殺せば折角の玩具を失くす事を恐れてか、若しくは世界が違おうとジャギであるからかも知れない。

 彼はジャギの突きが失敗しようとも体罰は未だ行ってはいない。その事に関しジャギは心の奥底では俄かに半信半疑だった。

 「おらっ、また突きの初動が遅れてやがる! 如何してそう物覚えが悪いんだよお前はよぉ!」

 「だから五月蝿いんだよ! そっちこそさっきから口先ばっかり言いやがって! そっちこそちゃんと出来るのかよ!?」

 遂に我慢の限界か。ジャギは大人のジャギへ向かって睨みつけて言い放つ。

 「……ほぉ?」

 ユラリ……と幽鬼を震わし大人のジャギは鬼気迫る雰囲気を放ち、悪い言い方で嘗めた口の利き方をした小僧を睨みつける。

 一触即発な空気。……だが、意外にも大人のジャギは矛を先に収めた。

 「……良いぜ、なら見せてやる」

 その意外な言葉に怪訝な様子で立ち往生するジャギを乱暴に除けさすと、大人のジャギは石柱へと立った。

 「……行くぜ。言っとくが一度しか見せねぇからな……」

 その言葉と同時に、腰は僅かに下がり、膝は曲がり両腕はゆっくりと後方に曲げられる。

 それはゆっくりとした動作で、そしてその構えに移り変わる間に大人のジャギの気配は完全に様変わりしていた。

 穏やかとは言えずも、荒い気配がピンと張り詰めたかのように……例えるならば居合いをする間際の達人の剣士。

 その刃を抜き放つ瞬間の空気を大人のジャギは宿していた。それは、未だ完全に成長途中のジャギにも解る程に凄まじい気迫。

 気が付けば無言で見守っているジャギに構わず大人のジャギは石柱に狙いを定める。……そして技の引き金たる言葉を唱える。

 「……南斗」

 ……原作で救世主の頬を僅かに傷つけた技。世紀末を生き抜く為に……その救世主を殺す為に鍛え創られた技。

 その技は散った世界では未熟で、揶揄される程の出来損ないだった。

 ……だが、彼には此処へ現われてから無限に等しい時間が有った。そして、彼はその時間を無駄に浪費せず、有効に利用した。

 ……結果、途方も無い時間で繰り返し行った一つの型は最終形態へ……彼は完成させたのだ。

 「……邪狼撃!」

 ……その技を放つと同時に……大人のジャギの姿は『掻き消える』。

 ……気が付いた時、少年のジャギには石柱が真っ二つに切断され……そしてその傍らに大人のジャギは移動していた。

 ……まるで瞬間移動でもしたかのように……音も無くその方向へと。

 「……す、げぇ」

 思わず、と放つ賞賛の言葉。

 そして言った瞬間後悔する。何で、目の前の極悪人を褒めるような言葉を言ったのかと。

 だが、時既に遅く。その言葉にニヤニヤと意地の悪い笑みで大人のジャギは少年のジャギを見下ろして言い放っていた。

 「おい、どうだ? 今のが完成された邪狼撃の姿よ。てめぇが俺のように出来るまで……百年もあれば出来るようになるか」

 「いや、その前に死ぬって」

 大人のジャギの言葉に手を振り無謀だと諭す。

 「ほざきやがれ。忘れたのか? この世界じゃ時間の概念なんて無いに等しいんだ。時間なんぞたっぷりある」

 そう言い切り、彼は残酷な光を宿して少年へ言葉を下した。

 「まぁ、出来るまで俺が懇切、丁寧に指導してやるよ。感謝するんだなぁ、糞餓鬼」

 ……もはや、彼に逃れる術は無かった。





     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……ジャギは、何故目を覚まさないんだ」

 「済まない、原因は私にも皆目見当付かない……師父も、懸命に治療策を捜し外出しているところなんだ」

 「……アンナも、平気ではないだろう。……食事はとっているのか?」

 「……私の知る限り、取った所は見ていない」

 ……シンは、ジャギの容態を見た瞬間。駆け寄り彼の意識を呼び覚まそうと本能のままに動きたかった。

 それが適わなかったのは……じっと、ただ瞳を閉じて手を組み合わさり祈り続けるアンナの姿が側にあったからだろう。

 ……彼には、そのジャギとアンナだけの支配する空間を侵す真似は出来なかったのだ。

 トキに最低限の情報を聞き、ジャギの急変に関し結局原因らしきものが誰にも理解し得ない事に頭を掻き毟り苦悶する。

 シンは、彼はジャギにとって最初の友であり……彼もまたジャギが最初の友人だった。それが何より掛け替えの無いものか。

 「……ケンシロウ、と言ったな」

 ……トキの他に、その場にはケンシロウが居る。

 リュウケンはジャギの覚醒の方法を探し外へ。……ラオウは関知せずと言った様子で寺院を外れ修行の為に出た。

 ……擁護する訳ではないが、ラオウはジャギの昏睡に関し悪意ありて放置する訳でない。だが、彼にとって自己以外の
 他者への関心が異常に低い事と、そしてジャギならば自力で生還する可能性を信じての放置である。

 ……シンは彼の急報を知ったのは今日の早朝。

 本来ならばもっと遅く知られても良かったのだが、運が良いのか悪いのか……リュウケンはジャギの容態に快方の兆しが
 無いのを知ると手近な人物……この場合シンの師であるフウゲンへと、昏睡状態に陥った人物への対処を聞いたのだ。

 北斗神拳を極めた己に無力な事でも、万に一つの可能性で南斗の者ならば秘術であろうと何か知らぬかと望みを懸けて。

 結果は見ての通り。フウゲンはリュウケンに侘びの言葉と共にシンへとジャギの事を伝えたのだった。……そして今に至る。

 「……この前会った時は、倒れる素振りなど全く無かったのに」

 「……ジャギは、人に知られず頑張ろうとする部分が有るからな。……不覚だ、気付く機会は何度もあった筈なのに」

 ……各人に後悔の言葉を上げる。二人にとってどちらも付き合いは未だ短くも、ジャギと言う人物は重要な人間だった。

 その、二人に対し慕われるジャギと言う人物を、未だ殆ど接触していないケンシロウはジャギと言う人物をもっと良く
 知りたいと想い始めていた。……だが、状況はそれを許してくれない。彼の寝室は聖域のように近寄り難いのだ。

 「……その、ジャギ……兄さんで良いのでしょうか。もっと、聞きたいのですが」

 「……ん、ジャギについて……か」

 「……此処でじっと俺達が悩んでもジャギは目を覚ましはしないだろうからな。……良いだろうケンシロウ。あいつ
 について俺の知る限りの事を教えとく。……あいつが目を覚ませば、これからお前はあいつと一緒に過ごすだろうからな」

 シンは、ケンシロウに羨ましがるようような、憂うような複雑な感情のままに己の知る限りの彼についての事を語る。

 ケンシロウは、トキとシンから彼の事を頷きつつ聞き始める。……世界は、ゆっくりと歪に周り始めるのだった。




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……うむ、此処におったか」

 「……珍しいですな。貴方が自ら私の元へ訪問するなど」

 「カかカッ。幾ら老体とは言え未だ未だこの身は疲れを知らぬよ。……して、まぁ本題を言おうかの」

 ……場所は変わり、其処には一人の老人と、未だその域には達さずも妙齢に達する男性が対峙している。

 その男性はゆったりとした物腰だが、その雰囲気の内側には途轍もない力を秘めていると言う事は、達人にしか理解し得ぬ。

 そして、目の前に立つ老人はその例外の人物であった。

 「オウガイよ。以前にも会ったあの小僧っ子……ジャギじゃが、原因不明の昏睡状態に陥ったようじゃ」

 「!っ何と……して、ならばリュウケン殿は」

 「わしが治療の術を知らぬと告げると、別の場所へと直に去ったよ。……シンは今頃北斗の寺院を訪れている頃じゃろう」

 ……南斗孤鷲拳現伝承者フウゲン……彼にとって一人の少年が昏睡状態に至る事など普通は気にも留めないが……これは例外。

 彼にとってジャギと言う人物は北斗神拳伝承者の子であり、そして彼の素質をその幾千錬磨の戦術眼から見抜いている。

 ゆえに、彼は今回の事態を重く見取り。現鳳凰拳伝承者である南斗の最高権力者に値するオウガイへと事を伝えたのである。

 「……成る程、原因は全く以って不明……突然の昏睡となると医学知識は多少心得ているつもりだが……」

 「今回の場合、どうも理由が掴めん。……推測となると、わしにはジャギとその時居合わせし子……『ケンシロウ』に
 鍵があると思うじゃて。……もしかすると、その子供こそ予言に連ねし者かも知れぬぞオウガイよ」

 ……フウゲンにはジャギが出現してから起きた事件を目にする内に……何時しか自分の中にある考えが芽生えていた。

 ……『南斗乱れし時北斗現る』……それはあらゆる仮定が考えうる予言。

 南斗とは表の拳ゆえに、平和な時代が乱されし時に北斗が影から時代の修正を行うゆえに、そのような関係性を指す仮定。

 または、南斗の拳士達に何か異変が生じた場合、その場合において北斗が関与すると言う説。

 ……そして最悪の仮定だが……南斗聖拳崩壊に繋がる事件が生じ……南斗と北斗が敵対する未来を指すと言う説。

 フウゲンは、最後の説に関し心の奥底で不安を抱えていた。ゆえに、口酸っぱく南斗の長老達にも北斗との争いに関し
 完全なる禁句として諍いを絶対に生じぬようにと提言した事もあったのだ。……最も、正史見る限りそれも適わないのだが……。

 「……未だ先、もっと未来で予言を行うのがその子ならば……オウガイよ。南斗の未来思うならば、今から行動する事だ」

 「……何が言いたいフウゲン殿。……まさか、まさかと思うがその子に害為す想いを?」

 最悪の想定図……オウガイも考えたくないが、指導者として最悪の結末を描き、それに対処する事も鳳凰拳伝承者の務め。

 鋭い目で、何時もの温和な顔を拭い去りフウゲンを睨む。……オウガイと暫し思惑を見抜こうと視線は交差した。

 ……そして。

 「……成る程、オウガイ殿。貴方はこう申されるのか。未来を思うならば、その子供もまた私の目で見定めよ、と」

 肩の力を抜かし、何時もの穏やかに人を包む温もりを宿す状態へとオウガイは戻る。フウゲンは狸笑いでオウガイへ紡ぐ。

 「そうじゃ、未来は誰にも見抜けん。わしらは老い先短い者、時代を背負うのはあれら若い者じゃからな。
 わしらに出来る事はその子達の道を踏み外さぬよう指導する事じゃて。何時もわしが言っている事じゃ」

 「そうでしたな。……ですが、口惜しくも北斗の場所まで私の目は及びません。未熟とお思いでしょうが、今の私には
 その子達まで見守るゆとりが無いのです。今の私には……私の息子を強く育てる事こそが第一の使命……」

 オウガイは、知っている。あと、およそ五年も経たず自分の使命を果たす時が来る。

 その使命の為に、息子を、サウザーを強く育て上げなければならない。……彼にはそれだけで想いが縛り付けられていた。

 「解っておる。だから、じゃよ。……単刀直入に言うぞ。わしの考えはこう。ジャギの目を通し、お主は北斗の子を見るのや」

 「……ジャギを? ……! フウゲン殿、それは……」

 合点が言ったとばかりに、まじまじとオウガイはフウゲンを見る。

 ……フウゲンは、彼があらゆる死闘を勝ち抜いた知恵を所有してた頃の識者の顔で目敏い笑みを浮かべて口を開く。

 「そう言う事じゃ。あの子の目を、口を通じ北斗の子を知る。さすれば我々がどう動くかも知りえるじゃろうて」

 「オウガイ。これは決して悪しき事で非ず。南斗の先行きを守る事に連なる事だからのお」

 ……フォフォと笑い、フウゲンは立ち去る。

 ……オウガイは、じっとその背を見送り、その言葉を深く思案するのだった。

 「……お師さん?」

 「……なぁ、サウザー。大事な話がある」

 ……暫し経って師が自分の元に来ない事に不審を感じ師の居る場所へ訪れたサウザーへと……オウガイは口を開く。

 それは、彼の異変に関する事。……息子の知人が倒れたのならば、それを報告する事が常であると言う親の心から。

 ……だが、その中に小さくも南斗の未来を想い……ジャギに接する為に息子を半ば利用している感を否定出来なくもなかった。

 ……未だ日は暮れない。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……ねぇ、ジャギ」

 ……眠るジャギ。……彼は未だ目を覚まさない。

 薬湯を口に注ぐ事は何とか出来る。だが、粥に似た食事を取らせる事は出来ても、彼の体はやがて衰えるだろう。

 医師は、一日経ってから訪れて、彼の体に変化ない事を指してから排泄、及び発汗など無い事に首を捻っていた。

 だが、それも彼女からすれば些細な事。……彼女は、彼の開眼だけを何より望んでいる。

 「……初めて出会った時。……私、ずっと怖がった」

 「……眠ったら、また悪夢が……アレに襲われると思ってずっと目を開いていた」

 「……けど不思議。今、ジャギが眠っている事がとってもその時より怖ろしい」

 「……早く、起きてね? ……大丈夫、出会った時もジャギは私が起きるまで手を握っていてくれた」

 「……ジャギが起きるまで……ずっと居るよ」

 ……食事も摂らず、彼女はずっと彼の側に居続ける。

 ……一日が終わり、夜が訪れ北斗七星は輝き出す。

 ……ジャギは目を未だ覚まさない。






                               ……北斗七星は、儚く空に輝く。












             後書き



   今クロスオーバーしたい作品。

   GS美神・GANTS・FF

   クロスオーバーはクロスオーバで上げるつもり。お目汚しになるけどご容赦下さいね。







[29120] 【文曲編】第三十七話『惰眠 境界線 流転』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/28 21:01

 変わらない日常。変わらない幸福。

 それが、決して二度と取り戻す事のない掛け替えの無いものだと人は気付けない。

 ゆえに、彼もそれを知ることなく全てに憎悪を振りまいていく。

 ……だが。

 ……もしかすれば、それを知るが故に彼は続ける事を選ばざるを得なかったのかも知れぬ。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……ジャギが……昏睡?」

 「えぇ、どうやら確かな情報かと。孤鷲拳の候補者の様子や、伝承者であるフウゲン様が話してたらしく……」

 「伝聞ゆえに細やかな事は不明ですが、確かな筋かと……」

 「……了解した。ガロウ・ギュンター、報告感謝する」

 ……柔らかな風が絶える事無く吹く森林。

 その森林の中、一人の少年と一人の少女は緩やかな風を無表情で浴びる。

 「……どう思う? ユリア」

 「……お前に常に話しかける、あの女と……そして、その女を何時も守るように……俺のように側に居るあいつが倒れたと。
 ……星の動きは、あいつの急変を告げる兆しは無かった。……北斗七星も、何時もと同じ輝きには俺に見えた……」

 ……北斗七星。

 ……自分の唯一の肉親。自分が守る最愛の相手……その彼女に何の気紛れが突然現われた少女。

 害為すなら自分が払えば良いだけの話し。だが、善意から接するあの二人を乱暴に払う事など、彼には出来はしない。

 それに、その少女は一度奇跡の兆しを見せてくれた。……長く続ければ、本当の奇跡を起こしてくれると期待していた。

 「……まったく、自分勝手に騒ぎを起こす奴等だ」

 ……『天狼星』の宿命に関係なく、彼等は自分の意思のままに動き、そして今や不変の渦中にまた陥った。

 この前の南斗伝承者の起こした事件の中心にも居たと聞いてから未だそんなに月日も経っていないのに……溜息が思わず零れる。

 「……俺には、如何しようもない」

 「……如何しようもないじゃないか……」

 ……その言葉には、己の無力さによる悲哀が十二分に込められて……誰にも聞かれぬ事なく風へと流されていく。

 ……隣に佇む少女は、じっと……その話の中心である二人の居る方向に顔を向き続けている。

 それは、偶然がどうかも知れぬ事。だが……リュウガはそれをユリアの意思だと信じたかった。

 「……ユリア、俺の分まで祈ってくれ」

 ……南斗の里から吹く風は、北斗の寺院の方向へと吹いていた。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ……荒れ果てた荒野。罅割れた大地。

 地平線の果ては黒く、白い砂だけが周囲を舞う。

 無風であり黒い陽が地面を焼き、生きとしいける物を干からびさせようと照り続ける。

 そんな場所の何処かで、一つだけまともな建造物が建っており、其処で少年は必死に石材に両手を伸ばし突いていた。

 「南斗邪狼撃!」

 「駄目だ、もう一回」

 「南斗邪狼撃!!」

 「駄目駄目、もう一度」

 「南斗邪狼撃!!!」

 「……おい、やる気あんのか?」

 「南斗……あるに決まってるだろ!」

 痺れを切らしたと言う感じで睨みつける鉄仮面の男。それに汗で顔面を覆いながら睨みつけ叫び返す少年。

 「……ったく、本当駄目だなてめぇ。……一体如何いう事だ? 例え世界が違っても俺様ならば三日三晩死ぬ気で
 やりゃあ少しはマシになると思ったんだが……本気の本気でてめぇには俺の十分の一も才能がないのか?」

 「……俺、生まれて初めて人を思いっきりぶん殴りたいって思った」

 「はっ、てめぇにゃ一億年経とうと無理だ」

 実際、文字通り本当にこの世界で三日三晩南斗邪狼撃の特訓はした。

 ジャギ自身は、不眠不休で大人のジャギの地獄の特訓に耐え抜いている事に対し健闘賞を称えたいと思うほどに頑張っている
 つもりだが、大人のジャギからすれば不満らしい。ジャギの突きを眺めつつ仕切りに首を傾げて予想と違う事を愚痴にする。

 「……姿勢は間違っちゃいねぇ。角度もタイミングも正しく指導した筈……となると要は気合の問題なのか? ……あぁ
 くっそ! こちとら人に何かを教えるなんぞ蕁麻疹が出てきそうだぜ! 良くもまぁ俺の気分を悪くさせたな!!」

 「俺の所為かよ!? てか自分勝手にも程があんだろ!」

 その言葉に喧しいとばかりに怒鳴る大人のジャギ。……如何も精神年齢が原作で死んだ以降も成長した風に見えない。

 「……ちっ、仕舞いだ仕舞い。後は自分でやれよ。俺はちょいと休むからよ」

 「へいへい。俺だって一人でやる方が精神的に楽だっつうの」

 その言葉にジロッと大人のジャギは睨むも、とっとと建物の中へと入る。

 後は石柱とジャギだけが取り残される。後ろ背中を睨みつつも、彼もまた悩んでいた。

 「……そんなに出来悪いか? ……う~ん」

 ……自分の実力がまだまだ低い事は理解している。だが、それでも自分なりに努力しているつもりだった。

 だが、あのジャギ曰く『甘ちゃん』らしい。……そう言われれば、確かに自分は未だ何処か欠けているのかも知れない。

 「……それって一体何なんだろうな? ……ってか、俺本当に元の場所に戻れるのか?」

 ……考えても考えても元の場所に戻る兆しが見えてこない。

 大人のジャギにそれとなく質問しても、知るかと冷たく返されただけ。

 たった一人、この世界に居る話し相手は自分の答えを求められない。ならば、自分で考えるしかないのだ。

 「……俺が倒れて、心配してるかな?」

 ……リュウケンは、自分が倒れたらどう思うだろう?

 ……多分、必死の形相で自分を抱き起こし秘孔を突いたと思う。……それでも目覚めぬ自分を如何思ったか……。

 ……ラオウ、トキはどう思って居るだろう? トキの兄者ならば心配してくれているだろうが、ラオウは多分放置してる筈だ。

 それらが簡単に予想出来て苦笑いしてしまう。

 「……シンやサウザーは如何しているかな。それに、ケンシロウが来たならユリアも来るし……リュウガはそれだと」

 ……自分が倒れて、友達であるシンは心配してくれてるだろうか?

 「……そんな事ねぇか。俺は『ジャギ』だ。心配されるような人物じゃない」

 ジャギは知らない。自分が昏睡してから次の日に彼が必死で足を汚し彼の元に駆けつけた事を。

 ……リュウガも、ジャギの急変に関し南斗の里で憂う事を彼は知らない。

 誰もが彼に対し身を心配してくれている事を……彼自身気付けて居なかった。

 「……アンナ、俺が倒れて吃驚しただろうな」

 「……早く、戻って安心させてやらないとな」







     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 
 「……久し振りだな、ラオウ」

 「……そうだな」

 ……北斗寺院の少し外れ。

 寺院の中、そして周囲の空気は彼にとって如何も居心地悪いものに変わっており彼は寺院を離れ修行をしていた。

 その時に出会ったのは……遠くない未来で闘いを約束した相手。

 「……鳳凰拳は完成したのか?」

 「いや、未だだ。お前と闘うのはもう少し先だ。……今日訪れたのは」

 「言わなくても解る。……奴に会っても無駄だぞ」

 ……ラオウの視線は北斗の寺院へと。

 それに倣い、彼もまた寺院を見る。……未だそれ程近くないのに、その寺院からどうも重苦しい空気が立ち込めている
 ように彼には思えた。人一人の異変が、その寺院の何時もの空気を大きく変化させているのだ。

 「……シンは如何した」

 「既に出て行った。入れ違いだ」

 ラオウは、訪れた男を同格と見ている。ゆえに質問には正しい回答を。

 その言葉にラオウと同年代の少年は頷き寺院の階段を上る。その足取りはシンと違い強くゆっくりと踏みしめて。

 その少年の背中へと……ラオウは名を紡いだ。

 「……サウザー! 何故、あいつを気に掛ける!」

 ……前々から思っていた疑問。ラオウからすれば、ジャギは才あるかも知れぬが凡夫……サウザーの関心を惹いた理由は掴めない。

 ……その言葉に、サウザーは首を回すと力強く言い切った。

 「知れた事! ……お前が俺を対等と見なすように、あいつもまた俺の事を始めて対等に接してくれた奴だからだ!」

 ……彼等の会話はそこまで、後は不穏に見送るラオウと、その視線を背中で受け止めサウザーは寺院を上った。

 (……ジャギ)

 ……彼にとって、ジャギとは自分に初めて出来た友人であり……理解者であった。

 ……師であるオウガイは言わずとも彼の最高の理解者、父、絶対なる彼の愛する人間である。

 その愛は、彼が喪失し狂う程に絶対的な物。……彼の師を侮辱する事は、彼にとって禁忌でしかない。

 ……彼が物心付きオウガイの側に付き慕っていた頃、他の同年代はオウガイの側に何時も居る事を揶揄する事があった。

 ……それに関しサウザーは別に気にも留めはしない。彼にとって師と一緒の事は何よりも幸福だったから。

 ……だが、子供とは残酷で平気で自身の近親者を馬鹿にする。所以に、彼の師を馬鹿にする同年代も少なくは無い。

 ……そのような場合彼は拳でその者達に報復した。……師は、それを悲しみ窘めるが、サウザーには師の侮辱を晴らす
 為ならばどんな代償も厭わない……彼は狂信的にオウガイを信頼していたのだ。……そして時は加速する。

 何時しか、彼は十の歳になる。

 ……その頃には表立って彼の師を馬鹿にする人間は居ない。そして、彼に笑顔を見せて仲良くなろうとする人間も増える。

 ……だが、彼の瞳は既に知りえていた。その多くは自身の位に目を付けて仲良くなろうとする者が数多く居ると。

 決してそれが悪だとは言わない。だが、彼は悲しき真実を理解する故に孤立が目立つようになる。

 ……そんな折に、彼は師と共に町を来訪したのだ。……あの、シンがジュガイと共に修行をして、ジャギとアンナが
 共にその町で暮らすようになった頃の町に……それは、偶然と言う言葉で片付けるには余りに出来すぎていた……。

 ……彼は出会う、ジャギとアンナに。

 ……彼は、単純に助けた少女と、そして付き添う人物に道案内して貰った事に最初感謝を覚える。

 そして、自分の事を話し……彼は初めて他の人物と違う反応をした彼に興味を少なからず心の底で芽生えていた。

 ……鳳凰拳伝承者候補である事を、南斗聖拳を学ぶ者でありながら大して興味ないとばかりの反応を示すのは希有。

 無知ゆえの反応かと思ったが、南斗の知識も多く所有していた事は話す内に理解する。……鳳凰拳の事も話せばかなり
 理解ある事がある。それは、同年代の子供だと珍しく、話しの手応えもサウザーからすると悪くなかったのだ。

 話しに弾みがあり、そして南斗の拳の才あり、そして何処と無く人と違う気風を受け持つ者……それは自分に良く似ていた。

 何処か似ていたか上手く説明出来ない。だが、彼と共に居ても煩わしさがない事はサウザーには新鮮な体験だったのだ。

 ……シンにも、同じ事が言えた。だが、後に彼が自分と同じく星の宿命を持ち合わせた事を知ると、それは必然だとサウザー
 には考えられ、ゆえに何の変哲も無い子供であるジャギとの出会いの方が印象強くなったのは当たり前の事となる。

 ……そんな、何時しか自分の心の重要な位置に居た彼が昏睡したと聞き……彼は直にその場所へと赴く決意したのだ。

 ……寺院には静かな雰囲気が漂っている。

 ……本来、南斗の拳士。しかも、鳳凰拳伝承者候補が訪れる事など有り得ない。

 それでも彼が訪れたのは……紛れも無く友人の安否を確認する友としてだった。

 「……あれは」

 ……寺院の入り口で重苦しい様子で立っている二人の少年。

 一人は見覚え有り、一人は初めて見る顔……彼は近寄り声を掛ける。

 「……久し振りだトキ。……そして、そちらの者は初めて見るな」

 ……サウザーの言葉に、トキは微笑を浮かべ挨拶を。そして、無表情でサウザーを見返す……ケンシロウ。

 ……そのケンシロウの瞳に、サウザーは何故か胸がざわつくような不思議な感覚があった。……だが、それは極自然に隠す。

 「……俺の名はサウザーだ。……お前は?」

 「……ケンシロウ」

 「……ケンシロウ。……ふむ、お前も北斗神拳伝承者候補と言った所か?」

 サウザーも北斗の事に関してはオウガイから聞かされている身。全て詳しく知らずとも、その話の流れでケンシロウの正体も知りえる。

 ケンシロウは見抜かれた事に動揺もせず、サウザーへと口を開いた。

 「……貴方も、ジャギ……兄さんの友人」

 「……友、と言って良いのかな。……あいつとは大分過ごすが……俺の目でも時々少しだけ解らない事が多いからな」

 サウザーは苦笑いでケンシロウの言葉に答えた。……相手の事を全て理解し得ると思ってはいない。けれど、サウザーから
 見てジャギとは突拍子もない事を仕出かす人間でもあり、子供のような一面と大人の一面が同時に併せ持つ事、そして
 ある人物の為ならば自分より上かも知れぬと一瞬思い起こす一面を知るが故に、彼はジャギを上手く評価する術を思い浮かばない。

 「……シンも、そう言っていた」

 「あいつもか。……まぁ、お前ともゆっくり話したいが……」

 「わかっている。……案内する」

 ケンシロウは全て言わずもサウザーの願いを読み取り先頭して寺院の中へと入る。

 ……寺院の内部は暗く。何時もの灯りも少ない。

 それは、今日も主人が居ないからと言う単純な理由からで無い事は数人は理解している。

 ……入り口と思える場所が見えた。何故サウザーが知りえたかと言うと、その戸口の脇に眠りこける犬が居たからだ。

 その犬の名はリュウ。サウザーが安否を懸念する彼の飼い犬であり、彼曰く『食う事と寝る事は達者』と皮肉っていた。

 リュウはサウザーの接近に気付いてか片目だけ開くも、横になったまますぐに瞳を全て閉じた。

 その様子は、まるで『余り騒ぐな』と態度で示しているように何故かサウザーは思う。ケンシロウは入り口の前で立ち止まった。

 「……一つ言う……あの人は眠ったまま。そして、あの人にずっと彼女は付き添っている……睡眠も食事もせず」

 「! ……そうか」

 ……彼女。その言葉だけでサウザーは合点する。

 そして、彼女こそ一番この状況を深刻に受け止めているとサウザーは瞬時に理解した。

 「……誰の言葉も聞かないのか?」

 「あぁ。……トキ兄さん、シンの言葉も……」

 「……わかった。……無駄かも知れんが俺も説得して見よう。二日も側に居続ているならば限界も近いだろうしな」

 誰かの側にずっと居続けるだけと言うのは、言葉では簡単だが並大抵の事ではない。

 修行でも立位を保ちずっと立ち続ける内容あるが、この場合精神的なショックなども計算すると……彼女は。

 「……お願いする」

 ……ケンシロウも、早く彼に目覚めて欲しい。

 それには、目覚めた時に彼女の容態が悪化する事は余り良い事ではない。ケンシロウはこの状況の更なる悪化は願わない。

 頭を軽く下げて彼は外へ向かう。多分、今自分に出来る事は何も無いから……。

 ……サウザーはケンシロウを見送ると、入り口の戸を叩き……部屋へと入った。

 ……そして、彼は見た。

 「……アンナ、ジャギ」

 ……質素な寝台の上で……瞳を閉じ生気ない顔で仰向けのジャギ。

 その傍らでずっと手を組む……アンナ。

 ……彼等を取り巻く空気は誰にも近寄り難く、誰の進入も認めていない。

 だが……それでもサウザーはその空気に構わず近寄る。

 「……なぁ、ジャギ」

 「……初雪が降った日の事を覚えているか? ……あの時は血だらけのまま倒れていたな」

 「……その時はお前とアンナ。どちらも傷を負い、立ち直れるか心配だったが……見事お前達は試練を乗り越えた」

 「……南斗総演会でも、少ない時間だが俺と会ってくれたな。……そう言う人間は、立場上少ないから嬉しかったぞ」

 「……さっさと目を覚ませ。……でなければ俺とシンで叩き起こすからな」

 ……言葉の内容とは裏腹に、その口から放たれる感情には侘しく寂しげな感情が込められて。

 彼は、ジャギに言葉を語り終えると少女……アンナへ振り向き言った。

 「……休まなくて良いのか?」

 「……御免。今は……側に居たいの」

 「……解った」

 ……たったそれだけ。たったそれだけの会話だけど、その言葉だけでアンナの気持ちが心に届いて……。

 ジャギの頭に以前会った時と異なる、アンナの頭に巻きついていたバンダナが付けられている事に気付き、サウザーは微笑む。

 「……お前は果報者だぞ」

 「……果報者で、阿呆だ。……まったく、心配させるな」

 ……それは奇しくも、サウザーの前に出たシンの言葉とほぼ等しい内容。

 ……シンはジャギと離別する前に言った。

 『……ジャギ、忘れるな。……お前とアンナは大きな幸福に包まれた関係。お前がこんな訳の解らぬ事で倒れるのを、俺は許さんぞ』

 ……戸口は静かに閉められる。

 ……アンナは、サウザーが出て行ったのを確認すると、またじっと静かに祈り始めた。

 ……ジャギは目を覚ます兆しは……未だ見えない。
















            後書き



 某友人『なぁ、更新速度気にして薄っぺらな作品書く位なら。今のペースを大事にして自分の満足行く作品書けよ』

 某友人『お前なら完結出来るって。俺、それだけは本気で思ってるから』






 某友人『……って言ったら主人公っぽくね?』



 最後でお前色々台無しにするよな。本当。








[29120] 【文曲編】第三十八話『それが世界の望みなら』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/09/29 22:25

 ……悲しみの無い世界を目指したい。

 ……喜びだけで満ち足りた世界を望みたい。

 ……それはきっと永遠に続く、貴方との天国。

 ……けれど、それは多分大切な物を犠牲にして……。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 ……北斗寺院の階段下では、一つのバイクが置かれている。

 そのバイクに凭れかかるように、リーゼントの男が煙草を吹かし空を仰いでいた。
 「……ふぅ~」

 黒い皮のジャケット。背中に描かれているのは赤い狼。

 ……彼の瞳には世界が思い通りに事が進まない不満の色が濃く現われていた。

 ……彼の名は明かされず、また、それに関し彼は語らない。

 彼の名は今はリーダーとしておこう。彼が名を明かさぬ理由も何時か明かそう。

 今はそのような問題でなく。彼は今このように煙草を吹かしている状況になるまでの経過……数刻前に遡る。





 「……ジャギが倒れただと? ……おいおい冗談だろ、この前はピンピンしていたじゃねぇか……!」

 ……アンナが自宅に帰らぬ事に不安が芽生えたのは……およそ三日目の朝。

 無断で外出する時がなかった訳でもなく、また、そのような時は殆ど隣で彼が居た事が多く、それゆえに心配してなかった。

 だが、彼が一緒ならば店に伝言を置く位の事はしている筈で。アンナが帰らぬ翌日には少々可笑しいとは感じていた。

 だが、それでも次の日には帰るだろうと彼は必死に自制していた。大丈夫だ、元気な様子で帰ってくる。そうしたら勝手に
 自分の心配を知らずに出た事に関して少しお灸を据えてやる……そう思いつつ彼は普段通りの仕事を終えて過ごした。

 ……だが、彼女は帰ってこない。それゆえに本格的に彼は探す為に、まず一番居る可能性の高い寺院を頼った。

 ……そして、聞かされた事実。

 「……寝室だな? なら、ちょいと行かせて貰うぜ」

 「いや、今は……」

 「ジャギの兄貴だが何だが知らないが、俺はアンナの兄貴だ。妹を連れ戻して何が悪いんだよ」

 ……彼の訪問に応じたのはトキ。その出会いにリーダーは突然兄と名乗る人物に少しだけ首を傾げるも、其の疑問が些細に
 思える情報を耳にして彼は顔に出さずも狼狽した。

 だが、彼は未だ事態の重さを頭から把握していない。だからこそジャギの兄だと名乗る人物に構わず寺院の奥へと入る。

 途中、一人の少年らしき子供も見かけたが彼には余裕が無い。ジャギの寝室らしき(眠るリュウに見当つけ)を見つけ
 彼は戸口へと立つ。深呼吸を一回、扉の先で何を待ち受けていようと冷静に対応する決意を持ちながら扉を開けた。

 「アン……」

 ……彼は、最初自分の妹である背を視認し呼びかけようと思った。

 だが……彼の声は途切れる。その彼女の背中が巨大に幻視され、彼の声は口の中へと戻されたのだ。

 「……アンナ?」

 ……あれは、本当に自分の妹か? 別人ではないのか?

 そう思えてしまう程に圧倒する気配が背中を向けている彼女から放たれていた。……だが、彼は何とか声を張り上げた。

 「……おいっ、アンナっ!」

 「……兄貴?」

 ……リーダーの声で、彼女は振り返る。

 ……その振り返った顔に、リーダーは完全に声を発する術を失う事になる。

 「……お前」

 「……如何したの? そんな幽霊でも見たような顔して……」

 ……彼女の顔はまるで死人のように白くなっていた。……それなのに、瞳の輝きは消えず、そして笑みは柔らかい。

 表情と、それと一致しない白色。……それはこの世のものとは到底思えず……。

 「……ジャギは、起きないのか」

 ……ようやく振り絞った声は、この事態の元凶とも言える人物の安否。

 リーダーは、別にジャギを責める気はない。突然の昏睡とて彼が何かした事が原因なのではないだろうと薄々彼も解っている。

 だが、それでも彼はジャギの昏睡を受け入れずにいる。それは、彼とジャギの約束を、未だジャギは継続しているゆえに。

 それゆえに、彼の理由を反故するような彼の事態を、リーダーは認めれずに居る。

 「……うん、眠ってる」

 「……何落ち着いてんだてめぇは。……お前、飯も食ってないし寝ても居ないだろ。……一度家に戻れ。お前までぶっ倒れて
 どうなる? お前が此処に居続けてもジャギの為にならねぇだろうがっ! ジャギが何時目を覚ますかもわからねぇ!」

 「兄貴」

 話し続ける内に、今まで我慢していた色々な感情が溢れ荒々しくなる彼の口調。

 何故、このような目に彼等は遭う? 彼等が何をした?

 ただ自分は妹が健やかに育ってくれれば満足だった。ジャギも、妹の側にただ居てくれるだけで良かった。
 ジャギが自分の妹を、どれ程今まで守ってくれていたかも理解している。……なのに、彼等は幾度も辛い目に遭った。

 ……ある時は変質者に殺されかけ。ある時は自分の手に負えない事件の渦中へと巻き込まれもした。

 ……それにより妹の癒されていた心は逆行し子供還りし、そして、それは後者の事件で戻るも……それで死人が出た。
 
 リーダーはアンナの心が良くなった事は祝福する。……だが、その事件で死亡したと言う南斗の拳士について少しだけ
 後悔はあった。……情報を鵜呑みに犯罪者と思い込み妹を救ってくれた人物を捕縛しようとした自分の行為。傍から見れば
 自分の行動など大きな目で見れば些細な出来事だったかも知れぬ。だが、彼は彼自身の行動が許せなかった。

 ……自分は何も出来ない、彼等の事を見守るしか出来ない……。

 彼等も自分を頼りはしない……無力でちっぽけな自分。

 ……必死で何か出来る事を考えるが、単刀直入な考え方を好む彼には、彼等にしてやれる事は見守る事しかなかった……。

 「お前だって気付いてんだろ!? 祈ってたってこいつは目を覚ましはしねぇ! お前までジャギ見たいになったら俺は……」

 「兄貴」

 ……二回目の呼びかけ。リーダーは、感情的な声を閉ざしアンナを見る。

 「……私はね、兄貴が大好きだよ」

 「……何だよ、藪から棒によ」

 「言わせて。私は兄貴が好き、シンやサウザーも好きだよ。……こんな私を何時も気に掛けてくれる全員に感謝してる」

 「……だけどね。それでも、兄貴の言葉には従えない。……私にとって、ジャギが居なくなるかも知れないなら……」

 ずっと、目を離さないようにしか出来ない。……そう、彼女は今にも倒れそうな生気ない顔で、目を細め微笑みて喋る。

 「……何でだ。……ずっと、前から俺は言ったらいけない気がしたから黙ってたが……お前にとってジャギは何なんだ?」

 ……ずっと気になっていた。

 ……男性恐怖症に突然陥ったアンナが唯一触れ合える男性。そして、見ず知らずの相手なのに初めから心許していた男性。

 リーダーは態度や口には出さずも常にその事に疑問はあった。

 そして、アンナに接する彼もまた不思議な存在で。自分の頼みを断る方が可笑しいと言う風に最初から彼女を守る事を誓った。

 ……それを、自分の期待以上に彼は行っていたと言って良い。……そして、その彼は今原因不明の昏睡状態である。

 ……彼女にとって、彼は一体どのような存在なのだろう。リーダーは、周囲も総じて疑問に思う事を今、代表して聞いていた。

 彼女は、自身の兄の質問をゆっくり頭の中に染み込ませる。

 ……部屋の空気や温度は変わらない。なのに、世界が少しだけ揺れるような……そんな空間の変化をその時リーダーは感じた。

 「……アンナ?」

 「……ジャギは、私の全て」

 「……全て、だと?」

 「うん……私はね、兄貴の方が良く知っていると思うけど。お母さんから生まれた、そして兄貴が半分位育ててくれた」

 「その事にはとっても感謝してる。……けどね、私の心を、私の喜びを、怒りを、哀しみを、楽しみを与えてくれるのは
 ジャギなの。……理解してくれなくても良い。けどね、ジャギが居なくなれば、この世界に私が居る意味は殆ど無いの」

 「何、言ってんだ……」

 ……その言葉に冗談や虚言は見えず、兄は当惑と恐怖が入り混じった声を出す。

 目の前に居る自分の妹は、自身が知る存在と全く異なるように思え。そして、触れれば消えてしまう存在に思えた……。

 「……ジャギは、私の気持ちを知らずに過ごしてくれて良い。……ジャギに私の感情は重荷だから、ジャギにとって私の
 存在はきっと……何時か背負うのに苦しむと思うから……だから、今だけはジャギの側に居る事だけは……許して欲しい」

 「許すって何をだ? ……なぁ、俺にはお前の言っている事が理解できねぇ……何でお前の事をあいつが突き放すって……」

 「ジャギが突き放すんじゃないの……そう言う……そう言う『物語』だから……この世界は」

 ……達観した笑み。……リーダーは何が何だか理解出来ない。

 物語? 世界? ……自分の耳が何が可笑しくなったのか?

 「……訳解らねぇよ。……なぁ、一つだけ教えてくれ。……お前は、これから何をしたいんだ?」

 ……食事も摂らず、睡眠もせず無駄に体力を、命を削りジャギの側に居る彼女。

 ……このままだと衰弱死も冗談じゃない。……アンナの回答次第では、気絶させるような強引な手段も取らざるを得ない。

 その兄の質問に、はっきりとした言葉で彼女は返す。

 「側に、居させて」

 「……アンナ」

 「お願い、兄貴。……ジャギの目が覚めるまで……」

 ……枯れ細った声。彼女の萎れたように頭を下げる姿に……拒否しろと?

 リーダーは、アンナの姿勢と声を苦い表情で聞き届けた。

 ……そして、彼は寺院の階段の下に居る。……せめて、彼女が彼を見守り続けるように、少しでも自分も距離を狭めようと。

 「……あぁ、くそ」

 「……くっそ、……ちくしょう」

 ……胸の中は煙草の所為に限らぬ苦さで一杯のまま、彼はどうしようもない苛立ちを単調な言葉で発散した。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 「……一体、どの位経ったんだろう?」

 ……荒れ果てた荒野、その荒野に一つだけあるビル。そのビルにはヘリポートが置かれ、その屋上にはガソリンタンクが。

 ……彼は屋上の一隅で鍛錬をしていた。……鍛錬とは言っても、一つの型を繰り返して練習するだけなのだけど。

 『言っとくが筋力を鍛える練習なんてしなくて良いぞ。お前はただ技の練習だけすりゃ良いんだ』

 そう、大人のジャギには言われた。……まぁ正論だ。こんな場所で筋力トレーニングしても、目を覚まして筋肉が増加するとは……。

 「……てか、今俺は眠っているのか? ……あいつを見て気絶したと思うから……多分眠ってるんだろうな」

 ……ケンシロウに出会い、自分は気絶した。

 ……あの時、気絶する際に過ぎったのは頭が破裂するような激痛と……そして胸の部分に湧き上がった特殊な痛み。

 ……胸の痛み、七つの痛み……あれは、自分の予想が正しいならば。

 「……けど、変だ。俺は……いや、この『ジャギ』は未だ体験してないんだから……」

 ……未だ成長途中の手。それを見ると未だ自分が子供だと実感する。

 ……未だ原作の姿にすら成っていない自分が、原作で死亡した痛みを何故思い起こすのだろうか?

 「……考えれば考えるほど不思議だ」

 ……これに関しは悩んでも無駄かも知れない。自分が『ジャギ』だからと言う理由だけでも通じそうな理由だから。

 だが、それでも納得を『自分』は出来ない。……この事は何時か究明したいと考えつつ彼は型の練習をもう一度行う。

 「……何時、帰れるかな」

 ……未だ、彼は戻る兆しが見えない。








 「……北斗の拳……ねぇ」

 ……ジャギを他所に、奇抜なヘルメットを被った男は一室の中で書物を読み耽っていた。

 「何つうか、複雑な気分だよな。こうして自分が死ぬ様が漫画で描かれているってのは。……けっ、偉そうな事
 ほざいでやがる。やっぱあん時ダイナマイトでも何なり使用して殺すのが確実だったよな。……まっ、どうせ無理だろうがな」

 ……男がそう言って放り投げたのは……一冊の漫画。

 ……その表紙には、男に良く似たキャラクターが載っていた。

 「……第一、この漫画通りだとすると。……成る程な、結局奴が生き残るのは予定通りって訳か……それで俺は」

 そう言って、次に男が手に取った漫画には……カイ・ブコウ・サトラと言う人物が描かれている。

 それは『北斗の拳』の辺境編と言う部分で登場する作品である。彼はそれを鼻息鳴らしつつ見ながら口を開く。

 「……これ一つ見ても、三兄弟って所から俺を意図的に排除しようってのが見て取れる。……気の小せぇ嫌がらせだな」

 ……サヴァの国と言う場所で、彼が殺した救世主が国を救うストーリ。

 彼自身の推測では、それは北斗宗家の彼の兄弟達の事を反映させてのストーリだと彼は考える。そして、原作者もそれを
 意図してのストーリだろう。……その中に、彼を連想させる人物は出ていない。それらからも、其の世界はあくまでも
 北斗宗家の物語である事が伺える。彼は、それを憤怒も憎悪の感情もなくただ有るがままに見通した。

 全巻が揃い終わった書物。最後の一冊を読み終えて、もう用はないとばかりにその漫画全部を暖炉に放り込んだ。

 そして、懐からマッチを取り出すと、積み上げた漫画へと火が灯したマッチを放り投げる。

 ……積み上げられた『北斗の拳』はゆっくりと暖炉の中で薪の代わりに燃え広がった……。

 「……けっ、燃えろ燃えろ」

 男はそう言いながら、暖炉に当たりつつ死んだような瞳で火を見続ける。

 ……気だるけな彼の背中から、どんな感情が宿されているのか推し量る事は出来なかった。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . 


              ・                

 
    






 ……遠い昔、彼は救世主の名を騙り過ごしていた。

 一日に一悪を無し、女を犯し弱き者を殺害する日々。

 ……風に吹かれている時は、以前に受けた傷の痛みも少しだけ和らいだ。

 「……今日は、やけに北斗七星が輝いてやがる」

 ……彼は、死ぬ前日に夜空を見て忌々しそうに口にした。

 ……彼にとって、北斗七星とは願いだった。

 だが、それは何時しか復讐の対象を思い起こす象徴となり、そして彼は恨みを忘れぬ為にそれを眺める事を常としていた。

 「……来るなら来い。てめぇを今度は殺す。そして、俺が北斗神拳伝承者になるんだ」

 ……それは、彼の願い。

 ……皮肉にも、その願いは『二人』とも一緒だった。……そして、二人とも同じ想いを抱き、翌日に死ぬ。

 ……その時の違いは、思い起こす走馬灯の風景に些細な違いがあるのみ。

 ……彼らの魂が救われる日は……まだまだ遠い。






    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……まぁ、今日はこれ位で良いか。……まぁ、一応合格点をやる」

 「……ようやく、かよ」

 ……ある日、ジャギが型を大人のジャギに見せてみれば、ようやく型は上手くなったと言われた。

 「それでも未だ極めるには至らんがな。まぁ、これで何時でも邪狼撃を放っても九割方成功はするだろ。だが、それは
 所詮昔のケンシロウに放った時と同じ程度のだ。そんな付け焼刃で満足したら、俺が直々にてめぇを邪狼撃で殺してやる」

 その言葉は本気。彼は命の危険が未だ尽きない事にうんざりしつつも、ようやく一つのステップの終わりに感謝をした。

 「それで、これから何をするんだ?」

 新しい事が始るとしても、今より辛い事はないだろう。

 そう楽観的な感情がジャギには有った。……有った、のだが。

 「……何言ってんだ。これからも同じ事を何千回何万回もやるんだよ」

 「……は?」

 「しいて言うなら、強弱、緩急、タイミング、それら全部異なるやり方で邪狼撃をし続けろ。それが次のステップだな」

 「い、いやいやちょい待て!? 今のままで極めれないのか!?」

 ジャギからすれば、南斗邪狼撃とは単純な貫手の技だと考えている。

 だが、そんなジャギの思考を大人のジャギは嘲笑う。

 「はっ……てめぇの思考より南斗聖拳の奥は深いんだよ。……わかったならさっさと始めろや!!!」

 怒声、それと同時に振り上げられる散弾銃。

 ……もはや言い返す事は適わず、彼は泣く泣く黙って再度また同じ方の修行をするのであった。

 ……それを黙って大人のジャギは見続ける。その瞳にどんな想いを抱くか別として。

 






                                 ……未だ、夜明けは来ない。












[29120] 【文曲編】第三十九話『紅く彩る華の名は……』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/01 19:48
 消えて無くなりたくなる位、あの時の瞬間は自分にとって絶望で。

 それを失くしたくてただ悪だけが頂点に立つ世界の流れに身を寄せた。

 それでも、あの時に虚ろな笑みで動かない君の姿は消え去りはしくなて。

 だから、あの華は生まれた。その華の名を、何時か誰かはこう呼んだ……。





  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……ジャギが昏睡状態に陥ってから……どれ程日が過ぎただろう?

 ……リュウケンはシン、サウザー、そしてアンナの兄が訪れてから翌日に帰還し……幾つかの薬を煎じジャギへ飲ます。

 それは、彼が自身の故郷に伝わる薬だった。霊薬として伝わる薬を求め彼は国を出ていた。

 ……だが、ジャギの容態に変化の兆候は見当たらない。

 「これでも、駄目なのか……っ」

 リュウケンは、奇跡を信じ手を尽くす。だが……その全てが無駄に終わる。

 「何故? 秘孔が通じず、そして薬すら効かぬ。……もはや、手遅れだと言うのか……っ」

 ……苦悶の声で唸りジャギの隣で頭を抱えるリュウケン。

 ……そのリュウケンの姿と、横たわり眠るジャギの姿を……じっと生気なくも、しっかりアンナは佇んでいた。

 ……アンナの瞳に映るジャギの肉体は……徐々に強張りが見え始めている。

 それは、例え鍛えられた肉体であろうとも全く動かない状態の人間ならば仕方が無い現象で……時間は彼の肉体を衰弱させていた。

 ……刻一刻と、ゆっくりと彼を死に至らしめる眠り……限界は近づいていた。

 「可笑しい……点滴を打っているし、昏睡状態の人間に対する対処法は間違っていないのに……」

 「ならば、ジャギの容態が悪化しているのを如何説明するのですか……っ」

 医者は、彼の容態を原因不明と言うしかない。トキは、思わず彼らしくなく声を荒げて医者に詰め寄った。

 (何と歯痒い……! ……私に……医術の才がもっとあればこんなことには……)

 トキは、医者の無力に満ちた顔で謝罪するのを、頭を伏せて聞きながら歯を噛み締める。

 ……一方、他の兄弟達も想い想いに時を迎えていた。

 「……もう、今日で」

 ……ジャギが倒れ、多くの者達が此処を来訪したのを少年……ケンシロウは知っている。

 ……孤鷲拳のシン。鳳凰拳のサウザー。

 どちらも強い力を秘めたる自分と同年代の者達。

 もし、この時代がもっと早く情報を伝達する世界ならば。もっと多くの者達が彼の状態を耳にして駆けつけただろうと
 ケンシロウは思う。未だ会話すらしてない人だけど、その人間の人徳とは、その人間の危機の際に格別解ると言うものだ。

 「……早く、目を覚まして貰いたいな」

 ……トキの兄とは、喋りその懐の広さと優しさを理解した。

 だが、今彼の優しさは本来より薄れ、自分が未だ言葉もせぬ兄の身を憂い焦燥している。

 ……ラオウの兄は、彼の事を意識して外へ放置し修行に励んでいる。

 自分の事も眼中にない態度で拳の修行に取り組む彼とは余り馴染めずも、その意思の強さは、北斗神拳の険しさを自ずと
 理解させる。伝承者候補として本格的に訓練する事になれば、自分はあの兄とも競い合うだろうと今から予想出来る。

 ……その時、トキならば自分を補助するかも知れない。……そして、彼ならば。

 (如何する……だろうな)

 ……ケンシロウは、寺院に訪れた直後に起きた事故の中心の人物に大きく心は占められている。

 そして、平常な日々に彼が舞い戻る事を今は独自の拳の修行と共に祈願するのだった。

 ……ケンシロウの修行する場所から少し離れた場所で……ラオウは一つの樹木に体を寄せつつ思案していた。

 ……既にかなりの日にちが経っている。……それでも起きないと言う事は、これは単なる病とは違う事は明らか。

 ……リュウケンと言う名医以上の存在が居ながら対処が出来ない状況……そのような状態で昏睡する……奴は。

 「……このままなら、死……か」

 ……その予想をして、ラオウは少しだけ考える素振りを見せるも、彼は拳の修行を直に始めた。

 「……奴の生死……天が決めるだけよ」

 ……天が彼を活かすか殺すか。……それも一興だ。

 ラオウは、彼の生死のどちらにも興味は持たない。

 ……だが、自身が一時は実力を片鱗に対し脅威に似た何かを感じた人物……こんな所で死ぬかも知れないと言う事は……。

 「……此処で死ぬならば……それだけの奴だっただけだ」

 ……ラオウはただ突き進む、己の道を。







 ……ジャギが昏睡し……六日目の事だった。

 

  





   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……照りつける黒い太陽。

 ……それに対照的な白い地面。

 焼け焦がすようにジリジリと陽炎が浮かぶ世界の一角にある建物。その建物の屋上付近に、少年は居た。

 少年は、頭にバンダナを巻きつけて、疾風のように動き両腕を突き出す。

 その動きと同時に揺れるバンダナ。彼はずっと、その単調な動きを何度も何度も空気の壁に対し繰り返していた。

 狂いそうな程に長い時間を。彼は夜が来るまで行い、そして夜の間も必死で屋内で続け、そして昼は太陽の下で。

 何時しか考える事も止めそうな時の中。それでも彼は飽きなくそれを続ける。

 ……そして、その動きは突然止まる。それは彼の修行の場に一人の男が乱入して来たから。

 「……うしっ、さぼらずやってるな。……どうだ」

 「まぁまぁかな。……わかってるよ、やって見せろって言うんだろ? ……行くぜ」

 ……彼は男が何か言う前に腰を屈め両腕を後方に反らした。

 それは何度も反復して行った初動の動き。時には横に移動して、バックステップして、重心を前へ移動させ。

 試行錯誤して行った初動。それをスムーズに行い彼は虚空の前を睨み据える。

 「……南斗邪狼撃!!」

 ……その声と同時に空気が裂ける音がした。

 振り抜く……と言うよりも突き抜く彼の両腕と両手。その貫手は空気の壁に当たった音を出した。

 それをまじまじと観察し……男はぽつりと言った。

 「……失格」

 「って本気かよ!? これでも自分では結構出来上がった方だと思うぞ!」

 「……失格は失格だ。……と言うより、今までは合格、失格どころの動きじゃ無かったぜ」

 (……うん? それって、つまり成長したって事なのか?)

 男……大人のジャギの感想を頭の中で氷解させて、彼なりの称賛の声だと理解し彼はゆっくりと喜びに似た気持ちを浮べる。

 (……って、俺じゃなきゃ絶対気付かないな。……褒めるにしたって下手すぎるだろ)

 そして、大人のジャギの言い方の酷さに疲れを感じた。……そんなジャギを尻目に、大人のジャギはホルスターから
 散弾銃を引き抜く。何をするかと訝しむジャギ。そんなジャギに構わず、大人のジャギは散弾銃を落とした。

 「……何する気だ?」

 ……嫌な予感がヒシヒシと感じる。

 思えば、邪狼撃の特訓も地獄だったが、一番酷いのは、この大人のジャギは突然自分に心臓悪い行動起こす事だった。

 ……寝ようとした瞬間特訓を再開したり。

 ……起きた瞬間目の前に現れて散弾銃を突きつけたり。

 ……食事の中ガソリンのような物を紛れ込んでた事もあった。

 『言っとくが、北斗神拳を習う気なら、この程度で参ってたら世話ねぇだろ』

 ……と言う持論を振りかざしていたが、ジャギは絶対に自分の憂さ晴らしが入っていると思っている。

 ……そして、今回も突然の行動。ジャギは警戒心を露に大人のジャギの動向を見守る。

 ……そして、彼は少し間合いを取ると……腕を組みジャギを見据えて言った。

 「……うっし、とりあえず……闘(や)りあうか」

 ……突然の言葉。何の脈絡のない行動にジャギの頭は停止する。

 「……いきなり何言ってんだ?」

 「おいおい、忘れたとは言わせねぇぞ。お前言ったよな? もっと強くなりたいって俺に自分の身の上説明した時」

 「……ぁ」

 ジャギは思い出していた。自分が始めて大人のジャギと出会った時……身の上を説明する時に漏らした言葉を……。

 『……だから、俺は世紀末で生き抜ける力を持ちたい。そうしないと、すぐにでも死ぬかも知れないし……』

 ……今、邪狼撃の特訓をしているのも、思えばその自分が迂闊に出した言葉が原因だった……。

 「思い出したか? とりあえず邪狼撃の特訓も基礎地は埋まった所だしな。俺も暇……いや、てめぇも何度も同じ事やって
 たら気力も萎えるだろうと言う俺の寛大な配慮によって、北斗神拳伝承者である俺様と闘ってやるんだ。感謝しろよ」

 「今、どう考えても自分の暇潰しだって言おうとしたよな」

 結局、この男は何処まで行こうと自分本位だとジャギは呆れに似た気持ちが満喫する。

 そう陰鬱な思考で隙が出来ていたのだろうか? ……ジャギは思考を巡らしていた瞬間……腹部に激痛が走った。

 その激痛に息が口から漏れる。重力が一瞬消えて、その感覚を体が感じた時には背中が強打され各部分から痛みが。

気が付いた時には昼か夜か解らぬ空を見上げていた。そして、吹き飛ばされたジャギは意識を戻す。

 「……ガハッ……は……?」

 ……何が起こった?

 「おい、何してんだ?」

 ……大人のジャギは、不思議そうな顔して自分を見下ろしている。

 その態度に、今自分が倒れたのと激痛の原因を一瞬別の何かが原因だと思う。

 ……だけど。







                         「もう、始ってんだぜ……ぼうっとしてたら殺すぞ」






 そう……目の前の悪魔は不気味な光を宿し……残酷に試合の開始を宣言した。






  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……北斗の寺院。

 其処で立ち込める暗雲は、彼らに冷たい絶望感を満たそうとしていた。

 ……暗雲が降らすのは、彼らの嘆きの雨か……またはそれよりも更なる悪夢か。

 ある時刻に差し掛かった時……それは突如起きた。

 「……っ! ジャギっ!!!」

 ……寝室から突如切るような叫び声が上がる。

 それはずっと側に居続ける彼女の悲鳴。それに自室に戻り各人で病人の救う手立てを考えていた者達は一瞬にして集合する。

 「っジャギ……っ!! な……吐血……だと!?」
 
 ……ジャギの眠っていた体には待ち望んでいた変化が起きた。……変化が。

 震える体。そして今まで眠ってるように静かな顔に苦悶が上がり口から血を突如吐く。

 手は震え、足は投げ打つように動き。体は暴れようとするように揺れる。

 「一体これは!? ……ジャギ、ジャギ!!」

 リュウケンの叫び声。それと同時に駆けつける医師と兄弟達。

 ジャギはその小さな体の何処にあるかと言う程に強い力で横たわりながら暴れようとしていた。それを必死にリュウケンは
 抑えようとするが、それを振り解こうと昏睡状態のジャギが揺れる。信じられない事に伝承者のリュウケンを振り解きそうな力で。

 「なん、と言う……!」

 「師父!」

 「……っ、これは」

 リュウケンの当惑の声と同時に乱入するジャギの兄であるトキとラオウの声。

 彼らも状況を危険と判断しジャギの二の腕を押さえる。未だ未発達ながらも拳法家としての鍛えている力に全霊込めて。

 




                「……ァ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!!」





 ……悲鳴が沸く。今まで沈黙で支配されていた部屋に悲鳴が。

 いや、それは悲鳴と言うより獣の咆哮だった。その声は人間の声とは俄かに信じがたく周囲の人間達の耳を打つ。

 トキ、そしてラオウでさえ汗が流れる異様な状況。リュウケンも冷静さを半ば自失しつつ、その体に指を突いた。

 それでも咆哮は止まらない。

 「何故……北斗神拳が……何故!!?」

 彼には信じられなかった。信じたくなかった。

 自分の生涯を捧げし拳が、自分の人生の集大成たる力が……愛する者に効かぬ事を。

 ……兄弟達も無念だった。トキは、自分の知識や技術の低さに絶望し、そしてラオウはジャギの中に眠っている力の片鱗を
 この状況の最中で感じ取り、その力を制御すれば自身すら超えるかも知れんと思いつつ、この状況を変えられない自分の力に。

 ……その三人を他所に……依然として冷静さを失わない者が……二名。

 「……ジャギ、兄さん」

 「ア……グラアアアア……!!」

 ……その騒然なる状況で静かに出現した……彼の弟。

 ……彼は、何故彼が突然叫んだのか知らない、そして知る由もない。

 ……だが、その咆哮を聞いた瞬間、言われも無い彼の心を掻きたてて……姿を現す術以外ケンシロウは思いつかなかった。

 「……何がそんなに苦しいんだ?」

 彼の問いかけに構わず、体をくの字に折り曲げて彼は咆哮を上げ続ける。

 「……何でそんなに憎んでいるんだ?」

 (……憎む?)

 ……ケンシロウの声にトキは疑問を浮かべ、ラオウは依然と変わらぬ険しい表情でケンシロウの言葉を一言一句聞き逃さない。

 「……貴方の望みは……北斗神拳伝承者候補なのだろ? ……自分は何も貴方の事を知らない……けど」

 「……何も知らぬまま、貴方を失いたくない。……だから……生きてくれ」

 ……彼にとって、ジャギは話しの中で作り上げられた偶像でしか知りえない。

 ……今、咆哮を上げて苦しむ彼が如何してなのかも知りえない。……けれど、彼の中に眠る何かが彼が怒っていると理解していた。

 「……生きてくれ」

 「……ケ、ン……グォオオオオオオオオオオオオオオオォォォ……!!」

 一瞬、彼の名を呼ぼうとし……そしてまた再開される雄叫び。

 ……それを、アンナだけは恐ろしいほどに冷静な顔で……ジャギを見下ろしていた。





  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……馬鹿らしい程に流れている血の一面。

 その血の中で震えながら立つ子供が一人。彼の容態は一言で言い表せぬほどに。

 顔面には幾つもの針が刺さり、そして体中には青を超えて黒い打ち身。そして切り傷の無い所を捜すのが困難な跡。

 ……体は血の赤装束。目は霞み、口は切れて鉄の味がしている。

 そんな様子を、浴びせた加害者である人間は機械的に今までの対戦した情報を述べる。

 「……これで一万回は死んだだろうな」

 ジャギは、既に死んでも可笑しくない傷を大人のジャギから浴びせられていた。

 拳を、蹴りを、含み針を……そしてかなり手加減はされているであろう邪狼撃を。

 何度も浴びて倒れ、その度に男は秘孔で少年を覚醒させて立たせた。

 泣き喚こうと、彼がどんなに泣き伏せ懇願しようと大人のジャギは彼に闘いを強制させる。

 『如何した? 生きるんだろ? 死にたくないんだろ? ……だらしねぇ。お前の傷なんて地獄の苦痛にすら及ばなねぇ。
 むしろ、そう言う風に生きているだけでも感謝して良い位だ。てめぇは、銃弾一発でも脳天に当たれば死ぬ脆い体だ。
 そんな脆弱な体で、てめえは世紀末を生き抜くなんて吹かしたんだ。……ふざけるなよ。お前はあの世界の事を漫画でしか
 知りはしねぇ。あの世界が如何言う世界が知ってんのか? 一つの村でな、人肉食ってる奴が平気で居るんだ。十歳に
 達するかわからねぇ女をでけぇ男が輪姦して、そんでそいつが死んだら内臓引き抜いて食うんだぜ。子供が平気で死肉
 食うのも珍しくねぇし、俺は何度もそれを見てきた。気が狂って実力も知らないで向かってきた奴も居たな。そう言う
 奴は俺の北斗神拳で殺してやったよ。……おい、聞いてんのか? ……お前はひよっ子なんだよ。平穏な世界でのおのおと
 生きてやがる。世界の闇を知らず、人間に極悪人は居ないだろうと思ってる甘ちゃん野郎だ。俺は、そう言う奴が大嫌いだ』

 ……大人のジャギの言葉。それは正しい。

 ……あの世界では、生きる為には平気で人間の倫理を捨て去った獣達が生き抜いていた。

 例え、描写されずとも、平気で今大人のジャギが言ったような事が日常茶飯事行われていただろう。

 それを、この男は常に生き抜いてきた。そして、それを見ても精神が破綻しないのは……ただ一つの目的ゆえに。

 「諦めて伝承者候補なんぞ止めちまえ。別にならずにどっか遠い所に逃げちまえば良いだろうが?」

 「お前に、北斗神拳伝承者候補なんぞ夢のまた夢だ。どっか他所で平和に暮らせ」

 ……善意か、または彼自身を見限っての言葉か?

 幾度と無く目の前で冷酷に現実を突きつける言葉と、そして自身の肉体に多大なる傷害を浴びせた人物の言葉をジャギは
 無言で聞く。彼の言葉に、たった一度縦に首を振れば、彼から受ける苦痛から逃れられると知っている。……のに。


 「……駄目、なんだよ」

 「……あぁ?」

 ……だが、ジャギは足を震わしながらも立ち上がる。

 「……痛いし、もう立ち上がりたくねぇし」

 「……そして、お前の言葉聞いて絶対的に、あの世界で暮らすのが嫌になってきたよ……だけどよぉ」

 「……俺が、俺しか知らない。……あの世界で起こる悲劇を」

 「……逃げたら、俺が居なくなってもああ言う風に悲劇が続いた世界はずっと流れる。予想ついているんだよ、とっくに。
 ……北斗神拳伝承者候補三人の物語。ケンシロウからユリアを攫うシン。その理由は俺が居なくなったら、きっと自分の
 意思によってって事になる。そして、レイの妹が連れ去られる原因だってユダの策とかになるだろうし……サウザーは
 俺が居なくなろうと居ようと無関係で罪の無い奴等を殺す。……そして、あいつにぶち殺されるんだ……!」

 ……彼が見た世界。彼が殺されても続く救世主の物語。
 
 その世界は既に破綻されていて、救世主の手で散った者達の嘆きや、背負う苦しみは些細にしか描写されず。

 彼が知る者達は、彼の目には平和を生きる大切な人々でしかなくて……彼等が狂いて果てる未来を望みはしない。

 「構わねぇだろ。あそこは、それが普通だ」

 「普通じゃねぇだろうが!」

 ジャギは叫ぶ、大人のジャギに半死半生にされるも……必死に。

 「俺はもう……シンとサウザーと友人になったんだよ! あいつらを止められなければどうなる!? 『北斗の拳』の二の舞だ!」

 ……無力であろうとも。

 ……死ぬ運命だろうとも。

 ……生きているのならば、変えられる。ジャギは、そう信じたくて立ち上がり目の前の悪魔へと言い放つ。

 「……だからよぉ、それで良いだろうが。お前は安全に生きたいんだろ? なら南斗聖拳を大体覚えてひっそり暮らせば良い。
 てめぇの存在はあの世界に関与されず、お前は一生安穏と暮らせる。あいつらの目の届かぬ安住の地を探せる条件付きでな」

 その言葉はきっと正しいのだろう。少し道を変えて歩けば、別離によって今際の時に多少悲しみは覚えるだろうが、
 何処とも知れぬ地でジャギは平和に生きれるだろう。……彼等の悲劇の物語を傍観者として関知しない条件付きで。

 「……そんなん、逃げだ」

 ……震える拳。今にも崩れそうな足を懸命に意思のみで立たせつつ……彼は拳を振る力なくも……言葉のみで。

 「……てめぇだって言ったじゃねぇか……逃げられないって」

 「……なら、必死で足掻いてやる。足掻いて、足掻きまくってやる」

 「それが……俺の誓いなもんでな」

 ……ジャギの独白を聞き終え……鉄兜をゆっくり撫でつつ男は苛立ちつつ言った。

 「……うぜぇ」

 「……何が友だ。何が守りたい大切な者だよ。……馬鹿馬鹿しい三文芝居やりやがって。……てめぇは『ジャギ』だ。
 ……『ジャギ』である事の無力さってもんを、俺自身が教えてやる。……良いぜ、来い。……己の無力さを思い知らせてやろう」

 ……構えるは邪狼撃。

 ……この世界から帰還する可能性を信じつつ彼が祈願を込めて続けた……南斗の技。

 ……敵対する目の前の男は、それを復讐の為に覚えた。

 その手中の過程で出会った人物はアミバか、またはシンか。その他かも知れぬが如何でも良い。そう、『ジャギ』も思っている。

 ……同じようにゆっくり構える少年は……それを未来の為に覚えようとする。

 それを最初に行ったのは大切に思える少女の為に。何故、それを行おうとしたのが今では不明だけど、それだけを懸命に修行した。

 時に友から助言を、そしてその師からも教えを受けた。原作には掛け離れた環境で……彼はそれを行い続けた。

 「……てめぇを、倒したら此処から抜けれるか?」

 「さぁな。……だが、てめぇと俺、どちらか倒れれば……可能性はなくもねぇだろ」

 嘲りを浮べる男。そして真剣な顔で少年は構える。

 ……血溜まりの中……世界の帰還を懸けて。

 誰にも知られぬ二人だけの一騎打ちが……正に行われようとする。






                                ひっそりと華は咲こうとしていた。












             後書き




   次回で最終話。次の章からオリジナル南斗拳士やら、主要キャラのオリジナル過去やら出すのでご勘弁を。

   因みに、この世界では南斗の拳士達の奥義⇒南斗六聖ならばそれを普通の技で使用出来る設定となっています。

   また、原作で側近の出なかった南斗六聖にも本来側近や従者が居た設定で行きます。










[29120] 【文曲編】最終話『極悪の芽』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/02/09 19:34
 かつて、その荒野に一輪だけ咲いた華があった。

 その華は毒々しい色付きあいで、その華は二輪で咲いていていた。

 まるで、かつて彼らが引き離されたのを、今度は二度と離さぬよう祈るように。

 だが、彼らの望みは余りに人間味に満ちて欲深く、出来るならばそれを叶えたかった。

 その華を『極悪の華』と名づけたのは……そう遠くも無い出来事の話し。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 心臓マッサージ。

 気道確保、人工呼吸。

 輸血。

 針治療・薬品投与・霊薬。

 ……経絡秘孔。

 
 それらは、とある一人の少年に数時間に亘り行った治療である。原因不明の昏睡、そして、彼が倒れ七日目となった
 直後に起きた吐血。その関係者達は彼を救う為にあらゆる手を尽くした。……だが、どの手段も焼け石に水に近い。

 ……彼らは必死で少年を救おうと手を尽くした。だが、それでも経過は思わしくなく……結果。

 妙齢の白い髭を生やした医者は、力ない表情で小さく首を振り残酷な事実を告げる。

 「……脈が、小さくなっています。……このままでは」

 「……そんな」

 ……思わず座り込む、彼の父親。

 医者の重い宣告に、彼の兄弟、否義兄弟達は重苦しい顔で少年を見た。

 ……そして、その彼を想い慕う少女……その少女はただ無言で、恐ろしいほどに虚ろな表情で彼の顔を見続ける。

 「……覚悟を決めておいて下さい。このままこの状態でしたら……恐らく保って数日かと」

 その言葉に、父親は絶望に打ちのめされた表情で息子を見る。……息子が死ぬ、そのような出来事が本当に?
 父親は高名なる僧。それは表の顔で裏では最強たる暗殺拳の現代の担い手だった。彼にとって、その拳法を後世へと
 伝えるのが彼の宿命であり、そして、その宿命に血が繋がらずとも自分を想う子を憎からず愛しく育てていた。

 その子供……ジャギが死ぬと?

 「……ジャギ、何をやっているんだ。……伝承者候補を目指したかったのではないのかお前は!? 師父を守りたいゆえに
 お前は伝承者候補を目指すのだろ!? なら……なら死んではいけない! お前のように優しい者が死ぬなど……」

 感情が昂ぶり、それ以上何も言えなくなる少年の次兄。そして、その次兄の後に長男たる威圧の鎧を纏う者は少年を見る。

 「……死ぬのか?」

 ……彼にとって、少年は自分の目指す道に転がる小石のような存在。だが、今までと違い、その小石は何やら特異な色をしていた。

 「……威勢の良い言葉を放っていた癖にしては、呆気ない幕切れだな」

 ……その色に少しだけ興味を惹かれた。だからこそ、彼にとってその存在が消える事は、少しだけ惜しくもあり……。

 「……とんだ、見込み違いだ」

 ……それは、彼にとって精一杯の少年に対する気遣い。その言葉にも少年は死相を消える事なかった。





 ……次に、横たわる少年にとって誰にも知られずも最も縁在りし……弟となる者が口を開いた。

 「……起きてくれ」

 ……彼から放たれる第一声……それは、懇願。

 「……自分は、未だ貴方の事を何も知らない。貴方がどのような人であり、どのような道を進むのか知りえはしない。……けど」

 少年は、息を吸い込み続けて喋る。

 「……これだけは解る。貴方はここで死ぬには、余りに惜しいと。……貴方は、こんなにも貴方を想う人を置いて逝くのか?」

 ……何時か、何処かの未来では彼の道に終止符を打つ者は無情な空間に問いかける。……少年の呼吸は小さくなった。









 ……北斗の寺院に少し外れた場所に……三人の男達が居る。

 一人はリーゼントで年若くも、その中では一番の年長者。

 残る二人の特徴は、一人は金髪で青い瞳が印象的な少年。もう一人はその少年より多少上の、柔らかい顔つきを
 しているも、その瞳には人を惹きつけなくない輝きを幼少から備えている少年が二人存在していた。

 「……峠かも知れないってか」

 リーゼントの男の方は、苦々しいと言った様子で煙草を荒々しく踏みつけつつ空を睨む。少年を、自身の妹を守り抜いてきた
 幼い戦士に対し過酷な運命を迎えようとする天を、殺意を命一杯に秘めて天をその男は睨みつつ無力さを嘆いた。

 その男に対し、意外にも冷静な面持ちで諭すように言った。

 「嘆くな。……今の俺達に出来る事を考えろ」

 「サウザー。だが、俺達に何が出来るんだ? 俺は……ただ祈るしか出来ぬ自分の力の無さが恨めしい……!」

 その言葉に……金髪の少年、シンは拳を地面に叩き付けそうになる程に体を折らせ、今にも死ぬかも知れぬ友人を救えぬ
 力の無さを嘆く。そのシンの言葉に……サウザーは力強く……爛々と瞳を輝かせながら言った。

 「そうだ……祈るのだ」

 そう言って……彼は両腕を広げる。

 「……サウザー、何を」

 「祈れ、奴の為に。……俺達は、俺達に出来る事を、例え傍目愚かに見えようともし続けるべきだ。……それが、奴の為」

 ……鳳凰拳、最終奥義、絶対無比の帝王の構え。

 その、鳳凰の十字を象徴する構えをしながら彼は独自の祈りを、寺院で死にかける友の為に捧ぐ。

 その様子に感化され……彼もまた続いた。

 「俺も、あいつの為に祈る。……そうだ、あいつが死ぬ筈がない。あいつのように最も愛に真っ直ぐな奴を……死なせるものか」

 ……彼もまた独特の祈りを捧げる。それは一つの型、それは孤高なる鷲を模倣した構え。鳳凰の構えにも似るが、彼の
 両腕は前者と比べると哀しみを感じる手つきをしており、それは、まるで彼の悲痛なる宿命の未来を案じるようにも思えた。

 「……俺は、お前達みたいに祈る術は知らねぇ……けど」

 ……二人の行いを馬鹿にするも、感化する事もせず。この場でもっとも彼に関われずとも、彼を大事に想う者は天を見る。

 「あいつが起きたら、精一杯叱ってやる。泣いたって許しはしねぇ、そして、思いっきりあいつの無事を祝ってやる。
 ……だから、死ぬんじゃねぇぞジャギ。もし、死んだら俺様が直々に殴っててめぇを起こすからよ」

 そう、背中に彩る赤い狼を揺らしリーゼントの彼は天から寺院へと視線を移すのだった。




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 ……ある荒廃した世界。

 それは、彼等だけが存在していた。世界から祝福されず、悲劇の運命だけを約束された彼らだけが取り残されていた。

 空には彼等の闇を反映するかの如く黒い太陽が浮かび、その周囲の空も黒を反映し闇夜を創り上げて星を輝かす。

 その星に北斗七星が輝いている。彼らは、それに成り代わる為に人生を捧げ……そして散った者達。

 今、彼らはお互いに同時の技を放った直後だった。

 ……その技の名は邪狼の名を冠する技。南斗聖拳なる陽の拳であり、そして、その拳を覚えたのは、彼等は同一の存在に
 近いのに理由は全く真逆。一人は報復の為に多くの人々の血肉を糧にその技を創り……逆に少年はその人々を守らんが為、
 いや……ただ自分の瞳に映る人々の為にその拳を覚え、そしてその技をある理由で知るがゆえにそれを自分で磨いた。

 狂気なる世界で、狂気を以って生きる二人の男。

 その世界を貫かんが如く、二人の男は同時に交錯して技を放ち終えた。

 「……あぁ、やっぱりな」

 ……技を放ち終えて、一人の男……鉄兜に棘付きのショルダーと言った格好の男は、突き出した両腕をゆっくり下ろして言った。










                        「やっぱてめぇは……ただのひよっ子……狼でもねぇ負け犬だ」






 ……彼と等しい格好で両腕を突き出して固まっている少年が居る。

 その格好は余りにも惨たらしい。顔面も、体中も多く流血した彼の風貌。それは彼と相対する者から受けた傷。
 だが、そんな傷など比べ物にならぬ傷を……今、彼の肉体には刻まれた。そして……彼は数秒後に大きく血を吐く。
 
 ……その傷とは。




    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……な!? これは……一体」

 ……吐血を再開したジャギ。

 再度出来る限りの治療を試みるリュウケン、そのリュウケンは先程から精神的な過労を帯びていたが、ここにきて
 彼の精神に皹を入れかねぬ衝撃的な光景を目にした。息子の胸……その胸から徐々に……傷が生まれたのだ。

 「……これ、は……ジャギ、お前は一体……」

 ……彼の胸に浮かぶ傷……聖痕の如く浮かび上がったのは紛れもなく。










                          そう……    紛れもない北斗七星を模った……傷








     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……その傷だと、死ぬな」

 ……胸に、七つの傷を模した貫通痕を創った男は、事も無げにそう言った。

 男の言葉に沈黙を守り膝をつく少年。……最早、その彼に息があるがどうかさえ怪しい。そんな彼に無情に告げる。

 「俺様の忠告も聞かねぇからそうなる。一度、たった一度自分のしている事の愚かさを認めれば生きれたのにな」

 「あばよ。どうせ、こんな場所で死ぬような実力じゃ世紀末なんて到底生き残れはしやしねぇ。お前にはこの場所で死ぬのが
 お似合いだ。そうだろうが? 『ジャギ』なんぞ世界の片隅で忘れ去られて死ぬのがお似合いなんだからよぉ……」

 男は、既に力なく膝をつき倒れようとする少年の存在に興味ないとばかりに背を向ける。
 
 ヘリポートとなっている屋上。その屋上に出る唯一の入り口の扉へと近づこうと足を前へ出す。

 ……男にとって、彼の死はこの世界に自分が一人になる事を意味合いするが……そんな事はどうだって良い。

 玩具が一つ無くなる……それだけの事だと自分に言い聞かせて……彼はドアノブに手を掛けて……止まった。




                                  ……ガタ
 




 「……なにぃ?」

 ……男は振り向く。半ば、信じられないと言う面持ちで彼は体を反転する。

 そして、彼はこの世界で始めて意識を止めた。……有り得ぬ事を目にして。

 「……馬鹿な」

 「……何故、立てるんだ。……てめぇ」

 ……見えたのは、血だらけで、胸に七つもの穴が開きながら立つ少年の姿。

 ……呼吸は正常でなく、少し小突けば倒れそうな彼。

 だが……その瞳は爛々と輝き……男に対し力強い生命力の輝きを帯びて睨みつけていた。

 「本気かよ。だが、それでもてめぇは俺に傷一つ負わせ……!?」

 




                                  ……ピキッ





 「……嘘だろ、おい」

 ……男は、半信半疑で自分のヘルメットに触れる。

 すると、彼の予想は当たっている事が証明される。……その自分が、救世主の名を陥れる為に作られ、彼自身の傷を誰にも
 触れられぬようにと作られたヘルメットに……どう考えても人為的に出来上がった皹が出来て……彼は信じられぬとばかりに言う。

 「あの時……交差した瞬間奴の攻撃が当たったとでも言うのか……?」

 ……お互いに、南斗邪狼撃を放った。

 そして、自分はこの世界で、無常を超えし時の中で遂に最終形へと至った自身の技で皮肉も込めて七つの貫通創を撃つ。
 その時、その少年の拳は自分が気付かぬ内に自身の頭部に当たっていた。ならば、自分にもしメットが無ければ……!

 「……俺の、負けかよ」

 ……信じられぬが、これはどう考えても彼の勝利。

 ……もし、この鉄の兜に身を隠す男が以前のままなら、結果を受け入れず少年を徹底的に嬲り、殺したかも知れない。

 だが、今の彼はそんな気分にはなれず。そして……倒れそうな少年へ言った。

 「……成る程、な。……腐っても、世界が異なろうと俺は俺……『お前』は、もしかしたら運命を変えれるのかもな」

 ……男の言葉に、少年は何も言い返さない。そんな気力も、既に立つだけでやっとな彼には残されていない。

 「……安心しろ。今回は素直に俺様の負けにしといてやる」

 そう言って、男はニヤリと嘲り……そして言う。

 「だが、てめぇの希望と違って元に戻れる術があるなんぞ知らねぇぜ? 言っとくが本気で俺はこの世界から脱出する方法
 なんぞ知らねぇ。どちらか死ねば戻れるかも? 馬鹿が。言っとくがな、てめぇが勝った褒美として話すが……俺は
 この世界で既に『自殺』はやってんだよ。何度も致命の秘孔は突いたし、散弾銃で頭部も打ち抜いてみた……だが」

 両腕を上げて、降参のポーズで仰ぐジャギ。

 「結果は惨敗。未だに俺は死ぬ事も許されずこんな場所にいる様だ。どうだ? 少しは己の現状が把握出来たかよ?」

 そう、敗北しても彼の心を折らんとするジャギへ……少年は口を噛み締めながらも……瞳に絶望の色は宿されていない。





    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……済まん、少し一人にさせてくれ」

 ……ここに来て原因不明の聖痕のような現象。……愛する息子の死期を感じてか、心の整理の為に父は部屋を出る。

 その背を見届ける三人の少年。暫くの後、横たわる中心の存在の少年の白い顔を眺め……そして部屋を出た。

 ……彼と、彼女だけを残し無人となる部屋。

 ……その時になり、ようやく彼女の声が部屋に静かに木霊した。

 「……ジャギ」

 「……私ね、実はジャギにずっと秘密にしている事があったんだ」

 「……私ね、それは誰にも言わず永遠の眠りが来るまで胸の中に秘めとく筈だった。けど……もう言っちゃうね」










    
                           「……私ね……実は、生まれ変わってるんだ」








 ……少女は、そう言って初めて表情を変化させた。彼に対し慈悲むような、悲哀を帯びるような。言葉で言い表せぬ想い
 を必死で表現するかの如く顔をくしゃくしゃに歪めて涙を浮かべ……初めて嗚咽に似た声色で……眠る彼へと囁く。

 「ずっと……ずっと会いたかった……!」

 「……貴方に、ジャギに会いたかったんだよ……っ」

 「生まれ変わって、私は以前とは違う国で育っていた。私の髪の色と同じ人々が居る国で……貴方と出会わぬまま」

 「其処ではね、一つの本があったの。その本はね……貴方が載っていた」

 「それを見た瞬間に、私は貴方を思い出したの。……そして、その本に関していろいろ調べた……そして、『貴方』が
 載っている書物も見つけた。……それを見て、私が死ぬ前に出会ったのは貴方でなくて、貴方が私と別れてから如何しようも
 なくなって恨むしかなかった人だって知って……貴方と出会う事も適わぬままに死んだってその時理解したの」

 「……御免、御免。許して……許して」

 「ちゃんと、貴方に最後に出会いたかった。死体で、穢されたままで貴方に出会いたくなかった。……最後に貴方と会って
 言葉を交わしたかった。そうなれば……そうしたら、ジャギに……ジャギをあんな目に遭わせずに済んだのに……!!」

 初めて、彼女は彼が倒れて泣き伏せた。

 彼女の独白。それは余りにも重く。そして、この世界の人々に打ち明けるには禁忌に値する言葉。

 「……誰にも、言えなかった」

 「けど、もう一度貴方に会う事を望んだ。……そうしたら、本当に奇跡が起きて私はもう一度私に戻れた」

 「……その瞬間にね、私が死んだ時の感覚も思い出して……自分でも抑えきれない恐怖で……私、弱い人間だよね」

 そう泣きながら微笑む彼女を、誰か悪いと言えるだろう? 誰が彼女の罪を裁けるだろう?

 「……貴方だけを望んでいた。貴方だけが私のこの世界の光」

 「だからこそ、貴方が幸せになってさえくれれば……私はこの世界から消えて良いの」

 ……彼女の誓い、それは余りにこの世界では脅威で……彼女の存在を儚く輝かせる。
  
 彼女の瞳の輝きは……彼女が最後に彼と共になりたいと言う願いを掛けた『死兆星』に同似なる輝きを秘めている。

 「……ねぇ、起きてジャギ」

 「ジャギ、聞いて。私の声を……聞いて」

 「ジャギ……私……貴方にもう一度出会って……見つけてくれて幸福だった。守って貰えて……もう死んでも良いって」

 「……なのに、私ってば我が侭で……もっと、ずっと一緒に生きたいって思ってる……!」

 ……彼女は、最初の頃彼に出会えれば死んでも構わないと思っていた。

 なのに、彼に出会い、周囲に彼と関連する人物達と出会い……この世界の優しさに触れつつ……彼女の心に波紋が起きる。

 そして、最終的な波紋は……誰にも知られぬ飛ぶ龍を宿す男の言葉を切欠で……彼女は新たな決意を……。

 「ねぇジャギ……私、貴方の運命を変えてみせる」

 「だから……起きて。こんな所で倒れちゃ駄目だよ……ジャギっ」

 ……ケンシロウとの邂逅が、彼に大きな痛手を与えたと彼女には十二分に知る。

 だが、その出会いを彼女は変えられぬと知って……ただ歯痒いままに傍に居る事しか出来ぬ自分を大きく呪っていた。

 「……ジャギ」

 ……彼の口から……遂に呼吸音が消える。

 ……アンナは、それを呆然と見ていた。……だんだん冷たくなる体……そして、彼女はフッと笑みを浮かべて……告げる。






                              「……愛してる、ジャギ」







 そして、彼女の口元はゆっくりと……彼の顔へ近づいた。








     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 




 「……あん?」

 ……ニヤニヤと、無情なる現実を突き付け愉しんでいた男の顔に怪訝そうな声が上がる。

 「……何だ、あの光は?」

 ……男の目は、少年の背後を映していた。その様子の変化に少年は気丈に睨んでいた視線を、ゆっくり背後へ映す。

 「……光」

 ……屋上のヘリポート中心。其処から突如沸き起こった光。

 ……今まで何の兆候もなかったのに起きる現象。それに二人とも固まりつつ、そして暫ししてから男は言った。

 「……どうも、あそこが出口っぽいな」

 「……なんだその目は? ……安心しろ、てめぇを殺してあそこから出る気はねぇ。……信じなくても良いぜ、けどな。今更
 其処へ戻ってケンシロウを殺すとしても、それは俺が殺したかった奴じゃねぇ。……それに、てめぇとは長い付き合い
 になりそうだって感じるんでな。多分だが……また俺の所に戻って来るだろうな。……俺だって嫌だよ、てめぇなんぞと
 顔を突き合わす関係になると思うと反吐が出るぜ。……まっ、他にも教える事は有るしな。まぁ、適当に現われたら相手してやる」

 「……とっとと行け、俺の機嫌が悪くならねぇ内に……な」

 ……大人のジャギの視線に送られつつ、ゆっくりと足を光へ進ませる。

 「……一つ聞いて良いか?」

 ……この時になって少しだけ体が軽くなったジャギは、異なりも同じ存在である未来のジャギへと……問いかけた。

 「あぁ? 何だ?」

 「……何で、あんたは北斗神拳伝承者を目指したんだ?」

 ……自分が望むのは、あの世界が大事だから……。

 南斗聖拳でも、世紀末は生き残れる。……だが、あの世界の凶変を防ぐには北斗神拳は必須なのだ……その為の彼の決意。

 そして、異なれど北斗神拳伝承者に執拗に目指した彼の真意とは……一体何だったのだろう?

 ジャギは、今まで修行を施した大人のジャギと接して。北斗神拳伝承者を目指した理由が弟へのコンプレックスゆえとは
 俄かに信じられなかった。だからこその質問。……その質問を聞いて、暫くしてから鉄兜で表情解らぬ男は告げた。

 「……誰がてめぇなんぞに教えるか。教えて欲しけりゃ、まぐれで勝つんじゃなくて実力で俺に勝つんだな」

 「そして、俺様をヒィヒィ泣かせられる実力になったら……教えてやるよ」

 ……南斗邪狼撃を自由に操作出来る実力を担う……恐らく南斗六聖拳にすら張り合える実力を既に備えているジャギの言葉の
 内容に、絶対に教える気がない事を悟ると溜息吐いた。……今度顔を合わせても……良好な関係は無理だと思いつつ。

 「……あぁ、たくっ。下らない事聞いていい加減腹立ってきたぜ」

 そう言って、のしのしと大股で簡単に大人のジャギはジャギへと近づき……むんずとその襟元を掴み持ち上げた。

 「! て、めぇ何を……っ」

 「ピーピー耳元で喚くな……ひよっ子野郎には……こう言う分かれ方が相応しいぜ!」

 そう言って、大人のジャギは空中高くへジャギを放り投げた。

 もはや、人間の扱いすらせず光へと放り込む数秒間の間に……ジャギはせめてもの意地として強く大人のジャギを睨んだ。

 (今度何時会うか知らねぇけど……何時か、お前は俺の実力でぶっ倒す)

 (精々努力しな、糞ガキ……言っとくが、てめぇがこれから待ち受ける試練ってのは……てめぇの予想を遥かに超えてるぜ)

 お互いが、お互いの思惑を知らぬまま……ジャギは光の中へと吸い込まれる。

 ……その瞬間……彼は一瞬口元に何か柔らかいものが触れた気がしたが……それは、この物語にはほんの些細な出来事。







      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……突如の彼の名を叫ぶ声。

 それを聞きつけ、最悪の事態を想定しつつ……幾人かは寝室へと飛び込んだ。

 「……!! ……おぉ!」

 ……其処で父が見たのは……奇跡。

 ……少女の感涙の表情と……生気が戻り、未だ目が開かずも呻き体を揺らす……自分の息子。

 『ジャギ!』

 誰が最初に声掛けたか知らぬ、だが、最初にいの一番に駆け寄ったのは父だった。

 「ジャギ、生き延びたか……!」

 「……と、うさん」

 「おぉ……! そうだ、父だ……お前の父だジャギ……!」

 「……と」

 「何だ? 何が言いたい?」

 何かの望みなら、それをどんな手段であろうとも叶える。今のリュウケンには、生還したジャギに対する慈しみの想いで一杯だった。

 「……北斗」

 「……北斗神拳伝承者に……」

 「俺は……父さんを……皆を守り」

 ……その言葉に、リュウケンは心を折った。

 ……あぁ、最早彼の願いを無碍に出来ぬと……リュウケンは遂に彼を茨の道へと歩ませる決意をする。

 北斗七星を模る不思議な聖痕も消えて、彼の肉体は以前と損なわぬ状態に戻ろうとしている状態も疑うことせず……父は言った。

 「……お前の願い……聞き届けたぞ、ジャギ」

 「……伝承者に……なるん、だ」

 ……夢現の、未だ意識が取り戻さずもの決意の言葉。

 ……其処まで駆り立てる意思……その意思に常人ならば惧れすら抱く。

 だが、この室内に存在する者は全てそれを受け入れた……そして、少年の道を黙認するのだった。

 「……ジャギ」

 「……アン、ナ」

 「……ジャギっ」

 次に彼を呼ぶのは……輪生を超えし彼に想いを抱く少女。

 その少女の呼びかけに彼は応じる……そして、半覚醒ながらも振り絞るように言った。

 「……守る。『今度』こそ……俺、は」

 「!! ……ぅんっ……うん!!」

 ……今は、十分。

 たった、それだけの言葉で十分。それだけでどんな事があろうとも私は貴方の傍で生き続けられる。

 ……貴方と共に。





     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 




 ……ある荒野に、一つ華が咲いていた。

 その華は毒々しくも、その色彩で傍に居る華を守るが如く揺れていた。

 何時しか、その華を誰ともなく極悪の華と名づける。

 ……今、極悪の芽は確かに地上に咲いた。

 ……だが、それは未だ始まりでしかない。

 ……その芽は心無い何かによって摘み取られるかもしれない。降りかかる運命にその芽は開花する前に枯れるかも知れぬ。

 だが、今だけは彼等の芽が出た事に祝福の言葉を上げよう。







                             ……彼と彼女の、ようやく始める芽(始まり)に対し……。



















              後書き



       はい、文曲編終了となります。

       今回で幼少編を終了とし、次回から十歳~十五歳。多分一番長いパートを執筆する予定です。

  完全なオリジナルパートもあるので、賛否両論あると思いますが今回ばかりは絶対に挫折せず書き終える覚悟で挑みます。





     







[29120] おまけ:【文曲編】終了しての後書きと言う名の余談
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/02 15:33

 


                              










                                「……この温もり、まるでお師さんのような」








 「いきなり何言ってんだサウザー」

 ……季節は冬。ホロリ、ホロリと雪が町を満たし、人々は首をすくめて歩く。

 そんな町の一角にある大きな建物に、ある男達が集っていた。

 ……その集いし場所に鎮座するは……かなり目立つ、炬燵。

 「……この部屋には正直似合わねぇよな」

 「お前……『寒いから炬燵買おうぜ』って提案したのは何処のどいつだ!」

 炬燵の中に半身を入れて感想を口にする目つきの厳しい少年に、青い瞳を怒りで輝かせつつ彼は突っ込みを口にする。

 「まぁ落ち着けシン。余り感情的だと禿げるぞ……蜜柑でも一つどうだ?」
 
 「サウザー……その購入した蜜柑は俺なんだが……」

 「けち臭い事言うなって、第一、こう言う雰囲気正直嫌いじゃねぇだろ?」

 「……まぁ、確かに」

 宥めるような口調で蜜柑を差し出す、神々しい気が時折り放たれる少年に静かにこの場で唯一状況に余り馴染めぬ彼に呟く。
 苦労性が子供の頃から見える少年に対し、ボサボサの黒髪を逆立てて少年は彼に対し背中を軽く叩きつつ口上すると
 その少年も素直に頷いた。……冬場の炬燵。彼もその何故か抗えぬ魅了に対し抵抗も少なく成っていたところだ。

 ……そんな和やかな状況に如何して陥ったかと言うと……。

 「まぁ、しいて言うなら作者が以前の作品がうろ覚えですから、この場でコメント欄に少しでも応じようとしてるだけですけどね」

 「ブス、お前身の蓋もない事言うと伝衝裂波食らわすぞ」

 ……メタな発言するコケシのような顔をした人物を、血のように紅色の髪を掻き上げて中世的な顔つきをした人物が突っ込む。

 「突っ込むって、卑猥な言い方ですよね」

 「よし、そこに直れ」

 ……登場は未だ先のコケシのような人物と、妖しい雰囲気で全てに対し慧眼の目を宿す彼は、今はその雰囲気を打ち消し
 漫才てきな言葉を交わしている。……正直、ギャクパートを作るにしても以前と同じように執筆出来る力がないんだよ!

 「……とりあえず、あの場所に居る輩は無視して、この場で作者の設定及び、後日談について説明する」

 そんな二人を尻目に、狼のように鋭い目つきで、冷ややかに周囲の人間との触れあいを無意識下に拒絶する人間が口を開く。

 「いや、何自然に登場してんの、兄貴?」

 「……未だ登場してないお前に言われたくないぞジュウザ」

 ……『天狼星』と『雲』を冠する兄弟も何故かこの場に居た。……この一室を支配する不思議空間には突っ込むな!

 「……とりあえず、あの後ジャギは無事異常なく目覚める事が出来た……それに間違いないな?」

 『天狼星』リュウガは冷めた面持ちで『雲』のジュウザの言葉を避けて、天狼は邪狼に対し質問を投げかける。

 「あぁ、まず親父は涙流して抱きついて。そんでアンナも抱きついて、んでトキの兄者は涙目で良かった良かったって頷いてて。
 そんでラオウの兄者に関しては、何考えているか解らない顔で俺の事見てたな。何か凄い色々カオスで怖かった」

 「……その後に、サウザーやシンも訪れて徹夜でジャギ兄さんの帰還を祝った。……そして、俺は蟹が当たった……」

 「とことん蟹と相性悪いよな。前世で蟹とか大量に殺したんじゃないの、ケンシロウ?」

 ……救世主ケンシロウ。彼の好きな物はビーフカレー、嫌いな物、蟹料理である。

 「……俺の出番は」

 そんな二人のやり取りを聞きつつ、蜜柑を剥きながら寂しそうな声色で呟くのは鋭い目に悲しみを湛えて呟く一人の飢狼。

 だから、もう少し待てレイ。お前の活躍今回からあるから。

 「……信用ならん。今回からオリジナル南斗拳士が登場する予定だし、作者はそれに関して力を入れたいと言う無謀な挑戦を
 しているし。何よりも何故『ユダがあのように自己愛に執着したかの過去を執筆したい』とかで、俺の目立った出番は……」

 ……ブツブツと愚痴るレイ。いや、正直レイの過去を執筆しても、正直彼って性格に関しては至って異常あるとすれば
 シスコンな事だけだし、過去では普通に拳士達とは友好築いて、普通に成長してる過程で翡翠拳のカレンに惚れられた
 だけだと思うんだよね。要するに、彼に関して何かオリジナルストーリ書く面白いエピソードは、今の所ない。

 「……アイリ。兄さんはどうやら作者の愛を受けられないようだ」

 ……因みに、今回はアイリに関しても目立つ予定である。レイよりも。


 「……と言うより、南斗五車星やら色々登場するし、風呂敷を包むのに関しては大丈夫なのか?」

 大丈夫です聖帝様。

 「ふむ、信じてみるか。……因みに今から下では以前の作品のネタを一取り作者が覚えているものを紹介する」

 サウザーの言葉と共に、星が浮かんだ。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

  トキ!トキ!トキ!トキぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
  あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!トキトキトキぅううぁわぁああああ!!!
  あぁセッカセッカッコー!トラエラレマイ!ユクゾッ!ユクゾッ!命は投げ捨てるもの…ジョインジョイン
  んはぁっ! 歴代北斗神拳伝承者の中で最も華麗と言われる柔の拳を味わいたいお! ジョインジョイン!あぁあ!!
  間違えた! バスケしたいお! ナギッ! ゲキリューに身を任せ! ホクト! ウジョーダンジンケン! ……ジョイン!!
  『銀の聖者』のトキも格好良かったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
  北斗無双出演決まって良かったねトキ!あぁあああああ!強い!トキ!うわらば!あっああぁああ!
  アーケードでも活躍して嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
  ぐあああああああああああ!!! ゲームなんて現実じゃない!!!!あ…小説もアニメもよく考えたら…
  ト キ は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
  そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! サヤカぁああああ!!
  この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる? 表紙絵のトキが僕を見てる?
  表紙絵のトキが僕を見てるぞ! 銀の聖者が僕を見てるぞ! アミバのトキが僕を見てるぞ!!
  『ケンシロウ、暴力がいいぞ』が僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
  いやっほぉおおおおおおお!!! 僕にはアミバがいる!! やったよボルゲ!! ひとりでできるもん!!!
  あ、健康体トキぎゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
  あっあんああっああんあバラン様ぁあ!! ラ、ラオウ!! カイオウぁああああああ!!! ケンシロウぁあああ!!
  ううっうぅうう!! 俺の想いよトキへ届け!! 修羅の国のトキへ届け!





  
  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 諸君 私は羅漢撃が 好きだ

 諸君 私は羅漢撃が 好きだ

 諸君 私は羅漢撃が 大好きだ

 千手殺が好きだ 操気掌が好きだ 含み針が好きだ 陰陽殺が好きだ 

 砕覇拳が好きだ 邪剪手が好きだ 邪狼撃が好きだ 醒鋭孔が好きだ 核の炎が好きだ

 平原で 街道で 凍土で 砂漠で 海上で 空中で 泥中で 湿原で

 荒野で 山道で 炎上で 森林で 湖畔で 地獄で 施設で 蒼龍天羅で

 この地上で行われる ありとあらゆる 羅漢撃が 大好きだ

 印相をならべた 担い手の一斉貫手が 轟音と共に敵陣を 吹き飛ばすのが好き

 空中高く放り上げ られたモヒカンが 千手殺でばらばらに なった時など 心がおどる

 操気掌の操る 投擲弾の RPG(ロケットランチャー)が 対戦車を撃破 するのが好きだ

 悲鳴を上げて 燃えさかる戦車から 飛び出してきた敵兵を 南斗聖拳でなぎ倒した時など 胸がすくような 気持ちだった

 両手先をそろえた 邪狼の貫手が モヒカンの戦列を 蹂躙するのが好きだ

 恐慌状態の 狂人が 既に 息絶えたモヒカンを 何度も何度も弾功 している様など 感動すら覚える

 強者主義の モヒカンを荒野に 爆散させていく 様などはもう たまらない

 泣き叫ぶモヒカンが 私の降り下ろした 手の平とともに

 金切り声を 上げる千手殺に ばたばたと薙ぎ倒 されるのも最高だ

 哀れな抵抗者(モヒカン) 達が 雑多な 小火器で 健気にも立ち 上がってきたのを
 南斗邪狼撃(最終形)の 南斗聖拳奥義が 雑魚一団ごと木端微塵に 粉砕した時など 絶頂すら覚える

 トキのバスケに 滅茶苦茶に されるのが 好きだ

 必死に守るはずだった 恋人が蹂躙され 女子供が犯され 殺されていく様は とてもとても 悲しいものだ

 ラオウの力量に 押し潰されて 殲滅されるのが 好きだ

 北斗無想流舞(ユクゾッ)に 追いまわされ 害虫のように地べたを 這い回るのは  屈辱の極みだ

 諸君 私は羅漢を 地獄の様な 戦争を 望んでいる

 諸君 私に付き従う アルカディア戦友諸君 

 君達は 一体 何を 望んでいる?

 更なる 羅漢を望むか? 

 情け容赦のない 糞の様な羅漢を 望むか?

 鉄風雷火の 限りを尽くし 三千世界に悪(アミバ)を殺す 嵐の様な闘争を 望むか?

「羅漢(ラカン)!! 羅漢!! 羅漢!!」

 よろしい

 ならば羅漢(ラカン)だ

 我々は満身の 力をこめて 今まさに 振り下ろさんとする 羅漢撃だ

 だが この暗い闇の底で 半世紀もの間 堪え続けて来た 我々に

 ただの羅漢撃ではもはや足りない!!

 羅漢撃を!! 
 
 一心不乱の羅漢撃を!!

 我らはわずかに 一般凡人 千人に満たぬ ジャギ好きに過ぎない

 だが諸君は 一騎当千の 古強者だと 私は信仰している

 ならば我らは 諸君と私で 総戦力27万と 1の 更新力となる

 我々を忘却の 彼方へと追いやり 眠りこけている 連中を叩き起こそう

 髪の毛をつかんで 引きずり下ろし 眼を開けさせ 思い出させよう

 連中に魔法の味を 思い出させてやる

 連中に我々の バスケの音を 思い出させてやる

 天と地とのはざまには 奴らの科学では 思いもよらない事が ある事を思い出させてやる

 27の 魔法と 戦闘力(で 世界を燃やし尽くしてやる

全奥義 発動開始 北斗 羅漢 撃 始動

 離床!! 全気力 最大羅漢撃 解除

 「最終の奥義 ジャキライより 全更新一覧へ」

 目標 アルカディア その他掲示板!!

 第二次人類羅羅漢(らかん)計画 状況を開始せよ

 征くぞ 諸君




 羅漢撃の時間だ(`・ω・´)

  




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 
 27 本当の伝承者 2011/10/2(金)11:00:00 ID:hokutonoken

光の速さで手から羅漢撃繰り出したらどうなるの?








 リアルな話するとお前の住んでる世界が消し飛ぶ

 光速で羅漢撃程の質力が(約2000?~2700トン)

 の物体が動いたら壮絶な衝撃波が発生する

 ましてラオウと激突したら世界はほぼ崩壊

 お前の羅漢撃で世界がヤバイ







 さらにリアルな話しすると

 北斗理論では伝承者が非情を得るにつれ質量は増加し

 羅漢撃が光速になった瞬間に質量=∞(サザンクロス)となる為

 重力崩壊を起こし蒼龍天羅が発生、それが

 一瞬で別世界を含む全世界が27秒以内に飲み込み

 お前の羅漢撃で全てがやばい










 また羅漢測をリアルに説明すると

 光の速さで羅漢撃をすると、羅漢撃は北斗震天雷を見る

 羅漢撃の後方には無想転生が 羅漢撃の進行方向には

 全ての世界の風景が一点にあつまって見える

 そして、愛の効果で七色に輝いて見える

 お前の羅漢撃素敵






 
   

   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……冒頭のネタからして、作者の友人はもう手に負えない部分まで来てるな」

 サウザーの口を借りてのメタな評価。と言うより、彼には多くの伝説が変態的な意味で有り過ぎるから困る。


 「……あぁ、因みに他のネタも出そうとしたが作者が既に忘れた為紹介は不可能との事だ」

 視聴者の皆さんすいません。





 「……因みに、補足だがケンシロウと俺の関係は知りはしたがそこまで今は仲良くない。サウザーとも同様だ」

 シンの補足。確かに、未だケンシロウとの仲は出会いはしたものの面識程度。

 だが、南斗十人組み手の時(※原作時)のサウザーの台詞を考えるに、何処かでサウザーがケンシロウと出会った
 事はあったのだろう。と言うより、北斗と南斗の接触はある程度あったと思われる。……完全な推測であるが。



 「……また、以前の作品と違い作者はオリジナルの技は出さないつもりらしい。オリジナルキャラクターにしても、ある程度
 原作に関連する事柄に関与させて出す予定らしいから、それを認識して見て貰いたいとの……ことだ」

 ケンシロウの語りをもって、とりあえず男達は茶を啜り蜜柑をつまむ。

 ……原作にはない暖かい光景が其処には存在していた。







 

   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 「……あったかいですわねぇ、ユリア様」

 「えぇ、そうねサキ」

 ……一方別室。その場所では同じように茶を啜る少女が四人。

 一人はマリアの如く微笑を浮かべ茶を上品に持ち。そしてその従者たる者達は彼女に及ばずも利発で美しい容姿をしている。

 「やっぱり冬は炬燵だしね。ねぇゲレ、リュウ?」

 ……結構大きい犬と、虎へと目配せするバンダナを巻いた少女は動物へと話しかけて肯定を促す。

 「……アンナ。思うんだけどこれ以上大きくなったら住民に通報されると思うわよ。ゲレゲレは」

 「良いじゃんサキ。きっと何とかなるって」

 「いや、無理でしょう。動物愛護団体とか、この世界ないけどまず警察が出頭するんじゃなくて? ……あぁ、でもアンナの
 町って警察がそれ程機能してないからアンナのお兄さんが自衛団を作っているのだっけ? なら、問題ないのか……」

 口々にアンナの飼い虎に感想を口にするサキとトウ。そんな二人に活発な笑みで問題ないと豪語し、そしてユリアに振る。

 「……ユリアも、今回からやっと普通の女の子に戻れるもんね」

 「えぇ、そうね。……アンナには色々助けて貰ったけど。これからも迷惑かけて御免なさいね」

 「まぁ、そう言う世界だから仕方が無いんじゃない? ……あ、それと私は未だ時系列でジャギにちゃんと好きだって
 伝えていない事と。シンとサキは未だ恋愛関係に至ってない事を覚えておいてって言うのが作者からの報告だから」

 そう、画面上に向かってvサインで伝えるアンナは、大好きな人とこれからも物語を続けられる幸福そうな笑みを称えている。

 「あと、ユリアの目を覚ますのはケンシロウだけど。ケンシロウの性格からしてちゃんと告白するのは青年期になって
 からになるって。だから、色々恋愛関係も複雑な事になるから、それを楽しんでほしいって言うのが作者から」

 ……アンナのキャラクターは、原作からも天真爛漫な風貌なので勝手に動いてくれて助かる。

 「……あと、私達も最初の頃はアンナと仲はそれ程進展してないわ。私達の登場も、主要キャラの恋愛模様と共に出すらしい
 けど出番はそれ程多いわけでも無さそうよ。……まぁ、殺されたり、やられキャラになるよりはマシだけどね……」」

 「サキに関しても、私にとってもね。次回から私やサキはアンナと仲良くなる描写を細やかに伝えるつもりらしいわ」

 二人の慈母の従者から語られる事も一応作者としては文章のところところの部分に伏線を強いようと思っている。

 「……あっ、それと次の作品は『巨門』……北斗七星では指極星とも呼ばれていておおぐまざの恒星よ。周極星とも
 呼ばれていて地平線に沈むことのない星とも呼ばれているわ。次回からはその作品の方向で進むらしいわね」


 ……その言葉を切りめに、ドタドタとした複数の足音が聞こえてくる。

 「……あっ、他の人たちも来たみたいね」

 「女の子同士の話しで盛り上がろうにも、私達の話しで華咲くにも余り話しの種が存在しませんからね」

 「まぁ、良いんじゃない? これから始る話の中で、もっと色々活躍するんだから」

 
 三人の話を順々に聞き、頷くユリアの柔らかな笑みと共に、この和やかな宴は終幕とさせて頂こう。







                                  ……そして、物語は始っていく。











              後書き




        お目汚し失礼おば。さぁ、本編をどうぞ









[29120] 【巨門編】第一話『慈母の星から始まりし物語』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/26 22:11
 彼にとって、その日々は常に負の連鎖に縛られた道先だった。

 その門出を祝う者は存在せず、また彼の心の渦中を案ずる者もなし。

 その日々に希望あるは、ただ一つその目標に対してのみ。だが、それでも。

 彼自身の心に救いなければ、その門は永遠に彼の屍すらも通さぬ鉄の牢なのだ。

 

   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


  ……朝が来る。希望の朝。

 ……小鳥が鳴き、朝の喜びを祝福する音が森林を包み込む。

 その森林の中を颯爽と駆け抜ける……四人の男達。

 一番先頭を走るは、成長途中あれどしっかりとした肉付きをした、かなり意思の強い睨むような瞳をした少年。
 その少年は確固たる目的意思の為に走りぬいていた。そして、この鍛錬の中でも誰であろうとも劣る事を拒絶するがゆえに。

 二番手は優しそうな風貌を今は全速力で駆け抜けているがゆえに固い顔で走りぬける少年。その少年は未だ伸び途中ながら
 走り抜ける動きに際しても華麗な動きが目立ち、そして、彼の瞳の中に宿る穏やかな光は木漏れ日に反射し美しく輝いていた。

 ……そして。

 「……っ」

 「しっかりしろよケンシロウ。もう少しだからよ」

 「わかってる……ジャギ兄さん」

 ……その二人を追いつこうと必死で足場の悪い山道を走りぬける幼い顔つきながら、その瞳に未知数なる可能性を宿す少年。
 未発達の体ゆえに走るにも大きな負荷で顔を顰める少年。その少年にぴったりと付き添うような形で一人の少年が居る。

 その少年は未だ余力が残されているが、仕切りに隣で走る少年の動きに翳りが見える度に言葉を投げかけていた。ゆえに少年は
 力尽きず前に疾走を落とす事なく走れるのだろう。その度にその少年は口を歪めて力強い笑みで再度前を向いて走るのだった。

 ……彼等は北斗四兄弟。……今、彼らは北斗神拳伝承者候補として競い合っている途中である。

 ……彼、ジャギは既に十歳を迎えている。

 彼の容態は、あの日を過ぎてからまるで何事も無かったように回復した。

 その回復に、医者は首を傾げるものの素直に周囲の人間達は彼の喜びを祝った。

 ……そして、彼は告げられる。……父から、師父からの言葉を。

 『夢現の中、お前は私に願ったな』

 未だ安静を命じられ横になっていた少年に、父は優しさと一つの関係の別離を知り、淡い切なさを交えて語りかける。

 『……死の淵を越えても、お前は伝承者の道を選ぶか……もはや、お前の意思を拒絶するは、不可能なのだろう』

 『ジャギ、これから私はお前の父ではない』

 そう、北斗神拳現代伝承者のリュウケンは厳かに彼へと述べ。

 『……今日から、私の事は師父と呼ぶが良い』

 其の日から、少年ジャギは北斗神拳伝承者としての道へと歩む事に至るのである。





 ……リュウケンが、彼の師父となり日はかなり経つ。

 ジャギは十歳の日を迎えた。それに伴っての解説をさせて貰う。

 ……北斗神拳伝承者候補次兄。そして、原作では華麗なる柔の拳を担う銀の聖者……トキ。

 ……トキは、彼が伝承者候補になってから修行と同時にゆっくりとだが医術に関しての勉学を本格的に始めた。

 伝承者の道と医学の道……どちらも天秤にかけて図れぬ彼の意思を決定付けたのは、あの日ジャギが倒れたのを目にして。

 彼は弟一人を助けれぬ自分の不甲斐なさから、次々と医術の知識を吸収し、時々暇あれば外へ降りてリュウケンがジャギの
 為に呼んだ医者に接し手術の現場などを見せて貰っている。……彼もまたジャギによって変えられた一人である。

 因みに、その医者の近親者にサラと言う少女が居たのは偶然では無いのだろう。



 ……北斗神拳伝承者候補長男。何時かの未来では天の覇王とも呼ばれし、拳王の称号あり……ラオウ。

 彼は、ジャギが昏睡、そして蘇生に伴い祝福をしなかった異例の人間である。

 彼は、生来から自分の事と、以外に執着しない人間である。故に他者の命の有無に関してもさして興味を覚えない。

 最も、己の認めた人間に関しては別である。ジャギもまた彼の心の片隅を占める存在だったが、彼の心の何処かが
 彼を素直に受け入れるのを認めていなかった。そして、彼自身もまたそのラオウの態度を肯定してたゆえに。

 ラオウは、彼が伝承者候補となった事に祝福しない。かと言って、彼を拒絶もしない。

 正史ならば、嘲りの言葉を一言二言が呟き彼の道を妨げたかもしれない。だが、彼の姿勢は、今のラオウを否定する材料はなかった。

 己の認める実力者に足りえる人物。それを、ラオウは見抜きつつも自身の育成に集中している。






 ……そして、未来での北斗神拳伝承者、ケンシロウ。

 ……彼は、起き上がり完全に復活したジャギと会話した事を世紀末でも鮮明に思い出す事が出来る。






 『……兄さん』

 『おうっ、ケンシロウだな? ……無様な所見せたな』

 寝台で、未だ安静を強いられたジャギは苦笑いでケンシロウを見る。

 ……またケンシロウを見て卒倒する可能性もあった。だが、今のジャギは平然と頭痛起こす事なくケンシロウを見れる。

 『……その、具合は』

 ……ケンシロウは決して人見知りする性格ではない。

 だが、彼はこの兄との出会いは衝撃的で……そして、彼との接触は何か緊張がケンシロウには沸き起こる。

 流暢に自分の言葉が出ない事を恨めしく思っていると……ジャギは笑った。

 『いや、大丈夫だ。心配してくれて有難うよ。……そんなに固くなるなよ、もう俺とお前は兄弟なんだろ? ……血が
 繋がってない事は気にしないぜ、俺と親父……師父ともそうだからな。これからは俺とお前は競い合う関係かも知れないけど、
 今の俺はそんな事気にならない程に嬉しいんだ。夢に第一歩近づけたんでな。
 ……まっ、これからゆっくりお互い理解しあおうや。行き成り兄弟として付き合おうとかじゃなくて……』

 そこで一旦彼は目の前の義弟へとためらったように口を閉ざしてから。照れたように最後に付け加えた。

 『……その、友人としてって感じでな。困った時は助け合おうぜ、ケンシロウ』

 


 それ以来、彼とジャギは未だ少しばかりぎこちなさは残りつつも仲の良い関係は続いている。

 ……その経過で、ラオウの虐待に近い暴力を受けてケンシロウが倒れ、それに関しジャギが擁護する事でケンシロウの
 ジャギに対する好意が増す事件が起きる。それについては何時かおいおい説明するが、それ以来ケンシロウがジャギに
 対し、少しずつであるが距離は縮まっていく。……それをジャギも理解してか、今の彼はゆっくりと運命を変えれる
 実感が体中を駆け巡るのが理解出来て……だからこそ、彼は今幸せに満ちつつ過酷な修行も気にならない程である。


  



 「……あぁ~、今日も疲れたぜ……!」

 「行儀悪いよ兄さん。そう言う風に寝っ転がったら」

 「固い事言わないでくれよケンシロウ。……うっし、休憩終わり! 町へ行くぜ!!」

 ……朝の四時には起床し修行を初め。そして大体午後の五時程度に終了するのが最近の彼らの修行風景。

 ……森林の中を駆け抜け滝に打たれ、熱い砂壷に向かって必死に突きを繰り返す修行を行い、また一指弾功を行う……。

 常人ならば音を上げても不思議でない修行の数々。

 それでも彼らが耐えて行い続けられるのは、選ばれし者ゆえか。

 ジャギもそれに付いていける事は可能だった。何しろ五歳程度から憑依し、世紀末を危惧し重りを付けての特訓に続く特訓。

 それに相まって南斗聖拳の修行も、下地は北斗神拳と同じがゆえに彼の肉体は既に北斗神拳の正統なる修行にも耐えれる経験となった。

 これに関しては、ジャギは彼に基礎を教えた孤鷲拳のフウゲンに助言を時折授けてくれた鳳凰拳のオウガイ。

 並びに自分に時々は組み手をしてくれたサウザーにシン……彼等に感謝を心の中でジャギは唱える。

 それに……これは反則であるが、彼が昏睡した間に、彼が未来のジャギから受けた精神的修行も無駄ではなかったのだ。
 地獄の責め苦を受けた彼自身がジャギを鍛える為に幾度も苛め抜いた事……このように北斗神拳の修行を見越してだったかは知らぬが
 ジャギは一年を過ぎても彼等から置いてきぼりになる事はなかった。これに関しては少年は素直に夢幻の師に感謝出来なかった。

 
 意気揚々と外へと出ようとする。だが、その前に変化した外気を敏感に肉体は感じ取る。

 「……あっ、くそ雨かよ、おい。アンナと会うの、今日は諦めるか」

 天候を見て、がっくりと肩を落とすジャギ。

 ……アンナ。

 彼女との関係は、あの事件の後もお互い終ぞ離れず良好の関係である。

 関係が深まったとか、そう言う事は表たってない。……だが、少しだけ変わった事と言えば、アンナがジャギに対し
 見つめる瞳の輝きは更に穏やかでいて、そして欠ける事を恐れるように爛々と輝いている事だろうか。

 ……彼が北斗神拳伝承者候補となっても、世界は未だそれ程変化を起こす兆しは見えてなかった。

 
 
   
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……修行を終えて、仕方が無いとばかりにジャギは久方振りに飼い犬の世話でもするかと思い至る。

 飼い犬のリュウ……別に愛着ない訳ではないのだが、日々の忙しさに世話は北斗の寺院に存在する表の人々に任せる事が多い。
 その飼い犬のリュウと言えば、彼が飼い始めたのを一歳と考えて六歳。人間ならばかなり良い歳になっている。

 呼びかけても返事は来ない。それに関してジャギはまたどっかで眠りこけているのかと苛立った表情を僅かに覗かせた。

 アンナとの出会い、アンナの救出……そしてジャギの救援に関しても活躍をした犬だが、普段は食っちゃ寝食っちゃ寝をしてばかりだ。
 別に極端に太ったりなどの肥満は無く健康的に問題は無いが、殆ど眠りこけている姿しか見てないジャギには、リュウの
 呑気そうな姿に軽く苛付くのである。……最も、犬に向かって本気で怒るほどに彼の精神は低くはないのだが。

 仕方が無く辺りを捜すジャギ。最近殆ど構わずとも自分の大事な犬。何があれば悲しくはなる。

 「……おっ、居たいた。お前こんな所に居た……のかって」

 一応雨は降っているが外にも出て確認したジャギ。案の定と言った所か、数分足らずで目的のペットの影を見つける。

 そして、森林近い場所に白い犬の背中を見てジャギは若干怒りを持ちつつもその背中に近づく。

 何やらリュウは一生懸命に顔を屈めて何かを嘗めている様子だった。

 「おいおい、何か食い物でも盗ったのか……って」

 リュウが、何を嘗めているのか理解して……硬直するジャギ。

 暫し、其のペットのリュウが冷えないように舐めている生物を見つめてから、達観を滲ませつつ彼は愛犬に呟くのだった。

 「……あぁ、成る程。……リュウ、お前も大概原作に良く関わってんな」

 ……リュウが嘗めている物体……それはトビーと言われる犬が横たわっている姿った。




  
   
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……忠犬トビー。

 それは、世紀末救世主ユリア伝(映画)で見られたユリアの飼い犬。ブルテリアの犬種であり北斗と南斗を繋ぐ犬だったと言われてる。

 世紀末までも生き延び、その高齢には周囲の者達を驚かせ、そしてユリアのペンダントをケンシロウに渡して姿を消す。

 確か忠義の星を宿しているとかだった筈だ……とは言うもののソレで何か原作に大きく影響するのかは知らぬが。

 その犬は確か雨の中寺院に打ち捨てられていたのをユリアが拾った筈……なのに、何故今……?

 「おいおいおいおい、これじゃあやべぇだろ……」
 
 とりあえず、今にも死にそうなトビーを見て手をこまねくジャギ。

 ……ユリアがこの寺院に来る兆しはない。如何言う事だとジャギは思案する。
 
 このトビーが居ると言う事は、ユリアがもうそろそろ寺院に来ても可笑しくないと言う事だ。

 ……確か、ユリア伝での彼女が心を取り戻す経緯とは、ラオウの気配にトビーが危険を感じて吼え、それをジャギが苛つき
 蹴り飛ばそうとしたのをケンシロウが止めてトビーをユリアに渡した時に初めてユリアの顔に表情が浮かぶ……。

 「え、ちょい待て。俺、あの通りやらないと駄目なのか?」

 ……もう、最近になってケンシロウとも仲良くやってる最中なのだ。

 そんな好人物を演じていた自分がトビーを振りでも蹴ろうとしたらどうなる? まぁ、其処は言い訳が通じるかも
 知れないかもしれない。だが、ケンシロウからの評価は一気に株下落。……ジャギはそれは避けたかった。

 「……っあ~ちくしょぉ~……!」

 頭を掻き毟り悩むジャギ。とりあえず、リュウの為に買った犬用の治療用具があったから人目につかず治療した。

 何に怪我させられたが知らぬが、幸いにもそれ程怪我していなかったのがすぐにドッグフード(リュウ用)も食べれるようになる。
 ……だが、これからユリアが来るとして、ユリア伝通りにして本当に大丈夫なのだろうか……?

 「……どうすっべっかなぁ……」

 思わず標準語なのに訛るジャギ。……彼が困りつつ見上げる夜空には、北斗七星が輝いている。




  
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 トビーを見つけてから数日後、雨は未だ降り続いている。

 ……流石にこの雨には辟易したのが、ジャギと他の北斗三兄弟は北斗錬気道場に場所を移して修行をしている。

 「……如何したジャギ? 動きが雑だぞ」

 「うん……ちょいと考え事をな」

 ……トキからも駄目だしされるジャギ。ちゃんと集中すれば何て事無いが、彼は未来に対し考える出来事が多すぎる。

 「……はぁ~、どうっすかなぁ」

 頭を手で押さえながら組み手するも、そんな調子でトキの相手も出来ず彼は簡単に地面に転がされる。

 トキとしてはジャギの悩み事を見抜くのは至難であり、また、ジャギは時々悩む様子があるので、今回も心配しつつ
 数日後には普段の調子に戻ると思っている。……実の弟でも、彼に対し修行では手を抜くような真似をトキはしない。

 「はぁ……いっそ、俺が南斗の里へ」

 「転がりながら唸るな。ジャギ」

 その瞬間、鋭い蹴りが転がっていたジャギへと振り下ろされる。

 肉体は反射的にその蹴りを転がって防ぐ。その後軽くない音が地面に響いた。

 「っぶねぇ! 兄者、本気で踏み抜くつもりだったろ! 今!!」

 「……貴様がふざけているのが悪い」

 ……彼は、伝承者候補の修行中ジャギに対し余り快い感情はない。

 彼の態度が誰しも良い事は無いが、ジャギに関しては一際敵視しているのが読み取れている。ジャギは、その攻撃的な
 態度を少しでもいなそうとするが、普段生活しているのが狭い空間である以上、頻繁な衝突も隠せなかった。

 「ラオウ、その辺で……」

 「トキ、お前もお前だ。相手が隙だらけで何故急所を突かぬ? ……お前達と共に修行していると嫌気が差す」

 はっきりと自分の意思を証明するのも、状況によるとジャギは感じる。

 ラオウの敵意満々の言葉に顔を顰めつつ立ち上がり組み手を再開しようとする……その時場違いな声がした。

 





                               「やっほ~、ジャギ頑張ってる?」

 





 ……その声を聞いた瞬間、ジャギは立ち上がったのに再度転んだ。

 「……は? 何? 何で??」

 「……ぷっ、今のジャギの顔凄い笑えるんだけど」

 「笑い事じゃねぇって! 何で北斗の修行場に普通にアンナが入ってるんだよ!?」

 「私が許可したが?」

 「父さん!!???」

 ……激しく口調を荒げて突っ込むジャギは、冷静に口を開く師父に呼称を昔の方へ変えて張り叫ぶ。

 「……お前が立ち直ってから、アンナにお前の抱えている秘密に対し詰問されてな。……お前の為に七日七晩、何も食べず眠らず
 お前に付き添っていたあの子の想いに敬意を示して私は北斗神拳伝承者に関して喋った。……秘密にする気は無かったのだが」

 「……そう、だったのか。……有難うな父さん……じゃなくて師父」

 ……リュウケンの言葉に、昨日の事のように自分が起きた時の事が思い出される。

 ……起き上がり、その様子にクシャクシャに喜びと泣き顔を浮かべ……そして気絶した。

 その時も一悶着あったが、まぁ彼女に関してはすぐ起き上がったので問題はない。

 「……ジャギ、私はジャギがどんな人物に成ろうとしてもジャギだって事を知ってるよ。……だから、秘密はなしね」

 「……おう。そうだな、御免なアンナ……あぁ! 俺は北斗神拳伝承者になったら、親父……師父もそうだけどアンナも
 絶対守りぬくって約束するぜ! 例え、伝承者になれなくても、この気持ちは変わらないけどな!!」

 そう、照れつつも宣言する言葉に……少女と彼の父は笑顔を押し隠すことなど出来ようか?

 彼の真っ直ぐな想いにトキは微笑を、そしてラオウは下らないと思いつつ何処かで憧憬を……そしてケンシロウは
 彼の真っ直ぐな態度に尊敬を想いつつも、何か未だ違和感ある事を拭い去る事が出来なかった……。


 修行は一度アンナの登場により忘失しかけたが、すぐにリュウケンの言葉で修行が再開される。

 決して血生臭くなくも、アンナに修行を見せるのは良いのかリュウケンにジャギは問うが。普通の女子に修行を見せた所で
 誰かに口外するのはともかく、自分達の修行を見せても問題は無いとリュウケンは語った。

 一番心許せる女の子に見守られず特訓するとなると少し照れくさいが、ジャギは修行に一層力が入りそうになる。

 ……その時だ……運命が開く音が……聞こえたのは。


 
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……さぁ、こちらですユリア様」

 ……一人の男性が、とある少女を引き連れて寺院へと向かっていた。

 ……その男性の名はリハク。そして、少女の名はユリア。

 ……彼女は生まれると共に感情を失った。

 彼女を慕う者達……母は彼女を産み落とすと共に生命力を失い死する。そして、彼女の心が無い事に絶望し父は国を出た。

 ……残されしは『天狼星』を掲げる兄と……彼女の従者達。

 ……ある時、彼女達の元に二人、少年と女性が現われた。

 その少女はユリア程では無いが、不思議な誰かを惹き付ける魅力があり、そして彼女と彼女の出会いは運命だったかも知れぬ。

 彼女との会話により、一度少女の失った心を刺激するように少女は始めて人らしい動きを見せた。

 ……それから幾年。彼女はそれ以来音沙汰無くも、その美しさは損なわず。

 「……この寺院で過ごし、貴方の心に何か変化があれば宜しいのですが」

 ……リハクは悲しみを秘めた瞳で物言わぬユリアを見る。

 ……最近になり、彼女の父代わりとなっていたダーマーは務めを果たすべくユリアの世話をリハクに任せた。

 そのような光栄な任を務められる事にリハクは不満なかったが、少し憂いはあった。

 『……リハク、ユリアに何かあれば俺がお前を天狼拳で裁こう。……俺は、北斗の場所で暮らす事は出来ん。何故ならば
 俺の宿命は幾多の星に関与されず天の動きの変化と共に動くゆえに。……北斗七星と大きく関わりは持てない』
 
 『リハク、ユリアの心が戻れば俺はユリアの前から消える。……俺の存在を知らぬ事が、ユリアの為となるのだ』

 「……惨すぎるではないですかリュウガ様」

 ……彼女の事を命懸けで思いやる彼を、誰が理解してくれよう?

 ……いや、理解してくれるかも知れぬ存在が一人いたと、北斗の寺院に足を運んでから彼は思い至る。

 「……ユリア様、この近くにはアンナ様もいらっしゃるのですよ。これからは頻繁に会えますね」

 ……ユリアの心が救われるかも知れぬ可能性を見せてくれた少女。

 何度が死にそうな目に遭ったと聞くが、それでも自身を失わず、彼女は里に訪れてはユリアへと笑顔で話しかけていた。

 そんな様子を目の当たりにしているからこそ、彼はこの寺院で彼女が暮らす事になっても……それについて何も言わない。

 寺院へ辿り着き、暫くしてから一人の男性が顔を表す。

 「……すまなかった、少し用があってな」

 「構いませぬ。むしろ、このような頼み事を引き受けてくれただけでも我々は……」

 ……北斗神拳伝承者リュウケン。

 最強の暗殺拳の担い手。過去は知らぬが、彼の目からもリュウケンの力の恐ろしさは平常でも感じ取れる。

 ゆえに、この寺院で過ごしユリアに危害が及ぶとは考えにくいと言う意味では安心出来る。

 「……して、そのユリアに関しては何処に?」
 
 「は? いや、私の隣……なっ!? ユリア様っ!!?」

 ……何時の間に消えたのだ? 今さっきまで其処に居たのに……」

 血相を変えて立ち上がり辺りを捜そうとするリハク。時代が時代なら歴戦の将だったかも知れぬ男の慌てぶりは少々滑稽。

 ……だが、彼にとって幸いながらすぐに彼女は見つかった。

 「おおユリア様、勝手に何処かへ行かないで下さいまし……む?」

 ……彼女が、何時も抱えている鞠でなく、それが一匹の犬になっている事にリハクは気付く。

 「……それは? ジャギの飼い犬ですがな?」

 「いや、新しい子犬を飼った覚えは無いが……だが、トキかジャギが拾ってきた可能性が高いな」

 ……時折り、話の中に上った人物がリュウと言う名の犬を引き連れていた事を知るが故の彼らの発言。

 そして、この子犬もそうだろうと検討つける。……そして、そのリュウも何時の間にかユリアの傍に居た。

 ユリアの母の形見である鞠を、汚さないように咥えてユリアを守る位置につくリュウ。

 「……ふむ、では私の後に」

 リュウケンは、そんな二匹を一瞥しつつ危険の皆無を判断するとリハクへと告げる。

 ……そして、彼は戸を開く。……北斗錬気道場に続く扉を。




  
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 (……此処は、何処でしょう?)

 ……ある時、彼女は一面が花畑の場所に座っていた。

 ……その場所は泣きたくなる位穏やかな場所。彼女は何時もその場所で花冠を作ったり、蝶や鳥に囲まれ暮らしていた。

 ……人は存在しない。……動物達の音以外何も聞こえぬ場所。

 時々、誰かの声が聞こえた気はした。……それは暖かい声もあったし、冷たい声もあった。……風のように彼女の
 体を通り抜け花を揺らす。……彼女は、寂しさも喜びも感じぬままに、その花畑に何時までも座っていた。

 (……さぁ、今日は如何しましょう)

 ……ある日も、彼女はその花畑に座っていた。

 ……今日は何色の花を摘もう? そして花冠をどのように作ろうか?
 
 彼女はそんな事を考えて微笑む。……だが、その日は少しだけ違った。

 「……ねぇ、其処で何してるの?」

 (……ぇ?)

 ……振り返り、彼女はその世界で始めて自分のように言葉を出せる人を見て吃驚した。

 「……誰?」

 「私? 私はねぇ……誰だったかな? 色んな人に違う名前で呼ばれてたからね。だから良く解らないよ」

 そう、無邪気な笑顔で喋る彼女が悪意ある者とは思えず……だからユリアは怯える事なく彼女とのお喋りを楽しんだ。

 ……彼女は色んな事を知っている。

 人々の住む街の話し、そして彼女が知る人々の話し、そして彼女が大好きだと言う人達の話し。

 後者に関し、彼女は本当に嬉しそうに話すのだった。聞いているうちに、自分も羨ましく感じる程にキラキラした笑顔で。

 「……私も、何時か会いたいな」

 「……会えるよ」

 「……ぇ?」

 「ユリアなら、会えるよ。そう言う人に、自分を何時までも大切にしてくれる貴方だけの人が」

 ……彼女の体が、透明になる。

 「待って……っ」

 「……大丈夫だよ、ユリア。……消えるんじゃないの、私は貴方が好きだから、この場所に何時までも居る事にしないだけ」

 「如何して……」

 「だって、此処は苦しみは無いけど、その代わり喜びも少ない。……私は欲深いから……たった一輪、この花畑にない
 華がある場所を探してる。……ユリア、貴方も起きたら……今度は自分の意思で華へと接して……それが」






                              貴方の    役目








  
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ユリア」

 ……そう言葉を唱えたのは、トキだった。

 修行し続ける北斗四兄弟。彼等の前にリハクの手を取り姿を現すのはユリア。

 その腕にトビーを連れ、そして隣に鞠を加えたリュウを引き連れて。

 (……さて、お膳立てが揃ったな)

 トキと組み手最中だったジャギも、遂に訪れる瞬間に意識を集中させる。

 果たしてユリアはどう心を取り戻すのか? ダーマーは居ないがトビーを腕に。だが、リハクが居てリュウの口に鞠が。

 ……そして、瞬間は訪れた。

 「如何したケンシロウ? 貴様の力はその程度なのかっ!」

 気迫と同時に……ケンシロウに拳を振り落とすラオウ。

 その裂帛の力にケンシロウは防ぐも体を吹き飛ばされる。そのラオウの力は強大で、今の候補者の中では一番。

 ……ギロリ。

 そのラオウは、ユリアへと気付く。そして二人目のこの寺院には似つかわしい来訪者に歓迎の意は示さず睨みつける。

 その鋭すぎる眼光にユリアの体に震えが走り……そしてトビーは吼えた。

 ここまではユリア伝と同じ流れ、そして……此処からが歴史の流れの境い目だ。

 「……ぁ」

 ……ユリアが視線に縛られ身じろぎしたと同時にトビーは腕から離れ地面へと着地する。そしてラオウへ向かって吼える。

 その吼え声に反応してか、リュウもまた吼える。それと同時に咥えた鞠は転がってケンシロウの元へと転がった。

 (……こりゃ、原作通りに事が進むのか?)

 ジャギは一部始終を見つつそう思考する。ならば問題もない、彼がわざわざトビーを蹴り飛ばすという行為なくとも
 物事が正しく動くならばこれで結果オーライなのだから。色々と妨害されそうな出来事もちゃんと正しく……。

 ……だが、運命の神居れば、彼を嘲笑う……。

 「何時まで吠え立てる……っ!」

 そう苛立ったラオウは、挑発のつもりか大きく地面を踏み鳴らしたのだ。

 それによって鞠は衝撃で別の場所へ行こうとする……それは、別の場所へと立つ……トキの元へ。

 (やべぇ!!!???)

 ジャギは焦る。ここに来て起きたアクシデント。ここでトキが鞠を拾えば彼の事だから何の疑いなくユリアへ渡す。
 
 そうしたらユリアはトキを見て目を覚まし……ケンシロウの流れをトキが進む?

 (やばい! 別にそれでも問題ないかも知れんが、俺が色々しても結構問題が生じそうなのに、今更問題増やしたくねぇ!)

 ジャギとしては切実。トキかもしユリアと恋仲になっても祝福出来るながらも、彼がユリアと仲深まればラオウとの確執も
 生まれるだろうし、何よりその場合ケンシロウの立場が無い。彼の原動力にはユリアの愛もまさしく強さに繋がったのだから。

 (どうする? どうする!? どうするどうするどうするどうする……!!??)

 良い具合にテンぱる。そして反射的に彼はこう叫んでいた。

 「来いやぁあああああああリュウ!!」

 ……突然の大声、それと同時に駆けるリュウ。

 日々眠り、食べて眠り、食べて眠り……主人は最近アンナになりそうながら、元主人へと彼は駆ける。

 そして、ジャギはリュウが駆けると同時に勝利を確信した。……何故ならば、進行方向的に、自分はトキの背後……つまり。

 「うわっ!!? ま、待てリュウったら……!」

 ……リュウは突撃するかのようにトキへと跳ぶ。それに焦って鞠を拾おうと屈んでいてトキはリュウを抱きしめる。

 リュウは、好感度で言えばアンナ>ジャギ>トキが並ぶ。トキも、暇あればリュウを撫でたりなど良くしていた。

 その彼に舌を出して尻尾を振るリュウ。今だけ、今だけはジャギのそのリュウの誰にでも嘗めようとする馬鹿さに感謝した。

 「っ悪い悪い兄者! ほらっ、リュウも離れろ……よ!」

 リュウをトキから離す……と言う名目で慌てて駆け寄る名目が出来たジャギ。それで、それだけでジャギは十分だった。

 近づく、視線をリュウに固定。……そして、北斗神拳伝承者候補となるに鍛えた動体視力で鞠の距離を頭で計算。

 その行為を瞬間的に脳内でトレースして、彼は『無意識に間違って鞠を蹴飛ばす』と言う行動を完了させた。

 (しゃぁあああああああああ!!!)

 脳内でガッツポーズ。これで、これでちゃんと……ケンシロウ、後は任せたぞ!

 心の中で弟にサムズアップするジャギ。……だが、悲劇は終わらない。

 ジャギが鞠を蹴飛ばす。ここまでの流れは無事完了した。

 だが、彼が思うより……『鞠は軽すぎた』のだ……。

 








                                  「ぬ?」









 (って兄者ああああああああああああああぁ!!!!????)

 次に、今度は鞠が勢いあまりラオウの目に入る位置に転がった。

 これは、終わり。もし、ラオウに拾われユリアに渡そうものなら……世界の終わりだと彼は意識が遠のきかける。

 もう、こうなれば自分が鞠を……だが、その意思と虚しくリュウが体から離れずにいる。

 (た、頼むぅ! や、止めてくれ兄者ぁ!!!)

 必死に心の中で懇願するジャギ。だが、そんな彼の思惑を知らず、首を一瞬傾げてラオウは鞠へ近づこうとする。

 先程よりも最悪の未来予想図が広がる瞬間。

 (終わった……もう……本格的に終わった)

 彼は、これから想定される未来に絶望視しいっその事気絶しようかと考える。

 ……だが、どうやら彼の悪運は見捨てていないらしい。








                               
                              「……よっ、はいユリア」







 (……? え? ……アンナ?)

 ……あぁ、そうだった。

 ……この錬気道場に居た人間……ずっとジャギを見守っていた人物。

 彼女だけは一部始終彼と周囲の行動を見ていた。……そして、頃合とばかり彼女はラオウが近づく前に自分から急いで
 何とか自然に見える程度に鞠を自分の胸に引き寄せると、それをユリアの元へと急いで走り寄り渡したのだ。

 「大事な物でしょ、これ? それじゃあ失くさないように大事に持たないとね」

 (……あ、アンナ良くやってくれた! ……けど、お前が渡すと、原作は)

 確かに、トキやラオウにユリアの心が回復するよりは良かったかもしれない。

 けど、アンナがユリアの心を回復してどうなるのだろう? まさかアンナに恋心抱く筈なし、単純に女の子の友情が
 生まれ、そしてケンシロウとは自然に恋仲に至るのだろうか? まぁ、それでも別に問題無さそうだが……。

 ……ジャギの思考。……だが、彼にとって真に安堵する光景はその次に生まれた。






      
                                「……これを」






 ……未だ吠え立てるトビーを、ようやく拾い上げてユリアに近づくケンシロウ。

 (うおっしゃああああああああああああああああああああ!!!!!)

 もはや我慢できずガッツポーズするジャギ。わけが解らないと言った様子でジャギをベタベタ(リュウに嘗められ)の
 顔でジャギを見るトキ。そして、その奇異な行動を半眼で一瞥するラオウ。……奇跡の瞬間が起ころうとする。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……ずっと、ずっと遠い場所で華に埋もれ過ごしていた。

 ……誰も居ない場所、その場所では声だけを置き去りに、悲しんでいる私を置いてみんなみんな旅立った。

 ……ある日、一人の少女が私の元に訪れた。

 不思議な子で、私がどうであろうと構わずに、ずっと私に笑顔で喋っていた。

 




                                大丈夫だよ   ユリア





                                何時か現われる 貴方だけの星




                            
                                そして忘れないで ……私は









    
   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……あ、りがとう」

 ……トビーを、鞠を受け取り……笑顔を浮かべたユリア。

 「……おぉ」

 ……知る者には当然の結果。だが、知らぬ者には奇跡。

 リハクは今起きた出来事に感涙し言葉を出せずにいる。

 (……トキの声が『起』を作り。ラオウの瞳が『承』を……。そしてジャギが『転』なる行動を起こし……そして『結』)

 (ユリアの心をケンシロウが……それと、また同時にアンナ、あの娘が……)

 「……名前」

 「名前……ケンシロウ」

 彼女の微笑みに吊られ、ケンシロウも笑みを浮かべる。

 ……彼と彼女の愛。それが、この世界の物語の切欠だから。

 「……ケン、シロウ」

 ユリアは、その言葉の中で繰り返す。……そして、次に一人の顔を見て……少女の口は唱えた。

 






                                 「……アン、ナ」








 
 「……っ! 解る……の? ユリア?」

 「……えぇ。だって、貴方はずっと……私を呼んでくれてたの」

 ……後は言葉は無用。感極まって抱きつくアンナ。その暖かさに微笑みユリアも抱きしめ返す。



 物語は少し異なるも始まりを見せる。南斗六聖の最後の星の輝きの復活と同時に。





  
            
                                 ……巨大な門は……開こうとしていた。











              後書き



    この世界のジャギはギャグだと突っ込み担当です。

    ってか某友人を本当倒したい。エアーマンならぬ、変態が倒せないんだけど








[29120] 【巨門編】第二話『訪れし春光に影は哂う』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/04 22:33

……『慈母星』のユリア。心を取り戻す。

 その出来事について南斗の一部の者達は衝撃的にその話が広まった。

 北斗の者によってユリアの心が取り戻された事は一体どのような理由によるのか?

 果たして、これは南斗と北斗の未来を繋ぐ良い結果となるのか?

 思い思い、知る人々はその事につて互いに議論を交わした。

 が、それについては推測でしか語れぬ。時間と共に彼らの衝撃の波も収まり、表面上は彼女へ祝福を述べた。


 
 ……そして。



   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ユリア様っ!」

 そう小さく叫び、感涙した面持ちで抱き合う三人の女性。

 一人は、その名を呼ばれた者。今回の中心なる人物ユリア。

 残りの二人はサキにトウ。彼女らはユリアの従者であり、何かあればユリアの助けとなる為に育ってきた者達である。

 「有難う二人とも。……御免ね、もっとあなた達とこう言う風にお礼を言いたかったのに。……すっかり遅くなったわ」

 「構いません! 何時か……何時かこう言う風にユリア様のお顔に笑顔が戻ると私達信じてましたから……!」

 「その様なお言葉を述べられただけで十分です。……これで、私達の憂いも消えました……」

 涙ぐむ二人の従者。その感動的な光景を眺める数人。

 「……良かった……ユリア……良かった」

 その光景を見つつ、ユリアの表情に感情が蘇っているのを確認して涙を浮かべるのはシン。

 彼が一途にユリアへ好意を抱いていた人物の一人。積極的にユリアへ接する事は適わずも、彼女への想いは本当だった。

 「これで、ようやくお前の笑顔を見る事が出来た……悔いはない」

 「シン、お前未だユリアとちゃんと会話した事すらねぇだろ」

 そのシンに冷静に言い放つのはジャギ。彼はユリアの心の帰還については薄々予想してゆえに、それ程感動もない。

 「ジャギ……お前とは親友と思っていたが……ユリアの事を馬鹿にするような発言は許さんぞ」

 「今の発言の何処に馬鹿にする要素が有ったんだよ!?」

 何故か幽鬼を漂わしてジャギに静かに怒るシンにジャギは半切れで突っ込みを入れる。

 「……しかし、今声を掛けて良いものか」

 「そこは自重しろよ。大体にして突然感情が戻ったからって行き成り知らない奴が話しかけて吃驚したら困るだろ?
 だからサキやトウ。それにアンナに関しては問題ないとしても、俺達男組みに関しては頃合見た方が良いんだよ」

 「……何故だろうな。正論な筈なのにお前に言われると腹が立つ」

 ……数日、ユリアの心が蘇って数日。
 
 このようにトウやサキは急報聞いて慌ててユリアの元へ駆けつけて、このように感動的な再開を果たした。

 だが、一番の彼女の喜びは……アンナとの出会いを覚えてた事だったろう。

 『ずっと、ずっと夢の中で貴方の声が聞こえてたわ。……一人ぼっちの状態で、貴方の声が私の孤独を慰めてくれた』

 ……との事らしい。アンナが段々とこの世界で重要人物化してる事に対し、ジャギとしては少し不安を隠せない。

 ……が。

 「ユリア、とりあえず寺院の中見て回ろうよ。皆で一緒に、さ」

 「……えぇ」

 バンダナをリズミカルに揺らし、向日葵のように笑顔浮かべる少女は手を伸ばして慈母の女性へと手を伸ばす。

 その手を、彼女は微笑んで掴み取った。

 (……そうだな。アンナは、大丈夫だ)

 (なんたって……この俺が守るんだからな)

 ……ジャギは、それが己の本当の決意なのか未だ知らぬまま、胸中に彼女を守る誓いを新たに築く。

 ……この決意が新たな波紋とならなければ良いのだが。

 

  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……うん? 引っ越すかも知れない?」

 「あぁ、後一年で俺も十歳。南斗拳士ならば十歳の節目とは本格的に伝承者候補として鍛える節目でもある」

 ……ユリアが、アンナと共に見て回る間。シンとの会話をジャギは続ける。その話題で、シンは興味惹く事を言い放った。

 「となれば、一つの町でただ過ごすよりは南斗聖拳拳士が集まる場所で修行した方が有益である、と言う訳だ。
 師父であるフウゲン様も同じようにしたらしい。俺も、来年になればあの町を出るだろう。……少し寂しいがな」

 「シンの両親は?」

 「それは一緒だろう。……と言うより、俺の両親が嫌でも勝手に付いて来る」

 「だろうな。ほぼ他人だった俺にだってあんなに優しくしてくれてたもんな」

 シンの両親。最初会った時はどちらも美男美女で余り馴染めないと感じたものだが、いざ接すると我が子が出来たかの
 如く自分を息子同然に接してくれたジャギにとって珍しい部類の人たち。余り描写しないが、彼等への恩義をジャギは
 計り知れぬ程に抱いている。最も、口に出せばシンの両親は笑って子供がそんな事気にするなと言うだろう。それを
 理解してるからこそ、ジャギはその好意に甘んじて受けていた。今でも、シンの家に来れば同じ待遇をジャギ、アンナは受ける。

 「……最近会っていないな、そう言えば」

 「今度会いに来い。最も手厚い歓迎は覚悟しとけよ?」

 「ははは……穏便に頼むぜ」

 ……日が経ったとは言えシンが自分が倒れた事に関しシンの両親は知ってる筈、ゆえに、その事について激しく心配される
 とジャギは理解してる。普通に来訪しても強引に一泊を強請られるのだ。かなりの歓迎となる事は間違いない。

 「別に嫌って訳じゃないけど。ちょいと苦手なんだよなぁ……」

 出会い頭抱きつかれたり頬にキスされたり……そう言う歓迎の挨拶が待っているので、何時まで経っても受け入れられない。

 シンも、両親の熱烈な抱擁に関してはジャギ寄りの意見である。ジャギのその発言に苦笑いして言った。

 「諦めろ」

 「うわ、ひっでぇ。……まぁ良いや、話し戻すけどさ。引っ越すとしてどの辺りになるんだ?」

 「未だ解らんさ。……そうだな、師父は昔鳥影山と言う場所で修行した事あると言っていたな。……後は、南斗拳士に
 とっては聖地と言われる南斗聖闘殿だが、まぁ多分鳥影山で修行する事になるだろう。あそこは南斗拳士の集まりも
 幅広いと聞くしな。……師父の言葉だと、来年辺りは他の伝承者候補も集まるだろうと言ってたな」

 (来年ねぇ……今、俺は十歳。そんでシンは九歳。……サウザーは十二歳だろ? ……あの悲劇まで三年後かよ)

 そろそろ余裕がなくなってきたな。と気が少しだけ焦るジャギ。

 いや、だが未だ三年ある。それまで必要な医術やら何やら覚えれば良いんだと気を落ち着かせる。

 未来の知識……そして知る運命を変えたくて、彼は今を懸命に生きる。変える為に……。

 「他の伝承者候補か……総演会でも結構目を見張る物が多かったもんな」

 「そうだな。鳳凰拳が頂点に立つからと言って他の伝承者の拳が劣っていると言う訳ではない。師父曰く『例え鳳凰拳と
 言えども油断すれば他の上位の拳に負ける可能性がある』と言ってたからな。解らんものさ、真剣勝負の世界ならば」

 「そうだな。だが、鳳凰拳が絶対である事は今も、昔も、そしてこれからも俺が居る限り証明して見せる」

 ……突如の新しい声の出現。振り返れば、自信満々の表情を浮べて言い切る二人の友人の姿。
 
 「何だ、来てたのかよサウザー?」

 「あぁ、お師さんも偶には息抜きしろと言うしな。……ふむ、見た限り体調は悪く無さそうだな」

 まじまじとジャギを見て呟くサウザー。ジャギは理解する、目の前の友人は自分の身を案じ、たまにゆっくり愛する師と
 過ごせる時間をこちらに優先してくれた事を。それを思うと、申し訳なく感じつつも、とても嬉しく感じるのだ。

 「はは……大丈夫だって、もう倒れないからよ」

 「信用出来るか……まぁそれは良い。シン、面白い話しをしてたな。鳥影山ならばお師さんと良く修行の為に赴いた事ある。
 あそこは修険の地だからな、修行ならば最適の環境だ。……ジャギ、お前も行って見ればどうだ? 良い経験になるぞ」

 「……う~ん」

 正直、ジャギとしては行って見たい気も十分ある。

 だが、折角北斗神拳伝承者候補となったのに、それを放置して南斗の修行の地へ赴いて父親……師父にどう思われるか。

 別に伝承者になろうとは思わないが、途中で自分を見限られるのは余り気が進まない。ゆえに、答えは未定。

 「まぁ考えとくよ。俺も、北斗神拳伝承者候補になっても南斗聖拳は続けたいしな」

 「欲張りな奴だな、お前は。……いや、お前らしいとも言うべきか。……そうだな、この際お前が北斗神拳と南斗聖拳を
 両立しても俺は何も言わんさ。むしろ、二つを上手く扱えるのか興味深いものだ。お前が始めてだろうからな」

 「ふむ、そうだな。ジャギ、やって見せろ。鳥影山へ行く気があるなら俺に言え、お師さんの口添えあれば簡単に修行出来る
 だろうしな。……感謝は要らん、お前の南斗聖拳の実力が伸びるのは、俺としても楽しみだからな。嫌と言っても無駄だぞ」

 俺も、鳳凰拳を極めて見せるからなと付け足すサウザーを見てジャギは頷きつつ言い返す。
 
 「まぁ拒絶は無駄だろうな。……あぁ、何つうか」

 「うん?」

 「いや、今すげぇ幸せだなぁと思ってさ。ユリアも普通の笑顔取り戻した。お前達も夢に向かって頑張っている。
 俺も、自分の目標を頑張らないとなぁと改めて思うんだ。……ちょっと、今考えている事変かな?」

 そう、首を傾げるジャギに、シンは優しい光を帯びて言い返す。

 「……まったく変じゃないさ。ジャギ、お前のそう言う気持ち。何時まで経っても忘れないでくれよ。お前の良い所だ」

 シンは思う。この自分達の幸せが何時までも続いて欲しいと。

 ユリアに対する恋心。それも、今の気持ちを抱き続ければ叶う気がして……。

 「そうだな、お前のそう言う真っ直ぐな気持ち。大事にしろ」

 サウザーも思う。このようなこいつの気性が、自分を、シンを、そしてアンナ。周囲の者を集めるのだろうと。

 様々な人々を中心に、今日もジャギは前へ進む。……今、光は真上を昇っていた。




  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    


 (???)


 ……とある近代的な施設。それは一つの町に存在していた。

 その施設はある建物、外観からはただの古びた建物にしか見えぬ無人の建物の地下に造られた常人には秘匿の存在だった。

 その施設の一室。其処には幾つものモニターが置かれ、様々な映像が映されている。

 それは、何やら薄気味悪い別々の生物をくっ付けたような生き物だったり、幼い子供に不気味な液体を注射している映像
 だったり。言わば、人が想像する非人道的な物が幾つも映し出されており、その画像を白衣を着こなす人々はロボットの
 ように無表情で眺めている。その映像の中には興味深い人影もあった。それは……一組の少女と少年。

 片目を長い髪で隠した少女を拘束具で縛りつけ、激しく悲鳴を上げているのに構わず薬品を投与する光景。

 一人の少年は、同年代の少年達と共に激しい殴り合いをしている。それは自分の意思でなく、この場所の強制により。

 『№016への投与完了』

 『了解、経過の状態を定期的に報告。プロジェクトDによる強化実験終了、№27大幅に身体能力の上昇確認。計画の継続状態を
 維持。№31肉体に異常発生、精神状態破綻、行動及び思考は不可能。デリート実行。速やかなる廃棄……』

 あらゆる人物達が、外国語で映された出来事について冷静に報告を上げる。

 それに伴い設置されたパソコンに情報は入力される。単調にして何時終わるかも知れぬ作業。行っている者達にして見れば
 それは常に普通の事であるが、第三者からすれば異常なる行動。彼等は、既に倫理を破綻していた。

 そのような動きが続けられている中で、初めての変化。出入り口から研究員が入ってくる。

 その人物はドイツ語らしき言葉で一人の白衣……この中で上位の立場らしき人物に話しかけた。

 それを日本語で訳すとこんな感じだ。

 『司令、例の実験体ですが一定の量の投与でも抑制が困難になって来ています。これ以上の投薬も危険が……』

 その研究員の言葉に、話しかけられた人物はこう返す。

 『アレか? ……制御についてはどうなっている』

 『現在はスリープモードに。母親の映像によって精神状態の安定は保たれていますが、長く続ける事は不可能かと。
 サンプルの摂取は終了しましたし、これ以上こちらで保管するのは限界があります。いっその事、アレも廃棄すれば……』

 『それはナンセンスだ。アレには人体兵器としての利用価値が未だある……だが、確かにこれ以上こちらに保存するのは
 有益ではないな。……解った、こちらの方でその処理は考える。引き続き、睡眠状態を続けておいてくれ』

 その言葉を受け取り研究員は去る。……彼が去るのを見届けてから司令と呼ばれた人物は近くの椅子に座り考え込んだ。

 この、司令と呼ばれる人物は随分長くからこの研究施設に居る。もはや、此処が自身の家と呼ばれて差し支えない。

 彼は、その実験体と呼ばれたモノの処理を考える。この施設に保管し続けても、その費用は馬鹿に出来ない。
 
 かと言って、今の把握している実験にソレは必要ない。今は、アレに関しては手元に置いといてもメリットが無いのだ。

 だが……司令は額を揉みつつ考える。

 アレは極めて遺伝子研究の成功としては優秀な部類だと言っても良い。それを簡単に処理するなど愚の骨頂だ。

 ならば……ここは逆転の発想をしよう。……此処が無理ならば……一定期間引き取って貰えば良いのだ。

 司令は、ようやく処理に関して計画が練られると立ち上がり……付近に居た人物へと命令を発した。

 『実験体Dを開放する』




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……旅行?」

 「えぇ、そうよ。久し振りにお父さんと一緒にね」

 そう、ニコニコと微笑むのはシンの両親。

 「……いや、まったく構わないけど。一体急に如何して?」

 「あらあら、だってシンも来年には新しい場所で修行でしょ? そうなったら新しい場所で過ごすのに私達も旅行なんて
 暫くは出来ないし。何より、最近お父さんと旅行なんて出来なかったからね。シンは駄目よ、今回は二人っきりなんだから」

 「……」

 父親と仲睦まじいのは別に不満ない。だが、この子供っぽさは如何な物か……と、シンは子供らしくない発想を浮かべる。

 「楽しんできて……そう言えば、ジャギとアンナを今度家に誘おうと……」

 その言葉を言った瞬間、シンの母親の目は輝く。

 「あら、久し振りじゃない! 何時、何時来るの?」

 「未だ未定だよ。……まったく、ジャギとアンナは確かに良い奴だけど……喜び過ぎやしないか?」

 あの二人の歓迎振りは少し異常……その言葉に、シンの母親は平然と返す。

 「だって……あの二人って私達の若い頃を思い出すのよ」

 「……母さんと父さんの若い頃?」

 「えぇ、父さんも昔は南斗の拳士を目指してたしね。……今の職の方が合ってると言う事で止めちゃったけど、その時に
 私と知り合って。……一目ぼれだったわねぇ、大恋愛だったわぁ。最初は無愛想だけど、付き合う内に優しさが解って……」

 そう、うっとりと惚気話が続くのに胸焼けがしそうになりながら、シンは自分の父親が南斗の拳士だった事に驚くと共に
 納得も示した。体格的に昔は拳法をしてたと思ったが……だが理解出来る。父の遺伝子は自分にも受け継がれてたのだ。


 ……その話は、師との教授でも出た。



 「……あぁ、お主の父親か。確かに、昔は拳士じゃったよ。わしの元のな」

 「そうなのですか!?」

 「驚く事じゃなかろう。筋は良かったなぁ……じゃが、途中で大事故と言う訳で無いが鍛錬の途中に怪我を負い
 あ奴は拳の道を退いた。……今も拳士を続けていれば今の伝承者はあ奴だったかも知れんのう……少々惜しいわい」

 「はぁ……」

 父親が、南斗聖拳拳士。

 それは、確かに誇り。そして、父の血は自身にも受け継がれている。

 「それを聞くと、一層修行にも熱が入ると言うものです」

 「ほう? ならば今日は一段と激しくするかい」

 「……そこは、お手柔らかにお願いしまう」

 余計な事を言って拳の修行も過酷になる。汗を顔面に張り付けつつ、シンは修行の合間に、父はどのような拳士
 だったのだろうと考える。両親は旅行中、帰って来たら聞く時間もあるだろう。そしたらジャギやアンナと一緒に……。

 そう、シンは考えていた。……考えていたのだ。





  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……ふむ、落ち着いた場所だな」

 ……その日、二人の夫婦は遠出をする事となった。

 旅行の理由は、何処にでもある休暇を出しての事。二人は久方ぶりに夫婦水入らずの時間を過ごす事となる。

 「良かったな空いてて。これもお前が良い所を見つけてくれたお陰だ」

 「休暇を作れたのは貴方のお陰よ? ……けれど、こう言う風に旅行なんて、シンが生まれてから初めてねぇ」

 「そうだな。最近は旅行なんて雰囲気でも無かったしな……あの事件の事覚えているだろう?」

 事件、と聞き夫婦の妻は眉をしかめて口を開く。

 「覚えてない筈が無いでしょう? 私の息子やジャギにアンナも巻き込まれたんですもの。……南斗飛燕拳のお二人
 が倒れてたのも貴方が見つけてくれたって聞いたわ。シンには秘密にしとくようにしたから、知らないでしょうけど」

 「子供に余計な心配させたくないしな。……あの事件に関しては未だ裏が多い。南斗木兎拳の犯人に関して捕まったが、
 その男の親戚であった男の薬品の譲与した先についても不明だし、何よりあの男の意図も知れない。収監されたが、
 南斗聖拳拳士の伝承者の実力の高さは私が良く知っている。終身刑であろうとも何時か脱獄する危険だってあるんだ。
 ……一度、フウゲン様にも話すべきかも知れんな。最近は色々忙しくて話す余裕も無かったが、良い機会だ。
 シン、ジャギ、アンナ。……あの子達がより良い世界を歩む為に、今は大人の私達が出来る事をしなくてはいけない」

 ……シンの両親。彼等はシンに愛情を注ぐ一方、シンの宿命を知るがゆえに陰で多くの事をしてきた。

 シンを守る為、その為に多くの闇を打ち払わん。だからこそ、ジャギやアンナを可愛がる一方、彼等の中身を見抜こうとも
 真剣だった。だが、知れば知るほどに彼等にはシンへの、そして南斗への害悪が無いと理解出来たからこそ、彼等は
 ジャギやアンナを快く向かえ家族同様に扱った。……彼等の心にも、人々に対し愛で接する『殉星』の血はあるのだから……。

 「そうね、この旅行が戻ったらフウゲン様ともじっくり話し合いましょう。そして、ジャギやアンナもたっぷり歓迎するわ」

 「そうだな。あの子達も、私達の家族だ」

 ……愛を、平和を誓い合いこの時代を支えあう一組の夫婦。

 それは、紛れも無く原作以前の平和な時代の守り手の姿であり……あぁ、だからこそ。








                             ……ガアアアア……マ……ザー……







   
                               ああ  だからこそ世界はそれを許しはしない













             後書き



  某友人『壁殴り代行人になるから100円くれ!』





  了解した。それじゃあ100円上げるからブラジル辺りの壁殴ってきて















[29120] 【巨門編】第三話『光臨すべし 闇から咲く物』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/06 15:11

 


 ……舞台を少しだけ変えよう。

……シンの両親が旅行へ行く二日前程。

 その時、鳥影山には二人の人影が佇んでいた。

 一人は青年に近い少年。その少年は両手を地面に付けて何度も空中に脚を躍らせて脚技を繰り返している。

 空中へと何度も放たれる脚、脚。

 回転蹴り、反転蹴り、側面蹴り、連続蹴り、蹴りの報酬は幾度も幾度も行われる。

 少年に対し、三十代半ば程の男性は汗を滴らせつつも余力を残し、その蹴りを同じように蹴りで受け止めて言い放つ。

 「まだまだ! シュウ、心と体を両立させて動くのだ!」

 「はいっ! 師父!!」

 ぶつかり合う脚。何度も続ければ腫れそうなものだが、彼らは既にその修練を長年行い、その脚は鋼の如く。

 「よしっ! 次は立ちて両手を前へ突き出せ」

 「はっ!」

 師父の声に伴い両手を突き出し少年……シュウは口の中で何やら呟きつつ両手に力を込める。

 それと同時に彼の体から靄のようなものが浮かぶ……やがて、彼の周囲だけ蜃気楼のように空間が揺れるのだった。

 「……よしっ! そこまで!! 良いぞシュウ! これならば直にでも継承儀式に望めよう!」

 「っ……はいっ、わかりました……!」

 彼らは日が落ちるまでそれを繰り返す。……そして、夕暮れ時に差し掛かると師は少年に笑みを携えて言った。

 「シュウ、腕をまた上げたな。やはり私が見込んだとおり、お前は私の世代では一番の白鷺拳の伝承者になる素質がある」

 「師父にそう言われると自信が付きます。ですが、白鷺拳の奥義を会得するには未だ至りません……」

 シュウ……白鷺拳の伝承者。民を救うに命を懸ける『仁星』の宿命を宿いし者。その者は今は奥義の会得に励んでいる。

 「何事も基礎を鍛錬し、そして最終形を経て奥義を見に付ける。今のお前には基礎の修練が必要不可欠だ。
 だが、お前の場合少し謙遜過ぎる。その腕ならばすぐにでも伝承者の認可も授かれよう」

 師父の言う通り、彼は既に伝承者に成っても可笑しくない程に力を身に付けている。

 それなのに彼が認可を受ける気がないのは、最後の仕上げに関し未だ納得いかない事があるから……。

 「ですが師父。白鷺拳の奥義、見せてもらいましたが奥義と本来の技、私の見立てて一致しないのは何故なのでしょう?」

 シュウの疑問……白鷺拳の奥義。説明すれば白鷺拳奥義『誘幻掌』……その奥義を会得する過程で沸き起こる疑問。

 確かに、白鷺拳の奥義は強力。だが、何時も修練する脚技『烈脚空舞』及び『烈脚斬陣』と言う技は、全てが足技。

 それなのに、奥義は手掌による幻惑の技なのである。弟子であるシュウの疑問ももっともと言えよう。

 その言葉に師父はフッと笑みを浮かべてシュウに諭す。

 「シュウよ、お前は白鷺……サギと言う言葉からどのような言葉を想定する?」
 
 「……サギですか? ……詐欺、詐偽でしょうか。余り、良い意味は無いですね」

 「そうだ。元々南斗聖拳には手技しかなかった。その南斗聖拳に脚技を最初に考案したのが、白鷺拳なのだシュウ。
 古来に伝わる拳法に新しい風を起こし白鷺の技……だが、我等の冠する鳥は、何時しか偽称の鳥とされてしまった」

 不本意だがな、との言葉と共に師父の言葉は続く。

 「しかし、周囲の揶揄も少なからず間違いでない。我等の拳は、鷺の名の通り相手を訝して倒すのが本来定石だった。
 だが、それを恥じる事などない。人は生まれながらにして脆い。ゆえに拳を行使し、武器を使う事も躊躇はせん。
 我等の名を騙る事もまた勝利への方程式。白鷺は、例え時に嘘を吐いてでも勝たなくてはならん。平和の守り手として」

 「平和の、守り手……前にも、司祭からそう教えられました」

 「そうだな。お前は『仁星』を宿命とするのだ。その立場ゆえに、お前の拳も普通の拳士よりは遥かに重い」

 「……師父、本当に私のような者が『仁星』などと言う宿命を背負って宜しいのですか? 私は、自分が背負うと言う星
 の通りの立派な人間ではありません。そこらに居る人間と何ら変わらぬ者です。それなのに……今、私は伝承者になろうと」

 ……彼は、齢十五になりて思春期最中にして重い立場を理解している。

 自分は本当に立場を遂行出来るのか? そして、その宿命の為に何を行動すれば良いのか?

 「……シュウ、私が何故お前を伝承者にしようと思ったか理解出来るか?」

 「……いえ」

 「正直に言おう。拳の才だけならば他にも秀でた人間は居た。だが、お前だけが常に人を立てる役割を拒絶せず行い。
 また、星の宿命に限らずにお前の意思の強さを私は理解している。私は、シュウだからこそ白鷺拳を継承するのだ」

 ……白鷺拳伝承者。

 彼は、シュウの瞳に淡き輝く『仁星』を見つつも、彼の意思を認識してこそ白鷺拳の継承を行おうとした。

 彼の判断は未来で間違いない事は、原作を見れば明らかであろう。

 「……師父の言葉、謹んで理解します」

 「あぁ。今は理解せずも、お前の心がきっと一番その時に相応しい行動を起こしてくれるだろう。だが、私の個人的な
 意見とすれば……お前には『仁星』の宿命に拘らず自由に生きて貰いたいと思っている。何しろ……」

 その時、彼らの会話を中断するように鐘が鳴った。

 「……もう、遅いな。続きは、また後日だ。シュウ、既にお前の拳は完成形に至っている。後は基礎の復習だ」

 「了解致しました。……しかし、師父が自ら行かずとも、弟子である私が薬ぐらい買ってきますよ」

 ……この時代は、医学療法に関しては未だ発展途上だ。

 他国よりは発達していても、我々の住む現実世界と異なりて文明度は昭和初期に近い。その頃ならば未だ医学も
 中国辺りの方が発達している。ゆえに、彼等も例外でなく病院での治療よりも漢方薬などの療法を頼るのは未だ自然だった。

 「何、構わん。お前には私の事に構わず近日の伝承認可について励んでもらいたいのだ。その日は、思う存分祝福するさ」

 そう、弟子が自分の後を継ぐ事に対し笑みを押し隠せないとばかりに師父は笑った。

 ……シュウも、その師父の笑みに釣られて笑顔を浮かべる。
 
 「了承いたしました。では『カラシラ』様。後日、私の継承儀式の時は貴方の期待に応えるように致します」

 「あぁ、勿論だ」

 お前は、私の誇りだからな。と、『カラシラ』……白鷺の種類の一つの名を持つ師父は、その時心の中で呟くのだった。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……良い風ねぇ」

 「あぁ、そうだな」

 町の一角にある旅館、其処で一組の夫婦が居る。

 ……彼等の名は父親の名は『オジロ』

 そして、母親の名は『ハクトウ』と言う名であった。

 どちらも鷲の種類の名。それらは、果たして偶然だったのか、どうなのか……。

 「……ねぇ、貴方覚えている? 貴方が孤鷲拳伝承者を退いた事……」

 ハクトウは、じっと夫の青い瞳を見つめて問い掛ける。

 「勿論な。……かつて、俺が伝承者を目指していた時は他の伝承者候補とも剣呑で、日々俺は拳の道だけに呑まれていた」

 「だが……ハクトウ、お前が居てくれたからな。出会いの始まりは、転びかけたお前を俺が抱きとめた時だった」

 「覚えててくれたのね。……えぇ、未だ食料も乏しい時だったから家族に早く、その日の食事を作るのに急いでて」

 「お前は、時々そそっかしいものな。……そう膨れるな。それで、転びそうなお前を俺が受け止めたのだったな」

 「買い物は駄目になったけどね。……それで泣き出した私を貴方が宥めてくれたのだったわ。……恥ずかしいけれど、
 今思えば、あの時躓いた石さえ私は愛せそう。……こういう風に、貴方と今を幸せに過ごせるのだもの……」

 「……そうだな。今考えると、俺の退いた一因の怪我も他の候補者の仕掛けだった気もするし、色々とあの頃は下劣な
 手段で候補者を蹴落とそうとする輩は沢山居たな。……だが、後悔はしていない。俺の夢は、息子が叶えてくれる。
 そして、お前と共に立場は違えども南斗の未来を守れる今の幸せを俺は心から感謝している。……過去に出会った
 嫌な者達も、そして触れ合った幾人も全員愛する気持ちを持てれば……それこそ、どんな闇をも照らす光になるだろうな」

 ……オジロ、ハクトウと名乗る夫婦は、その日ずっと語り合い空を眺めていた。

 ……その空に、どのように星が輝いていたが……それは想像に任せよう。



 ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



「……は? 実験体Dを町へと解き放つと?」

 「あぁ、そう言った」

 ……ある研究所。その場で『司令』と呼ばれる者と、研究所の責任者である立場の人間は会話をする。

 「正気かね? 君の考案した実験内容については何時も舌を巻いているが、アレを解き放てば、我々の情報も……」

 「既に我々の影響力は、この国の有力なる政治家にも伸ばされています。情報の漏洩に関しては問題ありません」

 「だが……しかし」

 渋る責任者。それに、ゆっくりと柔らかい口調で男は諭す。

 「宜しいですがな? 我々の成果を某国に暗に知らしめるチャンスじゃありませんか。それに、アレをこちらに管理すれば
 いずれ暴走し目を背けたい事故に繋がりません。ならば、我々を理解しえないこの国に保管して貰うのが一番でしょう」

 尚も続く言葉。

 「幸いにしてアレは普通の方法で死ぬ事はありません。核兵器でも使用すれば別でしょうが、今のこの国は他国を
 畏れ兵器の使用を控えています。我々の影響力が全国に伸びれば、直にでも回収しアレでの実験も再開出来るでしょう」

 「むぅ……確かに、的は得ている。……私に責任が掛からぬのならば……それは」

 (決断力の低い男だ。まぁ、それ程物事に関し慎重でなければ、この研究所を任されもしなかっただろうがな……)

 心中では、何時までも悩む男へと侮蔑を呟きつつも、司令は尚も熱心に彼を説得する……そして。

 「……解った。だが、この計画に関し万が一失敗するような事あれば、私は一切関知しないと言う事を忘れるな」

 「勿論です」

 司令は、優雅に頭を一礼しつつ彼の元を去る。……その背中を見送る人物はこう頭の隅で考える。

 (油断ならん男だ。何時頃から組織に入ったのか知れぬが、あの慧眼に判断力……何時牙を向くか解らん)

 (薄々奴が私の処分を考えてる事は見抜いている。……だが、果たして貴様に出来るがな? この……私を)

 誰もが心の中に牙を潜み……そして、その研究所での物語りは一時途絶える。

 ……そして、その計画は実行されるのだった。


  
 ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……む?」

 「おや? 確か貴方方は……」

 ……そして、運命の日。

 彼、『カラシラ』は自身が求める薬剤が置かれている町へとようやく出向く事が出来た。命に大きく関わりはしないが
 摂取しなければ喘息が発生するような状態、拳士としては大きな欠陥が現われる症状。彼は、それを抑える薬を求めていた。

 通りをカラシラは歩く。その道中に想いを馳せるは自分の弟子。

 ……シュウは、彼もまた幼い頃には両親を亡くしていた。

 理由は彼の事を思い話はしない。然しながら彼は幼少に孤独となった。だが、その時は既に彼は拳士の卵だった。

 カラシラは白鷺拳伝承者として活動し、自身の後を継ぐ者をあらゆる地へと赴き継承者に相応しい者を捜す時がある。

 ……その時だ、シュウに出会ったのは。

 幼い拳士達。その中でシュウはカラシラの中では輝いて見えた。

 拳の実力ではその中では低いのに関わらず……彼の瞳には、彼が選ばれた者と映っていたのだ。

 (私の目に間違いは無い。現に、シュウの実力は私の認める域に今ではなった。そして、あいつが真の白鷺の心得を知れば
 もっと高みへと昇るであろう。出来ればこの身、長く生きて弟子の成長振りを見たいものだ)

 そう考えた矢先だった。彼が……旧友と呼んで差し支えない者達に出会ったのは。

 「お主は……オジロか?」

 青い瞳。そして多少厳しいながらも真っ直ぐな信念を抱く顔たち。

 それは、何時か遠い昔の修行時代に顔を合わせた者に良く似ていた。そして、外れを覚悟しつつ問う。

 「そう言うお前は……カラシラ」

 ……どうやら、自分の目は正しかったらしいとカラシラは自分の目が未だ衰えていない事に安心しつつ笑みを浮かべた。
 
 「久し振りだな。何年振りだお前と出会うのは? ……いや、考えるまでも無いな。お前が伝承者になろうかとの時に
 お前は怪我で辞退したのだったな。あの時は、優秀なる者の失意に他の者達は残念がって居たぞ」

 「そう思うのは稀な者達さ。……白鷺拳伝承者になったのだったなお前は。……成る程、今も十分鍛えているのが見える」

 ……オジロ、カラシラ。かつては戦渦が終了するか否かの頃に修行を励んだ者同士。

 彼れはこのように出会うとは夢に思っていなかった。その気になれば出会えたが全員違う道へ進んだ者達。拳士と普通の
 人間としての人生を別れた二人にとって、この出会いは正に希有だった。どちらも懐かしい再会に笑みを浮かべる。

 「紹介する。妻のハクトウだ」

 その言葉に一礼するハクトウ。理解した様子でカラシラは頷きながら呟く。

 「成る程、その方がお前の新たな道を支えてくれた御仁が。……聞いているぞ、お前の子がお前と同様に孤鷲拳伝承者候補
 となった事は。話を聞いた時はすぐにでも会って見たかったが、私も私の弟子を育てるのに手一杯でな。時間が無かった……」

 「それは私も同じだ。拳士の道を外れてから同士だった者達とは疎遠になったからな。……拳を封じた身として、他の者達
 に余計な気を持たせるのは不用と思いの行動だったが……。いや、余計な気遣いだっかも知れぬ」

 「構わぬ。我々の子が今や夢を実現してくれているでないか。私は、白鷺拳の極みを会得したかったが夢半ばで終わる。
 だが、私の子のシュウならば何時かそれを果たしてくれる気がしてならない。お前も、自分の夢を子が叶えてくれると思ってるだろう?」

 「親馬鹿だと思われるかも知れぬが……同意だ。私の子……シンならば私の夢を実現してくれるだろう」

 二人は互いの身の上を語りに語る。懐かしい再会、彼等の話は弾むのだった。

 本来、彼等はその町で用終わればすぐ去る事も出来たのだ。

 ……だが、世は無常。守り手なる彼等を運命は非情にも魔の手を掛けようとして……。

 そして、事は起こる。









                                  ……ズシン。






 「っ何だ?」

 ……最初、誰がその地鳴りに気付いたか。

 町の外郭に居る者達は、ソレを見た瞬間に悲鳴を上げる。そして警告を発しようと伝令を発そうと動く。

 だが、その時は既にソレが近づき、その彼らにとって悪夢の具現化とも言うべき存在の手は、彼らを押し潰した。

 「っ悲鳴かっ? ……一先ず、何が起こったか私は行かなくてはならん。申し訳ないが失礼する」

 ……遠くから聞こえる異常な程の悲鳴。尋常ではない事態に南斗聖拳伝承者たる彼は、シンの両親に一礼して走り去る。

 「……貴方、何が起こっていると言うのでしょう?」

 「解らない。……だが、何か嫌な予感がするな」

 ……周囲の悲鳴は段々と大きくなる。彼等は、その声を聞き不安が膨れ上がりながらも自分達の為す事を理解していた。

 付近で未だ何が起こっているか理解出来ぬ人々を反対方向へと誘導させる事。彼等両親はそれらを行った。

 南斗の拳士を外れようとも、人々を危険から守る為にすべき事を彼らは理解している。……彼等は常に正義の使者であるのだ。

 「此処ら一帯の住民には知らせたな。まだ悲鳴が続いているし、噴煙も上がってる。……一体、あれは……」







                               ……嗚呼アアアアアアアァ……マ、ザアアーーーー






 ……そして、悪夢は実現する。

 その時、人々は何を想い、何を成し、そして何を見たのか。

 ……希望など世界に在りはしない事。平和など一笑に伏す事を知ら示すかの如く。

 闇から……それは咲きて今『殉星』と『仁星』を育てし者達の前へと振り落ちた。

 ……ソレを見て誰もが凍りつき。

 ……ソレを見て、自分達の日常がどれ程まで脆いかを知る。

 ……後に、ソレは世界が創られる前の怪物なのだと誰かが噂し、あながちそれを否定出来ず、ソレに其の名を付けた。

 そして、今や死兆星に良く似た青い瞳の中に……それは姿を現した。

 そして、彼はそれを見てこう名を無意識に呟いていた。






                               「……デビル(悪魔)」









                              デビルリバース   光臨











     








[29120] 【巨門編】第四話『幾重の先鳥の舞い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/06 18:43

 ……その町は、何処でもある穏やかな町の一つだった。

 名物と言えば饅頭とかそう言った町で、少しだけ繁華街があるような千人程が暮らしているような町。

 防衛組織としては少しの警察署があるばかり、その町に、突如地鳴りが鳴り響いたのだ。

 「……何だ、地震かっ?」

 「放っておけ、どうせ坑道の崩落とか何かだろう。今日は工事もないし人が怪我する事はない。俺達は関係ねぇさ」

 ……その町には地下に坑道などが掘られていた。

 石炭や鋼鉄類の資源を元に興した町。それらは今も続いていて、その時もそんな道の一つが駄目になったと思った。
 
 「だが、まるで地面が割れたような衝撃だったぞ? ……一応、連絡だけでも」

 「おいおい余り騒いで折角の暇を潰す気か? 明日にゃ俺達非番なんだから無視すれば良いんだよ」

 ……怠慢職務と言って良いかも知れない。だが、その町は窃盗や軽い障害事件を除き平和な町だった。

 それゆえに起きた隙。それらを見透かすように……闇は咲く。

 「っ……? おいおい何だが巨大な物が歩いているような音がしないか?」

 「……そう、だな。……可笑しいな、今日は坑道を掘る予定は無かったようだし……流石にちょっと」

 ……彼らは最初は異変を然程気にせず、寝そべって次の休日をどう効率良くしようするかを考えていた。

 その隙か彼等の運命を別つ。どんどん近づく揺れ、それに流石に彼等も体を起こし、そして外の風景を見た。

 「? ……何だ、真っ暗だぞ? ……昼、だよな」

 「あぁ、昼だ。……な、なぁ俺の気のせいかも知れないけど……その、窓の向こうの闇が……うご……い」

 ……そして、彼らは見る。自分達を覗き込む巨大な瞳を。

 ……そして、彼らは知る。自分達を襲いかかる最後の風景を。

 その闇は……表現する事すら馬鹿らしい巨人だった。その巨人は、自分達が居住する部屋へ向かって巨大な手を……。

 「! はやく逃げ」

 何を言う事も、何をするにも既に手遅れ。

 その家屋はたった一振りで崩壊する。……そして、何の警戒に関して知られぬまま、その巨人は町へ乗り込んだ。

 巨人はこう吼える。






                               ……マ……ザアア嗚呼アアァ……







   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……カラシラは、今や自分が悪夢の中に引きずり込まれたような感覚に包まれていた。
 
 夢か? 現か? 果たして、自分の五感は正常なのか?

 ……炎上する民家。そして阿鼻叫喚を上げてこちらへと向かう人々。

 そして……その中心で雄叫びを上げる……巨人。

 アアアアアア!!!!! マアアアアアアアアアアア……ザアアアアアアアアアアアアアア……!!!!!!!!!

 「……何と、言う事だ」

 ……何も、何もこのような兆候を察知出来なかった。

 本来、南斗拳士ならば全ての感覚を研ぎ澄まし、そして襲来するかも知れぬ出来事に対し警戒しなければならない。

 だと言うのに……このような災禍を何故気付けなかった……!

 咆哮を上げてこちらへと前進する巨人。それを、カラシラは直立不動のまま待ち受ける。

 「!? 何やっているんだあんた! は、早く逃げろ!」

 ある程度未だ思考を正常に起動出来る人間は、逃げ去りながら彼に忠告する。

 だが……彼は逃げない。

 (逃げる……?)

 (……そのような事、出来る筈なし。我、白鷺拳伝承者カラシラ)

 (六星が去り、蘇る空白の期を守りし108派の一人。……何時ぞや、木兎はその宿命を背き闇へと身を寄せた)

 (我は、我自身の宿命に殉ずる……南斗として!)

 (陽の拳を担いし者として……民を守る事こそ我が宿命!!)

 逃げる事、誰か別の者へ通達する事。どれらも彼は選択に入れず、白鷺の如く前進する巨人へと手を構える。

 かつて、正史で嘆き狂う鳳凰へと立ち向かった一匹の白鷺のように……彼もまた絶望的な状況を不動のまま迎え撃つ。

 「聞けい! 破壊のままに力振るう悪鬼よ!」

 「此処から先へは行かせぬ! 此処から先は我等人々の住処なり! お前は行けぬ! もし、貴様が行こうとするならば!」

 「我は白鷺拳伝承者カラシラ! 南斗聖拳、陽なる拳によって調伏さらん!」

 カラシラの言葉を意に介さず。いや、その巨人に言葉は通じぬ。今や誰かの姿を捜し狂乱する者に、言葉は通じぬ。

 巨人は、目の前に佇む男を前進の邪魔としか映らない。その者の中にある強き意思も、言葉も巨人には意味を成さない。

 巨人は、ただ本能のままに掌を男へ向かって振り下ろした。

 彼は、カラシラは、白鷺はその巨人が間合いに入るやいなや白鷺の足を舞った。

 「させぬ!」






                                『白鷺飛翔脚』





 シンの獄屠拳にも似た飛び蹴り。白鷺の足の鋭い一撃が空中へと跳び放たれる。

 それは巨人の掌の中心へとぶつかった。白鷺の足先は、巨人の掌に接触すると同時に、少なくない出血を負わせる。

 『ガアアアァ……!』

 (効いている! ……傍目怪物のようだが、触れれば単なる巨大な男でしかない! 何故にこのような者が存在
 するか不明だが、血を流せるのであれば容易く倒せる! 勝機の鍵は……無論、人体急所の……頭部!)

 掌に放たれた白鷺拳の技が通じる事により、カラシラは巨人に南斗聖拳が通ずる事を悟った。

 ならば、怪物と称して良い存在だが普通の拳士と闘うに同じく急所を狙えば良い。この場合、その肉体の厚さを考えれば
 自ずと狙う場所は限られる。心臓狙えば肉の厚さで阻まれる可能性あり、そして首や目と言った部分も多少危険ある。

 脳天……その部分に白鷺拳を命中すれば。

 その思考の合間にも、巨人は今の攻撃で完全にカラシラを敵と見なしたようだ。

 その辺にある自分が破壊した石材を、手当たり次第に巨人は投げつける。邪魔な小蝿を潰そうとする癇癪起こした子供の如く。

 カラシラは、それを研ぎ澄まされた顔で全て白鷺の技にて迎え撃った。

 『白鷺剛脚』!

 『白鷺猛脚』!!

 『白鷺滅脚』!!!

 背転脚、逆立ち回転蹴り、そして立ち上がり様の強烈なミドルキック。

 それらは、全て繋げ合わせ、白鷺拳の伝承者達はこの技をこう称する。

 『烈脚空舞』!!!!

 カラシラの白鷺拳の技は、投来した全ての人間大の破片を打ち砕いた。

 その事に巨人は不満を覚え唸る。自身より小さな存在なのに関わらず動かなくならない障害物を。

 ソレを除けなければ自分は目的の『   』を見つけられない。会って、昔のようにもう一度抱きしめて……。

 『マアアアアアザアアアアァ』!!!

 振りぬかれる腕、それは全てを破壊せんとの意思を込められし巨人の破壊の一閃。

 それを受け止めるは至難。それゆえにカラシラは唇を噛み締めて跳躍しつつ何とか避ける。

 「っ……!? ゴホゴホッ!!! ……っこんな時に……持病が……!」

 避けたと同時に、カラシラは口を抑え抗い難い咳き込みを抑えきれず体をくの字へと曲げる。

 (……長引けば不利。獣程の知性すら無くとも、あの巨大から繰り出される力は侮り難し……短期決戦。ならば手段は一つ)

 「……巨人よ……光栄に思うが良い」

 ……ゆっくりと広げられ、そして空間を撫でるように動くカラシラの掌手。

 「我が白鷺拳の奥義……披露しよう!」

 それは……彼の全身全霊から放たれる白鷺拳の奥義。

 それは相手を幻惑し、その動きを拘束し隙だらけの状態になった所を放つ一撃必殺の拳。

 彼は、自身の持病からして長期戦を嫌い奥義の使用を決意する。……ゆっくりと動き、巨人に見せ付けられる掌。

 「白鷺拳奥義……!」






                                  『誘幻掌』






 ……放たれし白鷺拳の奥義。

 幾重にも空中へと浮かぶ如く掌。そして、それは巨人の瞳にも確かに映りこんでいた。

 (さぁ、私の気配を最早お前は掴めぬ! 早く無防備になるが良い。隙だらけになった所を、我が白鷺拳の一撃を振り下ろす!)

 これが通ずれば、巨人は大地へと倒れ死す……最低でも昏倒は可能だろう。

 カラシラは、命運を別つこの緊張の一瞬の中で自身の勝利を確信していた。

 同量の拳技なる力を持つ拳士ならば打ち破られる可能性もある。だが、目の前の巨人は、言えば獣の如き知性だけだろう。

 そう、彼には僅かな軽んじる部分があった。闘いにおいて、最もあってはならぬ……油断が。

 ……そして、彼の油断は……最悪の結果へと結ばれる。

 

  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 『……××町。外郭ライン突破。一部分の場所の破壊完了……イレギュラー発生』

 『目標の確認。データー計測……南斗拳士と該当……白鷺拳伝承者』

 「……白鷺拳……なる程、108派の上位に部類する拳法の担い手か。……この町に来訪した理由は不明だが好都合だ。
 ……南斗拳士を打破する実力だと言う事を披露出来れば、アレの有効活用も高まると言うものだろう……」

 ……その時、『彼等』は一部始終それらを眺めていた。

 決して傷つかぬ場所で、決して自分達が脅かされない場所で安全に、傍観者として。

 『……イレギュラーから計測不明の動きが発生。実験体Dの活動に異常発生、行動に支障の可能性あり』

 「……少々不味いな」

 ……白鷺拳伝承者。南斗聖拳拳士の実力ならば『十分に』知っている。

 ……このままだと、Dが死亡する可能性もある。それだけは、何としても彼は避けたかった。

 「……Dに埋め込んだ装置は未だ起動可能だな? ……良し、発動せよ」

 ……もし、もしもの為に外部からの行動を発信する装置。

 ソレを、今や彼らは転送した……Dへと。

 そして……運命は皮肉にもソレを成功させたのだ。




  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 (……馬鹿な)

 (……馬鹿な、あれは、私の目が確かならば……)

 ……『誘幻掌』の発動に成功したと思った直後……それは訪れる。

 ……その巨人は……『構えた』のだ。

 ただの獣、知性無く進軍する巨人と思っていた者が初めて振るう行動。

 それは、どう否定しようと思考しても正しく拳法の構えであり、そして、その拳の構えを自身の知識から割り出せば。

 ……危険。

 ……あれが放たれれば、この町の一角など簡単に消し飛ぶ。

 ……否、それだけは否!!

 ……人々を守りし白鷺が……そのような所業を許してはならん。

 「う……うおおおおおおおぉ!!!」
 
 間に合え、間に合ってくれとばかりに『誘幻掌』の発動を取り消し彼は巨人へと駆ける。

 もし、アレが成功すれば……多くの民が死ぬ!

 「南斗……白鷺拳……」

 (頼む……神よ)

 「南斗……聖拳……」

 (もし、我が頼みを聞くならば……私の命と引き換えに……)

 「白鷺……」

 (民を……南斗の光の為に……!!)

 白鷺は跳ぶ、その時彼の姿は一羽の鳥へと姿を変えて巨人へと……強大過ぎる運命に負けじと羽ばたいていた。

 それを……それを運命は残酷な笑みで決行した。

 『マザアア……マザアガガガ……ガラ……羅漢……羅漢仁王拳……』

 初めて、その時初めて人間の声としてまともな発声を巨人は出した。

 そして、自らの意思とは異なりその構えは……仁王の構え。

 それは、無慈悲の運命の風は……白鷺へと吹き放たれたのだ。









                                  羅漢仁王拳 奥義






                                 『風殺金剛拳』








    
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ぅ……ぁ」

 ……私は、一体如何してたと言うのだろう?

 オジロ、彼は気が付けば意識を失っていた。

 ……周囲にあるのが瓦礫の山である事を、暫くして気がつく。そして、彼はようやく、事の現状が把握出来た。

 「……そう、だ……私は、悪魔を見たのだった」

 ……途轍もない常人を超えた生き物。

 その生き物が何やら手を動かした瞬間、全てを破壊する竜巻が目の前に出現した。

 ……その竜巻に飲み込まれ……私は、

 「! ハ……ハクトウ……」

 ……妻は、一体何処に……!

 彼は、自分の容態すら構わず首を巡らす。

 そして……見た……妻の姿を。

 「……ぁあ、ハクトウ……っ」

 ……妻は、すぐ横にいた。

 ……その体には夥しい傷が走り、綺麗な金色の髪の半分は赤黒く染まっていた。

 ……惨い、惨すぎる。……何故、何故我々がこんな目に……!

 「……あな……た?」

 「! ハクトウっ……無事……か?」

 「……ぇえ……へ……いきよ」

 ……嘘だ。その声の調子から……既に死に掛けているとオジロは理解した。

 「……待って、いろ……すぐに……助けが……カラシラ……や、誰かが……か」

 ……気丈に、自分の命も長くない事を悟りつつ彼は妻に生きる気力を与えようと言葉を紡ぐ。

 それを……精一杯彼女は笑みで応えた。

 「……ねぇ、貴方……私……シンにね……何時か話して上げようと思ったの」

 「……『殉星』は……愛に全てを捧げる宿命……けど、愛とは様々」

 「……あの子に、愛はどんな物でも存在して……そして……貴方を一番愛しているって……伝え……て」
 
 「……オジロ……あの子は……大丈夫よ。……あの子の瞳には……愛で一杯……だもの」

 「……ねぇオジロ……愛し」

 ……そこで、彼女の声は途絶えた。

 「……ハクトウ? ……ハクトウ」

 ……オジロ、彼は何度も何度も彼女の名を呼ぶ。瓦礫の中で、ただ彼女の声だけを。

 「……ハクトウ、大丈夫だ」

 「……シンは、何と言ってもお前の子だ。……私達が居なくなっても……絶対に道を違えず強く生きてくれる」

 「……そうだ、俺達の子だ。……なぁ……ハクトウ」

 ……胸を押し潰されるような感覚が、次第に消えていく。

 それは、決して瓦礫を退いてくれる救世主の兆しでなく……自身がもうすぐハクトウの元へ赴く兆しだと知って……。

 (……憎みはせん。このようになった出来事に、あの悪魔の化身のような者にも)

 (私が、死に行く者に出来る事は祈る事のみ……あの子達の……未来を)

 (何時か……何時かシンも理解してくれる。……私達の想いを……未来で)

 ……そして、彼は最後の力を振り絞る。

 精一杯、折れている腕を伸ばし彼女の元へと。

 そして……限界まで伸ばしきった腕は……彼女の手首を掴んだ。

 オジロは、それに笑み浮かべて最後に……思考する。

 (……シン、そしてジャギ、アンナ)

 (……愛している)

 (……愛して)

 (……愛)




 …………。





  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……我々が結集した理由を、言わぬとも理解出来るな?」

 ……その時、彼らは騒がしき事態が未だ継続している付近に集まっていた。

 その中心となる人物。普段は温和な表情を戦人の顔となりて武将の顔つきをするは……オウガイ。

 南斗聖拳最強の鳳凰拳伝承者、彼は事を知りすぐに付近の名高い同士へ呼びかけ現場付近へと駆ける。

 「あぁ、さっさと行かぬかオウガイよ? わしゃあ、息子、娘同然の者の安否が気になって気になってなぁ」

 顔は笑いつつも、目だけは鷲の如く鋭く……気配は殺気立っている老人。

 その者の名はフウゲン。南斗孤鷲拳伝承者であり、そして彼は自身の昔の育ての者が、壊滅した町に居た事を知り愕然とする。

 そして、その町にもはや生存者が居ない事も……。

 「……久々に血が滾る」

 「オウガイ様。先陣を切るのは誰に?」

 拳を鳴らし、獰猛に哂う者。この中では一番年低いかも知れぬながら実力は拮抗する水鳥拳現伝承者ロフウ。

 そして、この中で最も冷静であろうと静かな気配で現実的意見を出すのは……水鳥拳の女拳の担い手、リンレイだった。

 「まず、オウガイ、ロフウ殿。二人にその破壊し進行している存在の捕縛を任せて貰いたい」

 「捕縛? 甘っちょろいのぉ。わしがさっさと行って首を獲って来ようか?」

 自身の肉親同然の存在を、まるで虫けらの如く殺されたとフウゲンは理解してる。

 その怒りは推し量れるものか。彼の人は笑みの中に壮絶な憤怒を荒れ狂っていた。

 「フウゲン、今暫く待たれよ。何故にこのような所業を行ったかを、我々は真実を知らなくてはならぬのだ」

 「殺すなと言うのは少々面倒だが……まぁ、久々に腕振るえるのだ。フウゲン、お主だけ先走るのは、こちらも御免蒙る」

 オウガイ、ロフウ。どちらも理由は異なれど同じ意見をこの場で制す。

 フウゲンは、敵討ちへの想いを未だ燻っていたが、全身全霊で冷静へと何とか戻すと、何とかその要求を呑みこんだ。

 「……状況は、既に手の終えない事態だ」

 「既に500を超える死者が出ておる。軍隊も出たようじゃが焼け石に水のようじゃな」

 ……彼等は歩む、その絶望を撒いた元凶なる怪物へと。
 
 そして、見た。常人ならば目を背けたくなる……その怪物が起こした光景へ。

 





 ……炎上。炎上、残骸、壊滅、破壊痕、死体、屍……それらの数々。

 「……酷い」

 ……リンレイは、余りの惨状に思わず声を零していた。

 「……すぐに止めるぞ」

 ……オウガイは、目標の前進する生物をじっと鋭い視線で捉え言い放つ。

 アレは止めねばならぬ。

 アレは倒さなくてはならぬ。

 アレは……我等の光を奪いし者也。

 「……わしが行くぞいっ」

 オウガイの声と同時に、フウゲンは疾風の如く駆けていた。

 南無三。我は孤鷲……誰に頼らずとも舞う強さを抱く者也。

 そう驕る事もあった。だが、伝承者として幾年。皺で覆われる程の長い年月に自分は伝承者候補を二度育てる機を持った。

 一度目は、その者の不慮なる事故に帰し。

 二度目は、その者の子によって続けられた。

 だが……その子を育てし親鳥を……何も知らぬ彼の異形は……!





                           マアアア   ザアアアァァァア……!!!





 「何を啼いている……啼くのは我が方ぞ!」

 老兵の孤鷲は舞う。その巨人の背を優に飛び越えて両手を広げて舞った。

 その巨人が顔を上げる中で老兵は奥義を放つ。孤鷲拳の奥義の一撃を……。

 「わしの息子を殺しおって。地獄へ落とす前に苦しむが良いぞ」




   
                                  南斗孤鷲拳奥義    






                                  南斗施鷲斬





 
  無数の羽


 羽 羽 羽 羽 夥しい羽、それが空から巨人へと降り注いでいた。

 いや、良く見れば羽ではなく、それは突き。

 無数の羽のような突きが、巨人の体を掠め走る。

 『グオオオオオオオオオオオオオオォ!!!!』

 巨人は、今まで受けた事ない痛みに雄叫びを上げて体を暴れる。

 その巨体が動けば、その一帯は確実に壊滅するであろう。だが、それを許しはしない者達が此処には存在していた。

 「ふんっ、体の良い的だ。力試しには丁度良いわ」

 その暴れ振られる腕を好戦的な笑みで立ち向かう……一羽の水鳥。






                               南斗水鳥拳奥義






                                  掌波滅風陣






 地を抉り、そしてどんな巨大な者であろうと粉砕可能な水鳥拳の剛の一撃。

 それは華麗と言うよりも獰猛な力だけの一撃だった。その一撃を受けて、巨人は蹈鞴(たたら)を踏む。

 それを好機と、この場で中心で指揮を任されていた男はここにきて動いた。

 「……お主が何者で、どのような理由で彷徨うかは知れぬ。だが……これ以上の屍の山を築くと言うならば……」

 「我、鳳凰拳の使い手。南斗の統べてを守りし者」

 「……受けるが良い! 南斗頂点の拳を!!」

 そして、オウガイは舞った。

 一世紀に何度見れるか解らぬ鳳凰拳。その鳳凰の真の拳を、その時オウガイは振るった。

 それは、極星の名を語りし技。鳳凰拳が完成された際、異邦の拳士との交友から発生された技だ。

 それを、今この場で彼は振るう。巨人へ……白鷺拳伝承者を……『殉星』である孤鷲拳の使い手の育ての親を
 死へと追いやった者へと。オウガイは気迫を乗せ、四肢に統べての力を込めて跳躍し空を舞い、そして十字に輝きを。






                                南斗鳳凰拳






                                極星十字拳







 ……一閃、まさに目にも止まらぬ一閃。

 それは、一瞬の出来事であり。拳法の達人ですら視認が困難な程の一撃。

 それを受け……巨人、デビルリバースは胸元に十字の傷を彫ると……地響きと共に地面へと倒れこんだ。


 「……終わった、な」

 ……呆気ない結末。

 ……こんな、こんな見ようによっては簡単な事で……多くの民と同士が散った。

 オウガイは知らない。デビルリバースがどのような手段で町を壊滅へ追いやったのかを。

 そして、彼らは知りえない。この事件でどのような裏が暗躍しているのかを……だ。

 「さて……これをどのように『いやぁ、良かった。捕まえてくれましたか』……何奴だ?」

 ……オウガイが、目の前の倒れ伏す巨人にどう処遇するか考えあぐねてた時に降って沸いた声。

 その声の方向へ視線を向けて……そして確認する。

 それは大多数の軍人と、そしてそれを統率する人物。

 「いやぁ助かりました。本来なら我々が鎮圧すべき事を、わざわざ南斗聖拳の方々に行って貰うとは」

 「……」

 ……良くも口が回る。オウガイはそう最初に思った。

 この国は、自身の兵を行使すれば民衆から、他国から何かしら言われる畏れを危惧し殆ど行動を起こさない

 このように甚大な被害が起きた際は、普段は冷遇扱いと言って良い態度を手の平返しして国は南斗聖拳拳士に助けを求める。

 オウガイは、そのような態度に不満は覚えていた。……そして、今回も彼のその憤りが正しい行動を……彼らは取った。

 「では……ソレを引き渡して貰って宜しいですがな?」

 「……何じゃと? お前さん、この生き物がどれ程被害を出したか知らんのか!? わしはこの生き物に息子同然
 の弟子と、その嫁さんを殺されたんじゃぞ! そのお礼をじっくりとさせにゃあ気が済まんわい!!」

 フウゲンは、真っ先にその言葉に異を唱えていきり立つ。

 だが……その軍服とベレー帽の男は不敵な笑みで言葉を返した。

 「すまないが、我々は我々の任務を遂行するだけでしてね。ほら……こちらがその生き物を捕縛する正式な書状です」

 「何ですって? ……確かに、未確認のこの生命体に関し確かに捕縛する内容が書かれています」

 ……軍服の男が出した書状をリンレイが読み上げる。

 その言葉に俄かに怒気が強まるフウゲン、そしてオウガイ。

 身内を殺され、そしてその真意を掴みたいに関わらず国が預ける? 何も出来なかった国が?

 「……詳しい理由を聞かせて貰いたい」

 「理由は明白でしょう? この生き物は国に莫大な被害を与えた。ゆえに、我々がこの生物に関し調査をするのです」

 「戯けた事を。お前達に任せた所で煙に巻くだけだろうに」

 ロフウは、既に一つの推測を立てていた

 これら……今回起きた事件は多分国家に関わる事。

 それらを隠蔽したいが為に迅速に国はこれを処分しようとしている。……それは奇しくも真実に大分近い答えだった。

 「何をおっしゃるやら。……言っておくが、我々の任務を妨げるようであれば、それは国家反逆罪となる。
 その意味が解らぬあなた達であるまい。私は、国に代わり言うが貴方達とは有益な関係でいたいと思ってるのです」

 その言葉に、現在居合わせる南斗の伝承者達は、それそれ些細な言葉の違いあれど、どれも似たような心境だった。

 そして、オウガイは其の言葉に反する事も出来る訳なく。何か言う代わりに拳を硬く握るだけに留まらせた。

 「……了承しえた。しかし、何が理解すれば私に報告してくれ」

 「了解しました。私の名は……」

 其処で、男は勿体振りつつベレー帽を脱いで丁寧におじきする。

 「私の名はカーネル。以後、お見知りおきを」

 ……カーネルは、部下を指揮し鋼鉄のロープで巨人を幾重に縛り付けると、ガリバーの如く巨大な板で運んで去る。

 その去りゆく光景を、苦々しく伝承者達は見送るのだった。

 ……今回の事件は、余りの甚大な被害ゆえに新聞沙汰で公開する事もない。

 知るのは、十三回常人ならば死に達する薬品を投与した死刑執行人。そして収監されるビレニイブリズンの囚人達と看守。

 そして、事件を収めた伝承者達と、事件の揉み消しに関わった者達ばかり。

 ……死者700名。

 死刑執行十三回。だが、毒薬の投与を施しても死刑囚に効果なし。

 ゆえに、政府は結果的に死刑囚をビレニイブリズンへ収監する。……首謀者の結果思惑通りに……。

 そして……。










                              「……母上、父上」







                                  「……師父」









 幼き未来の光は、無情なる現実と立ち会う事になる。












            後書き


 執筆を終えてのお詫び。


 まず、シンの両親、及び白鷺拳伝承者に関しては、このまま生き続けると正史で何故彼らがシンを止めなかったのか?
 と言う矛盾へ陥る故に、こういった事件によって死亡したと言う風に描写しました。また、この事件でなくとも
 シンの両親は死亡します。寿命や、簡単な事故で死ぬには彼等は結構微妙な立ち位置ゆえに。

 白鷺拳伝承者に関しても、原作ではまったくシュウの師に関する描写が無いゆえにこう言った形でキーボードを走らせました。

 今度出てくるオリジナルキャラも、このように鳥の名を関しての名が多いと思います。


 ユダ、レイの活躍は後数話で登場です。もう暫くお待ちください














  



[29120] 【巨門編】第五話『星の輝き 巨門への鍵開く』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/07 12:06
 『君の父上、母上も素晴らしい人だったよ』

 ……止めろ。

 『いやぁ、本当に強かった。君の強さも理解出来る』

 ……止めろ。

 『……いやぁ、君と同じ金色の髪が朱に染まるのは美しかった』

 ……止めろ。

 『……いやぁ、本当に……』






                              殺スノガ    勿体ナカ






 「止めろおおおおおおお!!!!! ……っはぁ! はぁ……」

 ……何故、あの場面が思い出されるのか?

 何故、自分は涙を流して飛び起きているのか……理解出来る。

 何故ならば……彼の梟の言う通り……それは突如起きてしまったからだ。

 「……ぅぅううう……父上……母上」

 


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……悪い冗談。そうだ、これは何かの間違いだ。

 その……穏やかに眠る夫婦の姿を直視した瞬間。子供三人は同時に思った。

 「……フウゲン、様。一体何の冗談ですか? これは?」

 ……その両親の子供、シンは、その二人の顔を交互に見比べてから表情のない顔で隣に立つフウゲンへと尋ねた。

 「……冗談ではない」

 「……父上、母上如何したと言うのです? ……起きて、下さい。父上、母上……父さん、母さん」

 「……父さんっ、母さんっ! 何寝てるんだ! 目を……!」

 「止さぬか! シン!!」

 駆け寄りて横たわる両親の体を掴むシン。それを一喝して肩を掴むフウゲン。

 だが、その瞬間シンは悟る。その……異常な程に冷たい……両親の温度に。

 ……シンの横をすり抜けて、ジャギはシンの両親の傍に座る。

 無言で、冷静な面持ちでジャギはシンの両親の体の至る部分を検診するかのように触れる。

 「ジャギ、何して……っ」

 半ば恐慌状態のシンは、ジャギのしてる事が最初何か解らず止めようとして……そして理解する。

 ジャギは、秘孔を突いて両親の目を覚まそうとしている事を。その事に気が付くとシンは暴れるのを止めた。

 経絡秘孔ならば、もしや目の前の悪夢を消す奇跡起こるかもとジャギの行動に淡い期待を抱き。

 「……起きろ」

 ジャギは半ば乱暴に呟く。秘孔を突くが、両親は目を覚まさない。

 「……起きろって。なぁ……如何したんだよ。……ほらっ、起きろって」

 尚も、体へと突かれる指。指が触れる、触れる。それでも目を覚まさない。

 「何時も何時も出会い頭にハグしたりキスしてきたり……あのさぁ、正直言ってあれ結構恥ずかしいんだよな」

 指で突くのを止め、代わりに肩を自分に気が付いて欲しい子供のように揺らす。

 「だけどさぁ、俺もまぁ我が侭な子供じゃないし。これからも構わずやってくれて良いからさ。なぁ……いや、だから
 ……起きろ。起きろよ……起きろっ!! 何寝てるんだってぇの! さっさと目を覚ませよ馬鹿野郎!!!」

 最後は命令。彼は鬼気迫る口調で……涙を流しながらシンの両親の体を揺らす。

 「……何よ、これ。……ねぇ、何で起きないの? ほら、ジャギも困ってるじゃん。……ねぇ、お父さん、お母さん」

 「起きてって。……ねぇ、教えてもらった裁縫に料理。上達したの見せてあげるからさ……起きてってばぁ……ねぇ」

 アンナもまた、困ったように笑う。……涙を流しながら。

 「あ」

 ……その、二人の様子が嫌な程に今の現実を認識させ。

 「あぁ。嗚呼……くうううううぅぅぅ……!」

 ……シンは、両拳を地面に強く振り下ろし、そして唇を噛み締め慟哭した。



 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……シンは、今日も家に居るのか?」

 「あぁ、そうじゃジャギ、アンナ。……お前達も、余り顔色良くないな」

 ……事件発生、終了して二週間は経つ。

 あれ程の災禍だったに関わらず、今回の事に関しては情報の隠蔽を国は異常な執着で尽力したゆえに殆ど騒ぎが無い。

 事件の被害者も自然災害で死亡したと国は銘打っている程に……今回の事を詳しく知る人間は……少ない。

 「……フウゲン様よ。あんたなら現場に居たから何か知ってるだろ?」

 「……すまんがなジャギ、こればっかりはお主にも言えぬて。事件の全貌は一人の男によって行われた。……だが、
 もうこの事に関しわしは一切関与出来ぬのじゃ。……そして、わしはこの国で生きてる事に恥が生まれたよ」

 (……悪いなフウゲン様。今のあんたの言葉だけで、どいつがシンの両親を殺したか解るよ)

 ……秘匿にしようとしても、何人死んだかは理解出来る。

 今回、被害者の数は700。……その数字にジャギは漫画知識を未だ覚えている事に感謝した。

 700の被害者と町の壊滅。……これらを総合すれば……犯人の像も割り出せる。

 「……デビルリバース……っ」

 ジャギは、腹の底から湧き出る怒りに口を噛み締めながら、ポケットに手を突っ込み虚空を睨むのだった。

 

  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……俺は、何で生きているのだろう?

 ……自分勝手に、強くなれば誰も失わず幸せになると信じ……拳を磨いて。

 ……なのに、両親を亡くし……俺は……一体何をしているのだろう?

 ……疲れた。もう、疲れた。……このまま、眠り続ければ飢えて死ぬかも知れん。

 ……それでも良い、……それで……父と母の元へ赴けるならば……。

 コンコン

 ……誰だろう? ノックの音。

 ……あぁ、誰でも良い。今は、例えあの殺人鬼であろうとも歓迎する。

 ……今の、自分を終わらせてくれるならば……もう……俺はどうでも……。

 「シン」

 ……放っておいてくれ。

 「シン……死んでは駄目よ」

 ……五月蝿い、もう如何でも良いんだ。

 「……貴方まで眠って……それで、誰が喜ぶと言うの?」

 ……構わないでくれ。もう、独りっきりにしてくれ。……俺は疲れた。愛する人を守れない者は何もない。

 ……こんな俺がそもそも孤鷲拳伝承者を目指すのが愚かだったのだ。……誰だか知らないが……俺は、もう死んでも。

 「シンっ!」

 



                                     パンッ!!





 「っ何を……って……ぁ……嗚呼、お前、いや……君、は」

 「……死ぬ……独りっきりの恐ろしさを……知ってるのですか?」

 「何故……此処に君が……ユリア」

 ……シンの寝室。其の場所に突如出現したユリア。

 「……私の友達が、貴方の容態を言ってくれたの」

 「……アンナめ、余計な事を」

 ……こんな事を考え付くのはあいつしか居ない。いや、と言うより自分の狭い交友関係だと自ずと答えが限られる。

 このように、自分が絶望に伏している時にユリアを登場させるとは……シンは、感謝やら怒りに似た何かを感じる。

 「……シン、貴方の事を心配して、その娘は私を寄越したのよ。なら、そのような言い方するものじゃないわ」

 「ユリア。お前……君が来てくれた事は素直に感謝する。だが……俺は今は誰にも会いたくなかった。俺は結局、自分の
 拳で両親すら守れぬ非力な人間だったのだ。俺は……伝承者候補に成り得る資格を奪い去られた敗北者なんだよ」

 ……シンの吐露。それは、自らの無力さを呪う、彼の咎に関する内容。

 「もう、俺は伝承者候補失格だ。……もう、何もしたくない。だから……俺の事は……」

 構わないでくれ。そう、恋心抱いていた筈のユリアにでさへ拒絶するシン

 それに……ユリアはベットに座り絶望するシンに視線を合わせ頬を添える。

 「シン……私の瞳を良く見て」

 「……っ」

 「……貴方の瞳……その瞳は常に何を見てきたの? ……私は貴方の事を殆ど知らない。けれど……孤独に苦しんで
 ずっと独りっきりの気持ちを私は知っています。……貴方は、永遠とも呼べる時間を独りっきりで過ごす気持ちが解るの?」

 「……それは」

 「私が、今幸せに過ごせるのは皆のお陰。……貴方だって理解している筈、貴方の周りの人たちが、貴方の幸せを願うのを」

 ……ユリアは、赤ん坊の頃に心を失い、今の今まで感情なく生き続けて来た。

 彼女の孤独の絶望は計り知れない……なのに、彼女は目覚めた途端笑顔を浮かべた。

 その理由は、彼女の周囲に彼女の幸せを願ったから。打算的有る無しに関わらず……彼女に笑顔を戻るのを。

 「……ユリア、お前の言葉は納得出来る。……だが、俺は全部失ったんだ」

 「……全部、ではないでしょう?」

 ユリアは、シンの言葉に寂しそうに笑みを浮かべる。

 そして、これ以上の言葉は今は毒にしかならぬと彼女は判断し戸口へと歩む。そして、最後にこう言った。

 「言っておくけど、私を貴方の元へと寄越したのはアンナでは無いわ」

 「……何?」

 「アンナは確かに私に貴方の容態に関して伝えたけ……けれど、貴方に会うように促したのは別の人よ、シン」

 「……誰だそれは? ……ジャギか?」

 「それを知るのは貴方自身よ、シン」

 ……戸口を閉める音。……そして静寂へと戻る室内。

 ……この家は静かになってしまった。……とても、静かに。

 「……ならば、俺に如何しろと言うのだ。……俺は、俺に如何しろと」

 ……彼は悩む。誰に対しても憎めぬままに、誰に対しても信じる事に怯え、今『殉星』は静かに苦悩していた。



   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……師父」

 ……一つの煙が、鳥影山の場所で上げられている。

 それは、弔いの煙。……南斗拳士が殉死した際に上げられる煙だ。

 (……何故です、師父。……貴方は言って下さった筈……私の成長を見てくれるように)

 (あの言葉は嘘だったのですか? ……師父、私は貴方のようになりたかった。貴方のように真っ直ぐに……)

 (けれど……死ねば人は無……貴方の最後は煙となり帰す……貴方の行いを誰が褒めてくれると……)

 「師父……私は……伝承者になります」

 「ですが……その後に私はどう生きれば良いのです? どのように未来に拳を振るえば良いのですか……」

 「今一度助言を……師父」

 途方にくれた『仁星』の声が……鳥影山に木霊する。

 ……二つの星の悲しき輝きは……その夜はずっと常に輝いていた。






  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ジャギ、折り入って頼みとは何だ」

 ……デビルリバースの事件が終わり、暫くの後。ある場所でジャギは一人の男性に頼みを強請っていた。

 その者は北斗神拳伝承者。知る者ならば彼の名を聞き震え上がるである最強の暗殺拳の担い手。

 リュウケン……その人の前でジャギは神妙な面持ちで願う。

 「……鳥影山での修行を、認めて欲しい」

 「……あそこは南斗聖拳の修険地であろう。何故、お前が修行する理由がある?」

 リュウケンは薄々ジャギが何故にそう言った頼みをするか理解出来る。だけどもジャギに念のために質問した。

 「友の為」

 きっぱりと、ジャギは宣言する。

 「……それは、孤鷲拳伝承者候補のシンの事だな? ……両親の訃報については私も事の一端については知っている。
 ……ジャギ、お前も今年で十になるならば人の離別が何時か訪れるか知り得ているだろう。お前の大事な友かも
 知れぬが、お前が傍に居て、その友の為になると思うのか? ……お前は、お前の道を貫く決意を自ら捨てるのか?」

 「……捨てるつもりは無い父さ……師父。……だけど、お願いだ。今のシンを放っておいたら俺は多分一生後悔する。
 伝承者の道は確かに俺の夢だ。……だけど、夢の為に俺は友達を見捨てる事は出来ない。……なぁ、お願いだよ」

 「……お前は、言っても聞かぬだろうな」

 ……ジャギの熱意に満ちた懇願。今までの経験を知ってかリュウケンは少なくなってきた頭髪を押さえて呟く。

 「……ならば、条件がある」

 「……条件?」

 リュウケンの、暫くしての言葉にジャギは怪訝な顔つきになる。拒絶するか肯定するかの二択かと思えば、条件と言う
 譲歩とも言える言葉。如何してそのように考えたか知りえぬが、とりあえずジャギはその言葉を黙って聞き入る。

 「あぁ……お主も自分の道を切り開きたいのならば、己の力のみで道を進んで見せよ……我が力を借りずとも」

 そして……リュウケンはジャギへと、その条件を提示つけた……。


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「……少々難題かねぇ、これは」

 「でも、決して不可能じゃないって事を考えると、やっぱりジャギのお父さんは優しいと思うよ?」

 ……アンナの居る酒場へと戻り、その課題について頭を悩ます。

 ……リュウケンが出した課題。

 まず、鳥影山での修行による資金の問題。

 そんな事かと思うが、この世界とて平和な頃には金が要る。

 鳥影山での修行、宿泊、交通費を考えれば馬鹿にならない。現実的な問題でジャギを説得しようと言うリュウケンの思惑か。

 ゆえに最低でも100万以上の金を用意して見せよとの事をリュウケンは提示した。

 次に出した課題は、少々厄介。

 「……最低でも三人は正式な南斗聖拳伝承者の許可を貰えって……絶対に俺にそんなに知り合い居ないの知ってだよな……」

 そう……次の言葉が一番問題なのだ。

 南斗聖拳伝承者の正式な許可。……つまり許可を貰えと言う言葉。

 それは、言うなれば自分の知る者……フウゲン・オウガイ以外からもう一人貰えと言う事だ。

 「……シュウは、駄目だろうな」

 『仁星』のシュウ。今ならば伝承者になっているか如何か……。

 第一、まず所在だって未だ不明なのだ。ジャギは、それ以外の人物で知るとすればロフウぐらいだが、ロフウがジャギの
 修行の許可する理由がまず無いし、ジャギもロフウに頼む程ならば、まず石に頼んだ方が確実な気がした。

 「……けれど」

 けど……それでも未だ不可能でない事が希望だ。

 ……一人、一人誰が正式な伝承者を捜せば良い。……そうすれば、シンに付いてやる事が出来る。

 それさえ叶えばサウザーの動向を近くで知る事も可能。どちらもジャギには未来にとって必要不可欠。

 「……俺は、もう決めたんだよ」

 ……シンの両親の死……これによってジャギの意思はもはや鉄より固くなっている。

 誰一人として失いたくない彼の意思に拍車を懸ける……それは狂信的に。

 それは……未来でどのように左右するか。






                          

                       未知なる巨門への鍵は  不気味に輝いていた










             後書き



    まぁ、ダラダラ続ける気分でもないし、余裕で彼は条件クリアするだろう。


    鳥影山での修行生活を今から執筆するのに忙しい。めちゃ忙しい。


    スタンドが欲しい、時間を作るスタンドキボンぬ











[29120] 【巨門編】第六話『門開く記章 五車の形と陰星』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/08 12:18
 かつて、風のように一陣に吹き荒れて彼女の幻影を蘇りし戦士が居た。

 かつて、火のように人々の嘆きを代弁すべし希望を灯さす戦士が居た。

 かつて、山のように大らか且つ、強い影と光を併せ挑んだ戦士が居た。

 かつて、海のように深い瞳で世を見届けて、悲しみを織る賢者が居た。

 ……そして。

 彼等とあえて離別し、自由なる身を選び暴虐の世界を流れる雲が居た。

 彼等は一つの星の為だけに集いし戦士達。彼女の為だけに選ばれた戦士。

 ……だが。

 忘れてはならないのは、其の彼女の為に全ての人生を投げ打った狼が居た事。

 そして、その天を駆ける狼は、自由を求めながら結局は一つの星だけに誓いをした漢と強い絆が有った事を……忘れては成らないのだ。




      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……俺は、雲。何時しかそう名乗っていた。

 生まれは娼婦が集う春館。何時も、お香や香水……鼻が曲がりそうな匂いが充満している場所だった。
 育ての親は母親の妹……身寄りの無い俺なんかを育ててくれたんだから、少しばかり疎ましかったけど、良くしてくれたと思う。

 『姉さんも余計な物拵えて逝っちまったよ。……ったく、本当世渡り下手だねぇ。あんたの事自慢の宝って……ったく』

 客の相手で嫌な想いをしたり、余り商売が上手く行かない時は俺に愚痴を漏らしていた。

 そして、何時も最初は母親の事を悪く言うけど……その後には寂しそうに母親の事を懐かしみ、そしてこう言う。

 『ジュウザ、あんた大きくなったら姉さんに似て貰いたいけど父親似の顔しとるよ。……あんたの父親、詳しくは知らなかった
 けど何処かのお偉いさんらしいよ。……私がもし死んじまったら、尋ねてそいつに金をせびりな。責任はそいつにも有るんだから』

 ……父親。

 物心付いてからも、別に会いたいとも思わない。

 ……だって、俺を育ててくれた人たちは女だった。

 娼婦達。世間では売春婦と、下処理の下賎な身分と称し悪く言う輩が居る事だって知っている。

 だけど……俺にとって愛情を与えてくれたのは女達のみだ。

 ……あぁ、そして。

 『……此処、か? ××様の遺児が居ると言う館は?』

 『お前がジュウザか? ……成る程、その顔つき何処となく御当主に……』

 ……最初、訳が解らなかった。

 行き成り何時も訪れる客達とは毛色が違う男達に捕まれ……散々抵抗して何とか逃げようとした時の……母の妹の言葉。

 『……ジュウザ、お別れだよ。……その人達は……あんたの父親へ仕えてる人なんだってさ』

 『其処へ行けば……あんたは自由を手に入れる。……この場所よりもずっと自由をだよ』

 『……我が侭言うんじゃないよチビめ! もうあんたを育てる程あたい達は余裕なんて無いんだよっ!』

 ……最後は、金切り声で俺を追い出して。

 ……あぁ、今なら理解出来るよ。あの後に、俺を追い出した後に俺が親しかった娼婦達と母の妹は……泣いていただろうって。

 


 ……大人になったら消えた痣。

 五車を模った腹に出来た痣……いや、それが俺の宿命の証だって言われた時に、宿命なんぞ糞喰らえだって思って
 腹の皮を切り取ったんだっけ? ……あぁ解らねぇ。あの時は、色々ゴタゴタしていて記憶がバラバラだから。

 ……あぁ、それで……俺は気に入らない奴達と出会った。

 ……一人は、訳の解らない『将』なんぞの為に誓いを立てている『ヒューイ』

 『ジュウザと言うのだな? ……出生や、経歴は如何でも良い。俺達は、南斗の将を守る立場の者、それを誇りに思え』

 ……何が誇りだ。そんな誇りの為に唯一の家族と引き離されたんだぞ。

 ……一人は、やけに熱っ苦しい情熱を携えた、ヒューイと兄弟の『シュレン』

 『おいジュウザ! 怠けてばっかりで将を守れると思ってるのか!? そんな風に面倒臭っては何時か手痛い目に遭うぞ!』

 ……だから暑苦しいんだってば。……そんな将なんぞ、勝手に誰かに負けちまえ。

 ……一人は、すげぇでかい巨漢のおっさん。『フドウ』って名らしい。

 あぁ、らしいってのはそもそも紹介の時に『山』の役割りとか言うらしいんだけど、召集されるのを断ったしい。

 それどころか、誘った南斗の兵達を一振りで重傷負わせて追い払い『貴様達のような愚図に俺様が縛られるか!』と嘲笑。

 それを聞かされざまあ見ろと心の中では舌を出して南斗の奴等に鬱憤が多少だけ晴れる。何しろ、此処に来てから
 殆ど俺にとって楽しい事なんて一つもなく。まるで、鳥篭に人間がぎゅうぎゅう詰めで入れられたような気分だったから。

 ……うん、それでそんなとんでもない奴の勧誘を提案した人……その将って人の次には位が高いらしいおっさん……『リハク』

 『フドウの奴は、今は鬼の如く気性でも奴には『山』を冠する力を抱いている。殺生を振るい、罪無き者を殺害した経歴は
 目に覆いがたいが、奴の力が五車星の一つを担う可能性を考えると、おいそれと処刑は出来ぬ。我々は五車はあくまでも将の為に』

 ……俺は、そう最もらしくのたまうリハクが気に食わなかったね。

 フドウっておっさんのやってる事を五車の為って事で平気で殺人を黙認したって事や……それって、平和の為ってのと矛盾
 じゃねぇか。……その、俺の悪い頭で考えても気持ち悪いその動向が俺は嫌で嫌で仕方が無くてよ。……だから脱走した。

 ……結果? ……んなもん此処に今も居る事を考えたら失敗したに決まってるだろ。

 ……うん、それで毒を喰らって倒れて……そんで、俺は『あいつ』に出会ったんだ。

 ……気が付けば、あいつを守りたいって決意してた。

 俺の為に一緒に断食して死にかけて……馬鹿な事するけどすげぇ優しい女。

 こいつの為なら俺も力を振るって良いかなぁって思って……あぁ、そんで月日は結構過ぎたぜ。


 ……う~ん、どっから話せば良いかな。

 ……あぁ、それで。半年程経ってから俺はラオウとトキって奴と出会ったんだよ。

 北斗神拳って言う、史上最強の暗殺拳とか謳っているな。

 ……けど、すげぇ強そうな拳をラオウって奴が降らしたけど俺は避けれたぜ? 闘っても負けない自信はあったね。

 そのラオウって奴に卵投げて命中、俺の勝ち。

 ……うん、俺にとってユリアさえ笑顔ならそれで良いんだ。

 ……それで良かったってのに……可笑しな奴が二人も居てよ。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 ……その日、ジュウザは木の上で寝そべっていた。

 修行など下らないと一笑し、空を眺めながら眠るひと時。これが今のジュウザにとっての最高の娯楽だ。

 「……ふぁ~、今日は最高の昼寝日和じゃないの」

 ……麗らかな眠りを誘う暖かい風。ジュウザは、そのまま惰眠へと誘われようとしていた……。

 「……ギー」

 「……うん?」

 ……遠くから女性が誰かの名を呼ぶ声。ジュウザは何時もならばそんな声など気にしないが、その日は目を開けて上半身を上げる。

 「おいおい何だよ人が折角眠りそうだったのに……うん、あれは」

 ……見知らぬ少女が最初に目へ飛び込んできた。

 ……金色の髪の毛を慎ましくバンダナで縛って、そして勝気そうな瞳が印象的。

 男物のジャンパーと女の子特有のスカートで歩き、精一杯のお洒落なのだろう、履いているブーツは可愛らしくデフォルメされてる。
 
 二匹動物を連れている。一匹は何処にでも居そうな野犬。そして……もう一匹は成体間近の……虎?? 何とも奇抜な組み合わせだ。

 「ジャギー、取ってよぉ」

 「間延びした声で俺を呼ぶなアンナ。……ってか、これ位の高さだったらアンナでも取れるんじゃね?」

 「……ジャギ、私の服装わかってる?」

 「へ? ……あ、悪い、本当……」

 「素直に謝らないでよ! 恥ずかしくなるから!!」


 「……はっはぁ~。成る程ね……」

 ……木の上に引っかかったフリスビー。……まぁ間違いなく犬の為の玩具だろう。

 それが運悪く木の上に引っかかり、取りたいが上ればスカートの下が見える可能性がある。此処は一通り殆ど無いとは
 言え誰かに見られる可能性がある……俺とかな。だからこそ連れ合っている男に取って貰いたくて大声で呼んだって所か。

 ……うん、むかついた。

 別に其の女と男がむかつくって訳じゃなくて。人の昼寝を邪魔するような行動がだぜ?

 第一、結構可愛いあの女の子に頼まれている、一見それ程顔が良いって訳でも無い……むしろ三白眼の奴が気に食わない。

 「……よしっ」

 ……俺は、決意を固めると木の上から颯爽と駆けていた。



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……季節は変わりいく。

 シンの両親が他界してから結構月日は経った。

 金に関しては何とか稼いでいる。方法? ……少し詐偽っぽいんだが、道中で俺に腕相撲って勝ったら一万、負けたら千円。

 ……これでも普通の大人なら余裕で負かす筋力は付いてきている。ゆえに、結構な速度で稼ぎ、目標まで約半分。

 ……問題は、親父の言う三人の認可だが……残りはやはり一人なのだ。

 ……フウゲンは『鳥影山の修行? あぁ認める認める』と殆ど見向きもせず認可だしたし(大丈夫なのかよ、それで?)

 ……オウガイに関しても『鳥影山の修行……サウザーから聞いている。北斗神拳と両立するのは厳しいかも知れぬが
 途中で挫折しない程に固き信念なのだろう? 我は南斗の鳳凰拳の担い手として、君の決意を心から歓迎しよう』
 ……と、何と言うか申し訳ない程に自分に認可をくれた。(思えば、普通なら自分なんて周囲が相手にさせない人だし)

 ……サウザーも、自分がシンと共に鳥影山での修行を快く賛成してくれている。後は、もう一人の伝承者を見つけるのみ。

 ……まぁ、それが上手くいかないから金銭面を如何にかしようと、別の町で稼ぎにいって、ちょっと散歩してて。

 「ジャギ~、フリスビー取って。私、この格好じゃあ取れないよ……」

 ……そんな泣きそうな目で頼むなアンナ。解ったから。

 少し溜息を吐いて木の上に上る。

 意外と高い場所に引っかかったので、腕を懸命に伸ばす。……アンナも大人に勝てる筋力はあるから、加減を失敗してこう。

 「へっ」

 「あ?」

 ……気が付けば、アンナが持ってきたフリスビーを掴んでいる。悪戯な光を含んだ同年代の少年。

 「悪いな。恨むなら、その木の枝へと言うんだな」

 「それって如何……っんんっ!?」

 パキッ……!

 考えれば理解出来る事だ。掴んでいる枝は、その少年の体重が加担する事により耐え切れず折れる。

 それによって少し重心を傾かせていたジャギのバランスは大きく崩れる。それにより結構な高さから堕ちる。

 だが、ジャギとて北斗と南斗の拳を教わる身。この程度で無様に落下しない。

 「にゃろお!」

 何とか受身を取って地面に着地する。そして、すぐさま立ち上がると吼えた。

 「てんめぇいきなり何しやがる!?」

 「おお、おお怖い怖い。悪かったって、謝るからさ」

 「それが人様に謝る態度か! 俺じゃなきゃ大事故だろ!」

 実際、ジャギの言う通り普通の子供なら頭から落ちて大怪我を負っていた可能性が高い。それが、今のジャギの怒りの原因。

 一方、ジュウザもそれを考えず行動した訳でない。ジャギ……彼が北斗の寺院近くでラオウとトキへからかったジュウザが
 ユリアに訪問する為に駆け抜けていた時にジャギが修行している風景を一瞬だけ見た覚えがあったゆえの行動。

 北斗神拳伝承者候補ならば、これ位の事は切り抜けるとの自信でだ。

 「別にお前これ位で怪我はしねぇだろ? ……嫌だねぇ近頃の子供は怒りっぽくて」

 「どの口が吼ざきやがる……! ……おめぇジュウザだな」

 「うん? 知ってるのか俺の事? 俺も有名人になっ」

 「ユリアから聞いたんだよ」

 その言葉に、ジュウザは一瞬だけ飄々とした空気が固まる。

 彼にとって、ユリアは自信の心を一番に占める物であり……ゆえに、彼女の名が聞こえた瞬間、彼は……。

 「……お前、ジャギって名前だっけ? ……ユリアと如何言う関係だ?」

 「こっちに居るアンナがユリアの親友なんだ。俺は、その繋がりでユリアとは一応友達だ。……てめぇよりは頻繁に会ってるかな」

 ……ムカ。

 その『頻繁に会ってる』と言う言葉にジュウザの彼への気に入らない想いは一層拍車を掛ける。

 何故、俺じゃなくてこいつがユリアと近い距離に居る?

 何故、俺じゃなくてこいつがユリアと一緒に長く居られる?

 何故? そんなん決まってる。俺が五車星とやらで、こいつはただの……。

 「……むっかつくなぁ、てめぇ」

 「何だよ? ユリアの事が大好きなのに俺なんかが一緒に居られるのがずるいってか? ……ジュウザってのはお子様なんだな」
 
 「! ……誰がお子様だよ」

 自分だって子供じゃねぇか。との文句を口の中で転がしつつ、ジュウザは戦闘態勢へと入る。

 腕を鳴らし、首を鳴らして鋭い目つきでジャギを見る。

 「……アンナ、ちょい下がってろ。こいつとちょっとだけ遊ぶからよ」

 「遊ぶだぁ? お前こそ、そっちの娘に『今から手酷くボロボロになりますから見ないで下さいお願いします』って言えよ」

 「へっ! ユリア、ユリアって夢ん中でも思ってるような野郎が吼えるなっつうの!」

 「見透かしたように言うんじゃねぇよジャギ! 行くぞ、おい!」

 何時もの人を小馬鹿にするペースを掴むのは俺の筈なのに。『ユリア』の事を言われるとどうも心乱れる。

 このジャギって奴は嫌いだ。人の奥底を突っつくような真似しやがって。……何時もの俺の変幻自在の拳を放つけど。

 「動きが単調なんだよ!」

 そう言われて全部腕で防がれる。やっぱ、感情的な動きって荒いよな。

 「今度は俺から行くぜ!」

 そう言ってジャギの奴は型通りの真っ直ぐな拳を俺に放ってくる。結構一発一発重くて、俺は何時もならそんなもの
 余裕綽々で避けるんだけど、これ喧嘩だしな。避けるのも面倒だから片腕で防ぎつつ思いっきりあいつを蹴ろうとしたんだ。

 「っガフっ! ……ってぇなこの野郎……!」

 ……反則だろ?

 いや、別に悪い事じゃねぇけど。『腹蹴られて伸びた足を掴む』って、そんな事されたら流石に逃げられないって。

 いや、頑張れば俺なら逃げれるけどさ。その時は、ユリアを餌に俺を馬鹿にするそいつがムカついててさ。

 「!? こ、この離せ!」

 「いーや、離すかよ! ……さぁ~て……己の無力さを思い知らせて野郎……!」

 ……高々と上げられる、足を掴むのとは逆の拳を上げるジャギ。

 その拳にはかなりの力を込めてて……あれ、喰らったら昏倒するだろ、おい。

 「! ……ははっ! そんなん当たるかってぇの!」

 俺は今の力を思いっきり振り絞って懸命に脚を動かしたね。

 それで、何とか空間が開いたから、何時もの俺の余裕もその事で僅かに取り戻してジャギから飛び退こうとしたんだ。

 だけど、そん時は奴の気力十分な拳が振り下ろされようとしてて。

 けど、ユリアを守るって決めた俺が、こんな奴に負けたくなくて……!

 「喰らいやがれぇ!」

 「嘗めるなっての!」

 ……顔面に近づく拳、そして掴れて力を失ったのとは別の脚が奴の体に当たる手応え……。

 ……それで、俺の意識は失った。



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……気が付いた?」

 「……っ俺……あぁ、そっか」

 ……意識を失って、そして取り戻した時に見えたのは困った者を見る……良く、乱暴な客を俺が殴った時に育ててくれた
 娼婦の人がしていた表情で、その娘は見た。……負けたのかって、俺は脱力感に苛まれながら言葉を口にした。

 「あいつは?」

 「ジャギならそっち。……まったく男の子ってつまらない事で喧嘩するよねぇ」

 ……目線を横に走らせる。……顎が赤くなってる所みると良い所に当てたんだな。

 ……へへっ、ざまあみろ。

 「はい、これで応急処置お終い」

 「って!?」

 ピシャリと俺の額を叩く娘。……傷口を叩かれた事で涙目になり仰ぐと、少し怒り含んだ顔で、その娘は言った。

 「……別に喧嘩は良いんだけどさ。最初に、ジャギが怪我しそうな事したのはこれで許して上げるからさ」

 「……俺、君に許して貰う気も無いんけど」

 ……結構可愛い顔してるけど、彼女が心配してるのは、どう考えても俺の横で気絶している方なんだろう。

 現に、結構男前な(そうジュウザは自負している)俺を差し置いてジャギに膝枕している娘の顔は……とっても柔らかだ。

 (……あ~ぁ、俺もユリアにあぁ言う事して貰いたいぜ)

 「……ジュウザって言ったけ? ユリアの事好きなの?」

 「……そうだよ」

 別に、この娘に隠す必要ないだろう。……前に、ユリアが楽しそうな笑みをその娘に浮かべてた気もする。

 ユリアも、彼女が立ち直ったお陰は一人の女の子のお陰なんだと……とっても、俺が嫉妬する程の笑みを浮べてたから。

 ……あぁ、そうだ。ジャギの野郎に挑発されてなくても、俺にとってユリアは一番大好きな娘なんだ。

 ……そんなん、決まってるじゃねぇか。

 俺が、ユリアが好きだと告白すると、その娘はさして興味無さそうに口を開く。
 
 「そ、頑張ったら? 応援はしないけど」

 「うわっ、冷てぇ。少しは応援してくれよ」

 「別にぃ。ジャギが嫌いな人を私があえて好きになる必要もないし。……それに」

 ……ユリアは、多分別の人が好きだと思うから。

 「……は? 一体誰だよ。そいつはよ」

 「自分で考えたら? ……ほらっ、ジャギもそろそろ起きるだろうから。また面倒事になりそうなら私も参戦するよ」

 「……ちくしょう」

 上手くはぐらかされた。ジャギと言えば唸りそろそろ覚醒しそう。

 そうなれば喧嘩も再会するだろう。その対戦に、女の子が入るとなるとジュウザはそんな喧嘩は滅法御免だ。

 「へいへい、それじゃあ今日は一端退くけどよ。……ユリアには絶対言うなよ、今日の事と、それと……」

 「言わないわよ。言っとくけど、ユリアの親友だよ、私」


 ……そう、突風と共に流れる雲は……華の香りが印象的な少女の声を後に自身の居場所へと戻る。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ったく誰なんだよ、ユリアが好きな奴ってのは」

 そう、ぶつぶつと考え込み帰るのを出迎えるのは……南斗五車星。

 「おっ、帰ってきたかジュウザ。お前稽古をさぼったの長老達はカンカンだぞ?」

 「そうだぞ! ったく……今なら俺達も一緒に謝ってやる! さっさと行くぞ!」

 (……うっぜぇ)

 ……何時もなら、アッカンベーでもして尻尾を巻いて去る。

 だが、ジャギに引き分けながらも初めての敗北をした今日は、何故か抗う気力も起こらない。

 「へーい。少し着替えてから行くよ」

 「……何だ、今日はやけに素直だな。……まぁ、それなら良い、俺も、お前が共に励んでくれれば何よりだから」

 そう、ヒューイは涼やかな笑みで彼へと発破をかける。その声も、何時もより疎ましくは余り感じない。

 「ほぉ、今日は殊勝な態度だな。……まったく、何時もそれなら俺だって小言を言わないのだ。常にそうしろ」

 そう、嫌味交じりながらもジュウザを想う彼の顔つきも余り嫌に感じない。

 (ったく、あの一発変に貰ったのかねぇ、俺は?)

 自身の変わり様に呆れつつ着替えるジュウザ。……其処へ海のリハクがやって来る。

 「……ジュウザ、戻って来たのだな。その怪我は?」

 「ジャギって奴と喧嘩した。……ったく、このジュウザ様とあろう者が引き分けとはな。はっきり言ってだらしねぇ」

 「! ……ジャギ、そうか……」

 何やら考え込むリハク。それに少々疑問を思いつつ、彼へとジュウザは問う。

 「……なぁ、リハク。ジャギって如何言う奴なんだ?」

 「……あれはな。私が聞き及ぶ限りの事だが……」

 そしてジュウザは知る。彼が南斗の悪しき伝承者と戦った事件。それに彼が伝承者候補の為に鳥影山の修行を望んでいる事。
 それらはジュウザには理解出来ずも、彼が、他人……まったく関係ない者の為に奔走する人間だと聞いて鼻を鳴らす。

 「何て言うか正義感の塊見たいだな、それ。……ぁ~あ、そんな奴に勝てなかったのかよ」

 「そう嘆くでない。……ジャギは、失いたくないからこそ、ああも必死でお前と互角な程の強さを身に付けたのだろう」

 「失いたくない?」

 「あぁ……あの者は孤児であったらしい。……そして、今のリュウケン殿に引き取られ育てられ……その恩の為に動いておる。
 ……如何言う経緯での知り合ったか不明だが、ユリア様に献身的に随分前から話しかけてくれたアンナ嬢、そして
 伝承者候補のシン様に鳳凰拳の担い手であるサウザー様とも絆を作った。そして、お前の兄で有る……」

 そこまで言って、リハクは口を抑える。

 ……ジュウザは、リハクの最後の言葉を聞き逃さず恐ろしいほど冷たく吐き捨てるような声で言った。

 「……兄貴とも繋がってんのか……ジャギは」

 ……兄……あぁ、そうだ俺の兄貴。

 腹違いの兄貴。……その兄とは一度だけ接した。
 
 だが……俺はあの兄と仲良くなれる気になれない。

 『……お前がジュウザ……か』

 ……その瞳は、冬の夜を暗示する瞳をしていて。まるで値踏みするかのように自分を見る。

 『あぁ! 俺の兄貴だって言うんだろ。俺、嬉しいぜ、兄貴が居て』

 ……最初、本当に俺は嬉しかった。

 ……自分に兄が居る事に。肉親が未だ存在していた事にだ。

 ……だったのに。

 『……ジュウザ、俺の弟……腹違いの……俺の父親の血を半分受け継ぐ者』

 ……リュウガは、誰とも無しに目を瞑り、その言葉を反復する。

 ……どれ程の想いを、どれ程の決意を彼はその胸中に秘めていたのだろう。

 ……たった一人の肉親。出会えば髪の色は違えど、確かにその瞳の中に何時かの記憶に封じた父の瞳に似ている。

 ……父を憎む気持ちは未だリュウガには有る。……だが、この弟に非が無い事も、彼は十分に承知し得ていて……。

 『……ジュウザ』

 『……ユリアはお前に任せる。……俺は、ユリアやジュウザ。お前達に今後会う事は無いだろうから』

 『……は? 何言ってるんだ兄……貴。会ったばかりだってぇのに何でそんな事……!』

 『俺の、宿命だからだ。……『天狼星』は、どの星にも寄らずに天を定める宿命を担う』

 ……また、宿命かよ……!

 『俺は、その宿命ゆえにお前とも相容らん。……ユリアを、俺は遠くから見守る。お前は五車星として守れ』

 ……ふざけんなよ、何だよそれ。

 何で宿命なんぞに振り回されなくちゃならねぇ。何で宿命なんぞで自分の兄と仲良くなっちゃ駄目なんだよ……!

 ……なら、俺は雲になってやるさ。

 だが、てめぇらの望む雲なんかじゃねぇ! 雲は自由! お前等の言葉なんぞ無視して自由に泳いでやる!


 ……俺は……雲だ!!


 ……その、兄との出会いが決定的に……彼が『自由』(雲)へと執着する事の決定打となる。





 「……兄貴はよ、腰抜けだ。何で、何であんな風に宿命なんぞで平気で俺から離れるんだよ……」

 ……その、ジュウザの言葉に悲しそうにリハクは言い募る。

 「……リュウガ様は、誰よりも南斗の未来を想いて行動しているのです。……だからこそ、幼い頃からずっと……」

 「それが何だよ、リハク。俺は……あいつ見たいに縛られた生き方は御免だ!」

 ……着替えを終了し、彼はヒューイ・シュレンの驚く中で雪が降るかも知れぬ程に、その日は修行を徹底して行った。

 ……自分の中に理解出来ぬ苛立ちを、その日は消そうとするように必死で。



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……ユリアに笑顔戻りし時。

 ……彼の役目も終わる。……兄として、彼女に愛情を与える役目を。

 ある意味、彼女の帰還を一番に祝福してたのはリュウガだった。

 あぁ、だからこそ彼は……彼女への愛情と自分の宿命を天稟に掛ける事など出来る筈なく。

 『……リュウガ。お主は『天狼星』の者。……ユリア、あの娘は『慈母星』の宿命担う……南斗の将の再来なのだ』

 『お主は……ユリアを守る為に離れなくてはならぬ。『天狼星』は天乱れし時に動く……その流れがどうであれ天の
 乱れを正す為にお主は命を懸けるだろう。……その時、余計な情や絆はお主の星の輝きを蛇足する……離れるのじゃ』

 ……それが、ユリアが幸せになる道に繋がるのか?

 ……良かろう、南斗の長老達よ。……このリュウガ、お前達の言に今一度従おう。

 ……俺の、唯一の弟。……俺の、唯一の妹。……掛け替えの無い家族を守ると言うのならば……俺は『天狼星』の宿命に。

 ……俺は……その為なら魔狼となりて……絆と情を裂こう……。



    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 ……何時だったろう。俺は、ユリアに笑顔が戻った時……あいつが如何なるのかずっと気掛かりだった。

 だから、暇があった時にアンナと共に南斗の里へ出向いた。……もう、その時にあいつは居なかった。

 ……知識として、そして出会いの中で、あいつがユリアの為に存在すら無いものへと変わる決意をしたのは理解出来る。

 ……正直、そんな事で誰が喜ぶのかと、あいつの澄ました顔に一発拳を入れたい。

 ……リュウガ、ジュウザ。

 ……お前等の想いはよ……正直、俺は大嫌いだ。



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……兄貴?」

 「……ジュウザ、か」

 ……そして、彼は暫くの後に再会する。

 だが、その時にジュウザは見る。……彼の決意を……彼の生命を賭しての南斗へ……彼女の為の想いを。





                           「……何だよ、その髪の毛……」






                           「……済まん、な。これが……俺の答えなのだ」










            後書き


   ジュウザとリュウガ。彼等の未来にも幸あらん事を。


   ユリアの父さんってかなりの地位だったんだろうな。総理大臣とどっちが偉かったんだろうか?



 



[29120] 【巨門編】第七話『意外なる 鍵持ちし人』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/08 18:35


「……ふう、終わったぁ」

 そう、土混じれになりなあがら畑を耕している一人の少年達が居る。

 それは、この世界では珍しくも無い普通の光景。少年達が日々の糧を得る為に農作業を手伝っている姿。

 ただ、少しだけ彼等が普通の少年達と異なるのは、全員泰山と言う名の拳法を扱っていると言うところだろうか?

 「お疲れさん、あんた達。飯なら出来てるよ」

 その、少年達の中で紅一点の少女はお盆に大量の握り飯を持ち運んで少年達を呼びかける。少年達は嬉しそうに
 少女から握り飯を差し出してもらうと、労働の後の昼飯に舌鼓を打つのだった。一人の、その少年達のリーダーはそれを
 遠まわしに見つつ、今の平和に微笑む。少女は、そんな少年達のリーダーへと不思議そうに声を掛けた。

 「何だい、要らないのかい親分さん?」

 「……ベラ、君までその呼び方止めてくれよ……」

 「はははっ。でも、案外その呼び方気に入ってるんじゃないかい?」

 「勘弁してくれ。……まったく、こう言う風に名づけられたのも全部ジャギの所為だ……勝負に負けたら変なあだ名
 付けるなんて考えなきゃ良かったなぁ。……と言うか、ジャギの奴強くなり過ぎてないか? 瞬殺されたぞ、この前……」

 「あたいの方は、アンナに頬を一発掠めるぐらいにはなったよ。……まっ、その後に転ばされて終わったけどね」

 ……彼等は崋山一派と蘭山紅拳のベラ。……お互いにどちらも拳法家を目指す平俗な人間達の一人だ。

 「俺も、泰山角抵戯使って掌底食らわしたってのに、同じように脚払いでマットポジション奪われたもの」

 「……何だか自信が無くなるねぇ。あたい達の努力が、何か無駄なような気がするよ」

 そう、少しふて腐るような口調のベラに、親分は豪快に笑う。

 「……何だい」

 「だって、ベラがそんな風に弱気な事言うなんて! 明日雪でも降るんじゃないか?」

 「っこの……! 私がしおらしいのが駄目だっていうの!」

 「いや、そんな事ないさ」

 親分は、真面目な顔つきになるとベラへ言う。

 「どんな拳法でさえ、例えジャギの習う拳法が南斗聖拳だろうと、別のもしかしたら誰も適わない拳法だろうと、努力
 すれば人は誰にだって勝利を掴めるんだ。ベラ、俺達ももっと頑張れば何時かジャギにも、アンナにだって勝てるよ」

 そう、ベラの肩を強く掴み言い募るその顔は……真剣で。

 「……はっ! そんなん、あんたに言われなくたって理解してるさ! それじゃあさっさと畑仕事終わらして修行しな!
 ジャギに少しでも追いつくんだろ! ……私も、力になれる事は少ないけど少しは手伝ってやるからさ」

 「あぁ、頼む」

 その後、何だか良い雰囲気だと崋山一派からからかわれるのは当然であり、彼等の物語も慎ましく続いていく。

 


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……駄目だ」

 ……金銭面は、何とか上手く稼いでいる。

 けれど、肝心の残り一人の伝承者が見つからない。

 南斗飛燕拳のハッカ・リロン。……修行に出ており行方が知れない。

 南斗水鳥拳のロフウ……願っても多分無理。

 南斗双鷹拳のハーン兄弟。……そもそも今伝承者かどうかも解らない。

 隼牙拳のハバキだって行方知らずだし、少し期待していた流鴨拳の使い手リュウロウの居場所もよく解らない。

 オウガイに頼み別の伝承者から許可を貰うアイデアも考えたが……却下した。

 これは言えばリュウケンが自分を試す為に提示したもの。それを他人任せにしてリュウケンが首を縦に振ると思えない。

 何よりジャギ自身も納得出来ないのだ、だからこそ真剣に思い悩む。

 「……このままじゃ、鳥影山へ行けない」

 ……折角、リュウケンに頼み込み得たチャンス。

 これを逃せば、未だに両親の死から立ち直りきれないシンを見守る事も、サウザーの悲劇を食い止める可能性も低まる。

 それだけは否だ。ジャギは、未来に起こる最悪の予想図を今から止めなければ手遅れになると感じている。

 「……ジャギ、大丈夫か?」

 「あ……あぁ兄者。……大丈夫だよ」

 「……無理はするなよ。……どうも最近色々忙しなく動いているようだが……私に何か力になれないのか?」

 ……一人悩んでいる時に現われた少年。自分より少しだけ背が高く、それでいて優しげな空気を携える者。

 トキ……世紀末の聖者の男。

 「……実はさ、兄者」

 ……ジャギは、こればっかりはトキでも自分の願いを叶えるのは不可能だと感じながらトキへと打ち明ける。

 伝承者三人からの認可を受けなくてはいけないと言う話し。それを、トキは真剣な表情で言葉の節目で頷いていく。

 「……オウガイ、フウゲン様達からの認可は既に受けているのだな?」

 「あぁ、どっちも快く俺の願いを聞いてくれた。……けど、残り一人が俺には見つけられない。……オウガイ様に
 頼むのは、親……師父の出した課題とは少し違うしな。……な? 別に未だ見つからないって決まった訳じゃない」
 
 気長に目標を達するから構わないぜ? と、ジャギは苦笑交じりでトキへと言う。

 それに、トキは暫し腕組みして目を瞑ってから……ようやく口を開いた。

 「……いや、案外何とかなるかも知れんぞ?」

 「へ?」

 間抜けに口を開くジャギ。それに、トキは穏やかな微笑に悪戯な光を灯しながらこう言った。

 「……何、医者と言う立場も案外強いと言う事さ」






  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……サラよ、また厄介になる」

 「あら、トキ様いらっしゃいましたか。今日も先生に医術の勉学に? その方達は」

 「いや、今日は別の頼みなんだ」

 ……後日、トキの命ずるままに診療所へジャギはアンナと共に赴く。

 其処にはジャギがトキ伝で見かけた若き頃のサラと……そして、一人の男が居た。

 ……気の強そうな顔。それでいて何処ぞの王に仕えれば忠義に厚そうな顔つき。その男は憮然とした顔で包帯を巻かれている。

 「……一体何の用事だが知らんが早くしてくれ。俺は、早く国へ戻らなくてはならぬのでな」

 「そう苛つかないでくれボーモン殿。そう時間を掛けはしない。……ジャギ、こちらは、夜梟拳の伝承者であるボーモン殿だ」

 「! ……夜梟拳の使い手」

 ……南斗夜梟拳。梟を模した拳であり、『猛禽』の特徴を活かした闘い方を得意とする拳法。

 そして、ジャギはその名を聞いた瞬間顔を強張らせる。何故ならば、その派生の南斗木兎拳により、大切な人を失ったのだから。

 「……ジャギ? ……そう言えば、夜梟拳の派生である木兎拳を打ち破った者達の中には確か……」

 「あぁ。私の弟がそうだボーモン殿」

 トキは、柔らかな笑みに、弟を自慢する殊勝な色も秘めつつボーモンに微笑む。

 ……だが、ジャギの顔は固い。それを、ボーモンは暫く値踏みするように見てから、鼻で笑うと言った。

 「……そう、警戒するな。……木兎拳は確かに俺の拳法の派生だったが……あの男と俺は話した事も、出会った事もない。
 派生と言っても、奴の拳は既に夜梟拳とは違った方向性に進化してるだろうしな。……で、俺に何の用があるんだ?」

 ボーモンの声と顔つき。それに嘘はない。

 彼は、未来では闇帝軍へと参加する。だが、それは幼馴染を守るゆえに、彼に関しては悪い人物と言う訳ではない。

 彼もまた、世紀末と言う乱世でケンシロウと出会う事により乱世の終わりを夢見た戦士の一人なのだ。

 ジャギは、ボーモンになら話すのも良いかと、素直に打ち明ける。自分が鳥影山で修行しなくてはならぬ事を。

 それに、ボーモンは頷いて言う。

 「鳥影山か。以前は俺も修行で入った事はある。あそこは言っとくが本格的な南斗の拳士を目指す場所だ。覚悟しろよ?
 ……ふむ。それで父親に南斗伝承者の認可……孤鷲拳のフウゲン……鳳凰拳のオウガイ殿とは、また豪華な顔ぶれだな」

 「別に構わないだろ。それでYESかよ? NOかよ?」

 苛立った顔つきのジャギに、慌てるなと両手で制し彼は言う。

 「……そうだな。別に南斗の拳士を目指す者をわざわざ拒絶する理由もなし。……それに、俺は一応このトキから
 怪我している所を治療された身だしな。……恩を返さなくてはいけないが……だが、俺も黙って許可するのは拳士の名折れだ」

 立ち上がり、包帯の巻かれてない腕を回すボーモン。

 「俺と闘えジャギ。この夜梟拳の使い手ボーモン。お前の実力で鳥影山に行けるかテストしてやる」

 「……成る程、まぁ上手く出来すぎてると思ったんだ」

 ジャギは、この展開を予想通りだとばかりに溜息を吐く。

 「……良いぜ、やってやるよ。……表へ出な」

 そして、診療所の一角で未来の闇帝の親衛隊長と、そして破壊者は決闘を望むのであった。




   
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……私は、普通に許可して貰えると思ってボーモン殿に願っただけだったのだが」

 「まぁ無理でしょ。ジャギって、色々厄介事に出会う習性が有る見たいだし」

 「……怪我するって解っているのに、何で男の人ってこう闘おうとするのかしら?」

 ……立会人はトキ、アンナ、サラ。……北斗の拳士と、そして南斗の拳士の卵と癒者は二人の闘いを見守る。

 「……勝負の方法は自らの技を一度渾身の力で放つ! その後、俺がお前に合格か、否か決める。それで良いな!」

 「それって、かなりあんたに有利な誓約だな? ……まぁ、腕に怪我しているハンデ付きだ。やるさ」

 ……向かい会う二人。

 ……次第に静電気が走るようにお互いの空気に緊張が走っていく。一人は夜梟の構えを、一人は、邪狼の構えを。

 ……ジャギは、この時ばかりはどちらに勝利が転ぶのが不明である。

 何しろ、小説でしか夜梟拳とは登場していない。如何言う力で、如何言う威力なのか推測するのも不明だ。

 それは漫画のキャラクターにも言えるが、このボーモンに関しては本当にどう言った拳法なのか解らぬのだ。

 ……ボーモンも、同じように真剣な顔で思う。

 ……ジャギの構え。それは今までの南斗拳士の卵の頃に見た、どんな拳の構えとも違うもの。それは独自で作った
 一笑に付すものとは何か違った、達人が作った構えのように、その構えは隙無く作られていた。

 未知の実力。未知なる相手。迂闊に攻撃する事は出来ない。

 ……どちらも下手に動けない。下作な動きは敗北へと繋がる……。

 ……時間が経つ。

 顔に浮かび上がる汗……その汗が顔から滴り顎まで達する。

 ……重力に負ける水滴。それは顎の先で大きく膨らむと……限界まで肌に粘着していた水滴は……落ちて地面に触れる。

 ……ポタ。

 ……その音を合図に……二人の拳士の姿は消えた。

 彼等が繰り出す技は……互いの南斗の最も信ずる技。





           


                                 南斗邪狼撃







                                  裂獣嘴





  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……朝、か」

 ……もはや、一人っきりになってしまった家には……俺を起こす人間は居ない。

 いや、拳士を目指すようになってからは自力で起きるのだが。……休日などには俺を起こしに来る人が居た。

 ……その人達はもう居ない。……次の日になれば、俺はとりあえず拳の修行には励むだろう……けど、それだけだ。

 ……今の俺は、機械的に以前と同じ行動を取るのみ。……フウゲン様は、俺のそんな行動を見る度に悲しそうな顔をしてる。

 ……一度だけ、ジュガイに会った。

 『……腑抜けたか、シン。親を亡くしただけで貴様は軟弱になるのか!?』

 ……そう言われても、今の俺には怒る気力さえ沸かなかった。

 『……っ見損なったぞ! 俺は……そんなお前に勝つ為に修行してた訳ではない!』

 ……そう言って、一足早くあいつは鳥影山へと行ってしまった。

 ……だから、何だと言うのだ。

 ……母上は居ない。父上も居ない。……ぽっかりと穴の空いたこの心。

 ……恋していたユリアへの想いも……今では虚しく感じてしまっている。

 ……? ……何だろう、また、人の気配がした気がする。

 「……シン様、宜しいでしょうか?」

 ……ドア越しに聞こえる、少女の声。……誰だったろう? ……思い出せない。

 「……居らっしゃいますわよね? ……開けなくて宜しいので、私の話しを黙って聞いて下さい」

 「……シン様を、貴方様の心を救いたいと思う人は沢山居るのです。……ですから、どうか負けないで下さい、自分自身に」

 「……どうか、どうか前のように皆様の為に笑顔で動く……貴方様に戻って下さい」

 失礼します。……そう言い残し、その声は遠くへ去っていく気配がした。

 ……立ち直れ、か。

 ……立ち直る、と言ってもどのようにしなければ良いのか解らん。

 ……このままではいけない事は理解している。……だが、それでも今は俺は誰に対しても心を開けぬのだ。

 ……あぁ、また眠くなって来た。眠く……。


 ……このまま、母と父の顔が蘇る惰眠の底に埋まる……そう思った直後……。



 「……ン!」

 ……さい。
 
 「……シン!!」

 ……るさい。

 「シン!!!」

 ……五月蝿い!

 



                            「起きろ!!! シン!!!」





 
 怒鳴り声に近い、俺に呼びかける声に堪らず俺は叫んで扉を開いた!

 「黙れジャギ!! 人の家に不法侵入しといて何……を」

 ……言葉は、そこで途切れる。

 何故ならば、汗と、そして僅かに切り傷が服の切れ目から露出しているこいつは、勝利の笑みで何かの書状を出してきたからだ。

 「……遂に、やったぜ。……ほら、これが俺の鳥影山行きの許可証だ」

 「……お前」

 ……確かに、言った。こいつは俺に、一緒に鳥影山で修行しようと。

 ……だが、失意の底に堕ちていた俺は、そんな約束もすっかり忘れてて。

 「ジャギ、お前……」

 「一緒に、行くだろ鳥影山? ……嫌だって言ったって無理やり連れて行くぜ……」

 何故ならよ……そう言って、一区切りしてからジャギは朗らかな笑みを浮かべて言った。

 「友達(ダチ)が居なけりゃ、つまらねぇじゃん。なぁ、シン?」

 「……馬鹿だよ、お前は」



 ……涙を僅かに浮かべ、シンは顔を伏せて呟く。

 「……解った。だが、途中で投げ出すなよ? お前こそ」

 「うわっ、酷い言い方だぜシン」

 ……シン、ジャギ。

 ……かつては魂を売った男と、そして売られた男。

 その裏切りの関係である彼等の絆は……愛する者の死別を越えて一層高まるのだろう。

 ……だが、未だ全てが幸福に繋がる訳ではない。

 彼らの物語は……これをもって始まりを迎えるのだ。








                          さぁ      巨門は開く。









                後書き



       ケンシロウ外伝のボーモン登場。尚、邪狼撃と裂獣嘴のぶつかり合いの結果は、ボーモンの胸元に切り傷。
 そして、ジャギも体中に浅い裂傷を負い、ボーモンは自ら納得の意を示してジャギに合格を与えた次第。

 余談で町を闊歩していた悪党達を倒した時の傷の手当てをして貰ったのに更に傷を作った事によりサラに叱られました。

 ボーモンはすぐその後自らの国へ帰りました。幼馴染に土産話を持って帰り。




 



[29120] 【巨門編】第八話『巨門開放 未知なる旅路』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/22 12:11
 どの歴史にも結びつかぬ新たな巨門

 それは 多分かつて貴方は失われた鳥達の姿を目にするだろう

 だが それだけ 貴方は世界の引いたレールを壊すまではいかない

 だが それでも 貴方は知るだろう 彼等の想いに何かを秘めてたか

 それゆえに 貴方の心には きっと何時か開放を導く星あると願うのだ



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ジャギ、リュウケンからの課題をクリア。

 彼は、ボーモンとの決闘を終了させると、傷を治す時間すら惜しくリュウケンの元に駆けつけて答えを聞いた。

 「……それが、お前の答えか。ジャギ」

 ……リュウケンは、真剣な顔つきで浅い傷を負うジャギに何を見たのだろう?

 ……本来、北斗神拳伝承者候補となるのを認めているならば、その候補者が南斗聖拳候補者を目指すのを認めるなど
 有り得ぬ事だ。だが、その候補者は普通の引き取った者達とは違う。血の繋がりなくとも育て上げた息子で……。

 溜息を吐いて、彼は天を仰ぐ。

 ……伝承者候補に息子がなってから、少しは時間が経った。

 普通の人間なら一日で音を上げる修行。……それに泣き言言わず、それどころか正式な候補者とも渡り合えている。

 ……リュウケンは、彼の実力がここまで高い事を心の中では驚嘆していた。……本来正統なる血縁もないに関わらず
 あそこまでの実力……リュウケンは、ジャギの隠された実力を目の当たりにした後には気付かれぬように彼の出生を
 もう一度調べ直した位だ。……最も、ジャギが元斗やら泰山やら高名な拳法家の血を受け継いでいる記録は無かったが。

 (……どうすべきか。……北斗神拳と南斗聖拳、表裏一体の拳……もし、泰山や華山を切望するなら、ここまで悩まぬのだが)

 困る部分は、息子が望む拳の種類にもある。泰山・華山流ならば、それは俗世の人の拳。覚えようが自分は気にしない。

 だが、南斗聖拳は北斗神拳から外れて創立されし拳。言えば、北斗神拳の流れを汲んでいるのだ。故に、先人の
 北斗伝承者達も、南斗の繋がりには慎重だった。二つの拳はぶつかれば勝利する確立は北斗神拳が確実だと思えども
 死闘なれば確率は未知数。まして、鳳凰拳の場合新たな風が吹き込まれ勝率も楽観視出来ぬのが現状なのだから。

 ……息子が、サウザーと友人である事を知った時は……リュウケンも表の仮面の裏では、奇天烈な繋がりに目を疑った。

 この息子には、自分すら解らぬ未知なる力あると言うのか……ならば、それを伸ばすにしろ潰すにしろ……それは重要な決断だ。

 ……リュウケンは考える。誓約を果たしたのならば、その言葉を反故する気は更々無し……だが、もう少し粘ろうと。

 「……了承し得た。……だが、ジャギお前はずっと鳥影山で修行を試みるつもりなのか?」

 「いや、それについては考えているんだ親……師父」

 「ふむ? 聞かせてみよ」

 ……ジャギの考えた計画……それは以下のようなもの。

 まず、週七日の三日に関しては、この寺院で北斗神拳の修行を。

 そして、残り三日に関しては鳥影山での修行を。

 残り一日に関しては自身の意思でどちらかの修行をする。

 「……成る程、だが……それでは北斗神拳の修行は、お前の兄弟より遅れを取る可能性が高いぞ?」

 「鳥影山でも基礎の北斗神拳の修行は出来る。それに、遅れるようならば俺はその程度の実力しかないって事だよ師父」

 ……そう、気丈な笑みで言い切る息子は……何とも光溢れている事か。

 リュウケンは目を少し伏せて考える。

 ……ある意味、これは良い事なのかも知れぬ。

 息子を、自分は北斗神拳伝承者候補にしたは良いが……伝承者に選ぶ気は未だ……多分これからも決める気はなし。

 そうなれば息子に最初から無理な目標を進めてるも同じ事。……ならば、南斗聖拳拳士の道……もう、それを決めさせようと。

 勉学に努め普通の子として将来活躍するよりも、彼は既に拳士としての道を固く決めてるのならば……賛同するが親の勤めだ。

 「……解った。ならばそのように……」

 ……こうして、ジャギは師父であり育ての親から鳥影山行きの許可を決める。

 ……果てしなく、彼の物語には外れた道を……。


     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……ふむ、決まったか。ジャギ、これでお前の望みも叶えられたな」

 「……兄さん、おめでとう」

 トキ、ケンシロウ。

 彼等は、リュウケンから彼が許可を貰った事を聞くと、口々に彼の鳥影山行きを祝福する。

 「おう、トキの兄者にケンシロウ。色々世話になったな」

 「……トキ兄さんはともかく、俺は何もしていない……」

 「いや、ケンシロウだって俺の事応援してくれてただろう? 気持ちだけでかなり嬉しいもんだぜ。有難うな」

 ……そう言われ、幼いケンシロウはジャギの言葉を吟味してから丁寧に頭を下げて兄の気遣いに感謝の意を示した。

 「……しっかし、こうなるとケンシロウがラオウに扱かれてる時にフォロー出来なくなるな。兄者、頼んだぜ?」

 ……ケンシロウに厳しく当たる。これは、ラオウからすればケンシロウの未知なる力を引き出したくての事なのだが、未だ
 幼いケンシロウには、それを理解するのも酷と言えよう。彼は、未だ普通の子供の感覚も持っているのだ。
 ……ジャギは、出来る事ならケンシロウが伝承者となって活躍する場合、他人の事も考えて出来れば救世主となって欲しいと
 考えている。原作で、消えていった優しい人々を救う……それが出来れば、自分は早速この世界には必要ないのだから……。

 ……ズギッ。

 「……てぇ」

 「……頭痛か?」

 「……最近は何とも無かったんだけどな。……大丈夫だって兄者。本当にきつくなったらちゃんと言うから」

 「頼むぞ。……もう、お前が死に掛けるのは嫌だからな」

 ……トキは、ジャギの平静な顔の裏で、どのような苦しみを抱えているのかは見抜けない。

 だが、それを取り除けなければ後に何か自身の不安が具現化しそうで怖い。……トキは、だからこそサラや医者の元で
 医療を学んでいるのだ。……彼の医療の決意は、ジャギが原因で決まったようなものなのだから。

 「……」

 ケンシロウもまた、彼に対しては恩義がある。

 ……慣れぬ環境で精一杯に自分を介助しようとしていた兄。……それは、生まれて始めてと言って良い位で……。

 未だ、完全に心を開く訳でも無いが、ジャギを兄として好いてはいるのだ、ケンシロウも。

 「……頑張ってくれ、兄さん」

 「っ……へへっ、ケンシロウ、お前の一言。一番嬉しいぜ、おい」

 そう、ケンシロウが是可否かを口開く前に、ジャギはケンシロウの頭をクシャクシャに撫でるのだった。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 (???)


 「……おい、聞いたか? ……『あの事件』で活躍した南斗の拳士……どうやらこっちへ来るらしいぜ」

 ……未だ若い少年の声。……その正体不明の少年は、口々に興奮した声で周囲へと知らせる。

その話の内容に、側に居た数々の少年少女達は口々に自分の感想を口にする。

 「木兎拳伝承者を倒したって実力……どう言う奴等なんだろうな」

 「倒したのは飛龍拳の使い手だろう? その二人は手伝っただけだって聞いた」

 「まぁ、それでも伝承者を倒す手伝い出来る実力はあるんでしょ? ……見てみたいわね」

 「私は、可愛い子が来てくれたら何でもいいけどね」

 ……数々の少年と少女の声が聞こえる。……その正体は……多分。

 「……面白いじゃない。この鳥影山での洗礼……耐えれるかしらね?」

 「さぁ? 一週間も保たないかも知れないわね」

 女の子達の細く笑う声。そして……その中には聞き逃せない話もある。

 「……そいつ達に関してもかなり気になるが……紅鶴拳の伝承者候補……どうやら来るらしいぜ?」

 「……本当か? ……確か、以前別の修行場で他の十五歳程度の南斗拳士達を半死半生にしたんだろ? ……噂では
 そいつ達が先に手を出したらしいけど。その拳士……未だ俺達と同年代だろ? ……こりゃ、鳥影山も荒れるな」

 ……その言葉に、最初に口を開いた少年は、キヒヒ……と笑いつつ、こう言った。


 「……ヒヒ。まぁ、どんな奴が来ようとも……絶対俺は伝承者になってやるぜ。余所者なんぞに負けねぇ、主人公は俺だ」




 ……暗雲に似た何かが蠢く鳥影山……そして夜が明けるのだった。






      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 



                         「……はぁ!? 一緒に修行に来るぅ!??」








 
 「……そんなに驚く事無いと思うけど……」

 「いやっ、おま……考え直せって、アンナ」

 ……場所は打って変わり、其処は一つの酒場。

 酒は飲めない年なので茶を飲みながら聞けば、噴出しそうな内容。

 「別に良いじゃない。鳥影山って南斗の拳士の修行場なんでしょ? 私、今よりちょっとは強くなっても良いでしょ?」

 「ちょっと強くなるところの話しじゃねぇよ! 本格的な場所だぞ!? 死ぬ可能性だってもしかしたら……!
 ……と言うより、その前に金銭如何するんだよ? 鳥影山での修行するなら、どう考えだって金の問題」

 「ほれ」

 ……ジャギの言葉を途中で遮り……一つの紙切れを掲げるアンナ。

 「……何だ? これ? ……宝、クジ?」

 ……それは、紛れも無く宝くじ。……何やら途轍もない嫌な予感を覚えジャギはアンナを見ると……勝利の笑みを浮かべていた。

 「……まさか」

 「うん、それ当たってるんだよねぇ。……因みに、当たった金額は五千万」

 「五千……!?」

 ……最早、開いた口が塞がらないとは、この事。

 ……いや、ジャギは金を稼いだりしている横で、何やら筋力トレーニングやら南斗聖拳の修行をアンナがしているのは
 知っていた。……だが、アンナまで鳥影山行きを考えていたなどジャギには想定外。……そして、更に反則技で……。

 「……どうやって当てたんだよ」

 「企業秘密でーす」

 そう言って悪戯気に微笑まれたら……何も言えず。

 「……はぁ~、しゃあねぇな。……言っとくけど、鳥影山で危ない事あったら直に俺に知らせ……」

 「……ジャギ、多分私とジャギ。別々に修行すると思うよ。……ほらっ」

 ……また、今度は大きな紙をアンナは提示する。

 ……ジャギは目を通す。……その内容は。

 『……鳥影山での南斗聖拳拳士の修行、男性拳士と女性拳士との不純異性交遊の問題を危惧し近年で別々の修行を……』

 その内容は、要約するとジャギとアンナが共に修行する事は限りなく無い事を指摘していた。

 「……あ、うん。……つまり、男性拳士と交わる事ないって事は安心だな」 

 気を取り直してのジャギの台詞。それにアンナは何事も無かったように応じる。

 「そりゃあね。ジャギとは普通に過ごせるけど、私、言っとくけど未だ男性ばっかりの場所に居るなんて無理だし」

 「……あぁ、そうだったな」

 ……アンナの男性恐怖症。失念していたのは自分だけだ。

 思えば、子供っぽい性格かも知れぬが、アンナは自分より二つも年上……己の事を自分より良く知ってる。

 「……まぁ、休み時間位なら会えるから。寂しがらないでね?」

 「誰が寂しがるんだよっ、誰が!」

 ……だが、そんな暗い問題も、二人は考えず普通に口喧嘩などしつつ光ある未来を考えて進むのだった。

 ……その先に有る……闇をも振り払おうと懸命に……。



      ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……あいつ達、遂に南斗拳士として本格的に修行するのか。……こっちで過ごすのも、結構少なくなるのかねぇ」

 ……ジャギや、アンナが居ない酒場で、帰ってきたリーダーは、哀愁漂う背中で酒を呷る。

 「……思えば、ジャギには昔っからアンナを守って貰ってばっかりで……俺はそんなあいつが如何言う気持ちでアンナ
 を守ってるのかも気にしないで自分の好きな事やってて……これじゃあチームのヘッドとしても失格だよな」

 「……アンナ。てめぇは鳥影山へ行くって俺に言った時……俺すら断れないかなり決心した顔してたな。……ジャギが
 ぶっ倒れた時もそうだが……最近はお前が何を考えているのかも知れねぇ……お前は、一体何を考えているんだ?」

 「……てめぇ達が幸せになるように……俺は祈ってはいるけどよ」

 ……二人を昔から知り、そしてその気持ちの半分も理解し得ない事に苦悩しつつ、リーダーは酒を含み憂う。

 ……そして。








 
                               遂に   鳥影山行きの当日となった









             後書き




  某友人『月曜日はゆめにっきをプレイ~♪ 火曜日は青鬼をプレイ~♪
 水曜日はのび太のバイオ~♪ 木曜日はイケニエノヨル~♪
 金曜日は呪怨をプレイ~♪ 土曜日はかまいたちの夜~♪
 日曜日は紅い蝶~♪ これが私の一週間~♪


     

   個人的に一番怖いと思えたのはイケニエノヨルでした。


   因みに一番好きなキャラクターは紅い蝶の繭ちゃんです。











[29120] 【巨門編】第九話『門迎えし二羽と 紅鶴』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/10 08:07


 かつて、その先に光があると信じていた者が居た。

 その者は、余りにも不器用で、そして耐え難い程に愚直に生きていた。

 自分自身すら偽り、そして憧憬へと憧憬を宿し彼は羽ばたくのだろう。

 ただ ただ その光を振りまけば 全てが 幸福に満たされると祈願し。

 それは きっとまたIFの可能性。 今は最早失われた過去の記録



     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・








 ……鳥影山。

 それは闇闘崖と言う奈落に近き崖が付近に有り、そして針穴の轢かれた穴の上にある人一人分の立てる岩ある場所も有る。

 言えば、自然による拳士達の修行場の宝庫。其処では、数々の伝承者達が修行をしていた。

 フウゲン、ロフウ・リンレイもまたその内の一人。此処は、数々の拳士達を生み出した、もう一人の親なのだ。


 ……其処へ、脚を踏み入れる三人の人影。

 「……此処か、鳥影山か。……近づけば近づくほど何やら普通の山と違う圧迫感が有るな。……成る程、修行場に成る訳だ」

 ……金色の長髪。笑えば柔らかな顔つき、だが今は多少の影が彼の顔を異色の意味で美しく際正せている。

 彼の名はシン。孤鷲拳伝承者候補であり世紀末はKINGの名を併せ持つ人物。

 彼は、その実力から肌で鳥影山から放たれる何やら普通の山と異なる気配を肌で感じていた。突き刺すような……気配。

 「まぁ、それでもやるしかねぇだろ。お前は孤鷲拳伝承者を、俺は……未だ全然決めてねぇけど」

 「ジャギ……お前は本当に頼むから一つでも何の伝承者候補を選ぶか決めろ。そろそろやばいぞ」

 ……その彼に発破をかけようとして、自分の言葉に少しばかり悩むのは……ジャギ。

 黒の髪の毛を逆立てて、三白眼ながらも雰囲気は別段普通の人と変わらない。だが、未来では死ぬ可能性を定めている。

 世紀末では破壊者となり救世主の名を騙る男。今は何の因果が別の人間の精神が彼に住まっている。

 そして、彼は漫画として今の世界を知るが故に変えようとして動いている。今は、その変える努力の真っ最中である。

 二人とも未だ十歳程ながらも、大の大人には平気で勝てる実力を優に備えている。

 ……そして、そんな二人に付き従う……同じく金色の髪ながらバンダナでそれを縛り、黒い皮のジャケットを羽織る少女。

 「まぁ、今から気にしたって仕方が無いよジャギ。シンも、そんな難しい顔しないでスマイルスマイル! 折角今日から
 新しい生活が始るんだからさ! ……まぁ、私も正直二人と別々で大丈夫か心配なんだけどね」

 最後の泣き言は聞こえぬように。

 ……彼女も、また南斗の拳士の卵。だが、その経緯は普通の人には知らない。

 彼女が強くなろうとする理由は、言わば自分が世紀末直後に迎える悲劇に打ち勝ちたいが為の理由。
 ……その、彼女が抱える闇を、未だジャギやシンは推し量れない。……ゆえに、彼等はアンナの笑みを素直に受け入れる。

 「……まぁ、今から先の事なんて気にしても仕方が無い……か」

 「だな。……アンナ、絶対に俺は南斗聖拳極めて、お前もシンも守るから見とけよ」

 「はんっ、貴様に守って貰う? 俺がお前を守るんだろうが、ジャギ」

 「何だとこの野郎」

 守るのは俺だ、いや、この俺だと言い合う二人。それを、アンナは遠巻きに穏やかに見守りつつ、その瞳は何処か寂しそうに輝いていた。



      
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 ……木々が周囲を包み、ある程度の建造物が申し訳程度に建てられている。

 建物の中心には人工的に造られた床がり、その床の上に佇むのは一人の男性。

 「……こんちは、オウガイ様」

 「……ふむ、ジャギ、シン、アンナ来たか……息災なく何より……」

 「サウザーは?」

 「今は、山奥にて修行だな。……しかし、アンナお前も修行するのか?」

 そう、まじまじとオウガイ……鳳凰拳伝承者はアンナを見た。
 
 彼は、ジャギとシンが伝承者を目指すのは知っている。だが、アンナの実力に関しては余り知りえない。

 以前は南斗聖拳の基礎も余り身につけてなかった気がしたが……。

 「うん、オウガイ様。ほらっ、これ位は出来るようになりました」

 ……そう言って、一つの石を放り投げて手刀を当てる。

 ……すると、両断……とは言わずも深い切れ込みが走る。それに、オウガイは頷くと言った。

 「……成る程。……だが、お主は女子、余り無茶はするな。……拳士の道は、お主が想像する以上に過酷じゃろうからな」

 「解っています」

 アンナは、オウガイの立場を理解し丁寧に応じる。

 ジャギとシンはオウガイとアンナの会話を聞きつつ、アンナが切断しかけた石を拾い上げて話す。

 「……未だ雑だが、ちゃんと切れ込みが走っている。……アンナの奴、俺達に隠れて修行をちゃんとしてたらしいな」

 「う~ん、一緒に走ったりした事あるけど、あいつのちゃんとした修行してる所を俺は見た事ねぇしな。……だから何とも」

 「二人とも何こそこそ話してるの?」

 ヒソヒソ話している所をアンナに見咎められ、二人は何でもないと首を振る。

 「もう……それじゃあ、私先に行ってるからね?」

 「……へ? あ、あぁ」

 ……男性と女性拳士の居住場所は異なる。ゆえに、居住区も、今オウガイが立っている場所から左右に分かれる事となる。

 オウガイが今この場所に居るのも、その場所が一番確実な目印となる場所ゆえに。此処が、ジャギとアンナが
 別々に修行する分かれ道なのである。……安心させる笑顔で、ジャギの心配そうな顔へとアンナは口を開く。

 「大丈夫。私だって危ない真似はしないよ。女の子同士で住むなら、そこまでジャギも心配しなくて良いでしょ?」

 「……まぁ、そうだが……本当に気をつけろよ?」

 「ジャギこそ、初日から躓くような真似しないでね。じゃっ……」

 また、後でね? と、アンナは笑顔で手を振り別の道へと進む。

 「……何と言うか、ちょっと変わったなアンナ」

 ……シンは、アンナの今までの行動と態度を少しばかり疑問に感じる。

 アンナにとって……ジャギとはある種依存している人物だったとシンは過去からの付き合いゆえに考えている。

 だが、最近になってジャギに余りベタベタと接触する事も無かった。それは、単なる成長と考えるべきなのか……。

 「シン、ぼうっとせず行こうぜ」

 「……うん、ああ」

 (ジャギ、お前は平気そうだがアンナの違和感に気付かぬのか? ……お前が、一番彼女の近くに居ると言うのに)

 
 ……絶望を経験し、それゆえに負に敏感なシンの不安。それはジャギの生き様に……多少翳りを今から見抜き。

 ……彼らは、それを今は押し隠しつつも歩く。



     
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……鳥影山、男性拳士居住区付近。

 二人は歩く。山林が周囲を生い茂りつつも、また人工的な建物が幾つか建てられている場所を。

 だが、徒歩で前進する二人の居心地は余り良くない。

 「……見られてるな」

 「あぁ……しかも、かなり多数だ」

 ……体中に何やら張り付く視線。

 それは木の上からだったり、または木の陰だったり。

 居住の建物の影から、そして前進した後の背後からも感じる。

 「……新入りは余り歓迎しないって事かねぇ?」

 「解らん。……だが、快くパーティーをして出迎えてくれる雰囲気ではないだろう?」

 そう、冗談めかしつつもシンの気配は何時でも迎撃出来るように気を張り詰めている。ジャギも同様だ。

 「血の宴なら仕出かしそうだけどな」

 「かも知れんな……少し奥へ進むか。視線が少ない場所へ……」

 ……二人は、見えぬ視線の少ない場所へと足を進める。

 正体不明の視線に関しては後を付いてくる意思は無いらしく、徐々に二人が前進していけば視線の数も減っていく。

 ……そして、随分歩いてから彼らは視線が一つだけになると立ち止まった。

 「……一人だけ付いてきてるな」

 ジャギも、今では北斗神拳候補者である身。視線の数程度ならば感覚で知れる程には鍛えてはいる。

 シンもまたフウゲンの元で修行してる身。彼もまた視線の思惑は知らぬものの、その方向へ向けて体の向きを変えた。

 「あぁ。随分と俺達にご執心な事だな。……出て来いっ」

 ……カサカサと、木の葉が揺れる音。

 暫くの無言、そして中々出てこない謎の視線に二人は一応の警戒を以って臨戦態勢へと入る。

 ……フウゲンからも、こう聞かされた。

 『良いか? 鳥影山での修行。単なる今までの修行と同じと考えるな』

 『あそこでは、日々同じ伝承者候補ならば蹴落とそうと考えておる。何せ、南斗聖拳拳士に正式になれば社会的な恩恵は
 普通の者ならば喉から欲しいところじゃからな。ゆえに、お前達を目の敵にする輩もおるじゃろう。心せよ』

 ……南斗聖拳拳士。その力は普通の武装した人間すら一騎両断出来る力も魅力的だが、一番は社会的な地位であろう。
 
 警察官のような力も行使出来るし、今の不安定な世間では南斗聖拳の拳士を優遇している。

 それに、伝承者なれば弟子を育てると言う事で国家から直々に費用を出すとも言われている。つまり、生活に保証が生まれるのだ。

 このように色々なメリットがあるのに多数の門下が居ないのか? いや、居るには居るが才能に恵まれた人数が圧倒的に少ない。

 しかも、その地位を固執し同じ門下生を蹴落とそうと考える人間だって少なからず居るのだ。

 鳥影山。其処は修険の地なれど、様々な危険な思惑も巣食う場所なのである。

 (……俺達で先に仕掛けるか?)

 (いや、もう少し待て……俺とお前で挟み撃ちにする方が良い)

 構えるジャギと、不動の姿勢ですぐにでも動けるようにしているシン。

 ジャギの構えは腰を屈ませ、そしてすぐに邪狼撃を撃てる態勢……今の彼には一番の構えである。

 シンもまたフウゲン師父から承れた最高の姿勢がそれである。どちらも己の最も信ずる構えで未知なる相手を迎えようとする。

 ……そして。







                                ……パッ……。







                              「……キヒヒ、ようこそ鳥影山へ」





 ……現われたのは、どうも奇妙な格好した少年。

 ゴーグルを被り、そして破れたジーンズに普通のジャケットと言った格好の少年が歯を見せつつ笑い目の前に現れる。

 木の上から飛び降りたと言うのに関わらず平然と直立していると言う事は……彼もまた伝承者候補。

 「……何者だ?」

 シンは、警戒して構えを崩さず彼へと問いかける。敵か味方が知れぬ者に彼は隙を見せる気はない。

 正体不明の少年は、まぁまぁと手を上げてシンへと口を開く。

 「とりあえず、その殺気だった拳抑えてくれよ。俺は、言っとくが案内……サポーターだと思って構わないからよ」

 「サポーターだぁ? 別に必要ねぇぞ、そんなの俺達」

 ジャギの言葉に、彼は表情解らぬゴーグルをジャギへ向けて言う。

 「キヒヒ……忠告は素直に聞いた方が良いぜ? 何だって鳥影山に一応一年程過ごす俺が言うんだ。伝承者を目指して
 この場所で何人もリタイアしてる。何故かって言えば他の門下生に洗礼……苛められてだな。此処では他所から入ってきた
 人間は馴染むのが難しい。適当にグループ作るのが利口さね。俺は、新人君が上手くやっていけるようにしてるだけさ」

 説明し出す少年。それは理に適っているものの格好が説得力に欠けていた。

 「……胡散臭いな。それで、お前が何を得する? 単なる善意な訳では無いだろう」

 孤鷲拳に気に入られようとする思惑か、それとも別の罠なのか?

 判断付かずもシンは未知の少年に対し素直に言葉を受け入れられない。……だが、少年は意外な事を言う。

 「……う~ん、言うなら俺がヒーローに成りたいからかな」

 「……はぁ?」

 シンの怪訝な声に構わず、彼は出した歯茎を引っ込めて独り言のように呟く。

 「南斗拳士に半人前とは言えなったからには、英雄行為には憧れるだろ? 俺は、俺の手で誰からもヒーローだって
 言われたい訳よ。だから、これも俺の目標の為の活動って訳。……これで、俺の理由は解っただろ?」

 そう言って、ニヤリと笑う少年に……ジャギは考えてから言った。

 「……ヒーローって、バットマンとかスパイダーマンとか、そう言う?」

 その、ジャギの言葉に少年は笑み浮かべて言う。

 「そうそう! 特撮やアメコミのヒーローって憧れだろ!? 南斗聖拳伝承者になればそう言うのも可能だからさ」

 ……成る程……この少年は害は無い。

 むしろ、小さい頃からの夢を追い縋る……はっきり言えばこの世界では普通の夢を追う子供だ。

 シンも、そんな無邪気な言葉に毒気が抜かれたのが、今はもう構えていない。

 「……ふぅ、とりあえずお前が俺達の敵で無いとは理解した。……俺は」

 「孤鷲拳伝承者候補のシンだろ? あんた意外と有名だぜ」

 「……そうか」
 
 名乗る前に正体が知られていると言うのは余り良い気分ではない。

 シンは、この少年に対し少しばかり今から苦手意識を持つ。

 「……俺は、ジャギだ」

 「……ジャギ。知らない名前だな……普通にただの新参者か。特に誰かのコネで入った感じでも無いな。……何で
 孤鷲拳のシンと居るのか解らないけど、この鳥影山に入ったって事は自信は有るんだろ? まぁ、仲良くしようやお二人さん」

 そう言って両手で彼は二人の手を掴み握手する。

 あからさまな友好的態度に、少年二人は辟易しつつも、彼が最初の質問に答えてない事をここでようやく思い出す。

 「で? お前は誰なんだよ、名前は?」

 「うん、俺が誰か? ……俺は」

 そこで、彼は自分を指して自慢気に言い切る。








                       「俺は、南斗鶺鴒拳伝承者候補。名前は背黒鶺鴒のセグロだぜ」










      
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……日が少しだけ更ける。そして、その山中で驚きの声が一つ。

 「へっ!? それじゃあお前が一緒に木兎拳伝承者ぶっ倒したって奴か! ……はぁ~、お前が……」

 「つっても、俺は居合わせただけだっつうの、銃弾浴びただけで何もしてねぇ」

 「あ、何だ大した事してねぇのか。てっきり主人公属性有ると思ってたんだけど」

 「……何だ、主人公属性って」

 この少年、セグロと名乗る少年と話してジャギが感じた事。

 どうも子供の頃から漫画や映画に毒されているようで、話しの中に度々『主人公』と言う言葉が上げられている。

 南斗の拳士に憧れるのも、本当に漫画のヒーローのように成りたいからなのだろう。……そして、彼が担う拳。

 南斗鶺鴒拳……正統108派の上位の拳の一つ。

 彼曰くこう言う拳らしい。

 「鶺鴒は空を自由に舞う事が出来る! 鶺鴒拳極めれば制空権を自在に得るも同然! 飛びかかる敵を嘲笑う如く
 空駆け抜けて翻弄しつつ敵に一太刀を浴びせる事が出来る! 主人公を目指す俺としては、ぴったりの拳だろ?」

 そう、得意げに指を振って自慢する彼。

 「主人公になれれば女の子にも『きゃーセグロさん素敵~! 抱いて~!』って言われるようになるし、何よりも
 ハーレ……ゲフンゲフン! うん、女の子達の味方として有名になるからな。伝承者には命懸けで成らして貰う」

 「今、お前ハーレムって言おうとしただろう」

 「と言うか、不純な動機だな」

 ジャギ、シンに突っ込まれつつも気にせず笑うセグロ。ジュビジュビッと妄想が頂点に達して変な笑い声まで出す始末だ。

 「……ヒーローねぇ。まぁ、なれたら凄いだろうな」

 「あぁ。なるさ……」

 ……そう、僅かな呟きの中で覗かせた顔は何やら深い憂いも秘めており。

 今話した不純な動機だけが、彼の英雄思想の理由ではないのだろう。

 「……あぁ、そうそう。俺の今住んでいる寮。そっちの方だろ、お前等も?」

 気を取り直すような感じで、セグロは彼等へ問いかける。

 「寮……まぁ、多分俺はそっちに住むな」

 「まぁ、俺も金を出して一室借りるよりはジャギと共に住む方が退屈せんだろうしな」

 ジャギは主に金の問題で。シンは一人で住むよりはジャギと一緒の方が今の精神的には良くて。

 二人の答えにセグロは言う。

 「だったら、俺の親友二人明日にでも紹介するよ」

 「その二人も、伝承者候補か?」

 「あぁ。一人は交喙拳伝承者候補。俺の突っ込み担当、ちょっと口下手だけど気の良い奴。それと蟻吸拳伝承者候補。
 あいつとは俺ちょっとした朋友だからな。まぁ、時折趣味の食い違いで論争するけど……」

 その趣味とは何なのか少し興味あったが、ジャギは何か嫌な予感がするのでその時は聞かなかった。

 「とりあえず、今居る奴だけでも紹介するよ。……あそこの大樹で一緒に居る二人組み……あいつらも伝承者候補さ」

 そう言って、セグロは白と言うか銀髪の少年と、その少年に寄り添うように居る黒い長髪の物静かな雰囲気の少女を指す。

 「あっちの野郎が斑鳩拳伝承者候補のシンラ。そしてあっちの大和撫子系美女の女の子は銀鶏拳伝承者候補のカガリちゃん」

 そこで、セグロは口を噤み……そして近くの木を殴った。

 「如何した?」

 「……シンラの野郎~、あいつ何時の間にカガリちゃんと仲良くなってんだよ? 銀髪でクールな熱血漢って何処ぞの
 駄作ゲームの主人公だっつうの。モゲろぉ、モゲろぉシンラめ……この前カガリちゃんにアタックしようとしたら
 指弾打ち込んで来やがってぇ……一週間背中の痣が消えなかった恨み……何時か食事の時に下剤を流し込んでやる……!」

 「……欲望ただ漏れか」

 「醜すぎる嫉妬だな」

 ジャギとシンから厭きられても構わず木へと殴っていたセグロだが、落ち着きを取り戻すと二人を従い歩く。

 ……その三人を、話題に上った銀色の髪の少年と、黒い長髪の少女はじっとその背を見送った。

 「シンラの奴は指弾使いで、カガリちゃんは投擲武器を主に使う拳士なんだよな。何ていうか主人公っぽいシンラと
 ヒロインっぽいカガリちゃん。俺……俺の将来のハーレム候補をイの一番に潰しやがってあの野郎……!」

 血の涙が幻覚でなければ流している。ハーレムと言う言葉さへ先程控えた筈なのに、もはや言い切ってしまった。

 欲望に忠実だと(良い意味で)思いつつ、ジャギはそろそろ正気に戻す為に声を掛ける。

 「さっさと紹介続けてくんねぇか?」

 「……うん。それじゃあ阿比拳のハシジロ。ほれ、あそこで座禅してる奴」

 そう言って半ば興味無さそうに指した人物。それは黒人の少年だった。

 「……外人も居るんだな」

 「シン、お前が言うか、お前が? あいつ、水鳥拳の派生らしいぜ」

 金色の長髪のシンの言葉に、セグロは突っ込む。

 「水鳥拳! ……そういや、レイって何処に居るんだ?」

 水鳥拳の名にジャギは飛びつく。セグロは意外そうな声で言った。

 「何だ、レイを知ってるのか? ……あいつなら山奥で今修行中だな。明日にでも帰るだろうけど」

 その言葉に少しだけがっかりしつつも、明日になればレイと出会えると思うとジャギは安堵した。

 何せ、主要キャラの鬱フラグを破壊出来なければ、世紀末の悲劇を食い止められない。

 セグロは、ジャギから飛び出したレイの言葉を聞くと複雑そうな顔で呟く。

 「レイねぇ……あいつモテるから正直嫌いだわ。うん、本人にそう言ったら微妙な顔されたけどな」

 ……どうも、彼は美形の男は全員嫌いらしい。

 「シン、言っとくけどお前も俺嫌い。ジャギは良いぜ」

 「……これは、殴った方が良いのか?」

 「シン、どう考えても俺が殴るべきだろJK」

 ……タンコプを一つ作ったセグロは、気にせず紹介を続ける。

 「後は……丹頂拳の使い手のあいつは今外出してるし……千鳥拳のダイゼン様はシュウさんと一緒に墓参りだろうしな」

 「シュウ……白鷺拳伝承者だろ」

 ジャギの半ば確信めいた問いかけ。セグロは不思議そうな顔で口開く。

 「……お前、本当に鳥影山初めて? ……あぁ、先代のカラシラ様は事故で亡くなってから直になったよ。元々実力者
 だったし当たり前なんだけど、未だ自分の拳は未熟だって伝承者になっても此処ら辺で修行してるよ」

 「……カラシラってのは?」

 「カラシラ様、な。シュウさんの師父。昨年ぐらいに自然災害の事故に巻き込まれたって言うけど……俺達全員疑ってる。
 何せ南斗聖拳伝承者がそんな簡単に死ぬ訳ないしな。この事故には何か裏があると思うんだよな……」

 セグロの言葉に、ジャギは苦しそうな表情を浮べる。

 (……デビルリバースの影響は、シュウにまで及んだのか)

 ……予知も何も出来ず、止められなかった。

 それは、決してジャギの原因でないにしろ。責任感の強い『彼』は、原作の人物の起こす悲劇を食い止められず気にする。

 「……平気か、ジャギ? 顔色悪いぜ。……って、ちょい待ったお二人さん」

 ジャギの顔色を心配するセグロ。だが、直に慌てた様子で二人を立ち止まらせ……そして木陰に飛び込む。

 「何だ、一体?」

 「大声出すな、気配を消せ。……なぁ、最初に鳥影山で洗礼される危険性があるって言ったろ? ……あいつもそう」

 ……セグロの指す方向、その方向から歩く一人の少年。

 木の枝を指揮棒のように振りつつ口笛を吹いて歩く少年は、精神的に幼い様子を感じると共に、何か違和感があった。

 ……まるで、何か別の生き物が兎やら無害な動物の皮を被ってるような。

 その、少年より大柄な拳士が歩いてくる。その拳士は、前から歩いてくる少年へと気付き一瞥する。

 ……一瞥、ただそれだけ、それだけだったのに。

 「おい、待ちなよ、あんた」

 「あん? 何だ一体……ガフッ!?」

 ……呼びかけられる大柄な拳士。そして、気が付けばその拳士を押し倒し組み伏せてマウントポジションを取る少年。

 その少年の瞳はオッドアイで、片目の色違いの瞳は不気味に大柄な拳士を映している。

 「お前、今俺の事睨んだだろ?」

 「は? ち、ちが」

 「いけないよな~、そう言う悪い事するなって親父に言われなかったのか?」

 「違う! はな、離せ……!」

 「離さないに決まってる……だろぉ!!」

 ドシュウウウウウゥ……!!

 ……一瞬にして起きた惨状。

 大柄な拳士は、地面に縫い付けられた片腕に気付き絶叫する。

 それを見て笑う少年。その手には既に指揮棒代わりの木の枝は無かった。

 持っていた木の枝を使い大柄な拳士を縫いつけた少年は金属音のような笑い声を出して彼を見下ろす。

 「キィッ! キィッ! ……ハヤニエ完了だなぁ……南斗聖拳もまともに使えねぇ野郎が生意気に歩くなよ」

 






 「……何だ、あいつ」

 「あいつがこの鳥影山で南斗の門下生潰してる問題児……百舌拳候補者のチゴ。可愛げのある名前に騙されるなよ。
 あいつ、名前と違ってサディストで危ないから……あいつに潰された拳士、何人目だろ?」

 ひい、ふう、みいと指折りで数えるセグロを尻目に、シンは立ち上がり、そのチゴへ歩き出そうとしている。
 それに気付き、慌ててセグロはシンの体を両腕で回しこみ動きを封じる。その行動に睨みつけるシンへと、慌てて彼は言った。

 「止せって! ……あいつの周りの奴等が今の事無視してるの何でだと思う? 厄介事に巻き込まれるのが嫌なのも 
 あるけど……一番は鳥影山であぁ言う風な事が起きても大抵は黙認してるからなんだよっ!」

 「何? ……あんな暴挙をか?」

 動きを止め、話を聞く態勢になったシンへセグロはホッとすると説明する。

 「そうそう。鳥影山は基本的に強い人間の修行を望んでいる。あいつのハヤニエ趣味は最悪だけど、それでも弱い拳士
 を蹴落とすって意味では役割り果たしてるんだよ。あいつの洗礼逃れられない位じゃ、此処じゃ生活出来ないって訳」

 「……気にいらねぇ。それじゃあ女性の拳士とか、勝手も解らない新人は餌食じゃねぇか」

 青筋立てて、先程のチゴの行動に唸るジャギ。セグロは首をすくめて言い返す。

 「あいつ、基本的に女性拳士は狙わないよ。それに、この鳥影山に来るんなら最低限の力を所有して当然だろ?」

 セグロの言葉には一理ある。勝負の世界に踏み込んだからには、その世界のルールーが存在する。この鳥影山は基本的に
 弱肉強食が法律。その法律に負ける人間はそもそもこの場所へ踏み込む資格はないのだ。

 チゴが、散々その大柄な拳士を嬲り満足して去った後。頃合を見て三人は徒歩を再会する。

 「……まぁ、基本的に洗礼は女性拳士は女性拳士に。男性拳士は男性拳士で行われる。チゴは未だ襲い掛かっても相手が
 ちゃんと実力あれば引き下がる程に弁えているからマシだな。……まぁ、結構愉しんで洗礼をやってるけど」

 「……アンナの奴は大丈夫かな?」

 小さく、ジャギはアンナへと懸想する。

 あのような洗礼が日常茶飯事ならば……そう思うだけで、アンナの安否を考えジャギは不安になるのだ。

 「……まっ! 基本的な紹介はこれで終わり! ただいまから俺の将来の嫁候補にあたる女性拳士『誰が嫁だ!』」

 女性拳士を自分の嫁と謳いテンションを上げて紹介しようとするセグロ。

 ……その瞬間、セグロは一人の飛び出してきた拳士に殴り吹き飛ばされた。

 華麗な程に錐揉みで吹き飛ばされるセグロ。その余りの出来事に呆然とするシンとジャギ。

 気が付くと、茶髪で何処にでも居そうな普通の少女が、吹き飛ばされたセグロの背中を何度も踏みつけていた。

 「誰が嫁だ、誰が! あんたまた根も葉もない噂流そうと……ったく!」

 「あのぉ……どちら『ジャギ! 此処に居たんだ!』……ってアンナ?」

 ジャギが彼女が誰なのか聞こうとした瞬間……手を振り、満面の笑顔で短い再会を喜ぶアンナ。

 ……この少女は何者なのか? そう考えていたら相手がその解答をくれた。

 「紹介するね! 私がさっき出来た友達……名前は」

 「良いわよ、私からするから。……馬鹿の相手してくれ有難う、私の名は」

 馬鹿、と呼称する倒れたセグロを止めとばかりに強く踏みつけ、彼女は勝気そうな顔で、二人へと名乗った。







                          「私は、南斗雲雀拳伝承者……候補のハマ」





    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 その日、南斗雲雀拳を担い手とするハマは空を仰ぎつつ呟いていた。

 「すこし雲行きが怪しいわね。……降らないと良いんだけど」

 降ると気分悪いのよね、と呟く彼女を拳士だと理解出来る人間は何人居るだろうか?
 彼女が拳士となった出生。その出生に別に何も異常はない。

 復讐する相手とか、そのような重い過去もなく、普通に南斗の拳士になれば将来社会的地位が良いと思ったから希望した。

 南斗聖拳が相性良いと解ったのも、護身武術を習っていた時に偶々今の師匠の目に止まっただけであり、別に彼女は
 世間一般の少女と何も違わなかった。……そして、彼女は今日も南斗の拳士として修行をする。鳥影山で。

 「ハマ~、マニキュア無くなったから買ってきてくれない?」

 「はぁ? あんた一人で行って来なさいよ」

 着替え終わり、彼女は今日はどのように過ごすか考える。別段今日は修行に専念しなくても良いし、かと言って
 暇潰しに外へ出るには雲行きも少し怪しい。ならば寝て過ごすかと思っていた時にルームメイトからの言葉。

 「良いじゃない。あんた最近太ったって気にしてたから」

 「……言うじゃない」

 暫く、睨みあう少女二人。

 先に仕掛けるハマ。突き出した手刀が相手の髪の毛一房を狙う。

 その手刀をだらしなく露出した服装のまま少女は手刀を片手でいなし、同じくハマの髪の毛を狙い打つ。

 このように日常でも彼女達は小競り合いで南斗聖拳を使う。……まぁ、これはある程度の南斗拳士なら日常的な風景だ。

 ……ピッ。

 暫くの手刀の応戦の後に、一本だけハマの髪の毛が落ちる。

 「それじゃあお願いねぇ」

 してやったりと、髪の毛を落とした少女。布団にくるまり睡眠を再会する少女を恨めしげに睨み彼女は外に出る。

 「降って濡れたら……あいつのベットに放り投げてやる」

 そう決意を言葉にしつつ彼女は歩いていた。……そして、道中に彼女は一人の人影と鉢合わせになる。

 「うん?」

 「……えっと、此処は違うか……となると、目的地は」

 ……何やら一枚の紙片を片手に首をキョロキョロと回している少女が居る。

 その少女の格好は、男者っぽい黒の皮ジャケット(しかも赤い狼が貼られた悪趣味な奴)に、スカートと言う出で立ち。

 ハマは、この時は彼女が拳士だとは見えなかった。そのような感じの服装で歩く南斗拳士はまず居ない。

 「ねぇ、何を捜してるの?」

 彼女は、別段困ってる人を放っておく程に冷情ではない。その少女へ近づき声を掛けたのだった。

 「あっ、こんにちは。ちょっと、場所が解らなくて」

 そう、助けて貰える事を理解して、少女は笑う。

 (明るそうな子ね)

 ハマは、単純にその少女の笑顔が女性の自分でも素敵だなと感じた。

 だが、それまで。その時は少女が誰か別の拳士の知人か何かと思っていた。だが……。次の瞬間だった。

 突然吹いた風。それは結構な強風で彼女の背中から一枚の大きな新聞紙だろうか? それが向かってきた。

 ぶつかっても危険性はないだろうが、それでも反射的にハマは後ろ! と彼女へ向かって叫ぶ。

 振り返る少女。避けるか何なりしてくれれば、自分の拳でその紙片を破り……。

 パシュッ!!

 「……何?」

 ……そう思った直後。その大きめの紙は少女の目の前で二つに裂かれた。

 その光景に沈黙するハマ。そして、何事も無かったように、彼女は自己紹介した。

 「私、アンナ。これからこっちで住むんだけど、良かったぁ、貴方見たいに親切な人に出会えて」

 「……はぁ?」

 ……そして、ハマは理解する。この少女が、自分と同じ南斗聖拳の拳士なのだと。





   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……成る程、あんたフウゲン様の弟子ね。それじゃあ孤鷲拳候補者?」

 「ううん。私、あんまり才能ないって言われてるし、だから此処で自分の出来る事探すつもり」

 「そう。まぁ、此処には108派の伝承者達が集まる場所だからね。じっくり考えてみると良いよ」

 ……暫く会話をして、ハマは理解する。

 この少女は一見は普通の女の子だが、その南斗の拳の力は本物だと。

 そして、女の子ならではの話題や趣味も自分に近い。俗世間から南斗聖拳拳士を目指してた彼女には、そんなアンナの
 世間に馴染んだ自分と同じ気配がすぐに好んだ。そして、暫くして彼女もまた、誰かさんと同じく鳥影山を案内する。

 「運が良いよアンナは。女性拳士には、新人の子を苛めて洗礼する奴等も居るしね。まっ、雲雀拳の私が一緒に居る
 時は私が何かと助けるよ。此処でのルールーを一年理解している私が居れば、大抵は何とかなるから」

 「それじゃあちょっと言うけど、私、ちょっと男性恐怖症なんだよね。それでも、大丈夫?」

 「そうなの? ……あぁ、でも大丈夫。私の知っている仲間にも、男性は駄目って子居るから。闘いは別としてプライベートね」

 「……私以外にも居るんだ。そう言う人」

 南斗聖拳拳士には居ないと思っていた。と意外そうに言うアンナに。ハマは微笑みつつ言う。

 「結構、色々抱えている子って一杯居るよ。でも、此処では力があればそう言う事は気にしないからね。だから、私達は
 鳥影山をもう一つの親と思って修行している。アンナも、自分の両親の事は此処では一旦忘れて、鳥影山で鍛えな」

 「……私、両親は物心つくまえに死んだから」

 「あっ……御免」

 ハマは、失言したとばかりに頭を垂れる。

 アンナは、そんなハマへと逆に励ますように言い切るのだった。

 「大丈夫! 私の事を大切に思ってくれる人一杯居るから。フウゲン様に、オウガイ様に、ジャギに、シンに……」

 「え、ちょっと待って。今、シンって言った? あの、孤鷲拳伝承者候補のシン様の事?」

 「え? そうだけど」

 その言葉に、ハマは興奮する。

 「ちょ……孤鷲拳の候補者のシンって言えば女性拳士の間ではかなりの美形って事で有名じゃないの! アンナ、シン様と
 友達なの!? 今度紹介して! ううん、今からでも良いわ。レイ様も良いけど競争率高いから私半ば諦めてたけど……」

 「お、落ち着いてよ、ハマ……」

 どんな時でも、その時代にはアイドルのように崇拝されている者は居る。南斗六聖の中でかなり男前な顔だったレイに
 そして女性達を従わせていたシンが若かりし頃に女性拳士達から熱い視線の的だったとしても可笑しくは無い。

 ……そして、アンナの案内で彼女は同行し……そしてジャギとシン。そしてセグロと出会うのだ……。


  ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「感激! 本物のシン様に会えるなんて夢見たいね……!」

 「いや……その、そこまで俺は有名だと知らなかったな」

 今、ハマはシンの手を握り興奮している。それに若干引きつつシンは彼女の相手をしている。

 そして、復活を果たしたセグロはと言うと、ジャギの傍に居るアンナに気付くと絶望と怨恨の表情でジャギに掴みかかった。

 「てめぇえええええジャギいいいいいい!!! お前リア充だったのか! リア充だったんだな、そうなんだな!!?
 くそっ、てめぇの顔だったら俺と同じ童貞同盟だと思ったのに!! この……この裏切り者がああああああぁ!!」

 「うっせぇ! 黙れや嫉妬団が!!」

 「ジャギ……この人なんなの?」

 尋ねるアンナ。接近したアンナにセグロはジャギへ詰め寄るのを瞬時に変えると、良いスマイルでアンナにアピールする。

 「金髪でバンダナがキュートな君! アンナちゃんだっけ? 可愛い名前だね。今から自分が鳥影山案内するからデーぐはぁ!!」

 『黙ってろ(邪魔するな)、てめぇ(お前)は!!』

 ハマ、ジャギの両方からの鉄拳を受けて沈黙するセグロ。

 アンナと言えば、行き成り接近されたが、ほぼパフォーマンスに近いセグロのアタック&撃墜に空笑いするに留まった。

 「……あぁ、二人は友達か?」

 『いいえ、単なる腐れ縁です』

 ……シンの問いかけにセグロとハマは同時に答える。

 「こいつはハマ、俺の鶺鴒計画を悉く破壊しようとする悪魔だよ……ててっ」

 セグロの耳を引っ張る、ハマ。

 「あんたのようなエロエロ大魔王を野放しにたら貞操が危ないのよ、こっちの!」

 そう、仲の良い光景を目の当たりにする主要人物三人は、どう反応して良いのか微妙な空気を醸し出していた。

 少し混沌としつつも、和やかな雰囲気。

 だが……。







              
 
                         ギャアア嗚呼アア嗚呼アアアアアアアアァァ!!!!!!???!!!








 だが、それは木霊する程の絶叫で終わりを告げる。

 「!!? 何だ!!?」

 シンは目敏く悲鳴に反応する。一件により、人の事故に敏感な彼は大きな不安を膨らませ。

 「これは、ちょっとただ事じゃない悲鳴だぞ」

 「えぇ。ただの洗礼にしちゃあ異常ね」

 セグロ、ハマも崩れた雰囲気を正し真剣な顔へ浮かべる。それは、災厄に直面した南斗の拳士の顔つきだ。

 「行くぞ、アンナ!」

 「うんっ、ジャギ!」

 そして、最後にジャギとアンナはお互いに手を繋ぎつつ悲鳴の方向へと走る。

 ……あぁ、そして。






   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 





                               ……嗚呼   気持ち悪い







 「み、耳ぃ! 俺の耳がぁ!! 耳がぁああああぁ!!!」









                 不快な声 不快な感触 不快な血 不快な顔 不快な風 不快な周囲のざわめき

                 醜い目 醜い血 醜い体 醜い音 醜い手 醜い足 醜き声






                          醜い      全てが……醜い








 ひでぇ……あいつ耳を削ぎ落とした     見えなかったわよ今の    あれが紅鶴拳かよ  ……イカレテルな

 うわっ……本気かよあれ    あんた助けなさいよ友達でしょ    は? 嫌だよ 巻き込まれるのは

 鳥影山も荒れるなぁ あんな奴来て……      うわっ最悪……     あの手捌き……天才的だ





 醜い声が、周囲を満たしている。

 醜い音が、俺の美しい耳を汚していく。

 今、目の前で耳を押さえのた打ち回るゲテモノは、俺の首に巻かれてる美しき神聖なる聖遺物へと手を触れた。

 『貴様ガ紅鶴拳伝承者ガ? フザケタ格好シヤガッテ……』

 そんな単語の後に、こいつは美しき俺へと不愉快で穢れた醜い手で触れようとしてきた。

 貴様などが俺に手を触れる資格はない。

 貴様などが俺に声を掛ける資格はない。

 貴様などが……例え一山の金塊を積もうとも、この俺の首に巻かれた『母上』へと触れる資格はない。

 ……もし、触れる資格あるならば……それは……何時か遠い昔に俺と泥だらけになりつつ遊んだ……。

 ……誰だ? 今のハ?

 ……この鳥影山は気に食わない。

 この場所には花が少ない。

 そうだ、花が少ない。特に……シランと、アケビが……。

 あぁ、そうだ……血だ。もっと血を咲かそう。

 そうすれば、きっと『母上』も喜んで下さる。『妖星』が笑って下さる。

 そう思い、俺は血を染めさす魔法の指揮棒(人指し指)を掲げて……。



 ……え?



 ……あの、二人組み。




 ……あれ       は。








   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……彼等五人が到着した時。そこで見たのは一瞬絶句する光景。

 一人の拳士……結構ガダイの良い拳士が、片耳を押さえて絶叫を上げながら転がっている光景。

 そして……それを引き起こした一人の……少年。

 ……真っ赤な……血のように紅い長い髪。

 そして、緑色のマフラーに、紫色のルージュを口に引いた少年。

 その少年は、愉悦の笑みで自分が起こした結果に満面の笑みで拳士を見下ろしていた。

 その光景は先程のチゴの洗礼すら温く感じるもの。ジャギと、アンナは硬直してその少年を見つめる。


 ……ユダ。

 南斗六聖拳の一人。南斗紅鶴拳伝承者。

 その拳は凄まじい拳速であり、それゆえに余りの速さから斬られた敵は裏側から裂ける現象すら起こる一撃必殺の拳。

 拳速から放たれる斬撃波も侮り難く。その拳の担い手は、美しくないものを認めぬ異常者でもあった。

 彼は、今まさに一人の拳士を殺す事すら躊躇せず、その指を振り下ろそうとしていた。

 その指が上から下へと降られれば、一瞬にして彼の拳士は血の湖に寝る事になるだろう。

 「……だ……め」

 それは、誰の呟きだったか?

 ……ジャギ、アンナの佇む場所で石が一つだけ転がる。

 そして、指を振り下ろそうとしていた当人……ユダは二人へ気付いた。

 ……二人は、ユダが自分達を見た事に一瞬身を硬くするが……それは奇しくも相手も同じ。

 まるで、亡霊を見たかのようにユダの顔は目を見開き、そして振り上げた指を下ろして彼等を見つめる。

 そして、未だ転がっている男を邪魔だとばかりに蹴飛ばし……ジャギとアンナへと近寄った。

 「……お前、達は」

 ……その、声に。一瞬、ジャギは記憶の何かが刺激された。

 そして、ユダのその化粧で覆われた瞳に。今にも泣き出しそうな悲哀が包まれてるように感じて。

 (なん……だ?)

 「ユダ、だな? 貴様、俺の友へと何をする気だ?」

 ……近寄ってきたユダから、守るように両手を広げて立つシン。

 「そ、そうだぜユダ……様よぉ! ジャギとアンナに何かする気なら、この鶺鴒拳のセグロが相手に……うん、やっぱ御免、無理」

 「あんたの勇気は五秒も保たないのか!」

 そして、気丈に声を張り上げさっき出来た知人をハマの背中から守ろうと声を張り上げるセグロ。それにハマは怒鳴る。

 だが……そのセグロの言葉にユダの顔つきは変わる。

 「……ジャギ、アンナ? ……それが、お前達の名前か?」

 「……あぁ、そうだ」

 ……その言葉に彫刻のように固まるユダの顔。

 だが、次第にその顔には怒りのような、後悔のような表情が段々浮かび上がり……そして吐き捨てるように彼は言った。

 「……ふんっ! この美しい俺様に……貴様のような不細工面が目の前に立つな!!」

 「あぁ……!?」

 いきなりの暴言。それには流石にジャギも黙っておられず、口を開きかけ。

 「す、ストップストップ。ねぇ、ジャギは今日来たばっかりなんだから止めようよ! ユダ……だっけ? 貴方もさぁ」

 そう言って、笑みを浮かべてユダを宥めようとアンナはする。

 その、無謀ともとれる行動に対し無表情でユダはアンナを見る。……そして。

 「……アンナ、と言ったな?」

 「う……うん」

 覗きこまれるようにしてユダはアンナを見る。そして答えるアンナを暫く見て……。

 「……俺の物になれ」

 『はぁ!!??』

 そして、彼は彼女に対し変化せぬ顔で要望する。それに、周囲の各人は叫び拒絶の意を示す。

 「正気かユダ! 初対面の女子に対しそのような要求……恥を知れ恥を!」

 「そうよ! あんた王様か何かのつもりなの!? 紅鶴拳がどれだけ偉いか知らないけど、あんた最悪過ぎるわよ!」

 「その言葉、まず俺が最初に言う言葉だろJK!」

 一人、何か間違った発言があるが、アンナへとじっと答えを待つユダは真剣な表情だ。

 病的とも言える真剣な顔つきに……アンナはこう言った。

 「……あの、私、未だ『貴方』の事は何も知らない。……だから、友達になろうよ、ユダ」

 「……友、達」

 ……その言葉にユダは目を瞑り……そして次の瞬間には人を平伏させる不遜な笑みでこう宣言した。

 「……良かろう、アンナ、貴様を特別に俺の友にしてやる。おい、そこの不細工面……ジャギとか言ったな。貴様も
 俺の友人二号だ。そこの奴は孤鷲拳のシンだな? 折角だから貴様も友人三号にしてやろう。そこの愚民共もな」

 その言葉に、一気に三人からブーイングが放たれる。ジャギだけは、ユダの思惑を知りたくて苦々しい顔で沈黙したままだ。

 「……ククッ、鳥影山などさっさと去るつもりだったが、中々面白そうな奴も居るみたいだな。気に入ったぞ、
 精々俺を愉しませろよアンナにジャギよ。この、『妖星』のユダ様がお前達の友になってやるのだからな!!」

 フハハハハッ!! と笑い優雅に去る彼へ、誰も言葉を発せれない。

 (……うん? あいつ、は)

 ……その時、ジャギは気付く。ユダの後ろにぴったりとくっつくような一人の小柄な男性。年老いた白髪交じりの髪と
 老眼鏡てきな眼鏡をかけた子供程の身長の男性は、一度アンナとジャギの方向へ向けて深く一礼して去るのを。

 (……今のは、コマク? ……けど、何で俺とアンナに一礼を?)

 ……ユダの副官であるコマク。

 ……一体何故、彼が自分とアンナに何かを懇願するように礼をするのか。








                           それは 妖しく光る『妖星』だけが知る










             後書き



   くそっ、パソコンの野郎生意気にも華山鋼鎧呼法(フリーズ)なんぞしたお陰で更新遅れた!!





    次回! ようやくユダの過去編!!




[29120] 【巨門編】第十話『番外編:ユダ外伝 妖しき紅の鏡』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/10 08:42


 


                            ユダ    私の可愛いユダ






                            貴方に教えてあげる 空に輝く一つの星






                            それは貴方の星よ  貴方だけの











                                 ……母上









  
    
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 (老眼鏡はかく語りき)



 ……何処から話し始めれば宜しいでしょうか。

 私は、元軍人です。このように平和になる以前は軍で数十年は兵役を務めておりました。

 最も、この体格ですので主に工作・偵察兵として活躍しか出来なかった訳ですが……そのお陰で永らえたのでしょう。

 ……戦争が終結すると、私めのような人間はお払い箱となりました。

 定年まで後少しと言うところでの解雇。今の貯めた金銭でも暫くは大丈夫ですが将来的には少し金銭が足りません。

 そう言う理由から、私は職を探し……そして、とある屋敷の求人募集に目を止めました。

 その募集の内容は年齢問わず。子供の世話役を任せると言うもの。

 別に子供が嫌いでもないし、職を食わず嫌いする訳にもいかなかったですので私はその職へ飛びつきました。

 ……そして。

 あの方……人を何とも思わぬ冷酷な目つき。そして意地悪そうな口元。……そう、その方は私を見下ろし、こう言った。

 「……コマク、と言ったな。……ククッ! 奇形か! 気に入ったぞ! 此処で私の傑作である、ユダの世話を任せよう!」

 ……私は、御当主の目に適いました。

 ……最初、それはもうある意味地獄だったと言って良いでしょう。

 御当主は、自分と対等でない身分の者を人間扱いしない部分が有りました。

 私以外の男性の使用人が粗相あれば、鞭を振り上げ何を言おうとも痛めつけ、そのまま野に捨てるようなお人です。

 女性でしたら、美しい顔ですと別の居室に連れ込まれ……それから先は言わなくても貴方方ならご想像出来るでしょう。

 普通、そのように酷い環境なら抜け出しても可笑しくないものを、私が残る訳が有りました。

 この屋敷には、御当主の他に二人家族が居ました。

 一人は奥方。その方は、こんな私に対しても優しく接してくれる慈母のようなお方でした。

 『コマク、何か辛い事があったら私に言って? あの人、他の人には厳しいけど、私には優しいからね』

 ……何度、奥方様のご好意に助けられたでしょう。

 時折り気に入らぬ事があり私に鞭を振り上げる事が、御当主にはありました。ですが、その度に奥方様が現われ制止してくれました。

 御当主は、外交的な場所では人当たり良く貴人と言った様子を見せますが、屋敷の中では酷く暴力的な面も有りました。

 それは、当主自身も抑えれぬ病気だったのかも知れません。そう言う時は奥方様を抱く事で己を鎮める事も有りましたし、
 ……そして、これは私の一存で言う事では有りませぬが、多分メイドにもあの方は手を掛けていたと思います。

 ……仕事は優秀でも、人間的な部分では酷い欠如がある……そう言うお方だったのです。

 私は、時折止めたくも思いましたが、それを押し止めたのは奥方様の存在に……ユダ様の存在でした。

 『……コマク! 見てみて!! コマクの姿を描いて見たんだ!!』

 『おぉユダ様! これは有難う御座います。ユダ様は将来絵描きになれますよ』

 ……何時も、純粋で天使のような方でした。

 私は、このような性格のお方の息子と聞いて、最初どのような子供なのかと不安一杯でしたが……杞憂でした。

 母親に似たとても愛嬌一杯の方。自分の事よりも、他人を思いやるとても優しい優しい、私の自慢の小さき主人です。

 世話をする、と言ってもユダ様自身が聡明ゆえに、私が困るような事は何一つしません。私が、不安に思うほどに完璧に
 良い子でした。そして、ユダ様は大変に、私の色眼鏡でなく知恵者であり、それでいてとても人を労われる人間でした。

 私以外にも、他の世話人はユダ様に奥方様を崇拝しておりました。

 ……なのに、何故あのような事に。

 この、ある種異常とも言える環境。

 御当主は、ユダ様を何時か自分と同じく立派な者にさせる為に、物心付いてからずっと帝王学、法学、あらゆる英才教育
 を習わせ、友人など到底作れぬ程にユダ様を屋敷の中と言う鳥篭の中でずっと教わらせる毎日だったと奥方様から聞いてます。

 因みに大した事では有りませんが、私が来る以前はユダ様の事を御当主は『フィッツ』と呼んでおりました。

 御当主はアイルランド系の方らしく、興奮した時に母国語の『フィッツ(息子)』でユダ様の名を呼びます。

 そう言う時は、ユダ様を大抵折檻するのです。

 最初、それを聞いて私の中に芽生えた怒り。貴方とでそれを十分理解しえましょう。

 私は、それなのに歪まないユダ様に尊敬の念を抱いた程です。ですが、一度ユダ様からこのように聞いた事があります。

 「僕ね、此処に来る前にね、友達が居たんだよ」

 「一週間しか遊べなかったけど。……でもね、僕が一生懸命勉強して、立派な人になったら、もう一度その友達に会えるって
 信じているんだ! 母上も、『ユダならきっと願いが適う』って言ってくれたんだもの!」

 ……何といじらしい方だ。

 ユダ様は、その一週間だけのお友達の事を大事な大事な宝物として心の中に満たされ、それがユダ様の強さの秘訣のようでした。

 私が来る前の、そのお友達に出会い何時しか感謝の言葉を贈りたい程です。もし、そのお友達が居なければ
 きっとユダ様の心は、私が出会った時よりも脆く、何か一つの衝撃的な出来事で完全に崩壊したでしょうから。

 ……色々、事件は御座いました。



  
    
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「……ねぇ、コマク。如何して、外の皆は僕を避けるんだろうねぇ」

 ……ある日、そう言う風に寂しそうな顔で私に相談した事があります。

 「うん、知ってるんだ。お父上が、僕の事を考えて、今は友達なんかと遊ばせれば僕が駄目になると思って、周囲の人に
 僕と遊んじゃいけないって言っているのは。……けど、近づいたら黴菌見たいに逃げられるのって、傷つくよね……」

 ……私は、それを聞いた瞬間息できなくなる苦しみだったと思います。

 ……もし、これが二人の友人による強さを身につけないユダ様だったらどうなのでしょう? 多分、こう叫んでたでしょう。

 『ねぇコマク! 如何して町の皆は僕を避けるの!? 何で僕と遊んでくれないの!? 僕……僕訳が解らないよ!』

 ……きっと、そのように私に相談し、私はその言葉に怒りを満たし御当主へと敵対し……手酷い折檻を受けたでしょう。

 そして、奥方様に治療して貰いながら、屈辱に唸り嘆いていた事だと思います。

 ……ですが、全てはユダ様が悪い意味で大人びているがゆえに、それは起きず、ユダ様の心に少しの翳りが生まれるだけで
 それは何とか事なきを得ました。……いえ、ユダ様の心を考えれば、私の傷など構わず苦悩を開放した方が良かったのかも知れない。

 ……次に、このような事件もありました。


  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 「コマク、ちょっと忘れ物しちゃったよ。だから一緒に取りに来てもらって良い?」

 ……珍しく、ユダ様の外出を御当主が許可し、そして私はユダ様と共に出かけました。

 ですが、ユダ様には珍しく忘れ物をして、それゆえに私と共に屋敷へと戻りました。

 ……そして、……アレを見てしまったのです。……忌まわしき、アレを。

 


 ……ァアン   ……アァン




 ……ギシギシと、何やら寝台が揺れる音。

 女の嬌声。そして荒い男特有の息遣いが聞こえました。

 ……そして、私はこの時嫌な予感は生まれていたのです。何故ならば、その日奥方様は病院へと赴き、ご自宅は空の筈なのですから。

 ……そして、私が制止するより早く……隙間からユダ様は部屋の様子を覗いていました。

 「……ユダ様っ」

 ……気付かれたら、どうなる事か。折檻などでは済まされない。もしかすれば私達二人とも殺される危険性がありました。

 私は、この時ばかり借りられた猫のように、戦時での俊敏さで固まっているユダ様を聞こえるか解らぬほどの声で引っ張りました。

 私は、中で行われている出来事……『裸体の御当主とメイド』の組み敷いている所を見て硬直しているユダ様を急いで
 何とか屋敷の外まで連れる事は出来ました。南斗拳士と言えども蜜月の途中は人の視線には疎くなるのでしょうか?
 ……失礼。ですが、お解かりでしょう? このように冗談でも言わないと、あの時の私達の苦しみは壮絶だったのですよ。

 『……コマク、父上は何をしてたのかな?』

 ……その時の、ユダ様の声は……恐ろしいほどに平坦な声でした。

 『父上、母上以外の人と一緒に何かしてたよね? ……父上、如何したんだろうなぁ……ねぇ、コマク、如何したんだろう』

 ……そう、何度か私に尋ねるように言葉を繰り返し、そして何事も無かったかのように私の手を引いて町へ赴きました。

 私は、何も言えませんでした。……怖かったのです。一言でも何か言えば、ユダ様の何かが壊れてしまう気がして。

 ……暗い話ばかりでは、貴方方も陰鬱でしょう。

 少しだけ、明るい話をしましょう。ユダ様と、奥方様の話を。

 ユダ様は、奥方様に溺愛されていました。

 本来7~8歳程度なら一人で寝るのかも知れませんが、ユダ様の場合奥方様とは体調良ければ共に寝ておりました。

 何時も、ユダ様相手に奥方様は色々物語を語っていたようです。

 たまに庭園へ赴きユダ様は奥方様と共に花を見て周るのが好きでした。

 特に、シラン・アケビがあの方のお気に入りでした。何でも、その二人の思い出の友人の名がそうだったとか。

 私は、それを聞いて花屋へ赴けばユダ様の部屋に飾る事に決めました。何時か、遠い未来で夢適うようにと。

 ……今は、御当主も厳しいがユダ様が大人になって自立すれば奥方様を連れて離れて幸せに暮らす事も出来る。

 私は、正直奥方様が御当主と一緒に暮らして幸せだと思えませんでした。

 御当主は、美しい物に者が好きだからこそ奥方を愛したのでしょう。

 奥方様の気性の良さや、舞踊が上手な所など……私にとって魅力的な部分で包まれていた奥方様の容貌に、御当主が
 一番気に入ってたのだと思います。……私に、もっと力が有るならば御当主と命を賭しても張り合えたのに……。

 ……話を戻しましょう。

 ユダ様の奥方様は……これは口外するなと言われた内容ですが、ユダ様は南斗六聖拳の『妖星』なのだと、後に知ります。

 御当主は、酒に酔うと自慢そうに私に、奥方様に話しました。そして、最後にこの事を話すなと釘を刺すのです。

  話せば死より重い罰を……私は、その時はすっかり御当主の罰が体に染みて、それゆえに素直に従っていました。

 そして、奥方様も少なからず御当主の性癖を知りつつも愛は持っていたのでしょう。

 ユダ様へと眠る前に当主の言葉をそっくりそのまま聞かせていたと思います。まるで、子守唄のように。

 ……今でも後悔しております。

 ……もし、それを話せれば。南斗の長老方にも秘匿にしていた事が漏れれば、南斗伝承者達が駆けつけてユダ様と
 奥方様を保護して貰えたかも知れない。……あの、忌まわしい血で覆われた事件が起こらなかったかも知れない。

 ……あぁ、私は話したくない。

 ……けど、話さなくてはいけないのでしょう。……あの、紅い鏡となった、今のユダ様が生まれた話を……。



  
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 ……それは、何の変哲もない、ある日の出来事だった。

 小鳥が囀る、そして朝が訪れる。

 木漏れ日照らす一つの屋敷で、一人の子供と母親が夢から覚めて目を覚ます。

 「お早う、私の可愛いユダ」

 そう、とても柔らかい声で母親は、自分の子供を揺り動かし目を覚まさせる。

 頭を撫でられ幸せに目を覚ます子供は、天使のような微笑でこう言うのだ。

 「お早う母上」

 ……着替えが終わり、何時もこのようにやり取りが行われる。

 鏡の前に、美しい母親が着替えを終わって立ち、そして息子へ問いかける。

 「……ねぇ、ユダ。今日も私、美しい?」

 「うんっ、今日の母上も一段と美しいよ!」

 「ふふっ、有難う。ユダも今日は一段とハンサムよ」

 ……何処でも有る幸せな母親と息子の光景。

 「お早う御座います、奥方様、ユダ様。朝食の用意が出来ております。奥方様、馬車の用意は、もう出来ておりますので」

 着替えが終わると、一人の小柄な執事の格好した者……コマクが参上して彼等を豪華なテーブルクロスへ案内する。

 少しだけ食器の音立てても構わずユダは食べる。

 そんなに慌てず食べても良いと母親が笑い、そして照れるユダをコマクや世話人は優しい目で見守る。

 ……それは、当主が居ない朝には見受けられる光景だった。

 母親は体調崩し易い体質ゆえに、朝から病院へと馬車で赴く。

 それを見送ってからユダは勉強を始める、コマクはその家庭教師だ。

 ……数時間後。

 「ねぇ、コマク。終わったよ」

 「おぉ、出来ましたか。……ふむっ! ユダ様素晴らしいですぞ! 満点です!」

 「本当!? やったぁ!!」

 拳を高高と上げてユダは喜びの声を上げる。そのユダを微笑みつつコマクは老眼鏡を拭きつつ言うのだった。

 「ユダ様も、今年で九歳でございますね。そして来年には十歳。あと五年もすれば成人になります」

 「うん! 僕、僕ね。十五歳になったらコマクが叩かれたり、母様が悲しまないぐらいに強くなるんだ!」

 「嬉しゅう御座いますユダ様。その言葉、奥方様にも聞かせればさぞ喜ぶでしょう……」

 ……ユダは九歳を迎えようとしていた。

 物心ついてから、南斗聖拳も父親から仕込まれ、そしてあらゆる勉学を体の中へと詰め込まれていたユダ。

 彼は、本来パンクしかねない状況を自らの聡明さと、そして、短くも宝物に近い思い出に、母親の愛で健やかに育っていた。

 何時も、彼は母上に言われていた。強く育ちなさいと。

 そして、それは奇しくも父親からも言われていた。強くなれ、と。

 彼は、その希望に応えて常に父親が望む要望に応えていた。最近では、昔のように折檻は少ない。

 「……ねぇ、コマク。最近、父上は外出する事多くなったね」

 「お仕事がお忙しいのでしょう。もしかして、ユダ様はお父上が家に長く居ないのが寂しいのですか?」

 「ううん! 父上が長く居るとコマクや他の人達に厳しく当たる事が多いもの! だから、良い事だと思うんだけど」

 ……ユダは、不安があった。

 ……九歳を迎えようとして、最近になって姿を度々消す父親の行動。

 自宅に帰らず次の日の夜に帰る事も珍しくない最近。その事は最近続いており、世話人達も、心の中では諸手をあげて
 当主の留守を喜んでいた。それは、コマクや小さなユダに関してもそうなのだが、ユダだけは不安あった。

 常に、父親の教育と言う洗脳を受けながら、それでも健やかに育った彼。

 そんな彼の小さな棘ある心と知能は小さな警報を鳴らしていた。この、最近の父親の不在に関して。

 「……コマク」
 
 コマクに相談しようか? ……いや、余計な心配はしなくて良い。

 もうすぐ自分の誕生日。それが過ぎても不安が消えぬならコマクに相談すれば良い。それまでは何も無いさ。

 ……何も。







 (もうすぐユダ様の誕生日。誕生日には一杯の花を贈ろう)

 コマクも、最近の当主の不在に機嫌良く、そして意気揚々と余計な緊張ない開放的な気分で外に繰り出していた。

 「……うん?」

 ……その時、彼は気が付く。……当主に似た人影が、どうも似ていると。

 (……気の所為か? いや、だが良く似ていた……)

 コマクは、気に掛かりその後を付ける。……そして、その瞬間彼は鳥肌立つのだった。

 (御当主……!? ……あの、女性は……!?)

 ……見ず知らずの女性。……それに接吻する当主の姿。

 (何と恥知らずな……! 愛する奥方様が居ながら何と言う事を……!)

 ……コマクは、気付かれぬ事なく屋敷へ戻っても苛立ちが抑え切れなかった。

 そして、彼は意を決するように自身に用意されていた居室に隠している、一つの小瓶を掲げて呟く。

 「……使うか?」

 ……それは毒薬。

 少量だけで例えどんな拳法家だろうと殺せる毒。あのように、奥方様やユダ様を放置し、別の何処の馬の骨とも知れぬ
 女と肉欲を発散していた時から、コマクは無意識の内に近くの露店でそれを買っていたのだ。

 「……そうだ、ユダ様や奥方様の為に……私が全ての罪を被ってあの男を殺せば……」

 ……当主が死ねば、自動的にユダがこの屋敷の主人となる。

 ……そうすれば、少なくも今の御当主による恐怖統治も終わりる。ユダ様は幼くも聡明。社交関係は別の者に 
 引き受けさせれば、少なくとも六年は持つ。成人に達した時にはユダ様の力ならば屋敷を自由に行使出来るであろう。
 幸い、自分にも信頼足りえる知人は居る。その者達に任せよう。そうだ、私が計画を成功すれば万事上手くいくのだ。


 「……そうだ、二人の幸せの為」

 準備は出来ているのだ。

 朝食に小瓶の毒を一匙……この無色の毒ならば口に達するまで気付かれぬ筈。

 もし、万が一口に違和感を感じるようならば、自分には……拳法が有る。未熟ながら戦時を生き延びたこの拳法が。
 それを奇襲で使用すれば、御当主が毒で苦しむ隙に……私の小さな牙が当主の首を刈り取る事は可能なのだ。
 
 この毒薬と我が鉱支猫牙拳あれば……未来に光を。

 ……どちらになろうとも私は捕まり処刑されるだろう。何せ御当主は紅鶴拳の伝承者。その殺害の罪は常人より重い。

 私は、その固い決意とともに、実行した時に永遠の別離となるであろうユダ様と奥方様の姿を頭に思い浮かべる。

 そして、悲しそうなユダ様と奥方様の顔に胸が締め付けられるも私は自分に言い聞かせるのだ。

 (そうだ、これが私のユダ様の誕生日の贈り物になる。ユダ様が幸福となる為の……)

 


                                 「コマク?」




 ……危うく、瓶をコマクは落としそうになった。

 当主? ……いや、私の小瓶の掲げた姿を見れば、あの方なら瞬時に全てを見抜き私を殺すだろう。

 慌てて振り返り、そして彼は自分の居室に現われた人物の名を呼ぶ。一抹の安心感と共に。

 「……ユダ様。如何しました? こんな夜更けに……」

 それは、ユダ。既に寝巻きに着替えたユダは、心配そうな表情で口を開く。

 「コマクが、帰った時に凄い難しい顔してたから……それ、毒薬?」

 ……あぁ、私の愚かな計画を、この方は簡単に見破ってしまうのですね。

 コマクは、寂しげな微笑と共に口を開く。

 「ユダ様、今までお世話になりました。……あの方は、この屋敷の……いえ、ユダ様自身の毒です。私のような老兵が
 死ぬ事で少しでもユダ様と奥方様の苦しみが減るのならば、このコマク御当主と刺し違える覚悟で御座います」

 「駄目だよっ!」

 ユダは……自分より少しだけ小さなコマクの体へ飛びつき優しく抱きしめる。

 「駄目……駄目だよ。コマクは居なくなっちゃ駄目。コマクは、僕の大切な……大切な人なんだよ」

 ……私を抱きしめるユダ様の体は……震えている。

 「……ユダ様」

 「ね? だから父上を殺すなんて言わないで? 僕が、僕が大きくなって父上を止めれば良いだけなんだから」

 ね? と穏やかな笑みを浮かべるユダに……コマクは瓶を脇へ力なく置くと顔を伏せて泣いた。

 大きくなった……心も体も……既に自分よりも、と想いつつ。

 




 ……後に彼はこう語る。

 何故、あの時ユダに止められようとも構わず当主を殺せなかったのか、と。

 何故あの時、命令を破ってまでユダの傍に居なかったのか、と。

 彼は、永久にその事で悩む。そして、狂信的に未来の彼の命令に応じるのだ。例え、それが倫理を崩壊した命令でさえ。




 
    ・
    
             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 
 ……ユダ、九歳を迎える前日。その日コマクに当主は言った。

 「……コマク、ちょっと遠出してこの品物を買いに行ってくれ。何分、明日はユダの誕生日だし、な……」

 そう、妖しい目で彼は命じた。

 コマクに命じたのは一枚の絵画。主人の命令に、彼は素直に応じる事にした。明日はユダの誕生日だし、彼の
 命令に反抗し明日を台無しにするなど彼には出来ない。ユダの為に、明日を当主には機嫌良く過ごさなくてはいけない。

 「ふんっ、ならとっとと行け! 距離が遠いからな。急げよ」

 背中を蹴られても、コマクは苦痛で叫ぶ事も言い返す事もしない。そのような事で当主の機嫌を損なわせる訳にはいかない。

 蹴られるように飛び出したコマクは。ユダと奥方が居る屋敷を一度だけ一瞥し目的地まで行く。

 ……その、場所はどんなに彼が急いでも翌日まで帰れぬ場所だった。

 

 
    
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 コンコン。

 ……ノックの音。それと共に一人の人影が入る。

 ……それは、この家の当主。入る部屋は妻の自室。

 「あら、ノックなんて珍しいわね。貴方がそんな事するなんて」

 妻は、夫のそんな珍しい動作に気付き柔らかく微笑みかける。

 ……当主は、無言でそんな妻の顔と、そしてつま先までの全体像を見ていた。

 「……? 貴方……」

 「なぁ、お前。……少し、話しをしよう」

 ……その当主の言葉と共に……雨が降り始めた。




  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……うわぁ、嫌だな、この雨」

 しとしとと、降ってくる雨。そして、ゴロゴロと嫌な音を出す黒雲

 ユダは、父親に命じられとある装飾品類の買出しを命じられた。

 彼としては、父親のそんな言動を何も自身の誕生日の前にしなくてもと思いつつも、父親のそんな身勝手な言動を
 何時も通りだと思う安心感もあった。最近の何か変な静けさは、彼にとって不気味で何か起こりそうな気がしてたから。

 「……うん、何も起こる筈ないよ」

 彼は、急いで屋敷へと戻る。傘は持っているが、雨に万が一父親の命じた品物に汚れでもついたら恐ろしい光景が待っている。

 彼は、もう少し自分が大きければ父親の威圧にだって負けないのにと思う。

 出来るならば父親にも負けぬ強さを……彼は、昨日はキラキラと輝いていた自分の星に願う。

 『ユダ……貴方の星はね。妖星って言うのよ』

 『愛に全てを捧げる殉星に、人の為に尽くす義星に、拳士を纏める将星に、人々を命を懸けて守る仁星』

 『貴方の星は、貴方自身の力を輝かせる星よ。私は、貴方がそう言う星の下で生まれた事を誇りに思うわ』
 
 ……僕自身の力。

 それって時々何なんだろうって考える。

 コマクは、僕は頭が良いって言ってくれる。……なら、それが僕の強さなのだろうか?

 ……以前、アケビやシランと一緒に遊んだ時も、僕は参謀とか、そう言うのに向いていると言ってくれた気がする。

 ……僕の強さ……辞書で調べた知略だろうか? う~ん、何なんだろう。

 彼は、暫く悩みその問題について放置する。

 大人顔負けの知性を持ちしも、未だ心は子供な彼は大好きな母親が待っている屋敷に帰る事の方が大事だったから。







                                  ……ピカァ! ゴロゴロ……!!




 「うわ……! 雷だ……っ」

 ……落ちてきた雷、そして天光る空。

 彼は、それに身を縮こまらせ屋敷へ入る。呼び鈴を押す事もなく、持っている合い鍵を使いそのまま……。

 ……それは、最後のチャンスだったのかも知れない。

 ……彼が、呼び鈴を鳴らせば。

 ……もし、雷に彼が怯え何処かに避難すれば。

 ……そんな、もしもの可能性を切望する……真っ赤な悲劇は訪れなかったのかも知れないのだ。






  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……ユダは、屋敷に入ってその物静かさに違和感を覚えた。

 何時もなら使用人の誰かは居る屋敷。そして……本来母親が居る筈だった。

 「……誰かっ?」

 ……吸い込まれる、ユダの声。

 ……外からの雷の音と光はユダの不安を一層膨らませる。

 彼は、その異様な雰囲気と無人の屋敷に心臓は激しく揺れていた。

 早く、早く母上に会わないといけない。早く……。

 そう、彼は足早に母が居るであろう寝室へと向かう。

 そして……彼は扉を勢い良く開く。そうすれば、何時もの大好きな母上が笑顔で出迎え……。








                                  ……鮮血






  ……え?






 ……ユダは見る。            ……体から血を噴出させ倒れる母親を。


 ……ユダは見る。            ……血を流して倒れる母親と、血を浴びる父親の姿を


 ……ユダは見る。            ……鮮血によって、飛び散った血に染まる一室を。







 「……何だ、随分早く帰ったな。ユダ」

 ……低音で、ユダの父親は顔を上げる。

 ……その顔は……微笑んでいた。

 「父、上?」

 「こいつはな……私がお前がどんなに教育しても思ったように育たないから捨てようって言ったら怒ってな」

 



 何を言ってるのだろう? 父上は何を言ってるのだろう? 母上は何で血を流して倒れているのだろう?

 何で母上は髪の毛を真っ赤に染まって倒れているのだろう? 母上、母上母上母上母上母上母上母上……。


 未だ、何かを言ってる父親をすり抜けて母親の傍に跪く。

 「母上、母上……」

 「……ユダ?」

 「! 母上っ!!」

 未だ、生きてる!

 「母上、今、お医者さん呼んでくるからね。ねぇ、だから大丈夫だから……」

 「呼ば……なくて良いわ」

 「……母上?」

 ……ユダの母親は、笑顔だった。

 髪の毛を血で紅色に染めて、唇は血で濡れながらも……その瞳は優しくユダを映していた。


 「……私、ね。貴方を今まで育てられて、幸せだったわ」

 「……だから、もう役目は終わったの。……貴方は、強く生きるのよユダ。強く、逞しく生きてね」

 「……私、は……貴方を空で……貴方の星と共に……見守る、から」

 そこで、彼女は言葉を途切れ血を吐く。

 「母上っ!」

 叫び、彼女の血で濡れた体を抱きしめるユダ。

 「駄目、よ……ユダ。汚い……わ」

 そう言って、彼女は口では抵抗するも……我が子に抱きしめられている、最後の抱擁を体は拒絶はしない。










 「……汚く、ないよ」

 ユダは、だんだん自分の腕の中で冷たくなる体温を感じながら涙を浮かべて母親へ言う。

 「……とっても、とっても今の母上綺麗だよ。……その、紅い髪も……紅い唇も……全部、全部綺麗だよ」

 ……血に濡れた、髪を優しく指が汚れるのも構わず梳いて。

 ……血の指で、最愛の人の唇を……紅で染める。

 彼は、冷たくなっていくその体を強く強く抱擁しつつ、母親に言い募る。

 「……だか、ら母上……綺麗、だから……ね? 綺麗……だから」





                                 ……死なないで






 壊れたように、『綺麗』と言う単語を繰り返すユダに……振るえる手で母親はユダの頭に手を乗せる。

 そして、引き寄せてユダの耳元で何かを囁き……呆然とするユダに……恐いほど美しい微笑みで言い切った。









                             「愛してる     ユダ」








   

 ……雨は降り続ける。

 




 「……母上、如何したの?」

 「……眠ったの? ……ねぇ、もう時計は、僕の誕生日を指したよ?」

 ……無情に十二時を告げて、そして過ぎた時計の長針。

 「……起きて、ねっ……何時も、見たいに……『私の可愛いユダ』って言って……そして、僕にキス……して」

 「……そして、鏡の前に立って僕に美しいか聞いて……僕は、とっても綺麗だよって言って……朝が……来て」

 そう、物言わぬ母親へ、彼は優しく語りかける。

 だが、彼の母親は微笑みを浮べたまま動かない。

 母親は、微笑を浮べたまま動かない。

 ……動かない。











 「……ふん、壊れたか」

 ……ユダの体は止まる。

 「お前の女も、お前も所詮は出来損ないだったな。紅鶴拳を未だ身に付けられぬようなお前も、そしてお前を完璧に
 育てる事が出来ない、其処に転がっている醜い虫けら風情もまた完璧ではなかったと言う訳だ」

 ……黙れ。

 「お前の女はピエロだったな。お前を精一杯楽しめようと無様に良い母親を演じていピエロだ」

 ……黙れ……っ。

 「……絶望して、声も出んか。なら、お前も一緒にあいつの元へ連れてやろう。それがお前に相応しい死に方だろう」

 当主は指を背中を向けたユダへと向ける。

 それは紅鶴拳を扱うならば基礎である指先を瞬時に高速で動かす事により相手を切断する拳。

 せめて、痛みはないようにと当主は力を込める。

 そして……彼は指を振った。







                                 ……ズバッ!!




 
 「……ぁ」

 ……肉が裂ける音。

 ……そして、地面に『指が転がる』。

 「ば……私より早き拳だと……っ?」

 呆然と、人差し指を切り落とされた片手を押さえつつ目を見張り当主はユダを見る。

 ユダは……涙を流しながら彼に対し立っていた。母親を守るように立ちながら彼は片手を人差し指を出したまま立つ。

 その涙も、母親を抱擁した時に血が付着したのか、目元に付着した血と涙が混ざり紅い涙が頬から伝う。

 「……お前、お前は……父上なんかじゃ……ない」

 喉から搾り出すように、彼は美しさを感じる程に紅の涙を流し呟く。

 「要らない、要らない……」
 
 うわ言のように、自分に言い聞かせるように。彼の母親の血が付着した紅い唇は呪文のように同じ言葉を繰り返す。

 「……お前は……要らない。……お前こそ、虫ケラだ。……母上を、『俺』の母上を侮辱するな……」

 その……瞳に浮かんでいるのはまさしく『妖星』であり。

 ユダの言葉に、父親は壮絶な笑みで貼り叫ぶ。

 「は、はははははははは! 遂に覚醒したと言うのかユダ! だが、だがなぁお前にこの私が倒せるか!? 実の親の私を!
 紅鶴拳伝承者の私を倒せると思うのかユダ!? お前の未熟な力で私を倒したいのなら奥義を……」

 ……途端、ユダの気配が揺れた。

 その黒く艶のある髪の毛は不気味に重力に逆らい上向きに波立つ。

 そして、彼が光る目で構える拳……それは紛れも無く紅鶴拳の奥義。

 
 その、紅鶴拳の奥義を放とうとするユダと。それを視認しつつ残った片手の一指し指を掲げ裂けるような笑み浮かぶ当主。

 




                               ……稲光が  屋敷を包んだ。







  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……っはぁ! はぁ! すっかり遅くなってしまった……!!」

 両手に品物を抱え、急いで屋敷へ走る小さな人影……コマク。

 彼は、どうにも嫌な胸騒ぎが目的の品物を買い終えてから感じていた。

 既に時計の針は翌日を指しており、今から屋敷へ行っても閉じてる可能性は大。だが、それでも彼は屋敷の門を叩く。

 「……開いてる、だと」

 ……叩く前に、その扉が施錠されてない事に彼は気付く。

 膨らむ不安。コマクは急いで屋敷に入り込み……そして何やら異臭が漂っている事に気が付く。

 (……まさか!!?)

 彼は、本能に導かれるままに一つの室内……奥方の部屋を開ける。

 そして、見る。……想定していた……最悪の光景を。

 







                          「……あぁ……ユダ様……奥方様……!!!」

 






 ……それは、まさに惨状だった。

 部屋中がペンキが飛び散ったかの如く紅く覆われ、目立つ人間大の鏡も紅く染まっている。

 そして、倒れこんでいる三人の人影……三人!!?

 「御当主!? では……誰が、こんな事を」

 コマクは、このようにユダと奥方へ犯したのを当主だと最初に思った。

 それは、常日頃の彼の暴力性を目の当たりにしている彼ならばの想定。そして、彼は倒れた当主を見て自分の想像が
 違うと気付くと、この現状は外部の何者かの犯行かと考える。だが……コマクの思考を一つの声が打ち破った。

 「……コマ……クか? ……クッ、貴様は……常に俺の気に入らん時に現われるな」

 「御当主! ご無事で……今、警察と医者を呼びに」

 「必要ない、俺はもう死ぬ。そして……俺が殺したあいつもな……」

 「!? ……では、やはりこの惨状は貴方が……何で、何で奥方様を! ユダ様も殺しになった!!」

 近くに居たユダを抱きしめて泣き暮れるコマク。

 こんな幼い命を平気で奪うとは……それでも父親か、この男は!!

 そう、ユダに別れの抱擁をしつつ目の前で致命傷を負う男に止めを刺そうと考えるコマクを……一つの鼓動が思考を止める。

 「……ぇ? ……い、生きている。ユダ様は未だ生きている……!」

 いや……生きているところか、これは無傷だ。……落ち着いて観察すればユダの体を濡らしているのは全て返り血。

 気絶しているだけで、ユダ様の体は何も損なわれていなかった。

 「……これは、一体」

 「愚図だな、貴様は。ユダが……俺の息子がやったんだよ」

 「……! ユダ様が……そんな」

 コマクは信じられない。あのように愛くるしい存在であるユダが、このような惨状を犯したのを。

 ……そして、当主は語る。狂気的な笑みを貼り付けて、今際の最後とばかりに。

 「……成功、したのさ」

 「成功? ……一体、如何言う」

 「解らぬのか? コマク、教えてやろう。紅鶴拳とは、ある拳法の派生……その拳は天すら打ち破る最強の拳だった。
 そして、その拳の最強たる所以は血に染まりそれにより強さを得る事に繋がった。我が拳はそのような拳なのだよ」

 当主の語る紅鶴拳の特性……その恐ろしい正体を、コマクはユダを抱きしめながら聞き続けていた。

 「そして、俺は気付いた。自分ではその最強の拳に近づけぬと。だからこそ俺は幾人もの優秀だと思える女達に
 自身の子を生ませた。そして……ユダ、俺の最高傑作! 俺の夢を適える可能性が生まれたのだ! こいつが生まれた
 時から理解していた! こいつは『妖星』を備えていると! 六星の力有る者ならば世界を支配出来ると!」

 「……狂っている」

 コマクの呟きに、喉から笑う当主は気分を害さずに言い返す。

 「いいや、私は狂ってなどいないさ。もっとも、計算外なのはこいつが母親に似て余りにも拳情が低すぎた事だ。
 俺は、必死でこいつに教育を施し非情にさせようとした。そうすれば紅鶴拳を身に付けれると確信したからだ……が」

 そこで言葉を区切り、一度吐血してから当主は続ける。

 「が、こいつは何時まで経っても甘いままだった! 俺は苛立ち、そして考えた。……そして、思いついたのさ……!」

 そして、彼は見ていた……もはや屍である奥方を。

 「! ……まさ、か」

 この時点で、コマクは当主の考えを悟る。

 「あぁ、そのまさかさ! あいつを、俺が気に入った奴を殺せば俺は拳を昇華できるのでないかと! そして、それは
 駄目だったがユダがそうだった! ユダこそこいつの血によって覚醒した紅鶴だったんだよ! 母の血に染まりし紅鶴だ!!
 素晴らしいぞユダは! 母親が死んだ瞬間に一瞬にして紅鶴拳を! いや奥義まで駆使し俺をこんな風に壊した!!
 こいつは天才、否、天に選ばれたんだよ! クハハハッガハッ! ……ハハは、俺の、俺の知略は成功したぞ、コマク!!」

 そう、狂気的な笑みで宣言する当主に、彼は絶句した。

 「貴方……貴方はそんな事の為に奥方を殺したと言うのか……?」

 コマクは震え上がる。自身の拳の昇華の為に殺したと成れば、今までの奥方のこの男に対する愛は何だったのかと。

 「……愛してたさ」

 「愛していたからこそ殺すのだ。ユダも、何時か理解しえる。何せ、そいつは俺の息子だ解る! 目を覚ませば、コマク。
 お前も知れよう紅鶴の悲しき性と言うものをな。……そして、最後に俺からの命令だ。この……俺の言葉を決してユダに話すなよ。
 そして、貴様はこれからユダがどう育とうと、お前の意思でユダを変えようと介入するな。それが……俺の命令だ」

 ……? 言われずともコマクは話す気など無い。幼きユダに、そのような過酷な事実を話す勇気など、とても。

 そして、最後にユダに介入するなとは如何いう事か? だが、コマクはこの時は死に行くものの願いを聞く事にした。

 既に失血死しかけ、青白い当主。……その、憐れな最後に同情などせぬが、最後にコマクは聞きたかった。

 「最後に! 当主、貴方はユダ様を愛していたのか!? それが貴方の愛だったとでも言うのか!?」

 ……何故、そんな事を尋ねようと思ったが自分でも解らない。

 だが、聞かなければ後に後悔しそうな気がして……彼は尋ねる。

 「……ユダ……か」

 「俺は……ユダを……愛……し……」

 ……そこで、言葉は途切れ当主は顔を伏せる。

 愛し『てた』のか。愛し『てない』と言おうとしたのか解らぬまま。

 そして、コマクは彼に恐る恐る近づき……その脈が止まっているのを確認すると口惜しそうな顔でユダを強く抱きしめるのだった。


 ……そして、凄惨なる夜は終わる。






  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……葬式が終わった後、ある意味大変な日々でした。

 何せ、当主は資産家ゆえに、その遺産を狙う者達で沢山でした。

 私は、何とかその手の者を追い払い……そしてユダ様を守る決意をしていました。

 ……あぁ、ですが。

 「……コマク、か?」

 「!? ユダ様、起きられましたか!? もう、大丈夫なのですね!!?」

 「あぁ……」

 あの事件から数日後、ようやく目を覚ましたユダ様。

 ショックでどうにかなるかと懸念したが、その微笑に一安心……。






                            「『俺』なら大丈夫だ、コマク」





 

                                  ……俺?













 ……後は、語る程の事でも有りません。

 ユダ様は、人が変わったかのように機敏に以前の当主のような手腕で仕事を継続しました。

 私は、こう予測します。あの時に母上の血と、父上の血を浴びたユダ様の心は紅く濡れ……そして心を変えたのだと。

 今のユダ様は、殆ど当主の真似事のようにも見えます。

 使えぬ人間は捨て、有能な人間には報酬を与え。

 ……以前の優しいユダ様は……消えました。何処かへ消え去ったのです。

 あの後に、世話人達の一人……その一人が粗相を犯した際に……ユダ様は南斗聖拳を扱いその者の頬を裂きました。

 「貴様は要らぬ。俺の屋敷に、傷ついた者は要らないのだ」

 もし、昔のユダ様なら一つの失敗など微笑んで許し、その者を労う慈悲を持っていたのに……今は冷徹なる支配者。

 「俺は……『妖星』を宿すユダ。俺は美と知略を備えし最も強い男になる者! そうだ、『妖星』が、そう告げている!」

 そう宣言し、ユダ様は自分の黒い髪を真紅に染め上げて顔に化粧を塗り、まるで奥方を真似するかのような衣装で指揮します。

 そして、血に呪われたあの方は時折暴虐を振るい、そして鏡の前で私へと問うのです。『美しいか』……と。

 ……まるで、以前の当主のように。まるで、以前の奥方様のように。

 ……そして、悲しい事は、未だ有ります。




 





 ……事件から暫く経ったある日。

 「……ユダ様、この写真ですかどうしますか?」

 屋敷の整理をして、見つけた昔の写真。それはユダ様と奥方様が映る幸せそうな写真。

 「うん? 何だ母上と俺の昔の写真か? ……とりあえず破損せぬように何処かへ閉まっておけ」

 その言葉に、人が変わったような性格になったユダと暫く接していたコマクはほっとした顔つきで口を開く。

 以前と様変わりしても、心の底では奥方を愛してるのだと安心しつつだ。

 「そうで御座いますよね。何せ、ユダ様と奥方様の幸せな頃の写真ですから」

 「……何を言ってるんだコマク? 幸せも何も、母上がついこの前死ぬまでは幸せだったろうに」

 「え」

 ……何だ? 一体何をユダ様は言っているのだ?

 嫌な予感と共に、コマクは掠れた声で言葉を続ける。

 「……で、ですが御当主が居た時は……」








 「……当主?」

 私の、その言葉に、まるで能面のような顔つきでユダ様はこうおっしゃいました。

 「当主とは、母上の事だろうコマク? この屋敷で住んでいたのは母上と俺の二人だけだろう」

 「……え?」

 私は、事の異常さにその時やっと気付き……そして掠れるように尋ねました。

 「……ユダ、様。ユダ様に、南斗紅鶴拳を教えた方は……誰でした、か?」

 「何言ってるんだ、コマク」

 その言葉にユダ様は……とても綺麗な笑顔で言いました。

 「当然、母上だろ? 俺が幼い頃から紅鶴拳を教えてくれた。俺に勉強を教えてくれた時もあったな。厳しい時も
 有ったが、優しい時はとても優しい人だった。……如何した、コマク。そんな悲しそうな顔をして?」

 「……いえ」

 コマクの不自然な態度。それに若干今のユダは可笑しな奴だと思いつつ鏡へ立つ。

 何を言ってるのだろうコマクは? 私は生まれた時から母上だけに愛され、そして母上は今も天から見守ってくださる、星となり。

 ……そうだ。俺は『妖星』のユダ。……母に……神に選ばれた男だぞ。

 ユダは、鏡の前に立つ。そして、彼は優雅に自分を映す鏡を見て……硬直する。

 ……その、彼の目に見間違いでなければ……かつて『フィッツ』と呼ばれていた頃の小さな無力な自分が……。


 「……っ消えろ!!」

 ……鏡が、割れる。

 一筋の線を一瞬にして人差し指が虚空をなぞり、等身大以上の鏡を血相を変えてユダは割る。

 息を切らして割れた破片を見つめるユダ。その顔には壮絶な様々な負の感情が満ちていた。

 (何だ……今の姿は?)

 (……違う、違う。あれは俺ではない。俺ではない!)

 (俺は、無力でないのだ! あのように泣きそうな醜い顔ではないのだ!)

 (俺は……俺はこの世でもっとも強く美しい男!!!)

 それを……何も言えずただコマクは眼鏡の奥で悲しい目でユダを見つめるしかなかった。


 
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 




 ……ユダ様は、母上殿を想う余り記憶まで捏造してしまいました。

 御当主の事を記憶から追放し……その事は、傷心のユダ様にとって良い事か、悪いのか知りえませぬ。

 ですが、たった二人の肉親の内の一人……それが如何言った人間であれ記憶からも、屋敷からも存在ごと消すユダ様の
 心は……どれ程までに苦しく、どれ程までにこれからもその心に、はち切れそうな痛みを抱えるか私には知りえません。

 あの方は、自分で自分の弱いと考えた部分を封じ込めてしまったのです。きっと……元々備えていた優しさも含め。

 紅色の鏡へ昔の自分を封じ込め……そして自分自身は何者にも傷つけられぬ者なのだと言い聞かせなければ成らない程に
 今のユダ様の心はきっと……。私は、そう思うたびに……この無能めな副官の髪は白色へと変わり行きます。


 願うならば……ユダ様が以前おっしゃった友人が現われる事があれば……そんな奇跡を私は願うのです。







 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……時は長く経ちました。

 その間も、ユダ様に取り入れようと数々の人々が屋敷へ訪れました。

 それらに接する度に、ユダ様の心はますます恐ろしいほどに妖しく輝きつつ……人々を拒絶するようになります。

 今では、あの時のユダ様の優しさは終ぞ見えません。私を除き、他の者には本心を語る事は無くなりました。



 ……半年程経ったでしょうか?




 ……南斗聖拳修行場。そこでもユダ様の苦しみは消えません。

 ユダ様は、常に母上の形見である緑色のマフラーを巻きつけています。そして、宿命たる『妖星』を奥方に重ね崇拝します。

 そして、自身の星が最強だと謳い、それを馬鹿にする者を容赦なくユダ様は傷つけるのです。……母上を侮辱されたかのように。

 それにより、既に後は奥義を会得するだけであるユダ様は南斗の拳士達に畏れられながらも、関知せず己の道を進む。

 そして、私に何時も言うのです。『何時か、自分は王となる。そうすれば『妖星』の強さを世界が認めるだろう』と。

 ……今、今もユダ様の心は紅色に傷の鎧で覆われているのです。







 ……あぁ、ですが、今日私は希望に見えるかも知れぬ人と出会いました。

 以前……遥か昔にユダ様がお話してくれた七日間だけの友人……ユダ様を侮辱した者は憐れに痛めつけられた後に
 ユダ様は幽霊でも見たかのように近づいた二人組み……ユダ様は名前を聞いて人違いだと思ったらしいですが、私の
 考えが正しければ、恐らくあの二人組みが以前ユダ様の心に強い光りを宿してくれた方たちなのだと思います。

 いや、私は違ってもそう希望したいのです。以前の……暖かな微笑みのユダ様を取り戻したくて。


 (……お願いします)




 (どうか……貴方がユダ様の話した思い出の友ならば……ユダ様をお救い下さい)




 彼は、老眼鏡の従者は深く一礼してジャギとアンナに背を向けてユダの後へと付いて行く。

 彼には、当主の最後の願いゆえに、彼へと自分の意思で介入出来ない。

 ならば……紅鶴の従者はただその老眼鏡の奥で祈るのみなのだ。

 「コマク、何をもたもたしてる? 俺は、こっちで生活するとなると色々準備が居るんだ。お前も手伝え」

 「……えぇ、おっしゃる通りに」

 「あぁ、これから忙しくなるぞ。伝承者……まぁ、俺がなるのは決まっている」

 「何故なら、俺は……」









                         「何故なら……俺は『妖星』のユダ! 美と知略の星だ!!」












             後書き






  ようやく、描きたかったもの書き終えた感じ。




  ユダのナルシストっ振りは母親の亡き憧憬。そして父親の虐待によりあぁ言う性格と言う事に。


  目の前で母親が父親に殺害された事が美しいものに無力になる原因。



  まぁ、何でここまでユダを美談にするのが自分でも解らないんだけどね。『妖星』が原因だったりして




 







[29120] 【巨門編】第十一話『鴛鴦は赤狼に首ったけ』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/29 22:00




 世界には何時もそんな馬鹿なと思える出来事が沢山ある。

 時には信じられぬ悪夢が 時には信じられぬ幸運が

 この出来事を 主観的に幸福か絶望か捉えるかは

 それは ……その星を見る者のみが知る。




 
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 目の前の状況に、アンナは大変困っていた。

 ある意味、ベラと闘い劣勢状態に遭った時や、あの変質者に襲われかけた時よりも厄介な事態に陥っていた。

 身動きの出来ぬ状況。

 下手な発言は身を滅ぼす状況。

 だが、ある意味この雰囲気を自分から破壊する勇気は無い。

 ……正直ちょっぴり楽しいと思っている自分が居る。

 髪の毛を掴れる手。

 そして、値踏みされるように触られる肌。

 ……そして、自分を取り巻く香水と、女の子特有の香り……。

 「へぇ……化粧水もなくてこの肌かぁ。……羨ましいわねぇ、私なんて何時もキタオオジ(北大路)製の化粧水
 使ってるって言うのにあんたの方が潤ってるし……良いわよね、天然でそれ位綺麗って腹立つわ……」

 何やら女性の言葉で蒼天の拳に出てきた人物の名が上がる。どうも、この世界でも続いていったらしい、北大路。

 「髪の毛も痛んでないわね。……え? 本当に普通のものだけ? ……それでこんなに艶あるの……羨ましい」

 まじまじと髪の毛を見て妬ましいとばかりの声。もっとも、声に反し髪を触る手はそれ程強くは無い。実質遊んでいる。

 「……ね、ねえもう止めてくんないかなぁ皆さん~……!」

 『駄目~』

 ……女子寮へとようやく入ったアンナ。

 新参者としてハマに紹介され、緊張しつつ挨拶した直後の洗礼? と言う事で囲まれるアンナ。

 そして……女性拳士達に色々と玩具にされつつ遊ばれている。

 「は、ハマ助けてよぉ……」

 新しく出来た友人へと助けの声と視線を送る。だが、関知せずと言う風にアンナの荷物を並べつつ雲雀拳のハマは言い返す。

 「自分で何とかしなさいな。あっ、これ記念写真? あっ、さっきのジャギ映ってる。大きい方ってジャギのお兄さん?」

 「あっ、それうちの兄貴……ってひゃあ!? ちょ、む、胸触るの禁止……」

 「うわぁ、あんた結構あるわねぇ。……羨ましいぞ、この! この!!」

 「そっちの方がある癖に……ちょっ、く、くすぐったい……あっはっははははは!!」

 ……どうやら中々楽しくやってるらしい。

 この、セクハラして楽しんでいるのは南斗企鵝拳伝承者候補……アンナより年上で、胸の事で文句を言いつつもその
 当人の胸は……でかい。膨らみが服越しにも解る程に見えている。十歳程でその胸はどうなのだと言う程に大きい。

 因みに企鵝とはペンギンの事である。人鳥とも称される事がある。

 「キマユ、いい加減に止めなって……あっちはいっとくけどノーマルだよ?」

 「うん、わかってる。けど、この娘も可愛いからねぇ」

 ギュッとアンナを抱きしめつつ、その少女はアンナの耳元でハマへと言い返す。

 ……今の発言からも理解出来る通り、キマユはレズ……同性愛者である。

 本人自身もその事を自覚しており、同意の上の恋愛を築こうと正しい倫理感は備えているが、時折こうセクハラする。

 鶺鴒拳のセグロからも求愛されたが、すぐに自分の性癖を披露し、そう言った男性からの告白は断るのだ。
 
 もっとも、セグロの場合『別に構わないから付き合ってくれ!』と言ってハマに殴り飛ばされるのだが……。

 『みんなそろそろ寝たほうがいい』

 そんな、女性達を見ながらうろたえるように一人の引っ込み思案そうな少女が紙にそう筆記しておずおずと見せる。

 ……食火と書きヒクイと読む食火拳候補者。

 「エミュ、別に就寝時間なんて気にしなさんなって。今日はアンナの歓迎パーティなんだからさ」

 『ごめん』

 その言葉に、エミュと呼ばれた少女は『手話』で彼女に謝罪する。

 ……彼女は、未来のシュウは(意図して)盲目になった。だが、彼女は生来から耳が聞こえない。

 余談だが、彼女が前回にハマが話したアンナと同じ男性恐怖症を患っている少女である。軽度だが、プライベートで
 男性と話す事は究極避けている。同年代の男性と話すと赤面し手話を作る事さえ困難となるのだ。

 拳士として致命的と思われるかも知れぬが、彼女の場合その他の感覚の発達により拳士として何とかこなしている。

 だが、彼女の消極的な性格で何故南斗の拳士を目指すのか……それは何時か語られよう。

 「ねぇアンナ。あんた連雀拳に入りなさいな。入れば私も入れてチーム丁度良くなるからお願いぃ」

 「オナガ止めなって。新人勧誘なんぞあんたの住んでる所でやりなよ」

 「別に良いじゃない。ねぇアンナ、入ったらタオル上げるからぁ~」

 「安っ!」

 ハマと馬鹿なやりとりをしつつ、半ば本気でアンナに伝承者を勧誘するは連雀拳伝承者候補のオナガ。

 雀を連想する小柄な体格だが南斗聖拳の実力は年相応にある。上位南斗聖拳では珍しい集団戦法を好む拳である。

 「アンナ、もう一回揉ませてぇ~、私のも揉んで良いから~」

 「頼むわよアンナ~。入ったら色々特典あるわよ~、月一で焼肉やるから~」

 「ふ、二人ともどさぐさ紛れに触んないでぇ~!!」

 …………。

 暫くして、馴染みきったアンナは唐突にこう呟く。

 「……けど、何か安心。鳥影山ってもっと色々ギスギスしている気がしてたから」

 生真面目な拳士ばかりと思っていたが、とても女の子的な性格の子ばかりでアンナとしては拍子抜けする程だ。

 「私達の寮は運の良い方ね。ルームメイトも、殆ど上手くやってる関係だし。……ま、時折セグロとかセグロの馬鹿が
 不法侵入して来るような事も居るから気をつけなさいよアンナ。あぁ言う馬鹿は問答無用で南斗聖拳繰り出して良いから」

 ……訂正、少し危険? は此処にも忍んでいるらしい。

 「あいつ、今でもめげずに女子寮の侵入に情熱燃やしてるからね。ある意味感心するよ」

 とキマユ。

 『無駄な・情熱』

 エミュも、大き目の画用紙にデカデカと文字を書く。因みに、未だセグロに軟派はされていない。

 「あいつ、『俺、外見十五歳程度の子にしか告白しないから』って言って私見た瞬間に謝罪してきたからね。
 あんまりにも無礼だから連雀拳でボコボコにしたのに一瞬で立ち直った頑丈さには驚いたよ、本当に」

 見方を変えて違った意見を出すオナガ。

 ……女性陣に有名なセグロ。それは喜んで良いものか、悪いものか。

 「まぁ、他のグループには嫌な奴も居るから気をつけなよ。何があったら私達に頼りなさいな」

 そう……胸を張って言い切るハマは、とても頼もしい顔をしていた。
 
 





                     ……そして、そんな彼女達を覗き込む……戸口からの一つの影。




    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 ……かつて、ある場所に囚われの少女が居た。

 彼女は、本来その場所から闇へ溶け込む運命であった。

 だが、それを助けた一人の影、それは彼女を闇から掬い上げた。

 彼女は恍惚の表情で見る……その背中に刻まれた、一匹の燃える獣の姿を。




    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 
 ……歓迎式が一通り終了した後に、彼女は火照った体を覚ますために外へとこっそり抜け出した。

 考え事が一つ、彼女には存在していた。それを落ち着いて考えるには一人っきりになりたかったのだ。

 「……ユダか」

 行き成り、所有物になれとの告白。

 無礼な内容と裏腹の、まるで迷子になってしまった子供がやっと母親を見つけたかのような……そんな目だった。

 彼女は、随分昔に彼に出会ったような気がしていた。

 だが、その記憶の中の像と、あの現在のユダの像が重なり合わず彼女は多少苦悩する。

 もしかしたら合っているかも知れない。違うかも知れない、けれど。

 「私は、どうすれば良いんだろう」

 ……もう、自分は違うレールへと突き進んでいる。

 このまま行けば、きっと自分はとりあえず幸せに暮らせる程にはなっているのかも知れない。

 ……だけど、それで良いのだろうか?

 「……私が、幸せになる。……けど、それは」

 予感、確証は無いただの予感。

 だが、その予感が彼女の幸福への祈願を邪魔する。……彼女は、最近になり馴染み始めたバンダナに触れつつ、こう零す。

 「ジャギ、私は貴方を幸せにする。けど……その幸福にするやり方……それに犠牲を払わないとしたら」




                               貴方は    満足してくれる?




 ……声に、答えはない。



 「ははは……何馬鹿な事言ってるのかな」

 こう、弱気になるのもジャギの存在が近くに感じられないからだろう。

 そう、自分自身を叱咤し彼女は住処へと戻ろうとして……立ち止まる。




 背中へと……触れる一本の腕の感触に。



 「え?」

 「動かないで、質問だけに答えて」

 ……女性の声。自分と同じ程の、少し緊張した声色。

 「何?」

 アンナは、自分でも不思議な程に冷静な声で正体不明の背後の存在に返事を返す。

 「……正直に答えて。貴方の着ているジャケット……それと、写真の事」

 (……ジャケットに写真??)

 ……質問の意図が良く解らない。

 自分は、その背後の正体は不明ながら重要な事は隠していない。

 以前に南斗聖拳を学ぶ為の費用として当てた宝くじは別としても、それなら最初から金銭の要求だろうし……。

 推測しようにも材料が足りない。ゆえに、アンナは素直に答える。

 「ジャケットは、リーダーから貰った。そして、写真に映っている人は、私とジャギとリーダー。大体六歳頃のね」

 「……そう。有難う素直に答えてくれて。もう、振り向いて良いよ」

 安心したかのような声。それに今は危険性が無いとアンナも理解し脱力しつつ振り返り、いきなり拳を突き付けていた正体を視認する。

 ……小さい。

 自分より小柄な少女。連雀拳のオナガよりは大きいだろうか? けど、自分よりは背が低かった。

 可愛い顔立ちて利発そうな顔している。もっと大きくなればこの子も美人になりそうだ。今まで出会った女性拳士も含め。

 「誰?」

 最初に聞くのは、その娘の正体。

 行き成り背後から接近され意味不明な質問を要求された事も気になるが、一番聞きたいのは誰なのか? と言う事だ。

 その娘は、アンナの質問に答えにならない回答をする。

 「……御免なさい。その、彼と如何言う関係か解らないから聞きたくて。もし、私の予想通りの事を言われたら怖くて……。
 けど、決して傷つけようとか思った訳じゃないの。それだけは、誓っても良い。貴方がその人と恋人同士と言われたら……」

 ……恋人?

 ……この子は、私とジャギの事を指してるのだろうか?

 ……この子は、ジャギと如何言う関係なのだろう? 一体、ジャギの何を知りたくてこう言う風に脅迫紛いの事を?

 (あ、何かやばい。私、何か心の中がモヤモヤする)

 精神年齢だけなら誰よりも上のはずなのに。ジャギに関して彼女は普通の子供と同じ程に年齢は退行する。

 その表情が彼女にも理解出来たのだろう。その少女は眉を吊り上げて口を開く。

 「何、その顔? ……やっぱり、彼とはそう言った関係なの? 駄目、それだけは駄目。私が許さないっ」

 「……私、貴方に許されも、許されない道理も無いんだけど」

 「何が? 私はあの人に命を救って貰ったの! あの人の事だけを想い続けて南斗聖拳伝承者候補になっても想ってるのに!」

 その言葉に、アンナの心は段々と歪になる。

 「……私、幼い頃からの彼の事を良く知ってる。想う事だけなら私の方が上なんだけど」

 そう、返事する音程はとてもとても低かった。

 その少女は気炎を上げてアンナに果敢に言葉を返す。

 「幼い頃からが何よ! 私は好きだから好きって言ってるだけ! だから、貴方がどう思うと彼が好きなのよ!」

 



                      「貴方がジャギの何を知ってて好きなんて言うのよ!!!」

 

 絶叫にも近いアンナの声。

 ……その声の鋭さに、一瞬彼女は呆然として……そして段々顔つきが変わる。

 来るか、とアンナは身構える。だが、様子が可笑しい。

 自分の言葉に怒るか如何かと思ってたのに、困惑した表情を今では彼女は浮べていた。

 「……ジャギ? ……それって今日入った人の名前? え? それじゃあ……ちょっと待って……それじゃあ」

 ぶつぶつと呟き、そして困惑した顔のまま彼女はアンナへと今度は冷静な声色へと戻り再度尋ねた。

 今度は、細やかに。





    「ねぇ。その、写真に写ってたと思うんだけど。写真の中の背が高くてリーゼントっぽい男性と、貴方の関係って如何言う関係?」








    
    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 

 ……アンナの店の酒場。

 「行っちまいましたねぇボス。この店も静かになったっすね。……だ、だから噛むなってお前! 痛い痛い!!」

 「……お前ゲレ公に何度世話しても懐かれないのな」

 「俺の所為じゃないっすって! こいつ女にはおべっか使って野郎には噛み付いて……だから耳噛むなって、てめえ!」

 「何時もお前の片耳噛むよな。良い機会だ。てめぇのあだ名。今日から『カタミミ』な」

 「ひ、酷いっすってボス!?」

 ……とあるジャギの物語で、幼いジャギに耳を噛まれた無名の不良A。どうやらボスの手により名前を貰えたらしい。拍手。

 カタミミって……と落ち込んでいる不良を他所に。ボスは機嫌余り宜しくなく酒を片手に天井の換気扇を見ていた。

 「……静かになっちまったぜ」

 ……ジャギは十。アンナは十二。

 五年経てばジャギは大人と言って良く。アンナなど三年経てばだ。

 自分が少し目を離した隙に大人になる自分の大切な者達。……感傷的になり過ぎか。

 「……お前達は自分の道を進めば良い。俺は……お前等の幸せが俺の幸せなんだ」

 ……親すら満足に孝行出来ずアンナもろくに守れなかった兄。

 そんな兄を付かずも離れず、あいつは十分俺に今まで尽くしてくれた。

 『兄貴。南斗聖拳覚えたら兄貴も守るよ私。ジャギが、大切な人を守る為に頑張るなら、私も同じ目標だから』

 ……ませガキが言うようになったもんだ。

 「……お袋、そして駄目親父。アンナは立派に育ってるぞ」

 「ぼ、ボス頼むから自分の世界に入らずこの虎如何にかして痛たたたたた!?」

 ……悲鳴を上げるカタミミを他所に、ボスは遠い場所に居るであろう彼等を応援する。

 ……そんな折、ベルが鳴った。

 「うん、どうぞ俺の店……え?」

 ……慣れない接客をしようとした彼は、自分が目にした物を見て硬直すると同時に。それを受け止めた。







                            ……一人の子供が自分の胸に飛び込んできたのを。






                             「ようやく見つけた。私の王子様」





 そう、はちきれんばかりの笑顔と声を併せた少女を。



  
    
    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 羽交い絞めと言って良い程に抱きしめている少女。それを狼狽しつつ離そうと必死になっているリーダー。

 「……傍目ロリコンだよな」

 ジャギは、それを見つつ呟く。

 「冷静に感想言ってんじゃねぇジャギ!! って言うか何時帰ったんだよ、あそこから!?」

 「ついさっき? ……しっかし、驚いたよ。其処でさっきからリーダー抱きしめている……シドリから事情聞いて」

 怒鳴り現在の状況を持ち込んだ元凶であるジャギを睨むリーダーへ、ジャギは詳しく説明し出した。

 ……話は、アンナの自宅に戻る数日前に遡る。








 
 「……ねぇ、一体誰の話しなの?」

 ……落ち着いて、事情を聞く為になった明日の朝。

 その日、彼女が言った言葉を整理する前に自分が叫んだ事により誰かが近づいてくる足音に気付き、慌てて明日詳しい
 事を聞く約束を取り付けたのだ、少女に。そして、ジャギ、シン、それにセグロやハマも一緒に話を聞く事になる。

 「おっ、南斗鴛鴦拳のシドリちゃん」

 出会い頭に可愛い女性に関して目がないセグロは。期待に違わず彼女の正体を明らかにした。

 「因みに、南斗鴛鴦拳は接近戦において多大な戦闘力を秘めていると言われているよ!」

 ……説明ご苦労様。

 「あんた、別の寮の筈でしょ? 何で夜更けに私達の寮覗いたのよ?」

 セグロの次に、彼女へ尋問するのはハマ。真っ先に別寮に関わらず侵入してた経緯を彼女が告白した事により聞きだそうとする。

 「まぁ、順序立てて聞こうではないか。シドリと言ったな。まず、ハマの言う通り何故アンナをストーキングするような事を?」

 ……この中で最も部外者であり、冷静に尋ねられるシンが代表してシドリへ聞く。

 最初、集団からの視線にもじもじしていた少女、シドリは、おずおずと口を開いた。

 「……彼女が、私の想い人のジャケットを着てて。それで直に何か関係あると思って尾行してたの。……それで、寮に
 忍び込んでハマが写真を掲げたの見て、あの人と関係あると解って、いても立ってもいられなくて……」

 話し始めるシドリ。だが、要領を得ない事によりアンナは再度尋ねる。

 「まず、あの人って言うのはジャギじゃ無い事は間違いないよね?」

 「……全然違う。むしろ、誰? って感じ」

 「……何か傷つくよな、全く無用って直球で言われるのも。……何となく想像出来るけど、まぁ言ってくれよ」

 今回殆ど登場する意味のないジャギ。ひくひくと、シドリの言葉を聞き終えて話を促す。

 ……何故か、赤面してから口を開くシドリ。

 「……昔、私人攫いに遭ったの」

 「マジで!? くっそお、その時俺が居ればそんな怖い目『黙れ』」

 ……話の腰を折らそうとしたセグロを問答無用とばかりに叩きのめすハマ。

 「それで、何か何だか解らないままに倉庫に閉じ込められて……縛られて視界は封じられてたけど、そいつ達が私を売り買い
 しようとしているのは解った。……身が縮んで、もう駄目だって思っていた時。扉が開く音と、同時にそいつ達の悲鳴が聞こえたの。
 ……そして、少ししてから目隠しが解かれて。そして少し心配した顔の、私の救世主様を見たの……赤狼のジャケットの」

 そして、人攫いに攫われ倉庫に閉じ込められた話。そして、其処へ現われた人物の格好を聞いてアンナとジャギは思い出す。

 自分達が家出した期間。そう言えばリーダー一同は自分達を捜して人攫いの集団から子供を解放した話があったと……。

 「……それで、その時に私はあの人に出会った。……怒りに満ちた表情で私を攫った人達を一気に叩きのめした……あの人」

 そう、英雄談を恍惚の表情で語るシドリの顔は……恋する乙女。

 「……なぁ、それって、もしかしなくても」

 青い縦線交じりで予想の付いた声でジャギは呟く。

 「そうです……お姉さま!」

 『ぶっ!!!?』

 行き成りのお姉さま発言と共にアンナの手を握るシドリ。その言葉と行動に噴出す一同。

 「私を救ったのは貴方の兄……いえ王子様なんです!! お願い! 何でも、靴でも嘗めるから会わして!!!」

 「ちょっ……! 会わせるから! 普通に会わせるから!!」

 その、シドリの病的なまでの鬼気迫る口調にアンナは怯えつつ彼女を数時間掛けて落ち着かせるのだった。






  

    
    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 「……まさか、リーダーのやってる事が、こんな出会いになるとは。人生何が起きるか解らないもんだな」

 そう、今も彼女に抱きしめられて困っているリーダーを見つつ呟くジャギ。腕を組み目を閉じて頷いている。

 「お前何達観して呟いてんだ!! シドリ……とか言ったな? 俺は別にお前を助けたのは家出捜索中の偶然で……」

 ようやく、シドリの正体を知り精一杯の柔らかさで落ち着かせようとするリーダー。だが、逆効果である。

 「あぁ呼んで下さって嬉しい! 偶然と構いません! これから運命の出会いにします! 私が!!」

 その表情は本気と書いてマジ。

 「強制かよ!!?」

 余りに押しの強いシドリに、何時も勝気で不良一味を統率するリーダーは手も足も出ず狼狽するのだった。

 ギャーギャーとした背景を他所に……アンナはと言うと。

 「……あれ? もし兄貴が彼女と結婚したら。私、あの娘の事『義妹』って呼ばなくちゃいけないの?」

 そんな、余りにも現実感ある想像にアンナは鈍い頭痛をするのだった。

 そんな光景を呆然と片耳をゲレに噛まれつつ見守るカタミミ。

 そして、何時までも離れないとばかりに抱きしめている鴛鴦拳シドリ。

 離れようと必死で傷つけない程度に身を捻るリーダー。

 達観して頷き続けるジャギ。そして頭痛で頭を抱えるアンナ。

 その二人の行く末は、これからの未来でも騒がしさに満ちているのだろう。


 



 「ハッピーエンドですね!!」

 「勝手に良い話しにしてんじゃねぇ!!!」





                                 ……閑話休題。













  

            後書き




     ……あ? ブーイングは受付ねぇぞ。今日の話しは単純に女性拳士出したかっただけだから。



   友人にも『リーダー幸せ誰得だよww』って言われたし……本当にそうだわ!!!








  



[29120] 【巨門編】第十二話『交喙の咥えし華』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/16 19:25
愛されずとも 想われずとも 記憶に残らずも 

 貴方が幸せになれるならば

 幾多の道で 貴方と私の全ては重なり合わずとも

 貴方が幸せになれるならば

 私は 貴方と出会えた事だけを ずっとこの胸に




      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「すっかり、遅くなってしまったな」

 ……鳥影山へ向かう道。

 その道を歩く二人の人影、少年二人が見える。

 一人は両手に大量の袋を引っ提げつつギョロリとした目で前進する事だけに集中し。

 もう一人はその買い物で多すぎた荷物の少しを持ってあげて帰路を歩いている。

 「買った買った。けど、あんま目ぼしい物見つからん」

 「……メモに書き込んだ商品は全部買ったんだろ?」

 「掘り出し物が少な過ぎる。もうちょい買い足したかったが、次の機会まで待つわ」

 「そうしなよ。と言うより、修行が始まったら余りする時間ないだろ。その殆どのゲーム類」

 「徹夜すりゃ良い」

 ……ギョロリ目の少年は少々の不満を漏らし、それを大人しそうな感じの少年が穏やかな口調で宥める。

 話の内容からゲーム類を大量に買い込んだのが見受けられる。その、何処にでも居るような少年達の会話。

 だが、其の少年達が少し人と違うのは……彼等が南斗の拳士の伝承者候補であると言う事であろう。

 大人しそうな感じの少年は、友人の情熱の向ける方向性に少々呆れつつも黙ってそのまま荷物を持ち歩く。

 そして、ようやく辿りついた建物に目を止めて、あれ? とばかりに声を上げた。
 「……セグロ。と、あの二人誰だ?」

 「新参者じゃね? てか如何でも良いわ。おらは、はよプレイしたい」

 ……目に止まる、馴染みある友人の姿と初めて見る少年。

 新しい人物より目先の娯楽に集中する友人は構わず寮の中へと入っていく。

 それに対し、南斗交喙拳伝承者候補……『イスカ』は不思議そうにしつつも其の三人の人影へ近づいた。









 「……ん? おぉイスカ、帰ってきたん?」

 ……ユダの事件も収まり、寮へと帰りあらかたの鳥影山の仕組みを説明し終わったセグロ。

 ジャギ、シンはそれらを聞き終えたと同時に、その近づいてい来る少年の人影、それとセグロの声が上がった。

 「イスカ?」

 「そう。南斗交喙拳候補者イスカ」

 シンの呟き、そしてセグロの応答。

 イスカと呼ばれた少年はと言うと、不思議そうに二人を交互に見比べつつ口を開く。

 「……セグロ、この二人は?」

 「新しい奴等。そっちの黒髪がジャギ、そして、そちらの美形顔がシン」

 その短絡的な説明を聞きつつ、イスカと呼ばれた少年はシンを見て理解した表情で頷き、ジャギには軽く頭を下げた。

 ジャギ、シンも軽く手を上げて新しい人物に手を上げる。

 「イスカ、俺の友人一号な。キタタキは?」

 ……どうやら、先程のゲーム類を持って中に入った人物の名はキタタキと言うようだ。

 「先に寮入ってゲームするってさ」

 「歪みねぇな、あいつは」

 ゴーグルを微かに触れつつ呆れた声を出すセグロ。

 その二人の会話を聞き、新参者である二人は彼らがセグロとの出会いの際に聞いた友人なのだろうと推測する。


 「ジャギだ、宜しく頼む」

 「孤鷲拳伝承者候補、シン。こちらも勝手は解らんが、よろしく頼もう」

 その、二人の声にイスカと呼ばれた少年は二人の顔をもう一度交互に見比べつつ。

 「……あぁ、よろしく」

 ぎごちないながら笑みを浮かべ握手をする。……これが、南斗交喙拳伝承者候補イスカとの出会いだった。



      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 ……南斗交喙拳伝承者候補イスカ。

 彼は、セグロとの親友。そして、鳥影山での周囲の感想は『目立たない人物』と称される事が多い。

 常に、セグロの影に身を置いているような感じ。彼は、その評価を知っていたが、それに不満はない。

 ……不満は、今の所なかった。
 
 「イスカってさ。何と言うか静かだよな。何時も何時も」

 ある日の事、ジャギはそう彼に口を開く。

 「セグロがはしゃぎ過ぎてるからかも知れないけど、その後ろで常に周囲の動きとか冷静に見てるだろ? それに何かしら悪戯
 やらかす時に計画とか纏め上げるのもイスカだし。お前ってブレインとか、そう言う役割が上手いよな」

 ……イスカは、それを聞いて少しだけ考え込むも、穏やかに返事を返す。

 「……自分は、そんな大した者じゃないよ」

 「謙遜すんなって。お前、少しはセグロを見習う訳じゃないけど、もう少し騒げた方が良いぞ? その年頃なら」

 「ジャギこそ、年齢の割りに大人びすぎてる時がある気がするけど……」

 そんな会話を、何時かした事がある。

 彼、イスカは常に人々の脇で穏やかに佇むのが好きな少年だった。

 ……それは、何時かの誰かに似ていた気がしなくもない。

 「……あとよ、お前レイに似てるよな」

 「え? ……そんな事初めて言われたな」

 唐突な珍しい発言。イスカは初めて驚きを表情に覗かせた。

 「いや、何ていうか時々レイに雰囲気が似ている感じがするんだよ。後姿だけなら勘違いするかも知れないぜ?」

 「ジャギ、絶対それは有り得ないって。何時も自信に溢れているレイと、自分の何処か似ているって言うのさ」

 余りに意外過ぎて笑いが込み上げる。

 だが、ジャギは真面目な顔つきで首を傾げつつ、『似ていると思うんだけどなぁ……』と、その話題を変えるのだった。





      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 
 「なぁ、イスカ。お前って誰かに告白したりしねぇの?」

 「は?」

 ……ある日の、出来事。

 「だって、俺って可愛い嫁候補者を見つける事が使命だけど、お前って浮いた話って無いなぁって思ってさ」

 「……セグロの場合、やり過ぎなんだよ」

 「自覚してるから構わん。と言うか、本当に誰が好きな奴居ないの? 良かったら俺が手助けするぜ?」

 ……セグロが、そのような事を願い出るのは希有な事だ。他の人の色恋沙汰には余り関与しない主義だから。

 だからと言って、冗談事を言ってはぐらかすのも彼に悪く、イスカはセグロへ正直に答える。

 「……別に、自分なんて好きになる人いないだろうし」

 「お前、ネガディブ過ぎるだろ発言が。顔は普通なんだから十人ぐらい告白すりゃ付き合えるだろ」

 「そんな事平然と出来るのセグロだけだよ……」

 ……好きな子。

 そんな事考えた事すらなかった。

 伝承者候補、友人。最低限必要な物だけで満足していて、それ以上欲する事を別段望んでいなかった。

 あぁ、だからこそ自分はそのままで良かった。

 ……良かったんだ。



      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・
 


 ……とある日。

 鳥影山の広場、修行場で組み手が行われている。

 十歳ほどの鍛えた肉体をぶつけ合う少年たち。その一角に目立つ人物が居る。

 一人は金髪で蒼い目をした少年。もう一人は男前で、歩けば女性達の視線を自然と惹く容姿をしている。

 どちらも構えつつお互いに拳をぶつけ合う。だが、一進一退の攻防ゆえに、どちらも先の勝利を譲ろうとしない。


 「……シンにレイ。やっぱりどっちも強いよな」

 ……シンと互角の闘いを見せている人物。

 その名は南斗水鳥拳のレイ。未来では世紀末救世主の友人となり、アスガルズルの開放、及び『妖星』のユダを倒す。
 『義星』の役割を担い、かつて、彼にも多くの仲間や同士が居た筈なのだが……世紀末の中でそのような描写は見受けられない。

 彼の死は、一人の拳王による秘孔から。だが、それでも彼は命ある限り星の宿命の為に生き続けた。

 そんな彼も未だ幼く、普通の少年達とさして変わりはしない。

 「緩急付けてシンも拳打を出してるけど、レイも瞬時に体勢を変えてシンにカウンターを狙ってるね」

 そう、冷静に闘いの分析をする少女の名はアンナ。

 ジャギが紹介したので、今ではイスカと、もう一人の知人も彼女の存在は認知している。

 「あ、お互いお腹に命中した」

 「……引き分けかな。まぁ、どっちも実力者だから」

 腹を押さえ、顔を顰めつつも足取りしっかりと彼は修行場を抜ける。

 「へへへへ! 何だよレイ。一分で片付けてみせるって余裕は如何したのよ?」

 「黙れセグロ。お前こそ次は俺と闘るか?」

 「おっ、良いぜ? そのハンサム顔を見れなくしてやっから」

 ……セグロはレイの失態を陽気にからかう。

 レイは、そんなセグロに少し怒りつつも気さくに言葉を返す。

 ……見れば、レイの周囲にはそのように声を掛ける仲間は数多くいた。

 「惜しかったな」

 「……水鳥拳のレイか。やはり、侮れん。もっと鍛えなくては」

 ジャギも、シンへ労いの言葉を掛け、そしてシンは新たに鍛える決意を固め直す。

 そのシンの周りにも拳士達は囲む。どちらも人を惹き付ける力は高い。

 眩しい未来を背負う二人。それを、イスカは静かな瞳で見つめ続ける。アンナはそんなイスカへ優しく声を掛けた。

 「……イスカは行かなくて良いの?」

 「うん、あっちは自分が居なくても構わないだろうから」

 その、イスカの言葉にアンナは笑う。

 「そんなに自分を卑下しなくても良いんじゃない? ある意味、それって人を馬鹿にしてるのと同じだよ?」

 「……そうかな」

 「うん。あまり人の事考えすぎて自分のしたい事も出来なかったら、多分パンクするよ、何時か」

 そう、アンナは言残しジャギの元へと駆け寄る。

 イスカは、そんな彼女の背を見送りつつ、レイの方をじっと見るのだった。




      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……水鳥拳のレイ。

 「……ジャギ、それにシンか」

 修行を終えて、昼間の組み手を回想する。

 鳥影山の奥地での修行を終えて帰ったら出現した新参者。

 別に、新しい人物が入ってきた事は驚きはしない。だが、人物が人物ゆえに彼は印象に残った。

 「孤鷲拳のシン。奴は、強いな。それに、あのジャギと言う男も中々実力あると思える。うかうかしてられんな」

 伝承する拳が違うとは言え、実力ある拳士は人々に認められる。

 彼もまた、拳士ならば強者である事を望む。ゆえに、好敵手と思える者に負けたくないのが現状だ。

 「……セグロ、奴もふざけてはいるが意外とやるしな」

 鶺鴒拳のセグロ。

 常に女性を軟派しているような輩だが、奴も拳に関しては真面目に修行はしている。

 一度組み手の際に倒しはしたが、実力の全てを出し切ってた様子は見えない。真剣な理由でもない限り、あの手の奴は
 パフォーマンスも兼ねて自分から倒されるのだ。より印象深く、自分がやられ役な事を周囲にアピールするように。

 「強(したた)か……と言うべきか。奴の本気を一度は見たいものだ」

 この鳥影山には見所のある人物が多い。

 斑鳩拳のシンラとも一度組み手したが、奴の場合遠距離からの指弾及び、脚技も馬鹿には出来ない。

 一度、白鷺拳の候補者であったと言う話しらしい。……如何言う経緯で離脱したのかは不明だが、あれもまた強者だ。

 百舌拳のチゴ。彼もまた残虐な部分が目立つが実力は高く。洗礼もある程度の力を見れば大人しく引き下がる。

 狂人の振りしつつ相手の実力を図る部分があると言う意味では、あいつは意外と考えて闘う部分があるのだ。

 「この地に来て良かったな、やはり。……最も家族と離れるのは少々辛かったが」

 ……自分の両親、そしてアイリ。

 唯一の妹、離れて結構経つがちゃんと過ごしているだろうか?

 兄馬鹿と言われても仕方が無い、だが、今は大事な時期だ。アイリもそれを理解してくれるだろう。

 そう、考え込んで歩いていると……木陰で感じる視線。敵意も殺気も無いが、見られるのは余り良い気分ではない。

 レイは、そう思いつつ人影に目を止めて、少しだけ不快だと顔に示しつつ口を開く。

 「……何だ、イスカか」

 「……やぁ、レイ」

 ……南斗交喙拳伝承者候補イスカ。

 こいつに関し、自分は少々快く想わない。

 別に不意打ちで襲われたとか、拳の修行を阻まれたとかでなく。……こいつは余り周囲に出ず何を考えているのか解らない部分が
 少しだけ不快なのだ。単純に自分の好き嫌いなのだけど、こいつもそれを感じ取っているのが余り俺には友好的じゃない。
 いや、友好的じゃないと言うより表現をしない、セグロ見たく、とは言わぬがもっと言葉に出して意思の疎通が出来るなら……。

 「今日はあの馬鹿と一緒じゃないのか?」

 「……セグロなら、多分ジャギ達と一緒だよ」

 「新しく来た奴だな。一度俺も挨拶されたが……まぁ落ち着いて話す機会あるだろうが、お前から見て如何言う人物だ?」

 「……さぁ」

 ……話の要領得ないと言うか、口数少ない所為かこいつとの会話はどうも好きになれない。

 だからと言ってこいつが俺に敵意のある行動をした事はない。むしろ、拳法の修行の際は誰に対しても迷惑かけぬよう
 離れているようにも思える。謙虚過ぎるような人間……少し、その余りに過度とも言える姿勢が鼻にもつくのだ。

 「……なぁ、もう少しお前のその人見知りは何とかならんのか?」

 「別に、意識してる訳じゃないんだが……」

 「当たり前だ、意識してやっていたら俺は殴る」

 少しばかり不機嫌になるレイ。それに、イスカは申し訳ない顔つきでレイを見る。

 「言いたい事があれば、はっきり喋れば良いだろう。お前と俺は同じ拳士なのだから」

 「……あぁ」

 変わらず口ごもり気味なイスカに、レイは軽く舌打ちをして彼の横をすり抜ける。

 イスカは、そんなレイの背中を寂しそうに見送るのだった。




      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……かつて、彼はレイの同志であり、そして従者の役割を担う者だった。

 その事を師父からも聞かされたし、彼自身も別にレイを嫌う訳ではなかった。

 だが、彼自身の性格がレイと余り一致しない事が、ある日の出来事で決定的にレイとの関係に皹を入れる事になる。

 それは、今回に限っては何とか免れる。

 ……それは、彼にとって幸福の道標になるのか……。



      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・
  

  (???)

 兄さんが、鳥影山と言う場所へ行く事になるのを聞いて、最初私は胸に哀愁が満ち溢れていた。

 だけど、兄さんが拳士になる事は兄さんの夢で、両親も祝福していたがゆえに、私も、兄さんが喜んでいるのを祝福しない筈がない。

 だから、これはほんの少しの我が侭な気持ち。私は、その気持ちを笑顔の裏に封じ込めよう。

 ……そして、兄さんに会いに行くんだ。







 ……鳥影山に、一人の女の子が現われる。

 薄手の服、そして拳士としては余りに弱弱しい体つき。

 通りかかる人々は、その人物が訪問客だろうと考えるも、自分達の用が忙しく彼女には目を暮れない。

 ……彼女は、急立って決意してこの地に降り立ったまでは良いが不安が顔に現われていた。

 他所の土地。勝手が解らぬ場所。

 それでも、大好きな兄に会いたくて必死に彼女はこの地へと降りて兄が居るであろう場所まで歩く。

 ……だが、不慣れゆえに場所も不明、人に聞くのは生来の人見知りに近い性格が災いして勇気が出ない。

 通り過ぎる男性の中にはニヤニヤしながら見ている拳士も居る。その視線が怖くて彼女は足早にその横は通り過ぎる。

 (怖い……兄さん)

 大好きな、大好きな兄。

 ……彼女は、自分の勝手な行動を今更ながら後悔していた。

 だが、それでも数ヶ月は家に戻らない兄に会いたくて……諦め切れなくて。

 彼女は、とぼとぼと兄を探し道を歩く。そして……。

 (あれは……兄さんっ)

 ……森付近を歩き、足がクタクタで汗も流れ始めた頃。

 後ろを歩く人影が二人……その内の一人の人影は、自分の兄に似ていて。

 彼女は駆け寄る。必死で手を振り懐かしい兄の逞しい背中へといてもたってもいられずに……抱きしめるのだった。

 「兄さんっ!」

 「っえ?」

 ……そして、気付く。

 抱きしめたと同時に、自分が何時も聞きなれている兄の声よりも柔らかい声が上った事。

 そして、……振り返った少年の顔は……兄と全く異なる顔つきであった事を。



      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 (……っ兄さん? ……て、こいつアイリじゃねぇか?)

 ……若い少女。自分達よりも小柄な子供。

 その長い髪と、そして何処と無く引っ込み思案そうな顔には原作を知るジャギには面影が誰かと重なり。
 
 その面影の名はアイリ……『義星』南斗水鳥拳伝書者レイの妹と合致した。

 (何で此処に……ってレイに会いに決まってるか……)

 すぐさまアイリが此処に居る理由はジャギには理解出来る。今更ながら北斗の拳のマニアである事を彼は心の中で感謝した。

 「君は?」

 そんな、イスカと出歩いていたジャギの思考を他所に、不思議そうな顔つきでイスカはアイリに声を掛ける。

 「! ご、御免なさい……兄さんに、似てて……」

 少女は、赤面してうろたえながら平謝りする。

 イスカは、別に気分は害してないし少女の行き成りの抱擁、及び謝罪に如何したものかと重苦しい顔をしてる。

 「イスカ、そんな顔してたら怒ってるように思われるぞ?」

 そんな顔を見かねてジャギは呆れつつ突込みを入れる。

 「……顔つきの事は構わないでくれ。わざとじゃないんだ」

 二人は、セグロと、もう一人の友人にゲームの勝負で負けて買出しから戻った途中だったのだが、行き成りの出遭いに
 関し立ち往生する。アイリは、其の間じっと身を縮こまらせて二人の間で頭を下げっぱなしだ。これには二人も困る。

 「……如何しよう?」

 「別に、レイの場所へ案内すれば良いだろ」

 「レイ……この娘、レイの妹?」

 「兄さんを知ってるの?」

 二人からのシンクロした問いかけ、それに気付きイスカとアイリは顔を見合わせる。

 そんな様子が少し可笑しくジャギは笑いつつも頷く。

 「まぁな。……それじゃあ、三人でレイの場所へ行くか?」

 その言葉に二人は無言で頷く。









 ……後に、イスカはこの出会いを思い出しジャギへ感謝する。


 あの時、自分一人だけなら縮こまっている彼女をどうすれば良いか解らず、立ち往生していただろうから。

 そして、多分それをレイに見咎められて関係は悪化していただろう、と。

 正史ならば、そのように。だが、今回は介入者によって事なきを得る。

 それは、今の彼等には知る由もない事だ。



      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「っアイリ!?」

 それは、道を歩いて僅か数分の出来事。

 その途中、向かい側を歩いている人影は驚きの声と同時に駆け寄ってきた。

 「アイリ、何故お前が此処に……それに、何故ジャギとイスカが」

 「何故ってのは酷いだろ、レイ。この嬢ちゃんがレイに会いたいって言うからお前の居る場所へ案内してやろうと思ったんだぜ」

 簡略で単刀直入に。その言葉でレイは理解する。そしてアイリの無謀な行動に少々怒りつつも、愛おしさも交じる。

 ともかく、彼は胸中に色々秘めつつ取るべき行動はとった。

 「! そうか……済まん、礼を言う」
 
 ジャギの言葉に、レイは深く頭を下げる。

 鳥影山は良い拳士達と共に、通り過ぎる普通の人に対してもちょっかいをかける輩は居ないとも言えない。

 もしかすれば、アイリもその毒牙にかかる可能性だってあったのだ。言えに、レイはこの時ばかりジャギに感謝を示した。

 「礼なら、イスカにも言ってくれよ」

 そう、ジャギは何の疑問も持たずイスカを指す。

 その時、僅かにレイとイスカに走る緊張感。どちらも、相手に関し遠慮のような気持ちが芽生えていただけに、僅かに固くなる。

 ……けれど。

 「……有難うな、イスカ」

 「いや……何もしてないから、自分は」

 そう……自分は何もしていない。

 ジャギが、彼がアイリに声を掛けなければ自分は何も出来ず右往左往しつつ彼女の事を見るしか出来なかっただろう。

 そして、その現場をレイが目撃すれば、多分自分は嫌われていた可能性だってある。

 ……本当、自分は何もしていないのだ。

 「……っと言うより、その手は何だイスカ?」

 ……と、ぼんやり考えていたら何故かレイが睨んできた。

 「手? ……っ御免」

 ……無意識に、離れぬように子供にするように握っていた……アイリの手。

 余りに自然過ぎてジャギも何も言わなかったが、ここにきてようやくレイに指摘されてイスカは謝罪の言葉を上げる。

 別に手を繋ぐ位で目くじらを立てる程にレイも大人気ないとは言いたいが……最愛の妹に気安く触れるレイに前言撤回する。

 「……本当に、何もしてないよな?」

 その視線は険しく、声にも多少怒気が篭もっている。

 険悪になりかける雰囲気。それにイスカは悪い事してないのにうろたえかけ、ジャギもどう言い訳しようか考える。

 だが、意外な人物がその場を収めた。

 「兄さん、止めてよ。この人は、私が危ない目に遭わないように親切にしてくれただけなんだから」

 「! ……ア、アイリ?」

 ……引っ込み思案で、何時も大人しい筈のアイリの口答え。

 それに、ショックを受けるレイ。だが、彼女は見知らぬ土地で自分を案内してくれた少年に文句を言われて、それを
 無言で関知しない程に彼女は冷たくは無い。握り締められて仄かに温もり残る手の平を握って兄を強く見つめる。

 「私を助けようとした人を、悪く言わないで。……お願い」

 「……っ解ったよ、アイリ。……それと、鳥影山には今後俺に事前に連絡してから来てくれ、頼むから」

 ……そう、レイは彼女の言葉を受け入れ二人の顔を一瞥してからアイリの手を取り別の場所へ向かう。

 ジャギはと言えば、これで少しはレイとの好感度が上がれば良いな、と。

 そして、イスカは。……アイリの後ろ姿を名残惜しそうに見つめるのだった。



      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 ……今回から、月日は経ち。

 レイとの距離は未だあるものの、彼、イスカはアイリに対し想いを募らせる。

 ジャギが居ない正史の世界ではセグロを頼りにレイへ近づき……何とかアイリに対し距離を縮めようと。

 ……その努力が功を成し、一度だけ彼はアイリの住まうレイの実家へ訪れる事が出来る。

 その時、彼女からイスカは一つだけある物を貰う。それを一生の宝物としてずっと胸の中に忍ばせるのだ。

 ……後に、彼は交喙拳伝承者となる。

 その過程で、彼は……正史である世界ではレイと仲違いを、今回の事が切欠で距離は遠くなり、アイリへの好意を
 打ち上げられぬ事になる。だが、それもまた後に詳しく語られるようだが、今はあえて語らないで置く。


 ……そして、彼は彼女の婚約を聞く。

 それでも尚、彼女の事をずっと想い続ける。

 ずっと……彼は死が自分に降り掛かるまで、ずっと彼女の事を想い続けるのだ。

 








                        ……彼女の名である……アイリスの押し花を握り締めつつ。








              後書き




   アイリの婚約者には悪いが、アイリが幸せになるには正直婚約者では役不足なのだ。



   まあ、我々ジャギ信者には、アイリの幸せなどほんの些細な出来事であるとは思うのだが









[29120] 【巨門編】第十三話『五番目の北斗の彼』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/18 21:44



   夢半ばで挫折する事 それは良くある事だ

 彼の場合 その典型的な例であろう だが、時として例外もある

 彼自身がその例外たる力を備えるか? それは悪魔も知らぬ

 けれども

 時として人の気持ちは緩やかに未来を変化するものだ




   
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「は、始めまして!! 今日からこの寺院でお世話になります!!! どうかよろしくお願いします!!!!」

 行き成りの怒声に近い大声。

 それに淡々と拳を木へとぶつけていた荒々しい目つきをした顔つきの少年は一瞬だけ目を走らせ。

 そして、優しそうな風貌をした少年は読み上げていた本から顔を上げて少しだけ目を大きく開き人物を眺め。

 最後に、一人の黒髪を逆立てた少年と向かい合い拳の修行をしていた幼い少年は同時に其の人物を見た。

 最初の一人は興味無さそうにその人物を。

 二番目の彼は首を少々傾げてその人物を。

 三番目の人物は合点がいったとばかりに一瞬呆れた視線を。

 四番目の人物は、不思議そうな表情を浮かべその人物を見る。

 それに構わず、彼は最後まで大声で自分の紹介を終えた。




                        「キムと言います!! どうか、よろしくお願いします!!!!!」




 (もう、そんな時期か)

 そんな、彼を唯一知る者。ジャギは大声で寺院で名乗りを上げる少年を見つつそう考えるのだった。


  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 ……キム。北斗神拳伝承者候補……になろうとして脱落した人物。

 原作では雪積の時期に寺院の門から放り投げられ、リュウケン自身から伝承者の資格ないと言われた人物だ。

 記憶は潰されず、拳も潰されず(と、思う。作中では不確かだったが)彼は心に多少の歪を抱えて外に、とぼとぼと出る。

 そんな彼を未だ幼いケンシロウが追いつき、慰めようとしたのをキムは最初誇りを傷つけられたと感じ怒るものの、
 ケンシロウの真っ直ぐな瞳から心を洗われて、それに感謝しつつ何処へとも無く去った……これが彼の原作の描写である。

 まぁ、はっきり言ってしまえばケンシロウの過去を多少見せる為のモブキャラである。

 だが、彼が伝承者候補にならなかったからといって、彼の器量が低いと言う事でもない。
 別に、伝承者候補にならうとして脱落した者は何もキムだけではないのだ、多くの人物が、伝承者候補になる前に
 リュウケンの品定めを受け、そして合格するものなど一握りだ。それに一度適っているキムも、そこそこ実力はあったのだろう。

 ……最も、それを推し量る証拠は何一つないのだけど。

 今のキムの心境はこんな感じだ。

 (……や、やるぞ! 両親を亡くし早一年! 孤児院で生活し、将来を憂いていたが、北斗神拳と言う拳を習えば
 苦労する事は無いと師父から確約を貰った!! ならば、私は絶対に伝承者になって見せる! 誰にも負けはせん!!)

 ……何とも真っ直ぐであり、普通の理由から彼は伝承者を目指しているのだ。

 そして、北斗神拳を習うのならば最初に大声で自己紹介などする所から可笑しい事を彼は未だ気付けていない。

 そして、今の北斗神拳伝承者候補となっている四人は、キムに対しそれぞれこのように感想を抱いている。

 自己紹介を終えて師父リュウケンから、とりあえず基礎的な拳の修行……一指弾功をするよう命じられたキムは意気揚々と
 鼻息荒くその特訓に集中している。最初から気合を入れすぎているようにも思えるが、通常の人間の反応とも言える。

 「……奴は何を考えているんだ?」

 そう、荒々しい目つきの少年……未来の拳王ラオウは呆れを暗に含め虚空へと言い捨てる。

 自分の弟のトキ。そして組み手ならば何時も敗北を喫するが、何かを秘めていると思われるケンシロウ。

 三男となる義弟。南斗聖拳も習い、そして貪欲に北斗神拳も欲し自分と競い合う油断ならぬ男……ジャギ。

 その三人が伝承者候補である事は別に構わない。むしろ、その三人は器量だけならば将来的に自分と張り合えると
 思っている。ゆえに、ケンシロウは才を開花させる為に、トキには下手な情を無くす為に彼は意識して厳しくもしている。

 ……ジャギに関しては自身の感情から本当に気に食わないと感じ厳しくしているだけだが。

 そして、今は居ぬリュウケンに対し彼がどのような気持ちでそう言ったかは……想像に容易い理由から。

 「うむ……五人目とはな」

 トキも、顎に手を当てて今の現状を考える。

 ラオウ、ジャギ、ケンシロウ。どの三人も長く過ごし、今は大切だと思えている。

 だが、今は修行が段々過酷になる時期であり、そんな時に何故師父はこのように新参者を入れたのだろうか?

 トキはその生まれ持った『知』ゆえに、流れから師父の行動に違和感を覚える。

 だが、自身の疑問をぶつけたところで、師父が素直に答えるとも思えず、彼はその蟠(わだかまり)を胸にそっと隠すのだ。

 そして、伝承者候補の中で一番年下の彼はと言うと。

 「……キム」

 名乗りを上げた人物の名を繰り返し、そして木へと向かって一指弾功を繰り返しするキムをじっと見つめる。
 
 ……のだが。

 「……ジャギ兄さん。組み手、再開しても良いかな?」

 「んっ、あぁ良いぜ」

 (……ケンシロウは然程興味ねぇってか)

 すぐに、彼は自分の兄へと振り返り修行の再開を望むのだ。




    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 ……幾月が経っただろう? その間も伝承者の修行は続けられる。

 山へ何の装具もつけず登り、滝へ打たれ、そして熱い砂壷に拳を何度も叩き込む。

 針山に対し横になり、崖から落ちて下の水面へと衝撃の少ない姿勢で着地する。

 彼等は、それに対し挫ける事なく修行を続ける。

 然し、その経過の途中でキムは不満気な顔つきで一人の人物に向かって言葉を出した。

 「ジャギ、お前に言いたい事があるっ」

 「あん?」

 行き成りの事、キムが気難しい顔でジャギに向かい人差し指を向ける。

 ジャギはそれに怪訝な顔つきでキムを見た。彼は、自分がキムに対し気に障る事をした覚えなどない。むしろ話しかける
 事さえ殆どないのだ。それなのに行き成りの敵意ある行動。一体、何故そのような行動を取るのだろう?

 「お前、何故北斗神拳伝承者候補なら週に三日程も空けるのだ? 本当に伝承者候補になる気があると思えん」

 「……キム、お前師父から俺に対して何も聞かされてないのか?」

 「? お前も俺と同じく伝承者候補に師父から選ばれた者なのだろう?」

 その、眉を顰めて自分に言い切るキムにジャギは頭痛がした。

 どうやら、自分が南斗聖拳の修行をしている事を、キムについて全く父親は話していないらしい。

 それは、自分の事を思ってか? または全然関心なくての理由ゆえに教えなかったのか?

 前者である事を信じたく思いつつ、彼は正直に話す。

 「俺、南斗聖拳伝承者も目指してるんだよ。だから週三はそっちに割り当ててる」

 そう、ジャギが言った後に暫しの沈黙が。そして、彼は突如噴火したかの如く赤い顔になる。

 「……何ぃ? そのような言語道断な真似曲がり通ろうと思ってるのか!? 南斗聖拳と北斗神拳二つだと!?」

 彼は、泡を食ったように拳を上げつつジャギに熱ある口調で文句を言い始める。

 地獄のように厳しい修行の北斗神拳と同時に、噂に名高い南斗聖拳を覚えようなんて正気の沙汰と思えんとか。

 二つの拳を極めようなど、自分にとっての挑発にも程がある……とか、そのような事を大体言っていた。

 ジャギは、そんなキムの豹変を呆れつつ穏やかな口調で言い返す。

 「別に、お前に迷惑はかけてないだろ」

 「二つの拳法を両立しようと思っている軽率な態度が侮辱だと言っているのだ!」

 「別に良いじゃんか。俺の勝手なんだし」

 「勝手であろうとも、お前のその様な行動を師父が許すと……」

 自分の言葉を全く取り合わぬキム。それに少々困っていると。

 「許してるからこそ、今もジャギは修行をしているのだ。キム」

 その時、横から介入する声。
 
 その声に顔を向ければ、穏やかそうな顔をした人物。何時も修行では生真面目だが、終えれば涼やかな顔で読書に励む男。

 キムは、彼のそんな態度に少々引け目と言うか、劣等感に近いものを傍にいると感じるのは内緒である。

 「トキ……兄上殿。ですが、ジャギの行動は余り……ぇ? 許している?」

 ポカンとした表情へと変わるキム。忙しなく顔色が変わるキムへと彼は続ける。

 「あぁ。師父リュウケン殿はジャギの南斗聖拳の修行については認めている。最も、認められるまで色々したがな」

 そう、苦笑まじりの中で思い出しているのだろう。ジャギが必死に商いの真似して稼いだり、ボーモンとの対決を。

 だが、キムはそんな事知らぬゆえに納得いかぬ顔で更に続ける。

 「だ、だが可笑しくはないか? 南斗聖拳は北斗神拳とは対極の拳だと師から聞きました! そのような拳を……」

 「戯けた事言っているな、貴様」

 その時、彼の頭上から聞こえた覇気ある声。

 それに彼は体を揺らして振り返る。其処には機嫌よく無さそうな表情でキムを見る一人の男。

 彼は、その人物を見た瞬間に顔色を青褪めつつ、そして呟いた。

 「ら、ラオウの……兄上殿」

 「虫唾が走るわ、その呼び名。……ジャギが、二つの拳を習っている事が不満だとか、下らぬ事ほざいていたな?」

 そう、きつい視線でキムを睨み、キムは思わず身を縮こまらせる。

 「はっ……北斗神拳を伝承しようと思う者が、他者の下らん所業に関し一々目くじら立てるとは……愚図が」

 本来、愚弄されればキムとてトキ程温厚ではない。

 だが、ラオウの眼光は並みならぬ強さゆえに彼は言葉を窮する。後ずさり、何も言えず口を震わしつつ硬直するのみ。

 だが、それを意外なる人物が制する。

 「おい、ちょい待ち兄者。その言い方だと、まるで俺が南斗聖拳を覚えるのが下らん所業見たいに聞こえるんだけど?」

 「実質、その通りだろ」

 ラオウの言葉を聞き逃せないとばかりに口を開いたジャギへ、口元歪めて戦闘的な笑みで言い返すラオウ。

 「あのよぉ……言っとくが俺は南斗聖拳に対しても尊敬してるし、北斗神拳も大事なんだって。だから馬鹿にされたら
 むかつく気持ちはあるんだぜ? 兄者は、別に拳法なんぞ力の糧としか思ってねぇかも知れないけどよ」

 「是だ。実質拳は力を高める手段に他ならん。そして、お前のしている事は確かに伸びるかも知れぬが、今のお前の未熟な
 状態で両立など到底出来ん。だから、貴様のしている事は下らぬ所業だと言っているのだ」

 珍しく饒舌な言葉。彼がそのように理由まで話す事など青天の霹靂なのだが、少し論争に熱入る彼等は関知せず続ける。

 「出来もしないと簡単に諦めるなんぞ負け犬のする事だろうが。兄者の考え方は強者の考え方じゃねぇよ」


 「ほぉ? 一端に口答えする気か……?」

 剣呑な雰囲気が二人を包む。

 ジャギは、ラオウに対し一抹の恐怖と言うか、ある種の関わりたくない想いはあるも、自分の関わる部分に対し怒りは覚える。
 
 ゆえに、退けぬ部分に関しては尻尾を巻きたくは無い。

 何よりも、今のラオウに尻込みしては……何時かの『原作のジャギ』が言い放った通り原作など到底生き抜けないだろう。

 ラオウも、また退かない。

 自身を恐れもせず立ち向かう者はいた。だが、自分をまるで興味ないとばかりに対等に付き合う者は居なかった。

 今なら、一人。鳳凰を掲げる人物がそれに類似するが、あれは将来王となる素質。不思議でも何でもない。

 だが、目の前のこいつは違う。路頭の小石と同じ程度の物が、行き成り自分を転ばそうと意思を持ったような者。

 ラオウは彼の存在が気に食わない。ゆえに彼の反抗を見て、今一気に叩き潰そうと気を巡らし……。

 「兄上、止めてくれ。頼むから……」

 「兄さん、もう師父も来る。抑えてくれ」

 その、丁度良いタイミングで二人の弟が彼等を押さえる。

 聖者と呼ばれる未来の少年に、覇王は睨むも彼は強い光で彼を見据える。今のトキはラオウを抑える物理的な力量は
 低くも、精神的な意味合いでは、未だ兄を尊敬し敬愛するゆえにラオウも彼の言葉を素直に聞く部分はある。

 そして、ジャギの方と言えば、彼の精神が普通の子供と違うゆえに弟の言葉で一気に熱は冷めていくのが自分で理解出来た。

 「……ちっ」

 「あぁ、悪いケンシロウ」

 舌打ちをして去るラオウ。片手で謝罪の意を示すジャギ。

 真逆の態度で場の空気は何とか穏便に戻る。その中で蚊帳の外だったキムは、悔しげに無力な自分を呪うのだった。




   
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 ……彼は、考える。

 (ラオウは力あるゆえに認められる。トキは技術が鋭い事で。……ならば、自分は一体何なのだろう)

 彼にとっての疑問。如何して自分は、彼等のように認められるようになれないのか?

 ジャギのしている事。無謀に近いと最初言ったが、先見を考えると彼のしている修行はかなり効率良いのかも知れない。

 南斗聖拳に関して、彼は拳法を齧った事により多少の知識は持っている。だから特性さえ考えれば真逆の拳法だけれども、
 ジャギがその真逆の拳法を北斗神拳と両立したら、それは拳法家としては脅威なる力を持つのではないか? と。

 キムは、暫くして落ち着いてからジャギの行動は実は凄いのではと気付いたのだ。

 「……くそっ、何をしてるのだ自分は」

 自らの実力もまともに揮えぬのに関わらず他者の事に関与するなど愚かな事なのに。

 これでは駄目だ。もっと……もっと力を伸ばさなくては……!


 彼は一心不乱でその日も拳を磨く。

 それを、少しだけ心配そうに見る人影があった事に、彼は未だ気付かなかった。



       ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



  キムが一生懸命に修行を続けている時に、彼を伝承者候補として選んだリュウケンは仏像に囲まれた一室に座禅している。

 「……見込み、違いかな」

 彼が思考にふけるのは、五人目の伝承者候補として選んだキムの事。

 「……毒にも薬にもならぬ……か」

 そう、小さな呟きをリュウケンは一室へと漏らし、そして無言と化す。

 仏像の如く静止した彼は、ただ無の境地へと誘われ、その日の一夜を過ごすのだった。




     ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……兄さん」

 「うん、如何したケンシロウ?」

 ある日の出来事、彼は組み手をして貰っている兄に対し口を開く。ジャギは、ケンシロウの言葉で一旦手を止めて
 話を聞く体勢へと。彼は、ケンシロウが何かを言う時は大抵

 彼は、その兄との組み手は中々居心地が良いと思っている。トキとの組み手は其の中に鋭利な雰囲気が宿されており、そして
 ラオウの組み手は決闘に近い雰囲気が何時も備わり……彼のはどれとも違う。気が付けば彼の思惑通りに拳は誘導されて
 いるのだが、ケンシロウは、その拳とのぶつかり合いに関して彼なりの優しさを感じ取っていたから。

 「キムの事なんだが……最近、どうも焦っているように見えるんだが」

 そう、不安の色を僅かに言葉に乗せて、ジャギへとケンシロウは紡ぐ。

 本来ならば、このように彼が相談するのは主にトキの役割だったであろう。

 だが、彼自身既にジャギに対し心は開いている状態ゆえに、彼はジャギへと助けを求める。

 その言葉に、ジャギも応じる。

 「確かに、あいつの最近の挙動はちょっとな……」

 ジャギも、日々鳥影山と寺院を行き来する忙しい日々だが、キムに関しても原作のキャラと言う事で注意は払っている。

 だからこそ、その日彼は一つの行動に出る事にした。



     ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「……はぁ、はぁ。……っ未だ未だ」

 「そこまでにしておけって、キム」

 汗を異常なまでに垂らし、手の甲から血を流し尚も修行を続けようとするキムの姿。

 最初にそれを見て、ジャギは一瞬何かを重なりかけた気もしつつ精一杯の朗らかな口調でキムに声をかける。

 「何だ、ジャギ。放っておけ、俺の事など」

 「……俺、そんなにお前に嫌われるような事した覚えねぇんだけどな」

 「五月蝿いっ、だから放っておいてくれ俺の事など」

 ……今のキムは思い悩み苦境の中に居る。

 自分の拳をどんなに鍛えても、それが彼らに追いつけると到底思えなくて。

 だからこそ人一倍、二倍、何倍にも修行するが、それでも納得いかなくて……。

 「頼むから……放っておいてくれよ……っ」

 





                       お前に……お前のように上の奴が慰めるんじゃない……!




 そう、彼の言葉が飛び出した瞬間……ジャギは表情を変えて腰に持っていたソレを抜き放ち……。




 


                          ……パンを口の中へと押し込んでいた。





 
 「ゴブッ!?」

 「……とりあえず、黙ってそれ食えや、お前」

 口いっぱいに詰め込まれ混乱するキム。それを面倒そうな表情で見遣るジャギ。

 「……良いか? てめぇの文句なんぞ聞きたくないから、それ食ってる間だけは俺の説教聞けよ?」

 「俺だって未熟でラオウの兄者にも、トキの兄者にも勝てねぇ。そして、言いたく無いがケンシロウだって何時か負ける」

 「そう言う暗い想像が何時も頭の中にこびりついてるんだ。何もてめぇ一人がそう言う類の悩み抱えてねぇんだ」

 「悩んでる暇があるなら、飯ちゃんと食って、そんで良く寝てちゃんと明日も修行しろ。……自分の体壊さない程度に」

 「自分に負けてちゃ、他の奴等にだって勝てねぇよ、一生な」

 説教なんぞ柄じゃねぇのによ。と、ジャギは苛立ちつつ彼に背中を向ける。

 ……彼が立ち去り、パンを全て食したキムは暫く無言で佇み。

 「……不味い飯を寄越しおってジャギめ。……何だこのパンは、しょっぱいじゃないか」

 ……そう、一言だけぽつりと言残した。









 「……おい、ジャギ。また新しい伝承者候補がやって来たんだって? リュウケンの奴も物好きだよなぁ」

 「うっせぇよ、ジュウザ。用も無しに寺院にきやがって……」

 「理由ならあるぜ? ユリアに会うって言う完璧な理由がな」

 ……ある日、ジュウザが訪問した。

 彼は、ジャギと対戦し引き分けになってから。暫くして北斗の寺院に忍び込むように現われた。

 最初再戦でもする気かとジャギは思ったが、ジュウザは彼に構わずユリアに会う事だけを望んでいた。

 肩透かしを食らいつつも、ジャギは彼の飄々とした性格は昔からだと放置している。そして、そんな日の一部だ。

 「キムって言うんだっけ? あんまり寺院じゃ馴染めてねぇだろ」

 雲のジュウザ。自由を愛する彼はその耳も風の噂を良く捉えている。

 そして、その風から彼はキムの事もある程度は知っていた。

 「サウザーだっけ? 鳳凰拳の奴とラオウがこっちで試合した時に、そいつの事少しだけ漏らしたらしいが、どうもその
 キムっての実力は低くて伸び悩んでるだろ? なら、早い内に此処を去るかも知れないな、ジャギ」
 
 「……あいつは頑張っていると思うぜ、俺は」

 他人の事、ユリア以外に関して無頓着な彼は毒も平気で吐ける。

 その言葉にジャギは不思議と口はキムを擁護していた。モブキャラで、正史には何の影響も及ばぬ、彼を。

 「何だ、お前が弁護する位には実力あるの、そいつ?」

 「……頑張りだけなら伝承者候補の中では一番だよ、あいつは」

 ジャギも、何故自分がキムを弁護するのか原因は不明つつも、続けて彼の長所を上げる。

 ジュウザは、興味なく相槌を打つばかりだ。

 「……って、噂をすれば何とやらだな。あいつだろ、キムって」

 「おう、そうだな。……って、あいつ何やってんだ?」

 ……寺院の外れで雑談していたジュウザとジャギ。目立たない場所で話すのはジュウザがラオウの視界に入れば
 厄介ごとになるのが目に明らかゆえにだ。それゆえに、直に人影が視認出来る場所に居た彼らは正体を容易に知れる。

 その、話の意中の彼は何やら篭らしきものを抱えて周囲を見渡していた。

 「……お前、探してるんじゃね?」

 「え、俺か? ……いや、違うだろ。多分」

 ジュウザの問いかけにジャギは首を振るが、すぐにジュウザの言葉が正しい事が判明する。

 何故ならば彼がその後に大声で自分の名を呼んだからだ。それに体を崩しつつジュウザの笑みを睨みつつ彼はキムに接近する。

 「大声出して呼ぶな恥ずかしい。何だよ、キム?」

 「おっ、ジャギそんな所に居たのか! ……これ、お前にだ」

 「あん?」

 ……篭の中から漂う良い香り。そして、視線をソレに向ければ……香ばしい焼きたてのパン。

 「……んだ、これ?」

 「何、この前の励ましの礼だ。……なぁ、ジャギ」

 彼は、真面目な顔つきでジャギへ言う。

 「私は、まだまだ未熟だ。……お前にも、ケンシロウにも。トキやラオウの兄達にもだ」

 「だが、私は絶対に夢を諦めはしない! だからこそ! 私は、まずお前を超えてみせる! お前をだ!!」

 「その時は絶対に早く訪れさせる! ほえ面を掻くのが嫌ならば、お前も絶対に二つの拳を極めて見せるんだな!!」

 絶対だぞ!! と、彼はそう言い切ると寺院の中へと戻る。

 「……何だ、あいつ? ……おっ! このパン滅茶苦茶上手いな、おい!! もしかして、あいつの手作り? へぇっ!
 この腕なら、あいつ伝承者候補外れてもパン職人になれるんじゃね。……如何したんだ、そんな変な笑って」

 「いや、何でもねぇ。……何でもねぇけど」





                               ……あぁ、お前も負けるな。





 ……何故か親近感を感じる、真っ直ぐな彼をそっと心の中で応援して。

 焼きたての、予想通りの味のするパンを噛み締めつつジャギは空を仰ぐ。






                            今日も輝く、北斗七星を。














             後書き





  某友人『ジャキライ殿、ジャキライ殿! 昨夜青鬼をプレイしてたので御座るが、皿の破片とハンカチを入手して探索を
 している最中に発砲音のSEが聞こえてきて。あれっ? て思いつつ部屋の一つ開けたら、何と寄生ジョーカーのはるかっか殿が
 エルフ数匹と闘っていて。うはw 何これww ってテンション上がりつつ皿の破片装備何故か出来たからRPG式に戦闘
 突入して勝利したら済し崩し的にはるかっか殿が仲間になって。そして探索しつつ雑魚エルフ倒しながら進んでいったら
 阿部鬼さんが何故かイベントで闘って仲間になって、そんで黒猫が月姫のレンに変身してくれたりの嬉しさテンコ盛りで。
 更に更に、ひろしの命懸けの行動で脱出したものの寄生体になってしまったIFはるかっか殿が出現して、ひろし殿を巡って
 バトルに発展したりして、最終的には青鬼を一致団結して倒す笑いあり、涙ありエロあり、感動ありの夢を見たて御座る!!』




    信じられるか? 一分間でこれ言い切ったぞ、あいつ。




    因みに、面白そうだからチラ裏で書こうかなって思う。暇が出来たらだけど





[29120] 【巨門編】第十四話『秘孔の蟻吸』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/21 22:48


 最初、彼と対峙した時に受けた衝撃的な言葉。

 彼は其の言葉を鮮明に覚えている。

 






 「一つ聞きたいんだが、裸の女性が居た場合ワイシャツのみ、または絆創膏だったらどっちが良いと思う?」

 






 彼は不思議な啄木鳥に出会った。




       
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 鳥影山には問題児と称される人間が三人ほど居る。

 一人は百舌拳のチゴ。

 鳥影山では普通に行われる洗礼を日常茶飯事に行う少年であり、彼の手によって精神的な傷を背負い鳥影山を去った人物は
 数多く居る。そして、その洗礼の内容もえげつなく、彼は数年後には『ハヤニエのチゴ』と言われ恐れられる人物となる。

 一人は鶺鴒拳のセグロ。

 男性陣からは気の良い話が面白い奴と言われるが、女性陣からは彼の評価は最底辺をキープしている。

 セクハラ的な発言。女子寮への強行突破及び潜入未遂、スカートめくりなどの所業から数多くの女性拳士からは非難の目及び
 鉄拳を彼は受けている。それでも瞬時に復活し次ぎの日には同じように決行するので始末が悪い。

 もっとも、相手が本当に気分を害するような事までせぬのは未だマシなのだが……。

 そして、最後の一人。

 これが、今回の話の軸となる人物の話である。

 其の名は、蟻吸拳のキタタキ。通称『欲穴のキタタキ』と呼ばれていた。

 「何でセグロがあんな風に女にこだわるのか解らん。女なんぞ言ってみれば欲情を駆り立てる為のオプションであって
 その実質この世の性欲を構成するのは萌えでしかない。全裸の女性を見て人は興奮するか? 否。その状況が普通の通り
 だったら痴女としか思えんし、何よりも情緒に欠けている。即ち裸の女に性欲は反応しないって事だわな。
 それに比べ雨に濡れて恥ずかしがりつつ透けた学生服を微妙に手で隠している女の子や、風の悪戯によりスカートを
 抑える女性を見て人は興奮するだろ? 更に例を挙げるなら、いかにも誘っている服着ている女よりは、普段は気さくな
 話し相手だった女の子が突然のハプニングで一緒の部屋に閉じ込めれられて、不安な時間を過ごしている時に慰めの言葉を
 掛けたら頬に赤味差して誘ってくる普通の衣装の女だったらどっちを選ぶ? つまり、そう言う事だ。この世を構成するのは萌え。
 その視認する中で場所、服装、湿度、感情、時間、年齢、その容貌及び表情から総合される萌えによって人は創られている。
 人間ってのは萌えを感じ欲望を昇華しつつ情熱が沸き起こるのよ。だからこの世で一番強いのは欲望でなく萌えだ」

 「キタタキ、てめぇ一度病院行け」

 これらの説明を聞き終え、ジャギは開口一番にそう言ったのは想像するまでもない。

 「セグロは阿呆だよ。三次元の女性なんぞ臭い、怒りっぽい、その癖あいつが思うような美しい部分なんぞ上っ面だって
 事を知らないでいる。俺は半ば賢いから、もはやその現実を見越して漫画とゲームのキャラクターだけを愛でるんだけどなぁ」

 「キタタキ、だから一度病院行け」

 彼は、そんな事を言いつつ寮でゲーム三昧しつつ鳥影山で修行している。

 彼の割り切られた部屋の空間には大量のゲームと、それらの器材及びテレビとパソコンが並んでいる。

 この世界にパソコン流通していたのかと一瞬思ったジャギだったが、考えてみればゲッソーシティのグルマやらシスカは
 パソコン会社営んでいたよなぁと思い考え直す。ピコピコと電子音を出しつつ無表情でゲームを迅速に攻略する彼は続けて言う。

 「しっかし、最近のゲームは面白いのねぇから駄目だ。何で18歳以上じゃないと買えないゲームあるんだろうな」

 「そりゃそうだろ。え、エッチなのとか有るしよ」

 精神年齢で上な筈のジャギは慎みあるがゆえに、そう言う部分に対して謙虚だが彼は堂々と女性の前であろうと平然と話す。

 「俺、最近パソコンで知ったんだが、陵辱ゲーで成人対象なんだけど七日間選択肢で何もしないを選ぶと裏ルートで
 主人公と対象のキャラクターが組織から逃亡して愛を育みつつ最終的に純愛ハッピーエンドあるゲーム欲しいんだよな」

 「何それ、俺も欲しいんだけど」

 彼は、そんな風に常に夜はゲームをし続ける。

 不眠不休で夜を過ごし、そして朝の修行に出るなんて言う生活をして体を壊さないのか? とジャギは聞くと平然とこう言った。

 「俺の場合、秘孔で『視力低下しない秘孔』と『体力温存の秘孔』突いているから」

 「何だそのチート」

 ……南斗聖拳にも秘孔は存在する。

 原作でもレイがケンシロウと闘い合わねばならない状況に陥った時、虎破龍と同時に彼は仮死状態の秘孔をケンシロウに突いた。

 蟻吸拳伝承者候補の彼も、どうやら秘孔を汲む拳法らしく、それを活用し生活していると言う訳だ。

 因みに、彼の師父も水鳥拳に仕えるらしく、ある程度の秘孔については伝授しているらしい。

 「便利だよなぁ秘孔って。使えば指が痙攣せずにゲームやり続けられるし」

 「いや、それ以前にそこまでする必要あるのかよ」

 最もな疑問なのだが、この言葉と同時に諦めた表情で横に首を振るセグロとイスカの顔が印象的だった。

 また、彼は少々困る性癖と言うか、性格でもある。

 「なぁ、アンナだっけ? 今度出来ればメイド服とか和服の浴衣とかも着てみてくれへん? 写真撮りたいんだけど」

 「え? 別に良いけど……」

 「アンナ、断れ。そこは全力で断ってくれ」

 出会い頭のアンナにも冷静な顔つきで要求するキタタキに、ジャギは殴り飛ばす以前の問題だと理解し、彼の視界にアンナを
 入れさせぬ事を決意する。有る意味、その行動は数年先の未来まで想定すると正解な行動だと言えると思う。

 アンナも、男性恐怖症は未だに健在なのだが、余りにも堂々とし過ぎてセグロやキタタキの行動や言葉には拒否反応は
 起こさないでいる。と言うより、彼等の行動が余りに超越し過ぎて彼女も反応が麻痺していると言っても過言ではない。

 「セグロもキタタキも面白いよね。堂々とエッチな事言って女の子達に殴り飛ばされても平然としているし」

 「アンナ。ありゃ異常だから。あいつらだけが特例だから」

 警戒心を無くした笑みのアンナに、ジャギは疲れつつやんわりと言うのである。

 執拗に女性にコスプレさせたがるような趣味も持っている。そして、彼の棚の中に女性用の衣装が数品並んでいるのを目撃した。
 ジャギは、もしや外伝作品のカレン(秘孔縛状態)が着ていた際どい衣装ってキタタキの所有品だったのでは? と思うのだった。

 
 まぁ、ここまでは彼の私情な部分であり、彼の拳自体は南斗聖拳では珍しい部類と言える拳である。

 相手の肉体に指を突き刺して倒す拳、啄木鳥を模倣した拳は秘孔を突く技もあり北斗神拳と差し支えの無い技もある。

 彼の拳は北斗神拳から南斗聖拳が離脱した名残を証明する拳とも言えるのだ。……本人はその辺興味無さそうだが。

 ジャギは、彼と出会い数日して蟻吸拳を説明されて困惑した顔でこう言った。

 「いや、と言うか話して良いのか? ほぼ初対面に近い俺にお前の拳が秘孔に関係してるって説明して」

 「うん? ……良いんじゃね。別に話して減るもんでもねぇし」

 彼は、そう常に気だるく言い返す。

 「何より、秘孔なんぞ覚える奴なんて普通居ねぇもん。それに関係する奴って大概関係者だし」

 そう言って、彼は何を考えているか解らぬ目つきでジャギへ付け加えるように言う。

 「お前も、秘孔知ってるって事は何かしら、南斗聖拳覚える前にそう言う拳を知ってたって事だろ? まぁ、話さなくて良いけどな」

 興味ねぇし、と彼はゲーム画面へ顔を向け直しつつ会話を終わらせる。

 怠惰で常に己の気分で生きる男。それがジャギの目から見た蟻吸拳の担い手キタタキの印象だった。


 他の拳士達。特に南斗六聖となる人物達からは、彼の評価はこうである。
 
 水鳥拳のレイから言わせれば『常に訳のわからん事を言って周囲に電波な事を話しているセグロ以上の異常者』との言。

 紅鶴拳のユダは『ぼうっとしていてるが、どうもあの目が人を観察しているようで気分が悪いと』の事。

 シンは『セグロと同じ馬鹿だな』と発言し、同じ男子の拳士もキタタキに関しての感想は同じだった。

 鶺鴒拳伝承者のセグロだけは『あいつは本気で師匠だ。エロスの先駆者だ』と彼を褒め称えていた。

 一方、女性拳士の感想は非難轟々である。

 曰く、『出会い頭に猫耳付けられかけた』とか『無理やり写真撮られかけた』とか、後者に至っては軽犯罪である。

 当人は『萌えの探求の為致し方なし』と平然としている。もはや、手がつけられないとジャギは悟った。


 親友である交喙拳伝承者候補のイスカは疲れた口調で彼の事について、こう話す。

 「良い奴だよ。けど、時々性欲を構成するのは裸ワイシャツ及び眼鏡とか、ブルマは至宝とか、意味が良く解らなくて……。
 セグロは熱弁するキタタキを時々師匠って崇めるけどね。何て言うかあの二人が一緒に行動する時に抑えるのは大変だよ……」

 「……苦労人だな、お前も」

 そんな哀愁漂う彼に慰めの言葉しかジャギは贈れない。


 ……そんな特異な人間が密集しているが、何とか彼等は楽しくやっていた。


 
       
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・






 そして、ある日鳥影山で修行している時に、ジャギはようやく原作で見た人物を発見する。

 (お……シュウ、だな)

 それは、南斗白鷺拳伝承者のシュウ。

 幼いケンシロウを南斗十人組み手で救う為に盲目となった仁の闘将。彼は子供達の光有る未来を守る為に聖帝十字陵の礎となった。

彼は普段ならば温和で優しい表情で周囲に暖かな視線を送っている。そして、周囲はそんな彼に不思議と惹き付かれる。

 だが、そんな今の彼の表情には僅かに翳りが見えていた。

 「……何だか、元気無さそうだな」

 「そりゃ、そうだろ。カラシラ様が亡くなってから、あんな調子だもん」

 ジャギの感想に、キタタキは突如現われて何食わぬ顔で話し始める。

 「シュウのお師匠さんのカラシラ様ってのは鳥影山では優秀な師範の内の一人でさ、他の伝承者候補にも優しくして
 くれていて良く好かれていたよ。……うん、まぁ俺も色々心配して貰ってたな。ゲームしてばっかだと体に毒だって」

 普段、余り感情の吐露しないキタタキの口調には僅かに寂しさが滲まれている。

 白鷺拳の伝承者は、先代であろうと立派な人物だった事がこれによりジャギには知りえる事が出来た。

 そして、彼は少し考えてからシュウに話しかけてみる事にする。

 「シュウ、さんだっけ?」

 「むっ……お前は、新参者か? いかにも私がシュウだが……」

 深淵なる賢の目を抱き、笑えば朗らかであろう顔つき。意外なのは黒々とした髪の毛が生えているところだ。

 原作では確か白髪だった筈、とジャギは考えつつシュウへと問いかける。

 「カラシラ様ってのは、如何いう人だったか教えて欲しいんだけど」

 ジャギにとって、原作には描写なかったシュウの師匠について当人から詳しく聞きたいと言う気持ちは別に可笑しくは無い。

 だが、シュウの中の懊悩を考えると、ジャギの質問は少々不味かったと言えるだろう。

 その、ジャギの言葉に彼の顔には強張りが見えた。不味い事を聞いたと瞬時にジャギは考えるが、手遅れ。

 「私の、師父か。……立派だった、立派だったとも。……だが、私を置いて逝ってしまった。もう、あの方の教えを
 受ける事は叶わん。……死しても、あの方は遺せるものあると何時か言っていたが、今の私には到底理解出来ぬ。この
 ように悲しみが拭い去れぬ中、あの方の教えが本当に真実だったかと私は疑う始末だ。……弱い自分が恨めしいものだ」

 そう、彼は哀悼の表情と言葉でジャギに独白を話し、そして去る。

 ジャギは、苦渋に満ちた顔で背を見送る。失敗したと思いつつ。

 「な? 今は放っといた方が良いんだ、放っといた方が。あぁ言う生真面目な奴は長い時間で解決すんべきなんだよ」

 そう、キタタキは面倒くさいとばかりにシュウの事に対し助言する。
 
 「あいつ、今は一人で考えたいんだよ。あんまり他人に余計な事言われたくないのが現状なんだわ」

 「……キタタキ、お前結構人を見るんだな」

 「諍いあって面倒事になるのが面倒くせぇんだわ。だからよ」

 そう、彼は眠そうな表情でジャギへと返す。

 彼は、常にそんな調子で過ごす。世紀末も、今も、過去も。

 鳳凰拳伝承者候補である、サウザーが来訪する時もそうだった。

 「よぉジャギ、やっぱり来てたな」

 「サウザーっ」

 鳥影山に彼が現われた時に、ジャギは駆け寄り喜びの声を、そしてシンも同じく彼に同じ反応を示した。

 だが、その時に周囲の反応はざわめきが多かったのが現状。

 「仕方が無いさ。俺は、何処でも触れず寄らずと言った調子だからな」

 ジャギや、シンが周囲の反応に違和感を感じているのを、サウザーは苦笑いで説明する。

 伝承者になれば彼は南斗108派の頂点に立つ。

 それゆえに、彼等は未来では自分の主君に成り得るサウザーには、悪印象も抱かれたくないが、かと言って露骨に
 媚びるような真似をして下手な印象も持たれたくない。そう言う彼の立場が、友を作れれぬ要因だったのだ。

 もし、ジャギが最初に何の考えも無く接してなければ、彼は未だ孤独で鳥影山でもお師さんだけが居場所だったろう。

 「ふむ、お前も苦労してるな、サウザー」

 シンの言葉に、彼は苦笑を崩さず頷く。シンの立場を知ってあえてソレには触れずに、彼はジャギへ続けて話す。

 「それで、最近の調子はどうだ?」

 「まぁまぁ上手くやってるよ。友人も一応出来たし、北斗神拳の方も恙無(つつがな)くやっている。アンナは今は
 同じ女子達と修行しているところだと思うぜ。友達も数人出来たって聞いたからまぁ良かったと思う」

 「そうか、順調か。……良かったな」

 彼の笑みは濃くなる。未だこれでも十二歳なのに、彼には既に大人の風格か現われていた。

 (やっぱサウザーは凄いな。見ないうちに何か勝手に成長していくし……)

 「? 如何した?」

 「いや、お前が何か勝手に成長していくって思っただけ」

 その言葉に、サウザーは笑う。

 「馬鹿者、人は自分の意思で自ら成長するものだろうが。それを止める事など何人にも出来ぬ」

 「……だなっ」

 サウザーと、ジャギは笑う。何時か起こりえる未来を今だけは視界に入れず。


 ……そんな、彼らに不意に彼が出現した。

 「……? うん、如何したキタタキ」

 「……うんや、随分と仲良さそうだなってお前等思って」

 近づいてくるキタタキは何時もの如く面倒そうだが、目の中の光には好奇心が見えていた。

 「? そっちは……」
 
 「キタタキだ。蟻吸拳の伝承者候補だよ」

 その言葉に、サウザーは納得しつつ頷く。

 「蟻吸、秘孔を用いる南斗聖拳の拳だな。そうか、お前の師父にはお師さんも良く世話になっている」

 サウザーの言葉、それに彼は平坦に呟く。

 「鳳凰拳のサウザーねぇ」

 そして、じろじろと彼はサウザーを眺める。無遠慮に、珍妙な動物を見るように。

 その余りにも無礼過ぎる行動に思わずジャギはアンナに対し無遠慮にセクハラな発言をする時の如く同じように殴っていた。

 「少しは控えろ! 少しは!!」

 「……んな事言っても、ジャギが普通に話しかけるって事は案外喋り易いって事だべ? つう事は意外と話せると思い……うむ」

 彼は、重々しく頷くと、周囲に聞こえる声で質問していた。








                        「質問、裸ワイシャツの女性、絆創膏だけの女性なら、どちらを選ぶか?」








                                 ---ピキ!!






  その瞬間、ジャギが知る世界は凍りついたと言って良い。

 周囲で様子を窺っていた拳士と、隣に佇んでいたシンの体も凍った。

 そんな、誰もが凍りつく中でサウザーは……。

 「……ふむ、ワイシャツではないのか?」

 「サウザーああああああぁ!!!??」

 普通に答えた。ジャギの絶叫をオプションに。

 「!? ……あんた、話せるな。うん、気に入ったわ、サウザー」

 「うん? うむ……(裸の女子が居たとして、服と医療品を選べと言われれば普通服を選ぶのに、何故喜ばれてるんだ?)」

 サウザーの思惑を知らず、キタタキは彼の手を取り感動した様子で頷いている。

 そして、周囲の拳士はその光景を見つつ、未来の鳳凰拳の担い手は意外と自分達と同じ人間ではないのか? と思うのだ。

 これも、また一つのジャギの介入によって起きた変化……なのかも知れない。

 以後、サウザーと他の拳士達の交遊は普通に始る。

 ジャギは、それを実感しつつキタタキに感謝を……別にしない。






                               北斗七星が輝く一つの日常であった












              後書き




    アミバ救済ルート書こうと思ってるんだけど、如何すれば良いでしょうか?








[29120] 【巨門編】第十五話『純白の鶴』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/28 07:23



  かつて、朱に染まりし鶴

  血に酔いしれるかつての鶴を 救う者はもはやなし

  そして、その影で去ってしまった 純白に狂う鶴の事も




   
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「おらああああぁ!! ユダああああぁ!」

 鳥陰山に、怒声が響き渡る。

 その音源は何処からと言うと、とある髪を逆立てて三白眼の目つきが少々鋭い少年が吼える声。

 それを、血のように赤い長髪の少年は、冷笑浮べて受け止める。

 「何だ、不細工面。鬱陶しい声を出して喚くな」

 「てんめぇ……!」

 睨み付ける不細工面と言われた少年と、血のように赤い髪をした少年。

 「……何が起こったんだ?」

 「うん、確かアンナちゃんが『また』贈り物されて、その中に大量の蛙が入ってたんだと」

 「また、って……まぁ、引っ掛かるアンナもアンナだけど、繰り返すユダもユダだよな」

 ……事の発端は、3月ほど前に遡る。

 ユダは、ジャギとアンナに出会ってからアンナに出会い頭に『俺の物になれ』と命じている。

 最初、それに周囲は色々と騒然してたが、何度も何度も同じ光景をされては彼らも気にしなくなると言うものだ。

 アンナも、その度にやんわりと断りを。

 そして、ジャギはそれを面白くない目で見るのが日常的な光景。

 付き添うシンや、セグロ達も別に放っておいても問題はないだろうと、このやり取りに関しては無視する方針に決めた。

 「アンナ、俺のものになれば不自由なく暮らせるぞ」

 「う~ん、けど私、今の生活で十分だもん。ユダの好意には悪いけど……」

 「……好意じゃねぇだろ、これは」

 ボソッと最後のジャギの突っ込み。断られて機嫌悪い顔になるも、幼いユダはある程度場を弁えてか、その場は大人しく下がる。

 そう言うやり取りが続いたある日、ユダはアンナに贈り物をした。

 いや、別に贈り物自体は初めてでない。アンナを物で勧誘しようとユダは試みていた。

 だが、その度にアンナは笑顔で贈り物を感謝の言葉と共に断る。

 何度も何度も繰り返すやり取り、だが、其の日は少しばかり違った。

 「おい、アンナ。今日は菓子を用意した。別に俺の物にならずとも良い……食え」

 「えっ……うん、わかったよ」

 珍しい言葉。アンナはユダの言葉を不思議に思いつつ菓子を食し……そして悶絶した。

 「……か、かひゃい(辛い)……!」

 「って、あ、アンナ!? ……てめぇ~ユダぁ……!」

 赤面しつつゲホゲホと咳き込むアンナ。そして慌てた様子でアンナを見て、そしてユダに怒るジャギ。

 ……その時の、ユダの顔は今まで見た事のない満面の笑みだったと付け加えておく。

 それ以降、ユダは度々アンナに対し悪戯と言って良いのか解らぬ行為をし続けている。それは、好意の裏返しなのか……。

 「今日こそは許さん! てめぇに俺の南斗聖拳で、その赤髪切ったる!」

 「ほぉ? ならば、俺は貴様の見るに叶わん顔を血で美しくしてやろう。光栄に思うが良い」





 ……そんな、やり取りも最近になっては珍しくなくなっている。





 「……けど、ジャギも無茶するよな。ユダ相手に喧嘩するのって、結構命知らずだぜ」

 「ユダも、何ていうか意外と楽しんでジャギと闘っているよね。まぁ、殆どジャギの場合ユダに拳当たらずに転ばされるけど」

 「南斗聖拳言いながら、殴りかかってるだけだしな。一応加減してるんだろ、手加減は」

 ……そう、セグロ・イスカ・キタタキの感想を他所に、地面に転ばされまくり土だらけになるジャギの姿があった。

 「……痛てて」

 「ねぇ、ジャギもう止めたら? 私なら、大丈夫だからさ」

 「いや、後々の禍根を防ぐためにもユダは更正させなくちゃならねぇ。今から俺の拳で奴の性根を叩きのめす」

 「……無理だと思うけどな」

 満足そうに立ち去るユダを見送りつつ、ジャギは常に絆創膏を張り付けつつ打倒ユダを宣言する。

 手当てしつつ被害者であるアンナはと言うと、ジャギのその義憤に対し苦笑いするばかりなのだった。

 「と言うか、今回は何で挑んだの?」

 「あっ、今日はシュークリームが入ってて、それで食べたらわさびシュークリームだったんだよ、ハマ」

 「……アンナ、貴方も食べる前に開けば済む事でしょう」

 そんな、会話も日常茶飯事。きわめて平和と言える。

 鳥影山での修行の日々は、まぁ順調と言えていた。
  




     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 
 「……ククッ、おいアンナ。今日は俺様が直々に貴様の服を作ってやったぞ。ほら、着てみろ、おい」

 「え、いやっ、ユダ。絶対にそれも何か仕掛けがあるんでしょう? 着ないからね、絶対に着ないからね、私」

 「そう言わずに着てみろ。何、不安がる事はない」

 ……何やらゆったりとしたドレス的な物を押し付けるユダ。

 そして、必死に腕を伸ばしそれを拒絶するアンナ。その顔は切羽詰っている。

 「……あいつは一体何をしたいんだろうな」

 シンは、その光景を呆れつつみやり、そしてジャギは青筋立てて止めようとする。

 ……だが、その日は少しだけ違った。

 「おい、そこまでにしておけよ。ユダ」

 「……っちっ」

 ……行き成り現われた少年。その少年が現われた途端、ユダは面白くない表情をしてアンナから離れる。

 そして、忌々しそうに少年を一瞥してユダは立ち去った。暫しジャギ達は大人しく引き下がったユダに驚きつつも、少年に声をかける。

 「あ、あんた有難う……」

 「気にするな、ユダの所業は目に余るからな。婦女子に嫌がらせするなど、人道に欠けた事だ。制するのが当然の事だろう」

 ……生真面目な顔をした少年。どちらかと言えば細い顔で、ユダと同じ長髪だが、髪の毛は黒い。

 だが、何故だが、ジャギにはその少年がユダと雰囲気が似ていると思った。

 「? 如何した?」
 
 「あ、いや……俺の名はジャギ。お前は?」

 「俺か? 俺は……」








                            「俺の名はヨハネ。丹頂拳のヨハネだ」









    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……ユダは、面白くなさそうな顔でコマクと共に屋敷の中に居る。

 彼は、十の若さで屋敷の殆どを管理している。事業及び、外交的な父が行っていた事全てを。

 それで拳の修行は大丈夫なのかと思われるが、彼は既に奥義を継承する以外の殆どの事は出来上がっていると言って良い。

 鳥影山での修行せずとも彼は既に奥義継承は出来る。ただ、アンナ達が居るからこそ、彼は鳥影山を訪問するのだ。

 「……如何かなさいましたか?」

 コマクは、機嫌の悪いユダに恐る恐る声をかける。

 「うん、何……少々嫌な奴と出会っただけだ」

 そう……ユダは不愉快な物を見たとばかりの顔で、遠くを見つめる。

 ……その顔には、憎悪に似た何かが秘められていた。






 「……ヨハネ、丹頂拳の使い手で、あいつも意外と女にモテル容姿してる。元々、紅鶴拳も丹頂拳の派生によって生まれた
 筈だぜ、確か。古来南斗聖拳は、幾多の歴史の中で滅亡する危機ってかなりあったらしいけど、その何度かの闘い
 の中で鶴を用いる拳法は丹頂拳が始祖として生き残ったらしい。それを元に紅鶴拳が生まれたんだと」

 セグロの説明、それを聞きつつジャギは思う。

 ヨハネ……ユダと同じキリストの弟子の名を冠する少年。

 何か重大な秘密がありそうだと睨むが……ある程度ヨハネと会話したものの、彼が真面目な良い少年だった事以外に
 余り詳しい事情は知りえなかった。家柄も普通の出身らしい、何か特に変わった事があるようには思えない……。

 「父親が、誰が知らないって事以外は、普通の奴だもんな」

 何で、ユダに似ているとちょっと思ったんだろう……。

 ジャギは、その気の所為程の何かに対し、世紀末以降も少しばかり心に残す事となる。



   ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「ヨハネ」

 「何ですか、母上」

 「今日で、お前も鳥影山で修行ね。……随分と早いものね、お前が大きくなるのも」

 ……かつて、ヨハネが伝承者候補になって鳥影山に入る間際、彼と母親の会話を少しだけ晒そう。

 その母親は、とある娼婦の成り上がりであるも家柄は特に貧しくもない普通の家庭であった。

 その母親も、容姿は中の上ほどの美人。そして、ヨハネは彼女に育てられ丹頂拳伝承者候補となった。

 「一つ、貴方に言っておかなければならない事があってね。貴方、父について何も知らないでしょう?」

 そう、突然母親にヨハネは質問される。彼は不思議に思いつつ首を傾げて返答する。
 
 「……えぇ、自分が生まれてすぐに死んだんでしょう?」

 「それがね、実は違うの。……私が子を生んでからすぐね、その人なんだけど出て行ってしまったのよ」

 「え……」

 行き成りの衝撃的な発言。ヨハネは母の言葉に目を見張るも、同時に幾多の疑問が沸き起こった。

 何故、自分や母を置いて出て行ったのか? 行方は何処なのか? 色々と湧き上がる中で、母は疲れた笑みを浮かべて言う。

 「……驚いたわよね。けど、貴方にはいずれ話さなくてはならないだろうと思っていたから」

 「……如何して、父は自分達を置いていったんだ?」

 「そうねぇ……あの人は、優しい反面少し暴力的な面があってね。それが自分でも解っていたから、長く生活すると
 私を傷つけるって思ったんだと思うわ。……それに、私と婚姻したけど、あの人は家柄も名家だったから……」

 体裁の問題で母を捨てたのかと、一瞬憤慨するも母は窘める。

 「恨まないでね父さんを。……言っておくけど、金銭では何不自由ないようにしてくれたし、私も恨んでないわ。
 ……あぁ、それでね。その人は南斗聖拳の拳士だって言ってたわ。そう、貴方が候補者となる、拳法をね。
 ……私は、あの人にもう会えないだろうし、会っても悲しい思いをするだけだろうから、貴方が伝承者になったら、父さんと
 会える可能性もあると思うわ。だから、頑張るのよヨハネ。貴方は、私や、それに南斗聖拳伝承者の血を受け継いでるのだもの」

 ……これが、彼と母の会話である。

 「……待っていて下さい母上」

 ヨハネは、鳥影山の道中誓う。

 「絶対に父の手掛かりを見つけます。そして……きっと母に父との再会を……」

 そう、彼は固く心の中で決意するのだった。




   ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 「……なぁ、コマク」

 「はい、何でしょうユダ様」

 屋敷で、彼はレコードを聞きつつコマクへと問いかける。

 「何故だろうな、俺は、あのヨハネを見ると不思議と憎い、と言うか苛立つんだ。まるで、誰かに似てるようでな」

 「今まで会った事が無い筈なのに……何故俺は奴の事を毛嫌いするのだろうな」

 ……コマクはユダの疑問に沈黙する。

 ……コマクには、ある程度の予測があった。

 ユダの従者として、彼に付き添い他の拳士を見た時……そのヨハネの顔にはユダの父の名残があると思った瞬間確信した。

 彼こそ……多分御当主が側女として産み落とした子供に違いない……と。

 あの男ならば、平然と自分の血を広める為に平然とそう言う所業を起こしたとしても不思議でない。
 その子供が別の伝承者候補としてユダの前に姿を現す事になった時、彼はその眼鏡の奥で驚愕を露にしていた。

 「……私には存知かねます」

 「まぁ、だろうな。……何でだろうな、何故俺はこうも……」

 苛立ちながら、彼は瓶を指で切る。

 そしてグラスを優雅に傾け彼は一人静かに思考する。彼の聡明な知識でも、何故ヨハネを忌み嫌うのが原因は解らない。

 そして……時は過ぎるのだった。






 「……おい、ヨハネ」

 「うん? ……何だユダ」

 ……ある日だ、ユダはヨハネに対し接近する。不思議に思いつつヨハネは彼を見つつも構えることなくユダの言葉を待つ。

 ユダは、彼を見ながら顰めた顔を崩さない。そして、暫く経ってからこう口にする。

 「……やはりな、俺はお前を見ると何故か腹が立つ。……自分でも原因は解らぬが、お前を見ると無性に手を出したくなる」

 そう、その拳を向けたいと示す如くユダの指先は曲げる、伸ばすと言った動作を静かに繰り返している。

まるで、今にも紅鶴拳を放とうとするかのように。

 「この苛立ちを解消する為に……ヨハネ、お前この鳥影山を去れ」

 それは、今のユダからすれば最大の譲歩。傍目傍若無人な態度に見えるが、これでもユダからすれば穏便な命令だ。

 だが、それをヨハネが理解出来る筈もなし。

 「……断る、何故俺がお前の指図を受けなくてはいかん。俺は、この地ですべき事がある」

 父を、母が今も仄かに想うであろう相手に真実を。

 その彼の想いは純粋すぎるゆえに、この地を去る意思はない。

 「俺の命令が聞けないと?」

 「あぁ、何様のつもりか知らんが、俺はお前の言葉に従う気はない」

 ……一人は傲然と、自分の正義を疑わず超然とユダを見据え。

 対する一人は、気に入らぬと目に妖しい光を宿して見据える。

 「……言ったな。ならば俺の紅鶴拳で『ユダーぁ!!』……っ、邪魔者が来たな……っ」

 突然の声。それにユダは合点がいったとばかりに振り返る。

 そこに立っていたには、煤でも塗られたようなアンナの顔と、そして青筋立てるジャギの姿。

 「てめぇ、またアンナに変な物贈りつけやがって! 何だよ、あの箱開けた途端に爆発する代物はよ、おい!」

 何時もの如くの裂帛の怒声を放つが、今のユダには邪魔以外の何物でもなく。

 だからと言って、ジャギはある程度自分のお気に入りの玩具と自覚してるゆえに、紅鶴拳の餌食にも出来ない。

 そんなジレンマに苛つきつつ、彼は無情な声でジャギへ口を開く。


 「……邪魔だ、後で相手してやるから今は黙ってろ」
 
 「あぁん!!?」

 かなり、強く殺意を秘めてユダは言うのだが、ジャギは睨み付けた表情を崩さずにユダへと肉薄する。

 木兎拳のトラフズク、ラオウや精神世界のジャギ相手に殺気を受けたジャギには、ユダの気配は未だ軽いものだ。

 言えに、少しも怯むこと無く彼はユダにガンつける。

 「毎度毎度お前は自分勝手に何でもやりやがってよぉ……全部自分の思い通りになると勘違いすんなよ、この変顔が」

 「っおい、ジャギ今何と言った。……俺の耳が確かならこのユダを変顔などと言った気がするな……?」
 
 「変顔だから変顔だっつってんだよ。ならもっと言い易くすると阿呆見たいな顔してるって言ってんだよ」

 「……殺すぞ」

 何時の間にか、ヨハネを置いて睨みあうジャギとユダ。

 「……良いだろう、貴様を今日こそ完膚無きまでに俺に歯向かう気を起こさぬように痛めつけてやる」

 「ほぉ? 出来ると思ってんのかよユダよぉ。てめぇなんぞ俺より醜い顔にしてやるから覚悟しろや、こら」

 ……そう言って場所を移し変える。そんな二人を、唖然としつつヨハネは見送るのだ。

 「……何だったんだ? いや、と言うか止めた方が……」

 「いいよ、何時もの事だから」

 ジャギとユダに付いて行かず、アンナはヨハネの前に立つ。

 「……君は」

 「私はアンナ。……ユダに何だが喧嘩売られてた見たいだけど、如何したの?」

 「……さあ、な。俺もさっぱりだ」

 ……ただ、俺の存在が気に食わないらしい、と口にするヨハネに、彼女は告げる。

 「存在……ねぇ。それじゃあ如何しようもないよね」

 「……それでも、俺はあいつと何時か仲が良くなる事を期待するよ。……話し合えば、あいつとも友になれると望んでる」

 「うん、多分きっとユダも解ると思うよ。……それじゃあ、頃合見計らってあの二人を止めなくちゃいけないから、私」

 そう言って、立ち去るアンナおヨハネは見送る。

 「……ユダ、何故お前は俺を憎む? ……それに、何故か知らないがお前とは他人の気がしないな」

 ……彼は知らない、ユダと彼が忌まわしい血の繋がりある事を。

 そして、彼らの正史の未来では、その関係を解消出来ぬまま永遠の別離となる事を知らない。



               

                            北斗七星は、今日もまた輝き続ける。






  
        

            後書き



    アミバ救済ルート言っても、過去にアミバに理解者居たかどうか書こうと思ってるだけだよ。
   断末魔のうわらばに因んで、ウワラって女の子でも南斗の拳士として登場しようかなって感じの……。


   まぁ、多分没だうわらば






[29120] 【巨門編】第十六話『斑鳩』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/28 19:59
 南斗鳳凰拳サウザー。別名聖帝、及び『将星』なる極星のサウザー。

 彼の名は、何時かの世紀末で名を轟かせる。暴君としてだ。

 そして、今回は彼の従者で『あった』者達の事を話そう。




      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 ……鳥影山の水辺付近に、一人の少女が手を合わせて瞑想している。

 水辺の人一人が何とか立てる大きさの岩へと、バランス良く立ちつつ瞑想を行う少女。その姿勢に揺らぎは無い。

 「オン・マリシエイ・ソワカ」

 密教の真言を唱えつつ、少女は気を体中に駆け巡らせる。僅か十代の前半にして、彼女の実力は高い。

 「……カガリ」

 そんな彼女に、森から出現した少年が声を掛ける。

 少女……カガリは瞳を開けると、音出さず水辺に着地して少年に向き直った。

 「シンラ。如何かした?」

 「オウガイ様が訪れている。少し、挨拶に行かないかと思ってな」

 シンラと呼ばれた銀髪の少年の言葉に、彼女は微かに頷き彼の隣へと移動する。

 二人の立ち位置は自然で、まるで長年の伴侶のように自然に付き添っている。シンラはぽつりと歩きつつ呟く。

 「……伝承者候補になり、俺達も十歳か」

 「えぇ。貴方は白鷺拳の伝承者候補から、斑鳩拳の伝承者候補へと移り。……反発も大きかったでしょうに」

 「なぁに、シュウ……いや、シュウ様が白鷺拳伝承者になり当然だ。俺には無い優しさ、包容力がある。今は迷い抱いても
 あの人はきっと自分の星の宿命を見据えて生きるだろう。俺は、斑鳩拳伝承者を目指すさ。この拳で……」

 彼……シンラは一応白鷺拳の派生となる斑鳩拳の候補者であり、彼が伝承者となると自動的に白鷺拳の従者となる。

 シュウが『仁星』だと知られて、その事を聞いた伝承者達は、次代の者にとその事は伝えた。今ではシュウが仁星である
 事を知らぬ者はない。シンラも又、白鷺拳の伝承者から外れた事に対し少しだけ未練ありつつも受け入れている。

 「辛かったでしょう? カラシラ様の事は」

 「……あぁ、存命の時に斑鳩拳に変えたとは言え、惜しい人を亡くした。……今でも、少々辛いな」

 そう言うシンラの顔は切ない。普段は常に周囲に流されず冷たい顔をしているが、彼の心は顔に反し熱いのだ。

 「事故、と言うのは多分嘘だろう。あの人がそんな事で死ぬような人なものか。……何時か、伝承者になれば
 真実も知れよう。その時は下手人は必ず引導を渡す。斑鳩拳の風は……悪なる意思を砕く強さ在らん」

 「そうね。白鷺の羽と同様に強い翼持ちし斑鳩。その風は弾丸の如くなりて悪なる意思を破壊せん」

 そう褒めるカガリに、シンラも彼女へ向けて告げる。

 「カガリ、お前の銀鶏拳とて同じだろう? 何より、銀鶏拳は鳳凰の従者として仕えし拳。王なる鳥の進行の為に率先し
 吹き抜ける羽の如く邪気払わんとする舞いは、鳳凰に見劣りしない。銀鶏の銀は、銀(しろがね)の風で邪悪の意思払う」

 「銀(しろがね)……そうね。けど、それを言うなら貴方に似合うでしょう? 貴方の髪の色と同様に……ね」

 そう言って、カガリは彼の髪を梳く。

 反りたった銀色の髪は、彼女の手に合わせ一旦曲がってすぐに元の状態へと立つ。

 「俺に銀鶏は似合わない。お前が継ぐからこそ、より映える」

 「……珍しいわね。貴方からそんな褒め言葉が出るなんて」

 微かに、カガリは笑う。

 その笑みを、彼は二コリとせずとも優しい目でカガリを見ていた。




    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 

 「うおおおおおおらぁああああぁシンラ覚悟おおおおおおぉ!!」

 ゴーグルを被り、鈍器を剣のように構えつつ絶叫しながら少年が一人。

 それを、驚きもせず銀髪の少年は無表情で告げる。

 「……セグロ、いい加減にしろ」

 「うるせぇゴラあああ!! カガリちゃんが俺の事をⅠ LOVE SEGU!! と唱えるまで殴るのを止めない!!」

 「お前の言葉は意味不明だ」

 恒例なる光景。鳥影山を歩くとシンラは出会い頭にセグロの猛襲を受ける。

 最初は面食らって避けるだけだったが、彼も毎度毎度されれば慣れたもので、彼に対し懐から石を出し狙いを定める。

 パシュッ!!

 ポキッ!!

 「NOOOOOOOOOO!!!!!!??? 俺のセグロソード改84世があああああ嗚呼!!!??」

 「ただのひのきぼうじゃないか」

 指弾で、木の棒を折り溜息つきつつシンラはセグロへと言い返す。

 「許さねぇ……許さねぇぞシンラ。俺の大事な我が子とも言える存在を……!!」

 「……頼むからイスカ、キタタキ。こいつをどうにかしてくれ」

 そう、彼は疲れた表情で彼の友人に助けを求める。その言葉にイスカは苦笑いを。そしてキタタキは持ってる
 官能小説を読み耽るのに忙しくて無視する。助けは望めないかと思いながら、シンラは最後の相手を見た。

 「ジャギ、助けてくれ」

 「……いや、助けたいのは山々だが。……セグロ、もう止めねぇ?」

 「は、は、おめぇジャギ生(なま)言ってんじゃねぇべさ。このアンナって言う女の子連れてるシンラと同位的な敵さんが
 俺に指図? ふざける、ならぬふぜくろだろ、ジャギ! おま、けつの穴に手ぇ入れて奥歯ガタガタしたろぉかい!!」

 「な? こいつ俺が止めようとすると暴走するのよ」

 ジャギの言葉に、彼は溜息を吐く。

 最近になって、この鳥影山に現われたジャギに対しシンラは別に好意も悪意も抱いてない。人が一人増えたと言う認識だ。

 だが、セグロに話しかけられていたのを見かけたので、彼の性格が問題あるとかは思わなかった。セグロは確かに自分には
 攻撃的だが、相手に暴力性があれば接してこない。言えばちょっとした安全度を測る物差しなのだ。セグロは。
 とは言うもの、彼が自分に対しモテると言う訳の解らぬ理由で襲い掛かってくる事だけは勘弁して貰いたいのが現状。
 セグロのストッパーになってくれるかと淡い期待も抱いたが、本当に淡い希望だったと彼は今の状態で感じている。

 「むしろ、怒りが高まっている……」

 「何ぶつぶつ言ったるかぁ! 喰らえ南斗撲殺拳!!」

 「ただ殴りにきてるだけじゃんかよ!!」

 ジャギの突っ込みが轟く中、セグロは大きく腕を振りかぶりシンラへと肉薄する。

 それを、冷静に見据えるシンラ。不動のまま、彼の腕が間合いに入った瞬間大きく後方へと跳ぶ。

 「……指弾」

 そう呟きつつシンラは懐から出した小石を連続で弾く、弾く。

 「痛たたたたたっ!! な、何のおファイてててててて!!?」

 腕で防ぎつつも、尚肉薄しようとするセグロへ。シンラは無情に顔色一つ変えずに小石を弾丸の如く放つ。


 思わず呻くセグロ。だが、遂に切れたと言った様子で彼は飛び上がって小石を避ける。

 「この野郎! ならば喰らえ……南斗聖拳究極奥義」

 その構え、それはまさしく……未来である男が覇王相手へと繰り出した南斗聖拳最強の奥義……!






                              「皆、おらに力を貸してくれ……!」




                         南斗聖拳究極奥義断己相殺『しないわよ、馬鹿』







 その瞬間、空中に飛び上がり構えていた彼は二つのでかい岩の塊が命中し何処かへと吹き飛ばされた。

 「……ったく、悪いわねシンラ。あの馬鹿に時間取らせて」

 「……いや、良いんだハマ。……カガリ、お前も有難うな」

 「いいわ、別に」

 ……雲雀拳のハマと、そして銀鶏拳のカガリ。

 同時に出現して、ハマはカガリへ向かって口を紡ぐ。

 「ねぇカガリ。とりあえずあんたもセグロに言ってやんなさいよ。私達付き合ってるからもう止めてって。
 そう言えばあの馬鹿止まるんだしさ。……って、何よ二人とも固まって? あんた達二人とも仲良いし、別に構わないでしょ」

 ……ハマは、良い奴だが時折り無神経とも言える発言をする。

 カガリも、困ったような顔で曖昧な笑みしか浮かべられない。

 ……俺達は、決して恋人と言う間柄でなし、これからも多分違う。

 ……そう、違う筈だ。





      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




  ……何時だったか、彼女とは幼馴染と言う関係だった。

 白鷺拳伝承者候補として修行している時に、偶々彼女と出遭った。特別な出会いでは無かったと記す。

 ただ、何処かで会った様な、そんな気の所為程度の感覚はあった。……カガリも後でそんな感じはしてたらしい。

 気の所為程度の友人。数年経っても変わらない関係。

 だが、どちらも相手に好意を伝える気持ちは無かった。

 「ねぇ、シンラ。私達付き合って長いわよね。とは言っても、別に恋人って訳でもないけど」

 「あぁ、そうだな」

 「けど……何故か貴方とは何故か出会った時から他人の気がしないのよ。本当、自分でも良く解らないけど」

 「……奇遇だな、俺もだ」

 そんな会話しつつも、二人の関係は変わらない。

 銀鶏拳の伝承者候補としてカガリは修行を、自分は斑鳩拳伝承者候補として修行を続ける毎日。

 暇がある時は、互いに雑談して町に出る事もあった。

 男友達も居るが、ただカガリと一緒の時は多かったと思う。揶揄も少なくなかったが、別に気にはしなかった。

 カガリも同じだったらしい。女性友達と話すのも楽しいが、自分と一緒の方が気を遣わなくて楽だと言っていた。

 「まぁ、こんな関係でも良いと思うけど」

 「そうだな。別に、可笑しくはない」

 ……そうして、時は更ける。お互いに緩やかに変わる季節を共に変わらぬ関係のままに。

 そんな時、二人はあの二人と出会う。



       ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……うん、ジャギと……あれは」

 「あぁ、あれはアンナよ。ジャギと、一緒に来た娘よ」

 「恋人か?」

 「いえ、ただ何時も一緒に居るのが居心地良いって聞いたわ。誰かさんと似てない?」

 カガリの、少し茶目っ気の含んだ言い方にシンラは何も返さない。

 互いに手を繋いで歩いてくる二人。それに、少しだけ何やら親近感を持ちつつシンラとカガリは進行方向が向かい同士
 ゆえに接近する。向こうも気付いたらしく、ジャギは少しだけ眉を上げてシンラへと口を開いた。

 「おう、シンラ。そっちは……カガリだったけ? ご苦労さん、二人とも」

 その、『ご苦労』と言う言葉がセグロの事だと直に気付き二人とも苦笑いを浮べる。

 出会い頭に労われつつも、シンラは二人を見比べて訪ねる。

 「これから、何処へ行くんだ?」

 「オウガイとサウザーに会ったからな。とりあえずシンも連れて来ようと思ってな」

 「シンか……あいつなら確かさっき食堂付近へ行った筈だ」

 「おっ、それじゃあちょっと引き返すか。……有難うな、シンラ」

 「別に、大した事じゃない」

 別にそれ程仲良くはないが、ジャギは何と言うか鳥影山ではそれ程目立った動きはしてないので、シンラも別に
 彼に対し普通に接する。そんな二人に、金色の髪をバンダナで束ねた少女は、何を思ったかこう口にした。

 「……何だかシンラにジャギって似てない?」

 『は?』

 一瞬、お互いを見比べて少女……アンナの言葉に首を傾げる。

 「だって二人ともちょっと無愛想だけど、別にそれ機嫌悪いとかじゃなくて普通でしょ? 何か似てるなって思って」

 「……まぁ、言われりゃ確かにな」

 「……ジャギと一緒か。……返答に困るが……カガリ如何思う?」

 ジャギは多少考えつつも賛同の意を示し、シンラは考えあぐねて隣に立つ女性へ尋ねる。
 
 「如何って言われても……そう、ね。似てるかも知れないわね、ほんのちょっと二人とも」

 「……つってもな。俺とシンラの似てる所なんぞ髪が反り立ってる事以外なくねぇか?」

 「そうだな。それとセグロに意味無く突っかかられる所とかな。あぁ、後余り目だった所が無い所も似てるかもな」

 「だよな、俺達それ程鳥影山じゃ影薄いよな」

 「あぁ、全くだな」

 腕を組みつつ二人で顔を見合わせ頷くシンラとジャギ。

 『……ぷっ』

 『うん? 如何した?』

 そんな、二人を見てアンナとカガリは同時に噴出す。それをシンクロしてジャギやシンラが尋ねるのでますます振るえる二人。

 「だ……だってジャギもシンラも同じ動作だもん。パントマイムしてるんじゃないんだから……!」

 「っふ、ふふぅ……あ~笑ったわ。シンラ、貴方ユニークな部分あるじゃないの。ジャギと漫才でもしたら」

 「誰が」

 憮然と、シンラはカガリの言葉に少々機嫌悪く答える。

 「アンナ、笑いすぎだてめぇは」

 ジャギもアンナに軽く睨む。とは言うものの、互いにその女性に本気で怒る事はないのだ。

 「御免御免……そう言えばさ、前々から気になってたけど二人とも何時も一緒に居るよね。恋人なの?」

 「……前にも同じ事聞かれたわね。恋人、では無いと思うわ。ただ、シンラとは気が付けば何時も一緒だった。そうよね?」

 カガリは、長い黒髪を揺らしつつ穏やかな瞳でシンラを見る。

 「そうだな……何時の間にか一緒だった。……そっちは如何なんだ?」

 「うん? 俺達、か? ……俺達はなぁ」

 ジャギは、暫し考え込む。その思考は三十秒程経ったろうか? そして、ようやくとジャギは口にした。

 「……何つうか、アンナと一緒になったのは流れだな」

 「流れ?」
 
 そんな意外な言葉にシンラは聞き返す。ジャギは続けた。

 「あぁ。アンナと最初に出遭った時はよ、何が何だが解らずで俺もアンナと一緒になって良いのかなって考えたりした。
 けど、何時の間にかこいつの傍に居たら落ち着くなって思って……そんで、今では一緒だよ。時折り迷惑こうむるけど」

 「むっ、ジャギ今の言い方酷くない? 私が何時迷惑掛けたのよ、何時っ!」

 「大概掛けてるだろ」

 そう、軽口叩き喧嘩する二人を、シンラとカガリは宥め落ち着かせてから呟く。

 「……流れ、か」

 「流れ……私達と同じよね。私達も、お互いに出会って、そして何気なく一緒の方が良いと思って……」

 其処で、一旦カガリは口を噤み、アンナへと問う。

 「ねぇ、アンナはジャギの事どう思うの?」

 「え? 私がジャギに対して? ……えっ、とね」

 その言葉に、ジャギをじっとアンナは見る。そして、暫し後カガリへと向き直り言う。

 「大好きだよ!」

 その、臆面なく好意の言葉にカガリとシンラは同時に内面驚く。

 アンナは続けて言う。

 「私はジャギが大好き! それに、シンラやカガリも好きだよ! 鳥影山には一杯好きな人が居るもの」

 「……あぁ、そう言う意味ね」

 その言葉に、何故か安堵しつつカガリは頷いて呟く。

 「そうね。私達の歳で、恋やら愛について考えるの早すぎるかもね」

 「う~ん。私は、ジャギが好きだって言う事を理解してる事が大事だと思うんだけどね。ジャギも、そう思うでしょ」

 「いや、俺に振るなよ。こっ恥ずかしい」

 ぶっきらぼうに冷たく言うが、照れ隠しな事が明らかな顔ゆえにアンナは少しだけ悪戯な笑みでジャギを見る。

 それに、ジャギは少しだけムッとしつつ、大人気なく彼女の頭を乱暴に手で押さえるのだ。

 「ジャギ~、髪の毛乱れる~!」

 「うっせえ、暫く大人しく撫でられてろ」

 そう、二人は言い合ってようやく目的の人物……金色の髪の少年が別の拳士達と話し合ってるのを確認して近づいていく。

 そんなジャギとアンナを見送りつつ、シンラは言うのだ。

 「……なぁ、カガリ」

 「うん?」

 「……さっきの、アンナの俺達が似てるって言う事だけど。……もしかしたら似てるかもな」

 「……そうね。ジャギとアンナを見てると……不思議と何故か懐かしい感じがする」

 「……俺も、お前に対する想いはアンナの言葉と同じだ。……無論、大事な奴だよ、お前は」

 「えぇ、十分に承知してるわ。シンラ、私もそれについては同感よ」

 ……デジャビュ。何処かで何時かの時に見たような彼等の隣り合う光景。

 それは、不思議とシンラとカガリの胸にこみ上げる感情を思い出しかけ……そして少し経ってから収まる。

 「……大丈夫……いつかきっと、分かり合える日が来る」

 「そして……遠い未来へ、命は受け継がれるから……」

 気が付けば、お互いにシンラとカガリはそんな言葉を口にしていた。

 「? ……カガリ、今の言葉は?」

 「? ……さぁ、何故か知らないけど頭に浮かんだの。……シンラも?」

 「あぁ。けど、何故かな。……不思議と悪い気分じゃないんだ」

 「……そうね。悪い気分では……ないわ」



 ……斑鳩と銀鶏の使い手は未来へと進む。

 その未知なる未来の中で……彼等はその二つの魂を如何なるように舞い踊るのか。


 


                            それは、星でさえ知りえる事はない。















              後書き




       はい、この作品STGの『斑鳩』参考にしてますから。




   つか、アミバどうすりゃ良いんだろ。昔は良い子にする? それともド外道が良い? どっちにすりゃ良いんだ俺は









[29120] 【巨門編】第十七話『悪夢の初夜 彼女の決意』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/11/01 08:23


 願わくば その悪夢が再来しようとも

 私に打ち勝てる勇気を下さい

 願わくば その絶望が身を包もうとも

 私に逃げ延びる力を下さい


 今 この身を包む幸福を

 出来るだけ長く叶える事が出来るならば




   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 その日は唐突に訪れた。

 「……あぁ~、くそっ。何でこんな事になっちまったのか」

 ある場所に、酒野入ったグラスを片手に持ちつつ溜息を吐くリーゼントの男が一人。

 その人物は、自分の現状に頭を悩ませて酒に逃げている途中であった。

 「えっ、悩み事ですか旦那様」

 そんな彼の首に腕を回しつつ、肩に顎を置く少女が可愛らしい声で質問する。

 「……突然な、俺の事を王子様とか呼んだ奴の所為でな。俺の兵隊共から『ロリコン』って言われててな」

 「まぁ、そのようにお兄様を馬鹿にする方たち。私の南斗鴛鴦拳で八つ裂きにして上げますわ」

 「てめぇが原因なんだよ!! 殆どが全部!!!」

 ある酒場と自宅を融合した場所。其処で怒鳴るリーゼントの男と少女。

 「大体何で週に三回は俺の家に訪れてんだよ!? お前には鳥影山での修行が有るんじゃねぇのか! えぇ!?」

 「南斗鴛鴦拳を磨く事より未来の旦那様と今からスキンシップを取る事を私は強く願います!」

 「こちとらその所為でロリコン言われてんだよ! 威厳とか全部台無しだこらっ!!」

 「大丈夫です! 旦那様の為ならばそう言う風に馬鹿にする奴等全員微塵切りにしますから!」

 「発想が怖いんだよ! つか旦那様止めろ!!」

 「いいえ止めません! 鴛鴦拳伝承者(になる予定の)シドリの名に誓い!」

 「んな事に誓いなんぞ立てんな!!」

 「……相も変わらず飽きないな、リーダーにシドリ」

 「うん、凄いよね」

 ……現在、里帰りと言う訳で無いが暇が出来たのでリーダーの元へと帰ったアンナとジャギ。

 だが、彼らが帰る度にシドリは居た。アンナがハマやら仲間の女性拳士から話を聞いた所、何度も鳥影山から結構遠目の
 自分の家までちょくちょくリーダーへ会いに訪問してるらしい。恐るべき愛の力と言ったところか。

 親御さんが心配するだろ、とリーダーが説得しても家族が居ないと即答されて、そして他に幾ら説得しようとしても
 シドリの場合類稀な話術でリーダーの説得をいなすばかりだ。現在では、リーダーもシドリが来る事に対し半ば諦めている。

 「……なぁ、ジャギ、アンナ。頼むからこいつに言ってやってくれ。俺はお子様と付き合う気は無いんだって」

 「リーダー。大丈夫、後五年の辛抱だよ」

 そんな、自分の兄貴分な人間にジャギは棒読みで返事を返した。

 「お前は何そっちの味方してんだ! 仮にもこちとらお前の半分育ての親見たいな存在の筈だろ! お前のボスだろうが!?」

 「いや、だってシドリ俺より強いから」

 ジャギも、説得は半分放棄している。一度リーダーに会う頻度減らしたら? と穏便に言ったが、その瞬間岩石を手で切断し。

 「次同じ事言ったらどうなるか解りますよね?」

 と、途轍もなく目が笑わない良い笑みで言われた日には、ジャギはもはや彼女に対し何も言う事など出来なかった。

 「……おい、アンナ」

 「いや、私も無理だよ。いいじゃん、シドリ良い子だし、強いし、それに尽くすタイプだし」

 「完全にそっち側か! 俺には味方は居ないのか!?」

 「……ボス、未熟ながら俺はボスの味方っすよ」

 「おいカタミミ。てめぇにゃ聞いてねぇ」

 唯一居た部下と言える不良の言葉は無情に拒絶するリーダー。カタミミは涙を流しつつカクテル作ってる不良仲間の女
 に近づき慰められようとしていた。だが、その女が鼻で笑ってカタミミを更に馬鹿にするのを見ると、ご愁傷様としか言い様が無い。

 「……ったく、大体俺なんぞ好きになっても碌な事ねぇぞ」

 「いいえ、そんな事ありません! 旦那様の男気や、勇気やカリスマは世界一ですから!」

 「いや、言い過ぎじゃねぇかそれ? ……はいはい解ったよ。俺様は口出ししねぇよ」

 ジャギは思わず口を挟むか、鋭いシドリの眼光に降参を出す。

 リーダーは尚も続ける。

 「大体俺は不良を取り締まっているだけの奴だぜ? 南斗聖拳の拳士って、そんな奴等と付き合って良いのか?」

 「あら? だって旦那様は私を助けてくれたじゃないですか。そんな人が私の旦那様になってくれるなら、天国の
 お父様にお母様も喜んでくれますわ。アンナや、ジャギも、そう思うでしょう? ほら、そうですって」

 『いや、何も言ってないから(私)(俺)達』

 強引に、そう彼女は自分の好意を伝える。

 まぁ、それも無理ないのかも知れない。命の危機に脅かされていた時、彼女は未だ無力な少女だった。

 それを救ってくれた男性。それは目的は違えど自分を救ってくれた。そんな寓話の王子のような存在が実在していた。

 だからこそ、彼女は妄信的に彼を愛する。

 そして、リーダーも口では拒絶しつつも、直球で好意を伝える少女を口以上には無碍に扱えないのだ。

 「ったく……おいっジャギ! ちょいと果物買って来い!! 金渡すから!」

 「いや、何で俺が……」

 「うるせぇな、カクテル用のが足りねぇんだよ。それに、シドリだっけか? てめぇも前来た時美味そうに食ってたろ」

 「! 覚えてくれてたんですね! やっぱり大好きです旦那様~!!」

 「だ、か、ら! くっ付くんじゃねぇ!!」

 (……馬鹿っプルが)

 この状況をセグロが見たら修羅場だなと冷静にジャギは思いつつ外へ出る準備をする。

 「私も行こうか?」

 「いいよいいよすぐ戻るから。あっ、アンナも何か買ってくるか?」

 「えっとね。林檎! 林檎食べたい!!」

 「了解。まっ、あそこなら以前修行の為に手伝いしてたし、ちょっとはオマケして貰えるだろ」

 幼少時代、修行の名目で色々な場所で荷物運びなどしていた。

 その甲斐あってか、この町のある程度の人間とジャギの面識は高い。帰ると結構な人数が挨拶してくれる。

 時々アンナと歩いていたら夫婦と揶揄されるのは……まぁご愛嬌だろう。

 手の平をヒラヒラと振りつつジャギは外へと出る。それを見送りつつアンナはかなり大きくなっているゲレを
 撫でつつ今も抱擁をしているシドリと、そして兄を眺めている。ゲレは、撫でられて気持ち良さそうに鳴いた。

 平和な午後、何物にも脅かされない情景。アンナは今の所満ち足りていた。

 その鳴き声にシドリは反応して、アンナに話しかける。

 「その虎、良く懐かれてますね」

 「うん、ゲレは大人しいよ。ジャギの飼っているリュウも、もう結構な年齢だと思うけど元気で可愛いよ」

 「虎にしては気性が大人しいんですね。お姉さまには、動物を懐かせる能力でも有るのかも知れないですね」

 「そんな大した物は無いと思うけど……って、そのお姉さまって言うのいい加減止めてよ」

 「未来のお姉さまですから、止めれません」

 そんな、二人の会話にリーダーはもはや酒を飲む事だけに集中して無言だ。

 「……ねぇ、お姉さまは何の伝承者候補になる予定ですの?」

 「え? ……う~ん、如何しようかな。皆、魅力的だし」

 「鴛鴦拳は譲れませんよ。ですが、アンナお姉さまでしたら、南斗聖拳の定義がお出来になるのですから上位の拳も
 狙えるはずですわ。最も、中位の拳法もお強い拳法は一杯有りますけどね。まぁ、私の場合旦那様の為に鴛鴦拳を目指しますが」

 最後の方は蕩ける様な声でリーダーを見ての発言だが、アンナはシドリの言葉に考える。

 ……今まではそれ程気にしてなかった事だが、彼女も確かに南斗聖拳拳士として力を持ってはいる。

 フウゲンも、彼女の実力が伸びている事に対し認めているし。(最も、孤鷲拳を極めるとしたら難しいと言ってたが)
 オウガイも、彼女に関して実力は有ると認めている。だが、伝承者になる力を秘めているかと言われれば、話は別だ。

 「……伝承者か」

 南斗聖拳108派。その伝承者になるには、どれ程の血の滲む修練で得られるのか?
 南斗人間砲弾やら列車砲などの似非拳法やらは別として、下位の武具を使っての拳法と言えど厳しい修練が必要である。

 彼女も、彼女なりに必死で拳を磨き、石を両断出来る程には力を持ち、そしてリーダーにも腕力で勝てる程にはなっている。

 最も、リーダーは頑なに妹に負けた事を調子が悪かったと言って否定するけども。

 見た目から誰もが彼女が強いと思わないが、今の実力で大の大人は倒せるのだ。だが……。

 (私は……伝承者になったら……私は)

 「? 如何しました?」

 「えっ、……ううん、何でもないよ、大丈夫」

 「そうですか? 何やら深刻な顔してたように……って、あら?」

 ……突如、大人しく撫でられた喉を鳴らしていたゲレが立ち上がり唸る。

 玄関先を見て唸るゲレ。まるで、気に入らない事があるとばかりに、何かが近づいてくるのを予感して。

 その、何時もならば誰が来ようと愛想良く近づくだけのゲレの尋常でない様子にリーダーは酒を飲む手を止める。

 「おいカタミミ、お前ら。……何かバイクの音が接近して来ないか?」

 「え? ボス、俺は何も……」

 この中で最も力の無いカタミミ以外は、何やらバイクが接近してくるような音が聞こえていた。

 シドリも、何やら異様な雰囲気を感じ取りリーダーから腕を放して扉の方へと集中する。

 そして……集団と思えたバイクの接近する音が止まると……。








                           盛大な音と共に窓は割れた。





 
                         「シャハハハハハ!! クレージーズ参上だぜ!!」





 ……ヘルメットを被り、口元を裂けるように笑みを見せて乗り込んできた集団。

 その肩には鋭利な棘を生やし、そして薄気味悪い笑顔で各々が鈍器を担いながら多数乗り込んできた。

 「……クレージーズだぁ? てめぇら何処のチームだ」

 「シャハッ! うっせぇよ×××野郎がっ! 今日からこの町は俺達が仕切る事に決めたんだ!」

 「あぁそう言う事だぜ! てめぇ達見たいな町の警備隊なんぞやってるフニャチン野郎共よりも、俺達が支配するのが
 為ってもんだろ? 何だこのメンバーは! ガキと、女しか居ねぇじゃねぇか! ここは保育園でちゅかぁ~!!」

 ゲハハハと哂う集団。

 リーダーは、このような素行の悪い奴等には何度も遭遇し、その度に拳でやり合ってたがゆえに未だ冷静に。

 近くにいたカタミミや、バーのマスターとしてカクテル作ってたリーダーの部下も今は瞬時に動けるように身構えている。

 乗り込んできたヘルメットの一人は、リーダーの隣に立つ少女へと声を掛ける。

 「お嬢ちゃぁ~ん、そんなむさ苦しい男と居るよりも、俺達と一緒に居る方が楽しい事が一杯あるよ~?」

 「御免あそばせ。私、虫に勧誘される趣味は持ち合わせていないので」

 「……ぁっ? んだと雌ガキが……!」

 シドリの気丈な発言に、俄かに数名が殺気立つ。

 「挑発すんなよ……」

 「こんな屑共に、怯えるなんて演技でもしたくないですわ」

 リーダーは諌めるものの、シドリとしてはこんな行き成り折角の自分の好きな人の睦みの時間を壊されてご立腹だ。

 「クレージーズとか言ったな? 行き成りの挨拶は目を瞑ってやる。今日は相手する気分じゃねぇから、後日にしてくれよ」

 「へへへへっ、レッドウルフのヘッドは怖いんでちゅかぁ~?」

 「うるせぇな。俺のメンバーに、お前等見たいな三下に怯えるような奴は一人も居ねぇよ」

 事実、リーダーの言葉通り、彼の部下は全員自分を慕い今まで過酷な環境でも戦い抜いてきた連中だ。

 カタミミとて普段は可哀想な扱い受けてるが、別の不良チームとの乱闘となると勇ましく闘う人間だ。

 その他の部下に至っても同じ、彼は、自分の知り合う人間がこんな奴に怯える者など一人も居ないと確信している。

 ……が。

 「シャハハハハハっ!! 其処に居る女の子は真っ青でちゅよぉ~~?」

 「あぁん? ……っ!!」

 ……しまった、と思った。

 彼は、一人のクレージーズの言葉に眉を顰め、そして脳がある事に気付き、その至った思考の中の人物を急いで顔を向ける。

 そうだ、何故気付かなかった? ジャギが常に傍に居て、ここ最近は彼女から笑顔以外に何も見えず安心してたのか?
 
 情けない! この……自分が知る中で一番大切な奴が……あのように苦しんでいた時の状況を忘れたのか!?

 「アンナ」

 ……リーダーは、呼びかけて言葉を失う。

 ……震えきっているアンナ。

 その顔は真っ青で、唇は紫色に変色している。そして、縋りつくようにゲレの体を抱きしめていた。

  歯を鳴らし、絶望し切った表情で瞳の中に光が失っている。何時もの明るさなど、当の昔に置き忘れたかのように。

 シドリから見れば、鳥影山での彼女と全く異なる様子を見て目を見開いている。信じられぬ物を見た、と言うように。

 「へっへっへっ!! そう言う顔されると堪らないなぁおい! おチビちゃあ~ん! 俺達と一緒に良いことするかい」

 「おいっ!! お前達アンナには近づくな!!」

 「ヘヘへっ、するなと言われたらしたくなるもんだろ……って、邪魔しないで欲しいなぁ~」
 
 近づくクレージーズ……震えきって硬直しているアンナの前に立つシドリ。

 「……お姉さま、こんな雑魚達に怯えるなんて一体如何したんですか?」

 「……」

 シドリは、この尋常ならぬ様子のアンナに眉を顰める。普段、鳥影山では常に明るく、周囲の拳士達と過酷とも
 言える特訓……主に滝に打たれたり、砂袋を担いで走るなどしても笑顔を崩さぬアンナの様子を見ていたからこその違和感。
 
 (こんな、直にでも倒せそうな輩に何を怯えているの?)

 彼女は知る由もない、その人物達よりも素行の悪そうな顔をした人物達が店を訪れても、別にアンナは怯えない。

 問題なのは、そいつ達が彼女の心の傷の張本人と言う事なのだ。

 「あっ、解ったぜ。まったく照れ屋なんだからぁ~。そっちも俺達と遊びたいって事だろぉ。なら、いいぜぇ~」

 何やら勝手に想像して舌なめずりするクレージーズの一人。

 冷ややかな目つきで、シドリは口を開く。

 「何度も言いますがお生憎様。私、害虫に誘われる趣味は無いのですよ。あっ、この言葉は害虫に失礼でしたわね」

 ……彼女も、一度不遜な輩に誘拐されると言う経験を持っている。

 だが、シドリの場合リーダーが助けてくれた。彼女の心に深い傷が残される前に、絶望に堕ちる前に救ってくれた
 人間が居たのだ。ゆえに、彼女はリーダーを妄信的に慕い、そして狂人ならぬ強靭な強さをもその歳で得る事が出来た。

 ……だが、アンナは。

 「へっへっへ……ちょいと小さいが、俺達を満足するには十分そうだよな」

 「あぁ、そうだなおい。へへっ、なら問答無用で『ドガッ!!!』……あん?」


 ……シドリが、彼らの言葉を聞いて闘う態勢を取り始めた時……破壊音が近くから聞こえた。

 リーダー? それとも別の不良達? ……いや、違う。アンナも背後で震えている。では、誰が?

 「んだよ、折角俺達がと、う……」






                              ……其処には、闇が立っていた。





 いや、闇、と言うよりは御幣がある。その人物は闇を背負い立っていた。

 「……てめぇら、誰だ」

 聞くものを震え上がれそうな殺気を言葉に秘めて、その闇は問いかける。

 ……その闇を背負い、一台のバイクを片手で粉砕し買い物袋を下ろした少年の登場。

 クレージーズは一体何事かと最初思ったが、登場したのがただの少年だと理解すると一瞬で余裕を取り戻す。

 「おいおいおい、いけないだろ? 人様のバイクを壊しちゃ」

 「そうだぜ坊主~、いけない子には……お仕置きしねぇとなぁ!!」

 ……一人が、鈍器を振り下ろす。

 それは、少年の脳天へと振り下ろそうとしていた。命中すれば、その少年の頭は割れて、夥しい血の華が咲くだろう。

 ……最も、命中出来ればの話しだ、


 ガシッ!

 その鈍器は一瞬にして、その少年の手で捕まったが。


 「は?」

 「……此処で、てめぇらは……何をしてたかって聞いたんだ……!」

 その、彼の表情を見た瞬間鈍器を振り下ろしたクレージーズの一人は硬直する。

 ……悪魔、悪魔だ。

 瞳は流血し、その顔には憎悪や憤怒、殺意、怨恨、破壊、滅殺、苦痛、邪気、それらを含めた負の感情で満ちていた。

 無意識に鈍器を握る手を離すクレージーズの一人、だが、とき既に遅し。

 「何してたかって聞いてんだよ……!」

 「あ、あわわわわわ……!!」

 震え上がり言語をまともに出せない男の腹部を、ジャギは最早限界とばかりに蹴りつけて店の壁の方へと吹き飛ばす。

 今や、彼は大の大人ならば余裕で勝てる実力。このような雑魚一人であれば簡単に吹き飛ばせる。

 そして、体の中を暴れまわる憎悪は、他の者も血で染めんと外に出たがっていた。

 事態が自分達の命の危機と知らず気炎を上げるクレージーズ。

 「!? てんめぇ、よくもやりやがったな……!!」

 仲間を倒した少年を見て、残りのクレージーズのメンバーは鈍器を各自構える。

 だが、これ以上の騒ぎは御免だとリーダーは言い放つ。

 「おいっ、てめぇらその辺にしねぇとサツが来るぞ」

 ……その言葉に、クレージーズは舌打ちしつつリーダーを睨むも、今回は本当に挨拶程度のつもりだったのだろう。

 
 数名だと、リーダー達にやられる可能性を危惧し大人しく吹き飛ばされ気絶した仲間を背負うクレージーズ。

 とは言うものの、リーダー達レッドウルフのメンバーよりも恐ろしい力を秘めている者を、彼等は知る事は叶わなかった。

 「……ったく、居なくなったが」

 リーダーは、一先ず面倒は去った事に安堵の溜息を吐く。そして、顔を戻す。

 ジャギは、暫しクレージーズの方に対し凄まじい形相を浮べて見送っていたが、すぐに、ある声で我に返った。

 ……その声は、消え入りそうに泣き声を上げる……自分が一番大事な女性の声。

 「アンナ! ……シドリ、アンナ何か奴等にされたのか?」

 ならば、すぐにでも奴等を追って報復してやると彼は心に誓う。何故か知らぬが、彼はそのヘルメットを被った
 集団を見た瞬間、途轍もない殺意が体中を駆け巡ったのだ。もし、必死に理性が制御しなければ、ジャギは今担う
 南斗聖拳で奴等を打ち滅ぼしてた可能性が高い。それ程、体の中で憎悪は膨れ上がっていたのだ。

 だが、今その憎悪も消え去っている。心の中を満たすのは彼女の安否のみ。

 「いえ、だけどあいつ達が現われた途端にこんなに震えて……ってお姉さまとっても冷たいわよ!? ……何で、こんな」

 恐ろしいほどに冷たい……。シドリは彼女に触れて絶句する。

 まるで死人のように冷たい肌。そして今にも死にそうな白い顔。

 目は虚ろで、彼女は今にも何処かに行きそうな遠い目つきをしていた。

 「……」

 何かをモゴモゴと呟くアンナ。それを……抱きしめて熱を与える一人。

 「……リーダー、済まないけどお湯沸かしてくれ。シドリも、頼めるか?」

 ジャギ……彼だけが彼女の容態の急変を何とか冷静に応じてリーダー達へと瞬時に言葉を告げる。

 それに彼女の近親者であるリーダーは瞬時に頷き、シドリも彼女の異変を疑問に思いつつも素直に従った。

 「……ャギ」

 「心配すんなアンナ。……何も、何も怖い事なんてねぇから」

 ……今にも何処かへ行きそうな彼女を……彼は必死にその日は一晩中抱きしめていた。

 ……一晩中、ずっと。







   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……夢を、見る。

 その夢の内容は、自分が多数の獣に陵辱されている夢。

 生温く、気色悪く異臭を放つ舌が全身を舐める感触。そして多くの哂い声が耳を木霊し、永遠に離れない。

 逃げても、逃げても追って来る手、手、手。

 私は逃げ続けようと必死で走る。けど、絶対に最後は追いつかれる。

 ……あぁ、彼は居ない。

 そして……私は自分の骸を他人事のように見ていた。



 

   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「!! はぁ、はぁ、はぁ……夢?」

 ……アンナは、荒い呼吸と共に目覚める。

 今、自分が見たものが夢だと認識すると、彼女よは一気に脱力した。

 ……最近ではもう見る事無くなったと思っていたのに。また見てしまった。

 原因は存知ている。あの……一度自分の全てを陵辱したあいつ達に出会ったからだ。

 ……強くなったなんて、勘違いしていた。

 ウワバミに……皆に強くなれと言われたのに関わらず、……それなのに。

 今、着替えた記憶は無いのに寝巻きになっているのは多分シドリが何時も酒場で働いているレッドウルフの女性がしてくれたのだろう。

 心の中で感謝しつつ、彼女は部屋を見渡し……そしてある一点に目を止めて微笑む。

 「……ジャギ、貴方はどんな時でも傍に居てくれるんだね」

 何時かの時の如く、ジャギは彼女のベットの隣で手を握り締め椅子に腰掛けて眠っていた。

 ……あぁ、どんな時でも自分を守ってくれる私の王子。
 
 ……そうだ、苦しんで、多くの物を失くして傷ついてるのは……自分ではない。

 約束したのだ……もう、彼を苦しませないと。

 自分が弱かったら……自分が弱いから、彼を苦しめる。

 「……ジャギ、私……ジャギを守るよ」

 「……だから、危ない真似するなって言うジャギとの約束……破るけど御免ね」

 そして……。





   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……その日は晴れやかな空だった。

 風は涼しく、木のざわめきが居心地よく揺れている。

 その森林の中心で、一人の女性が自然から力を貰うように片足を持ち上げて両手を合わせ立っていた。






                                「リンレイ様!!」




 その、彼女……リンレイの瞑想を突如打ち破る声。

 「……あら、アンナ久し振りね。如何したのこんな奥まで」

 ……ふんわりと、柔らかな笑みを伴い穏やかな声で駆け寄ってきた少女に口を開く。

 水鳥拳女拳の担い手リンレイ。北斗の拳の外伝の中では最も強いだろうと思われる拳士。

 水鳥拳伝承者ロフウと並ぶ実力。今の時代ではリュウケンにも勝るとも劣らぬ実力を彼女は備えている。

 その、彼女が瞑想している場所は鳥影山でも奥の方だった。……ロフウは、レイの修行の為に出ており今は居ない。

 彼女が見下ろす少女は、息切らしつつも何やら強い決意に満ちた表情でリンレイを見ていた。

 不思議がるリンレイ。鳥影山で、再会して見かけた時は喜びに似た感情を持っていたが、一体何の用事で来たのだろう?

 最も、拳の事で助言を貰いに来たとか、多分そんな用事だろうとその時まではリンレイは考えていた。

 だが、次の言葉で彼女はど肝を抜かれる。








                             「私に……水鳥拳を教えてください!!!」







 ……これを機に、彼女が今まで歩いてきた道筋に、大きな坂が生まれる。

 だが、それでも彼女は歩みを止めない。この場所をもって、彼女は決意をしたのだ。

 (私は……もう逃げたりしない)

 (強くなる……ジャギが、ジャギがああ言う風にならない為に……ジャギが死ぬ運命を防ぐ為にも……)

 (だから……見ててジャギ! 私……強くなるよ)

 





                            (ジャギが……幸せになる為に!)

















             後書き




    『ようやく水鳥拳フラグかよw おせぇおせぇww 文章に力が! エロさが!! 感動が!!! 何より早さが足りない!!』






    うっせぇよ、この万年発情期野郎が。









[29120] 【巨門編】第十八話『雹降る中で 光の華を』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/10/31 14:07
 彼女は困惑していた。

 目の前に泣きそうな顔で必死に自分に懇願する少女

 金色の柔らかな髪をバンダナで縛り、幼くも育てば美しくなるのが解る彼女が、何故自分の拳を教授したいと願うのか?

 見極めなくてはならない。彼女の真意を。

 「……何故、水鳥拳を教わりたいのか教えてくれないかしら? アンナ」

 ……この子とは、不思議な縁があると思う。

 南斗相演会で、自身の目標がぐらついていた時に励ましてくれて、そして、この鳥影山で私は彼女と再び出会った。

 最も、忙しい身ではあるので十分に再会の喜びを分かち合う事は出来なかったけれども、彼女の笑顔が損なわれてない事に安堵した。

 この鳥影山でちゃんと生活出来るかと思ってたけど、周囲に居る将来有望たる仲間が付き添っている事を見ると杞憂だと思ってた。

 けど、彼女は此処で過ごすならば既にレイが水鳥拳を学んでいる事を知っているはずだ。確かに、未だ子供ゆえに彼女も
 伝承者候補になっても不思議ではない。だけど……彼女が入って私と出会ってから水鳥拳を学びたい素振りは見せなかったのに……。

 今、その彼女は涙目で水鳥拳を学びたいと私の前で膝をついて懇願している。

 その、私の言葉に彼女は必死に訴える。

 「……強くなりたいんです!」

 「私が守りたい人を守れる位に……強く」

 「水鳥拳は、鳳凰拳に次ぐ強い拳だって知ってます! だから……教えてください!!」

 その、彼女の必死な言葉に……リンレイは。

 「……駄目よ」

 「!? 如何して……」

 即効なる却下。それにアンナは戸惑いの声を上げるが、リンレイは静かに説明する。

 「……守護、友情、愛情……確かに色々な目的を以って人は拳を学ぶ。水鳥拳を伝承してきた先人達も確かに色々な目的を
 掲げていたわ。その中には貴方と同じ目的で伝承者となった方も居たでしょう。……けどね、そう言う問題ではないの。
 確かに貴方が伝承者候補として学んでも良いのだけど、貴方は、水鳥拳とはどのような物か知ってるかしら?」

 我ながら意地の悪い質問だと思った。もし、この質問に正しく答えられぬならば彼女の願いを叶えるつもりはリンレイには無い。
 
 伝承者候補とは、リンレイやロフウの目に叶う者から選ばれる。そして、彼女との出会いは既に遅い時期である。
 既に、この時期からロフウはレイに対して言葉に出さずも期待はしている。最も、他の拳士には話しはしないが……。

 だが、リンレイの予想と外れ彼女は正しく応える。

 「はいっ、水鳥拳とは陰と陽を併せた拳。陽は男拳を、陰は女拳を以って陰陽融合で真の水鳥拳が生まれる……」

 「! っ……驚いたわね。その話は、一部の者しか知らぬ筈だけど……何故、知っているの?」

 「フウゲン様から……」

 勿論、これはアンナの嘘である。彼女は確かにある程度の拳法についてフウゲンから聞き強請った事はある。

 その中で水鳥拳の名も挙がったが、そこまで詳しい教えは聞いていない。彼女は虚偽を用いようとも拳を欲していた。

 リンレイも、彼女の嘘を素直に信ずる。フウゲンならば、孤鷲拳伝承者でり南斗聖拳の実力では十以内に確実に入る人間が
 水鳥拳を知っていても何処も可笑しくないからだ。最も、リンレイは余りフウゲンと接する事は少ないのだが。

 「そう……それで、貴方は解るでしょう? 水鳥拳は美しさ、その中に凄惨たる兇器秘めし拳。担い手が悪たれば
 この世に災い引き起こす。勿論、貴方の性質は善だと私は信じている。けれど……今の貴方には教えれない」

 「如何して……」

 「そんな風に生き急いで自身を見失いかけている者に、水鳥拳は学ばす事出来ない。何より……伝承者はロフウよ、
 彼が貴方が学ぶに相応しいと思わなければ、私が教える事は出来ない。私は、今では伝承者の妻であるだけだもの」

 ……彼女は、確かに才ならばロフウより上ども愛を選び身を退いた者。

 即ち、既に水鳥拳からは身を一歩退いているのだ。ならば、彼女の願いを叶うのはロフウであるべきだ。

 だが、アンナは頑としてリンレイに土下座して言葉を募る。

 「お願いします! ……リンレイ様しか、私には頼れない」

 「……何故、私なの? 私はもう水鳥拳からは身を退いてる。私に出来るのは南斗を学ぶ者達を正しく導く事が今の使」

 「助けたいの!!」

 ……リンレイの言葉を遮っての叫び。

 「今……今私が強くならなくちゃ死んじゃう! 絶対に、また同じ事が起きちゃう!!」
 
 「……アンナ?」

 「もう、嫌なの! 大切な人が……友達が、あんな風に死んじゃうの見るの! 二回も同じ事が起きるなんて……」

 「アンナ、落ち着きなさいっ」

 涙を流し、髪と首を激しく振るアンナの肩をリンレイは強く掴んで言い聞かせる。

 「……一体、何がそこまで貴方を駆り立てるの? ……如何してそこまで水鳥拳を……」

 「……御免なさい、それは言えない」

 ……アンナとて、出来るならば事情を話したい。

 だが、何と言えば良い? 貴方は未来で自分の夫であるロフウに殺されると? 核戦争により世界は壊滅状態に陥ると?

 今、鳥影山で修行しているサウザーはオウガイが死ぬ事で暴君になると? ユダがレイに嫉妬する余り殺意を秘めると?

 そんな戯言にもならぬ出来事を話せるのか? そして……それを受け入れてくれるだろうか?

 目の前の東洋系の美しい顔立ちで、穏やかで静かな瞳を湛え心配そうに自分を見る大人の女性。

 リンレイ、その人ならば私の話を馬鹿にせず聞いてくれるかも知れない。

 けど……この人ならそれを止める為に無理をしそうで怖い。必死で、私が話した未来を変える為に動くだろう。

 そして……その未来を変える為に自分の命まで投げ打ち……。

 「アンナ?」

 「……御免なさい、言えない」

 顔を俯かせ、唇を噛み締めてアンナは喉までせり上がる真実を押し止めでそれだけを呟く。

 リンレイは、そんな顔をして黙ってしまうアンナに髪を掻き揚げて思考するしかない。

 経験上、このような切迫した顔で、それでも尚秘密にしていると言う事は自分には想像出来ぬ訳があるのだろう。

 それでも……。

 「なら……私の返事は先程と同じよ。……貴方に水鳥拳は教えれない。貴方に水鳥拳を学ぶ才があるなら別だけど……」

 話は、そこで一旦終わりアンナは何か言いたくも、一度礼だけを行い踵を返す。

 トボトボと、肩を落とし消沈した気配を纏い帰る後ろ背中を見ながら、リンレイは複雑そうに顔をしていた。




        ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……如何したものかしらね」

 「何だ、リンレイ。そのような憂いた顔をしおって」

 夜更け、彼女は寝所に横になりつつ、今日の出来事を回想する。

 そんな折、彼女の横にどっしりとした体格の男が彼女のそんな様子を見かねて尋ねるロフウ。夫婦ゆえに共に寝るのは
 何も可笑しくない。この時期では、未だ彼等の関係はただの夫婦であり、そしてその絆もとても深かった。

 「……ねぇ、ロフウ。もし、水鳥拳にもう一人候補者が入るとしたら、貴方はどう思う?」

 リンレイの問いかけ、それにロフウは少し首を傾げつつこう言葉を返す。

 「別に良かろう。レイの奴は、あの中で最も才あると思うが未だ原石が転がってリう可能性もあるしな」
 
 「……女の子でも良いかしら?」

 そんな、続けての彼女の言葉を、ロフウは一笑する。

 「リンレイ、何を迷い言を吼ざいてる? 水鳥拳を、真の水鳥拳を極めれるのは男だ、リンレイ。剛拳なくして水鳥拳の
 強さは極めれん。女子の美麗は確かに必要かも知れんが、今の混迷たる世には美しさよりも力が必要であろうが」

 「……えぇ、そうね」

 解っていた。この人は、今では水鳥拳の柔よりも剛が最強と考えている。
 
 それは、私が先にこの人よりも伝承者と望まれたからか、または、私を愛すがゆえに、力が一番に必要と思うかは解らない。

 「ロフウ」

 「何だ」

 「……もう少し傍で寝てくれないかしら」

 「……クク、何だ? 生娘のように今日は珍しく甘えるな?」

 「そんな日も、私にはあるわよ」

 ……ロフウの力強い腕に抱きしめられながら心は此処にあらず。

 彼女の決意に満ちた表情。あの年頃で、何故あのように生き急ぎ、そして何を決意して水鳥拳を欲するのか?
 
 先程の会話でも解るとおり、この人はアンナに水鳥拳を教えるつもりは無いだろう。門前払いが良いところだ。

 ……けど。

 (気になるわ……あの娘の……瞳の光が)

 身を焦がす程の熱が体を包みながら、その夜は彼女の泣きそうな顔が常に頭の片隅にちらついていた。




        ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……何をしているの?」

 ……その後日だ、私は彼女を発見した。

 他の拳士……雲雀拳のハマと言う子や、他の子達とアンナが一緒に居ない事を早朝に気付いていたが、私の言葉に
 ショックを受けて寝込んでいるかと思いつつも、下手に詮索する気は無く何時もの場所で瞑想をするつもりだった。

 その途中に、彼女を発見する……私と同じように片足を上げて立ち両手を合わせ瞑想する彼女の姿をだ。

 「あっ! リンレイ様っ!!」

 昨日の沈痛な顔が嘘のように、拒絶した私へと彼女は気付くと笑いかけて言った。

 「昨日の言葉、嘘じゃないですよね? 私に……少しでも水鳥拳の才あれば、教えてくれますよね」

 ……正直、呆れにも似た感情がリンレイには沸き起こる。

 だが、言った手前彼女に強い調子で馬鹿な真似は止せとか、彼女の行為を止める言葉はリンレイには思いつかない。

 「……それで、貴方は私に何を証明してくれるの?」

 「……私は、以前にフウゲン様から『この世で一番重要なのは立位の姿勢』だって聞きました。だから……」

 「成る程、私に立位で水鳥拳に適うか見せようと?」

 ……彼女の私への披露は、確かに効果的かも知れない。

 拳士にとって、構え、立位、それらが如何に重要なものか。伝承者になる者にとって、構え程大事なものはない。

 あらゆる出来事に対し、即応じて防御、攻撃、回避、反撃する為には、常に長い修練あってこそ拳士は強くなる。

 自分が常にしている瞑想もそれだ。水鳥拳は、如何なる敵の襲撃に対して文字通り水鳥の如く避けて反撃に転ずる。

 彼女がは、自分にそれを見せると言うが……。

 「……そう、ならばして見なさい。最も、貴方の期待に私が応えるかは別だけど」

 「ええ! 頑張ります!」

 リンレイは、暗に勝手にやれ。そして自分は水鳥拳を学ばせるかどうかなんて知らないと言っているが、アンナは
 それに対しても笑顔で応じるのみだ。最も、それは鈍感とかでは違い彼女の根元が強かゆえにだ。

 ……リンレイはアンナを通り過ぎて何時もどおり瞑想を行う。

 湖畔の中心で小さな岩へと片足だけて立ちて両手を合わせての瞑想する。

 だが、今日は心を無にする直後にアンナの笑顔が頭をちらつき……そして彼女の周囲からは彼女を阻む物は消えた。



       ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……ねぇ、ジャギ」

 「あっ? ……シドリ、か。何だよ、アンナは一緒じゃないのか?」

 昼間、ジャギがシンやサウザーその他の拳士達と一緒に雑談している時だ。シドリ達が彼等へと割り込んできたのは。

 「その事でよ。お姉さまてば、この前あの屑集団が現われてから何だか私達の方でも張り詰めた顔して、未来のお義姉様
 としては現状あの調子じゃ心配だから、ジャギさんなら何か知ってるんじゃないかって思ってね」

 「うん? ジャギ、この前の休日に何かあったのか?」

 シドリの言葉に、シンは不思議そうに尋ねる。粗方の顛末をジャギが話すと、サウザーが顔を顰めて言った。

 「何だ、そのような輩が徘徊してるとはな。俺が直にその輩を打ち倒しても良いぞ」

 「止めとけサウザー。お前が出張っては南斗の上の者達が騒ぐ。此処は俺が出るべきだろう」

 「いや……お前達気持ちは嬉しいけど、別に俺で何とかなるから」

 サウザーやシンの言葉は嬉しく思うも、彼らがただの不良の殲滅に出れば、色々と騒ぎになるだろう。

 そう宥めている間にも、ハマが前に出て口を開く。

 「ねぇ、本当に何か知らないの? あの子ったら何時に無く気がそぞろで、今日も私達見かけてないのよ」

 「! あいつ、此処から出たのか?」

 「いえ、それは無いと思うわ。此処から抜け出す事内容にある程度監視している人間って居るから」

 ハマの言葉に一先ずジャギは安心する。行方不明とアンナが結びつくと、大抵碌な事が起きないのは身に染みている。

 「……でも、アンナは何処に」

 「だから、それが知りたくて此処に来たのよ。知らないなら、とりあえず夜まで待つけどね」

 ……立ち去る彼女達を見送りつつ、ジャギはぽつりと小さく呟くのだった。

 「……アンナ、お前一人で何するつもりなんだ?」





     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 
 ……それから数日が更ける。

 リンレイは、少々用事があった為に鳥影山を抜けていた。そして、その帰り道疲れた顔で天を見つつ呟く。

 「……酷い天気だったわね」

 そう言って、彼女が歩く地面には小さな氷の塊が転がっていた。
 
 雹だ。この時期には珍しいとも言える雹。三十分程しか降らなかったけども、災難に遭ったと思いつつ彼女は歩く。

 中には当たれば少しは怪我を負いそうな大きさもあった。降ってた時に出歩いていた人間はご愁傷様と言っていい。

 そしてようやく早朝に帰り、ようやく自分の家屋で眠れる事に僅かながら安堵を覚えつつ、女子寮の方を通り抜けようとしていた。

 その時だ、何やら他の子供達が固まって入り口の方に居たのを見かけたのは。

 「? 如何したの、貴方達。未だ修行の時間でもないでしょ?」

 近くに居た子、確か雲雀拳のハマだったなと思いつつリンレイは尋ねる。

 これでも鳥影山では教育者だ、未だ朝早いと言うのに門前に立っている事にはある程度口頭の注意が必要だろうと考えて。

 だが……次の言葉で彼女は思考を一瞬止めなくてはならなかった。

 「……アンナが、帰ってこないんです」
 
 「……え?」

 物憂げな顔で、その口から紡がれた言葉にリンレイは固まる。

 「数日間、私に大事な用があるから出るって行ったきり帰ってこなくて……あの子、山の奥に行ったきりで寮に
 戻った形跡もないんです。……一体、如何したんだろう。外に出たって噂も無いし……」

 そこまで聞いて、リンレイは既に足を駆けていた。

 あの日……帰りの時にも彼女が同じ状態で瞑想をしているのは見かけていた。

 だけど、あの歳ならばすぐにでも挫折し帰るだろうと思い放っておいて……けど、もし自分の予想が当たってるならば……!!

 そして、俊足を駆使し森の遮蔽物をバンビの如く跳ね除けて進みながら、彼女は最後にアンナと会った場所に辿り着く。

 「……アンナっ」

 ……其処には、予想通り雹の降った跡の地面で横に転がるアンナの姿をリンレイは見た。

 「……馬鹿な子ね。貴方、数日間飲まず喰わずでずっとしていたと言うの?」

 自分がロフウに抱かれてる時も、そして用で外に出てる時も。

 そう考えて眩暈がしてくる。こんな……下手したら死ぬかもしれない事を。森には肉食の獣も居るのに。

 遂に限界訪れ気絶したのであろうアンナは寝息を穏やかに立てている。目の下に隈は見受けられるか命に別状
 ない事には安堵した。根気だけはリンレイも認める。今は彼女を寝かせられる場所へと移動して……。

 「……えっ」

 その時だ、彼女を抱き上げてリンレイは小さく驚きの声を上げた。

 ……濡れてない。

 先程夥しい雹が降りしきったと言うのに、アンナの体には少しも濡れたような跡、及び怪我をした形跡は無かった。

 背中は倒れた事で水気が付いているし、多少外気で服は湿っているが、それ以外は特に損なわれていない。

 (この子……あの雹を避けたと言うの? ……まさか)

 だが、リンレイいはそれを信ずる他無かった。

 何故ならば、彼女の立っている場所は平地で地面には其処から動いた形跡が見受けられない。

 と言う事は、彼女はずっとこの場所で同じ体勢で立ち続けていたと言う事だ。雹が降るまでのこの数日間ずっと。

 「……アンナ、貴方は一体何者なのかしらね」

 「……けど、解るわ。命懸けで、貴方は何かを成そうとしている事位は」

 「何時か、それを私に教えてくれるのかしらね。貴方は……」








       ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 夢を、見る。

 ずっと遠い昔、暖かい人に抱かれていた夢。
 
 とても優しい笑顔で、私を抱いてくれていた。

 そして、一度私を柔らかな布に下ろして、その頭に巻いた布を小さな私へと巻いてくれた。

 私は、手を伸ばして暖かい人に触れようとした。

 その人は、私の全てを愛していると言う微笑みと共に、私の小さな小さな手を取っていた。


 ……光が逆流する。





      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……此処は?」

 薄暗い部屋、そして彼女は自分の体が布団で覆われている事を確認する。

 「鳥影山にある寺小屋よ。以前からずっとあってね、時々私も座禅する為に使ってるわ」

 その時、横から聞こえた大人の女性の声。その人は暖かな湯気が立った粥を持って彼女に近づく。

 「リンレイ様っ! ……ぁ」

 「大人しくしてなさい。貴方数日何も食べてないでしょ? ゆっくり、急いで食べないでね」

 ……アンナは、出された粥を言われた通り食べ始める。

 体を包む熱にほぉっと息をつきつつ、彼女の顔に熱が戻るのをリンレイは確認すると説教を開始した。

 「馬鹿な事をしたわね。あそこはそれ程獣も居ないし、今は未だそれ程寒くないとは言え数日間ずっとあのまま
 構え続けるなんて無謀よ。もし、私がもう少し早く帰ってこなかったら、あのまま衰弱死してた可能性もあるのよ」

 「……御免なさい」

 厳しい言葉。それに彼女は頭を下げるしかない。

 「全く」

 溜息を吐いて、リンレイは言葉を続ける。

 






                  「そんなんじゃ水鳥拳を教える時も無理をしそうで気が気じゃないわ」

 






 「……え?」

 今、何と言っただろう?
  
 自分の耳が確かなら『水鳥拳を教える』と言わなかっただろうか?

 顔を上げて、緊張した面持ちでアンナはリンレイの言葉を待つ。

 「……言っておくけど、私は水鳥拳を教えない」

 そう言って、一転して柔らかな顔で彼女は続ける。

 「私が教えれるのは……あくまでも水鳥拳の女拳……そして、少しでも貴方が私から見て教えるに相応しくない
 と思えば即貴方を切り捨てるわ。……それでも、受ける気はあるわね?」

 「……はいっ! リンレイ様っ!!」

 ……アンナ十二歳。

 この日から、彼女は水鳥拳の女拳を身につける事となる。陰の拳を。

 それは、彼女が一度経験した絶望なる未来を打ち消す光となるのだろうか。

 それは、北斗七星も、南斗の星も未だ知る術は無い。













               後書き




    補足としてですが、アンナに関して今の実力は石⇒両断出来る 大木⇒半分は切断出来る。


    腕力⇒大の大人には勝てるが同い年の拳士には負ける。 瞬発力、及び速さは並み以上と言う感じ。

    南斗六聖? んなもん勝てないって。 北斗兄弟? キムなら何とか勝てるんじゃない? 無論搦め手でね。




 





[29120] 【巨門編】第十九話『鳥頭と 天才なる者』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/14 19:29
 少しだけ時間を遡っての話し。
 
 ジャギがセグロと友人関係になったばかりの話しだ。

 レイがモテる事などで愚痴を言っている最中のセグロに、ジャギはある事柄を懸念してた事を思い出して問う。

 「なぁセグロ。レイの他にも水鳥拳伝承者候補っているんだろ」

 「うん? あぁ、そりゃ勿論居るさ。それが如何した」

 「その中に……」

 ジャギは、そこで一旦区切ってから、その質問を強調して聞く。




 「その中にさ、アミバって奴居ないか?」



 ……アミバ。


 かつて、世紀末には救世主と成る者を騙る男と、聖者と呼ばれし者を騙る男が居た。

 一人は己。最も、今の自分は他人も同然だが、正史曰く原作での自分は救世主を騙り悪事を働く者だった。

 そして、その他に一人。救世主と遜色ない正義の心を宿し者を冒涜した人物。

 それはアミバ。己と同じく特別な血も力も持たぬ者であり、南斗拳士としてレイと同じく水鳥拳伝承者候補だった人物。

 そして、候補から外れると一説では針灸の医師として働き始め、またはそれ以外の稼ぎ(主に悪事)で生活してた所を
 自分の兄……言わばトキがとある村で老人の足を治療してた最中に彼は自分の力を過信して秘孔を突いて老人の足を
 悪化させる事態を引き起こし、それをトキに窘められた事に逆上して復讐を決意したのが、彼の世紀末での悪の起源。

 説明すると小さな理由から許されぬ悪事を起こしたのだが、その実力は少々甘く見れない。

 性格は卑屈で小心な感じなのだが、水鳥拳伝承者候補に選ばれた実力は侮れぬし、何よりアミバは我流だが北斗神拳を
 扱う事が出来た。無論、我流ゆえに実力も低いのだが、それでも北斗神拳と、南斗聖拳も扱える事は否定出来ぬ事実だ。

 北斗神拳と南斗聖拳を両立し、周囲から余り快く思われず、そして北斗兄弟を恨みし境遇。

 アミバ、ある意味ジャギと似た人生なのかも知れない。ジャギはこの世界に生を受けてから、このアミバに対しても
 気掛かりの一つだった。何故ならば、サウザーやユダに続いて、敵になる可能性の中で一番厄介なのはアミバなのだ。

 サウザーは師の殺害さえ免れれば本来の優しいまま育つだろうし、ユダは、サウザーさえまともなら抑える事も可能だろう。

 だが、アミバはいけない。彼は、自由に行動し拳王軍にも入れるし、抑制出来る人間が居ないのが現状。

 ジャギは、出来るならば早々に災厄の芽を摘みたいのが現状。仮に平和の世でも、アレは悪として振舞うだろうから。

 ……しかし。


 「……アミバ? そんな奴水鳥拳伝承者候補に居ないぜ」

 「へ?」

 ……ジャギの思惑は、最初から躓く事となる。



 

 

    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……ある場所に、一人の人影が居る。

 眠そうな目。そして小さく縮こまり存在を薄くして木陰で猫のように丸まりながら本を読んでいる。

 その人物は、本の中に入り込み空想に耽る事が常々の暇潰しだった。その人物の特殊さが、同門の仲間から少し距離を置かれてる。

 その人物は、錦鶏拳伝承者候補だ。

 だが、他にも居る伝承者候補である少女少年等から、その人物は変人だと称されている。

 ま発言や行動の遅さから、その人物の事を知恵遅れと称し馬鹿にする人間も居た。言われた当人は自覚しているのだが
 その言葉に怒りも悲しみもしない。それは鈍いと言うよりも、その人物が自覚をしているゆえだろう。

 良く言えばマイペース。悪く言うならば愚鈍。

 また、良くぼんやりしている所為か人の言葉を聞き返す節あるゆえに、こうも蔑称をかねての呼称あった。それは……。





 「何を見てる、鳥頭」

 その人物の本を頭上から降ってきた声が、問いかけと共に無造作に、その手から本を奪い取った。

 その本を奪った人物は本の中身を開いてから呆れた声を降らす。

 「……辞書、だと? お前、やはり奇人だな。辞書など読んで暇を潰しているとは」

 「そんなに可笑しいかい。辞書には、あらゆる単語が載っているからね。覚えるのに損は無いだろう」

 平坦な声で、その人物は本を奪われた事に怒りもせず淡々と言い返す。

 「はっ、そんな物を読み耽る時間があるならば、俺は拳の修行に時間を使う。鳥頭と違って、俺は真剣に伝承者を目指してるからな」

 そう言って、馬鹿にした口調で呷る少年は一つの胡桃を取り出して放り投げる。

 「そらっ!!」

 気合一発。それと共に上へと手刀が振り上げられ、胡桃は落ちる。

 落ちると共に、パカッと言う音と同時で胡桃は割れた。

 少年の声から大きな笑い声が発生した。

 「フハハハハッ! 見ろ鳥頭!! 日増しに俺は南斗聖拳の実力が増している! お前も本を読んでいる時間が
 あれば修行したら如何だ。ぼやぼやしていれば、この俺が錦鶏拳の伝承者に選ばれるぞ。まぁ、どちらにしろ俺がなるがな」

 『俺は優秀だからな』とそ言葉と共に分厚い辞書で軽く鳥頭と呼ばれた者の頭を叩き、そして投げ渡す。

 叩かれた人物は頭を軽くさすりつつ、少年へと呟く。

 「忠告だと思って有り難く聞いておくよ、……あぁ、アミィ?」

 自信なく、その馬鹿にしているのが忠告なのか解らぬ言葉に礼を申す。だが少年は名を間違われた事により間髪せず怒鳴った。

 「アミバだ! いい加減に覚えろ。俺の名はアミバだ! 鳥頭めっ」

 どうやら、以前もその人物に間違われた事があるらしい。怒鳴り声にうんざりした色も含めて命じる少年。

 ……アミバ。

 その少年は灰色の動き易い半袖の道着を着た、少しばかり卑屈な顔立ちをした顔つきの少年だった。

 野望を秘めた光を宿し、少しだけ神経質な笑みが彼の雰囲気を危うげにしている。

 今も、その眠たげな鳥頭と呼ばれた人物を馬鹿にしつつ笑みは濃くなっている。

 「あぁアミバ。けど、他の拳士と一緒に君は修行しないのかい」

 「ふんっ、あんな雑魚共と同じレベルで修行など出来るか。独自で修行した方が早い」

 ……そう、アミバは口にするが、嘘だ。

 彼は、未だ子供でありながら自己顕示欲強い人間だった。

 誰からも優秀だと認められたい、強い存在で居たいと言う我欲が強い子供。だが、それも一つの個性だが、鳥影山での 
 修行では余り役に立たない。むしろ、爪弾き者になる確率が高い悪癖になる。彼は、その性格が災いして他の伝承者候補の
 仲間からも厄介者扱いになっていた。それを薄々彼も感じ取ってか、彼は自然と他の仲間と相容れず過ごしている。

 (くっ……いいさ、奴等は俺の才能が解らないんだ。俺は、南斗聖拳の伝承者となり夢をかなえるのだからな……!)

 彼の夢とは一体何なのだろう? その疑問に答える前に、少し錦鶏拳の事について語ろう。

 錦鶏拳は、古来より伝えられる南斗聖拳の一つであり伝統的な由緒正しき拳である。

 南斗聖拳の定義たる徒手空拳から行う斬撃を基盤とし、攻守の基本を徹底的に反復して行う拳。

 平たく言えば、南斗聖拳の動きの基本を極めれば伝承者となる拳である。

 その拳の特性は不可も無く可もなく……悪く言えば南斗聖拳では軽んじられている部分もある。何故ならば特性が基本を
 追求しているがゆえに、目立った技もなければ特殊な技能もない……凡庸たるゆえに上位ではあるが力は低い。

 要するに、優秀なる南斗拳士を目指す者には少々軽んじて見られている拳法と言う事だ。

 今、辞書で時間を潰していた人物は拳の特性を知りつつ甘んじてその拳を極めようとしているが、彼は違う。

 「俺の力ならば、錦鶏拳など簡単に極められる」

 「なら、何故錦鶏拳の候補に?」

 鳥頭と呼ばれた人物の問いに、彼は自信に満ちた表情を浮べて応える。

 「はっ、鳥頭には解るまい。南斗聖拳を覚えるならば基礎を徹底的に極めれば技の習得も短期間で行えるだろう。
 錦鶏拳など俺にとって次のステップに他ならない。俺の力ならば鳳凰拳さえもマスター出来るだろうからな」

 その言葉に、意外にも馬鹿にされた人物は感心した声を上げる。

 「成る程、君は錦鶏拳は次の拳を極めんが為の踏み台と認識してるのか。面白い考え方だな」

 その、アミバに対し皮肉でなく賞賛のみだけで頷く人物に怪訝な顔で彼は尋ねた。

 「……お前は、俺の言葉を軽蔑しないのか」

 「何故?」

 不思議そうな顔に、アミバは本当にこいつは馬鹿なのか? と考える。

 今の言葉は、鳥頭と称された者の目指す拳など極めるに値しないと言ったも明白。それすら理解出来ぬ馬鹿者なのかと、アミバは
 その人物の振る舞い(主に行動が遅い)を他の同門の拳士が噂する事が真実なのかと頭の中で考える。

 アミバは、今の言葉が原因で同門の拳士から軽蔑し離れる事になった。同じように厄介者扱いをされてる者に、自分と
 似た立場に興味を沸いて、その話を打ち明けた時に居なかった当人へと伝えたのだが、その反応を見てのアミバの思考。

 だが、次のソレの言葉に彼は考えを改めた。

 「南斗聖拳は、一つ一つ似ているが中身は全部異なっている。君のように今自分が極めようとしている拳が違うと
 認識して、あえてその拳を成長の糧として高みを目指すのも一つの考えだろう? ある意味、そのやり方も一種の可能性だ。
 自分は、己を知るゆえにこの拳を極めようと考えてるけど、君がそう考えるならそれで良いだろう」

 その言葉で、アミバは少しだけ鳥頭の認識を変える。こいつは馬鹿と称されているが、卓越した部分があると。

 それなのに、驕る事も馬鹿にされて反論する事なく自然体で過ごすその姿に少しだけ尊敬の念すら浮かんだ程だ。

 いや、もしかすればこの人物は周囲に自分の才を隠しつつ生きてるのかも知れん。能ある鷹は爪隠すとの言葉ある
 のと同じく。最も、アミバはその人物の表面上の態度からは、そんな素振りと言うか演技とは思えないのだが。

 思わず、彼は自分の考えた言葉を呟いていた。

 「お前は、ひょっとしたら天才かもな」

 「それは無いよ。自分は周りが言うような人間だろうから」

 そう、腕を振り怠惰を秘めてその人物は返す。

 だがアミバはその言葉を聞き流す。己に絶対的に自信ある彼は、自分が言った言葉を省みぬ事を良しとしなかった。

 アミバは、似たように疎外されているその人物と時間を共にする事が多くなった。



   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……広場から怒声が聞こえる。

 その日も、眠たげな様子で歩く鳥頭なる人物は本を読み耽っていた。

 「待てー! セグロ!!」

 「フハハッ! 俺の動きは人間では捕える事は『うりゃあ!!』ゴベハッ!!?」

 ……鳥影山ではもはや馴染んだ光景。雲雀拳のハマが他の女性拳士の代わりに粗相を犯した彼を追って吹き飛ばす。

 今日は、それで終わらず彼は転がった拍子でその人物にぶつかった。本来ならばその時セグロは気付くのだが、その 
 勢いのまま彼は転がり続ける。ハマは、その人物の前を通り過ぎて彼を追いかける。鳥頭なる人物はぶつかった弾みで本が飛んだ。

 「……ぁ」

 衝撃で転がる本。汚れる表紙。

 その人物は少しだけ顎に手を当てて首を捻って本を見てから、ゆっくりと手を伸ばし拾い上げようとする。

 だが、ソレより早く拾い上げる人物が一人。

 「ふんっ、あの馬鹿共め謝る事すら出来んのか」

 「……やぁ、アミバ。拾ってくれて有難う」

 拾い上げた人物に、目を細めて礼を言う。アミバは一瞬だけ本を落とした原因たる人物達を睨んでから、乱暴に手渡して言う。

 「お前もぼんやりせず少しは奴等に言ってやれ。あんな奴等に無視されて悔しくないのか」

 「……無視とは違う。あれらは鳥影山の厳しさを柔らかくする儀礼だよ、むしろ見てて微笑ましいものじゃないか」

 「そんな風に考えるのはお前ぐらいだろうよっ」

 穏やかな声、そして暗に気にしていないと言う口振りにアミバはやれやれと言った調子で返す。

 「お前、少しは強気な部分を見せんと他の奴等に潰されるぞ。俺は奴等なんぞ逆に蹴落とせる強さがあるから問題ないがな。
 お前のように何時も眠そうで鈍くて弱そうな感じな奴など一日で鴨にされるぞ、良くもまぁ今までやれたな」

 痛い目に遭いたくなければ、早めに止めるべきだぞと言うアミバに。言われた当人は少し間を置いてから。

 「……うん、有難う。心配してくれて」

 皮肉だが、それは揶揄の中に身を案じての言葉だと理解しての言葉。だからこそその人物は頭を下げる。

 その言葉と行動にアミバは肩透かしを食らって体を一瞬傾かせてから、『鳥頭が』と吐き捨てた。

 ……そんな調子で彼等は何時も居た。

 



 ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 鳥影山での修行の日々は平穏に続く、その日も少年拳士達の自由時間に二人の人影が山道を闊歩していた。


 「……なぁ、レイ。本当にお前の同門にアミバって居ないのか?」

 「ジャギ、しつこいぞ。そんな奴は知らん」

 「……っかしいな。時間軸違うのか?」

 ある日、ある鳥影山での通り道。

 ジャギは偶々レイと出くわして、そして質問をする。会話の中で恒例的にする質問に、尋ねられたレイはうんざりした
 口調で返す。ジャギは、その度に唸りつつ頭を掻いて自問自答する。レイは、そんなジャギに溜息を吐いてから口にした。

 「言ったろう? 水鳥拳伝承者候補は、俺を除外すればロフウ様が認めた人物しか居ない。そして、水鳥拳を習う拳士は
 それ程多くないんだ。お前の言うアミバと言う人物は、俺が知る限りでは伝承者候補には居ないんだ」

 「そっか……それじゃあ其の名前の奴が入ったら俺に一言伝えてくれないか? あぁ、それと今度お前の家に暇
 あったら遊びに行っていいか? セグロとか、イスカとか、キタタキとか連れてさ。良いだろ?」

 「……まぁ、暇が出来れば俺もアイリが居る事だし帰省するが一つだけ聞かせてくれ。何故、奴等なんだ?」

 「あぁ……セグロの場合『前回会えなかったアイリちゃんと今度フラグを!』で、イスカはセグロのストッパー。
 キタタキは面白そうだから、だと。……うん、だが此処で断ったらあいつしつこくその事でネチネチ言ってくるぜ?」

 「……あの疫病神が」

 ジュビジュピッ! と笑うセグロを脳裏に過ぎらせて溜息を吐くジャギとレイ。どちらも、鳥影山でその人物の暴走の
 標的に時折されるがゆえに頭を悩ませる。一人は知人ゆえに、一人は容姿が女性に好かれると言う理由ゆえにだ。

 「……お前も大変だよな」

 「レイ、お前に労われる日が来るとはな」

 セグロのお陰で、ある程度レイと仲が深まった事をジャギは複雑な気持ちである。何とも微妙な気持ちが渦巻いている。
 レイと仲良くなれた事は幸運なのだが、理由がしょうもないゆえにジャギとしては余り喜べないのだった。

 「しかし、お前も幅広い付き合いだな。あの馬鹿三人組と言い、ユダにシンやサウザーと付き合いある事で多少噂されてるぞ」

 「えっ、どんな風に?」

 「サウザーにメンチ切れる図太い人間だとか、ユダに切刻まれても復活する不死身だとか、シンと穴兄……」

 「誤解だああああああああああああああああああ!!!!」

 謂れの無い中傷に絶叫するジャギ。もはや最近彼の重い使命とか忘れ去られそうだが、これでも真面目に未来を
 変えようとしている。……最も、時々日々が平和ゆえに、自分が課した責務に疑問が起き掛ける事もあるのだが」

 「まぁ、最後は冗談だとしても結構そう噂されてる」

 「全く以って笑えないぜ。俺はどんな化け物だっつうの」

 「まあ、ある程度有名なれば下手にお前にちょっかいかける奴等も居ないだろうから我慢しておけ」

 「……逆に、噂を聞いて変な奴が集まってくる気がするんだけどな」

 げんなりしたジャギの表情と言葉にレイは苦笑いするしかない。

 (最初は、俺の事を気に入らないと思う奴等の一人だと思ったが、話せば中々面白い奴だな)

 最近のレイは、ジャギに対してはこう言う印象を抱いている。色々と下手な事をやったものだが、こうしてレイに対し
 友好を築いている事は後に役立つと思うので、ジャギもある意味報われているのだろう。

 「……あれ? あれ??」 

 「うん? 如何した素っ頓狂な声をいきなり出して」

 「いや、さっき話したあいつの姿を見た気が……!」

 「っておい! ジャギ!?」

 行き成り走り出したジャギ。それを慌ててレイが追いかける。

 その時だ、彼等の行く手を遮るように飛び出した人影が出たのは。

 「のわぁ!? ……って、アンナか、驚かすなよ」

 「驚いたのはこっちだよ、ジャギ。如何したの? そんな慌てて……」
 
 「あぁ、実は……って、お前如何したんだ? その格好……」

 飛び出したのは、アンナだ。そして、ジャギは一瞬自分の説明を忘れアンナを見る。彼女の今の格好は道着なのだが
 かなりボロボロで所々に破れが見えている。そして、彼女の顔も少々であるが汚れが見えていた。

 「ん? あぁこれね。ちょっと修行中なの」

 「……ハードだなぁおい」

 ジャギの呟きにアンナは笑みを浮かべる。その笑顔は自信に満ちており、ジャギが心配する事は無いと暗に示していた。

 「言っとくけど、ジャギもその内追い抜く程に強くなるからね」

 「言ってろ。俺を追い抜こうなんぞ十年早いっつうの」

 「……十年あればいけるのか」

 レイの静かな突っ込み。彼はそれ程そう言う事柄に対して才は無い。主に、お笑いに関し。

 「と言うか、お前追いかけてたんじゃないのか?」

 「あ、やべ。アンナ、俺ちょっと用事があるから……」

 「私も付き合うよ」

 一言だけで有無を言わさぬ強さがあるアンナの言葉。ジャギは拒否する事なく走る事でアンナに同意を示す。

 レイは、そんな二人のやり取りを見つつ、彼らが周囲から恋人と称されても否定する事を不思議がりつつ追いかける。

 一分もせず、ジャギはその人影の背中を見つけて立ち止まる。声を掛け様か躊躇っている時に、声がした。

 「……から、お前なんぞ止めちまえ、いい加減に」

 「あぁ。何時も何時も何考えているか解らない不気味な面で歩いてて見てて不愉快なんだよ」

 ……下品な笑みを浮かべて少女を囲んでいる姿。

 ジャギは、そんな光景をある程度は見かけた事がある。鳥影山で力低い女性に関し他の拳士……素行悪い人物は
 公にならぬ程度に嫌がらせをする光景を。ジャギは、そう言う者に対し制裁はした。セグロ達男性拳士やハマ達女性拳士も
 そう言う光景は見た事あるらしい。当然ながら、そう言う人間を見かければ即鉄拳制裁及び、鳥影山から排除するが。

 ジャギは、その少女を取り囲んでいる人影を見て苦虫を噛み潰してから、その拳士達の方へ近づこうとする。

 駆けつけたレイやアンナも、その光景を見て少々眉を顰めてから同じように参戦しようと足に力を込める。

 だが、彼等の行動は無駄に終わる。意外なる人物が、その少女を魔の手から救う事により。

 「へっ?」

 それは、ジャギの間の抜けた声と共に起きた。

 パッ……。

 その、ジャギが追っていた人物は、その拳士達に向かって跳んだ。

 「あり?」

 次に、アンナの声と共に状況は変化する。

 拳士達に向かって跳んだ人影は、少女を囲む拳士達の五歩手前程までにある木に迫り、付近の木に飛び移る。
 その行動に少女を囲んでいた拳士達は気付き顔を上げた時に、その人物は既に別の木へと木の腹を蹴って跳び移る。

 「ん?」

 そして、最後にレイの呟きと共に、その状況は終わりを迎える。

 その救出必要な場面に跳びだした人物。三本の木へと跳び移った人物を見て慌てて構えた拳士達。
 だが、その時には既にその人物は技の体勢に入っていた。その口元には、確固たる勝利を確信した笑みを浮かべていた。

 そして、その人物は技の名を紡ぎ拳士達に襲来した。






                                 
                                鷹爪三角脚!!!




 



 『へぶらぁ!?』

 その、飛び蹴りを喰らい吹き飛ばされる拳士の一人。ある程度の距離まで浮遊しつつ後方へと飛んだ拳士は木に
 ぶつかって止まると引き摺るように木に僅かな痕を残しつつ気絶した。その顎は見たところ砕けているようにも見えた。

 降り立った人物は、少女の前に薄ら笑いで着地する。

 「や、野郎!」

 「何邪魔してんだぁ!」

 我に帰った残りの拳士二名が、その少女を救出する為に現われた人物に殴りかかる。

 それを鼻息一つで一笑しつつ一人を裏拳で返り討ちにする少年。だが、もう一人は避けきれずに顔を僅かに殴られた。

 死角からの一撃だった。その少年は思わぬ部分からの強かな一撃に顔を背け蹈鞴〈たたら)を踏む。

 その出来事に笑みを浮かべる残りの一名。だが、その隙を少年は見逃さない。

 ギロッ! と鋭く彼は正面へ顔を戻す。痣が出来た顔で眼光を強め彼は拳を振り被った。

 「この俺を……」

 そう言いながら、彼は恐喝していた自分より少し背丈の大きい拳士へ跳ぶように接近して。

 「……笑うな!」

 その言葉と同時に少年は憎憎しい顔で腕を振りぬいた格好のままの少年の腹部を蹴りぬいた。

 地面に倒れ伏す拳士。それに、唇を切ったのか血が混じった唾を吐きつつ少年は口を歪ませつつ唇を拭った。

 「くそっ、こんな木人形共に一撃を貰うとは……」

 「大丈夫かい、アミバ?」

 ……助けられた少女は、そう言いつつ彼にハンカチを出しつつ彼の殴られた箇所に当てる。

 「おい、鳥頭。お前は何をちょろちょろとして絡まられている? しかも、反撃しないとは本当に馬鹿か」

 そう……アミバは彼女をきつい目で睨みつける。伝承者を目指す奴が、あんな奴等に手も足も出ずに無抵抗とは……。

 だが、そんな睨みも構わず、彼女は柔らかな顔つきでアミバへと言った。

 「君が、助けてくれる予感がしたものでね」

 「……鳥頭がっ」

 面白くないと言う表情でアミバは彼女から離れるように体を反転する。そして、今までの状況を理解できないと
 言う顔つきで呆然と成り行きを傍観していたジャギ、そしてアンナをアミバは気付いた。

 「何だ、じろじろ見て。お前達も何か文句あるのか。あぁ?」

 「いや……その……お前、アミバ……か?」

 少女を助けた人物が、本物のアミバだと信じられずジャギは鳩が豆鉄砲でも喰らった顔つきで問い質さずに居られない。

 「あぁ、俺が錦鶏拳伝承者候補のアミバ様だ。何だ、見ず知らずの奴にも、ようやく俺の名が知られてきたか?」

 (……この口振り、正しくアミバだな)

 半信半疑ながらも、その誤った自信ぶりにジャギは疑惑から確信に心変える。その背後でヒソヒソとレイとアンナは会話をした。

 『……錦鶏拳って?』

 『南斗聖拳の始祖とも言える拳法だ。とは言うものの、今は基礎的な技術以外に魅力的な部分が無いらしく
 基本的な斬撃やら貫手が出来れば直ぐに伝承者になりえるらしいから殆ど人気が無いらしいがな……』

 「おい、そこの二人。コソコソと何を話してる?」

 その、彼は二人の会話が己に関係し尚且つ自身には面白くない話だと感じ取ったのだろう。鋭く彼等へと詰問する視線と言葉を投げた。

 レイは、誤魔化すように逆に質問を質問で返した。

 「お前がアミバか? ジャギが噂していた」

 「……これはこれは驚いた。まさか水鳥拳伝承者候補のレイが俺の事を知ってるとはな」

 打って変わり、ジャギの背後に居た人物が己も知ってる者と知りアミバの声には嫉妬やら敵意が混じった声をする。

 この時期には、既にレイは実力高いと噂されている。アミバは、その性格ゆえに実力に満ち、周囲の称賛を受ける人物を
 好みはしない。それゆえに、彼の気に入らない人物の十以内には、レイは紛れも無く含まれていた。

 「何か俺が気に障るような事したか?」

 その声に含まれる負の感情は解り易く、レイは不快な感情を顔に隠さずに返す。

 その険悪になりかけた雰囲気を、またしてもながらアンナは間に入った。

 「あ、あのさっきは凄かったねぇ! アミバ、だっけ? さっきの一撃浴びせて倒したの、格好良かったよ!」

 それは、レイとアミバの対立を少しでも避けてあげようと言うアンナの気遣いながら、アミバは予想以上に機嫌を直す。
 
 「うん? ほぉ、お前中々見所あるな。この俺の実力を見抜けるとな」

 そう、ジロジロとアンナの上から下までを見渡すアミバに、ジャギもアンナも正直穏やかじゃない感じで身構える。

 が、アミバは見渡し終わると慇懃無礼な調子で声を紡ぐ。

 「まっ! 俺の実力を見抜けてもお前達にはこの俺を超える力は無かろう! だが女。この俺に憧れても良いが、付き纏うなよ?」

 (頼まれてもしないわよ)

 心の中でそう呟きつつも、アンナは空笑いを浮べるに留まった。

 「……それで? お前達如何言った事で俺を尾けた?」

 (バレてたのか!?)

 アンナに言い終えてからの、重い雰囲気になってのアミバの問いかけにジャギは心中で驚きを浮かべる。

 確かに足早に追ったが、それでも気配を消すのには北斗の寺院でも修行して自信あったのに……!

 そんな彼の思惑を知らぬままアミバは警戒を強める。彼は自分以外に心許しはしない。ゆえに、ジャギが自分に危害
 加える人物かと思い奇襲しようかと構えるのだが……後方から近づいてきた声が、彼のそう言った疑心暗鬼を消した。

 「まぁアミバ、彼等どうやら自分を助けようとしてくれてた見たいだ」

 「……そうなのか?」

 鳥頭と称された少女が近づいての言葉に、アミバは睨んでたのを止めて胡散臭そうな顔つきに変わるとジャギに問う。

 「あ、あぁそうだな。確かに助けようと思ったぜ」

 無論、最初はアミバに近づくのが目的だったが、その少女が危険だと思った時に飛び出そうとしたので間違っていない。

 その言葉にじろじろと無遠慮にアミバはジャギを見てから、鼻息を鳴らして体を反転する。嘘は言ってないと判断したのだろう。

 「行くぞ鳥頭。こんな奴等に構うより修行した方が良い」

 「あぁ、そうかも知れないなアミバ」

 背中へと同意の声を向けて、彼女はアミバの後を追う。

 そして、追う前に彼女はアミバの言葉に気分を害した顔をした彼等へと振り返り、口だけを動かす。

 『迷惑を掛けて、済まない』

 声は出さずも、唇の動きのみで伝えると彼女は目を離せば離れていきそうなアミバの背中を追う。

 そして、アミバと鳥頭と言われた少女が完全に見えなくなってからジャギは言った。

 「……意外過ぎる」

 (あいつが、誰かを助けるような奴だったとは……本当に如何なってるんだ? 昔は多少は良い奴だったのか?)

 いや、でもあの感じじゃ将来原作と同じになるのか……? と。彼は不可解なアミバの行動に頭痛を生むのだった。

 「……アミバ、か。あれがアミバか」

 ジャギから何度も出た人物。初めて出遭ったが、観察して如何も嫌な感じと、そして危うげな感じだとレイは感じる。

 だが、一応人助けをしてたので自分の第一印象も違うのかも知れんな。と、彼は心の中でアミバの評価を軌道修正する。

 「……う~ん」

 最後に、アンナはリンレイに水鳥拳の女拳を教えてもらえると喜んでたら自分の体重の二倍の荷物を背負っての
 登山などをやらされハードな事を終えた直後の原作の人物の意外な行動を目にしてジャギど同じように頭痛を引き起こすのだった。








  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・






 「……ったく、厄日だ。……水鳥拳か……水鳥拳」

 何時かの日、ロフウが巨大な岩石を完全にバラバラにしてたのを見掛けた事がアミバにはあった。

 その時の凄まじさ、水鳥拳の強さを彼は知っている。ゆえに、彼も水鳥拳に憧れに似た気持ちは抱いている。

 「……なぁ鳥頭」

 「何だい?」

 気がつけば、隣で歩いていた人物はアミバの言葉に顔を向ける。

 「……俺が、違う南斗聖拳の拳法を覚える日が来るとしてお前は軽蔑はせんだろ?」

 ……水鳥拳を覚えたい。

 彼の野望の為に、強い拳は必須。ゆえに錦鶏拳を踏み台として時期を見計らい彼はロフウに頼み込むつもりだった。

 だが、その時隣で何時も思考読めぬ話し相手は、どう思うのか? それが少し気掛かりで、彼はらしくないと思いつつ問う。

 「あぁ、軽蔑などしないよ。君は、どんな手段を使っても自分の夢を叶えたいんだろ?」

 「……あぁ、そうだ」

 「なら、それで良いじゃないか。夢は死するまで追い続けるものだ。その事を止めようなどと私は思わないよ」

 ……あぁ、こいつはそう言う奴だったなと、アミバは不遜な笑みを浮かべて彼女へと言い返す。

 「なぁ鳥頭。何時か俺は伝承者になって名声高い人物となるだろう」

 「ふむ、私の頭では考え付かぬが……それで?」

 『鳥頭に想像は出来んだろう』と、彼は彼女の言葉に前置きと共に言ってから、自信に溢れた表情で言い切る。

 「その時は、俺は俺を馬鹿にする奴等を全員平伏させて見せよう。その時は、お前は俺の寛容さで隣で一緒に見物させてやる」

 「……ふむ、想像すると何とも可笑しな光景だな、それは」

 彼女は、何人もの道着を着た少年少女の拳士等がアミバの前で土下座する想像をして呟く。

 「まぁ、それも面白いのかも知れないな。だが、君に出来るのかい?」

 「ふんっ、鳥頭には一生掛かろうとも出来はせんだろう。だが、俺は出来る! ……何故ならば」

 そこで、アミバは一旦区切ってから、強い口調と共に宣言するのだった。









                        「何故ならウワバ! 俺は天才だ!!」












             


               後書き





     はい、お目汚しな作品を失礼。


 補足として説明すると、鳥影山での修行の時にアミバ⇒最初錦鶏拳伝承者候補

 次第に満足しなくなる⇒何故なら俺は天才だからこの拳は相応しくない⇒ならもっと強い拳を得れば良い

 そんな感じで最終的に水鳥拳選んだんだと思います。秘孔知ってたのも一説だとラオウとサウザーの組み手を見た
 と言う可能性もありますが、この作品のように秘孔を用いる南斗聖拳拳法を齧った時に覚えた可能性もあるかと思います。

 あと、結局アミバは最初『極悪の華』同様に彼を応援してた女性一人ぐらい居ても良くね? と思って出しました。
 ちなみに恋愛感情と言うよりは気が合う友人位ですウワバとアミバは。アミバに恋愛は無理だと思う、多分。







[29120] 【巨門編】第二十話『偏屈者との再会』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/11/05 21:25

 「……此処、は」

 それは、アンナが水鳥拳をリンレイに教授し始め、そしてアミバがある程度まともである事に驚愕したのを見た後の出来事。

 ジャギは、ある広い荒野の中に気が付けば佇んでいた。

 ざらついている乾ききった地面。空を見上げれば黒い太陽と、そして星空。

 生きる者の気配なき世界。無音で無情に時だけが流れる場所。

 ジャギは、その風景に酷く見覚えがあった。そして、彼は乾いた笑いと共に呟く。

 「また、来ちまったのかよ……」

 その笑い声はやけに耳に大きく聞こえ、そして彼は一頻り笑うと溜息を吐いて歩くのだった。

 何故歩くのか。それは、彼が考える通りならば確実にこの世界に一人生命は存在するから。

 そして、数分後に彼の予感は的中する。突然の砂嵐により視界が遮られたかと思った瞬間、晴れた彼の視界には。

 「……あぁ、やっぱりなぁ」

 気落ちした声と共に、彼の目の前には大きなビルが建っていた。そして……。

 「よぉ……随分と遅く来たな。……待たせすぎだぜ、糞ガキ……」

 そう、静かな怒気を携えた声がジャギを待ち受けていた。




   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 
 「……久し振り」

 軽く手を上げて愛想笑いするジャギ。それに、建物の窓から少年である彼を鋭い眼光で向かえた男は笑みを浮かべて……。

 「死ね」

 笑みを浮かべて散弾銃を引き抜きジャギへと問答無用で発砲した。

 それに速攻で横飛びして避けるジャギ。数コンマ後にジャギの居た場所の地面は破裂音と共に土煙が上がった。

 「ちっ、外したか」

 「外したか、じゃねぇ!! 何いきなり殺しにきてんだ野郎!!」

 舌打ちして残念がる男。それに向かって青筋立ててジャギは怒鳴りつける。実力ではその男が上だと理解しつつも
 ジャギはその男の本気で自分を殺そうとした事に対し激怒する。だが、男はその言葉を鼻息一つ慣らして不躾に言う。

 「こんなん可愛い挨拶だろうが。反射神経のテストだよ、テスト」

 「……おめぇ異常だよ、ジャギ」

 「褒め言葉だぜ、糞ガキ」

 せせら笑う男……それは、原作の世界に相応しいもう一人の自分に似て非なる存在……『原作のジャギ』との再会だった。


 




 
 不満と疲労を併せた顔つきで再会を喜ばしくないと言う表情を浮べるジャギ。

 (ったく、寺院でこちとら眠ってただけなのに、再会するにしろ行き成り過ぎるだろ……)

 この目の前の男。『原作のジャギ』と憑依したジャギは一年前に出遭った。

 ケンシロウと出会いで気絶したジャギは、この現とも夢とも区別つかぬ世界で目の前の発砲してきた男と遭遇する。
 姿形、そして話し方及び態度からジャギは、それが漫画……原作の世界のジャギだと直に知れた。
 そして、流れでその男に修行を強制して受けて死ぬような目に遭わされ、後に再び邂逅すると言われ別れたのだが……。

 ジャギも、その再会を離別間際予感してたものの、まさか一年も空いての唐突の再会となるとは予想だにしてなかった。

 そして、今一室で余り快いとは言えぬ雰囲気で前のように向かい合って座っている。

 「如何だ、調子は?」

 「行き成り撃たれなきゃもうちょい機嫌も良かっただろうさ」

 その口調には明らかな敵意が含まれているが、言われた当人はハッと息を吐いて残酷な笑みを浮かべるに留まる。

 この男……『原作のジャギ』は強い。今のジャギでは闘っても一秒で簡単に地べたを這い蹲るだろう。

 以前、自分は邪狼撃を放ち何とか引き分けたが、それは殆ど奇跡的だったなと思い返す。

 そして、これが一番厄介なのだが。目の前の男は以前は残虐非道であり、そしてその性格も少しは丸い気もするが
 通常その男の非道な部分は消える事がない事だ。そのお陰で、ジャギは一度殺されかけており、先程も下手すれば死んでいた。

 「あんな挨拶で臍曲げんな。お前に会えて嬉しいぜ、とかそんな言葉期待してたのか?」

 「……いや、言われても気持ち悪いだけだな」

 「ったり前だ。姿はガキでも、年齢じゃ俺といい勝負だろうがてめぇ。この俺様に余計な期待などすんじゃねぇ」

 最も、性格はガキだがよ。と馬鹿にする鉄兜の男に、ジャギは喉を軽く唸らすだけに終わった。

 この男は、自分の正体を唯一知っている者。この世界でただ一人ジャギがジャギでない事を知る者だ。

 だが、男がそれを理由で何か事を起こす事は出来ない。何故なら死人当然なのだから、目の前の危うげな雰囲気を放つ男は。

 「……とりあえず、あぁっと、どん位過ぎたんだ。てめぇの世界の時間」

 「一年だよ一年。結構、色々あったな」

 「……一年とは随分また長いな。成る程……長く感じた訳だぜ」

 てめぇのような奴に俺様が一年も待たされたって思うとむかつくけどな。と言いつつ彼は鉢に水を注いだ……。

 「……あれ? それ植木鉢か?」

 前には無かったよな、とジャギは言いつつ思考する。この生き物も草木も存在せぬ場所に、何か植物でも生えたのか? と。

 「あぁ、ちょいと見つけてね。てめぇには如何でも良いことだろうが?」

 余計な事は気にするなと暗に込めて鉄兜の男、原作のジャギは少年ジャギへと話しを促す。

 渋れば肉体言語で話す事になるので、ジャギは話す以外に道はない。一度溜息を吐くと、話し始めた。

 シンの両親の死亡。その原因にデビルリバースが関係する自分の推測。
 
 それを機に鳥影山へ赴く事を決意した事。そしてボーモンと決闘した事。

 未来で大きな関係性のあるレイやユダと出会った事。そして北斗の寺院でキムと出会った事。

 鳥影山へと行き様々な伝承者候補と知り合った事。そして前回にアミバと出会い彼が考えてた人物像と違ってた事。

 数時間程ジャギは経験した出来事を語る。その間、ジャギは植木鉢を片手で触れつつじっと聞いていた。

 一つ一つ、ジャギは自分の疑問を原作の彼にぶつける。自分は既に原作と掛け離れた人生の路線を敷いでいるが、
 この目の前の人物は世紀末で救世主に死するまでは、自分の疑問に半ば答えられる人生を送ってたのだから。

 「デビルリバースの事件ってあったのか?」

 「……知らねぇな。寺院の外じゃ血生臭い事件なんぞ飽きる程にあったし、一々覚えてられるか」

 好けなくバッサリとその質問に対しては答えにならない答えを出される。最も、ジャギも期待してなかったので質問を変える。

 「アミバが、それ程悪人でないのは……」

 「だから知るか。あいつが子供の頃どうだったかなんて興味ねぇ」

 以前は協定を結んでいた関係だったであろうに。この目の前の男は、そう言った関係だった男に対しても関心は薄いらしい。

 「お前と仲間だったんじゃねぇの?」

 「目的が一致してただけだ。兄者を潰せるなんぞ微塵にも思ってなかったが、それでも俺にとっちゃあ都合良いしな」

 俺にとっちゃあ成功しても失敗しても大した痛手じゃなかった。と、男は無情な言葉でその質問を終わらせた。

 「……キムってどんな奴だった?」

 「覚えてねぇよ、んな落ち零れの事なんぞ」

 原作の脇役キャラだったキム。予想は付いてたが、あっさりと原作ジャギは切り捨てた。

 「あの糞坊主に見放された弟子なんぞ、一杯居ただろうからな……あぁ、そうだ」

 そう、最後にはジャギに……と言うより自分に言い聞かすような口調で原作ジャギは締めくくる。その口調に
 何かしら違和感感じつつも、触れてはいけない気配を感じ取りジャギは話題を少々変えて変化球の質問をする。

 次に関しては、少年ジャギの多分な推測交じりの質問。

 「……鳥影山で修行してて思ったんだけど、結構実力ある奴等一杯居るんだよ。俺と馬鹿やれる気の良い奴等……お前は
 気に喰わないかもしれない連中がな。そんな奴等が居たのに、何で原作に登場しなかったのか、って思ってさ……」

 「核で死んだんだろ。または、お前が以前話したように、その南斗を支配するサウザーって野郎が殺したんだろうが」

 「……やっぱ、そうなんだろうな」

 そう、気落ちするジャギを鼻で笑い男は言う。

 「あの世界でなぁ、平和やら絆やらなんぞ愛する野郎は全員後悔するだけだ。正義感振りかざして痛い目に遭った
 人間はゴロゴロ居たぜ。最も、そう言うむかつく奴を痛めつけて絶望したのを見ながら止めを差すのは最高だったがな」

 「……外道がっ」

 「口を閉じとけよ糞ガキ。次ナマ言ったら撃つぜ」

 男の言葉にジャギは思わず反発した声を出す。それに温度が下がる程の殺気を秘めて鉄兜の男は返す。

 少年ジャギは、普通の倫理を持ち合わせた少年だ。平和なる世界で健やかに育った精神は、この世界でも未だ失われてない。

 鉄兜の原作のジャギは、自分の口で言えば甘過ぎる性格の目の前の少年に軽い苛立ちはありつつも、今は放置する事にした。

 暫し少年のジャギをじろじろ見てから原作のジャギは問う。

 「……で?」

 「で?」

 「繰り返してんじゃねぇ! 修行はしてんのかって話しだ糞ガキが!」

 「してる! してるっつうの!! 銃口向けんなよ……」

 だったら最初からそう言ってくれよと、心の中で呟きつつジャギは口にする。

 「忘れてないって。邪狼撃は何度も復習してるし、最近では伝承者候補になったしな。秘孔についても勉強してる」

 「成る程、晴れて伝承者候補になったのか。このまま勢いで南斗聖拳でも伝承者になろうってか?」

 「……まぁ、なれたら成れればな、と」

 「二兎追うものは一兎も得ずって言葉知らねぇのか。糞ガキが」

 忌々しそうに吐いた言葉の裏には、お前に出来るものかと含んでの言葉。

 少年ジャギは眉を顰めるも、その暴言を真正面から受け止めはしなかった。この男の暴言をまともに付き合ったら
 一体何度喧嘩する事になるか。恐らく、数える事も出来ない程にその拳で血まみれに自分はなるのだろう。

 「それでも、強くなるに越した事はねぇだろ?」

 「口だけは達者だな。出来るのがよてめぇによぉ」

 そう詰る鉄兜のジャギだが、それ以上は深く少年に対し言葉はぶつけない。

 成功しようと、失敗しようとそれは彼の責任。自分は、この世界で傍観して言葉だけを託すのみだ。

 「……あぁ、そういやよ」

 積もる話も大分終了した頃。鉄兜のジャギは思い出したように言う。

 「てめぇ、南斗邪狼撃未だ極めきれてねぇだろ。また修行に付き合ってやる。感謝しろよ」

 その言葉に、少年ジャギは幾らか予想してたが嫌そうな顔を一瞬抑える事は出来なかった。

 それに気付き、怖い程に静かな声で鉄兜のジャギは見下ろして告げる。

 「何だ、その顔は……」

 「……いや、別に」

 「……けっ」

 吐き捨てるように一言吐き捨てて、鉄兜の男は有無言わさずにジャギを屋上へと連れて行く。

 そして、邪狼撃を何度も何度も繰り返して行わせるのだった。









 「……なぁ」

 「あんっ、何だ糞ガキ」

 「あんたは、此処で一年間どう過ごしてたんだ?」

 ……夜に差し掛かり、そろそろこの世界での一夜を過ごす時間帯になって少年ジャギは体中熱気を発しつつ質問する。

 その言葉に、今までずっと壁に寄りかかって少年ジャギの修行するのを詰まらなさそうに観察していた鉄兜のジャギは
 暫しその質問に頭を巡らしてから、その兜を軽く掻きつつ面倒くさいと言う雰囲気を発しつつ短く告げる。

 「植木鉢に水やって、邪狼撃練習して酒飲んでだ」

 「……それだけ?」

 「それだけに決まってんだろうが。此処でそれ以外何しろってんだ」

 ……この世界で、一年間ただそれだけ。

 その境遇が自分ならば耐えれるか? とジャギは考える。そして、暫し頭を巡らしてから自分は無理だなと思った。

 この、殺風景で夜になればずっと孤独な世界を生きる自信はジャギにはない。

 それは人間ならば普通の感性だ。この世界でまともな思考の生物は一週間も過ごせば精神を病むだろう。

 「……寂しくないのか?」

 「寂しい?」

 男は、ジャギの言葉を一度繰り返してから……哂う。

 「何を寂しかる必要がある? 俺様は……今酷く穏やかだぜ」
 
 残酷とも言える笑みを携えて、ジャギに不気味な声色が耳を打つ。

 「俺をこんな目に遭わした奴は、この世界に存在しねぇ」

 「俺を蔑んでいた奴等は、この世界の何処にもいねぇ」

 「恨んだ奴等は、憎んでた奴等は、妬んでいた奴等は、煩わしいと思っていた奴等は誰も居ねぇんだ」

 「それなのに何故俺が寂しかる? 俺は……あの世界でもずっと独りで生き延びていた。今更何を寂しがるってんだ」

 そう、彼はジャギへと言い終えると一足早く屋上から姿を消した。

 ジャギは、そんな男の言葉を受けて暫し硬直してから。その言葉に溜息を吐いて空を見上げた。

 「……それって、かなり寂しくねぇか? ……ジャギ」

 その言葉は二人除けばこの無人の夜空では、やけに大きく響くのだった。





   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「おらおら、へっぴり腰で突くなって何度言えば解る」

 「……解っている」

 「解ってねぇだろ。極めてぇんだろ邪狼撃およぉ? ったく、糞ガキは何時まで子供なのかねぇ」

 腹の立つ言葉で意欲を駆り立てる作戦……ではなく本心からの憂さ晴らしも兼ねてのジャギの揶揄。

 そんな言葉に、少年は正しく腹立たしくなるのだが、返答しようなれば拳が降ると予測し黙しつつ修行に励むばかり。

 その予想は間違いはしない。そして、一通り修行をすると鉄兜から覗く口は開きジャギへと告げる。

 「おい、今日からは北斗神拳の修行も並列して行えよ」

 「え? ……いや、それは別に良いんだけど。何でまた……」

 「てめぇの生きてる世界じゃ週に三、三で北斗神拳と南斗聖拳の修行だろ? 少なすぎるんだよ、どっちもよぉ」

 ……原作のジャギからして、少年ジャギの修行内容は少ないと感じる。

 だが、それを感じて彼に一週間北斗神拳だけを慣わすのも効率悪いのは彼は知っていた。これを改善する方法あるとすれば……。

 「てめぇは、これからこっちで俺様が昔やった修行をそのままさせる。南斗聖拳に関しては邪狼撃の復習だけで十分だろ」

 「えっ、ちょ、ちょい待てって。あんた言ってなかったか? この世界で筋肉の修行なんぞしたって意味ねぇって……」

 「あぁ、筋肉を付ける修行はな。だが、この世界で一指弾功及び人差し指で逆立ちするとか、拳打の特訓での痛みは
 現実での痛みと酷似して感覚を受ける。言うなれば精神修行と感覚を培う事は可能なんだよ。この意味が解るか?」

 ……解る。詰まるところ、この世界でも現実の修行は有効と言う事だ。

 だが、少しでも原作ジャギの強行を阻止したいジャギは粘って発言を続ける。

 「……って、それかなりハードなんじゃ」

 「何を言っている?」

 その会話の部分で、原作のジャギの瞳には危うい光が灯されて告げた。

 「ハードで、死ぬか解らない修行を乗り越えるからこそ強くなるんだろ。てめぇには何度も何度も拷問めいた
 修行がこれから続くんだよ。……安心しろ。死に掛けたら、俺様が秘孔で復活させてやる。安心して修行するがいい」

 その言葉が終わり、ジャギの口からは悪魔のような哂い声が木霊した。

 ……現在、十一歳迫るジャギ。

 この日から、彼は眠ればこの世界へと放り込まれ、原作ジャギの地獄の特訓を受ける事となる。

 それは、結果的に彼の力の糧となるが、今の彼には地獄でしかない。

 果たして、この夢の世界は現実にどの程度の影響を受けるのか。






                           
                              知るのは、ただ夜空に輝く星ばかり……。








                後書き




    はいっ、これから憑依したジャギ君は何度も原作ジャギの修行を夢で受けます。原作ジャギレギュラー化です。パチパチパチ。




   水影心覚えさせたら? と言う意見もありましたが、原作ジャギは水影心使えません。あれ、恐らく由緒正しい
 北斗宗家の技でしょうから。その代わり、原作ジャギは色々と知識織っているので、それが今後活躍するでしょう。







 



[29120] 閑話休題 『孤独なる時間』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/11/08 19:59

 黒


 黒が最初に自分の視界を覆い包む。

 
 それが最初何が何だか解らずも、酷くそれが不愉快で恐ろしいと自分は感じた。


 だから、必死でそれから逃げようとしていたと思う。


 そして、逃げられない事を嫌でも知り。だから俺は、この世界を受け入れる事にした。







    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……こいつは一体何処だ?」

 開口一番、目を覚ました俺は起き上がるとそう口にした。

 先程まで、焼け付く様な熱を浴びていた気がするけども、何故か目を覚ます前の記憶がうる覚えで明確に思い出せない。

 俺は、一体誰だ? 

 此処は、一体何だ?

 俺は? 此処は? 何が起こった? 誰が俺を此処に移動させた?

 起こりあがる疑問、疑問の嵐。様々な自分の身の上に起きた事実に対し脳は整理しようと急激に稼動する。

 そうだ、まず現状を把握しないと。

 男は、周囲を見渡す。そして……視界に入った物を見て安堵と同時に失意が胸中を満たした。

 「……此処は、一体何処だ」

 男は、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 ……荒野、荒野だ。

 罅割れた地面。地平線まで何処までも動く影もない……見たところ生き物の気配も、建造物もない。

 木々も、草木も生えていない。少々座れる程の岩はどうやら遠目にあるように思えたが、それ以外何もない。

 ……一体、此処は何処だ?

 とりあえず、何かに襲われる心配はなさそうだ。何しろこのように広く見渡す限り遮蔽物もない世界で誰かが
 俺の事を監視している可能性は無いだろう。そうだ、今の所自身の身に危険が及ぶ心配はない。

 男は、その事を理解すると少しばかり落ち着きを取り戻し、自分の事について考える。
 
 自分は……確か。

 自分。それについて男は必死に思い出そうとする。

 男は、身に付けている物を探る。棘の付いたショルダー、それに腰に付いた武器……散弾銃。

 そして、自分の視界が少しだけ違和感ある事で、自分の顔を覆う物をここにきてようやく実感する。

 そして、男は自分が感じていた圧迫感がヘルメットを身に付けているからだとようやく気付いた。

 少しばかり感じる息苦しさを、男はヘルメットを脱ぐ事で解放する。

 外気が、今まで顔を守っていた肌へと触れる。少しだけ吐息を出し、多少の開放感に男は安堵の息を吐き出した。

 そして、自分のヘルメットを見て……男は硬直した。

 そのヘルメットは、少々何やら恐ろしげなデザインをしていた。だが、形状に関して男は硬直した訳でない。

 そのヘルメットの部分は、日光に照らされ輝きつつ鏡のように空を反射し……男の顔を映し出していた。

 そして、男は気付く。自分の顔半分が……無残な、人が震え上がるような風貌をしている事を。

 「あ」

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあ
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!!????」


 そして、男はその自分の顔を見た瞬間に、全てを織りヘルメットを地面へと落とした。

 男は、絶叫と共に、自分の正体を理解した。

 咆哮と同時に空を見上げる。

 そこには、黒い太陽と同時に夜空が両立していた。そんな異常な光景よりも、彼が注目したのは……一つの星。




                           その星の名は      北斗七星





 「俺は……俺の名は」

 男は、男は自分の顔を確認した瞬間に……全てを理解した。

 目を覚ます前に何処に居たかは未だ解らなかったが……それ以外は全部理解した。

 「俺の名は……!」





                            俺の名は……ジャギだ








  ……これは、其の世界にジャギが現われてから……彼の少年に出会うまでの物語である。






    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……暑い。

 ……暑い。

 ……暑い。

 熱気が、地面を焼く。

 忌々しく輝く太陽。黒い癖に熱を帯び世界を輝かせている。

 「……糞がっ」

 口汚く男は憎悪を滾らせて太陽を睨みつける。

 怒気を膨らませて散弾銃を壊れるのではと思う位に握り締めて、男は世界を歩いていた。

 男は、全てに対し憎悪を現在宿していた。

 暑さで自分を不愉快にする太陽に。

 何時まで経っても何も見えない地平線に。

 そして……自身をこのような目に遭わせた救世主と……それを取り巻く者達に。

 「……殺す、殺してやる」

 「殺す、殺してやる」

 「殺してやる」

 ……何度も、何度も同じ言葉を繰り返す。

 何故、自分が生きているのか彼には理解出来ていなかった。

 だが、生きているならば男は目的を再び完遂しようと最初に思い動いていた。空に浮かぶ太陽が何故黒いのか? そして
 何故太陽が浮かんでいるのに星空が見えるのかなど些細な出来事。そんなの町にさえ降り立てば自ずと判明する。

 男は、未だその時は起き上がったばかりで自身の現状を把握出来ていなかった。それゆえに、復讐心だけを漲らせて歩く。

 何故か、と考えるよりも。今やる事は記憶の最後に自分に向かって生意気な発言をした……自分にとって弟となる者の発言。

 「殺してやるぜ……ケンシロウ……!!」

 そう宣言すると同時に、自分の体に凄まじい私怨の熱と共に、あの時奴が言った言葉が思い出される。

 『……あと十秒で、貴様の肉体はこの世から消滅する……終わりだ』

 ……そうだ、奴はあの時何度言っていた?

 「……はっ。……違う」

 そうだ、そんな筈がない。

 男は、自分の今現在の状況で考えられる中で、一つの予想を無意識に否定していた。

 男は、未だ自分が生きている事を疑ってなかった。だってそうではないか? 歩く度に熱が自分を焦がそうと襲う。
 熱射病を防ぐ為に被っている兜の中で汗は不愉快に張り付いているし、この感覚が嘘な筈がない。

 そうだ、俺が……俺が奴に殺された訳が……。

 「あぁ、そうだ。きっと悪い夢だ。……または秘孔で記憶でも操作しやがったが」

 そうだ。あの甘ちゃん野郎なら自分の記憶を操作する位するだろう。

 男は、早く人の居る町に辿り着こうとしていた。そうすれば、自分の置かれている状況で最悪の予想を否定する事が出来る。
 町さえ見れれば、自分が奴に××××た等と言う馬鹿な事を否定出来る筈だ。この世界が、まさか自分の予想の通りなど……。

 だが、男はある時に立ち止まる。

 「……何でだ」

 「何で、幾ら歩いても何もねぇんだよ……!」

 抑えようとしても、男の中で蠢く感情が男の声を震わす事を否定させない。

 何故、歩いても歩き続けても何もない?

 何故地平線ばかりなのだ? ……何故山さえも見えない? 何故自分の見渡す風景が変わらないのだ?

 「!!っ……ケンシロオオオオオオオオオオ!!!!」

 男は、世界へと咆哮する。

 「てめぇだろ!!!? てめぇがこんな糞見たいな世界見せてんだろぉ!!!!???」

 「汚い真似しやがって!! 卑怯者が!! 大方秘孔で俺様に変な幻覚でも見せて憂さ晴らししてんだろ!!!」

 「ならさっさと解きやがれ!!! 今なら殺すにしても一瞬で殺してやるって約束してやっからよおおおおお!!!!」

 ……そうだ。

 ……そうに決まっている。こんなの悪い夢だ。幻覚だ。幻術だ。奴が俺に秘孔を突いて見せているだけに決まっている。

 俺が……奴に俺が殺されたなどと。

 俺が……あの世界から消えたなどと……信じられるものか……!!

 「……ふざけんな」

 「ふざけんな。俺様はあいつを殺すんだ! 殺すんだよ……!!」

 「でなきゃ……俺様は」

 ……俺は、あいつを殺す為にあの世界で生きたんだ。

 この世界の周囲の光景は……よく似ている。核が落ちて荒れ果てた大地に……何もかも滅びた世界に。

 「くそっ……くそぉ……!!」

 男は、歯を噛み締めて地面を叩き付ける。

 振り落とされた拳の衝撃で地面は軽くクレータを作る。何度も何度も拳は振り落とされ、陥没する地面。

 それでも、男の怒りや幾多の感情は消えない。消える事など有り得ない。

 「嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああぁぁ
  嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!!!!!!!!」


 男は、もう一度咆哮を上げて、自分が死んだ事をその時受け入れたのだ。

 その男の獣の如く咆哮する表情には、僅かだが太陽に反射して輝く水滴が零れたようにも思えた。





   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……何で、こんな場所に居るんだろうな」

 一頻り喉が枯れるまで雄叫びを上げていた男は、精も根も尽き果てるまでに怒りを放出させて一つの岩へと座り込む。

 「……俺は、奴に殺された」

 男は、自身の在り方を回想する。

 ……自身は、北斗神拳伝承者候補として一生の大半を生きていた者だ。

 物心ついた時はスラム街のような場所で野良犬の如く日々をゴミを漁り、店から盗み糧を得て生き延びていた。

 生まれから誰にも汚い獣のように見られながら過ごし……ある日自身が生きる為に暴れてた時に……拾われた。

 ……奇妙にも、それから自分には一度に三人の兄弟を得た。

 一人は、とある思想を帯びて誰の指図も受ける事なく突き進んでいた男だった。

 その男の在り方にある意味敬服と畏怖を受けていたし、嫉妬もしていた。

 一人は、あらゆる者に対し慈悲を持ち接する誰からも慕われる者だった。

 虫も殺せぬような性格ながら、その一方で自分の目指す拳を一際誰よりも上手く扱える男。

 その男の才能に自身は正しく嫉妬していた。その男が核で余命幾許の生となった時は心の中で狂喜乱舞していた。

 



 ……そして、俺を殺した男。俺の弟。

 「……ケンシロウ……!!!」

 その名を紡ぐだけで、男の中に憎悪が流れ込む。

 何度八つ裂きにしても、何度苦しめても飽き足らない自身の負の根源。

 そいつに復讐するのが、自身の目的だった。

 ……なのに、自身の目的は夢半ばでその男の手で敗れ去った。敗北と同時に死を受けて……。

 「……ケンシロオオオオオオ!!!」

 吼える、男は吼える。

 吼えれば、奴が現われる筈もないのに。けれど吼えずにはいられない。

 でなければ、狂いそうで、自分が膨れ上がる憎悪で如何にかなってしまいそうで。

 だからこそ、男は喉から声を絞り出す。

 ……やがて、男は自分の取り巻く環境が一変する事に気付いた。

 「な、何だ……っ!!!!??」

 ……空が、暗くなり始めたのだ。

 「……っひ」

 男は、段々と自分の視界が暗くなる事に気付き始めていた。

 地面が、今まで真っ白で太陽の輝きを反射していた地面が黒く染まり始める。

 不愉快で焼け付くほどに暑かった温度は薄れ、変わりに冷気が自分の露出した肌へと触れ始める。

 ……そして、数分後には男の視界は……何も映し出さなくなった。

 「……が、ああ」

 男は、何も出来ない。それが生き物であれば殺す事は可能であろうとも、それが自然の現象ならば如何する事も。

 暗い、何もかも暗い。

 男は、その黒さと無音で五感は不要であり方向感覚はおろか立っているのかさえ解らぬ闇の中で唐突に感じた。

 これは……生きる者の居ていい世界じゃない。
 






                                 ……死の、世界だ。







 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
 恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い
 恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い
 恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い
 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ






 「嗚呼嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 男は、自分を破裂させそうな恐怖に必死で拳を振り回した。

 何も無く、破壊出来ないにも関わらず闇を払いのけるかのように必死で暴れまわった。

 それでも、闇は消えない。視界の黒は少しも薄れはしない。

 「糞、糞糞くそクソクソクソがああああああああああっっぁっ!!!」

 何故、こんな目に俺が遭う?
 
 何故、こんな風に俺が怯えなくちゃならない?

 俺は……俺様は……こんな場所で……こんな風に醜態を披露するような奴だったか?

 男は、拳を振り上げる気力も尽きかけた時に、我が身を振り返り、自身の在り方を自問自答した。

 ……あぁ、そうとも。
 
 ……奪取、誘拐、強盗、邪見、虚偽、殺害、暴行、強姦、放火、惨殺、銃殺、絞殺、爆殺、限りなき暴虐と残虐の数々。

 それらをやってきた。

 だがら……だから今の状況は当然の報いか?

 ……違う。

 ……あの世界は、何時もそんな事日常茶飯事だったではないか。

 何時も、あの世界では弱い事が罪であり、強い者こそが正しかったではないか。

 なら……なら何で俺様は……!!!

 その事に、自身の弱さが彼の恐怖より憤怒を勝った。

 そして、男は冷や汗まみれの兜の覆いから露出している口元は……苦しげながらも笑みを作る。

 そして、男は散弾銃を引き抜くと……自分の口の中に銃口を入れると発砲した。




 (……そうだ)

 (俺様は……悔い改めなんぞ絶対にしねぇ)

 (俺様は……北斗……神拳)

 (伝……)

 そこで、彼の思考は途切れた。




  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 「……はっ?」

 ……彼の暗転していた意識は再生する。

 「……何でだ」

 男は、事態に気付き、そして硬直を解かすと苦しそうに言った。







       
                            「何で……生きてるんだ、俺は」





 ……男は、先程までの記憶をはっきりと記憶していた。

 それは、男の精神を思えば最悪。誇りから自害したに関わらず、男の視界には目を覚ました直後と同じ黒い太陽と夜空が
 空には浮かんでいる。そして……体に触れても、地面を殴った時の手の甲の傷も、散弾銃で撃った筈の口の内部にも損傷無かった。

 「……は」

 「シャはハハハハハハハはハハハハハハハはハハアはハアははははははははっはあはっははあはっはあははははは!!!!」

 男は、哂った。

 哂った。倒れこんで腹を抱えて哂った。

 そして……哂いが尽きると、男は一言だけ言った。

 「……ちくしょう」

 




                            死ぬ事さえ……俺は出来ねぇのかよ






   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……一体、どれ程の時間が流れたのだろう?

 男は、長年の修行から体感時間で幾らかの時間が流れたかを予測する事は出来る。だが、この異常なる世界では
 早速その鍛えたゆえの力も発揮する事は適わない。男の時間の感覚はとうに狂い、そして男の精神も破綻し始めていた。

 男は、ぼんやりと空を眺めている。

 「……ぁ」

 横たわり、動く事なく男は夜空を眺める。その目は濁り、死人の如く目に映る物を反射するだけで男は動かない。

 ……空は暗くなり始めていた。

 「……そろそろだな」

 男は、それを理解すると、陽射しがある場所でずっと動かない中で始めて動きを見せた。

 散弾銃を引き抜く……そして、迷う事無く男は自分の喉笛に向かって引き金を引いた。





 ……。





 「……そろそろだな」

 また、目の前が暗くなり始める。

 男は、それを認識すると機械的に散弾銃を引き抜いて自害を決行する。

 発砲音。暗転、黒い太陽と夜空。次第に暗くなる世界。発砲音。暗転、黒い太陽と夜空。次第に暗くなる世界。発砲音……。

 何度も、何度もそれを繰り返した。

 自害し、そして激痛と同時に意識が暗転して……気が付けば目の前に黒い太陽と夜空が浮かんでいる。

 そして……気が狂いそうな程に時間が経つと、闇が襲ってくる。

 それを理解し、彼は思考を放棄して死へと逃れる。

 願わくば、この連鎖が終わる事を願いつつも……彼は何度も何度も自害してもそれが途切れる事は無かった。

 「……そういや、何で銃弾が尽きないんだろうな」

 ある時、その無限のループの中でぽつりと呟いた。

 自害する時、銃弾を間違いなく使用している筈なのに弾が無くなる事がない。

 「……リセットでもしてんのかな」

 だとしても、それで何か変わる事などない。

 男は、そこで思考を放棄する事にする。その方が、楽だから……。

 「……そろそろだな」

 男は、そう言って闇が濃くなったのを見計らうと同じようにその日も散弾銃を抜いた。その日は額へと銃口を当てて。

 




 ……。




 「……あぁ、暑いな」

 ……一体、何故自分は此処に居るんだろう。

 男は、もうどれ程こうしているか解らない時に、不意にそう自分の今の在り方を考え始めていた。

 何故、こうなったのか? そして、何故自分はこうしているのか?

 解答が決して訪れぬ哲学に等しい問題を彼は自問自答する。彼にとって不幸ながら、時間だけは無限に存在してたから。

 そして……。

 「……知るか」

 彼は、その問題に対して投げやりに言葉を空へと呟く。

 (如何だっていいだろ。……俺はもう……死んでるんだからよ)

 そして、彼は散弾銃を引き抜き……そして、不意にその引き金を引くのを止める。
 
 (……そういや、俺様は……以前は北斗神拳伝承者候補だったんだよな)

 ……その事に気付き、彼の死んでいた心に少しだけ何かが変化しようとする。

 自身の過去を思い返し、その中絶対に確立していた自身の証明。

 (……あぁ、けど)

 彼は、自傷気味な笑みを浮かべて散弾銃をホルスターに収めて……その首筋に真っ直ぐ伸ばした人差し指を立てた。

 「もう、そんなの無意味だ……!」

 そう宣言すると、男は自分の首筋にズブッと言う嫌な音と共に人差し指を突き立てた。

 何時もの激痛は、銃弾の熱と違う痛みが湧き上がったが死する結末は変わらない。

 だが、男にとって今回の死は少しだけ何時もと異なっていたのは確かだった。




    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……これで、何回目だっけ」

 男は、死ぬ回数をある時数え始めていた。

 何もする事ないと言うのは、ある意味一番の苦痛で。彼は死んだように横たわると同時に、無駄な行為以外で自分に
 出来る事を少しだけ考えて、自身の死んだ回数を数えると言う出来事を暫ししてから思いついた。

 「……あぁ、確か48372795回だっけか? ……後少しで5千万だな」

 ……何度も死んだ。

 散弾銃で喉笛を、口内を、心臓を、首筋を、ヘルメットをわざわざ脱いで額を、米神を、脳天を打ち抜いて自害して。

 心臓を撃つ時、自身が常人と異なり鍛えている所為で中々死ねなかった事をぼんやりと彼は少しだけ思い出した。

 秘孔を突いて死にもした。経絡秘孔を突き、何度も何度も自分を殺害した。

 次第に、師父から教わった秘孔以外にも自分から別の部分を突いたりもしてみた。結果的に死ぬが、ある時は自分の
 体が活発化すると言う思わぬ箇所も発見したりした。だからと言って、この世界じゃ無意味以外の何物でもないが。

 「……これで48372796回目」

 彼は、そこで思考を放棄して秘孔を突いて自害する事に決めた。散弾銃での自害か、秘孔での自害以外彼はしていない。
 それ以外で死ぬには、この世界は余りにも何も無さ過ぎた。ゆえに、彼はその二つの方法でしか死を選べなかった。

 






  ………………。





 「……針と、マッチと、散弾銃と」

 男は、自分の持っている物を口で確認する。

 自身が世紀末で何時も所有していたものと言えば、これを除けば一つの乗り物だった。

 それは、世紀末では必要不可欠な乗り物で、それを乗り回してた時は爽快だったと思い出す。

 「……あったら良かったな。バイク」

 あれば、この世界をガス欠になるまで走り抜けるのに。

 あの闇から、あわよくば逃げ切れるかも知れない。無い物強請りながら、彼はこの世界に無い事を激しく遺憾の念を抱く。

 「……針とマッチじゃな」

 マッチで焼死して死ぬには、余りにも火力無さ過ぎるし。

 針を飲み込んで死ぬには、彼はその過程の激痛を想像すると、乗り気になれない。

 この世界であの黒く変貌する世界から逃れる為にあえて死を選んでいるが、苦痛が好きな特殊な性癖など自分は持っていない。

 針を使って秘孔を突いて死ぬ方法もあるが、そんなの指先で十分なのだ。ゆえに、彼は依然と変わらず二つの方法で自害する。

 「……これで、48672318回」

 所有品を確認したところで、彼の今の取り巻く世界は変わらない。

 事切れる前に、マッチで闇の世界で僅かに灯火を得る事も思い立ったが。彼の思考はそんなの僅かな時間稼ぎだと
 冷たく告げて、それもそうだなと彼は結論つけて意識を閉ざす。そして、また視界には黒い夜空と太陽が現われた。





  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……」

 ……彼は、焼き付ける黒い太陽をずっと直視していた。

 見続ける度に熱が彼の網膜を焼こうと焦がす、だんだんと彼の目は激痛と共に視界は黒と白で埋め尽くされる。

 何時しか、彼は死んだようにじっと横たわる状態で、太陽をずっと見ていた。

 ……この世界で、自分は一人だ。

 憎む存在はいない。

 妬む存在はいない。

 嫌う存在はいない。

 穢す存在はいない。

 慈しむ存在はない。

 愛しむ存在はない。

 誰も、誰も存在しない。この世界で俺は独りだ。

 「……っ」

 その事実に、彼の死んでる心に哀しみに似た何かが芽生えかける。

 だが、彼は必死でその芽を残っている理性は振り絞りその芽を踏み潰す。

 「……っざけんな」

 何故、俺がこの状況を悲しむ存在があるというのだ?

 彼は、自分の中に芽生えかけた弱さに怒りを抱く。

 そして、その怒りのままに彼は秘孔を突いた。

 意識が暗転する。激痛が体中を駆け巡る。だが、後悔はない。

 それは、49387527回の出来事だった。






 ……。



 
 
 ……ある日、彼は起き上がると、そのままじっと適当に見つけた岩へと座ると考え込む事にした。

 この世界で、自分は思考に更けるか自害するしか行動はない。

 その現状に飽き飽きとしている事も事実。そして……彼はようやくだが彼の行動に残されたものを認識する。

 「……修行、すっか」

 ……もはや、彼の途方もなく終わりなき時間の中で残された行動と言うと修行しかない。

 もっと早く行動しても良かったが、それは誰かに操作されているようで彼は意識的にその事を考えずに居た。

 だが……この狂いそうな程に長い時間だと、もう忌避していた出来事も別に構わないと彼は思い至る。

 「……さて、やるか」

 ……足腰を軽く下げる。

 両腕を突き出し掌を広げる。何時かの遠い昔の記憶を掘り起こして構える。

 ずっと、長年その技はしていなかった。出来るかどうかも解らない。

 じっと、目を瞑りその技を思い出す。必死に、ゆっくりと数時間かけて彼はゆっくりと体の流れを思い出そうとする。

 そして、五回目程に死を繰り返して、彼はようやく決意すると目を見開き叫んだ。

 「南斗邪狼撃!!!!!」

 ……放たれる両腕からの突き。

 両腕を後方へと繰り出して、勢い良く仮想敵に向かっての貫手。

 それは、勢い良く空気を切りつけて目の前の虚空の空間へと放たれる。

 「……へ、へへ」

 ……出来た。

 「見ろ、出来たじゃねぇか。当たり前だ、俺様は北斗神拳伝承者のジャギ様なんだからなぁ」

 男にとって、その事の精神の支えであった。

 ゆえに、その成功によって少しだけ。ほんの少しだけ男は精神を持ち直して前向きな思考を取り戻す。

 「よっしゃ、この調子で北斗神拳もするぜ。見てろ、北斗羅漢……」

 そこで、男の心の中で点きそうになっていた前を見通す火はたちどころに消える。

 「は……? お、おい待てよおい!!??」

 男は、腰を軽く折り曲げて、両腕を突き出して掌を出す。

 そして、気合を入れる。必死の形相で体中に気を巡らして、何時かの日に自分が受け継いだ北斗の技を繰り出そうと。

 ……だが。

 「……何でだ」

 「何で……何で出来ないんだよおおおおお!!!!!??」

 男は構えを解くと、この世界で三度目となる咆哮を空へと木霊させた。







 ……………………。




 それから、男は必死で邪狼撃を繰り出す。

 虚空へ向けて、仮想の敵に向かって何度も何度も何度も邪狼撃を突き放つ。

 想像する敵に困りはしなかった。彼の人生に、敵に困る事は無かったから。

 ……ある時は自分の兄に当たる拳王と称する男を想像の中で殺した。

 ……ある時は自分の兄である聖者と称えられた男を想像の中で八つ裂きにした。

 ある時は師父を。ある時は南斗六聖であり、奴の愛する者に想い抱いていた者を幻視して邪狼撃の餌食にした。

 誰であろうと、記憶の中に存在する人間は彼の想像の中の敵として扱われ邪狼撃に貫かれ死んだ。



 そして、その中で最も死んだ人間は……彼の弟だった。

 「……南斗邪狼撃ぃぃぃぃいいいいい!!!!」

 彼の死んだ回数にも及ぶ邪狼撃が放たれる。

 その時、彼は仮想の中で弟を貫きながら、自身の周囲が一瞬違和感を覚えた。

 「? 何だ……?」

 彼は、首を捻りもう一度邪狼撃を繰り出す。

 ……気の所為ではない。邪狼撃を放った時に視界が数コンマ遅くなった……。

 「……まさか」

 ……男は気付いた。

 何度も、何度も無限に近い回数の中で自分が繰り返し放った邪狼撃。

 それは……もしや達人の域まで達したのでは? ……と。

 彼は、それを確かめたくて何処かにこの拳を確かめられる物を探す。

 そして、この世界では初めてだが……地平線の方に少しだけ突起物がある事に気付いた。

 その事を疑いさえせず、彼はふらふらと地平線へ歩き……等身大の岩のある場所へと辿り着く。

 そして……彼は自然に構えていた。

 「……南斗」

 その技を紡ぐ前に……思い出すのは救世主の姿。

 その姿と共に吹き放たれる憎悪を纏い、彼は宣言する。

 「南斗邪狼撃!!!!!!」





 ……岩は、彼が通り過ぎると同時に陥没した。




 

  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……」

 今日も、彼は南斗邪狼撃を繰り返す。

 繰り返す、繰り返す、闇が降るまで……ずっと。

 極めた域に達しても……彼の胸中に喜びなど存在しなかった。

 ……完成形に至っても、それを祝福する者もいない。

 ……完成形に至っても、それをぶつける者はいない。

 もはや手遅れ、何もかも手遅れだと彼の貫手は暗示していた。

 そして……。

 「何で、何で出来ない……! 何故だ……」

 地面に頭を打ち据えて、彼が懊悩するのは北斗の技。

 唯一である自身の南斗の技は出来るのに。無限の時の中で終ぞ彼は北斗神拳の技が扱えなかった。

 放とうとしても、それは自分でも明らかな出来損ないばかり。彼は、繰り出した後に何とも言えぬ徒労を感ずる。

 「……っくそったれがぁ」

 そして、その怒りのままに彼は邪狼撃の修行へと移る。もう既に、彼に残されたのは復讐の為に得た南斗の技のみだった。

 ……既に、彼が最初に縋った彼の力は、彼を味方せず。

 「南斗邪狼撃!!!」

 そして、今日も彼は放つ。どうしようもない苛立ちと絶望を振り払おうと必死で……。







 ……………………………。






  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・






 「……っおい、如何いう事だ、こいつは……っ」

 ……ある時だ、彼のその世界でようやく異変が生じた。

 それは、彼の目の前に突如として地平線の先に出現した建造物。

 彼は最初それに恐怖に似た感情を感じるも、それを上回る喜びに似た感情が支配するまま走っていた。

 建物だ、建物だ。

 あそこに行けば、この地獄と等しい世界から開放される鍵が待っている……!!!!

 男は駆けながら必死でその建造物が消えぬように祈っていた。今まで祈りなど皆無だったが、初めて神へと祈っていた。

 そして、その祈りはどうやら通じたのか、無事彼は建造物へと辿り着いた。

 「……此処、は」

 ……その建物は男にとって余りにも馴染み深い建物だった。

 それは、自分が消滅した場所。自分が奴との関係に終止符を打たんが為に選んだ場所。

 その建物が目の前にあった。男はその光景を夢かと思い秘孔を突きかけたが、暗転した後に建造物が消える事も恐れて
 彼は大人しく中へと入る。念のために、散弾銃を何時でも撃てるようにしつつ、警戒を怠らずゆっくりと足音と気配を殺し。

 「……あの時の、ままだ」

 ……その建物は、彼が記憶していた通りのままに残されていた。

 彼が眠る場所。
 
 彼が酒を飲む貯蔵庫、そして食事する場所。

 何か違うところがあるとすれば部下であるモヒカンが居ない事位。それを除けば気味が悪い程に彼の知るままの状態だった。

 「……っ」

 散弾銃を投げ出して彼は思わず建物中を走り回っていた。

 「誰があああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 「誰が居るかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 「俺様はジャギだ!! 俺はジャギ様だ!!! 北斗神拳伝承者ジャギ様だああああああああ!!!!」

 男は、必死で叫び誰か居ないか探し回る。 

 部下が、モヒカンが、自分の記憶の中に居る誰が居ないか。

 この際、彼は自分が最も憎む弟であろうとも出会い頭に襲撃する事は考えてなかった。何よりも、人を欲していた。

 「はぁ! はぁ!! はぁ……!!!」

 ……誰も居ない。

 ……誰も居なかった。

 「……くそっ」

 「クソがアアアアアアアアア!!!」

 男は、投げ捨てた散弾銃を拾い上げると天井に向かって乱射する。

 そして、引き摺るように彼は貯蔵庫に辿り酒がある事を視認すると……飛び掛るように酒を掴み喉へと流し込んでいた。

 ……その日、彼は浴びる程に酒を飲んだ。




  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「南斗……邪狼撃」

 ……頭痛がする。

 目がチカチカして、体中にアルコールが回っている事を実感する。

 それでも……眠る事はない。

 


 男は、その日夜が来ると部屋中の電気を灯し夜を明かす事にした。

 男にとって、窓から段々と暗くなる世界は見るに耐えれなかった。そこに舞い戻る位なら、彼は消える事を望むだろう。

 部屋中の電気を付けて、それでも足りないと言うように建物にある暖炉に火をくべる。

 彼は、この時ほど火の存在を有り難く思った事は無かった。

 燃える火を見ながら、彼の心は僅かだが恐怖を和らげる。この世界で始めて少しだけ安らかに彼は夜を明かす事を始めて出来た。

 建造物には、下らない本しか置かれてなかったが、男はその本を何度も何度も繰り返して読んだ。

 活字など、彼にとってもはや忘却しかけていたものだ。思わず、その字を見た瞬間に胸が締め付けられそうな程に。

 男は、この建造物を失う事を恐れ、そして此処から絶対に離れぬ事を決意する。

 もし、此処が崩れ去れれば二度と自分に居場所は無い。そう……彼は予感していた。

 「……っそろそろ来るな」

 屋上で呆れる程に邪狼撃を終えてからの一言。

 眠く、今にも意識が消えかけつつも、彼は太陽が落ちるのを視認して急いで屋上から降りる。

 この建物に辿り着いて何ヶ月か? 彼は、眠る事を拒絶していた。

 一度でも眠ればこの建物が消えるのでは? そんな不安から彼は秘孔を突いて眠る事を拒否している。

 次第に意識が可笑しくなりかけるが、それでも眠るか狂うかならば狂う方を選択する……彼はおぼつかない足取りの中で
 部屋中の電気を灯す。……気絶しそうな点滅の中で輝く明かりを、彼は頭痛がしつつも確認してソファーへと座る。

 「……絶対に、眠らねぇ」

 ……目の前には、食事。

 大量のパンやら肉やら野菜が置かれている。それは既に調理されていた……男の手にとって。

 世紀末の世界や修行時代でも何度か調理した事はあったが、その料理はかなり凝っていた。

 主婦めいた料理を作る事など皆無だったが、彼は何かに集中してなければ意識が崩れそうになるので、それならば
 女々しい料理の仕方を覚える事の方を選ぶ。幸運にも、棚にはある程度の料理の本が載っていたから。

 「……何故、食料が尽きねぇんだろうな」

 ……不思議にも、食料が尽きない。

 屋上などで修行していたら、何故か使っていた筈の冷蔵庫や貯蔵庫の酒は元の状態に戻っていた。

 薄気味悪くも、この場所で永遠に過ごす事を望む彼は、別にその出来事が変わるように何かしら行動する事は望まない。

 誰かの意思が介入してようとも、とりあえず今の現状を変える事を恐れていたのだ。

 「……いいさ、別に」

 そこで、思考を変えて彼は食べる事に集中する。

 ずっと忘れていた人間の食事、口に放り込めば熱と同時にあらゆる味覚が刺激される。
 
 だが、食べ終わって男は息を吐きつつこう虚しい口調で呟く。

 「……喰っても、満ちたりねぇ」

 ……満腹感がない。

 そして、彼は何度も訪れて知る事……排泄やその他の現象が訪れない事を自覚して絶望する。

 ……これでは、まるで自分が生きていると思い込んでいる死人ではないか。

 「……違う」

 ただの、死人であって堪るか。

 俺は、そんな物じゃない。この糞のような世界で存在し続ける自分が……ただの死人であって堪るか!!!

 「そうだ、違う……」

 プツン

 「!!!??」

 そう、自身に納得させていた時……世界が暗転した。

 「なっ……停電……だと!!!?」

 ……闇。

 ……黒い、世界。

 「止めろ……」

 「止めてくれ……!!」

 男は、先程までの強い意志が急速に萎んでいくのを感じていた。

 この闇だけは、彼は如何しようもなく太刀打ちできない。死そのものと感ずる物を、彼は克服出来ない。

 「くそ……くそっ……明かり……明かり……っ!!!」

 手探りに、闇の中を呼吸が早まる中必死で彼は明かりとなるものを探す。

 (明かり、明かり……明かり明り灯り……!!)

 地面も、暗い……。

 また、あの無重力のような、上も下もわからない感覚が男は感じ取っていた。

 (灯り……っ!!!)

 そして、男は気付く……自分の手元にある物体に。

 そして、男は必死でそれを懐から取り出すと……肉体は一瞬にして、それを慎重に指先で摘み、取り出した物体で火を灯した。

 ……シュッ。

 ……ポッ。

 「……へ、へへ」

 ……マッチ。彼がこの世界で出現し身につけていた物体の一つ。

 「そうだ……マッチがあったじゃねえか……ヒヒヒ」

 その、頼り無くも彼の意識を支える光を視界がぼやける中で必死に彼は感謝した。
 感謝、などと言う感情が自分の中に未だ眠ってた事に驚きながら、その光は徐々に消えかける。

 「っ消えんな!!」

 命じても、マッチの光は消え尽きようとするのを止めない。

 慌てて、男は目を走らせて急いで二本目のマッチを擦る。

 再び、多少の光源が辺りを包む。男は、急いで火が風で消えぬようにしながら暖炉のある場所へと辿り着いた。

 昼間は、燃料を心配し点けて無いが燃やす物は既に準備している。

 急ぎ、男はそのマッチを暖炉へと放り投げる。そして……たちまち火は暖炉の中で燃え広がり一室を明るく満たした。

 ようやく……明りが男の視界を満たす。

 安堵の溜息……そして、冷静になって彼は恐怖が薄らぐと同時に自分の中に羞恥に似た感情が芽生える。

 「っ何だ……さっきの失態はよ」

 ……まるでガキのように……闇に怯えて。

 北斗神拳の使い手でありながら……南斗聖拳を扱えながら……あんな風にただの闇に怯えるなど……!!

 「……っくそがっ!!」

 男は、どうしようもない苛立ちで壁を殴りつける。

 そして、苦渋の顔つきで暖炉の中で火花を出す炎をじっと見るのだった。

 「……くそが」

 そして、男は観念したように……その日ようやく暖炉の場所で目を閉じた。

 急速に、今まで堰きとめていた眠気は男を包む。

 激痛なき意識の暗転。この世界で始めての男の意識の途切れだった。

 






  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 ……やがて、男はその数日後に少年に出会う。

 その時、彼は既に自身が載っている本を知る。その事実に驚嘆しつつも、彼は酷く冷静にその書籍を眺めていた。

 そして、自分が死んだ後の物語も。

 「……そうかい」

 「結局、俺様はあいつの物語を引きだてる存在だったのか? そんで奴の為に利用されただけかよ」

 男は、久し振りに見る懐かしい人物達を絵で見つつも、衝動的にその本を引き裂く真似はしなかった。

 あるのは、押し潰されそうな虚無感。彼はそれを感じつつ、その書籍を全て戻し、その扉を鍵で封じた。

 そして、あの少年と出会った後に……男はその書籍を燃やすのだが、当たり雨の如く元の状態に戻る一室を忌々しく睨むのだった。





  ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……何だ?」

 ……少年と離別し、また孤独な日々に男は戻る。

 夜を数度体験し、何とか復旧した電源は無事夜には点いているのを朝方に点検し終えての異変。

 建物の隅に……若い芽のようなものが生えているのを男は発見する。

 「……」

 男は、あの少年の体に花粉でも付いていたのだろうと見当つける。そうでなければ生まれた原因が見当たらない。

 「けっ、ご苦労なこった。こんな場所で咲くなんぞてめぇも不幸なもんだぜ」

 ……当たり前ながら、芽は何も言わない。勿論、植物ゆえに当然だ。

 「俺が、水でもやると思うか? ……な訳ねぇだろ。俺様は残虐非道のジャギ様だぜ。……そこで生まれた事を呪って枯れとけ」

 ……男はそれだけを言い捨てて建物の隅に咲いた芽を視界から外す。

 「……くそが」

 建物に入り、酒を飲みながらも男にはその芽がどうにも頭の片隅に離れない。

 それは、この世界で少年を除き始めての生きる物である事を知っているがゆえにだ。

 だが……自身の在り方を振り返れば、あんな物に同情するのも可笑しいと彼は思う。

 ……それでも。

 「……そろそろだな」

 暗闇が迫る。

 男は、この闇に草木は生きれるのか? と思案する。

 そして、無理だろうとも思う。何せ、あの温度も感じれぬ無情なる闇に……生きる物は相容れないだろうから。

 そして……あの折角この世界で咲いた芽も……。

 あの芽も、多分一晩したら土に還るだろう。

 誰にも……記憶に残らず。

 「……くそがっ!!」

 男は、罵倒を一度張り叫ぶと建物にあった鉢を引っ掴み外へと飛び出す。

 「勘違いするなよ」

 男は、誰に言う事なく乱暴に手でその芽の周りの土まで乱暴に掬い上げて鉢の中へと入れた。

 「俺様の縄張りで、勝手に咲いて、勝手に枯れるような振る舞いされるのが気にくわねぇだけだ。それだけだぜ」

 そう言って、睨みつけるも芽は微動だにしない。

 「……けっ、何やってんだがな……俺は」

 ……そうだ。

 こんなのは気の迷い。ただ……余りにも長く居すぎだから……この荒れ果てた世界に。

 だから、一つ位草木があってもいい……そう単純に思っただけだ。

 「おい、咲くなら早く咲けよ。俺は、気の長い方じゃねぇんだからな」

 「……そういや、以前どっかで話すと植物も早く育つって聞いたな。……おい、てめぇに話してやるぜ。
 この、北斗神拳伝承者であるジャギ様の輝かしい歴史をよ。心して聞いて、そんで咲くんなら早く咲きやがれ。
 俺様の話を聞けば、例え石だろうと草花だろうとも震え上がって俺の為に早く咲こうと思うだろうぜ」

 「俺は……何だって世紀末一番の極悪人だったんだからなぁ!!!!」

 ……こうして、男はまた彼の少年と出会い修行するまで、その芽と共に建物で過ごす。

 ようやく、彼は話し相手となるものを見つけるが、それで彼の心が救われた訳ではない。

 だが……男が話し相手となる芽は……次第にその緑は輝き育つ兆しを見せている事はこの中で記しておく。



 何時か……彼も救われる。そう信じるように輝きを育つ。








                         これは   誰も知り得ぬ彼の物語。










               後書き





    こんな感じで、原作ジャギ様は夢幻世界で出現しました。


  また、夢幻世界に訪れる前にジャギ様があの世とかで神様辺りと話した経緯も何時か書きます。結構後にね。


    後、ケンシロウへの憎しみは捨ててません。ジャギ様の生きる原動力ですから。







[29120] 【巨門編】第二十一話『兄弟の会話 鬼影』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/11/28 13:16

 ……鳥影山。

 それは南斗聖拳士達の研磨の修験の地。数多の歴史を辿り多くの優秀なる南斗拳士達発祥の地である。

 これは、その修験の場所に本来ならば邂逅する事あり得なかった一人の少年の話。

 その少年が、何ゆえに多くの南斗拳士と交流を得る事が出来たのかを綴る一つの事件の物語を語ろう。


 「……今日は、ジャギ居ないのか。暇だなぁ……おい」

 「そうだなぁ……今日突入する女子寮への計画には人手が居るから、あいつが好ましかったんだなあ」

 大木の枝に腰掛けて、つまらなさそうにしている少年達が居る。

 一人の少年は少しばかり大きいゴーグルを頭に乗せつつ、空を見つつ気が抜けた顔をしている。

 もう一人は、同じく程良い大きさの木の枝に宙ぶらりんの形で何やら如何わしい本を開きつつ
 読書を嗜むと言う奇妙なポーズで、そのゴーグルを頭に被せた少年へと気の無い風に相槌を打っていた。

 
 「あ~今日は久し振りに昼寝でもすっかぁ……」

 そんな事を呟きながら、修験の場所で汗水を流す事を完全に放棄している彼の名。それはセグロと言った。

 彼は近き将来、南斗鶺鴒拳なる南斗聖拳を習得する者とは今の彼の様子からは誰も予想し得ないだろう。

 「陽気も良いし、たまにはボーっとするのも良いな」

 そんな彼に同意するように、斜視が少し目立つ感情が読みにくい感じのする少年も宙吊りの姿勢で伸びをする。

 この少年の名はキタタキ。いずれ、南斗蟻吸拳と言われる刺突を要とし混沌なる未来に身を投じる者。

 「修行しなよセグロ……キタタキ」

 そんな二人等を見て、呆れた声を降らす少年の声が上がった。

 木の頂点で、片足だけで姿勢を保つと言う平衡感覚を鍛える修行に取り組んでいる優しい顔立ちの少年。

 真剣な表情で仲間である二人を諭そうとしているが、その無害そうな顔立ちが説法の重要さを薄らいでいる。

 その少年は、イスカと呼ばれ。彼も同じく南斗聖拳の使い手。南斗交喙拳を未来で極めし少年なのだった。

 「何硬い事言ってんの。毎日修行はきっちりスケジュール通りやってんだから。こう言う時に生き抜きしねぇと」

 「そうそう。鍛える時は真剣に鍛える。ダラダラする時は全力でダラダラするのが俺等のモットー」

 そんな風に最もらしい事を言う二人に、その少年は何度か言葉で応酬するも口下手が災いし結局
 悪戯小僧二人の話術に屈し、結局溜息と幾許の達観と共に自分の負けを心の中で認めるのだ。

 「……君達は本当……不真面目な事には全力だよなぁ」

 『照れるじゃねぇか』
 
 「褒めてないってば……」

 下らぬ雑談。平和な時間の中、そんな彼らの時間へ唐突に踏み入れる足音が木の下から聞こえた。

 「おっ……レイか」

 「シンも、居るぜ。結構珍しいな、あいつ等が組手以外の時に一緒に居るのって……」

 その人物達の名はシンとレイ。彼らは後に南斗六聖と言う南斗の守護者たる人物になる存在。

 それを、イスカ等も本人達も余り詳しく理解してない。此処には居ないサウザーや、ユダと言った人物を除き……。

 この頃、未だレイとジャギは知り合って間もない頃。そして彼ら三人もジャギと知り合って浅い時期。

 未だ誰もそこまで縁深くない頃であり、レイもシンとは拳を競い合うライバルと言う以外では仲はそこまで
 良いとは言えない。そしてどちらも顔立ちやら色々な事柄で目立つ二人ゆえに三人は一緒に居る事に興味を覚える。

 それゆえに、彼ら三人は木の上から彼ら二人の前に出る事を選ばず覗き見る事を選択した。

 物珍しそうに木の下から、彼らを眺める三人等に気づかぬのか。その木の下では彼ら二人は立ち止まり
 何やら少し剣呑とも言える感じの雰囲気と共に対峙し合う中でシンがレイへ話かける声がした。

 「レイ、いい加減に機嫌を直せ」

 「くどい、シン。俺はお前に言われるまでもなく別に其の事に関して何も蟠(わだかまり)は持ってない」

 (何の話だ?)と、気配を極力消しつつ好奇心をもだけて盗み聞きをする三人を他所に会話は続く。

 「嘘をつけ……お前、絶対にこの前の組手から『ジャギ』に対して避けてるだろ」

 『ジャギ』。その名前が出た瞬間に其の人物を知る者等からは好奇の芽が一気に吹き出して話の真相を
 全て把握しようと一層の聞き耳が立っていく。それを裏切る事なく会話の当事者であるシンは話を続けた。

 「お前、何でそこまであいつを避ける? あいつ、お前に何かしたんじゃないかと思って結構悩んでるぞ」

 「避けてるつもりはない。……あのなぁ、正直言ってお前等全員俺から見れば馴れ馴れしいんだ」

 執拗に、何度もシンに言われてたのかも知れない。レイは、我慢していたモノを吐露するようにシンへ告げる。

 「俺は、言っておくが友達作りの為に鳥影山へ来た訳でない。南斗拳士の伝承者となり家族を楽させたいから
 此処で修行を重ねているんだ。此処には俺以外にも沢山お前等と気が合う人間なんて居るだろ」

 「それは……いや、そうかも知れないが。だからと言ってジャギを避けるな。あいつは、俺の親友だし……」

 シンは、レイの言う事に反論する言葉が見つからず少しばかり窮する。

 ジャギは、この頃に少しでも未来の為に南斗六聖等と交流を持つ為に必死に自分なりに友好を築こうとしていた。

 その中で、奇縁から生まれたサウザー・シンを除き。レイとジャギと自分から仲を持とうとは思わぬ者だった。

 確かに、初対面の人物が明け透けに仲良くなろうと言っても何が裏があるのでは? と疑うのは当然である。

 レイは、ジャギに対し最初から心を開く事を除いている一人であった。

 「なら、その親友であるお前から、あいつへ言え。俺は仲良しこよしを演じる気は毛頭ない……とな」

 その言葉を最後に、レイはシンから背を向ける。立ち去る背中に拒絶の意思を負いながらだ。

 シンは、少しばかり途方に暮れたような顔付きでレイを見て。少々の吐息と共に其の場から去った。
 
 嫌な感じの、その光景を全容まで見届けた三人は各々に複雑な表情で顔を同時に見合わせる。

 「……そういや、確かにジャギの奴。最近色んな奴に声かけてるよなぁ」

 暫しの嫌な無言を消そうとするように口を最初に開いたセグロの言葉に、頷くように続いてキタタキが声を発する。

 「だな。まぁ正直ウザイ位だったってのは認める。つうか、別にレイが嫌なら構わないで良いだけの話だろ」

 仲良くなるなんぞ人それぞれだし。干渉されたく無い奴は干渉されたくねぇんだから。と、したり顔での
 キタタキの言葉へ。僅かに唸りの音と共にイスカは重苦しさを滲ませた顔付きで自分の考えを述べた。

 「でも、ジャギはジャギなりに考えあって仲良くなりたかいんじゃないかな……」

 「考えって、何の考えさ?」

 「そりゃ……解らないけど」

 切り込むように尋ねるセグロに、それ以上の考えも解答も見いだせなかったイスカは困惑顔を浮かべる。

 「まぁ、正直俺等で解決出来るような問題じゃねぇだろ。ジャギの考えている事が叶う事を精々祈る位しかできねぇ」

 締めくくるようなキタタキの言葉に、他の二人は曖昧に頷き少し空気が悪くなった場所を逃げるように
 移動し別の場所で暇な時間を各々に過ごす。

 これが、未だ彼ら南斗拳士達がジャギと付き合って間もない頃の日だった。




  
 ・




        ・



   ・



      ・




 ・



    ・



       ・
 
 「……暇ね」

 「暇よねぇ、今日は。オナガは外出だし、エミュは南斗の里の方へと出向いちゃったし。……実質する事修行だけね」

 女性拳士達も、同じく別の大木で腰掛けて話をしている。その名はハマと……キマユという。

 「……シドリだっけ。あの娘はジャギィだっけ? そいつの兄貴ん所にべったりでしょ?」

 「正確にはアンナの兄貴だよ。……あの二人、一人でも鳥影山で見かけなかったらどっちも居ないからねぇ」

 「恋人じゃあないって言うけど、あれじゃあ何時なるか知れてるしね。……ハマ、賭けるかい?」

 「止してよ。絶対にあんた当たる方に賭けるでしょ」

 「いや、そうじゃなくて何年以内かで賭けるんだよ。私なら、五年以内かね」

 「……うーん、あの二人が何時付き合うかね。……ちょっと難しくない? あの様子だと、何十年後でも有り得るし、
 一週間後に付き合っても、私どちらでも可笑しくないと思うし。賭けるにちょっと無謀な内容だと思うけど」

 「まぁねぇ……っふぅ、セグロん所へでも行けばハマ? 私は一人で可愛い女の子探しでも行ってくるよ」

 「……何で、あの馬鹿の名前が出てくるのかちょっと小一時間問い詰めたいんだけど」

 「あら? 怒ると何だか私の考えも図星って思えるんだけどねぇ」

 ニヤニヤと、同性愛者である企鵡拳のキマユは悪い笑みを携える。

 そんな彼女に、少しだけ時間の扱い方に困っていたハマは青筋立てて彼女の売り言葉へと買った。

 「……いいじゃない。なら、今日こそあんたのその自慢している髪切ってあげるわ」

 「いいね。ちょいと胸が窮屈気味なんて運動したかったんだよ」

 「本当に腹立つ言葉ばっかり言うねぇ!」

 斬撃音が飛び交う。そんな様子を目撃する拳士居れば、休日なのに良くやるなぁと感心していただろう。

 鳥影山は、今日も平和だった。未だ不穏な気配を知らぬ其の頃は。




      
  ・



        
          ・


     ・




        ・



   ・




       ・
             

 「……三千二百二十一!!」

 ……大木へと向かい、突きを行う少年一人。

 その突きを放つ度に体から汗が放出され、その汗は少年の体から剥離して飛び散る。

 少年は気合を入れて何度も突きを行う。過酷な修行だが、彼の目には生気が満ち溢れていた。

 そんな様子を、僅かに歳が上な少年が二人遠巻きに観察していた。

 「キムは、ここ最近では前のように焦る事が無くなりましたね。どうも、心の中の迷いが消えたように思えます」

 このまま行けば、私達と一緒に肩並べるでしょう。と、少年が穏やかな声で言う。

 「……トキ、呆けた発言をするな」

 そんな、穏やかな気風を浮べた発言に、重々しい声が一喝する。

 「真下を向いて進んでる物が、僅かに目線が前の方へとずれただけの事。所詮は奴の信念など、力の糧には微々たるものだ」

 男は、キムと呼ばれた人間の成長を取るに足らぬものと決め付けている。彼は、常に己を重点にして生きていた。

 今も……そして、これからも。

 「……ケンシロウは如何した」

 「ジャギと、一緒です」

 その、トキと呼ばれる少年から紡がれた名前に……ラオウの眼光は鋭くなる。

 「……奴め。修行を放棄してまで何をしている……っ!」

 「今日は休みですよ、兄上。それにケンシロウとて最近は兄上の修行を全て命じられた通りこなしていたでしょうに」

 荒々しい気配を宥めるかのように告げる少年の言葉に、その眼光鋭い青年は舌打ちと共に返答する。

 「……足らぬ、全く足らぬ。奴の実力はあんな物でないと俺は知りえている。奴の性根は、今から鍛えねばならぬのだ」

 その言葉に、トキは諦めたような溜息が自然と吐かれていた。何分、彼には兄の態度を諌める言葉を持ち合わせて居なかった。

 「……診療所へと行きます」

 「また、医学の勉強か」
 
 「ええ。……兄上も、修行だけに囚われる事ないよう。張り詰めては何時か壊れます」

 「トキ、お前に言われずとも解っておるわ」

 ……見送る、自身の弟を。

 (焦りなど、持ってはおらん。……ただ、気に食わないだけだ)

 (奴が……奴の全てを自然体で受け止める……アノ姿が)

 「……兄上?」

 「……俺は、修行する。……一人でな」

 彼らは未だ解らない。自分達の未来にある憂いを。

 それでも北斗の子達は今を受け入れて過ごしている。今日も北斗の寺院では拳士達が修行を繰り返していた。




     
  ・





           
           ・


     ・



     
         ・


 
   ・




        ・
 「……兄さん、何処に行くんだ?」

 「うん? 付いてくりゃ解るって。平気だって、別に変な場所に連れて行きやしないよ」

 「はぁ……」

 一方……話題にあったケンシロウは、少々困惑してジャギの背中を付いていた。

 修行している折、暇だから今日は自分と一緒に外出を望んだ兄。

 ケンシロウとしては、長兄からこの寺院での修行は暇あればやれと言われてたので、最初はジャギの言葉を断った。

 それでも、強引に誘われジャギの背中を追っている。後ろ道には……一人の女性が行く手を自然に阻んでいた。

 「まあ、観念してよケンシロウ君。私、ジャギの味方だから余り君の要望には応えられないけど」

 「はぁ……」

 困った表情で助けを視線で送っても、ジャギの付き人であるアンナは笑顔でケンシロウの視線に含む想いを拒絶する。

 ケンシロウも、既に逃れられないと知ると少々困りつつもジャギの目的地まで従った。

 「……此処は?」

 「俺の友人が居る場所だよ。……お~い! そこで畑仕事やってる奴!!」

 ジャギが、誰かを見つけて呼びかける。呼びかけているのは鍬を振るっている少年。何事かと顔を上げて少年は
 ジャギへと振り返る。そして、誰だが知ると少年は笑みを浮かべて鍬を肩に掛けつつ歩み寄ってきた。

 「うん? ……ってジャギが。何か随分懐かしいな、おい。……そっちに居るのは?」

 「ケンシロウってんだ。俺の弟だよ。ケンシロウ、こっちに居る奴が華山流の拳法扱うオヤブンって言うんだ」

 「……華山流」

 ケンシロウは小さくも拳法の知識はリュウケンから聞きえている。華山流が俗世の拳法である事を。

 「ジャギの弟? ……って事は、南斗聖拳か?」

 「いや、違うぜ。でも、ケンシロウは俺と同じ位に強くなるからよ。期待しといてくれや」

 カラカラと笑うジャギに、ケンシロウは視線を向ける。

 この兄の思惑が掴め切れない。ただ、友人に自分を紹介したかっただけなのか……?

 「本当かよ、ジャギの話はちょっと眉唾もんだからな」

 そう、オヤブンなる華山流の拳士はジャギの言葉に苦笑いを浮べてから、ケンシロウを見る。

 「……ケンシロウ……君だっけか?」

 「ケンシロウでいい」

 「そうか。ケンシロウ、ジャギに言われたんだよ。俺の弟は強くなりたいから、色んな奴と戦わして鍛えてやりたいって」

 「……え?」

 兄が、自分の兄がそんな事を?

 ケンシロウは、ジャギを見る。

 そのジャギは、少しだけ不貞腐れた顔で『余計な事言いやがって』と小さく呟いた。

 ……ケンシロウには推し量れない。感謝を抱いていいのか、それとも彼の行動には何か裏あるのかと疑っていいのか。

 「まぁ、俺達と闘うには、ちょっとだけケンシロウは小さい気がするな」

 そう、オヤブンは嫌味の無い笑い声を立てるのだが、ケンシロウの今の実力でもオヤブンならば倒せるのでは? と
 ジャギは考えているので乾いた笑い声で同調しか出来ない。北斗神拳の伝承者の素質。子供の時とて侮れないゆえに。

 「まぁ、折角来たんだから俺達が作った野菜でも食べてってくれよ。ベラと共同で作ったからな。上手いぞ」

 そう、土まみれながらも真っ直ぐな視線でジャギ達を見渡す彼は強い輝きを秘めている。

 ジャギ達に気付き駆け寄ってきた華山一派とベラも寄って来る。

 「おっ、久し振りじゃんジャギ!」

 「あら、丁度いいところに来たねあんた達。握り飯大量に作ったんだよ。そっちの子も、食べてくかい」

 わらわらと寄り集まり結構な人数になったのを、ケンシロウはこう思う。

 (……兄さんは、どれだけ外の人間と交流があるのだろうか?)

 鳥影山で修行している事も考えると、数多くの人間と関わっているのだろうな、とケンシロウは考える。

 そして、彼の強さは拳技だけでなく、こう言う部分も尊敬出来ると、ジャギの知らぬ場所でケンシロウがジャギに対し
 思慕の想いは強くなっていくのだ。最も、今のジャギはそれを知覚する程の鋭さは持っていないのだけど」

 ……握り飯を口に運びながら、ケンシロウは聞きたかった事をジャギへと尋ねる。

 「……なぁ、兄さん」

 「如何した」

 口に米を頬張りつつ、ジャギはケンシロウに視線を向ける。

 「……如何して自分を此処に? 兄さんの知り合いだらけの場所に、自分が来ても……」

 その言葉に、ジャギは不思議そうな顔をして返答する。

 「うん? ……ケンシロウは、俺がお前に友達紹介した事嫌だったか?」

 「……え?」

 「いや、だってお前北斗の寺院に来て、こっちで友人作る余裕なんて殆ど無いだろ? シンやサウザーとも知り合ったけど
 それって俺の面会だった訳だし。……もう少し外交的になれって。ユリアも寺院の付近に住んだからって、お前ユリア以外
 の人間と話すのが兄弟だけってどうよ? コミュ不足で後々に色々と問題起こすと思うぜ」

 最後の部分について、ケンシロウはコミュと言う言葉を始めて聞いたものの、ジャギの考えが読めた。

 本当に、単純なる好意でジャギが自分に幅広い対人関係を薦めてただけの事を。

 「……いいのかな」

 「何が?」

 「自分なんかが、ジャギ兄さんの友達と友達になっても?」

 自分は……寺院では一番年下であり、そして実力も未だ低い。

 キムが入り、少しだけ自分の立ち位置が上がったような時もあったが、現在キムは鍛錬を精進し、以前の焦りて自我を
 見失いかけていた自信喪失な時が見られない。その前向きな姿勢は、ケンシロウには無い物に映ったから。

 「……意外だな」
 
 「え?」

 ケンシロウは、その言葉通り不思議そうな顔をしたジャギの言葉を直視する。

 「いやさ……お前がそう言う風に謙虚っつうか……俺にそう言う遠慮するような発言するのがさ。……もっとさ、自然な
 付き合いで良いぞ? 俺達兄弟だろ。血は繋がって無くても、俺達はもう一年は付き合ってるだろうが」

 「……うん」

 「なら、もっと堂々としろよ。俺は、俺の好きなようにお前を弟扱いする。お前は気にせず自分勝手に俺を兄だと
 思って欲張った要求言っていいんだし、喧嘩するならして良い……あっ、無論北斗神拳は関係なくな」

 最後の冗談なのか真剣に頼み込んだのか解らぬながらも、ジャギの言葉にケンシロウは暖かな気持ちが満ちた気がした。

 (……あぁ、やはり)

 (この人は……不思議な強さを秘めている人だ)

 「兄さん」

 「うん?」

 「……また、なら自分はシンやサウザー。それにこの皆とも出会いたいな」

 「……何だそんな事かよ。そんなん何時でも呼んでやるって」

 シンが来たら、ユリアに会うのが目的になりそうだけどな。とのジャギの揶揄交じりの発言を聞き流しながら、
 ジャギが自分を想っての行動にケンシロウは心の中で感謝する。願わくば、ずっとこの関係が続ければ良い……そう想いながら。

 ……北斗七星を胸に掲げる事になる兄弟は、今の所平和に暮らしていた。







     ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……今日は、穏やかな天気ですねぇユリア様」

 お昼時、窓からのぞく日光を見つつ、一人の従者が笑顔で彼女の主人へと声を掛ける。

 「そうね、今日はアンナも出ているし。久し振りにサキ、貴方やトウと一緒に買い物にでも行きますか?」

 「ええ。……けど、少しだけ妬けちゃいますね」

 「え? 何が?」

 ……そこは北斗寺院に面するユリアが住まう場所。彼女はその建物で静かに従者達と共に暮らしている。

 無論、公に彼女が其処で暮らしている事は、関係者以外には誰も知りえていない。

 「だって、アンナ様は特別な方だとは存知てますけど、何時も話題の隅に出てくれば少しは嫉妬もしますよ」

 「あら、私はサキも大事よ」

 「ええ、ええ存知てますけどもっ。……まぁ、私もアンナ様の事は気に入ってますけどね」

 彼女にとって、ユリアの心を目覚めさせたのがアンナである事は知っていた。

 今は別の場所で所用を済ませているトウと同じようにアンナに対して彼女は一種の尊敬の念は抱いている。
 アンナが命じれば普通の友人として接するだろうが、今の所ユリアの友人≒自分より上の立場と言うのが彼女の認識だ。

 「まぁ、良い方だって事は知ってますよ。話してみれば存外普通の人ですし……けれど、気付いたんですけど少々
 不思議な目をしてますよね、アンナ様って。何と言うか……引き込まれそうな不思議な感じの」

 「あら……サキもそう感じるのね」

 ユリアは、サキの言葉に僅かだが目を見開く。

 「……アンナの瞳に、時々私も感じるの……宿命の星の輝きと同じ力を」

 「以前におっしゃてましたね。確か南斗六聖を司る方たちも宿命の星の輝きを備えていると。例えばシン様……や」

 その名を口に出し、少しだけ彼女の頬に赤味が差す。

 未だ幼少ながら、彼女の中で未だにシンへの想いは燻っている。

 だが、それと同時に彼女は目の前の主君に、想い人がある程度思慕している事も知るがゆえに複雑な胸中である。

 それは、彼女だけの今の秘密。歴史が正しい筋道ならば、彼女の想いは永遠に墓まで彼女は明かさないだろう。

 「えぇ、私にはアンナがそう言う輝きを備えているように思えるわ。けど……」

 (なぜかしら。……アンナが良い人だって解っているのに……あの光を見ると胸の中で何かがざわめくのは)

 ……ユリアは、アンナの瞳に輝く光を見ると、何故か胸騒ぎを覚える。

 その原因が自分でも理解出来ない事を彼女は不思議がる。予知の力も備えている彼女には、解らぬ事の方が少ないのに……。

 (アンナの光、それは星の輝きとは想うけど何の……!?)

 ズギッ

 「……っ」

 「ユリア様!? だ、誰が今呼んで……」

 ユリアが、頭を突然抑えて蹲ったのをサキは慌てて誰かを呼ぼうとした。

 「だ、大丈夫よサキ。……少し眩暈がしただけだから」

 「そ、そうですか? ですが、今日はもう安静にして休んでください。そうしないと怒りますからね」

 不安げに、サキは彼女の体を支えて口酸っぱく彼女に大事にするよう伝える。

 それに、微笑んでからユリアは今……脳裏に突然浮かんだ映像へと心の中で呟いていた。

 (……今の光景……山に……それに比例するような大柄な人……それに、アンナ)

 (今の光景は……一体……)


 それは……未来の光景。

 ユリアが予知すべし、確固たる起こり得る未来。

 彼女、寝台に横たわりながら憂い顔を浮べて空を見上げて呟く。

 「……アンナに、影が現われている。……不吉にも、希望にも似た影が」

 「……何が起こると言うの」

 その……彼女の不安に満ちた声は、そっと無人の部屋に溶けるのだった。

 そして……。













                        「……此処か、北斗の寺院と言うのは」





 ……巨大な山のような大柄な男。


 獰猛であり、鬼ような目をした男。……片手には獣の首をぶら下げていた。

 その男の出現に、村人は家屋へと鍵で封じ逃げ込む。今の彼が立つ場所はほぼ無人と称して良い。







                        「ククク……! 今、参るぞ!! この鬼のフドウが!!」






 
  

  天へと木霊する声。それは、北斗寺院のある山林をざわめかせ、そして不吉な兆しを暗示して揺れさす。







                             



                               鬼、今出現したり。









           
             後書き


  フドウさん登場。いやぁ、この時代のフドウさん最強の一角だしね。

  リンレイとかロフウとかタメで張り合えるよね。てか、勝てるよねきっと。










[29120] 【巨門編】第二十二話『鳥の爪は山鬼を砕くか(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/12/13 22:39




 それは、ある日の出来事。

 彼と彼と共に道を歩む仲間達が未だ付き合い浅き頃だった時の話。

 その彼らが、如何様にして絆を深める切欠が出来たのかを綴る物語。


 鳥達が……大いなる山鬼と闘った一日の物語。

 その寺院には複数の僧の姿の男性達が一人の少年に対し組み手を行っていた。
 他にも、少年と同じ服を纏った男性達に少年に対し拳を放っている。

 「そりゃ!」

 「はいっ! はいっ!!」

 「はぁ!!」

 武人の僧から放たれる突き、突きの嵐。それを、赤い髪靡かせて少年は汗垂らしつつも続けざまに避ける。

 「打(テー)!! 破(ハ)!!」

 『グフッ……ッ』

 その突きを掻い潜り少年は武僧の腹部へと掌底を放つ。

 腹を抑え飛び退く僧達。暫しの緊張ある間の後に、僧達は構えを解くと合掌と共に闘っていた少年に頭を軽く下げて礼をする。

 少年も倣い同じように合掌と共に深くおじきをした。

 「いや、強い。その歳で随分と鍛えている」

 僧は少年を褒める。少年は、その言葉に照れつつも返答した。

 「いえ! 自分達は兄上達に比べれば未だ未だです! 修験者の方々、どうも有難う御座いますっ!」

 「いやいやキム殿。貴方の真っ直ぐな拳、受けて私達も久方振りに気持ちよく心身を労した気分です。こちらこそ礼を申します」

 ……キムは、その日修験者達に対し組み手を願い出ていた。

 兄や弟の組み手にも益はある。だが、一人の兄が『普通の人と闘っても益あると思うぜ? 鳥影山でもそうしてるし』
 との言葉から、キムは自分なりに考えて北斗の寺院を訪れる修験者達に闘いを申し込んだのである。

 最初は、子供が何を馬鹿なことをと修験者も鼻で笑ったが(伝承者候補とは彼らは知りえない)彼が北斗の寺院を
 束ねるリュウケンの教え子だと聞くと顔つきを変えて真剣に彼との闘いに興じた。そして、結果彼の強さを認める。

 そして、彼と同じく歳は二十代程の道着を纏った者達も、キムに称賛の言葉を放った。

 「いやぁ、その歳で中々……! 子供と思い最初は加減を考えたが、闘っている内にこちらも熱くなった……!」

 「こちらも良い勉強になった。謝謝!」

 この門下生、北斗の道場で教えを学んでいる者達である。

 リュウケンは伝承者候補を育てる以外にも、普通の拳法家として講師も行っている。

 リュウケンは寺院の運営及び、彼の生業を考えれば弟子育てる為に多くの出費も嵩む。拳法の講師も一つ稼業だ。

 その中にはキムの他に……ラオウの姿もあった。詰まらなさそうにキムと門下生達の組み手を見届けた。

 (……何と技量の低い事か。これならば寺院でケンシロウやジャギと共に修行した方がマシだったわ)

 ……トキやケンシロウ、ジャギの姿は無い。トキは医療の勉学に、ケンシロウはラオウとの仲は余り宜しくないのも
 有るが、今日は寺院での修行、及びユリアとの談話を望み道場に赴くのを避けた。……ジャギは鳥影山での修行だ。

 ラオウは、キムと共に道場でリュウケンの門下生達の闘い振りを観察していたが、どう見ても自分より上の人物は居ないと
 判断する。キム相手に苦戦し敗北するような連中ばかり。ラオウはすぐにこの道場に赴いた事を無駄と判断した。

 もう、師父に断り入れて己だけでも寺院に戻り独自に修行した方が早いかもしれん……彼がそう考えた時だ。





                              ――ゾグッ






 (!!? 何だ……っ)

 その時、体中からざわめく悪寒が走る。

 突如、体を何か巨大な悪鬼の手の平に掴まれたような異様な感覚。その日、彼は恐らくリュウケン以外で知った。
 
 抗い難き……恐怖と言う感情をだ。

 (一体……)

 本能的に、自分に走るこの感情。

 彼は、その感情が何か解らずに未だいた。それは……彼にとって感じた事あるものの、認めたくない感情だったから。

 (一体……何……!?)






                               
                             「此処かああああああああああああああ!!!」




                             ドガアアアアアアアアア!!!!!ッッ!!





 ……粉砕する入り口。

 それと共に衝撃で近くに居た不運なる者達が吹き飛ばされる。

 舞い起こる粉塵、遮蔽物の破壊により立ち篭もる煙。周辺に転がり血を流す人、人、人、人。

 口々に居合わせる者から何事かのうろたえる言葉が現われながら……煙から巨大な影が映りこんでいた。

 「クックッ……」

 その巨大な影は……哂っていた。

 「居よる、居よるは蛆虫がうろうろと……」

 ……それは、人だった。

 いや、人と呼ぶには大柄過ぎた。だが、声は正しく男の声だった。些かその音質は余りに獰猛過ぎたが。

 現われた巨漢の男に言葉を失う修験者達。その余りの迫力に動く事を封じられる。

 男は……鬼のような風貌だった。

 鋭い眼光、山のような体。丸太よりも太い胴と両足と両腕。刺されば串刺しなりそうな棘の肩当。

 そのどれもが男の中にある凶悪さを体現してるようだった。

 「な、何者……」

 「うん~~~? ……俺様が何者……だと……!?」

 男は、ギョロリと発言した者に対し、歯茎を出し口元を歪め獰猛な哂いを携えて口を開く。

 (!!? いかん……!)

 「俺様が何者だぁと……!?」

 その男は、問われた事に対し体中から凄まじい気を放出させた。

 それと同時に……男の片腕はゆっくりと振り上げられ……!






                          「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!」





 振り上げられ……そして一つの人影が彼の動作を阻む。

 恐怖を振り払うような金切り声に近い威勢の声。だが、それでも其の声は次に訪れるであろう惨劇の布石となった。

 「ぬうううんっ?」

 瞬時に男は飛び出した人影が眼前に放った蹴りを掌で軽々と封じた。

 だが、その影の命懸けの行動が男の興味を沸いたらしい。男は、その少年に意識を向ける。

 そう……少年。貧弱ながらも、この道場と言う意味合いならばリュウケン・ラオウの次に強いキム。

 彼は、愚行と誰かは思うかも知れぬ。だが彼は非力ながらも鬼に対峙する行動を選び取ったのだ。

 「何だあああああああああ? 貴様ああああぁ?」

 男の凶悪な殺気交じりの問い。それだけで、キムはがくがくと膝が震えるのを知れた。

 (な……何者なんだこの男は?!?)

 彼、キムには男の正体は把握せない。滲み出るソレから放たれる恐怖に泡を吹き気絶するのを通り越し
 体は其の男の殺気や覇気を受け付ける事が出来ず麻痺している状態だ。

 それが功を奏し結局動ける事に繋がってるが。 

 (い、行き成り同門の方たちを殺しかけたと思ったら、この胆力、一体……!!?)

 キムは見抜いていた。男が問いかけた道場の人物を次の瞬間には殺そうとしていた事を。
 
 だからこそ動いたのだ。例えソレが自分の危機に繋がるとして目の前で誰かが死ぬような事は嫌だったから。

 「質問に答えぬかぁあああ……ならば死ぬ『止せ、そこの者』……むう?」

 その巨漢の男は、キムに対し拳を握り締める。

 今にも振りかぶられそうなその拳を止めた言葉。……それは一人の妙齢の男性の言葉。

 だが、その言葉には力が有った。制止を求めれるだけの滲み出る言霊が。

 「お前が用あるのはこの私だろう」

 「……そうかああああああぁ……!! 貴様がリュウケンだなぁあああああああ……!! クックッ……会いたかったぞ!」

 男は哂う。獰猛に、凶悪、愉悦の笑みを。

 放出される殺気と闘気は周囲に居る者達を震え上がらせる。中には失神する者も居た。

 (何と、恐ろしい気だ)

 リュウケンは突如出現した男の、凄まじい気配に心中唸りつつも、その獰猛な風貌と気配から自ずと正体は見抜いていた。

 「お主……フドウか」

 「ほぉ! ……如何にも我は鬼のフドウ!!」

 その男は、自身の正体が目の前の男に知られている事に気分良くし堂々と名乗り上げる。

 フドウ……いずれ山のフドウと南斗五車星の一角となる者。

 だが、かつて彼は鬼のフドウと呼ばれ人々が恐れられる存在だった。

 彼のその恐怖の存在となったのは、彼の暴力性と残虐性から成る。

 彼は未だ世紀末なる前では道場荒し及び、数々の自身と同じような犯罪者まがいの連中達を屠ってきた。

 その道中には、多くの人間が彼の手の犠牲となった。それでも、何故彼が世で自由に奔放するか?

 それは、社会的に彼が黙認されてたからと推測出来る。彼は確かに修行者などの罪無き者を殺害しただろう。だが、その分
 彼は社会的な悪も結果的に殲滅する事に手を貸した。それゆえに、彼は今まで無法者として暴れる事が可能だった訳だ。

 「……如何なる目的でこの道場を訪ねた」

 「知れた事よぉ!! 道場に乱入する者居れば、その目的は一つだろうがぁあ!!」

 フドウは、吼える。桁ましく、自分と死合えと。己の血を満足する程の闘いを我に寄越せと。

 闘い、闘い、闘い、闘い。死闘、死闘、死闘、死闘、激闘の最中に発される快感を我に感じさせろと。

 男の願いに、リュウケンは静かに見据える。この男の願い聞き届ければ、幾多の死傷者が出るかと。

 目の前ではキムが震えており、そして周囲には泡を食っている門下生達。

 巻き込まれれば死は免れぬだろう。

(どうしたものか……)

 そう、リュウケンが事態をどう収拾しようか考えあぐねていた時だ。今まで震えていたキムが気丈にも声を上げて言った。

 「ふ……フドウ……と申したな!」

 「ぬ? ……何だぁ……チビ助ぇ……!! この俺を名指しとは何用だぁ!!?」

 眼前に巨大なフドウの顔がキムには映る。今にも精神が折れそうながらも、彼の中に眠る正義感は、勝手にこう口走っていた。

 「りゅ、リュウケン殿と闘いたくばっ! 弟子たる私と勝『戯けがぁ!!』グバハッ!!!?!!」

 ガシャアン……!

 ……一瞬だった。

 キムが、今にも襲い掛かり道場の者達を殺しそうなフドウに対する宣戦布告。その合間にフドウの腕は彼の体を直撃した。

 道場で、それを運良く見る事が叶った者達は異口同音に其の時の瞬間に起きた事をこう述べた。

 『……何が起きたのが、良く解らなかった。一瞬にして彼(キム)が壁に自分で吹き飛んだようにしか……』

 ……と。

 錐揉み状に体を横回転しつつキムはリュウケンの脇を通り過ぎて壁に激突する。

 壊れた壁に覆われつつ彼は、後頭部と頭から下の全体に少し遅れてから激痛を産み出し気絶を誘う。

 キムは、頭から流血しつつ呻きながら暫し自分の下手人であるフドウを見つめ、そして無念の表情と共に
 意識を落とすのだった。ソレを、全く表情変えず動く事なく正座の姿勢でリュウケンはフドウだけをじっと見ていた。

 「グハハハハ! このフドウに小童如きが相手になるなど片腹痛いわぁ!! 何と脆い小物よ! 撫でただけで吹き飛んだわ!!」

 フドウは哂う。キムは災難だが、幸運にも彼が予想以上に吹き飛んだお陰でフドウの溜飲はある程度下がったようだ。

 先ほどよりも少しだけ殺気が治まり、フドウはリュウケンへ意識を戻すと告げる。

 「この俺と闘わんかリュウケンよ! 貴様の北斗の拳とやら! このフドウの拳に通ずるならばなぁ!!」

 「……闘う前に一つ聞きたい、お主命を何と思っている」

 少年であるキムをいと容易く屠ろうとした行動。リュウケンはキムが倒れる残骸付近を一瞥しつつ告げる。

 その間、ラオウは額に汗流しつつ、彼らの動向を一部始終見守っていた。いや、見守るしか術無かった。

 「知れた事! 命など蛆虫のように沸いて来る!! 何の価値も無し!!」

 「何と……っ、お主には人の愛ないのか……」

 その、無情とも言える言葉にリュウケンは嘆く。だが、その嘆きさえもフドウは嘲笑った。

 「愛だと!? このフドウ、生まれてこの方母を知らぬ!! 父を知らぬ!!」

 咆哮に近い声。いや、それは正に咆哮。彼は本心から鬼の如く嗤いと共に世界へ示すように叫んでいた。    
 



                            「よってぇ……愛も知らぬわぁ!!」





 豪快に、その男は自分は冷酷だと宣言した。

 自身に愛など無いと、人の心など無いと。ただ我は暴力の化身となりて全てを叩き壊すと宣言した。

 「貴様が闘わぬならば、ならば此処の貯蔵庫から根こそぎ奪い取ってくれるわ!」

 その言葉に、リュウケンは沈黙を守る。

 そう……リュウケンは沈黙だけを頑なに守った。

 もし、己が動き目の前の人物を裁けばフドウに勝つ事は可能。

 だが、間違うことなく自分も深手を受ける。そして周囲にも激闘の余波で巻き込まれる者達が……。

 自分の育て子であるラオウ・キムの命も脅かすだろうと知るからこそ。リュウケンは沈黙だけを行使する。

 暫しの沈黙。獰猛に獲物を見定めるようなフドウ、反比例するように石のように動かぬリュウケン。

 男は、風の噂で腕立つと聞いた男が予想と違い腑抜けである事を嘲笑し鼻息鳴らすと、全てを持ち去って闊歩しつつ道場を立ち去った。

 フドウの気配、それが完全に消え去ったと理解してから第一声が道場にて上がる。

 「……師父よ、何故闘わなかった……のですか」

 ラオウは、眼前から彼の男が立ち去ったのを見届けてから腹の底から搾り出すように師へと問うた。

 「貴方の腕ならば、あの男とて倒せた筈だ……!」
 
 何故に尻尾を巻いて負けを認めた。何故に闘って不埒者を裁かぬ。

 それが出来なくて……何ゆえに北斗神拳か!

 言葉の裏で、そう訴えるラオウにリュウケンは冷ややかに告げる。

 「……ラオウよ、あの男の正に名の通り鬼の如き気性と力を見たであろう。もし、私が拳で相手すれば、この道場の者全て
 奴は屠った筈だ。……まぁ、何とかキムが奴に水差す事によって被害は最小限に留まれはしたがな」

 呻く声にリュウケンは無表情で視線を向ける。砕け散った壁の破片から僅かに身じろぎする人影。

 どうやらキムの命は無事なようだ。直ぐ治療すれば大事も避けるだろうとリュウケンは心の中で安堵を感ずる。

 「……ラオウ、フドウを見てお主とて勝てぬと思ったのではないか」

 「っ! ……ぬ……ぐ……!!」

 その言葉に、ラオウは恥辱の怒りを覚えつつも自覚あるゆえに顔を俯かせる。

 リュウケンは、今のラオウに敗北知る事も大切と思っての言葉。だが、それはラオウにとっては誇り傷つけられると同意義。

 (……フドウ……か。覚えたぞその名。……いずれ、この俺が強大となった時に……!)

 爛々とラオウの目には火が燃え上がる。

 それは、倒れ伏す道場の人々の中心で、彼が始めて暗い報復を決意した瞬間だった。


 




 
 と、これだけならば正史と同じ道筋で良い筈だった。

 だが、厄介なのは、これが一人の人間が歴史の道筋を変えている事により、誤差がある事である。




  
    ・     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ふぅ……眠い……」

 北斗道場の下付近。

 其処で一人の少女居た、バンダナを纏い金色の髪を束ねて欠伸をしている少女。少し大きな犬を引き連れ散歩している。

 その体格はある程度引き締まっており、歩く姿も、何故か隙が無いように思える。

 「久し振りに帰ってきたけど……兄貴は兄貴でシドリと一緒で居づらいし、ジャギは色々と忙しいもんなぁ」

 家に帰れば、自分より先にシドリが兄へと抱きついている光景が頻繁にあり、彼女は既にそんな姿も馴染んでしまった。

 ジャギは、今日は鳥影山に居る。アンナとて、ジャギと一緒に過ごさぬ日々は有るのだ。

 (何時も何時も、ジャギの傍に居てもジャギは迷惑だろうしね)

 そんな、彼女のちょっとした気遣いゆえに彼女は家へと戻ったのだが、する事が無い。

 ゆえに寺院の方へと趣きユリアに会いに言ったが所用で居ない。ゆえに彼女は寝ているリュウの散歩を決行したのだ。

 「リンレイ様の修行……あんなにきついと思わなかったなぁ」

 優しい表情ながら、修行の際はリンレイはスパルタであった。

 『何をしているの! もっとそこで足を上げる! 声を出す! 腕をしっかりと伸ばす!!』

 『そこで屈伸を五百! 片腕でだけで懸垂を二百回する! 交互によ!』

 『こんな山道ぐらい1時間で兎飛びで登れないでどうするの!!』

 始終こんな調子である。自分で決めた事なのに、少しだけ覚悟が揺らぎそうになる程、リンレイの修行はきつい。

 「……もしかして、北斗神拳の修行よりきついんじゃない?」

 そう冷や汗まじりに回想して呟く。明日からもまたリンレイの過酷な修行は続くわけだ。鍛えてて良かったと今更ながらアンナは思った。

 そんなアンナの心情を他所に、リュウは何の悩みも無さそうな顔で歩いている。因みに飼い猫、ならぬ虎のゲレは家で留守番だ。

 「リュウはいいよねぇ、何の悩みも無さそうで」

 『ワフッ?』

 少しだけ妬ましく首筋を掻き撫でると、不思議そうにしつつもリュウはおとなしく撫でられたまま。

 久し振りの息抜きを十分に楽しんでいる時……アンナは地面に巨大な影が現われたのに気付いた。

 「あれ?」

 (何で行き成り影が?)

 ……その時、アンナは不思議な重圧を感じた。とても、まるで自分が別の惑星へと放り込まれたような感覚。

 息をするのも苦しく、体全体に巨大な何かが圧し掛かったかのような感覚。

 胸を押さえて彼女は影の正体を見極めようと顔を上に上げる。……そして、その顔は真っ青に染まった。

 「……ぁ……あ」

 「……うん? 何だぁあああ? 貴様ぁああ」

 (フドウ……っ)

 ……出現したのは、フドウ。

 その目の前の凄まじい殺気を滲ませた男に、アンナは身動き出来ずに居る。リュウも吼える事なく服従のポーズを取っていた。

 「何だ、小娘か……クックッ……思わず踏み潰すところだったわ!!」

 フドウは、アンナを見下ろし姿形を確認して体を揺らして哂う。殺すのは容易そうだと、踏み潰すのは簡単だと思いつつ。

 「運が良かったなあ! 小娘ぇ」

 大股で、フドウはアンナの頭上をノッシノッシと通過する。そんな無礼な行動も恐怖で金縛り状態だった
 アンナには心中安堵を漏らした。今までの悪人との遭遇の中では一番無難な形で終わりそうだったから。

 (よ……良かった)

 フドウは確かに極悪人だ。略奪・虐殺・破壊を平然と行える現在の羅刹な事は間違いないだろう。

 だが彼とて自分より非力で無力な存在しかも女を喜んで殺すほどには悪性では無いのだ

 


                          ……この時までは




                         ━━━━━━━━ドクン


 


 「……うんんぅ?」

 その時だ、何か見えぬ壁にぶつかったようにフドウが立ち止まったのは。

 その時だ、何かに呼び止められたかのようにフドウがアンナへ振り返ったのはだ。

 「……」

 「ぇ……な、何?」

 フドウは、アンナの居た道へと戻り体を態々屈んでアンナを見下ろす。対するアンナは恐怖で
 腰ぬけた状態でリュウを抱きしめて身動き出来ぬままにフドウを見上げるに留まるのみ。

 暫し、呼吸すら苦しくなる静寂の中。二人の視線は交差し合い……唐突にフドウは呟いた。




 
                         「お前の目……目……目」





 「え?」

 ……考え込む様子になったフドウ。アンナは恐怖が僅かに抜けて唖然とした声を出す。

 「お前、名は何て言う?」

 「え……あ……アンナ」

 「そうか……アンナか」

 フドウは、何やら興味深そうにアンナを首を傾げつつ観察する。

 アンナは、そんなフドウの様子に下手な動き出来ず硬直して何か起きるのかを身構えていた。……そして。

 「……グハハハハッ、アンナ、か!! グハガハハハッ!!」

 豪快に笑い終えると、もう用は無いとばかりにフドウはアンナに背を向ける。

 (……たす、かったの?)

 アンナは、何かされるかと思い恐怖で身動き出来てなかったが、フドウの思惑読めぬも、彼が何もしなかった事に胸を撫で下ろした。

 だが、アンナは気付かない。

 立ち去るフドウの顔に……凶悪な笑みと眼光に妖しい何かが秘めていた事を……。





  
    
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 「馬鹿野郎」

 ……場所、鳥影山。

 そこで彼女は開口一番に自分を一番に案じてくれる異性へと言葉をぶつけられる。心配と情愛を込めて。

 「アンナ……何一人で危ない事してんだって」

 「いや、私ただ散歩しようと思っただけで……」

 「お前一人っきりで出歩くなって何時も言ってるだろ。少なくともシドリや兄貴、カタミミの奴でも良いから人と
 一緒に歩けって言ってるだろ? ……本当によぉ、頼むから危ない事しないでくれって……」

 「うぅ……解っているよ」

 昨日に起きた話をジャギ達へと告げると、ジャギは開口一番アンナを叱った。アンナも自分の不注意を自覚しているゆえに
 大人しく頭を下げて反省する。周囲に居る彼らの仲間はと言うと口々にアンナが出遭いしフドウの事を口にした。

 「フドウ……か。噂は此処、鳥影山にも上っている。数多くの道場を壊滅させているとな」

 シンは師から聞いた話を、そっくりそのまま皆へと話す。

 「其の姿、動きは正に鬼拳であり。如何なる者にも問答無用で鬼の如く屠る様から付いた名は『鬼のフドウ』」

 どのようにして、その様な輩が生まれるのか……。と、シンは憂うように頭を振って言葉を締めくくった。

 次に、シンの言葉の終わりと同時にククッと喉から鳴らすようにして小さな笑い声が走る。

 視線を辿れば、其処に居るのは紅色の肩程まである長髪の化粧が目立つ麗人。女のような格好だが、男。

 名は紅鶴拳のユダ。知る者は知れる南斗六聖の未来の一人。そして、彼はあろう事が今アンナに興味を覚えている。

 「俺も噂ばかりは知ってるぞ、しかしアンナ、お前は本当に飽きさせないな。出歩くだけで騒ぎがある」

 その不確かな姿に……思わず目が眩みそうだ。と何やら口説き文句を呟きながらユダはアンナの顎に手を掛ける。

 瞬間的に、ジャギがアンナの横へ飛び出し野犬を追い払うようにしてアンナをユダから引き離す。

 ユダは、面白そうにジャギへ冷笑し。ジャギは威嚇する表情でユダを見るのは最近では恒例茶飯事の光景だ。

 「フドウねぇ……お師匠さん方も最近近くに来てるから何か起きないか心配してだな」

 セグロもパンを加えつつアンナの話しに加わる。友人二名も一緒にだ。

 「でっかいんだろ、山見たいに。秘孔突きもきつそうだな、おい」

 「闘い合う想定しないでくれよ、キタタキ。無論、この鳥影山に来る可能性も無いかもしれないけどさ……」

 パンの皮だけを味わうキタタキに、冷静にイスカは突っ込む。男性陣の言葉に同伴してた女性拳士達は言葉を返す。

 「けど一応守衛も鳥影山の周囲に居るし。何より此処は南斗拳士の巣窟よ。無闇に飛び込むなんて
 それこそ飛んで火にいる夏の虫。暴れるようなら、直ぐ師匠等に制裁されるでしょうよ」

 と、飲み物を含みつつキマユは告げる。その言葉には説得力は有った。

 「とは言ってもアンナの話しだと行き成り襲い掛かってくるような奴でしょ、良く無事だったわね」

 ハマの言葉に全員が賛同の頷きを微かにする。確かに少しだけ不可解だ。

 「キムの奴あばら折れて一ヶ月は安静だからな。……つか、フドウの一撃受けてそれだけで済んで僥倖なのかも知れないけど」

 キムは、フドウの一撃を受けた時に、反射的に一応僅かに後退して衝撃は殺した。

 それでも流石は鬼のフドウ。キムの幾らか鍛えた肉体など何でもないとばかりに一振りで彼に重傷を負わせた。

 「……一撃であばら粉砕かよ。ドンだけ化け物よ、そいつ」

 ジャギの説明にセグロ等は汗一筋と共にフドウを想像する。

 巨漢の男が笑う姿、彼らが想像するのはトロルとかオークなどの神話的な生物を想像したが
 実物を知る者達からすれば、その想像もはっきり言って全く異なるとは言えぬのがフドウの怖い所だ。
 
 「兄者はその事が原因で機嫌悪いし、散々だっつうの……」

 ジャギは、最近のラオウの苛々を辟易するように愚痴る。

 フドウが去ってからと言うもの、ラオウの機嫌は最悪と言って良い。何せ生まれて初めての敗北に喫した
 と言って良い事。少しでも彼に触れるようなら容赦ない組手と言うリンチが待ち受けている。

 ケンシロウは、その被害の一番を被っており。ジャギは何度ソレを止めたのか思い返し、多すぎて思考放棄した。

 「ん? ジャギって兄貴居たのか?」

 「何だ、弟の話しは聞いた覚えあるけど初耳だな。どんな人なんだ?」

 「……あ、いや」

 ジャギの思わず言った愚痴に、キタタキとイスカは興味を覚えて質問する。

 ジャギはその反応に窮した。兄を語るには、あの人物像をオプラートに包んでも説明するのは難しいから。

 「まぁ、何つか其の……っあ、おーいレイ! あのよっ、先日にフドウって奴が近くに現れたんだが……」

 どう北斗と言うのを抜きにラオウと言う人物を説明するか。悩んでた矢先に近くをレイが通りかかった。

 これ幸いとばかりに、最近避けられていると感じていたジャギが声を掛ける……のだが。

 「……」

 レイは、チラリとジャギを一瞥してから別の南斗拳士達と同行しジャギに関知する事なく通り過ぎる。

 「うわっ、態度悪ぃ」

 「もうレイに構わきゃ良いんじゃねぇのジャギ。あいつにゃ、あいつのルーズが有るだろうし」

 その様子を見てのセグロの呟き、そしてキタタキのジャギへの提案。

 だが、未来で南斗六聖が力を合わせる事を切に願うジャギにとってキタタキの提案は受け入れるに至難だった。

 「……まぁ、気長に俺は俺なりにやっから」

 レイとジャギのやり取りを見て、微妙に空気が変になったのを見て取ってか。シンは話を戻すように
 咳払いを一度するとアンナの方へチラッと視線を向けてから自分の考えを纏めて離した。

 「まぁフドウは道場に訪れたが死傷者は出なかったのだろう? それならば一応安心だな。奴が二度同じ場所を
 襲撃した事は聞いた事ない。後々、この辺りの道場を潰した後は別の方へ出て行くだろうさ」
 
 「そうだな。まぁ用心に越した事はないだろうが……」

 ジャギは、フドウがアンナと対面した事に不安は感じはするも未だ大丈夫だろうと何処かで安心していた。

 ソレは原作知識ゆえの後々『フドウは味方となる』と言うアドバンテージと、未来でのフドウの認識が
 未だジャギの中に固定されていたからだ。だから、未だ彼はフドウの危険性を十分に把握していなかった。

 「とりあえず、私達女子からの意見とさせて頂くと。アンナには暫く此処で修行するのを提案するわよ」

 「意義なーし、そもそも。暫くは修行を続けた方が伸び代もあるからねぇ」

 と、ハマ・キマユは共に意見を下した。フドウと言う危険は輩が居る事だけでなく。彼女達の実力を
 上げる為には直ぐに修行が出来る鳥影山で住み込みで暮らす方が効率良いとの事を考えてである。

 「……うん、そうだね」

 薄く、微笑んでアンナは頷く。確かに、今フドウともう一度出会ったら何をされるか解らない。

 「まぁアンナってば放っておくと怪我しそうだしねぇ、放っておけないタイプって感じ?」

 「私のチーム入ったら悩まなくていいのにね。体験入門すれば?」

 『鳥影山・強固な砦・居たら安心』

 ……キマユ・オナガ・エミュらからの遠まわしに気にする事の無いと言う言葉。

 「うん……そうだね。今は修行が肝心だし」

 それに、素直に暖かい気持ちに満ちながら、アンナは何時もの笑みで頷くのだった。

 そうだ、未だ何も無いのに不安がっても仕方がない。此処での新しい生活も始まったのだ。

 暗い事なんて気にせず、今は前だけを見よう……。

 アンナは、思考を切り替えて明るい笑みを見せる。周囲の一同はその様子から同じく笑みを見せる。




 ……それが、間違っているとは未だ知らず。






 ・





 
         ・



    ・




       ・



  ・





      ・




           ・
 

 「……どう思う、シンよ」

 ……昼休み終了後、各自が自分の場所で修行を再開する時に珍しくユダはシンへと話しかけていた。

 「如何、とは?」

 「アンナの話しだ。俺は有る程度周辺の出来事について知っておかないと気が済まん性分なのでな。フドウとやらの情報も
 把握しておる。その男は噂正しければ女子供であろうとも平気で痛めつける事を厭わぬ輩だ」

 最も、アンナ(俺の所有物)に手を出していれば俺が直にそいつに手を下しただろうけどな、と心の中で付け加える。

 「……とは言っても、その時はそんな気分では無かったのだろう」

 「その可能性もある。だが、奴はアンナに対し名を尋ねたのだろう? ……何故そんな事をした? 無視すれば良いだけの事ではないか」

 そのユダの言葉に、確かに変だとシンも気付く。

 「俺は、どうも何か訳あると思うがな」

 「……何故、それを俺に話す?」

 シンは気になった。何故、その事を自分に話すのか? ジャギや、アンナに聞かす方が良いのではないか?

 その疑問を、ユダは冷笑と共に返答する。

 「……あいつ(ジャギ)に聞かせれば、どんな事あろうともアンナを守ろうと動くだろう。アンナの意思関係なくな。
 あいつはアンナに関しては理性より感情で動くだろうからな。つまり、相談するに不得手と思っただけだ」

 それに……俺の欲する者を邪魔しそうな輩に、これに関しては頼めまい……。

 「……だから、丁度良いのがお前だった訳だ。シン、お前は頭もそこそこ切れるし、アンナにそこまで思い入れしておらん」

 「成る程、理解はした。だが、何故俺にこの事を話すのか未だ解らんのだが?」

 シンは、ユダの思惑が読めずに疑心が募る。……何が目的なのだ?

 ユダは、シンの警戒した様子を手の平を横に優雅に振りつつ言葉を投げた。

 「知れた事、俺の目的の為だ」

 「目的?」

 「そうだ、俺はアンナを自分の物にする。その為にお前に少し手を貸して貰おうと思っただけだ。味方は多いに越さん」

 その言葉に、シンは頭痛が走る。この男は未だアンナに対しそのような戯けた事を言うのか……と。

 シンからすれば、ユダの発言は愚慮と言って良い。ジャギとアンナの関係を見れば、ユダの発言が如何に馬鹿げているか解る筈。

 「未だそんな事を言うのか? お前とて、ジャギとアンナの中睦まじさを見れば……」

 「幼馴染、なだけだろう? それは……俺があいつを欲するのに不都合な事か?」

 「……お前はアンナと恋仲になりたいのか?」

 その言葉に、少しだけユダは目を見開く。
 
 「……恋人……俺が、アンナと? ……俺は、美しいものを集める……妖星」

 「……ユダ?」

 ぶつぶつと、突然ユダが顔を俯き何かを小さく呟くのを心配してシンは声かける。

 名を呼ばれたユダは、我に帰ると少しだけばつ悪い顔しつつ口早に言った。

 「とにかく、お前は出来るならばアンナの事を観察しろ。別に、何時も見張れと言う訳でない。俺は色々と当主として
 仕事が多いのでな。お前には、俺が居ない時の鳥影山の目として活躍しろと言う訳だ。報酬は、俺の持つ拳法の伝書でどうだ?」

 「いいのか?」

 ユダの屋敷には色々と人が欲するに値する貴重な品物あると聞く。拳法の伝書と言うのも、見るに値する貴重な物有るだろう……。

 「貸すだけだ。そして、働きに値しないと判断すれば、この条件は即座に破綻だ」

 「まぁ、俺も強くなる為にその条件呑んでも良いが……ユダ、お前は何したい? 何故そこまでアンナに構う?」

 恋慕の感情では無いだろうと、シンは直感的に判断しユダへと問う。

 彼の殉星の力は、他の者の行動が愛であるか如何かを見定める事は可能だ。それゆえに、ユダの行動が愛で無いと結論付ける。

 ユダは、立ち去る間際のシンの言葉に、面倒そうに告げた。

 「鬱陶しい。強いて言うなら……あ奴(アンナ)の瞳に輝く光。……それが何であるか知りたい」

 ……その言葉を最後にユダは鳥影山より出る。シンは見送り無人の場所で、一人ユダの言葉を繰り返した。

 「……瞳の光」

 (それは……もしや六聖拳の宿す星の輝きの事か? ……いや、勘だが、それとは違う気がする。……一体)

 その時脳裏に過ぎるは、アンナが自分を見る時、自分の瞳を覗き込むように喋るアンナの顔だった。


 「……」

 (何事も、起きなければ良いが……)

 両親が死んでから、少し経つとは言え彼は酷く喪失を恐れている。

 酷く何か胸騒ぎを浮べつつも、彼は修行へと戻る事にした。

 ……そして、何事もないまま数日間が過ぎ去った。





   


   
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

  

 「……ふぅ、師も面倒な事師事するわね。薬草取って来いなんて」

 ……うんざりとした口調、そして暑さで張り付く髪を鬱陶しそうに掻き揚げて進む一つの人影が鳥陰山の森林を横切る。

 それは、雲雀拳のハマであった。自身の師匠から薬草取れと指示されて、文句言わず来たがいいが、暑い。

 帰ったらイの一番に風呂を使わせて貰おうと決意しつつ、彼女は人の気配を感じて立ち止まる。

 修行するには結構奥。色々と修行に入る人はいるが、この場所は余り人は近づかない筈だ。

 「……盗賊とか?」

 時々、町などで強盗起こして鳥影山へと逃れる犯罪者は居る。そう言う者が此処に訪れても可笑しくない。

 ハマは用心しつつ木の影から気配のする方へとにじり寄り……そして気配が誰か理解すると声を上げる。

 「何だ、アンナじゃないの」

 「あっ、ハマっ!? ……っと、あわわわわ……!!?」

 何てことない、其処にはアンナが修行していた。

 とは言うものの、それは木の上と言う不安定な場所で片足上げて瞑想すると言う結構きつい修行だったのだが。

 声をかけられ集中力途切れた事により、アンナは平衡感覚を失い左右のバランスを失い落ちかける。

 「あ、あわわわあわ……!」

 「てっ! 横の木! 横の木に飛び移りなさいって!」

 「あっ、そうか! ……って、うわぁあ!」

 ハマの言葉に、アンナは天啓受けた顔つきで納得する。だが、既に行動遅すぎた。

 結構な高さから落ちるアンナ。受身を取るも、不利な体勢と落ちる距離が近すぎたゆえか、手首と足首に痛みが走る。

 「痛ぁ……!」

 「だ、大丈夫!? ……あぁ、これは確実に捻挫ね」

 急ぎ駆け寄ったハマは、痛そうな顔で急速に赤くなるアンナの手首と足首を見る。

 「うぅ……不運」

 「御免なさい。声掛けなきゃ良かったわ」

 「ううん、良いの。リンレイ様にも常に周囲の気配に気をつけろって言われてたし、自業自得……たたっ」

 「……て、リンレイ様? リンレイ様に修行受けて貰ってるの、アンナ!?」

 (あ、やば)

 これについて、アンナは思わず捻挫してない手で口を抑える。

 リンレイとアンナが修行している事は秘密だ。既に、リンレイは基礎的な拳の知識を教授する事はしても、本格的に
 個人に修行を課す事はしていない。レイの場合は既に奥義を会得する瀬戸際だったので例外だが、今のリンレイが
 アンナに修行する事は希有中の希有。ゆえに、この事を他の者(特にロフウ)などに知られれば、色々と言われるとの
 リンレイの判断でアンナには口酸っぱく自分との修行については内緒にする事を約束したのだった。

 だが、今回ハマにはアンナのその反応で暴かれてしまった。

 「図星? ……凄いわね。リンレイ様が個人で修行するなんて……」

 ハマは素直にアンナを賞賛する。何と言ってもリンレイは実力伯仲、それでいて物腰、そして彼女は
 女性からも男性からも羨望の目を向けられる人気者だから。少しの嫉妬を感じつつもハマは彼女を羨んだ。

 「あの……この事は」

 「解っている。言わないわよ……アンナが水鳥拳覚えるなんて知った時の皆の驚き具合も確かめたいけど。色々と
 言われるだろうしね。レイ様とかと一緒だとか、嫉妬も凄いだろうし、リンレイ様は女性拳士の憧れだし……。
 ……リンレイ様に師事を受けるのか……レイ様と兄弟弟子とか……良いわねぇ」

 少しばかり、遠い目をする親友に。アンナは少しばかり引き攣りつつも彼女に感謝を抱く。

 隠しだてしていて、何か言われる事も覚悟していたが彼女は自分の事を受け入れてくれたから。

 「有難う、ハマ……」

 「お礼なら今度外で何か奢りなさいな……と、今は治療しないと。とりあえず修行は一先ず止めて、森を抜けるわよ」

 この辺りは治療出来る設備はない。不幸にもアンナもハマも今は治療の道具は持ち合わせていなかった。

 少し歩く二人。この辺りは森林の密集地帯ゆえに、帰るにしてもかなりしんどい。

 木の上を飛び移るも可能かも知れ無いが……今のアンナは負傷してるし、それは出来そうに無かった。

 「せめて、足首だけでも捻挫しなければね」

 「うぅ……面目ないです」
 
 「良いのよ、良いの……」

 肩を支え、ゆっくりとゆっくり飛び出している蔓や木の枝を避けて森の出入口向けて進んでいく。

 何時もの兎のように俊敏に動いて進んでいる獣道が。人一人を介助して歩くだけで、これ程に遅いものなのか。

 少し疲労感じつつも確実に出口へ通ずる道には差し掛かる。ハマが森の入口に通ずる道だろうと
 予測される道を視認して安堵しかけた時……そう、正にその時だった。それが起きたのは。






                              ―――――――ッ。






 「……あれ、今なにか聞こえた?」

 「うん……私も聞こえた」

 何かの大きな音。それと共に起きる胸騒ぎ。

 未発達ながらも、研磨され開花しつつある拳士としての勘がソレを告げる。

 




                         何かが来る……途轍もなく大きな何かが。




 
 「……嫌な予感するわ。早く、急いでこっから……」








 
              見          つ       け      た    ぞ……!!







 だが、時すでに遅かった。

 「は?」

 彼女は見た、丸太のように大きな腕を。

 彼女は見た、大樹の如く大きな足を。

 彼女は見た……この世で見た事もない……今まで遭遇した事のない山鬼の形相と破顔を。

 余りの出来事、余りの予想だにし得ぬ遭遇に一時彼女は動く事を忘れた。

 だが直ぐに、隣からヒッと言う小さな悲鳴と共に呟かれた声が彼女の硬直を解かす切欠となる。

 「フ……ド……ウッ」

 青白く、土気色にて死人のような表情を浮かべる大事な友達。

 「フドウ!? こいつがっ!?」

 アンナの呟きに、彼女は見上げる。ソレが噂の山鬼である事に驚愕と共に不思議な納得が奇妙にも
 彼女には相反する感情が同時に浮かび……そして次に肉体は本能的に無意識で行動していた。



 ――バッ!!


 「っハマ……っ!?」

 「黙ってなさい!! 舌噛むわよ……っ!!」

 ハマはアンナを背負い、出口目掛けて進んでいた道を逆戻りして逃走する。

 目的も、この南斗拳士達の伝統ある地に侵入した意図も不明である。

 だが奴は何と言った? 『見つけた……』そう、口にしていた。

 ならば、答えは一つだ。自らの特訓した脚力で走りながら彼女は恐怖と緊張で萎縮しそうな体を
 叱咤激励しつつ背後の無視出来ぬ威圧感から振り向かず逃げながら一つの答えに行き着いていた。





    

                         ……あいつはアンナを狙っている……!!







 



        逃     が     す         か    ぁ    !  !  !



 破壊音が背後から聞こえる。大樹を炸裂させるような音、いや実際に大木をへし折り、地面を
 抉りつつ駆けているのだろう。ハマはアンナを背負うハンデを物ともせずに走り続ける。

 逃げなければ『彼女が』終わる……! ソレを理解してるからこそ雲雀は地面を飛んでいた。

 「ハマ……っ私に構わないで……」

 「それ以上の事言ったら……ぶっ倒すわよ……!」

 彼女は地面から飛び出した枝に、石に脚を傷だらけにしつつ走り続ける。鍛えてるとは言え人一人を
 背負う彼女と鍛え抜かれた凶悪なる肉体を持ち合わせ足にリーチある巨漢の男の逃走劇は目に見える結果である。

 だが、それでも彼女は大事な友を守る為に答えが行き着いていようとも……それでも!

 


 ゴッ……!



 「っうぁ……!!?」

 運命は正義に微笑む事無いのか? いじらしく正義に基づいた彼女の行動を嘲笑するように一つの
 蔓が彼女の足へと巻き付き其の逃走劇に幕を終わらせる。背中に感じる親友の呼びかけの言葉と共に
 彼女の腹部と膝小僧に痛みが走り、そして口の中に僅かな土の味が迸る……そして背後から絶望の声が。

 「クククク……鬼ごっこはお仕舞いかぁ?」

 想像しなくても、背後の鬼が残忍な笑みで自分を見下ろしている事が知り得た。

 この次に、そいつはきっと間違いなく私の背中に感じる鼓動を連れ去るだろう。

 そして……そいつはきっと……私の大切な仲間を。

 (くそっ……動け……動け私の体……戦え……闘いなさいよぉ!!!)

 「貰っていくぞぉ……!」

 威圧感が徐々に後ろから迫ってくる。もう、数メートル程に腕が有るのか気配で如実に解る。

 動け……!

 動いて私の体! 動け動け動け動け動け『キキッ……』動け……?

 震えるハマの体。起き上がろうとする意思の中に突如彼女は耳に障る音、然しながら背後の声とは
 また違った声に恐怖を一時忘却し前を見る。……そして、彼女は呆けた表情に似た顔付きで呟いた。






 「……チゴ?」

 「キキキキッ……山奥で狐追いかけてたらよぉ……こんな獲物に巡り逢えるたぁなぁ……」

 其処に居たのは、鳥陰山で同じく拳士を志にする仲間。

 はみ出し者のレッテルを押し付けられる。狂人と称される南斗拳士の卵が即席で自前の槍を回しつつ
 自分が背後に感じてる恐怖など微塵も感じてないかの如く愉しそうに笑いつつ立っていた。

 「あぁん……誰だぁ……ちびすけ?」

 邪魔された事による苛立ち、不満、険悪、凶暴。

 そんな負の裂帛の威圧感。ソレに対し彼は見上げて愉快そうに言う。

 「あん? てめぇこそ誰だよウスノロ……キキッ」

 そう呟き、鳥陰山にて南斗拳士の中では未だ巣立ち前の雛であろう彼は山鬼に無謀にも槍構えて呟く。

 だが、これが始まりの幕揚げである。六聖でもなく、時代に記されぬ一人のはみ出し者の拳士から始まる物語。

 これは……108派の知りえぬ者達が山鬼に対峙し合った事から起きた一つの物語なのだから……。

 「ウスノロだぁ……?」

 怒りを僅かに滲ませ、青筋立てて……ソレは初めて咆哮と共に名を名乗る。

 



 「俺を誰だと思ってる……我が名はフドウ!! 鬼のフドウとは我の事だぁああああ!!!」

 「キィキキキキィ……ハヤニエにチゴ。此処ではそう言われて恐れられてるぜ、俺もよぉ」




                          百舌鳥、山鬼へと舞う。






       







            後書き




 はい、と言う訳で推敲して二十二話から二十五話までお送りしたいと思います。

 レイの態度が少々悪いようにも感じれますが。行き成りジャギ見たいな奴に馴れ馴れしい態度とられたら
 誰だって胡散臭いと思います。作者自身もそう思います。えぇ、だから私は悪くない。



[29120] 【巨門編】第二十三話『鳥の爪は山鬼を砕くか(中編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2013/01/05 20:22



 


 


 南斗百舌拳

 南斗108派の上位三十六の拳の内の一派。その拳、立ちはだかる闇を縫い付けて王の進行を助力せん。

 闇すらも恐れさせん程の鬼気を備えし百舌のハヤニエ。その者の狂気に比例してその拳は強くなれり。

 南斗百舌拳。それは如何なる時であろうとも、ハヤニエにより獲物を刈り取る猛禽の極意を示さんが拳である。



   
    ・     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 チゴ。

 彼は生まれてそう名づけられた。彼は生まれながらにして左右の瞳の色は異なっていた。

 彼を回りは薄気味悪かった。また、彼は幼少の頃から虫やら小さな生き物を突き刺すのが好きな子だった。

 そんな不気味な行動を周囲から幾度となく警告されても無視し続けた子供に。皆、彼を嫌った。

 それでも、彼は哂っていた。

 別に、狂っていた訳ではない。ただ、生き物が貫かれて身悶える姿が好きだっただけ。

 周囲に愛を伝える者はおらず、彼が唯一安らぎを求めた答えが、その形であっただけ。

 殴られても、罵倒されても変わらない。それだけが満たされるのだから。

 だから、変わらず彼はそれを続けた。

 唯一友と思えたのは、近隣で見かける百舌のみだった。

 蛙が、蜂が、虫が、あらゆる生き物が突き刺される光景。

 その姿は彼には眩しく映り、そしてそれを真似事のように人間からして小さな生き物全てに彼は同じように行った。

 だが、彼はその所業と同時に、生き物に対し愛は抱いていたと自負している。

 ゆえに、その行いを終えた後に、彼はその生き物を永遠に忘れぬように刻む。

 

 数年後、彼は南斗百舌拳の師と出会う。

 彼の瞳の色と、彼が襲い掛かってきた獣を戸惑い無く背中を枝で突きぬいた様子を見て、彼の師は弟子にならぬか尋ねた。

 彼はすぐに了承した。それが彼の南斗百舌拳を扱う切欠。



 ……鳥影山へと修行するようになり、彼は少しばかり退屈を覚えていた。

 突き刺す獲物は色々とある。人間相手を刺すのも気晴らしには。

 水鳥拳を扱う同門の拳士。鶺鴒・交喙・蟻吸・孤鷲……やり合う相手には不足してはいない。

時には手酷く痛めつけられる事もあるが、それは自身の未熟ゆえであり他者の所為でなし。そう、己は
この鳥影山で正しい行動をしていると彼は思っている。

 近頃では三白眼で己とは違った意味で異質な存在ながら周りとは仲を率先して持とうとする者も入ってきた。

 チゴは、そんな彼の行動に興味は持たない。だが、然しながら其の者が年齢や外見からとは異なる
 何か外見とは異なる中身を持っている事を薄々ながら感じ取る程に本能的な勘が優れていた。

 数回、六星とは全員闘(や)り合った事もあった。生来どんな相手でも嬉々として戦闘する事で
 『拳士潰し』等と言われるようになったが、別にどう言われようとする事は変わりない。

 この鳥陰山に弱者は要らない。ハヤニエ程度で潰れるような相手は最初から虚偽や建前で溢れるような
 世間に戻れば良いのだ。と、彼(チゴ)は本気でそう思っていた。そんな彼が、彼(ジャギ)と闘った印象。

 (何か、隠してんな。疚(やま)しい事なんか知らないが……こいつは何か隠している)

 襲撃と言う形での腕比べ。その中でチゴはジャギを胡散臭い相手と第一印象で決めた。

 (まっ……どうでも良いがな。……俺がヤリ合う分に楽しめる相手であるならソレ以外どうでも良いや)

 別に彼に善悪の判別が付かない訳でない。その証拠として女性には基本的に不意打ちをする真似はしない。

 ただ、彼は歪みながらも真っ直ぐなのだ。

 彼の精神の安定剤代わりが、ハヤニエであると言うだけで。

 彼は世間的に言うなら戦闘狂とかそう言った部類に属する人間である。

 そして近頃彼は退屈を少々覚えていた。彼を満足する獲物がないから。

 刺激的な遭遇。飢えた熊や狼以上……己の肉体も精神も満足するような相手を欲していた。

 ……あぁ、だから。





 『ガハハハハハハ!! 小さき者があ、このフドウ相手に挑むがぁ!!!』

 


 だから、この出会いはきっと『必然』だ。






    
    ・     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「チゴ? ……っあ、あんた早く逃げなさいって! こいつ鬼のフドウよ!」

 何やら最近になって鳥影山で修行を始めた少女。そして自分と同時期程に鳥影山に入って
 時々己の行動に文句を付けてきたウザったい少女。それを視界の端に収めながら彼は今の状況に狂喜していた。

 「うっせぇなハマ、ちょいと黙ってろよ。……おりゃあ今、目の前のハヤニエをどんな風に串刺しに
 すっかぁ想像してんだから。キキィ……こんな上玉なハヤニエ、生きてて何辺出会えるか解らねぇ……」

 普段の修行以外でハンディングとして使用している簡易的な木槍を弄び彼は歪んだ笑みで山鬼を見上げる。

 彼の肉体が理解していた。目の前の相手は駆逐する事でしか生を満たせない存在なのだと。

 同質の匂いを感じ、彼は目の前の存在は師から言われた無駄な殺生の禁止から除外されるとも思っていた。

 「何、馬鹿な事言ってんのよ!? とっとと逃げ……」

 ピーチクパーチク、隣から聞こえる声に少々煩わしく思えたチゴは面倒そうにハマへ告げた。

 「逃げてたのはお前の方だろ? 言っておくが、このまま奥へ向っても急な崖と壁のみで行き止まりだぜ」

 このまま逃げたって追い詰められるだけさ。と、遠まわしに告げられる絶望的な事実。ハマは息を呑んで
 己と彼女(アンナ)が転んでも転ばずとも逃げきれなかったと言う事実を告げられ歯噛みする。

 「ククハハハハッッ!! そう言う事だぁ!! とっとと其の背中の女を引き渡せぇ!!」

 目の前の巨漢。恐らく自分と同じく誰かが苦しむ様を見るのが非常に好きだろうと思える相手の哄笑が肌を震わす。

 圧倒的な強者を言葉にせずも主張する巨漢。そして膝を付き怪我人を背負い今にも挫折しそうな少女。

 それを数秒観察し……彼は彼の流儀に沿った行動をする。

 「……チゴ?」

 顔を俯け、これから彼女(アンナ)を鬼へ引き渡さなければいけぬのか? と絶望してる最中。

 その当人(アンナ)が呟いた名の声色の変化に顔を上げたハマは目を見開く事になる。

 「っ……!」

 視界に映えるのは、己等の前面に背を向けて悪鬼相手へ粗末な木槍を肩へ提げて対峙するチゴの背中。

 「あんた……っ」

 その行動の意味する事が明らかであり、ハマは中断するように告げようとする。だが、その前に声が上がった。

 「早く行けやハマ。巻き込まれても俺は助けねぇぞ?」

 振り返っての愉快そうな表情。だが、どのような理由であれ彼が自分達を助けようとしてる事を理解し……。

フドウの鬼気と覇気に当てられて衰弱しつつも、はっきりとした声がハマの後ろから上った。

 「……御免、有難う」

 「お前、確かあの三白眼と一緒の奴だっけ? キキキキ……今度あいつにマジで俺と闘えって伝えろよ」

 ――マジな殺し合い程よぉ、愉しめるもんは、この世にないからなぁ。

 アンナの礼に、チゴは言いながらフドウへ向き直る。もう、彼の念頭には目の前の相手に如何に闘うか
 しか考えてない。これから起こり得る死闘に、どう自分が相手するかと言う思考しか。

 「……っ無茶すんじゃないわよチゴ!!」

 最後に、そう告げてハマは彼の背から抜けるように横道へアンナを背負い直しつつ逃走を開始する。

 背負われたアンナは、最後に振り返った先で追いかけようとするフドウの道を遮るようにチゴが立つのを見た。

 



  ・




         ・


    ・



       ・



  ・




     ・



          ・

 「小虫がぁ……!」

 山鬼は苛立つ。折角追い詰めた獲物を邪魔した一匹の害虫に。

 今まで己は絶対者だった。獲物と決めつけた相手を取り逃がした事は一度も無し。

 そんな彼だからこそ、自分が今まで相手してきた中で恐らく一番下であろう相手が自分の狩りを
 邪魔した事は到底我慢出来る事で無かった。ゆえに、次に起こす行動は……目の前の害虫退治。

  「邪魔をするなぁ!!」

 蠅を叩くように、赤ん坊が癇癪を起こして何かを潰そうとする如くフドウは手を振り上げる。

 山鬼である目の前の巨漢の拳が振り上げられる、その一振りは掠っただけでも致死に値するだろうと
 チゴは感じ取っていた。大きく振りかぶった腕、それは自身の頭上へと振り落とされる。

 本来、未だ十二、三程度の少年が百戦錬磨であるフドウに勝利する確率など到底有り得ない。

 だが然しながら僥倖なのは、今のフドウは目の前の相手を『小虫』と慢心して対峙していた事が彼の助けとなる。

 「キキッ……!」

 一つの囀りと共に、彼は自分の背丈と等比対の掌が振り落とされる直前に地面を蹴って跳ぶ。

 そのまま、木の枝で稚拙ながらも鋭くした穂先で彼は己の体重を全て預けながら槍を彼の鬼の手の甲へ振り落とした。




 ―――ブシュゥ……!



 「ぬ……っ?」

 「キキッィ」

 一瞬の双方の攻撃。分配は南斗拳士の雛鳥に軍配上がる。

 然しながら、今の一撃の中で一番焦燥を感じていたのは……チゴだった。

 (何だ、こいつ……!? 全体重込めて槍をぶっ刺したってのぉに……貫けやしねぇ……!?)

 何時も狩りをする中の手応えがない。それを意味する事を彼は理解した。

 そう、目の前の山鬼の手の甲を貫くつもりで与えた一撃。それは皮一枚に穂先が当たった程度の
 傷しか与えてない事と。そして圧倒的な力量が自分と相手に存在する事を未熟な南斗拳士は理解したのだった。

 だが……。

 (良い……っ! 願ってもねぇ相手だ!!)

 圧倒的な差、それに湧き上がるのは絶望感の他に沸々と浮かぶ闘争の興奮と嗜虐の感情だ。

 目の前の相手が強ければ強いほど、目の前の相手が圧倒的過ぎる程。

 登ろうとする山が聳え立ってエレベスト程の途方もない高みならば、それを登り終えた時に何を思うだろうが?

 抑え難い興奮を行動で示すかのように、彼は一足飛びでフドウが次の行動を起こす前に一つの木へ跳ぶ。

 「! 逃がすかぁ!!」

 フドウは、それを相手が逃げようとすると思った。圧倒的な力量に今更ながら気づいた愚者が怯えて
 己から誇りも勇気もかなぐり捨てて背を向けて逃走しようとするのだと。

 然しながら、チゴは逃げない。木の枝へ着地すると腰に下げていた狩り用に使うハンディングナイフで
 適当に判断した木の枝にナイフを走らせて其の枝を掴んでフドウが手を伸ばす瞬間に危うくながら
 別の木へと跳ぶ。そして同じ行動を行い二本の木の枝を掴んで近くの木陰へと身を滑らすように移動した。

 「ククハハハッ!! 何だぁ? 鬼ごっこの次は隠れんぼがぁ!! あぁ!!?」

 一部始終、目の前の小虫が何処へ隠れたか理解してるフドウは彼の行動を嘲笑う。

 銃器ですら殆ど無効に出来る強靭な肉体。余り余る程の圧倒的な力。

 彼は己が最強だと疑ってなかった。ゆえに目の前で自分を微々たる妨害する子供が如何な方法を
 取ったところで万が一にも己を敗北に喫するような事は出来ぬと疑ってはいなかった。

 耳に聞こえる何かの研がれる音、そして現れる人影。

 チゴは、何やら不敵な笑みと共に両手に槍を持っていた。それは今まさにナイフで切って即席で
 作成した木の槍、もう一本もそのナイフを枝にくっ付けて作成した槍だ。

 「ぐわははははは!!!! ソレで俺を相手する気かぁ!!!? 身の程を知れえええええ!!!」

 嘲笑・哄笑。所詮子供の浅知恵と嗤ってフドウは前進する。目の前の餓鬼を直ぐに薙ぎ払い
 直ぐにでも先程の少女を追う事を念頭に入れて。自分の足ならば直ぐに彼女へと追いつくだろう。

 


 ―――シュンッ!!



 「むっ?!」

 だが、フドウは一瞬だけ其の悪鬼と称される残酷な笑みを打ち消して顔を背けなければいけなくなった。

 チゴは、投げたのだ。その即席で作り上げた木の槍をフドウの右目へと力いっぱいに投擲したのだった。

 流石に、目を狙われては幾ら頑丈が自慢なフドウと言えども堪らない。腕で防ごうとするにも周囲の
 木々が彼の歩いている場所では邪魔になり、目を覆う前に木が妨害し防ぐ事を遅らせる事を理解する。

 だからこそ、彼は顔を背ける。一瞬だけ、チゴを視界から外した。

 「……餓鬼……! っ何処だっ……!?」

 振り返り、小癪な真似した小僧へと制裁喰らわせようと決意するフドウの視界に見えるのは無人の地面。

 直ぐに顔を辺りへ向ける。有り得ない、幾ら子供で拳士として修行してる故に少々俊敏とは言え
 一瞬で自分の視界から逃げ果せられる程に相手は早くないだろう。そう判断して目を凝らし遠方を見る中……。

 「……キキッ」

 耳元で、不意に先程聞いた障る独特の笑い声と共にフドウは鈍い痛みを首元へ感じた。

 「ぐおぉ……!!?」

 瞬間的に芽生えた熱と痛み。そして首に目を向ければ木の棒が自分の鍛え抜かれた首へ生える光景。

 それと共に、自分へ成功したとばかりに口が裂けるような笑みを生やす……チゴの姿!

 「が……餓鬼いいいいいいいいいいいいいいい!!!」
 
 「へっ! 鈍すぎるんだよデブがぁ……!」

 ……フドウの肩へと飛び乗り。その首へと木の槍を渾身の一撃と共に刺した。

 言うだけならば簡単だが遂行するには幾つもの偶然によって起きた奇跡の成功。

 チゴは、子供だ。その体格はフドウの今まで相手した相手と比較すれば全くもって小さすぎる。

 その体重は、フドウにとって乗ったところで殆ど気にするような重みでない事が彼の今回の不意打ちながらの
 投擲によって山鬼の視界から消えたと同時に木へと飛び移り、直ぐに辺りを見渡すフドウの、あの
 凶悪さを表徴する刺当てへと飛び移る事を成功した要因となったのだ。

 そして今回鳥影山へ侵入したフドウは正気と言うにはおこがましい状態であった事も成功の要因となっている。

 チゴは知らずも、彼はそのような複数の運命の悪戯を加護につけて奇襲を成功したのである。

 だが、奇襲成功とは言うなれども現状は好転してない。フドウを逆上させた事は万に一つでも見逃される
 可能性あったかも知れぬチゴの運命を閉じさせる事になったかも知れぬのだから。

 フドウは暴れる、己の首元にひっつき虫のようにしがみ付いているチゴを振り払おうと。

 「っ……」

 強力なGがチゴを襲う。だが振り解かれれば自分の生が無いであろう事を知る彼はフドウの首へと
 己が刺した木の槍の柄にがっしりと離さずに掴む。それによって首に刺した槍の穂先がフドウの
 首の肉へと無闇に動いて傷口を広げる事になり一層とフドウの凶暴さに拍車をかける事となった。

 「ぐをおおおおおおぉぉぉ!!! 餓鬼如きが我に傷を付けるかあああああ!!!」

 腕に付いた蚊を潰す如く、フドウは音速に近い程の速さでチゴの居る首目掛けて自分の手を放った。

 「ギャッ……!」

 ソレはチゴへと命中する。背中とは言え、フドウと言う男の鉄の壁が自分を一瞬肉体を挟み潰す程の
 衝撃に彼は吐血し一瞬意識を失いかけた。だが、それを止めたのは手応えを感じたフドウの嘲笑だろう。

 (……未だ……だっ)

 歯を食いしばり、目から血を流しつつチゴは今の衝撃で半ば砕けたフドウの首へ生えた槍を掴み
 強引に引き抜く。その生えた傷口こそチゴによって唯一残された最後の勝利への布石。

 「南斗百舌拳……奥義」

 何時かの日、師父との邂逅の際に見せられ魅せられた百舌鳥の奥義。

 一撃で百舌鳥の敵となる存在を縫い付け、そして絶命させる事を目的とした百舌拳の一撃必殺の技。

 狙うは奇襲で何とか傷を付けた首筋、その頚動脈に自身の拙いとは言え師父の見よう見まねとは言え
 全身全霊の一撃さえ成功すれば倒せる筈だと確信し気を充満させ、呟く。

 



              

                              南斗雷震……





 (あ……やべっ)

 だが、不意に彼の意識は暗闇へと誘われる。今まさに迸らせようとした闘気は引き戻されるように彼は
 奈落へ意識が転落するのを自覚した。その原因は間違いなく、先程の自分へ放たれた一撃だ。

 たったの一撃、蚊や蠅を叩くような一撃で己は瀕死となったのか。

 (へっ……良い……さ)

 体が重力へ逆らい落ちる。このまま意識を失ったら興奮状態の今自分が相手してた山鬼に止めを刺されるのか?

 それも良いだろう。最初から絶望的な闘いであったが、一泡吹かす事には成功したのだから。

 意識を失う直前、自分が結果的に逃がす事にした彼女達は無事だろうか? と言う、らしくない考えが掠めた。

 ……どうでも良い事だ。だが、数分は時間を稼いだし後は彼女達次第だろう。

 そこまで考えて、チゴは完全に意識を失った。

 

    ・     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……ちぃ!!!」

 フドウは殺気立ち、今にも踏み潰す勢いの気配を登らせて自分の目の前で意識失ったチゴを見下ろす。

 気に入らない、気に入らぬ。己より萎縮で全く以て小力な存在が自分に微弱ながら傷付けた事が我慢ならなかった。

 今、踏みつぶせば。いや踏み潰さずとも少々小突くだけで簡単に小虫(チゴ)が死ぬ事は理解してる。

 「……ちっ!」

 だが、フドウの良心とは違った感情がソレを良しとせず行為を止めた。今、ソレをすれば目の前で
 僅かに笑みを象り傷を付けた小虫に負けを認めるような不思議な感覚をフドウはしたからだった。

 それに、当初の目的を見失ってはいけない。

 「あの小娘は、あっちか」

 止めを刺しても良いが、フドウは何よりもあの娘を手に入れたかった。

 チゴの顔の横に唾を吐いて横を通り抜ける。

 そうだ……あの小娘を手に入れる。手に入れて。




 ? ……俺は、あの小娘を手に入れて何をするつもりなのだろう?


 ふと、フドウは自分が何故鳥陰山に侵入したのが疑問を感じた。そして何故あの小娘を執拗に追おうとしてる?



 ……我は。







                            ━━━━ドクン







 「……ククハハハハッッ!! そのような事、後で考えれば良いだけの事ぉ!! 我は鬼のフドウ!!」


 ただ欲しいモノは手に入れる!!  ソレだけの事よぉ!!

 フドウは、哄笑と共に悪鬼へと再度戻るとズンズンとハマとアンナの逃げ去った方向を追った。

 今の自分が、本当に自分の意思で行動してるのかも解らぬままに……である。








   ・






           ・


      ・



          ・


   ・






        ・




             ・




 ……その少し前、フドウが侵入した頃。

 その時に、異変を感じ取ったのは何もアンナやハマだけでは無かった。

 「……っ! これは……!?」

 フドウが侵入したルート。それは鳥陰山の入口とは異なった言わば切りだった通常に人間ならば
 通らぬ険しい斜面の道から侵入した。だが、この鳥影山は単なる登山家が愛するような山では無し。

 そのフドウの侵入した場所の付近にも南斗の拳士は居た。

 木陰から、小山が歩いている如く邪魔な木々を倒しつつ小石を蹴飛ばすように岩を蹴り砕くフドウを
 視認して其の人影は急ぎ木陰の脇へと身を隠して様子を伺い、そしてフドウが去った場所を見送った。

 「大変だ……っ」

 その人物の名は、オナガ。

 連雀拳と称される、多数でのチーム戦を得意とする拳法家。

 ザッ。と彼女は数分木々を飛び移るようにして走る。そして降り立った場所で焦燥気味に叫ぶのだった。

 「皆……早く鳥陰山の全員に知らせてっ!」

 其処に居たのは、彼女の連雀拳の同士達。

 この事が、ハマとアンナの運命へと大きく影響及ぼす事になる。














 「はぁ……はぁ!!」

 ハマは走り続けている。その足の半分が傷の所為で薄く赤く染まりながらだ。

 「クククハハ!!! 逃がしはせん……っ!!」

 背後から聞こえる声は徐々に近づいてきている。

 地形を知るこちらに分があるのに関わらず、あの巨漢なる悪意を保った追跡者を振り切れぬのは
 主に全ての能力であちらが上である事を暗に知らしめされているのだと彼女は把握する。

 だが、だからと言って諦めて友を奪われるなど出来るものか!

 「アンナっ……大丈夫だから!」

 激励を背負う友に告げつつ、本当に励まそうとしているのは己の心でありつつ彼女は疾走する。

 だが、不意に彼女は悪寒を感じると共に背後から何かが轟!! と迫る音を聞いた。


 ――バギィイ!!

 「っ……嘘」

 不意に立ち止まるハマ、そして目前に突如現れた横にへし折れた大樹。
 思わず振り向いて視界に映るのは、ニヤニヤと性悪と残虐を併せ持った笑みと、片手に小石を
 弄ぶかのように上へ投げてキャッチする、控えめに表現しても自分と等身体の岩が見えた。

 理解出来る事実、アイツ(フドウ)は何てことないように岩を投げて大木を一瞬で折って道塞いだのだと……!

 「ははっ……非常識過ぎるでしょお」

 空笑いが思わず浮かぶ中、彼女の中に舞い戻る絶望感を無視し山鬼の形は徐々に拡大していく。

 「……マ……お願い、逃げて」

 か細く、その時に背後で背負う友から弱々しくもはっきりと声が聞こえた。

 その言葉に胸締め付けられる感情が迫ると共に充満しきっていた心の暗雲が晴れた気がした。

 「っ舐めるんじゃ……ないわよ!」

 そうだ、逃げ延びなくてどうする。諦めてどうにか出来るのなら幾らでも挫折するのみ。

 ハマは気合と共に大木を乗り越えようと跳ぶ、へし折れた大樹は上手い事フドウの思惑に叶った容易に
 突破出来ぬ壁となっている。それでも彼女は必死に木の腹に手を掴んで乗り越えようとする。

 「ククハハッ! 無駄だ……!」

 乗り越えるのに数十秒掛かる過程、それはフドウにとっては絶好の奪い取る機会。

 懸命に背を向けて逃げようとする虫を潰そうとするかのように、フドウは手をゆっくり彼女の背負う
 自分が奇妙な程に欲する獲物目掛けて手が触れかけようとした時だ……第二の救いの手が舞い降りた。





                             ――ピュッ!




 「ぐおぉ!!?」

 「え?」

 フドウの不意の呻き声。それを聞いたハマの唖然の声。

 必死に乗り越え木の腹に立った時には、ハマが見たのは首筋を押さえ顔を顰めるフドウの姿。

 一瞬、彼女はフドウが極めて凶暴な蜂にでも偶然刺されたのか? と考える。だがフドウにとっては
 急に不意に、自分の先程自分に無謀に挑みかかってきた餓鬼相応の者に受けた傷が急に再度痛むと
 言う奇妙な現象に少々面食らう出来事だった。目の前の小娘でない事は確か……偶然かとフドウは再起する。

 「なんだあああ? ちっ、大人しくその小娘、よこ『ピュッ!!』ぐおっ!!?」

 空気の切る音、そしてハマは見た。フドウの視界の死角から丁度上手く小石が鳥を落とす勢いで
 彼の目へと直撃するのを。肉体で鍛える事出来ぬ場所に受けた衝撃にフドウは思わず目を押さえて苦悶する。

 そして、フドウが苦しみ呻く最中。その下手人達は姿を木陰から現した。






 『……無事か(かしら)?』




 「っシンラ……カガリ……!』

 出現したのは、白く逆立たせた髪の毛と黒く艶かしく輝く長髪の対比の目立つ男性と女性。

 南斗聖拳……108派上位拳法が使い手……斑鳩拳のシンラ。

 同じく南斗108派上位拳法36の内が一人銀鶏拳のカガリ。

 未だ成長途上ながら、鳥陰山では其の習得すべし拳法を人より早く得ている男女である。

 鋭利ながら、その瞳に燃える如く感情の火が見える双方の男女は同じように手に鋭い小石を
 構えつつフドウに目を走らせていた。彼らは不意打ちが成功しても慢心も油断なく警戒顕に顔を厳しくしてる。

 「……っ餓  鬼゛  がぁぁ……!!」

 どれ程の回復力を備えているのか? 目から涙流しつつも先程の目への小石の直撃が何て事無かったように
 フドウは憤怒に溢れた顔付きで闘気を一片も衰える事なく自分を怒らせた者達を視認し形相を浮かべる。

 「生かして帰しはせんぞおおおぉぉ!!」

 怒声の咆哮によって森が震える。反射的に身を竦めるハマと変わって手をしっかりと握り締め合い
 体の中に浮かぶ恐怖に負けぬよう勇気を奮い立たせる二人は彼女へと静かに命じた。

 「……俺達が、アレを足止めする」

 「貴方は背負ってる怪我人さんを早く出口まで連れて行ってあげなさい……未だ少し距離あるけれど」

 どう言う理由で追われるか? 何故にアレが侵入したかの経緯に触れる猶予はない。

 どちらにせよ、この鳥陰山で彼も彼女も共に同じ道を競い合う仲間が無粋な者に襲われるのを
 黙って見過ごす程に冷情なれぬ筈がないのだから。だからこそするべき事は最初から決まってる。




 『―――行け(きなさい)っ』



 逆上し、獣のように唸りつつ迫ってきたフドウに予め決めてたかのように両者共に左右別の方向に
 跳んで木々に飛び移り、未だ極めなくも研磨している指弾及び投擲術でフドウ相手へと応戦する。

 「ブンブン飛び回る蠅がぁああああ!! 叩き潰してくれるわぁ!!!」

 我武者羅に腕を振り回し山鬼は勇敢なる若鳥二つの舞いを叩き潰そうと躍起になる。

 一撃でも喰らえば重傷免れる嵐のような腕の振り。死が容易な攻撃の嵐を掻い潜り舞いながらシンラも
 カガリも何故か心は奇妙な程に落ち着いた感じだった……自分達の敗北が必至だと理解しているのに関わらず。

 「カガリ……右だ!」

 「シンラ……左よっ」

 互いにフドウが振り抜く腕を間一髪の所で交互の声を聞いて声の指示に命ずるがままに跳んで避ける。

 そのまま所有している小石を弾丸の如く勢いで放ちつつも、それは殆ど運良くても肌を浅く裂傷を抱かせる以外に
彼の眼前で自分達を屠ろうとする山鬼には通じない。

 そう、自分達に勝率は殆どない。オナガの仲間等からフドウ侵入の旨を聞き。偵察だけでも行い
 南斗拳士の伝承者達が来るまで役立つ事をしようと思ってた折のハマ達とフドウの逃走劇の発見。

 木々を草が何かのように薙ぎ倒し前進する人間戦車のフドウに、拳法の特性も有るが自分達の力量から
 二人共に己が目の前の凶暴なる悪鬼に勝てるなど有り得ない事など既に把握していた。

 (だが……あぁ、そうだな。……カガリが一緒に戦ってくれている)

 (えぇ……だから私は……こんなに穏やかな気分で空を翔れるのね)

 二人共、全く以て同じ思考の中数分、数十秒かも知れぬがフドウ相手にと10桁程の石の礫を
 浴びせフドウの全身に裂傷を与えるのと引き換えにフドウの一撃に不幸にも直撃し昏倒する事になる。

 然しながら、どちらも互いを庇い合うような体勢で受けたゆえか彼らもまたフドウと言う悪鬼から
 命を拾い上げる事になる。その怪我はチゴよりは軽い怪我では済んだと記述しておく。

 





 「ふぅ~~~~……! ブンブン蠅がぁ゛! 悉く我の邪魔を……!」

 フドウは苛立ち頂点に近くの地面を陥没させつつ逃げた二人を探す。

 (我は鬼のフドウ……我が得ると決めた獲物は如何なモノでも絶対に手に入れて見せるぅぅうう!)

 もはや、フドウの中に自分が今動かしている感情が自分の物なのか認識する事も危うい。

 狂気に操られし悪鬼は、ただ其の悪意に操られたまま恐ろしい程正確に彼女達の逃げた先へと駆ける。

 鬼の前進は多少の時間膠着したものの又加速し始める。

 少しばかり二人の人影を見失った。もしや完全に取り逃がしたかと心の中で歯噛みしつつ木々を薙ぎ倒し
進み行くフドウ。

 険しい顔付きのままに勘任せで進んでいくフドウの顔付きは、数秒してから邪悪な笑みを舞い戻る。

 「くく……この我から逃げる事など出来るかっ!!」

 見つける人影。足早に地面を蹴って自分の眼前から一刻も早く逃げ延びようとする小柄な体格の者を背負う
重なった二つの人影をフドウは視認した。

 疾走する女、それと頭を頭巾のような者で覆う自分の獲物。何故にこの短時間でそのような物を被っているか一瞬
不思議に思ったが、何て事は無い。己から逃げる為の拙い変装だろう。

 ……笑止!!
 
 やはり、天は自身を味方している。どれ程の邪魔が入ろうと己の目的を阻む事など生来から誰一人不可能なのだから。

 「ぬぅぅん……!! 喝ッッッ!!!!」

 足に筋肉の血管を浮かべ、フドウは其の人影へと一気に迫る。

 一陣の台風の如くフドウは地面を抉らし、木々を完全に破壊し尽くし其の人影の道を遮った。

 「クククハハハハッッ!! 余り目立ちたくないゆえに力振るいたくなかったが、これ以上騒ぐとザワザワと虫共が
大量に来そうだがらなぁ。さぁ、観念し……」

 時間を掛けず有無を言わさずアンナを連れ去らう。その方針へ変えたフドウは其の人影が恐怖で引きつっている顔付き
を想定し薄ら笑いで手を伸ばそうとし、その状態で鬼は固まった。







 「ふふ……残念でした♪ あんた見たいな山熊にアンナは勿体ないわ」

 そう、自分の肩透かしを嘲笑するように優雅な微笑を携えた一人の女性……そして、その背中から降りる一人の少女。

 「……」

 無言で、頭巾を外すアンナとは全く似ても似つかぬ女。年齢はアンナと同じ程だろうが全くの別人だと見受けられる。
 その少女は、表情で作戦が成功したと言う不敵な顔付きで狩人に対し挑戦的に見上げていた。



 ……時間は数分前に遡る。

 必至に逃げるハマ。その目前から同じく木々の腹を蹴りつけ文字通り飛ぶように向かってきた二つの人影。

 『……キマユ! エミュッ、今フドウがっ』

 彼女は、一刻の猶予もなく狩猟者が追い詰めて来ようとする事を説明する前に、彼女の親友は遮って告げる。

 『わかってる! 事情はオナガの仲間から聞いてる……! 良い事、ハマッ。あんたはあっちへ
 逃げなさい、猛スピードで。悪い事に、今日は多忙で他の南斗現伝承者様達が出払ってる状態なのよ……ッ』

 最悪の事実の急報。ハマは、森を抜ければ現伝承者達が助けてくれると頭の片隅で考えていた
 希望が叶わぬ事を知って愕然とする。何故? まるで、天は今自分と友が絶望するのを望んでるようでないか。

 彼女の絶望が体に回るのを制止するように、キマユはハマの肩を強く励ますように掴んで口早に告げる。

 『良い事!? 走って、走って全速力であんたは逃げるの! 今……あんた達を助ける為に皆、動いてる!』

 そう説明し、キマユはフッと微笑むとハマの髪の毛に何時の間にか駆けている時についたのであろう
 木の葉を優しく取り払うと、一瞬だけ風が当たったかのかと勘違いする程に素早く撫でて付け加えた。

 『……私も、あんた達を逃げ延びさせる為にサポートする……囮になるわ。言っておくけど反論は無しよ?
 大丈夫! 私が、未だ見てないけれどフドウなんて言う田舎臭い男に手玉に取られる筈ないでしょ?』



 ……その会話を終わりに、キマユ・エミュの作戦は始まり。そして功をなす事となったのだ。

 硬直し、数秒口を半開きにして様子を見てたフドウは顔に溶岩の如く赤を染めて自分が騙された事を知る。

 「こおおおおおむすめえええぇぇがああああああ!!」

 咆哮の怒鳴り声と共に、感情のままに振り放たれた掌。

 その力任せだけの手はキマユと、そして変装していたエミュの近くの地面を砕き、その余波を二人の少女に与える。

 苦悶を僅かに浮かべ、飛び退きつつも衝撃の突風で木々の背中に強く受ける二人。
 キマユは其の衝撃で四肢を幾つか負傷し、エミュは不運にも後頭部を打ち付けて昏倒した。

 「何処へ逃がしたああああああああああああ!!!??」

 「っ……はっ……んなもん決まってるでしょ? ……あんたが追いつけない方向によ」

 鍛えられた拳法家でも小便を漏らしそうな脅迫の滲ませた問いかけにも、キマユは恐れずに冷や汗を僅かに流しつつも
強気な笑みと共にフドウに告げる。

 死んでも口を割りはしない。その覚悟が滲み出る笑みにフドウは自身の苛立ちが頂点に上り血管が切れそうな限界に近い
までの怒りを抱く。

 が、我武者羅に此処で暴れれば目の前の小娘二人の策略の深みに嵌るだけとも頭の中に残る理性が告げる。

 そうだ、この目の前の小娘達が囮の真似したのは彼の獲物を逃がす為の手段。そして、自分相手に危険な手段に打ったと
言う事は未だそこまで獲物が遠くへ行ってない事だ!

 フドウの頭脳に走る電流。ならば、こ奴らに構っている暇は無い……!

 「命拾いしたな……!」

 ひと振りすれば労を成す事なく致命を与える事は出来る。だが、先程の小虫(チゴ及びシンラにカガリ)のしぶとさを
考えればフドウは既に自分を引っ掛けた娘達に構う気は無かった。

 荒れ狂う一陣の暴風の如く、木々を薙ぎ倒しフドウはキマユとエミュから去っていく。

 「は、はは……アンナ、ハマ。逃げ延びなさいよ……絶対に」

 空笑いと共に、何とか命を拾ったキマユは脱力しつつ祈る。

 追うにしても、木へ吹き飛んだ際に数箇所動く部分に支障が起きる程に怪我をした自分では足手まとい。

 (嫌ねぇ……弱いって言うのは)

 歯痒い、されと自分が作った時間はきっと彼女達を助かる道の礎になる筈だ。

 彼女達の親友で、女でありつつ女を愛する性を持つ人鳥は大樹に凭れつつ天仰ぎながら祈るのだった。










  ・







             ・


      ・





          ・



 ・





      ・




            ・





 「……して、だ。鳥頭ぁ! 俺が思うに南斗聖拳の原始的強さと言うのは筋力や技術でも無いっ。
 恐らくは人間が本来持つ生命力に類似する物を操る事に優れた者が有力な強さを手に入れると思うわけだ!」

 「成程ねぇ……面白い見方だ」

 ……場所は打って代わり、ある場所では余り好感の持てる顔付きではない男と、少々愚鈍そうな
 雰囲気を持つ女性が山中をゆったりと議論しつつ歩いている所から物語の違う場面を語る。

 彼と彼女は南斗聖拳の強さの在り方に関して真面目に議論していた。最も、話を熱く語るのは
 卑下な目つきの少年ばかりで、少女の方は曖昧な感じで相槌を打つだけで議論と言えるものでないのだが。

 「そこで俺が推察するにだ! 南斗聖拳は鳥を象徴、つまり言うなれば空中を自在に動けるような
 拳法を最初想定してたに違いない! つまり、だ! 気を高める修行を続ければ恐らくは現代伝承者の如く
 空中を動き相手を自在に斬撃で倒せる如く最強の南斗拳法家になれると考えるんだが、どうだ!?」

 「……その、空中で自在に動ける程の肉体を駆使するには地道な修行が一番有力な問題はどう解決を?」

 最強の南斗拳士になる為には? この議論を続けて彼と彼女は近くで起きた木が粉砕する音にも
 この鳥影山で誰かが修行してる音だろうと余り気にする事なく会話を進行していた。

 「ふっふっ……鳥頭、貴様は実に馬鹿だなぁ! 天才の俺様なら基礎的修行など、そこらの奴らより
 短時間で終えれる! 空いた時間を気を高める精神統一の修行にすれば数年で伝承者並の力を手に入れるだろう!」

 「うん、凄い発想だね」

 「ふははははは!! 鳥頭には思いつかぬだろう!!」

 机上の理論に大満足な人物、それは既に想像出来るだろうがアミバ。彼は自分の理論にすっかり
 鼻を伸ばして褒められた事に悪くない気分で高笑いをする。そう遠くない場所の粉砕音に気づかず。

 「……? 何か大きな音が近づいて来ないかい」

 「はははは……あんっ? そう言えばするなぁ、一体全体何処の馬鹿が近づいて……」

 



                               ガサッ!!!!





 「うわっ! ちょっと、あんたら邪魔! 退いて!!」

 その時、アミバが物音の方向へと不審そうに気づき見遣った先から飛び出した人影、それと共に上がる声。

 跳びでたのは、息を荒く汗を顔に貼りつけ足から痛そうに血を流すハマの姿。

 そして、後ろには金ともオレンジとも見受けられる明るい色の髪の毛を洒落たバンダナで縛る彼女が
 苦しそうに呼吸しつつ背負われている。体力を消耗せぬように目を閉じつつ青褪めぐったりした様子で。

 「あ~ん? お前、確か雲雀拳の習ってる何時も騒がしい女……」

 アミバは顎を撫でてじっくりとハマと、そして後ろに背負われている人物は誰かと首を伸ばす。

 そんな彼に、彼女は余裕のない表情で有無を告がせる事なく横を走り抜ける。

 「って、何だ失礼な奴だな!? おいおい、この天才のアミバを放置して一体何を急ぎ……」

 

                ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!!!






 その時だ、自称天才の男の耳元に聞こえた巨人が咆哮するような音が聞こえてきたのは。

 「あぁ?」

 間の抜けた顔で、アミバは振り返る。

 そして、見た。自分より三倍は優にあるであろう巨漢の鬼のような顔付きの小山に似た体の男が出たのを。

 ……は? 何だ、こいつは一体何だ? 何で鳥影山に居るんだ? これは夢か??

 余りの事態に、思考も恐怖も忘れてアミバは硬直し自分が激突されかねぬ事を構わずフドウが
 自分へ迫るのを馬鹿みたいに見ていた。そして……それを突き飛ばす横からの小さな衝撃。




 ――ドガッ



 「うおぉ!? 何する……鳥頭っ!?」

 突き飛ばし、そしてフドウの激突を受けて空中へと苦悶の声もなく吹き飛ばされる小柄な少女。

 それを知った瞬間、アミバは自分が助けられた事。それと同時に彼女が目の前を通り抜け
 一足前に飛び出し走ってきた少女達を、天才の自分、そして彼女に目もくれず突進した相手に頭は血が上った。

 「貴様……なにをおっ!!」

 追いかけつつ、走る山鬼へ目前に有った木へと怒りのままに駆け上り、そして三つの木へと
 勢いよく腹の中心を蹴って加速が安定した状態で彼は山鬼の側頭部目掛けて斜めに降下する如く蹴り放つ!






                             鷹爪三角脚!!!





 ゴシンッ! 岩に蹴りを放ったような音と共に微妙にフドウの頭は横に傾く。

 やった……! 確信の思いと手応えをアミバは知って一瞬口を吊り上げ……そして直ぐに顔を青ざめた。


 「あ゛ぁ゛……!!?」

 クルリ、と今さっき放った蹴りの痛みもないようにギロりと大きな目玉が自分を捉える。

 嘘だろ? 渾身の一撃で放った自分の蹴りが通じないとか、こいつ化物か……!?

 アミバの恐怖を知ってか知らずか、急に出現した邪魔な虫……そう走り標的を追うフドウにとっては
 それ以上でもそれ以下でもないフドウは。新たに出没した小虫に向かって攻撃する事も煩わしく……。




   ブルルルッ!!!




 「ぬおおおお~~~!!!?」

 まるで、犬が肌に付いた水滴を弾き飛ばす如く器用に走りながら体を一瞬だけ加速して左右に揺らす。

 それだけ、急激に起きたGと共にアミバは絶叫と共に背後へと吹き飛ばされ丁度鳥頭……ウワバ
 が横に倒れている場所へと背中に痛みを覚えつつ墜落した。呻きつつアミバは上体を起こす。

 恨みまがしい目で更に追おうにも、その時には既にフドウは200、300程の距離を付けていた。

 「くそっ、俺の鷹爪三角脚が……っ! おいウワバ! 無事かっ!?」

 「……ぅう~ん」

 軽い呻き声と共に身動きを僅かにする仕草。見たところ打ち身が有るか酷い傷が無い、軽い脳震盪か。

 ホッとするアミバ。そして、彼は一体奴は何なんだ? と思考する中……その二人の後ろから複数の足音がした。








                     「……おい、今の音は何だ?」










  ・




        
         ・



    ・



        ・



 ・



    ・




        ・





 「……っ」

 もはや、息する事も億劫な程に息切れが起きている。

 「ふははははは!!!! 待ていっっ!!!!」

 背後から迫る声、それと共に放たれる威圧、そして邪悪なる気配。

 ハマは、知っている。あのように恐怖で心臓が鷲掴みされるような気合を放たれ自分が逃げ延びられている
 のは単に、彼女が、後ろに背負う彼女が無意識にも彼女が盾となり自分に向けられる殺気を軽減してるからだと。

 「大人しく明け渡せえええええええええええええええ!!!!!」

 一体、何度聞かされた事か? そして自分達は本当にあの悪鬼から開放されるのだろうか?

 


 ……ガラッ。



 「……!? 嘘、でしょ……此処……って!!」

 「ククク……小娘ぇ……とうとう終わりだ……!」



 



 ……闇闘崖。

 幾つもの崖によって構成された鳥影山に含まれる過酷な修験場の一つ。
 その切り立った崖が、茂みを抜けた先から目前に出現し。自分達の逃走の終わりを残酷にも突きつけていた。

 背後から近づく足音と声は、残虐に自分が終わりな事を愉悦含めて告げる。

 「……ハマ、もう良い、よ」

 「っアンナ! 何馬鹿な事言ってんのよぉ……!」

 背中から溢れる声、そして地面に足を付ける音。

 ハマは、振り返り泣き出しそうな声で。いや、実際に涙を目に浮かべて彼女に声を上げる。

 逃げ場はない。もう、自分が素直にフドウの手中に入るしかない。それが精一杯の最小限の犠牲の手段……。

 告げるアンナに、ハマは激しく首を横に振り拒絶の意思を示す。

 馬鹿な事を言うな! お前が犠牲になって良い筈が有るかっ。とハマは言いすくめる。

 「……それじゃあ、どうする? ……立ち向かって……見る?」

 弱々しい微笑み、そして青白くも彼女はハマの体に回る血が凍るような恐怖を解きほぐそうと
 するかのようなやせ我慢の問いかけ。それに、ハマは堰が切れたように一筋の涙を流してアンナを見た。

 「ククククッ! 足掻け、泣け、苦しめ……! 何を成そうと結果はもう目に見えている……!」

 フドウは、その友情劇を嘲笑する如く。手を伸ばす……アンナへ向けて。

 (……何でよ)

 伸ばされる手を見ながら、しっかりとアンナの体に両腕を回し意地でも渡すものかと行動するハマは
 無慈悲なる現実と、このような状況にさせた天へと呪う。そして……こう考えるのだ。


 (何でよ、神様……! お願いっ、誰でも良いっ……誰でも良いから……アンナを助けてよ!!)



 その願いは、虚しく天に響き。そして無情なる腕はゆっくりと距離縮めて手はアンナの体に触れ。








                              

       



                              南斗獄屠拳!!





                             
                              南斗鶴翼迅斬!






                             




                              無外絶影掌!!








                              飛燕流舞







 「……ぁ」

 ……伸ばされ、アンナの体に触れる事は叶わない。

 突如、閃光の如く飛び出た人影が起こした四方向からの攻撃。

 疾風。そう称するに適した四つの流星が舞い起こり、山鬼の行進を辛くも後僅かな所で防ぐ事に成功した。

 「っ……何奴ッッ!!?」

 怒り、そして苦痛に顔を歪めるフドウ。そう、顔を苦痛に……フドウに傷を負わせられる程の実力の持ち主達。



 「……何奴、か。まぁ、そうだな……どう表現するか、未だ修行中の身であるゆえに大層な事は言えんが……」

 フドウの言葉に、最初に声を登らせる金髪の髪を風に靡かせ静かながらギラギラと輝く蒼き瞳の少年。

 「そうだな、まぁしいて言うなら。……無粋な侵入者に不快を覚える同志……と言うべきか?」

 次に、黒い髪の毛を肌と服に貼り付けるように揺らし。紅鶴拳の人物を知る者ならば何故か別人であるだろうと
 気づくであろうとも。勘が鋭ければ其の少年の顔付きに少々似ている面影と共通点が有ると感ずる少年。

 「その出で立ち、及び鬼気迫る闘気を見れば正体は知れる。……成程鬼のフドウ、か。
 噂を聞いた時は大層な名と一笑伏しかねたが。実際に、この目で見ると強ち評価も間違ってなさそうだな」

 と、黒い肌の少年。成長すれば屈強な戦士に成り得る事が今からでも想像出来る黒人の少年が
 山鬼と称される者にも怯む事なく、その眼光に闘気を秘めながら何時でも駆けれる体勢となっている。

 そして……最後に、もう一人。

 「……やれやれ、俺は、こう言う厄介事は正直言って面倒だし干渉はされる事もする事も嫌いだが……」

 子供ながらも男ゆえが伸ばし放題にしている中々特徴的な髪型。そして僅かながらに怠惰を匂わせる
 口調とは裏腹に体から洗練された獣の如く闘気を滲み出す少年が髪を一度掻いて言葉を続ける。

 「……此処、鳥影山で。俺、否……俺達の修験の場を乱す者は、それが鬼と称される者だろうが
 如何なる者であれ黙認させる訳にはいかん……なにより、婦女子を目前で拉致しようと見せられてはなぁ……」

 口火を切ると同時に、四者は同時にして内包していた其の体に研磨していた闘気を限界まで開放する。

 『南斗(孤鷲・丹頂・阿比・水鳥)拳が我ら……いざ、参る』

 異なる構えながらも、若くながら鍛えてきた実力は小刀程に触れれば傷を付けかねない力を秘めし四名。

 南斗孤鷲拳、未来にてKINGと称されし南斗六聖の『殉星』を背負うシン。

 南斗丹頂拳。その未来にて紅鶴であり『妖星』の王を名乗る者の下にて我が身を剣となりて死する
 まで理不尽なる流れの中で翼破けようとも舞い続ける血の道を翔け続ける一つの未来を持ちしヨハネ。

 南斗阿比拳。水鳥拳の兄弟拳であり、その拳と共に狂いと怒りに縛られた鳳凰の下にて幾つもの
 人々の魂の交差の中で己の意思を変えぬままに南斗の一つの終末に挑み続けし未来を負うハシジロ。

 南斗水鳥拳。……『義星』、六聖の一人であり北斗の落し子と運命から絆を得た戦友(とも)。

 鳥陰山の若き拳士達の中では有力なる未来のホープたる四名の集結。それを見て……鬼は。





 ク……









                 クククククハハハハハハハハハハハハァァ!!!




 フドウは哄笑した。先程のチゴと相対した時以上の大笑い。

 その笑いに含まれるのは嘲笑・侮蔑・冷笑・失笑。様々なる相手の誇りを傷つける事だけに込めた笑いである。


 「っ何を哂う!?」

 彼らの偽りなく宣戦布告を、嘲笑を全身で示しつつの大笑い。それを視認してシンが最初に怒りを滲ませ告げる。

 「何を哂う、だとぉ!? これが笑わずに居られるか!! このフドウ、今まで何人もの猛者を屠った!
 武技を貴様らの10倍は修行した者!! ただ殺す事だけに人生を歩んできた者!!
 無法・外法・邪法! 貴様らの誰一人として想像出来ぬ強者と闘い、そして全て打ち勝って来たわぁ!!」

 その……俺に。

 此処で、フドウは口調を僅かに変化させ笑みを見下す表情から憤怒を交えた笑いへ変えて告げる。

 「その……俺に……本気で勝てると……!! そう思われている事がぁ!! そう貶められてる事にぃ!!!」







                         怒り哂っておるのだあああああああああ!!!!!










                         ━━━━━━━━ズドオオオン!!!







 渾身の、振り落とされた拳。闇闘崖の切り立った斜面の幾つかに新たなる落盤が生まれる程の衝撃。

 一撃。たった一回の衝撃で四人の若者達は一寸転倒しかける程の地響きを起こし得る程の一撃。

 四人は、先刻に僅かに多人数ゆえに有った少々心に浮かんでいた余裕を打ち消し緊張を顔に滲ませる。

 「……三人とも、少々この相手は骨が折れるぞ」

 「誰に言っている。それ位、俺達とて理解している……!」

 誰かが呟き、それに返答したかは知れない。

 だが一様に、この相手に無駄口を叩く程に楽観視する者は存在せず。同時に地面を蹴って
 四人はどちらも別方向へと翔ける。それは間違いなく、正しい行動であった。

 「小蝿が……っ!!」


 フドウは苛立ちつつ、目で追いつつ、一匹ずつ粉砕しようと力を込めて拳を振り落とす。

 先程よりも僅かに威力は落ちるものの、それでも未だ発展途上の拳士ならば楽に一撃で戦闘不能に
 出来る一撃。それを、シン・ヨハネ・ハシジロ・レイ向かって何度も拳を振り下ろす。

 だが、振り下ろして数回。その時フドウは自分の起こした出来事による問題を自分で知る事になる。

 


 ――ピギッ……!



 「……む!?」

 「今頃気づいたか? まぁ、お前のような脳にまで筋肉が混じっていそうな輩に最初に知れと言う方が酷だが……」

 皮肉を利かす四人の内の誰かに怒鳴る事もせず、フドウが見るのは地面に生まれる、罅……。

 ただの地面に起きた亀裂ならフドウも気にはしない。問題は此処が『闇闘崖の上』と言う事だ。

 「そうだ、此処は我らが修験の最難関とも言えるべき場所。幾多の伝承を極めんとして候補者達が
 命を数多く落としてきた修験の地だ。……落ちれば貴様とて死は免れないだろう」

 「この地を知り尽くしている俺達ならば、ともかく。お前に解るか? どの程度の亀裂で、自分が落ぬか」

 「卑怯、とは称するなよ。元から、貴様と我等には力量に差有りすぎるのだからな」

 各々の発言。それと共に素早くカマイタチのようにフドウの横を駆け抜ける際に起こす南斗聖拳。

 彼ら四人。どちらも最初の一撃から自分達の拳が真正面から通用せぬ事など把握している。

 それならば、自分達の故郷と称しても問題ない地理の特性を最大限に活かし、勝利を得る。

 これが彼らがアミバ等から情報を聞いて、フドウが闇闘崖へアンナ達を追う道中での作戦であった。

 放たれる成長途中、修行を未だ続ける彼らの拳。

 それは未だ支柱を完璧に切断出来るかどうかと言う、常人以上だが百戦錬磨の相手に通ずるか
 際どい力量。だが、それを今確実に埋めているのはフドウが自身の危ぶまれる状況を知って
 力をセーブした事。そして、それを見抜き油断せずとも落ち着いて戦えば避けれると自信を得た
 事による彼ら四人の即席ながらも同門ゆえに取れる連携が戦力を五分へ導く要因となった。

 フドウはじっと、洒落でなくも不動の姿勢で四人のすれ違い様の一撃に肌から浅く出血するのを
 怒りで血管を額へ浮かばせながら耐える。そう耐えるしかない、己の力を見誤り転落する危険を選ばないなら。

 (いける……! この調子で戦い続ければ相手は消耗し確実に我々に分が有る!!)

 (殺す、までは行かずとも。これならば相手の脚の腱に傷をつけ行動を不能にするまでは……)

 そう、四人は一様に己等が勝てる事をフドウの脚が半分程裂傷で埋め尽くした際に生まれた。

 驕り、そう彼らを責めるのは酷かも知れない。だが、彼らの師父である者達ならば叱咤するであろう
 『油断』を彼らが持つ。そして……本日何度目かも知れぬ悪夢を……この四人は見る事になる。









                            ――――ユラッ。







 揺らぐ気配、それを最初に気づいたのは『殉星』の彼。

 (っ……? 何だ、奴の空気が突如)

 殺気、覇気を交え昇っていた蒸気と称しても良いフドウの体から滲んでいた闘気。

 その気配が、突如『薄らいだ』のだ。動き続ける中でシンは、その変化を感じ取る。

 奇妙、そして胸に湧き上がる不安。

 シンは、この感覚に身に覚えが有る気がした。途轍もなく強大な相手、隠し研ぎ澄ませていた
 刃を、相手に気づかせていなかった者が突如、その真の本性を剥き出しになる……そんな既視感。

 「これで、終わりだっ」

 だが、それを見抜けぬまま剥き出しで的に十分なるがら空きの背中へ向かって翔ける少年が一人跳ぶ。

 「南斗阿比拳の研磨されし師父から学びし拳、受けてみよ!!」

 ――烈空刃崖手!

 名を唱え、彼ハシジロはフドウの首のうなじ目掛けて全身全霊の力を片手へ象った手刀を振り下ろさんとする。

 空気を切り裂きながら首筋に後僅かで届かんとする手刀。彼らは一様に胸中は僅かに異なれど
 その手刀はフドウの意識を刈り取る、行かずとも深手を与えれると確信していた。この時ばかりは。






 あぁ、そうだろう。もし、フドウが。

 

 ――ククッ



 フドウが、その首に触れるか触れぬかの瞬間。嗤い。




 ――――ゴウッ!!!



 全身から放たれた闘気の炎と申しても過言でない気(オーラ)の鎧がハシジロの攻撃を防ぎ。



 ――――鬼山拳!!!


 今まで獣の如く荒々しい動きから、洗練とは言えずも拳法と称すに十分な動きで手刀を防がれ
 一瞬の硬直が出来たハシジロを、振り向きざまに拳打が迫るのを見るまでは。

 (不味……っい)

 ハシジロは、自身へ迫る凶悪な壁とも言える背丈程ある拳が迫るのを見て走馬灯が頭へ過ぎった。

 己が今まで生きてきた人生、そして友等との会話……この鳥影山に入る切っ掛けとなった師父、そして
尊敬の念を抱くオウガイの事。

 (このまま、無駄に倒れる訳にはいかん……っ。せめて、一太刀)

 ハシジロは、振り抜かれる左拳に合わせるように己の残る片腕に力振り絞り水鳥拳の剛の一撃。未だ完成
せずも、その迫る拳の指一点だけに集中し、放った。

 ――無外絶影掌!!

 ハシジロの勢いよく鉄板すら貫ける程の威力を秘めた手刀の貫手がフドウの左指中指の部分へ命中する。

 だが、そこまでだった。その感触の手応えを感ずる間もなく彼はフドウの拳を全身で直撃し、気づけば自身が
後方へと急速に意識と体を引っ張られるのを味わっていた。

 (頼むぞ、お前等)

 意識を手放す瞬間。ハシジロは願う。

 (この鳥影山……我等が南斗の聖域を、守……れ)










 ………………。










 『なっ……!?』

 異口同音の驚愕を漏らす呟き。その三者三様の視界の中で、ハシジロは不運ながらもフドウの
 一撃をまともに受けて意識を切り取られたまま慣性の法則のままに、フドウの拳打の勢いに
 彼方へと力失ったまま闇闘崖とは反対の森の部分の茂みへと墜落した。それは崖へと
 転落し、そのまま亡き者に成るのを想定すれば僥倖であったと考えるべきなのだろう。

 「馬鹿な……拳法……だとぉ……!?」

 驚愕によって動き固まった三人の中で、丹頂拳を担う少年は先に驚愕を引きずる中呟く。

 鬼のフドウ、噂だけの人物ながら。今までの彼が鳥影山で暴れていた行動を見て彼自信は
 其の人物が正式なる拳法を習得してた事は予想外。彼の鬼は恐らく生来剛力だけで闘う技ないだろうと思い込んでたのだ。

 だが、今。今、彼らの目前でフドウは間違いなく拳法を使い。一瞬にして彼らの仲間を瞬殺したのだ……!

 だが、何故? 何故拳法が扱えるなら最初から我々との戦いで使わなかった? 余裕からか?

 そんなヨハネの思考を見抜くように、目の前の鬼が口を開く。

 「クク……何を狼狽える虫けら共?」

 構えるのを解除し、フドウは、さも可笑しそうに残虐な笑みを浮かべ彼らを見下ろす。

 「我がただの獣ならばともかく、この鬼のフドウ幾多の戦いの中で小手先を扱い我が拳から逃れんと
 する輩と数知れず闘った!! その数々の闘者との闘いの中で我は……我はなぁ!!!」

 対峙する者を一人戦闘不能にした笑みは無い。フドウには、真逆の憤怒の表情へ移り変わる。

 「最強である我が、弱者が扱う『武技』なんぞを身につけてしまったんだよぉ虫けら共がぁああああ!!!!」

 ……鬼のフドウ。彼は己が最強と自負し、悲しきがな彼の其の傲慢なる自信を打ち砕き説法する程の力量の
持ち主に出会える程の運が無かった。

 ゆえの彼にとって、絶対者と己を疑わぬ者にとって彼が今まで屠ってきた拳士達……そして扱う武技。

 彼にとって『技』とは『弱さ』と同等。力こそ絶対、ただ最大なる力こそが最強であると疑わぬ彼にとって
『武術』は『弱者』が使う者だと思い込んでいる。

 だが、彼に立ち向かった人間達が全員一撫でで倒せる程に容易な者であった筈がない、中には彼に渡り並ぶ
とは過言でも、食いついた拳士達が居た筈だ。

 そのような者達との闘いの中で、フドウ自身が己を最も強くする為に体が勝手に身につけた拳技。

 人は、何時しかソレをこう称した……鬼山拳と。

 だが、彼は自分の強さが弱者が扱う拳法と称される事に我慢は出来ない。ゆえに彼はその後、自身の力を弱める
事になろうとも『武技』を使用する事を自身で禁ずる。

 『弱者(拳士)』と同格に思われる位ならばの彼の英断。

 そんな彼が、度重なる鳥影山での者達との闘いゆえに初めて封印を解いた……二度と使わんと決めてた拳法を。

 「この俺に『武技』を使わせた事……許しはせんぞ虫けらめがぁ……! 一匹ずつ手足をもいで泣き叫びつつ
己が我に相対した事を後悔させやるわぁ!!」

 フドウは咆哮する。許さんと、己の誇りに傷を付けさせた怒りを思い知らせてやらんと。

 だが、フドウが放った言葉と殺気を向けられ……彼ら三者三様は怯えとは違う感情を浮かべる。

 「武術、拳法……それが弱い。貴様は……そう言いたい訳か」

 三者は闘気を妖しく揺らし、構えを再度鬼へ向けつつ鋭い眼光と共に告げる。

 「……愚か。その一言に尽きる、人は何かに頼らなければ生きれん。そして現代にて我々が尊敬し目指す方たちが
扱う強さの過程に武術が関わらなかった試しがあるか? 否!!」

 彼らは、フドウの言葉を聞いて闘志折れるどころか尚も気炎を奮え力が体へと周る。

 「貴様の話を聞いて尚も負ける訳には俺達には行かない!! 俺達は……いや! 南斗拳士を含めた全ての拳法家
に、お前は今この時に全てを敵にまわした!!」

 柔術、空手、ボクシング、ムエタイ・中国拳法・剣術、合気・サンボ……世界には様々な人が如何なる苦難にも勝とう
がせんが為に生まれてきた武術が有る。

 南斗聖拳も同じ。東方大陸にて生まれし戦乱の世を少しでも平和へ導かんとせんが為に生まれ培われてきた宝刀。

 それを、目前で同志を一瞬にて戦線離脱され侮辱をされた……これで怒り奮えずにて何が拳士なものか!

 「貴様だけは我等南斗聖拳伝承者候補の名に懸けて打倒して見せる!!」

 三者は同時に跳ぶ。フドウ向けて己の磨いてきた拳を全力でぶつけんと半ば捨て身の覚悟でだ。

 「小癪な!! 貴様ら如きに我が打ち倒す事など100万年掛かっても不可能だわ!!!」

 鬼山拳。その中身はフドウの巨大な体格にて放つ、相手の動きに合わせた効果的な動きで攻防する動き。

 だが普通の拳法家なら未だしも、それがフドウが扱うからこそ『鬼山拳』と称される程の恐ろしき強さとなる。

 「ぐぅ……!?」

 「ふははははははははっっ!! 当たらん!!! 当たらんぞおおおおお!!!」

 三者三様の不意打ち、先程まで防御もせず受けていたフドウが比較的最小限に、己の膝、肘などの骨の厚い部分にて
受け、それと共にカウンター気味に拳を振るう。

 未だ彼らはフドウの拳に当たらずも焦燥が顔に浮かぶ。先程まで持久戦ならば相手を消耗し勝てると思っていた。

 だが、状況は一変、恥も何もかなぐり捨て、防御を行い、そして相手の動きに合わせた攻撃を行おうとする。

 元から筋力及び全てのステータスにて彼は現代のデビルリバースに並ぶ神の悪戯かによって生まれた生きる異常なのだ。

 その体から放たれる力が、技に昇華される事で何倍もの力に成り上がる。

 (何と言う一変しての強さ!! この男……修羅道へ行かず真っ当な格闘家としての道を歩めば世界に名だたる者に
成れたであろうに……!)

 何たる不運、何たる皮肉、何たる運命の悪戯。

 一つでも其の軌跡に変化あれば、彼は国を背負える武道家として大成し伝説となったであろう。いや、もしかすれば
武道家でなくとも何かの英雄となり歴史に名を残しただろう。

 それが、あろう事が略奪・破壊を楽しむ只の荒くれ者。彼らは同時に、目の前で死闘を繰り広げる者に対し怒りと同時に
憐れに似た不思議な感情が芽生え始めるのだった。

 ――墳ッ!!

 気合一閃と同時の、岩目掛けてのフドウの一撃が放たれる。

 粉砕された岩は散弾の如く勢いで、その場で飛び回る彼らへと放たれた。

 『ちぃ!』

 面の被弾。これには回避する事叶わず三者は三様に腕を使い頭部を守る。放たれた石の弾丸は彼らの体の至る部分へ
裂傷を与えた。

 このままではジリ貧。何としてでもフドウ倒さずは鳥影山に安息の時はなし。

 南斗の伝承者達が舞い戻るのも良くて数刻は掛かるであろう。ならば、今此処で目の前の山鬼を倒すのが一番ベストなのだ。

 だが現在にして体力の消費及び幾ばくかの負傷を味わった三人は自分達がこれ以上目の前の底知れぬ力を保持している相手
へ対し長く戦えるとは理不尽と感じつつも知り得ていた。

 「……なぁ、レイ、シン」

 そんな中、一度飛び退き間合いを計る三人の中ぽつりとヨハネは呟く。

 「私が囮となり、お前等二人で奴の部位……そうだな両足を潰すとなると、どれ程に時間要る?」

 小声でのヨハネの言葉。それにハッとした顔付きで二人は両者共々視線で制止及び小声で最低でも二分は要るだろうと告げる。

 「二分……か。長いな」

 二人より一歩前。そして体に巡る残力を全て体へ満たし呼気を整えつつヨハネは丹頂の翼を大きく広げ拳を構える。

 「時を、稼ぐ……お前等は奴の足を!」

 止める間もなくヨハネは走り出す。嘲笑が山鬼から轟き、哄笑と共に拳が振りかぶれるのを視認し、それを冷静に振り下ろされる
前に横っ飛びで避けつつ彼は己の中での最善の行動を命懸けで行う。

 囮となり、フドウの足を奪う。捨て身と思えるかも知れぬが、今撤退し機を改める方法は自分達が身を張って逃がした彼女達の
危険性を高める事を考えれば悪手。

 ならば、今ここでフドウのアキレス腱。それに深手与えれば実質フドウの巨漢を考えると其の体重を支える為の足が使用不能の
状態へなれば自分達の勝利は確実なのだ。

 此処で、一気に決着を付ける。それを汲み取った水鳥と孤鷲は腹を括り、気を満たし始める。

 「小童が……! 何を考えついたが知らぬが……この我が力と鬼山拳の前では無意味ッッ!!」

 「鬼山拳と言うのか、その扱う拳。我はヨハネ、丹頂を冠する南斗上位36派が一人……!」

 振り下ろされる拳。その一つ一つが天空から振り落ちる隕石の如く衝撃で地面を抉る。

 ヨハネは、それを掻い潜る。掻い潜りながら囮としての役目を全うせんと、その時を今か今かと心の中で計算しつつ駆け回る。

 「こっ……のっ……虫っ……がっっっ!!!」

 ――ヴオンッ!! ガシュッ……!

 「ぐう゛ッ……!」

 不運。駆け抜ける最中にヨハネの片腕へとフドウの拳が掠める。

 掠めただけでも、フドウの肉体は全身凶器なのだ。掠めるだけの威力でも他者の、しかも未だ成長途中の肉体が鋼のように頑丈
でないヨハネの片腕は其の掠めた一撃で動く事も困難な程に痛手を負う。

 (未だ……未だだっ)

 だが、激痛によって彼は意識手放せはしない。痛み味わいつつも彼は歯を食いしばり、残る気を指先だけへ集中しながら
走る事を突如止めて、その場にて大きく飛翔した。……フドウの頭上へ。

 「くくっ! 観念したか小童!!」

 「違うなっ……! これは勝利の為の策よ!!」

 背後に昇る、今にも放たれるだろう突風の前触れを背後に感ずるヨハネ。眼前に力を滲ませ構えるフドウが己だけに視線を
集中するのを見ながら、彼は己の蟷螂の斧を掲げで笑みを作る。

 (我は南斗拳士……この身が朽ち果てようとも己の道理を曲げはせん!!)

 彼は捨て身覚悟で、其の指先へと全ての気を集約する。

 (喰らうが良いっ。我が兄弟拳たる紅鶴を汲みしての必殺が拳っ)

 直線的に人差し指だけに力を込め、腕を振り抜きフドウの迫り来る右拳目掛け

 ――血冥断指!!

 ……弾丸の如く一点だけ。そう、フドウの右拳の中央、ハシジロと同様に中指目掛けて放たれた渾身の一撃。

 それを受けて、ヨハネは聞く。『ぐぅっ……!』と言う僅かながらの呻き声を確かに聞いた。

 そして……。





 『うおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!』




 自身が、フドウの右拳を受けて吹き飛ばされる瞬間に。同じく信ずる仲間達が己の両脇を通り抜けて咆哮と共に
山鬼相手へと力を集約した一撃を放つ声を、確かに聞いたのだ。

 (そうだ、それで良いんだ。……頼むぞ、此処で俺は脱落だが……務めは果たせた。悔いはなし)

 意識が刈り取られる。だが、ヨハネは満足していた。己の意思と道理のままに役割を全う出来たのだから。






  ・





           ・


     ・




        ・



 ・




      ・





           ・




 「行くぞおおおおおおぉぉ!! レイ!!」

 力を満たす。満たす、満たす十分以上のままに、放った後の事など考えられぬ程にだ。

 目の前で、ヨハネが時間を稼ぐ其の相手は捨て身覚悟以外で勝てる程に並の相手ではない。己の全て
いや、全て以上を賭けても勝てる道理はなし。

 この一撃、この一撃に全てを込めるのだ。今までも彼に傷を負わせ、時を稼いだ者達の為にも……!

 「あぁ……今だけは些細な蟠(わだかま)りを全て置き……お前に合わせる、シン!」

 とある男が友情を求める事で、関係は微妙に劣悪となった。だが、そのような下らぬ因縁を持ち出して
対峙する相手を倒す為に連携に罅入れるなど愚の骨頂。

 果たすのみ。南斗の拳士としての誇り、使命、宿命のままに今この相手は倒す以外に術など無いのだから。

 『うおおおおおおおおぉぉ!!!!』

 両者同時に地面を蹴る。向かう先、どちらも時間を命懸けで稼ぎし者へ拳を振るう相手の、脚! その腱!!

 (いける! 奴は血が上り、ヨハネだけに集中しているっ)

 (こちらに意識向かうなら至難だが、今は絶対の好機!!)

 彼らは同時に呼気を溜め、そして視界に捉えるのはフドウが仲間に対し右の拳を振りぬこうとする光景。

 力を消し、一瞬彼の加勢出来ればと頭に過ぎる迷い。だが、その背中が暗に告げていた。

 ――この機を逃すな。俺に構わずやれ……と。

 迷いは晴れる。ならば助けはせん。ただ目の前の鬼に対し、この蟷螂から短刀へ変えた一撃を味あわせよう。

 (喰らえっ……南斗孤鷲拳が技)

 (南斗水鳥拳の洗練されし一撃)

 吹き飛ばされるヨハネと同時に、彼らは同時に跳躍し、その山鬼の脚へ焦点合わせ同時に叫んだ。







                                               ――南斗獄屠拳!!!









                                               ――飛燕流舞!!!




 「っぐおおおおぉぉ!!!??」



 ヨハネに対し、小気味良い音と共に吹き飛ばした感触と、そして右拳に感じた痛みに対し意識が逸れていたフドウは
両足の中心に対し喰らった痛みに鳥影山で初めて声高らかに痛み喘いだ。

 孤鷲拳の将来的に北斗の救世主の四肢に多大な一撃すら与えし技。

 水鳥拳の華麗にして女拳の美しくして他者を切り刻まん妖美の技。

 同時の一撃は、フドウの右足に皮膚を浅く裂傷させ骨と腱に痛手を。左脚の外部を大きく切り刻む結果となった。

 『(やった……!)』

 手応えと同時の確信。レイとシンは己の一撃の深さにフドウが倒れる事を疑わない。

 だが、然し。然しながらソレは……間違いである。






                                        ――オオオオオオオオォォオオオ!!!!!




 耳を打つ、咆哮。それと同時の体の側面を打つ激痛。そして木々に背中が打ち付ける衝撃。

 内蔵が僅かに押しつぶされるような苦悶。嗚咽が無意識に溢れる。

 『(な、に?)』

 何が起きたのか、その時レイとシンは最初激痛と窒息する感覚に理解を忘れた。

 それは、遠方に居る筈なのに耳元で発せられているような激しい獣のような呼吸音と。先程までのが未だ抑えられていた
かのような殺気・邪気・闘気から彼らは理解をしてしまった。
 





                                                「こ……ぞ……う゛」






 (あれは、何だ……)

 その時、彼らが感じたのは。氷、いや液体窒素でも背中から被ったかのような悪寒。そして感覚が無くなる麻痺と言う感覚。



 ……鬼、そう鬼だ。

 目は赤く染まり、その体から漂う黒とも紫とも称し難い気配はフドウの頭に角のように揺らめく。

 形相すら通り越した般若の表情。握られる拳の中指は先程の仲間からの傷か、それとも握り締める力が強すぎる所為か
血の雫が早い間隔で地面へと落ちている。

 怪物。その一言に尽きる存在が、今やフドウの姿を借りた何かが。レイとシンの目の前に見えた。

 「殺す……殺す。我が体に……弱者が、虫けら゛如きが……肉一片残らず、絶対に殺してやる゛」

 呟かれる殺意に満ちあふれた内容。いや、死刑宣告。

 シンとレイは不思議ながら恐怖を感じなかった。いや、余りにかけ離れすぎた存在を見ると人間の五感は麻痺するゆえの
状態だ。シンはおもむろに、レイへ告げる。

 「レイ……撤退するぞ。……走れるか?」

 淡々と、隣の相手へ告げられる言葉。その言葉の裏には、もはや目の前の相手には絶対打ち勝てぬと知り得る確信が有る。

 「……どう、だろうな。今ので恐らく肋が折れた」

 先程の脚へ一撃与え、一瞬無防備になった瞬間を狙っての腕での薙ぎ払われた衝撃。

 その無意識だったのかも知れぬフドウの一撃で、肋一本が折れて動く事も出来るかどうかの状態だ。

 怪我は深刻。視界の横のシンも口に出さずも同じような状態なのが見て取れる……勝機は完全に失った。

 「……終わり、か」

 肉体は重傷。闘気も残り少なく、策も他に打開する技も体力もなし。レイは無意識に呟いていた。

 「未だ諦めるには早い」

 その達観した言葉にシンは語気強く告げる。

 「シン……?」

 「未だだっ。未だ師父達が救援に来る可能性も有る! 及び、他にも鳥影山には人が居る。何とか撤退しつつ応援が俺達と
同じく駆けつけるチャンスも有る!」

 シンの目に宿る……希望。

 一度、彼は絶望を味わっている。両親が一日にして離別する絶望を。

 だからこそ、それを立ち直らせてくれた親友に言葉では尽くせぬ感謝を抱きつつ鳥影山で伝承者となる道へ返り咲いた。

 生きなければいけない、父と母の分。

 生きなければならない、友へ何時か恩義果たす為にも! そして、その恩義を果たすべく彼女(アンナ)を自身が諦めて
またもや魔の手に掛かり、そして信頼すべき友を悲しませる訳にはいかない!

 「諦めんっ! 絶対に俺は諦めんぞっ!!」

 それを無言でレイは見て、一瞬顔を俯いてから顔を上げる。その上げた顔には……絶望が薄らいでいる。

 「ったく……お前とは試合で幾らか辛酸を味わい、合わせる仲だが。……貴様に良い調子ばかりさせる訳にはいかんな」

 目に宿る生気。そして再び舞い戻る闘志。

 そうだ、我は南斗の拳士。南斗聖拳が伝承者候補レイ。

 この身に代えても……鳥影山で好き勝手にさせる訳にはいかんっ!!

 構えなおすレイとシン。だが、彼らと会話と裏腹に。山鬼は彼らの斜め上の行動を起こす。



 「ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!」

 咆哮と同時の突進。荒れ狂う突風よりも凶悪な質量を秘めた大砲の弾のような突進。

 レイとシンは両者同時に横へと跳ぶ。その一撃を受けきる程に間は抜けていない。

 だが、フドウの目的は彼らを玉砕する事でない……目指すものは。




 ―――ガガガガゴゴゴゴゴゴッッ!!!



 「何っ!?? ……向こうへ、行った?」

 そう、フドウは其の侭木々を薙ぎ倒し、彼方へ向かって突進続ける。呆然とする二人を尻目に遮蔽物である木々や
岩を紙屑のように砕き割りつつ己の本能のままに駆けていた。

 殺すと絶対的に告げながら、何故逃走するような真似を……? 二人は一瞬不思議に思った、が瞬時に殉星の子は閃く。

 「し、しまったぁ!!!」

 声と同時に、走る体に起きる怪我の耐え難い苦痛を押し殺しフドウを追うシン。

 「おっ、おい待てシン! どういう事なんだ!!?」

 一歩遅れて、呼吸を整え痛みを我慢しつつレイは前方を我武者羅に走りフドウを追いかけるシンへ疑問を告げる。

 それに対し、青白い顔付きでシンは口早に告げた。

 「どういう事も何も、明白だ!! 奴は、奴は最初からの目的を果たすつもりなんだ!!!」







                           ――奴は……逃げたアンナとハマを追いつめるつもりだ!!!







  


 ・




         

          ・

   
    ・




       ・


  ・




      ・




            ・




 「……レイ様に、シン様。ハシジロにヨハネ……大丈夫かしら」

 ハマはアンナを支え、緩慢な速度ながらも出口へ着実に近づきつつ後ろを何度も振り向き彼らを案じる。

 伝承者候補である四人。まさか駆けつけてくれるとは思わなかった意外な助けに彼女は静かに感動しつつも
あの山鬼に四人でも勝てるかどうかは期待と不安の両方を抱き歩く。

 「……皆、私の為に怪我している。……私の所為で」

 「もうっ、アンナ。暗い思考するんじゃないわよ!」

 親友である、オレンジとも金とも似た明るい髪の色が特徴のバンダナの少女。彼女はようやく体調も安定したのか
白い顔色ながら自身を苛む言葉を一声し、それをハマは一喝した。

 「良い事? あんたがどんだけ不運かどうかは知らないけど。それでも、私は何時も明るくてさ……他の鳥影山の
仲間達に気軽に声掛けて、元気付けてくれるあんたに感謝してんのよ?」

 ハマは知ってる。鳥影山で直向きに修行する仲間達の中で、彼女は他の修験者である仲間達へ好悪を誰にも持たずに
時に悩みを聞き、時に仲を取り持ってた事を。

 お節介な奴。最初は友達付き合いの仲で彼女の行動を鼻白んでいた部分もあったが、何時しか彼女のその行動が計算
なしで純粋な好意なのだろうと知って好きになっていた。

 だから、私はアンナの助けになりたい。今この瞬間だけでも彼女の為に親友として、だ。

 「有難う」

 「良いって言ってるでしょ、ほらっ、もう直ぐ出口よ。長かったわ……」

 出口へ通ずる森の入口に通ずる光が見える。長かった、彼女は未だ追ってが来る可能性ありつつも森を抜ければ幾らでも
あの狩猟者から逃れる術はあるだろうと感じていた。

 「さぁ、アンナ。とっとと『くくっ゛』……ぁ?」

 聞こえてくる、何度もこの森で聞こえた不快であり恐怖を齎す声。

 背筋に感じる悪寒、それと同時に彼女は木漏れ陽が遮られた影を感じた。

 「……ぇ、嘘、でしょ……そんなっ、早すぎる……」

 嘘だ。有り得ない、奴が此処へ居ると言う事は……彼らが……倒された?





                                                        ――追  い  つ  い  た――


 「……ぅあ」

 恐怖が引きずられての幻想ではない。

 木々を押しつぶし、ひしゃげる音。それは今から自身の骨が砕けるのを暗示するように絶望的に聞こえる。

 踏みならされ、近づいてくる音。その音は死刑台へ昇る階段の如く今のハマの耳には感じられた。

 「……フドウ」

 「クククク……遂に追い詰めたわっ」

 降り立った様子、その姿に名を紡ぐ他に言葉が出ない。

 体中の裂傷(これは恐らくカガリ・シンラだ)首筋に小さいとは言えぬ刺し傷(これはチゴだ)

 左手、右手の指も誰かに受けたのであろう傷により中指の第二関節部分が紫色に内出血している。

 「……どうして、そこまでして」
 
 アンナも、ハマの隣でフドウの姿を視認して溢れ出る呟く。

 どうして、そこまでして自分を手に入れようとするか。多大なる怪我をして鳥影山と言う達人達の
 巣窟にまで侵入し、どうして自分一人を手に入れようとするのか。何故……一体いかなる目的で。

 「どうして、そんな傷まで負って……私を?」

 「どうして、だどぉ゛?  ……どうして」

 アンナの言葉に、フドウは嗤い繰り返し、そして語尾が悩むように小さくなる。

 目の前の小娘、アンナの言う通り何故自分はこんな徒労を冒してまで小娘一人に躍起になっている?

 己はフドウだった筈。確かに欲しい物は手に入れる為には本気になるが、何故自分は目の前の女を……。

 

 ━━━━ドクンッ。



 「……くっくっくっ!! そのような事、お前を手に入れてから考えるまで!!」

 『させるかぁ!!』

 フドウの僅かの硬直が解かれると同時の後方からの追っ手二人の声。

 シンとレイ。重傷ながらも未だ闘おうとする姿勢の二人は背後からフドウへと拳を振り構え飛びかかる。

 「……失せぃ!!」

 だが、一瞬。僅かにハマが希望を浮かべかけたのを沈み戻すようにフドウは裏手でシンとレイを
 撫でるようにして木々へ叩きつけた。一瞬、追いついた時にはレイとシンの体は既に余力ないのだった。

 もはや万事休す。誰が見ても明らかな中でフドウは叫ぶ。

 さぁ、我が元に来い!!

 フドウの一瞬の目の色の変化。そして手を伸ばしての再度の命令。

 この要求に応えねば、フドウは強行手段を以てハマをなぎ倒してアンナを手に入れようとするだろう。

 その様子をまじまじと見つめ、アンナは一歩前に出た。

 「っアンナ!」

 ハマはアンナの手を取る。行かせない、行かせて堪るかとばかりに。

 だが、そんな必死なハマを振り返り。アンナは微笑んだ。

 「良いよ、ハマ。これ以上拒絶して逃げようとしたら……」

 きっと、貴方の生命が危うい。

 無言で示す内容。ハマはアンナの意思を知って涙を浮かべる。

 この親友は馬鹿だ。目の前の相手が攫った後に彼女をどうするかなど考えたくもない!

 どのような陵辱を、どのような悲惨な目に遭わすか。ハマは嫌嫌と激しく首を横に振る。

 そして、歯を噛み締め。彼女は自身の脚も長時間走り続け満足に戦闘出来る状態で無いにも関わらず
 アンナの横に立って両手を広げる。……浚うならば、己も共に浚えとばかりに。

 「何だぁ……!」

 「連れて行くなら……私も一緒に連れて行きなさいよっ。……問題はないでしょ?」

 ……最後まで諦めない。

 攫われるならば、その攫われるまでの過程で。鳥影山から出るまでの過程で必死に抗って見せる。

 手を伸ばされ、掴まれる寸前にフドウの手に痛手与える事もやろうとすれば可能な筈だ。

 (諦めて……堪るもんですか!!)

 そのハマの様子を一瞬呆然とアンナは眺め。そしてフッと彼女は微笑む。

 「……まったく、ハマは馬鹿だよ」

 微笑んで、困った子供を見るような慈悲む笑みで。アンナはハマの手を握る。

 (解ったよ。私も……最後まで諦めないから)

 握られると共に、不思議とアンナの感情がハマには伝わった気がした。

 「相談は終わったか? ……ならば……っ!」

 伸ばされる両手。彼女等二人は目を閉じて、覚悟を決める。

 闘うか否か。逃走するか、この場で闘うか。

 二つに一つ。だが、それでも決めている事。……最後の最後まで諦めない!

 「……ぅ、ま、待て……っ」

 叩きつけられ、既に意識朦朧の身であるレイも身を起こし何とかフドウの前面に立って二人を庇おうとする。

 そんなレイすら無視し、フドウは踏みつぶそうとするかのようにアンナとハマへ近づく。

 シンは一撃を受けて気絶。もはや駆けつけてくれる都合の良い仲間も居ないだろう。

 もはや全てにおいて絶望的な状況。
 (そう、最後まで絶対諦めない……だから、だからどうか神様!!)






                         (私たちを……どうか!!)




 その想いと虚しく、フドウの両手は伸ばされ。








                           ――鷹翔脚――!!





 「……ぇ」

 触れる直前、その視界に映る。

 ゴーグルで目元を覆った、少し汚れた服装をした少年がフドウの腕目掛け強烈なる飛び蹴りを放つ光景。

 「ぐぅ!? な『おっと、未だだぜ?』

 
                               ――児鳩胸!!


 飛び蹴りにより硬直したフドウの鋼鉄に近い胸筋目掛け、一陣の人影が左胸の上部分目掛け指で突く。

 「おぉ『悪いが……堕ちてくれ』ぉ?」

 痛みは無い、だが目の奥へと何か起きたような奇妙な感覚を受けたと同時に地面下からの声。




                             ――鷹殺拳!!

 


 頭上へ飛び上がる、一陣の人影。それが最後の一撃とばかりにフドウの脳天目掛けて全体重を
 乗せる如く南斗の型に則った一撃を振り放つ。そして放ち終えると自分が踏みつぶそうとした
 黒い髪の少年を小脇へと抱えて、その少年は瞬時に自身の間合いへと逃げる。

 僅かばかりに山鬼は衝撃で蹈鞴を踏み、そして形相で叫んだ。


 「ちぃ……! 何奴だぁ!!?」

 咆哮。二度、三度ならず虚仮にしきった奴ら。誰が自身を再三邪魔したとフドウは凶器の咆哮を上げる。




 「……何奴? んなもん」



 ヒーローに決まってんだろ……!

 最初にフドウがハマ、アンナを捉えようとした魔手を阻んだ少年が地面に着地すると同時に、大事な者
 を傷つけんとした怒りや、恐怖を克服せんとする気合を交えて義憤を込めた名乗りを上げる。

 「……鬼、か。さしずめおりゃあ桃太郎。んでもって、勇んでいる馬鹿が犬、んでもってイスカは
 忠犬っぽいし犬。んでもって、あいつが雉……似合わないな、あいつが雉ってのも」

 と、次にフドウの胸に一突きを食らわせた斜視であり飄々と咆哮を聞き流している少年が全体を見渡す。

 「巫山戯てる発言してる場合じゃないよキタタキ。……フドウ、かぁ。……はぁ」

 最悪な状態を知り得て、諦めの境地なのか知らないが怯える事もなく少年等と一緒に構える少年。

 ハマは、それを唖然としつつ視認する。転がり込んできた人の形をした幸運と称するには余りに
 知りすぎている者達の乱入に対し彼女は口を一瞬魚のように開き閉じるのを繰り返した。

 そして、その光景を一部始終見て同じく意識が止まっていたアンナは、一人の少年の声を背後から聞く。


 「……間に合った……ようだな」

 「……ジャギッ」

 背後から抱きしめる感触。今まで冷水に浸かっていたような恐怖が一気に晴れる暖かさ。

 目元に涙を浮かべ、待ちわびていた白馬の騎士を振り返るアンナ。

 予測通り、その後ろには三白眼でお世辞にも騎士と言った風体でなくとも彼は居た。

 「てめぇが、フドウか」

 一度、アンナへと優しく笑いかけ。そして、闘いに立つ武者の顔付きとなり憎々しさすら込めてフドウを見上げる。

 許す訳にはいかぬ。

 実力の程は知っている。その正体も歴史も人よりは異界から入手し知識によって彼の力が強大な事は。

 だからと言って負ける訳にはいかぬ。

 だからと言って退く訳にはいかぬ。

 ……愛する者を侵す事を、『二度』も彼は許す道理が有る筈なし。

 「あぁ゛!? そうだ、我がフドウだ!! 小虫如きが今度は一体何だ!!」

 名を呼ばれたフドウは、憤怒によって暴れ狂う一歩手前で彼を見上げる。




 「俺の名は、ジャギだ。……てめぇはぶっ飛ばす」



 「ジャギぃ? この我を倒す、だとぉ!!? ……グッハッハッハ!!! やって見ろ小僧うううう!!!」




            


                    ――今、邪狼と山鬼の対峙が数奇なる運命と共に邂逅した。







  


          後書き



 はい、と言うわけで。かなりの遅めの訂正。

 自分の文章の低さに呆れて推敲を行った。これでも未だ訂正したい部分が有ればどしどし感想掲示板にて



[29120] 【巨門編】第二十四話『鳥の爪は山鬼を砕くか(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2013/02/20 10:58




 フドウ

 南斗五車星が一人。風海火山雲の中、最も剛力を秘めし者であり心優しき人物。

 だが、それは未来姿。山のフドウとは未来の名。

 その世紀末を冠する一人の男は。今は鬼だった。

 鬼のフドウ。それが彼の冠する名。略奪・破壊、言い尽くせぬ悪事を尽くす現代の最強にあたる存在。

 それは、奇縁と共に本来ならば有り得ぬ星と邂逅する。その有り得ぬ邂逅が有り得ぬ運命を創りだす。

 鳥影山。南斗の拳士達の巣窟へ山鬼たるフドウが侵入。

 ただ一人の少女を追いかける為に、ただ一つの星の輝きを手中に収めんが為に。

 フドウの意思か、はたまた大いなる何かの意思に操られてか?

 知るのは天のみ。だが、そんな事は今の状況では重要な事ではないだろう。

 


 「小虫がぁ……何処までも煩わしく我が邪魔をしおってぇぇぇ!」

 怒り震える鬼。悪鬼たる存在が歯を振動させ、体中から熱気を放散させて向かう四人を視認する。

 「どいつもごいつ゛も゛踏み潰してくれるわぁ゛」

 吠えたて、普通の人間及び拳法家ですら遁走するであろう気配を囂々と昇らせる。

 だが、向かい合う。本来ならば小力なれど引けぬ理由と共に対峙し合う小さな戦士達が居た。

 「へ……へへ、フドウかぁ。こいつぶっ倒せばヒーローとして面目躍如ってとこだよな」

 フドウの闘気をまともに受け、冷や汗を一筋流しつつも不敵な笑みを吊り上げ己を奮い立たせての発言。
 ゴーグルを額へと貼り付けた、悪戯小僧な感じが初見で感じられる少年。

 「お前、四文字熟語なんて言えたんだな。明日は矢が降るかもな……まぁ、今日は鬼の血飛沫の雨だろうが」
 
 そんな少年へ小馬鹿にするような、皮肉交じりの応援をするような発言をしての斜視の少年。
 
 「セグロ、キタタキ。油断はしないでよ、油断は……まぁ、恐怖で固まるよか幾らかマシなのかも
 知れないけれどさ。それでも無駄口叩いて良いような人じゃないでしょ? 真面目にやろうよ」

 そして、最後に六星たる『義星』をフドウの視界の端へ隠すようにて移動させた優顔な少年が
 二人を軽く嗜めるように告げる。その二人は軽く聞き流すように相槌打つのを見て、諦めるように
 溜息する様は慣れた感じの雰囲気。これだけで、この三人が仲は良いだろうと推察が出来る。

 彼らの名は、セグロ・キタタキ・イスカ。

 何処かの未来、そこで南斗の王の狂気と理不尽なる世界の流れに懸命に羽ばたいた者達の一人。

 「セグロ……」

 「へへっ、ハマどうよっ? 俺の登場。中々タイミング良いべ?」

 悪戯なウインクと共に、今の現状の襲われかねん雰囲気を緩和するように冗談交じりに後ろの少女へ
対し口を開くゴーグルの少年。セグロ。
 南斗鶺鴒拳が伝承者候補。空を駆けし南斗聖拳の使い手であり正史の世界を描いた作品には登場せぬ
108派の使い手が一人。

 「そんじゃ、まっ。ぼちぼち開戦と行きますか……あぁ、こえぇ」

 と、本心で言葉を紡いでいるのか解らぬ口調と表情で頭を掻きながら、まるでやる気の無い感じで
拳を構える斜視目立つ少年。名はキタタキ。

 「止せ……馬鹿が、お前等。まともに太刀打ち出来るわ……」

 出来る訳ない。その言葉を言い終える前に静かな言葉が有無を言わさず割り込む。

 「レイ、言いたい事は解るが下がっててくれ。……大丈夫、勝算ないわけではないよ」

 そんな彼らを無謀と思い重傷ながら必死で制止しようとする義の若き星の者へ口早に近くの木陰へ
寝かせ、そして前に進み出る優男の少年。名はイスカ。

 彼らは鳥影山で未来の為に研磨し光り輝く南斗拳士の者達。

 そして……。

 「下がってろ……アンナ」

 「ジャギ……」

 背後から出現した彼らの中で、最初に彼女の元に出現し。そしてフドウの手から守ろうと言う意思を
込めて抱きすくめた少年。

 三白眼で世辞にも容姿が良いと言う少年ではない。だが一人の女性を如何なる悪意からも必ず守ると
言う力強い意思が目に見える少年。

 その名はジャギ。

 北斗四兄弟が一人。歴史の中では消されようとも史実彼は伝説の北斗神拳を扱いし者の一人。

 正史なれば合わさらざる歯車により利己的かつ手前勝手な悪意に暴走し人々に地獄を与えた者。

 だが、この彼は違う。その未来を知りつつ、そして未来を変えるが為に必死で奔走する戦士である。

 (間に合って良かったっ)

 自分が心から信頼する、幼少期からの幼馴染であって恋愛と言う言葉では言い尽くせぬ存在がフドウの
魔の手に触れる直前に出現出来た事にジャギは心から安堵する。

 本来ならば、彼は今日は北斗の寺院にて修行する日。だが彼は今日一日、何やら摩訶不思議なる胸騒ぎと
動悸が体の中を過ぎっていた。

 そして、意識せずも浮かぶ彼女の顔。虫の知らせと言うべきか、彼は自分の魂に導かれるままに寺院を
師父や兄弟達の声を振り切って駆けつけた訳である。

 「良くも、てめぇアンナを。覚悟は出来てるだろうな……っ」

 「あぁ゛んっ!!?」

 手の骨を鳴らし、前へと進み出るジャギ。それに何を言っているんだ? とばかりに目尻を上げて巨漢の
山鬼は見下ろす。

 フドウにとって、ジャギは初対面。歯牙にもかけぬ程の今まで薙ぎ払った小虫と同程度。

 今の彼にとってジャギや、そして出没した他の若い南斗拳士など煩わしい以外の者でなし。

 自分の咆哮で遁走するならば良し。そしてソレにも怯まず挑むなら今まで通りに薙ぎ倒せば済む事なのだ。

 潰す……! そして奪う!!

 ただ眼中には其の二つの思考しか頭になく。修羅に似た嗤いでフドウはジャギの蛮勇と称せる行動を嘲笑う。

 笑止、笑止、笑止! 虫けらが王に勝てる道理あろう事か! と。

 「何ニヤニヤ哂ってんだ、てめぇは俺が『まぁ待てよ、ジャギ』あ?」

 大切な者を穢されかけ、ジャギは理性の限界値を振り抜き直線的にフドウへ突っ込もうと足を踏みかけた
瞬間、一人の友人の声が耳元へ入り込み機を失う。

 ゴーグルを額へ覆った少年。彼は、こんな状況でも同じくケラケラと言う毒気が抜ける笑みでジャギに告げる。

 「抜け駆けは御法度だぜ? 最初に一番乗りしたのは俺らなんだから。お前は最後」

 それに続くように、キタタキが棒読みな感じでジャギへ告げる。

 「そうそう、お前最後。我武者羅に突っ込んでゲームオーバーしてぇってんなら別に良いけど」

「あっはっは……とまぁ、そう言う事だから。とりあえず僕らの事は多少頼ってよ」

 最後に彼らの言葉をフォローするようにイスカが言い終える。

 「……」

 軽口ながら、何やら強い意思が見え隠れする言葉にジャギの沸点が下がっていく。

 そうだ、確かにフドウは無闇に突っ込んで勝てるような相手な筈がない。彼はラオウが恐怖しリュウケンが
闘う程を周囲に人居る状況では避けうる程の相手なのだ。

 そんな相手に、己のような未だ北斗神拳すら完全に極めぬ者が勝てるだろうか? いや、無い。

 「……ふーっ」

 一度、大きく深呼吸する。そうだ、冷静になれ。今、己が動けぬようになれば先陣を切ったレイやシンにも
申し訳が立たず、そして……アンナを守れない。

 「サンキュー」

 「へへっ。礼なんて気色悪ぃっての」

 「本当本当。男のツンデレ……あれ、これツンデレに入るのか?」

 「君達、本当真面目にやってよね……」

 ジャギの礼に三者三様の反応。それを尻目に背後で未だに現在の状況が安全になったのでもないのに
関わらず軽口を叩き合う彼らを見て複雑な胸中の少女が居た。

 (何、何やってんのよ馬鹿セグロ! あんた等の何時ものノリが通用するような相手じゃないのよ、
そいつはぁ!!)

 ハマは疲弊で声を出すのも億劫ゆえに心の中で彼らへ叫ぶ。無論、最もな指摘だ。

 彼女が何時も見る彼らは、殺傷禁ずる若き拳士達の試合の中では中の下と言って良い。

 チゴ・ハシジロ・ヨハネ・カガリ・シンラ・キマユ・エミュ。先程まで自分やアンナの為に尽力
尽くして時を稼ぐ為に行動してくれた彼らは南斗の自分達のレベルでは上位。

 だが、自分が奇妙な巡り合いで何やかんや一緒に付き合っている三人。この三人は自分が見た限り
パッとした成績及び目立った強さを披露した事は無い。

 新入りであるジャギもそう。彼女は、若きホープであるレイやシンより彼らの力量は劣ると考えてる。

 「何をベチャクチャ……っ」

 そして痺れを切らしたのだろう。何時まで経っても掛かってこない彼らに苛立ちを爆発させた山鬼は吠える。

 「このフドウの前で雑談とは良い度胸だあああああああ!!!!!」

 ――ズドンっ!!!

 振り下ろされた掌打。地面に手形が付く程の一撃に彼ら四人は一斉に四方向へ別れ跳ぶ。

 「うおおおぉ!!? こ、こりゃいけねぇ!!?」

 土煙を上げて、陥没する地面。その威力は何度も鳥影山で連戦したのに関わらず衰えぬフドウの戦闘力の高さを伺わせている。

 「ならば、速攻で……!!!」

 生真面目な顔付き、滲ませる闘気。勇ましく先頭切って敵へ挑もうとする雰囲気と共に足を踏み出し。

 セグロは弱音声と共にフドウから背を向け……走る。






 そう、フドウとは逆方向へと。





 「……って! さっきまでの勇ましさは何処行ったぁ!!?」

 「何やってんのぉ馬鹿セグロおおおおおぉ!!!」

 敵前逃亡。颯爽と飛び出してフドウへ飛び蹴りを放った少年の余りの其の情けない行動にジャギは怒鳴る。

 「うっせえええ!!! 命が惜しいんじゃあ、こっちわぁ!!!」

 捨て台詞と共に、ある意味潔過ぎる程に素早く森の木々へ姿消すセグロ。その行動に一同は思わず呆然とした。

 「……クッ。何処までも我を虚仮にする」

 然しながら、そんな一人の少年の闘争の空気を濁した行動にすら今のフドウには殺意も敵意も拭えはしない。

 ギロッと、大きな目は彼ら対峙する三人を品定めし。そしてフドウは呟く。

 「まずは貴様からだぁ……小虫!」

 (いけないっ……!)

 フドウの戦術。自身の鬼山拳を付けば容易く倒せるかも知れぬ。だが二度も自分の拳を披露するなどと言うのは
屈辱以外の何物でも無い。

 だからこそ、彼は一対一殺。標的を確実に一匹へ定めて潰す戦法を取る事にする。

 「てりゃああああ!!!」

 狙われたのは、イスカ。四方向へ跳び、そして後退した場所で動かなかった事がフドウにとって容易い相手と
捉えられての襲撃。

 振り放たれる横からの拳。ハマが知るイスカならば、逃れられぬ致死に達するだろう威力。

 やられる……! ハマが思った瞬間……『イスカの姿はぶれた』

 「むっ……!?」

 確実に命中した、そう思った瞬間の空を切る感触。霞を切ったならぬ殴った感触。

 「何処へ……『――トッ』ぬっ!?』

 ――南斗聖拳 飛翔降龍撃!

 フドウの意識外の方向。それは斜め後ろの大樹から繰り出された矢の如くの一撃。

 イスカは、フドウが振り抜いた瞬間跳んでいたのだ。『フドウの死角の大樹へと』

 「っく、貴様……!」

 「ふぅ……未だやっぱり、命中精度は悪いか……」

 フドウの頬を掠めた一撃。皮一枚を切らせ血を流したフドウは頬に手を当てて憎々しげにイスカを見る。

 対するイスカは軽功術にも似た瞬速を扱った事により疲労困憊だ。フドウを見上げ肩を上下させて
彼は僅かに膝を付く。それ程までに、今の彼には先程の動きは負担大きすぎた。

 (イスカが……あんな動き出来るなんて)

 対して、今の動きを見たハマは目を見開く。彼は何時も良い意味でのんびり。悪い言い方だと愚鈍な
印象が強いタイプの友人なのだ。

 それが、歴戦の強者たるフドウが一瞬目で追いつけぬスピード……意外としか言い様がない。

 だが、そこまでだ。イスカは今の動きで急激に体力を消費した。次のフドウの一撃は躱せまい。

 「我が顔に傷『余所見すんなって』っ」

 二の攻撃。またもや死角から繰り出される一陣の人影。呟きと同時にフドウの脇腹目掛け人差し指が伸びる。

 「させるかぁ!!」

 「っと」

 だが、フドウも二度の不意打ちを許す程に甘くはない。大振りの腕が彼、キタタキの攻撃を中断させる。

 然しながら、今の間によってイスカはフドウの間合いから逃れる事は奏した。視界にフドウより距離を置いて
呼吸を整え体力を少しでも回復するべく精神統一するイスカ。

 キタタキは、それを心の中でそれで良いと頷きつつフドウへ向けて軽口を叩く。

 「おぉ、おっかねえ。鬼のフドウ、あんたを今まで倒そうと思って何人地へ伏したのかねぇ?」

 「ハッ! 星の数程に決まっておろうが!!」

 フドウは、そんな軽口に答え嘲る。どうせ、この小虫も次の瞬間には自分が仕留めると言う余裕ゆえに。

 「星の数ねぇ……ならば、その星の数に終止符打たせて貰おうか……!」

 「むっ?」

 ユラリ、と。キタタキは普段のやる気なさげな空気を打ち消し。研ぎ澄まされた気配を如実に放つ。

 「ふぅぅぅぅぅ……秘孔」

 パッ、パッと。忍術を放つ前の如く印を結ぶ手。それは彼にとって自身の肉体を高める為の術の前の儀式でも
あり、フドウを自身の術に掛ける為の布石でもある。

 「――南斗蟻吸拳が連の昇華! 体技四連上昇!」

 ――秘孔 闘守孔!

 ――秘孔 閃脚孔!!

 ――秘孔 閃早孔!!!

 ――秘孔 剛明!!!!

 「――ふしゅうううぅ……!!」

 素早く自身の部位に対しての四連続の秘孔突き。

 足、及び腕。その全ての秘孔は肉体を僅かに硬め、早め、そして己の力を強くする為の肉体上昇の秘孔。

 効果は瞬間的に発揮され。キタタキの全身に巡る闘気は盛んに火の如く昇る。

 「ほぉ……! 秘孔、か! 伝説の北斗だけでしか見れぬと思っていたわ!!」

 「北斗、ねぇ。……まぁ伝説には劣るかも知れぬが……その伝説の名残を受け継いではいるぜ」

 キタタキは、呟くと同時に駆ける。それは彼が生来出すスピードの数倍はあろうであろう瞬足。

 「っお!?」

 「余所見すんなよ」

 直進、直進、迂回、曲線、歪曲、直進、迂回……。

 軌道を予測させる事のない変則的な移動。攪乱を目的とした動きでキタタキは足を扱いフドウの周囲を力の限り駆ける。

 「こんのっ……チョロチョロと!」

 地面をモグラ叩きのように連続で無差別に拳を叩くフドウ。その猛攻を潜り抜けキタタキは鬼へ対し秘孔突きを試す。

 ――椎神(ついしん)!

 ――破指挿(はしそう)!

 ――大指甲根(だいしこうこん)!

 上から順に説明すると、相手の歩行を困難にする秘孔。体全体の骨を砕く秘孔。大声を封じる秘孔である。

 そう……これが成功すればフドウに大きな枷を与えられる。成功すれば。

 「ぬああああぁ゛!!!」

 ドンッッ!!

 キタタキの指の突き、それに対し何ら痛手を被る事もなく煩わしいとばかりの咆哮を上げて地面を叩くフドウ。

 (ちっ……やっぱ未だ無理。しかも……こいつの肉、脂肪が筋肉が知らねぇが硬すぎる。通じねぇ)

 心の中で舌打ちし、キタタキは目を僅かに顰め走る事だけに徹する事に決める。

 これは仕方がない事。屈強なる戦士であるフドウの体に裂傷こそ与える事は小力な拳士でも出来るかも知れぬが
大きな深手を与える事など普通は到底不可能なのだ。

 ましてや、繊細且つ卓越した技術と力が要る秘孔突きをフドウ相手に成功させようとするならば寝ている状態で
百回渾身の力で突いて成功するかどうかと言う所だろう。

 それ程に、彼らとフドウの力量には大きな差が有るのだ。

 「フハハハハハッッ!!! 逃げ回るしか能が無いのかぁ!!!?」

 (ピーチクパーチクうっせぇな……いいさ、吠えていろ)

 罵倒を浴びせながら、フドウは虫相手へと執拗に拳を振り下ろし。そして段々と逃げる場所のない木々の
入り組んだ場所へ誘導していた。

 「っしまった……!」

 気づいた時には逃げる道を失い、立ち止まるキタタキ。そして、会心の嗤いと共に拳を掲げる鬼。

 「終わりだぁ!!! 潰れろおおおおお!!!」

 「キタタキィィ!!」

 振り上げられるフドウの拳。それを見てのハマの叫び。

 だが、受ける筈の当人は絶望するでもなく至って、その放たれようとする凶器を冷静に見上げる。

 (そうだな、終わりだな……)

 冷静そのものの顔付きで、頭に過ぎる状況の判断。そして、キタタキから放たれる言葉。

 「てめぇがな」

 「あんっ?」

 






  ――――ザッッ!!!




 
                                      「南斗聖拳奥義いぃ!!!」

 「何っ!!?」

 フドウの頭上から飛んできた声。思わず拳を振り落とすのを止めて見上げる。

 そうだ、迂闊過ぎた。思えば、先程散った小虫。その中で背を向けて遁走したのを見て意識外へ追いやっていたが。

 ああ、そう言う事か。何て己は愚かなのだ! 茂みへ消えた其の小虫の走り去る音を耳へ捉えていたが? 否!

 茂みに隠れ、じっと機を伺っていたのだ。その……小虫(セグロ)は!!

 
                                       ――空舞燕離斬――!!

 疾風。それに近い勢いで木々を飛び移りフドウの意識が予測通り友人等に完全に意識が向かっているのを確認しての
上空を舞いつつ、彼は大空を両手広げ滑空し順当に勢いをつけてフドウへ飛来した。

 南斗鶺鴒拳。その特色は上空を自在に滑空し、その制空権を勝ち得てのスピード+拳の威力を合わせ初めて発揮される。

 そして、セグロは師曰く問題児ながらも拳の腕前は其の年齢の中で。いや、此処からは言葉で語るより結果を綴るが早い。

 ――ザシュッ!!

 「ぐぁ゛っっ!?」

 フドウの目頭、瞼の上部分がセグロの不意打ちによる滑空と同時の放った手刀の威力で斬られる。初めての、この闘いにて
フドウが受けた攻撃と言える物。

 (未だ未だ!!)

 だが、これで終わりではない。その攻撃で通り過ぎて間もなく、セグロはスピードに乗ったままの勢いで旋回。

 Uターンと同時に、フドウの顎下。その顎下から上空へ上昇する如くセグロは飛翔する。

 ――ドシュッ!

 「ごぉっ!? ちょ……調子に゛」

 顎下、そして唇に縦へ走る裂傷。命を脅かす程の傷でなくもフドウの怒りが噴火するには十分な一撃。

 「もういっ『のるなあ゛あ゛あ゛あ゛!!!』……っ」

 フドウの頭上へと飛んだセグロは、空舞燕離斬の最後の一撃である空中から真下へ降下しての攻撃。

 北斗の拳 -審判の双蒼星 拳豪列伝-のゲームではレイが最後に真空刃を相手に飛ばす一撃。もっとも
セグロの場合未だ力不足ゆえに只の手刀であるが、それを行おうとした。

 その瞬間にだ、セグロの体が一瞬宙で縛りつけられる程の咆哮。フドウの怒りの雄叫びがセグロを金縛り状態にする。

 (ぐおっ……! 声だけで何つぅ……衝撃)

 歯を噛みつつ、咆哮の威力だけで体が一瞬後方へ無理やり反らされかけるセグロ。その格好の拳の餌食となる状態を
フドウは見逃さない。顔を上げて拳を握り締める。

 「死ね゛ぇ゛い !」

 形相と、視線で示される死刑宣告。あと一秒で、彼の背丈には余りに凶悪過ぎる拳が振られる。

 しかしながら、彼ら一同に恐怖も絶望の影も顔には見当たらない。そうだ、彼らは忘れてない。



 残る一人の……最後の切り札となる一人を。


 「……へっ、トリは譲ってやるぜ」

 「? ……っ!!」

 空中で、身動き出来ないにも関わらず不敵に自分へ笑っての謎の言葉。

 フドウは拳を振ろうとする中、心の中で首を一瞬傾げ。そして彼の言葉と先程の対峙した人数を計算し気づく。

 「っちぃ……!」

 前方。空中を舞っていた虫に意識向けて地上で殆ど動かずに居た虫。

 そう、自分からすれば小石程の存在。それが、今までしていた事と言えば気を全身に満たしていた。

 ……己を倒す為の……全身全霊の一撃を放つ為に力を!!

 



                                                  「……いくぜ」




 反らされる両腕。体を屈ませ、バイクのエンジンを蒸して一気に発進するような予備動作を感じさせる雰囲気。

 ジャギ。彼の少年は三人が築き上げた時を一秒たりとも無駄にする事せず、そう……己の中で今現在唯一完成近い南斗の技を放たんとする。

 フドウは僅かに焦燥する。アレは危ない。何か知らんが危険な感じだ、と。

 安い鉛玉や、目で解る程に遅い飛来する武具より危険な感覚。そう……戦車の大砲を向けられているような、そんな感覚をフドウは感じた。

 だが、時既に遅し。ジャギは、彼が未来で平和の為に行使する支えであると言う事を今だけは完全に忘れ愛する者の為に全力で拳を放つ。

 そして、彼は一歩足を踏み出すと。……姿が一瞬ブレる程の速度でフドウ向けて突進し叫んだ。



                                                 ――南斗邪狼撃!!!――


 「オオオオオオオォ!!!」

 「ぬああああああぁ!!!」




 体全体を矢の如く空気を切らせフドウの胴体の中心向けて突進、いや突進と言うよりも威力あるジャギと言う名の弾丸がフドウへ迫る。

 対して、フドウは其の生まれ持った肉の鎧にてジャギの南斗邪狼撃を受ける。

 無敵の肉の鎧が防ぎきるか。または未熟ながら執念によって培われた今も何の為に創られたか知らぬ無答の武が突破するか。

 短くも酷く長く感じる瞬間。共に闘う同士と、そして愛する者が見守る中。

 数コンマの静止後、プシュウッ。血が、フドウの腹部から吹き出したのだった。

 「やった!!」

 フドウの腹部から潮が吹くようにして出た血の飛沫にセグロは着地と同時にガッツポーズする。

 腹部からの負傷、見た目内蔵まで痛手を喰らわせたであろう一撃だ。これで動けたとしてもフドウにはアンナを奪回してまで逃げおおせる
余力も非ず。控え目に見ても自分達の勝利は目前だと。

 だが、セグロの喜びに反しキタタキは依然と固い顔付きを崩さぬままに、告げる。

 「いや……未だだっ」

 ――ググッ

 「くっ!?」

 ジャギの顔が顰められる。フドウ、その水月向けて打ち込んだ邪狼撃。直撃すれば昏倒する事は確実だと決め全身全霊で放ったその一撃は
フドウの異常とも言える筋肉の壁を僅かに抉ったのみ。

 「こ   ぞ   う゛  ……!」

 だが、フドウとて無傷と言えはしない。ジャギの一撃、それを受けてフドウの顔には今まさに明らかに余裕が薄らいでいた。

 肉体の傷は浅くも、ジャギの全力で放った邪狼撃の衝撃までは殺せない。その衝撃によって水月に受けた威力により
フドウは気絶するかも知れぬまでの意識低下には至っている。

 それが……彼らを更なる窮地へ落とす事になる。

 「……侮り過ぎていたわ。このフドウ……まさか虫如きにここまで痛手を味わうとは……!」

 細く流れていた流血が段々と減少し、そして止まる。放っていた殺気や覇気が急速に衰えていく。

 戦闘を放棄した? いや、これは……嵐の前の静けさだ。対峙する四人は体中から訴える警報を知る。

 「くっ、抜け……ね!?」

 その中で一番危機的状況なのがジャギだ。何せ、先程の全力での貫手はフドウの胸筋によって指が挟まれ未だに抜けないのだから。

 そして、フドウは修羅の如く悪鬼の全貌を顕にする。それは……。

 「まさか、虫如きにコレを解放する事になるとは思わなんだ……消えよ、お主等。……そして黄泉にても我が力に恐怖せよ……!」

 フドウは両腕を広げ、今にも襲いかからんとする熊のような姿勢で唱える。

己の暴威、凶悪、暴君さに対し人々が畏怖と恐怖を込めて名づけた『鬼山拳』

 その最大級、容易くどの様な相手であれ葬れるゆえの拳ゆえに自分が封じた拳が一つの技。

 だが、彼の鬼であるフドウは、どれ程に追い払っても執拗にこびり付く眼前の虫達を認める。

 これらは、自分が全力で消滅させなければ何度でも立ち向かう相手だと。

 「受けてみよ……!」

 (『やばい…!!』)

 膨れ上がる、巨大な暴風が発生しそうな大いなる天災が降りかかる予感。

 あの一撃は、やばい! どれ程の相手、自分達の師父ですら防ぎきれるか危うい一撃がジャギへ放出されようとしている。

 そんな一撃を受けて友人である、彼が五体満足で無事受けきれるだろうか?

 ……無理だ!

 『ジャギっ!!』

 飛び出す三人。フドウが凶気なる嗤いと共に貼り叫ぶ言葉。それは同時だった。



                                                  


――鬼神……!



 大きく振り上げられる片腕。大津波が囂々と放たれるような気配と共にして、ソレはジャギ目掛けて振られた。        




――破拳!!!!!



 轟ッ!!!


 空気を抉りとるような音だった。それ程の風圧を纏い、鬼は拳を振るった。

 対するジャギは、その刹那に何とか貫手を引き抜く事に成功するも回避するには既に手遅れな体勢。

 (ぁ……やべ、こりゃ死ぬ)

 不思議なほどに冷静に、ジャギは迫り来る凶悪なる拳をやけに遅く見えつつ捉えていた。

 それと共に今までの回想。アンナと出会った時から、シンと友人、サウザーと知り合いになってから
ケンシロウと出会い。今までの記憶が次々と浮かんで消える。

 走馬灯。今まで何度も死にそうな目にあったが、これが初めてだなと可笑しな感心と共に胸中は落ち着いてた。

 だが……。

 『……ギッ!』

 耳元に、微かに背後から切迫と縋り付く程に必死な声が自分の脳に届き。ジャギは死を覚悟した達観が破られる。

 (そうだ……なに勝手に俺諦めてんだよ)

 フドウの拳が自分の全身に触れるまで、あと数秒。

 その、絶望的空間の中で。必死の抵抗とばかりに、ジャギは停止しているに近い時間感覚の中で両腕交差して
腹筋に限りなく力を込めて防御の形を取る。

 フドウの拳が自分の全身に直撃するまで、あと数コンマ。

 その時、ジャギは覚悟を決めた視界の中で自分と共に戦っていた気配が両隣に出現したのを死と生が隣り合わせ
ゆえの空間ゆえに研ぎ澄まされた感覚が己に告げた。

 だが、それがジャギが次に目覚めるまでに知った最後の感覚だった。





  ・







             ・


     ・




         ・



  ・





       ・




             ・




  「……ジャギ!!!」

 アンナの悲鳴に近い愛する者を呼ぶ声。それと同時にトラックが何かを勢いよく轢くような音が森一帯へと
鈍く、それでいて嫌な音と同時に響く。

 それと同時に、上空へと舞い上がる四つの少年の体。

 四人の、若き拳士の体は。弾丸の如く放たれしフドウの一撃に、四人とも同時に直撃し、そして上空へと
舞い上がり、そして……墜落する。

 アンナ及びハマの視界の中で、森の茂みの方へ落ちる四人。グシャリと言う肉が潰れるような音がしなかった
ゆえに恐らく軟着陸出来たであろう事は推測ながら理解する。

 だが、その推測が気休めにはなりえはしまい。

 フドウと言う鬼の拳法を使っての全力での一撃。あの体勢だと正拳突きに近い拳であった。

 鬼のフドウ。彼の大柄な体躯で全力で体重を乗せた一撃を喰らって彼らが無事な筈は……。

 「……アンナ」

 色を失った声で、ハマは力が抜けきった声と青白い表情で友人の死をリアルで想像してしまい声をかける。

 そして、ハマは友人である彼女の表情を見て言葉を失う。

 「……アンナ」

 ハマが見る彼女は、今にも泣きそうな顔付きながらも未だ望みを捨ててない信じ抜いている表情だった。

 唇を噛み締めつつも、彼女は仲間四人があの一撃で死んだ事を完全に否定している目をしていた。

 (どうして……!? あんた、どうしてそんなに信じれるの……?)

 思わず、言葉が失われる程にハマはアンナの横顔を見つつ呆けた顔をしてしまう。

 然しながら、時間は彼女達に思考する猶予は与えてくれない。会心の一撃で四人の拳士達を一瞬で葬りさった
フドウは、ようやく清々したと言わんばかりの笑みで告げる。

 「さぁて、ようやくだ。観念しろい゛……!」

 戻る邪悪な顔付き。それと同時に伸ばされる手。

 先刻程までのアンナだったら、それに怯え硬直しているだけだったかもしれない。だが、ジャギが身を呈し
己の為に立ち向かった事が原因なのか、彼女は僅かに拳を構える。

 ……フドウと闘う覚悟を秘めて。

 「あぁ゛ん? ……クク、プハハハハ!!! この我とやろうと言うのか!!? 貴様がぁ!?」

 哄笑と共にアンナの必死の姿勢をフドウは怒りすら見せず嘲笑する。他の対峙していた拳士達ならば
ともかく。この女が己に傷おろか触れる事すら無理だと言わんばかりに。

 「……笑われても、良い」

 哄笑の波を体に打ち付けられつつも、アンナは静かな表情で口を開く。

 「笑われても馬鹿にされても……良い! けど、ジャギが、他の皆が私達の為に必死で貴方に挑んだ」

 「それなのに、私ばっかり逃げてばっかりなのは嫌! ……例え、結末が絶望だとしても……最後の
最後まで抗って見せる……!」

 アンナは、覚悟を決めた。

 己の凶運に薄々自覚あった。そして、その因果が今になって大きくフドウと言う形で襲いかかってきた。

 ならば、逃げても無駄だ。

 自分ばかり逃げて、この運命に他の皆が傷ついて行く様を見続ける事程、自分は無情になれない。

 「もう……にげないっ」

 「……気に喰わん。今まで逃げてた子兎が何おお吠えてるっ」

 苛々とした顔つきで、今まで怯えてた表情を見せていたアンナへ舌打ちしつつフドウは睨みつける。

 鋭い眼光を向けられても、覚悟を決めたアンナはキッと視線を受け返す。

 フドウは、その瞳の輝きに尚更自分の中に訴え掛ける何かが強く喚き立てる感覚が脳の一番敏感な部分を
刺激するように思えた。と言うより本能で感じた。

 「があ゛あ゛っ゛。いい加減、我が手に……っ」

 会話すら放棄するとばかりに、フドウは一直線にアンナの胴体目掛けて手を伸ばす。

 ――ザシュッ

 「ぬぅ!?」

 「……まっ……ったく。命知らず、なんだからっ」

 だが、未だ残る彼女を守る刃。友と言う名の刃がフドウの魔手を切り払う。

 手刀を構え、大きく振り抜いてフドウの手の平に浅い傷を与えた者。

 それは同じくフドウの覇気に怯み、硬直していたアンナの横に立つハマ。

 彼女も、同じく先程までの絶望的な空気を薄らいでいた。

 「だけど……そうよねっ。南斗拳士たるもの、こんな所で縮こまってちゃ拳士失格だし。
何より震えてばっかじゃ、あの馬鹿に後で四六時中良いネタにされるわ……!」

 「ハマっ……」

 友の決意に満ちた、最後まで諦めぬと言う意思を同じく親友なる彼女は涙を目に滲ませ笑顔を浮かべる。

 未だに冷や汗や恐怖を完全に打ち消す事は出来ずともハマは気丈な笑みでアンナへと力強く心配するなと言う
意思を込めて頷いた……もう折れはしない、と。

 


 ――苛々する。その二人の様子を見て山鬼は胸中に整理し難い感情が浮かんでは消えるのを感じた。

 何故、こ奴らは折れない? 諦めない? 絶望する事ない? 我が絶対者である者に対峙した者は遅かれ早かれ
必ずや地べたに這い蹲り命乞いをした。

 だが、これはどう言う様だ? 何故に我が拳を幾ら与えてもこ奴らは屈する事をしないのだ?

 いや……そもそも『何故、我は執拗に小娘を手中に収めようとしているのだ?』それこそ奇妙奇天烈……。

 ――キィン。

 だが、フドウが己の中の違和感を再度思考しようとした瞬間。また何かが彼を操るかのように目から僅かに戻ろうと
しかけていた理性が消失する。

 「……くくははははっ!!! どう足掻こうと結末は変わらん! 娘ぇ!! 貴様は我が手に落ちるのだ!!!」

 一声の咆哮。それと共にフドウの告げる内容は確かに今の状況を考えれば間違いのない事実だった。

 それを否定する反論を、向けもせず残った二人の彼女達も。そんなフドウを気丈に見返すのみ。






  ・




           
            ・


     ・




        ・



  ・





       ・




             ・




 ――夢を、見ていた。

 『……貴様等の誰一人として、この俺に勝つ事は出来ぬ! 何故ならば我は王!! お前達の頂点になる拳の行使者なのだ!』

 説明の出来ない、妙に現実味のある夢。

 酷く見覚えのある者が、傷みが先程に受けた感覚と重なりあう。その夢の中で膝をついている自分が彼を見る。

 『貴様等を屠り! 我は完全なる者として昇華してやる! 喜べ!! 貴様等一同我が拳の糧になれるのだからなぁ!!』

 巫山戯た事だと、自分は感じる。

 意味の利さない事を言ってると、自分は感じる。

 酷く……それでいて悲しい者だと、自分は感じる。

 彼ら一同、その夢を同時に見ている人物達は。この夢が初めて見た内容には思えず。何時かに何処かで遭遇したような
自分自身が体験したかのような感覚を受けていた。

 『滅びるが良い……!』

 そして、その見覚えのある彼は大きく両手を広げた。彼ら一同、それは恐らく彼自身の最終の技であり奥義であろうと
漠然と感じる。アレを受ければ直死は免れぬ、と。

 ――死にたくない、な。

 彼ら一同、その迫る彼を恐怖も抱かず冷静に見ながら異口同音に心の中で思った。

 そして……心の中に浮かび上がる、彼らが想う過ぎる女性の姿が頭の中に過ぎり。

 ――こんな場所で……死ぬ訳には、いかないっ。

 そう、彼らは同時に決意を秘める。死の空間から抜け出て過酷なる現実の中へ舞い戻る決心を各々方は秘めて。

 激痛が段々と現実と馴染ませるかのように強くなる。熱や冷たさが体の中の駆け巡る血と共に現実の感覚が
海の中から浮き上がるように彼らの中へ芽生えるのを感じた。

 ……そして、彼らは同時に目覚めた。――彼らが守るべき存在が確かに存在するであろう現実の世界へと。




   ・





            ・

     ・



         ・



 ・



      ・




            ・


 



 ――パキン。

 「何っ……!?」

 フドウは、彼女達二人へと放った哄笑を止めて余裕を浮かべていた顔を打ち消して物音のした場所を振り返った。

 馬鹿な……有り得ぬ。あの一撃を喰らって未だかつて立ち上がったものなど……!?

 否定を胸中に抱える山鬼を否定するように……舞い降りた、その再び戦地へ舞い降りた脱落者達は。

 その脱落者達の名を、物音に同様に気づきし少女は一番良く親しい人物の名を最初に上げた。

 「セグロ!!」

 「……へ、へへっ。どうしたよ、ウスノロ? そんなに、俺が生きてるのが不思議かい? ……へへっ」

 ゴーグルが、半分程大きく罅が入り。頭部からの流血が全身の三分の一を赤く染めるセグロ。

 既に気絶しても可笑しくない程の彼は、気丈に笑いながらフドウの前に舞い降りていた。……彼だけではない。

 「挑発をよ……ふぅ……する余裕がおめぇにあるのかよセグロ? 第二ラウンドで途中で倒れたら迷惑この上ねぇ
から……ごふっ……あっちで寝てろ」

 斜視で、ボサボサの黒髪の少年。気丈に見た目血の気が引いて失血状態である事と内蔵の大部分が間違いなく損傷
しているであろう状態を何て事なさそうに皮肉を返すキタタキ。

 「ははっ……君らにばっかり任せたら見ててハラハラするから……さ」

 同じく中身は瀕死に近くも、その二人へ柔らかに何て事なさそうに笑いかけ同じく再起して戻るイスカ。

 彼ら三人、ただ大事な存在の為、友の為と理由で拾い上げた命を危なげに抱えフドウへと舞い戻る。

 そして、彼らの蘇りと同時に執拗に追い詰め追い立てられた彼女の騎士もまた。

 「……フドウ」

 ――ザッ。

 フドウと対峙して闘った中で最も深い怪我なのでは? と思える傷を負いつつも。その瞳は誰よりも生気と闘志を失わず
立ち上がり引きずるようにして茂みから出てきた三白眼の少年。

 シュコー。シュコーと危険な呼吸をしながらも彼は蘇る。ただ愛しい存在を守る事だけに執着して。

 その少年の名を、同じく囚われの身になりかけていた少女は今にも泣きそうな声で呼んだ。

 「ジャギ!!」

 「俺の名を……言ってみろよ!」

 宣言と共に拳は構えられる。再度の邪狼撃の姿勢で彼はフドウを射抜くような視線を放つ。

 例え命尽き果てようと四肢がもげようとも、彼女(アンナ)には指一本触れさせはせん。

 無言での暗示をフドウは感じた。その瞳に浮かぶ執念の火に、思わず圧倒されかれぬ程に。

 「死に体で何を吐ざいている……!」

 フドウは気を取り直さんとばかりに強く一度頭を振ってから同じく仁王立ちのまま闘気を昇らせる。所詮は小童、塵芥に等しい
力量でありて今は少し一撫でしただけで死ねる存在。

 何を恐ると言うのだフドウよ、何を慄く必要あると言うのだフドウよ。と自分を心の中で叱咤しつつフドウは吠える。

 「貴様等如き小さな存在が我に何を為せる!? えぇ!!?」

 咆哮の問い。その声量と勢いによる圧力だけでジャギはふらつき倒れそうになった。

 だが、フワッと言う暖かな春の香りのようなものが鼻をくすぐると同時にジャギは感じる。

 背中を無言で支える、とてつもなく愛おしくて慈しみある一人の手を。

 「……何を為せるかって? ……てめぇから守りきる事だよ」

 不敵な笑み。敗北必至な状態でありつつもジャギは笑う。鬼に対し己と、そして支えてくれる者には絶対負けんと。

 「へっ、ジャギってば格好つけすぎ……」

 「惚気るのか闘うのかどっちかにしろって言いてぇけどな……」

 そんな彼に茶々入れるようにゴーグルの少年と斜視の少年は呆れ、同時に。

 『まぁ、同じく賛成だ』

 と、彼らも同じく不敵な笑みを覗かせて拳を構える。既に技を放つなんて余力すら無きに等しいに関わらず。彼らの意思は
魂は未だ十分に羽ばたけれると主張している。

 「……あんた等男連中ばっかり調子こくんじゃないわよ」
 
 そんな彼らに元気つけられたように、既に顔色も覇気あてられた時の恐怖の色を打ち消してハマもアンナへ笑い告げる。

 「アンナ。私も未熟だけと精一杯やってやるわ! 何なら……このデカブツだって倒して上げるから」

 茶目っ気を含んだ冗談のような宣言。だが、彼女の言葉の色は冗談でないとアンナの耳に告げていた。頼もしき親友の
立ち直った状態と自身に掛けられた力強さにアンナもまた微笑む。

 「ははっ、皆には負けてられ……っと」

 そんな彼らを見て、イスカは微笑みつつ拳を構えようとしてよろける。無理もない、対峙した四人とも全員直ぐにでも倒れ
て可笑しくない傷なのだ。

 このまま地面に背中から倒れれば。その軽い衝撃でも倒れるかも知れぬと冷静に思考しつつイスカは後ろにゆっくり
傾いて……その傾きは、一人の手によって止まる。

 「……ったく。お前等なぁ、自分の状態を考えて動けないのか?」

 それは、今まで沈黙していた人物。フドウへ立ち向かい、そして脱落しており倒れたままであろうと思えてた一人。

 その一人が、イスカが倒れる寸前支えたのを見てセグロはヘラヘラと笑いながら口を開いて話しかける。

 「へへへへ『レイ』。てめぇこそフラフラなんだから休んとけば良いのによぉ」

 「はっ倒すぞ。お前等のような何時も巫山戯ている輩が未だ動けて……俺が横になったまま傍観するなど良い晒し者だ」

 レイ。義星の子、将来は水鳥拳の伝承者なれど今は未だ若き伝承者候補。

 最初は鳥影山に入ったジャギや、他の伝承者候補とも馴れ合うつもりなく距離保ったまま拳の修行に励む彼だったが、この
フドウと言う大きすぎる投石の波紋によって彼もまた目に光を浮かべ告げる。

 「邪魔するなよ、お前達。この水鳥拳が伝承者候補レイ。俺は……」

 そこで区切り。イスカの横で彼は大きくひと呼吸してから。はっきりと告げる。

 「……俺の眼前で悪しき振る舞いと己の道理に反する輩に制裁下すのみだ」

 新たに加わりし、復活者。だが、小虫一人増えたところでとフドウは歪んだ顔を未だ崩さずして突撃するかと体に力込める。

 だが、ここで更にまた一人。レイの蘇りを切っ掛けに新たに姿現す者が居た。

 「悪いがな……お前が、今潰そうとしているのは……俺の心に大きな恩ある奴なんだよ」

 引きずるように、それながらも先程対峙した以上の闘志を胸に掲げて蘇りしは……殉星。

 「ジャギを、そして他の奴らを叩こうと言うなら。まずはこの俺を倒して見ろっ」

 シン……彼はジャギによって両親の喪失の傷みにより枕に涙し生気失いかけてた所をジャギの一喝らで立ち直れた。

 その恩は、口や態度に出さずも言い尽くせぬ程に有る。だからこそ彼は、その親友の非常時に対しボロボロな体に鞭打ちて
尚も懸命に戦いを継続する事を宣明する。

 そして……新たなる消えたと鬼が誤認していた星々は、蘇る。

 「ごほっ……少し意識飛んでた。皆、未だ生き残ってるな? 微力ながらも俺も力になるぞ」

 草むらを掻き分けて、適当な木の枝を杖代わりにして歩行すらやっとの黒人の少年が
 口の端から血を流しつつも、少しでも彼らと彼女らに対して力になろうとして舞い戻り。

 「ヒヒッ。此処かぁ? さっきのハヤニエはよぉ……」

 ガサガサと、茂みを乗り越えて簡易的な木の槍を杖代わりに挑発的な笑みを保って登場するチゴ。

 「声の本源は、此処か……カガリ、動けるか?」

 「シンラ……貴方こそ。無理はしないで」

 斑鳩と銀鶏の番と称しても良い二人が茂みから肩を支え合い登場する。

 「はぁい、ハマ。泣きそうになってない? 助けに来て上げたわよ」

 「……」

 軽口を叩きつつ、ウインクしながら企鵝拳の子と沈黙を守り通したまま火喰の子も駆けつける。

 少し遅れて、連雀拳の子達もフドウを見て嫌そうにしつつも登場し。

 フドウへと、アンナを守る為にと動いた者達全員が集結しフドウと言う巨星に比する集合の巨星へと成る。

 皆、一度は敗北を喫しつつも立ち上がり。彼、彼女等の闘志の再起に答えるようにして集結する。

 血を流し、一般人と今や互角な程に体力も拳の腕も下がっているのは言うまでも無いに関わらず
 その目は死んでいない。誰も恐怖で遁走すること等関知の外であり、決して退く事は選択する気はない。

 (何だ? 何なのだこれは!?? この俺はフドウだぞ!!)

 (百戦錬磨、一騎当千、無敵最強を冠する我に何故この虫めらは立ち上がれる!? 立ち向かおうとする!?)

 フドウは、その理解出来ない南斗拳士達の行動に混乱の域に達そうとしていた。

 理解不能、理解不能。己は覇者だ、恐怖の権化と言うべき存在なのだ。

 なのに関わらず、赤子程に自分から見れば小さな存在が立ち向かえる等……有り得ぬ筈が無いであろうが!

 「何故だ……何故貴様等はそうまでして立ち向かえる! どいつもこいつも狂人が、お主等ぁ!」
 
 咆哮が上がる。恐怖の威圧の声の嵐が再度フドウから発声する。

 だが誰の心にも恐怖を植え付けて対峙者の動きを無意識に縛っていた咆哮に再び蘇りし皆は
 全員体に一瞬振動が与えられるも、恐れの気持ちも意識を刈り取られるような事には陥らない。

 ただ全員が、鬼のフドウに対し静かなる目で見据えて無言で拳を構えるだけに留まった。

 それが尚もフドウの心に苛立ちや焦燥に似た気持ちを心中に波紋させる。

 「何故に怯え折れぬ貴様らあああああああぁ!!!」

 本心からの一声。それに立ち向かう者達は全員答える意思はない。ない筈だったのだが……。









 「南斗拳士じゃからじゃ、鬼よ。とは言うものの、今のお主には一生理解出来ぬことじゃろうて」

 ……老獪にして、現在の地上にて強者の10位に並ぶ猛者。

 その声が降ると同時に、太陽を背に逆光から上空を飛翔するようにてフドウの頭上へ一閃した影が。





 


                          ――南斗猛鷲飛勢――




 「ぐおおおぉぉ!!?」

 奇襲。フドウへと斜めに急下降した影が勢いと共に顎先を蹴りつけ、そして止めとばかりに練気の
 篭った手刀の雨を嫌というほどに降り注がせ、そして呻き両手で顔を抑えるフドウの前に降り立った。

 「ぐぁ゛……何者だぁ゛!?」

 威力もさながら、その奇襲によって顔中に裂傷が確実に彫られたフドウは口に泡飛ばしつつ怒鳴る。

 それに、小柄であった人影は不敵に口の端を釣り上げて笑うに留まる。だが、その弟子となる者は
 背後から驚愕、そして漠然と満ちる喜びを噛み締めながら師匠である人物の名を叫んだ。

 「フウゲン様!!!」

 「カッカッカッ……シン、中々の愉快な姿になっとるな。他の者も同じくじゃな。まぁ若い内は無茶するのが
 華じゃからのお! うむうむ、精進に精進。感心もさながら此処までようやったわ、お前達」

 『(あ、やべ。めっちゃ怒ってる)』

 口調も顔も笑顔。だが、鳥影山で時々拳の授業にて優しい好々爺から軍隊の鬼教官も顔負けの程に
 笑いながらサラッと普通の人間が閉口する程の指導をするフウゲンを知る彼らは其の口調にて理解する。

 自分達をここまで傷つけたフドウに。そして、鳥影山の師父達に一言も告げる事なく命懸けで
 圧倒的力量相手に玉砕覚悟で戦おうとした者達に対しての静かなる怒りを全員が感じ取っていた。

 「爺いぃ……!!? くくっ、小虫に爺いに傷を付けられるとは。この鬼のフドウ、焼きが回ったわぁ!」

 自嘲するような哂いと共に、仕切り直しとばかりにフドウは構える。

 「ほほぉ、未だやる気かぇ?」

 「当然だぁ!!! 我は其処にいる女を何としても手に入れるのだからなぁ!!!」

 「……浅ましき思慮よ。獣に釈迦の説法を説くようなものじゃなぁ」

 首を振り、もはや言葉も通じぬ者に幾ばくか嘆きを秘めてフウゲンは溜息を吐く。

 その、自身に怯えも構える事もしない侮辱されたに等しい行為にフドウは青筋を浮き立たせフウゲンの
 体を根こそぎ砕かんとする程の突進をしようとした瞬間……第二の矢となる強大な一撃がフドウの横から来る。

 「むっ……!!!?」

 強大な殺気と闘気。フドウがフウゲンから視界を外し無意識に鬼山拳となる防御の構えをする。

 それは正解だった。防御の構えをとった瞬間、その一撃はフドウの鉄壁となる構えを
 崩しフドウの内蔵を一瞬嫌な感覚と共に揺るがす程の力が疾風雷神、光の如く馳せ参じたのだから。





                         ――無外絶影掌――!!!




 「ぐはぁ……!?」

 思わず胃液に似た体液を吐瀉して、フドウは自分に比する一撃が腹部に与えられた事に驚愕する。

 形相のまま、その一撃を与えた相手を睨む。その人物は、自身に怯える事もなく薄ら哂いを向け
 自分に奇しくも良く似た獣に近い何かを秘めた表情のままに其の目を細めながら呟く。

 「くくっ、やはりこの御山は良い。願わずも喰らい甲斐のある相手がやってくるわ」

 その体中から闘気を巡らし、打ち震える喜びを隠そうともせず猛者の名を弟子である人物は叫んだ。

 「ロフウ様!!!」

 馳せ参じた第二の救援者。もっとも本人に関して若き拳士の卵達を助ける為にやって来たのかは
 微妙な所ながらも、その人物はフドウに不意打ちの一撃を与えつつ拳を鳴らしながら低く笑う。

 「貴様が噂に聞く鬼か。……残念だな、力を削がせた其の成り体では勝利しても余り満たされぬな」

 「な゛ん゛だと゛ぉ゛……!!!??」

 一笑と共に自身に包むでもなく直球で勝利出来ると紛う事なき宣言。

 侮辱に重ねる侮辱。呼気を高め尚も怒りのままに拳を振るう。目の前の相手に拳を降る。

 「邪ァ゛ーーー!!!」

 「ふんっ……」

 振り抜かれる巨腕は、確かに普通の拳士には凶悪。だがロフウは涼やかに口元を歪め動く事すらしない。

 「ロフウ様あぶなっ……!!!?」

 動く事すらしないロフウに弟子であるレイは告げる。だが、それは杞憂だ、何故ならば……。





                             ――飛燕流舞――



 「んぁ!!?」

 目を見開き、思わず阿呆面になりかけるような訝しんだ声でフドウは自分の腕が微妙に逸らされた事に声上げる。

 確実にロフウの体に叩き込もうとした拳が、何か別の引力に釣られたように見当違いの地面に叩き込まれる。

 どう言う術だ? そう疑問が頭を埋めかけロフウを見遣るフドウは、新たなる人物がロフウの前に気づけば
 羽毛が落ちるかのように音もせず出現してた事に気づく。その者は静かにフドウに構わず声を降らせた。

 「ロフウ、信頼してくれるのは嬉しいけど。見切り避ければ良いだけの事でなくて?」

 「ふんっ、木偶の坊相手に馬鹿丁寧に避けてやる事もなかろう? リンレイよ」

 『リンレイ様!!!』

 ……新たに出現する第三の救援者。その人物の姿に女性拳士達は喜びの声を上げる。

 飛燕流舞、相手の一撃を避けて流れ込むようにして其の者に一撃与える水鳥の柔の技は相手の一撃を
 無力へと化する事も可能。今のリンレイはフドウの一撃を別方向へと流す事をいとも簡単に成した。

 (っ不味い……か?)

 フドウは、遅くながら此処にきて己の立場が劣勢へと、この数分でかなり危うい立ち位置になった事を自覚する。

 南斗の拳士の卵。そして伝承者候補にも至らぬ拳法家程度ならば歯牙にもかけず倒せる自信はある。

 だが、体力を小虫等に不覚にも僅かながら削がれ。痛手も与えられ、そして新たな本当の猛者の出現。

 此処は、目的の人物。今や皆の中心にて気丈に自分を見る者を断腸の思いながら諦め逃げる事が
 一番賢い選択だとフドウは思い始めていた。そうと決まれば隙を見て力任せに突破しよう。

 と、フドウが此処に来て初めて逃走を選択しようと決意する。

 まるで、それが運命の終了を告げるかのように。全てお膳立てされた舞台かのように。

 「……お師さん。この状況、どう思います?」

 「一目瞭然だと思うがな、サウザーよ。……ふむ、これは珍妙な来訪客だ」

 ……鳳凰の王となる人物の出現により。この鬼が起こした波乱は終わりを間近である事を知らせる事になる。

 「また、爺いかぁ? 退けぇええええ!!!」

 新たなに出現する、未だ若い子供を引き連れた人物の方向を突破口として突進するフドウ。

 「……愚かな」

 その言葉を紡いだのは当人か、それとも其の弟子か。或いは別の者達か?
 
 それは詮索する程の事ではない。その人物は、一度目を閉じてから、大きく両手を広げ空中に
 ゆっくりと浮かぶようにして目を開ける。その目は力強く、呼気を高める体には翼が生えてるように見えた。

 「南斗鳳凰拳……っ!!」

 「っ鳳凰拳っっ!!?」

 男の紡いだ唱えに、フドウは目を見開く。

 知らぬ筈がない。その拳法は南斗最強、王者の拳と謳われる拳なのだから。

 知らぬ筈がない。己が今まで屠り去った中で、その拳法とは一度心ゆくまで死合う事を望んだ事あったのだから。

 「く……ふははははははっっ!!!」

 「笑うか、鬼よ……受けてみよ、我が鳳凰拳王者の拳……!」







                            ――極星十字拳――!!






                            ――鬼神闘拳――!!







 ……そして。





  ・




  
         ・


    ・




       ・


  ・




     ・



         ・


 ……その後は、見事に呆気なく終わったと言って良い。

 交差したフドウとオウガイ。極星十字拳と、鬼に似た闘気を拳に集中して振り抜いたフドウは
 互いに交差した瞬間に常人ならば10人は即死する程の攻防(と、後でフウゲンに聞いた)を
 行いつつ、その勝利をもぎ取ったのがオウガイ様であり。フドウは地面に膝をついた。

 だが、フドウもオウガイの一撃を喰らっても怪物並の余りある生命力は恐ろしい程に見せつけ尚もしつこく
 周囲を破壊させ暴れかねんとしていた。其処に、新たに急いで駆けつけたシュウに、ダンゼン。
 
 ロフウにリンレイ。フウゲンも並んでフドウはようやく沈黙を喫した訳だった。

 その後に、俺たちはこっぴどくフウゲンにダンゼン等から説教されたのだが、まぁご愛嬌の範囲で済ませられる。

 この事件によって、怪我の功名となりえたのは不良気味だったレイやその他の南斗拳士達との関係が
 改善された事であると思う。口に出さずも、今回の一件によって他の者達と掛け替えのない連帯感が生まれたのだ。

 だが、自分はソレに対する喜びより。

 ……俺が、一番気にかかるのはアンナの様子だった。

 「……」

 怪我の治療を済ませ、未だ動く事も結構きつい体を引きずって南斗の医務室にて埋められる部屋を
 抜けて夜の外に出る。そこには、あのフドウの一件で一番傷が浅いアンナが木の上で夜空を見上げてるのが見えた。

 ……その姿は幻想的で、それでいてあまりにも儚げで。

 手を伸ばし、声をかけた瞬間消えるような。そんな不安に似た感覚がジャギの胸中には蠢くのだった。

 「……ん、ジャギ?」

 「お、おう。……大丈夫か?」

 「うんっ、平気……」

 そこで、言葉は途切れる。暫し二人は無言で夜空に輝く星空を見上げる。

 言葉は、この二人には蛇足。二人の胸に、鬼の来訪により胸に浮かぶのは同じ決意。

 (ねぇ、ジャギ)

 (なぁ、アンナ)

 『(私、俺)……強くなる(よ)』






 ……夜空に輝く星空の一つが、流線と共に落ちるのを見る中。その夜は静かに更けるのだった。







    

   後書き


 かなりの長期間のブランクと共に改訂を終了しました。

 誤字及び、可笑しい表現があればコメントにどしどしお願いします






[29120] 【巨門編】第二十五話『嵐は去れど、風は止まず』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/12/03 19:08

 鳥影山に彼の暴君、鬼のフドウ侵入。そしてついでに野犬の出没。

 フドウの進入の理由は不明ながら、南斗孤鷲拳フウゲンの手により事件は鎮火を終える。

 だが、その事件でフドウ相手に闘い挑んだ人間達が居た事を隠す事は防げなかった。

 事件終了後、噂となった話し。

 『鬼のフドウ相手に闘った伝承者候補の少年拳士達』

 その噂は、各所へと伝わるのだった……。




 
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

  
 「……とまあ、これがこの前鳥影山で起きた出来事だ。お師さんと所用で出掛けてなければ参加したかったのだがな」

 ……北斗寺院、外れ。自然修行地帯。

 樹木へと一指し指を突いてる少年と、そして木に寄りかかり話をする少年一人。

 その少年は、黙々と話を聞きながら猪落としの如く一定の間隔で木を突く。

 「怪我も修行に支障起こすような後遺症無いし、あいつも、これを機に伸びるだろうな」

 「……そうか」

 「あぁ……ちょっと、リュウケン殿に挨拶してくる。後でな、ラオウ」

 「……」

 彼は、只看黙に木を突くのみ。

 だが、彼……サウザーが立ち去り人の気配が無くなると、彼の体に廻られた気は次第に膨張していった。

 ……そして。

 「……墳っ!!!」

 ドオオオオオン!!

 ……木は、彼の拳の前に真っ二つにへし折られた。

 「……俺は」

 (俺は……奴が現われた時にただその狂乱なる気に当てられ……身動き出来なかった)

 (……奴が相対した時は、無論殺気も狂気も俺の時よりは低かったかも知れん。連れが居た事もまた運良かったのだろう)

 (……だが)

 ギリ……ッ。

 だが、言い訳は無用とばかりにラオウは唇を噛み、そしてその口から一筋の血を流しつつ殺気満ちた目で空を見上げる。

 (だが、それでも奴は立ち向かったのだ……俺と違い奴は)

 それが、彼の怒りの原因。相手に対する嫉妬でなく、彼が出来て、自分には成し遂げられなかった自分自身への怒り。

 それが酷く彼には我慢ならず、抑えきれずその力は大木をへし折る事に当てられたのだ。

 「……ジャギ」

 ジャギ……自身の義弟となる者。そして……我が道の外れに映る目障りな存在。

 「……少しだけ貴様の認識を変えてやる。そして……貴様如きに遅れを取りはせんぞ、俺は」

 怒りは、強さだ。

 ラオウはそれを知る。この怒りを……糧にすれば良い。自身の拳の……力に。

 そして……彼はもっと経験を欲したいと考える。そして……お誂えの場所を知る者は都合良く居た。

 サウザーが戻って来る。彼は真っ二つに折れた大木を一瞥するが、何も言わない。

 ラオウは……名を呼びかけず行き成り彼へと告げる。

 「南斗十人組み手……俺に受けさせろ」

 その言葉にサウザーは僅かに目を見開いてから、彼の言葉に頷く。ラオウの顔を見て、それを断るのは至難だと理解したのだろう。

 (……強さ)

 (もっと、強さを……)

 ……彼はただそれを望み、そしてそれに固執しつつ彼は道を進む。

 北斗七星は、彼の頭上で輝くのだった。





    
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 



 とある世紀末荒野に似た場所に唯一存在する建物。

 何かの花の芽が咲いた鉢を抱えた鉄兜の男と、そして少年が机を挟んで対峙している。

 「成る程、そんで今はまた普通の生活に戻ったって……とこか?」

 「あぁ、やっぱ今回の事で鍛えなくちゃやっぱ駄目だなって改めて実感した気がする」

 「何当たり前の事吐ざいてんだよ。たりめぇだろうが」

 そう、睨む鉄兜の男は、言葉は凶器を秘めているが雰囲気はそれ程剣呑では無い。

 その事に少しだけ少年のジャギは訝しむも、話を続ける。

 「……とりあえず、俺の鳥影山の友人も完治したよ。それに……」

 フドウの一撃を受けたキム。

 『やはり世界は途轍もなく大きい! もっと修行に励まねば!!』

 と、フドウの一撃に強さを更に求め修行に熱を入り。

 鶺鴒拳セグロは、『これで有名になってもてる!』と包帯まみれで喜んでいたし、キタタキはキタタキで『完治したら
 養生中の名目でゲーム出来ないな』と相変わらずだ。イスカは、そんな二人を苦笑いで見守っている。

 殆ど、前と同じように平和に戻ったと言って良い。

 ジャギは、少年ジャギの説明を聞き流しつつ、彼に言葉を返す。

 「で? これから如何する気だ。てめぇ」

 「……如何って、そりゃ前のように修行に励むさ。……まぁ、もっと厳しくする必要もあるだろうけどな」

 膝に置かれた拳を握る力が強まる。その顔には決意が満ちている。

 「今のままじゃ……誰も守れねぇ。このままじゃ全然足りないんだ……! だからジャギ! 俺は……」

 「おい、てめぇ。更にきつい修行をしてくれとか、強くしてくれとか漫画見てぇな事言うつもりなら、ぶち抜くぞ?」

 殺意に満ちた視線で射抜かれ、少年ジャギの口は閉じられる。

 「……図星かよ。……あのな、言っとくけどてめぇに鎖で石柱に引っ付けて走らせたり、わざわざ夜鍋して針の床作って
 そこで座禅させたりして、てめぇは足りないって言うのか? あれか? そんなん軽すぎる(笑)とか吐ぞくのか? あっ?」

 「解った! 解ったから落ち着いてくれって!!」

 散弾銃を米神に当てられながら気迫の滲んだ声で尋ねられ少年ジャギも必死で手を前に出し弁解する。

 「いや……けど、フドウに勝てれる位の力を身に付け……」

 「おめぇ、欲張り過ぎだろ。鳥影山で他の伝承者の技を見れる。そんで北斗神拳伝承者候補って事は、あの救世主様が
 伝承者に任命されるまで北斗神拳の修行し放題だ。それまでに死ぬような出来事なんぞ……あぁ、いやあるな」

 「だから強くなりてぇんだって」

 暗に、これ以上の修行は体に毒だと言われているが、それでも少年ジャギは強くなりたかった。

 そんな必死に強さを欲する少年へ、ジャギは優しい笑みと共に言い切る。

 「邪狼撃を繰り返せ。無限大に」

 「やっぱりかよ!!」

 「うっせえ。これ以上俺様に経絡秘孔突かれたくなきゃ、とっとと屋上で修行しろ、糞ガキ」

 ぶつぶつと、屋上へと行く為に部屋を出るジャギを見ながら、原作で死した彼は汚れた天井の傷を見つつ唱える。

 「……こいつも、予定調和なのかねぇ」

 彼は、未だ成長せず芽のままの鉢植えを見つつ、問いかける。

 「如何考える。フドウが現われたことは偶然ではねぇだろ。……明らかに、奴が俺の通った筋書きと異なった影響だ」

 「なら、もっとこれから奴には途方も無い出来事が起きる。……だが、そんなの俺には如何でも良い事だがな」

 「……さて、如何なるのかね」

 ……彼は去りし者として、ジャギを見つつ広い視野で物事を考える。

 既に目的を失った者と言えど、彼にはある程度これからの方針は決まっている。その為には、ジャギが強さを欲する事は
 別に構いはしないが、壊すような真似は避けるべきだと考えている。最も、それを正直に本人に言う気もない。

 (まぁ、奴も馬鹿じゃなきゃ無謀な事はしねぇさ。……問題なのは周りか)

 「……俺も、少しだけ頑張るか」

 彼は、鉢植えを一撫でしつつ、これからの事を考えるのだった。




    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……鳥影山の、大木の上で一人の少女が片足上げて瞑想している。

 「アンナ」

 「……ぁ、シドリにハマ」

 「今回は落ちないでよね」

 「わかってるよ」

 声を掛けた友人に、照れた笑いを浮べつつ颯爽と少女は大人は少し尻込みする程の大きさの高さから無事飛び降りる。

 「もう、大丈夫ね?」

 「うん、平気。……御免ね、心配掛けて」

 「構わないわよ。あのデカ物相手に何も出来なかったとしても。……けど、何だか最近考え込んでない?」

 「えっ? あ、大丈夫だよ。ちょっとだけ、思い返しているだけだから」

 「なら、良いんだけどね。……何があったら、相談しなさいよ」

 「うん……じゃあ、後でね」

 ……ハマとシドリが立ち去る。心配をかけてくれる彼女達の背を見送りながら、少女は一抹の寂寞を秘めた光を浮べる。

 けれど、すぐにその光を打ち消して瞑想に更ける。修行に身を入れねばと、自分に渇を入れて。

 そんな折だ、彼女の立つ枝と隣り合わせの枝に、音も無く人が出現したのは。

 「……何か悩んでないかしら」

 「……いえ、大丈夫です」

 先ほども、同じように聞かれたなと思い、彼女は苦笑いを浮べる。

 (そんなに顔に出やすいかな? 私)

 「まぁ、貴方は顔に出やすいのもあるけど……南斗拳士は観察力も鋭いのよ。敵対する人間も少なからずいるしね」

 そう、彼女の師となるリンレイは彼女の傍に移動しつつ空を見上げて呟く。

 「……何も出来なかった事は悔しい?」

 大まかな事は、彼女やフウゲンなどからも聞いている。彼女は、その時何も出来ず仲間の背に居た事も。

 リンレイは、アンナが悩んでいる事がそれだと思い尋ねる。

 「……それもあります。けど……」

 「けど?」

 「……それよりも」

 (……それよりも、存在するだけで誰かを傷つけるような気がして、それが一番今……)

 「……いえ、何でも無いです、リンレイ様。修行、何時ものようにお願いします」

 「……解ったわ」

 アンナは笑顔だった。

 けれど、リンレイには火を見るより理解出来る。その笑顔は余りにも希薄な物だと。

 それでもあえて彼女は触れなかった。彼女に尋ねれば……その余りに脆い何かが崩れそうな気がして。

 そして、彼女とリンレイは何時ものように南斗聖拳の修行を行う。

 ……それを夜空の北斗七星は見守るのだった。




   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……フドウがこの鳥影山に侵入して来た……だと?」

 一方、この事件に深く介入しなかった人物達は、この事件について深く疑惑を抱いていた。

 その代表的な人物……その名はユダ。

 「えぇ、何でもジャギ様方後一行と闘い、そして孤鷲拳伝承者フウゲンの手によって倒れ、今は五車星が監視していると……」

 その出来事を、情報戦に長けたコマクが有るがままに伝える。

 「……」

 (……何故フドウは此処に来た? ……決まっている。奴は『狙った』のだ)

 ユダ、彼は幼き頃から大人が恐れるほどに卓越した頭脳を宿していた。

 ゆえに彼の知性から弾き出される推測。

 (居合わせた人物、その中であいつだけが該当している……そう、アンナを求め奴は此処に来た。そう考えれば妥当)

 (だが、何故奴はアンナを求めた? ……駄目だ、未だ情報が乏しい。だが……これではっきりした)

 (アンナは俺の予感通り波乱の中心に居る。……以前に起きたと言われている大量殺人鬼の事件、及び、アンナが変質者に
 襲われたと言う事件。全部含めると異様にアンナは狙われている。……ならば、俺はこれまで以上にアンナを注視しよう)

 そろそろ、屋敷の主な執務は別の者に任せて本格的に鳥影山に住む事を考えよう。そう、ユダは考えを纏めると呟く。

 「……コマク、俺もそろそろ一人暮らしするべきかもな」

 「ユダ様?」

 「なに、この屋敷は俺の家だ。俺と母上の思い出の一つでもある、誰にも渡しはせんから安心しろ」

 コマクにそう笑いかけながら、鋭い目で彼は『妖星』あるだろう方向の空を見つつ思考を巡らす。

 (アレは俺が手に入れると誓ったのだ。ジャギ、お前でも言っておくが手加減はせん。他の奴等など言語道断だ)

 彼は静かに笑う。赤い髪を揺らしながら。

 一つの星も、徐々に彼等の周りへと近づこうとしていた。静かな野心と共に。






 ……そして。





 「……これは」

 鳥影山男性寮。

 そこに金色の長髪を携えた青い瞳の少年が居た。

 彼は寮に設置された郵便受けへと近づき、そして中に入った手紙を一瞬首を傾げてから取り出す。

 手紙にはただあて先しか無かった。ただ、自分の名前しか書かれていない。

 奇妙だなと思いつつ彼は封筒を開ける。そして……手紙に筆記されてたのを見ると彼は硬直した。

 「うん? 何だぁシン。それラブレターか!?」

 「っ! ……セグロ、か」

 「セグロ、か。じゃねぇよ。何だよ前に送られてきた見たいにラブレターなんだろ」

 不意打ち気味に寮から飛び出した友人に少々驚きつつも、シンは何とか平静を保ちつつ冷静に返す。

 「……個人的なものだ。両親に関わる事だよ」

 「あん、そうなの?」

 なら、いいやとセグロは興味を失って去る。

 シンは溜息吐きつつ、現われたのがジャギでなくセグロであった事を神へと感謝する。

 (ジャギでなくて良かった……まさか、こいつから手紙が来るとは……如何やって俺達が此処に居るか嗅ぎつけたかは
 未だ良い。だが……この手紙の事を教えれば、ジャギは余り愉快でないだろう。何せ……この手紙の人物は)

 手紙を静かに懐に収め、シンは空を見上げて憂いを帯びつつ呟く。

 





                           

                        「何故今になってビレニィブリズンに招待する……トラフズク」






                           ……新たな風が、吹こうとしていた。









              後書き





     御免なさい、仕事が結構立て込んでて土曜、若しくは日曜にしか投稿出来ない。




     また来週の日曜にでも邪狼撃で投稿するよ;;;;





[29120] 【巨門編】第二十六話『欺瞞の鳥篭で梟は語り騙る』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/31 21:21
 その日、空は気味悪く黒い渦を巻いていた。

 だが、未だそれならば良かった。渦巻くだけの雲ならば時と共に消えるから。

 願わくば、その下で羽ばたくものも共に消え去って欲しかった。







  ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


   
 異臭、そして僅かにこびり付くような腐臭。

 軋む鉄の扉が横に開くと共に外へと零れる香りに、その中へと入る者は形の良い眉を解り易く顰めた。

 その者の風貌と服装は、その中に入るには余りに不具合に感じられた。

 だが、それは最もな話しだ。彼は『新たな住人』でなく『面会人』なのだから。

 彼は戸を開くと共に大きな建物を見上げた。そして呟く。


 「此処が」





 「……此処がビレニイブリズン」




 ……大きな円形のドームの中に築かれた建物。難攻不落の外壁、そして侵入者及び脱獄者を決して許さぬ監獄。

 そう、其の名をビレニイブリズン。

 其の場所に全く縁が無き者は、今正に建物に入る訳。

 それは、彼の手に握られている一書の封筒によってであった。

 彼の名はシン。何時か来るであろう世紀末、南斗孤鷲拳伝承者としてKINGの名を冠する者。

 その彼が来た訳。それは手紙に記されている者に用あってであった。

 「……此処に奴……トラフズクが居るのか」

 ……トラフズク。

 南斗木兎拳伝承者であり、元刑事。

 だが、正体は世間では『星座殺人』と言う名で人々に恐怖を植え付けた大量殺人犯でもある。

 善良なる市民を守る使命を持っていた筈の彼が何故殺人犯になったのか? 其の原因は逮捕されても未だ追究中である……。

 シンは、最初躊躇していた。何しろ、その犯人は自身に拳を授けた人間を殺害した張本人だった。

 その人物と仲が特段良かった訳では無い。だが、それでも所縁のある者を殺されて彼は何も感ずる程無情では無い。

 だが、皮肉にも彼はその犯人からも拳を授かれていた。言えば、被害者と加害者から互いに拳を託された人物なのである。

 こう説明するとかなり奇妙な人生と思うが、シンの心情からすれば、自分が招かれた理由は疑問だった。

 その事件での関係者……シンを除くと五人。

 一人はその事件でトラフズクを打倒しようと勇み敗北したサウザー。

 最も、この手紙の事を話しても鳳凰拳の伝承者と言う南斗を担う立場の彼が来るのは難しかったと思われる。

 次に、その事件で最も深く関与したと思われるジャギ・アンナ。

 自分の友人であり、そして今は北斗神拳の伝承者候補でもある人物に、そしてその彼を支える女の子。

 彼等の生きている軌跡はかなり特異だが、シンはそれに対して別に拒絶やそう言った感覚はなく、純粋に良い友人と認識している。

 シンの考えでは真っ先にその二人をトラフズクが招くと思ったのだが……。

 そして、最後の一人。

 (……ウワバミ)

 その人物の顔が脳裏に過ぎると、少しばかりシンの顔には後悔に似た表情が過ぎる。

 その人物は南斗飛龍拳と言われる南斗の中位である108派の伝承者であった。

 そして、彼は最愛の一人娘をトラフズクの手によって失い、その憎悪だけを生きる支えに半生を生きた。

 その最後を良く知るのは上記の二人なのだが……彼等は今は居ない。

 トラフズクと面会すると考えると、彼は以前の体験を考えると足取り重いのだが、行かぬ訳にはいかなかった。

 それは、今から語ろう。

 




 ……ガガガガ。

 「止まれ。……何者だ?」

 入り口へ進むと瞬時に頑強なる二人の人物に足止めを喰らう。

 「此処は一般の者は立ち入り出来ん。それを解ってだろうなぁ貴様?」

 守衛なのであろう彼等は、未だ少年である彼に対しても容赦なく警戒した様子で彼に威嚇する態度をとる。

 シンは別にその態度に気を害する事は無い。ビレニイブリズンともなると、普通の監獄よりも多くの凶悪犯たちを束ねている。
 自分のような年齢であろうとも充分に警戒に値されるだろうとは予測していたから。シンはその人物達を交互に見つつ口を開く。

 「南斗孤鷲拳伝承者候補のシンと言う。今日は、ある人物に面会の用あって来た」

 物怖じせずの説明。それに二人の男達は瞬時に態度を変えた。

 「何? 南斗孤鷲拳の? ……確かに、その服に付いた印。そしてその風貌も話しと合う……」

 「如何いう話が広まっているのが知らぬが。招待状ならばある」

 ブツブツと呟く守衛へと、シンはそう言って書状を渡す。書状と言ってもトラフズクが寄越したものだが。

 「! 確かに正しく本物……失礼しました。どうぞお入りください。尚、ビレニイブリズンの中では看守が案内します。
 どうかくれぐれもその方の指示に従い行動して下さい。牢の中であろうとも、囚人の中には危険な輩が多いので」

 「解っている。心配してくれて礼を言う」

 シンは丁重に身の心配をしてくれた二人に会釈しつつビレニイブリズンの中に入る。

 その後姿を、二人の守衛は声を潜めて会話しつつ見届けた。

 「あれが、あの木兎拳の人物と闘い生き抜いた少年か……」

 「あんな優男の成りでなぁ……。全く信じられん……そして、気の毒に」

 「あぁ……今『あの男が受けている扱い』を見て、取り乱さなければ良いが……」

 何やら不穏な会話を他所に、シンが入った後に扉はギギギと言う不快な音と共に閉じる。

 ……ビレニイブリズンの空には暗雲が浮かんでいた。


   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「おい! お前新しい住人かい!? いい服着てるじゃねえか! 寄越せよ、おい!!」

 「しゅう~! 綺麗な顔してんじゃん。お友達になろうぜ!  え~っ? ゲヘヘヘへへッ!!!ッ!!」


 鉄柵を揺らし、下衆な笑みと共に腐敗臭を撒き散らし叫ぶ者達。

 それは囚人。世間の荒波に勝てず、暴力と犯罪に逃げた者達の末路。

 そして、このビレニイブリズンに居る者達の殆どは、殺人及び、それに類似する重犯罪者の集まりなのである。

 シンは、ある程度ビレニイブリズンの噂は耳にしていたので、この程度の悪意ある声の歓迎に関しては予測していた。

 廊下の中心を歩き、無心に成りつつ悪意に満ちた声を無視して歩く。

 「……お待ちしていました」

 一つの部屋、其処に囚人たちを観測している場所がある。

 その場所で自分の案内人である人物が居ると先ほど聞いた。その座って自分を待ち受けていた人物に近づきシンは口を開く。

 「始めまして。私の名は……」

 自己紹介をしようとしたシン。それに、待ち受けていた人物は腕を上げて遮る。

 シンは口を閉じる。開いた手が制止の合図であった事も理由だが、その動作が余りに自然で反応できなかった事もだ。

 この看守、かなり腕が立つ。シンは出会って間もない看守をそう認識した。

 「いや、堅苦しい紹介は結構です。私はしがない看守、貴方は南斗孤鷲拳の伝承者候補。108派の上位36の正統なる拳の担い手……」

 そこで言葉を区切り、その人物は立ち上がると優雅に頭を下げた。

 「……私めのような者、に将来南斗を担う貴方が下手に出る必要は無い。申し送れました、私の名はジョーカー」

 男、ジョーカーは名を名乗り背中を折り曲げたまま顔だけを動かしシンを見る。

 「南斗翔天拳、中位36の担い手の一人となります。どうかお見知りおきを」

 シンと同じ金色。だが、少しばかり褪せた色。

 そして、何処と無く無機質な色合いをしたした小さな瞳で、彼はシンに名乗りを上げた。





 



 「……成る程、このビレニイブリズンに面会人など希有なので最初何事かと思いましたが。あの犯罪者に招かれたと」

 硬い廊下を歩くが、そこは南斗の達人。ほとんど足音を反響させずジョーカーは歩き。その後ろを少しだけ足音立ててシンが付いて行く。

 「あぁ、最も自分も困惑している身なのだが……」

 「あの男に関しては、看守一同もどう歓迎するか一時迷ってましてね。今は既に108派から除外された身とは言え、以前は
 上位拳の一つであった人物。他の囚人と一緒に過ごさせれば殺傷沙汰は目に見えていますので、独房で扱っているのです」

 そう、丁寧にシンに説明しつつジョーカーは奥へと歩いていく。

 「……随分深くなのだな」

 「中心地帯になるに連れ、普通に拘束するには至難な者達ばかりになります。南斗聖拳使いだけでなく、話術及び
 色々な術に長けた人間は多いのです。孤鷲拳伝承者候補なるシン様ならば問題ないかと思いますが」

 そこで、ジョーカーの顔は少しだけ歪む。

 「……奴は此処でも問題を?」

 「問題……このビレニイブリズンで起きる囚人同士の殺し合いを問題と称するならば、問題外でしょうね」

 そう言って、ジョーカーは口元を歪ませ冷酷な笑みを浮かべた。

 「何せ……あの男『看守を十人』も駄目にしたのでね。あれが囚人でも特別扱いされてなければ、私が引導を渡したいのですが」

 「……は?」

 「着きましたよ」

 ジョーカーの思わず呆然とする言葉の内容に、シンは一瞬呆然としたが、その言葉の異常さに悪寒がじわじわと沸き起こる。

 だが、追求しようにもその時には既に目的の場所に着いてしまっていた。シンは彼の男の入っている場所の戸口を見る。

 ……瘴気だ。

 常人ならば思わず体に変調来たしたそうな気配。殺気でも闘気でもない、何やら人を狂わせそうな気配。

 それが戸口の奥から流れている。シンはここに来てようやく悟った。

 
 あの事件の日、自分は対峙した時にトラフズクと真っ向から挑んだ。

 
 あの時自分が恐怖を余り感じなかったのは、自分が強かった訳では無い。奴の余りの異常さに感覚が麻痺していただけなのだと。



 「……シン様。大丈夫ですか?」

 ハッ、とシンは我に帰る。

 気付けばジョーカーが少しだけ眉を顰めて自分を覗き込んでいた。どうやら瘴気に当てられ僅かに意識を遮断していたのだと気付く。

 「宜しければ私も同行しましょうか?」

 面会の際は、遮蔽物越しに一対一で会話すると前もって説明された。

 だが、シンが要望すればジョーカーも同伴出来る。このビレニイブリズンに勤務している看守が居れば、ある程度危険性も無いが……。

 「いや……大丈夫だ」

 ……恐怖が無い訳では無い。奴の話術にまた呑まれる可能性だって少なくない。

 だが、そうだとしてもシンは恐怖に負けて逃げるような行動は取りたくなかった。それは、南斗拳士としての誇りゆえにだろう。

 一呼吸置き、瞑想を数秒しつつ鼓動を静かに。
 
 そして、シンは再び開いた瞳には既に恐怖は消えていた。あるのは静かな青い色のみ。

 ……そして、扉は開かれ言葉は迎えられる。





 「……やあ、待っていたよ」






 ……一人の僅かに頬がこけた梟が、鷲の顔を瞳に映していた。





   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・





 「……久しいな」

 防弾ガラス。そのガラス越しでの対話。

 だが、それでも油断出来ないのは承知している。何せ、目の前に居る男は何人もの人々を笑い殺してきた殺人鬼だ。

 シンは再び対峙したトラフズクを見て、最初こう思う。

 (痩せたな)

 体の筋肉は萎縮しているようにシンには見えた。多分、かなり拘束具など着せられたのだろうと予測してみる。

 「痩せたな」

 「あぁ。何せ血気盛んな隣人が多いものでね。入った当初色々とここの礼儀作法を教えてくれる親切な人が一杯居たんだよ」

 その礼儀作法と言うものは、どう考えても肉体的暴力である事は火の目を見るより明らかだ。

 「だから、僕なりにその好意に精一杯恩返ししたくてね。だから何人かの人に『お願い』してね。ちょっと暑苦しい服を
 脱がしてもらって、その人達に『お礼』をしたんだ。皆涙を流しながら喜んでくれたなぁ」

 「特に、変わった嗜好を試してみたくて厨房の人たちの目を盗んでハンバークを作って振舞ったり。あれが楽しかった」

 「他にも、変わった『パズル』の玩具を作ったりね。ちょっと刺激が強いかな? と思ったけど、他の人達には受けてたと
 思うよ? 何せ僕が居る時には喜んで震えながらパズルを作るんだ。あ、でも皆完成する前に何故か止めちゃうんだけどね」

 そのハンバークは動物のものなのか? そしてパズルの部品は人体ではないのか?

 そう言う疑問はシンの中に一瞬ちらついたが、彼は自分の精神の安定の為にそれは聞き流すことにした。

 何故か、その後に数十名此処から『居なくなった』けどね? と、トラフズクは無邪気な笑みで言葉を終える。

 シンは、顔を歪ませ問いかける。

 「……独房に入るまでに何人殺したんだ」

 「殺し、なんて下品な言葉は使うものじゃないよ、シン君」

 「俺に『君』等と言う呼称を付けて呼ぶな」

 「はいはい。南斗孤鷲拳伝承者候補様の命令だもの。素直に聞くよ」

 ……このままこの男のペースに乗る気は無い。シンは頭を振って血が昇るのを防ぐと話題を変える。

 「……何故、俺を呼んだ」

 その追求に、トラフズクは答えず笑みのまま口を開く。

 「あっと、その前にもうちょっとお喋りしようよ。確か飛燕拳伝承者だったかな? ハッカ君とリロン君はお元気?」

 「あいつらなら既に完治してオウガイ様の下で多忙の身だ。因みに技も一つ教えてもらった。出来るなら今披露したいものだ」

 「サウザー君は?」

 「あいつも鳳凰拳を極めんが為に忙しい。もし今日来れるならきっと来ただろう。ついでにお前に引導を渡しただろうな」

 「ジャギ君にアンナちゃんは」

 「……いい加減にしろ」

 痺れを切らしたように、シンは髪を一瞬逆立てて口を震わせて呟く。

 「貴様の所業忘れたとは言わせん。……よくもあいつ達の心に傷を負わせた身であいつらの安否を問えるな……」

 「おや? 僕そんなに酷い事したかな?」

 「……っ!!」

 ギリッ……と言う歯軋り音がシンから零れる。

 彼は知っている。彼に飛龍拳を教えてくれた人物の死に、あの二人がどんな顔をしていたか。

 そして次に彼等た会った時、何事も無かったかのように接する彼等の笑顔を見て、どんなに心が痛々しかった事か。

 その回想と共に、シンの体中から沸々と怒りの熱が渦巻く。

 「お前の所為で……っ!!」

 「あらら、そんなに怒る事かな? 彼等今じゃ『鳥影山で楽しく』やっているんだろう?」

 ……瞬間的に、シンの体から熱か雲散する。

 「……誰から聞いた」

 何故こいつが知っている? いや、これも聞きたかった内容の一つだ。

 『何故収監されているトラフズクが自分達の居場所を知れたのか?』これが一番重要だったのだから。

 「一体貴様、如何やって俺達の居場所を知った?」

 「そんなに難しい? この前、あんな風に鳥影山で大騒ぎしたのに?」

 「っ! ……フドウの事かっ」

 ……シンも良く知っている出来事。鳥影山に鬼のフドウが進入した事。

 確かに、それが事件と言うなら大きな事件だ。……然し。

 「……? いや、待てよ。それでも、あれは南斗の者達だけの事で騒ぎを鎮めたはずだ」

 「あっ、やっぱり気付いちゃったか」

 「っ! トラフズク、お前俺が早合点すれば、そのまま流す気だったな……!?」

 そうだ、こいつはこう言う奴だ。真実を話さず、相手を虚言で包み込ませる。

 シンは危うくまた煙に撒かれそうだったと気付き、羞恥で顔に朱が走る。

 そんな彼に、トラフズクは笑みを深くして言う。

 「いやいや、君のそう言う初心な反応は素敵だよ。このまま成長しても失わないで欲しいね、そう言う感性は」

 「貴様、おちょくるなよ……」

 「そんな犯罪者の事を一々真に受けていたら……」

 そこで、爆弾が投下された。








                      「……天国のパパやママさんに笑われちゃうんじゃない?」






 ……ドン!!!



 「……二度と、言うな」

 ……深く、絶望に沈みし色。

 防弾ガラスが思わず震えるほどに手を付いて、髪を前に垂れ下げてシンは肩を微弱に震わせて言う。

 「次言ったら……殺す」

 「……フフ。やっといい顔するようになって来たなぁ」

 常人ならば思わず尿を漏らしそうな殺気を近距離で受けているに関わらず、可笑しくて愉しくて堪らないと言った表情で
 トラフズクは体を揺らす。そんな闇の梟を、孤独なる鷲は底冷えするような瞳で睨んでいた。

 「……まぁ、僕が君を招いた理由ね。君の考えと余り相違ないと思うよ。何せサウザー君は忙しい。そして来る気があっても
 その前に多分南斗の上の人達が止めるだろうからね。そして、ジャギ君に、アンナちゃん」

 そこで、彼は首を軽く傾けて呟く。

 「彼等だったら……ジャギ君の場合絶対僕の事を殺そうとするだろうからね」

 「そして、アンナちゃん。彼女来たら僕……」




                             「ちょっと……『自制』出来なくなりそうだから」




                             クククククククククッ……!!




 顔を下げ、妄想に耽り口を閉じて哂う梟を、孤独の冷たさを殺意に変えて鷲は侮蔑の瞳で射抜く。

 「……待て」

 だが、シンは未だ自失はしない。未だ健在する理性が一つの疑問を言葉に化す。

 「お前今……アンナの事を口にしたな」

 「うん? あぁ言ったよ。あぁ、ちゃん付けしたのが気に喰わなかったかい? 以前は会話する事も少なかったけど、
 女の子なんだからちゃん付けが当然だろう? あっ、もしかして好きだったりとかした? なら申し訳……」

 「違う。俺が聞きたいのはだ……何故お前は『アンナに興味を持つ』?」

 ……その言葉に、トラフズクは僅かに気配が変わった。

 人を弄ぶような混沌とした気配とは違う、何かを観察するような無機質な感じ。

 シンは直感だが感じ取る。これはトラフズクが刑事で在りし時の気配だと。

 「……ふ~ん、君もその事に気付いたんだ」

 「気付いた……と言う言葉も気に掛かるな。……まぁ、いい。俺は最近フドウが鳥影山を襲撃した話をジャギから聞いて
 疑問が浮上した。何しろ俺が未だ未熟な頃にジャギと出遭った時。あの時もアンナが襲われていた事を俺は目撃している。
 それに加えて二度目の誘拐未遂、そしてお前の事件、そして今回のフドウ襲撃の際にアンナが居た出来事……」

 そこで息をつき、シンは続ける。

 「……今の世間が騒がしく凶悪犯罪が曲がり通っているとは言え、明らかにアンナの事件に巻き込まれている頻度は
 異常だ。その全ての出来事が、一歩間違えれば死んでも可笑しくなかったと言う事も考えてだ」

 「俺が考えるに……『アンナは犯罪者を惹き付けさせる力』が有る……非科学的だが、そう思うに至らない」

 「……ク、クク。素晴らしいよ、その発想……!」

 パチパチと、柏手と共に喉を鳴らしてトラフズクはシンを褒める。

 「……未だ揶揄か?」

 「いやいや、本当に心から称賛しているんだけどねぇ。……いや、実はね。僕も僕なりにあの事件の時を思い起こしてさ、
 ちょっとだけ変だなって感じたんだよ。だって、僕って自分で言うのもなんだけど結構慎重なんだよ」

 「……だろうな」

 『星座殺人』

 事件の被害者は、全員星座の座標の場所で殺害され、そして事件はその前までは迷走して犯罪者も特定されてなかった。
 
 推定されるは南斗拳士。そして事件の首謀者が明らかになったのも彼の一人の功績者のお陰。

 トラフズクがあの時逮捕されたのは、ある意味幸運だったのだ。

 「可笑しいと思わないかい? あの時発覚したら僕はすぐに雲隠れするなりなんありすれば良かったんだよ。それなのに
 僕は逃げずに事件の最後の犠牲者を仕立てる事を選択した。……これって、可笑しいと思わないかい?」

 「……」

 自分の事だろう、とシンは思うが、確かに変だとも思えなくもない。

 あの事件だけでしか自分はトラフズクなる男を知らないが、あの後に事件の詳細を独自で調べても、この男が計画的に
 人を殺害し、そして愉快犯でも多少あるが、その全部に軽はずみな行動があればもっと早く逮捕されていただろう。

 「だから、僕なりにあの事件を自分で推理して思ったよ。君の言うとおりだ。『彼女は犯罪者を惹き付ける魅力』を
 備えている。いや、この場合犯罪者と言うのは御幣があるかな? ある特定の人間を魅了する力があるんだと思うよ」

 「……それが本当なら、アンナも不運だ」

 ……もし、それが真実なら事態は深刻だ。

 アンナは、あれがジャギと共に居る普段は明るい普通の少女だ。人を元気にするような笑みで、ジャギの傍に居る普通の少女。

 居ない時は何か欠けている。シンは、彼女もまたジャギと同じく何か秘めたる人物だとは感じていた。

 だが……それが災厄を担う力などと知って喜ばれようか? これが真実ならば、アンナの未来には常に影が潜んでいる事となる。

 「……俺やお前の勘違いである可能性は?」

 「そりゃ、気の所為かも知れないね。……けど、君も思い至ると言う事は否定し難いんだろ。なら、気をつける事だね。
 ……まぁ、鳥影山は良い所だ。何か『不慮の事故』でも無い限り安心さ。そう、安心だろうねぇ」

 そう、トラフズクはガラス越しに哂う。愉しく、自分は傍観者だと言うように。

 シンは、願わくば拳で目の前の哂う男の口元を横に掻っ切れるならばどんなに良いかと思いつつ、忍耐強く会話を続ける。

 「……お前、此処で何時も如何過ごしている」

 「うん、別に普通だよ。此処で静かに読書したり、窓から空を眺めたりしてるね」

 「……読書、だと? この監獄でか?」

 ビレニイブリズンで真っ当に人間に書物が読めるのか? そのシンの表情に、トラフズクは答える。

 「君も前もって聞いただろ? 南斗拳士は、世間でも優遇されている身なんだよ。だから、犯罪者にはなっても一応
 ある程度は他と違い優遇される身ではあるのさ。それに、一応自分は刑事だったしねぇ。時々難解な事件の時に助言
 とか聞きに来る仲間も居るんだよ。だから、僕が死刑に未だなってなかったりとか、そう言う優遇されている事情はソレさ」

 「……成る程、な」

 トラフズクから手紙を受け取った時、シンは最初に未だ生きている事に苦々しく思った程だ。

 死刑にされてれば良い……いや、それならば噂されただろうから未だ生きている事は予測していたが、この男が
 追放されたとは言え南斗拳士であり、そして優秀なる知能を備えた人物であった事はシンも見落としていた。

 「恩赦……と言う訳だな」

 「まあ、そうは言っても拘束されている時間は多いんでね。以前よりは筋肉も萎んじゃったよ」

 「ほお、それは此処に来て初めて良いニュースだ」

 始めてトラフズクにとって悪いであろう情報を耳にしてシンは冷笑浮べる。早速同情する余地もない。

 トラフズクは酷いなぁと呟きつつニコニコとシンを見る。シンは変わらぬ態度の男に咳払いして改めて問うた。

 「……お前は如何して俺を此処に呼んだ」

 「あぁ、最初に戻るのか。まぁ、起源に戻るのは良い事だね。……そう怖い顔しないで欲しいな」

 手を上げて、降参のポーズでトラフズクは続ける。

 「君が、単純に僕からして一番『話しやすい』と思っただけだよ。それ以外には他意はない?」

 「……」

 シンはトラフズクを見る。その一挙一動に嘘がないかを見極めようと。

 トラフズクはにこやかな笑みを崩さない。ただシンを見返すのみだ。

 「……解った、信じるしかないのだろうな」

 「ご理解が早くて助かるね」

 「……ふんっ」

 もう用は無い。そうシンは立ち上がり背を向ける。

 「おや、もう帰るのかい?」

 「あぁ、貴様に対し十分に礼は尽くした筈だ。もう金輪際会う事は無い事を祈ろう」

 「あれ? いいのかい。僕、これでも意外と結構情報通なんだよ……だからさ」









                        「君の両親の事とか……『色々』ね」






 ……ピタッ。

 「……何だと?」

 「うん? 如何かしたかい?」

 ……静寂が訪れる。険しい形相の鷲と、にこやかに影を背に梟は微笑んで向かい合わせに視線を交差する。

 「……了解した。また此処に来る事は考えよう」

 「あぁ、有難う。暇潰しには友達との談話が必須だからねぇ。今度はお友達も連れて来てよ」

 「……俺も願わくば、次に会うまでにお前が裁かれる事を祈っている。

 ……バタン。

 扉は閉じられる。そして彼は能面のような表情で梟の居る部屋から開放された。

 「……如何でしたか」

 「いや……大丈夫だ。『何事も』無かった……何事もな」

 (……両親の死。ただの事故だとは思っていなかったが……)

 (トラフズク……何を知っているというのだ)

 シンは深い闇を秘めている。梟とは違うものの、奥底には梟が屠った数と同じ人々に恐怖を与える力が有る闇を。

 立ち去る足音を聞き届けながら、トラフズクは顔を俯かせつつ呟く。

 「……クク」

 (やっぱり君は良いよシン君。僕と同じく……君は深い闇がある)

 (サウザー君も、ジャギ君も……出来うる事ならあの娘の闇も解き放たれるのを見てみたいなぁ)

 (そしたら……もっと、この世の中は愉しくなるだろうなぁ……)

 「おい、もう話しは済んだだろう。部屋に戻れ……!」

 顔を俯かせ微動だにしないトラフズクに、面会室の周囲で監視を行っていた看守達が現われ武器を携えつつ命令する。

 「あぁ、解っているよ……あ、皆さん」

 






                                「……『堕ちろ』」










 ……トラフズクの周りに、膝を付き体を崩れ落ちた看守達が数人転がる。

 「……あ~ぁ、大人しい囚人を演じるのも、結構ストレスが堪るね」

 「けど……此処は外と違って愉しそうな玩具も結構沢山あるしね。……もう少し長居してみるか」

 そう言って、彼が右の拳を一瞬強く握り締めると同時に、彼の露出している萎縮された腕はたちどころに『戻った』。

 「……さて、これから彼等はどう僕に面白い事を聞かしてくれるのかな」

 「あぁそれに……シン君に聞かせて上げたいなぁ……彼の仇が、彼の下で眠っているって……どんな顔するのかな」

 「……クク……ハハハハハハハッ!!!」






 梟は哂う。監獄で太陽を遮る影の中で。



 鉄の鳥篭で、彼は哂う。南斗に生まれし闇の星は、如何なるように彼等の物語に関与するのだろう。

 それは……彼等だけが知りえる。












             後書き



 皆さん更新遅れて御免ね。



 某友人も仕事忙しくて最近ふざけない。本気で威力あるね冬の寒さと、この時期の仕事の過密さ。




 ……私?     あぁ大丈夫眠眠打破あるから。










   




[29120] 【巨門編】第二十七話『天狼の毛は何故白いのか』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/12/19 21:05

 とある遊技場に似た広間。

 そこに一人の少年が居た。少しばかり癖の有る透明な黒髪の毛並みをした少年。マントで身を包み堂々と立っている。

 その少年の前に立っている青年。黄金色の髪の毛と同様に、彼の体から同色のオーラが幻視して滲み出ている。

 マントの少年の名はリュウガ。

 金色の気の青年の名はファルコ。

 ファルコ……世紀末前から伝統ありし天帝に仕えし守護者。

 少し、ここで天帝と言うものについて話そう。

 『天帝』とは、言わば世の流れを正す力あると言われる帝。彼等は言わば日本の天皇に近い一族であった。

 だが、彼等が普通の皇族と違うのは、その血脈が『気』を扱える事だったと言える。

 『気』……体内に流れる人間の生命エネルギー。それは高まれば武器のように扱えるし防具のようにも扱える。

 北斗神拳ならば他者に送る事で爆発させ致命傷も与えれるし、逆に癒す事も可能だ。

 原作でならばケンシロウ、そしてラオウは『気』を操り豪掌波と言う名の気の波動で敵を倒すのに扱ったり、北斗神拳の
 殆どの技は気で構成されている。北斗神拳には、経絡秘孔と『気』は密接な関係と言っても過言ではない。

 また、南斗聖拳で相手を斬る事も、その手に微弱ながら気を纏い補助していると言って良い。

 そして、こののように多種多様なる『気』を最も扱える拳……その名は『元斗皇拳』と称された。

 ファルコは、今は未だ発展途上ながら、その元斗皇拳の名手である。何故、彼がファルコと対峙しているのか?

 今からその経緯を綴ろう。




 
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……本気か、リュウガ?」

 「私は本気だファルコ。……今のままでは、如何なる災厄が舞い降りても、俺は太刀打ちできぬだろうから……」

 何やら跪き甲垂れて志願しているリュウガ。それにファルコは顔を顰めて見下ろして説得するように話をしている。

 「お前は既に『泰山天狼拳』をほぼ極めたと言って良い。正直我等もお前に師事をして、その急激な成長には
 目を見張るものがある程だ。なのに、お前は更に『気を注入し』自身の肉体に負荷をかけてまで力を得ようとしている……」

 「何が、そこまでしてお前を駆り立てる?」

 ……不穏な発言が聞こえた気がする。……『気の注入』

 リュウガがファルコに願った事。それは他者から気を送って貰い、自身の拳に強引に力を付けさせようと言う算段だ。

 本来、人間は許容の器で気を扱う。その中に更に別の人間から気を送って貰えばどうなるのだろうか?

 間違いなく、許容以上の力は何かしら作用を起こし、その注入される側の人間に大きな負荷が生まれるだろう。

 リュウガは、今正にファルコにそれを願っていた。……一体、それは何故なのだろうか?

 「……ファルコ。俺は弱い……それを己でも知っている」

 その言葉に、ファルコは首を傾げて呟く。

 「……今のお前の力は、同年代ならば最強だと思えるが?」

 「同じ年の者では駄目だっ。このまま歳を重ねれば、いずれ何時かは強大な敵が現われない可能性など無い」

 リュウガはギュウウッ……! と手を握り締め、滅多に無い程に感情を込めて言葉を募る。

 「前に南斗の拳士が起こした事件……! それに着実に乱れ始めている世界! ……俺一人では太刀打ちできぬ事が
 あるのは重々承知しているつもりだ。だが……だがそれでも! 俺は少しでも最強に近い力を得なければならん!」

 







                   あいつの   ……ユリアに降りかかる火の粉を払える程には……!








 ファルコは、リュウガのその爛々と輝く瞳を真っ直ぐに見据えつつ思考する。

 (……危ういな)

 (この歳で、慧眼もあるのだろうが将来に起きるであろう不吉を予感し、こいつは自分なりに必死なのだろう)

 (……気持ちは、解らないでもない。俺もまた天帝の守護者……もし、天帝に何かあるようであれば、俺もまた……)

 (……こいつも、俺と同じく失う事を恐れているのだ。……皮肉とも言えるか、こいつとの邂逅も……)

 思えば、ファルコはリュウガとの出会いに関し冬の突風の如く急な出会いだったと思い返す。

 行き成り天帝の住むこの国に入り、そして遊技場で鍛錬している者達に近づき幼いなりをした彼は口頭の初めにこう言った。

 『……この場所で、一番強い相手に挑みたい』

 最初、何を馬鹿なことをと皆嘲笑い、そして一人が名乗り出てリュウガに相対した。

 結果、リュウガは勝利した。泰山天狼拳の凄まじき早き拳により相手の顎に一撃を与えて。

 その様子に仲間が倒された事に俄かに周囲の者達は気炎を上げたが、その時に自分が次に名乗り出た時の事を昨日の如く
 ファルコは思い返していた。……勝利したが辛勝だった……どちらか勝っても、可笑しくなかったと……。

 それ以降、南斗の里から訪れたと正直にリュウガは告白し、そして彼は泰山天狼拳を極めたいと言う旨を説明する。

 今の天帝は寛容にリュウガの頼みを聞き込んだ。……そして、俺は奴の師の一人として、奴の成長を見守った。

 短期間で成長し、一端の若鳥のようには見えるようになったと思う。

 ……しかし、ファルコはリュウガの頼みを素直に聞けない。

 「……反対だ。貴様、その若い身空で死ぬ気か?」

 「っ死は恐ろしくは無い」

 「……そうか。死は恐ろしく無いか……ならば、尚更貴様に伝授させる意思は無い」

 そう言って、無情にファルコはリュウガから背を向けて闘技場を去る。

 「!? ま、待てファルコ……っ!」

 「くどい……己の身を振り返り、何故教われぬか道理を知れ」

 ……その言葉を最後にファルコは去る。……後に残るは辛酸の身で取り残された一匹の翼を持てぬ狼のみ。

 「くっ……俺の何がいけない……っ!」

 「俺は……ユリアを……あいつ達を守らなければならないのだ……家族を……っ!!」

 「その為ならば……俺は死など……!!」




 
    ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……宜しいのですか、ファルコ様」

 「むっ……ショウキか」

 星空の輝きが良く見える建物の一角で、ファルコが天体観測している時に不意に現われた人影。

 ファルコは一瞥し、そして僅かに発していた闘気を打ち消す。如何なる時でも襲撃を警戒しているのは流石ファルコと言うべきか。

 ショウキ、 後に帝斗の赤光将軍としてファルコの情けにより帝都を脱出する間際ジャコウの息子に見抜かれ死ぬ男。

 その彼も、今はただのファルコに敬愛の念を抱く一人の元斗皇拳の使い手でしかない。

 「あのリュウガと言う男、自分の目から見て邪念は無いかと。出すぎた真似かと思うが気の注入位は……」

 「ショウキ……言っておくが元斗皇拳を扱える我等ならばともかく、奴の泰山拳は元々気の扱いに長けているとは言え
 奴自身の器が我等とは根本的に違うのだ。小皿に、大皿の水を勢い良く注げばどうなるか知れよう?」

 その言葉に、ショウキはハッとした面持ちで呟く。

 「……リュウガと言う少年は、ならば儀礼を受ければ死ぬ可能性もあると……っ」

 「あぁ。……それに耐えうるには死を恐れぬ気概では済まない」

 「……ファルコ様」

 説明を終え、夜空に視線を戻すファルコを言葉を失った様子でショウキは見つめる。

 この人は、常に天帝を想い、そしてその為に生涯を捧げようとしている。

 そのように実直な人間だからこそ、自分は尊敬しているのだ。……そして、この方が目を掛けたリュウガ……。

 ならば、彼の少年は如何にしてファルコに認められるのだろうか?

 ショウキは、至らない身であると思いつつ、ファルコの何を考えているか解らぬ横顔を見つめるしか無かった。




  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……何が駄目なのだろう」

 リュウガは、ファルコが立ち去った後に項垂れつつ夜の天帝の住む町並みを歩きつつ思案する。

 「拳は、確かにほぼ技は極めた。……後は、自身の気の扱い方だ」

 「ファルコ殿は……正しく元斗始って以来の元斗皇拳の扱い手と言って良い」

 それが解っているからこそ、自身は彼に懇願したのだ。

 だが、けんもほろろに断られリュウガは苦悩する。死の覚悟以外に何が足りぬと言うのだろう?

 「……解らん。こんな時……もし奴等なら」

 そこまで言いかけて、彼の口は閉じる。

 「……ふっ、今更だな」

 ……一瞬脳裏に過ぎった人物……何を考えているか解らない風体で、だが決して悪い奴ではなく、胡散臭い善人。

 何時も何かの渦中に陥り、そしてそこで必死に抗いそしてなし崩しに切り抜ける男。……友とも呼ばれた。

 「……何故、奴等の顔を思い出すのか」

 ジャギ、アンナ、シン。

 南斗の里に不意に現われ、そして次第に何故か友人となった身。

 そして……奴等は俺の願いを結果的に一つは叶えてくれたのだ。……そうだ、俺の妹を。

 「……俺は、たった一人の妹も自分の手で救ってやれないちっぽけな力しか無い」

 「あいつ達は全く悪くない……そうだ、これは俺のエゴだ」

 「……だからこそ、俺は強くなる」

 ……ユリアの目覚め、俺はそれを聞き俄かに信じられぬ思いで瞬時に駆けた。

 北斗の寺院にある場所を森を突き抜けて、体中に掠り傷が走りつつ願っていた夢が夢でなくならぬように祈りながら。

 そして……俺は見た。



 ……ユリアが、笑顔で北斗の寺院からアンナと共に出てくる光景を。



 「……そうだ」

 「念願の……待ちに待ち続けてようやく取り戻せた微笑み……夢の中ででもなく、本来のあいつの微笑み」

 「アレを守れずして……何が『天狼星』か……っ!!」

 ……誓い。

 ユリアを守る。妹を、自分の唯一とも言える肉親を守り抜く事。

 彼が自分に課した使命。その為ならば彼は如何なる苦痛にも耐え切れる覚悟を所有している。

 「……ジュウザ、お前もまたそうなのかな……」

 雲のジュウザ、そしてリュウガの腹違いの弟。

 父の愚行とも言える行いによって生まれた子供。別にリュウガ自身は彼に対し憎しみも、怒りもない。

 父も父として南斗の血を絶やさぬ想いがあったのだろうとリュウガは推定するゆえに、彼はジュウザ拒絶はしない。

 ……けれど。

 「俺は……『天狼星』の男。孤高なる星として、俺は誰かの傍に寄らず世の流れを見定めなくてはならない」

 「……だから、そうだ。ユリアもジュウザも……そして、あいつ達の側に寄る事だって……」

 そうだ、俺は死を受け入れている。何時であろうとも死ぬ覚悟だから。

 そう、頭を下げて歩いていると、彼の鼻に擽るように何かが過ぎった。

 「……? この香りは……」

 リュウガは、無意識にその香りに何故か懐かしさを感じ町並みを少し外れて歩く。

 「この花は」

 そして、辿り着いた先でリュウガが見たのは……花だった。

 岩の割れ目から咲く一輪の花。……そう言えば、以前も似た花を見た事があるような気がすると、彼は記憶を手繰り寄せて思う。

 「……この花はユリアも好きだったな」

 そう思い、彼はその花を摘み取ろうとして……そして瞬間的に手を引っ込めた。

 何故引っ込めたかと言えば、その花を摘む前に一羽の鳥が降り立って花を守るようにリュウガの前に降り立ったからだ。

 「お前は……アオアズマヤドリ?」

 そうだ、青い鳥。ユリアが何時も読んで欲しいとせがんだ絵本の表紙と同じ鳥。

 何故、今自分の前に降り立った? この花を守るかのように……。

 何故?

 





                                ……チ    チチチ……。






 「……! ……巣」

 だが、瞬時にリュウガは知れた。

 その岩の割れ目から零れるように聞こえた鳴き声。そして、その割れ目にリュウガに尾を向けるアオアズマヤドリを見て
 リュウガは知れる。この鳥は、岩の割れ目にある自分の子達を守る為に降り立ったのだと。

 岩の割れ目に巣を作るのも珍しいが、この鳥は青い物を集める習性がある。

 この花も、確かに青色だ。だからこそこの割れ目にアオアズマヤドリも巣を作ったのだろうか……。

 「……守る為にか」

 ……この鳥も、自分とある意味同じなのかも知れない。

 ……いや、守る為ならに人間相手に降り立つなど蛮行かと、リュウガは薄く冷笑しつつ背を向ける。

 「……っ! 待てよ……」

 もしかして……ファルコが言いたかった事。

 その真意が何となく掴めそうな気がして……リュウガは瞬時に闘技場へと戻る。

 ……そのリュウガの後姿を、優しいアオアズマヤドリの声が見送った。





  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……で、朝早く俺を呼んだのは、また同じ用件か」

 ファルコの前に、冒頭と同じく傅く姿勢でリュウガはファルコの前に対峙している。

 だが、その顔には最初と違い何かを悟った顔つきをしていた。ファルコもそれを見抜いたのだろう。余計な事言わず直球に問う。

 「泰山天狼拳リュウガ。お前は本当に、元斗の洗礼を受けて自身の体に命懸けで気を扱う事を望むのか?」

 「相違なし。そして……俺は死ぬ気はない」

 「ほお?」

 ファルコの興味を惹いた感じの呟きに構わずリュウガは構わず真意を曝け出す。

 「俺は、弱い。だからこそ元斗の気の操る術をこの身で受けて何者にも勝らぬ力を欲している」

 「だからこそ死も厭わぬと決意していた。……だが、死は覚悟するものではない」

 「死は……いずれにしても人の意思に構わず訪れる。大事なのは、それに負けぬ意思」

 「俺は……あいつ達を守る為にこの身がどうなろうと構わないと思っていた。……だが、それでは駄目だ」

 「人は……何があろうとも生きる事を願わなくてはならん。ゆえに、命を軽んじる真似はしてはいけない」

 


 「そこまで解っているのならば、お前も考えを変える気は無いのか。今のお前の力では、死する可能性もあるのだぞ」

 ファルコの師としての情からの言葉。それにゆっくりと頭を横に振って彼は続ける。

 「いや……だからこそなのだ」

 「俺は、あいつ達を守りたい。そして……あいつ達が幸せになるのを見届ける使命がある」

 「例え、それが相手に理解されずとも……俺はあいつ達の微笑が損なわなければ、それで良い」

 「……難儀な性格だな」

 リュウガは決意している。

 この先、もっと多くの変革が世に起こるであろうと薄々見抜いているからこそ、彼は命懸けで力を欲している。

 ファルコもそれを解っているのだ。だからこそ、出来る事ならば彼を止めたい。……けれども。

 「……お前の性格はある程度知ってるからな。もう……止めはせん」

 「礼を言う、ファルコ」

 「要らぬ。その礼は……死ななかった時にしろ」





  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 場面は変わり、少し薄暗い一室でリュウガは上半身を脱ぎ正座して瞑想している。

 「これからお前にするのは……元斗に伝わりし気を扱う経路……何処ぞではチャクラなどと呼ばれている回路を開くものだ」

 「……下手をすれば死。良しんば切り抜いても障害残る可能性も否めん」

 「それでも……構わぬのだな」




 ……静寂が一瞬走る。


 それでも、リュウガには迷いなど微塵も無かった。

 目を開き、暗闇が蔓延る部屋の中で小さく笑みを浮かべつつ彼は紡ぐ。





 「……死は、何時か訪れる」

 「俺は、ただ怠惰に今を生きてあいつ達の助けになれぬならば……例え先に希望なくとも一つの灯火を作れる男でありたい」

 「……やってくれ、ファルコ」

 その言葉に、一瞬目を瞑りファルコは。

 「……了承した」

 手を背中に翳す。黄金の気が滲みながらゆっくりとリュウガの背中に当てている掌へと集まっていく。

 「泰山天狼拳のリュウガよ!」

 彼の名を唱えると共に、一気に黄金の闘気がリュウガの背中に収束する。

 「我等の元斗の力! その身に宿れい!」








                            ドウゥウウウウウウウウウウン!!!!ッツ!!

















 ……それから、一ヶ月。
  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……ふぁ~、暇だなあ、おい」

 北斗の寺院の近く、その森の一つの大樹の枝に器用に仰向けに空を見上げて寝ている少年が一人。

 「ユリアの奴もちょいと散歩に言ってて留守だし……ま、俺は気の長い方だから雲でも数えて待つけどな」

 そう、笑みを零しつつゆったりとした様子で、不安定な枝で彼は足を揺らし空を見上げている。

 彼の名はジュウザ。何時の日かに南斗五車星と呼ばれる南斗の将……この場合南斗六聖の最後の将を守る雲の役目を担う男。

 だが、今の彼はそんな役目など糞喰らえとばかりに構う事なく自由に生きている。そして今日も愛する女に会うが為に
 修行を抜け出した。その事に対して他の五車星の者達は良い顔をしていないが、最近は彼の友人の言葉の甲斐も
 あってか多少は真面目に修行しているので、ある程度彼の奔放を受け入れてはいる。具体的に言えば、友人の『そんな不真面目
 な調子だったらユリアに嫌われるんじゃねぇ? 前もユリア、ある程度真面目にやる奴が好きだって言ってたし』との言葉でだ。

 「ったく、ジャギの野郎め」

 その友人に対しジュウザは面白くないとばかりに思い出すが、ある程度自分の気持ちを告白出来る友人と言えばジャギ
 が順序的に一番なので割りと受け流してもいる。ジャギの現代人としての社交術が、ここにきて役立ったと言うべきか。

 「まぁいっか。……いい風だ、このままゆっくり眠って……」

 そうジュウザが考えた矢先、一つの気配が濃厚に近づくのを感じて体を起こす。

 「……って、噂をすればか」

 「よぉジュウザ、捜したぞ、この……」

 現われたのは三白眼で少しばかり怒気を纏ったジャギ。

 「何怒ってんだぁ?」

 「てめぇこの前の帰り際に組み手で危うく負けかけた腹いせに腐った生卵俺の夕飯に置いただろうが……!」

 「あ、バレちまった? ははぁん、そんな目くじら立て……」

 「それ間違ってケンシロウがカニ料理にかけて危うく腹を下しかけたんだけどな……」

 「……すまん、正直悪かった」

 標的が見事に引っかかったと思ったら、その弟に災難掛かった事に関してジュウザは普段気にしないのに、何故か無性に
 今回は悪い気がして謝罪した。恐るべし、ケンシロウの蟹料理との相性の悪さと言ったところであろうか。

 「つうかケンシロウってどんだけカニ料理と相性悪いんだ? この前も何か蟹のカマボコに何か入ってたって言わなかったか?」

 「何か夕食後に食う苺か何かが間違って混ざって複雑そうな顔してたな。……あいつ、俺が知ってるだけで十回程だわ」

 「……呪いじゃね?」

 そんな馬鹿な事を言いつつ、彼等はどちらともなく身を崩しつつ会話を続ける。

 「そういや鳥影山での話し聞いたぜ。フドウのおっさん、命知らずだよな」

 その言葉に、ジャギは嫌そうな顔をして返事をする。

 「言っとくけど、あの時本気で殺されかけたんたぜ? セグロ達に手伝って貰わなかったら、間違いなくフウゲンの
 お師匠さんが来るまでにやられたからな。……あのおっさん、今までどう言う風に生きて強くなったんだ?」

 「さあ? 大方兵士崩れだったんじゃねぇの」

 ジュウザは思い出したようにジャギへ顔を向ける。

 「アンナの奴、平気なのか? ユリアも俺と話した時に少しだけ話題に出したんだけどさ」

 「あぁ……今は結構普通にしてるけどな。だけど鳥影山で修行するペースがもっと多くなった気がするなぁ」

 「おいおい、ジャギさんってばこんなところで油売ってる場合なのかよ」

 「堂々とさぼってるてめぇに言われたかねぇよ」

 そう馬鹿なやりとりしつつ、雲はゆったりと遠くへと行く。

 「……あぁ、そういやお前の兄貴。未だ帰って来ないのか?」

 雑談が続けられ、なんて事のない調子でジャギはさり気無くながらも、ジュウザには余り触れたくない話題を上らす。

 ジュウザは、その言葉を少しは予想していたのか嫌そうにしつつ言った。

 「何にもな。……あいつは俺の事なんて興味ないんだよ。言いたい事だけ言って南斗の為に尽くせって。……そりゃ
 使命とか大事だと思うけど兄貴は頭固すぎるんだよ。あんな生き方してたら将来禿げるっつうの」

 「リュウガの禿げか。やべぇ、ちょっと見てぇな」

 「はははっ、だろ? ……っ!」

 その時だ、ジュウザが顔を強張らせたのは。

 ジャギも気付く。何時の間にか何やら人の気配が接近していたのを。

 それもかなり近い距離。ジャギもジュウザも拳士としては色々と経験しているので、気配なく近づく輩に良い相手が
 いない事は承知の上。ゆえに気配を抑えつつ身構える。何時でも襲撃されても対処できるように。

 ……そして。






 「……どうやら、真面目に修行しているようだな。……ジャギ、ジュウザ」

 その声に、ジュウザは構えを解き目を見開く。

 「……兄貴か? ……へっ! 何だよびびらせやがって! 第一何しに来たんだっつうの! お前自分から会うつもり
 なんてねぇって宣言したじゃねぇか! 今更一体何の用だっつうの!! ……あぁ、くそっ……!!」

 行き成りの再会に、彼は喜びは正直あるものの、以前の離別が余り彼にとって嬉しくない事もあり乱暴な口調になる。

 ジャギの諌めるような視線が最後の方で突き刺さり、その意図も理解出来るがゆえに彼は頭を掻いて苛立ちの言葉を吐く。

 「ジュウザ、気が立つのも解る気がするけど落ち着けって。……リュウガも声だけじゃなくて姿を出せよ」

 何コソコソ隠れてんだよ。と、ジャギは気楽な調子で促す。

 だが、この時二人は未だリュウガがどのように変わったのかを知らなかった。

 「……別に姿を出すのは構わんが……驚くなよ」

 「は? そりゃ一体如何言う……」

 ジャギの言葉は、最後まで言い終えれなかった。






                               ……がさっ






 
 「……兄、き……?」

 空気が、眠気を誘う暖気が冷えていくのが如実に感じられた。

 ジュウザは、久し振りの兄との邂逅で信じられないとばかりに第一声を放つ。震える声でだ。

 「……何だよ、その髪の毛……」

 ……白。

 真っ白とも言える銀に近い白の髪。まるで冬将軍が人になったかの如くの髪の色。

 「……似合わんかな」

 場を和ませる言葉にも聞こえるが、笑うには酷くリュウガの微笑みは痛々しい。

 「何が……有ったんだ」

 「……天帝の都へと……行った」

 「天帝……! まさかお前……っ」

 ジャギの、搾り出すような問いにリュウガは静かに答える。

 そしてジャギはそれだけで全てを織った。そして……彼が行った事にも。

 「お前……お前は」

 「っおい! ジャギお前何か知ってんのか!? 教えろ、おい!!」

 ジュウザはジャギが何かを知っていると気付き詰め寄る。ジャギは言って良いか一瞬躊躇するも、この場でジュウザを
 落ち着かせる為には真実を言うしかないと思いつつ、頭の中で急速に言葉を整理しつつ一呼吸の後に口を開く。

 「……親父から聞いた事がある。天帝の住む国ってところに元斗皇拳って言う使い手がいるって」

 「元……斗? それが、兄貴の髪の色と何が……」

 「続けろ、ジャギ」

 未だ困惑しているジュウザと、そして全てを受け入れようと達観した面持ちのリュウガの二人。

 二人の温度差に喉を鳴らしつつジャギは推測と自身の保身の為の虚言を交えて続ける。

 「もし、俺の予測が正しいなら。……リュウガ、お前元斗皇拳の源である気を覚える為に無茶したんじゃねぇのか?」

 ……沈黙が走る。

 誰も何も言わない、ただリュウガの背後から冬の訪れを感じる冷気のみが吹くばかり。

 「……喰いはない」

 「っ! 兄貴っ……お前何やってんだよぉ! そんな……お前死ぬかもしれない事したんだろ!? 誤魔化したって解るぜ!!」

 リュウガの一言は、ジャギの仮説が肯定だと認めた事にジュウザは逆上する。

 腹立たしく、そして訳が解らずもジュウザの心に過ぎる怒り。

 それが彼には説明出来ずもリュウガに怒りが芽生えていた。死に急ぐような彼の言動と、彼の髪の色が酷く憎かった。

 「兄貴……何で……っ!!」

 「……ジュウザ、ユリアは今も笑っているか」

 「? ……あ、ああ」

 「俺は……そうだな、俺は……ユリアを愛している」

 『!!!!??』

 その言葉に、どちらも心中は異なりつつも同じ程の驚嘆により体を固める。固まる彼等を他所に、リュウガは続ける。

 「疚(やま)しい意味じゃない。……俺は、幼少の頃から普通の子と異なり全ての視点が大きな流れと共に見ていた」

 「……母は、そんな異常と思しき俺に不気味がる事なく愛し……そして父も俺に生きる目的を与えてくれた」

 「……そして、ユリア。……俺にとって永遠の宝、俺が唯一守り抜く者」

 「だからこそ俺は誓う。俺はユリアの為にこの半身が朽ちようとも……ユリアの微笑を損なわぬようにと……」

 その平坦ながらも、決して変える事の出来ぬ彼の言葉にジャギは言葉を返す。

 「だから……命も惜しくないってか……?」

 「……最初は、そう思った。……だが、その時にジャギ、お前やアンナ。……そして、ジュウザお前だ」

 二人を見比べつつ、リュウガは静かに目を瞑り続ける。

 「……お前たちの顔が泰山天狼拳を極めんが為に試練を受ける前に過ぎった。そうだな……俺は自己の命を軽んじてたのかも知れん」

 「なら……」

 リュウガの言葉に、安堵を交えてジャギは自分の考えを述べようとする……が。

 「俺の今の想いは……『お前達の為ならばこの命が何時か消える時があろうとも後悔はない』と言う気分だ」

 その……柔らかな微笑みと共に紡がれたリュウガの言葉に、ジャギは何も言えなかった。






 「……んだよっ、それ……!」

 全てを聞き終え、ジュウザは搾り出すように言葉を吐き出す。

 「……解って貰えなくても良い」

 「解らねぇ……解りたくもねぇよ! ……馬鹿だ、兄貴は大馬鹿野郎だっ!!」

 背を向き、ジュウザは嵐のように風に乗ってその場を去ろうとする。

 リュウガは追わない。彼はジュウザの怒りに応える資格なかろうと思っているから。

 だから……この場を一匹の狼は咆哮立てて雲へその口を開いた。

 「ジュウザ!!!!!!っ!!!」

 「!!っ離せ! 離せよジャギ!!」

 「いいや! どかねぇぜ今回ばかりは!!!」

 飛び出したジュウザへとジャギは周りこむ。長距離でならばジュウザに分があるかも知れぬが、邪狼撃の訓練により
 短距離ならば恐ろしく俊足になりつつあるジャギの恩恵は今授かれた。ジュウザの前に立ちはだかり両手を広げ叫ぶ。

 「リュウガと話し合え!!」

 「話したくもねぇ!! あいつは……あいつは勝手なてめぇの理由で断りなく死に掛けて……それで……それが俺や
 ユリアを守る為だとぉ!!? 何だよそれ! 解らねぇよ! 何で……何でそこまでするんだよ……っ」

 ジュウザの瞳に、輝く物が浮かび上がる。

 「……何なんだよ。行き成り何で俺やユリアの為にそこまですんだよ……解らねぇよ……くそっ……」

 (何であんな風に笑って……俺の為に命を賭けるなんて言うんだよ……!)

 「ジャギ、解らねぇんだ……兄貴が俺の為に考えている事は何となくだけど解る。……けど、受けいられねぇんだ……!」

 「ジュウザ……」

 ジャギは、額に手を当てて途方に暮れて空を仰ぐ。

 これもまた、原作であった彼と彼の溝なのだろう。

 お互いにどちらも誰かの事を想い、そして案じすぎてどちらも互いに距離を置きすぎて結果的に疎遠になってしまった。

 言えに、互いに運命に翻弄され別れも告げぬままに世紀末に散った……。

 (……救えねぇよな。俺もまた、自業自得な気がするけどリュウガやジュウザと同じ穴の狢だし……)

 「……とりあえず、リュウガから逃げるな」

 「あぁ? 俺は逃げてなんて……!」

 「そんじゃあ今強引に俺を倒してリュウガから距離置こうとしてんのは何なんだよ?」

 「……そりゃあ、今はあいつと一緒にいたら根も葉もない事言いそうで……」

 そう口ごもるジュウザに、久々に素のジュウザを見たのでは? とジャギは考えつつ説得を続ける。

 「とりあえず、今この場であいつに話をしなきゃあ、何時までもしこりが残ったまんまだと思うぞ」

 「……」

 「とりあえずさ、下らない事でもいいから話をしてやれよ。そうして、それでもこじれたら俺に言えよ。助けてやるから」

 「……はっ! てめぇに頼られずとも俺一人で十分だ。身内の問題をお前に手出しされて堪るかっつうの!」

 ジュウザは、ジャギの説得が功を成したのか、少しだけ晴れた顔つきで何時もの調子を取り戻す。

 そうして去ったジュウザの後姿を、ジャギはやれやれと思いつつ見送るのだった。

 「……あれ、そういやジュウザの奴、リュウガとの仲は良好になるとして……あれ? 何か重要な事一つ忘れてるような……?」

 如何でも良くないが、けれど今は別に問題にせずとも良さそうな事。

 ジャギは、何となく腑に落ちずも、これ以上あの二人といても薮蛇だろうと寺院に戻る。

 そして……ジュウザはある真実に辿り着いてしまう。





  
    ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……嫌われただろうな」

 リュウガは、ジュウザとジャギが去った方向を暫く見つめてたが、納得した様子で頷きゆっくりと体を反転する。

 (そうだ、ジュウザが俺に己の意思で去るなら良い。……天狼星を担う俺に、あいつが側に居ても良い事など無いのだ……)

 大切な者の為に、あえて他の絆を断つ。

 過酷とも言える行動を躊躇無く行う覚悟……それを既にリュウガは備えていた。

 「……これでいいんだ」

 そう、自分に言い聞かせ彼は何処へともなく行こうとする。

 彼の足が森林の深くに入り込もうとしたその時……声は降った。

 「リュウガああああああぁ!!!!」

 「!!? ……ジュウザ、未だ何か用事が……っ!?」

 叫びと同時の拳。

 リュウガは目を見開きつつも、その拳を片手で封じる。

 「行き成り何を……!?」

 「ぼんやりするんじゃねぇよ!!」

 リュウガの言葉を封じ込めるような乱撃。ジュウザは変則的に打撃を繰り出し、リュウガを本気で倒そうと攻撃を続ける。

 「……ちぃ!」

 リュウガは、次第に劣勢になりつつある事に焦りつつ、ジュウザに泰山天狼拳を繰り出そうと力を込める。

 「泰山天……!」

 「遅いっつうのおおおおお!!」

 ……互いに早き拳が顔に当たる。

 一人は凍てつく風の如き速さの拳を。

 一人は悪戯な突風のように凪ぐ拳を。

 互いに全力の一撃を受けて地面に倒れる。両者ともに暫し無言だったが、リュウガが先に体を起こし呟いた。

 「……気は済んだか? ……お前の怒りも解るつもりだ。だが、それでも俺は考えを変えん。俺は俺の意思でお前達を遠くから」

 「うっせぇんだよ」

 ジュウザも体を起こし、殴られた頬を摩りつつ憮然とした調子で呟く。

 「兄貴はよぉ、大切な奴の為にって事で無意味に周りを考えず行動する大馬鹿野郎だ。本当に救えない野郎だぜ」

 「……っ何を」

 「最強の拳? 守る為に離れる? ……ちゃんちゃら可笑しいっつうの。兄貴の星の使命やら、南斗のお偉いさんが
 何を兄貴に命じたのかちっとも知らないけどよ……。兄貴だって知ってるだろ、俺様が五車星でどういった役割か」

 「……あぁ」

 リュウガは言葉と共に、空を見上げる。……ジュウザの象徴が幾つも流れている。

 「俺は勝手に流れて、そして勝手に何時でも現われる空の雲だ。昼も夜も関係なく気紛れに用も無く出てきてやる」

 「ジュウザ……」

 「だからよ……その。兄貴が悩んでる時よぉ……近くに俺が居たらもう少し頼れよ……でねぇとこれよりもっと
 強い拳の雨を今度は本気で降らせてやるぜ」

 容赦しねぇぞ? とジュウザの言葉に……リュウガはフッと今度は自然に微笑んだ。

 「……俺が馬鹿なら……お前は阿呆だな」

 「あん? もう一度言ってみろよ、兄貴ぃ」

 「あぁ、何度でも言ってやる。……お前は阿呆だ」







                        本当に如何しようもない……俺の弟だな








 ……わだかまりは未だあるけれど、それはこれからゆっくりと解けば良いかも知れない。

 曇り空は、雨が降れば何時しか晴れて虹が出る。

 それと同じように……俺達の悩みも何時かは……。

 少しだけしこりが解けた顔つきになった兄弟は、土汚れを払いつつ立ち上がる。

 「やれやれ、お前に一撃喰らうとは、俺もまだまだだな」

 「へっ、そんなんじゃ離れて見守るなんぞ大層な事言えねぇって事だぜ」

 そう笑うジュウザに影は無い。その笑顔にリュウガは何とも無く言葉を返した。






                    「良く回る口だ。全く……ユリアも何時かお前に似て俺を口負かすのかな」





 ……爆弾が、投下された。




 「……は? 何でユリアが俺に似るんだ?」

 「……何でも、何も俺とお前が兄弟ならば知っているだろう。ユリアは俺の妹なのだから」


 ……。

 …………。

 ………………。



 (……ユリアが、リュウガの妹?)

 (……ちょっと待て……兄貴は『天狼星』とかの役目で、南斗五車星とやらと同じ役目でユリアを大事にしてたんじゃないのか?)

 今まで自然と勘違いしていた出来事。

 その自然の勘違いが後の悲劇に繋がるのだが……今、ようやく暴露されようとしていた。








                            「ユリアが……俺の妹……だと?」
 
 






                             「……聞いてねぇぞ」















            後書き




   俺はリュウガは普通に好きなのに、知ってる人間は微妙だと言う。




   某友人は某友人で『そんな事よりボルゲたんを愛そうぜ!』と勧誘してくる。




   泰山天狼拳で脳が分解されちゃえば良いのに。








[29120] 【巨門編】第二十八話『気になるあの娘の心は?』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/26 23:01

 (注※ 今回の作品にはギャグ要素が詰まっています! 出来れば許して見て下さい!)












 「ユリアが俺の妹?」

 その事を聞かされた夜、ジュウザは殆ど眠る事すら出来なかった。

 「ははは……そんな馬鹿な。誰が、嘘だって言ってくれよ……」

 悩みに悩みぬき、彼は自分の兄が嘘を付く理由が無い事も理解しているがゆえに懊悩する。

 ならば、この数年間自分がユリアに対して抱いていた仄かな恋愛感情。一体それは何だったと言うのだろうか?

 これでは全く自分は道化ではなかろうか。心は酷い曇り空に覆われて彼は自分の寝室で唸り続ける。

 「あぁ糞っ」

 俺は……これから如何すりゃいい?

 ユリアにどう顔を会わせりゃいいんだよ……くそぉ。

 その事が頭を占めているジュウザの一方……まるでジュウザが秘密を知った事が皹入った如く、他の者達も次第に変化を見せ始めた。


 

   
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
 事の起こりは、突然に。
    
 「なぁ、ジャギ。最近ユリアを見ていると胸が苦しくなるんだが……」

 そう、真面目な顔つきで相談された時、その相手は視界が真っ暗になりかけた。

 「そうか。解った。いい医者を紹介してやるぜ」

 「いや、医者とかそう言う問題じゃな」

 「大丈夫だ! そんな苦しみも兄者に頼んで秘孔で治して(忘れさせて)やる!!」

 
 「……お前、笑顔とは裏腹に不穏な事を考えて無いか?」

 何故か行き成りシンにそう相談されて、多少混乱しかけたがジャギも何とか冷静さを保ちつつ慎重に聞く。

 「一体また何故?」

 「そりゃあ、俺とて健全なる男子だ。ユリアと最近話しているにつれてこの心は癒されていく事に気付いたんだ……」

 (KING。それ恋じゃなくて慈母星の効果だと思います)

 ジャギはそう思いつつ、心中冷や汗交じりでシンが如何に自分がユリアが好きなのか語るのを聞いている。

 ジャギとしては、今のシンを見ているとユリアとの恋仲になるのを応援したい気持ちも実際にはある。

 もし、何も知らなければシンの恋を正直に応援したい。だが駄目なのだ。

 世界が『北斗の拳』ゆえに、ケンシロウとユリアが恋仲になる。これはもはや決定事項と言って良い。

 無論、本当に自然な形でユリアがケンシロウ以外の人間が恋する可能性もあるかも知れない。けれどジャギが必死に何とか
 原作に近づけようと涙ぐましい努力のお陰で鞠を拾った出来事からケンシロウとユリアの仲は良好と言って良い。

 今、シンとケンシロウが仲違いしたら、関係が悪化し世紀末でのあの悪夢の再来も予想されるのだ。

 親友と弟の恋の板ばさみ……ジャギは出来るなら夢に逃避したいが、夢の中では原作ジャギが多分ニヤニヤと自分を修行と言う
 名の虐待をする事を想像し待ち受けている。……現実でも夢でも逃げられない現状を、ジャギは神はいないと呪う。

 「聞いているのかジャギ? だから、お前には俺の恋に協力して貰いたい」

 (いや、巻き込むな、この俺を)

 喉まで出掛かる本音。けれど真摯な顔で頼まれたらジャギは断れない。

 「いや、まぁ出来る限りは……」

 「頼むぞ。こんな相談、お前だから出来るんだ」

 (……こちとらお前の死亡フラグ折れるか必死だっつうのに)

 青筋を必死に浮き上がるのを耐えて、ジャギはとりあえず保留にしておくかと、その時は考えていた。

 ……考えていたのだ。



  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 
 「兄さん、実はちょっと悩みがあるんだが……」
 
 北斗の寺院に戻り、ケンシロウと久々に組み手をしていた時に降りかかった相談事。

 この弟は何時も自分の悩みを自分で処理するタイプ(シンやリュウガと同類)なので、ジャギとしては珍しいケンシロウの
 頼み事に弟の好感度を高める事も考えて快諾しつつケンシロウへの相談へと乗る。因みに組み手は殆どジャギが防御する感じだ。

 「ユリアの事なんだが」

 (ケンシロウ、お前もか)

 そう思いつつ、ジャギは何だか泣きたくなりながらも可愛い弟の頼みとあっては聞かなくてはいけない。

 結果はジャギの(悪い意味で)予想通り、最近ユリアと会話していると鼓動が収まりつかないとの事。

 「自分は、ユリアが好きなんだと思う」

 「……いや、色々と言いたいんだが俺に何故相談を?」

 「兄さん何時も言ってるじゃないか。困っている事があったら俺に質問しろって。それに兄さんはユリアの事何とも思ってないし」

 (たりめえだ。ユリアに恋してたら命幾つあっても堪ったもんじゃないわ)

 主にこの寺院の兄二人とお前と、そして鳥影山で修行してる友人一名に殺される想像がやけに現実感溢れている。

 それにジャギ個人の感想として、ユリアは確かに良い娘だとは理解しているが、余りに清純し過ぎて友好的に接する事は
 問題ないが、恋愛感情まで至らないのが現状なのである。最も、既に彼の深層意識は別の相手に想い抱いている可能性の方が高いのだが。

 「だから、出来る限り助けになってくれ」

 (だからって何だ。だから如何しろと)

 「……おう、任せろ」

 だが、ジャギは将来殺されるかも知れない相手の好感度を下げる訳にもいかず、ゆえに涙を殺し気丈な笑みで太鼓判を押した。

 ……もう、それだけなら良かった。

 

  ・
     


             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 そのケンシロウとの組み手が終了し、そろそろ床につくかと考えつつ犬のリュウの受け皿に代えの水をやっていた時である。

 「ジャギ、少し良いか?」

 「おう、如何したよ兄者? 急に改まって」

 もう、この時ジャギには嫌な予感が高まっていたのだ。この優しく相談相手になるなら未だしも、相談してくる事は皆無の
 何時も穏やかな笑みを浮かべているような人間が、行き成り自分に少しばかり憂いを秘めて話をしてきた時点で。

 「ユリアの事なのだが……」

 (神様、俺何かしたでしょうか?)

 いや、そもそもこの世界に呼び込んだ時点で神は神でも邪神じゃないのでは? とジャギは自分の絶望を改めて思い知る。

 「いや、ユリアが如何したのよ? 兄者最近は診療所でサラさんと仲良くやっていると思ってたのですが?」

 「サラは関係ない。あれはあくまでも医術を学ぶ仲間だからな。……最近、ユリアは日増しに綺麗になっている」

 そう出始めに惚気られ、ジャギとしては引き攣りたい顔を心を殺して無表情に近い顔で聞く事には辛うじて成功した。

 「まぁお前は聞いても面白くないだろうが、聞いてくれ。私は、最近は寝ても覚めてもユリアの事が頭にフッと浮かぶ……」

 (だから、何でその話を俺にする)

 ジャギの心の悲鳴に関係なく、トキは話を構わず続ける。

 「ジャギ、お前は秘密を守る男だろうし、何よりもユリアに関して靡く男でないと私は知っているからな。だから正直に
 告白しよう。私はユリアが好きなのだ。そして、ユリアの笑顔を最初に与えたのはお前の伴侶とも言うべきアンナだった」

 (……アンナ、お前が以前鞠をユリアに渡したのがこんな所でパラドックスを起こしたよ)

 何やらトキが爆弾発言した気もしたが、ジャギとしてはユリアが好きだと正直にトキが告白した方が爆弾発言であった
 為に意識が一瞬停止しかける。そして北斗神拳の実力ならば歴代最強(※死の灰を除き)かも知れぬ兄にそう信頼を
 押し付けられて、今のジャギの心境は目の前に核が落ちたであろう心境よりも絶望感が遥かに増していた。

 「だからお前ならばアンナを通じユリアの心を占める持ち主も知れよう。そしてその相手が私が納得する相手ならば
 私も遠くからユリアを守る選択もあるかも知れぬ。だが、その相手がユリアに相応しくないのであれば私は……」

 (兄さん、その震えた片拳が物凄く怖いです)

 相手は真剣なのだろうが、ジャギとしては戦々恐々ゆえに同情する気持ちも雀の涙である。

 だが、ジャギの悪夢は終わらない。

 「兄さんも、多分ユリアに少なからず好意を抱いている」

 (すいません、泣いてもいいですか?)

 ジャギは更なるトキの爆弾投下に気絶しかけつつ何とか質問する。

 「な、何でそう思うんだ……?」

 「長年一緒に過ごしたのだ、時折りユリアの姿を追う視線に熱あるのが解る。絶対に口にはせんだろうが、兄さんもまた
 ユリアを憎からず思っているだろう。強敵だが、私は出来れば兄には負けたくないと思っている……」

 トキの観察眼ならば確かなのだろう。優秀過ぎるゆえに確固たる真実だと現実が突き付けて、ジャギは何時かの未来で
 ケンシロウに龍堆突かれたかのような痛みを心の中で感じる。未来に起こる確実な厄介事にキリキリと胃痛が走った。

 「頼むぞ、ジャギ。私の最初で最後の頼みと思って……」

 (なら、代わりに俺に平穏を下さい。本気で)

 ジャギは、心の中でお願いしつつ明日を迎えた。そしてこの日の夜は流石に夢幻世界のジャギも空気を読んだのが出なかった。




   ・
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「なぁなぁジャギ、俺とユリアが兄妹だったて言うけどよ。それでも俺は本気で」

 「悪いが相談は受付けねぇ」

 「即答かよ!?」

 その翌日、リュウガとの仲直りは出来たのがを尋ねる為にジュウザと会った最初に言われた内容に反射的にジャギは拒絶していた。

 「いや、最後まで聞けって」

 「うるせぇよ! 大方ユリアと恋仲になりてぇってところだろうが!! お前は無理なの! 近親相姦でもする気かてめぇは!?」

 もう、最強の兄弟三人とシンからの相談で一杯一杯だった時に、ジュウザが最後の止めとばかりに相談してきて
 ジャギは切れた。その形相に少しだけ後ずさりしつつも、雲のように変則自在なジュウザはすぐに気を取り直しジャギへと願う。

 「なぁ頼むって! 俺は諦められないんだって!!」

 そう跪いて足に縋ってまでの言葉に、ジャギは体を捻りつつ足を抜け出そうとしつつ叫ぶ。

 「うっせえわ! ならユリアに告白でもしろや!!」

 「告白……っ」

 今のジャギには精一杯の助言。叶わぬ願いならば玉砕して華々しく散れとの言葉。

 それにジュウザは瞬時に返事を返す。

 「出来るかよっ! ユリアに告白してそれで拒絶されてみろ! 最悪嫌われちまったら俺は生きていけねぇんだよ!」

 「逆切れかよ」

 そう怒鳴るジュウザに、ジャギは引くしかない。

 だが、正直な話しジャギとしてもこの問題はかなり危うい内容だとは重々承知だ。

 南斗の最後の将であり『慈母星』を宿しユリア。

 彼女は生来の気質なのか、それとも星の力なのか知らぬがケンシロウ、トキ、ラオウ、シン、ジュウザ。

 肉親のリュウガからも『ユリア死するならば、俺が死ぬ』と言う内容程の愛をユリアは受けた。

 そんな寵愛に包まれしユリア。ジャギからしたらまるで理解し難いが、この問題を一気に解消出来れば世紀末の
 問題の数割りを解消出来る可能性もあるので、原作を知るジャギは出来れば解決はしてみたい。

 だが、少しでも失敗すれば世紀末が更に混沌する可能性がある。一か八かだとジャギは胃と頭に痛みが走っていた。

 「……あぁいっその事遠くへ逃げてぇ」

 「何だ、突然に。悪いものでも食ったか」

 そう、ジャギに毒舌吐くのは最近ユリアやジュウザ、主に自分の関係者を救う為に命懸けで力を増したリュウガである。

 「……おめぇはユリアに恋愛感情とか抱いてねぇだろうな」

 「当たり前だ。俺のユリアに対する感情は主に家族愛に決まっているだろうが」

 その言葉に少しばかりジャギは安堵する。当たり前だがここに来てリュウガまでユリアが恋愛的に好きだなんて言われた日には
 アンナの兄と共に世紀末が来る日まで地の果てまでバイクでドライブする気だった。主に本気で。

 「まぁ、だがユリアに好きだと言う輩は、この俺を倒せる程の実力者ではないと納得はせんがな」

 (リュウガさん、それ限られてますやん)

 訂正……このままでは自分の弟及び身内と関係者が最近最強の泰山拳に元斗の力でパワーアップした天狼さんが死闘する
 可能性があるとジャギは知り、目の前に散弾銃があるならば米神にあてたいと衝動にかられる。無論、そんな便利な道具はここに無い。

 「おい兄貴、幾ら兄貴だろうとこの俺は止められないぜ?」

 「ジュウザ。お前が腹違いだろうと俺の弟に代わりはせん。そして法律上でも俺の心情でもお前をユリアと恋仲にする
 つもりは一切有り得ない。と言うか、弟でなければ即お前を泰山天狼拳の餌食にしていただろうな」

 「いやぁ! お優しい兄貴で良かったぜ。もし行き成り襲い掛かって来るようなら、俺も我流の拳をぶつけるところだったなぁ」

 「はっ……お前が俺にそのような大層な口が利ける実力を持つ程に至るとは天狼の目を持ってしても見抜けなんだ」

 「そうだなっ! 天狼とか言ってるけど、シスコンの狼なんぞに俺は負ける気はしねぇなぁ!!」

 『はっはっはっはっはっ!』

 (何だこの状況)

 笑いあっている兄弟は、笑顔に全く似合わぬ闘気をお互いぶつけている。

 一速触発の空気をどうやって変えればいい? もうジャギは気が遠くなりかけながら、何とか声を振り絞った。

 もう、どうにでもなれと言う気持ち半ばで。

 「……じゃあ、とりあえずユリアに聞いてみようぜ。今、誰が好きな奴がいるのかって……」

 『む(うん)……っ』

 お互いに胸倉を掴んだ瞬間のジャギの発言。それにお互い呟いてから思案し、決着はその後で付けようと視線を交差し手を下ろす。

 一先ずこの場で殺し合いは避けられた。後はユリアに任すのみ。

 (頼むぜぇユリアよぉ。……お前に懸かってるんだよぉ……)

 そう、ユリアに神頼みしつつジャギはユリアの居る元へと向かう。

 ……だがこの時ジャギは気付かなかった。

 ……それが混沌の始まりだと。





  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……何だ、この状況」

 そう、ジャギが呟いたのは無理ないかも知れない。

 ジュウザとリュウガを引き連れて北斗の寺院にあるユリアの住処を訪ねたのは良かった。

 だが意中の相手はおらず、代わりに居たのはサキとトウのみ。

 「あれ? ユリアは如何した?」

 「あ、ジャギさん。ユリア様なら先ほどケンシロウ様とご一緒に外出(ケンシロウだと?)……顔怖いですよ、リュウガ様」

 以前は南斗の里でダーマと共にユリアの世話はしていたサキは、割り込んだリュウガの険しい顔に若干引きつつ突っ込む。

 「ちょっと怯えさせないでよリュウガ様。あぁ、そういえば孤鷲拳のシン様も先程来ましたよ。貴方達と同じ事聞いて」

 「!? い、何時だよ、おいっ!」

 「ちょっ……! 顔近づけないで下さる!? あっちですよ、あっち!」

 ジュウザはシンが後を追ったと言う言葉に胸騒ぎを覚えてトウに迫る。いきなりジュウザの顔を間近に見せられたトウは
 少しばかり頬に朱を染めつつも冷静に一つの方向を指す。お礼も言わずにジュウザはその方向へと跳んだ。

 「ユリアああぁ……!」

 叫んでジュウザは駆ける。胸の中で広がる積雲は、今にも想い募る言葉の雨を想い人へと降らせたく。

 「……何なの、あの人」

 「シン様もあんな感じでしたし……馬鹿」

 一人は呆れつつ、一人は何やら拗ねたような口調である人への感想を口にしつつ見送る。

 ジュウザの走り出した背中を、一コンマ遅れてリュウガも跳んで追う。そしてジャギも慌てて追った。

 「悪い! ちょいとユリアに告白してくるんだわ! そんじゃあ!!」

 「あぁはいはい気を付けて……」

 「行ってらっしゃいませ……」

 『……へ?』

 そのジャギの言葉に、ユリアの世話役達は数秒後にその住処で僅かに石化するのだった。




  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 ユリアを追う三人。
 
 その一方でユリアは幸せそうに歩いていた……ケンシロウと『腕を組んで』

 「陽射しが気持ちいいわね、ケンシロウ」

 「……ケンで構わない」

 「そう? ……でもちょっと恥ずかしいわ。だから、今はケンシロウでいい?」

 「……あぁ……ユリア」

 (思い切って誘ってみて良かった。有難う……ジャギ兄さん)

 以前の相談、その時にジャギは(覚えて無いが)思わず『仲良くなりたいなら散歩でもすればいいんじゃね?』との
 言葉をケンシロウは素直に従い勇気を振り絞りユリアを誘った。憎からず想っているユリアは、断る理由もなくケンシロウの言葉に頷く。

 そして、ある程度会話しつつのんびりとうららかな小鳥の囀りを聞いている状況、かなり良いだろう雰囲気。

 ……そんな時だ、彼らの空気へと一陣の爪で裂く如く乗り込んだ相手は……。

 「……ケンシロウ、ユリア」

 「あら、シン」

 「……シン」

 現われたのは、シン。彼は一瞬ユリアとケンシロウが歩いている光景を見て胸中に言葉で言い表せない苦しみやら怒りやら
 嫉妬やらが蔓延しかけたが、未だその一方で彼の自制はジャギとの修行の甲斐もあり保たれた。ゆえに近づいて穏やかに言う。

 「あぁ、散歩してたと聞いてな。……元気そうだな、最近会えずにいたからな、心配していたんだ」

 「有難う。見ての通り私はこの通り元気よ」

 「それを聞けて何よりだ。お前の笑顔を見ると、俺も元気を分け与えてもらっている気になれる」

 「あら、有難う。お世辞でも嬉しいわ」

 「本心さ」

 (……ジャギの言葉を聞いて正解だったな)

 相談した時に胃と頭痛を起こしているジャギは『まぁ最近はお前ユリアとの距離離れてたんだから、当たり障りない
 言葉から入って自身の心中を吐露しろよ。いきなり好意伝えても引かれるだろうからな』との言葉を正しく実行する事にしたのだ。

 一方、このやりとりを見てケンシロウは無表情ながらも内心は面白くない。余り感情表現は豊かではないが、彼とて
 ユリアを恋する一人の男子。例えジャギを通じて仲良くなった人間とはいえ、ケンシロウはシンにこれ以上好きにさせる気はない。

 「……鳥影山での修行はいいのか?」

 「あぁ勿論しっかりやってるさ。だが、俺とて人間なのだ。偶にはお前やユリアに会いたいと思っても罰は当たらんだろう」

 爽やかにシンは言い切る。ケンシロウは片眉動かしつつ返事をする。

 「……俺も久し振りにユリアと一緒に過ごすんだが」

 「うん、そうか。だがそれに俺が混ざって何か不都合でもあるのか?」

 ……ピギ!

 この瞬間シンとケンシロウの視線は交差し火花が走った。ユリアは気付かぬが、正しくこの瞬間彼等の背後に虎と龍が現われていた。

 「……まぁユリアは良いと言うだろうがな。『何しろ』ユリアだからな」

 「あぁ。ユリアは『素晴らしい』からな。俺も一緒に散歩しても良いだろ?」

 「? ……えぇ、勿論だけど」

 少々引っかかる物言いだった気がするがユリアは全く気付かずにシンの同行を許す。

 そしてユリアが前を見た瞬間ケンシロウは濁った目でシンを、シンはケンシロウへと歪んだ笑みを向けた。

 「そういえばケンシロウに、シンも最近は修行が益々厳しいってジャギさんから聞いたわ」

 ジャギの名が上げられた事には気にせず(この二人はジャギは問題外だと認識している)返事を返す。

 「あぁ。だが辛くは無い、俺には『ユリアが』話し相手になってくれるし、助けは多いからな」

 「俺もある程度は平気だ。こうして時々『ユリアへ』会いに来れるしな」

 「そう。私も二人に会えて嬉しいわよ」

 爽やかに二人に笑みを向けてユリアは友人二人が元気な事に安心する。

 そして彼女の視界の外で彼等はすぐにその視線をぶつけ合う。その視線には先程よりも強い排除の意志が明らかに備わっていた。

 こいつは敵だ……。

 もう世紀末で強敵(とも)とか呼べないだろ。と言う程の険悪な雰囲気。ユリアが二人へ振り返った瞬間に自動的に消える。

 「アンナが最近二人ともちょっと元気ないかもって言われて不安だったの。けど、その様子なら安心ね」

 アンナの発言に(以下同文)引き続き二人は返事を返す。

 「あぁ、心配しなくて良い。『ユリアが居れば』俺は何時でも元気さ」

 もはやケンシロウはこの場で言い切ってしまおうと背中に殺気を宿すシンを他所に言い切る。

 しまったと、一瞬世紀末のジャギに絆(ほだ)されて変貌した悪魔のような形相を浮べかけたシンだが、すぐに穏やかに言う。

 「ハハハッ、ケンシロウも言うな。……俺も同じ気持ちさ。ユリアが俺が落ち込んでいた時に発破かけてくれた時から
 俺にとって『ユリアは天使当然だ』。何しろ、俺の死に掛けていた心を救ってくれた俺の救世主なんだからな」

 ピギピギッ!

 ケンシロウの素直な告白と、シンの過去の思い出交えての告白。

 ユリアは素直に『そこまで褒めてもらえると照れちゃうわ』などと言って頬に手を当てて二人に背を向けているが、その
 一方で今にも南斗聖拳と北斗神拳を繰り出しそうな二人が居る事に気付けない。いや、気付かなくていい。

 もう、このままいったらプチ世紀末劇場が発生しかけたその時新手の人影が姿を現した。

 「……おやユリアにシン。如何したのだ?」

 「……貴様等、こんな所で何をしてる」

 ……それは助けにはならない人物達。

 この助けにならぬ人物達を世紀末で人々はこう呼ぶ。銀の聖者、そして天の覇王。はたまた奇跡の人と拳王と。
 
 ケンシロウの兄である、トキとラオウである。

 一人はユリアと共にケンシロウとシンが居る事を視認して、彼等が共に散歩してた事を察する。

 同じく、もう一人もその程度は理解するが、それを心情的に納得せぬ人物なのがラオウなのである。

 「……小煩わしい、この森林は俺の修行場だ。ケンシロウにシン。お前達に勝手に入り込まれる覚えはないぞ」

 「……ここは誰の場所でもないと思うが」

 「だな。俺とユリアは単純に散歩してただけだぞ」

 今だけは苦手な兄と言えどケンシロウは退かぬ。それにシンも倣いケンシロウの部分を除いて自分達の正当性を訴える。

 「ふん……ユリア、か。……俺は正直女子など興味なし、ゆえに拳の道には邪道だと考えてる。俺やトキは日々師父の
 言葉に倣い従いそれに命じられている。拳など知らんお前に言っても無駄だが、はっきり言ってこの場に居るのは修行の邪魔だ」

 「……あ、御免なさい」

 そう威圧的に言い竦められ、ユリアは反射的に謝る。

 その高圧的な態度に想い人三人はラオウに対し内心反感覚えるも、この態度ならばユリアが好きになる事もないと安堵する
 気持ちも幾分かある。まぁ当然だ、この天上天下唯我独尊と思えし人物が今の歳でユリアに告白など……。

 



 「まぁ、無知ゆえならばの愚行を俺は畜生のように執拗に問い詰めはせんし許す。何より、お前は個人的に気に入ってはいる」




 
 この言葉に、三人は固まった。

 もしセグロやその手の人間がいれば『何……だと?』との言葉でも聞けただろう。いない事が至極残念な事だ。

 何もラオウは意図して言ったのではない、ジャギがフドウと闘った出来事を知り、彼はサウザーに十人組み手を願った。

 そして案の定ほぼ無傷で十人組み手を闘いぬくのだが、南斗の拳士もまた実力高い人物達もいる。彼はほんの少しだけ謙虚と言うか
 相手に対し礼を抱く事に対し少しだけ学ぶ。ラオウのような強者は教科書などより拳の闘いで成長するものなのだから。

 ゆえの言葉。ジャギが起こした事件のバタフライエフェクトが成されたと言ってよいツンデレめいた発言。

 それにユリアはおずおずと笑顔を見せる。ラオウは何も言わぬが少しだけ雰囲気が柔らかになる。

 この何故か良い雰囲気になった事に危惧抱くのは他でもない……彼の隣に居る人。

 ラオウの雰囲気に臆面なく割り込み、ユリアへと優しく声を掛ける。

 「ユリア、散歩も良いが体調に変わりないか? 君は体が丈夫な方ではないし、何が辛ければ何時でも私に言ってくれ」

 「有難うトキ。私はすこぶる元気よ」

 「なら良い。笑顔及び喜は気を高めるに繋がる。その笑顔は何よりの良薬だ」

 トキはそう言って柔らかな笑顔を向ける。もうご存知だが、これもジャギが『とにかく兄者は自身の役割を振り返って
 ユリアに接しろ!』と半ば諦めさせる為に言った言葉を全力で勘違いして自身のありのままに接する方向でユリアへ接する。

 そんな四人のやり取りに、ユリアは素直に(今日は全員優しいな)と呑気に考えていた。

 だが……そんな平穏と混沌が綱渡りになっている場に皹は起こる。……雲と共に。
 
 タタタタタと駆け抜ける足音。

 そして一陣の風が巻き起こり、そしてその人影は四人の真ん中へと着陸し、そしてユリアの目の前へと降り立った。

 「っ……ジュウザ?」

 「へへっ、会いに来たぜ。ユリア」

 (……っジュウザ)

 この登場人物に心中他の男達は眉を上げかねない。

 何しろ寺院に訪れれば馴れ馴れしくユリアへと話しかける人物だと全員が知っている。それにより彼等にとってこの
 ジュウザへの心象は悪かった。もはや世紀末を待たずとも世紀末はこの時代にやって来ていたのだ。

 「へへっ、ユリアに会いに来たくていてもたってもいられなくてさ」

 「あらっ、駄目よジュウザったら、ちゃんとダーマー様達に許可貰わないと心配するわ」

 「ユリアは固いなぁ~! もっと柔らかく生きないと駄目だぜ」

 そう言って慣れ慣れしく肩を組もうとして……それは遮られる。

 「……ジュウザ、近すぎると思うんだが?」

 「そうだなジュウザ。お前、ちょっとだけ度が過ぎるぞ」

 ケンシロウとシンは一時停戦協定を行いユリアのガードをする。

 それにジュウザは青筋立てつつもユリアの手前穏便に朗らかに言う。

 「おいおい二人ともつれないねぇ。俺ってば『ユリアと』幼馴染だしさ。だからもっと親睦深めたいなぁ~って」

 「ジュウザ、ならば俺の方が幼馴染だぞ。ジャギとアンナと共に小さい頃から会ったしな」

 「……ユリアが余り覚えてない時の事はこの場合抜きだろう」

 三つ巴、この間にトキは穏やかに言う。

 「ユリア、とりあえず落ち着いた場所に移るか? そう言えば未だ私の学び舎の診療所に連れていってなかったし、
 三人とも今は騒いでいるようだから、もしユリアさえ良ければ私と共に医術のしている所の見学でも……」

 「トキ……お前この俺と修行しているのを忘れたのか? ……医術がそんなに好きなら一人で行け。俺はユリアを連れて戻ろう」

 「いや、兄さんの手を煩わせる事ではない」

 「ユリアが煩わしい、との言葉に聞こえるな」

 「……怒るぞ、兄さん」

 「トキ、貴様が猛りぶつかるなら是非もなしだ」

 三つ巴ならぬ五つの諍い。何故か自分の知らぬ間に五人が五人とも喧嘩手前になっている事にユリアは困惑する。

 (どうすれば良いのかしら? 何時の間にか私が呆然としている間に喧嘩しそう。……気の所為か私が関わっている気がする)

 そう、ユリアは半ば涙目になりかけていた。

 そして……。

 「ユリア、平気か? 何故泣きそうになっている? こいつ等か? こいつ等全員倒せばお前の目から涙が消えるか?」

 「……え? ……リュウガ、兄さん?」

 ……その泣きそうなユリアを視認した瞬間、ユリアを守ると決意していたリュウガは『天狼星』の役割で離れて見守る
 と言う信念を一時忘れた。と言うか、ジュウザとの関係が修復出来そうな事に舞い上がり、少し彼も心浮き足立ったのかも知れない。

 久し振りに、およそ一年ぶりなのでは? と思う兄との再会。

 しかもこの状況で、そして髪の毛が真っ白な雪のようになっていた兄と邂逅してユリアの意識は一瞬固まる。

 「……に、兄さん如何したのっ? その髪の毛や……えぇっと、とにかく平気?」

 「あぁ、俺は全く持って平気だ。……見た所大事なさそうだな」

 「ええ、体はまったくもって平気よ。ただ皆が喧嘩しそうなこの状況が悲しくて……」

 「よし、解った。全員倒してやる」

 「兄さんっ!?」

 ユリアの言葉を聞いて拳を鳴らし睨み合っている五人へと闘気を滲み出して歩みだす。

 それに気付き新たなる邪魔者かと五人は闘気を応戦して出す。正体を知っている二人も、そして知らぬ三人も同様にして
 何も言わずとも今この場にいる男子は己以外はユリアに関する邪魔者だと深く認識していた。

 絶対に排除する……!

 今世紀最大の闘いが幕開けしようとしていた。






   ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 「……本気で如何するんだ、この状況」

 もう手が付けられない。それを辿り着き離れた場所でジャギは観察し見守っていた。

 頭を抱えて、転げ回りたい衝動を抑えつつ彼は必死で思考する。

 (考えろ、考えろ! あの状況を何とか抑える最良の一手を……!)

 1格好いいジャギはこの状況を打開する最高の一手を思いつく。

 2友である南斗聖拳の友人が助けに来てくれる。

 3何も浮かばず助けは来ない。現実は非情である。

 (……まず2は無い。レイは連れて来れなかったし、何よりあいつ居ても現状良くなるイメージねぇし)

 セグロ及びアンノウンな南斗聖拳伝承者の友人達らもこの場合居ても頼りになったのか解らない。

 アミバ? んなもんうわらばされるに決まってるだろう。

 (サウザー居たら何とかカリスマで乗り切れそうだなぁ……ユダだったら絶対いい笑顔で傍観してるよなぁ……)

 前者ならかなり頼りに。後者だったら絶対茶々入れてたなぁと失意と安堵を両方浮べる。

 とにかく2が無いとなると1と3である。

 3を選ぶ選択肢は非ず、ならば1しか有るまい、1しか……!

 そして……ジャギは必死に脳細胞を沸騰させ天啓が閃いた。

 (……これだ。もう……これしかない……っ!)

 それは、賭け。

 彼は人生始って以来の大博打に賭ける事にした。そして、彼の瞳には死を賭す漢の光があった。

 「……逃げられんぞ、ジャギ」

 そう言いきり、彼は深呼吸すると草葉を出る。

 「……行くぞ」

 ……火蓋は切り落とされた。






  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 事態は、進行する。

 「ねぇ本当に皆如何したの!? 何が原因でそんなに喧嘩腰になってるの?」

 ユリアは堪らず殺し合いに変貌しかけた空気へと悲鳴交じりに尋ねる。

 だが、それに正しく回答出来る男達は居ない。お前が好きだから諍いあっているなどと正直に告白する猛者は居なかった。

 「……ユリア、別に何でもないさ」

 「あぁ、そうさ何でもないぞ」

 ケンシロウとシンは予め決めたように言い切る。

 「そうだぜ。ユリアは何も心配しなくて良い」

 「そうだ、お前は関係ない。俺達の問題だ、これは」

 そう、彼女の肉親達は言い切り。

 「……これは遅かれ早かれ決めなくてはいけなかった事だ」

 「笑止……お前等の想いなど俺の小指一つにすら劣る」

 二人の兄弟は戦闘体勢を取りつつユリアに構わずに闘う相手だけに視線を向ける。

 全員が全員ユリアに満足する回答を得ない。

 それにユリアは歯噛みしつつ事態を手をこまねいて見るしかない自分と、そして半ば無視した態度の全員に苛立ちを覚える。

 ……そして。







 救世主は……現われた。






 「おっす、ユリア」

 「あっ、ジャギさん! その……助けて! 皆何か可笑しいのよっ! 何だか知らない間に喧嘩しそうで……!」

 草むらを掻き分けて現われたジャギ。ユリアは幸いとばかりに助けを請う。

 そして六人はジャギを一瞥し、そしてまた視線を戻す。ユリアに別に何も想わない相手は、自分達の土俵外には関知せずと。

 ……だが彼等は知らぬ。その問題外と認識している人物こそ、問題を解決する為には毒を通り越し皿まで食う人物の無謀さを。

 そして、ユリア彼の人物は無言でユリアに目と鼻の先まで近づく。

 「……ジャギ、さん?」

 「なぁ、ユリア……」

 そして、彼は一呼吸置いて言い切った。














                              「俺、ユリアの事好きだわ」














 ……時間が止まった。

 この瞬間、囀っていた小鳥も、そして風すらも止まった。いや、空まで止まって一瞬色覚的に全体的にセピア色になった。

 もしこの瞬間レイが居たら飛燕流舞しながら遠くへ飛び。

 サウザー及び南斗拳士達も各々に各自遠くへ飛んでったろう。ユダは正しくコマクにビデオカメラの準備を命じてた筈だ。

 「……へ?」

 固まっている男子六人を除き、告白されたユリアは間の抜けた声でジャギを見上げる。

 見下ろしている少々目つきの悪い顔の人物を。何時も気さくな態度で、そして常に心開いて話せる親友の女の子の隣で
 自分達を守れる距離で話半分で聞いている男性を。ユリアは何を言われたのか全くもって解らないでいた。

 自分より頭一つ飛びぬけて背の高い男性。胸板厚く筋肉も付いている。そしてぶっきらぼうな顔つきで自分の瞳にその顔は映っている。

 「……あの」

 「好きだ」
 
 それは嘘偽りなく、ただ単純にして真っ直ぐで。

 「俺はお前が好きだ」

 そしてただ好意だけを実直に飾らず伝えており。


 「俺はユリアが好きだ」

 そして、自身以外の何物も入らず一点だけを絞らせて。


 「好きだ。比喩とか揶揄とかじゃなかく純粋に好きだ」

 それは乱暴にすら思えるほどの、愛の告白。

 臆面なく、表情変えずジャギは再度繰り返す。

 「え? え?? え???」

 「俺は、ユリアが好きだ。それが言いたくて、俺は此処に来た」

 「だが、ユリアが好きな奴が居るなら諦める。けど好きだって言いたかったんだ」

 「ユリアが嫌でも構わねぇ。けど俺はユリアが好きだって言う気持ちに嘘はつけねぇ」

 「だから言う。俺は……ユリアが好きだ」

 「……言ったからな。全部俺の気持ちは」






 (……えぇっと)

 (……ジャギさんが、私の事を……好き?)

 (あれ? ちょっと待って? ジャギさんが私の事を好き?)

 (……………………)








 ボンッ!

 その言葉を認識した瞬間、ユリアの顔は赤で染まった。

 顔から湯気を出し、瞳を潤ませてジャギを見つめる。

 「え、あの、その……急にそんな……事言われて……えぇっ!?」

 ジャギは何も言わずユリアを見つめている。それが余計にユリアの心をかき乱して冷静さを欠けさす。

 「だって……だってジャギさん。アンナと……あぁ駄目……考えが纏まらない……!」

 頬を押さえて、彼女は混乱する。

 はっきり言ってジャギが恋愛対象だから告白されて嬉しいとか言う意味での赤面じゃなく、彼女がストレートな告白に
 慣れてないゆえの態度だが、この態度を彼女が意中の人物である六人に見られている事が問題だった。

 そして、ジャギはもはや全て手遅れな事を知りつつも、半分どうにでもなれと言う気持ちで続ける。

 「今言われても混乱すると思う。だから返事は後で構わん」

 「けど俺は後悔ない。だからユリアが俺にそう言う気持ちなくても、俺は満足だ」

 「……これが『俺の』気持ちだ」

 ……ジャギの賭け。

 それはジャギを代行しての、この六人の気持ちを代弁しての行動。

 全く蚊帳の外である自分が、六人を差し置いてユリアに気持ちを伝えれば一先ずこの場は収まるだろうと思っての賭け。

 そして、ジャギはその分の悪い賭けに希望を臨んだのだ。

 「え……あの私……御免なさいっ、少し考えさして……!」

 もう茹で蛸の状態で彼女は顔を手の平で隠しつつ自分の住居へと小走りに去っていく。

 何しろ告白なんて初めてされたであろう。彼女は初心すぎだ。ジャギの真っ向正面の愛の告白を受け切るには。

 (……よしっ、一先ずユリアは消えた……な)

 とりあえず、ジャギはこれで彼女が自分の恋する気持ちに気付きケンシロウでも誰でも、自分の想いを整理してくれたらと望む。

 「まぁこれでユリアが無事解決して……くれれ……ば」

 そして、彼は振り向き……悟った。





 ……此処で自分は死ぬと。










 『……ジャギ』

 (あ、これ死んだわ)

 振り返った瞬間解った。彼の視界に映る六人の夜叉を。

 「……ジャギ貴様。親友だと思ってた……! 俺の恋を純粋に応援してくれる友人だと! ……なのに貴様! 貴様ぁ!
 ……良かろう祈るがいい。貴様のその裏切りと俺を嘲笑っていた魂ごと……地獄へ突き落としてやる!!!!!」

 (南斗の神よ、ここに一羽の死鳥鬼がいるのですが)

 目の前でユリアを奪った時よりも更に凶悪な顔つきで目を光らせて荒ぶる鷹のポーズを出すシンにジャギは現実逃避しかける。

 彼は、最早友人は自分を殺害対象だと考えていると知ると、彼はこの数年間築き上げた絆を信じ顔を少しだけずらす。

 「……ケンシ」

 「てめぇに今日を生きる資格はねぇ」

 (世紀末状態!!!!???)

 早速救援願いは不可能と知った。何故って子供のケンシロウのファイティングポーズの背後に、世紀末救世主の幻像が浮かんでるんだから。

 『……お前はもう死んでいる』

 (あ、やべ。幻聴すら聞こえてきた)

 有りがたい言葉、せめて世紀末迎えてから聞きたかったなと思いつつ彼はせめてもの希望を願い五車星の雲を見る。

 「ジュウ……」

 「いやぁジャギ、怒ってない、怒ってないぜ? 俺はお前のそう言うお茶目なところが好きなんだ。そしてさ、一つ話していいか?
 雲ってさ、全く同じ形をする事ってないんだ。何時も姿形を変える……時には穏やかな白さを……そして時には世界を荒らす
 ような嵐の黒さを。……今の俺は、てめぇを打ち倒す事が出来るなら漆黒の雲になる事だって出来るぜえええええええぇ!!!」

 (何か格好良い事言ってる!!!??)

 最後の時点で電流がジュウザの体を駆け巡ったように見えた。いや、実質怒りに燃えるジュウザの性質は雷なのかもしれない。

 そんな馬鹿な事を考えつつジャギは彼の兄を見る。

 「リュウ……」

 「……我は『天狼星』のリュウガ。この動乱加速すべし世に美しく彩る大樹の花弁に張り付く虫を払う爪と化そう……!」

 もう無理だなとジャギは悟る。だって凍気が体中を包んでるんだもん、リュウガの体の全身に。

 そして、彼は涙を浮かべて天を握ろうとした男を見遣った。

 「ラ」

 「……俺は」

 そこで、男ラオウは一旦口を閉ざし、そして片腕を高々と上げて言い切った。

 「俺は初めて拳を全力で握り締める事が出来る……!」

 (それが俺相手じゃなかったらとても感動してた台詞かも知れません)
 
 もう、ラオウの拳が砕ける前に心臓が砕けちゃうと思いつつ、彼は最後の、本当に最後の頼みの綱を願い世紀末最も優しき人を見る。

 「トキの兄者……!」

 そう、涙と鼻水が交えてのジャギの言葉に、全てを包み込む優しい微笑をトキは浮べて……。

 
























 「命は投げ捨てるもの」

 「やっぱりかちくしょおおおおおおおおおお!!!!!??」

 もう決定された死刑に思わず全力で慟哭した。

 だが、未だ彼に希望が残されていると、トキは僅かにジャギに元気付けるように頷き。

 ……そして彼の有情の拳を構えると共に力強く言い切る。

 「せめて痛みを知り後悔して死ぬがいい」

 「てめぇアミバだろうが馬鹿ああああああああああ!!!??」

 天帰掌を出しながらの兄の言葉に、ジャギは最早叫ぶしか手段は残されてなかった。








                                『……イクゾ!!!!!!』







                        「もうやってやるわてめぇらああああああ!!!!!!!」








 六人は思い思いに全てを壊したであろう人物に拳を振りかざし。

 そして薄々こうなる事を予想しつつもやり遂げた人物は泣きながら邪狼撃を繰り出しつつ六人へ死の特攻を挑んだ。


 


 尚、この日北斗の寺院の外れの森林で謎の爆発が起こったと言われている。

 原因は不明ながら、『まるで小さな戦争でも起きた』かのように、その当たりだけ全てが消滅していたらしい。

 補足だが、この日の後日一人の少年が重態で二週間の大怪我を。そしてそれを甲斐甲斐しく少女が介護してたらしい。

 最も、少しばかり怒りと呆れ顔で傷口を叩かれて重態の少年は時折り悲鳴を上げてたらしいが。

 そして一人の南斗一の美少女と言われる女の子が三日ほど熱で倒れたらしい。

 後本当に余談だが、一人の紅い髪した少年が凄い面白いものを見逃した感じを受けて残念がっていたと言う。

 この事件の詳細を全て把握しているのは主に星々だけである。








  


               後書き






  やっちゃったぜ! (テヘッ





  最近シリアス風味だからギャグやりたかったんです。本当すいません。



  あっ、因みにユリア×ジャギは無いです。そんなの作者が許さないので









[29120] 【巨門編】第二十九話『好きと言う気持ちについて』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2011/12/24 17:18

 「……大丈夫、ジャギ?」

 「これが大丈夫に見えるなら目が可笑しいぜ」

 ボロボロの包帯まみれに身を包み鼻鳴らす男。それを呆れた目で見下ろす少女。

 「話はユリアから聞いたよ。……幾ら喧嘩収めたいからってユリアに告白するなんて馬鹿じゃないの?」

 アンナはジャギが全治二週間の怪我を負ったと聞くと慌てて北斗の寺院へと乗り込んだ。

 因みにその事を聞いたのはシンからであり、そして怪我の一因がシンだと寺院へと趣きユリアから端的に聞いて少し
 怒りを覚えつつも、ジャギがユリアへ言った発言を聞くとシンへ怒る気持ちもアンナからすると微妙だった。

 「しょうがねぇだろうが。あん時俺が何とかしなけりゃもっと惨状になってたわ」

 「……はぁ~」

 馬鹿よねぇ、とアンナは溜息吐きつつジャギの額を叩く。

 「痛つつつ……!」

 未だ傷口が塞がらないジャギはアンナに軽く叩かれ悶絶する。

 「いくらヤバイ雰囲気だからって程度があるでしょうに。普通にユリアに好きな人が居るか尋ねるだけでも良かったんじゃない?」

 「それも考えたけどよぉ。だってユリアの好きな奴が正直解ったとして、それであいつら納得しそうにない状況だったしよぉ。
 なら俺が道化振舞ってでもユリアに好きだって言ってあいつらの怒りこっちに向けた方が溜飲下がると思ってよ」

 「……でもそれでこの大怪我でしょ?」

 倒れた後に、ヤバイと流石に他の六人も気付いたのか寺院に引き摺り、そこでリュウケンに見つかり慌ててリュウケンが
 秘孔で治療したのに関わらず全治二週間である。もしそのままだったらもっと傷が酷くなってた筈だ。

 「あいつら、親父に『鍛錬中に事故でこうなった』で口裏合わせやがって……こう言う時だけ団結すんなっつうの」

 顔を歪めて文句を言って、また表情筋を動かした事によって痛がりつつパンを噛む。

 そのパンはキムからの差し入れである。鍛錬で怪我したとの情報に純粋に『やはりお前は並大抵ではないな』と変に感心していた。

 ……その態度に知らない事って幸せなんだなぁとジャギは思う。

 「……それにしても、ジャギ自身はユリアの事どう思ってんの?」

 「あん? 何だよ突然」

 真正面から、包帯から覗くジャギの瞳を真っ直ぐに見つめてアンナは問い質す。

 どうも、最近アンナの顔をちゃんと見てなかったなとジャギは考えつつ、素直に自分の心情を吐露する。

 「あいつはまぁ優しいし良い奴だと思うぜ。けど、恋愛感情にはならねぇよ流石に。……これで良いか?」

 「……うん、それなら良いんだ」

 生真面目な顔つきから、ふわっとした笑顔になったアンナの表情を見てジャギは首を捻る。

 「……とりあえず、あいつ達もユリアに対して素直に告るかすりゃ俺も重荷が減るんだがな」

 「まぁジャギが捨て身で行動したんだし、他の皆も自分の気持ちに整理ついている頃じゃない?」

 「そうかぁ? ……まぁ、そう考える事にしますか。そう思わんとやってられんし、実際」

 「はははっ。じゃあ元気になるように林檎剥いてあげるよ、兎さんの形に」

 「……俺は子供かっつうの」

 「十分私から見たら子供だよ」

 あーんと言いつつ林檎を差し出されながら、まぁ偶にはこうされるのも悪くねぇかと、ジャギは考えつつ林檎を噛み締めるのだった。




  
     ・
   
             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……やりすぎたかも知れんと反省している」

 「いや、どう考えてもそうだろう」

 鳥影山にて修行しているシンは頭を抑えてこの前の一件でジャギをぼろぼろにした経緯を振り返り反省していた。

 「しかしな、奴はユリアが好きだと行き成り告白したんだぞ。そんな事言われたら殴らずにはいられんだろうが」

 「……いや、俺はそのユリアと言う女性に関し深く知らないしな」

 今のシンの相談相手になっているのはレイ。彼は今はアイリ以外に深く考えていないので、どちからと言えばジャギの味方だ。

 「とりあえずあいつに謝っておいた方がいいぞ。まぁ多分許すんじゃないか?」

 「だとしてもどう顔を合わせれば良いか……」

 「いや普通に接すれば良いだろう。何時も通りでいいんじゃないのか? そう言うもんだろう、友人と言うのは」

 ……その言葉にシンはまじまじとレイを見る。腕組みつつ真っ当な言葉を吐くレイ。確かにジャギは自身の友人。以前も
 喧嘩に発展しかけた事もあるが、今回に関しては自分に責がある。……ならばあいつが戻ったらすぐに謝罪するが。

 ……それで解決するだろうが、問題は……。

 「……ユリアにこれからどう接するかな」

 ジャギが告白した所為で、どうもこれからユリアと顔を合わせて告白するにも複雑な気持ちだ。

 あいつは告白したが、それは恋愛感情でない事は落ち着いて考えれば解る。多分だが、俺を考えての発言だったのだろう。

 「……そうだな。ケンシロウもユリアが好きな感じだと解ったからには、正々堂々と告白した方が良いのかも知れんな」

 ユリアはジャギに告白されて返事を戸惑った。あれがジャギを好きと言う事ならば絶望するが、きっと羞恥心が大きかったからだろう。

 (いや、絶対そうだ。これがケンシロウだったら最悪その可能性が高かったが、ジャギはない、ジャギは)
 
 失礼な事を考えてシンは勝手に頷く。まぁ常にユリアに関し普通に何とも思わない感じで話すジャギを見る人間が
 居れば脈はないと考えるのが定石だ。何時もユリアに関して話しかけられても、どうでもいい感じ剥き出しで返事を返すのだから。

 「と言うか、ユリアとジャギが付き合う? 天地がひっくり返っても有り得んわ」

 「何気に酷い言い事言ってるぞシン」

 レイに突っ込まれても構わず勝手に自己完結するシン。そのまま彼は考える。

 「……まぁ、とにかくジャギには謝罪するが……ユリアに対する想いは諦めきれん」

 一人になってから、彼は自分の想いが諦めきれない事を自覚する。

 「ならば、ケンシロウやあいつ達がユリアを好きならば闘うのみだ。最も、ユリアに嫌われぬ程度に抑えてな」

 あいつが自分の為に争っていると知ったら、傷つくだろうからなと、シンはそう考えつつ修行に励むのだった。

 未だ若々しい鷲は鳥影山で恋に自覚して舞う。それが殉星に繋がるが未だ神のみぞ知る。



 
     
     ・
             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「はぁ~……!」

 「溜息吐くなジュウザ、みっともない」

 「……だってよぉ! あの後よぉユリアったら俺がジャギぼこった事知ったらしくて口利いてくれねぇんだぜぇ!?
 『ジュウザもお兄さんも暴力な人は大嫌い!』って! なんだよジャギの野郎が一番悪いのによぉ~~~~!!」

 「……いいんだ、これでユリアは俺から離れるならば尚の事良し」

 「兄貴、ブルブル背中震えながら言っても説得力ねぇって。……てか、ジャギが告白するのは有り得ないわ」

 「あぁ、それは同意だ」

 雲と天狼は互いに森の一角で共に会話する。本来幼少時代は殆ど距離を置いていた原作を考えるとかなりの前進だ。

 その理由がユリアに関してと言うのも何だかとても自然ではあるが……。

 「しっかしユリアは結局誰が好きなんだろうなぁ……やっぱ俺だよなぁ」

 「未だ言うか。俺は誰であろうと許しはせん」

 「……因みに兄貴が大好きとか言われたら」

 「!?」

 その言葉に一瞬体が揺れるリュウガ。この手の揶揄に関してリュウガは一番効き目がある事をジュウザは前の件で知った。

 「……そんな事はまがり間違っても有り得ん」

 「まったまったぁ。ユリア泣きそうになったら飛び出してきた奴が何言ってんのぉ……って謝るからその指先曲げた手を出すの止めろって!」

 怒気凄まじく泰山天狼拳の構えを出すリュウガにすぐさま飛び退いて謝罪するジュウザ。

 全くと溜息吐くリュウガに、ジュウザはとりあえず寝っ転がりつつ言う。

 「……あぁ~あ。とりあえず、ユリアに関してはよ、あいつが妹だってんなら恋愛する訳にもいかねぇんだよなぁ」
 
 「解っているじゃないか」

 「うっせ、けど感情じゃ納得出来ないんだよ。まぁジャギボコって少しはそれに関しても納得出来そうだけどよ」

 ジャギには可哀想だが、殴られ損じゃないだけマシなのだろうか。

 「……けど、ユリアが本気で俺の事好きになってくれたら、兄貴如何する?」

 「お前をユリアが、か? ……まぁ、それがユリアの望みならば……いや、それでもな」

 まず腹違いとは言え父親の血で繋がっているのだし……と、リュウガは少しだけ悩む。

 「まず、世間は認めんだろう」

 「俺は別に結婚とか望んでる訳じゃねぇ。ただ、ユリアが本当に俺を好いてくれるなら、例え世間が何と言おうが
 結婚とかそう言う云々抜きでユリアを愛せるぜ。……まぁ、ユリアが単純に俺の事を友人だと思うなら諦めるけどな」

 そう、寂しそうに言うジュウザに、リュウガもまた解っていた。

 この弟は一見ふざけているが、実質ジャギに似て表面には出さずとも胸の中で深く案じる事は出来る。

 (ユリアの幸せをこいつも考えているんだ。だが、それでも感情で納得せん事にはな……)

 「まぁ、何時か機会を見てユリアに話すのだな」

 「……そうだなぁ」

 ジュウザは雲を眺める。その雲は穏やかに流れているのだった。

 




  
     
     ・
             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「……まさか我が弟にあんな仕打ちをするとは、私はどうかしていたのか?」

 一人、自己嫌悪に陥っている人間が診療所に居る。

 「トキ様、そんな風に思い出したように頭を抱えられたら他の患者様の迷惑に……」

 「あ、あぁ済まんサラ。……しかし、あの時の私は本当にどうかしてたな」
 
 ユリアがジャギに告白された瞬間、何やら今まで溜め込んでいたストレスが一気にはち切れたような気がする。

 まぁジャギが本気で言ったようには思えない。自分が気持ちをさらけ出したのを応援すると言ってすぐの告白だ。

 ユリアは困惑していて去った後、多分振り返ったジャギの顔はホッとしていた。それを確認する前に血が昇っていたのだが。

 ……もしかすれば、あの場を収める方便として告白したのかも知れん。ある意味命知らずとも思えるが……。

 「……やれやれ、ジャギには適わん」

 あれでは我々の立場が無い。ジャギ一人、ユリアに偽りながら想いを伝えて我等は翻弄されただけだ。

 ユリアは好きだとジャギは自分達の代わりに代弁した。そして、ジャギ一人があの時の勝者なのだろう。

 「……如何したのですか、コロコロと後悔したり笑ったりして?」

 「いや、なにサラ……私の弟はやはり凄いなと思ってな」

 「はぁ……?」

 サラにはトキが何を考えているかは解らない。だが、幾分晴れた顔つきを考えると悪い事では無いのだろう。

 「トキ様の悩み事、何時か晴れれば良いですね」

 「……そうだな。例え散る事理解すれど、この痛みが取り除くならショック療法として試すのも良いかもな」

 ユリアの想い人、ジャギが告白した事で未だユリアにはこれといって特定の者に想うには至らぬだろう。

 考えれば未だユリアは普通の十代の子供だ。恋よりも花を愛でるのが好きな年頃なのだ。

 「……やれやれ、本当に私は馬鹿だな」

 「? トキ様が馬鹿では、世の中の人々全員が馬鹿になるかと思いますが……」

 「はは、サラ。私は何の変哲も無い馬鹿な男さ」

 そう笑いかけ、彼は窓から昇る陽射しを眩しそうに見る。

 (今は未だ良い。本当にユリアが好きな者が現われるか、私が想いを成就出来るが待とう……私は何時だってそうだった)

 ラオウに付き従い北斗神拳伝承者になり。

 そして弟に促され自分の恋に気付いた。

 (ただ流されるままでは駄目な事もある。……ユリアに対し、何時かちゃんと言えるように強くならんとな)

 「なぁサラ。私はもっと心を強く持つつもりだ」

 「あら、トキ様。……今でも十分過ぎると思いますよ?」

 一つの診療所で一人の聖者は想いへ気付く。

 そして、彼もまた一人の星へ対し想いを何時か伝えるのだろう。

 それが、彼の未来を明るくする切欠になれれば良い。




  
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……兄さんがユリアに告白するなんて」

 そう、指で大樹を突く一指弾功の修行を成しながら憂い顔を帯びる少年が一人。

 まさか、自分の恋を応援すると言ってくれた人があんな風に裏切るとは思わなかった。

 いや、あの場合あぁしなければ自分は友であるシンや他の者達と争っていた可能性がある事も知っている。

 だが、それでもユリアに告白するのは早計だろうに……とケンシロウは思わずに居られない。

 「……けど、ユリアはどう思うのだろう」

 恥ずかしさで顔を真っ赤にし、慌てた様子で去り今は自室に引きこもっている。

 男性陣は全員サキやトウに阻まれ立ち退きを余技なぐされている。話をする余地もなし。

 「……兄さんに相談したのが不味かったのかな?」

 けれど、あぁして兄がユリアに告白しなければ自分もちゃんと自身の想いを自覚しなかったかも知れない。

 兄さんのストレートな告白にユリアは考えさして欲しいと言った。

 あの時、兄さんの代わりにそれが自分だったらどうだったのだろう? 同じようにユリアは考えて欲しいと言ったのだろうか?

 「……なら、未だ諦めなくて良いのかな」

 ユリアは優しい。兄も。

 兄に暴力振るってしまった手前で言う事ではないが、自分の非を認めればきっと二人とも許してくれるだろう。

 そうだ、未だ焦る事はないのかもしれない。

 「……俺は、ユリアが好きだ」

 そう、自覚するだけで心は暖かさに満たされる。

 この初恋が実るかは知らぬけども、何時かきっと告白しようと、自分は決意する。

 ……何時か、きっと。




  
     ・
    
             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 「……ふんっ」

 面白くなさそうな声で、とある男は大樹に向かって構えていた。

 大きく拳を振りかざし大樹にその拳が振りぬかれる前に寸止めされる。

 それと共に落ちる木の葉。葉の雨を見つつ男は呟く。

 「……ユリア、か」

 突然転がり込んだ南斗の女。

 リュウケンの話しでは南斗に深い縁のある女ゆえに、南斗の地では色々と騒がれる可能性を考慮してここに来たと言われている。

 また別の北斗神拳を目指す者と言うならばともかく、ただの女だ。

 ラオウからすれば今は拳が第一ゆえに、女の事で悩むなど愚問でしかない。

 だが……。

 「何故あの時感化されて熱くなったのか……恥べき事だな」

 あの時、ユリアにジャギが告白した事。何故俺は拳を振るったのか。

 別に奴がユリアを好こうと関係ない事の筈だったのに関わらず、俺は拳を振るった。

 どうにも気に食わんと思いつつラオウは拳を大樹へと振りかざし、そして寸止めを繰り返す。

 この俺が思春期に悩み苦しみむただの男の如く醜態を晒すような真似した事は許せぬ事だと。

 「……何故、俺はあの時」

 自身はユリアが好きなのか? 

 今まで恋など無縁だった。ユリアを見てもただの女ゆえに自身は別に何とも思っていなかった筈だ。

 「……そうだ、奴はただの女だ。女は拳の道にそぐわぬ者」

 それなのに関わらず全員が全員奴等は翻弄されていた。……何とも振り返ると無様なものだ。

 「あれならば正直に告白したジャギが未だマシ……っ」

 一瞬、自身の嫌いな人間を褒めそうになった事に愕然とする。

 「……下らん」

 だが、その自己嫌悪に陥る自分自身にも腹が立つ。……そうだ、別にあの弟の事で俺が心を乱さなくて良い筈だ。

 「俺はラオウ。強さを身につける……」

 そう、誰にも負けぬ不動の強さを。

 その為に女など邪道。そして……。

 「? ……そう言えば、俺は何故これ程までに執拗に追い求める……?」

 ……どうもジャギがユリアに告白してから気にするようになってきた。

 己の強さ、それは確かに必須と考えているが……ここまで病的に考える理由があったであろうか?

 「……むう」

 ふと、見上げた先には桜の木があった。

 桜は人の心を狂わせると言うが……ユリアもまたそのような性質があるのだろうか?
 
 「はっ……ざれ言だ」

 自分はラオウ。トキの兄であり北斗神拳伝承者候補。

 この乱れし世を何時か掌握してみせる。……きっと。

 そう考えラオウは既にユリアの事を忘れた。

 だが、その深層心理下でラオウは強さを求める自分に疑問を抱いたのも確かだ。

 それが……今後の大きな波乱になるかも知れぬ事をラオウは未だ気付いていなかった。




 
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・


 


 「未だ、ユリア様は寝込んでいるの?」
 
 「いえ、大分熱も収まったし……と言うよりあれは知恵熱とかそう言った類よ、心配する類の病じゃないからね」

 女性陣の話しに移り変わろう。其処はユリアの居る住処、柔らかな色合いの寝室には美しさが見え隠れしているユリアが
 今は眠っており、そしてその寝室を守るべく扉の前でどっしりと腕組みしつつ護衛をしているのはサキとトウ。

 「……しかし、まさかジャギ様が告白するとは思いもよりませんでしたわね」

 「と言うより、ジャギが告白すると聞いて呆然として如何しようか考えてた矢先に行き成りユリア様が赤くなって寝室に
 逃げ込んできたり、ジャギが戦場から戻ってきた見たいに瀕死の状態で運び込まれたりとかで最初しっちゃかめっちゃかだったじゃない」

 そう、呆れた様子で大人びた溜息と共に首を振ってトウは肩をすくめる。

 「大体ユリア様もジャギに告白されても平然と『私も好きよ』ぐらいの軽い反応で良かったのよ」

 「ユリア様には酷だと思うけど」

 「まぁ、アンナが色々とジャギから纏めて聞いた話だとそうだったらしいけど……と言うより命知らずよね」

 仮にもラオウ様や他の人達の前で言うなんて……とトウの談。

 因みにラオウに様付けしているのは、既にラオウには彼女が野犬に襲われかけたのを助けられているからだ。

 「それでも、まぁジャギ様が告白したお陰でユリア様も自分の恋心に気付いてくだされば……」

 「あら、サキ。貴方ユリア様が誰を好きなのか存じてるの?」

 「え? いや……そう言う訳では」

 けれど、多分この人かも知れない、と言う予想だけはサキにはある。

 でもそれが間違いで、ユリアがもし自分の意中の相手と重なっていた場合が恐ろしくて口に出せぬのだ。

 「……貴方も前途多難ね」

 「むっ、そう言うトウだって貴方の好きな相手をユリア様が好いてたら如何するの?」

 「えぇ? それは……まぁ」

 でも……それは多分起こりえる確率は低そうだとトウは考える。

 だが、原作ではその起こりえぬ確率が起こったからこそ、トウは悲劇的結末を迎えてしまうのだ。

 「……少々胸騒ぎのようなものがあるけど、ええ、きっと大丈夫よ」

 「何だかちっとも大丈夫そうに見えないんだけど……」

 まぁ自分達だけで考えても仕方がないのかも知れない、そんな時だフッと彼女達が人の気配を感じたのは。

 「やっほお」

 「あら、アンナ様」

 「あっ、アンナ。……出来るならノックして入って貰いたいものね、こちらとしては」

 行き成り現われた彼女にも二人は驚かない。彼女が最近腕の立つ南斗聖拳の師に教授して貰ってるとは少なくとも知ってたから。

 「……あの、何時から居たんですか?」

 「うん、確かサキがユリアは未だ寝込んでいるのかって尋ねた時位」

 「最初からじゃない……」

 呆れつつ出歯亀もどきな事をしても平然と微笑んでいるアンナを意外と強かだと思いなおしつつトウは口を開く。

 「未だユリア様は寝てるわ。色々と一人で考えたいんですって」

 「まぁ仕方がないか。別にいいの、今回は二人に用だから」

 「私達……ですか?」

 そう、自分を指して不思議そうにトウはアンナを見遣る。

 アンナは、普通ならばユリアとある程度会話して、自分達とも軽くやり取りをして去るのが日課である。

 そして殆ど自分の用件は余り話さない。まるで猫のように気紛れだとサキは時々感じる。

 「うん、二人に聞きたいんだけど」
 
 そこで、一瞬の間の後にアンナは切り出した……少し考えさせられる言葉を。





 「二人はさ、このまま自分の好きな人が誰かの事見ているままで十分?」

 『……』

 そう言われて、トウもサキも考え込む。

 そんな二人をニコニコと見つつアンナはこう言う。

 「二人とも思うんだけど、何時もユリアの元に来る誰かさんの事は正直気になってるんじゃないの?」

 「えっと……それは」

 「正直、このままユリアが好きな人が決めかねているままなのは後少しだけだと思うよ。なら……何もせぬままってのは無いんじゃない?」

 「……それは」

 サキは正論を言われて口を閉ざす。

 そして次にアンナはトウへ向けて言う。

 「トウもそう思うでしょ? 自分の気持ちを押し隠して好きな人の事我慢したら体に毒でしかないよ?」

 「……言うわね」

 このアンナの言葉は自分にとっては酷く魅力的だ。けれど、少し解らない事がある。

 アンナは何故に今それを私達に言うのか? と言う事だ。それで彼女が得る物など無さそうだけど……。

 「何が企んでなくて?」

 「別に? まぁ強いて言うなら、このまま指咥えてユリアの想いが成就するまで二人が待つ必要は全然無いって教えるだけだよ?」

 確かにそれはそうかも知れない。

 けれど、恋とは麻薬。そして暖かさと同時に、それを喪失する惧れが同時に存在している。
 
 この恋が打ちのめされると思うと……足が一歩前に出ないのだ。

 「別に今すぐって訳じゃないけど、もっと二人とも話しかけるぐらいはしなよ。そうしないと何時まで経っても気付かれないよ」

 「……そう、ですね」

 「まぁ貴方の言い分も正論だけどね」

 「うんっ、宜しい」

 そう言って満足そうに彼女は去る。言いたいことだけ言って去ってしまった。

 「……あれだけが言いたかったんでしょうか?」

 「そうなんじゃない? けど……こればっかりはね」

 相手が相手。どちらも相手が違うが雲の人に近い。

 一人は南斗孤鷲拳伝承者候補、いずれは南斗を担う立場の人。

 一人は北斗神拳伝承者候補、例え道がどうなろうと突き進む強い人。

 どちらも癖の強い人間に恋しているのだ、こればっかりは相手を選べなかったのだが……。

 「……アンナ様の言葉一考するのも手ですかね」

 「そうね、それじゃあ……サキ。協力とかしてみる」

 「あら、成功するかどうかは知らないわよ?」

 「私も同じよ。……けど、一人で我慢するよりはずっといいでしょ」

 二人の南斗の従者も恋に燃える。

 それがゆくゆくは未来の灯火になるかは解らないが。





 
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……ジャギさんが私に告白するなんて」

 そんな行き成りの愛の言葉に、ユリアは思い出しても顔が赤くなる。

 だが、冷静に考えるとジャギが自分に告白するなんて可笑しいと気付いた。そして水を飲みつつ息を吐いて言葉を唱える。

 「けれど、嬉しくなかった訳ではないわ」

 あのように真正面から直接的に好意を伝えられて正直嬉しかった。

 けれど、何故ジャギはそのように言葉を吐いたのだろう?

 ……いや、そう言えばとユリアは小首を傾げて考える。

 「……そう言えば、自分の気持ち……って言ってたけど」

 その時に何か違和感あった。まるで、伝達するような誰かの言葉を代行するような。

 その違和感が当たりならば……彼は誰かの代わりに私に伝えてくれた?

 そのように直接的な想いの言葉。誰の言葉を代弁したのだろう?

 いや、そもそも誰かそう想ってくれて、そしてそれをジャギが代弁しなければいけない理由があったのだろうか?

 「……もしかして私の知ってる人の言葉を代弁してくれた」

 そう思うとストンと胸の中の疑問が落ちた気がする。……なら、一体それは誰だったのだろう?

 この時、ユリアはそれがその場の全員の気持ちの代弁だったと知りはしない。

 だが、その六人の内の誰かだったかも知れないとの予想は出来たのだった。

 そして……その六人の顔を脳裏に過ぎらせて。

 




 ……ボンッ!




 「……///」

 また顔が赤くなりユリアは寝込む事になる。

 この繰り返しで彼女は三日の眠りにつくのだった……。






 命短し、恋せよ人よ。




 この世界でユリアが恋を自覚し……新たに世界は物語を一層と進むのであった……。











               後書き




   まぁこの世界じゃジャギがユリアに付き合うなんて言われてもレナばりに『嘘だ!』としか言われんのでね。

   今年でこの作品は一先ず執筆は終了。

   来年からまた心機一転して書くつもりです。その時はまた宜しく。

   ジャギが北斗羅漢撃を今度こそ成功するのを祈って。







[29120] 【巨門編】第三十話『知る術なき場所の 旧き悪の華』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/29 18:19
 






 軍人は4つに分類される。

有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。

 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、
 さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。



有能な働き者。これは参謀に向いている。

理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。
 また、あらゆる下準備を施すためでもある。



無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
 理由は自ら考え動こうとしないので参謀の進言や上官の命令どおりに動くためである。



無能な働き者。これは処刑するしかない。
 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。





 ・・・・・・ドイツ陸軍・ハンス・フォン・ゼークトの名言である。





 ・



        ・

    ・



       ・


  ・




      ・




           ・



 「・・・・・・ごほっ、ごほっ」

 一人の准尉の称号を持つ軍服を纏った男が居た。

 彼は病弱だった。ゆえに前線に立つ事は余り叶わず、命令による頭脳戦の補助を担う時が多い軍人であった。

 本来ならば、戦場の最前線へと赴く事など死する確率が極めて高いゆえに彼の地位を羨むだろうが彼は違った。

 彼は己の病弱なる体を大いに恥じていた。己が碌に銃を構え前線で敵軍を屠る力量も無い未熟な体を憎んでさえもいた。

 彼は愛国者であった。比類無き、現代人から見れば異常と思える程の愛国者であった。彼は国家へ対し妄信していた。

 そんな名も未来にすれば足りもなき人物。彼は咳を殺せず軽く音立てつつ屋内の廊下にて不審人物の警戒を行使していた。

 その顔は不満気。下級兵士なれば己の体を振るに使い表に出て己の役割を果たすであろうに、今自分がこうして屋内にて
 自国の十七、六程の未だ初心な兵士であろう担える仕事をする事は他者が羨もうが彼にとって恥に等しい感情が浮かび消える。

 彼の心の内は普通の人間の思考と異なり、祖国の為に自らの肉体と精神を生涯において全て捧げる心意気だった。

 その狂気的な彼の信奉を裏切るような容易い任。彼は己が安全な場所で警戒任務にあたっている事に上官からの任務。
 言うなれば祖国からの命令ゆえに有難く感じても不平を発するのはお門違いだと不満を押し殺し小銃を提げて佇んでいた。

 溜息した時、彼は気配と足音を感じ鋭く目線をそちらへと向ける。

 その人影の挙動が少しでも不審ならば、備えている小銃を何時でも発射しようとする心構えで相手を見た。

 だが、すぐに彼は居住まいを正し(とは言っても最初から直立不動で警戒任務をしてたのだが)敬礼をする。

 「お疲れさまです! 中尉!!」

 はっきりと発音よく響く声で、軍隊規律に恥じぬ敬礼を。

 相手は彼の敬礼に対し少し遅れてから敬礼を返した。だからと言って問題あるわけでない。これが立場逆ならば
 瞬時に己は不動の姿勢から続き腕立て五百は行わなければいけぬが、相手の方が立場上ゆえに問題は生じえない。

 特に、我ら『ナチス親衛隊』には如何なるミスは許されない。敬礼一つでさえ満足に上官に対し出来ぬような人物なれば
 その首を自国の扱うサーベルで断首しても問題ないと。その准尉は冗談なく真面目に考えていた。

 中尉と呼ばれ敬礼された人物は団子のような形状の顔で頭髪は世紀末のモヒカンの髪を低くしたような髪型をしてる人物だった。
 
 「ご苦労だな准尉。お前の先日の作戦での提案、かの陛下も気に召されたと聞いたぞ。お前も次期昇格間違いないなっ」

 その中尉は彼が軍の規律に忠実で(病的な程)、且つ優秀であり犬のように上官に関しては忠実ゆえに気に入っていた。

 彼の豪快な笑い声と褒め言葉に、准尉は笑み一つ見せず敬礼を下ろしきびきびと良く通る声で返答する。

 「いえ! 我が体が病弱ゆえに、憎き敵軍に対し特攻出来ぬ事を恥と感じています!!」

 「そ、そうか・・・・・・お前は体さえ頑強ならば彼のハンス・ウルリッヒ・ルーデルに並べるかも知れぬのにな・・・・・・」

 「恐悦至極の極みであります!!」

 その真顔での命知れずと言う発言が冗談でないと解り、中尉は半ば本気ながらの褒め言葉を紡ぎ、准尉は即座に返答する。

 (どうもこの男は役には立つが、その分扱いにくい事このうえん・・・・・・)

 その中尉はどちらかと言えば出世欲に執心する人間味があった。だが、その准尉は出世や昇格といった地位や名誉よりも
 その軍規と総統閣下の命ずる言葉だけが神の言葉と同義と考えている節があり、その狂信的な瞳を
 見るたびに、准尉とは交友は少々ある中尉でも時折不気味と感じる事が多々だった。

 彼は、その心中の薄い彼に対する恐怖を悟られぬようにと話題を変える。

 「ま、まぁ堅苦しい挨拶は抜きにして。時に准尉、今度の命令はポーランドだぞ、ポーランド。どう考えている?」

 「総統閣下が私のような人間に対しても戦果を期待している事を誇りと感じている所存です!! この身に代えても!!
 敵国に群がる豚共を全駆逐してでも総統閣下の命ずる任務を遂行すると考えております!!!」

 そう彼はポーランドの国民に対し『豚』と称する。これは彼自身の考えと言うより異常なる選民思想をコピーしての言葉と言えよう。

 忠実なる反国家に対する弾圧思想。いや、弾圧などの言葉ではすまぬ殲滅思想に彼の上官は頼もしさと戦慄を感じた。

 「た、頼もしいな。・・・・・・時にだ、この前にハンス・ゼークト氏が来訪したと思うが印象はどう思う?」 

 ハンス・フォン・ゼークト。

 ドイツの軍人であり、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約後の厳しい軍備制限下でドイツ陸軍再建をした人物。

 ドイツ軍の大将として、世界大戦に貢献した人物の一人でありドイツ人としてはアドルフ・ヒトラーに関しては
 政治に軍人が介入すべきでないとヒトラーの思想に反発していたと言う軍人の鏡とも言える人物である。

 ネオナチスと言えど、ハンス・ゼークトに対しては表立ってはなくも功績から賞賛の声を漏らす人物は多い。

 中尉は准尉に彼をどう見るか興味本位で訪ねた。だが、その反応は余りにも苛烈だった。

 「我が総統閣下と共同しようとせぬゼークトは我らナチスに対する冒涜であります! 総統閣下の言葉のみが
 全世界における正しき言葉であり! そしていずれは全世界が総統閣下の御心のままに従うとの考えてあります!!」

 立場上ならばゼークトよりも低い准尉は、総統閣下・・・・・・この場合ヒトラーの言葉を狂信的に従い彼が喜ぶであろう発言をする。

 中尉・・・・・・ゾンマーはその言葉に心中冷や汗を掻いた。

 ゾンマー・・・・・・後に上海で北斗三家の拳法を扱う人物に病死を装い殺される暗殺される男である。

 「・・・・・・あぁ、そうか」

 こりゃ話にならん。と中尉は心の中で肩を竦めた。この男は優秀だが堅物過ぎる・・・・・・そう彼は話を投げた。

 ここで、もうお解りだろう。現在は1930年代、世界大戦が勃発した頃。

 第二次世界大戦が静かに兆しを見せようとした時期である。

 そして、この場所はユダヤ人ならば死の巣窟と言って良いナチスの部署の一つであった。

 直立不動の敬礼で立ち去る中尉を見送る。そして、姿が消えると即座に儀礼に基づいた姿勢へと戻り警戒任務に戻る。

 その彼の耳に、クスクスと小さな笑い声を聞き眉を顰めて瞬時にその声のする方へと首を向けた。

 「・・・・・・お前は」

 「ん? あぁいやぁ失敬失敬。准尉殿の上官に対する百点満点の応答と礼式が余りに笑えて・・・・・・な」

 そう、何処から現れたのか知れぬが出てきたのは同じドイツ軍・・・・・・称号は少尉である事が胸元のシンボルから視認しえた。

 ドイツ軍、ナチスだけでも無いが軍隊とは特殊な環境だ。ゆえに下官の人物が巫山戯た態度をとれば肉体言語で
 躾けると言うのが自然な流れになっている。そして、その准尉はそのニヤニヤと自分を見下した目をする少尉にカッとなり叫んだ。

 「貴様ぁ! それが上官に対する態度かぁ!!」

 怒鳴り、彼は腕を振り上げて少尉なる人物の顔目掛けて拳を振り抜く。

 一発きついのをお見舞いさせ、前歯が折れるとしてもこれで軍規の大切さを理解すれば御の字だと思いつつ、である。

 だが、彼にとっては初めて。目を疑う事なのだが・・・・・・その人物は殴られた。

 いや、殴った事が問題なのではない。・・・・・・殴ったのに『全く微動だにしなかった』のだ。

 逆に、彼は自分の振り抜いた拳が嫌な音を立てるのを耳と全身に感じた。そして右腕を押さえる。

 まさかとは思ったが確か。・・・・・・血反吐を地面に撒き散らす程に鍛えた自分の右腕が男の頬よりも耐え切れず折れたのだ。

 「おや? あぁすまない。軍規に『忠実に』准尉の拳を避けてはならぬと思い顔面で受け止めたのだが・・・・・・どうやら
 思いの他に俺の顔面は頑丈だったらしい。准尉の拳・・・・・・多分だが拳の骨の何本か、あんたの体だと砕けただろう」

 (こ・・・・・・こいつっ!)

 彼・・・・・・准尉は複雑骨折してるであろう右拳を抑えつつ上官に余りにも舐めきった態度をする少尉を睨みつつ知る。

 こいつは己に・・・・・・いや、恐らく崇高なるドイツ軍人に対し敬意も何も感じておらぬ恥ずべき人物だと。
 そして・・・・・・こいつは奇術か魔術か知らぬが・・・・・・己が全身全霊で殴りつけた拳を顔面で防ぐ術を知ってる・・・・・・と。

 彼は殺意・制裁・軍規違反など様々な思考が浮かぶ。

 だが、誇り高きドイツ軍人が軍規に基づき殴りつけ。そしてそれを顔面で『受け止められ』自爆したから
 更なる制裁を加えるのは本当に誇り高いと言えるのか? と、彼の狂信的な愛国心が彼に疑問も抱かせた。

 暫しの鋭い准尉の視線と、少尉の不気味な光が交差する。そして憮然とした表情ながらも、左腕をスっと上げて准尉は口を開いた。

 「・・・・・・ドイツ准尉×××だ。少尉の名を聞いておこう。そのように頑強な体ならば前線においても総統閣下の
 期待する働きを見せるであろうからな。私の分まで、お前は働くと不肖な身ながら口添えしておくと約束する」

 その言葉に、まさか更に殴られるとは予想しても昇格をさせるような言葉は思ってもみなかったのだろう。

 少尉の目は見開き、その後に差し出された腕を無視して爆笑する。ドイツ将校の帽子を押さえなければいけぬ程に大声で笑った。

 准尉は、その彼の笑い声が廊下に響き渡ると同時に彼の周囲の温度は格段に冷えた。その冷気を無視し少尉は笑い喋る。

 「ハハハハハハハハハッ!!! あ、あんた最高に面白いぜ准尉。この国に入ってから一番笑わせて貰ったぜっ!」

 そう言いながら少尉は笑う。涙すら浮かばせる程にだ。

 その余りにもドイツ軍人の儀礼に反した態度を見せる人物に、准尉は激昂するよりも前に、小銃を構えた。

 それに、高らかに笑っていた少尉は面白そうな顔に一転させて光る銃口を見つつ呟く。

 「おっ? 何だい今度は銃での制裁か」

 「・・・・・・貴様、本当に誇り高きドイツ軍人か。その余りに不自然な態度、如何に考えても間者としか思えん!!」

 そう、准尉は力強く。ナチスには絶対有るまじき態度をとる人物を此処へきて敵と感じ不穏分子としての殺害を考え行動に移した。

 だが、彼は全く物怖じせず。自然な態度でコソコソとポケットから身分証明書らしきものを取り出し見せた。

 それを何時でも撃てる大勢になりつつ、彼はソレを読み上げる。

 「・・・・・・ドイツ陸軍、少尉」

 「そう。ナチスじゃない正式なドイツ陸軍さ。あんた達の所と違って俺の部署は少々緩くてな。・・・・・・まぁ、先程の非礼は詫びよう」

 そう、彼が儀礼を指揮する立場なら射殺ものの不満が浮かぶ敬礼をする少尉。

 准尉は、胸元から浮かぶ怒りを押し殺した。ドイツにはナチス、そしてハンス・ゼークト等の率いる陸軍が存在する。

 この人物が同じドイツ軍人でも自分達とは異なる立場だと知れば。己に対する態度もまた知れる。

 准尉は、嘘はついてないと思える少尉の目を見つつ思考する。

 (ゼークトの下の者か。・・・・・・先日の来訪していた彼の兵士が未だ在住してたと言うとこか)

 小銃を下ろし、そして少尉へと言う。

 「・・・・・・銃を向けた非礼はこちらも詫びよう。だが、状況が困窮ならば射殺されても可笑しくない態度。
 例え同じドイツ軍人と言えど私以外ならば袋叩きにされても文句は言えん。己の立場を省みて行動するのだな」

 冷たい忠告。それに彼は嘲笑いを残しつつ返答した。

 「あぁ有難く、その忠告は聞いとくよ。・・・・・・それじゃあ、俺は此処じゃあ窮屈な身分なんでな。早々に帰り支度をさせて貰おう」

 そう不躾に少尉は横切る。准尉は、そんな彼を固い顔つき崩さずに敬礼せず睨むように見届ける。

 「・・・・・・あっ、そうだ」

 そう言って、男は首だけ准尉へ向けて言った。

 「あんた、運がいいぜ。俺に今日会わなかったら恐らく半年程で倒れてだろうからな」

 「何?」

 「笑わせてくれた礼さ。命は大事にするもんだぜ・・・・・・准尉」

 そう、准尉が理解出来ぬままに。その少尉は廊下の奥に消えるのだった。

 「・・・・・・何なんだ、あの不遜極まらん輩は」

 准尉は、自国の恥とも思える人物に対し忌々しそうに一度舌打ちして小銃を掲げ直そうとして気付く。

 (・・・・・・? 先程折れたと思った右腕の痛みが消えてる)

 彼は、先程軍規に忠実に愛の鞭を(自分では本気で考えてる)少尉へと殴り折れたと思った右の拳の痛みが無くなってたのを感じた。

 (いや・・・・・・それどころが先程まで胸の中にあった鈍痛も消えた気がする。・・・・・・これは一体)

 ・・・・・・准尉は知らなかった。

 その少尉が横を通り過ぎる時、彼はその少尉に体を突かれ数秒意識を失い気絶した事も忘れ覚醒した事を。

 その数秒間の間に、その少尉か彼の体の何点かの部位を指で軽く突いた事を全く理解してなかった。

 (・・・・・・あの男と関係あるのか? ・・・・・・あの男の名前)

 そう、見せられた身分証明書の名前を思い出し。そして彼の名が東洋系である事を思い出し呟いた。

 「劉宗武(りゅう・そうぶ)・・・・・・中国人か」


 ・・・・・・ドイツのとある屋敷で、彼の声は静かに消えた。





 ・




       ・

   ・


      
     ・


 ・




     ・




          ・




 ・・・・・・暫し、時が経った。

 その准尉は未だ准尉だった。彼は劉宗武との出会いから不思議と軽くなった身を彼じゃなく自国の神と総統閣下の奇跡と
 感謝して身を徹し己の仕えるナチスとして大いに貢献しようと命令を遂行していた。その時、彼にとって大きな転機が生まれた。

 「・・・・・・君が×××だな。君の事はゾンマーから聞いてる、かなり優秀らしいな。その力、ナチス親衛隊の為に大いに振るってくれ」

 「ハッ!! 有難うございます!! ヘッケラー大佐!!!」

 ・・・・・・エドモンド・ヘッケラー。

 国府軍軍事顧問にしてドイツ国防軍大佐。准尉は知らぬが彼は武器商人でもある身だった。

 彼は自分の力を認め、期待すると言う言葉に失禁しえる程の喜びを胸に感じた。ヘッケラーに対する忠誠は己の信ずる自国への忠誠。

 ヘッケラーへと、彼は全身全霊で仕える事を心から決意した。何せ大佐と言う、軍人としては確実に上位に位置し
 兵士達を統率する立場であるヘッケラー。准尉は上の立場の人物程、祖国の人種は優秀であると言う価値観が有った。

 余りにも・・・・・・彼は己の仕える存在に固執及び狂信してたのだ。

 だからこそ、今の彼は思いも知らなかった。

 己の運命が、己の愛する自国の土じゃなく全く異邦の地で大きく変動する事など・・・・・・。







 ・・・・・・。




 
 カッ、カッ、カッ。

 軍靴を鳴らし、一人の男性がドイツ将校の帽子を被り一つの一室へと入る。

 キビキビとした動作で儀礼に基づき自然とは思えぬ機械的な動作で服を掛け、そして椅子に座る。

 その新聞に載ってる一面を見て彼は眉を顰めて読み上げた。

 「・・・・・・フランス陸軍のシャルル・ド・ギーズ死亡」

 一面に乗っている文面を口で綴る。彼は、その事件に対し衝撃よりも疑念を浮かび上がらせていた。

 フランス軍人陸軍情報武官シャルル・ド・ギーズ。

 敵対する軍人ゆえに、その死に悲しみも生じえないが。この上海となる魔境にて一人の諸外国の軍人が死んだと言うのは
 彼にとって何とも言えぬ不安が生じる。次は、我らナチスに対しても何か不吉な事が起きる前兆のように思えた。

 「馬鹿馬鹿しい。そうだ、私の勘違いだ」

 例え軍人とて、酒や薬によって意識が朦朧すれば通り魔風情とてやられる。

 この軍人も、きっと上海と言う開放された場所で気が緩んだ所為ゆえの事件でしかない・・・・・・そう自分を納得しようとした。

 だが、彼はこうも自国製の豆のコーヒーを啜りつつ思考を続ける。

 彼は上海へと趣いていた。ヘッケラーと共にナチス親衛隊としてである。

 ヘッケラー大佐の言われる『希望の目録』。それが如何なる用途で自国に役立つかは知れぬが、彼はその入手経路を辿る頭脳
 として親衛隊へと入隊する事になった。劉宗武と出会い少々持病も快方へ向かったと言えど本調子でない体を引きずってである。

 上海に渡って彼を苦しめたのは、祖国とは違う慣れぬ環境から生じた持病の悪化。

 元々病弱な体は、劉宗武が彼の体に巣食う病魔を軽減させたとは言え准尉の死に急ぐ程の肉体の酷使を防ぐには至らなかった。
 劉宗武には、その気紛れから助けた人物の思想に興味もなかったし、そして愛着も義理も無かった。

 准尉は上海に渡ってからも大佐が、そして崇拝する閣下の求めうると聞く品を血眼で情報収集にあたっていた。

 歴史の表舞台には決して明るみには出ずも、彼は沈静化で大衆に紛れて慣れぬ外国語で一般人を装い 
 聞き込みにあたり、そして該当するであろう場所及び建造物にあたっても割り出す程の洞察力と知能を秘めていたのだ。
 

 今の彼は、其の能力を使い。其の品物なのか知れぬものを見つけたと肉体労働担当の下官が報告したのを知っていた。

 だが、それを聞いても彼には喜びの類は見受けられない。彼は一刻も国に帰り、そして敵国を弾圧すべき命令を閣下の口から
 聞きたいと考えていた。今の任務は只の情報収集と、そして分析と言う任務・・・・・・軍人として彼には魅力的に見えぬ命令ばかり。

 (准尉、何を苛立っている? ヘッケラー大佐は私の身も案じ、そして頭脳を買ってるからこそだろう。誇りと思えど苛立つ事など無い。
 私の任は、閣下の望みうる物を捧げる事。そうだ、これは何物にも勝る我々しか出来ぬ栄誉ある仕事では無いか)

 そう、不満を理性で納得する。その時ドアをノックもせず開いたので彼は立ち上がった。

 一瞬、ナチスに反逆する敵軍か? と思い腰に提げた銃に手を伸ばしかけたが。それが自分も知る上官だと知り即座に敬礼する。

 「ゾンマー中尉! お疲れ様ですっ!」

 だが、彼は敬礼を行なったと同時に込み上げた苦しみを我慢しきれず咽せるように体をくの字にして咳をした。
 体は最近時流と共に悪化していく、それでも彼は無能に成り得る事を恐れ精神のみで健常者と同様に仕事に就いている。

 だが彼の顔色の悪さは、余り人の感情を察しない上官の目にも止まる程に青さが見えていた。

 「おいおい大丈夫か? ・・・・・・今日は安静にして病院に行くように言われてだろ」

 そう、ナチス親衛隊であるゾンマー中尉は不安気に諌める調子で言う。

 准尉の口元に僅かに血に見える液体が見えたからだ。だが、中尉の言葉を無視して彼は唇を拭いつつ返答する。

 「いえ、下の者が汗水垂らし大佐の命ずる品を入手せんと動いている時に。私一人眠ってはナチスに恥ですっ!!」

 ・・・・・・何時、如何なる場所、如何なる状況であろうとナチスの為に。

 彼がそこまで己の居る場所、組織の為に行動するのは有る訳がある。

 その理由の為に、彼は命懸けで日々を任務に費やす。・・・・・・殉死する事さえも、彼にとっては喜びでしか無い。

 「・・・・・・お前は、何時でもナチスに忠実なんだな。その・・・・・・何だ。時々お前のその忠誠心には頭が下がる」

 ? 何を言ってるんだと言う顔つきを准尉はする。

 准尉にとって、総統閣下の命ずる指令を果たすのは当たり前の事であり。その指令が自爆や糞を喰らえと言った類であろうと
 それを果たすのが自分達の勤めだと本気で信じていた。もし、目の前で舌を噛めと言われれば彼は本気で舌を噛む心構えを何時でもしてた。

 その、病的とも言える狂信さと。如何なる時であれ軍人であれと言う彼の日夜軍人として行動しようとする意識が
 彼の脆い体を死にやすくしてる事を彼は気づくに余りに純粋過ぎた。その疑問を顔に出す准尉を中尉は溜息吐いてから呟く。

 「・・・・・・この前、ナチス以外のゼークトの兵士が召喚されると聞いた。准尉、お前、何が聞いてないか?」

 その言葉に、背筋を無理に正し准尉は呟く。

 「ゼークトの兵士? ……いえ、何一つそのような情報は聞いてませんが……っ」

 そこで准尉は咳き込む。ゾンマーは、上海の気候による暑さで流れる汗を拭きつつ返答する。

 「お前も知らないか……何でも上海の出身らしくてどうやら我々よりも地理に詳しいらしいから呼ばれる見たいだ……
 腕が立つらしいからな。ナチスのナの字も知らん若造を、大佐がどうしてこの時期に呼んだのか不思議だよ」

 ゾンマーは、噂程度でしか知らぬ兵士が自分を殺害する劉宗武の事だとは知らない。

 噂を耳にしての彼の感想は、胡散臭さと、外語人の癖にナチスに介入すると言う人物に対する猜疑心。
 彼もきな臭さを感じていたのだ。ゆえに、子飼いとも言える人物に己の不安を吐露して鬱憤を晴らしたいと思った。

 「・・・・・・ゴホッ、私は・・・・・・納得出来ません」

 随分前に、彼の不遜で誰をも見下す劉宗武の態度を思い出しつつ准尉は咳込みつつ彼の評価を口にする。
 
 中尉も同様に頷いた。どうやらナチス軍人は介入してきた人物を受け入れるには時期早々だったらしい。

 その後、少々の世間話と共にゾンマーが立ち去ってから、彼は新たなる召喚者に対して疑念を浮かべる。

 何故、その兵士がこの時期にヘッケラーに応じたのか? その彼はゼークトの率いるドイツ軍の部下でなかったのか?

 その人物は、本当にナチスの思想を受けれ入れているのか? 又は大佐や、己の仲間達に害する人物でないのか?

 彼は、ナチスに加入する人物を総統閣下が見誤らぬ筈が無いと最初は自分を納得しようとし……失敗する。

 (私は・・・・・・そうは思わん)

 彼が情報収集の為にと集めていた新聞。その中から特筆すべきと考える一面を引っ張り出す。

 ・・・・・・シャルル・ド・ギーズの死亡。

 ・・・・・・中国に居たと言われる鮫島義山と言う日本人の死亡。

 ・・・・・・中国裏社会に影響与える国民党列車襲撃事件。

 これらはもしや、もしかしたら何か関連あるのでは? と准尉は彼の生まれ持った感覚が何かあると感じていた。

 それは今までの彼が、あらゆる諸外国との戦場や情報戦で磨かれた直感と推察が及ぼした危機察知のお陰。

 (もしも・・・・・・ナチス親衛隊の情報と、表に出ている修正された情報が総合されて・・・・・・それらが一つに繋がるならば)

 彼は、少し広い額をトントンと叩き思考を続ける。

 (もしかすれば・・・・・・ナチスは大きな事に知らず知らずの内に加担してるのかも知れん・・・・・・大佐に忠告を)

 准尉は、咳を殺し。青褪めながらも先程掛けていた軍服を着戻すと入口を出ようとする。目指すはヘッケラーの元へ。

 「・・・・・・た、大佐に進言しとかなければ」

 自分の懸念であって欲しい。だが、慎重に慎重を超さなければ・・・・・・自国の為にも己の体が消えても未だ。

 ヘッケラー大佐、そしてゾンマー中尉を連なる我が仲間(ナチス)達。

 ナチスは存続し、そして目的を果たさなければいけない。中国人などと言う黄色人種に我らの精悍にして偉大且つ名誉ある
 総統閣下の口から言い遣わされた任務を理解出来るとは思えない。・・・・・・その人物を、この目が黒い内は信用はせまい。

 「ナチス・・・・・・の為にも」

 そう、彼が戸口に差し掛かり。

 大佐のいるであろう屋敷へ向かおうとした直後。ドアノブに手を掛けて回そうとした時に。

 「・・・・・・っうっ!!」

 彼は吐血と共に、耐え難き痛みが胸を襲い倒れた。

 (馬鹿なっ・・・・・・何を倒れてる。私)

 (早く起きろ・・・・・・私は、ナチスの准尉)

 (栄えあり、この世界を統一すべし栄光ありし国家の・・・・・・ひと、り)

 そこで、彼は意識を途切れた。

 ・・・・・・それは奇しくも、劉宗武が上海に足を付けた時と同時刻だったと彼は知り得ない。





  ・




          ・


      ・



         ・


    ・




       ・




            ・





 場面は移り変わる。

 とある、一つの病院の一室。そこが、彼の最後にして最大の悪夢の舞台の始まりとなった。

 「・・・・・・何?」

 彼は、その言葉を知り耳を疑った。

 「本当です、准尉。嘘では有りません」

 ・・・・・・彼は、己が未だ悪夢の中にいるのではと信じたかった。

 吐血した瞬間意識を失い、彼は中国のとある病院の一室に寝かされていた。過労による体調不良だと医師に明言された。

 彼は白い病室の寝台で、己の脆い体に涙を流した。もっと力あれば満足に動けるであろう脆弱な体を呪った。

 彼は、週に一度は訪問するナチス親衛隊の一人から近況を聞かされた。

 最初に耳を疑ったのはゾンマー中尉の死亡。

 別に情あっての衝撃でなく、ナチス親衛隊が病死すると言う出来事に対する衝撃だ。彼が普段健康体で病気で死ぬような
 兆候など無いと准尉は知っていた。なのに、何故ゾンマーは死んだ? 上海の慣れぬ環境に身を崩したとでも言うのか?

 (何という・・・・・・己よりも健康体であり。いや、少々肥満有ったが・・・・・・それでも倒れる事無いと豪語してたに関わらず)

 情けないと言う怒りと、それと同時の言葉に表せぬ不可解。

 ゾンマーは肥満体では有ったが、自分が最後に見た時に病魔に侵された兆候は見えなかった。

 余りにも……不自然ではないのか?

 絶対安静を言われ、苦渋のままに彼は体調が持ち直せば直ぐにゾンマーの不可解な死を追求しようと決意を生じていた。

 だが、彼のその前向きなリハビリは一つの報告で脆く崩壊した。

 それは、国を愛し崇拝する彼には絶対に有ってはならぬ出来事であったから。

 「馬鹿な・・・・・・そんな馬鹿な!!」

 腕についた点滴を取り外し、青ざめながら准尉は怒鳴る。

 「・・・・・・」

 だが陰鬱な表情を貫く部下に、彼はソレが嫌でも真実だと受け止めざるを得ない。

 「大佐が・・・・・・大佐が死んだなど、そんな馬鹿な!! あの大佐が何故!!!??」

 己の上官。この国で己が命令を遂行するための絶対者。そして崇高すべき対象者の代行者。

 それが・・・・・・死んだ??

 病室の一室で、彼は焦燥し我を失いかけた。

 彼は、何時ものように近況を報告しようとするナチス親衛隊の一人が重苦しい表情で扉を開けた時から嫌な予感をしていた。

 だが、余りに受け入れるに。その言葉は重すぎたのだった。

 「嘘では有りません。先程、ヘッケラー大佐の屋敷へ訪問したら仲間達の死屍累々が立ち上り……アレでは大佐も」
 
 そう、一人の部下は報告する。准尉と共に情報収集を活動してた仲間である。






 エドモンド・ヘッケラー大佐死亡。





 顔が青褪める。呼吸と動悸が加速する。

 彼にとって、上官とは神に匹敵する言葉であり、そしてヘッケラーは彼が見た中でドイツの崇高なる軍人の鑑に値すると
 信じ得ていた。その自分の意思を委ねられる人物の死は、余りに今の彼には受け入れ難い報告でしかなかった。

 「……屋敷の中は死屍累々。マフィアか、或いはフランスか中国軍か……現在、大佐の遺体を捜索し……」

 「!! た、大佐の遺体は見つかってないのか!!? それを早く言え!!」

 未だ、未だだ!! 未だ希望はある!!!

 ドイツ准尉である彼は、未だ大佐の遺体が無いと言うならば。彼ならば窮地を脱した可能性も無きに非ずと信じた。

 自分が崇拝する人物が……そう簡単に死ぬ筈が無いと。

 急ぎ、彼は数十秒で病院服から自分の軍服へと着替えると、部下の背中を小突くように車を走らせ屋敷へ急ぐ。

 「何処だ……っ大佐! 大佐っっ!!!」

 彼は、そう叫びながら屋敷中の屍の中から大佐の死体を探そうと躍起になった。

 だが、そこには無い。ヘッケラーの遺体は彼を救った人物の手によって別の場所へと移動させられたのだから。

 「……准尉、大佐は拉致されたのでしょうか?」

 部下達は不安そうに自分を見る。そこで、彼は気付く……いま、この中国で自分だけが彼等を動かせる役目なのだ、と。

 その事に心中戸惑いつつも、彼は天の声か、又は大いなる意思か。

 「……北の方へ。勘だが、今は何処でも構わん……大佐の手掛かりを探す!」

 『ハッ!!』

 (私のような病弱なるナチスの汚れが指揮権を……これは、夢か?)

 彼は、『出来過ぎている』と感じつつ北の方へ車を走らせた。

 その時の彼は、誰かに動かされているかのように常に正しき道を彼は辿っていた……劉宗武が行った道を。

 「……っ止まれ!!」

 車は急ブレーキと共に准尉の怒鳴り声に近い命令で停止する。

 彼は降り立ち、土埃に強く咳き込みつつ今まで周囲景色に大佐に通ずる何かの証拠無いかと血眼に見ていた視点で見つけた。

 ……何かが、埋められた跡。それも、随分真新しい人間サイズの何かを埋めた跡だ。

 嫌な予感はした。准尉は部下と共に土を掘り起こす。

 そして人一人は入れるであろう箱が覗いた時、彼の中の悪い予感は既に九割方予想を打ち立てていた。

 「……俺が、開ける」

 部下達の前に、准尉は彼等を制してパンドラの……彼にとっての始まりになる箱の蓋を開いた。







 そして・・・・・・目にした。

 血に濡れて、首筋に穴創痕を生やし文字通りの死んだ目をしたヘッケラーの遺体を。


 其の顔は生命の終着点へ帰還してた。二度と目覚める事のない無残な死相を准尉の視界に映えていた。


 「お」



 「おああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」




 彼は、慟哭した。

 抑えようとする親衛隊を暴れ振りほどき、涙に濡れながらヘッケラーの遺体に血が付着するのも構わず抱きしめた。

 例えようもなく、冷たさが彼の微弱に震える肉体に伝わった。

 その以前は脈打っていたであろう心臓が今は全く鼓動しない事を・・・・・・彼は己の何処かが壊れる音を聞いた。

 「あ・・・・・・ぁあ!!」


 何故だ。

 ナチスの友よ。

 大いなる意思のままに殉死した戦友よ。

 神々に選ばれ、祝福される存在たる家族よ。

 何故目的も遂行出来ぬまま。祖国の土を踏む事なく死するのだ戦友よ。




 これが・・・・・・これが偉大なるナチスの最後と言えるのか。




 准尉は知らぬが仏だが。彼、エドモンド・ヘッケラーもまた上海の邪魔な人物達を劉宗武によって排除させて武器を
 売りさばく人間臭い一面をあった事を露と知らない。もし、そんな一面を知れば彼は大佐と共にナチスの思想に
 反する大佐を己の階級を無視し、己の愛する祖国の理念と共に道連れし自爆するかも知れなかった事をここに記す。

 だが、そんな真実を知らぬままに准尉は涙に濡れた。そして・・・・・・ヘッケラーの遺体を目にしつつ誓う。

 その目には復讐と報復の火が燃え盛っていた。

 最早、その瞳には任務遂行の意義は無かった。

 彼は愛する祖国の一つの財が。信ずる一つの象徴を失わせた報いを何としてでも無念を晴らさなければ気が済まなかった。

 任務で死するのでなく、誰か知らぬ無法者の為に暗殺されたであろう……亡き大佐の無念を彼は今この時に受け継いていだ。

 「大佐・・・・・・必ずや」

 ・・・・・・許しはしない。

 「必ずや大佐と、ナチスに反逆した者達を殲滅させて見せます!! 如何なる事があろうとも・・・・・・ナチスを穢す者には死を!!」

 そうだ。報復だ。

 我らナチスに。我ら戦友をこうまで惨殺し、そのまま嘲笑い去った人物をおめおめと見逃してなるものか。

 目には目を、銃弾には銃弾を、剣には剣を、死には死を。

 そして・・・・・・神に選ばれた子らを唾吐くのならば。その者達には大いなる裁きを。

 必ずや見つけてみせる。

 例え大西洋の中から針を見つける程に困難であろうとも、必ずや彼の人を屠り去った者と、その一族郎党殲滅してくれよう。

 我々が培った意思と、この銃剣の弾丸と剣の錆にしてくれよう。

 我らは神に選ばれた人種。

 あぁ、今聞こえる。祖国で戦友と家族と共に片手を上げて誓いあった異口同音のあの声を。

 ハイル・ヒットラー。

 ハイル・ヒットラー。

 ナチス、万歳。ナチス、万歳。

 ドイツ軍人こそ最良であり最高なる人間であり。我らこそ人間の頂点に君臨せねばならん。

 そう、我らは神に等しい種族。

 神を穢す者に・・・・・・我らの牙と爪がどれ程に恐ろしいか魅せねばなるまい。

 そこまで思考すると。後は迅速なる行動だった。

 彼は、急ぎ親衛隊の服を纏い。誰とも知れぬ寂れた場所で親衛隊と共に殉死者に対する葬儀の礼砲を行う。

 彼の遺体は祖国に持ち帰る事は叶わない。何故ならば……今、この時にヘッケラーは任務の為に殉死した者として
 この国の大地に、その汝の血を染みて我らの魂と一体化し国賊を討たんが為の礎として、この国で共に我らと闘うのだから。

 即席の儀杖隊と共に、正装なるドイツ軍服を着こなす小隊の統率者として。彼はヘッケラーを国旗に包み己の誓いを述べる。

 「・・・・・・例え、祖国の地を二度と踏む事叶わずとも」

 その片手を上げて、彼は涙を流し誓う。

 「私は此処に誓う・・・・・・亡きヘッケラー大佐と総統閣下の意思に反する人種達を一掃すると!!」

 「我らは最良なる種族!! 必ずやヘッケラー大佐の無念を晴らさんと誓う!!」

 復讐は蜜。だが、この蜜は如何なる者とて滅亡させん炎を宿す蜜だ。

 我らはナチス。我らは例え世界が滅びようとも生き残る、我らの意思は神の意思・・・・・・如何なる者とて防ぐ事は出来ない。

 そして・・・・・・ナチス親衛隊准尉は上海の地で報復の狼煙と共に残る同士と共に張り叫ぶのだった。

 悪の華、この上海にて咲き誇らん。

 ・・・・・・全ての人種に、我らナチスの偉大さを魅せん。

 准尉は、宣誓と共に小銃を掲げた小隊へと回れ右をすると。共に同時に上海の空で唱えた。






 



                                 『ナチスに栄光あれ!!!』














                後書き




   余りに前の作品がつまらなく思ったから別のに書き換えた。



   これも伏線になります。まぁいずれ明かしますのでご容赦を下さい。






[29120] 【巨門編】第三十一話『訪れる一匹の鳥 そして来る流動』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/06 23:43

 「ここが、鳥影山ね……」

 とある、一人の少女が居た。

 薄い白い髪が目立ち、少々長い前髪が右目を少しばかり隠している。その瞳には高々と聳える山を映している。

 「……一人で、やっていけるかな」

 彼女は不安だった。

 『×××、自分はもう少し師範から教えを学ぶよ。お前は鳥影山に先に行っていてくれ』

 そう、おっとりとして何時も細い目で優しい風貌を浮かべる兄に促されて自分は鳥影山へと訪れた。

 本当なら兄も共に来る方が何かと心強いのだが、我が兄は虫も殺せぬ程の穏やかな気性ゆえに自分が心配になる程に少々
 頼りない部分が目立つので師匠も兄を鳥影山へ行かすには心許ないと感じたのだろう。それは多分正解だ。

 溜息を吐く。

 だって不安なのだ。この鳥影山は本格的な南斗聖拳を極めんとする人たちの修験の地。自分は南斗聖拳の定義は身に付ける
 事はようやく出来たものの、師匠も最近この鳥影山に鬼みたいな人間が訪れた事で渋ったりしてたし……。

 「……今更引き返せないよねぇ」

 何せ、自分達の学んでいる拳法は、とある拳法に所縁ある物であり極めるには専門の拳士から教授する方が早い。

 その拳士はこの鳥影山に住んでいると聞いているのだ。奥義を欲するのならば、この鳥影山に来ぬ理由が無い。
 伝承者なるならば奥義の会得なくして非ず。自分が鳥影山に行かぬ道理は、その奥義を知る伝承者が此処に居る事で決まった事なのだ。

 覚悟を決めろ、私。そう自分に言い聞かせて私は鳥影山へと入り込む。

 ……そして私は出会う。この鳥影山で私が一生の内に出遭うかも解らぬ運命の出会いを。

 今も振り返って思う。これが私の未来を決める分岐点だったんだって。

 それは、私の始まりの物語……。





  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……ふう」

 奥へ進む度に、駅に着いた時から理解していたが住宅となる場所は全く見えなくなり、やがて建物が無くなる。

 だが、奥へ奥へと山に連なる所へ行くと人為的に造られた道が見えて、ある程度の簡易的な建物と……。

 「……え゛、何このでっかい建物……?」

 木造のバルコニー。そして煉瓦(レンガ)やらで構成された如何にもな洋風の屋敷が不釣合いに建てられている。

 ……豪邸と思しき建物が目に映った。一瞬自分が修行の地を間違えたのでは? と疑ってしまう。

 「……おや? 此処に何か用で?」

 自分が立ち止まっていると、草刈していた一人の屋敷の関係者と思われる人が私に気付く。

 小人と見間違える程に小柄な人。眼鏡を掛けてかなりの年配のようだが、歩み寄った動きが常人と違い忍ぶような歩き方。

 「……南斗拳士の方ですか?」

 私はその歩みを見て見当付けるが、尋ねた人は苦笑いして手を振りつつ丁寧に答える。

 「あぁ、いえいえ。拳法は齧っていますが私は単なる執事ですよ。……どうやら見てくれから南斗の修行に来たようですね。
 でしたらもっと先へ行けば女性拳士の寮があります。此処はユダ様の別荘でして、他人は余りうろつかぬ方が良いかと」

 ユダ様は女性に無礼は働かないかと思いますが……。と、執事と名乗る人の言葉に屋敷を見上げる。

 ユダ。……聞いたことがある。南斗紅鶴拳の伝承者であり、一時期は別の場所で修行していたが、他の伝承者候補と
 諍いがあり殺傷沙汰の騒ぎを起こして殆どの候補者にトラウマを与えて今は唯一の伝承者候補と言う噂を……。

 そんな危険極まりないと思われる人物の屋敷。噂を鵜呑みにする訳ではないが、確かにそれならば近づかない方が無難かも知れない。

 「解りました。有難う御座います」

 「いえ。では、お気をつけて」

 ……執事の人に見送られて私は奥へと進む。丁寧な物腰の人だったが、主人であるだろう紅鶴拳のユダの下で働いている
 のならば苦労しているのかも知れない。不憫と一瞬同情しつつ、私は余り噂に似た特徴ある人には近づかぬようにしとうと
 決めつつ歩き続ける。その時、一層と木々が多くなった場所を通っていた時に上方から何かが飛び移る影が見えた。

 「え? 人?」

 私は見上げる。これでも南斗拳士の候補者の端くれ、目は良い方だと自負している。

 それは人だった。ゴーグルを額につけて歯茎を出しつつ笑いつつ木々を腕を水平に広げつつ飛び移っている。しかも
 時折、空中で旋回するように移動しつつ木々に移動しているので、空中移動はかなり得意だと見受けられた。

 どうやら修行中らしい。あのように枝で阻められた空間を何も無いように自由に移動出来ると言う事はかなり鍛えてるに違いない。

 感心しかけた時、私はその人物が自分へと視線を向けた気がした。いや、気の所為でないと数秒後に知る。

 何故ならばその人物は一瞬にして自分の付近に着地してゴキブリのように素早く接近しつつ口を開いたのだ。

 私は緊張する。この鳥影山では弱い人間には厳しい洗礼あると聞いたから。だから一瞬身構え、そしてその人物は私に向かって……。








 まくし立てるようにナンパしはじめた。




 「おっ、君可愛いじゃんっ! 俺セグロ! 南斗鶺鴒拳の伝承者候補なのよね! 君名前何て言うの! いやっ、俺も
 十五歳程度の人間にしかプロポーズしないんだけどさ。君は後三年もしたらかなりの物になると見た! 
 いやぁ最近女性拳士って言ってもシドリちゃんは族のヘッドに夢中だし、キマユはあの通り巨乳なのにレズってるから
 フラグも立たないし、カガリちゃんはシンラと二人だけの空間を時折作るし、もう何て言うか、南斗ならぬ何ともならぬと言うねぇ!
 どう? 見た所新参者だと見たから不安でしょう? と! 言うわけで!!! この南斗鶺鴒拳の伝承者(になる)
 セグロが新参者である可憐なる君を優しくエスコート『セグロ、何しているの?』す……る」

 自分は、機関銃の如く行き成り北斗(なんぱ)……じゃなかった、ナンパしてくる人物に硬直してたが、背後から突然
 現われた人がそのナンパしてきた男の人の肩を掴んだ途端、その人は青褪めて冷や汗を垂れ流しつつ後ろを振り向いた。

 「……ハ……マ、さん? あれぇ、可笑しいな? 今日は確か出掛けていたと思いましたが……」

 「ええ出掛けていたわよ。出掛けていたけど忘れ物して、そして暇だしアンナに言われたから仕方が無くあんたを荷物持ちに
 誘おうと思っていたのよ。……けれど、随分愉しそうにしていたじゃない、の、ね、えぇ~?」

 ニコニコと、その綺麗だと思える人は寒気のする笑みでキリキリとナンパしてきた人の肩に置いた手がゆっくりと閉じる。

 「ちょっ!? 肩がっ、肩が壊れる、やべぇマジで壊れる!! い、いてぇよぉ~~~~!!?」

 「えぇえぇ、痛くしてるんだから当たり前でしょうが、え゛ぇ゛!?」

 「へ、ヘルプ! 誰でもいいからヘルプ!! あっ、可憐な君よ願わくば俺に手を差し伸べて……って居ねぇし!!??」

 何処かへと既に消え去った少女。セグロは愕然としつつ何時ものように悲鳴を上げるのだった。




  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 


 「……関わらない方が良さそう」

 途中から身の危険を感じ去った私。鳥影山には危険が多い⇒鳥影山には変人が居ると認識を修正させる。

 行き成りナンパされてドン引きしたものの、まぁあの手の変人はそうそう居ないだろう。

 気を取り直しつつ私は前へと歩く。そうだ、これから鳥影山で励む日々で、舐められないようにしないと……。

 と、決意を改めて誓おうとした時、前からばったりと人と会う。

 ギョロっとした目。斜視で少しばかり威圧感のある顔の人。

 その人はじっと私の事を見た。その様子に、改めて私は洗礼を受けさせる気か? と警戒すると……。

 






 「……ブルマ、いや! ボンデージが似合うと見た!!!」

 「変態だあーーーーーーーーーー!!!!??」

 行き成り斜め上の発言をされて思わず蹴りを放つ。その人は無抵抗に草木深い場所へと吹き飛んで行った。

 「……はぁ、はぁ……何なんだろう、アレは」

 ……この地に来て二人目の変人、ならぬ変態。この地は修験の地では無かったのだろうか? 何時から変態の巣窟に?

 いや……きっと出遭った人物が悪かったに違いない! そうだ! そうに違いない!!

 私は祈った。次こそ……次こそまともな人間に出会いますように……!!

 そして……歩き続け人の気配を感じると願ったままに待ち受けて……!

 






 「あん? お前は……」

 「不良だあああああああああ!!!?」

 「てっ、誰が不良だ行き成りコラァ!!!」

 ……強面で、髪を逆上させた如何にも不良と思しき顔つきの人に出くわした。

 「何で!? 何時から鳥影山は軟派男に変態に不良の巣窟になったのぉ!?」

 もう何が何だか解らない。御免なさい師匠、兄さん。私は鳥影山に来て既に心が折れかけています……。

 「……行き成りどんだけ失礼なんだ、てめぇは。新参者か? ……つうか、お前の顔どっかで見た気がするんだが」

 「私は貴方みたいな不良に出会った覚えはない」

 「不良じゃねぇ! ジャギっつうちゃんとした名前があるわ! ……いや、まぁこの名前も本当の名前じゃねぇけどなぁ……」

 どうやらこの不良はジャギと言う名前らしい。途中から声が細まり何やら苦難に満ちた哀愁帯びた顔つきになって
 声を掛けるのが躊躇される。どうも不良と思ったが案外常識人っぽい。不良と叫んだのも失礼だったであろうか?

 「あ、その」

 「如何したジャギ? 行き成り大声出して……ん? 誰だ君は?」

 「如何したんだいジャギ? ……何かこの状況見る限り君とばったり出くわして驚かれた感じに見えるけど」

 謝罪しようと思った時、人が二人程接近してきて遮断される。

 一人は金髪で女の人のように長い髪。そして彫刻みたいに整ったとても美しいと言う雰囲気が似合う人。
 
 もう一人は優しい風貌で、それが雰囲気から滲み出ている人。兄さんみたいだと、その人を見て思う。

 「……シン、イスカ」

 「とりあえずジャギ、何か起きたか知らんがそっちの子怯えているし謝っとけ」

 「全面的に俺が悪いような雰囲気にすんな! こちとら被害者なんだよ!!」

 何やらあっちでは口論が起きている。私は自分で起きた勘違いで起きた喧嘩に如何しようかと考えていると、兄さん
 見たいな雰囲気を宿した人が困っている私に気付き苦笑いを浮べて口を開く。人を落ち着かせるような穏やかな声で。

 「御免。あぁ言う風に言い合うと二人とも長いから先に行ってていいよ。大丈夫。何時もの事だから」

 「あ、それじゃあ有難う御座います。……じゃあ、また」

 「うん、また。……ジャギ、シン。君たち止めなって……」

 私は少々気後れしつつも自分が居たらややこしくなる可能性も考えて立ち去る。何時もの事だと兄さんに似た雰囲気の人にも
 言われたし多分大丈夫だと思いたい。急いで其の場を去ると開けた場所へと出た。私は感慨に浸る。

 「……着いた」

 見えるのは大きな鳥影山の山肌。視界には殆ど鳥影山の壁が広がっている。此処まで来ればもう引き返すのは難しい。

 着いた……私は鳥影山へと着いたんだ。

 そう感慨に浸っていると、一つの大きな気配が近づいてくる。

 「……君が、どうやら話しに聞いていた×××かな?」

 「あ……そうです」

 その人を見た瞬間に解った。穏やかだけど力強い、そして滲み出るような気を巡らして、その人自体が大きな山のような……。

 「歓迎する。この地の自然そのものが君の力をより強くするだろう。……おっと、紹介が遅れたか。我が名はオウガイ」

 「ええ、話しは師から良く聞かされています。この×××、オウガイ様にも認められる南斗の拳士になれるよう頑張ります」

 南斗鳳凰拳のオウガイ様、実質の今の108派を治めるめる方。

 それだけでも凄いのに、この人は地位や名声に驕る事もなく常に南斗の拳士全てに気を配り成長を見守っている方だ。

 今日も、私が来る事を知り忙しい時間を割いて待っててくれたのだろう。噂通りの偉大な人だと私は思った。

 「期待しておるぞ。……お前の師となる×××だが、済まんな。今日は生憎外に出ている。明日にでも帰るだろうから今日は
 鳥影山をゆっくり見物すると良い。出来るならば私が付き添いたいが、我が弟子が帰りを待っているからな……」

 済まぬな。と本当に申し訳なさそうな顔をして頭を下げるオウガイ様に自然と笑みが零れる。

 本当なら全ての人に頭を下げられる程の人なのに……。私はすぐにこの人が好きになれそうだと感じた。

 「お気になさらず。私は今日一日ゆっくりと見て回るつもりです」

 「あぁ。……×××、汝に南斗の神と鳳凰の加護が有らん事を」

 そう唱えオウガイ様は厳かに手を合わせ私に祈りを与えてくれると消えるように移動した。

 一瞬にして瞬間移動のように去るオウガイ様。私はその実力の一片を目の当たりにしつつ静かな興奮を体に広がせながら
 この地で始る新たな生活を期待しつつ寮へと急いだ。そうだ、これから始るのだ。私の始まりが……。

 ……そう、考えていた時期もありました。



 ・
     

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「やぁ~ん!!! ×××ちゃんだっけぇ? 私好みのタイプなんだけどぉ~!!」

 兄さん、師匠様。行き成り寮で生活しようと準備していたら巨乳な女性に抱きしめられました。

 その人はキマユと自分の事を名乗った。そして名乗りがてらに私とある程度話をしたら豊満な胸で抱きしめられた。

 どうも、その人はレズビアンらしい。と言うか、自分で宣言したので私としてもどう反応していいか困った。

 どうやら、その人はハマと言う人とエミュと言う人達と一緒に寮で過ごしているらしい。

 この鳥影山である程度の過ごし方も丁寧に教えてもらった。私としてはどう生活するか困っていたのでキマユの説明は
 有り難かった。……もっとも、抱きつけられ頬擦りされて一生のパートーナーを申し込められた時は断ったけど。

 「あぁやっぱ駄目かぁ~。アンナに続いて連続五回目の失恋ねぇ~」

 そう、その人は大らかに笑って自分の失恋を自虐する。

 「まぁ、この鳥影山で何が起きたら私達を頼りなさいな。何があったらこのキマユお姉さんが何とかして上げるから」

 そう、胸を叩いて宣言するその人の言葉に僅かながら安堵したのは本当だ。何せ始めての地。この地でちゃんと
 仲間を作れるか不安だったから。けど、最初に行き成り抱きついた変な人だけど、ある程度の不安が解消されたのは事実だった。

 夕方になると少しは荷物の片付けも終えて私は鳥影山での地理を覚える為に少しばかり奥地を歩き回る。

 「……キキキキキッ!!」

 その歩いている途中、何やら木の枝を携えつつ危ない笑顔を振り回すオッドアイの少年を見かけた。

 やばそうだと考えて私は遠回りする。あの手の人間が、多分鳥影山で洗礼をするのだろう。

 そう言えばキマユの話しの中に百舌拳のチゴと言う名前の人物が居たと思い出す。確かその人物も人間ハヤニエと
 言う奇特な趣味を持つ新人潰しで有名な人間だと私は聞いた。多分、アレがそうなんだろうなぁと見当を付ける。

 やっぱり、鳥影山で過ごすのは一筋縄では行かないようだ。解ってはいた事だが……。

 「……やっぱ木で囲まれているなぁ」

 この地は森林で鬱蒼と囲まれている。単純に走っていたら木の根に躓いて怪我をするだろう。

 まあ、そのような粗相は流石にしない。これでも日々基礎的な動きは学んでいるのだ。転ぶような真似はしない。

 そう慢心していたのが悪かったのだろうか? 私は気がつけば結構奥地へと入っていた。

 「……何処よ、此処」

 其処は深い崖が連なっている場所、深い深い谷底が見えていた。

 「迷った? ……はぁ、馬鹿やっちゃったなぁ、まったく」

 手を当てて自分の馬鹿さ加減を呪う。確かこの場所は考えるに闇闘崖と言われる伝承者間近の人間の試練の地だった気がする。

 「殆ど寮と反対方向じゃない……! あぁ、もう私の馬鹿っ。早く帰らないと……!」

 行き成り新しい生活最初の日に迷子なんて馬鹿げている。そう考えて引き返そうとした瞬間だった。

 ガラッ……!

 「……ぇ」

 それは突然だった。闇闘崖の谷底の深さに魅了されて近づいてたのが一つ。

 そして、万が一の危険性を考えていなかった自分の愚慮が一つ。

 私は、闇闘崖の足場が崩れる事を予想もしていなかった。

 あ

 私

 ここで……死ぬ。

 崩れ去る私の足場。

 闇闘崖の深さなど想像もしたくもない。奈落と同等の暗い深い底へ叩きつけられてどうなるかなど。

 私は、真っ白とは言い難い暗色に近い空が段々遠ざかっていくのを感じ……。











 ガシッ。







 「……え?」

 「はぁはぁはっ……!! 大丈夫か!!?」

 ……力強い熱。

 握り締められた手首。そして荒げつつも力強い瞳と、洗練された美しさを感じる顔立ちの人が私を直視していた。

 「今引っ張り上げるぞ……!」

 重いとは言わないが、それでも人一人分の体重がある。

 けれど、そんな事を何とも思わぬ程に片手だけでその人は気迫一つと共に私を奈落に向かう前に引っ張りあげてくれた。

 荒い息と共に私は地上へと戻される。その人は隣で疲れた様子で座り込みながら私と同様に息をついていた。

 「……あ、その」

 「この馬鹿! 死にたかったのかお前は!!?」

 数秒程して激しく脈動していたのが静まりかけた瞬間に、その人は私に形相と共に怒鳴っていた。

 「俺が修行帰りに此処近くに立ち寄ったから良かったものの……! ……まったく! 足場が悪くなってたのを
 気付かなかった俺達も原因なのだろうが……大丈夫か本当に? 怪我はしてないんだろうな?」

 そう、私の心配をして怒鳴った人に。そして身を案じてくれたその人に。

 ……私は、運命の出会いを感じたのだ。

 この人こそ……私が好きになる人だって。

 「はい、大丈夫、です」

 「? ……そうか? まぁ怪我は無さそうだが顔が赤いぞ?」

 首を捻る男。そして、男はすぐに気を取り直し溜息を吐くと立ち上がり未だ座り込んでいる少女へと手を差し伸べた。

 「……俺の名前はレイ。また何かあったら面倒だ送ろう。……あぁ、そうだ。お前の名は何だ?」

 「あ、私? ……私は」

 そして、私は告げた。……その一目ぼれした、その人に。








                        



                        「私の名はカレン! 南斗翡翠拳伝承者のカレンです!!」





 それが私の恋の始まり。

 それが私の物語の始まりで……そして。


 これから始る私の空(未来)の激しい流動の……幕開けだったのだ。















           






                  後書き




 今日コンビニで立ち読みした『双葉社 北斗の拳最強の男は誰だ?』を見ての感想。








 ……。












 ジャギ『何故この俺様がバットやマミヤと同列の強さでアミバがレイと同格の強さなんだ! 有り得んだろうがぁ!!!!??』







 



[29120] 【巨門編】第三十二話『空に羽ばたく翡翠と花弁(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/07 21:13

 南斗翡翠拳のカレン。

 レイ外伝『蒼黒の飢狼』に少しだけ登場し、そしてその短編となる華麗なる復讐者と言う題に出たレイの敵。

 彼女が世紀末にレイの敵として現われたのはサウザー率いる聖帝軍に実の兄を処刑され、その事が切欠で彼女は南斗に絶望し
 拳王軍に入る。だが、生来からの優しさから彼女は拳王軍でも非常に徹する事が困難ゆえにラオウに願った。

 強さを。サウザーすら倒しうる強さを……非情を。

 それにラオウは答えた。秘孔縛なる心を封じる秘孔を突く事により彼女は変わった。

 彼女は強さを得た。だが代償として彼女はレイに対する想いも、情すらも捨ててしまったのだ……。

 それが、彼女の本来の生涯である。

 だが……今は……。





  
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 

 「ねぇねぇ聞いてよキマユ! レイの兄様がこの前私と食事した時ね、私がレイ兄様見たいに強くなりたいって言ったら
 笑顔で『そうか、頑張れよ』って言ってくれたのよ。あぁ~! 私、この言葉だけで一週間は何でもやれそうな気がするわ!」

 「はいはい、そりゃ良かったね。てか何でレイ兄様な訳?」

 「そうそう! 実はね、この前に私がレイ兄様の事色々聞いたらレイ兄様が笑って『まるで妹が一人増えたようだな』って
 言ってくれたのよ! だから私は勇気を振り絞って『じゃあレイ兄さんって言っても良い?』って聞いたら頷いてくれてきゃあ~~!!」

 (……それ、笑顔じゃなくて苦笑でしょ?)

 ……昼時に、和気藹々とした女性拳士達の席の中で瞳を煌めかせた少女が年の割りに豊満な胸した少女に惚気る。

 色恋沙汰は女性の話しの華。今のカレンにとって命を救ってくれたレイは神格化する程に自分の憧れであった。

 それを聞かされているキマユは胸焼けしそうになりつつ話題を変える。

 「けどあんたの師匠って白鷺拳のシュウ様でしょ? そっちはどうなのよ?」

 「師匠は確かに良い人だけど、私に関して『心穏やかに修練に励め』って口酸っぱくて恋愛対象にはならないもの」

 「……まぁ、確かにシュウ様は恋愛、って感じには至らないかも知れないね」

 南斗企鵡拳のキマユは、常に気難しい顔で修練に励んでいるシュウの姿を思い返し、あの人に恋愛事を求めるのは酷だろうと考える。

 「と言うか、あの人もそろそろ結婚ぐらい考えても良い歳なんだけどね。十七って言えば結婚適齢期だし」

 この世界では男女の結婚出来る歳は現実より少しだけ下がっている。まぁ、江戸時代ならば十五で男は元服の儀式を果たし
 大人となっていた訳だし、シュウが既に結婚しても可笑しくないのは間違いない。

 「結婚……レイ兄様と結婚したら……えへへへへへぇ」

 「……あんた、幸せそうでいいわねぇ」

 結婚と言うフレーズから妄想に突入したカレン。それをキマユは呆れつつ優しく見守るのだった。




  
    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「そうか、どっかで見た事あると思ったら……!」

 一方で、ジャギも数日後には新入りのカレンがお昼時に遠くに居たのを一瞥してこの前の出来事と重ならせて思い出していた。

 カレン。南斗翡翠拳の伝承者でレイに殺害される女性。外伝作品だけの人物ゆえにすっかり忘却していたが思い出された。

 そして、ジャギは思い出し如何行動するかと言うと……。

 「……いや、別に放っておいて構わないだろ」

 カレンは普通に確か世紀末前は良い子だった筈だ、レイに対する熱を置けば。

 大体にしてサウザーの乱心の余波を受けてカレンはラオウに寝返るのだ。つまり、サウザーさえ何とかすりゃいい。

 そう考えジャギは原点に戻り、やはり修行に打ち込むのみだと考えカレンを放置する。

 余談だが、今回の話しでジャギの活躍はこれで終わりだ。





  
    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……場所を変えて、鳥影山の一角にある滝つぼ。

 その滝壺で座禅を組み自然と一体化している青年が一人。其処へと歩み寄る少年一人。

 「如何だシュウ、調子の方は?」

 「……レイか。……まぁ、上々と言ったところかな」

 目蓋を開けて、シュウは波音立てずに岩の上で座る自分に近寄るレイを見る。レイは近くの岩に適当に腰掛ける。

 レイとシュウ。彼等はお互いに鳥影山で知り合った仲である。ロフウと、そして白鷺拳の前伝承者であるカラシラ。

 シュウはカラシラの死に衝撃を受け暫し孤独に修練をする事が多かった。鳥影山での奥で自然だけを相手に。

 だが、その付近ではロフウの命によりレイも修行を行っていた。そしてレイはシュウに気付き幾たびか話しかける。

 シュウはその時は度々に自分に話しかけるレイに最初は疎ましさも感じつつも、自分の苦しみを紛らせるには話し相手を
 心の中では欲したであろう。ゆえに、彼等は人知れず交友を結んだ。ゆえに時々レイとシュウは互いに会話をする。

 「最近弟子をとったと聞いたぞ。良かったな、可愛い女子で」

 「からかうな、レイ。そもそも私は弟子を取る程に相応しい器ではないのだ。……もっと高めなくては……な」

 そう、寂しげに微笑むシュウに、レイは気の毒そうに問いかける。

 「……師の死は未だやはり?」

 「……忘れられぬさ。例え幾ら時が過ぎてもこの心に師の言葉が残っている。幼い頃に父母を失くしてた私には親代わりの
 方だったのだ。……仕方が無いとは知っている。けれど……受け入れると言うのは難しいものだな」

 シュウはそう言って空を見上げる。青い空を。

 「……何時か、お前の悩みも晴れれば良いな」

 「こればかりはな……」

 レイは溜息吐く。シュウが弟子を取ると聞き、これで多少は友の悩みも消えると思っていたが、どうやら至難のようだ。

 シュウに至っても、カレンを本気で弟子に取る事を望んでいない。ましてや彼は自分の宿命にすら疑問を抱いているのだから。

 「……確か、名はカレンと言ったな。どうなんだ?」

 師についての話題を変えようと強引に話を変える。シュウもその思惑を汲み、話題について口を開いた。

 「良い目をしているとは思う。だが、当たり前だが未だ動きに精細を欠いているな。だが、一を聞いて十を知れる素質が有る。
 若いゆえに少し軽んじる部分があるが、それは歳相応になれば次第に自覚して伝承者に成り得る可能性は高い」

 大器晩成と言ったところだ。と、シュウはカレンの事をそう評価した。

 「そうか。……俺も負けてられんな」

 「お前は今のまま鍛えれば数年後には伝承者に成り得る素質は確実にある。焦らず今の状態を続けるんだ」

 シュウには慧眼がある。人の素質を見抜く力が。

 そうでなければ彼がカレンを、秘孔で心を突かれた状態とは言えレイと一時は互角の状態に成り得る程の実力へと鍛える事は
 難しかった筈だ。レイもシュウの実力を買っている。ゆえに笑いながらシュウの言葉に力強さを感じ、感謝して頭を軽く下げる。

 「だと良いな。……シュウ、お前も早く元気になれよ」

 「あぁ……」

 返事を返し、シュウは座禅と瞑想に戻る。

 突如の不慮で失くした師。その喪失あれど『仁星』と言う下で生まれた彼には喪失に耐えうる強さを持っているのだ。

 彼は今自分自身に向き合い悩みに立ち向かっている。レイは、そんなシュウの強さに密かに憧れもしている。
 そして、シュウもまたレイのどんな時であろうとも挫けず在るがままに在り続ける強さに力を貰っている。

 互いの良さを認識しつつの友。それがシュウとレイの関係だった。

 レイが去ってから、シュウは暫くして一滴の水滴が顔を打ち目蓋を再度開く。

 「……そう言えば、カレンがレイに恋しているかも知れん事……言うべきだったか?」

 カレンは自分と鍛錬後に軽く会話する時に上るのは自分を救ってくれたレイに関する事だ。

 その瞳には憧れ以外の、良く町娘が男子に向ける熱い視線に似た物を感じた。自分の勘が正しければ……。

 「……ふっ、薮蛇だな」
 
 これはカレン自身の問題だ。私が口を挟むべきでない。

 カレンが助言を望むならば応えよう……そう思い彼は無心の境地へと戻る。

 シュウ十七歳。そろそろ嫁の貰い手が必要な時期であった。



  
    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 「あぁ~、レイ兄様と今日もお話一杯出来ちゃった♪」

 カレンはご機嫌だ。鳥影山と言う地でレイと言う初恋、そして兄代わりまで引き受けてくれた人に夢中。

 そんな彼女はご機嫌ゆえに気付かなかった。周囲から突き刺さる視線に。

 「……あれ?」

 気がつけば彼女の周りに複数の人影が取り囲んでいた。

 「何、あんた達?」

 カレンは警戒する。何故ならばその複数の人影……女性拳士達は強い殺気に近い気配を漂わせていたのだから。

 「あんたねぇ……生意気なのよ。いっつも、いつもレイ様に軽々しく話しかけちゃって」

 「そうそう。あんた見たいな奴がレイ様に簡単に相手して貰っていい筈ないじゃない!」

 ……この言葉を聞いて解る通り、彼女達はレイに対して好意を抱いている人間ばかりだ。

 だが、羞恥心や乙女心からレイに接する事が出来ぬ輩ばかり。ゆえに彼女達は未だ弱そうなカレンをターゲットにした。

 「私は……」

 弁解しようと思った。だが、それすらも彼女達は許さない。

 「とりあえずあんた見たいに勘違いしている奴には焼き入れなくちゃねぇ……! おらっ!」

 一人の拳士がカレンに向かって蹴りを放つ。

 カレンとて一介の伝承者候補である、その蹴りを素早く腕を交差し防ぐが多勢に無勢。

 ドンッ!

 「がフッ!?」

 背後から、忍び寄っていた仲間と思われる奴等に殴られる。

 「くっ……このっ」

 我武者羅にカレンは襲い掛かってくる女性拳士達に拳を振り回す。だが、彼女達も何の拳法かは知らぬが伝承者候補。
 カレンの振り回す様を嘲笑いながら蹴って飛び退くと言う行為を繰り返す。それはかなり悪どいリンチだった。

 「はははっ! いい様ねぇ!」

 「あんた見たいな弱い奴をシュウ様が弟子にするのも馬鹿げているわ。よっ程弟子に恵まれてないのね、あの人」


 (くっ……レイ兄様……師匠っ!)

 カレンは傷だらけになりながら悔し涙を浮かべる。

 自分が傷つけられるのは未だ構わない。

 だが、それで師匠まで馬鹿にされるのはカレンにとって大きな侮辱だ。

 自分は未だ少ししかシュウやレイの事を知らない。けれど、彼等がとても強く、優しい人だと知っているのだから……!

 「師匠を……馬鹿にするなあああぁ!」

 大きく拳を振り上げて一人の女性拳士に突っ込む。だが、その足は一人のお仲間に伸ばされた足に大きく躓いた。

 急激に傾く体。視界一杯に地面が移り大きな衝撃が上体を襲う。

 笑い声が上方から聞こえる。カレンは、涙と土が混じった唇を強く噛み締め拳をきつく握り締める。

 「ははは、これで懲りたでしょ? あんたは『ビュッ!!』へビッ!?」

 ……何かが飛来する音。

 それと同時に自分をリンチした人物達が悲鳴を上げて走り去る音が聞こえた。……? 如何したのだろう。

 カレンは止んだ暴力の嵐に疑問を感じつつ体を起こす。

 そして……目に映ったのは……。

 「……大丈夫?」

 ……夕闇に映える特徴的なバンダナを金色の髪に結ばれ風に揺らし、そしてその顔には幾つもの小さな傷が見えている。

 そして、手の平で泥団子をお手玉している女性……その女性が自分を横向きに見ていた。

 地面には泥が散らばっている。そして、逃げ去る彼女達に何かが命中した音……それらを判断すると……。

 「……貴方が、助けてくれたの……?」

 「うん、まぁね」

 その金髪の女性……シン様の金髪とは少々毛色の異なる髪の毛をバンダナで結んでいる女性は短く返答すると泥団子を
 脇へと放り投げて軽く手を払ってじっと逃げ去った彼女達の方を見つめていた。そして暫くしてからほぉと息を吐く。

 「……御免」

 「何で謝るの?」

 その人は完全に気配が去るのを待っていたのだろう、暫くして自分の方へ体を向けて謝罪の言葉を唱えた。

 カレンは不思議かる。今自分は助けられた身で、彼女は助けた恩人なのに。

 「いや、本当は一部始終見てたんだけど。あの連中で目を付けられると厄介だからね。だから遠くから投げつける
 玉を作るのに時間掛かっちゃって助けるの遅くなっちゃんだもん。だから、作らなくていい傷作らせちゃった謝罪」

 その言葉に、カレンはそう言う事かと納得しつつ助けてくれた恩人へ言う。

 「気にしなくていいよ、私、あのままだったらあいつ達にもっと酷い事されてただろうし。……もっと強くならないとね」

 カレンは強い。先程まで心に傷を負う事態に発展しかねるリンチを受けたのにその瞳には強い光が息づいている。

 彼女は決めている。伝承者になるからには厳しい試練が待ち受けているんだと。

 その様子に、助けた彼女は強い娘だなとクスリと笑う。カレンはその笑みを怪訝に思いつつも、思い出したように言う。

 「あっ、そうそう。本当に有難う……私、南斗翡翠拳のカレン。……見た所、年上っぽいけど、名前聞いてもいいですか?」

 助けてくれた恩人。鳥影山は広いがまた会う機会があると思い名を尋ねる。

 その恩人は彼女に少々考える素振りをした。何が問題でもあるのだろうか?

 カレンはそう考えた矢先、その女性は考えるのを止めて笑顔を向ける。

 その笑顔は、一つの華のようだと、カレンは柄にもないと思いつつそう評価した。彼女の笑顔を。

 「私は……アンナ」

 ……それが、翡翠拳のカレンと、本来交差する筈のない彼女の出会い。

 そして、この出会いを切欠に私は変わっていく。

 本来成り得なかった水鳥拳を学ぶ花弁と。

 そして、水鳥へと恋焦がれる翡翠を交え。

 この物語は続いていくのだった……。











             後書き




   某友人『最近めだかボックスにちょいハマってるんだけど、球磨川禊っているじゃない?』

  
   
(´・ω・`)『うん、それが?』


   某友人『あぁ言うキャラ作れない?』





 

 無茶言うな。あんなキャラ一つでも居たら二次創作のバランス崩れるわ。








[29120] 【巨門編】第三十三話『空に羽ばたく翡翠と花弁(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/11 22:26

 「え? アンナがどういった人物かって?」

 「うん。先輩一番アンナと喋ってるんでしょ?」

 翌日。カレンはアンナに助けられてから礼と共にアンナと色々と会話をした。

 趣味、そして適当な話題。カレンはアンナと情報を交換しつつ、彼女の身の上話に得に興味を引いた。

 中でも鳥影山でフドウに襲われた事は度肝を抜かれる話題だった。他の拳士達の言葉が無ければ信じなかっただろう。

 そして、数日経って彼女が一番気になる事……それは。

 「う~ん……まぁ結構アンナとは喋るけど、あの子ってば少々不思議な所あるのよね」

 「例えば?」

 「どう言えばいいかな……とりあえず、あの子の家族からして不思議って感じ。何か両親死んでから兄貴と二人で流浪の旅してた
 って所から半端ないし。何よりその兄貴って鴛鴦拳の子と今付き合ってるらしいしね。その事で昨日愚痴言ってたわ」

 「鴛鴦拳って……もしかしてこの前大岩斬ってたシドリさんじゃないよね……?」

 「うん、正解」

 カレンは思い出す。確か一昨日程に修行場で人間サイズの岩を平気で両断していた自分と同じ背丈の少女の姿を。

 修行場を監視する人間にシドリと呼ばれてたから覚えている。自分と同じ年頃なのに凄いなぁと考えてたけれど……。

 「あぁ、それにあの子数年前に孤鷲拳のシン様とも知り合ってるのよね」

 「嘘っ!?」

 その話題にはカレンも声を上げられずにいられなかった。この鳥影山で1、2を争う美丈夫と言えばシンだ。次にレイなどが上げられる。

 「……あれ? って事はアンナって孤鷲拳……?」

 「ああ、違う違う。確かに拳の基礎はシン様の師匠のフウゲン様から手解き受けたって聞いたけどね」

 「じゃあ、何の拳法習ってるの?」

 「それは秘密。アンナに聞きなさいよ」

 そう。カレンが今一番聞きたかったのはアンナの習う拳法に関してだ。

 今、ハマが言った内容ならばアンナからも聞けた。だが、何の拳法なのかと聞くと絶対に閉口されて話題を変えられるのだ。

 そうまでされたら聞きたいのが人の心。アンナ以外の人間から彼女は聞きだそうとしていた。

 「ねぇ~、お願いしますよぉ」

 「私はあの子の親友なの。どう言われても、だ、め」

 そう強い口調で言われてカレンは悔しそうにその場を離れる。

 (アンナも面倒な娘に構われてるねぇ。翡翠拳のカレン……ね。確かあの子の師匠ってシュウ様だっけ?)

 何であんなに根掘り葉掘り聞きたいのか? そう疑問に思いつつもハマは他人事だと放置する事に決める。

 (別に疚しい事考えてるようなら、その時止めればいいし)

 そう考え、彼女は修行に戻る。……雲雀拳ハマ、友情は厚いながらも今は拳法に集中するべきと常人的考えの娘である。




    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 カレンは数日はアンナの事に関しては別に構わず修行していた。だが、どうにもアンナの隠している態度が気にかかり、
 数日すると師であるシュウから『気が何処かに向いてる』と駄目だしされる程にカレンはアンナの事を考えていた。

 これでは駄目だ。何としてもアンナの秘密を暴いてやる!

 彼女は生来から出歯亀する部分はあったと思われる。何しろ、レイの事が気に掛かり深夜に抜け出す程だ。

 彼女は自分だけで捜査する事にした。

 ……そして、まずは人に話を聞こうと……対象を決定する。





 ターゲット1 男性拳士馬鹿三人組。

 


 「ジュビジュピッ! おっ、カレンちゃんお久~! 俺に用あるって事はもしかして俺の事好きに『有り得ないですから』……そう」

 話が聞きたい。そう言っただけでテンション上げてきたセグロに痛烈な一言浴びせてカレンは尋ねる。

 「……アンナちゃんねぇ。あれ? そういや俺もアンナちゃんの習ってる拳法知らねぇな? キタタキ知ってる?」

 「知らん。そもそも興味ねぇ」

 首を傾げているセグロと、それに構わず何やらいかがわしそうな本を熟読している蟻吸拳の人は関知せずばっさりと一言で切る。

 この二人には何を聞いても無理そうだなとカレンは判断すると、もう一人苦笑いした顔で様子を見守ってた人に尋ねる。

 この人、何かマサヤ兄さん見たいな人だなとカレンは感じている。何処と無く口下手で、言いたい事が余り言えなさそうだと。

 「アンナ、かい? ……不思議な雰囲気な子だと思うな。それしか僕からは言えない。……ジャギから聞いた方が一番確実
 だと思うな。彼とアンナ、昔っから結構一緒に居る見たいだから、多分どんな拳法かも知ってると思うよ」

 ジャギ、そう言えばアンナも度々口にしてた名だと思い出す。

 「その人って恋人なんですか?」

 その言葉にセグロなる人物は『ジャギに恋人なんて十年早いぜぇ~!』とか何か絶叫してたが、それに構わず尋ねる。

 「う~ん……僕も詳しくは知らない。けど、多分だけど彼らにしかない絆があると思う……深い絆が」

 「深い、絆ですが……」

 そこまで聞かされるととても興味が沸いてきた。それと同時に、カレンはこうも思考する。

 (レイ兄様が好きって事は無さそうね……)

 レイの事で最近襲われた口だ。助けたアンナがレイに好意を抱いている線は薄いと思ってたが、この話を聞いて更に確証は高まる。

 「有難う御座いました。それじゃあ」

 「えっ? もう終わり? この鶺鴒拳セグロの華麗なる一生の話とか興味ないかい? ねぇ、ちょっと~!」

 何やら外野が五月蝿かったけど、カレンは結構収穫あったと満足しつつ其の場を去る。

 次のターゲットに会う為に。



 ターゲット2   『殉星』の宿命の男




 「……は? アンナがどういった拳法を使うか……だと? ……そんな事考えた事も無かったな」

 「そうですか……」

 修行中な所を失礼して(そうでもないと人が良く取り囲んで取材出来ない)カレンはシンを訪問する。
 シンは最初(何だこの女は?)と思ったが、自分でなくアンナの事を尋ねられて拍子抜けしつつも素直に返答した。

 「まぁ、あいつの南斗聖拳の基礎は孤鷲拳と同じなのは間違いない。フウゲン様が直にアンナに教えたからな」

 「……その、シン様はアンナの事を個人的にどう思ってるんですか?」

 少し興味を惹かれ、カレンは少し面白そうに尋ねる。

 シンは少々面食らった表情でカレンを見遣ってから、少し考える素振りをして口を開いた。

 「ふむ……まぁ普通に良い友人だと思ってる。あぁ、それと色々と昔っからあいつにジャギは何かとトラブルに巻き込まれやすい
 性質だって事は解っている。お陰であいつ達にどれだけ迷惑掛けられたが……まったく、傍迷惑な奴等だよ……本当に」

 そう、文句を言いつつもその口元は上に釣られてて……カレンは良い関係なんだなと少し羨ましく思いつつ更に聞く。

 「その……ジャギさんってのは何処に?」

 「あぁ、あいつならほく……あぁ~、実家の寺院で今日は用事があるから明日には帰る筈だ」

 何やら言いかけて、シンは目元を泳がせてから返事を返す。

 何だかもっと秘密がありそうだとカレンは見抜きつつも、これ以上はシンの修行の邪魔だろうと考えて丁寧に礼を言って去った。

 さぁ、次の人に取材だ。



 ターゲット3    『妖星』を謳う役者


 「むっ? アンナについて聞きたい……だと? また変わった客だな」

 一人修行場に居た人……本来カレンも余りお近づきになりたくない人物だが、アンナの秘密を暴くためだと危険を承知で近づく。

 その名は紅鶴拳のユダ。ユダは近づいたカレンを最初怪訝な顔つきで応対しつつも、アンナの事だと聞くと更に目尻を上げた。

 これはやばいか? と考えるが、ユダは意外にも素直に話に付き合ってくれた。

 「アンナな……俺にとって今最も興味を惹く奴だな。先週の話しだが奴にパイを渡したんだ。まぁ最もあいつも最近俺の
 出す品物が全部少々特殊だと理解してか最初は受け取ろうとせん。だから俺がパイを齧ってから安心した様子で食べるんだ。
 全く愉快な奴だ。封を閉じてるからと言って俺が自分の食う物に関して何も策を用意してない筈がなかろう。
 あいつめ、俺が自分の食う部分以外にハバネロで構成してるのを知らず口から火を吹いているのを見るのは傑作だったな」

 (アンナ……可哀想に)

 ユダの嬉々として語るアンナの悲劇の顛末にカレンは心の中でホロリと涙を流した。

 「あのぉ……ユダさん『ユダ様と呼べ』……ユダ様はアンナの拳法に関して知ってますか?」

 その言葉に、ん? とユダは首を傾げてから考える顔つきになる。

 「……アンナの習う拳法……か。そう言えば全くもって知らなかったな……」

 そう、少しばかり悩む顔つきに、カレンはひょっとしなくてもアンナから聞き出すのでは? と、ワクワクしつつユダを見る。

 だが、カレンの期待は肩透かしを喰らう。

 「……まっ、あいつが隠してる事ならば、俺は無理に聞き出そうとはせんさ」

 「え゛っ?」

 「何がえ゛っ……だ。これでも俺は紳士だ。あいつが本気で嫌がる事はせんさ」

 そう、生真面目に言うユダに、カレンはユダがアンナをどのように思ってるのか少々解らなくなる。

 茶々入れて好きなのか? と聞いたら紅鶴拳でズダズダにされる光景が目に浮かぶ。カレンは慎重に話を変える。

 「その……アンナはジャギさんと言う人と付き合ってるって聞きましたけど」

 「あぁ、幼馴染と言うだけだろ? まぁ、奴とアンナが結構前から一緒な事は知ってるさ……だが」

 ハードルはでかい程……乗り越えた時の達成感は充実するだろ?

 そう、ユダの底冷えするような笑みにカレンは背筋が震え上がった。これ以上はユダを刺激するのは不味いと早々に立ち去った。

 以上の取材からカレンが要約してアンナに関して解った事……かなり複雑な人間関係が連鎖していると言う事が理解出来た。

 他の拳士達からもアンナについて聞くと好印象及び不思議な娘だと話が窺えた。特に悪い事は聞かなかった。

 例外としては、俺は天才だと豪語するアミバと言う人物だが……『天才の俺様を敬いもせん奴だ!』と、話が合わないゆえに没。

 少々疲れを帯びつつ、結局アンナの拳法が何か知れぬゆえに強行作戦にカレンは変更する事にした。

 ……ずばり、尾行である。




   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 その日、アンナは何処と無く誰かに見られているような感覚を感じていた。

 (……変だな?)

 時々背後を振り返る。それでも姿は見えない。

 (最近色々あったから神経過敏になり過ぎ? ……けれど、今日外出してからなんだよね……)

 リンレイとの修行は順調……と呼べるかどうかは知らぬか続いている。

 リンレイ曰く、最近アンナとマンツーマンの修行をしての感想はこうだ。

 『俊敏力は中々。けど、『動』の動きから『攻』の動きに転ずるのがてんで駄目。避けたり防いだりする動きは未だ
 辛うじて認めてあげるけど、攻撃に関して貴方は素人。もっと相手を本気で殺す気で挑まないと水鳥拳の領域にも踏み込めないわ』

 「……とは言ってもなぁ」

 相手を殺す。

 そう、傷つける時に彼女は浮かんでしまう……自分が、最初に殺害した人物の顔がしっかりと脳裏に。

 アンナは確かにアンナへと立ち直っている。だが、それと同時に心的外傷も未だ健在なのだ。

 そして、拳士としては決定的な問題だが……今の彼女は人を殺める事や傷つける事に関して臆病になっている。

 「……本当、やばいなぁ」

 フドウの一件で完全に自分の問題が自覚された。この問題を改善せぬ限り将来確実に自分は問題を抱える。

 それだけは嫌だ。守られるだけじゃ……今のままじゃジャギを……ジャギを守る事が出来ず終わってしまう。

 「頑張らないと」

 そう、呟いて彼女は森の中に駆け込む。

 自分の問題に悩みこみ、ゆえに彼女は気付かなかった。

 その後ろを、カレンが注視しつつ数秒後に森の中に続けて入り込んだのを。






   ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



  「……何とか無事追跡成功ね」

 森の中は障害物が多い。それでも何とかばれずに尾行出来るのは師に感謝と言ったところか。

 彼女は少々高揚した気分でアンナの姿を追っていた。人の秘密を暴くと言う事は悪い事だが、それと同時に背徳感とは抗い難いものだ。

 アンナが立ち止まる。それと同時に慌ててカレンは物影に隠れた。

 (さて……一体誰……)

 カレンは木の陰から盗み見る。アンナに近づいた人影の姿を。

 そして、彼女の思考は停止した。


 





 あれ……リンレイ様?


 



 (何でリンレイ様が……え? え?? リンレイ様が……アンナの師匠?)

 カレンは何が何だか解らず混乱する。

 アンナの前に降り立った姿。それは間違いなく自分も良く助言をしてもらうリンレイだ。

 だが、リンレイ師は水鳥拳のロフウの妻であり、そして伝承者の座から外れた物として鳥影山で教師としている身の筈。

 それが何故アンナに教授を?

 (え? って事は何?? アンナは水鳥拳を習っているって事なの??)

 と言う事は……アンナは。

 ……レイ兄様と……兄妹弟子と言う関係になるのか?

 胸に感じる小さな痛み。

 それと同時に湧き上がる脳裏に浮かぶアンナの笑顔に芽生える小さな黒い感情。

 カレンは頭を抱え木の背に隠れながら気付いた……自分の感情に。



 今自分は……アンナに嫉妬していると。






    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 「……シュウ師匠」

 「む? 何だカレン、そのようなやる気のない声を出して」

 ……数日後、カレンは気だるげな調子で自分の師に問いかけていた。

 「……師匠はぁ、恋した事とかってあります?」

 「何を言ってるのだ……。……そうだな、この歳まで拳に集中して、色事など全く縁が無い」

 「ですよねぇ~。……はぁ~」

 何やら重たい溜息を吐くカレンに、シュウは頭を掻きつつカレンを見遣る。

 自分の悩みもそうだが、カレンはここ数日どうも集中力に欠けてぼうっとしていた。

 大方レイの事だとは理解している。だが、それについてはどうも変だと感じシュウは決心すると口を開く。

 「何があったのか? レイの事で」

 「……レイ兄様じゃ有りませんよ。レイ兄様は悪くありませんもん。えぇ、まったくもってね」

 「??」

 何とも解りにくい言葉にシュウは困惑する。どうも、複雑な事らしいと判断付けて更に尋ねる。

 「何だ、ならば何を悩んでいる?」

 「……師匠。レイ兄様の弟子って何人位居るんですか?」

 そう切り出されて、シュウは疑問を感じつつも素直に答える。

 「私が知る限り、ロフウ様は今レイ以外に誰も弟子を取っておらぬな」

 「……ですよねぇ」

 その言葉に、更に溜息が重くなった。一体何なんだ? とシュウは首を傾げるも、カレンは答えない。

 「……レイに誰か好きな奴でも居たのか?」

 「……い、い、え~」

 その問いかけに対し、少しばかり口調がきつくなった事で図星か? とシュウは思う。

 だが、カレンの反応がそこまで大きくなかったゆえに、シュウは当たらずとも遠からずなのだろうな、と考えた。

 「レイに好きなものがいるなら、すっぱりと諦めるのだな」

 「……簡単に言っちゃってくれますよねぇ~。もうっ、師匠は女心をもっと勉強すべきですよ」

 その言葉にシュウは苦笑いするしかない。何せ女縁など全くもって無いゆえに。

 「私は当分結婚もせぬだろうからな」

 「どうですかねぇ。そう言ってこの一年以内に結婚とかしたら、逆立ちで鳥影山一周して下さいよぉ」

 「解った解った。ならば賭けに負けたら、お前はこれから文句言わずに修行しろよ?」

 「はいは~い」

 「はい、は一回だ」

 カレンは少しばかり不貞腐れた様子で修行を開始する。シュウはやれやれと言った様子でそれを見るのだった。





 ……。




 「考えてみれば、アンナが水鳥拳だからって別にレイ兄様が好きな事と何ら関係は無いんだよね……」

 けれど、嫌なものは嫌なのだ。アンナがレイと同門である事が。

 それは、汚い嫉妬。自分の中にある排除し難い醜い女心だ。

 「? ……でも、何でアンナは水鳥拳を習っている事を隠そうとするんだろうな」
 考えれば謎だ。別に水鳥拳を習ってるからってアンナを誰か責めるだろう。

 「……あっ、考えてみれば私が襲った連中見たいな奴等がアンナを標的にするよね」

 そう考えると辻褄があう。そうか、だからアンナは必死で自分が水鳥拳を習ってるのを隠してたんだ、と。

 でも、未だ気に掛かる事がある。ならばリンレイ様がアンナに教える訳は何故なのか? と。

 「……更に謎が増えたわね」

 カレンは更なる欲求を満たすがゆえに決意する。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 カレンは、意を決しその翌日にリンレイの元へと直行した。



    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 河のせせらぎが耳を打つ。森が風の力を受けて波打つのが自然と一体化した体の中に感じる。

 今、私は森だ。一つの自然なのだとリンレイは木と同化しつつ感じていた。

 「リンレイ様ー!」

 ……その無心で森林と同化していたリンレイの自我は急速に現実に引き戻される。

 瞑想していた自分を呼び戻したのは一体誰だろうと、リンレイは声のする方を見て納得して頷きつつ口を開いた。

 「あら……カレンね」

 「いきなりの訪問に申し訳ありません! あの……修行の邪魔でしたか?」

 活発そうな顔で、上気した顔でカレンは見上げるようにリンレイに尋ねる。

 「いいえ、大丈夫。……それで、そんなに急いで来たのは如何言う理由でかしら?」

 見れば駆けて自分の元に来たのだろう。それだけ急いだならばある程度の事情はある筈だ。

 リンレイの問いかけに、少しだけカレンは躊躇したように尻込みする。リンレイが首を傾げていると、意を決してカレンは顔を上げた。

 「あ、あの何故アンナはリンレイ様に水鳥拳を習ってるのですか!?」

 その言葉、その訴えにリンレイは目を見開く。

 それと共に、リンレイはこの前にアンナに師事した際に何処と無く近辺から何やら視線を感じたのを思いだしていた。

 ただ、リンレイは悪意ある視線には感じなかったので獣の類かと思い気にしてなかった。何故もっと注意しなかったのかと悔やむ。

 「あ、あの……やっぱり不味かったですか?」

 「いえ……少々自分の迂闊さに腹が立っただけよ……そう、見たのね」

 目元を押さえたリンレイを心配そうに気遣うカレンにそう呟き、観念したようにリンレイは顔を上げてカレンへ口を開く。

 「……まず、これは約束して欲しいけど。アンナが私の元で修行してる事は内緒よ」

 「それは構わないですけど……それはアンナが他の人達からやっかみを受けるからですか?」

 そのカレンの純粋な問いかけに、リンレイは弱弱しい微笑みと共に答えた。

 「まぁ、そう言う考え方も面白いわね。……けど、もっと事情は複雑なのよ」

 「事情?」

 リンレイは、カレンに言って良いか迷う。

 けど、秘密を自分だけで収めとくより、未来を担うこの娘にも言うべきかとリンレイは判断して告げた。

 「そうね……まず、一つの理由として私は水鳥拳の伝承者争いから身を引いた。ゆえに、私は本来師事する事はご法度なのよ」

 「え……ですが」

 カレンの言いかけた口を視線で封じつつ、リンレイは続ける。

 「南斗聖拳の定義ならば問題ないわ。けれど、108派の正式な拳法を教えるならば別。それは正式に認可を受けなければ
 普通は無理。……水鳥拳ならば尚更の事。108派の上位の拳法は、悪用されれば大きな禍となるのは知ってるでしょう?」

 その言葉を聞き、カレンは前に世間を騒がせた一つの事件を思い出す。

 「えぇ、確か木兎拳も……」

 「そうね。私はその伝承者の護送に立ち会ったから解るわ。南斗聖拳は間違った人物が使えばどのような末路を辿るかもね。
 あの人は言ってたわ。未来は闇……例え如何なる拳法家と言えど、心の闇を消せはしない。未来は絶望だと……」

 けどね……そこでリンレイは口を止めて、そして微笑と共に再度口を開く。

 「……あの子がね、南斗相演会で言ってくれたのよ。今が幸せだから、今の夢を守るのが私や南斗拳士の使命だとね。
 その言葉で未来は不確定で闇だとしても悩む事ないと知ったわ。何せ、今も守れぬようであれば、未来など到底守れないもの」

 「……その子って」

 多分、カレンの予想している人物。リンレイは具体的に示さずもカレンには既に予想付いていた。

 「……アンナはね、鳥影山で私と出会って……そして今の夢を、幸せを守る力が欲しいと言ったの」

 「だから、私はその願いに応えた……信じられる? 私が許すが解らない状態で、構えの姿勢を三日三晩維持したのよ」

 困ったものよね。そう言って、リンレイは世話の掛かる娘の事でも話すかのように、話を続ける。

 「……確かに、私のしている事は間違いかも知れない。けれど……あの子との約束を破る事は、人として私が許せないの」

 そう、リンレイの告白する瞳は静かで……それでいて誰も崩せぬ強い光が煌めいていた。

 カレンは、その光に半ば圧倒されつつも……問わずには居られない。

 「……アンナは、水鳥拳を極められるんですか?」

 「私が教えるのは、あくまでも水鳥拳の女拳よ」

 「……水鳥拳の……女拳?」

 怪訝な顔になったカレンに、リンレイは優しい口調で聞かせる。

 陰と陽。南斗水鳥拳は剛と柔を兼ね備えた拳であり、自分は柔の拳を身に付けているのだと言う事を。

 「じゃあ、アンナは結局水鳥拳を完全に覚えないと言う事ですか?」

 「……どうなのかしらね。あの娘は私が最初にそう確かめた時、それで構わないと言ったわ」

 そう言って、遠くの方へとリンレイは顔を向ける。……遠くを見つめる目で。

 「本当……あの子は不思議ね」








    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 ……羨ましいな。

 


 夕日を見ながら、カレンはアンナの事を聞かされて思ったのは漠然とした憧憬。

 アンナが水鳥拳を学んだ経緯は知った。きっと……自分では到底理解しえぬ深い事情が未だ他にあるんだろう。

 ……レイ兄様に憧れて自分は強くなろうとしている。けど、アンナはどうだろう?
 
 きっと……多分だけど、ジャギと言う其の好きな人の事とかじゃなく、もっと色々と重要な事であの人は鍛えてるに違いない。

 カレンは、アンナの何時も浮べる微笑みが今では仮面のように感じられていた。

 「……あぁ~、何だろう、この敗北感」

 何と言うか……色々な意味でアンナは大人だ。

 常に今まで誰かと比べた事は無かったけど……これだけは言える。

 レイと同じ拳を学ぶアンナが。

 誰からも好評価であり、それでいて暗黙下に注視されているアンナが。

 南斗の女性拳士ならば、一度はこうなりたいと憧憬されるリンレイに師事を受けるアンナが。

 どうしようもなく羨ましいと、恋とは違った意味でアンナにカレンは嫉妬していた。

 (……負けたくないなっ!)

 「……よしっ、決めた!」

 カレンは、決意を固めると土手を降りて女子寮へ行く……行き先はアンナの住む寮。








 ……。






 「アンナ姉さま!!」

 「……ふぇ? カレン?」

 一瞬何事かと思った。このような呼び方するのは本来何時も自分の兄にべったりなシドリなのだが、声から違う事を理解して
 首を向けたら最近仲良くなったと思っていたカレンである。修行で泥だらけになった顔を洗っていたアンナは間の抜けた顔になる。

 「私は! 南斗翡翠拳の! 伝承者になるカレンです!!」

 「……うん、知ってるけど」

 アンナは首を傾げる。何やら挑戦状でも突き付けるような口振りである。何か気に障った事でもしたかしらんと考えるアンナを
 他所に、鼻息荒くカレンは自分の方へと近づいて、ビシッと行儀悪く自分を指すと宣戦布告をしてきた。

 「私、負けませんからね!!」

 「……へ?」

 「例えアンナ姉様がレイ兄様と同じようでも……私は絶対にアンナ姉様より強くなりますから!! 覚悟して下さい!!」

 「……は? え?? いや、あの……」

 「それじゃあ御機嫌よう!!!」

 言いたい事だけ言ってカレンは立ち去る。それはもう颯爽と夕日に飛び込むようにカレンは風のように飛び去った。

 「……何なの? あれ?」

 アンナは何が何やら解らず呆然しきってカレンを見送る。一部始終眺めてたハマは、憐れみを込めてアンナを見ていた。






 一羽の翡翠が居る。

 その翡翠は水鳥に恋に陥り、そして白鷺の弟子であり、そして鳳凰の反乱に絶望して天を求める王の家臣となり水鳥の爪に身を裂いた。

 だが、今の空の下では一つの花弁によって彼女の目標は少々異なりを見せる。

 運命に流されて美しく舞う花弁のように、可憐に舞いたいと翡翠は花弁を追って空へと舞う。

 





                       願わくば……翡翠と花弁の行く先が光で満ちる事を願おう。











               後書き




    南斗流鴎拳伝承者リュウロウは未だ出る予定無いです。



 某友人<お前、作品毎にムラありすぎ。もうちょっとモチベーション崩さずに深呼吸して書け。



 



   ツンデレっすか?






  ……やべぇ、テンションが可笑しいっす。










[29120] 【巨門編】第三十四話『火と風 宙に舞いし淡き想い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/14 13:01



 カレン鳥影山に参入。その一方で人知れず他にも女性拳士が一人鳥影山に入っていた。

 その出来事はアンナを通じてジャギにも知れる。

 丁度昼食時であったであろうか? ジャギは鳥影山でアンナがカレンにライバル視された出来事を聞いてた時である。

 「……で、カレンったら何故か知らないけど私にライバル宣言したんだけど」

 「あぁ……頑張れ」

 恐らく、それだけで幾多の試練を味わったジャギには何となく知れたのだろう。アンナに憐れみに似た目を浮べる。

 「他人事見たいに言わないでよぉ……って、まぁそれはいいや。あ、他にもうちの知る範囲でだけど一人入ってきたよ」

 「誰だ?」

 もしも原作の人物なら知り合いになりたいな。そう思いつつジャギはアンナに返事を返す。

 「ジャギが全く知らない相手、南斗鯵刺拳って言う伝承者候補の子。何かエミュと出会って嬉しそうだったな」

 「……エミュ?」

 ジャギは新しい名前が出て一瞬沈黙する。

 そんなジャギに呆れた目つきでアンナは説明する。

 「もう、忘れたの? 南斗食火(ひくい)拳伝承者候補のエミュ。前に一回私の寮の人達全員紹介したじゃない」

 「……あっ、確か居たな。何か引っ込み思案っぽい娘」

 ジャギは思い出す、他の女性拳士の背中に隠れて自分をちらちら見ていた女の子を。

 「……それが如何かしたのか?」

 「別にどうもしないけど話したっていいじゃん。ユウガって名前でね、何かエミュとは昔からの付き合い見たい」

 そう、野菜を噛みつつアンナは暇潰しにジャギに話を続ける。

 回想するとこう言う感じらしい。




 寮で何時ものように森で修行をしようと出たアンナ。そして道中に近づいてくる女性。

 その女性は荷物を背負いつつ歩いてくる。その道中で彼女は何かを見つけて嬉しそうな顔で走り出す。

 その彼女の走る方向にはエミュが居た。そのエミュも気配に気付いてか明後日の方向を向いてたのを止めて振り返る。

 そして、目を僅かに見開いた後に二人とも嬉しそうな顔を浮べて抱きつく。その時偶々居合わせたアンナはなし崩しに自己紹介
 に付き合ったと言う感じだ。アンナは、それを事細かくジャギへと伝えつつ、殆どご飯を終わらせながら話を締めくくる。

 「何か私とジャギと同じく昔からの幼馴染で、ユウガってエミュのお姉さん代わりだったらしいよ。二人とも本当は
 同じ伝承者候補を目指したかったらしいけど、適正を師匠が見極めて数年前に別々に過ごすようになったんだって」

 その言葉をへぇ~とジャギは相槌打ちつつ聞く。それ程ジャギは新しく来た女性に関心を持ちはしないゆえに興味も薄い。

 「……でね、エミュって耳が生まれつき聞こえないじゃない? 北斗神拳なら治せない?」

 「でかい声で言うな!」

 何気に重大な事をさらりと言ったアンナに、ジャギは慌ててアンナの口を封じる。

 ジャギが北斗神拳を習っているのは主に秘匿である。何せ伝説の拳法ゆえに、誰が聞いて悪用するか知れない。

 最も、今はアンナとジャギ以外の拳士達は離れて食事してるゆえに幸いにも誰も興味なさそうだった。

 運が良いと胸を撫で下ろすジャギの前で、アンナは再度尋ねる。

 「ねぇ、どうなの?」

 「アンナ、もうちょい注意してくれよ……そうだなぁ」

 無論、治せるなら治すに越した事は無いだろう。ジャギは秘孔治療を父……リュウケンから聞いた時を思い出す。

 『人間にはおよそ今まで先人達の研究もあり708の秘孔がある。その秘孔を正しく学ぶ事が出来れば肉体を強靭に化す事は勿論
 病を短期で治療し、または気を増量させる事が可能だ。多くの北斗神拳伝承者達は伝承すると共に秘孔を新しく発見
 する事を行いもした。だが、秘孔は正しく扱わなくては諸刃の剣となる。決して生兵法では扱わぬ事だ……良いな』

 締めくくりでとても恐ろしい顔で念を押した父の顔をジャギは思い出す。

 「……言っておくが俺じゃあ治せねぇぞ」

 「誰もジャギに治せと言ってないって。ジャギのお父さんなら出来るでしょ」

 そう言われて、ジャギはリュウケンの顔を思いだす。

 今まで色々と世話をして貰った身、余り最近は余計な事で父に迷惑掛けたくないが……まぁ、情けは人の為ならず。

 「まぁ、一応聞いとくぜ。だが、あんま期待すんなよ?」

 「わかってる」

 アンナの微笑みを見つつ、ジャギはとりあえず親父に拝み倒そうと少々重い吐息を吐きつつ北斗の寺院がある方向を見るのだった。



    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・




 私には一人姉と呼んで差し支えの無い人がいる。

 『エミュ、困った事があったら私に何でも言ってね』

 その人の名前はユウガと言った。ずっと私が小さい頃、私の側にずっと居てくれた人。私が命を張ってもいいと思える人。

 私は生まれつき耳が聞こえなかった。先天的な障害らしい。

 両親は、私の障害を最初は困惑しつつも受け入れつつ大切に育ててくれた。私は両親がとても好きだった。

 ……物心が付いて数年後に事故で失くす事が無ければ、私はもしかしたら南斗拳士にならず、今でも両親と一緒に居たかも知れない。

 私は気が付いた時には一人ぼっちになった。そして、親類から疎まれた私の行き着く先は一つの孤児院だった。

 本来、耳が聞こえず文字も余り未だ出来ない私は同年代には格好の玩具扱いの標的になっても可笑しくなかったと思う。

 それを助けてくれたのは……前述にも印したユウガだ。

 『あたしユウガ! エミュっていうんだ! きれいななまえだね!』

 私は綺麗な名前じゃない。それなら余程ユウガの方が名前通りに優雅な名前だと思う。

 私の何処か気に入ってくれたのが今でも不思議だ。けど、それを尋ねてもユウガは笑うだけで答えてくれない。

 私は……彼女を姉として慕い、そして彼女の幸せが何よりも望んでいた。






    ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 私は南斗鯵刺拳と言う伝承者候補。

 鯵刺と言う渡り鳥を模した拳法。風に乗るようにして海を越す如く強靭なる力を保持しつつ闘う事を担いし拳……。

 そう、師匠から聞かされたが少々眉唾ものに聞こえる。まぁ、今は私の拳法に関してはどうでも良い。

 私には一人の妹と呼んでいい子がいる。

 その子の名はエミュ。私にとって自慢の妹。

 彼女と出会ったのは一つの孤児院。……私は何時もそこでは一人ぼっちだった。

 少々男勝りで、他の子供達と常に喧嘩する事なんて日常茶飯事。

 『いっその事男の子に生まれたらねぇ』

 そう、院長に言われた事もあったが余計なお世話だ。私は問題児だと言われつつ過ごしていた。

 そんな時だ、フッと彼女が現われたのは。

 人形見たいに無口な女の子。目を離したら消えそうな雰囲気だったのが思い出の中に強く残っている。

 私は最初は別段気にしなかった。けど、三日程して何も喋らない彼女が気になって院長にしつこく聞くと、全てを知った。

 耳が聞こえない可哀想な女の子。事故で両親を失った女の子。

 私は、耳が聞こえないと言う事に関しては最初どう言う事が解らなかった。

 だから自分で試してみる事にする。適当な物で耳に栓をして、外に飛び出して見る。

 そして……無音の世界の恐ろしさを数分で私は知った。

 何も聞こえず、聴覚以外の全てが鋭利に五感を刺激する。

 私はエミュの苦しみをほんの少しだけ知って……そして、言い方は悪いが保護欲に似た感情が私に現われた。

 私は、どう彼女に接して良いか最初解らずじまいだった。

 けど、エミュが他の子供達に何も言わない事を指摘されて周りから笑われた時……私はカッとなってそいつらを殴った。

 当然、私は他の大人達から叱られる。食事抜きにされて室内に入れられて。

 私は後悔なんてしない。正しい事をしたのだと考えて横たわる。

 その時だ……エミュが私の前にパンを抱えて窓から現れたのは。

 『-----だいじょうぶ?』

 口元だけの動きだけど、そうエミュが言ったって事は解った。

 



 彼女と、家族になるのはそう長い時間は掛からなかった。

 それを機に、私はちょくちょく彼女の周りをうろつき、そして彼女を苛める輩に対して拳で相手をした。

 たびたび大人にそれを咎められるけど、私はエミュを守れるならば別に構いはしなかった。

 エミュは私に対し何時も気に掛けてくれた。喋れなくても、彼女は私以上な洗練された気遣いで周りに私が優しい人間なんだと
 広めて私の少々尖っていた毎日を優しい色に変えてくれた。……私はエミュを何時しか本当の妹のように接していた。

 何時かの時、私は彼女と姉妹になる約束をする。

 その時、エミュは一瞬驚いた顔をして……そして嬉しそうに小指を絡ませる。

 私の生活は新たに優しい音を奏でるようになった。そんな日がずっと続けば良いと私は考えていた。

 ……そして、私達は数年後に南斗拳士の才能を認められて伝承者候補へとなる。

 最初一緒だと私は思っていた。だけど、私とエミュでは拳の才が異なるとはっきり言われて別れる事になる。

 私は怒鳴った。エミュと別れる事なんて出来ないと、あの子と別れる位なら伝承者候補なんて糞喰らえだと叫んだ。

 けど、それを止めてくれたのは紛れも無くエミュで……エミュはその時には既に覚えていた手話でこう言った。

 『離れても私達は姉妹』

 そう言って、私は涙を呑んで彼女と別れる。

 ……何時か伝承者になったら私は彼女を守る。そしてエミュと一緒に暮らすんだ。

 その決意を胸にして……そして私は数年振りにエミュと再会する事になった。

 私は南斗鯵刺拳のユウガ。今の私の境遇はほぼ幸せの境地と言って良い。




      ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 ……そして、少々時と場所は移り変わる。







 (……疲れた)

 エミュは歩いていた。町の郊外と言える森林の中を。

 (ユウガ姉さんが来てくれた事は嬉しいけど、だからって盛り上がって酒まで出るのって可笑しいよね……)

 何せ彼女の住まう寮には、女性好きのキマユ含め、アンナの兄に病的に恋しているシドリを初め濃い女性拳士ばかり
 集まっているのである。アンナが来た時も歓迎して最初お祭りムードになっていたのだ、エミュの姉と聞き歓迎ムードと
 なった女性寮では夜遅くまで宴会になっていた。誰が酒を持ってきたのかは不明だが、気が付けばほぼ酔いつぶれていた。

 (ジュースだと思ってたらカクテルだったもんなぁ……)

 多分ではあるが、その元凶は宴会中に青い縦線を引いてカクテルの入った缶に最初気付いたアンナかと思われる。

 元々アンナの住む場所は酒場であるゆえに、彼女のうっかりが発動したと見て間違いない。

 エミュは酔いつぶれた全員を介抱、及び薬や滋養のある食べ物を買う為に外出帰りだった。

 まったくしょうがない姉さんだなぁと苦笑いしつつも彼女は楽しかった前夜を思い出し少々浮ついて歩いていた。

 ……ここで思い出して欲しいのが、彼女は先天的な障害で耳が聞こえない事である。

 南斗拳士になって、耳が聞こえずとも他の感覚が研ぎ澄まされているゆえに別段困りはしない彼女だが、耳とは危険を
 察知する為の人間の重要な器官の一つである。彼女は、本来ならば察知出来る危険を、その時察知出来ていなかった。

 (……っ!?)

 森の中央部、その時になって彼女は何処と無く自分の周囲の空気が何か振動しているような気配に違和感を感じ立ち止まる。

 何かが可笑しい……そう考えていた時は既にソレが周囲を囲んでいた。

 (は……蜂?)

 自分を取り囲むもの……それは蜂。

 しかも人間を殺傷する事が可能であるスズメバチである。彼女は、不用意に近づいてはいけない場所へと足を踏んでいた。

 声を出そうにも、生まれつき聴覚を失った彼女の口からは掠れるような吐息しか出ない。

 逃げ出そうにも、ほぼ視界に映る全体に飛んでいる蜂が自分を包囲しているゆえに動く事もままならない。

 エミュは死を覚悟した。幾ら自分が南斗拳士でも、この量のスズメバチでは全て薙ぎ倒す前に幾らかは刺激して刺されるだろう。

 そして、スズメバチに幾度か刺されればアナフィラキシーショックを受ける事を、彼女は知っていた。

 目を瞑る。そうすると無音と共に闇が全てを包み込む。

 それで何かが変わる訳でなくとも、彼女は迫る恐怖から逃れるにはこの方法しか思いつかなかった。

 呼吸を押さえる、時間と共に彼女の周りから小さな死神達が消える事を祈り……。





 ……その時だ。彼女の感じる空気が暖かく変わったのは。



 (……?)

 彼女は不思議がる、全身が恐怖で冷たく化していた時に感じた突然の熱に。

 まるで突如暖かな火が自分の周囲を囲んだ……そう彼女は感じた。

 恐る恐る彼女は瞳を開ける……そして。



 『……無事か?』


 そう……まるで火のように真っ赤な髪を生やした男性が、自分の顔を覗き込んでいるのをエミュは見た。





     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・



 まったく、今日は厄日だ。

 そうシュレンは思いつつ森林の中を歩いていた。

 「まったくヒューイとジュウザの奴め。偶々俺が負けたからと言って俺に買出しを命じるとは……」

 拳の修行……最近ではジュウザも不平不満を余り零さず真面目にやり出したゆえに自分の気苦労も減ったと安心していたが
 最近ではまたジュウザの悪戯心が復活したのか、偶にゲームと称し自分やヒューイを相手にジュウザは無茶をする。

 以前は確か子供がするような蹴鞠で勝負を挑み、今回は紙吹雪を幾つ取るかで競い合った。

 「あいつめ、絶対に今回は俺が負けると知っていただろう……炎を扱う俺に紙吹雪を取れなどと死ねと言うのと同じではないか」

 何しろジュウザの場合奇想天外な動きから瞬時に小さな紙片を取る。

 ヒューイからすれば、ヒラヒラと舞う紙片など、修練中ながらも器用に風を操れるあいつからすれば容易い事なのだ。

 南斗五車星であり、五車炎情拳を扱う自分は燐を体に纏い、その燐を拳の素早さと併合する事により炎を武器とする。

 「……まぁ、この程度でジュウザが真面目に五車星の役割を行使してくれるならば安いものか」

 そう、シュレンは前向きに考え軽くは無い荷物を抱えて森を歩いていた。

 (……むっ)

 その時だ、彼の第六感に走るもの。

 耳に走る羽音、それは正しく彼は人間にとって天敵と称して良い生物を感知していた。

 (この音、スズメバチか……我が拳には恐れるに足らぬ相手……)

 シュレンは最初面倒だなとも考えたが、ジュウザとヒューイに負けた屈辱を晴らすのも一興かと前へと進む。

 そして立ち止まる。彼の目には、枝を掻い潜ると共に蜂の大群が一人の少女を囲むように飛びまわっていたのを発見したからだ。

 (いかん!)

 見れば少女の斜め上には頭ほどの巣が生えている。何を考えて進入したか知らぬがこのままでは少女の命は危ういだろう。

 荷物を投げ出し、シュレンは飛び出す。彼は腕を回すように動かし体に纏う燐を空気と擦れあわせ何もない空間に火を生み出した。

 「南斗五車星、炎の拳!」






                                 五車炎情拳!!!





 空気と燐の触れあいによって生まれた火は、彼の拳の動きから次第に大きくなり炎へと移り変わる。

 その炎は彼の意思を宿すが如く、彼の腕に炎は纏った。

 「渇(カツッ)!!」

 気迫の一声と共に炎は少女へと打ち出される。

 顔を俯いた少女は動かない。だがシュレンにとって動かぬ事は計算済みであった。

 「墳(フンッ)!!」

 裂帛の気合。それと共に五字を切る如く手を動かすと、炎もまるで応えるか如く少女に触れる前に少女の体を包むように広がった。

 スズメバチはその炎によって羽を焼け爛れる。虫にとって火とは天敵、シュレンが相手の時点で勝機は僅かだったと言って良い。

 シュレンの見渡す限り蜂はほぼ焼け落ちた。安堵の溜息と共に少女へと近づく。

 「おい、もう終わったぞ。蜂は全部死んだ」

 ……だが、声を掛けても目を瞑っている少女から反応は無かった。

 (? ……恐怖で気を失ったのか? いや、それとは違うな)

 疑問を抱きつつ、シュレンはもっと少女へ近づく。顔を覗き込むようにして少女の顔色を窺った。

 (顔色は蜂に囲まれた所為か血の気が薄いが……何処も刺されてはないな。やれやれ、大事なくて幸いだった)

 これで二匹にでも刺されては笑い事にもならぬ事態だったとシュレンは思う。

 そう考えていた折、ようやくシュレンが安否を憂う少女は恐る恐るといった調子で目を開けた。

 「大丈夫か?」

 シュレンは問う。少女は驚いた様子でシュレンをまじまじと見ていた。

 (……そう、直視されると反応に困るのだがな)

 シュレンはそう思いつつも、精一杯安堵させる笑みを浮かべて言葉を続ける。

 「大丈夫だ、もう全部蜂は死んだ」

 そう言って指を下に向ける。地面には丸まった幾つもの縞々の羽虫達が焦げながら横たわっていた。

 「ほらっ、安心だろ?」

 ……少女は未だ何も言葉を発していなかった。未だシュレンの顔を見て、そして僅かに視線を落として蜂を一瞥する。

 すると何か起こったのかようやく知れたのだろう。少女は驚いた様子で地面とシュレンを交互に見た。

 そして、慌てた感じで口をパクパクと開き何かを言おうとする。

 シュレンは、その様子を不思議そうに見るしかない。その態度に少女も気付いてか、荷物を地面に下ろし、胸元から
 一冊のメモらしきものを出して急いで何かを書く。そして、走り書きで歪だが、大きな文字でシュレンにそれが見せられた。

 『たすけてくれて、ありがとう』

 (……そうか、この娘……口が)

 「喋れぬのか」

 そう言うと、少しばかり悲しそうな色を瞳に浮べて少女はぎこちない微笑を浮べる。

 (しまった、軽率だったな。……俺の愚か者め)

 頭の中に小さなジュウザが浮かび『シュレンは女心をわかってねぇなぁ』と揶揄する。急いで頭を振ってジュウザを追い出す。

 (この俺に細やかな気遣いなどしろと言われても無理に決まっているだろ)

 『だが、兄よ。それでも一介の娘に対しいきなり喋れぬのか? と問うのは頂けぬな』

 次に、目の裏で風を操りし我が弟がそう苦笑しつつ自分に返答する。

 その言葉にシュレンは答える言葉は見つからない。何せ、自分は生まれながらの五車の戦士。町娘を相手にする事など殆ど無いのだから。

 そう、考えていたシュレンを、少女は新しい紙に書かれた文章を恐る恐ると言った様子で差し出していた。

 『だいじょうぶですか?』

 「……ん、あぁ。済まんな、いきなりぼうっとして……」

 そう、口早にシュレンは言い切る。見っとも無い所を見せたと思いつつ、シュレンは気を取り直し少女へと問う。

 「家は何処だ? このような場所で長居するのは危険だぞ」

 何せこの森林には多くの巣がある筈。シュレンは一つの巣以外にも未だ有るだろうと見当を付ける。

 「急いで此処を離れ……」

 そこで、シュレンは言葉を閉じる。そのシュレンの様子に少女も気付いてかシュレンの方向に首を向ける。

 そして二人とも硬直した。何せ彼らの視界には、埋め尽くすほどの大量のスズメバチが彼らに音鳴らして威嚇してたのだから。

 「……これ程居たのか」

 そう言えば前に聞いた事がある。蜂には死んだ後に仲間を呼び寄せるフェロモンを死臭に交えて放つような事を。

 「……下がっていろ、娘よ」

 シュレンは呼吸を整える。行き成りの大群に少々心乱れたが自分は南斗五車星の戦士……この程度の敵に恐れはしない。

 「五車……炎情拳!!」

 腕を突き出しつつ回す。それと共に燐粉は自身の腕に炎と化し我が鎧へと変化する。攻守無敵なる鎧へと。




 我は南斗の極星を守りし戦士。五車星の一つ……炎のシュレン!


 

 「来るがいい……!」

 南斗五車星、炎のシュレン。彼の初めとも思われる死闘が幕を開けた。





     
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 最初、目の前に映ったのは火のように真っ赤な髪の毛。

 そして、少々野性的な顔つきをした男性の顔。以前、アンナが紹介した彼氏さんに何処と無く似ている顔つきだった。

 本来、私はどちらかと言えば男性は苦手だ。孤児院に居た頃に良く男の子にからかわれていた事が原因だと思う。

 だけど、その時不思議だけど私はその人の事がちっとも恐くなかった。その代わりに浮かんだのは暖かな安心感。

 口元の動きでその人が私に怪我はないかと言う意味合いの言葉を言ってくれるのが解る。

 私は、あの大群の蜂はどうしたんだろう? と考えて地面を見る。

 すると、焼け焦げた蜂達が転がってるのを発見して……そして吃驚しつつも理解出来た。

 この人は一瞬にしてこの蜂達を倒したんだ……と。

 私の驚きが理解出来ないのか、その人は顔に似合わず不思議そうな表情で私を見ていた。

 恐そうな感じなのに、恐くない……何だがグレートデンって言う、昔姉さんが雑誌で見せてくれた犬に似てる気がした。

 私は急いでお礼を言おうとして口を開く。私はこの時その人のした事に驚いて喋れない事を一瞬忘れていた。

 すぐに気がつき何時も携帯しているメモに礼の文章を書く。急いでたので少々歪んだが解るだろう。

 喋れないのか。……そう、その人は哀れむでもなく、ただ平然とした顔でそう言った。

 決して、喋れぬ事で優しくされたいと思いもしない、かと言って憐れまれたくもない。

 だが、今助けてくれた人に自分が喋れぬ事を知られるのは少々心苦しい感じがしたのは正直な気持ちだ。

 そう思ってると、その人は言った後に苦悩するように頭を振る。まるで今言った言葉に対し後悔するように。

 優しい人だな。そう……私はフッと沸くようにその人が漠然とだけど、きっと優しい人だって感じた。

 その人は、気を取り直すようにして私に言う。一人では危険だから早く森を抜けろと。

 勿論、それが良いのだろう。今襲われた蜂が全部とは限らない。

 そして、その事を言いかけてる途中、その人は顔を固まらせて私の向こう側を見た。

 私は不思議に思って背後を向く。……私は、自分の耳が聞こえぬ事をここまで後悔した事は無い。

 大量の蜂、蜂、蜂。……呆れる程の蜂達が私達に向かい合うように浮かんでいる。

 スズメバチは、そう言えば警戒フェロモンを死んだ後に出すような事が書かれてた気がするなあ……と私は一瞬現実逃避で
 考えた。だからと言って、目の前の蜂達が消えるような事は無いのだけど……その思考の半ば、強い熱が私の横を通り過ぎた。

 『下がっていろ』

 私は、幻聴でなければはっきりと、その人の声が聞こえた。

 熱を通して、その人の感情が伝わるような気がした。……守護せんとする、誰かを守ろうとする想い。

 私は、その背中が一瞬自分の姉と重なり……そして、私の目の前でその人は突如として炎を産み出す。

 その顔に浮かぶのは戦士の顔つき。誰かを守らんが為に命を賭す南斗の拳士と同類の顔であった。

 ……胸が震える。その人の炎に私の心まで火傷するか如く。

 ……あぁ、その人の全てを守らんとする火を掻い潜り一匹の蜂が、その人を襲う。

 


 助けなくては。



 私は、気が付けばその人の横に立ち、拳を構えていた。







     
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

 (っ……少々不味いか)

 五車炎情拳。炎を操りしシュレンを代表すべき象徴の拳。

 炎を纏い、その火に触れし敵を焼き尽す拳。体中に纏いし燐粉の有る限り、その炎は無限にシュレンの体から生まれ敵を焼く。

 だが、数十秒してからシュレンには少々焦りが見えていた。何せ今のシュレンは五車炎情拳を担う者ではあるが未熟な者。
 自身の纏う燐粉にも限りがあり、そして彼自身の器量では恐れを知らず敵を刺す事だけを考える自然の殺人鬼には
 最高の相性たる拳を持ってしても一歩間違えれば敵の進行を許しかけていた。シュレンの額に一筋の汗が宿る。

 (敵の数が俺の炎よりも多い! このままでは全て焼き尽す前に奴等の針が襲う)

 さすればどうなるか? 無論、自分の背後に居る少女まで犠牲となるだろう。

 それだけは……断じて五車星の戦士として有ってはならぬ事だ!

 「はぁぁぁぁぁ……!」

 腕を回す、炎の渦が生み出され襲いかかる蜂達を阻む。

 一瞬の僅かな火の壁。それに躊躇した蜂達を確認してシュレンは後ろへと首を向ける。

 「今だ! 早く逃げ……!?」

 だが、シュレンの願いは拒否される。

 自分の時間稼ぎの間に、少女が逃走する事を願ったシュレンだが、少女は気が付けば自分の横に立っていた。

 「何を……」

 文句の言葉が紡がれる前に、少女は動く。

 その動きにシュレンは閉口する。ただの素人の構えではない。幾多の時を掛けて修行したと思われる拳法家の動き。

 ……これは!

 「お主……」

 言いかけた瞬間、シュレンの意識が外に向かったのを狙ったか如くシュレンを標的として蜂が弾丸のように飛ぶ。

 「っ」

 シュレンは早速炎を生み出すが、その前に蜂はシュレンを襲うだろう。一匹刺されただけでは痛みは伴うだろうが死ぬ事は無い。
 
 そう、一瞬来るであろう激痛を覚悟したが……その前にその蜂は十字へと引き裂かれていた。

 (……これは)

 シュレンは、横目で少女を見る。

 少女は、射抜くような視線で炎の壁から迫るであろう敵を観察していた。

 そして……今少女が放った技……それはまさしく。





                              
                                  南斗聖拳




                                  十字羅残掌





 「……ふっ」

 どうやら、早速自分の心配は杞憂だったとシュレンは小さく笑う。

 この場に居るのは戦士一人と少女一人ではない……ただ闘いに殉する戦士二人だけだ。

 シュレンは何か少女に声を掛けるか考えた。だが、直に少女が喋れぬ事を思い出して言葉は不要かと考える。

 ならば、自分がする事はただ一つ。

 シュレンは炎を更に高めて体へと纏う。体中の、自分の体に残る半分の燐を費やして彼の闘志に呼応するように炎を更に宿す。

 それだけで十分。闘いの前に、戦士の気合以外に何が必要か。

 少女も、横から感ずる上昇する熱に触れて感じ取ったのだろう。

 少女……エミュもまた自分の中にこれ程の闘志が宿っていたかと思える程に高まる熱を掌へと集中する。

 そして、波の如き炎と、その隙間を縫うが如く十字の斬撃。

 鉄壁の布陣の攻撃の壁により、森林の死神達は一分足らずして姿を消した。




      
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 「……やれやれ、まさか南斗の拳士とはな」

 暫く経ち、全ての敵を一掃した二人は心地よい疲弊を感じつつ森を抜けた。

 シュレンは道中エミュが鳥影山で修行する拳士だと聞く。そして其の強さが本物である事を、一人の拳士として誇らしかった。

 『シュレン様は、お強いのですね』

 「なぁに、俺は未だ未熟。早く一人前になって五車星の役割を真っ当に勤め上げられる程になりたいものだ」

 エミュの紙を一瞥しつつ、シュレンは笑いながら自分の将来を語る。

 そんなシュレンの語りを、エミュは淡い微笑みと共に時折頷きながら聞くのだった。

 「……ぉ、どうやら着いたな。ではな、エミュ」

 鳥影山に通ずる本道へ着くと、シュレンは南斗の里へと戻る道へと引き返す。

 エミュは、シュレンとは違う道である事を知っている。ゆえに、本来の消極的な彼女ならばそのまま分かれても良かったのだが……。





 ……ギュッ。




 「む?」

 『……あ、の』

 エミュは、気がつけば彼の腕を握り、そして声に出ない口で必死にシュレンの顔を見つめて言おうとした。

 『また、あえますか?』

 そう、口が動いてから。彼女は自分のしている事に戸惑い顔を下に俯く。

 シュレンは暫しエミュを見ていた。そして……。

 エミュは顔を上げる。シュレンは、エミュの顔を見つめつつ朗らかな笑みで言い切った。

 「あぁ! 当たり前だ! 何時でも会えるとも!」

 シュレンは思う。共に一つの敵を打ち勝った友に会う事に何ら問題は無いと。

 エミュは、そのシュレンの思惑など考えず。ただ、ただシュレンがそのように笑顔で自分に会う事を承諾してくれた事が嬉しかった。

 シュレンは立ち去る。笑顔で、今日と言う日に一人の戦士に会えた事を幸運と考えて。

 (……シュレン、様)

 そして、そんなシュレンの後姿を、じっとエミュ視界に無くなるまでシュレンを見続けるのだった。







       
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    

  鳥影山修行場。其処に一人の少女と、そして少し年上の女性が指文字で会話をしている。

 『エミュ、最近調子が良いじゃない。一体如何言う風の吹き回し?』

 そう、忙しく指が動き少女へと問う。その女性に、少女は笑みを浮かべて女性へと指で返事を返す。

 『別に何も変わらないよ。ただ、もっと強くならないと伝承者にはなれないから』

 そう、エミュは指で返事をする。それに女性……ユウガはぽりぽりと頬を掻きつつエミュを見つめ……そしてニカッと笑う。

 『エミュ、もしかして好きな人でも出来たんじゃない?』

 その言葉に、戸惑うようにエミュは赤面して指で会話するのを一時中断する。

 その様子にユウガはカラカラと笑いつつ肩を叩く。

 「何で解ったかって? ……まぁ、私も絶賛恋している身だからね。エミュが誰か好きかは聞かないけど、応援するよ」

 そう、ウインクと共にユウガが励ますのを、エミュは照れつつ彼女の好意に素直に感謝する。

 「エミュ、次に貴方の組み手よ」

 『はい』

 リンレイが近づき、彼女は一人の同じ女性拳士相手に構える。

 その前に彼女は一つのお呪いとして指をある一定の方向に動かす。相手の拳士は少々怪訝な顔をしつつも、多分構える前の
 一種の印相とか、そんなところだと考える。だが、それは印相ではなく、ただ一つの彼女が今想う相手の名を記す動きなのだ。

 『シュ、レ、ン』

 そう、指を動かすだけで彼女の心に小さな火が点る。

 彼女の強さの源に、シュレンの幻影は着実に浸透していた。



 ……そして。




     
     ・

             ・

        ・


          ・


           . ・


                ・

 
    
 ある時に、彼女は町へ降りてシュレンの居る場所へと目指す。

 シュレンに会う事、それだけを願い彼女は息を切らし彼女は駆ける。

 ……前方に見える火の如く髪の毛。そして武骨な体格をした後姿。

 彼女はそれを見て微笑み急いで近づこうとして……そして急に足を止めて顔を強張らせてシュレンと会話する人間を見る。

 (……ユウ、ガ?)

 それは、彼女の目が歪んでなければ正しく自分の姉だった。

 何故ユウガ姉が此処に? そして何故シュレンと会話を?

 そしてシュレン様の顔……それはとても楽しそうだ。

 そう、エミュの視界の中で広げられるシュレンとユウガの姿に心の中に湧き上がる激情の火は彼女の胸を焦がす。

 そして、彼女は後ずさりしつつ……シュレンとユウガから急ぎ離れていた。

 ……彼と彼女の会話の内容を聞く事なく。







 ……それは、ある日の世紀末に通ずる一つの起源。

 だが、彼女は未だ知らない。

 その自分の姉がどのような理由でシュレンと会話しているのかを。

 そして、シュレンとエミュ。そしてユウガと今は未だ姿を現さぬヒューイ。

 その四人の関係が、ある世紀末の悲劇の一つの要となった事を。

 未だ、誰も知らない。








                  


                後書き



  五車星も幸せになっていいじゃない。ジュウザやリュウガが世紀末に彼女作る事を想定しての結論。

 とりあえずリハクさんとフドウは別にいいよね。リハクさん奥さん一筋っぽいから死別してもトウだけに愛情注いでいるっぽいし。

 フドウさん? あの人はお子さんだけに保育士頑張って下さい。そして出来ればラオウ相手に頑張ってください。主に本気で。








[29120] 【巨門編】第三十五話『吹き上がるは闇色の武曲』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/19 08:17
 ジャギ十二歳。アンナ十四歳。

 来る日も来る日も鳥影山で(ジャギの場合は北斗の寺院と交互に)の彼ら彼女らの修行は続いている。

 ジャギは来年に向けてトキに医術を教えてもらいつつリュウケンから秘孔を学ぶ。
 ケンシロウと組み手を行いつつ時折ラオウからの暴力もどきの試合にも命からがら避けつつ、疲労困憊の中で眠る。

 そして夢の中のジャギに半ば拷問もどきの修行を施しつつ鳥影山での修行にも精を出す。普通、これ程ハードなら
 音を上げそうなものだが、今の彼にとって世紀末の悪夢を考えると根を上げる訳にもいかない。愚痴を出さず修行に
 黙々と精を成すジャギを、他の仲間達は色々と思惑持ちつつも見守っていた。ジャギの南斗聖拳の修行は概ね順調である。

 アンナもまた、自分の中のコンプレックスに向かいつつリンレイの修行に精を出している。彼女の抱えている秘密に
 薄々周りの仲間達は勘付きつつも黙って見守っている。修行の方は二人とも概ね順調かと思えていた。


 ……そして、その二人の一方で。



 ・


          ・


   
     ・


       ・


     ・


        ・



          ・



 
 とある町。スラムとも称して良い程に荒れ果てた町の一角に廃れたビルがある。

 そのビルの中で喧しい音楽と共に首を激しく振りつつ上半身を露にした男達が踊り来るっているのが見受けられる。
 また、中には座り込み煙草、あるいは何やら白い粉末を加熱して煙を吸い込んでいる者も居る。その顔は虚ろだ。

 他の部屋でも乱痴気騒ぎが起きており、中には女の悲鳴染みた嬌声やら、本物の悲鳴も聞こえるが、ここでは省略しよう。

 その中で注目すべきは一人の刺青を施した男。その男は酒瓶を呷りつつ唸りつつ傷だらけの天井を見上げつつ呟く。

 「あの糞野郎め……!」

 その男は、グレージーズと言う不良及び軽犯罪集団を束ねている頭。言わば暴走族やらの親玉だ。

 今男は荒れていた。その怒り具合は他の手下達が飛び火を恐れて離れる程の荒れ模様である。

 頭はもう一度怒りで震えつつ言葉を唱える。

 「あの糞野郎め……何で上手くいかねぇんだ……!」

 腰に差している散弾銃を引き抜く。手下達はそんなヘッドの様子に怯えて身を固める。だが、発砲はされない。
 引き抜いただけだと知ると安堵の息を吐きつつ周りの者達は続いて踊るか麻薬を吸う事に勤しむ。自分達は飾りだと暗示するように。

 そんな怯えた雰囲気を感じてかヘッドも鼻息を鳴らしつつ銃を仕舞う。だが、未だ怒りはヘッドの中で荒れ狂っていた。

 その怒りの元凶とは一人の男。自分の目の上のタンコブと称して良い男。

 「あの糞リーゼント頭の野郎……!」

 その言葉の内容は、一人の男への怒り。今のグレージーズのヘッドは其の男への怒りで一杯だった。

 怒りの原因は最近の自分達の行動が制限された事について。旗揚げして未だ日は浅い自分達に、あのリーゼント頭は
 少数団にも関わらず自分達の行動を阻害し、幾度かは自治体と結束して捕縛しようなどとした事もあった。

 グレージーズの薬の売り買い及び、売春行為なども邪魔されており、お陰で彼らの商売は上がったりと言う訳である。

 だが、ヘッドの暴れ出しかねない怒りの原因は他にもある。

 「あの野郎の所為で商売おじゃんだ! しかも……だ!! あの野郎の妹を攫うのも悉く失敗しやがって!!!」

 ……何やら不穏めいた言葉に、周囲に居た手下達はビクッと肩を揺らし顔を背ける。

 妹……それはもしかしなくてもアンナの事。

 ヘッドはあの始めてのジャギやシドリ含めた対峙の際にアンナを視認した。

 そして、度々のレッドウルフ改めアンナの兄であるリーダーの阻害に激怒したヘッドはアンナの誘拐を企む。

 これは言外せずとも良い事だが『極悪の華』での正規な流れ、だが……事態はヘッドの思うように行かなかった。

 「何で何時も何時もあの女の側には邪魔者ばっかり居やがるんだ!? しかもてめぇら全員そいつ達にやられてんじゃねぇよ!!」

 ……そう、アンナが実家(リーダーの酒場)に帰る際には、絶対にアンナを送る人間が居た。

 この場合ジャギ以外と言う意味を含めての事である。北斗の寺院での修行もあるジャギは、どうしてもアンナと共に一緒に
 居られない時は不安を感じてアンナを送ってくれる人間をシン等に頼んだ事が原因。シンもそれには大いに賛同した。

 それは木兎拳のトラフズクとの会話からしてシンもアンナの事故に遭う危険性を理解してたのだろう。

 実家まで帰る道中、シンもある程度忙しい身ゆえに他の拳士達にも頼んだ事もあり、代わる代わる送迎を行う形となる。

 その結果……どうなったかと言えば。

 「で、ですがヘッド……あの女を狙う度に、毎回毎回一緒に居るガキ共異常に強い『ドガッ!!!』ガシュッ!?」

 「それをどうにかすんのかてめぇらだろうがっ!!!」

 一人の哀れな手下は癇癪に当てられ腹部を蹴りつけられ吹き飛ぶ。それを睨みつけつつヘッドは更に続ける。

 「てめぇら女一人攫えなくて何がグレージーズなんだ! あぁんっ!!?」

 ……ヘッドは思い返す。

 ある時は何やら少年三人組みに囲まれてたのを薬をネタに雇った中毒者達に襲わせたが、後で全員昏倒されたと報告された。

 ……その報告した手下は一週間は飯が食えない体にした。

 ある時はどうも最近リーゼント頭の野郎にべったりくっ付いている小娘が付き添い、手下数人に襲わせたが全員返り討ちにあった。

 ……その小娘が南斗聖拳使いだと知り、手下達の骨の何本かを砕いた後にその小娘をある程度危険視する事にした。

 ある時は一人の美丈夫な男が、思わず見とれる程の南斗聖拳で金で雇った十人程の腕っ節の強い奴等を蹴散らしたと報告された。

 ……その報告を聞いて思わず天井に乱射して何個かの電灯を破壊した。

 ある時は金髪の女と見間違える程の少年が刃物の扱いに成れたならず者達にすれ違っただけで切り傷を与えたと聞いた。

 何度目か解らぬ失敗に必死に散弾銃を握りそうな片手を押さえるのに苦労した。

 ある時は赤髪の化粧していると言う変な男に、ある程度の裏の仕事をしてきた奴を仕向けたが、一指でやられたらしい。

 その時は、危うく何処ぞの軍人らしき者達が裏で探りを入れており、不幸中の幸いながら自分達の事は知られずに済んだ。
 この時ばかりは本気で焦った。どうも、その赤い髪の奴は裏に強力なコネを持ってるらしい。手出しは危険だと知る。

 ……ある時は、何処ぞの皇族めいた雰囲気の男があの女の側に居た時もあった。その時は雇った奴等から直に『無理だ』と
 断りの連絡と共に金を返された。……その拒絶の連絡した奴等に、俺がどんな礼をしたかは言わなくても解るだろう。

 どんな時であろうとも、あの女を攫う事に失敗した。もはや怒りを通り越し、呆れすら沸いて来る程の数まで。

 ヘッドの我慢は限界だった。自分はグレージーズの王だ。だからこそ今まで自分の手を汚さずに女を自分のテリトリーで
 精神が折れるまで陵辱する事を夢見て自分から動く事は自制していた。だが……もう限界だ!

 「たかが女一人! 女一人だぞ!! てめぇら今まで俺様の下で甘い汁吸っときながら、女一人満足に攫えねぇのかよ!」

 ヘッドは南斗聖拳と言う拳法家と言えども、伝承者候補に挙げられる程の人物達の実力を解らぬゆえの発言を放つ。

 「で、ですけど相手は南斗聖拳とか言う、滅法強い拳法使いの奴等が仲間で……!」

 そこまで言いかけた部下の一人を、酒瓶で殴りつけてヘッドは黙らす。

 「こうなったらてめぇ等のような使えない奴等には飽き飽きだ! 俺様が直にあの女を攫いにいくぜぇ!」

 そう言って、ヘッドは一つの個室へとドアを強く閉めて引きこもる。

 多分何やらプランを練るつもりだろう。ヘッドが居なくなった事に周囲の部下達は溜息を吐きつつヒソヒソと話す。

 「ヘッドの癇癪もコリコリだぜ……あの小娘に何であそこまで拘るんだ? 放っておきゃいいだけの話しじゃねぇか」

 「まさか、本当にあの女に惚れたんじゃ……」

 「馬鹿っ。冗談でもヘッドに聞こえたら殺されるぞっ……でも、あそこのチームが嫌いと言っても限度があるよな。
 チームの金と薬の大半を尽き込んで、ガキ一人攫うのに躍起になってるのを見ると、このチームも駄目かもな……」

 どうやらグレージーズの部下達はヘッドの奇行とも思しき行動には辟易しているらしい。

 グレージーズには混迷が淀んでいた。それを知ってか知らずか、ヘッドは頭を掻き毟りつつ一人で計画を練る。

 「くそっ……あの女を攫えば万事上手くいくんだ! 何せ、あのガキどうやら大金をたんまり持ってるって噂だしな……」

 そのヘッドの情報は正しい。何せアンナは鳥影山で水鳥拳を学ぶ為に大金を宝くじで当てた程だ。

 余談ながら、その大金を取ったのは彼女の過去の記憶のお陰である。

 余計な邪魔者共を排除するのを考えつつ、ヘッドの脳裏に浮かぶのはアンナの姿……。

 「それに……あのガキ、以前見た時よりかなり良い体になってたよな……」

 ……思い浮かべるはバンダナで束ねつつも背中程まである長い金色の髪。そして映える大きな瞳、そして小さな唇。

 未だ少々子供っぽい部分はある、大人と子供の中間を彷徨う悩ましげな肢体。

 それを思い返すと、ヘッドの口は無意識に歪む。その体を自分の思い通りに狂わせる事に興奮しつつ。

 彼もまた……アンナの奇数なる運命を照らす星の光に狂う者であった。

 「だが……どうすりゃ」

 「雇ってみりゃいいじゃないんですが、その筋の」

 思考の途中、割り込んできた男の声。

 「! 誰だ勝手に入って来やがったのは!!?」

 気配も気付かず、背後から沸いた声にヘッドは焦燥押し隠せず散弾銃を抜いて振り向く。

 其処には狼狽した表情で手を上げる薄汚い小柄な男が居た。

 「……んだ、てめぇ?」

 「い、いやさっきから居ましたよ。……で、やっぱりここは餅は餅屋ですぜ、ヘッド」

 そう、男はニヤニヤと下衆な笑みでヘッドへと手を揉みつつ言葉を続ける。

 ヘッドは不気味に感じた。絶対に誰も居なかった場所から湧き出るように現われたこの男に……銃口を向けてもヘラヘラした男に。

 「餅屋だと?」

 「ええ。知ってるんですよ、こう言う事にかけてプロを。ですからヘッドはそいつらに頼めばいいんです」

 「プロ……?」

 「へぇ。ちょいとお耳をこちらに……」

 そう言って、小柄な男は馴れ慣れしい様子でヘッドに耳元で囁く。

 ヘッドは嫌そうな顔で男の接近を許したが、その耳元で囁かれた言葉の内容に目を見開き、そして引き金に掛けた指を
 若干強めつつ小柄な男に荒々しい口調で返答を返した。有り得ない……と言う含みを兼ねてだ。

 「馬鹿が! そりゃあ女一人攫うなんぞ、訳ねぇだろうよ、その人なら! だが連絡をどうやって取るんだ! えぇ!?」

 下らない事を言った小柄な男を殺そうと、引き金を引く瞬間に小柄な男は返答する。

 「自分は、その人の連絡先を知ってるんですよ」

 「……何? ……どうやって」

 「そんなんいいじゃないですかヘッド。ヘッドはあの女が欲しくないんすか?」

 そう、小柄な男は微笑む。その微笑みは歪で、何処か空虚で人形めいた。

 ……まるで人の形をした造り物が人間の笑みを真似するか如く。

 「……そうだ」

 ヘッドは思い返す。あの女の魅力に……娼婦には無い何かを秘めたあの女の存在を。

 「そうだ……どんな方法を使おうと俺は奴を手に入れて滅茶苦茶に……」

 「なら、良いじゃないですか。これが……連絡先です」

 ぶつぶつと、遠くを見つめ自分の考えを再度唱えるヘッドへと紙片が握らされる。

 その感触に我に返ったヘッドは紙片を握る。其の紙には連絡先であろう番号が記されていた。

 「……おい、てめぇ」

 (……? いねぇ……)

 再度、色々と質問しようとした時、その小柄な男は消え去る。

 ヘッドは何処ぞに煙のように消え去った男に首を傾げる。……だが、すぐさまヘッドにはどうでも良くなった。

 「……へへ、餅は餅屋か……」

 舌を出しつつ、ヘッドはその番号を確認しつつ、ゆっくりと机に置いてある電話の受話器を取った……。




  



 ・


          ・


   
     ・


       ・


     ・


        ・



          ・



 「ひぃ……も、もう許してくれ。わ、悪気は無かったんだ……!」

 ある場所で、一人の男が拘束されて命乞いをしている。

 その拘束されている男の状況は異常の一言で表現出来る。何せ、その男は一つの作業用の荷台を運ぶクレーンに吊るされて
 おり、その下には泡を吹いた液体が置かれている。どう考えても、男の吊るすクレーンが降りたら無事では済まぬ状況だ。

 「た、頼むっ! ボスの金なんて知らなかったんだよっ!! 二度とっ! 二度とボスの金には手を付けないっ! だから……」

 「なぁ、ブラザー……俺は別に怒っていねぇんだ」

 その泣き叫んでいる男に、優しく……ゆったりとした声で、命乞いをし聞いていた男……影に座っている男は口を開く。

 「俺はよ、お前も大事な仲間で、兄弟だと思ってるんだ。……だからよ、こんな風に裏切られて俺は単純に悲しいだけなんだよ」

 「ゆ……許してくれ! 俺は十分に反省した! だから……だから!!」

 そう、下から吹き上がる熱の所為か、はたまた次に起こりえる死を予感してか顔面汗まみれの男に、一人の女の笑い声が響いた。

 「ねぇ、あんたぁ。もう、そいつの顔を見るの飽きたし、そろそろ如何するか決めてよぉ」

 「焦るなよ。焦る女は嫌われるぜ、ジル。 ……あぁ、そうだなぁ……てめぇも十分反省した見てえだなぁ……」

 ジル、と言う女に抱き疲れている男は、葉巻を咥えながら男の言葉を吟味する。

 「わ、わかってくれたか×××××!? そ、そうだ俺達はブラ」

 「おいっ……てめぇ今何つった?」

 ブラザー、と言って助かると思い込み少しだけ晴れた顔つきの男に、その影から男を見上げてた張本人は突然声を荒げて問う。

 「へ? だ……だから」

 「てめぇ……今、俺様の名前を呼び捨てやがったなぁ? ……誰に向かって口利いてると思ってんだてめぇはぁ!」

 「ひっ……そ……そんなっ……!?」

 引き抜いた改造しているであろうライフルを向けられて、男は恐慌しつつ逃げようと体を暴れまわす。だが、拘束は解けない。

 「いいかっ、てめぇ如きカスが俺様と対等の利き方なんぞすんな!! 俺様を呼ぶ時は……!!」


 ドォン!!!!




 「ジャッカル『様』と呼べぇ!!!!!」

 銃弾は見事に男の拘束していたロープに命中して男は声無く落下する。

 そして、下で待ち受けていた硫酸風呂の中に入り込み、断末魔と共に男はその中に姿を消した。

 「……ったく、あんな屑にむかついちまったぜ」

 「ふふっ、ジャッカルってばぁストライクじゃない~」

 唸るジャッカル、その頬にジルは口付けする。

 ジャッカル……世紀末でウォリアーズと言う盗賊集団を束ねて世紀末を生き抜く悪党。

 オアシスを手に入れる事を理由に、バットの育ての親を間接的に殺害。
 
 それに激怒したケンシロウから生き延びる為にデビルリバースをジョーカーから手に入れた(アニメ版での話し)写真で操り
 迎撃しようとしたが、デビルリバースが倒れたのに巻き込まれ自分の持っていたダイナマイトと共に死んだ悪党である。

 尚、ジルと言う女は北斗の拳オンラインで出てくるジャッカルの女である。性格はジャッカルと差して変わらない。

 「ったく、あの野郎の所為で幾らかパーだ」

 「なぁに、またどっかから奪い取ればいいじゃない。あんたなら楽勝でしょう?」

 「けっ……最近じゃあ金を盗むのも一苦労だぜ。景気が悪いからな」

 ジャッカルは悩んでいた。最近じゃ色々と世間も荒れてる所為か一般人は金を余り使わずに居る。

 銀行やら狙えば良いと思えるが、最近それをやってみたものの警備が厳重で骨が折れたのが現状だ。

 このまま続けるのは良いが、楽に大金が欲しい……ジャッカルはジルの膝を枕に葉巻を咥えつつ果報を待っていた。

 ……そして、意外にもその果報は早く来る。

 「ボス……一人、上手い仕事があるって」

 「あんっ? ……誰だ」

 「何処にでもいる暴走族の奴の一人でさぁ。……なんでも、小娘一人攫うのに強力して貰いたいとか……儲けは数千万」

 その言葉にジャッカルは体を起こす。数千万……小娘一人を拉致するだけでだ。

 普通の悪党ならば飛びつきそうだが、ジャッカルは犯罪集団の中でも頭角ある一人である。

 「……その話、信じられるんだろうなぁ?」

 「グレージーズってのは、何処にでもいる族の一つで俺も知ってやす。最近じゃあ薬も売ってるし、サツと関係は……」

 警察との関連は無い。それを聞きつつジャッカルは乱暴に命令する。

 「そいつは今どうだって良い。小娘一人と大金結びついてんのはきな臭ぇ。裏があるに決まってんだろ……俺が直に話す」

 「へっ……で、ですがボスの手を煩わせ」

 ドンッ

 その電話を持った男は、続ける前に頭が発砲音と共に割れた。

 「俺が話すって言ったら、てめぇは黙って渡せばいいんだよ」

 ジャッカルは転がった死体に唾を吐いてから、受話器に耳を付ける。

 「おう、グレージーズとか言う小物の親玉はてめぇか?」
 
 『……あんたがウォリアーズの頭だな? ……次に小物と言ったら、殺すぜ』

 電話越しに殺気を含んでの声。ジャッカルは命知らずの電話の主に哂う。

 「口の利き方に気をつけろ。まぁ、媚売る野郎よりはマシだがなぁ。……で、攫いたい野郎ってのは大体どんな奴だ?」

 『女だ。歳は大体十四』

 その言葉にジャッカルは喉から低く笑う。

 「何だ、てめぇロリコンかよ」

 『……今の言葉は聞き流してやる。その女を攫いたいんだが、その周りの奴等が厄介でな。南斗聖拳とか言う拳法家が近くに居る』


 「ほぉ? ……確かに、そりゃあ厄介だ」

 『知ってるのか?』

 グレージーズの問いに、ジャッカルは少しばかり自分の記憶を反芻する。

 ……自分が小物だった頃。未だグレージーズのように派手に騒いでいた頃に何処かの町を襲おうとした時があった。

 その時……現われたのは鷲の如く鋭い目をした男……その男は南斗拳士だとか名乗り、そして苦い敗北を味あわせた。

 「あぁ、てめぇ以上に南斗拳士って奴等には嫌な思い出があるぜ」

 低く、思い出したくない過去を思い出した憎悪を滲ませたジャッカルの言葉に、電話の主は同意するように返答する。

 
 『だろ? その女も南斗聖拳習ってる。だが、その女自体は問題外だ、俺一人でも、そいつは簡単に組み伏せれる』

 その言葉に劣情交じりだったのを、悪党としての人生が長いジャッカルは気付きつつも無視しつつ会話を続ける。

 「成る程、仲間の奴等を潰せって事だな。……だが南斗拳士となると高いぜ?」

 その言葉は予想していた事だった。ゆえに、グレージーズのヘッドは躁鬱の躁の状態のように興奮した感じで囁いた。
 
 『その女、たんまり金を持ってるぜ。どうやら南斗拳士になりたくて必死に金稼いでクジで当てたらしい。笑えるだろ?』

 「ほぉ……そう言うカラクリか。……だが、その女を攫って身代金をてめぇが俺に渡す保証はあるのか?」

 『そりゃ、あんたも一緒に居ればいい。それで良いだろ?』

 「……うんんぅ」

 ジャッカルは悩む。南斗拳士と言ってもグレージーズの親玉の言葉を聞けば未だガキ。潰すのは自分の兵隊だけで足りえる。

 大金は欲しい。何せ強奪するには色々と時間や道具が居る。楽して手に入るならそれに越す事は無いのだ。

 だが、その現場まで動くとなるとアクシデントが自分に降りかかる可能性がある。……それは避けたい事柄だ。

 「……因みに、そっちの報酬は何だ?」

 『女さえ攫う事が出来れば、金は全部あんたの物だ』

 その言葉にジャッカルの頭の中の秤は大金の欲望に傾く、だが残る理性が上手すぎる話に警告も発していた。

 「……その小娘に、どれだけの価値があるんだ?」

 『俺が欲しいってだけだ。また、俺を虚仮にしくさった奴の絶望した顔を見るには……その女がどうしても要るんだよ』

 更に、ヘッドは声を低くし続ける。

 『そして……あの女が俺の手で狂う様を……待ちきれねぇんだ。現実になると思うとなぁ……』

 暗い哂い声が受話器を通しこちらまで届く。ジャッカルは、今まで数多くの悪党達と接した事により、男の欲望は真実だと知る。

 「解った。だがこちらも色々と忙しい身なんでな、決まったら連絡するぜ」

 『良い答えを期待してるぜ、ジャッカル……』

 「俺の名前を呼び捨てにすんじゃねぇ……じゃあな」

 ……ツーツーと、切れた電話を放り捨てつつジャッカルは考え込む。

 「ジャッカル、如何するんだい?」

 「うるせぇ、ちょいと一人にしろ」

 冷たく手を振って遠ざけるジャッカルに、ジルは肩を聳えつつ離れる。

 一人になってジャッカルは考え込んだ。

 大金は欲しい。だが、危ない橋は御免だ。

 南斗拳士が関わるなら、かなりの確立で自分の手下も損失する羽目になる。だが小娘一人攫えば大金が手に入るのは事実だ。

 葉巻から漂う煙を睨みつつ、ジャッカルは唸る。

 一人の小娘に何をトチ狂って暴走族のヘッドが惚れこんでいるのが知らないが、楽して金が入るのを無視するのは惜しい。

 それに……。と、ジャッカルは葉巻を咥え直し思考を続ける。

 これは、昔自分に泥を舐めさせた奴等への復讐にもなる。南斗拳士と言う輩を、一度自分の手で痛めつけるのに良い機会だ。

 「……だが、予防策は取って起きてぇなぁ……」

 念には念を。スケープゴートとなる男が一人は居た方がいい。

 男は、ある程度有名であり、それで居て最近縄張りを持っている奴に連絡を試みる事に決めた。

 ジャッカルは、善は急げとばかりに立ち上がって叫ぶ。
 
 「おい! 電話持ってこい!!」

 「はぁ? さっきのあんた壊しちまったじゃないかい」

 「うるせぇ! なら代わりの持って来い! 早くしろ!!」

 まったく……と、ブツブツ呟きつつジルは面倒そうな顔つきで手下に命令して代わりの電話を持ってこさせた。

 それを乱暴に奪い取り、ジャッカルはその男に連絡した。

 あの男なら、スケープゴートには持って来いだ。何よりも、もし失敗しても奴が捕まれば俺の支配する地域が広まる。

 成功しようが、失敗しようが利益を求めてジャッカルは舌舐めずりしつつ受話器を近づけた。

 それに500人だが、600人だがレイプした事があると自慢してる奴の事だ。女が絡めば乗り気だろうとジャッカルは考えていた。

 電話を鳴らす。すると獰猛そうな男の声が飛び込んでくる。

 『何だぁおいっ!! ……っおいおい珍しいなぁ、てめぇからの電話とはよぉ!! ジャッカル、とうとう俺に
 てめぇの庭を寄越す気になったって訳かぁ!? ……黙ってろ! 今は大事なビジナ……ビジネスの話しなんだからよ』

 野蛮そうな男の声。そして遠くから聞こえる女の悲鳴と、殴って黙らす音を聞いてジャッカルは可笑しそうに呟く。

 「おいおい、てめぇ懲りずに新しい女を未だ引っ提げたのかよ?」

 『へっ! てめぇにゃ関係ねぇだろうが。新しい奴で遊んでもよ、全員俺様のアソコに壊れちまって仕方がねぇ』

 そう言い終えて下品に笑う男に、ジャッカルは色狂いの屑野郎と心の中で思いつつ、賛同するように明るい声で言う。

 「残念だが俺の庭はやらねぇ。話しってのは仕事だ……女一人攫う話しだ」

 その言葉に、電話の主は一瞬沈黙する。そして、低い声で尋ねる。

 『……どんなだ?』

 「上玉だ」

 とは言っても、話でしか聞いてねぇがな。と、心の中で付け足しつつジャッカルはグレージーズの話を電話の主へ説明する。

 『……信用ならねぇなぁジャッカル。女一人攫うのに、そのグレーダーズだがグレーガーズとか言う奴等が狙ってるのは
 解ったけどよ。その女はそのヘッドが狙ってんだろ? 俺だけ損しろって、てめぇそう言うつもりかよ、おい?』

 その暴力的な気配を匂わせた声に、ジャッカルは低く哂いつつ応える。

 「まぁ待てよ。そのグレージーズのヘッドてのは小物だ。てめぇだって数千万を捨ててまで犯したい女を味わって見てぇだろ?」

 『……そりゃあ、興味はあるな』

 ジャッカルは食いついたと心の中でほくそ笑んだ。後は容易いものだ。

 「なら、全部終わったらその女を奪い取れ。今まで争いあう事になったらそうしてきただろ?」

 『……そうだな。グレージーズなんぞ小物野郎に、俺様が従う必要なんぞねぇし』

 その電話の主は哂う。獲物を喰らう、世紀末前から暴虐の限りを尽くす一人の獣は、次なる標的を知っての獣の遠吠えを行う。

 計画は決まったと思いつつ、ジャッカルは少しだけ気になってた事を思い出し哂い続ける電話の主に聞く。

 「そういやてめぇ、犯った女の数だけ名前の後に番号彫る趣味してたな。今どの位なんだ?」

 『へへへ! ジャッカルいい質問だぜ! 今日攫った女犯したら、残り一人でゾロ目になるぜ! 本当なら明日にでも
 そうする予定だったが……てめえの話しで、次の獲物はその女で決まりだ!! 今の俺様は……そう!!』







                      『俺様はZ-665!! 次の獲物でZ-666だぜ!!』







 



 「……ケェ、ケェ……役者は揃ったの」

 舞台は回る、暗い暗い闇の輪舞曲(ロンド)は未だ序章も迎えては居ない。

 それを光の中で舞い続けようとする彼らは未だ知りえない。

 




 


 暗黒の宴は……もう少しで開催される。












              後書き





   
    さぁて、これはジャッカル、ジードオワタ(笑)となるのか


    はたまたジャギ覚醒フラグとなるのか……




 

    ぶっちゃけ二人ともボコボコにされる未来が拭い去れない悪寒、じゃなかった予感がするのよね。書きつつ








 因みに今日の某友人。



 某友人『近くの新設したコンビニきのこの里無かったぜ! たけのこ厨の大勝利www』





  てめえは俺を怒らした






[29120] 【巨門編】第三十六話『駝鳥の羽は運命に流れて』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/21 09:15

  「……ふう、如何したものかな」

 遠方でアンナに対し何やら不穏な計画が練られていた頃。鳥影山では日々拳士達の修行が行われつつ時は経っている。

 その一角で溜息を吐き懊悩している大人の男性一人。その男性は三十代前後の容姿をしており、額を掻きつつ悩んでいた。

 「カラシラが死んで二年……シュウも弟子を作り前向きになったと思ったが……未だ少々翳りが見えるなぁ……」

 その大人の男性はカラシラ……先代の白鷺拳伝承者の名を紡ぎつつシュウの事で悩んでいるようだった。

 「……いっその事嫁の世話でもするか? そうすればシュウの心も晴れるかも知れん。いや、だがシュウも中々堅物だからなぁ。
 ……弟子のカレンに相談する訳にも行かん。……オウガイ殿……いやいや、こんな私事に対し頼む訳にはいかん」

 そうブツブツと悩んでいる男の目に、飛び込んでくるのは数人の駆ける姿。

 その男性は鳥影山で師事する役割を持ってる為に、その者達の名は知っていた。ゆえに男性は一考する。

 「……あいつ達に頼んでみるか。駄目で元々だしなぁ……」

 そう言って。その男性は小高い斜面を軽やかに滑り落ち人影へと向かう。

 その人物の名はダンゼン。南斗千鳥拳伝承者である。



 ・


          ・


    ・



       ・


   ・



       ・


            
           ・


 「やったぁ~! 私の勝ちぃ~!!」

 「……くっ……そ……アンナ……はぇえ……!」

 何やらピョンピョンと兎のように飛び跳ねて喜んでる少女。それに息切らしつつ膝を曲げて座り込み口惜しそうに唸る少年。

 「まさか、負ける……とは」

 「シン、俺だって予想外だ。……あの時石に躓かなければこの俺とて……!」

 その横で呆然としつつ金色の長髪の少年と、そして黒髪の少年が慰めつつ思い返して悔しそうに唸っている。

 「賭けは俺の勝ちだな。サウザー?」

 その疲労し落ち込んでいる男性陣を、嘲笑する顔つきで眺めている赤い髪の少年は一人の金色のオールバックの少年へとそう言う。

 「……やれやれ、大損か」

 そう言葉を投げかけられた少年は、肩を竦めつつこのレース……駆けっこの賭けの対象にしていたであろうジャギを一瞥した。

 どうやら何人かで競争していたらしい数人。走っていたのはアンナ、ジャギ、シン、レイと言ったところか?

 
 ……いや、その一方で落ち込んでいる少女が一人のゴーグルの少年に慰められている。彼女もまた競争に参加してたらしい。

 「まぁまぁ落ち込むなってハマ。あれだって! 最近太り気味だからって過剰なダイエットしてたのが災いしグハァ!!?」

 「余計なお世話だ! 馬鹿っ!!」

 天を突く様に上げた拳に上空へ吹き飛ぶゴーグルの少年。

 ……訂正。どうも火に油を注いでるの間違いだったようだ。

 それを呆れた面持ちでイスカ、キタタキと言う少年画を眺めている。南斗拳士達の一時的な休日の風景と言ったところか。

 そんな周囲を他所に、倒れこむ三白眼の少年を見下ろすようにニカッと笑みを浮かべつつ少女は見下ろす。

 「約束通りジュース奢りね」

 「へいへい。今日は調子良いと思ったんだがなぁ」

 「えっへへ。ジャギばっかり修行して強くなってる訳じゃないですよぉ」

 「……ったく」

 カラカラと悪気無い笑みで笑うアンナに、それを眩しそうに目を細くしてジャギは見つつ立ち上がる。

 アンナとジャギ。……本来鳥影山には居ないイレギュラーの二人。

 この二人はお互いの思惑を隠しつつ、同じように未来を変える為に動いている。それをどちらが何時気付くのか……。

 
 

 「……あぁ~、ちょっといいかな?」

 その二人に近づく一人の男性。ジャギ達一行は振り向いてその男性を視認する。

 「おっ、何だダン先生じゃん。ちわっす」

 「……私の名を省略しないでくれぬか、セグロ? ……まぁそれは良い。今日は折り入って頼みがあるんだが……」

 「俺達に……頼みと?」

 ダンゼンの言葉に、シンは首を傾げつつ答える。

 このダンゼンに関して、今居る人間達は全員面識ある。ダンゼンは鳥影山で学術的な面で教師をしているからだ。

 主にセグロやその他の問題児は色々と世話になっている。その色々に関しては別に追求せずとも良いだろう。

 「それで、俺達に如何言う?」

 「……シュウの事だ」

 ジャギが聞くと、ダンゼンは少しばかり眉を顰めてから悩んでいる事を切り出す。内容は要約すればこのような感じ。

 先代が事故死で亡くなり、若くして伝承者になったシュウ。

 カレンが弟子になり、前向きになり自分の役割を自覚し始めたかと思っていたが、どうにも未だ暗い部分が目立つ。

 ゆえに、嫁を貰えばシュウの中にある翳りも晴れるのでは? とダンゼンは考えている事を全て吐露した。

 「シュウか。……俺の通う道場でも確かに少し暗い奴だと思っていたが、先代の死がそこまで奴の心を縛ってるとは……」

 サウザーはダンゼンから聞き、シュウの暗さの真相を知る。

 「あれ? サウザーとシュウって一緒の場所で通ってるの?」

 「まぁな、俺と見合う実力の持ち主だと思っている」

 アンナとサウザーが会話するのを流しつつ、ジャギは考える。

 (そういや今俺十二だからケンシロウ十歳だっけか? ……ええっと、サウザーとケンシロウが世紀末で闘うの大体二十歳程。
 ……シバって、あの頃って十歳程度だと考えると、もうこの時期にはシュウさん結婚してないと不味いのか?)

 別に自分が大幅に関与せずともシュウなら良識人だし、すぐ結婚相手とか見つけそうだが……。

 (……あぁ。でも、デビルリバースの事件でシュウの師匠が死んだ事って、もしかしたらアクシデントだった
 可能性もあるんだよな? ……となると、鳥影山俺が来た所為で色々と変わった所為もあるし……)

 本来、この場所に居るのがイレギュラーな自分。となればシュウが嫁を貰いシバを設けるのも遅くなるかも知れない。

 別にそれが世紀末に大きな不具合が起きる事には成り得ぬが……だが、自分がこの場に居る事でシュウに被害が及ぶのは
 正直気の毒だ。……ならば、願われた手前シュウの嫁に関して世話をする事に関して、自分も少しは責任あるかも知れぬと感じた。

 そう考えると、ジャギは決意を固めてダイゼンの話を受け入れる。

 「了解。どうすりゃいいんだ?」

 「シュウに関しては見合いを考えている。お前達には、その相手を選んで欲しいのだ。第三者から意見を貰った方が良いだろう」

 ……そう聞いて、やっぱり引き受けるのは早計だったか? とジャギは一瞬躊躇が過ぎった。



 ・



           ・



     ・



         ・



    ・


     
        ・




           ・



 「シュウに嫁……か」

 「シン。引き受けた手前どうすりゃいいと思う? 俺、正直今後悔してるんすけど」

 「今更だな、本当に。……あぁ、これは駄目だな。目が笑ってない……大方金目当てだろうな、この目つきは」

 目の前には写真、写真、写真の山……ダイゼンが見繕った見合い相手の写真の山が机に積み上げられている。

 「……ってか、何でこんなに……っ」

 「そりゃ、南斗拳士の伝承者だぞ? 箔が凄ければその分深まるだろうさ」

 シンに手伝い、写真の中から良さそうな人間を探すジャギとシン。セグロ達にも手伝いを頼みもした……が。

 セグロ『人の嫁なんぞ世話する気はねぇ!!』

 キタタキ『同じく』

 イスカ『アハハ……僕には荷が重過ぎるよ。御免ね、ジャギ』

 ……と、けんもほろろに断られ、泣く泣くシンに土下座しつつジャギは手伝ってもらっている。

 レイも『俺には合わん仕事』と断られた。恨めしそうにジャギが睨んでも無視される迅速の勢いだったと記しておく。

 サウザーに関しては鳳凰拳の奥義に関する仕上げが忙しいと断られた。ジャギも来年の継承儀式に向けて今が大詰めだろうと
 考えてサウザーに期待する事は諦めている。と言うより、ダイゼンの頼み事の際に居たのも有る意味希有だ。

 ユダに関しては……絶対に邪魔しかしないとジャギは最初から放棄していた。最も、シュウに関してユダはそれ程付き合いも
 無いし、興味も薄い為に今回の手伝いを邪魔する気が無い事だけはジャギにとって良い報せである。

 「一体あとどれ位の量があるんだよ。勘弁してくれよ……」

 「えぇい、俺の横で陰気になるな! しっかりしろっ!」

 シンに激励されつつ、ジャギは頭痛が発生しつつ写真と、下にある経歴を眺めて審査する。

 未来のシバの為にジャギは頑張る。責任感が強いのもまたこの世界のジャギの悲しい性質であった。



 ・


           ・


     ・



          ・



     ・




         ・




             ・


 場所は代わり、鳥影山を下りる麓付近にして。

 小振りの荷物を背負いつつ別の場所へと向かおうとする金髪のオールバックの少年を、赤い長髪の少年が呼び止める。

 「……おい、サウザー」

 「むっ……? ユダ、か。珍しいな、これからお師さんの元に帰る予定だったんだが……」

 鳥影山より離れた場所にサウザーが今住まう場所はある。ジャギとは月に数回程度しか合わぬが、それでも会えれば嬉しそうに
 自分に付き合うジャギは、今でもサウザーにとって良い知人であった。最初に邂逅したユダは、サウザーが鳳凰拳の伝承者
 である事も含めて、それ程サウザーに好意は抱いてなかった。だが、アンナ経由で友人だと言われ、ユダは表立って嫌悪はしない。

 「何、長い話ではない。……このようにお前と話す機会は少ないからな」

 「そうだな。確かに、お前とこのように落ち着いて話し合う機会はそう多くないだろう」

 どちらの気配も、殺気は無いがそれに近い緊張感が滲んでいる。

 鳳凰拳のサウザー。そして紅鶴拳のユダ。

 互いにどちらも一流の拳法家を目指し、一人は亡き母の愛に殉する為に、一人は育ての父の愛に報いるが為に伝承者を目指す二人。

 サウザーの育った環境は、何時かの過酷な将来を想定しほぼ自然に囲まれて暮らし、ユダは完全なる温室育ちである。

 一人は父の愛を一心に受け、母は居らず。

 一人は母の愛を一心に注がれ、そして父を切り捨て。

 一人は父を愛し。一人は父を憎悪した。


 どちらも対極に近い生き方だが、今二人の共通点と言えば、どちらも唯一の伝承者候補であると言う事であろう。

 「もう一年も経てば、鳳凰拳の継承儀式とやらは行われると聞いているが?」

 「何処からそう言う話を握るのが知らぬが……あぁ、その通りだ。俺はあと一年後に継承儀式を受ける」

 サウザーは今からその儀式を心待ちにしている。自分が鳳凰拳を受け継げれば、お師さんと共に横に並ぶ事が出来る。

 育ての父を、自分に愛を一心に注いでてくれた師父に精一杯の恩返しが出来るようになる。サウザーは今からそれを期待していた。

 「それで、話とは俺の鳳凰拳に関してか?」

 「まさか。お前の拳法などさして興味は沸かん。……用とはアンナについてだ」
 
 「……あぁ」

 その言葉でサウザーは納得して頷く。ユダが確かに自分に何かを話すと言えば、それはアンナに関してかも知れんと。

 何せ、ユダは事ある毎にアンナへと些細な悪戯と共にアンナの反応を愉しむ為に鳥影山の場所に別荘を造った程だ。

 その想い入れは異常な程だとサウザーは認識している。無論、ユダの闇を察してか余計な追及はせぬのだが。

 頷くサウザーに、ユダは顔を顰めて問いかける。

 「お前も気付いてるのではないか? アンナの異常さに関して」

 その言葉に、サウザーは解っているとばかりに頷き、口を開く。

 「ああ。……どう考えても事故に遭う確立が多いな」

 ……以前、誰も手が空いてないと言う事でアンナを家まで送った事がある。

 北斗の寺院へラオウについでに会おうと言う用事もあったからだが、その時に数人の悪漢の気配があった。

 無論、視線に殺気を含ませると気配は消えたが……その日送った後にアンナは笑顔で言った言葉に硬直した。

 『有難うサウザー。今日は珍しく【誰にも襲われず】済んだよっ』

 「……聞けば、お前が送った時にも何やら暴漢が現われたと聞いたが?」

 その言葉に忌々しそうにユダは頷きつつ僅かながらの憎悪を含ませて遠くを見つつ呟く。

 「……どう考えてもアンナが帰る日を狙うかのように現われていた。俺はアンナの実力は買っている。だが、そいつ達が現われた
 時に、俺が追い払う前のあいつの顔……青褪めて体が震えていた。……もし、俺が居なかったとすればどうなっていた?」

 苛立ちつつ一つの枝に人差し指を一閃する。……枝は数秒後に地面に軽い音ともに落ちた。

 「間違いなく、あいつを誰かが狙っている。金でこちらも裏の者を雇って何名か牢へと送ったが、その後にも未だアンナを
 狙ったと俺は聞いた。……アンナを送った奴等全員が、その道中で暴漢、または刺客らしき者と交戦したと聞いた」

 落ちた枝をユダは踏む。パキパキと嫌な音を立てて枝は折れる。

 「なあサウザー……アンナはどうなっているんだ? 何故あいつの周囲にだけ災いが起こる? まるで……まるで」

 呪われているように。その言葉をユダは言う前に飲み込んだ。

 それは……言ってはならぬとまるで暗示されているかのように。

 「……俺にも解らんさ。……だが」

 サウザーは上空を見上げる。空は既に暗くなりつつあり、星がまばらに輝いている。

 「だが、俺は俺の前で傷つく者は守りぬくつもりだ。……それが、アンナであれ、誰であれ……」

 「ふんっ……それが『将星』の役割だと? ……ご苦労な事だ」

 ユダは冷笑を一度浮べてサウザーを見遣り、そして話は終わりとばかりに背を向ける。

 「ユダ……如何するつもりだ?」

 「決まってるだろう。……俺は『妖星』のユダ……美と知略の星」

 俺の望む物は……何であれ俺以外には誰も壊させはせん。

 そう言い残し去るユダを、サウザーは消えるまで見届けてから天空を見つめつつ吐息を吐く。

 「……アンナも困った奴に好かれたものだな」

 あいつのアンナに対する想いは愛とは言い難い。どちらかと言うと子供の物欲に似た我が侭な欲求に似ていると思う。

 だが、それでも他にあいつを狙う輩共よりはマシだろう。……サウザーはアンナに潜む影を案じつつも、今は修行に集中せんと
 頭を切り替える事にした。……アンナには頼りになる奴が付いている……俺が無理にあいつに介入するべきではないと。

 サウザーもまた自分を待つであろうお師さんの元へ帰る。

 ……未だ、穏やかに天空には星が輝いていた。





 ・


          ・



   ・



       ・




   ・

      
      ・


          
           ・



 数日は掛かったであろうか?

 ジャギはようやく十枚程に写真を厳選する事に成功した。必死になって血走った目で写真を吟味している姿は傍から見て怖い。

 その横でやり遂げた顔で目の下に隈を生やしつつシンは眠っている。どうやら彼もまた頑張って手伝っていたようだ。

 「と、とりあえずこれで終わりで良いか。……な、長かった」

 十枚の写真の中には、色々と異なりつつもシンやジャギの審査眼で良さそうな人間を選んだ。

 何せシュウの嫁だ。この場合未来に少しでも影響出ぬように気立ての良い人を見つけねばならない。

 「あ、後はこれをダンゼンさんに見せれば良い……だけ」

 そこでジャギは眠りこんでしまう。

 地面にジャギが選択した写真がパラパラと落ちていく。……そして。

 ……ピラッ。

 山の中から一枚の写真が、ジャギの写真と共に紛れ落ちていくのだった。






 ・



            

           ・




    ・




        ・



    ・




          ・




             ・



 ……数日後。

 ダンゼンはジャギ達の報告を聞き、ようやく計画は決まったとばかりに戦場に赴く顔でシュウの居る場所へと赴く。

 精神修行をしていたシュウは、現われたダンゼンに何事かと言う顔をしたが、ダンゼンの用件を全て聞き終えて顔つきは変わる。

 「……無理です」

 聞き終えた直後、困惑したその顔でシュウはダンゼンの頼みを切り捨てた。

 「なぁシュウ。この通りだ……頼むっ、お前とて南斗拳士の繁栄を望んでいるだろうっ。ならば早く嫁を作ってくれ」

 「ダンゼン様……私はそのような利己的な理由で生涯の伴侶となる者を選ぶなどと言う事は出来ませぬ!」

 「……まぁだ、やってる」

 滝の下で座禅を打つ修行をしようとした最中、ダンゼンとシュウの言い争う声を聞きつつカレンは呆れた面持ちで二人を見ている。

 既にその言い争いは二時間は経過しようとしていた。

 「シュウ、私だって好きで見合いなどさせたくはない! だがお前の性格を考えると一生嫁を貰わずとも良いと考えてるだろう!?」

 「っ……構いませぬっ! 私のような未熟者に嫁ぎ、後で後悔する女性が一人減るのであれば!」

 「そのような陰気だから嫁を作れと言ってるのだ! 第一見合いするだけで嫁を作れとは言ってないだろうに!」

 「気持ちも固まらず見合うなど! 南斗白鷺拳伝承者として、一人の男として礼節に欠けた行動は出来ませぬ!」

 「半端者の分際で御託を並べるな! いいから見合え!!」

 「いいやっ、私には出来ません!」
 
 「見合え!」

 「嫌です!」

 そう、どちらも退く事なく先ほどからシュウとダンゼンは言い争っている。

 シュウは自分が人間として出来て居ないと自身を否定するがゆえに、未だ居ぬ他人を憂い自分を否定する。

 ダンゼンはそんなシュウの性格を知るからこそ、その思考をもっと前に向かしてやりたいと親心で言い聞かせる。

 互いの善意がすれ違い、お互いに息荒げて説得を試みるが決着は付かず。

 「……もう、いっその事闘って決着付ければいいのに」

 まぁ、この二人の場合どちらも生真面目だし、そう言う展開にはならないだろうけど。

 早く終わってくれないかなぁ、こっちも寒いんだけどなぁ。と、カレンはヘクチッと小さなくしゃみをしつつ座禅を続けるのだった。






 ……。




 「……はぁ……はぁ……解りました。それでは、受けましょうその話」

 「はぁ……はぁ……! 解ってくれたか!」

 その後、日が暮れるまでシュウとダンゼンは言い争いを続けた後、根負けしたシュウはダンゼンの話しに折れた。

 「た、ただし……。今後一切私に見合いの話しはしないで頂きたい。これが……条件です」

 良き人と知っているが、この鳥影山に腰を下ろす教師は自分が決心しなければ何時までも似たような事を続ける。

 シュウは論争を終了させつつ、強い調子でその条件だけは呑ませようとしていた。

 「むっ……!」

 シュウの条件を聞き、ダンゼンは歯噛みする。

 何せ、シュウはダンゼンから見て人格者だが、その分一度決意した事は梃子でも動かぬ堅物だとも知っている。

 そのシュウとの誓いだ。例え死んでもその誓いを反故にはせぬだろう。

 「くっ……わ、解った。だが、約束したのだからな。その見合い相手とは真剣に話し合ってくれよ……!」

 「無論です」

 シュウが頷くのを確認しつつ、ダンゼンはやれやれと首を振って疲れた足取りで其の場を去りつつ思考する。

 (さて、後はシュウの見合い相手に期待するしかない。……ジャギ達よ、頼むぞ)

 シュウに似合いの女性をどうか選んでくれ。そうダンゼンは祈りながら眠るのだった。


 「……ダンゼン様の行動には困りものだ。……私に伴侶など……相応しくないだろうに」

 シュウとて、何時までも一人身のままで過ごすのは無理だろうとは知っている。

 だからと言って未だ早いとも考えている。若輩者の身で自分のような者に嫁ぐ珍しき者など居なかろうと彼は思っていた。

 ……とは言うものの、このままでは世紀末発生後にまともな人物が嫁ぐとは到底思えないが……。

 「zzz……」

 「……やれやれ」

 疲れ果てて眠りこけるカレンを背負いつつ、シュウは穏やかに光る星空を見つつ真剣にその日について考えるのだった。




  ・


            ・



     ・



           ・




     ・



          ・




               ・






 ……そして、日は変わり。






 「……で、何で俺達はその見合い場所がじっくり覗ける場所でコソコソ忍んでいるんだ?」

 「俺が聞きたいわ。そんな事は」

 ジャギの呟き、それに突っ込むシン。

 其処はダンゼンが用意した見合いする為の料亭。お座敷風で、錦鯉などが泳ぐ池造りのある豪華な場所だ。

 「……こう、緊張するわね。師匠ってば気に入った人を見つける事出来るのかしら?」

 「カレン、ちょっと声大きいからね」

 ……案の上、出歯亀をするのはジャギ達男性陣以外にも居る。カレンもまたシュウの見合いと聞いて黙っておられずコソコソと
 覗き見をしている。アンナも言い竦めつつも興味津々と言ったところだ。このような面白い事、滅多に無いだろうから。

 「だがまぁ、これで何か変な人が現われたら俺達の責任だからな。そうしたら一生シュウさんの場所に枕向けて眠れないし……」

 「そう言いつつお前楽しそうだけどな……まぁ、俺も少々こう言う場所で如何言う展開になるか興味あるがな」

 因みに、サウザーとレイは急がしく、ユダは興味が余り沸かないと言う事でこの場には居ない。

 その出歯亀一同を他所に、ダンゼンはシュウに話しかける。

 「……しっかりな、シュウ。良いか、今回の主賓はお前だ。そう緊張していれば相手にも伝わるからな。……本当に大丈夫だな?」

 「……えぇ」

 シュウの様子はガチガチだ。何せ最近接した女性などリンレイやカレンなどの女性拳士を除けばまともに婦女子と会話を
 した事などシュウには無い。全くの普通の女性との免疫もないままに見合いなどされれば緊張するのは無理もないだろう。

 それを声を忍んで出歯亀している一行は笑いを噛み殺しつつ見守っているが、意識が向こう側に半ば行ってるシュウは気付かない。

 その緊張しきったシュウへと、ダンゼンは更に過酷な事実を突き付ける。

 「……十一人だからな」

 「!? じゅ、十一人も相手をしなければならぬのですが……!?」

 「そうだ、十一人だシュウ。……そう打ちのめされた顔をするな、お前の為を思って必死に探してくれたのだぞ?」

 そう言われれば、シュウとて仁義の星に生まれた男。その者の為にも頑張ればならぬかと溜息吐きつつ深呼吸する。

 (落ち着け……南斗十人組み手に挑んだ時の如く応じれば良い。たかが十人が十一人になっただけではないかっ)

 ……思考が少々予想外な部分に飛んでいる気もするが、それだけシュウの緊張が強い事を表しているのだろう。

 呼吸を整えると、シュウは覚悟を決めた顔つきになり低い声で呟いた。

 「……では、お願い致す」

 「有無……では、最初の一人を……」

 ……見合いは静かに猪落としの音と共に開幕を告げる。

 最初の一人は和風で正装された大和撫子と言った感じの女性だった。

 シュウと会話もそぞろに、ある程度の紹介をした後に世間話が始る。

 最初良い雰囲気か? とジャギも考えたが、段々と会話が続く内に(こりゃ駄目だ)と判断する。

 何せ、シュウの顔色は優れず、数分が経つと首を振って自分からこう言ったのだ。

 「……お引取り下さい」

 その言葉に女性は少々顔を顰めてから無言で立ち去る。ダンゼンはその女性を頭を下げつつ見送ってから聞く。

 「何故断った?」

 鋭い調子で問いかけるダンゼン。それにシュウは微かに首を振り呟く。

 「……目に暗い光が淀んでいました。商売をしている方と聞きましたが、恐らく裏では悪事に通じているのでしょう」

 「お前もそう思うか? ……あの手の瞳の女は、間違いなく詐偽師だろうからな」

 そう、二人は顔を見合わせため息を吐く。拳士と言う役割ゆえに、目が利きすぎるのもある意味問題だ。知りたくない事まで知ってしまう。

 「……次に行くか」

 「お願いします」

 ……次に現れたのはエキゾチックな雰囲気を漂わせている女性。シュウより少し年下に見えた。

 シュウは一瞬戸惑いつつも話をする。だが、数分後には観念した調子で彼女に断りの返事をした。女性は少々傷ついたような
 顔つきをしたが、シュウの丁寧な断りに文句は言えなかったのだろう。不満そうな顔つきをしつつも大人しく去った。

 「……今のは何故?」

 「……恐らく娼婦か、その類に精通している方かと。信の通った目をしてましたが、私はその手の女性は向きませぬ……」

 「だろうな。……真っ当そうな女性には見えたが」

 「かも知れませぬが、私は南斗の拳士。欲で愛を得るような真似はしたくないのです」

 シュウは、付き合えば肉欲で彼女は自分を求めるだろうと直感的に判断していた。

 女性にはそのように行動的な人間が居ると知識としてはある。だが、現実で出会えばシュウの本能が拒否していた。

 「まぁ、今の女性はお前には向かぬだろうなぁ……イザベラとか言う女性だったな……少々勿体無かったな」

 『……イザベラ? あれ、今のどっかで聞いたような……?』
 
 今去った十五歳程度の女性にジャギは首を捻る。だが、思い出せないのでジャギは放置する事に決めた。

 ……この女性が、何時かの未来ではユダの暗殺者として育て上げられるのを、ジャギは忘れていた。何せそれより重大な問題が
 現実に直面していたからだ。シュウはどのような美女が現われても、それに対し二、三分後には頭を下げると言うのを繰り返してる事により。


 『……不味くね?』

 『ううむ……俺達も写真と経歴で大まかにこの人物達なら大丈夫そうだと思っただけだからな……見抜けなかったか?」

 このリハクの目を持ってしても……と、言いそうな顔つきでジャギとシンは不調なる雰囲気を視認してどうするべきか悩む。

 その間にも数は減り、既に残りの数は……。

 「……残り、二人程でしょうか」

 「あぁ……残り二人だな」

 この二人が終わったらシュウは金輪際見合いはせぬ。

 それは即ちシバの生まれる可能性が潰える事も意味合いしている。無論……シュウが自力で愛する者を見つければ良い話しだが……。

 「……失礼しますわ」

 今度現われたのは、ブロンドの長髪で美貌の女性。だが、少しばかりきつい目をしていた。

 シュウは既に精神的には疲労困憊であるが、一介の拳士として無様な真似は見せられぬと見合いを続ける。

 「南斗拳士のシュウ様と言うのですよね? 私、強い方ってとても好きですの」

 「はぁ……いや、そう言って下さると幸いです」
 
 もはや慣れぬ環境に疲れている所為か、シュウは曖昧に彼女の言葉に頷く。何せ隣では強い視線でこう訴えられている。

 『良いか!? 残りの二人で選ぶ気概で見定めるのだぞ!!』

 ……真剣に選んでいるのだが、気炎を上げているダンゼンの存在感が今の精神的に限界に近いシュウには煩わしく感じられる。

 もう、別にこの方を選んで、後日付き合った時にでも正直に付き合えないと言えば良いのでは? と、何気に『仁星』の考えとは
 思えぬ内容をシュウは考えていた。それ程までに、今の彼にはこの見合いと言う現場が酷く彼の精神を削っている。

 一方、何も知らぬジャギとシンは結構話が長引くのを見て良い調子なのでは? とヒソヒソと興奮した面持ちで話し合う。

 カレンとアンナも緊張した面持ちだ。何せ、恋愛事には疎い師が、ようやく結ばれる瞬間かも知れぬのだから。

 「……では、私の事気に入ってくれますか?」

 「……は? ……っあ……それは」

 どうやら少々意識が飛んでいたらしい。シュウは我に帰ると女性が身を乗り出して問いかけているのを視認する。

 意外に強い調子で自分に言い寄ってくる女性に、シュウはたじたじで上手い言葉が出ない。

 「私、貴方のように誠実な方ってお好きですよ? ねぇ……試しにと言う形で私と一緒に……」

 「あぁ……それは」

 女性とはこうまで甘い香りを発するのか? と、シュウは意図的なのかどうか知れぬが若干肌蹴た格好で自分に身を寄せる
 女性に困惑していた。否定するか? それとも肯定すれば良いのか? シュウは思わぬ事態に完全に思考が低迷している。

 『い、いけるのか? てかっ、良いのか??』

 『解らん! 解らんから落ち着けジャギッ!』

 ジャギはこのまま勢いにのってシュウが成功するのか身を乗り出しかけ、それを慌ててシンは制する。

 『そのままいっちゃって下さい師匠! 朴念仁の師匠には、この手の女性が良いかも知れないですからっ!!』

 『カレン、落ち着きなさいって……あわ……あわわわわ!!??』

 そして、カレンも興奮して身を乗り出していた。それをアンナは慌てて止めようとするか、ついうっかり何かに躓く。

 『へっ、アンナ姉様……て、わわっ!!??』




 ドデンッ!!




 「……むっ? ……っ!! カレンに……あれは」

 ……草むらから突如現われたカレンとアンナ。それにシュウは我に帰りその方向に視線を向ける。

 二人とも、バツの悪い顔でシュウの方を見る。シュウはその二人の様子から殆どの今までの行動を把握し溜息をそっと吐く。

 この二人、どうするべきか……。そうシュウは頭を悩まし、とりあえずこちらに呼び寄せるか……と思った瞬間。

 「……あぁん? 何なの、あんた等は?」

 ……突然、自分の見合い相手であった女性の態度の急変にシュウは固まる。

 ずんずんと彼女は敷居を下りてカレンとアンナへと近づく。侮蔑した様子で座り込んでいる二人を見下ろして言葉を吐き出す。

 「何だい何だい? あんた等如何言うつもりよ? 私が折角そこの人と付き合おうかって良い調子にいってたのによぉ」

 その態度は、シュウへとしなを作っていた時と違い、まるでヤンキーのように様変わりしていた。

 「……随分と、態度が違いますね」

 謝罪とか、言い訳とかよりも全てを見ていたアンナは静かにその女性の急変した態度を指摘する。

 「はっ! ガキが解った風な口聞くんじゃないよ! あんた等見たいなお子様ちゃんはこんな場所十年早いだろうがっ」

 「お……お子様ぁ!?」
 
 その言葉にカレンは逆上して怒鳴る。彼女とて乙女、子ども扱いは特に嫌いな性格なのだ。

 「本当の事言っただけだろうがい! 何なら力ずくで退かせてやるよっ!」

 そう言って、その女性は大胆にも片手を振り上げる。

 その時カレンよりも、そして固まっていたシュウやダンゼンよりも先に動いたのは……一人の女性。

 踊るように片足だけを軸に体を回し、そして一回転と共にその女性は長い髪で見合い相手の女性の顔を塞ぐ。

 そして……回転が終えた時にはアンナの手刀がその見合い相手の首筋に当てられていた。

 「……それで? 力ずくが何でしたっけ?」

 余りに一瞬の出来事。飛び出したジャギやシンも行き成りのアンナの行動に一瞬動きを止め、そして助けられたカレンは
 思わず見惚れてアンナを注視する。シュウやダンゼンも、その動きには少々関心しつつ「ほぉ」と呟いた。

 手刀を当てられた女性は、その手を唖然と見つつアンナを睨む。

 「あんた……何する『そこまでにして下さいませんか?』……あっ」

 背後から歩み寄るシュウ。そして、今更ながら見合い相手の女性は自分の醜態に気付いたのだろう。

 「あ……こ、これは違うんですよシュウさん! 私、知らない人間に思わずシュウ様を守ろうと……」

 「その二人は……私の弟子だ」

 「……え゛」

 その言葉に……女性は動きを止める。カレンとアンナ、そしてシュウを交互に見る。冷たい空気が自分を取り囲むのに気付くのに一秒。

 全員が全員怪しむように自分に視線を注いでいるのを見て、女は馬脚を現した。

 「……ぐ……はっ! いいさっ、どうせあんた見たいな無精面なんぞより、もっと良い相手を捕まえるよぉ!!!」

 『あっ……』
 
 そして、もうシュウへの魅了は破綻したと知った女性の行動に全員が唖然とする。

 その女性は捨て台詞と共にシュウへと投げた……ブロンドの長髪を。

 「……鬘だったのか」

 つるりと綺麗な頭を照らしてズンズンと去る女性を……同じように長髪のシンは呆然としつつ鬘を拾い上げて呟いた。

 尚、この見合い相手の名前はジェラ。……オンラインゲームでジードの相棒をする女性である。性格はジードとほぼ同じ。

 ……因みに本当に坊主だ。確認したければ北斗の拳オンラインで検索してみるといい。

 「……その、不運だったな」

 「……」

 ダンゼンは其の相手の様子に余りにシュウが不憫で慰めの言葉を放つ。だが、シュウはもはや達観した面持ちで見送っていた。





 ……そして、お通夜のように暗い雰囲気を保ったまま最後の相手が招かれる。

 



  ・

 

            ・


 
     ・



          ・




     ・




          ・



           
             ・


 「……シュウ、本当に大丈夫か?」

 「ええ、私は全く問題ありません。もはや、どのような相手とて恐ろしくは有りませぬ」

 (……これは、早速駄目かも知れぬな)

 シュウの今の境地は死なば諸共と言った諦めの境地だ。多分、誰か来ても即拒絶の意思を明確に示すと其の場の全員は感じている。

 尚、残る出歯亀がばれた四人は大人しく座敷の隅で正座しつつ傍観している。早速四人は空気となって見守るしかない。

 『……おい、十一人目って如何言う人物なんだ?』

 『……いや、それがよ。俺確か十人で厳選した筈なのに、ダンゼン様に後で聞いたら十一人の写真だったって聞いてるんだよ。
 だから……考えたくねぇけど一人山の中のハズレの奴が俺の選んだ写真の中に紛れ込んだんじゃねぇかって……』

 『はぁ!? やばいじゃない! あんた師匠の二度と無いかも知れぬ日に何て大チョンポしてんのよ!?』

 『ま、まぁ……怪我の功名って事も有り得るしね? カレン』

 ……背後で四人が不穏な会話をしているのも、今のシュウには耳に入らない。ダンゼンだけは伝承者としての耳が
 その内容を捉え青い縦線が顔に過ぎる。……残りの人物とは一体どのような者なんだ? ……不安一杯で五人は待つ。
 
 そして……座敷の障子は開かれる。



 ……ガラッ。


 (……む!?)

 その扉が開かれた瞬間、シュウは覚悟を決める為に閉じていた目を見開く。

 扉が開かれた瞬間の異様とも言える気配。そして独特の香り。


 これは……この香りは!?


 「……酒気?」

 「うぃ~……あっ、どうもぉ~」

 ……現われたのは顔を赤くして千鳥足で近づいてくる女性。今までの女性が正装で現われた事もありシュウは一瞬硬直する。

 完全に酔っぱらい自分の席へと足を崩し座り込む女性。もしや部屋を間違えてるのではとシュウは恐る恐る確認する。

 「あ……の、貴方は見合い相手の方で相違ないですな?」

 「えぇ~、私、今日此処で見合うセクメですよぉ~。貴方、シュウ様で会ってますよねぇ~?」

 へらへらと頷く女性。それに全員が当たって欲しくないと言う想像が当たった事に後悔の念を抱く。

 『(……こりゃあ駄目だ)』

 最後の最後に限って相手が酒乱。もう最初からしてシュウが心に決めるなんて事が有りえない。

 少年少女四人は天を仰ぎ、ダンゼンは頭を抱えて机に突っ伏す。

 セクメと名乗る人物にシュウは無表情で頷きつつも、心の中では至極安堵していた。

 (……良かった。最後の最後にこのような相手ならば、私もダンゼン様に後を引く事無く正当に断れる)

 そのように退散する事に関して悪い意味で前向きにセクメとの話は弾む。頃合を見計らいシュウは断る気満々だった。

 残る見守る五人も其の雰囲気を感じ取っている。完全に次にどのような計画でシュウを幸せに出来るのか? と言う
 計画に各々の思考が移っていた。セクメの長々と喋る話しに、後少しで帰れる事でリラックスしたシュウは微笑を浮べて頷いている。

 「いやぁ~シュウ様ってば話しを聞いてくれる人で嬉しいわぁ~。最近では姉妹のあの子ったら全然……ウエ゛」

 「むっ……どうかしまし……」

 突如、胸を押さえて苦しむ見合い相手のセクメ。

 それにシュウは嫌な予感を感じつつもセクメの側に寄る……そして。



 ウエエエ゛エ゛



 ……まぁ、勘の良い者ならば解る通り、女性は顔色悪くして飲んでいたであろう全ての物を其の場に放射した。


 カレンとアンナの軽い悲鳴が聞こえる。そして、様子を遠巻きに見ていたシンとジャギは大体こうなるだろうなぁと
 酔いまくっていた女性の様子から気付いていたので、やれやれと思いつつも旅館に拭く物を頼もうと立ち上がり障子を開ける。

 (災難になっちまったなぁ……こりゃあ、後でシュウさんには土下座……)

 そう、後で全力で謝罪しようと思ってた直後に……ジャギの視界には優しそうな風貌の女性が映っていた。

 「……へ?」

 「御免なさいっ、ちょっと退いて……! もうっ、姉さんってば! 悲鳴聞こえたから嫌な予感して来て見たら……もう!」

 唖然としたジャギやシンの間をすり抜けて、女性は吐いている体を折り曲げているセクメの体をさすりつつ眉を顰めて怒鳴る。

 シュウは行き成り出現した女性に首を傾げるも、セクメと言う女性はすぐ誰か気づいたようで赤面したまま笑みで謝る。

 「うう゛う゛……あっ……悪いわねぇ」

 「まったく! どうせ応募したけど来ないだろうって高を括って飲みまくるなんて、相手の方にどれだけ失礼だと思ってるの!!」

 どうやら、セクメと言う見合い相手は本当に相手が了承すると思ってなかったらしい。それならばこの吐くほど酔ってたのも頷ける。

 「御免なさい゛い゛……悪かったから、悪かったから怒鳴らないで……頭に響く」

 ガミガミと女性は怒鳴る。その様子を困り果てたようにシュウは見つつ、誰かどうにかしてくれと周りを見る。

 「……あぁ、済まぬが親族の方か? ……とりあえずこの方を横にしたいのだが」

 「あっ……! 姉が申し訳ありません、すぐにっ!」

 ……それからすぐ、場所を隣の一室へと移し濡らした布と共にセクメを寝かさせてシュウとセクメの妹らしき人物は介抱する。

 残る五人は嘔吐物で散らかった座敷の掃除を任された。最初「何で自分達が……」と文句を言ってたが、ダンゼンに
 「勝手に尾行して来たのだから当然だ。この罰だけで許してやる」との言葉に、諦めて座敷の掃除に取り込んでいるのだった。

 鼾と共に朱を差したまま眠るセクメに溜息を吐きつつ、丁寧に頭を下げつつ女性はシュウに頭を下げる。

 「すみませんねぇ……姉ったら普段から酒好きで。酒さえ除けばとても良い人なんだけど……」

 「いえ……私のような方には勿体無い方ですよ、セクメ殿は」

 そのシュウの言葉に、フフッと女性は穏やかに答える。

 「御正直に言って下さいな。今までの男性は、全部姉のズボラさには出会ってから辟易してましたもの……私も含めてね」

 そう、自分を暗に労ってくれる女性に、今日シュウは初めて癒されほんの少し正直に自分の気持ちを打ち明けることにした。

 「……あぁ~、でしたら一言言わせて貰うと……確かに酔っている方と付き合うのは流石に無理です」

 その言葉に女性は正直ですね、と笑う。シュウも薄く微笑しつつ女性に名を名乗る。

 「遅れませながら、私は南斗拳士のシュウと申します」

 「あら……シュウ、様ですが。ヘリオポリスの神話に出てくる神様と同じ名前ですのね」

 その言葉にシュウは驚く。何せ、その言葉は親しき者にさえ余り言われぬ言葉だったから。

 『お前の名……「立ち上がる者」と言う意味なのだな。……羨ましい名前だ』

 『シュウ、何時か大人になったら……その名に相応しい働きを……お前はするのだろうな』

 ……以前、最後にそう言われたのは。忘れられぬ胸の中に生き続ける人に……。

 郷愁の念に幾許か囚われつつ、シュウは静かに呟く。

 「博識なのですね……」

 「いえ、そんな。私、昔から神話などを読むのが好きで、それに私の名前も父母からそう授けられたらしいですから」

 「……ご両親は?」

 「私が物心付く頃には、既に……ですから姉は唯一の親代わりなんです。ですから酒は早く断って欲しいんですけどね」

 長生きして貰いたいですから。そう少々ある翳りを隠すように微笑を浮べる女性に、シュウはドキリとさせた。

 ……この人は、私に良く似ている。

 何かを背負い……それでも真っ直ぐ前を向いて……。

 「……良ければ力をお貸ししますよ」

 「え?」

 「なぁに、このような見合いの席で貴方の姉と出会ったのも何かのご縁。私のような若輩者でも、何かの役には立つでしょうから」

 ……この人の為に役立ちたい。

 この気持ちは一体何なのだろう? 『仁星』が私に呼びかけているのであろうか? ……否。

 これは、紛れも無く私自身の気持ちだ。私自身が……この人の手助けをしたいと思っているのだ。

 シュウの言葉に少々口を半開きにしてから、クスリと微笑んで女性は呟く。

 「シュウ様、でしたね。……何と言うか、私が出会ってきた男性の中で……とても風変わりですよ」

 「はははっ! 良く言われます!! ……あっ、そう言えば貴方の名も未だ尋ねていなかった」

 「あら本当……私、ティフーヌと申しますの……今更ですわね」

 「いえ……お綺麗な名だ」

 






 …………。




 「……何か、上手くいっちゃった見たいね」

 「そうだな……あぁ~、やれやれ。心配して損したぜ」

 雑巾とバケツ片手に、壁に寄りかかりつつ二人の男女は顔を見合わせつつ呟く。

 「まぁ、お邪魔虫は退散しないとねぇ~……ジャギ」

 「うんっ?」

 「……私もお見合いしたいなぁ~」

 「はぁっ? ……! って、本気かアンナ!? ちょっ……おい逃げるなっつうの! アンナ!!」

 風は吹き荒れる、ゆっくりと螺旋を渦巻きつつ運命に沿い。

 白鷺の羽を持ちつつ、駝鳥の羽のように舞い上がる鳥は運命の風へと触れる。

 これもまた……世界の必然は絶対と言う証なのだろうか。




 



                           


                          それは誰にも解り得ず……北斗七星だけが知る。








                



                 後書き



 はい、またオリキャラかよシネ~イ! と言われる前に説明。

 エジプトの天地新地創造神話に出てくる神の名前。その名前が白鷺拳伝承者のシュウ様と同じです。

 作中通り「立ち上がる者」や「虚空」と言う意味合いの戦いの神です。

 尚、このシュウ神。世界を支える神と言った意味合いの神でもあり、ヌト(世界)を支える姿は余りにも聖帝十字陵を
 支える最後のシュウの姿に似ており作者は驚きました。興味のある方はシュウ神でクグッテ下さい。


 尚オリキャラであり未来のシュウの奥さんティフーヌはシュウ神の妻であるテフヌトから取りました。

 テフヌトは雌獅子の頭を持つ女性と謂れ、「額にあるもの」と言う意味合いを持っており、太陽神ラーの目とも称されています。

 ……北斗の拳でシュウの目が潰された事と、シュウの奥さんが死んでいる事を考えると、これって哲夫先生が
 意図して想定していたのかとちょっと作者は考えています。哲夫先生……このジャキライの目を持ってしても見抜けなかった……!
 
 因みにセクメ⇒セクメト(破壊の女神でテフヌトと同一視されている神。破壊神で神々の造った酒で鎮められた)
 を参考にしており、このように酒乱と言う設定で登場させました。まぁアクシデントあった方が作品的に結構面白いし。

 あ、後今回の題名の『駝鳥の羽』って言うのは、運命の秤と言うエジプトの最後の審判の羽がシュウ神の羽と同義
 しており、その羽が駝鳥の羽ゆえにこう言う題名にしました。訳わかんねぇよと言う方、申し訳御座いません。

 長々と失礼。またこう言った神話ものも含めるかも知れませんが宜しく。







[29120] 【巨門編】第三十七話『孤独の狼の黄昏の遠吠え』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/21 19:12


 場所は少し移り変わる。時は不明、荒野の荒れ果てた場所。

 『CLUB STORK』と書かれた看板の建てられたヘリポートのあるビル。そのビルの少し外れた場所に二人の男が居る。

 一人は少年。彼は奇数なる運命によって此処で南斗聖拳及び北斗神拳の修行をしている少年。

 一人は大柄で、屈強な筋肉に棘付きショルダー及び一般人が震える様なヘルメットを被り散弾銃を携えた男。

 その男はゴキゴキと首を鳴らしつつ、何やら鋭利な鉄の棒を何本も用意していた。少年に危害を加える道具か?

 否。少年に目も暮れず男は鉄の棒を等間隔で地面に突き刺していた。そしてある程度突き刺し終えると一言だけ呟く。

 「うっし、やれ」

 「……何を?」

 少年は、男が差す鉄の棒を見つつ疑問を投げかける。当たり前だ、ただやれと言われただけでは何か解らない。

 その少年の呟きに、男は嘆かわしそうに言った。

 「解らねぇのか? ……この鉄の棒に邪狼撃放てって言ってんだよ」

 「あぁそう言う事か。それ位あ」

 「ただし」

 朝飯前。と呟く前に、男から語気を強めて条件が出される。

 「その鉄の棒全部『切断せず』横切るんだ。……その棒全部左右に掻い潜りながらな」

 「はぁ!?」

 無理難題。邪狼撃は最近は確かに色々な物体……岩石及び、建物にあった鉄板やらを貫通する事は出来るようになってきた。

 通過しながら両断するのではなく斬らないようにする? ……何故それが出来るようにならなければいけないのだろう?

 「何で……!?」

 ガチャン

 「口答え出来る立場か……? てめぇは俺の言う事黙ってクリアすりゃいいんだよ」

 散弾銃の銃口がジャギの額に突き付けられる。こうなると早速少年ジャギは言い返す事は出来ない。

 何しろこの世界での立場は、この極悪非道冷血悪魔のジャギが上なのだ。最近では北斗神拳も習い始めて結構自分でも
 強くなったかなぁと思い込んでいた直後、このジャギは自分の言葉を一蹴しつつ精神的に折れる程に言葉で追い込むのだ。

 『おめぇ一撃でラオウの野郎を殺せるか? 一突きでフドウとか倒せるのか? 集団で武器持って襲い掛かってくるモヒカンの
 糞野郎共をちんたら北斗神拳で戦おうってのか? ほざきやがれ……寝ぼけた事言う前に南斗邪狼撃一つでも極めてみろ』

 そう言って今でも南斗邪狼撃だけの修行のみだ。この場所での修行も、体感時間で有に十年以上経っている気がジャギにはする。

 普通に直進での邪狼撃での貫手の技は覚えたと思っている。それだけで終わりだとジャギは思ってたが……甘かった。

 『CLUB STORK』の三階から飛び降り様に邪狼撃を放てと言ってきたり(それで一度骨折して、秘孔で無理に直された)

 全身にバネ仕込みの拘束器具を付けつつ邪狼撃を放てと言われたり(それでスムーズに出来ないと散弾銃の柄で殴られた)

 そして終いには邪狼撃を一コンマ以内に完璧に放てと言われた。(未だに出来ず、今後の課題としてジャギは練習してる)

 思い出したくない修行内容ばかり、今でもジャギは、この悪魔以上の悪魔を何とかして吠え面を欠かそうと誓っている。

 「一回見せてやるよ……南斗邪狼撃!!」

 この世界にずっと居るジャギ……肯定したくないが南斗六聖並みの実力をこの無人の世界で永遠とも等しい時間修行に
 費やしたゆえに南斗邪狼撃を極めているこの男は、鉄棒の前に立ち腰を落として後ろに手をやった瞬間姿が消える。

 あっと言う間に最後に突き刺した鉄棒の前へと着地する。鉄棒は傷一つ無く立ち尽くしたままだ。

 単純に超スピードで移動しただけではないか? ……否。

 修行中のジャギには辛うじて見えた。貫手で突き出したまま、鉄棒を横切るジャギの姿がだ……ずるはしていない。

 あっさりと成功しつつ、そんな事は歯牙にもかけてない調子で少年ジャギを見下ろして男は投げやりに言う。

 「俺は建物でのんびり待ってるぜ。成功したら教えろ」

 「へいへい」

 「さぼってたら撃つからな」

 「あぁ、重々承知している」

 何せ、本当に一回疲労したので深呼吸しかけた瞬間に建物の中から散弾銃で撃ってきた事があったのだ。あの時は
 遠距離だから何とか当たらずに済んだものの、次があれば絶対にこの男は自分を撃ち殺すだろうとジャギは知っている。

 この鬼畜畜生がっ、と思いつつジャギは建物の中に入る瞬間に舌を出して些細な抗議をすると鉄棒の前に立つ。

 目を閉じて精神統一、そして先程のジャギの姿を思い出し自分も同じ事をするイメージを膨らませる。

 そしてカッとジャギは目を見開くと邪狼撃を放った。

 「南斗邪狼撃!!」

 ……視界にあった並べられた鉄棒は一瞬後に視界から消える。見える限りの地平線……後ろを振り向く。

 其処には……見事にばっさりと切断された鉄棒が散らばっていた。

 「……やっぱ、失敗か」

 ジャギは、溜息を吐くと代わりの鉄棒を突き刺しつつ先は長いと感じるのだった。




 ・



           ・



    ・



         ・



    ・



        ・


 

           ・



 「……あんま成長しねぇな」

 CLUB STORKの一室、其処には鉢植えが大事に大事に置かれている。横には肥料や如雨露が置かれていた。

 その鉢植えには一つの芽が数センチ伸びた状態で生えていた、一枚、二枚程に葉らしき物が生えてきている。

 ジャギの言葉は、今修行している彼に向けての言葉か、それとも鉢植えに植えられている植物に向けてか? いや、両方かもしれない。

 それはジャギだけしか知りえない。彼は如雨露で水を注ぎつつ、じっと鉢植えに生えた芽へと視線を注ぎつつ呟く。

 「……あいつよ、南斗聖拳だけなら昔の俺並みには上達したぜ」

 決して今炎天下とも言える場所で邪狼撃を必死に放っている少年には聞かせぬ言葉。

 「まぁ、たりめぇだ。あの時の俺様は付け焼刃程度で満足して……それで浮かれたままでケンシロウに挑んだ大馬鹿野郎だからな」

 ……今回ジャギが教えた内容は……邪狼撃のコントロールする事。

 いずれ来る世紀末。集団で構成された兵隊や、盗賊達とジャギが相手する事もあるだろう。

 どんな状況、どのような数であれ邪狼撃を放てば勝利する確立は高くなる。

 「俺様が考案した新・南斗邪狼撃なら……南斗聖拳の特性全部兼ね備えてるからな。へっ、完成形を奴にお見舞い出来ねぇのが残念だ」

 ……南斗聖拳の特性である、『突く』『斬る』『切る』以外にも『打つ』『削ぐ』といった特徴を付け加えている邪狼撃。

 それを今未熟者の少年へと教えている。これが出来れば一端の南斗聖拳使いだろうと、ジャギは少年の未来像を想像する。

 「……あいつ並みに必死だったら……俺様はケンシロウに殺されずに済んだかも知れねぇな」

 そう言って、男は暫し無言だったがすぐにケヶヶ! と嫌な笑い声を立てる。

 「んな事後の祭りじゃねぇか! ……俺様はあの時の事は後悔してねぇ……あの忌々しい救世主様なんぞ知った事かよ」

 そう言って男は花の芽へと人差し指で触れる。

 「……あいつよ、この前北斗神拳教えろって言ってきたんだよな」

 「……出来ないんだよ。何時まで経っても、幾ら経とうが俺には出来やしねぇんだ……俺様は北斗神拳伝承者ジャギ様なのによぉ」

 「……くそっ……くそっ」

 自分が最初に得た物。

 自分が最初に得た力。

 自分が最初に誰にも奪われず、そして胸を張って得た強さ。

 それが今では使えない……使えるのは復讐の為に磨いた新たなる拳。極めたが、ジャギの中では欠けた穴が未だ古傷の如く残っている。

 どうしようもない怒りがジャギの体に沸き起こる、自分以外の全てを破壊したい衝動がジャギの中に宿る。

 だが……この世界に居る存在は皮肉にも昔の自分の姿をした存在と……この花の芽だけだ。

 自分の人差し指に触れてゆらゆらと揺れる芽を見つつ、ジャギは苦々しいとばかりに椅子に乱暴に座って口を開く。

 「……けっ、大体南斗聖拳も極めれもしねぇ奴が、一丁前に北斗神拳覚えようって時点でチャンチャラ可笑しいんだ」

 そう言って、ジャギは体の中に燻る怒りを酒を飲み干した後のゲップと共に吐き出す。

 「どうせ、あの野郎が南斗聖拳極めても、北斗神拳伝承者にはなれやしねぇのに、あそこまでよく頑張るぜ」

 「下らねぇ。父親だとか、未来の為だとか……あいつが俺の昔の姿で善人振るのはむかつくぜ」

 グドグトとジャギの文句は続く。それをじっと芽だけは動かず立っているのみ。

 「おめぇは良いぜ、何も喋らえぇからな。昔一緒に居た屑野郎共よりは何倍もマシだ」

 そう言って、ジャギは過去を思い返す。

 ……連れていたモヒカン共。ヘラヘラと哂い、自分の指示に従いケンシロウだと謳いつつ強奪を一緒にやっていた者達。

 拳王軍の一端だと自慢してたが、あいつ達は何も解っちゃいない……ただ虎の威を借りる狐……自分の欲望さえ満足すりゃ良いハイエナだ。

 自分はそのハイエナの首領であり、そしてそのハイエナともはケンシロウに出会う前に自分が何処かしら事故に出会い
 力を失えば確実に見限っていたとジャギは知っていた。……誰も、信用出来る存在など自分には無かった。

 ラオウは勿論、トキも。そしてシンとて自分は心の中では嫉妬していた。

 自分には無いものを持っていた……決して持つ事の出来ぬ物を持っている者達を。

 「……シン、か」

 ケンシロウの親友。……ケンシロウと繋がっていると言うだけで、自分は誰であれ許す事は出来なかった。

 いや……自分には無い物がある全ての存在を、俺は憎悪していた。

 ユダ、サウザーと言う男とて会えば憎悪していたであろう。ケンシロウを殺すと言う事に関し協力はしたかも知れない。

 だが、アミバと同じように目標さえ終えれば機会を見計らい殺してた筈だ。……自分は、そう言う男だ。

 だからこそ……俺は。

 「独りだ……俺は独りだ」

 そう零しつつ、ジャギは散弾銃に触れる。

 酔いが回って来た……沈んでいく思考の中で、ジャギはふと、自分の視界の中で芽が微かに動くようにしたのを見る。

 怪訝に思いつつ身を乗り出す、すると、芽は少しだけ……ほんの少しだけ伸びていた。気の所為でなければ。

 「……何でぇ、ちゃんと伸びるもんだな」

 「けっ……早く成長して花でも咲かせて見ろ。……まぁ、どんな花であれ、俺様は興味なんぞねぇけどよ」

 そう呟き終えた後、ジャギの耳には自分を呼ぶ声が聞こえた。

 恐らく、成功したと伝える洟垂れ小僧の声だ。ジャギは面倒だなと思いつつ立ち上がる。

 「……あぁ、面倒くせぇ」

 いや、実際に言葉にする。そして、今更だが何故自分の姿をしたあの小僧に自分は南斗聖拳の師匠になってるのかと疑問に思う。

 「……んなもん決まっている。俺が……どう違おうと俺があいつ達に劣るところなんぞもう見たくねぇからだろうが」

 そう、ジャギはすぐ結論付けて扉を出る。

 ……微かに鉢植えの芽は揺れた。




 ・



           ・



    ・



        ・




    ・




          ・






               ・




 「……南斗邪狼撃!!」

 少年は、ヘルメットの男が腕組みしつつ睨んでいるのを尻目に磨いた技を放つ。

 見本の時に見せたように、ジャギの姿は掻き消える。

 すると、鉄棒の最後の方へ跪きジャギは到達する。その最後の着陸の姿勢に方眉を上げてジャギは感想を口にした。

 「……てめぇの今の動き。……トキの兄者、いや……あいつの北斗有情断迅拳の模倣か?」

 「応。何かしっくり来てな」

 そう軽く自慢そうに言うジャギを、じっとこの世界で生きているジャギは無言で見る。

 「……な、何だよ?」

 「……別に」

 投げ遣りに返事しつつ、傷一つなく佇む鉄棒を見ながらジャギは考える。

 (……前より短期間で仕上げるようになってきてやがる。……気に喰わねぇ、段々上達してきてんのか? こいつ)

 ジャギであって、ジャギでない者。

 自分の姿をした、異世界から来たと言う存在。そして自分の顛末を知り、その未来を変える為に生きようとしてる存在。

 ジャギは今更ながらこいつは何者なんだろうと考えている。平和な世界から来たと言う……この未知なる奴を。

 「……まぁ至急点か。とりあえず何度やっても成功出来るまで練習しろよ」

 「いやっ出来る『ガチャ』……解った、やるって」

 文句を言いかけたジャギへと問答無用で散弾銃を向ける。観念した様子で少年のジャギはもう一度邪狼撃を放つ。

 孤高のジャギは、ただそれを感情ないままに見つめていた。




 ・


         ・



    ・




        ・


   ・




       ・




           ・


 「……居なくなったか」

 次の日、ジャギは人の気配が消えた事を確認して自分だけが建物に存在してない事を認識する。

 これは最近では珍しくない。目覚めるとあの餓鬼が消えている、そして自分はあの鉢植えの前に座る。

 今日も同じだ。ジャギは少しだけ伸びた芽へと座り込み酒を片手に口を開く。

 「……あいつ、別の世界から来たって言ったよな」

 「……戦争もねぇ。犯罪はあるけど、殺人や強盗なんぞニュースで取り上げられる位に珍しいんだと。
 ……笑えるぜ、この世界じゃそんなん日常茶飯事だ……特に貧しい奴等なんぞ毎日盗みなんぞやらかしてるのに」

 そこで酒を一気に呷る。喉の焼け付く感じと共に、ジャギは天井を見上げる。

 「もし……」

 もし、核なんぞ落ちず平和な世界ならば……俺は如何なってだ?
 
 ……間違いなくケンシロウには挑んで頭を割られていた。……その後にきっと奴を殺す為に幾らか金で以前のように似た
 奴等を雇いケンシロウを殺そうとした筈だ。その考えに至ると、ジャギはうんざりした気分で一言呟く。

 「何だよ、結局変わらねぇじゃねぇか」

 精々殺される状況が違うだけ……下手すればラオウやトキの兄者も加勢したであろう。

 そして結局奴のハッピーエンド……お笑い草だ。

 「……平和な……世界か」

 ……そうなれば、自分はまず北斗神拳伝承者にならなかっただろう。

 暖かな家、そして優しい父と母。

 家に帰ると上手いご飯に有り付き、そして布団にくるまって眠る。

 そんな……自分には縁のない生活。

 「クク……ガハハハハッ……シャア~ハッハハハハハハハハ!!!!!」

 哂える、笑える、ワラエテクル。

 「ヒィ~ヒヒヒヒヒッ!! へッ……へヘヘへシャハハハハアッハハハハハハ!!!!」

 身を捩じらせジャギは笑う。有り得ぬような幻想……そんな事を想像してしまった自分が余りにも腹立たしくて。

 「イ~ヒッヒヒヒ……ヒヒ……ヒヒ」

 「……くそが……」

 笑いが収まり、虚脱状態でジャギは立ち上がり如雨露の水を乱暴に芽へと注ぐ。

 水滴は芽に当たり、まるで苦しむように緑色の儚い存在は横に上下へと揺れた。

 「……なぁ」

 「……俺は、極悪人だ……例え生まれ変わろうが絶対に更正しねえ自信だけは有る」

 「……だったらよぉ……俺様は結局あいつ達を光らすだけの存在だったてぇのか?」

 「……教えてくれよ、おい」

 ……虚しいだけの静寂が響く。

 下らない事を考えたとジャギは思う、憂さ晴らしに岩石でも邪狼撃で破壊しようかと彼は外へと出る。

 そう言えば最近あの餓鬼に構って何か壊すなんてしてなかったなと思い返し、自分も静かになったもんだと自嘲する。

 「うっし、南斗邪……」

 その時だ……ジャギの体へ微かに痺れるように電気のような物が走ったのは。

 「っ……今のは……!?」


 ……思い出される記憶。

 ……一人の有る女が居た。一人のある女が世紀末の日常の中の一つの現象、ただの荒くれ者に追われてた時の記憶。

 あの時、俺は単純に自分以外の悪が気に入らなかった。だから、俺は奴を痛めつけ、そして奴の存在を陥れる為に奴を攫った。

 あの時の……技。

 俺は……あの時……あの男へ。

 「……ほ、くと」

 「……北斗」

 ゆっくりと……ジャギの両腕が上がる。

 一つの崩れ去った岩。自分よりでかい岩を見上げて男は思いだす。

 あの時あの男へ浴びせた北斗の技を。自分が奴に復讐しようと生きた中で漂う虫ケラへと放った技をだ。

 その技は……確か。







                                  北斗邪剪手







 「……出来た」

 岩肌に残る、確かなる指の痕。

 今の感触は間違いなく……何時かの日に自分が北斗神拳を扱った際の感触……!

 「へ、へへ……!」

 体に湧き上がる興奮、そして得がたい快感。

 震える両手を注視しつつ、ジャギは歓びを噛み締めつつ天空を見上げた。

 「見たかぁ!!!」

 「俺様は負け犬なんかじゃねぇ!! 俺様は……俺様は北斗神拳伝承者ジャギ様なんだぜぇ!!」

 「へっ! この調子で絶対に以前より……いや! 絶対にケンシロウ以上に強くなってやる!! 絶対だ!!!」

 大きく口を開けて哂う。ただ今だけは、取り戻せた感覚を素直に喜ぼう。

 その笑い声の力強さに呼応するように……花の芽は微かに揺れた。






                             




                         ……そして、邪狼の産声は静かに聞こえようとしていた。









 
               
                   後書き





   ジャギ様の北斗無双の技『北斗邪剪手』

   あれって秘孔で心臓麻痺したのか、それとも本当に散弾銃に撃たれると思ったショック死したのが未だに謎です。

   ケンシロウの北斗神拳『交首破顔拳』と似てるし、世紀末ではジャンプしつつの『北斗邪剪手』も同じで良いと思う。

  


   それと、次回にジャギ無双。皆さんお楽しみに







[29120] 【巨門編】第三十八話『幾多の鳥と花弁と獣は廻り廻り』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/24 12:14




  場所、アンナの自宅改めリーダーの酒場。

 「……この町に根付いて、約七年程か」

 リーダーは思い返していた。アンナが突然人を怖がる様になり、根無し草で旅に出る事も至難になりこの付近に来た時の事を。

 突然ジャギの奴がアンナを背負って俺の前に現れて……そしてジャギがアンナを癒してくれる事を願い此処に居ついた。

 この町であいつが正直な笑顔を取り戻す事を願い……結果、あいつは大分元気になったなと俺は思っている。

 「いやぁ……思えば随分長く居るもんだぜ」

 「おい、そこのリーゼント。物思いに耽っている暇があるならば早く水を告げ」

 ……何やら不穏な声がリーダーの背後から聞こえる。だが、リーダーは一瞬血管を浮べかけつつ回想を続ける。

 「あいつが南斗拳士になるなんて、昔の俺だったらまるで予想してなかった。だが、今となっちゃあ腕相撲でもほぼ五分だしなぁ」

 「ねぇお姉さん~。このキマユと一片付き合って見ない? 私中々良いわよ?」

 「はっ、私は女と付き合うなら、そっちの皿洗いのカタミミと付き合うよ」

 「……姉御、それ褒めてねえっしょ?」

 背後から何やら女が女を口説き、そして俺の部下か軽く突っ込む声が聞こえたが幻聴だ。リーダーはそう念じ回想を続ける。

 「……でかくなったもんだぜ。最近じゃあ帰る度に小さい傷だらけだが、それでもあいつの目はキラキラ輝いてる」

 「果物買ってきたわよぉ~……って、凄い状況ね」

 「トウにサキちゃん!! このセグロと一緒に廻る廻る熱いアバンチュールをってゴバフッ!!?」

 「初対面の人間に軟派すんな!!」

 「……ジャ、ジャギさんとアンナさんのお友達って個性的なんですね」

 「これ……個性的ってレベル?」

 またまた、背後からセグロにハマ。そしてトウにサキと言う面子の声が聞こえたが、それもきっと昨日飲みすぎたからだとリーダーは思い込む。

 「…………これも、ジャギがあいつを支えてくれたお陰、か。へっ、兄貴面するのも、そろそろ卒業かもな」

 「おいリーダーとやら。さっさとこのユダにつまみを出さんか。飛びっきり高級のな」

 「うっせぇ! 黙れやてめぇらあ!!」

 遂に我慢の限界を迎えた。リーダーは背後を振り返り激怒の声を降らす。その隣にはべったりシドリがくっ付いていた。

 リーダーの住処であり商売する場所である酒場。そこにはセグロ・ハマ・キマユ・トウ・サキ……そしてユダの七名。

 そしてこの騒いでいるメンバーとは別の一角でキタタキが設置されたインベーダを黙々とクリアしており、そしてイスカは
 疲れた様子で全員分の水割りを作っている。そしてシンは誰かの罠に嵌り酒を飲まされ軽く酔い潰れていた。

 正しく混沌が、リーダーの酒場に発生されている。

 「アンナの野郎! 『明日友達来るからね』って聞いて普通に頷いたけどよ! これは幾ら何でも多すぎるんだよ!!」

 「旦那様っ、お義姉様を責めないで下さいましっ!! 人手が多いほうがこのチンケな店も儲かると思って呼んだのは私なんですから!」

 「てめぇも原因かっシドリ!! つうか今さり気にチンケとか言いやがったろ!!? そこに直れ! 制裁したる!!」

 「え/// もう旦那様ったら昼間からだ・い・た・ん♡」

 「頬染めてんじゃねぇえええ!! しかも染める要素ゼロだろうがぁ!!!」

 阿鼻叫喚の状況。この状況下で、騒いでいる周りを尻目にサキとトウは呆れた目で手頃な席に座り感想を呟く。

 「アンナから南斗拳士の友人が来るって聞いたけど、何て言うか……独創的と言うか全員個性たっぷりね」

 「えぇ、別に変な意味じゃないですけどシン様が凄くまともに見えます……」

 「かなりふざけあってるけど、それでも此処にいる全員強いのよねぇ」

 「ですよね。……ユリア様から何だか良くない予感がするからアンナ様の様子見をして……って言われましたけど」

 「この分じゃあ……杞憂よねぇ」

 ユリアは予知夢を見る。これに関しては以前説明した事があるかも知れない。

 そして、フドウの時も感じていた胸騒ぎだが、ユリアはまた胸のざわめきを最近になって多く感じていた。だが彼女は寺院に縛られた身。

 ゆえに侍従であるサキとトウに様子を見に遣わせたのである……勿論、この二人だけでなく、もう一人居たのだが……。

 サキとトウの軟派が失敗したと判断するやら一瞬にして今度は酒場のマスターなるリーダーの仲間の女性をナンパして
 それを速攻で殴り沈黙させるハマ。そして下らないとばかりに一瞥しつつ優雅にグラス(中身は水)を傾けるユダ。

 「ふんっ、アンナの家とやらに一興を思って訪れてやったが……何とも平俗な建物だな。俺の屋敷の部屋の一つ程度か」

 「……おいっ、シドリ……さっきからこのすげぇ腹の立つ野郎は一体全体何者なんだぁ……おい?」

 「紅鶴拳のユダ様ですてよ。そんな事構わないで私と未来の家庭像でも一緒に話そうじゃないですか~☆」

 「話さねぇよ!! てか紅鶴拳って何だ!? つかさっきから我が者顔でこいつ店の一番高い食い物平然と皿に盛ってねぇか!?」

 「全く五月蝿い雑種だ……安心しろ、金ならたんまり有る」

 「てめぇの態度が大問題なんだよ!!」

 ユダが何者なのか知らぬお陰で、リーダーは表立って怒鳴りまくる。

 ユダの性格を知る者はハラハラと見守っているが、ユダ自身はアンナの兄と言う事もあるのと、その特徴的なリーゼント
 頭から、一種の催し物程度として適当にあしらう事を決めている。リーダーにとってそれは幸か不幸なのか……。

 まぁ、本気でユダが切れてもシドリが相手するし問題ないだろう。

 「……ったく、……そういや、アンナの奴は?」

 「飲み物の買出しでしょ。この人数だし、すぐ無くなるでしょうから買出しに行ったってさっき言ったけど」

 「はぁ? 一人でかよ!? 今すぐ俺が一っ走り……!」

 ハマの言葉、それにリーダーは親馬鹿もとい、兄馬鹿を発揮させて急いで戸口を開け、すると……。

 「あれ、兄貴如何したの?」

 「……って、戻ったか」

 数個の飲み物を提げて帰ってきた妹を見て、リーダーは安堵の溜息を吐く。

 「おめぇなぁ……行く時は誰か付いて行けよ」

 「居るじゃない、ゲレが」

 『ガルッ』

 そう言って、もう最近では成体並みの大きさとなっている虎。ゲレを指すとアンナの忠実なる僕は頼もしく一声鳴いた。

 「……まぁ、確かにこいつが居れば大抵の奴は近づかんか。おめぇも有難うな、ゲレ」

 リーダーが撫でると、仕方が無いとばかりの表情でゲレは撫でられている。どうやら、アンナ以外には余り好意的じゃなさそうだ。

 「おっ、それが噂のアンナの虎のゲレか! よ~しよしよし……」

 「……あんたのその物怖じせず動物と触れ合う神経だけは凄いと思うわ」

 「ハマ、凄いかも知れんがセグロの奴頭噛み付かれてんぞ?」

 「いや! 冷静に二人とも感想言ってないで止めなよ!?」

 南斗拳士達はゲレに対して興味津々で群がる、ゲレが嫌そうに付き合わされてるのを苦笑いしつつ見てアンナはカウンターへと赴く。

 おもむろに近づくのはユダの隣、其処だけはユダの支配された空間。それゆえに他の人間は近くに座っていない。

 アンナが座ったのを見ると、ユダは口を開いた。

 「……やれやれ、騒がしい事この上ないな此処は」

 「えへへ、でもこう言うのも結構いいでしょ?」

 呆れつつ、軽く騒いでいる一行を見るユダを、アンナは微笑んで問いかける。

 「下らんな。俺はお前を手に入れる、それ以外に興味は沸かん」

 セグロが大抵騒ぎを起こす行動を、アンナはこの時ばかり感謝した。ユダの言葉は、自分は慣れたが兄貴に聞かせるには危険過ぎる。

 「またそう言う事言って……私、何の魅力もないでしょ?」

 アンナの言葉にユダは水を得た魚の如く口早に感想を言い始める。

 「確かに、貴様は取り立て美人ではない。おしとやかさにも欠けていて普通の女と違って男勝りな部分もある。
 口汚く俺の出す菓子を懲りる事なく食うし、何より土まみれで走ってる姿は野を駆ける兎の如く笑えるものだな」

 「……怒るよ?」

 言いたい事を言いたい放題言うユダに、温厚だと自負するアンナも米神が湧き上がりかけるが、次の言葉に真顔になる。

 「だが……お前の瞳に時折浮かぶ光。それは紛う方なき宿命を負う者の光だと俺は考えている……俺のようにな」

 「っ……」
 
 余りにも唐突に自分の本性を見抜くような言葉。アンナは我知らず身を強張らせる。

 ユダは早速冷笑も何時もの尊大な笑みも浮かべず、無表情でアンナの顔をじっと見ている。この時の為に邪魔立てされぬ
 ように厄介そうなシンに酒を注ぎ込み酔わせたのだ。全ては……アンナの口から真意を問い質そうとする為に。

 (他の南斗拳士達は赤子の虎を捻るが如く文字通り虎に夢中……俺が気に食わんレイが修行の為此処に居ない事も含め妖星は俺に味方してる)

 そう考えつつ、ユダはアンナへと直球で問い質そうとした。

 「答えろ、アンナ。お前一体『ズガガガガガガガガガガ!!!!!』……」

 ユダが、尋ねる前に起き上がった炸裂音。

 工事等で良く行われる地面を平行にする為の機械音が酒場へと響く。騒音の余り思わず全員が耳を塞いだ。

 「んだぁ!? 今日工事なんぞ聞いてねぇぞ!! ……ったく、真ん前でやるならやるって張り紙位出しとけ!」

 窓から罵声を浴びせるリーダー。どうやら道路の舗装工事らしき光景が窓から見える限り、かなり近くで行われてるらしい。

 「……あ、あっははは。それじゃあ、私ちょっと飲み物補充してくるね!」

 「おいっアン……」

 差し伸べたユダの手をすり抜けて、アンナはいそいそと店の奥へと入って行く。

 「……ちっ」

 思わぬ邪魔にユダは歯噛みする。これ以上ないチャンスを逃したと、苛立ちつつグラスの氷を口に含んで噛み砕いた。

 時計を見る、もうそろそろ確かジャギが来ても良い頃だ。と、ユダは考える。

 (……仕方が無い、また次の機会はある……次がな)

 『妖星』ユダ。例えどんな時であろうとも自分に圧倒的有利な時以外は下手に動かぬ戦略家である。

 


 ・

 
           ・


      ・




         ・




     ・




         ・




              ・


 「……へっ、かなりの大人数集まってるらしいが……成る程、てめぇの言う通りほぼガキと女ばっかりだな」

 「だろ? こんな事で嘘は吐かねぇさ……今から乗り込むか?」

 何やら不穏な影が、双眼鏡を手にして遠くの建物の上からリーダーの酒場を覗き込んでいた。

 「焦るなよ。行き成り乗り込んじまったら折角の下準備が水の泡だろうが」

 口元を歪めてライフル銃を肩に乗せる男。屈強で残忍な笑み、如何なる犯罪であろうとも空気を吸う事の行える犯罪者。

 名はジャッカル。犯罪の申し子とも言えるその男は葉巻を吸いつつ計画を喋り始める。

 「工事って名目で騒音立たせて奴等の耳を奪う。その後が肝心よ……良いか? これで失敗なんぞするなよ、てめぇ等」

 ジロリと睨むジャッカルの光は凶悪だ。失敗する者には死を……と、暗示されている。

 それにせせら笑う二人……この二人も大概悪党である。

 「へっ! 誰に向かって言ってんだジャッカル! ……あぁ~けどよ。女っつっても小娘ばっかだな。俺、もっと肉付きの良い女が良かったなぁ」

 そう、残念そうにZ-665と彫られた男……ジードは少し残念そうな口振りで話す。

 「一人、都合良い事に巨乳の女(キマユの事)が居たじゃねぇか。それに、てめぇ小さい女も挿す時の悲鳴が好きだって前言わなかったか?」

 「あぁ、それもそうだな。……へ、へへへ! 考えただけで燃えてきたぜ!!」

 実行する前に士気下がっては性も無い。ジャッカルの言葉にジードは素直に妄想してか瞬時にやる気を取り戻す。

 (……やれやれ、これだから女目当ての野郎は嫌いなんだ。しかも、性質悪い事にこいつ腕っ節だけはあるからな)

 そんなジャッカルの思惑を知らず、妄想だけで歪んだ笑みを浮かべていたジードは涎すら垂れかけて、ふと呟く。

 「そういや、最後に店に入ったあの女も考えればかなり良さそうな具合に見えたな。こりゃあ俺が直に『おい、ジードさんよ』……ぁ?」

 ジードの言葉。それに剣呑な声が割り込む。

 何もそれは悪事を見かねての正義の使者の言葉ではない。此処に居る最後の一人……この中では一番下位なる人物の意見。

 「……あんたにゃ、あの女はやらねぇ。……店に居る女は全部あんたにくれてやる……だが、あの女だけは別だ……!!」

 ギラギラと、人を殺せる程の光を含めてグレージーズのヘッドはジードを脅す。

 命知らずの言葉にジードも青筋を浮かべる。一瞬だけ、その男に浮かぶ光の不気味さを畏れたのを隠すか如く。

 「あぁ゛!? てめぇ、誰に意見し……」

 「止めろ止めろ! こんな下らない事で仲間割れしてんじゃねぇよ!! 虎の狸の皮算用って言葉知らねぇのか!!?
 まずてめぇら計画が成功してから言いやがれ!! その後なら好きに続きをしてくれて結構だからよ!!」

 ジャッカルはいい加減にしろとばかりに叫ぶ。二人は、ジャッカルの声に正気を取り戻すと、どちらとも一睨みしつつ其の場は収まった。

 足手纏いになりかねない二人に、ジャッカルは組んで未だ半日も経ってないが若干辟易しつつ計画の内容を再度続け始めた。

 「工事音は流石に町の奴等に勘付かれる可能性もある。だから一旦音を切らせる。そして次に再開されたら決行だ」

 その言葉に、ジードとグレージーズのヘッドは頷いた。目に浮かぶのは悪を行う者の邪な光。

 その顔つきを頼もしそうにジャッカルも似たような笑みを浮かべつつ……建物の下に居る部下達も見下ろし言った。

 「それじゃあ……行くぜ、お前等……!!」

 『……ッ!!』

 音無く、建物の影で控えていた部下達が立ち上がる。

 その手に握られているのは幾つもの鈍器……武器。その者達の瞳にも邪悪な光点が点滅されていた。

 その数……およそ三百超。

 ……時は、刻一刻と迫っていた。







 ・


         ・



   ・





       ・



   ・



        ・





             ・







 「いやぁ、助かった、助かった」

 キヒヒヒとセグロは包帯を頭に巻きつつ笑う。イスカとキタタキはそんなセグロを見下ろして話しかける。

 「セグロ、噛み付かれて良く平気そうだね……頭本当に大丈夫?」

 「いや、セグロの頭が変なのはもう治らんだろ。こいつの頭の中は俺と同じく変態紳士同盟が結ばれてるからな」

 「御免、キタタキ。君の言葉何が何だがさっぱり解らない」

 互いに漫才やっている三人組。それを呆れつつハマはゲレを撫でつつ呟く。

 「あんた達良くもまぁ飽きずに馬鹿やれるわね。一回転して尊敬しそうだわ」

 「ふっふっふっ……遂にハマもこのセグロの魅力を理解『しないわよ変態』……」

 ハマに一蹴されて(´・ω・`)な顔になるセグロ。そんな平和な光景を目にしつつ笑う他の拳士達。

 シンも酔いが覚めて来たのかサキに心配されつつ意識を覚醒し始める。……そんな時にソレは起きた

 工事の騒音。先程響いた事もあり他の拳士達は注意を払っていない。

 いや……一人だけ、この時ソレに関し本能的に危険を察知していた。

 「……」

 「うん? 如何したのユダ」

 グラスを置いて立ち上がり一つの壁へと立って睨む。突然のユダのその行動に他の拳士達も違和感を察知した。

 ユダはじっと険しい顔で壁の方を睨む。それに乗ずるかのように、今まで撫でられて目を細めていたゲレも豹変して牙を剥き出す。

 ……何時かのとき、グレージーズが乗り込んできた時のように。

 「……何か、来るぞ」

 『っ!?』

 「あん? 来るって……!?」



                                  ガシャンッ……!!


 リーダーの声が中断させたんは、窓が割れた所為だけではない。その投げられた物体に関して。

 「爆弾……!?」

 転がってきた黒い球体。その物体にリーダーの背筋に冷たい物が駆け抜けると共に叫び声が腹の其処から絞り出された。




                    「てめぇら伏せろおおおおおおおおおおおおお!!!」






 ……瞬間、彼、彼女達が見たのは一瞬の閃光と耳を振るわせる衝撃音。

 一瞬にして視力と聴力を奪った爆弾の前に、店に居た殆どの人間は体をくの字に曲げて動きを一旦封じられる。

 『シャッハーーーー!!!』

 その隙を乗じ、壁を粉砕する音。

 押し寄せる不良、不良、不良、荒くれ共の集団。それが雪崩れのように壁の割れ目を押し寄せてきた。

 その集団で一番大柄な男が叫ぶ。

 「おっしゃあ女だ! 女をまず攫え!! ガキと男はその後に嬲り殺して構わねぇ!!」

 そう言いつつ、ジード本人は一番近くに居る女を一人か二人か捕まえたらすぐ逃げる魂胆だった。

 『閃光手榴弾で麻痺出来るのは大体一分程度だ。しかも、南斗拳士となりゃガキと言えど数十秒程度だろ』

 その助言が真実ならば、思わぬ奇襲をされては水の泡だ。

 ジード本人は近くの女を捕まて後でじっくり遊べればそれで満足なのだ。そして、視界の中で一番近くに居る女に目を走らす。

 (……! こいつらだ……!!)

 そして、耳を押さえて苦しがっている少女二人を伸ばした手で捕まえると瞬時に飛び退きジードは外へと走り出て行った。

 その……少女二人の名は……。

 その付近に居た彼が、瞬時に近くに居た彼女達の温もりが消え去った事に気が付いて叫んだ。

 「……!!? サキ!! トウ!! ……っ! 貴様らあああああああああああああああああああ!!!!!」

 一人の金髪の少年。その長髪を逆立てて、青い瞳を爛々と輝かせて歯を震わせて拳を握る。

 だが、その目は未だ見えてないだろうと高を括る数名の男達は。哂いつつ釘バットやらパールを手に持ち迫る。

 「シャハハハ! 何だてめぇ男か! 女見たいに優男面してんなぁ!! むかつく程美形面の野郎めっ!!」

 「てめぇのその金髪! 真っ二つにして売り捌いて、てめぇの面も惨めに変えてやるぜ!!」

 一人が振り下ろした釘バット。ジードの手下は確実にそのバットが金髪の少年の顔面に直撃すると思った……。

 ズパッ……!!

 「ああ゛!?」

 だが、見事に両断されるバット。半分になった凶器に間の抜けた顔を浮べる男に、追撃を少年は許しはしない。

 「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!」

 「ひぃ!!!???」

 静かなる咆哮……まるで荒れ狂う鷲の如く高々と手を翼の如く上げる少年……シンの異様な殺気に男は早速己の過ちに気付いた。

 自分は……決して歯向かって成らぬ存在に手を出したんだ……!! と!!!

 
 
 シンも、相手が誰だがはっきりと理解はし得ていない。

 だが、彼は敵が現われた事だけは知っていた。そして……その敵が自分の『平穏』を侵そうとしている事を。

 彼はそれだけで激昂するのに十分だった。シンにとって自分の『平穏』をもう侵される事だけは何があろうとも許せなかったから。

 「はああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

 怒りが体中を駆け巡る、その怒りは前面へと迸ろうと彼の肉体へと廻る。

 倒せ、倒せ、倒せ、倒せ、倒せ、倒せ、倒せ……と。

 そして、彼は拳を振り下ろした……彼の荒れ狂う怒りの鷲の拳を……孤独を消さんとする怒りの拳をだ。




                                 南斗飛龍拳!!!



 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、

 正拳突き、正拳突き、正拳突き、正拳突き、正拳突き、正拳突き。

 呼吸を止めて機関銃の如く短時間で百発を優に超える乱打がシンの前に居た男へと襲い掛かる。

 哀れ、その男は叫ぶことすら出来ぬままに壁へと叩きつけられて沈黙した。

 「……っ! 逃がすかぁ゛……!!」

 目は霞んでいる、視界の中に幾つもの光源が漂い海の中に沈んでいるかの如く耳は先ほどから嫌な音が響き続けている。

 だが、シンには確固たる事実だけが心を埋め尽くしていた……奴等は奪った……と!!

 点滅する視界の中で、武器を掲げつつ哂う悪党共が一瞬消えて、シンはとある光景を見ていた。

 それは……とある日に大切な人達を突然奪い去られた光景。

 「……!! 南斗……っ!!!」

 もう、彼は懲り懲りだった。ゆえに……彼は取り戻さんが為に周囲の状況を省みる事なく足に力を込める。



                                 南斗獄屠拳!!!





 ・



          ・



    ・



         ・



   ・



        ・



             
               ・


  

 ドガシャアアアアアアアアアアアアン……!!

 「ぬおっ!? ……ありゃ」

 目的の酒場へとジードが奇襲をするのをジャッカルは外から一先ず傍観していた。闇市から買い取った爆弾の威力は
 一先ず成功だったようだと、ジードが小脇に二人の小娘を抱えて破壊した壁から飛び出した時は口に笑みを作った。

 だが、その数秒後に壁から一陣の矢のように飛び蹴りを放ち飛び出した少年に真顔へと戻る。その容姿は金髪でジャッカルは
 一度も見た事ない人物だったが、遠目からその少年の目に遠い過去の記憶は何かを思い出すかのように疼いた。

 (!? ……あのガキ……もしや)

 その少年……以前にグレージーズとの電話での話しに上った自分にとって忌まわしきあの屈辱の敗北の日。

 今まで築いて生きた自分の軌跡の中で、拭い去れぬ汚れ……あれが自分の想定通りならば……自分を負かした男のガキ!!

 (……こいつはラッキーだぜ。だが、焦っちゃいけねぇ。あのガキをとりあえず放置だ……)

 ジャッカルは慎重だった。自分の感情を優先させて目的を違えるのは愚の骨頂だと、彼の今までの人生が教本として彼を自制する。

 (さて……今回の主賓は成功するかね?)



 ・

 

          ・



   ・



        ・



   ・




       ・



            
            ・

 『ヒャッハアー!!』

 大群が押し寄せる。本能のままに、自らの感情の爆発のままに暴れようとする獣達は全てを押し潰さんと迫る。

 このジードやジャッカル。そしてグレージーズも混ざった兵隊達が聞かされている事はただ一つ……『派手に暴れろ』との事だ。

 無論それはジャッカル等の計画。……万が一計画が誰かに暴かれるような真似になっても、彼らが囮になると考えての事。

 つまり……彼らは捨て駒を確約された破滅に向かいし集団達であるのだった。

 (((女だ! 女、女、女、女、女!!)))

 兵隊達の中で暴れる以外の優先事項と言えば、日ごろ満足に発散する事さえ出来ぬ性欲を思う存分に満たす事。

 鈍器を振り回しつつ、彼らはまず立ち眩みつつ未だ満足に動けなさそうな獲物を狙おうと目を走らせる。

 (あれだ!!)

 一人の男は舌を出しつつ一人を見つけた。髪が肩程まである少女…簡易的な他の少年達に似た道着を纏った少女を狙う。

 「へへへへ!! お嬢ちゃぁん俺といい事しようぜえええええぇ!!!」

 パールに似た鈍器を構えつつ男は接近する。その何かを引っ掛ける為の先端は、少女の胸元を狙い突き刺すように刺し出される。

 あわや少女の胸の部分は男の魔の手によって無残に裂かれそうになりかけるが……その少女は消えた。

 「あり? 何処い『上だっ!!』上??」

 仲間の声が背後から聞こえる。その声に反応して男は顔を天井へと向ける。

 その瞬間……男の視界には靴の裏が見えたかと思うと意識を手放していた。

 


 「何なのよこいつら……!?」

 アンナの兄が叫んでくれて良かったと雲雀拳のハマは考えていた。そのお陰で何とか目を瞑り耳は手で押さえる事は出来た。

 だが、余りに至近距離から閃光と爆音を受けた為に未だ耳鳴りと視界は点滅しきっている。悪党は間抜けにも大声出して
 近づいたゆえに、瞬時に彼女は飛び上がり吊るされていた電灯へ移動して男が隙だらけになった瞬間に蹴りを見舞う事に成功した。

 「てめぇ、女(アマ)!! 良くもやってくれやがったなああああ!!」

 自分にした行動で倒れた男に、仲間であると思われる悪党と思しき集団は気炎を上げて自分に近づこうとする。

 打ち破られた壁の裂け目からも多くの人影が見える。一体何十人居るのだろう? ハマは思考しつつも、恐怖は顔に無かった。

 「余裕そうな面しやがって! 自分の立場わか『スーパー南斗奥義……』あんっ……!?」

 ハマの二倍程ある背丈の大男が歩み寄る。そして男の手が伸ばされる瞬間、大男の下方から声が響いた。

 怪訝に思い下を向く大男。その股座から、ゴーグルを装着した一人の少年が手を合わせ人差し指を重ねつつ……男の尻へと突き刺した。

 


                                 南斗天翔貫頂!!!



 轟く絶叫と周りの絶句。やり遂げた少年、セグロは倒れた男を下敷きに立ちVサインを周りに示す。

 南斗天翔貫頂……敵の背後を取り、合掌手で敵の臀部を縦に切り裂く南斗聖拳一門が使う事の出来る奥義……簡潔すればただの浣腸。

 実際幼少期教わった時は師匠と共に爆笑してたけど……まさか本当に使う馬鹿を見る事になると思わなかったと後にハマは語る。

 「あんた……ねぇ」

 「へへっ、どうよぉハマ。俺の美技に惚れた『舐めてんじゃねぇえええ!!!』ぎゃあああああ!!?? 来たああああ!!」

 セグロの行動に火に油注ぐように凶暴化した集団は怒涛の勢いでセグロに迫る。涙目になって小走りに反対方向へ逃げるセグロ。

 「このガキ! くたばりやがれ!!」

 棍棒を振り回し一人が何かに乗って飛びかかろうとする。セグロ目掛けて振り上げられた棍棒は下ろされれば脳天を割るであろう。

 「俺のインベーダ邪魔してんじゃねぇ」

 だが、その前に一人の少年が悪漢の横から割り込むと男の両肩目掛けて両手の人差し指と中指で突く。

 「気舎」

 南斗蟻吸拳の一つにある秘孔技である技。北斗神拳の秘孔とも同じ効果を持つ秘孔術。

 「な゛……な゛ん゛でぇ゛? がら゛だが上手くうご……」

 その効果は相手の体を麻痺させて満足に動かなくさせる。蟻吸拳伝承者候補キタタキは立ち止まった男の体を容易く蹴飛ばした。

 「くっ……! てめぇら一人一人相手にしろ!! 弱そうな奴から集団で攻めろや!!」

 自分達よりも年下の彼らが実力者である事を視認した一人の男が叫ぶ。それに釣られてその中で一番優男そうな男を何人か狙う。

 飛びかかってくる数人の男達。それに……交喙拳の候補者たるイスカは目を鋭くさせると両手を広げて走り迎え撃つ。

 「……南斗聖拳奥義!」



                                  鷹双脚舞!!!


 両手を振りぬきながら相手へと突進する南斗聖拳奥義の一つ、北斗の拳7でレイが使用した事もある技。

 優男で闘え無さそうだと軽んじていた男達は一撃で胸元を浅く裂かれ衝撃で吹き飛んで昏倒する。

 それを見て、その優男も強敵だと感じた男達は……残る一人、派手な赤い髪が目立ち、椅子に座り具合悪そうにしてた少年を狙う。

 『シャッハー死ねぇー!!』

 ……それが命知らずだと思わずに。

 「……ぁ゛?」

 ズパッ! ズパッ!! ズパッ!!!

 『……はっ!?』

 ……一瞬、一瞬にして側へと接近した悪漢の集団達が切り裂かれる。

 その少年はただ指を走らせただけ。それにも関わらず男達は突如カマイタチにでも襲われたかのように全員出血して倒れた。

 恐怖が彼らの背筋を走りぬける。その彼らを尻目に、ユラリと赤い長髪の少年は目に轟々と剣呑な光を漂わせ低い声で呟いた。

 「……虫けら共め。……良かろう、光栄に思え。この『妖星』のユダ様直々に貴様等の血で化粧をしてやる……!!」

 それは、彼らに対する遠まわしの死刑宣告。

 それを知ってか知らずが、彼らは恐怖を掻き消さんと更に気炎を上げて挑みかかり……犠牲者を増加させた。

 (な、何なんだこのガキ達!? これでも幾多の不良達とやりあって来た奴等ばかりだぞ、こっちは!!?)

 有り得ない、ただのガキ達にこれ程劣勢を強いられるなど。

 彼らは余りにも南斗拳士と言う者を知らなかった。いや、正確に言えばその情報を知らされる事は無かったのだが。

 一人の男は頭を抱えかけた時、酒場の真ん中にあるカウンターでフライパンを持ち身構えている女と、そして震えつつ
 拳を構えて応戦する態勢を見せている片方の耳が微妙に怪我してる男、そして……無防備に立っている巨乳の女を見つける。

 (へ……へへ! 何もあいつ達と遣り合う必要はねぇ! こっちは女さえ攫えれば満足だぜ!!)

 初心貫徹。用は女だと男は舌なめずりしつつ別方向に向かって急ダッシュする。

 その三人の中で一番目立つ女。豊満な胸を宿した女は無防備だ……その体を組し抱く事を妄想した男は飛びかかり……そして直後吹き飛んだ。

 「……は?」

 共にその女を狙っていた男は何が起きたか解らず呆然とする。女は依然動いた様子は無い。

 何やってんだ間抜け……と考えつつ男は隣から接近する。その体に向かって飛びかかろうとして……先ほどの男と同じく吹き飛んだ。

 二度目の同じ光景。ようやく、その女を狙っていた男達はカウンターの前で立つ女が、只者でない事に気付き始めた。

 


 「ねぇ、あんたどうやってあいつ達吹飛ばしてる訳?」

 酒場の女マスター……レッドウルフに長年入り込み、男性恐怖症になっていたアンナの世話もした事のある女は尋ねる。
 
 目の前で酒場に訪れた際に行き成り口説いてきた女……胸が自分よりでかい事が少し鼻に付くが、それは一先ず置いておこう。

 女……キマユは振り返るとにこやかに目を細めチェシャ猫のような笑みで口を開く。

 「あらぁ、別に何も難しいことしてないわよ。ただ……こう言う風に」

 目前には懲りずに武器を今度は振り上げて襲い掛かって来た男に頓着せず、ゆっくりとぶらぶらと腕を軽く左右にキマユは動かす。

 そして……キマユの間合いに入ると同時に、その彼女が小刻みに揺らしていた腕は鞭のように哀れな子悪党を直撃し吹飛ばしていた。

 「って、こう言う風に吹飛ばしてるだけ。ハマってば、これ見た瞬間『えげつない』とか言うのよ?」

 酷いと思わない? と、今の危険な状況すら物ともせず感想を尋ねるキマユへと、カタミミは喉を鳴らし独り言を呟いた。

 「……べ、鞭打って奴か?」

 「あら、良く知ってるのね。まぁ、こんな奴等に南斗聖拳なんて勿体無いしねぇ……お姉さんが付き合ってくれるなら大奮発するわよ?」

 「はっ、お生憎さん。わたしゃあ高いよ」

 見てくれ、自分よりは年下な筈なのに怯える事すらなくこの十六そこらの少女は大軍団の悪漢に気取られる事ない。

 (……怖いねぇ、全く)

 心の声とは裏腹に、頼もしそうに酒場の女主人は煙草を吹かし余裕の態度で見守っていた。……どうやら自分達は足手纏いだ。

 ふと、煙草の煙を吹かした時に彼女は思いだす。

 「……? アンナ、そういや何処だい……?」



 

 ・


         
            ・



     ・




          ・



    ・




          ・







                ・


 「くそっ! グレージーズの奴等かぁ!!?」

 リーダーは爆弾を目にした瞬間前転しつつ壁際まで転がると、何とか目を潰される事だけは免れた。

 爆音に関しても、屋内で閃光弾を破裂された事でかなり耳鳴りが酷いがある程度は聞こえる。

 壁を突き破って強引に進入してきた奴等。リーダーはその集団がグレージーズだろうと見当を付けつつ、迫ってきた
 一人を容赦なく拳で顎に当てて倒すと、カウンターを乗り越えてまずアンナの元へと向かった。

 「おいアンナ! 居るかあ!!?」

 「兄貴、此処だよ!」

 グワングワンと耳鳴りが酷い。だが、大切な妹が裏口の方を閉めつつ待ち構えていたのを見てホッとリーダーは息を付く。

 如何言う理由で殴りこみをしたのが知れぬが、リーダーは此処に居る面子ならば何とか撃退出来るだろうとは考えていた。

 だが、アンナに関しては危険だ。未だ病気と言えるか知れぬが、彼女の心の病を危険視するならば、此処は危ない。

 「聞けっ! おめぇ二階からでいい! 屋根伝いに逃げろ!!」

 「え……けど」

 「行け! ……此処で手伝えるって思えるなら、話は別だがな」

 その言葉に、アンナもリーダーの真意を知れたのだろう。

 ハッとした顔つきで数秒リーダーの顔を悲しそうに見つめ、そして沈んだ顔で頷く。

 リーダーは耳を押さえつつ、裏に置いてあった消火器を持ち上げて声を大きくして命じる。

 「こっちは俺達で何とかする!! てめぇはこの事を早く警察に伝えに行け!!」

 「ん!」

 駆け上がり二階へと行くアンナの後姿を見つめつつリーダーは一先ず安心する。この場に居るよりは……多分外の方が安全だ。

 「おらおらどけどけぇ!! レッドウルフリーダーのお出ましだぜぇええ!!」

 此処で派手に目立ち、アンナを逃げ伸ばせる事を優先させよう。

 強行突破せんと裂け目から押し寄せる兵隊達に消火器を吹きつけながら、リーダーはアンナの無事を願うのだった。



 …………。


 
 荒くなりそうになる呼吸を整えて、アンナは窓から猫のように足音を殺して屋根へと上った。

 屋外の下からは不良達が洪水の如く押し寄せてくるのが見える。アンナはこれ程の大群が『以前』は襲い掛かって来ただろうか?
 と、疑問に思いつつも何とか集団等の死角から下りて森林の方へと駆け抜けた。道路からは確実に奴等に逃げるのを目撃される。

 (一体何でグレージーズの奴等があんなに? ……警察……は当てになんない。なら……北斗の寺院に!)

 昔……この世界が世紀末に生まれ変わった頃。

 その産声の中の暴動に巻き込まれた時、治安機構がどれ程頼りなかったかは身をもって知っている。

 彼女は以前の経験から唯一の希望は北斗の寺院だけだと本能的に知っていた。ゆえに森の中を駆け抜ける。

 ……バシュッ!!

 「!?……ッ」

 何かが腕へと飛び出して絡みつく。アンナは絡みついた物を反射的に手刀できり飛ばした。

 「ロープ?」

 「……へへ。成る程……以前の怯えてた時よりはちょいとは成長したって事か?」

 「!!」

 木々の間から聞こえる声。その余りにも最悪な意味で馴染みのある声に、アンナは身を強張らせて、その名を呟いた。

 「グレージーズの……ヘッド!」

 「ほぉ……! 俺の事覚えててくれたのかよ!! ……嬉しいねぇ!!」

 ガサガサと草木を乱暴に跳ね除けて現われるは、以前も見覚えのあるグレージーズのヘッド。

 アンナにとって忌まわしき間接的な自分を殺した相手。見るだけでその時の恐怖が体の中へと沸き起こる。

 全身を嘗め回す舌の感触、気持ち悪い肉の感触。子宮へと及ぶ激痛つ、そして耳に粘りつく舌と、そして笑い声……。

 コワイ……体が囁く。
 
 恐い……心が凍る。

 怖い……そう、記憶が私を『私』へと戻そうとする。

 ……だが。

 『アンナ……何が貴方をそこまで駆り立てているか知らぬけど、フドウと対峙した時貴方は何も出来なかったのよね』

 『はい……体全体が凍って……何も出来ませんでした。守ってばかりで……』

 かつて、フドウに対し無力だった時。

 彼女はリンレイへと再度問うた。無力な自分が余りにも不甲斐なく、それゆえにそれに対処しえる方法を。

 リンレイ……彼女の声が思い出された。

 『ならば……何も出来なかった無力に対し……怒りなさい』

 『……怒る?』

 『ええ。心が貴方を凍らせるならば、その氷を溶かす程の怒りを身に付けなさい。激しく、怒るの』

 『でも、南斗水鳥拳は……』

 その時、アンナはリンレイと共に組み手をしつつ、彼女の言葉を肉体へと染み込ませていた。

 リンレイの記憶の声が、『彼女』の心を取り戻させる。

 『確かに、感情のままに拳を振るうなんてご法度だけど。それでも貴方を縛り付ける物に関し立ち打つには一先ず
 感情の爆発が大事よ。怒りは、人を奮い正し、そして恐怖すら一時は乗り越えさせる事が出来る……けれど』

 そこで口を切り、リンレイは少々怖い顔を作り念も押した。

 『いい事? 怒りは、人の闇も強くする。人の善の心を光と成すならば、怒りは光を強くさせ、そして人の負である影も濃くする』

 『心の闇に呑まれて拳を振るい他者を殺める事があれば……アンナ、貴方の心は容易く闇に同化する……そして』

 リンレイの言葉を思い返し、彼女は眼光鋭くさせてグレージーズのヘッドを睨みつけていた。

 (そうだ……リンレイ様の言うとおり怒るんだ! ……思い返しなさいアンナ! こいつにやられた事を……!!)

 (私は強くなった! ……強くなったんだ!! だから……こんな奴等絶対に倒す事は出来る!!)

 思い返す怒り。恐怖よりも勝る怒りを体全体を煮え立たせて彼女は胸を張る。

 「オホッ! いいねぇいいねぇ、その目……!! おい……てめぇら行けっ」

 ヘッドは、そのアンナの目に嗜虐心を刺激されつつ、その顔を恐怖に染める事を夢見て未だ辛うじて自分が動くのを止めた。

 活きのいい獲物を嬲るのは王のする事じゃない。弱弱しく、命乞いする獲物へと止めを刺すのが自分だと。

 脇に控えていた二人の男達がアンナへと迫る。

 無形の立位で正視した状態でアンナはその二人をじっと見続ける。グレージーズのヘッドは以前と同じく何も出来ない状態だと思う。

 だが、アンナの対応は以前と違う。あの時は彼女には力は無かった、だが今は彼女には有るのだ。

 腕を突き出す一人の男。それを僅かに足を動かして避ける。

 次の男も同様にただ少し横にずれてアンナは避けた。何度しても、彼女は柳の如く彼らの動きを避ける。

 「なにっ……?」

 (いける……! フドウの殺気に比べれば……こんなものっ!!)

 比較する対象として、フドウが上げられたのもアンナには良かったのだろう。

 何せ若きラオウすら気配だけで屈服させる男の殺気を一度、彼女は身を以って経験する事が出来たのだ。

 その不良達の動きなど、リンレイとの何度もの組み手に比べれば稚児の遊戯でしかない。

 「てめぇら何遊んでんだ……!」

 グレージーズのヘッドの殺気が強まる。その声に過敏に手下の二人は恐怖の色を浮べて乱暴にアンナを打ち倒そうとする。

 だが、動きが乱雑になればなる程アンナには避けるのが容易くなるしかない。今や、その森林はアンナのダンスの舞台でしかなかった。

 数分程して、二人の男達は息荒くしてアンナを未知の生き物の如く見つめる。まるで幻影か何かでも見つめるように。

 ヘッドは既に血管を何本も浮べて様子を見守っていた。アンナは、余裕そうな表情でヘッドへと見返す。

 その爛々と輝く光をヘッドは見つめ、そして一度大きく息を吐いて呟く。

 「……まさか、狙ってた獲物がこれ程だったとはなぁ」

 「未だやる気? と言うより、あんたは来ないの、弱虫」

 自分が強くなっている事を数分の交戦で自覚し余裕を持ったアンナは、グレージーズのヘッドへと挑戦的に言う。

 だが、ヘッドはニヤリと哂うとゆっくりと言った。

 「いや? ……まぁ『想定内だ』」

 「え……」

 ……転がる何かの物体。

 アンナはそれが何か知らなかった。その時、彼女はカウンター奥へと立っておりその物体の破裂したのを見てなかったから。

 「だが……これで終いだ!!」

 ヘッドは、そう言うやいなや地面へと伏せていた。

 他の大男達は、アンナへ向かって同時に迫る。アンナは反射的に飛び退く……何の対策を行わず。

 そして……。




                             爆音     そして   閃光




 「……ァ」

 アンナは体をくの字に曲げて、そして耳を押さえる。

 「……え? そんな嘘! ……嘘!!」

 ……見えない、目が。

 視界が白色へと塗りつぶされる。突然視力が奪われ去られた事の衝撃で彼女の心は真っ裸へと変わってしまう。

 爆音が静まったのを見計らい起き上がったヘッドは、哂い顔で無防備に立ち尽くしていたアンナを見て思考する。

 (へへヘヘッ!!! 闇市で購入した特殊閃光爆弾!! 効果覿面だぜ!!!)

 特殊閃光弾……例えば某国などでSWAT等が対テロ用に使う鎮圧兵器。

 ヘッドが金の一部を費やし、この日の為に準備した一つの武器である。アンナは、その兵器の直撃を食らった訳だ。

 (これを喰らえば如何なる奴でも一時間は何も見えねぇ!! 例え目を瞑っても三十分は視力を失う代物だ!!)

 ヘッドは、その威力を前もって知るからこそ地面に顔を伏せる対抗策と、そしてアンナに直撃させる為に部下二人を犠牲にする
 と言う外道な手段を編み出したのだ。無論、この計画の為にアンナが防ぐ事が無いように誘導させた二人は気絶した。

 「いや……いや」

 「へへ……!!!!」

 もはや……後はじっくり料理するのみ。

 ヘッドは待ちに待ったこの日の実現に、充血しきった目で懐からおもむろにガーゼを取り出した。

 目の前では震えつつ聴力及び視力を失いきったアンナが恐怖で顔を白くさせて我武者羅に逃げようとして転ぶ。

 それを全て無駄だと悟らせるかのように……リーダーはその倒れたアンナの顔へと強引にガーゼを押し付けた。

 「……これで、後は」

 倒れ伏したアンナを背負う。……後は自分のアジトへ連れるのみ。

 抱かかえたアンナの頬をヘッドは淀んだ顔で舐めつつ……恍惚しきった顔で森の脇に用意した車へと乗り込むのだった。




 ……そして。










                              「……アンナ?」








 ……救世主は……その数分後に彼女の居た場所へと到着する。












          

                  後書き





   さぁて、ジャギを本格的に切れさせる行動をしたヘッドの運命は如何に?




   まぁ、この時系列で死なずとも、多分世紀末開始時刻では絶対死ぬだろうけどね。







[29120] 【巨門編】第三十九話『星々の移りと共に邪狼の声を』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/24 20:38
 最初、ジャギは北斗の寺院でケンシロウ等と共に修行していた。

 だが、彼は頗る調子が悪いと言えた。何故ならば未だ成長段階を終えていないケンシロウの拳すら度々当たる程。

 立ち止まって飛び退き、顔を顰めて額を押さえるジャギを見るや、ケンシロウは構えるのを止めて真剣にこう言う。

 「兄さん、悪い事言わない。師父に見てもらった方がいい」

 「……ケンシロウ、有り難い申し出だけどよ。この頭痛はどうも秘孔や薬じゃ治らねぇんだよな」

 最近になって、再び発生してきた頭痛。

 それは馴染みの有る痛み。ケンシロウと邂逅する日が近づくにつれて増した痛みだ。

 ケンシロウと出会って、あのジャギと邂逅してから頭痛は消え去りアンナの母親の形見のバンダナは大事に仕舞っている。

 だが、一体何故? ケンシロウ以外で俺に……ジャギに因縁などあったか?

 「……くそっ、訳が解らねぇぞ」

 「兄さん……」

 不安な様子で自分を見つめるケンシロウに、安心しろと言いつつジャギはとりあえずこの痛みが我慢ならず自室へ戻る。

 その自室の棚。その一番下に大事に包装されているバンダナを取り出すと、ジャギは額へと巻きつけた。

 「……ふう」

 痛みが薄らぐ。我慢出来る範囲に収まったのを知りジャギはとりあえず今日は修行する気分にはなれないと感じた。

 「ケンシロウ。とりあえずリュウ連れて早めに出る事にするぜ」

 「解ったよ」

 本当ならもう少し修行をケンシロウと続けるつもりだった。予定より早めだが今日は町で他の奴等と出会う事になっている。

 アンナも、昨日から騒がしくなると言って楽しみな顔をしていた。思い出すだけでジャギの顔は緩む。

 「よしっ、リュウ。アンナの家まで走るぞっ」

 『ウワンッ!』

 リードを連れてリュウを走らせる。アンナのバンダナは、ジャギの頭の上で風を受けて靡いていた。



 ・



          ・



   ・



       ・



   ・



       ・




             ・



 「……アンナ?」

 異変を知るのは半刻後。

 何やら町の奥(アンナの家のある方)が騒々しい事にジャギは遠目で気がついた。
 その時は、未だ胸がざわめくだけで事態がどうなっているか理解知り得なかった。だが……すぐに気がつく。

 ……アンナの家へと……大勢の武器を掲げた集団が押し寄せるのを。


 ドクン


 (アレハ何ダ?)

 ジャギの思考は停止する。その代わり肉体は無意識の内にその集団の波へと走っていた。


 ドクン

 
 (アレハ何ダ?)


 決まっているだろ? アンナを連れ去ろうとする奴等だ。……そう、誰かの声が耳元で囁いた気がした。

 我武者羅に走るジャギには、既に誰の目も映っていなかった。

 彼の顔は無表情で機械的に腕を振って走る。それを家屋へと押し寄せる波で周囲を気にしていた一人が気付く。

 走って来る者に一瞬だけ数名驚くが、それが自分達よりも背丈の低い少年である事を気付くと悪党達はせせら笑った。

 すぐに去れば見逃してやる。そんな内容の言葉を約百メートル手前で悪党達は叫ぶ。……それでも尚ジャギは走る。

 ……既に、彼の思考には人の声を聞く程の意識は皆無だった。


 彼の脳内に木霊するのは……ただ一つの意思の声。




 ……殺せ。

 
 潰せ、裂け、薙げ、倒せ、滅せ、焼け、轢け、消せ、燃やせ、引き裂け、殺せコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ

 コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ
 コロセアンナをコロセコロセコロセコロセアンナを傷コロセコロセコロセコロセコロセコロセアンナを傷つコロセコロセコロセ
 コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセアンナを傷つけるコロセヤツヲコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ
 コロセコロセ穢すコロセアンナコロセコロセアンナを穢すコロセコロセコロセコロセコロセコロセアンナを穢すコロセコロセ
 コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセアンナを穢す奴等ヲコロセコロセ奴等ヲコロセコロセ
 コロセコロセコロセコロセ今度コソコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ確実にコロセコロセコロセコロセコロセ





                           コロセ        ヤツラヲ





 ・


           ・




    ・




        ・



   ・



        ・




               ・





 ……とある一人の不良の回想(正史ではジャギの部下であったヘルメットの男)

 

 俺は正直最初からこの計画には乗り気じゃなかった。グレージーズでは生活の為に少々盗みはするけども人を怪我させる
 のは好きじゃないし、何よりも最近のヘッドの乱暴さに辟易していた。どうせ、今回の計画とやらが成功しても
 俺達下っ端の中の下っ端にはびた一文ヘッドは報酬なぞくれない。だから、俺はこの計画に最初から反対だった。

 けど、ジャッカルやらジードやら裏の業界では有名人達が何時の間にか知らない所でヘッドは組んでて、だから抜ける機会を逃した。
 レッドウルフのアジトの襲撃。俺は小心者だから襲うとか反対するとかも出来ないし、隙を見て逃げるのも出来ない。

 だから、俺は見張りをしてレッドウルフ達の結末を不憫に思いつつ立っていた……その時、アレは起きたんだ。

 「おい、あのガキこっちへ迫ってくるぜ?」

 ……後で輪姦に交わろうとか思ってる悪党。そいつも偶々俺と一緒に見張りをしてた。そいつが遠くから走って来る人影に気付いた。

 今思えば、こんな風に武装した奴らに物怖じせず機械的に走って来る奴なんて恐怖以外の何物でもなかったと思う。

 俺は、走って来るのが多分少年だと思った。……けど可笑しい、俺は目がいい方だから二百メートル位で違和感に気付いたんだよ。

 ……その少年、全くの無表情で走ってきた。……人形が、テレビに出てくるロボット見たいに走ってきたんだよ。

 「お、おい……アレやべぇよ」

 何ていうか、人間なんだけど人間じゃない物がやって来る。俺には何かでかい獣が機械的に走って来る幻覚が見えたね。

 俺は、すぐに止めたんだ。けど、他の奴らはただのガキだと思って余裕そうに鈍器を持って構える。

 「へへっ、何びびってんだよ? こちとらジャッカル様の突撃部隊だぜぇ。グレージーズだが知らねぇが、腰抜けは引っ込んでな!」

 勿論、そいつが言うまでも無く逃げたかったさ。だが……そいつは余りに早かったんだ。

 まず、五人程ニヤニヤと笑いつつ、暇だった憂さ晴らしも兼ねて少年を走って迎え撃とうとしたんだ。

 少年は鈍器に刃物……ハンマーにナイフ、おまけに槍とか携えた奴らが向かって来るのに顔色変えず走るのを止めない。

 俺は怖かった。何せ……接触する瞬間まで、その少年には何の感情も浮かんでなかったんだから。

 え? その少年と武装したジャッカルとジードの兵隊達は如何したって? ……いや、俺だって未だ信じられないんだよ。

 何せ、俺が瞬きした時には五人とも血を流して上空に浮かんでたんだ。その少年が何かしたんだろうけど全く見えなかった。

 いや、一瞬だけ両腕を手を伸ばして突き出してたような気もする。だが、すぐにまた走って来たから考える余裕はその時無かったんだよ。

 平然と五人を一瞬にして血だらけにしたのに関わらず走って来る少年。……俺はその少年が死神の類に思えたね。

 だが、流石は悪党の集団ってところだが、その少年が五人程吹き飛ばしたのを理解すると更に数十名が駆けたんだ。

 てめぇ、何してんだこの野郎ー! とか、そんな事言ってた気がする。……うん、俺は最初の吹飛ばしたの見て固まってたよ。

 その時ははっきりとその少年が何しているか解った。どうも女物っぽいバンダナした少年は、走りつつ俺の見える範囲で
 手を後ろへと両方とも反らせたんだ。何ていうか、スキージャンプの前の体勢とか、水泳の飛び込み見たいに。

 そして……俺は最初自分の目を疑ったよ。その少年、その数十人の塊の間を一瞬にして駆け抜けたんだ。音も無く一瞬で。

 何て言うか風に色が付いたとか、そんな感じ。黒っぽい風が集団をすり抜けた……そう言う表現が一番正しい気がする。

 後は同じかなぁ……全員その少年が通過した後面白い位に血の飛沫を飛ばしてぶっ倒れるんだもん。あ、面白いってのは無しでお願い。

 ……もう、後は俺の口から言えるのは似たような感想ばっかりかなぁ。

 大群でレッドウルフのアジトに乗り込もうとしてた大部分の奴らは、その少年に気が付いて迎撃しようと構えた。

 けど……もうね、その少年は化け物の一言で尽きた。一瞬にして、先程と同じフォームを繰り出すと視界から忽然と去る。

 そして、グレージーズの奴らは勿論ジャッカルやジードの軍団は全員その少年が一瞬にして駆け抜けると血を流して吹き飛んでいた。

 ……俺が何故助かったかって? まぁ、多分小便漏らして座り込んだのが正解だったんだろうな。……そう笑わないでくれよ。

 俺の方を一瞬だけそいつが見た気がしたけど、多分こっちが完全に戦意喪失してるのを理解したのか、又は俺見たいに
 情けなく座り込んでる奴よりも目前の獲物を喰らうのに忙しかったが……多分、間違いなく後者なんだろうな。

 気が付けば死屍累々の山。……俺はその少年が血まみれ(返り血だぜ? 勿論)でレッドウルフの家に入るのを見送ったよ。

 これだけで話しはいいかい? ……あれ、そういやあんたその酒場に居なかったか……って悪かった! ……詮索しないよ。

 ……最後に一つ言っておく。……俺には、縦横無尽で悪漢達を吹き飛ばすその少年が漫画に出てくる主人公のようには到底思えなかった。

 むしろ……あれは神話とかに出てくる怪物だ……邪狼……昔、何かで読んだ恐ろしい化け物見たいだったて言っておくぜ。

 ……じゃあな、俺はこの町を去って実家にでも戻るよ……カタギが一番って事だ。

 ※以上、とある赤い長髪の少年がしたインタビューを基に纏められた話である。




 ・



         ・



    ・



       ・




   ・



        ・




             ・

 
 ……アァ キモチワルイ……。

 ジャギは、酷く不愉快な境地だった。

 目の前で呻いているゴミに、目の前で苦しんでいる屑に、目の前でもがいでいる獣に、目の前で泣いている虫に。

 ジャギは酷く不愉快だった。そして……彼は無表情で馴染み深い彼女の家へと入る。

 視界の中で、最初にジャギが目に映ったのはモップのような物を振り上げたリーゼントの男。
 
 そのリーゼント頭の男は、ホッとした表情を浮べて話しかける。

 「おぉ! ジャギかっ!! 来るのが遅いぜっ……お前、如何したんだ?」

 ……? 何を言ってるんだ、こいつは。

 ……アア、そうだこいつはアンナの兄だ。……ボスだと『彼』は理解する。

 「ボス……アンナは何処だ?」

 「あいつなら今外へと逃げてる筈……って、お前本当に如何したんだ? ……おいっ、ジャギ!?」

 リーダーの言葉に、ジャギはアンナが居ないなら用は無いと体を反転させる。

 だが……その彼を邪魔立てする男が一人。
 
 「……おい、ジャギ」

 ……?

 ジャギは目の前に立ち阻む少年に初めて感情を露にする。目的を達成する事を邪魔立てされた怒りで顔を歪ませる。

 「……どけ」

 「……お前、誰だ?」

 その赤い髪の男は眉を顰めて自分に問う。自分が誰か? そんな事ドウダッテイイ。

 彼は早くアンナを見つけたかった。ただアンナだけをその胸に抱きしめてやりたかった。

 アンナ、アンナは何処だ? アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ……。

 「どけ……っ!!」

 ジャギは邪狼撃の構えを取る。全てを屠らす邪狼の一撃、それを目の前の邪魔する男へと渾身の一撃を叩き込もうと。

 「っ……不愉快な。貴様、何者か知らぬがジャギの姿で俺を殺す気か?」

 腰を屈め、手を逸らし気を溜める。

 殺気を周囲に漂わせ、人を射殺せる目で見ているに関わらず、その少年は怯える事など全くなく睨み返すのみ。

 ……ズギッ!

 その瞬間、『ジャギ』は湧き上がった激痛に構えを解いだ。……そして目の前にいる『ユダ』へと言葉を上げる。

 「……!? ユダっ、アンナは何処だ!? アンナは何処へ行ったか知らねぇのか!!?」

 ユダは、ジャギの豹変に僅かにだけ一瞬目を見開く。……だが、すぐに普通の表情の仮面を被り冷静に述べる。

 「アンナならば外に逃がした筈だろう? アンナの兄のリーゼンドやらよ」

 「リーゼンドじゃなくてリーダーだ! ……って、そうだった。お前こそアンナを途中で見てねぇんだな!? ……もしかして」

 連れ去られたとか、そう言う事じゃねぇよな?

 リーダーは心中に浮かび上がる不安を予想する。何せアンナは不幸の渦中に住まう程に今まで危険に遭遇していた。

 此処に居る方が余程危険だと思い逃がしたのは早計だったか!? そう思考する半ば、ジャギは外へ出ようとする。

 「何処へ行くつもりだ?」

 「決まってる……! アンナを探す!!」

 「お前無茶言うなよジャギ! 一体どれだけ町が広いと思ってんの!」

 「そうよ! こう言う時こそ冷静に何か方法を……!」

 セグロ一同は何の計画もなく外へ飛び出そうとするジャギを何とか羽交い絞めにする。ジャギの必死で出ようとする
 のをユダは見つつ、何とかアンナを探す手掛かりは無いかと感じていた時にフンフンと鼻を鳴らすリュウを目に止めた。

 「……おい。おい、ジャギ聞け! ……方法はありそうだぞ」

 その言葉に、ジャギは他の仲間を振り解こうとするのを止めてユダへと顔を走らせる。

 「ど、どうやってだ?」

 「……犬の嗅覚は優秀だ。アンナを探したければ、そこの雑種犬を使えば何とか見つかるんじゃないか?」

 「!! そ、そうか!!」

 まさに天啓。ユダの言葉にジャギは目を見開き自分のバンダナを解く。

 それは以前アンナが自分に託したバンダナ。ジャギはそれをリュウの鼻へと近づけた。

 「匂い、ちゃんとあるのか?」

 「あぁ……そりゃ、勿論……!」

 セグロの言葉に返事する途中、リュウは一声力強く鳴くと外へと飛び出す。

 その速さは常人以上、ジャギは何か足が欲しいとリーダーへ叫ぶ。

 「リーダー! バイク貸してくれ!」

 「ちょい待て! ……くそっ! さっきの乱闘で全部壊されちまった! 何か他に……!」

 その時だ。今までこの場所で共に他の悪漢達をその爪で倒していた、一匹の勇士が名乗り出たのは。

 『ガルルルルゥ……』

 「……っゲレ……頼めるのか?」

 まるで、乗れと言わんばかりにジャギの隣に近づいてしゃがみ込むゲレ。

 それにジャギは尋ねると、ゲレもまた力強く吼えた。それに頷きジャギはゲレの背中へと飛び乗る。

 「行って来る!」

 「俺は此処でまた他の奴らが来るかも知れないから番をするぜ!! ……っ絶対にアンナを無事に帰らせろ! でねぇと俺がぶっ倒すぞ!」

 リーダーの声と共に、他の南斗拳士達も賛同の声を上げる。ジャギは、これならば心配要らないと、最後にユダを見た。

 「……ユダ」

 「……さっさと行け」

 ゲレの背中には一人しか乗れそうに無い。それに、アンナが危険な状況ならば優秀な人間一人だけの方が確実に早い。

 ユダとてアンナを救いたい。だが……今の彼はジャギに譲る事を選んだ。

 「行けっ……言っとくがアンナに傷一つ付いていたならば……貴様を殺す」

 「あぁ!!」

 自我を取り戻したジャギの力強い応えを聞きつつ、他の一同はジャギを見送る。

 その背中を見送りながら、ユダは他の拳士達が壁にバリゲートを作るのを見つつ物思いに沈んだ。

 (……シンの奴と『あいつ』ならば、小娘二人は容易く助けれるから心配要らん。今考えなければならんのは先程のジャギ)

 (……間違いなく、アレはジャギであってジャギに非ず……一体、あ奴は何なんだ? アンナと、ソレは関係あるのか?)

 (……未だ、情報に欠けている)

 自らを美と知略の星と謳う未だ若き『妖星』は、そう二人の正体に疑問抱きつつ一角の部屋で考える。

 ……一方で、サキとトウを追っていたシンにも決着が着こうとしていた。





 ・



          ・


    
    ・



        ・



    ・


        ・


 

            ・



 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

  


                               南斗飛燕斬!!!


 上空へと蹴り放つ衝撃の余波で作られた真空刃は、シンを軸として周囲へと放たれる。

 それによって悪漢達は吹き飛ぶ……シンの周囲に残るのは残り二十名程。

 「……し、信じられねぇ。百名は居たってのぉに!」

 「ふぅ……ふぅ……!!」

 興奮し、息荒げつつシンが眼前に構えるのはジード。

 そのジードの腕にはユリアの侍従であるサキが。……トウの姿は居ない。

  (へっ……一人は逃げる途中ジャッカルにやっちまったが、俺好みのこの女だけで十分だぜ!)

 シンはその激情のままに拳を振るい、襲い掛かってくる全員を何とか撃退していた。

 だが、残り二十となった時に危険と判断したジードの行動によってシンの攻勢も止まる……ジードはサキを盾に進み出ていた。

 「おいおいそこまでにしときなぁ! これ以上俺の兵隊共に指一本触れてみろぉ!! この女の可愛い首がてめぇの前で別れちまうぜ?」

 ギュウウウ……!!

 「あぐぐぐっ……!」

 サキの頭を無理やり取ろうとするように見せ付けるように力を込めるジード。サキは堪らず苦しそうな声を上げた。

 「! や、止めろっ!!」

 シンは、その形相を止めて慌ててサキに向かって手を伸ばしつつ制止の声を叫ぶ。目の前の少女の命の危機に彼は闘争の意思を収めた。

 「へっ……解ればいいぜ、解れば!」

 ジードは大きな手をサキの頭から放す。そして自分の可愛い部下達を痛めつけた男をどう料理しようかと見下ろす。

 「おいっ、お前等こいつの足を折っちまえ! そして倒れたら手を砕いちまえ!! ……二度と拳法なんぞ使えんようにな」

 その言葉に、囚われの身であるサキは強張らせた顔でシンを見る。

 拳法家にとって、手と足を奪われるのは死と同義。シンはその言葉に一瞬硬直し……そして呟く。

 「……好きにするがいい!」

 「! だ、駄目ですシン様!! 私はどうなっても構いません!! ですか『黙れぇ!!』……っ」

 乱暴に、シンはサキへと一喝する。そして、彼は必死な顔でサキへと訴えた。

 「俺に……頼むから俺の『平穏』を奪うような台詞は言うな……」

 ……シンは怖かった。

 目の前でもう誰かを失う事を。ウワバミと言う自身の拳をくれた者を、そして最愛たる両親の死は彼にとって恐怖に等しかった。

 ゆえに……今彼にとって守らなくてはならぬ物が消えるような真似は……彼には例え手足が捥ぎ取られようとも許容し難い事。

 「俺ならば……心配要らん」

 「何をごちゃごちゃ話してんだ! 許してねぇぞ!!?」

 ガンッ!! と、サキへと微笑んでいた無抵抗のシンを、一人の男は廃材を鈍器代わりにしてシンの足へと打ち下ろす。

 ぐぅ! と言う痛みがシンから漏れる。だが、痛みを叫ぶのは拳士の恥とばかりに、彼は目を瞑り痛みに耐える。

 悪党達にとっては愉快でしかない。何せ先ほどまで自分達を屠っていた敵が、今や一人の女の為にサンドバック状態なのだから。

 「ヒヤァ~ハッー!!!」

 「おらおらどんどん行くぜぇ!!」

 バキッ! ドガッ!! ガシュッ!!! と、嫌な鈍い肉を叩き付ける音が町外れへと響き渡る。

 数分程その音が鳴り響いた後に……其処には両足の衣服はほぼ破れ血で染まり、そして顔面を無残に腫らしたシンが居た。

 倒れず、ただ気丈に未だ不動のままに直立する男。その目には折れる事のない闘志の滾った光が青い瞳へと輝いている。

 どんなに殴り叩いても未だ気丈に立つシンに、他の悪漢達の中には戸惑いの表情を浮べる者も居た。

 ジードもまたその一人だ。どれ程痛めつけても倒れる事なく自分に向かって立っている男に恐怖が胸に迫る。

 「へ……へへへ!! ざまぁねぇな!! そんな状態になっちまったらてめぇのような美形に寄ってる女ももう寄りつかねぇだろ!」

 その言葉に、シンは無言でただ瞳を閉じるばかり。

 「てめぇがどんなに頑張ったところでよぉ! この女は俺のも……!?」

 突如、ここに来てジードは動揺を浮べて言葉を止める。その動揺を察知してか、シンも目を開ける。

 ……そして。

 「サキ……っ」

 「こ、の女舌を噛んで……!?」

 ……ジードの腕の中で、目を瞑り口から血を流すサキ。

 彼女はシンのそのただ為すがままに傷つく様子をもう見る事はしたくなかった。好きな人が、例え想いは別の相手であろうとも
 自分の想い人が自分の為に傷つく事なのだと! だからこそ彼女は自分の命を犠牲にしてまでもシンの呪縛を解き放とうとしていた。

 「くっ……!」

 ジードは歯噛みしつつサキの口に猿轡を嵌める。シンは、そのサキへと涙を流した。

 「馬鹿者め……っ、何故、そこまで俺の為に……!!」

 シンは、彼女の尊い行動の意味までは推し量れない。だが……彼女が自分の命を命で救おうとした事だけは理解し得る。

 ゆえに、彼はサキの行動へ涙を流す。そのシンの涙を流すのをサキは見つつ、自分を見るシンへ……彼女は微笑んだ。

 「! ……サキっ」

 「……(にっこり)っ」

 自分は心配要らない。ですから、シン様はシン様の思うがままに。

 (!? 幻聴か? ……いや!)

 シンは、その彼女の微笑みに物語る意思を悟る。何ゆえに、彼女がおう想い、そして彼女の意思を汲めたかなど二の次。

 シンはサキへ力強く頷くと、ボロボロの体に力を漲らせて力強い一歩を踏みしめた。

 「!!? て、てめぇ動くな!! 動いたらこの女がどう『やってみろ』……!!?」

 再び、今までただの良い的に成り下がっていたシンが歩むのを見て傷だらけのシンを殴る他の悪漢共をまるで関知せずシンは一歩進む。

 「如何した? やれと俺は言った……その後、貴様がどうなるのかは知らんがな」

 一歩、一歩前進する度にシンの体からは途轍もない気配が滲んでいた……それは、まるで彼自身から光が放たれてるように。

 「如何した……殺すと言ってみろ。散々先ほど似たような事を口走ったでないか」

 「あ……ぐぐ……っ」

 「如何した……! 強制はせん! 自分の意思で言ってみろ……!」

 ギラギラと太陽と同じような眼光がジードへ向かって輝いている。思わず、ジードはその光に後ずさりをした。

 しっかりとサキを抱えたまま青白く冷や汗を流す。如何いうわけか、目の前の少年がこの少女に構わず自分を殺そうと知り。

 人質としての価値が薄れてしまった今、ジードが取る手段はただ一つ。……逃走のみ!

 「ちぃ!!」

 「むぅっ!!?」

 上空へ高く放り投げられるサキ、サキは急速に移り変わる景色をゆっくりと感じつつ地面に激突するのに身構え目を瞑る。

 だが……予想に反し、その体に感じたのは暖かい一つの熱……そして心臓の鼓動。

 「……むう?」

 「……怪我は、無いか?」

 目を開ければ……その視界に映るのはボロボロの顔で自分に微笑むシンの姿。

 ゆっくりと猿轡を解かれたサキは、そのシンの傷だらけの姿を間近で見て言いたかった言葉全てを失う。

 「……ふっ、これじゃあジャギの顔を揶揄するのは暫く無理だな」

 「シン様……!」

 敵はジードが走り去っていくのを見て慌てて去り行く。

 戦い抜き傷ついた殉教者を前に、サキは今だけはユリアに心の中で謝罪しつつ彼を優しく抱きしめるのだった。




 ・



            ・



     ・



          ・




    ・



   
        ・




            ・


 「へっ……へっ……! 予想通り、邪魔者が参上しやがったが……!」

 ジャッカルは、今この瞬間走り抜いていた。一人の女を他の部下に簀巻きにして運びつつ、遠くから双眼鏡でリーダーのアジトを見る。

 その目に映るのはジャギが自分やジードとグレージーズの兵隊を薙ぎ倒していく光景。

 「へっ……やっぱ危ない予感がしたんで途中で引き揚げて成功だったぜ。意外と、この女も上玉だし……後で売り捌」


 ドダ……。

 
 「……あん?」

 ジャッカルは一つの物音に気付きその方向へ向く……一人の部下が気絶している。

 「!? てめぇら全員周囲を警戒しろ! ……く、そ、南斗拳士の野郎ここまで追ってきやがったのか!?」

 ジードをあの南斗拳士が追いかけていったのを見つつ、ジャッカルはその前に何人かの部下を足止めに使う条件で引き渡された
 トウを高値で裏取引するのを目的としていた。何せ容姿の良い少女は、彼の知る裏社会では高く売れるのが現状だったから。

 私怨や因縁よりもまず金……その信条を貫き、危ない橋を渡らず今日も逃げ延びようとしたのに……!

 彼はやはりこの仕事は請け負うべきじゃなかったか? と後悔を過ぎらせつつライフルを構える。

 「出て来い南斗拳士野郎! てめぇ如き……このジャッカル様が……!」

 『南斗拳士? そんなんじゃねぇぜ、俺は』

 「! そこかっ!!」

 声のした方向へとライフルを放つ。

 だが、そこにあるのはただの樹木。弄んでやがるとジャッカルが唸る中、何者かの声が聞こえる。

 『そこの見苦しい面したおっさんよ。今すぐそこにお嬢ちゃんを放すなら……骨一本で済ますって約束するぜ?』

 そう、森の何処からが聞こえる声。その方向を掴ます事なく警告する存在に、ジャッカルは吼えた。

 「はっ! 良く聞けよ出てくる事も出来ない腰抜け野郎! てめぇが助けようとしてもな、その前にこっちが鉛玉……!?」

 「おっと、そんじゃあ交渉決裂だな」

 ……!? 見えなかった……。

 突然、目の前に突如地面から現れたかのように出現した男。ポケットに手を突っ込みつつ飄々とした顔をした少年。

 こいつが……俺様を怯えさせていた存在だと?

 「へ……へへへへへへ舐めんじゃねぇ!!」

 すかさず、ジャッカルは問答無用でライフルを放った。

 ジャッカルの脳内では、次にその少年の額に穴が開くのが予想出来ていた……ジャッカルの頭の中では。

 「……うん? 今何かしたかい?」

 「っ!!! なにぃ~……!?」

 目を見張る。確かに至近距離で撃って命中した筈なのに……何故生きている。

 「無駄だぜ……あんた、雲を撃ち落せるか?」

 「てめぇなにを……っ」



                                  ドゴォ!!!


 「……まっ、答えは聞いてねぇんだけどな」

 有無言わさずジャッカルの顎に蹴りを見舞わせ気絶させる。そして……彼はジャッカルに語りつつ、その隙を見計らい
 トウを見張っていた男達が気絶させた者達を横切りトウの体に巻き付いていたロープを瞬時に解いた。

 悪戯な笑みを浮かべて……ジュウザは声を掛ける。

 「へいレディー、怖かった『遅いわよジュウザ! あんた買出しにどれだけ掛かってたのよ!!?』……おぉ~怖い怖い」

 猿轡を解かせた途端、気炎を上げて怒鳴るトウに怪我は無いなと安心しつつジュウザは言い訳をとりあえずする。

 「そう怒りなさんなって。何せ、ちょいとこの町の女の子達とお喋り……何でもねぇから睨むなって。まぁ少し寄り道してたら
 何せあの状況だろ? そんでシンの奴は数字を刺青してる大男を追って、お前は別の奴に連れ去られてたし。これでも急いだんだぜ?」

 お陰で汗まみれ……と、ジュウザは顔の汗を拭う。

 トウは最初膨れた顔でジュウザを睨んでいたが、そのズボンがかなり汚れていたのを見て考えを改める。

 (……こいつ、良く考えれば本当に私を心配して駆けつけてくれたのよね)

 「ま……まぁ急いで助けてくれた事は褒めて上げるわ。……て言うか、シンとサキの方は如何するのよ!?」

 「だから慌てんなって! 寄り道してたのは、何も女の子達と会っただけじゃないんだぜ?」

 そう、片目を閉じてウインクするジュウザに、トウは怪訝な顔して問う。

 「如何いう事?」

 「あぁ、そいつはな……」








 ……。




 「へぇ、へぇ……ぅうううう、くそおおおお……!」

 「親分! 親分!! 如何するんすっか、これから!?」

 走り、車が置いてある場所まで戻りすがら、一人の部下が慌ててジードへと尋ねている。

 女も大金も得る事なく計画が失敗に終わってしまったジードは、怒りのままに吼えて部下へと言う。

 「決まってるだろ! こうなっちまったら仕方がねぇ! とりあえずジャッカルに預けた女……より、グレージーズのヘッドか
 多分もう攫ってる頃だな。……へへ! よっしゃあそっちへとこれから乗り込むぜ! このまま終わるのは我慢ならねぇ!」

 本来の目的の一つ、良い女を犯しZ-666と成る。

 その野心を再燃しつつ、ジードは目的の車のある場所目前の最中……足を止めた。
 「……あぁ? 何だてめぇ?」

 道中、彼らの真ん中に突然現われた男……雪の如く白い髪を靡かせ、付けられたマントは風に横に仰がれつつ彼の顔を露にする。

 その顔に覆われているのは無情なる絶望を告げる闘士の目。その目に浮かぶのは正しく……『天狼星』

 風が強く吹きすさぶ……ジードはシンとの対峙の際に過ぎった悪寒が再び自分に駆け抜けるのを感じた。

 「て……てめぇ何者だ! 答えろ!!」

 「……これから倒される貴様等に」

 そう言って、彼はおもむろに手の指を曲げつつ独特の構えに移る……全てを削ぐ狼の構えへと。

 「言う必要はあるまい……」

 そして……描写する事すらままならず一瞬にして決着は着いた。

 僅か数秒……その数秒間で彼の拳が振り落とされたかと思うとジード達全員が地面へと積み上げられていたのだから。

 その積み上げた当の本人……リュウガは空を見上げつつ慧眼たる目で冷静に観察しつつ呟く。

 「……星がざわめいている。……未だ波乱は収まっておらん」




 「ジャギとアンナ……あの二人の内どちらでも欠けるような出来事が起これば……確実に荒れるぞ」

 ユダの呟きが静かに響く。その目には確かなる憂いが存在していた。







 



                                  ……そして









                                  「……殺す」







   



                        今、グレージーズのアジトで、若き一つの魂が邪狼に変貌としていた。












                 後書き





  えぇ、今回の描写でも表した通り、ジャギ君の南斗邪狼撃は常人では不可視に近い程に力を付けています。

  もう邪狼撃さえ発動すれば、格ゲーだとほぼ発生無敵状態のチート技です。代わりに今のところ正気が失われているけどね。

  ユダはある程度ジャギとアンナの違和感を突き止めかけています。『妖星』の特性だと思って貰い構いません。



  さて、ジャギはアンナをどのように救えるのか……まぁきっと再構成前とは変わらんだろうけど。












[29120] 【巨門編】第四十話『通り雨と邪狼と華』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/27 22:44





 ジャギは駆けていた。

 既に彼女のお守りとも言える頭に巻きつかれたバンダナは早速彼の激痛を止めるのには収まらず、彼は顔を歪め前進する。

 目の前では四肢を躍動させて列車の如くスピードで走るリュウ。ジャギは、彼女が何時か拾った虎のゲレにしがみ付き走る。

彼が必死で案ずる想い人の為に、彼が案ずる者の名を心の中で叫ぶ。


 (アンナ……!)

 突如、自分がジャギに成り代わった時、突然未知の空間に転がった自分に出会った迷子の少女。

 その少女は己以外を誰も許容する事出来ず、怯えながら過ごしていた。……まるで過去の自分と同じように。

 だからこそジャギはアンナを放っておけず、そして、彼女に心開きつつ過ごす事を決意した。……だからこそ。

 彼は必死で今リュウの背を追いつつ駆ける。

 (アンナ……アンナ待ってろ……無事で居てくれ)

 (アンナ……もし……アンナに何かあったら……)

 (アンナに何かあれば……ソイツラ全員殺シテヤル)

 ……今、彼と『彼』は交差しつつ、彼女の元へ……。



  ・



           ・



     ・



         ・



    ・


          ・



               ・



 一つの森林を越えた場所にある寂れたビル。中では五十程の悪人面した集団が周りを警戒しつつ見ている。

 そのビルの一つの個室、その個室で一人の少女が横たわっていた。……血の気が引いており、悪い夢を見てるように魘されている。

 「へへっ……待ちに待った瞬間だぜ」

 グレージーズのアジト。上半身裸になりつつ裂けるような笑みを浮かべた男は体全身を震わせて歓喜を表している。

 「ようやくだ……! ようやくこの女を俺の手で滅茶苦茶にしてやる……!!」

 横たわり眠るアンナ。その無垢で無防備に見える表情を見ると犯したいとヘッドの全身は訴えかけていた。

 今の今まで妄想の中で何百回も犯していた人物。二日は砂漠を歩き回りオアシスを見つけた人間のように、目は不気味に輝いている。

 ヘッドは正しく獣の顔でアンナを見下ろしていた。口から溢れ出る涎を喉を鳴らし飲みつつヘッドは深呼吸し体をようやく動かす。

 手を伸ばす……その浅く上下に揺れる胸元を破け素肌を露にしようと……。

 「ボ……ボス!」

 「! っせぇな……てめぇ死にてぇのか!?」

 だが、間一髪でアンナの貞操は守られた。

 一人の空気を読まずに現われた部下。その部下にヘッドは形相で振り返ると散弾銃を向ける。

 「ヒッ! だ、だけど大変なんです! ジャッカルや、ジードの奴らほぼ今壊滅したって連絡が来て……!」

 その言葉にヘッドの顔は一瞬怒りの表情のままに固まった。プロの悪党が二人も短時間で……と、一瞬考えて何とか顔を元に戻す。

 「……へっ、好都合じゃねぇか。これで俺達の縄張りも増えるってもんだ。……で? 用件ってのはそれだけか?」

 「あ……その……それでこっちの方にもジャッカルとジードん所の兵隊何人かボスに話させろって。今後の事とか何とかで……」

 「ちっ! 間の悪い野郎共だ……んなもんてめぇらで後始末しろってんだ……っ」

 ジャッカルとジードの兵隊共はこれで根無し草となる。それに関してヘッドはざまあ見ろとしか思わない。

 だが、あっちとこっちじゃ最初っから裏社会での地位が違う……つまり要約すれば、あちらの方が力は上なのだから
 今後このチームを運搬するのは俺達だ……と言いたいのだろう。ヘッドは邪魔された怒りと、下心が見栄見栄の今回の
 協力者達に腹の中は煮えくり返って居るが、隣に居る人物が今後自分の最良の玩具となる事を考えて溜飲を下げる。

 横目で眠るアンナを眺め焦る事は無いと考える。万が一目覚めても出口に通ずる道は自分の仲間ばかり。

 それに、薬を投入しているから動く事すらままならない……手早く奴らに格の違いを見せてメインディッシュといこう……。

 「解ったよ、手早く終わらせてやろうぜ」

 此処で何かしら騒がれて念願の時を邪魔されたら堪ったもんじゃない。

 先走りかける欲情を何とか抑制しつつ、ヘッドはとりあえず三十分以内で自分の力を刻み込ませようと部屋を出る決意をした。

 「あ、有難う御座います……こっちっす」

 ……バタン、とアンナが眠る場所の部屋は閉じ込められる。万が一にでも逃げられぬよう施錠もして。

 ……パチ。

 だが、まるで運命がそうするかのように、その瞬間アンナの目は開かれた。





 …………。

 場所は変わり、リーダーの酒場。

 
 「……なぁ、ユダ。少々聞きたい事があるんだが」

 「何だ」

 ぼろぼろになりつつ、サキに肩を貸してもらいつつ何とかシンはリーダーの酒場へと戻り手当てを受ける。

 他の南斗拳士達はシンのぼろぼろな姿に少々驚きつつも、サキを庇っての行動だと事情を端末ながら聞くと納得しつつ
 彼らは酒場の復旧作業へと戻っていった。……もう敵の姿は見えぬが、油断は禁物だと彼らは知るがゆえに警戒しつつ。

 その中にはトウを連れて帰ってきたジュウザも居る。セグロとジュウザは出会い頭何やら同じ匂いでも感じたのか
 一瞬野良猫の縄張り争いのように威嚇しあったが、連れ合っているトウとハマに拳骨で諌められ今は大人しく散乱した部屋の掃除をしてる。

 リュウガは、その集団の中に居る事を好まず彼らより少し離れた場所で気付かれぬように見張りを行っていた。



 半分程壁も破壊され、無残であるが残っている医療器具でとりあえず包帯を巻きつつ気になってた事をシンはユダへと聞いた。

 因みにユダはこんな状況でも無事だったカウンターで周りに関知せず飲み物とつまみを手に自分の時間を優雅に過ごしている。

 周りは何も言わない。とりあえず、何を言っても馬耳東風だとアンナの兄は達観した。

 サキが包帯を巻き終わり、丁度良く皆の手伝いで離れたのを見計らってのシンの問いかけ。それはついさっきの話の内容について。

 「先ほど、リーダーからジャギの様子が変な感じだったと聞いたが……一体何があったんだ?」

 その言葉に、ユダは未だ生き残っていた飲み物の栓を開けて自分のグラスに注ぎ終わってから、暫し思考しつつ重たい口を開く。

 「……奴はジャギじゃなかった」

 「はぁ? ……如何いう事だ」

 ユダの顔は静か、冗談を言っているような口振りには見えずシンは静かに問う。

 「だから言葉通りだ。奴はジャギだが、ジャギじゃなかった。……あれは別者だ、俺の知るジャギじゃない」

 真顔で若干支離滅裂な言葉の内容、ユダの言葉を聞いてシンは理解出来ない。

 「? ……済まん、良く解らん」

 シンが小さく頭を振っての言葉をユダは別に愚鈍とかそう言う類の感情は浮かばない。

 ……アレは、接した者にしか解らぬ事だ。

 「解らなくて当然だ」

 ユダも、自分の中に渦巻いている疑問を上手く消化出来ぬ苛立ちからか、ついそのまま自分の中の心情を呟く。

 ……今、ユダは酷く機嫌が悪い。

 アンナの秘密に触れかけたのに、小骨が喉に引っかかるように後少しで届かない現状に。

 そして、新たにジャギに湧き出た秘密にユダは苛立つ事しか出来ぬ現状が酷く虚しく、そして腹立たしいのだった。

 「……解らなくて、当然だ。俺が解らんのだから」

 自分は『妖星』、美と知略の星の下に生まれ行く行くは天すらをも動かす男になると考えている。

 鳥影山でジャギとアンナに出会ってからは……彼の心は自分でも驚く事だが中々満ち足りていたと思った。
 だからこそ彼はそのように自分に安らぎに似た感情を与えるアンナについては憎からず思う感情はあるのだ。
 ゆえの彼の独善とも言える想いは、その相手の全てを把握する事で自尊心を満足させようと言える行動をとる事も有る。


 それなのに関わらず……自分の心を揺さぶる女の事と、それに通ずる相手についても満足に知りえない……。
 
 「……ユダ」

 そんな、憂いを秘めた横顔のユダが何時もと全く違い、何処か壊れそうで。

 シンは、何時もの日常が先程の争乱を機に何もかもが壊れそうな不安を押し隠せずユダを見る。

 そんな時、ポタ……とユダのグラスに波紋が出来た。

 「うげ!? 屋根ぶっ壊れてるのについてねぇ~、さっきまで雲ひとつ無かったのに!! 幸運の女神は見放した……」

 「あんたに出会ったら女神なんて一秒で見放すわよ」

 「あらまぁ、まぁ水も滴る良い男って奴? ははははは『馬鹿言ってないで昇って修理しなさい!』……はぁ~」

 天を見上げてセグロとジュウザの発言に相方の女性が口々に突っ込む。それを聞いてユダとシンも釣られて顔を上げた。

 「……雨、か」

 ユダの呟き通り、何時の間にか快晴だった空は曇天に変わっていた……酷く黒い。隙間なく黒く天は覆われている。

 「あぁ……雨だな。……多分、通り雨だろ」

 「どうかな……結構長く降り続きそうにも見えるがな」

 ……ユダとシンが空を見上げる中、予想通り雨は降り始めた。

 とても、とても夥しい雨が……。



 ・


         ・


   ・



       ・



   ・



       ・



            ・



 「……くそっ! あの女(アマァ)!!」

 ヘッドは唸りつつ階段を駆け上っていた。

 言葉通り、三十分以内で自分の兵隊も駆使しつつ他のジャッカル・ジードの手下達を力で有無を言わせず言う事を聞かせ。

 幾分殴り興奮冷めやらぬ状態でヘッドは上気した体のまま、横たわり多少冷たいであろう肌を抱く事を妄想しつつ扉を開いた。

 だが、ヘッドの妄想は扉を開き一コンマで敗れ去る。彼の視界に広がった白いシーツと共に。

 その隙を突き彼女は階段へと突破した。いや、突破と言うには御幣がある、何故ならば屋上に通ずる道は無人だっから。

 ヘッドは逆上しつつも、頭の片隅に残る理性は残酷な輪姦ショーを想定させ、その理性に任せてヘッドは大声で叫ぶ。

 その声に応じてすぐに自分の前に出現する部下達。その中には先程手下にしたジャッカル・ジードの兵隊達も居る。

 「行くぞてめぇら! 上に女が逃げた!! てめぇら全員で輪姦(まわ)してやろうぜぇ!!」

 その言葉に興奮して口々に野獣達は揃えて異口同音に賛同の声を上げる。ヘッドは哂う。これで万に一つ逃げられん……と。



 ……。




 アンナはヘッドが去った後に覚醒した。そして、すぐに逃げる為に扉を開けようと南斗聖拳を使おうとした。

 だが、力を込めても脱力しきった腕を見て彼女は愕然としつつ、自分が体を満足に動かせぬ状態にされたのを知る。

 アンナはすぐに逃げるつもりだった。だが建物の三階付近、そして入り口には多分見張りが居る。
 本来のアンナならば三階程度ならば万全の状態ならば飛び降りても受身を取って着地出来たかも知れない。

 ……しかし。

 (体……満足に……動かない)

 階段を駆け上がりながら、数秒で震える足を心の中で叱咤し動かしつつ歯噛みする。

 打たれた薬は恐らく筋肉弛緩剤とかそれらの薬品。多分だが、麻薬でハイになる為にモルヒネ辺りを打たれたのだろうとアンナは考える。

 薬が抜け去るのは早くても半日程の時間を要するだろう。それだけの時間は、彼女には無い。

 このままではどう足掻いてもアンナに残されているのは陵辱の道のみ。それでもアンナの目には希望の光が宿されていた。

 (きっと……きっとジャギが助けに来てくれる……絶対に!)

 床に耳を付けて下には多数の人数が居る事をアンナは知った。ゆえに、残された道に縋り彼女は上へと逃げたのだ。

 残された有るかも知れぬ救出の道。それだけが希望、ただそれだけを願い彼女は一心不乱に屋上へと出た。

 飛び出すように曇った空が見える外へと出て、アンナは激しく高鳴った鼓動のままに扉を施錠する……多分数秒の足止めにしかならぬが。

 体が震える、収まりかけていた恐怖が未だ全身を覆いかけていた。

 「落ち着け……落ち着け」

 『心を縛り付ける恐怖を……怒りで』

 リンレイの言葉をアンナは必死で思い返そうとする。

 だが、その怒りを沸き上げる前に、どうしても彼女の心に纏わり付く『以前』の記憶は彼女の心を縛り付ける。

 怖い……今正に自分が真っ裸になって視姦されているような不快感が体中を駆け巡る。

 怖い……体中を舐められているような生理的嫌悪と、そして腰が抜けるような悪寒が体中を這うように廻っている。


 怖い……全身が人形に成ろうとしている。あの……壊されている最中、何も感じぬようにと願った……人形のように。

 (ジャギ……ジャギッ……ジャギ!!)

 唇から血が流れる程に歯を噛み締める。

 痛みで恐怖を殺し、彼女は強い怒りを必死で取り戻そうとする。

 『……心を、凍らす程のモノを……溶かす怒りを……持つのよ』

 リンレイの言葉を、そしてこれまで培った楽しき日々を思い出さんと、アンナは今にも破裂しそうになりかけた扉を見つつ考える。

 自分を常に気に掛けてくれたシンを。

 常に遊びつつも自分と似ていたユダを。

 ただ居るだけで力強さを感じさせたサウザーを。

 そして自分の友人達であるカレン・ハマ・シドリ・キマユ……その他にも出来た沢山の友人達。

 師匠であるリンレイを、そして今もきっと自分の所に駆けつけてくれるだろうジャギを信じ、彼女は体に力を溜めて構える。

 今の彼女は、奇しくもシンと同じ……奪われる事を恐れるゆえに怒りで拳を宿している状態である。

 激しくドンッ! ドンッ! と体当たりする音。それと共に激しい発砲音がドアノブ辺りへと発生し……そして。


 ……キイイイィ~。


 扉が開かれる。未だ何処に潜んでいたのか知れぬグレージーズの部下五十名程が彼女の周囲を取り囲む。

 「へへ……もう逃げられネェゾ」

 ギラギラとした野獣の目で、頭であるグレージーズの親玉を見つつ彼女は深く呼吸を繰り返して今出来る事を精一杯しようとする。

 目を閉じ、何人か自分の体を拘束しようと迫る数人の足音だけに意識を集中させる。そして、彼女の師の言葉を……。

 (思い出せ……思い出せ、リンレイ様の言葉。他には……何を言ってた?)




 ……。



 『……もし、心を怒りで満たそうとしても縛られる事があるようならば……』

 小川のせせらぎ、そして森のざわめきと小鳥が鳴く音。

 その場所で太極拳のようにゆったりと、恐怖も、怒りも……負の感情は無く菩薩のように穏やかな表情で体を動かすリンレイはかつて言った。

 『ならば……貴方は貴方の為すがままに縛られぬモノを想像しなさいアンナ。イメージするの……私にとって何物にも囚われぬ水鳥。
 アンナ、貴方を取り巻く鎖から逃れられる……『自由』を連想させるモノは一体何? それを見つけるのよ……』


 ……。



 (リンレイ様……私にとっての『自由』は……そして、大切な物は……!)

 ジャギが浮かぶ。

 ジャギと共に小さい頃に野原を駆けていた頃が走馬灯のようにちらつく。

 草むらに寝転がり、花畑の上で転がりつつ笑っていた頃の回想が……。




 (私にとっての『自由』は……!)

 
 そして、その足音がすぐ隣まで到達した瞬間……彼女の心は無の境地へと至った。

 


 …………


 ヘッドはただ目を閉じて佇むだけのアンナを全てに絶望し観念したと思い込んでいた。

 ただ、彼女に数人の手下達が近づき腕を掴もうとした瞬間にグレージーズのヘッドの目は見開かれていた。

 突如、彼女の腕は軽やかに上空へと伸ばされる。足を交差させ、腕を交差させて天に向けて手首を合わせて掌を開いた。




 ……花。



 ヘッドは一瞬自分の目が可笑しくなったのでは? と思った。

 人間である只の気弱で無力だった少女。その少女が一瞬消えて、一輪の華がその場所に咲いている幻影が見えた。

 ヘッドは何を馬鹿な……と頭を振る。ただの人間が……あんな小娘が華に見える訳など……。

 だが、それはヘッドだけでは無かったらしい。

 武器を振り上げて、徒手空拳でアンナに飛びかかった悪漢達も一瞬だけ驚愕の顔を浮かべ、そのままアンナに触れようとした。

 だが……彼らにとっては信じられぬ出来事だが……『アンナをすり抜けた』。

 彼らにとっては信じられぬ出来事。だが、それがもしも南斗拳士でそれに通ずる人間達なら驚きもせずこう述べたであろう。

 『今の動き、あれは正しく南斗聖拳の上位36の一つである伝承の技の一つ!』

 『古代鷹のように襲い掛かる武人達の前に我等南斗拳士が編み出しし技、例え千の矢が降れども、例え千の武人が武器を振るえ
 ども一羽の燕が空を舞えば、人は天空を舞う一羽の鳥の前では無力! この動きは正に森羅万象を無力と化す技!!』

 『人これ即ちこう呼ぶ!』





                                   飛燕流舞!!




 だが、この時のアンナの技はこの場合飛燕流舞では無かった。

 後に、この技を見る事があった拳士の一人はこう述べる。

 『……アンナのアレは飛燕流舞とは違う』

 『あいつの動きはレイのように飛びまわる燕では無い。レイの動きは癪だが魂すら見惚れる動きで敵の拳を避ける技だ』

 『アンナのは違う……全く別だ。例えるならば……あいつのは吹きすさぶ風に任され飛びまわる一片の花弁と言ったところか……』


 

 そして、その技を振るったアンナによって、周囲の状況は劇的に変化する。

 「……う……あっ……」

 アンナの技はこの場に居る誰一人とて傷つける事は無かった。

 アンナとて、周囲の悪漢達とて誰も傷つかない。このような状況とて、アンナの拳には人を傷つける力は皆無である。

 だが、その分彼らから見てアンナを見る目には恐怖があった。

 飛びかかった筈なのに無傷の少女……まるで御伽噺に登場する精霊の如く誰の武具にも触れずその場に佇む少女。

 悪漢達の心には戸惑いが生じていた。自分達はもしかしたら手を出してはいけぬ者に手を出してるのでは? と言う気持ちが。

 ドンッ!!!!

 「てめぇら何まごついてやがる!? 何小娘一人誰も手を出さねぇ!!?」

 そう、ヘッドは堪りかねて叫ぶが今の現状で誰一人とてアンナに触れようとはしない。

 ヘッドは顔に血を昇らせてアンナへと駆け寄る。無論散弾銃でアンナを撃つような真似はしない。折角陵辱しようとした相手だ。

 だが、その分彼女に恐怖を植え付けようと彼は考えていた……目に見える形で恐怖を。

 ビリッ!!!

 「!! っ……」

 「へへっ! ……どうだぁてめぇら!! ちゃんと触れるだろ! あぁ!!?」

 ポケットから取り出したバタフライナイフでヘッドは身動き一つ花のように佇んでいた彼女の胸元を一閃する。

 未だアンナは発展途上である。ゆえに次の攻撃に対しては完全に避ける事は叶わずして彼女の胸元は浅く避けた。

 胸元だけが大きく露出し、十四程の膨らみかけた乳房が露になる。

 ヘッドの行動に俄かに興奮する野獣達。アンナも構えるのを一旦止めて露出した胸元を庇うように手で覆う。

 「へへへへへへっ! さぁ大人しくしろよぉ……」

 ヘッドの顔は今や人間と称するには不気味な程に歪み張り付けたような笑みでアンナへと近づく。

 接近するヘッドを見ながら、未だアンナの目は死んでなかった。心の中に燻る光は、未だ彼女に諦めるなと囁いていた。

 ……そして。






                                 「……アンナ」






 「!! っジャ……!!」

 馴染み深い声。待ち望んでいた自分の愛しき人の呼びかけ。

 彼女は振り返る。華のように咲き誇った笑みで振り返る。突然の部外者の声に動揺を示す野獣達はモーゼの力によって割れた海
 のようにアンナから見てジャギの立つ方向を明らかにした。……そして、彼女は様子が可笑しい事に気付く。

 「……如何した、アンナ?」

 「……ジャギ?」

 アンナの笑みは、萎む。

 その代わり……彼女の心はこう呟いた。






                              『……貴方は……誰?』







  ・



            ・



     ・



          ・




    ・





         ・




             ・





 ジャギは森の中をゲレにしがみ付き必死に駆けていた。

 既にゲレの体はジャギでも解る程に熱い。馬と違い本来虎は長時間走るのにそれ程適してるとは言えないのだから当然だ。

 だが、それでも主人の為に必死でゲレは走りぬいていた。そして、跨っているジャギの顔も、段々と影を帯び始めていた。

 ……何処からか発砲音がする。……近い!

 その音に反応するように二匹と一人は更に足を速めた。

 地上を走る生き物の中では10以内程のスピードで駆けて彼らは一つの建物を見る。

 「おいっ、止ま……!!!」

 見張りをしていた数人が森を突き抜けて急接近したリュウとゲレ、そしてジャギへと気付く。

 だが、それが何の役に立ったであろう。哀れその数人がすぐさまリュウの牙とゲレの爪により流血し沈黙した。

 だが、ある意味良かったのかも知れない。彼らは更に恐ろしい獣の餌食にならずに済んだのだから。

 「……てめぇらここで待ってろ」

 ゲレとリュウに『ジャギ』は言う。両足に横たわった人間を押し付けつつ二匹の獲物は肯定するように鳴いた。

 ……頭痛は既に『ジャギ』からは既に有るのか無い程の感覚になっていた……麻痺といった方がこの場合正しいのかも知れない。

 「おい、今なんか聞こ……!!!??」

 「どけ」

 二階に上った時、一人の凶暴そうな顔の奴に出会う。『ジャギ』と出会い頭に遭遇した人物はまるで幽霊でも見たかのように硬直する。

 ジャギは一言だけ命じた。その命じられた悪党は、声も無く白目を剥いて倒れた……生死は不明。

 (……上だ)

 屋上から騒がしい足音と気配がする。『ジャギ』は冷静に? そう思考して階段を昇る。

 ……昇る度に埋め尽くす……一人の顔。


 ……アンナ。

 …………アンナ。

 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナ
 アンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアンナアン……!

 脳内に埋め尽くされる彼女の姿と、呼びかける声が中断される。

 それはカレが見てしまったからだ……乳房を露出し、それを庇いつつ立っている少女と、それを囲む悪党達を。

 その光景を見た瞬間……カレの思考にはソレが過ぎった。

 ……セピア色の風景の中で、良く見覚えのある寺院の階段。

 その階段の途中で……横たわる誰かの屍。

 その屍は傷だらけで……誰か見ても明らかに男性の手で乱暴にされた形跡が見れた。

 暗転。

 ……一つの建物。

 建物に入る前に片耳が少々欠けた誰かが示し、そしてその示すがままに自分は入り口の扉を開ける。

 ロックンロールが鳴り響き、乾いた酒や掃除をしてない異臭が蔓延する匂いの満ちる階段を昇る。

 ……そこには


 ……そこには、手を縛られ服を捲られ乳房を露出した彼女が居た。

 



                                アア     ナンダ同ジデハナイカ



 哂える、哂える、哂えて繰る狂。


 
 哂いが収まらない。これは……ただの繰り返しだ。

 アノ時はどうやった? アノ時はどうやって救った?

 アノ時どうやって自分は彼女に笑みを取り戻した? アノ時はどうやって自分は奴らを叩きのめした? いや、ソレシカシナカッタ?

 アノ時、何故止めを刺さなかった? アノ時、何故己はソレしかしかなった?

 そうすれば……ソウスレバ彼女ハ死ナズ二今モ微笑ミ……。




 貴様の所為だ。貴様が愚カシクモタダ傷つけるノミで終わらせたゆえの悲劇。

 復讐ハ復讐ニテシカ成セヌ。終焉乃答 即 死以外無着

 汝の贖罪は『非情』デ無キ事。汝修羅スラ成レヌ弱鬼獣。

 帥(ソチ)候、故二邪狼成り手魑魅魍魎同様乃獣調伏千。

 真、愚慮、御仏ニモ救得ヌ。千手観音乃手ヲモ穢死鬼者。

 
 嗚呼   我今コソ成就セン   輪廻乃理ヲ断血切羅ン   邪狼乃牙爪ヲ抱気


         
 (待っていろ……アンナ)

 今、ジャギは『ジャギ』であり……ジャギでは無い者へと変貌しようとしていた。

 (今……こいつらを)






                                (滅亡サセル)






  ・



           ・



    ・



         ・




    ・



       ・



            ・




 嗚呼 一体何が善であり? 何が悪なのだろう?

 誰が正義であり? 誰が邪悪なのだろう? 今、その場に第三者が居れば、神にその答えを求めたであろう。

 最初……動いたのはジャギだった。

 不安気に屋上の扉の前に出現したジャギを見守るアンナ、それと突如出現したジャギを見遣った悪党達。

 悪党達はその男が漂わせる瘴気とも邪気ともつかぬ気配に動揺しつつ、その人物達が決して同じ穴の狢で無い事は理解した。

 そして、その男の表情を見た者は恐怖からか早速自分の体から熱が消え去るのが如実に知れていた。

 だが、勇敢(この場合無謀と言う言葉が相応しいが)にも一人の男は吼える。そしてジャギへと気炎を上げて叫んだ。

 その声に無理に自分を奮い立たせて他の男も吼える。……それだけで彼らの行動は終わった。

 ……風が生まれた……黒い風が。

 アンナの体を駆けぬいた黒い風。その後にジャギは屋上の入り口から、アンナの背後へと跪き着地していた。

 皮肉ながら、夢幻世界でのジャギは役立っていた。あの修行のお陰で、ジャギはアンナだけを傷つけず邪狼撃を振るった。

 直後、アンナだけ無傷で血の飛沫を生まれて倒れる悪漢達。それを機に他の悪漢達は攻撃されたと気付いてジャギに襲い掛かろうとする。

 もしも、この時一人でも達人に近い拳法家か居れば例え骨が折れる事を覚悟してでも屋上から飛び降りる方が未だ生還出来る
 確立が高いと踏んだ筈だ。だが、この場に居る誰一人としてジャギの殻を被りし者の憎悪の凄まじさを知らなかった。

 黒い風が屋上を渦巻く度に誰かが血を吹き出させて倒れていく。




 ……ある者はジャギが横を駆け抜けると胸を斬られて倒れた。

 ……ある者はジャギが横を駆け抜けると脇腹を削がれ倒れた。

 ……ある者はジャギが横を駆け抜けると足を砕かれて倒れた。

 ある者は飛び上がったジャギが横をすり抜けて、またある者は目の前から忽然と消え去るかのように、またある者は……。

 彼らは余りにも実力差を知らなかった、ゆえの悪夢。

 そして……気が付けば雨が降り始めていた……血で埋め尽くされた床をまるで洗うかのように突如豪雨が。





 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……。




 ……嗚呼、気持血悪尉。

 ジャギは、空を見上げながら雨に打たれつつ歯を噛み締める。……体中にはまるで模様のように血がこびりついている。

 ……声が聞こえる。助けを求める声が。

 苦痛を消す望みヲ。

 熱を冷ます望みヲ。

 生きたいト望みヲ。

 ただ必死二……必死二。

 ……『ジャギ』は、倒れ伏す人間達を不思議そうに見渡していた。

 何故、コイツラハこんなに必死に口々二喚いてイルのダロウ?

 散々自分達の犯した所業ヲ……知らぬように啼いている……。

 『ジャギ』は、何もかもが嫌だった。

 目の前には、一人だけ傷の浅い男が『ジャギ』を見上げていた。それは勿論態とである……最も憎しみ強き者への復讐の為。

 「て、てめぇ……てめぇ……!!」

 その男、ヘッドは怯えるように、そして僅かながら未だ残る怒りを宿しつつ『ジャギ』に震えながら散弾銃の銃口を向けていた。

 ……『ジャギ』は何も思わず銃口を見ている。

 「てめ、てめぇ……! 死に」

 バシュ

 「……へ? ……ギ、嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!???」



 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……。



 ……目の前の『害虫』の腕が二つになった。

 いや、どうやら未だ修行不足の所為か皮一枚で繋がった。……自分の腕の情けなさに『ジャギ』は呆れる。


 ……嗚呼、不快堕。





 この場を埋め尽くす声に。



 この場を埋め尽くす血の香りに。


 この場を埋め尽くす救えぬ命達に……。





 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……。




 ……ソウダ。


 全て消せばイイ……如何してこんな事に気付かなかったのだろう。

 『ジャギ』は気付いて哂った。……気付いて『ジャギ』は愉快そうに口を笑みでつくった。





 ……ソウダ。




 あの時のように奴らを消せばイイ。この救いがたき畜生の世から救い難き者達ヲ、我餓北斗乃手ニテ救意去羅ン。

 「……北斗」



 『ジャギ』ハ決意すると両手を同時に構える。そして、祈りも唱える言葉は不要とばかりに瞳には何の色もなく。


 

 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……。

 その呪文を……ただ全てを滅ぼさんとする意思だけを込めて唱えんとした。




                                 『北斗千手』






 



                                  「ジャギ」







 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……。




 ……唱え終わる前に、彼の意思を止めたのは一人の女性。

 其の場で全ての作業が終わるまで動くに動けずに居た少女は……彼の呪文が全てを終わる前に彼の体を抱きしめた。

 ……『ジャギ』は機械の如く動かず、じっと停止しつつその姿勢のまま。

 「……ねぇ、ジャギ」

 「こんな奴に……こんな奴らの為にジャギが汚れる事無いよ」

 「聞いて? ……私は、大丈夫だから」

 「……ジャギがジャギのままで居るように……強くなるから。ね? だから……大丈夫だよ」

 「大好きなジャギのままでいて? ……じゃなきゃ、私……悲しいよ」



 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……。



 「……アン、ナ?」

 「うん、私だよ」

 ……雨の音が、止む。

 ジャギは、両腕をダラリと下げると抱きついているアンナへと首を微かにずらして見つめた。

 「……っ!!!? アンナ! アンナ大丈夫なんだなっ!!? 怪我とかしてないんだよなっ!!!?」

 ジャギは慌ててアンナを僅かに離そうとする。だが、アンナはジャギの行動に構わずギュッ……と更に抱きつくのを強める。

 「……アンナ?」

 様子が少々可笑しい事に……いや、この場合ジャギから見て怖かったのだろうな、と言う考えも含めてアンナを不安気に見つめる。

 ……ジャギを抱きしめ顔を伏せていたアンナは、数秒後に顔を上げた。

 雲は次第に晴れて……除いた日光から照らされ輝く光の下に晴れやかな顔をしたアンナがジャギを見つめる。

 雨を受けて金髪から水滴を垂らしつつ、目元にも雫を浮かべるアンナは……ジャギが見惚れるような笑みで言った。




                               「……ジャギ」



 その言葉を……ジャギは多分きっと忘れぬだろうと、この世界に来て思う。










                         ジャギは……          私が守るから















        

               後書き




 あ~~~~たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた(書き)終わったぁ!!

 いやぁ、これにてアンナようやく『(仮)飛燕流舞』使えるようになったねぇ、おめでとぉ~!

 次回! 『ジャギ、千手殺を覚えよ!』でお送りしたいと思います。






 ……サウザーを早く(継承鬱フラグから)救出したいのに……!







[29120] 【巨門編】第四十一話『極めろ! 北斗千手殺!(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2013/09/24 14:30
 グレージーズ及び、世紀末ではちょっとは名の知れた悪党達の襲撃を回避し、鎮圧に成功したジャギ一同。

 その経過を、余りジャギは振り返っても覚えていない。

 ただ、彼の体に残る鳥肌のような、何かしらの熱だけがその時の体の熱を覚えているのみ。

 後日、発行されていた新聞には『××町でジャッカル一味及びジード、犯罪集団一大検挙』と載っていた。

 これについては余り南斗拳士が関わっている事を知られるのは余り良くないと判断したオウガイ・サウザーの根回しのお陰である。

 これについては深くジャギは感謝した。最も、影でユダが少々笑みを浮かべていた気がするのを考えると、彼もまた関与した気がするが。

 ……気が付いた時、自分を抱きしめていたアンナは何も言わない。

 ただ後で自分の顔を見て『良かった』としか言わなかった。……自分の方が危険な状況だったのに、何故自分の安否を心配するのが
 ジャギには不思議だった。だが、リーダーやユダが自分を見る目が少々変わったような感じがするのと何か関係があるのかも知れない。

 



 

 今、彼は起きた出来事を回想しつつ物思いに更けながら。










 焼肉してた。





 「ジュビジュピジュッ! やっき肉、焼肉~♪ おっ、このカルビ貰いっ!」

 「あっ! ちょっとセグロあんたそれ私が取っといたのよ!?」

 「……(淡々と誰も手を出さない焼き玉葱やピーマンを食べている)」

 「ははは……セグロ、ハマ。一杯有るんだから君ら落ち着いて食べようよ……はぁ~」

 「あぁん~酔ってきっちゃった。ねぇ~アンナ? 良ければ私の火照った体を貴方の手で冷ま『止めないと蹴るわよ』
 ……って、ハマってば軽いジョークなんだからマジな顔して怒らないでよ。小皺増えるわよぉ……あっ、もう遅いか」

 「ぶっ飛ばすぞ、この巨乳!!」

 大台に乗せられた網、そしてジュージューと焼きあがる食欲そそられる芳香と、浮き上がる幾つもの煙。

 セグロは勢いよく肉をかっ込み。そしてハマは奪われた肉に怒り、キタタキは関知せず野菜を口に入れ、イスカは疲れた様子で諌める。

 カクテルを飲んで(※黙認してるが、どう考えても違法だ)ほろ酔いで冗談半分でアンナに絡むキマユ。
 それに割り込んで本気でアンナの壁になるハマをからかい、そして少し本気になりつつ拳の応酬が発生する。

 他にもバーベーキューセットが設置されており、其処にも何人もの南斗拳士が集まっていた。

 ちょっとした戯れあいを終わらせた後、満足気にセグロは舌鼓をある程度打ってから笑いつつ口を開く。

 「いやぁ~最高でヤンスなぁ! あいつらの何割かに載ってた懸賞金のお陰で俺達一気に大金持ち!」

 ジュビジュピッ! と豪快な珍妙な笑い声。その隙をついてハマは鋭く目の前のタン塩を取るのだった。

 彼の言葉通り、後日アンナの兄のリーダーへと渡された莫大な額の金が治安組織より送られてきた。

 考えてみればグレージーズもそこその悪党だが、ジャッカルやジードはそれを上回る悪党である。

 殺人強盗は当たり前、恐喝・違法品の売買、数えれば切りがない犯罪者と言えば彼等の事だ。

 それをジャギ一味が迎撃して、おまけに捕まえたのだ。その感謝の報酬と懸賞金は未成年者の中で
 唯一成人近かったアンナの兄のリーダーが一時受け取った。目の色が変わる金額を受け取った当の本人はと言えば。

 「俺の手柄じゃねぇ。これを受け取る権利はてめぇ等に有る、全部そっくりそのまま渡すよ。
 言っておくがちゃんと考えて使えよ? 独り占めしようとか阿呆な事は考えねぇようにな」

 と粋な言葉を告げた。功労者である彼等と言えば文字通り跳び周りつつ喜びテンションが下がった後に
 この大金の大部分は何時かの為に貯蓄しておくとして残る金額の半分をアンナの兄の店舗の修理等に。

 そして残る半分は彼等が受け取り、そして其の大金の一部で今回の労いや無事を祝福しての宴を開催したと言う訳だ。

 余談ながらグレージーズのヘッドは数年は拘留。ジャッカル・ジードは恐らく終身刑にはなるだろうと後で聞かされた。

 場所は予想付いていたがビレニィブリズン。

 それを聞いてジャギは(世紀末が来れば犯罪者なんで全部解放されるだろ)と思っているゆえに、安心は全く出来ないのだったが……。

 今の状況をラムネ瓶片手にジャギは遠まわしに見ている。

 遠くの方ではシンが少々顔を顰めつつ(未だ切れた口が治っていない)食事をしており、傍らで介抱がてらサキが一緒に居る。

 ジュウザも本来余りに訪れない場所だが、焼肉で宴会となると黙っておらずトウと共に肉に食いついている。
 その豪快な食欲にトウは呆れて時折口を挟んでいるが、彼女が既に平らげてる量を見ると言えた義理では無い。

 ユダはコマクと共に少し離れた所でよそった肉を運んでいる。

 ……自前で用意してる高級肉は誰にも触れさせぬのは流石だ。

 その時、ガサッと言う茂みを通り抜ける音と共に誰かが近寄ってきた。人影は明らかになると同時に呆れ声を響かせる。

 「香ばしい匂いをしてると思ったら……お前等、焼肉か?」

 「よぉレイ! お前も参加しろって!! 肉無料で食べ放題だぜっ、全部ジャギの奢りぃ~!」

 「おいおい、会費は全員で出し合ってんだろうがっ」

 聞き逃せない言葉を聞いてジャギは呆れてセグロの暴言に突っ込む。

 今、焼肉を行っているのは鳥影山である。リーダーの場所で騒ぐには、事件の所為で破損が著しく酷い為に除外。

 それ故、セグロ率いる南斗拳士の提案で焼肉を行っているのは鳥影山、レイが居るのもその為だ。

 「……良いのか?」

 部外者が参加して良いのかどうかとレイは困惑し視線でジャギに答えを求める。

 「別に良いんじゃね? 肉に関しちゃたんまり買い込んだし、まだまだ腐りそうな程あるからな」

 そう言って、フドウ並みの大きさの肉をジャギは指す。

 「! ……どれだけ買い込んだっ!?」

 その余りの量にレイは呆れと驚愕交じりに突っ込む。ジャギは、その言葉に頭を押さえて言う。

 「其処に居る馬鹿が折角の金なんだから派手に使おうぜっ……て」

 「……本当に馬鹿だな」

 その肉の量は凄まじく現に今回の割り当てられた金はセグロの馬鹿な提案で綺麗に消えた。

 レイとジャギのじと目を受けてもセグロは馬鹿笑いしつつ肉を食べている。腹を下せばいいのにとジャギは一瞬本気で思った。

 そんな馬鹿な思考の間にもまるで光に集まる虫の如く周りから多数の気配が寄って来る。

 ガサッ。

 「……む、これは何やら大掛かりな」

 「! 焼肉!? ねっ、ねっ師匠私も参加します! 良いですよね!?」

 「シュウさんにカレンも大歓迎だぜ。と言うか、沢山食ってこの肉を減らしてくれ、頼むから」

 焼肉は偉大だ。呼んでもいないのに人を惹きつける。食は人間を征服するとは良く言ったものだ

 シュウとカレンが呼び水となったのか、他にも食火拳のエミュや鯵刺拳のユウガ。

 連雀拳のオナガ。斑鳩拳のシンラ、銀鶏拳のカガリ。丹頂拳のヨハネ、百舌拳チゴ……色々とジャギには面識ある顔ぶれが現われる。

 「どうするんだジャギ」

 「決まってんだろ、シン? ……お~い! てめぇ等未だ器具あっから! それ用意し終わったら食べて良いぜ!!」

 その言葉に様子を窺っていた他の拳士達は目色を変えて急にやる気を出して転がっていた器具を着々と組み立てて肉を焼く。

 これを見越してか大量に用意されていた皿に箸も殆ど短時間で消え去った。

 因みにソレ等はユダが用意してたものだ。後で帰る間際にジャラジャラと大量の小銭が触れ合う音を考えるに
 紙皿に箸にコップを売りつけたのだろう……商売上手だと、ジャギはその様子を見ながら思う。

 「……アミバ」

 「ふんっ、実力低い木偶共と顔合わせて食うなんぞ俺は……」

 「まぁ良いじゃないか。色々他の拳士も参加してるようだし、君の拳の研究には持って来いの場だろ?」

 「……鳥頭が言うまでも無く、無論俺とてそれは考えた。ならば肉を喰らいつつ、この場で奴等の拳を盗もうフハハハハッ!!」

 「いや、どうでも良いけどおめぇらも手伝えよな、組み立てるの」

 何やら高笑いしつつ接近してきたアミバにも、一応ジャギは口を挟んでおく。

 まぁ、こんな時に場を乱す程アミバも性格悪くないだろう。と言うか乱すようなら容赦なく鉄拳制裁だ。

 そんな調子で今は完全な宴会ムードだ。誰かが持ってきた酒で酔っ払いつつ今はセグロが中心で歌いつつ誰かに物を投げられている。

 珍しい事に、リュウガの姿もジャギは幸運にも目撃した。一応話しはしておいたが、本当に来る可能性は低いと考えていたから。

 今は気配を消して近くの梢に凭れ掛かっているが、どうやらレイもリュウガに気付いたらしい。興味を惹いて何やら話しかけており
 リュウガも別にこの雰囲気に不快は感じてないのだろう。無表情だが、別段顔も顰めず淡々と何やら返事をしていた。

 ……実に平和だと、この前の騒動を思い返してジャギは一心地付きつつ伸びをする。

 その場に木の影から現われる声。

 「……この鳥影山で焼肉などするのは多分お前達が始めてなんじゃないか? ジャギ」

 「そうなのか?」

 何時の間にか近寄ってきたサウザーに、ジャギはある程度満足した腹を軽く撫でつつ夜風に体を心地よく冷やし呟く。

 「あぁ、お師さんも苦笑いしてたぞ?」

 「うげっ? 本気かよ、つうか来てたの全然気付かなかったぜ……」

 「当たり前だ。隠行しつつ騒がしさの原因を探ってたのだからな……最も、お前達を見てすぐに事情は察知したが……」

 サウザーは夜空を見上げる……今日の星は満天である。

 「実に珍しく穏やかな光景だ。あのように南斗の拳士と言えど、違う候補者達が共に同じ釜の飯を食うと言うのは」

 「……? 俺は別段普通だと思ってたけど」

 ジャギの言葉に、サウザーは呆れた視線を投げかける。

 「お前等の普通は一応言っとくが異常だ。視野を広げてみろ、お前達以外の他の候補者は、良く観察すれば常に緊張してるだろ?」

 「……言われて見れば」

 確かにジャギは思い返せば、鳥影山の未だ慣れ親しんでない者達は通り過ぎる度や実戦形式の訓練に参加
 してる時等に余り愉快でない視線及び、親の仇のような敵対心、対抗心を滾らせた視線を受けた事は幾度もだった。

 「拳士とは、常に他の者には用心深いものだ。こんな風に大勢で馬鹿騒ぎなんぞ滅多に無い……最もあいつ達は特例だが」

 サウザーの顔には少し翳りがある。

 この鳥影山の平和は一時の仮初。……外に出れば激しい争いの匂いが充満している。

 彼等も今は仲睦まじいが、自身の利欲の為ならば何時かは隣の者を裏切る可能性さえ否めないのだ。

 サウザーは王に成り得る器ゆえに、正しく十五の大人に成ろうとするゆえに南斗の未来を案じている。

 本当に、己は指導者として彼等と共同し未来を築き上げるのか? と。

 最も、その苦労も今の平和な光景を見れば杞憂だと笑い飛ばせそうだ……そう、サウザーは安心している部分はある。




 また馬鹿な事を言ったのだろう。天空に高らかに舞い上がったセグロと、拳を突き上げたハマに拍手喝采が沸き起こっている。

   


 「……俺が南斗鳳凰拳伝承者になり、南斗を率いる時。あいつ達は共に俺と力を合わせてくれるかな」

 
 これから多分未来の雲行きは怪しくなる。何時かは戦争も始まるだろう。

 その時……この俺の後ろには……背中を預ける強敵(とも)は……。

 「たりめぇだろ」

 思考する中で間髪なくのジャギの応答。サウザーは虚を突かれた顔でジャギを見る。

 彼は呆れた顔で未だ若い南斗の王を見つめていた。

 「お前何時も俺達とどんだけ馬鹿やってると思ってんだよ? 最近じゃあ修行で時間も少ないけどよ。
 昔っからひょっちゅう連んで腹が割れてんのに今更信じるも信じないとかねぇと思うけど」
 
 「……まぁ、言われて見ればな」

 鼻を擦り、そう言えば俺もジャギや他の者達と共に町に出て色々と馬鹿をした記憶はあったなぁ……とサウザーは考える。

 身分を偽り、外へと出て後で周囲の教育者等に驚き焦燥されつつ叱られつつも、その時もこいつが、皆が居た。

 サウザーの回想を他所にジャギは続けて告げる。

 「大体にして王だろうが何だろうが俺からすりゃサウザーなんぞ昔からお師さん、お師さんって言ってるファザコンだっつうの」

 「おい」

 気にしていた事柄を指摘され、サウザーの額に血管が浮かぶがジャギは気にしない。

 最後とばかりに彼を見る事なく確信の顔つきと共に言い切る。

 「おめぇは大丈夫だよ。もし、お前が馬鹿な事考えるようなら俺の拳で考え直してやっから」

 ……それは、紛れも無く強敵(とも)としての信頼し切った言葉。

 サウザーは僅かに顔を変えた後……一秒遅れて爆笑した。

 「……プッ! フハハハッ!! 面白い冗談だ!! ハハハハッ!!!」

 「……へっ……ヒヒヒヒ……ッ」

 それに釣られてジャギも歯茎を出しつつ体を曲げて笑う。




 ……そんな拳士達の宴を、南斗の星空は優しく見守っていた。






  ・




            ・


     ・



          ・



    ・



         ・




              ・



 「……うっし! そんじゃあやるぜぇ!!」

 「おっ?……ジャギ、何時に無くやる気だなぁ」

 北斗の寺院で鉢巻代わりにアンナのバンダナを強く締め付けて鼻を鳴らすジャギ。
 それを(未だ寺院で修行している)キムは少々驚きつつ口を挟む。

 「ったりめぇよ! 何せ、あと半年程度だからな! 気を引き締めねぇと……!!」

 「……半年って何かだ?」

 キムはジャギの言葉が意味不明で首を捻る。

 だが、ジャギ自身はキムに構わず、体を小刻みに揺らしやる気を前面に押し出し師父を待ち、その原因たる回想をしていた。



 ……。


 焼肉も終わり、数週間は穏やかな毎日が終わった直後の話し。

 もう既に13の誕生日は過ぎた南斗の王サウザー十四歳。

 彼が十五歳になるのは約半年程。そう、もう残された猶予は着々と狭まっている。

 ジャギはそれとなく周りから南斗鳳凰拳継承儀式について聞きまわり。そして、セグロから重大な情報を聞く。

 『なぁ、セグロ。南斗鳳凰拳継承儀式って、どれだけ重要なんだ?』

 『ん? ……おめぇ、そりゃあ……凄いよ』

 逆立ちしつつ足だけでボールを蹴って遊んでいたセグロは、体を起こしてジャギの言葉に答える。

 『南斗鳳凰拳ってのは南斗108派を率いる王者の拳。鳥を司る南斗聖拳を束ねし最強拳法だからな。時々ジャギとサウザーが
 仲良くしてんの見てると俺もちょっと忘れるけど、サウザーって本来俺等が普通に接する事も出来ねぇ立場だからな』

 『あぁ、やっぱ……そうなんか』

 時々来訪してサウザーが話しかける度に、何やら強い視線が自分の背後を突き刺さるのは決して気の所為ではなかったのだなぁと
 ジャギは考える。だが、そんなジャギの不安を更に膨らませる不吉な言葉を、セグロは顔色一つ変えずに続ける。

 『んでもって。南斗鳳凰拳継承儀式ってのは……実際サウザーに聞いた方が良いんじゃねぇ?』

 『……因みにその理由は?』
 
 ジャギの言葉に南斗一の情報通と自称するセグロは肩を竦めて答える。

 『ぶっちゃけ鳳凰拳の継承の内容を知るのは現鳳凰拳伝承者だけだからってのが理由。中位・下位の南斗拳士なら
 南斗の里ってところで南斗十人組み手っつうのをやり遂げて南斗司祭から認可を貰うのが通例なんだが……』

 そこでセグロは頭を掻く。

 『……俺や、キタタキが調べても南斗鳳凰拳だけに関しては継承儀式が存在するってだけで何時行われるのか? それでいて
 今までどういった継承儀式がされたのか? ってのは知らねぇんだよな。多分、サウザーも南斗の里で認可を受けるんじゃね?』

 その言葉に、ジャギは想像以上に南斗鳳凰拳継承儀式が厳密に秘匿されている事を暗に気付き冷や汗が流れ始めていた。

 自分とて馬鹿でない。これ程秘匿されていると言う事は、その秘密を知っている事が暴かれれば
 我が身が危険である事は明白だ。間違いなく、寝込みや月夜が消えた時は勿論、如何なる時も襲撃されよう。

 少々乾いた口を舐めつつ、ジャギは恐る恐る聞く。

 『……因みに、南斗鳳凰拳継承儀式ってのを万が一でも邪魔しちまったら……』

 『ん? ……ハッハッハッハッハッハッ!!』

 『へ、へへへへへへへへへへ……』

 その言葉を聞いて、爆笑するセグロと、釣られて笑うジャギ。それを近くを歩いていたキタタキ・イスカは怪訝そうに見る。

 そして、何秒が笑い終わってから真顔になってセグロは爆弾を投下した。

 『そりゃ、死ぬな』

 『ブッ!!!??』

 『いや、当たり前だろ。何せ南斗鳳凰拳の使い手は南斗拳士107派を自由に行使出来る権利を所有してるんだぜ?
 国一つと張り合える力も持ち合わさってんだ。それを邪魔しようなんぞ死刑以外の何物でもねぇだろ』

 そう、当たり前のような顔つきで説明するセグロに、ジャギは邪魔して失敗した時の想像して顔色を青くし震えながら尋ねる。

 『……因みに、サウザーが南斗鳳凰拳の候補者っての知ってる俺達って……つか、サウザーは大丈夫なのか?』

 『サウザーもある意味何時命を狙われても可笑しくない立場だからなぁ。つか、何度が狙われてるだろ。それでも何事も無い
 調子で何時も来訪するサウザーって本気(マジ)ばねぇって事だよな。……つうか、お前顔色大丈夫?』

 『あぁ……大丈夫……大丈夫だ』




 …………。


 
 回想しても頭の痛い内容。サウザーの継承儀式を本気で失敗させたければ、命を賭けなくてはならんと言う事だ。

 ……と言うか、漫画知識だけだとサウザーが目隠ししてオウガイと闘った内容も、あれって結局本来の鳳凰拳継承儀式だったのだろうか?

 それに一体何処ら辺の場所で、一体どの日で鳳凰拳継承儀式が行われていたのかなど普通なら不明だ。

 ジャギである『自分』は漫画知識の内容から【十五の誕生日にそれは行われた……】と言う内容を含めて
 サウザーが十五歳の誕生日に鳳凰拳継承儀式が行われる事は間違いないと思っている。と言うか、そうでないと詰む。

 その代わり、儀式の時間や場所を正確に把握しないと不味い。まぁ、これに関しては一日中サウザーを監視しようとジャギは
 決意してるので問題ない。これに関してはタイミングを逃したら南斗の未来が最悪の想定図を描くゆえに必死である。

 そして、これがジャギの想定する懸念だが……監視の存在である。

 時折り感じるサウザーの周囲にある視線。多分南斗の暗部とかそう言ったサウザーを守る類の輩であろう。

 色々な場所でサウザーと共にするジャギだが、最近日増しにその視線も多くなったと感じている。もし、継承儀式の時に
 周囲を、その見えぬ視線の存在達が見張っていたらジャギとしては成す術が無い。

 ジャギは、ゆえに今から色々と着実に準備は練っていた。……そして、自分自身の力を成長させなければ
 最悪実力行使でオウガイやサウザーを止める時に打つ手が乏しい事もジャギは自覚している。

 それ故に、あの事件の直後に自分に感じた力。その力から連想される技をジャギは欲した。

 その力をジャギは知ってる。その技をジャギは認知してるのだから。

 だからこそ、完璧にマスターせんが為に……今、ジャギは!!



 「とう……師父!!」

 父さんと、危うく言いかけつつスライディングする勢いで平伏して現北斗神拳伝承者たる人物に切り出す。

 「むっ……?」

 寺院の本殿ての瞑想を終了し、仏画が刻まれた扉を抜けて登場したリュウケンへとジャギは一瞬で接近して跪き叫ぶ。

 「た、頼む! 俺に……」

 一度口を切り、呼吸を整えてからの大きくはっきりした声での頼み。

 「俺に北斗千手殺を教えてくれ!!」




 かつて、ジャギが原作のジャギとして生きていた時にケンシロウとの組み手の際に披露した数少ない技の一つ。

 その名、『北斗千手殺』

 ジャギがジャギとしてを証明する技の一つ、千手観音の如く千の手の幻影から放つ突き指の嵐。

 かつては実力の1も出してたか怪しいものの世紀末救世主に痛手を一度味あわせた彼の北斗の技。

 そのジャギの頼みを聞き、リュウケンは目を見開くと……。









                     「……北斗千手殺? ……そのような技、北斗神拳には存在せぬぞ」







                        ……その願いは、およそ数秒で虚しく散った。








   ・



             ・



      ・




           ・



     ・





         ・




              ・



 「で、俺様に頭を下げてる理由って事か」

 「……はい」

 舞台は変わり、奇縁の果てに辿り着いたとある荒野の世界でジャギはヘルメットを被る男に土下座して頼み込んでいた。

 その男は言わずもがな、原作世界で北斗千手殺を覚えし男、及び数々の悪行の果てにケンシロウに命を散らせた張本人である。

 リュウケンにそんな技は無いと一蹴された直後、ジャギは半ば意識を放棄しつつラオウとの組み手て気絶すると
 この世界に目覚めるのを見越し急ぎ早にこの男へと土下座して千手殺の教授を頼み込んだ。それを見て嫌そうに原作ジャギは口を開く。

 「あのなあ……そいつはこの世界に来てから北斗神拳が使えねぇ俺に対する皮肉か? あ゛あ゛っ!?」

 「く……首締まる締ま……っ!!」

 撤回。口を開くに留まらず怒りを思い出し原作ジャギは彼に対し首を掴んで持ち上げる。タップする少年に舌打ちしつつ
 原作ジャギは放り捨てるように離す。ゲホゲホと咳き込む少年ジャギへと、原作ジャギは見下ろしつつ口を開いた。

 「……第一、俺の知ってる限り北斗千手殺は北斗神拳の正式な技の一つだ」

 「ゲホゲホッ……ぇ゛? げ、けど、親父は……」

 首を擦りつつ、疑問を口にしようとした少年ジャギの言葉を遮って原作ジャギは口を開く。

 「てめぇん所の糞爺いの戯言なんぞ知るかよ。俺様の所じゃ北斗千手殺は紛れも無く北斗神拳だった」

 そう言って、原作ジャギは外へと出ると腰を下げて両手を突き出す。

 「北斗千手殺。千手は文字通り千手観音を表し手、その千手の一撃は如何なる敵を討ち滅ぼす一撃を秘めている……」

 「……何で、ケンシロウとの死闘には使わなかったんだ?」

 その少年ジャギの言葉に、機嫌を悪くもせず原作ジャギは彼を一瞥して返事をした。

 「あの時は北斗羅漢撃で十分通ずると思ったんだ。それに、奴との組み手で千手殺が見切られたのは知ってんだろ?
 見切られている技と、普段は余り披露しねぇ羅漢撃で攻撃が成功する確率といったら、北斗羅漢撃に決まってんだろうが」

 「……あ、成る程ね」

 別に漫画の御都合とかじゃなく、ちゃんと考えてたのかと少年ジャギが思う中、ジャギは構えた指を色々と形を構える。

 その形は何やら奇妙な形。少年ジャギはテレビなどで知る仁王像とかの仏像の手の形に似ているなぁと考える。

 「そいつは?」

 「『印相』って奴だ。……てめぇが本気で北斗神拳覚える気ならよぉ……確実に知っておけ」

 そう言って原作ジャギは様々に手の形を変更する。流れるように、十の指は様々な形で千差万別の形に彩られる。

 「施無畏印(セムイイン)っつう不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)っつう仏の結ぶ手」

 「与願印(よがんいん)と言われる宝生如来(ほうしょうにょらい)が結ぶ手」

 「施無畏与願印(せむい よがんいん)の釈迦如来(しゃかにょらい)の手」

 「転法輪印(てんぽうりんいん)、定印(じょういん)、触地印(そくちいん)
、智拳印(ちけんいん)、降三世印(こうざんぜいん)」

 そう次々に口で言いつつ手の指を絡めて構えたり交差させたりなどし終えて、原作ジャギは手を下ろす。

 「……全部が全部救い求める人間が馬鹿みたいに信仰する仏の手の構えだ」

 そう言って原作ジャギが言い終えた時、少年ジャギは馬鹿みたいに口を半開きにしていた。

 「? ……如何した?」

 訝しむヘルメットの眼光に、少し遅れてから半ば不安気に漏れる問いかけ。

 「……本物だよ、な?」

 「如何言う意味だこら」

 ━━━━ズドンッ!!

 原作ジャギがこんな高度な仏語についての説明が出来る訳が無い。

 そう言う口には出さずも不謹慎な思考を原作ジャギは瞬時にその問いかけから知り、問答無用で散弾銃を抜いて発砲した。

 慌てて飛び退いて避けたジャギを残念そうに原作ジャギは舌打すると、続けて何事も無かったかのように説明する。

 「……まぁ、てめぇのようなひよっ子に印相なんぞ言った所で正に馬の耳に念仏だろうがな。……第一千手殺に印相なんぞ笑わせる」

 「何でだ?」

 その言葉に原作ジャギは急に厳格な雰囲気を滲ませて口調もその雰囲気に合わさり厳かになる。

 「……千手殺はな……文字通り菩薩殺しの破滅の拳なんだよ」

 「……破滅?」

 少年ジャギの応じて真剣になった表情へと原作ジャギは短く頷いた。

 「千手を殺すと書いて千手殺。千手観音は観音菩薩の変化身した姿って言われる位によぉ。まぁ反吐が出る程に甘ちゃんな神だ」

 「祟られるぞ、てめぇ」

 少年ジャギの呆れつつのつっ込みも気にせず続けられる説明。

 「……二十八部衆を従え、六観音の一尊。どのような衆生も救済するって言われている人間に御都合主義の神だ」

 原作ジャギは何処からか取り出した水で、激しい暑さを拭うように頭上から浴びる。ジュッ……と言う音が小さく響く。

 「その観音様を『殺す』拳だからな……破滅以外の何物でもねぇ。しかも人間相手ならば致命の秘孔全てを突くからな」

 喰らって生きてる人間なんぞいねぇよ。と、ジャギは言い捨てる。

 「……それ、覚えられたら」

 「言っとくが、無駄だ」

 「何で……!?」

 覚える事など無意味と言いかける前から先ほど撃った熱の残る銃口を喉下に突き付けられて質問は中断される。

 「先ず、てめぇも知るように俺様の北斗千手殺……あの野郎と修行時代で放った千手殺は糞中の糞だ……出来損ないとも呼べねぇ」

 「そして、俺は今は邪狼撃以外は使えやしねぇ。あと一つ、てめぇの世界でリュウケンの糞爺いが千手殺を知らねぇ」

 って事は、事実上完全な千手殺を扱える奴は居ない

 つまり伝授してくれる相手が存在しないのだ。

 「……そう言う、事か」

 「解ったんなら邪狼撃の特訓に移れ。因みに、何なら含み針の特訓でもしてやろうかぁ?」

 そう馬鹿にするように言い捨てて原作ジャギは笑いつつ建物の中へと戻った。

 その屋内への扉が締まると、少年ジャギは口惜しそうに建物の入り口を半眼で睨みながら呟くのだった。

 「……けど、よ」

 小さな声は広く地平線の先が見えぬ世界へ消えていく。

 「……諦めてたら、何時まで経っても進めねぇんだよ」

 ……少年ジャギは、暫く戸口を見てから気を取り直し邪狼撃の特訓に移るのだった。






 ……そして。





 ・



          ・



   ・




         ・



     ・



         ・



              ・



 ……北斗の寺院の外れの森。其処で一人目を瞑り意識を集中し気を高めている青年。

 歳は十四程。しょろっとした体格だが、服の隙間から覗く体を見ればしっかりとした筋肉が付いているのを確認出来る。



 ヒュオオオオオオオオオオオオオオォォォ……。


 風が吹きすさぶ。

 大風と共に激しく揺れる大樹。その樹木に生い茂る葉は風の猛攻に耐え切れず何枚かは枝から分かれて飛んだ。

 その葉の何枚かは目を瞑り佇む青年の方へと飛んでいく。

 そのままなら間違いなく少年の体に触れるであろう数枚の葉。だが、その葉が彼の間合いまで飛ぶと……彼も飛んだ。


 「! っ破ッ!!!ッ!!」

 
 上空へと飛び上がる少年。その白い道着と合わさり真っ白な塊が空中に真上に跳び上がったようにも見受けられる。

 静かにコオオオオッ……!! と低い呼吸が彼の口から漏れる。

 彼の優しげな風貌と裏腹に前面から押し出される闘気は彼の拳に集中すると……彼は叫んだ。






                                 天翔百裂拳!!!




 ……空中へと舞ったトキの技は空を飛びまわる木の葉だけを華麗に打つ。

 舞い散り四散する葉。技を解き放ち空中へと降り立ったトキは四散した葉っぱを見つつ吐息を漏らして残骸を見下ろす。

 その表情には満足も不満もない複雑そうな表情だ。……彼は瞑想し、もう一度再実行しようと気を高めようとする。




 ……にじゃー!



 「……ん?」



 兄者~~!!





 「……むっ」

 だが、彼の意識は一人の馴染み深い声に遮断される。

 別に修行を邪魔されたからと言って気分を害する程に小心では無い。トキは其の方向へ顔を向けると同時に微笑んだ。

 自分にとって大事な弟の一人。鳥影山からの帰りなのだろう、少々破けた服が印象的な少年。

 その成長がありありと見れる体つきから、彼も修行を真面目に頑張っているとトキは素直に心から祝福する。

 果たして、一人修行する自分をどうやって知ったのだろう? そんな些細な疑問を考えつつ、北斗歴代一の華麗なる拳の担い手となる人物。
 
 北斗四兄弟が次兄トキ。

 彼は次の言葉……意図的に兄弟から後に除外されたジャギが走りよっての開口一番の頼みに目を見開くのだった。






                       「頼む!! 俺に天翔百裂拳を教えてくれ!!!」









               後書き



 
    トキ本気(マジ)で便利。一家に一台トキ。

    トキさへ味方になれば大抵心強いと言う話。何処かの世界ではアミバに変わる可能性も無き非ずだが。

    
    ……因みに最近北斗無想流舞(ユクゾッ)で修羅の国まで海を渡るトキってのを夢の中で見たのは多分過労の所為だよね








[29120] 【巨門編】第四十二話『極めろ! 北斗千手殺!(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/30 11:08



  風がざわめいている。樹木達の囁き声が著しい下で、一人の青年と少年は向かい合い立っている。

 一人の青年は優しげな風貌が木漏れ日に照らされ、その顔から見られる驚きの表情を際正せている。

 もう一人の少年は、その鋭い目つきの中に納まる瞳の輝きは必死さを宿しており、その青年の顔を映し出していた。

 「……私に拳の教授を申し出ると? ……ジャギ、何ゆえだ」

 トキは虚を突かれていた表情を厳しい顔つきへと変える。彼がそのような表情をするにも深い理由がある。

 彼は北斗神拳伝承者候補。他の兄弟達と争いあう立場である。

 だからと言って、伝承者を目指すゆえに塩を送りたくないと言う悪意でジャギに拳を教えたくないのではない。

 「兄者ならその拳を一番上手く扱えると思ったからだ……!」

 「……私は言っておくが未だラオウとすら肩を並べる事も出来ぬ未熟者だぞ。それに、拳を習うならばリュウケン様に頼むのが筋だろう」

 トキの言い分も最もである。

 彼は修行中の身。シュウのように若くして伝承者の立場とかでなく普通に未だ拳を学ぶ最中なのだ。
 
 ジャギに拳を教える程の力など自分には無い……そう彼は自分の力の無さを自覚しているがゆえに断りの返事をする。

 だが、目の前の少年の喰らいつきは半端ではない。一度断られても負けじとばかりにジャギは言った。

 「だけど……だけど俺はさっき覗き見してたのは悪いと思ってるが、兄者の天翔百裂拳が凄まじい事は知ってる!
 兄者の腕前が凄いってのは解っているんだ! だからこそ……俺はその技を出来る事なら奪い取りたい!」

 ……彼は知識から知っている。

 この兄が歴代一位とも言える華麗なる北斗神拳を扱える神童である事を。そして、北斗千手殺と類似した北斗神拳の奥義の一つ。
 空中で敵を凌駕する天翔百裂拳の担い手である事を彼は知っていた。ゆえに、彼はトキから学び取りたいと心情を包み隠さず話す。

 「……何ともまた」

 トキは、ジャギの正直すぎるとも言える要求に対し苦笑いして良いのやら、それとも怒って良いのか解らず困惑した表情を見せる。

 「……リュウケン様に頼むのは出来ないのか?」

 「とう……師父の技は見たさ。けど……俺が学びたい拳と違う」

 リュウケンも確かに天翔百裂拳は扱える。いや、と言うかトキの担う技は本来リュウケンが全て扱えるものだ。

 だが、リュウケンから直にジャギが見た天翔百裂拳を見て奇妙な違和感をジャギは感じた。その違和感が何かは把握出来ない。

 ゆえに彼は最後の頼みとばかりにトキの技をこの目で刻みたかった……歴代最強とも言えるトキの拳を。




 「ふむ……」

 この弟は、色々と複雑な事情を何処か秘めているように思えるか、今回の頼みは何かと風変わりだ。

 北斗の技を学びたいのならば師父に言えば快諾してくれるであろうに、それにも関わらず自分に頼んでくる……。

 自分の直感を信ずるならば、悪しき思いで彼が自分に拳を習うとは思えない。大体にして、自分の技を盗みたいならば
 何処かしらで隠れ盗み見て覚えれば良いのだ。それをこのように自分の前で土下座しつつ頼み込んでいる……。

 不可解とも言える行動にトキは理解し難くも、彼の本質たる部分を思い返す……守りたいと望んで北斗伝承者を目指す理由を。

 「……まず、一つ聞きたいのだが。覚えたいのは本当に天翔百裂拳なのか?」

 「!! ……いや」

 どうやら、トキは自分の勘が正しかったのを確信する。彼が学びたい技はどうやら自分の先程修行してた技とは違うようだ。

 では、一体どのような技を会得したいと言うのだろうか? それが気に掛りトキは興味を惹いて尋ねる。

 「聞いても良いか?」

 「……北斗千手殺。それが俺の修得したい技だ」

 「北斗千手殺?」

 聞いた事のない技だ。今まで師父から聞いた北斗に関する内容には無かった技。

 だが、この弟が冗談事などでなく自分に絵空事の北斗の奥義を話す意図も理由も存在しない……不可解だ。

 最近では医術の技も優れ始め意欲的に英知を吸収しつつある聡明なトキは、ジャギの言葉から一歩先まで推理する。

 「……その、北斗千手殺と言う技は天翔百裂拳と同質の技なのか? ゆえに、私の天翔百裂拳を知り、その技を会得したいと……」

 「! そ、そうだ! 流石兄者!!」

 驚愕した顔で賞賛するジャギを見ながら、トキはふむ……と軽く唸りつつ考え込む。

 ……未知なる技、大半の秘孔や技については知識だけで知り得たがジャギの言う技だけは推測するには材料が足りない。

 今、目の前で必死に頼み込む自分の弟が懇意に覚えたいと願う技……自分も興味がないと言えば嘘になる。

 だが……師父に了解も得ず誰かの一時的とは言え師匠となるのは如何なものか……。

 トキは自分の立場と好奇心の狭間に立ち苦悩する。その様子を見かねてジャギは慌てて言い繕った。

 「あ、兄者! 別に一対一で教授してくれって訳じゃない! 天翔百裂拳を暇な時に見せてくれたら良いんだ!」

 「む? そうか? ……まぁ、その程度なら構わんが」

 それならば、師父に迷惑も掛けぬと一安心しつつ。ならばとトキはジャギへ言う。

 「では、その代わり」

 「その代わり?」

 ゴクリ、と。ジャギはどんな要求をされるのか緊張しつつトキの言葉を待つ。

 その顔を暫し眺めてから、フッ……と微笑すると、トキは優しく言った。

 「……その千手殺と言う技が成功した暁には……私にイの一番に披露してくれ」

 「!! へっ、それ位了解だぜっ!」

 ジャギは、承諾の声を聞くと意気揚々と立ち去る。

 トキは、元気良く去るジャギを見送りながら、未だ木々の囁く音に耳を傾けつつ一言呟くのだった。

 

 「……私が師……か」




 ・



           ・


    ・




        ・


  ・



       ・




            ・



 ジャギとトキの教授とも言えぬ浅瀬は暫くは続いた。

 それは傍目トキがジャギに教えると言う感じには見えなかったであろう。ただ天翔百裂拳を完全にマスターしようと
 トキが修行している横で、腕を組みつつジャギはトキの動きを全て目に刻もうと近くで座り観察しているだけ。

 そして、何度か天翔百裂拳をトキが放ち終えた後にジャギが見よう見まねで原作知識やゲームで見た覚えのある記憶を
 手繰り寄せて北斗千手殺を放つ。その様な事を何十回か行うのであった。トキは、ジャギの千手殺を見て最初にこう零した。

 「……成る程、確かに空中に舞い上がり腕を激しく振るいつつ下方に居る敵へ向けて拳を振るう様は天翔百裂拳の写し身そのものだ」

 「だが、違う所もトキの兄者から見れば沢山あるだろ?」

 ジャギの言葉に、トキは頷いて自分の意見を言う。

 「あぁ、まず全体的に構える形が微妙に異なるな。それはまぁ幾らか修正すれば問題ない。拳の放つ形に関してたが……。
 天翔百裂拳の場合拳打を主として相手を倒す拳であるが、ジャギの使う千手殺とは突きを要とする技なのか?」

 「うん? ……そう、だな」

 記憶頼りの薄らげの漫画の内容を必死に思い出してのジャギの言葉。その少し頼りなさ気な言葉にトキは自分の意見を言う。

 「ならば、秘孔を間違いなく正確に突けるようにしなくてはならんな。ならばする事は一つだ」

 そう言って、トキは一つの木に近づき余り軽くはない威力で木の腹を叩く。

 トキの叩いた後に、その木から結構な量の葉の雨が降った。その葉に向かってトキは飛び上がり叫ぶ。

 「天翔百裂拳!!!」

 乱打、乱打の雨。

 トキの拳打は見事に全ての空中を漂う木の葉が地面に落下する前に全て散らした。

 残る葉の残骸が風に流れて消え去るのを背景に、トキは静かな光を湛えてジャギを見る。

 「……天翔百裂拳は空中を制覇する北斗神拳の奥義の一つ。お前の拳が本当に北斗の拳ならば……これ位は容易いだろう」

 口を噤む程の迫力を滲ませ、更にトキは彼へと言う。

 ……兄弟としての、信頼を内に含めながら。

 「ジャギ、無理は言わぬが……私の期待に出来うるならば応えてくれ」

 その言葉と共に、トキはジャギの横をすり抜ける。

 漢と漢の交差の瞬間、どちらも無言ながら向け合った背中には堅い意思が宿されているのは言うまでもない事であろう。

 ……そして、ジャギは人目に付く事なく一ヶ月はその森の中で修行を費やすのだった。



 ・



         ・



   ・


       

      ・






   ・



         ・



             ・



 「トキ、最近貴様ジャギと共に何をしていた?」

 それから暫くして、トキはラオウと共に修行する時に直球で質問された。

 真顔で多少剣呑に近い光を宿しての兄の言葉。その迫力に一瞬トキは口を噤みつつも、返事を返す。

 「……別に何も」

 だが、流石は彼の実の兄と言ったところか? トキの言葉を鼻で笑うと一蹴する。

 「嘘を付くな。お前が奴と共に暫しの時過ごしていた事は知っている。まるで俺を避けるかの如くな」

 トキは、ラオウの慧眼の前に自分は成す術が無い事を知ると口を閉ざす。

 「言え、何をしていた? それが恥ずべき事で無ければ素直に言えるだろう。それとも北斗に叛く話でもしてたのか?」

 「違うっ、私がジャギと行っていたのは拳に……ジャギが学びたいと言う技についてだ」

 「……技だと?」

 ラオウはトキの言葉を怪訝そうに尋ね、トキは別に隠し立てする必要は無い以上全てを打ち明ける。

 ラオウは無表情で自分の弟の言葉を耳に傾け、全てを聞き終えると機嫌の悪い顔つきとなった。

 「お前に奴が拳をか? また妙な事を……」

 「私はこの目で直に見たが、確かに北斗に通ずる技に見えた」

 詐称して偽りの北斗の技を騙る者が古には確かに居たかも知れぬ。だが、ジャギの拳はそれとは多分違う。

 そう、目にはっきりと名言する光をトキに込められてはラオウも軽はずみにジャギの事を馬鹿には出来ない。

 「お前から見ればそうかも知れん。だが、俺からすれば奴の実力など到底下だ」

 「兄さん……またそのような事を」

 「何度貴様が擁護しても同じだ。……あいつも、そしてケンシロウにも限らん。俺は強くならなくてはいかんのだ」

 「兄さんっ!」

 そう、鬼気迫る顔つきで自分の修行の為に出るラオウへとトキは声の調子を強めて止める。

 「何だ……っ」

 「最近変だ……。如何してそこまで強さへと拘る? 未だ兄さんも焦る必要は無いだろう……」

 トキからして、兄の様子は心配だ。

 ケンシロウへの扱きもさる事ながら、日増しに自分に対する厳しさが強くなったように他見えてならない。

 この場合自分と言うのはラオウ自身と言う意味合いでだ。自分に関しても少々冷たい部分が見えてきたように思えるが未だ良い。
 ただ、悪戯に己の肉体に負荷を与えて過酷な修行を自分に与えるラオウの姿を見ると、トキは不安で堪らないのだった。

 何度も命懸けとも言える南斗十人組み手を志願し、そして毒虫の住まう穴へと身を投げる……そのようなのを何度目にしたか。

 兄は……深く後戻りできない道に行きそうで怖い。

 自分の気の所為であって欲しい……だが、その不安は段々と予想が当たってるように見えてトキには不安だった。

 「……如何したんです」

 そのトキの静かな問いかけに、ラオウは暫し顔を背けて無言だったが搾り出すように言う。

 「確固たる強さが必要だ……俺には」

 「……確固たる?」

 「あぁ、強さだ……何者にも脅かされぬ強さだ」

 ラオウは迫真に迫る厳しい顔つきで、自分の手のひらを見つめて呟く。

 「俺は欲しい……強さが」

 それだけを言い終えて、ラオウは話は終わりだとばかりにトキに背を向ける。

 トキは彼が最近自分の知る場所から大きく離れているように感じていた……そしてその予感は多分正しいのだろう。

 


 ……。



 「……」

 ラオウは一つの場所に降り立つ、そこには一つの新聞が転がっていた。

 その新聞の一面には小さく彼がやり遂げた功績が載っていた……短い文面だが、はっきりと。

 『……なお、真偽は不明であるが一人の少年が百人程居た犯罪者達を徒手空拳で切り倒したと噂されている』

 そう、一面に小さく書かれた文字。

 その汚れた新聞の一枚をラオウは空中へと投げる。

 「……墳ッ!!!」

 気合一閃。ゴウッ……と言う唸りと共に振りぬけた拳。

 一枚の新聞は無音で粉々になった。その粉塵が風に乗って消えていくのを、ただラオウは無表情で見つめるのみだった。

 


 ・


       

            ・



    ・



         ・


   ・



        ・




             ・


 「……よくやるねぇ、奴も」

 場所は変わり、荒野。

 一つの建物の上で、何度も何度も『北斗千手殺』と叫ぶ少年の声が響いている。それを建物の涼しい場所で鉢植えを机に
 乗せながら呆れた顔つき(とは言ってもヘルメットで余り表情は不明だが)で一人の男は見上げている。

 『北斗千手殺!』

 「……俺様は無理だから止めろって言ったのによぉ、聞きやしねぇ」

 最初、原作ジャギは少年が千手殺を極めてみせると言った時は勿論反対した。

 別に少年が北斗の技を極める事に嫉妬したとかそう言う類の理由ではない。彼が北斗に対し如何しようと関知しない事だから。

 『おめぇ人の忠告ちゃんと聞いてたのか! てめぇ二度目はねぇぞ!!』

 そう、散弾銃を向けても少年の顔には断固たる決意が瞳にあった。

 『やってもいねぇで無理だって言われて頷けるかってんだ!! どんなに無茶でも抗って見せるんだよ!!』




 ……。



 「……どうせ無駄だ」

 あの少年の行動を見ると、非常に不愉快だと原作ジャギは感じる。

 理不尽な運命がどうせあるにも関わらず、それを良しとせず抗い続ける姿。

 その様子が昔の自分が重なりそうで原作ジャギには不愉快だった。拭っても拭い去ろうとしても消えない不快感。

 『北斗千手殺!!』

 「……無駄だろうがっ。何故解ろうとしねぇ……!」

 鉢植えの花の芽はあいもかわらず原作ジャギの言葉に答えはしない。無論、植物に口なし、彼もまた答えを期待はしない。

 師父!

 師父!!

 親父!!!

 ……何も運命を知らず無邪気に『父』に教えを乞うていた時代。

 そんな……自分にとって忘れえるものなら忘れたい姿を幻視させる、あの少年……。

 「……(ギリッ)!」

 原作ジャギは立ち上がる。ヘルメットから僅かに除く口元から鋭く呼吸を繰り返し獣のように荒れながら屋上へと上る。

 「おいっ! 糞ガ……ッ」

 「北斗……千手殺!!!!」


 ……散弾銃に手を掛けて、怒鳴ろうとした時に見たのは空中へと跳び上がり日光を背負い舞う少年。

 その手に原作ジャギは目を揺らした……見間違いでなければ千手の手が……確かにその少年の放つ瞬間に一瞬見えたから。

 ……タンッ。

 「しゃあ! 今の手応え感じたぜ……!! ……うんっ? 如何かしたか?」

 「……」

 ……着地した少年の様子は、先程の千手を放つ瞬間の威圧感は既に取り払われ何時もの様に無害な感じが見受けられる。

 「……てめぇ、今の」

 「あっ、見てたか? 今のかなりいけそうな気がしたんだ! だから絶対出来るぜ!!」

 そう、笑う少年の姿は眩しくて……只ひたすら前を向いていた。

 「……糞餓鬼か」

 「あんっ? ……って! 何が言いて」

 少年が文句を言いかける前に原作ジャギは屋上から戻る。

 その足取りは少々重く、体を少し曲げて何処となく薄暗く感じる廊下を一瞥しつつ彼は鉢植えのある部屋へ戻った。

 「……」

 鉢植えをじっと無気力な目で見る。ただ、先程の彼の成功に近い兆しを見て……ジャギは喜びも、怒りも、悲しみも何も無い。

 空虚な風が流れたのを、揺れた花の芽だけは暗示していた。

 「……糞餓鬼が」

 ただ同じ言葉を一言呟き、ジャギはその後何も言わずただ花の芽に水を注いだ後動かなかった。

 その彼を、じっと水を注がれた芽だけは傍に居た。





 ・


         ・




   ・




        ・



   ・




       ・




             ・


 「……むっ?」

 ケンシロウはその日ただ一人黙々と人間を模した木を相手に拳の練習をしていた。

 だが、その日は何時もと変わり一匹の犬がリードを銜えて木の隣で座っているのを見て彼の日課が少々変わる。

 「リュウか? ……散歩したいのか」

 ジャギが飼った犬。確かジャギ兄さんが子供の頃に出会ったと聞いてるから既に八歳程の十分歳をとった犬である。

 それでも常に飯は完食するし、このように誰かを散歩に催促するのを見ると老犬にはとても思えない。

 辺りには誰も居ない、そう言えば昨日戻ってきた兄も今日は見当たらない。

 自分の飼っている犬ぐらい自分で世話しろ、と薄情な考えをケンシロウは持たない。だが、何時もならどれ程忙しくても
 リュウに対して世話はしている筈のジャギが北斗の寺院に今日は居る筈なのに見えないのは変だとケンシロウは感じる。

 「一緒に行くか?」

 返事に返して一鳴き。ケンシロウは肯定の返事だと考えてリードを持つ。

 別に今急いでする必要はないし、このまま黙って一人で行かせて怪我したら兄も悲しむだろう。

 ケンシロウはリュウの導くままに後を歩いていく。まぁ、偶の気分転換になるかと思っていると、森林の中に入る事になった。

 「リュウ、そっちは……」

 迷子になるから行かない方が良い。そう言いかけて、言葉は止まる。

 一つの大樹に寝そべるように足が突き出されている。そこに舌を出しつつ近寄るリュウ。

 ケンシロウは一瞬誰だ? と思ってからすぐに正体が知れた。土だらけで、何度も受身に失敗したように体中に傷と汚れが
 目立ちながら眠る人。その人物が自分にとって馴染み深いゆえに安堵の顔つきを露にしてケンシロウは見下ろす。

 朝方心配していた人物が大事なく眠りこけているのを見て一先ず無事を確認してケンシロウはとりあえず起こすか考える。

 かなり満足そうに眠っているのを見ると起こすのが少々忍びないように思える。だが、寝続ければ風邪を引くだろう。

 「ジャギ兄さん、起きて……」

 結論で起こそうと思い、彼が跪いた瞬間周りの風景に疑問が浮かぶ。

 何故ならばジャギの周囲にあった葉。最初ジャギだけに意識していたので気づかなかったか全部の葉が何処か変だった。

 「……これは、穴か?」

 一つの葉を摘みあげると、葉の端のほうが微妙に齧られたように半径の穴が出来ていた。

 よくよく観察してみると、他の葉も全部穴が出来ている。あるものは中心に、あるものは摘んだ葉と同じく左右の方に半径の穴が……。

 幾つもの穴の開いた葉と、そして横たわり眠るジャギを暫く見てケンシロウはようやく事を察した。

 「……何もここまで頑張らなくても」

 すぐ五分も歩けば北斗の寺院の寝室にたどり着く。それすら構わない程に、この兄は修行に集中してたのだろうとケンシロウは察した。

 寝顔を見れば修行は恐らく成功間近なのだろうと知れる。ケンシロウは、とりあえず彼の修行の成果に劣等感を持つ訳もなかった。

 口にはせずとも人柄で尊敬すべし、この兄を……。

 「……暫くしてから、起こしてくれ」

 行儀良く座るリュウに、ケンシロウは伝わるだろうと信じつつ言葉を与える。

 この満足そうに眠る兄に、暫しの休息を与えても天は罰など与える筈が無かろうと……。ケンシロウは足音立てず眠るジャギから去った。

 「俺も……頑張らないとな」

 兄さん、今は無理だが貴方の隣に追いついてみせる。

 必ず……。

 今のケンシロウの瞳には曇り一点もなく輝いている。

 その足取りはしっかりとしていた。



 ・



          ・


    ・



        ・


  ・



       ・



   
            ・



 ……それから月日は少々経ち。

 およそ二ヶ月は経過した後に、トキとジャギは対峙していた。

 白い道着を着た青年と、そして使い古し少々ぼろぼろな道着の少年は暫しその瞳に宿る光を交差しあい、青年が最初に口を開いた。

 「……では、見せてくれ」

 「あぁ」

 ……ジャギは一つの大樹へと前に出る。

 力を込めて掌打を放つ。ズシン……! と言う響きと共に揺れる大樹。

 数秒してから木はそわそわするように木の葉を揺らし、葉の雪が降る。

 幾つもの不規則に曲がりつつ落ちてくる葉の雪。その葉はジャギの肩まで落ちていく。

 既に……北斗千手殺を出せる間合いだ。

 (……ジャギ!)

 瞳に気迫を乗せて、トキはジャギへと意思のみで合図を送る。

 その気迫はジャギに確かに伝わった。微かに波紋を起こした空気を感知するようにジャギは飛び上がる。

 思い出す、この前の夢幻世界での感触を。

 思い出す、放つ瞬間に自分の中で連想した兄の拳を。

 思い出す、あの時……記憶がほぼ無いがただ打ち滅ぼすと決意を感じた熱を。

 そして彼は放つ前に……ただ一点大樹の寄り添う花に視点を集中させ手を掲げた。

 「北斗……!!」

 数十枚の葉の雪が視界の宙(そら)で揺れ踊る。ただジャギが意識するのはその全てを一つ一つ点なのだと思う。

 頭の中に駆け巡る熱。一ヶ月前に馴染み覚えのある翳りの濃い熱が体中を満たそうとする。

 喉まで迫る沸騰した感情。それをひたすら堪え……彼は無心に帰依すると叫び同時に拳を放った。






                                北斗千手殺!!!








 ……。





 ……トンっ。

 拳の雨を降り注ぎ終えた後に、小さな音と共に地面へ降り立つジャギ。

 顔面中に小さな汗を貼り付けて、彼は幾分か脱力してただ一直線だけを見つめる。

 不思議な浮遊感。やり遂げ終えた直後の開放に対する快楽。ドーパミンが心地よく流れるのをジャギは無気力に感じる。

 その脱力に囚われ自然な体勢で立ち尽くすジャギの横を抜けてトキは屈むと葉を摘み上げた。

 「……ジャギ」

 重い声。それに我に返ってジャギはトキの方向を見る。

 ……予想に反して厳しい表情で立ち上がり自分の瞳を見るトキ。その表情に不安が迫り、まさか失敗か? とジャギは憂う。

 「……見ろ」






 そして取り出した葉には……中心に指先程の穴が開いていた。





 「……兄者、これは」

 「あぁ……成功だ!! 北斗千手殺……この眼でしっかりと刻まして貰った……素晴らしき拳だ!!」

 厳しい表情を打って変わって、誇らしさや喜びを前面に出して葉を放り出してトキはジャギを祝福する。

 「へ……へへへ、おっ?」

 そのトキの様子に、ジャギはこれまでの修行が無駄で無かった事を振り返りつつ突然の眩暈に体が傾く。

 「おっと! ……疲れただろう、今日はもう休め」 

 トキは連夜不眠不休で修行していたのを知っている。ゆえに過労だとジャギにすぐ休むのを命じた。

 「あぁ、そうだなサンキュー……なぁ、兄者」

 「うん……?」

 肩を貸して貰いつつ、礼を言って自分の足で寺院に向かおうと思った時、ジャギは尋ねる。

 「俺さ……強くなれてるよな」

 「! ……あぁ、勿論だ。お前は私が見る中で二番目に強いぞ」

 「……へっ、一番はラオウの兄者か」

 やっぱ適わないよなぁ、とジャギは苦笑いして前を向きかけて、その肩にちょんちょんと軽く突付かれて再度振り向く。

 「いや……一番は私さ」

 そう、悪戯な笑みと共に自分を指すトキ。

 それに呆然とした顔を一瞬ジャギは浮かべ……そして笑い合う。

 「へ、へへへへへ!! 言うじゃん! 兄者!! へへへへへっ!!!!」

 「ふっ、ハハハ、そうだな……ハハハハハハハハ!!」

 トキと一緒に肩を組みつつジャギは寺院へと戻る。

 その顔つきは随分と晴れやかで、これから待ち受ける試練も忘れたかのように穏やかにどちらも仲良く笑って歩いていた。






 ……その数分後。









 「……」



 ……まるで極寒の空間に暫し佇んでいたように、大理石のように固い顔つきをした少年がジャギとトキが先程居た場所に現れる。

 「……」

 彼は暫しそのトキとジャギのいる大樹を眺めてから、おもむろに歩むより彼が拳を振るい与えた葉を拾い上げた。

 どの摘み上げた葉にも、中心に指で付いた円形の穴が綺麗に付いている。

 「……」

 彼は、立ち上がると大樹をじっと睨んだ。


 「……っはぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」

 突如、その青年は大地から響くように気合を高める声を昇らせる。彼の周りのジャギの付けた葉は青年の気合に応ずるように飛び回る。

 「あああああああああああああぁぁぁ!!!! 覇ァ!!!!!!」




                                 ドゴオ゛オ゛!!!!




 
 ……一撃で真っ二つに折れる大樹。

 それを彼はただ睨む。大樹を折った彼の拳の甲からは僅かな血が滲み、そして地面へと落ちた。




                                「……渇ッ」





 彼は、自分を責めるように一度拳を握りつぶさんとする程に握り、食い込んだ爪で破れた肌から流れる血を大樹に垂らす。



 後は彼は振り返りはしなかった。ただ厳しさだけを、己に対する過酷さだけを決意した仮面を被り修行へと戻るのみ。






 


 ……その彼の後ろ姿を悲しそうに大樹の傍に咲いた花だけは揺れていた。
















               後書き




    

  トキの最後の冗談みたいな発言は因みにラオウには聞かれてないです。けど、どちらにせよラオウはジャギの強さはある程度知ってる罠。




    
 あと何回か閑話休題してからサウザー救済して【巨門編】終了となります。まぁ、サウザー救済も一筋縄じゃいかないけどね。




 

  ……アンナとキャッキャッウフフしていた時代が懐かしいぜ(遠い目)









[29120] 【巨門編】第四十三話『孤鷲の影でほくそ笑む梟』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/01/31 22:18
 ……それは、彼の事件が終了してからの近日の出来事。

 数台の護送車が町並みを排気ガスを大量に垂らしつつ通り過ぎる。人々は何事かと茶褐色の煙に顔を顰めて車を見送る。

 そして次の瞬間には、ああ又あの場所かと得心しつつ元の場所に顔を引っ込める。とある方向を一瞥してから。

 その方向とはビレニイプリズン。


 極悪残忍な悪党達が、俗世から捕縛された後の最後の末路を辿りし最悪の場所である。



 ……一時間もした後、護送車の扉は軋んだ音と共に開かれる。

 ギイイィ……と言う開く音と同時に……顔が凸凹に腫れ上がった数人の囚人が崩れるように外へと出る。

 その囚人達が出た後、鎖で両足両手を繋がれた男は体を揺らしながら億劫そうに堂々と外へと出た。

 「……あぁ~、くそっ。数時間も窮屈な場所に座らせられた所為でケツが痛ぇぜ」

 その男は今にも葉巻でも咥えそうな顔で、ビレニイプリズンを見つつ平然とした顔をしている。

 「許可していないのに口を開くな!!」

 ヒュっ!! と言う空気を切る音と共に一人の警備の者がその男に警棒を振り下ろす。

 ガツン! と男の頭に当たる警棒。男は顔を顰めつつ衝撃で顔を背ける。戻した時には歯を食いしばり、怒りを宿して警備の男を睨んでいた。

 「何だぁ!! その目わぁ!!」

 「……い、い、え」

 男は舌打ちしかねない顔で視線を逸らす。もう一発警備の男は警棒を振りかねなかったが、仲間に時間を指摘されて矛を収めた。

 (精精粋がってろ。てめぇの面は覚えたぜ……頃合見計らって殺してやる)

 男は内心その警備の男に考えつつ、殴られた怒りで衝動的に暴れかねないのを防ぐ為に別の事を考える事にした。

 (……ジルの奴、何とか俺の代わりに組織を維持してくれりゃいいんだが。あの女も大概、俺と似たように性悪だしな。
 まぁ、構わないぜ。もし、別の野郎が運営するようだったら俺様が脱獄した時に全部纏めて奪えばいい話だ)

 ジル、と言う女の名前からも既にこの男の正体はお解かりであろう。

 この男、ジャギ及び南斗拳士に返り討ちにあって逮捕(正確には南斗拳士ではないが)された……ジャッカルである。

 ジャッカルは逮捕はされたが、未だ世間に戻る事を諦めてはいなかった。

 裏社会でもかなりの悪名であるジャッカル。その実力は力よりも悪知恵であった事は世紀末の行いからも良く見れる。
 万が一の事を考えて、この男は逮捕されても自分の女であるジルに組織の事は任せていた。最も完全に信頼はしていないが。

 (ビレニイプリズンが何だってんだ。難攻不落だが何だか知らねぇが、この俺様がガキ共にやられて素直に引き下がりはしねぇ)

 (絶対に隙を見て脱獄してやる……そして今度こそ奴らに報復してやるからな)

 心に復讐心を燃え上がらせ、護送する兵士達に囲まれてジャッカルはビレニイプリズンへと入る。

 そして……鉄の閉じる音と共にジャッカルの囚人生活は始まるのだった……。




 ……。



 囚人達の哂い声が出迎える。耳に障る音をジャッカルは平然とした顔で聞き流しながら鎖で引っ張られつつ歩く。

 実際のところジャッカルからすればビレニイプリズンに恐怖は全く感じていない。自慢にもならぬが犯罪歴と生きた年数は同列。
 
 牢獄に入れられた数は何も一度や二度では無いのだ。下手をすれば牢獄で生活した時間の方が娑婆の生活より長い。

 無論、ビレニイプリズンは始めてたが、犯罪者達との暮らしなど故郷に戻ってきたのと同じ位ジャッカルには気楽さがあった。

 「よぉジャッカル!! てめぇが捕まるなんてヘマしちまったもんだなぁ!! ヒシャハハヘヘハハハハハハハ!!!」

 「よぉブラザー!! 後で何ならサインでもやろうかぁ!」

 これでも何度かテレビでも上げられている。自分を知る悪党の掛け声にジャッカルは気分を良くして応答する。

 「私語を慎めぇ!!」

 ガツン!!!

 「っ……ちぃ」

 その自分の行動が気に食わなかったのだろう。殴りつけた警備員に苛々するが、ジャッカルもこの手の人間には慣れている。
 反抗しようものなら懲罰で一ヶ月は糞溜めの掃除が、最悪拷問まがいの電流を与えられる事をジャッカルは知っていた。

 殴られた痛みにまた怒りが再燃しつつも、心の中で報復するリストに警備の者を刻みつつジャッカルは黙って尚も歩き続けた。

 「ほらっ、此処が貴様の部屋だ。良かったなぁ? お仲間も一緒だぞ」

 そう言われて鎖が取り払われると同時にジャッカルは強い衝撃と共に示された部屋の中に放り投げられる。

 鉄で覆われた箱のような場所。二段ベットの他には小さな豆電球が天井に付いている部屋……埃臭く、薄ら寒い。

 どうやら電気ショックらしきものを与えられたらしいと、脇腹に感じる痺れに呻きつつジャッカルは立ち上がる。

 いや、立ち上がろうとしたが、その前に覆いかぶさるように大男がジャッカルに倒れてきた。重さで沈むジャッカル。

 「おめぇ! どけろ、てめぇ!!」

 「あっつつつ……ん? その声……ジャッカルだな?」

 「あぁん? ……何だ、お仲間ってそう言う意味かよ」

 倒れこんだ奴の声に、ジャッカルは最近聞き覚えのある声だと知り顔を上げてうんざりした顔をする。

 見れば見るほどに不細工で、反吐が出そうな自分と縄張りを巡り幾度か対立した男……そんでもってレイプ好きな糞野郎。

 そして、目立つz―665と半端な数字が刻まれたタトゥー。

 「ジード、てめぇと相部屋かよ。ついてねぇぜ……」

 ジャッカルが呼んだ男の名はジード。世紀末では最初に出た盗賊、そしてケンシロウに最初の北斗神拳の技を喰らった男でもある。

 「何が、ついてねぇ……だ、ジャッカル! 大体にして、てめぇの所為で俺様はこんな所に……!!」

 ジードは今にも殴りかかりそうな顔で、いや拳を握り振り上げてジャッカルを睨んでいる。

 まぁジードの怒りも最もである。ジャッカルの申し出を受けてなければ、未だ彼は外で悪事をやれていた筈なのだから。

 そんな殺気立ったジードに、ジャッカルは構える事もせず呆れた顔つきで返事をする。

 「おめぇもっと頭使えよ……。あのグレージーズの野郎がヘマしなけりゃ俺達が捕まる事は無かったんだぜ。
 ……それに、あそこまで兵隊の力量の差があったなんて聞いてねぇ。全部あのロリコンの屑の所為だぜ」

 他人の所為にして怒りの矛先を変える。ジャッカルの処世術の話術をジードへと向ける。最も、ジャッカル自身本気で
 グレージーズのヘッドには怒りがあった。もし、同じ部屋に放り込まれたら問答無用で首の骨を折る程には怒りがある。

 情報とは生死を分かつ問題だ。その情報を無視し危うく破滅させかけたグレージーズのヘッドには拷問だけじゃ飽き足らない。

 ジャッカルの言葉に、ジードは一先ず拳を下げて唸りつつ呟く。

 「まぁ、確かにおめぇの言葉も最もだ。……あの野郎は?」

 「あいつは小物だ。刑期も五年程度だから小さな刑務所で過ごしてるだろうよ。でなけりゃ俺様がとっくに殺しているところだぜ」

 「ちっ! 運の良い野郎だなぁ、くそっ!!」

 小物ゆえに生き永らえたヘッドに恨みを募らせるジャッカルにジード。彼らの殺すリストに、グレージーズの頭は刻まれた。

 とりあえず復讐の妄想に一時浸っていた二人だが、溜息を吐くとお互いに冷静に会話をする。

 「……それで? どうするんだジャッカル。俺はこんな場所でヨボヨボになるまで居るなんぞ御免だぜ」
 
 「んなもん俺だって同じに決まってんだろうが。だが……脱獄するにも場所が場所なだけに一筋縄じゃいかねぇ」

 そう言って、ジャッカルは周囲に視線を走らせてから声を潜めてジードへ口を開く。

 「……娑婆で聞いたんだが、ビレニイプリズンを脱獄するとなると厳重なセキュリティを抜けなきゃいけねぇ。
 暗証番号を開いて正門から抜けるか、でなければ高い塀を越して抜けるしか無いっつうのが俺の兵隊達からの情報だ」

 まず誤情報はねぇ。と、ジャッカルの話にジードはふむふむと頷きつつ返事をする。

 「塀を抜けるか壊すのは?」

 「そりゃ無理だな。おめぇだって入る瞬間に塀は見ただろ? 高さは常人の五倍。しかも鉤縄も使えないように
 壁の先端は鋭くされてるらしい。オマケに地下からも抜けられないように下にも壁が埋め込まれてるって聞いたぜ」

 絶対に崩せない地盤までな。と言うジャッカルの付け足した言葉にジードは顔を顰めて問いただす。

 「じゃあどうやって脱出(ふけ)る?」

 「まぁ、塀を抜けるのはアウトって事だ。強硬手段で突破しようものなら、マシンガン持った兵士共に一発で……」

 BOM! とラップ音を口で言いつつ額を拳銃の形をした手で撃つポーズをするジャッカル。

 ジードは頭はそれ程良くないが、ジャッカルの優しい説明に一筋縄で無い事は理解出来た。

 「って事は……つまり、どうすんだ?」

 「まぁ焦るなよ相棒。脱獄は頑張れば出来る……だが、下手やってあいつ達に復讐出来ずに死ぬんじゃ笑えもしねぇ」

 葉巻が無い事に苛立ちつつ、代わりに頭を指で軽く叩きつつ冷笑しながらジャッカルは宣言する。

 「絶対に俺様が完璧に脱獄出来るプランを考えてやる……そして、あいつ等に吠え面かかせてやろうぜ」

 それまで、娑婆での出来事は忘れて一時休戦だ。とのジャッカルの言葉に、ジードは唸り瞑想する。

 俺ははっきり言って小難しい事を考えるのは苦手だ。暴れに暴れて女達を組し抱くのが自分の得意分野なのだ。

 こんなむさ苦しい女気のない場所で下手に暴れて死ぬよりは、今一度ジャッカルを信じて脱獄に協力しよう……。

 ジードは、自分の中で最大の苦渋の選択を終えた後に、漢の顔つきになってジャッカルに手を差し出した。

 「……おう、ならやってやるぜジャッカル。……だが、娑婆に出たら敵だ」

 「あぁ。……てめぇは貴重な戦力だからな、頼りにするぜ」

 (娑婆に出たらイの一番にてめぇの組織ごと潰してやる)

 (脱獄の時は最大限に、この筋肉馬鹿を利用してやるぜ)

 不謹慎な事を考えつつ、今この場で悪の革命の契約は結ばれるのだった。






  ・




            ・



    ・




         ・




    ・



        ・




            ・


 ジャッカル・ジードが囚人と生活して一週間目。

 彼らにとって囚人生活は慣れたものだ。刑務所でのルール、そして上下関係などベテランの領域である。

 五日目程にはジードは何グループかを率い、そしてジャッカルはビレニイプリズン内での情報屋、隠れ商人と会う事に成功した。

 補足すると情報屋とは看守等にお気に入りの囚人が、色々と外の世界での情報を把握している人間の事。

 そして、隠れ商人も同様に看守に気に入られた囚人が娯楽用品を対価と共に売ってくれる人物の事である。

 そして、ジャッカルはその代価を既に持っていた。こんな事もあろうかとビレニイプリズンに入る前に保険として
 残っていた仲間達に指示して用意していた、麻薬や類似した娯楽品を既に似たように捕縛された手下に管理させていたのだ。

 ジャッカルはその情報屋に気になる事を聞いた。小さく丸めたコカインの袋を誰にも気づかれぬよう渡す。
 情報屋は麻薬が本物である事を一瞬で視認すると、さり気なく服に入れながら奇妙な事をジャッカルへ言った。

 「……最近、此処のルールは変わった」

 「変わった? 如何いう事だ……?」

 情報屋のルールの変更と言う内容にジャッカルは怪訝そうに尋ねる。

 この場合のルールの変更とは刑務所内での規律とかではない。囚人同士内で決められるルールである。

 例えば新入りは先に飯に手を付けてはいけない。例えば起床の際は必ず新入りが身上の者を起こさなければいけない……。

 下手すれば大多数の人数を敵に回しかねないゆえに、暗黙のルールの変更とやらを何としても知ろうとジャッカルは聞く。

 情報屋は受け渡した麻薬で世間の情報と同じく対価は通じると思ったらしい。最も、それ以外で肉体言語ではジャッカル
 相手では分が悪い事も判断したのだろう。鬼気迫る顔つきで脅しかけないジャッカルに、慌てて情報屋は言った。

 「最近じゃあ此処で騒動起こしたら懲罰の代わりにある一室に入れられる事になっているんだ」

 「懲罰の代わりに……独房でもねぇ部屋……だと?」

 妙な話だ、とジャッカルは首を傾げる。

 刑務所では反抗して暴れた者には制裁として鞭や電気ショック。または冷たい水を延々と浴びせられる事もある。

 または独房に入れられて長時間身動き出来ぬよう拘束されるのもある。ジャッカルとしては後者程精神的にダルい罰はないと考えている。

 「あぁ。そして……この部屋に入った奴の末路は三通りだ。廃人になるか……それとも死。……そして」





                            夜の    加護を試練を超えて彼らは宿す





 「……夜の、加護だとぉ? おいおい、一体如何いう」

 意味不明な言葉。ジャッカル以外であろうと理解出来ない内容。情報屋はその部分だけ声色を変えて呟いていた。

 「話は……これまでだ」

 ジャッカルは追求しようとした。追求しようとしたが……出来なかった。

 更に問いただそうと強引に肩を掴もうとした瞬間……その情報屋の肩に手が触れた瞬間ジャッカルの背筋に悪寒が走った。

 (!!? 何だ……?)

 まるで冷水を浴びたような悪寒。困惑しつつ情報屋を見て更に戸惑う。

 その目に浮かぶのは……虚無。まるで何も見ておらぬように遠い方向を情報屋は見つめていた。

 声を掛けるには躊躇する気配……ジャッカルは言葉を失い不気味に佇む情報屋を眺める。

 だが、数秒後には情報屋は元の気配を戻り……何食わない顔でジャッカルを見ていた。

 「? また何か聞きたい事か?」

 「……いや」

 ジャッカルは、触れていはいけぬものに触れた感じがして追求するのを避けた。

 それと同時に懲罰の真相を知りたくも好奇心は疼き……彼はそれを実行する事にその日の夜、ジードの鼾を聞きながら決意を固めた。

 ……その翌日。



 ……朝の点呼が終了し、トレーの盆を渡され囚人達は並ぶ。

 食堂の席の前に置かれている野菜や主食である飯。今日のビレニイプリズンの朝食は魚料理である事が香りで解る。

 立ち並ぶ行列は数秒単位でゆっくりと動く。だが、途中で渋滞が発生された。

 それは他の男よりも目立つ男。トレーを両手に握りつつ、無表情で立ち尽くしている。

 「おい! お前なにをやっている! さっさと動かんかぁ!!」

 その男の立ち止まったのを怒鳴り一人の警備員が近づく。警棒を振り翳し、今にも殴りつけようとしながら。

 警備員は、その男が二度自分の警棒で全く抵抗無く殴られたのを知っていた。ゆえに次も抵抗無く当たると考えていた。

 だが……男は三度目は無抵抗では無かったのだ。

 ガキンッ!!」

 「……あ!?」

 「丁度良かったぜ……」

 トレーを盾にして警棒を受け止めた男。その男は衝撃で軽く凹んだトレーをゆっくり下げつつ警備、及び看守の男に視線を向ける。

 ……殺気を携えて。

 「魚はよ……あんまり好きじゃねえんだよなぁ!!!」

 ドガッ!!! ドサッ……!!

 「……っ!!!」

 声と同時に人間が叩きつけられる音。そして人が倒れる音。

 看守を殴りつけた男……ジャッカルはふてぶてしく看守をジロリと見下ろす。

 「さて、何発も殴りつけやがって。てめぇはどれ程偉いんだ? おっ」

 声を掛け下ろすジャッカル。そして……ジャッカルの行動に僅かに静寂していた周囲は俄かに沸き立った。

 『取り押さえろおおおおぉ!!!』

 『!! かかれええええぇ!!!』

 ジャッカルの反抗に看守達が叫ぶ。そして……このジャッカルの反逆にジードは同じく喜び他の囚人と共に駆け出した。

 その後はジャッカルを中心にしての乱闘。看守達は警棒を振りかざし囚人達を殴りつける、そして囚人達は鍛えぬいた拳で戦う。

 一分程で血は飛び交い、何人かは重傷を負う……そして、一発の銃声が終了の合図を下した。

 「……この騒ぎは一体何事だ?」

 ……銃を発砲した看守。重装備をしている看守達を指揮している立場であろう、褪せた金色の頭髪の男がこの状況を尋ねる。

 「はっ! ジョーカー隊長、実は……」

 一人の看守が説明をし出す。その一方で騒ぎを起こした元凶であるジャッカルは周囲のヒソヒソと話す囚人の会話を盗み聞きしていた。

 「おいっ、ジョーカーだとよ……」

 「ちっ……南斗聖拳士様のお出ましかい……」

 (……成る程、あれがジョーカー様かい)

 ジャッカルは知っていた。このビレニイプリズンに南斗拳士が看守の纏め役としている事を。

 情報屋から貰った中の一つ。何でも南斗翔天拳なる伝承者らしい。

 自分より年下そうだが、ジャッカルの本能が告げていた

 (ありゃあかなりの腕前だな。目がプロの殺し屋に近い……成る程、南斗聖拳の拳士ってのは伊達じゃなさそうだ)

 修羅場の数なら星の程。一瞬でジャッカルはジョーカーの強さを感じ取る。

 看守の説明を聞き終えたのだろう。ジョーカーは、冷たい顔つきを崩さず無表情でジャッカルを見た。

 何も感情の無いまま見つめるジョーカーに気取られる事なくジャッカルは堂々と見返す。このような場合、自分が
 格下だと思われるような態度を見せるのは刑務所では自殺行為に繋がるとジャッカルは経験から知っていた。

 「……連れて行け、例の場所へ」

 「!! ……はっ! 承知しました」

 例の場所……その言葉で看守は一瞬動揺を見せた。

 周囲の囚人達もそうである。ヒソヒソと何やら不穏な空気が肥大化していっているのをジャッカルは肌で感じた。

 普通ならばその空気に不安を感じるが……。

 (へっ! しめたぜ……!)

 生憎、この男は普通では無かった。

 ジャッカルは何としてても賭けをしてでも情報屋の言う真相を突き止めたかった。

 五日程他の囚人達と情報を交換し、かつて無い程にこの場所は攻略が難解だと知っているジャッカルは、例え噂話程度であれ
 自分の利益に通ずるかも知れぬものを得たかった。彼は情報屋の様子から悪党の嗅覚は反応していた。

 鬼が出るが、蛇が出るかは知りえない。だが、それでも彼は解放の為に代償を覚悟に試練を受ける。

 ジョーカー等の様子から、彼は噂の場所へ行けると確信する。ゆえに彼は心の中で諸手を上げてこの機会に喜ぶ。

 「他の騒ぎを起こした奴らは?」

 「構わん、普通の懲罰で良い。……来い、23131番」

 ただの囚人番号でジャッカルは看守に拘束されつつ引っ張られる。ジャッカルは心の中でほくそ笑みつつ表では苦しそうな顔をする。

 人気の無い場所まで連れて行かれるジャッカル。ジョーカーは他の看守に命じて布を持ってこさせると言った。

 「23131番に目隠しを」

 目隠し、と言う単語にジャッカルは少々不安を感じつつも、未だ暴れるには早いと自制して無言で成すがままにされる。

 そのまま有無を言わさずジャッカルは何処かへと連れて行かれる。目隠しもあいまって体感時間が非常に長く感じられた。

 (何処へ連れてかれるんだ?)

 数分程歩いただろうか? 程なくジャッカルは目隠しを解かれた。

 もしかすれば単純に拷問でもされるのでは? と危惧していたが、看守達は今の所ジャッカルに暴力は振るっていない。

 今、彼は目隠しを取り外され一つの扉の前に立っていた。ジャッカルは横目で周囲を確認し、無機質な廊下を確認する。

 「……こいつは」

 「此処はビレニイプリズンの中心区域だ。そして、23131番……お前にはこの部屋で一晩過ごして貰おう」

 そのジョーカーの言葉にジャッカルは眉の片方を上げた。

 懲罰にしては生温過ぎる内容。ジャッカルの勘と理性が、これは別に看守の温情や、ただの気紛れでないと忠告をしている。

 「そいつは……」

 「質問は許可しない。次に私語を発言すれば反抗したと見なし射殺する」

 ジョーカーは眉一つ動かす事なく警告を放つ……本気だ。

 ジョーカーの言葉に応じるように看守は銃を構える。ジャッカルは、その気配に冷や汗を流し喉を鳴らした。

 「……入れ」

 ……ギイイイイイイィ。

 軋んで開く扉。それと共に部屋の中の空気が冷たい廊下の方へと流れ込んできた。

 (……何だ、この気配は……)

 ジャッカルは無意識に右腕に左手を擦り暖を取ろうとするような行動をしていた。

 何故か冷える……まるでその空間だけ娑婆の夜の外気が渦巻いているようにジャッカルには感じられた。

 「……」

 周囲を見渡してもジョーカーや銃を構えた看守は微動だにしない。ただ中に入る事だけを無言で命じていた。

 溜息を吐いてジャッカルは中へ入る。……途端に彼の背後で扉は無機質に閉じた。

 (くれぇな……明かり、明かりはねぇのか?)

 扉が閉じると同時に光源が消える。ジャッカルは完全な黒一色に覆われた視界に辟易しつつ冷える周囲に体を未だ擦っている。

 (こう暗くちゃ転びそうだぜ……何か、明かりは……)










                          ダ     レ     ダ    イ    







 「……っ」

 思わず、シュッと息を呑みかねない程の声。

 ジャッカルは身を凍らせて突然の声に肉体は完全に硬直する。全く持って、今この瞬間ジャッカルは無防備だった。

 「……っ! お、驚かすんじゃねぇ!」

 だが、彼も世間じゃ極悪人。流石に胆は人並み以上ゆえか、立ち直るのも早く我に帰って怒鳴る。

 ……シュボッ。

 「あぁ、済まないねぇ。けど、勝手に人の部屋に入り込むんだもの……僕だって怖がっちゃうよ」

 (ガキ? ……いや、ちげぇ)

 最初、若々しい声に少年か? とジャッカルは感じた。

 だが、マッチでどうやら蝋燭に火を点けたらしい。燭台に照らされる人影を見てジャッカルは自分の想像が違う事を知る。

 ……男。髪が肩ほどまであり、中性的な容姿をしている。

 化粧でもすれば女と見間違えるかもしれない……細目で優しそうな印象もあった。

 だがジャッカルは一歩距離を図る……彼はその人物を見た瞬間直感的に心の中でこう呟いていた。

 (ありゃ……危険だ)

 ……闇の中で一人蝋燭の光で照らされる男。

 暗闇の中で淡い火の中で揺れる面影は、鼻と少しだけ笑っているように吊り上げられた口元しか照らしていない。

 それでもジャッカルには理解出来た……この男は殺人鬼だと。

 (こいつ、やべぇ……一体……一体どれだけの奴を殺したんだ)

 悪党には、悪党を見抜く直感がある。

 ジャッカルは幾多の人間を殺してきた。そして、彼は同じ穴の狢を知っていた。
 
 ゆえの第六感、ゆえの悪党としての恩恵。同属を知り生き抜くための彼の能力。

 ジャッカルは一秒と経たず、その男の危険性に背筋は悪寒を走らせ続けていた。

 (何だ、こいつ? 俺はジャッカル、名を聞けば大抵の奴はびびる程には悪事を繰り返してきた)

 (けど……こいつは危険だ! まるでニトロが生きている見たいにやべぇ雰囲気が目の前の座ってる奴から感じる!!!)

 世紀末、ケンシロウの強さを見抜き絶対に直接の闘いは避けていたジャッカル。

 その生きる事に長けた本能は、今正に自分が死ぬか生きるかの瀬戸際を訴えているのだった。

 「……如何したんだい。怒鳴ったと思ったら……そんな風に無言で立って」

 静かな口調、怒っても無ければ悲しんでも居ない。

 いや……喜怒哀楽全てが欠落していると言って良い声。ジャッカルはこの短時間で自分の口が渇いているのに気づいた。

 何か言わなければやばい。ジャッカルは理性を働かせて口を開く。

 「……す、すまない。じ、実はちょいと騒いであんたの部屋に入れられちまったんだ」

 彼が最初に起こしたのは……謝罪。

 この目の前の正体不明の人物に攻撃的な姿勢をとれば死ぬだろう。ジャッカルは誇りも外聞もかなぐり捨てて生きる事を望んだ。

 蝋燭は揺らぎ、表情が知れない男の声が暗闇に響く。

 「へぇ……騒いじゃう子は悪い子だね。騒いじゃう子は口と手と足を切られちゃうんだよ……」

 クスクス      ウフフフ      アハハ           クク      キャハハ


 (誰が……未だ居るのか?)

 ジャッカルは男の声とは他に子供の声が混じり込んでいるように聞こえて、見えないのに思わず辺りを見渡した。

 そんなジャッカルの様子を見えているのだろう。蝋燭の傍に居る男は初めて口元に笑みだとはっきり解るよう吊り上げる。

 「ああ……『この子』達は大人しいから大丈夫。怯える事は無いよ」

 (この子達……だと? ……いや、まず関係無さそうな事を考えるのは止そう。俺がすべき事は……一つ!!)

 「な、なぁあんたっ。俺の名はジャッカル! あんたに聞きたい事があって此処へ自分の意思で来た!!」

 「……へぇ」

 暗闇の中で蝋燭はまた微かに揺れる。平坦に暗闇で響く声は関心を示したようには思えない。

 尚も、ジャッカルは薄気味悪い冷気と恐怖から流れる冷や汗と共に口早に訴える。

 「お……俺はこのビレニイプリズンから脱出してぇんだ! それには内通者か、またはこの牢獄で一番力のある奴が必要なんだ!」

 ジャッカルの訴え……代わりに沈黙だけが辺りを支配する。

 失敗? 今の内容は選択ミスだったか? ジャッカルは不安で胸一杯になりながら尚も説得を続けた。

 「あ、あんたは俺の見る中で一番多分つぇえ! どうしてこんな場所に居るか知らねぇが、あんたなら娑婆で好きな事を」

 「こんな  場所?」

 -------キン

 空気が、凍る。凍っていた湖畔に皹が入るような音が、ジャッカルの耳へと到達する。

 「こんな 場所? 違うだろうジャッカル? そうじゃないだろうジャッカル? 此処は鳥籠だが鳥籠では無い。君のその
 薄っぺらい想像には得られも無い甘美と魅惑がこの場所では常に満ち溢れている。君はソレを何て言った? コンナバショ?」

 (やべえ……やべえやべえやべえやべえやべえ??!!!??)

 怒涛の連続で降りかかる質問の嵐。ジャッカルはそれと共に周囲の気温が激しく上下するのを肌に感じた。

 蝋燭は激しく揺れ、燭台の蝋はまるで彼の興奮に応じるように激しく火は燃え盛り蝋は一秒単位で激しく短くなっていく。

 興奮した男は、ジャッカルへと謡う。暗闇の尊さを、そして牢獄の中で外の者達の暮らしの幸福と、その幸福の破壊する快楽を。

 彼の演説は次第に熱を帯び、蝋は残り数ミリのところまでいった。

 ジャッカルは消えかける蝋燭と、その男が握っていると思われる自分の命が比例しているのでは? と察する。

 そして……ジャッカルは叫んだ。

 「た、頼む!! 俺は復讐しねぇといけねぇんだよ!! 南斗の拳士共によぉおおおおおおお!!!!!」





 フッ




 ……静寂。

 蝋燭の燭代から光は消える。唯一の光源が消えた事によりジャッカルの知る空間は再び黒一色へと戻った。

 自分は……このまま正体不明の男に殺されるのか?
 
 そう、激しく自分の心臓が音鳴るのを、やけに遅く感じていると不意に人間味のある声が上った。

 「……南斗」

 (!! これ……か!!?)

 ジャッカルは、この男の食いつくネタが南斗拳士である事を知る。

 「あぁそうだ!! 俺様は南斗拳士に復讐してぇんだ!!」

 そして、猛然とジャッカルは話し始めた。

 自分が以前若い頃に南斗拳士と名乗る男に敗れた事。そして、ウォリアーズを束ねてから、一人の女を浚うのを依頼されて
 ジードと共に狙い南斗拳士に敗れた顛末。赤裸々に全ての話を暗闇の中で喉が渇くまでジャッカルは語った。

 暗闇の中で向こう側に座っているであろう男は何も言わない。だが、ジャッカルが感じる悪寒は既に消えていた。

 いける……反応は無いが俺の話に興味を惹いている!!

 ジャッカルはどうやら自分の命が繋がった事を涙目になり喜んでいた。最も、その暗闇に佇む人間はジャッカルの表情など見抜いていたが。



 ……数時間が、経過した。


 「……成る程、君の話は面白かったよ。有意義な時間だった……なら、協力してあげる」

 「あ、ありがてぇ!! でも、一体どのように……」

 「慌てないでよ。僕は今この場所が気に入ってるんだ、だから数年は此処でのんびりしても良いと思ってる」

 「……数年」

 ジャッカルは気長な方だが、その言葉に眉を顰める。

 暗闇の向こうに居る男は、ジャッカルのその様子にクスクス笑い返事をする。

 「まぁ、焦らない方がいい。僕は、他の人達と友達にすぐなれるけど、君達はそれ程上手くは付き合えないだろうから」

 「……つまり、脱獄に積極的にあんたは手伝ってくれねぇって事か?」

 正体不明だが、此処に軟禁状態である事を考えると恐らく自分達と同じ仲間。

 それに警戒心は多少緩め、友好的に話すジャッカルに暗闇の男は平坦に返した。

 「君の話は面白かったよ。……だから、君が万が一死にそうな目にあったら僕が一度は助けてあげる」

 「……へっ、そりゃどうも」

 暗闇の中の男。既に時間はかなり経過したのに、ジャッカルの闇に慣れた目にも男の容姿ははっきりと理解出来なかった。

 この男は何者なんだ? 未だ残る未知なる恐怖を抱えつつジャッカルは心の中で自分の眉に唾を塗る。

 「もう、時間だね。それじゃあね、ジャッカル君……君の願いが叶う事を祈っているよ」

 男の声と同時に扉が開かれる。久しぶりの光に、ジャッカルは自分が一夜が明けるまでずっと喋っていたのだと気づいた。

 (そんなに経っていたのか? ……妙な気分だぜ)

 「……あん」

 ……暗闇から、人気が消える。まるで忽然と消え去るかのように部屋の中から人の存在が消えた。

 ジャッカルはその突然の変貌した気配に戸惑いつつ、廊下で昨日のように待ち構えていたジョーカーを見た。

 ジョーカーは何も言わない。機械的に看守に指示してジャッカルに目隠しをさせる。

 (……夜の、加護……か)

 眉唾ものの話。

 だが、ジャッカルは後に知る地下のデビルリバースと共に、このビレニイプリズンに住まう魔性の存在に心中畏れを抱き続ける。



 世紀末が過ぎても……それはずっと。








 ・



           

             ・




     ・



         ・



   ・





          ・





               ・





 「……また、貴様と会って喋るのは不本意なんだがな」

 「まぁそう言わないでくれよシン君。君と僕の仲じゃないかっ」

 「俺に君を付けるなと何度言ったら解る……!」

 ビレニイプリズンの一室。あのジャッカル達の襲撃から二週間程経ってからシンは再度トラフズクへと対峙していた。

 ジャッカル・ジードと顔合わせはしていない。丁度運動場やらに移動してた所をシンはジョーカーと共に別方向から向かった。

 それはジョーカーの配慮か、または偶然かは知らない……とにかく、シンはこれで二度目のトラフズクとの談話となる。

 シンから見てジョーカーの評価であるが、無愛想で刑務所の看守としては合格だが、少々機械的だと考えている。

 まぁこのように悪人ばかりとしか接しない環境なら仕方が無いのかとシンは思い、今日も尋ねて移動する最中ジョーカーに聞いた。

 「あいつの最近の調子は?」

 「……特別房看守6番は現在個室を与え其処で聖書など与え精神面で安定させる措置を取らせています。ですが、6番に
 今までの自分の犯した行動に反省する様子は見受けられません。何名かの囚人と同室にさせても死傷させました」

 「……あの男と囚人を一緒にさせたのか?」

 信じられない、とばかりのシンの表情に、ジョーカーは機械的に説明をする。

 「何も無計画ゆえの行動ではありません。このビレニイプリズンの大半は野に出すのも荒唐無稽な殺人・強盗の常習犯ばかりです。
 彼らと6番を一緒にさせ、その連鎖反応で6番も奇跡的に贖罪の意義を開花するのでは……と我々は思案したのですが」

 ジョーカーは首を振って言葉を続ける。

 「残念ながら、余り芳しくない結果ばかりです。アレはどうも精神的にも通常の犯罪者とは思考が逸脱しているようでして」

 「あぁ、だろうな」

 シンはトラフズクが普通の犯罪者とは違うと認識している。アレを知りえると言う事は、闇を所有していると名言するのと同じだ。

 シンはジョーカーと前と同じく個室に案内され、そして防弾ガラス越しにトラフズクと会話する。

 そして冒頭へと戻る。血色良く、本当にビレニイプリズンで暮らしているのかと思う程に緩やかに暮らす男に内心苛々しつつシンは尋ねた。

 「それで……貴様は両親について何を知っているんだ」

 本題、シンが知りたかった内容。

 トラフズクは問いただすシンの顔を暫く眺め、そして微笑を浮かべ口を開く。

 「君の両親の死因は『他殺』だ」

 その言葉に……シンは無表情でトラフズクを見つめるに留まった。だが、彼の膝に置いた拳は一瞬ギュウッと震えた。

 「おや、あんまり動揺しないんだね」

 「……薄々は、勘付いていた。貴様の言動ではっきりしたがな」

 シンは目を瞑り両親の哀れな遺体を脳裏に一瞬掠める。

 まるで台風か竜巻にでも巻き込まれたような跡と、そして土砂で押し潰された姿。

 一応頭部はさして傷は無いのは幸運だったか? それでも痛々しい姿だった事には変わりない。

 「……犯人は」

 「それは、流石に僕も口止めされてるよ。君なら解るだろう」

 「っ……」

 シンは歯噛みしつつトラフズクを睨む。

 確かに、トラフズクが知り自分が知りえない両親の死因。これは多分何かしら深い事情……最悪国家機密かも知れぬとは思っていた。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。だが、それでもシンは自分の両親を奪いし者の事を知りたかった。

 「ならば教えろ……! 名はこの際知らなくて良い!! 生死の確認だけでも答えて貰わなくば気が済まん……!!」

 その言葉に、トラフズクはシンの憤怒に満ちた顔をジッ……と真顔で見つめてから呟く。

 遠くの方へと呟くように、遥か彼方へと唱えるように静かに部屋の中へ……。





 「……彼の者は死と共に眠り、さして目覚めを望まず生きる」







 「……何? ……如何いう事だ」

 「さぁ?」

 「貴様っ……はぐらかすな……!!」

 とぼけたようなトラフズクの顔に、シンは堪り兼ねて立ち上がり構える。

 「おや? そんなに腹が立ったかい?」

 「そのガラスで自分の身が安全だと考えているならば! その安易な考え毎、貴様の体をズダズダに引き裂いてやろう!!」

 未だジャギと同じく彼は十三。だがそれでも拳の力ならばモヒカン数十人は蹴散らせる実力は備わっている。

 だが、彼はトラフズクの力が自分に通ずると本気で考えているのか? それは、彼の体が物語っている。

 「……ククククッ」

 「何が可笑しい!!?」

 「だ……だって……そんな震えた足で強がってもねぇ?」

 「!!ッ」

 可笑しそうに自分の足を指すトラフズク。

 シンは指摘されて焦り自分の足を見る。……シンの両足は生まれたての小鹿のように震えている。

 彼は、言動とは裏腹に彼の発展途上の力は見抜いていた……防弾ガラス越しの実力を。

 「そんなっ……これは」

 震えている自分に、言い訳も思いつかず脳内で語呂を探すシンに、トラフズクは穏やかに言った。

 「いや、君が僕を『怖がってくれる程』に成長してくれて嬉しいよ。……ご褒美に、教えてあげる」

 「っ……何を」

 「あっ、犯人の事じゃないよ、悪いけどね。……これは、予言と言っても良い」

 トラフズクは、不気味に光りを携えて言った。

 「君はあの二人の事をしっかりと見続ける事だ。彼らは君にとっての最大の薬となり、そして毒になるだろう」

 「……あの二人。それは、ジャギとアンナの事か?」

 シンの問いかけに、トラフズクはもう何も答えない。

 目を瞑り無視に徹するトラフズクにシンは舌打ちしつつ立ち去る。ドアノブに手を掛けたシンに、声は立ち上った。

 「シン」

 「……未だ俺に用が?」

 「また来てくれよ。何せ……君達は想像以上に試練が多そうだ」

 「……」

 バタン。

 扉は閉じられる。一気にトラフズクのみの部屋の気温は一回り低くなった気がした。

 「……運命、ねぇ」

 トラフズクは、じっと椅子に腰掛けながら……不気味な光りと共に唇を舐めつつ防弾ガラスに映る自分の姿を見ていた。

 



 ……ガラスの自分はにっこりと微笑み返していた。












            後書き




  トラフズクはアレです。羊たちの沈黙のハンニバル教授みたいなもんです。




  気に入った人には助言するし、気に入らない人間は鼻紙ティッシュ程度の扱いです。

 



  ハンニバル教授との違い? トラフズクの場合凶器が徒手空拳って事。











[29120] 【巨門編】第四十四話『彼女は去り行く星達の夢を見る』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/29 22:07


 
 鳥影山、中枢部にある樹林。

 生い茂る木々の群れが壁と成し、二人の女性の修行するのを隠す。木漏れ日と横切る小鳥達と小動物だけが彼女たちの
 秘密の浅瀬を知らない。二人の少女と女性は互いにどちらも静止し、木々の一つと成すかのように気配が消えていた。

 片足を上げて合掌の構えを成していた女性は、同じ構えをして瞑想しているバンダナを巻いた少女を一瞥する。

 そして、足音も立てぬままに少しだけ女性は距離を置くと、一つのワイヤーらしきものに滑らすように手を翳した。

 ……音も無く切れるワイヤー、その一瞬後に何かが飛び出す音。

 中華服のような衣装を着ていた麗人の女性は、周囲の樹林から飛び出した矢を一瞥する。

 矢と言っても先端を白い布で丸めて作られている直撃されても致命傷は負わぬ造りの矢である。それでも当たれば痣は出来るだろう。

 バンダナを巻いた十五かそこらの少女。それに複数の矢は迫る、逃げる場所は一見無いように思えた。

 ……フワッ。

 だが、予想に反し彼女は避けた。

 幾多もの少女に当たろうとした矢は、少女が手のひらを上に翳し花のように見えたかと思うと、すり抜けるように少女を通過する。

 横切って、そのまま少女の反対側の木々にカツンッと軽い音と共に直撃して地面へと落ちる矢達。

 それに小さな拍手と共に、少女は構えを下ろし人間的な気配が戻った。

 「どうやら、貴方なりに南斗水鳥拳の技を覚えたようね」

 「はいっ、如何でしたか? リンレイ……師匠」

 上目遣いで、自分の技の評価を期待する少女……その名はアンナ。奇縁によって今は水鳥拳の女拳の弟子である彼女。

 リンレイは、彼女の知らぬ出来事でアンナが技を習得したと聞いた。故に、今はその復習中と言った訳である。

 アンナが包囲陣の矢の襲撃を見事に避けたのをリンレイは観察し、そして師匠としての生真面目な顔を崩さずに指摘する。

 「まず、貴方の技は水鳥拳の私の奥義である一つ『飛燕流舞』に似てはいるわ。けれど、貴方自身の特性なのでしょう。
 私の担う『飛燕流舞』と、貴方の使う『飛燕流舞』は異なりを示している。似てはいるものの、別物の拳と言って良いわね」

 リンレイは知っている。『飛燕流舞』は柔の拳の要たる奥義、洗練された女拳の軽やかさ美しさを併せ持つ拳であると。

 だが、アンナの使う『飛燕流舞』は違う。敵の魔の手を動く事なく、柳のように力を受け流し凛とその場に立つ姿は一輪の華。

 (人によって習得する技には差異があるけれど、この娘の場合またそれとは違った何かがあるわね)

 水鳥拳の女拳に通ずるものはある。だが、既にアンナの拳はそれと異なった自分だけの技として変質化している。

 師匠と言う立場ならば、それを間違いと指摘し修正させるべきなのかも知れない。だが……リンレイはそれを良しとしなかった。

 「……貴方は貴方の満足する拳を身に付ける事に尽力しなさい。何時でも、その動きが出来るようにする事。良いわね?」

 「はい! 師匠!!」

 余りリンレイは自分の弟子を頭ごなしに叱ったり、褒める事もしない。ただその人物に見合った指示をするだけだ。

 (この娘には……この娘なりの特性がある。私の理想を押し付けてこの娘の才能を踏みにじるような事だけはしたくないわ)

 拳は世代と共に変化する。彼女の拳の特性もまた未来を彩る一つに他ならない。

 自分の拳は未来の基盤となり、手本の一つとして残ってくれればいい。リンレイはアンナの成長をしっかり見守れる人格者なのだった。

 何度か基本的な修練を終えて、リンレイとアンナはそろそろ修行の時間が終える事を陽の動きから判断する。

 合掌と共に一礼。拳士として互いに教授し合えた事に礼節を終えると、アンナは無邪気に聞く。

 「リンレイ様っ、私……リンレイ様から見てちゃんと成長出来ている?」

 普段ならば余り聞かぬアンナの弱音。リンレイは心の中で少し驚きつつも普段通りの顔で応答する。

 「貴方は同じ年頃の娘と比べれば随分出来ている方よ。それでも、伝承者と闘うとなれば一分で地べたに伏すでしょうね」

 それはリンレイから見ての真実。今のアンナは拳の成長だけならば優秀な部類に入る。だが……伝承者と闘うとなれば愚の骨頂だ。

 そしてリンレイは彼女の才をこの二年程の修練からして既に見抜いている。……彼女は恐らく、これ以上水鳥拳は伸ばせぬだろう……と。

 (これは……そろそろ酷だけど言わなければならないわね)

 リンレイはそれを伝えるのは心苦しいと考えている。だが、これは水鳥拳の伝承者になれた彼女の実力から見て確かなのだ。

 アンナは正直言えば凡人。南斗聖拳拳士の中で百人に一人の割合で伝承者になれる実力者が生まれる。

 彼女はその中の九十九人であるだけ。ただ、その稀に見る努力が実を結び彼女も少々舌を巻く程の実力は見に付けれた……。

 (この娘は向上心だけならば他の誰よりも優れているわ。……天は酷ね、この娘にもう少し才を授けてくれれば伝承者に見合う
 実力を得られるでしょうに。……私は、この娘にもっと何かをして上げれる事は無いのかしら)

 リンレイの心中を知ってか知らずか、アンナは顔に張り付く一房の髪を払いつつ笑顔で告げる。

 「私ね……はっきり言って力は他の皆より劣ってると思う」

 その笑顔での自傷の言葉に、リンレイは少し顔を曇らせてアンナを一瞥する。

 「……何をやっても人から見て『極める』って事は出来た事ない。けどね、リンレイ様……私、それでも強くなりたいんだ」

 「……でないと、悲しむ人が居るだろうから」

 「……アンナ」

 夕日が、沈もうとしている。

 アンナは笑顔の中に、何処か悲壮感を感じさせる光を浮かべて夕日を眩しそうに見つめる。

 そんなアンナの姿が痛々しくて、リンレイは肩に手を乗せつつ無言で一緒に夕日を見るのだった。





 ・



           ・



    ・




        ・



   ・




         ・




              ・


  日が暮れて、彼女は自分の住む寮へと戻る。

 「ただいまー」

 「お帰りなさいっ、随分今日は遅くなったわね」

 中へ入ると、自分を迎える声が聞こえる。

 雲雀拳のハマは、帰りが遅くなった事に少々心配しつつも、自分の姿が無事である事を確認すると安心した顔つきになる。

 「あっアンナお帰り~。ハマってばぁ、あんたの帰り心配だから捜す準備してたんだぞぉ~、この親不孝ものめぇ~」

 「ちょっ、う、後ろから抱きつくの止めてってばぁキマユ……」

 背後から行き成り抱きしめると言う奇襲をしてきた女性に、アンナは苦しそうに言って逃れようと身動ぎする。

 既に十五の大人と言っていい企鵝拳のキマユは、アンナの可愛らしい抵抗に笑って拒否して更に抱きしめるのを強くする。

 「あらっ、お姉さまってば又帰りが遅くなったんですの? まったく、私の旦那様も心配してるんですから気をつけて下さいね?」

 一つの部屋から説教めいた事を口にする少女が現れる。その少女に圧迫から解放されたアンナは半眼で返答する。

 「プハッ……シドリ、思うんだけど。何か最近姑っぽくなってるよ……」

 「あら、嬉しい事言ってくれるじゃないですか。旦那様と婚約した暁にはブーケはお姉さまに放り投げて上げましょう」

 そう、自分より背は低いのに尊大な態度が見受けられる未来の義理の妹? の言葉にアンナは空笑いするしかない。

 その寮を見渡し、アンナは居なくなった人物達を思い返す。

 まず食火拳のエミュだが、彼女は鯵刺拳のユウガと共に暮らす為に寮を出る事にしたらしい。

 その代わりとして鴛鴦拳のシドリは都合良いとばかりに、自分の監視も兼ねて(お姉さまは無茶ばかりするから、と言う理由で)
 こちらの寮に移ったのだ。まぁ、アンナも自分の兄の惚気話を聞かされる以外にシドリに今の所不満は無かった。

 次に、連雀拳のオナガが居ない。

 最もそれは師匠と共に本格的に奥義の習得を目指して一対一で修行出来るようにとの事らしい。またこちらへ戻ってくるとは聞いている。

 親しくなった知人達は交互に自分の住まう寮を移り変わる。アンナは寂しさと同時に楽しみもまたこの場所で幾度も経験する。

 「今度カレンも誘う? 部屋もオナガが居ないから空いてるし」

 「あっ、良いわねその提案。あの子私好みだし~♪」

 「こらっ」

 アンナが提案し、キマユが不気味な動きで身をくねらしハマが突っ込んで軽く頭をはたく。

 そんな暖かく自分を取り巻く光景。それも何時かは終わると知っているとアンナには寂しさが募るのだった。

 (世紀末前には……この地を去るべきだよね)

 やがて、この自分が修験する地も核の炎で消え去るのだろう。

 自分の知る彼女達は、その前に多分この地は去っているだろう。だが、アンナには少々気がかりな事も内在していた。

 (……皆は、無事に世紀末に居るのだろうか)

 それは、不確定ゆえの不安。

 彼女達はアンナが知る中でどの外伝作品にも居ない。

 居ないと言う事は生死不明と言う事である。一番女性作品が多いレイ外伝でも彼女達の姿は無いとアンナは断固出来る。

 核で死んだ可能性もある。それ以外に……アンナの中で否定したい予想も。

 「……ンナ? どうかした?」

 「へ?」

 「へ? じゃないわよ。またぼうっとして……疲れてるならもう寝た方がいいわよ。無理するなってこの前も言ったでしょうに」

 「あ、ははは……御免なさい」

 アンナがジャギと共にグレージーズから帰った時はハマやキマユ等に抱きしめられて熱烈な帰還の祝福を受けたものだ。

 それと共に口酸っぱく他の者から危ない事に巻き込まれるな! と、理不尽な要求を叱咤と共にアンナは頷いた。

 「ふっふっふ……言う事聞かない悪い子には私がもう一回抱きしめちゃうぞ~!!」

 「って! ちょっともう勘弁わぶっ……!!」

 キマユが楽しそうにアンナの顔を自分の胸へと押し付ける。

 それを苦しそうにもがくのをハマやシドリは笑う。平和な光景。

 (あぁ……何時までも続けばいいのに)

 表情は困り顔で、アンナはそう今の状況を願う。



 ……その日、北斗七星の脇に一つの星が一瞬だけ煌いた。



 誰も知ることなく。






  ・


          ・



     ・



         ・


   ・




        ・





             ・




 ……その日、彼女は泥のように深い意識の底を漂っていた。

 苦しみも、痛みもないただ眠りだけの空間。彼女は意識なくただ黒一色世界を水の中を漂う花弁のように居続ける。

 本来、彼女はそのまま朝が迎えるまで眠る筈だった。何時もと変わりなく、ただ普通に。

 ……ただ、その日は違った。

 

 -------ドックン


 激しく一瞬震える鼓動の音。それが彼女の安眠を強制的に打ち破る。




 何かに強く引っ張られる感触。



 -------ドックン!!


 (……ッ!!?)




 彼女の覚醒されてなかった部分は一気に呼び覚まされて彼女の思考は目覚める。

 また悪夢の再来? いや……違う!

 アンナ自身の冷静な部分が、ジャギと出会ってから封じられていた悪夢とは違うと告げていた。

 では何だ? この感覚は一体……?




 そして、何が何だか解らぬ内に……。







 彼女は、何処か広い空間に佇んでいた。




 「……ぇ」

 彼女は呆然として辺りを見渡す。何が起こったのか理解が追いつかない。

 ただ、自分が全く知らぬ場所に居る事だけは本能的に理解出来た。

 (何処なの、此処?)

 彼女……アンナは立ち上がり辺りをゆっくりと確認する。

 其処は、アンナが見る限り大広間に見えた。

 遠くの方に壁が見えるが、見渡す限り学校のグラウンド二つ程の広さが見える。

 ただ、とても古びていると言うか汚れている……片付け去れてない散乱しているのが天井の罅割れから見える。

 「……地下?」

 天井を見ると、人二人分程の大きさの穴が見えた。そこから曇り空がアンナの目で確認される。

 手が届くには無理な高さから見れる空の風景。アンナは今自分が地下に居るのだと言う事がこれで理解出来た。

 けど、一体何故こんな場所に突然……状況が未だ判断出来ない事に内心焦りつつ何処か出口を探そうと無意識に歩こうとして
 彼女は何かに躓き転びかける。慌てて体勢を立て直し、自分が躓いた何か柔らかそうな感触に疑問を抱き見下ろし……。

 




 彼女は……横たわる死体を見た。




 「……っ」

 反射的に叫び声を出しかねなかったのを抑えられたのは至及点と言ったところか。アンナは背筋に悪寒を走りつつも
 死体を更に見て彼女は意識を断ち切られそうになった。何故ならば、それは彼女が遂さっきまで一緒に過ごしていた人物だったから。

 「キマユ……っ!?」

 服越しにもはっきりと解る特徴的な豊満な胸。そして淡い色合いが目立つ長髪、優しげな顔立ちに信念が宿った鼻筋。

 アンナは、横たわるその彫刻のように固まる人間が自分の知る人間だと否応無く理解してしまった。

 突然の友人の死を目撃して、彼女は泣き崩れかけそうになる。だが、アンナは暫しキマユの死体を見て違和感に気づいた。

 (? ……キマユ、だけど)

 自分の知る顔……だけど、何かが違う。

 アンナは自分の違和感に疑問を抱き、そして原因を解明しようと吐き気を堪えてその死体へと顔を近づける。

 そして、その疑問は氷解した……その死体の友人は、自分の知る友人とは少々異なる部分があったのだ。

 「……背が、高い。私の知るキマユより……大きい」

 ……自分の知る友人よりも成長している。

 思えば自分が知るよりも更に胸が膨らんでおり、そして背も高い。一夜でこれ程に成長するようには思えない。

 それに恐る恐る顔を眺めると、自分の知る彼女の容貌よりも幾多かの困難を乗り越えてきたような皺が多少目尻にあった。

 その総合的な奇異なる部分から判断される一つの想定……。

 「……未来?」

 そして、アンナは信じられぬ想定を浮かべる。それは……今自分の見る死体の彼女が未来の彼女の姿であると言う事だ。

 だが、それでも彼女が自分の知る友で、死んでいる事には変わりない。悲しげにアンナはキマユの開いた瞳をせめて
 閉じさせてあげようと手を伸ばす。きりっと凛々しい睫へとアンナの手が伸ばされる、そして目元に自分の指が触れると……。

 





            御免  ハマ        ……KING       カレン……       みん   な





 「……っ!? ……え」

 触れた瞬間、走馬灯のようにアンナの中に走る未知なる感情。

 後悔と懺悔が満ち溢れた感情が、アンナの胸へと走りすぎた。まるで走馬灯を見るように、アンナの知らない記憶が流れ込んでいく。

 その中には成長した原作のシンが見えた。それ以外にも大きくなっている友人達が見える。

 そして……最後にこれは夢だと思いたいが。……自分の知る中で最も勇敢であろう友人が最後に残酷な笑みと同時に走馬灯は消えた。

 アンナは思わずその場にへたり込み、そして呟く。

 「……今、の」
 
 呆然とする意識。そしてアンナは何か起こったのか知れぬ現象を解明せんと無意識に周囲を見渡し、更に愕然とする。

 ……死体、死体だらけだ。

 幾多もの横たわる人間がアンナの目に見えた。先程まで空間全体が闇で覆われていた為に何が何だか解らなかったが目は慣れた。

 全部の床を埋め尽くすように死体が並んでいる。およそ百体の死体が悲壮感を満ち溢れさせて倒れ伏していた。

 これは、一体……アンナはよろよろと立ち上がり死体の僅かな空間の床を忍び足で慎重に歩き死体を確認していく。

 ある程度は全く自分が知らぬ顔ぶればかりだった。だが何体目かの顔を見てアンナは涙を浮かべて呟く。

 「嗚呼、カガリ……シンラ」

 鳥影山で常に一緒に居る二人。フドウに襲われた時も足止めして自分の助けとなってくれた仲間たち。

 その二人が今や屍となって横たわっている。アンナは涙を流し見下ろす。

 二人の倒れている床には、胸からの流血であろう血の水溜りが彼と彼女の互いの血が混ざり合い小さな血の湖を生んでいる。

 その大いなる不幸の中で、彼と彼女の表情が苦痛でなく淡い微笑みを携えている事だけが幸いか。

 ? そして死体を見てふと気になる部分を確認する。……彼と彼女は互いに小指を絡まらせるようにして倒れていた。

 しっかりと硬く絡められている指。アンナは無意識にその部分へと指先を触れた。






                             
                ……大丈夫       何時かきっと    分かり合える日が  来る






           そして              遠い未来へ      命は    受け継がれるから








 「!!」

 まただ。アンナにはまた幾つもの知らない記憶が流れ込んだ。

 大人の体になったシンラとカガリ。カガリがシンラと闘っている風景、そして、大勢の軍勢と二人だけで戦い抜く映像。

 そして、疲労困憊で敗北しかけた時に一人の小さな男性が訪れる……。

 場面は変わり、次にシンラとカガリがその男性を連れて地上から穴を造る。その映像から先程見上げた天井の穴がそれだと知った。

 そして……先程のキマユの映像と同じく、自分にとって面識深い人物の顔の後にシンラとカガリの互いの映像が過ぎり走馬灯は消えた。

 「……なん、なの……これ?」

 解りたくない。少しでも予想を組み立てれば、自分でピースを嵌めれば理解してしまいそうな解答。

 アンナはその解答を意識的に拒否し、シンラとカガリの場所を後ずさり別方向へと行く。

 だが、震える足はまた死体にぶつかり自分に面識ある人物に遭遇する。

 「……ヨハネ」

 以前自分がユダに悪戯紛いの揶揄されてた時に助けてくれた人。そして鳥影山でユダに何やら反感持たれてる優等生。

 何処かユダに似ている面影のある人。そんな彼もまた死体の山の一つとして倒れ付している。

 その顔には後悔と悲しみが深く刻まれていた。

 アンナは嘆き、歯を食いしばりながらヨハネに触れる。





   
                        ……ユダ           どう         して



 

 ……触れて流れる映像はユダへの悲しみ。

 尊大な顔で見下ろす自分の親友の顔がアンナの脳裏に浮かぶ。その顔は自分の知るユダと違い瞳に暗闇を宿し見下ろしている。

 自分がヨハネ自身になったような感覚。ユダは自分……いや、ヨハネの言葉を無視しただ命令だけを寄越し背を向ける。

 心配そうな部下に見送られ暗転。そして次にヨハネの視点から見た荒野で起きる戦の数々。

 まるで自分が其処に居て戦っているような風景がアンナに見える。そして……映画のように繰り広げられた場面は最終局面へ。

 アンナは思わず最後の映像を見た瞬間胸を押さえた。彼は胸を切られ、その傷が致命傷となり、この場で事切れたのだ。

 その間際に自分の知人が最後に遣わした言葉……それが彼の気力を奪い去り、そしてヨハネは悲嘆の境地で死した……。

 吐き気がする。アンナの周囲にいる者達は全員が全員、余りにも良く知る人間に全員交戦し殺害されている映像が浮かぶ。

 夢であって欲しい……アンナは自分の見てるものを夢だと信じ周囲を震えながら歩き続ける。

 だが、無情の空間は未だ彼女の知る者に引き合わせる……次に出会ったのはエミュとユウガ。

 互いに姉妹と仲睦まじい彼女達。自分にも一人最近出来た妹が居るが、彼女達の仲の良さは理想とも思えた。

 彼女達も小指では無いが互いに手を繋ぎ眠るように倒れていた。床にある血さえ視界に入れなければ眠ってるようにも思える。

 アンナが触れると……二人の名が脳裏に唱えられる。






                                シュレン様






                                ヒューイ様







 「……これ、は」

 二人の互いの蟠(わだかまり)が最初に浮かび上がり、そしてその蟠りで助けを拒絶し罵り合う事も出来ず死闘に誘われる。

 そして、皮肉にも死の間際の告白。それで彼女達が互いに勘違いを起こしていた事を理解し、謝罪の中で死ぬ映像が過ぎった。

 まるで白痴。まるで救われぬ物語。

 その次にアンナが遭遇するのは……連雀拳のオナガ。

 拳の腕では低いながらも、連携と共に戦い抜く南斗の拳士は、今や大地にその身を横たえていた。

 彼女の背中に見える。刃物を貫通した穴が彼女の死の結末を物語っていた

 アンナは恐々とオナガへと触れる。






                           ……本当の意味で    残酷な人は、居ないよ






 ……一人の真っ白な髪の男性。その男性と共に百舌拳のチゴが見えた。

 オナガはその真っ白な男性とは面識があったらしい。そして、この空間で彼等にオナガ達は敵対し交戦が勃発する。

 次々と傷だらけになる拳士達の中で、オナガは自分の率いる仲間と共に真っ白な髪の男へと戦いあう。

 そして……その白い髪の男性の背後から槍を投擲する不気味な影。

 オナガの感情が爆発し、それと同時に彼女の背中の激痛の熱がアンナへと感じられる。

 最後に写るのは当惑した表情の真っ白な男性。オナガの満足な感情と共に、オナガの鼓動が消えていくのがアンナには理解出来た。


 「……夢、なら……夢なら醒めて」

 アンナは幾多もの死の瞬間を見せられ、心は折れかける。

 だが、悪夢は醒めない。ヨロヨロと歩く彼女は、また彼女が良く知る知人の事切れた姿へと遭遇する。

 「……イス……カ」

 交喙拳の伝承者候補のイスカ。

 鳥影山で場を和ますグループの中にいる一人。残る二人が目立つゆえに少々影が薄くなるけど、他の人達と共に大切な私の友人。

 喋った数もそれ程少ない、だけど彼女は彼が優しい雰囲気を携えており慎み深い善人である事は承知済みだった。

 跪くような体勢でアンナの視界の中で彼に亡骸は固まっていた。

 アンナは悲壮を携えつつ屈んでイスカの表情を見る。それは遠い場所へ旅立つ死者の顔であり、視線は遠い場所へ誘われていた。

 気になるのは、祈るように手を組んでいる両手の中に見える何かの紙片。注意深くアンナは観察し、その物体の正体を知る。

 「……これって、押し花?」

 余り自分はしないが、花を平らにして観賞用にした物。それを大事そうにイスカは包み込むようにして持っていた。

 イスカの口元は薄っすら微笑みを携えている。まるで、最後にこれを守りきれた事を満足するかのようにもアンナには思えた。

 震えつつ、もう見たくは無いが彼女はイスカの組んだ手と押し花へ触れる。

 ……そして、記憶の洪水が彼女へと飛び込んでくる。







                


                     アイ                   ……リ









 ……漠然と、ただ一言だけの呟き。

 アンナは一瞬呆然とするが、その後に流れる風景を見て更に絶句した。

 ……レイの家が見れる。そしてその離れにある穏やかに草花が生えた場所。

 イスカとアイリが一緒に会話をしている風景が見れる。そのイスカの顔は誰が見ても幸福そうな顔をしていた。

 ……暗転。

 イスカはアイリの事を想いながら修行を続ける。時折り彼の知人が誘う事でイスカはレイの家へと赴く。

 まるで隠れるように、彼は彼女の兄が友人と喋る合間。その二人だけが許された時間少々会話をする。

 いじらしい初恋を宿す者の表情。アンナには、その彼の行動が痛い程に理解出来てし合った。

 ……やがて知らされる離別。

 イスカは突如友人が彼女が婚約した事を聞く。呆然として彼は彼の兄へと夢遊病者のようになりつつ赴く。

 苦々しい顔でアンナも知る彼女の兄が口を開き何かを語る。イスカの感情がアンナに流れ込む……苦痛と、忍耐と……悲恋と。

 身が引き裂かれそうな恋愛の痛み。それがアンナの中を過ぎ去った時には辺りが荒野へと変わっていた。

 イスカは盗賊達と交戦している。だが、その何度の戦いでも人を殺す事だけは避けていた。

 ……彼知人が現れ、イスカの行動を責める。その声に視線が下に向いているのを見て、アンナには彼の躊躇がありありと解った。

 やがて、彼は親友と共にレイの居る村へと行く。

 闘い、友人との関係の亀裂……共闘……懊悩。

 様々な映像が頭痛する程に流れ込み、アンナは気絶しかけた時にようやく感情の波が収まり一つの場面へと移り変わった。

 ……其処には、自分も良く知る友人達が篝火と共に何かを相談している光景。

 その内容にアンナは愕然とする。そして……その物語の結末が予想されて制止を上げようと必死に声を出そうとする。

 だが……アンナの声は届かない。

 イスカの中にあるのは唯一の理由からの参戦。彼の見る視点で大勢の拳士達は決意を秘めて一つの国を目指し全員歩き続ける。

 やがて……最終決戦がイスカの視点で見えた。

 その中でも彼はただの一度も、自身の死よりも他者の……ただ一人の想い人を案じつつ拳を振るっていた。

 それ程までに純粋に離別を告げられても想い続けられるイスカの感情を知りアンナは驚嘆する……だが、結末は非道。

 彼は、アンナが知る最も気高き者に成す術も無く敗北を迎える。

 彼の走馬灯の最後の風景は……彼の記憶の中で最初に胸高鳴らせた人物で終わっていた。

 「……嗚呼、こんなっ……こんな……!!」

 触れれば触れる程にアンナにはその彼等の顛末が全部知ってしまう。

 この惨状を起こしたのが自分の知る者だと、この地獄を造り上げたのが自分の友人だと彼女は声上げて否定したかった。

 嘆き苦しみながら彼女は頭を振って歩く。……そして、非情なる現実はまた彼女に真実を告げようとさせる。

 次に彼女は地下を支えるための支柱にいる死体を発見する。その死体は最初サングラスを掛けており誰か解らなかった。

 だが、アンナは近づきその正体を知れる。この絶望が蔓延する空間に恐怖が麻痺しかけつつ彼女はか細い声で彼の名を呼ぶ。

 「……キタタキ」

 少し、変わった発言が多いイスカとも仲の良い彼。

 鳥影山で唯一の秘孔を扱う拳を知る男性。独特の雰囲気にアンナは多少戸惑いは最初あったが、今では彼の雰囲気は慣れ親しんでいた。

 その彼は何やら引き摺るように移動した形跡が血痕の痕跡で理解出来た。彼は柱に凭れ掛かるようにして死んでいる。

 見れば、その両手は惨い。鋭い刃物で切断された如く両指の何本かが無くなっている。

 だが、彼の顔にはやり遂げた表情が見えた。キタタキは一体何を如何して最後を迎えたのだろう?

 アンナはもう触れたくないが、その最後の顛末を知る義務があると不思議な強制力と共にキタタキのサングラスへと触れた。








           セグ     ロ                ……頼ん           だ……





 

 ……それは、今までと違い誰かへと託す者の感情。

 割れて壊れかけているサングラスに触れた途端に巻き戻しするように彼の生前の記憶が過ぎる。

 その彼は戦場に居た。その中で衛生兵として聖帝軍の服を着つつ多くの兵をその指で動きを見出し功績を上げていた。

 だが、その胸中にあるのは不安や憂いばかり。喜びの感情は雀の涙程もなく、その視線の先には王への不信感が満ち溢れている。

 戦場の最中、彼の視界の中で多くの敵兵達が王によって殲滅される光景が映る。

 彼はそれを視認しつつ、王の中に映る光りに電流が走るように死を予感し遂には反旗を翻す決意をする。

 ……やがて、行われる革命の時。

 彼は一人の智将を養生の為に送り届ける任務を行う風景が映る。

 その時に敵兵と交戦する様子。彼はその途中でサングラスを拾い上げた。これがどうやら彼が今身につけている物のようだ。

 やがて……親友達との邂逅。そして王の行動の不穏と、そして革命の相談。

 その話から、彼こそが王との決戦の提案の張本人だとアンナは知る。アンナは幽霊のように誰も目に入らぬ中で必死に訴える。

 駄目だ、と。逃げて、と。

 だが、アンナの訴えは誰にも聞かれる事なくキタタキは彼等と誓いを唱えて決戦へと赴く。

 そして、彼は相打ちを覚悟に闘い……そして……。

 「!! ……はっ……はっ……は……っ」

 急遽引き戻される現実。死体の屍の映る自分の置かれている状況へと戻る。

 まるで連続で白昼夢を見るかのような光景。

 アンナはもう後は自分の知る者は居ない事は知った。それでも、このおよそ百体は居る彼と彼女等の死骸にアンナは
 言うべき言葉が見つからず無念の想いに満ち溢れたまま見渡す……そして、彼女は突然聞こえた声に過敏に体を揺らした。





 「残るはお前達だけだ」



 その声、自分が良く知る声。少々声が低音な気もするが馴染み深い声。


 気が付けば振り返った瞬間に彼は自分の前に立っていた。その殺気が漂う彼にアンナは何かを言いかけて気づく。

 (『達』……? ……!!)

 アンナは、『彼』が自分を見ていない事に気づく。

 そして、振り返ると絶句する。そうだ……何故気づかなかったのだろう? 先程遭遇した死者の中には居なかった者達。

 




                               「……セグロ」




 アンナは、震えつつ彼の名を呼ぶ。

 見た瞬間にアンナが思った感想は、酷いの一言。その姿はほぼ満身創痍と言ってよい。

 自分の良く知る彼の格好であるジーンズは破れ膝小僧は裂傷している。そして上半身の茶色いジャケットは十字の切り傷で
 血の色へと染め上がっていた。セグロのトレードマークとも言えるゴーグルは半分は割れており、今までの闘いの激しさを暗示していた。

 彼は今にも崩れ落ちそうな状態ながらも、未だ生きていた。

 だがアンナには一目で解った……彼の命がもう長くない事を。

 



 「全くしぶとい。夏の蝿か蛾にでも改名すべきだ」



 恐らく、何度も攻撃をアンナの知る未来の彼はしたのだろう。少々辟易した表情でセグロを見つめている。

 セグロは不敵に笑うのみ。いや、声を出すのも億劫なのかも知れない。呼吸は不規則に彼の口から鳴っていた。

 


 「……その様子ならば、この次が最後の一撃だな。良かろう、貴様の蛮勇とも言うべき勇気に免じ、我が奥義で葬ってくれる」



 ……アンナの視界で『彼』は両手を広げる。

 ソレには見覚えがあった。いや、知識としてだが余りにも次の行動が予測出来すぎていた。

 ソレは殲滅の奥義。自分が慕う彼の技とは違う、それでも同じ特性を秘めす闇夜の巣くう目前の敵を排除すべし『彼』の奥義。

 その奥義を今……彼は自分の仲間へと放とうとしている。




 (だ……めっ)



 「へへ……いく、ぜ……『    』。こいつが……ヒーローの……一撃だ」

 セグロは笑い、死相を宿しながら目前の『彼』へ向けて跳躍する。

 死に体とは思えぬ程の跳躍。それゆえに彼が今まで背中で守護していた人物がアンナにも映った。




 ……涙を流し、彼を見つめるハマの姿が。




 それに構わず、戦士達は同時に視線を交差させて距離はやけに遅く狭まる。

 『南斗……!』

 互いの言葉から同じ唱え文句と共に、セグロと『彼』は互いに同じように両手を広げ鳥のように構えつつ上と下から迎え撃つ。

 それは……南斗聖拳拳士達の死闘。






                               『鶺鴒拳奥義……!!』






                               『鳳凰拳奥義……!!』







 その言葉と同時に、アンナとハマの絶叫は奇しくも同時に木霊した。





                                オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
 『駄目ええええええええええええええ!!!! セグロ(サウザー)
                                アアアアアアアアアアアアアアア!!!!」









   ・




             ・



     ・



 
          ・




    ・




          ・





               ・




 「ウザーあああああ!!! ……はっ!!!!??」

 急激に覚醒する意識。そして目の前に飛び込んできた友人達の顔。

 アンナは体中に冷たい不快な汗を感じつつ、困惑したまま目の前に居る人達の名を呟く。

 「……え? ハマ、キマユ、シドリ?」

 アンナの言葉に、ハマは必死な顔を浮かべ行き成り怒鳴った。

 「え? じゃないわよ!! あんたってば、行き成り魘されたと思ったら叫んで……大丈夫なの?」

 どうやら、アンナはハマが心配する程に魘されてたらしい。そのハマの言葉にキマユとシドリも同意するように頷いた。

 「魘され……私が?」

 「そうよっ。……大丈夫? 水は飲める?」

 ハマは本気で彼女の容態を案じ、持っていた水を渡す。アンナは素直に水を飲み、その冷たさに一心地付きつつ再度呟いた。

 「……ゆ、め?」

 アンナは自分が鳥影山の寮に居るのだと、辺りを見渡して確認する。先程の風景が現実なのか、今見ているのが夢なのか……。

 余りに現実感のある夢に、アンナは今置かれている状況が本当に現実なのが疑い不安になりかけていた。

 そんなアンナの半ば恐慌状態を察したのだろう、様子を観察していたキマユがアンナへ近づくと優しく彼女を抱きしめた。

 「ほーらほら、怖い夢見たんだねぇ。もう大丈夫だよ~」

 何時ものように強い抱擁じゃなく、包み込むように。

 その彼女の体温を感じ、そして夢の中での死んでいた彼女の冷たさをアンナは思い出し……。

 「……ふっ……エグッ……うっ」

 「アンナお姉さまっ!? え、えぇっとこの場合私は……!! そ、そうだ救急車を呼んで!」

 「大事にするな! とりあえずお湯と手拭い用意しないと……」

 視界をキマユの体で覆われつつ、彼女は自分が未だ平和な世界に居るのだと改めて思い出された。

 泣き崩れ、また彼女達と出会えた事に喜びながら……アンナは決意を固める。

 (あの未来を……現実にしちゃいけない)

 (絶対……絶対に私がジャギと一緒に変えてみせる。……絶対に)







 その日、一人の少女は星へと誓う。

 絶望の未来を変える為に、彼女は闘う事を誓ったのだ。









 ……北斗七星の脇に輝く蒼星は、その彼女の決意に反応するように一度だけ輝きを強めた。










                 後書き




    因みにアンナが前世での南斗拳士の死の映像が見れたのって別にテンプレヒロインだからとかじゃなく正当な理由はあります。

 ネタばれになるから詳しくは言わないけど、アンナは少々矛盾のあるこの世界の鍵を握っています。




 
   まぁ、アンナは主に話術で。ジャギは肉体労働で頑張るのだけどね。





   



[29120] 【巨門編】第四十五話『鳳凰と南十字 託されし子』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/11 22:48



 
      
 時は遡る事乱世の兆しが舞い起こる兆しが見えていた頃。

 御山の一つ、山林や険しい道なりによって守られた一つの場所には人が住み着いている痕跡が見える。

 よくよく其処を観察すれば、正しく忍びの如くその場所には人が健在しており、そして何やら修行を行っていた。

 ……そして、今日もまた彼らは拳法の修行を行う。

 「……×××様! ×××様!」

 何処からか人を呼ぶ声。その声に固まって独自に拳の修行を黙々と行使していた者達は、またかとばかりにそれぞれの感情を顔に出す。

 それは彼らの修行者であり、そして最近では頻繁に一人の人間に対し熱心に拳の授業を受ける為に奔走している。

 「やれやれ、我等が主君は今日も走り回ってるようですな」

 「仕方がないさ。何せ我が君にとって始めての友人と言って良い方だからな」

 この俗世の人々から隠れ修行している者達の最近の噂。一人の異邦の妙齢なる拳士の事に関してが注目を浴びてた。

 何より、それが彼らの王と一度闘い。それからと言うもの交友が段々深まってたから尚更だ。

 だが、それも仕方がなしと考える意見が多い。その王は、色々な事情から括られて自由に友を持てぬ立場だったから……。

 そう、彼らの指導者たる人物に臣下にあたる者達はそれを納得して感想を述べる。

 だが、その中には師たる人物の奇行とも言える行動を遺憾たる思いで苦々しく思ってる者達もいる。

 そう言う者達は梢の影で口々に囁き合う。

 「しかしながら彼の方は最近あの旅人に熱を入れ過ぎではないか? 如何に遠方からの来客とて、あの御仁の振る舞いは頂けん。
 我が主君への口振りには礼儀なし。あの者が如何なる拳の達人であろうとも、我らの帝に対し失礼が過ぎる」

 「声が大きいぞ……なに、あの無礼者の目的は強者との闘いしか目に映っておらん。決して間違うような事は非ずよ」

 反対意見を述べる者達は、これ以上の問題に発展する行為は無い事を祈り、未だ行動起こさず沈静化に成り行きを見守る。

 然しながら、これ以上の何かが起これば。彼らは確実に何らかの行動は起こそうと内に秘めている……。

 自分への肯定と否定が口々に噂されるのを知ってか知らずが、足取り軽くその主君と呼ばれる方は周りを見渡す。

 「そなた、我が朋友を知らぬか?」

 朋友……かなり親しい関係でなければ使わぬ呼称。

 尋ねられた臣下たる拳士は、それ程までにこの方は一度決闘した旅人に惚れ込んでるのかと内心思いつつ冷静に応答する。

 「……あの方ならば南方の丘にいらっしゃるかと」

 「そうか、有難う」

 ……タッタッタッと足早に駆ける彼らの指導者。

 その背中には喜びの気配が満ち足りており、もう少し彼の人の体が軽ければ空へと浮きそうだ。

 それを眺める臣下たる者達の顔は、苦悩、不安、暖かな見守り、嫉妬……多様に千差万別であった。

 やがて、その師は山林を抜けて小高い丘へと出る。

 その指導者の視界に映ったのは少々薄汚れが目立つ服、そして薄着越しに見える屈強な漢の背中。

 瓢箪を片手に持ち、それには酒が入ってるのだろう。男には酒気が漂っている。

 それが自分の友だと知ると、自然に口を上に吊り上げて密林に住まう者達の師たる人物は背中を向けて下界を見る人物に声を掛けた。

 後ろから近づいてきたのだが、その人物は既に相手を足音で理解したのだろう。全く反応すらしない。

 「何をしてらっしゃるのですか? 魏瑞鷹殿」

 ……魏瑞鷹。

 極十字聖拳の創立者。弟子たる乱世が置き始めた時代、白鬼と恐れられた彪白鳳と死鳥鬼と呼ばれた流飛燕を育てた男。

 南斗聖拳とかなり似通いし拳法。宿星は南十字星であり拳の真髄は身と心を血に染め上げて恐怖を消し命を見切るにある。

 北斗神拳を凌駕すべく生まれた拳。その拳を創始した魏瑞鷹は鳳凰拳の指導者と出会い、そして闘った。

 結果は、長年の相棒たる義足が折れての魏瑞鷹の敗北。鳳凰拳たる担い手の指導者は、鉄心と同じく止めを刺す事はせず友になる事を願った。

 そして……今は鳳凰拳の師は暇あれば魏瑞鷹へと話を強請る関係に落ち着いていた。

 「何でぇ、お前さんかい……」

 首を軽く曲げて、魏瑞鷹はそれが最近何度も自分に勝ったのに拳を習いたいと迫ってくる人物だと理解するとそっけなく首を戻す。

 いや、理解してたが無視を決め込もうとしていたと言う方が、この場合は正しい。

 彼は、その王の友好的な態度が正直、若干煩わしかった

 「何をしてらっしゃるのですか?」

 だが、魏瑞鷹の冷たい態度は鳳凰拳の師には慣れたもの。何としてでも彼の拳を吸収したいと笑顔で話しかける。

 魏瑞鷹は南斗の指導者の扱いに困っていた。こっちは鉄心と同じく最悪命を取る為に闘ったと言うのに、ニコニコと邪心なく
 勝った身ながら自分に教えを請う。そのような清純なる身の人間は最近では久しぶりゆえに、彼は少々辟易もしていた。

 「景色を見てたのさ。下界はひでぇ、あちらこちらで米一粒で争いあってやがる……まったくどうしようもねぇ」

 そう、哂う魏瑞鷹の顔には皺が寄ってる。人生に疲れた者の皺だ。

 魏瑞鷹も、もう若くはない。鉄心と闘い二人の弟子を育て上げ、そしてこの地に居る鉄心との闘いをもう一度望み訪れた。

 だが、この地も他の地と同じだ……紛争、欺瞞、様々な人の負の感情と連鎖が舞い起こり、血の飛沫が飛び交っている。

 この世の無常は何時まで経っても終わらんなぁ、と。彼は皮肉も込めて哂いつつ鬱陶しい表情を隠さずに背後に居る人物に告げる。

 「おめぇも酷く変わってるぜ。何でそんなに俺の拳が欲しい? しかも真っ向から願うなんぞ正気じゃねぇ」

 義足が折れ、彼は久しぶりに血が沸騰するように滾る闘いが終えてこのまま死するのも構わぬかと思っていた。

 だが次に彼に土下座するように、鳳凰拳の師は彼へと頼み込んだのだ。魏瑞鷹としては鳩が豆鉄砲でも喰らった気分である。

 しかも拳など自分の幼少では盗み取るのが常だった。何故にこの御仁は如何言う思惑で自分に言うのかも理解が及ばない……。

 「変わってるのは魏瑞鷹殿の方でしょう。闘いが終わればいがみ合いは無し、我らはもう朋友の筈です」

 朋友の拳を盗むのは、礼儀に反します。その言葉に魏瑞鷹は頭痛しそうになりかけた。

 この南斗の長は、良い意味でも悪い意味でも人の善を信頼し過ぎている……完璧なお人よしだ。

 魏瑞鷹は人々の負の面を多く見過ぎてきた。ゆえに南斗の鳳凰拳の伝承者とて彼は人格者たろうと完全な信用など置けぬと
 最初は予想していたのだ。だが……今頃ながら魏瑞鷹は目の前の自分を朋友だと謳う相手のやり辛さを思い知っていた。

 「……本当に変わってらぁ」

 「魏瑞鷹殿には負けます。新しい義足の調子はどうです? その後何処か不備はありませぬか?」

 「あぁ……問題ねぇ」

 魏瑞鷹が視線を下ろす先にあるのは……新しい義足。

 この指導者との闘いの苛烈さによって、あと僅かで勝敗の行方が決まる瞬間に体勢を崩したのは義足の所為である。

 魏瑞鷹は、自分の問題と言う事で気にするなと言った。だが、南斗の師はその言葉を受け入れず強引に彼の新たなる足を新調した。

 今の魏瑞鷹の片足には綺麗に日光に照らされて輝く足が覗いている。当の付けている本人は仏頂面だ。

 「ったく、この足だって余計な世話なんだ。我が腕ならば足一つ無くとも敵に遅れはとらん」

 「それでは私が気にするのです。第一、似合っていますよ」

 「……けっ」

 魏瑞鷹は裏表のない笑顔に毒気も抜かれ鳳凰拳の師を見ぬように視点を移動させる。

 暫し二人とも無言。別にそれでどちらも気が落ち着かなくなる事はない。この二人にとって、互いに一緒に居る事が
 苦に感じる事は無かった。それは、はっきり言えば魏瑞鷹にも、そして傍に居る鳳凰拳の師も同じなのだが、それは知らぬで良い事。

 「……目的の方とは会えましたか?」

 南斗の王たる人物は、そう彼に口にする。何気ない調子で尋ねたのは魏瑞鷹へのせめての配慮だろう。

 そして、王は知っている。もし、会う事適うとして闘っていれば今この場に彼が居ない事を……。

 「あぁ……既に嫁さん貰って幸せそうだったぜ。ったく、仲が宜しくて結構ってもんだ」

 ……既に魏瑞鷹は霞 鉄心に再会していた。

 いや、再会と言う言葉は性格では無いだろう。彼は鉄心の居る情報を掴み、そして遠目で鉄心を確認しただけだ。

 最初、彼は鉄心に奇襲をしてでも自分との闘いを無理強いしようとも考えていた。
 だが、彼が弟子をとり妻と共に仲睦まじく暮らしている様を見ると殺意や闘志も殺がれてしまったのだ。

 魏瑞鷹は決して霞鉄心をあくまでも好敵手と見定めていただけだ。だが、それが弟子をとり、未来を育むものとして
 生きると決意したのでは、それを邪魔する程に性悪ではなし。ゆえに、彼は今のところ南斗の拳客達のところに世話になっている。

 だが、目的なる物が失せた今は。酷く胸の中が冷えたような感じが魏瑞鷹の中に寒さが有る。

 そんな玩具を取り上げられたような子供のような顔つきをしてる魏瑞鷹に、南斗の王は微笑ましそうに顔を眺めている。

 それに気恥ずかしさもあったのだろう。魏瑞鷹は少々罰が悪いのを隠すようにして話を変えた。

 「しかし、こんな場所で自分なんかと喋ってて構わんのか? 最近、吾と話しているのを噂されてるのじゃないか?」

 暗に、これ以上自分と会っても良い事などない……魏瑞鷹なりにそう忠告していたのだ。

 「おめぇさんは数百は居る南斗の拳士達を統べし者だ。それにしちゃあ少々お転婆すぎるってもんだ」

 「そうですかな? 私は、そなたの話が常に新しい風となるゆえに、そのような話題が上ってるなど全く覚えが無かった……」

 本当に初めて聞いたと言う顔をする。天然か、と魏瑞鷹は呆れつつ頭を掻きながら説教するように王へと語る。

 「お前の言葉一つで、やろうと思えばこの小国なんぞ簡単に支配出来る。まぁ、お前さんを見れば有り得ん事は承知よ。
 だが、忘れなさんな。俺見たいな異邦人なんぞ簡単に信用して良い事なんぞ一つもねぇ。簡単に言えばあんたの迷惑ってもんだ」

 そう、如何に自分と接するのが悪影響が長々しく魏瑞鷹は語った。

 「……ふふっ」

 「何が可笑しいんでぃ」

 だが、言葉が終えると同時に魏瑞鷹は王の微笑に顔を顰める。その魏瑞鷹の表情に更に笑みを零しつつ王は告白する。

 「いやっ……そなたが余りにも親身に言ってくれるのでな。ますます惚れ込んだよ、魏瑞鷹」

 「……はっ」

 この王は何を言っても無駄だなぁ。魏瑞鷹は日が下がり夕焼けが照らされる方向へ顔を向けて溜息を吐いた。

 「おめぇさんは、本当に変わりもんだぜ」

 「構わんさ。それに……変わっているも、そう悪くはない」

 ……二人は、暫く日が落ちるのを共に心穏やかに眺めるのだった。





  ・





             ・




     ・




          ・


   ・




        ・





             ・


 ……場面は変わり、現代199×年。

 とは言うものの核は落ちてなく未だ自然は豊かであり、山々の緑が生い茂っている頃である。

 其処に一人の顔に豊かな髭を蓄えている妙齢の男性が立っていた。

 腕を組み、夜の月を見上げる男性の横顔にはありありとした哀愁が漂っている。

 それは近々予想される別離への悲しみの光。死への恐れや恐怖と言った類の表情は全くなく、ただ悲哀だけが満ちていた。

 「……お師さん?」

 「! っ……サウザー、未だ起きてたのか?」

 一人の少年と青年の狭間、体格は大人にほぼ近づいている男の子が妙齢の男性に接近していた。

 本来ならば男性は一流の拳士ゆえに離れた場所でも気配を察せれる筈だった。だが、此処まで接近を許したのは弟子の
 青年の実力が高い事と、そして自分がこれから起こりうる別れを今から憂いていたからだろう。

 慌てて師たる男性は顔を真顔に変えていたが、弟子の方は師の表情の変わり様を目撃していた。

 「何か、不安でもあるのですか? 最近、よく夜に月を眺めているようですが……」

 「……全て知ってたか。なに、大した事ではないのだ……お前も今年で十五の立派な男性になると思うと、喜びもあるが、寂しくてな……」

 それは虚言と真意が混ざり合った発言。師……この場合鳳凰拳オウガイは彼の成長を祝福と同時に幼少時代のように
 素直に彼を高々と持ち上げて成長を祝ってやれぬ事の寂しさも確かに存在していたのだから。

 サウザーはオウガイの嘘を素直に信ずる。それは……愛深きゆえの悲しみなのだろう。

 「……月は、綺麗ですね」

 サウザーはオウガイとの居る時がとても居心地が良い。ゆえに、少しでも何か話しこの空間を維持しようと口を開く。

 確かにサウザーが言うように、今日満天に星空が広がり月が満ちていた。

 「あぁ……我が師も、何時も何か物思いに耽る時は月を見ていた」

 「お師さんの、師ですか……」

 「あぁ。……お前には聞かせた事が無かったかも知れんな……良い機会だ」

 オウガイは、穏やかな気を巡らして息子であり弟子たる者と暫し居たが、厳粛な気配を滲ませて体を向ける。

 サウザーも、その気配を察し組み手の時のように緊迫した気配で相対する。

 「これから、我が南斗鳳凰拳に伝わる話をしよう。……この話だけは決して誰にも明かしてはならん。無論、お前の親しき者にもだ」

 「私の親しき者にもですか? ……解りました」

 親しき者……と言う言葉で一番にジャギや、それに連なる者が浮かんだ。

 だがオウガイがそう言うならば、彼にはそれを拒否する道理なし。素直に頷きオウガイの言葉の続きを待つ。

 オウガイはサウザーの目を見て話しても大丈夫だと確信したのだろう。暫し柔らかな風が流れた後、オウガイは語り始めた。

 「……以前、お前にはジャギやアンナと共に南斗聖拳が異邦の拳士から伝来した拳と総合し始めて鳳凰拳が完成したと言ったな?」

 それに頷くサウザー。オウガイは続けて喋る。

 「実は、アレは上辺だけでしか無い……実は伝来した拳士の名も知られておる。だが、それは極一部の者しか知らぬ」

 オウガイは、何時しか遠くの方を見ながら話し始めた。

 そして、サウザーは一語一句を信じられる物を見る顔つきで、オウガイの話す物語の中に何時しか居るような気持ちで聞き始めるのだった。

 ……その、物語とは。





  ・




            ・



     ・



          ・


   ・



        ・



              ・



 「将、話があります」

 「むっ、……何だ?」

 時は戻る。南斗の鳳凰拳の王と、そして魏瑞鷹が居た頃の時代へと。

 「また鷦鷯(ササキ)拳の者です。『南斗の王に相応しいのは俺だ。さっさと俺に明け渡せ』……と」

 「……またか」

 王は溜息を吐く。鷦鷯拳とはかつての先々々々代、云わば南斗が創立された頃に王を決める時に争った拳法の一つ。

 その時の柵(しがらみ)は未だその拳法の担い手には抜けて無いらしい。常にその代の鳳凰拳の担い手に喧嘩を売っている。

 「忙しいと断ってくれ」

 現状の色々な出来事の処理が忙しい王は、そう手を振って相手をするのを避けようとする。

 側近の臣下は、だが王の命じに涼しい顔で返答する。

 「そう言いました。ですが『おめぇの用事など知るか。勝負をしろ、勝負を』と言って聞きません」

 追い返しましょうか? それとも肉体言語で黙らせましょうか? と平然に少々危ない発言を臣下たる一人は言う。

 王としては。相も変わらず、アノ拳法の使い手達は厄介だなあと額を押さえる。

 勝負は正々堂々。そして、どんなに敗北しても次の日には再度決闘を挑む。関わっていたらキリが無い。

 王は断りたくも、このまま無視し続けたら殴り込みもしそうだと、仕方がなく溜息と同時に告げた。

 「いや……解った、是非もなし。ならば請け負う……」

 「畏まりました」

 そう言って、その臣下は下がる。

 南斗の王は吐息を漏らしつつ天井を睨みつつ、この前来た一つの頭の痛い話題を回想する。

 鷦鷯拳の使い手の決闘の申し込み等より、遥かに頭の痛い問題だ。

 『……南斗の王、これは貴方にも悪い話ではありません。この国と共に蹂躙しようとする輩を打ち倒そうではありませぬか』

 この国の天皇と大臣の使いだと言っていた者。頼み事は南斗の拳士達を戦争の為に行使せよとの発言。

 要するに徴兵の申し出。戦争への参加の要求。

 王は判断しかねていた。平定の為に我ら南斗の拳は使われる為だと思ってきた。

 確かに、自分達の拳は天を守りし拳法。外なる敵から身を守りし為に培ってきた拳である。

 だが……この地の王は悪戯に己の権力を肥大化せんとする為に我らが力を利用としているようにか思えない。

 王は年若いが、それでも愚かで無い。対峙した者の態度や瞳から、悪意や計略を見抜く力は生まれながら備わっていた。

 ……下手をすれば我ら南斗は外国の如何なる武力の前に滅びるかも知れない……それは避けなければならぬ事だ。

 王は懊悩していた。この決断一つ間違えれば南斗の全てが路頭を迷い、そして滅びの道に誘われてしまう。

 戦火が広がり始めた頃の南斗の王は、良くも悪くも情に満ちていた……ゆえに、無血にて広がる道を不可能と知りつつも探したかった。

 「……王」

 頭を抱えて直面している問題を考えていた所為か、臣下が声をかけるまで意識は別の場所へ行っていた。

 我に帰った王はハッとしつつ、罰が悪そうに返事をする。

 「済まぬ、準備は出来たのだな? では……」

 「いえ……それが先程髪はボサボサ、浮浪者のような姿をした男が来て……」

 紡がれた言葉に南斗の王は目を剥いて臣下を見上げる。その内容から連想される人物は一人しか自分は知らない。

 そして、自分の知る者ならば、滅多に自分の居住に出向く事など無かったからだ。

 「そ、その者は!?」

 「それで、鷦鷯拳の方は男を不審者と見受けたのでしょう。挑みかかり、その事をお伝え……」

 「早くソレを言わぬか!!」

 慌てて王は臣下たる拳士の言葉を遮り、脇を強引に抜けて迅速なる動きで外へと飛び出す。

 急ぎ見渡し、そして瞬時にざわざわと人の囲いのある場所を発見し胸弾ませつつ王はその場所へ移動する。

 「魏瑞鷹!! ど……の」

 そこで王は言葉を途切れた。彼の安否を伺う前に、結果が既に眼前に映されていたのだ。

 「おうっ、久しぶりだなぁ帝王よ。生憎あんたの挑戦者、俺が喰っちまった」

 そう言って、魏瑞鷹は特に目立つ傷もなく。健常なる脚の方で誰かを踏みつけ起こさぬようにしつつ豪快な笑みを浮かべる。

 そして、踏みつけられている童程の大きさの男。その男こそ、代々から伝承されし正式なる鷦鷯拳の使い手だった。

 王は心の中で少なからず驚きもあった。鷦鷯拳の使い手は、無傷で倒せる程に弱い筈では無いと経験から知るゆえに……。

 「ぐっ……帥(そち)何者ぞ……」

 少しばかり、胸を地面に強く押し付けられてるからか。

 それとも敗北から発せられる憤怒ゆえか震えつつ言葉が鷦鷯拳の人物から発せられる。瞳の光は強い。

 「俺様の名は魏瑞鷹よ。有難く思え、義足の方で蹴らねば脳天は確実に割れていたところだ」

 そう、魏瑞鷹は挑戦的な笑みで鷦鷯拳の担い手を見下ろす。二人の拳士の視線の火花が一瞬目に見えるほどに強く交差した。

 「だが、まぁ中々の使い手だ。新しい足を貰わなければやられてたかもな」

 そう、素直に相手を認める言葉を魏瑞鷹は放った。

 が、脚を既に背中から退けられた鷦鷯拳の人物はと言うと、体の汚れを払い落としながら屈辱による怒りの滲んだ声で宣言する。

 「……魏瑞鷹、と言ったな。名は覚えた……後日改めて挑もう。次は勝つ」

 口の中に含まれた泥を吐き捨てて、挑戦的に魏瑞鷹を指してから鷦鷯拳の使い手だと言う男は自分の足で堂々と荒々しく去った。
 
 王への挑戦よりも、挑み返り討ちにされた悔恨の方が余程大きかったのだろう。王への挨拶も無しに姿はそのまま森から消えた。

 「おっかねぇ。次やったら負けそうだねぇ」

 「魏瑞鷹殿っ! ……全く無茶は程ほどに、あの御仁は昔は我が先代とも闘い抜いている間柄ゆえ」

 「そうかい、そうかい。道理で手応えが半端ないと思ったんだ……それは置いとき、王よ」

 魏瑞鷹は真顔になると、王に伝える。

 王にとって、衝撃的な言葉を。

 「俺は、もう去るつもりだ。我が故郷へと」

 「……え」

 「此処は居心地が良い。だが、俺の弟子達の事も心配だし……何より俺が長居すりゃ迷惑もあるだろう」

 魏瑞鷹は、そう王へと語る。

 南斗の者達との暮らしは魏瑞鷹からすれば久しく忘れた安息の時だった。

 だが、自分の事を良しとせぬ輩は多い。このまま居れば王にも謂れの無い迷惑が掛かるだろう……それは御免だ。

 自身の性分は闘いの身に投じた者。北斗の拳を知り、そして北斗との闘いに身を投じたのが己。

 「だから、お別れだ。吾は十分にこの地で癒された」

 「……そんな、朋友よ、それは殺生だ。……そなたと別れるのは耐え難い」

 魏瑞鷹は悲痛に耐える王の告白に、ズキリと胸が痛むのを覚える。だが、それを無理に押さえ込み言うのだった。

 「黙れ。この俺は元より根無し草、誰に構わず生きるのがこの俺よ……雲の如く生きる」

 そう魏瑞鷹は背を向ける。別れれば永遠に会えぬ……それは王も魏瑞鷹には理解し得た。

 王とて無理強いし彼を抑えるのは酷だと知っている。それに、彼の故郷は此処では非ず。彼は元より帰る場所は自分と違うのだ。

 ゆえに、一日が過ぎて王は悲嘆に暮れつつ過ごしている時に……それは起きた。



                       
 ……。



 (魏瑞鷹……)

 南斗の王は悲しみに暮れていた。もう数日もすれば生まれて初めてと言って良い朋友は遠き地へと旅立っていく。

 彼は二度と戻って来ぬだろう。そして……二度と彼と共に過ごす事も出来ぬようになる。

 王にとってそれは心の中に穴が出来ると同じだった。強敵(とも)朋友(とも)たる彼は今まで王には無い者だった。

 臣下たる者は大勢居る。だが……彼のように対等に、そして自分を時に揶揄しつつも自らの事を案ずる者は殆ど居なかったから。

 (魏瑞鷹……もう一度そなたに会いたい……そして)

 シュウウウウウン……。

 「……ぬ?」

 突如。

 王の上空から聞こえる風切り音。意識を戻らせた王には、段々とそれが大きくなっていくのが聞こえてきた。

 (これはいっ……!!)

 そして、王は上空を見て目を見開いた。

 それは……爆弾。

 一機の爆撃機から落とされた爆弾。上空二千フィートはあろう所からの爆弾の下降。

 それは正しく……外国からの空襲であった。

 王はそれを確認した瞬間に、体は反射的にすぐさまとるべき防衛反応をしていた。
 一角の大地に隆起した割れ目へと飛び込む。その後に遮蔽物となる物を出して耳と目を塞ぐ。

 王にとって短くも永久に長く感じる時間の最中……直後耳越しの爆音と頭上越しの衝撃が南斗の指導者を襲った。

 グワングワンと耳が鳴る。

 王は頭を起こし、無傷たる体を一瞥して安堵すると周囲を見渡して惨劇に絶句した。

 辺りの木々は焼け焦げ、そして至る所に黒い痕が出来ている。

 先程まで自分の居た場所が焼け野原となっているのを、王は夢最中に半分意識が逃げそうになり、何とか他の皆は
 無事かと言う懸念だけで足を動かしていた……そして、聴覚や意識が半ば麻痺していた王に起こる突然の不慮。

 ……メキ。

 王は気づかなかった。焼けて脆くなっていた一本の太い大樹を。

 ゆえに、王が何やら影が自分に接近しているのを感じた時はそれは迫っていた……自分より大きい木の存在を。

 押しつぶされそうになるまで迫る大樹。そして身を固めてしまった王。

 王は走馬灯を感じた。そして……その走馬灯の最後に最近出会いそして心に温もりを芽生え始めていた魏瑞鷹の顔がちらついた……。





                             

                                  燕舞斬!!!




 
 ……だが、大樹が王を押し潰す事は無かった。

 その触れるか否やの直後、王の視界に映った十字を切り裂きし拳と体全身を包んだ暖かい感触。

 「……こん……馬鹿がっ」

 それは……紛れも無く去ると宣言していた魏瑞鷹の姿。

 王は自分の命が無事な事よりも、彼がその場に居た事に目を疑った。

 「……如何して?」

 「爆撃機が現れたのを見てな。本当なら今日旅たとうと思ったが、おめぇが気になって戻ってきたら案の定よ」

 呆然と、帝王を抱きしめながら魏瑞鷹は呆れるようにして笑った。

 「やっぱ……戻ってきて正解だったな」

 「何で……何で戻ってきたんだ魏瑞鷹!? お前……」





                           「お前……もう一本の足を……!!」




 ……魏瑞鷹の残る左足は大樹の下敷きとなっていた。切断こそないものの、多分骨や神経は悲惨な事になっている。

 彼の拳は確かに王が潰れるのを防いだ。だが、その代わりに彼の拳で大樹が倒れるのを遅らせれても、全てを斬るのは不可能だった。

 それなのに関わらず魏瑞鷹は、痛みなど無いとばかりに笑う。

 「……おめぇの綺麗な顔に傷が付かなけりゃ、俺の残る片足は安かろうよ」

 「!! 魏瑞鷹……」

 ……帝王……いや、『王女』は魏瑞鷹の言葉を聞き涙を浮かべ魏瑞鷹の背中に腕を回す。

 その震え泣きじゃくる娘を見やり、魏瑞鷹はもはや国には戻るには心は余りにこの王に染めすぎたと悟った。





                       





                         ……南斗鳳凰拳伝承者たる『王女』は、魏瑞鷹と結ばれた。






 ・



           ・


    ・




        ・


  ・




        ・




              ・



 

 「……真、なのですか?」

 呆然としつつ、サウザーはオウガイの話に驚愕を隠せぬままに返答する。

 完成されし鳳凰拳の始祖が女性であった事も含め、異邦の拳士と結ばれた事も俄かには信じられぬゆえに……。

 オウガイは、そのサウザーの心情を大いに理解出来た。

 「そうだ、先代に聞かされた時の私もお前と同じように驚愕したものだ。……だが、事実」

 「では、お師さんはその血を受け継いでいるのですねっ。凄い……」

 そう、サウザーは感嘆の表情でオウガイを見る。その尊敬や敬愛を改めて深めたサウザーの顔つきに、オウガイは優しく言った。

 「……逆だ、サウザー」

 「え?」

 「……お前が、そうなのだ。お前こそ、その魏瑞鷹と鳳凰拳の女王の血を受け継ぎしものなのだよ」

 ……サウザーは、絶句した。

 オウガイは、吐息を出し月を見上げる。

 長い間に秘密を隠し続けてきた彼。それも……今ようやく開放されたと思い、そして……後少しで自分の命も終わるのだと。

 『オウガイ……我が弟子よ』

 『これは我等鳳凰拳に伝来し物語り。私はもうすぐ戦局へと赴く……解るのだ、そこで私は死ぬだろうと』

 『だから、これを次の我が魂の受け継ぎし者へと伝えてくれ……そして、鳳凰拳を……』

 目を瞑るオウガイの脳裏には、様々にかつての師との日々が思い浮かび、消えていた。

 「お師さんっ、一体それは如何いう事ですか!? 俺が鳳凰拳と異邦の拳士の子孫とは一体……っ」

 息子であり、弟子たる彼が訴える。

 オウガイは、月を見上げるのを止めると、再度物語りを話し始めた。





 「……そして、異邦の拳士と南斗の鳳凰拳の女王は愛し合う事になった……だが、それを南斗の全ては許容せなんだ……」





   

 ・



            ・


    ・



         ・



   ・



        
        ・





              ・




 魏瑞鷹と南斗の鳳凰拳の女王が結ばれる事が発覚した時、南斗中の拳士達は騒然となった。

 それは当然だったであろう。歳も優に三十は離れている事もあれば、異邦の拳士は何処ぞとも知れぬ身分の者。

 王に釣り合うたる皇族ならば未だ南斗の拳士達は納得出来た。だが……それが魏瑞鷹である事がその事件を生んだのだろう。



 ……。



 ……一人の女性が居る。

 その女性はゆったりとした和服を纏い、優しげな母の顔つきで腹を撫でていた。

 大きく膨らんだ腹には赤子が確かに存在するのが見える。其処に近づく一人の男……髭もじゃで山賊とも見違う容姿だ。

 「……加減はどうだ?」

 「ええ、『貴方』。さっきは大人しかったけど、貴方が来たからお腹の中で蹴ってるわ」

 お父さんの事が好きなのねぇ。そう、カラカラと笑う女性を見て、優しげな顔つきで山賊のような風貌の男は腹を撫でる。

 「……医者の話では女子だとな」

 「えぇ……男の子が良かった?」

 「ふんっ、お前と赤子さえ産まれた時に一緒に元気ならば文句は言わぬ」

 そう胸を張って宣言する魏瑞鷹の顔は既に父親としての顔つきと言って良い。クスクスと、鳳凰拳の担い手は女の顔で笑う。

 「……まさか、この歳で父とはな」

 産まれてきたらお爺ちゃんと言われるのでないか? そう困り顔を真面目に浮かべるのが、北斗神拳の担い手であり。
 そして北斗神拳を打倒すべく新たなる拳を生み出した極十字聖拳始祖の者とは他者は夢にも思わぬだろう。

 穏やかに女性は魏瑞鷹の言葉に笑う。笑うなと叱咤しても、更に笑ってしまう鳳凰拳の女王に魏瑞鷹は形無しである。

 痺れを切らして彼は妻である相手に接吻で笑い声を塞ぐ。目を閉じ全てを受け入れる女性……それは何処にでもある幸せな夫婦の光景だった。




 ……だが、それも長くは続かなかった。



 ドタドタと激しく踏みしめる足音。その只ならぬ気配に魏瑞鷹は拳士の顔になると妻を背に立つ。

 扉を開ける音、それと同時に現れたのは息を切らせ体から血を流す鳳凰拳女王に仕える臣下の一人だった。

 「何事だっ」

 「しょ、将! ……た、大変で……っす」

 必死で走り駆けつけてきたのが解る程に、将の前に駆けつけた臣下は二人が無事な様子を見て力が抜けたように崩れ落ち膝をつく。

 「如何したんだっ、話せ……っ」

 「……って、敵襲……が」

 臣下の体はぼろぼろだった。将と、その夫なる人物に何としてでも伝えるべく意識を保っていたが、それも限界に近い。

 だが、起きた大事を何としても伝えなくてはいけない。南斗の拳士として、使命に忠実なる拳士は搾り出すように伝える。

 「敵襲だと!? ……敵は! 何人だ!」

 それを何とか秘孔を使い魏瑞鷹は彼の意識を保たせつつ問う。

 秘孔の効果は絶大だった。彼は今にも気絶しかけ、消えかけた瞳の光は強まり彼の顔に生気が満ちる。

 崩れ付いていた膝を戻し立ち上がると、彼は慌てて本来の力を取り戻すと口早に伝えた。

 「敵は……南斗の拳士達!! 数はおよそ二百です!」

 その言葉に、魏瑞鷹は目を見開き、そして覚悟した顔つきと共に瞼を閉じる。

 恐れていた事が起きた……唇は微かにそう動いていた。

 「……貴方」

 「お前は逃げろ。……安心しろ、足も既に完治している」

 身篭りの妻を臣下へと預け彼は戦場へと踊り出る。

 その場には幾多の死者。上空を舞うように忍びのように影から躍り出る刺客を一瞥しつつ、今や一人の王となった男は拳を構える。

 中には自分と共に闘う事を選んでくれた者達に感謝をしながら……彼の闘気は噴火するように滾った。

 魏瑞鷹には解っていた。

 自分は本来北斗の拳を担っていた者。今は南斗に奇しくも所縁ある拳を行使するが、本来南斗と北斗は相容れぬのだ。

 それが……自分が訪れ、鳳凰拳の担い手である彼女を娶った事により内乱が勃発してしまった。

 正に……『南斗乱れし時、北斗現る』

 「戦局は我等の劣勢です! このままでは此処も危険です! 陛下だけでも……」

 「我は逃げんぞ」

 味方する南斗の臣下に言葉少なく彼は……魏瑞鷹は言った。

 「これは全て我が起こした事、だが、我後悔せず。今は我が友であり、そして我が仲間であろうとも」

 魏瑞鷹は……戦場に立ちつつ大きく裂けるように哂った。

 「我……かつては北斗たり。来たれ鳥達よ」


 そして……魏瑞鷹は両手を開いた。




                             「我。愛を守りし為に修羅と化さん」







  ・




           ・



     ・




         ・


   ・




         ・




              ・



 
 「……こうして、異邦の拳士と南斗の不穏分子は激突した。それはもう天空が血に染める程に苛烈なる闘いだったと言う」

 「け……結果は?」

 喉を鳴らし、サウザーはオウガイの続きを待った。

 「それは、解らん。……だが、今こうして南斗が受け継がれているのを見れば予想もある程度は付く……異邦の拳士がその後
 鳳凰拳の担い手であり妻である女王と共にどうなったかは知らぬ。その戦の元凶となったのを後悔し何処かに去ったとも噂されてるし、
 またはその苛烈な戦いで死んだともな。だが……私は仲睦まじく生涯を共にしたいと思いたいものだ」

 オウガイは吐息を付いて物語を締めくくる。

 「そして……その戦いで生き残り、そして異邦の拳士と鳳凰拳の味方となったのはおよそ100派……今の108派の名残だ」

 オウガイは遠くへ目線を向ける。今語るように、自分の師に聞かされた時もオウガイの師は視線を遠くへ向けていた。

 「……そして戦は終了した後、南斗聖拳の基盤は完成した。彼らの子が産み落とされると、異邦の拳と女王たる鳳凰の担い手の
 落とし子は普通の子として育てられた。そして……何時か新しく鳳凰と異邦の血を受け継ぐ者が産まれるのを待ち続けたのだ」

 「……それが、お前なのだよ、サウザー。お前の内臓逆位のその体……それこそ鳳凰拳の女王の体と……全く同じなのだ」










 ……こうして、オウガイの話す物語はその日終わった。

 だが、オウガイもまた全部を口にはしなかった事がある。それは鳳凰と南十字の拳士の子の話。

 ……戦が終了した後、鳳凰拳の担い手である女王は生き残りし臣下達へと告げた。





 『同士達よ。我が夫と我が子を元に産まれた傷を我等は決して忘れてはならない』

 『これより、我が夫の拳は表に出る事は無い。二度と、我等の愛の為に争いあうような事があってはならぬからだ。
 だが、我が夫が私と南斗の為に振るった想いを、私は南斗の拳と共に永遠に遺したい。それが鳳凰拳の帝王として、妻としての義務だ』

 『やがて、平定を収める王は生まれる。その時、二度と私と夫の時に起きた悲劇が再来せぬよう、この言葉を後世に残そう!』






                              『南斗乱れし時……北斗現る』





 ……帝王の言葉に、誰もが膝を曲げ頭を下げた。

 南斗の為に戦い抜いた魏瑞鷹を称え、その拳は 分かれた。

 一つは身も心も血に染め上げて恐怖を消し去る拳の真髄を『紅鶴拳』として。

 一つは極十字聖拳の真髄たる見切りの奥義を『白鷺拳』へと受け継ぎ。

 一つは極十字聖拳の宿命たる『南十字星』。南極に星なき孤独で闇を迷い守りし者を探す業を『孤鷲拳』として。

 一つは魏瑞鷹の拳と鳳凰拳の女王の拳が融合し『水鳥拳』が生まれた……。

 そして……極十字聖拳は幾重にも別れ受け継がれ……そして王の帰還を誰もが待ち望んだのだ。





                               皆……王の帰還を。
 









                後書き



     

     これでもし哲夫先生に訴えられても後悔は一片の喰い無し。



     我ながらこれでも上手く原作サウザーの言葉を消化したと思ってる。うん、自己満足だけどね。



     

     ……うん






[29120] 【巨門編】第四十六話『鳳凰救出計画と作戦決行』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/02/05 21:03
 その日、ジャギとアンナはサウザーと対話していた。

 最近ではサウザーは鳥影山に良く訪れる。多分オウガイ師は継承儀式の内容に関してサウザーと一緒に居れば見抜かれる
 恐れを考えての事だと二人は内心確信している。そして、日が経つにつれ彼らもサウザーと対峙していると同様が走るのだった。

 「……おい、ジャギ……アンナ」

 「うん、如何したサウザー?」

 「うんっ? 何サウザー?」

 異口同音に不自然な笑顔を向ける二人。それに呆れた顔と目つきでサウザーは二人を交互に眺めつつ呟く。

 「お前達、何か俺に隠し事しているだろう」

 そう言われて、内心動揺しつつ彼らは笑顔を崩さない。

 「べ、別に何も隠してねぇよ。なぁアンナ?」

 「う、うん。別に何もないよねぇジャギ?」

 (嘘が下手過ぎる……)

 サウザーはどう考えても視線をさ迷わせた二人に指摘するべきか迷った。

 だが、この二人は自分にとって良き友人である。優しいサウザーは深く追求するのは酷かと考え話題を変える。

 「修行はどうだ? 北斗神拳も最近では一通り技は学んだのだろう?」

 「あ、いや俺あんま才能ないからさ。覚えてでも完璧に極めてるのって一つ位だからな……」

 そう頭を掻くジャギに、サウザーは激励をする。

 「一つだけでも大した物だろう。お前が常に努力している事はリュウケン師も知っていよう。諦めなければ伝承者も夢では無いさ」

 「そう言ってくれりゃ俺もやる気は湧くねぇ」

 ジャギが真っ当に笑ったのを見てサウザーは安心する。そして、次にアンナにも激励する。

 「アンナも一つ技を得たのだろう? ならばその拳は昇華出来る。お前もジャギと同じく努力家だと知ってるからな」

 「う、うん有難う」

 「礼を言われる事じゃない。お前等が居て本当に感謝している……」

 サウザーは上空を見上げて呟く。

 「……何せ、俺は本来お前等に出会わなければ鳥影山で友を作る事とて出来なかった。いや、下手すれば六聖拳の他の者とも……」

 その呟きの途中、サウザーを見かけてジャギも知る数人の拳士達が名を呼んで手を振る。
 
 それにサウザーも手を振り返し、話を戻す。

 「……あの冬の日、お前等が俺を友だと宣言してくれたからこそ今の俺が居る」

 「別に、俺達は大した事してねぇよ。全部サウザーの実力だろ?」

 「いや……改めて礼を言いたい気分になったんだ。何せ俺は半月程で十五……昔ならば元服で大人の歳だ」

 夕暮れが近づいている。サウザーは立ち上がりつつジャギ達に朗らかに笑い掛けて宣言する。
 
 「……今まで余りお前達の介助も出来なかったが……鳳凰拳を継承し一人前になったら今のお前達の悩みも含めて俺が助けてやる」

 「今の悩みが何か知らんが……何時でも俺を頼れよ」

 そう言って、立ち去るサウザーの背中は未来を知る者には余りに切ない程頼もしく。

 ジャギとアンナはどちらとも複雑な顔して見送るのだった。




  ・



           ・


    ・



        ・



   ・


        ・




              ・



 場所、リーダーの酒場。

 ある程度修復が終わり、警備及び品出しに忙しいリーダーは今日もシドリを連れて何処かに出ている。

 店はクローズとなっており、店内にはジャギとアンナ、及びリュウとゲレしか居ない。

 だが、今の空気は重苦しく淀んでいた。

 どちらとも溜息を吐きそうな雰囲気。二人はぼうっとしつつ自分達のペットを撫でながら考え込んでいる。

 どちらもサウザーの運命が迫るのに、継承儀式に対する対策が殆ど考え付いていない。

 ジャギは懊悩し、アンナは夢の内容を思い返し黙り込んでいる。

 空気が汚れているような嫌な空間にゲレもリュウも少々煩わしそうな顔で一瞬鳴いた。アンナは少々考え込んでからジャギに言う。

 「……ねぇ、ジャギ」

 「うん……?」

 「私……最近夢見たんだけど」

 「夢ってどんな?」

 上の空で返事をするジャギに、少々間を置いてから意を決しアンナは告白する。

 「……大人になっているサウザーが南斗の拳士達を虐殺している夢」

 その言葉に、ジャギは目を見開き横になっていた体を起こしてアンナを見る。

 強い視線が注がれているのを身ながら、アンナは壁の方に視線を向けて続きを言った。

 「その夢の中じゃ、私の知ってる友達が全員大人になって地下見たいな場所で死んでた。……残ってるのはセグロにハマ」

 「その二人も傷だらけで……ハマを守るようにセグロがサウザーと激突しようとしているところで夢は終わった」

 「……そう、か」

 ジャギは、アンナの言葉を聞き終えると沈黙する。

 ……静寂だけが流れる。

 アンナはその静寂が怖かった。何しろ、今の内容だけで彼は全部知り得るかも知れない。

 次にジャギが話す言葉をアンナは身構えて待ち受ける。

 もしかしたら自分と同じように別の世界から来たのか? と言われるかも知れない。

 何でそんな漫画の知識を知っている? 或いは予知夢を見れるのか? と聞かされウかも知れない

 だが……多分自分が一番聞きたくない言葉は。

 『お前は……アンナじゃないのか?』

 そう、聞かれる事だ……。

 アンナは審判の時をじっと身を縮めて待つ。ゲレはそんなアンナの空気を感じ取り心配そうに見上げている。

 ジャギは暫し虚空を睨んでいた。そして立ち上がり全身の間接を鳴らす。

 「……それじゃあ、サウザーを助けねぇとな。作戦会議だ」

 「え?」

 何を言うかと思えば、サウザーを助ける為の計画。

 アンナは拍子抜けと共に、焦った様子でジャギへと訴える。

 「……な、何も聞かなくて良いの?」

 「うん? 何が?」

 「だ、だって私……そんな夢を見て」

 「別に……俺はアンナが嘘を付いたなんて思ってねぇぞ?」

 「そうじゃなくて!」

 力強く言われた声に、ジャギは一瞬目を大きくしてからアンナの表情から言いたい事を察する。

 「……いや、別に聞かなくて良いわ。……俺も、色々とアンナに秘密にしてる事あるし。アンナだって聞かれたくないだろ?」

 「……それは」

 閉口するアンナ。それは紛れもなく肯定の返事だ。

 「なら、今は良い。……何時かアンナが言いたくなったら聞いて、俺も秘密を話す」

 「それで……今は良いんじゃねぇか?」

 そう、ジャギは苦笑いに似た笑みでアンナに妥協案とも言う言葉を出す。

 今の夢の話を聞いて、ジャギがアンナの正体に関し多少疑問を抱いたのは否定は出来ない。

 だからと言って……『彼』はアンナが話したくない事を無理やりこじ開けるような真似だけはしたくなかった。

 「……うんっ!」

 アンナは、その言葉に暫し顔を俯かせ考え込んでから顔を上げて笑顔で返事する。

 「うっし! それじゃあどうするか考えるぜ! アンナ!!」

 「うん! 頑張ろう!! ジャギ!!」

 そう、一緒に握手しつつジャギとアンナは未来を変える為に協力し合う事を決めたのだった。




  ・



            ・



    ・



        ・



  ・


       ・



           ・


 一人の金色の美丈夫とも言える少年が腕を組んで丘の上に立っている。

 この前の怪我はもう癒えている。それも南斗聖拳の鍛えたお蔭と、サキの厚い看護と思って構わない。

 後者に関してはジャギにかなりからかわれたが……その時更なる傷を増やしジャギと共に怒られたのは言うまでもない。

 そんな彼は悩んでいた。先程忙しそうに走り回っている様子の一組の男女に。

 それは彼の友人達。そして変てこな頼み事に関してだ。

 『……頼むシン! ×月×日の天候が雨になりそうな時間に、俺が指示した場所を見張ってくんねぇかな!?』

 『うん! 私からも頼むよシン! 報酬として私のポケットマネー出すから!!』

 そんな感じで必死に頼んで来た自分の親友達。振り返って回想してもどうにも焦った様子だった。

 「……一体その日何があるんだ?」

 彼は誰も居らずも気になり独り言を呟く。

 要領を得ぬ会話。されど、友の頼みを方っておける程にシンも冷たくはない。

 かと言ってその内容を鵜呑みにしてほいほいと従うのも馬鹿げている……シンとしてはどうすれば良いのか考えあぐねていた。

 「……ふむ」

 丘を飛び降り、彼は道なりに沿って歩きつつ思考を深める。

 ジャギやアンナが自分に隠して何かをしようとしている事は明らか……だが、一体何故そうするのか?

 考えても考えても埒が明かない。先程シンが詳しい内容を教えて貰おうと、そう伝えたら……。

 『悪い……お前を巻き込みたくねぇんだ』
 
 『御免、シン……こればっかりは駄目なの』

 「……あそこまで首を突っ込みたくなる返事も無いな」

 申し訳なさそうに、迷惑掛けたくないと拒絶の返答をしたジャギとアンナ。

 あそこまで詳しい話を知りたくなる態度もない。と言うか態とだったら相当の演技派だ。すぐにその筋のプロになれるだろう。

 「……どうせ、また人助けなんだろうな」

 ジャギとアンナは、ユリアを始め色々な事に首を突っ込んではトラブルを解決しようとした事はシンは知っている。

 ユリアの笑顔を救ったアンナ。そして自分が両親の死により絶望してたのを救ってくれたジャギ。

 鳥影山でもほぼ無関係なシュウすら助けた。顔に似合わずあいつは見方すら変えたら聖人紛いの事をやってる気がする。

 「……如何するかな」

  その時だ、彼にとって久しぶりとも言って良い人物との邂逅は

 「何をブツブツ道中の真ん中で貴様は呟いている。シン」

 前からした声にシンは視線を上げる。其処に居たのは屈強な鋼のような腕、そして獅子のような顔つきと赤い髪。

 武者の如く激しい気性の見える顔つきの男が、シンへと睨みつけるように腕組みして仁王立ちしていた。

 「! ……ジュガイ! 何だ、随分久しぶりだぞ。……鳥影山に戻って来たのか?」

 彼が最近では鳥影山で修行するのも退屈と称し外へ繰り出してたのを知っている。シンの師でもあるフウゲンはそれも
 彼の良い経験になるだろうと黙認したゆえにシンも何も言わず別れの言葉もなく彼とは疎遠だった。

 そんな彼が今になって何故? そう思ってるとジュガイは口を開く。
 
 「何、少々俗世の町を歩き道場やぶり紛いの事をな……自分の腕が更に高まったのを感じたぞ」

 フッ、と笑みを浮かべジュガイはシンへ挑戦的な視線を向ける。

 その視線でシンは悟った。外で他の拳法家に次々と挑戦し、そして連勝した彼は今の自分と決着付けたいのだと。

 「……俺は、今お前と争う気は無いぞ」

 「構わん。いずれ貴様とは伝承者を決める時にでも決着は付くだろう……それはそれとして」

 ジュガイは、憮然とした顔つきに変わり話題を変えた。

 「あのお前と何時もカルガモの如く一緒に居た二人……行き成り俺に変梃りんな頼みをしたのだが、心当たりあるか?」

 「……お前にまであいつ等頼んだのか」

 一体全体、本当にその日何があるんだ?

 シンが頭を抱えているのを見て、ジュガイもシンに聞いても無駄だと知ったのだろう。背を向けて立ち去ろうとする。

 「なぁ、ジュガイ。お前、ジャギの頼みを引き受けるのか?」

 「うん? ……そうだな……別に引き受けてやらんでも無い」

 意外にも肯定に近い返事。意外だとばかりのシンに、ジュガイは獰猛な笑みを浮かべて喋る。

 「聞いてないのか? どうやらその山中で手ごわい輩が出るらしいからな。あの女子に強い奴が現れるか? と聞いたら頷いたぞ」

 まぁ、今の俺に適う輩など師を除けば滅多に居ぬわ。と言って立ち去ったジュガいを見てシンは小さく唸った。

 手強い敵……山中の見張り……。

 どうやら思った以上に厄介な事が起こるらしい。ならば、その渦中に二人だけで中心へと挑もうとしている二人はどれ程大変なのだろう。

 この前、手当てをされてた時にサキと会話した言葉が何故か頭に浮かぶ。

 『……全く! シン様は無茶をし過ぎです。良いですか!? 私の為にそこまで大怪我をするなんて真似絶対にしないで下さい』

 そう、ユリアの侍従である彼女は精一杯の怒った表情で自分に説教したものだ。

 まるで昔、母が居た頃のような説教に少々懐かしさを感じつつシンはこう返事を返した筈だった。

 『済まん……だが、俺はまた同じ事があればきっと同じようにする』

 『シン様っ!』

 『いや……何故ならば俺は南斗拳士を再び目指すと決意した時決めたのだ』




                    『きっと……二度と俺の大切な者と、その周りの絆を壊さぬよう守るとな』



 そう、宣言したシンに。サキは一瞬呆然としてから仕方が無いと言わんばかりの笑みでこう返したものだ。

 『……シン様って、本当っっに……損な性分ですわね』

 


 





 「……はぁ、本当に」

 シンは、苦笑を浮かべて未だ明るい空へ向けて一人ごちた。

 「そうだな……本当に損な性分だよ」




 ・



         ・


   ・



       ・



  ・




      ・





           ・




 その日、一人の十人中九人は男性ですら彼の魅力さに関し納得するしかない少年は悩み顔で歩いていた。

 それと言うのも理由は二人の少年と少女の頼み事。その不可解とも言える話に彼は首を傾げるしかない。

 来れなければ構わぬ。でも出来れば助けに来てくれたら嬉しい。

 そんな放っておく事が出来なさそうな言い方をされたら気になって仕方がないと言うのがレイの心情である。

 「おっ、レイこんな所で会うとは百年目!」

 その時、聞き覚えがある声にかれは疲れた表情を出して鳥影山では良く喧嘩なのか漫才なのか解らぬ闘いを挑む少年に口を開く。

 「……セグロか。今は俺はお前と遊ぶ気分じゃないんだが」

 「誰が遊びだっ、何時も俺は本気だわい……って、それは今はいいや。ジャギとアンナ知らねぇ?」

 「……何故だ?」

 「いや、あいつ達の話がどうにも歯に物が詰まったように気になってよぉ……けど何かはぐらかされそうだしなぁ……」

 上手く変化球で聞けねぇかなぁ。と呟くセグロに、こいつも同じ事で悩んでるのか……とレイは溜息を吐く。

 「……あいつ、他の知り合い全員に頼む気かな?」

 「って、レイも同じ事頼まれたのかよ? ……何なんだろうな一体。すげぇ陰謀が渦巻いている予感がすんだけどさ」

 「そこまで大した事は無いだろ」

 馬鹿にするようにレイは笑うが、まさか南斗の未来を左右する事とは露知らず。今回は目の前のナンパ少年の言葉が正しい。

 「まぁ、とりあえず参加は決定だろ。レイがぼやぼやしてる間に、俺は世間でも注目されるヒーローとして人気者になるぜ?」

 「そんな事は金輪際無いから安心しろ。……で、これから修行か?」

 「……まぁ、俺もうちょい捜すぜ」

 「うん、そうか……って、おい。そっちはさっき会ったのと反対方向……って、行ってしまったか」

 声を掛ける前に文字通り木々に跳躍して飛び去った彼を呆れ眼で見送りつつレイは歩く。

 その後、彼にとってまた見覚えのある少年と出会う。

 「……ん? あぁレイか。セグロは?」

 「ジャギとアンナの反対方向だな。……お前も頼みをされたのか?」

 「おう」

 一体何が行われるんだ? とレイは額を掻く。

 キタタキはそんなレイを一瞥し、彼の脇を素通りする。レイは何となく彼へと話しかける。

 「お前は、どう思う? あの二人の話を」

 「うん? ……まぁ、あの二人が何かでかい事に首突っ込んでそうなのは確かだな。……てか、あの二人トラブルの中心地帯っぽいし」

 俺、あんま面倒なの苦手なんだよなぁ。と、キタタキは本当に面倒そうな口振りでブツブツ二人の愚痴を言う。

 「では、その頼みは聞かないつもりか?」

 「……う~ん。何でか解らんけど、あの二人どうにも放っておけねぇし……セグロも含めて俺の信用度では一応上位だし……」

 この変わり者の少年の言葉は回りくどいが、とりあえず要約すると二人の事を信用していると言う意味合いで良いのだろう。

 「なら、セグロと同じか」

 「あぁ、あいつも? ……まぁ、しゃあねぇよな。ジャギにはこの前ポーカーで確か負けちまったし」

 借り今回ので返済にして貰おう。と、キタタキはちゃっかり自分の得にもなるよう行動しセグロを追いかける。

 もう、こうなると次の奴は決まってそうだな……と考えると、案の上彼にとって馴染みある三人組の一人が出現した。

 「イスカ、キタタキとセグロならあっちの方角へ行ったぞ?」

 「ってレイ、何で僕の考えている事解ったの!? ……あぁ、君も二人に会ったのか」

 何時もながら迷惑掛けるよ。と、軽く頭を下げる少年を見ると、何故この優男で口下手でどうにも少し苛々する人物が
 あの周囲に(主に女子等に)迷惑振り回す二人と一緒に居るのが不思議で堪らないと思う。

 「お前も、ジャギとアンナから頼みをされてるのは予想付いている。……行くのか?」

 単刀直入。彼の問いにイスカは少々考える素振り……もなく応答した。

 「あぁ、彼らは友人だし」

 「……お人よし過ぎないか? 何かも解らぬ内容だぞ?」

 「言いたくない事なら、無理に聞き出されたら誰だって嫌だよ。それに……ジャギとアンナには色々感謝してるんだ」

 「感謝……?」

 「うん……だって」

 (彼らは……僕に彼女と引き合わせる機会を作ってくれた)

 その心の声だけは言葉にせず。イスカは口を閉じ曖昧に笑いつつ次で言葉を終える。

 「色々と……まぁ感謝する事があるんだよ」

 その言葉に、イスカは考えるように暫しイスカを見つめる。

 義により彼らの内容を聞かず協力する……それもまた友人としては当然なのかも知れない。

 「そう言うものか……イスカ」

 「何? レイ」

 「……お前、何時もそう言う風に言いたい事をちゃんと話せ。それなら俺も苛立たないんだ」

 その言葉に、イスカは少々目を見開きレイを見てから、吹っ切れたように笑い頷いた。

 「うんっ、じゃあまたねレイ!」

 「あぁ……」

 手を振り、彼は三人目を見送る。

 そろそろ二人の頼み事に決意を固められそうになった時、彼は自分にとって親友である者と、その弟子に遭遇した。

 「……シュウ」

 「おっレイか……うむ、その様子だとどうやら修行は順調そうだな」
 
 「レイ兄様! こっ、こんにちわです!」

 穏やかに自分と会って評価するシュウと、何故か緊張しながら手を上げて挨拶するカレン。

 そんな二人を交互に見やり、レイは呟く。

 「……もしや、二人もジャギとアンナから」

 その言葉に、二人の表情が変わるのを見て(やはりか……)と、彼はジャギとアンナのする事に対し夜も眠れなくなりそうに感じ始める。

 「何だ、レイにもか。……あの二人の言う頼みには私達も首を傾げているのだ」

 「そうなんですよレイ兄様! 御姉さまとジャギってば、変梃りんな事言ってきて。ですから今レイ兄様に相談しようと……」
 
 「カレン……今考えた嘘は止めなさい」

 呆れてシュウはカレンを諌めると同時に、レイへと伝える。

 「……どう思う?」

 それは、南斗伝承者として顔付き。最近になってどんどん師と同じく頼もしい顔になったものだと友人に対して思いつつ考えを述べる。

 「何か、でかい事に首を突っ込もうとしてるとは俺も思っている」

 「左様だろうな。……あの二人が私とティフーヌ殿の出会わせてくれたとダンゼン様から聞いてるしな」

 私も、出来る限り手助けはしたいとは思ってるのだ……と、シュウは未だ若々しい黒髪を掻きつつ答えた。

 その言葉にレイは曖昧な声と共に頷く。彼が最近一人の女性にゾッコンである事は南斗拳士ならば周知の事実。

 他の者ならば盛大にからかわれるだろうが、シュウはその人格の良さから全員が暖かく見守っている。レイも含めて。

 「今度紹介しよう、お前にも」

 「あぁ、楽しみだ」

 「……あっ。そう言えば師匠~?」

 その時だ、カレンは思い出したようにニヤニヤとしてシュウへと言う。

 「むっ? 何だそんな変な声色を出して……」

 「忘れてませんよねぇ~? ……鳥影山逆立ち一周」

 「!!?」

 その言葉に、シュウは何時かの時にカレンが軽い恋煩いになってた時に安請け合いで約束したのを思い出した。

 焦るシュウ。それにカレンは面白そうなのを隠さずに詰め寄る。

 「約束は守るべきだって……いっつも師匠は言ってますもんねぇ~?」

 「い、いや待てカレン!? わ、私とティフーヌ殿は未だ清い交際と共に付き合っているのであり、結婚などは無い訳で……!」

 「まったまたぁ。なら結婚しないつもりですかぁ~?」

 「うっ……! いや……だから!」

 (……これはとても相談出来そうにないな)

 カレンに揶揄され、たじたじなシュウを見てもうジャギとアンナの話を持ちかける雰囲気では無いと彼は場を後にする。

 (……だが、それにしても全員が全員ジャギとアンナに協力する気か……)

 自分はジャギとアンナに出会ったのは鳥影山で、多分親友と言うには浅く、ただの友人と言うには少々付き合いは深いと思う。

 だが、それだけであり彼個人はジャギにそこまで入れ込むような理由が無い。アイリをかどわすとかそう言った類ならば八つ裂き
 にするこそすれ、彼自身が自分の大切な人物に対し何がした事も無いゆえに彼としてはジャギには私怨は無い。

 ……まぁ原作では彼がジャギに対して言葉には言い表せぬ憎悪が有り過ぎるのだが。

 「……ふむ」

 空を見上げる。未だ日差しは高い。

 「……あいつの口車に乗るのも、一興か」

 友人として、一回はあいつの為に協力するのも悪くないだろう。そして……他の調子に乗りやすい知人達も心配だ。

 レイは、もう悩んだ顔をせず晴れやかに自分の修行場へと戻るのだった。





  ・




            ・


     ・



          ・



   ・




        ・



             ・


 ハマは少し考え込んでいた。

 それはアンナから必死な様子で頼み込まれた内容について。追求しても頭を下げて深く聞かぬように言われた。

 言いたい事だけ言って逃げられたような消化不良な気分。アンナはその準備の為か、その彼女の定める決行日まで
 どうやら鳥影山には来ないと宣言された。その決行日に目立つ印を掲げると言われたが……何処まで信頼して良いのやら。

 「……と言うか、何をする気なのよあの娘は」

 先程カガリとシンラが尋ねてアンナの言う頼みの内容を詳しく教えてくれないか? と聞かれた。

 思えば南斗阿比拳のハシジロやら百舌拳のチゴ。

 丹頂拳のヨハネやら、他の普段余り馴染み覚えが低い者まで私がアンナと同じ寮だからと言う理由で尋ねに来た。

 『一体その日何があるんだ?』……と。

 「一気に人気者ねぇ」

 「殴るわよ?」

 完全に傍目自分が受け答えするのを楽しんでいる様子でおっぱいお化けな友人は声を掛けてくる。

 「あんただってアンナに頼まれたんでしょ?」

 「まぁね。けどまぁ、私は一回デートしてくれたら良いんだけどねぇ」

 「それに、アンナ素直に頷いてるしねぇ。止めなよ? 痛い気な純情な女の子にちょっかいかけるのは」

 「あの子、同い年なのに意外と初心だからねぇ。楽しいのよ、反応が」

 そう言って一頻りキマユは笑う。だが、笑い終えると艶っぽい顔付きで、こう言葉を纏めた。

 「……一緒に居て楽しくて放っておけないからこそ……力になりたいって思うのよ」

 そう言い終えてお休みと言うキマユに、ハマは未だもう少し外で修行に精を出しつつ考えに耽る。

 自分にとってキマユの次に気心知れた二番目の友人。言いたい事を言い合って彼女とは親友だと言えると思う。

 だからこそ、秘密を抱えて頼み込むのを見ると。放っておけないのと同時に、秘密を隠す彼女に苛つきもする。

 実際アンナが頼んだ後しつこく自分は追及して、謝り倒す彼女にきつい調子で『それじゃあもう良い』と冷たく突き放してしまった。

 だからこそ今のハマは少々心の不安定さと同時に、その決行日とやらの正体も気になっているのだ。

 「……そう言えば、アンナと喧嘩したのって何度目?」

 ……時々下らない事で喧嘩はするのは良くある気がする。アンナとは歳は二、三歳程ずれてるが話は同レベルだ。

 良く意見の食い違いで喧嘩して、それは拳こそ出ずとも激しい口論になる。

 その後数時間してからどちらともなく罰の悪い感じになって……。

 「……今回は、それとはまた違ってるのよね」

 何せ、今回は一方的に自分が怒鳴って終了したようなものだ。

 ……またやり直せるとしても、その機会が早く訪れるならば早い方が良いだろう。

 「……本当、困った親友よね」

 仲直りが出来ないのも修行にとっては邪魔だ。すっきりした気分で朝を迎えたい。

 そう、彼女は笑みと共に、その日を待つ事に決めた。





  ・



            ・


     ・


        ・


   ・



       ・




            ・


 『もう良い! ユダなんて知らない!!』






 鳥影山の山中近くに建てられた、景観に似合わぬ洋風造りの建物には一人の少年と執事らしき小柄な男性が住んでいる。

 今、少年はアルコール度も低い子供向けのワインをグラスに注ぎ、それがグラスを回すたびに揺れるのを見つつ思考に没頭していた。

 「……あのような顔を見るのは初めてだったな」

 ……事が起きたのは数刻前。

 奇天烈な頼み事をアンナがしてきた時、ユダはその内容を吟味すると共にそれがアンナの弱味を握ると一瞬で見抜いた。

 ゆえに、何時もの恒例とも言って良い調子で彼は俺の物になれと告げた。それが何時ものような時ならばアンナも普通に受け応えしただろう。

 だが、彼女は必死だ。その運命を変えねば大切な者……その中にはユダも当然含まれている。彼らが悲劇に遭う事になる。

 アンナにとってジャギは勿論、知る人間全員が悲劇に転ずるのだけは避けたかった。ユダは直接的にサウザーの行為に
 関与する訳では無くとも、きっとサウザーが原作のままで事を進めば彼も同じように覇権の為に犠牲を平気でする独裁者となるだろう。

 彼女は嫌だった……友人が自分の大切な人と激突するような未来を見る事だけは。

 そして彼女は昂ぶった感情を言葉に乗せてぶつけると逃げ去る。ユダは初めてとでも言って良い彼女の怒鳴り声に
 柄では無いが呆然としてしまった。それ程、何時もどんなに遊んでも面白い反応以外に反抗しない彼女の態度に驚いたのだ。

 今、彼は屋敷に戻り一人彼女の行動に怒るでも悲しむでもなく冷静に原因を思考の渦で調べようとしていた。

 「……×月×日……見張り……山中……」

 グラスの波は波紋をつくる、ユダの好きな赤い色のワインはゆっくり波を作る。

 「……確か、その日は俺の知る限りサウザーの元服……っ!」

 その瞬間、稲妻のように駆け抜けるユダの頭脳。

 「……待てよ? ……サウザーの元服……」

 ユダは立ち上がり一つの床を除けて書物を出す。

 それは何時かの時にシンにも貸した南斗に関する書物。その中には確か古来の継承儀式についても載っていた。

 その中に小さく記された一説……元服時に継承儀式について。

 「……サウザーの誕生の日……アンナの必死な様子……元服……継承」

 一つ一つ、彼の中に過ぎる単語を口にして彼はワインの中に映る自分の顔の瞳と瞳が交差する。

 一瞬だけ、幼年時代の自分が映ったような気がする。その衝撃と共に辿り着く予想。

 「……あの不細工面に、アンナ……正気か?」

 今のユダには、彼らがやろうとしている事が九割方知れた。

 だが、正気の沙汰では無い。彼は父を殺してから恐ろしい程に知識を吸収した。その中には鳳凰拳の王に関する守りもある。

 下手に手を出せばジャギとアンナは……処刑されるであろう事も。

 「……」

 ユダは気を取り直したようにゆったりとした安楽椅子に座りなおしワインを飲み干す。

 「……コマクっ」

 「はっ!」

 突如、彼は自分にとって側近であり唯一の家族である人物の名を叫ぶ。それに瞬時に忠実なる彼の僕は出現した。

 「電話を……」

 「はいっ、ユダ様」

 コマクは、急ぎ部屋を出て電話を運び持ってくる。

 この北斗の世界の時代で携帯のような便利な物は軍人か、他を抜かせばかなりの上流階級だけである。

 他は黒電話が、大き目の機械に入れての移動式の電話である。ユダの取り付けてる電話も後者のものだ。

 持ってきた電話に、彼は受話器を優雅に取ってダイアルを何処かへと回す。

 数分程の会話、相手の方はユダの何かしらの要求に渋るような返事をしたが、ユダが何かを脅すと慌てて了承の返事を出した。

 「……これで、良い」

 「……ユダ様?」

 受話器を置いたユダ。その横顔が何かを憂いてるように見えて、思わずコマクは声を掛けた。

 「……なに、気にするな小用だ。別に俺の仕事に関する物じゃないから心配するな、コマク」

 「はっ……何がありましたら何時でも」

 コマクは、ユダが浮かべた笑顔に心配する必要は無いと悟ったのだろう。それ以上何かを言うでもなく素直に部屋を出た。

 「……」

 ユダは、暫し窓際に置いてある鉢植えの花を眺めていた。

 シランとアケビの花を……じっと。






  ・



         ・


    ・



       ・


   ・



        

       ・



            ・





 「よしっ……準備は完了だ」

 北斗の寺院。其処で彼は決行の日が明日になったのをカレンダーを見て確認すると軽い荷物を提げてる少年が一人。

 彼は寺院に繋げている犬に二日分の餌とバケツ程の水を置いて留守を頼むと告げる。

 繋がれた犬はその大量の餌と水を一瞥して、溜息を出しかねない顔で寝そべっていた。

 「……兄さん、鳥影山に行くのかい?」

 未だ朝方。だがこの寺院の人間は大抵早起きゆえに彼が出て行こうとするのに気づくのは容易い。

 「おうっ……留守は頼むぜ、ケンシロウ」

 そう、力強い視線と共にの挨拶に。呼ばれた少年は苦笑気味に言う。

 「出かけるのは何時もの事じゃないか。……何かあるのかい? 今日」

 何時もその兄が出るのは修行の為と知っているゆえに少年は出る事については疑問は浮かばない。

 だが、今回出かける兄の様子は普段と少々異なり。まるで並ならぬ使命を抱いているように見受けられていた。

 違和感は正しい。何せ、今この少年は運命を変える為に出るのだから……。

 「……いやっ、何でもねぇよ。キムに後で弁当作ってくれた事礼言っておいてくれよなっ」

 「って兄さん……!!」

 ケンシロウの疑問に答えずジャギは言いたい事だけを言い残し出かける。

 少々、その時ケンシロウには胸騒ぎが起きていた。

 何故か知らないが、今引き止めないともう会えない様な……そんな胸騒ぎ。

 自分の気の所為だと思う……だが、自分には何も出来ないだろう。

 「っ……兄さん! 今度の修行での組み手! 手を抜かないって約束してくれよ!!」

 思いついたのは何時も修行では自分に甘く本気を出さない兄に対して真剣に勝負してくれとの約束。

 何かを約束すれば、また自分の兄が約束を果たしに戻ってくれると考えての少年の考え。

 思わず言ったにしても、もっと他に良い約束があっただろうと少年は言ってから後悔するが、彼は次に安堵した。

 既に階段を下りて地面に到達した彼が、しっかりと背をむけつつも手を上げて肯定の合図をしたのを確認したからだった。

 「……ジャギは行ったのか」

 「あっ、……トキ兄さん」

 気が付けば隣に彼の二人目の兄が立っていた。優しげな風貌の彼は長い黒髪を風に靡かせつつ呟く。

 「……妙な感じがしてな。……だが、大丈夫だ……ジャギには私仕込みの拳がある。如何なる暴君や事故があろうとも勝つ。
 ケンシロウ、お前も自分の兄を信じて待ってやれ。そして……戻ってきたら何時も通りに相手をしてやるんだ」

 「……えぇ」

 ケンシロウは、トキの言葉に頷きながらジャギの姿が無くなるまで見送った。

 その二人より少し離れた山林で、ラオウもジャギが町へと出るのを視認した。

 それを邪魔するも見送るケンシロウから見て長男たる彼はどちらもしない。彼にとって競争相手であり気に食わぬ彼を
 相手にする事など己が嫉妬するのと同じ事……自分に対する負けだと考えているがゆえに、彼はジャギよりも上を見た。

 「……妙な程に晴れている」

 確か、こんな空は前にも有ったな……とラオウは感じた。

 そして、ラオウの勘は正しい。

 今の天気は……アンナがグレージーズに拉致され、ジャギが変貌しかけた時の雨が降る前の空と酷似してたのだから。



  ・


          ・


    ・



         ・


  ・



      ・



           ・


 「……よっ、待たせたな」

 「ううんっ、大丈夫」

 荷物を片手に提げて、ジャギは交流地点の場所へと辿り着いた。

 其処には何時ものようにアンナが待ち受けていた。……大きめの袋を担いで。

 「おいおい、何だよその風呂敷は?」

 「あっこれ? ……えへへへ、見てよ」

 そう、悪戯が成功したような顔付きと共に、アンナはジャギへと風呂敷の中身を覗かせる。

 「……お前、テロでもやらかす気か?」

 ジャギは、その中身を見て驚愕や呆然の前に呆れた呟きを漏らした。

 何故ならばアンナの風呂敷に入ってたのは……手榴弾やらの危ない武器。

 「だって、派手に騒がないと見張ってるかもしれない人物達の気を逸らせないでしょ?」

 ……今回の作戦は至ってシンプル。

 まず、サウザーとオウガイが何処かの山中に入ったのを確認してからが作戦決行。

 その山中で爆発か何かして騒ぎを起こす。そうすればオウガイ・サウザーを狙ってと判断して暗部は来る。

 その隙にジャギとアンナは突入する。……無論、その時音だけではすぐ戻るだろう。

 だからこそジャギとアンナは南斗拳士に詳しい話は省略し、その日何処かの山で危険な輩が出没する。南斗絡みかも知れない……。

 そう説明したのだ。嘘は言ってないが正直にも言ってない……来てくれる人間が不安だが、これしかジャギとアンナには術が無かった。

 「……大丈夫、少なくても何人か来てくれるよ」

 「……あぁ……絶対に、事が終われば絶交だな……俺等」

 そう、小さく二人は笑いあう。

 何せ命がけの邪魔だ。失敗すれば死刑……そして成功しても多分仲間達からの不穏な視線……。

 恐らくどちらに転ぼうと自分達と南斗の皆との関係は悪化するだろう。……だが、後悔は無い。

 自分達二人が南斗の皆と仲が悪くなるだけで、サウザーが救われるならば……それで良い。

 そんな辛気臭い空気を誤魔化すように、無理にジャギはアンナに話題を変えるように言う。

 「しっかし、良くこんなに武器を集めたよな?」

 「全部兄貴のお蔭だよ。グレージーズや、他の集団の武器を収集して安全の為にって此処に保管してたんだから」

 無くなったのバレたら、かなりやばいけどね。と、アンナは笑い事じゃないが今は関係ないとばかりに笑う。

 「アンナも逞しくなったなぁ……って、お?」

 「なぁに? 何かあった?」

 風呂敷をガサガサと漁り、ジャギはその中で気になる物を見つける。

 それは、グレージーズの親玉が確か最後に自分に向けた武器……『ジャギ』の愛用の品。

 「……何つうか、これも因果かねぇ」

 ジャギは、風呂敷からソレを抜き取ると腰に提げる。

 今の彼には少々大きいソレ。だが、それを提げると何やら落ち着いた感じと共に彼は調子を取り戻しアンナへ笑いかける。

 「それじゃあ、行くか!」

 「うんっ! サウザーを助けに……ってのも可笑しいけど、行こう!」

 そして、一人のバンダナを風に靡かせた少女と。

 少年なのに散弾銃を腰に提げた少年は外へと飛び出す。

 何時かの日に彼と彼女が幼年時代に家出した時のように、彼らは誰にも言う事なく運命を変えようとする。








                         その輝き駆ける二人を、北斗七星は一瞬光り見送った。








            

                後書き
   




  


   ついに来たって感じだな。……作品をやり直して半年程……長かった(遠い目)


   もう、次でサウザー継承欝フラグイベント終了後に次の【貪狼編】に移動するかと思います。


   もう暫くこの【巨門編】をお楽しみください。それでは








[29120] 【巨門編】第四十七話『終わりなき未来への空(起)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/22 18:13
 『良いな……オウガイよ』

 サウザーの誕生日……彼の元服、南斗鳳凰拳継承儀式の日。

 薄暗い一つの一室で、彼は複数の人影に囲まれながら跪いている。

 『汝に運命が告げし落とし子をこの日の為に育み上げた事。まずはソレを感謝しよう……』

 そう、影によって人影の正体は知れぬが、かなりの年齢と思しき者の声がオウガイへと降り落ちる。

 『然しながら、汝の役目はコレで終わる。汝の虚像の鳳凰の死を受け、彼の未だ若鳥である定めの子はようやく真の鳳凰となる……』

 仰々しい声がオウガイへと伝えているのはどのような命じか? だが、如何に考えても不吉な言葉だとは聞いて明らか。

 『行け……汝の理の終わりと共に、彼の者の理は始まる……』

 その言葉に、ただ一度頭を垂れてオウガイは立ち上がりその部屋を去る。

 外まで出る廊下がいやに長く感じられた。外へと出れば、自分は役割の為にこの長くも短く感じられた生涯を遂げる。

 死への恐怖は殆ど無い。普通ならば自分など激烈なる戦場で既に死する筈だった。だが、自分の意思に反し天は私に
 生きよと告げた。この十五年、彼の子を育てていた時の自分の心は満ち足りていたとオウガイは明確に誰しも胸張って言える。

 ……だが。

 「……だが、願わくば」

 外へ出る間際、オウガイは一度だけふと立ち止まり呟いた。

 ……影から微かに感じていた視線が濃くなるのを感じる。オウガイはそれ以上言葉を出す事は無く、心の中で呟く。

 (願わくば……あの子と共に……)

 心の呟きは簡単に終える。

 オウガイは地面に向けていた視線を上げて元のように歩き直す。濃くなっていた視線はまた薄くなり気配は消えた。

 ……未だ、空は快晴だった。


 ・



          ・


    ・



        ・


  ・



      ・




           ・


 「……あそこ、か」

 「ドンぴしゃり……だね」

 双眼鏡を片手に、遠方を見渡せる一角に一人の少年と、一人の少女が居た。

 少年は三白眼で柄の悪い風貌に少々思えるが、その瞳は真っ直ぐ。然しながら腰に銃を引っ提げてるなどで見た目危ない。

 少女の方は金色の健康的な髪をバンダナで縛り、その明るそうな顔つきを少しばかり難しい顔にして可愛らしい顔を台無しにしていた。

 それは説明するでもないが、ジャギとアンナ。

 彼らはそれとなく前々日からサウザーとオウガイの住処に関しては念入りに調べておいた。念入り……とは言っても、
 彼と彼女にとって助けようとしている彼は親友と言って良い仲なので、それを聞き出す事などは朝飯前である。

 昨夜から交代交代で見張りに立って彼と彼女はサウザーの住処を監視していた。一度、オウガイが出たのを見て行動に
 移りかけたが、一人だけで出て数時間後に戻ったのを見て多分下準備辺りだろうと彼らは未だ待機している。

 「……そう言えば、ちょっと見てよジャギ」
 
 「うんっ? もしかしてもう出るのかっ?」

 時は既にサウザーの誕生日で昼になろうとする時間。キムから多目に作ってもらったパンを咀嚼していたジャギはアンナの言葉に
 覚悟していた時間が始まるのか? と少々慌ててパンを飲み込むと自分も持ってきた双眼鏡でアンナと同じ方向を見た。

 「見える?」

 「見えるって何が……ん? ……何だ、ありゃ?」

 何やら、大きな猿だが鳥だが知らぬ影が電光石火の勢いで飛び移ったのを一瞬だけだが視認した。

 ジャギもこの数年鍛えたお蔭で動体視力は他の仲間や兄弟とは同じレベルだが、アンナの方が動く物を見るのは得意。

 説明を求めて視線を向けると、アンナは頷き口を開く。

 「私が見た所だけど、擬態色の服で身を包んだ大人の人に見えたよ。恐らく、アレが見張りなんだと思う」

 「そうか……サウザーの住処の周りで待機してるところ見るとそろそろ始まる臭いな……」

 これも予想出来ていた事。何せサウザーが継承儀式を成功しなければ南斗の王が不在となり周囲の人間にとって悪手。

 だからこそ、万が一のサウザーの逃走及び反抗する事を防止する意味合いも兼ねて見張りは居るのだとジャギは考えている。

 少しだけ話を変えるが、ジャギは継承儀式を邪魔する計画の内で未だ疑問な所があった。

 それはアンナが会議の中で何気なく発言した言葉。

 『でも、何でオウガイ様はわざわざ死のうとするんだろ?』

 その疑問に対しジャギは正確に答えを示す事は出来なかった。

 漫画の記憶を覚えている限りサウザーはオウガイとの死を告白したものの、何故オウガイが死ななければいけなかったかなどと
 言う事については明記されていない。それが原作の設定だからと言って深く考える事も今まで無かったが思い返せば変だ。

 オウガイが本当にサウザーに鳳凰拳を継承するならば、南斗には十人組み手と言う既に継承儀式としての仕組みが存在しているのだ。

 だからこその仮説。ジャギはこう考えていた。

 オウガイの死は恐らくながらサウザーを育てるに当って南斗の者達から予め決められていたのだ……と。

 それで説明が付く。何せオウガイは立派な人間だと誰しもが思うが『将星』を備えているか? と聞かれれば疑問だ。

 教育者と言う天ならば満点。だが……いざ争乱が起こった時に拳士達と共に戦いへと赴くかと言えるかと言うと疑問が生じる。

 オウガイはきっと……自分が死ぬのを受け入れてる。サウザーを物心付く前から育てる程に堅い決意を胸の内に秘め……。

 ジャギはそこまで考え溜息を吐く。

 そんな風に南斗の為とは言え命を賭して継承儀式に望む人間に今更止めろと言って説得するのは並大抵では無い。

 十中八九自分が今までオウガイに育まれたであろう信頼は粉々になる。別にそれだけなら恩の上だ……ジャギは構わない。

 今考えなくてはいけないのは……先の事より今の事。

 「……あれ?」

 「! サウザーとオウガイ様出たかっ!?」

 「いや……何て言うか……予想しない人物が来ちゃったと言うか……」

 「……?」

 アンナが笑って良いのやら困って良いのやら……と言う可笑しな表情でジャギを見る。

 その行き成りの困惑してる態度にジャギは疑問を抱き、その原因たるであろう場所に回答を求めて自分も双眼鏡を向けた。

 ……そして、彼も身を一瞬凍らせてアンナが困惑の声を上げた原因を解明する。その人物を見て、彼は変な頭痛と共に声を上げた。

 






 「……何でアミバが来てんだよ……っ」







  ・




          ・



     ・



        ・



  ・



       ・




            ・




 その日はとても晴れやかな空だった。

 私は起き上がり何時もの修行服に着替えると木々に囲まれた自分の住処である自然の空気を胸一杯に吸い込み空を見上げた。

 「……ふう」

 今日にて、自分は大人となった。

 実感は湧かない。たった一日、一日が移り変わっただけで昨日と今の私では明確な差があると言うのだから少々可笑しさもある。

 だが……。

 目を細めてキラキラと光る太陽を見つつ、サウザーは唇を上へ吊り上げた。

 今日から自分は大人。それは自身の育ての父であり、誰もが崇拝する指導者たる師父と並べて立てると言う事を意味する。

 今まで、自分は偉大なる父に恩もまともに返せなかった。自分の出生を父に説明されたからと言って、父に反感を抱くとか
 そのような感情は一切ある筈が無い。本当の両親が何処ぞの古来は皇族であろうとも、自分の父はオウガイだけなのだ。

 今日からようやく並ぶ事が出来る……ようやく自分にとって敬愛すべき人の為に精一杯応える事が出来る。

 そう考えるだけで彼の胸は軽く弾む。……今から行われる悲劇を全く知らずに。

 「……サウザー」

 「あっ! お師さん……!」

 太陽を見上げていれば、自分の背後から大好きな人の声が降りてきた。

 面一杯の笑顔で自分が振り返れば、その人は逆光で顔に陰りがあれど笑顔を返してくれたとサウザーは理解する。

 (……お師さん?)

 だが、一瞬だけサウザーはそのオウガイの顔に違和感を感じた。

 ……泣いているような、そんな悲痛な光をオウガイの目に……。

 「お師さん……?」

 「……さて、遅くながら朝餉が済んだら出発するぞ。……良いな、サウザー……儀式は死するかも知れぬ……それでも」

 「大丈夫ですっ! 如何なる困難たる内容であろうと、私はお師さんの子です!」

 彼は、今まで何度目かの知れぬ応答を遮り、力強く笑顔で返す。

 「どのような事であれ、私は打ち勝って見せます!」

 「……フッ……心強いな、お前は」

 オウガイは、表情読めぬ顔でサウザーを暫し眺めてから本来の温和な笑顔と共にサウザーの頭を撫でる。

 くすぐったそうに目を閉じるサウザーを見つめるオウガイには、誰もが解る悲しみが露になっていた。

 ……それを知るのは彼のみ……。





 ・



          
           ・


    ・


 

        ・


  ・




       ・




             ・

 「フッハッハッハッ!!! ジャギィ! 貴様の拙い計画など、この天才の俺様に隠す事は出来んぞぉ~!!」

 「声がでけぇんだよ! もうちょい静かにしろ!!」

 「……二人とも声がでかいから」

 オウガイとサウザーが話してる最中。ジャギは双眼鏡で視認してしまったアミバと、アミバと良くいる少女の前に急いで降り立った。

 何故にこの二人が居るのか? と頭痛しながら尋ねれば胸張ってのアミバの答え。
 
 「ふっふっふ……! 聞いたぞぉ~? 貴様、どうやら他の南斗拳士を集めて何やらしようとしてるらしいな?
 この俺様には貴様の浅はかな計略など見抜いている! 貴様は恐らく秘密の場所で南斗聖拳の秘密の修行をするに違いないとなぁ!!」

 (全然違ぇ)

 バ~ン!! と擬音すら付けかねない勢いで自分を指してのアミバのドヤ顔にジャギは絶句しか出なかった。

 「俺を出し抜いて貴様のような潰れ顔の奴に拳の成長など似合わん! 最近の貴様が悪党共に勝利した秘密もそれに違いないのだぁ!!」

 どうやら、このアミバもまたジャギの噂程度の実力を耳にしてるらしい。微妙に同じ香りと言うか匂いをアミバはジャギに感じていた。
 ゆえに、そんな奴が自分を出し抜いて鳥影山で有名になるなど言語道断と言う私怨交じりの気持ちを抱いてる。

 そして、今回のジャギの計画を耳にして、棚からぼた餅と言った具合で上手い具合に出し抜こうとこの場所へ来たのだった。

 『……アンナ、こいつどうする?』

 『無視で良いんじゃない?』

 無言でのアイコンタクト。アンナは華麗な笑顔でジャギにスルーを提案した。

 「……はぁ……とりあえず俺もう行くから……お前帰れ」

 「ククク……天才の俺様の完璧なる回答を出されてしまいグウの音も出んか。フッ、凡人の貴様より遥かに優秀な事が証明されたな!」

 (うぜぇ……)

 話が通じない。と言うか自分の世界に入り込んでいるゆえに他の人間の言葉が聞こえてない……ようするに馬鹿だ。

 ジャギはこいつは相手に出来んと思うと、もう一人の何やら広辞苑らしき物を見てる少女の方へと淡い希望を抱き話しかけた。

 「なぁ、そっちの嬢ちゃん」

 今まで感知せずと言う態度で本に集中していた娘は、ぼんやりとした目でジャギを見る。そして少々の間と共に口を開いた。

 「ん? ……君は確かジャッキー……いや、ジャッカルだったかな?」

 天然なのかわざとなのか知れぬ言葉にジャギは体勢を一瞬崩してから立ち直り話を続ける。

 「ジャギだ。こいつ、どうやって俺が今日此処に来るって知ったんだ?」

 「……確か、先週程に君の隣にいるバンダナの彼女の話が印象深くて。それでその噂をアミバへと自分が話したんだと思うが」

 おめぇが原因かよ。と、ジャギは一瞬じと目になりかえるが、この少女を責める訳にもいかない。

 と言うかこの少女に話したアンナがそもそもの原因じゃないか? とアンナに視線を向けると無言の合掌と視線で謝ってきた。

 『御免、どっかで知り合った気がするから頼んどいたんだけど。アミバの友達だと知らなくて……』

 『……まぁ、仕方がないか』

 アイコンタクトでの会話。ジャギはもうこうなった以上こいつ等にも加担して貰おうと考え直し双眼鏡を上げた。

 「……!! 動いた……行くぜっ、アンナ!」

 「うんっ!!」

 ジャギとアンナはサウザーとオウガイが出掛けたのを見て遂に来たと確信すると急いで走り出す。

 「お? お? ……フッ! この天才の俺を巻こうなど甘いぞっ! 行くぞぉ鳥頭ぁ!!」

 そんな二人を見て勘違いが続行中のアミバは自分成りの考えでジャギとアンナを追う。連れの少女は言葉でなく行動で賛同を示した。

 そんな四人を尻目に、徐々に遠い空から不穏を告げる雷雲は近づこうとしていた……。




  ・



         ・


   ・



       ・


  ・




      ・



          ・


 「……此処は」

 「此処はな、古来の鳳凰拳の継承者……以前に説明した鳳凰拳の帝王の住まっていた場所だ……」

 サウザーとオウガイはようやく一つの山頂へと辿り着いていた。

 見渡り限り青々しい緑の木々達が囲まれている。地上までの道は遥かに遠い……サウザーは見下ろしつつ聞く。

 「……此処で、行われるのですね?」

 「あぁ……」

 オウガイは懐から一つの布地を取り出す。……パシッ! と言う引き締まる音と共に取り出したのは一つの鉢巻。

 「……それは?」

 「……古来からの鳳凰拳儀式は、例え目を封じられても敵に立ち向えるかを問うた」

 嘘だ。これはオウガイの詭弁……もし、これから行われる事を目にすればきっと彼は涙を流し拒絶するから。

 「だからこそ、お前は目をコレで封じ敵が訪れれば挑むのだサウザー。……敵の事までは触れられぬ」

 嘘だ。これは自身の咎……もし、その『敵』の事を曝け出せば、この優しすぎる我が子がどう反応するか一目瞭然だから。

 オウガイは素直に頷き目を隠す彼をじっと見る。……その目が完全に隠されたのを知った瞬間、オウガイの目からは透明な雫が流れていた。

 ……言ってやりたい。

 今から私は死ぬのだと。今から私は永遠にお前と別れねばならぬのだと……。

 お前を誇りだと。この世で自慢の息子だと。お前と共に生きた時が一番私は幸福だったと……。

 言葉に出しつくせぬ我が子への言葉が溢れ出しそうになる。少しでも切欠あればオウガイの心は崩壊しそうだった。

 「……? お師」

 ……気が付けば、オウガイはサウザーを抱きしめていた。

 「……お師さん?」

 ……伝わる、二つの心臓の鼓動。その触れ合った温もりに精一杯の感情を乗せる。

 愛を、これまでの感謝を……そして永遠にこれからも汝への幸福を。

 オウガイは目から零れる雫が決してサウザーには落ちぬように究極気をつけて、そっと体を離した。

 「……私は、お前と共には居てやれない。鳳凰拳の儀式は独りで行わなくてはいけぬ」

 「だが……私は離れてもお前を見守っている。……それを忘れないでおくれ」

 その言葉に、サウザーは『はい! お師さん!!』と伝える。

 その誇らしく離れがたい彼に涙を流しながらオウガイは微笑むと……準備の為に立ち去った。




 ……。



 ……山林を掻き分け、少し降りた場所を迂回する。

 サウザーも愚かでは無い。自分の気配、馴染み深い物を感じ取れば少しでも疑いその場で儀式が破綻する可能性がある。

 少し時間を置き、この山頂の特性でもある感覚の麻痺……視覚を封じられ他の感覚も少々遅滞した時に自分が挑めばサウザーは己を解らぬ。

 自分が去った場所とは別方向からサウザーへと相対し命を賭し挑む……この歩みが自身の生涯での最後の行程だ。

 「……現鳳凰拳伝承者殿」

 「……暗部がここに来て何用だ。私はもう逃げも隠れもせぬような不埒な真似はせぬ」

 茂みから聞こえる一つの声。それにオウガイは驚きもせずに返事をした。

 南斗の古来から居る監視者……世間では忍者などと言われる者達。決して陽の下で活動せぬ南斗の闇とも言える者たち。

 オウガイはこの者達に当然とも言うべきか、決して良い感情は抱いてない。今の感傷をぶつけるように返答する声も少しきつくなった。

 「用ならば手短に言え」

 「……山の下から幾人かの人影を確認。目的は不明」

 「……それを私に言って何が意味ある」

 この儀式が決まった日から、この山には立ち入り禁止を世間に伝えてる。表向きは軍の演習などと謳い山道には立ち入り禁止を設け。

 それでも断りなく入って来る輩には、容赦なくこの暗部達は強制排除する……生死問わず、如何なる人間であろうとも。

 「伝えておくのが一応礼儀ですので。……では、ご成功をお祈りしています」

 サッ、とムササビのように木々へと影が飛び移る。

 自分に向けられていた視線と僅かな気配が消えたのを見届けると、オウガイは溜息を吐いた。

 ご成功……何とも皮肉な言い方だ。

 自分の死が成功した以降……私は息子の成長する姿をこの目で適わぬと言うのに。

 暫し、その場に佇み彼は憂いの目で天空を見ていた。

 そして、気を取り直すように彼はサウザーの居る場所へと遠回りに、ゆっくりと歩き始めた。





 ……ドォン。




 「……むっ?」





 その時、ふと一瞬感じた地鳴りと共に遠くからの爆音。オウガイは今更何も恐ろしくも無いが行き成りの音に視線を向けた。
 
 (爆弾? ……暗部にしてはまた派手な。……まぁ、世間には軍の演習とも説明してるし、誤魔化す為かも知れぬが……)

 だが、自分の知る彼らの存在にしては変わった侵入者の対処に一瞬首を捻るも、オウガイは気にせず歩みを進める事にした。








 ……一方、その頃彼とそして彼の子を救おうとする二人は。







  ・



           ・


    ・



         ・




   ・




       ・




            ・



 (よしっ! もうそろそろ始まる!! 急いで決行だ!!)

 サウザーとオウガイがこの山頂に到着して数分。既に儀式は始まりかけているであろう事を危惧したジャギはすぐに山頂にて
 サウザーの居る場所で絶好のタイミングで割り込む事に決心した。ゆえにこの手榴弾は計画段階の序盤である。

 アンナの荷物の風呂敷を下ろし(流石にアンナが重いだろうとジャギが持つ事になった)中身を取り出すとアミバが興奮して叫ぶ。

 「うぉ!? おいジャギ、貴様危ない代物を持ってるな? ……それが秘密の修行に何か繋がるのか?」

 ジャギはと言うと、結局此処まで付いてきたアミバにいい加減痺れを切らす。面倒なので別な事に興味を引かそうと小さく叫んだ。

 「お前いい加減しつこいってんだよ! 手伝う気がないんだったらこれでも眺めてろ!!」

 そう言って、ピンを抜いていない物を一つ渡す。手榴弾を渡されたアミバはと言うと初めて爆弾を直に触れたので
 好奇心旺盛で色々な部分を渡す。彼は生来から好奇心は人の倍はある……弄繰り回しジャギが忙しく行動してる合間に感想を述べる。

 「ほぉほぉ、初めてこんな代物を見たが複雑な仕組みになってるものだな。コレがレバーでこっちが『ピンッ』……うん?」

 間違ったかな? と言う表情でアミバは栓の抜けた爆弾をまじまじと見る。それを見た三人は固まる。

 なぜならば自称天才は誤って手榴弾のピンを抜いたからである。……しかも緊急の爆発せぬ為のレバーすら握らずに……。

 「ばっ、馬鹿早く投げろ!! 死ぬぞ!!」

 「ぬぉっ!? お、おぉ解った!」

 鬼気迫った様子で叫んだジャギに、事態を飲み込んだアミバは死ぬのは流石に御免ゆえに慌てて遠くへと投げる。

 上空へと舞い遠くへと投げられる爆弾。慌てて爆音に身構える為にジャギとアンナは身をかがめて耳を塞ぐ。

 アミバと連れの少女もそれに倣い同じく行動する。

 ……数秒遅れての爆音。どうやら木々が倒壊したらしいと遠くを見てアンナとジャギは溜息を吐く。

 「てめぇ……!」

 我慢の限界。アミバの胸倉を掴もうとしかけたジャギだが、邪魔が入った。

 「あぁ、ちょっと良いかい?」

 「あんだよ? こちとらアミバに文句が……」

 「しゃがむ前に……あそこの方向から誰かが降りて来ようとしたのが見えたんだが?」

 「……え゛?」

 アミバに余計な邪魔をされた事で怒鳴ろうとするジャギ。それを遮り連れの少女が珍しく行動的に口を開く。

 鬱陶しそうにジャギが向いて、そして少女が言った発言。それに唖然とした声と共に四人は爆発して煙の出る方向を見る。

 ……煙が晴れて、ジャギは眩暈がした。

 



 そこには殺気立った迷彩色で身を包む。顔を隠した何人かの人間達が佇んでいたのだから。

 暫しの天使の通る沈黙が、辺りを包んだ。

 ……無言でジャギとアンナは念のために用意していたバイクのメットを被る。自分達の素性を隠すためである。

 尚、そのメットは世紀末で被った物では無い。ジャギの被ってるメットは奇妙にも似たデザインだったが。

 『……』

 対峙する正体不明のかなりのやり手が四人。そして対峙するアミバ、連れの少女。そして顔を隠したジャギとアンナ。

 無言で数秒の時が流れた。そして、一人の顔を緑色のフードで隠した体格から男であろう四人の内の一人が声を上げる。

 「……汝等は誰ゾ?」

 「あぁん? お前は俺様が誰が知らんのかぁ? ならば教えてやろう!! この俺様は『死を……』……あん?」

 常にマイペースで突き進むアミバは、割り込んだ声に怪訝そうにそいつ等を見る。

 「我等ハ影、我等ノ役目ハ生レ誕生ノ火ヲ守護セン」

 「死ヲ……我等ノ王ノ誕生ヲ邪魔スベシ者等二死ヲ」

 「等シキ死ヲ。定メラレシ成就ヲ阻ム全テ二破滅ヲ」




 死ヲ  死ヲ   死ヲ   死ヲ   死ヲ    死ヲ……!!!





 じりじりとにじり寄る異様な集団に、何時も空気を殆ど読まないアミバも事態が危険だと知ってか閉口し冷や汗を垂らす。

 「おいおい、何だ何だぁ!? 貴様等物狂いか何かの類かぁ!?」

 「死ヲ……死ヲ!!」

 本来、今の実力のアミバならば南斗を守る為に日々地獄のような修行をしている暗部達に一撃でやられた筈である。

 だが、このアミバは格が違った。彼は迫り来る南斗の影とも言うべき恐るべき存在に一瞬周囲の光景が遅くなりつつ
 彼の脳内にはこのような状況に陥ったのを彼なりの世界での推測が凄まじい勢いで光速で論理を組み立てられる。

 カキンッ! そんな音と共にアミバは目を見開く。

 (!? 待てよ……! 言葉は聞き取り難かったが、こいつ等王の誕生とか何とかって言ってたなぁ?)

 (と言う事はだ……! この場所にジャギが訪れた事……そしてこのおどろおどろしい集団……間違いない!!)

 アミバの瞬間的な閃きは……奇跡を呼ぶ!

 (解ったぞ!! この場所ではどっかの王様の拳法とやらを秘匿で修得するのが行われているのだ! ジャギはそれを盗み取る
 為に此処に強引に進入したに違いない!! 何という天才的な解答!! 我ながら頭脳明快な自分が恐ろしい!!)

 ……結論。間違った意味合いで正しくアミバは閃いていた。結果的に半分正解しているのは奇跡だが。

 (ならば俺がその王の奥義とかを手に入れれば南斗一の実力になるに違いない! なら晴れて俺は……天才となれる!!)

 その彼の利己的且つ自分勝手な推測は迫り来る脅威に対し力が漲る。

 跳躍……迫り『死ヲ!』と叫ぶ一人の男に……アミバは何とその殺気を無視し飛び蹴りを放っていた。




                                  鷹爪脚!!!



 三角跳び無くしてのアミバの南斗聖拳たる技。

 まさか迎え撃ってくると思わなかったのだろう。

 動揺を一瞬露わにして動きが止まる、だが実力が元々低いゆえにアミバの跳び蹴りを簡単に暗部の刺客は防いだ。

 唖然とする合計六人を他所に、アミバは跳び蹴りを与え瞬時に飛び退くと自信満々な表情で言い切った。

 「……ふっふっふっ……聞くが良い木偶共ぉ!!」

 ドン!! とばかりに大見得切って叫ぶアミバ。

 「この南斗切っての天才と称されるアミバ様が……貴様等の王とやらの拳法奪い取ってくれるぅ!!」

 ……凍りつく空気。

 ジャギとアンナは正しく凍りついた。この馬鹿は今の状況を解ってそう言う発言してるのか? ……と。

 連れの少女は単純にアミバの奇行は慣れているゆえに、集団で襲い掛かって来たら手助け出来るように動く体勢で留まっている。

 だが、アミバの言葉は奇跡の連続と言って差し支えないが出現している南斗の暗部達に著しい反応を与えた。

 「……南斗」

 「……南斗」

 口々に、堂々と名乗った少年の発言に反応する暗部達。

 まあ、それは当然だろう。彼らの前に現れた敵が南斗の拳士だと言うのだから。少々の当惑はあるには違いない。

 アミバはその反応を何を勘違いしてかドヤ顔を崩さずして言葉を続ける。

 「ほう? 木偶風情にしてもこの俺様の名は知れ渡っているか? ならば丁度良い。貴様等すぐに俺の命令に従う
 ならば良し。俺を王とやらの場所へ案内すれば、この俺様の拳の餌食にする事だけは無しにしといて『死ヲ』ぬおぉぉ!?」

 だが、すぐにその相談も終わり刺客の一人が突き出した腕がアミバの顔を掠めた。

 浅く出血するアミバの頬。

 アミバが偶然にも避けれたのは、連れの少女が警戒してアミバを引っ張ったお蔭である。

 「なっ、なっ……お前等何を……!」

 危なく顔を刻まれかけたアミバは、激昂しつつ襲ってきた者に怒鳴る。

 だが、その暗部達は平然と感情無き声を繰り返すのみ。

 「我等王ノ影……照ラシ火ノ影也」

 「南斗イエド……王ノ誕生妨ゲ非ズ」

 「死ヲ……等シキ死ヲ王ノ敵二死ヲ」

 ……これもまた当然の事。

 彼らにとって王の継承こそ大事であり、それ以外の事など些細な問題でしか無い。
 そして、此処に南斗の拳士が来たとすれ、それだから穏便に帰すと言う道理は無い。

 彼らの役割はただ一つ……『生れし王に悪しき全てに死を』……それだけが彼らの役目だ。

 状況は劣勢、今ジャギとアンナは動くに動けない。アミバが上手い具合(偶然だが)に少し時間稼ぎしたが、それでも
 かなり自分達に注目が浴びている。このまま膠着状態が続けばサウザーとオウガイは闘う……そうすれば。

 (……くそっ……こうなったら……!)

 「……っ上!!」

 「え?」

 一つ、手榴弾を取り出し暗部達に危険ながら投げるか自問自答した時、アンナの緊迫した声が彼の上空を向かせる。

 (……!! しまった……!!)

 上空の影、それは刻一刻と近づいている……自分達が地上の敵に意識を集中しかけて上から移動する敵に気づかなかったのだ!!

 このまま一撃が決まれば……昏倒……死。

 (此処で……未だ何も出来ていねぇのに……此処で……!!」

 近づく感情ない機械のような目が自分にゆっくりと拳を振り落とそうと落下してくる。

 ……だが、その瞬間。

 



                                 ……鷹翔脚!!





 ……ゴーグルを被った少年が、その落下してくる脅威を蹴り付けながらジャギの視界を横切った。

 突然の乱入者に一気に殲滅しようとしていた対峙した暗部達の動きが止まる。

 ジャギを不意打ちで倒そうとした暗部も、跳び蹴りを受けたものの実力はかなりあるのか瞬時に体勢を立ち直し攻撃した相手を睨む。

 「……何者」

 殺気だった暗部の一人の問いかけ。答えも期待してない……が、その少年は堂々と名乗り上げた。

 「何者……う~ん、しいて言うなら」






                                 「英雄(ヒーロー)」




 まるで漫画の主人公の如く、その少年……鶺鴒拳伝承者候補であるセグロは一身の注目と共に参上した。

 「セグロッ」

 小さい声でジャギは感謝と共に彼の名を呼ぶ。セグロは笑いジャギに片手を上げて声を潜めて囁く。

 『こっちから上るのはちょい無理だ。少し遠回りになるけど反対側に歩きやすい山道がある。そっちから行け』

 『あぁ……! ……すまねぇ、今度必ず礼はする』

 『へへっ……良いって事よ! 何かでっかい問題を解決するんだろぉ!? これぞヒーローの醍醐味だべ!!』

 囁き会話する二人に好機とばかりに跳び蹴りを喰らった暗部は、もう一度彼らへと襲いかかろうと跳びかかる。

 「おっとそれは……」

 「させる訳にはいかないっ!!」

 ……だが、それは無意味。

 その瞬間横方向から飛び出した二人の少年が隙だらけの暗部へと攻撃した、今の自分達に出来る精一杯の牽制の攻撃を。




                                  止動穴(しどうけつ)!!



                                  鷹殺拳!!





  二人の少年……クリクリと動く目が特徴的な奇特な顔をした少年と、優男の出で立ちの顔の少年が出現し暗部を迎撃した。

 額に指を突かれ、そして胸に強烈な拳の一撃を喰らった暗部。だが、少し膝を地面につけつつも瞬時に立ち上がり拳を構えた。

 本来ならば動きを止めれる筈なのに、何事も無いように動ける刺客を見て眉を上げて登場した少年は呟く。

 「ちっ……秘孔突きそこなったか? ……つうか、アレ何よ? アサシン?」

 そう、ギョロリとした目の少年は面倒そうに周囲の敵達を尻目にする。

 「かなりの使い手だって事は見て解るよ。……覚悟してたけど……全く、ここまでトラブル起こせる友人が居ると羨ましいよ」

 皮肉なのか文句なのか解らぬ言葉と共に、ジャギの友人である彼も拳を構える。それに同意するように拳を各自構える。

 蟻吸拳のキタタキ。交喙拳伝承者候補イスカ。

 どちらもジャギの友人であり、そして鳥影山での南斗の拳士。

 「お前等……っ!!」

 「さっさとこっちは任せて行けって。雑魚敵でレベル上げしとくから、俺等」

 「君は、やるべき事があるんだろ? ……こっちは僕等で止めてみせる……!」

 ジャギとアンナは頼もしき救援者達に力強く頷いて背を向ける。

 暗部達は、その二人がしようとする事を薄々勘付いているのだろう。追いかけようと身構え、そして立ち止まる。

 ……立ち止まる三人達の壁に。

 「言っとくが……此処は通さねぇぜ。……絶対なぁ!!」

 セグロ・キタタキ・イスカ。

 鳥影山南斗拳士伝承者候補達は、何の因果か未来を変える為に正規の流れを変えるべく激突し始めた。

 それを今まで傍観しきっていたアミバは、思考しつつ結論付けた。

 「……クック……成る程なぁ!!」

 一回叫び、争乱の場所と変わり果てた山で彼は納得したとばかりに叫ぶ。

 (成る程! つまりジャギは他の南斗拳士の仲間と手を組んで王とやらの拳法を奪う為に進入したのか!)

 (ならば……この場でこの俺の(未来の)臣下共に協力し、漁夫の利を取る!! 何という完璧な計画!!)

 「良しっ! ならばこの天才の俺様が貴様等に協力してやろう! 行くぞぉ鳥頭ぁ!!」

 行き成り味方になると言って来たアミバに、セグロ一同は一瞬一瞥して興味無さそうに敵へ目を戻した。アミバに構ってる場合ではない。

 『我等ノ王ノ敵二……死ヲ!!』

 全身全霊で、忠実なる使命の為に幼き子供であろうと抹殺する狂信者達の声が轟く。

 セグロは、ジャギが暗部に攻撃されかけ零れ落とした手榴弾のピンを抜くと闘いの合図を鳴らす如く空中へ投げて爆発させた。

 『……来い!!』

 若き、夢と希望を携えた拳士達は各々に構え友の為にと気を高める。

 今……未来を変えるべく激しい戦いが開始された。




 ・


         
         ・


   ・


      ・


  ・



     ・



        ・



 息を切らしアンナとジャギは走る。

 山の反対方向と言っても普通の人間ならば三十分掛かるかも知れぬ距離だ。彼らならば頑張れば十分で到着するかも知れない。

 だが……ジャギとアンナには時間が無い事がもう解っていた。

 「ジャギっ!! 空が……!!」

 「!! っ……」

 先程までの快晴が嘘の如く、遠くから恐るべき速さで黒い雲が近づいてきている。

 未だ遠くの町の方程の場所に佇んでいるが、二十分あるかどうかでこの場所へと到着するだろう。

 雨……雷。

 ジャギの記憶にある原作知識での彼……オウガイの亡骸の前で愛を否定し狂う事を決意した彼が嫌な程に浮かぶ。

 「……急ぐ……!!!」

 その瞬間、彼は山の上から降る何かの音と、そして悪寒に飛び退いた。

 「……反応が良いな」

 また暗部。そして、どうやら飛来物を扱うらしいとジャギは上の方からの殺気を向いて歯噛みする。

 急いでいるのに、ここに来ての遠距離からの攻撃を得意とする輩だ。一応散弾銃はあるが、木々が障害物となり
 この場に関してジャギの立ち位置では暗部から丸見えの位置である。……闘うにしても分が悪い。

 「急いでんだっ、退けろ!」

 「そう言われて……そうですかと言う輩は居るまい……」

 持っているのは短刀か? 高々と未だ上っている日差しが暗部の武器を一瞬輝かせる。

 ジャギがアンナの居る位置に庇うように立つ。暗部はその健気な行為を笑うも揶揄もせず機械的に放つ……。



 ……事は出来なかった。





           


                                   指弾!!






 「……!! 今のは」

 「……手を貸すかい?」

 「とは言っても……この場合どっちにしろ見過ごせ無さそうね」

 暗部が投擲する前に牽制として小石が弾丸のように放たれた。

 それに標的を変えて暗部は視線を変える。敵対する者は疑惑の視線で来訪者を、そしてジャギとアンナは喜色と共に呟いた。

 銀色の髪の少年と、そして鉄の色をした長髪の少女を……。

 「……シンラっ」

 「……カガリっ!」

 喜ぶ二人に、二人は小さく笑みを浮かべ頷くと敵に向きを変える。

 「……詳しくは言えないのだろう?」
 
 「なら……行きなさい。貴方達のやるべき事を……悔いのないように」

 その言葉に、二人は有り難く去る。死ぬなよ……と言う想いを視線に乗せて彼らは立ち去る。

 シンラとカガリは、彼らのその共に生き抜く様を少々羨ましく思いつつ……友に頼まれた手前やるべき事をしようと闘いを決行する。

 「……二人か……我には丁度良い」

 影からカガリとシンラを射止める事を暗部は決め、二人へと告げる。

 「愚かなり子らよ。この御山で行われし神聖なる儀式を邪魔するか」

 それに、二人は一瞬顔を見合わせ……そして告げた。

 「儀式? ……友等を平然と虫のように駆除しつつ行う儀式とは余程の物なのだろうな」

 「例え、それがどれ程に重大であり、どれ程に大事あれど……私は知人達の命を守る方を選ぶわ……」

 その言葉に、暗部はどれ程に議論を重ねても無駄だと悟る。最も元から話し合事など皆無だが……。

 シンラ、カガリは互いに頷き合い投擲武器を取り出す。

 森林に身を寄せた暗部は、一度顎を撫でて二羽の無謀な対峙に嘲笑いを浮かべてから剣呑な光を浮かべた。

 そして、どちらともなく闘いは始まった。




  ・



          ・


    ・



       ・


  ・




      ・



           ・



 ……新たなる山道まで行く道程は困難極まりなかった。

 山であれこそ、ほんの十分の道のりなのにジャギとアンナの目的を阻害しようとするかのように邪魔立てが入る。

 次にジャギとアンナに迫ったのは巨大な猪だった。

 これにまた時間をとられかけたが、その瞬間黒い肌の少年……阿比拳のハシジロが出現し彼らを助けてくれた。

 礼も手短に走り始めて数分後に、今度は大柄な熊が現れてジャギとアンナへと襲い掛かってくる。

 次に登場したのは百舌拳のチゴである。足に自家製の槍を突き立てて獲物だと哂う彼が意図的にジャギとアンナを助けたのが
 微妙だったが、熊がチゴに敵意を示してくれた事は彼らには幸運。チゴに足早に感謝を言いつつ彼らは立ち去る。

 野犬、及び暗部が登場する。その次には連雀拳のオナガ、食火拳エミュ、鯵刺拳ユウガと共に足止めを任せてくれた。

 全員が全員、ジャギとアンナの曖昧な頼みを疑いもせずに助けに参上してくれた友であった。

 ジャギは全員の想いに心の底から深く感謝を示し山道に通ずる道へ出る。安堵の息も付かぬままに走ろうとして……一陣の影が躍り出る。

 不意に顔面に向けての手刀。ジャギは間一髪で地面に転がり下げて襲ってきた敵を見た。

 それは狐の面を被った異様な男。

 手には鉤爪、しなやかな体全身が黒い肌に張り付くような服で覆われている。

 「……此処カラ先二ハ……禁也」

 (くそ……!? かなり強いぞ、こいつ……!)

 組み手の時のラオウ並の威圧感がある。無論、この暗部であろう者が未来のラオウ並に強いとは思わないが、多分未だ
 子供の自分を倒す程度の技量はあると考えられる。頑張ればジャギも勝てるとは考えている……が、今はそれ所では無いのだ。

 (こんな場所で今俺は……立ち止まってる訳にはいかねぇんだよぉ!!)

 「退けぇ!!」

 ジャギは破れかぶれに邪狼撃の体勢に移る。

 それを見て、ジャギが何が強い一撃を放つと理解できたのだろう。暗部はその体に見合った俊足でジャギに跳びかかる。

 一撃で仕留めれるか? 仕留められずとも……昏倒さえ出来れば……!!

 そう思案しつつ上空で鉤爪を振り上げる暗部に……聞こえた声。







                                南斗獄屠拳!!!




 ……聞こえてきた声。そして一瞬後に移る陽射しに照らされての跳び蹴りを放つ二人の影……。

 ジャギは、涙を浮かべて腕の力を抜けながら叫んだ。

 「来てくれたんだな!! ……シン! ジュガイ!!」

 待ちに待っていた援軍……孤鷲拳伝承者候補である二人は暗部を迎撃すると地面に着地しながら交互に言った。

 「全く……フウゲン様に抜け出す理由を探すのは難しかったんだぞ?」

 「何だ、お前未だ師に補助を担ってるのか? ……とまぁ、中々骨の有りそうな奴だな。……クク、血が滾る」

 困ったような顔のシン。

 そして強者との闘いに獰猛な笑みを浮かべるジュガイ。

 「悪いっ、俺達……山頂にすぐ行かなくちゃならねぇんだ!」

 「お願い!! 絶対に私達以外此処から通さないで!!」

 必死の頼み。自分達以外に邪魔が現れてあの瞬間を取り返しの付かないようになってしまったら……未来は終わってしまう。

 それに二人は一瞬だけ交互に顔を合わせ、ジャギとアンナを見ずに拳を構える。

 南斗孤鷲拳の奥義たる獄屠拳を喰らったにも関わらず、その狐の面を被った暗部は首を鳴らし鉤爪を構えた。

 立ち上る殺気。それに二人は平然と茶でも飲みあうような口振りで言い合う。

 「おいシン……何分で終えれる?」

 「さてな……大方五分だ」

 「ふん……ならば俺は一分で終わらせてくれるわ」

 その負けん気の強い口調にシンは苦笑して……アンナとジャギへと笑って告げた。

 「……此処は任せろ。……行けっ!!」

 「……あぁ!!」

 そして……ジャギとアンナは山の方へと登った。

 それを視認して暗部は跳びジャギとアンナを何としても排除しようとする。

 「この俺様を無視出来ると思っているのかぁ?」

 だが、それをジュガイに阻まれる。ジュガイの強靭なる回し蹴りが暗部を襲った。

 だが暗部とて人知れず南斗の未来を守る役割のために徹底的に戦闘術を学んだスペシャリスト。ジュガイの一撃を避けて
 その肩に鉤爪を振るう。苦悶の声と共に横へと地面に倒れるジュガイを無視して暗部は走り掛け……。

 「それは許さん」

 ……シンが立ち塞がった。鉤爪を手で防ぎ肘打ちで暗部の顔を強かに当てる。

 飛び退く暗部。そして舌打ちしつつ体勢を立て直すジュガイ。


 「……一分経ったぞ?」

 「ほざくなっ」

 機嫌悪そうに拳を構えるジュガイに、シンは笑える状況でもないのだが昔は互いに拳を学んでいた頃を思い出し笑みが湧いてくる。

 そんなシンに苛立ちと共にジュガイは一瞥してから、武人の顔立ちになるとシンへと声掛けた。

 「……やるぞっ」

 「あぁ……!!」





  ・




           ・


     ・




        ・


   ・




       ・




            ・



 雷雲が近づいているのが解った。空気が少々重たくなる感覚から雨が降るだろうと肉体が告げている。

 目が見えぬのは確かに不便だが、数分程の時間と共に他の感覚が視覚以上の情報を伝えてくれるのを知る。

 匂いは彼に自然の豊かさを感じさせ、外気に花の香りを運んで彼の不安になりそうな心を癒してくれる。

 耳は遠方から伝わる微かな腹の鳴るような音から天候の様子を伝えてくれる。恐らく後数分だ。

 触感は冷気を伝え、少々体の感覚を麻痺させている。

 体内時計は、もう半刻は過ぎたと告げた。未だ継承儀式の定めとなる人物は訪れないらしい。

 まるで宮本武蔵を待つ佐々木小次郎だと、文豪の書札を思い出しながら縁起でも無いと頭を振る。あの内容は最後に小次郎が負けた筈だ。

 ……暗闇で、待ち人を身構えながら彼が思うのは未来の事。

 これが終わればお師さんは自分を何時ものようにあの暖かい笑顔で迎えてくれるだろう。

 この天候だと雨で濡れるのは間違いない。冷えた体を何時もの如くタオルで拭きつつ労いの言葉を掛けてくれる。

 そして、あの温もりに包まれながら……俺は明日を迎えるのだ。新しく……お師さんと並び立つ明日を。

 ……カツ、コツ。

 (!! ……来たか)

 サウザーは未来へ向けての想像を遮断し、拳闘士としての意識に変わると立ち上がった拳を構えた。

 敵はどうやら一人だと体の感覚が目の変わりに教えてくれる。……成る程、確かに自分に殺意を向けているのは一人だけだ。

 この時、サウザーは継承儀式をする敵にしては殺気が殆ど無い事に関して全く気にすることは無かった。

 今まで相対し勝負した敵には幾度か殺気は有った。その気配を見切り闘うのが彼の闘いの一つだったと言っても良い。

 だが……この見えざる敵には殺気は無く、まるで無理に自分を殺すと接近している敵が気配で言っているようにサウザーには感じた。

 だが、悲しきがな。それはその襲ってくる拳士が余程の達人ゆえに自分に上手く殺気を誤魔化しているのだとサウザーは思ってしまった。

 もし、数少ない感覚の手掛かりでソレを知って目隠しを外せば彼の未来も少しは変われたのかも知れない。

 だが、繰り返すが余りにも彼は師に対する愛が深く、その師の言葉を反故にするような真似は見地の外だったのだ。

 サウザーは構えに移る。相手の闘気が徐々に近づいてくるのが感じられる……いける、紙一重かも知れぬが勝てる!!

 サウザーは心の中で叫んだ。

 (見て下さいお師さん! これが……貴方の愛に応える拳です!!)

 そして、近づいた見えざる敵。その敵が奇妙にも自分と同じ動作をするのが体の感覚から知る。

 だが、今の闘いの中で発動する一種の高揚感に陥っているサウザーには理解するに適わず。彼は拳を交差し……そして放った。






            

                                  極星十字








                                  ズドンッ!!!







 「……っ!!?」

 強烈な不可解なる突然の音。研ぎ澄まされた聴覚には凶器に近い音が彼の体を一瞬鈍くした。

 それは相手も同じらしいとサウザーの体が告げる。自分の動揺が感化したように相手は拳を止めたらしい。

 そして、サウザーは心の中で舌打ちした。何せ手応えが浅いと、今までの彼の培った拳士としての経験が告げていたからだ。

 (何処の馬鹿だ!! それともこれは継承儀式の一つなのかっ?)

 発砲音に、最初罵倒し。そして、この不意打ちらしきものも継承儀式の一環なのかも知れぬと考え直す。

 (俺の拳に不利と感じ新たな刺客が牽制したのか? ならば構わん! 例え銃器であろうとも、俺は負けん!!)

 試練が困難なれば、それに打ち勝った時の喜びも大きいだろう。サウザーは未だこれが試練の一つだと思い目前の気配へ構える。

 (まず、俺の拳は痛手を間違いなく与えられた!! この敵を倒し、新たなる敵を倒せ『サウザー! 駄目ぇ!!』……え?)

 瞬間、彼の思考は硬直する。

 ……何だ? 今の声は何だ?

 突然の現実がぐにゃりと捻じ曲がったようにサウザーには感じられた。

 今この状況に有ってはならぬ声。今の試練に、第三者の……自分の親しい者の声が間違いなくサウザーには聞こえた。

 (アンナ? 何故アンナの声なんだ?? 今俺は継承儀式の途中……いや、待てこれは俺が親しい者達の声を真似れる
 敵の術だ! そう考えれば全て辻褄が『馬鹿……者!! 何故お前達邪魔をしたぁ!!!』……ぁ?)

 ……彼の意識が全てばらばらになりかける。

 少しでも今聞こえた声に納得のいく理由を作ろうとして……だが、その次の声を聞いたら彼はもう築こうとしたロジックを組み立てる
 力を持ち合わせれなかった。彼の中に燃えていた炎は、まるで行き成り極寒の地に投げられたように消火されてしまった。

 ……お、師さん?

 ……如何して いや そんな 嘘だ 馬鹿な。

 何で……お師さんの……こ……え。

 否定したい、鉢巻で隠した現実を認識したくて彼は震える手で愛する師の言葉を破ってしまう。

 そして……彼は目隠し(パンドラの箱)を解いた。







  ・



          ・


    ・




       ・


   ・




       ・




            ・



 

  それは、彼にとって永遠にも等しい時間だったに違いない。

 ジャギは今になってようやく地獄とも言って良い日課たる北斗寺院の長すぎる階段での走りこみに感謝していた。

 五歳からやり始めた持久力をつける為の走りこみ。それによって彼は息を吐きつつも未だ余力は残し山頂を登りきる。

 アンナも急斜面があるとは言え鳥影山で長く修行をしてきたのは伊達ではない。泣き言など一切なくジャギと共に山頂へ辿り着いた。

 「アンナ、一体何処ら辺にサウザーとオウガイが居るか解るか!?」

 「ちょっと待って! えぇっと……!! ほらっ……あそこ!!」

 見落としそうになるが、道の方に一つだけ何処かへと足音が見えた。

 アンナの発見にお手柄だと褒めつつジャギは掛ける。……多すぎる草木の群れに四苦八苦している時に顔に当る……雫。

 「!! ……降って来た……っ」

 「くそっ!! 間に合えぇ……!!」

 走る、走る、走る……ジャギは枝に引っかかり傷だらけになるのなど構わずに急ぎ駆ける。

 そして……ようやく開けた場所を見つけた瞬間……彼は自分で見た物に硬直した。

 ……目を鉢巻で隠し、身じろぎせずに佇んで構えるサウザー。

 そして……仮面のように無の表情で腕を十字に構えサウザーに跳びかかるオウガイ。

 (駄目だ……)

 (駄目だ……サウザー!!)

 (てめぇがそれをしちまったら……ユダも……シュウもカレンも……!!)

 浮かび上がる鳥影山の皆。

 セグロ・キタタキ・イスカ・ハマ・キマユ・チゴ・ハシジロ・オナガ・ダイゼン・カガリ・シンラ・ヨハネ……。

 様々に自分が出会い、そして友達だと言ってくれた全員の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 サウザーが狂えば……それ等の絆すべて……!

 「絶対に……!!」

 (絶対にそれだけは……駄目だ!!)

 無意識に腰から抜いた散弾銃は、ゆっくりとサウザーとオウガイが接近しようとする空間の中心の地面に向く。

 全てがスローモーションに見える中でジャギは……引き金を引いた。





                                                                                                             ……ズドン!!!!!!!








 ……瞬間、その地面へと自分の散弾銃の弾が着弾した瞬間に遅滞していた空間がジャギの視界の中で正常に戻る。

 サウザーとオウガイの同時に振りぬいた腕。そしてオウガイだけが僅かに吹き飛び地面へと背中から倒れた。

 ガフッ! と吐血しながら、オウガイは信じられぬと言う表情で弾丸が命中した地面と、そしてその放った方向を見る。

 その顔には未だ生気がある事を感じてジャギは一先ず第一段階が成功した事に心の中で盛大に胴上げをした。

 だが……未だ危機は去ってない!

 一瞬動揺をサウザーは示した。だが、これも試練の一つだと判断したらしい。

 焦った顔をを既に拳士の顔へと戻し、彼は倒れているオウガイへと止めの為に拳を十字に交差する。

 オウガイは、その彼に安堵した顔付きになる。不慮によって起きた事故ながらも、彼が自分に致命傷負わせれば事無く済むと。

 だが、それを問屋が卸す訳が無い。その瞬間に彼女の悲鳴がその空間に残る最悪の状況の空気を変貌した。

 「駄目ええええええええ!!! サウザーああああああああ!!!」

 その声に、サウザーの動きは完全に止まる。

 目隠ししても解る同様の気配。そして、アンナの声にオウガイは完全に顔を変えて、もう山林から抜けていた二人へと怒鳴った。

 「馬鹿……者!! 何故お前達邪魔をしたぁ!!」

 それはオウガイからすれば至極当然。この継承儀式には南斗の全てが懸かっている。

 この儀式の要となるのは自分の血を浴びてサウザーに『非情』の悲しさと強さを見につける為の儀式でもある。
 一度駄目だからやり直すとか、そう言った事が簡単に出来るような物じゃないのだ。オウガイの剣幕に最初彼らは何も言えない。

 「これが……っ、今お前達のした事がどれ程の事『お師……さん?』……っ!!!」

 だが、オウガイの怒りも長くは続かなかった。

 目隠しを解き……呆然とした、何が起きたか理解出来ぬ赤子のように……そして絶望しきった青年のような表情。




                              「……その傷……は、俺が……やったのか?」
 

 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ。



 ……四人とも何も言えない。



 今のサウザーは、自らがやった事を状況から理解出来るも、心はそれを理解する事を拒否し崩壊しそうな思考の窮地に正され。

 オウガイは、その脆く崩れきっているサウザーの心を見抜き如何なる行動も悪手だと理解し胸に出来た傷を押さえて閉口する。

 ジャギも、アンナも何も言えない。

 此処から先は余りにも未知。原作には全く無い軌跡。

 サウザーと共に降り注ぐ雨に暫し打たれて……そして凍りついていた空間は動き出す。

 「……フッ」

 笑う。

 サウザーが、笑った。その異様な行動に三人は三人とも身構えてサウザーを注視する。

 





 「フッ、アッハ、そうか……アハハハハアッハハハハハハハ!!!! そう言う事かぁ!! フハハハハハハハッ!!!!!」





 ……本来、笑顔とは攻撃的な物である。ジャギは突如笑い出したサウザーを見て、何故かこの言葉がはっきりと浮かんだ。

 古来かの野生動物が笑みを浮かぶのは……目前に置かれた獲物を喰らう時だ。

 ……自分にとって長兄たる彼が一度言った言葉。その兄の有り難い言葉が浮かんで消えると同時にサウザーは呟いた。















                                                                                                            「……ジャギ」
  







                          「……貴様が『敵』なんだな?」






 その言葉に、この場に居る人間達……言われた当人を除きオウガイとアンナは一様に目を見開いてサウザーの言葉に耳を疑った。

 「サウザー……何をっ……!」

 オウガイの叫び。一刻前のサウザーの状態ならば自我を取り戻す事も可能だったかも知れない

 だが、彼は獰猛な……まるで世紀末の時の暴君のような笑みで足を動かす……ジャギと闘いやすい位置へと。

 もはや……彼は師の言葉も届かぬ場所へと降り立っていた。

 ジャギは、その異様な雰囲気で自分に猛然なる殺気を放つサウザーを、雨に打たれながら冷静に横にいる彼女へ顔を向けた。

 「……オウガイ様の手当てをしてやってくれ、アンナ」

 そう言いながら、彼も一度目を閉じて瞳に気炎を灯し迫る闘いを予感し呼吸を整えて彼女とオウガイの傍から離れる。

 「でっ、でも……!」

 「頼む。……正直、今のサウザーをお前を守りながら勝てるとは思えねぇ」

 ……ジャギには薄々最悪の未来予想図でこうなる状態も見越していた。

 サウザーのオウガイへの愛は……深い、異様な程に。

 彼の生涯の半分はオウガイで構成されていたと言って良い程に、彼の中にオウガイの占める割合が多い。

 そのオウガイを手に掛ける……及び掛け様とした事態が訪れればどうなる?

 勿論、世紀末の如く自身の在り方を否定する状態も間違いは無い……だが、ジャギはその先を恐れた。

 もし、その時に第三者が居た場合どうなる? もし、その時に自分の犯した現状を認識した場合サウザーはどうする?

 ……一番危険なのは……彼が自らを否定し自暴自棄になり……狂う事だ。

 『ジャギ』にはまるで鏡合わせのようにサウザーの状態が不思議と納得し理解できた。

 世紀末……『ジャギ』は愛する物を失い、全ての希望を打ち砕かれ悪となり破滅の音楽に合わせ踊るしかなかった。

 『サウザー』もそうなのだ。彼もまた自分には決してどうする事も出来ぬ運命に翻弄されて悪に走る事を選んだ。

 例え人生の全てが同じくなくとも……選んだ結末は同じ。

 (今のサウザーは……言葉だけじゃあ食い止めれねぇんだよ……!)

 雨は勢いを増す。

 一分程で水溜りがいくつも出来る中、睨みあいをする少年と青年一人は稲光の中で横顔を照らす。

 ……どちらも、その瞳にあるのは全てを破壊せんとする狂気のみ。

 「サウザー」

 ギュウ! と手を握り締め、ジャギはこれで言葉を投げかけるのは最後とばかりに呟いた。

 「……言っとくが……逃げられないぜ」

 「逃げる……だと」

 その言葉に、爛々と全てを殲滅せんとする光を抱き、産まれたばかりの鳳凰は高らかに宣言した。

 「この俺に……逃走は無いのだ!!」






                                ピカァァァ!!!!



                                 ……ゴロゴロ


                  


                         ……今   邪狼と鳳凰は黒雲の下でぶつかり合う











                 後書き







     Q:鳳凰拳継承したばかりの若いサウザーと、チートで鍛えた邪狼撃の使い手であるジャギが激突したらどうなるの?





   







     A:作者が過労で死ぬ







[29120] 【巨門編】第四十八話『終わりなき未来への空(承)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/02 23:15
 
 稲光が山頂を照らし、一つの古来は人の手が加えられていたであろう地面の前に四人の人物が照らされていた。

 一人は偉大なる南斗の長。だが、それは運命の落とし子を昇華すべく生きる時間を定められた虚像の王。
 正式なる鳳凰拳が舞い戻るまでの仮の指導者として生まれた人物。その人物は深手と共に倒れている。

 

 一人は平俗の娘。だが、それは奇縁なる運命に誘われ第二の人生で一人の人物を救いたいと願い繰り返しの生を受けた娘。
 同じ結末の果てに一人の想い人を救わんと、運命の軌跡から外れ力を望み彼女は重大なる選択肢の渦中に佇んでいる。



 ……そして、残る二人。


 互いに愛を以前は失いし者達。立場は王と盗賊染みた首領と比べる事すらおごかましくも、境遇は奇妙に似ていた。

 どちらも以前は個人の力だけではどうしようも出来ず、自分では何も出来ぬままに愛する者を見殺し及び手に掛けてしまった。

 それを被害者である亡き者達は恨む感情は一切二人へと持ち合わせていなかったであろう。だが……どちらも己が許せなかった。

 ゆえの極悪の華。ゆえの狂炎の鳥。

 互いの人生こと相似する事なくとも、結末は似ている彼らは互いの想いをどちらともぶつける為に決着を付けんとする。

 一人は邪狼。生まれながらにして咎を抱き、二度と同じ結末を否定せんと願い牙を、爪を振るいし救われぬ獣。

 一人は鳳凰。生まれながらにしての帝王。だが一つの愛と言う名の淡い火を失って狂う事を選んだ嘆き鳴く鳥。

 稲光の中で……互いにどちらも無形のままに立ち尽くし殺気を孕ませつつ視線をぶつけ合う。





 「……止めろ……止めるんだ」

 オウガイは、この場で自分が息子の為に命を散らし彼が成長するのを天で見守る。

 それだけで終われる筈だったにも関わらず、息子とその友が互いに闘い……いや、殺しあうような事態になるなど思ってなかった。

 「オウガイ様っ……こっちに」

 「アンナ……後生だから私と息子を在るべく形にさせてくれ。頼むからあの子達を止めてくれ……!」

 安全な場所に……せめて雨に打たれぬ場所へと引っ張ろうとするアンナの手を払いオウガイは彼女へと頼む。

 アンナは、そのオウガイの言葉に目を閉じ首を振って静かに告げる。

 「……今の、二人を止めれる人はこの世に誰も居ない。……二人とも、絶対に退けない物の為に闘おうとしている」

 言葉を続けながら、アンナは対峙し合う二人を見る。

 「私はジャギを止めれないし、止めたいとも思わない。……だから、オウガイ様も黙って私に傷の手当てをさせてっ」

 そう言って、オウガイが動かぬならばこの場で傷の手当てをしようと彼女は包帯やらを取り出し濡れつつも手当てを始める。

 オウガイは一瞬彼女を制止しようと思ったが、それよりも彼は自分の息子がどのように動くのかを見守る方に意識が向かった。

 「……サウザー」

 悲しい呟きは彼には届かない。

 もう一度稲光が訪れた瞬間……それを合図にして二人は跳んだ。




 ・



          ・


    ・




       ・


  ・



      ・




           ・



 「フハハハハ八っ!! 喰らえいいいいぃ~!!」

 鷹爪三角脚!!

 そう叫びながら一人の容貌が少々卑屈な感じの少年が木々を利用しての変則的な動きからの飛び蹴りを一人の迷彩色の人物に向ける。

 「死ヲ!!」

 だが、その人物はそれを掻い潜り隙だらけになった背後に向かって懐から取り出した刃物を光らせて振り下ろそうとに不意打ちが行われる。

 「……!」

 だが、それに気が付いたその少年の連れの少女が割り込み振りかざされたナイフを持っていた辞書で防いだ。

 武器たる一つが無効化した迷彩色の人間は、あっさりと手放すと割り込んだ少女目掛けて鋭い手刀で体を突こうとする。

 だが、その前に空中を飛ぶように少年が上空から男へと蹴りを放ち中断させる。着地したセグロはアミバへと怒鳴った。

 「馬鹿っ! アミバ! おめぇの攻撃モーションでかすきるんだよ!」

 「誰が馬鹿だ! 俺は天さ『来る』とおおおぉ!?」

 話す暇もない。少女の言葉で間一髪で攻撃を飛びのけてアミバは小癪なとばかりに拳を放つも掠りもしない。

 他に交戦しているキタタキ・イスカも似たような状態だ。

 「秘孔『停覚』!」

 「南斗聖拳『飛翔拳』!」

 敵の攻撃を掻い潜りながら蟻吸拳の秘孔突き、及び南斗聖拳を繰り出し敵を先頭不能にしようと応戦している。

 然しながら敵は悉(ことごと)く彼らの攻撃を避けて小さい短刀や娥媚刺を使い相手を倒そうと冷徹に行動している。

 何とか今の所彼らは攻撃に対応出来ていた。……だが、対応出来ているだけだ。

 「南斗聖拳南斗天葬『死ヲヲ!!』うわっちぃ!!?」

 空中からの踵落としを放とうとしたセグロは、大降りの暗部の手刀と相殺され危うい体勢になるも無事地面に着陸する。

 「こ、こいつら何なの?? ただの雑魚じゃねぇし、お仲間の気配するんだけど!」

 セグロは先程からやりにくい事を叫んで感想述べる。正しく、今の彼らの心境を代弁してくれたと言って良い。

 彼らは今まで相手して来たのは悪党共や獣などであり、フドウと言う特殊な人間を除けば拳法家とまともに勝利したのは少ない。

 この場で闘っている相手は、如何なる場合でも南斗の為に命を賭して闘う狂戦士である。そして……南斗の拳法家でも。

 キタタキ・イスカも同じように顔を顰めている。先程からどのように戦法変えて挑んでも空気を打つように手応えない。

 (こいつら全員プロだ……! 秘孔突こうとするの予め解ってる見てぇに避けて攻撃してやがる!)

 (目の前に居るのに気配を殺すのが上手すぎる! ……しかも、こちらは疲れてきてるのに相手はそんな素振りが全然ない!)

 こちらは消耗するばかりで、相手は依然呼吸すら乱れずに自分達が力尽きるまで一定の動きで攻撃をするばかり。

 「くそっ! 鳥頭、いい加減こいつら全員倒す必殺技とか無いのかぁ!?」

 膠着状態に痺れを切らしたアミバは連れの少女に無茶振りする。その少女は無言で横に首を振るだけだ。

 (くそっ……地盤も俺の拳法を使うに分が悪い……一気に片付けないと不味い!!)

 セグロも今この瞬間になって相手との力量差に大きな誤解が自分にあったと悟った。

 (こいつらは……間違いなく俺達より強い!)




 ・



          ・


    ・




        ・


  ・


 
      ・



          ・



 無言で両者は宙へと飛んでいた。降りしきる雫は体に当たると共に飛び跳ねて二人の空間だけが冷たい雨を熱水に変えるように
 独特の闘う者達だけの空気が齎されていた。サウザーの拳の性質は空中の王ゆえの拳で、ジャギの拳は地上で発揮すべし拳である。

 だが、それは『南斗聖拳だけ』での話である。サウザーが腕を交差させた瞬間にジャギは真一文字だった唇を哂い顔に変える。

 「……北斗」

 「!!」

 空中へとユラリと構えられる拳。サウザーの目が見開かれる中で不気味な気配に滲んだジャギはサウザー目掛けて千の手を放った。




 
 
                                 北斗千手殺!!!




 貫指、貫指、貫指、貫指、貫指の嵐。

 サウザーは苦悶の声を漏らす事なく全身にジャギの貫指の嵐を浴びる。ジャギは若き狂王へ一撃一撃に全身全霊を込めて撃ち放った。

 撃ちは放った終わりに最後とばかりに、ジャギの振り放った握り拳が其の胸の中央へと振り落とされ、地面へサウザーは激突する。

 「サッ、サウザー! ガフッ……!!」

 アンナに包帯を抵抗せず巻かれていたオウガイはサウザーが土煙と共に墜落したのを見て無理に動き吐血する。

 「無理しないでっオウガイ様……!!」

 アンナはオウガイを死なす訳にはいかない。オウガイが死ねばサウザーの心は闇に囚われそのまま光ある道に帰依する事は無い。

 吐血したオウガイの肩を抑え、赤く滲んだ包帯をもう一度取り替える。出血の多さにアンナはオウガイの顔を一瞥する。

 (死相……は、未だ大丈夫……けど、サウザーが自我を戻さなければ……!)

 闘いの場を一瞥するアンナ。地面に着地したジャギは土煙の方向を睨んでいる。

 その顔には若き王に渾身の一撃を喰らわせたのに勝利の笑みも、それに類似した表情は皆目無い。彼は口を開く。

 「……立てよサウザー」

 そして、彼は腰を下げて腕を反らし邪狼撃を何時でも放てる体勢になって更に続ける。

 「不意打ちなんぞセコイ真似でもする気か? ……てめぇらしくねぇぞ……!」

 殺気交じりのジャギの声。それに一瞬の間と共に土煙から膨大な闘気が炎上する。

 



                         「クッ、クククククク……!! ……済まなかった!」





 土煙が晴れたジャギの視界の中に……全く無傷のサウザーが仁王立ちする。

 「貴様を侮っていた……ジャギ。どうやら一筋縄ではいかぬか……!」

 爛々と狂気と殺気。殲滅せんと鳳凰の闘気がサウザーから荒れ狂いながら昇る。

 少しでも一撃を与えた事で隙を見せればサウザーが土煙の中から自分を一撃で殺したであろう事をジャギは知っていた。

 冷笑しつつジャギはサウザーに向かって呟く。

 「はっ……てめぇも中々悪どいぜ」

 これは未だ序盤。全くの様子見である。

 ジャギは原作知識からサウザーが北斗神拳を通じぬ事を知っている。もしもそれを知らなければ先程一撃与えて
 少々意識をオウガイの方向へと向けてたであろうとジャギは知っている。知識あってこそ自分は生き延びている。

 対するサウザーはジャギがそのように異世界からの知識で自分の体の秘密を知っている等と言う事は全く関知の外である。
 だが何であれ北斗神拳であろうとも南斗聖拳であろうとも、彼自身の流れる血が目の前の敵に負けぬと訴えていた。

 そして……ジャギは確実に自分が敗北する確立が高いと今の一度の攻防で悟る。

 (さっきの瞬間……俺が『跳び』『北斗神拳を使い』『警戒する』と言う行動一度でも間違えたらアウトだった。
 ……サウザーは少しでも俺に隙があれば殺す気でいる……絶対にどんなミスも許される事はねぇ……!!!)

 「フハッハハハッハハハハハッハ!!!! 行くぞッ!!!!」

 「……っ!!」

 サウザーが跳ぶ。その顔に狂戦士の笑みを貼り付けてジャギを屠殺しようと飛び掛かる。

 腕を斜めにクロスしての構え。ジャギは知識から照らし合わせその技を想定する。

 「南斗鳳凰拳!!」





                                  極星十字拳(否退(ひたい))!
   


                                  極星十字拳(否媚(ひび))!!!
   


                                  極星十字拳(否媚・下段(ひび げだん))!!!!!
   

                                  
                                  極星十字拳(否省(ひしょう))!!!!!!!



 

 腕を交差したまま振りぬき十字に切り。

 二発の貫手突きを繰り出し全身し。

 開いた両腕を閉じるようにして膝元を切るように。

 そして最後に止めとばかりに軽い跳躍と共に後ろ回し蹴りを放つ。

 古来の極十字聖拳を皇女の代で受け継ぎ鳳凰拳の担い手である女王成りにアレンジした技。連続の鳳凰の爪の連撃。

 ジャギは後方にバックステップの要領で避ける。これは夢幻世界での原作ジャギのいびりながらの修行の成果である。

 邪狼撃は本来相手の大振りの攻撃を避けて、その隙に一撃を放つカウンター技。ジャギはその隙を作る動きでサウザーの連撃を避ける。

 一発、二発、三発。まともに受ければ倒れているオウガイ以上の致命傷となる一撃を何とか避けるジャギ。

 だが、最後の跳躍した回し蹴りは強かにジャギの額に命中する軌道に入ってしまった。避けれないと判断したジャギは腕を交差し防ぐ。

 強烈な痛みが腕を襲う。濡れた地面に足は取られ後方へとジャギの体は衝撃で後退した。

 「よくぞ避けた……!!」

 サウザーは哂う。自我を失い闘争本能のみでジャギに挑んでいながらも彼は闘いの天才。帝王の血を持つ正統なる南斗の王。

 痺れる腕を振りつつサウザーの言葉に言い返さずジャギは構える。その目には剣呑な光が宿るが頭は未だ冷静だった。

 

 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!



 「何と言う……何と言う……っ」

 オウガイは今行われた攻防を見て、傷から齎される熱と共に天を仰ぐ。

 避けたジャギも驚くこそすれ、サウザーの一撃にはどれも致命傷を負いかねない一撃が正しく込められていた。

 拳の達人ゆえにオウガイも理解出来る。今のサウザーは……友である人物を躊躇あく殺す冷徹な鬼に変貌していると……!!

 (私の声は届かぬのか、サウザー!? 私は……私は取り返しのつかぬ事態を招いてしまった……この私は)

 誰よりも責任深い彼の父は、自己嫌悪に陥り首を振る。そしてまた傷に熱が生まれ激痛によりオウガイは咽こむ。

 「グア……ッ! ガフッ……ゴフッ!!」

 生きる気力を無くし、死を望む彼に応えるように彼の傷は悪化する。雨に濡れた彼体温は徐々に冷たくなろうとしていた。

 「っ駄目っ!! オウガイ様しっかりしてっ!!」

 アンナは叱咤しながら彼の傷口に出来る限りこの場所に訪れた時に対処出来るようにと持ってきた薬を取り出して患部へと塗りこむ。

 トキやサラが太鼓判押した傷薬。塗りこんだオウガイは苦悶の顔を上げるも構わずアンナはオウガイを生かす為に手当てを続ける。

 その一方で、彼らの死の舞曲(ロンド)は尚も続こうとしていた。


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!


 「フフ……! ジャギ、こぬのならこちから行くぞ!!」

 サウザーは自分から攻撃してこないジャギに裂けるように獰猛な笑みのまま走り向かう。

 ジャギは、そんなサウザーに向かって……『散弾銃を抜いた』

 「!!」

 「こいつはどうだ……!!」

 サウザーに向かって引き抜かれた銃。そして放たれた散弾。

 サウザーは思わずその場で踏みとどまる。彼にとって拳士との闘いで行き成り銃器を使用されるような事態は全く未知だった。

 それを好機とジャギは跳ぶ。弾丸が尽きた散弾銃をサウザーが装填する暇を与えてくれる筈もない。その場に捨ててジャギは跳んだ。

 そして空中でサウザーを定めながら構えられるは……また北斗千手殺の構え。

 サウザーは哂いつつジャギを見上げる。その顔には先程のお前の拳など俺の体には傷一つ付けれぬと言っているようだった。

 (あぁ……そんな事)

 ジャギも、同様に哂いながら宙で手を高々と掲げて心の中で呟く。

 (百も……承知だ!!!)






                               北斗千手殺!!!






  ・



           ・


      ・



         ・

    
    ・


        
        ・




             ・



 「ちょっと、何なのよこのどしゃ降りは!?」

 「いやぁ~ねえ。びしょ濡れよ」

 二人の女性がゆっくりとした歩行で一つの山へと目指し歩いていた。

 一人は豊満な胸が目立つ女性、そして一人は平均的な体つきをした少女。今は雨によって服がその素肌に張り付いている。

 「あんなに快晴だったのに変梃りんな天気ねぇ。もう、いっその事このまま濡れてるんだから泳ぎたくならない?」

 「いやキマユ、その考え方可笑しいから。……と言うかこの山で合ってるの? 遅れてきたから余り場所が把握出来ないのよね」

 「まぁ、お姉さんの勘は此処だって告げてるから。当たりだと思うわよ」

 「どうだか……」

 会話から察するに、雲雀拳のハマと企鵝拳のキマユ。

 アンナとジャギの頼みを聞いたは良いが、諸事情により彼女達は遅れて援軍としてやって来ていた。

 「一体何処に……!?」

 山中に入り、知ってる人間が居ないか見回していると上空から大きい音と共に誰かが降ってきた。

 落ちてきた物が一瞬何が解らず動きを止めるも、それが知っている人物だと知ると驚き彼女は声を上げる。

 「セグロ!?」

 「てててて……ハ……マ?」

 体中に裂傷を付けたセグロ。その満身創痍に近い状態に驚きハマはセグロを起こしつつ叫ぶ。

 「如何したって言うのよ!? ボロボロじゃないっ」

 「い、いいから逃げろ……あ、あいつ等半端ねぇぞ……」

 「あいつ等?」

 オウム返しにハマは尋ねる。だが、誰の事かと聞く必要は無かった。

 ……ザッ。

 「……死ヲ!!」

 「あれまぁ……何だかとっても強い敵さんって感じよぉ?」

 迷彩色の一人が降りて、一撃必殺の構えをしつつ再度同じく南斗に忠誠誓った物は猛然と信仰する物の為に役目を唱える。

 それに向かって状況は不明ながらも、はっきりと解る事。……自分の友人達が危機に瀕していると言う事を俄かに知るとキマユは腕を動かした。

 ゆらゆらと波のように腕を動かし、飛びかかってきた暗部に静かな瞳で見据えながら間合いに入ると同時に腕を掻き消す。

 鞭打!

 吹き飛ぶ暗部……だが、効果は今一つ!

 「うげぇ……ちょっと私の一撃喰らって首振ってピンピンするってどんだけよ?」

 嫌そうな声するキマユへと、多少回復したとばかりにセグロは深呼吸を一度すると説明する。

 「訳わからねぇけどあんなんが何人も現れて襲ってきてるって訳。ジャギとアンナ絡みだと思う」

 「有難う。まぁ……それだけで闘う理由には十分よね」

 キマユは穏やかに笑いつつ、殺気が自分に集中してる暗部へと朗らかに言う。

 「来なさいな森の主さん。言っとくけど、私の相手は高いわよ」

 鳥影山での女性拳士の中では実力は十以内に入る企鵝拳のキマユ。

 人鳥とも言われるペンギンの化身の拳を扱う彼女は、僅かに目を細めて出現した敵へと初めて拳をまともに構えた。

 それを一瞥しつつハマとセグロは急ぎ上の方へと跳ぶ。友人である彼と彼女はキマユの実力を十分に知るゆえに。

 上の方ではかなり激しい攻防が繰り広げられていた。先程セグロが吹き飛んだ所為でキタタキ・イスカ・アミバと共に
 連れの少女……ウワバと言うフォーメーションが崩れ去り闘いは暗部の方に優勢を連れたったゆえにである。

 「遅いぞセグロ!」

 キタタキは何時もの飄々とした言い方を忘れ怒鳴り叫ぶ。それ程彼には余裕が失われている証拠だ。

 イスカも何も言えず歯を喰いしばって他の縦横無尽に飛び交う暗部の攻撃を防いでいる。

 アミバはアミバで今や泥だらけになりつつ攻撃を避けて当たらぬ攻撃を続けている。背中合わせにウワバがフォローに
 徹しなければ連携など関係なく動き回るアミバは最初にこの死闘から退場していた筈だ。

 すぐにセグロとハマが割り込み、暗部達に不意打ちを掛ける。だが、もはや彼らの動きに慣れたと言わんばかりに暗部は避ける。

 固まる迷彩色の一団。傷と泥まみれで拳を構える少年少女達。

 『死ヲ! 死ヲ!! 死ヲ!!! 死ヲ!!!!』

 「……やっべぇ、ちょっと眩暈してきた」

 「しっかりしてよキタタキ! 今隙だらけになったら死ぬぞ!」

 未だ体力旺盛とばかりに排除の意思が健在する暗部に、キタタキが泣き言を呟き、イスカが激励する。

 他の者達も疲労が重い。後十分でも同じように動けば限界を超えるだろうと理解していた。

 ……そんな彼らに、更なる不運が訪れる。

 迷彩色の顔を隠した一人が何やら指笛を行った。

 その行動に怪訝な面持ちをする一同。だが、数秒後に顔を顰めて青ざめる。

 「……おいおい、この俺は犬は苦手だぞ」

 アミバの呟きが、他の拳士達の言葉を代弁する。

 ……犬。しかも調教されているであろう確実に戦闘に慣れた犬だ。

 それが五匹、いや十匹程暗部の笛に応じて集まってきた。こちらの援軍は二人で今この場に居るのは一人のみ……。

 敗北の空気が濃厚になりかける。だが……未だ彼女は諦めはしない。

 「何諦めた空気になってるのよ! 私達は……南斗の拳士でしょう!?」

 そう、ハマは沈みかけた空気を上げようと精一杯声を張り上げて拳を構える。

 そうだとも。自分達は南斗の拳士……平和の為に戦い続ける者達。

 その行為に己が挫折してしまえば……それは真の敗北だと!

 彼女の言葉に構えていた拳が沈みかけた他の仲間達の顔に光が強まる。

 暗部はその彼女の行為が厄介だと考えたのだろう。一つの音が何匹かの犬達を行動させる合図となる。

 不意打ちの如く矢のように牙を開いて迫る犬。

 それはハマを狙って真っ直ぐに上空を躍り跳んだ。

 「……ぁ」

 その奇襲に、仲間達の顔を向けていたハマは一瞬隙を見せて反応出来ず呆然とその犬達が自分に向かってくるのを見る。

 「ハマ!!」

 それに大声を上げて、セグロは焦りつつ自分の拳だけでは何匹もの犬達を迎撃するのは至難だと理解し……そして行動を決めた。

 ハマに抱きつき、そして庇うように背中を向けて立つセグロ。

 それに目を見開き、彼女は力強い腕の感触と共にセグロの背中へと迫る犬達を見る。

 その牙はセグロの首筋へと……届き。









                                 飛燕流舞!!!






 ……届く事は適わなかった。

 「……ぁ」

 ハマの呆然としての顔、そして吹き飛んで地面に転がった犬達。

 直後にその華麗なる技を放った男は地面に着地する。

 「……多勢に無勢……どうやらかなりの使い手だと見るが……やり方が卑怯な」

 そう言って、雨を防ぐ為に頭からレインコートらしき物を被っている人物は覆っている布を掴みながら言葉を続ける。

 「お前達がどのような目的で闘っているかは問わん……だが、俺の仲間達を傷つけ……そして殺意を持って挑むのならば」






                               「この俺が相手だ」





 レインコートを切り裂くようにして脱ぎ捨てて現れたのは……誰もが見惚れる程の登場振り。

 『レイ!!!』

 その登場した人物に向かって、他の仲間達(アミバを除く)は喜びの声を上げて出迎えた。

 「ふっ……大丈夫かお前た『おらぁ!!』っとわぁ!? 行き成り何をする!」

 労おうと微笑んで顔を向ければ、セグロの拳の挨拶がレイへ向けて放たれる。

 「おっせぇんだよ、おっせぇんだよ! 格好つけて登場してぬぁにが『ふっ……大丈夫か?』だ!! 格好付けマンはお断りだっつうの!」

 真剣に庇い立てようとしていたセグロは、レイの注目浴びての登場を気に食わず盛大に不平不満を向けて怒鳴りつけた。

 その怒り具合が余りに激しい所為か、レイは少々呆けつつ反射的に謝罪をする。

 「……あぁ、悪かった」

 「悪かったで済むか! 賠償金として俺にアイリちゃんでも嫁にくん『天翔脚!!』ごはぁ!!?」

 漫才している場合では無いとばかりにハマが蹴り付け茶番を終わらせる。

 相手もレイの登場の同様を既に消して戦闘体勢に入っている。少しばかり緊張感が消えた闘いの場にまた濃厚な死の気配が生える。

 「……俺があいつ等を相手する。お前達は犬を倒せ」

 「はっ! レイ!! 貴様に奴等を倒す権利は与えてやろう。存分に闘うが良い~!!」

 レイの登場に内心不満ありつつも、状況的に不利だった時に頼もしき援軍ではあるゆえに代わりに不遜な態度でアミバは命令する。

 レイは何でこいつに命令されなければいけないのかと一瞬思ったが、アミバに構っている暇は他の者と同じく無い。

 どちらにしろ目の前の敵に集中するのが先だと黙って敵だけに視線を向けた。

 ……第二戦の始まりだった。





  ・




           ・


     ・




         ・


   ・




        ・





             ・




 吹き上がる流血。散乱した血の飛沫に青年は目を見開き受けた傷に驚愕の表情をしつつ胸元を見下ろす。

 「……い……まのは」

 サウザーは困惑した。また同じように北斗千手殺とやらを体に受けたのは理解している。

 だが、自分には秘孔は通じぬと理解していたのに関わらず……何故自分の胸は小さな貫通痕が幾つも出来ている???

 サウザーは効果のない千手殺を放ち終えたジャギを鳳凰拳の一撃をカウンターで食らわす気だった。

 だが、胸を張り衝撃だけを耐える筈だったのが今や胸に幾多もの弾痕を受けたような傷が生えた事により迎撃の機会を失った。

 サウザーは胸から流れる血を手で抑えながら、頭の中では彼の思考が今起きた事を解明しようと激しく駆け巡る。

 そして、地面に着地し自分に向かって拳を構えるジャギを見ると共に、サウザーは今起きた事の理に到達し口を開いた。

 「貴様……北斗と謳いながら南斗の拳を放ったなぁ……!!」

 ……サウザーの言葉に、ジャギは表情変えず無言。だが、それが何よりの肯定の証拠だとサウザーは感じた。

 先程の『北斗千手殺』……強烈な貫指と共に敵の秘孔を突く技……無論それは自分の内臓逆位の体に効果は無い。

 そして、それは秘孔を突かずただの打撃として自分に攻撃しても。長年鳳凰拳の継承の為に鍛えた肉体は傷一つ付かぬだろう。

 (そうだ、俺の体に北斗神拳は効かぬ……ゆえに!)

 この……目の前の男は北斗神拳である技を同じように使用しつつ、その特性をたった一度で南斗聖拳として使用した。
 言うなれば、秘孔突きである技を南斗聖拳の技に伝えられし『南斗虐指葬』のように肉体を突き刺す凶器の技に変えたのだ。

 言葉では簡単だが、それを技として転ずるのは並大抵の技術では無い。しかも死闘の最中で一朝一夕など普通は不可能だ。

 狂化に陥るサウザーは本能の内に戦慄する。この男の底知れぬ技術に、そして闘争と言う拳の中に知恵を用いての闘い方に。

 「ククク……ハハハハハハハハハッ!!!」

 抑えがたい、狂喜と驚喜が彼を包み口から零れる。

 堪らない……この男と殺しあえるのが堪らなく愉快だ!

 これでこそ『闘い』だ!! これでこそ『試練』だ!!!

 闘いはこうなのだ!! 血に染め上げ互いに命を投じ、如何なる状態であろうとも生き延びる為に己の全てをぶつけ合うのが!!

 (さぁ……もっと、もっとだ!! 貴様の全てを俺にぶつけて見ろ!! この『帝王』にいいいいいいぃ!!!)



 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!



 ジャギは、今の一撃がサウザーに伝わる事を願い打った。

 小手先程度の戦術。ただ北斗と叫びながら千手殺を南斗聖拳に変えただけの事。二度と通じる事はサウザーには無い。

 ジャギは、胸元を押さえて呆然とするサウザーの顔を見つつ願う。

 この一撃で彼の目が覚める事を短くも永遠に思える時間の中で心の中で祈った。

 だが、虚しく願いは砕け散る。その直後に胸元から手を除けて対峙した時のままの哂い顔へと変貌するサウザーを視認して。

 「素晴らしい……素晴らしいぞ貴様!! 名は何と言う!!!」

 その言葉に、少し離れた場所で傍観しきっていたアンナは悲痛の表情を。そしてオウガイは困惑した顔で息子を見つめる。

 「……へっ……俺の事さえ解らない場所へ堕ちたかよ」

 それに、悲しそうにジャギは哂うのみ。

 恨みも、決して侮蔑もしない。何故ならば今の境遇は少しでも道が変わればジャギにも同じく起きた姿……一つの未来なのだから。

 濡れ鼠と化しながら、ジャギは拳を構えサウザーの言葉に応じる。

 「……ジャギだ。精々地獄まで覚えておけよ」

 「ジャギ……ククッ! 良かろう!! 誇るが良い!! この俺の体に傷を付けた事を!! 胸を張るが良い!!」

 そして、豪雨の中でサウザーは獰猛に叫ぶ。






 
                      「貴様はこの俺が始めて本気を出して闘える相手と!!」





                             ドオオオオオオオオンンッッッ!!!!





  サウザーの言葉に、一瞬ジャギは近くで落ちた雷の所為で耳が可笑しくなったのでは無いかと思った。

 初めて本気を出して闘える相手? 今までの闘いは彼にとってただの序盤だと?? 全くのお遊びだと???

 「……吠ざきやがれ……!!」

 だが、ジャギにはそれが虚言では無いと知る。目の前でサウザーは拳を腰に据え、そして気合と共に起きた現象を見れば一目瞭然。

 「ぬううううううううぅぅぅぅん……!!!」

 ピキピキと震える肉体。サウザーの気合と共に彼の全身に金色の闘気が滲むのがこの場に居る者達にははっきりと見えた。

 その気合と共に、先程ジャギが放った千手殺の貫通痕は見る見ると彼の胸元の傷はビデオの巻き戻しのように塞がっていく。

 「……はっ……冗談きついぜ」

 雨でなければ、ジャギの顔面に張り付く雫が天の水滴だけでなく冷や汗も混じってたと解っただろう。

 そして……完全に胸元に出来た傷が塞ぐと同時に、覇ァ!!! と言う気合と共にサウザーの体に付いた水滴は吹き飛んだ。








                                鳳凰呼闘塊天!!!







 「……いかん……逃げろ」

 オウガイは、死相交じりに青白く細い吐息を漏らしジャギへか細い声を向けた。

 鳳凰拳の担い手だからこそ知る。アレは古来からの鳳凰拳の王が扱う呼吸法……自身に傷をつけれる敵と認めての王の礼の技。

 北斗神拳で言えばケンシロウの転龍呼吸法、トキの闘勁呼法、ラオウならば北斗呑龍呼法に通ずる南斗の王の呼吸法。

 「逃げろ……アレには……あの技を使用した今の息子に、何人も……」

 適わぬ。その言葉をアンナは遮るように言う。

 「いいえ……ジャギは負けない」

 「ジャギは……誰よりも強い。……絶対に、今のサウザーなんかに負けやしない……!!」

 そう信じている。その言葉と共にアンナは鎮痛剤などをオウガイに注射しつつジャギの方へまた視線を向ける。

 ……闘いは未だ佳境にすら陥っていなかった。








 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ……!!!





 「死ね……!!」

 言葉と同時にジャギの視界からサウザーが消える。

 (早い……!!?)

 雨によって視界の悪すぎる中で、ジャギは気配だけを頼りにサウザーが向かってくる場所を捉えようと集中する。

 


                               ドンッ!!




 「うし『外れだ』……!?」

 背後からの音。それにジャギは振り向き、何もなくただ地面が陥没してるだけなのを見ると同時に自分の頭上からの声に思考停止する。

 「鳳凰……」

 「っ……!!」

 そして、何が行われるのか脳が理解した時には既に遅く。

 「天葬脚!!!」

 ドガッ!! と言う鈍い音と共にジャギの体は折れ曲がるように前へと屈折。目から火花が出る程の衝撃が頭に発生する。

 「跪けぇ!」

 そう叫び、襲撃が成功した事に哂いを浮かべサウザーはジャギの目の前に着地する。

 サウザーの計略は功を奏した。まず、彼は鳳凰拳の技の一つである極星十字衝破風と言う衝撃波を最初に放った。

 無論、それをジャギ本人に向けては自分の居場所を知らせる事になる。ゆえにサウザーは目にも留まらぬ速さで上空へと
 飛び上がってから、その極星十字衝破風をジャギの背後の地面に定めて放ち。ジャギが背後を向いた瞬間に上空から威力を付け
 鳳凰拳の技である鳳凰天葬脚……もとい気を込めた踵落としを放った。それによって起きる完全なる好機!!

 サウザーは自分の一撃を喰らい完全に動きを止めたジャギへと先程までの借りを返すとばかりに鳳凰拳を放つ。

 「戯けえええぇ!!」

 体をくの字に曲げたジャギに、叫び膝蹴りと共に無理やり上体を起こす。

 そのまま膝蹴りした片足をジャギ目掛けて合わせると、猛禽類の如く鋭い目つきながらサウザーは哂い顔で告げる。

 「先程の技の褒美だ……存分に味わえっ」


 



                                 鳳凰衝転脚!!!





 「……ッ!! ……!!!!」

 「フハハハハハハッ!!!! フハハハハハッッ!!!!!!」

 蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り、蹴り……途切れぬ蹴りの猛襲。

 南斗鳳凰拳に足技は有る。北斗の拳7と言うゲームでは実在しているのだ。

 その白鷺拳にも相当する連続蹴りはジャギに悲鳴すら上げさす事なくサンドバックの状態で成す術なくサウザーの全撃を喰らう。

 ピキ……と、ジャギの今まで被っていたヘルメットは罅割れる。

 「とどめだぁ!!」

 極星十字拳(否省(ひしょう))

 サウザーは、言葉と同時に蹴りを止めて跳躍し後ろ回し蹴りでジャギを遠方へと吹き飛ばした。

 それと同時に、ジャギのヘルメットは完全に砕け数秒前に居た場所へと転がり落ちる。

 「ジャッ……ジャギイイイイイイイイイイィィィィ!!!!」

 「フッッハハアハハハハハハハ!!! やった……やったぞ!!! 貴様はこの体に流れる帝王の血に負けたのだ!!」

 

 アンナがジャギの名を呼び悲鳴を上げる。サウザーは己に立ち向かった蛮勇を打ち倒した手応えに諸手を上げて高笑いする。

 キッ、とアンナは涙を浮かべてサウザーに殴り掛かる。自分の友を、情け容赦なく倒し笑える相手に目を覚まさせようと。

 「ふんっ!」

 だが、今のサウザーには女性相手でも容赦ない。アンナは軽い悲鳴と共に、サウザーの一瞥もせずの裏拳に当たり地面に転がった。

 「何だ、貴様? ……貴様が次に俺の相手をするとでも言うのかぁ……!?」

 ギラギラと……サウザーは震えながらも立ち上がり睨みつけるアンナへと問いかける。

 「……馬鹿、サウザーっ」

 今の裏拳で頬を腫らし、アンナは愚王なる若き狂う鳥に彼女の無垢なる瞳が睨みつける。

 その瞳がサウザーの目を捉えた時、その彼女の瞳にある魔力にサウザーもどうやら興味を惹いたのだろう。面白そうに呟く。

 「ほお? 貴様、良く見れば面白い目をしてるなぁ……良いだろう、我が帝王の拳で貴様の血を染めてやろう!!!」

 サウザーは倫理も、情も何もかも捨てて彼女の命を散らす事に何一つ疑いなく裂けるように哂い近づく。

 「止め……!! 止めろサウザー!!! お前は……お前はそのような事をしてはいかんっ……!!」

 オウガイは無理やり立ち上がろうとしながら必死でサウザーのしようとしている事に静止の声を上げる。

 サウザーの視界にオウガイは映らない。今の狂い視野の中に映る生きとし生ける全てを殲滅せんとする彼の思考には
 愛する人物を傷つけぬ為に意識の外にオウガイと言う存在を除外していた。オウガイの言葉は……サウザーには届かない!

 「サウザー……これが、貴方のしたかった事なの! 友達傷つけて、そしてオウガイ様を悲しませるのが貴方の生き方なの!?」

 アンナは必死で声をサウザーに放つ。例え那由他の彼方の確立でサウザーが自己を取り戻せなくとも彼女は必死に張り裂け望んだ。

 「そんなんじゃないでしょ!! サウザーは、何時も皆に囲まれて笑顔で、ジャギと一緒に馬鹿やって! サウザーは……!!」

 「ごちゃごちゃと……何を喚いているんだ、貴様は?」

 サウザーは、拳を構えずただ泣き叫ぶ女子に対し煩わしそうに舌打ちと共に睨む。

 「俺は女子供といえど容赦はせん……さらばだ、小娘……!!」

 冷徹なサウザーの目が不気味に光り、手刀が上げられる。

 アンナはそこまで言っても未だサウザーを信じ見ていた。サウザーの誇りが、愛情が、優しさが、彼の温もりが舞い戻るのを。

 暫しの間、若き悪の業火を背負う鳥は禁忌に飛ばんと翼に力を込める。

 「滅びる『おい……』……!!?」

 その瞬間、サウザーの背後から放たれる猛烈なる邪気。

 アンナに致死たる一撃を放つのを止めてサウザーは振り掛える。

 嘘だ、有り得ぬ。先程の攻撃はどれも己の全霊を込めた致死なる一撃だった筈……!!

 そう、今聞こえた言葉に馬鹿なと思いながら背後を見た。彼には、無人の景色が待ち受けているだけだと未だ信じてた。

 だが……予想に反しその少年は立ち上がって歩いていた。

 ヒュー、ヒュー……と喉から漏れるような音と共に、顔を伏せながら脚を引きずるようにして歩く。

 額と頭上は割れているのか血で濡れて、他にもサウザーの連脚によって全身が傷だらけで赤く染まっていた。

 「……貴様」

 驚愕を打ち消し、サウザーのゴキブリか、それとも蛆虫でも見るように睨み付ける中。

 再び現世へと帰り着いた彼は……愛する者を手に掛けようとしている者を睨みつけながら迸るように殺意を載せて言う。






                         「俺の名を……言ってみろ……!!!」







 胸元のシャツを引き裂く、露になるジャギの胸元。

 その胸には……雷音と共にサウザーの目にはっきり映った。







                          北斗七星を象る      七つの傷が






 アンナは、蘇ったジャギに歓喜と同時に底冷えするような悪寒も感じた。

 七つの傷……それに蘇るは以前にケンシロウと出会い聖痕の如く発生した彼の胸の傷。

 サウザーの攻撃で致命傷を負ったジャギに、一体どのような変化が生じたと言うのだ……?

 オウガイと、アンナが見守る中ジャギはサウザーと闘っていた場所まで辿り着く。

 「蘇ったか……!!」

 それは、今のジャギに向けての言葉か、または別の意味なのか。

 「ならば何度でも葬り去るまで!! 俺は帝王! 貴様らとは全てが違う!」

 叫び、彼は天を割る程の力を秘めて告げる。

 「貴様の肉一片たりとも! 天へと送ってやる!!」

 その言葉を聞き、今一度覚醒した……いや。

 同じく狂えし者と化した彼はこう呟いた。

 「そうかよ……なら俺は……貴様を地獄へ突き落としてやるよ……!!」



 「!!? ……っ」

 その二人の会話に、アンナは泣き崩れる。

 「どっ、如何した……!?」

 オウガイは、突如へたり込み顔を押さえたアンナへと引きずるように体を移動させて問う。

 震えながら、アンナは青ざめて首を力無く振りつつ呟く。だがそれはオウガイでさえ通じぬ程に力ない声だった。

 「……め……め」

 「何?」

 アンナは、顔を上げてオウガイへと震えながら言う。今度ははっきりと。 

 「駄目……このままじゃ、ジャギが居なくなっちゃう」

 「何? ……如何いう事なのだ?」

 「解んない……解んないけど……ジャギが消えちゃうのぉ……!」

 アンナの胸に生まれた悲痛。それと同時にジャギの表情を見た時の果てしなく恐ろしい頭に浮かんだ光景。

 それは……世紀末に狂い荒れた彼の姿……その光景。

 「ジャギが……このままじゃ二人がどっちも居なくなっちゃう……!!」

 アンナの悲痛な声が、そしてオウガイの不安な瞳が『ジャギ』……そして『サウザー』を写す。

 

  ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ。




 


                        「さぁ……己の無力さを思い知らせてやろう……!!!」

 


 今、邪狼は真に覚醒し鳳凰へと挑み。






                        「かかってくるがいい……そして滅びよ……愛とともに!!」




 
 今、鳳凰は翼を広げ全てを焼き尽くさんと挑む。















                後書き


 
   某友人『お前の作品だと南斗六聖は要するに魏瑞鷹と鳳凰の女王で分かれたって事だから当然南斗正統血統のユリア
 も入るんだべ? って事はサウザーとユリアって遠い血縁関係になるの? それと何時になったらボルゲたん出るの?』




 
 とりあえずこの作品内ではサウザーとユリアも随分離れているけど遠縁って感じの設定ではある。







   後、ボルゲは世紀末以降でねぇよボゲ









 





[29120] 【巨門編】第四十九話『終わりなき未来への空(転)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2013/12/05 00:05
 

 

 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!



 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ……!!!!!


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ……!!!!!!!!




 雨はもはや壊れた蛇口のように、直す事の出来ない配管から漏れ出る流水のように。

 天からバケツの水。いや海を逆さにした如く衰える事終ぞ無いように激しさを増す。

 それに倣うように、見る者を震え上がらせる地上での死の舞踊(ロンド)は雨に応じるように激しさを増す。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!」

 「ハアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!」

 血と雨に濡れながら邪気を体に滲ませ、目に映る獲物のみに対し、運命の柵(しがらみ)を破壊せんとする爪と牙を宿し獣と。

 雨と嘆き濡れながら闘気を体に膨らめ、目に映る仇敵のみに対し、運命の檻(くるしみ)に滅亡せんとする翼と爪を揮う鳥と。

 今や、何処まで辿り着こうとも涙ほどの希望も無い戦いは始まった。

 「駄目だよっ……ジャギ……サウザーぁ……!!」

 その場に居る少女の嘆きも、そして死闘に興じる片割れの父の無言なる悲痛も両方の獣達には届く事は無い。

 嗚呼……運命は優しく、愚かしく輪廻を元に戻そうと風を吹き荒れる。

 


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!!



 両者ともに拳を構え防御や避ける事など頭になくただぶつかり合う。

 「おぉらぁ!!!」

 「フハハハハ!!」

 拳を振り上げジャギはサウザーを刈らんとし。

 サウザーは獰猛な笑みと共に両腕を開き向う。

 振りぬかれる拳、それはサウザーの顔に直撃する。

 北斗・南斗関係無くの只の打撃。だが、この八年程の彼の基礎鍛錬から培った筋力を載せた一撃はサウザーの顔に衝撃を与える。

 「っ!! ……効かぬなぁ~!!」

 頬に痣を生やしながらも顔を瞬時に戻したサウザーは両腕を閉じ極星十字拳(否媚・下段(ひび げだん))を与える。

 それは相手の脚を切断せんとする鳳凰拳の切断技、下段の残撃である。

 その極星十字拳の威力により、ジャギの膝小僧は割れ少なくない出血が噴出する。それに哂うサウザー。

 「ひれ伏すが『甘いわぁ!!』……っ!!?」

 脚の腱を裂かれようとも、今のジャギには痛みで動きを止める事など無い。

 攻撃されても構わず彼は頭を一瞬後ろに反らせ、勢いつけてサウザーの頭へと強烈な頭突きを喰らわす。

 衝撃と共に頭を後方に僅かに反らし目を瞑り隙を作るサウザー。その頭の髪をジャギは平然と躊躇無く鷲掴みにする。

 「……ぬぅ……っ!」

 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……!!」

 頭部の衝撃でサウザーが蹈鞴を踏んだのは数コンマ程度。

 だが、数コンマながらも死闘においてはあってはならぬ隙を脳震盪と言う形でサウザーに与える。

 ジャギはサウザーの長くは無くも掴める量はある金髪を引っ張り上げ口が裂けるように無様な様を哂う。

 ……獲物をチロチロと甚振る蛇のような目をしつつ。

 「下郎……がぁ゛!」

 その表情に怒気孕ませサウザーはジャギを掴まれた状態のまま目線を下にずらせ睨みつける。

 「あぁん……何だぁ……?」

 サウザーが睨んだ瞬間、気に入らぬとばかりにジャギの体に滲む気配の温度は一気に冷え……彼の頭から手を離し……。






                                「その目はぁ!!!」





                                南斗邪狼撃!!!





 ……未だ動けぬ状態のサウザーへと問答無用のジャギの貫手。

 極星十字拳(否媚(ひび))のように、或いは双手掌やらと言われる技の如くその場を動かぬままジャギは両腕を反らし貫手を放った。

 腹部へと吸い込まれる鋭く刃の先端のように尖らせた手刀が命中すると共に、サウザーは吐血しつつ前のジャギのように吹き飛んだ。

 「サッ、サウザーぁガフッ!!? グフッ……!!」

 サウザーに初めてと言って良い負傷が視認されオウガイは叫び、そのまま傷の悪化で血を吐く。

 「オウガイ様! 駄目っ!!」

 無理に動きサウザーの元へと走ろうとするオウガイをアンナが何とか腰辺りを掴み引き止める。

 そのまま力が抜けオウガイは座り込む。その顔に浮かぶのは後悔の一念のみ。

 (何たる事……古来からの鳳凰拳の王たる者が返り咲いた事に喜び、その王の覚醒を望み周囲はこの日を待ち望んだ)

 (だが、この惨状は何だ? 今のサウザーを……鳳凰拳の真の王の有様を見て誰がこの姿を真の帝王だと宣言出来る?)

 オウガイは頭を抱え自身の間違いを、そしてサウザーの荒れ狂い嘆く様を見て胸の激痛は心と肉体を蝕む。


 (全ては私の責任だっ!! サウザーをっ、我が後継者をっ、未来の王をっ!!)

 (私は余りに優しく育み過ぎた!! 私のエゴが息子を狂わせたのだ……っ!!)


 オウガイの無言の悔恨が天の雨となって表される中、吹き飛んだサウザーは衝撃で生じた煙から瞬時に飛び出し現れる。

 その顔に表れているのは、正しく世紀末の暴君の仮面。

 如何なる相手……それが同志たろうとも、強敵であろうと、女子であろうと、全てを殲滅せんとする王の顔。

 その腹部には先程のジャギの一撃が奇妙にも十字の形の傷跡となって血が流れている。

 その腹を撫でつつ、サウザーは好戦的な笑みでジャギを見る。





 血を、この肉体にもっと奴の血ヲ!!

 闘いの果てにこの翼はもっと大きく、更なる力を我が魂の中に取り込むであろう!!

 血ヲ! 血ヲ!! 痛みヲ!! 痛みヲ!!! この体に更なる血肉を沸き立つ闘争の舞曲(ロンド)を奏でよ!!

 未だ闘いは終わりはしない!! この闘いはどちらが死に絶えようとも、この世界に混沌終わらぬ限り続くのだから!!!!!!

 その世の理に全てを反旗翻す狂王の瞳に、もはや人の理は通じはしない。
 
 見る者が見れば誇りも恥も外聞なく遁走する恐ろしき容貌、そして気配。それを受けながらジャギは……酷く昂揚していた。

 




 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ………!!!






 哂える 嗤える 咲(わら)える 呵(わら)える  笑える……っ

 どれ程に憎悪をぶつけても。どれ程に怨嗟を放とうとも。

 この『獲物』は何度でも立ち上がってくる。

 どれ程に全ての自分の周囲にある悪意に対する私怨の牙と爪を振るおうとも、この目の前の『敵』は立ち向かってくる。


 ……宴だ。


 これは正しく饗宴。狂宴の場所……正しく割れやすい脆き命を転がし何処までその軽い魂が行き続くのかを見定める遊戯。

 膝の痛みなど構いはしない。脚が動かぬと言うのならば、その邪魔臭い脚を切り落とし、この腕(爪)のみで獲物を切り刻もう。

 そして腕を奴が切り落とすと言うのであれば、この口(牙)のみで奴の喉笛をかっ切ってやれば良い……嗚呼なんと容易き事か。



 
 「クククク……ククククフハハハハハハッ!!!!!」

 「ヒヒヒヒ……イ~ヒッヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!!」

 未だこの羽は折れぬ、天空の鳳凰は堕ちぬ。とばかりにサウザーは地面を蹴り宙に浮きつつジャギへと前進する。

 対してジャギはその場を一歩も動かず裂けるように哂いサウザーをただ迎える。手負いの獣が宙の鳥が降り立つのをひたすら待つように。

 どちらも相手がつい昨日までは友であった事など頭には無い。

 如何にして目の前の獲物を料理するかを二匹の獣たちは考えていないのだった。



 ……また、稲光が辺りを包んだ。







 ・



          

            ・



    ・




         ・




   ・




        ・




            ・




 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!!!!」




                    

                                 南斗奔鷹乱脚!!!




  
 一人のダガーを突き出しながら迫った暗部を跳躍しつつ頭部へと回し蹴りを当てて昏倒。

 「死ヲ!!!」

 「……っふ!」

 更にもう一人のマチェット(山刀)を翳し背後から襲撃した暗部に宙返りしつつ飛び越え様に後頭部に踵蹴りを入れて倒す。


 「妙な……一体この御山の中心で何が行われていると言うんだ……?」

 そう言って長い髪を掻き揚げる男はユダ






 ……に、何処と無く似た容貌が特徴たるヨハネ。

 「皆は無事なのか?」

 先程から四方八方から相手をなぎ倒す音、木々を移動する音がヨハネの耳に飛び込み方向感覚を多少麻痺させている。

 ヨハネの頭に浮かぶのは、樹海や特殊な地形の場では方位磁石も狂い平衡感覚も狂うと言う話し。

 この山は恐らく磁場やらそう言った類の物質を多量に含んでいるのだろうと判断しつつ
 これでは合流する事も無理だと見当付けて襲い掛かった者達を一瞥する。
 
 迷彩色の顔を覆った者達の攻撃方法が南斗に通じていた事も含めて、今回の波乱はどうも大事らしいと彼は知りつつ移動する。

 「さて、一体何が行われ『グハァ!!』……何っ!?」

 山林を抜けて開けた場所が見えたと思った瞬間に横方向からの人のような物体がヨハネの視界を横切る。

 何事かと見て、彼はその吹き飛んだ人物を知ると驚き叫ぶ。

 「シン!?」

 「……っく……ヨハネ、か。不味い時に現れな……」

 現れた味方。にも関わらずシンは眉を顰め現れた仲間に暗に逃げる事を勧める。

 「不味いって何が……って……」

 どうも服がボロボロで怪我が見えるシンに只事ではならぬと思いつつシンの吹き飛んだ場所を見て事態を理解する。

 「……グ……貴様ぁ」

 其処には、シンと似たような傷を負いつつ呼吸が荒いジュガイと、そして狐面のしなやかな体をした黒尽くめの人間が立っていた。

 「ジュガイ!? っ今、助太刀する!!」

 「っ!! 馬鹿がっ!! 手出し無用だ!」

 ジュガイは割り込むように狐面の暗部に挑みかかるヨハネを見て制止の声を上げるが、ヨハネは問答無用とばかりに貫手を放つ。

 


 ━━━━ユラァ。




 だが、まるで柳に拳を与えるようにヨハネの貫手は触れる瞬間に水に沈むような感覚と共に宙を切った。

 「なっ!……!?」

 「……打(チー)」

 その隙を突き、暗部の鉤爪がヨハネの肩を襲う。

 無言でヨハネは後方に瞬時に飛び退くが、完全に避ける事叶わず掠り。その余波を受けて背中から地面へと強打した。

 「ガフッ!? ……一体何が……」

 「だから止めろと言っただろ! こいつは中国拳法の使い手だ!! 生半可な打撃は全て塞がれる」

 そう言ってジュガイはヨハネに向かい一気に止めを刺そうとするのを蹴りと共に中断させて拳を牽制で放った。

 「しかも……! こいつ、孤鷲拳を一度見切った! かなりの達人だ!!」

 ジュガイは対峙する敵の情報を伝えながら自分の武力の全てを引き出して達人たる暗部に重い一撃一撃を放つ。

 暗部はそれを全て不気味な軟体生物のように体を反らし攻撃を避ける。先程からジュガイとシンの攻撃は、その暖簾に腕押し。
 立て板に水の如く大陸の奇妙な武術の一つの防術の前に手を出す事が大いに難しい状態となっていた。

 シンも立ち上がるが、先程暗部に一撃貰った所為か呼吸が少々荒い。

 その姿を見咎めて、ヨハネはシンへと囁く。

 「……お前の拳で奴を一撃で倒せると思うか?」

 「?? ……万全の状態での一撃ならば、多分」

 「何分居る」

 ヨハネの声と視線に含まれてるもの。込められた想いにシンは一瞬見開くも、すぐに冷静な顔つきになり力強く応答する。

 「……二分だっ」

 「二分……良し」

 ヨハネはジュガイの隣に移動すると、ユラユラと揺れつつ鉤爪をカチカチ鳴らし挑発する暗部を一瞥しながら言った。

 「二分、保つか?」

 それに、ジュガイは口の中に混じった血を吐き棄てながら武者の顔を崩さずして吼える。

 「誰に向って言ってる? ……無論だ!」

 そして吼えると同時にジュガイは飛ぶと、暗部の面目掛けて孤鷲拳の蹴りを放つ。



                                南斗獄屠拳!!!




 そして、ヨハネも暗部に先程の借りを返すとばかりに一撃見舞わせる。

 「南斗聖拳、奥義っ」



                                   翔斬壊掌!!!


 
 ジュガイの孤鷲拳の奥義と、丹頂拳候補者であるヨハネの南斗奥義の一つである技が暗部へと炸裂する。

 奇しくも同時の飛び蹴り、二身一体の攻撃。それに僅かにどちらかの脚が暗部の面へと命中し皹を入れた。

 ……ピッキ……ピキピキピキ……!!

 ……カラン。

 付着していた面に斜め縦に仮面は割れる。

 と、同時に狐面は地面へと重力を受けて落ち。その暗部の素顔を露にした。

 その素顔を見て……ジュガイとヨハネは同時に呟く。

 「……何という」

 「おどろおどろしい顔だ」

 ……その面の中に眠っていた顔は……鬼の面。

 その人間の顔を形成する鼻と唇は削げ、そして瞼すらも切り落ちている。

 顔の耳元までにかけて膿んだ肌。それは常人が見れば悲鳴を上げかねない顔の正体が狐面の暗部の素顔であった。

 「……滅(メツ)……惨(ザン)……!!」

 鋭く尖らせた犬歯を向け、鉤爪を震わし成立たせながら無言の咆哮と共に血走った目がヨハネとジュガイを写す。

 その瞳にあるのは……指令された目的を遂行せんとする狂気の意思のみである。

 「来るぞ……!!」

 「応ッ! 渇!!」

 ヨハネはその姿にこの二分間はどう考えても死と隣りあわせだと確信し息を呑み。

 ジュガイは恐怖と共に興奮震える体の滾りを少しでも発散せんと気合と同時に拳を構える。

 ……未だ其の場所でも死闘は続こうとしていた。






 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!



 「ひょおおおおおおおおおぉぉぉ~~ああああああぁぁ~!!」



             

                                 空舞燕離斬!!! 



 上空を舞いつつ、木々から飛びかかる暗部へと両手を広げ宙で突進し迎撃しながら上方へと蹴りつつ打ち上げ。

 「ひゃおおおおおおお~!!!」

 そして昏倒しきった相手を拳で地面へと叩き付ける。その暗部は地面に張り付いたまま動かぬ……戦闘不能だ。

 「まず……一人!!」

 「死ヲ!!!!!!!」

 「むっ……!!」

 意識を失った敵を見て叫んだ直後、もう一人短刀を振りかざし迫ってきた相手を見遣り少年は飛びつつ叫ぶ。




                                飛燕流舞!!!




 宙返りしつつその暗部の背中に衝撃与えて着地する。だが、詰めを誤ったのか着地の際に泥濘(ぬかるみ)にはまり体勢を崩す。

 「ちっ……!?」

 「死ヲ! 死ヲ!!!」

 その隙を狙い飛びかかる一人の暗部。するどい寸鉄を掲げながらレイの頭部目掛けて打ち下ろそうと接近する。

 レイが不味いと思った瞬間……その暗部は横からの『鷹翔脚!!!』と言う掛け声と同時の飛び蹴りで吹き飛んだ。

 「……っ、イスカ……か」

 救ってくれた人物の名を呟くレイ。助けた人物はと言うとまた向ってくる相手に向って走り去りレイに構う時間は無い。

 立ち上がる余裕が出来たレイは、泥だらけになりつつ拳を構え呟く。

 「……これ程、厄介な敵は初めてだ」

 レイは現状の認識が遥かに重い事を認識し始めていた。

 何せその場の犬を任せ、自分は迷彩色に包まれた謎の刺客達を倒す……それだけで本来良い筈だった。

 だが……ある程度の敵に痛手を与えてこちらに余裕が出来たと思った直後……一人の迷彩色の人物が吼えたと同時に状況は変わった。

 「……嘘、だろぉ!?」
 
 その悲鳴はセグロか、別の誰かだったか?

 更に山林の大樹から湧き出るように現れるお面を被った敵。……しかもその敵は今まで対峙してたのより更に腕が立っていた。

 その瞬間にレイには怖い予想が浮かんだ。……この場で対峙してたのは、まさか相手を消耗させる役割を持った兵で
 このお面を被った更なる人物達が、負傷し力も尽き掛けた人物達を喰らう為の者達なのでは無いか? ……と。

 ……それは、正しく的中だった。

 暗部も愚かでは無い。この最初に斥候程度の兵を付かせある程度の体力を奪わせる。

 そして時間も経過した頃に待機し体力を温存させていた暗部達が現れ、消耗しきった侵入者達を排除する……二段構えの戦術だ。

 ジャギとアンナの計画は最初から穴が有った。その穴とは……南斗の隠された戦力の数を見抜けなかった事だ……!

 「レイっ! 避けろ!!」

 一瞬思考に呑まれ固まっていたレイを覚醒させる大声。それと同時に反射的に彼の体は横へと飛ぶ。

 それと同時に肩を掠めるクナイ。痛みはあるがどうやら毒は無かったらしいと、レイは新しく出来た傷を手で押さえ考える。

 声を出したのはセグロ。既に髪は雨で酷い事になっているが、そんな事には構わずレイへと背中合わせに立って怒鳴る。

 「レイ! お前の水鳥拳の技で、このうざってぇ奴ら一掃出来る技ねぇのかよ!?」

 「無茶言うな! 俺は未だロフウ様から二つの技しか教わってないんだ!!」

 その言葉通り、今レイが出来るのは『飛燕流舞』と『空舞燕離斬』……先程披露した物のみだ。

 然も時系列的に彼は未だリンレイから水鳥拳の要の女拳を教わってないゆえに『飛燕流舞』に至っては出来損ないで始末が悪い。

 その証拠として先程一撃受けた暗部は動き鈍くも世紀末のレイならば一瞬で倒せた筈なのに関わらず立ち上がっていた。

 未だ若く、成長途中と言うハンデが此処に来てこの状況を悪くさせる要因になるなどレイ自身は思って無かっただろう。

 (くそっ! せめて後五年……いや、二年もあれば目の前の奴ら全員倒せる力を得るのに……!!)

 だが、時間は許してくれなどしない。暗部は未だ気力を健在しつつ一人、また一人と打撃を与えて拳士達を脱落せんとする。

 アミバやウワバは既に膝をつきかけながら昏倒しかけており。

 キタタキは秘孔突きが通じぬゆえに苦手な徒手空拳を使い立ち向かうが余り相手に効果を与えない。

 イスカも同様にして相手に応戦するも、それを嘲笑うかのように時折り背後からイスカに対し打撃を与えては飛び退き暗部は踊る。

 ハマも疲労の息を激しく、泥にまみれて拳を構えている。先程偶然にも一人意識失わせたが、それも相手が偶然雨で体勢崩したお陰だ。

 ……状況は果てしなくこちらを敗北に導こうとしている。

 (……だが!)

 「こんな所で……っ」

 「あぁ……此処で!」

 『諦められる訳(無いだろうが)ねぇってんだ!!!!!』

 そう同時にセグロとレイは叫び上空へと舞い全身の力を滾らせて今一度と気力を込めて敵に拳を振るう。

 その二人の勇姿を見て、他の拳士達も一度頷き闘いに続ける。

 誰もが敗北を恐れ逃走せず。

 誰もが死を怖れ媚る事なく。

 誰もが無力に省みはしない。

 この場に居るのは女でも男でも、子供など関係無く一人の勇者。

 不確定な未来に希望をただ信じ拳を振るう一介の闘士だけなのだ。

 雨は更に降り続ける。激しく鳥達を墜落せんとするかのように。

 レイは、一度その雨が目に入り一瞬だけ動きが鈍る。その隙を突かれて一人の暗部に脇腹を蹴られ地面に墜落した。

 『レイ!』

 「ぐっ……未だ……未だぁあ!!」

 一瞬呼吸が止まりかけるも、彼は執念深く体を震わせて再度拳を構える。

 その鬼気迫った様子は、一瞬だけ狂信者達である暗部も尻込みかける程の表情と気配を匂わせていた。

 (俺が居る限りこの場の友等を絶対に死なせはせん!! ……この俺の翼が……捥げぬ限り!!)

 だが、意思と裏腹に脚はふらつく。顔は揺れる。

 満身創痍の彼に止めを刺そうと暗部の数人が彼に襲い掛かる。他の拳士達が彼を救う余裕は無い。

 (俺は……俺は死ぬ最後の瞬間まで南斗の拳士として在りたい!!)

 夥しい死の気配を匂わせながら鋭い刃が向ってくるのを見て。

 走馬灯のように今までの思い出がレイの中に蘇る。……アイリを含む家族。師との修行、鳥影山での仲間との出会い。

 ……その中にはジャギやアンナも。

 その走馬灯が終わりかけた瞬間……彼の視界を遮る大きな背中が見えた。

 それと同時に……放たれる裂帛の声。





         

                                 烈脚空舞!!!!!!






 
 「……ぉお」

 その、見る者が奮え立つ美技なる足技と、その竜巻の如く旋回し敵の一撃を迎え撃った男の姿を見てレイは一声震え呟き。

 「……シュウ」

 ……その、若くして南斗の伝承者である男の背中に歓喜を含めて呼んだ。

 「レイ、少し休んでいろ。……この者等は英気満ち足りてなく勝てる程に容易では非ず」

 そう言って、シュウは微笑む事なく警戒した顔つきで、もう一人の連れてきた人物に命ずる。

 「カレン、お前はレイ達に治療を。私が壁になるゆえに」

 「はいっ、師匠!!」

 連れて来たカレンは大人しく自分の師の言葉に応じる。未だ自分は口惜しくも未熟、ならば自分の出来る事を精一杯するだけだ。

 「さっ! 皆さん、ちょっと苦いけど師匠特製の漢方薬飲んで元気出して下さい!!」

 そう言って、シュウの後ろに移動した残りの拳士達へとカレンは薬を渡す。

 セグロ一同はどう考えても不味そうな薬に一瞬顔を顰めつつも、文句言ってる場合じゃないので飲み干し、そして一瞬
 吐きそうな顔しつつも涙目で全部飲み干した。その後に痺れた舌を出しつつハマが代表してカレンに尋ねる。

 「しょ(ほ)……他の仲間は来ないの?」

 「……すいません。多分、私と師匠で最後です」

 「……そう、仕方が無いわね」

 シュウは白鷺拳伝承者。この場で只一人正式に南斗聖拳を扱える人物ゆえに頼もしいが、数が圧倒的にあちらが味方してる。

 もし……せめてもう一人伝承者が居れば……そうじゃなくても多数の援軍が来てくれれば勝機も出るのに……!

 「はぁぁぁぁぁぁ~~~~!!」

 



                              南斗  烈脚斬陣!!!!




 回転しつつ周囲の自分の見える敵を切り刻むシュウの白鷺拳の奥義が炸裂する。

 真空刃を生み出す程の蹴り。そのカマイタチに巻き込まれ幾人かの暗部達は切り刻まれ木々へと激突する。

 だが、大半はシュウの真空刃を移動しつつ大樹を背に防いだ。

 (……っ意気揚々と参じたは良いが、この地形では圧倒的に我が不利……何とか、隙を見計らいこの子等を逃がさんと……!)

 心優しきシュウに、目の前の暗部達を殲滅する意思は無い。目的は死傷者を出さずの撤退である。

 だが……その大量に湧き出る如くの暗部の存在は……それを許しはしないのだった。

 『死ヲ……死ヲ!……死ヲ!!……死ヲ!!!……死ヲ!!!!……死ヲ!!!!! ……死ヲ!!!!!!』

 (何としてでも……時を稼ぐ!!!)

 未だ自分の肉体は健在。時が我等に微笑む事を祈らん。

 南斗白鷺拳伝承者『仁星』のシュウ。幼き南斗の光の為に今命を賭しつつ始めての守るべき闘いに投じるのだった。





 ・




           ・


    ・




         ・




    ・




         ・




       
               ・
 


 迫り狂うサウザー。それを仁王立ちで見つめるジャギ。

 サウザーはオウム返しでもするかの如く貫手をジャギへと向けて放つ。

 そのサウザーを哂い迎えながらジャギも腕を反らすと一気に前進した。





                               極星十字拳(否媚(ひび))!!!!!!
   


                               南斗邪狼撃!!!!!!!




 互いの両手の貫手が相手の手の先端にぶつかり合い、その衝撃で彼らの周囲の雨は360℃の方向へと吹き飛んでいく。

 互いの技が相殺されながら、彼らは狂喜を貼り付け次の一撃を放つ。




                                極星十字拳(否省(ひしょう))!!!



 サウザーの極星十字拳の最後を飾る蹴りの一撃。
 
 それに対しジャギは単純な脚蹴りをサウザーの蹴りに合わせて迎撃する。

 ローリングソバットと、単純な斜め前足蹴りがぶつかり合う。相殺された余波でまた二人の空間の雨は全方位へと吹き飛んだ。

 「ひれ伏せ!!」

 次にサウザーが放つのは単純な拳。振りかぶった拳をハンマーのようにジャギの頭へと打ち下ろす。

 それをジャギは頭を庇いたてず直撃する。だが、金属が陥没するような嫌な音と同時にジャギは血で顔を濡らしながら哂う。

 「死にやがれぇ!!!」

 そう言って、彼は先程の邪狼撃を喰らわせた腹部の傷口に合わせて膝蹴りを命中させた。

 その攻撃は精神的に凌駕しつつも、肉体には耐え難い痛みを生まれる。動きが止まったサウザーへとお返しとばかりに
 ジャギは両手を握り、上空へと振りかぶりながら全体重を乗せてサウザーの頭部へと強烈な一撃をお見舞いした。

 「座れ!!」

 上からの重たい一撃に体を曲げたサウザーへと吼えるジャギ。

 「戯けぇ!!」

 その直後に、サウザーが炎を瞳に宿しジャギの体に腕を振るい南斗聖拳を喰らわせる。二の腕から血を走らすジャギ。

 「死ねぇええ~!!」

 だが……そんな痛みが無いかのようにジャギは直後にサウザーの顔に強烈な拳を与える。

 「!!っ 飛べぇ!!!」

 吹き飛びかける程の殴打に口を切りながら、サウザーは憤怒の表情と共にジャギの腹部に砕きかねぬ程の蹴りを与える。

 「っ!! っ……腑抜けが!!!」

 血を一度吐きながら、ジャギは形相と共にサウザーの喉笛へと指で突く。早速この一撃は致命傷を負いかねない。

 「ぬぅ! ……っ下郎がぁ!!!」

 この一撃は直撃すれば死ぬ。判断したサウザーは紙一重で首を曲げ交わす。首の横はジャギの指に少々抉られ血が出る。
 激昂しながらサウザーは一瞬だけ飛び退き、そのまま腕を振りぬく。ジャギの体から×印に吹き出る流血。

 「……っや」

 一瞬、倒れかけたジャギ。だが、執念で体勢を立て直すと彼は両腕を反らし邪狼撃を放ちながら前進してサウザーへと近づく。

 「八つ裂きにしてやる!!!」

 瞬間、サウザーの体に生まれる獣の爪に抉られたかのような傷と出血。彼は目を見開き、そして修羅の顔となりジャギに再度吼える。






             「オオオオオオオオオオオオ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ぁぁぁぁぁ!!!」

             「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!」





 ジャギが殴る。直後にサウザーが蹴る。


 サウザーが切る。直後にジャギが突く。


 ジャギが裂く。直後にサウザーが叩く。


 サウザーが打つ。直後にジャギが斬る。



 殴る、斬る、打つ、蹴る、切る、殴る、裂く、叩く、突く、砕く、頭突き、殴打、蹴打、貫手、撲撃、肘打ち……。
 


 どちらの一撃も通常ならばその一撃で意思は沈み、肉体は死の淵へと誘われる筈なのに、彼らの狂気の死闘は終わらない。







 「何故だ……何故だっ」



 オウガイは理解出来ない。達人ゆえに……彼らがもう死んでも可笑しくない状態なのに何故動けるのかを。

 アンナは何も言わぬ。だが、それは理解の外でなく認識出来ているからだ。

 彼らの苦しみが、彼らの痛みが。彼らの言葉で言い表せぬ程の怒りと恨みが。

 それが彼らの原動力となり……彼らから死を追い出し狂戦士として彼らの闘争を続けさせている。

 互いに恐ろしい程に理解出来るがゆえに……だからこそどちらも妥協など出来る筈が無い……死だけが彼らの救いとなる。

 全てを見続ける少女と南斗の長。だが……南斗の指導者の方はこの地獄の宴を見続ける程に強靭な心を持ち合わせてはいなかった。

 「もう……止めてくれ。……私にはもう見れない」

 顔に手を覆い。一人の老人は息子と友の狂いし舞踊(ロンド)を目から拒もうとする。

 だが、それを怒りの表情で……少女は力を込めて指導者の腕を掴むと手を除けた。

 「ふざけないでっ! ……良く見て……!」

 「……アン、ナ?」

 呆然と、少女の死体に鞭打つような冷酷な自分への行動に恨みがましい目をして無言の抗議を込めてオウガイはアンナを見る。

 だが……怒りのまま彼女の瞳に涙が流れているのを見てオウガイの中の心に浮かんだ暗い感情が萎んでいく。

 「……ちゃんと……見てよっ! アレが……未来のサウザーなんだよ!!」

 アンナは、今にも泣き崩れたい自分の心を叱咤し言わなければならぬ言葉をオウガイへとぶつける。

 「ああなっちゃうんだよ! オウガイ様が諦めたら!! オウガイ様が居なくなっちゃったらサウザーはあぁなっちゃうんだよ!?
 友達を! 仲間を! そしてその家族や優しい人たち全員を、皆、みんなサウザーが……サウザーが……あぁなっちゃうの!!!」

 「ぅ……嗚呼……っ」

 その言葉に、オウガイの瞳の中に微かに残っていた生気が消える。

 オウガイの絶望に、アンナは気づいている。……けれど、自責の念に苛まれようとも言うべき事を言おうとする。

 「だから生きなくちゃいけないの!! オウガイ様は……!! だから私達は此処に来た! だから私達はもう一度生まれた!!」

 そこでアンナは叫び過ぎ嗚咽と同時に顔を俯かせる。



 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!



 ……闘いは……次の展開へと行われようとしていた。



 どちらも一歩も退かずに殴りあいを続ける。

 ドガッ! バゴッ!! と互いに血の飛沫を飛ばしながら洪水の雨ですら拭えぬ程の血が彼らの体から流れていく。

 このまま膠着状態が続く……そう思われかけた時にサウザーが動く。

 「南斗鳳凰拳奥義……!!!」

 そう言って、バグ転と同時にサウザーはジャギの拳が空ぶった隙に上空を見上げながら両腕を上げる。

 それは南斗鳳凰拳の奥義。

 発動すれば王に並ぶ血を抱く者以外、全ての存在を敗北へ誘う帝王の拳。

 その拳の発動を祝うように、黒雲から雨と共に雹が落ち雷鳴が彼の翼が開かれるファンファーレを高鳴らせる。

 勝った!! ……約一メートル手前に居るジャギの存在を認知しつつサウザーは勝利の予感を浮かべた。

 「天翔十字『甘いわぁ!!!!!』……っ!!??」

 だが……失敗!!!

 ジャギの掛け声と同時に、サウザーの腕に不思議な感触が走る……鞭が当たったような衝撃と共に、拘束された感触。

 目線を滑らせればそれは雨によって完全に水気を含んだ裂かれたシャツ……!? まさか……!?

 「貴様……!!?」

 サウザーの目に映るのは……上半身裸で血まみれのジャギ……それと片手に握られているロープのような裂かれたシャツ!!

 「勝てばいいんだあ!!! 何を使おうかああ゛あ゛っ!!!」

 ……南斗鳳凰拳奥義・天翔十字鳳が放たれようとした瞬間。

 その奥義が放たれるのを……ジャギは待っていた。彼の闘争の狂気とは別の世紀末から有った恐ろしい程に冷たい獣の知性は
 鳳凰の翼が大きく開かれる隙を伺い牙を磨き待っていた。そして……彼もまた訪れた瞬間にその行動を瞬時に移した。

 サウザーの天翔十字鳳には隙がある。それは彼の奥義を放つには全身に彼の闘気を巡らし、心身が一体化しなければならぬと言う事だ。

 ジャギが漫画を見た時のケンシロウとサウザーの最後の闘い。その時サウザーは両腕を広げ天空へと高らかに宣言し奥義を発動した。

 だが、その奥義の発動を至るまでにケンシロウが動いていればどうであっただろう? ……サウザーに情なき死もあったかも知れない。

 如何なる漫画にも変身ヒーローの変身や大きな技を使うキャラクターには隙がある。それを邪魔しないのは
 展開上のお約束と言うだけであり、この現実と同じく北斗の世界で生きているジャギがわざわざ守る事は無い。

 ジャギはサウザーと闘うと理解した時に、彼が鳳凰拳の奥義を使った場合確実に一秒程のタイムラグがあると予想していた。

 ……その隙を付き……彼は『破れた衣服をサウザーに絡ませて』動きを封じ奥義の発動を無効化したのである。

 ジャギが『ジャギ』と変化した時に衣服を破き胸元を露出したのも……全てジャギの計算の内だったのだ!!!

 「この……っドブネズミがぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 サウザーは自身の奥義が、翼を封じられた事に怒りの啼き声(咆哮)を放つ。

 「うるせぇよ……!!!」


 腕(方翼)を封じられ、奥義を使用出来なくなったサウザーの吼え声と殴打に構わず、ジャギは残る片腕を片手で封じる。

 そして……。





                                 ガシュ……!!!


 

 「ぐっ!!? ……あ゛ぁ゛ぁ゛!!!??」

 「ググググ……ギギギギ……!!!」

 獣のように、彼の並びよい歯は程好く鍛えられた首筋に突き立てられる。その一種虚を突く攻撃にサウザーは思わず呻いた。

 ジャギはサウザーの首筋に『噛み付いた』……そのまま勢い良くサウザーの悲鳴に構わずその皮を強引に噛み千切る。

 迸る流血。その血によって赤く染まるジャギの顔。

 頚動脈こそ噛み切られずも夥しい出血をしながらサウザーは轟々と炎を燃え上がらせジャギを睨みつける。

 ジャギは彼の肉を口に含ませ血を滴らせながら獣か人かも解らぬ表情でサウザーを見返していた。

 狂気の光がどちらも交差し合い。そのどちらもただ破滅を謳い、血と、肉と、限りなき生命の略奪を願い輝いている。



 雨の激しさに康応するように、彼ら瞳の光も激しく輝きを興じる。


 


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ……!!!





 「……」

 「オウガイ様……何する気!?」

 その一部始終を見ていたオウガイは、アンナに構わず立ち上がりサウザーの元へと近づこうとする。

 アンナの巻き終えた包帯が血で滲む。だが、その足取りはしっかりとしており目的の為の歩行は淀みない。

 その顔は蒼白ながらも、やるべき事を成し遂げようとする拳士としての顔を貼り付けて。

 「……もはや、ここまでだ。……私はこの場所で最後の勤めを果たす為に訪れた。……その義務を今一度果たすのみだ」

 ……始まりは彼を託された時。

 その瞬間から自分の寿命は決まっていた。だが……その子が自分の寿命を握っているからと言って恐怖も何も無かった。

 本心から彼を愛していた。私の魂と共に彼が時代を導いてくれる事を頭に巡らせば誇らしかった程である。

 ……然しながら、今の息子の闘いを見れば……その未来ももはや閉じられよう。

 果てしなき未来への巨門は……虚像であり見上げる事も出来ぬ塞がれた壁だったのだ。

 ならば……せめて、最後に息子の心を……現世に。

 彼は優しい微笑みと共にアンナへ言う。

 「……お前達の優しい心遣いには礼を言う。……だが、あの子の心を救う為にも……私は死ななければなら」





                                 パシンッ!!!




 ……オウガイの言葉の前に、アンナの張り手がオウガイを襲う。

 呆然としたままオウガイは頬を押さえる。恐らく、一生の内で若かりし頃を抜かせば張り手などされた事無かっただろう。

 息を切らし、叩いたアンナはと言うと涙目で叫ぶ。

 「……馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!!!!!!!!!」

 「……アンナ」

 アンナは泣きじゃくりながらオウガイに怒鳴る。

 例え相手が南斗の指導者だろうとも、どれ程の地位であろうとも彼女は自分の信念のままに行動し言葉を向けるだけ。

 この場に至ろうとも、我が身を犠牲にする事で道を切り開かんとするオウガイの考え方に彼女は耐えていた感情を爆発させた。

 「死んで何が意味があるの!? 私は大嫌いっ!! 誰かが死ぬ事で解決するのなんて大嫌い!! そんなの私が許さない!!!」

 ……何が鳳凰拳継承儀式だ。

 何が血で染め上げ強さを得る拳だ。何が『非情』を得て人は強くなるだ……!!

 何が死んだ人間と共に生きるだ!! それで人が幸福になるなら……『彼』が一番に幸福になれた筈じゃないか!!

 『彼女』はその考え方が大嫌いだった。意味があるようで全く意味の無い風習に倣い、誰かが悲しむだけで救いようのない物語を。

 『強敵』とか勝手な名称と共に、勝手な都合と共に死んでいって、それで泣く人達の事を……誰も少しも考えてない!!

 彼女もまたその物語の礎だっただけに、全てを織ったと同時に理不尽な死に対し全身全霊が嫌悪をその体に満たした。

 ゆえの怒り、ゆえの悲しみ。

 彼女はオウガイの行動全てに反抗し、言葉をぶつける。

 「……アンナ、だが……」

 オウガイの言い訳も今の激怒しているアンナには通じない。彼女はバックからバスタオルを取り出すと無理やりオウガイへ被せて言った。

 「オウガイ様は怪我人なんだから其処で待ってて!! 私が……こんな闘い終わらせてやる!!!」

 どちらとも救われぬ闘い。もう見るだけでうんざりだ。

 彼女はたった一つの賭けを信じて行動を移す。下手すれば自分も危ういが……この縛られた馬鹿者に構う位なら
 自分で今の状態を破壊してやると彼女の怒りが悲しみで泣き崩れそうな心を上回り一つの道を信じて賭けに出る選択に出る。

 そう……彼女は荷物の中に残る最後の武器……拳銃を取り出すとジャギとサウザーの元へと駆けた。

 オウガイは、彼女の投げたバスタオルを手に持ちながら……無言で悲しみや色々な感情を湛えながらその背を見送った。


 (……私は)

 一つの誰にも聞こえぬ呟き……それと共に。




 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!!!







 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!!!」

 「ひゃおううううううぅ~~~~!!!!!!」







                                  白鷺飛翔脚!!!






                                  鷹翔脚!!!





 シュウとレイの同時の飛び蹴りが暗部を襲う。

 飛び掛った二人の暗部は同時の蹴りを喰らうとぶつかり合うようにして吹き飛び大樹の一つへと崩れ落ちた。

 それを補うように多数の迷彩色の者達がじりじりと寄り集まりシュウとレイの元に間合いを詰める。

 「はぁ……はぁ……レイっ、未だ余裕あるか!?」

 「すぅ……はぁ……あぁ!! 勿論だとも!!」

 互いに背後に居て目を閉じつつ気を満たし体力を回復させる事だけに集中している拳士達の壁となり迎撃だけに集中する。

 無闇に飛び出すような真似はしない。このように飛びかかってきた相手に対しカウンターする方が楽だと今では二人とも気づいてた。

 だが、それでも二人だけの攻防は長く続きはしない。二人では後数分保って良い方だろう。

 ……それは彼らも重々承知だった。

 「……っうっし! そんじゃあ第三ラウンドといきますか!!」

 パシッ、と手と拳を合わせつつゴーグルを被ったセグロが最初に立ち上がり参戦しようとする。

 「ちょっ! 貴方一番傷が深いんですよっ!?」

 カレンの制止すら振り切り、彼は腕を回して気丈に周りに聞こえるように唱える。

 「へっ……! レイなんぞに何時までも格好付けさせられるかってんだ」

 そう、彼は軽口叩きつつ痛んだ体を無視しつつ前進する。その何時もの余裕は皆を安心させるパフォーマンスだ。

 「……はぁ……あんたとの縁、もう切ろうかしら?」

 そんな、無理しつつ自分達を守ろうとするセグロにため息を吐きハマも立ち上がる。一人で無茶するこの馬鹿をフォローするのは
 自分の役目になったのは何時の時だったか? 彼女はもう遠い昔の事だなと考えつつ自分が立ち上がるとシシシと笑う友を軽く睨む。

 「……あっ、何か俺も急に『闘わないと死んでしまう病』が発病しちまったわ」

 「斬新すぎるだろ、それ。……まっ、もう痛いって泣き言吐いてられないのは事実だけどね」

 イスカ、キタタキ。

 立ち上がる二人。実力は未だ低くも援護は出来る。このまま死地でずっと動かぬまま友が傷つくのを見るなど無理だから。

 アミバはそんな拳士達を、馬鹿らしく見つめてた。義理も無くどうも負け戦に近いこの状態。もう、隙を見て逃げてやろうと思うが……。

 「……っん? おっ、おい鳥頭ぁ正気かぁ!?」

 連れである少女が立ち上がり屈伸しつつ前に出るのを見て慌てて声を掛けるが、その時は他の拳士達と共に構えていた。

 「……くそっ! 此処で俺一人退散したら完全に悪者見たいになってしまうだろうが!!」

 立ち上がり彼も小さく叫び進み出る。そんなアミバに連れの少女は微かに笑みを一瞬浮かべた。

 (いや、見たいじゃなくてそうでしょ)

 カレンの無言の突っ込みが映える中、アミバは肩をいがらせて構えて『木人形(デク)共め! 掛かって来い!』と怒鳴る。

 南斗拳士の意地、見せたり。

 治療の為に後衛に控えるカレン以外、前衛の南斗拳士達はこの次の戦闘で全てを終わらせてやろうと気炎を上げる。

 既に本当の本当に体力の限界は来ているのだ。意地と根性で彼らは闘っているが、これ以上は無理だろう。

 拳士と暗部達は同時に叫んだ。

 『来い!!!!!』

 『死ヲ!!!!!』


 最後の激突がぶつかり合う。それは他の場所で闘う幾つ者南斗拳士達も同じだ。

 獣相手に傷だらけになりつつも戦う阿比拳のハシジロ、しつこく自分を喰らおうとする熊に立ち向かう百舌拳のチゴも。

 食火拳のエミュ、鯵刺拳のユウガ、連雀拳のオナガと連携を組み暗部と闘っている拳士達も。

 全員が全員、この闘いに自分達の存在意義を懸けて立ち向かっていた。                         



 その先に……光がある事を願って……!!




 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!!!!






 「おおおおおおおぉぉぉ!!!」






                                南斗獄屠拳!!!




 「いいいいいいやぁぁぁぁ!!!!」



                                南斗虎破龍!!!!




 ジュガイの強烈な孤鷲拳の蹴りが狂戦士である暗部の腹部へとめり込む。体をくの字へと曲げる敵。

 瞬時に飛びのいたジュガイと入れ替わるように、ヨハネは独特の構えの後に連続突きで相手の前進に打撃を与える。

 南斗虎破龍は水鳥拳では本気を出す構えとして成っているが、ACゲームの中では構えの後に連続突きをする技となっている。

 ゆえに、このヨハネが扱うのは水鳥拳の虎破龍とは異なる攻撃の技と扱って貰いたい。

 「死イイイイイイイイオオオオォ!!!」

 だが、まるで痛みを感じぬように暗部は体を反らし拳打をいなすと瞬時にヨハネとジュガイ向けて鉤爪を振り払った。

 無言で胸元に斬撃を喰らい吹き飛ぶ二人。浅い出血と共にこれまでの闘いの疲労が襲い掛かり二人は体を屈ませる。

 歴戦の勇士と比べれば確かに未熟ながらも、日々山々を動き回り肉体研磨を担う二人の少年拳士を嘲笑うように暗部は
 未だ闘士揺るがぬ瞳で二人を標的として見つめる。拳士二人はその尽きぬ闘気に不利を感じながらも視線を受け止める。

 ……口元に笑み浮かべて。

 「……時間は、稼いだ」

 「ふん……華は持たせてやる」

 ヨハネとジュガイの言葉に、暗部は今まで意識の外に放置していた一人の拳士に目線を向ける。

 『いけっ……シン』

 「……あぁ!!」

 其処には……気を満たし完全なる一撃を放つ事が出来る状態のシンが恐ろしい程に静かな光を湛えて暗部を見つめていた。

 今この場には同志以外は彼の守る物は無い。

 だが、今のシンが守るのはユリアや他の者達では無い……彼を取り巻く『平穏』と言う日々の何変哲無い概念を守る為に闘ってるのだ。

 その日常を守る為に彼は拳を握る。日々の中の光を守らんとし……彼は。

 (使うぞ……この拳を……!!)

 ユラリと変質化する空気。シンの高揚する体の中に眠る力が両腕へと移動する。

 未だ小さくも確かに眠る彼の気(オーラ)……それは淡い雪のような光となり彼には両手の掌に点るように思えた。

 (今なら使える気がする……誰かを守りたいと願い……その為に闇にすら立ち向かった貴方の拳……力を貸してくれ……!!!)




 「破ァァァァァァァァァァァァァァ~~~~~~~!!!!!」




 両手を独特に曲げながら、彼は真っ直ぐ伸ばした手刀を迫り来る暗部目掛けて狙い済まし……一人の名を心の中で呟いた。






                                (ウワバミ!!!)







                                 南斗飛龍拳奥義!!!






                                南斗千首龍撃!!!!!!!











  ・



           ・



     ・



      
         ・



    ・



        

         ・




              ・





 
 


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!




 雨が、降りしきる。

 誰も救えぬ程に修羅道に落ちる二人は睨みあっていた。

 だが……一つの気配が、一つの足音が彼らに近づくのに気づくと同時に二人はその方向へと目を走らせた。

 ……一人の少女が、拳銃を握り締めて立っている。

 それに一人の男は眉を顰め。

 一人の男は口裂けて哂う。

 互いに消耗し、肉体が脆くなっている今の状態では一発の銃弾が鍛え抜かれた肉体であろうとも戦局を左右するとどちらも知っていた。

 そして、数分前にその女性を殴りつけた狂王は顔を顰め。

 そして……女性の守護者たる彼は応援たる彼女の登場に哂う。

 互いに浮かぶ思考は真逆ながらも、彼女のする事が自分達の予想通りだとは確信しきっていた。

 


                                ピカカカアアアアアアァン!!!!



 雷鳴の轟きと同時に二人が叫ぶ。

 「小娘ぇ! そんな鉄屑でこの王を撃つと言うならば……後悔するぞ!! 貴様の一族もろとも皆殺しにしてやる!!」

 鳳凰の化身と謳う狂う王は叫び。

 「へへへへ!! 良いぜアンナ!!! 最高だ!!!! 撃て!!! 撃て!!!! それで決着つくぜぇ!!」

 邪狼の妄執が盛る醜き獣は鳴く。

 対して……少女はどちらの声も聞こえぬように静かな瞳で二人を見つめていた。

 


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……。







 拳銃を握るのは二度目。

 一度目にそれを握った時、私は『私』である事を恐れて小さな小さな部屋の中に蹲っていた。

 小さな私が重たい凶器を握り、今の状態に似て優しい人と恐ろしい人に銃を向けていた。

 ……『あの人』は言ってくれた。

 『アンナ……おめぇは優しい子だ……だから後悔するかも知れない……』

 『だけど……それで俺は救われる……そしてお前も救われなくちゃならねぇ』

 そう言って……『あの人』は微笑んで撃ってくれと言った。

 ……最後にお父さんと告げると、優しい表情で眠った酒臭い変人のおじさん。

 泣いちゃう位、人の深い部分を見てる人。そして何処までも自分の拳を受け継いだ場所を守る為に闘いぬいた人だった。

 自分の守るべき者を突然奪われて。

 自分の守るべき者を見失い放浪して。

 それでも……最後に『私』に託して自分は救われたと言ってくれた……この世界で『私』を二番目に救ってくれた。

 一緒に居た時間はとっても短くて。

 そして残る思い出は永遠に等しくて。

 ……だからこそ、今この瞬間あの人の顔が脳裏に思い出される。

 そうすると……雨の音に混じってその人の声が聞こえるように思えた。

 『……おいっ、ガキんちょ』

 あ……またそう言う風に馬鹿にするんだ?

 『へへへへ……何時まで経っても俺からすりゃガキんちょだよ。……背が伸びたな』

 そう言って、目の前の洪水のような雨の世界が消えて真っ白な世界の中に『私』と『その人』だけが見合わせるように立つ。

 昔と同じ皺々のコート。よれよれのズボンで締りの無い服装して鼻の頭を赤くして酔っ払っている表情でいかついサングラス。

 顔は見た目はヤクザのように恐ろしい風貌で……だけど心は全く笑っちゃう程にお人よしで……。

 暫し、互いに見詰め合っていた二人。そして男性の方はサングラスを摘みつつ口を開いた。

 『……やる事は解ってんだろ?』

 『うん。私はそうするつもり』

 そう、笑顔でアンナは言い切る。……男性は笑いながら言った。

 『違いねぇや! あの馬鹿と、そして大馬鹿を覚ましてやんな。……ったく、最後に忠告したのに全然忘れてんだから仕方がねぇや!』

 そう言い捨てて、彼は白い風景だけの世界の遠くへ歩き去ろうとする。

 『あ、待って!!』

 『お? 如何した?』

 その前にアンナが慌てるように呼び止める。怪訝そうに振り返った男性に、アンナはもじもじと言い辛そうな表情をする。

 『おいおい何だよ気になるなぁ? ……何か俺に隠してんのか? 今更何か重要な事でも……』

 『あのね……』

 そして、アンナは思い切ったように告げる。

 『私……最後にお父さんって告げたけど……××××の事は叔父さんって認識なんだよね。自分の中で』

 その言葉に男性はアンナをすり抜けて地面に転ぶ。お笑い芸人の如く見事なコケ方だ。

 『て!! んな事わざわざ重大そうに言うな!! びびるだろうが!!』

 男性の怒鳴る顔にアンナは笑う。その笑顔を見て、ため息を吐き苦笑いしながら……男性は今度こそさよならだと背を向けた。





                           『……あばよ。頑張れアンナ』





                           『うん……またね、ウワバミ』






  
   ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!



 (私は……)

 カチャ……。

 (私は……『この選択』を信じる……!!!)

 撃鉄を鳴らす。一回の深呼吸と同時に彼女は前を向く。

 あの時に言われた撃ち方の言葉を一語一句思い出し、精神を統一させて彼女は『ソレ』を狙う……。

 『ソレ』は目を見開き……そして信じられないとばかりに言った。

 「おい……アンナ」






                             「何故『俺』を狙う?」




 
 ……狙うはジャギ。

 その行為に何とか銃口を逃れる為に動こうとしていたサウザーも怪訝そうに二人を見比べる。

 「……ジャギ」

 降りしきる雨の中、見とれる程に彼女は美しい笑みを浮かべジャギを見つめる。

 信じられぬとばかりに『ジャギ』は今行われようとする、今アンナがしようとしてる事に彼の精神に解答出せず硬直する。




                                「信じてるよ」





 その言葉と同時に……彼女の指に添えられた引き金は引かれ。






                                   パァン!!!






 ……ジャギへと当たった。




















               後書き





   さあて、次で終わりかぁ~。




   え? 此処で書くのを止めるジャキライって外道ですと?



   なぁにぃ~? 聞こえんなぁ~!!










[29120] 【巨門編】最終話『終わりなき未来への空(結)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/29 22:15
 







 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!





 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!


  じっと一人の少年は椅子に腰掛けながら窓越しに途切れぬ程に流れる雨を見ていた。

 彼は雨が嫌いだ。雨が降る時は決まって何かを失いそうな気持ちになるから。

 彼は窓辺に座りながら、じっと形良い顎に手を付けて窓に幾つも滴る雫が落ちていくのを眺める。

 その時、控えめのノックと同時に小人症とも思える程に小柄な妙齢の男。執事の服を纏った人物は湯気の立った紅茶を運んでくる。

 「アールグレイで御座います。ユダ様」

 「有無……良い香りだ、コマク」

 程好く彼好みの落ち着く香ばしさが鼻腔を擽る。ゆったりと紅茶を口に付ける人物……紅鶴拳伝承者候補のユダをコマクは眺める。
 一介の世話役の身分だが、言わずには入れない事が彼の今の心境にはあった。その心の内が彼の態度にも表れる。

 「何をソワソワしている? コマク」

 問いかけと共に、胸の内を明かせとの視線。邪な考えでも無いのでコマクは正直に頭を下げつつ返答した。

 「ユダ様に尋ねると言う無礼になりますが、正直に言います。……行かなくて宜しかったのですか?」

 「……」

 そのコマクの言葉に、彼は黙ってもう一度紅茶を含んだ。

 雨の音だけが彼が鳥影山に建てた別荘の部屋の一室を満たす。二人の人物は暫し物音も声も出さず、雨の音だけが支配する。

 その静寂の中で痺れを最初に切らしたのは彼の永遠の僕を謳うコマク。彼はもう一度申し訳なさそうな顔で尋ねた。

 「宜しかったのですか? 他の拳士の皆様達は全員私の見る限り参じたようです」

 ……彼の問いは、ジャギの救援の求めに対して。

 コマクは彼と彼女が何を思いユダに助けを求めたかは詳しく知らぬ。それでもユダが彼らの親友であろうとコマクは信じていた。

 この鳥影山に来て二、三年は経ったか? 昔の彼の当主は誰であれ冷徹な仮面を被り、独裁者のような振る舞いを見せていた。

 だが……彼らとの出会いが良いガス抜きになり、今の自分の当主は遠い家族と一緒に居た頃の優しさが垣間見えるように思えてた。

 無理にコマクがユダを急かし行かせる真似が出来る筈もない。無論強制する気は無いが……これが本来親友ならば行くべきではないか?
 
 コマクはそう通常の感性から、ユダがこの屋敷で動かず黙って時を過ごしているのを歯痒い思いで見守っていた。

 ユダはコマクの言葉に何かを言うでもなく、黙って再度紅茶に口を付ける。

 コマクは更に続けて何か言いたかったが、ユダの機嫌……そして当主の遺言が頭にちらつき言葉が続かない。

 だが、コマクには長く感じる数秒の後にユダはティーカップを音も無く下ろすと静かに口を開いた。

 「……コマク、今から話す事を他言無用に出来ると誓うか?」

 「へ?」

 コマクは彼の言葉が最初解らず間の抜けた声を出す。

 だが、彼が自分の疑問に答えてくれるのだと気づくと慌てて激しく縦に頷いた。

 それに少々の笑みをユダは浮かべ、そして真顔になると話はじめる。

 「……俺は、最初アンナとジャギの話を聞いた時に感じたのは違和感だった」

 そう言いながら、彼は漂う湯気に絡みつかせるように人差し指を伸ばし話し続ける。

 「奴の話と、そして今日のこの日……この日はな、サウザーの奴の元服の日なのだ。……これがどう言う事か解るか?」

 コマクへの問いかけ。ユダの思惑に彼がそれだけで理解出来る筈もなく沈黙を守る。

 ユダも彼の返答に最初から期待もしていない。そのまま話を続ける。

 「……少し話を変えるが、古来からの風習に面白い儀式があるのだよコマク。その儀式とは肉親、及び親しき間柄の
 人物と当人である者が決闘し合い、その工程の結果当人が近親者である者を討ち果たし、成長すると言う儀式だ」

 その言葉にビクリとコマクは一瞬震える。かつての時、幼い優しい当主が壊れた忌まわしき日の惨状を思い出し。

 「無論、それが鳳凰拳に当たるかは知らん。……だが、俺の推測ではサウザーが誰かしら殺害するとジャギは何処から聞いたのだろう。
 そして……あの馬鹿の事だ。サウザーが殺人者になる事を避けたくて今日この日に他の仲間を掻き集めて阻止しようとする気だ」

 ……ユダの推理。

 彼はアンナとジャギが走り頭を下げて拳士達に頼んでいた時。一人彼が執心する彼女に怒鳴られた時に思考していた。

 サウザーの元服、それとジャギとアンナの慌てよう。

 不可解な自分の知る者の行動と、そして南斗の闇を知るゆえの彼の灰色の脳細胞は、現在浮かぶ雷雲に当てられたように答えを導く。

 その日行われるのは鳳凰拳継承儀式。

 その儀式の内容は恐らく……誰かを殺し得る物だろう……と。

 「!! っで、ですがそれはっ!!」

 コマクも事の重要さにやっと気付いた。ジャギとアンナの計画がユダの言葉通りならば彼らの身が危ない。

 彼もユダに付き添い南斗には恐ろしい部分もあると知った身。軍人である彼はどの組織にもある暗い部分は長い人生経験から知ってる。
 そして……その闇に薮蛇に突っついた事により人生が破綻してしまった人間達の末路をコマクは理解していた。

 「あぁ……お前の考える通りだろうな」

 ユダは冷静にコマクの焦る様子を見て嘲笑うでもなく真顔で頷く。

 コマクは何故そんなに自分の当主が冷静なのかと頭の中にちらつくジャギやアンナ達の安否に一時混乱しかける。

 「ならばこんな所でのんびりしてる場合では!! 急ぎ彼らの元へ……!」

 「そんな事して何になる? 言っとくが推測の域だ、コマク。そしてこれが真実であろうと、サウザーの行う事は南斗が黙認してる。
 アンナと馬鹿共のしようとする事は、南斗に表立って反逆するのと同義なのだ。お前はソレが出来るか?」

 呆れた口調でのユダの完璧なる論理と問い。コマクは何も言えず言葉を窮し黙り込む。

 確かに、ソレは自殺行為だ。南斗に正面から楯突くような事をすればどうなる? 自分一人で無策に突っ込んだところで
 当主の迷惑になるだけだ。例えユダが未来で南斗六聖の一人になる者と知れても、彼にも不都合が生じるだろう。

 正面から挑むのは無謀。そして裏から援護するにも……時間はもう無い。

 歯痒さが体を満たす。このまま自分は真実を知りつつユダの親友達に介助も出来ず祈るしか術が無いのか? ……と。

 そして縋るように彼は自分の当主を見た。……そして気付く。

 ? ……何故、そんな重大な事に気付きながらこの自分の敬愛すべき方は、この数日何もせず沈黙を続けてたのだ? ……と。

 「ユダ様……」

 「なぁコマク、一つ要らぬシーツが有ったな? ……ソレを持ってきてくれ」

 「えっ? あっ……はい、畏まりました……」

 何か策があるのですか? と尋ねる前にユダが命令を口にする。

 自分の問いよりも当主の命令の方が遥かに大事ゆえに、彼は自分の疑問を押し殺し命令を実行した。

 手早く一つ要らなくなった少々汚れつつも未だ白地が多いシーツを持ってくる。

 何をする気か? とユダの行動を見守っていると。ユダは黙ってシーツに指を滑らせて半分程度に切った。
 そのまま切った片方をクルクルとボール状に丸める。そしてシーツの片方を被せると、彼はそれを捻るように回す。

 「……あのっ」

 何やら図工をしているようなユダの様子に、コマクは先程の問いを聞こうとする。

 だが、その前に彼は窓に視線を走らせ、物憂げに言った。

 「コマク」

 「はいっ、ユダ様」

 「……雨が、長いな」

 「えっ……はい……そうですね」

 ユダが窓から見上げる空。

 コマクも釣られ見上げると……確かに雨はこれ以上降り注ぎそうに感じた。

 ……電話の音が鳴った。コマクはユダを見るが相も変わらず雨が降り注ぐ外を眺めている。出る気は無さそうだ。

 そっと吐息を吐きつつ、ユダはそっと足音立てず電話の方向へ向かった。





 ……ユダは無人の部屋で、ただじっと窓の外を眺めていた。





  ・




            ・




     ・



          

          ・



    ・




         ・



 
               ・



 ……? 何処だろう、此処は。

 その時、ジャギはうつぶせに倒れていた。

 そして起き上がり彼は最初に自分の居場所が何処かを考える。何処もかしこも真ッ更な大地。……何も無い場所だ。

 「此処はあいつの居る世界……っぽいけど場所が違う? ……此処は……」

 砂漠だ。そうジャギは自分の踏みしめる足元が砂に絡められたのと同時に呟く。

 辺り一面砂漠。全てが砂地で一歩踏めば細かい土の粒が彼の足を捉えようとする。

 彼は奇妙な場所だと思った。それは何時も彼が知る極悪非道のジャギと修行する場所とは違った場所だったから。

 恐らく自分は、サウザーに連続の蹴りを受けた時の衝撃で意識を失った……の。

 「!! そうだっ!!? 早く戻らねぇとやべぇじゃんかよっ! おい!!??」

 急激に、彼は自分の居た現実がやばい事になっていたと思い出す。慌てて彼は原作のジャギの居る建物へ向かおうと走り始める。

 だが数秒足らずで彼は足を止めた。まず砂地で思うように走れぬのも原因だが、視界に建物が一つも見えぬからだ。

 「っ……どうすりゃいいんだよっ……」

 歯軋りと共に彼は天空を見上げる。夜と昼が合体したような奇妙な空はジャギを見返した。

 この風景を見る限り間違いなく此処は原作ジャギが居る場所だ。ならばきっと目覚める事が出来る。

 何とか辿り着けぬかと彼が悩み始めたその時……砂吹雪が彼の顔面を襲う。

 「ぶっ!! ……ペッ……ペッ……ひで……?」

 ……?

 ジャギは、砂吹雪が途絶えてから気付く。……目の前にさっきまで何も無かった場所に忽然と誰か立ってたからだ。

 いや、誰かと言うのは可笑しい。ソレは良く自分が知る人物だからである。

 「っ何だよ、いきなり現れるなよ! ……なぁ、此処どこなんだよ? 何時もの建物も見当たらないしよぉ」

 彼は見知った人物に安堵した顔になり近づく。……その人物は腕を組み仁王立ちしたまま何も言わない。

 そのちょっとした不自然さに疑問が少々沸いたが今のジャギに余裕は無い。彼のすぐ傍まで歩き周囲を見つつ再度声を掛ける。

 「なぁ、俺早く戻らないとやべぇんだよ。どうにかして、こっから手早くもど……」

 そこで、彼は閉口して自分より少々高いその人物を見上げた。

 ……その人物は全く何も言わず、ただ何やら妖気にような一緒に居ると肌冷える気配を出し立ってる。

 装着した鉄ヘルメットから覗く目元に光は無い。それは目を瞑ってるからだと一瞬後にジャギは理解する。

 目を瞑り、ただじっと腕組みしたまま自分の声にも反応せぬその人物へ、彼はどうも様子が変だとばかりに恐々とその名前を呟く。

 「……ジャギ?」

 ……瞬間、ゆっくりと開かれる瞼。……赤い瞳。

 その人物は組んでいた腕をゆっくり解き両手を自然に垂らすと。ゆっくりと少年の方へと目を向けた。

 その目に映る感情の色は……全くの無。

 (……っな、何だ? ……何時ものあいつと違う?)

 ジャギは一歩後ろへ下がりソレを警戒して見る。ソレはただじっとジャギを見つめながら……そして片手を上げた。

 ……その片手は人差し指だけを伸ばす形になり、そしてジャギへと告げる。

 「……てめぇは」

 そして、ソレは初めて声を出すと……ジャギへ告げた。








                         
                             「……俺が必ず殺してやる」






 ……吹き荒れる砂風。

 その風の中で少年とその男は微動だにせず視線を交差しあったまま暫し動かない。

 「……は? てめぇ、何を」

 ジャギの問いかけ……だがそれは適わなかった。

 「え? うわわわ……!?」

 言ってるんだ。と言いかける前に彼の砂地がいきなり引きずり込むように動く。

 そして彼は有り地獄に落ちるように突如自分が深い砂の穴に引きずり込まれていく。慌てて逃れようとしても時既に遅し。

 「おいっ、ジャギ助け……!」

 必死で、下半身まで砂に呑まれたながら彼はその男に手を伸ばした。

 だが、それに無言でソレは穴に引きずり込まれていく彼をじっと見つめていた。

 ……狂気的な光を宿しながら。

 (……あれ? つか……あいつの右腕……何だか小さな穴の痕が……)

 その小さな違和感と共に……彼の意識は其処で暗転した。




  ・




            

              ・



       ・




            ・



     ・




           
          ・




                ・


 
 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!!!!


 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!!!



 「……はっ!?」

 急激な意識の覚醒。目の前には先程まで死闘を繰り広げていたサウザーの形相。

 ……ズギッ!!!!

 「ギィ!?」

 瞬間、突如体全体が軋むような痛みがジャギを襲う。

 暗転して目覚めたばかりの意識が一瞬にして気が遠くなりかける。それをさせなかったのは一人の少女の叫び。

 「ジャギ!!!」

 「っ……アンナ!? ……っ」

 アンナがすぐ近くに立ち大声で自分に叫んでるのに気付き彼は慌てて自分に迫った手刀に反応して避ける。

 「雄雄雄雄雄雄雄雄雄ォォォォォォ……!!」

 「っちっ!! てめぇいい加減にしろよ、おらっ……!!」

 両手でジャギは痛む体を無視してサウザーの両腕を押さえ込む。

 サウザーは形相のままに吼えながらジャギの体に死を与えんとその腕を振り下ろそうとする。

 (どうする!? このままじゃ、俺もサウザーも救うところか死ぬぞ!)

 ジャギはどうやってサウザーの意識を正気に戻せるかなど知らない。……だからこそ、自分に出来る事だけをするのみだ!!

 「とっ、とと……!!」

 サウザーの両腕を手を抑えながらジャギは体を反対へと反らす。

 その動きにサウザーはジャギが何しようとしたのかを察する。離れようと強烈な蹴りをジャギの腰へと当てる。

 肋骨が折れそうな痛み。いや、既に折れてるかもしれぬがジャギは唇を噛み、その痛みを怒りへ変えながら怒鳴る。







                          「目を覚ませや!! オノレはぁ!!」






 ……頭突き。完全なるヘッドバット。

 これでも石頭には多少の自身はあるジャギ。その頭でサウザーの額へと頭をぶつける。

 サウザーも今までの死闘で何度か彼の頭突きは喰らっている。だからと言って慣れぬ訳でなく、彼の一撃に蹈鞴(たたら)を踏む。

 僅かな隙、その隙をついてジャギはサウザーの背後へと回ると腕を拘束した。

 「……っ離せ……離せぇ゛!!!」

 「嫌だね!……意地でも離すか……!!」

 このまま力尽きるまで離すかと、サウザーの体力が尽きて意識が途切れるまでジャギは待つ事を選ぶ。

 その、既に狂気から開放されたジャギと未だ狂い暴れるサウザー。

 ……見方を変えれば、もはやこの狂った宴は終了に入ったようにも思える。

 「……サウザー」

 「っ! オウガイ様……!!」

 ジャギが暴れるサウザーの拘束に成功した時、彼の師たる人物は近づく。

 アンナは先程までオウガイが死を投じる気で居た事から、彼の人が未だ愚かな行為をするのかと疑い前に両手を広げて出る。

 暫しアンナとオウガイの視線が交差する。……そしてオウガイの笑み。

 「……除けてくれ。……大丈夫だ」

 「……」

 オウガイの言葉に、アンナは黙って手を下ろすと道を開ける。

 「ウオオオオオオオォォ……!! ガ嗚呼嗚呼嗚呼ァァァァ!!」

 「くそっ!! てめぇ死にかけの癖に暴れんじゃねぇっつの……!!」

 ジャギの拘束を無理に解こうと骨すら外しそうなサウザー。瀕死に近いのはジャギも同じゆえに、青褪めつつ力を込め続ける。

 そしてサウザーの目の前へと降り立つオウガイ。ジャギが気付き危ないと言う制止も無視し、オウガイはサウザーへ向けて口を開く。

 「……我が弟子よ、随分な姿になったな……」

 「うぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛……!!!」

 首を振り、サウザーはオウガイの言葉など耳に入らぬ如く暴れている。第三者から見れば声を掛けるオウガイは無謀と思うだろう。

 それに構わず……オウガイは話し続ける。

 「……信じられぬかも知れぬが、私は本当にお前を愛していたのだ。そして愛してたゆえに、この選択に間違いないと考えてた」

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……!!!」

 「私は、この如何ともし難い世に平等なる平和を授けし者を育てられるのならと、この命をお前に譲るつもりだった……」

 「お゛ヲ゛ヲ゛゛ヲ゛゛ヲ゛ヲ゛……!!!」

 「だから……私はお前が私に対する情すらも、私は無理に見ずにお前を裏切る真似をしてしまったのだ」

 「がああああああぁ゛ぁ゛ぁ゛……!!!!」

 サウザーは暴れる。目を剥き、既に流れぬ血を目から流し。

 必死で抑えるジャギと、そして一部始終を見守るアンナ。

 オウガイは吐息すら届く程の距離で、サウザーへと言う。

 「我が弟子サウザーよ……今こそ言う」

 「私はお前の瞳に……極星である南十字星を見たのだ」

 その言葉と同時に、オウガイは涙を流し更に彼へ訴える。

 「ゆえに私は……お前に王たる道の試練の一つとして……この愚かな老いぼれの愛でお前が羽ばたくと盲目してたのだ」

 「……許しておくれ……そして……お前を心から愛してるよ」

 「今昔、そしてこの時も……これからもだ」

 その言葉と共に、オウガイはアンナから渡されたバスタオルを暴れるサウザーに優しく被せる。

 



                          「さぁ……目を覚ましとくれ、我が子よ」






 

  ・




             ・



     ・




          ・



   ・





        ・





              ・



 「いやっふうううううううううううう!!!」




 
 
                               南斗鶺鴒拳!!!




 「ひゃおおおおおおおおおおん!!!」





                                  飛燕流舞!!!!





 「あっは!! やべぇ一周して何か体温まってテンション上がって来たぜ!!? 未だ未だ全然いけるぜ! 俺!!」

 空中を舞いながら敵に攻撃を当てるセグロ。それを援護するように残る二人が彼の動きに気が殺がれた敵に攻撃を加える。

 昔から得意の陣形を、彼等は戦い続けた可笑しなテンションのままに暴れまわる。
 「おい馬鹿、それ完全に風邪だ」

 「はははははっ! でもっ、何だかいけそうな気がするのは僕も同感だよ!」

 セグロの大声。それとキタタキの突っ込みと感化されたイスカの声。

 「……やれやれ、全く何処までも能天気な奴等め」

 それを、レイは苦笑しつつ彼等と隣り合って拳を構える。



 「はいいいいいいいいいぃ~~~~やぁ!!!」

 「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~とぉ!!!」





                                 南斗雲雀拳!!!




                                 南斗企鵝拳!!!






 「……ぜえ、ぜえ、ぜえ。キマユ、先にばてたら殺すからねっ!?」

 「怖いわねぇ~。ちょっと駆けつけるの遅れたからって止めてよね、そう言う野蛮な言い方?」

 それと同時に少し遠く離れた場所で空中を舞う様にしての攻撃と、波のように揺らした腕を鞭の如く攻撃する二人の少女。

 少々下方で相手をしてた企鵡拳の少女は、朗らかに殺気立っているハマへと揶揄する。

 疲労困憊である事を二人ともあえて隠し、元気であると自分に錯覚させて。

 「木(デク)人形風情めぇ!! この俺様の編み出し南斗聖拳の前に敗れるがいぃ~!!」

 「……合わせる」





                                  鷹爪三角脚!!!!!!



 アミバも半ば自棄になりつつ、もう一人の少女と共に飛び蹴りを暗部へと与える。
 アミバの攻撃を避けた敵は、影から同じく飛び蹴りを放った少女の一撃を偶然にも頭部に当ててそのまま昏倒した。

 



 「ちぇ~~~~~~~~すとおおおお!!!」







                                南斗阿比拳!!!





 「ひっひっひしぇしぇ!! おらおらぁ!!」




                                南斗雷震掌!!!





 「ふぅ~~~~!! ……未だ来るかぁ!!?」

 「へへへへっ!! こりゃあハヤニエのお祭りだなぁ、おいっ!!」

 鋼の如く両腕で飛びかかる敵に剣と化した腕を振り下ろすハシジロ。

 そして、泥濘の地面に拳を突き刺し、その衝撃で泥柱を放ち暗部に当てるチゴ。





 「……っ未だ、やれるな?」

 「えぇ……この命ある限り」

 互いに体を寄せ合い、カガリとシンラも投擲武器を握り暗部相手に星の数程に振るった腕に力を込めて敵へと放つ。






 
 「ひゅううううううううう~~~……とぉうっっ!!!」

 「たああああああああああ~~~~~やぁあっっ!!!」






                                 烈脚空舞!!!!!!





 「カレンっ、最後の蹴りは上空へ突くように衝撃を先端に込めなさい!!」

 「師匠っ、説教は帰ってからでお願いしますって!!」

 カレンも全方向で激闘の渦に否応なく参戦し、今は自分の師と共に未熟ながらも教わった技を同時に解き放つ。

 本来、多勢に無勢ながらも彼等が調子を取り戻している訳。

 それはシュウが持参した漢方薬のお陰? それとも暗部の方が消耗したから? 少々遅れて仲間が数人来てくれたから?

 ……いや、どちらも違う。

 彼等は知っているのだ。……この身が倒れれば次に倒れるのが大事な友だと。

 だからこそ力を振るう、そして彼等の精神に更なる力が与えられる。

 この身は今は空を翔る一羽の鳥として。何者にも負けぬ羽根は生えている。

 ……絆で結ばれた戦友(とも)の力が相互に共鳴し合い。

 『死ヲ! ……死、ヲ!! 死……ヲ!!!」

 その、幾ら追い込もうとも底知れぬ力を見せ付ける拳士達に暗部はここへ来て疲労の色を帯び始めていた。

 どれ程に武器を振るっても、どれ程に南斗を守らんが為に培った拳を与えても。

 何故こいつ等は倒れない? 何故こ奴等は目から光を失わない??

 彼等には理解出来なかった。ただの侵入者達である彼等に、何故そこまで闘う理由があるのか……と。

 それをもし問う事が出来れば、彼等は躊躇無くこう一言答えただろう。

 


 『そんなの……仲間が危険と言う事だけで十分だ』



 ……と。



 肩を上下に揺らし暗部はカチカチと暗器を擦りつつ拳士達を睨む。

 泥だらけになりつつも、拳士達も光を輝かせ暗部達の視線を受け止める。

 そして、また苛烈な激闘が始まりかけた時……。















                             ダダダダダダダダダダダン!!!!



                               『全員投降しろお!! こちら陸軍である!!』














 ……第三者が介入をした。

 「は? ……り、陸軍??」

 「何で……陸軍がいきなり出てくるんだ??」

 ハマ・セグロが困惑して相手に向けて飛び出すのを止めて全員の心を代弁する。

 突然の銃声と、そして拡声器での投降の呼びかけ。

 それにどちらの相手も動きを止める。更に拡声器の声は轟いた。

 『繰り返す!! お前達は我等陸軍の演習地である場所を荒らしている!! 速やかに去らなければ強制撤去を行う!! 繰り返す……』

 それは、今からこの場を離れなければ発砲するとの命令。

 それに南斗拳士達はこの場の年長者であるシュウを見つめた。その注目されたシュウは重く吐息を出すと暗部へ顔を向ける。

 「……と、言われているが如何するかな? 良い機会なので言っておくが、我々が此処に来たのは不慮の事故のようなものだ。
 ……貴方がたがどのような目的で此処を守り、そして我々と闘ったのは定かで無いが無益な殺生は避けたい」

 『……』

 シュウの言葉に、暗部達全員は無言で思考する。

 ……侵入者を排除するのが自分達の目的。それは王の開花を阻む者を排除する為だ。

 何故にこの自分達と違い表の世界で拳を振るう南斗拳士達が訪れたが不明だが、この者達を強引に続け闘うのは不可能。

 それに、軍に我々の正体を知られるのは避けたい。我々はあくまでも南斗の影……第三者に知られる訳にはいかぬ。

 『……我等ノ事ハ他言無用。……承知願エルカ?』

 「あぁ……我が拳に誓って」

 そう言って、シュウは背筋を正し合掌する。

 北斗と同じく南斗にも誰かと誓いをする時は北斗天帰掌と同じように命と共に誓う意味合いでの構えがある。

 それが奇しくも南斗では天帰掌と同じ構えだっただけの事。それに倣うように他の拳士達も命惜しいので同じく構える。

 数名(アミバ、それにセグロ)少々構えるのを渋ったのも居たが隣の人物に強い目線で訴えられ渋々構えた。

 それを見届けた暗部達は、無言で倒れた仲間を担ぐと森の奥へと姿を消した……。

 「……一先ず、終わったな」

 『……はぁ~……』

 シュウの声。それに全員が解放されたと知り力なく地面に座った。







 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ……!!!






 斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃……そして斬撃。

 何重もの手刀の嵐から放たれる千の龍の爪と牙を模した南斗飛龍拳の奥義、南斗千首龍撃。

 シンがかつて彼から譲り受けた魂の拳。それは紛れも無く自身の日常を守らんが為に振るうに値する拳だった。

 そして、今シンの目の前でその暗部は苦しげに呻きつつ黒い肌に付着するような服から血を露出させてシンを睨んでいる。

 「乎(オ)雄雄(オオ)……!!」

 震えながらも、未だ中に眠る闘志を燃やし鉤爪を伸ばす暗部の男。

 「止せ……それ以上動けば死ぬぞ」

 シンは、敵であろうと温情と降伏を込めて暗部へと言う。

 「お前は正しく闘士だ。只の野良を放浪する殺人鬼とは違う……多勢でありながら独り我々に挑んだ貴方を殺したくは無い」

 それは彼の本心。シンはこの闘いが終わりかけた状況になり、この暗部の男に尊敬に近い気持ちが芽生え始めていた。

 たった一人でジュガイ・ヨハネ。そして自分を相手に正々堂々と挑み、そしてぼろぼろながら自分達より強き男。

 今のシンは止めを刺す事は出来る。だが、それでシンがその後この勝利を素直に祝福出来るとは思えなかった。

 だが……シンの申し出を暗部の男は拒絶する。

 「否(いな)……我影也。影、命賭死(命を賭し)我我(我が)肉散土(肉、土に散れども)遂行戦(遂行せん)……!!」

 だが、南斗の暗部は決してシンの言葉に応じはしない。

 その者の生涯は知れず、だが生まれながらにして彼はただ南斗の為に尽くすだけの事だけに応じ生きていた。

 その身は南斗の為に、ただ南斗の意思のままに……。

 「孤乃命帰離土(この命、離れ土に帰ろうとも)……!!」

 そして、彼は鉤爪を高らかに振りシンへ迫る。

 (……っ、このまま俺は……こいつを殺さねばならぬのか……!?)

 それで良いのか? 本当にそれで俺は満足するのか? ……本当に?

 そう、シンの自問自答が拳を放つのを躊躇させる。それにジュガイにヨハネが叫ぶ。

 「何をしてる!!? シン!! このままむざむざ死ぬつもりかぁ!!」

 「シン!! 迷い勝てる相手では無いだろう!!」

 (っ……俺は、誰かを犠牲に……そうしなければ……)

 振りかぶられる鉤爪、このまま一撃与えればこの狂戦士の男は死ぬ。

 だが、ただ純粋に戦い抜くこの男に……罪が有るのか?
 
 (俺は……!!!)

 「我等乃血我王乃翼丹力雄雄雄雄雄雄雄!!!」

 目前まで振るわれる爪、それに彼の中に走馬灯が映る。

 『力なくてして拳は振るえん、そうだろ?』

 ジュガイ(好敵手)の顔と声が……。

 『君は君の弱さが枷となり何時か友達すら苦しませる。強くなるには君自身が怒りや憎しみを認めればいいんだよ』

 ……かつて、闇に堕ちた梟(トラフズク)の声と姿が。

 『貴方を思う人が……沢山いてくれるのを解ってるの?』

 ……想い人(ユリア)の顔と声が。

 『お主は未だ若い、ゆえに悩み苦しみ……そして成長するのじゃよ。今は悩むのがお主の役目じゃ』

 師(フウゲン)の声が……。

 『有難うよシン! 俺、おめぇと親友で本当に良かったぜ!!』

 『シン! 私もジャギと一緒に言ってあげる。有難うね!!!』

 ……親友の、声が。

 ……あぁ、そして。

 『シン様って……本っっっ当にお人良しですよねぇ』

 『……まぁ、けど。そんなシン様だから……皆が貴方の事を好いてくれるのだと……サキは思います』

 最後に……何故か彼女の姿と声が過ぎり。

 (俺は……)

 ギュッ……!!!

 「俺はあくまでも俺の信念を貫く……そう!!」






                           「俺は守る為に拳を行使するのみだ!!」





                                  南斗迫破斬!!!






 「……っ!!!??」

 シンの梟の爪の如く四本の斬撃は暗部の鉤爪へとぶつかり武器を破壊する。

 そのまま飛び退く暗部の男、互いに気を満たしどちらも闘う事を止めるつもりは無い。

 だがシンの今の心には迷っていた心の欠片が吹っ切れ、迷いが消えた。……その拳の構えは力強い。

 「……っ!!? シン、後ろだっ!!!」

 「ぬ……!!??」

 その瞬間、互いだけに意識を集中していたゆえだろう。多分救援に駆けつけたのだろう一つの面を被った暗部がシンの
 背後から突如現れて輝く刃物を突くように構えて向かってきた。意識を向けたシンより暗部の動きが早い。

 「キエエエエエエエエェェェェ!!!」

 奇声とシンとの狭まる距離。シンと対峙していた暗部は、その仲間に制止しようとするように口を開くが間に合わず。

 シンの瞳に、胸へと刃物が吸い込まれる瞬間……とある声がその視界に入った暗部の隣へと出現した。

 シンを庇うように前に立ち、そして暗部の腹部へと受け止めるように手を翳し男が叫んだ言葉は……。







                                

                                  南斗比翼拳!!!!!









 「……なっ!!?」

 「フフフ……間一髪のところのようでしたね?」

 ……現れたのは軍服を纏った男。

 年は二十そこらだろうか? 陸軍の軍服に身を包んだ男、知的そうな顔をして何処と無く冷たい目をし冷笑を微かに浮かべている。

 そして……シンの目はその男が手でなぞる様に暗部の体に指を走らせつつ斬撃を放ったのを目撃した。

 ……その拳は正しく南斗聖拳。

 「……南斗聖拳?」

 シンの言葉を聞き、男は優雅に頭を下げて自己紹介をする。

 「ええ、お初めにかかります。私の名はダガール……南斗比翼拳伝承者」

 そのまま頭を上げて、少々の自慢や優越感を含ませ紹介を終える。

 「陸軍の准尉として国に仕えています。お見知りおきを」

 ダガール准尉は回転して暗部へと告げる。

 「いかがな? 我々陸軍はこの場所で暴動が起きたと聞き馳せ参じたのだが、未だ暴れる気ならば国家に楯突くことになるぞっ?」

 その言葉に暗部の男はダガールを睨むも、その体に滲ませていた闘志を減少させた。

 この暗部とて国家相手に捕まるような真似はご法度だ。敵を排除するよう命じられたが、彼等にはそれよりも守らねばならぬ掟。

 南斗全体に対し自分達の正体に関わることで外部に弱味握られるような真似は断固避けねばならぬ事なのである。

 しかも国家……今の南斗と国の関係は拳士一人が軍隊に優遇される事は幾多あっても、全体的には悪い。

 自分達の身一つで南斗に迷惑はかけられない……ならば引き下がるのみだ。

 暗部はじりじりと、ダガールから距離を置きつつ吹き飛び気絶した仲間を回収する。

 「……黄金乃髪靡気(黄金の髪を靡かせし)蒼星乃瞳乃拳士世(青い星の光を宿す拳士よ」

 森へと入り身を隠す……その前に暗部は一度シンをみて呟いた。

 「……汝、真乃拳士也(お前は真の拳士)……又何時可(また何時か)」

 会おう。……そして、その時決着を。

 ……闘いし相手が消える。ダガールより離れた場所で控えていた兵隊達が駆けつけ追うか上官の彼に尋ねる。

 「構わん。アレはかなりの使い手だ……手負いの忍び程厄介な者は無い」

 急ぎ他に誰が居ないが陣形を組み、辺りを探索せよ! との命令にすぐに兵隊達は森へと慎重に入っていく。

 それは、シン・ジュガイ・ヨハネが見ても紛れもなく本当の軍隊の姿だと、この時ようやく認める事が出来た。



 ……第三者の介入。

 シンはこの突如の乱入者……余りにタイミング良く現れた軍隊の出現に戸惑う。ジュガイ等も同じだ。

 「な……何故軍隊が此処に??」

 「あぁ、それは原則的に外部には秘匿です。ですが……」

 そう勿体つけ……ダガールは微かに雨で濡れる髪の毛を払いながら呟く。

 「……どうも、これは噂程度ですが。我々の上官の方に、かなりの資産家が連絡してきてね。それでこの場所で今日この日に
 暴動が起きると耳に挟んだから、出動しろと無茶な頼みをされた。……上官が荒れたのはその所為だと言うね」

 まっ、本当にどうやら何か起きてた見たいですがね、この現場を見れば。と、だダガールは肩を竦めて呟く。

 負傷したシン達はそれを聞きつつ、ジュガイが自分達の処遇を尋ねる。

 「俺達はどうなる?」

 「現場に死体が無ければ、単純に少年達の喧嘩があったと言うだけで処分されますよ。……やれやれ、ただの喧嘩程度で
 軍隊を出動したと世間にばれたらまた色々と事後処理が大変なんですがね。その連絡した相手も困ったもんです」

 そう愚痴を零すダガールを見つつ、今まで死闘していたヨハネ・ジュガイは文句を言いかけたが、そのダガールの顔から理解する。

 自分達と同じ南斗の拳士である男は……この場所で起きた出来事を穏便に処理してくれるのだ……と。

 それは多分自分達にしてみれば願っても無い事。……だが、そのように至れり尽くせりな事をしてくれた人物。

 ……それは一体……?

 「……!! まさか……!!?」

 シンは、未だ雨が降り注ぐ中一つの方向へと顔を向ける。

 向けたからと言ってその人物が其処に居る訳では無い。だがシンには幻影だけどはっきり見えた。



 ……あの絶対に自分の本心を語ろうとしない……だが自分の気に入る者は誰にも傷つけられぬ為にどんな手段も行使する彼を。






 

  ・




            ・


      ・




          ・



     ・



         
         ・



               ・


 「ユダ様……今しがた防衛省の方から電話ありまして……!!」

 戻ってきたコマクはアンティークな電話を抱え、息切らしユダの方に駆け戻る。電話の相手も相手だが、内容にも
 コマクは驚き、全ての真相を、その内容の中心たる我が自慢の当主に説明して貰おうと彼は電話を渡す。

 ユダは優雅に電話を構え、口を開いた。

 「……もしもし、代わったが?」

 『U・D会社の社長のユダとは貴様かっ』

 行き成りの暴言と怒鳴り声。ユダは形良い眉を上げつつ電話の主に応対する。

 因みにユダは若くして社長の身である。彼は以前の父親の経営していた会社をそっくりそのまま引き継いでいるゆえに。

 「あぁ、紛れも無くこの俺だが。何かな?」

  『……っ白々しい。テロリストが潜伏しているなどとデマを流しおって。この失態が世間にバレたら私の地位がどうなると……』

 どうやら、相手はかなりの地位ある人物らしい。

 その相手の威圧感ある声にユダは恐れもせず降り注ぐ屋敷の中で嘲笑する。彼にとって、恐れる者は何者も居ないのだから。

 『何をふざけてる! 貴様のような者、私の権力さえ使えば幾らでも……!』

 「お前、確か××日に売春したらしいな?」

 『……何?』

 行き成り声が小さくなる電話の主。受話器からの声でも解る変化にユダは穏やかに言葉の続きを言う。

 「面白いな。そのお前が買った女……どうやら議員の娘らしいではないか? ……あぁ、それで俺の失態の話だったな。
 いやいや失礼を貴方にはした。お詫びにこの事は私から一部始終謝罪を知らしめよう、全国各地へと……な」

 『い、いや結構だ!! ……だが、これでそちらの会社と我々の所の今度の取引は無しだっ』

 「ああ、奇遇だな。私もそう思ってたところだ。……良い商談だったよ」

 ……カチャリ。

 電話が置かれる。ユダは吐息を軽く出す。

 コマクは、その一部始終を見ていた。そしてユダが成した全てを見抜き感無量の思いで何か言いたくて二、三度口を開き閉じる。

 だが言えなかった。コマクには余りにも今のユダが眩しすぎて……そして切ないほどにユダが輝いていて。

 「ユダさ」

 名を呼ぼうとするコマク。その前にユダが『コマク』と呼んで遮り、紅茶を差し出した。

 「すっかり温くなってしまった。……代わりを注いで来てくれ」

 「っ!! ……はいっ、かしこまりました」

 コマクは恭しく頭を下げて紅茶を受け取り部屋を後にする。

 ユダはコマクの後姿を一瞥しつつ、小さな台に膝をつきつつ手を顎に当てながら考えに耽る。

 これで、自身の経営してる場所の一つの大きな取引相手を失った事になる。

 ……だからと言って、今のユダには自分でも不思議な事に、まるで後悔も喜びに似た感情も無かった。

 (何なんだろうな、この気持ちは……)

 そう思いつつ、彼は窓辺に大切に置かれた鉢植えを見る。

 ……それはアケビ、改良種で自分と同じ背丈の木へと巻きつくように咲いた、自分の昔の友達の名前の花。

 それに手を伸ばし、ゆっくりと咲いた花を撫でながらユダは笑みを浮かべ呟く。

 「あいつは……俺の物なんだ」

 「……誰にも、奪われてたまるか」

 そう言って、彼はその木の枝に先ほど作った一つの人形をぶら下げる。





  ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!!



 ……ねぇフィッツ!!

 雨が降って嫌な時はねぇ……ほらっ! こう言う風に人形作るの!!

 そして一生懸命祈ったらね……絶対に空に願いは届くよ。




 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ……!!!



 「……俺は……ユダだ」

 そう言って、彼はきっとこんな風に目から雫が流れるのはきっと屋敷の造りが脆すぎる雨漏りの所為だと決め付ける。

 「俺は『妖星』のユダ。……『妖星』は天をも動かす美と知略の星……そうだろ? なぁ……アケビ、シラン」

 彼は、一人空を見上げる。

 雨は降り注ぐも、黒雲は急速に南の空へと流れていっているように見えた。





  ・




           ・

  
 
    ・



 
        ・



   ・





       ・




           ・




 ……彼は、とても暗い闇の中に独り座り込んでいた。

 『……お前は南斗の帝王だ』

 『お前は未来を担う者なのだ。ゆえにお前は全てを背負わねばならない……心して聞け』

 『お前は帝王なのだ……お前の双肩に108派と、それに連なる南斗の者達の未来が掛かっているのだ』

 『心せよ』

 『胸に刻め』

 『強く在れ』

 『王と成れ』


 ……そう、闇から誰かの声が何時も命じていた。

 ソレの声が堪らなく彼は嫌だった。彼は何時も愛する人とずっと過ごせれば満足だった。

 その人の事がとっても大好きだった。……だから彼はその人の言葉を神の言葉と等しく信じ行動していた。


 

 (……けど、俺はあの人を傷つけた……殺そうとしたんだ)




 ソウダ。



 ソウダ。お前は王、だからこそ王は二人も要らぬ。天空に極星は二人は要らぬ。

 殺せば良い。滅すが良い。


 ソレでお前は苦しみから解き放たれる。



 (違う……違うっ!!)


 いやいや、彼は苦しみの中で頭を抱え横に振っていた。


 だが、そんな彼に声は囁き続ける。



 ……違いなどしない。



 お前は王……お前は王なのだ。だからこそお前は強く在ればならぬ。お前はこの世の王者なのだから。



 壊せ……壊せ……滅ぼせ……滅ぼせ……殺せ……殺せ。



 それでお前は救われる。



 (俺は……俺は……)


 暗闇の中で頷きそうだった。


 彼の取り巻く闇の囁きに、抗いがたいその誘惑に。


 ……あぁ、けれど。




 『サウザー』



 ……暗闇に突如仄かな炎が芽生えた。

 その炎は微かだけど、真っ暗な闇の中で見つけるには目立ちすぎる光で。

 彼は……恐々とその光に差し伸べる。

 ……最初に映ったのは修行の最初の頃。

 その頃自分は始めて南斗聖拳を成功し……岩石を切断するに成功した。

 振り返ればお師さんが微笑み……俺にバスタオルを掛けて体を拭きながら労いの声を掛けてくれた。

 ……やがて、修行は月日が経ち。俺とお師さんは町へと降りる。


 ……俺は、そこで友と出会った。




 『なぁ小さな王様……おめぇは最初(はな)っから重いもん背負ってる。だから潰されそうになるかも知れない……けど挫けるなよ』

 ……そう、俺に言って昔、闇に堕ちた者と闘い天へ還った男が居た。

 『お前は何というか、昔っから誰かの上に立つ役柄が似合ってるからな。……少々疲れたら、俺達に頼ってもいいぞ』

 そう、俺を気遣う何処までもお人よしな孤独に落ちかけた金色の鷲の友が居た。

 『お前がこの地の王ならば……俺はこの世界の王だ。……守れるものなら守ってみろ。お前の星の使命とやらでな』

 そう、挑戦的に言い放つ者も居た。……そうだ、それは俺の信ずる友に焦がれた目をしていた。


 ……更に、光から声がする。


 『よぉサウザー! 今日もこっちへお越しかいっ、物好きだねぇっ、てててて!!? ハマ蹴るなって!!』

 『あんた馴れ馴れしすぎるのよ!! ……暴力はいけないって? いいの、いいの。こいつはこんな扱いで』

 『おっす。なぁ、やっぱワイシャツには絆創膏が最強と思わん? ……普通の衣服の方が良い? ……成る程、奥が深いなぁ』

 『ははっ……ねぇサウザー、僕等と話して楽しい? 何か気に入らない事あったら言ってね? 直すから……うん、僕も敬語は気をつける』

 そいつ等は俺には無い豊かさがあって。

 それに嫉妬なくも、幾ばくか寂しさがあるのは事実で。

 それは、俺にとって眩しい光の方に立つ者達で。

 そして……俺にはあいつ等が最初の光だった。



 『サウザー、お前はよ。……俺にとっちゃ、ちょっとした憧れなんだぜ?』

 『俺が? 冗談を……』

 ある時、あいつとはそんな話をした。何気のない、ただの雑談の中でふとあいつが言った言葉。

 『こんな臭い冗談言わねぇって。何でかって言うと、お前が一番頼りになるからなんだよ』

 『……やっぱり冗談だな。俺がお前に何時頼りになる事した? シンやそっちの方がよっ程だろ』

 『そう言う何時も居るから便利とか、そう言った意味合いじゃねぇの。お前って常に頼りにしてくれって言ってくれるじゃん?
 そう言う風に身近に自分の事を気に掛けてくれる存在が居るのって、結構……て言うよりかなり重要だぜ?』

 『……そう言うもんか?』

 そして、ふと横から飛び降りるように、あいつが割り込み声を出す。

 『そうだよ! 私も皆も、サウザーのそう言う優しい所、大好きなんだからっ!!』

 『ははは……そう真正面から言われると照れるな……』

 『……惚れるなよ?』

 『……あれ~? ジャギってば妬いてる?』

 『ばっ! そんなんじゃねぇ!!』

 ……笑い、そして暗転。









 ……そうだ。

 俺には光が有った。

 そしてその光を俺に照らしてくれた最初の人は……俺の父だった。

 偉大なる師、偉大なる指導者……偉大なる我が全て。

 それが俺にとって全ての景色を、俺の心を何もかも与えて。俺はそれを失くす事だけを恐れていた。

 見ていなかった、いや見る事を恐れていた。

 あの人が……誰よりも俺を信じ、その為に投げ打った行動を……俺は失う事ばかりを恐れ……俺は。




 

 お前は王       お前ハ王        ヲ魔エハオウ      悪前覇王          お前は……





                                   「黙れ」




 闇が揺れる、俺の一言で真っ暗だった空間に動揺が走る。



 ……嗚呼、何故俺はこんな物を、このように小さな物を恐れてたのだろう?


 今なら見える……上空に微かに浮かぶ……極星南十字星が……。


 遥か上空に浮かぶ星へと……サウザーは呟いた。







                          「今そこへ……お師さん……皆」







 ・


 
         ・



    ・




        ・




   ・




        ・




             ・




 「……お師、さん?」

 バスタオルをかけられ、暫し苦しそうに身じろぎしていたサウザーは暴れるのを次第に止めて、そして呟く。

 その顔には今までの形相や狂気染みた笑みは無い……青年のままの少し不安を帯びた彼の素顔がオウガイを見上げていた。

 「……サウザー……!」

 オウガイは、その帰ってきたサウザーを見て涙する。

 アンナもまた彼の帰還に安堵の涙を浮かべ……そして直後べちゃっ! と音と共に濡れきった地面にジャギが尻餅ついた。

 「っジャギ!!」

 サウザーが音に振り返り、彼の凄惨な姿を視認して恐れ交じりに叫ぶ。

 「へへ……よぉ」

 力ない笑みと小さく上げる手。それに両手を頭の横に当ててサウザーは震えつつ呟く。

 「それは……嗚呼、……俺が」

 「サウザー」
 
 自己の犯した記憶を、サウザーは薄らながらも記憶している。

 自分の行為で友を、師を殺しかけた自責の念がサウザーの心を再度蝕みかける。だが、その前にオウガイが彼の肩を掴み強く言った。

 「……もう、良いんだ。……お前は十分苦しんだのだ」

 「……お師、さん」

 「だからもう良い……もう良いのだよ」

 「……ぅ……嗚呼ぁ!!」

 泣く、サウザーは堰を切らすように泣いた。

 オウガイの胸の中で……彼は今まで抱えていた苦しみを全て開放するように……この天から注ぐ雨と等しく泣いたのだった。





 ……嗚呼、そして。






 ・



     
           ・




    ・




        ・




   ・





       ・





            ・



 「……で、もう話を始めて良いか?」

 「あぁ……無様な姿を見せてすまん」

 ジャギは、暫しアンナの軽い手当てを受け何とか自分で立ち上がれるようになると、サウザーへと問う。

 サウザーは泣き腫らした目で、力強く頷く。……その顔には、もう後悔は無い。

 「……じゃっ、俺の計画通りオウガイ様には『死んで貰う』……二人とも覚悟は良いな」

 そう、少し意地の悪い言葉と共にジャギは言う。

 それにサウザーとオウガイは一度顔を見合わせ……そして二人とも力強い笑みで応えた。

 「あぁ……!! 例えそれで何と言われようと……俺は全て受け入れる!!」

 「……一度死んだ身。南斗の拳を宿し、且つ北斗の子であるジャギよ……この命、お前に預けよう……」

 その二人にジャギは同じく力強く頷く。

 「……よしっ、アンナ」

 「うん……大丈夫周りには誰も居ないよ」

 周囲に動きが無いのは目に自信のあるアンナによって確認済み。ジャギは予め決めていた計画を……今こそ実行した。

 「それじゃあオウガイさん……いくぜ……!!!」

 そして……ジャギはオウガイの胸の中央目掛けて……その鋭利な人差し指を突いた。






 …………。





 数人の暗部が山道を登る。

 かなりの予定外の騒動が起きたゆえに、完全に王の居る場所への目が消えてしまった。

 その不覚を表すように暗部達は山道を急ぎ駆ける、その直後山道を下りてくる人影に彼等は足を止める。

 また侵入者か? と、数人暗器に手を伸ばすが、その正体を見て彼等は瞬時に膝を曲げて服従のポーズを取った。

 それは……全く動かぬ妙齢の男性を背負う……顔中に天からの水滴を滴らせて強張った顔で下る青年。彼等の待ち望みし王。

 「……何者だ、貴様等」

 青年の厳しい口調。それに一人のお面を被った暗部がひれ伏しつつ応える。

 「ご無礼を承知の上参上致します。我等、代々南斗に仕えし影。我等稀代に上りし新しき王に恐悦至極の喜び……」

 「去れ……今の俺は誰とも話したくない」

 そう、彼は冷たく暗部の挨拶を突き放す。

 それは暗部も当然予想していた返事。彼等の情報から、この青年が誰よりも背負ってる亡骸を愛していたと知ってるから。

 「失礼を……ですが、先程妙な輩共が侵入し、それゆえに王に何らかの邪魔立てしたかと懸念を考じ、我等影、王の下に只今……」

 「去れと言ってるだろう!!! ……疑うなら見るがいい!!」

 怒鳴り、痺れを切らした口調でサウザーはオウガイの亡骸を静かに下ろして叫ぶ。

 「これが……俺の父だ。敬愛すべき南斗の……俺の愛する者だ!!」

 「俺は父を……先代鳳凰拳伝承者を殺して王となった!! これ以上俺の前で下らぬ事を言うなら……即刻皆殺しにしてくれる!!」

 ……地面に横になるオウガイの姿。

 それは胸元を大きく裂かれ、痛々しい傷跡には未だ赤味が残っており、その横顔は未だ生きているように安らかだった。

 暗部の一人が死ぬ覚悟で近づきオウガイの首へそっと触れる……脈は無い。

 「っ触るな!!」

 「申し訳ありませぬ。……この目でしかと、王の姿を見届けました。……今しがたの無礼、我等の命で償い……」

 そう言って自害を試みようとすると、サウザーは慌てて言う。

 「止めろっ!!」

 「……??」

 その瞬間暗部達の頭に疑惑が走る。何故この王は自分達のような使い捨てに情けを掛ける真似をするのか? ……と。

 その疑いを見抜いたように、サウザーは口早に言う。

 「俺の師が死んだこの山で……お前達の血で我が師の死んだ土を穢すな!!」

 そのまま彼は再度怒鳴りつける。……このまま彼の胸に隠された真実を気付かれぬようにと。

 「即刻目の前から去れ!! ……消え去ってから死ぬような真似はするなよ。貴様等はその命尽きるまで南斗の為に尽くせ」

 『はっ!!!』

 その王の言葉に暗部達は、これこそ王の言葉だと得心して一礼と共に彼の目前から消え去る。

 そして気配が消えると……彼はオウガイを丁寧に背中に背負いなおし……そしてこう呟いた。




                             

                              「……もう、良いですよお師さん」





                            

 「……むっ……そう、か?」

 今起き上がったように、オウガイは少々呆けた表情でサウザーの背中で言葉を上げる。

 「ええ。……ジャギには感謝尽くせません、あいつが仮死状態にする秘孔を知らなければ、全てが水の泡だったでしょうから」

 「有無……あの子には出来るならば南斗の者全てが頭を下げても足りぬ」

 

 ……ジャギの計画は簡潔にして大胆。

 恐らく、サウザーが山を下ったら暗部の数人がオウガイの死を確認する。ならば秘孔で仮死状態にしようと提案したのだった。

 その呆れるほどに簡単な作戦に一時サウザーとオウガイも言葉を失うが、それが一番良いかも知れぬとジャギの言葉を受け入れる。

 結果……怖いほどに彼の計画は功を奏したのだった。

 「……しかし、私の遺体をどうするかだな」

 既にオウガイの世を忍ぶ仮の居住はアンナの手で既に用意されてる。

 『大丈夫、この紙の住所に行って! 私が調べたところ、拳法家は全く立ち寄る事が無い静かな町だから。
 そこでオウガイ様はゆっくりと養生して! 言っとくけど応急処置しても今のオウガイ様重症で動いたら危ないんだからね!!』

 そう言う彼女に、一生オウガイは頭が上がらないだろうな。と、苦笑と共にアンナを思い出し感謝を心の中で呟く。

 だが、このまま葬儀するとなると数日は仮死状態として棺に収まる事になる。オウガイは困ったとばかりに唸る。

 「大丈夫です。お師さんの遺骸は誰にも見せぬようにしたいと俺が言えば誰も文句を言わない筈です。……お忘れでは無いですか?」

 「……ふっ、そうだった。……今のお前は南斗の王だったな!」

 


 穏やかな笑い……この日をこのように晴れやかに笑い迎えられると思わなかった。

 山頂から幾人かが近くの町へと走っていくのが見える。……ジャギとアンナの言っていた救援の拳士達だろう。

 彼等にも礼を暇あれば気付かれずしたいと思いつつ……サウザーは天を見上げて笑顔を浮かべて指す。





                            「お師さん、見て下さい!!」






 

 …………。




 「……どうだ、見た事か」

 鳥影山の別荘で、ユダは天を見上げながら微かに笑みを浮かべて呟く。

 ……その笑みは何時もの冷笑でなく……本心からの笑み。

 「やはり俺は……天をも動かす美と知略の星だ」






 …………………。




 「……ほぉ、これは見事に……さっきまでの雨が嘘のような」

 シュウの感嘆の声。それに倣うように『わぁ……』と言いつつカレンも上空を見上げる。

 「やれやれ……これで風邪は引かなくて済みそうだな?」

 レイの皮肉めいた仲間への声。

 「ふんっ! 馬鹿は風邪引かぬ。つまりこの天才である俺は引いても全然変では……はっはっ……はぁ~~~くしょい!!」

 そんな彼に鼻で笑い飛ばそうとして、一人の天才を謳う彼。アミバは盛大にくしゃみをして、隣の少女に苦笑いされ。

 「へっへへクション!! まぁこれで干さなくて良い……ってうしょぉ~! 良く見れば皆さん雨で服が濡れて素敵にグハァ!!!?」

 セグロは、他の女性拳士の濡れて素敵な格好になったのに興奮し殴られ。

 「……あぁ~、メッチャカルピスがぶ飲みしてぇ」

 「僕はどちらかと言うとあったかいお茶飲みたいなぁ。……てかカルピスって」

 仲の良い二人を一瞥し、何時もの調子のギョロ目の彼と優しげな風貌の彼は突っ込みつつ天を見上げる。

 「こんの……馬鹿っ!」

 ハマは怒鳴り、そのまま笑い上を見上げて。

 そして他の者も倣うように笑みを浮かべて天空を見上げ。

 



 「……ふっ……ようやく天も笑顔となったか」

 「何だ、詩人気取りかシン? ……まぁ、濡れた今の俺には程良い日だ」

 そして、彼とは反対方向から山を降りる彼等も同時に空を同じように見上げる。





 ……それは、今回の中心で救うために動いた彼と彼女も。




 「あっ! ジャギジャギ!! 見てみてっ」






                                  虹だよ!!!




 山を降りた二人は、黒雲がすっかり消え去り、キラキラと輝く風景に掛けられた自然の橋である神秘の一角を見る。

 「おっ、かなりでけぇな。……まるで天国にでも通じてる見てぇ」

 「ふふっ! 本当にそうかもね。……腕は平気?」

 アンナの心配そうな声、それにジャギは安心しろとばかりに笑って頷き彼女に打たれた右腕を摩る。

 (しっかし……原作のジャギが秘孔でショットガン撃たれるのを防ぐ為に突いた場所に命中とは……不思議な縁だよな、おい)

 ……撃たれた場所はショットガンで自害するのを防ぐ為にジャギが使った『拒節』と言う部分。

 そこをアンナに撃たれて正気に戻ったのを振り返ると……これも何かのめぐり合わせのようにジャギは思えて仕方が無いのだった。

 「サウザーに、オウガイ様。無事に山を降りたかな」

 「大丈夫だろ? 後は全部サウザーがやってくれるさ」

 そう、心配要らぬとジャギは痛む体を動かし歩く。

 未だ意地を張れるジャギの態度にアンナは笑い、そして第一の試練であろう出来事を乗り越えられた幸せ一杯で空を見る。

 「……あれっ?」

 「うんっ……何か空に見えたか?」


 「……今」

 「何だ?」

 
 「……ううん、やっぱり何でもないっ!」

 「はぁ? ……気になるじゃねぇか。教えろって」


 「だ~め! 聞きたかったら捕まえてねぇ、ジャギ!!」

 「てっ! ……ちくしょお! 怪我人だからって舐めるんじゃねぇぞ、おらぁ! 逃げられんぞぉ~!!」


 彼と彼女は走る。この明るくなった空の下を。

 (言えないよね……だって)



 (龍(ウワバミ)が一瞬空を飛んでたように見えた……なんて)



 アンナとジャギは走る。




 終わりなき未来へ、これから広がる未知なる空の下を。









 

 
                   輝く空は          走り輝く終わりなき未来を   








                             
                               彼等の物語をこれからも語り続ける。















                   後書き






       おッっっっっっっっっっっっっっしゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!







       さぁて次は【貪狼編】!!! 十五歳から二十歳(世紀末)までのジャギの物語。



    思春期バリバリのジャギ達の恋愛模様!! そしてラオウとジャギの死合いあり!! 南斗十人組み手あり!!!??

 

    そして……夢幻世界にもう一人のジャギが!!!!!!!?????





   未だ未だ続く北斗の拳    今度は『きっと二輪の華で』をお楽しみに!!!!


   いくぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!








   ※作者は一日眠ってません。可笑しなテンションをお許しください。






[29120] 【流星編】第一話『終末へ向けて飛び立つ物語の始まり』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/02/12 15:34



 ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォォォォォォォォ
 ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォォォォォォォォ
 ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォォォォォォォォ
 ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォ……





 ……その日、一つの地鳴りと共に炎が全ての世界を包んだ。

 ……そして、その後多くの星は空から流れ落ちていった。





 
                              ……多くの命が星と共に流れ落ちた。






 ……西暦199×年。

 世界各国では第二次世界大戦の歪が大きく痕を残していた。

 戦争は終結しても各地では内紛が各地で発生し、技術戦争が各地で勃発。どの国でも防衛と言う名の目的で核を所有した。

 至る場所での静かなる情報戦。そして交互の国の対立は冷戦状態が継続し、至る場所では暗に限界が近づいていた。

 ……終末の時計の針が指し示す時間が。

 そして、何が原因かは誰も今となっては知りえない。だが、一種の衝撃で簡単に世界は崩壊を奏でた。

 一つのミサイルか。または些細な誤認情報ゆえに行われたのか?

 真実は今になっては誰も知りえない……だが、核戦争が行われた事だけは事実だ。

 ……西暦199×年、世界は核の炎に包まれた。

 海は枯れ、地は裂け……あらゆる生命体が絶滅したかに見えた。

 それ程の惨状。それ程の悪夢。

 それがたった一日だけで、この世の崩壊が簡単に成し遂げられてしまった。

 愛も、友情も、培ってきた幸福を全て奪い去る破滅の炎が。

 ……だが。



 ……人類は死滅していなかった。




 ……人類は……死滅していなかった。








 ・



          

           ・



    ・




        ・



   ・




       ・





            ・


 「へへへへっ!!! 待てぇオラァ!!!」

 「おらおらぁ! 早く走らないと死んじまうぞぉ~!」

 ……とある荒廃しきった荒野。岩と枯れきった木だけが目立つ場所で若い男が必死で食料の入った袋を担ぎ走る。

 「ひっ……ひぃ……!!」

 口から小さな泡を吹かせ、顔面に汗を垂らしながら彼は生きる為に必死で逃げていた。

 それを追う者の姿は異様だ……いかつい風貌、残忍な瞳……筋肉を強調させ強靭さを目立たせるようなファッション。

 中で一番奇抜なのは彼らの頭部だ。

 その頭部は鶏のように鶏冠状の形に作られており、それ以外の部分は熱気を発散させる為が完全に毛髪を失っている。
 その奇抜なファッションは、彼らの残忍性や嗜虐性を強調させているのは間違いないであろう。

 それが意図的な髪型なのか、または環境要因によって自然に生まれたのかは知りえない。

 ただ、この者達は共通して略奪及び殺人を平然と行える種類の人間達である事は一目瞭然だった。

 彼らの事を、この核戦争後の世界ではこう呼ばれている。

 『モヒカン』……と。

 そのモヒカン達は釘のついたバット、鉄板を研いだ簡易的な刃物を携えて一人の男をバイクで追っていた。

 それは食料を狙ってと同時に……彼らの暴力を好む嗜好の為に男を標的にしている。

 「シャハハハハハ! ほらほら早くしねぇと~……こうだぁ!!」

 一人の男が袋に拳大の石を入れたブラックジャックを振り回し勢い付けて男へと投げた。

 それは逃走していた男の後頭部に命中する。ガッ……!! と言う悲鳴を上げて、男は罅割れた大地に倒れこんだ。

 「ストライク~~~~!!」

 シャハハハハハ!!! と下品に笑うモヒカン達。彼らは良心の呵責を一片たりとも持ち合わせてはいない。

 倒れた男の食料を拾い上げる。モヒカン達は男の食料を見て叫ぶ。

 「おい見てみろよっ! たったパン一つだぜ、おいぃ!!?」

 「んだってぇ!!? はっ! こいつたかがパン一つの為に逃げてたのかよ!! かっちょわりぃなぁ~、おいぃ!!」

 ……彼らは知りえない。

 その男には家族が居た事を。

 そしてこの壊れてしまった世界、暴力が蔓延し弱い者には絶望しか無い世界で、時経つにつれ飢えていく愛する人達の
 為に必死で方々を探し回り、今日やっと一日だけの糧を見つけて戻る道中彼らに遭遇した事を……モヒカン達は知らない。

 「……ぁ……嗚呼」

 頭部から血を流し、その逃走していた男性は必死で顔を上げて泣きながらパンに必死に手を伸ばす。

 「か……返してくれ」

 そのパンが無ければ……帰りを待っている妻と……息子は……。

 男の心の中の哀願を聞き入れたように、モヒカンはパンを眺めるのを止めて男を見下ろす。

 「うぅん? 返してくれぇ……? ……そうかそうか、そんなに返して欲しいなら……返して」

 そう言って、モヒカンの一人はパンを地面に放り投げ。

 「やるよぉ!」

 ……そのパンを男の目の前で地面へと押し潰した。……見るも無残に、粉々になったパンは食べる事も不可能になる。

 「あ……嗚呼!!??? な、何て事をォ!!!」

 無残に土と一体化してしまった唯一の食料の変わり果てた姿に、男は悲鳴交じりに慟哭する。

 それに哂いながらモヒカン達は悉く男の体を踏みつける。潰れた蛙の悲鳴の如く、男は陸地の魚のように跳ねて動きを止める。

 「な、何てこんな事をぉ!? ……だと。んな事決まってんだろ!! 愉しいからに決まってるじゃねぇかぁ~!!!」




                           ヒヒャはハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!




 モヒカン達は笑い哂う。この世界での自由を、悪の暴力だけが許された世界に木霊させるように高笑う。




 正しく……再び世界は暴力が支配する時代となってしまった。

 第二次世界大戦中にもあった権力者達が下位の身分の人間達を陵辱するように、今では自然の摂理、弱肉強食の時代へ変わった。

 この時代を誰しもが自然とこう呼んだ……『世紀末』と。

 今の世界で公然と正義を訴える人物は……居ない。

 「シャハハハハハハ……っうん!? おっ、おい誰が来るぜ、おい!」

 「あぁん? ……んだ、何びびってんだ。ありゃ一人だぜ……兵隊じゃねえよ」

 「何だ何だお前あんなのびびったのかぁ!? 可愛いでちゅねぇ~!」

 ギャハハハ! と、一人のモヒカンの少々怯んだ声に馬鹿みたいに仲間達は笑う。

 モヒカンの一人が怯んだのにも、ちゃんとした訳がある。

 この世界には弱者と言う底辺の無力な人間を除けば二通りの人間が自然と出来上がっている。

 一つは気ままに暴虐の限りを果たし、弱き者達から奪い取るモヒカン達のような盗賊。

 この時期だと一番名を馳せていたのは『盗賊ジライ団』と言われるジライが率いる集団である。

 ……そして、もう一つの勢力。

 それは王政復古を狙う天下統一を狙いし武力組織。このリセットされた世界の支配をたくらむ勢力達。

 ……一つは娥媚拳と言われる暗器拳法の使い手、鬼王ゴラムが率いる北関東半部うを支配する『鬼王軍』

 ……一つは人や虎を平気で打倒する実力を持つ馬が生息している『らこく』と言う交通要衛を拠点とする智王ギオン率いる『ギオン軍』

 ……一つは南斗隼牙拳伝承者ハバキを将軍に持つ黒鉄城と言われる難攻不落の要塞を所持する我王率いる『我王軍』

 ……一つは北で勢力を伸ばす獅子王イゴール率いる『イゴール軍』

 ……一つは南で勢力を伸ばす雷帝ライズ率いる『ライズ軍』

 ……野心を秘め、周辺の悪党達を集める玄王サリム率いる『玄王軍』

 ……重装兵を要とする巌鉄拳の使い手鉄帝ジャダム率いる『鉄帝軍』

 ……砂漠に拠点を置き多くの血縁者で結ばれた多大な兵を抱えし棘王ハデル率いる『黒薔薇一族』

 その他にもメギス・ドハン・ラブラデスといった多くの軍閥が旗揚げを行い、この地の王となるべく紛争していた。

 モヒカンの一人が懸念したのは、その内の誰かの兵がこの場所に来たのではと言う不安。

 だが、モヒカンの杞憂は瞬時に去った。確かに仲間の言うとおり、その人影は何処ぞの兵の身なりでなく間違いなく旅人の風体だった。

 ……薄汚れた綿のズボン、すっぽりと頭部まで覆う薄茶色のマント。

 体格からして女かも知れぬ。細い体の旅人は少々の申し訳程度の荷物を担いでモヒカン達の方へと前進していた。

 だからと言ってモヒカン達は疑問も浮かばなかった。何故ならば旅人は目元まで荒野の風を嫌い覆っているゆえに
 自分達の事は気付いてないだろうと見受けられたからだ。そしてモヒカン達は新たなる獲物の遭遇にニヤニヤと自然に笑み零す。

 両者が完全にぶつかる程まで接近すると、目配せしてモヒカン二人が通せんぼを実践する。

 「おい待ちなぁ! 此処は俺達の縄張りよぉ! 通行料を置いてきな!!」

 「そうそう! 料金は身包み全部と……てめぇの身体だぜぇ! シャッハー!」

 顔を覆い、口元しか見えぬ旅人を女だと決め付けてモヒカン達は脅しつけながら残忍な笑みと共に告げる。

 何せ彼らのような小物の悪党は、町で女を襲うのは難解だし野で転がる女は既に抱く事も出来ぬ程に病を抱えている事が多い。

 ゆえに彼らが女を抱くには通り魔もどきしか出来ぬのが現状なのだ。

 「おらっ、その面見せろよ」

 そう言って乱暴にモヒカンの一人の手が、微動だに動かない旅人のフードを取り外す。

 フードの中で恐れているだろう女の表情を観察してやろうと待ち構えていたモヒカン達の顔は露になった顔を見て……驚愕する。

 「んだぁ!? 男だとぉ!!?」
 
 「おいおい、ついてねぇなぁ! 紛らわしいんだよ、てめぇ!! そんな細っこいから女だと思っちまったじゃねぇか!!」

 額に手を押さえて、好き放題にモヒカン達は喚く。

 旅人は確かに男だった。その顔は細く、余分な肉がついてないゆえにモヒカン達の言うとおり一見すれば女のように見える。

 だが、顔をちゃんと見れば確実に男と言える養子をしてた。柔らかな目元や輪郭が、男らしさと言う部分を皆無にしてるが
 ちゃんと男と言う容姿をしている。はっきり言えば無害な子羊を連想させる優男と言った顔つきを旅人はしてたのだ。

 その旅人はモヒカン達の乱暴な行動に対して全く先ほどから無表情を貫いていた。

 全くの静かな表情、目の中の瞳も湖畔のように波立たず只騒ぐ彼らを鏡のように映しているだけだ。

 ある程度騒ぎ終えたモヒカン達は、その案山子のように立ち止っている旅人へと乱暴に犬を払うような仕草で命じる。

 「ったく期待させやがって、さっさと行けよ! その荷物置いてなぁ!」

 モヒカン達は旅人が男だと解れば、もう襲う気配は無かった。その旅人が少々腕が立ちそうで闘える雰囲気を備えていたら
 危険を想定し襲うことも考えたであろう。だが、その旅人は余りにも無害そうな顔してたので、彼らは襲う価値も無いと判断した。

 だが……旅人は命令には応じない。

 モヒカン達の方を見ず、彼は一つの場所に視線を注いでいた。

 それは、パンの残骸と……それに必死に手を伸ばしたまま事切れる名も無き犠牲者の場所。

 旅人は数秒それに視線を注いでから、そしてモヒカン達の方へ顔を戻した。

 その顔は未だ表情変えずも……目元は変わっていた。

 静かな湖畔のように何の色も無かった旅人の目に、微かに荒々しさが現れながら全く変わらない目つきに鋭さが増す。

 その少々攻撃的に見える様子にモヒカン達は気付き爆笑する。

 「ギャハハハハハハハハ!!!? こ、こいつ一丁前に怒ってるぜぇおい! こ、こええええぇ~!! シャハハハハハ!!」

 「ヒヒヒヒへへへへへ!!! おいっ、やるなら来いよ! 一発パンチ出来たら褒めてやるぜ、おい! シャハハハハ!!」

 モヒカン達は、旅人が例え激昂しようとも笑ってたであろう。それ程までに余裕なのは、体格差も歴然としてたのもあるし、
 何よりも旅人の見てくれからして、彼らの内誰しもが負ける事など脳内の中に万に一つの可能性にも入ってない。

 「……めん」

 「あっ!? 何だってぇ!!? もっと大~~~きく!!!」

 旅人の口が開く。だが、か細い声にモヒカンの一人は調子に乗って大げさに耳を近づける。

 「……湖面」

 「え゛!!? 『御免なさい』!!?? ……ブッハハハハハハハハハ!!! おい、こいつ今になってびびって謝ってるぜぇ!!」




                              ギャハハハハアハハハハハハ!!!




 彼らは気付くことは無かった。いや、予想だにしなかった。

 だからこそ、彼が唱えた言葉の意味を図り違えて謝罪の言葉と受け取り爆笑する。……自分達の虚像なる強さを疑いもせず。

 ……そして、旅人は全ての魔法(南斗聖拳)の言葉を唱えた。





                                 湖面遊……!!!






 『……ぁ゛?』

 ……忽然と、突如モヒカン達の視界から消えうせた小柄な旅人。

 モヒカン達は手品でも見せられたような心境になりつつ辺りを見回して発見する。……少々遠くに先ほどの体勢で立つ旅人を。

 「おめぇ、どう……っ」

 モヒカンの内一人は、彼がその場に立つ事を判断出来ず答えさせようと近づこうとして……そのまま崩れ去る。

 「!? おいっ、何転んで……ん」

 ……次に、他の仲間も声掛けようとして崩れ落ちる。

 そのままドサリ、ドサリと崩れ落ちる仲間達。その内未だ立つ事が出来ていた一人は、その時脳内で不思議にこう解答出てきた。

 今、瞬間移動の如く移動した奴が俺達全員に一撃当てたんだ……と。

 その解答に辿り着き……モヒカン一人もそのまま白目を剥いて泡吹き倒れた。





                        ヒョオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!




 

 ……風が啼く。風が何処までも救えぬ世界を憂うように啼き続ける。

 旅人は暫しそこで微動だにせず立ち尽くしていた。そして、ようやく動くとパンに手を伸ばした男へ歩き、跪く。

 そして脈に手を触れ……そして、もう何も自分には出来る術が無いと知ると立ち上がり再度自分の向かう方向へ歩き始めた。

 ……『気絶した』モヒカン達を後に。






  ・




           ・


     ・




         ・



   ・




        ・




             ・




 一つの村が、ある。

 その村では、先ほど何かしらの暴動起きてたように、各部分の家屋に焼け焦げが目立っていた。

 ……村の中央に一人の男性が立っている。

 その男性は奇妙な格好を少々していた。薄汚れ少々破れたジーンズ、これは良い。着古したジャケットも構いはしない。

 ただ、彼の額には少々奇妙な空軍が扱うゴーグルのような物が目立っている。これが彼のシンボルマークであった。

 「……地獄だ」

 ……彼は、その場所で一人沈み込みながら……現状の心境を言葉に吐き出す。

 「……此処は、地獄だ」

 世界の中で一人忽然と自分だけが不幸だと、彼は自問自答するかのように、呪うかのように再度繰り返す。

 「……夢なら、覚めろ」

 「……覚めろ」

 彼は目前の視界映る悪夢を直視したくなかった。だからこそ天空を見上げる。

 天空は曇りだった。……世紀末になってから彼は眩しい日差しと、穏やかな空と言うのをすっかり忘れてしまった。

 今の俺は……本当にこの世界で羽ばたいている一羽の鳥なのか? と身体中がゼリーのように現実感が沸かなかった。




 


 「……此処は、地獄だ」






 ……辺りにあるのは、屍の山。

 それを引き起こしたのは……紛れも無くさっきまでの自分だった。

 ……正当防衛? 闘わなければもっと多くの人間が死んでいた?

 それは、ただの言い訳だ。

 ……これを全部やったのは……俺なんだから。





          ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!!




 「……ちっ」

 彼は、吹き付ける風がまるで自分を恨んでいるように思えて舌打ちしてゴーグルを被った。

 「早く、見つけねぇと」

 そう言って彼は血を浴びたまま無表情に町を去った。

 彼の昔からの夢だった正義の味方。

 それは辛くも、この世界は叶えてくれる。……残酷な程に。

 祝福も、賞賛や労いの言葉など無く。家屋から不安な眼差しに見送られて彼は外へと出た。

 一面の荒廃しきった風景。今や慣れ親しんだ光景に反吐が出そうになり、彼は目的の為に意識を切り替える。

 町から出て荒野をさ迷う彼は、一つの地図とコンパスを取り出し方向を確かめる。

 「……あいつが向かう場所としたら……あそこか」

 彼が向かう場所、其処にはきっと彼の知る人物が居る。

 其処へ行くのは二つの目的のため……今の彼は自分の事をただの薄汚れた外道だと自称する。

 「さぁて……行くかね」

 ニヒルな笑いと共に、彼が望むのは一体何か?






                  ヒョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!




 ……彼の去った後、風は酷く慌しく吹いている。





 

  ・



        

             ・



     ・



 
          ・



    ・




         ・




              ・




  世紀末、場所:紛争地帯。

 「撃てぇ!!」

 一人の大柄な武将の言葉に、隊列していた銃兵達は一気に構えて接近する兵隊達へと発砲する。

 耳鳴りする程の轟音と共に発砲音、そして崩れ去る兵隊達と怒涛の声を上げて武器を振り翳して攻め込む兵隊。

 「第二部隊……撃てぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 号令と共に待機していた後衛の銃兵達が前に出て発砲する。隙を見せぬ布陣で果敢に突っ込んでくる兵士達を撃ち倒していく。

 その隊長は自分達の勝利を疑わなかった……その時までは。

 「むっ! 其処の兵、何をもたもた『ズダダダダ!!』なぁ゛!!!??」

 一人の兵士が、何を血迷ったのか行き成り銃を乱射した。見れば数名も同じく仲間の兵達に銃撃をしている。

 虚ろな目をして……まるで洗脳されたようになりながら。

 その突如の暴挙に俄かに味方の兵達は混乱する。隊長は裏切った兵を撃つように命じるが、それより早く敵兵達は突っ込んできた。

 「くそっ体勢を立て直せ! 重装兵を編成『その必要はねぇ……』……なっ!?」

 突然の背後からの声……其処には自分達の兵装した補充部隊の一人が居た。

 その補充部隊の男は、敵軍が押し寄せて完全な不利と言うのに不気味なほどに冷静な視線を自分に向けている。

 いや……隊長には解っていた。この男の目は明らかに敵……! 先ほど内部から自分達の部隊を混乱に貶めたのはこの男だと!!

 粟立つ戦場、阿鼻叫喚の悲鳴と怒涛の兵達の声が渦巻く中、サーベルに手を置きつつ部隊長である男は呟く。

 「……っどうやって我が仲間を懐柔した!? 我々の仲間は強固なる忠誠を率いている! 並大抵の事では……!!」

 目元まで深く敵軍の兵である男は帽子を被りつつ『そうだろうな……』と呟き頷きながら言う。

 「あんたの所の部隊は残ってる近代兵器と、そして強固な軍隊意識の繋がりが曲者だった。……けどな、この世には
 そんな絆なんぞ完全に打ち砕く事も、やろうとすりゃ可能なんだぜ? ……例えば、人差し指一本とかでな」

 「戯言を……! 間者一匹如き! 我が西洋剣術の錆びにして……っ」

 自分の満足する解答を言わない者を、これ以上話し合う余地は無い。

 部隊長は言い捨てると同時に、その目の前の変装した敵兵相手に抜刀しようとして……そして空を切った。

 眼前の敵兵は転がるように自分のサーベルを掻い潜ると……戦場と言う聴覚も麻痺する中ではっきりと、部隊長には聞こえた。







                                ……南斗虐指葬





 ……心臓へと、人差し指が突き立てられる。

 目を見開き、隊長はサーベルを手元から零れ落とす。鎖帷子を着こなした自分の防具を簡単に貫き、その敵は吸い込むように突いた。

 「……きさ、まは……」

 「生憎、大将はあんたの事は殺せと命じられてんだ。……本当、わりぃな」

 そう、今や身体が麻痺し天へと向かう隊長は地面に仰向けになりながら、恐ろしい程に冷たい目をした敵を見上げていた。

 「……さい……ご……に」

 名を。そう声にならぬ問いに……敵兵は帽子を脱ぎ去り顔を露にする。

 ……斜視で、何処と無く人を喰ったような顔つきをした二十代の男性……だが、戦場ゆえにか、その彼の飄々さは拭い去られてた。

 「……南斗鳳凰拳、サウザー帝が率いる。帝王軍衛生部隊隊長……キタタキ」

 衛生部隊? 自分を一瞬で仕留めたこの男が?? 敵対する隊長は、もはや口利けずも目を見開き驚愕を露にした。

 いや……この男の目に嘘は無い。……我が軍隊は、これ程の優秀な人材を抱えた国と知らず挑んでしまったのだ。

 無念と同時に、敵へと称えるように笑みを零し。この世紀末の世で覇権の為に戦い抜いていた一人の勇士は目を閉じた。

 それを無言で見下ろしながら……キタタキは目頭を押さえて顔を顰めながら戦場に舞い戻る……残る敵兵の排除の為に。

 「……救えねぇ」

 そう……彼は慌しく動く兵隊達が聞こえぬと知りつつも、ぽつりと誰にも聞こえぬように零しながら。

 




 ……。




 『勝利ヲ!! 勝利ヲ!!! 勝利ヲ!!!』

 別の場所で隙間無く鉄の鎧で身を包んだ男達が、円形の盾で身を固めつつ矛を持って全身する。

 それに馬を走らせ自軍への進行を防ごうとする集団……先頭に立つのは一人の黒い肌が目立つ大柄な男。

 彼と同じく浅黒い馬を走らせながら、二本の刀を両手に構えつつ馬を操りながら後方の仲間の騎兵隊と共に突入する。

 『隊列、迎撃用意~!!!』 

 重装兵達は、その場で跪き盾で簡易の柵を作り上げて矛を馬目掛けて突くような体勢に全員が同時に行う。

 これは古来からの伝統的な騎兵対策の為の防御陣である。

 「……っ全軍、その場で別れ!!!」

 黒人の男は配下の兵隊達に叫ぶと、自分だけで陣を引く兵隊達に馬を更に加速させて進む。

 その無謀とも言える行動に、盾の裏で哂う兵達。だが……彼らの目は直後見開かれる。

 その黒人は矛が刺さる直前で馬を跳び上がらせ……そして彼らの盾をも飛び越えて中へと割り込んだ。

 その命知らずとも言える行動に一瞬身を固くした重装兵部隊達に、黒人の男はそのまま馬上の上で剣を降らす。

 一閃、二閃と降った刀の餌食に数人の兵達の首が空中へと舞う。

 その仲間の哀れな末路に、激怒しつつ彼らは全員で矛を馬の鞍へ跨った黒人目掛けて矛を一斉に突き出した。

 憐れに串刺しになる……との期待を、その多勢の中飛び込んだ両手剣の使い手はあっけなく刀を捨てて空中に逃れた。

 その余りにも清清しい程に空中へとトンボ返りしつつ逃れた黒人剣士に、兵達は矛を放ったまま一瞬硬直する。

 そのまま重装兵達の誰かの背後へと着地する黒人の剣士。慌てて振り返った兵隊は盾を構える。

 これならば無手の、無謀に突っ込んできた兵士が短刀を隠し持ってようと、この自慢の盾を貫けはしない……と。

 だが……まるでそんな兵隊の思考を嘲笑うように、黒人の兵士は両手を独特に構え、一瞬の呼気と同時に……叫ぶ。







                                  無外絶影掌!!!





 その言葉と同時に片手で突き放たれた貫手。……それは敵兵の盾を貫き心臓部分まで衝撃与えて一気に絶命し、味方の方まで吹き飛んだ。

 それに殺気立つ重装兵達……だが襲い掛かる前に、事は終わった。

 『ハシジロ様に続けぇ~~~~!!!!』

 その言葉と同時の、防衛陣を決壊された瞬間を狙っての騎兵隊の突撃。

 ……南斗阿比拳伝承者、ハシジロ……現在騎兵隊隊長を担う男は昂然と後処理を行いながら固い顔を崩さず周囲を見渡していた。

 「……こっちは終わったわよ、ハシジロ」

 そう、誰かが剣を携えて近づいてくる。ハシジロはギロリと目を向けて重たい口を開く。

 「……ハマか、こっちは済ませた。……残る兵は?」

 ハシジロの目に映るのは一人の女性。彼女もまた自分と相応の年齢。長い長髪、そして体つきはスラリと伸びやかで
 今は軽装の鎧を身に着けているゆえに余り女性的な部位は見えぬが、ドレスでも着れば華やかである事は明らか。

 「無事、深追いは避けて味方の兵は回収したわ。……将は敵兵は完全に排除しろと言われたけど、兵力はあちらが上よ」

 構わないわよね? と。彼女は自分より階級は上である人物に目配せして問いかける。

 暫し腕組みして固い顔を崩さなかったが、一瞬だけ微かに口元に笑み浮かべてハシジロは言った。

 「……構わん。俺が許す」

 「有難う……それじゃあ、私は負傷兵を見て来るわ」

 そう言って、今は自分と同じく兵士として戦場に立つ彼女を寂れた顔でハシジロは見届ける。

 「……歯痒い」

 戦場に立つのは男の役目……だが、我等の王は力あるならば女子だろうと平然と行使して戦場へ立たせる。

 それが別に悪とは言えぬ。今の王の方針が平和の為と思うならば、自分はそれに従うのみなのだ。

 ……だが。

 「……何時の世も、血で汚れるのは男だけで構わん」

 彼は、常に多くの敵を打ち倒してきた自分の片手をさすりつつ部隊の点検に戻る。

 ……今の時代に、多くの疑問を抱えながら。






 ……。




 「……弓兵は二十名が死傷……突撃した歩兵の八割は」

 「えぇ……申し訳ありません。もっと自分が注意してれば……あいつは……!」

 雲雀拳のハマ。今の彼女は世紀末で正当な伝承者となり戦場に立って兵士達と共に戦い、終えれば他の者達を見て回る。

 「余り気にしない方が良いわ。貴方がそこまで思ってくれれば彼も報われる。……そうでしょ?」

 「……っはい!」

 兵の中には友を失い心傷を負う者も少なくは無い。彼女は女と言う立場もあって他の者達が意識して自分を庇う部分がある事を理解してる。

 だから、せめてもの彼女の恩義を仲間の悩みを聞くと言う事で彼女は行動していた。

 兵の顔に翳りが消えたのを確認すると、ハマは笑顔で頷き次の方へ歩く。

 ……その時、突如聞こえる悲鳴。それに彼女は慌ててその方向へと走る。その方向から聞こえる嘲笑に予想は出来ていた。

 「キィ! キィ!! おいおい、未だ拷問の途中だぜぇ? もう一度聞くぞォ? お前等の装備はどの位デシュカァ?」

 「ひ……ぁ゛……!!」

 「ひぁ゛じゃ解らねぇ……んだよぉ!!」

 ドシュっ!!

 「あぎゃぁぁぁぁあぁぁ!!!」

 「二本目ぇ~! キィキィ……!!」

 「止めなさいっチゴ!!!」

 ……兵達が休憩する中で、私刑とも言える拷問を行っているのは突撃隊として現在は活躍している百舌拳伝承者……チゴ。

 彼は仲間内からも怯えた目をされながら、見る者を震えさす哂いと共に自製の槍に付着した敵の血を舌で舐めながら笑みを深める。

 その彼は捕らえた敵の両腕を自前の細い槍で突き刺し、拷問と自身の嗜好を楽しんでいたところをハマの怒鳴り声で邪魔される。
 
 「……何だよ、ハマ……? 邪魔すんなよぉ、折角こちとら愉しめる所なんだぜ?」

 彼の壮絶な邪悪な笑みにも負けず、ハマはきつい目で睨みつけながらチゴへ説く。

 「兵の勝手な拷問は禁止されてる筈よっ。如何なる場合であれ、あんたの勝手な欲望の為に、人間を玩具にさせないわっ」

 「……勝手? ……プッ……シャハハハハハハハ!!」

 その言葉に、チゴは噴出して腹を抱えて哂う。身体を折り曲げて哂うチゴの様子にカッとなりながらハマは怒鳴りつける。

 「何が可笑しいの!?」

 「ハハハハハハッ……い、言っとくけどよぉ。拷問しても良いってサウザー様から直々に許可してきたんだぜぇ!?」




 
                                   ……え?




 「……嘘を」

 「嘘じゃねぇって! サウザー様様だよ、本当! この前に俺が申告したらよ。頷いて許可するって言ったんだぜ」

 頭が一瞬真っ白になる。……王が……本当にそんな風に?

 いや……チゴの性格を知ってるならば、彼の不安定な心情の解消の為には、それも仕方が無いと考えたのかも知れない。

 ……だけど。

 「……けっ、けど『ハマの言うとおりだ』……ぁ」

 その時、背後から彼女の前に現われた一人の男性。

 ……鼻の部分に傷を持ってるのか、絆創膏のようなもので目の中間部分の下をテープで貼ってるのが特徴的。

 そして黒い髪を前髪だけはおなざりに切り、それ以外は自由に伸ばし放題に生やした男……この軍の将軍。

 「リュ……リュウロウ将軍!」

 ハマは、突然の自分達の指揮官の出現に慌てて敬礼する。リュウロウは穏やかに笑いながら目を細めてハマに崩すように言う。

 「未だ戦場です、固い挨拶は構わないですよハマ。……そして、突撃部隊のチゴ」
 そう次にチゴに話す時は、態度をガラリと変えて剣呑な調子で命じた。

 「……将がどう言う理由で許可したとあれ、私が指揮してる以上は勝手な拷問は禁止です。肝に銘じておくように」

 目つきを鋭くし、敵を見るように気配には緊張した気配を滲ませる。

 「んだと……」

 チゴも、倣うように手製の槍を両手に構えつつリュウロウを睨む。折角の遊びを邪魔されて堪るかと、彼は気炎を上げる。

 ……双方の激しい睨みあい。一触即発の空気が辺りを走る。

 「……けっ」

 だが、リュウロウ相手に闘うのは面倒だとチゴも思ったのか、槍を手放すと場を後にする。

 その反抗的な部下に、リュウロウはため息を落として顔を下に向ける。ハマは安堵しつつ礼をリュウロウへ言った。

 「有難う御座います、リュウロウ様」

 「いえ……ですが、今回は少々危うかった。正統南斗拳士が十名は居ても……今回の負傷兵は多すぎる」

 苦々しげなリュウロウの顔……今回、彼の賢智と言える頭脳を以っても、兵達の犠牲を減少するのが不可だった。

 それは地形の平面さと、そして……彼らの王が別働隊として、別の場所で戦火を発生しているゆえだ。

 もし、これが篭城戦ならば今回の一割にも満たさず死者は出なかった。それを思うと彼は歯痒く無念が生じ胸は痛み……。

 「! ……ぅ……ゴホッ! ゴホッ!」

 「リュウロウ様っ!?」

 くの字で咳き込むリュウロウ。それに慌ててハマは背中をさする。

 「す……すいません。……で、ですがもう私は戻らなければ」

 リュウロウは、軽く一礼と共に帰還の為に部隊に声を掛ける。

 ハマは、連戦を続け部隊を指揮し前線にも出ているリュウロウを案じ、不安を押し隠せぬ顔で見送る。

 「……何だ? おめぇ、リュウロウに気が合ったのかよっ?」

 「っきゃっ!? ……って、キタタキ!? ……はぁ~、貴方って昔から突然出現するのね。そう言う所本当直した方が良いわよ」

 リュウロウに続いての背後から出現した声。ハマは一瞬可愛い悲鳴と同時に振り返り、それが昔から付き合いある
 旧友の顔だと知れると素の表情で睨みつける。キタタキは、少々吐息と共に目頭を擦りながら返事をする。

 「あぁ、すまねぇ。……負傷兵のあらかたは秘孔で治療しといたぜ。……手遅れの方がでがかったけどな」

 そう、彼は何気ない様子で……悲惨な現状を打ち上げる。

 ……今の彼らの日々の生活は地獄に等しいと言っても過言では無い。

 世紀末発生後、各地で行われたのは略奪、及び現状の自分達の平穏を得る為の激しい生存競争だった。

 南斗108派である、彼ら南斗拳士達には三つの行動が出現した。

 一つ……南斗六聖である人物達の指揮下へと参入して行動する輩。

 二つ……南斗六聖と対立し、彼らに反逆する行動を取る輩。

 三つ……敵対も味方もせず放浪する輩。

 多くの南斗拳士達は一つ目の行動をした。二つ目の行動を取る輩は、108派から追放されている人間達が殆どである。

 希少なる例とすれば、自分達で旗揚げをした南斗黒烏拳伝承者の闇帝コーエンと配下の南斗夜梟拳伝承者のボーモン。

 そして、108派から追放され世紀末で機の成熟を確信した南斗白鷲拳伝承者のダルダが上げられている。

 そして……残る三つ目の行動を取る輩。

 「……全く、セグロやイスカが居れば。今回の戦いも、もっと士気が上がって圧勝だったかも知れないわね」

 そのハマの愚痴に、キタタキは今まで変わらず仮面のような表情をしてのを少々変えて呟く。

 「だな。……あいつらが馬鹿やれば、兵達も調子付きそうなんだけどな」

 「あんただって、その馬鹿の一員だったでしょうに」

 「違いねぇ」

 クックッ……とキタタキは喉から笑う。

 ハマやキタタキは、伝承者になる前……修行時代は鳥影山と言われる場所で知り合った同士だった。

 男と女と言う関係だけど、彼らと自分は気が合い仲間となった。

 優しく、何で彼らと友人なのか? と不思議に思うほどに思慮深く、それでいて口下手な交喙拳伝承者のイスカ。

 何時も真面目そうな顔で、それでいて突然変てこな言葉で周囲を唖然とさせては楽しませていた……目の前のキタタキ。

 ……そして。

 「……あいつ、本当に何処に居るか知らないの?」

 「前も言った通りだ。頼りはねぇよ」

 キタタキは冷たく、彼の行方が知らぬ事を伝える。

 ……現在、南斗108派は三つの軍閥に分かれていると言って良い。

 まずは関東を拠点に再興と共に現在人々が暮らせる拠点を作っているのは南斗孤鷲拳のシン。

 昔はチラリと見かけたけど、何処と無く冷たい青い瞳の横顔が印象的だったと彼女は回想する。

 そして、此処より少々西の方向で拠点を作り上げているのは……南斗紅鶴拳のユダ。

 昔から、風変わりな衣装を身に着け、それでいて唯我独尊な態度と周囲を馬鹿にするような変わり者だった。

 だが、彼には昔から家系が皇族に近いらしく多大な財産があるらしく。それに惹かれた同士も少なくは無かった。

 「……見えたわね」

 そして……現在帰還した場所にある城。

 その城の頂上には、自分達を見下ろす強烈な視線があるのをハマは知っている。

 ……未だマッチ棒程しか人影が見えぬのに、それにも関わらず彼が立つ場所から異様な圧迫感のような物が伝わる。

 アレこそ、彼が南斗108派の頂点に値する鳳凰拳の力と言われる所以なのだろう。

 ……南斗聖拳最強の拳。鳳凰拳の使い手サウザー。

 今……自分はその下で仕えている……一介の兵として。

 (……けど、何なんだろうこの胸騒ぎは?)

 将が、休む暇無く戦いに明け暮れているのは、この世を早く平定にする為だろう。
 ……けど、ハマには気になって仕方が無い。

 遠目でしか彼の戦い振りを見た事無いが、彼の王が戦う時……その気配には異様な恐ろしさが伝わるのだ。

 まるで全てを忘却の彼方に押し寄せて……破壊の化身になるかのような。

 (……馬鹿な事を)

 ハマは小さく首を振る。これも戦場が終わった気の迷いだと。

 だが……彼女と同じ不安や疑念を抱いている者が居ない訳では無い。

 「……」

 衛生隊として帰還する最中キタタキもまた、城の頂上に仁王立ちする王の姿を目に留めた。

 そして微かに視線が自分に向いたような感覚を受けて……彼は瞬時に顔を前へと向けて気配を絶つ。

 ……数秒、彼には妙な圧迫感が注がれてるように思えてならなかった。






 ・



         

           ・


    ・





        ・




   ・





        ・




             ・


 「……戦況は?」

 その城では、腕を組み城下を見下ろす一人の男が居た。

 ……白眉で金髪。そして上空に近い場所から風を受ける男の気配は……王の気質を抱きし者の気配。

 それに控えていた女性……女性である。

 首程までに均等に切られた髪の毛。顔のパーツは全部平均的に割り当て、精巧な人形の顔とも見える美麗の顔をしてる。

 だが、その顔には全く感情と言うものが消失しており、まるでロボットのように口を動かして王の期待する内容を述べる。

 「思わしくありません。リュウロウ将軍が率いる兵達の内、歩兵の70%は今回の戦で損傷しました。
 次回、編成を行うとすれば明らかに別部隊からの異動がされると見受けられます。王の判断を願います」

 「……この城周辺の民家に住まう男達は何人だ」

 数秒の無言。そして王は告げる。

 「平均的な二十~四十程度の男性ならば約二千。老人、子供を挙げれば……」

 「十分だ。……徴兵しろ」

 その言葉に、付き従う側近か秘書だが知れぬ女性は顔つきを崩す事もなく平淡に告げる。

 「暴動が起こる可能性が有りますが?」

 それに、初めて腕組みしたまま動かなかった王は振り返り……そして身体から滲ませる気配を昂ぶらせる。

 「……俺は、二度は言わん!」

 そのまま、顔を険しくさせて続ける。

 「俺が命じた言葉は……絶対だ! 逆らうならば処刑せよ!! ……それで片がつく」

 「承知しました」

 女性は一礼して、出来た仕事を行使する為にサウザーから去る。

 サウザーは睨みつける形相のまま女を見送った。……そして、もう彼は城下を見下ろす事も、そして誰の方も見なかった。

 彼が見るのは……極星南十字星。









                               「……お師さん」







              
                         その若き鳳凰の両目から……星の如く輝く雫が流れる。










 ……この物語は、かつての忘れ去られし英雄達の物語。

 この物語に救世主は登場せず……そして聖者は愚か、覇王の救済も無きに非ず。

 あるのは酷なる現実のみ。運命と言う悲劇の暴風にあおられて地面へと堕ちた鳥達の軌跡を綴るのみ。

 繰り返す……この物語に希望は無い。






 
                           今、南斗の星はチラチラと輝きを帯びていた。










                後書き




    はい、前々から計画していた【流星編】を執筆します。え!? 【貪狼編】わ!? って期待してた皆さん御免ちゃい。

  
    今回から【流星編】【貪狼編】と交互に執筆する事になります。理由はこれからもオリキャラ出張るんで、それに
 対し説明する為には、実際の以前の彼らがサウザーに殺されるまでの話書いた方が作者も解り易いからです。

    この話ではケンシロウはユリアと未だ死の灰を被ったトキを少々介抱していた頃。要するにシンが未だジャギに
 諭される前の時系列なので、ケンシロウが彼らを助ける事も無いし、シンが彼らを救う事もほぼ無いです。

    この作品ではサウザーとユダが悪人です。綺麗なサウザーとユダは本編で描きますのでお許しください。

    時系列では、ラオウ様が旗上げする前の時系列です。なので拳王軍の部下の名前が出ても、拳王軍は出ません。

    何故彼らがサウザーと対決したか? 何故彼らが逃亡せず死ぬ状態に陥ってしまったのか?

    そう言うのを作者の空想を織り交ぜて書きますので、お楽しみに。


















    某友人<落ちは?








    てめぇが落ちだ。








[29120] 【貪狼編】第一話『運命の変動を告げる娘と孤』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/13 09:44




 その日、虹が咲いた空の下、一つの運命が変わった。

 その運命の変わり目を機に、多くの星達の輝きが一夜にして変わった。

 これが始まりを告げる光か、それとも歯車が合わず停止していまう暗示なのかは良く知りえない。

 ただ……これだけは予告しよう。


 例え如何なる星の光が変わろうとも、その下で生きる者達の光は。


 決して変わらぬのだと。




  ・



          
           ・


     ・



  
         ・



    ・




        ・




            ・


 「……あぁ~、すげぇ暇だ」

 「ジャギ、幾らユリアの場所だからってリラックスし過ぎるんじゃない?」

 ……時刻は昼間、場所は北斗寺院と隣接する場所に建てられた家屋。その場所でジャギは安楽椅子に深く腰を下げている。

 「いや、何か一仕事終わったもんだから急に疲労感が襲ってきたっつうか。……とにかく何かぼうっとしてぇ気分でよ」

 ……彼の言う一仕事。

 それは今から五日前の事、その日は彼の知る者の誕生日だった。

 それがただの誕生日なら別に彼も気に病む必要なかった。だが……その知人であり友人は南斗の未来の王であった。

 その者の名はサウザー。……北斗の拳で出てくる南斗鳳凰拳と言われる拳法の最強の使い手。……『将星』を司る帝王。

 彼は十五の時に、その父たるオウガイの死に心に大きな傷を負い、それが元で彼は狂い暴君として世紀末に名を馳せる。

 その悲劇の原因たる継承儀式を、ジャギとアンナ。そして彼らに助力してくれた未来の伝承者たる仲間の拳士と共に
 その儀式を破綻させ、秘密裏に彼らはサウザーを、自分達の良き友人の心を守り抜く事に成功したのだった。

 今のジャギは、夏休みが始まった学生の如く。過度な仕事を終わらせ正月を迎えたようにだらけきっていた。

 「……あ~、此処だと誰も邪魔しねぇから気が楽だぜ」

 「もうっ……ユリアったら御免ね。こいつったら図々しくて」

 「フフ……良いわよ。何だって、この前はオウガイ様の葬儀に出て色々と疲れたのでしょ? ……無理ないわよ」

 此処はユリアの自室。彼女とは昔から訪問しているアンナは気兼ねない彼女の話し相手である。

 ユリアはジャギにフォローの言葉をしつつ、少々の寂しさを最後の部分で出した。
 それに、ジャギも気が付き居住まいを正す。

 (あっ、いけね……ユリアには内緒にしてるんだもんな)

 『慈母星』と言う、南斗の最後の将と言う立場を秘めているユリア。原作でも重要な役割を担う彼女は、今の時系列では普通の子女。

 ジャギは彼女が未来予知やら癒しの力やらを使う事を知っているゆえに、彼女がてっきりオウガイが生きてる事も知ってる
 ような気もしたが、流石にそれは無いらしい。ジャギはユリアの様子からそう気付いて背筋を伸ばして座って告げる。

 「ぁあ~……ユリアはオウガイ様とは面識あったっけか?」

 「えぇ……数回、南斗の里で出会った事があったわ。……余り話さなかったけど、とても優しい方だった」

 一緒に居ただけで、そう感じられたわ。と昔を懐かしむように少々涙目になるユリアを見て、ジャギとアンナは心苦しく思う。

 何せオウガイが生きてると知れば、南斗の暗部やら……彼らが継承儀式を邪魔しようとしたのを阻止した連中がどう思うか知れない。

 再度サウザーの心を折るような儀式を実行しかねないし……最悪実力行使で怪我の癒えてないオウガイを始末するかも知れない。

 アンナの昔勝ち取った莫大なポケットマネーで、今は誰も余り知れぬ場所で養生してるだろうが、それでも未だ心配である。

 あの後は大変だったなぁ。とジャギは振り返る。

 何せ、サウザーが鳳凰拳を継承したと言う知らせと同時に、オウガイの葬儀が両方一片に行われたのだ。

 継承儀式の山で、彼ら暗部と対決した南斗拳士の全員は未だ負傷した体と疲労が抜け落ちてないながらも
 出席せぬ訳にはいかず盛大なオウガイの葬儀に出席した。……無論、彼らにも真実は告げれぬので心苦しかった。

 (……ただ、ユダ辺りは気付いてったぽいんだよなぁ……)

 葬儀で一番難解だったのは、棺に入れたオウガイを安置させたまま行う部分。

 何せ何人かは最後にオウガイに別れを告げたいと希望したから堪らない。サウザーも一応予測してたものの生きた心地しなかっただろう。

 『我々はオウガイ様には以前大変世話になった。せめて最後に別れの挨拶を直接さして貰っても良いでは無いかっ』

 四十は居る大人の拳士達。それにサウザーは辛うじて平静を貫き言い返す。

 『いかんっ! ……貴殿等には心苦しいが、我が父であり師父の亡骸は貴方がたが思うより酷い姿……辱める事は出来ん!』

 まぁ、実際もしオウガイをサウザーが直接下した未来でも同じ事言ってた可能性が高い。何せ、もしオウガイの遺体が
 棺に入るとしたら、それはサウザーの南斗聖拳が原因たる遺骸なのである。どちらにしろ見せる事を拒絶したであろう。

 その言葉に渋々他の伝承者達は引き下がった後……紅鶴拳の伝承者候補であるユダは葬儀の最中こう言った。

 『では、せめて我等には棺の上に華を置く位はして良いよな?』

 その言葉と同時のユダの手向けの花……その花の名はイトキクと言う花だった。

 その花言葉は……真実と言う意味合いがある花である。

 それだけならジャギもユダが何か知ってると思わなかったかも知れない。だが、その花を置いて棺から離れる瞬間。

 ……にやり。

 ユダは間違いなく気の所為でなければ自分とアンナの方を見て哂った。ジャギはその時を思い出すと生きた心地がしない。

 最も、未だ何も言って来ないのが幸いだが……。

 「……あっ、でもね……」

 「如何したの? ユリア」

 何かに気付いたように、ユリアは考え込むようにして呟いたのを見咎めてアンナが尋ねる。

 「……私、アンナとジャギになら言うけど少々未来を知るような夢を見るって知ってるわよね?」

 「え゛? いやあ、俺は……『うん、知ってるよ』……」

 ジャギは慌ててユリアの重大そうな発言に否定しようとするが、その前にあっさりとアンナが返答した事でじと目を向ける。

 「……何でアンナは知ってんだよ?」

 「あれ? ジャギに話してなかったっけ? ユリア以前も私が誘拐されそうな事夢に見たからサキ達連れてきてくれたんだよ」

 「……言ってたっけか? ……う~ん」

 確かに、そんな事を後で聞いたような、聞いてないような。

 そうジャギが悩んでるのを他所に、ユリアは続けて良いか尋ねて話を続ける。

 「それでね。……五日前なんだけど、可笑しな夢を見たのよ」

 『どんな?』

 異口同音のジャギとアンナの言葉。それに苦笑しつつユリアは告白する。

 「大した事じゃないけど……サウザー……前に以前見かけた彼ね。オウガイ様の息子の。その人とオウガイ様が
 何やら闘おうとしている様子が見えたのよ。……でも、いざ闘おうと両者が飛んだ瞬間に……オウガイ様がジャギへ変わった」

 その言葉に、ジャギは僅かに目を見開くが、至極冷静を勤めて無表情を続ける。

 「私は最初、それが未来の夢なのだと思ったけど、ジャギとサウザーが闘って、そのままごちゃごちゃと色々と
 夢の内容が変化したから、多分何の変哲もないただの夢だと思ったの。本来ならもっと正確に未来の夢は解るから」

 「……今、ユリアは未来が見えている?」

 アンナの問いかけ、それにユリアは少々首を傾げて可愛らしく唸ってから呟く。

 「……それほど見ない、かしら。でも、ちょっと変ね……」

 「なぁに?」

 「私、その夢を見た後からどうも頭の中がモヤモヤすると言うか……ちょっと今まで昔も見てた夢が曖昧なのよ」

 今までならはっきりと見えてた筈なのに……。と可愛らしくユリアは眉を顰めた。

 ジャギとアンナは同時に顔を見合わす。

 ……ユリアには未来予知がある、それは原作知識のある彼と彼女はどちらも知っている。

 そして、その夢が曖昧になるとは一体どういう事なのだろう? ……それは良い事なのか、または悪い事なのだろうか?

 少々の不安がジャギとアンナに浮かぶ。その不安をまるで予期してたように、行き成り扉をノックする音が聞こえた。

 「……ユリア、入るぞ」

 「あっ! 今開けるわっ兄さん!」

 「リュウガか?」

 「……其処にジャギも居るんだな。……丁度良い」

 ポツリと、最後の方はジャギの聴覚で聞き取れる程に少量で。

 うん? とジャギが思う前にユリアの手でドアが開かれる。……其処に現われるのは雪のように真っ白な髪をした青年。

 年はジャギとほぼ同じ、そして彼もまたユリアと同じく『天狼星』と言う時代を見極める役目を持った北斗の拳の世界の住人。

 最近では、どうやらジャギが以前告白事件を起こしたお陰が、彼が全治二週間の怪我と引き換えにリュウガとユリアの
 仲は多少よりを戻したと言える。ジャギも、あのような無謀な真似をして意味無かったと思いたくないので、これで満足である。

 少々の談話。リュウガは優しい目でユリアと話を終えてから切り出す。

 「ユリア、少々ジャギを借りる」

 「え? ……解ったわ」

 「へ? 俺か?」

 リュウガの頼み、ユリアも別に問題ないので頷きジャギは呆けた顔で自分を指す。

 「あぁ、お前だ。……ちょっと場所を移すぞ」

 リュウガはそう言ってジャギと異動する。

 (何だってんだ? 一体……)

 ジャギは、少々変だなぁと思いつつ彼の後を付いていく。アンナを一瞥すると、彼女は大丈夫だと頷いたのが少々心強かった。




  ・




          ・


     ・




        ・




  ・



      ・



          ・


 「……此処ならば良いな」

 「話って、何だよリュウガ?」

 寺院から離れた森の中、かつてジュウザも同じくリュウがと再開を果たした場所でリュウガとジャギは二人で対峙してる。

 別に何か殺気立つ訳でも無いが、余り良い気配も正せずリュウガはじっとジャギを見る。

 睨んでる訳では無いが、見定める……と言った風合いの眼差しである。

 暫し、そんな状態ゆえにジャギは堪りかねて半眼でリュウガを見る。

 「んだよ?」

 「……最近、お前何か変わった事をしなかったか?」

 単刀直入。歯に衣着せずの言い方で質問してくるリュウガ。

 その眼差しにギクリとしつつ、ジャギは暫し考えつつも白状する。

 「……まぁ、やったっつったら、やったけど……」

 「……やはりか」

 リュウガは、納得したとばかりに頷いて顎に手を遣る。

 自分だけで納得してるリュウガにジャギは苛立ち浮かべて問いただす。

 「何だってんだよ。何か知ってるのか?」

 「……五日前、その日から星の光に変化が起きた」

 リュウガは、ジャギの言葉を受けて顔を上げると突然そう言い始める。

 「今まで無かった輝きの変化だ。ゆえに俺はどの星がそのように変化を与えてるのが悩み……突如お前が浮かんだ」

 そう言って、リュウガは不思議な光を湛えてジャギの瞳を見続ける。

 「間違ってなかった。どうやら、お前がした何かに対して、天空の星達はどうやら色々騒いでいるようだ」

 「……すまねぇ、解りやすく説明してくれよ」

 リュウガの言葉は予言者のように不可解だ。ジャギの返答に彼は肩を竦めて噛み砕くように説明する。

 「要するに、お前が原因で未来が大きく波立ててる。本来あるべきであろう道が急激に変動してるように俺には見えると言う訳だ」

 「ふ~ん、それでお前は俺をどうするつもりよ?」

 「どうもせん」

 肩透かし喰らった顔をするジャギに、リュウガは平然とした顔で言葉を続ける。

 「星達が道を変えたところで、お前に責任取れ等と無茶は俺も言わんさ。ただ、お前は多分何かの大きな未来を変化させた。
 これだけは俺も理解出来たから、お前にはちゃんと教えとこうと思っただけだ。それ以外に他意は無い」

 「……どう言う風の吹き回しよ? おめぇ、今までそんな事したっけか?」

 今までリュウガが、他人の為にそこまで助言をした覚えをジャギが見る限り無い。
 「別に……今は俺だってお前や他の奴に気を回す余裕はあるさ」

 「ほほぉ? 今って事は以前はなかったって事か」

 そう、関心しつつ腕組みして頷くジャギ。リュウガは嫌そうにジャギのドヤ顔を見て、そして無言を貫く事に決めた。

 「そう怒んなって……これから、どうかした方が良いとかあんのか?」

 「そんな具体的な方針が解る筈なかろう。俺の力とて万能では無い……大きな流れが時流を巻いてるようにしか見えない」

 ジャギは、ふむ……と唸りつつ考える。

 「それって占星術とかに近いんだろ、多分? ……俺も頑張れば出来るか?」

 リュウガは呆れつつ返答する。

 「無茶言うな。俺のは単純な星占いとは違う、何と言うか天性の超能力見たいな物なんだよ……って」

 何でお前にこんな事話してるんだ? 俺は? とリュウガは変な顔をした。もう次には面倒そうな顔になった。

 「もう良いだろ? どうせお前のような大雑把な奴に占星術など不可能だ」

 「うわ、ひっでぇ! 俺だって結構小器用なんだぜ!?」

 「どうだがな……」

 もう、重要な話は終わったとばかりにリュウガは軽口叩き、ジャギも潮時かとそれに乗る。

 ……リュウガの話も気になるが、別に大した事は無い。

 大きな試練は乗り越えた……きっと、万事全てが上手くいくさ……。







 ……そう、ジャギは楽観視していた。




 ・



         ・



    ・



       ・



   ・



       ・




          ・







               「ぬああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」






                                 ゴガンッ!!!





 「どわっ!!?」

 「ぐへっ!!?」

 「……っ!!っ」

 北斗錬気道場では、一人の男の咆哮と同時に三人の少年達が吹き飛ばされていた。

 一人はこの作品の主人公とも言えるジャギ。今は南斗聖拳と北斗神拳を同時に修行している身の少年。

 ……もう一人の名はキム。

 彼は本来ならば昨年には既に北斗の寺院を追放されている身である筈だが、ジャギからしても意外に思えるほどの熱意
 と共にリュウケンから黙認されて修行を続けている。拳の腕ならば、未だケンシロウと五十歩百歩。だがキムの場合
 今のケンシロウには無い活発さと熱意があるゆえに、彼の方が拳情と言う意味合いではケンシロウに勝っているかも知れない。

 ……そして残るは、原作の主人公。世紀末の救世主(メシア)

 彼は未だ十二歳。一応ある程度体つきはしっかりして来たように見えるが、何分彼は心根は優しく、それでいて
 余り自分から感情を出す方では無いゆえに兄弟である長兄とは相性が今の所悪いと来ている。

 ……いや、訂正する。

 「立てぇ! ケンシロウ! キム!! ジャギ!!! 貴様等同じ北斗を望むのならば、俺に一太刀浴びせて見ろぉ!!」

 ……この三人、どれもラオウと格別的に相性悪かった。

 今の彼らは傍目暴力とも思しき長兄であるラオウとの組み手をしている。

 いや、組み手と言うのもどうかと思える……何せ三人同時でラオウを相手しているに関わらず、全員打ち倒されてるのだ。

 ケンシロウに至っては、ラオウの鬼気迫る気配に尻込みしてしまい拳を碌に振るえず薙ぎ倒され。

 そしてキムは、未だフドウにすら果敢に挑む程の無謀な勇気あるゆえに突っ込んで、そのまま返り討ちに合う。

 ……そして。

 「如何したぁ!!? ジャギ!! 貴様は鳥影山で修行しているのだろぉ!! ならば南斗の拳を使っても構わん!!
 貴様が手を抜いているのがこの俺に気付かれぬとも思ってるのかぁ!! 全ての力を出し切りやってみるが良い!!」

 (冗談きついわ)

 ジャギは、一人何とか拳を避けるも、彼の脅迫もどきの言葉に辟易しながら構えている。

 何せ、ジャギはサウザーとも一応互角に闘い辛勝はした。恐らく、今のラオウとも本気で相手すれば良い勝負が出来るだろう。

 だが……それはあくまで彼が彼である自我を失った場合だ。……理性を抱えた状態のジャギは、本気でラオウと挑む気概が
 そもそも余り無いのだ。何かしら命を賭けなければいけない重大な試練でも無ければ、今のジャギは本気を出さない。

 サウザーとの死闘で最後に抑えこめたのも火事場の馬鹿力ゆえ。今のジャギは手も足も出せずラオウの出す拳を防御してる。

 「うぬらぁ!! ほら俺の拳は空いてるぞ!! 一度は反撃してみるが良い!!!」

 「ぐっ……ちっ……!」

 ジャギは、両腕交差してラオウの出す正拳を何とか辛くも防ぐ。だが衝撃は腹の底まで痺れるのが何とも言えない。

 余り描写せずとも、ラオウは南斗十人組み手を無断でサウザーの場所へ訪問して挑むなどして、常に死と隣り合わせの事を
 何度も挑んでいる。そして、ほぼ無傷で彼はそれに勝利し、今では南斗では彼との組み手を渋る程になってるのが現状である。

 「如何したぁ!!? 未だ未だだぞ!!」

 更に、腰を落としてのラオウの拳が放たれる。
 
 流石に、彼の渾身の一撃を受けるのは病み上がりとも言えるジャギには御免である。彼は独特の方法で避ける。

 それは彼の南斗の拳である邪狼撃の独特のステップ。後方へと軽い跳躍で避けて相手に貫手を放つ動作だ。

 空振りするラオウの拳。彼は少々顔に朱を差して怒鳴った。

 「それだ!! 先程からの奇妙なその掻い潜りの技!! それ程の技術あるならば俺に傷を負わせる技を得ているだろう!!」

 そう怒鳴るラオウに、ジャギは何も言わず苦々しい顔で見つめるのみだ。

 倒され、少々節々に痛みを感じながら起き上がり傍観に徹するキムは首を傾げてこう言う。

 「……ジャギの動き、確かに妙な避け方と思えるが、そんなに当て難い動きか?」
 キムの言葉に、ケンシロウが静かに言う。

 「……アレは見た目通りの動きと思ったらいけない」

 「む? ……ケンシロウ、解るのか」

 キムは目を見張り、ケンシロウが自分では気付かぬ事に気付いている事に驚く。そして尋ねる。

 「教えてくれ」

 「……」

 ケンシロウは、自分の口で言うより見る方が簡単だと言うようにジャギとラオウを指す。

 「ぬああああああぁ!!!」

 ブオンッ!! タッ!!

 「危ねぇっつうの!? 殺す気か!?」

 「無論!! 闘う気が無ければ全力でこの場で排除するのみ!!」

 ブンッ!! パッ!!

 「真顔で恐ろしい事平然と言うな!!」

 ……ラオウは、先程から彼に回し蹴り、正拳突き、ありとあらゆる動きで怒涛の攻撃を放っている。

 対してジャギは、その独特の動きで先ほどから後方に避けるのみだ……『壁にぶつかる事もなく』

 「……? 何故、ぶつからんのだ?」

 キムの発言はもっとも。この錬気道場は広さはあるものの、色々と支柱もあるゆえに障害物はある。

 それに広いと言えど屋内ゆえに何度もバックステップすれば壁へと背中を直撃しそうなものだが……。

 「……兄さんは、避ける度に方向を微妙に変えている。時に螺旋のように、時に斜めへと……ある時は北斗七星の座標のように」

 「!!? ……本当だ」

 キムは目を見張る。確かにジャギの動きは一種の方術の如く一定の動きで避けている……無駄の無い洗練された動きだ。

 「……何時から気付いていた?」

 キムは、自分でも気付かぬ事を気付いたこの兄弟に、疑惑の視線を投げかける。

 「兄さんと組み手してから……何度も触れられない事に悔しい思いしてたら……自然に気が付いていた」

 そう、照れるように微かにケンシロウは言った。

 キムは、そうかと頷きつつ羨ましそうにジャギを眺める。

 やはり……自分が思った通り、目標にしている人物は一筋縄ではいかないなぁ……と。



 数分の攻防。ラオウは少々吐息を荒くして拳を振るう。

 だが……その時は不慮の事故なのだろうが、ラオウが一瞬集中力の途切れなのか体勢を崩す。そのまま傾いて拳の軌道は変わった。

 「!!? ……グフッ!!」

 ジャギへと命中するラオウの拳。威力は少々衰えても、本気の拳はジャギの額へと直撃した。

 『ジャギ(兄さん)!!』

 思わず、ラオウが目の前で気炎上げてるのを構わず駆け寄るキムとケンシロウ。

 ラオウは、険しい顔を崩さず倒れたジャギを睨む。

 「……っ」

 だが……今のラオウは卑怯や、計略。そう言った姑息な手で勝つ事を毛嫌いする闘士。ゆえに彼は不慮の事故で
 倒れたジャギへの勝利に納得はせず。後はケンシロウとキムに任せるとばかりに背を向けて去った。

 ラオウが出る間際、彼はトキと鉢合わせする。

 「遅くなっ……!? ジャギ!」

 トキもまた、倒れてるジャギを見て慌てた声を出す。

 「トキ……そこのうつけ者を手当てしてやれ……阿呆な奴の頭が精々これ以上悪くならんような」

 ラオウの言葉に、一瞬顔を顰めてトキは駆け寄ってジャギの頭に触れて別状無いが確認する。

 軽い脳震盪である事を知り、安堵する三人。そんな、自然と人が集まるジャギをラオウはどう思ってるのか?

 「……ふんっ」

 ラオウは、ただ鼻を一つ鳴らすと。憮然しきった顔で外に出た。





  ・



          ・


    ・




        ・



   ・




        ・




            ・



 


                                  「……おいっ」

 目覚めた瞬間見えたのは……鉄兜を被った……怪しげな光を両眼に携えし男。







 「うおわああああああああ!!? ……って、てめぇかよ!!? ……マジ心臓止まるかと思った」
 
 ジャギは、起きた瞬間に悲鳴を上げて這ったまま後退さり、そして心臓を押さえて呟く。

 「何いきなりびびってんだ。てめぇと俺なんぞ、もう何度も鉢合わせてんだろうが」

 馬鹿か? と言いそうな。と言うか本当に馬鹿か、と付け加えて。その人物はジャギを見下ろして虫でも見るような顔をする。

 「……」

 「あん? 何か文句でもあんのかよ、てめぇ?」

 ジャギ……この場合今を生きているジャギであるが、彼は無言で……大人の体格の鉄兜を被ったジャギを注視する。

 突然舞台が変わったが、此処は夢幻世界。今を生きるジャギが突如遭遇した荒野と一つの建物しか無い場所。

 其処には彼以外には、彼が知識で知りえている原作……北斗の拳と言う漫画での世界の登場人物だったジャギが住んでいた。

 ジャギが注視しているのは、彼が其処に居ると言う理由からでは無い。……ジャギは大人のジャギへと尋ねる。

 「……以前、砂漠で出会わなかったか?」

 「あ゛? ……如何言う意味だ、そりゃあ?」

 問いに対する問い。ジャギは、やっぱりなと頷き、そして全く意味が解らぬ大人ジャギは苛立った光を瞳に浮かべる。

 このままだと、自棄になり原作ジャギが散弾銃に手を伸ばし脅してくるのを理解してるのでジャギは説明を始める。

 五日前、自分はサウザーの継承儀式を止めるべく、その時にサウザーがオウガイを殺害しかけた自責の念で兇変した事。

 そして、それを止めるべく闘った際に意識を失い、其処で自分は今出会ってるジャギと同じ人物に出会った事を話した。

 右腕に小さな銃痕を生やし、そして自分を殺すと宣言した原作ジャギと同じ格好……と言うか本人同然の人物との遭遇。

 それに、原作ジャギは馬鹿にするも、茶々入れるでもない。どう言うわけだが、この人物には珍しく真剣に聞き入っている様子だった。

 「……おめぇ、サウザーと対決したのか」

 「あぁ。この五日間、お前と会わなかったから報告しなかったけどよ」

 「……」

 サウザーの儀式を邪魔した後、この原作ジャギと会うのも五日ぶりである。

 今までは毎晩のように、自分が拒否したくても参上していた人物が何時かも出現してなかったのだからジャギにとっては
 口では言わずとも幸せな五日間だったと思う。まぁ……多分これからも毎晩の如く、この世界で会うのだろうけど。

 原作ジャギは、彼の言葉を聞き終えて暫く黙り込んでいた。腕組みしている右腕を今を生きる彼は確認し……何も痕は無い事を確認する。

 「……ジャギ?」

 「うるせぇ、ちょい考えてるんだから黙ってろ……ちっ、お前邪魔なんだよ。……あっちでちょい考えるぜ」

 そう言って、原作ジャギは苛立ちつつ一つの個室へと立て篭もる。……恐らくだが、あの大切に育ててる鉢植えの場所だと見当付ける。

 「……何なんだ?」

 そう、少年の彼は暫し首を捻るも。迷ってる暇あったら修行しないとどやされそうだと、彼は外へ出て修行を始めるのだった。





 ……。




 「……もう一人の俺……だと?」

 暫し、彼は鉢植えと睨みっこでもするように、常人なら見るだけで震え上がりそうな目つきで腕組みしつつ考え事する。

 「……奴が嘘を俺に吐くとは思えねぇ。だが……この世界で俺以外に誰がか居る。……いや、そもそも」

 

 何故……この世界は俺と過去の俺(ジャギ)しか居ない?




                                    ズギ!!!!!ッ!!!



 「……っ!?」

 瞬間……。

 鉄兜で身を包めた彼の頭に頭痛が走った。今までこの世界では自傷行為以外で全く痛みを覚えない彼にだ。

 「グ???!! ヲ!!!?!!」

 (こ……い、つ……は!?)

 頭を押さえようとしても、鉄兜が邪魔で圧迫させて痛みを紛らわせる事も出来ない。

 突然の激痛に身体がどのように反応するか解らないのを、ジャギは全身全霊の力で微妙な力加減でヘルメットを取る。

 「ぐ……ヲ……ッ!!!」

 このまま秘孔で頭の痛みを掻き消せるか? ……否!!

 彼の北斗神拳伝承者候補としての……幾多の雑魚とは言え自分の力を省みずに襲ってきた人間達との死闘で鍛えぬいた感覚が告げる。

 これは魂からの痛み……自分では太刀打ちできぬ激痛だと……。

 「ざけ……んなっ……!!」

 壁にはおなざりに立てられた鏡が飾られている。地面に転がるように痛みで倒れている自分を、自分が見返している。

 ……素顔の、誰にも見せぬ反吐が出るような負の感情の象徴である自分の顔が。

 その顔を見た瞬間……どうしようもない憎悪が彼の内に膨らみ、気が付けば口走る。

 「俺は……ジャギだぞぉぉ!」

 「てめえらの……っ。てめぇらの勝手な都合で俺様を変えれると思ってんのがぁ……くぞっただれ゛がぁあああ!!!」

 震えながら、散弾銃の弾を取り出す。

 それを銃に込めて自害する? ……そんな訳は無い。

 (俺様は……北斗神拳伝承者ジャギ様だ!!)

 (何人にも……っ、救世主だろうが、誰であろうが俺様を変えさせられるかってんだ!!)

 その弾を渾身の思いで手刀で先端部分を切断する。

 零れ落ちる薬莢……それを歯を食い縛りながらジャギは激痛のする部分へと垂らす。

 ……シュボッ。

 もはや電気ウナギに触れたように、手は小刻みな震えを止まらない。チカチカする瞳の中、ジャギはマッチの火を点した。


 「こん、な、いた……み! ……昔っから、よぉ……!」

 慎重に……激痛が常人ならば気が狂う程に先程から荒れ狂ってるポイント……薬莢を垂らした部分へとマッチの火を近づける。

 「兄者や……っ、ケンシロウに負けた痛みなんぞよりなぁ゛……かりぃんだよ!!」

 



                                    ボンッ!!!








 ……。




 「っ? ……何か今、小さな爆発音しなかったが?」

 外で邪狼撃やら、そして千手殺の修行をしていたジャギは首を傾げる。

 ……そして、動きを止めているとドドドドドドド……!!! と言う階段を駆け下る音と共にジャギが出現した。

 気の所為で無ければ……被ってるヘルメットの内側から何やら微妙に煙のような物を昇らせつつ。

 「……え?」

 「おいっ! 糞ガキイイイイイイイイィ゛!!!」

 そのまま、原作ジャギは走り近づき突然胸倉を掴んで怒鳴った。

 「げふ……!? な゛……んだよ?」

 「いいかぁ!! 絶対にその糞っ垂れ野郎に対して思い出すな!! 思い出しやがったら俺が貴様をぶち殺す!!!」

 「がぁ……は……あ?」

 息継ぎすら出来ぬ程に首元を掴んでいた原作ジャギは、少年の様子に気付く程には落ち着いたのか、放り捨てるように地上へ下ろした。

 そして、幾分声を落として告げる。

 「……いいかぁ? ぜっっっっってぇに……その砂漠で出会った俺様の事を考えるなよ」

 「げふげふっ!! ……いや、そりゃ構わねぇけど何で……」

 「いいか!! 俺が言ったんだ!! 俺様の言葉を信用しろや!!」

 そう、彼は怒鳴り終えて頭を押さえつつ踝を返して建物へと戻っていった。

 「……だから、一体どう言う事なんだよ」

 少年ジャギは、要領を得ないその言葉に納得出来ぬまま、何故か眠りたくなって意識は暗転した。







  ・



          ・



     ・



         ・



    ・



        

        ・



             ・




 「いや、それにしても惜しかったよ。うん」

 「うん。兄さん……今度やれば勝てる」

 労いの言葉、それをキムとケンシロウに掛けられながらジャギは陰鬱な顔で溜息しつつ歩いている。

 今、彼らが向かっているのは一つの町。……以前、ジャギが知り合った華山一派と言えばお解かりだろうか?

 ラオウに負けて、そして原作ジャギに首絞められて怒鳴られて……少々色々と有り過ぎて気分転換に彼は四人で出かけている。

 「本当に久しぶりだねぇ、あの町へ行くのも! べラ、元気にしてるかなぁ?」

 そう、目の前を歩く彼女はウキウキと楽しそうに活発な笑みを浮かべる。その自然体な様子にジャギは苦笑いする。

 「本当……アンナは元気だねぇ」

 「ジャギは能天気でしょ? 元気と能天気が一緒になったら……ポジティブって意味なら最強でしょ? 私達」

 その言葉に思わずケンシロウとキムは笑い、そして気が付きジャギの方を一瞥する。

 ジャギは……普通にアンナの方を見て笑みを零していた……邪気無い笑みを。

 (……やっぱり、この二人は)

 (何と言うか、お似合いなんだな)

 この場で一番他人の近い二人は、ジャギとアンナの様子を見てそう思う。

 そしれ今更ながら不思議に思うのだ……この二人が恋人と名言しない事や、そのような素振りが無い事を。

 (? ……普通、アンナ氏は十五歳で、ジャギは二歳下でも私達より大人びているのだし、もっと仲が深くても良さそうだが)

 そう、キムは心の中で首を傾げる。

 普通の男女の交際でも、キスやら何なりしても可笑しくなさそうだ。何せこの世界では一般の恋愛情勢よりは年齢は少々低い。

 サウザーの継承儀式が十五と言う江戸時代やらの元服の風習が残っているのも見る限り、この年で結婚しても別に不思議じゃ無いのだ。

 もっとも、それは人によって付き合いなど変わるのだから、ジャギとアンナの仲をどうこう言う義務もキムには無い。

 ケンシロウも、自分の兄と、そして彼女の関係が仲睦まじくも、それより深い関係に至ってないのは少々奇妙に思えている。

 だが、それは些細な気がかりだとケンシロウも別に悩む事も無い。

 ……それが、もしかしたら重大な事になるかも知れなくてもだ。

 「……おっ、居た居た、お~い!!」

 「……っ! おっ……お前……!? ……ジャギ!!」

 華山一派の住まう町に入り、何やら土を耕している自分より伸びた背に馴染みのある顔を見て手を振って叫ぶ。

 それに気付く少年達。いや、体格良いので青年とも言って良い人物達は走り寄ってきた。

 「久しぶりだ『華山群狼拳!!』ジャギギギギィ!!??」

 笑顔で駆け寄ろうとした瞬間……ジャギは複数の華山一派より盛大な拳の挨拶をお見舞いされた。

 「おめぇどれだけ遅いんだよ!! 一年は待ちぼうけにさせただろ、お前!!」

 「大体にして手紙か何かで便りを出せよ!! こちとら出番が無くて畑耕して農業かなり上手くなっちまったじゃねぇか!!」

 「喰らえ! 華山一派の秘の奥義! 華山群狼拳の妖滅の型をおおお!!」

 ポカスカと、メタな事も叫びつつ彼らは怒鳴りつつ制裁の拳を浴びせる。

 悲鳴と共に謝罪しようと声を出す事も出来ず、ジャギは成す術なく拳を当てられたままである。

 「……た、助けた方が」

 「あっ、いいの、いいの。アレって所謂ジャギだけの歓迎の挨拶だから」

 「……歓迎?」

 キムが状況に付いていけず恐々と意見を出し、アンナは全く気にしていない。

 そのアンナの言葉に、ケンシロウは訝しむように呟いた。

 「……賑やかだねぇ、あんた達は」

 「あっ、久しぶりべラ。……べラも殴って来る?」

 「はっ、そんな事したって避けられるだけだろ? 無駄な事はしない主義だよ、私は」

 そう、最近になってスラリと細身な体格に女らしさが出てきている……蘭山紅拳の使い手であるべラ。

 じろじろと見定めるようにアンナを見るべラ。そして、口に笑みを広げて呟く。

 「……強くなったんだねぇ」

 「そうかな?」

 「あぁ。何ていうか体中に生気が宿ってる感じがするんだよ。……こう感じられるって事は、私も強くなったって思っていいんだよね」

 「あははははっ! べラは昔っから強いよ」

 二人の女性は女にしか解り得ぬゆえの会話をする。置いてけぼりとなっているキムとケンシロウは一先ずジャギを救うかと考えた。

 ……が、次の瞬間にそれは必要ないと知った。

 「てててておめぇら……いい加減に……しろよ!」




                                 南斗邪狼撃!!!




 四方八方からのたこ殴り。加減してるとは言え、かなりうざくなってきたジャギは痺れを切らし邪狼撃を繰り出す。

 無論、彼にとって最近では邪狼撃の力加減は朝飯前なので、彼らに怪我一つ負わせる事なく地面に転がせるだけに留まる。

 キムとケンシロウは、その一見単純に素早く移動しただけに見えぬジャギの絶妙な相手を傷つけず倒す技量に心服する。

 「……相変わらず、ジャギは再会すると可笑しな程に強くなってるな」

 「おっ、親分。元気かっ」

 「……もう、親分は定着か」

 苦笑いと共に……土仕事を毎日して鍛えぬいた、大の大人に負けぬ筋肉を得ている少年、華山一派の親分は苦笑いしつつ
 ジャギとの再会を喜ぶ。彼は拳の腕ではジャギに負けるかも知れぬが、他の部分ではジャギに並ぶ才を秘めているであろう少年だ。

 「それが君の南斗聖拳なのか?」

 「おうっ、南斗邪狼撃だ」

 『……』

 その、自慢そうに自分の技を言い切るジャギに、全員が一瞬変な沈黙を出す。

 「……え? え?? 何か変だったか?」

 「いや……うん。良い名前……だよ? 格好良いと思うよ」

 (……変梃りんな名前だな、なんて本人に言えないよな)

 周囲の反応の芳しくない様子に一瞬ジャギはうろたえる。それを、優しい華山一派の親分はフォローに留まるのだった。

 そして、彼はジャギ達を案内しつつ、自家製の漬物などを馳走しつつ世間話をする。

 「……最近じゃあ、こっちでも外国とのいざこざが何だのと騒いでいるよ。僕達にも、下手したらお爺さんの世代の
 赤紙でも来るんじゃないかって心配してる。……まぁ、鍛えているから僕等は真だ良いんだけど」

 やっぱり、戦争は嫌だなあ。と、親分の話を聞いてジャギは考える。

 ……199×年、世界は核の炎に包まれる。

 それは多分避けられぬ出来事。人一人の個人の力で回避するのは出来ないだろう。

 ……だが。

 (変えれるものならば……変えたいよな)

 ジャギは少々渋い顔をしつつ、親分の漬物をかみ締めて空を見上げる。

 眩しい日差しが憎らしい程の快晴。ジャギはこの平和が後は数年しか保たないと思うと、苦い思いが満ち溢れるのだった。

 「……って、あれ?」

 ふと、視線を前へと戻してジャギは変な声を上げた。

 「如何した? 何か味付け可笑しかったかい?」

 「いや、漬物はめちゃ上手い……って、そうじゃねぇ。……今歩いていた娘」

 「ん? ……あぁ、彼女最近来たんだよ。どうも一人旅らしくてね、だから僕達とも余り話さないけど、良い子だと思うよ」

 ……ジャギは、親分の話を半分も聞いてなかった。


 ……有り得ない。彼女が本来此処に居る筈が無い。


 そう、ジャギの理性は告げていても……瞳に映る道を歩いている少女は紛れもなく……。


 「あら? ジャギってばアンナを差し置いて他の娘を熱心に見詰めてる訳」

 べラのからかい。だが、それでもジャギは呆けた顔で歩く少女を見詰めるのみ。

 べラも、その無反応に不思議かる。だが、アンナも冷静な顔を崩さずも心の中で驚嘆していた。

 ……何故なら、その少女は本来世紀末でしか現われなかった人物。

 予言者。そして拳王を愛した女性、北斗神拳と同じく古来から伝えられし暗殺拳の伝承者の一人。

 ……その名を、同時にアンナとジャギは心の中で呟いた。









                               (……サクヤ?)












                 後書き





  サクヤって聞いて、まず誰を思い浮かべるって聞いて見た。




  某友人<シャイニング・ブレイドのサクヤ



  次は?



  某友人<GOD EATERの橘 サクヤたん



  ……次は?



  某友人<綾小路咲夜『※検索したところヤンデレの女の子に死ぬほど……と言う名のCDの登場人物』



  …………次は?



  某友人<木花咲耶姫(コノハナサクヤビメ)『※日本神話の女神らしい』






 
  おk  お前が人の期待を絶対に背くって事だけは解った。






[29120] 【流星編】第二話『人鳥の惰性と丹頂の届かぬ願い』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/29 22:11
 ……世紀末:場所 関東の上方部

 荒廃されきった大地。草木の一つも生えぬ静寂の場所に少々賑わいを見せる場所が有る。

 其処では、数々の人間が簡易的な家を建て、そして何処ぞこから運んできた木材を基に人の住める場所を造ろうとする。

 彼らは世紀末の弱き者達。心の中に豊かな思想持ちしも、その脆弱さゆえに蛮勇なる悪の餌食とされる人達だった。

 ……馬の蹄が聞こえる。

 その音に震える人々。そして遠方から土煙と共に迫る集団を目利きの聞く建築作業を行っていた一人が叫ぶ。

 「き……来た!! 鬼王軍の斥候隊だぁ!!!」

 ……鬼王軍。

 かつての世紀末の初期に旗揚げをした娥媚拳の伝承者『鬼王ゴラム』を先頭に、盗賊及び詐欺などで捕まった小悪党を
 束ねて天下を狙おうとする集団。その集団は関東を拠点として、他の軍閥の率いる場所を支配しようと動いていた。

 ばさばさの乱伐な髪を生やしつつ、鬼のような風体の赤褐色の肌をした好戦的な者達が馬を引き連れ人々の居る方向へ向かう。

 彼らの目的は、その場所で人々が建設の為に置いてあるであろう食料や、自分達の益となる物品の略奪。

 彼らは手に鈍器及び刃物を持っていた。あのような村人如き、僅か数分で反抗する気概も殺がせ、全てを奪えるだろう。

 適当に女も居れば浚えるかも知れない。彼らは虎の狸の皮算用と言葉が似合う、一刻先の獲物に心の中で唾を垂らしていた。

 だが、作業をしていた者達の多くは恐れる様子も無かった。まるでこうなる事を予期してたとばかりに冷静に鎧を纏う。

 兜を被り、鎧を纏った一人が馬の鞍へと颯爽と飛び乗ると、叫んだ。

 「前方! 鬼王軍の迎撃!! 全軍防衛準備!!」


 ……ザッ!!!!!


 その指揮の号令と共に、作業をしていた民の五割は死を恐れぬ戦士へと変貌して造りかけの町から外へと出る。

 馬に乗り、武具を掲げて迫る鬼王軍に微動だにせず迎え撃とうと彼らは鞍の上で鬼王軍が間合いに入るのを待った。

 数分足らずで目と鼻の先に接近した鬼王軍。彼らも突如出現した兵隊達に気付いているが、今更彼らも引けぬ。

 一つ一つの戦に勝利しなければ、彼らの将たる者からの死に等しき制裁を知っているからである。

 「矢を番えぇぇぇぇ……撃てぇぇぇ!!」

 ピュッ! ピュッ!! バシュッ!!! バシュッ!!!!

 狙い定め、弓兵は鬼王軍に対し矢の雨を降らす。次々と絶命する数割の鬼王軍の兵達。

 だが、狂戦士と変貌せし彼らの残兵は矢の猛襲を掻い潜ると、町の防衛軍へと肉薄した。

 『突撃ぃぃぃぃぃぃ!!!』

 勃発する乱戦。鎧で身を包んだ戦士達と、半ば裸体で暴力の支配する世界を持ち前の筋肉の鎧で生き抜いてきた戦士がぶつかり合う。

 数人の鬼王軍が数秒で倒れ、鎧で包まれた戦士達の何人かも攻防の果てに急所に当たり死ぬ。

 その中で指揮を取っていた人間は剣を手に闘っていた。その時背後から奇襲をする一人の鬼王軍。

 「討ち取ったりいいいいいぃ!!」

 「っ! ……っはっ!」

 迫る肉包丁。頭を割る寸前に馬上から転げるように指揮を取る兵は避けた。

 地上へと降り、立ち上がった兵に第二撃が迫る。身を反らした兵の兜へと鈍器が掠れ、空中へと兵の頭部を守る兜は舞った。

 次に頭部へ当てれば死ぬ……鬼王軍が確信の笑みを浮かべると同時に……その指揮取る兵の顔を見て驚愕する。

 「お……女っ!!?」

 ……柔らかな微かに化粧が見える素顔。兜で押さえられていた長髪が零れ落ちる。
 その兵は正しく女だった。十中八九、誰もが女と言える容姿を兵はしていた。

 指揮を取る兵が女である事の衝撃に、鬼王軍の一兵は隙だらけとなる。

 それに兵は有無言わさず一刀両断する。そして横から迫る巨大な棍棒を打ち下ろす兵へと剣の腹で受け止め、武器は破壊される。

 無手となる兵。それにニヤリと哂う鬼王軍の兵。

 だが、慌てず恐れる事なく指揮取る女兵は両腕をダラリと下げて静かな目で鬼王軍の兵を見据える。

 「フハハハハッ! 観念したか敵将よ!? ……ククッ、ゴラム様に戦利品として貴様を渡せば俺も出世する!!」

 敵兵は、その様子を降参の印と取る。そして、女の美麗さから殺すのは惜しいとばかりに調子に乗りつつ手を伸ばした。

 ……直後、敵兵の腕は宙へと舞った。

 「……っな゛?」

 「南斗……企鵝拳……」

 その女は、ユラユラと腕を動かし、徐々にその腕の揺らぎを早める。

 「きさ……ま゛……南斗の゛!!?」

 その指揮兵の正体に気付く兵士。だが……気付いたところで彼の運命が変わる事は既に無かった。

 



                                 南斗千刺貫手!!!




 ……右手で凄まじい連続貫手突きを放ち、事切れてる兵に情け容赦なく部隊長の女は左手で心臓部位を貫き止めを差した。

 「……嫌ねぇ、全く」

 その止めを放った頃には、鬼王軍が負け戦を理解して立退くのを視界の端で確認した。これでこちらの戦力を理解はしただろう。

 「……血で、また肌が汚れちゃうわ」

 女は、僅かに頬に付いた血を拭いながら天空を仰いだ。





  ・



          ・


     ・



        ・


   ・




       ・




            ・



 ……カツ、カツと町を作る中央に建てられた城と思しき建物に一人の男性が歩いていた。

 この城は、戦国時代から平成まで残る城を改良……世紀末の核にも半ば耐えた建物を改造して作られたものである。

 古き時代の建造物の時代に負けぬ強さを見たと言うところか。

 その男性の容姿は女とも言える美丈夫。そして金色の褪せぬ髪が背中まで流れている。
 その人物は一つの両開きの扉をノックもせず開けた。その部屋は寝室……見れば数人のシーツだけに身を包んだ女達が寝ている。

 その女達は男性の夜の世話をもする側女達……では無い。

 「……キマユ。貴様、俺の言葉を聞き忘れたようだな」

 静かな言葉、静かな怒りを滲ませた声色。その人物は紛れも無く平静な顔の裏側で怒っていた。

 その声を聞き、シーツの中で艶かしい一声と共に動きが起きる。

 もぞもぞと中で丸まっていた女がしょっこりと顔を出す。男ならば釘付けになる程の胸を隠しもせず上半身を起こす。

 そんな女性を恥ずかしがりもせず、彼は部下たる女性を睨んだ。半ば威圧感ある顔を見ても、女性は何処吹く風と言った表情だ。

 「あら、いいじゃないの大将。この娘達、私の事を好きだからこうして一緒に居てくれるのよ」


 「此処は俺の拠点だ。お前の欲望の発散の為の売春宿では無いのだぞ……!」

 きつく、鋭い目で彼……『殉星』のシン。孤鷲拳伝承者の大人になった彼は厳しい調子で言い竦めた。

 彼が怒る理由とは、その部隊長となる者が勝手に自分の城に女達を呼び寄せて、そして人間の三大性欲の一つを発散させてるからである。

 部隊の隊長なる者が、体たらくな態度を取れば兵の士気にも悪影響が出る。そうシンは正当なる怒りで彼女を叱っていた。

 南斗六聖『殉星』のシン率いる南斗軍の一つ。部隊長の企鵡拳伝承者のキマユを。

 世紀末前に、彼女も順調に伝承者になった。

 そして、風化した世界で生きる為にシンの軍へと参戦した。残る二つの軍閥に付かなかったのは、特に理由は無いかも知れない。

 だが、彼女が親友たるハマの居るサウザーの軍の下に付かなかったのは、彼女も恐らく深層心理の底で、彼の危険性を予感して
 たのかも知れない。南斗拳士とは、そのように第六感も昔から鍛え抜いている部分はあったから。

 睨むシンと、それに溜息を吐くキマユ。

 「……はいはい。それじゃあ貴方達、起きなさいな。私達の王様がご立腹よ」

 手を叩き、彼女は寝ていた女達を起こす。無防備な顔つきで目をこすり起きる全裸の女性達に、苦々しくシンは一先ず部屋の外へ出た。

 数分。彼は苛々しつつ地面を叩き、痺れを切らして部屋を開ける。未だ化粧して談笑していた女達を怒鳴り追い出す。

 二人っきりになる一室。ベッドに腰掛けるキマユへと腕組みして立ちながらシンは口を開いた。

 「……それで、何か言い訳する事あるならば聞くぞ」

 「無いわ。……けど、あの子達に責任ない事だけは言っとくわよ。後、出来るならば彼女達、貴方の侍従として置いて下さいな」

 「何故だ?」

 シンの怪訝な声。それにキマユは、苦笑いと共に言い聞かせるような調子で言う。

 「解るでしょうに。今の時代……独りで生きれる女は稀よ」

 「……あぁ、そうだな」

 無力な女性は陵辱され……そして最後に生気を失い絶望して野に倒れる。

 国を興す過程でシンも嫌と言う程見てきた。そして、部隊長となったキマユも。

 彼女が、特殊な性癖の持ち主だとは彼も知っている。だが、それも抜きで彼女は女と言う守るべき存在を自分の考えで擁護したいのだろう。

 「それは考えておく。……だが、お前の嗜好を俺の場所でするな。町が出来上がれば、娼婦館の一つでも出来上がろう」

 兵達の不満は日に日に増している。彼らの激務による心の安らぎを何処か向けなければ暴動も考えうる。

 「言っとくけど、私は反対よ。この世界の何処にも性病を真剣に考えて治療薬を置いてくれる人なんて居ないんだから。
 売春宿なんか造ったら一月足らずでアソコが痒いって訴える人間が群がるわ。梅毒で国が死ぬ……永久の笑い種ね」

 そう冷ややかに笑うキマユ。だが、その内容は重大ゆえに笑い飛ばす事も出来ない。

 この時代で、確かにそのように真っ当な設備が出来るとは思えもしない。だが、人間の三大欲求たる性欲とは貴重である。
 兵達の激戦で及ぶ心の疲れを癒すには女は貴重な存在なのだ。シンも兵達の不満を感じているゆえに、早急な処置が居ると考えている。

 「どうにか出来ないか?」

 彼は、このような対処方に関しては女の身体ながら女を好きと言う彼女ならば解けれると思い相談をする。
 
 彼女の同性愛と言う部分を目に瞑れば、優秀なのは間違いない。説教するのと同時に、彼は目前の問題を解消する手当てを聞きたかった。

 キマユは、暫し目を瞑り身体を崩しつつ一考して……口を開く。

 「……噂だけど、あの太陽の方向に。女だけで統べられる楽園があると言われているわ」

 「何? ……いや、そう言えば少々小耳に挟んだ事あるな……確か、アスガルズルとかの都があるとか」

 その国が真あれば、性病対策の薬や何人かの女性達を迎え入れる事も出来るかも知れない。

 だが、それも噂だ。この絶望しきった世界に、少しでも希望を見出そうと言う依与太話だとシンは思っている。

 キマユは、シンの心情を見抜いたのだろう。ククク……と笑いを零し言う。

 「信じなければ、何事も変わりはしませんよ、KING」

 「……俺をその名で呼ぶな」

 不機嫌な顔になるシン。それにキマユは更に笑いを濃くする。

 「貴方は王になれる器だよ、シン。だから私はKINGと言う名前を名づける」

 キマユは、冗談でも無く、彼が正しく王に成れる器だと感じていた。

 何時も、何処かも知れぬ場所を追い求めている光を宿していたユダよりも。

 何時も、何やら暗い影を背負い闇がそこはかとなく感じ取れていたサウザーよりも。

 キマユは、だからこそ繰り返し言う。

 「貴方は、KINGになれると思うよ。この世のKINGに」

 「はっ……ならお前はクィーンとでも言う気か?」

 シンの笑いに、同調するようにキマユは笑う。もう、真面目な話は終わりとばかりに彼女は立ち上がりシンの横を通り抜ける。

 「まぁ、貴方の方針に従いますわ。王様」

 「……あぁ、そうだな」

 ……一人、この荒れ果てた世界で一つずつ彼は先ず何か出来るかと考える。……今出来る事を考える、それが彼の中に
 今も息づくユリアを求める衝動を忘れると感じて。シンは、今すべき統治に専念しようと率先して行動を考える。

 その姿を見て、キマユは未だ彼は大丈夫だと信じていた。……悪魔の到来を見る事あれば、その信頼も多分拭い去られてただろうけど。

 廊下を歩く。彼女は機嫌良い顔で歩行していて壁に凭れ掛かり立つ人影に気付き声を掛ける。

 「あら、そんな所で如何したのかしら? ダンテ」

 「……お前こそ、コソコソと我等の王と何を話してたんだ? 女狐め……」

 ……南斗の中位の拳法、南斗百斬拳のダンテ。

 警官のような服装をした髭を生やしたハルク・ホーガンのような容姿。その厳つい目は、キマユの顔を睨む。

 彼は、世紀末始まってすぐにシンの配下として生きてきた。そして彼はシンの軍閥では町の警護として主に働いている。

 兵の部隊長と言う昇格しているキマユの位が気に入らないゆえに彼が彼女を嫌悪している……そう、キマユは彼の苛立ちを推測していた。

 「上位の拳だからと言って良い気になるなよ。お前が如何なる思惑だろうと、何か王に如何わしい行動取れば……殺すぞ」

 その声色は真剣。拳から流れる殺気は、彼女が王に敵対すれば正しく瞬殺すると匂わせている。

 だが、彼女は涼しい風を浴びる如く、朗らかに言う。

 「ええ、肝に銘じとくわ」

 「……ふんっ」

 彼は一睨みして、立ち去った。それを見届けて彼女はそっと吐息を出す。

 ……この世は正しく荒れている。

 幾ら戦っても戦っても、世界は荒れ果てて人間の悪なる部分を曝け出す。

 今は自分は軍閥の中で指揮取るも、少々疲れているのは事実だ。女性達の香りと共に眠らなければいかぬ程。

 「会いたいわねえ」

 そう、彼女が呟くのは誰に対してか?

 「……さぁて、お仕事、お仕事」

 未だ、町は出来上がらない。平和な世は程遠い。

 首を軽く鳴らし、彼女は未だ終わらぬ町造りへと戻るのだった。




  ・



          ・


    ・



        ・



    ・



       ・



          ・


 「……状況はどうなっている? コマク」

 「はっ……現在、丹頂拳のヨハネ将軍が徴兵を行っています。このペースでしたら、数週間後には兵も1千に成るかと」

 ……場所、サウザー軍より東側の拠点。

 その場所では一人の赤い髪を靡かせた男。女のように化粧を施した男は、血のような髪を風に揺らしつつ城下を見てた。

 その場所には、一人の自分に似た容姿の男が大多数の兵に槍や剣の訓練をしていた。

 その様子を剣呑な目を浮かべて紅鶴拳の伝承者。南斗六聖の一人『妖星』のユダは見下ろしている。

 彼は出生からして奇特だった。そして、その血の因果も。

 その血が、城下の将軍に対し忌まわしい獣のようにユダを感じさせている。彼は彼の将軍を嫌っていた。

 ……何処からが蹄の音がする。ユダはまたかと言った調子で呟く。

 「……ラブラデスの軍勢か?」

 「いえ、どうやら旗模様からドハンかと」

 そのコマクの受け答えに、どっちでも良いとばかりにユダは面倒そうな口振りで告げる。

 「数は?」

 「戦力の偵察程度なのでしょうな。およそ五十程度です」

 「ならば奴一人で挑めと告げろ」

 自殺特攻とばかりの無茶な内容。だが、腹心の部下たるコマクは腰を深く曲げて御意と名の返事と共に駆け下りる。

 下の場所で、ユダと同じく遠方からの敵の音に勘付いていた将軍たる彼も戦闘の準備をしていた。

 「ヨハネ将軍殿」

 その彼に降り立つコマク。白色の髪に付いた汚れを払いつつ、眼鏡の奥から陰鬱な光を正せてヨハネを見上げる。

 「……用件は?」

 「我等が王、ユダ様のお言葉で御座います。アレら弱小の虫ケラ如き、兵への忠誠を高めんが為に一人で成せと」

 その言葉に沈黙するヨハネ。

 コマクは、ユダと等しく彼に敵意ある感情を心に秘めていた。幼少からユダの世話する彼は、狂信的にユダを崇拝してるゆえに。

 ヨハネは、暫し不安そうに見遣る兵の中心で黙り込んでから、ようやく口を開く。

 「……了承し得た。我が王の為に、その任、しかと勤めよう」

 「っ! しょ、将軍それは余りに……」

 一人の、彼を慕う兵は無茶だと制止しようと言う。五十の兵に一人で無双しようなどと正気の沙汰で無いと。

 だが、ヨハネは微笑み安心しろと諌める。

 迫るラブラデスの騎兵達。一人、都内から出てきた将軍首と思える兵の登場に降伏でもするのかと彼らは一瞬思う。

 だが、迫ってくる彼に内心嘲りを浮かべて緩めかけた馬の走りを戻す。何と無謀な……この騎兵相手に勝てると思うのか? ……と。

 「……南斗丹頂拳……」

 だが、それは可能だった……その将軍にして見れば。

 まるで全盛期のレイのように空中へと舞うヨハネ。彼の拳の特性はユダとはまた異なった闘い方をする拳法。

 空中へと飛び、彼は宙へと留まりながらしなやかな両腕を広げて一回転する。

 それと同時に、僅かに騎兵は感じた。空気の渦が回るのを。








                                 南斗狂鶴翔舞……!!





 真空の刃の見えぬ鎧がヨハネの身体を纏う。

 彼は身体に漂う風の守護を感じつつ、そのまま宙から騎兵達へと滑空する。

 突き出した槍は、その真空の刃に切断される。彼らの呆けた顔は、何故自分達の武具が切断されたか解らぬまま衰えぬ真空波に巻き込まれた。

 そのまま、一回、二回とヨハネは南斗狂鶴翔舞を自分に施す。それだけで彼にとっては、拳を覚えぬ兵達の相手は済んだ。

 敵兵達の血が大地を濡らす。その中央で佇みつつ、彼は無表情で踝を返す。

 都内で手を組み祈っていた兵の仲間たちの歓声がヨハネには聞こえた。

 その割れんばかりの自分を受け入れる声を何時も聞くと、彼は今の世を生きる事に実感を感じ……そして王を見上げる。

 ……ユダは、冷たい顔で自分を見下ろしていた。気の所為で無ければ敵意を持った瞳を注ぎ。

 (……何故)

 (何故ユダは……この荒れ果てた世界になっても俺を受け入れてくれぬのだろう……)

 (一体……何故)

 ヨハネの中にあるのは、苦悩。

 世紀末前であろうとも、彼はどれ程友好的に接しようとしてもユダは彼に心開く事は無かった。

 この世界になって、彼は自分の役目が六聖の剣となる事と知るがゆえにユダの場所へ赴いた。

 将軍へと取り立ててくれた彼の言葉に、最初彼は昔のしこりを忘れてくれたのかとヨハネは喜んだ。

 ……だが、今も感じる拒絶の気配にヨハネは悲しむ。

 (……俺は、構わん)

 (何時の日か、ユダも俺に話してくれる筈だ。俺を嫌う訳を……)

 (俺もまた……例えどうなろうとも、この世界で自分の父を捜す……それが母上との誓いなのだから)

 ……ヨハネは自分の正体を知らぬ。彼の正体が、ユダが憎悪する父との忌まわしき血で繋がれた関係である事を。

 それはユダも知らぬ。だが、切れぬ血の絆がユダとヨハネの関係を世紀末の星の下で徐々に絶望へと誘おうとする。




 ……現在、六聖と、そしてこの絶望の物語に関与せぬ108派を除けば残り93派。






 救いは……程遠い。










                後書き。





    いやぁバレンタインを何とか生き延びたよ。







[29120] 【貪狼編】第二話『予言の詩 そして女神の一句』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/15 21:22


 サクヤ。

 黒山陰形拳と言われる、『人の中に人を隠す』と言う極意を以ってする暗殺拳の使い手。

 未来の世紀末、その場所で彼女はラオウの勇姿に恋へと落ち、その命を捧げて未来への助言を行使した。

 その女性が何故、此処に?

 ジャギとアンナが、そう考え視線を注いでいるのに気付いたのだろう。

 浅い茶褐色の肌で黒いポニーテイルの少女は、彼らの方へと近寄ってきた。

 ……神秘的な雰囲気を漂わせている。そして、無表情で彼女は華山一派と共に全員を見渡していた。

 「……えぇっと、サクヤさんだったかな?」

 その如何にも話しづらく、無言で対峙する少女へとジャギが口を開く前に華山一派の親分がフォローの為に口を挟む。

 「ええ、そうです。この前は漬物の方有難う御座いました……そちらのお二人も華山流のお仲間で?」

 サクヤは、一緒に居るジャギとアンナを一瞥して違うと解っていそうな目で返答する。

 「いや、こっちは南斗聖拳の使い手のジャギとアンナ。昔、自分達と組み手した友達だよ」

 「……南斗、ですか」

 北斗でなく。

 そう、彼女が声を出さず口を動かしたのをジャギとアンナは見た。

 「少々、その殿方に用事があるのですが。お時間の方は有りますが?」

 「……あぁ、有るぜ」

 ジャギは、警戒心の篭った声でサクヤに気後れせぬようにと力強く頷く。

 華山一派とべラも、その只事ならぬ空気を感じ取ってか無言。少々視線をぶつけ合いつつ、サクヤは口開く。

 「……では、少々私と『二人っきりで』談話をお願いします」

 アンナは除外……それにジャギは方眉を上げる。

 「……アンナは駄目なのか?」

 サウザーの一件から……自分と彼女は一蓮托生の関係だとジャギは思っている。そのジャギの言葉にアンナは笑み浮かべる。

 サクヤも、少々眉を上げつつ静かに言葉を返す。

 「申し訳有りませんが、少々内密な話ですので」

 「……解った。だが、後で俺がこいつに話しても問題ねぇよな」

 ジャギは念を押す。この予言者に対し、ジャギは余り好印象では無い。

 原作からして、暗殺拳の使い手でありラオウに恋をした人物。だが、彼女がどのような思想を抱いてたが全く未知なのだ。

 自分でも少々乱暴だと思うが、これで多少彼女の性格が知れるだろうとジャギは悪役を演ずる。

 サクヤも、知ってか知らずが、冷静な調子を貫く。

 「ええ、構いません」

 「……解った。それじゃあ、ちょいと後でな、……前等」

 サクヤとジャギが別の場所へと歩く。

 「……アンナ、あんた良いのかい? 見知らぬ女なんだろう」

 ジャギを追いかけた方が良いのでは? そうべラは助言するが、アンナは穏やかに返事する。

 「良いの……ジャギは自分がどうすべきかって、ちゃんと解っているだろうから」

 固い信頼。今までの見てきた彼の全てを把握するアンナは、太鼓判を押す。

 『(……愛されてるねぇ・なぁ)』

 それをケンシロウ・キム・華山一派とべラは見つつ心の中で感想述べるのだった。


 

  ・



          ・


    ・



        ・



   ・




       ・




           ・



 「……で? 如何言う話なんだ? 俺に」

 「その前に、一つお尋ねしなければならない事が」

 開けた場所。誰が監視しているか解る場所で、一人の少女と少年は対峙する。

 今の彼女の実力は未知数。闘う事になるとは思わないが、ジャギは拳士として十二分に用心しながら口開く。

 だが、サクヤはジャギの用心を無視して問いかける。

 「貴方は……ジャギで間違いないですか?」

 「……あぁ、俺はジャギだ」

 「本当に? ……いえ、聞き方が悪かったですね」

 そう言って、少々呼吸で間を置きつつ彼女は再度尋ねる。








                           「貴方は……別の世界から来ましたか?」






 ……数秒の静寂。


 ジャギの顔に一筋の冷や汗が流れる。突然の素性の暴露、今まで彼が夢幻世界で守り抜いてきた秘密。

 「……何故、解る?」

 「解ると言うか……教えてもらいました」

 「!? 誰にだ……!」

 少々険しい顔でジャギは平静を崩して聞く。彼の素性を知ると言う人物……それが悪人ならば危険である。

 今までの彼の積み上げてきた世界が大幅に歪むかも知れぬ事態……それは自分の取り巻く平和の破壊だ。

 サクヤは、落ち着いた声で言った。

 「天です。そうとしか言えません」

 「……おちょくってんのかよ」

 怒気含むジャギの声。だが、少しだけ冷静になって彼は更に言う……憶測を。

 「……いや? 待てよ。……お前、確か占いとか出来るんだよな。それも、かなりの卜占術って奴を」

 「……」

 サクヤは無言でジャギを見詰める……その目はyesだ。

 「って事は……お前もリュウガと同じで天の動きとやらを知ったって事か」

 「……リュウガ? 知らぬ相手ですが……まぁ、貴方の言う事は正しくあり、そして間違いとも言えます」

 そう、曖昧な言葉で彼女は言葉を濁す。ジャギは、彼女の言動に疑問が沸き起こりつつも、会話を続ける。

 「……色々聞きたい事が山積みだが、話ってのは?」

 「そうですね……先ず、順序立てて話しましょう」

 一呼吸の後に、彼女は話し始める……自分の物語を。

 「……私は、とある風土民族の一人です。卜占術及び、そして未来を知る為の天通眼を備えた一族です」

 私は、一族では数少ない天性の持ち主と言われてました。そう自慢でも無さそうに彼女は付け加える。

 「……五日前にです。私は夢を見ました」

 (またかよ)
 
 リュウガやユリアと同じような発言。辟易しつつも耐えてジャギは聞く。

 「それは一人の王へと成る器の青年が、父親と思しき者を殺害する夢。場面は暗転し、その王は北斗七星を刻む者に殺される」

 少々話しを省いているが、それは正しく原作の軌跡。ジャギは黙って彼女の話を聞き続ける。

 「……ですが、それで夢は終わりでは有りませんでした。また暗転し、今度は貴方が其の青年と対決し……そして救った」

 そう、彼女は言いながら強い視線をジャギへと注ぐ。

 「二つの異なる夢……それは紛れも無く未来の変化。貴方は間違いなく異物の存在だった、その夢の中の人物として」

 「その事を考えて、私は考えた結果……貴方はこの世の人間で無いと思った……それが真実です」

 ……言葉を聞き終えて、ジャギは吐き捨てるように言う。

 「……俺が何故北斗の使い手だと知ってやがる?」

 「夢の中で貴方が叫んでたからですよ、北斗千手何とやらと。先程の華山流の方は南斗使いと言ってましたが、貴方は
 恐らく伝説の北斗神拳の使い手。……貴方はこの世の選ばれし者を守らんが為に遣わされた天の使者」

 「……はっ……俺が天の使者だと?」

 哂える。本音からジャギは笑い、そして言う。

 「……俺様がケンシロウを救う為に、この世界でジャギに成ったって言うのか? ちゃんちゃら可笑しい……。
 ケンシロウに助けなんぞ要らねぇだろうが。俺は、俺があいつに殺される未来を避けたくてサウザー救っただけだ」

 「……嘘、ですね。私の見る夢の限り、貴方が南斗の王に殺される場面は無かった。貴方は破滅の未来を救う為に行動した」

 聞いてられないとばかりに、サクヤの言葉を振り払うようにジャギは首を振るう。

 「そうじゃねぇ! ……俺は……つうか、この肉体のジャギってのは、最悪、畜生の野郎なんだよ。
 平気で子供を野に放り捨てて、そしてケンシロウの悪名の為に殺人やらかして、そして人攫いして……」

 言いたい事が一杯ある。自分は救世主では無いのだと……自分の存在が悪であると証明したく。

 「……だから、俺はせめて真っ当に死ぬ為にサウザー救ったんだよ。今のうちに恩を売ったら南斗の王様が色々助けてくれるからな」

 「私は、貴方の考えに興味ありませぬが。貴方は未来を知ってるのですか?」

 「……夢で全部知ってるんだろ?」

 「予言者は万能では有りません。それに、他者の予言を聞いて総合するのも予言士の務めです」

 その言葉に、十分程かけて彼は話す。この彼女に自分の知る限りの情報を。

 ……南斗六聖の三つの暴走……粛清、虐殺。そして拳王の旗上げ……聖者へ『天狼星』の行動……大まかに全部を。

 ケンシロウが数年後に天帝を操り人形とする悪との対決、修羅の国へ至る物語までもジャギは全部告白した。

 どうせ、この女性は自分が秘匿しようと、何時か占いで全部知るだろうと考えてのジャギの独白。

 だが、思ったよりジャギの話は衝撃的なようで、サクヤは少々額を押さえながら困惑した顔を隠さず言った。

 「……真、ですか?」

 「俺は嘘が大嫌いだ。……こんな与太話を何分も掛けて話すかよ」

 「……でしょうね。確かに、貴方の瞳に虚偽の光は無い」

 疲れた溜息をサクヤは吐く。そして軽く首を振って呟く。

 「……世紀末、ですか。……私は、どうなるのでしょう?」

 「教えてやろうか?」

 「っ……是非」

 どうやら、彼女は自分の未来を今の所知らぬらしい。ジャギは彼女の反応から好都合とばかりに言う。

 「なら、交換条件だ。……無いとは思うが、今後俺やアンナの敵にはなるな。……俺の仲間に手を出すな」

 「……宜しいでしょう。私とて、無駄な諍いは嫌いですから」

 彼女は至極あっさりとジャギの言葉に了承する。更に条件を唱えるジャギ。

 「それと……俺の情報を言う前に答えろ。……てめぇ、どうやって俺が此処にいるって知ったよ?」

 それが、少々ジャギには懸念だった。まるで自分が今日此処に来るのを知ってたかのような彼女の出現に……。

 だが、それもあっさりとサクヤは曝す。

 「あぁ、簡単な事です。私の卜占術で、貴方と出会える場所を占っただけですから」

 「……チートだなぁ、おい」

 彼女は顔を顰めたジャギに首を傾げる。少々頭痛がしそうな頭を耐えて、ジャギは告白した。

 サクヤが拳王を愛し死ぬ事を。……そして、ついでとばかりに彼女に言った。

 「おめぇ、黒山陰形拳とか言う暗殺拳の使い手なんだろ? ……だから北斗の寺院のある町や、鳥陰山に来るのを避けたって訳か?」

 その言葉に解りやすい動揺を示す。いや、自分が誰とも知らぬ未来の相手を恋して死ぬと言う内容も衝撃的だったのかも知れない。

 「……私が、拳王を……ですか。夢の断片で見た限り、見紛う事なき一介の勇猛な武人とは思いましたが……」

 私が……死を賭す程に愛を……ですか。と、彼女は困惑したまま呟き続ける。

 ジャギは、この辺で少々彼女の素の表情を見て、彼女が自分の予想より余り未来を把握してない事に気付く。

 ゆえに、少々知ってる事を話し過ぎたか? と後悔しつつも時既に遅し。彼女は暫ししてから冷静になって話を再開する。

 「……有難う御座います。貴方の話のお陰で、一先ず私の死ぬ未来は異なるでしょう」

 「異なる……って、まるで死ぬ未来が決まってる見たいな言い方だな」

 「ええ。恐らくですが、私は結末は異なれ其の時間軸に死ぬでしょうから」

 ……また、静寂が走った。

 「……如何言う意味だ?」

 「言葉の通りです。未来とは変則的な物ですが、決まって必ずある事があります。死ぬ運命は避けれぬと言う事です」

 その言葉を聞いて、ジャギは冷や水を浴びたような感覚を受ける。サクヤは構わず続ける。

 「私が村に居た時に、私の師となる方が一つの話をしました。死を恐れる王に、自分が何時死ぬかと占って欲しいとされたと。
 そして私の師は王が月夜に槍に刺されて死ぬと伝えました。それを聞いて、その日王は誰にも近づかぬよう命じ部屋に篭りました」

 そこで、一拍呼吸をしてサクヤは続ける。

 「……その晩、王の部屋で火災が起きて王は死にました。その月は、師が予言した日と合致してたと聞いております」

 「……死ぬ時間だけは誰にも避けられない……そう言いたいのか?」

 「ええ」

 ジャギは、形相浮かべて胸倉を掴む。汗ばんだ手で、サクヤの服を破れかねない程に掴みつつ彼は怒鳴った。

 「ざけんじゃねぇ!! てぇ事は何かぁ……例え俺が救ったとしても……全員結局同じ時間軸で死ぬってぇのかよ!?」

 「……私の知る限りでは、そうです。それを回避する手立てがあるかも……私には把握出来ぬ部分です」

 ジャギの顔には、汗が前面に浮かんでいた。

 死ぬ……?

 同じ時間に? 例えサウザーが狂わずとも全員死ぬ?

 いや、考えられる事はある。もしサウザーが狂わずとも、ラオウが彼に止めを差す可能性が高い。

 そうでなければ、未だ見ぬ辺境の軍閥か。または不慮の事故だって有りえる。

 シン・ユダ・シュウ・レイ……自分の知る彼らも……皆も。








                                 ……アンナ……も。







 「……ざけるな」

 「認めねぇ……認めてたまるか。んな事信じて堪るかよ……!!」

 憤怒……憎悪の篭った怨嗟の声をジャギは腹の底から吐き出す。

 その人を震え上がる表情を見つつも、彼女は未だ精一杯気丈に言い切った。

 「ですが……これは我等一族の卜占が記してきた事実です。変える方法は」

 「認めねぇって言ってんだろ!!!!!」

 遮っての大声。それに、何事かと人通り無かった場所へと声に反応して村民が興味を引かれて寄ってきた。

 それに気付き、ジャギは胸倉に掴んだ手を離す。一瞬脅迫か? と村民が警察沙汰にするが迷ったが、被害者と思える
 少女が手振りで何でもないと告げてきたので、痴話喧嘩の類かと彼らは興味を無くして、また人気の無い場所へと戻る。

 水を差され、それで冷静に返ったジャギは罰の悪そうな表情しつつも、未だ声は震えていた。

 「……認められるかよ」

 「……私は、真実を述べたまでです。それで、貴方がどう行動するかは、私は決めかねません。私は予言をする者ですから」

 「人事野郎がっ」

 その、他人事だと無常な態度にジャギは軽く切れて毒舌を吐く。

 サクヤは、一瞬傷ついた表情を見せた。だが、すぐに冷静な仮面を被って言った。
 「……私の見た予言ですと。これから先、貴方の引き起こした変動により、大きな渦が発生します。それは良悪を同時に
 貴方達の元へと運ぶでしょう。……如何なる事柄であれ、それを曇りなき眼で見定めて下さい。私から述べられる事は以上です」

 彼女は、もう話は終わりとばかりにジャギへと背を向けた。気落ちする彼は彼女へと最後に尋ねる。

 「……おめぇは、これからどうすんだ。この町に暮らすのか……それとも故郷に帰るのかよ?」

 彼女には確かもう一人の伝承者のガイヤと言う兄が居た筈だ……冥王を裏で操り師、世紀末王となろうとした人物が。

 彼女は、故郷と言う言葉に肩を揺らす。







                               

                            ……サクヤ     俺の……  妹……








 「……故郷には、帰りません」

 サクヤの声は、気付ける者には気付ける程に震えていた。……皮肉にも、彼女の話で落ち込んでいたジャギには気付けなかったが。

 「私は……これから多くの星の下に生きる者を自分の目で映し、未来の出来事を把握するつもりです。
 ……ご心配なく。占い稼業で路頭に迷う事はありませんし、私は暴漢に襲われる程に弱くはありませんので」

 「聞いてねぇ」

 ジャギは乱暴に、去る彼女の言葉に吐き捨てるように言い捨てた。

 ……風が吹く。暫し彼は彼女が去った場所を暫し睨み、そして溜息と共に皆の居る場所へと帰る。




 ……その晩まで、彼はずっと固い顔を崩さなかった。








  ・




            ・



     ・




        ・



    ・




        ・




             ・


 「……あの、済まない」

 「うん? ……珍しいねケンシロウ君。君が私に用事あるなんて」

 その翌日、彼女は北斗寺院の階段を上りジャギへと会いに来た。今や、彼女が此処に来るのを誰も拒む者は無い。

 その日、アンナの言葉通りケンシロウが珍しく彼女へと話しかけていた。

 用件に関して、彼女は薄々見当付いていた。そして、案の定ケンシロウの話す言葉は彼女の予想通りの内容。

 「……昨日からジャギ兄さんの様子が可笑しい。……貴方ならば何とかしてくれれると思って」

 「……うん。私も、その為に今日来たから」

 その言葉に、ホッとした顔をケンシロウは浮かべる。

 アンナは、彼の解り易い様子に笑みを浮かべつつ、寺院の中に入る。

 その中ではキムとジャギが組み手をしていた。

 「やっ! はっ! はっ! やぁ!!」

 「……っ」

 キムの蹴りがジャギの体を当てる。

 ジャギは、腕を交差しつつキムの蹴りを防ぐ。だが、数センチだけ体は地面を引きずるように後退した。

 その様子をリュウケンは腕組みしつつ眺めていた。そして、おもむろにジャギへと命ずる。

 「……ジャギ、今日はここまでにしておけ」

 「! 師父、でも俺未だ……っ」

 「くどい……精彩を欠いて北斗の拳を極められると思っているのか。心の中の蟠りも解けぬ限り、闘う事は禁ずる」

 そのきつい言葉に、ジャギは歯噛みしてトボトボと去る。

 キムは申し訳無さそうな顔しつつジャギを見送る。彼には、ジャギが可笑しくなったのが、昨日の事が原因だと
 良くわかっているゆえにだ。もう少し、あの不思議な少女とジャギの様子を把握する事位出来ていただろうと、彼は後悔する。

 「キム、お前は此処で修行を続けよ」

 「はい。……あの、一つ宜しいでしょうか?」

 「……何だ」

 「ジャギは……師父から見て今の所如何ですか?」

 強いか、そしてどう見えるか? そう言う意味を全部ひっくるめての問い。

 リュウケンは、一瞬身を硬くするようにしてキムを見詰める。……そして。

 「……我が弟子。それ以下でも以上でも無し」

 その言葉で終止符を打ち、リュウケンは別室へと移動した。

 読めぬ人だと。キムはジャギとリュウケンが血の繋がらずとも親子であると、類似点を知りつつ溜息吐いて自分の修行に戻るのだった。





  ・




           ・


     ・



        ・



   ・




      ・




         ・



 『……』

 ジャギが新鮮な空気を吸おうと寺院の入り口を向かった瞬間、アンナと鉢合わせする。

 そのまま両者無言になりつつも、黙りつつ彼と彼女は町へと繰り出した。

 町の住民は相も変わらず夫婦のように一緒に居る二人を冷やかしつつ、それに二人は何時ものように受け答えをする。

 リーダーの居る酒場へも寄り、シドリがサウザー継承を折る日に何故自分も参加させてくれなかったかと、未だ
 彼と彼女へと文句を言うのを苦笑いして聞いて、そしてリーダーが痺れを切らしつつシドリを(拳骨で)黙らせる。

 夕日も暮れ掛けた頃、アンナとジャギは両者森の中にある草原へと転がり横になっている。

 「……でさ」

 暫くして、アンナが先に口を開いた。

 「……うん」

 「何があったの? 私に言えない事?」

 「……何つうか、途方もねぇ話」

 「ふーん、そっか」

 ……未だ沈黙が走る。ジャギは横目で彼女を見た……アンナは目を閉じて草の感触を楽しんでいる。

 「……興味ねぇの?」

 思わず、そんな自然体なのが少々文句も付きたくなり彼は零す。

 彼女は平淡な声で返した。

 「ジャギが言いたくないなら聞かない。サウザーを助ける時のジャギがそうだったようにね」

 「あん時と、ちょいと事情が違うんだよ。……何て言うかもっと重たい話って言うか」

 「……聞いても?」

 「……そんじゃあ、話すぞ」

 ジャギは、天気の話でもするかのように。なるべく重くないように全部を言う。

 とは言っても、サクヤが未来の事を全て知っているような言い方でだ。アンナには自分が未来を把握しているとは、何故か言いたくなかった。

 「……それで、昨日から落ち込んでたんだ?」

 その声には楽しげな部分すらあり、ジャギは軽く腹が立つ。

 「あんなぁ……っ。俺やアンナがやった事全部遠まわしに無駄だって言われたんだぜ? そんでもって俺やアンナも遠からず死ぬっ!?」

 ガバッ!! ……と、アンナがジャギの上に乗っかる。

 この場合、アンナとジャギが一緒に仰向けになってたので、アンナが転がりジャギの体に覆いかぶさった状態だ。

 吐息すら感じ取れる程に近い距離。思わずドキマキとしつつ彼は彼女を見る。

 その彼女の表情は、呆れたような、そして仕方が無いと苦笑いするような。そんな複雑な表情だった。

 「……ジャギは、子供ねぇ」

 「ぁあん!?」

 馬鹿にする口振りが思わず腹が立ち。ジャギは切れた口調で呟いて睨む。

 「だってさ。そんなの聞き流しちゃえば良いだけじゃない」

 「んな事言われてもなぁ!! そいつって予言士では名の知れた奴なんだぞ!? 百発百中の予言で死ぬって言われてんだぞ!!?」

 そう、切れながらの独白。

 自分が死ぬのは構わない。でも、彼女が死ぬような運命が確実などと言われるのは御免だ。

 このジャギは、彼女が死ぬ未来を知らない。だが、彼の中に在る『ジャギ』としての想いは、予言に対し不安で堪らない。

 だが……彼女は綺麗な薄桜色の唇から魔法の言葉を零す。

 「……じゃあ、私も予言じゃないけど確実な事言ってあげる」

 しょうがないなぁ。と、彼女は前置きと共に。

 「ねぇ、ジャギ……」








                          「運命を変えるのは……誰の力?」






                          「他人の言葉が、貴方の運命を決めるの?」







 ……柔らかな風がジャギとアンナを通り過ぎる。ストンと不思議な程に、ジャギの中に彼女の言葉は入った。


 「……そうじゃないでしょ? ジャギは今までもそうだったじゃない」

 「自分で北斗神拳伝承者候補になった。自分でシンの為に鳥陰山に入った。サウザーをオウガイ様を助けた」

 「全部全~部……自分の力、そうでしょ?」

 「なら、これからもそうすれば良いんだよ。死ぬ運命ですって言われたら、その運命を打ち破るって言えばいいじゃない」

 「その次も死ぬって言われたら、それも回避するって宣言する。……私の知ってるジャギは……そうだよ?」

 アンナの微笑み。それは幻想的な程に美しい微笑み。

 「……ハッ」

 硬直していたジャギは、我に返ると笑う。

 「ハハハハハハ!! そうだなぁ! 運命なんぞ打ち破ってこそだよな!」

 バッと、アンナが乗っているのを忘れて上体起こすジャギ。軽く驚きつつアンナは軽く文句言いつつ転がり倒れる。

 「あぁ! それじゃあ、サクヤの野郎の言う予言なんぞ絶対に食い止めてやろうぜ! ついでに起きる世紀末って奴もな!!」

 「……エヘへへっ!! ようやく、ジャギらしくなったじゃん!!」

 星は、輝く。二人の笑いを天に乗せて輝き続ける。

 今、再度彼らは運命を克服するための誓いを立てた。それはどの星に願うでもなく、自分たち自身に。

 きっと、私たちならば出来る。そう、夢を力へと変えて一組の星を越えし者達は新たなる道へと歩む。




 




                          幸福に貪欲なる狼は……新たなる咆哮を上げた。










             後書き




 因みに、アンナの『運命を変えるのは……』の下りは『極悪の華』の台詞。作者がかなり気に入っているワードの一つです。




 【流星編】はオリキャラ尽くしになるかと思いますが、リュウガやジュウザ辺り活躍するかと。








[29120] 【流星編】第三話『死鳥鬼の心の内 それを取り巻く羽』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/17 16:30
 ……歌が奏でられている。

 軍歌だ。楽器などで鳴らされるのでは無い、人々の動きによって奏でられる戦場のマーチだ。

 同調の行進の音、そして掲げた武器をカチ鳴らす音。
 
 その音を聞きつつ、地面に捥がれ暴れている羽虫を見下ろす人物が一人。

 恐ろしい程に、全くの無表情で男は死に掛けている羽虫を見下ろしている。その目には全くの色が浮かんでいない。

 (……満たぬ)

 その人物は、多くの兵を束ねながら何度も世紀末の小さな戦で勝利を勝ち取ってきた。

 盗賊から、他の軍閥から。多くの馬を屠り、ある時は調教された狼等を屠った事もあった。

 賛辞、そして奪取した財宝。栄光と富、世紀末には手放せぬ食料と馳走。

(…………満たぬ)
 
 その岩に座る人物は、既に動く事もままならぬ羽虫を見詰めながら再度心の中で呟く。

 ……それでも彼の心には何かが欠けていた。

 ずっと……十五の時から彼は欠けていたのだ。

 彼は岩に腰掛けて地面の死期数分であろう虫を眺めている王は、戦場の中心で将軍と共に戦況を眺めている。

 それは幾多の兵を蹴散らかしてきた難攻不落の城が建つ場所……それは黒鉄城と呼ばれる場所。

 黒い髪に、土埃が付着しつつ肩当ての汚れを払いつつ温和な顔した一人の男性が静かに王へと言葉を向ける。

 「……あの城を落とすのは至難の業と思いますが」

 そう、聳え立つ城を一瞥して将軍たる南斗流鴎拳伝承者リュウロウが将へと声を掛けた。

 その将とは……南斗の拳士ならば誰もが知る鳳凰拳伝承者、南斗最強の拳士……サウザー。

 彼は沈黙を貫いていた。マントを羽織り、兜と剣を携えている。

 だが、それも彼にとっては戦場で立つポーズでしか無い。彼には剣も防具も、その他の武具も必要は無いのだから。

 「……篭城戦となりますと、こちらの兵力を全てぶつければ多大な損失が生まれるでしょう。今は距離置いて挑発を続けています」

 難攻不落の城を攻めるには何倍もの兵力と兵器が必要となる。世紀末直後のサウザーの軍勢には兵はあるが、城を
 攻め滅ぼすに至る兵器は無かった。南斗の拳士には、元々人々が使用する銃器及び兵器を使用する者は皆無であるから。

 リュウロウは、頑なに言葉を発さぬ王の状態に溜息落としつつ言葉を続ける。

 「……このままだと膠着状態。私としては、今回撤退した方が無難かと……」

 「撤退?」

 その時、初めて王は顔を上げた。

 影となっていた顔に宿るは怒りの光。唇を歪めて彼は轟々たる炎を瞳に宿しながら口を開く。

 「撤退は無い……この俺の軍勢に逃走は無い……断じて無い……!」

 「弱さは不要……撤退及び逃走とは……弱き者のする事だ」

 そう、ゆらりと腰掛けていた岩から王は降りる。

 リュウロウは、不安げな眼差しでサウザーを見詰める。見詰めた横顔には、不気味な程に冷徹な表情が覗かせていた。

 「では……如何に攻めます?」

 「……例え城の中からこそ攻撃出来ぬ臆病者とて、只一人で向かえばノコノコと蛆虫の如く湧き出て食おうとするだろう」

 そう、ニヤリと哂いサウザーは言う。

 「そこを……叩く」

 それに、リュウロウは額を押さえて呟く。

 「……一人で、我王の軍勢に挑むと?」

 「繰り返し問うな。……無論だ」

 ……サウザーの進む先に居た兵達がモーゼの進行の先にある海のように割れる。

 牽制の為に矢を放っていた黒鉄城の兵達は口々に騒ぎ立てる。敵兵の王がたった一人で近づくのだから当然だろう。

 黒鉄城で見下ろしていた王……我王は冷笑と共に呟く。

 「……白旗は無し、休戦を求む顔つきでも無いな……何とも獰猛な顔よ。しかし……」

 我王は片手を上げる。全軍を城の正門へと集める合図だ。

 「この難攻不落の城だけが我々の強さだと侮って貰っては困る……! 高が一人で我等に挑む無謀さを死で思い知るが良い!」

 城の正門が開け放たれる。大量の騎兵らがサウザー目掛けて駆ける。

 既にサウザーは自身の兵と、黒鉄城の在る場所の中間に立っていた。どれ程に駿馬で助けようと逃れられぬ距離。

 「死ねい、南斗の王!! 我王軍の力をとくと体に刻みこめぇぇぇ!!」

 およそ二百は居る騎兵隊の最後尾を、王自ら飾って叫ぶ。

 思い知れ、無謀か、それとも狂ったか知らぬがお前達の王の末路を見よ! とばかりに我王は叫ぶ。

 だが、荒野の戦場の粉塵が風に運ばれる中。仁王立ちでマントを脱ぎ捨て、剣を地面に突き刺したサウザーは哂い告げる。

 「……たかが数百の兵か」








                               「……思い知るのは貴様らの方だ」






 彼の心には欠けている物があった。それは彼の心を大人になっても蝕んでいた。

 今の彼にとって唯一の慰め……その心を僅かに埋めるのは唯一。





                                  死と隣り合わせの……闘いのみ。





 「この俺を殺せるか? ……果たしてこの俺を倒す事が出来るかな……!!」

 王は飛ぶ。

 その両腕を翼の如く広げて、彼は騎兵の群れの上空を旋回する。

 人が空を飛ぶ。その異様の光景に兵達は面白いように驚き、そして馬の前足を宙に浮かべ立たせながら混乱する。

 「如何した? ……この俺を殺すのだろう……!!」





                                 極星十字拳!!!




 ……サウザーの両腕が交差し、そしてまた開かれる。

 その動作しか素人には見えぬ。遠巻きに見る兵士達には、真空の刃すら生み出す自分達の指導者の拳を視認は出来た。

 目の前で直視した兵達は堪ったものでは無い。空を切った腕に戸惑っている間に、彼等の意識は暗転と共に目覚めぬ事は無い。

 死を免れた兵達は、数秒間で自分の隣で馬上で勇ましく気炎を上げていた仲間達の首が宙へと舞うのを、硬直して見詰めるのみ。

 そして、泡を食って剣を我武者羅に振り回し、自分達を殲滅する唯一であり夢幻の悪と思しき力を振るう怪物に
 自らの蟷螂の斧が当たれと神へと念じる。だが、この神が死んだ大地では絶対者である王のみが力を振るえるのみ。

 (……何度も見るが……恐ろしい拳だ)

 控えている兵にはキタタキも居た。矢を不運に受けた兵の手当てを済まし、無双するサウザーの顔を彼は遠方から見詰めなら思考する。

 宙へと、制空権を完全に掌握した王は。空を旋回しつつ馬上の兵達を薙ぎ倒していく。

 腕を切り落とし、身体に十字の傷を生み出して腹を裂き。そして顔面を頭部を突き抜けるように斬っては絶命させる。

 そのような残酷なショーを生み出しながら……彼等の王の顔は。

 (そして……何て恐ろしい顔だ)

 ……目に映るのは猛禽類を思い浮かべる形相に近い笑み。

 血の飛沫を宙に散らせつつ、彼らの王は愉快とばかりに哂いながら空を飛び交い兵達の命を短時間で黄泉の世界へと落とす。

 キタタキは、頼もしさや羨望の視線など皆無で……その悪鬼とも思えしサウザーの顔を静かに観察していた。

 ……数分後。

 我王は、青褪めた顔で只一人戦場で先刻まで味方だった兵達の屍達の中央で座り込む。

 死屍累々の大地の中央で、失禁しながら我王は絶望に瀕しながら王を見上げていた。太陽を背負い自分を見下ろす悪魔を。

 (こ……ここまでの……っ)

 何たる事だ。自分は南斗の王の強さを誤解していた。

 この王の強さは……早速人が一人で太刀打ちできるような強さなどでは無い! 自分は怪物を相手にしたのだ!!

 我王は、何故鉄壁の要塞たる居城で篭城戦をしなかったのかと後悔する。

 サウザーは冷酷な表情で我王を見下ろす。……殺すでも、何をするでもなく彼は言った。

 「……黒鉄城の王、我王よ」

 「!! っな……何だっ」
 
 「……その命、助けてやっても良いぞ?」

 そう、悪魔めいた顔つきでサウザーは彼に取引を持ちかける。

 我王にとっては、悪魔の要求とて今は生きる事に必死だった。ゆえに、彼は冷や汗掻きつつ頷く。

 「な……何でもしよう! この黒鉄城が目的か!? それとも財宝か!?」

 「そんなのは要らん……今後、こちらの領土に俺は手出しをせん。今から俺とお前は協定を結ぼう……」

 その言葉に虚を突かれたような、驚愕するように我王は口を呆然と開いた。

 自分を生かす……それも好条件で? 一体、何故……。

 「我王……まさかと思うが……貴様、これ程の惨敗を喫しながら」






                           この俺に反逆しようなどと…… 考えてないよな?






 ゾグゾグゾグッ……!!

 我王は、見下ろすサウザーの表情を見詰めながら、喉を鳴らし心の中で呟く。

 こいつは……本気だ。自分がまた南斗の軍勢に楯突くような真似をすれば、確実に、この男は一人であろうと壊滅させるだろう!

 この男は人でない……怪物だ。

 「……わ、解った。……今日から、我々は互いに干渉し得ない」

 「聞き分けが良くて助かったぞ、我王。……あぁ、そうだな……ハバキッ!!!!」

 「はっ!!」

 既にサウザーの周囲へ陣取っていた兵の内の一人が叫ぶ。その名はハバキ、南斗隼牙拳の伝承者。

 彼は、王の近衛兵として度々兵を酷使する事を指摘してきた人物でもあった。それが、恐らく彼の命運を分かつた。

 「今日からお前は我王の下で仕えよ。我王! この男ならば将軍にしても差し支えぬ能力だぞ? お前も満足だろう」

 「……(ギリッ)っ」

 我王は歯軋りと同時に恨みがましい瞳を向ける。

 何が満足なものか。言い方は良さげでも、これは体の良い監視だ。

 もし、この俺が少しでもこの悪魔の王とも言える南斗の将に反抗する素振りを見せれば……この……俺は。

 「……如何した。満足だろう……我王」

 全てを把握しているように……口裂けるようにサウザーは哂う。

 (悪魔だ……だが、悪魔とて決して万能では無い)

 (見ていろ……此処で俺を生かしたのが貴様の運のツキ……貴様の従臣とて、長く時間を置けば俺の味方となるだろう)

 (必ずや俺はこの世の王となって見せる!! ……必ずや)

 我王は、何時か自分の好色が災いして拳王の配下の計略によって死ぬとは知らずに、サウザーへの暗い炎を点しつつ承諾する。

 「解った……ならば将軍として据えよう」

 「ほお、豪気だな。良かったな、ハバキ……これで一気に昇格だぞ」

 サウザーが一瞥するハバキの顔は……固い。

 (……王は、私の助言を悉く無視した。……今回の異動は、間違いなく私を追放する為の言い訳でしか無い)

 (……潮時……と言う訳か。……私の忠誠は……サウザー様には届かなかったと言うのか)

 彼は、サウザーの刺客などでは無く単に彼を誠意から思い遣る忠義の兵に他ならない。

 だが、サウザーの頭脳と心は、そんな我王やハバキの心を巧みに翻弄させ、今回の協定を上手く運ぶのだった。

 ハバキは、心の中で涙しつつ冷静な仮面を被り応答する。

 「はっ! 光悦至極の極みです! 王の命を聞き賜い、誠心誠意で勤め上げたいと望みます!」

 「だ、そうだ! 良かったな我王! このような忠臣に恵まれてなぁ!」

 「あっ……ああ」

 フハハハハッ!! と、サウザーと我王の笑い声が戦場に響く。

 その笑い声は恐ろしい程に、事情を知る物からすれば全く明るさが無い笑い声だった。

 ……戦利品として、帰還の道中。サウザーの乗り物は馬から金造りの車へと化した。あの原作でも乗っていた車である。

 黄金で造られた王を証明する乗り物。以前は我王が虚栄心を満たす為に造られていた乗り物も、友好の証と言う
 半ば協定の為に命を惜しむゆえに、我王が差し出した品。サウザーは不敵な顔でその車に腰掛けていた。

 (……王は、一体何を考えているのだろう)

 その王の乗る車を尻目に、リュウロウは思う。

 (今回の死ぬかも知れぬ特攻や……108派の一人たるハバキ様を敵軍に据えるような独断……普通では考えられぬ事だ。
 ……将は、もしやとんでもない事を自分だけで考えておるのでは無いか? 私の及ばぬ何かを……)

 リュウロウは、彼の車の背後を歩きつつ時折咳き込みつつ王の行動に不安を抱く。

 他にも不安をサウザーへと注ぐ兵達は居た。キタタキや、ハマ。それにサウザーを知る兵達は不安の眼差しを抱いていた。

 ハッカ・リロンと言う忠臣もそうである。だが、サウザーは道中無言で虚空を見詰めるのみだった。






 ……冷たい風だけが、兵達の傍を流れていった。







  ・




           ・



    ・




        ・



   ・




       ・




           ・



 「……お帰りなさいませ」

 「あぁ、留守の間変わり無かったか? 『ムギン』」

 ……サウザーは居城へ戻ると、影の方に気配を隠すように立っていた人物へと視線を走らせた。

 それは、一人の女性。以前、リュウロウ達が帰還した時の残兵の報告を述べた女性だった。

 無機質な人形の顔つきを施した女性。その女性は機械的に感情篭らぬ声で言う。

 「はい、偵察と思しき伏兵が三名程入り込みました。身に着けていた品から察するにギオン軍です」

 「あのらこくの臆病者か。……そ奴らの死骸はあるな?」

 「はい、戦死者達の安置所の片隅に置いてあります」

 「なら、その首をらこくの方へと送ってやれ。『余計な真似するな』と、文を添えてな」

 その、凶悪な顔と言葉にムギンと呼ばれた女性は簡潔に『はい』の言葉と共にサウザーから立ち去る。

 バタン……部屋の中に佇むのはサウザーのみとなり。彼は緩慢に装具を外し、そして表情変えずに壁を凝視する。

 暫しの不動の姿勢……そして彼はまた城の外を見渡せる場所へ歩く。

 そして天空を見詰め……王はこの日初めて涙を流す。子供のように頼り無い、置き去りにされたような顔つきで呟くのだ。

 「……お師さん、教えてくれ」

 縋りつくように……助けを求める如く。

 「どれ程多くの者を屠っても……俺の心は埋める事は無い。どれ程に多くの命を奪っても……俺の心が満ちる事は無い」

 心に最後に残るのは……何時も漠然とした寂寞と虚脱感。……開放される事の無い永遠の虚無。

 「……教えてくれ。寝ても覚めても……お師さんの顔が胸から離れない……忘れようとしても貴方の笑顔が胸を締め付ける」

 彼は、既に限界を通り越していた。……既に狂気と正気の狭間を通り越し、彼は闇も光も及ばぬ深い場所を滑空している。

 「頼む……苦しいんだ……お師さん」

 ……彼の苦痛は、誰にも明かされない。

 誰も、彼の胸の内の暴れかねぬ苦痛を受け止められない。何故ならば、彼には信ずるに値する者など、この世に存在しないから。

 「お師さん……」

 ……その彼の頭上を、極星南十字星は一瞬だけ輝き点滅した。





  ・



          ・


    ・




        ・



   ・



       ・




            ・


 「……全く、何時になったら戦は終わるのかしら」

 ハマは、疲れた顔を崩さず城下を歩いていた。

 出兵以外でも、南斗の拳士である彼女、彼等は城の警備の為にも動かなくてはならない。混沌とした世ならば尚更である。

 彼女は、見える護身用の剣を携えつつ城下を歩く。

 ある程度の簡易的な建物には、人々が自分と同じく疲弊した顔で作業しているのが見える。

 無理も無い……日々彼等は生きる為に必死で暮らせるように家を建てて、そして食べる糧を得る為に作業しているのだ。

 彼女は、懐に申し訳程度に入っていた萎びた豆を口に放り込み、長くガムのように噛み締めつつ胃の中へと入れる。

 ここ暫く、他国からの報酬品も無いゆえに碌に食事も取れていない。

 世紀末直後である世界は放射能によって地面はほぼ死んでいる状態と化しており、この大地に草の芽一本出るのも奇跡なのだ。

 世紀末前に保管されていた食料庫。それは幸運にも多少残ってるも、生き残っている人間達全員に配られる程の数は無い。

 農耕の改善の目処も無い。兵や民の生気は、日々失われていこうとするのが感じられる……。

 チラリ、と。ハマは城下の一つに建てられている十字架のある建物を目に走らせる。
 確か、あそこにはキリスト教徒である南斗の拳士が居た。南斗108派の一人で、それでいて敬虔なる全愛を謳う人物が居る。

 彼女は、沢山の人物が手を組みつつ中へと入ろうとするのを見た。今の世の中では信仰に依存するのも無理無いかと彼女は悟る。

 「……あんた達は、今、何処に居るのかしらね……?」

 彼女は、憂鬱な目で天空を見上げた。

 ……曇り空は、彼女の心情など知らぬとばかりに切れ目無い灰色の雲を流し続けていた。





  ・



         ・


    ・



       ・



   ・




       ・




           ・



 「……そうだ」

 極星十字星に祈りを捧げていたサウザーに、天啓が閃く。

 「……この俺の拳は帝王の拳。……フハハハハハッ!! そうだっ!! 何故こんな簡単な事へ気付かなかったのだ!!」

 彼は、壮絶な哂い顔と共に叫ぶ。

 「この俺は……帝王!!」

 「今の俺に足りぬのは、正しく強さだ! そうだ!! 継承儀式だけでは足りぬ! もっと多くの力が必要だったのだ!!」

 ……彼の心の悲鳴は、限界が迫っていた。

 ゆえに、彼は国を興し、周辺諸国の外敵と交戦しつつ巣食っていた彼の闇は徐々に膨らんでいた……誰にも気付かれず。

 そして……孤独な彼に遂にソレは訪れた。

 「……粛清だ! そうだ革命だ!!」

 「この俺に足りなかったのは、更なる高みへと上る血!! もっと多くの……この俺の力を高める強き血が必要なのだ!!」

 ……嗚呼、何故気付かなかったのだ。

 どれ程に雑小の兵を屠ろうと、虫を潰そうとも満足する筈が無い。

 鳳凰が満足する程の……多数の鳥程の強者なければ……自身の胸が満ちたり得る筈が無いでは無いが……!

 「……クククク」

 ならば……これから始めよう。

 幸運にも、彼の兵には彼に狂信的に従うであろう者は大勢居る。疑心暗鬼たる兵の他にも、優秀なる兵が。

 「ククハハハハハハ……フハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」

 雷鳴が響く。雨も降らぬのに雷が落ちた事を、人々は一瞬身を屈めつつその天の変事を不安な眼差しで見上げた。

 




                                ……そうだ、始めるのだ。





                           今こそ……この荒れ狂いし天を収めし力を身につけて見せよう!!





                          我が師の時と同じく……我が拳に命を捧げし贄を捧げよう!!







                            この俺は……真の鳳凰となる!!








                             ピカアアアアアアアアアアアン……!!!!








 今、雷鳴と共に……。






 鳳凰の心に……死鳥鬼は生まれた。












                後書き




   長い間、戦場なんて言う異常な環境に居たら狂っちゃうよね、絶対。



   サウザーが配下皆殺しにしようと決意したのって、重要な何かの出来事での結果とかじゃなく、心の病気だったと思う。



   この三話からサウザーは粛清の為に動きます。それに気付いて動く南斗の拳士達の物語をご覧下さい。








[29120] 【貪狼編】第三話『双子の鷹の訪れと 渡り鴉』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/12/19 00:17

 かつて、鳳凰にも従者が居た。

 だが、決して彼は誰にも心許す者など存在する筈が有り得なかった。

 彼にとって慰めとなるのは、師の情愛のみであり。

 そして、その情愛すらも彼の胸のうちで封じられていたのだから。

 これは二羽の鷹と二羽の渡り鴉が交差する物語。





 ・



        ・

   ・



      
      ・


  ・



     ・


     
        ・




 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!! オウガイの旦那ああああああ!! 何で死んじまったんだぁぁぁ!!?」

 「うおおおおおおおおおおお!!! 何つう変わり果てた姿……あんた未だそれ程歳もとってなかったてぇのによぉ……」

 「おいお前等、それ言っとくけど代わりの石碑であって、オウガイ様の墓は別ん所だからな?」

 ……慟哭する、筋肉隆々の男が二人。

 彼等は鳥影山に祀られる石碑に寄りかかるように泣き伏せていた。その石碑は、偉大なる先代鳳凰拳の担い手の為に建てられた墓である。

 その筋肉隆々で、頭の中心部分を沿った少々悪人面の男二人の名は……バズとギル。

 彼等は南斗双鷹拳の使い手。そして世紀末では南斗の生き残りとして天帝軍とも戦った勇者の一人でもある。
 
 「ううううううぅ……何てこった。俺等は昔よぉ、坊主……オウガイ様にゃあ、この面で周りから馬鹿にされてたのをオウガイの
 旦那は『お前達の顔は一騎当千の武者の面だ。誇って良いぞ』って言われてよぉ! あんな良い旦那が急死するたぁ……世も末だぜ」

 「あぁ、そうだよなぁギル!! 旦那が死ぬなんぞあって堪るか!! こんな悲しい事、一生の内に何度もねえよなぁ!!」

 (うっせぇなぁ、こいつ等)

 耳鳴りしかねない程の大声で、このバズ&ギル……ハーン兄弟は喧しい。

 彼等は葬儀には出席してなかった。それは何もオウガイに対し忠誠薄いと言う訳では、この様子から見て無い事は明らか。

 彼等は遂最近奥義の会得を執り行い、それがオウガイの葬儀と不運に重なったのが原因。彼等は訃報を聞くと慌てて鳥影山に訪れた。

 そしてオウガイの石碑のある場所を聞いたのは……この作品の主人公、ジャギにだ。

 (この時代からして、ジード並みのでかさだよな、こいつ等。けれど性根は善人なんだから、人間解らないよなぁ)

 『北斗の拳』と言う世界では、人間の容姿で善人・悪人の表情が分かれているが、バズ&ギルは後者の顔立ちである。

 ジャギも初見では鳥影山に悪漢でも訪れたのか? と、一瞬身構えたが、彼等の素性を知ってるからこそ案内出来たのだ。

 「くぅぅぅぅ~……!! バズ! 今日は旦那の弔いの為に徹夜で飲み明かそうぜ! そんで絶対に伝承者になるぜ!!」

 「あぁ!! ギルよぉ!! 俺達双鷹拳の伝承者になれれば! きっと旦那も天国で俺達を祝福してくれるってもんだ!!」

 (死んでねぇけどな)

 ジャギは心の中で突っ込む。彼等はお互い自分の世界へと入り固い握手をしてるので、余計な口を挟まない事にジャギはする。

 「……あぁ、もう言って良いか? ハーン兄弟」

 そう、ジャギは彼等は別に関与する用事無いし、放っておいて良いと判断して立ち去る前に確認する。

 「……ハーン兄弟? それ、俺達の事か? 坊主?」

 「あん? 俺達はそんなチャーハン見てぇな名前じゃねぇぞ?」

 ? と言う顔を浮かべるバズ&ギル。ジャギとしても心の中で同じ表情を浮かべた。

 (ありゃ? こいつ等今の時間軸じゃ、そう名乗ってねぇのか? ……じゃあ、何時そう名乗ったんだ?)

 そう、一瞬考えるが、まぁ別に本当に如何でも良い事だなぁと考えて数秒でジャギは忘れた。下らない事を考える余裕はジャギに無い。

 「あぁ、多分俺の何か勘違いだわ。じゃあな、バズさんにギルさんや」

 「何だ、その金さん銀さん見てぇな呼び方はよぉ、坊主」

 「と言うか! 何で俺とギルの名前を知ってんだ??」

 「あんた等さっきからそう何度も大声で呼び合ってただろうが!!」

 最後にジャギは切れ気味に突っ込んで二人から立ち去った。昔っから、あぁ言う暑苦しくて面倒な性格なのかと、納得しつつである。

 「……ったく、こちとら色々やる事あんのによ」
 
 「おい、ジャギ居たか。サウザーが来てるぞ」

 男性寮へと戻ると、シンが気付き呼びかける。ジャギは、葬儀から多忙ゆえに見なかったサウザーの出現に若干驚きつつ走る。

 「サウザーがか? ……何処に?」

 「寮のお前の部屋だ。何と言うか内密に話したい事あるらしい、俺も含めてとか」

 「……??」

 シンも含めてとは、一体如何言う用件だろう?
 
 そう考えていると、不意に寮の近くの梢に一人の女性が佇んでいるのを見かけた。
 (誰だ? あの女? ……鳥影山では見ない顔だな……)

 まるで、この場所を監視するように立っている。ジャギが見てるのに気付くと、梢の影へ入り消えたが、どうも怪しい。

 だが、考えても埒が明かないのでジャギは寮の中に入る……そして、行き成り部屋へ入ると同時にサウザーにしがみ付かれた。








 「ジャギ、居たか!! 頼む! 俺を匿ってくれ!!」

 「……はぁ?」

 行き成りしがみ付かれた行動にも驚いたが、内容に関してもジャギは前代未聞ゆえに、一瞬身を固める。

 「……何だ、お前男色の気でもあったのか?」

 「違うわシン!! 下らない事言ってねぇでサウザー解くの手伝えや!」

 シンの軽口に怒鳴りつつ、くっ付くように辟易しているサウザーを引き離した。

 そんな下らぬ作業に少々体力を使った事でジャギは息を荒くしつつ、三白眼で鋭くサウザーを睨みつける。

 「……で? どういう助けよ」

 近くの椅子に座るサウザー、その顔つきはかなりの疲労が見えている。幾分焦燥しつつ、彼は落ち着かなく周りを見遣る。

 「その前に……今、誰も居ないよな? 本当に周囲に誰も居ないよな??」

 そう、サウザーは慌てて周囲を見渡す。そんなナーバス状態にシンもジャギを眉を顰めて奇行に疑問視する。
 
 「あぁ……とりあえず誰の気配も無いが……カーテンでも閉めておくか?」

 「そうしてくれ、シン。……ふぅ、頼みと言うのはな……お願いだ。頼むから暫く俺を匿って欲しい」

 「いや、だから何でよ? ……アレか? 王としての執務が大変だからとかじゃねぇよな?」

 行き成り、サウザーは今や南斗を束ねる王となったのだ。自由が少々あった以前と異なり、仕事が忙しいのは仕方が無かろう。

 「違う! 何処ぞの他国のお偉い方と談話したり、他の南斗拳士が公吏以外の目的で金銭使用してるか書類で判断したりとか、
 そう言った政治的な仕事も多少は疲労するが、そんな事でお前等に助けなどこの俺が求めるか!!!」

 「……く、苦労してるのね」

 十五で一端の社会人のような暮らし振りにジャギはドン引きしつつ労いを掛ける。
 怒鳴って落ち着いたのか、サウザーは額を撫でつつ呟く。

 「……助けて貰いたいのは……最近な、俺に秘書が出来たんだよ」

 「ほぉ? 秘書とは流石に南斗の王と言った所か? ……冗談だ、睨むなよ」

 シンが口を挟み、それに少々ジト目を浮かべつつもサウザーは言葉を続ける。

 「……それでな。この数日間ずっと昼も夜も監視されてるんだよ……! 今日も鳥影山に来てずっとだ……!」

 ストレスが堪るわ……! と、サウザーは顔を顰めて拳を震わしつつ振り絞るように愚痴を言う。

 その気苦労は果てしないだろう。シンもジャギも同情する程に声に疲れが見えていた。

 「……もしかして、それって女か? さっきも寮の近くに立ってたけど?」

 「居たのか!? いや……居るに決まってるよな……くそっ……あ奴どう言う神経してるんだ?? 何時寝てるんだ一体?」
 
 「……え゛ 文字通り一日中監視されてるのか!?」

 シンは驚き尋ねる。サウザーは無言で肯定の表情と頷きを示した。

 顔を見合わせるジャギとシン。流石に一日中ソレだと神経は参るだろ。と言うかシンとジャギだったら耐えられない。

 暴れださないサウザーの神経は強靭だと感心しつつ、ならば協力しようとシンとジャギも太鼓判を押す。

 「しかし、王になって行き成りの苦労だな。……少々待て、甘い物でも食べて元気を出すのも良いだろう」

 シンは、サウザーの不憫さに、せめてもの持て成しをしようと少々場を去る。

 二人っきりになるサウザーとジャギ。そこで、本題とばかりに声を潜めてサウザーは言った。

 「……お師さんからの連絡は、来たか?」

 「あぁ、アンナの家に寄越すように前もって言ってたしな。何通か保管してる……代筆しとくか? 今の状況の説明をよ」

 「そうしてくれ……全く、難問だよ。お師さんとまともに文通も出来ぬし、監視付きじゃあ手紙を見る事すら不可能だ」

 お前達が友人で本当に助かったよ。そうじゃなかったら本当に駄目だったかも知れぬ。と、サウザーの真顔を見てジャギは思う。

 恐らく、『以前』の原作のサウザーも、オウガイを本当に殺してナーバスになった時に、監視が来ていたのだろう。
 その時は完全に自分と言う友人も無い孤独な状況……サウザーの目には全部が敵としか映ってない筈だ。

 (こりゃあストレスだらけだよなぁ。しかも頼りの人物自分で殺してるし……そりゃ狂いもするわ)

 オウガイを救っても、このままじゃ精神的ストレスで暴君になっても致しかたが無いと、溜息吐いてジャギは告げる。

 「そんじゃあ、まぁ。その監視を一回お灸でも据えるよう俺から頑張って見るわ。オウガイさん、怪我も着実に
 快方へ向かってっから心配はしないで良いって文書に書いてたぜ? 癒着し易い綺麗な傷で良かったじゃねぇか?」

 腕が良いんだな、と。ジャギは少々皮肉を込めて言う。

 「はっ、お前も人が悪いな。……頼むぞ、全くお前には何時も苦労かける」

 最愛の人物の近況を聞けて、サウザーの顔にも幾分明るさが戻る。それに一安心しつつ、ジャギもサウザーにあった用件を告げる。

 「気にするな。……一仕事終わったらお前に頼みたい事あるんだ。それ、聞いてくれるか?」

 「何でも言ってくれ。如何言う用件が知らんが、このサウザー。友であり悠久の恩義ある者の頼みなら幾らでも聞いてやる」

 その顔には、試練を乗り越えた漢の顔つきだった。ジャギは、それを見て彼は少々の事柄で負けぬと内心安堵も浮かべる。

 サウザーは其処で本題を終わらした。ジャギも、今すぐに告げるような内容では無かったので、そこで話を終わらせた。

 とは言うのも、何やら周囲に警戒していた意識にどちらも何かが触れたから。サウザーは突如立ち上がりカーテンを開ける。

 「……お前か『ムギン』! こそこそと鼠の如く、聞き耳を立てるのがお前の趣味なのか!?」

 そう、うんざりしたと言う顔を隠さずして。サウザーはカーテンを開けると佇んでいた人形のような顔つきの女性を怒鳴った。

 ジャギも先程視認した女性。均等に整頓された顔のパーツ、そして作り物のように全く動かぬ顔の筋肉。

 (人形見てぇだ……てか、感情あるのか? こいつ……)

 そう思えるほど、まるでロボットのように唇だけを動かし、その人物は簡潔に自分の伝える内容だけを私情を挟まず伝える。

 「サウザー様。知人との交流も宜しいですが、そろそろ居住へお戻りになり仕事の方をお願いします」

 「解ってる! ……それじゃあな、ジャギ! 碌に礼も出来ぬが、また今度!!」

 サウザーは窓から身を飛び出させ自分の住処へと急ぎ足で戻った。常人ならば追いつけぬ速度を、女性は全く焦る様子なく付いてく。

 「……あの動きだと、ありゃ秘書って言うのも南斗聖拳使いだろうな」

 「ん? 何だジャギ、サウザーの奴帰ったのか?」

 置いてあった砂糖漬けの果実を運んできたシンは、一人っきりのジャギを見て尋ねる。

 ジャギは、少々芽生えた鬱憤を払うように三つある内の二つのデザートをガツガツ食いつつ呟く。

 「おう。……無理難題を置き土産にな」

 全く、休暇が欲しいぜ。と零すジャギを、シンは諦めろとばかりに視線を注ぐのだった。




  ・



          ・


     ・



        ・


   ・



       ・



           ・


 





                             『今日から、貴様の名はムギンだ』




 ……私は、そう南斗の彼等から言われた。




 『良いか、お前は今日から南斗の目となりて王の行動を見届けよ』

 『お前は生まれながらにして南斗の道具……お前は二つで一つ……その命も身体も南斗の為に捧げるのだ』

 『誇るが良いぞムギン……お前はこの世で最も栄誉ある使命を掲げられるのだから』




 ……幼少の頃に、召し使える事が『私』にとっての決定事項だった。



 物心付いた頃から、拳を学び、そして王の為に補助出来るように書物を頭の中に捻りこむように教養を勤め上げた。



 ……私は……『ムギン』だ。





 ……私は。





  ・




           ・


     ・



      
         ・



    ・



        

        ・



             ・



 「あぁ、サウザーん所にやって来た謎の美女ね!! 新情報安く売るアルよ!!」

 ジャギとアンナ。まずジャギは自分にとって一番の人物であり大層な事以外では全て打ち明かす事を
 決めているアンナへとサウザーの問題事を告白した。アンナは彼の話を黙々と真顔で頷いた。

 そして知恵を絞り、これと言った情報が無い事から打開策も立てれぬ事に落ち着いた二人は、いざとなれば
 頼りになる事が多い友人達の方へと趣いた訳だ。もっとも、頼り以上に戯けた態度も多いのが事実だったが。

 現在、此処に居るのはジャギ・アンナ。そして彼の友人であるシン。

 そして居合わせるのはセグロ・イスカ・キタタキ・ハマ・キマユ。と言う彼らとは最も長く
 鳥陰山と言う場所で知り合った期間が長いジャギとアンナの仲間達であった。

 「似非中国語なんぞ使ってねぇで、キリキリ吐けや、セグロ」

 「おわっ、ジャギってば怖! おめぇ、小魚食えよ」

 軽く下らぬ口の応酬をしつつジャギは生真面目な顔でサウザーの問題について話す。

 サウザーの所へ急に秘書となった同年代程の女性。

 そして一日中監視されると言った異常な状況。

 時折り、セグロが『美女に一日中見られる状況なんて羨ましいよなぁ』と巫山戯た物言いするもの
 事の状況は将来的に考えてサウザーの体調やらにも影響を及ぼしかねぬ危険な事だと理解をする。

 何時も一緒に居る三人組は、それを聞くと暫し無言になってから真顔で回答を開くのだった。

 「まぁ、お前(ジャギ)が尋ねる前からサウザーの所に付いた美女ってのは結構な噂なってたんだぜ」

 「え、そうなのか?」

 「あぁ、お前実家の方に行ってた頃の事だから知らなかったかも知れねぇけど」

 キタタキの告げた言葉にジャギは己が北斗と南斗の拳を両立する為に交互に行き来している事が
 こう言う時に情報の弊害になるのかと、己の知らぬ中で周囲が把握している事態に少し気後れを感じた。

 「って事は、アンナおめぇも……」

 「まぁ、ちょっとは聞き齧ってたよ。もっとも私一人で対処出来る問題じゃないし、傍観してたけど」

 「お抱えの秘書って言うのには驚いたけど。まぁアンナと、そっちの言葉を聞いて納得したわ。
 サウザーが自分で秘書を雇うって、何だか可笑しいなぁって話を聞いた時に感じていたのよ」

 「秘書と言う名の、体裁の良い監視ねぇ……胸糞悪い話じゃない」

 アンナに話振れば、同じく知っていたとの事。そして友人達も同じく同じ発言をして、そして
 サウザーと言う若き王でありつつも同門の仲間に対しての境遇に憤りを感ずる。

 その様子を見て、ジャギは心の中で考える。

 何が起きた時に、こう言う風に手遅れになりかねぬ事になるかも知れない。今回は未だ何とかなる程度で
 サウザーが助け求めてくれたから良かったが、もしサウザーが言い出してくれなかったらと思うとヒヤリとする。

 (ちょいと、気ぃ抜きすぎてたかも知んねぇな。……継承儀式を中断出来たからって油断するなよ、俺)

 心の中で、自分を叱咤しジャギは頭を軽く振って話を続ける。

 「それで、俺がサウザーから直に聞いた事と。お前等の噂を総合すると、どう言う事になるんだ?」

 ジャギの言葉を受けて彼ら南斗の若き拳士達は、かいつまんで話を進める。

 南斗拳士では情報通の彼等は、謎の女性『ムギン』についての情報をこう提示した。

 「俺等が噂を纏めたところ、サウザーの側近にもなれる程の者なら上位の拳法だってのが有力な説なんだぜ!」

 「そいで、サウザーの側近っつうなると限られる。一つは南斗飛燕拳のハッカ・リロン様達だな。あの人等の拳法って
 ずっと前から南斗鳳凰拳に仕えている派閥だから。言うなれば鳳凰拳お抱えの拳士達ってこったよ」

 セグロ、キタタキの言葉に居合わせるアンナとジャギはふむふむと頷く。

 「そんで、南斗飛燕拳以外での側近となるとだ。……俺は『南斗渡鴉拳』が怪しいと睨んでる」

 南斗渡鴉拳……聞いた事も無い拳法だと心の中で首を捻る二人を見透かしたように斜視の友人は口開く。

 「『南斗渡鴉拳』ってのは、伝書に確か鳳凰拳に古来より仕えし派閥って短く記されてたんだよな……ただ」

 そこで、キタタキが少々渋顔になる。何だ? とジャギ等が顔で疑問を表現すると続けて彼は言った。

 「ただ、『南斗渡鴉拳』って、具体的な拳法の内容が不明でよぉ……しかも、南斗元老院とかに関わってるくせぇしな」

 『南斗元老院?』

 異口同音の疑問の声。ソレは一体何だとの言葉に、ハマが意外とばかりに口を挟んだ。
 
 「あら? 知らないっけ?? 南斗には鳳凰拳が一番権力あるけど、それとは別に昔から元老院が存在してるのよ」

 そんなの初耳だと言わんばかりにジャギとアンナは顔を見合わせた。原作での知識しか無い彼等には、そんな細かい組織的な
 図柄など知らぬ訳が無い。と言うより彼ら拳士達が、その若い歳でかなりの情報を持ってるのが異常なのだ。

 そして元老院……古来ローマ帝国の助言機関として生まれた組織。普通の国家でも『上院』として設置されてる組織である。

 「その、南斗元老院ってのは……どんなんだ?」

 「私たちも、其処は余り詳しく知らないわね。……けど、一言で表現するならキナ臭い、かしら」

 キマユの呟きに、ここで初めて居合わせたイスカが口を挟む。

 「南斗の元老院は滅多に行動は及ばないんだけど、鳳凰拳の使い手とて超人じゃないからね。病気や事故で安静にしなければ
 ならない事態の場合は元老院の組織が執っている人間が、鳳凰拳の代理として南斗に指示する場合があるんだよ」

 「……ハッカ、リロンもとなると」

 鳳凰拳の従者。以前、一つの事件で一応面識を覚えたシンが回想と共に出した言葉に、イスカは否定を口にする。

 「いや、南斗飛燕拳は昔から元老院には関与してないよ。元老院も今は力は無いだろうし、仕える拳法家も少ないだろうから」

 「……って事は、実質あの秘書ってのは『南斗渡鴉拳』の伝承者かも知れねぇ……って事か」

 ジャギは、イスカの言に深く頷きつつ手強い相手だと武者震いする。

 「……ねぇ、皆そこまで噂で知ってるなら。その拳法がどう言ったのかっても想像出来ない?」

 『いや、全く』

 アンナの問いには、全員が首を振った。まぁ、これで至れり尽くせりと言うのは流石に期待しすぎと言うものだ。

 「……とは言っても、サウザーの監視を緩めてくれって話し合いで解決出来ないのかしらね?」

 「いや、アンナ。それで解決出来るならサウザーがしてるって」

 「……結局力押しか。……この前の件も相まってか、お前等確実に脳筋に成り果てているよな」

 実際、お前等が何をしてたか聞きたいんだけどな。とシンはじと目でジャギとアンナを一瞥する。

 「……そういや、結局あの忍者巣窟の山で何してたんだよお前等? こちとら死に掛けだったのに、そっちイチャイチャ
 していたとかだったらよぉ、ジャギ……南斗聖拳禁断奥義の『南斗天地破斬』……お前に使っちゃう、ぞ♪(チラッ)」

 「おい、馬鹿止めろ。それ〇玉潰す禁断奥義じゃ無いかぁ!(チラッ)」

 「え゛? そこで僕へ振るの!!? え、えぇっと詳しくは北斗の拳ONLINEで検索して……」

 「何を漫才してるんだ、お前等」

 何やら最後にメタな発言しつつ漫才やり始めた三人へシンが呆れつつ突っ込みをする。

 「漫才? おいおいシン何を馬鹿な事言ってるんだ。俺たちは心底、本気で、熱い情熱と共に心の対話をだな」

 「そう言う発言が馬鹿だって言ってるのよ」

 セグロの頭部を軽くハマが叩き、そして次にキタタキが同じく可笑しな発言をして、それに同じく
 彼女が更にツッコミを入れて、キマユが煽るような発言をして場が賑やかになり、イスカが宥めようと
 しつつも功を成す事なく、その室内は一つの賑やかな祭り場となり結局内輪の賑やかな一室へ化す。

 シンも、最初は呆れて軽く制止の声を入れつつも結果的に其の騒ぎに紛れ込む事を了承する程に
 その輪は、ある意味で一番平和を象徴するように夜通しまで行える程に彼と彼女らは事欠かず盛り上がる。

 アンナとジャギ。二人も同じく其の騒ぎは嫌ではなく、こう言う馬鹿騒ぎが何時までも行えれば
 良いと心の底で同時に思いつつ苦笑いと共に、明日、サウザーの事を解決しようと顔を見合わせるのだった。






 「……全く、賑やかな事だな」

 明るい場所に虫が誘われるように、窓から漏れる光と声に修行帰りの一人の少年が通りかかる。

 (……んっ?)

 そして、彼は六聖に成り得る器の力ゆえか、ある奇妙なモノを視認して一瞬立ち止まる。

 「……」

 だが、彼は首を捻りつつも自身には関与されぬ事と、状況を考えての判断から何も言う事なく
 相手にも悟られぬよう、そのまま何事も無かったかのように通り過ぎるのであった。

 後日、その見たモノを……同じ六聖に成る人物に告げて。






  ・




          ・


    ・




        ・



   ・




       ・




           ・




 ……『私』は、南斗の道具として生まれてきた。

 『私』は南斗の耳。南斗の者達の言葉を聞き王への不穏分子を駆除するのが私の役割。

 ……何時からだっただろう。

 いや、何時もそうだった。私は耳で、『私』は目だった。

 どちらも二つで一つであり、そして王は剣を化して戦場を舞う……『私』は渡り鴉……王の永遠の僕。

 『私』は記憶から今日見かけた者達を思い起こす。そして、彼等が南斗の拳士であり、そして王に近しい人物だと心に記す。

 『私』は思考から今日見かけた者達の話を纏める。そして、彼等が『私』が王の心の縛りと思っている事を解答する。

 ……『私』は、ワタリガラス。

 情報から、今日が彼等が王の為に『私』と接近する日。今日の天空には南斗の星達が宝石の雫のように輝くのを確認した。

 ……双子座はキラキラと輝き、あぁ、そうか今はもう冬の季節なのだなと冷たい風が肌を突き刺すのを無感動に感じた。

 ……足音が聞こえる。

 『私』は一度目を閉じると、そのまま私と『私』は一体化して下界を見下ろしていた一本の大樹を降りた。


 ……さぁ、王の為に私は使命の為に拳を振ろう。







  ・



          ・


    ・



       ・



  ・




      ・




           ・



 「う~、さむっ」

 身を震わして、すっかり雪も振りそうな天気を見つつジャギは身体を摩りつつ夜更けを歩いていた。

 「てか、何でこんな真夜中に行かなきゃならん訳? 別に昼で良いんじゃね」

 「馬鹿がお前は。自分で忍ぶには夜が良いと言ったんだろうが」

 シンの突っ込み、それにへいへいとジャギは面倒そうに呟く。

 辺り一面は暗く身を包んでいる。シン、ジャギ、アンナは厚着しつつ夜の道を歩いていた。

 「……しかし、サウザーに気付かれず説教すると言うのも、何と言うか疲れる仕事だな」

 「まぁ、そう言わないでよシン。シンにはちょっと大事な話が私たちあるから連れて来たんだからさ」

 そう、アンナが笑顔での発言に。シンはぽりぽりと鼻を掻きつつ白い息を吐きながら呟く。

 「大事な話とは……この前の一件が何だったか? と言う用件かな?」

 「あ、何だ気付いてたん?」

 「まぁ、少々気になってたのは確かだし。昼間に俺が視線を向けたら後で話すと言う表情してたしな……」
 
 「サトリかよ」

 ジャギは、勘の良い友人を持つと大変だとばかりに呆れた顔つきをする。

 「で? 話してくれるのだろ?」

 「あぁ……そりゃ勿論」










                               「隠れてる奴が出てくれたらな」








 ……夜の木々が、ジャギの言葉に反応するようにザワザワと揺れた。

 「……へっ、こちとら鳥影山では人の気配には敏感な訓練してるっつうの。俺等が自然に談笑してたら、近づくと予想してたぜ」

 ポキ、ゴキと威嚇するように拳を鳴らしながらジャギは不敵に微笑む。

 ……昨夜の事、一つの人物は睡魔も殺し忍びの如く木の陰に身を隠しジャギ達の談笑を盗み見ていた。

 無論、それにジャギ達は気づける程に警戒してた訳も非ず、本来ならば其のままジャギとアンナは
 無謀にサウザーの居る場所へ向かって、ある種の罠に掛かり直行する事は失敗してたかも知れない。

 然し、だ。運命は彼らに微笑む事となる。

 「監視してる、そちらには不運な事故かも知れんが。たまたまレイの奴が、お前が月明かりの下で
 木の陰からじっと俺達が居た建物を動く事なく見てたと。……そう、告げて来てな。だから
 本当なら真っ直ぐにでもサウザーの方に昼にでも向かおうと思ったが、変更して待ち受ける者を
 炙り出す計画に変更したんだ。……危険だとは思ったが、成功してくれてホッとしたよ」

 シンの言葉、その内容の作戦とは稚拙でお粗末ながらも効果的である行動。

 昼間、日の下でアンナにジャギ等が堂々とサウザーの居る場所へ乗り込もうとしても暗部及び
 他の者の妨害によって面と会話する事も難しい。最悪、そのまま自分達はサウザーに悪影響とか
 言った事柄で直接談話される事も制限するかも知れない。それは何としてでも避けなければいけない。

 ならば、制限するであろう人物達から説き伏せる。……この事柄に対して最初シンは渋面で
 聞いたものの、前回にてサウザーの儀式を妨害した作戦は事実上上手く言ってる相棒を信ずる事に彼は決めたのだ。

 「さぁて……居るのは解ってるんだぜ? さっきから、話し続ける度に突き刺さる視線を感じてるからよぉ」

 強まる気配。もはや隠しても無駄だと悟っているかのように飛びかかるような強まる気配に
 応じるようにジャギも同様に、来るならば何時でも応じると言うように迎え撃つ闘気を滲み出す。

 シンも同じように、鋭く居合のような研ぎ澄まされた気配を出す。無言ながら、射抜くような視線は
 こちらに感じる見えざる視線の方向を正確に向けていた。そして、異口同音に二人は同時に告げる。
 





                             『出て来い』





           ……ザア







 揺れる草木、そして風……暗闇から、一人の女性が闇を抜けて現われた。

 女、それも以前会った事ある容姿。それはサウザーに付きそう、あの秘書である事は間違いなかった。

 「……お見事です。南斗孤鷲拳の使い手であるシンと、そして南斗聖拳使いのジャギ、南斗聖拳のアンナ」

 敬称を省き、単純に呼称を唱えて女性は続ける。

 「それで、私への用件とは?」

 解りきっている事を、平然と問う彼女に僅かに苛立ちを語気に含めてジャギは切り出す。

 「単刀直入に言うぜ。サウザーが胃潰瘍にでもなる前に監視ってのを止めろや」

 「それは不可能です。我々は、南斗鳳凰拳の若き王の成長を見届ける義務がありますので」

 けんもほろろの即答。苛立ちが増すジャギを牽制するようにシンが応答する。

 「……我々とは、元老院の事か?」

 彼の問いに、女性『ムギン』は頷く。

 ジャギは、この如何とも話がし辛い女性に苛付きつつも言葉を続ける。

 「おめぇら南斗の上の立場なんだろ? なら、サウザーをちゃんと見守ってやる為にも、サウザーの心のケアも考えるべきなんじゃねぇの?」

 「……少々、貴方がたは誤解してます。我々は南斗の存続の為に常に思案しています。そして……鳳凰拳のサウザー様は
 齢(よわい)十五ながらにして、王となる素質を出生からして持ち合わせています。その潜在された力は図れぬものです」

 貴方がたには解らぬかも知れない話ですが、と『ムギン』は付け加えつつ話す。

 「……我々一同は、王の能力を引き伸ばす必要があると考えています。例え継承儀式を終えようと、王は未だ伸びるとの判断。
 その為には、例え王自身が拒絶しようとも監視と共に我々は成長を促進させる為に、今後も我々の方針を貫くつもりです」

 ……その声は、感情ない機械のような言葉。

 薄ら冷える程に、人の立場を思い遣らぬ言葉にジャギは米神に青筋立てる。元々、彼は本来の『ジャギ』よりは温厚だが、
 それでも少々短気な部分も存在している。そして……このような冷血染みた人間に関しては昔の経験から心底相性悪いのだ。

 「……てんめぇは……いや、てめぇ等は、要するにサウザーの心が如何なろうか構わずに、自分達のやり方でサウザーに
 付き添うってのか。……OK、OK……虫唾が走るって事だけは、よぉくてめぇの発言から解ったぜ」

 ジャギは、ポキポキと骨を鳴らして女性と間合いを計れる距離へと立った。

 シンは、これから起きる事を予想して頭を軽く押さえ、そしてアンナも仕方が無いとばかりに、ジャギがこれからの
 行動の為に重さを軽くするために脱ぎ捨てたオーバーを受け取る。その目はガキ大将でも視るような視線である。

 「……如何なさるおつもりで?」

 「決まってんだろうがよ。……女だろうが何だろうが構わねぇ、てめぇのような石頭を変える為によ……俺の拳はあるんだよ」

 そう、形相と共にジャギは『ムギン』を指す。

 「てめぇが俺と闘って負けたら……今後サウザーを付け回すような行動を止めて貰う……構わねぇよなぁ! おい!?」

 そう、宣告するジャギに、女性は首を傾げて無表情で返答する。
 
 「……貴方が負けた場合、どうなさるので?」

 「……今後一切サウザーには関知しねぇ。絶交って事で良いか?」

 「おいジャギ! お前行き当たりばったり過ぎだろ!!?」

 困った親友の困った発言に軽くヒステリー気味にシンは叫ぶ。彼もまたジャギの奇行には毎回苦労している。

 そして、頭を掻き毟り溜息を吐くシンを尻目に『ムギン』は一考してから呟く。

 「……了承し得ました。『私』、『ムギン』の考える事に、貴方はサウザー様にとって悪影響かと判断します」

 「どっちがだ」

 ジャギの突っ込みに構わず彼女は続ける。

 「では、そちらの孤鷲拳のシン様には立会人として審判をお任せします。それで、宜しいでしょうか?」

 「……好きにしてくれ。……おい、ジャギ……勝てよ?」

 「おう! 任せてくれ」

 軽く半眼でシンは腕を組んで見守る。ジャギは力強く肯定の返事と共に腰を下げて彼特有の拳を構える。

 『ムギン』は構えない。ただ微動だにせず、ジャギが攻撃するのを待つように静観の構えとなっている。

 (? ……シン見たいに相手の攻撃に対して反応するのか? それとも、もしかしたらサウザー見たいに攻撃的な拳法なのか?)

 「如何しました? 固まっていては勝てませんが?」

 無表情な正論が、ジャギには憎らしい皮肉に受け取れる。

 カチンと少々頭にくると、ジャギはならばとばかりに腕を反らし気を高めた。

 彼にとって最良である攻守万能の構え……唯一の扱える南斗聖拳。







                                 南斗邪狼撃!!!




 風を巻き起こし、突風の如く化しながら貫手を放つジャギ。

 見慣れているシンは、強い風に少々目を細めつつ、この一撃必殺の拳が『ムギン』へと接近したのを見て勝ったと確信した。

 ……だが、シンには信じられぬ光景が、その次に彼の目を捉えた。

 「成る程、サウザー様のご友人だけあり、かなりの腕前ですね」

 『何っ!!??』

 ……ジャギは放った。間違いなく邪狼撃は本来の神速の動きで貫手を彼女の胸へ直撃する筈だった。

 ジャギとて、彼女を殺す気は無い。ゆえに、彼女の立ち位置を考えて腹部に衝撃を与えて気絶する計算も含めて撃ったのだ。

 だが……ジャギの気の所為で無ければ、彼女の腹部に吸い込まれる前に、人の動きでは不可能な『微動だにせず後退する』動きと
 共に『ムギン』はジャギの邪狼撃を避けた。その不可解過ぎる動きに呆然としていると、ジャギの顎へ強烈な衝撃が当たった。

 「ぐぇっ!!」

 『ムギン』の、鋭い蹴りが顎を襲う。完全に隙を見せていたジャギは口を切りつつ血を唇から垂らしつつ起き上がる。

 「……一つ、忠告しておきます。『私』が扱うのは『南斗渡鴉拳』……南斗鳳凰拳、南斗最強の拳には及ばずも『私』の拳は」

 そこで、初めて彼女は拳を正眼へと上げて続けた。

 「……一対一の対人戦でありましたら、古来から誰にも負けた事は有りませんので、悪しからず」

 そう、無表情に告げる彼女は殺気も闘気も掲げておらぬのが反面彼女の宿す気配に恐ろしさを拍車させた。

 「おいっ、本当に大丈夫なんだろうなっ!? ジャギ!!」

 「うっせぇ! 一発喰らったくらいでうろたえるなや!」

 ジャギの攻撃が当たらなかった事に、シンは焦り叫びジャギは怒鳴る。

 喰らった怒りをバネに、更なる攻撃を南斗聖拳抜きで次にジャギは振るうがこれも当たりはしない。

 それどころか、シンの見る限り『ムギン』は拳を振るって無いのに関わらず、魔術か何かのようにジャギの体に打撃が入る。

 見えぬ打撃……それを本当に彼女が行ってるのだとしたらサウザー以上……いやリュウケンに並ぶ程だ。

 有り得ない。そんな神業的な力量を持つ筈がない、何か種ある筈だ。

 シンは、確信なくも彼女の拳には何か仕掛けあると予想し目を見張り瞬きする事なく見続ける。

 (何だ? ジャギの拳が全く入らぬのも奇妙だが……一瞬だけ『ムギン』がブレているようにも見える)

 シンは、暗闇に溶け込むような動きに一瞬彼が昔闘ったトラフズクを思い起こしたが、アレは正しく邪拳ゆえに、彼女が
 使用する『南斗渡鴉拳』とは何かが違うと彼の思考は告げる。……では、一体何故『ムギン』は、あぁもジャギの攻撃を避けれるのだ?
 
 シンが解答を持ち合わせられない時、アンナはジャギが劣勢な事を心配しつつも、彼女は彼女でジャギの助けとなる為に
 彼の目となる事を願い暗闇を目を凝らす……『ムギン』がぶれる、そしてジャギの攻撃が空を切りジャギに一撃が……。

 (!? ……そうかっ!!)

 「ジャギ!! 『ムギンの背後』に気をつけて!!」

 アンナは、その不可解な部分を電流走るように頭脳が解析して、その直後解答となる言葉を放つ。

 それに、一瞬だけ『ムギン』の体は揺れる。そして、ジャギは何の疑問も抱かずアンナの言葉へと従う。

 「おうっ! 解った背後だなぁ!!」

 鋭く放つ拳。『ムギン』の体は大きく横へと移動して……一瞬視界の中で彼女が分裂するようにジャギに見える。

 だが、今回はアンナの言葉を受けて彼は何も迷わなかった。冷静に、その背後から見えた気配だけに集中して……そして。





                                  ガシッ!!



 「……成る程、そう言うカラクリかよ、おい……!!」

 「!!? そうか……さっきから一瞬高速で分身するように見えてたのは……それは何も早かったからでは無い!」

 がっしりと、ジャギの手が捕まえる腕。そして明らかになる現象。

 シンは、ジャギの手によって解明された光景を見て納得する。自分の目で見えた事は見間違いでは無かったと。

 そして……その解答を叫んだ。









                         「『ムギン』……お前は双子か!!」









                       ……同じ容姿、同じ姿形をした少女二人が、動揺を露にして姿を現した。












              後書き






   はい、サウザーの従者と言う立場である『ムギン』こと、フニン・ムギンと言う双子です。

   オリキャラですが、彼女等の名前もオーディンの僕の鳥から文字った名前です。サウザーの従者に合ってると思い名づけました。


   因みに、彼女等は少々ハーン兄弟と関係あります。それは【流星編】で執筆する予定です。


 彼女達は南斗の暗部に属する人物達です。幼い頃から洗脳教育的なもの受けてます。まぁ、それでもジャギ達が何とかしてくれるでしょ








[29120] 【流星編】第四話『二羽の包容の鷹と 渡り鴉の午後』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2014/02/15 01:59
 


 我が名は『ムギン』 南斗鳳凰拳サウザー様に仕える者。

 我が役目は鳳凰(拳)の記憶・知識。王の目と耳となる事。

 無論、王にはそのような補助は必要無いかも知れぬ。だが、未来で待ち構える未知の障害に対し万策は幾ら有っても尽きぬ事は無い。

 私は、王の身に99%の安全策を取る為の枷であった。

 ……私の名は『ムギン』 それが私であり『私』なのだ。

 それは未来永劫変わる事の無い事だと、ずっとそう思いながら生きてきた。

 鳳凰の目と耳となって私は南斗の為に死ぬ。




 そうあるべきなんだと。





 ……『私』は『ムギン』だ。






  ・



         ・

    ・


       ・


   ・



      ・



         ・



 その日は、雨も降らぬのに雷鳴が轟いていた。

 世紀末の荒廃した世界には目立つ巨大な建造物。古来からある城を改築して拠点とした場所の屋上付近。

 そこで、一人の金色の髪を反らせ白眉を額に付けた男が仁王立ちしていた。

 その顔の何と恐ろしく獰猛な事か! それが、南斗の将の素顔だと誰が知りえる事であろう。

 王の前に、一人の女性が傅(かしず)いている。それは王の影なる従者であり、そして表では秘書として活躍するものである。

 その人物は、秘書と言う役割をこなしつつ南斗の拠点に忍び込む伏兵の駆除も執り行っていた。

 今日も、何人か諸外国の変装した兵を発見し暗殺者を逆に暗殺した女性。そして彼女は王に召集され、用件を伝えられ呟く。

 「もう一度、おっしゃって下さい」

 「言った通りだ! 俺は気が付いたのだ『ムギン』!! この世を平定と変える為に俺は多くの命を屠ってきた!
 だが、どれ程に血を浴びようと! どれ程に悲鳴を聞こうとも俺の心は果てしなく沈んだまま!! これが如何言う事か!!」

 雷鳴がサウザーの顔を照らす。不気味な程に裂ける程の哂いを浮かべて彼の理想論の演説は続く。

 「この俺は『将星』!!! 南斗108派の頂点にして、南斗を束ねる星!! 世界が崩れ、世が再び新たなる灯火を
 望む今この時こそ!! 極星南十字星は告げている!! 新たなる星の集合を!! 古き星々の消滅をだ!!」

 激烈なる破壊、破壊の願いを訴えし声。大いなる意思に命じられるように、拳を高々と掲げてサウザーは演説する。

 「然り!! ならば俺が全ての星を打ち砕こう!! 今、この日を以って俺は108派を新たに改革すると!!」

 「なれば、全ての108派の伝承者達を処刑すると言う事で宜しいのでしょうか?」

 静かに、恐れる事もなく『ムギン』は尋ねた。

 サウザーは驕る事も蔑む事も無く、ただ狂気だけを瞳に宿しながら続ける。

 「あぁ、そうだとも!! 今日この日を用い俺は全ての南斗聖拳伝承者達を選定しよう! この世紀末を生きるに相応しいか!!」

 「選定はどのように」

 静かな問いかけ、それにサウザーは頷き告げた。

 「そこで、貴様の出番だ『ムギン』。お前は南斗の影を良く知る者。お前ならば他の伝承者達がどの場所に点在するか知れよう」

 「確かに、私の把握している情報でしたら108派の八割の行方は把握しております。しかし、全ての伝承者を殺害すると
 近親者達の反乱が確実に行われると予測します。そして、将の計画を知れば全員が敵対行動を取ると思いますが」

 その言葉に、サウザーはクク……と冷笑を零す。

 「それで良いのだ」

 「……?」

 「この世紀末を俺と同じく生き延びた強者。その強者だからこそ、この俺を殺せる程の……この俺がこの世界で
 死合える最大の日を迎えられるであろう! 俺は知りたいぞ『ムギン』! 100派の伝承者達がこの俺をどう殺そうとするかを!!」

 


  ―正に、完全なる狂気。



 彼は、自分の死など恐れては居ない。今の彼にとって死は安らぎの最後の手段でしか無い。

 彼を生かした師父の想いが、そして彼が殺してしまった師父の愛の狭間で彼は王として確立する事も、死ぬ事も満足に出来ない。

 だからこそ彼は決める。自分が生きるに相応しいかを。

 「公布を出せ! 南斗108派の全部を召集するとな!!」

 「南斗六聖の内、『妖星』のユダ様、『殉星』のシン様に関しては現在南斗の領地を広げる為に行動しています」

 その『ムギン』の報告に、サウザーは返事を返す。

 「奴等は召集に応じなくて構わん。特に六聖に関しては……今は俺と闘うにしても面白くない」

 孤鷲拳のシン。そして妖星のユダ。

 どちらも、六聖拳を担う者達。自分に並べるかも知れぬ実力を秘めている拳法家。

 サウザーは、彼等の実力を多少個人的な部分も入るかも知れぬが分析していた。そして、その実力は未だ伸びるだろうと。

 「奴等は俺と闘うには力が未だ足りぬ。時が経れば、奴等の力も極まるだろう。その時に喰らうまでだ」

 王者として、拳士としての考え方。後に強大なれば強大となる程に自身と死合う楽しみが増える。

 彼は六聖拳の、この二人に関しては今は未だ闘う事を望まない。その言葉に頷きつつ『ムギン』は確認を取り続ける。

 「では、『義星』のレイ様と『仁星』のシュウ様にも召集に関してはしなくて宜しいのですね」

 「……シュウか」

 その時、サウザーの顔に明確なる殺意に似た物が宿る。

 未だ自分の師父が生きてた頃、彼が失意の底に沈みもがき苦しんでいた頃に同じ道場に通っていた彼。

 サウザーは、その昔の彼を思い起こし。

 そして、告げる。

 「シュウに関しては呼び出せ。奴だけはこの俺が直に俺の拳で天へと送ってやる……!!」

 目的とは違う私怨の入り混じった声に、『ムギン』は畏まりました。と、静かに返事を返した。

 そして、細かい計画の用意に関して『ムギン』が担当する事をサウザーと確認し終えると、彼女は城内を無表情で機械的に歩く。

 すれ違う兵達の中にはサウザーの秘書と言う立場から色々な感情を交えての視線やら、女と言う立場ゆえの欲情の目も混じる。

 それに『ムギン』は何も心に浮かべず歩き続ける。彼女には、サウザーの粛清の内容に関しても、単純な作業の一つでしか無いのだった。




  ・



         ・

    ・



       ・



   ・



       ・




           ・


 

 『私』は歩く。

 将は、今日は別の戦場へと向かっている。目的が出来たゆえが幾分が先日宿っていた陰鬱な顔色を消し去っての好戦的な顔であった。

 南斗の智将たるリュウロウは、王の晴れやかに思える顔に少々安堵の色を浮かべていたが、これが自分も抹殺すると
 言う計画を抱えているゆえの高揚感が原因だと知れば、彼は絶望の表情を浮かべるだろうと『ムギン』は機械的に予測した。

 今日も、『ムギン』は秘書として仕事を行う。雑務を終了させた彼女は王の汚れた服を洗濯する為に外へと出た。

 少々濁っているが生活用水としては十分な水のある井戸。この井戸を確保する為に、此処に拠点を置いたと言っても他ならない。

 彼女は、桶の水を汲み服を洗い始める。洗剤など殆ど無いので、申し訳程度の粉石鹸での代用だ。

 このような主婦がするような仕事をするのも最近では珍しい。潜伏する兵に対して警戒する事が多かったゆえに
 このような仕事でも精神的な負荷を減少する為の一環となると、彼女は冷静にこの行為が楽しいと言う感情に分類すると感じた。

 その時、背後からの足音。彼女は慣れた手つきで一旦洗濯物を桶の中に戻して音のする方へと身体を向ける。

 「よぉ、あんたサウザー様お抱えの秘書だったよな?」

 音の種類から刺客と違うと最初から『ムギン』は理解し得ていた。だが、井戸の水を飲む為に来たようでは無いと表情から察する。

 自分に用事? 何故か? そう頭の中で出来事を予測していると、南斗の正規兵の一員であろう男は口元を歪めて言った。

 「へへへ……いや、何。あんた見たいな美人がサウザー様に可愛がられているって言うのは、幸せもんだなぁと思ってよ」

 「おい馬鹿、遠まわし過ぎるだろ。いや、俺達の用ってのはよ、あんたサウザー様に気に入られてるんだろ? 
 それならさ、俺達も日頃戦い続けていい加減辛いんだよ。けど、俺達には直訴するような勇気なんぞ無くてよぉ」

 「だ、だからさ。あんたから言って、その、少々サウザー様から許可を貰いたくてさ、その……」

 色情の目。荒れ果てた世界では何度も見かけた発情する獣の色。

 あぁ、そう言う事かと。軽蔑、侮蔑の想いも無く彼女は無機質に返事をする。

 「つまり、貴方達は性欲を発散したいと言う事ですね」

 その直球的な言葉に、彼等はバツの悪い表情を浮かべる。

 だが、『ムギン』は別に何かを思うでもなく言う。こう言う時の対処を想定し……そして一つの方法を決断する事にした。

 「生憎ですが、貴方がたの性欲を発散する程の派遣する人件は現在の所、存在しておりません」

 それは当然だろう。発展途上のこの町で、まともに男性を抱こうなどと商売する人間は居ない。全ての民は生きる為に
 明日の糧を得ようと土相手に必死で手と腰を動かし固い大地を相手にするだけだ。性行為など望めはしないだろう。

 兵もそれは承知している。固い『ムギン』の返答に、幾分失意を込めて返事を返す。

 「ぁ、ああそうか。それじゃあ、仕方が……」

 「ですから、私が代わりを努めましょう」

 『!!!!??』

 当たり前のように、彼女は舞台上の台詞を読み上げるように彼等に平然と言う。

 「い、いいのかよ!!?」

 「馬鹿っ、お前何本気になってんだ!? 将のお気に入りだぞっ!? 手なんぞ出したら死刑で済むかどうかも……!」

 興奮、躊躇、ありとあらゆる表情を浮かべる兵へ、彼女は続けて言う。

 「私は男性の性欲に関し余り把握出来ませぬが……戦局において士気が左右するとなるならば見過ごす事は出来ません」

 「無論、全ての兵を相手には出来ませぬが、私で務まるなら相手をします。それが私の役割ですので」




 自分は『ムギン』南斗の為に身を捧げし道具。

 このような行為に関して、知識だけは一応所有している。将が命じれば、娼婦に変装し間者となる事も出来るようにと。

 彼等は『南斗』。将がどう思うかは知らぬが、彼等の不満が暴動を起こし南斗に悪影響を及ぼすのならば自分が鎮めなければいけない。

 自分は『ムギン』南斗の道具なのだから。



 彼女は洗濯の為に汚れても良い薄地の服を纏っていた。井戸の水が少々掛かった所為か、露出した肌に水滴が張り付く。

 彼等は、自分達の相手を許可した『ムギン』……否、発情した獣へと変貌しようとしている今の彼等には『ムギン』は一匹の雌に見えた。

 無表情で、全く顔を動かさぬ彼女へと恐る恐る一人の兵が無骨の手を彼女の服から見える膨らみへと手を伸ばす。

 そして、堰を崩壊しかけた血走った眼で彼はその膨らみを掴み……。







                           「おい……てめえ等、なぁにやってんだ??」





 掴む事は無かった。その兵の背後から、ぬぅっと巨大な影が現われたからである。

 ビクゥ!! と兵達は数センチ飛び上がり、慌てて振り向いて震えつつ叫ぶ。

 「ギ……ギル隊長!?」

 「おうよ。おめぇらも良く知るギル隊長よぉ」

 ギル。そう呼ばれた巨体な男を『ムギン』は見上げた。

 鋼のように鍛え抜かれた筋肉。その体の大部分が茶色の肉で覆われてる背丈に合う鎧は無いゆえに、軽装の鎧を纏っている。

 彼女は、気配で強者と解る彼が最初どう言った目的で来たのか知らなかった。もしかすれば、彼等と同じ目的かとも頭の中で思った。

 だが、次にギルは彼等を見下ろし、怒気滲ませて喋る。

 「水を飲むって言って帰るのが遅いテメェらを心配して見に来てやって見れば……!」

 険しい顔、荒れる獅子のような目。高々と拳は上げられる。

 「おめぇ達! 何、いたいけな婦女子を襲おうとしてぇんだよ!!」

 ゴン! ゴン!! ゴン!!! と、ギルは彼等に次々と拳骨を降らす。

 悲鳴を上げて頭を押さえる兵士達。まぁ、これでも軽い罰だろう。

 「ったく、悲しいぞぃ~俺は! おめぇ等は無抵抗な女を犯すような奴等とは俺も思ってなかったのによぉ~!!」

 南斗双鷹拳の双子の一人ギル。彼は額を押さえて可愛い部下の体たらくな行動を嘆き呻く。

 「ち、違うっすよギル隊長!! こ、この女性が俺達を相手してくれるって快諾して……!」

 「俺やおめぇのようなムサイ面した奴を相手してくれる好き者なんぞいねぇんだよ!!」

 嘆くギルに兵の一人が言い訳しようとするが、憐れにも再度ギルの愛の鉄拳に沈む。

 このまま説教が続くかと思いきや、『ムギン』は傍観していたのを止めて口を開いた。

 「その方たちの話は本当です」

 その言葉を聞いて、ガミガミ兵士達へと怒鳴っていたギルはようやく彼女へと顔を向けた。

 「あぁ、あんた無視してすまねぇ。本当俺の部下がひでぇ事……なに?」

 怪訝な顔を浮かべるギル。無遠慮にギルは『ムギン』を見る。

 人形のように端整な顔立ちの彼女と、無骨な野武士のような顔立ちのギル。

 暫し視線を向き合ってから、理解し難そうな顔でギルは口を開いた。

 「……は?? 本当にあんたこいつ等相手にするってぇ??」

 「はい、間違いは御座いません」

 暫しの静寂。誰も一言も発さず風が一度強く吹く。

 「……わりぃ、おめぇら」

 風が吹き抜けた後、ギルの蚊のように細い謝罪の声が上がった。

 「だから言ったじゃないっすか!!?」

 「酷いんすよギル隊長は!! 最初から俺達言ったじゃないっすかよぉ!!」

 体を小さくさせて頭を下げるギルに、口々に兵士達は文句を良い機会とばかりに叫ぶ。

 この単調! 乱暴者!! と調子に乗った部下達の罵倒を聞くギル。

 「~~~~黙れやてめぇら!! 大体にして、血走った目で人様の胸を触ろうとしてたら誤解すんだろうが!!」

 最後には堪りかねてギルが切れて彼等を別の場所へと追い立てた。溜息を吐いて、ギルは『ムギン』へと告げる。

 二人だけになった空間。そうなっても、ギルは彼女を直視するが、別段それで彼女を下手に意識もしない。

 思うのは、簡単に身体を許そうとした彼女の軽率な行動に対する憤りに似た感情だけだ。

 「……何ていうか大騒ぎして済まなかったな。けどよ、あんたも冗談でも安請け合いしねぇでくれよ。
 最近じゃあ兵達も気が立ってるんでよぉ。そんな時にホイホイとあんた見たいな美人さんが頷いじゃあいけねぇって」

 そう、彼は顔に似合わない説教をする。

 ギルからすれば、彼女は性欲の対象などでなく行きずりの襲われそうだった女性でしかない。

 そして、第一印象で人形のような美人だと感じた女性の抱いても良いなどと言う言葉を聞いて彼が最初に感じたのは
 何故? と言う疑問でしか無かった。ギルと言う人物は、『ムギン』の思惑は例え頭を覗いても理解出来る人間じゃなかった。

 彼の脳では、彼女が身売りするような理由は食料の為とか、明日を生きる為だろうとしか思っていなかった。

 そうしなければいけない状況なのは彼も知ってる。それでも目の前でそのような行動をさせる程に彼は人間を止めていない。

 「自分を大事にしなくちゃいけねぇぜ? 今は荒れてるから、あんたがどう言う理由で身体許すのか知んねぇけど
 それでも自分は大切にしなくちゃいけねぇ。人間、大事な部分は失っちまったらいけねぇもんなんだよ、うん」

 そう、ギルは己の理論に自分で目を閉じ感慨そうに頷く。

 彼からして、女性と言うのは対等に付き合う者であり、そして守るべき対象である。

 だからこそ、そう言う人達の為に頑張って勝利して安全な環境を築き上げるのが今の自分の使命だと疑っていなかった。

 そんなギルを、彼女は無表情で只観察をし続けていた。

 



 『ムギン』は不思議だった。

 この男性が何故身を挺して自分を守るような、そして自分の保身を説くような真似をするのかを。

 自分は、『ムギン』は、南斗の道具なのに。

 彼女の思考で、最終的に彼は誤解しているのだと結論立てて、それを解く為に口述をする。

 「おっしゃる事が良く存じ上げません。私は、鳳凰拳サウザー様に仕える者です。南斗の為に仕えし者です」

 「ん? そうなのかい? いっつも俺は戦場から帰ったら疲れて眠っちまってるから、良く知らねぇんだけどよ……」

 彼女の事を知らないとギルは言う。別に、ムギンは名を上げたい訳では無い。彼が自分を知らぬ事も構いはしない。

 ポリポリと頭部を掻くギルに、『ムギン』は更に告げる。『己』と言う物を知ら示して理解させる為に。

 「私は、如何なる事であろうとも、それが南斗の事でしたら身を呈し尽くすつもりです。それが、私の使命です」
 
 そう、自分は南斗の道具。性処理であろうと構わぬ代物だと告げる。

 自分は、目の前にいる人間性ある存在ではないのだと、暗に彼女は無表情の仮面を被り続けながら諭していた。

 「……それ、ちょっと変じゃねぇか?」

 ギルは、『ムギン』の話を聞き終えると、困惑しつつ返事を返した。

 「使命っつってもよ。おいら、頭が悪いから上手くいえねぇんだが……仕事と言えど、絶対やりたくねぇ事ってあるもんだろ?」

 ギルの言葉に、『ムギン』は黙って聞く事を選ぶ。彼の理論は一般の事情であり、個人の義務とは合わさらない。

 聞くだけ聞いて、適当に頷き去れば良い。そう考えているとは知らずにギルは続ける。

 「使命ってよ、そんなに重要なもんかい?」

 「ぇ?」

 そんな言葉は、彼女の人生において始めての経験だった。

 誰も、そんな事を言わない。ゆえに彼女は初めてとも思える素の顔で一言疑問の声を呟く。

 ギルは、自分でも分かってなさそうに続ける。

 「いや、使命よりも俺は大事なもんがあると思ってからさ」

 「……それは、何ですか?」

 納得いく理論を。証明性のある内容を。今、目の前で聞き逃すには見過ごせぬ言葉を紡いだギルに、彼女は
 立ち去る事も頭の隅に追いやり愚問にも質問した。それを、彼女を知る機関の人間なら驚いた事であろう。

 ギルは、彼女の言葉に困惑顔を崩さず返す。

 「うん? ……いや、そりゃあ色々あるからよ。けど、俺は南斗の為に闘う事は大事だって思ってけど。もっと色々あると思うんだよな」

 「絶対に退けねぇ時にゃあ使命も必要だぜ。でもよぉ、誰も無理強いしねぇ嫌な仕事を続ける必要なんてねぇだろ?
 俺、馬鹿だから上手い説明出来ねぇが……あんたの言う使命っての、ちょいと間違ってる気がするんだよなぁ」

 そう、彼は首を傾げた。

 

 『彼女』の心に、少々棘のような物が刺さる。

 今までに見た事、聞いた事の無い発言。彼女の徹底的な仮面の中に『ギル』と言う存在が皹のように刻まれる。

 「私は、そのような事は無いと思いますが」

 無意識に『ムギン』の声色は淡々とした口調より刺々しい感情の伴ったものに変化してた。

 「そうかねぇ。……あっ」

 だがギルは、彼女の声の調子など全く意に介さず、他の何かに気付いたように彼女の手元を見る。

 視線の先、洗濯物が入った桶。

 それで慌てたようにギルは発言する、彼女のささくれ立った気配など無頓着に。

 「いけねぇいけねぇ! 洗濯中かい!? そんな風に服を漬けっ放しだったら色が付いちまうんだよ!」

 そう言って、彼は『ムギン』が呆けた顔をするのも構わず腰を下ろして洗濯物を取り出すと洗い始めた。

 『ムギン』が見ているだけでしか無い程に丁寧に洗い終わっていく洗濯物。一分足らずで綺麗になった服が積まれる。

 一仕事終わったと言う晴れやかな顔したギルは、ふう! と一息つきつつ『ムギン』へと洗濯物を差し出した。

 「どうでぇ! 綺麗になっただろ!?」

 ギルの、その突発的な行動に『ムギン』は翻弄される。綺麗になった服を見つつ彼女は小さく呟く。

 「……はい、有難う御座います」

 如何なる思惑でしたのであれ、仕事を手伝ってくれたのだからお礼は言わなければならない。

 「いいって事よ! ……そんでよ」

 「……何でしょう?」

 いい加減に……。これは彼女にとって初めての感情だが。

 『ギル』とはもう一緒に居るのを避けたいと言う感情が芽生えていた。

 むず痒いような、如何にも鎮められぬ感情。

 彼女は次第に自分でも知らぬ内に憮然とした感情が顔に出始めている。

 ギルは、そんな彼女の表情に気付かず一言を放つ。

 「洗濯物は何処に運べばいいんだ? 何しろ、この城には滅多に入らないもんでよ!」

 そう、無邪気な笑顔をギルは浮かべた。

 呆気にとられる『ムギン』。そして……瞬時に顔を少々顰めての発言。

 「……一人でやれますっ」

 『ムギン』は、少々乱暴にギルから洗濯物を奪い取って城の中へと戻る。

 そして、全ての服を干し終えてから彼女は愕然とした。自分がギルにどのような対応をしたのかを思い返し……。



 それが、『ムギン』と始めての彼等との邂逅だった。





  ・



         ・


    ・



       ・



   ・



       ・




           ・



 凄惨な光景。 妙齢の男性、女性の五十は居る老人達が血を流し大地へと付している。
 
 周囲には黒子の忍びや兵士。手練の護衛達も、息なく地に伏していた。

 そして、残る者達。

 『く、狂ったか南斗の王よ!? 良いのかっ……我等の言付け無くば……南斗の先行きを万事滞りなく動かす事も』

 『ムギン』は全てを見詰めていた。

 『自分』を造った創造主達が、『自分』が監視する存在に屠殺されていくのを。

 『老いぼれ共が、今まで俺の影で甘い汁を啜っていたのも国家と言う邪魔な存在があったゆえにだ。……だがなぁ!!』

 王は、その創造主の一人の足を無慈悲に踏み折れつけつつ嘲笑しながら言った。

 『もはや、この世界は崩壊したのだ!! 俺が帝王!! この世を統べる者として君臨する!! 貴様等のような影も必要せん!』

 絶対的強者を謳う王。その実力は……その創造主以外の暗部の兵及び、そして同志達の惨殺の躯が無言で語っている。

 『……ム……ムギン』

 

 王の手刀が天空へと上げられる。もう、王の前に崩れ座る者の生命の灯火は数秒と知れる。

 その寸前、創造主だった方は、『自分』へと震えつつ手を伸ばすのを見て取れた。

 『ムギ、ン、よ』

 悲哀を、苦痛を、絶望を。

 呪詛交じりの瞳と声。

 私は、目を瞑る事もなく……ソレが王の手で崩れ去るのを最後まで見届けた。











                              王だけが残り、そして雪が降るのを見た。








  ・



           ・


     ・





         ・



   ・





       ・




            ・



 「……そいでな、この前バズの兄貴ったらよぉ。腹が減りすぎたから雑巾でも焼けば食えるんじゃねぇかって試したんだよ。
 したらどうなったと思う? 兄貴ったら『こりゃ凄ぇ! 人参の味がするぜ!』って叫んだんだよ。
 可笑しいなぁって後で他の奴等に聞いたらよ。その先日に出した人参スープ零したのを吹いた雑巾だったって訳よ!!」

 そりゃ味もするってもんだぜぇ! と、ギルは涙を流して爆笑しつつ拍手を打つ。
 それを聞く相手は『ムギン』。彼女は、あの出会いから幾度かギルと会う機会が増えた。

 理由など無い。一度だけ、ギルの訪問に対する質問したら、そう簡潔に返されたのを彼女は記憶してる。

 何故、ギルが自分に話しかけてくるのか? 彼もまた、自分と言う女に対して肉欲を満たす為に近づいているのだろうか?

 考えても、考えてもギルの宿す瞳や態度は違うと彼女の正確な思考が告げる。彼は、『自分』を喜ばす、笑わせようと
 している事に必死な事は知れたが、人間の女性が嫌うような愛情表現だけは決してせぬ事だけは理解出来た。

 行動を分析しても結論付かない。そして、最近では評価を変えた。

 
 単にこの男は馬鹿なんだろうと。

 「どうだ! 面白いだろ!?」

 「アッハッハッハッ……」

 ギルの感想を求める声に、『自分』は無表情に笑い声だけを上げる。彼は、見て明らかな意気消沈な顔つきをした。

 「……おいら、そんな風に一番詰まらなさそうな反応されたの生まれて始めてだぜ」

 ギルは、何度も彼女に世間話をする。兵士が死にそうな目にあった珍事、他国との交戦の内容。

 ある時はドラマチックに、ある時は大袈裟に彼は『ムギン』へと話して聞かせた。

 掃除やら洗濯を執り行う『ムギン』は、最初は彼に無関心な態度を貫こうと徹底していた。

 だが……。

 「なぁムギンの嬢ちゃんよ! 明日はおいらギオンつう所への戦場へ行くんだ」

 「そうですか。智王と謳われるギオン軍は搦め手で襲ってくるでしょうね。脳筋なギル隊長では敗北するでしょうね」

 「酷ぇ言い草だな、おい!? 見てろよ! 大勝利して、武功を収めるおいらの勇姿およぉ!! そんで二つ名手に入れてやるぜ!!」

 ギルは大袈裟に力瘤を作って『ムギン』へ宣言する。

 戦場で活躍した武人には、武功と共に名も出来る。シンがいずれKINGと言われるように、二つ名は其の人の強さを表す。

 彼もまた名を欲しがる一人だ。

 「あらあら、では期待せず私は見守りましょう」

 気が付けば『ムギン』は彼との対話を何時しか自然としていた。

 そして、彼女は既に自分でも手遅れな程に。心の中にギルと言う存在を植えつけている。


 ……そして。






  ・



          ・


     ・



        ・


    ・



        ・




             ・




 「次の戦場には、『ムギン』お前も迎え」

 「……ぇ」

 その日の夕暮れ、彼女はサウザーに直接そう命じられた。

 傅いて報告を述べ、そして返された言葉に彼女はざわめく。

 何故ならば、戦場にはギルが居る。

 彼に、己が戦い血に濡れている姿を見せる事に対し、彼女は初めて戸惑いに似た気持ちを自分でも知らず浮かばせていた。

 「……ですが、城が手薄になると思いますが」

 自身で聞いても減点ものの言い訳。視界に映る王も、怪訝そうな光が目に浮かぶ。

 「何を言っている? だからこそお前『達』が存在しているのだろうが」

 そう、サウザーは冷徹な目へと変えて命じた。

 『ムギン』は、暫しサウザーがどのような思惑で戦場へ向かうように思考したのが考えようとした。

 だが、これも一種の彼成りの一興なのだと理解すると、彼女は溜息を心の中で浮かべつつ深く頭を垂れる。

 出来るならば拒否したい。

 だが、それも無意味だ。

 己は彼にとって道具に過ぎぬと改めて実感しながら王の居室を抜けて、廊下へと出て……。

 そして一つの視線が注がれるのを知ると、屋上へとゆっくりと向かった。





 ……夕焼けが輝いている。もう少しで夜へと変わるだろう。

 「お気づきですので、出てきて下さい」

 誰も居ない無人の屋上。その筈だが、解っているとばかりに『ムギン』は声を響かせる。

 「ふんっ、やはりただの秘書では無かったと言う事か」

 ……影から出現するのは、薔薇を左目に埋め込んでいる独特の忍び装束の刺客。

 南斗を内部から殺そうとする暗殺者。

 黒いフードで顔を覆い薔薇の目を見て、『ムギン』は口を開く。

 「その容貌ですと、黒薔薇一族と見受けします」

 黒薔薇一族……ここより夕焼けの方向のある砂漠を渡った場所にある棘王ハデルが住まう者達。

 一昨日、確か南斗の軍勢を率い、砂漠と言う馴れぬ環境が災いして撤退したのを彼女は思い出していた。

 その翌日、進入した薔薇のタトゥーをした三人程の暗殺者を殺した事も。

 「あぁ、そうだ。……我等の花弁を三つ散らせたのはお前が?」


 『ムギン』は何も言わない。だが、肯定だと刺客は直感で知った。

 黒薔薇一族は復讐の火を空いた右目へと宿しつつ『ムギン』目掛けて飛びかかる。

 黒薔薇一族の暗殺者は勝利を確信していた。この屋上で、彼は既に自分の布陣を引いてたのだから。

 (馬鹿め! 我が体には薔薇の香りと共に、我が一族以外には痺れる毒の燐粉を宿している!!
 お前は、気付かぬ内に体内に痺れ粉を吸い込み、思うように体を動かせぬ状態で我が薔薇の棘で死するのだ!!)

 飛びかかる暗殺者の右目には、迎え撃とうとする『ムギン』が微かに体をヨロケルのを視認した。

 互角の相手との戦闘で、僅かな肉体の支障は生死の有無を分ける!

 勝利を確信しての笑み、そして懐から飛び出す致死量の毒を塗った薔薇の紋章の短剣。

 それを抜き放った瞬間。


            

     ――ズッ   冫


 彼は背後からの衝撃で地面に接吻する。

 「―ぁ゛?」

 暗転しての目に映る地面。それと同時の背中の激痛。

 吐血と同時の疑問。何故だ?? 確かに一人だけの気配しかなかった……。

 一人だけの姿しか自分、は。

 霞む瞳。その右目で彼は最後に、その彼を殺した人物を目撃する。

 「……な゛……っ」

 それは、二人の『ムギン』





 (――ふた、子)



 そうか、と彼は体が冷たくなるのを感じつつ酷く納得をする。

 気配が一人だけしかしなかったのも、背後からの奇襲にも納得出来る。

 今、自分に正体を現した『二人』の『ムギン』。それを見ても彼は気配が一つにしか感じられない。

 ―影武者。

 どちら一つが死のうと、どちら一つが劣勢になろうとも。

 それを半身が補えば良い……『南斗渡鴉拳』の真髄とは二位一体の隙を生ぜぬ二段構えの拳。

 (南斗の暗殺、者か。我が黒薔薇よりも……何と、末恐ろしきか)

 勝てぬ訳だ。そう無念に浸りつつ黒薔薇一族は目を閉じて事切れた。





 ――――




 鏡合わせのように、二人の人間は立っている。

 いや、全く同じ容姿で同じ服を纏っていた人物の内の一人である『ムギン』は毒粉を吸いすぎた所為か倒れた。

 「明日の戦場へは、私が立つわ」

 そう、『ムギン』が告げる。微かに青白い顔をして残る一人は首を縦に頷かせた。

 そして、『ムギン』は戦場へと翌日赴く。



 ……ギルの居る戦場へと。






  ・



         ・

    ・



       ・


   ・



      ・



          ・



 戦いの結果は、概ね大勝利と言って良かった。

 ギオンの地形を利用した戦術。

 らこくにある黒王号の住まう馬達が縄張りとする場所を利用しての戦闘。

 南斗の先鋭部隊は最初徹底攻撃を提案したが、リュウロウはギオンの考えを見抜き、らこく周辺での潜伏を提案した。

 数日間の膠着。痺れを切らしたギオンの兵が打って出て、そして南斗軍は迎撃を行い勝利を手にした。

 兵団の食料を奪取しての祝宴、久しぶりに満ち足りえる宴会。

 『ムギン』は祝杯を上げる兵達を眺めつつ、誰も居ぬ場所でこの機に乗じて王を狙う刺客が居ぬかを見ようと外へと出る。

 「よぉ、ムギン!」

 だが思わぬ声が彼女を阻んだ、その声は良く知ってる、知りすぎている。

 そして彼女は嫌そうな顔を押し隠しつつ声の方向に向いて口を開く。

 「何の用ですか、ギル?」

 そう、ギルだ。奪った酒を飲み、上機嫌の赤ら顔の人物が破顔した顔で登場する。

 「いやぁ、勝ったぜ、勝った、大勝利!! これもおめぇが出る間際助言してくれたお蔭だぜ」

 有難うな。そう、無骨な大きな手がムギンの肩に置かれた。

 暖かい……そう思いつつ彼女は無遠慮に乗せられた手を除ける。

 「用件はそれだけですか? 私は、少々用件があるので」

 仕事がある。影の仕事。それを彼に知られるのも心苦しい。

 「なぁ、ムギンよ」

 彼女は早く去りたかった。戦場で、彼は『自分』を見かけた筈だ、共に戦う自分の姿を。

 ならばその事について聞かれるのは、彼女の心にある疼きが拒絶したかった。耳を塞ぎたかった。

 だから徹底的に無視をして背を向けようとした瞬間。




 ギルは言った。










                           「そんな数日会わねぇ内に何で怒ってんだ?」










 瞬間、『ムギン』は凍りついた。



 何を言っている?


 この男は、ギルは何を言っている? いや……何故解る??

 硬直した身体に反し、心臓は大きく緊張の音を段々と上げていた。

 呼吸が増す、脈拍が増加する。

 震えそうな声を必死で押さえつけて、『ムギン』は言う。

 「……何、を言ってるんですか? 一緒に戦場に立ってたと思いますが?」

 彼女の焦燥する気配を知らず彼は首を傾げ呟く。

 「はぁ? おいおいそりゃ可笑しいぜ。そりゃ俺も戦場で全部の兵を見てる訳じゃねぇけどよ。けどお前の顔ぐらい解るぜ」

 心臓が爆発しそうな程に震える。『ムギン』の……『ムギン』である『私』がピキピキと壊れていく音が聞こえる。

 「……サウ……ザー様の隣に居たでしょ」

 その言葉に、追い打ちかけるようにギルは言った。

 「うぅん? あぁ、そういや大将の隣に確かおめぇに似たべっぴんさんが居たなぁ! 俺も一瞬見間違えて驚いたぜ!!」

 あれ、おめぇの双子か何かかい? そう、ギルの呟きを全く既に彼女は聞こえてなかった。








                                  ……私は……『ムギン』








 ……『ムギン』が壊れる。


 





                        『お前は、これからムギンと言う存在として生きるのだ』






 ……『ムギン』で居る『私』が消える。







                      『王の為に……南斗の為にお前は永遠に道具としての役目を果たせ』







 ……『ムギン』で居続けた『私』の全てが破綻する。










                         私は『ムギン』 『私』はムギン  私は『ムギン』  『私』はムギン。









 わた……し。









                                  私     は







                                「おい、ムギンよぉ!!」






 ……我に返れば、ギルの顔が目の前にあった。

 酔ってた顔も今や吹っ飛び、間近で『ムギン』の異常に心配して顔を覗き込んたのだ。

 彼女を真に労わろうとする事が感覚で織る。

 それが、途方もなく更に痛みを増す。

 「……如何したんでい? 行き成り卒倒しかけたと思ったら……ね、熱はねぇよな?」

 無骨な手が、彼女の額へと触れる。

 それは今の『彼女』には泣きたい程に優しすぎて……そして壊れそうな程に暖かすぎた。


 「……っ!!」

 「ぉ、おい! ムギン!!??」

 

 彼女は無理に暴れるようにしてギルから去る。ギルは、反射的に彼女の肩を掴もうと手を伸ばした。

 だが、伸ばした手は虚空を切り、彼女は闇夜の中へ姿を消した。

 その直後にギルの兄がほろ酔いになりつつ出現する。

 「どうしたんだよ、ギル?」

 「……兄貴、女の子泣かしちまった時って、どうすりゃ良いんだ?」

 「あぁん!?」

 そんな二人のやり取りの裏で……『ムギン』は走り南斗の町外れの場所へと息を荒げて佇んでいた。

 『ムギン』は胸を押さえる。

 悲鳴を上げている心を。

 『ムギン』を創り上げた元老院及び、暗部達は全て死んだ。

 それでも、『ムギン』は既に自分に存在して……これからも自分は『ムギン』として生きていかなければならなくて……。

 「……『ムギン』?」

 「!! ……っ」

 突如、如何したのか? と彼女の前に現れる……もう一人の『ムギン』

 泣き腫らした『ムギン』と、夜更けの月明かりに心配そうな光を宿す『ムギン』は対峙する。

 衣装、髪型、顔も同じ双子。けど既に鏡合わせになれぬ程に違いのある表情。

 その中で月に照らされた『ムギン』が更に続けて喋る。

 「どうしたの『ムギン』……っ」

 ……『ムギン』が、『ムギン』の胸の中へと飛び込む。

 「……がう」

 「……」

 呻く声、そして彼女の急変を探ろうと抱擁しながら無言の片割れ。

 「違う……っ。私……私は……『ムギン』なんかじゃ無いっ」

 「!! ……」

 そして、その独白を聞いた瞬間抱きしめていた方の『ムギン』は身体を強ばらせた。

 「『ムギン』なんかじゃ……無いの」

 ……嗚咽と共に、『ムギン』を名乗る少女の片割れは全身全霊で自分の存在を訴える。

 其の魂からの訴えに、残る片割れは目を見開き……そして無言で泣く彼女の頭を撫で続けた。




 そして、数日が過ぎ運命の日は迫る。






  ・



           ・


    ・



        ・


   ・



       ・



           ・


 

 太陽に照らされる中、『ムギン』は洗濯をする。

 その時、コソコソと建物の影から巨漢の腕がはみ出しているのを確認した。

 こちらに出ていく事を躊躇してるらしくソワソワしている。

 解り易い正体に溜息を吐き、彼女は言う。

 「……ギル。そんな所に立たれてたら煩わしいです」

 「っ! き、気付かれてたんなら仕方がねぇなぁ。へへへへ……」

 ギルは、挙動不審な笑顔と共に両腕を背中へと回している。

 「? ……この前の用件で御用なのでしたら、私は」

 気にしてなど居ない。そう告げる前にギルの方が早かった。

 「そのっ……悪かった!!」

 ……ギルは、行き成り謝罪と共に背中に隠してた物。

 彼女に花を渡した。

 それは、最近になってようやくこの町の近くに咲いた花を、彼が用心深く掘り起こして鉢植えへと移したものである。

 行き成りの花。それに目を見開く『ムギン』に、彼は照れつつ笑った。

 「女の子を泣かしちまったら、花を贈って謝るのが筋だって兄貴に言われてよ」

 柄じゃねぇが、気に入ってくれたか? そう、尋ねるギルは次の瞬間驚いた。

 
 『ムギン』が微笑んでいたからだ。今まで、自分と談話しても、全く表情を変えずに居た彼女が始めて……。

 「有難うございます。……とても、嬉しいです」

 「へ……へへへへへ!!! 気に入ってくれて嬉しいぜ」

 頭を掻くギルへ、優しい瞳で『ムギン』は告げる。

 「……以前、名が欲しいと言ってましたね。『ハーン』と言うのはどうです?」

 「ハーン?」

 聞き返すギルに、優しく繰り返すように『ムギン』は告げる。

 「えぇ、北方の異国の言葉。王を表す名です」

 『ムギン』は、何時かの文書に記されていた文字を思い起こしギルへとその名を告げた。

 「……ハーン、ハーン……おお! 何かすげぇ強そうに感じるぜ! ってなると、ハーン兄弟ってなるな!!」

 今日から俺とバズの兄貴で……ハーン兄弟だ!! と豪快に彼は笑う。

 その、陽射しの下で生きるギルを『ムギン』は一瞬眩しそうに微笑んで見詰め。

 そして気付かれぬ程に片方から一筋の雫を流した。

 「ハハハハハハッ!! ……ん? 『ムギン』の嬢ちゃん、今泣いて……」

 豪快に笑っていたギルは、異変に気付き笑うのを止めて問おうとした瞬間、凛とした声が『ムギン』から放たれる。

 「こちら、サウザー様よりハーン兄弟への命令状です」

 機械的な口調。王の代弁を行うと言う暗なる厳格な言葉に反射的に背筋を正してギルは受け取る。

 そして、書状を見た瞬間呻き声に似た声をギルは上げる。

 「……って、辺境諸国の土地調査!? 随分と気の遠くなる作業だな。こりゃ数年掛かるぞ」

 これ、明日から始めねぇといけねぇのかよ……と、彼は『ムギン』の差し出した紙に書かれていた内容を見て辟易した。

 その様子を眺めつつ、彼女は気付かれぬ程度に薄く微笑を一瞬浮かべ。

 そして再度表情を消して告げる。

 「南斗双鷹拳伝承者ギル」

 厳格な声に、慌てて彼は姿勢をまた正しくする。

 「はっ! ……って、嬢ちゃん。こりゃあ……」

 少しきつい。そう泣き言を放つのを防ぐように彼女は発破をかける言葉を出す。

 残酷な程に優しい、嘘を。

 「しっかりおやりなさい。王は……ハーン兄弟だから出来ると考えての指示ですよ?」

 そう、邪気ない笑顔にギルは沈黙した。

 「……へっ! そいじゃあハーン兄弟改め、このギル。しっかりと王の為にこの任務やり遂げて見せますやぁ!!」

 明日の為の旅の準備でぇ! そういきり立つ彼は陽射しに輝きながら明日を生きる南斗の拳士として大きな背中をしていた。




 去り行く大男。その逞しい背中を、姿が消えるまで彼女は其処で見送っていた。



 「……もう、良いの?」

 直後に、もう一人の『ムギン』が別れは済んだのか? と彼女に尋ねる。

 「えぇ……悔いないわ」

 「……そう。ねぇ『ムギン』貴方一人だけでも、逃げて構わないのよ?」

 優しく、隣で囁く半身に。彼女は一度瞑想しつつも、はっきりと次には言った。

 「……良いの。これが、きっと『ムギン』としての役目だわ」

 二人は、お互いにしっかりと手を繋ぐ。





                   向かう先は、サウザーの居る屋上へと。







 ・




        ・



   ・



      ・



 ・



    ・



       ・




 鳳凰拳の継承者。『ムギン』達の王たる彼は腕を組み城下を見下ろしていた。

 「お前達二人が一緒に居るとは珍しいな。……何用だ」

 表情は『ムギン』達からは知れない。だが、背中に滲む気配は決して暖かくは無い事を二人とも知れた。

 「今日、二人で尋ねたのは他でも有りません」

 「南斗の臣下として申し上げます。我が王が行おうとしている事は、決して南斗の為になり得るとは思いません」

 沈黙、そして冷たく吹き荒れる風。

 二人の全く同じ姿の女性の間を風が吹き抜ける。一瞬だけ、彼女達の長髪が靡いた後に、サウザーは口を開いた。

 「……で?」

 変わらない平淡な問い。だが、掻きたてるほどの不安が背を見るだけで解る。

 最後に見送ったギルの背中には、見てて心満たされる暖かさが滲み出ていた。

 だが、王は違う。この前身を見る事叶わない王の背には……言い表せない邪気が、負の念が放たれてる。

 冷たい汗を背中に流し、彼女達は更に進言した。
 
 「我々は、将の計画に賛同出来ませぬ」

 「我等二人の明言から今一度、発案すべし計画の撤回を願います」

 今度の沈黙は長かった。数分? 数時間? いや、数秒だったかも知れぬ。

 だが、余りにもサウザーと言う無言で佇む存在が兇悪ゆえに……時間の概念すらも一時忘れる程に、二人は審判を待った。

 「……撤回か……そうだな」
 
 一瞬だけ、背中から放たれていた邪気が消えた。重苦しい澱んだ沈むような空気が晴れた。

 その口ぶりと気配から、一瞬『ムギン』は淡い希望を抱く。










                                 「出来ぬ」







 ……だが、その粉雪程の小さな希望は一瞬にして業火の如きサウザーの宣告で消えた。

 「我は帝王! 南斗の王!! 今やこの俺を傀儡にしようとした元老院の爺共も消え去った!! この俺の手でなぁ!!」

 嵐のような言葉。暴風雨のようなサウザーの気配。先程よりも膨大な、破裂するのではと錯覚する程の殺気が周囲満ちる。

 「俺は全てを破壊する! 愛も! 平和も!! 生きとし生ける命であろうとも全てを打ち砕いてやる!!」

 「全てを殲滅し、この鳳凰の業火で焼き尽くしてやる!! さすれば我が師が願った最強を……この俺は最強の鳳凰となれよう!!」

 「答えは……否!!! 貴様等二羽の渡り鴉の言葉に対する返答は……否だ!!!」

 サウザーの燃え上がる瞳。それには阿修羅よりも凌ぐ狂気と闘争の炎が燃え盛っていた。

 それに呼応するように、二人の『ムギン』は立つ。そして一瞬だけ視線を交差させた。

 来るか、一対一ならば鳳凰拳とも対峙すると言う拳法を……二位一体で闘う拳を我へと与えてくれるか!!

 サウザーは、これから行われるであろう闘いを予感して両腕を広げる。それは鳳凰拳の奥義を発動する前の構え。

 彼女達は、静かに両人とも左右対称の動きで片手を上げた。

 静かに立ち上る闘気。

 サウザーは、口を裂けるように笑み浮かべて闘いの合図を自分から発動せんと一歩前に足を踏み出し……。








                                 ドシュウッ……!!!!






 「……何?」

 ……サウザーは、目を見開いた。

 有り得ぬ。何故、こいつらは……。




 こいつらは……『お互いの胸を刺した』???



 

 ……サウザーが、闘気を雲散させて呆然と佇む中で、ゆっくりと心臓から血を流して二人の『ムギン』は座り込む。
 そして、口から多量の血を溢れながら、命の砂が尽きるまでの間に、彼女二人は言うべき事を伝えるために言葉を放つ。

 「……王、よ」

 「われ、われはあくまで、も。南斗の道具で……あります」

 「如何か……我等の命を対価に……我等の同志をお救い下さ……い」

 「これが、我々の……決断」

 ……最初から、彼女達は死ぬつもりだった。

 『ムギン』として、ギルと出会った事によって南斗の道具としての機能が狂ってしまった時から。

 今まで双子として、ずっと同じ存在として確立されていた二人の内一人が愛に似た感情を芽生えた時から……。

 もはや彼女達は『ムギン』と言う存在では無くなり……『ムニン』と『フギン』と言うただの双子でしか無くなってしまったのだから。

 だからこそ……一人の心が決壊した時から、人としての心を一人が取り戻した瞬間から、彼女達はもうサウザーの計画に
 参加するに耐えうる心を持つに至れない。だからと言って、王の言葉を裏切り反逆するのは……南斗に対する裏切り。

 だからこその自決。二人が取った道は、命を賭してのサウザーへの説得だった。

 「……馬鹿か、お前等? ……お前等程の腕を持つならば……この俺に挑み勝つ事も出来たであろうが……っ」

 ……サウザーは形相のままに、死に体の二人へと怒号の声を上げる。

 双子の彼女達は、穏やかに言葉を述べるだけに止まった。

 「我ら、は、ワタリガラス」

 「鳳凰の耳、と目。耳と、目が……己の生命を奪うと言うのは、愚か、なもの」







                       ひゅううううううううううううううううううぅぅぅぅ……。




 あぁ、もう直ぐ、死ぬ。

 双子は冷静に、己の現世との離別が近いのを感じながら王の吐き捨てるような声を耳へ捉えた。

 「……貴様等の戯言は聞いてやる! だが、生かすのは一派のみ! 飛燕拳のハッカ・リロンのみだ!!」

 サウザーが、そう発言したのは王としての誇り。生命を打って捨てた彼女達の魂に、未だ残る王としての義務として。

 双子は安堵に似た気持ちで、それで良いと考える。彼等、鳳凰に代々、陽の下で使えてきた者達ならば、王を止めれるかもと思い。

 ……役目は、全て終えた。

 (ムニン……)

 (フギン……)

 互いの名を、最初で最後で心の中で呼びかけつつ手を何とか伸ばす。







                            (生まれ変わったら……今度はきっと)




                            (互いに一人の……一人の人間として)







 最後に、二人は思い出していた。

 未だ南斗の使命も知らず、幼子の時に花畑で互いに冠を作り手を繋ぎ過ごしていた幸せな頃を。

 どちらがギルを想い。

 どちらが南斗の暗部の崩壊の末路を見届けたのか。

 フギンかも知れぬ、ムニンかも知れぬ。いや、あるいはどちらが一方だったかも知れぬ。

 その秘密を抱え、彼女達は互いを瞳に映えて……手を繋ぎ合ったと同時に瞼を閉じた。






                            空に、二羽の渡り鴉が飛び去った。










 ……サウザーは二人の遺骸を見下ろしつつ形相を浮かべていた。

 死体を痛めつける癖は無い。だが、今にもその遺骸を四散させんとする修羅の空気を彼は纏っていた。

 皮肉にも、今の彼女達の末路は……彼の忌まわしき過去に余りに似通っていた。

 だからこそ、彼の狂気は……深まる。

 そして彼の中に宿る気持ちは……憎悪。

 同じ……同じ! こいつらも同じだ!!

 己の為と言いつつ、南斗と言う物の為に自分の命を塵芥のように投げ捨てる。

 愛と嘯きつつ大地へ死す……最も自分が唾棄したき存在!!

 そうだ……やはり、方法は一つ!!!

 「粛清だ……っ!」

 そうだ、粛清だ!

 この手に多くの血を! 更なる生きる意思になぞりし者達の魂を!!

 それにより鳳凰の羽ばたきは一層と輝くのだから!!!

 「さぁ……っ! 来れ!! 約束の日よっ!!!」
 
 サウザーは、二人の遺骸から背を向けて天へと血を吐きそうな勢いで叫び轟かせた。







                            「この鳳凰が……全てを昇華してくれる!!!」







                           二羽の渡り鴉の墜落に   死鳥鬼の一声が轟く











                  後書き




 人物紹介フギン・ムニン

 南斗渡鴉拳と謂われる南斗108派、上位36の内の一派の拳法を扱う。その拳法の正体は二心一体の拳法。
 飛燕拳や双鷹拳と同じく二人同時の拳で相手を抹殺する。その力量は互いの心身が同調していれば六聖にも並ぶ。

 幼少期から南斗の影たる暗部に育てられ『ムギン』と言う、双子ながら一人の人間として育てられた。
 その理由は、一人が王の盾となり影で残る一人が王の身辺を守る役割と同時に監視の役目を持っている為である。

 世紀末発生後、サウザーの野望、粛清の為に暗部は最初に標的となり殲滅される。彼等の道具であった『ムギン』は
 その時は、王の計画に反抗する事なく育ての親であった創造主達が死ぬのをサウザーの横で見届けていた。

 転機として、双子の内の一人が双鷹拳のギルに出会い、その邂逅を受けて己の在り方に疑問を抱く。
 
 これにより、サウザーの計画に疑問を抱き説得へと行動。失敗と知ると己の心と義務の板挟みの結論から自害を果たす。

 その死は、サウザーの狂気を、より一層発展する事になってしまった……。




 尚、外伝及び原作に記載はし得ない。





[29120] 【貪狼編】第四話『未来に対し宣戦布告を二人はする』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/04 22:36

 
 闇夜の下。サウザーの心に皹入れる事を防ぐ為に闘う事を決意したジャギと渡り鴉。

 その渡り鴉の名は『ムギン』と言う名の十五歳程の少女。

 だが、只の少女と違うのは。……今、ジャギが闘いの最中に鍛えた俊敏さによって捕まえた腕から発覚する。

 「……双子」

 立会人であったシンは、数分程サウザー相手に渡り抜いたジャギ相手に優勢を徹していた動きの不可解さを見抜けなかった。

 だが、アンナが第三者として別視点から彼女のブレに関して見抜き。それによって暴かれた真実。

 全く同じ容姿、そして同じ道着を纏った少女。

 長年同じ存在として確立するのを命じられた二人の気配は全く同じ。その彼女らは一様に困惑を同時に浮かべていた。

 心中では、今まで他の立ち会ってきた暗部達にも捉えられなかった自分達の正体を、こうも短時間で暴いた事に驚愕してるのだろう。

 実質、ジャギもアンナの警告の声が無ければ見抜けなかったかも知れない。それ程、彼女達の戦術は巧妙さに長けていた。

 「なぁる程な……完全に密着して、影の方へと動いて敵の死角に対して一人が攻撃する……気付かなかったぜ。
 俺の攻撃に対して反応したり、本来無理な体勢で回避行動出来たのも残る一人が引っ張ってただけだったんだな」

 けどな……。と、ジャギは悪役的な笑みを浮かべて続ける。

 「ネタは上がったぜ? サウザーを一日中監視出来てたのも昼と夜の間に交代制で見張ってたって事なんだろ」

 「……はい、そうです」

 「お気づきの通りです」

 二人同時に、少々違う言葉で解答を放つ『ムギン』

 二位一体での攻撃が暴かれたからと言って、二人は一瞬露にした動揺はジャギが喋っている間に既に打ち消した。

 「ですが、我々『ムギン』この二人で一つの拳」

 「正体を知った所で……貴方一人で勝つ方法は」

 『皆無』

 その言葉と同時に、『ムニン』と『ムギン』は両者跳び上がり左右から同時に攻撃を放つ。

 「……っ」

 ジャギは、両者の拳を同時に何とか受け止める。だが、防御に成功しても次々と休ませる暇の無い連撃を二人は同時に繰り出して来る。

 蹴り、突き、斬撃、殴打、回し蹴り、数々の一人が攻撃を放った直後の隙を埋めるような連撃。

 不幸中の幸いは、未だ彼女達が成長途中からか打撃がそれ程重くない事。ラオウの一撃の方が未だでかいとジャギは思う。

 (こりゃ……っ、ラオウには感謝……だなっ!)

 次々と繰り出される攻撃は、殺気及びソレに通ずる気配は無い。

 それから理解出来る事は、この二人は自分を敗北する事が目的であり殺す事は無いと言う事だ。

 (へっ、優しすぎで涙が出るぜ)

 何せサウザーと闘った時に比べれば、天と地程にやりやすい。ジャギの心中を知ってか知らずが、『ムギン』は尋ねる。

 「如何ですか? 手も足も出ないようですが?」

 「そろそろ敗北を認めれば、我々もこれ以上攻撃はしません」

 そう降伏を呼びかける時点で、ジャギは少々この二人が甘いと知る。

 南斗の拳士と言うだけであり、手心を無意識にでも加えている。自分の正体が北斗神拳伝承者候補だと知ればこうもいかぬ。

 これが南斗の山で見かけた暗部達であれば、容赦なく自分を殺す気で挑む筈だ。無論、情け容赦なく一瞬で。

 そしてこうも片隅で考える。この二人に関しては未だ交渉の余地があるのでは? ……と。

 「おめぇら、こんな事本当に好きでやってんのか?」

 『……』

 ジャギが逆に問いかける。その言葉に、『ムギン』は顔を顰めるに止まった。

 (……立場上、これ以上の手段は無いって感じだよな。……ったく、ややこしい組織的な事ってのは、これだから……)

 「おいっ! ジャギこのまま言いようにやられたままか!?」

 シンが痺れを切らし怒鳴る。彼自身も、彼女達の攻撃をジャギが凌いでいるのを理解してるゆえに。そしてジャギ自身が
 加減してるゆえか手出ししないのを見越しての場の流れを変える一声である。すかさずジャギも怒鳴る。

 「うっさいわ! 大体二人同時の攻撃なんぞ普通反撃出来ないだろ!」

 正論で返すジャギ。北斗神拳伝承者のケンシロウ及び、リュウケン等の正式伝承者ならば奥義でも技でも何なりと
 使用して二人同時の攻撃なんぞ迎撃出来るだろうが。それは相手を死傷至らしめる事を意味合いしている。

 (くそっ……剣道で竹刀持ってる人間二人を真剣で挑んでる見たいな気分だぜ)

 ジャギが本気で北斗神拳であろうと構わず使えば、一瞬で決着を付けるも可能だろう。

 だが、今の自分はあくまでも『南斗聖拳使いのジャギ』として闘っているのだ。自分の事を知る相手ならばともかく
 赤の他人で、しかも知られたら間違いなく厄介な人物に北斗神拳及び、それに通ずる闘いをする気は一切無い。

 そう言う枷が付いている事も含めてのシンへの返答。その言葉に、『ムギン』は同時に顔を見合わせて、そして言う。

 「……我々の闘い方は、それ程卑怯……ですか」

 「……正々堂々と言ったからには……頂けない」

 そう言って、突如攻撃する気配を引っ込ませ、二人は腕を組む。

 怪訝な顔になるジャギ。二人は再度交互に喋る。

 「ならば、我々『ムギン』。一対一での闘いを致しましょう」

 「そちらが負けた場合。二対一ゆえに負けたと言われて前言撤回されるのも、我々としては不服ですので」

 自分達に敗北の二文字は無い。そう言いたげな言葉にジャギは撫すっとした表情で告げる。

 「……こっちは全然構いはしねぇが。……さっき、てめぇ等の腕を一度は捕まえたぜ?」

 『まぐれでしょう』

 同時の『ムギン』の発言。完全に自分達よりジャギが格下だと考えての発言である。

 ……暫しの無言。ジャギは、自身を軽んじた言葉に青筋を立てて、ならばとばかりに頷く。

 「……よっしゃ、なら構いはしねぇ。……シン、一緒にこいつ等ボコボコにしてやろうぜ」

 その、大人気無さ過ぎる言葉にシンは呆れる。何も負けたら死ぬような結果でも無いし、今の彼は立会人である。

 「……断りたいんだが、正直」

 「良いから付き合えよ! こちとらここまで馬鹿にされておめおめと『じゃあ、私が行くよ』……って……」

 シンに催促する最中、割り込んできた余りにも馴染みの有り過ぎる声。

 ギギギ……と錆びたロボットのようにして……彼は予想通りの人物は片手を上げて自分の参戦を強調するのを視認する。

 「……アンナ」

 「大丈夫だって。負けて死ぬ訳でも無いし……それに」

 ジャギとこうやって闘うのって、初めてでしょ? と、彼女は朗らかに笑う。

 ジャギは頭を掻いてアンナを見詰める。そして……その笑顔に何を言っても無駄だと知ると、深く深く彼は溜息を吐くのだった。

 「……負けんなよ?」

 「ジャギこそねぇ~」

 アンナが参加するのを確認すると、『ムギン』は改めて問う。

 「では……南斗渡鴉拳ムギン」

 「いざ……尋常に拳士として」

 『勝負』

 ……闇夜の中で、ジャギとアンナの初めての同じ舞台での闘いが始まった。

 「よっしゃっ。先手必勝!」

 常に前向きで、そして結果を余り深く考えないジャギは勢い良く邪狼撃を其の場で繰り出して『ムギン』相手に放つ。

 正眼で拳を構えていた『ムギン』は、咄嗟にバレエのように回転してジャギの貫手を避ける。そして同時に蹴りを放つ。

 ガンッ……!!

 「うっし! やっぱ二度撃ちが無いって解っていると気が楽だぜ!」

 「……っ」

 『ムギン』の蹴りは容易く防がれる。ジャギも、防御の間中じっと堪えてた訳では無い。『ムギン』の攻撃の早さを計算していた。

 そのまま相手の足を掴み行動を不能にしようとするのを、危うい所で『ムギン』は、そのまま上空をトンボ還りするようにして後方へ移動した。

 すかさず、着地を狙ってジャギの足払いが炸裂する。『ムギン』も同じく足をぶつけ相殺し、首筋向けて拳を打つ。

 その手首へと叩き軌道を変えて別方向に拳を切らせる。その合間にジャギが相手の額目掛けて拳を振る。

 上体を反らせ避ける『ムギン』。その体勢の不安定に好機を確信し、拘束しようとした瞬間、腹部をジャギは蹴られる。

 「ぐっ……!」

 力は込めたが機を逃す。蹴った勢いでジャギの間合いから逃れる『ムギン』。

 ジャギは腹部を摩りつつ、効いてないとアピールの笑顔をしつつ『ムギン』へと挑発するように言い切った。

 「生憎、こちとらタフだぜ?」

 「……そのようですね」

 ジャギ相手に単純な拳力では不利。このままでは消耗して倒れるのは自分だ。

 『ムギン』は、この拳士と闘うには死ぬ気でやるしか無いかも知れぬと認識を改めて拳を構える。今まで持たなかった殺気を滲ませて。

 「へっ……ようやくやる気か」
 
 倣うように、ジャギも僅かに獰猛な顔になる。

 理性あって、中身は別物の筈でもジャギはジャギなのか? 彼は好戦的な笑みを浮かべて『ムギン』との闘争を楽しみ始めていた。



 ……。


 「……あちらは動。そして、こちらは完全に静の状態ですね」

 アンナは動かない……彼女の攻撃を待ち構えている。

 南斗水鳥拳を扱い、そして我流ながらの飛燕流舞を最近では会得していた彼女。その拳法の特性上、彼女は猛攻をするタイプでは無い。

 『ムギン』は、強引に打って出ず彼女が迎え撃つ姿勢なのを窺っている。だが……待つだけで勝てぬのは理解している。

 アンナは、組み手こそ鳥影山の仲間内でした事あるも本当の闘いは殆ど無い。

 数分でも、拳の腕ならば上位だろう相手が冷静に傍観に徹するのを見て思わず声を掛ける。

 「……来ないの?」

 「そうですね。……理解し得て、その罠に自ら挑むのも一興でしょう」

 アンナが両手を交差して花の化身のように不動に立つ場所へと、散歩するように『ムギン』は近寄っていく。

 一見すれば単純に歩くだけの動作。だが、これも拳士として長年鍛えてきた彼女の技の一つである無足。
 ……一部剣術・柔術流派の蹴らず重心を体の前方に直進させ前進する歩きで『ムギン』はアンナへと近づく。

 (っ……これは、カウンターは出来ない)

 柳は強い風に耐えうる事は出来る。だが、同じく柳の如く柔らかな動きに対しては柳はその本体に当たるだろう。

 『ムギン』の、強くは無くも相手を沈むに値する手がアンナの頭部を掴もうとするかのように静かに伸ばされる。

 それを、反射的にアンナは兎歩(中国拳法で北斗七星などの座標見立ててあるく動き)をして飛び退く。

 「……歩行には、歩行で……ですか」

 「芸は無いけどね。けど……形振り構って勝てるなんて思ってないもん」

 見立て的には闘っているかどうかさえも解らない。だが、相手が計算なく力任せに振り込めば、その力を利用し相手を倒す。

 どちらも一手誤れば負ける静かな緊張感を携えて……アンナと『ムギン』は睨みあう。
 (……二人とも、ジャギもアンナもかなり修行を積んでるのが解るな。……恐らく、並大抵の俗世な拳の者ならば勝てる実力)

 (だが……南斗渡鴉拳が単純な二位一体の拳ならば、鳳凰拳の従者に成り得なかった筈……未だ何かあるぞ二人とも)

 シンの思惑が過ぎる中、数分に渡る静と動の闘いに変化が見えようとしていた。

 



 ……。



 
 「……このままでは、ジリ貧ですね」

 「余り長く時間を掛けては、貴方がたがもしかすれば、将を夜の内に抜け出す可能性もあります」

 そう、彼女達の予測に辟易した顔でジャギは言い返す。

 「サウザーはそんな夜逃げ見てぇな事しねぇよ。恥も誇りもねえような逃げ方するなら死んだ方が良いって考えてるからな」

 「かも知れません。ですが、万が一」

 「その万が一を抑止するのが我等の役目」

 『お覚悟を』

 瞬間、言い終えて彼女達は今までの闘い方を一変させて無行の構えとなると体全体に静かに闘気を巡らす。

 「……我等渡り鴉。二羽の舞いは確実に一羽の鳥を打ち落とす必殺の拳」

 「だが……一羽でも身を捨てる気概ならば、相打ちを以っての拳も有り」

 彼女達は静かに片手だけを振り下ろせる構えへと移る。野球の投手のように、テニスなどの球技の打つ構えの如く同じ格好で。

 『南斗渡鴉拳……孤の奥義』

 (! っ……手に気が集中している。当たれば正しく昏倒するぜ!)

 (だけど……その大振りを避ければ絶対にアレは隙だらけになる!)

 ジャギとアンナは同時に以心伝心してるかのように全く同じ考えをした。そして、次に考える内容も全く同じ。

 (……なら! 迎え撃つまで)

 ジャギは邪狼撃を放てる体勢で。アンナは我流・飛燕流舞を発動出来る構えへと移り変わる。

 ……耐える、避けるなどの行動を出来ればアンナとジャギが勝つ。そして、命中させれば『ムギン』の勝利。

 風が吹き抜ける。二羽の渡り鴉へと挑んだ風を舞う花弁と邪狼の爪は宙の中で同時に交差を予感させる強い風を闘いの場に発生させる。

 そして、気が完全に高まり全ての力を上空へと向けていた手刀へと込めると……『ムギン』とジャギ・アンナは同時に叫んだ。








                                『十字断』!!!







                             南斗邪狼撃・飛燕流舞!!!









                       ヒュオオオオオオオオオオオオオォォォォウウウウウウゥゥゥ……!!!







 ……十字型の斬撃。それが『ムギン』二人の手刀が振り下ろされた瞬間にジャギとアンナへと銃弾程の速度で向かった。


 『十字断』……セガサターン版の北斗の拳のゲームに出てくる南斗牙猩拳と云われる新しい流派を作ったギャランの奥義。

 彼が独自に生み出した拳とはゲームにも描写されてないので、古来から伝えられている奥義の一つを彼が使用してたとしても問題ないだろう。


 どちらの『ムギン』も、ジャギとアンナに十字型の斬撃が直撃し昏倒する事を疑わなかった。

 暗部の……陽の光の下で生きる事を適わぬ二人にとって、拳とは自身の半身と豪語しても構わぬ程の自分達の居場所の一つ。

 『ムギン』は、どちらも自分達の力に今は誇りを感じていた。自分達の存在意義も賭けて、彼女達はジャギとアンナを倒そうと
 死傷すると言う事を禁ずる以外では全身全霊の想いを込めて彼と彼女へと自分達の今もてる全力を放ったのである。

 それに対し……ジャギは無鉄砲とも言えるが邪狼撃を発動させて十字斬の衝撃波に迷う事なく突進し。

 そして、アンナはジャギと正反対に微動だにする事なく十字斬を待ち受けて。

 一人は十字斬を貫手で『突き破り』

 一人は十字斬を全身で『受け流す』

 『(……!? ……っまさか……)』

 直撃すると、『ムギン』はどちらも思っていた。

 自分達の絶対の一撃。それが破れると言う事は南斗の暗部として担う力が不足していると暗に決め付けられたようなもの。

 ジャギは、十字斬を突き抜けて腕を下ろして。そして、アンナも無傷で汗を顔面に貼り付けながら『ムギン』へ近づき同時に言った。






                           『私・俺の(負けだな)勝ちね』





 ……。

 



 「……は?」

 「……あ?」

 ジャギとアンナは相手の発言に気付くと、同時に困惑の顔で互いを見た。『ムギン』も座り込んだまま二人を不思議な顔で見る。

 「いや……ジャギ何言ってんの? 勝ったじゃん」

 「……いやさ。俺さっきの、こいつの奥義を根元からぶっ潰すつもりで邪狼撃放ったんだけどよ……見ろよ」

 そう言って……爪が割れて、手の周囲全体が切り傷だらけになっているのを突き出しつつ見せる。

 「……相殺出来ると思ったんだけどよ。……やっぱ無理だった」

 「……」

 申し訳無さそうに言うジャギ。成る程、確かにこれならば戦闘続行は確かに難しく、ジャギが負けたと言うのも違いない。

 言われたアンナは、開いた口がふさがらないと言う表情でジャギを見る。そして、『ムギン』の奥義を何とか避けるに
 至ったアンナは幾分余力あるゆえに、未だ闘える自分の状態を確認して三人を見渡しつつ困ったように呟く。

 「……えぇ、っと。この場合、どうなるの?」

 ……絶対勝つと豪語してたジャギが自分の敗北を宣言し、そしてアンナは無傷で何時でも『ムギン』に止めは打てる状況。

 『ムギン』二人は同時に相手を見て、そして交互に闘った相手を見て自分達成りの意見を紡ぐ。

 「……先ず、最初に立ち会った南斗聖拳の使い手ジャギが投降の声を上げたゆえに、勝負としてはこちらが勝った事になります」

 「……ですが、我々は今奥義を全霊で放ち終えて体力は著しく低い。貴方がた二人は、追撃出来る体力をどちらも備えている」

 「……試合の形式としては一対一で今の言託を通すとなると、此方とそちらで一勝」

 「これが実戦形式の勝負となるとそちらが優勢の情態。そして……試合としては引き分けの状態となります」

 ……状況では、恐らくジャギとアンナが勝っている。だが、試合となればジャギが負けを言ったが為に引き分けだ。

 「……お前、言い出した手前もう少し頑張れば良かっただろ?」

 「だから無茶言うなって、シン。こちとら両手ボロボロだぜ? それと、女相手に足で蹴りつけて勝ったって寝覚めが悪いわ」

 「はぁ~? 何よそれジャギ!? 格好つけて、本当は綺麗な女の子に対しては結局本心では手加減してるって事ぉ、それ!?」

 軽くアンナが切れる。何時も、それ程女扱いを余りしてくれた事が最近は無いゆえのご立腹。

 状況を忘れてアンナはポカスカとジャギの頭を殴る。ジャギは両手を負傷してる為に受け止める事も出来ず成すがままに叩かれるだけだ。

 「痛たたたた……!! 勘弁! 本気勘弁って!! アンナ……」

 「い~え~! いっつも、いっつも変な所で紳士ぶってぇ!!」

 先程の好戦的な気配は薄れ、今や痴話喧嘩のような雰囲気。

 その戦場の空気が消えた事に。このマイペースな二人を本当如何しようもないとシンは思いつつ、困惑している『ムギン』を見る。

 「……どうする? 俺は、もうお開きで良いと思うんだが」

 「……ですが、我々は南斗の掟を行使せねばなりません」

 「そうです。その為にも、決めた命令を絶対行使せねば」

 頑なに、自分達の命じられた。約束した事を実行せんと二人はこの場を有耶無耶にしたまま終了する事を抗議する。

 それにジャギもアンナも喧嘩を止めて、面倒そうな顔を同時に浮かべて言った。

 「……あ~……何つうかさ、そう全部を全部完全に遂行するのって止めねぇか?」

 「うん……私達、いい加減かも知れないけど。そう言うのストレス堪るよ?」

 その二人の言葉、納得出来ないと『ムギン』二人は眉を同時に顰める。

 その、理論ではこの二人を抑える事は無理かと、ジャギは頭を軽く振ってもう帰り支度を始める。

 「あ、の……勝負の前の約束に関しては如何に処理すれば……」

 「そんなん勝手にお前等で考えてみろよ? ……んなさ、掟とか規律とかに縛れちまったら……後で潰れるのはてめぇ自身なんだよ」

 ……何時も、常に真っ直ぐだった者が周囲の意志に歪んでしまう。

 かつての『ジャギ』が、古来からの北斗の血で縛られた者達の思想により最初から夢適わぬ道に関わらず夢を求めて転げた事も。

 かつての『サウザー』が、個人では適わぬ掟の為に愛する人を犠牲にしてしまった悲劇にしても。

 これ等も古来の風習からある掟や規律ゆえにだ。運命とも言って良いもの……。

 ジャギは、手を動かすのも億劫ゆえにアンナに頼みオーバーを体に掛けて貰いつつ『ムギン』へと言う。

 「おめぇら、南斗の使いとかの前に一人の人間だろ? 自分で、なら一度は自分の考えで行動しろや。後悔ないように」

 「言い方が乱暴過ぎるけど、私もジャギには賛成~。自分で後悔ない行動しないと、後で何時までも引き摺るもんね」

 そう、二人はもう先程の闘ってたのを綺麗さっぱり忘れてるように前を向いて歩く。

 そのような考え方を言葉を……『ムギン』には無い思想だ。

 シンは、何時もの調子の二人に笑みを浮かべ、そして『ムギン』に言う。

 「まっ……この二人の楽観さは異常だが、お前達二人も常に石頭だったら本当にジャギとアンナに殴られるから気をつけろよ」

 「おいっ、シン俺が何時そんな凶暴だってなった!?」

 「そうだよ! 私、ジャギ程乱暴じゃないもんっ!」

 「……似たもの同士だろうが、お前等」

 呆れるシン、ぎゃあぎゃあと騒がしく文句を言うアンナとジャギ。

 その姿は暫くしてから消える。起き上がれる程に体力も回復した『ムギン』二人は、消化不良の胸内を抱える。

 ……暫くして、『ムギン』は言う。

 「……ねぇ、『ムギン』。……自分の考えって、何かしら? ……先程の三人の言葉から思考したけど……良く解らないわ」

 片割れ双子。彼女は全く、もう一人と容貌は同じだったが少々違う部分を上げるとすれば、思慮深く類まれない知性を秘めてる事だった。

 「……そうね『ムギン』。……けれど、あの三人の言葉や顔に嘘が無かった事は振り返っても解る……だから疑問ばかり」

 もう一人も、天性と言える程の記憶術を行使して先程手合わせをした二人の行動に虚偽は無い事を証明する事となる。

 「……『ムニン』」

 そう、呟いた片割れの少女。声を掛けられた『ムギン』は微妙に顔を綻ばせつつ返答する。

 「……『フギン』、貴方がそう私を呼んでくれたのは四年と五ヶ月振りよ」

 「よくよく考えて、今貴方をちゃんと呼びたくなったのよ。……将が如何言う思惑で、あの二人を知人と慕うのかしら」

 貴方の記憶で解る? そう問うと、『ムニン』も苦笑しつつ言った。

 「無理ね。例えどれ程の『記憶』と『思考』で答えを編み出そうとしても、満足する解答を得れないと思うわ」

 「でしょうね。……『感情』で動く者は厄介でしか無いわ。……本当に……『ムギン』として生きるよりも……厄介」

 そこで言葉を閉じ、どちらも同じく空を見上げる。

 「……あ、雪よ『ムニン』」

 「ええ『フギン』……もう冬ね」

 そう、チラチラとこの年の初雪を未だ若い心を秘める双子は空からふる冬の贈り物を見詰めた。

 誰もその双子を見かけぬが、星々だけはその二人の顔が穏やかな顔つきだった事を見ていた。






  ・


           
          ・

     ・



        ・



   ・



      ・




           ・


 ……数日後、サウザーが少々晴れた顔つきでジャギとアンナへと対峙した。

 「いや、助かったぞジャギ・アンナ。如何なる魔術を使って、あの堅物二人を説得したのが知らぬが本当に感謝するっ」

 サウザーは穏やかに言う。何せ、あの後からサウザーの生活は見事にジャギに頼ったお陰か変化したからだ。

 『将、どうも自分の仕事に対し過剰な部分があると指摘されました』

 『ゆえに……我々はこれから少々時間の許しを貰いたいと将に願います』

 そう、『フギン』と『ムニン』は同時にサウザーの前に正体を明かし現在二人だけで自分達の在り方を納得出来るまで相談しようと
 何処ぞの空の下で考える事にしている。サウザーは彼女達の考えが何であれ、監視されてた状況から開放されたゆえに大喜びだ。

 因みに、『ムギン』が双子である事を隠す仮の存在だった事を知ってもサウザーは余り驚かなかった。
 薄々だが、彼もジャギと同じ実力派の拳士。一日中ほぼ自分に同じ気配を何日も休む事なく向けられてた理由に納得出来たゆえに。

 サウザーから言わせれば『フギン』と『ムニン』の行動も『南斗の暗部がやりそうな事だ』と一言で締め括られる事なのである。

 「お陰で、こちとら手がボロボロで二日は箸を持つのも痛かったけどな……」

 説得の為に、強制戦闘に陥ったジャギは不貞腐れた顔を隠さない。

 「だからぁ、この前からずっと突き破るんじゃなく高速で回避すれば良かったって言ってるじゃん。ジャギってば」

 ジト目で、格好付けるのも含めての無駄な怪我をしたジャギに容赦ない言葉をアンナは放つ。

 ジャギはと言うと、正論なのでうんざりしつつもアンナに面倒だなと言わんばかりに謝罪の言葉を放つ。

 そんな二人のやりとりを微笑ましそうにサウザーは見詰めてから、真顔になって切り出した。

 「……それで? 俺に相談したい事ってのは何なんだ?」

 急激に緩やかだった空気が張り詰める。これから相談する事は、はっきり言って彼等がこの世界に喧嘩を売る事だ。

 サクヤとの出会い、そして予言を向けられてのジャギの独白。アンナに苦悩を吐き終えてから、暇な時間に考えた提案。

 不可能かも知れぬ。だが……ジャギとアンナ。二人はこの世界へと憑依し、自分達の運命を打ち破る為に思い切って言う。












                    「サウザー……世界が崩壊するって言ったら……信じてくれるか?」









     

 「……何?」

 鳥影山の寮。そこで放ったジャギの言葉。

 サウザーは最初怪訝な顔を浮かべて、ジャギの瞳に冗談では無いと暗に言われて顰めかけた顔を止めて返事をする。

 「……詳しく話せ」

 厳しく真顔のサウザー。ジャギとアンナは交互に代わる代わる説明をする。

 ……世紀末と呼ばれる時代。核戦争が起こり自然はほぼ滅び、地球上の生命体もほぼ死滅状態と化す事。

 生き残った人類と、弱肉強食の摂理ゆえに生まれる暴徒の集団と覇権争いの天下統一を狙う王族の人物達。

 力だけが正義であり、それゆえに人々は倫理や人道の理を投げ捨てて争いの渦中へと身を落としていく……。

 逐一、ジャギはサウザーや身内の出来事はなるべく避けつつ話した。

 ……聞き終えて、サウザーは頭を抱える。

 「……途方もない話だ」

 振り絞るように言い放つサウザー。信じる信じないの前に、彼には話しの内容に脳内の処理が僅かに追いつかない。

 人類滅亡? 核戦争? モヒカンと言う新人類に戦国の世の再来だと??

 余りにも馬鹿げた話。巷で知るノストラダムスの大予言並みの眉唾な内容。

 これがただの見知らぬ者の話ならば容赦なく病院にでも行けと冷たく言い放てるとサウザーは一瞬思う。

 目の前にはハラハラと自分を不安そうに見守る友人。そして、本来ならば馬鹿げて一笑するに値する話。

 これが、原作のサウザーならば彼の話を一蹴して聞く耳を持たなかった。

 だが……このジャギの友人たるサウザーは常人の反応とは全く異なった反応を見せた。

 「……だが、信じぬ訳にもいかぬ」

 『サウザーっ!!』

 その、自分達の話を信じてくれると言う返事にジャギとアンナは思わず涙目で笑顔を浮かべた。

 何せ、この話を相談出来ると考えたのは……一週間程に遡るからだ。


 ・


        ・

   ・



      ・


  ・




     ・



         ・

 


 「ねえ、けど核戦争を止めるとしても、どうすれば良いの?」

 アンナと草むらに転がりつつ、世界の命運を止めるにしても壮絶過ぎる内容なだけに手の打つ方法が見つからない二人は
 若干話しが始まりもしない内に音を上げかけていた。アンナの弱音に、ジャギもまた弱音で返答するしか無かった。

 「そうだなぁ。……とりあえず核戦争ってくらいだから国同士の争いな訳だろ? って事は総理大臣とかに頼むしかねぇよな」

 元々は大学生程まで以前は育っていたジャギの中身の人。最近では拳の勉強でほぼ学力的な部分は薄らいでいるが
 それでも世界が滅亡する程の戦争になる世情を止めるには、国のトップが話し合わなければ始まらないだろうとジャギは思う。

 「けどなぁ、俺たちが行き成り『核戦争始まるんで止めてください』なんて言ったって頭が変としか思われねぇよ」

 「そうだよねぇ……せめて、知り合いに国のトップと対等に話し合える人が居れば戦争止める事も出来るかもしれないのにねぇ」

 「ハハハハ。そんな都合良い人物が俺達の傍に居るわけが……」




 『……っいるじゃん!!!??』




 ……正に天啓。この時はテレビのコント並みに秀逸に異口同音の声が草原に響きあがった。




 
  ・



          ・


     ・



        ・


  
   ・




      ・




           ・


 ジャギとアンナにとって、彼だけが唯一の頼りであり、この世界の崩壊を止められるかも知れぬ鍵なのである。

 総理大臣の相談事にも昔は乗っていたオウガイ。そして後継者たるサウザー。

 彼は鳳凰拳継承者として、今では国交を行使する身……立派な一人の王なのである。

 だからこそ、彼の言葉には重みがある、彼が一つの国を侵略しようと思えば108派と、それに連なる南斗の拳士達が動く。

 サウザーとは、今この世で知る限り世界を相手出来る力の持ち主なのである。

 彼が納得しない限り、核戦争も回避は出来ない。

 ジャギとアンナにとって、サウザーが自分達の話を信じてくれた事は心から自分達をこの場所に二度目の生を受けさした
 悪意ある神とて今は感謝したい心境だった。それ程、ジャギとアンナは切羽詰っていたのである。

 「有難う! 有難うよ……サウザー……!」

 「うん……うん。本当、有難うサウザー!」

 未だ何も具体的な事を言わないのに泣き出すジャギとアンナ。少々その反応に躊躇しつつ、サウザーは穏やかに言う。

 「あぁ……とりあえず泣くのを止めてくれ、お前等。……話は信じがたいが、お前等の言葉を信ずる根拠があるしな……」

 「へ……? そりゃまた何故」

 ジャギが涙を流しながらの応答。サウザーは疲れた顔で言う。

 「……あのなぁ、思い出してみろ? 俺とお師さんの継承儀式を止めた時のお前の行動。……未来予知でもしなければ
 あそこまで上手くいかんだろうが。だから、お前の話も恐らく予言だが知らぬが確信ある内容なのだろう」

 「……鋭い」

 アンナが、その推測を言うサウザーに感心して呟く。更にサウザーは続けた。

 「まぁ、詳しくは聞かぬが。……何時頃なんだソレは? とりあえず今年とか言われたら俺も如何しようも無いんだが……」

 「……六年後だ。その時に核が落ちる。×月×日だろうな」

 「随分と正確なんだな?」

 サウザーの言葉に、ジャギは夢幻世界での時を振り返った。

 何せ、今のジャギも、そしてアンナも。一周してこの世界に戻ってるが、以前の何時頃に核が降ったか思い出せる筈もない。

 その曖昧な核の落ちるかも知れぬ情報を確かにしてくれたのは……原作ジャギのお陰だった。

 『あぁん? 核の落ちる日を教えてくれだと? ……何故だ? ……覚えてないのか、だと? おい餓鬼、てめぇ俺の
 記憶力が遠まわしに悪いって言いてぇのが、そう言う事なんだろ? えぇ、おい? ぶっ殺すぞ』

 ……少々骨が折れたが、正確な月日はそれで入手出来たのだ。生き証人と言う言い方も変だが、原作ジャギの賜物である。

 「……六年、か。ならば手は打てるかも知れんな」

 「ど、どうやってだ!?」

 サウザーの頼りになる第一声に興奮するジャギ。落ち着け、と言いながらサウザーは続ける。

 「まず、この国を動かしているのは大臣だ。そして、俺のお師さんとも付き合いあった人物だな。
 ……お師さんの話だと、大臣は国の有力者に間違いないが指示しているのはその裏の人間達であろうとの言だ」

 言うなれば、南斗の元老院共が俺にやろうとしてる事と一緒だろうよ。と、サウザーは少々語気を強めて言う。

 すぐに落ち着いて、サウザーは続ける。

 「……奴が戦争に対して抵抗する発言すれば国は動くだろう。この国は民主主義を唱えているしな」

 「けど、何だか余り上手くいきそうな気がしないね」

 現実と等しき世界で、世界情勢と言うものを公共機関の学校でアンナも学んでいる。その彼女の発言に一瞬サウザーは微笑む。

 「あぁ……まず、世界間で起きている戦争を完全に回避する事は出来ぬだろうと俺も考えている。
 何せ世界戦争など起きれば、この国は所謂敗戦国家だ。従っている国に指示されれば自衛の為に参戦し結局崩壊の助けをする」

 「……そんな」

 そのサウザーの言葉に気落ちするジャギ。だが、サウザーは話は終わってないぞと言って続ける。

 「……だから、逆だ」

 「へ?」

 逆? 如何言う事だと見合わせるジャギとアンナを見つつサウザーは自分の考えを口にする。

 「……幸いにも、第二次大戦が終了してから全ての国は他国間での敵視を強めている。……ゆえに其処が付け所だ」

 「この俺が直に大臣へ世界各国に向けて核に対する防衛の強化を言えばどうなる? 他の国の奴等は、戦争を起こすつもりかと
 危惧して自国の安全策を強める筈だ。……これならば下手な刺激も無し、恐らく人類の減少とやらも防げる筈だ。
 と言うか、その世界終末の時期も遅らせる事が出来るだろうな。まぁ、完全に戦争を起こすのを避ける事は適わぬが……」

 そう言って、他にも未だ色々ありそうだな。と呟くサウザーに期待を込めた目でジャギとアンナは視線を注ぐ。

 (……やっぱサウザーは凄ぇ。俺達の話を全く疑わず、それでいて瞬時やれるかも知れぬ事を言ってくれる)

 (私達のした事……運命は絶対に変えられないってサクヤは言ったけど……そんな事嘘だって証明してみせる)

 「……まぁ、とりあえず俺はやれる事を模索してみるつもりだ」

 「あぁ。……俺も自分でやれる事をやってみる……本当に微力だが」

 「うんっ! 皆で力を合わせて、絶対に核戦争なんて止めて見せるから!」

 そう、俄かに活気立つ三人は興奮して気付かなかったのだろう。




 ……頼りなる人物達の気配を。




 「……ほお? それがお前等の隠していた事……か?」

 不意に上った声に驚き三人は一様に顔を一つだけある扉へと向ける。そして、彼等が硬直してる間に扉は開いた。

 『シンッ!』

 「……ふっ、核戦争とはまた……豪(えら)い話を聞いてしまったものだな? ……おい?」

 そう言ってシンは何故か後ろを振り向く……其処にはこの寮の残る住民達も控えていた。

 その人影は飛びつくようにしてジャギへと叫ぶ。

 「ジャ、ジャギジャギジャギ!!! 本気でぇ!? 本気で人類消滅するわけぇ!!!?? って事は秘蔵のお宝本とか
 これから先に出てくるであろう息子諸君お世話になっているビデオも本も永久に出禁になっちゃうの!!? 絶望なんですけど!!」

 「終わりだぁ……となると俺の楽しみにしていたテレビゲーム全部使い物にならなくなるんだぁ……この世の終わりだぁ」

 セグロ、キタタキは世界滅亡の話を聞いて個人的な部分で大騒ぎする。その何時も通り過ぎる二人の反応に逆にジャギは感心しかける。

 「核戦争ねぇ……となると今のうちに化粧品買い込まないといけないのかしら? と言うかシェルターもっと造るべきよね、ハマ」

 「キマユ。シェルターもそうだけど、まずあの首相って前から頼りないって思ってたのよ。政権交代でもすべきなんじゃない?」

 「世界滅亡……それでも旦那様ぁ……シドリは旦那様と何時までも一緒! これぞ新世界のアダムとエバっ!」

 アンナが来ぬのを心配して立ち寄った南斗の女性拳士達。彼女達も、立ち聞きしてた話に驚くよりも、自分達でもう対策を話してる。

 一人、別世界に旅立った人物が居るが。

 「……イスカは驚かないんだな?」

 騒ぐ他の者を尻目に、扉に凭れるレイは入り口付近で立ち止まっていたイスカへと声掛ける。
 彼は偶々ジャギとアンナに伝える事があったゆえに寮へと入ったのだが……とんでもない事を聞いてしまったと多少は
 心の内で後悔をしている。その心の荒れようを少しでも隠したく、近くにいた自分の知人に意見を求める。

 「……う~ん、言葉も出ぬ程には驚いたよ。……けど、何とかするんでしょ?」

 鳥影山中の皆に頼めば……一気に広がるだろうしね。そう、イスカは微笑む。

 「だろうな。……と言う訳で水臭いぞジャギにアンナ。サウザーだけに言わずに俺達にもこう言う事は言わんとな」

 レイとイスカの声を聞き、好都合とばかりに自分達を差し置いて重大な話をしていたジャギを軽く一瞥する。

 「……いや、でも信じて貰えるか不安で、その……」

 「なぁ~にぃ? 聞こえんなぁ~?」

 「うわっ!? めっちゃ腹立つぜ、その科白!!」

 渋々と、親友の反応を恐れていたと告白するジャギにシンは嘲笑うように挑発して、ジャギは乗っかる。

 色々と騒ぎ立ててから、落ち着きを取り戻すとジャギは周囲に居る全員を見渡す。

 ……鳥影山で出会った人物達。サウザーを救うべく協力してくれた仲間達。

 ハマ・キマユ・シドリ。

 セグロ・キタタキ・イスカ。

 そして、原作で知る者……今では自分の大事な友人。

 ……シン。

 ……レイ。

 ……そして、核戦争を止めるべく果敢にこれから行動するであろうサウザー。

 すぅ……と息を吸う。これからしようとする事は、間違いなく世界への喧嘩だ。

 だが……この仲間達を、掛け替えの無い今の日常を守れるならば……例え世界だろうと、何だろうと。

 (……負けるつもりは)

 (全くないよねぇ!)

 「……さっきも言ったが、六年後にきっと核戦争が起きる。……そしたら、全員にきっと危険が迫ると思うんだ」

 「だから……少しでも私達は自分のやれる事をやって……そして周囲の人達を出来る限り救いたい」

 『……皆』

 そして、彼と彼女は同時に叫ぶ。

 『私(俺)に力を貸して(くれ)!!』






 「……その言葉ってさあ」

 「なんつうか……今更だよな?」

 ……誰がそのように発言したか。それは誰も知らぬ。

 だが、今この部屋に立つ拳士達は一様にしてジャギとアンナを疑わぬ清純にして正義の心を抱く仲間たち。

 本当に今更。この放っておけない自分の仲間は未来で如何しようもないかも知れぬ出来事があるから助けて欲しいと言った。

 なら、今はその言葉を信じてあげよう。必死で魂から訴える彼と彼女に……魂から同意の言葉を示そうじゃないか。






                            『そんなの、当たり前(だぜ)!!!!』






 ……。




 「……核戦争、か」

 その言葉を、遠巻きにして寮の外側で佇んでいた……赤い髪を靡かせた人物は磨き上げた爪を立てながら呟いていた。

 全てを聞いていた、途方も無い夢物語のような話を。

 あのような三流芝居に似た友情劇。彼は、その舞台で道化のように同じ科白を、同じように熱い言葉を持ち合わせる物が無い。

 彼が求めるのはもっと……もっと違うモノ。

 ……それは、恐らく。

 「……俺には、好都合だ。世界の王となるにはな」

 そう、紅を彩った唇を形良く吊り上げて呟く。

 「……良い事を聞いた。あぁ……そうだ」

 彼は、ひっそりと誰にも気付かれぬようにその場を去った。

 やるべき事を、彼もまた宿命の星の下で生きながら知った未来を案じどのような導を辿るかを空を見上げて呟く。

 「……天は俺に……微笑んでいる」







 ……この日から、来るべき決定された運命を破壊せんと南斗の星々が動き始めた。

 世界へ、運命へと反乱を兆した星達。大いなる意思へと一人一人の力が結び合い逆らおうと光を放つ。



 





                    それは……何処までも貪欲な……何処までも光へと目指す獣の如く美しい。 









               後書き





    1FATE/zeroの雨生流乃介へ憑依しキャス狐を呼び出すss



    2エンジェル伝説×カメレオンのコメェディss

    

    3オリジナル版でホラー映画有名霊にモテモテ主人公ss



    4IS×北斗の拳ss




   某友人<全部頼みます!!







   死ぬわ(過労死で










     後、本当に余談。








  ジャギ<で? 何でレイ達此処に来たん?

   レイ<シュウが突然結婚するって言うのを報告する為。

  ジャギ・アンナ<本気で!?









[29120] 【流星編】第五話『砂上の楼閣と 日々を憂う鳥達』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/21 22:49
 黒雲は生まれ、もはや圧し止める事は出来ず運命は時流へと流れ正規の道をひたすら進む。

 去れど、彼等の物語は終わりだけしか残されず。その終わりの中でただ必死に運命と言うものに対して抗う。

 時、世紀末。

 サウザー軍は我王を除く周辺諸国に対し制圧を成功していた。

 だが、その顔に喜びの欠片も存在しない。不気味な静けさと、啼くような風だけが彼の周囲を包み込んでいる。

 彼は今、一つの軍勢と講和の為に荒野に居た。

 後ろにはリュウロウ率いる自軍。前面に座るは簡易的なテーブルを造っての豪勢なる料理を振舞っている。

 「……ギオンの部隊長よ。して……この俺と講和を結びたい……と?」

 「ええ! 今や周辺の賊及び隣国とも方を並べる程の将サウザー様! 貴方の武勇にギオン様も感服しておりまする!」

 そう、ギオンの部隊長と言う物は手をこすり合わせサウザーに下手に出つつ媚びへつらうような態度をとっている。

 サウザーの隣には、智将たるリュウロウが笑み一つなく顔色変えずに敵軍の和平を望むのをただ傍観している。

 その顔には疲労の所為か目には隈が生え、そして微かに口をモゴモゴと動かして抑え難い咳を無理に抑えているように見える。

 最近になり、彼の助言を全く将たるサウザーは聞かなくなっていた。ただ勝手に兵を引き連れて無謀とも言える特攻をしてる。
 その行動には他の正規軍の一団たる正常な感性を持つ兵達は顔を顰めて王の奇行に疑問を浮かべる事も多くなっていた。

 「……この俺の兵は、貴国に攻めたが?」

 その王の問いかけに、部隊長は語気を強めて更に交渉を続ける。

 「過去の蟠りは全て水に流し、新たなる平定の世の為に手を取ろうと言うのがギオン様のお優しい心遣いであります!
 我々ギオン軍一同は、この世の争いに関し常に涙を流す毎日です! 王も、平和な世界を夢見ています!」

 過去の戦は水に流し、これからの平和な世に協力しよう。

 そう力説するギオンの部隊長。それに、サウザーは太陽の逆行によって翳った顔に手を置いている……表情は窺い知れない。

 「ささっ! どうぞ、平和な世の為に一杯乾杯しましょう!」

 そう、彼は一升瓶を取り出す。それにリュウロウ一同、勘の良い兵達は俄かに笑顔で酒を出した敵軍に警戒の気配を出した。

 彼等の勘が正しければ、それは毒。如何考えても和平と言う目的でサウザーと言う自軍の将を毒殺するのが目的……!

 リュウロウは、一旦目を瞑ってから急いで言う。

 「将……ご気分を害するようで申し訳有りませんが、せめてど」

 毒見……そう言いかけるサウザーの言葉が放たれる。

 「黙せ、リュウロウ。……貴様の言葉は今必要無い」

 そう、彼は一声でリュウロウの助言を封じる。

 ドクドクと注がれた黄金の器に満たされる赤い液体。

 「これは世界一と絶賛されるロマネコンティであらせます! ささっ! どうぞどうぞ!」

 「……お前は飲まんのか?」

 その言葉にリュウロウは少々安堵の色を顔に出す。何せ、何も考えず毒かも知れぬ酒を本気で飲むかと一瞬思ったからだ。

 だが、リュウロウの安堵も次の言葉で拭い去られる。敵軍の部隊長がこう言ったからだ。

 「あっ、これは失礼! では、私もぐいっと!」

 そう言って、部隊長は金の杯から酒を飲み干す。それに僅かに目を見開く兵達が何人か居たか、無言でそれを見守る。

 「ぷは~! やはり良い酒は何時飲んでも良いですなあ! ささっ! 私が飲んでしまったもので失礼ですが、どうぞ!」

 「……あぁ、貰おうか」

 何故だ? 毒が本当に入ってないというのか?

 リュウロウは確実に十中八九、その中に入っているのは毒だと信じていた。だが、平気な顔した部隊長の顔に変化は無い。

 (私の間違いか? 最近、王の振る舞いに俄かに意識がいって正確な判断も……)

 そう、自分の知性を一瞬疑っていると。その間にサウザーは金の杯になみなみと入ったロマネコンティを全て飲み干した。

 その瞬間、リュウロウは顔を上げて目を見張る。

 何故ならば……それを待ってたと言わんばかりに部隊長の顔に一瞬獰悪な表情が過ぎったからだ。

 (やはり……!!)

 リュウロウは慌ててサウザーを見る。彼は目を閉じワインを舌で転がし味を確かめている。 
 だが、大部分は喉を通った音がした。……っ手遅れか!

 そう、彼は敵の術中に陥り将が死ぬかもしれぬと考え焦燥とした顔を浮かべる。

 だが、リュウロウの考えなど何処吹く風とばかりにサウザーは閉じていた目を開き言った。

 「……有無。大草原を彷彿とさせる芳香さと、暖炉の火を思い起こすような微々たる熱が喉を通る度に体を回る……」

 そう、彼は何処か顔色悪くした風でもなくワインの感想などを述べている。

 「……お、おおっ! 流石は南斗の王! ワインに関しても素晴らしい感性を宿しておられる」

 部隊長は、リュウロウの目で解る程に可笑しいな? と言う顔つきをした。サウザーの話は続く。

 「それでいて、その熱を忘れるほどの柔らかい雪解けのような甘みが繰り広げられ脳を甘美にする……有無、真に……」










                               「面白い毒だな」










 ……凍りつく講和の場。部隊長は青褪めて自分の持っていた杯を取り落とし、地面に黄金の器を落とした。

 「な……何を」

 隊長の動揺した言葉に感知せぬと言った態度で、サウザーは器をじろじろと見定めながら呟く。

 「大方、喉に解毒剤でも仕込んだか……いや、この場合器を二重造りにでもして俺に渡す時に毒が混じるようにしたな」
 
 パキッ……! と、彼は器握り砕き、静かながら底冷えする程の声で言い放つ。

 「愚かだな……この俺を殺したければ山並みの毒を盛って殺せ! 如何した? 此処は馳走を振舞う場所なのだろ? ならば……」

 そう言って彼は空中へと飛び舞う。……彼等への死の宣告を。

 


 両手を広げ……王は形相と同時に声高らかにて天へ木霊させた。




 「ならば! 俺が振るってやる!! 貴様等への……死と! 絶望と言う名の!! ディナーをなぁ!!!」



 鬼気迫る顔と、そして致死を秘めた両腕で滑空しサウザーは部隊長を一瞬で悲鳴を上げる間もなく粉切れにした。

 控えていたギオンの兵の百は、反撃を試みるにもサウザーの狂気と異常なる威圧と闘気へと圧され僅か数分で壊滅した。

 「ギオンに伝えておけ! この俺を殺したければ……自らの拳で俺を殺せとなぁ!!!」

 伝令の為に、あえて一人失禁しつつ逃げ去った兵隊へとサウザーは叫ぶ。

 尚、この講和の件を後にサウザーの危険性をギオンは知り拳王軍が侵攻を許すまでは『らこく』の自衛強化に腐心する。

 サウザーは、また死骸の山で化した荒野の地面を一瞥もせず黄金装飾の車へと飛び乗って、場を後にした。

 「……」

 兵達の幾数は、弔う事も無くやがて地面に溶ける死骸に様々な感情を載せて視線を外し王の元を付いていく。

 ……今や、サウザーの狂気と残虐性は俄かに兵達の見える範囲でも動き始めていた。




 ・


   
        ・


   ・



      ・



  ・




     ・




         ・



 「うっ……ゴフッ! ガフッゴフッ……!!」

 戦場からの帰還。それと同時に一室へと戻るとリュウロウは崩れ落ちるように壁に手をつけて咳き込んだ。

 最近では、連戦の所為か原因解らぬ痛みが体内で発生している。

 医者を頼るにも、どうにも彼には時間が無い。それに……。

 (今……私が軍を抜ければ将の暴走が更に高まる気がする)

 リュウロウも、サウザーの最近の行動に暴虐な部分が目立つのを既に勘付いていた。

 だからこそ、彼は出来る限り将の隣で戦闘を続ける事で自分の存在を主張して監視をしていた。

 だが……南斗の拳士として鍛えているが、限界が見える。

 「ゴフッ…ごふ『無様な姿だなぁ』!!? ……っだれ……」

 背後からの突然の声。間者かと慌てて振り向き、そしてその顔が知れた顔だと知ると彼は落ち着きを取り戻す。

 ……ぼろぼろの南斗の兵装。そして土汚れが目立ちつつギョロギョロと目玉を動かしつつ自分を見下ろす男性。

 「……キタタキ、貴方ですか」

 彼は、一応知人であり戦場では何度か背中を守ってもらった記憶もある人物である事を確認して安堵の声を上げる。

 「おうっ。……無料(タダ)で見てやるぜ、リュウロウ様よ」

 そう、彼は何処からか取り出した聴診器を見せ付ける。リュウロウは苦笑いしつつ、少々奇人な自分達の仲間に頷いた。

 ……衛生兵部隊長キタタキ。

 蟻吸拳と言われる啄木鳥を模した拳法。その拳法は相手を突き刺す事と、そして秘孔を突くと言う事に特化していた。

 伝説の北斗神拳とも並び立つ拳の一部を所有する人物。だが、彼自身それを誇る事も驕る事も全く非ず。

 彼は、その才を生かし衛生兵部隊長としてサウザーの軍勢で活躍している。彼のお陰で救われた兵も少なくは無い。

 普通に軍医として何処ぞで裕福に生活出来る事も、彼ならやろうとすれば出来た筈だ。

 リュウロウも一度そう発言した事がある。だが、彼は飄々と『あんたに教えるには友好度が足りない』とか何とか
 話をはぐらかされた。悪い人間では無いが、余り掴めないゆえにリュウロウも彼には少し注意を払っていた。

 だが……今は自分の蝕まれた身を無視してまで、彼を警戒する必要も無いだろう。

 服を捲るリュウロウ。『男とお医者さんごっこっつうのもなぁ……』と、彼は本気なのか冗談なのか知れぬ発言をしつつ、
 碌に食べおらず腹部の肋骨が見える程の彼の胸をあちこちと聴診器で当てつつ、そして最後に自分の指で真剣に触れた。

 全てを検診終えると、キタタキは聴診器を放す。リュウロウは静かに口を開いた。

 「如何ですか?」

 「……まぁ、当たり前だがもっと喰わないと死ぬよな。今日にでも何か食べろよリュウロウの旦那」

 そう、彼は冷たい感じで顔を背けて言う。だが、リュウロウは微笑んで更に言った。

 「私は……『あと何年生きられますか』?」

 ……笑顔での重い問いかけ。キタタキとリュウロウの居る一室に冷たい空気が流れた。

 「……半年だな」

 「……そうですか」

 仕方が無いでしょうね。そう、リュウロウは苦笑いして自分の短い寿命を何でもないように言う。

 自分でも気が付いているのだ。酷使した体が、もう長くない事など……。

 キタタキは、苛々した顔を浮かべて再度続ける。

 「誤解すんな。言っとくが今の生活を続ければ半年だ。ちゃんと清涼とした空気の良くて栄養のあるものを毎日
 ちゃんと摂取すれば治る。あんたの体を蝕んでいるのは、他でもないこの地獄めいた環境の所為だよ」

 ちゃんとした場所で過ごせば、お前は絶対に生き延びれる。死ぬな。

 キタタキの熱のある言葉に、リュウロウは苦笑いを浮かべたままだ。

 「っ……何か言えよ」

 微笑むリュウロウに、キタタキは苛立ちしか浮かべれず半ば乱暴に言う。

 「いえ……安心したんですよ。自分は、少々貴方が如何言う人物か知らなかったんですが……杞憂でしたから」

 「……ちっ」

 キタタキは舌打ちして顔を背ける。……解っているのだ、互いに如何言う人間か考えず身を接するのは、この時代では
 下手すれば自分の命も危険を冒すと言うだけに、どちらも歩み寄る選択を取るのが難しいと言う事を。

 例え……それが如何に心根優しい人物でもだ。

 ちょい動くな。と乱暴に言い竦められ、キタタキはリュウロウの体の一部分に指で突く。

 少々顔を顰めるリュウロウ。その後、手をブラブラと振りつつキタタキは『その場凌ぎだがな』と、彼にぞんざいに言う。
 
 その言葉で、恐らくながら体力を向上する秘孔の類だろうと素直にリュウロウは感謝した。

 全く、天邪鬼な態度だ。……と、リュウロウが思いつつ笑顔を浮かべていると、キタタキは顔を背けて口を開く。

 「……リュウロウの旦那。あんた、もう軍を抜けろ」

 その状態では遅かれ早かれ死ぬ。そう言われてもリュウロウには引き下がれぬ理由がある。

 「折角の言葉ですが……将の監視を誰が引き継ぐんです?」

 今のままでは、サウザーが暴挙を起こす確立が高い。

 リュウロウが居なければ、この軍の纏まりも欠ける。例え、自分の命が縮まろうとしても……。

 「俺がやってやる」

 その言葉に、意外そうな顔をリュウロウは下げていた顔を上げる。

 「最近、サウザー陛下から直に近衛兵にならないかと言って来た。……あんたが体調不良で訴えて、俺を推奨すれば良い」

 「……衛生隊長である貴方を近衛兵へと? それは……」

 可笑し過ぎる。そう、発言する前にキタタキは視線で彼を制止した。

 何処に誰の目と耳があるか解らない……そう視線で訴えるキタタキに、リュウロウも言葉を閉じるしかない。

 「……成る程、では私も長くは有りませんし……誰か他の者に宛てを捜しましょう」

 「おう。長生きしてぇんだろ? ならあんたも潮時だな。お疲れさん」

 そう、彼は無感情にただの生き物を見終えたような感情を載せて、リュウロウにおなざりに労いの声を掛ける。

 だが、二人とも気付いているのだ。

 この城で、この町では恐らく多くの誰かしらの目が既に忍び込んでいる。

 ……彼等が反逆の動きを兆せば、王は喜び自分達を処刑するだろうと。





   ・




           ・


     ・



        ・



   ・




       ・


 

            ・


 「……バズ・ギルの兄弟が去ったか」

 「はっ……あの、それに関して兵達からは発言がありまして」

 彼は、何時の間にか軍を脱退したと言う伝承者の状況を他の兵達から聞かされていた。

 既にハーン兄弟が抜けてから一週間は経つ。もう、この付近を捜索しても見つからないのは明らか。

 これ程にハーン兄弟の行方を察知するのが遅れたのは、彼等の命を守ろうと、彼等の同士を命を懸けて説得に及んだ双子が原因である。

 サウザーは、単純に自分の危険性を見越して兄弟が逃げたのかと? 最初考えもしたが、すぐに其の考えを改めた。
 
 バズ・ギルの兄弟と言えば、サウザーの軍勢では恐れを知らず自分に忠誠を立てて多勢の歩兵へと果敢に挑む戦士。

 その兄弟は常に陽気で、仲間内でも脱走するような性格では無い。その違和感から、彼は激情するでもなく兵に原因を聞いたのだ。

 バズ・ギルに仕えていた兵の一人が、王の御前と言うのも合い間見えて緊張にカチカチになったまま伝える。

 「ば……バズ隊長と、ギル隊長は……お、王から全国各地の土地調査の為に命じられた……と」

 これが、その礼状ですと。彼は震えつつも最後に自慢気に彼等兄弟が見せていた礼状を証拠として渡す。

 無論、サウザーには覚えの無い命令状。怪訝に思い、その彼等の去った原因たる礼状を眺める。

 その文字には見覚えがあった。いや……有り過ぎたと言って良い。

 「……あ奴等、他に何か妙な事を言ってたか?」

 「え? ……い、いえ滅相な! あ……でも」

 「何だ?」

 「あ、べ、別に関係ないと思うのですか。隊長達、これから俺達はハーン兄弟だって豪快に笑いながら名乗ってて……」

 「何?」

 サウザーが聞く言葉……ハーン兄弟。……ハーン。

 ……脳裏に過ぎる、過去の王としての役割を執行していた時。

 何処までも誰も信用できず、常に誰かの視線に晒されて蝕んでいた地獄の日々。……今よりも更に地獄な。






 『王……王には優秀なる王となって欲しいと我等一同願っております』

 『例えるならば……チンギス・ハーンとも等しい大国を治める程の』

 




 「……クククク……そうか。そう言うカラクリか」

 「お……王?」

 獰猛な笑みで、彼は今にも誰かを襲いかねない表情で礼状を握りつぶす。

 「……良い、俺の手違いだ。奴等はそのまま仕事を続けさせれば良い」

 「はぁ……」

 兵は頷くも、サウザーの滲み出る異様さに彼はもっと何かを言いたそうにする。

 「……何だ? もう用は済んだだろ。……いけ」

 「はっ……はい!」

 ギロリとサウザーは兵を睨む。

 その猛禽類のような視線に彼は小さく叫ぶように了承すると、逃げるようにサウザーの前から去った。

 ……無人の部屋。残るはサウザーのみ。

 頭に過ぎるは人形めいた双子。瓜二つの容姿で常に自身へと己の価値では無く暗部と言う名の価値観を押し付けていた双子。


 己に毒に耐えうる為に毒を食させ。

 己に痛みに耐えうる為に様々な痛みを与えた。


 その時は、己は師の元へと行けるのならばと半ば意識を沈めて、奴等の言いなりになりつつ、その責め苦に耐えていた。

 今日、講和で差し出された毒の味を思い出す。……思えば、あの時も死ねたのだ……毒を食らう苦行無ければ。

 「どこまでも……死してまで、この俺の前に邪魔だてすると言うのだな……」

 そして、あろう事か双鷹拳伝承者の奴等を、あ奴らは逃がした。

 どう言う心境の変化だったのかは知らない。だが、あぁきっと自分の予感通りだろう。

 「貴様等は……貴様等までもが、俺に『愛』と言う行為で邪魔立てるか!」

 サウザーは憎悪する。人々の振りまく行動の中に秘めたる感情に憎悪を。

 「……良かろうっ」

 扱う駒が一つから二つに減っただけ。思えば、あの渡り鴉など居なくとも己は一人で全てを今までしてきた。

 この己に毒は効かぬ。

 この己に痛みは効かぬ。

 何人たりとも我が死の行進を止める事は……出来ぬ!!

 

 「……全てを滅ぼす……全てだ!」


 そう、彼は憎み、苦しみ、恨み、怨み、憾み……。

 何もかも破壊し難い衝動を顔に貼り付けたまま天空を睨み上げ続けていた。






  ・



      
           ・


     ・




         ・



    ・





        ・





             ・



 「……えいっ! とお!!」

 ……一人の少年が、棒を構えつつ大の大人相手に挑んでいる。

 ビュンッ! ビュンッ!! と風を切る音。それと同時に棒を棒で受けとめるカンッと言う音もする。

 「ふむ! 中々なもんだぞっシバ! それ!! この我輩を倒してみなさい!」

 その子の父親……では無く、髭を蓄えた四十程の歳の風貌の人物が彼の拙い剣術を褒めて、更に挑発する。

 「えへへ……やぁ!! はあ!」

 果敢に挑む子供の名前。その名はシバ。

 数年後、サウザーによって致命傷負わされたケンシロウを救わんと仁の宿命に促されて、その命を投げ打ちケンシロウを救った。

 その少年に剣術教えている者の名……その名はダイゼン。南斗千鳥拳の伝承者たる男であり、シュウを長年見てきた人物。

 「よくやりますねぇ、ダイゼン様もシバも」

 「ふふ……頼もしい事じゃないか。あのように今から剣術を教わっているのも」

 それを遠巻きに、町を警護する人物達が感想を述べている。

 少々、荒野の風で汚れた黒髪で優しげな細目の男性。その隣で腕組みしつつ結構な事だとばかりに見詰める女性。

 二人は、南斗翡翠拳伝承者の兄妹。

 一人の名はマサヤ、一人の名はカレン。

 彼等は互いに優しく健常なる心を持った南斗の拳士だった。兄は少々優し過ぎる部分があったし、妹である彼女は
 少々軽はずみと言うか、お転婆な部分もあった。だが、どちらもその部分に目を瞑れば善良たる南斗の拳士なのだった。

 ……今のところはだが。

 「まったく、師匠も息子に自分の拳法を教えてあげたら良いのに。普通、自分の子供に自分の拳法を教えたくならない?」

 「師には師なりの考え方があるんだよ、カレン。何より、この時代を我々の代で平和に出来れば、その次の世代に
 拳法を受け継がなくても良いと考えているんだよシュウ様は。師父の考え方に、我々が口出しすべきでは無い」

 そう柔らかに正論を返すマサヤを、詰まらないなぁとばかりに彼女は返す。

 「もおっ、兄さんったら言う事が一々正論で詰まらないわ」

 「ハハ……なら、レイでも来てくれたら良いのにね」

 「! ちょ、ちょっと兄さん! 何でそこでレイ兄様が来るの!? そ、そりゃレイ兄様が来てくれるのは嬉しいけど……」

 赤らめるカレン。マサヤは軽やかに笑いつつ自分の立つ場所へと見廻りの為に去る。

 全く……と、上気した顔で兄を少々睨みつつも。……彼女は本当に今自分の信ずる人たちに会いたいなぁと感じていた。

 「……レイ兄様や……先輩達は大丈夫なんでしょうか?」

 核が落ちて、全員が離れ離れになった。

 自身はマサヤと共にシュウの居る場所へ向かった。サウザーの軍勢が再興の為に国を挙げるなどは、師匠であるシュウとも 
 馴染みのある縁者であり、自分も過去は学術方面で世話になったダンゼンの情報から耳にしていた。

 『妖星』である紅鶴拳のユダ。『殉星』の孤鷲拳のシン。

 そして……自分の初恋の相手である『義星』のレイ。

 本当なら今直ぐにでも飛んで会いに行きたい。けれど、師匠や兄達。それに苦しんでいる町の人たちを置いて行けはしない。

 何より、自分がそう言う人たちを放置してレイに会いに行ったら。レイや先輩達は自分を幻滅するとカレンは知っていた。

 「……キタタキ先輩からは……すっっっごく解り易いプレゼントで元気だって知りましたけどね」

 今も自分の部屋に置いてある薄い箱。それには際どい衣装が封印されている。

 誕生日に同封された品。それが先輩の名が記されていて何事かと思ったが、それを開けて見た品物を視認して自分は完全封印を決心した。

 今も、封を開けたら先輩の意地悪な声が聞こえそうだ。

 『それで、レイの奴誘惑すりゃ良いんじゃね? あいつ、天然だから少々強引じゃねぇと気付かねぇぞ』

 「……ったく、余計なお世話なんですよ」

 今は、サウザー王の軍勢の下で忙しく働いていると聞いている。戦場務めゆえに何時も死ぬかも知れぬ状況だと
 知っているが、あの飄々としている先輩が死ぬ想像が付かない。死んでもケロリとして起き上がりそうだ。

 余りに解り易くイメージ出来る想像に思わず笑うカレン。

 それと同時に……彼女からすれば数年前だけでも、今の時代となれば遠い昔のように思える輝かしい過去が幾つも浮かぶ。



 『よぉ! カレンちゃん今日も可愛いじゃんっ』

 『こらっ、セグロ! カレンにそう言うナンパな発言しない! あんた何時も他の子にも、そう言う言葉かけてるでしょ!?』

 『へっへへ。良いんだよ、女の子は誰だって綺麗で可愛いんだから! お前も可愛いぜ~?』

 『はいはい、ありがとっ。ねぇ、カレン! 新しい店行ってみない? 楽しいわよっ』

 ……常に、自分を可愛いって言って褒めてくれる人。気さくで場を盛り上げるのが上手で、時折り少々悪戯な部分も
 あって場を乱す事もあったけど、私を一杯楽しませてくれた憎めない人。その人の所在は行方不明だ。

 その人に一番親しかったと思うハマ先輩。彼女もキタタキ先輩と同じ場所で出兵していると聞く。

 それから……もう二人。

 『はぁ~い、カレン! 今日もピッチピチの肌! 良いわねぇ、その引き締まった体。男の子ならメロメロよ?
 自信持ちなさいな。貴方なら、どんな相手だって惚れた人を振り向かせる魅力を持ってるんだから』

 『やぁ、カレン。……レイに言ってくれよ、君なら上手く伝えてくれるだろうから。その……僕は彼が嫌ってないって』

 常に、同じ女性仲間を抱きつく先輩。ちょっと変わり者で、胸の部分は女としては少々羨ましい常に朗らかだった先輩。

 その人は孤鷲拳のシンが再興する軍閥へ行ったらしい。如何して、他の仲間の居る場所にしなかったのか少々不思議な
 ところもあるけど、彼女は頭も回っていたから、先輩なりの考えがあるのだろうとカレンは思う。

 それと……最後に。

 「そういえば……カレン。彼の行方は未だ解らないんだよね? ……ちょっと、心配だな。あいつ……僕と似てたから」

 昨夜程に、ぽつりとマサヤ兄さんは知人の行方を案じる発言をした。

 私は、その人に対し余り良く把握しれない。何時も他の人の多人数の一人として存在していた人。
 
 けど、引っ込み思案と言うか口数も少なくて。だからレイ兄様は余り好きではないような態度を見受けていた。

 その人も、冒頭で語った先輩と同じく行方不明だ。

 ……自分の知る人達。その人達が一夜にして誰もが所在を解らなくなった。

 カレンは不安だ。今出来る限りの事をして、自分の周囲の人たちを救おうとは考えている。

 「……如何した、カレン?」

 「あ……師匠」

 そう、ぼんやり考えていると背後から突如師匠が出現した。

 「駄目だぞ。気配消してたとはいえ、こう易々と背後をとられては」

 「はい、御免なさい。……ねぇ、師匠」

 「む?」

 私は、師匠の顔を見る。……痛々しい目元に傷跡を生やし、もう視力なくなってしまった師匠の顔を。

 師匠は、大分昔に自分が居ない時に道場で起きた異邦の拳士の試合に介入して、助ける為に瞳を犠牲にした。

 その時、私は大泣きしたけど。師匠は笑いつつ心配ないと答えた。

 あれ以降も、師匠は変わらず優しい師匠のままだ。それは安心するけど……最近の師匠は少々ぼんやり考え事も多い。

 やはり、このような血なまぐさい時代だと色々と憂う事も多いのだろう。師匠の『真っ黒な髪の毛』が風に揺れるのを見つつ思考する。

 「絶対に……また皆で集まれますよね?」

 「……あぁ、そうだな」

 『仁星』を掲げる師匠。シュウ師匠は力強く笑みを浮かべてカレンに肯定の返事を浮かべるのだった。







                            「あぁ、この世に南斗の光ある限り」














              後書き



 
 はい、毒殺しようにもサウザー成人後から毒や拷問もどきの外部からの攻撃耐性されてる。何と言う無理ゲー。




  

   カレンも出番は無いけど回想モードの為に出番は有る。


   この【流星編】に関しては中盤盛り上がるけど、結局全員死ぬからね。念のために言っとくけどね










[29120] 【貪狼編】第五話『闇色の風は日の沈む場所から流れ』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/23 07:30



 吹き抜ける風、それは未だ優しさを秘めていて。

 その雄大な追い風に両腕を広げたら、自由に空を飛べれると確信していた。

 未だ若き魂を今照らす。

 今日もまた鳥たちが飛び立ち。

 この世界に光は舞うのだろう。

 ……だが、気をつけよ。

 光有れば。

 闇もまた同時に濃くなるでろうから。




 ・



         
          ・


    ・




        ・



   ・




       ・




           ・


 その日、鳥影山の麓では少々珍しい光景が昼中に見られた。

 「何だ何だ? 逆立ちで歩き続けちゃって……」

 「修行だろ? だが、どうにも珍しいな。あの人があぁ言う目立つ修行するのって」

 そう、通りすがる人物達も鳥影山の自然を使い鍛錬する拳士達ゆえに、その彼が山を逆立ち一周してるのを
 それ程不思議には思わなかった。だが、気が付くものいれば羞恥心で少々顔を赤くした南斗白鷺拳伝承者の顔を見れただろう。

 『仁星』のシュウ。十六程で遂に婚約を正式に果たした。

 「式は何時するんすっか!?」

 「もう冬だしな。来年の春にでも行うつもりだ」

 そう、ゴーグル被った少年が飛び込むようにインタビューをして、シュウの式の日取りも決まっている。

 彼の婚約に驚いた人間も結構多い。何せ、堅物な事でシュウは知られていた。まぁ、めでたいと殆どの人間は祝う気だった。

 「くぅ~! くやじい゛い゛……って、まぁシュウさんじゃ仕方がねぇか」
 
 他の人間が結婚すれば嫉妬心丸出しにするであろうセグロも、彼だと納得する。人格者と言うのは色々と恵まれるものだ。

 今、シュウはカレンとの口約束を果たして吐息をつきつつ座っている。

 「お疲れっす、シュウさん」

 「うんっ、済まんなジャギ」

 その場にはジャギも居た。と、言うのもシュウがジャギに少々用があると言ってきたからである。

 何の用かと、タオルを渡しつつ待ち構えているとシュウは少々困り顔で尋ねてきた。

 「……式には世話になっている全員を招待したいが……サウザーは来ても大丈夫だろうか?」

 「何で?」

 「いやっ……今年はあんな事もあったしな。サウザーの心境を思えば、少し聞き辛くて」

 そう、シュウは自分に招待しても構わないか聞いてくれぬか? と頼み込む。

 ジャギは、最初何故彼がサウザーに遠慮するような事を考えてるのか疑問に思ったが、今年あった事を振り返り気付く。

 (っそうか……オウガイ様が死んでないのを知ってるのは数人だもんな……)

 葬儀でも、自分やアンナ。サウザーを除き多くの人間がオウガイの喪失を悼んでいた。

 シュウも、固い顔で涙を流してた一人だ。真実知らねば、サウザーが彼の死を未だ引き摺っていると思うのは無理ない。

 (……って言うか、もしかしなくても原作でサウザーがシュウに異常に敵視してたのって……これが原因か?)

 オウガイの死……それとシュウの婚儀。

 それが近く重なっていたとすれば、自ずと愛を毛嫌いするサウザーならばシュウの幸せな状況を憎む気持ちが芽生えたかも知れない。

 (タイミング悪すぎ……って、まぁこの世界じゃ関係ねぇけどな)

 俺がもう大幅に変えちまったし。そう心の中で呟きつつジャギは快諾する。

 「おうっ、絶対サウザーなら来ると思うぜ。何なら祝詞でも任せられるかもな」

 そのジャギの言葉に、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 「それは、是非ともして貰いたいな。あ奴が祝福の言葉をするならば、より一層私とティフーヌの絆も固まるというものだ」

 「惚気っすか」

 「そう、揶揄するな」

 最後に少々からかいつつ、ジャギはシュウの元を去る。

 実に平和で良い。そう考えているとシンがやって来た。

 「おっ、如何した?」

 尋ねると、シンは少々顔を顰めて呟く。

 「いや、大した事じゃないんだが。……やはり、余り他の町にお前の予言を広めても信じぬ輩が多いな」

 「……だろうな」

 ジャギの予言。それを聞いてシンやレイ。宿星を持つ彼等の他に仲間の南斗拳士達は色々と自分の知る場所へと触れ回っている。

 だが、彼の話を眉唾ものと馬鹿にして信じない人間が多数なのが現状だ。はっきり言って焼け石に水である。

 「やっぱ……こんな話、普通なら信じねぇよな」

 「だろうな。……俺だってお前の話じゃなきゃ信じてない」

 その嬉しく思えるシンの言葉に、ジャギも笑みを隠しつつ返答する。

 「お前も、他の人達に話してるんだろ。どうだ?」

 「……思わしくない。知り合いならばジュガイは……鼻で笑ってたしな。まぁ、六年も先の事を予言してるんだ。
 鬼が笑う所の話でもないし。……と言うか、お前の予言だとジュガイはその後どうなるんだ?」

 あいつが核で死ぬとは思えないが……そう、呟くシンに。少々言いあぐねつつも、ジャギは素直に零す。

 「……あいつは、妻子殺されちまって狂っちまう」

 「はぁ!!!?」

 素っ頓狂な大声。何事かと近くで話していた人間達がシンとジャギに集中する。シンは驚愕の顔を隠し赤面しつつ咳払いする。

 「声、でけぇよ」

 「す、すまん。……あいつが結婚して子供を?? ……はぁ、人間解らんもんだな」

 拳道に女なんぞ要らんと何時も呟いてる奴だぞ……と、額を押さえつつ彼は困惑を隠せないままに続ける。

 「しかし……成る程な。そんな未来は見たくないものだ」

 「あぁ……サウザーが対策立てても、ミサイルを外国が落としてきたら絶対に水の泡だしな……」

 ジュガイ。彼もまた世紀末の余波を受けて狂気に走る人間と言って良いだろう。

 と言うか、ジュガイは世紀末発生直後に妻子を失ったのだろうか? と、彼は少々不明な記憶を探る。

 盗賊に妻子を殺されたと思うが……あれは世紀末の前後どちらなのだろう?

 少々、自分の記憶も覚束なくなってきたな、と。ジャギは不安に思いつつも受け答える。

 「まぁ、大丈夫だって。俺等が未来を変えれば、ジュガイの奴だって幸せに暮らすだろうからよ」

 「……楽天家だなぁ、お前は。とりあえず、核が落ちても落ちなくても修行に関しては真面目にやれよ?
 どっちにしたって騒がしい世間だ。大人になったら、俺達はそう言う荒事にいやでも首を突っ込むんだからな」

 そう、彼は言い残して去る。ジャギも、将来か……と天空を見つつ考える。

 まず、北斗神拳伝承者候補になってるが、伝承者になってリュウケンの仕事を継ぐ事は不可能だ。

 ならば、南斗拳士としてこのまま生きるのがベストなのだろう。そしたら、恐らくは警察みたいな仕事をしつつ暮らす筈だ。

 「つうか、俺今更だけど如何言う南斗の流派になれば良いんだ……??」

 鶺鴒拳にはセグロがいるし、他の拳法にも伝承者候補の友人が居る。

 別に伝承者が複数でも構わない拳法家もいるが……どうにもジャギとしては全部しっくり来ないのだ。

 「……アンナは、このまま水鳥拳を続けるのか。そういや?」

 前に飛燕流舞を見せられ、その時ジャギは初めて彼女がリンレイから教授されてたんだと納得する。

 別に、それが悪いことだとも思わない。だが、それゆえに彼は物憂げにもなる。

 (……やっぱ、もしかしなくてもアンナも別の俺と同じく異世界人なのかなぁ)

 そう、ぼんやり考えるも。余り詮索しない方が良いと勘が囁いている。

 ジャギは、彼女が正直に話してくれるまで待つと以前。サウザーを救う前に約束したんだし、今は修行に専念しようと意識を変える。

 そうジャギが考えている矢先……アンナの方でも変化があった。




  ・




          ・

    ・



       ・



  ・



     ・



         ・


 「……もう、私に教える事は出来ない……ですか」

 「えぇ……本当に済まないわね」

 鳥影山の奥地。森林が二人の女性の姿を目晦ましとなって会話を忍んでるかも知れぬ者達から隠す。

 中華服のような物を纏う女性。大和撫子と言う気配を宿す彼女の名はリンレイ……アンナの師匠である。

 「聞いても良いですか?」

 「……ロフウがね。どうやら貴方と私のレッスンを知ったらしいわ」

 リンレイは、溜息と共に脳裏に彼と対峙した時の回想を浮かべる。




 ……。




 『リンレイ……お前、あの金髪が目立つ女子にお前の拳を教えてるようだな?』

 居住地区で夕餉の支度をしてた時の突然の言葉。誤魔化すにも行き成りすぎて、リンレイは目を見開きロフウを見詰めた。

 『如何言う思惑で、お前が拳を教えようと興じたが知らんが、もう止めよ。水鳥拳に必要なのは剛の拳以外存在せん』

 そう、茶を飲みつつ固い顔を崩さぬロフウに、彼女は思わずだが言い返していた。
 『だけど……あの子には秘めたる何かがあるわ。それが水鳥拳かは知らぬけど』

 『戯け。水鳥拳を極めるのは漢よ、リンレイ。たかが野良娘に、我が築く最強の拳の一片も理解は出来ぬわ』

 そう言って、彼は止めとばかりに言った。

 『良いな? 次にお前が、その娘と拳を教えてるように見えれば……我、自らその娘の拳を潰すも考えるぞ……』



 ……。


 

 あの人が、悪い人では無い事は婚姻を結んだ妻であるリンレイ自身が知っている。
 だが、拳に対する情熱が高いゆえに。彼は真っ直ぐ過ぎて、それゆえに柔軟さが欠けるのが短所だ。

 (それに……これは良い機会かも知れない)

 私の水鳥拳で教えれる事は殆ど教えた。彼女を見る限り、自分の拳でこれ以上成長する見込みは薄い。

 ならば、広い世界へともっと泳ぎ。彼女の拳を新たなる高みへと押してやるのが師としての私の務めだ。

 「……水鳥拳、柔の担い手アンナ」

 「はい、リンレイ様」

 静かな光を漂わせ、リンレイは同じ光で見詰め返すアンナを見る。

 その表情から、彼女もまた覚悟を決めてると理解すると。愛護欲と同時に、自分の手から巣立つ彼女に感無量の思いも浮かぶ。

 必死にそれを押し隠し、リンレイは合掌の構えをとると力強く言う。

 「これより水鳥拳・柔の担い手リンレイが、我が弟子アンナの卒業を認めます」

 その言葉に、金色の髪を輝かす彼女の弟子は目を見開き。そして決意を秘めて頷くと涙を堪えつつ同じ構えを取る。

 ……リンレイが教えてくれた水鳥拳。

 このお陰で、自分は誘拐された時にもジャギが救援に来てくれるまで身を守れる事が出来た。

 このお陰で、自分は彼と共に並び立って戦う力も身に付ける事が出来た。

 思い出す辛い修行の日々と同時に、これまで隣で暖かく見守ってくれたリンレイの存在を思い返し熱い物がこみ上げてくる。

 「はいっ……今まで有難う御座いました! リンレイ様!!」

 「……えぇっ」

 永遠の離別ではないけれども、けれど涙が出てきそうな一種の離別。

 最初で最後のリンレイの弟子。そして最初で最後であろう年上の女性の師匠に教わったアンナ。

 これからもアンナは修行を続ける。けれどリンレイが教えてくれた技術をきっと忘れる事が無い事だけは宣言出来る。

 「また……機会があればリンレイ様には拳以外で色々教えてくださいね!」

 そう、目元の涙を拭って笑顔でアンナは言い切る。

 それに、リンレイも微かに浮かんだ涙を指で掬いながら笑顔で応じるのだった。

 「……えぇ、勿論よ」



 ……こうして、アンナの水鳥拳の弟子としての生活は幕を閉じた。



 
 ……そう、穏やかな昼下がり。それで全てが普通ならば終わる筈だった。

 だが、少々雲行きが可笑しな出来事がその日起きる。

 彼等も知りえぬ……遠方の地である。





  ・




            ・

      ・



         ・


    ・



        ・



            ・


 場所:とある紛争地帯。

 そこは正に常に暴力が荒れ狂う小さな世紀末とも思える国だった。

 この国が、そのように荒れている原因は他でもない、第二次大戦中に其の国は完全に敗戦を喫し、それゆえに
 極端な貧富の隔たりが行われたからである。発展途上国の見本とも思える荒れ果てた国。まともな政府の指揮系統は存在してない。

 そんな場所に、一つのコロセウムのような闘技場が設置され上流階級なる人々が中心の催しを愉しげに見物している。

 それは、人と人同士の闘い。下手をすれば死ぬ程の闘いを娯楽として、その観客達は見詰めていた。

 「……」

 その場所に、一人の人物が腕を組み恐ろしげな気配を滲ませて立っていた。相手は彼の二倍はあるであろう巨漢の男である。

 腕組む人物の風貌、それを見れば北斗兄弟の長兄を知る者であれば驚くだろう、何せ彼はラオウと瓜二つの顔をしてたのだから。

 ……もう、お解かりだろう。

 この紛争地帯の国は、未来で修羅の国と言われる場所。

 そして、その場所で巨漢の男と試合している人物……名はカイオウ。ラオウの兄となる人物である。

 「うおおおおおおおおお!!!」

 熊のように手を付き出してカイオウへと襲い掛かる巨漢。

 ……フッ。

 だが、一笑しつつ彼は獰猛な笑みで。彼にとっては都合の良い獲物でしか無い修羅にもなれぬ敵を一瞥する。

 「おおおおおお!! りゃあああああ!!!」

 振りかぶる腕。無能な観客達は微動だにせぬ青年は憐れに押し潰されるだろうと顔を背けたり、目を閉じる人間も居る。

 だが、そのような結果は終ぞ無かった。

 ……ガシッ!!

 「ぬ……!!?? ぬうううううううう……!!!」

 振り落とされた腕は、手首の部分を人差し指一本でカイオウが受け止める。

 更に力を込めようと血管を浮かべ筋肉を振り絞るも、それはカイオウからすれば獲物が無駄な抵抗をするに等しい行動だった。

 「……死ね」

 その一言と、たった軽く胸を空いた手で一突きするだけで事足りえた。

 ボンッ……!!

 ……腹部が爆発し、内蔵が漏れ出る巨漢の男。

 泡を吹き、絶命した男はカイオウの隣の部分へ倒れこむ。もはや意識を向ける事なくカイオウは割れるような
 観客席からの歓声に応える事もなく出口に通ずるゲートへと歩みを進める。……詰まらない。と思いつつ

 (何と脆弱な相手ばかりだ。このような相手ばかりでは……あ奴を討つ事は到底出来ぬ)

 彼には、復讐と等しい目的があった。

 一つは、北斗宗家への完全なる復讐。

 彼の師たるジュウケイは勿論の事。彼の弟子となるヒョウ、それに海を渡ったであろうケンシロウ。その血の完全な抹殺だ。

 彼は今から着実に血で拳を濡らし己の力を着々と増す事を望んでいた。自分が嫌う無力に関わらず権力や地位と言う
 もので守られながらのうのうと過ごしている愚図共を楽しませる役者となる恥辱も、ジュウケイに命ずるままに
 ヒョウの道化となった時の出来事を思い返せば……このような事、望むべく復讐の炎の薪(燃料)でしか無い。

 (待ってろ、必ずや……!?)

 ピキン……ッ。

 「! ……何だ?」

 不意に、背筋に走った何かの衝撃。

 コロセウムから退場する前に足を止めるカイオウ。その視線は……以前彼が最愛なる人物を埋めた場所に向かっていた。

 (今の感覚……俺の)

 既に、彼はその体に炎々たる復讐の火を胸の内に秘めている。

 後数年、その数年さえ待てば自在に操る事も出来ると。ジュウケイすら凌ぐ力を得ると確信している自分の力。

 その闘気が……何かを感じ取った。

 無言で、カイオウはコロセウムの管理する者達が慌てて硬直してしまった人物が連れて行こうとするのを構わずじっと視線を固定する。

 「……何かが、天を横切った」

 魔闘気を小さくも宿すカイオウ。

 その彼の予感は正しく……今一つの黒い筋がジャギとアンナの居る国へと横切ったのであった。




  ・



          ・


     ・



        ・



   ・



      ・




           ・



 「……む?」

 「如何したんだい、兄さん?」

 その『何か』が訪れた時、遠方に居る彼の弟もまた何かを感じ取っていた。

 彼には魔闘気は存在し得ない。だが……その身に宿る血は開花する素質を十二分に秘めている。

 その彼だからこそ理解し得たのだろう。彼の胸に過ぎる何かの訪れ、顔を顰めてとある方向へとじっと視線を注いだ。

 「……兄さん?」

 「黙れ、トキ」

 問いかける自分の弟にも一言で沈黙させる。彼は意識を集中して『何か』を知ろうとした。

 だが、余りに遠い故か。はたまた巧妙に気配を消しているのかラオウは数秒で『何か』の存在を見失う。

 「……ちっ……消えよった」

 「兄さん、一体何か……」

 見上げるトキ。随分と張り詰めた顔をする兄を心配そうに見詰める。

 「……トキよ」

 そう言って、彼は自分が一番情を寄せる人間へと言い放つ。

 「……如何なる時と場所であれ、油断するな……それと」

 「それと?」

 「……もう、兄さんなどと言うのは止めろ。……呼ぶ名はラオウだけで十分だ」

 要領を得ぬ弟への助言。だが、ラオウが何やら戦場に立つような顔をしている事で、不穏な未来が有りえる可能性をトキは知る。

 そして……伝染するかのように、彼と同じくその予兆を知る者は数人居た。

 



 「……ぬううんっ!?」

 ……羅聖殿と呼ばれる、カイオウの住まう国の湖の有る場所でも一人の老人が感じ取っていた。

 「何じゃ、今の気配は……何やら、霊気の塊りが宙を飛んでいったような」

 何と言う……不穏な気配じゃ。と、その老人は自分の感じた悪寒を払おうとするかのように首を振る。

 「……もしや、ケンシロウ様の身の上に何事かあったとでも言うのでは……?」

 彼は、北斗の子ケンシロウの永遠の従者……その名は黒夜叉。

 今感じた暗い気配が突き抜けた気配に、彼は思わずこの国に何時か再来してくれるのを待つ者の安否を憂う。

 「……申し訳御座いませんケンシロウ様。私は……この腐乱と暴力が蠢く我が故郷を離れる訳には行きませぬ……!」

 この予感は凶兆だと理解し得ている。だが、今は離れる事は出来ぬのだ。

 修羅になり得る北斗流拳の素質を持つ子達を……無視して彼の居る場所へ赴くなどとても出来ない。

 「……申し訳御座いませぬ」

 せめて……せめて我が血を受け継ぐ者が居れば……と、彼は自分の無力さを嘆きつつケンシロウの無事を祈る。

 その折にも、彼等が何やら不吉な気配を感じている最中。

 
 夜は……来た。




  ・



           ・


     ・



         ・



   ・



       ・




           ・


 場所:リーダーの酒場。

 

 「……ふ~ん。余り詳しい事は解らねぇが、ようするに師匠変えするのか? アンナよ」

 「うん……多分そうなると思うよ兄貴」

 向かい合っての兄との会話。このように二人っきりで話すのも久しぶりだと思う。

 「シドリから聞いたぜ。鳥影山でお前が色んな奴を盛り立てて頑張ってるってよ。……その分じゃ、男嫌いも平気になったんじゃねぇか?」

 そう、彼は彼女の持病とも言えるものが治ったのか試しに聞く。

 アンナは少々悩むような顔つきをする。その後に……二カッと笑みを浮かべて答える。

 「ふふん! それがね兄貴。一分ならば、見知らぬ男性に触れられても平気になったんだよ!」

 これは本当だ。最近ならば、時折り彼女をナンパしてくるような人物でも平気で対処出来るようになった。

 すぐにジャギが追い払ったりするが、それでも肩に手を置かれた位では動揺しなくなったのは本当である。

 リーダーは、その言葉に目を見開き安堵の溜息を出して涙すら浮かべる。

 「へ、へへっそうか! ……良かったなぁアンナ。おめぇ、それなら後ちょっとだな」

 そう、涙もろくなったリーダーは照れ隠しに顔を背ける。アンナは、ジャギを除けば一番感謝を秘めているであろう肉親に優しく微笑む。

 「兄貴のお陰だよ。こうして、私が何をしても黙認してくれたんだもん」

 「へっ……止せよ、おい! 俺は、全部ジャギに押し付けちまった酷い兄貴だぜ? ……まっ、そう言ってくれるなら
 こうしてお前を今まで育てられて満足だぜ。お袋に、あの馬鹿親父も天国で笑ってくれるってもんだ」

 その言葉に、少々彼女は気になって尋ねる。

 「そういえばさ……私の親父とお母さんでって、どんな人だった?」

 それに、おや? と言う感じでリーダーは呟く。

 「……言ってなかったか? ……まっ、小さかったし無理ねぇか。お袋はよ、町一番の美人って賞賛される程の人だった」

 まぁ、完全にお前は母親似だな。と、リーダーは付け加える。

 「そんで……親父だが。……馬鹿親父だぜ、あいつは」

 「……何かあったの?」

 それに、乱暴そうに言い捨てるリーダー。

 「……親父は小さな町で色々と細かい細工仕事を商ってたんだけどよ。ある日、突然姿を消したんだ。
 そりゃ大騒ぎだったぜ? けど、次に戻ってきたら……親父の野郎……薬なんぞに手を出していやがった……!」

 その時の事は口にする事すら嫌な思い出なのだろう。彼は、ギリッ……! と歯を軋ませつつ続ける。

 「そんで……俺等一家は壊滅だ。お袋は、お前を生んで弱ってて。そんな時に親父が薬中になって帰って来て
 ショックだったんだろうな。……数日後に亡くなって、そんで親父の野郎も後を追う様に首吊って死んじまった」

 「そう……なんだ」

 少々雑談で聞くには重過ぎる話。陰鬱になるアンナへと、あえて明るくリーダーは告げる。

 「……へっ! けど、そんなの昔話だ! てめぇは今元気に生きてる! お袋が望んだ通り元気にだ! それで良いじゃねぇか?」

 「……うん! そうだねっ」

 暗い話は終わり、と。二人は寝る準備に取り掛かる。

 「……そういや、本当なのかよ核が落ちるってよ? まぁ、俺も食料の保存は大事だと思ってるから気長に保存食は溜め込むけどよ……」

 既に、アンナは彼には打ち明けている。ジャギと共に未来の出来事を。

 半信半疑ながらも、アンナの兄は彼女とジャギが嘘を吐く目では無いと知ると、今から食料を保存する事は了承した。

 信じてくれるだけでもアンナとしては嬉しい。今の所、彼女は幸せに満ち溢れていた。

 「うん、お願いするよ兄貴。頼りになる所見せたら、シドリも惚れるよぉ?」

 「ばっ!? 大人をからかうのは止せや、てめぇ!」

 大袈裟に拳を振る兄に、笑いつつアンナは部屋の扉を閉じる。

 「へへへ……ゲレ、絶対に皆幸せになれるよね? 大丈夫だよね」

 部屋の中で、丸まって寝そべっている自分が拾った虎。今や自分と同じ程に大きい虎は、片目を開けてアンナの言葉に
 反応しつつも、自分は眠たいんだと欠伸で主張してそのまま目を閉じる。そんな自分のペットに彼女は笑ってベットに入る。

 (絶対……みんな、世紀末なんて言う酷い世界じゃなく……幸せな)

 そこで……彼女は目を閉じ幸せな夢の中を漂う……筈だった。






                                ……ヒュウウウウ……。




 その瞬間……彼女の居る寝室に何処からか生暖かい風が訪れる。


 「……っ何?」


 その突然の寒気。眠気が消え去ったアンナは目を開けて体を起こそうとして……愕然とした。

 (う……ごけ!?)

 動けない……金縛り。

 有り得ぬ現象、突如訪れる彼女を襲う未知なる力。

 (何? 何何何何何何……!!??)

 瞬間的な恐怖と、何かの取り巻く気配に彼女は理性を失いかける。崩壊しかけた理性を押し止めるのは……一つの咆哮。

 


                          「ガルルルルルルルルゥゥゥゥゥ!!!!」




 瞬間、彼女を守る番犬となるゲレが起き上がり体中の毛を逆立てて唸る。

 その唸り声に反応するように、アンナの体を包む未知なる拘束が解け、彼女は声を出せるようになった。

 「ゲレっ! !? 駄目っ……!」

 身に感じる悪寒。それと同時に部屋全体の物がブルブルと震える。

 心霊現象……そんな通常有り得ぬ光景が彼女の視界の中で平然と行われる。

 そして、彼女の棚に置いてあった鉄アレイが、弾丸の如くゲレの額へと襲い掛かる。

 『ギャッ!!』と、ゲレは悲鳴を上げて崩れ落ちる。彼女が悲鳴を上げる前に、その未知なる力は彼女をベットへと押し付けた。

 恐怖よりも、彼女には抵抗する気力が上回る。

 (何……これ……は!!??)

 自分の身に降りかかる何かの力。

 彼女は、振りほどこうと必死に何か無いかと体を捩じらせる。無論、意識の中でだ。

 (駄目……息……くる゛……!!)

 こんな訳の解らない出来事で死に掛ける??

 嫌……こんな死に方は嫌だ!!

 そう、彼女は涙を浮かべながら……鳥影山での出来事、ジャギとの幸せな一時。

 走馬灯のように過去の幸福な出来事が浮かんでは消えて、浮かんでは消えた。

 そして……一言掠れるように声が出る。

 「……許して」

 何か許して欲しいのか、何か如何してそう感じたのかアンナには知りえない。

 だが、無意識に気が付けばそう呟いていた。その途端、彼女を圧迫していた力は同時に消え去る。

 咳き込みつつ、アンナは起き上がる。倒れたゲレを慌てて近寄り、それが気絶しているだけだと知ると涙を浮かべて安堵する。

 (何だったの……今の?)

 何か解らない事が起きた……とても、とても怖い事が。

 未だ震えてる心臓。アンナは空気中が濁っている事に気が付き、周囲に未だ彼女を襲った『何か』が居るのではと一瞬震える。

 「……窓」

 新鮮な空気が吸いたい。そう思って彼女は閉めていたカーテンへ近づいた。

 そして、彼女は窓を開けて……そして遂に彼女は本当に意識が崩れるものを見てしまった。








                           ……未来の、彼女の終末の末路の顔が自分を睨む姿を。










 

 ……アンナは、意識をそこで手放した。













              後書き




 
  話は変わるけど、『パラノーマル・アクビティ第二章東京版』は怖かった。


  真夜中に見たけど、その日は某友人と話し込まなければいけぬ程に寝るのが怖かった。


  散々後でからかわれたが。某友人も見た後に真夜中電話してきた。



  人間、やはり恐怖は我慢出来ないなぁと感じた日だった。






[29120] 【流星編】第六話『斑鳩は視る その無情さと邂逅を』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2013/10/21 21:10
 それは、突如前触れなく起きてしまった。

 嵐の振る前の静寂さなどは見えず、ただの吹き荒れる風が一層増すように突如。

 それでも、鳥達は必死で風に乗ろうと翼を動かす。

 ただ、ずっと必死に。

 結末は変わらないと知れど。



  ・



         ・

    ・



       ・


  ・


      
     ・



         ・


 「そう言えば、師匠。先程お客さんが来てたらしいですけど、誰ですか?」

 サウザーの軍の興す国にも近い村。人々が自力で何とか乏しくも少々の芋や株を増やし、今の生活を続けようとする場所。

 その場所は、少しの賊が襲えば堪らず崩壊しそうな程に脆弱だが。その村が未だあるのは、心強い南斗の拳士達が
 いるお蔭と、近時格段に勢力が特化され拡大していっている南斗の王の領内であるからだ。

 その領内の村に住まう、南斗の拳士。

 一人は、外の方で知人である息子へと棒で剣を教える妙齢の男性。『南斗千鳥拳』のダンゼン。

 一人は、師と仰ぐ人の場所で善なる村人を守るべく警備を勤め上げるマサヤ・カレン。『南斗翡翠拳』の担い手だ。

 そして……その彼等の中心となる人物。

 『仁星』を宿す誠実君子なる人物。南斗六聖拳の一つたる『南斗白鷺拳』の伝承者シュウである。

 白鷺拳の正式な弟子でもあるカレンは、少々気にかかった事を視認した為、見張りの任を交代
 するのと休憩を理由にシュウの居る家へと邪魔しながら節約して使用してる薄い茶を飲みつつ尋ねる。

 「師匠、先程師匠の家の入口前で話していた人影って誰です?」

 静かながら居心地悪くない師と弟子の空間、湧いた質問に湯呑に口を付けていた師の手は止まる。

 「んっ、あぁ。お前が気にする事のものでもないから安心しなさい」

 そう、穏やかに微笑を維持しながら答えを出さない。普通の者ならそこで中断するが弟子の彼女は執拗だ。

 「いえいえ、気にしますってば。誰なんですか?」

 つい先程、自分の師シュウへと訪問した影。人影は正確な容姿も目視出来ぬままに
 風の如く颯爽と荒野の吹きすさぶ砂風の中へと溶け込むようにして行ってしまった。

 師匠は気にするなと告げたが、旅をするには命が幾つあっても足りぬ程に危険な今の世紀末と言う中を
 わざわざ、しかも南斗六聖と言う重要人物のシュウへ訪問する人物だ。気にするなと言う方が酷である。

 シュウは、好奇心満ちる弟子が梃子でも聞き出すのを止めぬと知り。微笑みを苦笑に変えつつ観念して口開く。

 「あぁ、来たのは南斗斑鳩拳のシンラだ。カレン」

 その言葉に、最初彼女はふーんと呟いたが、直ぐに茶を吹きかけぬ程に彼女は驚いた。

 「って……えぇ!?」

 「何を驚く? あぁ、そう言えばお前には伝えてなかったかも知れぬが、彼も以前は白鷺拳の気に関する事で
 私に短期間で教授した間柄でな。もし私伝承者にならねばなってたかも知れぬ実力の輩だ」

 「いやいや! そうじゃなくて師匠。何故、その人が此処へ?」



 南斗斑鳩拳伝承者    シンラ




 その拳法は師父であるシュウ曰く、気を扱った遠距離攻撃を主体としている拳。

 地面を走るような飛ぶ斬撃。直撃すれば容易に人を縦に斬り分ける。

 変局する軌道、遅く相手を攪乱すうるような変幻自在な軌道弾等を扱うと言われてる。
 
 実力の程をカレンは知りえない。だが、シュウの言葉を信ずるならば先代の白鷺拳と伴い、実力は師父と並ぶとの事。

 カレンが最初に彼を見た時は鳥影山での事。銀色の白髪で、少々鋭い目つきの容姿は触れ難い印象が有った。

 常に見るのは寡黙に拳を振るう姿。話した事は殆どなく、そして其の人物が誰かと談笑してるのも記憶には無い。

 仲の良い人も知る限り良く解らない。あの、常に誰にでも気さくに話しかける先輩なら自分より把握してるだろうけど。

 「……シンラさんって、どんな人でしたっけ?」

 記憶の中では情報不足ゆえに師匠へ聞く。シュウは困ったような顔を浮かべて、こう返事を返した。

 「う~む。私も、あ奴が何時も何を考えていたか良く知らぬな。だが、無口だが誠実なのは瞳で解る」

 瞳と言っても、師匠の場合は鍛えぬいた心眼と言う意味だから私に賛同を得ようとしても無意味だ。

 「……それで、何の話をしていたんですか?」

 カレンは、返事に困る内容には触れず知りたかった事を聞く。

 「大した事では無い。私が知りたかった事のように他の拳士の行方、そして南斗六聖の近況を尋ねてきただけだ」

 「……ふぅ~ん」

 嘘だ、何故か師匠の顔を見てカレンはそう感じる。未だ話していない事が他にあると直感が反応する。

 だが、師匠が嘘をつくにはそれなりの訳があってだとカレンは知っている。ゆえに話を丁度良い区切りで終わらせ警備へと戻った。

 (何事も起こらなければ良いけど……)

 そう、無力な祈りを点らせつつ。



  ・


         ・


    ・



       ・


  ・



     ・


        
         ・

 「……」

 荒野の冷たい風を黒いマントで遮りつつ、銀色の髪を風が揺らしながら鋭い目つきの美丈夫が前だけを向きつつ歩いている。

 時折、辺境の敗戦兵か逃亡兵であろうか? そのような絶望に瀕した者達が暗い光を漂わせて銀色の彼を見る。

 血と泥と負傷で汚れた装備の彼等と違い、荒野に適した暖かなマントを包んでいると思われる彼。

 少しばかり、歩く屍人のような体裁であった者達は硬直してた。だが直ぐに一様に同じ言葉を放つ。



 ……よ   こせ



 よ こ   せ



 寄越せ……!



 もはや何もかも失ってしまった敗北者達は、身包みを引き剥がそうと貪欲なる光を瞳に浮かべ、折れた武具を掲げる。

 そして、行き場を失った遣る瀬なさのままに銀色の彼へと走り襲い掛かろうと駆け出す。

 「……っ」

 鋭い目元に宿す光が俄かに揺れる。そして彼はマントの内に収めていた両手を開くと襲い掛かる兵達を見定める。

 百メートル程まで居た兵士達が、半分程の距離まで近づいた瞬間……彼の片手は一瞬視界から消えるようにぶれた。





                                 ――鷹双破!

 そう、叫ぶと共に鋭い風切り音が走り。




 「っ……」

 瞬間、兵士の一人の首が誰も触ってない筈なのに切り裂かれる。

 「……失せろ」

 裂かれた兵士を見て困惑する一団を、銀髪で角ばった顎の彼は低く命じるようにして、これ以上危害を加えるなら死ぬ事を警告する。

 そして遅れて理解する。いまの魔法のように仲間の首を触れずに裂いたのは奴だ……と。

 だが、もはや国に帰っても死ぬしか末路の無い一団は、生きる気力よりも殺す事だけに妄執して彼へと無言で特攻を再度仕掛ける。

 それに、呻くように一度彼は目を閉じ顔を歪め。

 そして彼等に次々と掻き消えるように両手を荒々しく振った。






                                  白鷺衝破!!


 

 名こそ違えど、特性は同じ真空波の猛襲。

 それに言葉を上げる事も出来ず、口を開き喉を裂かれ兵士達は彼の後十歩程の距離で全ての敗走兵が崩れ落ちた。

 栄誉も、名誉も。戦士として死ぬ事も出来ず野に捨てられ誰からの記憶にも刻まれず消える屍たち。

 シンラは、それを口惜しさと無念を秘めて其の屍達を睨む。

 数秒間、それを続け終えた後に彼は自分の目指す故郷の方へと足早に向かう。




 

                      ヒョオオオオオオオオオオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲォォォォォ!!!





 吹き抜ける荒野の土埃の風が、彼の姿を屍の佇む場所から間もなく姿を晦ました。





  ・


 
          ・


     ・



        ・



   ・




       ・




           ・



 彼が、シュウと再会を果たしたのはサウザーの軍勢が再興を起こし勢力が伸び始めた直後。

 以前は彼がシュウの師匠にも拳の手解きを受けたゆえに、彼が知る数少ない縁者の無事を確かめる為に、そして
 これから行われるかも知れぬ未来の危惧により永遠の別離するかも知れぬ事を予感して彼はシュウと短い会話を行った。

 『シュウ。サウザーの軍勢の行進が徐々に激化している、先日も黒薔薇一族の方へと多くの命が失われたとの事だ』

 味方、敵共にな。そう短くも簡潔に先行きに暗さが滲んでいると含むシンラの物言いにシュウは間を開けて返答する。

 『然様か。……お前は、如何するつもりだ。このまま誰かの下へと付き、平定の世の為に拳を行使するか?』

 心眼のままに、シンラの姿を見据えながらシュウは言葉を続ける。

 『もし、お前が心安らぐ生き方を望むならば私の下で暮らさぬか? 同じ南斗の拳士であるからでなく
 私個人はお前の在り方を気に入っている。……この命続く限り、この地の平穏を守り抜くと私は誓おう』

 そう、例え乱世の時代となろうとも変わらぬ聖人なる性格の人物に錆び付いた笑みを一瞬シンラは浮かべ、そして固い顔へ戻る。

 『……俺は、どちらもにも付かぬ。事の成り行きを、故郷で見守るつもりだ』

 南斗の傘下として戦場に付く事も無い。かと言って平和を望み民と共に暮らしもしない。

 『正直に言う、俺は昔からサウザーを信じれぬ』

 シンラの独白。その胸の内に抱えた内容へと無言を貫くシュウへと彼は続けた。

 『これは、俺以外にも多く感じる事だシュウ。昔ならば、未だ仮初ながら平和な世ゆえに彼の王もまた動きを起こさなかった。
 ……だが、この時代には何の鎖も枷も無い。力ある者ならば、容易にソレを行使する事出来るだろう』

 かつてのサウザーは、平和と言う抑止あったからこそ派手に暴走する事は無かった。

 だが、今は世紀末。倫理を破る事に歯止めを掛ける存在は無い。もし彼の南斗の王が暴走するならば……。

 『シンラ。まさか、お前は……』

 シンラの、言い知れぬ決意を秘めている様子。

 そして其の淡々と喋りながらも、独白から読み取れる感情にシュウは一つの予測を打ち立てる。

 ソレが正しければ、彼が取る行動。それは……。

 だが、シュウが全てを言い切る前に。訪問者は強くなった風の音と共に『仁星』へと背を向けた。

 『もう行く……同じ拳士として、貴方は俺が唯一尊敬出来る方だったよ』

 これが、シンラとシュウの最後の会話。

 それを最後に、彼は今や一つの村で少々の銃器を携えた若武者の顔をした人物達と並び立って一人の人物の声を聞いていた。

 場所で活動してるのは『天角』と呼ばれる組織。

 サウザーの粛清を密かに知り、シュウ以前に行動した反抗組織(レジスタンス)である。

 「……サウザーは! 多くの兵力を隠れ蓑とし、我等の住処を襲撃した! 明らかに! これは我等への宣戦布告である!」

 指揮をとるは大柄な男。その人物の体の幾つかには真新しい傷跡が見える。

 その傷が、指揮者たる者が以前は仲間だった者から受けた裏切りの証明を言葉より重みを持って晒していた。

 小銃を空中に上げつつ、彼の演説は止まらない、止まれない。気炎と後を退けぬ覚悟を秘めて演説は続けられる。

 「平和な時代は崩れた! 彼の王は今や勢力を広め、そして自国には伝えずも秘密裏に障害となる者達を潰しまわっている!
 我等の耳となる者達の話が事実ならば、南斗を束ねていた元老院も陥落した! 今日にでも我等の場所の襲撃が予測される!」

 ざわざわと、その言葉に他の民達が動揺を露にする。

 元老院が? 真か??

 半信半疑、今まで信頼を向けていた者による理由なき殲滅。だが、悲しきがな全ては真実である。

 指揮する人物は一発空中へ撃つと、騒ごうとした者達を鎮めた。

 「うろたえるな我が同志達よ! 正義は我等にあり! 我等は鳳凰を倒す正義の使者! 正義はこちらにあるのだ!!」

 正義。

 彼等が生きる為の目的。微かな彼等の強さの原点。

 「立てよ民よ! 我等『天角』!! 自由の為に鳳凰を討つべし!! 自由と平和の為に! 我等『天角』の強さを見せよ!」

 『おぉ!!』

 その声に同調するように戦える民は大きく声を上げた。

 だが、敵は既に来ていた……恐るべき、サウザーの抱える兵達が。

 



                           『突撃いいいいいいいいいいいぃぃ!!』




 突如、馬を走らせて彼等の前に小銃を装備とした兵士達が現れる。

 今まで交戦してきた敵軍達で吸収したサウザーの兵。

 彼(王)だけが自由に操る事の出来る恐れを知らぬ傀儡共である。

 『王(サウザー)の為に死ヲ! 王(サウザー)の為に死ヲ!! 王(サウザー)の為に死ヲ!!!』

 迫り来る兵団。それに険しく顔を顰めつつも覚悟を決めた組織の首領は勇ましい語気と共に呟く。

 
 「……っ来おったな、狂戦士共め……! 行くぞ、家族よ……!!」

 武器を空中へ掲げ、互いの魂を一つにして彼等も怒号を上げる。




                               『この世界に……自由ヲ!!』




 そして、天角とサウザーの控えた軍勢は激突する。

 互いに死力を尽くした全力の激突。多くの民と兵達に死が訪れた。

 『天角』の戦士達も決して弱小では無い。必死に少なくも残る火器を有効に使い、南斗聖拳を扱える
 者達は武具を扱い勇猛果敢に抵抗する者と一致団結し孤高奮闘の絵図を産みだした。

 だが、一月が経てば『天角』の組織は壊滅への末路を辿った。完全なる物資と兵力の大きな隔たりが有り過ぎたのだ。

 誰にも知られぬまま……サウザーの軍勢と交戦しあった『天角』の組織は今や全滅……生存者は皆無に見えていた。

 ……いや、ただ一人。

 天角壊滅から数日後……朽ち果てた組織の跡地で、残骸や残された部品をかき集め、黙々と同士の墓を立てるシンラの姿があった。

死に場所を探しているわけではない……しかし、生き残ることを考えているわけでもない。今も彼は一人で軍勢に挑む気だった。

 やり場のない衝動は燃えかすのようにくすぶり、鬼のような形相として表れる。「自由」……そんな具体性の無い
 「平和」を望むことが禁制とされる世の中において今やこの男の目的は行動を正当化するための言い訳でしかなくなっていた。

 やがて、夜も明けようという頃。シンラは冷たい光を宿しつつ敵軍の一団の方へと一人形相のまま歩み寄る。

 その彼の冷静な部分が、一人ごちて心中呟かす。

 (何を焦っている? ……いや、焦ってなどいない……いるはずが無いのだ……しかし……)

 だが、彼の考えも途絶える。気が付けば生き残る敵兵と気が付きサウザーの傀儡の兵達は襲い掛かってきたからだ。

 シンラは静かに体の血流に闘気を始動させ、大きく空へと飛ぶ。

 放つのは……彼が今放てる最大限の一撃!




                

                                 ――白鷺衝破!!!





 闘気を込めた一撃。敵兵達の多くは、彼が今まで屠ってきた者達と同様にして流血を浴びながら地面へと崩れ落ちていく。

 次々と敵の傀儡は恐る事なくシンラへと向かって来る。剣や槍で向かって来る兵士達を迎撃し
 飛来してきた矢を躱しながら彼は次々と兵士達の屍を着実に築き上げていく。

 そんな生死が隣接しあった戦場の中心で興奮するわけでもなく別の自分がこう考えているのが解った。

 (なぜ、俺は戦っている? ……自由に生きるためだろう。 ……だが、俺はどこへ行こうとしている……!?)

 自問自答。だが、それも突如その眼前にサウザー軍の武将が現れる事によって中断された。

 大柄な武将。軽装でシンラから見ても腕が立つと思われる気配……大将首である事は間違いない。

 彼は、一人だけで大勢の自軍に挑んできたシンラを面白そうに見詰めて呟く。

 「天角の生き残りか……たった一人でここまで来るとはな……」

 その言葉から、その男が自分達の仲間たちを虐殺した兵達の指揮官の一人である事をシンラは見抜いた。

 カッとなり、彼は感情のままに其の大将首へと殺気を漲らせて叫ぶ。

 「……だからどうした! 貴様らとは命の賭け方が違うんだよ!!」

 平和の世の為に、逆賊を討つ。それが自分の務め……その筈だ!

 「……青いな……」

 だが、シンラの感情を逆撫でするような冷笑浮かぶ武将。逆上し、そのまま武将へと躍り掛かるように対峙するシンラ。

 他の兵達を手でおさえ、武将は一対一での闘いを引き受ける。シンラの衝撃波を、彼は巧みに避けて崖のある付近へ誘導する。

 シンラの白鷺衝破は武将に手も足も出さず猛襲を続ける。武将は一度も彼に反撃する素振りは見せない。

 (勝てる! 南斗聖拳の飛ぶ斬撃も覚えぬようならば、このまま……)

 戦闘に入ったシンラは、武将に反撃許さぬ連撃し続け、有利に戦闘を進めているように見えたが……。

 「ふむ……」

 だが、武将は顔色一つ変える事なく踊るように彼の衝撃破を避け続けると、彼に好戦的な笑みを浮かべ返答する。

 「フッフッフ、なかなか良い腕をしている……だが」

 今まで、手も足も出さなかった彼の片手に粒子のような光が輝く。

 「ならばこれでどうだ?」

 そう言った瞬間……武将の片手から鋭い光が奔流し……斜めの方向で空中を待っていたシンラへと向かった。

 「誘導弾!!?」

 高度な南斗聖拳の技。甘く見ていた……っ、この武将の真の実力を……!!

 「……っ!!!ッ!」

 光は、シンラの体を突き抜ける。

 呻く事すら出来ず、光の通過後シンラの体は焦げる様に煙を吹きつつ……そのまま衝撃で崖へと体は落ちていく。

 (くそ……くそ!)

 薄れいく意識の中……武将の声が聞こえてくる。

 『若造……単身で挑むとは真に勇敢な事だが……命は賭けるものではなかったな』

 (寝言……を! また……終わった訳……じゃねぇ)

 急速に沈んでいく意識、それと同時に上回る体の落下。

 深い谷底……その暗闇を眺めつつ武将は顎を撫でながら最後にポツリと言った。

 「……この高さから落ちれば生きてはおるまい」

 闇は無謀に挑んだ勇姿の姿を完全に消してしまった……もう後を追いかける事も出来まい。

 「フッ……勇者よ、生きていたらまた会おう」

 そう言って、彼は自軍を連れてサウザーの居る場所へと帰還した。

 生きる事を軽んじて飢えた獣の如き心へと変貌しているシンラの体は垂直に谷底へと落ちていく。

 だが、奇跡か定めか? 彼の体は南斗拳士としての修練お陰か、はたまた天の配剤か、運命か?

 肉体の抵抗を無意識に出来る限り減少させながら、彼は一定の落下速度を維持して奈落へと向かう。

 そして……彼の体は常人なら死ぬ速さながらも、谷底に世紀末以前に流れていた川の名残で出来上がった、湖畔の上に落ちたのだった。

 一瞬深く水に沈んだ体も、人体に有る空気によって徐々に体は上へと上がり、そして水面に浮き上がる。

 その場所へ、数人の人影が半刻程して桶を携えてやって来た。

 「……? !!? な、何たる事だ。死体が浮かんでよるっ」

 皺枯れた声。騒ぐ声たちは全員老人の声だ。

 「こりゃなんちゅう事かのぉ。恐らく崖上から身投げしじゃたんろうて。ナンマンダブ、ナンマンダブ……」

 一人の老婆は早合点して合掌して念仏唱えるも。その前に一人の老人は杖を扱って
 何とか浮いている彼を手繰り寄せて、その脈を図ると共に隣でお経を一心不乱に唱える老婆へと口早に告げた。

 「これ、まて婆さん。……っや、やっぱしじゃ! 生きてる! 生きとるぞ~い!!」

 「何っ! 生きとるじゃぞ!? えらいこっちゃ、えらいこっちゃ……これっ何時までも念仏唱えてる
 場合でねぇ! こんの若い者を早く村長ん所まで担ぐぞ! 担架ねぇんやから全員で運ぶんじゃ、それ!」

 その言葉で、慌てて老人達は血だらけ、傷だらけの彼をゆっくりと数人で運んでいった。

 それはかなりの長距離。一時間後に崖下の何処ぞの穴倉を伝い、一つの場所へと出る。

 其処には、シンラを運んだ人数よりも大勢の人たちが居た。全員が全員老人ばかりであったが。

 「……っ!? ど、如何したんじゃ!? その銀髪の青年はっ!?」

 井戸端会議していた老人達の中心、その中で練磨された肉付きが認識出来る老人が進み出てシンラを見て呟く。

 「あぁカザモリのお爺や。こんだば、天から落ちたんか知らんが湖に落ちよったんやで、自殺志願かのぉ」

 「湖じゃと? ……っこの傷……身投げじゃないな。恐らく……誰かと戦ったんじゃ……それもとても酷く」

 その場所は、姥捨ての里。

 世紀末前から、平和もありけど貧富の差は未だ引き摺っていた。ゆえに、老人達を野へ捨てるような風習も残っていた。

 そのような老人達が生きる為に長年の経験を振り絞っての自給自足の生活。人目を阻んでの生活のお陰が彼等は僥倖ながら
 核の炎でも奇跡的に生き延びていた。この里では、未だ地面には自然が残り平和な名残が点在しているのである。

 カザモリ老人は、その中でも南斗に所縁ある人物だった。だが、彼が世捨て人になったのは、周囲から厄介視されたのでは無く
 彼自身が荒れている世俗に嫌気が差しての事。彼のそう言う特殊な経緯が、この里で村長の位になる理由でもあった。

 「すぐに手当てをしてやれ」

 その言葉で、シンラは早急に手当てを施される。そして彼はカザモリ老人の屋敷に移る事になる。

 既に昼は過ぎ、カザモリ老人の屋敷の障子に夕日が差し込んみ、夕焼け色に染まった部屋の外からは
 幻聴かも知れぬが蝉時雨の声が聞こえてくる程にカザモリの里には未だ平穏な空気が纏っていた。
 
 眠り続けるシンラの意識中に、ぼんやりと二人の人影が現れる。

 夢か現実か? 彼が目覚めた先では覚えずも、その影は容貌は確かでなくも男と女の声である事は彼に理解出来た。

 (大丈夫……いつかきっと、分かり合える日が来る)

 (そして遠い未来へ……命は受け継がれるから)

 それに、シンラはぼんやりとした意識の中『未来』と言う言葉だけを反芻させて深い眠りの中へと引き摺る。

 ……そして、彼は翌日に目を覚ました。




  ・


 

          ・


    ・



       ・



   ・




      ・




           ・



 「……斑鳩拳の奴が谷底に落ちた……だと?」

 「はっ、私がこの手で直に。……死体こそ無いが、恐らく死んだのは間違いないと」

 サウザーの本国。最近では立ち入るにはサウザー直の許可が居る場所で一人の武将がサウザーへと傅いている。

 彼は、以前は南斗108派から追放された人物。だが……この世紀末になって追放された108派の人物は交渉していた。

 即(すなわち)……サウザーの粛清後に108派に導入する約束である。

 「……少々気に掛かる事がある」

 サウザーは、暫く背を向けて考えを纏めてから武将へと体を向き直す。

 「南斗聖拳正統伝承者の力を侮るな。奴等一匹で一兵が五十集まろうとも殺す事は至難なのだ。……斑鳩は拳法でも上位」

 そう言って、彼は失敗は許さぬと言う冷酷な光を浮かべて武将へと命じる。

 「偵察兵を編成し、その崖を下り奴の屍を拾い上げなければ貴様の108派へ挙げるのも無しだ」

 その言葉に、一瞬顔を顰めかける武将。だが、彼もまたサウザーの恐ろしさを目にしている。命は惜しいゆえに素直に頭を下げる。

 「解りました……すぐにでも、奴の首を王の元に……!」

 「有無、期待しているぞ」





                                  『アサミ』




 アサミ。そう告げられた男に対し、サウザーは続けて命令を出す。

 「念のために、俺が見込んだ奴を偵察兵に入れておけ。万に一つの可能性も見込んでだ」

 その言葉に、何やら反論しかけるアサミなる武将。だが、彼は頭を下げるだけで留まった。

 一礼と共に去るアサミ。サウザーは、そのシンラが堕ちたと言う彼方の虚空を睨む。

 「……斑鳩拳の使い手……か」

 そう、口元を笑みで歪め。

 「これで死ぬようなら余りに詰まらぬ」

 活きの良い、自分に牙を突きたてようとした最初と言える男の以前に最後見た若かりし頃のシンラを思い出し彼は思う。

 自分に反逆を志す男の……その末路を。




  ・



           ・


    ・



        ・


   ・



       ・



           ・


 「……ぅ……!? 此処は……」

 目を覚ましたとき、それが見知らぬ天井だと視認したシンラは困惑の第一声を放った。

 「此処はカザモリの里。……主(ぬし)は崖から落ちたのだが……覚えておらぬかな?」

 横から聞こえてきた声。慌てて警戒するが、それがただの老人だと知ると彼は力を抜ける。
 
 そして、カザモリ……と言う言葉から、以前『天角』で反抗勢力として活動してた頃に聞いた噂を耳にする。

 とある隠れ里。その里では世紀末前に家族から見捨てられた老人達が住んでいるのだと……。

 「カザモリの里……! 姥捨ての里……っ。ぁ……いや」

 気にしているであろう事を思わず言ってしまい、シンラは申し訳なさそうに頭を下げる。

 その、善良なる態度にカザモリ老人は静かに笑みを浮かべて返事をする。

 「よいよい……世の中からは、そう呼ばれておるようじゃな」

 気にしては居らぬよ。そう朗らかに笑う事でシンラも気分を持ち直し……そして気が付いたように叫ぶ。
 
 「……ハッ!? 奴は……ッ」

 自分を打ち破った男。サウザーの手先であり『天角』を、自分の同胞を虐殺した者達の指導者。

 見渡し、先程のカザモリ老人の崖から落ちたと言う言葉も吟味して自分は随分復讐するべき者と離れた事を彼は理解する。

 こうしてはいられない……そう起き上がろうとしてシンラは湧き上がった激痛に体をくの字へと折る。

 慌ててカザモリ老人は彼の肩へと手を置いて諌めるように言った。

 「落ち着け! 如何言う事態かは知らぬがお主は肉体を酷使し続けた……今も生きてる事は天の遣わした奇跡じゃ。
 一体如何なる事で、お前がそう命急ぐような真似しとるか知らぬが今は休め。命があった事を有り難いと思わんとな」

 その言葉を聞いても、彼は掛けられた布団の上で硬く拳を握り震わしながら、声を紡ぐ。

 「……っ全く、俺の拳が通用しなかった……!」

 命がけで挑んだ。仲間達の想いを背負い一矢報いようと……それなのに。

 「くそっ!! 畜生!!!」

 布団を強く鷲掴みする彼の傷だらけの手の甲に、ポタポタと雫が落ちていく。

 形相のままに涙を流すシンラ。そんな荒れ果てた心を察して、カザモリ老人は彼を静かな瞳で見守るだけに留まるのだった。



 ……二週間が過ぎる。


 穏やかな一時。独自で耕した栄養のある野菜、そして地形によって守り抜かれた水源のお陰で清涼な豊富の水。

 今まで困窮なる場所で闘い消耗していたシンラの体力は一通り回復に至った。

 以前の健康な頃と同じ筋肉を取り戻したシンラ。血色が戻った彼は落ちてきた崖を見上げている。

 そこへ、ゆっくりとした足取りでカザモリ老人がやって来る。

 「……いくのかね?」

 「世話になりました。この御恩、一生忘れません」

 深く頭を下げて、南斗の拳士として精一杯の礼をシンラはカザモリ老人に告げる。

 どのような言葉で引き止めようと、この若者は死地に戻る。それをカザモリ老人は見抜いてる。

 「うむ……しかしぬしはなぜ戦う? ……ある意味では、サウザーに従った方が楽な生き方もできよう……」

 この世に捨てられた村にも、風の噂でサウザーの軍勢の激戦激化の近況は伝わっている。

 今では、サウザーに勝てる者はこの地には存在し得ぬ程の脅威。敵と言う立場ならば死は免れない。

 だが、そのカザモリ老人の助言を静かに首を振ってシンラは返答した。

 「一人になってしまった今となっては、天角の大義名分は無いも同然……だが、生涯の中で一瞬だけでもいい……。
 例え、この身が灰燼に帰すとも、後悔の無い生き方としたいと思う。自分はサウザーを倒し、自由を取り戻すことを、それと決めた」

 ……決意。

 南斗の拳士として、戦士として。

 今の彼には心の内に誇れる思想なくとも、過去を引き摺り闘う亡者と言って良い。その彼に優しくカザモリは再度尋ねる。

 「ふむ、もっともらしいが……それは身勝手な言い分とも言えないかね?」

 それに、少々怪訝そうにシンラは言い返す。

 「しかし、己の信ずるもののために戦い、結果、それが皆の平和や自由に繋がるのだとしたら、それは良きことではないのか?」

 そうだ。平和や自由の為にならば致し方が無い事がある。

 天角の組織として、彼の生涯では結果的に武力行使でしか決着つけれぬ事も数多く見えていた。

 だからこそ……この選択は致し方が無い。そう彼は無理に自分を納得している。

 その未だ心の中で微かに自問自答するシンラの心を知るようにして、説法のようにカザモリ老人は説き伏せる。

 「世の中には、それを望まぬ者もおる。また、それとは違った形の平和や自由を望む者もおる。
 ……結果……自由のために平気で人を殺す……我々は、自由を求める殺戮者であってはならない……わしはそう思う」

 それは……確かに真理。

 だが、ならば如何すれば良い? この八方塞とも言える自分のあやふやな心を貫くには如何すれば良いと?
 
 困惑するシンラにカザモリ老人は微笑み……そしてうなずく。

 「平和や自由の形は、人の数だけある。戦う時はそれを忘れぬことじゃよ……ところでぬしは丸腰で戦うつもりなのかな?」

 「私の拳が最大の武具です。それ以上は必要ありませぬ」

 「だが、捨て身の特攻でぬしは敗北を喫したのでは?」

 痛いところ突かれるシンラ。カザモリ老人の鋭い指摘に彼は言葉を窮する。

 「それは……」

 何も言えない。その未だ若い事が伺い知れる彼を楽しそうにカザモリは笑い、そして先頭を歩く。

 「ホッホッホッ……ついてこられよ」

 「何処へ?」

 「付いて来れば分かる」

 ……不思議そうなシンラを連れ。微かな微笑を浮かべてカザモリ老人は歩き始めた。





 …………。




 シンラは村の外れにある岩肌に出来た人口の洞窟へと案内された。

 その場所には、色々な拳法に関する記録が岩肌へと彫られていた。その丁度奥に……彼の携わる拳法についての記録も彫られている。
 
 南斗の拳士の若者ならば、喉から手が出る程に極上の情報。それらが刻まれた石碑の洞窟の奥。

 その奥に刻まれた内容。それにシンラは目を見張りつつ呟く。

 「これは……」

 静かな驚嘆を浮かべるシンラ。それに頷きカザモリ老人も説明する。

 「うむ……斑鳩拳の奥義じゃ」

 文字の刻まれた壁。その内容は自身が習得している斑鳩拳に対する様々な奥義、そして応用出来る技
 が様々に書かれている。シンラが今覚えている以上の内容が其の壁には刻まれていた。

 如何言う事か? そう顔で説明を求められカザモリ老人は詳しく伝える。

 かつて、自分は南斗で多くの拳法の守秘、記録に携わる人物であった事。

 だが、南斗の影を行使する者達の考えに次第に嫌気が差して脱却した事。

 そしてせめて書物に残せずとも……自分の頭に納まる限りの拳法の事を後世へと残していきたかった事。

 溜息を吐いて、カザモリ老人は自分の捨てられた経緯を振り返り最後にこう呟く。
 
 「姥捨て里とは、よく言ったものでな……今の世の中にとって、わしらは不要な存在らしい……じゃが、この世の中の
 命、意志、存在、すべてのものにはちゃんと存在理由がある。不要なものなぞ存在しない。
 ……この斑鳩拳は、わしらにとっての自由の形であり存在の証じゃ。人を活かすためのものと……そう、わしらは信じとる」

 「人を活かす……?」

 何故、自分が備えている拳法が? と、シンラは理解できないと顔で示した。

 「今は理解できなくともよい。各々、それに気付く時がやって来るじゃろうて」

 そこへ、洞窟の修理にあたっていたであろう二人組みがシンラ達へと近づく。

 「ン、粋な面構えが来よったな……カザモリの爺様、そいつか?」

 その老人は、顎の髭を撫でつつシンラをジロジロと無遠慮に見詰める。その行為を取り直さそうともせず、カザモリは紹介する。

 「うむ、シンラじゃ」

 二人組みに頭を下げるシンラ。少々の他人の素行の悪さなど彼にとっては我慢出来る範囲内だった。

 「わしは、シンカイ。ここで手伝いをしとる。そっちの爺さんはアマナイと言うて、この秘孔を載せてる元拳法の大先生じゃ」

 アマナイは、何やら野生の獣を掴みつつチラっと横目でシンラを見ると……。

 「フンッ!……殺気立ちおって、まるで鬼の面じゃ」

 「!!っ」

 自分の懊悩し、言い尽くせぬ仇敵への想いを看破され驚くシンラ。

 だが、彼の驚愕など無視して。アマナイと言う元拳法の達人は洞窟を出ようと歩く。

 「おいおい、まだ新しい秘孔試すつもりかいな? やめとけ、やめとけ」

 どうやら、シンカイの言葉だとアマナイは獣で秘孔の実験をしてるらしい。

 「フンッ! 大きな世話じゃ……おい、色男ッ!! ……壊・す・な・よ!」

 壁を壊し碑文を傷つけるな。したら容赦せんぞ。

 そう一睨みしてアマナイは去る。その足音は荒々しく随分遠くになっても聞こえていた。

 昔はかなり激しい気性の持ち主だったろうなぁと、シンラは見送りつつそう感じた。

 去る二人組み。それを見届けてカザモリ老人は呟く。

 「斑鳩拳の極意は、普通の南斗聖拳とは少々勝手が違うでな。訓練が必要じゃが……やるかね?」

 無論。そう示すかのように、カザモリ老人へとシンラは無言のまま頷く。



 


 ……強くなる。


 強くなりて、サウザーへと……あの天雲を乱し悪凶の王鳥へと、我が斑鳩拳のカマイタチで報おう。



 (待っていろ……サウザー)


 (必ずや……お前を倒す!)




 静かなる一羽の鳥の反撃の狼煙





 

                              嗚呼 斑鳩がいく……。










                後書き




     


  後、数話でブスさん出るよ







[29120] 【貪狼編】第六話『拳と共に北斗の者 邪霊を祓え(前編)』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/26 16:21
 




                              『はぁ!? 心霊現象!!?』








 その日、鳥影山では素っ頓狂な男女複数の声が木霊した。

 一人の少女の告白により。




 「……うん」

 少々顔を青褪めて、昨夜に起きた出来事を話すアンナ。

 ポルダーガイスト、金縛り……そして最後の自分の変わり果てた姿の直視。

 最後に関しては単純に女の霊と言う関して濁したが、全員が全員アンナの話を聞き終えて複雑な顔をしている。

 先ずは、彼女に一番近しい関係でもある、ジャギが意見を述べる。

 「……とりあえず、今日は家には帰るなよ、アンナ。……ゲレは入院中で、リーダーは何ともないんだよな?」

 「うん……幸い骨には異常ないけど、一週間ゲレは安静が必要だって。兄貴は全く気付かず鼾かいて寝てたよ……」

 起きてても、多分気付くかも怪しかっただろうけど。と、アンナは溜息を吐く。

 次に、彼女の親友でもある少女三人が口を開いた。

 「幽霊ねぇ……私達、お目に掛かった事は皆目ないけど不安でしょうね、実際目にしたら」

 「まぁ寮だったら同室だし安心しなさいよ? そんなん出ても私達が追い払ってやるわ」

 「へへ……二人とも頼もしいね」

 キマユ・ハマの言葉に彼女は元気付けられる。……一方未来で彼女の義妹になる可能性のある少女は思考を飛ばしていた。

 「あぁ……旦那様がそんな危険かも知れぬ場所に居るなんて……! この鴛鴦拳のシドリ! 只今旦那様の元へ!!!」

 「いや、おめぇ行く方がリーダーの貞操がやべぇ……って行っちゃったよ、おい!?」

 ジャギが突っ込む暇なくシドリは行く。まぁ、彼女の行動は常にリーダー最優先ゆえに、彼等はシドリが消えると話を戻す事にする。

 次に口開いたのは、ジャギ・アンナと何時も行動する事の多い人物では常識人である南斗六聖の一人、シン。

 「先ず、一般説では塩を盛るべきだろうな。それと、ジャギ。お前の家は寺院なんだから札でも用意するべきじゃないか?」

 と、彼は心霊現象に当たってはまともな対応を述べる。まとも過ぎて面白味にも欠けるが。

 その次に口開いたのは同じく南斗六聖のレイ。彼に至ってはオカルトは懐疑的ゆえに、少々反論を述べる。

 「しかし、どうにも信じれんな。アンナ、過労が何かによって勘違いした可能性は無いのか?」

 「違う! 例え私が可笑しかったとしてもゲレを気絶させるような事する訳無いでしょう!?」

 「……ぁ、いや。すまなかった……」

 少々精神が過敏になっているアンナにとって、レイの無難な科学的予測も今は怒鳴ってしまう程に彼女の感情を苛立たせる。。

 すぐ謝罪するレイに、彼女も直ぐに自分の行動の過剰さに気付いて同じくバツの悪い顔で頭を下げる。

 一方……今まで沈黙を貫いていた馬鹿三人組はと言うと……。

 「……先ず、一番肝心な事を聞いてなかったな? キタタキ」

 「あぁ……こいつを聞かないなんて全員抜けてるぜ。セグロ」

 その言葉に何だ? と言う表情を浮かべている全員を無視し、セグロ・キタタキは生真面目な顔でアンナへとずばり聞く。

 『アンナ……!』

 「え? ……い、今の話で何か気付く事あった!?」

 そう、未知なる現象を打開するかも知れぬ意見をアンナは期待して彼等の言葉を待ち……。

 『その幽霊って美人(萌えっ子)だっ『死ねお前等!!』ぎゃあああああああ!!!?』

 ……と、彼等がそんな殊勝な発言する事など有る筈なく。数人掛りで殴られ森の奥へと飛ばされる事で終わった。

 期待して損した……と、涙目になるアンナを。イスカだけは肩に手を開いて慰める担当を無言で行使するのだった。

 そんな良い案も余り浮かばない中で……一つの声が乱入する。




 「……何だ、何だ。何やら騒音が鳴り響いていると思えば……朝方に見るには珍妙な面が揃っているな」

 その、馴染み深い声に少々嫌そうな顔を多数が浮かべて人物を見る。

 赤い長髪、そして女のような化粧を施す青年の体格へとなりつつある少年。アイシャドウの目が、全員を意地悪そうに見渡す。

 「お前等は何時であろうとも阿呆面を並べられるんだな。アンナ、お前もその……ひと」
 
 そこで、彼はアンナの顔色が悪い事を見るとジャギへと尋ねる。

 「……如何した?」

 「アンナの家で俺も解らないけど心霊現象出たんだよ。今ちょいと対策練る為に相談してんだ」

 邪魔すんなら、あっち行けよ。っと、ジャギは勇敢にも犬を払うような仕草をユダに示す。

 常人がユダにやれば、切り刻まれかねぬ程の侮辱に近い行動だがユダは別にジャギの行動に怒りもせず『ふむ……』と思考する。

 そして、ジャギに構わずアンナへと近づくと彼は尋ねた。

 「調子は?」

 「う~ん……今は平気かな?」

 「そうか……まぁ、お前は無駄に元気だからな。魑魅魍魎の類だろうと、取り憑くとて一苦労だろう」

 そう言って、皮肉なのか冷笑しつつ彼はアンナの頭をポンポンと軽く叩くと。もう用は終えたとばかりに去る。

 一言、付け加えてた。

 「おい、ジャギ。お前が最近周囲に触れ込んでいる予言とやら……本当に信じてるなら俺が良い医者を紹介するぞ?」

 「大きな世話だ! おら!!」

 大袈裟に拳を振り翳すジャギ。ユダは、笑い声立てながら彼等の前から堂々と去っていった。

 既に森奥から戻っていたセグロ・キタタキは感想述べる。

 「……ユダがあぁ言う風に笑うのって」

 「あぁ……色々と不気味だよな」

 無礼な感想を終えて、彼等ももう修行の時間だなと各自解散する。

 ジャギは、しこりのような不安もある。だが、相手が生身の人間で無いのならば今は打つ手は無かろう。

 「アンナ……何があったら、俺に言えよ」

 「……うん、大丈夫だよ……ジャギ」

 そう、彼女は柔らかに微笑んで、その日は無事一日終えた。

 ……終える筈だった。








 ……朝方、彼女が悲鳴を上げるまではだ。






 『……』

 「……は、はははは……何なんだろうね、これ?」

 その翌日。同じように集まった拳士達が注視する中、アンナは昨日よい生気を失った顔で空笑いを立てている。

 ……その腕には、くっきりと何かが腕を強く掴んだ痕が残っていた。

 真っ黒な痣。何やら男の腕が掴んだようにも見える痣である。

 「……そ、の。昨日お前等が喧嘩したとか、そう言う」

 『な訳無いでしょう!?』

 レイは未だ微妙な可能性を信じて意見をするが、瞬時に寮で一緒に過ごしたハマ・キマユに怒鳴られ却下された。

 「昨日も少々裸で抱きついたりしたから解るけど! この娘の腕にこんな変な痕は付いてなかったわよ!」

 「然も! 寝ている最中全く気付かず窓も扉もちゃんと施錠してた! 全然気付かずこんなのって有り得ないでしょう!!?」

 キマユやハマが少々険しい顔で反論するにも訳がある。

 この鳥影山は自然の砦。何やら悪しき存在居れば自分達が気付き迎撃する心構えだ。

 だが、全く気付く事なくアンナの腕に誰かに強く掴まれた痕が出来た……そう、南斗拳士に気付かれる事もなくだ。

 そして……多分これが一番最悪な事だが。

 「アンナに何か取り憑いている可能性が高い……かもな」

 シンが静かに呟いた言葉が、周囲を嫌に静かにさせる。

 ……もし、何かの悪霊がアンナの家に忍び込んだのならば除霊でも何なり出来よう。
 然しながら、二日続けてアンナだけに起こると言う事は、これははっきり言ってアンナ自身に何かが起こっているとしか説明出来ない。

 不気味な静寂。そしてジャギはぽつりと言った。

 「……気休めだがお祓いして貰うか。……心当たりは有るし」

 「うんっ……あぁ、そうだな。お前の所、そうだったもんな」

 ジャギの言葉に、納得したようにシンが頷く。

 ジャギの父……師父リュウケンは北斗伝承者並びに寺院の僧侶でもある。

 彼ならば霊を祓う真言は知っているだろう。……そう知っている者ならば、ジャギの提案に安心する。

 「……一応、知り合いに水晶でも貰ってくるか」

 一方、ジャギが何とかする宛てがあっても。それが駄目な時の対策としてレイ一同は各自準備に馳せ参じる。

 レイは、そう言って知り合いに誰かそう言う類の者を所有してるか聞きに出る。

 「そんじゃあ、俺は近所の家でお守りでも貰ってくるぜ!」

 とセグロは鳥影山を勢い良く飛び出し。

 「じゃあ……俺はパワーストーンでも集めてきますかね」

 キタタキも、頭を掻きつつ収集へと出かける。

 「僕は近くの寺から清め塩を貰ってくるよ」

 イスカは、そう言って全員へと一度別れを告げて飛び出した。

 「……じゃあ、私は破魔矢でも貰ってきますか」

 「なら、私は札ね」

 キマユはそう言って別方向に、そしてハマは札を何処かから貰うために出る。別れ際、アンナに無理するなと言い残し。

 残されたシンとジャギは、座って茶を飲み英気を取り戻そうとするアンナを見つつ小声で相談する。

 「……まぁ、リュウケン様ならば悪霊の一匹程度祓えるとは思うが……因みに、ジャギ。これが本当に霊の仕業と思うか?」

 「……可能性は無いとは思えないな」

 何せ、この世界は北斗の拳ならば……霊は実在すると言って良い。

 過去であると『蒼天の拳』ならば西斗月氏の怨念の集合体と成る狼……そしてその墓を守っていた砂の番人。謎の導師。

 『北斗の拳』でも明確な霊の描写なくとも、魔闘気だって普通の世界では有り得にし、シャチの女人象の亡霊による不死化もそうだ。

 この世に霊は実在する……ジャギは疑っていない。

 そう、顔に霊の居る事実を疑っていないジャギに。シンは少々溜息を吐きつつ場を去るために背を向ける。

 「……今日は修行はせず行くんだろ? ……俺も、気休めだが御守りになるものを知ってるから持ってくる」

 「あぁ……サンキュー」

 「気にするな。……本当なら、サウザーにでも頼んだ方が心強いだろうが……あいつは急がしい身だしな」

 シンはそう、都合の合わぬ事に口惜しそうな表情を若干浮かべつつジャギとアンナの場から去った。

 確かに、サウザーならば悪霊如き天翔十字鳳の奥義でも扱えば、その神気に悪霊すら恐れ戦き消滅しそうだとジャギも思う。

 だが、今は王になってジャギ等の頼みを聞き難しい政治に頭脳を駆使し国家と話術で挑んでいる……彼には彼の闘いあるのだ。

 「……ユダも、あんま頼れねぇしな」

 一見すれば、黒魔術とかそう言った呪いやら憑き物の類に関してはユダの方が自分よりは博識かも知れない。

 だが……彼を頼ると、絶対にそれを貸しにして後で何やら要求するだろう。……主にアンナに関して。

 アンナ自身も、それを知ってるゆえかユダに余り頼む気は無い。……ジャギの私情込みでの見解だけど。

 「じゃっ、行くかアンナ?」

 「……うんっ」

 柔らかい、自分より小さな手。

 引き連れて数えるのも馬鹿らしい下山。ジャギはアンナの手の感触を知りつつ、この手を失うような事態だけは避けたいと切望する。

 「もうすぐ、クリスマスだよねえ」

 「あぁ……そうだな」

 今年は色々あった。せめて最後位は安らかに終わりたいものだ。

 十四の誕生日も数ヶ月程。そして、アンナも十五から十六の歳になる変わり目ももうすぐである。

 何事も無く、このような出来事も終えて欲しい……そう、願うのだった。




  ・



          ・

     ・



        ・


   ・



      ・



          ・



 場所、北斗寺院中枢部。

 厳かな、一人の僧が座禅をしつつ、正座して祈祷の態勢で黙祷している娘へと般若心経を唱えている。

 「仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。
 色不異空、空不異色、色即是空、空即是色……。
 受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識……」

 厳かに響き渡る声、その声には厳格にして霊気満ち溢れている。
 
 「……無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。
 無無明、亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽……。
 無苦・集・滅・道。無智亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。
 三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提……。
 故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚」

 部屋全体の蝋燭が風もないのに、僧の読み上げる声に応じるように揺れる。アンナの髪を結ぶバンダナも、微かに揺れた。

 「……故説、般若波羅蜜多呪。即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶……ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バク」

 般若心境が終了した後、彼は悪しき全てに滅! と言うばかりに目を開き手に巻きつけた数珠を如来像へと掲げて呪を強める。

 「オン! アボキャ・ベイロシャノウ!! マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!!!」

 僧侶の言葉に応じるように、如来像は微かに震える。

 「ノウモ・バギャバテイ・バイセイジャ・クロ・ベイルリヤ・ハラバ・アラジャヤ・タタギャタヤ・アラカテイ!
 サンミャクサンボダヤ タニヤタ・オン!! バイセイゼイ・バイセイゼイ・バイセイジャサンボリギャテイ・ソワカ!!!」

 次々、真言を唱え彼は鋭気に満ちた目と声で呪文を唱える。

 「オン・ビセイゼイ・ビセイゼイ・ビセイジャサンボリギャテイ・ソワカ! オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ!!」

 呪文も佳境を過ぎたのだろう、彼は徐々に声を低くしていく。

 「……オン・バサラ・ダトバン・オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン・オン・アキシュビヤ・ウン……」

 手を合掌へと構え、目を閉じ低く如来像へと唱える。

 「……オン・アボキャシッデイ・アク……オン・アラタンナウサンバンバ・タラク……」

 少し、呼吸を行い間を作り、そして最後の締めくくりとばかりにリュウケンは唱えの終わりを発した。

 「オン・アビラ・ウンケン・ナウマク・サンマンダボダナン・ラン・ラク・ソワカ・ナウマク・サンマンダボダナン・バン・バク・ソワカ」

 「……ナウマク・サンマンダボダナン・サン・サク・ソワカ・ナウマク・サンマンダボダナン・カン・カク・ソワカ……」

 そう言い終えて、リュウケンは静かに目を開き。少々の静寂の後に体の向きをアンナへと向けて告げた。

 「……これで、汝の憑き物は堕ちただろう。……体は楽になったか?」

 「はいっ! 何だか……楽になった気がします!」

 「フフ……だが、霊とは性質が悪い。おぬしは……もしかしたら悪い気を集め易いのかも知れんしな。大事を取り、今日は
 近くの寝所で一夜を過ごすのが良かろう。確か……おぬしはユリア殿とは仲が良かったな?」

 その言葉に元気よくアンナは頷く。リュウケンは、もう一人娘が出来たように穏やかに笑みを浮かべて、では伝えて
 上げなさいとアンナをユリアの元へと行かす。……アンナが出た後に、外の部屋で除霊が終わるまで待機してたジャギが入れ違いに入った。

 「……師父、アンナは……」

 ジャギの不安そうな瞳。リュウケンは少々一仕事で浮かんだ汗を拭いつつ呟く。

 「憑き物があるかは、わしの眼力では少々知らぬ。だが、他でもないお前の頼みだし、これは表の私の仕事でも有る」

 手は抜いてはおらん。と、リュウケンの頼もしい言葉にジャギは安堵の吐息を出した。

 「然し……とうさ……師父が偶に一般人から頼まれる仕事って、これだったんだな」

 何時も誰かの暗殺にでもしに行ってるかと思ってた。そう、心中で呟きつつ、父親がある程度まともな仕事してた事に安堵する。

 「うん? ……あぁ、そうだ。何せ騒がしい世だからな。法力で周囲の厄を祓いたいと言う人物は終わらぬ」

 この世に、人居る限り神教とは終わらぬものだ。と、リュウケンは真理を説く。

 ジャギは、久しぶりに拳以外の話を自分の父とするな。と思いながら話の内容を掘り下げる。

 「壁越しに聞こえたけど……最初は般若心経だろうけど……次は何だったんだ?」

 「真言(マントラ)。阿羅漢と言う、仏陀に続き悟りを開いた者達の言葉じゃよ。修験僧が唱えれば、悪しき気を祓う呪いだ」

 お前も、修行を続ければ出来るようになる。と、ジャギに告げる。

 「俺も? ……まっ、頑張ってみるよ」

 別々の人生であるけれど、この体の持ち主だった人間の行いを自分で考えると、とても釈迦の教えなど出来そうにないと
 思いながら、師父の手前彼は何とかやってみると、気の無い返事を応じる。リュウケンは微かに笑みを浮かべて言った。

 「あぁ……お前が隠れた努力家である事は……良く知っとるからな」

 そう、別の部屋での仕事の為に移動するリュウケンの去り際の言葉に……ジャギは少々驚きつつも、暖かい物が心に浮かんだ。

 


 ・


       
         ・

    ・



       ・


   ・




       ・




           ・



 「ほお? 心霊現象とはな。……私も昔は見かけたこと有る」

 「へぇ? どんなのだよ、キム」

 晩に起こった出来事の所為で、余り食欲の無いアンナの為にとキムが用意した軽食をアンナとジャギは一緒に準備しつつ尋ねる。

 彼は、北斗寺院に入る前の過去を懐かしそうに語り始めた。

 「一度目は狐憑きだったな。男性が突如豹変したのを、通りすがりの坊さんが五字切りで祓ったのを見た事があった。
 二度目は、一人の僧が宝来剣のようなもので岩を砕いたのを見かけたよ。いやぁ、あれは壮観だったなぁ」

 キムの言葉にへぇ~とジャギとアンナは感心する。どうやら、このキム色々と面白い過去を備えているようだと思いつつ。

 「……ケンシロウは? 何かそう言う体験あるのか?」

 「……済まない。面白い体験は無いんだ」

 「いや、そんな謝る事じゃねぇよ、ケンシロウ……」

 居合わせて食事の準備していたケンシロウは、話のネタも無い事に謝罪してジャギを困らせる。

 その漫才のようなやり取りにアンナは笑う。このように、ジャギとケンシロウが仲が良いのは素晴らしい事だ。

 「……おや? アンナ、夕食に呼ばれたのか」

 「何だ、小娘……お前も一緒か」

 遅れて来た二人の兄も、アンナが居る事に気付き邪険に思いもせず、一人は不思議そうな、一人は依然気難しい顔を浮かべた。

 「ちょいと厄払いの為にな」

 「厄払い? ふむ……」

 「何だ、小娘。憑き物を背負ってるのか……」

 トキは観察するように、そしてラオウも鋭くアンナを一瞥する。

 二人は少々観察して、体の気に陰は無いと判断する。二人とも、その程度を認識出来る程には成長しているのだ。

 その二人に続き……この四人が手をつかず待っていた客が現れる。

 「あら、御免なさい。遅くなっちゃった?」

 「ううん! ぜんぜ~んだよ、ユリア!」

 アンナの嬉しそうな声。泊まる事は決定しているので、ユリアもこの際北斗兄弟と共に食事しようかと提案して可決した。

 ユリアが同席すれば、大体ラオウが食事の場で雰囲気を壊す真似が無くなるのだ。想像通り、ラオウはユリアがアンナの
 隣で座り楽しそうな様子を見ると、舌打ちを聞こえぬようにしつつ渋々と言った様子で黙々と勝手に食事を始める。

 和やかな夕食の一時。

 (幸せだな……こう言うの)

 アンナは、そうユリアと喋りつつ今の幸せを噛み締める。

 ……この一年の、短い幸福の一時を。




  ・



         ・


    ・



       ・



  ・




      ・



           ・



 ……その夜更け。


 「……さて……と」

 ユダは、暗い一室で安楽椅子へと腰掛けながら冷たい光を宿しつつ……ある準備したものを見ていた。

 「……如何なるか、見てやろうでは無いか」

 その彼が眺めるのは……一つの四方の蝋燭の中心に置かれた藁人形。

 時計の音だけがカチカチと鳴り響き、そして彼は牛の刻が迫るのを一瞥して確認する。

 何やら怪しげな書物を眺めて暇を潰しつつの一時……その瞬間、窓が強く揺れた。

 「……嫌な風だな」

 ユダは、横目で激しく窓を揺らす風の音を聞きながら一人ごちた。









 ……。





 場所:北斗の寺院。

 牛の刻が近づく。彼女はユリアと同じ家で寝ていた。

 正直、今日は出来るならば彼女もユリアも徹夜まで起きていたかった。また同じ現象が起こるか不安だったからだ。

 一室には、アンナの出来事を知ってかトウやサキも一緒に寝る事を提案した。数居れば霊とて怖くないと言う理論である。

 だが、丁度十二時を過ぎた時……何時しかユリア・トウ・サキ全員とも静かなる惰眠の世界へと入り込んでいた。

 アンナもまた同じく、こっくりこっくりと船を動かし眠りの世界へ入る。






 ……ゴオ゛




 「……っ」

 突如、何かの風が入る音。

 アンナは、静かに瞼を開く……虚ろな目で扉のある場所へと視点を注ぐ。

 ……扉は開いていた。不思議な事に、開け放たれた時の軋む音も無くだ。

 アンナは、未だ意識が覚醒していない。不思議な事に、そのまま彼女は他の三人にも目を暮れずに立ち上がる。

 扉は、また音も無く閉じられる。生暖かい風が虚ろなままに立つアンナの体を通り抜ける。

 だが、何かの物が動くでもなく静かなままだ。……リュウケンの真言が通じたのだろうか?







 




 ……ゴオ゛




 「……ァ……ァ」



 ……瞬間。




 アンナの体は『宙へ浮かんでいた』。



 ギリギリギリギリギリギリ……!!!


 「っフ……えふっ! ……ぐへっ……!!」

 見えない『何かが』アンナの首の周囲を押している。

 喉笛辺りを『何かが』彼女の首を潰そうと万力のように力を徐々に込める。アンナは口に泡を吹きながら声にならぬ悲鳴を上げる。


 ギリギリギリギリ……!!

 「ぁ……ァ……ラ……ジャ」

 正気の光が、点滅する。震える手で虚空を必死に掴もうとしながら、彼女は窒息しそうな中で彼の名を呼ぶ。

 「ァ゛……ャ゛……『ジャギ』……!!」

 それと同時に……!




                                  ゴガンッ!!!!




                                「アンナァァァァ!!!!」




 ……息切らし、数珠を握り締め血相を変えた彼女の救世主は登場した。



 ……此処で少々場面を切り替える。


 ジャギ、アンナの事か気に掛り中々寝付けなかった。だが、こんな夜更けに女性達の寝所へ赴く程にジャギも恥知らずでは無い。

 どうするかと、少々水でも飲もうとした時だ……リュウの鳴き叫ぶ声がしたのは。

 ジャギは、途端虫の知らせを聞きつけた。何せ……彼は二・三度アンナの聞きを予兆したジャギとアンナの恩人ならぬ恩犬なのだ。

 「……っ」

 身の毛のよだつ程の悪寒。それと同時に彼は数珠を握り締めてユリアの居る居住へと走り掛ける。

 だが、今回は彼一人だけでは無かった。寺院から飛び出したのは彼以外にも五人。

 リュウケン・トキ・ラオウ・キム……ケンシロウ。

 其の彼等も、その日は寝付く事出来ず目を覚ましてたがリュウの泣き叫ぶ声に起き上がり、そしてジャギが駆けるのを見て追ったのだ。

 そして……ソレを目撃した。アンナが身を捩り空中へ浮かぶ姿をだ。

 


 ……。

 ジャギは、彼女へと声を掛けるよりも先ず先に空中へと踊りかかった。

 「北斗……!!」

 無意識に、彼女を宙から下ろそうと足を引っ張るとか、そう言った感情よりも彼の本能が命じたのは北斗の拳。

 千手観音の如く滅殺の拳。それを空中に浮かぶアンナの頭上を睨みつけ放とうとした瞬間に……。




 ……ズン!!!!



 「ぐお゛!!!??」


 ジャギは、見えぬ力によって地面へと激突する。大の字で彼はへばり付くようにして縫い付けられる。

 「アン……ガガガガガガガ……!!?ッ……!」

 如何言えば良いのか? それは心霊現象等と呼ぶには余りに超越した光景。

 ジャギの体を、見えぬ巨人の手が押し付けるように彼の骨はピキピキと嫌な音立てて地面毎押し潰そうとする。

 アンナは、必死で透明な手に首を絞められながら。押し潰されようとしているジャギへ向けて虚空に手を突き出す。

 ジャギもまた、潰れた蛙のようになりつつも片手だけは必死でアンナへと手を伸ばしていた。

 『アンナ(様)!!!!??』

 この異常事態。ジャギが扉を壊した時に、彼女達を眠らせていた魔術も解き放たれたようで、宙に浮かぶアンナを見て叫ぶ。

 この……! と言いつつトウとサキはアンナの両足を引っ張ろうと飛び掛かる。だが、見えぬバリアーにでも
 触れたように、直後彼女達は軽い悲鳴を上げて壁の方へと激突した。地面へと崩れるようにして気絶する二人。

 「……っオン・バサラ(バソロ)・チシュタ・ウきゃぁ!!?」

 ユリアは、この現象が人の手で行われてないと知るやいなや、彼女が知る仏教の祈りの呪いを手で組んで放つ。

 だが、それを阻もうとすうかのように。彼女も弾かれたようにしてサキとトウと一緒の方向の壁へと激突し、気絶した。

 余りにも絶望するような破天荒な光景。その瞬間に遅れて駆けつけたリュウケンは、この惨状を目にして一瞬無言になってから
 体中に闘気を纏うと、午後の除霊の際に放った般若心経の言葉を再度唱えようと数珠を構えつつ合掌に入った。

 「オン!・アボキャ・ベイロシャノウ!! マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……ッ」

 だが……突如。





                        グハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!




 ……声が、放たれた。

 アンナの口から……おぞましい野太い男の声と思える声がだ。

 「!!? 『ピキキギ!!!』ぬう!!」

 身を固まらせたリュウケンの隙を狙ったように、その手に巻かれた数珠が脆いガラス細工のように砕け落ちる。

 その手に突き刺さる数珠の細かい破片。僅かな切り傷にも関わらず、そこから細かい血が多量に滴り落ちた。

 だが、それが終了の合図のように。ジャギの体を押さえつけていた圧迫は瞬間消失し、アンナも地面へと落下した。

 「っ……アンナ」

 力無く、ジャギはアンナを抱きかかえる。

 抱えた途端、ジャギは愕然とした……余りにも、その体が軽くなっていたからだった。

 「……アンナ」

 か細く、ジャギは彼女の名を呟く。

 「……ぁ……ジャギ」

 それに、僅かに気絶していた彼女は白い顔で目を開けた瞬間に見えた愛しい人物の心配そうな表情を見て微笑む。

 「……良かっ……たぁ……ジャギ……が、無事……で」

 そう言って……彼女はゆっくり瞼を閉じ、顔を横へと倒す。

 「アンナ!」

 小さく悲鳴のようにジャギは事切れたような状態になるアンナへ呼びかける。

 だが、寝息が微かだが聞こえる。

 眠っただけ……意識を手放しただけだと、彼は全身の力が抜け落ちながら……アンナの体を抱きしめつつ涙を流した。

 「……くそっ! 許さねぇ……誰だ……誰がこんな風にアンナを苦しめる? ……アンナが、何をしたってんだよぉ」

 その、慟哭の声は其の場に居る全員に突き刺さる程に痛みを含んだ声だった。

 それを、ユリアを介抱するケンシロウ。そして他の人たちの手当てをしようとするトキとキム。

 周囲の気配に未だ何か残されてないか探るラオウと……そして手から小さな血の雫を落としつつ今の起こった
 出来事を見届けたリュウケンは、彼にしては珍しい動揺と切羽詰った冷や汗を一筋流し、振り絞るように呟いた。

 「……これは、単なる悪霊の類では無い」

 目を閉じ、信じたくないと思いつつ。彼はだが事実ゆえに、その現象を明確に言語化した。















                            「……悪魔憑き……!!」











                 後書き




  サウザーだけが死亡フラグっかって言うと、そうでもないんだよな、これが。



  十五歳って色々な転機だからね。アンナもまた少女から娘へ変化する大きな周期だから中ボス程の死亡フラグが出現って事で。


  因みに、このイベント。リュウケン並び北斗兄弟全員が結束しないとアンナ死にます。










[29120] 【流星編】第七話『銀鶏は視る その邂逅と安らぎを』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2013/04/15 23:43
 






                ヒョオオオオオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲォォォォォォォ……



 かつては多くの者達が各々の想いを翳し、命を散らせた戦場。

 その血や硝煙の香りさえも、今では喜びも悲しみも全て無常なり風が押し流す。此処は世紀末の一つの荒野。



 一個部隊を引き連れた集団が、とある谷底のある場所まで接近する。

 「……さて、此処が奴の落ちた場所だな。……やれやれ、将も小心なものだ。この奈落の底に落ちて無事ではいまい」

 彼の名はアサミ。108派から追放されし拳士であったが、今の世紀末を好機にサウザーに返り咲く約束を取り次げた者。

 彼は、己が見下ろす奈落の谷底に堕ちた戦士の安否を確かめるべく一隊と共に趣いていた。

 然しながら崖の底は目視出来る程には浅くもなく、彼は戦士の死は絶対だと確信してる。

 崖を降りるのは人の手では不可能に近い。アサミも、無謀にこの谷底へ身一つで落ちる程にうつけでは無い。

 「さて、と。この谷を降りるのは至難……ぉ」

 その時、彼は目を見開き。自分の横を通り過ぎたフードを目深に被る人物の挙動に静かに驚愕した。

 足早に地面を蹴り、奈落の底へと飛び降りる自分より小柄な人物。

 闇へと物怖じせずに飛び込んでいった者……暫ししてからパラシュートのような物を開いたのがアサミにも視認出来た。

 「……やれやれ、死にたがりが」

 幾らパラシュートがあるとは言え、少しの強風、崖と言う風の軌道が不安定な場所では叩きつけられるかも知れぬ。

 冷笑し、将の任とは言え命知らずな行動をとった者が谷底の奥へ消えたのを彼は小さく頭を振りつつ呟く。

 「アサミ隊長、我々は……」

 その命知らずの兵士に続き落下傘をしなければいけぬか? その不安に満ちた他の兵士の言葉にアサミは笑った。

 「なぁに、ゆっくり遠回りに下れば良い。この谷を降りるには敵国の境界を如何しても抜ければならぬし、まぁ奴に任せよう」

 そう言って、彼はゆっくり馬を引いて谷へ下る道へと進む。そして心の中でこう付け加えた。

 『108派の36の正統伝承者か……もし、奴が生きていれば同士討ちになってくれれば尚都合が良い』

 暗い思考を掲げて、彼は哂う。

 仲間内であろうとも計略と野心によって容易く裏切りが蔓延る。此処はそう言う場所で、そう言う時代であるのだった。




  ・



          ・

     ・



        ・

    
   ・




       ・



        
            ・


 

 ……カザモリの里の離れ、崖下の方面。

 老人達以外には誰にも近づかぬその場所では、三人の老人、一人の銀髪の青年が独特の呼吸を生じ、合掌と共に唱える。

 「……オン・マリシエイ・ソワカ」

 真言と共に洞窟の碑文にのっていた呼吸法を試す。すると同時に体の中に巡る熱が体中を満たし動きが軽くなる。

 全身に粒子が巻き起こり、今にも体が空へと浮きそうな浮遊感が意識の中に生まれ出てくる。

 彼が碑文にのっていた呼吸法を成功したと知ると、老人の内の一人……シンカイが彼へと大声で命じる。

 「よしっ! シンラ!! そのまま風に乗り移動するんじゃ!」

 「……っふっ!!」

 呼気と共に地面を蹴るシンラ、彼の身を包む黒マントがパサパサと風力を受けて彼自身の体を浮かし走る程のスピードで宙を移動する。

 それに年甲斐なくも興奮する老人達。次にカザモリの里の研究員、アマナイが彼へと大声で叫ぶ。

 「色男ぉ! 技を放ってみい!」

 その言葉に……斑鳩拳伝承者シンラは、鳥のように広げていた両手を一度交差させて一閃して一つの大岩へと狙い定めた。





                                 舞撃掌!!!




  
 ドォン!! ……彼が一閃放った瞬間に、大岩は見えぬ衝撃破に粉々に岩の半分を崩した。

 おお……! と感嘆の声を漏らすカザモリの住人達。自分達が培ってきた知識を、短期間で習得出来た彼の才に。
 そして……その拳を振るう彼の姿は、正に如何なる悪敵すらも風の刃で撃ち落す斑鳩のように洗練されていたからだ。

 「有無……! シンラよ、中々の物じゃ。如何なる拳法家と言え、このように我々が探求してきた極意を会得するのは出来ん」

 「……やるべき事が、あるから」

 賞賛の声を浴びても、彼の顔は固い。

 (……力は増した。……だが、もっと上手く扱わねば……サウザーには万が一にも勝機は薄い)

 彼は極意を知ろうとも焦りがあった。……拭い去れぬ不安が。

 その焦燥を知ってか知らずが、カザモリの翁は穏やかに言った。

 「今日はもう休めシンラ。お前はこの里で唯一の戦士なのだからのう。そのお前が無理して倒れたら大変じゃわい」

 「あぁ……それじゃあ」

 そうカザモリ老人の助言に大人しく従おうとした時、突如アマナイ老人が叫んだ。

 「……む……これは……むう!」

 「如何した? アマナイ」

 シンカイの怪訝な声。それに少々黙っておれと手を上げ……そして耳を澄ます。

 「……やっぱりじゃ! お前さんが落ちてから万が一の為に崖の上にと設置しておった鳴子が……鳴っておる!」

 『何!?』

 彼が落ちた崖近くであったのも幸いだった。谷の壁によって反響する鳴子は、彼等の方まで侵入者の音を響かせる。

 「おい! 色男! サウザー軍の襲撃じゃ!!」

 襲撃じゃあ! 襲撃じゃあ!! と叫ぶアマナイ。何せ今まで敵など出現しなかった平和な里だ。興奮するのも無理ない。

 「落ち着け……こっちでも確認している」

 シンラは、南斗拳士としての鍛えた耳で鳴子の音に耳を澄ます。そして近づいて来るであろう足音も……。

 その足音を微かに捉え、シンラは目を開き呟く。

 「……音の数から見て一人だろう……このまま迎撃する!」

 黒マントを翻し、体中に力を溜めるシンラ。それに老人二人は声を上げた。

 「何ぃっ!? 無茶じゃ色男! 死にたくなけりゃ逃げるが勝ちじゃわい!!」」

 「おうっ、やれい色男! わし等の力を伝授した拳。とくとサウザーの兵に見せ付けてやれい!」

 アマナイとシンカイで全く逆の意見が述べられる。微かに苦笑しつつ、何も言わずじっと自分を見つめるカザモリ老人と共に
 自分を救ってくれた里の住民達を見渡しながら、シンラは一度深く目を閉じると、はっきりと宣言した。

 「我、南斗の拳士、我……命賭して守るべき物を守り」

 「ただこの身は斑鳩として……斑鳩と共に死ぬ事と心得たり」

 そう宣言終えると同時に彼は跳躍した。滑空するように、地面スレスレに風を操りつつ急スピードで奥へ接近しつつ。

 見れば、向こう側からも同じように跳躍を移動して真っ直ぐにこちらへ向かってくるフードを被った者が出現した。

 真正面からの奇襲……考える事は同じかとシニカルな笑みを浮かべ迎え撃とうと両手に気を溜める。

 如何なる風にして相手を倒すか? そう、数秒程の思考のタイムラグは相手に先手を打たせる事柄となった。

 振りぬかれるフードの人物。その技は自分が振るう技と同じく遠距離から相手を討つ技……!!






                                   鬼頸破!!!




 空気が歪む。岩肌を削り、淡い光と共に光の一閃がシンラ胸部目掛けてフードの人影から放たれた。

 (……っ中々早い!)

 紙一重で避ける。今の一撃だけで敵の力量が大体シンラには把握出来た。
 
 どうやら自分と等しく実力伯仲のようだ。だが……彼もこの二週間程、英気を養っていただけでは無い。






                                 南斗狂鶴翔舞!!




 シンラは、体中に真空刃のバリアーを纏う。

 本来は、丹頂拳の使い手の技だが斑鳩拳にも扱えるように工夫された技。相手の真空刃を打ち消す為の防御の技だ。

 その効果は成す。相手の放った第二陣の鬼頸破はシンラの放った真空刃のバリアーを掻き消すようにして相殺された。

 フードの人物の気配が僅かに気配を乱すが、次の瞬間には別の技を放っていた。





                                  鳳斬撃!!!



 (! ……この技、サウザーの技を汲んだ……!)

 鳳凰拳の特質に類似する衝撃破。だが、彼にとっては忌まわしい記憶を呼び起こす彼の激しい熱を呼び覚ます切欠となる。

 一発、二発、三発。

 休む暇も無く、相手は自分を殺そうと本気で衝撃破を放ってくる。シンラは、無駄に攻撃をせず機を窺う。

 (焦るな……! 何度もそう気の攻撃など放てる筈が無いんだ。相手が攻撃を止んだ瞬間……そこを叩く!)

 敵も馬鹿では無い。懐に忍んでいるだろう暗器で時にクナイ及び投擲武器を放ってくる。毒を塗っているだろう
 武具をシンラは僅かに体を反らし避けるに留まる。動体視力も、どうやらアマナイのお陰が冴えて敵の攻撃を良く見切れた。

 そして、その機は数分後に訪れる。相手の動きが見て解る程に緩慢になり大振りでこちらへと鳳斬撃を放ってきたからだ。

 その衝撃破を上空へと飛ぶようにして彼は避ける。がら空きになる刺客の背後、宙へ回転するようにしてシンラは技を放つ。






                                  舞撃掌!!!





 「……っっ!!!」


 背中へと風の刃が直撃したフードの人物。勢い余り一つの岩肌に向かって其の人物は激突する。

 シンラは、相手の闘気が消えた事によって、勝敗が決した事を知り地面に着地する。

 「……っと」

 それと共に虚脱感。病み上がりでの戦闘は、短時間でもかなり消耗するらしいと彼は汗を拭いつつ警戒して敵の方へと近づく。

 「……っ未だ生きてるか」

 余程の使い手だったのだろう。本気で当てた一撃を、辛うじて一番負傷の低い体の部分で受け止めたらしく五体満足だ。
 
 大小の岩のある間に挟まれるように倒れている刺客へと近づくシンラ。下手な動きを見せたら殺す気でだ。

 だが、彼は近づきフードが外れた顔を見ると、その殺す気も吹き飛ぶ程の衝撃を受けるのだった。

 「女……!?」

 そう……自分と先程まで命を賭けた死闘を演じていたのは……女。

 近づき、抱き起こしてみると、歳はさほどシンラと変わらないだろう女性の顔が目に入った。

 サラサラと長い黒髪が零れ落ち、形の良い眉が負傷の所為か微妙に震えている。

 「……う」

 まだ息があるらしく、女性は呻き声をあげた。……正直ホッとする。女を殺すのは男として目覚めが悪い……何を甘い事を
 言っているのかと、彼が知る戦士達ならばそう笑うかも知れないが、誰とて苦手な部類は存在する。

 シンラは女性の肩を持って、体を強く揺さぶった。

 「おい! しっかりしろ!」






  ・



 
            ・


     ・




          ・




    ・





         ・




 
               ・



 『殺せ』

 ……嫌。

 『滅ぼせ』

 …………嫌。

 『破壊せよ』

 ………………嫌。

 拒絶したい、瞳。

 狂気と破壊の色だけが渦巻く瞳。

 首を振り目を背けたくても、その我が将の頭へと叩き込むような瞳と声に気が付けば従ってしまう。

 逃げたい、このまま空へと。そう力強く念じても、その瞳の中の光からは逃れられない。

 その方は許す筈が無かった。気が付けば、私は自分では抜け出せない鳥篭の中で羽を打ちつけていた。

 殺すのも、破壊する事も嫌だった。だけど、殺される事も、破壊される事も、それ以上に嫌だった。

 ……何時しか、その瞳のままに生きるのが当たり前なのでは? と思ってしまった。

 何故ならば、この世界は余りにも醜いと感じてしまったから。

 何故ならば、この世界は余りにも救いがたいと感じてしまったから。

 そして、私は心を消す。

 そのまま私は戦闘機人と成り果てて戦いへと赴いていく。

 『平和』……そう謳う人達を殺し、殺し、殺しまわって。

 ……私は……もう二度と安らぐ事は無いのだろう。



 ……そう、今では感じる。



 ……あ、風が吹いている。






 …………。






 「……い、しっかりしろ!」

 ……目を見開く女性。

 シンラの声に反応したのか、女性が目を開いた。最初、自分が如何言う状況なのか理解出来ず、シンラの腕の中で呆けた顔をしていた。

 が、覚醒すると途端にシンラの腕を振りきり飛び退く。ぜいぜいと息を荒げながら、怒鳴るように声を発した。

 「殺せ! 私はお前などの手に落ちてまで、生きていたくはない!」
 
 ……そうだ。敗北者の末路を私は知っている。

 女は陵辱され、男は殺され血肉を食料とされ。良くて奴隷として国の為に働かされる。

 そう教わった、そう頭に刻まれた。今の彼女にとって『敗北』と『死』は同義だ。
 
 この男だって……打ちのめされた自分を思うように扱おうとする野獣の一人に過ぎない!

 「……馬鹿野郎! 何を言ってやがるんだ!」

 その、銀色の髪が太陽に輝く男の言葉も、彼女の耳には届かない。

 「お前が殺さないと言うのなら、私自身の手で死んでくれるわ!」

 女性は懐から短刀を取り出し、そのまま細い首筋に向けて切り裂こうとした。

 その目に浮かぶのは死に対する喜び。血生臭い、地獄のような世界から逃れられる絶望に佇む者の淡い最後の希望の喜びの光。

 しかし、あと少しで首筋から血しぶきが飛ぼうとしたとき、シンラが女性の手元を叩き、短刀はそのまま地面に落ちた。

 息を荒げ、彼女の目をじっと荒々しい光を宿しつつ真っ直ぐに見詰めるシンラ。

 女性が地面に落ちた短刀を手にしようと体を動かしたが、シンラが素早く短刀を蹴り飛ばしたため、それは叶わなかった。

 見上げる女と、見下ろす男。対極する姿勢で、二人の視線は交差する。

 生きようとする荒々しい光と、死に向かう荒々しい光。

 爛々と、二人には同じ激しい魂の輝きが刹那交差し……そしてその交差もやがて終える。

 「なぜ……」

 解らない、理解できないと言う風に力なく呟く女性。

 「なぜ敵である私を助ける……なぜ……」

 女性はがくりとうなだれると、そのまま地面に倒れ込んだ。

 慌ててシンラは彼女の脈を図る……気絶しただけだと知ると、彼は安堵の息を吐いて、これからすべき事をする。

 シンラは意識を失った女性を抱え上げると、カザモリの里のほうへと足を向けた。……この戦士を治療しなければ。

 軽い……抱き上げて彼は、まるで羽のような女性の軽さと、そして先程まで地面を陥没させる程の闘いを振るった彼女の姿を重ねる。

 合致せぬ今の気絶した彼女の横顔と、そして先程の刺客としての殺気。

 「なんて女だ……」

 シンラは、その姿に見覚えが有り過ぎた。

 「まるで……少し前の俺みたいじゃねえか……」

 ……生き急ぎ、死のうとするようにサウザーの軍に突撃した……前の自分に。




  ・



           ・


     ・



        ・



   ・



      
       ・



 
            ・


 ……刺客となった女を拾い、それから二週間ほどが経った頃。

 斑鳩拳の訓練を終えたシンラは、自身も厄介になっているカザモリ老人の家に戻ってきた。

 「カザモリ殿。あの女はどうしてますか?」

 ……懸念するのは刺客であった女。彼はこの二週間、自分と同じく栄養失調しかけていた戦士の様子をずっと気に掛けていた。

 カザモリ老人は、穏やかに返答を述べる。

 「奥の縁側に座っておるよ……何、もう心配はない。お主がここへ連れてきた当初はそりゃあ激しい気性の娘だと思ったもんじゃが
 ……今は別人のように大人しいもんじゃよ。もう自害する気も無くしたようじゃし……安心せよ」

 その言葉は本当である。一日目など酷かった。

 起き上がった途端、舌を噛もうとしたりしかけて、シンカイが慌てて手を彼女の口に手を突っ込み
 そして危うくシンカイの手が折れかけると言う騒動も有った。笑い事のように聞こえるが、笑い事では無い。

 それからも、手負いの獣のようにずっと近寄る者を警戒する女。

 相手が老人ばかりでも全く気を許す事も無かった。常に鋭い目で誰に対しても刺客のように気を張り詰めていた。

 だが、カザモリ老人の穏やかな気質や、この村の平穏なる環境さに彼女も一日一日の長い時が安定剤となったらしい。

 一週間目には暴れまわるような気配は無くした。手負いの虎のようであった娘は今は隣家から借りてきた猫のようだ。

「カザモリ殿や里の人々には本当に迷惑をおかけしました……申し訳ありません」

 謝罪を述べるシンラ。

 本来は刺客であり、この里を脅かしかねない人物である。自分の一時の迷いであり、本来ならば
 勝利した時点で殺す事も致しかねなかった者を、現にこうして自分は守るべきであった里に迷惑までかけて助けた。

 シンラの苦悩を、些細な事を言うようにカザモリ老人は微笑んで返答する。

 「なに、久しぶりにあのようなじゃじゃ馬の世話をするのも、なかなか面白いものじゃったよ。ぬしが謝ることではない」

 何せ、この村に若い者はシンラ以外居なかったのだ。孫娘程の歳の子を世話するのも、彼にとっては楽しみの一つであろう。

 そうですか……。と、シンラは安堵の吐息を出す。そう言ってくれれば幸いだと。

 「縁側に居ると仰いましたね? ……ちょっと会ってきます」

 「あぁ構わん。お前が拾って来たんじゃ、遠慮なんぞする事あるまい」

 カザモリ老人の許可を貰い、彼はゆっくりと相手を刺激せぬように彼女の居る場所へと近づく。

 シンラがカザモリ老人の屋敷の縁側にやって来ると、その女性が何をするでもなく、静かに座っていた。

 その姿は少々神秘的で、何とも言えぬ穏やかな気配で蝉時雨の声に耳を澄ましているようにも見えた。

 気楽に声を掛けるのも躊躇する程の、何か刹那的な美しさが娘からは香り出ているようにシンラの目には映った。

 「……隣、座ってもいいか?」

 シンラは、少々見惚れていたのを誤魔化すように咳払いして自分の存在を告げて近寄る。

 シンラが声をかけると、女性はシンラのほうへ顔を向け、黙って頷いた。殺しあった関係である事は彼女も今は気にしてないらしい。

 シンラは縁側に腰掛けると、眼前に広がる木々に目を向けながら女性に尋ねた。

 「……まだ、名前を聞いていなかったな。何と言うんだ? 俺は前にも言ったと思うが、シンラと言う名だ」

 最初、彼女は何も言わなかった。……静かな風だけが二人の間を駆け抜ける。だが、数秒後にぽつりと。

 「カガリ」

 彼女は呟き。

 「……カガリよ」

 女性はシンラと同じ遠い彼方の方向を見つめながら、そう呟いた。

 優しい風が吹き抜ける。名を聞き終えた後、シンラはぽつりと呟く。

 「カガリか。良い名だな」

 世辞でも下心とかの何でもなく、純粋にそう口にする。

 「……貴方も、この里の者も、皆、不思議ね。サウザーの者である私を助けたりなどして」

 彼女は名を褒めた言葉には反応せず、周囲の穏やかな気配を感じながらそう感想を述べる。

 これが他の場所で目にしてきた彼女の知る所ならば、自分は口にするのも憚れる仕打ちをされていると知っているから……。

 シンラは、その言葉に穏やかに返す。

 「死にかけている人間を放っておけるほど、俺は冷酷にはなれなかった。それはカザモリ殿たちも同じだ」

 自分も以前は針のように鋭い気配だった。だが、この里との出会いが少々だが自分の気質を緩慢にする余裕が出来た。

 シンラは感謝と同時に、未だこの荒れ果て血生臭い世の中で暖かき場所を守らねばならぬと言う使命感も募る。

 「カザモリ……あの老人のことね。貴方もあの老人も、『自由』という言葉をよく口にする……それは本当にあるものなの?」

 彼女、カガリはそう問う。

 ……『自由』。

 この世界には、もう余りに希少で忘れてしまった言葉。

 『支配』

 『暴力』

 『勝利』

 『破壊』

 『征服』

 『滅亡』

 『絶望』

 そのような言葉は数耳にすれど、『自由』と言う言葉を彼女は激しい戦火の中で忘れてしまった。

 シンラも又同じ……彼も以前ならば『自由』等と言う言葉に対し何も感じなかったであろう。

 ただ目先の場所に、己が居るのだと言う主張を闘い拳を振るう事でしか答えを得る術を身につけれず……。

 「……正直に言えば、わからない」

 そう、シンラも解らない。それは今自分も探している最中だから。

 「けれど、カザモリ殿は『平和や自由の形は、人の数だけある』と言っていた」

 そう、彼は修行の最中にカザモリから聞いた。その言葉は不思議な程に自分の胸の中へと染み付いた言葉。

 ……あって欲しいと思える、この世界での希望の言葉。

 「ならば、俺が目指す『自由』も……どこかにあるはずだと信じている」

 そう、彼は切望も同時に含みながら自分の言葉を口にするのだった。

 「人の数だけ……どこかに……」

 カガリはシンラの言葉を繰り返すように呟いた。二人はしばらくの間、黙って縁側に座っていたが、やがてカガリがすっと立ち上がった。

 「シンラ。私が貴方に負けた所に連れて行ってくれる? ……大丈夫よ。逃げようだなんて思っていないから」

 一瞬、複雑そうな表情をしたシンラを視認して彼女は言葉を続け彼に願った。

 「別にいいが……あの場所はもう使いものになる物なんて無いぞ? 何をしようと言うんだ?」

 「いいから……お願い、連れて行ってちょうだい」

 有無を言わさずの頼み。仕方が無いとばかりに溜息を吐き、シンラは応じる。

 「……解った」






  …………。






 シンラがカガリと出合った場所、即ち、カガリの交戦した場所に二人がやって来ると、荒れ果てた谷間の姿が否応なく目に入った。

 「本当、ひどく荒れてしまったものね……あれが無事ならいいけど……」

 「あれ? あれって何だ?」

 カガリはシンラの問いには答えず、彼女が激突した岩の間に手を伸ばした。そして何かを掴み引っ張り出す

 シンラが覗きこんでみるとそこには……一つの勾玉が収まっていた。

 「勾玉!? これは……」

 シンラが驚いたのも無理は無い。

 この勾玉は、南斗拳士の伝承者の気を高めるとも言われるパワーストーン。普通の拳士が見につけても効果あるが
 伝承者であれば、その力を数倍にも高める事が出来るかも知れぬと言われる貴重な品であるのだから。

 その品は、譲歩しても国宝と成り得る程の宝玉も存在する。その勾玉を見てシンラはソレも正しく真の宝玉だと確信した。

 「私のものよ。サウザー軍の倉庫番を脅して私のものにしたの。こっちは大した破損もないようね、よかったわ」

 一体どのような脅迫をすれば、国宝級に匹敵するかも知れぬ物を調達出来るのかと彼は一瞬身震いしかけた。

 「脅迫かよ……倉庫番の奴は、さぞかし怖かったことだろうな」

 恐らく、自分の拳法で頭部程の岩を壊す様でも見せたに違いないと、彼は空想しつつ正直に自分の言葉を口にする。

 「そうね」

 だが、怒るでもなくカガリはふっと笑ってみせた。それは、シンラが初めて見るこの女性の笑顔だった。


 ……場所を移動する二人。彼等は斑鳩拳の奥義が碑文されている洞窟へと入る。そこには彼等も知る老人達が色々作業していた。

 「この勾玉、名前は何と言うんだ?」

 どんな石にも、選んだ所有者の名がある筈……シンラの言葉に、一つの机に大事に置きつつカガリは答える。

 「銀鶏(ぎんけい)。銀鶏という名よ」

 その言葉に呼応するように、彼女の守り御石は淡く輝きを見せた。

 「フン。大した宝石だな。さぞかし金もかかっただろうて!」

 アマナイはシンラとカガリが持ってきた銀鶏を一目すると、そう吐き捨てた。

 彼とて霊石の力がどのような物かの目利きは出来る。一目で、その石の宿る力の強さも……。

 カガリは、恥ずかしそうに顔を伏せて返答した。

 「その通りです。実際、この宝石はコストの悪さから数個しか作られていません」

 カッティングや、その技術精度は今の世界では余りに手間暇かかる。……事実上、二度と作れぬ品なのだ。

 「……で?」

 アマナイは、とっておきの獨酒(どぶろく)を飲みつつ元刺客のカガリを睨むように見詰める。

 「娘、この宝石をどうしたいと言うんじゃ? ただ自慢する為に持ってきたんじゃあるまい」

 そのアマナイの鋭い質問に……彼女は一瞬言い淀んだ。

 だが、数秒後にははっきりとした意思を秘めた顔で切り出した。

 「この銀鶏を……シンラの肉体と同じように私に改造してもらいたいのです」

 「何だって!?」

 これに、驚いたのはシンラだ。彼は驚愕の顔を露にカガリを見詰める。

 シンラの驚きもそうだが、アマナイも気難しい顔を崩さぬままに怖い程に静かな声で問う。

 「……何故、小僧の体が改造していると知ってる?」

 「ご老人。碑文に秘めている内容を見ればお解かりの通りです。彼の強さは、あの碑文に秘めている肉体強化の手術……そうでは?」

 「……へっ! あぁ!! ……違いはしねぇ」

 ……最初、彼等はこの強化案に関しては断固拒絶した。肉体に霊核を埋め込み、気の力を強化する等と狂気の沙汰。

 それは禁術と差し支えぬ南斗の術の一つ。カザモリ老人は、シンラに口酸っぱく何度もこう言った。

 『止せ! シンラ!! この術を施すと言う事は……高い確率でお前の命を縮めると言う事なのじゃぞ!!』

 『カザモリ殿! だがサウザーに勝つにはこれしか無いのだ! 敵軍全てを打倒するには……俺にはもうこれしか……!』

 ……一夜程口論し……そして彼は一歩間違えれば死ぬかも知れぬ試練を乗り越えた。……髪の色がもっと白に輝く程に。

 それ程の命がけの手術。

 思わぬカガリの言葉にシンラは思わず声をあげた。だが、アマナイはカガリと、そして輝く宝玉・銀鶏を腕組みして
 睨みつけたまま、いつもの皮肉っぽい口調で返した。彼も里の者として皆を守るゆえに無情の仮面を被り対話をする。

 「改造だと? シンラと同じ改造してどうしようというんじゃ?」

 そう、意地悪く彼は続けて尋ねる。

 「まさか、それでサウザーにシンラのノウハウを持って逃げる気じゃあるまいな?」

 その人を人と思わぬような言葉に、シンラは思わずアマナイを睨みつける。

 だが、シンラの反応に対し静かな程に……彼女は穏やかな透き通る瞳を携えてアマナイ老人に言葉を紡ぐ。

 「逃げる気などありません。それに南斗の軍にはもう私が帰る場所などないでしょう」

 敗戦兵の末路は決まっている。死刑か……この廃れた世界に身を投じるかの二つに一つ。

 「私は……貴方達が口にする『自由』を見てみたくなった……ただそれだけです」

 そう自身の心情を口にするカガリに、アマナイは鼻を擦りつつ吐き捨てるように言う。

 「『自由』を見たくなった……じゃと? フン! サウザー軍の人間の言葉とは思えんな」

 彼がここまで意地悪い態度をとるのも理由がある。シンラに施したのは南斗の秘術にもなる技。サウザーに知れれば脅威となる。

 手につけぬ獣に、誰も勝ち得ぬ翼を生やすような……この世を混沌にするような事を彼は出来ないゆえに、反論をするのだ。

 平和を案じてのアマナイの囁かな反抗。それは、彼女も言葉の節々から知っている。

 だからこそ、彼女は恥を知りつつも雀の涙程の誇りを擲(なげうち)で頼み込むのだった。

 「私は……サウザー様の思想が絶対の正義だと信じていました。けれど、この里に来て、シンラや貴方達の言う『自由』が本物なら」

 そう言って、彼女は顔を俯く。このような言葉を言う資格など無いと自身で知るゆえに。

 「……この目で見てみたくなったのです」

 アマナイも、彼女の瞳と言葉に嘘が無い事を今までの会話で知りえている。この娘の言う事は……嘘偽りない。

 自分の態度を振り返りバツが悪くなり乱暴に別の相手に話しを振る。その犠牲となったのは無論隣で傍観してた人物だ。

 「フン。おい色男、随分とこの娘も丸くなったもんだな」

 赤ら顔で獨酒に再度口付けて鼻息を鳴らしつつバツの悪さを誤魔化すようにアマナイの口調は早い。

 「カザモリやシンカイの話じゃと、最初は自害したがって暴れておったそうではないか」

 随分と前の話で強引に話題を変えようとするな、と。シンラは言葉をぶつけられながら苦笑するばかり。

 このまま、少しアマナイの愚痴が続くかと思えた所で助け舟はやって来た。

 「まあまあ、アマナイの爺さん。この娘の勾玉は相当の代物のようじゃし、シンラも我が身一つで出撃するよりは楽じゃろうて」

 噂をすれば影とやら。少々酒臭い顔で半ば出来上がったシンカイが姿を現し告げる。

 「どうじゃ、肉体を改造するのなら、シンラがベースとして出来あがっているのじゃし、願いを聞いてやっては?」

 「勝手な事言うんじゃねぇわい! 大体にして、男と女じゃ全然体格も違うんじゃぞ!!」

 シンカイ里長がアマナイをなだめるような口調で助け舟を出した。

 だがアマナイは人事のように女の体に傷を付ける仕事の内容に逆切れしてシンカイへと怒鳴った。

 暫しの喧嘩後、相変わらず不機嫌そうな顔つきをしていたが、やがて踵を返して手術機器や装置の置いてある場所へと向かった。

 「全く人の仕事を増やしおって……おい、娘! 改造が済んだらシンラ同様に訓練を行うぞ!」

 振り返り大声で、だが其の言葉の節々は冷たい感じするも拒絶する感じは皆無。内容はカガリの返事に対する肯定だ。

 「シンラが特殊な体だということは、ぬしも解っておるじゃろうがな! 生兵法だと大怪我するぞ!!」

 そんなん見たくないからな!!! と、叫びつつ荒々しく準備の為に別の場所へ行くアマナイ。

 カガリはアマナイとシンカイ里長に向けて深く頭を下げた。口悪くも、自分の無理難題を引き受けてくれた優しい人達に……。

 シンラはそんなカガリとアマナイ達とのやりとりを、ただ黙って見ていた。

 「……本当にいいのか? お前はサウザーへの反逆者扱いになるんだぞ?」

 今からでも撤回出来る……普通の娘として別の場所で暮らす事も。

 そう、彼女に促すも。カガリの意思は固い。

 「別に構わないわ……それよりも……サウザーの思想よりも……『自由』が本当に存在するのなら」

 そう言って、彼女は洞窟を出ると満天の星空を見つつ続けた。

 「それを私も見たくなったのよ……ただそれだけよ」

 アマナイの作業場である洞窟からカザモリ老人の屋敷へと戻る途中、シンラとカガリはそんなやりとりを交わした。

 「……俺も、別に味方が増えることには構わない」

 シンラは、彼女がどのような気持ちで自分の命を蝕む程の力を手に入れるのかと理由を、茶化す事は無いは当然ながら
 深く追求する事も出来なかった。……彼女の刹那的な美しさを見ると、どうにも尋ねる事は憚れた。

 「……むしろ歓迎だ。改めてよろしくな、カガリ」

 そう言って、彼は手を差し伸べるだけで留まった。……酷く、優しい微笑みを浮かべ。

 彼の差し出した手をじっと見詰め……カガリも『ええ』と言う肯定の返事と共に微笑み浮かべてその手を握った。

 「私のほうこそ、よろしくね。シンラ」

 

 ……そして、更に一週間ほどの時間が経過した。



 模擬戦を扱った訓練最終段階に来ていた。シンラ自身の希望で演習には投擲武器が使われることになったが、
 サウザー軍の彼の部隊はすでにこの村の存在を察知し、偵察隊を発進させていた。

 崖下の場所には、幾つものアマナイ自作の次々と投擲武器が放たれる野球のバッターの練習器具のような物が設置されていた。

 ボールの代わりに、其処には沢山の刃物が積まれているのが違うところだったが……。

 「いいな、敵自体はこいつを使うが、発射される武器はあっちもこっちも本物。気ぃ抜いた瞬間
 このわしらの里を隠すこの反りだった崖がおまえさんの棺桶になるっつうわけじゃな。はッ、はッ、は」

 そう、これ位は避けれるだろうと言うアマナイの笑い声に、シンカイは呆れて頭を振りながら溜息を出す。

 「……笑い事じゃなかろうが……」

 いざ戦場に赴く前に大怪我したら如何するんだ? とシンカイは正論を心中呟く。

 「こっちゃぁ、あの色男が生きようが死のうが関係ないが? わしの授けた力で勝てないほうが……たまらんね」

 暗に、こいつには全てを授けたのだから無傷で戦場に勝利するに決まっていると言う信頼の裏返し。

 その、素直でないアマナイの態度に今度こそシンカイは溜息と肩を竦めるだけに終える。

 「ン……準備は良いな?」
 
 彼等の様子を中央部分で見守っていたカザモリ老人は、用意は良いか訪ねる。

 「いつでも」

 頼もしい言葉、その顔にはこの程度の訓練など問題ないと告げている。

 「……始めてくれ」

 訓練が始まると、シンラは自分の改造した力を使いこなし、向かってくる飛来武器を次々に倒して進んでいく。

 時に手裏剣を迎撃し、時にクナイを弾き飛ばし。

 完全に、如何なる攻撃をも避けれる磐石なる守りの動きを手にした事が老人達には判明した。

 「……ハッ、こりゃ大したもんだ」

 汗を浮かべる程の凄まじい乱舞。驚嘆の一声をシンカイは浮かべる。

 「フンッ! そりゃわしの改造を施したのだから当然の……?」

 シンカイの言葉に一重に自分のお陰だと言う前に……何やら強い風が吹きぬけたのを感じアマナイは怪訝に風の方へ首を向ける。

 ぴたり……投擲武器の器具を止めて、場は一つの大樹に立つ影へと集中する。

 「あいつは……?」

 「んっ?」

 シンラの声、そしてカザモリ老人が今気付いたと言う風に大樹に立つ影を見る……鳥にしては大きすぎる。

 「……あれは何じゃ?」

 カザモリ老人は、目を細めてその影が何かを見極めようとした。太陽の逆行で姿は余り不明……だが、一瞬何か動いた。

 それと同時に……短剣がシンラ目掛けて飛んできた! 恐ろしい程の勢いで!

 「……色男ッ! 敵じゃッ!!」

 アマナイの、焦燥に満ちた声が辺りへと轟く。

 「わかってる」

 だが、シンラは焦らない。その短剣を腕を振り衝撃破を放つ……空中でその刀身は粉々へと砕け散った。

 今だからこそシンラは知る。

 アレは……自分を一度敗北へと喫した男だと!!







 ……。




 (あの時の若造……生きていたか……)

 まさかと思った。だが、崖下に通ずる道を見出し、狭まった道ゆえに一人偵察へと赴いて見た光景。夢で無いのは確か。
 
 だが、直ぐに驚きを収めて彼は己の中に不思議な闘争心が滾るのを感じた。

 自分の拳を受けて奈落に落ちつつも無事だった男。

 任務とは関係なしに、己の牙を受けて生き延びた強運なる男の再度の敗北(死)を、アサミは味わいたいと嗜虐的な
 暗さと剣呑さを併せた欲望が浮かび上がったのだ。彼は己の闘気を、全身に静かに巡らし感じつつ視線を固定させる。

 「フッフッフ、なるほど……」

 設置された拙い練習器具を一瞥し、アサミは続ける。不気味な光を瞳に漂わせ。

 「修行とは感心なことだ。……少しは強くなったのかな?」

 そう言って彼はニタリと哂うと、両手を広げた。……南斗拳士として実力を出す時の構えを。

 「さあな……試してみるか?」

 シンラは彼に敗北と屈辱を受けた。だが……その瞳にその時の悔恨は無い……里を荒らす敵を打ち倒すのみである。

 その真っ直ぐな瞳に、彼も気付いたのだろう。復讐心だけに括られた以前の生易しい相手で無い事に。

 アサミの目つきが変わる……獰猛な猛禽類の目へと。

 「フッ……では行くぞ!!!」









 ……………………。




 
 闘いは苛烈の一言で極まれた。

 両者共に、空中に僅かに浮かびつつ闘気の刃を飛ばして相手に致命傷を味あわせようとする。

 シンラの闘気弾が。

 アサミの誘導弾が。

 シンラの衝撃波が。

 アサミの投擲忍具が。

 互いに相手に一撃を喰らわせれば、その受けた衝撃の隙を見逃さず相手の全身に己の闘気で殺さんと熱気を漂わせ飛んでいた。

 里の地面は抉られ、老人達が戦闘を察知し伏せている家屋の壁は破壊される。

 一歩間違えれば多大なる死傷者が出る闘いの場で、未だ奇跡的に死人が出ぬのはシンラがそのように誘導してたのもあった。

 これが、以前のシンラならば周囲の安全など気にしもしなかったかも知れない。以前の彼ならば。

 シンラとアサミ。再びカザモリの里での戦闘開始……だが改造施したシンラの力に押され、アサミは苦戦を強いられる。

 「えぇい! あれは一体!?」

 (何故だ……何故我が拳の衝撃破が悉く奴の周囲で掻き消される?)

 何度彼の遠当てを命中させようとしても、シンラの新しい南斗狂鶴翔舞のバリアーが彼の衝撃破を相殺する。

 「どうした、大将」

 挑発するシンラ。激昂して、接近するならばシンラの物。彼は相手の体が自分の間合いへと入るのを窺う。

 彼は、前は失うものなど無かった。

 だが、今は違う。この里と、里に居る者達の為にも。彼は死ねないと言う守護の使命を備えていた。

 守るべき者が有る者の強さは……大きい。

 「……ならばッ!!」

 奥の手。アサミは連続の遠当てを放ち弾幕を張る。

 それは丁度、アマナイやシンカイ。カザモリ老人等の激しい戦闘で動くに動けなかった者達が背後に居る方向だった。

 汚いなどは吐かせはしない。これは己が生きるか死ぬかの死合なのだから。

 アサミは、目の前を浮遊する男が絶対に人々を犠牲にしてまで避けないと戦闘の過程で知ったからこその手段。

 そして、彼の予測通りシンラはアサミに鋭く視線を向けたまま衝撃破の弾幕を見つつも微動だにしなかった。

 この攻撃には流石の奴も太刀打ちできまい……勝利の笑みを浮かべるか直ぐにアサミは驚愕の顔へと移った。

 「……っ!!」

 シンラは、激しく前面に移動しながら体を硬化する秘孔を突いた。どれ程の一撃であれ、短時間ならば無効化出来るように。

 次々と鈍い音と共に衝撃破がシンラの体を襲う……がっ、その傷は僅かな切り傷でしか無い!

 その思わぬ行動にアサミは一瞬攻撃するのを忘れる。その隙をシンラが見逃す筈もない。

 彼は直ぐに力を溜めると、そのままアサミに向けて全力の舞撃掌を放った。

 「貰ったッ!」

 勝利を確信してのシンラの叫び。アサミもまた、逃れられぬかも知れんと引きつった顔を浮かべる。

 直撃、そして土埃。近距離で撃った全身全霊のシンラの一撃。周囲の人間達は思わず歓喜の唸りを上げる。

 「ッ!」

 「やったかッ」

 直後のシンカイの声。だが、アサミも一筋縄ではいかぬ男だった。

 舞撃掌が命中したと思った瞬間……土煙が収まりアサミの居た場所。

 飛散したと思えた彼の肉体は、一つのバラバラになった丸太へと変貌してたのだ。

 「か……変わり身……」

 一撃を放ち、それが忍術で避けられたと理解して呆然とするシンラ。

 サウザー軍の武将アサミ……彼は108派を追放されてから忍びの術を会得したのだ……!

 その彼に、何処からか天空から不気味なアサミの声が降ってくる。

 「フッフッフ、なかなか面白い力を手に入れたようだ……シンラ殿、また会おう……」

 その何処かへと消え去ったサウザー軍の武将の言葉に、口惜しそうな、それでいて色んな感情交ぜたシンラの顔は天空を見続けていた。

 「スカした、野郎だ」

 バラバラとなった丸太の破片を軽く蹴りつつシンカイは吐き捨てるように告げる。

 「だが……手強い……」

 これで、敵に自分達の秘密の住処を気付かれた。何日かすれば、大軍がこちらの方へと向かってくるやも知れぬ。

 カザモリ老人のそう言った暗い予想を憂いつつと共に、彼等はシンラを見詰めた。

 シンラは、アサミが去ったであろう天空を見詰めるのを終えると……驚いた事に微かに微笑みすら浮かべて言った。

 「……また来たら、今度は倒す……絶対に」

 『……シンラ』

 そんな、頼もしくも死と隣り合わせの未来を笑って言える彼に……暫し老人達は何も言えなかった。

 「……」

 その彼に、無言でカガリは彼の隣へと近寄り。触れるか触れぬ程の距離に立つ。

 最近シンラと同様の手術を行い、己の体の調整が未だ不十分な彼女。

 だが、彼女の目には爛々と不思議な暗さのない光が宿っていた。

 「……カガリ……お前は」

 「聞かなくても解るでしょう? ……次闘う時は、私も一緒よ」

 今までの闘いを隠れ、何時でも助太刀出来るように見守っていたカガリも遅れながら登場する。

 仮定の話だが。シンラが少しでもアサミに敗北するかも知れぬ場面が生じれば、彼女は己の身を犠牲にして彼を救ったと明言する。
 
 彼と彼女の立つカザモリの里に……陽の昇る方向から強い風が彼等の間を通り抜ける。

 激しく流れていく雲を見詰め……カガリとシンラは未来へ向けて言葉を放つのだった。


 「……勝つわ。そして……『自由』を」

 「……ああ、そうだ。『自由』を……」



 そう未来へと宣告する二人と見守る老人達は、暫し激しく変動する空を見上げるのだった。








 ……吹き抜ける風、それは激しい戦場の風を暗示して強く吹きすさぶ。



 だが、我々は生きている。



 生きる者居る限り……その想いを消す事は誰にも適わない。




 嗚呼、斑鳩が行く……望まれることなく、浮き世から捨てられし彼等を動かすもの。それは、生きる意志を持つ者の意地に他ならない
















               後書き




 一応補足しますが、この六話と七話は完全にSTG『斑鳩』のストーリの冒頭のオマージュです。続きも確実にそうなると思います。

 著作権とかそう言った類の方は大丈夫だと思います。因みに作者は『斑鳩』をクリア出来ませんでしたが、作品観は大好きです。




 シンラ・カガリには幸せになってもらいたいと思います。まぁ『流星編』で生きる確立は全く無いのだけど。






 







[29120] 【貪狼編】第七話『拳と共に北斗の者 邪霊を祓え(中編)』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/02/26 15:55






 





                                    悪魔憑き





 憑依付きの一種であり、心身を悪魔にのっとられたかのように行動をとる者の事を指す。

 本来ならば有り得ぬ現象。だが、それは確実に彼等の近くで訪れてしまった。

 「……悪魔憑きじゃと?」

 「はい、そのようです。お師さん」

 強張った顔を同時に浮かべる青年と年取った男性。

 一人は鳳凰拳を担う現代の王、サウザー。

 そして、もう一人は現在ならば死した身であるが。ある二人……輪廻の理すらをも超えて介入した二人の人物。
 ジャギ、アンナの手助けによって、今現在命を拾い。隠居し平穏な暮らしを手に入れている先代の王……オウガイ。

 何とか手に入れた休日。本来ならば彼は二人の自分の恩人も招きオウガイと会いたかった。

 だが、それを水差すような話を鳥影山で聞き彼は暫しの再会を喜びつつオウガイにジャギ達の状況を伝えた。

 アンナが突如、ある晩に異常現象に苛まれ現在北斗の寺院に居る事。

 そして昨晩にリュウケン等によって視認された状況は、どうやら信じ難くも悪魔憑きにアンナが掛かったと言う事をだ。

 オウガイは、サウザーから聞き終えて溜息をつき首を振る。

 「……悪魔憑き、とはな。私も修行時代には狐やら魑魅魍魎の類の家屋を祓う儀に同席した事あるが……悪魔……とは」

 「お師さん。……その、正味な話悪魔とは居るのでしょうか?」

 サウザーの言葉に、オウガイは笑うでもなく生真面目に言い切る。

 「……居る。否定したいが……居るのだサウザー。例えばお前の天翔十字鳳も、言わばアレは心身を同調させる事によって
 天界を住まう鳳凰を降ろすといった類の技だ。我等南斗の古来から……そのような人の手には及ばぬ話は何度もある」

 サウザーは、オウガイの話を聞き自分が最も、そのような神話や伝説と言った類に近き人物なのかと少々驚く。

 「そう、なのですか。……しかし、何故アンナが」

 「何故、と言うのも無いのだろうな。伝承では悪魔憑きとは老若男女関係なく災厄の類の現象……避けられぬ厄じゃ」

 だが、オウガイはサウザーには言わぬが、これが若しや偶然でなく何か作為的な現象なのでは? と今も生きる拳士の勘が囁いている。

 だが、調べることは適わない。自分は今や南斗から消えた身……非力な事を恨めしく思いつつ、彼の人は祈るばかりだ。

 サウザーの不安げな顔に気付き、オウガイは安心させるように声掛ける。

 「……サウザーよ、今の我等に出来るのは祈る事だ。それが何よりのアンナの為で無いか?」

 「……っ悔しいのです、自分はっ。……以前も……ジャギが倒れた時も祈るしか出来なかった……!」

 サウザーの顔には……一筋の涙が。

 「祈るしか出来ない自分の無力が……とても憎い!」

 「……力が無い事は、罪では無いぞ」

 サウザーの震える体を、オウガイは抱きしめて囁く。

 「彼女も……そして傍に居る彼もお前が信じてくれると理解しとる。……なら、お前も信じ祈ろう……わしと共に」

 そう言って、オウガイはすくっと立ち上がると。傷は未だ少々治らぬ部分はありつつも、天翔十字鳳の構えをとった。

 サウザーは、その強き魂を持つ師の姿を見て涙を拭き一度強く頷き共に構えた。

 「はいっ、お師さん」

 ……二人の鳳凰の者は祈る。遠き地で、彼等の方向に。


 ……一方、その祈る先でも。彼等を案ずる者達がその場所まで来ていた。





  ・



          ・


     ・




         ・



    ・




        ・




              ・


 「……これが、鳥影山の奴等からの守りの品だ」

 寺院の階段の下。其処で金色の長髪の美丈夫な者が、一人の荒々しい黒髪をした同年代の男へと大きめの袋を渡す。

 その中にはパワーストーン、清め塩、破魔矢、札……他の縁起物など、魔除けの類の品々が盛り沢山に入っている。

 「あぁ……悪いな、シン」

 シン……六聖拳『殉星』の男。孤鷲拳の使い手だが、その名を呼んだ人物の表情には生気が無い。

 「ジャギ……平気……な訳ないよな」

 「……」

 何の因果か。気付けばジャギとなっていた者。そして仮初の体と思いつつ過ごしていた青年には、一人の大切な女性が居た。

 常に笑顔で、常に気さくで天真爛漫で……不思議と自分の心を光ある道へと誘う少女。

 その少女は……流行病とか、そう言う類でなく悪魔に取り憑かれている。

 その事実に、今ジャギは焦燥しつつシンに短く礼を言いつつも心此処に非ずといった雰囲気を醸し出している。

 シンも、その言葉を出し辛い気配に躊躇しつつ、聞かずに居られぬ事を話す。

 「……アンナは?」

 「寺院の奥で眠ってる。……昼間は、どうやら大丈夫……みたいだな。けど安心出来ないから兄者達とケンシロウやキムに
 交代で見張ってもらっている。……夕方には、南斗の方から悪魔憑きに詳しい方達が来てくれるって親父……師父が言ってた」

 「そうか……ユリアが怪我したと聞いたが」

 朝方、アンナやジャギが居ないのを北斗の寺院と思ってたシンは青褪めたリンレイが近寄っての報告には一瞬固まったものだった。

 だが、全員で寺院に行くのも不味い。不安気な仲間達の代表としてシンがアンナの元へと訪れたのだ。

 「ユリアは、大丈夫だ。トウもサキも少々背中に打ち身が出来たけど……それ以外は何ともねぇ。今朝、ジュウザやリュウガ
 が来て安全を図って南斗の里に移動した。……あっちの方が、先ずこっちよりは安全だろうからな」

 「そうか……」

 不幸中の幸い。誰が重傷を負った事が無いだけでもシンは良かったと溜息を吐く。

 だが、ジャギは歯を軋ませて苦しそうに吐き出す。

 「けど……アンナの奴は……っ」

 泣き出しそうな表情。如何すれば良いのかと懊悩するジャギ。

 現在、北斗の寺院でアンナは安静を図っている。悪魔憑きに掛かっている人間を下手に体力を失わせる訳にはいかないからだ。

 今日にでもリュウケンが恥じも外聞も捨て、自分一人で担うには重過ぎると判断して悪魔祓いの専門家を呼んでいる。
 
 儀式が上手く運べば、聖誕祭までには片がつくだろう。……だが、そのような問題では無い。

 「けど……もし上手くいかなかったらって思うと……俺はっ」

 ……未知なる力、未知なる脅威。

 このような形で、如何にもならぬ出来事が起これば自分は何と無力なのだろう。と、ジャギは改めて悲劇と言うものに打ちのめされる。

 アンナの最初の誘拐、そして再度の襲撃、そしてフドウの襲撃、そして続いて誘拐……度重なる彼女への魔手。

 サウザーの継承儀式とて、自分が負ければ彼はアンナを殺す気だった……一つでも何か間違えれば彼女は死んでいた。

 けど、それでは拳で未だ何とかなった。だから力を付ければ万事上手くいくと言う楽観視もあったのだ。

 ……だが、今回の場合。

 「俺は……何て無力なんだ……!」

 何も出来ない……力が無い自分が腹立たしく、そして憎悪する。

 シンは、その彼の痛々しい姿を暫し不憫そうに見つめ……そして彼は直接渡そうと懐に入れていた物を手に載せて差し出す。

 「……俺の家にある、天日鷲神に所縁あると言う鷲の羽根だ。アンナに渡してやってくれ」

 「……」

 「ジャギ、お前が大切な者の為に嘆くのは解る。……けど、負けるな。お前は、未だアンナを失ってないだろ」

 「それは……」

 そうだけど。そう言う前に、ジャギは彼が大切な者を失っている人物である事を思い出し、口を閉じる。

 シンは、ジャギの目を自分の青い瞳を向けて続ける。

 「失ってもいぬのに己を蔑めるなジャギ。アンナが無事元気になれば、幾らでも自虐の言葉は吐ける。そうだろ?」

 シンは、これ以上は彼を彼女から離すのは酷だなと思い、もう去ろうと背を向ける。

 「お前なら守れる。……今まで、そうだったろ」

 「……あぁ、有難うな。シン」

 自分を支えてくれる友。有り難き言葉に頭を下げて彼はシンに頭を下げる。

 シンが消えると、ジャギは急いで長い階段を一分で昇りきると寺院の廊下を走った。アンナの居る寝室まで歩き戸を開ける。

 戸を開けると、そこには金色の髪を枕にのせた少女の横顔。死んだように眠る少女の静かな横顔が映る。

 そのベットの近くで椅子に座るのは少年。少年は気が付くと、微かに頭を振ってから、一言呟く。

 「……未だ、眠ってる」

 「いや、それで良い。……ケンシロウ、もう良いぜ」

 「兄さん、昨夜からずっと寝てないんだろ? 未だ大丈夫だから……」

 「ケンシロウ」

 休んでくれと、我が兄を案じる少年。世紀末では彼を殺す歴史ある未来の救世主。それも今は彼と仲の良い関係。

 その兄は、二の句を告げぬ表情で一言名を呼んだ。それに反論出来ず、彼は大人しく彼と彼女を一瞥して去る。

 ……ドアを閉じる静かな音。ジャギは黙って椅子に座り、彼女の手を握った。

 冷たい……鳥影山を出た時よりも、彼女の手の温もりが低くなった事に、彼は無意識に背筋が薄ら寒くなっていた。

 アンナは、彼が握って数秒後に瞼を振るわせ、そして目を開く。

 「……ジャギ?」

 「起きたか? ……腹、減ったか? 今すぐ、何か軽い物で良いなら用意……」

 「ううん、要らない。……御免ね」

 少々立ち、朝から何も食べずに居る彼女に何か食事をと立ち上がる前に彼女はジャギの手を握り、そして唐突に謝罪した。

 「……何がだ?」

 「だって……私、何時もジャギに迷惑掛けて。……十五歳になって、ジャギより先に此処では大人と認められる年頃になっても
 ジャギの為に出来る事ってなくて……それでいて、こんな風に倒れちゃって……えへへへ……だから、御免」

 何だ、そんな事かと。ジャギは薄く笑う。

 「そんな事、今更だろ? ……俺は、お前が居てくれるだけでさ十分助けてもらってる」

 そう言って、ジャギはアンナの髪を梳く。

 「……本当に、ずっと助けて貰ってたんだ。……今、アンナが倒れちまって、随分それが今更だけと理解してる」

 「あははは……なら、こう言う風に倒れるのもちょっとだけ良かったかな?」

 冗談めかしての笑い。怒鳴る代わりに、怒った表情をするジャギを彼女は笑って謝る。

 それだけでも疲れを帯びたのだろう。彼女は笑みを浮かべたまま、優しい瞳でジャギに呟く。

 「……御免、ちょっと眠るね」

 「あぁ……ゆっくり休んで、早く元気にならなかったら怒るぞ」

 「はーい。……お休み、ジャギ」

 ……数秒も経たず、目をゆっくり閉じて眠るアンナ。

 ジャギは、その寝顔をじっと見ながら手を握る力をささやかに強めつつ、彼女が寝てると知っても天井を仰ぎ顔を見せないようにした。





 ……。






 その一方……リュウケンは一室で数ある蔵書の中から悪魔祓いに関する伝書を真剣に読み漁っていた。

 彼は一度だけ……悪魔祓いと同じ経験がある。

 修行時代……彼が霞 羅門として未だ生きていた頃、彼はジュウケイが魔界に片足を入ったのを食い止めた経歴がある。

 それも、一種の悪魔祓いと言って良い。と言うより、アレも正真正銘の悪魔祓いと言って良いのだ。

 真の拳法家が、ジュウケイのように実力ある拳士が心に魔を宿せばあのように家族を失う程の悲劇となるのが悪魔憑き。

 そして、この悪魔憑きに関して……彼としても一筋縄でいかぬのを十二分に身を以って知っている。

 かつて、彼は何度か似たような症例の人物を見た事がある。鉄心に育て上げられた時にも数度。

 その時は悪魔憑きでなく狐憑きと言う言い方だった。鉄心の言葉は、彼には常に心の中に残っているものだ。

 『良いか、羅門よ。霊の言葉に、惑わされるな、耳を貸すな』

 『霊とは、この世非ず物。人と相容れぬ物也。人を道外し、それは人の道理を知らぬ物也』

 『良いか? 決して油断するな、驕るな。常に己の心を失わずに挑め』

 彼は、鉄心の言葉を蘇りつつも。顔の表情は優れなかった。

 (あの娘に起きた宙に浮く力……そしてジャギを大地へ伏す程の気……並大抵の魑魅魍魎の化身では及ばぬ)

 リュウケンには、その憑く正体が知らぬ。せめて西洋・東洋のどちらか絞れれば……と彼は苦渋の顔を浮かべる。

 (コウリュウに出来れば頼みたい……が、あ奴は既に世俗をも絶った身……伝承者候補達に余計な刺激もしたくない)

 彼は、一瞬今は去った身である人物の法力をも頼みたくなった。だが、それは不可能だと思い返し、瞬時に考えを打ち消す。

 (そうだ……今は南斗の者がアンナの憑き物を落とせる事を祈ろう。……そして、それが不可能と知れば……我が身を賭しても)

 彼は、自分の両手の甲の未だ新しい細かい切り傷を凝視しつつ思考に耽る。

 北斗神拳伝承者リュウケン。暗殺者の顔あれど、このような退魔師としての仕事に対しても闘者の顔を浮かべるのだった。

 


 ……そして、夕方。

 南斗の里に住んでいた、数人の妙齢な人物達が北斗の寺院へと足を運んだ。

 フードで顔を包み、その顔には精悍なる光を宿している。

 六人の黒装束のマントの人物達はゆっくりと寺院へと赴く、そして入り口で待ち構うのはリュウケンと、五人の弟子達。

 「……リュウケン殿だな。……よもや、このような形で再会するとは思わなかった」

 「む……」

 黒いフードにより顔半分隠れてたゆえに正体が解らなかったが、リュウケンは声に気付き眉を少々変えた。

 「その声……ダーマか?」

 「いかにも」

 その声とともにフードから取り下げられた顔……穏やかな瞳、そして肩まで流れる灰色に近い髪。そして鼻に生やした髭。

 それはダーマ。南斗の重鎮と共に正体は南斗最後の将をユリアが勤め上げられる歳まで勤め上げていた今代の将である。

 「お主が、悪魔祓いを?」

 「然様……安心めされよ。私もまた昔は修験の経験ある……それに、残る五人はカトリックの僧である」

 そう言って手を翳した方に立つ人達は、穏やかな顔つきの聖人達がリュウケン並びに少年たちにも丁寧におじきした。

 「皆、この世でもっとも神に近い思想を持つ方達だ」

 「ダーマさん。なぁ……アンナを……アンナを」

 目の下に隈と、少々泣き腫らした目をする三白眼の人物に。優しくダーマは肩を置いて言った。

 「ジャギ、だったな? ……心配するな。お前の慕う者、そして私も大切に想う者の友人を決して傷つけぬようにと約束する」

 「……あぁ、頼む。後ろの人達も、お願いします」

 深々と頭を下げるジャギ。それに同意するように、エクソシトの五人もまた神妙な顔で頷くのだった。

 寺院へと入るダーマ達。ジャギは、まず先頭に付きアンナの居る寝室へと入った。

 彼女は、少々起き上がり果実を口に運んでいる。番犬になるか不安であるが、ユリアが自分の代わりにと置いている
 飼い犬のトビーと、そしてジャギの犬のリュウケンは共に尻尾を追い掛け回しているのが見えた。

 「あっ、ジャギお帰り」

 出現した彼へと微笑むアンナ。その顔色はぐっすりと眠ったお陰が少しだけ顔色が戻ったように見えない気もしない。

 「おう。……この人達が、お前の中の奴追い払ってくれるってよ」

 「解った。……あっ、以前南斗の里で会って以来ですね」

 入ってきたダーマに、知ってる人だとアンナは笑みを浮かべて口開く。

 笑顔の金色が映える少女。無邪気な顔つきの其の何処かで今も悪魔は微笑んでいる。

 ダーマは、優しく体を屈めてアンナと視線を合わせた。

 「ああ、久しぶりだなアンナ。……このダーマ、ユリアの友であるお前を救うと約束しよう」

 「……うんっ、お願いします」

 この身を懸けて、と手を合わせるダーマに。アンナは微笑み頷くのだった。

 ……太陽が完全に地上から消えて、辺り一面が夜になる。

 蝋燭の灯火が辺りを照らしながら、彼等はジャギや他の者達にアンナの相手は任せて儀式に関しての手順を説明する。

 「……悪魔祓いに関しては。六芒星を引き、その真ん中に寝台を置き彼女を置く。そして円陣と共に儀式を行うとする」

 「六芒星じゃと? 五芒星でなくてか? アレは、悪魔召還の儀に用いるのでは無いか?」

 『六芒星』……星型多角形の一種で、六本の線分が交差する図形だ。

 リュウケンの知る限り、六芒星が悪魔祓いで扱われる物と言う知識は無い。五芒星ならば深く陰陽道などで知られるゆえに
 馴染み有るが、彼にとって六芒星は悪魔の好む物と言う、少々偏った知識が世間の風体からが、そう言う誤解があった。

 「確かに、近年ではアレイスターと言う輩によって誤解されているが。六芒星とは本来ダビデの星とも言われる程に
 ユダヤ教徒では神聖視されている図形だ。陰陽術では五芒星が基本だが、悪魔祓いでは六芒星も五芒星と同じく
 効果あると言う考え方が我等の総意だリュウケン殿。この国でも、籠目と言う物で魔除けの通説があったと思うが」

 「む……成る程、籠目か」

 竹籠の網目は魔除けの紋。そして、その模様は六芒星ではある。

 リュウケンが考えを改めたのを知ると、エクソシト達は急ぎ香油や自分達の備える神聖器具を用意し、六芒星の点に燭台を置く。

 「それは?」

 「エクソシトの魂を意味合いする蝋燭です。儀式を始める際に蝋燭を点し、その灯火を守り抜き悪魔を追い出すのです」

 一人のエクソシトがリュウケンに説明を応じる。西洋の悪魔祓いの内容に、状況を置いて、リュウケンは少々感心した。

 そして、もはや眠る準備の出来た頃。アンナが彼等の場所へとジャギと共に参上する。

 「うわぁ……良い香り」

 「お香の香り……だな。良かったな、好きな香りで」

 今のアンナの羽織るのは白色の寝着。穢れの無い処女を模す色合いが悪魔を祓うに通ずると、彼等が用意した寝具である。

 これから先は、ダーマとエクソシスト達だけの空間。ジャギは仕方が無いが一緒には居られない。

 「……じゃあ、お休み」

 「ああ……お休み」

 名残惜しい。片時も離れたくは無い

 それでも、自分の所為でアンナをこれ以上苦しめるような事態にはジャギとて御免だ。磁石のように離れぬのを
 拒否する自分の手を必死に意思の限りで掌を開き、そしてアンナから去る。……最後に部屋を出る際に呟き。

 「……明日な」

 「っ……うん」





                                  「明日」








 ……。







 ……六芒星の真ん中に置かれた寝台。そして目を閉じ呼吸と共に胸を上下して眠る金色の髪が綺麗な女性。

 時刻は十二時を指し、闇を徘徊するモノ達が動き出す時間へとなる。

 「……始めるか」
 
 ダーマの声と共に、エクソシスト達は六芒星の点の場所に置いた燭台に火を点し、そして座り聖書を携え祈る。

 それは主にラテン語で、神を讃える祈りの言葉である。

 『天に召します我等の父よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。
 御心の天になるごとく地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を今日も与えたまえ。我らに罪をおかす者を我らが赦す如く。
 我らの罪をも赦したまえ。我らを心みあわせず悪より救い出し賜え。国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり……AMEN』

 主の祈り、聖書の一節を彼等は唱和する。

 その声に反応したように、アンナの顔色に変化が現れた。

 静かな眠りに沈黙していた表情に苦しさが見え始め、そして呼吸し辛いようにぜーぜーと口を開く。

 エクソシト達とダーマは、顔を張り詰め自分達が対峙すべしモノが出ようとするのを次の祈りの一句と共に待ち構える。

 『主は羊飼い、私には何も欠けることがない。主は私を青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い魂を生き返らせてくださる』

 「ギ……ガッ……ヲオッ!!」

 瞬間、アンナの口から声が漏れ出た。

 野太い獣のような声、血生臭い人間の善をも知らぬ悪邪なる霊の声がアンナの口を借りて現世へと発された。

 彼等は焦らない。このような事は序盤……更に相手の正体を暴こうと呪文の詠唱を続ける。

 『主は御名に相応しく私を正しい道に導かれる。死の陰の谷を行く時も私は災いを恐れない。
 貴方が私と共にいてくださる……あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける』

 「ガウッ!! ギャウゥ……グルルルルゥ!!!」

 獣の唸り声、体を反らしアンナは更に顔を歪めて口から人間には出せぬ咆哮を吐き出させる。

 効果はある……彼等は、悪魔憑きには精神的な病魔の類と、真性なる悪魔によって、この症例があるのを知っている。

 そして……これは間違いなく自分達の専門である後者だと此処へ来て確信を胸に芽生えた。

 彼女が体を反らし身を捩るのと同時に、寝台は地震でもないのに揺れる。

 その振動で自分を縛る無の拘束を破ろうとするように。彼等は、表情を変える事なく、彼女に聖書・詩編23編を詠み上げた。

 『私を苦しめる者を前にしても貴方は私に食卓を整えてくださる。私の頭に香油を注ぎ私の杯を溢れさせてくださる。
 命のある限り恵みと慈しみは何時も私を追う。主の家に私は帰り生涯、其処にとどまるであろう……AMEN』

 『グウウウウウウゥゥゥゥ……ッッ……ワヲヲヲオオオオオォォン!!!!』

 獣の咆哮が一閃。それと同時に、アンナの顔つきに苦しげな部分が取り除かれた。

 それと同時に消える燭台の火。彼等は儀式が終了したのを知る。

 「やったか?」

 「いや……もう朝だ。……恐らくこの娘の体から仮初で出ただけだ」

 「だが、手応えは感じた。……声からして魔獣か、その類だろう。名を知れぬのが辛いが、これなら数日で終えれる……!」

 今まで閉じていた窓から漏れ出る陽の光に、ダーマは時間の経過が一瞬である事に痛む目を細めつつアンナを視る。

 穏やかに眠るあどけない顔。自分が愛するユリアと同じ若い顔に知らずに笑みを浮かべ、絶対にこの娘を守るのだと決意が燃える。

 その時、扉を強く叩く音が一度。ダーマは、見当つけつつ扉を開ければ、案の定アンナを想う人間が現れた。

 息を切らし、目の下の隈は未だ消えなくも少々生気を取り戻し懇願するようにジャギはダーマを凝視する。

 それに、ダーマは微笑んで頷く。
 
 「大丈夫だ。この調子ならば、聖誕祭を訪れる前に確実に終わる」

 「!! ほ、本当か……あっ、有難う! 有難う……ダーマの親父さんっ……!」

 アンナが無事戻れる。その言葉にジャギは涙を流して頷きながらダーマの手を取って感謝を示した。

 その後ろにはリュウケンが微笑み立っている。

 (……北斗と言えど、人の子。少々偏見の目が有ったが、この様子を見る限りこの御仁達に悪なる未来あるとは思えん)

 (最後の将……そうは言うものの、私は今の立場ではただの南斗の一介男……やるべき事を果たすのみだ)
 
 そう、彼は朝日を見上げつつ決意を新たに固めるのだった。

 ……その日の昼も、アンナは体調を考慮され眠る。だが、ジャギには光明の見が差した事により、少々の明るさが戻る。

 その時だ、寺院の外に出て新鮮な空気を吸おうとした時……ジャギからすれば目に疑う光景を見たのは。

 




 「……ふむ。これが住処が……随分と貧相な場所だ」

 


 その言葉を聞いて、伸びをしていたジャギは一瞬固まり。そして前方に立つ人物を夢かと目を擦り凝視する。

 「何だ、珍妙な面を浮かべて。俺はお前に芸をしろなどと命じておらんぞ」

 「ユダ……お前、何で此処に!?」

 ……ユダ。紅鶴拳の伝承者候補であり『妖星』を司る男。

 以前、鳥影山での介入では唯一参加しなかった男。だが、後でシンの談によれば軍隊を出動した可能性のある人物。

 悪人か、善人か計れぬ男……ジャギとしてはラオウ以上に先が危ういと思える厄介な相手がこの人物なのだ。

 「俺が此処に来ちゃいかん理由でもあるのか? ……まぁ、お前が北斗神拳使いならば、確かに面倒かも知れんか」

 そう、ユダは冷笑する。

 ジャギは、頭を掻いてこの人物を無言で見返す。下手な言い訳や嘘は、この人物には悪手だと、ジャギは知ってるからだ。

 そして、この人物の訪問を思案する。まぁ、アンナがこちらで悪魔祓いの儀式の張本人である事はシンから
 聞いて間違いないだろう。ならば、彼はアンナの身を案じてこちらへ来たとジャギは予測する。

 「何しに来たんだ?」

 「お前の顔を見に来たので無い事だけは確かだ。……ほれっ」

 ユダは、皮肉と同時に何かを投げ渡す。

 ジャギは、何だ? と思いつつ受け止めた物を見詰める……十字架だった。

 「……こりゃあ」

 「一応年代物の代物だ。俺の実家の家屋に飾ってたものだ……効果はあるだろう」

 「って……いいのかよ!? そんな代物をよぉ!」

 ユダの家屋に飾る物だ。値段は自分の想像以上だと理解出来る。

 だが、ユダはジャギの反応など構わないとばかりに、彼を指して口を開く。

 「……アンナは、どうだ?」

 本題とばかりの顔。指されているジャギは、下手な発言をすれば文字通り切れそうな彼の気配を感じつつ正直に告白する。

 南斗の派遣したエクソシスト。それに、ユダは役に立つのか? と言う表情で鼻息を一つ鳴らし去ろうとする。

 「おい、だから……」

 「あいつの……」

 「え?」

 ユダは、自慢であり、彼の母を憧憬とした長髪を掻き揚げつつ呟く。

 「奴の髪の毛……この前に顔色悪い時になぁ、一房気付かれぬように数本切ったんだ」

 そう言葉を、彼は少々病んだ笑みで続ける。

 「して……奴の憑き物がどういった代物が知るために奴の身代わりとして髪を入れた藁人形を置いたんだ……したら如何したと思う?
 その人形なぁ……僅か数秒も経たないままに……一瞬にしてあいつを模した藁人形はバラバラに壊れて散乱したんだぞ!!」

 そう言って、彼は壊れたように笑う、哂う。

 その笑い声に、ジャギはゾッとした。……ユダが恐ろしいからでは無い……その話に出てきた藁人形の末路とアンナの想像が重なって。

 「……その日、あいつ死にかけたんだぞ……宙に浮いて、首が絞められそうになって……」

 彼の呟きに、笑いを引っ込めてユダは無表情で言う。

 「身代わりの呪術代行の代物すら聞かぬ化け物と言う訳か。……ハッ、そのエクソシスト共が世界最高の実力であろうと不安なものだ!」

 そう言って、彼は去る……アンナが死ぬかも知れぬ忌まわしき場所など……見たくないとばかりに。

 「ユダっ……アンナに伝えとくぞ! お前が……心配してるってよ」

 ジャギは、十字架を握りつつ消え去る彼へと追って叫ぶ。

 ユダは……一度立ち止まったが、振り返る事はなくそのまま消え去った。

 ……明るいと思っていた空が、未だ雲行きが怪しくなったとジャギは天空を見つつ思った。

 そして、その彼の暗い不安は的中するのだった。



  ・


  
           
          ・


     ・

 
        ・


    ・



       ・



           ・


 

 二日、三日目の儀式の時もこれといって変わらない状態だった。アンナは始終彼等の聖書の詠唱に対し身を捩り獣の唸り声を放つ。
 これといって、何か変わった様子もなくそのまま朝を迎える事だけが続いていた。エクソシスト達は根気良く続ける。

 然し、不意に三日目の儀式が終えた時に一人のエクソシストは妙だ、と首を傾げて呟いた。

 「本来の悪魔憑きならば、既に人語を解し我等に侮蔑の言葉でも吐いても良い頃合だ。悪魔ならば、その程度の事やりそうだが……」

 彼は悪魔憑きを良く知っている。初日に遭遇し対峙した折りに身体を借りて唾を吐き、そして罵りの言葉を吐かれたのも数ある。

 だが、アンナの場合。そのような様子は一切なく獣の唸り声しか出さない。それはある種妙な感じを見受けていた。

 「魔獣であれど、人語は喋るからな。……だが、そう不思議でもあるまい。未だ三日目、潜んでる悪魔とて弱り喋る事も辛いのだろう」

 悪魔がそう容易く弱まるとは思えぬが、彼等は悪魔祓いの専門家。幸運ながら力も低いのだろうと、アンナの中に潜むであろう
 正体が未だそれ程動きを見せぬ事を見当つける。……相変わらず、アンナは昼間は少々ぐったりしつつも元気そうな態度は見せてた。

 その日。四日目も、十二時を差し掛かり燭台に火を点すと彼等は詠唱を始めた。マリア賛歌の一説である。

 
 『私の魂は主を崇め、私の霊は救い主である神を喜び讃えます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
 今から後、何時の世の人も私を幸いな者と言うでしょう、力ある方が、私に偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、
 その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、
 権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。
 その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
 アブラハムとその子孫に対して永久(とこしえ)に』

 


                                  ……くすくすクス……



 その詠唱が終えたと同時の……笑い声。

 幼子が遊ぶ時のような無邪気な笑い声……子供の声がアンナの口から漏れる。

 それに、一瞬エクソシスト達は眉を片方上げるも、更に悪魔の正体を暴かんと彼等は聖人の言葉を述べる。

 『アッバ、父よ、
 貴方は何でもお出来になります。この杯を私から取り除けてください。然し、私が願うことではなく、御心に適うこと』





                              「ゲッセマネがァ……マルコの福音が!!!」




 野太い、男の声。覇気を込めた、聞くも身の毛のよだつ恐ろしい征服者の声がエクソシスト達の耳を打つ。

 初めての彼等が耳にする人語。その内容は罵りでも侮蔑でもなく……彼等の信じる神を敬愛する者の名を言い当てた。

 蝋燭の火は、彼等の動揺を知るように一瞬揺れる。ダーマは危機を感じ取り、彼等に視線を走り呟く。

 「っ……祈りの花束の言を」

 それに、彼等は顔に無の仮面を被ると同時にその聖句を詠み唱える。

 『神よ、変えることのできないものを受けいれる潔よさ、変えることの出来るものを変える勇気、
 そして両者の違いを見分ける知恵を、私たちにお与え下さい……このなく高く 全能の善き主よ。賛美と栄光と誉れと
 すべての祝福はおん身のもの。いと高き方よ、これらは皆、御身にのみ返すべきもの。実に、御身名に呼びに相応しき……』



 「アッシジ如きが我が王へと片腹痛シ!! 如何ナル言葉ヨリモ銀ト金ノ宝石也ヨリモ勝ルモノナドナクバ!!!」


 
 また、声が遮る。少々低音になった男の声。その声が、彼等エクソシストの唱える聖人の名を当てる。

 彼等は、一体どのような悪魔なのか? と疑心を強めつつ厳かな調子を強めて声音に力を入れて魂の底から唱え続ける。

 『……大事を成そうとして力を与えて欲しいと神に求めたのに慎み深く従順であるようにと弱さを授かった。
 より偉大なことが出来るように健康を求めたのにより良きことができるようにと病弱を与えられた。
 幸せになろうとして富を求めたのに賢明であるようにと貧困を授かった。
 世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに神の前に跪くようにと弱さを授かった。
 人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのにあらゆることを喜べるように生命を授かった。
 求めたものは一つとして与えられなかったが願いは全て聞き届けられた。神の意に沿わぬものであるにかかわらず。
 心の中の言い表せない祈りは全て叶えられた。私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ』

 

 「それは、真の勝利者の言葉でなく、無力と絶望に苛まれしものの慰めの戯言でしかなし!
 真なる勝利者は不変なき力にて世を統べる力を勝ち獲るのだ! ……だが、その戯言は覚えておいてやろう」

 ……大胆にも、祈りの説に感想を述べ、そして覚えておくと言う不遜な態度。

 まるで今まで相手してきた悪魔憑きとは異なる態度。エクソシスト達は怪訝そうに顔を見回す。

 そこで丁度時間は朝を迎える時刻となった。エクソシスト達は、アンナの顔に張り付く汗を拭き、聖器具を片付けつつ述べる。

 だが、今回は儀式を終えた後の満足感に値する感情は存在していなかった。彼等にとっては珍しい感情だが。
 今……このような感情は本来聖人にあってならぬが。今、この時に彼等は初めて健やかなる生娘の彼女の寝顔も不気味に思えていた。

 ドアを叩く音、ダーマが気が付き扉の向こうに居る人物を予測しつつも扉を開く。

 そこには案の定ジャギの姿。目線で、儀式は成功したのか? と訴えている。

 「……大丈夫だ。もう佳境……あと数日で終わる」

 ダーマは嘘をついた。この彼女の付き人の心を損なわせるような真実を言いたくはなくて。

 彼は、ダーマの顔から虚偽を見抜き落胆するもなく、かといって鵜呑みにして晴れた顔つきになるでもなく急いでアンナに駆け寄る。

 髪を上げて、彼女の眠る顔をじっと見詰めるジャギ。……秘孔で、彼は彼女に活力取り戻そうとは今は思わなかった。
 オウガイの時も、必死に仮死状態にするのだけ覚えてただけであり。彼は彼女を誤って傷つける事態だけは御免だった。

 時間は経ち、昼餉になりリュウケン等が用意した精進料理を口に運びつつエクソシスト達は相談する。

 「如何言う事だ? 最初は全く獣の声以外はなく……そして、今度は二人程の男の声に、そして子供……。
 ……考えたくはない想像だが、もしや、悪魔は何体が娘の身体にとり憑いている可能性があるのでは?」

 「早計過ぎる、悪魔ならば無限に声を化す事など容易い事だ。……然しながら、解った事は一つだけある。
 ……アレは全く我等の祈りの唱えに聞く耳を持ってない。古来より悪魔祓いの伝統たるラテン語の詠唱が通じぬとは……」

 思わぬ不具合。彼等は議論を重ねる中でダーマは食事を殆ど口につけない状態で呟く。

 「……とにかく、我等は彼の娘を救わなくてはならん。やるべき事は一つ……今日からは、ラテン語以外でもギリシャ。
 中国、ドイツ、英語。様々な外国語で唱え試してみる事にしよう。本来ならば、先にそうするべきだったが……」

 悪魔祓いは最初が要。自分達は古代ラテン語が全ての悪魔に通ずると信じていたが、どうもそうでは無いらしい。

 不安は感じている。だが、エクソシスト達も神を最も敬愛すべし者達。悪魔の計略に一度掛かったからと言って退く訳にはいかない。

 その一方、昼に起き上がったアンナはジャギが寄越した果実を少々口にしていた。

 一口、二口程に齧り彼女は皿へ置く。

 「林檎、もういいのか?」

 「うん……御免」

 謝罪の言葉を力ない笑みで唱えるアンナ。その顔は真っ白で、外に最近降り積もっている雪と同色だった。

 「謝るなよ。怒ってねぇから」

 ジャギは、困ったように返事を返す。彼女に異変があってから、よく謝罪の言葉をアンナは口にする……気力が低くなっている証拠だ。

 それに頷き、彼女は再度謝罪の言葉を上げる。ジャギが何も言わず頭を掻いていると、彼女は突然照れたように笑った。

 「……何だよ」

 「へへへ……だって。ずっと困ったような顔してるんだもん」

 「……心配、だからな」

 そう呟くと、彼女は聖母のように慈悲む目でジャギを見詰める。

 本当に、聖女のようだとジャギは馬鹿げた事だと思いつつ考える。病んでいるのは知っているのに、その笑みの儚さが
 幻想的で、危なげで今にも壊れそうな美しさが粒子のように彼女を美しく際正せている。

 ……そうだ、以前も。

 (? ……以前も、何だ?)

 「如何か、した?」

 「あっ……いや。……なぁ」

 思考を打ち切り、ジャギはじっとアンナに視線を固定する。

 「元気になったら……どっか、旅行に行こうぜ。皆でさ……」

 「あっ、良いねそれっ! それじゃあさ……あっ、そうだボーモンさん所とかどう!」

 アンナが悪い方向に思考を傾けぬようにと言う考えで適当に言った言葉。それでもアンナは素直に喜ぶ。

 「ボーモン? 変な場所選ぶなぁ……って、まぁ確かにあいつにも予言の事教えるべきかもしれねぇな」

 確か、山々に囲まれてるって言ってたから。春になったら花見見放題だろうな。と、ジャギはアンナを嬉しがらせようと続ける。

 「そんじゃあ……元気になったら花見行こうぜ。皆で行けばきっと楽しいさ」

 「うん……それでもって、シュウさんの結婚祝いもやって……あっ、ブーゲ欲しいなぁ」

 「よしっ、俺が受け取ってアンナに渡してやるよ」

 「あははっ! それ、意味無いよ……ジャギ」

 ……そこで疲れが襲ったのか。彼女はスゥと寝息を立てて眠る。

 「……交代、するか?」

 「……あぁ、兄者頼む……っ」

 その瞬間に、様子を影から窺っていたのであろう優しき若き聖者が近寄る。ジャギは、声を震えつつ外へと出た。

 山林を雪で滑り易いのも構わずジャギは抜ける。彼は、アンナが眠ったのを確認してから、何時もある場所へと駆けていた。

 山林の木々で一指弾功の修行をしていた者が、走りさる彼の影を視認する。それは、将来覇王を握りかけた者の若き頃。

 彼は、突く指を止めて気になったのであろう。足音を殺し彼の後を少しばかり付ける。

 ラオウは、彼が滝壺に辿りついたのを目にした。ジャギは、服を脱ぎ去ると極寒の水の中へと身を沈ませる。

 「っ……神仏でも、何でも構わねぇ……あ、アンナを……ッ」

 それが、祈祷である事を知るとラオウは去った。神頼みなど、彼からすれば一笑に付す類のものでしか無い。

 最も愚かなる者の行為。けれど……ラオウは立ち去りはしつつも顔に嘲笑を浮かべるような事は無かった。

 一指弾功へと戻るラオウ。だが、彼は一旦途中で指を止めて呟く。

 「……リュウケンすらも、アレを祓う事は無理か……」

 一瞬、何やら思案するラオウ。

 だが、彼は今度こそ無言に戻り修行を再開した。……そして、遂に悪魔祓い何時か目の夜へとなった。




  ・



         ・


    ・



       ・



  ・



  
      ・




           ・




 六日目となると彼等にも冷や汗が現れ始めていた。

 何せ、アンナの身体に憑いているであろう悪魔には変化が無い。いや、変化がないどころか彼等を嘲笑うように行動する。
 
 六芒星の真ん中に置いた寝台を空中へと浮かし、彼等の燭台を倒そうとするように振動させる。

 それだけならば未だ良いかも知れない。だが、彼等はこの少女に潜む『何か』に対し生暖かい風が背筋を駆け抜ける。
 その風は、彼等の信仰心を減らすかのように生気を抜き取るような力を、風の中に秘めているのだった。

 今や、彼等は必死に聖書に爪が食い込みそうな程に持ち、ロザリオを命綱のように握り締める。

 『神よ、私を憐れんでください。御慈しみをもって。深い御憐れみをもって背きの罪を拭ってください。私の咎を悉く洗い罪から清めてください』
 
「クク……ッ……フフフフ!!!」

 アンナは、彼女の知る者であれば気を失いかねぬ程に歪んだ笑みで笑い声を立てる。昼間が聖女ならば夜は魔王の如く豹変していた。

 『貴方に背いた事を私は知っています。私の罪は常に私の前に置かれています。貴方に、貴方のみにわたしは罪を犯し
 御目に悪事と見られることをしました。貴方の言われることは正しく貴方の裁きに誤りはありません』




  「フハハハハハッハハハハハハッ!!!」




 広間に笑い声が響く。男の声が、激しく高笑いする血で濡れた羽を生やしたような幻影すら見えかねる男が笑う。



 『私は咎のうちに産み落とされ母が私を身ごもったときも私は罪のうちにあったのです。貴方は秘儀ではなくまことを望み
 秘術を排して知恵を悟らせてくださいます。ヒソプの枝で私の罪を払ってください……わたしが清くなるように。
 私を洗ってください、雪よりも白くなるように。喜び祝う声を聞かせて下さい、貴方によって砕かれたこの骨が喜び躍るように。
 私の罪に御顔を向けず咎を悉く拭ってください』



 

 「クククク……クックックッ……!!!」




 六人の僧侶達が如何なる言語をも駆使し、神の為の、アンナを救うべく神へと頼む祈りを放つ。

 普通ならば苦しむ筈にも関わらず。なのに、アンナは打ち震えるように残忍な低い笑い声を立てて一向に苦しむ気配は無い。

 笑い苦しんでいても、神の言葉に苦しむ気配は全く訪れていぬのだった。


 『神よ、私の内に清い心を創造し新しく確かな霊を授けてください。御前から私を退けず貴方の聖なる霊を取り上げないでください。
 御救いの喜びを再びわたしに味わわせ自由の霊によって支えてください』

 



 「天に召し見守る事しか出来ぬ臆病者の言葉が……ソレホドマデにお前等の為に何かしてくれるのかぁ……あぁ~?」





 心底、アンナの顔で可笑しいとばかりに歪んだ笑みと視線がエクソシスト達を見渡す。彼等は一心不乱に声通じる事を祈り唱える。




  『私は貴方の道を教えます。貴方に背いている者に罪人が御もとに立ち帰るように。神よ、私の救いの神よ
 流血の災いからわたしを救い出してください。恵みの御業をこの舌は喜び歌います。主よ、わたしの唇を開いてください
 この口はあなたの賛美を歌います』




 「ショウシ……笑止! 笑止!! 笑止!!! 笑止!!!! 笑止!!!!!! 笑止!!!!!!」




 アンナは吼える、自分の眠る寝台で行儀悪く足を曲げつつ天空に居る全愛なる主を哂う如く高らかに笑止と繰り返す。


 『もし生贄があなたに喜ばれ焼き尽くす献げ物が御旨に叶うのなら私はそれをささげます。
 然し、神の求める生贄は打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔いる心を……神よ、貴方は侮られません。
 御旨のままにシオンを恵みエルサレムの城壁を築いてください。
 其の時には、正しい生贄も焼き尽くす完全な献げ物も、貴方に喜ばれ其の時には、貴方の祭壇に雄牛が捧げられるでしょう』






 「雌牛? ……ハッ……」






 そう、馬鹿にしたようにアンナは一瞬残忍な笑みで首を傾け……そしてカクッと首が地面の方へと傾く。

 「……去った、のか?」

 「いやっ……未だ時刻は陽が昇るまで一刻は優にある……!」

 エクソシストが、兇悪な気配が薄らいだのを感じ恐々と聖書と十字架を下ろす。

 それに、厳しい目と声でダーマは嗜めた。その途端……アンナは彼等の心に隙が出来たのを見抜いたかのように顔を勢い良く上げた。

 その顔つきは、先程の不遜なる王の如く顔つきでなく……意地の悪い、蛇のような視線で嘗め回すようにエクソシスト達を見ていた。

 チロチロと、蛇のように薄いピンク色の舌が唇を舐める。

 その声は、野太い男の声から変化し今度は中性的な声を発する。……無論、アンナの声では無い。

 「まるで眠気を誘う子守唄だ。宜しいっ、この俺が直々にお前達に美しい詩を聞かせてやろう」

 そう言って、彼女は寝台を舞台のようにスクッと自然な動作で立ち上がり……信じられぬものを詠み上げ始めた。

 『夕闇の迫るがごとき衝動に君の心は狂いはじめり……』

 『なぁ--------!!?』

 その最初の句に、エクソシスト達は仰天して思わず声を上げる。

 有り得ない、そんな事は不可能だ、悪魔ならば。

 だが……アンナの姿をした何かは、平然とオペラを謡う如く手を突き出しながら美しい声で詠み上げた。











                         夕闇の迫るがごとき衝動に君の心は狂いはじめり


                         聖水(みず)をもて拭われぬるも君はまた泥溝(どぶ)に足を嵌め先を歩むか


                         君がため命も棄むというひとを離れて闇に姿を消(け)せり


                         過越の祭りの食事終わりしも君の戻らぬ空席(あと)の哀しき


                         跫(おと)もなくオリブ山に現じたる隊伍の前(さき)を君は歩めり


                         篝火に照らされし顔、顔、顔に死神のごとき君の貌あり


                         闇を秘す心を知りてなお君を「友よ」と呼ぶひとのあり


                         青白き月の光の映じたる二人の接吻、哀きわまれり


                         かけがえのなきを失いし君の掌(て)に三十枚の銀の冷たき


                         にべもなし己が仲間と頼みしは冷笑うかべ君を見捨てり


                         罪なきの血を売りし銀さきなみて君縊(くび)れたる






                         『……キリエ・エレイソン(主よ憐れみを)』



 









 ガタッ……!!




 その詩が終了した途端、まるで滅びの呪文を聞いたかのように絶望に満ちきった表情でエクソシスト達。

 十字架を取り落とし、聖書は地面に落ちるとパラパラと生暖かい風によってか激しく捲られた。

 「イスカリオテのユダの聖句……!!」

 「おぉ……!! 何たる事だ! 我等は神の子を傷つけんとしていたのだ!」

 「神よ……どうかお救いを! 神よ!!」

 焦燥とする悪魔祓いの彼等。ダーマは慌てて鎮まるように訴えるが、彼等は神の子として神に忠誠誓うものたち。
 その彼等にとって、悪魔が聖句を一言一句損なう事なく全てを詠み上げると言う事は、世界の滅びと同じ程に恐れ難い所業なのだ。

 燭台は、動揺した彼等が当たった所為で地面に倒れ既に火は消えうせた。

 その、終末を嘆くように崩れ必死に手を組み祈るエクソシスト五人を優しい表情でアンナだけは白い衣に包まれながら見下ろしていた。

 辛うじて正気なダーマはそこで全てを織った……この娘にとり憑いたのは悪魔などでは済まされない……邪神の類が何かだ……と。




 エクソシスト達の惨敗の呪う如く神への祈りが響く中……その日七日目の朝が迎えられた。





  ・



           ・


      ・



         ・



    ・




       ・




            ・


 「……リュウケン殿、済まぬが少々もう一度準備の為に里へ戻る事にする。……夕方には、きっと戻る」

 「だが……今日の夕方までには豪雪となるとお前も知ってるだろう?」

 エクソシスト達は、最初に訪れた時の生気のあった顔が信じられる程に落ち窪んだ顔をしていた。

 悪魔の誘惑に嵌ってしまったものの顔……彼女の霊が他の誰かにとり憑いたわけでは無いが、もはや彼等の状態は
 彼女の中に潜む正体不明の強敵を討ち滅ぼすに続行する力は消えていた……里に戻り、彼等よりも低い実力の持ち主と入れ替えねばならぬ。

 「我が同士達は、もはや続けられる気力を備えておらぬ。……心苦しいが、新たな犠牲者を知って出せる程、私も冷酷では無い」

 「っ……解った」

 リュウケンも鬼ではない。彼等高僧を見殺しにする真似も出来る筈なく、それゆえに目を閉じ彼等が出るのを肯定した。

 ……彼等が出た瞬間、まるで待ってたかのように雪が降り始める。……これだと数刻後には誰もこちらへ出れぬ程に大雪となろう。

 溜息を吐き、そしてリュウケンは自分一人だけでアンナの除霊をするしか無いかと重苦しい顔つきで寺院へと戻る。

 だが、ふと彼は立ち止まった……白い鉢巻、そして正装の道着をして正座したジャギが、リュウケンを待ち構えていたからだ。

 「……お前」

 「師父……俺も手伝う。……ラテン語での祈りの言葉は出来ねぇけど……真言なら唱えられる」

 厳しい顔つきで、リュウケンは言葉を発さず彼の視線を見る。怯むことなくジャギはリュウケンの視線を受け止めた。

 「……薬師如来の真言は?」

 問いかけて試すリュウケン。ジャギは間髪して一言も間違えずすらすらと唱えた。

 リュウケンは頭を下げる。……あの娘を、命を懸けてでも守り抜こうと言う決意……我が拳で止めても喰らいつき息子は……。

 「……絶対に儀式では言葉に傾けるな……目を背けたくなる場面もあるだろう。それでも……やり遂げるのだな?」

 迷わず、力強い頷き。

 ほぅ……と吐息と共にリュウケンは入り口に入る。ジャギは、リュウケンが肯定を示してくれたと知ると、足早に彼は自分が
 守り、そしてこれから数時間後には闘わなくてはならぬ相手の下へと足早に覚悟を決めて立ち寄るのだった。

 リュウケンは、これも定めか。と固い顔を貼り付けたまま、その耳元に硯をとく音を不意に耳にして、その音のする方へ寄る。

 「……ケンシロウ」

 彼は、黙々と写経を移していた。

 山積みな、真言を書き貫いた写経。そして、彼はぶつぶつと小さく書き写す呪文を唱えている。

 「……ぁ……師父」

 「お前も……お前もなのだな」

 その、手に握られた数珠を凝視して。リュウケンは彼もまた義理の兄の為に力になろうとしているのを把握した。

 ケンシロウは、黙って静かに頷いた。……リュウケンは、天を一度仰ぎ……そしてジャギに言ったのと同じ内容の言葉を告げる。

 寺院の奥へと入るリュウケン。これからの事を考えれば、全身に瞑想と共に気を巡らせなければいけぬゆえに今から準備がいる。

 だが……彼よりも早く寺院の奥にある金剛力士像などの仏像相手に瞑想をしていた二人の人影を目にした。

 「トキ……ラオウ」

 「あぁ、師父……先に失礼してます」

 トキは、穏やかな笑みで会釈し。ラオウは返事も無く片目を開けてリュウケンを一瞥して瞑想へ入る。

 その様子に、北斗兄弟の全員がジャギの……息子を想う者の為に闘うのかと感極まった想いが一瞬満たす。

 「……今しがた、ケンシロウにジャギも共に今日の儀式に参じる事となった」

 「そうとは思いました。……あぁ、キムは我等の朝餉を早々に用意して、今は滝へと赴き修行しています」

 自分は、瞑想だけでは精神鍛錬が足らぬと言ってね。と、苦笑いするトキの言葉から、本当ならば今年の冬にでも
 寺院から破門する事を考えていた彼が、そのような思惑も知らぬままに彼もまた所縁は低くもジャギのためにと非力な牙を磨いている。

 (数年後には……恐らくはこれよりも不和となるであろうに)

 そう、彼は自分の仕打ちを知らず今は普通の兄弟のように力を貸してくれる息子達に、感謝の思いを軽く頭を下げる事で表すのだった。

 ……だが、この場で唯一発言せぬラオウだけは、このように考えていた。

 (エクソシスト……そして最初は正体も余り把握しなかったとはいえリュウケンすらに傷を負わせ嘲笑う存在)

 (それを我が拳で喰らえるとすれば……俺はこの一夜にして北斗の者等全てを凌ぐ糧を得れるかもしれん……好機だ)

 (あの娘が生きようが死のうかなど二の次……確実に、その魔物とやらを拳の錆びとしてくれる)


 そう、彼は心の中に修羅を潜めて闇夜を待ちわびる。




 「……アンナ、絶対に……お前を救うぜ」

 一人は、最愛なる者の為に。

 「……(硯を研ぎ、写経を黙々と続ける)」

 愛する者を守ろうとする親愛なる人の……初めての力になろうと救世主は家族の為に。

 「この世の光の為に……我が北斗の力を、今こそ」

 聖者この世の善の為、そして自分をとりまく光の一つの為に。

 「ブルブルブル……!! オッ……オン・バサラ……」

 身を刺す程の水に打たれつつ、本来ならば既に破門されしイレギュラー(キム)もまた、イレギュラーの為に。

 「……必ず、この俺の拳の為」

 そして、己の為に。









 様々な思惑があれど、今北斗七星を支えん六人の人々が、一人の死を司るかも知れぬ星の女を救うべく結束する。











              後書き
  




  俺、エクソシストだったら2が一番好き。




 某友人<俺、ホラー映画なら『君に届け』が一番好き!







  ……え?




  ……えっ??






[29120] 【流星編】第八話『空に渡る鳥 通り雨 夢を見る鳥』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/01 17:36





 
 
 酔いしけりし、暗闇の月夜に。

 一匹の鳥は迷いつつも空を舞う。

 その世界に希望が無くとも。

 その世界に夢も光無くとも。

 一匹の鳥は嵐の前の海を泳ぐ。

 その世界に、未だ一抹の光があると信じながら。


 ・



         ・

    ・


       ・


   ・


      
      ・



          ・



 薄汚れたマント。そして灰色のズボンに安全靴。

 旅するのに適した格好した人物は、マントをフードにして顔を隠しつつ天を仰ぐ。

 「……雨が降りそうだ」

 天空の恵み、世紀末の世界には無くてはならぬ上空からの飢えを凌ぐ水分。

 だが、彼の居る場所でソレは……余り好ましくないものとして今はこう呼ばれている。

 『死の雨』……と。

 「急がないと……っ」

 足の進みを速くし、旋風の如く俊足で町の居る方まで全速力で駆ける。

 そうしている間にも、紫色の頭上の雲からポツポツと灰色に近い水滴が降り始めていた。

 急ぎ、息を激しく吸いながら滑り込むようにして彼は町まで辿りつくと近くの廃屋へと転がり込む。

 その瞬間を待ってたかのように、どしゃ降りの雨が彼の入った村へと降り始めた。

 「……はあ、はぁ」

 少々ガラスが欠けた窓枠から、灰色の水が滴り落ちるのが見える。

 世紀末が始まってからと言うものの……不確かだが、こう言った死の灰で巻き上がった放射能物質が含まれていると
 思われるスコールが降る時もある。そう言った場合、それを体に大量に浴びた場合の事は、考えるだけで恐ろしい。

 実際に、一度そのスコールを浴びたと言う人間の死体を見かけた事もあった。紫色の斑点が浮き上がった死体……誰も近づかず
 躯は汚物のように誰かが投げた火によって燃やされた。……惨い末路だと、旅人の彼は思う。

 一週間程経過して放射能が含まれる量は、死ぬ程のレベルで無いとは思う。だが、彼は保身の為に根拠なく灰色の雨を
 全身に浴びる勇気は無かった。後で治療が困難な病気になる事や、軽度な風邪も医薬品すら覚束ない世界では命取りなのだから。

 通り雨を見る旅人は、以前にモヒカン達を一撃で昏倒させ殺さずに旅を続ける男。

 その旅人の思惑は今の所預かり知らぬ。だが、彼はある目的で旅を続けなければならなかった。

 廃屋で暫し雨宿りをしようと壁に凭れかけようとした時、奥の方にある家具が一瞬ガタッと音がした。

 振り向く旅人、それに『こ、殺さないでくれ!』と声が上る。それに、警戒を緩めて旅人は口を開いた。

 「……誰も、自分は殺さない」

 その言葉に、数秒の間の後に顔がひょっこりと表れる。恐々と、中肉中背の神経質そうな男が旅人の前に出てきた

 「あ……あんた旅人か? ……お、驚かすなよ。てっきり……ま、まただ。また、あの奴等が襲いに来たのかと……」

 ブルブルと、青褪めて焦点が定まらない男は口ごもりつつ喋る。

 旅人の顔つきを見て、その容貌から殺人を起こせるような人物で無いと知ったのか。顔を横に振ってから乱暴な口調へと変わる。

 「お、おいお前。な、何か薬ないか? こ、此処の所全くブツが入らなくて……い、苛々してるんだよ俺は」

 そう、彼は懐から小さなガラスの破片を取り出し脅迫する。

 旅人の彼は、そのような武器で殺され及び傷つけられる気など毛頭無い。だが、彼の要望を聞く価値はあると思った。

 「薬、か……それを上げたら、僕の知りたい事も教えてくれるか?」

 「知りたい事? わ、解らなくても別に良いんだよな。く、薬さえくれりゃあ何だって構わないぜ、そんな事は」

 この世紀末の環境によって、精神を病んでしまった薬物中毒者といったところか。震えつつ旅人の取引に彼は応じる。

 旅人は、今は手荷物に無い。代わりに近くの村か、この廃村で薬を見つけると取り付けた。

 「へ、へっ! こ、こんな終わっちまった世界の何処に薬が見つかるんだよ? ……い、いいさ。俺は探さないけどな」

 そう言って、薬中の男は座り込む。彼も、無理に体力を消費する程までには理性は遠くに行ってないらしい。

 暫しの無言。旅人は何も言わず天空を見上げている。

 「……お、おいっ。あ、あんた如何して旅してる? し、正気には思えないぜ。村の外にゃあ軍隊やら、盗賊やらで一杯だ。
 あ、挙句の果てには。……お、恐ろしい。お、恐ろしいぜ、あいつ等は。お、俺は見たんだ」

 黙っている事は精神的に耐えられなかったんだろう。旅人に向かって喋りかけ、そして自分の世界に戻る。

 「何を?」

 男は只事じゃ無い様に歯を震わして青褪める。それに意識が向き旅人は尋ねる。

 「も、モヒカンの奴等だよ!! あ、あいつ等正気じゃねぇ!! わ、笑いながら俺達見たいな弱い奴等全員を玩具見たいにして
 遊びまわってやがった! あ、あいつ等女、子供の手足バラバラに引き裂いて笑いながらキャッチボールしてた!」

 そう震えつつ、狂ってる……狂ってんだどいつもこいつも……と呟き、男は首を振る。

 それに、旅人も同意するように微かに頷いて返答した。

 「……モヒカンの奴等なら僕も見たよ」

 「何だって!? だ、大丈夫なのか? 何で生き延びた?」

 驚愕する男。殺人も平然と行う外道な輩に遭遇し生き延びた処世術を身に付ければ自分も助かる確率が上がると思い急ぎ尋ねる。

 「……倒したんだ」

 「た、倒した? ……へっ、へっ! じょ、冗談もモット面白い奴にしてくれよな、おいっ」

 男は、旅人の言葉を全く信じなかった。無理も無い……その旅人の細身の体格では、彼すら余裕で勝てそうだと思えたから。

 旅人は、男の言葉に気分を害した様子もなく苦笑いだけで止まる。

 男は馬鹿にしやがって、とブツブツと自分の世界へと顔を俯き物思いに更け始める。旅人は、侘びの代わりに少しだけ身の上を話す事にした。

 「……旅は、まぁ住んでる場所が崩壊したから」

 「あ、あんたもか。へっ……そ、そりゃそうだろうな。何処もかしこも爆風やら地震や火災で全部無くなったんだ。
 ざ、ざまぁ見ろってんだ! お、俺を馬鹿にした、あ、あいつ等だって以前は金持ちな事を威張ってだけどよ……ぜ、全部消えちまった」

 そういって病んだ笑みを浮かべる人物。貧富の差による妬みは、この世紀末の世が確かに無くしてくれた。
 それは下級層の人間としては、この夢を奪い去った世界での少ない恩恵の一つなのだろうと思われる、歪んではいるが。
 
 「あ、あんたもそうじゃないか!? む、昔は酷く痛めつけられたりとかしたんだろ!?」

 「僕は……」

 「か、隠さなくても解るぜ! お、俺も昔は周囲の奴等に馬鹿にされたからな。へ、へへへへ……!」

 薄い肌を掻きながら、男は病的な笑いを浮かべる。

 旅人は、全く何も言わなかった。肯定も否定も何も言わずに静かに男の顔を見つめる。

 澄み切った湖畔のような瞳で。それには侮蔑も憐れみの感情も篭っていない。

 「……な、何だよその顔はよっ」

 無言で静かに見つめるだけの旅人に居心地悪くなり、そう言って薬中の彼は無言になる。

 彼は男に答える代わりに、雨音が消えた事に気付き窓へ視線を戻す。

 「……あ、止んだ」

 暫くして、雨が止んだのを旅人は視認した。濁った灰色の水溜りが所々地面にある。

 「……薬を探すよ」

 そう言って、旅人は外へ出る。雨が降っても虹は出ぬ……淀んだ空が恨めしそうに漂うばかり。

 濁った液体を撥ねつつ残る民家のドアを叩く。何の音も無い。

 「誰も居やしねぇって、此処いらは作物も何もねぇから全員移動したのを見たからな……居たとしても死骸だけだろ」

 旅人は、男の声を聞きつつ扉を開く。確かに言う通り、他の民家にもまともな品物が残ってるようには見えなかった。


 「……錠剤ならあったよ、五つ程」

 全ての民家を隅々探し、一つの荒れ果てた民家の床の隙間に挟まっていた錠剤を見せる。

 すると、男は目の色を変えてひったくるように旅人の掌から奪い取った。

 「へ、へへへ!! え、エクスタシーじゃねえか! つ、ついてるぜ。エヘへへへ」

 「……エクスタシー?」

 「な、何だ知らねぇのかよ? 世間じゃMDMAって言われてる奴だ。こ、こいつは効くぜぇ……へへへ」

 MDMA……心的外傷の治療にも昔使われたと言われる薬だ。毒性が強いゆえに近年では殆ど使われなくなった薬でもある。

 一つを、宝物のようにマジマジと見つめて男は小さな錠剤を舌で転がすようにして飲み込む。

 暫し後、体を震わせて男は涎を垂らし昇天したように喜色の顔を浮かべた。

 旅人は、似たような人物を暫し前にも見た気がした。如何しようもなく荒れ果てた場所で、もはや生きる気力も無くし
 コカインやらヘロインやらで虚ろな目で寝転がる人々を。それは既に生きる屍……希望を無くした者達の末路だ。

 「……あ~、それで」

 旅人は暫しして声を掛ける。何時までも昇天していては埒が開かないから。

 「あ? い、言っとくがやらねぇぞ!? ぜ、全部俺のなんだからな!!」

 そう、慌てて懐に薬を仕舞い込む男。旅人は小さく首を振って否定してから尋ねる。

 「要らないよ。人を探してるんだ………二十代程の男性と女性なんだけど」

 「あ? あぁそういや探してるものがあるとか言ってたな。だ、男性と女性……どんな奴だ」

 旅人は、明確な特徴を薬中の男へと述べる。ふむふむと頷く男は、全てを聞き終えてから答えた。

 「そ、そいつ等か如何か知らないが。似たような奴なら見かけたぜ。……あ、あっちの方向の村だ」

 「……あっちか」

 直ぐに、旅人は行動を起こす。男の指した方向へと瞬時に歩き始めた。

 男は、瞬時に行動を起こす旅人に驚く。先程までの穏やかそうで緩やかだった感じの旅人の俊敏なる動きに。

 「お、おい待て! けど、あっちは最近モヒカンの奴等が根城にしてるって噂だぞ! あ、あんた殺されちまうって」

 男は慌てて止める。それでも旅人は聞く耳を持たずその村を抜ける。

 「……正気じゃねぇ。絶対あいつ正気じゃねぇぞ」

 呆然と、立ち去った旅人を見る薬中の男。人影が見えなくなりそうになった時に、男は一度呻いてからその後を追いかけ走った。

 何も同情からでは無い。男とて、この死んだ村と共倒れになる気は無いのだから。

 数分後に、胸を押さえて旅人の後を付いていく男。疑問の表情で旅人はその人物へと口を開く。

 「? 付いて来なくても構わないが……」

 「何言ってんだ! あそこで何時まで居ても水も食料もねぇ! 薬が切れてしんどくて動いてなかっただけで直ぐ移動するつもりだったんだ。
 ……そ、それに。あんたは一応恩人だしな……死、死んじまうだろうにしても骨ぐらいは埋めてやるのが縁ってもんだろ」

 男にとって、旅人がモヒカンに殺されるであろう末路は頭の中で決定事項のようだ。旅人は何も言わず前に向き直り歩く。

 十五分程に、とある村へとたどり着く旅人と男。

 「……こ、此処だぜ。言っとくけど、俺は中には絶対入らないからな」

 「……」

 旅人は、男の声に構わず入る。薬中の男は自殺志願に近い行動する旅人を勝手にしろと言う表情で見送った。

 村の中に入ると、一人の大柄なモヒカンが酒を浴びるように飲んでいた。その周りには見張りのモヒカンが十人程佇んでいる。

 「……あ~ん? 何だてめぇ?」

 旅人は、村の中央に陣取るその巨漢の悪どい顔した男に勇み足で一人歩み寄っていた。薬中の男は、入り口付近の影で
 恐々と様子を見守っている。その巨漢のモヒカンの手下と思える者達は、ニヤニヤとした笑みで旅人を囲む。

 「この村に、若い二十代の男女は居ないか?」

 物怖じせず、旅人は挨拶もなく言い放った。

 「あ~? てめぇ誰に向かって口聞いてると思ってんだ。この方はかつてビレニイブリズンで懲役100年の刑を受けた極悪党だぞぉ!」

 「あぁ、そうだ。この方こそ泣く子も黙る悪党の中の悪党モルギー様だぜぇ!!」

 そう、かつてビレニイブリズンに囚役されていたであろう悪党を紹介するモヒカン達。

 普通ならば確かに怯え腰を抜かすかも知れぬ。だが、旅人はそんな事は露知らぬとばかりに、尚も尋ねる。

 「来なかったか? 家族四人で居ると思うんだが……」

 (あいつ何考えてんだっ……殺されるぞ!!)

 薬中の男は、その旅人を自分の事は棚に上げて気狂いか何かなのではと疑う。多くの人間を平然と殺してきたであろう
 相手に向けて、人捜しを平気で尋ねるのだ。確かに其れは狂人が、または自殺志願者の二通りでしか無いだろう。

 「……あぁ、居たぜ」

 その、モルギーと言われた悪党は何を思ったのか素直に答える。

 「てめぇの言う男女一組の奴等なら確かに俺は見た……そして」

 何やら背中に手を回すモルギー……そして。

 「その若い恋人同士ならよぉ……この俺様が直々にぶっ殺してやったぜ~!!」

 そう……切り取った長い二つの色違いの血に濡れた長髪を掲げ叫んだのだった。





                           ギャハハハハハハハハハハッハハハハハハハハ!!!



 モヒカン達は笑う。獰悪な哂いを世界に大声で、理不尽なる死を見せ付けられた弱者の絶望の様を見ようとしてだ。

 だが……。

 「……そうか、解った」

 「あぁん?」

 平然と、依然涼しい顔で了解だと言って旅人は踵を返す。もう用件は無いとばかりに。

 その余りに呆気なさ過ぎる反応に、後で殺す気だった思惑や馬鹿にされたと言う考えよりも先に慌ててモルギーは口を開く。

 「おっ! おい待て!! てめぇの言う捜してる奴等を俺が殺したんだぞ!? なのに、そんなあっさりかよ!!」

 「……髪の色が、微妙に違う。……それに、恋人同士だったんだろ?」

 背中を向けたままの返答。無機質で、感情も無いままに言い切る。

 「僕の捜してる人達は兄妹だ。……そして、これは気分を害すると思って言いたく無かったけど」

 そう言って、旅人は顔を一度モルギーに向けて呟く。

 「……貴方の腕で、自分が探している人物の男性を殺すのは無理だ」

 「……なっ」

 何だと、こらぁ~!!! そう、気炎を上げて怒鳴り。自分を侮辱した男を殺そうと手元にある鈍器を握ろうとするモルギー。

 だが……瞬間、風が吹く。それと共に周囲に変化が起きた。

 「へっ? ……お、おいおめぇ等如何したんだぁ!? おい!!」

 ……崩れ落ちたのだ。自分の仲間達であるモヒカン達が次々と。

 依然、旅人が動いた様子は無い。ならば一体如何やって……。

 「て……てめぇいっ……」

 (あれ?)

 声を掛ける暇なく、そのモルギーの体は崩れ落ちる。

 全滅するモヒカンの一団。それに、様子を家屋の中で見守るしか出来なかった村人達が飛び出し、生き延びれた事に喜びの声を上げる。

 「……っ! おっ、おい未だ息あるぞ!! こいつ等!」

 「いいわよっ! 殺しましょう、こんな奴等!! こいつ等難民の人達を平気で殺して……! こんな奴等生きる価値のない屑よ!」

 無力となったモヒカン達を、好機とばかりに村人達が自分達の生活の為に使う鍬やらの農具、それに刃物で突き刺す。

 気絶していたであろうモヒカンは、激痛により僅かに目を見開き叫ぼうとするが、その間際に全身を串刺しにされ全滅した。

 命乞いも、断末魔すら残せずモヒカン達は散った。

 ……自業自得。それであっても凄惨過ぎる最後であるのは過言では無い。

 旅人は、全て一部始終見ていた。それでモヒカン達を擁護する事も、村人達の行動に賛成する素振りも見せない。

 爛々と、殺す際に不気味に照り輝いていた村人達はモヒカンを殲滅すると正気に戻ったような顔になった。

 一転して村人に笑顔を向ける違和感。これも世紀末の成せる狂気か? 衣服に血を付けながら村人は歓迎の声を上げる。

 「何が起きたか良く解らないけど、あいつ等を何とかしてくれたんでしょ? 歓迎するわ……」

 「いえ……あの、人を捜してるんです。特徴は……」

 彼は持て成しの礼も、人々の好意を受け入れる気もなく。ただ自らの望む情報だけを望み村人にソレについて尋ねる。

 村人全員がソレについて全く知らぬと首を振ると、彼は落胆を押し殺し軽く礼を述べると村を去るのだった。






 ……。




 (……これで、十回目程か)

 何度も、各地の村を訪ねては其の人物達の存命を知る為に彼は放浪していた。

 生きてる確率は高いと知っている。何故ならば彼の記憶の中に残る探し人の強さを、彼は知っているから。

 それでも、不安で堪らない彼は一目その無事を視認したく世紀末の荒野を旅し続ける。……たったそれだけの為に命を危機に瀕そうと。

 「おっ、おいあんた! 待てよ」

 また、先程の薬中の男が急いだ様子で追いかけてきた。何やら荷物が多くなったような気がする。

 「あ、あんたがあのモヒカンの奴等全員一撃で伸しちまったんだろ!? か、隠しても駄目だぜっ!! ど、どうやったか
 知らねぇけど、あんたがやったに間違いねぇんだ!! す、すげぇぜ!! あの馬鹿見たいに頑丈な奴等を一撃で……!」

 すげえ、すげえと男は賞賛の混じった目で自分を見つめる。

 その瞳に、少々懐かしい事を旅人は思い起こす。遠い昔、空を飛ぶように自在に闘う拳士を、自分達が理想としていた人達を
 羨望の目で見ていた親友が居た。その人物の目に、何処と無く似ていると旅人は無意識にそう思った。

 「……その、荷物は」

 「あっ? あぁ、これか? さっきの村の奴等が礼だって言ってくれたんだよ。おめぇの仲間だって言ったらな」

 微かに荷物から香る肉の香り……この男も中々強かだと旅人は感じた。

 へへへへ……! と、男は鼻を擦り笑う。その、少々悪知恵が働く所や仕草まで似ていると、旅人は懐かしむように思う。

 「つ、付いていっていいか? あ、あんたの捜している奴等の情報とは違うが、此処ら一体の人の多い場所なら知ってるからな」

 今の薬中にとって、彼の強さは自分が生き残る手段となると考えている。旅人も、薄々勘付きつつも素直に要求を呑む事にした。
 
 「……なら、頼もうか」

 案内人には不安だが、地理を把握しているものが居なければこの先の道中も確かに不安だ。旅人は頷く。

 「へ……へへ。なら、仲良くしようぜ。あっ、そういや何時までも名無しで呼ぶのは不便だな。あんた、名前なんって言うんだ?」

 そう、男は食料の入った荷物を背負いなおして尋ねる。

 「……僕の名前?」

 久しく聞かれた。そんな呆けた表情を垣間見せて、旅人は自分を指す。

 薬中の人物は、苛立たそうに『そうだ』と呟く。薬を摂取した所為か健常な人物と傍目変わらない態度をとっていた

 旅人は、一瞬頭を掻いてから短く自分の名を名乗った。







 
                                  「イスカだ」








  ・




           ・


     ・



        ・



   ・




       ・





            ・




 ……夢を見る一人の男が居る。

 その男が見る夢は懐かしい過去の夢、永遠に失われた日々を彼は憧憬の世界に入り浸る。

 その夢の中の登場人物は……先ず一人の男らしさにクールな目つきをした青年が登場する。

 その人物が何やら鍛錬に勤しんでいた。巨大な大樹相手に何度も何度も手刀を相手する。立ち向かう敵を相手するように激しく。

 その場面の視点は、その人物よりも高い方から見下ろすような場面で数十秒映し出されていた。

 だが、急に手を其の青年は止めて鍛錬を中断すると地面の意思を拾い上げてこちらの方へ投擲するフォームに移る。

 投げつけられ迫る石。慌てるように視界の中の映像は急激に周囲の風景を移り変えてから青年の顔を近くに映した。

 「また、お前かセグロ。じろじろと覗き見して楽しいのか?」

 少々不快そうな表情で、その人物は夢の中の映像を映し出す人物の名を紡ぐ。

 セグロ……あぁ、そうだ自分の名前はそうだったな。と、彼は夢の中で今はっきりと自分が誰なのか思い出した。

 ならば、自分の役割は当然決まっている。悪戯な笑み、そして少々相手の言動を揚げ足とるような口調を読み上げる。

 「いやだなぁレイ、覗き見なんて。俺はお前さんがまた休日に熱心に修行してるのをご苦労さんだなぁって思ってただけだぜ?」

 「お前は不真面目の塊りだな。自分の師に、その態度が悲しむと思わないのか」

 呆れたような口調、救えんと言わんばかりの表情が目の前の人物から紡がれる。

 レイ……そうだ、コレは『義星』のレイ、水鳥拳の使い手。

 鳥影山で常に前を歩き道を進んでいた男、そんな彼に惹かれていた人物は数少なくは無かった。

 憧れの一つだったのだ。彼は……憧憬の。

 「へへへ! 休日まで熱心に鍛錬なんぞしてられるかっての。俺は人生面白可笑しく過ごすのがモットーなんだぜ」

 「お気楽な奴だな……よくもまぁ、それで伝承者候補になれたと感心する」

 「褒めるなよ、気持ち悪ぃ」

 「呆れてるんだよ」

 何時も、そんな風に軽口を叩いてレイとは喋りあう仲だった。

 『南斗』と言う枠組みでは一緒でも、あいつとは拳の内容も異なるし性格はちょいと似てる部分はるが地味に合わない。

 拳の組み手では連敗が多かった……まぁ、真剣に勝負を決める事は終ぞ無かったけれど。

 「何時もの取り巻き共は居ないんだな。お前、良く可愛い女の子達はびらせてんのにさ」

 その言葉に、心外だとばかりの表情でレイは言い返す。

 「勝手にあいつが付いてくるんだよ。好きで俺が呼び寄せてる訳じゃない」

 「んな事言って、本当はちょっと嬉しい癖によぉ、おいっ」

 そう笑って肩を叩く。否定せず無言で見るだけなのは肯定の証だ。

 レイにとって、自分は少々煩わしくも突き放す程では無いと言う知人であり。

 自分にとって、レイとは超えるべき好敵手と言う関係だった。それを、彼は知ってたであろうか?

 まぁ、この男は少々と人の好意などには鈍い部分があったなあと夢の中で考える。誰かにそっくりだと思った。

 「そう言うお前こそ、何時もの二人は居ないのか? 珍しい」

 「うん? あぁ、どっちも最近伝承者決める為に忙しいらしいしねぇ。お陰でぼっちよ」

 「ほら見ろ、お前以外真面目に修行してるじゃないか。そんなんじゃ師に見放されるぞ」

 「俺の選抜は未だ数ヶ月あるから良いんですぅ~。……なぁ、レイ」

 「ん?」

 近くの地面に横になる俺を、レイは構わず大樹に拳打を与えながら声を掛けた自分の方を見遣る。

 「……伝承者なったらさぁ、お前はこれからどうすんの?」

 「俺か? ……何だ急に」

 「いやさぁ。キタタキの奴は多分秘孔療士、そんでイスカの奴は恐らく……まぁあいつ人柄良いから何処でもやってけるだろ」

 そう、自分が零す言葉にレイは片方の眉を上げるだけで無言だ。

 「俺あんまりやりたい事浮かばねぇんだよな」

 「……そんなの俺も同じさ。伝承者になり自然と何時か弟子を取ると言う任務も請け負うだろうが……未だ先の事だろうし」

 「だよなぁ。伝承者になったからって、何か今の状況それ程変わらないだろうし」

 そう、未来を共に語り合った記憶。恐らく、この会話と暫し後に俺はこいつと出会ったのが最後だった。

 「……だが、お前だって子供の頃夢があっただろ。それを今叶えれば良いんじゃないか?」

 「え? 俺の子供の頃の夢……そりゃあ、でも無理だろ」

 「何故だ? 出来るかどうかも解らない内に、諦めるのは早すぎるだろ」

 苦笑、そのレイの顔を見る光景がぼやけていく。

 ……俺の夢。

 ……俺の。







 …………。






 「……っ! は……っ」







                 ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ……!!!


 「……ちっ、あぁそうだった。雨宿りしてんだっけな」

 急に変わった天候。降り始めた灰色の雨を防ぐ為に近くのボロ小屋に逃げ込んだのだと思い出す。

 疲労は知らずの内に蓄積していたのだろう。雨によって冷える空気に体を擦りながら彼は段々と止んでいく雨を見つめる。

 「……はぁ」

 袋の中にある煙草を取り出して吸う。咽込むような刺激が喉を襲うが、構わずそれを腹の中へと吸収していく。

 世紀末に入って、煙草を始めた。

 理由については……今は言う気分にはならない。ただ、無性に何もせず佇むよりは、違う香りで体の中の不快感を一瞬で
 良いから激痛でも構いはしない。この体に宿る忌まわしい感覚を消す為には煙草であろうとも手を出す必要があっただけの事だ。

 「……怒るだろうなぁ、あいつ」

 度々、自分が不摂生な事したら怒っていた友人を思い出す。その顔を思い出し……そしたら元気が湧き出てきた。

 「……へっ」

 何時から、昔の夢を見始めるようになっただろう? そう思い耽りつつ、彼は短くなった煙草を地面に落とし粉々に踏み潰した。

 今は黄昏時では無い……過去を振り返るのは全てが終わってからだと、セグロは意識を変える。

 雨は止み始めた。ならば、やるべき事を続行するのみだ。

 「さぁて捜すか」

 言葉に出して意思を明確にし、彼は一度勇気を出す呪いとしてゴーグルに触れて村を出る。

 虹も出ぬ灰色の空を見つめつつ、彼等の旅路は未だ少々続くのであった。










              後書き






 某友人<面白い事考えた。ファイナルファンタジーの設定で登場人物を北斗の拳にしたらどうかね? 
 それならば、どれ程に弱いキャラクターでも召還獣と言う補正ゆえに強キャラでも渡り合えるぜ!!




  

  でも、それ書くの私なんでしょ?







[29120] 【貪狼編】第八話『拳と共に北斗の者 邪霊を祓え(後編)』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/05 16:19

 二十世紀後半、普通の世界とは少々異なり第二次大戦の後遺症が引きずり文明度が著しく低下した世界。

 其の世界には、北斗神拳と言う暗殺拳を育てる寺院が存在していた。

 だが、今は少々異なり。その寺院は一つの戦場の舞台と成り代わろうとしていた。

 吹雪の降りしきり人影など殆ど見えぬ白面世界。其の凍てつく風の音すら遮断する一つの広間には魔方陣が描かれている。

 魔方陣の所々にパワーストーンやら札。破魔矢に盛り塩などが安置してある。これは救うべき人物の知人の贈り物だ。

 六芒星と云われる悪魔を封じる為の陣。そう……その寺院では今正に悪魔祓いが行われようとしている。

 その悪魔祓いの対象となる人物。それは稲穂のような色合いをした髪の毛をベットの上で仰向けに眠る娘。
 
 名はアンナ。語るには長い奇妙な道筋を経た南斗の拳を扱い、そして北斗の一人を守らんと二度この世に正を受けし少女。

 その彼女が悪魔に憑かれたのは事故か或いは……。

 六つの点に、エクソシストの道具たる燭台が置かれており。それを守るように人影が前に座り込んでいる。

 座禅をしてるのは一人の妙齢の独特な雰囲気の男性を除けば未だ元服すらしてぬ少年が三人。そして青年が二人。

 その中で唯一年長者である人物は、口頭を上げて確認する。

 「……では、皆準備は良いか?」

 少しばかり頭髪が薄れいく皺が少々見える人物。歳は四十前後だろうか? だが、その人物は見た目とは違い
 最強の暗殺拳の現代伝承者である事を知るのは、周囲に居る弟子を含めれば余り多くはない。

 裏では暗殺拳の使い手として、表では除霊も担う僧侶として生きるリュウケン。彼がアンナを救おうとするのは何も仕事からでなく。
 彼女が自身の育ての子供。血の繋がらずとも、それ以上の絆で育てた息子の大事な者と知るゆえに、彼は悪魔祓いを行う。

 「えぇ、私は何時でも」

 微かな微笑。それと同時に手に巻きつけた数珠を鳴らす温和な青年。

 彼は世紀末、その類まれなる医術の才と生まれ持った穏やかな気質によって多くの人々を病魔から救う事になる。

 彼はこう呼ばれる者。銀の聖者……トキ。

 彼にとって、今宵の悪魔祓いに参加するのは他でもなく、彼の競争相手であり義弟の為に参加する。
 未だ未熟と知りえても、彼にとって身近な守るべく存在の心を守らんと言う善の想いが、悪魔と戦う決意を生じさせた。

 「わ……私も構いませぬ!」

 そう、トキに続くように少々悪魔祓いと言う儀ゆえに恐怖が見え隠れしつつも武者震いで誤魔化し決意を生ずる少年。
 
 彼は、本来この真冬に追放されし者。だが、前述でも記載した義弟は彼の努力を認め賞賛し、叱咤激励を何時の日かした。
 その思い出が彼の熱意に火をつけ、破門を考える師父を一旦改める程の伸びを一時は見せた。
 
 彼は北斗に名を遺さぬ無名達と言う吹雪の中の一つの雪片……名はキムと言う。
 
 彼はとても超えし目標でもある人物に感謝を抱いている。ゆえに……その恩を少しでも返すべく彼は参加を決意する。

 「……さっさと始めろ」

 突き放すような冷たい声色。瞑想してた瞼を開いての僅かに中で隠していた闘気を滲ませての宣告。

 彼は義弟に情も愛も浮かべては居ない。彼は、誰にも心を許さぬ前へ進むだけの人物。天上天下唯我独尊を地で貫く男だ。

 彼は世紀末こう名を残す……拳王、ラオウと。

 彼が今宵の儀に参ずるのは、己の強さを高める為。

 悪魔祓いが本格的に始まる前、除霊をした自分の師に僅かながら傷を負わせた悪魔と言う存在をラオウは興味を惹いた。

 そして、彼はその悪魔を喰らうと言う恐れ多い事を企みて儀に参ずる。彼は彼だけの理由で動く。

 「……えぇ」

 短く簡潔に肯定の返事を唱える少年。控えめであえて身を縮めて彼は準備万全の姿勢で時を待つ。

 この中で一番その気配から小さく見えるが、彼こそこの世界で伝説となる人物……救世主ケンシロウである。
 
 彼が本来仇敵となる存在。その存在は何の事故か、この世界では真っ当なる人物だった。

 そして、その流れから彼は其の義兄を慕う。幼く一人だった自分を世話焼いた暖かな人柄した人物の付き人を救う事で
 彼に対する精一杯の恩を返すべく彼は今宵の悪魔祓いに参加する。北斗四兄弟が終結し、時を待つ。

 「……お前も、良いのだな」

 いや……最後にもう一人。

 彼は、一言も吐く事なくただ神仏に座禅の中で祈りと共に心の中で真言を唱えていた。今の彼に救う事に対する意思の有無
 など問う時点で無駄に他ならない。彼は……例え天が許さずとも、その命散ろうが彼女を救おうと胸に秘めているのだから。

 「……あぁ、師父。始めてくれ」

 彼の名はジャギ。世紀末に極悪の華咲かせ散った一人の悪党。

 そして……今は単なるジャギとして、大事な人物を救う一人の男として悪魔祓いへと挑む。北斗五兄弟集結したり。

 「では……始めよう」






 蝋燭の火が、点された。







  ・



          ・


     ・



        ・


   ・




       ・




            ・


 時計の針が十二時を通り過ぎる。リュウケンは目を閉じ一心に神仏に彼女の魂が救われる事を願い祈る。

 「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」

 手始めにと言わんばかりの光明真言。兄弟達も同時に唱える。

 『オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン』

 それを二、三度繰り返すリュウケンと北斗兄弟。すると、アンナの穏やかな顔つきに歪みが生じる。

 来た……誰ともなく、そう思いつつ詠唱を繰り返す。

 『オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン
 オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン』

 「……グウウウウウゥゥゥゥ……!」

 獣の唸り声。人間の声帯で発するには困難な声がアンナの口から発せられる。

 リュウケンは変わらず厳しい顔で、話には聞きつつも少々驚きの色を僅かに兄弟の幾人かは浮かべ詠唱を続ける。

 『オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……』

 「グルルルル……っ!」

 海老のようにアンナの体がブリッジにように反らされる。胸から何かが浮き出そうな、その姿を視認しつつリュウケンは呪文を変える。

 「本体真如住空理(ほんたいしんにょじゅうくうり)寂静安楽無為者(じゃくじょうあんらくむいしゃ)
 鏡智慈悲利生故(きょうちじひりしょうこ)運動去来名荒神(うんどうこうらいみょうこうじん)
 今此三界皆是我(こんしさんがいかいぜが)有其中衆生悉是(うごちゅうしゅうじょうしつぜ)
 吾子是法住法位(ごしぜほうじゅうほうい)世間相常住貪瞋癡之(せけんそうじょうじゅうとんじんちし)
 三毒煩悩皆得解脱(さんどくぼんのうかいとくげだつ)即得解脱(そくとくげだつ)掲諦掲諦(ぎゃてぃぎゃてぃ)
 波羅掲諦(はらぎゃてぃ)波羅僧掲帝(はらそうぎゃてぃ)菩提薩婆訶(ぼうぢそわか)」

 それは稲荷神社で読み上げられる経文。リュウケンの独特な重みある言葉がアンナへと降らされる。

 「多呪即説呪曰(たしゅそくせつしゅわつ)……」

 最後の経文の部分が終わった瞬間に、五字に指を虚空を切らせリュウケンは三度強い調子で叫ぶ。

 「オン・キリカク・ソワカ! オン・キリカク・ソワカ!! オン・キリカク・ソワカ!!!」

 風が三度強くアンナの体を通り抜ける。それに力奪われたように、アンナは仰向けの体勢へと戻る。

 大人しい気配に戻ったのを、警戒しつつリュウケンは如来の真言を唱え始めた。

 「……ノウモ・バギャバテイ・バイセイジャ・クロ・ベイルリヤ・ハラバ・アラジャヤ・タタギャタヤ・アラカテイ
 サンミャクサンボダヤ タニヤタ・オン・バイセイゼイ・バイセイゼイ・バイセイジャサンボリギャテイ・ソワカ……」

 そう、そのまま真言を唱え続けようとした瞬間。今まで未だ穏やかな空気が漂っていた寺院の広間に妙に生暖かい風が吹き起こった。

 背後で守る蝋燭の火が一瞬消えそうな程に大きく揺らぐ。それと同時に、アンナは上体を予備動作一つなく起こした。

 ……様子が可笑しい。誰もがそれを疑わずアンナの次の動きを見守る。

 彼女は、少々ぼんやりとした顔で周りを見渡し。……そして瞬きをすると似つかわしい不遜な顔つきを浮かべ口を開いた。

 「何だ何だ……あの十字架に恋をしたような皺だらけの肉袋は尻尾を巻いて逃げたのか? 詰らん……興醒めだな。
 だが、代わりに中々面白い顔ぶれを揃えたではないか、北斗の者よ。我を、汝等の弟子と共に拳で討つつもりか?」

 そう、謳いあげるような声。彼女の中の悪魔が出たと、リュウケンは確信と共に口を開く。

 「汝、其の娘から即刻去れ……でなくば無間地獄へと貴様を送らん」

 「ほぉ? それは怖い怖い……だが、お前に出来るのか北斗の者よ。その血塗られた生涯を生きたお前が、我を地獄へ?」

 だが、リュウケンも慣れたもの。悪魔の言葉に惑わされぬとばかりに詠唱を続けようとする。

 響く光明真言。それにアンナは頭を軽く振り肩を竦める動きと共に言い切る。

 「聞く耳持たずか……成る程、余程師に鍛えられたか。感心、感心なものだ」

 そう言って、アンナは冷徹な笑みで言い切る。





                           「汝の異母兄も……さぞかし喜んでる事だろうよ」




 ピタッ……。その言葉に、リュウケンは糸切れたように顔の表情が止まり、次に緊迫した顔でアンナを見る。

 穏やかな表情、邪気の無いような笑顔のアンナ。だが、リュウケンは震え呟いた。

 「……何を言ってる。貴様……」

 何の事かな? と惚けるように首を傾げるアンナの姿をした魔物。リュウケンは、何時しかしてはならぬのに引き込まれていた。

 「何を……貴様、何を知って」

 「何も知らぬよ……『羅門』」

 目を見開くリュウケン。彼が伝承者となった暁に捨てた名を紡ぐ魔性の存在に。アンナの口を借りて優しい調べが奏でられる。

 「羅門や、さと兄と今生の別れは辛かっただろう。父である鉄心もそうだ。お前には信ずるに値する全ては死んだ。
 だが、お前は幸せ者だろ羅門? 何せ、ようやく会えたのだから。時を越えておまえが最も慕った存在と瓜二つの子を」

 「止めろ……」

 「あぁ、そうだな撤回するよ羅門。お前は誰よりも真っ直ぐだ。それゆえにお前は我が子たちの想いすら捨て夢を叶えんと」

 「そうだろ羅門? 幸福だろ、羅門? 運命の落とし子を育て上げられ、お前は幸せなんではないか?」

 「止めろぉ!! それ以上の言葉を禁ずる!!」

 リュウケンは、他言無用たる墓まで持っていく彼の秘密を面白いと暗に示す声色で告げられ。彼は冷静さを失い地を蹴る。

 人差し指が向けるのはアンナの鼻の下の秘孔である定神。錯乱した相手を落ち着かす経絡秘孔の一つ。

 彼はこのまま自身の秘密を盛大に暴かれるならばと、強行に打って出た。

 背後の蝋燭の火は……彼が地面を蹴ると同時の風で消失する。

 「愚か者が……」

 その小さな呟きと共に、アンナの声から別の女性の声が紡がれた。

 


                             「貴方は素晴らしい人物よ……羅門」




 その言葉、そして浮かんだアンナの微笑み。

 少々首を傾げての、アンナらしくない誰かの優しい笑み。それを受けて、リュウケンは寸前の所で指を止めてしまった。

 「……お……貴方は」

 「沈め」

 リュウケンが、何事かを紡ぐ前に。その体はジャギと同じく地面へと墜落した。強烈な衝撃と共にリュウケンの意思は刈り取られる。

 (……玉怜、様)

 その、意識崩れる前に微かにアンナと重なって見えたのは亡き兄の良き人。

 そして……。

 (兄……上)

 リュウケンの意識は、底で完全に沈んだ。



 ・



        ・


   ・



      ・

 ・



 
    ・



        ・


 『師父!』

 「先ず、一人か……」

 そう、アンナの顔での哂い。そして、彼女はふと首元に掛けられたチリチリと自分を焼くような感覚に眉を少々顰めた。

 「何だ、十字架か……」

 それは紛れも無く十字架。そして……それを贈ったのは彼女自身へ愛以上の執心を抱く人物である事は、このモノは知らない。

 ソレは、しげしげと見つめ空中に投げる。十字架は、僅かにバウンドしてから……トキの方向へ向いた。

 「……さて、少々お話しようか?」

 その声色は、アンナの声に戻ってる。だが、そんな事で彼が気を許す事など有る筈が無い。
 彼は、師父から固く悪魔と会話をするなと注意されてたが、このまま詠唱するだけでは、この魔物の真意を読み解けぬと彼は感じる。

 「……私は、お前と話す事など何も無い」

 「フフフ……だが、私はお前の秘密を知ってるぞ?」

 そう言って、アンナの口元がトキの耳元まで近づく。

 「あのお前の光り輝く娘を……真に欲しいと思わぬか」

 「っ……!?」

 その言葉に、心当たりあるトキは目を見開き、そして拳を握り締める。

 彼の記憶にあるもの……幼き頃に自分の愛犬ココが死に悲しみに暮れてた頃に出会った彼女との美しい思い出。

 そうだ、あの時の記憶が自分の心に明かりを点してくれる。それを明け透けに言われた事で、トキは動揺を示す。

 「なぁ……どうなんだ?」

 「黙れっ……オン・マイタレイヤ・ソワカ。オン・アラハシャ・ノウ……オン・サンザンザン・サク・ソワカ」

 紡ぐ真言は、彼には似合う菩薩の真言。救済の神の呪いの言葉にて、彼はアンナを救おうと一心に念じる。

 「オン・サンマヤ・サトバン、オン・ヂクシリシュロダ・ビジャエイ・ソワカ。オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ」

 アンナの両腕が、寒さを耐えるように体を包む。トキは、効果あるか? と思いつつ菩薩の言葉を唱え続ける。

 「ウボウ・アキャシャ・キャラバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ。オン・ロホウニュタ・ソワカ。オン・センダラ・ハラバヤ・ソワカ」

 一つ目の祈りが終える。トキは、彼女が如何に変化するか見定めようと合掌を下ろし注意深く見守る。

 一瞬、苦しげに倒れそうになったと思った。……だが、不意に自分に向けてその顔が上がる。

 その顔には淫靡なる表情が浮かんでいた。娼婦か、その類の欲情の光……心臓の鼓動が一瞬揺れたのと同時にアンナの口が開く。

 「フフフ、汝の言霊は心地よく芯まで熱く火照るよなぁ……気に入ったぞ。ほら……我が観音も見せてたもう」

 そう……有ろう事か、アンナのしなやかな下半身をぺったりと尻の部分から座り、その恥部を見せ付けるような格好になる。

 無論、下着は穿いているが。それで何か変わる訳でもなくトキにとっては余りに刺激に強き光景。
 クスクスと悪魔は哂う。その声に思わず彼は、このような痴態を振るう事で彼が最も今逆鱗に暴れまわるのでは? と視線を変える。

 そして……トキは見た。

 「ジャ……ギ」

 目を閉じ……涙を流し決して今のアンナを見ようとせず唇をかみ締めて血を顎まで一筋流すジャギの姿を。

 彼にとって最愛とも言えるほどの彼女のあられもなく姿。自ら望まぬ姿に対し彼は怒りよりも、彼女の魂の傷つきを案じ泣く。
 その両拳は硬く握り締められ、そして爪が深く食い込まれたゆえに血の雫が零れ落ちるのが見えた。

 (私は……何を愚かな事で取り乱していたのだっ)

 トキは、そのジャギの誠実且つ愛の為に己の役割を忘れず精一杯の祈りと、そして儀礼を施す様を見てトキは元の彼の姿に変わる。

 痴態を見せつけ己の心を揺さぶらんとするアンナの姿をした魔性の影に、彼は菩薩と鬼を併せた顔で祈り始めた。

 「オン・アロリキャ・ソワカ。オン・ロケイ・ジンバ・ラ・キリク・ソワカ
、オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ
 ノウバ・サッタナン・クチナン・タニヤタ・オン・シャレイ・シュレイ・ソンデイ・ソワカ
 オン・シャレイ・シュレイ・ソンデイ・ソワカ。オン・ハンドマ・シンダ・マニ・ジンバ・ラ・ソワカ
 オン・バラナ・ハンドメイ・ウン」

 トキの体中に淡い暖かな光が包まれるように見えた。彼は今医術で人を救うと同じ慈悲と救世の想いで彼女と対峙している。

 「ナウボウ・アラタンナウ・タラヤヤ・ナウマク・アリヤ・バロキテイ・ジンバラヤ・ボウジサトバヤ・マカサトバヤ・マカキャロニキャヤ
 タニャタ・オン・シャキャラバリチ・シンダマニ・マカハンドメイ・ロロ・チシュタ・ジンバラ・アキャラシャヤ・ウン・ハッタ・ソワカ。
 オン・アミリト・ドバンバ・ウン・パツタ・ソワカ 。
 オン・アボキャ・ビジャシャ・ウン・ハッタ 、オン・ハンドマダラ・アボキャジャヤニ・ソロソロ・ソワカ 。
 オン・シベイテイ・シベイテイ・ハンダラ・バシニ・ソワカ。オン・マニパドメ・フン、オン・バザラダラマ・ベイサジャ・ラジャヤ・ソワカ 」

 次々と織り成される菩薩の救いの言葉に、アンナの体が少々後退く。はっきりと、嫌悪の表情が今やアンナの顔に浮き出ていた。

 「……遊びすぎたか……もう良い、眠れ」

 「偽りの記憶を抱えたまま」

 (? 何……っ!?)

 その言葉と同時の翳される手。トキの腹部が、突如何者かに殴られたように凹む。

 「……っ!!」

 吹き飛ばされる事は何とか免れた。ラオウとの組み手が彼にとっての衝撃によって昏倒するのを防いでくれた。
 半ば意識外でラオウに、このような状況に関わらず礼を述べたいと思うトキは、地面に崩れそうな半ば……ジャギ達が目に映る。

 (そうだ……今倒れれば兄も……そして私が守り共に歩みたい者達も……!)

 その彼の意地が、一歩足を踏み出し倒れかけた体を支える。予想してなかったのか、アンナの顔にも驚きが一瞬見えた。

 彼は、闘うように拳を構え呼吸を始める。

 彼の気合の奔流が形作るように、転がるパワーストーンがトキを中心に螺旋を描く。

 「はぁああああああああああ~~~!! 活ッ!!!」

 




                                  闘頸呼法!!!

 



 北斗神拳の呼吸法、ラオウと運命の闘いの時に用いたトキの技。

 まさか、世紀末始まる前に使うとは誰も思いはしなかったであろう。

 彼がこれを用いた訳……一度で良い。その彼女の体に潜む魔性を退けんと最後の力を振り絞る為だ。

 「破ぁ!!」

 翳される手。それと同時の裂帛の気合。





                                 北斗有情拳!!!



 北斗有情拳……相手に痛みなく死を至らしめる彼ならではの北斗の柔の拳。トキの扱う歴代最強の拳の象徴とも言える力。

 その力を、今振るう。悪しき存在を抹消せんとだ。

 アンナの体は後退し……そして頭から寝台の方へと仰向けに倒れるように崩れる。

 徐々に後頭部が寝台へと近づく、彼女の顔にあった彼女で無い存在の色が抜け落ちていく……。

 そう、完全に倒れる。今宵の儀式も終了する……そう思った束の間。

 アンナは……倒れる寸前に金縛りのように数センチ後頭部が付かない状態で硬直した。……手品のように空中で固定し。

 唖然とするトキ等を尻目に、アンナの体は巻き戻しのようにトキの前へと戻る。

 ゴキ、ゴキと首を鳴らしつつ。アンナの顔は無表情に何も浮かべぬ瞳で言った。

 「もう十分だろ。……去ね」

 それと同時にトキは激しい痛みをまた腹部に感じ、そして意識が暗転するのを感じた。

 だが、それでも彼は自分の成した事が決して無駄で無い事を確信し彼らに後を頼むと視線を最後に向けた。

 (頼む……ラオウ。ジャギ、ケンシロウ、キム)

 ……二番目の燭台が消えた。



 ・



         ・


   ・


  
      ・



  ・




      ・




            ・


 トキが崩れ落ちるのを、四人は目撃した。
 
 ジャギは、自分の最愛たる人物が虫を潰すように敬愛する兄を叩きのめす様を見て心揺らす。

 キム、ケンシロウもまた同じ。彼女の無邪気な笑みを振りまく様しか見なかった彼らにとって、今の彼女は魔物そのものだ。

 「と、トキの兄上までもが……っ!」

 ジャギの次になら尊敬すべし人物が、師父に続き呆気なく一撃で昏倒された事に悪夢かとキムは青ざめて頭を抱える。

 アンナは、またもや十字架で会話する選択を選んでいた。それは……不幸にも焦燥中のキムを指す。

 「さて、次はお前か」

 「ひいいいいぃ!?」

 獲物を見るような目つきで観察され、キムは軽い悲鳴と共に一歩後退る。

 情けないと言われても仕方が無し。だが法力は愚か拳も何も通じぬ得体の知れぬ化け物を見て、うろたえるなと
 言う方が常識を持つ者ならば無理な話だろう。恐怖で青ざめるキムを、アンナは微笑んで声かける。

 「そう取って喰おう等と思っておらぬよ、強者よ」

 「……っわ、私が強者? だ、騙されぬぞ悪魔め」

 始めてかも知れぬ北斗の寺院に入って生活しての褒め言葉。キムは一瞬恐怖を忘れアンナを見るも警戒し数珠を掲げる。

 その若過ぎるともいえる反応に、アンナは微笑みて優しく告げる。

 「いや、私は嘘は吐かない。お前はこの世で一番強き力を持てる器があるよ金の名を冠する者よ。お前は強者。
 私が、この世の何もかもを知るのだから真実さ。想像してみよ? この世の蔓延る悪を全て打ちすべし英雄と讃えられる自分を」

 「英雄……自分が」

 キムが想像するは、世紀末救世主の格好をしてモヒカン達を蹴散らす自分の姿。

 その光景を現実味ある夢、アンナのギラギラ光る目に見つめられながらキムは自分が世界を渡り歩き人々の賛辞を
 受けて遂には伝説の戦士として語り継がれる所までを妄想する。その瞳には早速正気を失おうとしていた。

 「ククク、成りたいか英雄に? ならば我が言葉を受け入れ灯火を消せば良い。それだけでお前は……」

 早速、力など使わずしてキムは術中に陥り破滅するかと思えた。

 だが……その前に今まで沈黙を貫いていた人物。その人物が寺院の全てを奮わせる程の怒声でこう叫んだ。





   「貴様あああああああああああああああああああ!!! この俺を虚仮にするかああああああああああ!!!!!!!!」




 ……ラオウの怒声。いや、怒声ではなく一種の音響兵器の如く咆哮が鳴り響いた。

 それにより頭中激痛に襲われ我に返るキム。だが、余りに大声過ぎて彼はそのまま地面へと気絶し倒れた。

 そして、今まであえて無視していたアンナは詰らぬ表情でラオウへ顔を向ける。

 「おやおや……慌てずとも相手をするものを」

 「貴様ぁ……!! この俺を……ラオウの前で俺を無視し、弟を嘲笑いながら良い度胸だ……!!」

 ……ラオウ、彼にとって今回初めて相対する悪魔と言うモノに最初は驚きや興味は惹かれていた。

 だが、数分彼女の体を借りてソレがする事を見て、沸々と彼に湧き上がる……憤怒、激怒。

 師父を倒す力、未知なる相手を一撃で伸す力は百歩譲り認めても良いかも知れない。

 だが、トキに対し。娘の体で誘い、そして己を無視しキムと言う野の小石のような男に向けて英雄成り得るだと……!?
 
 やり口から全てにおいて、今の彼は悪魔と言う存在に嫌悪を感じる。もう少し真っ当な駆け引きを成すような存在ならば
 彼とてサウザーに対するような認め方もあったかも知れない。だが、今のラオウには、この存在は完全なる不快なる存在としか映ってない。

 我慢の限界だった。彼はリュウケンに悪魔の言葉に感情的になってはいかんと言う注意を、マグマのような怒りで彼は忘れた。

 「何を喚く……他者が自分より優れてるのかそんなに妬ましいか?」

 「な゛ぁにぃ……!?」

 形相、これが普通の人間ならば尻尾を巻いて逃げ去るに関わらず。その闇はアンナの体でラオウに近づき問う。

 「お前の怒りは嫉妬だよラオウとやら。お前は誰よりも強いと豪語する、遠目で見れば道化に映る程に」

 ぶち……ッ。

 ケンシロウ・ジャギが青褪める程にラオウの額には血管が浮き出ている。その片方の掌には危険な光が集結している。

 今にも剛掌波でも放ちそうな気配。アンナは、それでも慌てる様子なくこうラオウへと告げた。

 「そう怒るな……それ程までにお前は故郷の導も解らぬままに居たいのか?」

 「……何?」

 突然の言葉。ラオウはその言葉に浮き出た血管を鎮めて真顔に変わる。アンナは彼が興味を抱くのを当然とばかりに頷く。

 「そうだ……知りたくないか? 己の出生を……」

 「……俺の故郷は、トキと共に過ごした野山だ」

 (……?)

 その、ラオウの言葉にジャギが疑問を浮かべる。……ラオウの言葉が、『可笑しい』ゆえに。

 待てよ? と、此処でジャギはリュウケンの恐慌。そしてトキにアンナの体を操る悪魔が言い放った『偽りの記憶』。

 次々と断片的なモノが、ジャギの中で組合されようとする。

 (……っ! もし……かして)

 「なぁ……どうだ、ラオウよ」

 そう、ジャギが思考してる間にもラオウへの交渉は進んでた。寝台に足を組み座りながらラオウの顎に手を当てるようにして
 アンナの顔で瞳に夜に浮かぶ一つだけの星の如く輝きを乗せ、甘い声色と共に悪魔はラオウへと言い放つ。

 「お前が真に強いと言うならば……我が手をとってみろ」

 「さすれば全て解るぞ? お前が知りたき全て……何もかもが得られ、お前の言う『最強』に恥じぬ強さ……ソレを得られる」

 そう言って、指を向けるアンナ。

 その指に蛍のような光が爪先に点される。アレに触れれば全知全能の全知が得れる……何故かこの場で意識ある者は全員そう予感した。

 「さぁ……手を」

 「! 罠だ……絶対触るな兄者!」

 「ラオウっ……触れちゃいけないっ」

 ジャギ、ケンシロウは同時に警告する。ラオウは一瞬二人を一瞥し……無言で片手を上げる。

 そう……その指に触れれば彼の欲する答えを得ると同時に恐らく彼の魂は悪魔の手中に置かれるだろう。

 だが、ラオウは警告を無視し光へと釘付けになっている。アンナの操る中身は確信した……これで全てが終わる。と……。

 三センチ、二センチ……一センチ。

 そして後数ミリで其の光にラオウの手が触れる。その距離まで至ったと同時に。




 「……ふんっ」



 パシッ……!!



 ラオウは……迷い無い表情でアンナの手の甲を自分の手で払った。

 「……何だと」

 信じられぬと言う表情を浮かべるアンナ。ラオウは、その彼女へ向けて堂々と言い切る。

 「……俺はラオウだ」

 「己の欲する答えが有るならば……己の手で勝ち得るまで! 貴様のような不快なるゲテモノの言葉など何一つ俺には価値なし!!」

 ……そうだ、彼はそう言う人物だった。

 ジャギは、安堵の顔つきで若き覇者を見る。この男は……どの時であれ己の誇りに真っ直ぐ。それゆえに……己の価値に
 定まらぬならば容赦なく全て殲滅する。そうだ、彼はそのように前だけを見る者だから覇者と呼ばれし存在に至ったのだ。

 (悪魔すら、ラオウには適わないって事か……)

 そんな、ジャギの思惑を他所に。会話は終わりとばかりにラオウは数珠を掲げると仰々しく声を低く唱え始める。

 悪魔祓いの言霊を。

 「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ
 ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン
 ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン
 ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン」

 不動明王……魔を祓う最強の化身とも言える存在の一角の言霊。ラオウには何とふさわしき呪文か。
 
 「オン・マヤラギラン・デイ・ソワカ。オン・マカラ・ギャ・バザロ・シュニシャ・バザラ・サトバ・ジャク・ウン・バン・コク
 ウンシッチ、オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ。オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ 。
 オン・バザラ・ヤキシャ・ウン、オン・アミリテイ・ウン・ハッタ」

 ラオウの詠唱に対し、アンナは火傷を負ったかのように頭を振る。今までに無い拒絶反応。

 通じる……! 敵も何も今までのエクソシスト達からトキまでに至る詠唱が通じなかった訳では無い。
 彼等の神仏の力を信ずる言霊は悪魔に対し少しではるが着実に傷を負わせている。そして、後一歩まで迫っている。

 「ケンシロウ……!」

 「えぇ……!」

 互いに視線を交差するジャギとケンシロウ。動じに印相と共に真言を唱え始める。

 「ナウマク・サマンダ・ボダナン・ボラカンマネイ・ソワカ。ナウマク・サマンダ・ボダナン・インダラヤ・ソワカ
 オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ。オン・ヂリタラ・シュタラ・ララハラバ・タナウ・ソワカ 。オン・ビロダキャヤ・キシャヂ・ハタエイ・ソワカ……オン・ビロハキシャ・ナウギャヂ・ハタエイ・ソワカ」
 

 「ノウモ・バギャバテイ・バイセイジャ・クロ・ベイルリヤ・ハラバ・アラジャヤ・タタギャタヤ・アラカテイ
 サンミャクサンボダヤ タニヤタ・オン・バイセイゼイ・バイセイゼイ・バイセイジャサンボリギャテイ・ソワカ」

 「ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン、ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」

 天・如来・明王の真言が北斗三兄弟。本来有りえぬ者も含めての悪鬼を祓わんが為に今一度だけ一致団結している。

 苦しむように歯軋り浮かべるアンナ。その体から黒い蒸気のようなものが噴出すように見えた。

 もう少し……! 彼らは最後の仕上げとばかりに唱え続ける。

 「オン・マカシリ・エイ・ソワカ、オン・ソラソバテイ・エイ・ソワカ……オン・エンマヤ・ソワカ」

 「オン・アラタンナウサンバンバ・タラク……ナウマク・サンマンダボダナン・サン・サク・ソワカ」

 「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バザラ・ウン・パッタ……オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ」

 奮え木霊すべし声。苦しく呻く絶叫が一瞬響き渡ったと思うと同時に、アンナは寝台へと崩れ落ちた。

 「アンナっ……!」

 ジャギは、慌てて彼女へと駆けつける。……真っ白な表情をしているが、それでも呼吸はしっかりしている。

 良かった……! ホッと、涙目を浮かべるジャギ。ケンシロウも終わったかと数珠を下ろし安堵の表情を見せている。

 「終わったんだな……っ」

 「ふんっ……随分と梃子摺らされたもんだ。……まっ、退屈しのぎにはなったがなぁ」

 労いもなく、ラオウらしい冷たい一言。酷い言い草だと苦笑いを浮かべていると、『う~ん』とアンナが起きるように唸る。

 「おっ……アンナ。目ぇ覚めたか?」

 「あっ……」

 そう、彼女は気が付いたと言う表情で笑顔を浮かべ。










                                 『ジャ゛ギ……』







 ……目に光ない、不気味な笑顔を彼女は浮かべた。




 「……ぁ?」

 安堵の笑顔で、ジャギは何故彼女がそのような笑顔を浮かべるか整理出来ず固まる。

 「!! 図ったかぁ……!」

 だが、その瞬間に再び吹き出た黒い蒸気にラオウは何か起きたか瞬時に知る。

 罠だ! この悪魔は消滅したと思わせアンナの中で奇襲を見計らい、自分達が安堵し持ち場を離れたのを確認し力を解き放ったのだ!!

 ブワッ! と闇が触手のように伸びてジャギを、ラオウを、そしてケンシロウの首へと絡まる。

 これだ……以前アンナを絞め殺そうとしたのも、この闇の触手だったのだ……!

 「っ……で……め゛ぇ゛」

 図られた事より、首を絞められてる事よりもアンナを未だ利用する悪魔に対し、ジャギは強い憎悪でアンナの中に居るモノへ睨む。

 「ぐぅ゛……!」

 少し……ほんの少しで良い!

 少々力緩めれば、未だ気が蓄えられた片腕で必殺の一撃が放てる。この俺を虚仮にした、この自分を見上げ嘲笑う
 魑魅魍魎に対し最大の拳を見舞いする!! そう憤懣極まるラオウの形相にも、アンナの体を借りた魔物は哂い続ける。

 ケンシロウも土気色で首の骨を折れ掛けている……救いは、もう。








                       「……オン・ボウチ・シッタ・ボダハダヤミ」




 
 ……無い。そう絶望が北斗の寺院を包もうとした時。細い神仏の呪いの言葉が上る。

 直後に闇で出来た触手の縛りの強さが止まる。何事かと見遣るその先……其処で真言を唱えていたのは……っ。



 「……オン・サンマヤ・サトバン。オン・ボウチ・シッタ・ボダハダヤミ……オン・サンマヤ・サトバン……!」

 震え……青褪めつつもしっかりと数珠を両手で握り締め祈り唱えるその者……それはキムだった。

 彼はラオウの怒声によって意識途切れたか、それは軽症。一分後には起き上がれるに至ったが、その時には状況が
 再度立ち上がればアンナの中の魔物に襲われそうな危険な雰囲気が周囲に満ちていて彼はそのまま気絶した振りを続けていた」

 だが、このように全員の命が危ぶまれれば……彼とて北斗の子! 見す見す彼等の命を無視出来る筈も無し!

 「オン・サンマヤ・サトバンッ! オン・ボウチ・シッタ・ボダハ『キイイイイイイイイイィィィィ!!!』うひぃ!!?」

 昆虫のような金切り音。目だけ刳り貫かれたような顔をしたアンナから迸った恐怖の光景にキムは詠唱を思わず止める。
 その何本もの黒い水蒸気で出来た触手はキム目掛けて上空から槍のように彼を串刺しにせんと襲う。キムは目を瞑り死を覚悟する。

 「……じゅう、分だぜキムっ」

 だが……彼は十分時間を稼いだ。彼の拙くも想いの篭った真言により、彼女を最も憂い案じる人物は拘束を抜けれたのだから。

 「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ……千手観音よ……っ!」

 そう彼が呼ぶ観音のマントラを唱え、力を暗に貸してくれと願い彼は迫る数十の触手へ対し空中を舞い両手を掲げた。








                                北斗千手殺!!!





 プシャァアアア! と言う水風船が破裂するような音と共に触手が破裂する。見事にジャギの北斗の技がキムを救った。

 「お……おぉ、助かったぞジャギっ」

 「礼を言うのは後だ……! どんどん出てくるぞ……!!」

 ジャギの言うとおりだ。

 アンナの体から、一体何が眠り蠢いているのか知らぬが恐ろしい呪いの呻き声のような音と共に闇色の触手が何本も生えてくる。

 北斗千手殺だけでは時間が経てば防げなくなるかも知れぬ。だが逃げ出せばリュウケンやトキが死ぬ。
 そして日の出の時間までは未だ約半刻もある。その半刻無事に自分達を生かしてくれる程にアンナの中に巣食う存在は甘くないと
 ジャギは考える。何か……何か方法は無いかと思案すると……その時不意にその打開策は人の形となって現れた。

 「……」

 ケンシロウは、その蠢く闇をじっと見詰めていた。

 静かに、恐怖や嫌悪といった類も無ければ恍惚や闇に対する受け入れる気持ちも無く。

 ただ……彼は予め知ってたように目を閉じ……口から勝手に言葉が飛び出して来た。

 ……ソレは。





 「……アールヤー・ヴァローキテーシュヴァロー、ボディーサットヴォ・ガンビーラーヤーム……プラジュニャーパーラミターヤーム」

 突如広間に響く謎の言葉。だが、まるで信じられぬものでも聞いたと言わんばかりにジャギ達を襲おうとしていた闇が震えた。

 ジャギは首を捻り、それがケンシロウの口から唱えられてると知る。そして、そのまま続く言葉に一瞬既知感を受け……そして思い至る。

 (!! そうか……こいつはサンスクリット語だ!!)

 北斗の拳で修羅の国でも使用されてた文字。ケンシロウの故郷の言葉……!




 サンスクリット語の般若心経である。



 「チャルヤーム・チャラマーノー・ヴヤヴァローカヤティ・スマ。パンチャ・スカンダース・タームシュ・チャ
 スヴァバーヴァ・シュニャーン・パシャヤティ・スマ。
 イハ・シャーリプトゥラ・ルーパム・シュニャーター・シュニャー・イヴァ・ルーパム。
 ルーパン・ナ プリタク・シュニャーター・シュニャーターヤ・ナ・プリタク・ルーパム。
 ヤド・ルーパム・サー・シュニャーター・ヤー・シュニャーター・タド・ルーパム。
 エヴァム・エヴァ・ヴェーダナー・サンジュニャー・サンスカーラ・ヴィジュニャーナーニ。
 イハ・シャーリプトゥラ・サルヴァ・ダルマーハ・シュニャーター・ラクシャナー。
 アヌットゥ・パンナー。ア・ニルッダー・ア・マラ+ア・ヴィマラー・ノナー・ナ・パリプールナーハ
 タスマーチ・チャーリプトゥラ・シュニャーター・ヤーム・ナ・ルーパム・ナ・ヴェーダナー・ナ・サンジュニャー」

 ケンシロウが知る言葉である筈が無い。今彼の紡ぐ言葉は恐らく彼の太古の血……北斗神拳伝承者の血がそうさせている。

 段々と、ケンシロウが唱え続けていくに比例して闇が減少していく。悪あがきのように闇を鞭のように振るうけども
 それらは全てジャギの千手殺。そして頑張って気勢を上げて真言を唱えるキムの頑張りによってケンシロウの妨害は防がれた。

 「ナ・サンスカーラー・ナ・ヴィジュニャーナム。ナ・チャクシュフ・シュロートゥラ・グ(フ)ラーナ・ジーヴァ・カーヤー・マナームシ  
 ナ・ルーパ・シャブダ・ガンダ・ラサ・スプラシタヴヤ・ダクマーハ・ナ・チャクシュル・ダートゥル  
 ヤーヴァン・ナ・マノー・ヴィジュニャーナ・ダトゥーフ。ナヴィドヤーナーヴィドヤーナヴィドヤークシャヨーナーヴィドヤークシャヨー
 ヤーヴァン・ナ・ジャラーマラナム・ナ・ジャラーマラナクシャヨー・ナ・ドゥフカ・サムダヤ・ニローダ マールガ」

 



                      『オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ………………』



 消滅する……そう暗示するようにアンナの両手は顔を覆い、そして吹き上がる蒸気は段々と天井の方へと上っていく。

 「……ナ・ジュニャーナム・ナ・プラープティフ。タスマード・アプラープティトヴァード・ボディーサットヴァーナーム
 プラジュニャーパーラミターム。アシュリトゥヤ・ヴィハラティー・ア・チッターヴァラナハ 
 チッターヴァラナ・ナースティヴァード・アトラストー・ヴィパルヤーサーティ・クラントー・ニシタ・ニルヴァーナハ
 トゥリヤドヴァ・ヴヤヴァ・スティターハ・サルヴァ・ブッダーハ・プラジュニャーパーラミターム
 アーシュリトゥヤーヌッタラーム。サムヤクサムボーディム・アビラムブッダーハ……!!」


 ケンシロウの背後……ジャギやキムの目には一瞬だが見えた。

 彼の背後に……荒々しい風貌した北斗宗家の霊が。

 「タスマージ・ジュニャータヴヤム・プラジュニャーパーラミター・マハー・マントロ・マハー・ヴィドヤーマントロ
 (ア)ヌッタラマントロ・(ア)サマサマ・マントラ・サルヴァ・ドゥフカ・プラシャマナハ 
 サティヤム・アミト(フ)ヤトゥヴァート・プラジュニャーパーラミターヤーム・ウクトー・マントラハ・タド・ヤター 
 ガテーガテーパーラガテーパーラサンガテーボディスヴァーハー・イティ・プラジュニャーパーラミターフリダヤム・サマープタム……!」

 全てのサンクスクリットの経文が終わると、アンナの体から昇天のように闇色の塊が寺院の屋上へと行こうとするのを見た。

 「逃げるぞっ!」

 「……っくそ!」

 キムの言葉、ジャギの脚力でも届かぬ高さ。このままみすみす逃すか……と無念が至りかけた時。





 「貴様ら……退け」






 背後から、巨大な気配を感じてキムとジャギは振り返りそれを目撃して……慌てて左右へと飛びのいた。

 ラオウは……闘気を限界まで込めるのを完成させると、最高とも言える哂い顔で自分に辛酸舐めさせた悪魔に対し。

 「土産だ……いずれ最強となる我が拳を味わい冥土へ帰るが良い!!」






                                 北斗剛掌波!!!!!!!





                      ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオンッ……!!!

 天井へと放たれた巨大な光の一筋。そして飲み込まれる闇の塊。




 ……そして天井に大穴を明けて雪が振り落ち。ようやく彼らは悪魔祓いの儀に決着を付けた。







 ……。





 その数時間後。

 気絶していたリュウケン・トキは彼らから詳しい端末を聞き。そして危機の去った事を素直に祝福した。

 キム……彼は今宵、己の力で兄弟を救った事に自身を付け。そして悪魔の甘言に乗せられぬ強い意志を持つと決意を新たに誓う。

 トキ……己の意思が間違ってなかった事を振り返り実感する。今回の事で、また一段とジャギに対する敬愛は深まる。

 ラオウ……今宵の儀で起きた悪魔の言葉を時折りフッと思い出す。いずれ、それはもしかしたら彼の運命を変える切欠になるかも知れぬ。

 リュウケン……己一人では打ち勝てぬ事でも、兄弟達が力合わせれば打ち勝てる事に静かに感激しつつ。そして
 何時かは起こりえるだろう彼らの離別に心の中で悪魔の言った言葉を時々振り返り懊悩する。……彼の悩みは尽きない。





 ……そして。





 「おい……おいアンナっ!!」

 ……雪の降る広間。そこでジャギは慌てて悪魔が抜け出て消耗しきったアンナへと駆け寄った。

 完全な衰弱。奇跡的に生きていると言う状態。ジャギは必死で彼女を揺らし、意識を目覚めさせんと声を何度も掛けた。

 「……ジャ、ギ?」

 「!! 良かった……今度こそ、気が付いたんだなっ」

 震え、瞼が開く。その瞳がジャギを写している事にジャギは感涙しつつ、ようやく元のアンナと出会えた事に喜んだ。

 「……」

 だが、ジャギに抱きかかえられているアンナは。暫し呆けたように、ジャギの顔を眺めたまま動かない。

 「? ……如何した、アンナ。やっぱ、何処か疲労してるか……そう言う」

 (!! っもしかして……また記憶が無くなってるとか……)

 何時かの時の幼稚退行を思い出し、身を固まらせるジャギ。だが、アンナはそのような素振り見せず少々困ったような顔を浮かべ呟く。

 「……ジャギ、何だよね?」

 「あぁ……あぁそうだぜ。全部、覚えてるよな?」

 そう、必死な顔で確認するジャギを気づかぬように少々考えてから。アンナは頷いて返答する。

 「うん……凄く何処か暗い場所で座っていたのは覚えてる。そしたら……何だか知らないお経が聞こえてきて……気が付いたら」

 淡々と掻い摘んでの言葉。だが、どうやら記憶や性格に何か影響があった訳では無いらしい。

 けど……何処か変だ。ジャギは、何故か知らぬが不安が湧き出る。

 「……アンナ、本当にどっか悪かったりしないよな?」

 「うん……何処も痛くも、何とも無いよ」

 その言葉に、ジャギはとりあえず安堵する。だが……次の言葉。

 「ねぇジャギ……」

 「あん? 如何した……?」

 アンナは、ジャギを瞳に映したまま……言い辛そうにこう言った。








                       「……今、夜とかじゃ……無いよね」







                       「ジャギの姿も、目の前の景色も……解らないんだ」









                          ジャギは、その言葉に目の前が暗転した。









 
              後書き




 今回何が大変かって、wikiで真言とか呪文の言葉コピーして何度も貼り付けるのが面倒で大変だった。
 しかも、何度も貼り付ける時に文字化けのようなのが発生。繰り返すけど何故か直らず再起動を繰り返す。

 ↓


 おまけに昼間にハードウェアが完全にイカレる。パソコンインストールしなければいけぬと言う事故発生。


 ↓

 更に止めとして某友人が夕飯馳走してくれると言って外へ出かけた瞬間屋根の落雪で頭部に激突。怪我無いけど未だ頭痛い。


 ↓


 最後。家のラップ現象ひでぇ







           お払い行った方が良いのでしょうか?





[29120] 閑話休題:『彼の後悔の日 鶴とコケシ ユダの秘書』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/04 21:29



それはアンナの瞳から世界が消えてしまってからの話。ユダ十四歳の頃。

 彼はアンナの目が見えなくなった事には多大なショックを受けた。一瞬ジャギを紅鶴拳で殺そうかと思う位には。

 だが、早計過ぎると考え直し。彼は普段通り鳥影山に通い他の物を揶揄いつつ過ごしていた。

 そんな折、コマクが最近になり背中を叩き少々呻いているのが暇な時に彼は見る事があった。

 「何だコマク。腰痛か?」

 「えっ・・・・・・あっ、いえユダ様。別に問題ありませぬので」

 そう彼は誤魔化すが、ユダとて彼の虚偽を見抜けぬ程に愚かではない。彼の目に疲労が蓄積してるのは明らかだ。

 (・・・・・・無理をさせ過ぎているかな)

 何せ、彼は鳥影山を趣いたりジャギ達を馬鹿にする為と言う事柄の為に仕事を空ける事もある。
 その時に彼の代替えとしてコマクが彼のする仕事を処理する事もある。以前は技官として軍で勤めてたとはいえ
 そう若くはない彼の年齢を考えるとユダの社長の代わりをさせるのも限界あるだろうとユダは案じる。

 (・・・・・・サウザーの奴も、そう言えば最近秘書なる者を召し使えたようだしな)

 彼の耳には既にフギンとムニンの事につていも把握している。彼にとってサウザーとは何時の日にかは超えるべき対象。
 ゆえに彼よりも低く思われたくはないと言うプライドもある。だからこそ、これは良い機会かも知れぬと思いコマクへ言った。

 「コマク、至急一人俺の仕事を任せられる人件を募集しろ」

 「えっ、ユダ様・・・・・・それは」

 自分はお払い箱か? そう不安そうな表情をするコマクへとユダは涼しい顔で告げる。

 「勘違いするな。お前のする仕事は俺にとって重要・・・・・・だが、お前のその小さな身に全て詰め込むのは無理がある。
 この俺の身が危うくなる可能性も有るが、俺は当主に成ってから常に敵だらけのようなもの。何も問題あるまい」

 例え将来的に敵対するかも知れぬ人物を雇うとしても・・・・・・お前の健康を守る方が大事だ。

 そう言って、ニヒルな笑みで宣告する。

 「俺はユダ。美と知略の星『妖星』を宿す者・・・・・・どのような者とて俺の手に踊る道化。忠誠は二の次で優秀なる秘書を集めよ」

 「はっ、承知しました! ・・・・・・しかし、秘書と言うからには女性ですか?」

 ユダが、自分の事も考えての発案かと胸に感謝を秘めてコマクは応答し、そして尋ねる。

 その問いかけに、少し顎を撫でてユダは呟く。

 「ふむ・・・・・・まぁ女の方が良いな。むさくるしい男の面などジャギで見飽きてる。・・・・・・だが、顔だけの中身が空っぽの
 飾りの女など俺は要らぬ。無知で物欲やらの平俗な欲求で瞬時に裏切るような者だったら手に負えん」

 男性よりは女性の方が拳の腕では勝るだろうから精神的にも比較的楽。それに見栄えでも女性の方が良い。

 ユダが秘書が欲しいと公示すれば、手に余る程に多くの美女は寄り集まるだろう。彼自身の魅力じゃなく、彼の資産を求め。

 ユダは、そう言った類の女には辟易している。ゆえに、どうやって募集するかも全くもって困りものだった。

 暫し、唸るように彼が大事に生けている花を見つめてから。ようやくとばかりに面倒そうな表情を作りコマクへと命じる。

 「・・・・・・そうだな、大っぴらに交付せず。最低限の読み書き及び、俺が必要な能力だけを記し近くの村に掲示しろ。
 俺の名前は出さなくて宜しい。何処ぞの家名は平凡なる一族が募集しているとか、適当に書いとけコマク」

 ユダの家名を伏せての募集。まぁ妥当だろう。

 「了承しました。ですが、ユダ様程の人物の秘書となる御方です。やはり美麗明晰な方が宜しいですね」

 そう、腕組みして頷くコマクに。苦笑いしつつユダは言った。

 「女の顔など、所詮雄を魅了する為の一つの道具に過ぎん。使えるのならば俺はブスでも構わんさ」

 そう、その時は彼は別に何気ない調子での発言だった。

 ・・・・・・後になって、彼はこの言葉を深く後悔する。

 何であの時、あぁ言う言い方したんだろう。・・・・・・と。

 だが、覆水盆に帰らず。彼が普通通り過ごすがてら、コマクは忠実に彼の命令を実行する。

 そして・・・・・・一週間後程。



 ・



        ・

   ・



      ・


 ・




     ・




          ・


 ・・・・・・少々時間と場所は飛び。とある世紀末の時代。

 「くそっ! くそっ!! くそぉぉぉぉおお!!」

 世紀末には似つかわしい派手な宮廷造りの一室。其処には荒れ狂う一人の男性が居た。

 其の一室には、彼がコレクションしていた品々が山のように棚に飾られていた。

 アンティークドール。

 有名な芸術家の絵や彫刻。

 美しい宝石の装飾のついた陶芸品。

 どれらも共通するのは『美術品』であると言う事。彼は、それに囲まれている時は幸福に近い感情を持てた。

 だが、彼は今激しく怒り狂っていた。その原因は知らぬが誰が傍に入れば迷う事なく、その指で滅多斬りにする程に荒ぶっていた。

 咆哮を上げて、彼は形相で人形を、陶芸品を、絵画を、彫像を全て指を一閃させる事で破壊していく。

 その度に、高みに高まった彼の怒りも少しずつ去っていく。彼にとって、美しい者は破壊出来ぬ衝動を物へとはぶつける事は可能だった。

 今の彼に近づく自殺願望ある兵士は居ない。彼を知る者達は慄きつつ其の部屋を遠巻きに見つつ見張りをしている。

 一分程で、滅茶苦茶へと変貌した彼の展覧場。

 殆どの絵画に彫刻品。美しきものは打ち壊された。

 荒く息をしながら、彼は化粧も少々剥がれた顔つきで場を去ろうとする。

 だが、その前に彼は未だ一つの人形が破壊されてないのを見た。・・・・・・苛つきの火がぶり返す。

 そして振り返り、それも真っ二つにしてやろうと人差し指を向ける。

 ・・・・・・だが、彼はそれを壊す事は無かった。

 




 『・・・・・・母様っ! ねぇ見てよこの人形。面白い顔~!』

 『あらっ、それはね×××と言うのよ。こんな風にちょっと変わった顔してるけど、人の悪い事が起きるのを防いでくれたりするの』

 『へえ~! 凄いんだねっ、母様・・・・・・!』





 ・・・・・・何処かでの幼い頃の記憶が彼を掠める。彼にとって懐かしく暖かさが残っていた記憶が彼の指を止める。

 「・・・・・・ふんっ! 変梃な人形がっ」

 そう、彼は自身の全てを裂く事の出来る指で其の人形を二つにする代わりに少々強く、その人形の頭を押して倒すに留まった。

 横になり転がり動かなくなる人形。その顔の部分は壁の方へ向いたまま終ぞ動かぬまま。

 「・・・・・・はっ! 壊す価値もない・・・・・・!」

 彼は、その部屋を去る。もう、二度と彼は入る気も無いだろうから近い内にに封印する事になるだろう。

 其の人形は、ただ無言で其の侭倒れたままだった。

 彼が死ぬ未来の時まで、その後もずっと倒れたままだった。




 ・



        ・

    ・



      ・


  ・



     ・



         ・


 一週間後、彼はコマクと二人で募集してきた秘書候補の女達を見渡していた。

 募集してきた人数はザッと百程。彼の素性を明かしていれば其の百倍は集まっただろうから、良心的な数字だ。

 一日程でコマクと共に履歴書を見つつ。そして技能が相応しく、年齢、出生などを細かく分析する。

 それで彼の目に適ったのは七名程。まぁ、この七人が相応しくないと思えば再び募集しようと二人は思ってるが。

 「・・・・・・ふむ、では皆様。この度、彼のユダ様の秘書と言う候補者として選ばれたのですが、その抱負を述べて頂きたい」

 コマクは、ユダと共に椅子に座り眼鏡を上げつつ質問する。

 今、椅子に座り自分と対峙している女達は歳は二十代前半といった所。アンナやジャギの話してた世紀末までは扱き使おうと
 思っている。若く元気が余っているだろう事が条件に入ってたゆえ、これは当たり前だ。

 左端から順々に述べられる抱負。殆どが在り来たりとも言える内容である・・・・・・自分の能力が活かせると思ったから、とか。
 自分の力が、今後ユダに対し役に立てると思ったから・・・・・・云々。だが、最後の方の右端の人物の返答は興味を惹いた。

 「私は以前キタオオジ社で勤め、そして秘書と言う役柄は未だ私が実践した事の無い技能です。ゆえにこの仕事を希望しました」

 「ほぉ? キタオオジ社・・・・・・か」

 顔写真の無い(これは別に気にしなかった。何せ貧困ゆえに写真の取れぬ場所もこの世界では有る為)履歴書を見つつ真実と納得する。

 蒼天の拳で出た財閥。初回程で出た登場人物で中々大物の良識ある人物である。彼の築いた財閥は現在も残り大会社としてなってる。

 それに、理由も在り来たりでなく仕事への挑戦と言うのも中々面白い。人物に媚びるような内容よりは断然マシだ。

 それ程の会社で仕事してたならば優秀だろうと思いユダがその女性を一瞥しようとして・・・・・・固まった。

 「? 何か?」

 「いや・・・・・・」

 見間違いだ。そうだ、昨日の選別やら立て込んでいた仕事の処理で疲れ目なんだと彼は納得しようとする。
 見ればコマクも眼鏡を外し拭いている。どうやらコマクも自分と同じ物を見たらしいと彼は少々失意に暮れつつ次の質問に移る。

 出来るだけ右端を見ぬよう気をつけながら。

 「・・・・・・して、お前ら俺を見てどう思う?」

 少々変化球の質問。この質問には他の女達は顔を見合わせるようにする。右端のスーツを着た者は依然変わらぬ顔つきだったが。

 「えぇっ・・・・・・と。若くも優秀ゆえに、尊敬してますわ」

 「私もです。その才に関しとても羨望します」

 まぁまぁ普通の内容。ユダが本当に求める回答には遠いが、これが普通かと思いつつ最後の人物の回答。

 「ただ純粋に美しいと思います」
 
 そう、臆面なく言い切った。

 ・・・・・・求めていた答えを平坦に紡がれユダは頭を抱えかける。もし、これが他の六人ならば未だ納得出来そうなのに・・・・・・。

 コマクも、頭痛するように頭を抑えた。今、自分と忠実なる副官の心が一つになったと二人は同時に思った。

 「・・・・・・自分が一番だと思える能力は」

 これに対し六人の感想、計算が得意、交渉が得意、まぁ普通な答えが述べられユダは一つ一つ頷き、そして
 未だそれ程に時間が経ってないのにも関わらず、こいつの答えは聞きたくないなあ・・・・・・と考えつつ最後を聞く。

 「化粧が一番得意です。後、人をおちょくるのが」

 「嘘をつけっ!! って最後何て言った!?」

 その一言に、思わずコマクが突っ込んだ。いや、ユダはコマクを責める気は毛頭ない。何せコマクが言わなければ自分が言ってただろうから。

 「あぁ失礼・・・・・・人に化粧をするのが得意です」

 「そっ、そうか・・・・・・って! いや、納得するのは其処じゃなくて、お前・・・・・・っ」

 「いい、コマク。次の質問に移ろう」

 コマクを鎮め、ユダはこれ以上続けたら絶対収拾つかなさそうになると思い。あえて無視しつつ次に移る。

 因みに化粧が得意なのが欲しいと考えていたのは内緒だ。と言うか心を見抜いてるのでは? とユダは疑った。

 「・・・・・・そうだな、今一度自己紹介して貰おう。履歴書の名前じゃなく、人に対する礼儀がちゃんと出来ているかどうかをな」

 そう、冷たい眼光を浮かべユダは背を反りながら女性達を審判する。自分と行動するならば、少々の殺気にも慣れぬようでは
 何処ぞに潜むかもしれぬ自分の命を狙う輩に対しても退かぬ精神を持つ者でなければ秘書は務まらぬだろうと考え。

 彼の冷たい気配に当てられつつ、汗を掻きつつ女達は自己紹介を述べる。

 「え、エリザべートと、申します」

 一人は声を裏返り。

 「あ・・・・・・アルティ、アルテミスです」

 また、一人は噛む。六人とも、突如殺気を放ったユダに尻込みして自己紹介も碌に出来ぬ状態。
 コマク、ユダは共に余り適正に欠けると思いつつ。正直な話、全く気に進まぬが最後に人物の自己紹介を聞く。

 そのスーツ姿の人物は、ユダの殺気に怯える事なく平然とスクッと立ち上がり。

 斜め四十五℃の、素晴らしいお辞儀をしつつ淀みない口調で述べる。

 「キャサリーヌと申します。ユダ様」

 「嘘つけえっ!! お前!!!」

 これには流石に堪えていたユダは怒鳴った。履歴書には正しく『ヤマダ』と書かれているのに偽名を堂々と名乗ったその人物に。

 さっきから意識して無視してたが限界だった。何せ、その人物の顔・・・・・・団栗見たいな瞳、申し訳程度の鼻と口。
 髪型はおかっぱで均等に生え揃った髪。ユダは、まともに顔を見た瞬間コケシが鬘を被って人間の姿をして座ってると思った程だ。

 「あっ、申し訳有りません私の間違いです。正しくはジェニファーと」

 「だから嘘をつけぇお前!! その顔でキャサリーヌとかジェニファーとか喧嘩を売ってるのか! お前は!!?」

 今まで見た事のない程の表情で怒るユダ。青筋立てて、キャラに似合わぬ偉大な当主の其の表情にコマクは一瞬気絶しかける。

 他の六人も、ユダの変貌振りにドン引きする。募集に応じたのは早計だったか? と。

 そのスーツを着たコケシのような人物は悪びれもせず言い切る。

 「愛称なんです」

 「貴様の何処を見てそんな風に名付ける人間が居る!? 天地が引っ繰り返っても有り得んわ!!」

 肩をいがらせての怒鳴り。ユダは、かつてない程の怒声によって疲弊して呼吸を早くしつつ、何とか落ち着きを取り戻し座る。

 そしてヒソヒソとコマクへと囁いた。

 『何なんだ、あの珍妙な生物はっ!?』

 『すいません・・・・・・履歴書には簡潔なる綺麗な筆跡で記述されていて、技能についても相応しかったので・・・・・・』

 『だからと言って女か如何か以前の生物かすら知れぬ者を呼ぶな馬鹿!』

 ヒソヒソ話を、コマクへの一喝で終わらせ。とにかく候補を選抜出来るか考える。

 ・・・・・・他の六人に関しては問題外。何せ、技能は凡人。アレでは恐らく特殊技能にしても自分が望むものには成り得まい。

 だが然し・・・・・・だが然し!

 (アレを選べと言うのか? ・・・・・・いや、アレを選べとか言う位ならばアンナ弄りを止める方を選ぶぞ、俺は)

 本人が聞いてれば、是非ともそうして欲しいと言う内容を思考しつつ。ユダが考え込んでいると、コマクは呟く。
 
 「然し・・・・・・キタオオジ社と今後取引するとすれば、あのヤマダなのか又は別の宇宙生物なのか知れぬ人物は好条件
 ・・・・・・此処は、一つ。もう一度更に私が候補者の身の上を調査し、絞り込むと言う具合で宜しいでしょうか?」

 「あぁ、そうだな。その方が良いかも知れん。・・・・・・ならば、くれぐれもアレに関しては念密に調査しろよ」

 先ず、人間かどうかも怪しいわ。と、ユダは疲れた声を出した。今までに無い程に。




 ・


        
        ・

    ・



      ・


  ・



     ・



         ・



 その三日程、ユダは机に今にも顔を倒しそうな状態で。コケシ染みた格好の人物・・・・・・それと残った選抜の一人と居た。

 他の五人に至っては以前犯罪歴やら、他の敵対する会社に縁あるゆえに除外され残ったのは結果二人。

 「・・・・・・コマク、何故アレが居る?」

 「・・・・・・どれ程調べ上げても身辺に問題ある所が見受けられなかったです。それ所か、以前の会社の評判は上々で・・・・・・」

 私が尋ねたら、会社の専務らしき人物が『給料弾むから戻ってくれ!』と懇願されたとコマクは溜息と共に述べる。

 出身は平凡な家。両親ともに海外での赴任・・・・・・最終学歴は東和女子大学(※北大路綾が通ってた大学)・・・・・・悪性病気無し。

 ・・・・・・怪しい所は無い。仕事振りは以前の会社の成長を助けたらしく期待出来る。はっきり言ってお買い得な人材だ。

 だが・・・・・・だが顔の造形がユダの審判からして合否の問題ところでない造形ゆえに彼は頭を悩ます。

 そして、先程から。その問題の人物と残る選抜候補者の回答を比較しても、わざとで無いかと思える程に問題人物の方が
 自分の求める秘書としての条件に相応しい内容を述べている。つまり中身は最高、外見が完全なる問題外。

 (『妖星』よ・・・・・・今こそ俺にどうするか教えてくれ・・・・・・!)

 外見は良く、中身は凡々の女を取るか。それとも外見は奇妙な優良物件の生物を取るが・・・・・・二つに一つ!

 ユダは苦渋の決断を迫られる。その険しい顔に選抜候補者の一人は怯え、問題人物は表情が全く変わらない。

 と言うか・・・・・・この前からずっと表情が変わらないと思うのは気の所為か?

 (! そ、そうだ表情筋に問題があると言う事を指摘すれば、俺は体面を気にせず真っ当に断れる)

 本来断る事の出来る権利はこちらなのに、相手の条件の良さにユダは自分の劣勢を予感し、そしてこう命じる。

 「おいっ、お前! 気になってた事だが全く表情が変わらぬなぁ!? 秘書と言う仕事を務めるならばっ、人の気分を
 損なわぬ為の愛想笑いも不可欠! よって・・・・・・そのように人形めいた表情の者に秘書としては失格だ!」

 やった・・・・・・! 感心したコマクの賛辞の瞳と、選抜者が問題人物に勝利の笑を浮かべるのを見つつユダは自分に一瞬酔いしれる。

 ・・・・・・のだが。

 「あぁ、愛想笑いですが? ならば・・・・・・」

 そう言って、顔を一瞬伏せ。





 (*´∀`*)





 このような表情を浮かべた。無論、完全に目や口元が漫画のように変えた人間業を超えての笑顔である。

 「これで宜しいでしょうか?」

 ・・・・・・思わず、ユダとコマクは椅子から落ちて震える。コントじゃあるまいしと冷静な部分が告げるが、余りの
 その人物の行動に意識が放り投げられたのだ。残ってた選抜候補者も、その人物の一瞬で変貌した顔を見てか転び気絶する。

 「お前何なんだっ!!」

 起き上がり、もはや自分の風格とか世間体とか気にせず口調を荒げてユダは詰問する。

 「何も匙も・・・・・・私はユダ様の秘書として選ばれる為に来ているのです」

 「お前のような変梃な奴、雇う程に俺は脳に花も咲いておらんわ!! 第一、何で貴様を雇うと決まってる!!?」

 その言葉に、胸を張って堂々と人物はこう宣言する。

 「然り! 何故ならば私の村で掲示されていた内容にはっ! 完全に私を選ぶ事がユダ様の選抜する条件に載ってたからですっ!!」

 「なぁにぃ~!? コマク、お前そんな事付け足したかっ!!?」

 この掲示に対し把握してるのは己とコマクのみ。この訳の解らん人間を寄こしたのは貴様か、とユダはコマクを睨む。

 無論、そんな事の無いコマクは蒼白な顔で手を上げて首を激しく振る。その様子を見て、彼は幾分か落ち着きを取り戻し再度叫ぶ。

 「ほら見ろ! 貴様何ゆえにこの俺の居る場所まで訪れて、支離滅裂な言葉で俺の心を乱そうと考えておるようだが
 そうはさせぬぞっ! 貴様のような賊一匹!! この『妖星』のユダと我が忠実なる下僕であるコマクには通用せんっ!!」

 脳に血液が集まり始めているユダには、目の前の奇想天外な物体が自分を害する賊だと判断する。と言うより、その方が
 精神の衛生面状マシだと思っている。未だこんな訳の解らん行動を仕出かすのが身内だったら自殺ものだと。

 だが、ユダの形相を意に介さず胸に手を当てて問題の人物は叫び返す。

 「私はユダ様に危害を加えよう等とは一切思って御座いません!! ですが、ユダ様には色眼鏡なく私を選んで欲しいと言う
 いじらしいゆえの考えで偽名を名乗った事に対しては謝罪をしましょう! 主に私の体でっ!!!」

 「お前の体なんぞ要らんわぁああああ!!!」

 思わず、ユダは書類の為の羽ペンを思いっきり其の人物目掛けてぶん投げる。その人物は僅かに横へと頭を逸し避けた。

 「貴様っ、やはり賊だろっ! その反射神経の良さは!!」

 彼女? の反射神経を指摘して怒鳴るユダ。その避けた当人は臆面なく言い返す。

 「いいえっ! 痴漢及びスリ・ひったくり対策としての乙女の処世術です!!」

 「そんな弾丸も避けそうな速度を鍛える乙女なんぞいるかああああああ!!」

 次にユダは、お気に入りの髪を手入れする為に携えていた櫛を投擲武器のように柄の部分を矢に見立てて投げる。

 次は避けるのでなく、その人物は白羽止めで受け止めた。

 「私は剣道及び、その他の格闘技有段者であり。且つ資格が108程あるだけの一般人です!!!」

 「そんな一般人がいるかあああああああぁ!!!!」

 ユダは、次に爪研ぎ用の鑢(やすり)を投げる。殺人罪さえ、目の前の物体を破壊する為ならば是非もなしと言わんばかりに。

 すると、その今にも命中しそうだった人物は映画マトリックスのような体勢で見事に避けきって見せた。

 「ただ趣味は映画鑑賞が好きなだけの永遠の24歳で御座います!!!!」

 そのまま上体を立たせながらの叫び。人間業では無い。

 「見よう見まねの不可能な体勢で南斗聖拳使いの投擲を避けるんじゃないいいいい!!!!!」

 怒鳴り続け、完全に焦燥と脳の血管が切れそうなユダは。今にも立ち眩みで気絶しそうな自分の状態をギリギリで支え、問題の部分を突く。

 「間者でなくば、何故貴様は此処へ来た!? 貴様・・・・・・それ程の腕前持って俺の秘書で収まると言うのか!!?」

 「此処まで申し上げても解って貰えませぬかっ! ならば・・・・・・切り札とでも言って良い言葉を申し上げましょう・・・・・・!」

 そう言って、顔に似合わぬ優雅なターンをしつつ其の人物はこう名乗る。

 「私は・・・・・・ユダ様の掲示を見て確信した! この方は私を欲していると!!」

 「何故ならば!!! その掲示板にはこう書かれていたから!!!! 『ブスでも構わない』と、はっきりと!!!!!!」

 そう言って、そのコケシ顔の人物はこうはっきりとユダに向かって演劇のような感じで手を掲げつつ張り叫ぶ。







                    「私の名前は派遣社員のブスと申します!!!!!!」








 ブツン。と、何かの血管が切れる音がした。









                    「伝衝裂波アアアアアアアアアアアアあ!!!!!!!」








 そして、赤い髪を重力を無視して逆立てた一羽の赤い鶴が。その名乗りを聞いたと同時に全身全霊で紅鶴拳を放つのだった。







 

 ・・・・・・。





  後に、ユダの本館である屋敷の部屋の一角が吹き飛んだのを。通りすがりの通行人が目撃した。
 彼はその時の事を『ちょっとしたガス管でも爆発したのかと驚いた。警察に通報するべきか迷ったが、すぐに小柄な人が
 急いで大きなカーテン見たいなので壁の割れた所を覆ったので、通報まではしなかったけど』と語った。

 尚、其の日。その館の当主である人物の突っ込みによって放った技は紅鶴拳の奥義継承の前の基礎の技であったのだが
 彼は、その日にその技を使った事は黒歴史として。完全に彼の副官と共に、その日の事については記憶に自ら封じた。

 尚、その壁の補修に関しブス本人が一晩で完全に傷ひとつなく修復したのを二人は次の日に視認してしまい。
 これ以上募集してもっと変な物を呼び寄せて心労を増やすよりは・・・・・・と、泣く泣く彼? 彼女? を秘書として採用した。

 因みに紅鶴拳は直撃したとユダとコマクは確信したのだが、本人は擦り傷一つついてなかった。

 そして、この人物が世紀末を迎えるまでにユダのコープレーションに多大なる飛躍の為に活躍し。後に、ユダの会社が
 国家に対しかなりの影響力を持つまでに肥大化させるまでに成長する要素となる事については・・・・・・未だ、誰も知らない。




 そして、これは余談だが。其の人物は影で何時しかこう囁かれるのだった。










 (雑務)救世主ブス・・・・・・と。













 
               後書き








             またせたな!!









[29120] 【流星編】第九話『ゲーム理論 心の窪み 啄木鳥の嘴』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/06 20:03










 ・ゲームを支配するルール




 :1このゲームのGM(グランドマスター)は『サウザー』である。

  2このゲームでプレイヤーに対する敵は『∞』である。

  3プレイヤーは、GM(グランドマスター)を倒す事は出来ない。何人であろうとも時間終了まで同一条件である。

  4GM(グランドマスター)の意思(ルール)はゲーム(運命)の意思(ルール)である。

  5プレイヤーは、定められたミッション(条件)終了後に死亡しなければいけない。



 ・ゲームにおける目的達成に向けた行動(戦略)の意思決定を行う主体(プレイヤー)


 1P:キタタキ

 2P:unknown




 ・プレイヤーの選択可能な行動(戦略)



  :1自軍での情報収集

   2敵軍の撃退。(※GMの特定クエストも含む)

   3特定キャラクターの治療。これに関しては1にも該当する。




  
  ・プレイヤーの意思決定を左右する情報

   
   1サウザーの計画

   2プレイヤーに対する秘密情報

   3unknown





  ・



         ・


     ・



       ・



   ・



      ・




          ・


 

 ・・・・・・オメデトウゴザイマス! 貴方は??????番目の、この世界のプレイヤーです!

 貴方は南斗拳士伝承者です! 流派を選択して下さい!!

 
  『鶺鴒』
  『交喙』
  『雲雀』
  etc・・・・・・。

 ⇒『蟻吸』

 ・・・・・・貴方は南斗蟻吸拳伝承者です! 貴方のスキルは特定の『秘孔』を選択しステータスの向上が可能となります!

  貴方は名家の出身です! 幼い頃から周囲の歪な環境を耐え続けた貴方は強靭な意思を持つ。【精神】の能力値に1ポイント!

  貴方は少年期に南斗の拳士として育てられた! 刹那の幸福を受けてステータスの全部に3ポイント!

  貴方は青年期に伝承者の認可を受けた! 戦闘の際に特殊コマンドが実施される!

  貴方は【終末の火】を目撃した! 【精神】に状態異常【絶望】が付加される! ゲーム進行毎に【精神】が上下される!

  






 ・・・・・・。





 ボロボロの白衣。それでも衛生面の面目を保つ為には着ないといけないのか煩わしい。

 手に掲げているのは自身の役割ゆえに勤続する兵士達を診察したカルテ。(TRPG)用語でキャラクターシートだ。

 この中で目立つのは、リュウロウと言うキャラクターだ。

 ステータスの全てが均等に高いに関わらず。体力、そしてゲームからリタイア(死亡)する程の状態異常を抱えている。

 そして、これは笑い話にもならないのが。このゲームは一度リタイアしたら再び舞台に上がる事は不可能と言う事だ。

 南斗の拳士でありながら、秘孔医療士と言う顔も持つ彼は。その患者の状態に頭を悩ませつつ目頭を擦る。

 彼は、世紀末に入り目頭に鈍痛を抱えている。

 原因は、彼自身が良く理解している。それでも・・・・・・それでも彼はそれを治療する事も、緩和する策も持たない。

 「・・・・・・」

 彼は、周囲の気配を一度気にした。誰かに見られてた気がしたからだ。

 屋内であり、この部屋には大人の頭上程にある窓以外に自分を覗き見る場所は一見存在しない。

 だが・・・・・・何かの気配は感じる。それは若しかしたらこの過酷な環境に居続けて麻痺した彼の状態が異常と化したからかも知れぬし。
 そうではなく、彼自身の直感が明確に彼自身のスキルに興味を抱いてのゲームマスターの刺客の所為かも知れぬ。

 彼は、気配を探りすぎるのも危険と判断しカルテを再度眺める。

 控えめなノックがした。それで、今日も戦場へ赴くのだろうなぁと。彼は恐怖や興奮を感じる事すらなく自然に白衣を脱ぎ捨てた。

 脱ぎ捨てた途端、自分のキャラクタークラスは秘孔救命士から戦場の部隊長戦士へと変貌する。

 外に出れば汚れも満足に取れず疲弊の色が取れぬまま。それでも尚生きる為、守る為と戦う仲間・部下達が見受けられた。

 「・・・・・・今日の戦場は?」

 「最近になって目立つ流浪の賊と出没した盗賊の討伐です。人数は我々の一個部隊で問題ないと思えます。
 一番の問題は、其の場所の急斜面が多く落石多々の溪谷及び最近では飢えた野獣の出没が相次いで・・・・・・」

 「成程・・・・・・典型的なウィルダネスアドベンチャーって事か」

 ウィルダネスアドベンチャー・・・・・・森林や荒野など野外での冒険を舞台にしたシナリオのことを示す。

 彼の皮肉なのか本気なのか不明な言葉に、兵の一人はどう反応して良いか困った表情を浮かべた。

 部隊長であるキタタキは、その兵士に過度な自分の言葉に反応する期待はしてなかったので構わず集団へ近付く。

 「・・・・・・行くぞ」

 GMからのクエスト:近隣の自国領域の盗賊の討伐。

 彼の頭にフッと浮かび上がるゲームのミッション。

 世紀末に入ってから、彼は自分の遂行する役割を。昔は良くやり込んでいたゲームに置き換える事が多くなった。

 それは、逃避だと解ってる。だが、仕方がないでは無いか。

 ゲームとでも思わなければ・・・・・・何時死ぬかも、明日死ぬかも知れぬこの世界の常に傍に居る死神を忘れる事など・・・・・・。

 物思いに沈むキタタキ。歩きながら指先の状態を確認する。

 一本一本器用に不規則に折り曲げる。この指一本、一本が自分の生命線であり武器であり、スキルであるから。

 余計な武具は持たない。戦場で最初の頃小銃を背負ったり、建前で使い慣れぬ剣を携えて身動きが遅くなり
 危うく頭を割られかけた経験があってから彼は絶対に自分の命取りとなる枷は決して持たぬと決意した。

 荒野の風は今日も自分達の体力を奪おうと襲う。その風に意思があり秘孔が通ずるならば、喜び敵軍へ吹きすさべと操るのだが。

 「・・・・・・お前ら、しんどくなったら言えよ。乾パン一個払えば元気にしてやっから」

 そう、冗談交じりに進行中言うと。他の兵士達は気丈に笑う。

 彼等兵士は、その衛生兵部隊長は戦場で敵軍を相手する時は機械的に相手の心情を思う事なく百戦錬磨の戦士となるのを知ってる。

 彼の其の無表情で敵を妖術の如く指で突いて操り、そして自分の体を突いて突如目にも止まらぬ早さとなり敵を翻弄し
 そして相手の懐に潜り込み次々と弾丸のように心臓部分を正確に突き殺す様を何度も目にした事ある。

 恐怖が無いと言えば嘘だ。それでも、彼の時折の冗談。そして天邪鬼にも見える優しさには十分感謝を持っていた。

 問題ないと全員が口々に応える。それを見て満足そうに頷き彼等の進行は滞りなく目的地まで到達した。

 「・・・・・・」




                             ヒュウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ・・・・・・。




 場所:とある谷の荒野。

 「・・・・・・風下か。とりあえず、匂いもねぇし敵は近くにいないな」

 人差し指を湿らせ、風向きを調べつつキタタキは呟く。

 「隊長、潜伏して待機でしょうか?」

 「それが妥当だな。・・・・・・よしっ、各自ボウガンを持って岩陰で待機。敵が出現したら、俺が囮になる」

 頷く兵士達。彼等の殆どが正規軍でなく近くの村から徴兵されてきた若者達だ。技術不足は己がカバーしなくてはならない。

 「無いとは思うが、相手の戦力が上な場合俺が直に戦闘し対象を混乱させる。その場合は鳥の鳴き声で合図する」

 「最悪・・・・・・俺一人で敵は殲滅するが油断するなよ」

 キタタキの言葉には訳がある。何度も戦場に趣きゲリラ戦に近い状態となった場合、相手の戦力を誤解し味方の兵士が
 死亡した事などザラだった。その苦い経験も押し殺し、もう起きぬようにとキタタキは自分のパーティを無傷で生還したいと望んでる。

 己の言葉に頷いた全員が散開するのを見ると、自身もポジションへと移る。

 キタタキもボウガンを持つ。徒手空拳が基本でも、相手が無手で飛び出した相手を不審がっては悪手。

 運良くても、殺せるのは一発。装填する時間を計算、及び相手もボウガンと類似する投擲武器を持つ可能性が高い事も
 予想して一発で近い敵を倒し。複数の人数相手に近接戦闘を行い投擲武器を封じ撹乱させて敵を殲滅するのがベスト。

 「・・・・・・大丈夫だ」

 そうだ、大丈夫だ。射的は自信がある、アーケードゲームでシューティングゲームが導入された時期は高スコアを叩き出す程に
 しただろうと自分を落ち着かせる。それでなくも、この世紀末開始時は生きるために射撃に関しても練習したではないか。

 「そうだ、大丈夫だ・・・・・・」

 震えそうな手を、必死にこれはゲームだと言い聞かせ落ち着かす。

 これは単なるゲーム。これは単なるゲーム。

 ただ・・・・・・自機が一つしか無いと言う事を除いて。

 暗い思考に移りかけた頃、自分達とは違う足音が耳に捉え体を強ばらせ横目で岩陰から覗く。

 そして、キタタキは悪い方向でミッションがレベルアップした事を知り目の前が暗くなりかけた。

 (・・・・・・奴(やっこ)さんはアサルトライフル持ちかよ)

 大体五人程のスラブ系の民族衣装を纏った盗賊達がアサルトライフルを全員背中に背負いつつ歩いてきた。

 歩哨任務なのかは知らぬが、これで影から一斉に狙撃し無傷で敵を討つ可能性が低くなったのを知る。

 キタタキは、岩肌に嫌な汗が流れる背中を押し付けて独特の音を立てる。

 ピピッ! ピピッ!! ピピッ!!!

 「っ!? ・・・・・・何だ、鳥か?」

 「だろうな。放っておけ」

 第一段階成功と、キタタキは安堵の息を飲み込む。下手にアレに突っ込めばライフルの一斉射撃の餌食になるのが目に見えてる。

 だが、その中に鋭い勘の持ち主は居たらしい。キタタキは次の言葉に一瞬呻き声を出しかけた。

 「いや・・・・・・一応調べとけ。こんな場所に鳥なんぞいるのは可笑しいし、何より丁度焼き鳥も食いたくなったしな」

 (へっ・・・・・・お優しい事を言うもんでっ)

 自分の今日の幸運値は間違いなくEランクを超えて斜め下だと予感する。彼は深呼吸と共に、近付く足音が二つだと体で感じる。

 (これはシューティングゲームじゃなくストリートファイター。これはシューティングゲームじゃなくストリートファイター)

 そう、必死にこれは単純な格闘ゲームだと自制させようとする。緊張して固まりそうな筋肉を解れさす魔法の呪文。

 いや、待て。ストリートファイターは多人数戦闘システムは無かった筈だ。確かあったのはファイナルファイト・・・・・・。

 「どっちでも良いだろうがっ!!!」

 そう、あえて自分に発破をかけて岩を飛び越え全身を露わにしてボウガンを構える。

 敵は突如の出現に無防備になる。その隙を逃さずキタタキは一人に対しボウガンで額を貫いた。

 ビンゴ! ストライク!! キタタキ100point!

 頭の中に鳴り響くファンファーレ。その幻聴と共に敵は挑戦的な声と共にアサルトライフルを構える。

 「ふっ!!」

 秘孔・停覚(ていかく)!

 相手が引き金を引くよりも早く。相手の額の部分を両手の指で突く。

 途端指は引き金に手をかけられたまま動く事が不可能となった。この秘孔は自らの意思では動けなくなる秘孔だ。

 「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!

 成功したと安堵をつく余裕は無い。相手が撃つ事が出来なくなったのを自分が仲間を刺し殺したと思った敵兵達が
 仲間の体毎一斉掃射を開始する。キタタキは敵兵の体を盾にしつつ岩の方へと戻る。絶命した敵のアサルトライフルを奪取した。

 「・・・・・・っ、俺はやれる・・・・・・俺はやれる・・・・・・!」

 岩陰に戻り、敵の乱れぬ銃弾の音に震えそうな体を無理に自分は強いと暗示しつつ。ブツブツと繰り返し彼は自分の両足を突いた。

 秘孔・閃早孔(せんそうこう)!!

 「俺はやれるっ!!」

 スキル【秘孔】の効果により、プレイヤーはヘイスト・ピオリムの状態に掛かった!

 自らの体を僅かではあるが体中の気を上げて敏捷性が高くなる秘孔。今の自分の視界をゲームだと思い込み雄叫びを上げる。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!」

 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!

 盗賊Aに87のダメージ! 盗賊Bに18のダメージ! 盗賊Cにクリティカルヒット! 101のダメージ!

 一人目は胸元に銃弾を受け、三人目は頭部全体に弾が命中し即死。

 二人目は両腕に銃弾が走りライフルを落とした。これは意図でなく運が良くて死亡しなかっただけの話だ。

 いや、本当に運が良ければ全員即死する筈だ。昔はポーカーやソリティアの類は連勝出来たのに今は本当に運が無い。

 相手は、形相で再びアサルトライフルを拾い上げ自分以外の全員を殺した己を殺そうと落ちた銃を拾い上げようとした。

 だが、そんな事は許される訳ない。キタタキは、閃早孔の効果が続いている恩恵により素早く数メートルの敵へと一瞬にして近づき
 相手の銃を踏み砕いた。そして、自分を見上げ形相と共に呪いの声を上げようとしたのを、キタタキは問答無用で頭部へ指を突いた。

 秘術・停覚(ていかく)!!!

 頭の両側面を突かれ身動きがとれなくなった敵。とりあえず視界に映る敵は全て処理したと安堵するキタタキ。

 隊長っ! と、その時兵士達が安堵と共に顔を出す。だが、キタタキは怒鳴り命じた。

 「未だ来るなっ!!」

 その言葉に、彼らは動きを止める。視認したキタタキは、射殺しそうに自分を見る敵へと再び顔の耳と目の中間部分を指で突いた。

 秘孔・黒詰(こっけつ)!!!

 それは・・・・・・相手が自分の望む答えを言わなければ死する秘孔。禁技とも言える彼が師に多用を禁ずると誓った技の一つ。

 「答えろ・・・・・・てめぇらの敵の人数をよ」

 「だ・・・・・・れが言うグアアアアアアアアァ!!!!!??」

 その秘孔は、相手が答えを言わぬ場合頭部が膨れるような激痛を味わう。武具を使用せずも自然と白状させる拷問の技だ。

 「言わないと、その痛みは何時までも続くぞ・・・・・・!」

 「嗚呼嗚呼嗚呼ァ・・・・・・!! お・・・・・・俺達の仲間は・・・・・・数えた事ない程、沢山、だ」

 嘘は付いてない。ゆえに彼は少々楽になったような顔をする。質問に答えれば、この秘孔は安らかに眠す快感を味あわせるのだ。

 ・・・・・・だが。

 「未だだ!」

 秘孔・黒詰(こっけつ)!!!

 「そのライフルの入手した場所! そしててめぇ等の根城を明かしてもらうぞ!!」

 ・・・・・・再度の秘孔。その過剰なる自白の強行を行使するキタタキの顔には、サウザーには劣るものの激しい負の感情が滲んでいる。

 敵を許さぬ、自分の味方以外は何も許さぬ鉄の仮面。その仮面に、見守る兵達は怖々と表情を浮かべキタタキを見つめている。

 「言うもん・・・・・・グアア嗚呼ア嗚呼アアァァァァ!!!!!」

 「吐け! 吐かないか!!」

 激痛で地面に転がるスラブ系の敵。キタタキは問答無用で怒鳴り激痛で叫ぶ盗賊に自白を強行させる。

 「もう止めてください隊長!! 後でじっくり吐かせれば良いじゃないですか!!」

 「黙ってろ・・・・・・! こいつ等がウヨウヨと荒野を彷徨う限り・・・・・・目指す平和なんぞ夢のまた夢なんだよ・・・・・・!!」

 その、余りに酷い行動に見かねて兵の一人が張り叫ぶ。だがキタタキも止まらぬ訳がある。

 武器があれば、人を引き金引くだけの兵器あれば人は簡単に人を殺す。

 弱い者が持つならば自衛の手段となる。だが、それ等を持つのはこの世界では殆どが力あるものばかりだ。

 虐殺、虐殺、無抵抗な蟻を人間は笑いながら踏み殺す。

 蜻蛉(とんば)を笑い羽をもいで地面へ放り投げ、蟻の巣に水を入れて・・・・・・童子のする其の所業、何と救い難きが!!!

 ゲーム理論でも同じ事。バグがあればNPCがレアアイテムを持ってれば奪い取ろうとプレイヤーはする。

 メタルスライムが出没すれば殲滅させる。それはゲームの世界だからだ。そうだ、それで自分達の正当性が取れる。

 だが・・・・・・この世界は現実だ!!!

 キタタキの瞳の裏側には映っている。泣き叫ぶ子供を置き去りにして逃げ去る大人たちを!

 赤子の死体を積み上げ、疫病を防ぐために迷う事なく廃棄物として燃やす光景を!!

 麻薬に溺れ、ゲッソリと骨と皮になってしまいながらも未だ快楽を求め生きる事を半ば放棄した人間達を!!!

 激痛が目頭を襲う。キタタキは盗賊を掴んでいた胸ぐらを離し目元を押さえる。

 その行動に近くの兵士が大丈夫かと声を掛け・・・・・・その途中で気配が揺れでボウガンを構える音が捉えキタタキは顔を戻す。

 「どうしっ・・・・・・!」

 ・・・・・・獅子。

 信じられぬ事に、溪谷の何処から出没したのか獅子が君臨していた。身の丈は牛程かと思える程の獅子が。





 溪谷の獅子が現れた。キタタキ達は不意打ちを受けた!





 飢えきった瞳。そうだ、この場所には交戦で満ちた血の香りが充満している。それを嗅ぎつけて出たか野獣よ!

 キタタキはコマンドが頭の中に浮かぶ。逃走・戦闘・アイテム・会話。そんなシステム的な事を選択する時間は有る筈無かった。

 「隊長!!!!!」

 声が降る。キタタキが一瞬意識が別の場所に置かれてた時に横からの衝撃が自分を地面に転がした。

 その事に罵りも文句も次ぐ暇なく起き上がり・・・・・・そして彼は背筋が冷える。

 「・・・・・・!!!!ッッ」

 あぁ・・・・・・!!!!!! と。心の中で嗚咽が上がった。

 獅子は・・・・・・兵の頭を噛み切っていた。先程まで己の居た場所を、己が死ぬ筈だったのに仲間はこんな自分の為に死んだ????

 



 キタタキの味方は身代わりスキルを発動した! 無名の兵士は死亡した!!




 頭の中に、電子文字で出来上がった皮肉すぎる楽天的なナレーションが浮かび上がる。

 途端に浮かぶ自身に対する余りにも深い悔恨を喰い尽くす程の憎悪。キタタキは声なく獅子の頭上へと飛び乗った。

 獅子は、兵の頭を離しキタタキを振り落とそうとする。その獅子の立て髪を掴みキタタキは振り落とされぬようにする。

 味方の兵士達は我に返りボウガンの援護をこの時放った。細い矢の二本は跳ね返され、残る矢は体に刺さった。

 『グオオオオオオオオォ!!!!』

 咆哮、獅子は野生の王であった誇りの為か、またはもはや生きる為に何もかも捨てたのか暴れ周囲の地面を爪で引っ掻き回す。

 



 プレイヤーの敏捷・幸運値のダイスロール! ダイスロールの結果、プレイヤーの騎乗スキルは継続されます!




 「何俺の仲間食ってんだよぉ・・・・・・!!」

 キタタキは、その首元に跨りながら指を高々と掲げる。頭の中に浮かぶ自分が造り上げた音声に構わず彼は吠える。

 「てめぇが・・・・・・てめぇが俺のパーティメンバー食ってんじゃねぇよぉおおおお!!!!」

 その心底本音の咆哮と共に、啄木鳥の一太刀を彼は喰らわした。






                                  南斗虐指葬!!!!!!!






 彼の拳法。南斗蟻吸拳の奥義と言える拳が獅子の首筋を撃ち貫く。

 その衝撃に、獅子はキタタキを振り落とす程に上体を上げて咆哮を上げた。転がり、そして手元に落ちるライフル銃を構え立ち上がる。

 その睨み殺しそうな形相でライフルを構えるキタタキと、そして獅子はギラギラとした瞳で暫し視線をぶつけ合った。

 だが・・・・・・数秒後に、その獅子は苦悶の声と共に地面を堕ちた。

 「・・・・・・あいつは」

 「もう・・・・・・手遅れです」

 キタタキは、解りつつも首と胴体を分かれ先程まで話していた兵士の存命の有無を確認せずには居られなかった。

 残る兵士が気落ちした声で呟く。キタタキは、今にも嗚咽しそうな震えを押し殺し落ちていた兵士の首を胴体へと繋ぐ。

 その時、拷問していた敵の賊を一瞥した。獣の爪で裂かれた状態で死んだ賊・・・・・・敵の素性を大まかにしか聞けず
 武器の輸出経路も暴く事出来なかったのを考えると、このクエストは成績的にDランクだとキタタキは一瞬思った。

 首と胴体をつなげてやると、思いの他首部分以外は目立った傷が見当たらず。首の部分だけ布で隠せば未だ生きているように思えた。

 「・・・・・・秘孔・復元孔」

 そう、呟きキタタキは一度その死体を突いた。困惑した顔でキタタキに声を掛ける味方に構わず何度も何度も。

 それでも、もう彼は起き上がる事は無い。





 おお、無名の兵士よ。死んでしまうとは情けない。






 フッと、ゲームオーバの言葉が聞こえた。余りに相応しく、余りに皮肉過ぎて声立てて笑った。

 突然、仲間が一人死んだのに笑い出したキタタキにビクッと体を揺らし遠巻きに眺めていた兵士達は不気味にキタタキを見る。

 「・・・・・・誰がザオリク(蘇生呪文)使えるか?」

 そう、彼は虚ろな笑みで全員に訪ねた。

 誰も、今回は笑わなかった。




 ・



        ・


   ・



      ・



 ・



     
     ・




          ・



 「・・・・・・ゴッドランド?」

 「あぁ、そう一人何とか捕縛した兵士がそう言った。その後、隙を見て毒を飲んで死んだがな」

 地獄・・・・・・失敬、自国に返り咲いたキタタキが聞いた情報は新たなる勢力に対する情報。

 どうも近代兵器を主力とした一団。南斗阿比拳の使い手であり騎兵隊長が負傷して帰ってきたのを治療しつつ耳にした言葉。

 「奴等はアサルトライフル等で装備してた。何処に未だあんな兵器を隠しもってたか知らぬが脅威だ」

 しかも・・・・・・と、頭に包帯を巻き終えた黒人の彼は呟く。

 「その無防備に遮蔽物なく銃を構えていたのに突入しようとした瞬間、地面が吹き飛んだ」

 「! そりゃ、まさか・・・・・・」

 考えたくない事。だが、それはハシジロの言葉から真実になる。

 「・・・・・・あぁ、地雷だ」

 ・・・・・・地雷。

 人間が作った兵器の中で最悪の部類に入る殺人兵器。地中に隠され、歩兵及び、その他を抹消する最強の暗殺兵器。

 「南斗拳士等はいち早く危険に気付き何とか突撃の前に止まったが、その前に将の独断による突撃で何割かの歩兵が全滅した」

 「・・・・・・リュウロウは居たんだろ?」

 そのキタタキの言葉に、ハシジロは重い顔で首を振る。

 「・・・・・・その場に居合わせたら間違いなく止めてたに決まってるだろ? 俺が見た限り居なかったよ」

 ハシジロは融通の利かぬ武人に入るだろうとキタタキは思う。だが、その根は真っ当なる志しあるので証言は確か。

 その言葉が真実と推定すれば・・・・・・リュウロウは戦場に立つ事さえ困難な体調になってると見受けられる。

 (あれ程言ったのに・・・・・・馬鹿がっ)

 離脱するには、この国は未だ混沌してるのは理解出来る。だが、キタタキの見立てで彼は激務に対応出来る程にもう長くは無い。

 (サウザー、俺は昔っからお前に対し・・・・・・危険な匂いはしてた)

 そう、キタタキは暗い思考をフッと浮かぶ。十六かそこら。その時に見たサウザーの瞳に暗い澱んだ光を見受けられた。



 何物も信じず、何物すら絶望した・・・・・・そんな瞳を。



 (・・・・・・どうでも良いと言ってる場合じゃないか)


 キタタキは、言葉に出さず次の任務に取り掛かろうとする。この任が終了すれば確か数日休みあったと考えつつ。

 「お次は何だ?」

 そう、誰かしらに呟くと壁に飾られた隊長格の人物に命じられる指令の文字が飛び込む。

 「・・・・・・ははっ、成程。かなりホットな話題だな」

 そう、乾いた笑い声をキタタキは出す。周囲に居た兵士達は、彼が命じられた指令を視認すると、同情するような瞳を同時に浮かべた。

 (マインスイーパー・・・・・・かよ)

 先程まで話に出てた地雷原の話。

 その撤去が・・・・・・キタタキの休み前の最後の仕事だった。




 ・



         ・


    ・



       ・



   ・




       ・




            ・


 「・・・・・・サウザー陛下」

 キタタキは、その指令を確認すると編成の為にとサウザーへと確認の為に赴いた。

 彼らの王は屋上で城下を見渡す事が多い。そして、部下となる者の言葉は背中で聞くのが通常だった。

 今も、キタタキの視界には背中を向けて腕を組み外を眺めている王の姿を見る。

 失礼な態度に怒りを帯びる気持ちは無い。キタタキの中には疑念、そして彼の背中から彼の真実を見抜こうとする眼力が強い。

 「・・・・・・手短に要件を言え」

 野太い声が響く。平常でも彼の声には威圧がある。

 「地雷原の撤去と聞きましたが、兵士達には経験が圧倒的に有りません。一応探知機は有りますが、こう荒れ狂った世界に
 なってから磁場も色々変になってるし。将の期待する結果を残すのは難しいと思うんですがね」

 建前上の敬語も、彼の勝手さから最後の部分は少々砕ける。

 その言葉にも何も反応せず。サウザーは外の風景を見下ろしたまま呟く。

 「やれ。・・・・・・俺に同じ事を二度言わすな」

 「・・・・・・了解です」

 キタタキは、この調子だと何を言おうと無駄だと判断する。交渉は失敗・・・・・・プレイヤーの好感度が1下がった。

 そう、脳内にまたゲームの音声が響く中。ふとサウザーはぽつりと言った。

 「キタタキ」

 「はいっ?」
 
 行き成りの立ち去る間際の不意打ちの呼ぶ声。間の抜けた声が自分の口から出て、悔やむ余裕もなくサウザーは告げる。

 「貴様、リュウロウの話だと将軍を希望してるようだな? ・・・・・・やらしても良いぞ」

 「・・・・・・陛下は自分を近衛兵にするのが目的では?」

 そう、キタタキは平坦な声で告げる。感情を消した言葉に、サウザーもまた機械的に告げる。

 「どちらでも構わん。・・・・・・貴様の拳法の中身は知ってる。お前の拳の要は秘孔なのだろう? 興味深いな・・・・・・」

 「・・・・・・お目に適って光栄です」

 どちらも全く感情が篭ってない。これは・・・・・・ただのシナリオを進める為の儀式だ。

 「次の任務も期待に沿えるならば、其の希望も夢では無い。リュウロウの奴は、少し軟弱からか休みたいと抜かすしなぁ」

 そう、最後は笑うようにサウザーは言った。

 キタタキは、それに沈黙を守るばかりだ。だが、彼の中に有る。彼だけの鋭い嘴は彼の理性と言う殻を破ろうと一瞬した。

 「まぁ、リュウロウ将軍は文官寄りでしょうからね。では・・・・・・治療する兵士が残ってますので」

 「あぁ・・・・・・では」

 屋上からキタタキは去る。・・・・・・その瞳には荒々しい氷のような光が過ぎっていた。

 それは背中を向けて会話をしていた王も同じ。・・・・・・人を凍らす笑みで、キタタキが去る足音を聞いていた。





  ・




          ・


    ・



       ・



  ・




      ・




          ・



 
 ・・・・・・マインスイーパ。

 コンピュータゲームの代表的なゲームの一つだ。ソリティアやピンボールを含めて、暇つぶしの醍醐味といって良い一つ。

 昔はかなり暇を潰す厄介になった。だが、これは一体何のジョークなのかと問いたいところだ。

 「・・・・・・た、隊長」

 「下手に動くなよ。絶対自分だけで余計な行動しようとするな・・・・・・」

 今、自分を含めて盗賊討伐の為に居た兵士。そのチームでキタタキは地雷除去に挑もうとしている。

 (落ち着け・・・・・・マインスイーパなんて目を瞑ってもクリア出来る程にやったろ?)

 そう、自制の思いと共に自身へ問いただしつつ。キタタキはスコップを握り、一つの地面を掘る。

 勘。南斗拳士として今まで死を乗り越えた人間の直感。金属探知機など全く反応せぬのは先程試して確認済みだ。

 数分掘り続け、そしてキタタキはようやく金属部分らしき物を見つけた。

 「・・・・・・有ったぞ」

 ここからが肝心だ。マインスイーパならクリックして旗を立ててれば終了。

 だが、これは本当の戦場にある。少しでも下手な衝撃与えれば拳士だろうが何であろうが粉々にする兵器だ。

 「隊長・・・・・・これから」

 どうすれば? そう聞く兵士達に頭をかき揚げつつ呟く。

 「・・・・・・全部爆発させよう。こちらで押収して兵力を上げさせようにも地雷は危険過ぎる・・・・・・こんなん無い方が良いんだ」

 「了解です」

 慎重に、汗を掻きつつ味方と共に掘り出し。それを地雷原の無い場所へと転がす。

 「スリングショット(パチンコ型の投擲武器)を・・・・・・」

 一応小銃は兵士に装備させているが、アレは大集団の盗賊や兵士に万が一遭遇した時の切り札だ。地雷の破壊には使えない。

 安全な隅へと伏せさせ、スリングショットで弾丸の如くスピードで野晒しの地雷へと命中させる。

 一瞬耳元まで響く爆発と爆音。かなりの距離で撃ったに関わらず耳鳴りがしそうになるのだから、踏んだら命は無い。

 今まで地雷など皆目した事のあに一般兵達は青褪める。キタタキは、これで解ったか? と脅威を教えつつ長時間作業に移った。

 ・・・・・・一日の作業は終え、そして次の日の朝まで掛かる。

 「・・・・・・まさか、野宿までして作業するとは」

 目元に隈を生やし眠りそうな顔つきの兵士。遅くまで作業したのだから無理もない。

 キタタキは秘孔を突いたお陰で彼等よりはマシだ。熟(つくつぐ)自分のスキルがあって良かったと思う。

 「・・・・・・隊長」

 「あん?」

 「隊長は凄いですよね。・・・・・・仲間を失っても、常に自分を失わずに冷静に対処出来て」

 そう、彼は周囲に敵も居ないので話がしたくなった故にキタタキへと会話を向ける。

 キタタキにとって、その兵士は戦場へ赴く戦友だが昔ながらの仲間では無い。ゆえに彼の心情が見抜けない。

 「・・・・・・だから?」
 
 冷たく、余り会話したくないと言う態度をとるも兵士は照れるようにこう言った。

 「いや、何となくそう言いたかったんです」

 「そうかい・・・・・・無駄口叩いてると襲撃されて額に穴開くぞ」

 そう、付き合いのない人物にはあえて自ら離れるようにと意識させる言葉を。だが、彼の思惑を無視して、彼は決意したように言う。

 「俺、隊長の事尊敬してます。俺だけじゃない、全員隊長の事は最高の戦士だって思ってるんですっ」

 「あぁ?」

 思いがけない言葉にキタタキは間の抜けた顔を出した。まじまじと、害は無さそうな兵士の顔を見つめる。

 そういえば・・・・・・こう言う風に兵士をちゃんと自分の目で認識するのは久しいな・・・・・・と感じた。

 「俺が何で最高の戦士・・・・・・勇者なんだ? 勇者って言えば・・・・・・サウザー様とかじゃねぇの」

 そう、彼は印象良くない人物を上げるも彼は笑って言い切る。

 「サウザー様は確かに強いけど、勇者って柄じゃ無いっすもん。・・・・・・キタタキ隊長は、こんな剣もまともに扱えない
 俺らも見限らず全員出来れば助けようって思ってくれるでしょ? 皆、隊長がちゃんと親身だって知ってますよ」

 「・・・・・・俺は、そんな良い性格じゃない」

 ・・・・・・何度も、命じられた任務の為に助けられたかも知れぬ人物を無視し大軍へと挑み敵を暗殺、操作する事をした。

 数え切れぬ人物達の苦悶と形相を目にして、眠るには今では自分の秘孔を突く事もせぬ程に精神は歪んでいる。

 そして昔はゲームが好きゆえに、この精神が折れない為の予防策として世界をゲームだと見立てて活動する畜生だ。

 「・・・・・・俺は、最低のクソ野郎だ」

 「・・・・・・大丈夫ですよ。戦争さえ終われば、隊長が如何に優れてるか全員解ってくれます。俺達がそう全員に伝えますよ。
 南斗の衛生部隊隊長にして、この南斗の秘孔療法士として影で支えた最高の戦士、キタタキ隊長ってね」

 「はっ・・・・・・。そりゃ有難うよ。なら・・・・・・お前も俺の部下なら、ちっとは秘孔でも扱えるようなれよなぁ、おいっ!」

 そう軽口を叩き小突くと兵士は笑う。無理っすよと応え笑う兵士を見て、キタタキは少々目頭の鈍痛も薄れるのを感じた。

 そして、戦争が終わったら晴れて飲み明かす事を約束した。・・・・・・そうだ、何もかも終われば全員でまた騒げるだろう。

 そしたら、あの最高の馬鹿な奴に言ってやろう。俺は南斗の最高の戦士になった・・・・・・と。

 ・・・・・・悪くない。

 ・・・・・・あぁ、未だ。

 未だ、この世界はゲームと違って受け入れても良いかも知れない・・・・・・と。











                                  ターーーーーーンッッ!







 「・・・・・・ぁ?」

 何か、音がした。

 その音がしたと思ったら、何時の間にか隣で一緒に見張りをして戦争が終わったら飲むと約束した兵士の額に穴が開いた。

 「・・・・・・ぁ?」






 プレイヤーは奇襲を受けた! 狙撃!! 死亡フラグは達成された!!!




 「ぁあ?」



 プレイヤーは奇襲を受けた! 狙撃!! 味方のNPCは死んだ!!!




 「ぁあっ?」



 プレイヤーは奇襲を受けた! プレイヤーは奇襲を受けた!! 味方のNPCは。



 「ざけんなっ・・・・・・おい!!」





                              何が・・・・・・NPCだ・・・・・・!!!






 誓い合った兵士の小銃を持ち抱え、伏せて何処に敵兵が居るのかを鋭く目元を光らせて見定める。

 何処だ、何処だっ、何処だ! 何処だ!! 何処だ!!!

 沸騰するような熱が目頭を焼く。どうしようもないほどに怒りが目元を突き刺さり、そして視界を鮮明にさせる。

 「アレが・・・・・・!!」

 不意に、約数百メートルの場所に光る物体を見かけた。

 狙撃銃・・・・・・そんな単語が浮かび消える。キタタキには、そんなゲーム単語など今はどうでも良い程に怒りだけが彼を動かしていた。

 「死ね・・・・・・っ!!」

 引き金を引く。秘孔を今まで何度も突いてきた指は、今度は遠くの兵士を殺す為の道具へと変化した。

 一発の高鳴る銃声。

 当たるも外れるも八卦。キタタキは、今だけはただ自分の直感だけで突き動かされ銃弾を発射させていた。

 そして・・・・・・彼はもう音がしなくなったのを見て、彼等を奇襲した敵は死んだが去ったかを確認した。

 「・・・・・・おいっ」

 無駄だと、頭の冷静な部分は告げながらもキタタキは彼の肩を揺らした。

 眠るように、彼は横たわっていた。額からゴボゴボと血の泡を吹きながら頭を真っ赤に染めるのを除けば眠っているように見えた。

 「・・・・・・おいぃ!」

 何だこりゃ? ・・・・・・死亡フラグを吐いたのが問題でしたってか??

 遣る瀬ない憤怒の中でキタタキは彼の骸に秘孔を突きながら天を仰いだ。

 だが、彼は自分の置ける環境は恐らく不運どころでないのだと、次の瞬間に知る。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・! と轟音が鳴り響いたのだ。彼が骸に呆然としてるのを見届け、更なる彼の心に終止符を打つかのように。

 「・・・・・・何なんだよ。お前ら一体俺たちが何をしたってんだ・・・・・・!!」

 一台の戦車。それが彼等の場所へと出現し接近してきた。

 スナイパーに戦車。それがもしかすれば敵国の新たなる脅威の一つなのかも知れぬ。だが、今の静かに荒れ狂う彼には恐怖
 と言う感情は余りにも彼の体を拘束するには脆すぎた。小銃を構え、装填しつつ次々と相手に向けて連射する。

 一発! 二発!! 三発!!! 四発!!!! 五発!!!!!

 カチャカチャと、装填しても弾切れだと空音が沸騰する頭に告げた。

 キタタキは小銃を放り投げると鋭利な目で仁王立ちで戦車を見つめた。その重砲の方向は、自分に向かって照準を定めていた。

 そして、タイミングを見計らったように耳を引き裂くような轟音が次の瞬間轟き、そしてキタタキは一瞬視界を暗転させた。

 仲間達が、自分を呼んで叫ぶ声が遠くから聞こえながら。








  ・




         ・


    ・



       ・


  ・




      ・




          ・




 『不快な子』

 
 そう、物心ついた時に聞いた初めての言葉。その言葉を消化するにあたって自分は酷く時間が掛かった。

 子供の頃から、何をするに当たっても漠然として虚無感に当たった。他の人物達が当然とする反応にも、少しばかり違っていた。

 子供達がボールを投げて遊べば。自分はそのボールがどのような物なのか知りたく指で突くように調べるのが好きだった。

 子供達が積み木で遊べば、自分はその積み木よりも積み木とは如何なるものなのかを考えるのが好きだった。

 誰がか一緒にする事を、己は恐らく斜めに捉えていた。同一の感覚で当たり前、そう言うのが単純に分からなかったのだ。

 次第に、人の言う普通の友人は離れていく。不気味な者に人は離れると、初めてそこで理解した。

 両親は、どちらも右利きならば自分は左利きだった。無理に右利きにしようとして、そうしなければ悲しんでいた。

 だから右利きにした。そうすれば喜んだので『普通』もやってみた。でも、やっぱり少しすると『普通』は飽きる。

 人間の『普通』は退屈だとその時感じた。ふと、窓の外には啄木鳥が自由に木の洞(うろ)を作っていた・・・・・・羨ましいと漠然と感じた。

 啄木鳥を真似る。コンコンと指を叩き。

 真っ白な壁に、一つの小さな黒い窪みが生じるのが初めて愉快だと感じた。そして、この時から自分は色んな場所に穴を開けた。
  
 楽しかった。生まれて初めてとも言える愉しさ。プラスチック、砂利、小麦粉の中、藁、そして水面に。

 どんな場所も指で突く行為が心を弾んだ。ある時、両親以外の人物がやって来て自分がした穴の開いた鉄板を持ってきた。

 その時は少々知恵もつき嘘をつこうとしたが、その人は見抜き叱りはしないと誓ったので自分がやったと告白した。

 それから・・・・・・自分は蟻吸拳の伝承者候補になる道は始まった。






 ・・・・・・キタタキ? 上から読んでも下から読んでもキタタキかっ! おもしれぇ~!!

 ・・・・・・君の拳法って普通の人なら真似出来ないんだろ? ・・・・・・羨ましいなぁ、人にはないものが有るって、単純に凄いと思うよ。





 ・・・・・・友人も、出来た。



 鳥影山と言う場所は、自分のように変わった人物ばかりの集まりだと師父に聞いて、疑ったがそれは真実だって知る。

 力自慢の奴。自分のように穴を開けて喜ぶ人間・・・・・・そいつは、例外的にハヤ二エと言うのが好きな人物だったけど。

 相手が、どう考えているのがその時は理解出来る感覚がした。だから、常に色んな木に穴を空けるのが好きだった頃に
 出会ったあの二人も、自分の事は普通の者と同じように敬遠するだろうなぁと最初は思っていた。

 けど、一人は馬鹿みたいに前向きで。眩しい程の明るさがあって突く部分もなくて。

 もう一人も、その明るさに惹かれたように中身は人畜無害のような性格の。自分が言うのも何だが拳士に似合わぬ人物だった。




 ・・・・・・楽しい日々。





 ・・・・・・だが、光が包んだ。ある日空から降った光が目の前を包んで、自分はその瞬間に有った何もかもが消えた。




 ・・・・・・あぁ、そうだ。






 ・・・・・・此処は、世紀末だ。





 ・



         ・


    ・



       ・



 ・



  
     ・



          
          ・


 「・・・・・・あぁ、そうだ」

 ムクリと、体中の衣服が焼け焦げている人物が起き上がり呟く。

 「此処は・・・・・・もう取り戻すなんぞ出来ないんだ。なぁ・・・・・・幾ら誤魔化そうとしても、誤魔化せないんだよ・・・・・・おいっ」

 そう、自分に対し自分は説教する。目を背けるな・・・・・・今あるべき現実に直視しろと。

 視界に映る光景・・・・・・地獄。

 残る味方の兵士達が全員死んでいるのが見えた。自分の近く・・・・・・先程の砲撃が幸運にも直撃を外したものの気絶した
 自分を守ろうとして拙い銃で応戦しようとしたのだろうと見て取れる残骸が散らばっていた。

 「・・・・・・ハハハハハハハハハ」

 機械的な笑い声を立てる。狂った訳では無い・・・・・・だが、それでも笑わなければ、次のターンに進むにはSAN値がほぼ無い。

 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」

 笑う、嗤う、哂う、咲(わら)う、呵(わら)う。そうだ・・・・・・さっきまで笑ってた戦友達の分まで・・・・・・!

 地雷原に巻き込まれ消えた、砲撃を受けて消失した、無力であるのにも関わらず必死に戦い抜いた兵士達の分まで・・・・・・!!

 「・・・・・・っアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 笑いが収まると、彼は絶叫と共に駆け出した。駆けながら両足を指で突きながら。

 秘孔・閃早孔(せんそうこう)!

 秘孔・閃脚孔(せんきゃくこう)!!

 秘孔・瞬明!!!

 全てが敏捷性を上昇させる為の秘孔。脚の筋肉が切れかける程の血流が浮かび上がる。それでも彼は構わないと思えた。

 軽功術に匹敵するスピードを数秒ばかりながらも出し、戦車が反応出来ぬ程のスピードで彼は乗車口の部分へと着地する。

 気配で解る・・・・・・砲撃で殺害したと知った者が如何なるかの術を扱いこの場所までたどり着いたと敵が知った事を。

 このまま自分達のアジトに到達するのは不味いと判断したのだろう。入口の蓋が開いたと思った瞬間、銃の先端が飛び出す。

 「死・・・・・・!!?」

 軍服を着た男。だが、それが大統領だろうがなんだろうが如何なる者とて今の彼は殺害するべき標的だった。

 飛び出した瞬間に、銃口から弾が放たれるよりも早く彼は相手の頭部へと両指を突く。

 秘術・頭亜(とうあ)!!!

 その瞬間、銃で自分を殺そうとしたゴッドランドの兵であろう者の瞳に光が消えた。

 キタタキは、こう命じて戦車を飛び降りるのだった。

 



                          「・・・・・・てめぇの持ってる爆弾で自害しろ」





 ・・・・・・数秒後、彼の仲間を一掃した戦車は爆音と共に鉄屑へと変わり去った。

 仲間達の死骸を拾うことも出来ず、疲労困憊のキタタキはと言うと・・・・・・引きずるように、この報告の為に南斗軍に帰るのだった。






  ・



          ・


     ・


 
        ・



   ・




       ・




            ・



 「・・・・・・ほぉ? そのゴッドランドなるものが近代兵器を大量に・・・・・・な」

 「どうやってかは知りませんが、恐らくもっとあるかと。・・・・・・早急なる決断が必要かと」

 キタタキは、サウザーの居る城へと出来る限りの速度で戻ると彼に伝えた。

 戦友の兵士達の報告をしても、サウザーは今日の天気を聞いたかのように何も思わない顔で頷いた。キタタキの瞳の中に
 秘めたる光に気づいているのか無視しているのか知れぬが、サウザーは背中を向けたままに今日も城下を見下ろす。

 「・・・・・・今は新勢力を潰す時間は無い。各国に俺の力を誇示しなければ未だ戦火が飛び散るだろうからな」

 「どういった場所が攻め寄るのか教えて欲しい所ですが」

 「口が過ぎるぞキタタキ。俺には俺の考えがある・・・・・・『たかが』衛生兵の隊長如きが俺に指図するな」

 挑発・・・・・・キタタキは、一瞬一歩だけ彼に向かって足が前に進んだ。

 その途端、一気に屋上の重圧が強まったとキタタキは感じた。サウザーは何も言わず城下を見るのみ。

 「・・・・・・要件は終わりか? 貴様はもう休暇なのだろ? ならば・・・・・・俺が命じぬ限り思う存分休めば良かろう」

 「・・・・・・えぇ、存分に休ませて貰いますよ。こちとら最近アレルギーが酷くてね」

 王に対するな。と、キタタキは無言で口を作ってから失礼すると儀礼的に言い残し去った。

 「・・・・・・奴もどうやら勘付いているようだな」

 そう、サウザーが口にした事を知らずに。





 ・




         ・


   ・




       ・



 ・




     ・




          ・



 「・・・・・・」

 彼は城下を歩く。屋上からの視線は、彼を、そして『仲間』達を。あの一覧を展望出来る場所から王は全て把握しようと
 してるのだと今だからこそ解る。そんな馬鹿なと笑うならば笑えば良いと彼は思う・・・・・・だが、彼の心は決まっている。

 「・・・・・・モブキャラ? 『たかが兵士』?」

 脳内に浮かぶ、今まで散った兵士達。

 使い捨てのように死んだ命・・・・・・それらの苦悶の声が浮かび消える。拭っても拭ってもそれは浮かび続ける・・・・・・。

 「・・・・・・違うぜ、そうだ、そんな事はあっちゃならなぇよ。なぁセグロ・・・・・・イスカ。おめぇらが居たら即喧嘩を売るだろ?」

 『おいサウザー! てめぇっ、何トチ狂って仲間たちゴミのように扱ってんだっ!!」

 『ちょっ・・・・・・セグロ止めなって。落ち着きなよっ・・・・・・サウザー、けど君のやり方ちょっと酷すぎるよ』

 「ぜってぇ・・・・・・お前らならそう言うだろ?」

 そう、キタタキは今は居ぬ仲間達へと尋ねる。そして・・・・・・見知った人物が城下の場所を横切ったのを見て声を駆け寄うと思う。

 「ハ・・・・・・っ」

 だが、その途端彼は中途半端に声を上げる間際に一つの言葉が過ぎった。

 その言葉が、協力する対象を選ぶコマンドを中断させる。・・・・・・そして、手は下ろされて、彼は今来た道を引き返した。

 「・・・・・・へっ、何を血迷ってんだろ」

 ヒクヒクと痙攣しかける口元。恐らく、今からする事が知れたらサウザーに殺されるかも知れぬと脳裏に過ぎる。

 だが、彼はもはや何も行動せず機を見計らうには少々薄情になる覚悟が無かった。今の仲間達の現状を打開出来ぬまま沈黙するのは。

 見かける一人の兵。その自分達と違い健康そうな顔つきから、彼の直感は告げる・・・・・・こいつは当たりだと。

 「・・・・・・そこのあんた」

 「あん? ・・・・・・あぁ、これはこれは衛生部隊の隊長殿? どうしたんです? 俺達に何か用っすか?」

 そう、ニヤニヤと笑みを作る階級章にはサウザーの軍の近衛兵・・・・・・階級的に高い事を見受けられた。

 それだけならば問題ない・・・・・・問題なのは、何故貧困に飢えている状況の最中、この兵は肥えた顔をしてるのかと言う事。

 一つは食料庫を盗み食いするとか、そう言った連中だが。それは有り得ないとキタタキは推理する。
 そう何度も、この余り拳の腕も低そうな輩に食料番の目を盗んでまで何度も満ち足りえる程に摂取出来ると思えないからだ。

 だとしたら・・・・・・こいつの正体は・・・・・・。

 「お前、何時からこの軍に入っている?」

 「えっ? あぁ、俺達以前は我王軍に入ってたんですよ。いやぁ、此処に来てからかなり危険な任務も相次いで・・・・・・」

 「ほぉ? 俺も以前我王軍側だったんだが?」

 「え゛・・・・・・あっ、でも俺ってば下っ端だったから・・・・・・」

 その態度、自分達正規軍の一団とは違う側の人物だとキタタキは確信した。

 「あぁ成程。・・・・・・我王軍の下っ端なら、全員確か頭の裏に兜の構造上窪んでる筈だよな?」

 あの兜、かなり重いからよ。と呟くと、その兵士は少々強ばった顔で同意する。

 「・・・・・・まぁ、かなり時間も経ってるから治ってるか」

 「え、えぇ。もうそりゃあ完璧に治ってますよ!」

 「ああ、そりゃ良かった。ちょいと後ろ向いて確認させて貰って良いか?」

 「ええ、良いです・・・・・・よっと」

 そう言って、ヘラヘラと笑いつつ兵士は背後を向いた。無防備なうなじが見えた途端、作った笑みを崩しキタタキは戦士の顔つきになった。

 「・・・・・・南斗蟻吸拳・・・・・・!」

 小さく呟き、彼は頭の中に過ぎる殉死していった仲間達の顔を浮かべる

 (てめぇら待ってろ・・・・・・無駄な命令で死に・・・・・・この俺なんぞを庇って死んだお前らの嘆きは何時か聞く)

 彼は手を掲げ、反撃の狼煙の為に鋭い瞳でサウザーの伏兵であろう人物のうなじ目掛けて彼の革命の狼煙を着火させる。

 (今俺は・・・・・・やるべき事をやって本当の敵をぶっ倒す!!)









                                 秘孔・解唖門天聴!!!








                              「さぁ・・・・・・洗い浚い吐いて貰おうか?」











  その日、一匹の啄木鳥は洞(うろ)の向こう側を舞う鳳凰の暴虐の火の顛末の一部を知る。

  そして・・・・・・彼は反逆の狼煙を、今ここに上げるのだった。




  それは、南斗の星達の輝きと共に。












                後書き


  某友人〈199×年! 世界は核の炎に包まれた!!

      海は枯れ! 大地は裂け! 人類は絶滅したかに思われた!


      だが・・・・・・人類は生きていた!








      そして・・・・・・ローゼンメイデンは生きていた!


    ケンシロウ『アリス・・・・・・?』
      
       真紅『えぇ、それがお父様との約束。・・・・・・バット、早く紅茶を持ってきなさい』

      バット『ねぇよ! この呪い人形めっ!』

      とある牢屋に入った瞬間に現れた不思議な選択。救世主とアリスに近き人形の邂逅!


       シン『!? ・・・・・・お、おぉユリアの人形が・・・・・・魂を持った』

      ???『クスクス・・・・・・そう、それで良いの可哀想な王子様』


      ユリアを失い、心に罅を抱えるシンへと迫る魔手!



       ユダ『俺はこの世で誰よりも強くそして美しい男! そして『妖星』は・・・・・・美と知略の星なのだ!』

     カナリア『カナとユダの知能があわされば・・・・・・楽してズルしていただきかしら!』


      水面下で、最強? の力を手にし結束し合う知略家達!!




        
          

      サウザー『フハハハハハハッ!!! 貴様と、その妹とやらの情愛も全て俺が打ち砕いてくれる!!』

       翠星石『止めるですぅ! こんな・・・・・・こんな事翠星石は望んでいないですぅ!!』
 

       シュウ『これも・・・・・・南斗の宿命かっ』


       蒼星石『こうなっては・・・・・・翠星石、僕は君と闘う・・・・・・このローザミスティカ尽きるまで!!』




    運命は例え異分子の介入でも止められぬのか!? 宿命の戦いが始まり!!



        レイ『やれやれ・・・・・・俺に現れずアイリの傍にお前が居てくれれば良かったのに・・・・・・アイリ』

        雛母『うにゅ~・・・・・・何処にもうにゅ~が無いの』



       何処の果てに、彼らは目的の物を探し求める!!!






       ラオウ『我は全てを掌握する・・・・・・薔薇水晶・・・・・・貴様にも邪魔はさせぬっ!!!』

      薔薇水晶『我は全てを掌握する・・・・・・我は薔薇水晶』




        最強と最恐が交差する時、天は如何に彼等の行く末を辿るのか!!!?






                                  そして・・・・・・。






         ジャギ『今は悪魔が微笑む時代なんだ! てめぇは俺の元にやってきた悪魔なんだろ!?
 なら・・・・・・気が済むまで全部壊して奪い取ってやろうぜ! てめぇの気に入らない全て・・・・・・俺の名を言って見ろおおお!!』


         水銀橙『お馬鹿さぁん・・・・・・でも、その考え方だけは賛同しても良いわねジャギ。
 私はアリス、貴方は北斗神拳伝承者になる・・・・・・ジャンクなんかじゃない。私は本物なんだから・・・・・・!』



                            『待ってろ〈いなさい)ケンシロウ〈真紅)!!!』






                             今・・・・・・新たなる伝説が始まる!!!












 ・・・・・・酷いだろ? こいつ全部放りっぱなしで俺が書くと思ってんだぜ?





[29120] 【貪狼編】第九話『雪融けに星は旅出て 彼女は白鷺へと』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/08 13:02

 赤い髪を生やした道着姿の少年が拳を正眼に構え緊張しきった表情で一人の僧服の男性と対峙していた。

 彼の名。それはこの世界から見れば路頭の石と等しい存在かも知れぬ。

 だが、彼は自身の運命を変えたく。今、彼の師であり最強の北斗神拳伝承者と決闘をしていた。

 キム、齢〈よわい)十三。

 彼は北斗神拳現代伝承者リュウケンと闘っていた。

 「うおおおおおっ!!」

 右ストレート。左蹴り、後ろ回し蹴り、更に左ストレート。

 自分の出来る限りの最良と言えるだろう動きで、師へ向かって渾身の一撃を見舞おうとする。

 だが、リュウケンは静かな瞳で一歩後を退くだけで容易くキムの攻撃を見切る。

 キムは三十秒程の怒涛の連撃を尽く避けられ、そして体に再び力を入れる間を作り上げる為にも一瞬の隙を相手に作らんと
 空中へと地面を大きく蹴り飛び上がると。彼は今までの己の全てを込めて、拙くも研磨してきた北斗の技を放つ。

 「北斗神拳・・・・・・!」







                                 岩山両斬波!!!






 頭上へ向けての振り落とされる手刀。無抵抗で受ければ岩を砕く程の威力の拳は相手を死に至らしめよう。

 だが、相手が悪すぎる。リュウケンは、ただ一本、そう一本の指を走らせて手首に置くだけで良かった。

 ピタッ・・・・・・と、人差し指で支えただけでキムの北斗の技は中断される。

 目を見張って硬直するキム。それに対し一瞬哀れむような色をリュウケンは浮かべ、そしてひと呼吸後に叫んだ。

 「喝〈カッ)ツッ!!!!」

 気合、裂帛の相手に向けての気合を放つ。

 その気だけでキムは宙へと身を躍らせ石畳へと受身も出来ぬままに落下した。鈍い音立てて、彼は全身に打ち身の痣が出来上がる。

 本来ならば、これ程の実力差を見せつけられ闘志を折れ。彼は師の言うままの言葉を受け入れただろう。

 だが、彼は震えつつ立ち上がりながらも目は死んではおらず。更なる気炎を瞳に浮かべ正眼に再度拳を構える。

 「・・・・・・未だ繰り返すのか」

 「応っ!!!」

 リュウケンの静かな問いに、キムは張り裂けんだ。

 彼は諦めない。師に勝てば、己の運命を打ち破れると・・・・・・追いつこうとする目標へ辿り着けると信じ闘う。

 彼は破門するか否かを賭けて。勝てぬ試合をしている。



 

 ・・・・・・話は、数日前へと遡る。




 
 北斗の寺院、そこでは一人の少年とキムが組み手をしていた。

 「あちょおっ! あちょっ! あちょっ!! あちょおおおお!!!」

 そう、ブルー・ス・リーの如く気合と共に拳を放つキム。それに腕を交差させて少年は防いでいた。

 「どうしたケンシロウっ! 防いでばかりでは倒せんぞ!」

 自分の優勢を確信してのキムの言葉。それに無言で顔色変える事なくケンシロウは腕越しにキムを見つめている。

 それが数回繰り返される。キムが攻撃し、ケンシロウは避けるか防ぐ。

 その攻防後に、組み手する錬気道場へと入る一つの人影。

 ボサボサの逆立った髪。そして三白眼で少々強面の顔。だが翳りを秘めた顔が彼の鋭さを消している。

 「おっ! ジャギ、来たか」

 「・・・・・・んっ、やってるな」

 彼は気落ちした表情をしていた。それに不思議がる者はこの場には居ない。彼がこのように落ち込む理由を知ってるから。

 一度組み手を中断し、キムは彼へと聞く。

 「・・・・・・アンナ氏の目は」

 「そう簡単に治りはしねぇよ。・・・・・・まっ、本人は俺よりも元気そうなのが救いかな。・・・・・・無理してるようにしか俺には見えねぇけど」

 アンナ。話題に出た人物は去年・・・・・・とは言っても数ヶ月前だが、とある起きた事件により失明に至った。

 それは彼女が死に至るかも知れぬ事を救う為の儀式を現代の北斗兄弟及び師匠で執り行い、その結果彼女は命と代償に目を失った。

 ジャギの失意は壮絶だったであろう。だが、アンナ自身が『別に目が見えなくても問題ないよ。私が強くなれば』
 と逆にジャギを慰める程の強さを見せた。その態度には北斗兄弟も感心するに至る程だったと明記しとく。

 「・・・・・・医者も秘孔も通用しなかったからな」

 ケンシロウはポツリと呟く。彼の言葉通り、普通の医療は勿論。最後の頼みの綱の北斗神拳の秘孔をリュウケンがしても効かなかった。

 一応仮説を立てるとすれば、ジャギが以前未知なる昏睡状態の時とアンナの失明の症状は似ているかも知れぬ。
 それゆえに、時間が経てば突然治るかも知れぬと言うのがリュウケンの見解ではあった。

 『・・・・・・アンナ、本当に平気か?』

 『もうっ、心配ないって! 一応言っとくけど、これでも私一端の南斗の拳士なんだから気配で誰か位は解るよ。
 これも一種の修行だって思えば、治った時には更に私も強くなれるって事でしょ? ・・・・・・だからそう悲しまないでよ』

 そう、今は彼女は鳥影山で他の女性拳士と共に出来る修行に専念するに至ってる。兄の場所に居れば、失明した事で
 自身の兄が一緒に居続ければ動揺を押し隠せぬ事を彼女は知ってる故に、少しでも今自分の出来る事をしようと考えている。

 ジャギも、何時までも過去の事でウジウジしていればアンナにも周囲にも迷惑掛けると今は心機一転して
 自分の修行に取り掛かろうとはしている。だが、彼女の今までの関わってきた不幸を考えると少々不安も拭えぬのが現状なのだ。

 「そう塞ぎ込んでいては駄目だろ。自分と組み手するか?」

 「うんっ・・・・・・あぁ、それじゃあケンシロウとのが終わってからな」

 そう、彼は座り傍観に徹する事にする。ならばとキムもジャギとの組み手では得るものが多いので勝負を早めようと
 盛んに前へと出て拳を振る。ケンシロウは、盛んに前へと出て攻撃に打って出るキムを依然変わらず防御し続ける。

 それを一分程眺めてから、ジャギは口にする。

 「キム・・・・・・お前、さっきからその調子で闘ってるのか?」

 「? あぁ、そうだが・・・・・・何か不味いところが?」

 ジャギの言葉に不思議そうな顔で聞き返すキム。眉を少々上げて三白眼の彼は助言する。

 「何つーか単調なんだよ動きが全部。だからお前、さっきから全部防がれてるんじゃねぇ?」

 「・・・・・・確かに防がれてるが、でも一度も自分は攻撃は受けて・・・・・・」

 「そりゃ受けはしないだろうが、でも全部防がれてちゃ時間経てばお前が消耗してケンシロウの方が体力残るぞ」

 そう指摘すると、キムは自分の赤い自毛を掻きつつ返答に困る。

 確かに自分の拳は思い返せば全部防がれている。だが、それでも劣勢にならなければ良しと考えていた部分はあった。

 だが、それは自分の驕り。・・・・・・ケンシロウの拳は自分の急所を時に正確に打つ時が多い、手加減するゆえに
 組み手はそのまま継続するも、それは彼の気性が優しいだけで自分の実力はケンシロウにも劣る・・・・・・。

 〈そうだ、ジャギの言う通りだ。最近己は伸びて強くなってると思ってたが・・・・・・己は)

 「ジャギの言う通りだ・・・・・・」

 その時、キムの背後から突如の声が彼の頭上に降ってきた。慌てて彼は振り返り、己の背後をとった人物に慌てた顔つきをする。

 「し・・・・・・師父」

 自分の師・・・・・・ラオウも一目置き、トキは敬服しジャギの育ての親である人物・・・・・・リュウケン。

 彼は厳しい顔つきで、キムを見下ろしていた。

 「キム・・・・・・お主の最近の動き、全て見させて貰った。・・・・・・以前は、その熱意と己の努力の甲斐が少々期待ある動きも見せてた。
 ・・・・・・だが、お前は十三と言うケンシロウと同じく伸びる時期でありながら全く成長する様子が無い・・・・・・」

 その、痛い指摘にキムは一瞬唇を噛み。そして反発するように口を開く。

 「なら、ケンシロウは・・・・・・!」

 「ケンシロウは先程も言った通り見切り、防御だけならばお前よりも上。・・・・・・己の中の弱さを捨てれば、北斗の兄弟の
 中では群を抜く強さを秘めているぞ、キムよ。・・・・・・ジャギ、お主もそれには気づいているのでは無いか?」

 そう、彼は自分の息子へと話を振った。彼は目を閉じ言葉を返さず腕を組むだけで止まった。
 
 だが、その態度がキムには自分の実力が兄弟達の中で一番劣ると気付く事になる。ケンシロウを見ても、彼は師父の言葉に
 照れる様子も、自分に対し申し訳ないような態度をとるでもなく。ただじっと顔を伏せて表情を見せぬようにしている。

 「・・・・・・私は」

 「キム・・・・・・北斗神拳伝承者としてお前に命じる・・・・・・拳を捨てよ」

 「!!! ・・・・・・ッ」

 キムは、言われた出来事に驚き、それと同時に心の片隅にあった覚悟が顔に出た。

 ・・・・・・薄々解っていた。兄弟達の中で一番実力低いかも知れぬと言う恐れが。

 ラオウは、リュウケンすらも舌を巻く程の剛拳を手に入れんとしている。最近では鉄柱を容易く真っ二つにしたのを見かけた。

 トキは医術の勉学も多いが、彼の拳は時折り目を惹かれる程の動きを出すのが多い。それは彼の実力の高さを認識させる。

 ・・・・・・そして、ジャギ。自分を以前叱咤激励させて近き目標とする人物。

 彼は南斗と北斗の融合した拳を扱い、虚を突く動きでラオウの怒涛の攻撃を避けて、そしてトキと渡り合う程の強さを見せる。

 リュウケンも認める程に彼の実力は高い。・・・・・・未だ成長の見込みあるケンシロウに比べれば自分は磨いても路頭の石なのだろう。

 ・・・・・・だが。

 ・・・・・・だが! 然しだ!!

 「師父っ! ならば今一度・・・・・・今一度私にチャンスを!! 貴方に挑み勝てば・・・・・・私はこの寺院に居る事を許可してくれるか!?」

 その彼の切羽詰った言葉に、リュウケンは目を見開いた。

 ケンシロウも顔を上げて何か言いたそうな表情でキムを見る。ジャギは腕を解き、彼に不思議な光を携えて見つめた。

 暫しのリュウケンとキムの交差。・・・・・・諦めたようにリュウケンは呟いた。

 「・・・・・・明日、では執り行おう」






 ・・・・・・そして、翌日となり冒頭の闘いが始まった。





 ボロボロの体。己の拳は一度たりともリュウケンに浴びせる事は出来ない。

 赤子の手をひねる如く、彼の動きはリュウケンからすれば稚児の遊戯に等しい力量でしか無い。

 少々の力を込めて地面に打ち倒す。リュウケンの冷たい思考では五度程で彼は精神を折れ、そして降伏を宣言するだろうと思っていた。

 だが・・・・・・何度でも彼は立ち上がる。

 「・・・・・・何故、そこまでする」

 顔面は先程地面に落下した時に額を割った。流血して顔を赤く濡らし、呼吸を荒げつつキムは呟く。

 「・・・・・・己に誓ったのです・・・・・・彼の、ようになると」
 
 「私を・・・・・・私の弱気な部分を諌め、そして更に広大なる場所へ視線を向けさせてくれた・・・・・・彼のように・・・・・・強く!!」

 そう、キムは呼気を強め・・・・・・そして拙い闘頸呼法と同じく全身全霊に気合を満たした。

 「彼にも胸を張れる強さを・・・・・・っ! 私が望める北斗の拳の為にも・・・・・・私はあああああああぁ!!!」







                                北斗昇龍闘破!!!





 血の涙に濡れたキムの右アッパーが振り抜かれる。リュウケンの顎目掛け、彼は己も北斗の子であると証明したく
 キムが本当に北斗の子たれば拳に龍が宿るであろう北斗の技が炸裂した。その拳はリュウケンまで後数コンマで命中するだろう。

 ガシッ・・・・・・!

 「・・・・・・っお前は・・・・・・北斗の子に成り得ん・・・・・・っ!」

 その手首を、しっかりとリュウケンは認識し握り締め、彼に一度黙祷するように目を閉じ、そして目を大きく開き叫ぶ。

 「喝〈カッ)!!!」

 それと同時に、キムは自分の世界が引っくり返るのを感じ・・・・・・意識が暗転するのを感じた。

 〈私は・・・・・・)

 〈北斗の・・・・・・拳・・・・・・極み、そして・・・・・・)

 そこで、彼は深い意識の底へと沈み。そして、次に起きた時には一人の気配を感じた。

 「・・・・・・起きたか?」

 「・・・・・・っ! ジャギっ、俺は何時まで落ちてたっ!? 決闘は・・・・・・!」

 ガバッと、彼は自分が錬気道場の中心で横になっていたのを気付き急激に起き上がろうとして立ち眩み座り込む。

 ジャギは、そんな彼に食べ物を放り投げる・・・・・・パンとミルクだ。

 「まぁ食えよ? もう真夜中だぜ」

 「・・・・・・っ」

 キムは、夜中。つまり朝に闘い、そのまま一日も意識を沈んでいた事を知り事態がどうなったか徐々に知りつつも
 素直にジャギの言う通りにする。このパンの味は、ジャギが作ったパンだ・・・・・・少々焦がし、彼特有の味のする。

 暫く、どちらも何も言わなかった。だが、すぐキムは震えつつ口を開く。

 「・・・・・・負けたんだな、俺は」

 「・・・・・・あぁ」

 「・・・・・・リュウケン様は?」

 「お前が起きたら、荷物を纏めろと。・・・・・・朝方には、俺とケンシロウには付き添えって言ってたよ」

 静かに、馬鹿にする事もなく自然な声でジャギは言った。

 キムは、暫し何も言わず天井を見上げていた。ただ、肩は微弱に彼の心の中を表現する如く震えていた。

 「・・・・・・ジャギ」

 「うんっ」

 「何が・・・・・・いや、これは言い訳か。だが納得出来ぬのだ・・・・・・何が、俺には足りぬのだろう? ・・・・・・お前は他の拳法も
 取り入れて強い事を知ってる。そして兄上であるラオウには剛の拳が、トキには柔なる拳が備えている事も。
 ・・・・・・俺は、何があったのだろう? ・・・・・・俺は、俺の何かがいけなかったのだろうなぁ・・・・・・ジャギ」

 ・・・・・・悔しく、それでいて師にも見放された彼は失望の中に佇む。

 両手の拳は無傷。と言う事は、彼は拳を潰す事すら要らぬと暗に言われているのと同じ事。キムは、それも辛かった。

 ジャギは、暫し彼に視線を向け。そして黙ってパンを囓る。

 「・・・・・・何も言ってくれぬか」

 「慰めろってか? ・・・・・・止せよ。俺がお前の立場だったら何も言って欲しくもねぇ」

 乱暴だが、彼らしいとキムは思う。確かに、今の自分は何も言われたくない。

 「・・・・・・しいて言うなら、おめぇの拳は正直過ぎる。だから兄者にも俺にも、ケンシロウにも防がれるんだよ。
 北斗神拳ってのは暗殺拳なんだろ? そんな真っ正直な拳法だったら奇襲紛いの同質の暗殺拳だったら・・・・・・てめぇ死ぬぞ」

 そう、ジャギは付け加えた。グウの音も出ない正論で厳しい意見だとキムは苦笑いするしか無い。

 思えば、彼は馬鹿にしたりとか悪質に相手を蹴落とす事はせずも。それよりももっと人の傷に塩を塗る言葉が多かったと思い返す。

 「ジャギは・・・・・・酷いなぁ。人の気にしている事をズバズバと平気で突くんだから」

 「それで怒るって事は本当だからだろ? なら、何度でも言ってやる・・・・・・下手に嘘ついて慰めるなんぞ柄じゃねぇよ」

 時には嘘も方便はあるけどな。と、ジャギは鼻息鳴らして言った。そんな彼が年齢よりも更に大人びて見えた。

 ・・・・・・あぁ、そうか俺は負けたんだ。師父では無い、拳以外にも元から彼には全て負けてたんだな・・・・・・完敗だと。

 ケンシロウにもそうだと思う。彼もまた言葉が少ないのが偶に傷だが、己を持ち、そして更なる目標を追い求めてるのだから。

 「・・・・・・星が綺麗だな。明日は晴れだな、門出には良い日だ」

 「あぁ。・・・・・・どうする? どっかでパン職人でもするのか?」

 冗談なのか本気なのか知れぬ言葉。キムは笑った。

 「確かに俺のパンは美味いとお前らには絶賛されてたな。・・・・・・だが、それも一つの趣味とするよ・・・・・・俺は、拳士を諦めたくない」

 「・・・・・・」

 「これはずっと前から、北斗の子として修行する時から決めてたんだよジャギ。俺は、両親もお前と同様に幼い頃に失くした。
 最も、俺の場合は優しい人達だったと記憶に残ってるのが幸いだがな。・・・・・・だからこそ、それに誇れる者になりたいんだ」

 そう言って、輝く星空へと手を指す。

 「己の信念に損なわぬ立派な者と成れ。・・・・・・そう教えられ生きてきたのだ。だからこそ、悪を挫き、弱きを守る者と。
 俺は俺の拳道に真っ直ぐ生きたいと考えている。例え・・・・・・北斗の道が俺を拒絶するならば、俺は他の道で大成して見せる」

 その強い宣言に、ジャギはニヤリと笑う。それが、お前の出した答えか・・・・・・と馬鹿にするでなく愉快と嬉しさを秘めて。

 「となると、お次は南斗の拳士か? それでも俺は負けねぇぞ」

 「いやいや! 南斗も元を正せば北斗と同じだろ? 表の拳と言えど、破門されたとなっては同質の拳を覚えるのは不義だ」

 そう、彼らしいとも言える真っ直ぐな性根がジャギと同じ道を選ぶのを丁重に拒否する。だが、彼には他の思惑もあった。

 邪心でなく、彼なりの誇り。追いつこうとする者と、同じ道でなく己だけの選択で追いつきたいと言う彼の誇り。

 「私は・・・・・・旅に出ようと思う。武者修行だな」

 「そうか・・・・・・何処へ行くつもりだ?」

 食事をし終えて、夜中ながら静かに荷造りを手伝うジャギにキムは破門したばかりながら楽しそうに計画を話す。

 「そうだな・・・・・・中国へ先ずは行きたい! あそこは東洋の神秘の宝庫、泰山と華山の始祖の場所だしなっ」

 「成程な。・・・・・・因みに、俺の友達のあいつ等なら良い所を詳しく」

 そう、彼は以前も訪問した華山一派を上げるもキムは丁重に再度断りを入れた。

 「いや・・・・・・お前の手と、繋がる者の手は借りれぬ。これは別にお前に対しての不満では無い。俺は、俺だけの意思と手で
 強くなりたいのだジャギ。・・・・・・そして、絶対に師父も、そして他の兄弟も追い越してみせる」

 そう、彼は宣戦布告をした。その真顔にジャギも同じく生真面目な顔で視線を交差させ、フッと笑う。

 「・・・・・・なら、今から俺とてめぇは好敵手か」

 「あぁ・・・・・・お前には世話になった」

 そして、ふと思い出したように彼は『そうだ』と言う。

 「・・・・・・最後に、一仕事良いか?」

 「うん?」

 「今日の朝餉の支度だよ」

 そう、彼は言った。ジャギは一瞬その言葉を上手く理解しなかったが、次におかしそうに呟くのだった。

 「・・・・・・あぁ、そういや此処じゃあお前の料理一番美味かったよな」

 



  ・




          ・


    ・



  
        ・




  ・




     ・




         ・



 湯気のたったご飯。そして照り焼きの魚に豆腐の味噌汁。少々の漬物。

 中心にあるのは、和食に似つかわしい・・・・・・パン。

 メモ書きがパンの横に置かれていた。『私の最後の食事なので、ゆっくり味わって食べてください』・・・・・・と、書かれてある。

 三人、その食卓へと着く。二人の青年と、昨日に彼を完膚なきまでに倒した師父が席へとつき食事を開始した。

 「・・・・・・よろしかったのですか?」

 既に事態を飲み込んでいた青年、いずれ世紀末聖者となる人物は控えめに訪ねた。

 リュウケンは、食事を終えて。彼の焼き菓子に近いパンを口にしつつ無言。

 その出来栄えは、北斗の料理番とするにも差し支えない腕では有る・・・・・・だが、破門した人間を料理番として置くなどと言う
 本末転倒な事誰が出来ようか? リュウケンは、この場に居ない三人を脳裏に掠らせつつ破門した彼を思った。

 〈・・・・・・拳の腕では、確かに五人の中で一番劣っていた)

 〈俗世ならば大成する気性ではあった・・・・・・だが、それではいかん。北斗の業を受け止める器を・・・・・・あれは秘めてなんだ)

 そう、彼は最後の餞別となったパンをまじまじと見つつ物思いに耽る。

 〈許せよキム・・・・・・お前が伝承の日まで置けば、いずれ波乱の飛び火を受けよう・・・・・・その時、お前は火種を防がんとして
 その身を犠牲にするのは目に見えておる。・・・・・・短いが、お前もまたこの世界を支える一人として活躍しておくれ)

 そう、一人の親としての思いは。彼の中で永遠に隠される。

 ラオウは、一瞬だけ自分の師父に視線を走らせ。そして構わず再度食事を続け全部食べ終えると修行の場所に無言で向かうのだった。




 ・



        ・


   ・




      ・



 ・




     ・




          ・



 寺院を降りた場所。そこで荷物を担いだ少年は、町を出る場所へと出た。

 此処から先は、未知なる旅路。彼だけが知る物語へ続く出発点だ。

 ジャギとケンシロウ、そしてアンナ。彼等は共に見送る。彼の門出を祝い。

 そして、その彼を見送るのを遠巻きに見守る人物達も居た。・・・・・・サウザー・ジュウザ。そしてジャギ達の傍にはシンも居た。

 〈※因みに補足ながら、ジュウザ外伝では本当にキムの門出を遠くからジュウザとサウザーは共に見守っている)

 「・・・・・・アンナ氏、貴方の瞳が何時の日かまた開く事を遠くから祈ってる」

 「うん、有難うねキム」

 目を閉じつつも、彼女の笑みは損なわれてない。それに、キムは彼女はやはり強い人だと微かに笑みを作りジャギに視線を走らせ。

 〈彼女を守れよ)

 と、想いを込めた。ジャギと言えば、解りきっているとばかりに頷くだけだったが。

 「・・・・・・ケンシロウ、お前にも世話になった。何時も、こんな向こう見ずな俺の相手をして正直戸惑ってただろ」

 「いや・・・・・・そんな事はない」

 そう、静かに彼は真顔で否定する。彼もまた最初はキムを単純に他の競う候補者としか見てなかった。だが、共に兄に
 憧れを秘めると言う意味合いでは共通する仲間だった。・・・・・・ケンシロウは、キムの事を忘れはしないと誓う。

 「・・・・・・シン、だったな。俺の為にこんな場所まで来てくれて礼を言うよ」

 「いや、まぁ俺はアンナとジャギを鳥影山へ同送する為に来ただけだったんだがな」

 そう。単純に彼は意図せずこの場に居た。不可解そうな顔つきが、この場に居て良いのだろうか? と言う彼の場違いだと言う感情を
 よく表していた。その居心地が少々悪げな彼に全員が笑う。悲しんで別れるより、この方が未だやり易い。

 「・・・・・・いや、だが丁度良いかも知れん。シン、お前にも約束する。俺は俺だけの最強の拳を身につける。南斗と北斗を超える」

 「ほぉ? それはまたでかいな。・・・・・・ならば、いずれお前とも闘うかもな」

 「あぁ。・・・・・・その時はジャギやケンシロウと共に、お前も倒すと宣言する」

 「はっ! ならば・・・・・・いずれ」

 そう、拳を軽く突き合わせての誓い。今生の別れでないと、彼等は互いの約束を執り行うのだった。

 

                         びゅううううううううううううううぅぅぅぅううう・・・・・・!!!



 風が吹く。もう、そろそろ出る時間だ。

 荷物を担ぎ直し、キムは一歩踏みしめて顔を一度ジャギへ向けて口開く。

 「ジャギ! ・・・・・・お前の言う予言の日とやらは六年後だったな!」

 「あぁっ! ・・・・・・信じてくれるか?」

 北斗兄弟にも話した内容。核の話。それはトキは半信半疑、ラオウは全く聞く耳を持たなかったのを回想して聞く。

 「・・・・・・ならば六年後に駆けつける! そして・・・・・・その時に決着だ!」

 彼は、そう再びジャギと闘うと言う約束と共に彼の言葉を一片も疑わぬと信頼の感情を込めた。

 ジャギは、そんな誇りに満ちた彼の背中が。思った以上に大きいと、不思議と自分も誇らしく笑うのだった。

 アンナも、彼のその様子を気配で知ってか同じく目は見えずもジャギに向けて笑みを零した。



 
 遠巻きに小高い場所から見送っていた二人も、姿が見えなくなってから口を開く

 「やれやれ・・・・・・あいつ、居なくなったら偶に寺院でしてたつまみ食いも味が落ちまうなっ」

 「ジュウザ・・・・・・お前、そんな事してたのか」

 そう、呆れたようにサウザーは彼の目を冷ややかに見つめる。ジュウザもサウザーも同じく失明した彼女と、そして友人を
 心配してと言う真っ当なる理由で来ていた。ジュウザ外伝で何故居たのか不明よりは未だ良い理由と思いたい。

 「・・・・・・共に見送らんで良かったのか?」

 「俺は、あいつに対してはからかってただけが多いしな。まぁ、六年後にもう一度戻るんだろ? ・・・・・・なら辛気臭ぇ別れは不要さ」

 そう、彼なりの持論でジュウザは表に出ない。どうせ、また会えるのだから・・・・・・。

 ジュウザの放り投げたパンを、サウザーは外伝では口にしなかったが素直に口に一口サイズで千切ったものを放り込んだ。

 「・・・・・・これは美味いな。俺の場所で料理人にしても良い位だ」

 「ハハハハハハッ!! 南斗の王様にそう言われる腕なら、あいつも冥利に尽きるってもんだろ!」

 さよなら未来〈いつか)。また会う日まで。

 彼らの別れの日。・・・・・・其の日は原作の積雪の時期でなく、もう雪融けの春間近の時期であった。

 原作とのズレ。そしてキムの新たなる旅立ちと目標。

 これは・・・・・・未来の邂逅の暗示なのかも知れない。







  ・




          ・


    ・



        ・


 
   ・




       ・




             ・


 さて、綺麗な終わり方で締めたいか。少しばかりの余談。

 現在ジャギとアンナは、お供である友人を引き連れて一つの町にある家へと訪問していた。

 「あらあら、いらっしゃい。緑茶しか無いんだけど、良いかしら?」

 「何でも良いっすよティフーヌさん。急な訪問ですいません」

 「良いの良いの。賑やかなのは良い事よ、ねぇ貴方」

 「うむ、そうだな」

 ・・・・・・ご存知の通り、最近になって婚約も正式に決まり婚儀も間近なティフーヌ、シュウの嫁。

 シンは、目の不自由なアンナを心配して付き添っている。因みに、他にも数人居た。

 「俺っ! 俺は緑茶濃い目でお願いしま~す!」

 「俺は温めだな。石田三成風に出してくれ」

 「・・・・・・君ら、客人なんだからねっ。セグロ、キタタキ」

 はしゃいでいるセグロにキタタキ。それに諌める口調のイスカ。

 「あっ、お茶菓子はこちらで用意してるんでティフーヌさん。・・・・・・と言うか若いですよね、その肌・・・・・・羨ましい」

 「本当に美しいですよねぇ。・・・・・・シュウさん、まさか一番に結婚するなんて未だ信じられないですよ」

 とりあえず、はしゃいでいた男性陣に拳骨してのハマの半信半疑という感じの口調、そして肌を羨ましがるキマユ。

 これで八人だ。シュウも、これ程の大円団で来るとは予想しなかったのか苦笑いだ。

 「しかし、これ程の人数で来て何用だ? 困った事があるならば、私に出来るならば何とかするか」

 「あっ、そう言う難しい話じゃないんだ今日は。・・・・・・以前、忍びが出てきた山では大変世話になったから、旅行の計画立ててさ」

 そう、ジャギが話を切り出す。

 「温泉のある場所へでも行こうと思って。それで、シュウにも来て欲しいと言う為に来たと言う訳だ」

 後でレイにも話すつもりだ。と、ジャギは呟く。

 「ほお、温泉か。・・・・・・まぁ、久しく旅行などしてなかったが」

 だが、今は騒がしい世間だし如何するか・・・・・・と、彼は自分の妻になる人物を見遣る。

 ニコニコと、未だ付き合って一年経つか絶たぬかの関係であるが熟年夫婦てきな顔つきをしたティフーヌは口を開く。

 「行きましょう。折角の申し出を断ってはいけませんわ」

 それに、シュウは直ぐに賛同の了承の意を示した。どうやら妻には弱いのは南斗の拳士でも同じらしい。

 「然し、それだけの用件で無いと言う顔を・・・・・・ジャギ、お前はしてるぞ?」

 「・・・・・・解っちまったか。じゃあ、単刀直入に言わせて貰う・・・・・・アンナ、言ってやれよ」

 「うん・・・・・・あの、シュウさん。ちょっとで良い・・・・・・白鷺拳教えて貰えないかな?」

 その言葉に、シュウは見て明らかな程に眉を上げた。他の一同も、その言葉に全員真顔になってシュウと当人達を見比べる。

 「・・・・・・それは、何故かな?」

 目は未だ潰れずとも、彼は白鷺拳の伝承者として先代の師父カラシラからは全てを教えてもらった。
 その中には、白鷺拳の奥義もある。ジャギとアンナを交互に見つつ、真意を見出そうと目に力を込める。

 「・・・・・・まぁ、ご覧の通りだけどアンナは目が事故で見えねえ」

 「だから。私、目が見えなくても日常生活に支障ない程に動けるようになりたい。・・・・・・他の皆にも、そう頼んだら
 シュウさんに教えて貰うのがベストだって聞いたの。白鷺拳には、心眼もあるんでしょ?」

 「・・・・・・そう言ったのか? お前達」

 それに、少々頭を掻いて男性女性少年拳士は反応する。シュウはその様子に溜息を吐いた。

 ・・・・・・彼は、確かに気配だけで相手を判断し闘う術を身につけている。でなければ、ケンシロウを救う時も迷わず目を潰してから
 平然と闊歩する事など不可能だったであろうから。彼もまた拳の天才、己の視覚が消えても十分な拳力を秘める持ち主。

 確かに自分が教えれば今のアンナには大いなる補助となり得るかも知れん。・・・・・・だが、良いのだろうか?
 
 別に、個人的なる感情で教えたくないと言う訳では無い。単純に、彼自身が己を低く見る事があり、そして己の教える事により
 授けた持ち主が事故遭うような目に陥ってしまう事が恐ろしいのだ。・・・・・・その仁の優しさが躊躇をさせる。

 「・・・・・・頼むっ! この通りだシュウ!!」

 「ジャギ・・・・・・」

 その様子を暫し見て、ジャギは一瞬で土下座する。恥も外聞も関係ない・・・・・・彼女の為ならば泥を啜る覚悟を既に決めてる。

 「俺も、アンナは大事な友。・・・・・・孤鷲拳の未来の伝承者の名に誓い、俺もこの通り・・・・・・」

 シンもまた土下座をした。彼も親友が苦しむのを見続ける程にタフな心を持たない。アンナが変わらなければジャギも
 また変わらず、その優しく自分の好む性格を損なわぬだろうと感じ彼も最近では柔らかな性格から同じく膝を曲げ頭を下げた。

 「俺も・・・・・・一人の強敵(とも)としてっ」

 「あれ? セグロ何時からそんなキャラだっけ? まぁ、俺達もアンナがこのままドジッ娘キャラってのも何だかだし」

 「僕らからもお願いします白鷺拳伝承者シュウ・・・・・・貴方に」

 「親友の一人として私からもお願いしますシュウ様。新年終わって早々、アンナの痛々しい様子なんて見たくないわ」

 「ハマに賛成~。抱きつく時無抵抗な娘なんて、全く面白み無いので」

 そう、親友であるからと。土下座を簡単にする南斗拳士達に、シュウは彼等の仁を知り感動を幾何か静かに満ちた。

 「・・・・・・お前達」

 深く、一度目を瞑ってから。彼は決意を秘めた表情で頷いた。

 「・・・・・・了承しえた。ならば白鷺拳伝承者シュウ、南斗の拳士アンナに我が『心眼』の伝授承(うけたまわ)ろう。
 アンナ、今からお前は一つの技だけかも知れぬが白鷺拳の弟子・・・・・・言っておくが修行に手加減はせぬぞ」

 その、正式なる認可に全員が喜びの声でタッチをした。その若い様子に、シュウも妻も青春なる若者の姿に笑みを零すのだった。

 「おいおい、喜ぶのは解るが跳ねるな。埃が舞うからな」

 「あっ、わ、悪いっす。・・・・・・いや、でも本当に感謝です。受けてくれて・・・・・・」

 「何、困ってるものを放っておけぬ。それが南斗の拳士と言うものだから」

 「あら、シュウは何時でも困ってる人を見過ごすような事は無かったでしょ? 貴方は以前から優しい人じゃないの」

 そう、優しく彼の妻たる人物の褒め言葉が上がる。照れるように頬を掻く彼に面白いものを見つけたとばかりにセグロが口開く。

 「ほほぉ? 因みに初めての成り染めってのを聞きたいですなぁ」

 「こっ、これセグロ・・・・・・」

 「はいはい。セクメ姉さん、私の姉なんだけど酒乱でねぇ。それを治してくれるって、この人が言ってくれて」

 セグロの質問を慌ててシュウは叱ろうとする。だがティフーヌは話し始める。他の一同も興味を持ちつつ耳を傾ける。

 「・・・・・・それから、この人が本当に誠実で朗らかで暖かい人だって言うのが解ったの。もう、気がついた時には心の中に
 この人が居たと言う感じね。今となっては、何故この人が最初から傍に居なかったのかって言うのが不思議な程なのよ」

 「へぇ~」

 「だっ、だからなティフヌ。そう言う事は余り子供には・・・・・・」

 「あっ、ティフヌって家では呼んでんですかっ!」

 セグロはシュウに構わず話の相槌を打つ。シュウは困り顔でセグロに諌める視線を向けるが、周囲は面白そうに茶を飲み聞く。

 「ええ、そうよ。機嫌が良い時は何時も囁いてくれるわ。朝起きた時とか、それから食事で好物出てきた時とか・・・・・・」

 そう、可愛らしい内容を聞きつつ全員が茶を含み。








 「・・・・・・夜とか♥」







 そして、茶を吹き出した。




 「ティ、ティフーヌッ!!!」

 シュウの赤面しての絶叫。可愛らしくキャッと付け加えた本人は何故全員が咳き込んでいるのか解らず『あらあら雑巾が必要ね』
 とマイペースに台所へと向かった。恐るべき、シュウの妻の天然と衝撃なる一言と言うべきだろうか。

 「ゴフゴフっ! ・・・・・・やっべ・・・・・・っ・・・・・・器官・・・・・・器官に」

 「鼻・・・・・・! 鼻にから逆流する~・・・・・・!」

 ジャギとアンナは仲良く咽て、シンもまた唖然とした顔つきで今聴いた言葉は真実なのかと思案した。

 他はもっと悲惨だ。余りに清楚な感じであったシュウの妻の言葉に衝撃を受けてハマは赤面しつつ涙目、そして男性拳士
 達はシュウと妻の夜を想像して、そして生々しすぎる妄想に同時に頭を振って頭突きして呻いていた。

 「・・・・・・何だこの惨状」

 そう、呟いたのは誰だったか? 数分後には、ようやく収まったが彼等は少々赤味が消えぬ顔のままに帰った。

 「・・・・・・一つ、思ったんだけどよ」

 『シュウの奥さんって凄いよな(ね)・・・・・・』

 そう、それが南斗拳士達の中での共通の感想となり。ある意味で彼女は人妻の中で最強と言う結論に達するのだった。

















               後書き




   さて、心眼フラグは入手。後は・・・・・・まぁ適当に書き上げるつもりで。


   何か書いて欲しい要望あったら感想版へ。全く北斗の拳と関係ない事は却下。某友人の如く千手殺します。



   キムは、また南極老人と出会うと思います。だが、ギャグは少ないと思うので悪しからず。



   ブスさんが全部やってくれるから、ギャグは



   



 



[29120] 【流星編】第十話『噛み合わない姉妹鳥 シンの憂鬱』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/29 22:20



 
 世紀末、とある村・・・・・・。

 荒れ果てた材木を回収し、簡易的な掘っ立て小屋を築き人々は最小限生きれるだけの生活をしている。

 その中で目を引く三人の人影。世紀末の開始により散乱した物資で未だ使用出来るものを集めようとする一団の隅に
 黒髪が褪せて白色へと変わった一人の横になってる人物に、男性と女性が寄り添っているのが見えた。

 小さな掌程の火で温めた小壺サイズの鉄釜を、ゆっくり掻き回しているのは、誰もが息を呑む程に美しい女性。
 その女性は、優しげな表情で一つの椀に温めた汁を全て注ぐと、一人の男性へと無言で渡した。

 その男性は、しっかりと熱い椀を受け取って横になって安静にしている人物に湯気たった食事を見せた。

 「・・・・・・トキ、少ないが粥だ。・・・・・・食べれるか?」

 「あぁ・・・・・・だい、丈夫だケンシロウ」

 その人物は体を緩慢ながらも起こし椀を受け取る。トキ・・・・・・そう、彼は世紀末の救世主の兄。

 そして、彼は奇跡の村の聖者と成る男。

 椀を渡した人物こそ救世主。そして、彼は未だ己の運命を知り得ないのだった。

 椀の中の粥を、ゆっくりと啜り。そして下ろす・・・・・・中身は残ってるものの彼は静かに下ろした。

 その大部分が残っているのを見て、心配そうに粥を注いだ女性は声を掛ける。

 「トキ・・・・・・ちゃんと食べないと」

 「あぁ、済まないユリア。・・・・・・少々冷めてから食べるよ」

 そう、彼は心の中で想い慕う彼女に不安させぬようにと微笑む。その様子を見て、ユリアも僅かに笑みを零し残る椀にも注ぐ。

 「はい、ケンシロウ」

 「あぁ・・・・・・」

 熱い粥を、無表情で一気に食すケンシロウ。世紀末入って二週間と数日。

 トキは死の灰を浴びた直後、ケンシロウとユリアは放射能で毒された彼の介抱をしていた。

 彼が自身の目的の為に行動するのは、もう少し先の事である・・・・・・。

 村の中は酷いものだ。あちこちに負傷したもの、放射能やらで皮膚が爛れたものなど多くいる。

 不衛生ながらも、文句を言える立場でなく彼等もまたゴザを引いた粗末なボロ小屋の一角で、病人たる彼を安静にさせていた。

 見張りはケンシロウ。介護をするのはユリア。

 その彼女は他のものにも渡す為の粥を作り始める。それをケンシロウは暖かく見守るのだった。

 だが、暫しそうしていると彼は不意にユリアから顔を外す。

 「・・・・・・む?」

 (・・・・・・視線)

 「どうしたの? ケン」

 トキの額に当てていたタオルを水に浸そうとしていた時、ケンシロウは視線を感じ顔を上げた。

 そんな様子を見かね尋ねるユリアに構わず視線の場所を探るケンシロウ。だが、瞬時に視線は消えた。

 「いや・・・・・・気の所為だったようだ」

 (殺気や敵意の類ではない・・・・・・悪い感じでは無かった)

 トキは目を閉じて己の体力を削らぬようにしているので気配には無感知。そしてユリアはケンシロウの動きに疑問を持ったのみ。

 ケンシロウは曖昧に言葉を濁し、そのままトキに冷やしたタオルを当てた。



 ・・・・・・だが、彼が甲斐甲斐しく世話をする一方。その視線の持ち主達は確かに存在していた。





 ・・・・・・。



 村を見下ろせる少々高い位置に座する場所。そこで双眼鏡を掲げた二人の女性兵士が居た。

 一人は気合の入った顔つきをした女性。

 その隣の人物は寡黙な表情であり。そして又、文字通りに言葉を全く喋らず沈黙のまま瞳に静かなる光が灯っている。

 「・・・・・・あれが、恐らく将の言ってた人ね。・・・・・・隣の男性、私達の視線に気付いたわよ」

 かなりの使い手ね。そう、感心する女性の声。隣の無言の人物に話しているようだ。

 「でも、どうやら怪我も無かったようだし。これで将の機嫌も多少は良くなれば御の字だけど。
 最近、KINGってば。この村に居るって言う女性の事を気に掛けて苛々が酷かったものね」

 女性は一方的に話をする。隣に付きそう女性は、無言で頷くだけだ。
 
 彼女は、そのように固い顔つきの自身の妹と呼べる人物を和ませようと顔を視線を合せて言葉を紡ぐ。

 「・・・・・・エミュ、貴方もあぁ言う風な殿方と付き合える人を見つければ良いのにね」

 その言葉に、一瞬名を呼ばれた人物は硬直した。

 だが、直ぐに彼女は身を翻して少人数の兵団へと近づいていった。その様子から、彼女達は位の高い人物達だと知れる。

 それを、彼女の姉を自称する人物は苦笑いで見つめる。

 ・・・・・・エミュ・南斗食火(ひくい)拳伝承者、南斗KING軍軽歩兵隊隊長。

 ・・・・・・ユウガ・南斗鯵刺(あじさし)拳伝承者。南斗KING軍猟兵隊隊長。

 彼女達、義理の姉妹は。今はシンの場所で荒野の敵軍及び盗賊達を駆除する優秀なる軍隊隊長として成っていた。

 エミュは、聴覚と言う部分を欠落しつつも。その他の器官の発達により敵兵の察知に優れ有力なる人材として。

 ユウガは、彼女の拳法は潜む敵兵を討伐するに優秀ゆえに見込まれて猟兵隊として現在活躍している。

 軍役となってから、余り活動中は顔を合わせるのが困難ゆえに。今回ユウガにしてみれば自分の義理の妹と共に
 活動するのが正直嬉しかった。だが、その彼女は微妙に自分から遠ざかっているのを自立したからと思っている。

 「・・・・・・余計なお世話だったかな」

 ユウガは、余計な言葉だったかと。妹の照れ隠しとも言える行動に微かに笑い、そして後を続き兵団へ歩く。

 エミュは兵団の場所へ行って通訳となる手話が出来る兵士へと素早く手の形を変えて次の指令を行なっていた。

 「え? 何々・・・・・・このまま、待機? 後退? えぇ・・・・・・」

 「このまま現状維持し、村の周辺で異変が生じぬ限り待機よ」

 余り疎通が上手くいかないのを見て、ユウガが口出しする。エミュは、反抗的とも親切に言ってくれた礼とも違う
 何やら複雑そうな顔を一瞬義理の姉へと浮かべる。だが、それは姉に気づかれぬまま無表情へと変わる。

 兵士は、その指示で良いのかとエミュを見る。コクりと頷いたのを見て兵士は全員へとテントを築く命令を唱えた。

 「ですけど、折角村もあるので。其処を拠点にすれば・・・・・・」

 「駄目よ。KINGから命じられてるのは対象人物の安全の視認と、そして隠密下の行動。
 我々は各地の拠点なり得る場所を偵察し、そして不穏分子なれば奇襲もしなければいけない。余計な情報を民に与えるわけにはいかないわ」

 一人の兵士の意見を即却下するユウガ。兵団を率いながら隠密とは少々片腹痛いが、それでも余計に目立つのは禁句。

 KINGも厄介な命令をしたものだと思考する。最も口にせぬが、時々愚痴にしそうになる。その時は妹の口の聞けぬのが
 不謹慎ながらも羨ましく感じる事もある。口は災いの元、火のない場所に煙は立たぬと良く言ったものだ。

 兵士の意思疎通が余り上手くいってないのを視認して、彼女はストレスの溜まる環境では喋りたくなるのか饒舌で話す。

 「やっぱり、私じゃないとパッパッと解らないわね。本当に良かったの? 同じ部隊だったら苦労も減るのに」

 そう、ユウガは彼女を見る。エミュは無言を頑なに守り抜く。

 同じ言葉を手話でも表して伝える。そうすると、エミュは簡潔に『問題無い』と返した。

 (・・・・・・まぁ仕方がないわね)

 何時までも私が付いている訳にはいかない。最悪、何かの指令で離れ離れになる時依存してれば困るのを妹も自分も知ってる。

 そう、彼女は妹が先まで考えているからこそ。自分と共に居る環境を潔しとせぬのだろうと思考していた。

 ・・・・・・決して、それが全部真実では無いのだけど。

 「・・・・・・」

 暫しテントで体力を温存していると、エミュは俯いていた顔を上げて全員に身につけた手甲を鳴らし注目させる。

 一緒に居たユウガは、彼女がいち早く気付いた事を予想し。声で全員に伝えた。

 「一個団体が接近してくるわ。各自、警戒して迎撃準備」

 兵士達はユウガの言葉で弓を備える。エミュが発達した感覚で警報を鳴らす、そして以心伝心でユウガが声を発して周囲に促す。

 それが本来の彼女達のデモンストレーションといったところだ。最も、最近では余り互いに同行するのが無かったが。

  近づいてくる車の音。バイクやバギーの音にユウガは眉を顰めた。

 『大体数は三十。駆動音から対象はモヒカンだと予測』

 そう、エミュに手話で。そして兵士達にはユウガが声で拳士として発達した耳で接近する集団の予測をした。

 そして、その予感は的中した。近づいてくるのは頭が奇抜なファッションのモヒカン。

 手に持ってるのは鈍器、どう考えても村へと友好的に接近してくるようには見えない。

 「・・・・・・各自、発射用意!」

 ユウガの指揮により、兵士達は弓を番える。

 モヒカン達も村より少々離れたテントの一団。そして兵士達に一瞬顔色を変える。

 だが、そのまま加速して攻め寄ってくる。兵士達の様子に後退する気は無いようだ。

 ならば容赦はしない。ユウガは号令を轟かせる。

 「発射!!!」

 その合図と共に弓は空を舞う。大体三十~四十程の弓が空へと飛び接近するバイク達へと降り注ぐ。
 
 数台のバイクとバギーは、不運に(兵士達から見れば幸運だが)にガソリン及び人体に当たり爆死、急所を射抜かれ死亡する。

 だが大半は矢の雨を逃れ最大加速でテントへと突っ込もうとする。もはや弓では対処出来ない。
 兵士達は近接武器へと変更して待ち構える。だが、その様子を見てモヒカンの一人はニヤリと哂い何かを放り投げた。

 (爆弾っ!?)

 投擲された物体を見て、慌てて兵士達は持ち前の盾を合せて防ぐ。数秒後には爆音は響くも衝撃は来ない。

 視界に映るのは背丈をも越す煙・・・・・・っ! そうか煙幕か!!

 (このまま煙に乗じて襲う気かっ!!)

 撹乱しての攻撃、敵もどうやら知恵あるらしい。自分達の統率された兵装を見て何処ぞの兵士達と判断したのだろう。

 いや、もしかすれば自国の兵士達を最初から知ってたのだ。己の只の流浪の賊だと過小評価してたのを自責しつつ彼女は飛ぶ。

 後悔よりも先にすべき事。兵力を激減させ村への侵攻を防ぐ!

 王に命じられた最優先の任。自分がそれを破るわけにはいかない!!

 ここへ来て、己の拳の特性に感謝をユウガはした。

 何故ならば己の拳は海を漂う見えぬ魚を打つように、隠れ姿を消す敵を捉え一撃を見舞う拳法。

 鰺刺・・・・・・鰺刺拳だ。

 宙へと両手を広げて舞い、粉塵の中へと乗り込みつつ車の音と舞い上がる土埃の微妙な歪みのある場所を確認する。

 空気の流れが違う場所、そして音のする方向・・・・・・それさえ総合させて割り出せば・・・・・・自ずと敵は知れる!






                                 南斗飛翔降龍撃!!!




 空中から全身を矢の如く真っ直ぐに頭上へ伸ばした合掌手で相手を貫く南斗聖拳の奥義の一つ。

 それは煙幕に乗じて接近してきたモヒカンの一人へと、見事に体の脇腹半分を抉り命中した。

 操縦者を失ったバイクが倒れる。だが、自分は一人倒しただけで未だ他にも兵士達の居る場所へと近付く。

 『シャッハー!!』

 彼等の奇声か、または気合の声が知れぬが咆哮と共に振り下ろされた鈍器が仲間達へと襲う。
 盾で殆どは防ぐが、運が悪く肩へと命中し地面に転がる兵士もユウガの目には見えた。

 だが、熟練の兵士達の方が多いのが幸いだった。何人かは剣と槍でバイクへ向けて振り下ろしモヒカン達を地面へと放り投げる。

 慌てた声と共に地面へと激突するモヒカンの集団。舌打ちと罵りの声を伴いつつ起き上がりながら兵士達向けて雄叫びを発する。

 『殺せえええええええええええええ!!!』

 鉄の金具、研ぎ澄ました鉄の刃。

 彼らは武術を知れずとも荒野を徘徊する熟練の殺人者達。ただ本能で己の奪えるものを奪う獣たち。

 何人かは苦戦を強いられ、そして集団の数人は自分の妹目掛けて鈍器を掲げて走り寄ってくのが見えた。

 「シャッハー!!! 女ぁ覚悟しなあああああ!!!」

 一人は、欲情と殺気を同時に宿した瞳で飛びかかる。そのまま強姦でもしそうな顔つきで宙から接近する下賎なる獣。

 エミュは、ただ静かに飛びかかってくるモヒカンが自分に覆いかぶさる瞬間まで微動だにしなかった。

 モヒカンの体でエミュの姿が覆われる。ユウガの目には、そこまで見届けられても焦燥や不安の顔つきは無かった。

 何故ならば知ってたから。

 その次に、モヒカンが血反吐を吐き散らしながら宙へと吹き飛ぶのを。

 周囲のモヒカン達は、人間が砲弾のように宙へと高く道具もなく飛んでいったのを一瞬戦闘中である事を忘れ顔を固めた。

 五十メートルは高く飛ばせたのは・・・・・・ただ一人、細身で十八かそこらの体格の・・・・・・女性。

 「また派手に蹴り飛ばしたわねぇ・・・・・・機嫌悪かったのかしら」

 そうユウガは当然とばかりに微笑む。

 食火(ひくい)・・・・・・駝鳥の拳法を模った拳法。駝鳥はキック力が強力で、一説には100平方センチ当たり4.8tの圧力があるといわれる

 彼女の蹴りもまた・・・・・・相手を屠殺せん威力を秘めたる脚技を備えている。

 





                                南斗翔斬壊掌!!!





 その一撃を見てか、兵士達と戦闘していたモヒカン達はエミュが兵士達の中で一番厄介だと気づいたのだろう。

 一人が、兵士の一人を打ち据えて間合いをとると。慌てるように破損し転がったバギーへと近付く。

 逃げる気か? とエミュは其の方向へ駆ける。バギーに付いている荷物の方へ漁っていたモヒカンは、エミュが
 近付くのを見て一瞬慌てた顔したが、その荷物から何やら取り出すと一転して勝ち誇った顔で叫んだ。

 「へへへへっ!! 喰らいやがれええええ女ああああああああ!!!」

 ・・・・・・っ! 火炎放射器。

 工具などで扱うバーナーを改造したもの。その武器は弱く銃器なども持たぬ者達からすれば戦意喪失させる
 凶悪なる武具。恐らくモヒカン達は切り札として持ってのだろうと、表情からして理解出来た。

 モヒカンの叫びと共に火炎放射器の口からエミュ目掛けて凶悪なる火が繰り出される。

 エミュは既にモヒカンの火炎放射器の間合いに入っていた。どれ程に敏捷あるものでも瞬間移動でもしなければ不可避。

 モヒカンは、その女が悲鳴と共に体全体を焼け尽くす想像に獰悪にあざ笑う。

 炎は・・・・・・エミュの方向へ向けて彼女を喰らおうと放たれた。



 ・




         ・


    ・



       ・



  ・




      ・




            ・



 「・・・・・・何か感じたか、ケンシロウ」

 粥を啜り安静にして少しは具合が良くなったのか、横になっていたトキはケンシロウへと言葉を掛ける。

 彼は先程から少々遠くの方へと顔を向けていた。ユリアは現在怪我などで苦しんでいる人達の介護へ専念している。

 彼女の優しい気遣いや行動から聖女と町を修復しようとする人達は称す。ケンシロウは治療に関しては不得手であり
 トキも未だ動くには無理な状態ゆえに。彼女が人々に崇め礼を言われる様を暖かく見守るだけで留まっている。

 そして、彼女が誰かの包帯などを巻いている一方で、ケンシロウは気になるように遠くの方を見ていた。

 トキの言葉に、ケンシロウは顔を戻し告げる。

 「・・・・・・何か車の音が近づくのが聞こえた」

 「集団か?」

 「そうだ。・・・・・・だが、途絶えた」

 「引き返したでもなく途絶えた、か。・・・・・・ならば、襲撃でもされたのかもな」

 そう、優しく波乱あれば不安がるであろう思慕寄せる人物に知られぬよう彼と恋仲の彼はヒソヒソと会話を続ける。

 「・・・・・・お前はどう見る」

 「恐らく、襲撃されたのだろう。・・・・・・だが、接近していたであろう集団が善人だったとは思いにくい・・・・・・」

 勘。だが現北斗神拳伝承者の予感は紛い物の占いよりは確実に高いだろう。

 「ふむ、村を守る為の者達に迎撃された可能性が高いとお前は思うか。・・・・・・それならば、そうかも知れんな」

 そこで軽く咳き込み、トキはまた体に疲れが押し寄せたので横になる。

 「・・・・・・無理はするな」

 もし体が動ければ、吐血してでも人々の治療にあたり村を守らんが為に行動するであろう優しき兄を労わり水タオルを乗せる。

 何事も無ければ良い、せめて今だけは・・・・・・。そう、か細い祈りと共にケンシロウ達は村の中での生活をしていた。

 「・・・・・・む」

 丁度その時、軽い爆発音のようなものをケンシロウは耳に捉えた。

 村の中では無い。恐らく外であろう・・・・・・交戦が終了した合図にも見える。

 トキは、穏やかに呼吸をしつつ眠りに着いている。

 ユリアも又、己が捉えた音には気づかず人々へと元気づける為に自身が知る以前の暮らしの話などをして人々に希望を捨てぬ
 よう教えを説いている。・・・・・・余計な心配や不安を抱かせる訳にはいかないと、ケンシロウは心の中で思った。

 (そうだ、ただでさえ混沌とした世情。・・・・・・今だけは)

 再度、そう祈りを秘めて彼は桶に入った水にタオルを浸す。

 彼は、未だ悪に怯える人々の為に救世主として動く事は無い。

 
 



 ・



        ・

   ・



      ・



 ・



    ・



        ・





 ・・・・・・触れる寸前に切り裂かれた。





 「・・・・・・っは?」

 「あぁ~・・・・・・エミュ相手に一番しちゃいけない事したわね」

 そのモヒカンがエミュと対峙していた間に、残るモヒカンの数割を片付けたユウガは憐れむように呟く。

 「妹の拳法は食火・・・・・・文字通り火を食べる拳法って言って良い位なのに」

 ・・・・・・ユウガの説明の中、エミュがした行動。

 彼女は慌てず騒がず(とは言っても騒ぐ手段は肉体動作だけなのだが)火が触れる直前に、両腕を胸元でクロスした。

 そして、そのまま彼女はクロスした両腕を振り抜き・・・・・・火炎放射器の直線の火を両断させたのだ。

 掌に真空をつくり、空気を切断する食火拳の奥義の一つ。





   
                                  血粧羅残掌!!!




 凶悪に相手を焼き尽くす火を両断させ、そのまま放射口を両断させたエミュ。

 相手は、硬直したまま引き金を引き続け。そして彼女の真空刃がガソリン部分を切り裂き彼女の掌で収まっていた火が着火
 された事に気づけなかった。そのまま爆音と共に火炎放射器は爆発し、モヒカンは飛び退くエミュを視認しつつ悲鳴と共に炎上した。

 「終了ね。やっぱり、未だ盗賊が多いのが現状だし周囲の警戒が必須だわ」

 モヒカンの殆どは撃退した。村への被害は無し。概ね上々と言えよう。

 エミュは、戦闘が終了すると死体の片付けを始める。最初こそ忌避感があった作業も、毎日のように繰り返されれば慣れる。
 外部諸国との戦闘で、盗賊の討伐で。数々の戦場で死体など今では珍しさを持つものでも無いのだから。

 黙々と作業する彼女に、ユウガはそれとなく近づき同じく死体を埋める穴を作る口実で近づき話しかける。

 「・・・・・・他の仲間達に関しても心配?」

 「・・・・・・」

 「キマユは、まぁ常時平気そうだけど内心何時まで戦わなくちゃいけないのか不安だと思ってるわよ。
 百斬拳のダンテってば、何だが知らないけど彼女に関して敵視してるしね。そう言えば知ってる?」

 「?」

 「ひと月後位に南斗拳士伝承者に対して緊急招集するとかって話よ。どういった事情か知らないけど。
 きな臭いって他の仲間は何人か考えているらしいわね。私も、サウザー様が今のところ何を考えているか不明だけど」

 サウザーの激化する戦闘行為。集団の拳士と兵士を連れての戦場での活動は彼女達にも伝わっている。

 命知らずなのか、または平定を早く広める為の行動なのか不明だが。どちらにせよ同じ南斗の拳士として。彼等彼女等の
 王の行動には他の場所で活動する者達にさえ疑問が生じている。最も、疑惑し反抗するまでは至らない。

「・・・・・・」

 「他の仲間? とりあえず銀鶏拳のカガリだっけ? 彼女行方不明らしいって聞いたわね。それに以前は鳥影山って何時も
 騒いでいた彼。・・・・・・確かセグロって言う名前だったわよね。彼も依然行方が知れないらしいわよ」

 「・・・・・・」

 「心配といえば心配ね。彼、プレイボーイだったけど憎めない人だったじゃない? 生存報告だけでも知りたいわよ」

 セグロ。鶺鴒拳の伝承者。

 常に鳥影山で馬鹿げた振る舞いをしていた。例えば千鳥拳のダンゼンに対し生卵をぶつけるとか、他の年齢低い拳士達に
 生意気な上級の拳士達に報復として糞を降らすとかして悪戯を行なってたのは彼が中心だった。

 良くも悪くも人気・・・・・・昔話にするにはネタが多い人物ゆえに、安否も少々気に掛かる。

 「・・・・・・」

 「えぇ、そうね。殺したって復活しそうなタフさは有るわね彼は。生きてるわよ、きっと全員・・・・・・」

 言葉はなくとも、意思の疎通は姉妹だからこそ出来る。

 エミュの無言の言葉に、彼女は口で言葉を紡ぐ。混沌とした世紀末の風は混沌とあいづき吹雪いている。

 「・・・・・・話は変わるけど。何だか最近似非伝承者達がKINGへと何やら志願してるわよ。
 何でも南斗竜神拳だとか、暗鐘拳だとか。・・・・・・一番酷いのは砲弾で人間打ち上げる拳法とか有ったみたいよ」

 その言葉に、初めて無表情からクスリと一瞬彼女の少しでも雰囲気を和らげよとする意思に同意しエミュは笑った。

 ユウガも同意するように頷いて微笑む。この緊張し切った世界では、少しでも自分の大切な人が微笑んでくれれば良い・・・・・・。

 「そうよねぇ。人間を砲弾で打ち上げて拳法なんて言われちゃ南斗の質が疑われるわよ。まぁKINGは
 そんな下らない人物達に構ってる暇ないし適当に振舞うように言われてるけど・・・・・・調子ついたら堪らないわ」

 ただでさえ、忙しいって言うのに馬鹿げた事に構う暇ないわよ。と肩をユウガは竦める。

 ・・・・・・モヒカン達の死体の大部分は埋められ、そして念のために火をくべて燃やす。

 何せ燃料など世紀末直後ゆえに安定して補給などは困難。正直したくないが、人間の脂が一番の燃料になる。

 死体の燃える嫌な香り。ユウガは馴染みあっても顔を顰めるのを止めない。

 ただ、エミュだけは何やら考える事があるらしくじっと火を見つめていた・・・・・・パチパチとなる火を。

 「・・・・・・エミュ?」

 その様子が少々不安に感じユウガは自然に声を掛けて、そして通じないと思い出し肩を叩く。

 叩かれた彼女はハッと我に返った顔つきになった。どうやら本当に意識を何処かへと持って言ってたらしい。

 「大丈夫?」

 何時もならば眠る時さえ警戒を怠らないのに・・・・・・。と、心配する彼女を他所に、構わずエミュは別の場所で
 兵士達の武器の調整などの為にユウガから離れる。どう見方を変えても意識して自分から離れた事を知り溜息をはかざるを得ない。

 「・・・・・・世紀末が始まってからかしら?」

 未だ核が落ちて一月経つかどうか程。それにも関わらず世界は自分達の意思を他所に混沌が続いていく。

 こんな時は強い風が吹き付ける。その風の向こう側に居るかも知れぬ人の事ユウガは胸に切に想いが募るのだ。

 気弱な事を・・・・・・。と、彼女は国へと戻る準備をする。とにかく報告をしなければいけないのだから。

 姉妹の中にある僅かな罅・・・・・・それも平和になったら穏やかな時が回復してくれるとユウガは信じていた。

 彼女も又。強い風で揺れる火を一瞬眺め、そして帰り支度へ勤しむ。

 願わくば・・・・・・また姉妹で共に仲良く暮らせる時期が早く来いと祈りつつ。




  ・



         ・

    ・



       ・



  ・




      ・



           ・


 「・・・・・・そうか、ユリアは無事か」

 次の日。ユウガとエミュの兵団は国へと戻り報告を終えた。

 彼、KING・・・・・・シンは自室からの退去を命じると誰にも知れずに深い溜息を吐いて安堵を表す。

 「・・・・・・良かった」

 脱力して近くの椅子に座り込むシン。彼にとって世紀末が始まり何処ぞの場所で国の復興を手かけている中
 ユリアの安否だけは何時でも気にかけていた。その彼の不安定な心持ちを知っていたのは数少ない。

 顔を庇って、掌から伝わる冷たさが己の不安で疼いていた額の熱を幾らか冷めて思考を明確にさせる。

 この態度を他の者に見せる訳にはいかない。一国の指揮をとるに値する人物と世紀末になった今、己は誰であろうと
 弱味を見せる態度や秘密を握られるわけにはいかない。己の思慕を募る人物であっても、それは同じ。

 「・・・・・・男二人・・・・・・と一緒と言ったな。・・・・・・トキも一緒だったのだろうな」

 北斗兄弟について彼は良く知っている。ユリアへ会う為に幾度が寺院の近くへ寄った事もあった程なのだから。

 倒れていた、と言う情報を聞くと死の灰を被ったのかも知れぬと情報の全てから憶測を出す。少々不憫とは思いつつも
 彼は自ら率先してトキを案じ出る真似はしない。彼の優先順位はあくまでも思慕する彼女のみなのだから。

 偵察した兵士達の報告から人物の特徴を受けて、その人物がトキであろうと瞬時に推測した。

 ならば、残る兄弟と彼等の師父は何処なのか? と言う疑問がシンには沸き起こった。

 「・・・・・・成程、リュウケンは死んだか」

 核の所為か、または病か。

 だが兵士達の言葉を聞く限り生きている確率は低いだろう。だが、残る一人が彼は生死に対し最も知りたいと思っていた。

 「・・・・・・ラオウ」

 ラオウ・・・・・・北斗伝承者候補の中で最も荒々しい性質を秘めていた人物。

 修行時代。ケンシロウと共にユリアに出会ってた頃に。シンもまたラオウと言う人物を近くで見ていた。

 アレは・・・・・・いずれ世界に対し挑む者。如何なる手段を用いても目的を果たさんとする意思を秘めていた。

 「・・・・・・生きてればまた面倒だろうな」

 アレは、確実に遠くない未来に己の前に立ち塞がる。そうでなくも味方にはならない。

 兄弟の中でトキ以外には全く心を許さない。そういった人物だとシンはケンシロウと親友だからこそ知り得ていた。

 「・・・・・・ふぅ」

 ユリアへ会いたい。

 だが、駄目だ。一国の王たる立場へと至った今、例え己の本心でなくとも自分は引き連れた南斗の拳士及び自軍等を
 放置して想い人へと会いに行くような恥知らずの事は出来ぬ。ましてや・・・・・・あそこにはケンシロウが居る。

 「そうだ・・・・・・」

 俺は、場違い。もはや彼女にはケンシロウと言う守り手が存在するのだ。そうではないか?

 だが・・・・・・シンの中の暗い部分はこうも告げる。

 待て待て、と。このように大軍率いるお前でさえ日々攻め寄る部外国の敵軍に頭を悩ませ、兵士達の欲求不満に対しても
 頭を悩まさなくてはいけぬのに。ユリアを本当にお前の親友が守れるとも思っているのか? ・・・・・・と。

 力を持つお前よりも、本当にケンシロウ一人がユリアに相応しいのか? ・・・・・・と彼の中の悪魔が囁く。

 「・・・・・・俺は、いやっ違う!」

 何を馬鹿な。ユリアは、ユリアは宣言したのだ。ケンシロウを愛す・・・・・・と。

 そう彼女が自らの幸福を名言したに関わらず、己が彼女の幸福を摘み取るような事は場違いも甚だしいとシンは頭を振る。

 彼の中の善と悪がせめぎ合っている時・・・・・・意識を別の方面へ至っていたからであろう。背後から声がするまで接近を許していた。

 「KING?」

 「っ! ・・・・・・キマユ、か。勝手に部屋に入るなと言ってた筈だが」

 「あら? 簡単に背後を取られて文句? ・・・・・・睨まないで欲しいわね」

 ショルダーアーマと、軽い兵装で身を包んだKING軍の将軍として仕える彼女。

 頬や体の部位に目立たなくも血がついている。彼女は軽く顔を拭って疲れた表情ながらも笑みを浮かべて告げる。

 「やはり有るらしいわよアスガルズル。調査の結果、此処より陽の上がる場所へと約百里はある場所へね」

 「百里・・・・・行き帰りも困難な距離だ。・・・・・・だが、兵士達の不満を考えると致しがた無いのか・・・・・・」

 キマユの告げた女だけの園と呼ばれる夢の国。その場所へ赴くか否か苦悩するシン。

 懊悩する様を見ながら、キマユは告げた。

 「それ程深刻に考えずとも、こちらには頼りになる拳士達は何人か居るのだし。留守に関しては大丈夫よ」

 「・・・・・・だが」

 「貴方だって、内心不満もあるでしょ? 片思いをウジウジ引き摺る程なら、いっその事遊郭にでも赴くべきよ」

 「貴様・・・・・・」

 その、無遠慮な発言に軽く眼力強めてシンはキマユを見た。

 彼女は悪びれもせず笑う。その様子を見てシンは額に手を付き頭を振るのみ。

 ・・・・・・この女は何時もそうだ。人の気持ちを知らず軽口と共に発破をかけて無意識に人を先導する素質を秘めている。

 女達に人気があるのもソレが原因か・・・・・・と、彼は顔を上げつつ彼女の才に軽く舌を巻いて問いかける。

 「お前は・・・・・・」

 「私は行かないわよ。王が外出して、将軍まで出たら簡単に攻め寄られるでしょ」

 「・・・・・・意外、だな。我が儘を言って付いていくと考えてたが」

 その言葉に、笑い声と共に彼女は告げる。

 「確かに女は好きでも、国を捨ててまで会いに行くほどに私は未だ白痴に至らないわよKING。
 私は・・・・・・己の事もそりゃ大事だけど、それ以上に周囲がギスギスしたままなのは嫌だから」

 その横顔には翳りが帯び、彼女もまた城外で起きる波乱を良しとせぬと思ってる事が伺い知れる。

 シンも、彼女の真意を汲んでか頷く。

 「そうだな。・・・・・・性病に対する抗体薬だけでも何とか譲れるよう願ってみよう。精製さえ出来れば梅毒も恐ろしくはない」

 「えぇ。何なら私好みの娘も凱旋と共に持ってきて欲しいわね」

 「はっ、口を閉じろ・・・・・・」

 最後には軽口の応酬。決して仲が悪いのではなく、これが彼と彼女のスタンスなのだ。

 キマユが退去するのを見届けてから、彼は腕を組みぼんやりと天井を見上げる。

 「・・・・・・ユリア」

 その彼の目元には涙があった。決して・・・・・・もう手に入らぬのだろうなぁと、報告を聞いて喪失の感情が段々浮かんできたのだ。

 世紀末入って一ヶ月目。

 彼の中に潜む悪魔は未だ沈黙を介しつつも、彼の中の善と悪はいずれ一人の悪魔の来訪によって完全なる崩壊を迎える。

 それを・・・・・・彼らも、彼をとりまく従者達も未だ知らないのだった。



 ・



        
 
          ・

    ・



       ・


  ・




     ・




         ・



 「だから言ってるじゃねぇかっ! 俺の扱う拳法は竜神拳! 史上最強の拳法だってっよ!」

 「それを誇大妄想って言うのよ。竜神拳って・・・・・・まぁ私達二人に勝てるならば、認めても良いけどね」

 城下では言い争いが響いていた。一人の大柄な少々長い茶赤の髪の毛の人物と、そして化粧の濃い女。

 対して腕を組み正規軍の服装をしたユウガ、そして控えるエミュが何やら呆れた顔つきで彼等へと言い返していた。

 「ドラゴン・・・・・・だったっけ? 貴方のそのパイロキネシス。そりゃ結構面白いけど、それで南斗拳士と言われても・・・・・・」

 掌から火を発生させているドラゴンを胡散臭そうに見つつユウガは呟く。

 「へっ! 俺達の拳はな!! 隣のパトラとて開発した最強の拳法! 正に竜を呼び覚まし灼熱の炎で相手を倒す!!」

 「そうさ。あんた等の食火だが鯵刺だが知らないけど。そんなシケタ拳法なんぞより私等を隊長格にした方がよっ程さ」

 そう、自信満々にドラゴン・パトラ・・・・・・いずれ世紀末救世主にやられる二人組は、己が強いと訴え正規軍への介入を訴える。

 南斗正規軍となれば、いずれシンが関東一派を制圧した時には己達も出世すると見込んでの正規軍への介入。
 隊長にでもなれば、他の人物達にコキ使うことが出来ると考えての思案によりドラゴン・パトラは出世欲で志願する。

 ユウガは、何を言っても無駄とばかりに肩を竦めて両手を上げる。エミュは、彼女の脇腹を軽く小突いた。

 「ん? ・・・・・・あぁ、そうねエミュ。・・・・・・これ程言っても無理だって言っても聞かないなら実力行使よね」

 その言葉を聞いて、パトラとドラゴンは共に嘲笑する顔つきで見合わせた。体格ではこちらが上。
 南斗拳士の上格だと聞くが、それでも己と半身が培う拳法は誰にも負けぬと人の居ない場所へと移り対峙する。

 エミュとユウガは互いに両手を羽ばたかせるように構え、パトラとドラゴンは二人の構えを冷笑しつつ見つつ叫ぶ。

 『南斗竜神拳!!』

 それと同時に繰り出されるわパトラの幻術、そしてドラゴンのパイロキネシス。エミュとユウガの目には
 突然ドラゴンの体から炎の龍が出現しているように見える筈だとパトラは身動き一つしない彼女達を見て勝利を確信する。

 ・・・・・・然し。

 「エミュ」

 ユウガの呟き、それと同時にエミュが宙を蹴り・・・・・・ドラゴンの繰り出す炎へ向けて手刀で切り裂いた。

 「何・・・・・・っ!?」

 「幻術・・・・・・確かに凄いけど、南斗拳士は目だけで闘ってるんじゃないのよ」

 エミュは単純に、熱のある場所へと目でなく触感を頼りに切り裂いただけ。ドラゴンやパトラを殺す気は毛頭なし。
 最初に決闘する前にユウガが聞いた言葉を歩きつつ彼らに気づかれぬよう手話で情報交換して拳の正体を把握したゆえの行動。

 一瞬の動揺が、彼等の居場所を把握する。炎が消えた直後、体中に気を道させながらユウガは跳んだ。

 「そこ・・・・・・っ!!」

 蜃気楼のように揺れる視界の中で、一つの気配に集中して地面を叩きつける。

 衝撃で舞い上がる土。その衝撃で軽い悲鳴が耳に届いた直後に蜃気楼のように揺れてた視界がはっきりと戻り
 体中を土と泥で汚し強かに背中を強打し倒れているパトラと、そして腹部にエミュの手刀を置かれたドラゴンが見えた。

 「・・・・・・まぁ確かに幻術だけならば他の拳士にも互角に戦えるでしょうよ。けど、幻術が通じにくい人物だって多い。
 エミュは聴覚が生まれつき欠落してから他の感覚を鍛える修行をしてきた。あんた等のように一芸を磨くんじゃなくね」

 大道芸で生き残れるほど、戦争は生易しくないわよ。

 その辛辣な言葉に、パトラとドラゴンは顔を顰めてユウガに文句を言いたそうな顔つきになった。

 だが、隣に立つエミュの冷えるような気配に。己の状況が悪い事を察知し忌々しそうにしつつ彼女達の見えぬ方向へと走り去った。

 「・・・・・・また、時間が空いたら。あの手の馬鹿は来るでしょうねぇ。そう言えばエミュ、何だかあのドラゴンって言う
 奴にかなり殺気を向けてたけど何かあった・・・・・・って。・・・・・・居なくなっちゃったか」

 尋ねようとした時、何かの思惑あってか自分の妹は去る。

 最近は何時もこんな感じだ。己の答えを、彼女はくれない・・・・・・昔の仲睦まじかった時がとても懐かしいとユウガは感じる。

 ・・・・・・エミュの不機嫌の訳。

 それは、彼女の知る人で想い人である人物とドラゴンが同じ拳法を扱ったから。そんな事をユウガは露とも知らない。

 何故ならば、エミュは何時かの日に彼女が彼女の想い人と笑顔で会話をしてたのを見てしまったから。

 その理由を知らず、そして疑問を知る事が恐ろしく彼女から距離を置いているなどと・・・・・・ユウガは全く解らない。

 だからこそ、彼女は吹きすさぶ風に疑問を尋ねるかのように天を仰ぐ。・・・・・・星々に向かって、ユウガはこう呟いた。








                         「・・・・・・ヒューイ様なら、こんな時どう言ってくれるんだろ」








 ・・・・・・これは、一つのポタンのかけ間違いによって起きた悲劇。



 それが・・・・・・彼女達の命運を分かつと。未だ恋に愚かな駝鳥も鯵刺も知らないのであった。












               後書き






  シンは今のところは大丈夫。だけど傷心中ゆえに結構今ナイーブ。



  フウゲン様に至っても世紀末直後は老体には応えるから、ひっそりと何処かで安静中ってところだろうな。

  

  ・・・・・・因みにあのおじいちゃん。どれだけ全盛期強かったんだろう? サウザー並か?





   



[29120] 【貪狼編】第十話『元斗に在るは 緑青赤紫 金と白』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/03/15 21:18


 


 



 世紀末に良く似た荒野。広々とした生きる気配の無い場所の一角にある少々寂れたビル。

 そのビルの近くで厳ついヘルメットを被った男と、そして少年が何やら会話をしてた。

 「・・・・・・だから何度も言ってるだろうが。舌で転がすようにして針を口の丁度良い場所に設置して、そして鼻から
 吸った息を口で吐き出すタイミングに合せて強く吹き矢と同じ要領で飛ばすんだよ。要領悪いなぁ、てめぇ」

 そう、指揮棒のように散弾銃を回しつつ指導と言う名の罵倒を吐く男。

 少年は、その言葉を何とか聞き逃しつつ。真面目に言われた通り、口の中に入れている針を吹いた。

 プッ! と言う音と同時にビルの壁に針が飛び、そして上手く突き刺さらず地面へと落ちる。

 「駄目だ、駄目。横隔膜ってあるだろ? 腹の底から力をグッと込めて飛ばすんだよ。気合込めろ、気合をよぉ」

 そう言われても、一朝一夕で含み針など出来るものかと。少年は心の中だけで文句を紡ぐ。

 彼等の名は、どちらもジャギ。一人は死に、一人は未来を変えるべく生きる人物。

 最初は殺され、殺そうとした関係だが。今は奇妙な師弟関係を築いている仲でもある。

 「・・・・・・まぁ、こんなもんか」

 数刻して、ようやく数本の針が壁に突き刺さったのを見て体格が完成しきっているジャギは不満そうながらも頷く。

 「丁度水やる時間だ。おめぇ、もう少しやってろよ」

 「へ~い」

 少年は、ようやく嫌な光を含んだ視線から開放される事もあり気の抜けた返事で答える。

 その少年を少々忌々しそうに一瞥してから、ヘルメットを被った男は建物の中へと消えた。

 「・・・・・・本当に、あの野郎含み針教えてきやがった」

 建物から完全に消えたのを気配と視線で確認すると。心からの安堵の息を吐きつつ彼はそう呻く。

 南斗聖拳。北斗神拳も、この場所で彼は日々練習している。

 それなら未だしも含み針の特訓まで突発的に、あの自分を最初は本気で殺そうとした男は何故か知らぬが始めた。

 「まぁ、別に無駄にはならないと思うが・・・・・・」

 未来の拳王やら、その類の拳法の使い手には含み針など効果ないと感じるが少々の牽制にはなるかも知れない。

 それに西斗月拳では確か『操孔針』と言われる秘孔を飛ばした針で命中させて拘束すると言う技も存在してたりする。

 「・・・・・・長いようで、短いよな。本当」

 鍛えてきた。必死で血の滲む努力を。

 今までの特訓の所為か、ラオウ相手でも南斗聖拳の唯一の技たる邪狼撃の動きで避ける事が出来るようになったし。
 北斗神拳でも、北斗千手殺及び秘孔の幾つかを覚える事は出来るようになった。今のままでもモヒカン程には通ずるレベルだろう。

 ・・・・・・だが。

 「絶対に、ラオウの兄者がなぁ・・・・・・」

 サウザーが自分によって優しい性格の状態を維持している事は嬉しい事だが。それでもラオウは間違いなく世紀末に
 拳王として名を馳せるに違いない。そして、修羅の国では未だカイオウは己の野心のままに動いている。

 「・・・・・・まぁ、原作で計算すれば未だ猶予が有るのが幸いか」

 リンやバットが成人に近くなってからが修羅の国の物語が始まる。まぁ原作開始時からカイオウの強さはラオウと均等の
 レベルだろうけど、それでも修羅の国を収めるのに尽力しているだろうから己のいる場所へ攻め込む可能性は無い。

 「・・・・・・と言うか、ラオウの兄者だけ何とかすれば。もう平和になるんじゃね?」

 そうだ。とジャギは腕を組んで頷く。

 サウザーの継承儀式でのオウガイの死による狂乱を防いだ今、ラオウさえ何とかすれば問題ないでは無いか、と。

 「・・・・・・あ、いやいや待て。とは言っても未だ厄介のが居るな」

 と、ジャギは思い直す。彼の中の知識で浮かぶ人物。修羅の国の人物達は除いてこの地に存在する強敵。

 ・・・・・・ゴッドランドのカーネル。

 ケンシロウにやられた雑魚敵と思えるが、特殊軍隊としての格闘技術と超能力と言うのが少々難点。

 ・・・・・・ビレニイプリズンのデビルリバース。シンやシュウの両親と師を失わせた力。ケンシロウが倒すとしても厄介。

 ・・・・・・そして。

 「・・・・・・ファルコ。こいつも、どうにかしねぇとな」

 金色のファルコ。

 天帝軍と言われる南斗と北斗の上に君臨すると言われる軍勢。本来は平定の為に君臨する者達である。

 だが、ファルコはとある人物の命令を受けて南斗拳士達の虐殺を行使する。その命令した人物とは。

 「まぁ、問題ねぇか。ジャコウなんぞ雑魚だし」

 ジャギの発言した、ジャコウと言う人物によってである。

 彼の知る原作では『光を~、もっと光を~!!』と呻いていた記憶と、ケンシロウに敗北を喫し重傷のファルコに一撃で
 やられた人物と言う記憶しかない。そして、彼が天帝軍の頂点に君臨出来たのもルイと言う姫を人質にとったに過ぎない。

 「・・・・・・ラオウの兄者を如何に対処するかしつつ、ジャコウの反乱を止める・・・・・・か」

 フッ、とジャギはシニカルに笑い。

 「無理だっつうの! 距離だってどんだけ離れてると思ってんだ!!」

 余りに自分が動くには移動距離だけでラオウやジャコウが何かした時に犠牲者が増加する。

 その対処法はジャギの頭では人に頼る位が関の山だ。

 降参の意を込めて叫んだ。涼む建物の中で水をやってた彼の師は、含み針の修行を怠る彼に、その瞬間散弾銃を放った。

 無論、慌てて回避した。絶対に自分に技を教える人物は問答無用で自分を狙うからだ。

 「さぼってんじゃねぇ!!」

 「解ってるっつーの!! こちとら未来を如何に変えるか考えてるんだって!」

 「んなもん終わってから考えろクソ餓鬼!!」

 建物の上と下で怒鳴り合うジャギ達。

 そんな彼らを、困ったように怒鳴るヘルメットのジャギの背後で植木鉢の花は未だ咲かずも蕾が出そうな状態で揺れた。

 



  ・



         ・

    ・


       
       ・


  ・



      ・




           ・



 「・・・・・・と、言うわけで。現在俺はユリアの居る部屋にいます。っと」

 「誰に向かって喋ってんだよジャギ」

 誰ともなしに呟いたジャギへ向けてのジュウザの突っ込み。

 キムが居なくなり、アンナもシュウに修行する事で。とりあえず彼女も日常生活に支障無くなるだろうと落着をする。

 最良では無いが、アンナも納得してるのだからジャギがこれ以上この問題で悩むべきで無い。そう言うわけで
 ユリアの元へと趣き、おまけではあるが彼女の元へ遊びに来てたジュウザも参じての会話である。

 ジャギが切り出すのは、勿論彼の知る世紀末の事に関してだ。

 知ってる話を、とりあえず都合の悪い部分は省略しての話。ユリアは聞き終えて人類の大半が死ぬと言う事に暗い表情を出して
 ジュウザはと言えば、ジャギの話を半信半疑と言った様子で聞き終えた。そして予言の話が一段落するとジュウザは呟く。

 「お前、その予言士って奴に担がれてるだけじゃねぇの? 大騒ぎし過ぎに聞こえるぜ」

 「別に信じなくてもいいんだぜジュウザ。だが、俺は信じる。もし外れたらそん時は好きなだけ馬鹿にすりゃ良いだけの話だ」

 「・・・・・・うぅん」

 ジャギは、予言士から聞いたと言う風に話したゆえでのジュウザの疑問。ソレに冷静に告げてジュウザは唸る。

 彼とて世界の情勢に関しては人並みに知ってる。ゆえに、核戦争と言う話は壮大だが確かに信憑性も無きに非ずなのだ。

 「お前の話、ノストラダムスの予言みてぇだよな」

 「・・・・・・似たようなもんさ」

 ジュウザの言葉に苦笑いするジャギ。何せ、北斗の拳の核戦争に関しては作者がこの世界にも存在する遥か昔の
 預言者の話を、現在自分が存在する創作された世界の基盤にした可能性が高いのだ。皮肉としか言いようがない。

 (1999年七の月に空から恐怖の大王が降る・・・・・・本当ゾッとしねぇ話だ)

 恐怖の大王になれる存在が二人も居るのだから。片方は何とか防いだが、もう片方は絶望的・・・・・・。

 「まぁ、俺も五車星の方には言っとくけどな。リハクとかなら、あのおっさん頭良いから何か考えてくれるだろ」

 そう、ジュウザは面倒そうながらも答えてくれた。ジャギが礼を唱えると手を軽くヒラヒラと振りつつ別に構わんと言ってくれた。

 ユリアは、暫し考え込んでいるようだった。最近、余り未来の出来事が見えない事と関係あるのかと思ってるのかも知れない。

 「ユリア?」

 「っあ、御免なさい一人で考えて。・・・・・・そこまで遥か先の未来は私にも解らない。だけど・・・・・・そうね、用心すべきね」

 そう、ユリアも己の出来る事をしようと頷いてくれた。ジャギは一先ず安心かと思いつつ、そして尋ねる。

 この人物との会話が、未来を変える切欠になると信じて。

 「そういや、リュウガにもちょいと尋ねたい事あるんだが・・・・・・」






  ・




        ・

     ・


       ・

   ・



      ・


 
          ・



 「・・・・・・それで、こんな場所までわざわざやって来た、と言う訳か」

 南斗の里近くの森深く。ジュウザはリュウガの居る場所に関して当てが有ると聞いての場所へ趣き、駄目元で
 指笛を吹き待機していると。ガサリと言う音と共にリュウガは出現した・・・・・・切り株に座り待っていたジャギを見て嫌そうな表情しつつ。

 「お前、何時もこんな場所で一人で修行してんの?」

 「あぁ。『天狼星』の下で動く俺は余り人と深く関係を抱く事は無いからな。・・・・・・何だその顔は」

 リュウガの言葉を聞いての呆れたジャギの顔つき。尋ねれば億劫そうにジャギは呟く。

 「・・・・・・おめぇユリアの事で俺の事殺しかけた癖に良くほざけるよな」

 「アレは不可抗力だろ・・・・・・と言うか引っ張り出すな、アレに関して」

 北斗兄弟とジュウザとシンと結託しての事件。リュウガも忘れたい出来事を思い出され、恥じるように僅かに顔を赤くする。

 とりあえず予言についてジャギが告げると、リュウガは驚きもせず涼しい顔で返事をする。

  「・・・・・・成程、それがお前の胸の内に隠していた事と言う訳か?」

 「驚かないんだな?」

 「お前の瞳には秘密を宿している光があったからな。・・・・・・嘘は言ってない位は俺には解る」

 ジャギは、その素直な態度に感心して良いのか。それとも己より余裕な態度に腹立って良いのか解らずも会話を続ける。

 「そっか。それじゃあ話を進めるけど、それで天帝に双子の女の子が生まれて。人質にとられてファルコって野郎が
 首謀者の言いなりになって南斗の仲間達を殺そうとするんだよ。リュウガなら何とかする方法も思い浮かぶだろ?」

 「・・・・・・て、天帝の子が人質だと?」

 世紀末到来には涼しい顔してたのに、天帝の事が上ると同時に彼の顔には怪訝な表情が現れる。

 「驚かないんじゃなかったのか」

 「ソレとコレは話が違うだろ。・・・・・・天帝の子が人質になりファルコ殿が南斗拳士達を虐殺とはな。
 ・・・・・・まぁ、あの方なら次代将軍は間違いなかろうが。天帝の子供が人質になるなんてあっては成らぬ事だ」

 リュウガは、己の雪のように白い髪を梳きつつ重い溜息を吐く。

 「次代将軍って事は、未だ将軍じゃないのか。ファルコ」

 「ん? あぁ、未だ若いからな。天帝の兵として活動してはいるが将軍は別だ]

そう言って、彼はそらで天帝軍の人物の名を述べる。

 「お前も言う若くも次期将軍株とされる金色のファルコ。それに続くは紫光のソリア、円なる気を扱うと言われている人物。
 次に上げるは赤光のショウキ、緑光のタイガ、青光のボルツ・・・・・・そして」

 最後にファルコが紡いだ言葉に、ジャギは目と耳を疑った。

 「・・・・・・『白光のジャコウ』。まぁ、これが若き元斗の拳士の中の有能者だな・・・・・・ってどうした?」

 あんぐりと、口を開いたジャギを見て顔を顰めるリュウガ。

 だが、ジャギとしては今聞いた言葉が嘘だと思いたく尋ねる。

 「・・・・・・最後何て言った?」

 「ジャコウだ、ジャコウ。白光のジャコウと言われている、驕り高いのが鼻につくが元斗皇拳の実力者である事は間違いないぞ」

 一瞬の間。

 それと共に、ジャギの絶叫が南斗の里近くの森林に轟いたのだった。




 
 ・


            ・

     ・


         ・


  ・


      ・



            ・



 ・・・・・・天帝の住まう国、元斗錬気闘座にて。

 そこには現在の元斗の将軍の地位である人物。天帝に仕える将軍が座っていた。名を、ブロンザと言う。

 補足事項で言えば北斗の拳2(FC)に出ていた人物である。

 その場所には四角いリンク。簡易的な闘技場が設置しており壁に幾人かの男たちが強い気を滲ませ座っている。

 「では・・・・・・ボルツ、タイガ。前に出よ」

 将軍であり元斗の師父であろうブロンザの言葉に『ハッ!』と号令と同時に四角いリンクに男二人が立つ。

 一人はエメナルドグリーンの髪を生やした青い道着の男、もう一人は黒髪で強面の緑の道着を着こなした男だ。

 「クク、タイガ。今日は貴様が地面に付す番だな?」

 青い道着の男は薄ら笑いで青い気を輝かせた警棒のような光を出現させて対峙する青年を挑発する。

 「抜かせボルツ。この前の如く寝かされたくなければ早々に降伏しろ」

 挑発された男は、それに嘲笑いしつつチャクラム程の緑の輪を指に出現させて回転させながら構えた。

 青光のボルツ・緑光のタイガ。

 どちらも北斗の拳に登場した帝都の将軍。そして気を扱う事を得意とする元斗皇拳の使い手である。

 『・・・・・・てぃええええやあああ!!』

 数秒の間が通過すると、彼等は大地を蹴り相手へと接近する。

 「寝ろおお! ボルツ!!」

 「甘いわぁ!! タイガ!」

 タイガのチャクラム程の緑の輪がボルツへ向い、それをボルツが青い警棒のような気で叩き落とす。

 「喰らうが良い!! 元斗青光拳!!」

 そのまま無手でがら空きになったタイガへ向かってボルツが青い警棒サイズの気を振り落とそうとする。

 だがタイガは余裕の笑みで自分より跳躍し頭上を取ったボルツを見上げていた。それに疑問や罠である事を想定する暇なく・・・・・・。

 ズガンッ!!

 ボルツの後頭部に緑色の輪が飛来し命中して、彼は白目を向いて自身の闘気を消し去り大地に伏した。

 「・・・・・・ぁがっ!!?」

 「残念だが、最近は練気も上達してな。チャクラム程度だが、お前に気づかれぬようにもう一つ輪を出現させて
 死角から飛来させて背後から不意打ちさせる位は出来るようになったのさ。未だ未だ拳法通り青いな・・・・・・ボルツ」

 まぁ、聞こえてなかろうがな。と、タイガは悠々と気絶したボルスを一瞥しつつ片手を上げて自分の勝利を宣言した。

 これは彼らの日常茶飯事の光景。互いに殺す真似はせずとも実戦形式の試合で相手と戦い合う修行である。

 ブロンザは勝敗に対し頷くと、練気闘座に居る若者の何人かに気絶したボルツを脇へと移動させ次の試合を開始させる。

 「・・・・・・次! ソリア、ショウキ。前に出よ」

 その言葉に、無言で二人の男が対峙し合う。

 一人は紫色の少々獣に似た獰猛さが見える男。もう一人は赤髪でどことなくだが炎のシュレンに似た感じのする男だ。

 二人は暫し構え睨み合っていた。紫の髪をしたソリアは余裕そうに、赤い髪のショウキは冷や汗を一筋流している。

 その表情から、ソリアの実力が自分よりは上とショウキが判断しているのが見て取れる。

 「何だショウキ? ・・・・・・怖気づくか」

 「っ驕るなぁソリア! 破ァアア!!」



                                 元斗赤光裂斬!!


 
 未だ若いショウキの指先から赤い人差し指サイズ程の針がソリア目掛けて放たれる。

 「見切れるわっ、それ位・・・・・・!」

 だが、ソリアは獰猛に笑い首を軽く曲げるだけで避ける。実力はショウキも高いのだろうが、人と闘う事が不慣れゆえか
 ソリアに自身の緊張を見抜かれて容易く放った気の軌道を読まれてしまう。その避けられた事に動揺してショウキは固まる。

 「ふんっ!! 『破の輪』!!!」

 鼻息を鳴らし気合一閃と共にソリアは固まるショウキへ向かって片手に回転する円の気を出現させ、纏ったままに振り抜く。

 野太い激突音と共に、ショウキは言葉も発せず体を空中に錐揉(きりも)み状態で吹き飛んだ。

 「はははっ!! 赤い気を纏う割には青い青い!! ほらっどうした!? 未だ動けるだろうがショウキ!!」

 そう、蹴りつけ意識を覚醒させようとソリアが彼に近づき片足を上げた時、ソリアとショウキの間に人影が割り込んだ。

 「・・・・・・意識を失っている。これ以上の組み手は意味が無い筈だ」

 金色の剃りだった髪、それと同様の金色の気配を宿す男は片足を掌で防ぎソリアを強い光を宿わせた瞳で制止の声を上げた。

 ソリアは、その人を屈服するに等しい彼の態度と言葉に顔を顰めてファルコの事を睨みつける。

 一触即発。互いの気配が好戦的に成ろうとしたのを視認してブロンザは怒鳴るように命じた。

 「ファルコ! ソリア!! 命じる前に闘う事はならん!! 神聖なる元斗の闘座の意思を穢す気か!」

 その言葉に、ファルコの掌に触れていた脚をソリアは引っ込め面白くなさそうに小さく舌打ちして場を去った。

 ブロンザが紡いだ名。ファルコ・・・・・・後に金色のファルコと呼ばれし元斗の使い手は友であるショウキが気絶している以外に
 重傷でない事を知ると安堵の息をそっと吐いた。組み手とあろうと、ソリアの性格は相手を痛めつけても平然とするのを知るゆえに。

 「ファルコ・・・・・・早くその邪魔な『塵芥』、脇へと置け」

 ピクっ。

 その言葉にファルコは体を揺らし、そして剣呑な気配を次に浮かべて振り向く。

 同士を塵芥呼ばわりし、そして顎を撫でつつ自分を見下して現れた男。己こそが一番だとの自身に満ちあふれた顔立ち。

 ファルコは、ショウキを他の仲間達へと頼み移動させると立ち上がり口を開いた。

 「・・・・・・『ジャコウ』。ショウキは俺の友だ、今の言葉を撤回しろ」

 その言葉に、呼ばれた男は嘲笑いを浮かべる。

 「敗者を塵芥呼ばわりして何が悪い? それとも、お前は負け犬を可愛がる趣味でもあるのか?」

 ジャコウ・・・・・・原作では元斗皇拳など扱えぬ男。

 だが、その男は元斗の拳法家達が集う場所に間違いなく立っていた。そしてファルコすら問題視せぬ口調で受け応えている。

 余りに異質。だが、その異質を現在立っている者達は平然と受け止めていた。

 ブロンザは告げる。

 「話はそこまでだ! ファルコ! ジャコウ! 位置に着け!!」

 その言葉に、ジャコウはフッと笑い青紫色の髪を掻揚げて正位置へと歩き仁王立ちする。

 ファルコも、これからは言葉での対話でなく拳での対話であると理解すると。黙り向かい合う場所で拳を構えた。

 「・・・・・・始め!!」

 ブロンザの試合の宣言が開始される。

 本来ならば勝敗は明らかな試合。巨象に対し一匹の蟻が闘いを挑む程に無謀な試合の筈。

 なのに関わらず、この場に居る傍観者達は闘いを五分だと思いつつ観戦している。

 「ぬおおおおおぉ!!」



                                  元斗猛天掌!!!


 友を馬鹿にされ怒りのままに気を満たしたファルコは呼気強めると同時に片手をジャコウ目掛けて繰り出す。

 その掌からはサッカーボールサイズの闘気の弾がジャコウ目掛けて飛び出していった。

 これが原作知識だけを知るものならば、目の前の男は容易く、その顔面が見るに耐えない状態に至ると思ったであろう。

 だが、この場に居る男は違った。

 その顔つきに微塵も恐怖も動揺の色を浮かべる事なく、ジャコウはファルコ同様に片手を上げて張り叫んだ。




                                元斗白華連弾!!!



 白い、ファルコと同じサイズの弾が二つ連続して放たれた。

 ファルコの目が見開く。一つはそのままジャコウの弾と相殺され、そして次の弾は自分目掛けて飛来してきたのだから。

 「ぬうっ!!」

 腕を交差させて防ぐファルコ。その両腕に及そ三十km程のスピードの乗用車が激突したような衝撃がファルコの腕を襲った。

 両足が、その力に押し負けて後方へと引き摺られる。数秒単位では取れぬ痺れがファルコの腕を麻痺させた。

 「はははははっ!! これで終わりだファルコ!!」

 ジャコウは、獰悪なる笑みと同時に未だ腕が思うように動かせぬ彼目掛けて蹴りを振り抜く。

 

                                元斗真空減殺!!


 威力ある、何重もの素早き気を宿した蹴り。

 ジャコウは勝利の笑みを浮かべ、そして次に顔を顰める。
 
 彼の目には、吹き飛ぶファルコでなく己の片足へと重さなく乗ったファルコが視認されたからだ。

 「天衝舞(相手の近接攻撃に飛び乗る元斗の技)・・・・・・成程使えてたのか」

 「未だ終わりはせんさ・・・・・・ジャコウ」

 腕の痺れは取れ、そのまま片足で蹴りをお見舞いしようとファルコは脚を上げようとする。

 だが、その前にジャコウはニヤリと笑い『もう一つの片手』を隙が一瞬生じたファルコの腹部目掛けて翳した。




                                  元斗流輪破!!!



 「ぐふっ・・・・・・!」

 繰り出された光弾。胸元に回転する白光の大きな弾を受けつつファルコは地面に背中から倒れた。

 受身もろくに取れず倒れた所為か、ファルコは口内を切ったのだろう血を唇の端から滴らせて顔を上げてジャコウを睨んだ。

 大抵の生き物ならば震え上がりそうな視線すら余裕綽々でジャコウは受け止めて、そのまま見下し紡いだ。

 「クク、未だやるかな? ファルコ」

 「とうぜ『そこまでだ! 試合終了とする!!』・・・・・・くっ」

 ブロンザの声、これ以上の試合は互いの生死を及ぼす激闘に発展しかねないと見越しての宣言にファルコは友の
 名誉を修復出来ぬ事を知り口惜しそうに一度無念の声を上げると、その抑え難い感情を片方の拳を震わす事で堪えた。

 「命拾いしたな、ファルコ。何度でも掛かってくるが良い・・・・・・まぁ、結果は同じだろうがなぁ!!」

 フハハハハハハハッ!! そう高らかに笑いジャコウが去るのを、ファルコは複雑な顔つきで見送るのだった。

 その場が解散になると、お仲間の元斗の拳士であろう人物達は彼らに聞こえぬよう小さく会話をする。

 「・・・・・・ファルコ殿の劣勢で負けたか。試合の全貌を見ると」

 「ジャコウ殿の『白光』は何時見ても唸らせる実力あるからな。ブロンザ殿に続いて次期将軍も夢では無かろう」

 
 「然しながらジャコウ殿は性質が口にはせぬが少し・・・・・・な。拳の腕は中で一番かも知れぬが、それでも
 自分はファルコ殿が一番だと断言するよ。あのように自惚れてるやから、何時かは手痛いしっぺ返しを喰らうさ」

 「だな」

 どうやら、仲間達からも余りジャコウの評判は良くないようだ。・・・・・・当然かも知れんが。

 ショウキは、ファルコとジャコウの闘いが終了した直後に呻き目を見開いた。

 頭を振り、彼は己がソリアに負けた事を思い出し落胆した表情になる。その頭上に過ぎる影。

 「・・・・・・ファルコ」

 「落ち込む事はないショウキ。・・・・・・調子が悪い日は有る」

 未だ十七程ながら大人びて言葉短くも自分を慰める友に、ショウキは苦笑いしつつ呟く。
 
 「気にしてはない。・・・・・・だが、ソリアにはこれで何度目かの辛酸を舐められたな。このままでは俺も潰されるかもな」

 「そんな事は俺がさせん・・・・・・奴は元斗拳士の中でも最近の振る舞いは目に付く。・・・・・・いずれ俺が直に動かなくてはな」

 最後の呟きは、ショウキに心配をかけぬよう小さく。

 その説得が、ソリアの片目を奪う事になるかも知れぬ事を。今の彼等が知る由も無い。

 ショウキは体の汚れを払いつつ、ファルコへと尋ねる。

 「お前は誰と闘ったんだ?」

 それに、ファルコはジャコウの名を唱えた。不憫そうな顔がショウキの顔に浮かんだ。

 「あ奴もソリア以上に少々問題児だからなぁ。勝っても付け上がるし、負けても目に付けられるだろうからな」

 「実力があるのだ。負けた身では何も文句は言わん」

 ファルコは、ジャコウの実力を素直に認めていた。・・・・・・原作だけしか把握してない人物達からは信じられぬ事だが。

 「・・・・・・お前がやはり次期将軍になってくれれば良いと心から思うよファルコ。お前ならば、民も兵も。
 そして天帝も納得するだろうと俺が太鼓判押してやる。お前には、人を率いる魅力あるのだからな」

 「止せ・・・・・・褒めすぎだ」

 ファルコ。彼は若き身でも人を惹きつける力を備えていた・・・・・・ラオウやケンシロウも認めし兵達が彼の命の為ならば
 ミサイルを改良した爆弾からも身を打って防ぐ程の彼に対する魅力を。・・・・・・そして、それがジャコウを狂わす一因になったのだろう。







 ・・・・・・。





 「・・・・・・ちっ・・・・・・どいつもこいつもファルコ、ファルコと」

 勝利した身であるのに・・・・・・天帝の城を歩いていたファルコは爪を噛み忌々しそうに呟く。

 彼は目敏く、周囲の風評を知っていた。己の自尊心を満たす為に真っ当なら拳士ならせぬ盗み聞きすらしてまで。

 そして・・・・・・彼を賞賛する言葉は無く、ファルコを次期将軍と言う会話を彼は聞いてしまう。

 (何故奴ばかり褒められる。何故あいつばかり優遇されるんだ! 女達も兵もファルコ、ファルコ、ファルコと・・・・・・!!)

 彼の性格は、例を上げるならばアミバやジャギと同質だった。

 一つ違うと言えば現在の拳の実力は高いと言う事だけ。だが、拳の力以外では彼の性格や能力は格段に劣っているのが災いした。

 彼に、人を気にせぬラオウのような強さあれば。

 彼に、人を気にせぬトキのような包容力を持てば。

 彼に、もしジャギのように第二の生が許されてたら。

 そんなIFは起こり得ない・・・・・・ゆえに彼はフッと悪魔の考えに至ったのだ。

 「・・・・・・もっと強くなれば」

 (ファルコよりも・・・・・・そうだ。ファルコなど問題せぬ誰をも屈服する力を持てば俺は・・・・・・!)

 (俺は、そうすれば将軍・・・・・・いや! 王として君臨出来る!!)

 その彼の中の悪魔が、彼の人生を狂わした。

 「フフ・・・・・・」

 ジャコウは一つの術を知っていた。この世で一番になり得るであろう一つの術を。

 それは・・・・・・。

 「見てろぉファルコ・・・・・・そして俺を馬鹿にする愚図ともめぇ」

 (古より伝わりし『魔界の力』・・・・・・それを究明して、俺は最強の力を掴んでやる!!)

 天帝の場所には・・・・・・古来より伝わる北斗の拳に関する秘術についても噂程度であるが彼が知るには十分な話が豊富。

 ゆえに・・・・・・その北斗流拳に関連する魔界の拳についても。彼は知ってしまってたのだ。

 狂気的な光が彼の目に芽生える。

 暗い天井へ向けて、彼は拳を掲げて口を開く。

 「俺はジャコウ・・・・・・俺はっ」








                               「白光のジャコウだぁ!!!」










 ・・・・・・この日より、彼の偉大なるプランが着々と進められる。

 白き光の力を備える元斗の拳士は、伝説の魔界の力に静かに魅了され力を得ようと誰にも知られずに行動へと移す。




 そんな彼を・・・・・・深淵はきっと密かに微笑み待ちわびている。










               
             後書き





 最近モチベーションが上がらないと思い食事改善している。

 特に野菜や肉料理中心で炭水化物は取らぬようにした食事をしている。

 けれど友人からコンビニの菓子(柿の種)を送られ、それにはついつい気が付けば手を伸ばしてる罠。



 あぁリハクの目をもってしても防ぐ事は敵わんだ。





 



[29120] 【流星編】第十一話『白き光の愚者は 離別と共に悪夢を授く』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/03/21 16:52




 



 それは世紀末が始まる前の一つの事件の話

 天帝の住まう国で起きた、元斗の者達には忘れたき一つ出来事の話。

 魔界に魅了された男の話。

 力に溺れ身の程を弁えられなかった者の話。

 その者の名はジャコウ。

 それでは始めよう。一人の光を軽率に捨てた愚者の話を。





  ・



         
         ・

    ・



       ・

  
  ・



 
      ・



          ・




 「……ハタ(力)、マディヤ(我に)、ウパフアラ(与えよ)……マディヤ(我)、バラバン(強き)、サイニカ(戦士)」

 暗い一つの一室。床には黒炭によって描かれた魔法陣が有った。

 外からは喧騒なる拳士及び兵士達の試合の声が厚い壁を通じてブツブツと呪いの言葉を響かす男には聞こえていた。

 (騒げ、騒げ……数時間後には、この俺様はお前達全員を跪かせる力を得るのだからな)

 男の名はジャコウと言った。

 彼には二つ名の異名が有った。『白光』と言う名の力を司る元斗皇拳を備えていた。

 その力は、現代の将軍ブロンザ等からは元斗皇拳使い手の中では歴代最強かも知れぬと言われる程に。

 だが、彼には欠点が有った。どうしようも出来ぬ一つの人格的な欠点が。

 力ある者ならば致し方がないのかも知れぬが、己の強さを驕り付け上がる悪癖がジャコウには存在していた。

 彼は常に己の仲間内の人間に勝利しては、自分が絶対者など豪語する。

 そんな自己愛主義の男に、同士たる者達や配下なる者や兵士達に民衆が彼を崇拝する事は皆無だった。

 ジャコウは、力あるにも関わらず誰も己を賞賛せぬ事に苛立ちを時間と共に募らせる。そして、彼が間違いを犯すに至る。
 彼にとって焦燥や懸念と言った存在が近くに有った。それは、民衆の為に片足を事もなく失える男。

 金色のファルコ。彼にとって目の上のたん瘤(こぶ)の人物。

 彼には支持者が多く居た。民衆や兵士から圧倒的な信頼を置けられ、そして一度たりとジャコウとは違いソレは鼻にかける事ない。

ジャコウは、そんな彼に嫉妬していた。

 己より下だとは確信している。だが、未だ伸び代が有る人物であり民衆と天帝から好印象を抱かれる人物と言う事は
 後々、己に対して大きな災いに成り得るのが目に見えていた。

 白光である自分。そして金色たる力を所有する奴。

 元斗皇拳と言う拳法は気と言う人間の生命エネルギーと、其の人物の本質を混ぜ合わせた拳法。

 『白』とは、良点として見れば純粋や、穢れ無きと言う性質を持つが。不良点として見れば、白とは本来人間の所有する
 色合いで元斗としての観点から見れば才の向上が低い事を暗に視点しているとも言える。

 言うなれば、赤子が無地であると同等に。己の能力も底辺に近いかも知れぬかもと言うのが『白光』なのだ。

 元斗の拳法家は元々『白』と言う性質を子供の時から持っている。それから段々と『己』と言う『色』を自覚して
 それが元斗皇拳の己の力として確率される。

 己は『白光のジャコウ』……この二つ名は誇りと違い蔑称に近い。

 ジャコウは、己自身の色(力)を求めていた。

 確かに白も良いかも知れぬ。だが、ファルコに勝る金以上の力を欲したいと言うのも又限りなく否定し難い事実。

 何故奴が金色と呼ばれるのが口惜しさに歯軋りが尽きた事は無い。己の色と交換出来るならば現在の財を
 全て放出してでも交換してやる。

 だが……そんな不満も、もう直ぐ消えると思うとジャコウは現在晴れ晴れとした気分だった。

 目の前には魔法陣。

 そして片手にあるはサンスクリット語で執筆されている独特の呪文。

 「フフフフ……ようやくだ」

 これで、ようやく自分は今まで揶揄されてきた劣等感から解放される。

 北斗神拳……天帝の王室に何とかコソコソとネズミの如く忍び込む事を数年繰り返し、そして禁書の棚の中から
 見つけ出す事にようやく成功した。

 その文書にあった書物に関する内容を、己だけで読解するにも一年余り。

 後、数日かそこらで将軍候補を決めると言う選定日が迫ってしまったが。彼には焦りも恐れも今は存在しない。

 彼はサンスクリット語で、更にぶつぶつと低く詠唱を続ける。

 『来れ、我に力を。我、大いなる力を求めし者也。古より伝わりし暗黒の力よ我が白に無限なる力を求めん』

 彼は全身に、己の白の気を纏いながら魔法陣に手を翳しつつ儀式を続ける。

 『魔界よ、我に力を。汝らの怒りと絶望を我に捧げん。我、大いなる力を行使せして我が望みを成就せん。
 我に巣食う暗黒を、魔界と共に昇華せん。我、大いなる力と共に古の世界の再生を約束せん』

         





                                                         …………ゴォ








 ジャコウの言葉が続いていくと、生暖かい風が彼の居る一室へと突然吹いた。

 アンナが突如悪魔に憑かれた時と同じ、生暖かい風かだ。

 ジャコウは、怯える事なく儀式の成功が近い事を知り得てほくそ笑む。

 彼は、未だ知らなかった。破滅の音が自分の背後をゆっくりと迫っている事を。

 『災いの使者よ、汝らに天なる魂を捧げる事を約束しせり。暗黒の王よ、汝らに白き魂を卓に沿える事誓い。
 螺旋の王室に、混沌の統率の槍と剣を携えた騎士の馬の嘶きを思い出さん』

 ゾクゾクと、ジャコウの背筋に微弱な痺れが這うように流れた。だが、彼はそれが成功間近な事だと疑う事を
 全くなく続けた。

 『永遠の絶望を汝らに約束する。それと共に我は汝らの代行者となる事を約束せん』

 『この世で最も深淵を知し示し者達の力と共に、この世の天と地を除く全てを統べる力を我に授けよ……!』

 




                                                          …………ゴオォ!!



 風が吹き荒れる、黒い黒い風が。

 ジャコウは、読み上げていた呪文書が其の風に引っ浚われ宙で切り裂かれるのを目視しながら高笑いした。

 体中に、恐ろしさを通り越して万人を征服すべし力が浮かび上がるのが感じる!

 彼は高笑いと共に、その己が世界の王にも成り得る。誰も己を脅かす事の無い無敵の力に暫し酔いしれていた。

 ……今だけは、その抗いがたい力の快楽に、





 ・



        ・

   ・



      ・


 ・




     ・




          ・




 そのジャコウが儀式を隠れ執り行っていた時に。彼が嫉妬の対象とする人物は紫色の髪を生やす強面の男と対峙していた。
 
 「今ならば、これまでの事も謝罪すれば俺も水に流すが……」

 「抜かせぇファルコ。俺は俺のする事に間違っていたなどと悔いる事は無いわ」

 その紫色の髪の男の名はソリア。

 そして、彼に金色なる髪と気を漂わせた男の名はファルコであった。

 周囲には、見守る元斗の拳士達が固唾を呑んで闘いを見守っている。

 この闘いは只の組み手では無い。将軍候補を決める大事な試合なのだから。

 「…………始めぇ!!」

 ブロンザの声が響き渡る。

 それと同時に、地面を蹴りて宙へと舞うソリア。身を鳥か風で舞い上がる紫煙の如く上空へと浮かびファルコを見下ろし彼は叫ぶ。






                                  元斗剛天掌




 上空のソリアの両手から放たれる強大なる力を秘めた紫色の光弾。それは致死性を秘めたる威力を一つずつ秘めていた。

 今や、成長している彼等は全員一兵団の力に匹敵する実力を備えている。

 ファルコは、それに向かって片手だけを翳し叫ぶ。





                                  元斗流輪壊破!!



 
 ソリアが放ったと同じ同数の弾。それが片手だけで次々と生み出され放たれる。

 一発、二発、三発。

 どれらもソリアとファルコの中間辺りで玉は次々と相殺された。

 だが、ソリアは構わなかった。これは単なる一石の投じ……布石であり己の真骨頂はここからだ。

 「ちょあああああああああ~~~!!!」

 気合と同時に、ソリアは紫色の弾をファルコの居る地面の手前に着弾させる。

 土埃と、床盤が舞ってファルコを襲う。両手を交差させてファルコは顔面を襲おうとした土砂を防いだ。

 好機……ソリアは顔を歪めて笑う。

 その時、観衆と共にハラハラとファルコを見守る友人である赤色のショウキは思わず小さく叫んでいた。

 「駄目だっ! ファルコ!!」

 両手を交差させて防いだファルコの隙だらけの状態の前に、ソリアは着地する。

 そして、彼は宙で満たした気を放出させんと。両手を独特に構え手を激しく上下に動かしつつ叫ぶ。

 「はぁ――――――――っ!!」







                                 元斗流輪光斬!!!






 胸の前に構えた手刀を高速で上下に動かし、そこから闘気の刃を跳ばして敵を攻撃する元斗の技。

 紫色の気を纏った手刀は、上下に激しく動き機械で動く刃の如く凶悪なる斬撃が発生される。

 「死ねぇぇぇぇ~~~~いいいい!!!」

 これは将軍を決める試合。そしてブロンザ曰く故意であろうとも、余程悪質で無い限りは試合で相手を殺しても黙認される。

 ソリアは本気で、この時ばかりは次の将軍と言う天帝の場所では王の次。言えば誰もが願う地位を欲してファルコを殺す気だった。

 交差した両腕をファルコは下ろす。だが、目前には既にソリアの手刀が。

 ショウキは顔を覆い。既に敗北していたボルツ・タイガはソリアの勝利は固いと、この時は確信した。

 だが……ファルコの体に宿す金色は勝負を諦めはしない。

 静かな彼の金は、顔面の額にソリアの紫色の手刀が触れるか触れぬかの寸前に後方へと上体は反られていた。

 (はっ! その程度で俺の攻撃が避けれるか! 貰ったわ!)

 ソリアは勝利を確信した顔つきのまま手刀に力を込める。

 瞬間。

 両眼が未だ健在していたソリアには……ファルコの体中が金色に包まれたように感じた。





 


 ……………………。









 不思議な程に、周囲の光景が止まって見える。

 絶体絶命。このまま顔を割られるかと天に祈った瞬間、彼の脳は不自然に熱くなり、そして一瞬の目眩と共に世界が変わった。

 今のファルコには、己が死ぬか生きるかの瀬戸際により。世界全体の動きが金色なる緩慢な世界に映っていた。

 目の前には、紫色の手刀を振り下ろそうとする状態のソリアが居る。

 緩慢に、全ての動きが全くもって動かぬ状態……いや、語弊が少々ある。

 ソリアの手刀は、意識しなければ解らぬ程度だが微妙に近づいている。

 それでファルコには理解出来た。今の己は全ての動きがスローモーションに感じている状態なのだろうと。

 どう、この状態から反撃する? 数秒、ファルコは遅くなった世界を見つめつつ思考した。

 そして、彼は自分の体も意識では思うように動かせぬゆえに心の中で笑った。

 ……何だ、簡単な事でないか。

 このまま受け止める事も、避ける事も至難なのならば。我が対処する方法は一つだ……と。

 そして、彼は不安定な状態のまま。

 ……片足に全身の力を込めて。彼はソリアの眼前を蹴り上げるようにして宙へと舞った。






 ………………。




 「……ぐあぁぁぁぁ~~~!!!」

 周囲の拳士達は、直後に起きた異変に我が目を疑った。

 ソリアの放った元斗流輪光斬。正しく一撃必殺と思しき拳がファルコの顔面を割るのに成功したと全員思っていた。

 だが、次の瞬間にはソリアは片目から血を吹き出して蹲り。そしてファルコは宙へと一瞬で移動し、そしてソリアの背後に着地した。

 誰もが、魔術のように瞬間移動したファルコの動きについて理解をし得ず困惑する。

 ショウキは、周囲の反応がソリアの勝利に対するものと異なる気配に怖々と覆っていた手を除けて、無事なファルコに喜色の色を浮かぶ。

 対して、一部始終を見ていたタイガとボルツは互いに顔を見合わせ口を開いた。

 「……どう見えた?」

 緑色のボルツ。彼は今起きた不明瞭なる出来事に対し好敵手とも言える存在へと回答を聞こうと訪ねた。

 青色のボルツ。エメナルドグリーンな長髪をした人物は小さく首を振って呟いた。

 「ファルコに対しソリアは間違いなく手刀を当てようと振り下ろそうとしていた。だが……俺の目にも止まらぬ程に
 一瞬ファルコの奴が上体だけを後退させたように見えたな。……その後に関してはどうも上手く言えん」

 その、百点満点とは言えぬが正しく事実を述べているボルツの内容にタイガも頷き呟く。

 「俺の目が確かならば……ファルコの奴、その上体を反らしつつ片足が一瞬金色に光った」

 「何? ……ならば」

 ボルツは、そのタイガの言葉からファルコがどうやってソリアの片目に傷を追わせて逃れたのがをいち早く察する。

 ボルツの納得した顔つきに、タイガも満更でない様子で呟いた。

 「あぁ、そうだ。……ファルコは片足だけに気を集中させて、そのまま爆発的に放出させて宙へと移動したのだ。
 然も、その時反射的に殺気を満たしたソリアに宙へ逃れた隙を追撃されぬように片目を奪うと言う処置までしてな」

 やれ、恐ろしき男よ。と、タイガは内心ファルコの怪物的な闘いのセンスに戦慄しつつ、彼の実力に舌を巻く。

 ボルツは、タイガの言葉に同じくファルコの力に戦慄しつつ口を開いた。

 「……もはや、これまでだな」

 「あぁ。ソリアにとっての切り札が破れたのだ。……これ以上の続行はな」

 タイガとボルツの言葉は正しく、ソリアは片目を一瞬でオーバヘッドキックの如くの一撃で失い、一気に劣勢と化した彼は
 荒い呼吸と共に、体を反転させて形相のままに自分の大切な視覚の半分を一瞬で奪った男に凶暴な光を宿い一つだけの目で睨んだ。

 対して、ファルコは全く彼と対極に穏やかな顔つきをしていた。

 今の彼は、一種の天へ昇った状態に近かった。ソリアとの一瞬の死闘によって彼の金色の力は完全に開花された。

 その自分の本来の力が完全に極まった恍惚状態に、一瞬だけ彼の意識は此処とは違う涅槃へと誘われていた。

 「ファルコおおおおおおお!!!」

 ソリアは怒鳴る。自分を一瞥する事なく遠い場所を見つめる敵に。

 ファルコは、屋内の天井を揺らす程の咆哮に。ようやく目の前のソリアに気がついたように顔を向けた。

 敵意も、殺気もなく静かにファルコはソリアへと尋ねる。

 「……これ以上は無益な筈だ」

 そう戦闘の終了を促すファルコ。だがソリアは未だ退く意思を持たなかった。

 「ほざけぇ!! 例え両目を全て失おうとも!! この俺は止まらぬぞおおおおぉ!!」

 ソリアは、もう一度彼に対し片手だけに全身全霊の力を込めた紫色の力を渦巻かせた。

 破の輪と言われる、ソリアにとっての拳の中の最強の要たる技の一つ。

 誇りや名誉と共に、己の瞳一つを奪った男を無傷のままに終わらせるのは余りに不甲斐ないとソリアの体全身が片方の瞳に
 映る標的を喰らえと訴えていた。彼は前進しながら、ファルコの全てを己の片手に込めた元斗の技で殺す事だけを望んでいた。

 だが、もうファルコの目にはソリアは敵として映っていなかった。

 片目だけとなったソリアの瞳に捕捉されたファルコ。凶悪な意思と先程の報復を秘めた殺気立った拳が接近する。

 だが、この時ばかりは観衆の殆どがソリアの敗北を予測した。

 ソリアの片目から、ファルコが消える。

 顔を動揺の表情へと変貌するソリア。だが、観衆の目にはファルコがソリアの少し横へと飛び退いたにしか映っていない。

 先程奪った片目。死角となった場所へ移動しただけの事。

 だが興奮状態のソリアに、それを一瞬で理解しろと言うのは酷であった。

 「……眠れ」

 ファルコは、破の輪を突き出したまま隙だらけとなったソリアへと首筋に手刀を下ろした。

 膝を曲げ、震えるファルコ。

 一瞬、その顔はファルコに向けて憎悪のままに睨みつけた。

 だが、直ぐに口惜しそうながら。敗北を受け入れた闘士は地面へと片方の瞳から血を流し横に倒れ付した。

 「……勝者ファルコ! これにて試合終了とする!!」

 ブロンザの声が轟く。ファルコの勝利に観衆は称え両手を挙げて喝采の声を上げた。

 それに片手を上げて微笑むファルコ。……彼にとって、最後とも言える輝かしき舞台は彼の勝利を今だけ祝福した。

 (…………むっ?)

 だが、その時不思議な虫の知らせとも言える嫌な感じがファルコの背中を突き抜けた。

 片手を上げて、拍手に応えていたファルコは怪訝な顔へと化して手を下ろし周囲全体へと顔を向ける。

 (何だ今の気配は? ……地獄の釜が開いたような何やら不吉な気配)

 だが、それは直ぐに薄れた。……もし、この時気づければ後々の災いも防げたかもしれない。

 「やったな! ファルコ!!」

 「……んっ。あぁ……」

 友人であるショウキが駆けつけて彼に強い抱擁をする。ファルコは受け入れ親友の抱擁を抵抗せずに受け入れた。

 もう、その時には単なる気の所為だと彼は忘れた。

 そして、暫し今日の勝利者を歓迎する宴が行われ……そして宴会が始まろうとした瞬間にだ。







 それは起こった。









                         ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!






 「っ!!!? 何だっ!!?」

 盃をもっての乾杯。それが行われようとした瞬間に大きな獣が潰れたような断末魔が轟いた。

 ファルコは、友人達と鳴らそうとした盃を投げ捨てて瞬時に断末魔のした方向へと向けて走り向かう。

 「ま、待ってくれファルコ!」

 遅れて、ショウキも同時にファルコへ続いて走る。ボルツ、タイガと言う若くもファルコに続く実力者達も断末魔の方向へと向かった。

 (……!! なん……だ、この気配は……!!?)

 数十秒、走った時に。若き猛将となるファルコの背中に感じたのは夥しい生理的嫌悪感が肌を這う感覚。

 まるで腐りきった何千もの屍が集合したような。これまでに感じた事のない受け入れることは不可能な空気が出現する。

 「ヒッ!? な、何なんだこれは!」

 ショウキも、ファルコに遅ればせながらも感じた。全身が凍えそうになりそうな嫌な感じ。極寒の世界に衣服も
 纏わずに放り出されたかのような感じが、赤色と呼ばれる熱い光を胸に秘めたショウキにすら感じられた。

 ボルツやタイガも、同じく冷や汗を流し一瞬怯えた表情をする。このような凶悪にして肌を刺すような気配が
 自分達の住まう居住区に存在してた事に驚愕と恐怖を同時に浮かばせ。今や若き元斗拳士達は恐怖を胸に確かに出現していた。

 かなり愚鈍で無い限り、走り断末魔の方向へと近づいた拳士達は全員その感覚のする部屋が何処かを気配で知る。

 それは今や使われぬ天帝の一室。開かずの部屋と言われる程では無いが数年は使われてない場所の部屋から立ち上っていた。

 「……お前達下がっていろ」

 「ぶ、ブロンザ殿」

 その断末魔に……いや、気配を瞬時に察したのだろう現代の天帝の将軍であるブロンザが出現しファルコを押しのけて立つ。

 赤き光。ショウキ同様ながらも更に濃いルビーのような光を滲ませし現代の天帝の将軍は扉目掛けて鋭い眼光を向ける。

 その顔には、未だかつてない程の緊迫した表情が見えていた。

 「……ムンッ!!!」

 


                                  白華弾!!!



  
 白華、と言う名だが。ブロンザの掌から放出されたのは彼の象徴とするルビー色の弾光が放出される。

 そして、それは暗黒が蝕むようにカタカタと小さく揺れていた扉を簡単に打ち破った。

 そして、暗黒の気配が佇む場所の入口が開放されて身構える拳士達を他所に。その扉からは黒色の気が同時に奔出された。

 その何か恐ろしげな物が生み出されるような呻き声と悲鳴を聞き、彼らは一様に身を固めかける。

 これが元斗の優秀者以外であれば、死人は容易に出る。だが、幸いな事に歴戦の戦士ばかりが今は集っていた。

 「っ……全員陣を取れ!!」

 ブロンザの声に呼応され、ファルコ、ショウキ、タイガ、ボルツと一斉に全員の気によるバリアーが出現する。

 それと同時に、ブロンザによって破られた部屋から出現した闇は若き元斗の拳士達のバリアーへとつばぜり合いとなった。

 「ぬおおおっ……!!」

 一瞬、体が後退しそうになる程の衝撃が身を襲う。ブロンザの声が一瞬遅ければ全員吹き飛んでいたかも知れぬ程の力。

 ファルコ達の視界に映るのは、まるで火山から飛び出したかのうなマグマ。この場合、そのマグマは赤くなく真っ黒であると言う事だが。

 (何という恐ろしき力……! これ程に恐ろしき力を我は知らぬ……!!)

 ファルコは、自分の胸に僅かに恐怖が芽生えるのを感じた。

 闇、闇、闇闇闇闇闇闇。

 黒点だけで収束された光など届かぬ暗黒の津波が、己の眼前で蠢いている。

 それに少しでも包まれたら正気を失いそうで、ファルコは己の中に宿す金色だけに縋り付きながら、天帝と神に祈り防御陣を張る。

 タイガ・ボルツ・ショウキもまた同じくファルコと同じ感情が浮かんでいた。ブロンザも同じくだ。

 そして、ブロンザはこうも思った。

 (この気配……もしや伝説なる北斗流拳にあると言われる魔界の力か……!?)

 彼もまた、伝説たる北斗の事を知りし者の一人。

 現代の将軍として、古来より伝わりし北斗の神秘を知る者の一人。だが、その彼もまた何故この時に、その魔界の力が
 突如、自分の守るべき天帝の場所に出現したのか全くもって理解出来なかった。混乱しつつも、彼はこの闇を今ここで
 封じなければ天帝の身に災厄訪れる事を確信して必死の思いで封じようとしていた。

 だが、状況は劣悪。

 一秒、一秒。その闇の圧力は彼等を圧迫して押しつぶさんと力が強まっていた。

 ファルコの腕の血管は浮かび上がり、ショウキの顔は土気色となり、タイガの緑は霞、ボルツの目に涙が浮かぶ。

 彼らは未だ若く拳力も優秀だが、その闇は全てを包み込む暗黒そのものだった。

 赤は青と交われば紫色に。

 青は緑と交われば水色に

 緑と赤と交われば黄色に。

 光の三原色なるものは、いかようにも変化をする。

 だが、黒は違う。

 黒は何物をも塗りつぶす闇そのものなのだ。
 
 全てを喰らい尽くす……悪魔の色。

 ブロンザの顔にも、脂汗が浮かんで両手の力が徐々に弱まりかける。

 後少し……後少しだけでも持ち堪えよ!

 この闇とて、我ら元斗の拳士達の力を全てに対抗出来る筈が無いのだ!

 後少し……それさえ持ちこたえれば必ずや闇は晴れる!

 ブロンザの願いも虚しく、その部屋から起きる奔流は五人の元斗拳士達の生命を刈り取らんと膨れ上がろうとしていた。

 最初に、この五人の中で今日は一番疲弊していたファルコが音を上げかけようとしていた。

 「ここ……まで」

 金色の力が急速に失いかけようとする。手の力が消えかける。

 彼の中から闘争心が折れかけようとした瞬間……皮肉一杯の声が彼を襲った。

 「何だファルコ? ……貴様俺に勝った癖に弱々しいな」

 その声が降った瞬間、彼の体を襲っていた重力が少しだけ軽くなったのをファルコは感じる。

 顔を上げて横を見る。……紫色の髪で片目に眼帯を生やしたソリアが嘲笑しつつ闇に向かって手を翳していた。

 「……お前」

 「折角気持ち良く寝てたのに、この不快なものに起こされたわ。……此処で貴様が死んだら、俺の片目の借りも返せん」

 照れ隠しとか、助ける為の都合とかでなく本気でソリアは何時の日か絶対にファルコに己の敗北を塗り替える為に今は
 ファルコに死ぬわけにはいかないと思っているのだろう。だが、ファルコにすれば今はどんな理由であれ加勢は御の字だった。

 「……礼を言う」

 「ふんっ、貴様の礼など不快なだけよ」

 ソリアは、そう馬鹿にした口調で次の瞬間には闇に向かって気合と共に紫の光を強めた。

 一人元斗の拳士が増えた事により、折れかけていた闘志が蘇りファルコは生気を取り戻して手に力を戻す。

 紫色のソリアの力と共に、その魔界の力……魔闘気であろうものは段々と減少され。部屋の中へと次第に戻っていった。

 「……おさ、まった」

 ブロンザの声に、ソリア、ボルツ、タイガ、ショウキは膝をつく。

 常人ならば触れただけで死ぬであろう悪質なる瘴気を秘めた闇。封じるだけでも彼らは全身の体力が吸われた。

 何とか未だ健在なのはファルコとブロンザだった。流石は将軍たる地位に収まる人物達であると言うところか?

 警戒し、未だ室内に悪しき魔物でも潜んでいいるのでは無いか警戒しつつ近寄り……そして二人は目にした。

 「っジャコウ!?」

 室内に倒れていた人物……ジャコウを目にして驚愕する。

 今日の大事な選定の試合にも参じてなかったのは、翌日の試合も有るゆえの事だっからと気にしてもいなかったが……まさか。

 ブロンザは、その気絶しているであろうジャコウと床下に今は少々欠けているが魔法陣であろうものを見て察する。

 「……っの、大馬鹿者がっ!!」

 「ブロンザ殿っ!? 止めて下さい……!!」

 ブロンザは、顔中を朱に染まらせジャコウ目掛けて蹴りを放とうとした。慌てて隣のファルコに取り押さえられたが 
 ブロンザの怒りは収まる事を知らない。獣のように荒く息をつき、ジャコウを汚物のように見つつ睨む。

 その、只事ならぬ激怒したブロンザに暫しファルコは二の句を告げなかった。だが、ジャコウがとんでもない事を起こし。
 そして、それは先程の生死を分かつ凶悪なる闇の出現に関係あるのだろうとファルコは予感した。

 「……ファルコ、これで決まった」

 「何がですか?」

 暫くして、ようやく落ち着きを取り戻したブロンザは決意した顔でファルコを見る。

 「お前を次の将軍として、今日にて決定する」

 「っ! ……ですが」

 ファルコは気絶したジャコウを見た。自分と並ぶか、それ以上の実力を秘めているのは正しくジャコウだったのだ。

 だが、ブロンザはファルコを意図を知るように苦々しい顔つきで首を横に振りつつ口を開く。

 「……こ奴は、もう駄目だ。もう、その体には恐らくオーラは無いだろう」

 「え?」

 ファルコの疑問の顔に構わず、ブロンザは彼の顔を見ようとせずに続ける。

 「奴は禁忌に手を出した……本来ならば磔刑百回しても飽き足らぬ程の処罰だが、奴の処遇は天が決める事」

 「ブロンザ……殿?」

 若き、今宵より将軍と決定されたファルコに構わず。ブロンザは重苦しい顔で告げた。

 「良いな? 今宵に起きた事は門外不出、決して誰にも口外せぬと誓え」

 「それは、構いませぬが……ジャコウは、何をしたのですか?」

 ファルコの声は虚しく響いた。何故ならばブロンザは決してファルコのその言葉に見合う回答を告げる事は無かったからだ。

 そして、そのブロンザの言う通り。目覚めたジャコウは、その日から元斗の技を何一つ使えぬ常人になってしまった。

 その事に周囲は驚きつつも、彼の素行の悪さを知ってた者たちからすれば何時かこうなると思っていた。天の罰だと
 次第にジャコウが元斗皇拳の使い手から俗世の凡人になった事を気にしもしなくなった。人の噂も四十五日のように。

 ……そして。

 「おおおおおおおオオオオォォォォォォ…………!」

 ジャコウは、その髪を掻き乱し。その日から悪夢に魘される事になる。

 己が起きた悲劇、そして魔界の力を欲して己の実力を過信し過ぎて災厄に出した悲劇に等しい悪夢を見る。

 それは、口や言葉で表現するには余りに壮絶過ぎる光景。

 彼は、起き上がり。そして陽の下でも悪夢を思い出す度にうわ言のように繰り返す。

 「……ひ、光を」

 そして、彼は懐かしき過去の栄光を望み言葉を発するのだった。

 彼の全てを奪い取った闇に対し恐怖し、そして再来とも思しき闇の王(拳王)に会ってからもずっと……。








                          「俺に…………光おおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」











               
                  後書き




   
 感想版の皆様のお言葉から、白光のジャコウ有難く誕生させて頂きました。

 魔界の力。そして魔界。人間の世界及び、霊界と言われる人間には理解し得ない超常的な世界ってあるとすれば面白いですよね。

 北斗の拳には魔界が存在する。これ、覚えておいてください。





 ……あ、最も魔界に入って幽々白書の如く魔界トーナメントなんぞ起きぬのでご安心を。




                                



[29120] 【貪狼編】第十一話『森の戦士と 風を切る走羽の巫女』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/02 23:54




 
 鳥影山には、数多くの人間達が訪れる。




 時には人形のように精巧なる均等な美しさを秘めた双子。

 時にはセクハラが多めの空を翔ける事を望む少年。

 時には長き年月を渡って人生の半生を過ごしてきた老人。

 時には南斗六星なる未来を支えし拳法家達。

 今回は、そんな者達の一部についての話である。




 ・



        ・

   ・


      
      ・


  
  ・



     ・



         ・




 「一歩……二歩、と」

 鳥影山の一つの山道。ある程度平坦な場所で一人の十五、六程の少女は両手を開きながら歩行していた。

 その腕には重しを括りつけおり、歩くには少々力を入れないといけないのが見て解る。

 「三歩、四歩」

 娘は、道に引かれている一本の白い線に沿うように歩こうとしていた。

 それが普通の健常者なれば、容易に出来るであろうが彼女は人と異なり事故によって視覚を失っている。

 それが治るか又は永遠なのかは知れぬが、それでも彼女は周囲の大事な人や友人等の重しになりたくないが為に
 このようにして目が見えずとも自由に歩けるようにと修行をしている。未来での仁なる星の下の人間に教授を受けて。

 「これ、アンナ。歩く事に意識がいって両腕のバランスが崩れてきてるぞ」

 「あっ、はい」

 黒髪の男性。未だ二十にはいってなかろうが大人と同じ体格の持ち主が彼女の師となっている。

 彼女は日々、このような地道な特訓を彼から教わっている。

 そして、彼女は己の五感の一つを封じられている今でも。絶対に彼ならば自分がそのような状態でも問題なく
 自由に以前の如く活動出来るようにしてくれる事を疑っていなかった。何故ならばその人物も未来では瞳を失った人だから。

 師の名はシュウ。そして弟子の名はアンナ。

 現在鳥影山での彼と彼女の教授は概ねは順調である。

 数時間、特訓は続きアンナが少々ふらつき始めたのを見てシュウは終了を宣言する。

 大きな息をついて地面に座るアンナは外気の風で火照った体を冷やそうとした瞬間に、うなじに冷たい物が走り小さく悲鳴を上げた。

 「ほらっアンナお姉様。修行が終わったからって周囲の集中切らしたらいけませんよ」

 「は~い。解ってるよ、カレン」

 クスクスと、少々笑い声を含んでの注意に。素直に聞きつつアンナは見えずとも良い笑顔をしてるのだろうなぁと思いつつ。
 『仁星』のシュウの弟子たるカレンからスポーツドリンクを受け取りつつ一緒に飲み始める。

 アンナが目を見えなくなったと知らせを受けて衝撃を受けたのはカレンも同じ。

 何度も聞いて、彼女の目に本当に光が消えている事を知ると。周囲に人間が困る程にカレンは泣いた。鳥影山で他の性格悪い
 人物たちからリンチを受けそうになった時に助けてくれたのはアンナだし、そして初めて目標にした人物もアンナだったのだから。

 アンナはカレンを慰めつつ、これからも南斗の拳士として特訓したいからと言う名目でカレンの師でもあるシュウに
 教授を願った事を反対する理由が彼女に有る筈もなく、逆に視覚を失っても落ち込まずに前へ向かって進む強さに
 一層と競争心と尊敬の念が膨れ上がった程だ。カレンは、自分の弟弟子にもなったアンナに色々な暖かな気持ちを持って接している。

 三分の一程に飲み息をついて一心地つくと、カレンは聞いた。

 「どんな感じなんですか? 目の見えない感じって」

 不躾な質問とも思えるが、カレンからすれば周囲に似たような状態で同時に気楽に聞けるような人が居ないからこその興味。

 アンナも、別に彼女の言葉に気分を害せず平然と少々言葉を選んでから返答した。

 「う~ん、なんて言うか難しいんだよね。真っ暗って言うのとも違うんだよ。なんて言うか霧とか靄とか目の前に
 掛かっている? と言う感じ。……色があるのがも良く認識出来ないんだよね。その代わり音とかには敏感なんだけど」

 盲目と言う状態を患ってのアンナの納得出来る言葉。カレンの感心の声が耳に届く。

 「家とかじゃ、やっぱり未だ生活し辛いですか?」

 「ううん、大体何処に何々が置いてるかってのは百も承知だし。一番厄介なのは兄貴だよ……私が目が見えなくなったって
 言った瞬間の焦燥って言ったら声だけでも阿鼻叫喚だって解ったし……ジャギも後で疲弊してたしね」

 実際、アンナの視覚喪失に関してリーダーが一番荒れ狂っていたと言って良い。涙目になって形相で近くにいる
 ジャギや同行しているシン等に殴りかかりそうになったゆえに大変だった。親代わりゆえに、その感情の爆発も
 仕方がないかも知れぬと解りつつジャギは素直に殴られようとしたが、とばっちりを受けたシンは慌ててリーダーを羽交い絞めにしてた。

 バーテンに居たカタミミや女主人曰く『前にグレージーズが襲ってきた時程に暴れまわっていた』との談である。

 現在は落ち着いているものの、彼女が家路に着いた瞬間に風呂場までエスコートしようとするから堪らない。
 アンナは時々、体を洗おうとしていたら無事か尋ねる為に近寄ってくる兄をペットのゲレ(虎)を仕向けるのが恒例と
 なりつつになっていた。その気苦労の心底篭った愚痴に、カレンは聞いて笑いつつも慰める。

 「良いお兄さんじゃないですか。マサヤ兄(にい)だったら、流石に風呂場までは来ませんけどねぇ」

 「あぁ、そう言えばカレンもお兄さん居たっけ?」

 「はい。多分一月程したら来るんじゃないかな? 兄さんが来たらいの一番に紹介して上げますよ。自慢の弟弟子だって」

 「そこはお姉さん代わりにしなさいっ」

 軽く小突き合いしつつ笑い合う二人。何とも青春だとシュウは微笑みつつ修行を再開する為に柏手を打った。

 「さて、再開するぞ二人とも」

 『は~い』

 白鷺拳の伝承者シュウ。そして翡翠拳の使い手カレンと水鳥拳の女拳を教わっていたアンナ。

 互いに現在良き友人であり好敵手としての関係を保っている。




 ・




        ・

   ・



      ・



  ・



 
      ・




          ・



 「……うっし、来いよセグロ」

 「へんっ、ここらへんでお遊びはいい加減にしろってとこを見せてやるぜジャギ」

 「盛大な負けフラグ乙」

 場所は代わり、アンナとカレンが教授を受けている更に南側の方では少年達が拳を構えていた。

 一人はボサボサとした黒髪を立たせた三白眼の人物。

 もう一人は額にゴーグルを携えて悪戯っぽい顔つきが目立つ少年である。

 観客として、切り株に何やら如何わしい書物を見つつゴーグルの少年に軽口を叩く斜視な少年が一人。

 それに苦笑いしつつ、審判を務める優男顔の少年が片手を上げた。

 「試合、開始っ」

 その言葉と同時に、パッと両者地面を蹴る。

 「南斗邪狼撃!」

 まず三白眼の少年が、背中へと両腕を逸らすと一瞬で其の逸らした腕を前面へと突き出して攻撃を放った。

 「うわっと!?」

 ゴーグルの少年は、反射的に空中を一度蹴って木々のある方へと移動する。樹木に座るように脚をつけた少年は
 三白眼の少年へとすかさず木を蹴った反動で接近すると、体を一度回転させて遠心力をつけたまま蹴りを放った。

 「南斗天翔脚!」

 だが、攻撃を避けられた少年もまた。慌てず騒がず再度両腕を一気に逸し同じように彼に向かって二度目の技を放つ。

 「南斗邪狼撃!」

 ガン……! と言う衝撃音と同時に両者共に軽く後ろへと飛び退く。

 「~~てぇ……!」

 蹴りと拳ならば、本来蹴りの方が威力高い筈だがゴーグルの少年は片足を両手で抑えつつケンケンしながら呻く。

 「隙あ『南斗隙有拳!』って、ごはっ!?」

 三白眼の少年は、ここぞとばかりに殴りかかろうとした瞬間。突如ゴーグルの少年は近接して膝蹴りを放ってきた。

 その蹴りは腹部へとめりこむ。その状態でガッツポーズするゴーグルの少年。

 「へんっ、油断し『いっ……てぇな、おい!』あらぁ!? 効果イマイチ!?」

 水月(人体急所の一つ)に打ち込んだ筈なのに、顔を上げて形相と共に気が滲み出る少年の荒々しい気配に冷や汗を流す。

 「ふんっ!」

 「ぐろびりてぇぶ~!!?」

 肘打ちを行う三白眼の少年。ゴーグルの人物は奇妙な悲鳴と共に地面へと転がり飛んだ。

 「勝者っジャギ!」

 「まあ、最後股間部分セグロが打ったら解らんかったかもなぁ。コツカケ(睾丸を体内に隠す空手技)とか出来るっけ?」

 審判である優男顔の少年は勝負ありと判断して終了を宣言する。そして斜視の少年は、試合の内容をの感想を述べた。

 質問された本人は手を振って告げた。

 「そんな高等技術出来ねぇって」

 残念だ。と、顔と一致せぬ興味なさそうに呟き斜視の少年は如何わしい本へと目を戻す。
 
 その少々腹の立つ行動に慣れていると言う風に、三白眼の少年は首を軽く曲げて鳴らしつつ呟く。

 「しっかし……セグロ、お前巫山戯(ふざけ)るか真面目にやるかどっちかに絞れよ」

 何が南斗隙有拳だよ……爆殺拳じゃあるめぇしよ、と。彼、ジャギは呟いた。

 鳥影山では時折行われるプライベートな組み手。殺し傷つけるつもりは一切ないが、それでも真剣勝負である。

 目の前の友人が、そう言うスタンスだと言う事を知っても時折文句を言わずにはいられない。

 そして言われた本人は飄々と起き上がり口笛吹きつつ言い返す。

 「俺は新たなる南斗聖拳を考案するのも考慮してるからいいんです~。ジャギなんて、馬鹿の一つ覚えだけの技のみじゃん」

 「……技は確かに一つだけど応用きくんだよ」

 その話題になった時、傍観していた優男顔の人物が口を挟んだ。

 「ジャギの南斗聖拳の技、余り見覚えのないタイプだよね。自分で考えたの?」

 「ん? あぁ~……まぁな」

 何せ原作。彼らからすれば眉唾ものの以前の、この体の持ち主が未来で考案した技だと言っても信じて貰えないと思い適当に誤魔化す。

 斜視の人物、未来では秘孔救命士として活動するキタタキと言う少年が次に言葉を発する。

 「以前の師は居ないんだろ? シンの話じゃフウゲン様の元で教えを乞うてた次期も短いようだし……けど、おめぇの
 拳法って独自で考案したにしては、どうもしっかりし過ぎている感じがするんだけどなぁ……」

 (鋭いな、こいつ)

 怪しむ目を浮かべるキタタキに、内心ながら汗を流すジャギ。

 自分で口を割らぬ限り……若しくは秘孔でも突かぬ限りばれぬ秘密だが、目の前の少年は蟻吸拳と言われる
 北斗神拳の技を受け継ぐ秘孔突きが伝来された拳法らしく、時々寝首を掻かれてばれるのでは? と言う怖い予想も浮かぶ。

 だが、直ぐに疑惑の光を打ち消し。キタタキはまた本を読む事にし始めたのを見て安堵の溜息を吐いた。

 この友人達には、自分が異世界から来たとか言う余計な事を言って混乱招きたくない……ジャギである中身の人物は
 今も人には言えぬ事情を抱えつつも、この世界の居心地良さを知ってからはそう思うようになっていた。

 ジャギは、なるべく今の話題から避けようと、この前起きた話を持ちかける。

 「そういや、一昨日程に蛇鞭拳のジャンクって奴と。南斗風車拳のバロンって奴が来てたよな」

 「あぁ、アレって結構大変だったよね」

 優男顔……イスカはジャギの言葉に思い返し目を閉じて頷く。

 二日前に来たモミアゲから顎までうぶ毛が生えている両端に刃のある斧を担いだ男が闊歩していた。

 目的は死んだ(とジャギ達が見せかけた)オウガイの墓へと赴くために。そして、その行き帰りで小さな諍いが起きた。

 何とも小さな出来事だが、道中の狭い真ん中でバロンの向いを歩いていた頭を剃った男とぶつかった。

 「おい、貴様。ぶつかったのに謝りもせず立ち去るのか」

 気が短いのか、それとも相手の態度が思いの他に酷かったのかも知れぬ。まぁバロンは文句をつけて、剃った頭の男は
 バロンを一瞥すると鼻で笑ってこう言った……バロンの激昂に触れる言葉を放ってしまったのである。

 「ん? あぁ悪かったよ……ヒゲ面」

 ブチ……ッ!

 バロンにとって、何か大嫌いかと言うとヒゲ面と言われるのが一番嫌だった。

 ゆえに彼は反射的に持ってた斧を振り上げてしまった。無論、傷つける為と言うよりは脅して更に謝罪を強行させる為である。

 だが、運はとことん悪かった。その頭を剃った男の顔面に……バロンの斧は深く走ったのだった。

 血が大きく吹き出る剃りだった頭……もう、解る者には解るのでジャンクと素直に名乗らせて上げよう。

 バロンは、不慮の出来事で顔面を怪我させた事に対し硬直する。だが、顔中を血まみれにしたジャンクは
 既にバロンへ対して、自分の自慢の顔(と思ってたか知らぬが)を傷つけられた怒りで腰に提げた鞭を取り出していた。

 「貴様ああああああああぁ!!!」

 それからは筆舌するには余りに醜い争い。

 鞭で何度かバロンはジャンクによって打たれ、そして激痛によりバロンも気炎を上げて怒りのままに自分の獲物を振り上げる。

 ジャンクの愛用の鞭はバロンの斧で半分にされ、そしてバロンの斧もジャンクの意地の一撃で吹き飛ばされ
 最後には己の拳のみでの乱闘へと発展した。気がついた近くの拳士達が両人を離すまで、彼等の闘いは続き溝も深まった。

 「あっそこまで亀裂の走った拳士ってのも珍しいよなぁ……」

 ゴーグルの少年、セグロはしみじみと血だらけで荒い息をして互いをにらみ合っていた二人を思い出し呆れるように呟く。

 「ありゃ、もう関係の修復も期待出来そうにねぇよな……って話はそうじゃなくて。あぁ言う武器持ちの拳士って
 はっきり言って強いのかっての聞きたかったんだよ。俺が見た所、あの二人の実力ってまぁまぁだとは思ったけど……」

 ジャンクにバロン。どちらも仲が悪いゆえにケンシロウに抱き合ったまま爆死させられた人物達。

 ケンシロウ自体が、絶対に死なぬ作品の軸ゆえに。ジャギからして見れば他の人物の実力を図る秤が微妙ゆえの疑問。

 曰く、どのような人物の実力が凄いのか? ……単純な興味からだが、意外と他の三人の反応は食いつきが有った。

 「あの二人の実力はどうかは知れないけどよ、武器持ちも意外と馬鹿に出来ねぇからなぁ。江戸時代とかの話に遡ると、
 侍に俺ら見たいな拳法家か殺される話なんてザラだったらしいし、上位拳士だから強いって話でもねぇぜ」

 そう、キタタキが話をし始める。耳を傾けるジャギに、次にイスカは口を開いた。

 「南斗は、知っての通り108派の派閥に分かれてる。鳥の名を冠した僕達見たいな拳法を上位拳法として36の拳法として。
 次に羽や尾などの鳥の部位を表した中位の拳法を36。そして最後に彼等見たいな武器をもった拳法で36」

 そう、彼にしては珍しい程に饒舌に話は続く。

 「空を翔ける36の鳥、そして其の鳥が堕ちぬ事を願い補助と力添えの36の血肉を表す部位、そして先頭なる拳法家」

 「先頭?」

 ジャギが首を傾げると、それまでだらしなく横になってたセグロが手を上げつつ最後を締めるように言い切った。

 「鳥達が目的地まで行けるように梅雨祓いする目的を宿した拳法家って事よ。だからこそ攻撃性じゃ抜群って噂だぜ」

 あの喧嘩も、確かに攻撃性ってだけじゃ満点だったよな。とカラカラとセグロは笑う。

 成程、と。ジャギは南斗108派と言う拳法一つ一つに色々と込められているのだなと、また賢くなった気がした。

 「けど、ここら辺じゃ。その中位と下位の拳法家って余り見ないな」

 「そりゃ、鳥影山は上位拳法家の活動拠点と言って良いからな。普段は余り赴く事もねぇよ」

 セグロの言葉に、ジャギはそうかと残念がる事なく頷くのだった。

 「……って、話を戻すけどよジャギ。お前俺らと同じで14なんだし、早く師匠を探せよ。流石にやべぇって」

 セグロは親切心でそう告げる。何せ、南斗拳士なら誰かしらの師匠に付いて、何時かは伝承者の認可の了承とらなくてはいけない。
 
 ジャギは、そう言う意味では全くの師居らずの状態だ。別に生死に関わる訳でもないが体裁が少々悪いのは否めない。

 「けどさぁ、そんな無理してつかんでも……」

 「あ~ま~いって。お前が何か南斗絡みで事件とかになった場合師匠か居ないと擁護もして貰えないんだぜ?」

 そう、キタタキが告げる。こう未だ平和な頃だと、社会的な意味で自分の盾となってくれる人物が居ないと
 いざと言う時に危険なのは事実。キタタキ等は、下心ない善意から告げているがジャギの反応は芳しくない。

 (……つっても、俺の師匠って親父になるよなぁ? この場合……)

 北斗現代伝承者リュウケン。

 伝説なる暗殺拳の使い手、そして自分の育ての親であり師父。

 南斗の師と言えば微妙だが、北斗神拳の派生が南斗聖拳なればリュウケンは南斗の師と言っても過言では非ず。

 だが、これは完全な屁理屈だな。と、ジャギは心の中で肩を竦めた。

 「まぁ、何とか今からでも頼んでみるか……因みにお前らの所は」

 『すまんが無理だ』

 流石に、争い合う人物として親友を招く気は無い。

 そう二言をつかさずの異口同音に、空笑いしつつジャギは顔を伏せて溜息を吐くのだった。




 
  ・




          ・


     ・



        ・


   ・




       ・



            ・


 「あぁ~あ~。どっかに師匠になって余り自分の身辺に対し聞かない都合の良い人いねぇかな~」

 「そんな無茶な。因みにシュウも駄目だよ、ジャギ」

 ……暇な時間、アンナと共に鳥影山を歩きつつ悩むジャギにアンナは目を閉じつつ苦笑を禁じ得ない。

 北斗の寺院のあるアンナの実家もある町方面には目の都合上余り行く事の無くなった最近、ジャギとアンナが共に行動
 すると言えば鳥影山の休み時間でしか無い。最も、二人とも互いに割り切ってはいるので、不満は特に今は無い

 「……フウゲンの爺さんも駄目そうだし。ダンゼン様も師匠になったら多分俺の家の事で色々となぁ」

 「こう言う時、ジャギのアレってば最強なのに最大の障害だよね」

 北斗神拳。最強の暗殺拳。

 使いようによっては万の人間を救い、悪しき者が使えば万の人間をも殺す。

 それを解るゆえに、易々と誰かに自分の師匠にしたら。己の北斗神拳に対し知って何か問題起きぬかジャギは恐れてる。

 無論、南斗六聖を司る師匠のフウゲンやオウガイならば問題ないだろうが。フウゲンの場合シンやジュガイの面倒で忙しいし、
 何より自分が無理言って頼んでも、あの読めぬ笑顔で笑いつつ『己の試練は己で超えい』と言われそうだとジャギは予感してた。

 第二に浮かんだオウガイだが、どの面下げて他の拳士達に本来死んでる筈の人間が師匠だと公言しろと言うのだと
 ジャギは自分で自分を嘲笑した。それに今の伝承者は己の親友なのだ……都合よりも未だ残る誇りが彼に頼むのを遠慮してる。

 孤鷲拳も鳳凰拳の師匠も駄目。水鳥拳の師であるロフウは雀の涙ほどに望みあるが、彼が世紀末に覇道を目指すのを
 思い出せば、絶対に己の北斗神拳に対し会得せんと無駄な血が流れるとジャギは即時撤回を心の中でした。

 「シュウさん駄目かぁ……かなり期待してたのに」

 「だって、一対一でカレンの教授してたのもダンゼン様の長い説得あってだよ? 他の人の頼みでようやく折れたのに
 ジャギ一人で頼んだって絶対に拒絶されるって。それにカレンに何時も兄弟子面されるの我慢出来る?」

 ジャギは、そう言われてパシリを強行して楽しそうに笑うカレン(何故か世紀末の成長した)を思い浮かべ苦笑する。

 「うわっ、それはきついっすね」

 でしょ? とアンナは笑う。こう、馬鹿な会話も代え難い日常の一つだ。

 ……ふと、その時彼等の視界が暗くなった。

 「あん? 何だこのか……」

 突如出現した太い壁のようなもの。怪訝な顔つきでジャギは壁を見つめ、そして上を何気なく見上げる。

 ……そして、彼はその物体の正体に気付き戦慄する。

 何故ならばそれは壁でなく人間だったからだ。そして、ジャギはこのように背丈だけで壁を作る人間を一人しか知らなかった。

 「フドウ……ッ!!!?」

 その思い浮かべた人物の名を紡ぎ、何故これまで接近されたのかとジャギは焦燥を浮かべ反射的にアンナの前に立っていた。

 以前の悪夢、アンナを襲おうとした山のような巨鬼がフラッシュバックする。

 ジャギは、思い返すフドウの恐怖に体が冷たさを帯び。それと同時に背後の彼女を守らんと力が篭ろうと筋肉が鎧へと変わる。

 だが、ジャギの殺気立とうとした気配を他所に、不似合いなアンナの声がジャギの動きを止めた。

 「? ジャギ……フドウって、何処に?」

 ジャギは、そののんびりとした口調で不思議がる彼女の首を傾げた問いに何を悠長なと思うと同時に彼女が見えない事を思い出す。

 「下がってろっ、アンナ……!」

 「いや……と言うかフドウが其処にいるの? それにしちゃ悪い気配が全然無いんだけど?」

 (……何?)

 そう言えば、アンナに言われるまで何故気づかなかったのか不思議な程にフドウ独特の巨大な肉食獣のような気配が
 感じられなかったのをジャギは思い出す。ならば、目の前の物体はユリアに会心させられた人物か?

 そうジャギが見上げた時、目の前の影となってた者は少し後退して逆光となっていた顔が見えるようになった。

 「あ……ゴメン、ね……道を、塞いじゃって」

 (フドウ……じゃなかったか)

 肩透かしと同時に安堵で体の筋肉が解れるのをジャギは感じる。見上げた人物……フドウ並みの大きさの人間が
 キョトンとした小さな愛玩動物を彷彿させる申し訳なさそうな表情で頭を掻きつつジャギとアンナを見ているの。

 (けど……フドウ見たいに本当にでけぇな、こいつ。……その分、何だか鈍間っぽい感じだけど)

 ジャギの見立てでは、口悪いが如何にもな物語の巨人のような愚鈍そうな感じがその人物から見受けられた。

 おっとりとした目元。少々イスカを彷彿する優しい気配。無害そうな気配が全体から見受けられた。

 「あんたは?」

 「うん? ……あぁ、おいらね」

 緩慢に首を巡らし、自分の事を尋ねられたのだと気づくのに数秒。

 その間の外れっぷりにジャギは体を傾けさせる。どうやら予想通り本格的に頭のおむつが弱そうだ。

 まるでフドウの演技した感じが実体化したような人間だなぁと思ってると、その人物はユサユサと体を揺らしつつ笑顔で自己紹介する。

 「おいら、ボノロン……森の戦士」

 そう言って、巨大な手をジャギとアンナの目の前に差し出す。

 「宜しく」

 (でっかい手……)

 まじまじと、ジャギは差し出された手の大きさに感心しつつ。フドウと戦った時の自分の無茶さを思い出し、
 よくもまぁ、こんな体格の人物と張り合ったなぁと。自分の無謀さに表情出さずも呆れが胸を渦巻いた。

 アンナだけは、ボノロンと名乗る人物に笑顔で自己紹介を返して両手を出す。

 「うわっ、とっても大きいんだね! 手!」

 「うん。君は……お目目、大丈夫?」

 「ちょっと今は見えないけど……大丈夫」

 アンナの瞼が閉じられている事に気付いた巨大なボノロンなる者は、その言葉を聞いて大粒の涙を流す。

 「って、行き成り泣き出してどうした?」

 「ぅく……目、開かない。それ、とても悲しいこと。……綺麗な花、鳥、景色。見れないの、とても悲しい」

 どうやら、アンナの目が見えない事に同情して泣き出したらしい。どんだけ涙もろいんだと思うと同時に、
 こいつ、凄く良い奴だなと。ジャギは、この時点でボノロンへと警戒心を完全に失くした。

 「有難うな、アンナの為に泣いてくれて……絶対にアンナの目は治るから安心して泣き止めよ」

 「ぅん、それなら、おいら嬉しい。……おいら、行く。オウガイ様の墓参り。鳳凰の先生死ぬ、とっても、おいら悲しい」

 そう、ボノロンは涙を止めぬままに地面に雫を残しながらジャギとアンナの前を横切るのだった。

 ……背中に大きなノコギリのような形状の刃物を背負い。

 「……あの、刃物って」

 「どうかしたの?」

 「……いや、何でもねぇわ」

 ジャギは、何か思い出しそうな顔をしたがアンナに尋ねられ曖昧に言葉を返して過ぎ去った。

 フドウと勘違いしたボノロン。

 彼は森の戦士。そして南斗巨斬拳なる世紀末の一人の戦士である事をジャギは未だ知らない。






  ・




          ・


    ・




        ・




 ・




      ・





           ・




 ……話は変わる。

 サウザーは一つの部屋で歯を痛がるような表情で一つの文面に目を通していた。

 「……あの、馬鹿共が」

 その文面とは、ジャギとアンナに頼み込まれサウザーが発案した一つの計画についての大臣らの返答。

 要するに、世紀末前に彼が何とか出来ぬか回避する為の処置の連ねた計画書に対する拒絶文書をサウザーは見てた。

 核戦争が起きる。ゆえに外国等との国交を深め用心して貰いたい。

 そう申告したに関わらず、総理大臣を筆頭とする他の人間達の返答は異口同音にしてこうだった。

 『南斗鳳凰拳となるサウザー様。貴殿の発言に対し貴重な意見を述べて頂き感謝を述べます。ですが現在我々は民衆に対しても
 悪戯に混乱させるような国政をする訳にはいかず、申し訳ありませぬが貴殿に期待する活動をするのは難しく……』

 その書面を再度読み返し、鼻息を出しサウザーは高級な机を叩く。

 「何が悪戯に混乱だ! あ奴等、本気で国を案じるならば先ず現在の国民の貧富差とて何とかするべきだろうが!」

 未だ十六、七程のサウザーとて通常の年齢通りの脳では無い。この国の上の人物等がまともに国政をしてるかどうか判断はつく。

 (お師さんが言った通りだ。どいつもこいつも己の事ばかりで全く民衆を案じた活動してる輩がおらん……!)

 思い返せば、自分の愛する師は昔から国に対し余り快い感情を抱いていなかった。

 だからこそ、己に対しても勉学においては努力するように口酸っぱく言っていたのだと彼は愛するオウガイの
 言葉を思い返し、全く正しい事だとシミジミと納得する。そして、サウザーは積み上げられた文書を処理しつつ思考する。

 (これは、本当に自分だけでも何とかしなければいけぬな。核戦争なんぞ起きればお師さんにも危険が及ぶ)

 そこで、彼の思考はお師さん一色へと変貌する。

 (今週の仕事が終わればお師さんに会う、お師さんに会う、お師さんに会う、お師さんに会う、お師さんに会う……!)

 そう、彼にとって今では何よりの糧となる恋人の浅瀬を彷彿させるような師への邂逅を念じつつ仕事を仕上げる。

 他の者が見れば引く光景だが、仕事ぶりに関しては誰が見ても文句いえぬ仕上げなので構わないだろう。

 「……サウザー様、それが終了すれば次は稽古の方をお願いします」

 「あぁ解ってる! ……ふむ、今日はフギンか?」

 壁際に佇んでいた人形のように精巧な顔つきの女性。秘書として勤め上げているが正体は南斗の暗部で育まれた人物。

 南斗渡鴉拳と言われる二心一体の拳法を備えるフギン・ムニンと言われる双子であった。

 彼女等は本来の未来ならば狂気に侵されたサウザーを説得する為に自害する。

 だが、今ではジャギやアンナによって可愛気は無いものの大分マシな状態に落ち着いている……そうサウザーは感じてた。

 「はい、今日ムニンの方は鳥影山へと趣いています」

 その言葉から察するに現在ではサウザーを交代で監視するのは止めて一人は空いた時間は自由に行動してるのが解る。

 サウザーも、その事について良い変化だと思いつつ言葉を返す。

 「ふむ、まぁどちらも無理はするなよ。……それと、出来ればどちらもどっちがどっちが解るようにして貰いたいんだがな」

 何となく、勘でどちらか当ててるが間違った時の気まずさが危ない。

 そうサウザーが意見するも、どちらも同じく反論がされる。

 「ですが、我々の任務には常にサウザー様の横に同じ格好で立ち敵を撹乱する意味合いもあります」
 
 こればかりは譲れません。と、彼女の言葉にサウザーは彼女達の縛る暗部の枷は未だ未だ重いなとソっと息をつくのだった。

 「……まぁ、とりあえず終わったぞ。……しかし、鳳凰拳を伝承し終わっても未だ他の事に手を出すとはな」

 辟易した声が若い王から漏れる。事実、伝承認可が終了しても剣術やら槍やらの武術稽古がサウザーにはされている。

 昔も自分の師から手解きされた事はあるが、鳳凰拳の方に力入れてたゆえに素人より少々上手い程度。
 別に南斗聖拳だけでも構わないのでは? と訪ねても秘書である彼女等からは『王ならば、どのような武術とて
 一流の技術を振るえるのが当然。それが南斗の王ならば当然です』と告げられて溜息が無くならぬ日々が続いている。

 (全く、理解はしているが心労の多い日々だな。お師さんやジャギ達と会う時が本当に待ち遠しい……)

 原作回避したゆえの楽しみが今のサウザーの安定剤。本当に、これが無いと精神的に参りそうなのでサウザーには必死。

 疲労の色を隠さぬままに、外へと出て彼は目的の地へとたどり着く。

 そこには妙齢の男性が弦に弓を張っているのをサウザーは見た。視線に気付き男性は顔を上げる。

 「おぉ、良くぞ来なすってくれた」

 「あぁ。とは言ったものの、来なければ後ろの奴めが口煩いので仕方がない」

 その人物にはサウザーも何度か面識ある。ゆえの軽口に、後ろに控えているフギンは皮肉に構わず目を閉じ沈黙に終わった。

 男性は笑い、告げる。

 「ハハ、ですがサウザー様は弓の筋は予想以上の腕前ですからな。これならば、我が弟子にも直ぐ追いつくやも知れませぬ」

 その言葉と同時に、その男性の前に近付く一人の人影が見えた。

 それは女性だった。サウザーと同じ年齢の若い娘……凛とした清楚な気配を放つ和弓を手にした娘が近づいていた。

 その女性は一度、サウザーの姿を見てハッとした顔つきを浮かべた。どうやら彼の出現を予測だにしなかったらしい。

 来訪を尋ねなかった事を、表情で文句をした娘に対し師父である人物は苦笑いを零して謝罪を示す。

 溜息を吐いた娘。そして娘はサウザーに向かって軽く会釈して口を開いた。

 「このような場所にお越しいただき有難うございます。師父が言ってくだされば、未だマシなもてなしもしましたのに」

 「いや、単に弓を習いに来ているだけだ。そちらが無理に気を遣う必要はあるまい」

 サウザーは手を振りつつ余計な気遣いは無用と示す。色々な108派の場所へ赴くと土下座並の礼式で出迎えられそうに
 なった事もサウザーにとっては珍しくない。そして、彼はそのような歓迎に関しては正直いって全く好きでは無かった。

 「大体、俺はこざっぱりとした態度の方が好きだ」

 「そうですが。では、直ぐに授業を始めますか?」

 「是非とも」

 そう、短い言葉のやりとりと共に一人の娘と一人の青年は弓に弦を張って構える。

 最近では、隣に座する娘の方が自分と年齢も同じゆえに話しやすいだろうと彼女の師父のお節介から娘はサウザーに
 対して弓の使い方を教えている。娘にとって、それは別に構わないが師父の思惑が何処にあるか時々勘括りたくなる気持ちが強かった。

 百メートル程の的へ向かっての射的。娘の矢がひと呼吸の後に放たれて中心に突き放たれる。

 「見事」

 サウザーは短く褒め、同じく彼は今まで柔らかだった顔つきを若干引き締めて目元を鋭くし気配を張り詰めた。

 その、一種の刀のように危うさと美しい鋭さを放つサウザーを娘は一瞬喉を鳴らしつつ見守る。

 シュッ、と軽い空気の切る音と共に……的の中心を僅かにずれて矢は娘の当てた場所の直ぐ隣へと突き刺さった。

 「ふむ、未だ未だだな」

 「ご冗談を。二月程で中心へと難なく当てれるようになる事は本来有り得ませんよ?」

 そう、呆れた口調で娘は述べた。

 成程、確かに常人ならば彼の二倍の努力をしなければ吹きすさぶ風の中で中心へと当てるのは困難だろう。

 だが、風を受ける鳳凰の力を持つサウザーにして見れば。矢を中心へと当てると言うのは十メートル程の場所から
 投石をして的に当てると同じほどに簡単なようにも思えている。これも王たる彼の力が齎(もたら)す恩恵なのかも知れぬ。

 「だが『アズサ』よ。お前とて矢の腕は俺を遥かに凌ぐ器量では無いか」

 そう褒めると、娘は小さな微笑と共に謙遜する言葉を返した。

 「私の腕など、師父や歴代の弓を扱う名手達に比べれば月と鼈(すっぽん)で御座います。……これよりも更なる努力とっ」

 そう言って、彼女は二度目の矢を放つ。

 風を切って飛び放った矢。それはアズサの放った矢を突き破って同じ場所へと突き刺さった。

 「……修練が必要ゆえ。まだまだ私は自分の師父にも及びませんから……」

 そこで彼女は言葉を切った。サウザーの身の上を知ってるがゆえに、師についての話は禁句だろうと予想しバツの悪い顔を浮かべ。

 だが、彼は秘密にしてるも己の大事な人は生存中ゆえに。彼女の言葉を余裕で聞き流す態度を続ける。

 そんな変わらない態度に安心し、続けて弓を射るアズサへとサウザーは眺めつつ感想を心の中で呟く。

 (通し矢か……かなり高度な)

 自分と同じ若さで、これだけの技術を持つ娘。

 今は近代技術でミサイルやらの兵器による戦争であるゆえに弓は単なる遊戯でしか無いが、戦国の世ならば嘸(さぞ)かし
 後世に名を残す程の名手なるだろうに。と、サウザーは邪気ない感心の表情で同じ年頃の名手を見つめるのだった。

 強い視線が注がれているのを感じ、アズサなる人物は少し頬に赤味を差してから咳払いと共に櫓(やぐら)の矢を取り出す。

 彼女の表情に天然木たるサウザーは興味を示さず、櫓の中に入っている矢へと興味が移った。

 「お前の矢。その二本だが妙な色合いだな……他の矢と違うのか?」

 そのサウザーの言の通り、確かに彼女の背負う櫓の二本の矢は異色だった。

 二本とも鉄のような色合いをしており、そして矢羽は他の矢は鳥の羽を用いてるに関わらず銀色に鮮やか。

 その事を指摘すると、アズサは良くぞ気付いたとばかりに喜色を顔に出した。

 「よくお気づきで。この二本は、私の護り刀と同じなのです」

 「護り刀? ……ふむ、それは興味あるな。詳しく……とっ」

 その時、どうやら弓の稽古は終了とばかりに。離れからフギンの指笛の音が聞こえた。

 全く空気が読めぬとばかりの眉を顰めての鼻息。サウザーは弓を下ろすと口を開く。

 「済まないな。また今度、その話に関しては聞こう」

 「えぇ、何時でも構いませぬゆえ。……サウザー様」

 「む?」

 立ち去ろうとした時の掛け声。一体何だろうと顔を向けるサウザーに、娘は何やら言いたそうにしてから。

 「いえ……お気をつけて」

 「? あぁ、有難うな」

 そして、別れの言葉のみで終わった。

 ……サウザーが立ち去った後に、アズサは櫓から二本の鉄の矢を取り出す。

 そして、その二本の鉄の矢の矢尻の部分に手を供えて踊るように体を動かし其の両手の矢が振られる度に
 風と共に乗った幾つかの木の葉は鋭く刃の如く造られた矢羽によって全部切り落とされ、散った状態で風へと消えた。

 ……サウザーは知らない。

 その彼女が、未来の世紀末の時に南斗のサウザーの軍勢の中で部外諸国に恐れられる矢の名手となる事を。

 ……アズサは知らない。

 その彼女が、何時かの世紀末の日、敬愛と同時に仄かな想いを慕っていた王の手によって殺害される事を。






                             
                     少しだけ悲しさを秘める風だけが、それを知り強く吹きすさぶのだった。










                 後書き






  逆転の発想。オリキャラが批判されるなら、原哲夫さんの作品に出てくる別の人物達の名前を借りれば良いじゃない!!



  と言うわけで今回の新キャラ『森の戦士ボノロン』のボノロン。

  因みに彼の背負っている巨大なノコギリ刀は、シュウを真っ二つにしようとしたサウザーの兵士達が複数で持ってた
 武器と言う設定。まぁ、修羅崩れの兵士達が持っている時点でボノロンが死ぬって確実ですけどね。

 
  次の新キャラは『アズサ』、『流星編』に登場する弓の名手と言う設定。

 誰か一人は弓の腕が上手な人いないと、聖帝十字陵の上下の距離って遥かに遠いのにシュウの体にヒットする腕前に
 説明がつかないのでは? と言う疑問から。以前は参考にする程の弓の名手が居ると言う説明の為に登場しました。



 

 まぁ『流星編』では確実に死亡、この時系列では何やかんや生き延びると思います。はい。





[29120] 【流星編】第十二話『儚き戦士達の憂い それは光射さず』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/08 10:17






 

 様々なる想いを武具へとのせて、人は戦場を駆け抜ける

 明日への平和を願い、眼前の降りかかる鏡あわせの敵へと無慈悲なる一撃を

 ただ、穏やかなる争いなき世界を取り戻さんと人は戦い続ける

 仲間達の屍を横切り

 殉死者の血を体に浴び

 弔いは滅亡後の冷たい風の音が鎮魂歌を奏でる。

 世界は、本当にもう救われないのだろうか?

 それは……誰にも解らず

 ただ、一つだけ理解出来る事

 我々は、戦士であると言う事だけ




 ・



       ・

   ・


     ・


 ・



    ・



        ・


 時に、北斗の拳onlineに出てくる用心棒と言うキャラクターが居る。

 そのキャラクターは弓の技を扱う事が出来る。何かと便利なキャラクターだ。

 何故、こんな話をするかと言えば。今回の話に出てくる人物も弓の名手であるからだ。

 それを、猜疑と陰謀が渦巻く巣窟に佇む雲雀の視点から語っていこう。








 ……。




 今日も戦は続く。一体何度目の戦場なのか、数えるのも馬鹿らしくなった。

 携えている剣には返り血が目立ち、拭っても拭っても血は至る場所に咲いている。その匂いにも辛さを通り越し鼻が麻痺する。

 我々には敵が多かった。それは拠点とする場所が良くないのか、または余りに不運かどちらか。

 獅子王イゴール、雷帝ライズ。

 鬼王軍、智王軍。

 我王軍、黒薔薇一族、鉄帝軍。

 盗賊やモヒカン。

 鬼王軍に関しては、キマユが居る南斗孤鷲拳伝承者のシンがいる場所の下方を拠点としてるらしく、我王軍に関しては
 以前にサウザー王の一騎無双の勝利によって和平状態に至っている。無論、その状態が持続するか眉唾ものだが。

 他にも色々な軍閥が存在するも、今は他の拠点に居る他勢力と睨み合いが続いているらしく大きな戦いは減少した。

 それでも戦いは終わらない。今も……私達、南斗の軍勢は他勢力と交戦しているのだから。

 



                   ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲ!!!!




 怒号と、隣り合わせの死への感覚を忘れさせる為の虚勢の雄叫び。

 または何度目かの交戦によって友を失った戦士達の嘆きの咆哮、または死を望み果てにあるヴァルハラを信じての声か?

 幾多もの感情が練り合わさった叫び声が戦場へと木霊する。今日も、血が咲き乱れて大地へと赤い雫が降り注ぐ。

 「覚悟オオオオォォォォォォ!!」

 交戦する敵の正体は、流浪のアラブ系の戦士であったり、または正規なる兵装をした鎧兜に覆われた戦士であったりする。

 今日の敵は、何処ぞの小国を挙兵した敵軍。キラキラと白銀の甲冑を纏った戦士達が南斗の軍勢を襲った。

 私は飛ぶ。一人の白い甲冑を纏った兵士のブロンズソードが頭上へと落ちる間際、その上空へと翔んだ。

 地面へと剣を勢いで突き刺した兵士は、兜を上げる。その防具の裏で目を剥いているのが予想出来た。

 南斗の拳法家は、殆どが軽装のショルダーアーマ、それに足場の悪い道を予想しての安全靴以外に余り装備はしない。

 鎧を纏う鳥がこの世に居ない事と等しく、我々も外気を防ぐ布地以外は余り身に付けぬ。

 力を所有したものにとって、その肉体こそが防具となり機動力となり戦力である。それは私も同じ。

 隙だらけになった白銀の鎧の戦士へと腰に提げた剣を抜いて頭上へと振り下ろした。鈍い音と共に嫌なゴボッと言う
 音が耳に届いたかと思うと、その戦士の頭上から血が多量に溢れ落ち、そのままぐったりと大地へと崩れ落ちる。

 無念の声も、断末魔もなく戦士は自分が今まで散らした者と同じく大地の骸へと化す。

 この戦士にも、守るべき家族や信念があった筈だ……。

 だが、それを憂う余裕など非ず。自分は血糊を剣から振い落すと、そのまま他の敵兵へと接近する。

 「は、ハマ隊長!」

 何度か他の敵を身軽に首や頭部の急所に当てて倒していると、軽い悲鳴混じりに自分を呼ぶ仲間の兵士の声が上った。

 何事かと、その方向へと視線を向けて。その光景に対し思わず顔を顰める。不味い敵が現れたからだ。

 「……重装兵っ」

 巨大な身の丈程ある盾、それと共に少々大柄な肉付きのある隙間なく鉄の鎧で覆われた兵士達が戦場へ出現した。

 雲雀拳伝承者である、ハマには見覚えのある敵。

 重い甲冑と鎧によって堅い守りを持つ重装兵。その厚い防具には剣や槍、そして南斗拳士の力も少々効果が薄い。

 南斗拳士は、鉄の壁を裂く程の力は確かに存在している。だが、あのように身の守りの固く、それでいて片方に
 大きな矛を携えた兵士を相手にすると少々骨が折れる。鳥とて、アルマジロのような生き物と好き好んで戦いたくは無いだろう。

 (鉄帝ジャダムの軍勢か……?)

 ハマは、最近この南斗の広がった領域が思考した者達の領域に近い事を知るが故に思った。

 鉄帝ジャダム。重装兵で構成された兵団、その更新の様は動く砦とか言われてるとか……。

 いや、今は予想する暇は無い。意識を変えてハマは堅き護りの一団へと近付く。

 急接近と同時に剣を突くようにして手近な兵士へと攻撃仕掛ける。だが、その不意打ちに対し敵は冷静だった。

 無言で盾を隣り合わせの仲間達と共に密着させて壁を作る。そして、そのまま盾の上からピルムの槍を向ける。

 (ファランクス……!)

 古代バビロニアが編み出した歩兵戦術の一つの陣形。慌ててハマは特攻するのを中断して飛び退いた。

 上空から翔んで襲撃しようにも槍が阻み、地上からの攻撃は厚い盾で塞がれる。

 こんな時、ハシジロ等の剛の拳を持ち合わせている人物が居れば一点を破壊して、その隙間から怒涛の攻撃で
 陣形を破壊する事も可能なのだろうが、ハマには、その敵の陣形を打破する力は少々足りなかった。

 とにかくも、相手が思うように攻める事の出来ぬ陣形を築いている以上無駄に攻め込んでも命知らず。

 慌ててハマは周囲へと後退を叫んだ。だが、その間にも仲間の兵達が鈍い悲鳴と共に前進をする重装兵の槍の餌食にされる。

 「……っ」

 数人の、後退する機を逃した仲間の兵たち。その屍が行進する敵軍の歩みによって視界から消え去る。

 例え死を逃れてたとしても、あれでは歩兵の重圧に潰される。少し自分の命令が早ければ助けれた生命を見過ごしてしまった。

 嘆く暇も、怒る時も戦場には無い。彼女は一瞬拳を震えつつも周囲の味方へと編成を整えるように声を嗄らす程に叫ぶ。

 重装兵達は、そんな南斗の軍勢を嘲笑うように一歩一歩迫る。鉄壁なる布陣、ハマは一瞬一か八かで特攻を考える。

 




 ……その瞬間、耳に届く蹄の音。




 ハマは、こちらへと近付く馬の音に別方向からの敵かと警戒の色を浮かべて背後へと振り向いた。

 音源の通り、一匹の馬が走ってきた。だが、馬上に跨るのが味方の鎧である事から少しだけ彼女は滲ませた敵意を緩めた。

 いや、油断するな。今までの戦場では遭遇せずも、自軍の装備を略奪した敵の伏兵の可能性もあるのだから。

 そんな彼女の幾つもの推測や警戒を他所に馬上の兵士はファランクスの陣形を築く敵軍へと近付く。

 味方の兵士の背中には、箙(矢を入れる携帯容器)が存在していた。そして、その中には数十本の矢が。

 弓兵……後方部隊として控えてる物が何故こちらへ?

 ハマは訝しむ。だが、味方の兵士は既に疑惑を他所に箙から片手に備えていた弓へと矢を引き抜き番えた。

 キリキリと、弦は後ろへと引かれて矢は射抜かれようと震える。

 一秒。その短くも少々長く感じられる戦場の空間で一本の矢は敵軍の陣へと突っ込んだ。

 ハマは、一瞬その攻撃が戦場の流れを変えてくれるのかと期待したが。その矢は重装兵の盾へと阻まれる。

 (やはり駄目だ。弓では分が悪い)

 落胆を浮かべるハマ。弓兵は確かに遠距離の攻撃では優秀だが、あのように防御の固い陣形には効力が薄すぎる。

 折角の応援も役に立たぬ事をハマは士気が落ちかける中で、弓兵は矢の効力が無かった事に構わず更に弓へと番える。

 ファランクスの陣形は、そんな馬上の弓兵の行為を無言で嘲笑うように着々と南斗の兵士達へと接近する。

 だが……二度目の矢は、今度こそ戦場の流れを変えた。

 一閃。

 空気を切り裂く音と共に、小気味良い音がしたと同時にファランクスの陣形を築いていた重装兵の一人から鈍い呻きが聞こえた。

 ……矢だ。

 飛ばされた弓矢。その矢は弾丸の如く速度で今度は放たれると重層兵の一人の頭部の兜へと突き刺さったのだ。

 一瞬だけ、今まで喧騒が成り立っていた戦場に不思議な静寂が走る。

 強固なる、今まで無敵の陣形であったであろう防御の陣に罅を入れた矢。南斗に敵対する軍勢に一瞬動揺が走る。

 弓兵は、そんな彼等の波立った心を見透かすように無言で更に弓を飛ばした。

 ……二連弓。

 ……三連弓。

 ……フェイスシュート。

 ……ワームシュート。

 ……ピットシュート。

 二連射の矢。三連射の矢。顔面を狙っての矢、相手の鎧の脆い部分を狙撃する矢、水月を狙っての矢。

 ただ一人の弓兵の矢は、ファランクスと言う古代バビロニアの生み出した強固なる鉄壁の布陣を打ち崩した。

 幾人かの兵士が矢の餌食となって倒れ伏し、敵軍は早速布陣など構わず突撃を余儀なくされる。

 新たなる布陣を作ろうにも、目前の馬上で射る弓兵のお陰で彼らは陣形を立て直す事が出来なくなってしまったのだから。

 怒声を伴っての突撃。これならば戦況は五分。

 南斗の兵達も、今まで苦戦を強いられていた壁がなくなればこちらのものだと士気を取り戻して近接戦闘へと入る。

 弓兵の功績は大きい。ハマは陣形が崩れた事で容易に何人かに傷を与えながら大きな手柄を立てた兵士を一瞥する。

 瞬間背筋が凍った。馬上で未だ矢を放ち味方の援護をする兵士へ向けて一人の重装兵が狙い槍を投擲したのだ。

 ピルムの槍は上空を滑空しつつ弓兵へと迫る。ハマは危ないと叫んだ。

 それが聞こえたのか、または単純に兵士の力量が槍の危険性を気付く実力あったのか知れぬが。兵士は槍を馬から落ちて避ける。

 思わず安堵の息が出た。知り合いがどうか知れぬが、南斗の同志が死ぬのを何度も目にしたくは無い……。

 だが、未だ弓兵の危険は去っていなかった。ファランクスの陣形を崩した元凶の敵を抹殺せんと数人の大柄な鎧の兵士が接近する。

 その兵達は斧や鉈などの近接武器を握っていた。ハマは単純に危険だと感じた。

 何故ならば弓兵とは近接戦闘に適さないのが常識だから。弓と矢では敵を倒す武具には至らない。

 敵兵達も、そう確信しているゆえか兜から覗く口元には危険な笑みが生えていた。

 ハマは間に合って欲しいと思いつつ加勢の為に近づこうとする。だが、敵や味方の鍔迫り合いの所為で中々近づけない。

 その間にも、敵兵達は上段で振りかぶっていた。危うし、弓兵。自分達を救ってくれたのに、見殺しにしてしまうのか?

 思わずハマが天に祈った、その時……その弓兵は慌てる事なく箙から二本の弓を引き抜き両手へと持った。

 その時、ハマは気付く。その矢が他の矢とは異なり黒い光を輝かせている事を。

 覚悟の言葉と共に、敵兵達は振り下ろした。剣や矛の武具を。

 そして……三人余りの敵兵達は、弓兵の体に武具を振り下ろす事叶わずに首筋から血を吹き出させて地面に倒れたのだ。

 「……あれは」

 ハマは、そこでやっと気付いた。弓兵の正体に。

 世紀末が始まり、サウザー等南斗が拠点を築き上げてた頃には、それを阻害しようと多くの敵兵達が近づいた。

 その度に、南斗の拳士達が力を振るい追い返した。その中に、常に砦の見張り台で矢を飛ばし、間違いなく命中させる人物が居た。

 その人物の矢の凄まじき事。百本の矢があれば、百人の人間の急所を射抜く腕前の持ち主だった事をハマは記憶していた。

 そして……誰よりも矢の扱いを心得る人物が、二本の鉄の矢を剣の如く扱い闘う事も知っていた。

 ハマは、兵士の名を紡いだ。

 「……南斗走矢拳の……アズサ」






 ・




        ・


   ・



     ・


 ・



    ・



       ・


 「……これで、十六」

 兜に覆われているゆえに、くぐもった声だが女の声だった。その兵士は正しく女であった。

 彼女の持つ武具は弓、そして、その弓に番える矢が無き時は常に二本の鉄の矢が彼女の剣となり生き延びさせていた。

 また、彼女の間合いの中に敵意が近付く。彼女は二本の鉄の矢の羽の部分で相手の体へと一閃させる。

 その羽は、鉄細工で出来た小さな刃であった。御蔭で、彼女は相手を倒す手段には困らない。

 打根術。矢を扱っての近接戦闘術。

 本来は、弓兵が弓を失った場合の最後の自衛手段としての攻撃方法だが、彼女は剣術のように、その扱いには慣れていた。

 南斗下位36の拳法の一つ『南斗走矢拳』

 彼女は、弓を持てば一国すら脅かす狙撃手となり、そして矢だけを扱えば歴戦の戦士と成り得た。

 「十七……!」

 次々と迫る敵兵に幾分辟易しつつも矢を振るう。当たり前のことだが、死ぬ事は彼女も御免だった。

 生きる。

 生きて平和な世界の中で眠り死ぬなら未だしも、このような場所では死にたくない。

 こんな世界じゃ贅沢過ぎるかも知れぬが、誰しもか望む『平和』を、彼女も同じ程に夢見て闘っていた。

 だが、戦場とは何が起こるか知れぬか解らない魔の場所だ。

 突如、轟音のような音がしたかと思うと大地を揺るがして砂煙が起きた。

 「……冗談じゃないわよ」

 彼女は、思わず呻いた。砂煙の向こうからやってきた正体は、思わず天を仰ぐ程の正体だったのだ。






                          ……パオオオオオオオオオオオオオォォォォン!!!!





 天を震わす程の嘶き。

 人間だけで構成されていた軍団の激突の折に現れる、笑えぬ程に脅威なる存在。


 ……象。

 そう、象だ。一体何処から地上に浮かんだのか知れぬが象が歩いてくる。

 兵士達の殆どが、その出現した一匹の地上の王とも言える獣を見て絶句して固まる。

 敵軍は、この出現を待ち望んでいたのだろう。俄かに武具を天へと掲げて士気を上げる声が多数上った。

 「機獣兵なんてもん……何処から」

 世紀末前の動物園で生き延びたのか。または、密輸か何かで飼育されていたのか?


 考えても埓が開かない。だが、解る現実は一つだけ存在する。

 アレは、正しく自分達を殲滅しようとしていると言う事だけ。

 アズサは、それが解れば十分だった。己の役目は、南斗の戦士達の進軍を補佐する事。

 弓へと新たに矢を番えて、迫り鳴く象へ向かって力一杯矢を放つ。

 今まで屠ってきた的を相手にするのと同じく、その矢は勢い良く重騎兵の象目掛けて空を切って放たれた。

 強弓烈法……全力で弦を引き絞り、強烈な矢の一撃を撃ち出す弓使いの技。

 だが、アズサも予想していた悪い予感が当たる。象は、全く意に介さず矢を分厚い皮膚へと刺さったままこちらへと近付く。

 「参ったわねぇ……」

 難儀し、思わず達観しそうになる。象を倒すと言うのは、少々骨が折れる……。

 少々骨が折れる程度の認識も凄いのだが、だがアズサが倒す手段としては大量の矢と言う条件づきでの話だ。

 右脚へと数本の矢でアキレス腱へと、次に左足へも同じく数本で動きを止める。

 更に、あの分厚い皮膚を射抜いて致命傷を与える為に脳天へと凡(およ)そ四本。恐らくこれで足りると彼女は勘定した。

 そして……箙には、残り三本の矢しか残されてない。自分の愛用する鉄の二本の矢を除けば撃てる矢は残り三つ。

 圧倒的な武力の差が、箙の中の残数と言う形で今の彼女の窮地を物語っていた。

 「どうしたものかしら……」

 何処から敵が不意打ちするかも知れない事を知りつつも、思考の渦に思わず飲まれそうになりつつアズサは目を閉じる。

 分の悪い賭けだが、相手の急所となる部分に矢を放つ?

 いや、それは危険だ。心臓部分や脳には確実に失敗するし、目に関しては更にアノ獣を暴走させる可能性が高い。

 一度、後退した編成を整える?

 まず、考えられる中で妥当なのはコレだ。だが、そうすると逃げ遅れた仲間達は勢いつけた敵へと蹂躙されるだろう。

 あの重騎兵の早さと、疲弊が多い自軍の後退の勢いを計算すれば。追いつかれるのは目に見えている……。

 ……被害は、どちらをとっても大きい。この状況では、打開策をとるには人力も武力も彼女には乏しかった。

 そんな折、ふと大きな影がアズサの下ろしていた顔に映った。

 ……っ敵? そう考えるが、それにしては余りに殺気が無い事を知って彼女は頭上を見上げて正体に気付く。

 それは、戦場で何度かある戦いの中で良く知る人影だったのだ。いや、彼は戦場でなくとも……その『大きさ』から目立ってたが。

 「あいつ……おらに任して」

 そんな、ゆったりとしつつも力強い言葉がアズサには降り注いだ。

 その一言だけで、十分に正体が彼女には理解出来た。

 一度、彼女はその緩慢の中に潜む力強さを感じ目を閉じてから、頷いて彼の場所を作るために横へと退いた。

 ……、その小山程の身の丈のあるのは男だった。

 フドウの如く大きな兵士。その身の丈に見合う鎧も兜も無いゆえに薄汚れた布地の服で身を包んでいたが、
 その代わりとして、その兵士の背中には大振りの人間二人の大きさはある巨大なノコギリ状の刃物を背負っていた。

 進軍しようとしてた機獣を指揮していた象に乗る兵士は、その南斗の軍勢から出てきた象より少し小さい程の
 巨大なノコギリ刀を持つ人物に驚いた顔をしたのをアズサは見た。彼は、ゆっくりと一本の武具を構えて象へと近付く。

 象は、唸り声と共に巨大な刃を持つ兵士へと突進する。象の突進などと言う、末恐ろしい攻撃を巨大な戦士は直撃する。

 だが、その戦士は象の一撃を食らってもよろめきはしたものの立っていた。そして、そのまま彼は象の鼻を切り落とす。

 そう、一撃だけで。その巨人の持ち合わせたノコギリ刀が象の鼻を切り飛ばしたのだ。

 悲鳴と共に象は前足を上げて立ち上がる。その、ちょっとした怪獣大戦を傍観して一時歩兵達の戦闘は中断される程に
 その戦いは凄まじい。何せ、象相手に人間が一人で闘うなどと言う夢のような光景が現実として起こってるのだから。

 だが、未だ敵軍には勝機は存在してた。その象の牙が、怒りで瞳を赤くした象の反撃によって象牙が兵士へと刺さる。

 兵士は苦悶の声を上げた。片方の腕へと刺さる象牙、巨大なノコギリ刀を持った利き手の腕から多量な血が流れる。

 その兵士が倒れれば一気に戦況は傾くだろう。その事を予感してか狂喜乱舞で敵兵達の鼓舞が上がる。

 兵士は、ノコギリ刀を後少しで取り落としそうだった。その武具が無くなれば確実に勝てる見込みが無くなるだろうと
 早く落とせ、早く落とせと願いつつ機獣兵の勝利を願って固唾を呑んで敵兵達は見守る。

 そして……その隙を南斗の拳士達が見逃す筈も無かった。

 「……南斗走矢拳」

 巨人の兵士と象の取っ組み合い。その中へと粉塵から飛び出すように一本の弓を番えた兵……アズサが飛び出す。

 彼女は、このまま膠着状態を見守り続ける程に優しくは無かった。そのまま、彼女の拳法の技が炸裂する。






                                   不動撃!!!




 その言葉と共に、煌びやかな粒子と共に矢が一閃して象の脚へと命中した。

 うなり声を出す巨獣。普通ならば、たかが一本の矢に悲鳴を上げるような事は無い筈なのに関わらずも、彼女の一撃には
 『気』が込められていた。命中した箇所を動かす事すら出来なくする程の気を纏わした一撃の矢が。

 そして、片足を麻痺して動きが鈍くなった象に対し巨大な戦士の反撃が起きた。

 のっそりと、遅く思える速度で巨大な戦士のノコギリ刀が天へと高々と上げられる。

 機獣兵を操る象の背中の乗った兵士は、思わず命乞いの声を呟いた。だが、その呟きが叶う事は終ぞ無かった。










                                 南斗巨斬拳!!!







 その戦士から響いた声と共に……象は乗っていた兵士を巻き込んで両断され、そのまま地面へと大きな血の華を咲かした。

 切り札であった機獣兵を失った敵軍たちは、その半刻程に涙ながらに遠方へと撤退を余儀なくされた。







  ・




        ・

    ・



       ・


  ・



     ・



         ・



 「……有難う、ボノロン」

 「ううん。アズサ、無事、良かった」

 戦場から帰還し、少しだけ一心地つく中でアズサは大きな体を持つ彼へと礼を述べる。

 ボノロン、南斗巨斬拳と言われる少々緩慢ながらも巨大なる一撃で敵を打ち倒す破壊力だけならば南斗一とも言える戦士。

 破壊力と言う点だけならば、南斗の108派の中でも一番と言われる人物。

 だが、その恐るべき力を持ち合わせているにも関わらず、彼が人一倍優しく穏やかで、誰よりも涙もろいのだ。

 世紀末前は、怪我した小鳥を治し。捨てられた子犬や猫を拾い育てると言う事を幾度も彼はしていた。

 アズサは、偶然ながら其の場に居合わせた事があり。彼がそのような優しき気性である事を知るからこそ
 安心して戦場では隣を任せる事が出来る。心強い味方が一人いるだけで、弓を引く際にも迷いが無くなるというものだ。

 その優しい人物の腕には、包帯を巻くには大きすぎる体ゆえに、水で汚れを落とした布切れで怪我した腕を止血している。

 彼は、象の一撃で受けた痛みよりも懸念している事をアズサへと独白する。

 「今日も、一杯人死んだ。おいら……とっても悲しい」

 そう、ボノロンは涙を一滴垂らす。それは一粒だけでも大きく、大地へと少々大きな染みを残す。

 「仕方がないわよ。だけど、もうすぐ戦いも無くなるわよ……きっと」

 心にもない事だと、アズサは解りつつも慰める。

 無くなるどころか、段々と戦場は激化している。これからも、きっと戦場に立つ機会は先行き二倍になるかも知れない。

 それは仕方ないと解っている。これは南斗の問題でなく、世界で起きてる問題だ。

 食料も殆ど無い、生きるには人間食べ物が必要だ。

 だが、耕すにも未だ土は放射能の所為か汚染され。草木が咲く程の健康な土を出すには未だ陽の目が見えず。

 水すらも限りなく乏しい状況。一応水源を確保はしてはいるも、何時無くなるか解らぬ井戸だ。全員注意して使っている。

 「おいら……もう戦いたくない。人死ぬの、見るの嫌」

 そう、ボノロンは零す。穏やかで、世紀末前は朗らかであったであろう巨人の顔には悲しみが溢れかえっていた。

 アズサは、一瞬その悲痛だけに濡れた言葉と表情に絶句した。共感され、そして反論するには余りに切ない。

 自分だって、誰も殺したくはない。平和を願うのだから当然だ。

 けど……全員が今は奪い合う事でしか考えられず、言葉だけで平和を願っても、武力を行使しなければ殺されるのだ。

 迷えもせず、闘うしか生き延びる道は無い。そう、アズサは理解するからこそ悲しい微笑と共に話を変える事にした。

 「……ねぇ、ボノロン。以前貴方が住んでいた故郷の話を聞かせて」

 そう強請ると、ボノロンは嬉しそうな顔をした。彼は、故郷の事を話し始めると気分が良くなるのは周知の事だった。

 「うん……おいらの所、一杯鳥が飛んでた。一杯鹿や狼、狐、一杯の獣たち平和に暮らしてた」

 そう、彼は懐かしむように話をする。

 「……夏は、木苺が実ってて。秋になると紅葉綺麗だった。冬は一面銀色に輝いてて、春は桜で綺麗な桃色だった」

 そう、嬉しそうに身振り手振りで話し続ける。

 「……そんで、風が良くサワサワ心地よくおいら達に吹いていた。『風を聴く森』……おいらの故郷」

 そこで、突然彼は悲しそうな顔になる……溜息を吐いてボノロンは呟く。

 「……おいら『風を聴く森』に帰りたい。けど、今帰ったら、アズサ……他の皆が危ない目にあう……おいら、それ、嫌だ」

 「あぁ、ボノロン……」

 その、優しい言葉にアズサは一瞬目頭熱くなった。別に恋心とか抱いている訳では無い、単純に彼の優しさが
 度重なる戦場の中で荒んでいく自分の心に染み入ったゆえに。この荒廃した世では、一人の人間の優しさは貴重なものだ。

 「大丈夫、きっと『それ程までに嫌なら、抜けても良いぞボノロン』……っ」

 きっと平和な世になるわ。そのような類の言葉を唱える前に、アズサの耳に不意に聞こえた強大な力が滲む一声。

 別に自国に戻ったからといって油断してた訳では無い。その相手の隠形が類まれなる程に優れていただけ。

 慌てて、その方向へと振り向いた。そこには不敵な笑みの男性……白眉が目立つ金髪のオールバック。

 アズサは、その人物の呼称を敬愛や畏怖。色々と感じつつ呼ぶ。

 「サウザー、様……」

 この戦いの全てを行使していると言って過言でない人物。そして全ての108派の頂点……南斗の王。

 以前は自分も、その人へと師父と共に弓を習ってた事もあった。だが、気が付けば彼の人の顔には穏やかな気質が消えていた。

 十五の頃から、アズサの記憶の中に知るサウザーが自分へと不敵な笑みを除いて安らかな顔つきをした事は無い。

 暖かさ……そんな物が突如欠落したように、彼は有る日を境に突如何かが欠落したように彼女は感じていた。

 少々、失礼と思いながらもアズサはサウザーを恐れていた。絶対にそんな事は無いと思いつつも、サウザーが時に
 自分や、その他の全ての人間へと凶悪な光を宿しているような感じがして気が気で無かった。

 サウザーは、そんなアズサの不安そうな表情を無視してボノロンを見上げる。

 背丈だけならばサウザーが圧倒的に小さいのに、不思議とボノロンの方が縮こまっているような気がしてならない。

 「ボノロン……南斗一の巨大な戦士よ。お前が別に消え去ったところで、この俺の国が陥落する事は万に一つも無い」

 ニヤリと笑いつつ、少々怖がっているボノロンに安心する意図を秘めているのか知らぬがサウザーは言葉を続ける。

 「故郷がそれ程までに恋しいのなら消えろ……だが、その代わりに俺の場所に決められた日に戻ると誓えたらの話だ」

 「……決められた日?」

 アズサは、サウザーの言葉の不可解さに思わず怪訝な顔と言葉を浮かべた。

 何せ、逃走したいと望む兵士にサウザーは脱走兵は死刑と厳しい公布を突きつけている。

 まぁ、戦役に嫌でもつかなければいけぬご時世ゆえに不満は覚えぬが、だからこそ一度決めた宣言を無視しての
 サウザーの言葉が不可解だった。彼の王ならば、今の言葉に厳しい叱りの言葉が降りかかると予想してたのに……。

 「……おいら」

 巨大なる森の戦士は、対峙した鳳凰の静かな迫力に押され弱々しく何かを言おうとする。

 だが、彼の言葉など全く聞く気が無いように、サウザーは勝手に自分で会話を終了させる。

 「考えるのだなボノロン……必死に、その巨大さに見合った頭脳を駆使して考えてみろ……」

 ボノロンの愚鈍さを皮肉ったのか、または、別の思惑あるのか。

 ただ、それだけを言い残しサウザーは立ち去る。恐らく拠城へと戻り次の戦場の計画を考えるのだろう。

 「……サウザー様」

 アズサは、不安そうに彼を見送った。その漏れ出た呟きは、彼には聞こえない。

 ずっと、未だ弓で碌に当てる事も出来ぬ頃にサウザーと彼女は何度か会った事がある。

 オウガイが生きてた頃。彼の師が未だ健在な頃には彼は自分も暖かくなる程の笑顔を浮かべてた少年だった。

 弓を扱う事も不慣れで、矢を見当外れの場所へと飛ばして少々笑ってしまった事。

 それを不貞腐れた顔で王が睨み、そして後で仲良くなった事。

 ……それは、本当に懐かしい平和な頃の記憶。私が生きる幸福を追い求める原点だ。

 だが……その当人は、今は全く自分を視界にまともに映す事も無くなってしまった。

 (何時から……あのように冷たい目をするようになったのだっけ)

 随分変わってしまった……このような世界では仕方がないと、彼女は仕方がないと受け入れようとするが、時に悩む。

 このままでは、いけない気がするのに。それでもどうしようもない無力な自分が嫌で苛立ってしまう。

 そう、小骨が喉に刺さるような不快感が彼女を苛む中ボノロンの吐息が聞こえた。

 アズサは彼を見て驚愕する。そのボノロンの顔には驚く程に血の気が引いていたからだ。

 「……ボノロン?」

 「おいら……王様……怖い」

 そう、ボノロンはか細い声で呟く。

 「王様……とっても冷たくて悲しい目ぇしてる……とっても怒ってる」

 おいら……だから今の王様怖い。

 そう、アズサが真意を知る前にノソノソとボノロンは何処ぞへと立ち去った。

 ボノロンの言葉に、アズサは引っかかりを覚えつつも何も出来ず、その場へと佇む。

 自分には弓兵としての役割以外何も出来ない……それが、とても悔しかった。






  ・



        ・


    ・



      ・


 ・




    ・



         ・




 ……サウザーは、低い嘲笑を暗い一室に響かせながら先を見据えていた。

 シンラ・カガリの反逆。この事が今のサウザーの心を躍らす。

 彼にとって裏切りと言っても関わらぬ出来事は、今の彼にとってたまらなく愉快な出来事でしか無い。

 アズサの帰還後の報告に叱責もなく、彼は再編成だけを命じ玉座に座りながら思考を続ける。

 ようやく始まった! こうでなくてはつまらない!!

 誰一人として、易々と終わらせはしない!! 誰一人として、俺が望まぬ結末で終わらせはしない!!

 全員を全員。この俺が証明してみせる! この世界にある、奴等が信じている絆やら情などが全く無価値である事を!!

 「……時は一刻と近づいてる……俺の望む日を……!」

 彼は、夜空に光る南十字星を見る。

 その顔には、人に悲鳴上げる程の残忍なる笑みが張り付いていた。

 「……くくっ……くくくくくくくくっ!!!」

 彼は笑う。王の低い笑いは一日の終わりに誰にも知られずに響く。

 







 深淵下での彼の思惑……それに気付き動く人間は……未だ居ない。











               後書き



 某友人〉ヴァンカード見たいに北斗の拳もカード化しねぇかなぁ。





 実際、トレーディングカードとして一度発売された見たいだけど人気無かったらしい。


 正直パチンコ化してるしリメイクして出してもらいたい。覚醒したジャギとか、魔界に堕ちたラオウとか登場したら面白い。
 蒼天の拳も混ぜて、とりあえず哲夫先生の作品なら慶次とか、信中とかも登場して貰いたい。


 そんでもってレアカードとしてシュケンとか、若き龍帝アモンとかね。とりあえず発売したら絶対買うわ






[29120] 【貪狼編】第十二話『桜 桜舞う 仄かな疼きと酔い(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/08 11:56







 
  

 ヒラヒラと舞い散る桃色の花弁

 雪は溶けて、春は訪れゆ。寒波は消えて生き物が待ち焦がれた小春日和

 謳えや小鳥よ 今の生きる空へと可愛いい脚を曲げて踊れ

 桜は散る散る 雪の如く 空へと桜の雪が降る

 鳥達は舞う そして 桜は舞う

 誰一人として 先の事も知らぬままに





  ・



        ・

    ・


      ・


 ・




     ・



          ・

 
 その日、山々の面なる一角の土地にある家屋へと入れられた一つの手紙。それが物語の始まりを告げた。

 鶏の朝を告げる鳴き声と共に、一人の青年が扉から出る。

 体格が良い、一目で手強いと思える筋肉を身につけている人物。強面だが、その顔つきは信が通った目をしていた。

 郵便に入っていた手紙を取り出し、彼は少しだけ眉を上げた。彼宛の名が記されていたが、最近手紙を送られるような
 相手に心当たりが無かった所為だ。誰からだろうと、興味を持ちながら手紙に一本の指を這わせる。

 すると、鋏みなどを使わず綺麗に手紙の上部分は切れた。一本の細い紙片が地面へ落ちる。男は開いた箇所から
 目的となる文書を取り出した。家へと戻りつつ、顔はじっと手紙の内容へと視線が走らせている。

 「……ふっ、生真面目な奴だな」

 文書を読み進めていく内に、男の顔つきは段々と柔らかくなる。どうやら彼にとって好感のある内容だったようだ。

 急いで、この事を知らせたい。そんな湧き上がる浮き立つ感情が彼の胸を占める。

 男は朝食も取らず力を四肢へと込めて一気に地面を蹴る。

 彼は、疾風の如く勢いで少々離れた家屋へと進んでいった。一度だけ、その急激な勢いで進む彼の道なりの前に
 小さな獣が佇んでいたが。その彼へと驚いて、焦燥とした気配と共に横へと飛び退くのが見えた。

 数十秒後、彼は目的の場所を見る。そして、口には無意識の内に上へと釣り上げられていた。

 その家屋の近隣には井戸があった。そして、その井戸を汲もうとしている年若い娘を彼は目に留めたのだ。

 その娘を見るだけで彼の心は躍った。だが、それは心の中へと忍ばせている。

 理由は、その娘が親友の血縁者であるゆえに。彼は、その事が未だその娘へと本心を曝け出せぬ楔となっている。

 



 ……。



 もう、春の匂いがしていた。

 目が覚めれば、一週間ほど前は未だ晩秋の如く冷え冷えとしていた空気が今や暖かな風を運んでいる。

 私は春が好きだ。蝶が舞い、地面から虫達が這い出て花が咲き綻ぶ春が大好きだ。

 そう、私が話すと兄様は『子供だな』と笑うけど。それでも私は春が大好きだった。

 井戸の桶を吊るす綱も陽射しに当たるゆえが暖かく、今まで悴(かじか〉んだ手の痛みは無く、不思議と力が湧き出てくる。

 あぁ、やはり春は良い。以前にも増して、今年の春は暖かだと私は自然と顔に笑みが出てくる。

 自分は機嫌良く、鼻歌すら出しながら水を汲み上げていた。

 ……それがいけなかった。

 「機嫌良いなっ」

 「しゃあっ!?」

 背後からの少しばかり大きな声。みっともない声と共に小さな悲鳴と共に激しい音と共に汲み上げる途中だった桶が落下する。

 もう少しで汲み上げれそうだったのが、やり直さなくちゃいけなくなったばかりに井戸へ身を乗り出しつつ呻く。

 そんな自分を、元凶たる私の幼馴染が低く笑うのが背後から聞こえた。

 私は地獄の底から出すような、出来るだけ恐ろしげな低音を出しながら、ゆっくりと恨むべく相手を振り返る。

 「……ボ~モ~ン?」

 「ククッ……す、済まん済まんヨハンナ。そこまで驚くとは思わなくてな」

 したり顔を打ち消す我が幼馴染。私が振り返った途端、生真面目な顔を作ったけど心の中では笑ってるのが透けて見える。

 だが、この程度の悪戯で怒鳴ったりする程に自分は小さな者でないと宣言する。素知らぬ顔で私、ヨハンナは口を開いた。

 「謝るなら、私の代わりに貴方のお陰でやり直さなければいけない水汲みをしてくれないかしら?」

 「ふむ、お安い御用ですよヨハンナ様」

 そう、彼は馬鹿丁寧に頭を下げつつ私の願いを聞く。どうせ、頭を下げてる顔は笑ってるだろうに。

 ヨハンナの予想通り、ボーモンは彼女の半分のスピードで水を汲み終わる。

 どうだ、と言う表情を彼は向けた。だが、彼女は彼が思う以上に強かな性格だった。

 「言っとくけど、もうそこまで冷えないし水も凍らないから貯水するの。だから残り十杯程は汲んでよね」

 「……人使いが荒いな」

 少しだけ顔を引き攣るボーモン。彼女は少し前の彼のように不敵な笑みを向けた。

 ボーモン、ヨハンナ。

 ケンシロウ外伝における闇帝軍親衛隊長と言う立場の人間。それがボーモンであり、彼は夜梟拳と言われる南斗拳士。

 そして、ヨハンナも又。彼女は南斗拳士の妹であるのだった。そして、世紀末では新興宗教の教祖として彼女は祭り上げられる。

 その話を全て語り尽くすとなると長い長い物語だ。今は、この話を続けよう。

 彼と彼女は幼馴染だった。だからこそ、先程のボーモンの悪戯もヨハンナには慣れたもので一枚上手な行動を取る。

 そして、彼も彼女も、そんな関係が嫌では無い……。

 「あぁ……終わった」

 少しだけ、こんな事なら脅かすのは考え直すべきだったと言う顔つきでボーモンは仕事をやり遂げる。

 ヨハンナと言えば、本来自分の朝の仕事をボーモンが三分程で終わらせてくれたので満足そうに彼の背中を叩き労う。

 「ご苦労ご苦労。お礼に朝ご飯は振舞ってあげるわよ」

 「ふん、別にそんなん『グウ~』……」

 やり込まれた手前、少々の意地で断ろうとする前に彼の腹の虫が妨害した。

 可笑しそうに、ヨハンナはそれを聞くと隠そうともせず笑う。頬に赤味さして、ボーモンは彼女を半眼で見た。

 「……家の前で騒がしいな、お前らは」

 そんな、常にやり取りしている彼等の気ままな日常の一つ。それは一人の声によって中断された。

 「ハハハ……あっ、兄様」

 笑っていた彼女は、出てきた人物を兄と呼んで目に浮かんでいた涙を拭いつつ顔を向ける。

 兄様……そう呼ばれた、少々鋭い目つきをした黒い髪を束ねた男は僅かに強い調子で声を紡ぐ。

 「女は、そうみっともなく歯茎を出して笑うもんじゃないぞヨハンナ……そして」

 男は、次にボーモンを見た。その瞳には敵意は無く、代わりに何用かを尋ねる光があった。

 彼と男は親友だった。常に互いに何でも話せる間柄……だからこそ、ボーモンは彼へと手紙の内容を教える為に此処へ訪れた。

 「あぁ、聞いてくれよコーエン。以前に話したジャギ。あいつが此処へ来ると言うんだ」

 「……あぁ、お前が何時ぞや引き分けになったとか言う青臭い小童か」

 男……コーエンと呼ばれた人物は少しだけ間を置いてから思い出したと言わんばかりに軽く頷いて呟く。

 コーエン……世紀末闇帝軍の王。南斗黒鴉拳の伝承者であり、世紀末では左目の機能の欠損を秘匿する為に鴉の仮面を
 被り闇帝軍を結成し、世紀末の世界を統一するべくして名だたる王達の一人として行動した男である。

 もし、その左目が正常ならば。ケンシロウにも勝利出来た可能性を持つ強敵(とも)と呼んで差し支えなき男。

 コーエンは、『両眼』に輝く光を滾らせながら親友たる人物へと視線を向けて問う。

 「……如何言う用だ?」

 「花見だ。それと……以前に俺のお陰で鳥影山で修行出来た礼を遅くながらしたいと書いてた」

 その言葉に、コーエンは少しだけ複雑そうな表情した。

 彼にとって、武者修行の為に少々故郷を抜けていたボーモンの土産話の一つとして聞いてる少年の話。
 余り気を惹く話では無かったが、親友である人物に手傷を追わせられる実力には少しだけ関心あったのも事実だ。

 そして、どうやら彼の話中の人物は馬鹿丁寧に礼をしたいと言っている。……コーエンは、それを鵜呑みにする程に
 真っ正直な心根を持ち合わせている訳では無い。彼は、その話を聞いて心の中に浮上する疑念を言葉にした。

 「そいつは、信頼足り得る人物か?」

 とりあえず家屋へと戻り、ヨハンナが作った料理を口に運びつつコーエンは尋ねる。

 このように三人で一緒に朝餉をとるのは珍しくない。思春期に入り、親兄弟も居ない彼等。

 ヨハンナ、ボーモン、コーエンの三人は家族同然だった。

 一仕事をして腹を空かせた幼馴染は、掻っ込むように食事しながら口元を汚しつつ手紙を片手に持って一瞥しつつ返答した。

 「拳を合わせた俺からすれば、性根は憎めぬ感じだと思った。今が如何か知れぬが、こうして俺の事忘れずに礼を返そうとするんだ。
 そう悪い奴で無い事は確かだろう。……あっ、いや待て……だが少々だが問題ある部分があるな」

 ボーモンは、最後のスープで流し込むようにして食事を完了してから困ったような顔を浮かべる。

 「何が書いてる?」

 その彼の表情に、コーエンは嫌な予感がしつつも聞いた。

 「……この文が正しければ、南斗六聖の輩が同行するらしい」

 暫し間を置いてから、ボーモンは観念したように衝撃の内容を告げた。

 「何っ?」

 その返事を聞いて、コーエンは真偽を確かめるべく彼の持ってた紙をひったくるようにして取り上げて読んだ。

 「……真か」

 そして、コーエンは呻いた。

 手紙に書いてあるのは、少し乱暴な筆跡で南斗六聖の名が連ねられた者達が訪れると書かれてる。

 彼の記憶にもある、南斗鳳凰拳の正式伝承者に最近なった筈の人物の名が、はっきりと。

 「兄様、ボーモン。何がそんなに大変なの?」

 不思議そうに、その時ヨハンナは小首を傾げて幼馴染と兄の僅かに祈るような顔つきを見て問いただす。

 彼女は、今の話を片付ける傍らで話半分に聞いてたが。誰か彼の知り合いが来るらしい以外に不穏な感じはしなかったからだ。

 それに、少しだけ顔を見合わせコーエンとボーモンはヨハンナの方を向いた。

 「……ヨハンナ、南斗六聖がどのような物かは多少知ってるだろ」

 「えぇ。兄様達から耳にタコが出来る程聞いてるから勿論よ」

 その言葉に、僅かに固い顔つきを解してから順々に彼等は説明する。

 曰く、南斗六聖とは天帝の守護者たる者達である事、そして南斗の頂点たる王とは最強の拳法の使い手である事……。

 「その南斗鳳凰拳の者が来ると言うのだから寝耳に水だな。……そのジャギと言う輩、侮れぬな」

 手紙と言う筆跡だけから、そのジャギと言う輩が南斗六聖と繋がりまで持つと言う関係ゆえに、コーエンの中では
 未だ遭遇せぬ人物の評価が格段に上がる。油断ならない……警戒しなければならぬかも知れぬ人物だと彼は感じた。

 「南斗の王か……そう言えば、最近になって鳳凰拳の師父が死んだとも聞いたな……」

 忙しくて、葬式にも出なんだが……とボーモンはヨハンナの出す茶を啜りつつ零す。

 どうにもタイミング悪く、彼等108派の正式なる伝承者達は鳳凰拳のサウザーの父親の式にも出ていない。

 最も、サウザー自身はジャギのお陰で父が死んでない事で別にソレの所為で二人が何か悪印象なる訳でも無いが
 彼等二人は、こんな事ならば修行の一日位は休んで行けば良かったと少々の後悔が胸に湧き上がる。

 そんな少し陰鬱な気配を出す二人へと、未だ余り状況が飲めないヨハンナは眉を顰めながら呟く。

 「ねぇ。二人とも、その王様とやらが来たからって何が不味い事もないじゃないの。どうせ花見だけなんだし」

 そんな、未だ来てもいないのに何を緊張してるのよ。と、男勝りの声が降ってボーモンとコーエンは顔を合わせ苦笑いする。

 妹(ヨハンナ)は若い……だからこそ、少々南斗の王が来ると言う事の重大さが知れぬ。

 南斗鳳凰拳。南斗108派最強の拳法、現代の無敵と言っても過言では無い力を所有すべし者。

 話だけで拳も合わせた事ないのに怯えるような真似はしない。だが、それでも南斗の王と言うだけで、その存在における
 周囲を動かす力を持つ存在が来ると言う事は、今までの平穏たる日々は一転するだろうと二人は同じく考えている。

 闘う事も……相手の出方によれば考えられるかも知れぬ。

 二人は、好好たる若輩者では無い。師から認可を持ち正式なる伝承者たる人物達であり、先を重んずる先見も所有してるのだ。

 考え込む二人を他所にヨハンナは、時計を見て慌てた声を出す。

 「あっ! いけない、そろそろ私看護学校に行かなくちゃ! 留守番頼むわよ兄様っ!」

 ヨハンナは現在看護婦を目指し勉強中。世紀末前も看護婦として活動してたと外伝で書かれてたゆえに、今時期は学生だ。

 コーエンと二人暮らしゆえに、兄が伝承者と言う南斗からの補助金もあるが生活の為には堅実なる職がいる。
 だからこそ、彼女は自分の進むべく道を確実に見つめ、夢叶えようとするうら若き娘であるのだ。

 バタバタと急ぐ音と共にヨハンナの気配は去る。その女の存在が消えた事で、むさ苦しい男二人の居る家屋の空気は
 一段と重さを増した。瞳の中にある剣呑さを滲ませた光を一層と強ませ、鴉の拳を所有する男は口を開いた。

 「……して、どうする?」

 彼は、今後の事について話し合う。

 別に鳳凰拳の王に敵意は持ってない。かと言って好意も。

 彼が望むのは、妹や周囲の平穏を阻害されぬ事だ。これに関しては、レイやアンナの兄。そう言った人物達との
 共通事項あるのだが、彼はそんな事は知らぬ存ぜぬとばかりに、彼自身の信念を拵えて鳳凰の来訪の対処を伺う。

 ボーモンはコーエンの言葉を受けて一考する。ジャギと言う人柄は一度拳を合わし性質を知った。だが、悪く言えばそれだけ。
 数年は会ってないし、今更お礼するのも如何なる思惑なのか? と疑惑も確かに存在する。

 だが、別に自分達が何か南斗に悪意は無いし。単純に花見に来るだけなのかも知れぬと言う楽観的な意見もある。

 考えて見たところで、手紙の内容だけでは真意は知れぬと言うのがボーモンの見解だ。

 「俺は、別に何か邪な考えがあちらに有るとは思わんがな……」

 「お前は少々気楽過ぎる。……別に、それが悪いとは言わんがな」

 溜息を吐くコーエン。世紀末でも王になれた資質を備えている彼だ。色々な事に憂い、対処しなければいけぬ責任感もあるのだろう。

 「俺達は南斗の拳士。そして、もう既に伝承者だ。例え鳳凰拳の王とて、俺達の平和を乱そうとするならば容赦はせん」

 語気強めての言葉。コーエンの目の光は一層と輝く。

 彼には彼独自の世界がある。それはボーモンやヨハンナと言う、数少なくも掛け替えのない者達を守ると言う使命を。

 だからこそ、その対象が脅かされるかもしれぬ未来だけは絶対阻止しなければいけぬのだ。

 「そりゃ……俺だって、お前らが傷つくような真似は断固阻止するさ」

 同じく親友である彼もまた、同じ思想を持ちし南斗の拳士。如何なる相手であれ、自分の今の幸福な日々を
 邪魔される筋合いは無い。杞憂かも知れぬが、例えどんな事が起きようと友を守らんと内に秘める。

 絶対な。と、ボーモンもコーエンへと誓うのだった。

 その時一瞬脳裏へと掠る、目に映る男の妹の姿が横切った事を、彼は守る対象だからと一瞬の当惑の後に納得する。

 彼は、未だ自分の中の気持ちには気づいていない……。




  

 ・



       ・

   ・



      ・


 ・




    ・



         ・


 
 山々には、既に春の香りが満ち足りて桜の香りが満ちている。

 のんびりとした風景の一角、そこへと線路が敷かれており煙を吹きながら一つの乗り物が向かうのが見えた。

 機関車、機関車だ。蒸気を鳴らし、レールを沿ってモノクロな機関車が走る。今も、また汽笛が山へと強く一回鳴る。
 
 「……それにしても、かなり山奥だな」

 その機関車の車両の一つ、緑色の座席の窓際に腰掛けていた金色の美丈夫な長髪の青年が景色を見て呟いた。
 同年代の女性ならばホッと息をつきそうな程のギリシャ彫刻のような美形さが際立つ。数年後には更に人を魅了する
 であろう輝きが秘められており、将来は彼には年頃の女が放っておかぬだろうと思われる造形をしている。

 「侘しい山里に面して暮らしているらしいからな、ボーモンとやらは。夜梟拳の使い手だったな?」

 その金髪の美丈夫の向かい側には、その彼よりも印象深い顔つきをした青年が居る。彼より少々濃い金色のオールバック。
 それでいて何か言い難い、人が無意識に崇拝させるような気配が存在から滲み出ており、彼を見て平常な常人は少ないだろう。

 「あぁ。俺が知る限り、ボーモンの知人にはコーエンって言う黒烏拳の使い手が居る筈だぜ。根は悪い奴じゃ無い……と思いたいな」

 そんな、目立つ二人と比べると見劣りする顔立ち。醜い訳では無いが、決して格好良いとか、そう言った顔立ちでは無い。

 ボサボサの逆立てた髪の毛の三白眼。見る者が見れば不良だと言いそうな形容した人物が何やら二人へと話す。

 「出来るなら予言の事を話して、その二人には仲間になって貰いたいんだ。確か、俺の知る……聞いた限りじゃ
 挙兵して南斗とは関係なく国を興したらしいし。間違って仲間と争い合うような真似になるのは避けてぇ」

 「ふむ……」

 何を隠そう、この三人の名前はシン、サウザー……ジャギ。

 上記二名は世紀末の南斗六聖、最後は世紀末の暴君にして北斗四兄弟の中での最悪の人物なる者。

 だが、この世界ではジャギでありジャギで無いと言う複雑な経歴であり、彼はサウザーの運命を歪曲した人物でもある。

 そんな彼は、とある発言から旅行へと出ている。他の仲間達も誘って南斗拳士達と共にだ。

 (兄者達やケンシロウも、出来れば誘いたかったんだがな……)

 そう、彼の中には少々後悔もあった。

 北斗の四男。世紀末救世主であるケンシロウ。原作では怨敵だが、現在は仲良くやっている兄弟。

 だが、ケンシロウは依然修行で忙しく、誘ってみて行きたそうな顔したものの師父の強い視線が後押しとなったのか
 一度謝罪と共に『今は修行が大事だから』と断りを入れられた。土産は美味いカレーがあったら買ってやろうとジャギは思ってる。

 北斗の次男。世紀末聖者だるトキ。北斗千手殺に関しても教授して貰った優しき兄。

 彼は、誘った日がサラの先生でもあり、自分も診察して貰った人物に付き添い医者達の勉強会へ参加すると言っていた。
 土産は何が良いか尋ねると、笑いつつ『お前の好きな物で構わん』と言われた。健康の為に、栄養ある物を買おうと彼は思う。

 北斗の長兄……恐らく世紀末が回避出来なければ最強の敵になり得るであろう人物、ラオウ。

 この人物は、ジャギが別の世界の人物であるとか関係なしに余り好かれていないので誘うに誘えなかった。
 話しかけても刺々しく、自分の旅行の事を話したら間違いなく『遊ぶなら修行しろ、愚図が』と言われる確立が高い。

 何とか友好を上げたくも、けんもほろろに突き放される。ジャギは、この問題も何とか出来ぬものかと頭を悩ますのだった。

 しかし、彼の思考はそこで中断される。何せ、今の状況は何かを考えるに適してい状況だからである。
 
 「おいジャギっ、大富豪参加しろって。賭け金なくて良いからさぁ」

 反対側の座席から、トランプを持った同じ年代の特徴的なゴーグルを被った若者がゲームに喧しく誘う。

 続けて、ギョロリと少し独特の目つきをした同じく若者も顔を出して誘いを促す。

 「そうだぜ。お喋りなんぞ止めて掛かってこいよベネット」

 「誰がベネットだ、誰が。と言うか、お前ら二人掛かりで俺の事絶対ビリにする気満々じゃねぇか」

 そう、三白眼を更に鋭くして彼は文句を言う。どうやら、その二人には散々辛酸舐められたらしく、表情に僅かな引き攣りが見える。

 始発から、覚える限りジャギは彼らに連敗を喫し手持ちの金銭の何割かを奪われた。その苦い思い出は未だ鮮明である。

 今更文句を言っても後の祭りとばかりに二人は異口同音に、そんな彼へと告げた。

 『負ける方がわりぃ』

 「くたばれ」

 そんなじゃれ合いをする人物は南斗の拳士であり、彼等は各自違う伝承者候補であるなどと通常なら気づかぬだろう。

 そんな二人は誘う事を一旦諦めて、残る座席に座る二人にも誘うが簡単に断られ肩を竦めて別の車両へと歩き去る。

 「……まっ、それでだ。とりあえず着いたら会う事になってるし頼むぜ」

 そう言って、ジャギは軽く片手を上げつつ一人の娘を訪問するべく車両を同じく移る。

 後方の車両、そこには自分達の他に若い年頃の女達が乗っていた。和気藹々と華やかな声が扉を開くと同時に耳に届く。

 「おっ、ジャギか……」

 いや、女性の他にも男は居た。見るだけで目の保養になりそうな女性に混じって、何故居るのが不思議な強面で
 リーゼント頭の男が居た。少々げっそりと、自分より十歳以上は離れていそうな女の子を首にぶら下げつつ彼の方へ顔を向ける。

 「リーダー、別に付き添うのは良いけど、こっちの車両じゃなくても良かったんじゃ……」

 「へっ……馬鹿言ってんじゃねぇよジャギ。可愛い妹が何時危険な目に遭っても、今度は絶対俺が盾になってやるって誓い……」

 その瞬間、首に抱きついていた娘が寝ながら体の向きを変えようとした所為で彼の首があらぬ方向へと向けられる。

 グオッ!? と音と共に口からエクトプラズマ的な物を吐き出すリーダー。ジャギは心の中で南無三と唱えながら
 彼に生涯の伴侶だと宣言しているシドリなる少女と、一応尊敬しているリーダーから目を背いた。

 彼が目を向けるのは一つの方向、其処には女性四人が座席を埋めて座っていた。

 ジャギが注視するのは、バンダナを巻いた金髪の娘。その娘は瞼を閉じて、会話する他の友人達へ頷き微笑んでる。

 「……よっ、アンナ」

 会話の節目を狙って彼は声を掛ける。すると、アンナと呼ばれた娘は顔を上げてジャギの方向を見た。

 「あっ、ジャギ。どうかした?」

 「大した用はねぇよ。……何ともねぇな?」

 「うん、大丈夫」

 笑顔で告げる彼女に、ジャギは安心した笑みを僅かに見せる。

 昨年、悪魔憑きと言う未知な現象が有ってからジャギは居れる限りアンナの様子を注視している。
 彼女を取り巻く周りの人物達も、アンナが何かに巻き込まれる確立を高いのを無意識・意識的に知るゆえに
 彼女が居る場合率先として見るようにしている。それを、アンナ自身も気づいている……気付き、そして努力してるのだ。

 「大丈夫ですよ。私が居るんですから、何が起きても問題ないですっ」

 「あらっ、カレン言うじゃない。お姉さん惚れ直しちゃうぞ~」

 「止めなさいって、あんたは……」

 翡翠拳伝承者のカレンが居て、そして他にも企鵝拳、雲雀拳と言う『北斗の拳』に知らぬ伝承者候補達がアンナの周りに居る。

 実力高く性根も良いとジャギも知ってるし、心配ないとは理解してる。だが……それでも不安が拭えぬのだ。

 (今回の旅行……何事もなければ良いんだがな)

 そう考える矢先、ジャギの耳に不遜な感じの声が耳へと直撃した。

 「ふん……辛気臭い顔が、より一層醜くにしてるな。いや、元から醜いか」

 人を小馬鹿にした声。それを聞いただけで、居合わせた何人かは顔を顰める。

 ジャギもその一人。彼は露骨に嫌な表情で廊下へと視線を向ける。

 「ユダ……おめぇ開口一番に皮肉しか言えないなら黙れよ」

 「そう言うお前は、何時になれば俺に相応しい謙(へりくだ)った言い方が出来るのか考えものだな」

 「死んでも言わねぇよ」

 赤い血のような髪。それでいて女のように化粧をした顔。

 その人物はユダ……世紀末裏切りの星として南斗に与せず拳王側に付く動きを見せ、かと言って拳王にも完全に味方せず
 蝙蝠の如く、彼は時期見計らい王となる事を夢見。私怨から水鳥の幻影を追い求めて大地へと堕ちた。

 そんな今の彼の御執心は、ジャギが守ろうとするべく人物なのだから始末に負えない。

 「おいアンナ。そっちじゃなくて、俺の居る席に来い」

 「あははは……考えときます」

 目を閉じても、その声色からは苦手意識が表れる。正直な表情は瞼を閉じても見事にユダの誘いに躊躇を見せた。

 そんな彼女を、愉し気にユダは言い募る。

 「何、そう無茶な事はせんさ……視覚が封じてる中で、どれ程珍味の菓子に手をつけられるか試して見たくないか?」
 
 「遠慮しますっ!!」

 目が見えぬからと言って、ユダが情けを見せてアンナの悪戯に加減はしない。いや、拍車が掛かるのは間違いないだろう。
 
 アンナの強い拒絶に、クックッとユダは隠さず笑い声を立てる。他の女性陣は、このやり取りに関しては
 全く関知せぬ事を決めている。下手に藪蛇を突き、ユダの機嫌を損なうような真似は危険だと知ってるのだ。

 この二人のやり取りを遮れるのは……限られた人間しか居ない。

 「てめぇは……今此処でぶちのめしたろうか?」

 そう青筋立ててジャギは拳を鳴らす。

 「ほお? やって見ろ……久々に貴様が地面を転げる場所が古びた汽車と言うのも面白い」

 そう、カマキリのように手を曲げるユダ。

 この二人、仲は普段こんな感じのやり取りが普通。そして、故意か奇跡か未だ死傷沙汰には成っていない。

 鳥影山では良く行われている光景。そして、大抵ジャギがユダに軽くあしらわれて負ける。

 そして、今日もまた同じ展開になりかけたが……とある一人の人間の声で阻害された。

 「ユダ様、ご友人との親睦を深めても宜しいのですが、パソコンで某社から次の株に関しての相談がありますが?」

 そう、ニョキっと言う擬音がつきそうな感じで一つの座席から形容し難い日本人形染みた人間の顔が出てきて言葉を掛ける。

 今にも喧嘩が勃発しかけた時のタイミング。そして気配を感じなかったゆえにどちらも思わず一瞬身を退きかけた。

 「あ゛っ? ちっ、間の悪い……」

 会社の問題と、プライベートな喧嘩。一瞬天秤が揺らぐが、瞬時に社会人の顔つきになるユダ。

 「ふん……ジャギ、次だ。そして……また後でな、アンナ」

 ジャギを睨み、そして彼女に対しては幾分柔からな言葉遣いで優雅に頭を下げつつ場を去る。

 「……ギザな野郎め」

 苦々しく、ジャギは彼を睨みつける。どうにも、彼とは馬が合わないと、ジャギは心の底から彼に対しムカムカとした
 感情が浮かぶ。恋敵とか、そう言う感情にはジャギは未だ気付くには若過ぎて、それでいて未だ理解が足りない。

 『……ユダって、アンナの事好きなのかしらね?』

 『さぁねぇ? ただ……何も思ってなきゃ執拗に接触しないでしょ』

 ヒソヒソとした女性陣の声も、今の煮え滾ったジャギには届かず。

 アンナはアンナで、他の女性陣の声を聞きつつ。ユダの思惑だけは原作知識が有ろうが、どれ程に勘が鋭かろうが不明ゆえに。
 彼女は別にユダが完全に嫌いでは無くも、だからと言って全面的に信頼も出来ず少々苦手意識が前に出てしまう。

 『(やっぱり何とかしないとなぁ……)』

 そんな二人の思考は、今は対処は別として合致していた。

 ユダが去ってから数秒、その間にも汽車の中を行き交う人の流れは激しい。

 入れ替わるように一人の若者が現れる。黒髪を整え、女性なら一瞬見惚れる顔つきをした格好よいと言う言葉が似合う青年。

 だが、少しだけげっそりとした顔つきが、その彼のハンサムな感じを台無しにしている。ジャギもソレに気付き口を開いた。

 「どうしたレイ。そんなやつれて……」

 レイ……南斗水鳥拳の伝承者にして、未来では拳王に致命傷負わされ、そして愛する女の為にユダと対峙し合う。

 そしてジャギとも只ならぬ因縁あるが、この世界じゃジャギが本来のジャギで無いし、正規の流れにはならぬだろうとは考えている。

 今のレイはジャギとは別に仲は悪くなく、普通に話し合える友人と言った間柄だ。

 ジャギに気づくと、少々低い声で溜息と同時に言葉が出た。

 「……シュウと奥さんの所から逃げてきた」

 『あぁ……』

 その言葉だけで、居合わせた全員が事情を察知して憐憫の目をレイへと向ける。

 現在、この汽車には未来の南斗六聖の内五人が乗っている。

 南斗鳳凰拳のサウザー、孤鷲拳のシン、紅鶴拳のユダ、水鳥拳のレイ。

 そして最後に白鷺拳のシュウ。『仁星』を宿命とした、先の時では狂王サウザーに反抗勢力を立ち上げ処刑される人物。

 現在は十七、八程度の歳で。そして少々年上の妻を設けて少し早い新婚旅行をしている最中である。

 「……休む事なく惚気けられるんだ。こう……胸の何処かがムカムカしてな……」

 レイは今にも砂糖でも吐きそうな顔をした。桃色の空気は水鳥には合う事は無いだろう……誰でも同じだろうが。

 「ジャギ、俺の代わりに……」

 「絶対行きたくねぇよ。別に二人だけにして良いだろうが、新婚さんの邪魔して良い事なんぞ一つもねぇだろ……」

 「……ん、だよな」

 フラフラとした足取りで、一つの座席に座ると深く息を吐いてレイは目を瞑る。どうやら、かなり精神が消耗したらしい。

 ご愁傷様、と思いつつジャギはアンナの方へと再度視線を戻す。

 
 アンナが失明してから、数ヶ月、未だ治る見込みは無い。

 シュウの特訓により、ある程度の場所での歩行や日常動作にも慣れてきたと言っても闘う状況が出来たら早速彼女は無力だ。

 (……絶対、何があっても俺が守るぜ)

 それは使命か、愛か? 彼自身も解らぬ感情のままに、今回の旅行は何としてでも平和に終わらすと決意している。

 北斗七星からの爪弾き者であるジャギ。そして死に尽く好かれるアンナ。

 果たして、今回の旅行は如何なる物となるのか……。





 ・



       ・


   ・


     ・


 ・


    ・


       ・



 「……何故、貴様を連れてきたのが昨夜の俺の神経を疑うものだ」

 「安心して下さい。ユダ様の顔色、そして脈拍は正常です。脳神経に問題ないかと考えます」

 「俺は貴様を出来るならば一生病院から出ぬようにしてやりたいわっ」

 ユダは今微妙に後悔していた。側近でもあるコマクには、自分に何時も同行させるのも悪いから軽い暇を出させ、どれ程に
 自分の傍で使い物になるか試すべく、今回の旅行を聞きつけ強引に(とは言っても彼等ならば普通に了承しただろうが)
 参加して、そしてブスと言う名の秘書に仕事を任せたが、事ある毎に自分の楽しみを妨害されてる気がする。

 「……言っとくが、何時でも俺は貴様を解雇出来るのだからな」

 「存じ上げています」

 軽く脅しても暖簾に腕押し。少々舌打ちしてからユダは尋ねる。

 「東西銀行との取引に関してはどうなった? お前に全部任せてた筈だが」

 「破棄させて頂きました。今後、関係が存続されるとなると我社の悪影響になりますので……」

 「……いや、おい待て」

 『公権力横領捜査官 中坊林太郎』に出てきた銀行の名が挙がったか一先ず置いとく。ユダは少々眉を上げて問いただす。

 別に、彼はその取引に関しては条件を読み流し断るつもりだったので別にブスの起こした事を指摘する訳ではない。

 「じゃあ……何でさっき俺がジャギを甚振(いたぶ)る口実を逃した」

 「ご旅行を最初っから険悪になさらなくても宜しいでしょう。何より、人の出入りが多いので通行の邪魔になります」

 「そんなのはお前が気にしなくて良い!」

 少々怒鳴り彼は目と目との中間の窪みを押さえる。この女? の性格は大体掴めた……口論するとこっちが損する。

 「……現在の支社の売上は?」

 「好調です。××社の株を売って、次に××社の株を買えば更に利益が十五%は伸びるかと思います」

 「……そうか」

 会社の資金が上がるのは、彼自身の肥やしも増す事なのだが、この秘書の助言に従う事が彼にとっては何とも鼻につく。

 技能は優秀だが、人間的にこいつとは相性が合わん。何時しか折を見て自分の立場が上だと解らせよう。

 そう、彼は短い期間で何度したか解らぬ決意を目の前のコケシ顔の人物を見つつ固く決意を心の中でするのだった。

 「言っとくが、この旅行で何も邪魔するなよ」

 「肝に銘じてます。ユダ様」

 何を考えているか知らぬ従者を連れて、ユダは密かに自分の計画を推し進める。

 汽車は、そんな彼らの思惑を知らぬままに蒸気を立てて進むのだった。





 ・



       ・

   ・


     ・


 ・



    ・



        ・



 

 ……ボーモン・コーエンが南斗六聖の来訪に悩み。そして彼等へと赴く汽車が進む中で。

 一人の、か細い皺と骨だらけの老人が何処ぞの家屋の上で横たわっていた。

 その老人は、数年あるか無いか程に既に死期が迫っていた。

 それでも瞳には光が有った。それは、生への執着でなく憎悪によって生きながらえし負の執念による光である。

 「……師父、加減は」

 控えめな扉を叩く音、それと同時に老人の居る一室へと入ってきた青年。

 それは金髪白皙の美貌の持ち主、誰もが崇めそうな容貌をした人物。

 老人へと向ける表情は微笑んでいるが、その微笑みは幾分機械的で造られているようにも思える。

 「……済んだ、か」

 その、木乃伊のような顔をした人物は若者へとゼーゼーと苦しみ混じった呼吸をしながら何かを確かめる。

 「えぇ。サソリの毒、河豚の毒、それとベニテング茸の毒を混ぜたものを今日は」

 その若者の言葉を聞いて、老人は少しだけ若者を見つめてから一泊置いて呼吸を深くしながら命じる。

 「飲め……ここで飲め」

 「ええ、貴方の望むままに」

 若者は、小さく会釈してから何も持ってない片手を一瞬だけ傾ける。

 すると、一見なにも無い空間にはどす黒い液体の入った小瓶が彼の片手へと収まっていた。これが花やコインならば
 素直に拍手も出せるが、そのような賞賛するような雰囲気が出せぬ程に、その小瓶の中の液体は不穏な色をしていた。

 若者は、小瓶を軽く上げて言葉を紡ぐ。

 「我が師の上寿を祈って」

 乾杯。そう本当に祝福してるのか解らぬままに笑顔で若者は一気に液体を口へと流し込んだ。

 暫し、天井へと首を上げた若者の顔には酸っぱい、苦い薬を飲んだ時のような素の表情が出ていた。

 猛毒の……常人ならば十人は死ぬであろう液体を飲み干しながら、その人物にとって液体は苦い薬と同じ感覚でしか今では無かった。

 だ老人へと顔を戻した時は先程と同じ微笑みを浮かべた顔を若者は向けていた。

 老人は、呆けたような顔つきを依然と崩さずに弱々しく口を開きつつも、しっかりとした口調で告げる。

 「ダ……ルダ」

 「はい、師父」

 ダルダ……この言葉でお解りだろうが。

 南斗白鷲拳の伝承者であり、百年前に南斗108派から除名された際の伝承者の末裔。

 彼は世紀末、コーエンやボーモンの率いる闇帝軍と激突する。

 そして、星の定めか。北斗七星の刻んだ彼と闘い、ダルダは(あの作品では珍しいが)もはや戦えぬ体へと化すと
 陽の目の見えぬ地下牢へと閉じ込められ、その世界での表に活躍する機会を二度と失われる末路を辿る事になる。

 彼の師父は世紀末では死んでいるが、今は半死半生ながらも生きていた。

 そして、呪いの言葉を彼へと言い聞かせる。

 「ダルダ……南斗を許すな」

 「えぇ、分かっております」

 柔(にこ)やかに、ダルダは師父へと頷き相槌を打つ。

 「南斗を許すな……我らこそ、我ら白鷲拳こそ最強だった。にも関わらず……奴らは我らを脅威と勝手に蔑ろにし……
 我らを追放した。南斗が崩壊するかも知れぬ戦の際にも貢献してきた我らを……奴等は我らを裏切ったのだ」

 「えぇ、師父の苦しみは分かります」

 和(にこ)やかに、ダルダは師父へと同意の頷きを打つ。

 「奴等こそ裏切りものだ。奴らこそ我裁かれねばならん。天は全てを見ている……今は知れずも、天はいずれ奴等を裁く。
 お前は天の子なのだダルダ……お前の拳ならば、鳳凰であろうと……幾千の鳥の拳であろうと無敵だ……無敵だ」

 「えぇ、必ずや師父の教わった拳をぶつけます」

 にこやかに、ダルダは執拗に復讐を唱える師父へ誓う。

 そこで、老人は一度カッと目を剥き、泡を吹きながら骨と皮だらけの手を窓の方向へと伸ばした。

 ダルダは動揺せず、老人の指した方向を見た。このような行動は、彼には何度も交わされた光景だったから。

 「そして……北斗、北斗だ」

 震えながら、痙攣するように腕を必死で伸ばし。夜に輝く北斗七星へと人差し指を向けて老人は唱える。

 「北斗……北斗の者も滅せねばならん。奴等も敵……救世を謳い、我らを差し置き最強などと……決して許してはならん」

 「滅しろ……全て滅さねばならん。……良いな、ダルダ」

 「全て……滅するのだ」

 そこで、老人は喋りすぎて体力の半分は失ったのだろう。目を閉じ眠りの世界へと誘われた。

 「……えぇ、存じ上げていますとも」

 ダルダは、眠った師父であり実の父親である人物の寝顔を暫く眺め、立ち上がりつつ呟く。

 「必ずや、師父の……父上の復讐は成し遂げてあげますよ……それに」

 背を向け、眠る父親以外誰も居ない一室で彼は金髪白皙の美貌を僅かに猛禽類のような笑みを浮かべて呟く。

 「私は……貴方以上に『支配』する事を望んでいるんですよ」

 ダルダは何時ものように、彼の父親が現在住まう病室を抜けて誰にも気づかれず外へと出た。

 夜道を横切りつつ、彼はバタバタと足早に走る音が前方から迫るのを聞こえた。

 「いけない、いけないっ。……早くしないとバスに乗り遅れちゃうっ」

 そう、看護の教科書を脇に抱えた女性がダルダとすれ違った。

 たったそれだけ、ヨハンナとダルダのすれ違い。

 この時、どちらも世紀末の事など露知らず、全くどちらも互いの事などに関心を向け等しなかった。

 だが……ヨハンナの言葉は、遠い向こう側へと嵐を起こす一つの蝶の羽ばたきへと成す。

 「明後日には花見なんて……忙しいって言うのにっ」

 ブツブツと、不平を言いつつの少しだけ楽しみとばかりの浮き足立った感じの言葉。

 それをすれ違う時にダルダは聞いた。

 ヨハンナが消え去ってから、その耳元に届いた言葉の内容を聞いてダルダは一考する。

 「……花見か」

 もう、春の香りは舞っている。明後日には満開になるだろう。

 ダルダは、一度無言で片手を上げて拳を握り、そして開いて桜の花弁を出現させて風へと舞い上がらせた。

 (金に困っている訳で無いが……父上の医療費も有って少々懐具合も寂しい……か)

 彼は、イリュージョニストとしての顔も持っている。別に己の拳を使えば金銭を稼ぐ事に問題は無いが、春の風の気まぐれか
 彼は真っ当な手段で金を少々稼ぐのも一計かと考える。それに……父へと一日だけ顔を突き合わせるのを避けても天は許すだろう。

 


 これが、一つの交差となり、新たなる波紋となるのを彼らは未だ知らない。








 桜の花は、一度だけ強い旋風へと乗り、北斗七星のように一度形作って散った。











                 後書き






 コーエンの現在の力量=シュウ

 ボーモンの現在の力量=シン

 ダルダの現在の力量=サウザー






 ブスさんの力量=unknown







[29120] 【流星編】第十三話『かつての神の国の 異能の機神達』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/12 21:17



 




 
 


 象徴への敬礼と共に、故郷へ対し我らは背を向け剣を抜かん

 我らが忠誠を誓うのは人ではなく大いなる我らの信念にのみ

 軍靴の歩行を並べたち 小銃の連射音が我らの進路を鳴らす

 同志と 同士の屍を超え 我々の旗は 硝煙の風にはためく

 明日に対し歌おう今日の生きれた事を友に静かな感謝と共に

 例え敬礼する故郷が失くなろうとも 例え世界が滅びようと

 我らの進行と 我々だけの信仰と侵攻は決して消えはしない

 胸の内に敬礼を秘めて かつてなき号令の中で未来を進もう

 地平線の下にある陽に我々が目指すべき勝利は有るのだから




 ・



       ・

   ・



      ・


 ・



     ・


 
          ・



 『ヤギと男と男と壁と』。この映画についてご存知の方は居るだろうか?

 この映画は実際に存在していた超能力部隊についての映画である。1970年代に実際に存在していた超能力部隊。
 それに対してのインタビュアーを交えてのコメディ映画である。一見の価値はる映画だと、この場で評価しておく。

 そして、今回登場する人物も、少なからずコレに関して関わりある人物達の、とある物語だとも執筆しておく……。





 

 ……。


 「ってて……くそっ! 南斗の兵士達め、一向に俺達の拳法を認めようとしねえなぁ!」

 「本当さ。ふんっ! ちょおっとばかり手刀で太い壁やら人間やら切断出来るからって調子乗ってんじゃないよっ。
 私達なんて幻術と、あんたの火を使えば南斗拳士だろうがタジタジになって丸焦げになるってのにさっ!」

 男女の会話。それから誰か推察出来るであろうか? ドラゴンとパトラである。

 この二人、本来真っ当なる南斗の拳士では無い。少々特殊な技能が使えるだけで拳の腕前は遥かに低い。

 その特殊な技能のお陰で、辛くも世紀末発生直後の暴動からも逃げ延びれたのだが、今はシンの居る建国中の場所で
 何とか生きている状況である。シンへと何とかコンタクト取り、上級兵士になる野望あるのだが、今の正規の南斗拳士が
 司っている軍の中に入り込む余地は二人には無かった。故に、無人の小屋で何処からか盗んだ乾パンを食べつつ愚痴を言っている。

 不平不満を限りなく言い続け、多少溜飲も下がった頃。ドラゴンはする事なく少々居心地悪くなった。

 何せ目の前に居るのは、化粧が限りなく濃い。別に嫌いではないが、長年結構連合ってきた人物だが女性である。

 彼は話のネタが尽きて、パトラから何か無茶言われる事だけは避けたかった。いや、単純に空いた時間が嫌だったのかも知れない。

 だから気づけばこう言う風に彼は口を開いていた。

 「そういやパトラ。お前の幻術ってどうやって出してんだ?」

 「何だい行き成り? ……まぁ、別にやる事もないし。そういや言ってなかったかね……」

 屋内に置いていたバック(これも恐らく盗んだものだ)から化粧道具を取り出し肌に白粉塗ろうとした瞬間のドラゴンの言葉。

 パトラは少し顔を顰めてから、別にやる事ないし構わないかとドラゴンの問いに素直に答えてやる事にした。

 「昔ねぇ。そう言う風に幻術やら催眠術やら教えてくれる可笑しな導師が居たのさ。気味悪かったけど、術に関しちゃ
 腕前は確かでねぇ。興味も有ったし、多少の酒やら肴さへ渡せば喜んで教えてくれたから、それに乗ってやったって訳さ」

 今は、生きてるかどうかも知れないがね。と、パトラはそこで言葉を閉じる。彼女にとって差し当たり関心ない思い出なのだろう。

 「あんたこそ、その炎前々から不思議に思ってたんだけどさ。一体全体どうやって出してんだい?」

 そう、パトラも思い出したように聞いてきた。

 実際、不思議なのだ。炎のシュレンのように体に燐を纏う修行などドラゴンがする筈なし。彼の炎は体から出現させていた。

 ドラゴンは、待ってましたとばかりに鼻の下を擦りつつ『聞きたいか?』とパトラが少し鼻につく顔をした。

 どうやら、自分に尋ねた時から、話したくてウズウズしてたのだろうとパトラは見当つけつつ苛々と急かす。
 
 「勿体ぶってないで、話しておくれよ」

 「へへっ。実はな、俺も昔は真っ当な堅気として商売はしてたんだ。そん時、一人の薄汚れた軍服来た男が俺の出店に来たんだ」

 あの頃は、良く其の土地のヤクザとかに因縁つけられて大変だったなぁ。と、目が遠くに行き話が長くなりそうな
 危険をいち早くパトラは察知し、本題だけ話すようにと注意をした。渋々、ドラゴンは大事な部分だけ話し始める。

 「その軍人さんは、どうやら苦労人らしくてよ。俺も、人の悩み事を相槌打つのが商売見たいなもんだしな」

 何か元帥やら誰かの最近の振る舞いには失望したとか、かなり落ち込んでてよ……と話を続けるドラゴン。
 
 「俺が、適当に良く解るって労うとよ。単純なのか、俺の話術が上手かったのか偉く感動して泣き出してよ。
 そんで持って俺に良い物を授けてやるって行き成り手を握られてよぉ。その瞬間……だ!」

 そう言って、ドラゴンは自身の南斗竜神拳の要たる炎を掌から出現させて自慢そうに言い切った。

 「俺様は、その日からパイロキネシス(発火能力)を得たって訳さ!」

 「ふ~ん……」

 「あっ!? 信じてねぇなぁ、パトラ!」

 言い終えてから、胡散臭そうな表情を隠しもせず面倒そうに頷くパトラに青筋立ててドラゴンは文句を言う。

 「だってさぁ。その軍人って何者なんだい? 唐突に、あんたに超能力なんて授けるなんて眉唾ものだよ」

 「おめぇの幻術を教えた導師だって、胡散臭さ全開じゃねぇかっ!」

 「別に可笑しくないだろ。幻術なんて、小物の詐欺師の催眠術程度なら扱えるし。そいつも、同じ狢さ」

 パトラは、ドラゴンの話に完全に興味失くしたらしく化粧に戻ってしまった。

 ドラゴンは、溜息吐いて相棒の背中を一瞥してから。久々に思い出した、自分の運命を確かに変えた人物の顔を必死に思い出そうとした。

 だが、ドラゴンは顔よりも印象的な物が際立っていたゆえに軍人の顔を思い出せない。

 その男の特徴だったのは……顔に大きく生えた三日月形の火傷。

 (あの人……今も生きてるのかねぇ?)

 そんな事を考えてから、腹の音が鳴って彼は空腹感に打ち勝てず何処からか食料を失敬しようと考え。

 その人物に対して、それから彼がケンシロウに死ぬまで終ぞ思い出す事は無かった。





 ・



      ・

  ・



     ・







    ・




        ・








                   ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ……!






 荒野に巡るましく、人々の感情を全て洗い流す風が吹きすさぶ。

 その一つの一角。近代的な何やら要塞状になっている建物が荒野へと立っていた。

 景色と同化させるように、壁全体が土色で迷彩されている。至近距離まで近づかなければ発見出来ぬように巧妙に
 その建物は隠蔽されていた。そして、建物に耳を澄ませれば、貴方がたも間違いなく耳にする事が出来た筈だ。

 軍人の、溌剌とした遜色せぬ程の命令口調の声を。




 「アテンション! アテンション!!」

 大柄な軍人が、其の建物の内部には居た。

 教鞭の、カバの皮で出来ている固い鞭を片手に携え、その人物はアテンション(注意)と何度も大声で繰り返す。

 「良いか! 戦場では如何なる場合とて、貴様らのファッキンな心臓と脳を守ってくれるのは防弾チョッキなんぞでなく
 お前等が今置いてある小銃だけだ! 戦場じゃあジャムったから攻撃しないで下さいなんぞ言って敵が待ちなんぞしねぇ!!」

 ピシャリ! 一度強く壁へと鞭を振り上げ叩くと教官たる男は小銃を置いて整列して起立している全員を見渡した。

 その人物達は全員軍服姿だったが、未だ年若い人物達が多かった。

 殆どが緊張しきった顔つきをしており、その目は自分達を厳しく教育している共感へと目が注がれている。

 「この様に全壊した世界になった今! お前達は新たなる世界で生き抜かなきゃいかん! 銃はお前達の半身だと思え!
 良いな!! その銃がお前達の生命であり! 相棒であり!! そしてこの世界に蔓延るダニ退治の武器だ! 開始!!」

 最後の合図と共に、全員が一斉に銃の分解結合を始める。

 彼らにとって、その自分達の基本装備である小銃の一日一回は必ず行われる点検は厳かな儀式と言って良い程に重要だった。

 一秒が生死を分かつ場所。その場所へ赴く為に、如何なる場合でも正常に作動出来るように銃は扱わなくてはらない。

 数分後。早くて一分以内に片手を上げて『○○、終了致しました!』と言う声が屋内に鳴り響く。

 それに続くように片手を上げての終了の合図。その教官は合図した若き兵士達の横を丹念に視線を銃に這わせ横切る。

 この時。万が一一つの部品でも取れているようならば、彼らには恐ろしい程の罰が待ち受けている。

 概ね、半数が終了した時は未だ平和だった。……だが、全員の結合が完成半ばに問題が生じた。

 一人の若き訓練兵は、緊張や日々の疲れの所為が思うように銃の分解が上手くいかなかったのだろう。
 焦りに焦りが募り、冷や汗をダラダラと流しつつ必死に唇を噛んで銃を何とか完成させようとしていた。

 だが、その教官は彼に狙いを定めた。上官ならではの愉しみ……下級兵士への教育的指導と言う制裁だ。

 「何をモタモタとしてるんだぁ!!」

 「はいっ! すいませんっ!!!」

 一喝。耳元で怒鳴ると面白い程に泡を食って若き兵士は更に焦り銃を結合しようとする。

 そして、彼はしてはならぬ事をしてしまった。……部品の一つを床へと落としてしまったのだ。

 これだけで、彼は自分が死刑宣告されたように青褪める。そして教官の目の中にも愉悦の光が一瞬浮かび上がった。

 「貴様ぁ!! 兵士としての立場が解っているのかぁ!!」

 「はいっ!! 申し訳ありません!!!」

 「全員んんっ!! その場で腕立て伏せの姿勢をとれええええぇ!!! 全員五千回いいいいいぃ!!!」

 『はいっ!!!』

 その場で起こる教育的指導。全員が、空間を少々空けて腕立ての姿勢をとると全員腕立て伏せを始めた。

 これは日常茶飯事だ。少しでもミスを犯せば肉体的指導を行う。

 自衛隊ならば自然かも知れぬ。だが、この状況では少々勝手が違う。

 此処にいる若き軍人の多くは……『周囲の村々から強引に徴兵されてきた子供』ばかりであると言う事だ。

 彼らは、事情も解らぬままに食料や安定した居住を与えると言う餌をぶら下げて、今の状況へと陥った。

 そして、彼らの多くは今の生活を当たり前だと受け入れ始めていた。……洗脳である。

 世紀末直後、それを起こしたのは国の将校や元帥と言うトップクラスの上官達に失望した軍人達が寄り集まり結成された国で
 人力を収集する為に彼らが計画した事。未だ成人にならず自立弱い者達に、自分達の思想を、そのまま強引に彼らは植え付けようとしていた。

 GL(ゴットランド)を建国すべし者達は……。

 百一! 百二!! と腕立てを続ける若者達。

 その中で早くも脱落しかける者がいた。最初に教官に一喝されて部品を取り落としてしまった若者だった。

 ブルブルと、腕を震わせて涙目で彼は力尽きようとしていた。

 そのへっぴり腰の気持ちは解る。決して軍人になる気も無かったのに、彼は無理やり、このような過酷な訓練を強行されてるのだから。

 だが、ゴットランドに新たなる兵士達を産み出す教育を賜っている教官に温情などは無い。彼は更に、その顔に嗜虐の色を浮かべ叫ぶ。

 「貴様ぁ! それでも我らゴッドランドの戦士になれると思っているのかぁ!!」

 そう、彼の鞭は振り上げられた。思わず、その若者は頭を抱えてギュッと目を瞑った。

 教官は、有無を言わさず彼に体罰をする気だった。

 鞭の唸りと共に、彼は思う存分世紀末始まってからの愉しみの一つである、この体罰を思う存分続けようと鞭を上げる。

 さぁ、行くぞ……! と、彼が嗜虐の笑みのままに鞭を持つ腕を上げた瞬間……。





 「まぁまぁ……そこまでにしときや」




 そう……その教官は突如何処からか出現した背後からの声によって、愉しみを中断されてしまった。

 何が起きたのかと考える間もなく、彼は青筋立てて背後を振り向く。

 「誰だっ!」

 特殊ヌンチャクなる警棒を振り上げて、彼は自分の嗜虐的なる行為を阻害した人物へと怒鳴る。

 相手が上官だと思いはしなかった。その声には馴染みなく、彼も階級は高いと自惚れる部分も存在してたから。

 だが、彼の愛用の特殊ヌンチャクが振る舞われる事は無かった。その前に、素早い腕が彼の手首を握ったからである。

 「怒りっぽいやなぁ。もっと小魚取らんとイカンでぇ?」

 (っ誰だ? ……こいつ)

 教官の男は、その相手を認識した瞬間に怪訝さを露わにした。

 迷彩服、それでいてベレッタAR70/90 と言うアサルトライフルを所在している。そこまでは良い。

 教官の男が気になったのは男の顔。

 三日月……三日月形の火傷が生えている。

 自分達とは違う軍服。それは酷く汚れ手入れは全くされてない。階級を露わにする紋章も見えなかった。

 新人? それにしては余りに馴れ馴れしい態度。潜入した敵兵にしても余りに無防備だ……。

 教官の男は、目立つ火傷の男に怒鳴ってよいのか迷う。

 そんな悩む男に、直ぐに助けが来た。

 「……何を騒いでる伍長」

 「はっ! カーネル大佐!!」

 やった。そう彼は喜色を解りやすく浮かべて敬礼を唱える。

 出現したのは冷徹な雰囲気が一目で滲み出ている男。行動の一つ一つが隙がなく警戒心に満ちている。
 その男が登場しただけで、若き訓練兵達の表情には畏怖が現れる。全員が、その男に対し少なからず恐怖があった。

 それこそ、自分達の上官。そして、この破壊された世界に新たなる規律を生み出した男……。

 元レッドベレー大佐……カーネルである。

 教官、及び伍長はカーネルへと告げる。

 「大佐っ。突如、この不審な男が現れて……」

 如何対処すれば良いか? そう彼は上官へと尋ねる。行き成り見習い兵への教育を阻害した男。
 大佐が全く知らぬと言えば即、伍長はヘラヘラと陽気な笑顔を浮かべる目の前の軍服の男に対し特殊警棒を振る気だった。

 だが、彼は数秒後に顔色が青く変貌する事になる

 カーネルは、一瞬鋭い目線で見知らぬ男を一瞥してから静かに口を開く。

 「……この方はアルチバルト」

 

 「……アルチバルト『少将』だ」

 その言葉に、伍長は目を見開いて驚愕する。

 「し……『少将』っっ!?」

 ……何故、そこまで彼が驚くのか?

 軍隊には階級制度がある。大きく分け『兵』『下士官』『準士官』『尉官』『佐官』『将官』……そして頂点に大元帥だ。

 そして今紡がれた『少将』は『将官』に位置し……カーネルの立場『佐官』であり実質目の前の三日月火傷の男の位が上なのだ。

 『下士官』である伍長は、青ざめて震えつつ敬礼を再度行い謝罪する。

 「しょ、少将とは知らず……と、とんだ失礼を……っ」

 何せ、階級だけなら最も上の存在……殴り飛ばされても文句を言えない先程の自分の態度を思い出し彼はブルブルと震える。

 だが、男は笑いつつ伍長の肩を叩き慰めるだけに止まった。

 「ええねん、ええねん! そう言う風に若い内は、少しは血気盛んな方が女にもモテるし好印象やでぇ」

 だけど、もうちょい男を磨かんとなぁ、俺見たいに。と、男は後輩を相手する部活の先輩のような気楽さで相手する。

 伍長は、その顔の火傷や上官には似合わぬ陽気さにたじろぐ。戸惑っているとカーネルの苛立ったような声が聞こえた。

 「少将……もう宜しいですか?」

 「あっ、堪忍なぁカーネル。それじゃあ、訓練頑張ってくれや」

 そう、一度肩を叩かれ上官の二人が去っていった。

 一体、あの三日月の火傷を負う人物は何者なのだろうと伍長は暫し思考に耽る。
 
 然しながら、直ぐに自分の役目を思い出し。彼は少し舌打ちしつつ訓練兵達への教育を再開するのだった。





 ……。



 カーネルとアルチバルトと呼ばれた上官達は廊下を練り歩く。

 その彼等の通る景色には、鍛え抜いた肉体で殺傷性低い訓練武具で模擬戦闘している人物達が見えて。
 そして、戦車や小銃、そして機関銃などの重火器が並ぶ光景も一瞬窓の向こう側に映るのが見て取れた。

 アルチバルトと呼ばれる三日月の火傷を負っている男は上機嫌な顔で、北極の氷に等しい冷たい顔のカーネルへと声を放つ。

 「然し驚いたでぇカーネル。お前さんが、こんな仰々しい基地を興して国造りとはなぁ!」

 そう、豪快に笑うアルチバルト。カーネルは、未だ残る左目で迷惑そうな視線を向けつつ曖昧に返事をする。

 どうやらカーネルは、その人物に対し敬意は無いらしい。だが、アルチバルトは一向に、そんな彼の態度を気にせず喋り続ける。

 「しっかし男臭くて叶わんわ! 世界なんぞ荒廃しとるんやし。ちょっとは女性の別嬪さんが居てもエエやろ?
 それに食料も殆ど缶詰とか、昔のまんま過ぎて泣けるわ。お前さんにイタリアの絶品のピッツァとパスタをご馳走したいわ」

 彼は陽気に喋る。そして逐一、ピッツァやパスタは有るか尋ねるが、カーネルは彼のそんな言葉を黙殺する。

 喋り続けて、数分後に痺れを切らしたようにカーネルは口を開く。

 「……少将、我らはあくまでも軍隊です。そして、武力で部外諸国と対立する以上、肉体的な強さは重要です」

 形だけの兵士は、不必要です。と、カーネルは冷たく言い放つ。そして嗜好料理など贅沢過ぎると無情に切り捨てた。

 アルチバルトは、その気ならば今の生意気な発言に少しは殴っても彼を責める人物は居ないのだが、彼は気分を悪くした
 様子も見せず『お堅いやなぁ』とニコニコしつつ呟くだけに止まる。彼も、別に真面目に言った訳では無いらしい。

 「レッドベレーと言うのは、昔っから生真面目で血気盛んやからなぁ。女よりも血生臭いのが好きってのも変人やで」

 ナポリっ子のワイには想像出来へんわ。と、彼は再度笑う。どうやら笑う事が彼にとっては普通の行動らしい。

 カーネルは、そんな彼に唇を真一文字のままに返答する。

 「私こそ驚きです。まさか……『アルピーニ』の生き残りを、この国で目にするとは思ってもいませんでした……」

 ……アルピーニ。

 イタリア陸軍の兵科の一つで、山岳戦を専門とするエリート部隊の事である。

 イタリアの地理にはアルプス山脈が存在し、そのような険しい山脈での軍事活動を要求される兵団。それがアルピーニである。

 彼らは冬の山での戦闘のスペシャリストであり、その兵団は第一次から第二次大戦でも大いに活躍している。

 イタリアの伝統たる兵士……山脈の勇士。

 だが、彼らはイタリアを離れぬ事なぞ滅多に無い。それゆえにカーネルは不思議でたまらない。

 この少将が、この国に居た理由。突如として、目の前の三日月の火傷を生やした男は存在し、その陽気な笑顔で
 自己紹介して、自分を組織に入れて欲しいと言ってきた。……喜びよりも、警戒心が強いのは仕方が無いだろう。

 「そろそろ教えて下さい。少将は、どうやって生き延びたのです?」

 「……失望したんよ」

 アルチバルト……三日月の火傷を負った男は、肩を竦めつつ返答する。

 「ワイは確かに、元アルピーニやけど……少将になったんはアルピーニでの活動では無いんや」

 この立場になるには……もっと老けんと成れないからな。と、彼は皮肉な笑いを模る。

 「では……」

 「言っとくけど、別に脱退してへんよ? 何時やったけなぁ……あぁ、そうそう。ワイがアルピーニで、ようやく
 訓練後の高山病にも慣れてきた時期にや……。知らへんか? 世界的規模で起きていた軍事強化の試験的な実験」

 それに、カーネルは残る左目の眉を僅かに上げる。
 
 アルチバルトは、それを肯定と取り満足そうな頷きと共に話を続ける。

 「それやそれ。超能力部隊を作って最強の軍隊を作ろうって話や……。眉唾もんやったけど、その試験受けて合格すれば
 一気に二段階昇格も確約されたからなぁ。だから、ワイは受けたんや……何や変な液体とか注射されてなぁ」

 「その結果……少将ですか? ……私は、余り冗談は好きでは無いのですが」

 カーネルは、そのアルチバルトの話の内容を嘘だと決め込んでいた。

 超能力での最強軍団? それが少将の称号の真実だと?

 馬鹿馬鹿しいとカーネルは思う。彼は超能力などと言う非科学的な存在を全く信じぬ現実主義者だった。

 「本当の事を申し……っ」

 ボシュッ……!

 「冗談や無いんやで、カーネル」

 ……カーネルの言葉は途中で終了した。

 アルチバルトは、急に今まで見せぬ真顔になると指先に火を灯したのだ。

 正しく、温度を持った火……手品で無い事を証明するかの如く、アルチバルトは煙草を一つ取り出して火を点した。

 「……馬鹿な」

 「まぁ、これだけじゃ手品だと思うかも知れへんしな……そや、もっと凄い事したるか」

 アルチバルトは、外へと出る。戸惑った様子でカーネルは後へと続く。

 彼らは屋外へと出て、一つの彫像の前に立つ。……それは、誰かしら作ったのだろう神仏の模った像だった。

 「ほな、行くでぇ」

 アルチバルトは、今から芸を見せる調子で手を翳した。

 少しだけ、彼の翳す手が震える。そして……一瞬の間の後に業火が神仏の像を包んでいた。

一回、二回。そうやって彼が翳した方向に造られた仏像は全て業火に包まれて溶解と共に無残に燃え尽きた。

 ここまでの光景を見せられ。カーネルは口を半開きにして信じられぬと言う表情で、この超科学と言える光景を受け入れた。

 「……少将」

 口が渇く。これだけの力があれば……世界侵略も夢では無いだろう……!

 得も知れぬ興奮がカーネルの中から湧き上がる。だが、アルチバルトの顔を見た瞬間興奮は消え去った。

 イタリアのアルピーニの戦士の顔は……目に見えて土気色へと変色し、そして鼻からは血が流れていたのだ。

 「少将……っ」

 「……っ、あかんわ。ちょい、調子に乗りすぎたわ」

 そう、少し体を傾けつつ。アルチバルト少将はチリ紙を取り出し鼻に詰めつつ陽気な笑顔を見せる。

 だが、誰しもが解る程に疲弊しきっているのが見て取れた。

 「パイロキネシス(発火能力)言うてな。……ここまで制御するのには随分苦労したわぁ」

 この顔の傷も、暴走した所為での怪我やしなぁ。と、アルチバルトは気にした素振りを見せずに告げる。

 「……能力は使用すると、何時もそのように?」

 「あぁ。超能力なんぞ、無理に使用したら直ぐに体にガタつくって事や。持ってても、全く良い事なんぞ無いわ」

 「……ですが、役にも立つでしょう」

 カーネルは、そのアルチバルトの拙くも魅力的な能力に一瞬で虜になった。

 アルチバルトは、嫌そうに返答する。

 「止めとけや。超能力なんぞ持ってても薄気味悪がられるだけやって」

 女の子にナンパするのにも、何の役にも立たんよ。と、彼の軽口を無視しつつカーネルは再度熱を持って申し込む。

 「どうか、教授を」

 カーネルは、力が欲しかった。

 元レッドベレーとして、己の戦闘能力は確かに凄まじい。

 だが、それでも彼が……彼が望む頂点を握るには力は未だ不足していた。

 (そうだ……俺は力が居るのだ)

 (この女とイタリアの事しか気にせぬ男……だが、その力は大量破壊兵器に通ずるに値する……!)

 (何としてでも得る! そして……この俺の野望を阻害する奴等を……殲滅しなければならん)








                              奴等(サウザー)を殲滅する為にも……!








 ……カーネル。彼もまたゴットランドを創建し、そして覇権を目指す人物だった。

 だからこそ、そのイタリアの異能者の来訪を千載一遇と考え……彼の力を自分の物として吸収しようと考えた。

 そして……彼も目先の立ちはだかる壁としてサウザーを危険視していたとしても何ら不思議では無い。

 カーネルとアルチバルトは、暫し交渉し終えた後にカーネルは渋るアルチバルトに、これ以上の交渉をしても
 彼の心変わりを現在の状況で成功するのは低いだろうと、素直に身を引いて自分の組織へと戻った。

 アルチバルトは、暫し彼が焼いた像の近くに身を預けつつ、寂しそうに一人ごちるのだった。

 「……はぁ、詰まらんなぁ」

 知る限りの人物達が……アルチバルトの他の仲間達(超能力者)は全員死亡している。

 彼には、念写が出来る情報戦を左右する心強い人物を知っていた。

 彼には、PK(念動力)を扱える強き力の軍人を知っていた。

 彼には、ESP(超感覚知的)を扱えるエキスパートについて友人だった。

 テレパシー・サイコメドリー・オーラを見れる霊視・予知・千里眼……。

 「何で……全員死んだんや」

 その全員が知る限り、彼らは無能なる権力だけが取り柄の元帥達の護衛に就いた為に殉死した。

 いや、アレは殉死などで無く事故だと。彼は頭を振りつつ二本目の煙草に火を点す。

 「あぁ……ほんま……」




 詰まらん世の中やわ。……そう、寂しげな声だけが静かに荒廃した罅割れる大地へと静かに染み込んで消えた。





 ……彼に予知があれば、知れただろう。

 歯止めを効かなくなったカーネルが、現在より暴走しゴットランドは軍人以外を無価値とする最悪の集団と化す事を。

 そして、彼が最終的に折れて培った超能力のノウハウを握り……そして、カーネルは一種の能力を持つ事を。

 





 生き残りし最後の超能力者(パイロキネシスト)は……静かに灯火を漂わせたまま、静かに遺憾の火だけを燻らせていた。











                後書き




 まぁ、冒頭で見た映画を見て『超能力部隊、北斗の拳に出したいなぁ』と思ったゆえに出した。

 流星編には出さなかった超能力部隊がゴットランドの主力兵士となったら、南斗勢や拳王様達にも何とか張り合えるでしょ。







 ……個人的に透視が欲しいな。



 いや、エロい目的じゃないよ?





[29120] 【貪狼編】第十三話『桜 桜舞う 仄かな疼きと酔い(中編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/22 12:56




 


 



 
 





 



 
 



 
 



 桜の花弁。見続けると現実と夢幻の境界線が曖昧になる桃の色。

 桜は舞う。人が何を想っても構わずに風へ乗り。

 「着いた、か」

 汽笛の音と共に、一つの駅へと汽車が止まる。そこからゾロゾロと降りる人間達。それは奇しくも似た風貌である。

 男女共に、似たような道着を来た者達。それは、花見の為に集まった観光客としての顔の他に、拳士でもあった。

 「駅でも桜は並んでる所には並んでるものだな」

 「えぇ貴方、快晴で良かったわ。これなら気兼ねなく外で楽しめるわ、少し曇り空も有ったから不安だったけども」

 「ティフーヌ。例え雨が降っても、お前が居れば私は何時何処であろうとも楽しめる事が出来る。心配するな」

 「シュウ……」

 その若い男女の中には若夫婦と言える一組みが居る。これは、若き白鷺拳の伝承者と、その妻だ。

 その二人の空間だけ、人を寄せ付けぬ互いにしか解りえぬ雰囲気が出来ている。察せる者達は、その空気に当てられて
 胃や胸がムカムカするのを避けるべくなるべく距離を置いている。まぁ、利口な判断と言って良いだろう。

 シュウと、其の妻をなるべく視界に入れず若き者達は相談をする。

 その相談とは、一つのアクシデントによる事についてである。

 「……何で誰も軽食以外に弁当も何も持ってこなかったんだ?」

 「仕方がないだろ。屋台が何か出ると思ったんだからよ」

 金色の美丈夫の若者の呆れ声と、そして言い訳をする三白眼の同年代の人物。

 シンとジャギ。汽車を降りて発覚した一つの不慮なる事実。

 そう……この旅行に参加した殆どの人物が花見の食事を携えていなかったと言う事である。

 仲間の南斗拳士は、提案したジャギ等が持ってくるだろうと菓子程度しか所有しておらず、そして今回の旅行を提示した
 ジャギはと言えば、先程の言葉通り目的地で何か買えば良いと言う、行きあたりばったりなる考えゆえに
 金銭以外の準備は全く何もしていなかった。彼は生来にして、少々うっかりな部分が存在してたのかも知れない。

 後、余談ながら汽車の車掌は南斗列車砲のトウダだ。本当に余談だが……。

 「はぁ……これだからお前に全部任せるのは嫌な予感がしたんだ」

 「うっせぇシン。そう言うお前だって弁当も何も用意してねぇだろうが」

 詰り合いをしても後の祭り。とりあえず花見に向かう前にどうするか考え相談しあっていると、セグロが面倒そうに言った。

 「つうか此処ら辺で何か買うかすりゃ良いじゃん。時間未だあるんだろ?」

 その言葉に、未だボーモンと再開するには時間ある事を思い出す。

 「なら、別々に行動するか。とりあえず箸やら皿を買わんといかんし、シートやらも必要だろ」

 レイの言葉に、全員が割り当てられた買い物をする事になる。そして……現在どうなっているかと言えば……。

 「……何故俺が貴様のブサイクな面を眺めて一緒に歩かんといかんのだ……っ」」

 「おめぇがアンナを無理に引っ張らないようにする為だよ……っ」

 この会話で解るかもしれないが、現在ジャギはユダと同行している。
 
 正確には、その中にシンも一緒にいるが。この二人の険悪な空気に逃れたくて少々離れて歩いていた。

 ジャギは、正直な話ユダの事は苦手意識より鼻につく相手という認識が強い。最近になりアンナに対する態度は
 益々ジャギにとって煩わしと言うか、子供の癇癪に似た嫌悪感が彼がアンナへと接する度に浮かび上がっていた。

 ユダも同等である。ジャギがアンナと共にいると言う事は、彼にとっては正直邪魔だと思う感情が強い。

 暫し睨み、そして相手に対する悪意を滲ませての言葉の応酬。だが、彼等も理由は違えど大人的な部分があるゆえに
 適当な頃合いを見計らい軽口を終える。そして、ユダから真面目な話題についてジャギへと切り出した。

 「……良かったのか。奴を同行しなくて」

 「……あいつに四六時中俺が傍に居る訳にもいかねぇだろ。……他の奴等が居て、アンナが大丈夫なら俺は良い」

 その話題はアンナについて。彼女の目から光奪われてから、その出来事を一番後悔しているのはジャギを除けば
 ユダとて深く悔恨の念が強い。門前払いされようが、吹雪の悪天候だろうと。あの時何故北斗の寺院へ行かなかったか
 ユダは毎日自分に対しての自責の感情が度々浮かんでいた。最も、それを誰かにぶつける程に彼も大人げ無くは無い。

 アンナの自由を邪魔する訳にはいかない……そんなジャギの言葉に一度鼻をユダは鳴らすも揶揄はしない。
 
 代わりに彼はこう尋ねた。

 「……何故、あいつは見えなくなった?」

 本当の事を言え。そう鋭く詰問の視線をユダは向ける。

 ジャギは暫し迷った。この、アンナに執着心を強く見せている彼に真実を言うべきか如何か。

 だが、彼は決意した。何せ、ユダの贈ったロザリオ……アレも又、アンナを取り戻す布石となったのだろうから。

 あの悪魔祓いの際、確か最後に砕け散った筈の十字架を思い返しつつジャギは独白する。

 「……信じられねぇだろうが」

 そう切り出し、ジャギは告げた。あの夜の出来事……アンナに悪魔が憑き、リュウケン等を惑わして危うく
 北斗の兄弟全員を堕落させようとした攻防について全てを。聞き終えたユダは、暫し何も言わなかった。

 だが、最後にポツリと言った。

 「悪魔……か。……正直な話、全く俺は信用出来んな」

 「そうかよ」

 ジャギは、怒る事もせず静かに目を一度瞑り平坦に応答した。

 「だが……」

 然れども、ユダは続けて言葉を紡いだ。ジャギは目を開きユダを見る。

 不思議な表情。何かを決意するような、何処か遠くを見つめてユダは独り言のように言った。

 「お前は、あいつについての言葉は真実だ。だからこそ……そうだ、俺は……」

 「……ユダ?」

 ぼそぼそと、最後の部分は聞き取れなかった。

 その、まるで別の世界に居るようなユダの様子に、ジャギは問い正そうか迷い、そして意を決し強く呼びかけようとした。

 「おいっ! ジャギ、ユダ。何してる? もう町だぞ」

 だが、それを遮るように先頭に歩いていたシンが呼びかけるとユダの不思議な感じは霧消し、そして何時もの
 不機嫌そうなユダへと戻ると彼は軽口と共に歩き始めた。ジャギは、タイミングの歩いシンに、一瞬心の中で唸った。

 もう、ユダが真意を告げる気は無いだろう……。そう考え、ジャギは差し当たりの無い内容へと変更し尋ねる事にした。

 「なぁユダ、気になってる事あんだけどよ」

 「あん? 何だ」

 「さっきからお前の背後の位置を全く表情変えず付いてきている人……お前の何なんだ?」

 「……気にするな」

 ジャギの問いに、ユダは遠い方向に視線を彷徨わせ。それっきりその話題に触れる事を暗に禁止を示した。








 ……桜吹く。





 「ふむ……桜に合うとしたら団子がな。酒も良いと思うが、子供達も居る事を考えると今回は止めるべきだな」

 「適量なら構わないんじゃなくて? 悪酔いしなければ、酒も良薬だし、貴方もたまには羽目を外しても良いわよ」

 そう思わない、アンナ? そうニコニコとした顔の人物。シュウの妻となる人物であり、名はティフーヌ。

 尋ねられたアンナはと言うと、曖昧な笑みで止めるだけにした。目が見えずとも、彼等の甘い空気には少々
 辟易とする。文句は言わないが、この大人特有なのか意思疎通しているだけの二人の空気と言うのは胸に来る。

 (皆、こう言う時だけ無情だよぉ)

 そう、グループ分けの時シュウとティフーヌの甘い空間に辟易を覚え、三人グループとなる時、格好の生贄とされた
 アンナは。このような時にだけ友情を完全に売り飛ばす女友達の拳士達に胸中で恨み言を呟くのだった。

 アンナの兄? 彼はシドリに半ば無理やり連れ去られた。

 「どうかした?」

 そんな事をぼんやり考えていると、ティフーヌは少々きにして声をかける。

 「あっ、いえいえ……本当に仲が良いなぁって思っただけで」

 アンナも、黙り込んでいては折角の若い夫婦達に失礼だと曖昧に言葉を濁し返答した。

 「あら、有難う。アンナちゃんも、無理せず何かあれば直ぐに私に言ってね」

 同じ女性だし、何があれば私が手助けするから。そう、見えないのに温和な微笑みが容易に想像出来てアンナは安心感を覚える。

 (優しい人だな)

 そう、アンナは素直に思った。シュウの妻となる人間なのだから、漫画内では全く描写なくも優しい人だとは想像出来た。

 「……そう言えば、ダンゼン様も此方には良く赴くらしいと言っててな。どうやら名産品があるらしくて……」

 「あら、そうなの? それじゃあ、今日もひょっとしたら会えて……」

 間に挟まれ会話を聞きながら、ぼんやりと彼女の思考は続く。

 (二人とも、優しいし気配り出来る人達だし。世紀末なんて来なければ生まれてくる子供と一緒に幸せだったのに……)

 だが、ここまで人間出来ている人間をアンナはリンレイを除くと余り知らない。

 アンナの目が見えぬ事に対して深く触れる事せず、細やかに街並みを口頭で説明し、そして甘味を勧めたりなど
 アンナを喜ばす事を第一に彼女はしている。彼女は申し訳無さと嬉しさを同時にこの夫婦と連れたって感じていた。

 (お父さんや、お母さんと一緒に居るって……こう言う感じなのかな?)

 元々、彼女には両親が居ない。物心付いた時には兄と一緒に居たとは前にも説明してたかと思う。

 少し思い出されるのは母親に抱きかかえられた優しい抱擁と、そして形見のバンダナでしか無い。

 この世界に再来する以前の家族の記憶もぼやけている……アンナは記憶の中に微かに残る、小さい頃に抱きしめられた
 温もり以外で自分の母を知らない。それが……ほんの少しだけだけれど、彼女は微妙に何処か置いてきぼりにされた感覚になる。

 「アンナ?」

 声をかけられて、ハッと彼女は声のする方向へと慌てて意識を戻す。

 「どうかしたか? 具合悪ければ直ぐ其処で休むか?」

 「重い表情してたけど、何か悩み事?」

 そう、口々にシュウとティフーヌは彼女を案じる。

 アンナは何でも無いと告げた。だが、その言葉で納得する大人二人では無い。

 暫く歩いてから、シュウは目線で妻に対し彼女の相手を頼んだ。

 以心伝心である彼女は、それに微笑み無言で頷く。アンナは気づかない。

 暫くしてから休める場所を適当に見つけてティフーヌは彼女と腰を据える。シュウは、買い物を理由に少々離れた場所へ移動した。

 二人だけになっての空間。春の暖かな風を浴びつつ、ティフーヌは優しく聞く。

 「……本当に、何も言わなくて良いの?」

 ティフーヌは、アンナについて詳しく知らない。シュウから聞いた程度の優しい女の子と言う印象以外は関知してない。

 それでも、彼女の気性は憂いている人を放っておける程に割り切れぬ性分だった。だからこそ少々強引かと
 自覚しつつも、アンナの胸に溜まる事が吐き出せれば良いと願い二人っきりだけの空間で無言の強制を秘めつつ聞く。

 アンナも、察したのだろう。少ししてから、素直に自分の心情を言った。

 「ううん、悩み事とかじゃないの。ただ……私って兄貴以外に両親の事って殆ど知らないから……」

 そう、彼女は話し始める。全くの他人に近い関係だからこそ気楽に話せたのかも知れない。普段、彼女の知人達の前では
 話さない事まで、口は勝手に滑り物語を進める。自分の境遇、そして両親が死別して流浪の生活をしてきた事。

 そして、男性恐怖症での何度かの過酷な体験。それらも交えての彼女の今までの物語。

 その彼女の物語を、ティフーヌは黙々と口を挟まず聞き役に徹した。

 だけれども……彼女は其の物語が進むにつれ彼女を案じる気持ちは一層募っていった。

 話は一段落し、溜息を吐きつつアンナは気楽に告げる。

 「だから、大した事じゃないの。今まで忙しくて感じなかったけど、こう言う幸せって、ちゃんと味わった事無かったなって」

 思えば、アンナはジャギの影に隠れつつも過酷な人生だった。

 辛苦の傷を負い、事情が事情と言え人を一人殺める贖罪を犯し、そして信ずる者を二度と絶望に附さぬよう懸命に生きる。

 一人で抱えるには重すぎる使命を、今まで精一杯誰にも知られず笑顔で背負ってるのだから。

 ……それも、これからもだ。そして、今も彼女は平然と何でも無いように告げて終わらせようとする。

 ……だが。

 「なんて、思っただけで……っ」

 その瞬間、アンナはティフーヌに抱きすくめられていた。

 アンナの鼻腔に、石鹸と春の香りがくすぐる。耳元に優しい声が聞こえた。

 「いいのよ、私を母親だと思って」

 緩やかな心臓が二つ重なる中、暗闇の彼女にも優しい微笑みが確かに見えた。

 「貴方がどんな風に生きてたか知らないけれど……私や、シュウと居る時は肩の荷を下ろしなさいな。それと……」

 貴方は、私にとって家族のようなものよ。そう、ティフーヌは付け加える。

 アンナは、え……と言葉を零した。そう言われるとは思ってなかったからだ。

 「シュウの受け売りだけどね。同じ拳を学び、同じ釜の飯を食べてきた者は家族も同然だってね」

 可笑しい人でしょ? そう、愛情たっぷりの言葉で夫を揶揄交えて表現しつつ彼女の言葉は続く。

 「苦しかったら、溜め込まずに頼れる人に頼ってね? それは私じゃなくても良い。けど、忘れないで」

 貴方は貴方が思う以上に……誰かに想われているんだから。そう、ティフーヌは話を終えてアンナの頭を撫でた。


 ……ティフーヌは何も知らない。

 ただ、何も知らぬ第三者だからこそ近しい者よりも気付ける立場と言うのがある。彼女は、アンナの辛さを見抜き
 出来る限りの抱擁をする。彼女の脆い部分を、せめて、この今だけは安らかに癒されて欲しいと祈り。

 アンナは、熱くもなく冷たくもない丁度良い温度の彼女の掌に撫でられながら、自分の中の孤独感が薄らいだのを感じた。

 そして、自分の中の悩みを……この人に少しだけ話しても良いかもと彼女は思った。

 「ティフーヌさん。私……我が儘になって良いのかな?」

 歩き、春の香りを吸い込みながら彼女は独白する。

 「……もっと、私自身のやり方で……自分の夢を目指しても良いのかな」

 アンナの言葉に、少しだけティフーヌは考える素振りをした。

 そして……直ぐに彼女は回答を彼女へと贈った。

 「良いわよ。貴方の夢が悪い事すれ、良い事すれ私は否定しない」

 「……悪い事でも? それが、もしかしたら大変な事を引き起こす事になるかも知れなくてもだよ?」

 そう、彼女は少しだけ眉を下げる。

 彼女の夢……それは一歩間違えれば、もしかしたら大惨事になるかも知れない夢だから……。

 だが、アンナの言葉に彼女は軽やかに笑い声を立てて言った。

 「大丈夫よ……だって」








                       貴方を引き止めてくれる人……私も含めて沢山居るだろうから。

 




 その言葉に、アンナは見えないと解っててでも目を見開いていた。

 そして……この人にシュウが惚れたのも無理は無いなと、苦笑を抑える事は無理だった。

 「……有難う、ティフーヌさん」

 「ティヌで構わないわ、アンナ」

 優しい桜の花弁が、二人の女性の間を通り過ぎる。

 どちらも混沌の世の誕生と誕生前に去った者だけど、未来を案じ、そして誰かの幸福を願う気持ちは深いから。

 白鷺の番は、一つの花弁へと優しい調べを謡い。

 花弁は、それに乗じて新たなる風へと羽ばたく。



 それは……更なる絆と物語りの綴りに他ならない。







 ……桜舞う。





 「……む?」


 アンナとティフーヌの会話の頃、ジャギ達三人は街へと入った。

 其処へ入ると、ユダは『いい加減、お前らと行動するのは不快』と言って別行動を取る事を提案する。

 ジャギはアンナの事を気にしつつも、あちらにはシュウが付いているし、偶には一人だけで羽を伸ばすのも良いかと
 少々不安はありつつもユダの提案に同意した。彼とて、一人だけで自由に過ごす時間を多少は欲しいのだろう。

 そして、今シンは彼らと別れて歩き……突如怪訝な顔を浮かべた。

 それは知人を発見したから。いや、先程別れた友人でなく現在居ては可笑しい友人の発見である。

 彼は、背を向けて歩く其の人物に声を掛ける。

 「何だケンシロウ、此処に来てたのか?」 

 そう、彼は近寄って声を掛ける。

 ケンシロウ……言うまでもなく救世主の名前。

 そして、彼は現在北斗の寺院にいる筈。シンはジャギから、そう聞いていた。此処にいる筈が無い。

 (リュウケン殿の許しが出て遅れて来たのかな? それともジャギ自身の出任せで、後で驚かす為に本当は来てたとか?)

 シンは、そんな事を考えつつ声を掛ける。だが、掛けられた当人は気づかずに歩き続けていた。

 「おいっ、無視するなケンシロウ」

 そう、シンは少々ムッとしつつ僅かに力を強めて肩を掴んだ。

 「痛っ……。? 誰だ……君?」

 その振り返った人物。向き直り顔を顰める人物。正しく、彼の知るケンシロウの容貌だった。

 彼は、正面から向き直っても未だ他人のような態度をする彼に苛々と返答する。

 「はぁ? 冗談にしても面白くないぞ。それとも、その態度もジャギの仕込んだ悪戯の一つか?」

 「ジャギ? 冗談? ……誰かと勘違いしてないか?」

 その、ケンシロウだとシンは思っている人物は首を傾げて憮然とした表情を向ける。

 彼は、その悪質に思える冗談を未だ続けようとする彼の態度に最初呆れ、そして疑問を浮かべる。

 (? 待てよ……ケンシロウが、こんな冗談を続けるような奴では無いな。……それに、あいつにしては何時もの
 静かだが滲み出る力強さと言うのが無い。……もしかして、本当に瓜二つの別人なのか??)

 この辺で、シンは違和感に気付き正解へとたどり着く。

 そして彼の正解を裏付ける人物の登場で、この勘違いも終焉を迎えた。

 「んっ、おいシン。そこで何やって……あぁん??」

 ジャギ。シンの友人が訪れて困惑した顔を浮かべる。

 そして急接近して、シンとケンシロウの顔をした人物を交互に見比べてから。突然合点が言った様子を見せるのだった。

 「……成程なぁ。小説でしか知らなかったが……ここまでそっくりだとは」

 「おいジャギ、自分だけで納得するな。と言うか、そっくりと聞こえたが、こいつはケンシロウじゃないのか?」

 小さな声で何やら頷く彼にシンは苛立ち尋ねる。ケンシロウの顔した彼は、新たな登場人物に更に混乱しそうな
 事に嫌がるような顔を顰めた。そして、この混沌となりそうな状況に終止符を打つように名乗り上げた。

 「だからケンシロウ、ケンシロウって何なんだ? 俺はラウールだ。ラウール」

 ……ラウール。ケンシロウが、かつてシンにユリアを奪われた際に瀕死となったのを助けた家族達の息子。

 既に故人だった者は、今現在は生きて奇縁ながらもシンとジャギに邂逅したのだった。

 




 ……。





 「……そういやさ、見たか?」

 一方、その頃他の彼等の南斗拳士の仲間である彼らは簡単に食品を買い終えると雑談を始めていた。

 そのメンバーはレイ、サウザー、セグロ、イスカ、キタタキ、ハマ、キマユ、カレンと言う多数の顔ぶれ。

 レイは周囲の女性拳士に囲まれつつうんざりし、セグロが血走った目で喧嘩しそうになると言う。彼らの中では
 日常茶飯事の恒例を終えてから、セグロは野菜やらを包んでた新聞紙の一面をつまみ出して全員へと見せた。

 その紙面には、泥鰌髭に巨大な目というデメキンのような顔が写っていた。

 「『強盗殺人、爆弾テロ、人身売買etc……前科百犯を昇るザイム潜伏中か!?』だとよ……おっかないねぇ」

 彼は持ち前のゴーグルを一回磨きつつ、言葉に似合わぬ平然とした顔つきで感想を述べる。

 それを耳にしたギョロ目の友人はと言うと、それに対し頷きつつ零す。

 「全くだな。そして……そう言うフラグ臭い会話をすると、何故か知らないが厄介事が起きるのが世の無情ってもんだ」

 「ははは……」

 それに対しイスカは苦笑いを零す。間違っているとは言えないゆえに、苦笑を禁じ得ない。

 女性陣は、そんな彼らの会話を馬鹿にした感じで話に相槌打つ。

 「そんな凶悪犯なんて今更恐ろしくもないでしょ。出てきたら南斗聖拳で一発でノシて上げるわよ」

 そう、女性拳士の中では一番アンナに親しい関係の人物たるハマが胸をドンと叩く。

 「わおっ、頼もしい言葉じゃないのぉハマ。とは言っても、油断大敵って言うし気をつけなさいよぉ~」

 そう、彼女の親友はカラカラを笑いつつ胸を後頭部に押し付ける。ハマは、天然なる悪意と言う物を悟った。

 「……そう言えば、サウザー、ふと思ったんだが」

 「ん? 何だレイ」

 そんな鳥影山の面子の会話が広がる中で、レイはサウザーへと話を向けた。

 「いや、大した事じゃないが。……以前、俺達が忍びに似た奴等と戦った話、聞いた事はあるだろ?」

 「……あぁ」

 その話の中心であったとは口に出来ぬサウザーは、心中冷や汗しつつも冷静に受け答える。

 「思ったんだが、お前もジャギに要求受けて参じてたんじゃないか? 俺が来た時は、お前の姿は見なかったが……」

 まぁ、シンとかも別の方面で戦ってたらしいがな。と、レイの言葉にサウザーはどう答えるべきか迷った。

 何分、彼を救う為に手伝ってくれた人物達の手前、嘘を言うのは心苦しい。

 だが真実を告げれば、お師さんに要らぬ災難を再来させる羽目になるかも知れない。

 (こいつ等に死ぬまで秘密にするのも……難しいだろうしな)

 何せ南斗拳士には勘の良い人間が多い。今は未だ秘匿出来ているが、これからも上手くいく保証もないだろう。

 (頃合いを見て、こいつ等になら話すべきだろうか? ……いや、未だ早計過ぎる気もする……)

 「……俺も、あの山には居た」

 サウザーは、とりあえず曖昧な言葉で表現する。真実を全て話さずも、虚偽はついていない言葉を。

 「そうなのか? なら、奴等の正体も知ってるんじゃないか? 南斗聖拳を扱ってたし、只者じゃないと思うのだが……」

 だが、その言葉だけで納得せずレイは更に話を掘り下げる。サウザーが南斗鳳凰拳の使い手だと知る彼等からすれば
 サウザーならば、自分達の関知外の存在にしても判明出来るだろうと言う期待を込めての言葉である。

 サウザーは、更に迷いつつも、依然顔色変える事なく返事をした。

 「……詳しくは知らん。だが、不用意に刺激しなければ悪しき奴等じゃ無い」

 「? ……良く言ってる意味が解らないんだが」

 聞いている者からすれば、余り真意が把握出来ぬ内容。

 だが、サウザーからすれば精一杯の情報である。南斗の暗部など、彼等には余り聞かせたくない内容なのだから。

 「まぁ、聞いて面白い内容では無い。桜を愛でる前に聞くような内容ではな」

 「……そうか」

 (何時の日か、それなら俺達に話してくれるよな?)

 レイ達一行は、サウザーの背を見つつ彼の中の秘密を案ずる。

 だが、彼等は誰しも友人ゆえに、その秘密を桜の花が映える下で無理強いして明かす気は無かった。

 彼等一行は、ボーモン達と会う為の場所へと緩やかに近づいていく。

 




 ・



        

        ・
 
   ・


      ・


  ・



     ・



         ・




 「へっ……へ。捕まって堪るかってんだ」

 桜の花が舞う中で、一人の大柄な男は建物の影を伝いつつ汗を垂らしながらヌゥッと顔を出し辺りを警戒する。

 その男は逃げていた。己の犯した所業を顧みず、罪を償わず逃亡する為に必死に逃げていた。

 「くそっ……何だってんだ、あの若造等? 俺が一体何したってんだ……!」

 そんな風の罵るが、彼も罪なき人々に対し散々と殺人及び酷い事をしてきた人物である。

 血管の浮かび上がる屈強な筋肉を震わせて、彼は怒りの形相で歯を食いしばりつつどうやって逃亡するか頭を巡らす。

 追っては強敵。何せ逃げる時に大樹を切断した奴等……どう足掻いても勝てる見込みは無い。

 (車……車だ。それと逃げる時の為の人質が要る)

 出来るならば女が良い。この逃亡期間、一度も女を抱いていないと下卑な妄想を一度浮かべつつ、男は街中を歩む。

 急ぎ足の男。人混みでも目立つ容貌だと自覚してるゆえに顔は通行人から強奪したフードで被っているが如何せん目立つ。

 適当な相手を見繕い、ここから逃げる。誰が……誰が居ないか。

 彼の目には適当な相手は見つからなかった。通りで見かけたのは、施しを貰おうと曲芸をしているボロボロの衣服を着ている汚い男や、又は路道に蹲っているホームレスのような奴しか居ない。

 そう、焦り品定めしていた男は。その瞬間見つけた……何処ぞの出店の前に座っている二人の女性を。

 

 ……男は、暫し其の方向に要る女性二人を凝視してから。口元を捲らせ嫌らしい笑みを浮かべた。

 そして、ノソリノソリと男は大股で近付く。女の内の一方は足音に気づいたのか不可解な表情で顔を此方へと向けた。

 「? どうかしたアンナ……ってあら? 何か御用?」

 どうやら、一人の名前はアンナと言うらしい。もう一方の温和そうな顔つきした二十代程の清楚な感じの女性は
 自分の腕が伸ばせば、その二人を掻っ攫える距離に近づいた時に自分に気付いた。男は心の中で嗤い、唾を沸かす。

 「ヘへへ……お嬢さん方、ちょいと用が……」

 男は、そう言いつつ女性等二人との距離を狭めようとした。機を見計らい脅し人気の無い方向へと寄せる為に。

 だが、彼は余りに迂闊だった。自分を追っている者が如何なる相手が知っていなかったのだ。





 ザイムっっっ!!!



 「!! ゲェッ!!?」

 大声。そして、それが自分の名だと知り体が硬直し後方を振り返った瞬間の絶望。

 その方向には……自分を捕縛しようとしていた追っ手が正に走り寄って来ていたからだ。

 「くそっ……!」

 ザイム……世紀末ケンシロウ外伝のザイム軍を束ねる者は、追っ手と自分の距離から逃げられぬ事を察する。

 「ならば……っ!」

 彼は、その言葉と同時に少し早いが人質を取る事を決行する。未だ何が起きてるのか把握出来ぬ顔の女性へ向けて手を伸ばす。

 いける……! 突き出した腕が女性の首元へと掴みかけた瞬間彼は確信の笑みを浮かべて……。

 



                                 「私の妻に何をしてるかな?」



 ……そう、聞くだけで身が震える程の怒気を含めた声と同時に腕は掴まれていた。

 「……はっ!?」

 「何者だ……?」

 ギリギリ……そう万力のように腕が掴まれる痛みと共に、ザイムは青ざめて自分の腕を締め付ける人物を見る。

 それは……番を傷つけられ静かに激怒する若き白鷺拳の伝承者であると言う事を彼は数秒して目に映っていた。

 「は……はなっ……せっ!」

 激痛に、少々呻きつつもザイムは残る片方の腕でシュウ向けて手刀を振り落とす。

 シュウは、危なげなくスっと体をずらしザイムの攻撃を避けた。そして、静かな怒気を携えたままに彼は再度問いかける。

 「何者だ……?」

 その声は、万人を震え上がらせる響きを伴っていた。一緒にいるアンナは、この時自分の視界が封じてる事に感謝した。
 それ程までにシュウの声だけで彼の形相振りが容易に想像出来たからである。今のシュウを見たら失禁しかねないとも。

 そんな菩薩が般若に変ずるような形相をザイムは見せつけられ硬直している。そして……彼は。

 「シュウっ!! 奴をそのまま封じててくれ!!」

 「……ダンゼン殿?」

 走り駆けるザイムを追っていた者……それを目に映し、意外な人物だったゆえにシュウは眉を顰め一瞬怒気を霧消させる。

 それを好機と見てか、ザイムは恐怖での金縛りが解けるとティフーヌをすり抜けてアンナの体をガシッと掴んでいた。

 「きゃっ……!?」

 未だ発展途上のアンナは、その腕に容易く細身の体を掴まれる。イザムは、ようやくの好機に辺へと自分の優位を知らしめようとする。

 「う、動くなぁ! この女がどうなっ『おい……』……へ?」

 ……とは言うものの、彼の命運は既にここで尽きてしまっていたのだが。

 「てめぇアンナに何しようとしてんだ……!」

 「悪いことは言わん。今すぐ話せばお前の罪も軽くなると思うぞ?」

 イザムの目に映ったのは……不憫そうな顔つきして腕組む金髪の美丈夫と、そして今にも殺しかねない表情した若者。

 何時出現したのか? そんな事を考えている反面イザムは出目金の目を鋭くさせて怒鳴る。

 「な、何だ餓鬼共! こちとら逃げる最中なんだ、消えやがれ!!」

 そう、怒鳴り凶暴なる凶悪犯はアンナの喉笛に指をかけようとし……。

 「おっと、手が滑った」

 「ばぁ゛!?」

 横方向からの、血のように赤い長髪の若者が気配を殺し歩み寄っての投げた粉(恐らく小麦粉)を投げつけられ隙を作る。

 その人物の登場に対峙していた二人は驚きもしない。アンナが危機に陥っているのを視界に入れた際に
 前もって計画してたようにジャギとシンがイザムの視界の中に、そしてユダは死角から足音殺し近づいてたのだから。

 「やれ、ジャギ」

 例え犬猿の仲とて、アンナを傷つける者に関しては彼等は例外として協力する。

 ユダの言葉に、ジャギは無言でイザムの横をすり抜けアンナを脇に抱き抱えていた。

 ――――ザシュッ!!

 ……自分の手に握っていた少女の感触と消失と、握っていた腕からの出血と激痛と同時に。

 「……はぁぁああ!?」

 イザムは、信じられぬとばかりに腕から迸る血に仰天して大声を上げる。

 シンは、それらの全容を見つつアンナに手を出すと言う最悪手をした犯罪者に僅かに憐れみつつも、体に気を巡らし告げた。

 「お前が誰か知らんが、恨むならその不運を恨むんだな……祈るがいい」

 




                                 南斗屠斗拳!!




 その言葉と同時の跳躍と交差……イザムの両腕と両足からピギィッ! と言う嫌な感触がした。

 「ぐぁ゛……!」

 恐らく、両足両腕は折れたであろう。イザムは、それでも未だ逃亡しようとする執念を持ち合わせていた。

 (ならば、せめて懐にある銃を誰かに向けて何とか逃げ……)

 「イザムうううううう!!」

 だが……彼は、その最後の抗いをする機会は永遠に逃した。

 そのイザムの最後の手段を発動する間際。彼を追っていたダンゼンが遂にイザムとの間合いへと入り……そして。






                                  南斗千手掌!!!




 ……ジャギに良く似た、千手の如く繰り出された連撃によってイザムは刑務所送りへと成ったのだから。

 





 ……。



 「いや、助かったシュウに皆。討伐隊を編成していたが、危うく巻かれる所だった」

 「何、ダンゼン殿。我々はただ旅行を楽しみたかったゆえに何でもありませぬ」

 ボロボロのイザムを警察へと引き渡し、犯罪者の捕縛を終えたダンゼンは彼等へと感謝を述べた。

 今は既に全員集まっている。他の全員が集合し、とりあえず花見の準備が終えた事を確認し合っていた。

 「旅行に水差して悪かったなお前達」

 「いや、別にそれは良いんだけど。ダンゼン様も、こっちに参加しねぇの?」

 「有難い申し出だが、奴の護送……まぁしなくても良いのだが、心配だしな」

 隙を見て逃げ出す可能性も無い訳で無いし……と。完全に半死半生にして、既に逃れる状況でも無いが
 ダンゼンは義務に忠実に苦笑いしつつジャギの言葉を丁重に断った。シュウと同じように、彼も信は真っ直ぐなのだろう。

 別れを告げるかでら、ティフーヌは笑顔で告げた。

 「アンナを助けて貰って有難うダンゼンさん。姉さんにも宜しくお伝えて」

 「ん……あぁ、無論だ」

 そう、最後に彼は照れくさそうに言いつつ別れた。それを聞いていたアンナはひっそりと彼女へと聞く。

 「……もしかして、今ダンゼン様って」

 「ええ。私の姉の面倒、時々見て貰ってるの」

 シュウと同じで、人の事放っておけないらしくてね。そう笑う彼女に、アンナは以前へべれけで出会った女性と
 そして常に教師として鳥影山の講師を担うダンゼンを頭の中で比べて、その余りのギャップに苦笑いしか浮かばなかった。

 

 ……それ等を、影から視線を向けていた人物達に気づかずに。

 「あれが、鳥影山の拳士達が……ボーモン、あの三人が南斗六聖か?」

 影から一部始終覗き見ていた二人。騒動が起きたのを知り、それを収集しようとした際の思わぬ収穫。

 ボーモンとコーエン。彼等はイザムを撃退したジャギ達の攻防を観察し、影で小声で会話をする。

 「いや、あの金髪と紅髪の奴は如何か知らぬが。あのボサボサの黒髪が昔俺がて合わせたした奴だ」

 「……成程。言う程の腕は有るらしいな」

 コーエンは、ジャギがイザムの腕に痛手を与えて彼女を奪還した動きを観察しジャギの力量を推察する。

 爆発力な速さに、獰猛に感じる気。……本気で闘(や)り合えば少々危険かも知れぬと感じた。

 (だが……あの男には明確なる弱点あるな)

 その反面、黒烏拳の伝承者たるコーエンはジャギの弱点と言うのも、先程の一度の動きで感じた。

 それ以上、何かを思うでもなく彼は邂逅すべき者達と反対方向へと歩き去ろうとする。

 「今、会わなくて良いのか?」

 「未だ会う時間まで数刻ある。それに……ボーモン、気づかなかったのか」

 コーエンは、鋭気を瞳に浮かべてボーモンへと呟く。

 「……俺達の他に、奴等を見ていた視線が有った。一瞬だが……邪な感覚のする嫌な視線だった」

 「何っ!?」

 ボーモンは驚く。あの少しの騒動、その中に本当に自分達の他に南斗六聖達を監視していた存在が居た?

 しかも、自分達伝承者にも気づかずに……。それは、自ずと己や彼と同じ力量を持つ者だろうとボーモンは知る。

 「奴等の本心を知るのは後で構わん。……俺は、その視線の正体を暴きたい」

 「解った……手を貸すとも」

 決意を滲んだ表情で、コーエンとボーモンは歩く。

 この故郷……己達の住処を守る。堅き守護の決意を秘めた夜梟と黒烏は建物の影を飛び去ると、不審なる者の捜索に当たるのだった。




 ……。




 「……」

  
 コーエンとボーモンが去った際。ジャギ達がイザムをボロボロにした折に到着したサウザーも又
 落ち着かなく周囲に視線を巡らしてた。その視線は鋭く、迂闊に声を掛けられぬ緊張感が滲んでいた。

 「何だよ、そんな怖い顔してよサウザー」

 「……ん」

 (消えた……か。だが今の殺気……もっと嫌な事が起こりそうだな)

 セグロに声を掛けられて、彼は納得いかぬ表情見せながら彼らに何でも無いと告げて普段の調子を演じる。

 だが、サウザーの勘も正しい。

 この時、既に彼等南斗に対する復讐の申し子は既に彼らの近くに居たのだから。

 



 ……。



 今まで、曲芸していたイザムが横切った際も手元から紙吹雪を生み出したりなどして金銭を貰っていた男。

 その男は、集合した鳥影山の者達が去る時もずっと手品を続けていた。誰も見ていない間にもずっとである。

 一度だけ、その曲芸をする男にユダや、その他にも勘が良い数人が一瞥したが、それだけだった。

 ……彼等は過ぎ去る。居なくなった数分間もずっとその人物は曲芸を続けていた。

 そして、不意に彼の手品は終わりを迎える。

 「……アレが、南斗六聖」

 パタリと、男の手からは何も生み出されず、ダラリと腕は落とされる。

 誰も通り過ぎない事は幸運だった。何故ならば、今のその男の目には爛々と黒い火が点され、罪なき者達を傷つける
 危うい気配で滲んでいたのだから。ククク……と、男は顎が喉に密着する程に頭を下げ笑う。

 ククク……クククク!!

 「……父上、どうやら思った以上直ぐに……」

 バサリ……! そのボロボロの衣服は脱ぎ去り、今まで男の顔を覆っていた汚らしい衣装は消え去る。

 彼が諭されてきた復讐の者達。

 それが……目と鼻の先に出現した。己の最も近しい傍に!

 復讐……復讐。

 今にも生命尽きかける父への手向けの花としては……南斗の首は最も相応しいと、彼は思う。

 アンナ達の訪れ……それは追放されし南斗の星にも影響与える。

 「貴方の夢は……叶いそうですよ」

 金髪白皙の……白鷲拳の伝承者ダルダの牙は開かれた。










 

             後書き



 
   余り、この話に時間食う訳にもいかないから、ちょっと省きつつ完了させようと思う。

   某友人はめでたい事に、百人目のプロポーズをして撃退しました。

   全裸になって外出しようとしましたが、何とか殴って彼が犯罪者になる事は防げました。



   



[29120] 【流星編】第十四話『放浪する鳥と 赤い世界を見る村』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:9b58f523
Date: 2012/04/26 21:31








 





 





 

 運命の風は 違える事なく吹きすさびく

 ただ一つも情はなく 絶対的な法則を以て

 運命の風は 変わる事なく吹きすさびく

 人々の狂いも嘆きも知らず ただじっと

 その終末の結末に向けて風は吹き続ける

 その風に流されていった鳥達の羽は

 一体如何なる想いを 

 その中に秘めて 舞い続けたのだろう

 それすらも 無情なる変わる事なき運命




 ・


       
       ・

   
   ・



     ・


 ・



    ・



        ・


 ……彼は歩いていた。

 羊のように無害そうな顔つきをした男性。歳は二十代だろうが、その少しばかり弱々しく見える顔つきが彼を若く見せた。

 「……なぁ、いい加減何処かで休もうぜ? 俺、足がクタクタでさぁ」

 「別に、君は付いてこなければ付いて来なくて良いんだよ?」

 「巫山戯た事抜かすなっ。あんた見たいに俺は強くもねぇんだ! へ、へへ……嫌だっつっても付いてくぜ……っ」

 旅に適した服装の若者と、それに少し軽装でやつれた顔つきをした男が付いていく。

 旅人にとって、その男は雨宿りの場所で偶然遭遇した他人でしかない。

 男は薬中であり、この世紀末を生きるには余りに力のない男。平和な頃から己も自覚する弱小なる者であり
 強者に媚び、そして今まで誰かしらに頭を下げて生きて、その発散の為に麻薬に手を出してきた落伍者である。

 そんな彼にとって、ビレニイプリズンと呼ばれる最恐の刑務所から脱走した犯罪者の一団を一撃で倒した人物。

 目の前を無言で汗一つかかず無言で歩く旅人。その旅人に付いていけば自分の安全は確保され、そして生き延びれると踏んでいた。

 「……な、なぁ、あんた。イスカさんよぉ」

 「イスカで良いよ」

 薬中の男にとって、沈黙しながら歩くのは精神的に苦痛でしか無かったのだろう。だからこそ声を掛ける。

 旅人……イスカは気分を害した様子なく。ただ黙って前方を歩きながら男へと無関心に言葉を返す。

 それでも男にとっては、それで良かった。唇を舐めつつ旅人へと問いかける。

 「あ、あんたって何処かで拳法でも学んでたのか? そうじゃなきゃ、奴等を倒せた説明がつかねぇ」

 泰山とか、華山とかの拳法家か? と、男は質問を投げかける。

 イスカにとって、男がそのような拳法を知ってる事は多少意外に思い、それは顔に出たが直ぐに引っ込めて無表情へと至る。

 推測だが、非力な男にとって拳法は自分を守る術として憧れだったのだろう。ゆえに、その知識には貧欲だったとイスカは考える。

 そして、この男に自分の拳法の正体を明かせば、興奮する予想も打ち立てていたが、彼は素直に答える事にした。

 「……南斗聖拳だよ」

 「南斗!? は……はは、そりゃつえぇ訳だっ」

 薬中の男は、聞いた瞬間に目を見開き空笑いを立てる。

 「南斗聖拳とはなぁ!! アレだろ!? 手で大木を切断したり、鉄の壁を貫いたりする、あの南斗聖拳だろ!?」

 「……あぁ」

 「どうりでなぁ! ハハハハッ!! お、俺にも運が向いてきたって事だ!」

 男は、天が味方したと思った。彼も、この混沌した世情で南斗の軍勢の盛況は耳にしてたし、昔も南斗聖拳の使い手と
 言うのは泰山や華山を凌ぐ拳法だと聞き齧っていたからだ。彼にとって、その類の拳法家は、正に憧れであり嫉妬の集体だった。

 だからこそ、男は哂う。良い盾が出来た……と。

 そんな男の心情を旅人は知ってか知らずが尚も歩く。彼にとっては男の目的や、自分を利用しようと考えている事など無頓着なのだ。

 それは、別に自身の生命の軽視でなく。彼にとってソレ以上の目的があると言だけである。

 「……あ、な、なぁあんた南斗の拳士なんだろう? それじゃあ何処かの国の隊長さんとかじゃねぇのか?」

 男は、一つの考えに至った。もし、目の前の旅人が南斗の国の隊長格だったら、取り入って自分の保身を固めたかったからだ。

 だが、旅人は苦笑いし、男の期待する回答は見出さなかった。

 「……僕は、南斗の軍の傘下に入らなかったんだ」

 「は、はぁ!? そりゃ何でだよっ? あんた見たいに強い奴なら、直ぐに入れるだろ? それとも厄介事でも起こしたのか?」

 男にとって、イスカの言葉は前代未聞と言って良かった。

 この目で見た彼の一瞬の虚失と同時にモヒカン達を大地へ伏した神業。ソレ程の技術を持つ旅人ならば南斗の軍に
 取り入れられただろうと予想したからだ。だから、その旅人の無害そうな顔と違い、裏では追放される程の事を仕出かしたのかと
 言う疑心も薬中の男には浮かび上がっていた。男の疑惑の視線が注がれる中で、旅人は少しだけ顔を俯かせ呟く。

 「……軍に入るよりも、大事な使命が僕には有るんだ」

 「? そ、それがあんたの捜し人ってのに繋がるのか?」

 「まぁね」

 イスカは、そこで言葉を切った。それ以上赤の他人に話すには余りに深い事情だったのかも知れぬし、建物が見えたからかも知れない。

 「おっ、む、村か。へ、へへ……の、喉がカラカラだったから助かったぜ」

 薬中の男は、イスカと共に半日は歩き続け既に渇きに苦しんでいた。その場所は、世紀末の影響か乾燥しきっていた。

 「……水があれば良いけど」

 イスカにとって、この天候下で水があるかは不安だった。何せ、全く水の無い場所は珍しくもない。

 通り雨が偶然降る場所も有るが、そう言う場合に限って酸性で飲めたようなもんじゃなかったりする。

 村を悪党達から開放した時に礼として水は貰ったが、それも心許ない数量の波立つ音がイスカの腰から聞こえた。
 

 「へっ、よ、止せよ、おい。い、今の俺は気が立ってんだからな。……水……薬」

 男は、フラフラと村へと入って行った。その様子にイスカは溜息を吐きつつも見捨てる事は忍びないと付いていく。

 それに、この場所に……あの人は居るかも知れない。

 彼の憂いが、例え毒虫だらけの巣窟であろうと万に一つの可能性あれば入らせる理由となるのだった。



 ・



       ・


   ・



     ・



 ・


 
    ・




        ・


 

 寂れた場所だった。辺りには風の音以外に音はなく。誰も歩いていない。廃村と言われたら信じそうな程の静けさが漂う。

 辺りには一応均等に並べられた建物、奥の方には教会と思しき建物が少々目立ち建てられていた。

 「……だ、誰も居ないのか?」

 「いや……人の気配はするんだけどね」

 「解るのかよ? ……へっ、あ、あんた、やっぱりすげぇな」

 嫉妬混じりの賞賛をしつつ、薬中の男は一先ず喉を癒す為にと村の家々を叩く。

 イスカは、危険人物が住んでたらどうするつもりなのかと少々呆れつつも、その時は自分を頼るのだろうなぁとも片隅で思った。

 何より、それよりも彼には気に掛かる感覚が過ぎっている。

 村に脚を踏み入れた瞬間、イスカの感じたのは直感的なざわめきだった。

 何か嫌な予感。そんな虫の知らせに似た感覚。

 イスカは、少々強く目を閉じる。南斗拳士として、今まで鍛えてきた六感が外れた事は少ない。

 特に、こう言った悪い予感と言った感覚にしては……。

 「おい、何ぼうっとしてんだよ?」

 「……いや」

 男は、家々を叩いても誰も出ないと知ると井戸を探す方へと専念した。

 イスカは安心する。家屋を男が叩いた時、胸の内に蔓延る警報が少しだけ強まった気がしたからだ。

 未だ、何も起きていない。……だが、少し危険な気配もする。

 呑気に薬中の男は前を歩く。イスカは、用心深く警戒を周囲は無人ではあるものの強めて徒歩を再開した。

 辺りは静かだった。不気味な程に、静けさが漂っていると言って良い。

 「全員、い、家の中に居るのか? へ、ま、まぁ良いか。とりあえず水だ、水」

 井戸はねぇのかよ。と、薬中の男は舌を出しつつ井戸を探す。イスカだけは、彼の背後を歩きつつ周囲に視線を這わす。

 (……やっぱりだ。誰かの視線を感じる……しかも、どことなく嫌な感じのする視線を)

 古びれた建物ばかり、その扉は無情に閉じられたものばかり。

 ノックをしても反応はしない。だが、それでも人の気配は屋内から確かにイスカは感じた。

 ……窓は、閉じられている。だが、不気味な視線は閉じられた窓からする。

 「……誰か、居ないんですか?」

 そう、ドア越しや窓の方へ寄って問いかけるが、何も動きが見えない。

 可笑しい……イスカの焦燥が胸から膨れ上がるのを知らずに薬中男ははしゃいだ声を前方で出した。

 「シャハッ! おっ、おいイスカよ。い、井戸だぜ井戸!! へ、へへへ、何だこの村ってば、ちゃんと水があるじゃねぇかっ!」

 そう、男は少し先の方で嬉々として井戸を指した。

 イスカは彼の方へと歩み寄る。井戸は、村の家に囲まれるように中央に存在していた。

 「……飲めるのかい?」

 「未だ汲んでねぇから解らねぇよ。へへ、けど、桶を落としたけど良い水の音がしたぜ」

 チャプリって言う、かなり水のある音がな。と、男は歪んた笑みを向ける。

 綱を握り、男が桶を上げるのを視野の片隅に置きつつイスカは尚も辺りを見渡す。

 (……やはり変だ。何で誰も姿を現さない? だからと言って……殺気や敵意も見えない……こんなの初めてだ)

 モヒカンやら、そう言う類の輩が居るなら奇襲の為の気配が解る。

 昔も、そう言う奇襲予防の訓練をした事があるからこそのイスカの違和感。人の気配がするが、それは動きを見せない。

 イスカの本能は警報を鳴らす。……この村に居る事を拒絶する警報を。

 「ねぇ……水を補充したら、直ぐ去った方が良い」

 イスカは直感を信じ村から出る事を提案する。だが、それを聞く程に目の前で水を飲む事に執着する男は素直では無い。

 「はぁ? ば、馬鹿言うなよ。水が有るし、もう日が暮れそうなんだ。む、村の中だから暖かい布団もあるだろ」

 野宿なんて死んでも御免だぜ。そう我が儘を言う薬中男に、イスカは息を吐くのみだ。

 桶が上がった。水に手を伸ばす男を静かにイスカは制す。

 「? なっ、何だよ。俺が先に飲むんだからな」

 「毒見をした方が良い。放射能や、それ等の汚染物質が染み込んだ水なら数秒足らずで死ぬよ?」

 その言葉に、ヒッと男は恐怖の色を浮かべて桶から手を放した。

 これは事実。イスカは何度かの廃村の井戸で体験した出来事。……生き物が寄せ付けぬ死の水だ。

 慎重に、水の色を見てイスカは人差し指で触れる。痺れや、痛みが感じないのを知ると、少しだけ舌先で舐めた。

 「……ど、どうだ?」

 「……大丈夫、かな。少々、濁っていはいるけど」

 飲めぬ程では無い。その言葉を聞くと男は嬉々として桶から直接ゴクゴクと水を飲んだ。

 イスカは、そんな何日も独走した馬のようにがぶ飲みする男を苦笑いしつつも、自分の水筒に水を汲み、そして喉を癒した。

 一口、二口。ほぉっと少しだけ息を吐き、それで飲むのを止める。

 「な、何だあんた。もっと飲めば良いのに」

 「余り水を飲み過ぎると、急激に動く時に疲弊するんだよ。拳士として、それは死ぬ事に繋がりかねないからね」

 「そ、そうか……」

 冷静な顔で、『死』と言う事を述べるイスカに男は少しだけ窮した様子を見せた。

 そうだ、此処は世紀末。

 一瞬の注意を見逃せば……誰かに襲われ死ぬ可能性ある場所。

 少しだけ一息つきつつも、イスカは自分で言葉にして現在の状況が一層現実感を帯びた感じがした。

 そんな、少しばかり居心地悪くなった空気をぼかすようにイスカは告げる。

 一日だけなら、仕方がないが夜の歩行は危険を伴う。イスカは本能に逆らい彼の提案を呑む事にした。

 「……とりあえず、君の言う通り宿を取る事にするよ」

 「そ、それが良いぜ! ま、まぁ俺達は余所者だし歓迎されねぇだろうが……幸い食料も三日分はあるしな!」

 前回の悪党を成敗(とは言うもの薬中男は何もしてないが)した時の報酬の食料を見せる薬中男。
 
 食料を渡せば、この村の住人も一晩は過ごさせてくれるだろう。そう自分の考えを告げる男の声を聞きながら、イスカは
 依然と辺りに存在する視線が強まりも弱まりもせず自分達に対して注がれているのを感じ、未だ嫌な予感が拭えぬのを知っていた。

 (……やはり、何が嫌な予感がしてならない)

 「と、とりあえず誰がに会おうぜ。未だ、誰にも会って……な」






                                  ……ドサッ






 「……え?」

 イスカは、呆気にとられた。

 今まで平然と喋っていた男。それが尻すぼみに声が小さくなったと思った瞬間地面に横になっていたからだ。

 敵襲を受けた様子や病気の兆候も無かった。……なら何故?

 緊張感が高まるのを感じつつ、イスカは男の脈に手を当てる。

 「寝てる……だ、け?」

 男は、眠っていた。

 いや、だが普通の眠りでない。明らかに、催眠薬やらでの眠りである事が明らか。

 「!!? まさ、か……」

 ここに来て、イスカは悟る。己の過ちと、そして迂闊なる行動を。

 身体に起きる静かな抗えぬ重圧、それと同時に脳の思考が低下する感じ。

 嘔吐するにも遅すぎる……そうだ、あの井戸に混入してたのだ。

 すい……みん薬が。

 (だけど……一体……な……ぜ)

 敵意は感じない。だから寝込みを襲う強盗目的には不自然。

 ならば何故? どのような目的で自分達を眠らせる?

 イスカの膝が地面へとつく。視界が暗転しようと瞼が彼の意思に逆らい下がっていく。

 そして、彼の意識が次に覚めるまでの暗転の間際にイスカは見た。

 自分と、薬中男達の周囲を囲む……多くの汚れた人々の足をだ。





 

 ・



       ・

   ・



      ・


 ・



    ・



        ・



 「なぁ、イスカ」

 昔、昔の事。自分が鳥影山で修行していた事。

 僕の親友。一人は明けっぴろげに前を向き、世界の果ては光だと信じて疑わなかった人物。

 もう一人は、何処となく世界を斜めに見ていて、それでも尚最初の親友と共に前へと道を歩んでいた人物。

 そんな内の一人、何時も悪戯な笑顔を浮かべていた彼が聞いてきた時の言葉。

 「平和ってさ、何を以て平和って言うんだろうな? ほらっ、この前オウガイ様が『南斗の者達は平和の為に……』って
 皆に言ってたじゃん。俺、最後の方つまらねぇから半分眠ってたんだけどさ、ちょいとピンッとこなくて」

 南斗を束ねる指導者であるオウガイ様。若き伝承者候補の子供達へと訪問しての言葉。

 その演説を眠りこけてたと堂々と言える彼に、少々変な感心しつつも僕は何時ものように煮え切らない言葉を返答した。

 「人……それぞれじゃない?」

 「そう言う在り来たりな言い回しじゃなくて! 俺はちゃんとした解答が欲しいの!」

 自分でも、時々嫌になる態度。肯定とも否定とも言えぬ回答。彼は少し憤る。

 この性格で馬鹿にされたと感じ仲を拗らす経験あるにも関わらず。自分は、その態度を今も続いている。

 そんな自己嫌悪が沸く中、彼は自分の感情に構わず続けて言った。

 「俺にとっての平和はさぁ! やっぱ可愛い女の子達が居て! お前等が居て! そんで俺の知る奴等がハッピーな事だな!」

 そう、笑いながら言い切れる彼が好感だった。

 世界は常に自分の中心を回っている。そう平然と言い切れる彼の裏表のない性格が好みだった。

 「おいおい、セグロよ。それが平和って、ちょいと単純過ぎねぇ」

 「それじゃあキタタキ、お主は何と答えるのか?」

 二人目の親友が口を挟む。斜視で、その瞳と同じく世界を少々斜めに見ていた彼。

 いや、彼は彼の視点で世界が残酷である事を未だ子供ながら知っていた。だからこそ平然と現実的な事を述べれた。

 「真の平和なんてねぇだろ。人間ってのは永続的に幸福感ってのを味わえない生き物だからな。だからこそ時に攻撃的に
 なったりして欲求不満を解消それイコール戦争に繋がる。利益、肉欲、不満解消、そう言う部分を人間が捨てる事は
 不可能ゆえに争いは無くならない。つまり世界平和ってのは夢の又夢って訳だ」

 「うわっ! 夢のねぇ台詞!!」

 彼と彼は、対極的たけど仲が良かった。一歩離れた場所から見て、性格は真逆だけど、それでも彼等は最終的
には自分達の意見を合致していた。

 「でも……僕は今は平和だから、ずっと続いて欲しいな」

 ぽつりと、僕は彼等が騒ぐのを尻目に呟いた。

 それを聞き逃さず、口論を止めて彼等は僕を見る。

 注目されるのは慣れない。僕の緊張を知らずに彼等は怏々に頷いて言っていた。

 「まぁ、それは間違いねぇ! 今の俺達の生活は最高に平和ってのはな!!」

 此処で生活してると、綺麗な人の出会いには不自由しねぇし! っと彼は意識してかの下品な笑い声を上げる。

 色事に正直な性格は少々羨ましかった。彼は、粘着的な邪な感情とは疎遠だった。

 「……まっ、否定はしねぇけど」

 今の所、此処じゃあ退屈しねぇし。そう、素知らぬ顔で彼も呟く。それは彼を知る者からすれば概ね満足との回答。

 最初は、どことなく僕と僕に親友になろうと言った彼も警戒していた彼。そんな彼も少しの時間で明け透けなく付き合える関係になれた。

 純粋に嬉しかった。彼等と一緒に過ごせす日々が、そして……それが許された全てが。

 ……あの頃に戻れるならば、戻りたい。

 こんな、臆病で後退的な僕でも、存在を認めてもらえる世界だったから。

 「なぁに三人とも。修行サボってこんな場所で油売ってたのね……」

 「うげっ! ハマさん、ハマさんや。別に良いじゃん、男には! 絶対に逃げちゃいけねぇ付き合いってのがあるのよ!」

 「寝っ転がって話してんのが逃げちゃいけない付き合い? もっとマシな嘘を付け!」

 「ハマ、要望ですがセグロを攻撃するなら蹴りを主体としてくれ。そうすりゃ下着が見え」

 「あんたは、その口から漏れ出る煩悩を世界から抹消しろ!!」

 草むらを掻き分ける音と同時に、一人の少女が出て文句と共にセグロの言葉に反応して彼を軽く小突く。
 そしてキタタキの唐突な言葉を聞いて彼へと怒鳴る。突き出した蹴りは、間一髪の所で彼が飛び退いて避ける。

 何時もの出来事。彼と彼女のじゃれ合い。最初は止めるべきか困惑して、そしてキタタキに放置すれば良いと
 呆れた表情と声で諫められた時を思い出す。そして、段々慣れとは怖いもので彼と彼女のやり取りが楽しく思えた。

 「イスカ、あんた二人と違ってまともなんだがら注意しなさいよ。馬鹿が移るから」

 彼女は、何時も最後には僕にも注意を払い声を掛けてくれた。別に放っておいて構わないのに、放置せず誰であろうと
 真摯に向き合おうとする彼女の性格は、他の二人も同じであろうけど好感が持て……僕も好きだった。

 無論、友人として。

 性別に関係ない友人が……あの頃はあった。




 幸せだった。



 幸せすぎたんだ。


 余りに、こんな自分には過ぎた幸福。誰かに罰されても仕方がない程に恵まれていた。


 ……けれど。



 ……けれど、もし一つだけ願い叶うなら。






 ……僕は。






 

 ・




         ・


   ・



      ・


 ・




     ・



      
          ・




 「……はっ!!??」

 気づけば、イスカは後ろに手首を縛られ壁際へと置かれていた。

 一瞬、自分の状況が把握出来ず彼はぼんやりしつつ視界を眺め……そして周囲の光景に絶句する。

 「……何だ、これは」



 彼が見た光景。

 それは一言で言うならば、悪夢。









                   赤     赤    赤    赤     赤     赤    赤      赤




 壁、床、至る所が赤く塗られていた。

 最初、血か? とイスカは絶句し……その鼻を刺激する匂いが塗料だと判断して全部ペンキであると知れた。

 (一体……何が)

 「……我が同志達よ、約束の日が訪れた」

 イスカが、この異常なる状態に解答を推理しようとした時に、その広い一室から上る声が彼の意識を一点に絞る。

 人だ。老若男女様々な人達が、恐らく村に居る全員であろう多数の人々が居た。

 その格好も奇妙と言って良い。全員が、全員同じ衣装で身を包んでいた。

 それは……奇しくも十字星に似た赤い十字の紋章にイスカには見えた。

 「もはや……この世に希望は無い。思えば我らの生涯は試練の連続であった」

 厳かな、今にも折れそうなやせ細った老人に似た声が人々の壁の奥から聞こえる。

 何とか身体を起こしイスカは声の全貌を聞こうと集中する。その内容は決して彼にとって優しい内容で無いとは知れても。

 「貧困に困り、物乞いをした事もあった。田畑を必死に耕しても、日照、冷害、蝗害による飢饉よって全て無駄に帰した」

 「病に罹り、云われもない迫害を受け……底辺と蔑まれ続けながら、我々は生きてきた」

 「何故……何故と思いながら」

 低く皺枯れた声が紡がれる。イスカは、痛む体の節々を構わず必死で後ろに縛られた手首の縄を解こうと腕を揺らす。

 「……何故、生きてきたのか。それすらも解らぬままに生き続けてきた。そうだ……最後がこうと知れば
 生まれて来ない方が幸福だった。此処にいる我々の多くは、その無念を誰よりも理解している……」

 聞き捨てならない台詞。イスカは、何とか拘束を解くのを一旦止めて首を上げた。

 「……もう、何もかも終わりなのだ」

 其処には、絶望だけが存在していた。

 イスカは、この時になり初めて屋内に存在する人々の表情を見た。

 その顔には笑みも、悲しみも、苦しみも存在せず、只々部屋中を塗りたくった赤を瞳に反映させ立っていた。

 誰も……その目に生きようとする人間の光は存在してなかった。

 イスカは、その『人間』が存在し得ない空間の中で、酷く自分が場違いな感じと共に背筋に悪寒を走り抜けた。

 男の言葉は続く。

 「我々は……生まれた時から疎外され……神に、天に差別されてきた」

 見れば、その人間達は放射能か生まれ持った病気の所為か全員共通して顔、手足の目立つ部分に疾患が有る。

 その時になり、その人達からペンキの匂いに混じり灯油のような可燃性の高い刺激臭もイスカは感じた。

 「正常な人間から忌み嫌われ……誰からも好かれず生きてきた。我々は……何故生きてきた?」

 男は、自問自答するように彼だけの言葉しか無い空間に声を虚しく響かせる。

 その手元には、すぐにでも火を着火出来るチャッカマンが存在している。

 「惰性のままに、我々は絶望を押し隠し生きた。だが……この世界が我々の生きた道に対する答えだ」

 男は、悲痛を伴わせ言葉を紡ぐ。

 「世界は終わった! もう生きる術は無い!! 力なき者には死以外有り得ない!! そう……死だけが我々を受け入れてくれる」

 そう、病的な恍惚さを感じさせる声にイスカは今こそ悟った。

 この……集団は、この場所で死ぬのが目的なのだ……と。

 イスカは、認識したと同時に必死に立ち上がり半ば朦朧としつつも声をはっきり出す。

 「止めろ……!」

 バッ! と、イスカの声が響いたと同時に人々の群れはモーゼの海の如く割れて集団へ演説してた者を見出させた。

 赤いペンキを顔にも塗りたくった、血まみれのような顔つきの人間。それが演説してた人物の正体。

 男なのか、女なのかも赤いペンキの所為ではっきりしない。声も、その人物を把握させるには半ば壊れていた。

 解るのは、その瞳には人間的な暖かさは皆無な事位だ。

 「……あぁ、異邦人よ。何故此処へ来た」

 今から死のうとする者の先頭者は、嘆くように額へと震えながら手を当てて唇から声を漏らす。

 「お前達が来た所為で……決意固まった我々の意思に綻びが生じた。我々は、今まで何一つ満ち足りえなかった。
 せめて……せめて最後だけは安らかに眠ろうとする我々の意思を……何故お前は邪魔しようとする?」

 イスカには、男の境遇は知らない。

 だが、その中に秘めたる多くの達観と希望を見いだせぬ男の希望を捨てた感情だけは共感に似た感情は浮かび上がった。

 だからと言って、イスカは彼に賛同し今死ぬ事など願い下げである。

 「何で……死ぬんだ」

 イスカは、ふらつきつつも前に出て彼へと言い放つ。

 「貴方達が何故死のうとするかは知らない。それは、僕には不可能な程の辛い出来事による産物だろうから」

 頭を振り、自分の言いたい事を整然としつつイスカの説得は続く。

 「だが……それでも人は生きなくちゃならない。例え……こんな風に変わり果てた世界であろうと人間は……生きなきゃ」

 イスカは、これまでの人生を思い返して説得を試みる。

 確かに、今の大きく急変してしまった世界を生きるのは酷。明日を生きるには犠牲を支払わなければいけない時もある。

 それでも人ならば生きなくてはいけない。……それが人の義務だとイスカは生の素晴らしさを説く。

 ……それでも。

 「……夢や希望、目的も無い者達にとって、これ以上何をしろとお前は言うのだ」

 赤い人間は、イスカの言葉を切り捨てる。

 「お前の言葉には、希望が満ち溢れている。もし、耳を傾ければ確かにお前『には』満ち足りる日々があるだろう……然し」

 その赤い人は、イスカの前で手を広げながら宣言する。

 「……もう、何をしても手遅れだ。我々は……既に決めた」

 そう、赤い色で包まれた者は天へと仰ぐようにして再度紡ぐ。

 「……決めたのだ」

 着火装置を握る手元が、強まる。

 「っいけない! 死ななければ何とでも……」

 幸せになれる。そう言おうとしてイスカの言葉は止まる。

 ……確証あるか? 今の荒れ狂い、何時また災害や人々の恐慌と凶行によって多数の生命が失う世界で幸福なれると??

 自分でさえ半ば信じれぬ中で……死だけが最大の幸福だと信じきっている彼等にどうして言える?

 そうイスカは思考した。赤い人物は、彼の思考を読み取ったかのように僅かに微笑した。

 首を振り、男は怖いほど優しく言った。

 「……お願いだ。我々を……休ませてくれ」

 もう……疲れたのだ。

 赤い人物は、そう言い終えると手元のチャッカマンから火を点し……彼の身体に塗られた油を通じ炎は広がった。

 苦悶も、悲鳴もなく人間の体が一瞬にして炎に包まれる。

 その先頭者の周囲に居た人間達も、声なくして一瞬に炎へと巻き込まれ包まれる。

 イスカが飛び出す事も出来ぬまま、彼が呆然と見る中で多くの人間達が炎に巻き込まれ絶命した。

 「……何、で」

 



 
 これが……彼等にとっての……平和?





 「……そんなの……そんなの間違ってるっ……!」




 悲鳴混じりの声と共に、イスカは渾身の力で両手首の縄を力任せに解く。

 幸いにも、彼等はイスカを共に死なせる気は無かったのだろう。先程の抗いが嘘の如く皮肉にも一瞬で解けた。

 生きる意思あれば、簡単に解ける力の縄……。

 「……っ」

 無念と思う事なく、一瞬強く瞼を閉じてからイスカは辺りを見渡す。生存者が残ってないか探し。

 「……! おいっ! 起きろっ!!」

 そして、見つけた。同行していた薬中男が隅の方で転がっていたのを。

 慌てて近寄り頬を叩くも、自分より多量に睡眠薬の水を飲んだ所為か意識が戻るのが停滞している。

 いや、あの水は恐怖を最小限に抑えるもっと別の薬だったのかも知れない。そう、屋内が火に包まれている
 緊急事態にも関わらず何処か冷めている思考は、そう冷静に男の睡眠が続いている状態に解答を寄こす。

 頬を強めに叩いても起きない。歯を食いしばりイスカは男を背負う事にした。

 「……! 出口は」

 入口は、見た所ただ一つ。他は火の海。

 その入口も、絶対に生還しようとする意思が無い固い意思を示すかのように常人では崩すのに多大な時間掛かる障壁が出来てる。

 鎖、板でクギ付けになった扉を見てイスカは分厚い壁も凝視しつつ残る手立てを必死に考える。

 ……死ぬのか?

 ……本当に此処で死ぬ? 確かに死ねば、もう今の世界に絶望せず残るは痛みのに世界は間違いないだろう。

 だけど……。








                                 ……イスカ






 「……死ねないっ」

 一つの声。親友達とは、また違う声が彼の意思に絶望を侵す事なく目に生命の灯火を更に激しくさせて力を湧き上がる。

 「死ねないんだ……!」





 会うまでは……死ぬ訳にはいかない!!




 そう、彼は意思を固めると昏睡状態の男を一度地面に下ろし、酸素が欠乏状態へと化している中で意識を集中させる。

 恐らく、放てるのは一発のみ。

 イスカは、全身全霊に力を込めて、部屋中に火が包み込まれる寸前の中で火傷しそうな熱を意識外に置き、扉だけに集中した。

 「……南斗、交喙拳、奥義」








                                 「       」







 炎が、更に激しさを増して天井を崩壊させる音をイスカの声と同時に鳴り響く。

 崩落する、世界に別れを告げた赤い人々の居た村の教会。それが火の赤で焼け崩れる瞬間、イスカは木っ端微塵に
 鋭利な何かで散開した扉から、少しだけ体に焦げ目をつけつつ薬中男を背負い脱出した。

 乾燥しきった空気は、更に炎を肥大化させて残る建物にも伝わり炎の海が広がる。

 星もない真っ暗な闇にも明らかな程の火の赤は、遠くの方で立つイスカと起きた薬中男の視界の中で夜ですら輝いていた。

 「……じ、自殺志願者達の村だったとはな。あ、有難うよ……と、とりあえず礼は言っとくぜ……」

 だが、結局今日も野宿かよ。と、薬中男は疲弊した様子で首を振りつつ地面に体を倒す。

 イスカは、それを尻目に座れる岩へと腰掛けながら現世に離別を告げた、あの赤い集団の終末を提示する人間を思い返していた。

 『死だけが我々を受け入れてくれる……死だけが』

 『神に、天に差別されてきた……生まれて来ない方が幸せだった』

 「……そんな事は、無い筈だ」

 もはや、聞く事は無い赤き終末論者の最後の言葉を思い出しながらイスカは虚空へと言葉を返す。

 確かに、この世界は彼の言う通り絶望しか無いかも知れない。

 それでも……己の知る希望だけは未だ残っている。イスカは、少なくてもその希望が未だ存在すると信じていた。

 彼は、荷物の中から一つの何かを取り出して握り締める。それが一つの生命のように、厳かに慎重に両手で包み。








                             ……それは、一つの押し花。










              
                後書き



    
    まぁ、絶対存在していたであろう世紀末始まって集団自殺を決行しようとした村の描写。

    ブラッディークロスの内容に関しては特に意図は有りません。ただ、他の人から見れば南斗の紋章も
 独自の解釈を持っていたであろうと考えてもらう為に執筆しました。神社の卍が、他国だとナチスの紋章と勘違いされるように。

 


    未だ未だズッコケ三人組に似た彼等を中心に物語は進みますが、投げ出さず読了お願いします。






[29120] 【貪狼編】第十四話『桜 桜舞う 仄かな疼きと酔い(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/04/30 23:54





  
 木々に映える桃色のハート模様の形の華

 人を時に狂わせ、時に人の心を酔わせる

 運命の風が吹きて 桜は散りて空を舞う

 人の行く末も まるで知らぬように艶やかに



 



 絶世の美女を見ようがせんとする為に、男子が金を払って遠き場所へ赴くが如く、桜には似た魔力があるのかも知れぬ。

 老若男女問わず、桜へと赴く訪問客たち。草むらにシートを引き誰彼なしに酒や料理を肴に桜を見る。

 その一角に、少しばかり異様な集団が一つの桜山に有った。

 『……』

 一人は、金色のオールバックの青年。その青年は若くして王のような風格を備えている。

 もう一人は、艷やかな黒髪が少しばかり烏を思い起こす。同じく彼もまた一国を収めうる器を秘める人物だ。

 この二人、世紀末にはどちらも一国を収めた人物達。そしてどちらも南斗聖拳使い。

 だが……最初は友好的に接しようと、金髪の青年サウザーも試みていたのだが、今は険悪な雰囲気が二人を包み込み
 周囲にいる彼等の仲間、友人は離れた場所で食事や酒に手をつけつつ素知らぬ顔しつつ横目で見守っている。

 「……どうしてこうなっちまったんだ」

 そう、ぼやくのはジャギ。何が起こったのか?

 


 ……数分前。

 彼等、南斗六聖の内五人と物語の中心を動くジャギ一行は南斗黒烏拳の伝承者コーエンと出会う場所に辿り着いた。

 シートを引き、コーエン達を待っていた彼等。最初は歓迎ムードで行こうと思ったのだ。

 そして、数分程してからコーエンと見受けられる人物が来た。ここまでは良い……良かったのだ。

 「……南斗鳳凰拳のサウザー殿か? お会いできて光栄だ」

 そう、コーエンが切り出しサウザーと話し合う場。ジャギは、彼等と友好を深めれば世紀末に強い味方が増えると考え
 最初コーエンが歓迎する雰囲気だったのを見て好感触だと考えていた……だが、ジャギの楽観は呆気なく終わった。
 
 「……何者だ貴様」

 サウザーが、最初は和やかな雰囲気を見せていたが、次第に険悪な雰囲気へと形作ると尋問する雰囲気になったのだ。

 「? え? え?? さ、サウザーどうしたんだよ」

 ジャギは困惑気味に尋ねる。行き成りの彼の変化、だが次の聞こえた言葉にジャギは目を見張った。

 「……成程、確かに本物の鳳凰拳伝承者らしいな」

 そう、目の前の『コーエンだった』と思っていた人物の背後の方にあった大樹の影から声が聞こえた。

 黒い艷を秘めた、黒烏を思わせる鋭利な光を宿した青年……本物の黒烏拳伝承者。

 男は『もう良いぞ』と、サウザーと対話していたコーエン……いや、『コーエンの影武者』へと命じつつ
 サウザーを睨むように強い視線を向けながら桜の大樹から出現したのだ。それと同時に、何数かの烏が飛び立った。

 サウザーは、彼の視線を受けるように同じく強い視線を返し口を開く。

 「影武者とはな……それ程までに俺の来訪が気に入らぬか?」

 そう、挑発するような台詞。だが、サウザーの気持ちも解らないでも無い。何せ彼は監視される、束縛される事は
 前のムギンの事で心的外傷(トラウマ)まで無くも好まぬ所存なのだ。コーエンのやり方に不満を抱くのも無理はない。

 だが、改めて出現したコーエンと言えば、何を馬鹿なと言う表情でサウザーへと返答する。

 「行き成りの六聖が来ると言う書状を渡されても、真偽が解らぬ状態でノコノコと姿を見せる馬鹿が何処にいる?」

 そう言いながら、他の者達にも穏やかでない視線を向けながら言葉は続く。

 「確かに今の所、お前が鳳凰拳の使い手である事は間違いない。だが……南斗の王だからと言って我らは
 お前に傅くと考えてるなら大間違いだ。……此処は我らの故郷……我らの住処での行動は我々が決める」

 そう、コーエンはサウザーへと宣言する。この彼らの故郷で、真意を曝け出さぬ限り好き勝手はさせない……と。

 サウザーは、一瞬目を顰めるも何も言わぬ。彼の言う事にも一理あるからだ。

 然しながら、それで彼の監視と今の影武者を使っての試しを彼は瞬時に許容する程に未だ大人びていない。

 どちらも僅かに闘気を秘めて、相手との空気に静電気に似た反発が幻聴と共に周囲には聞こえた。

 そして暫し互いに睨み合うように視線を交差してから……こう切り出す。

 「……ならば、とにかく花見をするか」

 「あぁ……話はそれで付けよう」

 ……重苦しい雰囲気を維持したまま、花見は開始されたのだ。




 …………。
 

 「……はぁ」

 「目の前で辛気臭い顔するなっ。飯が不味くなる!」

 ジャギは、最近になって一日一回は吐いているように思う溜息をつきシンは苛立ち一喝する。

 「でもよぉ、アレ見ろよ、アレ。最悪、花見が修羅場になるぞ」

 ジャギは、険悪なムードを引き摺りつつ酒を片手に何やら南斗関連の重い話題で議論してる未来の王二人を指す。

 今の南斗の国家との政治的な関係とか、そして最近のサウザーが行なっている活動についてとか
 追放されし南斗の拳法家についての処遇とか……ジャギは聞いただけでちんぷんかんぷんな内容が多い手出し出来ぬ内容。

 もっと南斗の事柄の歴史とかについてダンゼン様とかに聞けば良かった……ジャギは遅く後悔をする。

 『殉星』を抱く孤鷲拳の彼、シンは片手をヒラヒラさせつつ返事する。

 「そこまで発展はせんよ。周囲には俺達以外にも観光客が居るんだ。分別は二人ともついてるさ」

 お前は心配症なんだよ、と。シンは軽く食事に舌鼓を打ちつつ軽く唸る。

 「ふむ、いけるな……。あのラウールとか言う奴と会えたのは幸運だった」

 「あぁ、そりゃ俺も同感」

 ラウール……外伝では既に故人だった人物に出会い、少々驚きあったもののジャギは差し障り無い程度の挨拶ですまし会話はした。

 特に何かコレといった印象も無い。最初のシンの勘違い以外では会話も平凡たるものだった。

 『ふ~ん……お前の弟に、そんなに似てるのか。今度会っては見たいもんだな』

 ラウールは、そんな事を言いつつジャギとシンに少々街の事について説明し、そして買い物帰りだったのか荷物を抱えていた。

 (そういや、ラウールの親父さんのイザク? だったか。地下農園を世紀末で営んでいたって言うなら農家か?)

 頭に過ぎる情報と、それによって起きる下心。

 会話して、両親の事につて軽く触れれば正しく農家。それによるジャギの次の行動。

 「ラウール。その荷物半分持つぜ」

 「はっ? ジャギ?」

 シンの不審な声を上げつつも、ラウールは助かると言って彼らに荷物の半分程を預けた。

 何で俺が……と、付き合わされるシンはブツブツ呟いてたが、辿りついた彼の家につければ予想通り野菜畑。

 ジャギは、シメたと感じた。家の方を指すラウールへ何でも無いように告げる。

 「そういや、俺達ちょいと花見の為に来ててよ。それでちょいと食事の為の材料が不足しててな……」

 「あっ、なら俺の家の野菜持ってってくれよ。荷物の礼さ」

 そう言って、ジャギの計画とも言えぬ計画は成功して抱えてた荷物と同じ量の野菜をゲットしたと言う訳だ。

 因みに、その時に彼の両親のイザクとハンナにも出会ったが、別段自己紹介した以外に何も起こりはしなかったと綴っておく。

 「……本当に瓜二つだったな。世界には同じ顔の奴が三人いると言うが、本当だったんだな……」

 「まっ、あそこまで似てる奴なんて滅多にいねぇけどな」

 漫画と外伝知らなかったら、俺だって仰天してたよと心の中で付け加えつつ。横目でサウザーとコーエンの争いを見つつ胃を痛めつつ
 もう一方の横目でジャギは微笑みながらアンナと、その妻であるティフーヌが一緒に談話しているのを目にしていた。

 「何時の間に、あんな仲良くなったんだ……?」

 「まっ、女の付き合いは男と違って複雑なようだからな」

 首を傾げるジャギに、そう声が降りかかる。……シンでは無い、彼は今ラウール自家製のアスパラを口に運んでる最中だ。

 「って……行き成り割って来るなよレイ」

 突如、飲み物片手にレイが座り込む。ジャギは文句を唱え、そして彼の違和感に気付く。

 仄かに漂う、良くリーダーの店でも馴染み深い香り……。

 「……おめぇ、もしかして酔ってる?」

 「酔う? いや、そんな事ないぞぉ、俺は。先程、カレンに何やら苦いのを飲まされたが酔ってなどぉ……」

 ろれつが少々回らぬ事と、レイの紡いだ内容。

 「おい! 何やってんだカレン!!?」

 どう考えても酒を無理やり飲まされたのを理解して、ジャギは向こう側に居るカレンへ向けて怒鳴った。

 その声に反応し、カレンは振り向きジャギを見るが……。

 「ひゃい? わたしぃ何もしてませんよぃ?」

 「……おめぇもか!!」

 どうやら、カレンも酔っ払っていた。と言うか、周りの南斗拳士の中で酒を持ち込んだ馬鹿が恐らく居たのだろう。

 可愛い妹弟子に断る事も出来ずレイは観念して飲んだと言う所か。シンと一緒に顔を見合わせ溜息を吐く。

 見れば、ジャギの知り合いの何人かは馬鹿笑いと共にどんちゃん騒ぎに突入してた。

 アンナの兄も既視感が募る中、酔っ払ったシドリに首を絞められ魂が半分口から漏れ出るのが見受けられている。

 「……羽目を外しすぎだろ」

 シンは呆れる。レイは少々船を揺らしつつも他の人間よりは理性が働いているのか歯を食いしばり目を瞑りつつ水を含んでる。

 「……大丈夫か?」

 「あぁ……だが、酒気が抜けるまでそっとさせてくれ……吐きそうなんでな」

 ジャギの言葉に、彼は弱々しく応えた。まぁ、未だ十五程度で酒を無理やり一気飲みされたのたから仕方がない。

 「……俺がレイを見ておく。お前は、アンナの所へでも行ってやれ」

 シンは、レイの背中を撫でつつジャギへそう言った。苦労人の彼は、こう言う所でも空気を読めるのが有難い。

 「良いのか?」

 「別に他の奴等から誘われるだろうからな『シンっ! レイ! こっちで飲めよぉ!!』……な?」

 良いから行け。と有難い言葉と共にジャギは追いやられる。感謝しつつジャギは其の場を離れアンナの元へ向かった。






 ……桜の花は舞う。

 「でね……シュウってば、その時に私は構わないのに一本だけの傘を差して。『自分は濡れるのは構わない』……って」

 「ハハ……止してくれ、随分前の話だ」

 (き……きつい!)

 日中、彼女はシュウの妻とは随分と心開いたと思っていた。だが、それでも彼女の惚気話は正直言って胸焼けを覚える。

 「あ、ちょ、ちょっと御免ねティフヌにシュウ先生! ほっ、ほらカレンったら酔っ払ってるから見てこないとっ!」

 「む? おっと、アレは困ったな……それじゃあ頼んだぞ」

 幸い、彼女は適当に新婚の二人から離れられる口実を見つけ場所を離れる。 

 視界は見えずとも、カレンの明るい笑い声は良く耳に残る。その方向へと歩み寄ると自分に気付いた声がした。

 「あれぇ~アンナ姉様が二人に見えますよぉ~??」

 「酔っ払いすぎだよ、カレン」

 嗅覚に強く来る酒の匂い。それと同時に心地よい体温。

 「アンナ姉様ぁ~。私、アンナ姉様を守れる位に強くなれるように頑張りますからねぇ~」

 「……ふふっ。有難う」

 時々、カレンは不意に人を嬉しくなる言葉を与えるから曲者だ。彼女は暫しレイや彼女の兄についての事やら
 アンナに色々言ってから軽い寝息が聞こえた。手の掛かる妹だと、アンナは彼女の頭を優しく撫でててから立ち上がる。

 「……おい、アンナ」

 「うん、何? ユダ」

 振り返れば……と言う言葉も可笑しいが、顔を向けた先に聞こえる尊大な感じの声。

 手首に突如訪れる掴まれた感触。少しきつめのソレは、絶対に話さぬ彼の強い意思を彼女に感じさせた。

 「こっちへ来て、酌をしろ」

 「……酔ってる?」

 「はっ、馬鹿を言うな」

 この俺が、人前で酔う事などあるか。そう、小馬鹿にした口調は何時もの彼だと不思議とアンナは納得と安心を覚えた。

 「ユダ様、お酌なら別に私がしますが『うっさいぞブス』解りました」

 一瞬、最近になって彼の秘書になったと言う人物の声が出て、ユダが間髪入れずに命令する声が聞こえた。

 そのやり取りが、何故か自然に感じアンナは笑って良いやら何やら困るが、ユダの次の声に彼女は顔を元に戻す。

 「……アンナ、お前の目が見えなくなったのは本当に悪魔とやらが原因なのか?」

 心配と気遣いが詰まっている声。目が見えなくなると、相手の感情が見えた頃より理解出来るとシュウの言ってた事が解る。

 「うん、そうだよ」

 「……そうか」

 ユダは、そう呟いてから黙ったままだった。

 アンナは、見えぬけれどもユダの存在が萎んでいくような、何やら不安定な気配を知った。

 「大丈夫? ユダ……」

 「っ……あぁ、問題は無い」

 そう言って、又暫くしてから彼は考え込むように黙っていた。アンナは、ユダの言葉を待つ事にした。

 「……アンナ」
 
 そして、何かを決意するようなユダの声が聞こえた。アンナは少し身構えつつユダの続きを待つ。

 「俺は……『おいっ! ユダ何してんだ』……」

 不意の、自分にとって馴染み深いなんてもんじゃない程に聞き覚えのある声。そして際どく苛立ちを含む気配への変化。

 ジャギは、ユダがアンナが一緒にいるのを見ての近づいての声。それは全くもってユダにとっては最悪のタイミング。

 ヒクヒクと、ユダは口元を引きつつ立ち上がる。その眼光には今までの不機嫌さが十二分に秘められていた。

 「……貴様、ジャギ。どれだけ俺の事を邪魔すれば気が済むんだ……?」

 「あぁん? てめぇこそ、何コソコソとアンナに話しかけてんだ……?」
 
 高まる闘気、そして怒気。

 (……はぁ~。折角ユダが何か正直に言ってくれそうだったのに……ジャギってば!!)

 アンナはうんざりする。そして同時にジャギとユダの怒鳴り声。

 「……ねぇ、ユダの秘書さん。トイレってどっち?」

 「アンナ様から見て左手の方向です。ご案内しますが?」

 「いいの。シュウ先生の指導のお陰で、一人で歩けるから」

 そう言って、彼女は去った。ユダとジャギが口論でアンナを視界に入れぬ間に……。





 ・



       ・

   ・


     ・


 ・



    ・


  
        ・



 「ふぅ……綺麗な桜」

 サウザーとコーエンの話し合いは熱が入り、そしてジャギとユダの怒鳴り合いが有った頃。

 ヨハンナは、彼等とは少々離れた場所で桜を見ていた。

 「でも、兄様も酷いわねっ! 折角宴会だって言うのに、話し合いが無事終わるまでは来るな、何て!」

 そう頬を膨らませている顔は見てくれ可愛らしい。

 少々愚痴を言いつつ、彼女は適当に座り桜を見ていた。

 早く兄か、それとも彼女の知る者が来ないか考えていると視界に映る一人の女性。

 (? あら……あの人、目がもしかして……見えない?)

 看護師を目指す彼女は、病人と健常者の歩行の見分け方については多少心得ている。

 その女性の歩き方が少し他の人より異なるゆえに、少し気になり注視する。

 女性は暫し歩き、そして目の前の岩に気付く事なく歩いていた……このままだとぶつかるっ!

 「ちょ、ちょっと危ないですよ!」

 「え? ……あわっと!」

 女性は、ヨハンナの声に気づいて歩みを緩める。けれど膝程度の岩にぶつかった。

 普通の人なら当たっても何でもないが、盲目だと少しの出来事でも予想外ゆえに普通以上の衝撃に感じる。

 彼女……アンナも例外でなく、その岩に当たった事に驚き地面へと座り込んだ。

 「大丈夫?」

 「あってて……うん、有難う。やっぱ一人で見知らぬ場所を歩こうとなると未だ未だ修行が足りないな」

 そう、アンナは照れ笑いを浮かべる。ヨハンナはと言うと『修行』の言葉に引っかかり覚えつつも軽く怒って注意する。

 「あのね……看護師(見習い)として言っとくけど、こんな傾斜や遮蔽物が多い山地で、貴方見たいな人が一人で
 歩くなんて大変危険よ? 今日見たいに人は多くても、貴方に注意しない人だって居るんだから」

 そう、ヨハンナは彼女の身を案じて説教をした。アンナも、見ず知らずの人物だけど、その言葉が自分を真摯に労わって
 だと理解して軽く微笑んで頷く。見えなくなって解る、人情や優しさと言うのは心に染み入るものだ。

 「有難う。私、アンナって言うんだ。貴方は?」

 「私はヨハンナよ。アンナ、ね。貴方の同行者は何処?」

 ヨハンナは、彼女のような状態の人間を一人にしてる人物には説教が必要だと軽く気炎を出しつつ拳を握る。

 アンナは、彼女の考えている事が解り苦笑いしながら答える。

 「え~っと……あれ? 何処だったけ?」

 厠へ辿り付き、用を足したは良いが方向感覚が失せた。

 アンナは困りつつ笑う。ヨハンナは、そんな彼女に呆れつつ仕方がないとばかりに言った。

 「……一緒に探して上げるわよ。どう言う人と一緒に来たの?」
 
 「大勢だよ。サウザーに、ユダ、レイ、シュウ先生に……」

 そう、彼女は指折り数えて名前を上げる。そして、最後に彼女が言った名前に敏感に反応するのだった。

 「……そしてジャギと来たんだ。コーエンとボーモンって人に会いに」

 「え? ……それって」

 彼女は、その言葉に返答しようとして。その時アンナと共に探し人の為に向かっていた歩行を止まる。

 「? どうしたの」

 「いえ……桜が、上に舞っている」

 アンナには見えず、ヨハンナだけに見えた不思議な幻想。

 それは、桜が舞っている光景。然も、それは下へと桜が降る光景でなく、桜が上へと舞い上がっていると言う神秘的な内容。

 ヨハンナは、今起きている出来事に目を奪われる。そして、アンナは今まで特訓してた六感が、不意に警報を鳴りだしていた。

 「ねぇ……此処、早く去った方が」

 良い。そうアンナが告げる前に、ヨハンナは声を出す。

 「……あっ、人が出てきた」

 棒読みでの言葉。アンナは彼女の手を握る力を強めて前方を見る。

 見えなくても、彼女の視覚以外の感覚は人の正体を見抜こうと働く。桜の春の香りに混じって自分に迫る感覚。

 (……甘い、香り?)

 それは、何やら樹液や花の蜜に似た香りにも感じた。アンナの鼻へとくすぐる、脳が酔うような不可思議な香り。

 平衡感覚が麻痺するような中で、ヨハンナの声が頭の中で揺れる。

 「金色……金色の髪の人が居るわ」

 金髪……シン?

 アンナは、その言葉の内容からシンを連想する。だが、彼は未だ宴会の席の筈だ。

 そう、アンナとヨハンナが思考は違えど春の眠りを起こす匂いに、知らず知らずの内に意識が暗転しかけた中で……。









                      ヨハンナアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!








                               南斗夜梟拳 第二架     



                                    猛禽爪!!!








 ……一陣の、闇夜から愛する者を守らんが梟が躍り出た。






 夢幻は覚める。アンナとヨハンナの知らずの内に眠りへ誘われかけた意識は戻される。

 「……ぇ? ボー……モン?」

 ヨハンナの声、それと同時にアンナが感じる二つの人の気配。

 「……ふぅ、もう少しだったのにな」

 声が、聞こえた。残念がっている、若々しくも声の裏側に酷い負の感情が感じられる人間の声。

 アンナは見えないが、ソレと対峙していたボーモンだけは視界に入れていた。

 シンと同じ髪の色、金髪でありつつ、顔は白皙の美貌。一見すれば誰もが魅了されそうな顔立ちの人物。

 然しながら、その瞳に映えるのは人を人と思わぬ冷酷な光! ボーモンにはソレが故郷に忍び寄った悪意だと視認出来た。

 「貴様か……! 友(コーエン)が言ってた間者とはっ」

 「……何だ、気づいていたのか。どうやら、落胆はしなくて済みそうだな」

 そう、桜の吹雪を背に男は微笑む。普通の人間ならば気を許せそうな微笑み、向き合うヨハンナは一瞬心許した。

 だが、伝承者であるボーモンや目が閉じられているアンナは例外である。彼等には、その人物の脅威が知れた。

 (この男……! コーエンが雇った、この地の手練の拳法家達の見張りを掻い潜り……此処まで忍び寄り。
 そして……今の俺の奇襲さえも避け、周囲は自分の仲間達ばかりに関わらずの、この余裕……こいつは、余りに危険だ!)

 幻王軍の王であり、南斗を追放された最恐と謳われた拳法の末裔。

 未だ若く、それでも彼の受け継がれた復讐の集大成と、そして力。ボーモンは若いながらに、対峙する敵の力を見抜く。

 ジリジリと、間合いを詰めてボーモンは彼を打倒しようと意思固まる。

 ダルダは微笑んで仁王立ちのまま。直ぐにでも倒せそうな状況ながら、ボーモンの顔に張り付く冷や汗。

 死を背負っているのは……白い鷲と夜の梟の内……梟の方!

 ボーモンは、それとは知れても背中に居る守るべき存在を無視しコーエンの元に知らせるような真似は出来ない。

 だからこそ、今此処で、この敵を倒すだけが彼の道。その筈なのに足が進まない……!

 「どうした? 夜梟拳の使い手……だったかな? 梟と言うのは、夜にこそ真価を発揮すると言うのは勘違いだったかな」

 「抜かせ……! 俺はっ」

 挑発され、ボーモンはカッと声を荒げつつ前へ一歩足を踏み出す。





                            ザアアアアアアアアアアアアァァァ!!



 桜の花が、彼の足が踏み出された瞬間に舞い上がった。

 竜巻が起きたように桜が舞起こる。それと同時にダルダの体を桜が鎧のように包みながら舞った。

 それは……まるで彼だけが、この場を支配していると暗に物語っているようで……。

 「駄目っ! 闘っちゃ!!」

 その時だ、アンナは叫んだ。

 「? ……娘」

 ボーモンは、闘気を一瞬薄めてアンナの方を一瞥する。

 ヨハンナも、突然のアンナの焦燥した声に顔を横へ向けて愕然とする。アンナはそれ程に顔を青醒めていた。

 理由は解らない、説明は出来ない。

 それでも何故か知っている……自分は、この凄まじく体中を蝕む霊気と冷気を。

 「駄目っ……その人と闘っちゃ……その人の体を傷つけたら死ぬ……っ」

 「何……っ?」

 アンナの突然の意味不明の警告にボーモンが浮かべるのは疑問と、そして駆け巡る思考。

 だが、その言葉で変化したのはボーモンだけでは無い。ダルダも又、アンナの言葉に顔を歪めた。

 その冷酷なる、南斗の復讐への巡る炎はアンナを映す。視線が強まったのを知り、アンナはビクッと震えた。

 「……何を知ってる? 娘さん……っ」

 ダルダは、好奇心に駆られた。この……目の前に二十、三十歩も進めば軽く息の根を止めれそうな娘の存在に。

 最初、南斗の六聖の中心に居たゆえに彼等を襲撃する良い材料としての道具に使えると感じてダルダは接近した。

 今となり、彼はソレ以上の価値が彼女にあるのでは? と推測しつつアンナを見る。

 不気味なる視線に包まれ、アンナは動けない。その呼吸は不規則に乱れる。

 「! あ、貴方しっかり!! 息を楽にしてっ!」

 ヨハンナは、アンナが過呼吸状態だと知ると肩を掴みアンナを救おうとする。

 ボーモンは、その時に彼女達をダルダの視線に晒すのは不味いと知り、視線を疎外するように立ち位置を変える。

 それが切欠が、不意に多くの足音と共に『アンナー!』と呼びかける声が彼等の耳へと聞こえた。

 「……邪魔が、入るか」

 ダルダは、その音と声を聞いて襲撃の中止を知る。白鷲拳は最強なれど、六聖やら、他の南斗拳士が居るとなると
 流石に分が悪い。……それに、今回は様子見……復讐の機会は、幾らでも訪れるとダルダは今日知ったのだから。

 「又今度会おう、夜梟拳の伝承者……そして」







                            

                            必ず……お前達の前に再び俺は訪れる







 その言葉を残して、彼が背を向けた瞬間に桜の吹雪はボーモンとアンナにヨハンナを襲った。

 目を次に開いた時に、ダルダの面影も気配は完全に消され、そしてジャギ達が現れる。

 「ボーモン……何が起きた?」

 「アンナ……大丈夫だったか?」

 幾多の声を聞きつつ、アンナだけはぼんやりと感じた。

 自分の訪れる周囲……それによって未来に途方もない災厄の芽をばら撒いている気がする。

 

 春風と共に、自分は途轍もない嵐を招くのではないか?


 

 アンナの不安、そしてボーモンがダルダと邂逅しての脅威。







                        

                          人々の憂いと共に  桜の花は舞い散る










                 後書き




 コーエン、ボーモンと南斗六聖の関係は今のところ可もなく不可もなく。

 ダルダとボーモンは遭遇。ボーモンはコーエンに対しダルダの脅威は教えました。ある程度コーエンも対策を考える所存。

 アンナも、新たなるダルダと言う敵を知り、更に強くなる事を考えます。更なる強化フラグかも?




 ……読み返すとレイの扱いってば脇役だな。何でこうなったんだろ?




                           



[29120] 【流星編】第十五話『魂の嘆きの声の風 雲雀は強く舞う』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2014/02/27 22:14







  

 そして 物語は始まりの産声を上げる

 一羽の鳥の風と共に 新たなる空が生まれん

 最後に彼らを待ち受けるのは例え終末でも

 それでも誰かと己の守りたき在り方の為に飛びて

 鳥の羽ばたきは強く逆風に負けじと翔く

 だが 願わくば天に未だ微笑む我らの女神

 彼らに 救いと 一抹の癒しを欲する

 これは終わりであり 始まりである事を願って……



 
 ・



    
        ・

   ・


    
      ・


 
 ・



    ・



        ・


 一つの拠城。周囲にある簡易的に建てられた村の周囲に建てられている城。

 その城の大広間と言える場所では兵士達が常に動き回り武器の整備や、持ち寄った品物の整理に追われている。

 村人達が押しよっての食料を懇願する声に対し謝罪と、そして彼等を立ち退く為に若い兵は苦い顔で取次ぎ。

 半月程ながら、既に歴戦練磨の顔つきした兵士は周囲の兵士達を一喝しながらキビキビと動き回っている。

 そんな兵士達に目立つのは、南斗の印  黄金の色に染まる十字の紋章。

 此処は南斗の兵士達の本拠点。南斗鳳凰拳の王が住まう場所の城なのだ。

 その拠点の、とある一つの部屋から声が聞こえる。


 「現在、勢力として注視すべきなのはイゴール軍にライズ軍。鉄帝軍ジャダム、黒薔薇一族のハデル……」

 軽い鎧を身に付けた多数の男女、余り清拭をする暇も無いのか顔に汚れを帯びたまま中心に置いてる地図を見つつ話し合っている。

 「北方のイゴール、交戦した我々からの情報だと華山の拳法を扱うと推察。突進しつつ、地面を掬うように獅子の如き爪
 を振り上げるような奥義を扱い重装兵の数人が目の前で惨殺されましたた。中々の手練な模様です」

 「こちらからは南方のライズ。目立った拳法は無いようだけど、右手が義手で更に電撃のギミックが付いてるのを部下が目撃。
 ライズ軍は、独特の宗教思想があるようで兵士達に狂信性が見えるわ。ライズが命ずれば自爆特攻も行うのは確実よ」

 数名の、防具外し小綺麗にすれば何処にでもいる男女が最近の戦場での軍閥の情報を伝達する。

 最初に述べたのは褪せた茶髪の燕の巣のような髪型した男。『南斗隠狐(おんこう)拳』のスイフト。

 彼の拳は、狐に化かされたように相手の視界から突如消えるように移動しつつの奇襲攻撃を得意とする拳。

 次にライズについて語ったのは猫のようなツリ目が特徴の女。『南斗猫刄(みょうじん)拳』のソマリ。

 彼女の拳は、猫のようなしなやかな動きと共に相手を翻弄しつつの攻撃を得意とする拳である。

 敵軍の大将の情報を聞いて、向かい合っていた人物は他の気になる事柄を質問する。

 「羅国のギオンと、鬼王と言う名で関東にて暴れているゴラムについてはどうする? 奴らも警戒しとくべきだろ」

 そう、聞いたのは熊のように大柄で豪腕と思えし男。『南斗走熊(そうゆう)拳』のビョルン。

 その拳は、熊のように如何なる相手に対しても大胆且つ勇猛なる攻撃を得意とする戦い方を好んでいる。

 「ギオンは、既にサウザー様の前回の件で攻める気は当分無いと言うのがリュウロウ様含めての見解じゃ。
 ゴラムについては、孤鷲拳のシン様が上方に拠点を築き上げているゆえに問題は無いだろうて」

 そう、今疑問を提示した男に比べれば小柄な年寄りの男性。其の老人は『南斗老鼠(ろうそ)拳』を備える人物。

 名はセンギ。昔ながらの塹壕、擬態、撹乱などで相手を撹乱させての攻撃を得意としている識者だ。

 此処にいる彼等は伝承者、南斗鳳凰拳サウザーに仕えし29派の傘下達だ。

 「……問題なのはライズとイゴールだけでは無い。何せ、我王も不可侵条約は結んだと言え、完全に納得してないのだから」

 「ハバキ様が部下として居る状態ならば、ある程度懸念はしなくて良いだろう。問題としては、最近動き激しいジライ団の……」

 「北側のジャダムの動きも警戒しないと。この前敗退したとは言え、ジャダムの重装兵の戦力は侮れない……」

 ああだ、こうだと彼等の会議は続く。日に日に変化を見せる戦況に対し、南斗伝承者は対策を常に講じなくてはならない。

 そして、意見が合致せず停滞が見えた頃。彼等は未だ全く意見せぬ者達を見る。

 「ハマ、貴方意見ある? ……ハマっ」

 上の空だった女性。声を掛けられ、ハッと我に帰ると誤魔化すように口早に言った。

 「っあ……そっ、そうね。私は、一先ず最近の食料と水の問題を……」

 「それについては昨日散々相談したでしょ? ……しっかりしてよ」

 雲雀拳の伝承者のハマ。彼女は同じく、会議に出席してたが心在らずだった。

 ソマリの掛け声に昨日の内容について話すと言う失態し、同じ伝承者達から肩を竦められてしまう。
 後先後悔立たず。彼女は少しばかり体を縮こまらせる。嫌な空気が漂いつつ、それを振り払うように声が上がった。

 「リュウロウ様は何故此処にいないんだ? 智将リュウロウが居なければ、この会議とて碌に良案も出ないだろ」

 そう、大柄な野太い声の男ビョルンが辺り見渡して不在の人物の理由を問いただす。そう、この場に不可欠な人物が欠けていた。

 南斗流鴎拳の使い手であってサウザー率いる南斗の主力の軍隊の参謀であり頭脳たるリュウロウ。本来彼が軍卓である
 この会議に出席する筈に関わらず、肝心の人物が居ない事は他の傘下の伝承者達は顔に出さずも眉を顰めずに居られない。

 そして、その欠けている人物の代わりに座っている人物、彼らの疑心を膨らませる要因の一つ。

 斜視が特徴的な二十代の男は気怠けな様子で答えた。

 「……体調不良だ。お前が心配する事じゃねぇよビョルン」

 「っキタタキ、衛生部隊隊長のお前が何故この場を仕切る?」

 今この場にいる伝承者が気になっていた点。それを一人の伝承者が指摘した事で各伝承者達は同意するように軽く頷く。

 中央の、場のまとめ役として座っていたのは蟻吸拳伝承者キタタキ。

 彼等は知ってる。

 この円卓の統率する場に何時も座るは流鴎拳の伝承者である智将か、若しくは彼等の王である事をだ。

 お前は、その席は相応しくない。遠まわしに、そう唱えている空気に当てられつつキタタキはため息と共に口を開く。

 「……リュウロウ将軍から代役として俺が一時的に引き受けてるだけだ。あいつが快方に向かえば直ぐ俺は降りる」

 「お前がリュウロウから直に頼まれた? 馬鹿も休み休み……」

 そう、少し肩をいがらせてのビョルンの言葉をキタタキは遮る。その声色には冷たい拒絶の響きが満たされていた。

 「実際そうなんだから仕方がねぇだろ。文句ならリュウロウに言え……別に、お前が代わりにやってもいいけどな」

 その面倒そうな口振りに、この場の伝承者達は顔を顰めつつも文句は押しとどめた。

 今、この場で不満を心中唱えたのは殆ど南斗の中位の拳法家であり、キタタキは上位拳法に位置する。
 
 リュウロウが本当に不調ならば、上位拳法の彼が代役するのは確かに筋は通っている……納得するかは別としてだ。

 「ふむ……然しなキタタキよ。何故お前じゃ? 南斗飛燕拳のハッカ・リロン殿や、他にも将軍の代役なら居るじゃろう?」

 老鼠の人物の意見。それも正論、ハッカ・リロンなどの上位拳法家。キタタキより相応しい人物は、この拠点には居る。

 センギ、彼は長年南斗の拳士として生きている。他の者よりは他者がどのような考え抱いているか見抜く力は有る。

 「センギの爺さん、気持ち悪ぃ腹の探り合いは止してくれ。単純に俺しか引き受けれる人物が居ない……それだけさ」

 だがキタタキとて現在は他人に悟られぬ程の無心の術は心得ている。眼力強い目の前の老人に、素知らぬ顔を向けた。

 老練の鼠と、変物の啄木鳥の視線は交差し合う。どちらも感情を表に出さぬ表情が向かい合い、顔を最初に反らすは老鼠。

 「ふむ、まぁ構わん‥‥‥。お主は態度はともかく、戦場での戦果は着実に上げておるしのぉ」

 老成による分別により、センギは取り敢えずは引き下がる。キタタキは頷くと場を進める為の話を始める。

 「……現在、この場に居ない阿比拳のハシジロ達から聞いた限り率先として俺達の国を侵攻する動きは見えねぇらしい。
 防衛陣を引き、ある程度自国強化に腐心するべき……と言う意見もあるが、俺としては前に戦車が出た事が気になってな」

 そう、目頭を一瞬だけ擦りながら続きを唱える。

 「最近になって不自然に思ったんだが、世紀末以前の近代兵器を使用する軍閥が異様に少ない。
 核戦争が起きたからって近代兵器全部が都合良く全部駄目になる、そんな上手い話が有ると思うか?
 ……恐らく、どっかの軍閥が切り札として保有している可能性が高い。下手すりゃ戦術核すら隠し持ってるかもな」

 余りに衝撃的な内容、それが伝承者達の間でも変人と名高い彼から飛び出し彼らを取り巻く空気を揺るがす。

 『……戦術核』

 ざわざわと、他の伝承者達から不安の声が現れる。

 一国を破壊する力を秘めた兵器。トライデント・レッドスノー・W核頭弾・デイビー・クロケット……etc。

 それは、この現在の混沌と悪夢を創り上げたであろう恐るべき人間の武器である。

 幾ら個々の拳武が高くも、容易に着弾するだけで広域を焼け野原にする兵器の威力には人間など非力。

 それが、現在も残り一瞬で国一つを滅ぼせる兵器が自分達の方向に向けられている……その想像を一瞬して背筋が凍る。

 「杞憂じゃないか? 今まで何度も交戦したが、そんな動きは一度も……」

 「当たり前だろ? 戦術核なんぞ何発もある筈ねぇだろうし、何より使用したら他の勢力から完全に抹消対象になる。
 ある程度、多国間との戦いが続けばどれを叩けば良いが明らかになる。そして時が過ぎて勢力が絞り込まれたら……」

 ドガンッ! そうキタタキは大声で片手を開き爆発するジェスチャーと共に擬音を上げた。

 周りの伝承者達は、重い顔しつつ思考を巡らす。

 「……然し確証が無い」

 「だが、無いと言う確証も非ず……だろ? とりあえず、戦術核が存在すると明らかになったら、その勢力は潰さないとな」

 でなけりゃ、南斗は一夜にして崩壊する……そう感情を出さずのキタタキの表情には厳しい色が見え出ていた。

 ――ガラガラ

 会議の途中、遅れて来たのか数名が部屋の中へと入ってきた。

 入口へ注目する伝承者達。入ってきた者達は謝罪の声を最初に上げる。

 「悪いな。賊が襲ってきたので迎撃するのに手間取っていた」

 そう、唱えるは南斗の印である十字星が鮮やかに描かれた旗を背負っている男性。

 名はウィファラ。『南斗大旗拳』下位36派の一人であり、旗を槍か棍のように扱いつつ敵を倒す武術を扱う人物だ。

 「いや、構わねぇよ。大した話は進んでねぇし……」

 『ワンッ』

 そう、彼が問題ないと告げようとした時、一匹の犬の声が戻りかけた会議を阻害した。

 「あん?」

 「あぁ、御免。ボノロンから世話を頼まれててね、此処まで付いてきたんだ」

 そう、一人ボーイッシュな感じの女性であろう人物がウィファラの後ろから出る。その手には成犬の賢そうな犬が一匹。

 「邪魔」

 キタタキはにべもなく告げる。彼は特別に動物好きと言う訳では無いし、会議中に動物を持ち込む事に怒らずも受け入れもしない。

 「そう言わないでくれって。ゴンは頭良いし、この前も伏兵を吠えて見つけたんだ。彼も立派な戦士さ」

 だろ、ゴン。と、その人物は優しく犬の背中を撫でる。まとめ役の彼は、目頭を又こすりつつ鬱陶しそうに言う。

 「オセ……だったか? あのなぁ、此処は保健所でも愛護動物センターでもねぇよ」

 オセ……『南斗竪狗(しゅく)拳』を扱う中位拳法家。

 その拳は狗の如く凄まじく、時に豹のように相手を屠り殺す残虐な程な強さあると言われてる拳。

 文句を言われた本人は、ゴンの首に腕を回しつつ顔を寄せながらキタタキの言葉に頷かない。

 「可哀想じゃないか。一人だけ蚊帳の外にされたら」

 スリスリと、ゴンの背中に頬を寄せている姿は扱う拳法の中身と違い普通の動物好きな女性にしか見えない。

 「……勝手にしろや」

 これ以上、議論を先延ばしにされたら堪りかねない。オセの我が儘をキタタキは聞き届ける。

 キタタキは、大きく息を一度吐いて今までの経過を簡単に伝えて皆に意見を仰ぐ。

 ウィファラは、小さく首を振りつつ意見は無いと告げる。オセも同意だ。

 キタタキは、その彼の隣に控えていた小柄の老婆へと目を向けた。

 その老婆は一心不乱に他の者達の会話に関知せず今まで身の丈程の亀の甲羅の模様を何やら見て唸ってた為誰も声かけなかった。

 だがキタタキは、会議の纏め役の責務か、はたまた其の人物の人柄を知ってる為か躊躇する事なく若干呆れた目線で尋ねる。

 「ウンキュウの婆さん。何かねぇか?」

 ウンキュウ……その人物は『南斗大亀拳』と謂われる拳法を扱う人物だ。

 キタタキが知る限り、亀の如く忍耐強き防御の構えと、そして亀甲占いやらの卜占術で先見を判断するらしい。

 最も、彼はその亀甲占いに関しては全く信用しては居なかったが……。

 「婆さんと言うのは止しなと何度言ったら解るんだね、阿呆が。あたしから何も無いよ……しいて言うなら」

 ウンキュウは顎をしゃくりつつ言葉を続ける。少々重々しい声で。

 「あたしの最近の占いじゃあ、近々大凶に等しい凶兆起きるとはっきり出た。詳しくは把握出来ないが何か恐ろしい事は確実に
 この地に起きる……そう、しっかりと出ているだけに対策は幾らしても尽きないだろうねぇ」

 亀甲占いとは、判断するには難しい占いである。然し、その老婆の占いは確かなのだ。

 だが、キタタキは肩を竦めてウンキュウの言葉を無情に切り捨てる。

 「阿呆らし……毎日兵士や一般人にも死人出てんだ。何時も占ったって大凶に決まってんだろ」

 「あんだってぇ!? 若造めがっ! 年寄りの言葉は素直に聞くもんだよ!!」

 「あんた、さっき年寄り扱い止めろって言ったばかりだろうが……」

 ウンキュウとキタタキの口論が飛び交うのを、他の伝承者達は見苦しいとばかりに顔を顰める。

 何時も、こんな調子だ。毎日他の上位・中位・下位の伝承者達で相談し合うが途中で軽いイザコザが起きる。

 別にそれが悪い訳では無い。このキタタキとウンキュウの喧嘩とて、本気でどちらも相手を憎んでの口論では無い。

 然しながら先導する人物が欠けているのは事実だ。

 リュウロウ……それに見合う将軍に収まる地位の人間は数少ない。

 キタタキは思った以上に、この拠点で代役となった地位の難しさに心中疲弊しつつもウンキュウとの闘いを終わらせて座り話戻す。

 「とにかくっ。他勢力に関しては現状維持による警戒と防衛強化……それに尽きる」

 そう言って、キタタキは自軍の勢力の事だが……と話題を変化させた。

 「南斗で勢力を広めているのは現在このサウザー……様の居る軍と、そしてユダとシン」

 「レイにシュウは? あいつ等が居れば、戦況も優位に進むのに……」

 そうスイフトの言葉に、キタタキは冷たく報告する。

 「シュウは、現状家族と共に故郷の村での生活を切望していた。レイに至っては……未だ生存報告が来てない」

 「何っ!? 大変では無いか! 万が一の……」

 六聖一人の生死不明、これに関して焦燥する他の拳士にキタタキは諌める調子で呟く。

 「落ち着けよ……『義星』のレイの居た村は爆心地からも遠かったらしいし、地震の被害も少なかったと聞いてる。
 現在、南斗の兵士数名が生存確認に当たっている。数週間すりゃ、こっちに訪れる可能性もあるだろうさ」

 すげなく伝えるキタタキの言葉に、未だ納得いかずも他の南斗拳士はとりあえず不満を収めた。

 進行役の彼の議題は進まる。

 「シンに関しては、最近はゴラムの動きを牽制して自国強化に腐心。ユダは……少々動きが読めねぇな」

 あの野郎に関しちゃ……昔っから何を考えているか読めないからな……とキタタキは頭を掻く。これには同意するように
 何人かも頷いた。ユダは、昔から余り他者に快い行動をする事は少なかっただろう。

 「あ奴か……最近だと周辺のメギス・ドハン・ラブラデスと言う軍閥に関し交戦したとか言ってたのぉ」

 センギの頷きにビョルンが続く。

 「俺は聞いたぞっ。ユダに仕える将軍のヨハネが三つの軍を、ほぼ一人だけで相手して退けさせたとな。
 名誉勲章ものの奮闘関わらずユダはヨハネに関し一度たりと褒賞も無いと聞いてる。余りに扱いが酷すぎるのではないか?」

 その不満に同意するようにセンギも続ける。

 「比翼拳のダガールとか居たな、あ奴も昔は軍繋がりだったらしいしの。どいつもこいつもきな臭いで……」

 余りにも、部下の酷使が酷い。その言葉に続いて、この場に居ない『妖星』に与する者に関して様々な事が噂される。

 ユダの動向、それに関しては現在離れた鳳凰拳の王の居る国にも流れ、不穏な噂は拳士達の憂いを募らせるのだ。

 数人が口々にユダの行動を非難する声を上げる。人間、ストレスが多い時は人を罵倒する性あると言うものだ。悲しい事だが。

 キタタキは、会議の方向性を修正する為に強く一度柏手を打つ。少しして場が静まると口を開いた。

 「今は、ユダの行動は置いとくぜ。とりあえず、ユダに関しては丹頂拳のヨハネが居る……今は心配する事ねぇ」

 まぁ、他に夜鷹拳やら蓮鶴拳やらの配下の21派が曲者だけどな、と。キタタキは心の中で付け加えつつの言葉だ。

 「シンの方も、とりあえずは問題ない。兵士達が欲求不満を訴えている事以外は問題ないらしい。
 んなもん自己処理しろって話だけどな、何だったら軽く誰かに頼んで胸でも触らせて貰えって話だ」

 その言葉に居合わせた女性陣は過剰に反応した。

 「うっわ~、キタタキ将軍ってばデリカシー無い」

 「嫌ねぇ、男ってば! 女の股に突っ込む事以外考えられないのかしら!?」

 「ソマリ……大きな声で恥ずかしい事を平然と唱えないで下さいよ」

 オセは軽く非難して、女性代表を謳うかのようにソマリが大声で不満を述べスイフトが少々頬に赤味を差して制する。

 聞いていた男性陣は苦い顔しか出来ない。事実、この手の話題で被害被るのは何時だって男だろうから。

 ただ、ハマだけは未だ遠くに視線を向けていた。キタタキは、女性二人の文句よりもハマに意識が逸れる。

 「……お~い、聞こえてる?」

 若干遠巻きに周囲を観察してたゆえか、オセが逸早く意識外の二人を察して呼びかける。

 「んっ……あぁ、悪かった悪かった。……とりあえず、目下のところ二国の動きは何も言ってない。これ位か」

 「待てキタタキよ。残る南斗六聖の『最後の将』、これについて何か知らぬのか」

 そう、センギが鋭く切り出した。俄かに緊張感の張り詰める空気。

 「……知らぬのか、と言われても俺には答えようが無い。実際、『最後の将』に関しては俺なんぞ噂程度だ。
 あんたやウンキュウの婆さんの方が、よっ程ソレに関して詳しいんじゃねぇか? 又は俺達の師父達とかな」

 最後の将……それについて南斗の拳士達は正体を知り得ない。

 それは、南斗に深き縁者であっても、其の人物は波乱の世を再構する為の光だったから。ゆえに混沌や戦場に
 深き彼等には決して知り得ぬ事柄だったのかも知れぬ。敵を欺くには、まず味方からと言う持論ゆえにだ。

 「……わしらの世代でも詳しい事は知らぬ。それに……お前達の師父の行方についてもな」

 その言葉に、若き南斗の伝承者達は交互に一瞬不安そうに顔を見合わせる。

 現在、彼等の伝承を託した師父達は全員、知る限り行方不明であったのだ。

 暗くなる雰囲気、そして場を纏める一つの言葉。

 「……サウザー王ならば、全部把握してる可能性あるのにな」

 誰が言ったかは知り得ぬ。それでも、この場の意識を高める一言。

 『王』……その言葉を聞いて各自の現在の問題が提示された。

 「……キタタキ。サウザー様の最近の行動に関してはリュウロウ様も含め実際どうなんです?」

 そうスイフトが尋ね。

 「そうよ。本当ならサウザー様が此処で仕切るのが筋ってもんでしょ? それなのに、何時もリュウロウ様リュウロウ様。
 彼だけが進行するのって不思議だったのよ。普通、王様も居合わせるもんでしょ? 今日も戦場通い見たいだけど……」

 そんなんだから、リュウロウが体調壊すのよ。とソマリは彼を案じて軽く憤る。

 「俺の友人のギルやバズも何時の間にか土地調査やらで居なくなっちまうし……何か変だぜ?」

 ビョルンは、友人の消失に対して疑問を唱え。

 「わしらが只、戦場で動くだけの駒では無い。キタタキよ、お前さん何か知っとるんじゃないか?」

 「そうじゃぞ小童。言いたい事あれば話せ、わしらはその為の南斗108派だて」

 センギ・ウンキュウと言った老人達は彼へ促す。その言葉は力強かった。

 オセやハマも無言でキタタキを見る。全員の視線が向けられた彼はと言うと目を瞑り馬耳東風と言った様子で腕組んでた。

 誰かが声を掛けて名を紡ごうとした瞬間、キタタキは目を開いて腕を降ろして返答する。

 「俺は何も知らねぇ……王が居ねぇのは単純に戦場に赴く事に集中してぇからだ」

 その、声色は何処までも難くなに拒絶の色濃くて。

 「平和な世にしてぇんだろ? なら……変な考え持ってねぇで毎日を生きる事に集中しな」

 そう言って、キタタキは彼等の満足する解答を出さず席を立つ。

 全員の罵倒が渦巻く中、キタタキは手をズボンに入れつつ汚れた背中だけを見せて部屋を出るのだった……。

 


  ・



     
          ・


    ・



       ・



 ・



     ・




         ・



 夕暮れが近付く、一人の肩当てにへばり付く髪を払いながら女性は夕焼けに視線を向けている男の方へと近づいた。

 「キタタキ」

 そう声を掛ける。その声色には怒りや、そう言った感情は無い……あるのは信頼や深い情愛を秘めたものだ。

 「んっ……あぁ、ハマかよ」
 
 彼は、面倒そうに振り返る。目頭を擦りつつ、彼女へ向けて嫌そうな表情を造った。

 「一躍して人気者ね」

 そう、皮肉を向ける。彼が立ち去った後に、ハマが聞いた限り目の前の衛生部隊隊長の評価は最低辺だ。

 「人気者の辛い所だな」

 彼は、別段落ち込んでる様子も見せない。受け入れているように調子は変わってない。

 ハマは、呆れや様々な感情を乗せて溜息を吐く。この男は……何時も風変わりで、人に自分の本心を掴ませない。

 「あんた、その態度止めないと何時か斬られるわよ?」

 主に味方から。そう言えばキタタキは目を閉じつつ低く笑った。
 
 「ゾッとしねぇな。だが、それに関しちゃ安全よ、俺様は代理だが南斗の将軍だぜ?」

 然も、108派を掌握する大将のな。そう告げるキタタキの声は得意気で、ハマは僅かに怒りの色を浮かべた。

 素の彼女の声。怒りつつ相手を心配しての言葉である。

 「あのねぇ、私は本気で言ってるのよ。最近、あんた変よ? 他の私や仲間達には素っ気ない調子だし、あいつ等の事にも触れないっ」

 『あいつ等』……その言葉にキタタキは反応してハマの方を一瞥する。
 
 「……何か、居処でも掴めたのか?」

 「全然よ。代わりに、あいつの昔の女性関係の広さが更に露顕したけどね」

 そう言って、ハマは渋り顔を垣間見せる。

 先程、女性拳士の猫刄拳のソマリと竪狗拳のオセに彼等の行方に関して何か知らぬか尋ねた。

 誰に聞いても常に不明。生存の可能性の低さに気落ちかけすると、こんな言葉を彼女は貰った。

 ……。

 『あぁ、彼ね。昔、一度付き合った事あるよぉ~、荷物持ちしてでも君見たいな可愛い子とは是非! って言われて。
 面白い人だったよ~、キスしても良いかなぁって思った瞬間に飛びかかるアレには笑えた』

 『あんたもっ!? はぁ~生粋の女たらしだったのねぇ、あいつ。私もデート付き合ったもん、しかも五回。
 まぁ良く奢ってくれたし今思うと儲けもんだけど、一緒に居ても飽きない性格だったわよねぇ~。あぁ、あんたも安心しなって。
 あぁ言う男は殺しても死なないタイプだって。あ、それとも今あんたの良い人なの? あいつって』

 ……。

 もしや、南斗の女性拳士全員をナンパしたのか、あいつは……!

 いや、考えられる。と言うか、以前も他の女性拳士達に情報求めたら似たような事言われたし……!!

 今のハマには、彼の安否よりも、戻ったら殺す。と言う想いの方が強い。

 「もし再会したら、私が直に引導渡してやるわ」

 女性の敵よ……あいつは! と握り拳で気炎を上げるハマに、キタタキは無表情ながらも心中親友の末路に合掌を上げた。

 「まぁ、きっと生きてるって俺は信じてるからな、俺は」

 「はっ。それってアレ? 男特有の信頼って奴?」

 「気持ち悪い事言うなって。……まぁ、どうとでも取ってくれよ」

 そう言って、キタタキは話を強制的に終わらせようと場を立ち去ろうとする。ハマは接近して腕を掴む。

 「……離せよ」

 「シラ切らないでよっ。あんた、何か隠してない?」

 そう、直球でハマは問いただす。どう考えても、彼の行動は変だから。

 だが、キタタキは平然とした顔でハマへ哂う。乱暴な感じでハマの握った手を振り解き怒鳴る。

 「煩いなぁ。俺は、考える事が沢山あるんだよ! 地位、名誉! サウザーの身辺警護に、次の将軍としての振る舞いとかな!」

 「っ馬鹿言わないでよ! あんたがリュウロウ様に代わって政治活動なんて出来やしないでしょう!」

 本気で、本気でこの親友は言ってるのか? 自分達の上官であり、良き拳士としての目標でもあった人物への敬意を失くしたの?

 更にキタタキの言葉は続く。

 「人間ってのはな! 一枚皮をひん剥けば下劣なもんなんだよハマ!! 俺は権力が欲しい! 他の奴等は女を望んでいる!!
 おめぇだって、極限状態になりゃ俺だって見捨てねぇ保証だって無いん……」

 ドガッッァッ!!

 彼の言葉は、最後まで言えなかった。何故なら彼女の鋭い拳がキタタキの頬を襲ったからだ。

 フー、フーっとハマは荒く息を吐いて拳を握る。キタタキは、殴られ蹈鞴を踏みつつ横目で親友を見る。

 その親友は、涙を目に浮かべながら切羽詰った様子で振り抜いた拳を震わせていた。

 「……あんっった! 馬鹿よ!!」

 「……どうせ、俺は馬鹿だよ」

 そう、殴られた癖して腹が立つ程に静かな顔を彼女は再度殴りつけそうな感情が沸き上がる。

 これ以上向き合ってたら酷い暴力を陥りそうだ。ハマは背を向けた。
 
 「……戻るわ」

 「あぁ、そうかい。……ハマよ」

 「何よっ? 今、あんたの話を聞ける程に私は……」

 冷静じゃない。そう言おうとすると、絶句する内容がハマを襲う。







                    「俺は、言っておくが自分の道を押し通すだけだ」

 

     「何てだって……俺の指は魔法だからな。てめぇだって言い成りにして命令させる事出来るんだぜ」

 そう、告げられてハマは限界を通り越した。

 一瞬で反転し、彼目掛けて大きく振りかぶって殴ろうとする。

 「おーい! キタタキ隊長!! 患者が待ってます!!」

 だが、その拳は届く前に割り込んだ第三の兵士の声で邪魔された。殴られる寸前だったのに、目の前の男は
 何でも無い調子で『今行く』と兵士へ告げて場を去る。その向けた背中は何の後ろめたさも含んでないと思えた。

 「キタタキッ! あんたっ……最低よ!!!」

 拳の代わりに、精一杯の罵倒を。

 その幼馴染と言って良い変人の彼は……ただ一度片手を上げて飄々と場を去った。






 

 ・






          ・

   ・



       
       ・



 ・





      ・



       
          ・



 「……本っっっっ当に最低!!」

 寝所に戻っても、ハマの煮え滾った怒りは消えなかった。

 何なんだ! あの態度は!! 人を人と思わない唯我独尊なる態度!! 今まで付き合った自分が憎い!!

 その莫大なる怒りで暴れまわりそうな状態が数分続き、少し経ってから彼女は意気消沈とする。

 「……何であんな風になっちゃったのよ」

 少し前まで、あのように人の心をかき乱すような態度では無かった筈だったのに。

 確かに彼は変わり者だ。知る限り、カレンとか六聖のレイ様などに関しても恍(とぼ)け態度をとって
 言葉で翻弄し揶揄する。それが彼の持ち味だし、軽口叩いても不快では無かった。

 何時も、行き過ぎない程度で止めて場を盛り上げる。そして、あいつとの漫談には何回も笑えた。

 「……皆」

 キマユ、彼女は孤鷲拳のシンの元で元気でやってるだろうか?

 先程の会議でも兵の欲求不満が酷いと出ていた。女性としてセクシャルな部分が目立つ彼女は理性を失くした
 者達の餌食にされるのでは? と一瞬恐ろしい考えが浮かぶ。直ぐ、彼女の実力や振る舞いを思いだしソレは無いと思うものの。

 後輩のカレン等にも不安あるが、彼女達は大丈夫だ。『仁星』のシュウが居るのだから。

 (そう言えば最近シュウ様達の近況も聞いてない。……何も、無いわよね)

 不安も過ぎる。まぁ……何があれば絶対此処にも届く筈だ……何も無い筈。

 (……でも、他の伝承者の中でも行方不明の人が居る)

 最近の噂では、南斗斑鳩拳の伝承者と言うシンラ。 南斗銀鶏拳のカガリ。この二人は鳳凰拳と白鷺拳の配下の筈だが
 最近では彼らの情報も無い……如何したのだろう、自分の知らぬ所で何かに巻き込まれたりしてるのだろうか。

 「……っ」

 死……そんな言葉が過ぎって頭を被る。

 何を馬鹿な事を……! 南斗伝承者が、そんな簡単に死ぬ筈が無いんだから!!

 そう言い聞かせようとしても、怖い予想は浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 何時も、羊のような無害そうな顔した彼が無法者達の手によって集団で惨殺される光景が。

 何時も、馬鹿みたいに明るかった……あいつが目を開き息してない姿が頭の中に浮かんでしまう。

 「有り得ないって!」

 そう、強く小さな声で唱えて頬を叩く。

 (そうだ、きっと二人とも……『コンコン』?)

 ノックの音。それに彼女は一瞬首を傾げつつ、居る事を声で証明した。

 また会議の招集? 今日は、もう自分は呼び出されるような用事は確か無いように思ってたが。

 そう考えつつ待ち受けていると、中に入ってくる一人の人物。知り合いでは無い。

 「……何の用?」

 兵士だ。南斗の印を刻んでいる下級兵士。声を掛けたに関わらず微動だにせず突っ立って居る。‥‥‥? 様子が可笑しい。

 「!? ちょ、ちょっと!」

 ハマは、怪訝な顔つきで無言で佇む兵士を眺めてたが次に慌てて声を出す。

 何故なら、その下級兵士は行き成り扉の施錠をしたからだ。突如閉じ込める行為をした兵士にハマは混乱する。

 「な、何なの?? 伝達事項なら、わざわざ施錠しなくたって……!」

 何かの報告か? いや、それにしては可笑しいだろ。

 そう、彼女は言う間もなく口が閉じる。その下級兵士がにじり寄ってきたからだ。

 そして彼女はしっかりと見る。その兵士が虚ろで、まるで操られたように光見出さないのを。

 (正気を……失っている!?)

 幻覚、洗脳。頭に浮かぶ最悪の予想、彼女は敵軍の刺客かと僅かに飛び退いて構える。

 「ち、近づかないで!」

 命じても、ジリジリと近付く兵士。

 どうする? このまま、この兵士を昏倒させるべきだろうか?

 味方の、操られているだけであろう兵士を殴るのは躊躇われる。彼女は、表面的に時に乱暴な態度見せるも
 中身は誰よりも優しい気遣いを見せれる女子なのだ。時折ガサツな部分を見せるものの闇雲に暴力を下す真似はしない。

 苦悩、そして闘うか、別の方法を取るかの取捨選択。

 思考の中で、彼女の思惑とは無情に近付く兵士。

 彼女の命運が分かつ中、兵士とハマの距離は狭まる。
 





 そして……。







                                                                                                        「ハ……マ……逃げ……ろ」






 
 兵士から漏れ出る声。それに、ハマは戦闘態勢を中断し兵士を見る。

 「え? ……何」

 注意深く、兵士を観察する。その兵士は、攻撃する素振りは全く皆無だった。いや、むしろ接近して何かを必死に訴えてる。

 自分に伝えようとする静かなる緊迫。少しの緊迫が包み込んだ後、兵士の声は続けて漏れた。

 「ハマ……其処に、いる……な」

 問いかけると言うより確信。罅割れたカセットテープから漏れ出るように兵士の口を借りて名が紡がれる。

 何事が起きている?? 敵兵の新たな仕業か?? 彼女が事態を把握出来ないままに兵士の言葉は続く。

 その内容は、心にあった懸念や警戒を一気に霧消し、意識を停止する内容だった。






                          「サウザーは……108派……全員、粛清……を決行‥‥‥」






 硬直、そして止まる時間。

 周囲の光景が一瞬セピアとなる程の衝撃。それ程の衝撃がハマを襲った。

 今聞こえた内容は……途切れ途切れでも解る内容。

 サウザーが108派を粛清しようとしている……と。

 「……なんですっ……て?」

 有り得ない。そんな馬鹿な。

 そう思考するけれども、今まで感じていた不安と、その内容は間違いなく合致していて……。

 彼女が今聞こえた言葉を否定出来ぬままに、言葉は続く。

 「斑鳩……シンラ、銀鶏……カガリ。サウザー・反逆……情報・抹殺……」

 「!! シンラとカガリ!? ねぇっ、待って!!」

 制止しようとする。今聞こえたのか確かなら二人は死んだのか? それとも二人の情報が制限されてると言う事か?

 何とか考えを纏める時間が欲しくて、彼女は意思のない操り人形へ向けて叫ぶ。

 

 その彼女の意思は無情に遮られ、意志なき人間を通じてのメッセージは続けられる。


 彼女の心を貫く

 魂の伝達が

 





           「現在……我……監視……報告不可……信頼……ハマ……スパイの可能性……ハマ……お前だけ……頼む」

 その言葉は、ハマの脳内で完全に一人の声として確かなる内容として再生される。

 『俺の指は魔法さ』

 『一人なんて言いなりにして‥‥‥従わせる事だって出来る』
 
 「あ‥‥‥あぁ‥‥‥っ」

 ついさっきまで、永遠に絶交するかと決めていた相手の真意、それが一気に理解出来た。

 傀儡化した兵士の声は不明瞭な部分は有るものの、幻視と共に其の親友の声と姿がハマには、見え、そしてはっきりと聞こえた。



       『現在、俺は監視されている。スパイの可能性を見越しても、この国で正確にお前へ報告する事は出来ない』



 今も城内で今日も苦しむ人々に秘孔治療を手かけているであろう、大切な仲間たる其の見えざる中で闘う者の姿が重なる。


                          『頼む、お前だけなんだ、ハマ』



 親友の‥‥‥キタタキの本心が自分の胸を打つ。


                       


                       「南斗……他の六聖……お前だけ……で……他の伝承」



 その途切れ途切れは兵士の秘孔に逆らう影響なのだろうけど、ハマには親友の中の苦しみの集約のように思えて。

 握ってしまったのであろう秘密を吐く事が出来ず、誰にも仲間内にも明かせぬ彼の血が吹き出るような苦痛の化身に思えた。


            『南斗の六聖に、この事を。お前だけで、伝えるんだ。そして他の伝承者に助けを』




 だからこそ、聞き続ける中で堪えきれぬ雫が両目から落ちる。



                       「頼む……お前しか……南斗の……平和……取り戻……」






                                「……また……みんなで」






                       『頼む、お前しか居ないんだ。南斗の為に、平和を取り戻す為に』 





                             『……また皆で、過ごせる為に……』









 ………………。





 その日。

 南斗雲雀拳のハマは、突如南斗の鳳凰拳サウザーの居る拠点から忽然と姿を消す。
 彼女を知る兵士、民達からは突然の彼女の消失にありとあらゆる噂が飛び交ったが、南斗蟻吸拳の伝承者であり
 現在体調不良のリュウロウ将軍に代わってのキタタキの指令による事と言う説明で彼女の噂は一応鎮火された。

 サウザー王は、彼女の消失を翌日知るが、それについて不気味な程に何も反応しなかったと言う。







                             雲雀は……静かに巣を飛び去った













               後書き



 他の脇役伝承者達の拳法は『大局将棋』と言う将棋の駒から取ってます。名前は神話とか、その動物の科とかから。





 



 第四話辺りで書こうとした没ネタ。とある世紀末で彼らが拷問にあった頃の話。

 



 ……ピチョ、ピチョと定期的に水滴が落ちる一つの洞窟のような場所。

 そこには二人の男かコンクリ詰めにされている。ヤクザにでも何か仕出かしたのだろか?

 否、彼等は南斗拳士。とある天帝の守護者に、このような餓死と精神的拷問を併せた処刑されているのだ。

 「はぁ~……これで千八百六十二万と二百二回か」

 「いや違うぜギル二百十二回だ。おめぇ二の所で混乱するの四回目だぞ。しっかりしねぇか」

 「あっ、そうか。へへへ……悪い悪い」

 この二人、ずっとファルコの手により完全に拘束されてからと言うもの会話をしている。

 普通の人間なら既に狂っても可笑しくない中、彼等は時に歌い、時に会話し、そして水滴で顔を打たれる時間を数え
 発狂するのを防いでいた。これは、一人でなく二人で一つである兄弟愛が成せれる意思の強さと言ったところだろう。

 その二人は、その千八百六十三万を切った時に昔話をし始めた。

 「そういやさ……今、思い出したんだがお前、ギル。あの娘の事、今でも惚れてんのか?」

 「ん? 何の事だぁ、兄貴。俺には好きな奴なんぞ今は」

 「おめぇが何時も話してた娘の事だよ。この国でも行方探して癖に……惚けてんじゃねぇぞ、このっ」

 そう、バズは豪快に笑う。隣で同じくコンクリ詰めにされているギルは顔を赤くした。

 「ば……馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺は『ムギン』の事なんぞ……」

 「おぅおぅ! 俺は一言も『ムギン』なんて言ってねぇぜぇ~? あぁ、思い出したぜ。そんな名前だったな」

 「もう! 揶揄うのは止してくれよ兄貴ぃ!」

 弟を揶揄う兄。これが強面の兄弟で、石膏で身動き出来ぬ状態でなければ微笑ましく思えるのだが。

 「……でよ、マジな話、今も好きなのか?」

 そう、バズは真面目な表情になる。ギルは、少し口篭るような表情になった。

 「っ……俺は」

 「良く考えろよギル。あの頃、俺達は遠方に調査を任されサウザー様が、あんなどえれぇ事。人様を酷い目に遭わせている
 なんぞ思ってもみなかった。あの『ムギン』って言う、おめぇの良い子が命じてなけりゃあ……俺達は今生きてちゃいねぇよ」

 そう、バズは振り返るような遠い目をする。

 彼らが土地調査を終え凱旋し、既にサウザーの居る国に戻れば兵どもが夢の跡。

 救世主によって、国は崩壊してた。その時の驚愕した彼らの顔つきは見物でもあった。

 然も、信じてた王が独裁政治を敷き『仁星』のシュウを殺したと言うのだから、彼等にとっては寝耳に水の連続だったのだ。

 もし、あの時虚偽であったかも知れない、その任務を請け負わなければどうしてた?

 まず間違いなく、サウザーに彼らはシュウ同等に異議唱え反旗を起こす行動をとっただろう。

 「……考えたくねぇが、その娘だってサウザーに」

 「止めろよ兄貴っ!!」

 バズの不安そうな声に、ギルは怒鳴って遮る。

 そのギルの顔には、苦渋の色が詰まっており悲痛な顔色が滲んでいた。

 バズは、横目でギルの苦しそうな顔を見つつ、彼の心情を悟り呟く。

 「……あぁ、そうだな」

 それに便乗するように、ギルも口開き力強く言い切るのだった。

 「絶対生きてるさ! 『ムギン』の嬢ちゃんは俺なんかより遥かに頭が良くて! 器量良しだったんだから!! 
 それに、サウザー様も女に関しては無闇に殺すような真似しなかったて聞くし……絶対生きてるっ! 俺は……」

 生きて再会して、ハーン兄弟って名づけてくれた礼と……そして。

 そこで、言葉を止めて黙るギルに発破をかけるようにハンは言った。

 「……へっ! 惚れた女が居る野郎ってのは弟であろうと憎たらしいぜ! ムギンって嬢ちゃんに、もし美人の姉さんか妹が
 居たらよぉギル! 俺に絶対紹介するんだぞ!! 良いか!? 絶対にてめぇは俺に紹介するんだからなっ」

 だから、この辺鄙な場所を絶対に生きて脱出するんだぞギル!! そう、彼は強い声を木霊させた。

 「へへっ! 応っ!! あだぼうよ兄貴!!」

 一丁、景気づけに歌うぜぇ! 

 良いぜ兄貴ぃ!! 

 そう、兄弟は応えあうと歌いだした。




 ……あぁ~♪ おれたちゃハーン兄弟~♫

 音程外れの歌が、彼等を閉じ込められた空間へと響く。

 今も彼らが生き、そして救世主と出会うまでに不屈なる精神を抱く理由。

 それは……若しかしたら遥かなる過去の『愛』ゆえにだった……のかも知れない。







 ※何でこれを入れなかったか? 答え:余りにも悲劇的すぎるから








[29120] 【貪狼編】第十五話『夢幻にて産まれん 名は貪狼と邪狼』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/05/17 19:17





  






 

 



 ただ 望んでいたのは一つだけ

 それすらも叶わない世界なら 消えてしまえば良いと思った

 ただ 願っていたのは多くのもの
 
 そればかり適わない世界なら 壊してしまえば良いと思った

 終わりだけは どちらも同じだけれど

 その到着までの道のりは どちらも真逆で どちらも否定は出来ない

 ただ我武者羅に 生きて生きて死に絶えた二匹の貪狼

 その爪に宿るのは どちらも他者には解り得ない彼等だけの想い





 ・




        ・

   ・



     
      ・


 ・




     ・




          ・


 「ダルダ・ボーモン・コーエンな。ふぅん……おめぇが見た所、どうなんだよ?」

 「ダルダに直接会ったのはアンナだけだからな。コーエンやボーモンは……そうだな、かなり強いと、俺は思う」

 花見は終わり、帰ってからの夢幻世界での報告。

 刺ショルダーに散弾銃を腰に提げた、世紀末で散った悪党はと言うと少年と青年の中間の若者の言葉を話半分で聞いている。

 「ボーモンの奴に予言について話したけどよ、眉唾もんって感じで聞いて貰えなかったな」

 「たりめぇだろ。てめぇの親友でもねぇ野郎に行き成り信じろなんぞ言われたって無理に決まってんだろうが。
 頭の可笑しい野郎と思われなかっただけ御の字と思いな」

 ボーモン・コーエン。ダルダが侵入した事で花見の席は一時騒然となったが、誰の命も傷も無かったゆえに何とか収まりはした。

 だが、結局サウザーと世紀末の一人の王であるコーエンの結託に関しては少々先行き悪くなってしまったのは否めない。

 サウザー曰く『気長に交友してみる』と言ってるので、とりあえず心配はしないがコーエンにもジャギは侵入したのはダルダであると
 アンナの言からも予想出来たので、侵入者の再度の襲撃には気をつけるよう忠告しといた。

 まぁ、彼等は仲間意識と郷土愛は深く。コーエン自身も隙のない人物なので恐らく大丈夫だろう……。

 結局この旅行で得したのはヨハンナやティフーヌと仲が良くなったアンナだけ、と言ったところか。

 「それでよ、俺の戦闘スタイルって最近他の奴等から単純過ぎるって言われてんだ。108派の何処かに所属するべきだとも……」

 「すりゃ良いだろ。おめぇ、俺がてめえの保護者か何かと勘違いしてんじゃねぇだろうなぁ?」

 そう、ジャギは言い返す。若者のジャギはと言うと精一杯顔を顰めて、そんな訳ないだろうと主張しつつ返答する。

 「だけどよ……俺のスタイルって『ジャギ様直伝だろうが』……あんたのスタイルって邪狼撃の突進攻撃以外特徴ねぇじゃん」

 見切られ易いんだよ、要するに。とジャギは勇気出して提示する。

 ジャギの攻撃方法。北斗神拳を抜きとすると南斗の技は『南斗邪狼撃』のみ。

 両腕を逸らして、戻した反動の威力で相手を貫く技。それ以外と言えば精々含み針やら散弾銃やらだ。

 技が一つだけだと、仮に同じ敵を相手する時は見切られ成功する見込みは薄い……そうジャギは考えての戦闘方法についての意見。

 だが、原作の大犯罪者は厚顔無恥とばかりに平然と言い返す。

 「阿呆が……北斗も南斗も闘う時は命懸けよぉ。一撃で仕留めれねぇような奴は、何度やったてやられるんだよ」

 勝負は命懸け、真剣勝負に二度目など非ず。

 経験談ゆえか、彼の言葉には説得力ある。それでも若者のジャギは平和主義者で、拳法は護衛を除けば殺人術の意識は低い。

 「けどさぁ……」

 「けどもヘチマも有るか。てめぇには北斗神拳が有るだろうが、それ以上求める事なんぞねぇだろ」

 そう二言告げれぬ言葉で、未だ背は頭一つ分高い原作ジャギは若者のジャギを小突きつつ鉢植えに水を遣る。

 これ以上、話しても相手を怒らすだけかと判断したジャギは水を遣る姿が似合わぬ男へと声を掛けた。

 「もう、蕾も開きそうだな」

 「あぁ」

 返事は簡潔。だが、その声色に負の感情は見えない。

 心境の変化か知らぬが、鉢植えに水を遣る時は優しい極悪の人物の姿を心中複雑な気持ちを抱きつつ、ジャギは見るのだった。










 ……そして、夢幻は覚めて、また過酷と幸福の併せた現実へと彼は返り咲く。








 …………………。





 「……行ったか」

 面倒そうな口振りが、その健存しているCLUB STORKと言う建物に住んでいる人物によって吐き出される。

 彼が意識を少し他所へ行かせた瞬間に消える昔の自分の姿した若造。最初は屋上の光に消えたが、今では
 手品のように消失する。その光景も最初は恥ずかしくも少々驚いたが、今では慣れたものだ。

 「なぁ~にが自分だけの戦闘スタイルだ。糞餓鬼の癖して一丁前の拳法家のような発言してんじゃねぇっつうんだ」

 そう、彼は居なくなった過去の自分の姿をした人間に対して馬鹿にしつつ酒を口寂しくなったら含みつつ呟く。

 「ボーモン・コーエン。そんで以てダルダねぇ……」

 糞ったれの弟の以前の過去に出た悪党達。彼は建物に入っていた棚にあった小説に載ってたゆえに彼同様に知ってる。

 何故、その本が存在するか? と悩むより、彼が考えなくてはいけない現在の出来事。

 「……一体、奴の世界ってどうなってんだ?」

 あの若造の居る世界……それが何度考えても異常な事は理解してる。

 自分がアニメとして存在してたと言う中のキャラクター。

 『銀の聖者』(トキ外伝)

 拳の腕ならば渋々ながらも認めていた兄者を想っていたと言う人物のサラが居る事から解る。

 『蒼黒の飢狼』(レイ外伝)

 これも、一番上の己が最強だと謳っていた不遜極まりない兄者の配下となったカレンと言う人物から解る。 

 そして、あの自分を殺した百回殺しても飽き足らない奴の中に出た、あいつの話してた者達……。

 小説版の『ケンシロウ外伝』 

 恐らく、『天の覇王』やら、その他の類似する外伝作品のキャラクターも間違いなく存在している。

 そして……そのような事は本来有り得る筈が無いのだ。

 「何で『架空の奴等』が平然と奴のいる場所で生きている? ……考えれば、考える程に可笑しい事ばかりだぜ」

 それに……と。ジャギは残る酒瓶の中の液体を飲み干して思考する。

 (奴が言ってた、もう一人の俺とか言うの……そりゃ、一体……)

 そこで、彼は何気なく外の方に目線を映し。

 静かな驚愕を血走った目を大きく開く事で表現する。

 「……んだとっ?」

 立ち上がるジャギ。見えた物体は、有り得ぬ物。





                                 ……バイク。




 以前、曾ての彼が乗り回していた愛用品。

 それが、ぽつりと最初から有ったように自分が居る建物より一キロ程の場所に忽然と出現してたのだから。

 彼は、幾分上がった動悸と共に理不尽に姿を現した突然の存在に目を奪われる。

 どうする?

 そんな躊躇を一瞬浮かべ、無意識に花咲きそうな蕾を見下ろし……。

 「……其処で待ってろ」

 そう、彼はぽつりと呟き新たな酒瓶を腰に提げて用心深く建物出口へと出る。

 体感時間にして数年。その数年一度たりとも遠出しなかった彼の久々の遠方への趣き。用心深く散弾銃を構えつつ近付く。

 「……間違い、ねぇ」

 恐る恐る、罠である事を想定しての地面、周囲の空気や天空を警戒しつつバイクへ近づいて触れる。

 見間違える事ない……色合い、大きさ、どれを取っても自分が以前常に乗り続けていた物だ……っ!

 「……んでだ」

 胸に迫る、今まで感じた事の無い震えるような感情と同時に馴染み深い怒りの感情が彼の身を焦がす。

 「何でだ……何で今になって現れた!!?? 一体何故だ!!!?」

 解らない、解る事が出来ない。

 その苛立ちが、彼の体に灼熱の温度を巡らし、握り締めた銃の柄を折曲げかける程の力を滲ませる。

 そして、彼が表現し難い感情に苛められた直後……それは起きた。






                      ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!!




 (!!!!!??ッッッ)

 突如の……砂嵐。

 ジャギとバイクを囲む砂嵐……それが彼の住む建物の有る場所の方向も、周囲全体を砂の嵐の壁が出現し彼を閉じ込める。

 反射的に、彼は壁を破壊せんと直後放つ。

 彼が今の世界で磨きに磨き抜いた邪狼の一撃を。

 復讐、報復、怨嗟、私怨、憎悪、そして孤独ゆえの己の過去を集約した一撃を。

 あの鉢植えが存在する建物が視界から砂嵐によって飲み込まれた瞬間、渾身の力込めて放っていた。




 ……が。

 


                                  ガオンっっ!!



 「……っっ!!」

 その両腕で抉らんと貫こうとした両腕と手は砂嵐の手によって鈍い音と衝撃を受けて跳ね返される。

 鈍い痛みと共に、彼の視点の中で掲げた両手からは無数の切り傷が瞬間出来上がっていた。

 「……ぉ」

 そして、この世界に生きる復讐の獣は刹那、砂達の罠によって最後のオアシスから隔離された事を知り。






 「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」





 その砂嵐の鳥籠の中で、全ての生き物が一瞬身を縮める程の咆哮を解き放つのだった。



 ・



 
        ・

   ・



      ・


 ・



    ・



       ・

 気付いた時、一つの体のパーツが地面へと零れ落ちているのを只、眺めていた。

 「ぐあぁっ……!」

 耳を押さえ、僅かに溢れ出る血が石畳へと一滴、二滴と落ちる。

 目の前の傷だらけの男、そいつは有り得ない物を見るように落ちた物体を見つめてから、自分の方に顔を向ける。

 その眼には……表現する事すら愚かな程の明確なる殺意や復讐の負の光が轟々と輝き放っていた。

 呆然と……ジャギは、今自分が犯した行動を漠然と虚ろに受け止めていた。

 ……事が起きたのは一刻程前。

 「おい、貴様、此処の寺院の修行者か?」

 北斗の寺院での修行、今日はケンシロウはユリアの元へと趣き、トキもサラの元で医術の勉学、ラオウも独自に修行。

 ジャギは、珍しく一人だけで寺院の中で一指弾功の修行を行なっていたのだ。その時に乱暴な口調が横から届く。

 見れば、それはスキンヘッドで体中に他者から受けたであろう拳打や武具の古い傷跡が目立つ男。

 「んっ……そうだが」

 「此処に、リュウケンとか言う北斗神拳を扱う男が居る筈だ。会わせろ」

 そう、男は命令した。父親を指名されたジャギはと言うと、少しばかり顔を顰めつつ応答する。

 「誰が知らないが、父さ……師父は小用あって此処には居ない。日を改めて来てくれ」

 そう、彼からすれば格段に優しい言葉で応対する。ざらに、リュウケンが凄まじき拳法家である事を誰か知らぬが
 駆けつけて決闘申し込む人間は幾多が見た事ある。最も、リュウケンは全く相手せぬが、それとも何処かへと
 その申し込んだ人物を連れて行くと、その人物は何の目的だったか解らず首を傾げて立ち去るのがざらだったのだが。

 男は、鼻を鳴らし嘲笑模る。ジャギは未だ出会って何分も経たないのに、この男の雰囲気に苦手意識を抱いた。

 「ふんっ、なら待ってやる。……お前は、リュウケンの何だ?」

 「……父だ」

 「父? リュウケンには子など居ないと聞いたぞ。……あぁ、成程養子か」

 物好きな事だな。と、何様か知らぬが目の前の男は小馬鹿にした笑みと共に一人で納得して頷く。

 ジャギは、額に皺刻めども、この程度の言葉で彼に喧嘩を売る程に精神の年齢は子供染みては居ない。

 無視し、何分か独自の修行を続ける。拳闘士の男は、柱に寄りつつジャギに視線をじっと向けていた。

 ジャギは、最初は視線に関知しなかったものの暫ししてから気分も良くなく否応無しに相手をする事に決める。

 「……そんな風に見られても何も面白い事なんてねぇんだが」

 「そうか? ……見た所、中々鍛えているな」

 「普通さ。他にも兄弟三人居るが……俺より強いよ」

 特に、世紀末に至ったら化け物級だ。と、ジャギは心の中で続けつつ返事を返す。

 男は、最初は別にジャギに好戦的な様子は見せなかった。

 だが、他の兄弟も強いと言う事に敏感に反応し……その目に危うい光が浮かぶ。

 「……ふんっ、それは興味深いな。……まっ、いいさ」

 少し用事を思い出した。そう言って男は突然帰ると告げて、又明日訪問すると言い残して去ったのだった。

 「……?」

 ジャギは、突然帰ると告げた男に僅かに疑問を残しつつも、その時は未だ彼に対して何か思う事は無かった。

 「はぁい、ジャギ」

 手を上げて微笑みつつ姿を現す女性。二匹のお供と共に目は閉じられても器用に転ぶ事なくジャギへ近寄る。

 「おっ……アンナ、道中何とも無かったか?」

 「うん、大丈夫だって。……今、誰が通り過ぎたけど誰?」

 気配だけは感じとれているのだろう。盲導犬の如く礼儀正しくアンナに擦り寄るリュウを撫でつつアンナは尋ねる。

 「知らねぇ奴。親父と闘いたいって言う物好きさ」

 「ふ~ん……」
 
 そのまま続けて彼女と会話し何時もの日常へと佇む彼は、既に来訪者の事を頭の外へ完全に追いやっていた。

 ……未だ、その時はだ。







 数日後……。



 
 「……何だよ、おめぇ未だ来たのか」

 「又、来ると言ったろうが? ……そして、今日の用向きはリュウケンもそうだが……別の方にもある」

 又、ジャギは一人で修行をしていた。まるで見計らっていたかのように古傷で身を包む拳闘士が来訪する。

 鬱陶しそうに、ジャギは幾分顔を顰めて応答すれば男はニヤリと告げた。

 「……貴様、俺と闘え」

 「はぁ?」

 ジャギは、最初唖然とした。リュウケンと闘いたい者が、何故自分と闘うと言うのだ。

 何度でも言うが、この『ジャギ』は戦闘狂でも好戦的な性格でも無い。あくまでも平和を愛する小市民であると明言してる。

 その彼へと、拳闘士の男は爛々と瞳の光を強く滾らせて言葉を吐き出す。

 「……良いから闘えよ。それとも……貴様は俺なんぞ相手にする気も無いと思ってるのか……あぁ?」

 そう、脅迫を裏に秘めた言葉に……ジャギは己の不幸振りを嘆きつつ拳闘士との闘いに応じたのだった。

 ……そして。

 (……おせぇ)

 ゆっくりと突き出される腕。一秒程の時間のズレの認識と共に放たれる蹴りを軽々と避けるジャギ。

 顔中に汗を垂れ流しつつ必死に拳打を放つ拳闘士。対する彼は汗一つ掻く事も無く僅かに渋面で避けていた。

 (やっぱり……見える、動きが)

 サウザーと闘った経験ゆえか? これまでの血の滲む夢幻と現実の修行のお陰なのか?

 どちらも両立してかも知れぬ。ジャギは、今はっきりと目の前の拳闘士の動きがはっきりと見えていた。

 拳闘士の顔には困惑と絶望が垣間見える。当然だろう、自分とて軽々と全ての攻撃が避けられたら同じ表情するだろうから。

 有り得ないと言う表情の男と、その表情に申し訳ない表情をつくる男。

 だが、次の瞬間には羞恥と手加減しているゆえの恥辱を混ぜ合わせての怒りだろう。男の顔には憎悪の色と
 凄まじく浮かび上がる血管が見えた。吠え声と共に、男は先程よりも獣に近い動きと共にジャギへと攻撃を加える。

 (……っ)

 先程よりは早い、それでも1コンマ程の見切りで避けれる程のスピード。

 自惚れる訳では無いが、自分は今強いのだろう……そんな漠然とした思いがジャギの心を満たす。

 それを感じ取ったのか偶然か、男は激怒の表情と共に喚き立てるように怒鳴る。

 「貴様ぁ! 俺を侮っているのかぁ!!」

 ジャギは、何も言わない。今、この男に慰めや挑発の言葉や言い訳……どれを返しても更に油を注ぐ結果にしかならないと判断し。

 それは正解であり、男は続けてジャギへと言葉の弾丸を吐き出す。

 「貴様のような何処ぞで生まれたかも知れねぇ餓鬼に俺が負ける訳ねぇだろうが! ほらっ、さっさと来いよぉ!!
 それとも、てめぇは親父が居なければ何も出来ない弱虫野郎が、おい!!? てめぇのような息子を持ってリュウケンも……」

 次々と、自分の両親、家族に対する罵りにジャギは目を閉じて聞き流す事に徹底する。。

 行われているのは精神の闘い。そして、既に拳闘士は敗北者であり、乗っかれば己は目の前の男と同じ惨めになると知ってるから。

 ……だけど。

 「……っこの前のメクラの女だって、そうだぜ!!」

 その言葉に、ジャギは目を開けた。一抹の赤い光が滲んでの瞳、拳闘士は気づかない。

 「おめぇのような弱虫野郎に付き合ってるなんて余程頭可笑しいか狂ってるかのどっちかだろぉ!!
 後で町で見たぜ!! 元々暴走族の兄貴の妹で、親知らずの餓鬼らしいな!!」

 彼は、彼自身や。そして百歩譲り兄弟や父についての事でも何とか耐えれた。

 だが、それだけは如何様にしても、例え天地が引っ繰り返ようとも。

 彼は、彼女の魂を穢すような言葉を聞き。

 「何処ぞも知れぬアバズレと拾われっ子!! 全くもって……」

 お似合いだぜ!!! そう、拳闘士の男が怒鳴った瞬間。





 ……ドヒュッッ……!!!





 ジャギは、その拳闘士の横を通りすぎ……そして、その片方の耳を切り落としたのだった。






 …………。



 自分の犯した所業に愕然とする。ジャギは、自分が何をしたのか数秒理解出来なかった。

 だが目の前で落ちている片方の耳と、男の歪みきった狂気的な憎悪の顔が自分の仕出かした行動を裏付けていた。

 「貴様っ」

 男は一言叫ぶ。

 「貴様ぁっ!!!」

 喉笛に向かって飛びかかりそうな男。数秒の猶予あれば、拳闘士は間違いなくそうしていた。

 だが、それを実現叶わずさせたのは広間中に木霊する一人の男の声。

 「ジャギっっ!!!」

 それは、拳闘士が願っていた人物。そしてジャギの父。

 リュウケン……その北斗神拳現代伝承者は険しい顔と共に交互に闘っている二人を見ていた。

 形容しがたい迫力を秘めての顔つきに、両者共に闘気を失せて暫し自身の中の暴れる感情に決着をつけようと呼吸を正す。

 「……っ覚えていろっ!」

 拳闘士は、場の状況が己に劣勢と判断してかジャギを一度睨み、リュウケンの横を構わず通り過ぎた。

 リュウケンは治療の為に呼び止めるのも無視して……残されたのは父と子と、凄惨なる所業を主張する片方の落ちた耳。

 「……一体、何をしたのだお前は」

 静かに、少し落胆するような声がジャギの心に酷く痛みを覚えさせる。

 洗い浚い話すジャギ。最も、耳を切り落とした時の行動は記憶が一瞬飛んでいた為に曖昧に言葉濁してだ。

 「……そう、か」

 リュウケンは全て聞き終えると、遠くへと視線を向けながら無言でいた。

 「父……師父、俺は……」

 「良い……何も言うな」

 そう告げる意味合いは信頼か、又は息子の犯した行動を非難しての言葉か?

 ジャギは、今は彼に冷静に向き合えぬだろうと知り……気落ちしつつ自室へと戻る。

 「はぁ~……」

 (頭痛……ひでぇ)

最近になって日増しに酷くなる頭痛、及び回数。

 鳥影山の仲間、友人等にも心配かけそうな頻度。この前セグロ等と組み手してる最中にも頭痛が起きて中断してしまった程だ。

 『病院行けよ、いや本当に。頭痛持ちの拳士なんて致命的以外の何者でも無いだろ』

 そう他の皆から言われグウの音も出ない。だが、トキが教授受けた名医に診て貰ったところで全くもって
 異常無しと言われてるのだから仕方がない。これは、やはり病魔や精神的な傷害とは違ったものなのだろう。

 (……アンナだけでも、言えたら良いんだが)

 正直、何度未来を変える為に告白したサウザーやら、親友のシン。そして手段を選ばなければ何でも実現可能出来そうなユダ
 信頼を置けるレイを含む鳥影山の仲間達や華山一派など、ジャギは何度か彼等を浮かべて洗い浚い打ち明けようとしただろう。

 そして、彼等ならばジャギの苦悩を笑わず真面目に聞いて真剣に対処を案じる予想も簡単にジャギには出来た。

 それでも、いざ決意を固めた瞬間に頭痛は彼の意思を弱まらせ結局何時も口を閉ざす結果へと終わる。

 (アンナ見たく……俺も何かに呪われてんのか?)

 そう、冗談でない考えに彼はゾッとする。悪魔憑きでは無いだろうが、今の自分の状態は正しく異常だから……。

 (あぁ、くっそ……)

 先程の記憶が飛んだ後に起きる急速な眠気、そして彼は意識が暗転すると認識しながら。

 (正直に告白出来るのは……あの野郎だけかよ)

 そう、今回も荒廃した不思議な世界で出会うであろう存在の事を考えつつ、急激なる惰眠へと誘われるのだった。






 ・




        ・

   ・



      ・



 ・



     ・



         ・


 目が覚める、見慣れたCLUB STORKの褪せた文字。それと共に彼は溜息を吐きつつ建物の方へと入る。

 空を仰げば何時もの如く朝と夜が両立したようと不思議な光景。黒い太陽、そして星空。

 (実際……何なんだろうな、此処。あのジャギが居る時点で、未来の世界とかでもねぇだろうし……)

 彼岸、あの世とか一瞬連想するが、それにしたって人っ子一人居ないのが説明出来ない。自分の精神世界かとも考えるが
 それなら尚更、あのジャギが居ると言う事に理由が付かないので謎が謎を呼ぶばかりだ。

 考えても、この馬鹿な頭じゃ一生解らないだろうなぁと自傷の溜息を吐きつつ彼は中へと入る。

 「おーい、来たぜぇ……?」

 呼びかけてから数秒、気づく異変。何時もなら鬱陶しそうに返答するか、それとも面倒そうに顔だけを窓から出すなどを奴はする。

 にも関わらず……今日に限って姿が見えない。

 「……居ないのか?」

 そう、彼はジャギの名を呼びつつ建物を捜索する。どっかの部屋で寝てるのかと考えつつ。

 「……いねぇな」

 やはり、変だ。

 何時もならば、自分の出現に気付き奴は直ぐに鬼の修行を開始するか、或いは気紛れで一人でやってろと命令したきりで何処かの
 部屋で寛ぎつつ、窓から炎天下で修行する自分を時折さぼってないか確認する……と言うのが恒例だった。

 なのに……今日に限って姿も無いし、何処の部屋にも見当たらない。

 (出掛けた? ……全く、この建物以外、何もない世界へと?)

 瞬時に、有り得ぬと結論が出る。あいつは、この居城を口に出さずも酷く気に入ってるのは理解出来てたから。

 色々と部屋を探り(どうしても開けれない部屋が幾つあったが)最後の部屋を見て瞬きを何度かする。

 「……この鉢植えまで放っておいたのか?」

 鉢植え……何時からか奴がせっせと水を遣っていた一輪の華に成りかけている蕾。

 それが寂しそうに一つの部屋に点在している。まるで彼が居ない事を不安がるように(有り得ない考えだが)揺れている。

 「……何処に行ったか知ってるか? ……って、悪いな聞いて」

 花が喋るか。そう馬鹿げた行動に出た自分に頭を掻きつつも、あいつは喋っていたような時があったなと回想する。

 見れば花の土が乾いている。

 何時もならば、どんな事があれど此処に訪れた時には決まった時間に水を奴はやる。

 鉢植えの横には華へ注ぐ為の専門の水の容器すらあるが、それも減っている様子は見えない……。

 奴が帰って枯れるような真似になったら態度や口に出さずも酷く悲しむだろう事を予測し、ジャギは適当にジョウロで水を注ごうとして……。











                               「……おい、小僧」








 


 そんな声が背後から地獄の底から沸くように聞こえて、ジャギは思わずジョウロを落としかけた。

 「うおっ!? ……って、驚かすなよっ!!」

 一瞬びびったが、それでも安堵を浮かべ彼は振り返る。

 何処に隠れていたが知らぬが、腕を組んで自分を睨むのは何時も通りの奴だ。

 心配も杞憂だったと。ジャギは気さくに彼へと話しかける。

 「何だよ、居ないからどっかへ出掛けたんじゃねぇかって思ったぜ。ちょいと相談したい事が……」

 あってよ。そう言いかける間際、その彼はジャギを無視し脇を抜けて椅子へと座り込む。

 「……? おい、ジャ……」

 名を紡ごうとした瞬間、彼は何時もの彼に違和感を抱く。

 口を開けば罵倒だけしか開かぬ目の前の人物は、『水を入れた容器』から直接口に流し込む。

 「……何……見てんだ」

 たちまちの内に、容器の水が消える。小さな吐息が部屋の中に静かに消える。

 容器を置くと、男は飲んでた時に閉じていた目を開きギラギラとした眼光で自分を見る。

 可笑しい……胸の中に、小さく不安の芽が芽生える。

 「いや……別に」

 「……けっ」

 やはり、何が変だとジャギは思う。

 何時もならば一言、二言か小馬鹿にした発言をするのに投げ遣りな態度。まるで、何かを隠したかっているようだ。

 そして、片手は腰に提げた銃に伸びたり縮んたりと繰り返している。

 今にも……『何か』を撃ち殺したくてウズウズしているかのように。

 (何だ? 何が変だぞ?)

 此処に来て、ジャギは目の前の何時のまにか自分の師のような存在に成っていた存在の異変に気付き警戒心を浮かべる。

 そして、手を伸ばし鉢植えを胸へと抱え。再度目の前のジャギへと注意を集中する。

 彼は正しい行動をしていた。ジリジリと、目の前の存在に警報を鳴らし部屋の出口へ後退するのも全く正しかった。

 だが、其処で男は彼の行動を制限するように行動を起こす。

 「……おい、小僧」

 暫し、重苦しい空気が漂っていた。

 そして開かれる口。その口調は何時ものジャギに似ながら、全く違う人物の声のようにジャギには感じられる。

 「何を……怯えてんだぁ? ……おいっ」

 そう言って……ゆらりと爛々と不気味な眼光を浮かべつつ男は立ち上がる。

 一歩、ジャギは足を前に出し。

 一歩、ジャギも又後退をする。

 それを二、三度続けてから……男は言った。

 「……何をそんなに怖がってんだよ……なぁ、ジャギよぉ……っ」

 違う……こいつは……違う!!

 その、何やら脅迫めいた空気が漏れ出る彼に……意を決しジャギは告げる。

 「てめぇ……誰だっ」

 その言葉に、近づこうとしていた男はピタッと足を止めた。

 暫し、息をするのも苦しい雰囲気が続いてから……男は、平然と彼へと目線を注ぎ問う。

 





 「……何で気付いた」



 其の一言で……今まで不安定ながらも未だ均衡していた薄く残っていた暖かな温度は全て消失する。

 目の前の存在が、何時もの知る存在では無いと暗示する言葉と。そして、静かに昇る見えぬ煙のような脈拍を加増する気配。

 それに、彼は恐れる事なく視線に立ち向かいながら解答を出す。

 「先ず……てめぇの飲んだ水だが……それは俺が手に持ってる鉢植え専用の水なんだよっ」

 自分が不安定に持ってるゆえか、右往左往に揺れる蕾の華を抱え直しつつジャギは続ける。

 「そして……『奴』は俺の事を小僧なんぞ呼ばねぇ! 何時も糞餓鬼、糞餓鬼って言う!」

 『見知らぬ相手に襲われてもよぉ、格下だと思われちゃ負けだ……例え演技でも虚勢を張るんだぜ』

 どんなに好かなくても、言われた教えは体に刻まれる。

 強く、今まで受けた中でも三以内に入る殺気と妖気を受けながら、ジャギは汗を流しつつも強い口調で紡ぐ。

 「最後になぁ……どんなに上手く隠してもよぉ! その腕に微かに見える弾痕が違う証拠なんだよ!!」

 そう言って、ジャギは片方の手を上げて、目の前の不審者へと指を突きつけて証拠を示した。

 「答えろ……てめぇ何者だっ!!?」

 



 ……時が数秒、重くも緩やかに流れた。


 誰も何も言わない。少しでも何か言えば、風が僅かに吹いただけでも何かが崩れそうな重圧だけが続く。





 「……成程な……不意打ちが出来る程に……屑ではねぇのか」



 不意に呟かれる声。それと共に滲み上がる気配。

 憎悪

 「俺が何者だと? ……ジャギだ」

 怨嗟 怨恨

 「ジャギに決まってる……俺様はジャギだ」

 悔恨 復讐 憤怒

 「世紀末、悪魔と称された……それが俺様だ……!」

 狂気 苛虐 悪意 絶望

 「極悪非道! 残虐非道!! この世で最も救われねぇのが俺だぁ!!」








                             「俺様は北斗神拳伝承者ジャギ様だぁ!!!」





 吠えた。男は吠えた。

 それと同時に、噴火するような怒気・瘴気・殺気・狂気・邪気。

 ありとあらゆる、人間の負の感情を爆発させたかのような男の気配にジャギは蹈鞴を踏みつつ部屋を飛び出す。





          「どうした!!!? 何故逃げるんだよ小僧!!! 何を逃げる必要があるってんだよ小僧ううううううううううぅぅぅ!!!!」




 追いかける絶叫と、そして足音。ジャギは無我夢中で外への道の為に鉢植えを心臓のように抱えながら階段を降りる。



 ……ドォォォォンッッ!!!


 「逃すかぁ!!!!!」

 だが、彼の試みた逃走は一発の銃声と脚に走った激痛と共に地面へと激しく接吻して終わる。

 「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!! 逃げれる訳ねぇだろぉ!! あぁ、この場合逃げられんぞぉ~……てかぁ!!?」

 そう、男は正気でない目つきで嘲笑を造りながら散弾銃に装填しつつ肩に銃を寄せて近寄る。

 「てめぇだけは殺す、俺が殺す! その為に俺様はっ、俺様はコッチにようやく出れたんだからなぁ!!!」

 (?? 何っ……何を言ってんだ、こいつは……)

 迫り来る恐怖の中で、ジャギは男の言葉を懸命に理解しようと息荒く立ち上がろうとしつつ思考する。

 だが、そんな猶予など無い。気づけば、ジャギは息を呑むと共に額に恐ろしく冷たい温度を感じてたのだから。

 一秒程、だが途方もなく長く。地面に崩れているジャギと。何者かも知れぬ鉄兜の中に覗く視線が交差する。

 「じゃあな……」

 引き金へと込められる指。

 「てめぇの後は……俺が引き受けてやる」

 狂気と狂喜を秘めた光が膨れ上がる。

 「貴様の送る人生はな……此処じゃあねぇんだよ……!!」

 絶体絶命……そう、彼が覚悟を胸に浮かべ、赤い眼光を見つめる中。

 「てめぇには一度たりとチャンスはねぇ。そのまま死に『おい』……っ」













                            「……俺の名を……言ってみろ」








 その引き金が引かれる瞬間。銃弾によって生命尽きようとした彼に、未来の自分の姿をした救世主が訪れた。

 同じように、自分に銃を突きつけている未来の姿をした格好の自分の後頭部に銃を突きつけて。








                                夢幻の世界に……貪狼と邪狼が出逢う










               後書き




  いやあ、待ちに待った二人のジャギ。



  次回は格好よい戦闘描写を頑張りたいです。それと、この話に関しては時系列は余り関係ない感じで。





   ……何時になれば世紀末になる事やら(遠い目)







[29120] 【流星編】第十六話『紅鶴は天を望み 丹頂の心は憂い』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/07/12 21:45












 




 
 既に放されてしまった悲劇と言う名の空飛ぶ獣は

 例え 全知全能の神たろうとも 追いつけぬから

 翔く鳥と そして それに連なる戦士達の瞳には

 その獣は 空へ届き聳え立つ 絶望に見えはする

 けれども

 その手に握り締める 今を生きる証と意思だけは

 その光だけは 例え誰であろうとも……きっと





 
 ・





         ・


    ・



       ・


  ・




      ・



          ・



 一人の薄汚れた黒い長髪を靡かせ、空を舞うように踊るように戦士が幾多の武者達を相手に技を、力をぶつける。

 南斗狂鶴翔舞(なんときょうかくしょうぶ)

 それが、先程から戦士が放っている攻守鉄壁なる彼の矛盾を兼ね備えた技である。

 真空の刃を身体へと纏い、相手へと接近する。それだけで無敵の風は己以外の全てを切り刻む凶器として振舞う。

 見えぬ風の刃は、鎖帷子やら鉄の防具を纏う武人でさえも彼の発動した風の刃を受けて切り刻まれ、人は呻く間もなく死す。

 『あ、悪魔か奴は……っ!? 一人だけで、この人数相手にっ』

 そう、口々に敵対する勢力は恐れ慄きつつ後退する羽目になった。

 剣を、槍を、盾を真っ二つな無力な棒きれへと変えられて手から投げ出し敗走する兵士達。

 「こっ……こら逃げる『最後はお前のみだ……!』っ」

 部隊長は、逃げる彼等へ首を曲げて怒鳴るが、彼の命運をもぎ取る死神は既に空中へと翔けながら目前の宙に両腕広げて迫る。

 後退、避ける事は不可能。元より己には勝つ以外の手段など残ってないのだから。

 「っきぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 「はあああああああぁぁぁぁ!!」

 覚悟決め大太刀を振り抜く部隊長と、そして軽装ながら片手だけを突き出し宙から下斜めに降下して横を瞬間抜けた男。

 僅かな間の後に、部隊長の首はゆっくりと横へとずれて落ちる。

 自分が死んだ事すらも解らぬ顔つきのままに胴と首は別れていた。

 指揮権のある人物の死、それが合図となり大多数の敵兵達が目の前から逃げ去っていく。

 今日の戦場が終わる……終わりの鐘の合図と共に敵軍が退くのが見える。

 その彼は、自分が死骸に変えた敵の長を見下ろしつつ飛び散った血によって大分赤くなった髪を摘まみ上げつつ過労の色を顔に出す。

 「おい、ユダ。お前戦場に出てたなら言ってくれ……っと、何だヨハネか」

 彼が、黄昏ながら赤い髪を見ていると横方向から声が聞こえ彼は首を向けた。

 「……そんなに、俺の顔はユダに見えるか?」

 「いやっ! そう言う訳じゃないヨハネっ……ただ全体的な骨格とか似てるからな、お前は」

 影武者にでも、成ろうと思えば成れるぞ? そう……擬態色の布地の服を着ている七首(ひしゅ・中国にある短刀
 を手にしている男が現れて、相手を不快にせぬ和やかな笑みを浮かべている。その短刀には目に付く血が。

 言われた本人は、怒る訳でないが疲れた様子で彼へと言い竦める。

 「そんな言葉、ユダに聞こえたら大変だぞ?」

 彼は、誰かに似ていると言う言葉を消えば、どのような仕打ちするか解らないのだから……。

 そう、ユダに少々何処かしら似ている南斗の拳士……丹頂拳伝承者ヨハネ。

 彼の助言に、七首にこびりつく血を拭いつつ笑みを消さぬまま男は軽やかに告げる。

 「誰も聞きはせん。何より……」

 不満のある奴は……返り討ちにしてやるだけだ。と、笑顔の中に暗い光が澱んでいる男の声に、ヨハネは眉を顰める。

 「シカリウス……言葉が過ぎるぞ」

 「構わないだろヨハネ? 俺は『風切(かざきり)拳』の伝承者だぜ。どんな俺への悪風だって断ち切ってやるよ」

 俺の七首でな。そう言って彼はヨハネの肩を一度叩いて去る……恐らく残党兵狩りだろう。

 ヨハネは一瞬声を掛けて止めるべきか迷い、結局断念する。

 きっと、彼は逃げ惑う兵達を嬉々として殺すだろう。己の中の今の環境に対する負の感情の都合良い生贄として。

 止めれば、彼の狂気は高まる。それは、自分では対処出来ぬ事柄だ。

 自分自身は、これ以上誰かを手に殺めたくない。自身は殺人狂では無いのだ……そう言い訳しても、戦場に立てば
 誰かを確実に殺めなければいけぬ今の状況に、救いと言えば苦しむ間もなく天へ送ってやる方法以外知り得ない。

 少しばかり重く感じる足を前に進めると、その途中また声が自分掛けられる。『ユダ』……と。

 振り返れば、間違ったと言わんばかりの表情を浮かべる血で塗られて刺鉄球を背負っている男が居た。
 体格は、ヨハネと同じく中肉中背。腕だけは常に鉄球を持っている所為か太い。それで彼は正体を察する。

 「……お前か」

 そう刺付き鉄球を持つ男へ、目元へ寄った髪の毛を払いつつヨハネは返す。

 「何だスガール。ユダに用事か?」

 「別に……ただ大将が戦場の中心に立つのは、余りに珍しいと思ってな」

 只の人違いだ。そう彼は幾分冷たく言い放ち彼から背を向ける。

 そう言って、既にヨハネに興味は無いと言わんばかりに刺鉄球をサッカーボールのように軽そうに持って歩いて行った。

 確か、あいつの拳法は刺鉄球を自分の肉体のように自由に操って相手を粉砕する武術だったな。とユダは考えながら見送る。

 『南斗砕破(さいは)拳』……確か其の様な名の拳法だ。

 二度も、自分の名前を自国の将と勘違いされて彼の疑問は常に封じているに関わらず浮かぶ。

 本当に、自分は何故ユダに微妙な部分が似ているのか?

 若しや……自分とユダには出生において何か関連する事があるのでは?

 そんな悩みは、世紀末前にも有ったがユダに問い質す機会は無く。常に己は彼にとって拒絶される態度を取られていた。

 ある種、それは自覚はしていた。師父等からは『ユダの拳は、お前の拳と相互関係にある。だから上の立場になると恐れてるのだ』と
 言われていたからだ。だから、きっとソレで彼は自分を嫌うのだろうと思っていた。少々の不可解さを押し殺しつつ。

 だが、今の混沌した時勢になっても彼が相も変わらず己を拒否する態度は怒り・呆れを通り越して悲しみが沸く。

 ヨハネは早く、この悩みを起こす返り血と胸の陰鬱を水と共に洗い流したいと感じつつ帰還するのだった。


 ……。



 帰還して、少々の時間が過ぎると正装した南斗の印を宿した軽鎧具を付けたヨハネは、地図を指しつつ
 周囲に居る数十名の男女を相手に話をしていた。その中にユダやダガールなどの人物達は見えない……。

 「……現在、サウザー帝を中心として南斗の勢力は大きく拡大している。喜ばしい事に、最近では侵攻する敵も大幅に減少したとの事だ」

 サウザーの拠城と同じく、一室では周辺の地形を詳しく模した地図を壁に掛けており、ヨハネは一点を示し続ける。

 それは、以前の関東地方のあった場所。

 「孤鷲拳のシンの将は現在の拠点の防衛強化に腐心しているらしい。だが、昨日程前に遠方へと赴く可能性ありと報告あった」

 その言葉に、円卓と共に座り傍聴していた一人の手が上がる……女性だ。

 「何だ? レビ」

 「遠方へ赴くって何が目的? 国を開けるんだから余程の事なのでしょ?」

 クリクリとした大きな瞳の薄いピンクの唇の持ち主が机に肘つけて開いた両手に顎乗せてヨハネを見遣る。

 意識して可愛らしい仕草する、この女性が中位36派の内の一つ『南斗飛鳥拳』の使い手と誰が思うのか?

 そう苦笑いを僅かに浮かべつつヨハネは返答に困る内容に素直に答える事にした。

 「噂だが、その方向には女人だけで住まう国が在るらしい。兵士達の不満解消の為にな……」

 「あはっ……世界が半ば壊れたのに、男ってば下半身は正直なのね」

 髪を一度掻き上げつつ彼女は笑う。だが、目だけは笑ってないのが周囲の人間達には知れた。

 咳払いして、次に身体に(変な意味でないが)鎖を纏っている鋭い光を備えた男が口を挟む。

 「そう蔑むなレビ。性欲は確かに生命に関わりはせぬが、何時も血や屍肉を兵は相手している。
 少しばかりで良いから、女性の柔らかさに包まれ癒されたいのが男と言うものだよ」

 「ヒゼキヤ。もっともらしく言ってるけど、女相手にソレって軽い猥褻よ?」

 真っ当な言葉と真摯なる説得で、その隣人の女性へと場の空気を取り直す為に口を開いた人物。

 『南斗嵐鎖(らんさ)拳』……鎖を扱い敵を屠る武術を扱う人物だ。

 彼の応答に、若干の肩透かしを味わった顔つきをレビは浮かべてから苦笑いと共に怒気を引っ込める。

 ヒゼキヤのお陰で場の空気が戻ると、ヨハネは軽く安堵しつつ話を続ける。

 「……よって、道中に何か起こるか解らないからな。我々の何人かも同行すべきではと考えている」

 南斗の味方の軍の護衛を、そう提案するユダの言葉に何人かは反対せず微かに頷く。

 これならば、今日の議論は何事もなく終わりそうだ。この国の将軍として活動しているヨハネはホッと息つこうとした時
 円卓に座っていた内の一人は、閉じていた目を開けて意見した。静かで、余り人間味の少ない声色が卓へと上る。

 「そうだろうか? あちらにも約20派、南斗伝承者は属している」

 そう言って、柔らかな絹地の服を纏い背中にザグナル(戦闘用のつるはし)を背負っている少々頬をこけた男。

 微かに病に侵された目つきで、ヨハネを若干非難するような目つきで言葉を続ける。

 「我々の現在の状況とて、見方を変えればお粗末な物だ。この地はユダ殿下によって水源も確保されており渇く心配も無い。
 だが、だがだ。この地を軽はずみに空ける……それによって貴重な資源として狙う輩とて多いのだぞヨハネ」

 「何が言いたい」

 少しばかりきつい視線を向けるヨハネに、やれやれと言った様子で呪い師のようなロープを纏う人物は返答する。

 「現在の戦力を分散して良い事など一つも無い、そう言いたいのだ。こちらには現在、兵力は確かに数千は保有され
 将も含めて23派が現存しているが 兵達とて日々の攻め入る他勢力に疲労している。お前だけの国では無い」

 「そんな事は解っているっ」

 「落ち着け……ヨハネっ」

 その死神のような風貌の男の言葉に、度重なる心労ゆえか思わず強い語気になった彼を諌めるように円卓の一人が声を放つ。

 一声によって直ぐに正気へと戻る彼へ、その病的な顔つきした男は更に独白した。

 「だからこそ、遠征など軽はずみな行動で自国の防御を薄めるなど愚の骨頂だと行っているのだ」

 「ヨアシュ……だが、他の南斗の仲間達が道中の難に苦しんでも良いとお前は言うのか?」

  ヨアシュ、それが若干死神のような風体の男の名。

 それに、薄ら笑いで自分へと意見を述べる。

 「あぁ……人は如何なる結末であろうと最後には死ぬ。……道中の事故で死のうと、それが其の者の定めだ」

 「口が過ぎる」

 その言葉に、薙刀を背負った利発な顔つきの女が忌々しそうな舌打ち、強い視線と共にヨアシュへと告げた。

 彼女は彼と同じく南斗伝承者、そして因縁なくも睨みつける名を呼び掛ける人物とは仲悪い。

 「下位36派『南斗羽断(うだん)拳』のヨアシュ。上位拳法を扱う将軍に対して余りに口が過ぎるぞっ」

 「……お前とて、『南斗空離(くうり)拳』のアサよ……何時から私に命じれる立場となった」

 「なにぃ……!」

 サウザーの拠点でのキタタキの場合と違い、直ぐにでも乱闘以上の戦闘起きそうな雰囲気が沸き起こる。

 それは、彼等の活動する環境ゆえか。或いは将が将ゆえにか……。

 パンッ、パンッ! とヨハネは両手を叩き厳しく声を響かせる。

 「止めろ! ……とにかく、サウザー帝も噂の女人の国に関しては興味あれば、我々も同行する確立高い」

 資源確保の為にも大人数が集まるだろうからな……とヨハネは自分の考えを出す。

 「現在物資に関してはどの国も少ないんだ……何処か一つで良い、豊富な国あれば我々の力による安全の保証と共に
 今よりも飢える事も無くなる。……お前達とて食料も満足な物資も乏しい今の状況が続くのは辛いだろう?」

 その言葉に、集まる伝承者達に否定の言葉は今度こそ無い。

 現状、物資や資源の少なさはどの国も同じだ。水源があるので、この国に関しては水に関しては他国よりは優れている。
 水さえあれば早い時期に食料の生産も見込めるし他にも有利な点が多い。生産競争とは戦争には大きな要だ。

 ヨハネが見て、現状で民や兵士達が存命する糧が決定的に不足しているのが現状だ。自分が将軍として据えている間には民達が
 隣人や家族の屍肉を漁るような、そのような目に遭わせる事だけは断固阻止しなければならない……!

 ヨハネは、失われていない正義と倫理を掲げて未知なる国に期待を寄せる。

 「……とにかく、六聖たるシンとサウザー帝の方針が決まれば我々も迅速に行動出来るよう準備だけは怠らぬように」

 以上、解散。その言葉に各自色々と一物抱えつつも、その場を無言で去るのだった。

 「……貴方も大変ねぇ?」

 出る間際、レビやヒゼキヤと言った良識的人物から労いの言葉を投げかけられながらヨハネは溜息だけを吐く。

 今の所、自国の戦力は殆ど失われていない。それは一重にサウザー帝の力ゆえと言っても過言では無い。

 メギスやドハン、ラブラデスと言った。旧家に力を持っていたのであろう人物達は世紀末になってから軍隊を編成した。
 それ以外でも有数の名を讃えられる程の力もった将達が挙兵したのだ。この三つの軍閥だけで済んで御の字なのだろう。

 そして……彼の心を今、最も占めるのは……。

 (ユダは、この現状を憂いているのだろうか?)

 最近、自分に対し部下の事を殆ど任せ。自国を興した彼は殆ど自室に篭っている。

 伝達として、彼に世紀末以前から仕えていたと言うコマク。老執事と言って良い小人症を患っているのだろう人物。
 ……自分と、そして王宮の距離は全く遠くもないのに連絡を彼が行う。暗に、自分と直接接したくないと暗に示し。

 (そこまで……俺は嫌われる事したか?)

 懊悩するも、直接会おうとすると邪魔される。比翼拳のダガールなどが良い例で、先日も今度こそと思い会話を望めば
 冷たい目で、かの中位拳法家である元軍人の彼と共に門前払いされたのだ。ヨハネの不安と悩みは尽きない。

 「……そう言えば奴も最近、姿が見えぬようだな」

 姿が見えぬ伝承者……南斗比翼拳のダガール。そして南斗紅雀拳のザン。

 紅雀拳のザンに関しては、数週間前から音沙汰が無い……戦死した可能性は少ないが。

 「っそうだ……彼の見舞いをしないと」

 ヨハネは将軍としての仕事を一通り終了させると、医療室への通路へと足早に進む。

 重傷、軽傷の戦傷者。

 剣や鈍器によって起きる切り傷と、飛来した矢と槍を受けての刺し傷。重ければ傷に熱が生じ細菌によって
 最悪、破傷風が生じる可能性もあるので怪我に関しては限りなく注意が必要だ。だからこそ医務室は人で溢れかえる。

 部屋には重すぎる傷によって満足に動けぬ嘆きと深すぎる傷の熱に浮かされての呻き声が蔓延している。
 少し表情が固くなるもヨハネは、意識して無視しつつ彼等の部屋より更に、奥へ奥へと進んだ。

 隔離されるようにカーテンが引かれた一室。ヨハネは目的の場所だと視認すると問答無用で幕を開けた。

 「無事か? アルゲ」

 開口一番の声へ、寝たきりの状態となった人物への掛け声。

 少し不謹慎に思われるが、予期してたように声が返される。

 「……っヨハネ……か」

 その病室には、一目で重病者と見受けられる人物が横たわっていた。

 肌は爛れているように変わっており、髪の毛は薄く眉毛は抜けて、代わりに浮腫んだように凸凹な肌が目立つ。

 象の皮のようなブヨブヨに見える肌、それでも彼の人は人間だった。
 
 彼の人は患っていた。ハンセン病と言う名の病をだ。

 その者は、白衣と共に横になり本来ならば南斗の伝承者として国や愛する者達を守っている者だった。

 だが、何の悪戯か。現在では完治は不可能と呼ばれた病に侵され、床についている。

 本来なら人を惹きつける愛着ある顔立ちであった顔は、今は殆ど見る影が無い。

 「ちゃんと食べているか?」

 「くっ……意地、悪い。この状態じゃあ食っても食わなくても似たようなもんだよ……」

 椅子へと座り、かなり近接してヨハネはアルゲと言う名の人物の加減を聞く。

 皮肉めいた調子で返すが、引きつった筋肉に反して浮かぶ笑みは。彼の来訪に喜びあるのは隠せなんだ。

 何度かの会話後、その人物はゼェゼェと呼吸しつつ僅かに優しさを込めてヨハネへと顔を動かすのも辛いだろうに
 その顔をぎこちなく油の挿されていないブリキのように、ゆっくりと首を横へとうがして、ゆっくりと言った。

 「もぅ来るな……感染(うつ)ってもお前が困るだけだろう……」

 将軍のお前が、私と同じ病に罹ったら大変だ。そう零すが、ヨハネは笑いと共に答える。

 「構わないさ。それより、お前をこんな場所で一人だけで過ごさせると思うと精神的に俺の方が心苦しい」

 なぁ、アルゲ。と、再度ヨハネは慈悲の笑みを込めて額へ水タオルを被せる。

 アルゲ……南斗中位36派『南斗西戎(せいじゅう)拳』と云われる拳法の使い手だった。

 中位拳法ながらも、その拳の爆発力は六聖にも及ぶと言われ……ヨハネもかつては敬愛してた人物。

 誠実であり、実直なる信念を持つ彼に。病に罹ったからと言って親愛なる者を見捨てれる筈無かった。

 「アルゲ……もう直ぐ、もう直ぐ新しい遠征に赴く。そうすれば、お前の薬も手に入るから」

 「ふっ……期待はしておらんよ」

 「ハハッ! 悪態つけるなら、未だ未だ大丈夫だっ」

 ヨハネは笑みと共に気丈に横たわる病を抱く人物へと励ます。

 ジアフェニルスルホン・クロファジミン・リファンピシン・オフロキサシン・クラリスロマイシン・ミノサイクリン 。

 それにステロイド・サリドマイドと言った薬品。

 ハンセン病には多剤併用療法と言う治療法が主体であり、その投薬療法には専門の薬剤が必要となる。

 その人物の為に投与する薬品は……現在のヨハネの居る国には殆ど無い。

 治る確立は、現在の環境や病状を見る限り薄い。医者から冷たい宣告されて一番衝撃だったのはヨハネだ。

 だが、それでも諦める事は、何よりの敗北でしか無い。

 ヨハネは、そう信じアルゲの元へと幾度も訪問する。その度に笑顔で応対するしか無い事を歯痒く思いつつ。

 「治ったら、共に平和な場所で仲間達と一緒に色々と物見遊山でもしよう」

 「あぁ……」

 未来の明るい提案をするヨハネに、弱々しく声を吐きつつ無言でアルゲは暫しヨハネの顔へと視線を注ぐ。

 「? ……どうした」

 「気をつけろ……ヨハネ。ユダは、何やら隠密下に何やら画作している」

 その言葉に、一瞬沈黙が走る。

 胸に抱え誰にも隠していた不安を、直接的に指摘されたヨハネは一人の重病人に見抜かれたゆえか顔を青褪める。

 何故? と言う表情が明白な彼に。ぎこちない笑みを模りながら知恵者は告げた。

 「お前が何時もユダの事を話す時は他と違い目つきが違うのさ……解り易いのだよお前は」

 深い呼吸を繰り返し、必死に顔を張り詰めて歯茎を出しつつアルゲは口酸っぱく釘を刺す。

 「気をつけろ……この隔離された場所にさえ、負傷兵達の声は真実を私に届けている」

 拳は衰えても、瞳に携える賢は研磨されているとばかりに。天井へと強く目をむけて声は続く。

 以前の、南斗108派として如何なる人物とも互角に相対する実力を持ってた慧眼は衰えずとばかりに。

 「……あいつは、昔から表では多くの伝承者と通じ……金と権力で他者を使うのに長けていた」

 そう、恐らくは目にした事あるのだろう。病で筋肉は満足に動かずも必死に表情筋を使い顔を顰めつつ話を続ける。

 「今の世は、その大半が意味なくなったからと言って油断するな……ユダは紅鶴の拳……そして六聖の一つ『妖星』……」

 美しいが、その中には恐るべき秘めたる物には毒があるのだからな……。とアルゲは締めくくる。

 「然し……あいつは将だ。余り大きな事を仕出かす可能性は……」

 現在の自国を危ぶめるような行為は、流石にしないだろう。そのヨハネの言に鼻で笑い告げる。

 「お前は、真っ直ぐ過ぎる……人の心の闇は、時に善の言葉や行動よりも増すのだよ……」

 僅かに、そこで咳こむが直ぐにアルゲは吐き出すように止めとばかりに強い調子でヨハネへ言う。

 「だから、くれぐれも油断しないでくれ。お前が倒れれば、多くの者も共に野へと伏す事を忘れるな」

 そこで言い終えた所為か緊張を抜けたのか、ヨハネの親友は眠りに付いた。

 何度も言い難い感情と共に、彼は其の寝息を立てる以前の共闘者を暫し眺め病室を後にした。

 (油断するな……か)

 解っている、ユダの今の動きが不安定要素な事も、そして彼は静かに潜伏しつつ何かしら動いている可能性あるのも。

 ……それでも。

 (それでもアルゲ……私はユダを信じたいんだよ)

 〈同じ拳法家として……そして共に歩んだ仲間として)

 心の中で、自分の中にある光を一心に真実と願いながら。



 


 …………。




 
 コツコツと、廊下を反響する足音と共に軽装の男は気難しい顔と共に王室のある部屋へと近づいていく。

 だが、その後数メートルと言った所で、彼の進行は止まってしまった。

 「……コマク殿だったか? ユダへと面談したいのだが……」

 一つの、少しばかり薄くも柱の影に隠れていた気配。

 伏兵や間者にしては殺気は無く、代わりに敵意に近い視線をヨハネは何度も感じた事はあった。

 その言葉に、柱の影から前へと進み出る人物。

 その名はコマク。ユダの腹心であり、世紀末以前から彼の手足となり動いてきた側近。

 「申し訳ありませぬが、ユダ様は疲労が祟っており現在休養中で御座います」

 日を改めてお越しください。そう薄ら笑いを模ってのコマクの言葉にヨハネは眉を僅かに上げて返答する。

 「……貴方が以前からのユダの側近である事は知っているが、それでも其の言葉は頂けない。
 現在の問題点に関しても、ユダと直に話し合わなくちゃいけない事は数あるのだ……」

 「ヨハネ様……お言葉を返すようで申し訳ありませぬが、貴方の言葉なくてもユダ様は現状を一人で処理出来ます」

 コマクのそっけない言葉に、僅かにヨハネの片眉は上がる。

 だが、少しばかり鋭くなった彼の気配を意識してか無視してコマクは続けた。

 「貴方の言葉は、私が代わって後で伝達しておきます。……ご心配なさらずに」

 「……一つ聞きたい、ユダでなく貴方に対してだ」

 「はっ、それは何ですかな?」

 少々呆けた表情を見せて小首を傾げるコマクへと、ヨハネは見下ろしながら(体勢として彼の方が背丈は大きい)
 自分の言いたい事を、彼が正直に答えてくれる事を願って告白した。南斗やらの体裁に関係せず一人の人間として。

 「何故、ユダは私を嫌う? 私に何か問題あるならば教えて欲しい」

 その問題が解決出来るものならば、今すぐにでも努力し改善するからと丁重にヨハネはコマクへと言い募る。

 「……ユダ様は、別に貴方を嫌っている訳ではありませぬよ」

 彼の、真摯な態度と言葉を向けられてコマクは僅かに自分の心情を吐露するように顔を僅かに背けつつ呟く。

 「じゃあ、何故……!」

 「……あの方は、誰一人であれ心を許す事など有りえないのですから」

 「何……? それはどう言……」

 コマクの言葉を、ヨハネは何を言っているのかと頭の中で整理しかねた。

 だが、その疑問を究明する為にコマクへ再度本心を聞こうとした時には、彼は既に姿を消していた。

 確か、コマクも以前は戦役に勤めて多くの死線を潜り抜けてはいたらしい……確か鉱支猫牙拳とか云われる
 古い拳法の使い手だった筈だ。……隠遁に長けていると感心の傍ら、上手く逃げられたと感じた。

 既に気配が探れなくなった、掴めぬ人物に溜息を吐き身を引き返す事にする。

 彼の側近の言を破ってまで強引に侵入しユダと訪問しても、冷静に談義出来る筈もない。

 日を改めて、彼とは心いくまで全ての胸の中に積み上げた苦悩を解消出来るように話進めたいのだ。

 「……おっ、ユダさ……おや? あぁ、これはこれはヨハネ殿。奇遇ですな」

 ばったりと。廊下の角で出逢う男。鼻の下に独特の口髭を生やした人物が出現し、他の者と同じく
 ユダ、と言い間違える寸前に自分の正体に気付き挨拶する。今日は、自分にとって厄日らしい。

 「……ダガール、か」

 引き返した先に、今日はどうも運が悪いと感じつつ新たなる人物と遭遇する。

 ダガール……南斗比翼拳の中位拳法の使い手。

 強さだけなら、この国に居る伝承者では中より上……と言った具合か?
 
 いや、勝手な判断は頂けないだろう。南斗拳士とは言え状況によっては如何なる時といえ他の拳法家に
 どの位であれ関係なく敗北する可能性はあるのだから……。ヨハネはそんな事を思いつつダガールの『両目』を見据える。

 「ダガール殿も、ユダへ用向きで?」

 「えぇ、まぁね。……ふむ、その表情から言ったところ、今日もユダ様には会えなくて?」

 髭を撫でつつ少しばかりに嘲笑を含んだ笑みは、面白がっているように見えてヨハネは少し鼻につきつつ静かに言い返す。

 「あぁ。どうやら自分は手酷く嫌われてるらしくてな」

 「ははっ……いやいや、ユダ様は誰しも限らず神経質な御方ゆえに貴方だけに態度悪い訳では無いでしょう」

 そう、ダガールは笑う。その笑みの中で目は微妙に冷たい光が過ぎるのをヨハネは目線が下に向いて気づかない。

 「それで、どうします? 宜しければ私も付いて謁見の願いを手伝いますが?」

 「いや……もう次の軍事に関して兵と決めなければ。では……」

 ヨハネは、背中に澱んだ気配を漂わせつつ立ち去っていった。

 自分の気持ちが、理解して欲しい人物には解り合う以前に、気持ちを伝える機会すら無い現状を無常と感じ。

 「……」

 その後ろ姿を、ダガールは冷たい視線で見送り。ヨハネが完全に姿を消し去ってから、己もまた同じく
 周囲に己の行動を察する人気、及び音を確認しつつ気配をなるべく押し殺しつつ移動した……ユダの居る居室へと。






 
  ・





         ・

    ・


     
       ・



 ・





     ・





          ・





 「……ユダ様」

 コン、コンコン、コン……。

 独特のリズムで、扉をノックする音。それは王の居室へ入る為の識別の合図。

 それから数秒、正確に五秒を数えダガールは入った。

 居室には、一人の男性が背を向けて佇んでいた。その男の正面には大きな枠に収まる人間大の鏡が。

 無言で鏡へと対峙している赤い髪だけがダガールには見えた。

 その気配は、殺気は無くも穏やかとは到底言えぬ空気が部屋には満ちており。怖々とダガールは
 傅きながら王の言葉を待つ。……そして、おもむろに声は届いた。無機質にも聞こえる、この国の王の声が。

 「……どれ程、数は集まった?」

 その内容に、ダガールは笑を見せて告げる。

 「はっ! 大体五十名程。荒くれ共ですが以前は華山や泰山の拳法家を集めました。全員、何時でも目的地へ動けます。
 例え潰された所で、どれ程に探られようと我々へと正体は気づかれぬ事でしょう」

 「……五十……」

 鏡だけに体を向けている人物は、そのダガールの提示した数を再度自分の口で繰り返し……そして反転する。

 紫の口紅、ピンク色に似たアイシャドウ。

 女を意識したような化粧と共に、男性的な気配も併さっている形容しがたい不思議な雰囲気の男。

 それが彼らの王。22派の南斗伝承者たちを配下とする紅鶴拳伝承者、『妖星』を掲げし男。

 美と知略の星の下に生まれし男……『妖星』のユダ。

 「少なすぎる……それだけでは余りにも少なすぎる」

 そう言って、磨かれた爪を立てながらユダは謳うように言葉を紡ぐ。

 「その数だけでは『奴』を討てん……他の従者等は運良くも、この生まれた世紀末のお陰で離散しているが
 それでも、『あ奴』の力は脅威だ。……ただの荒くれ者共だけでは、全く相手にならず壊滅する」

 せめて二百の兵を集めろ……その言葉にダガールは頭をひれ伏した。

 自分の報告が、王に対して余り芳しくない反応と知ったダガールは、少しばかり汗を流しつつ話を続ける。

 「そ……それと、朗報ですっ。……ユダ様も欲していた兵器、ソレが有ると見受けられる場所を……」

 「ほぉ?」

 それに、ユダは初めて無表情であった顔を、笑う形へと作りダガールを見る。好反応である事に幾何か胸を撫で下ろしつつダガールは頷く。

 ユダは、暫し考える素振りと共に口を開いた。

 「……良し、ならば」

 王は続けようとした、だが少しばかり血気盛んとなった比翼の主は即座に彼の続きを遮りつつ胸を叩き応える。

 「はい。私めに全てお任せを……幸い、以前は軍に勤めていたゆえに潜り込むのは容易いでしょう」

 その、太鼓判を押す配下へ王は薄く微笑して頷いた。

 「うむ……期待しているぞ……ダガール。これが成功すれば、お前を将軍として召し仕えてやる」

 奴の代わりに……その言葉は声でなく唇の動きのみで。

 「はっ!!」

 ダガールは、一度深く頭を下げると意気揚々と部屋を出た。

 ユダは、彼が立ち去ると再度、自分を映す鏡へと向き直る。

 ……窓から吹き付ける冷たい風は、それと同じ温度を秘めたユダの髪の毛を靡かせる。

 ふと、彼は顔を横に再度向けて、感じた気配が馴染みのものと知れると告げた。

 「コマク……報告を」

 本題を挨拶など抜きにして提示を望むユダへと、彼の忠実なる腹心は離れた場所で傅くと素早く告げた。

 「はい、間者として育成は『蓮鶴拳』のアノ御方の言ですと二月もすれば使えるようになるとの事です」

 新たな拳法を携えた人物の名が上がる。だが、この事に関してはいずれ物語の中で出てこよう。

 「二月か……少し遅いが、仕方もないか」

 彼は、その報告に対し不満足と言う表情出す。結果を今の時勢では早く出したいのが彼の本音だった。

 だが、急かば回れの言葉を知る王は焦らず腹心へと命じた。

 「ならば、続けて育成しろと伝えていろ。……ダガールの奴の計画が成功すれば俺の野望も一歩手前となる。
 ……が、万が一にでも失敗するようであれば、そんな事も無いと信じるが。その時は地道に姦計も使わねばならん」

 「そう言えば、女人の国と言うのがあると聞きましたが……」

 姦計と言う言葉からか、コマクは最近にしてヨハネからも聞いた遠方にある女だけの国の噂を上げる。

 ユダは、少しだけ頷き返答する。

 「あぁ有ったな。……奴が望んでるなら、その国から幾人か引き抜くかも知れんな」

 最も……他国の女など万に一つも信用など出来もせんがな。と、ユダは冷笑と共に告げる。

 その笑みは、勘の良い人物が見れば背筋が凍りそうな笑み。

 ……彼は誰も信じない。

 ……彼は誰も敬わない。

 ……彼は誰も望まない。

 ……彼は誰も好きにならない。

 ……彼は誰も心を許す事はない。

 彼が望むのは、何時の日の過去かに空へと誓った野望のみ。

 ……それだけが、今の彼を生かす原動力なのだから。

 サウザーとは少し違えども、狂気なる光を滲ませるユダを憐れむように、途方に暮れたようにコマクは見つめる。

 だが、このまま黙っているのもどうかと思い、彼は一つの心配の種を上げることにした。

 「そう言えば……最近、ヨハネ様の人気が広まっております」

 その言葉に、鏡が割れるように空気が変化した。

 少しだけ穏やかさのあった今の雰囲気が、一瞬にして何やら暴力的になる……そんな嵐の前の静けさが。

 コマクは、縮こまりながらもユダへと見上げ、そしてユダは鏡の方へ顔を向けてた。

 陰によりユダの顔は見えない。

 そして、次の瞬間ユダは……『嗤っていた』。

 「くく……そうか」

 その声色に、コマクは口乾きつつも呂律を回しつつ勢いつけて喋る。

 「はい……ユダ様の計画に影響は無いでしょうが、それでも、このまま続けばヨハネ様を王に……」

 

 パキンッ!


 コマクの言葉は続けられる事無かった。

 鏡は、その瞬間に中心から罅割れた。蜘蛛の巣の如く割れた鏡と共にユダの顔には色が無くなる。

 その瞳に、虚無を宿しつつユダは佇み……そしてコマクへと告げる。

 「……そのような事は断じて有り得ない」

 「有り得ない……俺が居る限り、そんな事は那由他の彼方が過ぎてもだ……っ」

 「はっ……はっ!!」

 ひれ伏すようにコマクは頭を下げる。土下座する小人の顔は蒼白であった。

 ユダは、その憐憫誘うほどのコマクの姿勢を暫し睨みつけてから、ただ一つ彼が身を寄せれる空を見上げていた。

 『妖星』……彼が己と同じように崇拝と同時に狂信的に掲げる星へを。

 「俺はユダ……!」

 美と知略の星……そうともっ!









                              「この世の王になるのは……この俺だ」









 彼もまた、如何なる運命の悪戯により心を歪ませた一人だったから。

 その歪みを無くし、その心を満たすには望みだけを得るだけしかなくて。

 だから彼もまた死鳥鬼。その嘆きを静かに波紋を浮かばせ新時代へと羽ばたかす。





      
                             ……妖星はただ夜空に輝くばかり。










                 後書き




 某友人〈(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

  自分〈あん?

 某友人〈(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

  自分〈いや、だから何?

 某友人〈(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー! (」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

  自分〈いや、だからソレって何だって……

 某友人((」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー! (」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー! (」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

  自分〈…………。









   後で検索して解った。


   沙耶の唄と言い、ニトロの全作品と言い……未来に生きてるね日本人






 それと、オリキャラ、アルゲはペガススの大四辺形と言う星座から文字ったもの。まぁ、どうでも良かろうだけど



[29120] 【貪狼編】第十六話『夢幻にて巡り遭わん 名は貪狼と邪狼』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/05/14 22:40





 彼は 自己の為だけに生き抜き果てた 

 暴力を 略奪を 殺戮を

 例え 非難されようともそれだけが彼の証明だったから


 彼は 彼女の為だけに全て憎み果てた

 憎悪を 狂気を 破滅を

 例え それで何もかも崩れ果てようと それで良かった

 
 一人は 己の存在を穢した存在だけの為に生き抜いて

 一人は 己の存在を愛した存在だけの為に狂い果てて

 最後に どちらも見たのは北斗の 星

 決して交差する筈のない 二匹の獣

 それは何処までも救いがたく どれほどまでも憐れで

 だが 彼等はそれすらも構わず 今の牙と爪を振るう


         極悪の華


         邪狼の貌


 形だけは似ていようと それは決して理解しえぬ二つの魂





 ・






          ・


    ・




        ・




 ・




     ・





           ・



 (どう……なってんだ??)

 感じたのは困惑。そして説明できない状況への整理を求める救いの心の声。

 








                          (何で……『ジャギが二人居るんだよ』!!??)







 そう……今まさに。

 自分に散弾銃で額に押し付け引き金を引こうとしている鉄兜を被った赤い眼光の男。

 そいつの名はジャギ……見紛う事なき己が良く知る未来である姿。

 そして……もう一人同じ格好のジャギ。それが背後で自分を殺そうとした瞬間に、その相手へ散弾銃を後頭部に押し付けると言う
 世にも奇妙な状態が現状では繰り広げられていた。だが、その出来事が彼の生命を救ったのも事実である。

 「……糞餓鬼、さっさとボケっとしてねぇで離れやがれ……!」

 「っ……!」

 『糞餓鬼』と言うフレーズ。

 その荒々しい口調から自分が殺害されるのを防いだのが何時も地獄めいた修行を行使してた原作ジャギと知れる。

 馴染み深い言葉について把握できる安堵と、そして先程殺しかけた正体が未知ゆえの不安感が同時に彼を満たす。

 慌てて、彼は片足を撃ち抜かれてるものの根気で痛みを噛み殺し一気に立ち上がり壁の方へと飛び退いた。

 自分を殺そうとしてたジャギの方は、目線だけで射殺せそうな視線で僅かに自分を追ったものの発泡はしない。それも背後の人物の御蔭だ。

 ここで、ジャギは原作ジャギの格好の姿に少々唖然とする。

 今まで激戦でも繰り広げていたように、その世紀末の格好のジャケット、ズボンには砂がこびり付き結構な状態で汚れてる。

 然も、一体どうなったらそうなるのか? 彼の銃を握る手と片方の手、どちらも傷だらけで乾いた血が付着していた。

 背後をとられているジャギの方は、未だ銃を握り締めたまま頭に突きつけているジャギの方へと意識しつつ口を開いた。

 「……けっ、あのまま閉じ込められていやぁ良かったものの」

 自分に銃をつきつける姿形の存在の、その怪我の理由を理解してるらしく平静に、そう告げる。

 「吠ざきやがれ……俺は……誰の思いどおりにもならねぇ主義なんでなぁ……!」

 どうも、原作ジャギの言葉から目の前の殺そうとした方が何やら気に入らぬ事をしたらしいと察する。

 爛々と、この瞬間にも撃たないのが不思議な程に殺気が原作のジャギからは溢れんばかりに放たれている。

 そして、後頭部に銃を突きつけられたチェックメイトの状態でも目の前の男は恐れる事なく自分を横目で捉えつつ喋る。

 その瞳は背後のジャギと等しい以上の殺気を秘めた光を帯びつつだ。

 「言っとくが……そっちの小僧さえ渡せば、殺しはしねぇ」

 その言葉を聞き、少々満身創痍に感じられる状態のジャギは僅かに片目を大きくしつつ返答する。

 「ほぉ……てめぇ、今の状況を解って言ってんだろうなぁ?」

 若者のジャギの(一応)味方となる原作ジャギは銃をつきつけた状態。

 主導権を握ってるのは自分……そう語らずも解るだろうと言う口調に絶体絶命の方は……。

 「あぁ……十分」

 そう、目の前の男は全く以て自然な様子で……。

 「理解(わか)ってるに決まってんじゃねぇか!!」

 そう叫び……再度散弾銃を壁の方に居たジャギ目掛けて狙い定めた!!

 若者の……鉢植えを抱えし現実世界を生きるジャギに対して!!!

 「っ!!」

 「っ糞がっ!!」

 その行動に鉢植えを抱え様子を見守っていたジャギは一瞬硬直し、そして原作ジャギは新たに登場した正体不明のジャギの戸惑うことなき
 行動に一瞬だけ思考が止まってから、罵りと共に引き金を引こうとする。瞬時の判断を逃した己の過ちに怒りつつ。

 だが、それも今正に獲物を喰らおうとしている男にとってみれば計算尽くの行動だった。薄く冷笑と共に腰を引きつつ男は怒鳴る。

 「馬鹿めっ!!」

 瞬間……ズドンッ! と言う音と共に発砲をした原作ジャギは……後ろ手へと宙へくの字になりながら飛ぶ。

 そう、射つ瞬間に赤き眼光のジャギは背後のジャギ目掛けて無想陰殺の如く蹴りを放ち銃撃を避けると言う行動を起こしたのだ!

 (っ! こ……いつっ!!)

 僅かに空中に浮かばされ、攻撃を受けた屈辱と鈍痛を感じつつ原作ジャギは知る。。

 目の前のソレは、若造である現実を生きるジャギが、己に対する楔となるだろう事を会話で読み取っていた。

 そしてソレを絶体絶命の最中……窮地を脱する手段として一瞬で扱う術をアノ短時間で行なったのだ……!

 原作ジャギは、それを0コンマの時間の中地面に足が着くまでに認識と、次の己がすべき行動までを思考する。

 (こいつは……こいつは危険過ぎるっ)

 対するジャギも、己に銃を突きつけた男こそ目的達する為には一番最初に排除すべき障害だと認識をする。

 そして……同じ姿格好のジャギが次に行なった行動は。

 原作ジャギは地面に付いたと同時に散弾銃の持ち手を再度しっかりと握り直し。

 赤き眼光の男は、蹴り抜いた足を反転しつつ戻しながら散弾銃を向けなおす。




 ガチャ……ッ。



 奇しくも全く同じく、相手の顔面向けて散弾銃を向けると言う行動だった。

 

 『……』

 互いに無言、代わりに強く滲む殺気と敵意。

 この瞬間、どちらも理解していた。

 目の前の鏡のように全く同じ存在。違う点と言えば建物まで辿り着くのに多大な労力を使用したゆえに汚れた格好となっているジャギと
 何時に付いたのが知れぬが僅かに消えぬ弾痕が薄らと認識出来る残る片方のジャギ。

 その特異点さへ除けば全く同じなのだけれども、どちらも今一度対峙して目の前の存在が明らかに解る事が一つだけある。

 この存在は……『同じでは無い』と言う事だ。

 互い以外、重圧に潰れそうな気配が立ちこもる。

 暫しの眼光だけで人を殺せそうな視線を交差し火花は走っていた。そして、彼等を見守る若者のジャギは傍観しつつ顔から一筋の汗が流れる。

 その汗が一滴……床へと落ちる、ほんの少しの水滴の落ちる音。

 その瞬間に、ジャギ達は全く同時に動いていた。



 「おらぁ!!」

 最初に動いたのは、自分を殺害しようと試みた正体不明のジャギ。

 発砲はせず、その銃の柄の部分を鈍器の如く相手の頭部目掛けて振り抜く。

 それを、相手のジャギは軽く膝を曲げて下げる。銃は空を切り頭上を横切る。

 「死ねぇ!!」

 膝を曲げて掻い潜り、原作ジャギもトンファーの如く散弾銃の銃身の部分を掴んで相手の顎目掛けて柄が振り上げられる。

 「っ……甘いわ!!」

 危うくも、触れる寸前に相手は顔を後ろに反らせ少々擦る音しつつも直撃は避ける。

 そのまま転じて、相手目掛けて前蹴り(通称ヤクザキック)を放ちつつ相手との距離を幾分開ける。

 「こいつはどうだぁ!」

 その開(ひら)けた空間をすかさず原作ジャギが埋めようと跳びながら片方の腕に力を込めて振り抜く。南斗聖拳の初歩の斬撃だ。

 「馬鹿めっ!!」

 敵である同じ格好の存在も、それを受ける程に愚かでは無く膝蹴りを相手の二の腕に当てて相殺する。

 プッ! プッ!! プッ!!!

 そのまま無言で口から飛ばされる三つの光る細い物……それは三本の針。

 彼が、いや自分が以前は使用していた暗器と知ると顔に命中する寸前に顔を下へと背けて兜の額部分で受ける。
 軽い三つの金属音と共に、針は空中へと跳ね返り落ちた。もし、少しでも判断遅ければ目へと命中し失明していた。

 そのまま、移り変わり銃の柄を振り上げ当てようとして相手が掌で軌道を変える。

 次に相手が銃を当てようとすると、それも同じく相手が伸ばした腕で弾き方向を変えて撃たせぬようにする。

 軽いジャブや蹴りを共に繰り出し、攻防一体と共に相手の確実の隙を狙いながら銃を鈍器に見立てて演舞を見舞う。

 それは決して美しくはないが、圧倒的な強さが見受けられる彼等だけの舞踊の闘劇だ。

 交互に位置を替えて片手の銃を逆手に鈍器として扱いつつ残る徒手空拳で闘い合う彼等は、目立つ汚れでの識別が出来なければ
 誰が誰であるか早速知るのは困難。それ程までに素早く動いての攻撃の応酬……生きる為の獣たちの牙と爪を使いての激闘。

 相手の鈍器を腕で防ぎ蹴りを放ち。

 その蹴りを体をひねり避けながら肘鉄をお見舞いして。

 命中する寸前に頭の防具の兜で受けて反撃として銃の柄で殴りかかる。

 ガン=カタと言う攻撃方法に似た彼等だけの独特の戦闘方法は、全く同じ力量ゆえか互いに劣勢なる事非ずに白熱した闘いを繰り広げる。

 だが闘劇も長くは続かない。そのまま相手の銃をいなし徒手空拳を放つのを交互に繰り返し加速しつつ終焉向けて仕掛ける。

 そして、原作ジャギの方が疲労の蓄積があったのも災いして少々体が揺れる。それは達人同士の闘いには致命的な隙。

 「喰らいやがれぇ!!」

 散弾銃を今こそとばかりに原作ジャギの顔面目掛けて狙い定めて引き金に指を触れる。

 「っ!」

 銃口の先が自分に当てられたのを見て、移動と防御の行動する間に撃たれるイメージが鮮明に原作ジャギに映える。

 彼は、どちらの行動しても狙撃されると予測すると……『懐から取り出した砂』を投擲した。

 「!!? っく……!」

 ズドンッ!!!

 原作ジャギの放った砂は、敵となるジャギの視界を奪い銃はあらぬ方向へ向けて発射される。

 「ってんめぇ……!!」

 赤い眼光を轟々と輝かせ、敵のジャギは激しく相対するジャギを睨みつける。

 原作ジャギは、此処へ戻る際に何も策を用意してなかった訳では無い。彼は、未知なる脅威を知り、そして
 戻る際に出来る限り、自分の持っている道具と、身の回りの物で出来る手段として地面の砂を目潰しとして持ち帰ってたのだ。

 敵の策であろうとも……只で其の策に溺れぬのが彼の道理。

 「勝てばいい……それが全てだろうがっ!」

 今の少々汚く思える反撃とて自分の……ジャギである常渡手段だろうと吠えつつ原作ジャギは弾を込める暇すら惜しいとばかりに
 散弾銃をホルスターへと戻し、そして出来た隙を利用し気を身体へと巡らせて一撃の態勢へと至る。

 南斗邪狼撃への……態勢へと。

 「……っ!!」

 砂が入り、一瞬意識が削がれかけた赤い瞳のジャギも一瞬頭を俯きかけたのを中断して前方へと身構える。

 その獰猛なる、放てば本物の狼の如く自分の体を喰らうであろう相手の技が放たれる気配に気づいたのだろう。

 当たれば自身は行動不能となる……その意味は、二度と自分の目的が果たせなくなると同義だ。

 それだけは……。

 それだけは……否だ!!!






 ガゴンッ!!

 「何っ!?」

 原作ジャギは、思わず反った両腕を戻して目を開く。

 その敵は、壁へ向けて全力で肩から当たり……壁を粉砕して外の方へと脱出したのだ。

 「っ味な真似を……っ!!」

 トリッキーな行動に驚愕と、思わず敵の思いつきに一瞬感心しかけそうになる。そうだ、己は何だった?
 北斗寺院で血の滲む鍛錬を続けていた北斗神拳伝承者候補……壁ぐらい本気を出せば容易に破壊出来るではないか!!

 出し抜かれたと言う僅かな怒りを噛み殺しながら、原作ジャギは今までの攻防を息する事すら忘れるように見ていた
 ジャギへ向けて『其処を動くな糞餓鬼』と怒鳴りつつ彼が壊した壁から続いて外へと飛び降りたのだった。

 ビルの二階の高さから飛び降りる両者。鍛えてない人間なら少々捻挫するかも知れぬが彼等には訳ない高さ。

 原作ジャギは外へと着地して彼を見る。既に視界に砂かけた目潰しも効果無くしたらしく仁王立ちして己を見ている。

 互いに間合いの離れた距離。銃ならば当たるが、それも彼等は互いに防御すれば致命傷にならぬと予測してる。

 牽制にはなる……だが相手を確実に倒すには。

 己の……拳のみだ。

 「……一つ、聞くぜ」

 「何だ? ……言ってみろ」

 どちらも取り決めたように弾丸を込める。その僅かな時間の中で現実を生きる彼を殺そうとしてたジャギが原作ジャギへ尋ねる。

 「何故、あんな小僧を匿う? おめぇも『俺』なら……こんな事は全て茶番だって解ってるだろうが」

 その言葉に秘められているのは『彼』に対する憎しみ。

 飽きない程に、決して許しがたいと言う想いを秘めた憎悪を悪意に包ませての問いかけだ。

 「……なら、俺も一つ聞きてぇ」

 カチャリ。と、装填音を鳴らしつつ原作ジャギも口を開く。

 「てめぇは何故……『今更』ノコノコ此処へ来た?」

 その言葉は静かで単調ながらも、相手の問いを黙殺する効果を秘めた。事実、自分の回答に成りえぬ答えながらも
 相手の方は微塵に気配を変える事なく、只々無言で散弾銃に弾が装填された事だけを知ると腰へと提げ戻した。

 一体……どちらも互いの『何』を知っているのだろう?

 彼等しか知り得ぬ秘密を、彼等だけの言葉で相手の心へと射つ。

 どちらも、回答は無言。黙殺された言葉は、その世紀末に良く似た不可思議なる世界の中に静かに溶け消えた。

 『(まぁ良い……例え、どんな回答だろうと、俺らがするべき事は一つ……)』

 『(この世界に……ジャギは三人もいりはしねぇ……!)』

 互いに互いの思考は今だけ一致する。それと同時に吹き抜く荒野の風。

 僅かに浮かぶ砂埃の中で、両者は互いに膝を軽く曲げて両手を突き出して構える。

 どちらも、相手が何を思い此処に存在しているかなどは全て把握している訳では無い。

 それでも、どちらも譲れぬ『モノ』がある。どちらも退く事の出来ぬ『モノ』がある。

 「来い……己の無力さを思い知らせてやろう」

 それは、以前にも引用した台詞。

 「俺は北斗神拳伝承者、ジャギ様だぁ……!!」

 彼が明確に、自分にそう思い込ませようと妄信していた言葉。

 その、原作ジャギの言葉に冷笑を一瞬浮かべ……敵となる彼も同じく宣告する。

 「吠ざきやがれ……! 今は悪魔が微笑む時代……っ!」

 ザッ……そこで僅かに半歩片足を移動させて重心をずらしつつ原作ジャギを見据えて吼える。

 「俺の名を言ってみろぉ! ひよっ子がぁ!!」

 現世を離れ久しく闘うべき相手は……両者ともに同じ存在と言う何の冗談かのように、互いに睨み据えながら。

 先程までの闘いは序幕。相手に重傷を負わせるのが狙い目だったが、広き空間の有る、このような場ではそうはいかない。

 次の闘いは恐らく……どちらも渾身の一撃による短期決戦!

 それを理解しつつ、吹いた風が収まった瞬間……それを見計らい彼等は。

 『……行くぞぉ!!』

 その声と同時に……闘いは勃発した。





 ・








             ・


     ・





         ・




 ・




 
      ・





           ・




 ……以前、この世界で現実世界を謳歌するジャギは彼へと聞いた事がある。

 「なぁ、あんたが生きてた頃ってさ。……実際、何が目的で北斗神拳使いになったんだ?」

 「あぁん? 何だ、行き成り……」

 鉢植えに水をやっていた時だった。その時は本当に些細だが気配が柔らかそうに感じるので、その時を狙ってジャギは聞いたのだ。
 
 気になったのだ。彼が何故伝承者候補となったのか? 仮に伝承者になったら何をする気だったのか?

 もう、彼には終わった事だし。何より未来の姿である彼の事については興味を持つなと言うのが無理だったから。

 煩わしい、と言うのがアリアリな顔をしてた。無視しようか考えたのか一瞬無言でも有った。

 だが、運が良かったのだろう。水を遣り終えると、口を開き話し始めた。

 「……死なねぇ為だよ」

 そう、ぽつりと呟いた言葉に若者はオウム返しに聞き返す。

 「死なない為?」

 「あぁ。……俺のいた時代ってどんなだったか知らねぇだろうな、てめぇは」

 そう、平和な時代だと前もって説明してた若者に見下す視線を注ぎつつジャギは話し始める。

 「ひでぇもんだったぜ。一応よ、政府もあるし町や都市はちゃんと存在してる。……だが、てめぇの世界と
 違って俺の所はよ……簡単に言えばスラム見たいな場所が其処らに有った。死体を漁るのも珍しくねぇ」

 そう、吐き捨てるように遠い場所を憎々しく彼方を見ながらジャギは続ける。

 「……そう言う場所じゃ、常に盗みと相手の金銭を奪う為に暴力沙汰だった。……俺は八歳程度までは其処を生きてた」

 「えっ……家族とか」

 若者は此処に至るまでは平和な世界を生きてた。彼からすれば微温湯と言って良い世界を生きた者だ。

 それゆえに軽はずみに彼の触れたくない部分を突く。少々禁句と言って良い領域へと。

 一瞬、凍るような色をジャギは瞳に浮かべる。だが、柔らかに揺らぐ蕾を見つつ次に放たれる言葉は激昂するでなく静かだった。

 「……捨てた」

 「ぇ……」

 「捨てた。食い扶持を減らすとか、そんな理由でよ。気が付けば、俺様はゴミ溜めに置き去りにされてた」

 彼の方に視線を向けず、独り言のように話は続けられる。

 「最初、俺様は奴らが戻ってくると信じてた。だが、一週間もして他の奴等に嗤われながら否定された。
 そいつ等に違うと言いながら殴って、逆にボコボコにされて初めて俺は捨てられたと気付いた」

 「食う物は困らなかった。金持ちの奴等の残飯が転がってたし水も近くで、公園もあるし最初は問題無かった。
 だが店の奴等が追い立てて暮らせなくって、仕方が無いから俺は別の町へ移る事に決めた……捨てられて一月の頃だった」

 「二度目の町は大概貧しくて、奪い合う事を其処で学んだ。一度目の町と違って何日も飯が食えず、俺は近くの
 犬共の餌を奪って喰った。それ以来、野草だろうと構わず食える物は幾らでも食った。蛆虫だろうと何であろうとも」

 「三度目の町は普通だが、俺見たいな奴等が多くて下手すると襲われかけた。だから常に警戒する事を学んだ。
 猫見たいに歩いて、気配を殺しながら歩くのも、その頃に上手くなった。背後から襲う事にかけて俺は得意だった」

 「四度、五度目……その頃は、そう言う暮らしにも慣れたな。だが……どの場所でも俺に手を差し伸べるなんぞ
 言う物好きは居なかった……全員、俺様なんぞきたねぇ糞蠅見たいに扱ってた。誰も俺を人間として扱おうとしなかった」

 そう、今日の天気を告げるかのように言葉は重さを感じさせず平然と彼の生涯を口から出していた。

 「ずっと、ずっとそんな暮らしさ……あの爺いが俺を伝承者候補にするまで、ずっとな」

 面白みもねぇ話さ。そう言って、そこで話を打ち切ってジャギは彼に暗に会話を終了させた。

 その時から若者はジャギへと過去に触れる事は無くなったが、こう思う。

 果たして……そのように過酷に生きた彼にとって、師父や、そしてケンシロウを憎む過程となるまでに積み上げた
 人生は、彼の中の氷山の如く凍りついた憎悪となったのには未だ深い理由あるのではと。

 そして……彼は果たして今は安らかに過ごせているのか……そう漠然とした何か気掛かりを若者は持つのだった。





 ・





         ・



    ・



     
       ・


 ・




     ・





          ・




 

 ……原作ジャギと、対峙する赤き眼光の同じ姿形の男。

 風が吹き終わる寸前、頭の中で考えていたのは互いを倒す為の想定。相手の行動を予測しての一番最良となる攻撃手段だ。

 原作ジャギの中で一番確実な攻撃……それは南斗邪狼撃。

 当然だ。この途方も無き摩訶不思議の時を過ごした中で切磋琢磨の修行で完成された己だけの拳。

 自身の強さ、己が初めて得た最強とも言える拳。これを信じせずして何を信じられるか?

 (だが……警戒すべきなのは)

 己の中にある切り札(南斗聖拳)。負ける気はなくも目の前の男が自分と辿った人生が同じだとすれば所有している筈。

 (奴が……『北斗神拳を扱えている』かどうか……)

 相手が己と同じならば、自分は、この世界で扱えなくなった最強の暗殺拳を扱えると言う事だ。

 そして……それが極めている実力ならば自分が敗北する確率が高いと言う事を原作ジャギは知っている。

 北斗神拳は、命中すれば一発で相手を滅ぼす拳法。自分の今、扱える拳法とは相性悪い事も身に染みている。

 




 ……だが。




 (だからと言ってな……俺様は……!)

 ギュッ……! と拳を力み彼は目を限界まで開き気合を入れ直し心の中で咆哮する。

 (俺様は……今更、自分を否定してまで勝つ気はねぇんだよ!!)

 その言葉と共に……彼は前傾姿勢と共に両腕を反らす。

 確実に相手を喰らい殺す、己の最終形態であり唯一の南斗聖拳の技を放てる態勢へと。

 「南斗邪……」

 呟き、力を込めて相手を見据える。だが、その時に原作ジャギは言い終える前に事態が急激に変わったのを認識する。

 (何……っ!?)





 『消えた』




 目の前の視界から『奴』が消えた。同じように両腕を前に突き出し己の特徴である構えをしていた『奴』が。

 標的が消えた事。そして背筋に浮かぶのは、何か近視感を感じさせる薄ら寒い感覚。

 この感覚は知っている……『あいつに殺される前に感じた』感覚……っ。

 そこで、原作ジャギは建物の方から闘いを見守る若者の『上だっ!』の声と同時に頭を上げていた。











                                 「……北斗」






 目に映ったのは……黒き太陽を背に背負う亡者。

 いや、亡者と言うのも可笑しいか。何故ならば自分も言わば亡者なのだから。

 然しながら、亡者と言えどアレを全身に喰らう事なれば滅びる……原作ジャギは確信と同時に反射的に銃を引き抜く。

 その引き金が引かれると同時に、空中に舞い上がり自分を滅しようとした男の眼光は収束され叫ばれた。







                                  「千手殺!!!」




 貫指       貫指        貫指     貫指     貫指     貫指      貫指
 貫指       貫指        貫指     貫指     貫指     貫指      貫指
 貫指       貫指        貫指     貫指     貫指     貫指      貫指
 貫指       貫指        貫指     貫指     貫指     貫指      貫指
 貫指       貫指        貫指     貫指     貫指     貫指      貫指
 貫指       貫指        貫指     貫指     貫指     貫指      貫指


 千の相手を指で貫き射殺す拳が上空から自分目掛けて放たれる。自分の放った銃弾は、その貫指に触れると同時に四散した。

 自分の放った銃弾が、一瞬の内に無残な鉄屑の小粒へと飛散していっていくのをスローモーションでジャギは視認した。

 ジャギは知る。この貫指が一つでも自分の秘孔に命中すれば如何なる結果になるのかを……。

 突き指の雨が、眼前へと急激に遅緩となる時間の中で近づいていく。

 死ぬ……漠然と中で幻視されたのは己を殺した存在。

 (……死ぬ?)

 


 ……死。



 その冷たく凍えそうな感情が過ぎった瞬間。頭に思い浮かぶのは走馬灯。

 ……この世界への初めての誕生。

 己の初めて得た己だけの拳法。

 奇妙なる過去の姿をした異世界人。

 そして、何処からが咲いた未だ開かぬ蕾。

 そのような回想が、何十回、何百回も千手の指の雨が刻一刻と近付くのを見つめる中……瞬間彼は心の中で呟いた。

 (……るな)

 それを思い出した瞬間に……硬直していた体は解かれて動き。

 (巫山戯るなぁ!!!)

 彼の憎悪の獣は肉体へと再起し、そして千手を殺す羅刹へ目掛けて放たれていた。









                                 南斗邪狼撃(翔)!!!









 空中目掛けて、千手殺を放つ同じ姿の存在目掛けてジャギは真っ直ぐに伸ばした両腕を天目掛けて、彼目掛けて翔んで放った。

 その貫指の嵐を通り抜け、邪狼は破滅の千手観音を横切る。

 彼を通り抜けてジャギは彼の背後へと飛んで降り立つ。

 千手殺を放ったジャギも同時に着地する……着地後、ブシュッ! と言う裂ける音と共に肩から血を吹き出させて。

 赤き瞳のジャギは、出血した肩を押さえながら眼光を鋭く光らせて邪狼撃を放ったジャギへと振り向く。

 「……野郎っ」

 一言、それだけで阿呆でも理解出来る程の憎悪を載せての一言。それに怯える事もなく、機械的に原作ジャギは無言で
 邪狼撃を再度に放てる態勢へと移り変わる。……目の前の存在に一瞬でも情を掛ければ自分が死ぬと理解しているのだ。

 ……荒野の風が吹きすさぶ。土埃が悲しげに彼等の間を通り抜ける。

 そして……右腕に銃痕を宿すジャギが次に取った行動に若者であるジャギは目を大きく開いて呟いた。

 「……っあの構えは」

 嫌でも解る構え。両腕を上下に波立てるように揺らし指の形は胸元に来ると同時に全て異なる形へと移り変わる。

 その動きは、彼がアノ時に救世主を倒す為に使った技。

 彼(ジャギ)の南斗の象徴が邪狼撃ならば、北斗の象徴たる技、これである。

 その技の……名は。

 「へっ……どこまでも」

 その動きを見て、原作ジャギはやはり何かを知ってるのだろう。どのような感情を浮かべているか不明ながらも呟く。

 「てめぇは、どこまで引き摺ってるんだ……っ」

 怒りにも、悲哀にも聞こえるような唸りを交えた声と共に気は膨れ上がる。

 「この、負け犬野郎が……!」

 その言葉と同時に、原作ジャギは怒気と共に両腕の反らす力を一層と強める。

 ジャギの言葉を聞いた彼は、一瞬眼光を細くするも何も言わぬ。ただ己のすべき拳の力を、想いを全てぶつけんと継続する。

 対峙する彼は、その手の上下への加速は常人には追いつけぬ速度へと達する。

 そして、強まる負の気配は交差し、どちらも互いに浮かべ宿す瞳の光を交差し何を悟ったのかも不明なまま。

 荒野の一陣の風を受けて、両者共に言葉の代わりに拳を吹き放つ。









                                   「北斗……」





                                   「南斗……」









               北斗羅漢撃!!!!!!!


                                                    南斗邪狼撃!!!!!!!








 一瞬、二人の姿は其の世界から消失したと思われる程の速度で移動したかと思うと、互いに次の瞬間彼等が立っていた場所に
 背を向き合ったままに両腕を前へと突き出したままに、無風の中で、どちらも先程まで膨張しきっていた気を消失させ佇んでいた。

 互いの一撃……それはどっちに軍配が?

 若者であるジャギはハラハラと鉢植えを抱えつつ固唾を呑んで結果を待ち受ける。原作ジャギが勝てば良いと
 仄かに思うが、もし彼が負けて倒れるようならば確実に、相手の方は今度こそ自分を何としても殺すだろうから。

 





 重たい時は数秒流れ、そして。




                                 ……ピキッ





 声のない呻き声が若者のジャギから上がる。

 何故ならば、原作ジャギの鉄兜に亀裂の走る音と共に罅が入ったから。

 負けた……彼はそう思い体が凍る。

 






 ……然し。







                                   ……ピキピキビキッ……ッ!!







 「……あ」

 漏れる呟き。それと同時に目に映る光景。

 それは……『羅漢撃を放ったジャギ』の体が崩れる音。

 然も、目を疑う事に其のジャギの身体からは流血の代わりに砂のような物が溢れ地面へと落ちていた。

 人間では無い……。

 その事実を理解すると共に、下半身から砂が溢れ立位を維持出来なくなりつつある赤い眼光のジャギは
 強い憎悪を秘めつつ、自分を消滅する結果を起こした其の世界の住人へ一度視線を注ぎ、そして若者のジャギへ顔を向けた。

 





                              『……これで、終わりはしねぇ』







 そう、声はなくも口の形がそう造られたのを若者のジャギは視認する。自分へ向けて手を伸ばし宣告する存在に恐怖を覚える。

 だが、その存在が砂で崩れ去るのを一部始終まで見る事を出来ず顔を背ける事にした若者のジャギは見逃した。

 その男が最後に……どのように口を模ったか。

 赤い眼光で、滅びる寸前まで若者のジャギを殺す事を考えていた男は、その顔が崩れる寸前、こう口は読み取れた。






                                『アン……ナ』……と。






 ・






         ・



    ・



     
       ・



 ・





      ・





          ・




 「……あいつは、一体」

 怖々と建物から出て、既に砂と鉄兜だけを置き去りに消えた謎の自分を殺す事を望んでいた存在の残骸を見つつジャギは呟く。

 もし……最初に原作ジャギとは別人だと気づかなかったら。

 あの絶妙なるタイミングで、原作ジャギが助けに来なかったら。

 あの羅漢撃に、もし打ち負けたら……どちらでも自分は死んでいた。

 その恐い予想で無性に胸は冷える。だが……既に其の恐怖を与えた存在は消えた。

 ……本当に、消滅したかはともかくとして。

 「知らねぇな……もう日が暮れる」

 そのジャギへ、原作ジャギは相手せず鉄兜を拾い上げて乱暴に大事に抱え持っていたジャギの鉢植えを奪い取り建物へ入る。

 彼の言う通り、また闇が来る……この世界で未だに慣れぬ外の闇が徐々に近づいている。

 仮に、あの男が復活するような事あっても、この闇の中で建物に来る確立は低いだろう……。

 ジャギは、背を向けて建物へと入る彼が何かを知っている事に薄々は知った。

 そして……自分自身の違和感にも『あの男』の出現から少しは知る……もしかしたら、と言う程の疑問を。

 その埃程の不安を胸に秘めて、あの男の出現した事について何ら解答も得られぬままに彼の物語は続く。





 ……だが、気を付けよ。





 彼は、最後にこう思っていたのだから。








                 例えどれ程に時が流れても           絶対に彼女を奪り返す……と










                 後書き





      

 余談ながら、原作ジャギは砂嵐の檻に何十回も渾身の南斗邪狼撃を放ち脱出しました。

 後、バイクもちゃっかりと回収はしてます。流石に修理は無理でしたが、修理してたらバイクで
 あのジャギ目掛けて轢き殺す程度の事はやっていたでしょうね。棒アーカードゲームのマミヤの如く。




 ……てか、あのゲームでもジャギの技、バイクでのアタックあって良くね? それありゃダイヤも少々変わるだろうに





[29120] 【流星編】第十七話『終末の風の中で巫女は何を見るか』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/05/19 09:36
















  











 必死に、私は歩いていた。

 耳を疑う内容と、そして逃げろの言葉に命じるままに歩いた。

 空に浮かぶ雲も風も、同じく私を後押しするように遥かに早く動いている。

 けれど……。

 「……はぁ」

 けれど、今の私の足は重すぎる。背負うには、重すぎるのだ。私の託された使命は全ての南斗の運命を背負っているのだから。

 





 切欠は、唐突なる一人の虚ろな傀儡となった兵士の言葉から。





 それは私にとって掛け替えのない友人の一人の力を使用しての隠れたメッセージ。

 核戦争によって阿鼻叫喚となった世界に、颯爽と出現し数日で人々の支持と共に王となった人物。

 その人は生まれながら王たる才と力を受け継ぎし人。私も又、其の人を尊敬し畏怖する感情も備えていた。

 だが、その王は……全員を処刑すると言う計画を打ち立てていると私の友は知ってしまった。

 間違いであって欲しい。

 勘違いであって欲しい。

 だが、そう否定するには今の王の態度や行動には否定するには余りに可笑しい挙行が有るのも事実であり
 私は王と親友の言葉ならば、親友の言葉を信じる。甘いと言われても私には彼等の方に信頼をおいているのだ。

 それを受けて私は国を出る。

 今も日夜戦場が頻発している場所を猫のように、トカゲのように私は忍んで歩く。

 敵国の偵察兵に遭遇するのも厄介だ……が、それ以上に。

 「……っ」

 遠視に過ぎる人影に、馴染みのある外観を知り急ぎ彼女は一つの岩陰に身を隠した。

 それと同時にザッ、ザッと規則正しい行進音が彼女の隠れた場所を通り過ぎる。

 幸い、隠れた彼女に気付いては居ない。足音が過ぎると彼女は溜息と同時に顔を出して小さく呻く。

 「何で、味方なのに身を隠さないといけないのよっ」

 ……今の自分は、恐らく自国では脱走した扱いだと彼女は判断した。

 そうでなくも、命令なく自国を出る彼女を他の巡回している仲間達が奇妙だと思わぬ筈が無い。確実に
 自分に対して理由を聞こうとする。下手な嘘で場を凌いでも彼が忠告していた王に自分の事は間違いなく耳に届く。

 (あいつ『キタタキ』に万が一、私の事で拷問でもされるような事があっちゃいけないしね……ったく)

 変人で、性格も余り良いと思わない。それでも自国を守る彼は大切な親友である事は間違いなく彼女は義務による溜息を出す。

 このまま、何事もなく領地から抜けて他の南斗の区域へと入り彼の情報を提示して助けを求める……それがベストだ。

 ハマは、そう思考を練りつつ伏せた際に汚れた服を軽く叩いて払いながら考えを進める。

 助けを述べれる相手……。

 一つは……『仁星』のシュウの居る場所。

 昔から、自分や他の親友も含めて色々と世話になったから解る。あの人が万が一も自分達の報せを聞いて臆病風で
 王の計画に加担するような真似になる事は決して無い事を。むしろ、喜んで自分達と共に戦ってくれるだろう。

 「だけど、駄目ね……」

 一瞬、助けとして縋り付きたくなる相手だが客観的な事や他の事情を考えて彼に助けを求められない。

 理由としては、まず彼には家族(シバ)が居る。南斗の一大事には些細な事と思うかも知れぬが、子供の居る彼が
 自分達と共に王へと反逆し戦死するような事になったらどうする? 己は、其の後に胸を張って勝利を掲げられるか?

 否。そして、彼の住む場所には後輩に当たるカレン。そして恩師にもなるダンゼンも居る。

 どちらも、自分の今の苦悩を晒せば迷う事なく己と共に拳を振るい同じ道を進む事を快諾する筈だ。

 彼らが、彼らが共に戦ってくれる事は嬉しい……だけど。

 「……甘い、と言われちゃそれまでだけど」

 あそこは駄目だ。あそこは平和な頃の時代に残してしまった物と者が未だ存在する場所。

 世紀末始まってからと言うもの、余りに多くの仲間達が傷つくのを見てしまった私にとって、未だ暖かさを
 失わず、その平和な頃に有った見えぬ大切な部分を守り抜こうとする人達を、この運命に巻き込みたくは無い。

 そのようなハマの考えから、本来ならば結託すべき一つの星を除外してから次の星に対しての救援の合否を思考する。

 二つ目……『妖星』のユダ。

 「これも、不安過ぎるわ……」

 今まで、遠巻きに六聖と言う存在を見てきての自分の評価。

 サウザーと言うのは、昔から他の存在より際立っていた優れた資質を備えている存在だった。誰が見ても同じ感想だったろう。

 そして……ある時期から、彼は段々と攻撃的な性格になったのも又、自分と同じく他の者達は知っている。

 彼の態度に余り快く思ってなかったのは少なく無い。事実、私の親友達も同じ考えを時々口にはしていた。

 そして、その親友達も王と同じく余り良い評価をしてなかったのは、自分が現在助けを求めるか考えている人物だ。

 ユダ、紅鶴拳の使い手であり『妖星』と言う奇妙な星を司っていると言われている人物。

 「……私には王の考えに同意する未来しか見えないわね」

 彼は野心の強い人物だったと思う。噂だが、何処ぞの名家らしく多大な資産を有しており、その金を使い他の南斗拳士へと
 懐柔させたり、社会的に抹殺させて伝承者候補達を蹴落とした等と不穏な噂が尽きぬ人物だった。

 すれ違う度に、嫌な笑みを浮かべて似たような取り巻きを従えてた様は少々滑稽さと不気味だったと述べておく。

 (あいつは危険……私の助けに百歩応じれてくれたとしても、その次にどうするか考えるのも恐いわ……)

 彼も、翳りを備えている。王とは違った意味で手を出したくない何かを秘めているとハマは感じるのだ。

 将軍であるヨハネなど、味方となりそうな人物達は存在してるが、それでもユダには彼が命懸けで握った情報は曝される。

 ハマは、一か八かの賭けでユダを味方に付けれる程の器量良しでないと自覚してた。ゆえに、彼の危険性を僅かに把握してこそ
 他の南斗の仲間達への危険も考えて提示を却下した。その決断は、ユダの性格を考えれば正しい答えだったと言える。

 三つ目……『義星』のレイ。

 水鳥拳を操る、その六聖の中での人気ならば一、二を争う風格をしていたのは彼。彼の師であるロフウ様、そして
 女性拳士に大きな尊敬を集めていたリンレイ様は隠居したと聞く。今は彼等の安否を祈るばかりだ。

 その彼の風貌や以前の様子を振り返り、一瞬だけハマの胸は初心な娘のように心が浮き足立つように揺れた。

 だが、直ぐに自分の頬を少々強く叩き不埒な自分の感情を封じ込める。今は、そんな場合じゃないと心の中で叱咤しつつ。

 「……レイ、か」

 正直な話……会いたいとは思う。

 この感情が恋愛的な物かどうかはさておいて、彼が人格や拳の腕も総合して頼りになる人物だったのは言うまでもない。
 他の女性拳士達が、何時も黄色い声で近寄っていたのも彼ならば当たり前だと思う気持ちが自分の中には存在してる。

 「けど」

 ……だが、行方が掴めない。ゆえに駄目だ。

 頭を振りつつハマは肩を竦めて再度溜息を吐く。何故、よりによって頼りになりそうな人物達は全員居場所が掴めぬのか……と。

 一応、キタタキや他の拳士達も六聖の居場所の捜索にあたっており似た人物の居る地点の情報は把握している。
 だが、それが誤った情報の場合が末恐ろしい。王の計画は自分が歩いている今、この時も静かに進められてるのだろうから……。

 明確な情報無い限り、レイの場所へは行けない。少しばかりの寂寞感と共にハマは彼への救援の要請を却下した。

 四つ目……『殉星』のシン。

 「やはり……彼が一番今は頼りになるのでしょうね」

 彫刻めいた美しさを秘めて、彼に惹かれていた数はレイに並ぶかも知れぬ。

 孤鷲拳を使い、己も以前は世話になった時もあるフウゲン様を師に持つ彼。……そういえばフウゲン様は無事だろうか?

 少し意識が逸れた思考を修正しつつ、シンを頼る事によるメリット、デメリットを思考する。

 先ず、彼の人格なのだが。これに関しては何とも言い難い。

 何時も障りのない態度しか見てなかったし、自分の同性の親友曰く『味方ならば頼もしくも敵には容赦ない人』らしい。

 王の計画。それを知ったら彼はどう行動するのだろう?

 敵対するのか、味方するのかは掴めぬ。常々、平和な頃に彼等にもっと接するべきだったと後悔する。

 「……けど、あそこには居るしね」

 あいつが。そう、ハマは少しだけ柔らかい顔つきを浮かべ同性の親友の顔を浮かべた。

 鳥陰山やら、プライベートでも一緒に長く関わりあい有った親友。

 胸の事やら、時々意見の食い違いで喧嘩はあるも大事で自分には無くてならぬ存在だったとは明言出来る。
 
 ……もっとも、同性相手だけが恋愛対象と言う性癖については少々顔が上がらなかったが。

 自国を出る方向も、最初から想定してか其の方向へと足を向けて歩いている。久しぶりの再会で、彼の託した情報を
 親友にも独白して共に考えたい。自分一人で抱え込むには、この問題は余りに大きすぎると少ない時間で感じてるのだから。

 とりあえずシンの居る国へと歩行を進めつつ、最後に考えていた救援先を案じる。

 最後……六聖を飾る最後の将。

 「……まぁ、最初から望み薄だけれど」

 これに関しては、最初から考えていないと言って良い。

 何故ならば、その六聖の最後の人物に関しては全くの手掛かり薄なのだ。いや、本当にいる存在なのかも疑わしい。

 平和な頃から、その存在が噂程度でしか語られていない存在。霞に助けを叫ぶような愚かな行為でしか無い。

 ハマは、最初から四つの南斗の星を司る存在への助力しか考えていない。

 それは通常の考えであり、だからこそ彼女、彼等の物語は終焉が既に決められていると言って良いのだろう。

 「……? 何かしら」

 ふと、何処からか争い合うような音が聞こえた。

 珍しくもない、だけれど普通の兵士達の交戦とは少々事柄が違う感じの争いの音。

 彼女は迷う。直ぐにでも遂行しなければ南斗の運命が左右される時に、何処ぞの知れぬ厄介事に手を出す事を。

 「あぁ……もうっ」

 だが、彼女は未だ南斗の戦士だった。歴戦たる兵達の一人であり、平和を愛し争いを許さぬ強き戦士達の一人である。

 彼女は一回強く唸ると共に、颯爽と其の方向へと跳び向かうのだった。








 ・





        ・



   ・




      ・




 ・





     ・




          ・




 勢い良く、彼女が向かった方向では乱戦が起きていた。

 見えたのは一つのトラック。未だ健存されていた大型車両が転がっており、それを背景に数十人が交戦している。

 「糞がああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 「死ねぇぇえええええええええええ!!」

 「がああああああああああぁぁぁぁ!!」

 鈍器を振り上げて応戦する鶏冠状の髪型をした男達。

 黒いフードを纏った鎌を振り回す白い顔つきの男達。

 金棒を振り回す獅子のような髪型した荒々しい男達。

 その見てくれから、ハマは彼らの正体を察する。

 一つはモヒカン、一つは雷帝ライズの兵士、一つはイゴール軍だと。

 (成程ね、どうやら荷台を巡って三つ巴になったって所かしら)

 一体、最初どちらの所有物だったかは知れぬが彼等の素性を見て真っ当に運搬してたとは到底思えない。

 どちらかのを略奪して、それを奪い返す為に闘っているのに他の奴らが介入したのかも知れないし。
 もしかすれば運の悪いトラックを運転してた者を三つの勢力が偶然一斉に襲いかかってなった状態かも知れない。

 まぁ、原因を追求するだけ徒労だろう。彼女は仲間と思えられる南斗の兵士や民間人が一見無い事を知ると早々に
 このような自分達に何度か侵攻、或いは危害を加えようとした者達が共倒れになる事を願いつつ去ろうとする。

 だが、背を向けようとする直後。そのトラックの後部の荷台の入口に異変が生じる。

 「……っ女性!?」

 ハマは、それを視認して焦りと共に小さく叫ぶ。

 褐色の肌の女。民族衣装にも見受けられる格好の女が頭から僅かに(恐らくは転倒した時の傷だろう)血を流しつつ
 ヨロヨロとした足取りでトラックから出現したのだ。その無害な人物の登場で戦局が変わる事となる。

 「おっ!? こいつは付いてるぜぇ!! 上玉じゃねぇか!!」

 「!! 褐色の女……贄、我ら雷の神たる我らの指導者の為の贄に相応しい……!」

 「ガハハっ! こりゃ良い!! こいつ等ぶち殺してイゴール様に献上すりゃ万々歳だ!!」

 どちらも似た思考。その女を自分達の勢力の報酬として頂く。

 目に負の光を宿し彼等は殺し合いに更に熱を上げる。雄叫びの声は拍車と共に武器を振り上げる力は強まった。

 「……っ」

 ハマは唇を噛んで躊躇する。

 どうする? このまま傍観し続ければ、先ず間違いなく彼女はどちらにしろ其の身を彼等に汚され想像したくない
 結末を迎えるだろう。女としての肉体を陵辱され、生きている事すらも地獄と思える行為を晒される筈だ。

 だが、このまま飛び込むのも自殺行為。

 そう、保身と彼女の南斗の拳士としての使命が天秤として乗せられ思考は展開され……そして。

 「……ったく! もお!!」

 (そんなの……解りきってんのよ!!)

 彼女は、自分の中の甘い部分に一層と毒吐きつつ乱戦の中へと飛び込んだ。

 「南斗聖拳伝承者雲雀拳の伝承者が命じる!! この場から去れ!!!」

 そう眼前で殺し合う人物達へと腹の底から込めて一喝と共に彼女は叫んだ。

 南斗の兵士。その領地内で有った事で一瞬三つの勢力は動揺と共に動きを止める。

 だが、突入してきたのが一人の若い気炎を上げて突進してくる女だけだと見ると彼等は嘲笑と共に武器を再度上げる。

 「ヒャハハハハ! 女一人で何をいきがってやがる!!」

 モヒカンは、そう叫び向かった彼女の頭部へとパールのような物を振り落とそうとした。

 殺す事よりも、馬鹿な二人目の獲物を戦闘不能にしようとする試み。だが下衆な考えを宿したモヒカンの一撃は空を切る。

 「ヒャハ?」

 「遅いのよっ」

 間の抜けた声を浮かべるモヒカンの頭上に小さく現れる影、と同時に降りかかる一声。

 見上げたモヒカンの視界には靴の底が見えたと同時に、意識は昏倒して倒れた。

 「野郎っ!!」

 仲間の顔面を蹴りつけて気絶させた敵へと罵りと共に隣に居たモヒカンが鉄材の鋭い部分でハマを薙ぐ。

 横面へと当たりかけた凶器。それを少し身を反らせ避けつつハマは怒鳴り拳を振るう。

 「私は野郎じゃないわよ!」

 ドガッ! と言う音と同時に攻撃したモヒカンは吹き飛んだ。数秒で二人の男を倒す南斗の女へと視線は集まり
 敵対していた勢力達は互いに視線を交差し頷く……この無謀なる戦士を先に戦闘不能にしてやろう……と。

 「女ぁ! 我らが指導者! ライズ様の力を高める贄と成るが良いぃ!!」

 フードを纏った男は鎌を両手で振り上げて近くに居た他の者達を巻き込んで長い刃はハマの胴体目掛けて襲いかかった。

 「っぶないわね!」

 それを、ハマは空へと逃れて避ける。それと同時に彼女は両腕を開き、攻撃を避けた彼女に視点を映すライズ軍の兵へ
 と空中から降下するようにしつつ次の行動に移る。南斗の伝承者ならではの技……南斗聖拳を繰り出す為に。







                                  南斗飛翔拳!




 
 「ぐおっ!!?」

 上空から斜めに降下して繰り出された手刀は、相手のロープをボロ屑へと変化させる程の斬撃と共に相手に多大な出血を産み出す。

 「女ぁああああ!!」

 然しながら危機は未だ彼女を襲う。ライズ軍の兵が倒された次の瞬間にはイゴール軍の幾分大柄な兵士が金棒を持って襲いかかる。

 「うっへっへっへ! 手篭めにしてやるぜ!!」

 そう、叫びながら下卑た言葉と共に男は金棒でハマの行動を不能にする為に足目掛けて金棒を地面スレスレに振る。

 「冗談……」

 それをハマは僅かに跳んで軽々と避けると同時にイゴール軍の兵士の懐に潜り込み。

                                  「きついのよ!」

 



                                  南斗天勢掴翔!!





 その言葉と同時に、彼女は上空へとイゴール軍の男を顎が砕ける程の威力の蹴りで上空へと飛ばし、そのまま
 イゴール兵の頭部の髪の毛をわし掴みにしながら錐揉み状態で回転しつつ地面へとイゴール兵を他の男達の場所へと引き落とした。

 男達は、此処へ来て彼女の実力が高い事に動揺の表情を出す。

 「……っぜぇ、ぜぇ」

 だが、ハマとて完全なる優勢でない。戦場通いで、まともな休憩や食事もしてない状態で自国を抜けた彼女の調子は
 万全なる以前の時と比べれば頗る悪い。本来ならば後十分は平気で動ける体力も数人を撃破しただけで息切れが起きる。

 「怯むなっ! 女一人、しかも疲れてんのは目に見えてんだろうが!!」

 イゴール・ライズの軍とモヒカンも目は未だ腐ってないらしく、彼女の実力に恐怖して遁走するよりも仕留める事を選択する。

 (っ……不味い状態ねぇ、もうっ!)

 心の中で泣き言を叫んだところでどうしようもならない。彼女は彼等の凶器を掻い潜り救出すべき人物の方へと向かう。

 (せめて……彼女一人だけでも逃さなきゃいけない! 意識あるならば私が囮になる間に逃げる事を伝えなくてはっ)

 激しく敵の攻撃を掻い潜り懸念すべき人物の方向へ見れば、褐色の女性は未だ大型車両の場所で立ち止まっている。

 車の転倒で体力をかなり失ったのか目を閉じてる。脳震盪、若しくは更に悪い怪我を負ってる可能性が高い。

 その無防備な状態が不幸中の幸いか彼女の周囲の敵勢は彼女に目もくれず他の敵達に意識を向けている事で彼女の
 安全が確約されている。だが、それも少し時間が経てば安易に崩れ去る脆い保身である事は言うまでもない。

 (何とか意識を覚醒して自力で逃げても貰わないと……!)

 自分一人ならば逃げ切れる。だが、そうなれば怪我をしている女性は確実に連れ去られ恐れた未来へ迎える。

 ならば低い確率でも彼女が意識を取り戻し、そして彼女が逃げれるように自分が囮となる手段の方が未だ心情的にマシだ。

 ハマは、そう考えつつ三つ巴の兵士と野盗達の間を適当に攻撃と回避を繰り出しつつ着実に距離を縮めた。

 「おぉい! 待てやぁ女ぁ!!」

 だが、歯がゆくも後数メートルの時点でハマの足は止まる。彼女を阻むようにモヒカンにライズ・イゴールの兵が阻んだのだ。

 「退きなさいよ……! でないと殺すわよ」

 そう、殺気を精一杯込めた彼女の声をせせら笑いしつつ彼等は言い返す。

 「てめぇ、どうやら後ろに居る女を助ける為に飛び出した見たいじゃねえか」

 「……っ」

 当てられた事に、僅かにハマの肩は揺れる。戦士としては大失態、敵にむざむざと己の行動を当てられるとは!

 「図星かっ! へっ、てめぇ間が抜けてるぜ。俺達のどちらか倒れるのを指を咥えて見てりゃ利口だったのによ」

 モヒカンの次に、鋭い鎌を撫でてライズ軍の兵が呟く。

 「……此処は一時停戦、貴様は此処で一番厄介そうだ。……癪だが、貴様を此処で倒し、その後にじっくりと始末はつける」

 今だけ、ハマを倒す為に三つの勢力は組む。……その言葉にハマは唇を噛んで己の不幸を呪う。

 「へっ、そう言うこったぁ。残念だったなあ女よぉ? まぁ、今此処で其処のハイエナの言葉じゃねぇが
 指じゃなくて俺達の下を咥えるってんなら両足を優しく使えなくするだけで許してやるぜぇ、おいっ」

 最後に、イゴール軍は僅かに情欲を滲ませた目と共にニヤニヤと笑い金棒を肩に提げつつ言う。

 「愚図が……!」

 その、人でなしの言葉にハマは怒りと共に足を一歩踏み出す。

 だが、駄目だ。もし、此処で自分が拳を触れば間違いなく背後に居る女性をこいつ等は殺す……!

 南斗の戦士として……平和の守り手として、そのような結末は有ってはならない……!

 「……っ」

 拳を震わせ、彼女は顔を俯き構えを説いて両腕を力なく下げて垂らす。

 三つの勢力の兵と野獣は笑う。何とも簡単な奴だ! この集団とも互角に戦えるのに関わらず。平和や守護と言う
 枷に縛り付けられているがゆえに、それを盾にすれば簡単に闘うのを止めてしまう戦士に対し彼等は笑う。

 一頻り笑い終えて、モヒカンは拳を鳴らしつつ彼女へと進み出る。自分達の仲間を何人か倒した、この女に憂さ晴らしの
 為に嗜虐を満たすサンドバックと化そうと暗い思考と笑みを携えて。片腕を回すモヒカンの瞳には彼女の膨らんだ胸が映える。

 ……泣いて命乞いする前に、その体を思う存分味わってやるのも良いかとモヒカンは一時暴行よりも強姦への意識が高まった。

 「へへ……そいじゃ『ドス』……ぁ゛」

 だが結局の所、モヒカンがどちらの行動を選択しようと両方とも無駄な事だった。

 

 何故ならば、手を伸ばした直後。モヒカンの胸元から手が生やされ、彼の死は絶対的なものとなったのだから。

 「……ぁ゛、あ゛?」

 吐血しつつ、モヒカンは何が起きたか解らず暗い闇に包まれ倒れる。

 そしてモヒカンの背後には……酷く冷たい光で鮮血の赤い貫手を構える褐色のポニーテイルの女が居た。

 「っこい、つ」

 「おん、なっ」

 起きた出来事。それは今まで気絶していたと確信していた、無力だと認識していた女が一撃でモヒカンを絶命したと言う光景。

 その光景に、ライズ・イゴールの兵は理解が追いつく前に自分達の生命の危機から武器を構えて彼女に足を踏み出す。

 




                               ドシュ!    ドシュ!!





 「……がべっ」

 「……ごふっ」




 ライズ・イゴールの兵士達の断末魔と、それと同時に地面へと倒れる音。

 それは、目にも止まらぬ速さで褐色の女が彼らへと接近して相手の胸を打ち抜いた事による結末。

 「……えっ?」

 その時、異変を感じたハマが顔を上げて身構えていた予想とは裏腹な光景が広がっている事に唖然とした呟きを上げる。

 そこでハマは、はっきりと自分が救おうとしていた女性の容貌を見た。

 見た通りの褐色の肌、民族衣装と細い額当てを纏う女性。

 その目は何も見ておらず、それなのに全てを見通しているかのような不思議な眼光を点す静かな目を持った女性だった。

 「……貴方」

 倒れ付した、女性の傍らに絶命している死体を見て彼女が起こした行動を瞬間的に知って声を掛けようとする。

 「来ますよ」

 だが、ハマの問いは中断された。それを周囲で動きを止めて傍観していた敵兵達が激昂と共に襲いかかってきたからだ。

 「っ……話は後でするわ、私と共に逃げ」

 逃げるのよ。その言葉を遮って褐色の美女は呟く。

 「必要ありません」

 その言葉と共に、女性は目を閉じて胸に手を交差させて当てて膝を傅いて座り込む。

 ハマは、その命を要らぬような彼女の戦闘も逃走の意思も捨てた行動に声を上げようとした直後、異変を知る。






                                ガガガガガガガ……ッ。






 (……!? これっ……って!!)

 地響き、それと同時に彼女の背筋を駆け抜ける悪寒。

 その本能に告げる警告に彼女も目の前で座り込んだ美女に倣って伏せる。彼等は彼女等の突如地面へと座ったのを
 嗤いながら急接近する。……そして、約一メートル付近で彼らが彼女等二人へと武器を振り上げた瞬間に、それは起きた。






                          ガガガガガガガガガゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!







                  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
                  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
                  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!









 ……突如、起きた地震。

 それは世紀末始まってからは日夜、とは言わずも珍しくもない地震。それは何処ぞからの噂では戦争時に某国が使った
 大陸のプレートを故意に刺激させて自然災害を起こす兵器を使用したゆえの後遺症だとも噂されていた。

 だが、噂の真偽はともかく地震は起きた。ハマの目の前でマグニチュード5はあるかと言う地震がだ。

 伏せていた彼女達は大地の震えに身動き出来ずも、身を伏せているゆえに服の汚れ以外で被害は最小限に抑えられる。

 然し、彼女等を押し倒そうとしていた兵士達は別だった。武器を掲げて襲いかかろうとしていた彼等は突如の
 大きな地震に泡を食い、そのパニックの所為で隣にいる者達へと武器を振り上げ互いの首や胸元などの急所へと当てる。

 当初から敵同士ゆえだった彼らの同士討ち。それが拍車となり揺れる最中も殺し合いは拍車を掛けて地響きの中で
 彼等の阿鼻叫喚の怒声と悲鳴はハマの耳元にも届いた。そして、目を瞑り耳を押さえていた彼女の状態は震えが収まると同時に終わる。

 「……収まっ、た……」

 起き上がって、彼女は飛び込んだ視界に言葉を失う。

 死骸、死骸の群れだ。今まで血気盛んに襲いかかろうとしていた軍勢は同志討ちの所為により全滅を喫した。

 まるで漫画のように一瞬での壊滅。その余りな光景に暫し魅入られていたが、一つの足音から意識は戻る。

 「……あ、貴方」

 彼等の死骸に全く動揺せず、それどころか死骸の服を漁り食料らを拾い集めていく褐色の女性。

 その余りに自然な行動に、不気味や恐怖を覚える前に彼女の秘めたる力をハマは無意識に想定した。

 (……まさか、ね)

 こうなる事を予期していた? いや、そんな馬鹿な。

 瞬時に、その予想を撤回する。……そのような力、余りにもナンセンス過ぎる。

 ハマは、頭を振って彼女へと声を掛ける。

 「……何て言うか、私が加勢しなくても貴方一人でどうにか出来た感じね」

 褐色の美女は、彼女の声を無視して食料を束ねる。

 ……無視された事により青筋を浮き立てつつハマは再度冷静さを維持させて告げる。

 「ねぇ、見た所誘拐されたように思えるけど、帰りたいなら私が付き添うわよ。これでも一応南斗の兵士なんでね」

 褐色の美女は、ハマの言葉を構わず更に食料を拾い集める。

 プッツン。

 「無視すんなぁ!!」

 我慢の限界とばかりにハマはうがーっと怒鳴る。勝手に助けようとした身だが、それでも目の前の人間を無視しつつ
 堂々と食料だけを集めて、そのまま何処かへ行き去ろうとする行動は頂けないとばかりにハマは大声で怒る。

 そこで、ようやく気付いたとばかりに彼女は無表情に近い顔をハマへと向けた。

 「……送り頂く事も、加勢する事も必要ありません」

 静かな声、だが声色には明確なる固い拒絶が見え隠れしている。

 「正直、私一人でも彼等の事はどうにでも出来た。……助けようとしてくれた事には礼を述べますが、それだけです」

 「……言ってくれるわね。正直、放っておいて直ぐにでも目的地に向かうべきだったと今は後悔してるわよ」

 ヒクヒクと口を痙攣させつつハマは不遜な彼女の言葉に怒りを燃やす。

 本当に立て続けに嫌な態度を取る人間に出逢う。あの変人の親友にしろ、この訳の解らぬ女にしろ……。

 そこで、ハマは深く息を吸い込み冷静さを取り戻した。とりあえず、こんな女に付き合う道理は無い。
 ……今すべきなのは、一刻も早く別の南斗の勢力に自分と彼が知る情報を提示し、そして対処して貰う事なのだから。

 「……とりあえず言っとくけど、今はサウザーさ……サウザー帝の居る国に行く気ならばお勧めしないわよ。
 一応、昨日まで務めていた身だけど何やら異変があるらしいからね。巻き込まれたくないなら別の場所へ行くのを薦めるわ」

 最も、この時代で安全な場所なんて有るかも知らないけど。と付け足すハマを褐色の美女は無言で見つめる。

 その目はどこまでも静かだった。ハマを見ながら、ハマの姿を写さない深い色を秘めた瞳だった。

 「……な、何よ。私に顔に何が付いてる?」

 「……助けてくれようとしてくれた礼として、忠告しときます」

 「?」

 怪訝そうなハマに、褐色の美女は明後日の方向へと顔を向けて独り言のように述べる。

 「……大いなる一つの星は、宙(そら)の闇に蝕まれ全ての星の光を喰らう宙(そら)の穴と化す」

 「えっ……」

 突如として紡がれる不可思議な言葉、ハマの呟きに構わずそれは奏でられれる。





 ……巫女の言葉は荒野の風に調べを奏でた。






 『大いなる一つの星 宙を輝く星は 宙の穴となりて全ての星々を呑み込まん

  汝よ気をつけよ その星の意思は何よりも強く 何よりも輝きを秘めるから

  白き星 鷺の声 汝が鳴けば 汝と共に空へと高く舞いて高く翔くであろう

  そして星は堕ちる 共に其方の最も失いがたき星達の魂を骸の中に包ませて

  赤き星 鶴の羽 汝が羽出せば 汝の羽に倣いて王の羽を散らせるであろう

  そして星は交わる そして赤き星は大いなる星の調べを代わりに紡ぐだろう

  青き星 水鳥よ 汝の時を対価に 汝の翼を受けて王の翼を落とすであろう

  だが水鳥は大切なる番達を失くし 羅刹となりて新たなる悲劇の調べを紡ぐ

  金の星 孤の鷲は抱えし愛の揺り篭の中で魂を揺らがす 王の翼は落とさず

  宵の明星は暁の果てに悪魔と邂逅して それは救世の使者の始まりを告げる

  終の星は動かず 見つけれる事は非ず 七星の傍らで到来の朝日を願い祈る

  汝の願いが届くのは さすれば五つの歯車達の呼び声と共に在るかも知れぬ

  終わりの中にこそ望みはあり 星屑の中に全てを救わんとする原石が輝ける

  終末の風の中にこそ 其方の願う望みはある 星屑の中にこそ 答えはある』





 ……詩(うた)はそこで終わりを告げ、そして褐色の美女は口を閉ざした。

 「……今のって、予言? 貴方って占い師とか、そんなの?」

 内容を噛み砕くには難しい詩。

 けれども、その調べを聞いてハマの胸に浮かぶのは不安。未だ抑えられた不安が一層と強まる……そんな感じがした。

 「……えぇ、占い師……そんなものです」

 そう、侘しさと寂しさを混ぜ合わせた何処か刹那的な感じで褐色の美女は背を向ける。

 「ですが、今の私には紡がれる予言に対し全てを把握出来る力は無い。……あの場所から逃れた事だけで、私には……」

 「あの、場所?」

 褐色の美女は、無意識の内に溢れ出したのだろう。逃げたと言う単語の所で酷く暗い陰鬱な光が浮かんでいた。

 だが、ハマが居合わせてる事に直ぐ気付き元の見抜けぬ表情(仮面)を被る。

 「……忠告、有難く聞き届けます。なれば、私は今は旅を続けましょう……宛も、目的もない旅を」

 そう言って、彼女はハマから距離を開ける。……その方向はハマの向かう所でも、彼女の知る者達の方向とも違う場所。

 「ねぇ、待って! ……また、会う事もあるかも知れないわ。……名前だけでも教えても構わないんじゃないの?」

 ……一応、助けて貰ったのだ。

 あの地震が起きると言う(かなり遠まわしな)助言を聞かなければ大怪我をしてたのは間違いないとハマは感じている。

 だからこそ、もし彼女の計画が功を奏し、平和な状態に戻れた時に再会出来ればきちんと礼を述べようとハマは思う。

 そんな思惑を乗せた笑みを浮かべるハマに、少しだけ羨ましそうな、眩しいものでも見るように褐色の美女は一瞥し……。






 「……サクヤ、それが私の名前です」





 「そう。私の名はハマ……雲雀拳のハマよ」





 覚えておいて。そう告げて……ハマとサクヤは背を向け合って砂埃の風が舞い上がる中で離れ合っていった。







 「……」

 姿がどちらも見えぬ距離となった時、サクヤは一度立ち止まり彼女が去った方向へと振り返る。

 「あの、人」

 そう呟き、サクヤは何か言いたげな表情と共に翳りと憂いを秘めた顔で顔を俯かせ、そして再度前方へと足を進ませる。

 ……彼女は解っていた。

 ハマの笑顔の中に、明確なる死の影が覗かせている事。

 そして、彼女の背の中に。彼女を通じて多くの者達の死の影がチラチラと浮き沈みしている事をサクヤの感覚は知り抜いていた。

 自分が、同行すれば、もしかすれば回避出来るかも知れぬ。……けど。

 「……御免なさい」

 私は、占い師であり。そして暗殺拳の末裔。

 「……っ御免なさい」

 そして……私は忌まわしき血を受け継ぎ……不幸を背負う者だから。

 サクヤの目に、ハマは余りに眩しい存在に見えた。

 そして、その彼女に同行すれば、きっと己は未来(いつか)彼女も自分の因果な血の災厄の粉を振り掛けると感じたのだ。

 (何も出来ず……ただ詩う(占う)だけの私を……許して)

 サクヤは、心中で死の影を背負う雲雀に手を合わせ目的も無いままに荒野を彷徨う。





              ただ荒野に蔓延する終末の風だけが 二つの魂の交差と詩だけを静かに聞いていた










 

                後書き





  サクヤは、『貪狼編』と違い『流星編』では世紀末の訪れと同時に故郷から出たと言う設定です。

  因みに、彼女は人に言えぬ程の重い過去を背負っています。ゆえに現在精神的にも不安定な焦燥状態です。

  




  ……書いてて思うが、サクヤのキャラって本当どんな感じなんだろう? 不思議ちゃんで良いのか時折解らなくなる







[29120] 【貪狼編】第十七話『小さな小さな飼育箱で交わす約束』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2014/08/12 20:17







 約束だ

 未来(いつか) この箱(世界)から出て外へと出よう

 絵本の中でしか見ない大海原の音と感触を味わおう

 夢と電子でしか見ない大自然の音と感触を味わおう

 約束だ

 未来(きっと) この箱(監獄)から出て太陽を見よう

 電灯では無い 空に浮かぶと言われる太陽を知ろう

 染みでは無い 手の届かぬ宝石と言う星空を知ろう

 約束だ

 

 

 ……約束だ 




 ・




       ・


   ・



      ・



  ・



     ・



         ・


 


 とある地下施設。そこでは地上で常に慌ただしく働き動く人間達の耳には入らぬ程の真下に引かれている建造物。

 その施設の内容は、常に巧妙に続けられていた。地下鉄の走る音に混じり大掛かりな実験を行なったり
 使用されなくなった坑道を扱って何やら怪しげな研究を行うなど、人目につかぬ場所で常に日夜ある実験が繰り返されていた。

 その施設では、今宵も同じく実験がされている。


 ――人道から完全に外れた、受けられる側からすれば悪夢に等しい実験を。

 



 …   …  …  …  …  …



 一人の、肉付きの良い筋肉質な腕が目立つ男が居た。そのズボンの中心には『№5』と刻まれている。

 鋭い犬歯を僅かに覗かせて、息を荒げつつ血走った目で両拳から血を滴り落としながら警戒している。

 彼が警戒している訳、それは其の状況が現在戦闘中ゆえにだ。

 同じように№が刻まれた男達が、彼と同じくファイティングポーズで他の者達と殴り合いをしている。

 ただの殴り合いでは無い。急所へと当てて完全に相手が戦意喪失、または気絶しても殴り続け殺すような凄惨な死闘である。

 №5の彼も同じ渦中に居た。彼の傍らには顎が砕けてる者と吐血して倒れてる数名が転がっている。
 
「雄尾雄尾雄尾雄尾っ!!!」

 「っ!」

 そして、今も№5は彼より少々大き目の毛深い男が腕を振り上げ襲いかかっているのを視認した。

訓練室に現在立っているのは、その男と№5の青年以外には居ない。

 つまり、この二人の内一人が勝たない限り、この死闘は終わらぬと言う訳だ。

 血流を浮かべた豪腕は、当たれば立ちどころに青年の顔など容易く骨ごと砕ける事が予想される。

 青年に吸い込まれるように伸びる豪腕。あわや、№5を刻む彼の顔は見るも無残な容貌に陥ると思えた。

 

  ――ガシッッ゛!!

 
「!!? ぬっうううう゛う゛う……!?」

 だが、その丸太のように太い腕が振り下ろされる事は叶わない。

 ギンギンと生きようとする獣の如く輝く瞳を携え、№5の青年は対峙している男の腕を片手で万力のように強く握り締める。

 ……ドブシュッ!!

 「グオオオオオオオオォ!!!?」

 数秒後、ゴリラのような体格をしていた男は悲鳴と共に押さえられた腕から出血が迸った。

 「じゃあな……」

 №5の青年は、そう冷たく告げると共に空いた腕を腰に据えて一気に力を込めて突き放った。

 戦闘訓練の室内で、無表情で防弾ガラス越しに研究員達が見守る中№5の青年は、対峙した男の腹部を貫き絶命させたのだった。






  …  …  …   …  …




 №5の青年は、血で濡れた髪の毛を施設に取り付けられた簡易シャワーで顔から上までの血を洗い落とす。

 シャワーで流れ落ちる赤い液体が排水溝へと流れていくのを青年は静かな目で追っていく。

 完全に血が洗い落ちると一度強く顔を振って、髪の水滴を落とし彼はシャワー室を出た。その長髪は
 時の身に任すがままに、手入れなどされず乱雑に幾重の方向に跳ねさせながら彼は廊下を渡ろうとしていた。

 「おいおい、風邪を引くよ? №5」

 だが部屋から出ると、困った奴だ、と言わんばかりの声色と共に№5と呼ばれた青年の頭にタオルが投げつけられた。

 彼は、別に悪びれたり怒る様子も見せず淡々とタオルを頭に投げ渡した人物へと拭きながらぶっきらぼうに言い返す。

 「これぐらいじゃ風邪なんぞ引かねぇよ№16」

 №5を掲げる青年は乱暴に髪の毛を拭い終わると、『これで満足か?』と言い捨ててタオルを投げ返す。

 タオルを受け取る人物、それは女性だ。

 右目だけを前髪で隠している其の女性は男勝りな笑みを浮かべ気取られる様子なく№5の人物を見つめている。

 「そう邪険にすんなよ。今は誰も居ないさ『リマ』」

 その№以外の呼び名をされて、№5のプレートの掲げた青年。いや、リマは一瞬動きを止めてから彼女の方を見て告げる。

 「『フリーダ』、俺達が仲良くやってる所を見られたらやべぇだろ」

 その声には、先程よりも冷たさはなく友人を労わる口調だ。言葉の節々から彼女を心配しているのが見れる。

 「大丈夫だって、此処辺りの監視カメラの電子信号は少ないって聞いてるし。何より、この前の注射の時は散々暴れてやったしな」

 奴等だって、私が暴れるような下手な真似はしないよ。とニヒルに笑う。

 この二人、一見はただの少し野性的な青年と娘に見えるかも知れないが実はそうでない。

 世紀末直後、研究施設から抜け出してB・B(ブラザー・バーサーカー)と言う名で知られる二人。

 薬品投与と遺伝子操作によって生み出されし人間兵器『怪物(フェノメーノ)』

 斬馬刀使いの『フリーダ』・『破軍のリマ』

 それが、この二人の正体だった。

 彼等は表立っては仲が格別に良いようには周囲には思われないようにしている。

 長らく生活しての知恵。以前にも特別な絆を持ったと見受けられる男女の実験体は監視員達によって隔離された。

 その後、彼等が一緒になったのを見た事は無い。その教訓を受けてフリーダとリマも単なる顔見知りと言う仲を演じている。

 最も、名指しで呼び合っている現時を見ると余り意味が無いようにも見れるが……。

 シャワー室を抜けた二人は、広い白い廊下を歩き堂々と会話をする。

 「しっかし、最近はアレだぜ。戦闘訓練っつったて筋肉注射した戦闘馬鹿ばっかりで歯応えもねぇ」

 彼は毎日、ほぼ戦闘訓練を受けている。

 最近では百から先を数えるのも面倒な程に薙ぎ倒し、張り合う相手となると別の実験を受けている顔見知り位だ。

 他の研究員は、彼らの目的の為の素材を減少させたくなく、幸いながら顔見知りと闘う事は滅多に無い。

 リマが肩を鳴らして呟く言葉に、フリーダも応答した。

 「まぁ、あんたは身体能力に関しちゃ郡を抜いてるしね。私はいっつも何時も薬品投与ばかりさ」

 適正があるってのも、楽じゃないね。そう彼女は何でもなさそうに笑うが、その笑みに反して彼女は頻りに右目に手を触れてる。

 リマの肉体は戦闘に適した資質、そしてフリーダの肉体は他類の薬品に適した肉体と評価されている。

 それゆえに、彼女は戦闘よりも薬品投与による肉体変化を受けるのが恒例となっている。

 彼女は、施設に備えられた本から齧った知識による先端恐怖症で無かった事を皮肉も交えて誰かへと感謝を述べる事を一瞬考えたが
 直ぐに胸の中で一笑に伏した。この『箱庭』で。あんな奴等に対し感謝のカの字を出す場面があるかと、自嘲が直ぐ浮かんだのだ。

 そんな心の余裕に反し、彼女の強靭なる肉体には連続した実験の負荷により片目は少々最近では鈍痛が走る事が度々有った。

 リマは何気ない調子ながらも彼女を労わって問う。

 「……本当に問題ねぇのか?」

 「あぁ……未だ、大丈夫さ」

 

 ―――彼等の存在意義。

 それは研究員達による所の人間兵器。最近でも世界各国で起きている紛争に置いて発展途上国、或いは資本主義の国
 へと彼等は近代兵器よりも優秀なる兵器を輸出される為に造られた存在。それが人間兵器。
 
 どれ程高度な機械で構成された武器や兵器も、それに見合った『知能』を持たす事は至難。それ故の人間が産んだ禁忌の発想。


 -知能のある有能な武器を人間が産めないなら。知能のある有能な武器と化した人間を作れば良いのだ―

 リマとフリーダ。彼等は薬品投与と戦闘訓練を繰り返し何時の日か何処ぞの国へと送られて戦場で活躍する為に存在してる。

 そう、研究員に自分達が何故何時も嫌いな注射や誰かと戦わなくてはいけぬのかと訪ねた時に、そう回答を貰った。

 『……』

 監視が何処であろうと付いている施設ゆえに、無言で彼等は考える。

 もし、本当に此処から何時の日か抜け出て生きられると言うならば、この隣の人物と共に絶対に生き延びると。

 戦争の道具なんぞ真っ平。この檻から抜けた暁には監視など皆殺しにして彼(彼女)と共に幸せに暮らすのだ。

 それだけが唯一の望み。それだけが今の地獄に似た生活を生きる希望。

 ピー、ピー、ピー。

 唐突に耳が少し痛くなりそうな鋭い電子音が廊下に響く。危険報知にも似た音ながら彼らには馴染みある音、故に慌てはしない。

 「おっ、もう今日の訓練は終了か?」

 「そうらしいねぇ。はーっ、腹減ったよ」

 献立は豪華だと良いけど、期待するだけ無駄さ、と彼と彼女は軽口を叩いて一つの入口へと向かう。

 其処は彼等『怪物(フェノメーノ)』の居住区である食堂室である。

 ガーッと自動ドアが開きフリーダとリマは共に入る。

 二人の視界に映えるのは長いテーブルに座る幾多の個性と言う言葉では片付けられぬ容姿を模した人物達が座る光景。

 その風景に近づく開口一番、彼らが足踏み出すと同時に冷やかすような声が耳に届いた。

 「よう、お二人さんっ! 仲良くご登場とは良いご身分だなっ!!」

 からかう声にリマは片眉を上げ、フリーダは肩を竦める。

 ニヤニヤと笑うのは、何とも言い難い形容をした人物だ。

 全身が赤い皮膚のような感じで、それでいて顔つきは鬼のような容貌であり普通の耳の代わりにゴブリンのような耳が付いている。

 一見すると赤いゴブリンが椅子に行儀正しくない姿勢で座ると言う少々不気味な光景だ。

 人間では無い形容をした存在、それが椅子に座りケタケタと笑いつつ二人を見ていると言う異常な光景。

 だが、その異常も彼らからすれば『日常』の1シーンでしかない。

 「おいおい無視すんなよ。それとも本当に、そう言う関係かなのかーお前ら?」

 リマとフリーダは冷やかし続けるゴブリンのような存在に対し嫌悪を表した感じは見受けられず、代わりと言っては何だが
 呆れたような、それでいて少々冷めた感じの口調で其の人物へとフリーダは呆れ声を隠そうとせず返答した。

 「ギルダブ、うざいよ。この前も、そう言ってからかったの忘れたのかい?」

 そう彼女の言葉が正しければ、このコブリン顔、もといギルダブと言う名の者は以前も彼と彼女の関係をからかったらしい。

 だが、フリーダの言葉に依然と下卑た笑みを消さずギルダブは続ける。

 「へっ、へっ! 別に良いじゃねぇか。筋肉馬鹿同士、お似合いだぜ」

 その言葉に少々カチンと来たのだろう。リマは少しだけ青筋を浮き出させ挑発する。

 「うっせんだよ小さな蠍(さそり)ちゃんよ。俺とサシで勝ててから、そう言う口の利き方しろよ」

 小さな蠍ちゃん。

 その言葉にギルダブの顔は一瞬強ばってから、ピキピキと筋肉が顔に集まって獰猛な顔へ変わる。

 「んだとぉ、自己再生と戦闘だけが得意の薄ら馬鹿が。てめぇなんぞ俺様の毒で一撃だぜ!」

 「へっ! やって見ろよ蠍野郎!! てめぇの腰に付いている尻尾を引き抜いて口の中に放り込んでやるぜ!!!」

 どちらも挑発を繰り返し殺気を滲ませる。

 リマは彼ならではの生来の備わった戦闘力を武器としてファイティングポーズをとり。

 そして、ギルダブなる存在は何と腰から行き成り蠍に似た尾を出現させる。

 そう、ギルダブも又、『怪物(フェノメーノ)』を造り上げる過程で生み出された『キメラ』なる存在。

 №11のギルダブ。通称は『蠍のギルダブ』

 その毒の殺傷能力は研究員達に一目置かれてるらしい。

 将来的には、その彼の持ち味である毒の尻尾も自由自在に扱える高度な殺傷武器になるとの噂だ。

 リマ程の戦闘力なくも、彼は蠍の毒を以て産まれた『怪物(フェノメーノ)』

 尚、彼の本名はギルダブルルと言うが誰も正式に呼ぶ事は無い、フリーダは一度だけ、ちゃんと言おうとして舌を噛んだ。

 二人の今にも闘いそうな様子にフリーダは止めなよと呆れつつ二人へ声掛けるも、頭に血が上っている彼らには馬耳東風だ。

 リマは今にも拳を放とうとしているし、ギルダブは毒の付いた尾を狙い定めるように揺らしている。

 フリーダが、強引に力で二人の喧嘩を止めるかと短絡な考えに至ろうとした時。新たな仲裁の声が入る。

 「リマ     ギルダブ」

  -ズン

 「二人とも    止めろ」

 静かで、それでいて有無を言わさぬ口調の声。

 それと共に彼等の顔程の大きさの二の腕が割って入り、そして彼等の背丈を余裕で越す大男が壁となって入った。

 二人は、その大男の登場を驚くでもなく苛立った声で返す。

 この食堂に居る全員が『怪物(フェノメーノ)』であり、知り合いなのだ。

 自分より頭半分は背丈が高くフランケンシュタインのような体格の男に恐れる様子もなく喧嘩相手に視線戻しつつリマは告げる。

 「止めんなよ『ミット』、このチビ蠍一度顔面を潰してやる。でねぇと舐めた口をずっと聞きやがるなぁ」

 「んだとリマぁ! てめぇこそ俺の一撃で一ヶ月は動けないようにしてやる!! その腐れ脳みそ、発酵するまで寝かせとけ!!!」

 対峙するギルダブも青筋立ててミットなる人物に関知せず喧嘩をする気満開だ。

 二人は口々に罵倒を返し、次第に『チビ』『間抜け』と幼稚な言い合いへと変わっていく。

 見てられないとばかりに額を抑えるフリーダに代わり、その大男はムンズと二人の襟を掴むと僅かに空中へと浮かべた。

 「おわっ! は、離せミット!!」

 少々リマは暴れる。だが、それでもミットの腕は離れない。

 「駄目だ   喧嘩終わらす  でないと 離さない」

 彼は喧嘩が終わるまで離さぬ事を表示するように、二人の地面との距離を更に浮き上がらせて伸ばした。

 「あぁ~! わ、解ったってミット! 止める! 止めるからよぉ!!」

 背丈的に、かなり浮力と引力を感じるギルダブは最初に音を上げて毒の付いた尻尾を腰元へと戻し両手合わせて懇願する。

 ミットはギルダブの言葉に頷くと、二人を優しく地面へと戻した。

 二人は微妙な不安定な感覚から抜けた事に安堵すると、再度燻る敵対心を燃やす。

 「ふう~! ……けっ! ギルダブ、次に生(なま)言ったら容赦しねぇからな!」

 「はっ! 誰に向かって言ってんだリマ! てめぇこそ今の内に土下座して……」

 「   止めろ   」」

 未だ挑発し合う二人を、ミットの掌がフリーダとギルダブの頭に乗せられる。

 それは決して痛みは伴わずも、未だ喧嘩するならば容赦しないと言う痛みない圧力と想いがヒシヒシと乗せられていた。

 『うっ』と、二人は口を閉ざしてから、ミットの強い視線に晒され暫し喧嘩相手に視線を交差してから、不肖不肖とばかりに頭を下げる。

 喧嘩両成敗、どちらも未だ納得は完全に示さぬが今日は一時中断だと雰囲気で解る。

 ミットなる巨漢の男は、腕を組んで鷹揚に頷くと彼等へと告げる。

 「それで良い  飯の時間無くなる  早く食え」

 「えぇ、有難うねミット」

 大柄な男、ミットはフリーダの礼に僅か唇を吊り上げ、微笑みを恐らく模うとして頷き去った。

 ……顔がお世辞にも強面な為、微笑んでるがどうかは長年慣れ親しんだ者にしか解らない微笑みだったが。

 (良い奴だけど、ちょい寡黙なのとアノ顔なのが偶に傷だねぇ)

 №15のミット

 通称『巨鉄のミット』と呼ばれ、実験によって彼の筋力はリマ以上の力を秘めている。
  その名前の由来もアメミットなるエジプトの幻獣と言うらしい。確か飽食の魂すら喰らう神話の生き物だ。

 研究員達の話を盗み聞きした結果、ミットは興奮すると対象の肉を喰らう程の恐ろしい怪物に変貌するらしい。

 だが、彼は今まで『自分達』に対し決して怒る所が、乱暴な口調や態度すら見せた事ない。

 今も、彼の向かい側に座っている髪を均等に揃えた短い髪の年若い女が怯えもせず彼へ強請る光景が繰り広げられている。

 「ねぇねぇミット! そのお肉頂戴! 頂戴!!」

 今日の食事に入っている、味気の無い栄養食の中に入っている珍しい肉のコンビーフ、それも余り美味しいと感じぬが
 普段、施設で口にしている食事に慣れるとコンビーフすらご馳走だ。

 育ち盛りなのだろうオカッパに似た髪型の娘のキラキラした瞳に、ミットの目は優し気に細められる。

 「  ん   」

 「わぁい! 有難うね! ミット!!」

 ミットがスプーンで渡したコンビーフを、向かい側の女は喜んで直接スプーンからあーんと食べる。

 おいしー! と年相応より幼い雰囲気を伴い喜ぶ少女と。良かったな と短く喜怒哀楽が見えないフランケンの容姿の大男が
 雛に餌をやるような光景は、正直いって筆舌しがたい絵図だが。周囲の彼らはまたかとばかりに肩を竦めるばかりで受け入れている。

 それを遠目で、リマは呆れを伴い呟いた。

 「はぁ~あ、『レーン』の奴を甘やかしても何もねぇだろうに。本当物好きなこった。餓鬼は甘やかすと付けあがるんだぜ?」

 その辛辣な言葉に、フリーダは笑いを含みつつ小声で忠告しとく。

 「聞こえたら、またレーンの奴が機嫌損ねて歌を聞かされるかもよ?」

 「うへっ、そりゃ御勘弁! だなっ」

 

 №12のレーン。

 

 『人魚のレーン』と呼ばれ、彼女の名前はセイレーンから取られた。

 彼女の歌には普通の人間を操る程のマインドコントロールを及ぼす周波が有る。事実、リマも何度か聞かされ呆けるような、
 二日酔いのような調子になった事があり、それ以来レーンに対しては少々苦手意識を抱いていた。

 フリーダも正直、彼女の天真爛漫な性格は好むが、歌に関しては辟易としているのが事実。

 最初は聞いていると心身がリラックスされる天使のような歌声だが、聞き過ぎると麻薬症状のように正常じゃ無くなる。

 仲間内からも『レーンの歌にはご用心』とのレッテルが貼られている程。未だ研究員達からもコントロールの必要性が
 あると言われているらしく、彼女の無邪気な性格を修正しようと色々と考えているらしいが……。

 ―――勝手な真似はさせはしない。

 フリーダは『怪物(フェノメーノ)』なる『仲間達』を見て感傷に似た気持ちが巻き起こる。

 この数年。他にも自分やリマも含んで特殊技能に長けた仲間達は数多く居た。

 だが他の外国に輸出されたとか、無理な実験によって死亡したとかで残っているのは数少ない。

 「……フリーダ、か」

 フリーダ。

 この名前も、以前に居た『仲間』から名付けられた。

 いや『仲間』と言うのも語弊がある。言い表すならば……

 家族、そう『家族』だ。

 『  ねぇ、貴方の名前は?  』

 『私、№16』

 『それは、只の番号よ?   ―良いわ、私が今日、貴方に名前を上げる』

 何時も、常に痛い注射や苦い薬を飲まされて泣いてた頃。他の友達と訓練室で殴り合う事を強制されていた頃。

 そう、優しい誰かが私に『フリーダ』と言う名前をくれた。

 それ以来、私の名前は№16からフリーダへ変わった。

 他の仲間達も、その優しい声の誰かさんによって名前を貰ったらしい。

 今も、隣で殆ど機械的に食事を咀嚼してるリマもそうだ。

 昔、戦闘訓練で痛い目にあっていた時に優しく看病されて誰かが名前を尋ね、そして名前をくれたと言う。

 名付け親がリマと同じと言うのは少々こそばゆい感覚もするが、まぁ別に何て事は無い。

 私は№16でなくフリーダ、フリーダなのだ。

 リマの方を見つめつつ、そんな事を考えているとスプーンでコンビーフを運んでいたリマは怪訝そうに自分を見た。

 「あぁん? 言っとくけどやらねぇぞ」

 警戒して、自分のコンビーフを胸元にかばうようにするリマをフリーダは呆れて呟いた。

 「……本当、あんたって馬鹿だな」

 「あぁん?」

 そんな軽い雑談も、一つの自動ドアが開く音によって終了を告げる。

 実験を終えた仲間の帰還、では無い。

 白衣を着ている数名と、それを護衛するように防具を纏って銃を掲げる兵士。

 現れた連中に、顔を顰めて食卓に付いていた仲間達は腰を上げつつ警戒する。

 「そう、力む事は無い。今日は、これ以上は何もない」

 「けっ、信用するかってんだ、こら」

 静かに、それでいて響くような一人の白衣の人物の言葉にリマは小さくフリーダだけに聞こえるように呟く。

 視界に映える人物。自分達を今まで研究対象として育ててきた者。

 言い方さえ変えれば育ての親とか、生易しい言い方も出来る。だが、こいつ等を自分達が親等と思う事など有り得ない。

 同じ仲間を平然と実験鼠と同列に扱い途方も無い数を壊し。

 廃人のようになった友達を、ただの操り人形のような存在と仕立て上げた。

 もし、今も脇に控えている兵士達の銃口が向けられてなければ速攻で奴等の脳天を喜んで割るだろう。

 繰り返すが私達には親なんて者は存在しない。

 しいて言えば、自分達に名をくれた人物。

 それだけが自分達の親だ。

 フリーダの思考の最中も、研究員の言葉が響く。
 
 「……現在、君達の能力は成長期の中の停滞期に陥っていると考えられる。実に、実に遺憾ながら今の状態では
 君達の出す数値では他の機関を満足するだけのデータが取れないと判断した」

 その言葉に、俄かにリマや他の仲間達の気配が変貌する。

 獣が今にも襲いかかると同じ、例え生命が途切れようと相手を喰らおうとする獣の気だ。

 「だから何だ? てめぇ等、俺達がお払い箱だから今直ぐ殺そうって腹か?」

 怪物(フェノメーノ)として育てられたからと言って、戦闘だけの生活では無い。何時の日か戦場の中で過ごす時に
 人間社会に溶け込む必要性もあると理由から彼等には一般教養は身につけられてる。

 彼らが培った知性から、今の研究員の言葉は如何に考えても自分達を処分する内容に聞こえていた。

 だが、研究員は暗に嘲笑するように低く静かな返答をした。

 「殺気を抑えろ№5、お前達を処分する気ならば何故私が報告する意味が有る?」

 「……   ちっ」

 リマは舌打ちと共に闘気を僅かに収める、研究員の言葉は理にかなっていたから。

 確かに自分達を処分するならば何時もの実験と称して纏めて何処かの一室で毒ガスでも満たせば良い。
 わざわざ報告して、殺すと告げて抵抗させる意味が無い。

 ならば、何だとリマは視線で訴えると研究員は機械的に感情なく内容を告げた。

 「停滞している」

 一言一言、区切って呟くのは故意か内容を頭に入れ込む為の策か? 何にせよフリーダもリマも一番嫌いな話し方は更に続く。

 「ならば、その間は君達の成長が飛躍的に伸びる可能性があると言う事だ。故に過度な戦闘行為は
 避けて、或る程度の日数ある休養時間を与える事を告げる為に来たのだよ。詳しい期間は、後日伝達するがな」

 その言葉に、仲間達は顔を見合わせる。現在の過酷な訓練が緩和される、確かに喜ばしいが……。

 アメミットの名を受け継ぐ豪腕のミットは、大柄な腕を上げて意見を述べるポーズと共に尋ねる。

 「それを 俺達に  何故言う?   報告する意味を   知りたい」

 全員の心の代弁。そう、この研究員達が単純に自分達を喜ばせる為に休みを知らせる?

 有り得ない、と全員の心が一致団結する。その猜疑の視線を受けながら、代表の研究員は再度告げた。

 およそ、彼こそが本物の怪物(フェノメーノ)なのでは? と思える程に人間味のない声でだ。

 「マウスは  一定の電気信号を与えるのを突然中断させると体調に不良作用が起きる事が多い」

 研究員は、彼等を見てるのか知り得ない不気味な目つきで淡々と必要事項だけを伝える。

 「霊長類も同じだ。突然、繰り返されていた行動が止めた場合急激なストレスが発生する。お前達は生きた兵器。
 そのストレスで折角の技能が失うのは愚者の行いだ……違うか?」

 そこで、彼は説明は不要だとばかりに他の研究員と共に去った。自動ドアが閉まり、その研究員の姿が消えると
 彼等の食卓の温度は元のように暖かくなった気がした。

 「ケッ。俺達はマウスかよ」

 開口一番、緊張も過ぎ去り其の名残りを払拭せんとばかりにギルダブは苛立ちの声を唱えた。

 「でもでも! 別に何か企んでて来た訳じゃなくて良かったねぇ! ミット! ギルダブ!! これで皆で
 何時もより一杯、一杯遊べれるよ! やったぁ!!!」

 無邪気なレーンは諸手を上げて名を呼んだ者達の間で跳ねて喜ぶ。

 確かに、相手の思惑が作為もあれど自分達の身に短期間でも闘争、命関わる実験が止まる事は願ったりの憩いの時だ。

 メットは、四角ばった顔で彼女の喜び精一杯に応えようと腕組しつつ鷹揚に頷く。

 他にも居る『怪物(フェノメーノ)』の者達も、口々に突然に訪れた休暇の事に安堵めいた顔つきや口々に其の期間で出来る事を囁く。

 フリーダも、不肖不肖ながら数週間は過度な実験に付き合わされる事は無いだろう事実に安堵が抱けた。




 「……けっ」

 だが、リマだけは例外だった。

 彼は研究員達の言葉を鵜呑みに出来ず舌打ちと共にズボンに手を突っ込み食堂を出る。

 「おいおい、№5ってば何処へ行くんだ?」

 「便所」

 他の仲間達からも、一言で切り捨てて去ってしまった。

 フリーダは、その彼の後ろ姿を少々困惑と憂いを秘めつつ見送るのだった。





  ・




        ・


   
    ・



     
       ・


   ・



      ・



          ・




 「お~い、みんな、起きてる?」

 「レーン、声がでけぇ、もうちょい静かにしとけよ!」

 「ギルダブ  お前もだ」

 夜  完全に寝静まっていると思われていた施設に備えられている寝室。

 学生寮のような二段ベットが備え付けられた部屋で、ムクリと横になっていた者達は起き上がり口々に小声で囁いていた。

 消灯時間、完全に電気が消える時間帯には彼等にとっては憩いの時間ともなる。

 監視カメラや、自分達の会話を盗聴する器具に関しては仲間達の噂ではメンテナンスの為に一時間程度
 ある一定の時間には機能が停止する事が把握されている。ゆえに、今が彼等は思い思いに会話出来る絶好の機会なのだ。

 「それにしても、やったね! 休みが出来るんだったら皆で何する? 私ね、ボール遊びとかぁ、トランプとかぁ……
 あっ! リマとか凄い野球得意そうじゃん! ねぇねぇ、明日にでも一緒にやろうよぉ~リマ!」

 「……うっせぇ、話しかけんな」

 この彼等の住む場所では、滅多に自分達が自由に行動出来る時間など無い。

 それゆえに興奮している実験体の彼女の楽しげな計画へと、関心無く冷淡と拒絶を相混じった声でレーンの言葉をリマは切り捨てた。

 うっ、と彼女は涙目と共に言葉を止める。

 普段から、彼女は仲間の冷たい言葉を寛容出来る程に精神は強くないのだ。

 リマの少々手酷い態度にギルダブが返答する。

 「おい、リマよぉ。てめぇ、奴等の報告受けてから可笑しいぜ? 何がそんなに気に入らねぇんだよ」

 そう、全体が赤い肌のキメラの生物となっている彼は目つきを険しくてして詰問する。

 「確かに、そりゃあ奴等の考えている事なんぞ反吐が出る程知りたくねぇし、お前さんが気に入らないのも解る……。
 けど、それでも奴等を何時かぶっ飛ばす為にも、今は素直に行動しとくのが筋ってもんだぜ? てめぇ全部台無しにする気かよ」

 次第に不機嫌になる声と共に、腰の尻尾の毒の先端が空中へと浮かんで右往左往に揺れる。

 彼特有の機嫌が最悪の時の印だ。だが、リマはそんな彼の言葉すら黙殺して沈黙を守り抜いている。

 ギルダブが、この際研究員が乗り込んで電気棒(スタンロッド)で仲裁に入るのも構わず飛びかかってやろうかと
 思い至った瞬間に、暫し彼らの様子を寡黙に聞き守っていたミットが口を開いてリマへと話しかける。

 「リマ  俺達は一心同体   隠し事  良くない」

 その言葉に、壁に向けて横になっていたリマの背中が少々揺れて反応した。

 ミットは、リマと同じく其の秘められた怪物(フェノメーノ)達の中でも突飛した強力により敬遠された過去を抱いてる。

 そんなミットの言葉だからこそでもあるのだろう、リマの雰囲気に少しの時と共に変化が生じた。

 彼の頑なに拒絶した雰囲気が和らぎそうなのを見て取り、レーンと同じ寝台に横になっていたフリーダが
 ここで口を開いた。少々素っ気なくも、彼女特有の誰かを深く案じての言葉が小さな五人部屋へと唱えられる。

 「そうだよ、リマ。あんたの苦しみは、私ら全員の苦しみだ」

 フリーダは、そこで彼の方に顔を向けて更に言葉を続ける。

 「ちゃんと言いなよ。黙ったままじゃ、あんたの声は届かないんだからさ」

 暫しの静寂が彼等の間を横切る。

 「……不安なんだよ」

 リマは、少々曇った感じで声と共に口を開く。

 その声は、言葉通り本当に頼りなさげに誰かに救い求める感じに似ていた。

 「今まで、生き延びてきた。昨日まで平然と話し合ってた奴等を殴り殺して、気が狂いそうな注射を打たれながらもだ。
 だけど、何時も思うんだ。明日は生きれるのか? その次の日は本当に俺様は生きれるのかってよ」

 それは、彼等全員が考えた事がある不安。それを、この中で一番強いだろうと感じていたリマが発している。

 四人は、揶揄する事も何か意見を唱えるも無く黙って彼の言葉に耳を傾ける。

 「だから、俺は毎晩思う。明日は絶対生きてやる、此処に居る奴等と闘う事になろうと絶対生き延びてやるって」

 そこで、リマはギュッ……! と、彼の普通の刃物でも簡単には突き通せぬ肌に彼の爪を食い込ませて拳が握られる。

 「けど、思っちまうんだよ! てめぇ等殺して生き延びて!! それで俺は正気で生き延びられるのか?
 てめえ等の死体見下ろして、俺様は堂々としてられるかって」


 ……んなの無理に決ってんだろうがよ!! 血を吐くような静かな慟哭が狭い一室に激しく響いた。

 不安、不安、苦悩、懊悩、恐怖、不安、不安。

 当たり前だ。毎日が自分と同じく強化実験を施された、赤の他人に多い人物ばかりとは言え、自分と同じ存在との闘いの毎日。

 次は、ギルダブと。

 次は、ミットと。

 次は、他の名前や、№を抱く仲間達と。

 次は……フリーダと。

 闘い、殺し合う実験が突如起きるかも知れないのだ。不安を抱くなと言う方が無理だ。

 彼は自分のみっともない顔を見られたくないとばかりに片手で顔を覆う。

 「……くそっ格好悪ぃ。だから話したくねぇんだ。こんな話しても、気分が更に最悪になっちまうだけだから」

 嫌な話を聞かせられて、お前らだって不快だろ? とリマは告げる。




 「――何言ってんだ、泣き虫やろう」

 「あ゛ぁ!?」

 ギルダブは、横になりつつ鼻息と共に馬鹿にした声を出す。

 だがギルダブが発する次の言葉に怒鳴りかけたのを中止した。

 「あぁ、何度でも言ってやる。おめぇは泣き虫野郎で大馬鹿野郎だってな。てめぇと殺し合う事になったら、あの
 防弾ガラス越しに観察してやる糞野郎共に、俺の毒のランス(尻尾)でガラスを砕いてやる。例え、罅だけしか
 入らなくても良い、その踝(くびす)を、てめぇが拳で打ち壊して全員を殺してくれるって解っているからな」

 そう、ニヤリと普通の人間なら怖がる笑みをギルダブは歯を剥きだして見せるが。

 リマからすれば彼の最高の信頼の証だと直ぐに知れた。

 そして、ミットもそうだ。

 「俺もお前と闘う事  俺は銃弾の壁になる  その隙にお前が奴等を倒す  それで事が済む」

 静かで簡潔なる短い説明。それでも要領だけは得ている彼の信頼の言葉。

 心配は無用だと。もし、未来で起きたとしても絶対に自分達は殺し合わな。命懸けて皆で生き延びるとの誓い。

 「私も、私も! もし、リマと喧嘩になるって知ったら直ぐに大声出すもん!! そしたら皆、解るでしょ?」

 「レーンっ、お前だけ他力本願かよ!」

 「お前の大声  奴等にぶつける方が効果的  そして思いっきり歌って  やれ」

 レーンも上半身だけを起こし、彼へと確約する、彼の予想する暗い未来に自分は希望の唄を奏でる約束を。

 ギルダブとミットの声を聞きつつ、少々呆けたリマへとフリーダは不敵に笑みを浮かべて告げる。

 「な? 話して楽になったろ?」

 「……けっ」

 リマは、フリーダの言葉に返答せず顔を背けて今度こそ無言になり壁に体を向けて眠りへと付く。

 だが、彼女には彼が心の中に喜び満たしながら今日は安楽の眠りに付ける事だろうと言う確実なる予想は感じられていた。



 「なぁ、皆」

 フリーダの声に、話し合っていた彼等は声を一旦中断して彼女の言葉に耳を傾ける。

 「絶対、未来(いつか)皆で、此処から出て幸せになろう」

 『……ああ』



 太陽を知らぬ彼等は、暗闇の中で彼等だけの絆の光を心に灯しつつ眠りにつく。

 その眠りに付く横顔は、普通の人間とは変わらぬ穏やかな寝顔だった。






 ・





        ・


   ・




      ・


 ・




     ・




         ・





 「宜しかったのですが?」

 彼等の誓いを他所に、その研究所のモニター室の前で不気味なる者達の会話が蠢く。

 口々に研究データや分析の口上を述べる一団とは別の者達が、何やら気になる会話をしているのが見て取れていた。

 「何がだ」

 彼等に対し報告をした一人の男。白衣の研究員の中では古株な雰囲気が滲んだ人物は一つの記録紙から顔を上げず返事だけする。

 「怪物(フェノメーノ)達の事です。停滞期に関しては現在の薬物の投与を増やせば解消されると思うのですが……」

 一人の研究員の見解を大まかに要約すれば、彼等実験体に休暇など本来不必要だと言う事。

 古株の研究員は、それに顔を依然と用紙へと注視したまま無機質に返答する。

 「構わん、怪物(フェノメーノ)のデーターは、現状でも多国間での活用には問題無い状態だ」

 それよりも。そう言って研究員は、そこで初めて顔を上げて記録用紙を置いて意見を述べた研究員に視線を向けた。

 其のロボットのように感情のない瞳に、研究員は一瞬怯むように僅かに体を揺らすが、気にした素振り見せず其の人物の問いが出た。

 「気になる事が出来ている。君は南斗と言う者達を知っているな」

 疑問ではなく断定。研究員は微かに頷いて返事をする。

 「ええ、拳法によって相手を切断すると謂われる者達ですね。面白い技能ですが、戦闘技能としては長いプロセスが
 必要ですし、ある程度の才能が要るとの事ですから余り人体兵器には魅力的でない能力だと思ってましたが」

 研究員の言葉に、その対峙する無機質な顔つきの男は視線を遠くに向けたまま独り言のように呟く。

 「その拳法に関しては現在は余り関係ない。問題なのは、その南斗を率いる存在の最近の行動だ」

 「我々にどのような?」

 研究員も、その上司となる人物の様子から只事ならぬと感じて少々顔つきを重くして尋ねる。

 「この国に平和条例を約束して欲しいとの動きあるらしい。最も、この国の腐敗性から然り、現状では殆ど
 無意味と言って良い行動だが、南斗とは中々の力がある存在だ。将来的に厄介になる可能性があるかも知れぬ」

 「……では、どのように?」

 研究員と、その上官たる者との会話は続けられる。

 その内容は決して物語の中心たる彼等を幸福にさせる内容で無い事だけは確か。そして彼等の計画には地下深くで静かに進行する。









                         ……静かに         ……静かに















                 後書き






 怪物(フェノメーノ)の登場。因みにレイ外伝『蒼黒の飢狼』に一コマだけだけど、ちゃんと存在している人物達です。

 『流星編』にも登場して、彼等も又、世紀末の非道なる災禍の道筋に大きく関係します。



 尚、他にも怪物(フェノメーノ)は登場するかも知れません。最も、エックスメン程に極端な強さの人物は出ないだろうけど。





 ……ウルヴァリン並なら出しても良いかな







[29120] 【流星編】第十八話『飼育小屋の檻は運命と共に破られて』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2013/01/01 21:18












 








 


 





 
 それは、突然の出来事。

 一夜にして、全ての都市が壊滅し、自然の大半も失ってしまった日。

 人々は称した。『終末の日』『人類の終焉』『約束された終わりの日』

 幾つもの名で呼ばれた日、199X年。

 核戦争によって、世界は第三次大戦と共に何もかも失った。

 北斗の末裔達は、その日を機に胸に抱えた望みの為に各自が動き。

 南斗の者達は、波乱の災禍の中で一羽の神鳥で有るが死鳥鬼となる者を中心に希望なき物語へと巻き込まれ。

 そして……地下深くで育成されし人の形をした怪物達も又、この日を境に運命は大きく弯曲した。




 ……時は、199X年……?月?日。



 何時もと同じ、無機質な電灯がチラついての朝を迎えての出来事だったと『彼』は振り返る。




 ・




       ・

   ・


     
      ・


  ・



     ・



         ・



 「おい、起きなよ寝坊助」

 彼が起きて最初に見た者。自分より、男勝りな笑みを浮かべる幼馴染。

 いや、幼馴染と言う言い方も可笑しい。この場所じゃあ、全員が顔見知りで幼馴染見たいなもんだから。
 
 「……ちっ、うっせぇな」

 目を開く。何時もと同じ白い壁、何時もと同じ無機質なドアと二段ベット。

 他の奴等は、目の前のフリーダの言葉から全員出た事が理解出来る。乱雑に毛布を出たベットが視界の端に映っていた。

 頭を掻きながら欠伸をしつつ、彼は髪を梳かしている彼女の横顔を盗み見る。

 (……色々と成長したよな、こいつ)

 何処が、とは言わぬが一年が経つたびに、こいつは薬物投与やらで色々と身体の内部は普通の人間と異なっているだろうに
 女としての美しさは損なわれてない。損なわれてないどころか、自分の基準だと十分なストライクゾーンに入る体付きに……。

 「何考えてんだ……俺」

 「? どうかしたのかい」

 「何でもねぇ……」

 欲求不満かと、自分に対して嫌悪感を抱きつつ、その感情が浮かんだ人物と出る。

 何時ものように食堂へと出て朝食を出て、そして、この憤懣やるせない感情を適当な相手に訓練室でぶつけようかと
 考えた末に異変を感じ取る。食堂全体に、何やらピリピリとした緊迫な雰囲気が蔓延していたからだ。

 そして、それは隣の幼馴染も感じ取っていた。

 「……あんた達、どうかしたのかい」

 レーン・ギルダブ・ミット。

 自分達と同室の三人が不安気な顔を隠さずに顔を向ける。

 そして……一瞬心臓が粟立つような言葉が二人の元へと届いた。

 「……あんた達と、闘えってさ、リマ……フリーダ」

 『……え(あ゛)』

 硬直、そして同時に沸き起こる理解。

 (……遂に、来やがったが)

 予想だにしてないとは思ってはいながった。むしろ、こうなる予感は最近では薄々感じ取っていた。

 研究員達は、外の多国間での緊張が予想以上に深刻な事を噂しており、それにより自分達の処遇を早く決断したいと
 情報通の仲間から聞き及んでいた。つまり……自分達怪物(フェノメーノ)の処分を自分達の尻で拭わせる腹だ……!

 他にも座り、この事を耳にしていた仲間達は視線を一瞬だけこちらへと移す。

 その、強い光を一瞬交差させつつ何気ない調子でリマは頭を掻きつつ呟く。

 「けっ……そうかよ。……俺は死にたくねぇからな、手加減はしねけぞ? おっ?」

 そう、相手に対して敵意を表す表情を作るリマ。

 それに倣うようにフリーダも獰猛な笑みを表す。

 「へっ……今年の戦闘能力の成績上位のNo.5とNo.16……堂々と潰せる機会が出来て、こちらこそ願ったりだぜ」

 そう、あぐら座りを椅子の上でしていたギルダブ……既に其の彼の尻尾は背丈と同等の長さとなっており彼の成長が伺えている。

 「てめぇ等は前から目障りだったからなぁ……今日で年貢の納め時にしてやるぜ!」

 ギルダブの言葉に呼応するように、他の仲間達も敵意を露わにした気配を見せる。

 戦闘訓練室のランプが灯される。

 それを視認して、彼等は無言で自然な流れと共に彼等のコロッセウムに移動して対峙する。

 見えぬ防弾ガラスの周囲に集まる人影の視線を感じつつの怪物(フェノメーノ)達の闘い、これが仲間達の最後の宴。

 咆哮を上げつつ、フリーダ等は各自の視界で気炎を上げて迫る怪物へと飛びかかっていた。

 「……どうやら、杞憂で終わりそうですね」

 殺し合う気が満々な彼等の様子を見て、一人の研究員はぽつりと呟く。

 この彼等を育成する施設で勤務している研究員達とて愚かでは無い。この怪物達が自分達の事を憎んでる事など承知の上。

 故に、彼等の首には特殊な枷を付けていた。今も、拳を振りかざし殺し合う彼等の枷には光る金属の首輪が繋がれている。

 彼等の前にある機械のボタンを押せば失神しかねぬ程の電流を発動させる装置。

 無理に取り外すのは不可能な彼らの首輪。自分達の技術の結晶によって造られた怪物の縄である。

 「何か我々の拘束を打開する策でも編み出してるかと少々期待してたが……所詮は怪物……ただ殺し合うだけの脳しか無いか」

 「どの兵器が勝つか賭けますか。私としては、No.12の毒の性能を考えると大穴かと思いますがね」

 彼等は、自分達の保全が完全である事を疑ってはいなかった。

 自分達こそ、戦場を完全制覇出来る程の生きる兵器を操れる王である事を。自分達こそ影の支配者である事を。

 今、この瞬間にも行われている彼等の骨肉の争いさえも研究員達には些細なショーでしか無い。

 「然し、最近の世界情勢は危ういものですね。他の国の機関が馬鹿な事を考えなければ良いが」

 「なぁに、多少の被害が起きたとして我々の計画に支障が出る事は有りますまい。何処からでも援助の要請は可能だ」

 そう、彼らのマザーコンピュータや遺伝子操作など生物学に長けた研究員達も今日の平和を疑ってはいなかった。

 目の前で繰り広げられる死闘も、彼等からすれば以前から行われているモルモットの強化の一つでしか無い。

 どれが勝っても、戦闘兵器としての性能が上がる……そう言う人間的な思考は皆無な打算的な思考しか無い。

 ……肉体は平常でなくも心には仲間との絆や情が有る彼等と、そして彼等を道具と決めつけている研究員達。

 防弾ガラス越しの彼等と彼等、果たしてどちらが怪物なのか……。

 「……どうやら決着が付きそうですね」

 「やはり、No.16とNo.5か。まぁ当然か、単純な力だけならば勝てる筈が無いだろう」

 「他の兵器達は何故自分の能力を扱わないのかな……ふむ、同じ環境ゆえに情が移ったか……感情を失くす薬が必要かも知れんな」

 血も涙すら無い研究員たちの声は彼らには聞こえない、防弾ガラスに幾つもの彼等の血が飛び散りつつ決着つこうとしてた。

 返り血に体を濡らしながらギルダブにのりかかるのうにしているリマ。

 そして周囲の仲間達の背中を片足で踏みつけつつ冷たく見下ろしているフリーダ。

 「……けっ、てめぇら……覚悟しとけよ」

 そう、ギルダブは震えつつ呪うように呟く。

 「絶対……『てめぇ等』は殺すからな」

 「……あぁ、解ってるさ」

 ギルダブの言葉に、リマは無表情で彼を見下ろしつつ拳を高々と振り上げる。

 そして、次の瞬間彼の拳はギルダブの額へと突き刺さり。強い衝撃音と共にギルダブは床に罅を入れつつ沈黙したのだ。

 ……二人だけとなる怪物。

 『……No.16にNo.5、互いに闘え』

 そう、研究員の言葉が訓練室のスピーカを通し響く。

 リマとフリーダは共に顔を見合わす。

 二人の顔が瞳に映える、思うのは一体何か?

 研究員達には知り得ない、彼らにとってモルモットの感情など知り得るに不要なプロセスだから。

 暫しの視線の交差、両手に握られる拳。

 彼ら白衣の研究者達は、安全なるガラスの向こう側にて無表情でこれから行われるであろう
 戦闘を一部始終肉眼で一先ず記録及び結果を把握して次の実験の参考にしようと待っていた。

 だが次の瞬間には男女の声が防弾ガラスへ向けて同様の言葉が発されていた。

 『嫌だね』

 暫しの無言、だが機械的な音声は無視するように

 『……繰り返す、No.16にNo.5、共に闘え。これは命令だ』

 研究員の音声に、リマは鼻を鳴らしつつ口元を歪めて張り叫ぶ。

 「おいおい! てめぇ等の目的は俺達を戦場で活躍させるの目的だろう!? なのに、てめぇらの商売道具を失くすのかぁ!?」

 『事情は変わったのだ。お前達怪物(フェノメーノ)には欠点がある。ゆえにお前達の一人を残すだけになる』

 「……事情が変わっただって? 一体またどうして?」

 フリーダの疑問に、研究員たちは自分達が安全な場所で見てるがゆえの余裕だろう。饒舌に説明が施された。

 『No.16、No.5。お前達が我々に敵意を抱いているのは承知の上だ。そして感情を伴った兵器ゆえに、
 そのエントロピーから強大なる戦闘力が発生されると考えていたが、お前達の成長を見て我々は方針を変えた』

 「んだとぉ?」

 リマの怪訝な声も他所に説明は続く。

 『憎悪、怒りなどの感情を併せる事で戦闘力は確かに増加した。だが、それでもお前達の感情はイレギュラーに成り得る。
 怪物(フェノメーノ)に人間性など必要ない。喜怒哀楽などの感情が有るがゆえに、後々に我々の脅威となる可能性は尽きない』

 よって……との声と共に、冷たい宣告がされる。

 『勝ち残った一人を残し、お前達怪物(フェノメーノ)は処理する。安心しろ、どちらが勝っても処刑などはしない。
 我々のコントロールにより、これから先は思考すら無くロボットのように命令に従うだけの兵器として働いてもらおう』

 その体が崩れ去るまでな……と、その声は何処までも人間味の無い内容に溢れていた。

 その声が終わると同時に、スピーカーへ向けてリマの懐に隠してたのだろう何かの破片が投擲されて粉々に粉砕する。

 憤怒、憎悪、羅刹を交えた顔を浮かべながら彼は視線だけで殺せる顔付きで口を静かに開く。

 「……これ以上、てめぇ等の胸糞悪い声なんぞ聞きたくねぇんだよ」

 リマの、震え上がりそうな程の声が満ちると共に防弾ガラスへと拳が突き刺さる。

 ガゴンッ!! と言う衝撃音と、防弾ガラスの振動。

 冷笑する研究員達。不可能だと……厚さ三十ミリは有る特殊防弾ガラスを破壊出来る物は核ミサイルでさえ苦しいと。

 彼らには知りえない。モルモットの浮かべる感情など。

 リマは、拳だけが無駄に痛むだけの行為の中で浮かべる。仲間達と、このような悲しみだけが
 織り成される絶望を与えし義憤、そして心の中で未だ隠し抱いている希望を彼らは知る由もない。

 「おおおおおおおおらあああああああああああ!!!!!」
 
 リマの拳は止まらない。

 今までの憎しみを、怒りを、仲間達を玩具のように平然と壊し傷つき泣かせていた者達へと集約した果てし無き怨恨を解き放つ。

 壊れろ、壊れろと念じた拳は何度も何度も防弾ガラスへと振り上げ下ろされる。

 その殴りつける行為は五十も行われるとリマの拳からは血が吹き出た。

 「リマ……!」

 「黙ってろよぉフリーダああああああああああああああ!!!!!」

 こいつ等だけは許さない。

 書物で宗教を齧った事もあった、人間の善悪についても習いはした。

 自分達のような人の腹から産まれてない者達か怪しい者達が、彼等とは違う物である事も知っていた。

 だからと言って、こいつ等に玩具にされる筋合いなど無い。

 こいつ等が善ならば、俺は悪で構わない。

 こいつ等が人間ならば、俺は化け物で構わない。

 俺は……俺は『仲間達』だけは決して裏切らないと誓ったのだから!!!

 「……まったく、よくまぁ頑張るものだ」

 「あぁ、耐久力だけならば成功作だな。まぁ、完全に停止したら採取だけはしておこう」

 自分達へ向けて何度も何度も形相と共に振り上げられる拳がガラスを揺らす。それに脅威を覚える事は無い。

 彼の怒り、彼の嘆き、彼の憎しみ。彼等には感じ入るものは全く無かった。

 「オオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 咆哮と共にリマは何度も何度も防弾ガラスへと拳を次々と休む暇なく浴びせる。

 常に、目障りであった。見えぬ視線を注がれながら同じ怪物と称された同種と闘い合う日からずっと。

 フリーダと出会い。

 他の怪物(フェノメーノ)と出会い。

 そして、リマと言う名を授けられ。

 陽の光など全く知らず、広大な自然など本や電子画像でしか知らぬ自分達にとって、そのガラスの向こうにあるだろう
 自分達の世界の外へと出て行く事を、そのガラスは無常に隔てて夢を阻害していた。

 こんな……こんな壁など……!!!

 リマは、全ての浮かび上がる想いを拳へと集約させて更に拳の速度を加速させた。

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! 

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!

 



  

                                             「があああああああああああああああああああ!!!!!」






 そして、予想だにしない奇跡が起こる。

 ピギッ……!!!

 『なっ……!!!??』

 『割れた』……割れたのだ特殊防弾ガラスへと罅が。どれ程の銃弾やミサイルとて傷は付かぬと自負するかべに罅が。

 研究員達は一瞬戦慄する、これ程までの力を振り絞った怪物の一人に。

 「素晴らしい……! 予想以上のデータだ!」

 「あぁ……! ……ふむ、このまま自然消滅するのは惜しいな」

 然しながら彼等の思考も通常の人間とは異なっていた。本来ならば恐怖する所を、彼等は研究者としての価値観から
 育て上げたモルモットの新しい力を目にして恐怖以前に関心と好奇心を浮かべる。

 そして、このままリマが自身で生命を消費し倒れるのを避ける為に、戸惑う事なく彼らの切り札のスイッチを押した。

 


 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!!!!!!



 「グアア嗚呼ア嗚呼アアァァァァ……!!!!」


 研究員たちのスイッチが押された瞬間、背筋を反らし痙攣して硬直するリマ。

 「リマ!!」

 「あがががが……くっ……そぉ!!」

 大型の動物であろうとも失神させる電流。それを浴びせられてもリマは未だ倒れる事は無かった。

 彼は、それ程までに『彼等』を許す気は毛頭も無かった。

 彼は、それ程までに『仲間』を見殺しにする気は微塵も無い。

 だからこそ、立ち上がる。この壁を粉砕し、ニヤニヤと自分達を今まで弄んでいた者達を打倒する為にも……!!

 

 ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!!!!!!!



 「ご……雄尾雄尾雄尾雄尾!!!!」

 だが、リマの体には再度電流が流れ彼の目は飛び出さん程に見開き震え、そして髪の毛は逆立つ。

 予想だにしないリマの耐久力を視認しての危険性を判断してゆえか? 彼等は対象が沈黙するまで電流を止めぬ気だった。

 「!!! リマ! もう良い!! もう倒れなよぉ!!!」

 「うっ……せぇ!!!!」

 駆け寄り抱きしめて止めたくも、リマの体には尚も人ならば既に死にかねない電流が流れている。
 フリーダは、大切な仲間が甚振られる姿を見て、今にも泣きそうな顔で彼の命を心配するがゆえに叫ぶ。

 だが、リマは意地と彼特有の誇りの為に未だ膝をつきつつも倒れる事は無い。そんな彼を面白がるように電流はれ続けた。

 「あ……がっ……!!」

 (くそっ……! くそくそくそくそ!! 後少し……『油断』を奴等がしてくれりゃあ……!!)

 この瞬間にも『彼等』は諦めてはいない。

 リマは激しくガラスを睨み据え、歯を食いしばり電流に耐えながら痙攣する腕を伸ばし、そして拳を作る。

 「うううう……おらああああああああ!!!」

 最後、そう言わんばかりの渾身の一撃。

 罅が発生した防弾ガラスへ向けて突き放たれた拳は、僅かにめり込んで軽い砕けた音を作る。

 だが、そこで限界。リマは研究員達が更に上げた電流の威力に再度体を弓なりに反らし、そして壁に頭をつくように昏倒したように見えた。

 「……やれやれ、驚異的な耐久力だな」

 「あぁ、これ程まで成長してたとは喜ばしい驚きだ。某国も喜んで……!?」

 そして……この時に運命は分岐した。

 もし、この時リマの生死を無視して研究員達が彼の心臓を止めるべく行動していたら。
 
 リマが、彼等への怒りが少しでも低く壁に亀裂を及ぼす程の力を出し切っていなければ。

 もし、この時に『アノ日』の現象が起きず、変わり映えのしない彼等にとっての地獄ならば。





 それは、考える事も不毛なIF。



 そして……現実は、此処で彼らにとって大きなる変革を起こしたのだった。






                            ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………






 「? 何だ……振動が」

 「!? どう言う事だ……地上の方で計測不定の数値が突然発生して……」

 急に起きた振動。マグニチュード2程だろうが、それでも彼等が此処で生活して初めての出来事。
 
 この国は地震大国とも呼ばれているが、それでも、この施設の耐久設備は磐石たるもので、少々の地震にも影響しない筈。

 彼等はリマへの電流を流すのを止めて、予測不能の出来事に対処しようと電子画面に顔を映し、そして驚愕する。

 「!!? っ地上にてウラン濃度の異常数値を確認!! 発生付近緯度××経度××! 被害予想値error!!」

 「っ!! エネルギー値、更に上昇!!! こっ、こっ、これは一体!!?? まさか……遂にか!? そんな馬鹿なっ」

 


                  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴっっっっ……!!!





 彼らの動揺と、そして如何なる対策を直ぐに行うが口々に喚く中でも、その間も振動は急速に施設全体へと広がっていく。

 「っ駄目だ!! 間に合わない!!!」

 「遂に起きるというのか……最後の戦争……」







                               ……静寂     そして衝撃






 それが、研究員達が最後に知る事の出来た平和な状態の最後の認識だった。





 そして、これを機に……世界は在るべき物語へと入り込む。



 ……人々の絶望と逃れられぬ運命を映えつつ。







 ・





        ・


   ・



      ・



 ・



 
     ・




         ・




 「……っ、う……ぐっ」

 「!! リマ!! 無事かい!?」

 体中を蝕む痛み、そして目を開くと心配そうな顔の幼馴染。

 何が起きたのか数秒理解出来ず寝ぼけた顔をリマは浮かべていた。

 だが、次の瞬間に鼻腔を突く一酸化炭素やらの刺激臭と、そして彼女の背後に映る凄惨たる光景に彼は意識を完全に回復した。

 「フリーダ……俺が落ちてた時に何が起きた?」

 「……どうやら、私達怪物(フェノメーノ)にも幸運の女神は居たって事らしいよ」

 皮肉めいた笑み。そんな彼女の横顔が印象的ながら肩を貸してもらいリマは立ち上がった。

 (……こいつは、夢か?)

 辺り一面、それは完全なる破壊絵図だった。

 視界には施設を支える鉄材と天井であったであろう場所も半壊している状態。

 ……そして、一番目を疑うのは。

 「……フリーダ、俺達は死んじまった訳じゃねぇよな」

 少々震えた声で、リマはフリーダへと尋ねる。

 「ははは。なら、天国かい、それとも地獄なのかね。私達が行ける場所ってのは?」

 そう、軽口叩きあいながら彼らが見る一点。

 ……空だ。

 今まで見る事は叶わなかった空。夢に出る事すら成長してから叶わなくなった空が崩れ去った天井より遥かな上から見えた。

 どんよりと曇ってはいるが、自分達が今まで映像でしか見た偽物でない。本当の空が今、目の前に映っている……!!

 「……夢かどうか、殴って確認してやろうか?」

 「へっ、嫌なこった。てめぇのパンチは殺人級だ」

 フリーダの揶揄に、リマは動揺を打ち消し現状の幸福を何とか受け入れる。

 未だ新しい先程まで彼らに反抗した際に出来た激痛も、空を見る事が出来た為かリマの体は予想以上に回復がされていた。

 「……っ、そうだ……!!」

 外に出る事に意識を向ける前に、リマは慌てて首を巡らし360度に視野を移す。

 自分達二人だけで外に出る訳にはいかない。約束したのだ、全員で外へと出ると……。

 最悪の未来予想図も、この何かが起こした惨状から抱きつつ見渡す彼に、後ろから声はした。
 







                       「おいっ、何キョロキョロしてんだ? 寝ぼすけ野郎が」







 ……馴染み深い、声。

 それに、彼は僅かに焦燥していた脈拍と鼓動の加速を沈めて。代わりに波ならぬ安堵を必死で顔に出す事を防ぎつつ振り向く。

 「うっせぇな……てめぇこそ、姿を出すなら直ぐに出ろよ」

 「へっへへ! 何でぇ何でぇ!! リマちゃんってば、俺様が死んだと思って心配してくれたのかい!!」

 其処に居たのは、落盤した一つの岩へと腰掛けて腕組しつつ顔全体で笑顔の赤いコブリンのような人物。

 そして、それを苦笑いして見ている女の子と、そして顔には出ないが雰囲気で呆れている感じの大男が脇に控えていた。

 そう……怪物(フェノメーノ)達は生きていた。リマとフリーダと闘っていた者達は全員。

 彼等は、あのようにバトルロワイヤルをする予想をしてなかった筈がない。予め、リマとフリーダに自分達を
 死なぬ程度に痛めつけて勝利し、そして研究員達が油断して自分達の拘束も外せば奇襲する計画を練っていたのだ。

 『そう上手くいくかぁ?』

 『だが、この忌々しい首輪が有る限り奴(やっこ)さんが有利よ。てめぇ等二人は、この研究施設じゃ一番って事になってからな。
 俺達だって、奴らに馬鹿正直に全ての力を見せてる訳じゃねぇ。もし、仲間同士で殺り合わせる事になったら、その時全員潰すさ』

 『まっ……それが良いかもなギルダブ。……それとよ』

 『あんっ、未だ何か計画に何かあるのか?』

 以前の彼らが人目を気にせぬ時間帯で交わしていた作戦。その時からの約束。

 彼等が、運命共同体である彼が最初からお互いを殺し合う気など全く以て無かったのだ。

 『この研究所って言うが、俺が一番な事は真実だろ』

 『……何言ってんだ!! このギルダブ様が一番に決まってんだろうがっ!!』

 『馬鹿言うんじゃねぇ蠍野郎!! 俺様が一番だ!!』

 『んだとぉ脳筋ゴリラモジャモジャ頭野郎がぁああ!』

 『……二人とも、馬鹿やってないで寝なよ』

 あの日の事を、彼らが忘れる事など無い。

 「もう……それにしてもギルダブってば性格悪いねぇ。リマが起きたら驚かしてやろうっ、何てさ!」

 「……これも……友情の一種……か」

 レーンとミットの声も無視し、リマとギルダブの罵り合いは続く。

 それを微笑ましくフリーダは暫し見てたが、急に真面目な顔になって彼等へと聞いた。

 「……そいでさ。他の仲間達はどうしたんだい? ……そして、この研究所の奴等もさ」

 フリーダの疑問に、今まで残っていた仲間達は騒がしくしてたのを一旦止める。

 リマの髪の毛を引っ張り、逆に角を掴まれて喧嘩してたギルダブが、彼女の疑問へと答える事となった。

 「……おめぇらが気絶してた間によ。結構色々起きたんだぜ……」

 


 ……ギルダブの話はこうだった。




 リマとフリーダと予め計画していた殺陣を行い、気絶した振り(最も戦闘能力の低いレーン等は本当に気絶した)して
 彼らの憎悪を背負い電流を受けたリマが苦しむのを歯軋りしつつ見ていた彼等、その時に突然の轟音と共に施設全体が揺らいだ。

 「そりゃあ凄かったぜ。建物全体がゼリー見たいに揺れたんだからな」

 他の怪物(フェノメーノ)達も同意するように頷く。フリーダも、その辺までは覚えてはいた。

 「それでよ、気付いた時には施設全体が今のように半壊状態で、そして至る所で火災が出没していたんだ。
 他の研究に関わっていた野郎共は、施設の中で慌ただしく動き回って消火活動してた……俺達など眼中になくな」

 そこは、お前(リマ)に感謝しとくぜ。と、ギルダブはニヒルに笑みを浮かべて親指を立てる。

 

 そう、リマによっての狂言の同士の激闘。


 外見は手酷くやられたように見せかけたが、実際のところ仲間達の全員が死ぬ程の怪我を負ってはいなかった。

 彼等は全員、意識を回復した途端に自分達の状態を確認する。それによって現状の光景と、そして身体に起きた事実。

 「一体どう言う訳かは知らねぇが……この首輪とも今日にておさらばだぜっ!!!!」

 彼等の手に握られているのは自分達の首についていた金属の輪っか。

 今まで少しでも反抗しようとすれば走った電流も、そのコントロールする機械が不能になった現在は全くの無意味。

 彼等は、遂に手に入れたのだ……自由を。

 また騒ぎそうな彼らを、フリーダは鎮める為に手を頭より少し上に上げて落ち着くように示しつつ言葉を放つ。

 「おいおい、肝心な事が未だ解ってないだろ。それで? 研究員たちは?」

 「……それ、本気(マジ)で聞いてんのか?」

 ギルダブは、鼻をほじりつつ聞く。その態度にフリーダは一瞬殴ろうかと思うが、代わりに拳を強く握り締めるだけに止めた。

 「はっきり言いなよ」

 「そんなの言わなくても、解るだろ。……目に付く奴等ぶっ殺してやったよ」

 ギルダブの言葉に、フリーダは予想しつつも『やっぱりか』と言う表情を浮かべ怒れるリマを見る。

 当たり前だ……家畜以下の扱いに、そして自分達仲間内を殺し合わせるような真似したのだ。

 彼らに、そんな扱いをした当人達を許せなどと言うのが筋違い。フリーダとて、起きていたら喜んで参加してた筈だ。

 ……然し。

 「……てめぇ」

 だが、フリーダと違いリマは剣呑な気配を浮かべる。片眉を上げるギルダブへとにじり寄るリマ。

 フリーダは僅かに目を見開く。この男が、今の仲間の言葉の何処に激昂する部分があるかと考えて……。

 「てめぇ……何、俺様にも残してねぇんだよっ!!!」

 「はっ!! んなもん早い者勝ちだろうがっ!! ざまぁねぇな! 自分で仕留められなくてよ!!」

 「畜生が!! てめぇに横取りされるって解ってたなら本気で気絶させとくべきだったぜ!!!」

 そして、リマの言葉にフリーダは納得する。そりゃそうだ……一番、その拳で奴等を殺したかったのはリマだったろうと。

 頻りに、自分の手で研究員達を殺せなかった事を悔しがるリマと、そして調子にのって更に彼を馬鹿にするギルダブ。

 再度、また喧嘩が勃発する。そして、それを眺めつつフリーダは思うのだ。

 (……本当に、私達開放されたんだねぇ)

 未だ、少々信じられない。だが、このように人目を気にせず自由に怒鳴り合っても自分達を抑える電流や兵達達も居ない。

 本当に、本当に自由になったのだとフリーダは感無量の想いを適当に腰掛けながら思うのだった。

 「……ねぇ、これからどうする?」

 レーンの言葉が、ぽつりと響く。それを機に他の仲間達も顔を見合わした。

 ……自由にはなった。

 だが、当面をどう生きるのかが問題だ。現状、地上で何が起きてるのか知る由も彼らには無い。

 その問題に、今まで傍観に徹していたミットが重い口を開いた。彼は、ここぞと言う時には彼等に信頼出来る意見を出していた。

 「……まず、地上の情報……食料……そして」

 『そして?』

 「……服が必要だ……この服じゃ……目立つだろうからな」

 その言葉は、ミットを知る者達からすると冗談なのか、それとも真面目に行っているのが不明ながらもレーンだけは笑った。







 ……。





 「……おいっ! 人が居たぜっ!!」

 彼等は、とりあえず研究施設に何か残っているのかを調べる事にした。

 仲間達は、目に付く研究員達や護衛の兵士達を殺したとか言っていたが、それでも未だ隠れて生きてる可能性もある。

 リマは、出来るなら其のような人物達の悲鳴と懇願を聞きつつ殺したかった。彼には未だ憎悪の火は起きても燻っていた。

 「何っ! おいっ殺すなよっ!!!」

 物品を探っていたリマは一時中断し声の方向へと叫びつつ走り向かう。何も研究員への温情でなく、自分の手で殺したいからだ。

 見れば、仲間達は一つの歪んだドアを剥がし部屋を発見してた所だった。内部には忌々しそうな顔のギルダブが居た。

 「けっ! こんな所に未だ潜んでたぜ!!」

 リマは汚物でも見るようなギルダブの視線が、一人の白衣を着ている気絶した人物に注がれているのを視認する。

 ……女だ。

 黒いストレートヘアーの髪の毛の女。気絶しても聡明そうな顔立ちは災害の影響か煤汚れが顔に付着している。

 「どうする?」

 ギルダブは自分の自慢の尻尾を伸ばして意見を聞く。その顔は『今殺そうぜ』と言う残忍な提案の同意を提示していた。

 リマは一瞬それに両手を上げて賛成しようとしたが、理性と感情で辛うじて理性が勝る。

 「とりあえず、起こすぞ。地上で何が起きたのか把握してぇ」

 「まぁ、仕方がねぇか。……用済みになったら、俺に寄越せよ? リマ」

 「へっ! てめぇは散々暴れただろうがっ!!」

 どちらが殺すかという口論は一旦収まる。とりあえず、このままだと他の仲間達が目の前の女を殺しかねないとリマは判断した。

 「フリーダ」

 「はいはい……あんた等は別の場所を探しておいてくれよっ」

 フリーダが犬を払うような仕草で仲間達を追い出す。渋面をギルダブは浮かべつつもフリーダの意見には素直に従った。

 そして、気絶した女も含めて三人となる怪物二人と人間一人。リマは問答無用で気合一発の張り手を繰り出した。

 手加減はしたつもりだが、人間への私怨と積もり積もった感情が制御出来ず。
 その白衣を纏った女の頬には紅葉が生える以前に青紫色の痣がリマによって生やされる。

 「やりすぎて殺すなよ」

 下手な起こし方。そう言葉の裏で揶揄されたフリーダの言葉に彼はぶっきらぼうに返答する。

 「うるせぇよ」

 頬に痣を生やし、僅かな呻きと共に目を覚ます女。

 「……っ此処、は」

 「お目覚めか? ようこそ、あんた達(人間)の地獄へ」

 開口一番、リマは残忍な笑みで女性を見下ろす。

 必要な情報を全て握ったらリマは彼女を殺すだろう。それにフリーダは別に何も思わない。

 だが、女は研究員にしては彼らを見ても動揺は顔に浮かべなかった。少々眉を顰めつつも、怯える事は無く尋ねる。

 「? ……貴方、達は」

 「あぁん? てめぇ……俺達が誰が知らないってシラ切る気かよ」

 リマは青筋浮かせて白衣の女性に殺気を放つ。自分達を玩具にした挙句、存在すら認めぬとは良い度胸とばかりに。

 「おいおい、折角生かしてんだから止めなって。……お前、この研究所で働いてたんだろ」

 「いえ、違います」

 『……あぁん?』

 即座の否定。それにリマとフリーダは怪訝な声を浮かべた。

 最初は助かりたいが為の嘘かと思い、このまま殺す事も思案するが、それにしては生物兵器として人間の感情には敏感に
 鍛えられた直感が、彼女が嘘をついてるにしては余りに自然すぎる態度である事が彼女の言葉が事実だと認知する。

 だが、その瞳に過ぎる何かは、彼女は虚偽はついてなくも真実も口にしてぬよう印象も二人には受け取られた。

 「あぁ、くそっ訳が解らねぇ!! ギルダブの言う通りに直ぐやっちまえば楽だったかぁ!?」

 「……どういう事だい?」

 フリーダは、今にも暴れだしかねない短絡になっているリマを片手で落ち着くように示しつつ彼女を睨みつけ尋ねる。

 虚偽を発言したら、直ぐ殺すぞとの視線を注ぎ。

 「……確かに、この研究所に私は投入されました。ですが、此処のプロジェクトには一切、私は加担してません」

 そう、白衣の彼女は説明し出した。

 曰く、自分は科学・生物兵器に長けた機関を危険視する人間の中の反対勢力に位置する人物らしい事。

 この機関にも、言えば潜入捜査で入ったゆえに、怪物(フェノメーノ)に関知した事は一切無い事。

 「……嘘臭い話だね。だからと言って、私達が」

 そこで、フリーダはガッと彼女の首を掴みギリギリと力を込める。

 「あんたを生かす理由になぞ……これっぽちも無いんだがねぇ……!!」

 その顔には獰悪なる笑みが浮き出ている。彼女とて、リマと同等か以上の憎悪を人間全体に抱いているのだ。

 青白く、今にも首の骨が折れかける白衣の女性。数十秒後には気管を潰されて即死するのは見て明らか。

 だが……意外にも彼女を助けたのはリマだった。

 「おい、フリーダ止めとけ。未だ、この女には色々と聞く事もあるしな」

 「……ふんっ、女だからって紳士にでもなったのかい?」

 「そんなんじゃねぇってえの」

 別に彼は彼女が憐れに思ったからでなく、純粋に情報も無いままに人間一人を殺すのは勿体無いと考えただけだ。

 フリーダの手が離され、何とか生き延びた白衣の女性は酷く咳き込むのを構わずリマは視線を同じになるように屈みつつ聞く。

 「とりあえず女……地上の事について教えてもらおうか」

 まずは情報。此処から出て生活するにしても何より何処に出るかによって行動も決まるだろうから。

 「……地上」

 それに、咳き込むのを何とか止めた白衣の女性は涙目ながらリマを見つつ、そして言い辛そうな表情となった。

 「おい、何黙ってんだ。もう一度その細っこい首をへし折って……」

 「地上は、壊滅しました」

 脅迫しようと言葉を紡いだリマの耳に告げられる、一瞬思考が停止しそうな発言。

 「……んだ、と?」

 リマは彼女の言葉の内容を理解出来なかった。

 しかし、僅かなタイムラグの後には理解し彼は怒鳴りながら彼女の胸ぐらを掴んで叫ぶ。

 「地上が壊滅しただぁ!!? 寝ぼけた事を言うんじゃねぇぞお!!」

 再度、首に近い部分を圧迫され未だ呼吸の整っていない彼女は息も切れ切れに真実を口から出す。

 「っ本当……なんです。……核、戦争が起きて……一瞬の出来事……恐らく、地上は完全に壊滅……」

 彼女の拙い説明に、彼と彼女は知る。

 ……地上……自分達が夢にまで見ていた箱庭の外の世界。

 それが、一瞬にしてクズ共(人間)の所為で壊滅した? 自分達が追い求めていた青々しい緑や海も無くなったと言うのか?

 「……リマ」

 不安そうなフリーダーの声。平静な顔はしてるものの其の目の光は動揺によって揺れている。

 それを見た、彼女を最も案ずるであろう男は舌打ちと共に、その研究員の腕を乱暴に掴んで口早に言う。

 「女、一緒に付いてきて貰うぜ。嘘だったら、其処で殺してやるだけさ」

 前者は研究員の服を着た女へ。後者は大事な相棒へと。

 そうだ、嘘に決まっている。地上が崩壊したなどと、今まで地下で夢見ていた俺達の楽園が数時間で
 壊滅されたなんて悪夢のような話、そんな馬鹿な事が有り得る筈がない。戯言だ。

 ……俺は、俺達が生きる原動力となっていた場所が。

 否定を心の中で唱えつつ、怪物を称する二人と潜入員を名乗る女達は突き出たパイプ、歩行困難なる
 瓦礫の山を取り除き、そして上へ上へと登っていく。……細い一筋の光が見える場所へと。

 そして、三人は地上へと出たのだ……地獄絵図となっている地上。







 ……世紀末の世界となった直後の光景を。





 「……何だよ、こりゃ」

 地上……本で見た限りでは都市や町と言う鉄筋コンクリートや木造の建物が存在し、でなければ木がある場所。

 犬や猫という二足歩行の生物が存在し、そして空には鳥と言う生物が存在する自分達の元素にもなった生き物が住まう世界。

 ミットが好きだと言ってた花が無限に存在し、ギルタブが見たいと言ってた山や草原に、レーンが夢見た海が……。

 「何なんだよ……こりゃあ……!!!」

 だが……現実は非情だった。

 初めて見た地平線。そこには緑や青も存在しぬ茶色と黒の罅割れた大地が見えて、遠方には蟻のように蠢く点。

 空は曇り、何処にも明彩色の存在しえぬ世界……これならば未だ研究所の方が未だマシと言わんばかりの世界だった。

 近くには、どうやら人間も見えた。だが、自分がこの手で屠りたかった物には余りに程遠い姿。

 研究員たちのように肥えた様子でなく、ボロボロで虚ろな目で体を寄せ合っている浮浪者よりも酷い姿をした人間達。

 痩せこけた体付きで、その体には至る所に化膿した様子が見えて頻りに震えていた。

 施設の中で教えられた知識の中から、あの疾患は恐らく放射能汚染による症状だと、何処か冷静な自分が
 その地獄絵図を見ながら告げていた。そして、治療困難であり余命も後数日が見積もって良い事も。

 殺す気すら失せる程の……人間達の死期の迫った末路。

 正しく……地獄絵図だ。

 リマは、一瞬咆哮と共に罵りたい感情を大きく吐いた息と共に感情を殺す。

 フリーダも同時に息を吐き、過酷なる現実を受け止めて女を見た。

 「……あんたの、言う通りだった見たいだね」

 白衣の女性も、この光景に衝撃は殺せぬようで僅かに青白く呼吸を早くしつつも胸に手を当てて動揺を鎮めつつ告げる。

 「恐らく、核保有国が一斉に敵視していた国へ対しミサイルを飛ばしたとしか思えません。人類は、文明レベルが
 原始レベルまで衰退すると生きる事は至難となります。そして……この惨状によって行われるとなると……次は」

 白衣の女性の言葉が終わる前に、その彼女が予想していた出来事が起きた。

 「……っ! おいっ、何かが近づいて来るぜ」

 「あんっ……ったく、人が落ち着きたい時に何だってんだ」

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!! 

 それと共に近づいてくるのは、雄叫びを上げながら現れる鶏冠状の髪型をした者達。

 「んだぁ? あの奇妙な奴等……」

 あんな仲間達居たけっか? とリマは少々恍けた台詞を紡ぐが、それで事態が変わる訳でも無い。

 「おらおらぁ!! 全部略奪しろぉ!! 男は皆殺しで女は全員引っ浚えぇ!!!」

 「ヒャハハハハ!! オラオラどけどけ屑共!! 俺達人間様に踏み殺されたいのかぁ!!」

 鶏冠状の頭の男達。それが残虐なる笑みと共に鈍器で辺りの人間達の頭部を砕き、倒れてる子供と思しき者を踏みつけて進行する。

 静かな地獄絵図から動く地獄絵図への変化。阿鼻叫喚を放ち、死にかけた者達が死体へと早変わりする。

 そんな光景をリマとフリーダーは見て同時に奇妙なデジャブを感じる。それが何か、直ぐ心の中で察し呟く。

 ああ、そうだ……研究施設でも同じように俺達に殺された奴ら『同胞』が浮かべていた顔だ。

 

 その間にも、また別の方向から何やら古風な鎧を纏った者達が出現する。

 「進め進めぇ!! 兵器が完全に消え去った今!! 戦力はほぼ互角!! 我々の手で掌握するのだ、この国を!!」

 軍隊やら、自衛機能が完全に停止した世界に古臭い武具を纏って権力を握ろうと逸早く挙兵した者達が現れる。

 馬を引き連れ、戦国の世の如く馬を引き連れて剣を提げての行進。

 その彼等も、ボロ屑のように倒れている人間達の悲鳴を構わず無視しながら自分達の支配と権力に取り憑かれていた。

 彼等は、一様にして似た言葉を放っていた。



                   この世は……俺達(暴力)が支配するんだぁ!!!






 ……視界の中には、人間達を殺しまわっている人間達が居た。

 鈍器で、剣と槍で、人間の持てる限りの武具を扱って人間を殺していた。抵抗も出来ぬ者達を次々と。

 いや、アレを人間と称するのもどうかと考えられる。その者達は、平然で同種の人間を虫を殺すように殺しまわっていたのだから。

 それを、暫しリマとフリーダは顔を固まらせ見ていた。



 ……そして。




 「へ……へへへへへへへへへ!!!」

 哂う、リマは心底可笑しいとばかりに嗤った。

 「何だよ、おいっ……けっ! 人間様の行動ってのは……俺達怪物(フェノメーノ)と殆ど変わり映えしねぇなぁ……」

 なぁ、フリーダ。と彼は顔を手で押さえて幼馴染を見る。

 「あぁ……ははっ。本当にね……所詮、愚図は愚図って事さ」

 彼と彼女は歩み出す、その虐殺して回るモヒカンへと。

 「っ! あ、貴方達、何を……!」

 白衣の女性は、彼と彼女を呼び止めようとする。だが、今の彼等を止める術など有る筈が無かった。

 「あぁん? うっせぇんだよ……指図したら殺すぞ」

 「あぁ……暴れ足りなかったもんでねぇ……この際」




                                 『皆殺しさ』





そう……怪物二匹は大きく口を咲(わら)いへと象りつつモヒカン達へ向けて進み出るのだった。

 白衣の彼女は、無茶だと一瞬思考する。幾ら、彼らが驚異的な人間以上の力を保有してるとはいえ、余りに戦力が有ると。

 


 「……何だ、面白い事仕出かそうとしてるじゃねぇか」

 「……水臭い……な」


 突如の声にギョッとする。白衣の女性が振り向くと怪物達が居た。

 彼らの目には彼女は映らず、暴虐の限りの殺戮と強奪を繰り返す者達を移していた。

 「おーい、フリーダ! お薬の時間だぜぇ!!」

 ギルダブが態とらしい掛け声と共に幾つかの錠剤を放り投げる。それをフリーダは見る事もせず片手て掴み口に放り込んでいた。

 ポリポリと噛み砕くと共に、フリーダの髪は次第に波打ち体から沸々と力強い気配が立ち昇る。

 「……使え」

 そして、ミットが同時に彼女へと投げた。彼女が、蒼黒の餓狼の物語の中でも彼女が扱っていた巨大な斬馬刀を。

 研究員達が、彼女を兵器として売り出す時の付属品として置いといていたものをミットは軽々と片手で投げ渡すのだった。

 彼女は、斬馬刀の調子を一、二回振って確かめて肩へ乗せる。

 それが彼女の戦闘準備の合図。万全なる一騎当千の武神へ化した合図だ。

 「……さて、俺達も昼飯後の準備運動といきますか」

 そう言って、ギルダブも続いてリマの隣に立つようにしてユラユラと尻尾を立ち上らせて前傾姿勢へと変わる。

 その尻尾には、未だ研究員達を殺しまわっていた痕が薄汚れつつ輝いていたのだった。

 「……余り……興奮するな」

 倣うように、ミットも続き拳を鳴らしつつ進み出る。

 静かなる闘気と共に、彼もまた人間に対する憎悪を滾らせつつ視界に映る人間の中でも最悪なる者達を粉砕せんと微笑む。

 「皆、頑張ってね!! 私も元気の出る歌、歌っちゃうよ!!」

 『止めな(ろ)』

 最後に、落ちとばかりにレーンの言葉に仲間達は一斉に彼女の言葉に突っ込んだ。彼女の歌は、確かに
 精神を彷彿させる音色であるが、聞き過ぎると精神が活性し過ぎて周囲の仲間さえ傷つける羽目になりかねないゆえに。

 そんな、視界の中で彼等を敵と判断し近づいてくる大軍勢にも平然と自然な態度を崩さぬ彼らを、白衣の女性は無意識に訪ねてた。

 「貴方達は……一体」

 その言葉に、『彼等』は迷う事なく言葉に答えるのだった。










                               『怪物』(フェノメーノ)……と。









 ……数分後、人間達の血によって体をずぶ濡れになった大地と怪物達が、起きた惨状と戦闘の全てを物語っていた。








 ・





       ・


   ・




     ・



 ・




    ・




        ・



 「……はぁ!? 何で、お前ら別行動なんだよっ! おいっ!!」

 「うっせぇな。別に構わねぇだろうがよ、ギルダブ。それとも何か? 俺と別れるのが寂しいってぇのか?」

 「おめぇが、フリーダと一緒に行くってのが気に入らねぇんだよ!」

 ……一日が更けた頃には、彼等は既に旅支度を仕立て上げていた。

 自分達に襲いかかってきた兵士達の衣服を纏い、研究室に残っていた食料を互いに分配しあっての次の行動。

 それは旅……彼等だけの楽園(安住の地)を探す。又は創り上げるに適した場所を目指す事だ。

 研究室の跡地の場所では、ギルダブとリマの口論が続いていた。原因は離れ離れで旅する事に関して……。

 ずっと、共に居たのだ。例え喧嘩が多くてもギルダブにとってリマは家族の一員である。それが、何故離れようと言うのか?

 「……ランの奴の話でな。此処以外にも、俺達のような仲間が閉じ込められてる奴らが居る可能性がある」

 「はっ? ……ランって誰だ」

 「運良く殺さなかった研究所の生き残りさ。おっと、会わせろってのは止めとけよ? てめぇ、会ったら殺すだろ」

 「当たり前だろうが! 大体何で生かしてんだよ!!?」

 「事情があんだよ」

 リマは思い返す。体に中に燻ってた暴力と殺意の感情を一先ず発散させた後の白衣の女の言葉を。

 『……研究所のデーターを見た限り、他にも類似した施設は存在してたようです』

 『貴方がたが、これから先、この世界の人間をどう扱っても私は何も言いません。……それも、我々人類の責なのでしょう』

 女……ランと名乗った研究所の潜入員と言う者は、ともかく他の自分達に関わりが深い施設を知ってるらしい。

 だからこそ、今はランを殺す事は止めておく。自分達に従順たる態度を見せる女を今、殺すよりは。
 色々と地上の出来事を把握している者を、精々自分達の復讐の道具として飽きるまで使ってやろうと言う気にリマはなったのだ。

 全ての研究所に関わる施設を破壊する。……自分の、この短くも長かった地獄の報復は始まったばかりなのだから。

 ギルダブは、リマの他の研究所の破壊と言う言葉に少々呆れた顔を見せつつも、最後は付き合ってられぬと言う仕草を見せる。

 「へっ、物好きなこったよ、お前は! 俺はよ、この研究所に関わる事なんぞ金輪際関わりたくねぇんだ」

 お前ら二人で仲良くやってくれよ。と、ギルダブは告げて別行動に了承する。

 「……フリーダ、リマ。行っちゃうの?」

 他の仲間には寂しそうな様子を見せる者もいた。レーンも其の一人で二人に手を組付っつ一緒でいようと暗に誘ってた。

 フリーダは、彼女に苦笑いしつつも頭を撫でて納得させる。

 「悪いね……だけど、これで今生の別れって訳じゃないよ。あんた等が安住の地を築けたら直ぐ、私達もそっちへ行くよ」

 「……本当に?」

 「あぁ! ……約束するよ」

 指きりげんまん。そうしてレーンは涙目ながらも笑みを浮かべて彼らと離別をする。

 仲間達は二人と反対方向へ。その彼等の統率者としてミットは二人へと告げた。

 「……フリーダ・リマ……俺達は……離れても……」

 そう言って、大きな手の甲で胸板を叩き彼は続ける。

 「心は、共に或る……また、必ず会うぞ」

 そう言って、彼等怪物(フェノメーノ)は別の方向へと行くのだった。

 これが、彼らの分岐点。報復を選んだ二人と、楽園を目指す怪物達の最後の交差。





 土埃と共に、奪ったトラックへと乗って走り去る仲間達を見送りフリーダとリマはランが運転する車の後ろへと乗る。

 「可笑しな真似したら、直ぐ殺すからね」

 フリーダの言葉にランは無言で運転席で頷く。薬や彼女専用の武具は研究室へと置く……過去との決別の一つとしてだ。

 代わりの先日の交戦で奪った剣を持つフリーダへ、常に徒手空拳で闘うリマは同じくモヒカンの一人から奪った所持品を顔に掛ける。

 「……あんた、それ正直どうかと思うよ?」

 「うるせぇな。俺は気に入ってんだから良いんだよ」

 サングラスで顔を隠すリマ。そしてフリーダーへ背けられる横顔。

 車から見える、夢で見た地上の景色と異なる裏切られたに誓い世界を少しでも緩和するように。

 暫し、ランの運転の中で無言だった二人は荒野の世界を見ていた。

 初めて見る地平線、それを長い体感時間の後にフリーダーの声が車内にて上がる。

 「安住の地、か」

 見つかるだろうか? 察しなくても、そう思えるのが解る声色に力強い男の声が直ぐさま返答される。

 「なぁに、あいつ等なら直ぐ、見つけられるさ」

 家族達と離別して、リマとフリーダの旅は始まる。

 見果てぬ旅路。この旅路の行き着く先は希望か、はたまた絶望か?

 飼育小屋の檻は破られた。運命の日によって、彼らの物語を。

 これから先、どのような事が起きるかは全くわからない。

 もしかすれば、次の日には『何か』によって世界は消滅するかも知れぬ。

 そんな、馬鹿げてるとは知りつつも拭えない不安の旅路の中。

 ……ギュッ。

 リマとフリーダは無意識に手を繋ぎ合い荒野を見つつ目を閉じる。車だけの走行音が暫くランが
 運転する場所で響くだけとなった。……これが、彼らの始まりの1ページ。











 「へっ! リマとフリーダが居なくたってよ、俺達は俺達で人間を奴隷にして王国でも作ってやるさ!!」

 その二人の憂いを尻目に、トラックの中でも怪物たちは未来へ向けての会話をしていた。

 これからは、研究施設の生活とは違う明日は全く解らぬ未知なる世界。

 不安を覆い隠す程の興奮と期待。今日は眠れぬだろうと荷台の中で彼等は未来予想図を謳う。

 「はいはい! 私、海に行きたい! この国って海に囲まれてたんでしょ!? なら、ずっっと行けば海に行けるよねっ!!」

 「俺は……花が咲き誇る場所を見つけたい……有る筈だ……何処かにな」

 彼らの囁かな夢の調べは、荒野の風に流される。





    
                     





                          怪物達の旅の始まりを、荒野の風だけは耳を傾けて吹きすさぶく。










                後書き




 【貪狼編】の司令やら、南斗鴛鴦拳のシドリが居ないなど【流星編】には居ない登場人物が【貪狼編】には居ます。



 ようするに【流星編】に出てくる登場人物は本編では幸せになれる可能性があると言う事だから安心して読んでと言う話。



 



[29120] 【貪狼編】第十八話『恋を貫け! 一途と親と鴛鴦と(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/08 21:34












 

















 

 ジャギやアンナ、そして周囲の者達が常に未来へ向けて日々生きている今日この頃。

 これは、本来は存在し得ない彼女の話。

 鴛鴦の彼女と、そして師。

 そして赤い狼を背中に宿す彼の、お話である。

 


 ……場所、リーダーの酒場。



 「あぁ、平和ってのは良いもんだな」

 その日、色々と酒が並んでいるカウンターで安酒の水割りを飲んで安らかな顔つきをしたリーゼント頭の人物が居た。

 彼は家族を年齢にして十四歳程の自立心旺盛の頃に両親を失くした。その後、彼は唯一の家族たる妹を溺愛しつつ
 自分が妹を守らねばならぬと言う感情から、その自慢の腕力や付き合いの元で暴走族に似たグループを率いていた。

 だが、彼にとって不幸は再度訪れる。その唯一の妹が男性恐怖症なる原因が彼の知識では不明な精神疾患を発病し
 彼は不幸を呪いつつ何とか治そうと町を移転しつつの旅を続ける、そして彼は見つけた。自分の妹と平然と付き合える者を。

 それ以来、彼は其の人物の付近の町を住処に決める。

 妹が、自分の手から離れて自立し幸せになれると確信する日まで……傍で見守ってやるのだと。

 そう、恋人も妻も別に必要ないと密かに堅き決心をしてたと周囲は知れぬ。

 今の彼は、持ち前の気合や不良グループを纏め上げた統率力で町の自衛団として堅気の職を得る程になった。

 以前、彼を敵視する不良グループや名高い悪党達に自分の店を襲われたが、そんな彼を救ったのは奇縁から付き合った者達。

 非番から、久々に一人っきりで酒を飲める安らかな時間を噛み締めつつ回想に浸る。

 南斗拳士……手や足だけで鉄柱すらも切断出来る程の拳法家達。

 自分より五、六才は年離れた少年等が大の大人を迎撃したのは今でも驚きに値する。世界は広い……と。

 だが、その南斗拳士の部分を回想したゆえか、彼は頭痛の種と心配の種を同時に思い浮かべる。

 「あいつは、今はちゃんとやってるかね」

 あいつ、自分の妹。

 今も彼女を守る彼(自分は、彼を義理の息子同然には思ってる)が習っている拳法が南斗と言う特殊な拳法なのだが。
 何の冗談か妹もソレを習い始めた。昔っから、色々と独自でトレーニングしてたが、本当の拳法家を目指すとは思わなかった。

 馬鹿な事を止めろとも最初は思った。だが、人よりも異常に不幸に相見える妹だからこそ護身術以上の力が必要なのかも知れぬ。

 だから涙を殺しつつ自分は彼女の背中を見送った。思えば、その時から彼女は自分より遠く離れた存在に成ったのかも知れぬ。

「まぁ、あいつが居るし心配はねえがな」

 自分の妹を守る者。

 三白眼で若くも結構強面な顔つき、時折自分の気のせいなら良いが危うい部分が見れる事がある。

 それでもアンナを見る顔つきは守り抜く漢(おとこ)の顔だとリーダーは知ってる。

 奴が傍に居るならば、大抵の妹に降りかかる火の粉も振り払ってくれるとリーダーは信じ安心していた。

 そして……。

 「あいつは……まぁ来ない方が精神的に楽だかな」

 ……妹を見送り、その数週間後か其処らで自分の住処へと突撃するように抱きついてきた少女。

 現在でも十三、四程だろうか? 前はそれより若く妹よりも年下だった。

 何時も自分を見て何かそんなに喜べるのか不思議な程に自分に抱きついてくる。

 そのお陰で、仲間内には何時から童女趣味になったのか? 職務質問する側が、される側になるなよな……とか。

 あぁ、駄目だ。それを思い出すとグラスを砕きかねない。

 「……別に、俺そんな何がした覚えないんだがなあ」

 彼女と出会った縁は、妹が持ってた写真からとか何とか。

 いや、元はと言えば己が彼女を救ったのが始まりらしい。だが、自分と言えば今まで気紛れでしてきた人助けの一環でしかない。

 それで、自分が以前彼女を救ったゆえに恋したと聞いてる。だが、それでも余り納得しきれない。

 白馬の王子なんぞ自分には不似合い過ぎるし、何よりも自分は不良のヘッドなんぞ三十過ぎになれば恥となりそうな経歴だ。

 偶々、あいつと妹が家出をして。流石に直ぐに連れ戻したら反抗するだろうから行方だけは知ろうと何とか捜索して結果惨敗。

 焦りつつ、あいつの父親と協力しつつ向かった町に小さな子供が居なくなった話を聞きつけ、俺はあいつと妹を瞬時に
 連想して殴り込んだ結果……結果だ。俺は、あいつを結果的に助けただけで他意は全くなく恋心など以ての他だ。

 そう、何度も自分は彼女に付き合えぬと言うが諦めない。最近では勝手に付きまとうのを諦めている。

 嫌ってはいないが、どう扱って良いか困る。それがリーダーの胸中であり、そして他にも気に入らぬ点がある。

 「大体にして、あいつ……俺よりめっちゃ、強いしなぁ……」

 そう、自分を好きだと言い張る女性……否、少女は南斗拳士。
 
 然も弱いなら未だしも自分と同じ背丈の岩を両断する程の器量を秘めていると言う空笑いが浮かぶ実力である。

 以前に店を襲撃した話を聞きつけ飛び込んできた矢先、自分が無事な事を知って安堵の次に『旦那様の住処を荒らした
 害虫共は私が今から地獄を見せに来ます!』と刑務所に行きかけた程だ。あいつが其の時居なくて僥倖だった。

 俺は、自分の店を以前大量殺人のあったと言う噂をされつつ切り盛りなどしたくはない。

 「南斗拳士って……すげぇよな」

 妹の彼氏(と自分は思ってる)のあいつ。そして妹、そして自分を好きな物好きなあいつ。

 どいつもこいつも自分よりも腕力ありそうな人物すら倒せる力を秘めてる。才能やら血筋など気合で打ち勝てると言う
 持論を抱いていたが、アイツ等を見ていると自信が薄くなってしまう。そう、持ってる酒が自棄酒になりそうな感じだ。

 「まっ……妹がそんな奴らに守られてるって思えば枕も高くして眠れるけどよ」

 誇りなど二の次。漢(おとこ)ならば守れる者を守れる事に胸を張るべき。

 そう彼は、二度目の酒を自分の男気に良いつつ口に含もうとして……。








                   旦那様あ!!!! 助けて下さいいいいいいいいいいいいぃぃ!!!!!






 ……店の戸から飛び込むようにして(実際に、彼の意識がはっきりしてた時飛んでたと自負する)抱きついてきた
 少女により、アンナの兄貴であるリーダーの滅多にない安らぎの一時は完全に崩壊されたのであった。






 ・






         ・


   ・



      ・



 ・




     ・




         ・





 「で、タンコブ生やしたシドリとリーダー。俺等に話って何だ?」

 「詳しい事情は、こいつから聞いてくれ」

 何時もの如く修行が終わってから目が見えぬ事もありアンナをエスコートしつつの帰宅。その時に出迎えた男女ひと組。

 絶賛、アンナを守ってる事により自分の事を可愛がってくれている町の自衛団のリーダー。

 そして、そんな彼女の兄に一目惚れと言う同じ南斗拳士仲間のシドリ。

 折角の休みを台無しにされた事で不機嫌なリーダーは、ジャギとアンナを座らせ何やら相談事を持ちかけた。

 この二人からの相談事。深刻な内容とは思わぬが厄介事が多分にありそうだとアンナとジャギは同時に思う。

 そして、その予感は正しく当たる事になる。

 シドリ、彼女は重苦しく少々顔を青褪めている。まるで世界の終末を目撃したように目は虚ろだ。

 「おいおい、一体何がどうしたってんだ?」

 「……る、んです」

 「あぁん?」

 ジャギの怪訝に聞き返す言葉に、シドリは意を決したように深呼吸をしてから言い切った。


 




 「……お師匠様が、鳥影山にやって来るんです」





 沈黙、そして言い難い雰囲気が全体を包む。

 「それの、何処が大変なの?」

 居合わせた男二人の代わりとしてアンナが質問する。良く言ってくれたとばかりの兄と連れ人。

 シドリは、義理の姉(彼女の中の未来予想図)に懇切丁寧に事情を話し始めた。

 「先ず、最初に話すとなると。私の扱う南斗鴛鴦(エンオウ)拳って伝承者候補が私一人だけなんですよ」

 「へぇ、それって結構凄くねぇか」

 思わずジャギは話の腰を折るのを構わず感心の声を上げた。

 伝承者候補とは軽く成れる者では無い。その伝承者である師に認められて初めて成れると皆から聞いている。

 本来ならば数名は自分の拳法を伝承する跡継ぎが一人のみ。実質の彼女は未来の鴛鴦拳の伝承者と言う事だ。

 シドリは、ジャギの賞賛の声に別段照れも謙遜もせず告げる。

 「いえ、別に私の実力が適ってるからとか、そう言う訳でも無いんですよ。まぁ、私が伝承者候補にしてくれたのも奇跡かも知れませんがねぇ」

 そう、何やら遠い方向に視線を彷徨わせているシドリは達観と心的外傷を混ぜ合わせた顔つきとなった。

 聞いてる二人は其の事に疑問を浮かべるか、シドリの話は依然と続く。

 「まぁ、それで私は旦那様に助けられてから色々な事を経て師父の目に適って伝承者候補になったんです。いやぁ最初地獄でしたよ。
 師匠ってば炊事洗濯は勿論の事、基礎鍛錬なんて二十四時間寝てる時もしろって無茶振りして。終いには寝込みを襲ってやろうとしたけど
 何時も返り討ちで生傷耐えなくて。旦那様に再会する前に私の美貌に傷がついたらどうするつもりなのかと……」

 「いや、解ったから本題話してくれない?」

 愚痴と自画自賛の嵐が発生しかけたのをアンナはすかさず止める。ナイスと心の中で呟く男二人を他所にシドリは『本題』と聞いて顔を顰めた。

 「……私の師父、最近になって頻りに自分の場所に戻るように電文が来て」

 「良いじゃねぇか。帰ってやれよ」

 自分の師ならば、偶に会って近況伝えるべきだろうと言うジャギの言葉にシドリは語気を荒げた。

 「簡単に言わないで下さいっ! うちの師匠の恐ろしさを知らないから平然と言えるんですよ!! 
 良いですか!? 師匠ってば会う度に自分が強くなったか満足するまで組み手をするんですよ!! 
 因みに最高で564回は私がぶっ倒れるまで続いた時の事なんて思い出しただけでもうっ……!」

 そう、ブルブルと震える様子は何時も天真爛漫でアンナの兄に纏わりている時とは真逆の様子である。

 暫く、過去を思い返し震えていたシドリだったが、溜息と同時に落胆の雰囲気を宿し言葉を続ける。

 「で……こればかりは言いたくなかったんですが」

 そこで、彼女はリーダーの方を頻りに視線を向けつつ何やら口篭る。

 「どうしたんだ?」

 「どしたの?」

 「こいつ、さっきからお前らが来るまで其処は沈黙なんだよ」

 どうやらリーダーも彼と彼女が来訪するまでの間に聞かされてない内容。そしてリーダーはシドリの頭に手を置きつつ呟く。

 「無理に言わなくて良いが、黙って悩むと苦しむ一方だぜ? おめぇとは知らない仲じゃないし、言いたい事があれば全部吐いちまえ」

 そう、普段ならば頼もしい彼の気概ある言葉がシドリに降り落ちる。それに、彼女は自分の想い人の励ましに意を決して呟くのだった。












                        「……師匠ってば何を思ったのやら見合いさせようとしてるんですよ」









 

 『……はっ?』

 静寂、そして唖然となる三人の異口同音の呟き。

 「ですから、師匠は私を見合いさせる気なんです」

 繰り返される内容。彼女の表情と言葉は真剣であり、嘘をついている様子はない。

 三人は、顔を見合わせて視線を交差し軽く頷きあうと……。

 「……さぁて、俺は寺院に戻って修行でもすっか」

 「あっ、私も店の品整理しないと」

 「うっし、俺もそんじゃあ俺も警備の仕事へ向かうとするぜ」

 「皆さん本当なんですってばぁ!!! 助けてくださいよぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 逃げ出そうとする三人の襟を、高速で拘束するシドリであった。

  


 ……



 数分かけて、何故そのような事になったか説明を聞く。

 曰く、鴛鴦拳の現伝承者である師父は才ある人材に飢えているとの事。そして襟好みが激しい人間であるらしい。

 「それで、私が鴛鴦拳の使い手として適してるから。早く子供でも出来れば自分の生きている代で二代目の後継者を見届けるからと」

 「あぁ……そう言う理屈なのね」

 アンナは納得した様子で頷く。南斗拳士と言うのも、繁栄の為には才ある人材を後世に残さねばならない。

 世間一般から自力で才能ある原石を掘り起こすよりも、その血筋の子供ならば拳法家としての才のある確立が高いと言う事だ。

 故に、伝承者候補である彼女を早く結婚させたいのだろう。アンナは話の全貌を知って軽い吐息を出す。

 「だけど、おめぇ未だ十三程だろ? 結婚も何も……」

 「いや……昔はそれ位で結婚するのも普通だったらしいからな。その師父ってのも結構の歳なのか?」

 ジャギの呟きにリーダーが可笑しくないと説明入れつつシドリに師父なる者の年齢を聞く。

 「歳は、師父は言った事ないですねぇ。でも、恐らく七十は超えてるんじゃないですか」

 「はっ!? ……成程、フウゲン様と同じ位って事か」

 シドリの言葉に思わずジャギは一瞬驚愕するが現在の孤鷲拳伝承者であるフウゲンも同じ程の歳である事を思い出し納得する。

 つまり古参の拳法家と言う事だ。ならば仕来りやら古いやり方も好むだろう。

 アンナは、その情報を聞いても穏便に対処する方法を求め意見を出す。

 「例えば、サウザーとかに言って取り直して貰うような事は……」

 「無理ですよお姉様。師父ってば頑固者で融通聞かないし、こんな事で南斗の指導者に応援なんて出来ません」

 そう告げて、彼女は苦笑いと共に告げる。

 「それに……下手な言い訳で私は自分の好きな人を隠してまで師父の要求を呑みたくないんです」

 「……お前」

 余りに率直なる好意から漏れた彼女の言葉。それが何時もの軽々しさのない真剣なものと知りリーダーは一瞬無言と化す。

 「あっ、旦那様は何も心配なんてしなくて良いですから。私と姉様方だけで何とかして見せますよ」

 「べっ、別に心配してねぇよ」

 額をポリポリ掻きつつリーダーは顔を背けて下手な誤魔化しをする。それを微笑ましそうに見るシドリを見ると案外この二人の関係も
 (シドリの強引さが原因とは言え)良いのかも知れないとジャギとアンナは思うのだ。

 (……どうする?)

 (……しゃあねぇか)

 そう、世紀末と言う世界を少しでも明るくする為に尽力する彼と彼女は以心伝心で頷きあってシドリへと口を開いた。

 「シドリ、なら私達も手伝うよ。まぁ……兄貴と結婚出来るかはさておき、勝手に結婚させられるのは同じ女性として放っておけないし」

 「あぁ、だな。まぁ出来る事は少ないが手伝ってやるさ」

 そう、太鼓判を押した二人に感涙の表情を浮かべる。

 「~~~! うぅ~! アンナお姉様もジャギさんも有難う御座います!! お二人が手伝ってくれると聞いて希望が湧いてきましたよ!」

 そう、常にリーダーを振り回す元気を取り戻し彼女は拳を高々と掲げて言い切る。

 「ふふふ……! 鬼師匠め!! 来るならば来てみるが良い!! 私には心強い味方が居るのですからね!!」

 あっはっはっはっはっ!!! と、シドリの高笑いがリーダーの酒場全体を包む。

 その無邪気さと来訪する未知なる師への士気を交えた声に、それを見る三人は一様に同じ格好で肩を竦めるのだった。

 ……この時、ジャギとアンナも未だ知らなかった。

 鴛鴦拳の師。

 その人物の凄まじさと、そして厄介さを……である。


 



 ・






         ・



    ・



       ・



 ・




     ・




          ・



 「……ん?」

 鳥影山での修行をする日。何時もの如くランニングするような感じで急行坂を走ってると前方に人影を見た。

 それを杖をついた老婆。矍鑠(かくしゃく)としているが結構な歳に見える老婆が背中に荷物を背負い歩いていた。

 (危ねぇな、後ろに向かって転がるんじゃねぇの?)

 そうジャギは思い、少しだけスピードを上げて老婆へと近付く。

 「そこの婆さん、荷物持とうか?」

 駆け寄っての言葉、それに老婆は年寄りとは思えぬ程の素早さで振り向いた。

 「うんっ? ……今のは私に向かって言ったのかえ?」

 (うおっ)

 一瞬、ジャギは上体を引けかけた。

 理由はと言えば老婆の眼光が鋭かった事、それと共に一瞬自身が警戒しかけるような威圧感が有ったからである。

 「っ……おう、そんな大荷物じゃ坂から転がるぜ?」

 気の所為か? そう思いつつジャギは気を取り直し再度尋ねる。

 老婆は一瞬鼻を鳴らし不躾にジャギを上から下を眺めてた。だが、首を鳴らしつつ荷物を降ろしながら口を開く。

 「そうさね、ならお願いするかい。あんた、顔は余りいぶし銀って言う訳にはいかんが中々見た目と違って紳士じゃないかい」

 「は…はは」

 (褒めてんのか?)

 老婆の言葉に、ジャギは空笑いしつつ荷物を背負う……そして気づく。

 (っ!? お……重っ!!?)

 ……重い。常に重しを体に括りつけ修行しているジャギだが、そんな北斗神拳を覚える為に自分で言うのも何だが
 かなりの修行をしている彼にも重く感じる荷物。そして、それを今まで老婆が歩いていたであろう事を知っての驚愕。

 「落とすんじゃないよ」

 「って、ばっ婆さん先に行くなよ!!?」

 一瞬、荷物の重さに呆然としていた。その間に老婆は数十メートル先を何時の間にか歩いている。

 (なっ……何者だこの婆さん?)

 この瞬間から、ジャギはこの老婆が只の老婆で無い事を知る。

 荷物は確かに重い。だが今まで修行を怠けてた訳では無いとばかりにジャギは気合いを入れて老婆の後を追う。

 彼が走って三十秒程してから追いついた。ジャギは、汗を少し流しつつ何処へ行くのか思案してると先頭人は口開いた。

 「ふむ、あんた中々鍛えてるみたいだねえ」

 「あんっ? いや……まぁ」

 飛び出した言葉は賞賛の言葉。真意が汲めずも、とりあえずジャギは返答しつつ老婆へと尋ねる。

 「婆さん、若しかして南斗の拳士か?」

 今まで自分ですら苦しいと思う荷物を背負い歩いてたのだ。只の老婆でない事は一目瞭然。

 ジャギの問に、老婆も下手な嘘をする気もないらしく顔を前に向けつつ答える。

 「あぁ、昔は良く此処いらを鉄箱背負って走ってたもんさね。しっかし、最近の若いのは私が見る限り
 体たらくが多くて困ったもんだよ。オウガイの奴(やっこ)さんも甘やかさずビシビシ教育してやりゃ良かったもんを……」

 「……婆さん、オウガイ様の事は良く知ってんのか?」

 サウザーの師の名前が飛び出し、ジャギは老婆の話に興味を引き荷物の位置を修正しつつ質問する。

 「そりゃあ勿論さね。あいつは昔っから人が良かったよ……いや、お人好し過ぎたんさ奴は。だから南斗の上の奴等に
 良いように扱われて可哀想な奴さね……フウゲンや、他の者達を頼れって何時も言ってたのに、阿呆めが……」

 そう、少々哀悼の光を帯びるのは間違いなく昔はオウガイと面識あったと事実を語る目。

 ジャギは、この老婆の正体を更に知りたく自然体で聞く。

 「フウゲン様とは、友人なのか?」

 「あんっ? お前さん、フウゲン様の何知っとんね? 小僧」

 老婆は、ジャギの好奇心を察知し少々不機嫌な声色になる。慌ててジャギは返答した。

 「あっ、いや。俺はジャギ、フウゲン様の弟子のシンと友人で……」

 その言葉に、老婆は少々刺刺しくなりかけた声色を収める。

 「あぁ、あの小僧っ子の。確かもう一人ジュガって小僧っ子もいたねぇ……ふんっ、あ奴も上手く弟子を設けたもんだよ。
 孤鷲拳って奴は昔から近くにうまい具合に宝石転がってるもんさ。私なんぞ、この歳でようやくだよ、全く……」

 老婆の愚痴、だが聞き捨てならぬ内容。

 (え゛……? この婆さんって……若しや)

 ジャギが、予想する前に老婆から更に漏れ出る数々の言葉。

 「しっかし、あの弟子めが。手紙に返事もよこさんで只じゃおかないよ……」

 「折角、私が手塩かけて選んだ見合い相手が気に入らんゆうのかね」

 「あぁ、たくっ! また背骨が痛みだした!! そういや、この道で以前悪戯坊主に会ったねぇ。未だ此処に居るのか……」

 (間違いねぇ……この、婆さん)

 ジャギは、確信する。この人物の正体を。

 そして、その確信の瞬間小道からジャギを視認したセグロが不運にも飛び出し、その老婆の正体を暴く要因となったのだ。

 「おっ! ジャギ居た居たっ! おめぇ今日こそ寺院にいるって言う可愛い子のしょう……か」

 「おや……久しぶりだねぇ小僧っ子」

 セグロは、その老婆を見た瞬間固まった。いや、肉食獣の前に飛び出したガゼルのようになったと言って良い。

 先程までの陽気さが消え失せ、そして死人が生き返ったのを見た如く顔から血の気が失せ老婆を見る。

 「……サラバダー!!」

 「お待ちなぁ!! 小僧!!!」

 瞬間、この場から何を思ったのかセグロは地面を抉らんとする程に蹴って空中へと身を躍らせた。

 だが、それは叶わなかった。ジャギも、何が起きたのか一瞬理解出来なかった。

 逃げ足だけならばジャギの知る限り十以内に入るセグロ。その彼が空中へ飛んだ直後。

 老婆はセグロの頭上へと身を躍らせていたのである。





 

                                  南斗鴛鴦拳……!!







 「っやはり……!!」

 ジャギは知る、つい昨日聞いた話。内容から男と若干勘違いしていた人物像。

 その想像と大きく異なっていた人物像は、今この日にようやく合致した。

 この、大荷物を背負い鳥影山を登ってた御仁。

 この、今セグロの頭上を取り、彼の顔面目掛けて恐ろしい威力の跳び蹴りを見合おうとしている御仁。

 この人物……この人物こそ……!!!









                                 南斗鴛鴦飛翔破!!!







 南斗鴛鴦拳……その現伝承者なのだとジャギは確信と視認をしたのだった。

 



 「……あぁっ、たくっ! ほらっ鶺鴒拳の小僧っ子。何時も言ってんだろ? 人の顔見て逃げるなんぞ行儀悪いにも程あるってね」

 聞いてんのかい? とピクピクと飛び蹴りで昏倒として倒れ付しているセグロにガミガミと説教する老婆。

 「あ……あの婆」

 もう、その辺で勘弁してくれ。

 そう、言おうとした直後。ジャギの視界は老婆から明るい青空へと視点が何故か変わっていた。

 「さんっグホォ!!?」

 と、同時の背中を突き抜ける衝撃。

 「……さっきから婆さん婆さんって荷物持ちしてたから甘んじてたか礼儀のなってない子供だねぇ」

 咳き込みつつ、涙目でジャギは投げ飛ばされたと知る。目の前の鶺鴒拳伝承者の老婆に。

 「……婆さん」

 「だから、婆さんって言うんじゃないよ。私はね」








  タセツエイ。それが私の名前だよ。







       そう……ジャギを見下ろす老婆は強い信念を秘めた目で三白眼の顔を写していた。













              後書き





 まず始めに更新が遅れている事にお詫び、そして感想をくれる皆様に感謝を。

 今回出たオリジナルキャラクター『タセツエイ』

 鴛鴦拳の伝承者であり、この人物はフウゲンと共に修行をしていたと言う昔ながらの御仁と言う設定です。

 補足として、『シドリ』はジャギの介入によって出たイレギュラーであり、本来は鴛鴦拳の伝承者は『流星編』でも
 『タセツエイ』のみであり、『流星編』でもタセツエイのみが登場する設定となっております。

 これらオリキャラが、また出てくると思いますが温かい目で読者の皆様方、お許しください。







 因みに『タセツエイ』の名となった理由。鴛鴦の上『タ』『部首の名がセツ』『央(エイ)』







[29120] 【流星編】第十九話『雲雀の告げし声 静かなる波紋』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/10 20:28














 



 
 例え 幾千の剣と槍にも勝る者達とて

 運命と言う大きな波を削ぐには適わん

 然れど 突き進む道を退く訳にいかず

 だからこそ鳥達は鳴き 啼き 哭いて

 決められた終末まで必死に翔き続けん






 ・




       ・


   ・



     ・



 ・



    ・



        ・



 時、世紀末。場所、建国途中の町。

 簡易的な遮蔽物で冷たい風を防ぎつつ、人々は住みよい暮らしを望み破壊された物資を元に家を再築しようとしてる。

 新たな世界に、新たなる環境に適応と健気なる人類の努力。

 そこへと走る馬の音、そして続く怒涛の声。

 屈んで作業していた者達は顔を上げて眉を顰める。あぁ……またやって来たのか、と。

 来訪するであろう者達。それは恐らく新世界に生み出された略奪者達。

 秩序や規律など構わず、己の欲望と自分自身の力に酔いしれ弱者達を蹂躙しようとする獣たち。

 人々は自然と称する……『モヒカン』達が攻め寄ろうとしていた。

 「……ったく、また来たのかよ。うざってぇ」

 だが、それに対し恐怖や悲鳴を上げて逃げる者達は非ず。本当に弱き者達は黙って作業を再会し、そして例外なる者達。

 「よっしゃ、行くぜ『KING軍』! 昼からの仕事の開始だ!!」

 『おぉ!!』


 南斗の兵士達。現在の混沌世界の暴力への抑止者。

 民と共に作業してた者達、脇に抱えていたマントを瞬時に纏う。

 彼等は作業員から戦士へと早変わりすると、壁を飛び越して迫るモヒカン達へと身構える。

 其の場所、孤鷲拳の伝承者であるシンが統括する国では南斗の伝承者達が日々略奪者からの護りを担っているのだった。

 「ヒャッハー!! ぶち殺せぇええええ!!!」

 バイクから飛び降りるように南斗の兵達へと襲撃する盗賊。他の兵達は盾を前に出しつつ剣で応戦する。

 其の戦場の中心で二、三人の鶏冠状の頭をした最悪のセンスの格好の者達が鈍器を振り上げつつ一人の男へと迫る。

 その男は見た所何の武具も纏っておらす。片手を懐に突っ込み格好の獲物とモヒカン達には見える姿だった。

 「やれやれ。てめえら、毎日毎日似たような事叫んで襲えねぇのかよ……」

 だが、自分が殺されそうになっているのに対し対峙する余り目立たぬ風貌で灰色と茶褐色を混ぜた髪をした中肉中背の男。

 呆れつつ、懐に入れてる方を除き空いた手で髪を掻く。余裕綽々な男に怒気を上げてモヒカンは飛びかかる。

 「隙だらけだぁ! 死ねえええぇ!!」

 「あぁはいはい……死ぬのは」

 気のない返答。それと同時に懐に仕舞いこんでいた手が抜かれる。

 その手を見て、別の方向から襲撃しようとしてたモヒカン達の顔に怪訝な表情が浮き出る。

 黒く毒々しい手……病魔に侵されてるような片腕が其の場所で先陣を切る男が抜き出したからだ。

 然し、それは病魔に侵された腕では無い。それは……。

 男は、距離が数センチにまで迫ったモヒカン達に一言短く簡潔に告げた。







                                「死ぬのはてめぇ等だ」







                                  南斗毒蛇拳







                                    毒手!!!







 男が、その黒と紫の混ぜ合わさった腕を振り抜いた途端に襲おうとしてたモヒカン達は吹き飛んだ。

 一瞬怯む。が、傷は浅い。身体の数カ所に僅かな切り傷しか負ってないゆえにモヒカンは哂う。

 一人のモヒカンは相手の力量が浅いと考え余裕であると告げようとする。

 「はんっ! 何ともね……げべぇっ!!?」

 ……そして、告げようとした直後、吐血して体を崩れ落ちた。

 「おっ、おいどうし……うぐっ……!?」

 「な……体が……痺れ……うっぎぃ゛!」

 その男の黒い手の威力はモヒカン達にとって悪夢を呼び起こした。少しの擦り傷、だが黒い手で攻撃された
 モヒカン達は確実に吐血や嘔吐、そして体をまともに動かす事が次第に難しくなり、やがて……全員が絶命した。

 「へっ、楽勝~……やっぱすげぇね」

 そう、黒い腕を掲げ。

 「俺の毒手」

 男は嗤った。……片腕に猛毒の腕を携えし男の名はカイサカ。南斗中位拳である南斗毒蛇拳の伝承者。

 片腕を幼少から毒を浸らせ凶器と化し、その毒に触れた肉体が如何に強靭でも死を至らせる。

 最も、彼の拳の極意が毒手が全てでない。未だ更に切り札があるのだが、それは未来に明かされるであろう。

 他の兵士達へと勝利を告げる。兵士達は勝鬨の声を上げつつ屍の装具を剥がしつつ死体を葬り作業へと戻る。

 カイサカは第二波の攻撃を警戒して残る。最も、彼自身はこれ以上の襲撃は無いと視界の無人の風景を知り確信していた。

 彼は、世紀末になり其の風景を見てどのような憂いを秘めるのか?

 「ふっ……如何なる者も傷つける腕(かいな)を持つと、世界が変わっても苦労する」

 ……まぁ、髪をかき揚げつつ陶酔する余裕は有るようだった。

 だが、この時ばかりは彼の其の余裕な態度は思わぬ所で災いへと遭遇した。

 一つの怒鳴り声と共に、それはやって来た。







 「カイサカっ!! 何っ自惚れてんねんっ!!」

 



 「っ!! って、げっ……来やがった」

 だが、彼が己の強さに酔いしれていた数秒の時は呆気なく背後からの怒鳴り声で終わる。カイサカを怒鳴る……老婆。

 その老婆の正体を彼は知っている。いや、知りすぎている位だ。

カイサカは疲労と畏怖を混ぜ合わせ先程までモヒカン達を完膚無きに勝利した勇姿を打ち消し近づいてくる老婆に
 縮こまる。いや、彼以外でも其の老婆と対峙すれば大半の人間が彼と同じ反応するであろう。

 何故ならば、その老婆は南斗の上位拳法の現伝承者であり且つ、他の拳法の者達も指導していた鬼教官であったからだ。

 「毒蛇拳の小僧っ子!! んな一人で自分に浸っていたら他の襲撃にも対応遅れるだろうがい! 拳士として自覚を持ちな!!
 一瞬の油断が命取りになるんさね!! 南斗の拳士として他の者の見本となる行動を常に意識しないと駄目なんだよっ!!」

 「解ってる、解ってるってばタセツの婆様……」

 片腕に常人を一瞬で殺傷出来る毒を携えているにも関わらず、彼はそんな事は関係なさそうに引きつった顔で頷いてる。

 この老婆に他の若き伝承者拳士も同等なる苦手意識がある。この人物に面識ある人物は例外なく其の御仁に対し
 例えどれ程に力や知性を秘めていようとも、自身より長い歴史を背負う其の人物へ調子にのるような真似は避けるのだった。

 鴛鴦拳の伝承者。この老婆は旧き仕来りを重んじる拳士として他の若き伝承者達に疎まれる事構わず何時も自然体で接してきた。
 その難くなに伝承者となって他の者達を指導する立場になってから不変の姿勢は、南斗の中でも大きな影響力ある。

 「返事は一回で良いんだよ小僧っ子! 毒手なんぞで調子乗って南斗の拳士としての義務忘れちゃ堪らんやろうがい!」

 肯定しようと否定しようと数十分はタセツエイの説教は続く、その言葉は正論も多いゆえに他の者達は反論する術が無い。
 いや、反論しても直後に背負投やらの教育的指導が入るゆえに全員一度は味わった恐怖ゆえに逆らえぬのだ。

 「……タセツエイ様、もう昼餉も始まりますから其の辺にして貰って宜しいですか?」

 「んっ? ……あぁ企鵡拳の娘っ子かい。全く今日も今日でだらしない格好してるねぇ。将軍なんだからビシッとせぇんかね」

 「申し訳ありません。然しながら、常に動く為には淑女に欠ける服装も致し方ないので、どうかご容赦を」

 カイサカが、辟易して後数十分説教に耐えるのを覚悟してた時、彼にとっての救世主が訪れる。

 その救世主は嫌でも大きな二つの膨らみが見える綺麗な女の形として登場した。タセツエイは、振り向いて先ず服装を指摘
 するのだが、その女性は温和な笑顔と共にタセツエイに言葉を投げる。その態度は其の人物を良く知る者の態度だと解る。

 「ふんっ、まぁ良いがね。娘、お前さんも早く婿を作りなさいな。何なら私が今度良い男を探しとくから」

 「あはは……お気持ちは有難いですが、ご時世がご時世ですし、私は其の……男は愛せぬ身ですので」

 「物体ないねぇ、あんたは別嬪なのに……世の中そう上手くいかないもんか」

 この国の将軍として動いてるキマユ。老婆心からタセツエイは未だ独身なる彼女に結婚を勧めるも、彼女は穏便に拒否を示す。

 彼女の在り方をタセツエイも知ってるゆえか、強引にそれ以上何かを言うでもなく、鼻息を一度鳴らすだけに止めた。

 「まぁ、それじゃあ私はとっとと家に戻っておくよ。王がいない間に何が困った事があったら私に何時でも頼るんだよ」

 「はいタセツエイ様……お体をお大事に」

 背中を叩きつつ体を曲げながらタセツエイは居住場所に戻る。それを二人の南斗の伝承者は安堵しつつ見送るのだった。

 助かったぜ、と毒蛇拳の伝承者は国の将軍である彼女へと片手を上げつつ礼を述べる。

 「……やれやれ、あの婆様は何時までたっても慣れないな」

 こんな風に世界が変わっても、あの人はブレないな……と感心と呆れを伴い肩を竦めてカイサカは呟く。

 「頼もしいじゃないの。王の師であるフウゲン様も少々具合悪いようだし……」

 そこで、一度キマユは少しだけ顔を曇らせた。

 シンの師であるフウゲン。南斗の先代の孤鷲拳の伝承者はシンと共に町の再建を手伝っていたが急激な環境の変化と
 年齢もあって体調を崩していた。シンが言うには、精神的なストレスが原因らしく安静第一だと聞いている。

 「まぁ、タセツエイ様がちょくちょく診てくれてるらしいから問題ないと思うけど……」

 彼女は、そう自分自身に言い聞かせる。あの方もフウゲンと同じ年齢ながらも未だ現役だと全員に行動で証明してる程だ。

 キマユは、何時までも変わらぬ在り方を貫くタセツエイには尊敬の念を抱いてる。南斗の功労者としても教育者と
 言う在り方でもタセツエイは南斗には必要な人物だ。何より、このような混迷した世には一番ある意味必要なのかも知れない。

 「……あら?」

 そう、様々な出来事に思案してた其の時。彼女は遠方から近づいてくる人影を見た。

 「んっ? 何だ未だ残党兵か」

 毒手を差し抜こうとするカイサカ。だが、キマユは片手で彼を制して遠方を見つつ呟く。

 「いえ、違うわね……」

 人影が段々濃くなるにつれて、彼女の確信は強まり笑みも同様に濃くなる。

 「……味方よ。とっても頼もしい、私の味方」

 そう、シンの居る国へと到着したハマを視認して彼女は再会を静かに喜びを胸に満たすのだった。






 ・





        ・


   ・


    
      ・



 ・



    ・



        ・


 居住区の一つの家屋。ある程度頑丈な家に一人の老人が横になって目を閉じている。

 「起きてるかい? フウゲン」

 「……んっ、お前か」

 其処へノシノシと言う擬音が似合う歩みと共にタセツエイが姿を現す。部屋へと入った老婆に眠ってた者は低く声を上げた。

 そのまま、断りなく一つの椅子を引っ張ると共にタセツエイは座る。ジロジロとフウゲンを見つつ問いかけた。

 「体調はどうかね」

 「まぁまぁかの。少々未だ体が重いが、気合を入れれば動くには問題ない」

 フウゲン、南斗孤鷲拳の先代の伝承者。

 世紀末前は未だ機敏に生気溢れていたであろう顔には疲れが深く刻まれていた。それでも元気を装う力は残っている。

 だが、タセツエイは鼻息を鳴らしフウゲンの努力を切り捨てて直球で告げる。

 「そんな見え透いた嘘つくんじゃないよ。今のあんたなんぞ、私がちょいと捻ったら直ぐに死にそうだがね」

 「かっかっ、お前さんなら儂が元気な時でも勝てぬよ。実際、昔もお前には何時も地面に倒されてた時が多かったろうで」

 そうフウゲンは目の前の人物の男勝りな部分を笑う。タセツエイは皮肉を言うフウゲンへと僅かに眉を上げるのみで止めた。

 「お前さんは何時までも変わらなくて羨ましいわタセツエイ。昔っから、お前は信が強いからのぉ」

 「ふんっ、お前さんは狸爺な割に少々打たれ弱いからね。もうちょい素直に生きれば良いんだよ。私見たいにさ」

 「ははは。そう、簡単には行かぬもんさ……っごほっ」

 そこで気管を詰まらせたが、または風邪の引き始めかフウゲンは咳き込む。

 タセツエイは、慌てず騒がず自然にフウゲンの背中を強くも弱くもなく治るまで叩いた。

 「ごほっ……すまん」

 「全く……まぁ、仕方が無いかも知れないがね。あんな事が起こっちまったんだし」

 『あんな事』。その言葉を聞いてフウゲンは重苦しい雰囲気を滲ませ顔を俯かせた。

 「……ジュガイの居処は、掴めたのじゃろうか」

 ジュガイ。……フウゲンがシンと共に育てた者であり、勇猛さを心に秘めたもので最初彼を伝承者にしようとフウゲンは決めてた。

 だが、悲劇が起きたのだ。運命は残酷にもジュガイが出会った愛すべき者と、その設けた子を世紀末と共に奪ったのだ。

 フウゲンは目を閉じて思い返す。変わり果てた彼の妻と子の亡骸を抱きかかえて慟哭する彼の姿を。

 そして、自分が目を離した隙にジュガイは羅刹と化し……そして国を出た。

 後悔へと浸るフウゲンに、鋭くタセツエイは問う。

 「……探し当てて、あんた引導渡せるのかね?」

 二人は既に予想ついてる。伝承者を放棄し国を出た彼……恐らく既に自身の報復するものを筆舌出来ぬ程の
 痛みと苦しみと恐怖を味合わせ復讐を完遂しただろうと。そして……もはや彼の心は人の理を外れてる事も。

 そのような末路を辿った拳士に出来る事と言えば……師が直に兇変の者と化した者を死なせてやる事だ。

 タセツエイは、重なった不幸により脆くなった目の前の昔ながらの仲間が現状の行方不明の拳を授けた弟子を殺せるのか
 考えて、それは無理だろうと知る。タセツエイは、フウゲンが自分の弟子に対し真に冷酷になれぬと予想ついてたのだ。

 はぁ、と息をつきつつタセツエイは言う。

 「今は、そう悩むんじゃないよフウゲン。お前さんがせんでも、お前の弟子たる者が何とかケジメはつけてくれるで」

 「……確かに、シンならば可能かも知れん。だが……我が弟子も少々不安な部分もあるからなぁ」

 シンは、確かに国を率いて民を守れる器量を備えている。それは間近で見てるからこそフウゲンは理解してる。

 だが、それでも彼は今は問題なくも彼の弱き部分も理解してるフウゲンとしては不安の種は尽きぬのだった。

 拭い去れぬ不安を顔に貼り付けるフウゲン。それを見ていられなくタセツエイは苛々と彼へと強い調子で言った。

 「あ~! あんたも肝っ玉の小さい男かぇ! そんなん悩むのは体が治ってからにせぇや!!
 安心しぃ!! あんさんが死んだら私が代わりに引き受けじゃるけ!! あんたの弟子の処遇も、全部纏めてな」

 「……お前は」

 その、男よりも漢な態度なタセツエイにフウゲンは呆れを伴い視線を注いだ。

 (全く……こ奴は昔から本当に)

 胸中に沸き起こるのは喜びか? または別の感情か?

 窺い知れぬも、フウゲンは一度目を閉じてから次の瞬間には苦笑いを浮かべてタセツエイへと言うのだった。

 「……お前は、生まれる性を間違えたな」

 「放っとけぇ」

 フウゲンの柔らかい軽口に、タセツエイは鼻を鳴らし顔を背けるのだった。





  ・




        ・

    ・



      ・


  ・



     ・



         ・



 「……はぁ!? じゃあ既に城を出てった後だって言うの?」

 「えぇ。どうしたのよ? そんな打ちのめされた顔して……」

 辿りついたハマ。中々の長い行路を限りなく早く移動した彼女は着いた頃には疲労困憊だった。

 そんな彼女をキマユは熱烈な抱擁で出迎えた。再会の一番で、ハマは彼女の豊満な二つの膨らみに挟まれて死にかけると
 言う事態になった事を一生忘れないと、少しばかりの怒りを胸に秘めて茶を啜りつつ衝撃的な報せを聞いていた。

 「聞いた事あるかも知れないけど、遠方にある女人の国。其処へ現在無い薬品やら兵の不満解消の為に向かったの」
 
 「……意外ね。あんたがいかないとか」

 彼女の特殊性癖を知っているハマとしては、彼女が向かわない事を怪訝に思い問いかける。

 「私だって役目を忘れてまで色ボケに走らないわよ。何だと思ってるの?」

 呆れ顔で言い返すキマユに、ハマは女好きと心の中で問い返しつつも余計な言い合いをしてる場合でない事態な為に流す。

 「別に。それより……今は誰も傍に居ないわよね?」

 「……えぇ、問題無いわ」

 王宮の来客を想定しての部屋。其処へと久々の友人を将軍特権から入れてたキマユだが、友人の真剣な表情から
 只事でない事を知って窓のカーテンを閉じつつ告げる。向かい合う友人、そして空気が重くなる感覚。

 ハマは、真っ直ぐにキマユの目を見つつ、自分が仲間の手によって知った全てを話し始めた。

 「……これは、キタタキが知って私に命懸けて伝えた情報。信じられないけど、本当の話。……サウザー帝の、話よ」

 そして、彼女は話し始めた。

 キタタキが兵士を操って伝えた情報。

 サウザーの粛清。

 そして彼の監視。

 旅路で遭遇したサクヤの予言。

 キマユは、最初衝撃で目を見開きつつも、口出しする事なく始終真剣にハマの話を全て聞き終えた。

 「……嘘、だと言って欲しいわね」

 そう、企鵝拳の伝承者でありKING軍の将軍たる彼女は額に手を当てて頭を振りつつ目を閉じて呟く。

 「キマユ……」

 本当よ。そう続けようとするハマを遮って、目を開いたキマユは冷静さを崩さず返した。

 「えぇ、嘘だなんて露程も思ってないわよ。……だけど、それが真実だとしてよ? 何か明確な対策があるの?」

 「っ……それは」

 無論、そんな綿密な対抗策など有る筈がない。

 サウザー帝……いや、もうサウザーで良いだろう。サウザーが粛清するとして、どのような方法で自分達を処刑するのか?

 招集して質量戦を展開し、圧倒的な兵力で108派を虐殺するのか?

 または毒や暗殺を試み、じわりじわりと気づかぬ内に全員を抹消するのか?

 考えただけでもキリがない。だが恐ろしいのは、それら全ての方法をサウザーはしようとすれば出来ると言う事だ。

 「……考えは無いわ」

 「でしょうね」

 キマユは、呆れる事も怒る事もなく淡々と彼女の力の無い応答に頷く。

 「キマユは、何か考えあるの?」

 「行き成り聞かされて、そして対策が有るかって無茶振りにも程があるわよ。……とは言っても、無くは無いわよ」

 「っど、どうするの!?」

 打てば響くとはこの事か。予想だにせず良案あると事もなく告げる親友にハマは食いついて身を乗り出して聞く。

 キマユは、そんな彼女に静かな瞳で静かに応答した。

 「……ちょっと考えれば簡単よ」

 そう言って、彼女は手入れの施した片手の指を立たせて告げた。

 




                          「……サウザーを一人っきりの時に殺害する」





 「……え?」

 困惑する彼女に、キマユは丁寧に説明し始めた。

 まず、鳳凰拳の王である彼の人には常に人が付き添っている。

 その彼に襲撃したとして、直ぐに増援、そして救援を呼ばれる等して一気に劣勢となる事は想定される。

 「普通に考えて、南斗の頂点であって現在の南斗拳士たちの指導者である人物を白昼堂々と襲ってみなさい?
 どう見積もったって、こちらが気を触れたか何かして周囲に妨害されて処刑されるのがオチでしょ」

 最もな言葉。ハマも、確かにそれは完全にこちらが加害者だと納得の意を示す。

 だけど、サウザー一人の状況など簡単に出来るのか? ハマの疑問にキマユは頷きつつ自分の考えを提示した。

 「難しいでしょうけど、けど、全くもって不可能じゃないわよ。例えば、内密な話がある……って、伝えたら
 何とか奇襲も出来るでしょう。けど……その後が問題だし、余り私はこの作戦に関しては薦められないわね」

 そう、苦渋を見せるキマユに何故かとハマは問いかける。

 物分りが少々悪い親友へと、呆れを隠さず彼女は伝えた。

 「あのね……現在、他勢力から南斗の国が守れてるのは誰のお陰?」

 「え? それは勿論……あ」

 そこで、彼女は気づく。サウザーを殺すとすれ、その後の問題を。

 理解した彼女へと、キマユは頷き口を開いた。

 「そう、サウザー帝が死去すれば頑張って隠蔽しようとも直ぐ露顕して一気に他の敵軍が好機と見て襲撃する。
 ……私は実際に見た訳じゃないけど、今までサウザー帝の一騎当千の無双があったからこそ他の国から守られてたのでしょ?」

 「……えぇ」

 キマユの言う通りだ。

 サウザーの敵軍を圧倒する戦闘力。らこくの智将ギオンの計略たる毒も、黒鉄城の一人での騎兵隊を虐殺した活躍。

 他にもイゴール・ライズ軍に対しても彼の人は一人だけでも可能なのではと思われる程の強さを見せて彼らを撤退させてた。

 そんな王が死んだとしてどうする? ……脅威が無くなった南斗へと我先にへと蹂躙しようと一気に攻め寄る……!

 「……皆で頑張れば」

 「確かに、他の伝承者達も必死で頑張って応戦するわよ。……けど、他の伝承者達も居るこそすれ、例え108派
 全員が集約しても日夜構わず南斗を支配する為に襲撃を他の国は続けるでしょうね。……そうすれば終わりよ」

 顔をハマは俯かせる。サウザーが生きていれば遅かれ早かれ自分達は死ぬかも知れない。だが、王が死んでも
 他の勢力によって消耗して死ぬかも知れない。……どの選択でも死ぬかも知れぬ未来に彼女の目に涙が浮かぶ。

 だが、対照的に向かい合ってる彼女は悲しむ様子なく場違いにも楽しんでるような表情を浮かべた。

 「けど……そんな風にならない方法はあるわよ?」

 「へっ? ……ちょっ、そんな解決策あるなら最初から言ってよ」

 「あら御免なさい。貴方の泣き顔が可愛くってねぇ」

 意地の悪い言葉。涙を慌てて拭いつつ睨むもキマユは笑うばかりだ。

 不貞腐れた様子のハマへと、軽い謝罪と共にキマユは言う。本題とばかりの対処案を。

 「……まず、王が粛清するならば我々南斗の拳士としては、王の其の計画を何とか潰さなければいけない」

 ここまではOK? そう確認するとハマは頷いた。キマユは座るソファの腰の位置を僅かにずらしつつ続ける。


 「この時、問題点となるのは南斗の頂点たる指導者。……その指導者の代わりとなる人物が居れば良い」

 「もしかして、六聖に代わりを務めて貰おうと思ってるの?」

 ハマは、彼女の話を聞く内に一つの仮説を思い尋ねる。

 六聖……天帝の守護とすると言う名目によってサウザーを入れての五人の拳士達。

 この国を指揮するシン、そして今は他の拳士と共に静かに暮らす事を夢見てるシュウ。

 遠方で同じく国を動かすユダ、そして不在のレイに正体不明の六人目。

 もし、キマユの答えが予想通りならばハマは先ず代替えの指導者としてはシュウが一番良いのだろうなと考えつつ答えを待つ。

 キマユは、彼女の言葉に表情変えず返した。

 「確かに、六聖ならば一つの欠けた部分を一時的に引き受けてくれるかも知れない……けど、それは駄目でしょうね」

 「え?」

 予想外の却下。ハマは外れた事にも僅かに驚きつつ聞く。

 「どうして? 六聖ならば、サウザー帝が欠けても引き受けてくれそうだけど……」

 「……考えてご覧なさい? サウザー帝が、何故『将星』と言う星を司っているのか」

 その言葉に従って、ハマは考えた。

 サウザーの宿す『将星』。以前、こんな風に世界が変貌する前は彼の師が彼の肩に手を置きつつ説明していた言葉。

 必死に過去の言葉を思い出し、そして考えを纏めて答える。

 「つまり、サウザー帝だからこそ南斗の王として君臨出来るって言う事?」

 「まぁ、当たらずも遠からずって事だと思うわ」

 ……キマユの考え。

 この世界になってから、南斗の王として君臨した彼は数日で一つの拠点を元に南斗の拳士達を動かして
 軍隊を瞬時に作り上げ、そして居住区を築き上げて町を機能させるにまで至った。たった数日間でた。

 誰も疑うことなく、誰一人として見知らぬ人物が統率する事に反論せず従ったのは彼の強さと、その統率力からである。

 仮に、自分が彼と同じ状況だったとすれ、そのように簡単に千を超える難民と化している、然も荒廃した世界に陥り
 錯乱状態に近い人達を統率出来るかと自問自答し、それは無理に近いであろうとキマユは判断するのだった。

 「今の国があるのは、サウザー帝の力があったゆえよ。其の思想が如何程だろうと……彼を失えば混乱は必須」

 トントン、と机を軽く叩きキマユは唱える。

 「だからこそ、彼と同等の統率者が必要よ。六聖では、例え一時的に安定しても未だ崩れる可能性が高い。
 ……サウザー帝を殺す、と言うより、彼の粛清と言う意思を折れれば、それが一番最良なのだけどね」

 親友の情報だけでは、何故、そのような経緯に至ったが未だ不明だ。サウザー帝が何故108派を粛清するのか?

 これは、もっと情報が必要だ……彼の真意に辿り着く為に更なる情報か。

 キマユは、そう結論つけて話は一先ず終了する事にした。それは時間が随分反しこんで更けた事と……。

 「ほら、ハマ。今日は私の部屋のベットで良いから寝なさいな」

 「えっ……けど」

 そんな悠長な事は言ってられない。そう、霞んだ目で呟くハマへとキマユは優しく彼女の頭を撫でつつ言った。

 「そんなに疲労していたら、これからどうするにしても何も出来ないわ。……大丈夫、あんたの思うような事にならないから」

 ね? そう優しく微笑み、彼女は親友を納得させた。

 「えぇ、そうね。……それじゃ、悪いけど休むわ」

 「えぇ……お休み」

 ……親友を部屋へと連れる。予想通りと言うか、ハマはベットに横になり十数秒で眠りについた。

 精神的にも、肉体的にも疲れてたのだろう。必死に、此処まで急ぎ南斗の一大事である事を報告する為に駆けた
 彼女へと、キマユは慈愛を滲ませて優しく目が覚めぬように極力気をつけて彼女の少々汚れた髪を梳いてやった。

 「……サウザー、がねぇ」

 ……本当の所、予想していなかった……と言う訳でも無い。

 心の何処かが無性に納得してる部分があった。それは恐らく、随分前に最後に見た彼の瞳に……深い深い暗さを知ってたから。

 (ねぇ、サウザー。貴方が、どう考えてるかは知らないわ……けど)

 そこで、彼女はスースーと寝息を立てるハマを見つつ心の中の決意を固める。

 (貴方が私や、私の大事な者達を傷つけると言うなら……容赦しないわ)




 ……女を愛する、自身も女たる企鵝は孤鷲の支配する国で静かに鳳凰の炎へと反逆の産声を上げる。

 それはやがて波紋となり、消え去る星々にも伝わりて反逆の狼煙へと拡大する。






 
 戦い抜く戦士達の見えざる決意と信念。それは例え歴史に刻まれずも、彼等だけには確固たる誰にも崩せぬものなのだから。










              後書き





 どうやら北斗無双2が発売されるらしいとネットから知りました。





 また新たなる北斗の技が増えるかもしれないと思うと胸熱。そして出来ればジャギ様の性能が良くなって欲しい。

 例えば千手殺は空中技になって欲しいとか、羅漢撃は前進しつつの格好良い見栄えになって欲しいとか。

 邪狼撃も、バックステップしてからの相手に突撃してのガート不能技になって欲しい。これって贅沢でしょうか?




 ……後、今度はユダにシュウやアミバも使えるんだろうな?








[29120] 【貪狼編】第十九話『恋を貫け! 一途と親と鴛鴦と(後編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/17 12:35




 




 



 




 「……いてて。未だ背中がいてぇ」

 ジャギは背中を摩り呻きつつ、先程の鴛鴦拳の伝承者であるタセツエイとの邂逅を思い出していた。

 何しろ、初対面ながら言葉遣いがなってないとの理由だけで合気道に似た技で自分を投げた人物。
 数分、自分に対し修行の地である鳥影山での振る舞いについて注意と礼儀について好き放題言ってタセツエイは堂々と去っていった。

 「おっかなかったな……」

 「ジャギは未だいい方だぜ。俺なんぞ前にやった事で目を付けられて会った瞬間にさっきのアレだぞ」

 そう、体中に湿布を貼るセグロ。そして鴛鴦拳の伝承者の来訪を知って苦い顔するキタタキと苦笑いのイスカ。

 自分よりも先程の人物を知ってると判断したジャギが詳しく話を尋ねるとセグロは饒舌に愚痴を言い始めた。

 「聞いてくれるか!? いや、本当マジ鬼婆だぜっ。俺が穢れ無き十歳程で鳥影山に慣れた頃よ。
 あの婆さんが食べ歩きしてた俺に注意してきて、そんで俺は聞き流して逃げ去ろうとしただけでボコボコだぜ!?」

 「……それ、半分自業自得も入ってんじゃね?」

 セグロの普段の老若男女分け隔てなく調子に乗った振る舞いをしてるのを知るジャギは、そう口にするも彼は
 自分の正しさを疑わない。そんな彼に続くようにキタタキも僅かに顔色を青白くさせて溜息と共に呟いた。

 「いや、あの人が来るとマジ勘弁だな。……昔一度、あの人の怖さを知らない時に徹夜でゲームをやってたら
 タセツエイの婆さんが乗り込んできて、説教と拳骨と同時に俺のセーブデータを……あの時は泣いたわ」

 そう、二人は自分のトラウマを思い出し泣き出しそうになる。最後にジャギはイスカの方を見て……。

 「あぁ~……僕は余り。ただ一度靴紐が解けてたの怒られた位かな?」

 そう、頭を掻きつつ彼は言葉を漏らす。だが、その程度でも怒鳴られると言うのだから恐ろしいと言う見方もある。

 「良いよなあイスカは。お前普段から良い子で通ってますから!」

 「へぇへぇ。おめぇは品行方正だから聞いてねぇっつうの」

 セグロとキタタキに容赦なく言葉を切り捨てられる。とりあえず、タセツエイの恐ろしさをジャギは理解したのだ。

 暫し、彼らのタセツエイとの関係を一考しつつ、駄目元で協力を考えて彼は三人へとシドリの事を切り出す。

 「……なぁ、そのタセツエイの弟子のシドリさ。……見合いするらしくて」

 『はぁ(マジか)!?』

 セグロとキタタキは予想通りの驚愕。イスカは、何とも言えぬ複雑な顔ながらも何も言わなかった。

 少しばかり騒ぐも、彼等は次第に落ち着きつつジャギの話に耳を傾ける。この辺りは拳法家として切り替えが早い。

 「成程なぁ。確かにタセツの婆さん、先行きも不安だし早く後継者見つけたいのも解るかも」

 「だからって未だ候補者の奴に見合いかよ……気が早いと言うか、何つーか」

 呆れる二人、その一方でイスカだけは別の見方もする。

 「……まぁ、南斗の事を深く案じてる方だからね。けど、候補者のシドリさんの意見をタセツエイ様は聞いてるのかな?」

 その言葉に、ジャギは思い巡らし首を横に振る。

 シドリの事だ。あの鴛鴦拳の伝承者の威圧や信の強さから自分の好いてる者の事を話してる確立は少ない。

 今までの話を聞く限り南斗の功労者として今まで常に己に甘んずる事なく生きてきたのだろう。
 だからこそ、南斗関連に対しては生真面目に行動するのだ。シドリに対して厳しいのも、その一環だと解る。

 シドリが、其処を理解してるか否かで事情も違ってくる。最も、あの老婆の性格が自分の想定と異なってる可能性も非ずだが……。

 「……まぁ、それ程難しい話でもねぇんじゃねぇのかなぁ? シドリが、リーダーの事を伝えれば……」

 「リーダーって?」

 「アンナの兄貴の事だよ」

 「あぁ、そういやシドリちゃんがべた惚れとか言ってたよなぁ! って……えぇ~……」

 ジャギの言葉に、酷く複雑そうな顔するセグロ。

 それに連鎖するように、他の二人が渋った顔をする。どうしたのかと尋ねればキタタキから低い声が帰ってきた。

 「……あの、よ。言いたくはないが、アンナの兄貴の風貌を見て、タセツエイ様がどう言う反応するか考えろよ?」

 「リーダーの、格好」

 思い巡らす。あのリーゼント、世俗に合ってると言い難いチンピラと称して良い服装。

 どう見積もっても、初対面では積極的に付き合いたいとは思わないと客観的にジャギは考えて思う。

 それと同時に、規律や風紀を厳格に守り抜くタセツエイを思い出し……ジャギは震えつつ言葉を上げた。

 「……会わせたら、あの婆さんリーダーの事殺すんじゃね?」

 『だよな……』

 シドリが紹介した途端、有無を言わさず半殺しにしそうだとジャギ達は溜息と同時に暗い予想を憂う。

 「お前ら、助けてくれる気は……」

 そう、ジャギは駄目元で溜息を吐いた後に聞いた。だが、予想通り。

 「無理、タセツの婆さんだけは例え可愛い子紹介してくれるって言われても無理」

 「俺も最新のゲーム機をくれるって言っても無理」

 「あははは……御免、力になれなくて」

 即座に、拒絶の言葉を小気味良い程に同時に返されるのだった。

 「……薄情者共めっ」

 ジャギは、簡単に友情を切った三人に涙目で小さく罵りの声を上げるのだった。






  ・





         ・


    ・



       ・



  ・



  
     ・



        ・



 「し……師匠が来た師匠が来た師匠が来た師匠が来たぁ……!」

 「シドリ。いい加減私のベットの中から離れてよ」

 ジャギが、三人組と会話してる頃。女性寮でも動きがあった。

 現在、自分の師の来訪を受けてシドリは絶賛震えており、それをアンナは呆れつつ布団越しに説得し遠巻きに仲間が居る。

 「まぁ、確かにタセツエイ様は少々恐いのは解るけど。覚悟決めなさいよ」

 ハマは呆れつつ呟くが、くぐもった声で直後に布団の中から『自分の師じゃないから簡単に言えるんですよっ』と返される。

 「シドリちゃ~ん。お姉さんが抱きしめて上げるから可愛い顔を上げて~?『お呼びじゃないです』……ありゃりゃ」

 次に、キマユが説得しようとするが、にべもなく切り捨てられた。傷ついた様子もなく肩を竦める。

 アンナは、暫くシドリの好きにさせてたが、一分も経過した後に彼女へと言う。

 「ねぇ、シドリ。逃げてばっかじゃ駄目だよ。……シドリはリーダーの事が好きだって言うの嘘?」

 「っ何言ってるんですが! 私がアンナ姉様の兄たる旦那様を想ってるのは真実ですっ」

 打てば響くと言うように、シドリは彼女の兄の話題となると過敏に反応しつつ布団から顔を覗かせてアンナへと強く返す。

 それに、我が意を得たりと言う顔を隠しつつアンナはすかさず言った。

 「ならさ、タセツエイ様って言うシドリの師父と闘うのと、兄貴に一生会えなくなるかって選択になったら?」

 その問いを受けて、布団の影に身を置いたシドリの顔の顔に顰め面と同時に何かが過ぎった光が瞳へと浮かんだ。

 「……既に、自分でどうすれば良いか気づいてるんじゃない?」

 「……ふう。お姉様には適わないですね」

 暫しの沈黙の後に、シドリは布団から抜け出し全身を露わにした。

 その顔には、一刻前の弱々しさは無く戦場へと立つ戦士に似た決意を秘めたる想いが顔に出ている。

 「えぇ、解っています! このままズルズルとお師匠様の強制で何処の馬の骨とも知れぬ男と結婚するならば
 旦那様と共に師匠へと立ち向かって玉砕する方が数百倍マシと言うものです!! お姉様のお陰で決意は固まりました!!」

 「ぎょ、玉砕するんだ」

 言葉の強さに比べ内容は後退的。だが、アンナの叱咤激励を受けたシドリは部屋を抜けつつ彼女達へと言い切った。

 「明日、明日お師匠様と決着を付けます!! それまでっ!! お姉様方は師匠の相手をお任せします!! それではっ!!」

 そう言って、闊歩しつつシドリは彼女等の部屋を出るのだった。

 『……はいっ!!?』

 ……数分、シドリの残した言葉の大変さを理解した女性陣達の反応を置き去りに。








 
 ……。







 「……まったく、お前は来る度に何かと小童等へと影響を与えるのぉ」

 「私等の頃は、もっと師父達に苛められて育ったもんだよ。私のなんぞ可愛いもんさねフウゲン」

 夜間、タセツエイはフウゲンの元へと趣いていた。若干、機嫌が悪いのを隠そうともせず湯呑の茶の温度を気にせず啜っている。

 「苛立ってるのぉ。お前がそんなんだから弟子とて遁走するんじゃよ」

 「ふんっ! 折角私が遠路遥遥、婿っ子の世話をしにきたと言うのに親不幸な娘ってもんだ!!」

 「だからって、憂さ晴らしに他の子等を投げ飛ばすのは、如何なもんじゃて……」

 フウゲンの言葉通り、タセツエイは日中自分の弟子が逃げた事を知ると荒れに荒れた。

 行き先を知る為に、馴染みのある人物達には肉体言語で話しつつ、そして何かしら間違ってる部分あれば注意して回る。

 機嫌の悪さも併合して、タセツエイに鳥影山で修行してた大半の者達は今日投げ飛ばされたと言う訳だ。

 「構わん、どっちにしろ私の扱きに耐えれないようじゃ鳥影山に居る資格もねぇんだ。あんの馬鹿娘め、折角私が大量に用意したのにねぇ」

 そう、老婆の脇に置かれてるのは人の背丈程の見合い写真、写真、写真……の山。何時ぞやのシュウの時と同じ程だ。

 「……一体、どんな相手なんじゃ?」

 フウゲンは、自分の弟子でなくも何百もありそうな写真の相手をされる彼女の弟子を微妙に憐れと思いつつ写真を勝手に拝借して見る。

 「……全部、拳法家か」
 
 予想通りだが、その殆どが拳法を嗜んでいると思われる無骨な顔ぶれと、そして顔に見合った拳法の経歴が載っている。

 その中には、泰山流たるガロウ・ギュンターやらの拳法家。

 何処かの村で今日も懸命に農耕と拳法を頑張っている華山流の彼等の親分やらとバルダ。

 南斗拳士達も無論入ってる。だが、大量の写真を呆れ眼で流し見ていたフウゲンは突如、ある写真を見て呟いた。

 「むっ……若しや、コレは『追放者』の事か?」

 一つの写真。それに皺の刻まれた手で指しフウゲンは写真からタセツエイへと視線を移す。

 「あぁ、そうさねぇ。何か文句でもあんのかい」

 タセツエイは、微妙に強い視線をフウゲンの皺の濃い顔へと突き刺す。

 『追放者』……何やら不穏な言葉が発せられたが、フウゲンはそれ以上核心的な事は言わず暫し黙り込んでから口を開く。

 「……いや。別に構わんさ、お前も余計な波乱を産み出す真似は無いのだろ?」

 「私はそこまで落ちぶれちゃいないよ。『追放者』等とて、今の時期に下手な動きはせんだろうし
 私の弟子と契り交わしたところで下手な動き見せるようなら、そこまでの奴等って事だろ。逆に手間が省けるわい」

 「まぁ、そうかも知れんがなぁ……」

 そこで、どちらも重たい話は打ち切りにし、フウゲンは控えさせていた酒を出し盃へと注ぎ始めた。

 タセツエイは、自分に注がれた盃を一気に流し込む。舌全体で酒を味わいながら、ほぉと老婆は息をついた。

 「ふう、五臓六腑に染み渡るわ。……然し、最近じゃあ聞いたぞ? 鳳凰拳の申し子の事をのぉ」

 そう、タセツエイは光を帯びてフウゲンに問いかける。

 「国相手に何やら動いてるらしいじゃないかい。フウゲン、あんたはソレにどう思う」

 タセツエイが聞いた話。

 鳳凰拳の伝承者であったオウガイの逝去。そして即日に鳳凰拳の伝承者となったサウザー。

 現在、彼は国相手に色々と国家治安と南斗全体の関係について話し合いを進めていると聞いている。

 親友にも詳しく話さず、彼自身の考えと優秀なる側近達と組みつつ、彼は国相手へと現在水面下に戦い合っているのだ。

 「儂か? そうだな……オウガイが死すり、少々不安有ったが遠目で見る限り問題ない」

 本心から、フウゲンは笑顔を浮かべて言い切る。

 「南斗の武将たる鳳凰拳の子は大丈夫じゃタセツエイ。オウガイは、死して子に真理を託せたと儂は思っちょる」

 それを聞き、タセツエイは生真面目に頷き更に酒を注ぎ飲んで唸った。

 「ふむ、ならば安泰かねぇ。……いや、オウガイが逝ったと聞いた時は波乱起こるかと憂いてた……が」

 空に浮かぶ月を見つつ、タセツエイは言葉を続ける。

 「どうやら、杞憂で終わりそうだわい。……私はねぇ、安心しとるんだよフウゲン。幾ら虚勢を張ったところで
 私も長くは無い。数年前に、シドリが私に頼み込んだ時、どうせ又外れだろうと期待もしてなかった」

 目を閉じ、感慨深く老婆は回想に耽ける。

 ……春先、そんな頃に自分は町を渡り抜き優秀なる素質ある子を求めて練り歩いていた。

 殆ど強盗まがいな調子で道場やら普通の家の子等に面会し、そして少々試しで全て外れ。

 何時も何時も常に自分の期待の子は居なかった。だが、諦める事は何よりの敗北であると知るからこそ続けていた。

 そんな折だ……子綺麗な服装。拳法のケの字も知らなさそうな娘が自分が尋ねる前に言った言葉……今でも覚えてる。

 『御婆さん拳法家なんですって!? お願いします!! 私を弟子にして下さい!! 強くなって会いたい人が居るんです!』

 最初、何を考えてるんだ、この娘はと。若干、可哀想な者を見る目つきをしていたと思う。

 だが、どれ程に手酷く追い払っても執拗についてくる。そして、私の後をアヒルの子のように付いてきていた。

 「……えい、タセツエイ」

 「んっ……? あぁ、何だい」

 「ぼうっとしてたからな。……そういや聞きたかったのだが、お前さんの見立てで、その弟子は才有ったのか?」

 お前の口から、今の娘を見て聞きたいのぉ。とフウゲンは尋ねる。

 数回、鳥影山で若さ一杯に修行してる鴛鴦拳の子を見た事はある。

 年上の拳法家だろうと怯みもせず対峙する。昔のタセツエイを見てるようだと思いつつ観察してたものだった。

 だが、フウゲンの予想を裏切りタセツエイの返答はあっけらかんとしていた。

 「あんっ? 最初は全くもってどうしようもない娘だったよ」

 「そうなのか? 信じられんのう……」

 「あんたが信じようが信じまいが真実だよ。全くもって出来損ないだった、私がちょいと扱いただけで立場も解らず
 平気で『鬼』『悪魔』と言うんだからね。自分自身の忍耐と我慢強さに今思えば尊敬するよ」

 似た言葉を弟子が発してたとも知らず、タセツエイは酒の半分を空にして、そこでポツリと呟く。

 「だがね……私が、あの娘を本気で弟子にしたのは才以前に……あの子の必死さだったんだろうねぇ」

 「必死さ……かい」

 フウゲンの言葉に頷きつつ、タセツエイは月へと顔を向けつつ物思いに耽った顔をして言った。

 「あぁ……一度出会い救った者に会いたい。そんな出来もしない事を実現したいって言う馬鹿さ加減の必死さにね」

 そう、僅かに苦さを伴った笑い声がフウゲンと酒を酌み交わす場所に静かに溶ける。
 タセツエイの顔には、昔を憧憬するような思い起こすような老齢にしか無い威厳を滲ませた不思議な穏やかさが醸し出されていた。

 「だからかねぇ……あの娘が羨ましくもあるし、それでいて放っておけないんだよ。まっ、そのお陰で伝承者候補にまで化けたがね」

 人生、何が起こるか解らないもんだよとタセツエイは豪快に笑う。

 一頻り、自分の感情を発散させてから、最後に鴛鴦拳の現伝承者は穏やかに締めるのだった。

 「……これで、最後にアノ娘が私に目を適ってくれる者を娶ってくれれば、私も思い残すはないさね」

 「お前さんの目に適うとなると、余程の事でないと無理だと思うんじゃがな……」

 タセツエイの性格を知り抜いてるフウゲンは、ヒクヒクと口を引きつらせつつも穏便に返すに止まった。

 「そういや、お前さんの所にも結構良い子が居たね。どうじゃい?」

 「お断りじゃ」

 南斗を支えてきた先功者達の語り合いは、夜通し続く。
 
 そして、彼女の弟子や、夜空に輝く星の宿命を担う者達の物語も連ねて。

 ……朝は、やって来た。





 ・




       
       ・


   ・



     ・



 ・




    ・



         ・


 ……朝方、鳥影山の広場の中心で堂々とした様子で仁王立ちする老婆。

 その顔には、老齢を感じさせぬ気炎を伴った顔立ちで向かい合う人物達を鋭い視線で睨んでいる。

 〈……リーダー、南無)

 其の視線の先には、あろう事か顔を少々青ざめながらも立っているリーダーと、そして死地に立つ戦士の顔つきしたシドリ。

 何の準備もせずタセツエイの場所へと戻ってきた彼と彼女に、ジャギは失礼を承知で心の中で合掌して見守っていた。

 「……成程、ねぇ」

 ジロジロと、タセツエイは二人を交互に見遣り。勢い良く鼻を鳴らしつつ口を開く。

 「ソレが、見合いを断るお前の惚れた者かい。……でっ? あんたは死ぬ為にノコノコ此処へ来たのかい?」

 「お、お師匠様言っときますが『おめぇは黙っちょれ!!!』……っ」

 シドリが言い訳しようとするのを間髪入れずに一喝してタセツエイは黙らせる。

 リーダーは連れ合う彼女から事情は聞いてるのだろう。殺気を放たれつつ汗をかきつつも、彼は逃げ出す素振りは見せない。

 リーゼントを撫でつつ、深呼吸を一回すると彼は前へと一歩足を踏み出していた。

 「……あぁ~、事情は大体、こいつから聞いてます」

 リーダーは、シドリの頭に手を乗せつつ敬語を極力使おうと意識しつつタセツエイへ向かって口を開く。

 ハラハラと、下手な事を言うなよと。他の者達に見守られながらリーダーは話し始める。

 「俺は、その……しがない町の警備団の指揮をさせて貰ってるだけの全くもって大した事のない男です」

 「見りゃ、そん位の事は解るがね」

 容赦ない言葉をタセツエイは浴びせる。だが、何時もなら喧嘩っ早いであろう彼は、顔色一つ変えずに続ける。

 「……俺には、妹が居ます。そいつも、こいつの事を気に入ってで、そして周りの奴等も。だから、貴方の気持ちも解るが……」

 「まどろっこしいねぇ……! 私がそんな事をわざわざ聞きたくて待ってると思ってんのかいっ!?」

 ガゴンッ!! と一つの大岩が老婆の細い手が叩きつけられた瞬間に粉砕されていた。

 パラパラと粉塵が周囲に降り注ぐ中で現代の鴛鴦拳の戦士は言葉の嵐を降り注いでいく。

 周囲の者が鳥肌を浮かべる程の殺気を、リーダー目掛けて吹き放ちながらだ。

 「お前さんが私の弟子が好きか! あんたの気持ちがどうだかって聞いてんだよ!? 軽い気持ちや建前なんぞで
 私の弟子を弄んでるって言うなら今すぐに帰りな!! 私の拳で叩き潰されたいって言うんなら別さがねぇ!!」

 「!! お師匠様、幾らお師匠様とて旦那様を『良いんだ、シドリ……』っ……」

 リーダーは……普通の拳法家でも怯む程の殺気を浴びせられてるに関わらず。驚く事に彼は微笑んでいた。

 「……親にも、妹が居る。今まで、両親が死んでからずっと親代わりで育ててきた……だから、嫌に解るんだよなぁ」

 穏やかに、シドリの頭を撫でつつ苦笑いで。

 「……その、最初は疎ましいって思ってで。どう扱って良いか解らなくて、今でも正直こいつの想いや期待に応えられないと思う」

 その発言に、タセツエイは一歩足が踏み出された。そして獣が飛びかかるような雰囲気に周囲の傍観者達は顔を青褪める。

 「……けど」

 だが、続けられた言葉にタセツエイは足を止めた。

 「けど、俺は……こいつが俺の事を好きでいてくれるなら……その想いを汲めるようになるまで傍に居続けたい」

 「今は無理だけど、こいつの想いに応えられるように……こんな回答じゃ駄目かなぁ? シドリのお師匠さん」

 ……一瞬、どうなるかと沈黙だけが辺りを支配していた。

 然しながら、次の瞬間老婆の身体全体から殺気が収束し、そして……。

 ―――――ふぅ……。

 「……そうかい。まっ、満点にゃ程遠いが……だが至急点はくれてやれるかい」

 「えっ……それじゃあお師匠様……!」

 殺気を収め、そして首を鳴らし荷物を背負うタセツエイに喜色の声をシドリは上げた。

 「あぁ、見合いは止めてやるよ。……だけどねシドリ、奥義の伝授も数年以内にはするんだ。ちゃんと顔は見せにくるんだよ!」

 「……っ! はいっ! 有難うございます師匠!!」

 そう、タセツエイは最後に鳥影山を出て行った。

 結局の所、シドリが元気かどうかを見に来るのが目的だったのかも知れぬし、南斗の近況を知る為に来たのが本来の理由かも。

 だが、真相は謎のまま。鴛鴦拳の現伝承者は弟子の一途さを容認しつつ、その翼を大きく広げ凱旋するのだった。








 「やれやれ、嵐のような婆さんだったな。しっかしリーダーやるじゃん! あの婆さん相手に一度も怯みもしな……リー、ダ?」

 タセツエイが立ち去った後、労いの声を掛けようと歓喜して微動だにせず突っ立ているリーダーに労おうとジャギは近づき。

 そして、彼が目を見開いたまま呼吸もなく意識が停止してる事を気付いた。

 「……っておい! リーダー立ったまま気絶してるぞっ!?」

 「おい水だ! 誰が水をぶっかけるんだ!」

 「くそっ! 駄目だ現在持ってる飲み物っつったらコーン茶とフルーツ緑茶とブルーベリーカフェオレしかねぇ!」

 「何なの、そのチョイス!?」

 セグロ達は騒ぎ立て、そしてアンナは呆れつつ水を持ってこようと場を去り。

 「っだ、大丈夫ですか旦那様! そっ、そうだ今こそマウストゥマウス~!!」

 「止めんか馬鹿たれ!!」

 そして、また更に暴走しそうなシドリをハマ達一行が力ずくで止める事態が発生するのだった。

 

 老いても尚、力強い翔きを伴い鴛鴦は去る。


 ……残された者たちに、ある程度の慌ただしさを残してだ。










              後書き





 そろそろ本格的に南斗六聖やら他の主力メンバー活躍せんとなぁと考えてる次第。


 仕事が立て込んでるんで土日しか更新出来ない。だが長期休暇が出来たその時、私はきっとクビになったと思って下さい。



 ……社会人って辛いわ(沙*・ω・)






[29120] 閑話休題『彼らの日常茶飯事と 来訪されし者の影』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/06/28 18:01














 




 



 

 朝がやって来る。常に変わり映えの無い朝が。

 目覚めれば馴染みのある天井。そして僅かにカーテンの隙間から差す陽射しが目の端で小さな自己出張をする。

 その目覚めと共に、最初に紹介するのは……。






 『将星』


 彼の起床時間は早い。目覚ましや鶏の声も必要なく彼は昔からの師との習性を忘れぬ故に六時前には起床していた。

 歯を磨き、顔を洗い。そして自分で作った飯を口にする。……彼が師と死別してからの日課。

 これが本来の流れならば、彼が顔を洗い鏡を見る際には途方もなく悲哀を帯びた顔つきが映し出されていただろう。

 だが今の彼には悲愴や、それに類する感情は見えない。何故ならば、この世界の彼は師と別離したものの
 それは永久的な物では無いからだ。彼は、悲劇的に師と別離を体験した訳でなく、何時でも邂逅出来る事を知ってる。

 「……ふむ、今日の仕事は五つ程か? まぁ、何時も通りだな」

 新聞と、書類に目を通しつつ椅子に座る。その時、一つの気配と共にガチャりと静かに机に湯気を出す黒い液体が置かれた。

 「どうぞ、コーヒーです」

 「あぁ、済まん」

 読み物から顔を上げれば、其処に立っていたのは均衡なる顔立ちをした人形めいた顔立ちの女性。

 その正体は渡鴉拳と言われる南斗の鳳凰拳に代々付き従っている者。サウザーは以前は疎ましいと思ってたが
 一人の旧友であり恩人の介入により今では居ても気にしない程度の間柄に陥っている。頼もしい仲間の一人と。

 苦味のある液体を喉に嚥下しつつ、サウザーは彼女へと聞く。

 「今日の予定は?」

 「本日は大臣との会談、及び南斗108派の方針に関する会議。続いて公共福祉に関わる南斗関係者等との……」

 「解った。それだけで十分だ」

 今日も余り休めそうにないなと、呆れ顔でサウザーは首を振る。

 鳳凰拳の伝承者となって何時もの調子。南斗拳士及び、それに関わる者達の相談と、そして国との会談。

 〈お師さんは、毎日これらの激務を処理してたのだな……本当に頭が下がる)

 「手始めに、これらの書類の処理をお願いします」

 手始め、と言う言葉の割にはかなりの量の用紙の束。彼は溜息もそこそこに書類を判断して判を押しつつ口を開く。

 「あぁ、そう言えば他の奴等はどうしてる?」

 「正確に誰の事でしょう」

 「解ってるだろ? 未来の『六聖』になるだろう奴等と……そして俺の親友だ」

 他の奴等……サウザーの知る大事な友人、そして『六聖』に関して。

 それに、南斗の深い部分の一端を把握しているであろう目の前の女性は表情変わる事なく返答した。

 「そうですね。では『義星』を宿すレイ。そして『殉星』のシン。この二人からで宜しいですか?」

 確認をとり、サウザーが頷くのを見て彼女は報告する。

 「現在、『義星』の方については現水鳥拳の伝承者であるロフウ氏の修行。そして『殉星』の方も同様にフウゲン氏
 によって修行を続けているとの事です。他の南斗拳士の方々も同様に、自身の伝承する拳法の為に修行中らしいです」

 「成程、頑張ってるようだな……」

 目を閉じれば、今日も同じくシンにレイ。そしてセグロ達が少々巫山戯る事あるも明るさを損なわず修行してる様子が容易に浮かぶ。

 己もまた、更なる努力が必要だと。

 「あぁ、そう言えばシュウの奴には休暇を寄越してやれよ。子も産まれた事だし、今はあいつにとって
 母子ともに構ってやりたい時期だろうからな。あいつの居ない間は、別の奴が仕事をしてやれば良い」

 「畏まりました。仰せの通りに」

 サウザーの言葉に、秘書は顔を微かに縦に振って同意を示した。

 『仁星』シュウ。旅行が終わり、新緑が茂る頃に目出度く彼は結婚の式を執り行い、そして数ヶ月して子が産まれた。

 つまり、婚姻する前から子が出来てたのだ。あいつも隅に置けぬと、サウザーは笑みを心の中で隠しつつ思う。

 その子供が産まれた時や、式の時も少々騒がしい事が起きたが、それ程に酷い事でも無かったので今は置いておく。

 式で祝詞をした時の感激してたシュウの顔を思い出すと、自分が王である事の使命の重大さを改めて感じる。

 アレ等の平和を守る為にも、自分は身を粉にして頑張らねばとサウザーは気合を入れ直すのだった。

 そう気持ちを張り直す際に、気にかかっていた部分が秘書である彼女の口から開示された。

 「現在、紅鶴拳の方は自身の会社の向上に腐心していると聞いてます。何でも他の目に付く企業全体に手を出してるとか。
 有名企業の北大路会社とも手を組んだと聞いてます。噂だと、全国に支社を築き
地域一つには設置するらしいです」

 「……それで?」

 「目下、危なげなく全ての事業は順調に進んでるとの事です。数年後には南斗全体の利益を上回る会社となりそうですね」

 そう伝える渡鴉拳の秘書の言葉にサウザーは少しだけ頭痛が起こされ目頭を押さえる。

 一応、影で己が師と別離するのを防いでくれた恩がある事も知ってる。だが、彼に関しては行動と思惑が読めない。

 「あいつは、何をやろうとしてるのだろうな……」

 『将星』を司る己でも、『妖星』の友人の行動の動きは読めぬ。最近になって益々その部分が目立ち始めていた。

 「個人的な意見ですが、余り紅鶴拳の方の行動には賛同しかねます。どうも裏では暴力団組合とも繋がってると聞きますし」

 「……成程、貴重な情報だな」

 本当に、何を仕出かそうと言うのだろうか?

 友人達の中で、一番心配の種と言えば『妖星』の彼だ。彼は、最も彼等の中で我欲と渇望を求めているように見えるから。

 「注意するべきだろうな。……他に、何か最近気になる事がお前から何かあるか?」

 国との交流に関しても未だ序盤。懸念すべき部分があるが、国交に関しては己で対処は出来るだろう。

 それ以外で注意すべき事か無いか尋ねると、彼女はサウザーへと珍しく歯切れの悪い調子で返した。

 「……お耳にするべきか悩むのですが、現在私を育てた機関で最近何か動きあるらしいと」

 「何?」

 眉を上げるサウザー。彼女、渡鴉拳を育てた者達……即ち、南斗の暗部。

 「何があったと言うのだ?」

 「詳しい事は未だ不明です。勘違いかも知れませんし……ですが、私も知らぬ方で騒がしい事が起きてるそうで」

 現在、『ムギン』が暗部に戻り詳しい事を知ろうとしてるらしいですが……。そう答える彼女に、サウザーは顎をしゃくった。

 (……暗部に動き、か。そう言えば、最近になって俺が忙しく活動してるのも原因の一部かも知れぬ。だが、干渉を『ムギン』を
 除きめっきり無くなった。……俺に知られぬように何かを画策してるのか? それとも別件か?)

 憶測が浮かび、そして消える。だが、想定した所で行動に移すには至らない。

 (確たる証拠ない内に動くのは早計だな。……今は未だ何事も起きないとは思うが、注意はしておこう……)

 「ふむ……お前達から他の南斗拳士にも一応それとなく忠告はしておいてくれ。そうだな……南斗飛燕拳のハッカとリロン
 の方に伝えておけば大丈夫だろう。それと、良い機会だし南斗108派伝承者達には暇あれば会談する機会を設けよう」

 俺の代で、しっかりと他の者達との関係を磐石たるものにしたいからな。と提案するサウザー。

 その顔つきは只の青年でなく一介の国を背負う指導者としての顔つきだ。

 「宜しいのですか? 現在も多忙ですし休日も減るかと思いますが」

 無表情ながらも、目の節に心配気な色が見える彼女は既に以前の機械的な感じは薄らいでいる良い兆候だろう。

 サウザーは、邪気無い笑いと共に言い切る。

 「構わん、俺は王として出来る事は全て挑戦するだけだ。友の為、師の為にも王として出来る事を……な」

 「……解りました。全て、王の御心の侭に……」

 深い一礼を秘書の渡鴉拳の者がすると共に、室内には静かに紙を捲る音だけが響き渡る。

 窓辺から差す陽射しは、柔らかな暖かさを伴っていた。



 

 ・




       ・


   ・


   
     ・


 ・



    ・



       ・



 『妖星』



 南斗の王の居る場所と反して、けたたましく鳴り響く電話の音と忙しく走る足音が都心にあるビルから響いていた。

 『東西銀行と交わしていた契約が取れた! 急いで彼方の方へ行くんだ! モタモタするなどうなっても知らんぞー!!』

 『はいっ! こちらUD会社××係……はい、申し訳ございません! 現在××は小用で抜けており改めてこちらから連絡……』

 『末野松不動産に関する件? ……馬鹿! それは社長自ら昨日に無しにしただろうが! それより読売新聞の……』

 ちょっとした戦場の前線の如くスーツ姿の男達が汗をハンケチで拭きつつ電話の対応、そして取引先へと走っていく。

 何処にでもある大手会社の一つ、だが其の会社の社長は普通のキャリアと違う異質の人物が経営する会社である。

 其の最上階の一室では、上質な安楽椅子に凭れつつ書類を手にしている人物が居た。

 紅色の少々パーマーをかけたような長髪、そして女性的な化粧をした顔の青年。

 奇抜なセンスが目立つ人物、彼こそユダ。現状で都道府県の五分の一程に会社を立てかけている人物である。

 「ユダ様、北大路社からお電話です」

 「あぁ」

 隣に居る秘書と思しき格好の人物が電話を渡す。ユダは、極力その人物の顔を見ようとしないよう意識して受話器を取る。

 社交辞令と共に、一人の男性であろう声がユダの耳元へと流れてきた。

 『……こちら、北大路の××と申します。先日は有難うございました』

 低くゆったりとした声、人と会話するに長けているであろう声が聞こえてくる。

 ユダは、その声に何か思うでもなく本題とばかりに間髪入れずに相手に対し話を向けた。

 「構わん。それよりも、予定している計画の方だが協力はしてくれるのか?」

 ユダの言葉に、電話から聞こえてくる声は少しだけ間を明けてから返答が受話器へと上げられた。

 『……当社としても、その事業に関して協力するのは問題有りません。ですが、一つお聞きして宜しいですか?
 貴社の行なっている内容と照らし合わせると、その計画を進める意図が少々解りかねぬのですが……』

 どうやら、ユダは何やら画策してるらしく。その事に北大路はどうやら協力するらしいがユダの行動に疑問が有るらしい。

 「問題ないなら別に構わんだろう。誰に何か迷惑かける事でも無いのだからな」

 『それは、勿論です。……ですが、貴社がする必要が有るのですか? コレ等は国土交通省に任せれば……』

 相手は、ユダが成そうとしている事に正当性が掴めず何やら忠告しようとする。だが、ユダは聞く耳を持たなかった。

 「良いんだ。これに関しては以前から決めてたのでな。それに行政に任せても、彼方は何かと言い訳して
 開始するのが遅い。此方の会社が市民に有情なる理解があると、この事業で知れれば俺としても幸いなのだよ」

 『……いやはや、貴方は若くして恐ろしい程に卓越してますな。頭が下がる……こちらとしても、北大路始まって以来
 久々に遣り甲斐のある仕事が出来ます。貴社に恥じぬように計画には尽力して務める所存です……あっ、それと』

 「んっ、未だ何か……?」

 どうやら好感触。蒼天の拳から北斗の拳の平和な時代まで続きし伝統ある会社がユダの会社と手が繋がった事が知れた。
 
 ユダは、心の中で笑みを浮かべる矢先、次に何やら訪ねてこようとする電話の主に再度身を引き締めて言葉に構える。

 『そちらに、以前は当社に大きな貢献してくれた社員が居たと思いますが。宜しければ再度こちらに貸して頂く事は……』

 「本人に決めてくれっ」

 ……最後に、雰囲気を崩しかけたやり取りを終えた後に細い吐息と共にユダは受話器を置いて隣に佇む人物を見る。

 「これで、一先ず第一段階は終了したな。……そちらの方はどうなっている?」

 隣に居る人物……コケシのような顔をした男か女か知れぬ顔立ちの女性物のスーツを着てる人物は期待通りの返答をする。

 「上手くいっています。ユダ様のおっしゃった通り、末野末不動産の社長は凡そ数百の銃器類を所有してましたね」

 「それで? 『偶然』発見した後にどうしたんだ」

 「はい。危ないので『注意』してから『預けさして』貰いました」

 「有無、それで良い」

 ……会話の内容から、ユダは暴力団組合から武器を『平和的』に強奪したのが理解出来る……とても悪どいやり方で。

 「最近の不動産と言うのは殆ど危険な方達と結んでいるようですね。摘発した会社の社長と付き合ってた方達も
 裏は真っ黒でした。そう言えば、調べてた際に中坊 林太郎とか言う人と遭遇したので予想外に早く済みましたよ。
 公権力横領捜査官とか言う役職の方らしいですが、我々の情報は漏洩されてないのでご心配には及びません」

 「……衝突したのか?」

 「若干、抗争相手と誤認したらしく傘やら何やらで一時交戦しました。ですが、直ぐに敵でないと知って協力してくれました」

 『公権力横領捜査官中坊林太郎』の名前が浮かぶ。ユダは、一瞬だけ呆れた顔を浮かべたものの、其の彼女? の
 破天荒な日常に深く関わっている身ゆえにか、何も言わず黙って書類の一枚に判を押す事だけに止まった。

 秘書と話を進め、更に野望に一歩近づいたと悪い笑みと共にユダはブスを一瞥する。

 何を考えてるか不明な無表情。未だパートナーとなり日は浅いが中々使える事は証明されてる。

 顔を一瞥してから、その横に包み紙があるのを捉えた。ユダが聞くと、ブスは包み紙を広げて中身を見せた。

 「これは……」

 中身を視認して、ユダは珍しく少々の驚きを伴わせ、ソレを掴み上げる。

 それは、一丁の拳銃。だが下手なショットガン程の大きさのある拳銃がユダの手に収められる。

 手に伝わる重力感から、ユダは大型の獰猛な獣も一発で殺せるだろうが、反動で自分の腕にも支障が出来るだろうと感じた。

 (あいつが好きそうな武器だ……。最も、だからと言って奴を喜ばせる為に贈るなど俺からすれば有り得んがな)

 このような銃器を好みそうな人間を思い出し、そして瞬時に頭から追い出す。

 「何処で手に入れた?」

 「今は表面上は抗争、噂では一人の男によって壊滅した『大麒麟会』の生き残りが複製した銃らしいです」

 名前は『九頭龍(ヒュドラ)』……とか。と、ブスの言葉に耳を傾けつつユダは銃を軽く手で弄んでから結論付ける。

 「……不要だな。俺には拳あるし、何よりこの銃を一発撃った瞬間に俺の手が傷つく」

 過ぎたる武器は、己の肉体に支障を起こしては元も子も無い。その言葉に臆面もなく秘書は一言だけ感想を述べた。

 「でしょうね」

 「……お前、いい加減自殺願望でもあるのか?」

 平然と、未来の紅鶴拳伝承者を苛立たせる言葉を被せる平面上しれっとした顔つきの秘書にユダは青筋を浮かべる。

 「落ち着いて下さい。ユダ様が其の銃を自由に使えるようになった時、ユダ様は地上で最も強くなったと言う証ですよ」

 「ふんっ、柄でも無い事を言いおって。……まっ、貴様の戯言には付き合ってやろう」

 銃を机の中に仕舞い、彼は意識を切り替えて自分の会社の業績を確認する。そして、それが上々であると満足そうに言うのだった。

 「この調子ならば、数年後には更に俺の会社も飛躍的に成長するだろう。ブス、慢心せず、このまま高みへ目指すぞ。
 俺の知略と、お前の手腕があれば可能だ。最も、お前は出来れば取引先との時に顔の面さえ良ければ完璧なんだけどな」

 「はい、解っております。ですが、ユダ様程に顔の面は厚くは御座いませんのでご心配には及ぶません」

 『……』

 ……数分してから、そのビルの最上階から『血粧羅残掌』と言う声や銃声と共に粉砕音が響き渡る。

 以前は、その音に何事かと動きを止めていた社員達も今では(あぁ、またか)としか思わなくなったのは
 有る意味不気味な事だったと記しておく。……今日も、ユダの日常は平和であり混沌であった。



 
 ・





           ・


    ・




        ・




   ・




         ・





                ・





 『殉星』



 「はあああああああぁぁ!!」

 鋭い裂帛の篭った声と同時に、空気を切り裂く音を篭手にして手刀が伸びる。

 大樹すら切断する威力のソレを放つは金色の青年。それを悠々と掻い潜るのは皺だらけの老人。

 「ほれ、どうしたシン。そのような体たらくじゃ百年経っても儂の体には触れられぬぞ」

 「っ……シュアッアアァァ!!」

 老人の揶揄を込めた言葉に、金髪の青い瞳の青年は更に盛んに手刀を見舞い老人に一撃を見舞をうと躍起になる。

 「フォッ、フォッ。心地よい風じゃわい……だが、涼むのは飽きたわ」

 華麗に最小限な動きだけで青年の腕を掻い潜り、老人は軽やかに青年の水月へと肘打ちを食らわす。

 動きを止め、そして小さな呻きに似た音と共に体を崩す青年。そこで彼等の闘いは終了だと気配が告げた。

 咽せたような顔つきで腹部を押さえて青年は口を開く。

 「てっ、手合わせ有難うございました。フウゲン様」

 その言葉から解る事。

 老人の名は現代孤鷲拳伝承者フウゲン。

 そして水月を打たれ苦しげな顔を浮かべたのは弟子たるシンである。

 「うぬ……シン、動きは良かったぞい。一撃も見舞えなかった事に落胆するでない、単純にこれは経験の差じゃからのぉ」

 「そう言われると、余計に凹むんですがね……」

 今の組み手で圧倒的な差が自分の未熟でなく単なる経験の差と言われて苦笑いを浮かべるシン。

 (まったく、我が師ながら化け物だな。……更に自分の技法を工夫するべきだえろう。次の日にでもダンゼン様の技でも
 盗み覚えて見ようか? 千手斬とか言う技、俺の実力でも模倣出来そうだったしな。近々やってみよう)

 師に、友人と肩を並べるようにと胸中に可愛い下心を芽生えるシン。

 その弟子へと気づいてか、又は別の思惑か知らぬが温和な笑みを浮かべつつフウゲンは慰めるでもなく世間話を向ける。

 「なに、直ぐにお前も追いつくで。それより、またお前さんに恋文が何通も来ておったぞ」

 「……又ですか」

 フウゲンが懐から取り出すのはハートマークが記された手紙。それに苦笑いから引き攣り笑いへとシンは変わる。

 「そんな顔を浮かべるもんじゃないぞ。胸張って喜ぶべきだろうが」

 「困るんですよ。このような形で気持ちを伝えられても、どう返せば良いのか解り兼ねて……」

 「鶺鴒拳の小童が聞いたら暴れ出しそうな科白じゃのお」

 「いえ、一度既に暴れましたよ。鎮めるのに梃子摺りました」

 仰ぐシンは、渡された手紙を見つめて金色の艶のある髪を掻く。

 恋愛事には余りに不得手。拳以外に興味を惹く事と言えばユリアがそうだが、それもケンシロウと言う恋敵が
 あるゆえに思うように進展もしていない。無論、今でも自分は彼女への気持ちに偽りなど無いと断言してるが……。

 「……」

 一つの手紙と違う大き目の包みに目を留める。その住所を見て、彼は不審に思うでもなく包みを開いた。

 その中に入ってたのは何の変哲もないタオルだった。そして、簡潔に纏められた一文がカードに記されてる。

 『何時も応援してます』

 「……ふう」

 ユリアへの想いが届くのは難しい。ジャギに背中押されたものの、未だに恋が実るであろう希望が見えない。

 誰が書いたのか薄らと解る人物のタオルで顔の汗を拭いながら、彼は自分の気持ちが曖昧になりそうな恐怖を感じていた。

 (俺は、ユリアに惹かれていた……今も、その筈だよな……)

 「どうしたシン? もう終わる気か」

 「っい、いえ師父。未だお願い致します!」

 組み手は再会される。自分の中の雑念を消そうと集中を更に高めて師父との修行に身を費やすのだった。
 



  ・




        ・


    ・



       ・


 
  ・



     
     ・




          ・



 『義星』

 
 「……」

 黒髪の長い荒々しさを纏った髪。そして鋭利な雰囲気を放ちながら目を閉じて合掌し湖畔で青年は片足で立ちつつ瞑想してる。

 涼しく、それでいて少々の強さを伴った風は彼の髪を揺らしては元の位置へと戻す。

 ……ヒュッ!!

 「っ! ふっ!!」

 突如、背中に向かって拳大の石が投擲された。

 青年にぶつかるかと思った石。だが青年はカッと目を見開き鋭い呼気と共に空中へと逃れ宙返りと共に地上へと舞い降りる。

 「ふむっ、どうやら進歩はしてるな……」

 草葉の影から、今投げたと同じ大きさの石を掌で弄びつつ厳つい雰囲気の人物が姿を出す。

 「師父の気配は攻撃的ですから、タイミングを図るのは意外と簡単ですよ」

 「言うよるわな、レイ。……ふむ、ならばこれからは、もう少し気配を消す事にしよう」

 険しい顔つきは、歴戦の武者である事を暗に語りかけている。其の者は剛拳を最強と信じるロフウ、水鳥拳現伝承者。

 今日はレイとのマンツーマンの特訓。彼は概ねレイの成長を確かめると喜ぶでもなく弟子の伸びた部分を確認して頷く。

 レイの師への評価は、実力は認めるものの人間的な部分では余り馴染めてるかと言うと正直微妙だ。
 プライベートにまで踏み入れようと思うほど、ロフウはお世辞にも人間味の有る人物では無いのだから。

 「……こんなところか、とりあえず今日の修行は終わりだ。また何かあれば住処に来い」

 無意識なのか冷たい声と共にロフウは背を向ける。何時もならレイは黙って見送るが、今日は別の行動を取った。

 「師父、貴方は拳について考えた事がありますか?」

 「は? 何だ行き成り」

 怪訝そうに振り返るロフウ。その顔には心底弟子との会話に面倒だと言う表情が浮かんでいる。

 何もそこまで露骨に嫌がらずともと思いつつ、レイは更に質問を重ねた。

 「いえ、最近色々と考えさせられる事が多くてね。……自分の弱さに辟易してるところなんですよ」

 渋い顔と共に、レイは以前のサウザーとオウガイが闘いし始祖の鳳凰拳の伝承者の御山で起きた事件を振り返る。

 アレに関しては白鷺拳のシュウ、それに続く他の108派の仲間達。

 彼らの助けなければ、あの正体不明の者達に自分は殺される可能性が有った。その事が未だ彼の心に燻っていた。

 「強くなるには修行に身を入れねばならぬ事は存じてます、ですが自分より強い人物と闘う時に勝つには……」

 「迷うな」

 「え?」

 彼の苦悩に、一声だけをロフウは浴びせた。

 呆気にとられるレイへと、ロフウは表情を変えず厳しい顔を依然保ったままでレイへと声を降らす。

 「どれ程の苦境に曝されても、迷うな。さすれば勝てる、わしも昔はそうして勝った」

 迷いこそが弱みだ。そう言い捨てて、現代水鳥拳の伝承者は森の奥へと立ち去って行った。

 「……迷い、か」

 確かに、迷いある。

 だが、それを振り払う術が未だに見つからない。……どうすれば、己は迷いを振り払えるのだろう。

 「……こんな時こそ、誰かに頼りたくなるな」

 頼っても良いのだろうか? あいつ等ならば、自身が頼らずもお節介に自分の悩みを訪ねて助言するだろう。

 「だが、これは自分で解決するさ」

 『義星』のレイ。若き宿星を宿す青年は、迷いを抱いたまま己の道を考えつつ今日も拳を磨く。

 その顔には危うさは見れるが、それでも眼差しは真っ直ぐを向いていた。





  ・




        ・


    ・



      ・



  ・




     ・



          ・




 『仁星』

 

 一つの町にある目立たぬ家。その家に一つの小さなベビーベットか置かれている。

 「あぶ……ぅあ、ぅあ」

 「ふふっ、はいシバっお乳ですよ~」

 小さな可愛らしい赤ん坊。未だ髪の毛も生え揃ったばかりの新生児がベットで手を懸命に空中へと伸ばしている。

 その赤ん坊へと聖母の如く柔らかな笑みで母親が乳房を零れ乳を与える。

 赤ん坊は一生懸命に生命を吸い、そして満足すると母親を見て笑う。

 乳を吸い、そして排泄し泣き、そして父母に囲まれ笑う。産まれたばかりの赤子の義務である。

 「ティヌ、少しは休まんと身に毒だぞ?」

 そこに、とても優しい声色が横から女性へと投げかけた。女性は、顔を向けて微笑みを崩さずに静かに言う。

 「あら、お帰りなさいシュウ。心配してくれるのは嬉しいけど、ほら、この子の寝顔を見てよ」

 子守唄を歌い、寝かせつける子供。それは、或る未来では救世主を救うために仁の血を開花し命を散らせた子の起源。

 「この子の顔を見てたら、疲れなんて一瞬で吹き飛んじゃうわ」

 シュウの妻、ティフーヌ。彼女を知る者は南斗の中で(ある種)最強の主婦の名を冠する者である。

 彼女の慈悲に滲んだ笑みを穏やかに笑顔を返しつつ、シュウも同じく自分と彼女の愛の結晶を見下ろしている。

 暫しの静寂なる安堵の一時。だが、それを打ち消す能天気な声が一分程して訪れる。

 「ティヌ~、遊びに来たわよ~!」

 そんな、人によっては大きな声が眠っていたシバを起こし泣き声を上げる要因となる。

 怒るでもなく、呆れた顔でティフーヌはシバを抱きかかえつつ少しばかりきつい声で訪問客へと口を開いた。

 「姉さんっ! 折角シバが寝付いてたのに……!」

 「御免、御免~。ほぉら、シバちゃん、おばちゃんが来て上げましたでちゅよ~『ホンギャー! ホンギャー!』……りゃりゃ」

 シュウの妻の姉、セクメ。シバにとって叔母に当たる人物はシバをあやそうとして、逆に泣かれて眉を下げた。

 それに、背後に並ぶように立っていた男性が声を出して彼女からシバを取り上げるようにして彼女を諌めるように言った。

 「セクメ……酒気を振りまいてじゃシバも泣くに決まってるだろ……少々尻も濡れてるな、オムツも交換した方が良い」

 「すみませんダンゼン様……ほらっ、姉さんもオムツをそんな喜んで広げなくて良いってば」

 和気藹々と、彼女とシュウに関係する人物は週に一度は必ず訪れる。これはシバが生まれてから無くなる事は無い。

 ある時は、あの三白眼の北斗と南斗の道を歩む彼と、その彼を守る事を誓う現在は盲目の女性が祝いと共にシバを見る為に来訪した。

 その時、ジャギの鋭い目を見てシバが泣き出したのはご愛嬌であったと言えるのだろう。

 倣うように、鶺鴒に蟻吸、交喙に雲雀に企鵡の伝承者候補である若き拳士達。

 年齢の差を無視した友である『義星』。そして守り羽を来訪と共に送ってくれた『殉星』の彼。

 『妖星』の人物は、多忙の為に顔を会わせる事は無かったが、それでも素っ気なく祝いの一文と共に送られてきた。
 粗品に関しても、中々生活に需要のある品ばかりだったので、悪い人間で無いのかも知れぬとシュウは考えている。

 事ある事に、この家を賑わせ今では師の喪失を大分癒してくれたのは何も妻と子だけが自分の癒しでは無いと気づかされていた。

 ティフーヌは、自分が腹を痛めて産んだ子を今は『絆の子』と称し笑顔でシバへと語る。貴方が此処に来てくれてから
 この家が静かな事は一度足りて無いわ、と。何処にでもある掛け替えのない平和な一時がシュウの家には確固として存在してた。

 少し時間を置いて落ち着いてから、ダンゼンはティフーヌが注いだ茶を呑みつつ机を鋏みシュウと談義をする。

 「最近、サウザー王は南斗全般に対し寄付を募ってる。明確に言うと食料の種やら、家庭で現在使わぬ物品が
 あればソレを提供して貰うように命じているようだ。お前の所にも、式で貰った使わぬ品が有れば捨てずに寄付すれば良いだろう」

 「寄付だと? ……まぁ、引き出物は多く貰ったし減らせるなら減らせるに越した事は無いが、一体また何故?」

 サウザーの不可解な南斗全域への命令。その理屈に付かぬ内容にシュウは首を傾げた。

 ダンゼンも、シュウに倣うように肩を竦めつつ何気なく言葉を続ける。

 「何でも、眉唾ものの予言を信じ今から備えをするらしい。然も、それが現在鳥影山では噂の的らしくてな」

 全く、困ったものだよ。と、ダンゼンは茶を飲みつつの言葉に、シュウは頭の片隅で似たような事を聞いた覚えがした。

 そして、直ぐに思い出す。そう言えば、レイも似たような話を振った時が有ったな……と。

 (……確か、そう遠くない日に核戦争やらが起きるとか言ってた気がするな。……良くある誰かの虚言が
 広まった事と思い別段気にも留めていなかったが、サウザーが本格的に対策すると言う事は若しや真実なのか?)

 否定したくもある、だが彼が虚言を信じる程に愚行をするような人物でない事もシュウは知ってる。

 不穏な噂を知って、シュウは少しばかり憂う。だが、それも直ぐに消える……隣から聞こえる心地よい笑い声に。

 「ほら~、ベロベロ~!」

 「あははは! 姉さんったら、シバが笑ってるから良いけど酷い顔!」

 ……目の前にある平穏と幸福が、未来に起きるかも知れぬ不安を憂うには余りに眩しく暖かい。

 シュウは、ダンゼンの言葉に強い笑みを浮かべ、そして言い切る。

 「まぁ、要らぬ品は寄付する事にして、何があれば私やお前で解決すれば良い。だろう?」

 「ふっ……子が出来てから立派な漢(おとこ)の顔つきに成ったではないか、シュウ」

 長年、シュウを影で見守ってはいた第二の師父に近い立場の千鳥拳の伝承者はシュウの顔つきを見て心強さを知る。

 そして、彼は白鷺拳の若き伝承者へと、更に隠してはいた話を生真面目な顔を携えて言うのであった。

 「……ならば、これは噂でなく真実であろう話だが……近々、新しく108派の伝承者達が訪れるらしい」

 「ふむ、理由は?」

 「新しい南斗の王との面談だな。危険思想が無いか確かめたいそうだ……誰も一癖、二癖あるであろうからな。
 お前も無理にとは言わぬが偶には鳥影山に顔を出せ。……最も、頼まれずとも山の者達は此処へ訪ねてくるがな」

 「ふふ、違いないな」

 僅かな苦笑を交えてダンゼンに、最近付き合いを深めるセクメは連れたって家を去るのだった。

 騒がしさが消え、シバは眠りティフーヌも短い休憩の為に息子の隣で安らかに眠る。

 (……また、何事が起きる可能性もある。それは仕方が無い事だ、何せ、今は波乱の多き時期なのだからな)

 シュウは、妻と子の寝顔を優しい瞳で見つめつつ決意を新たに誓う。

 (……だが、必ずやどんな災厄に近しい出来事も防いで見る。我が子と妻の為に……我が周りの平和を守らんが為にだ)

 『仁星』は、愛する者の為に魂を一層と輝かせ星へと誓う。

 






 ……そして。







 



                      「……こっちか? 南斗の鳳凰が居る場所ってのはよぉ」








 ……不吉か、または吉兆か知れぬ一つの影が。誰にも知られぬままに彼らの日常へと訪れようとしていた。









       
                後書き




 ユダの戦法って知略と紅鶴拳以外に特性持たせたいなぁと思って原哲夫作品の『九頭龍(ヒュドラ)』を合作。
 
 後、最後に出てきた人物は以前の南斗鳳凰拳の始祖と魏瑞鷹に関係あったりします。それとアノ人物にでもです。


 まぁ、オリキャラはオリキャラなんで暖かいジャギの顔つきのように見守ってくださいませ






[29120] 【貪狼編】第二十話『極星を望みし流星と涼やかな風の来訪』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/07/07 00:21











 始祖が敗者なれど 我が心は帝とならん

 星々の影に埋まる事 それ死と同義なり

 北斗の星 その下の蒼星でも我はなくて

 南斗の星 百を越す光の一つでも非ずて

 生きる事は刹那 我が路は世の流砂の粒

 この生は 夜空の果てを抜ける流星にて

 ならば この路に 確かなる刻みの侭に

 我 流星の如く鳥となりて 命を刻まん






 ・





        ・


   ・



      
      ・



 ・




    ・




        ・



 


 『摩天楼寺院』と呼ばれる、和風の造りとなっている寺院。

 其処は、幼少期にジュウザとユリアが遊んでいた所と思われ。

 また、鬼の頃のフドウを改心させたユリアが出産する犬を守った地。そしてケンシロウがシュウと出会った
 南斗十人組み手を行なった地とも良く似ていた。いや、その寺院では全部の出来事が行われたのかも知れない。

 そして、今其の寺院の中心では、現在二人の青年の咆哮に似た声が響き渡っている。

 「てぃえええええあああ!!」

 獣すら一瞬身を固まりそうな声。それと同時に突き出される豪腕。

 放つのは大柄な体躯になるのが見て取れる、一騎当千の武者面をした眼光の鋭い青年が腕を豪快に振り抜いていた。

 「っ!! とぉああああ!!」

 その腕を、危うげながらも身を低くし躱し。更に大地に手を添えつつ上半身を捻り逆立ちの姿勢で蹴りの逆襲をしようと
 対峙する青年が見て取れる。その青年は闘っている人物と似た背丈でおり、特徴的なのは金髪のオールバック。

 彼らに似た共通点は……どちらも周囲を惹く王を思わせる気配を備えている事。

 「サウザーああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 一人の青年は吼える。顔へと迫った蹴りを頬が電気が走ったような音と同時に既の所で顔を傾けつつ拳を振り上げ。

 「ラオウうううううううぅぅぅぅぅ!!!!」

 もう一人も同じく、逆立ちした体を一瞬にして元へと戻し、翼を広げるようにして名を呼んだ人物に
 無防備にも見える、抱擁するような姿勢のままに駆けた。だが、それが彼独自の拳での必殺の一撃だった。

 

                          『うおおおおおおああああああぁぁぁ!!!!!!!!』




 

                              ……ドゴオオオオオオオオッッッッ!!!!!




 寺院全体を震え上がらせる程の轟音。そして静まりかける空気。

 外に居た者達は、一瞬走った地震のような音に顔を見合わせたが、それが二人の闘う者達の激突の音とは露にも思わなかった。

 そして……その二人の勇者の闘いの結果は……。

 「……はぁ、はぁ……俺様の勝ちだ……サウザー」

 「……くっ」

 肩を上下に揺らしつつ、心の底からの勝利を獣染みた笑みで浮かべる人物。
 
 天上天下唯我独尊。己こそ、絶対覇者を明言する未来の『拳王』こと、ラオウの若き頃の姿であった。

 対して、歯噛みし膝をつきつつ額から流れてる血を片手で抑えている人物。

 名はサウザー。本来ならば、師を喪失し狂気の渦中へと向かう頃の人物。

 試合の結末は、双方に全力の一撃を見舞い、そしてサウザーは競り負けて額に浅く無い怪我を負っての敗北。

 これが、若しも仮に『原作』なら怒り猛りつつ彼は敗北を受け入れず拒絶してラオウへと瞬時の再戦を唱えたであろう。

 ……然し。

 「また、一段と強くなったなラオウ。今日の所は完敗だ、お前の実力の高さには俺も色々と学ぶ事が多い」

 「っ……」

 彼は、この世界では『恩人』のお陰ゆえに心は気高きまま。暴君になる素質を埋めたままに理想の指導者を目指してる。

 彼は、素直に敗北を受け入れて組み手を望んだラオウの勝利に賞賛を向ける。だが、向けられた当人は面白くない顔をした。

 「サウザー。お前、本当に今日のは貴様の全力だったのか……」

 「? ……あぁ、実力は出し切ったつもりだ。油断も慢心もしなかった。この勝利は、紛れもなくお前の実力だ」

 「ならば、何故……っ!!」

 そこで、勝利した筈のラオウは。まるで今しがた目の前の好敵手へと嘲笑されたような憤怒の顔で声を荒げて言った。

 「何故お前は其のように安らいだ、穏やかな顔を浮かべられる!!? 俺との闘いが、それ程に生易しいとでも言うのか!!?」

 その言葉に、一瞬サウザーは鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔をした。だが、直ぐに穏やかに言い竦める。

 顔つきは、晴れやかで邪念ない。オウガイと共に修行していた頃の侭の童子に似た笑顔だった。

 「……別に、そう言う訳じゃない。俺は、負けた時は素直に受け入れ、そして次の糧にしようと考えているだけだ。
 お前との闘いは、何時も俺の強く成らんとする目標の励みとなっている。感謝してるんだよ、お前には……」

 そう、本心から彼は言う。

 だが、ラオウはサウザーの言葉に虚をつかれたような顔と同時に。まるで自身の大切な者に、自分の大切にしていた
 玩具か何かを目の前で壊されたかのような怒りと傷ついた表情を一瞬浮かべた。サウザーは、気付きつつも理由が解らなかった。

 「……っ、俺は今日、お前に勝ったと思わん」

 「ラオウ……」

 「日を改める! その時は、その腑抜けた考えを捨てておけ!!」

 ……荒々しい足音と共に、摩天楼寺院からラオウは去っていった。

 (何が、ラオウの逆鱗に触れたのだ? ……そこまで、俺は奴の機嫌を損ねる事を言ったであろうか?)

 首を傾げ、彼は溜息しつつ難儀で扱いづらい友人との闘いの際に汚れた寺院の床を拭き始める。

 「まぁ、奴には本当に感謝してるのだがな。あいつが来る時は、他の奴等との用件も切り上げられるから」

 サウザーの独り事。それは虚空へと溶けゆく。

 ラオウ。彼は常に自分の機嫌のままに来る一日程前に組み手を申し込んで訪れる。

 そして、彼が北斗神拳伝承者候補である事を知るサウザーに(彼が信用を一応置く)周囲の者達はラオウを冷たく
 追い返す事も北斗との関係を悪化する事を避けたく、彼が来る日は他の用事は次の日へと伸びる事が自然であった。

 闘いこそ、かなり激しくも。それさえ過ぎれば半日程の自由な時間を勝ち取れる。

 「……皮肉ながらも、色々と奴のお陰で得する事が多いな」

 ラオウが来る日、多忙な仕事を嫌な顔一つする事なく代行してくれる『ムギン』達に心の中で礼をしつつサウザーは
 穏やかな昼下がりの風が、空いた窓辺から吹き抜ける心地よい感触に目を細めて安らいだ顔つきをするのだった。









  ・







          ・


    ・




       ・




 ・




     ・




          ・



 「……何だ……奴の変化は……!」

 一方、摩天楼寺院を抜けたラオウは苛立ちの声を上げていた。

 周囲の者達は、彼の不穏な殺気を混じえた空気に怯えて自然と離れている。彼は一人で道中をズンズンと進んでいた。

 (何なんだ。あいつの穏やかな顔つき、そして俺を称える素直な表情! 『以前』あんな顔をした事が有ったか?)

 ラオウは、気づいていた。

 オウガイとの儀式の前。彼には前面には出ずも、その芽生えるかも知れぬ暴君としての気質となる嵐のような
 誰にも手を付けれぬ暴走するかも知れぬ強大なる力となる根源。自分に似た覇気を無意識に感じ取っていた。

 だが、ラオウは今日の日。サウザーがオウガイと死別(表面上)した後の時系列で久々に決闘した際に愕然とした。

 其の、彼が自分と同じと思っていた胸震わせる程の強さが萎んたかのように消えてたのだ。
 
 その事に胸中に過ぎるのは、赤子が食欲や排泄が満足に出来なかったような自制し難い生理的な不安感。

 (認めん……っ、奴が変わった等と認めてなる者か。……奴まで俺を『置いて行く』ような事……!)

 去来するラオウの心、それは一体何を思い、そして何に対する不安と苛立ちなのだろう? それは誰にも知り得ぬ。

 だが、彼が取り巻く事実の中で、一つだけ明らかな事が有った。

 「……むっ?」

 道の先。彼が進む北斗の寺院の帰路の中央に、一つの人影が有った。

 その人影は拳の鍛錬により遠目の利くラオウの見える範囲でも背丈は小柄で、何やらブツブツと呟いているように見えた。

 (童か? まぁ、俺には全く関係無い事だが)

 この近辺に住まう者だろうと、ラオウは関知せずとばかりに其の存在の居る方向へと大股で歩いていく。

 人影は、このように呟いているのが距離を狭めた所で耳も常人よりは利くラオウの耳に毒づくような声が聞こえていた。

 「ちっ、こんな看板じゃどっちか解らないだろうがボケが。役に立たねぇ癖に立たせるんじゃね。薪にしてやれや」

 そう、ぶつくさと文句を唱える言葉。機嫌が思わしくないラオウは聞き苦しいと顔を顰めつつ、その人影が
 何に対し苛立っているのか推察して、そして其の原因が雨で文字が殆ど見えぬ看板が有る事を見て看破した。

 (成程、雨露で腐ったので方向が解らんのか。はっ、不運な奴だな)

 その人影は、ラオウとは反対方向。つまり向かい側に立ち看板を見て毒づいている。
 その人影の目先の方向には二股の別れた道。一つはラオウが今しがた居た方向の南斗の寺院。
 もう一つは、全くの関係の無い場所だ。どちらも似た風景ゆえに、目的地が違った場合は疲労し戻る事になる。

 その小柄な童(とラオウは思ってる)は、何やらどちらに用あったが此処は初めてで、それゆえにどっちの方向へ
 行けば迷っているのだろうとラオウは思う。そして、この人物の意図など彼には心底どうでも良い事であった。

 無視して、彼は数十メートル先の人物を通り抜けようと直ぐに意識を切り替える。

 ラオウの向かう先に居る小柄な人物も、ラオウに気付いた様子もなく何やら懐から取り出し、また呟いていた。
 
 「おっかさん、おっかさんや。鳳凰の親玉の居る方向さ教えてくれや」

 (……何?)

 その、無視を決めようとした矢先に聞き捨てならぬ内容を小柄な人物が唱えた事でラオウの意識は有無を言わさず向かう。

 童……どう見方を変えてもラオウの膝小僧に当たるか程度の子供と思われる者は手に何かを持っていた。

 ラオウは、何をする気かと先程のサウザーと思われる人物に触れた言葉からも興味が湧き、子供に自分の
 影が触れる手前まで歩み、そのまま子供が手から何かを指で弾き、そして空中へとソレが躍ったのを視認する。

 ……コイン、だ。

 直径5~6センチほどの円盤で、表には龍が正面を向いた装飾が、裏には龍が背を向けた装飾が施されている。

 その、稚児が扱うには妙に細工が決め細やかで。そして俗世で扱われてるには奇妙な金属盤にラオウは何故が心惹かれた。

 良く、もっと見ようとラオウは無意識に金属盤に顔を近づける。

 だが、そのコインは彼が顔を近づけた時は消失していた。何故、と思うに至らぬ侭に、耳元へ声が届く。

 「……ぁんだ、手前(てめぇ)? おいらに何か用でもあんのか?」

 酷く、機嫌が悪そうな低い声。それと同時にラオウは顔を下げて声のする方向へ目を向ける。地面の方向へとだ。

 其処には、男が居た。最も、先ほどまで童と思っていた人物であり、そして只の童にしては顔つきが妙に大人びてる事を知る。

 コインは、其の小柄な童の手に素早く結果が出る前に戻されたのだと知る。素早さは中々らしい。

 見れば、見る程に奇妙な童だ。

 頭髪は少々薄くも、児童にしては固く針鼠のように反らせており。目つきは鋭く、それは自分にとって目の敵に似た
 弟を連想させる。ラオウは其の人物の顔を思い起こしそうで、心の中で反吐を出しつつ義理の弟の顔を頭から拭い去った。

 其の顔つきと、体躯から。その男は小人症なのではと思えるが、ラオウにはそんな疾患を相手が抱いているかなど
 些細な事でしかなく。そして、彼の今の興味は其の小人症かと思える小さな男の手に握られた金属盤へと注がれていた。

 「……ソレを何処で手に入れた?」

 人差し指を向けるラオウ。そして、不躾に名乗らず尋ねられた人物は、不快そうな顔しつつも応えた。

 「あぁん? 手前(てめぇ)おいらのコレを取ろうってんのか? んなら、相手になんぞ」

 訛りの強い喧嘩腰の声。ラオウは、限りなく(自分の中で)自制を効かせて尚も見下ろしつつ小僧へと告げる。

 「俺を愚弄するな。ただ、ソレを見て酷く興味が湧いた。それだけだ」

 「……赤子の時に首にぶら下がってたんだよ。おいらの産まれの唯一の証だ、手前(てめぇ)これに何か見覚えあんのか?」

 「知らん。興味が有っただけだ」

 その言葉に、少しだけ失意に暮れたような顔を一見、子供と見間違える背丈の男は舌打ちしつつ浮かべた。
 
 どうやら、会話から察するに、その者は赤ん坊の頃に拾われて、そして其のコインを持っていたらしいと解る。

 「けっ、じゃあおいらも用ねぇよ。おらは鳳凰拳の野郎に用あんだ、道除けろや」

 平然と、その男はラオウの不穏な空気を意に介さぬのように。蠅を追い払うような仕草をする。

 これが、只の子供ならラオウにそのような自殺行為に等しい仕草などはしない。そして、彼の行動をラオウを知る者達
 ならば彼の今の所業に対して顔を青褪めるか、無知ゆえの無謀さに対して天を仰ぐ事は目に見えていた。

 そして……案の定、不吉な気配へと移り変わりつつ巨漢の彼の唇から低い声が浮き出る。

 「……『小童』、この俺に命令するな」

 ラオウは、自分ようにも遥かに下回り。文字通り小さな存在に自分を見下されたような台詞を吐かれる事は我慢ならなかった。

 殺気が強まる。常人ならば、誰しもが震え上がるような、普通の人間なら失禁する程の気配をラオウは纏う。

 本来、それで事足りる筈だった。

 それで、目の前の存在が気絶し事が済む筈だったのだろう。

 だが、ジャギがサウザーを救った事により。

 それにより星々の流れが急変した事により訪れた不確定なる存在は。





                                ―――プチン―――




 「……『小童』」

 その、ラオウの凄まじき意思を秘めた言葉を聞き、一瞬顔を歪め。

 「……だど……!?」

 ラオウの殺気を受け……『跳んだ』

 『ラオウの顎へと拳を腰へと据えて振り抜ける体勢で』

 (……こやつ!!)

 瞬間、ラオウは感じ取る。その親の仇でも見るような顔つきと同時に、自分の顎を粉砕せんとばかりに迫る拳の予感を。

 自分の殺気を受け止め、尚且つ、その殺気を喰らわんかとするように更に強大なる闘気を放つ存在を知ったのだった。

 そして、その男は其の小柄な身体の何処に詰まっているのかと思える程の大声と共に拳をラオウへと振り抜けた。

                        

                      「うおおおおおおおおらああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」






                               ゴガアアアアァァァァンッッッ!!!





 ……道成りを囲むように覆う木々が大きく揺れて、そして数秒後に元の静けさを取り戻す。

 木々達は全てを見ていた。

 その小柄な男が向けた拳が、一つの其の手を包む程の掌に受け止められたのを。

 木々達は全てを見ていた。

 その大柄な未来の王の掌が、其の小柄な男の拳を受け止めて僅かに痺れたのを。

 

 ――――トンッ。


 「……けっ」

 自分の拳を受け止められた事を、面白く無いと言いたげな顔つきで小柄な男はラオウの掌に磁石の如く張り付いた
 握り拳を離した瞬間、飛び上がっていた体も地面へとストンと軽い音共に降りるとラオウの横脇を抜け出った。

 ラオウは、その小柄な男が自分へ攻撃した事に怒りは感じてなかった。ただ、体中に過ぎるのは静かな驚き。

 (この……小童。俺の手を痺れさせおった……未だ実力も『出してない』状態で……!)

 拳を交われば、その人間の性や力量も知れる。

 だからこそラオウはサウザーの力が以前より有る意味で低くなった事に落胆を感じた。

 そして、今日の時に彼は落胆と同時に新たなる好敵手なり得るかも知れぬ強者へと遭遇すると言う事態に出会えたのだ。

 「……っ小童、お前何者だ!!」

 ラオウは、振り返る。もう一度、今度は全力にての闘いを、今一度だけ交差した自分よりも遥かに小さな男に。

 「……一つ、言うぜ。物を知らない見てぇだヵら忠告しといてやる。……おらの事を『小童』で次に言ったら玉もぎ取る」

 そう、凄まじい殺気を滲ませて顔だけ捻りラオウへと告げる小柄な背丈の男。

 「おいらが何者だと? ……てめぇこそ名を名乗れや。そしたら名乗ってやらぁ」

 「……ラオウ」

 その傲慢な言葉に、ラオウは憤慨し更に激昂する事もなく名乗った。

 別に相手が自分より上だから認めての言葉で無い。ただ単純に、このまま平行線で相手の正体が先延ばしになる事を嫌った為だ。

 「ラオウ……おらの拳を受け止めれたのは褒めたる。だが、次に言ったら其の顎も玉も二度と使えないようにしてやるぜ」

 その男は懐から何やら木の実らしき物を取り出し、口へと掌一杯の実を放り込みガリガリと噛みつつ、一粒だけ
 入れなかった実をラオウ目掛けて指で弾くように飛ばした。ラオウは、その実を容易く二指で受け止めた。

 「……山椒(サンショウ)」

 「あぁ、それが名よ」

 「……巫山戯ているのか?」

 揶揄されてるのではと、ラオウは先程まで弱まっていた殺気を強める。

 だが、次の自分に痺れる一撃を与えた者は怯む事なく不機嫌な顔を維持したままに言い返していた。

 「な訳ねぇべ。こちとら、山椒畑に捨てられてんだ。てめぇ、人の名を巫山戯ているとか死にてぇのか?」

 訛り言葉で、名乗りを上げ更に怒気を瞳に称えるサンショウ。

 成程。其の名が人に付けるには奇妙な名である事の理由は判明する。だが、その小さき丈から湧く闘気の根源は未だ判明し得ない。

 ……似ている。其の奇妙な小さくも大きな力を秘めた人物はラオウに何か似ていた。

 「……サンショウ、か。今ここで、ならば俺と死合うか?」

 サウザーと死を賭しての闘いと言う訳でなくも、疲労ある身体であるがラオウは未だ出会った事のない闘者に既に昂ぶっていた。

 剣呑なる気配が満ち戻る。風がざわめき、巨漢と小身と言う真逆の存在は互いに鋭い眼光の火花を中間でぶつけ合う。
 
 「望む所だ……と、言いてぇが。おらはよ、本気でぶっ潰したい相手は、おっかさんと決めるんでな」 

 一瞬、足を前に踏み出しラオウと先程の全力のぶつかり合いの続きをしそうに見えた小柄な男。

 然しながら、何を思ったのか。また其の手へと別れ道を選択する為に使用していたコインを手中に入れて宙へと弾く。

 「……表なら、てめぇと闘(や)る。裏なら今は止めとく」

 そう呟き、コインは回転しつつサンショウの手の甲へと着地した。

 結果は、裏だった。

 それを見るやいなや、背を反転させラオウに既に刃物に似た気配を収め彼は道なりを歩き始めるのだった。

 「……運が良かったな。おっかさんに感謝しな、死ぬ時期が伸びた事をよぉ」

 そう、断固と絶対に曲がる事のない決意が滲んだ声が彼の口から唱えられた。

 「奴の用を片付けたら……ラオウと言ったな。てめぇを片付けてやる」

 


 …………。




 「……クッ」

 ラオウは、暫し其の小柄な童子程の体躯の男が道なりを消えるのを見続けていた。

 姿が消えると同時に、抑えきれないと言う感じで低く喉を鳴らし哂う。

 「サンショウ……面白い奴が現れおったわ」

 本音を言えば。追ってサウザーが奴とどのような対峙をするのか酷く興味ある。

 だが出歯亀や、盗み見を行う程にラオウと言う人物は浅はかな行動をする人物である筈もなく。己自身も許す筈が無い。

 (サウザー、俺を失望させるなよ)

 正体は知らぬ。だが、己の心を満たす程の好敵手が増えた事に先程までサウザーの変化に落胆していた鬱憤は消え去っていた。

 アレに出逢い。サウザーが以前のように触れる者全てを傷つけるような気を取り戻せるか、又は更なる変化を及ぼすのか……。

 予想は出来ずも、ラオウはきっと愉快な事が起きると。心底これから起きる波乱に期待をしつつ胸を張り帰還するのだった。




  ・




         
         ・

    ・



       ・



  ・




     ・



        ・



 ……此処で、時代は遡り。とある過去の頃の回想へと移る。

 かつて世界が混沌してた頃。秩序や法律も築かれず、武力が世界を統治していたのが当たり前の時代の事である。

 その頃、世界を正す為に究極の拳法が創始された。名は、皆も知っての通りの『北斗神拳』

 だが、その拳法は極めて筆舌し難い強さと脅威を秘めており。使い手が悪なれば世界を破滅にする可能性すら有った。

 担い手も、それを自覚してか世の影へと姿を隠し。そして陽の光の拳は『北斗神拳』から『南斗聖拳』へと成ったのだ。
 
 天帝なる表の世界の平穏の象徴を守護する『元斗皇拳』と、その衛士としての役目を担う『南斗聖拳』の王の拳は
 『南斗鳳凰拳』と成る名前となり、そして其の元で南斗聖拳の使い手達は平和の世の為に尽力を尽くした。

 が、然し。その鳳凰拳が創立されるまでの経緯で。一つの諍いが歴史に残らず実は有った。

 それは、一人の拳士の話。平和の世を正す理想は掲げつつも、その世界での頂点も目指していた蛮勇の戦士の物語。

 短絡的に説明すれば、南斗聖拳の統率者に成る事を其の拳士は望んでいたのだ。

 周囲の者達の異議も構わず、其の拳士は難くなに自身が王となる野望を唱え続けた。

 困った者達は、ほぼ決まろうとしていた鳳凰拳の王へと指示を仰ぐ。そして、南斗の王は決闘での解決を提示した。

 結果、其の王を望んだ拳士は負けた。死ぬ事もなく、五体満足で拳士は南斗の王へと敗北したのだ。

 だが、拳士は諦めると言う言葉を知らなかった。

 負けたなら、次に勝利すれば良い。

 惨敗したなら、次に完勝すれば良い。

 力で無理ならば、技と知を補えば良い。

 己が何度しても駄目なら、次の世代へ託し勝てば良い。

 諦めなどしない、如何なる事があろうとも決して折れぬ事はしない。

 だが、我は誓う。

 王として、帝王として勝つ。卑怯や後の物語で、決して後ろ指さされぬ事など無いよう正々堂々と勝ってみせる。

 例え、この身が。この拳がどれ程までに周囲からは極小なるモノであろうとも。

 其の拳法の名は……『鷦鷯(ササギ)拳』と、現代の知る人達は、そう呼んだ。

 



 
 ・





        ・



   ・



    
      ・



 ・




    ・




        ・




 窓から柔らかな肌を撫でる風に目を細めていた金髪の青年は、目を開き今や柔らかな気配を打ち消して正面に立っていた。

 「……お前は、誰だ」

 突如、ラオウが去ってから現れた小柄な男。

 針鼠のように反らした髪型、そして小柄な童程の背丈。通常の人間ならば道場に小間使いの子供がやって来たかと思うだろう。

 然しながら、拳法家であり南斗の王としての実力を備える彼の本能は考えられる仮想は否だと告げていた。

 この男の体から秘めたる敵意は並大抵の物では無い。

 目の前の童に似た背丈の人物から放たれる闘気は、確実に自分へと吹きすさびいている。

 「……誰だ、お前は」

 繰り返し、サウザーは訪ねていた。

 対峙する者。その者はサウザーの言葉に満足な回答を返す代わりに、逆に問うていた。

 「……てめぇか? 南斗鳳凰拳のサウザーってのはよ」

 

 ―――――ヒュウウウウゥゥ


 風が騒がしい。サウザーは、嵐のような気配が立ち昇る中で不思議と頭の片隅が冷静に告げているのを感じた。

 そして、彼は肯定の言葉を唱えた。

 「あぁ」

 

 ――――ヒュウウウ……!!


 瞬間、サウザーが感じる風は止み。

 地面が強力なる蹴りで陥没するような音と共に、突風が自分を破壊せんとする悪寒を若き王は感じた。

 (―――っ!)

 無意識の内に、両手を×の形へと交差する。

 それと同時に、両腕の胸部分を防御していた部分にラオウと闘う時と同等の威力の衝撃が襲い、サウザーは後退した。
 
 流星の如く、刹那の時を駆け抜けての一撃。受けてから南斗の王は自分の心臓に目の前の男が本気で打ったのを知る。

 「はっ、これ位は防いで貰えるか……たりめぇだ、これで終わるようじゃ」

 目の前の、形相と愉悦を混ぜたような奇妙な笑いを模った人物は拳を戻し宙から大地へと降りる。

 「おらも、師父の悲願も。そんな、あっさり叶うようじゃ納得いかねぇ」

 「……お前は、一体何者だ」

 三度目の問いかけ。サウザーは、奇襲紛いの攻撃を喰らったにも関わらず、未だ構えもせず静かに聞く体勢だった。

 それに、堂々と男は告げる。

 「おらの名は……サンショウ」

 南斗の王へと、その名をしっかりと刻む如く。

 「代々、お前ら南斗の王の座位を願い、今も是非、未来永劫闘い抜くもの」

 瞳の中に、波乱と強い我欲の嵐の光を携え、過去からの王と闘ってきた存在は未知なる未来の中に現れ出た。

 



                        「南斗鷦鷯拳のサンショウ。南斗の王を継承したく参上した」







  ・






          ・


     ・



        ・



  ・




     ・



         ・



 「……え? え?? そ、それでどうなったんだよ!?」

 「無論、その時は返答する訳にもいかず。後日正式な会談を設ける事で場を収めたよ……そのまま決闘など出来る訳ないだろ」

 「だよなぁ……聞いててハラハラしたぜ」

 場面は変わり、そのサウザーとサンショウなる輩の邂逅から数日。

 鳥影山で何時も組み手やら悪戯やら、平和な世界で日夜青春を満喫している南斗拳士達の元にサウザーは訪れると共に
 この前の話をしていた。それを聞くのは、レイやシンと言う六聖の他には、108派の拳士の他には……彼の恩人。

 「しっかし、行き成り喧嘩腰とは……あんまし会いたくない奴だな」

 ポリポリと、三白眼の顔つきの人物がサウザーと向かい合う体勢で聞いて面倒そうな顔つきで頭を掻く。

 ジャギ。北斗神拳伝承者候補にして、この世界では奇妙な人生の送り人。そしてサウザーとオウガイの別離を救った者。

 「奴は『追放されし者』の代表格だからな。俺が国に関与して目立ってたゆえに、余計な目を付けられたのだろう」

 サウザーも倣うように、面倒そうな顔つきを隠そうとしない。

 『追放されし者』。白鷲拳のダルダ、それに伴う何らかの事情で南斗108派から除外された存在。

 「……そう言えば、数年前にも除外された拳法家が居たな。木菟拳の」

 「レイ、悪いがソレに関しては今この場では触れないでくれ」

 「……? 解った、シン」

 拳を悪用したとして除外された存在なら、新しいのは木菟拳のトラフズク。

 ビレニイプリズンで、今も時々訪問があるシンはレイの発言から性質が最悪とも言って良い人物を思い出してしまい顔を歪める。

 自分の両親の下手人を暴くと言う理由なければ、あの男の事など頭から抹消して存在すら無かった事にして欲しいのが本心だ。

 「……後は、死んだ人物も確か除外されるんだよな。まぁ、後継者育てているのが南斗聖拳伝承者なら当たり前だし
 滅多にそう言う人物は居ないけどな。……っあ、でも以前に木菟拳の伝承者と交戦して殉死した人物も……」

 南斗鶺鴒拳と言う、空中戦法を得意とする未来の鶺鴒拳伝承者を目指す若者もまた同様に発言を提示する。

 だが、その発言に『セグロっ』と固い一声が交喙拳の伝承者候補の人物から放たれ。

 そして、蟻吸拳伝承者候補の若者は。斜視の目を一人の人物に向ける事で発言の注意を促した。

 「……あっ、悪いジャギ」

 「……うん、良いんだ」

 申し訳なさそうな顔をセグロが浮かべる。ジャギは、少し憂い顔を残しつつ気にしてないと返答した。

 南斗飛龍拳、ウワバミ。

 かつて、ジャギとアンナ。彼等を殺そうとした木菟拳の伝承者を救ってくれた恩人。

 その人物も、後継者が無く南斗の議会で話し合った後に108派からの除外が決定されていたのだ。

 飛龍拳の奥義、それに拳法の内容を知るのは……孤独なる鷲の拳を知る彼を除き存在してない。

 「……あぁ、それで結局どうするんだ?」

 レイが、暗くなりかけた空気を察知し会話の続きを促す。

 水鳥の機転に安堵しつつ、鳳凰拳の若き王は自分の考えを皆に発言するのだった。

 「とりあえず、鷦鷯拳の拳法家と言うのは以前から俺の拳法に真っ向から勝負を繰り返してきた者達だ。
 あのサンショウと言う輩の実力の高さこそ不明だが、余程の修練を積んできた事は間違いない……そこで」

 サウザーは、口を切り全員の顔を見比べて言葉を続けた。

 「……予言の戦争回避も大事だが、鷦鷯拳の者が来たのは好機なのかも知れん。『追放されし者』達と手を繋ぎ合い
 力を結束する事が出来れば、今後、その世紀末が到来しても共に乗り越えれる仲間となってくれるだろうからな」

 そこで……と、サウザーはジャギを直視した。ジャギは、その顔つきに嫌な予感しかしなかった。

 「ジャギ、お前の知恵を借りたい。鷦鷯拳の奴に、何とかして俺達の仲間になれぬかどうか」

 「……無理難題だろ、それ。って言うか! 何で俺なんだよ!? もっと信頼おける奴が……!!」

 ジャギの反論に、他の仲間達の声は冷たい。

 「いやいや。ジャギ、お前ってば鳥影山に侵入してきたフドウに真っ向から傷を負わせ、且つ焼肉パーティで
 他の108派の拳法家と友好を深め。そんでもって周囲から恐れられているユダにも喧嘩を売り、そんで今更だが
 南斗の中心人物のサウザーと不気味な程に仲が良くて、以前は御山で何やら可笑しい集団を先頭で闘ってた奴だ」

 サウザーが信頼するのも、当たり前だろうが。と、セグロは鼻をほじる格好でジャギの肩を叩く。
 暗に、面倒な役目を肩代わりする気は一切ないと示しており。ジャギは一瞬沸き起こった殺意を必死に抑えた。

 「……まっ、俺も最近修行に精を出したいしな。フウゲン様が最近もっと修行を増やす事を提案してるんだよ」

 本当に大変だったら、少しは手伝うからとシンは手を軽く上げつつ協力を柔らかに否定した。

 シンは、今の時期は一番伸びる時期だろう。十五と言う、昔は大人と言って良い時期に差し掛かる南斗の拳法家達は
 今までの少しは遊びを交えた修行を無くし、危険もある虎の穴の如くの修行の時期へと突入する。

 シンもレイも、現在は六聖を背負う為に修練の時期。ジャギも、それには納得していた為に本心では協力を
 要請したかったが、泣く泣く二人への今回のサウザーの難題に付き合わせる事を諦めるのだった。

 「……因みにシュウ様に頼るのはどうなんだい?」

 「無理だイスカ。シバにべったりだよ」

 イスカの提案に、即却下の言葉をジャギは出す。昨日程に、訪問したらデレデレと言って良い調子でシバに
 夫婦揃って構っていたのを思い出す。あのピンク色の空間を創り出している家族に手を出す程、ジャギは命知らずで無い。

 「……因みにユダは?」

 「キタタキ、お前ソレ冗談でもきついっつうの」

 啄木鳥の拳法を継承しようとしてる友人の言葉にも、ジャギはけんもほろろに否定の旨を告げる。

 現在は、何やら壮大なプロジェクトやらの為に企業を興しているらしく、鳥影山にも顔を出さない日が続いている。

 来たら来たで、アンナに構うのでジャギとしては清々してるが。何を裏で行おうとしているのか考えると不安でもある。

 (……ユダの事は頼むぜ?)

 (百も承知だ)

 目線で、ジャギはサウザーへと願う。こればっかりは、北斗伝承者候補や南斗聖拳拳法家と言う立場を除くと
 一般市民でしか無いジャギにはユダを牽制するなど土台無理な話。サウザーに任せるしか無いのである。

 そこらへんで、真面目な話は一旦途絶える。気楽な雑談へと鳥影山の一角で友人は進んでいくのだった。

 「しっかし、最近となっちゃあ余り面白い事起きなかったから其の追放者の南斗拳士が来るとなるとワクワクするぜ」

 美人や可愛い拳法家達も追放されてんだろうなぁ~、と。セグロは変わりない妄想で顔が崩れていく。

 「お前、色事以外で何かまともな事を考えられないのか……」

 「へっ! レイ、てめぇは何もしてなくても女が寄るから良いんでしょうよ!! 今度、風俗街へ行くチケットが
 手に入ってもてめぇにはやんねぇ!! モテない俺達嫉妬団の怨念の籠った南斗呪殺拳の餌食に精々ならねぇ事を祈るぜ!」

 「初めて聞いたぞ、そんな拳法……」

 南斗呪殺拳って……と、呆れる周囲の友人達を他所に、ジャギは気になった事がありセグロへと聞いた。

 「風俗街……?」

 「んっ、何々? ジャギってば興味ある~? へっへっへっ、今度よ、俺の馴染みの奴が紹介してくれるって言うのよ。
 いやぁ~楽しみだねぇ! 美人のベテランの女の子達で、しかも天女が居るって言う街へと巡る巡る快楽の旅を……」
 
 そう、何やら頭のネジが数本外れた発言が次々と飛び出していく中で。ジャギの思考は別の方向へと向いていた。

 (……風俗街。……もしかして、それって、ひょっとして『あの人物』が居るのかな……)

 ジャギの意識を他所に、セグロは散々周囲の呆れた顔つきを構わず話し続けた後、ジャギの肩を小突きつつ言った。

 「おめぇ意外と好きだなぁ、ジャギってば! アンナちゃんが居るって言うのに、この浮気者がよぉ、おい!」

 「……は、は? おいっ、そこで何でアンナの名前が出て来るんだ??」

 顔を上げて、唖然とした顔でジャギはセグロを見る。

 だが、ニヤニヤとした顔つきで。自分と同じ欲望に正直な同士と思い込む勘違いした友人にジャギの言葉は通じなかった。

 「haっhaっhaっ! 照れなくて良いってチェリーボーイ! 良いぜ! おめぇも一緒に卒業しようぜ! 十五の夜から!!」

 「話聞けって!! つうかっ!! 俺とアンナの事で、お前絶対何か勘違いしてんだろ!? 聞けっておい!!」

 空を舞うように、周囲に今度風俗街へ(ジャギが行く事を強調し)行く事を公言しようとするセグロを
 ジャギは必死で服を掴み中止させようとする。面白そうに眺める者と、加勢しようとする人物達が居る中シンは呟いた。

 「……そう言えば、アンナは今日は何処に居るんだ?」

 あいつが、暇な時間にジャギと一緒じゃないのは珍しいな……。その言葉にレイが意外にも解答を持っていた。

 「あぁ、カレンが修行に付き合って欲しいと言ってたから、恐らくソレだろ」

 「……そうか。……おいっ、セグロ! いい加減お前は暴走するのは空気を呼んでからにしろ!!」

 シンは、今や女のように叫びつつジャギと取っ組み合いするセグロを抑える事に意識を転じていた。

 その一方、サウザーを救う為の中心に居た。もう一人の片割れの方にも、ある出来事が起きようとしていた……。




  ・





         ・



    ・



       ・



  ・




     ・



         ・


 声喧しい男衆とは反対側に位置する場所では、一人の女の子が合掌しつつ片足で瞑想をしている。

 金色の髪が風に揺られ、その瞳は虚空であり光無く一点に前方を向けられていた。彼女は盲目である事がそれで知れる。

 「……ふっ!」

 突如、その瞑想していた彼女へと横から呼気一声と共に足払いをかけてきた人影が現れ出た。

 前髪を鬼太郎のように半分隠れつつ、だからと言って陰気でなく活発な雰囲気を携えた女の子がスライディングの要領で飛び出したのだ。

 盲目の彼女は、常人ならば派手に転ぶかと考えるだろうが、その予想に反し彼女は縄跳びをするかのように簡単に足払いを避ける。

 「ほっ!!」

 攻撃を避けられた事に驚きもせず、尚も前髪が半分隠れた女子は金髪の娘へと起き上がると同時に肘打ちを胸へと繰り出した。

 それを、女性は受け流すかのように横へと体を傾けて避け。そして肘打ちの腕を掴み、関節を動かぬ方向へと向ける。

 「ってぃえぁ!!」

 焦り気味で、腕を決められかけた女性は体重を乗せつつ振り解き。そのまま軽く爪先を蹴ると同時に目の前の女性の頭部へ蹴りを放つ。

 受ければ怪我を負いかねない一撃。

 ――――フワッ。

 然しながら、その攻撃は水か空気を打つかのように軽く顔に当たる直前に金髪の女性は其の蹴りを触れる寸前で流した。

 いや、流したと言うのも語弊が有る。『触れたのに当たった感触がしない』、攻撃した女性は心の中でそう感じた。

 初めて、片目だけを晒していた女性の表情に明確な驚きが浮かぶ。

 そして、まるで其の驚きを予見してたが如く。金髪のバンダナの女性は隙だらけの其の娘を軽く押して地面に倒すのだった。

 「未だ、やる? カレン」

 にこやかな顔で、地面に手を付きつつ尻餅した娘に腰を屈ませ手を差し出し問いかける女性。

 「いえっ……然し、最近になって益々腕を上げましたね。アンナ姉様!」

 それに、笑みを浮かべて手をカレンは掴むのだった。

 ……南斗翡翠拳の伝承者候補、未来では水鳥拳の『義星』に、運命の悪戯で命散らす事になるカレン。

 ……アンナ。ジャギと出逢い、そして世紀末の誕生と共に灯火(命)を終えた女性。

 今は、奇縁や様々交錯を経て彼女等は白鷺拳の『仁星』の下で共に修行をする姉妹弟子となっている。

 「まぁ、最近になって。ようやくコツが掴んだって所かな?」

 「いやいや! 患ってから半年程で。私が相手ですけど、そこまで避けれるレベルに至ったのアンナ姉様は凄いですっ!」

 キラキラと、カレンは瞳に尊敬の光を浮かべアンナを賞賛する。

 自分にとって、同性で初めて自分の事を真正面から見てくれた人。そして最初は追いつきたい一心で対抗心が勝っていた。

 最近のカレンの考えは少々変わった。彼女が目から光が喪失して、それでも魂の輝きが損なわない強さを目の前にして
 些細な嫉妬でアンナを見るのでなく、一人の強い心の持ち主の拳法家としてカレンはアンナを最近見ているのだった。

 「この調子ならっ! 目が治った時は二倍ぐらい強くなってますよっ」

 「……どうかな。このままかも知れないし、そこまで期待するのも贅沢だけど」

 アンナは、曖昧な笑みでカレンの言葉に濁して返答する。

 実際、シュウの修練をして貰ったお陰で。彼女は気配や自分の周囲の『流れ』を汲んで動く事は上達した。

 『仁星』の師曰く、人間には肉体の二つの目以外に五感の総合で培わされる『第三の目』は最初から備わってるらしい。
 愛する者に支えられ、健やかなる心を磨く師は。アンナの成長振りを見守りながら彼女へと柔らかくも厳しく言うのだった。

 『良いな、アンナ。人は、この世に生を受け耳、目、鼻、手足、舌……聴覚、視覚、嗅覚、触覚、味覚を以て生まれてくる』

 『お前は、その内の一つを欠けた。そして、そのような人間は他の感覚は補おうとするかのように残る四つは発達する』

 『それは、お前にとって良くもあり悪ともなる。……アンナよ、お前は視覚を失った世界の中で新たな目をるのだ』

 その言葉を受けて、彼女は第六感……直感を鍛える為の修練が始まった。

 最初は座禅、次に軽い障害物を設置しての歩行を終えて走行。

 他の女性拳士と付き合いつつ、周囲に軟式のボールを投擲するのを避ける修行をして打ち身だらけになったのも
 最近になって無傷に切り抜ける事が出来るようになったアンナは、思い出しながら良い経験になったと思う。

 だが、どれほどに六感が発達したところで、大好きな人も、大切な仲間達の今の姿を、この目で見る事は適わない。

 それが歯痒くて、アンナはどうしても笑みに翳りがチラチラと浮かぶのを止める事は出来なかった。

 カレンも、そんな複雑な心境を全て見抜けずも薄らと察知する事は出来て、半ば大袈裟に活発にしてアンナの憂いを消そうとする。

 「ほらほらっ! そんな風に暗い笑い方。アンナお姉様には似合いませんってば!」

 スマイル、スマイル! そう、カレンはアンナの頬を軽めに引っ張りつつ、覗き込むようにして笑を浮かべるのである。

 「カレンは、本当、何時も元気だねぇ」

 正直助かる。彼女の天真爛漫とも言うべき前向きな性格には。

 演じているのならば、相手の言葉の節やら気配から見抜く事に最近敏感になっているアンナは解るのだが。
 カレンの場合全ての行動が純粋ゆえが行動が殆ど素なのだ。それ故に、アンナは彼女の言葉や行動を素直に受け取れる。

 「そりゃそうですとも! 南斗拳士は常に肉体と同時に精神も健康でなくてはいけませんから! 
 あっ、今度街へと出向きませんっ? 御山の清涼な空気を過ごすのも良いですけど、街並みの賑やかさに当たれば
 気分転換になれますよ? そうと決めれば、今からハマ先輩やキマユ先輩にもスケジュールを立てて……」

 カレンが満面の笑みで楽しげに予定を企画するのを微笑ましい感じてアンナは聞き歩きながら、その時ふと
 敏感になりつつ嗅覚に何かが届いたのを感じた。……僅かな、ほんの微量の火薬や硝煙の香りをアンナの鼻腔へと。

 「……?」

 「あれっ? 変な顔して、どうかしましたアンナお姉様?」

 「えっ? あ……いや」

 別に火薬の香りがしたからと言って、此処は鳥影山ゆえに何かしらの為に修験者が使用しただけかも知れないし
 悪い予感を抱いた訳でもないので、怪訝な顔を浮かべたのだろう事をカレンに指摘されたアンナは話題を変えた。

 「あっ、そうそう。そう言えばカレンの兄さんのマサヤ君……だっけ? もう来訪したんだっけ?」

 「ああっ、マサヤ兄さんねぇ」

 大体素直であるカレンは、アンナの正直上手いと言えない話術に簡単に乗せられ、頷いて自分の話を喋り始めた。

 「兄さんって決断力が遅いと言うか、悪い言い方すると優柔不断な部分がちょっと有りますからね。
 ようやく、この前『一週間はしたら来る』って返事が来たんですよ。もうね、私が言わなかったら何時まで
 経っても来なかったんじゃないかって呆れますよ、本当。レイ兄様の爪の垢を煎じて飲ましてやりたいですねっ!」

 「あ、あははは……? そう言えば、お兄さん居るのにレイの事は兄様呼びなんだよね。何で?」

 素朴な疑問。アンナの言葉にカレンは何を言っているんだ? とばかりの表情で告げた。

 「そりゃあ、レイ兄様は私の命の恩人且つ、そして私の憧れ及び初恋にして継続中の想い人ですよ!?」

 それはもう熱烈に、果てしなく興奮した口調で自分の赤裸々な感情をカレンはアンナへとぶつける。

 「良いですかっ!? レイ兄様の普段クールな顔つきだからこそ、時折見せる笑顔は柔らかく、それでいて甘美なのです!
 私のような下賎な者が、レイ兄様を呼び捨てにして『レイ』とか言って見なさい! 首打ち百刑されても文句無しです!
 年上口調で『レイ君』とか、または『レイお兄ちゃん』なんて言い方も駄目です! レイ兄様には実質アイリと言う
 妹君がおりますから、正直そう言う呼び方をしてみたいと言う感情があってもレイ兄様ファンクラブ一号として
 私は血涙を飲みつつ、その呼称はレイ兄様の妹君に献上致すのです! レイ兄様はレイ兄様と言う呼称だからこそ!
 包容力あり! 人情あり! それでいて私の理想の想い人としての美しさとクールさを一層と美化してくれるんです!!」

 解りますか!!? と、カレンは其の内容を息一つ切らす事なく言ってからアンナへと詰め寄った。
 詰め寄られた当人はと言うと、そんな馬も蹴らぬような理解出来ぬ話に対し引きつった笑いしか浮かべれなかった。

 「は、ははははは……つ、つまりカレンは本当にレイの事が好きなんだね……」

 「っもう! そんなはっきり好きだなんて言わないで下さいよアンナ姉様ったらぁ~!!」

 ばんっ、と強い調子でアンナの背をカレンは頬に朱を差しつつ叩く。アンナは一瞬息が止まり咳き込んだ。

 涙目になりつつ、アンナは彼女の時々する発作と言うか暴走と称するべき状態に僅かに疲労していると、また感じた。

 火薬と、硝煙……何やら異国の風をアンナは感じたのだった。

 「……」

 彼女は立ち止まった。その匂いが決して彼女にとって珍しい匂いであった訳では非ずも、何かが気掛かりに感じたから。

 「? どうかしましたか、アンナねえ……」

 カレンも、アンナが急に立ち止まったのに気付き一方的な会話を止めてアンナを見て……そして気づく。

 前方から、人が歩いてきたのだ。それも、拳法家のような道着や動きやすい風体では無かった。

 迷彩服のズボン、そして少々の解(ほつ)れが見えるコートを羽織った人物が疲れたような感じて山道を上る。

 カレンは見て、それが軍服だと気付いた。この鳥影山に赴く人物で軍人が来るとなると、時々彼女も知るアンナの
 事を大事にしてるであろう人物の友人たる南斗の若き王への用あってかと思いつつ、その人物が通り過ぎるのを
 何となくアンナと一緒に顔が歩く其の人物へと動きを追っていた。然しながら、その顔が軍服の人物を追うのは中断された。

 「……、私に何か用ですか?」

 軍服の人物は、アンナとカレンを過ぎて十歩程度を歩いた手前で制止し二人へと後ろ向きで訪ねたのだ。

 カレンは、じろじろと不躾に見つめて不快にさせたかと、罰の悪い顔を一瞬浮かべ。アンナは直ぐに謝罪した。

 「御免なさい、けど、火薬の香りがしたから……」

 「……火薬、ですか。結構、念入りに洗濯しといたんですがね」

 苦笑いを交えた声が、その人物から唱えられる。視線を送られた事には気分を害してない事が口調で知れた。

 「まぁ、お節介かも知れませんが余り人の事をジロジロ見るのはお薦めしません。私は良いですが、気性の激しい
 御仁ですと貴方がたのような若い方二人となると、悪戯な下心浮かべて接しようとすると不埒な輩も居ますからね」

 軍服の人物は、背を向けたまま穏やかに彼女達へと言い竦めた。

 初対面の人物に、このように忠告するのだから悪い人物では無いとは思う。だが、カレンとして見れば
 後ろ向きで、顔を見せる事なく要らぬ世話を焼こうとする。声だけだと若く感じる人物の態度に少しだけ鼻につきもした。

 その感情は、若く、先程の軍服の人物の言う『気性の激しい人間』に当てはまるカレンは負けずに言い返していた。

 「十分承知してますっ。それにっ、こっちは南斗聖拳も結構使えるんです。只の成らず者になんぞ好きにさせませんよ」

 勇敢なる言葉。自身一人で暴漢などに負ける気は無いとの未だ青臭い台詞が健存なる彼女の果敢なる負けず嫌いな言葉。

 その言葉を聞いて、軍服のズボンの人物は今までフードで頭まで覆い顔も隠れてたのだが、そこで肩を震わし低く笑った。

 「―――クッ」

 「っ! 何が可笑しいんですかっ!」

 笑われた。その事に過敏に反応してカレンは声を荒げて其の人物の背中へと怒鳴った。

 怒鳴られた人物は、笑いを直ぐに収めて謝罪の声を唱える。

 「――申し訳ない。ですが、気分を悪くさせるのを承知で言うが貴方は若い」

 フードから零れた後ろ髪はボサボサで、その人物はフケが見える髪を掻きつつ背中を見せたまま言葉を続ける。

 「先程、すれ違った限りで言わせて貰いますが。南斗拳士伝承者候補だとしても、一瞬の油断や、体調の変化で
 南斗拳士と言えど簡単に足を掬われる。――何度も言うが貴方は未だ私から見ると若い……先程の言葉を述べるには特にね」

 「……っ何処の誰が知りませんけど、怪我したくなかったら訂正してくれません? こっちも、貴方が言う程の
 生半可な気持ちで鍛錬してる訳じゃないんです! 日々、南斗拳士としての心得を重んじて血を滲む修行を……っ」

 「おや? 先程聞いてて花が咲きそうな会話が風に浚われて聞こえてきましたが……それは私の幻聴ですね」

 揶揄する口調。そこで、カレンの堪忍袋は僅かに千切た。

 自分の羞恥心が巻き起こったのと同時に、謂れもしれぬ侮辱を受けて我慢しきれる程にカレンは大人に成りきれていない。

 頬に朱を一瞬で差し、歯を見せて唸るような顔つきで一瞬に男の背へと近付くと、その背中の中心へと蹴りを見舞っていた。

 「っ盗み聞きするな、馬鹿ぁ!!」

 怒鳴っての一撃。翡翠拳の拳法仕込みの一撃の蹴りは、見ず知らずの礼儀を知らぬ言葉をした人物を
 地面の土を味わせる事になるだろうと予測していた。だが、それは永遠に叶う事が無かった。

 「―――ふぅ」

 吐息、それと同時に足が泥沼へと飲まれるような感覚。

 (えっ―――?)

 「最近の、女性拳士とは全員貴方のようにお転婆なのでしょうか?」

 ……気が付けば、カレンは男に背を支えられているような状態で捕らえられていた。

 翡翠拳、そして南斗聖拳でも基礎の跳び蹴り。頭に血が上っていたとは言え、このように簡単に自分の蹴りが防がれた??

 余りの事態に呆然としているカレンは、一瞬自分の状態が下手すれば男にどのようにもされる事態である事も認識されなかった。

 「……大丈夫ですか?」

 不安そうな声。軍服の男の顔を、そこでカレンは初めて視認した。

 ……見ると、そこまで若いと言う感じではなく二十代の中期から後期にかけての大人の顔。

 少々、儚いと言うか学者な感じの博識そうな知性を漂わせた虚弱感の見れる顔つき。そして鼻の筋を覆う絆創膏。

 そんな感じの顔の人物が、自分を抱きかかえているのだとカレンは数秒後に把握し、その一秒後に軽い悲鳴と共に手を振り上げていた。

 「っ……元気なお嬢さんだ」

 「っな……なっ……なっ!」

 見ず知らずの男に抱きしめられたと知り、カレンは羞恥を怒りで赤面しつつ男に平手打ちした状態のままに離れ対峙する。

 男は、頬に紅葉を生やし苦笑いでカレンを見つめていた。

 ……風が吹く。新たなる到来を予感し、歓迎する感じの柔らかい風が。

 アンナは、今までの出来事は視界は閉ざされているゆえに他の感覚から友達である妹分の彼女と、全くの突然
 出現した行きずりの男性が一瞬の攻防をした事を、この時点で気付き慌てて彼と彼女の間へと割り込んでいた。

 「ちょっ、そこでストップ! カレン、もう止めなって。この人、別にカレンに本気で何か悪さしようって思ってないんだから……」

 「っあ、アンナ姉様。でもでもっ! この男!! 今、わっ、私の事抱きしめて……! ~~~~~~!!!」

 レイ兄様にだって抱きしめられた事ないのにーーーー!!

 そんな事を喚き、彼女は抑えきれない感情の暴走を鎮めようとするかのように行き成り突風のように逃走するのだった。

 「……元気な娘ですね。貴方の妹……と言うには容姿も異なりますし……義理の妹分と言った所ですか?」

 苦笑を伴った問いかけがアンナの耳を過ぎる。それに穏やかに彼女は返答する。

 「うんっ。……叩かれたんでしょ? 気にしないでやって、あの子、普段余り男の人に免疫ないからさ」

 まぁ、私も人の事言えないかとアンナは心の中で失笑してる事を気づかず。その人物は真面目な顔つきでアンナを注視していた。

 「……目」

 「うん、見えないよ」

 呟かれた言葉に、アンナは即答する。

 雰囲気が、少しだけ揺らぐのをアンナの鋭い感覚が見ず知らずの人物が少しだけ動揺したのだと報せる。

 この時点で、彼女は其の人物が悪い人物では無い事を判断された。だから砕けた調子で彼女は話す。

 「気にしなくて良いよ。白鷺拳のシュウって言う人に訓練して貰って、日常でも闘う事になっても不自由ないから」

 「……それなら、良かった。……成程、だから火薬の匂いにも敏感に反応したんですね」

 苦笑と、柔らかい何処かを擦るような音が響く。アンナは、鼻を擦っているような音だと思いつつ訪ねていた。

 「此処には、サウザーに用事があって?」

 「えぇ。……その言い方だと、南斗の王には結構馴染みのある方と思って宜しいかな?」

 言葉の使い方から、その人物はアンナがサウザーと近い距離に居る人物だと察知する。

 その聡明さに、アンナも僅かに胸中で舌を巻きつつも、この人物がサウザーに近づいても害は無いだろうと思い肯定を口走っていた。

 「うん、良かったら案内するけど?」

 「有難い。此処に来ているとの報せは有ったのですが、何分この場所の地理は久々で疎く『待った待った待ったぁ!』……と」

 戻ってくる、若い元気な女性の声。

 息を切らし、カレンは頭の熱を冷まし戻りアンナの手に自分の手を差し伸べようとしよている男を見つけ大声で制止していた。

 「アンナ姉様に何行き成り手を握ろうとしてるんでが! この変質者! 変態!! むっつり色欲魔!!!」

 「酷い言われようだな……」

 ほぼ初対面の人物に、そこまで罵倒されつつも男は特に憤ったり唖然とする事もなく温和と失笑を交えた顔つきを崩す事しなかった。

 その男の体から漂うのは、何やら全てを達観しているような雰囲気だと。

 アンナは、その人物の隣に立ちつつ。その不明瞭なる気配を帯びた人物の位置へと顔を向けるのだった。

 「大体! 貴方誰なんですか!!?」

 「私ですか? あぁ、そう言えば自己紹介遅れて申し訳ない」

 私の名前は……。そう、声を区切り男は本心が定かでない笑みを維持したまま、

 「……私は、南斗流鴎拳の伝承者」

 穏やかな、それでいて涼やかな風が流れ、男はボサボサの髪の毛を揺らしつ唱えた。






                     

                             「リュウロウ……それが私の名です」










 


 
              後書き






 さて、鷦鷯拳の伝承者ですが。この人物、オリキャラですが
 原作キャラの血を受け継ぐ者です。まぁ【小柄】って何度も強調してるし
 聡明なリハクのような皆様なら気づくとジャキライは信じてる。



 リュウロウですが、彼はフリーの傭兵から帰還しています。結構、彼も暗めな過去を背負っている感じです。





 



[29120] 【流星編】第二十話『流星を担う男 そして海を渡る彼の記録』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/07/14 19:13








 




 












 199X年 世界が核の炎に包まれし直後。

 とある双子の片割れ。北斗の業を担う男は、野望の為に動いた。

 その男の師たる人物は、その野望を察し直ぐに止める事を望む。だが、既に師よりも、その男は遥かに実力を凌いでいた。

 男の秘めたる憎悪と執念は、既に師を超え、その地で男は最強に近い力を得ていたのだ。

 師は、男に完敗し命からがら何とか逃げ延びる。

 そして……その師は弟子への悔いを抱きつつ、今……。









 世界は、阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げている。

 人肉を喰らい、病人や弱者たる男は殺され、女な性欲の慰めものとされ。

 強い者は、武具を扱い自分の欲望のままに暴れ狂う。

 其の世界の一角の地は、遥かに肉体の力が強い者達が寄り集まっている地だった。

 その、一つの場所に。

 澄み切った湖の中心に立つ……宮殿造りの聖殿が有った。

 その場所の名は……羅聖殿。

 「……」

 コツ、コツと肩を押さえている老齢と思しき人影が、その聖殿へと鼠のように忍び込む。

 掠れた呼吸は、今しがた激しい戦闘でもしていたように、とても疲れ果てた顔を男性は刻んでいた。

 「止まれ」

 開けた聖殿の内部へと男性が足を踏み入れた瞬間、鋭い一声が広間一室へと響き足を止めさせる。

 だが、男性は驚いた様子もなく静かに、その広間へと声を轟かせた。

 「黒夜叉……私だ」

 「っ……おぉ、その声は……!」

 男性の声を聞いた瞬間、聖殿に威厳のある声を響かせていたであろう人物が出現する。

 声だけならば巨漢の勇士とも連想させたが、その正体は真逆の小柄な老人であった。

 だが、容姿と体格だけで侮ってはならない。その人物こそ、北斗に長年仕えし影なる従者。北斗の救世主に仕えてきた者。

 黒夜叉……羅聖殿を守りし人物の名である。

 そして、その場所に来訪せし者。名はジュウケイ。

 北斗流拳……、北斗神拳と並ぶもう一つの北斗の拳。

 別名を北斗劉家拳と言い、三国志の時代に北斗神拳が三派に分かれた中の、劉家を守護するために生み出された拳。

 ジュウケイは、その北斗流拳の現伝承者だ。

 いや……『だった』と言う方が正しいのだろう……。

 「久しいですな……随分、お疲れのようで」

 「ふっ……社交辞令など止せ。全て織っているであろうに」

 そう、強い苦悩と悔恨が刻まれた皺がジュウケイに疲れた笑みと共に模られる。

 黒夜叉は、暫しジュウケイの顔を見つめてから、顔をそっと横へと向けて呟いた。

 「……動いたのですね。カイオウが」

 「あぁ……防げなんだ……っ」

 『カイオウ』……。

 ラオウと、血を分けた双子。そして北斗流拳の始祖たる北斗宗家のリュウオウの血脈の子である。

 また、彼は多くの運命の歪みにより魔界へと踏入り、魔闘気なる力を所得し最恐なる者と至った。

 今の彼は、筆舌し難い憎悪と狂喜に浸りながら混沌時代の開花の中で己の望むままに動いている。

 ……彼を止めれる存在は、今は遥か彼方にて愛する者の傍に付き慕うのみだ。

 「すまぬ黒夜叉……兄弟弟子たるハンは、十中八九この世界にて羅刹となる事を望む。最後の綱たるヒョウも
 全ては私の責たる事だが、この時代の混沌収めるべくカイオウの下にて疑う事なく動く筈だ……私の力はもう及ばん」

 無謀に飛び出した所で、犬死は必至だろう……と、ジュウケイは嘆きながら現状を語る。

 ヒョウ、ハン。彼等もまた北斗流拳を扱う人物であり。前者は北斗の救世主とも大きな関わりある人物だ。

 一人は、強者たらん事を常に望む典型的な闘争者であり。カイオウの野望を阻む事なく、この世界を気に入いる事は簡単に予想され。

 一人は、己の授けし拳質から、愚かにもカイオウの野望を挫く想いや過去を封じてしまった……。

 彼等もまた遠くない未来で死ぬ事になる。満足とも言えるが、第三者からすれば悲しい末路を。

 「……お前は、どうする? 長らくこの場所に隠居してきているお前は……」

 「私のする事に変わりは有りませぬ。……朽ち果てても、この場所に何時か訪れるであろう、あの方を待ち続けるのみです」

 黒夜叉は、何者にも曲げれぬ決意を秘めた光を帯びつつジュウケイに断言する。

 彼は、己の実力でカイオウと闘えば死ぬ事を把握している。その結末が相打ちがどうだろうと関係なくだ。

 そして老獪なる彼の知性は、この世界を鎮めるにはカイオウと言う災禍に未来で成る者でも、何処ぞの獣が
 好き勝手に光輝く未来を支えし者達を虐殺するよりは幾らかマシであろう事も予想しているのだった。

 使命と、そして強かな計算。その織り交ぜた理由から黒夜叉は動かない。

 「私は……この場所で待ち続けるのみです」

 ケンシロウを。この時代を明るい世界へ変えてくれる救世主(ケンシロウ)を。

 彼は、その一心のみで、この誰も寄り付かぬ聖地を守り抜く事を決意しているのだ。

 ジュウケイも答えは予想していたゆえに、顔を変える事なく頷いた。

 「あぁ、それで構わぬ。お前はお前の好きにすれば良い……」

 もう、この邂逅を最後に会う事も適わぬだろうからな……。と、ジュウケイは自分の命も、カイオウの将来を案じ
 そう長くない事を冷静なる第三の自分が示唆しているからこそ、心の中で付け加えつつ、そして話題を変えた。

 「時にだ、黒夜叉。お主に譲った羅龍盤だが……今はどうした?」

 露骨な話題変え。その余りに下手な方向修正に黒夜叉は思わず位では上なる人物を怪訝な顔で見つめた。

 「何故、そのような事を今更?」

 「他意は無い。ただ、ふと思い出しただけよ」

 苦笑いを浮かべるジュウケイには、本当に他意は無かった。ただ、この機会を終えれば、もう会う事は無いであろう
 色々と昔から介助してくれた事ある北斗に尽くしたる人物に、せめて他所他所しい別れはしたくないとの意思表示だった。

 そんな思惑も知らぬ黒夜叉は、少し首を捻りつつもジュウケイの言葉に答える。

 「……アレならば、失くしましたよ」

 その顔つきを見て、ジュウケイは間髪入れずに返答する。

 「嘘を申すな黒夜叉よ。私や、北斗に縁ある者達に常に敬意を隠さず表すお前が私の物を紛失するなど万に一つも有るまい」

 普段ならば滅多に浮かべぬ微笑と共に、黒夜叉へと柔らかくジュウケイは続ける。

 「どのような事で使い、そして失くした所で我は別に今更叱る事もせぬ。包み隠さずに申してくれ」

 ジュウケイの言葉には芯が有った。それを見知り、黒夜叉は少しだけ恥のような、僅かなる羞恥に似た表情を浮かべた。

 このような表情を浮かべるとは珍しいなと。ジュウケイは心の中で僅かに驚きつつ、黒夜叉の口が開くのを待ち受けた。

 「……では、申し上げます。他言無用を承知の上で聞き届けて頂きたいのですが」

 「無論だ」

 重々しく頷くジュウケイに、安堵を入交えて黒夜叉は話し始める。

 「……ジュウケイ殿も知っての通り、我、黒夜叉は代々決められた者の影なる守護を努めております。
 その身上ですから、私は若き頃から自身の俗世の欲は断ち切った……周囲には、そう堂々と公言してたのですが」

 その、少し歯が詰まったような言いようにはジュウケイに見覚えがある者だった。黒夜叉の言葉は続く。

 「ですが、未だ私が若き影として学ぶ事多き頃の事です。外界にも顔を出す事が多く、その時に一人の女子と出逢い……その」

 そこで、声を途切れさす見下ろせる程に小さい背丈の北斗の従者。見下ろす北斗流拳の伝承者は、それだけで全てが織れた。

 昔、同じ拳を担う兄弟が粗相をした時に浮かべるような僅かばかりの恥を含んだ顔つき。ジュウケイは目を大きく開き呟く。

 「ならば、黒夜叉……お主」

 「はい……一夜限りの過ちを……私はしてしまいました」

 その言葉に、呆れていいのか、それとも激怒するべきなのか判断つかぬような顔をジュウケイは黒夜叉を見つめ複雑な顔をする。

 北斗の従者とは、その重い役割ゆえに女色についても重い規律がある。自分が若い頃の黒夜叉を知ってはおらぬが
 彼のように厳格にして、規律を重んじる人物でも女人との浅瀬は有るのかと。少々の感心が場違いにジュウケイには感じられた。

 「はぁ……それは……問題あるな」

 だが、一度だけなのだろう? とのジュウケイの問いに黒夜叉は真面目に頷く。

 「えぇ、無論その一度だけです。……ですが、どうも私の種と言うのは中々この年になっても矍鑠(かくしゃく)な死に損ないと
 同じく中々しぶといらしく、その一度だけで其の女人に……その……まぁ、間違いは更なる問題へと至った具合でして……」

 「濁さなくても解る」

 溜息を、今度こそジュウケイは吐いた。

 何と言う事か。勿論、かなる昔の頃の話だろうから自分の知ってどうなる事でないが。自分が北斗流拳を伝承した時にでも 
 話してくれれば良かったのに……と。ジュウケイは申し訳なさそうな顔を依然と浮かべる黒夜叉を見て苦い気持ちが沸く。

 「となると……子が、出来たと言う訳なのだな? 言ってくれれば良いものを……」

 ジュウケイの、暗に責める口調に黒夜叉は微かに失笑を滲ませて返答した。

 「誰が言えましょう? 我は北斗の影。誰にも知られず影として生き、朽ち果てる運命で御座います。
 そのような身の上の者の伴侶なれば、その者にも無論の事、謂れ無き迫害と災難が遭うのは必須……そんなのは耐えれませぬ」

 「……愛していたのか?」

 「でなければ、抱きなどしませぬよ」

 これでも、私は夢想家なのです。特に愛と言う事柄には……と黒夜叉は取り直すような口調で述べた。

 ……確かに、彼の使命を考えると。その妻も、そして彼の子供も北斗に関わる悪意の対象となるであろう。

 だが、彼はそれで良いのか? 彼とて、愛する者の傍に居る事を望まぬ筈なしとジュウケイは黒夜叉を見つめる。

 そんな、北斗流拳の伝承者の意図を視線で見抜き、北斗の従者は顔を伏せて独白を続ける。

 「……金には、影ゆえに蓄えにも事欠かぬゆえに常に送り続けていました。北斗に関する詳細は何一つ
 彼女へと告げた事は有りませんでしたが、生来から勘が良かったのでしょう。何一つ言わず、子を一人で育ててくれました」

 私に恨み言を一つも言う事も……何一つせず子を……。と、黒夜叉は遠くを慈しむ目で見ていた。

 恐らくは、若き頃使命を遂行する傍らに、その大事な者を陰ながら役割と同じく見守っていたのだろう。

 そして、その者もまた同じく、黒夜叉を信じ子を育てていたのだろうと。ジュウケイは黒夜叉の表情から確信するのだった。

 彼の、その妻子に対する愛情の深さ。それに何故だが、遠い過去に出会った人物を彼は思い出す。

 遠き日に、生きよと自分にソレを託してくれた人物と、そして自分が喪失させてしまった家族を思い起こしつつ。

 「なれば、お前は羅龍盤を……」

 「えぇ……家族へと、託した所存です」

 罰を与えるならば、どうぞ如何様にも……。そう体を低くする黒夜叉に、ジュウケイは手を振りつつ答える。

 「言ったであろう? どのような使い方をすれ咎めはせぬ、と。何よりも、お主は愛する者の為に託したのだ……」
 
 誰にも責められはせぬ。その言葉に、黒夜叉は肩の荷が降りたようにホッとした表情が零れ出たのだった。

 「そう言ってくれれば有難い……然しながら、もはや羅龍盤と言いましたか。アレの行方は掴めぬでしょう」

 「何故だ?」

 「然り、我が子の行方が不明ゆえです。段々と世情が混迷となった時から、我が子は我の知る地から離れたと聞きます」

 最も、この地の苛烈な生存競争を知る身としては、致し方がないと知ってますが。と黒夜叉は付け加えつつ言葉を続ける。

 「……最後の、我が妻と成長した子を視認した時には子が出来ていたと思われまする。恐らく、その子供に羅龍盤は
 託される事でしょう。ですが……このように世界が混沌と化しては、もはや私の家族の生死も……絶望的です」

 そう、暗い顔で黒夜叉は言葉を終えるのだった。

 一度の過ちで子を設け。けれども愛はしっかりと存在しつつ出来た子の新たなる自分の血脈を抱いた子。

 出来るならば、生きて会ってみたかったが……適わぬ夢だろうと黒夜叉は知っている。

 「……もはや、遅すぎるのですよ。ジュウケイ殿」

 「……世は無常だな」

 羅聖殿での二人の北斗に属する者達の会話は、そこで終りを迎えて一人は運命の子が来るまで待ち続け、一人も
 その地を救ってくれる修羅の王の片割れの帰還を待ち望んで別の聖地へと足を運び静かに時を待つ。

 この会話を最後に、黒夜叉は自身の中に燻っていた身内への懸念や複合する想いも断ち切った。

 だが、彼が既に死んだと考える……彼の子は確かに未だ生きていたのである。

 ……複雑なる運命を、多様へと切り抜き。





 ・




       ・


   ・



     ・



 ・




    ・




       ・



 ……ハッ……ハッ

 ある日の時。一人の若い女性が赤子を抱き抱え、波止場の場所に居た。

 「……神よ、お願いします。どうか……この子を」

 女性は、命を断ち切るかのような苦しげな表情と涙を流しながら、とても小さい小さい赤子の額へと接吻する。

 赤子は、眠ってはおらず。じっと母親と思しき人物をじっと泣く事も笑う事もせず不思議そうに見ていた。

 「御免なさい×××……御免なさい。母さんを……どうか恨んでおくれ」

 そう、母親は断腸の想いを必死に赤子に悟られぬように微笑んでいた。そして首筋にぶら下げていたペンタンドを取り出す。

 母親は、ペンタンドをしっかりと赤ん坊の体へと結ぶように付けた。赤子の手には小さなコインが握られる。

 「きっと……物心付いた頃には貴方は私も父の事も知らぬでしょう……けど、それが貴方を導いていくれる」

 「どうか……異国で幸せになっとくれ。……幸せに」

 ……波止場から海が出る。

 海の荒くれの男達の喧騒が響きあう船上で、赤子はしっかりとコインを離さずに故郷の地を離れていく。

 やがて、その赤子は海の男達に気づかれて周囲の者達が混乱する中。捨てるも殺すも忍びなく赤子は人の手を
 渡り歩き、遂に厄介払いを願いたい少々悪どい人物によって畑の中へと捨てられる事となる。

 赤子は、その畑で生命の全てを込めて泣く。とある老齢ながら、矍鑠として達人の雰囲気を担う老人へと拾われるまで。

 赤子はグングンと成長し、やがて血脈ゆえの才なのか拳への開花をする事になる。

 奇縁ながら、拾った老人も同じく拳法のとある達人。老人は、子を自分の子のように可愛がりつつも、寝物語と共に
 その子供へと口酸っぱくも語っていた。とある星達と対立した物語、それと共に自分の悲願を子供へと話していたものだった。

 『……儂は、少しのポタンが掛け違えば王と呼ばれていたかも知れぬのじゃよ×××』

 そう、皺だらけの目尻を細めて老人は唱える。

 『何度も何度も、その王とは闘い破れ……今じゃ儂も年老いた……もう、儂の代で彼の王とは手を結んでも良いかも知れぬが』

 ポリポリと、フケを落としつつ老人は言う。

 『……けど、照れくさくてなぁ。お前は、儂の自慢の息子じゃよ×××。拳の腕も直ぐ覚えるし、もしかすれば
 お前の腕ならば彼の王でも打ち破れるかも知れん。……だが、このように平和な世が築かれた頃に我らの余計な諍いは』

 新たなる火種としか成らん……上手くいかないもんじゃよ。と、老人は茶を飲みつつ子供の頭を撫でる。

 老人の膝丈程の子供は、神妙に話を聞きつつ。最後にポツリと聞いた。

 『爺(じじ)。なら、おらが爺(じじ)の願い、何時か叶えてやるよ』

 そう、胸を叩き子供は呟く。

 『王様になれば、おらのおっ母もおっ父も簡単に見つけれるだろ? おらが偉くなったら、母(かか)も父(とと)も
 戻ってくれる筈だろ? おら……だからもっともっと強くなるよ。……おらにも、叶いたい願いがあるから』

 『……そおか。なら、お前の好きにせい』

 ……それから、毎日毎晩、子供は背丈は余り伸びずも拳の腕は飛躍的に成長していった。

 手に握られていた不思議なコイン。そのコインは時にあらゆる因縁を子に招きつつ、子の成長へと繋がっていく。

 何時しか、子供は自分の身元の唯一の手掛かりとなるコインを『おっかさん』と呼んで大事に大事に持っていた。

 育ての者曰く、このような細工のコインは恐らく二つと無いとの事実は。子が自分の親を捜すのに有効だと知れた。

 血の繋がらずも、愛は受けて成長し。

 異国の地で、子は類まれぬ拳才と共に生きる。

 謂れのない、誰も命じぬ使命を育つと共に受け入れて。

 子は……世紀末の到来の頃……その時もしっかりと損なわれぬ事なく生きていたのだった。






  ・




        ・


    ・



      ・


 ・




    ・



        ・



 「……サンショウ、おい、起きろサンショウ」

 「……っんだ、うっせぇな」

 目が見開く。見下ろされる人影の視線に苛立ちつつ彼は起きた。

 彼は、もはや慣れつつも人から見下ろされると言うのが大嫌いだった。体格的にもそうだが、拾われたと言う事実を
 周囲はよってたかって揶揄の材料とするゆえに、彼はその出来事を何度も指摘されてストレスの根底に刻まれた。

 「寝すぎなんですよ。もう陽は高いと言うのに」

 「けっ、おらが何時まで寝ようが勝手だろうが」

 寝起きで不機嫌と言う訳でなく、彼は常日頃から、このような邪険な態度が普通なのだろう。

 他に周りを居た者達は、やれやれと言う顔つきを隠そうとせず彼に何も言わない。

 そう……その彼の周りは百名は居るかと言う者達は寄り集まり、テントを設置しつつ荒野に居た。

 誰よりも、その周囲の人間の中で小柄な人物は暫しぼうっと何もない地平線の方向を見ていた。

 普段の彼の性格を知る者達は、普段カリカリと神経質な雰囲気を携えている彼には珍しい顔つきだと考え、一人が声を掛ける。

 「どうした? ぼうっとして」

 「……別に。昔の夢を見ただけさ」

 そう、彼は短く質問に答えて別の重要な事柄に対して逆に尋ねる。

 「……食料は?」

 「とりあえず、未だ半月程度は持つかと。だが……水に限りが有りますね」

 水脈のある場所を探して、とりあえず水を補給出来る場所を確保しないと……そう知的そうな顔つきの者が助言する。

 「んなこたぁ解ってる。だが、こう荒廃してると水のある場所なんぞ解らねぇよ。湖見つけても放射能の汚染水ばっかだ」

 針鼠のような髪を掻きつつ、鋭い目つきの小柄な男は周囲の者達へと大声で告げる。

 「休憩が終了したら、直ぐに前進する!! 移動の用意をしておけ!!」

 『はっ!!!』

 ……彼の言葉に、一様に誰もが自然に従い、そして反論する事もなく荷物を纏める作業を始める。

 彼は……認められなかった者達の統率者であり、そして、その悔恨を一心に受ける立場の影の王と称して良い者。

 「……サンショウ」

 彼の名を、誰かが呼ぶ。問いに答えるのは、小柄な針鼠のような男性。

 「なんだ」

 「南斗の王に会い、我々を受け入れて貰う使者としての命を受けてくれた事は感謝してます。
 ですが……本当に良かったのですか? 世界が崩壊した今、故郷を離れてまで今更南斗の事柄に深入りする必要は……」

 「わかってねぇな」

 行進を継続する事に不安を提示する者へ、容赦なくサンショウは切り捨てるように皮肉気に言い放つ。

 「言っとくが、おらはてめぇらが頼んだから行くんじゃねぇ。自分の意思で南斗の王ってのに成りたくて行く」

 そう、僅かに獰猛な気配を笑みに滲ませてサンショウは言葉を続ける。

 「……でなきゃ、おらは永遠に誰にも知られぬままに埋められちまう屍だ。この世に、おらの爪痕を永く刻んでやる」

 「影なんぞで終わって堪るか。おらは陽の下で何時までも語り継がれる存在となりてぇんだよ」

 だから……おらは南斗の王の元へと行く。

 サンショウは、そう告げて彼等に二言を継がせる事なくテントの一つへと入るとコインを取り出した。

 常に、彼が物心付いた時からの儀式。彼が母と呼ぶ形見の金属具を扱っての決断の意思証明。

 「おっかさん、おっかさん。水のある場所の方角さ教えてくれ」

 そんな、運を天に決めるような馬鹿げた儀式を彼は行い。コインの占いの結果で行き先を決める。

 だが、恐ろしくも不思議な事に。彼の持つコインの結果は彼自身の命を何度も救った事があった。

 今回も、そのコインの導くままに行けば水源を確保する事は出来るだろうと微塵も疑う事なく結果を知るとコインを収める。

 龍の描かれたコインを、慈しむように指で撫でながら彼の鋭い目線が何時も見るのは……一つの方向。

 「……待ってろ、南斗の王」

 


 ―――必ず、『師父』の悲願は俺が成就させる。


 ―――そして……王となりて、おら自身の悲願もだ。




 

 ……強く、強く。その奇妙な経路を辿る小さくも巨大な意思を秘めたる男の頭上では流星が一つ空を過ぎるのだった。








  ・




    
         ・


    ・



       ・



  ・




     ・




         ・





 ……海の音、それと共に何か大勢の人間の断末魔が波打ち際に聞こえてきた。

 此処は、世紀末の世界に残る数少ない海。

 浅く、海に足を伸ばせば入れる程の岩辺に二人の人影が見る事が出来た。

 「……っちっ、駄目だ」

 見ろよ、これ。と、旅人と思しき人物は何やらメスシリンダーのような物を掲げ、仲間であろう人物へと見せる。

 シリンダーの中の海の水を入れた容器は、毒々しい色を空の頼りない光を受けて反射させている。

 「濃度が完全に致死レベルだ……これじゃ、魚はおろかプランクトンすら捕れやしねぇよ」

 お先真っ暗だ、と唾を吐いて天を呪う人物は苛立ちを隠せないようでシリンダーの液体を投げ捨てる。

 どうやら、海へ赴き調査をしにきた人物らしい。結果は、彼等からすれば最悪の一言に尽きる。

 彼等の目の前には見た目青く澄んでる色の海が目に入るのに、その海は完全に死の水なのだ。

 「深い場所なら……放射能も未だ侵食されてないのだが」

 「そこまで潜る利点は無かろうが。……くそっ、これじゃあ濾過して安全な水すら造れやしない。最も、そんな器具も満足に存在せん」

 「……頼みの綱は、天から降る雨を貯水するのみ……か。絶望的だな……」

 水。

 それが人類、いや全ての生き物に必要不可欠な要素だ。

 それが現在人類による愚かな所業により完全に殆どが汚染され使用不可能と言う状況に陥っている。

 先行きが暗黒の現実を突きつけられ、手元に残っている水すら頼りない状況で、旅人は何を思うのか?

 「……だが、諦めはせんさ。地盤を掘れば、未だ清潔な水も有るだろう」

 「そうだな。我ら『南斗』拳士。完全に八方塞がりの状況にされた訳では無い。幾らでも生き延びる方法はある」

 「だな。……こんな時、頭の良いアルゲが居れば、良かったな『シェアド』」

 「言うな。あいつは同じ四方を担う拳の同士として、快方に早く成る事を願うのみだ『アルフェ』」

 ……そう、一見ただの旅人にも向けられる二人は、この言葉からしてどのような人物が理解出来るだろう。

 シェアド……南斗東夷(とうい)拳現代伝承者

 アルフェ……南斗北狄(ほくてき)拳現代伝承者

 どちらも南斗中位の拳法の伝承者であり、二人とも一人の王に仕える忠実なる南斗の戦士。

 世界が変動した場所で、豊かなる資源を確保する為に彼等は偵察任務を預かったが、その結果は先程の通り。

 二人は、このまま帰還する事で決着つけると、やれやれと言う面持ちで海から背を向けた。

 「一先ず、このまま予定通り中点地点でサウザー陛下の軍と合流する事で良いな?」

 「有無、シンの将も良ければ数日内で会える筈だからな。早く野宿せずに過ごせる日々へもど……」

 戻りたい。そう、言葉を続けようとした伝承者の一人が、突如口を噤み、そして片側の仲間に真顔で顔を向ける。

 「……聞こえたか?」

 「あぁ……北東の方面だな」

 「人数は……多いぞ」

 彼等は聞く、複数の足音と声を遠方から。伝承者として鍛えた耳は、彼等に耳聡く危険かも知れぬ音を察知させたのだ。

 彼等二人は顔を見合わせる。このまま音を無視し、比較的安全に自軍と合流する場所へと真っ直ぐ向かうか。

 或いは、少々の危険性を見越しつつ、何が起きたかを確かめる為に潜伏しつつ見に行くかを。

 視線での双方の意図の確認。決断はどちらも早く、その音の方へと静かに歩いていく。

 それも、ある意味当然なのかも知れぬ。海に生物は棲めず、結果的に希望的な報告が出来ないと解った以上
 彼らにとって少しでも世界の有益な情報を所得し、自分達の王へと何かしらメリットなる報告を望む心情は普通だからだ。

 彼等は、そうして蛇のように静かに近くの岩陰から騒々しい音のする方向へと顔を僅かに上げて見た。




 ――――その、一人の伝説となる男の序幕の殲滅劇を。




 「……何だ……ありゃあ」

 


 ―――その海岸に、あらゆる凶悪な海賊と思しき風貌の男達の中心に男が立っていた。

 
 否、それだけなら彼等は驚かなかった。問題なのは……その男が海賊達を『殲滅』していたからだ。

 



 


                     ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアァ!!!!!






 ……咆哮を上げながら、男が拳を一振りする度に荒波を超えてきたであろう屈強な大男達が虫か何か小さな物のように
 塵のように吹き飛ばされていた。その男が拳を振り抜く事によって、男達は世紀末を超えた命を一瞬で消滅していたのだ。

 一度、拳を振るだけで数十名の人間が。

 一度、掌を掲げる事で数十名の人間が。

 その男のたった一つの動作で……人間が一瞬で地上から姿を消し去っていく悪夢のような光景を二人の南斗の戦士は目撃した。




 
 「嘘だろ……何なんだよ、ありゃ」

 二人の伝承者達は、自分の見ているモノが現実か夢か一瞬解らなかった。

 だが、風に乗って香る血と、そして男達の悲鳴と雄叫びが彼らの耳と鼻を通じて現実だと無情に訴えかける。

 そして……瞬く間に彼らの視界の中で、その殺戮劇は終わりを迎えたのだ。

 「なん……なんだ、あの男は……!?」

 「おい、一人、あの男殺してないぞ? ……見た所、海賊の船長か?」

 ……二人の視界の中に映る、その劇の主役を務める男の全貌を、今やしっかりと目にする事が出来た。

 その、どことなく野性味の風格が近く、そして海賊達の返り血を浴びつつ全くの無表情の様子は、控えめにも
 恐ろしいの一言に尽きて、彼等は海賊達の屍の上で仁王立ちをする男の場所へと足を運ぶ気には到底成れなかった。

 ……一体、何故あの男は海賊の船長を一人生かしてるのだろう?

 だが、二人の南斗の伝承者は早速、この続きを見る気力は失せていた。

 このような悪夢染みた只一人の男が居る海岸に長居すれば、自分達も標的になるのでは? と言う恐怖が芽生えたからである。
 
 あの男は……とても、危険過ぎる。

 「……戻るぞ。そして、将へと報告するんだ」

 「何て……伝える気だ?」

 深刻な表情と声を伴わせ未だ遠方にいる男の存在感にシェアドとアルフェは既に圧倒されていた。

 「決まってる。サウザー帝……南斗の王にも及ぶかも知れぬ力量の男を見たと、容姿を含め細やかに伝えるんだ」

 後の禍根となるかも知れぬ男について……我ら南斗(平和の代行者)は対策打たねばならん。

 その言葉を区切りに、彼等は逃げるように海岸から立ち去っていったのだった。







 ……そして、海岸で大往生を繰り広げた男の真意。

 途中から男の舞台を見始めた彼らには預かり知れぬ事だったが……その事情は、大体このような事だったのである。

 一人の男の口を語り部に……その真意を伝えよう。











  …………。





 
 双胴の鯱。それが、俺の名前だった。

 とことんついてねぇ。俺は、その日に周辺で敵対していた海賊共が陸地で襲ってきた時は、もう駄目かと心底思ったもんだった。

 世紀末、後に人々が称する時代が始まった時、俺は未だ海賊稼業を続けられると信じ海に出ていた。

 だが、糞ったれな放射能の所為で、魚は影一匹すら見つからねぇ。俺は、世紀末前から生き残った百人の部下
 ……いや、袂を分かち合ったあいつ等は家族と言って過言では無い。あいつ等が餓死にさせる訳にもいかず
 自分の傍に誰かを残す訳でもなく全員離れた場所で何か食料でも捜すように命じていたのだ……それが失敗だった。

 

 ――ヒャハハハハハハ!!!


 不意打ち、そして肩から走る痛みと流血。

 俺は奇襲を受けた。無論、相手は前述の通り敵対してた糞海賊共にだ。

 奴等は、俺の無様な姿に嘲笑を繰り返しながらサーベルやら鈍器を構えてリンチを開始しようとしていた。

 家族の部下達も、呼ぶには遠すぎる距離。俺は、自分の息子であるシャチの事や色々な事を走馬灯を過ぎらせ最後を待ってた。

 ……そんな時だ。……あの方に邂逅したのは。

 『……この中に、船を持ってる者はいるか?』

 ……最初は驚いたさ。何てたって屈強な大男達の前に微塵も恐れた様子なく堂々と前に出て行き成り訪ねてきたんだからな。

 頭が可笑しいと俺も思ったもんだぜ。まぁ、奴等も俺と同じ考えだったらしく馬鹿笑いしながら、あの人へ言い返したさ。

 関係ねぇ奴はすっこんでろ。てめぇも、こいつと一緒に殺されてぇのか? ……ってな。

 ……あの人はどうしたかって?

 はっ……笑ってたよ。

 そう、あの人は大胆不敵な顔つきで笑ってた。二百は居るだろう大勢の海の男達の前で恐れを知らず一笑したんだ。

 勿論、俺を亡きものにしようとしてた奴等は激怒した。海の男の気性ってのは、そりゃ激しいからな。

 ……後は、説明する意味があるか? 無論、あの人の一人舞台だよ。

 凄かった。たった一振り、拳を一度大きく振り抜いただけで十数名の男達が一撃で吹き飛んで瀕死、絶命したんだからな。

 恐怖して、逃げ惑うとした奴らも。あの人は逃走を許さず掌から輝く光を放ったかと思うと、背を向けた奴らは消し飛んでいた。

 ……そして、最後に生き残って呆然として俺に再び問いかけたんだ。『船はあるか?』……って。

 俺は、コクコクと馬鹿見たいに首を縦に振って肯定した。恐怖とか、それ以前の感情……。信じたくねぇが
 俺はその人に完全に身体の芯から魂の全てまで惚れ込んでいたんだよ。あの時完全に俺は海の首領の座を明け渡してたんだ。

 質問したぜ。何故、海を渡りたいのか? って。

 あの人は、王者の笑みを浮かべて、こう言い切った。

 『会わなければいけぬ奴等が居る……って』

 ……それが、俺が『拳王』様との最初の出会いだったって訳だ……。





 ・



     
       ・


   ・


     ・



 ・



    ・



        ・




 ……潮風が心地よく、この荒廃した地平線まで見える風景は心を躍らせる。

 「……ようやく、この日が来た」

 邪魔をする人物は、既に死した。

 待ち詫びた日。今日から何者も阻む事の出来ぬ未来が自分を待っている。

 怠惰な朝知恵で弱き者達の造り出した規律に束縛されぬ世界では、この己の力だけが世界に自己を示せる。

 傍らで、大声を上げて海の男達に船の用意を命じる赤鯱なる海賊の光景を尻目に、彼は呟く。

 「……待ってろ、レイナ……ソウガ……カイオウ」






                                 「今……そっちへ行く」





 

                             拳王に成りし男、修羅の地への旅立ちを今。

 









             後書き



 黒夜叉って強いし、何かしらで縁ある人を出演したいから、こんな形でオリキャラを通じ出した。


 後悔はしても、それを上手く活躍させれば読者も納得してくれると信じてる。


 某友人曰く『何を迷う事がある派手にやれぇ! 今はどんな作品だって悪魔(駄作)が微笑む時代なんだ!』との事。


 

 ……まぁ、ジャンプ然り、余り面白い作品が無いのは事実だけどよ






[29120] 【貪狼編】第二十一話『途切れる事なき不穏の風』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:9b58f523
Date: 2012/09/08 10:20





 






 






 「……ててて」

 「大丈夫、ジャギ?」

 鳥影山の一角で、頬に痣を拵えた一人の体格が大人へとなりつつある青年。

 少々目つき悪く、お世辞にも美男子とは言えぬ人物は尋ねる明るい色の髪をバンダナで巻きつけた女子へ返答する。

 「大丈夫じゃねぇよ。あの野郎、本気で人の顎を砕こうとしやがったんだぜ?」

 「……前途多難だね」

 苦笑いを浮かべる女性の名はアンナ。僅かに憤りの表情を浮かべるはジャギである。

 つい、この前。彼は親友たるサウザーから108派から除外されし者との関係を良好へと至るようにして欲しい
 と頼まれていたのだが、その願いを何とか己の話術を駆使し叶えようとしたのだが結果と言えば……。

 『あ゛ぁ゛!? 何が悲しくてオメェらとおらが仲良しこよしになんなきゃいけねぇんだ!』

 と、けんもほろろに最初の出だしから躓いたのである。

 「の野郎、人の気持ちも知らないチビ野郎め……てか、チビって言っただけで人の事普通殺そうとするかよ?」

 「コンプレックスを悪く言ったジャギにも責任あると思うよ~?」

 何とか挽回して話を続けようとするも、相手が喧嘩腰なだけに会話も長く続かない。

 頭に僅かに来たジャギは、つい口の弾みで『チビ』と口にしたのだが。それが不味かった。

 『だれ゛がチビだぁ゛……!?』

 その言葉と共に、低身長を活かした死角を利用しての昇竜拳まがいのアッパーカットをジャギへ。

 辛くも直撃は防ぐも、ジャギは其の日の夕飯を満足に食べれぬ程の怪我は負った次第であったのだ。

「今度会ったら、絶対ボコボコにしてやる……あのチビ」

 「あははは……」

 ジャギを見るアンナの瞳は、その追放されし件の人物とジャギは案外似た者同士なんでは? と言う顔つき
 だったたが、それは本人の憤懣を考え言わずもがなと黙って上げた方が良いと何も言わない事にした。

 (けど、色々変わったなぁ。やっぱり未来)

 そんな事を、一旦サンショウとの出会いを別にしてフッとジャギは思う。

 サウザーを救って以来、本来は登場しないであろう人物達は出現し、アンナやジャギの元に現れる。

 良いか悪いかは、さておき。この事が世紀末の混沌時代を回避する手助けになれればとジャギは切望する。

 「そういやよぉ、最近リンレイ様とはどうなんだ? アンナ」

 「んっ? 良好だよ」

 「そっか……」

 (とりあえず、サウザーはもう大丈夫だろ。それ以外じゃラオウの兄貴は……今は除外しとくとして
 ファルコはリュウガに言っといたし……となると。気がかりで身近な人間の不安と言えば……)

 ジャギの中に思い浮かぶ未来での悲劇。

 核戦争による世紀末の到来。これについてはサウザーと、他の者達にも話したし。
 今は自分の力で出来る限りのする事をするのみだ。

 それ以外で有るとすれば……身近な部分だと一つ。

 「あ、リンレイ様にロフウ様の声だ」

 「ん?」

 視覚が機能しなくなってから、耳の感度が発達したアンナはジャギが気づくより早く身近な人物の接近に気づく。

 彼女の言う通り、その二人は数秒後間もなく出現した。

 緩やかな、森と々緑の同系色に包むリンレイと天狗のような衣装を包んだロフウ。

 互いに、熟練した拳法家ゆえに山道と言えど足音も殆ど立てず歩いてた筈だ。ジャギもアンナが言うまで気づかなかった。

 アンナが気付いたのは着実に彼女の実力が上がっている事を意味するのかも知れない。

 「……あら、アンナ」
 
 そう言って、少し遅れてリンレイもアンナに気付き声を掛けて微笑む。

 「調子は?」

 「問題ありません」

 「そう……ジャギ、貴方は?」

 問題ないっす。ジャギは短くリンレイに告げる。アンナとの繋がりでリンレイとも少しはジャギは会話
 するが、だが、それだけで余り親交は少ない。学校のクラスが違う先生と生徒と言った関係がしっくり来る。

 短くも師と弟子と言う関係を担った二人には二人だけしか解りえない空気がある。

 彼女等のやり取りを少し蚊帳の外で眺めつる一方、同じようにリンレイを一歩距離を置いて見守る人物にジャギは気づく。

 それは、彼女の夫。ロフウの鋭い眼光が自分に一瞬だけ向けられた気がしてジャギは慌てて顔を背けた。

 ……リンレイとロフウ。

 南斗水鳥拳の伝承者と其の伝承者を自ら辞退し夫へ譲り渡した二人組。

 だが、夫であるロフウは拳の力に固執し覇道を得る為にリンレイと命懸けの勝負をする。

 そして……あとは『蒼黒の飢狼』を見てくれれば解る。

 (ロフウ……様もよぉ。出来れば止めたいんだが……)

 別にジャギはロフウに対し何か思う事は無い。だが、アンナを守る拳を授けてくれたのはロフウの妻である。

 リンレイが死ぬ事もだが、ロフウも出来れば死なぬ方が良い。リンレイがロフウに抱く愛情も恐らくは本物だろうから。

 「……それじゃあ、またね」

 「はい、どうも」

 二人の談話が終了し、リンレイとロフウが去る。共に肩を並べて剣呑な空気など微塵も無くだ。

 それだけ見れば、彼女と彼が命懸けの決闘するなど未来を知らぬ限り皆目思いつかぬだろう。

 一瞬、自分が知る未来の出来事をレイやリンレイに話そうか? とジャギは思う。

 だが、直ぐそんな浅はかな予想を中断する。レイは少しは其の予言を信じてくれるだろうが、それでロフウを
 止めようとして逆に返り討ちに遭ったら目も当てられない。レイは未来を支える大事な一人なのだ。

 そして、リンレイの場合。彼女は未来を知っても知らずともロフウを止める為に動くだろう。

 (どうしたもんか……ロフウを納得させるのって、ラオウを止めるのと同じ位に難しそうだよなぁ)

 未だリンレイと言う歯止め役が居るだけ、ラオウよりはマシと言うレベルだが。

 それでも相対する事あれば強敵なのは目に見えている。現在軸では、ロフウは世界で十本の指に入る強者だろうし。

 この問題については、時間がある時もう少し考える必要性があるとジャギは考える。

 (……あ、そうだ。すっかり忘れてたけど未だ世紀末で助けた方が良いのって居るよな)

 ジャギの思いつく、世紀末の争乱の世界で死する人物。

 ……北斗神拳伝承者候補であり、かつてリュウケンと共に伝承者を目指した『コウリュウ』

 (今何処に居るか、皆目見当もつかないけどよ)

 ラオウの完全復活の為に決闘の末に死んだコウリュウ。最初に漫画で見た時は全く印象に残らなかったが、彼は
 北斗神拳伝承者である『リュウケン』を良く知る。これは結構重要な事なのでは? とジャギは思う。

 出来るならば、一度直接会って父であるリュウケンの昔の話でも聞きたいものだ……そう彼は考えるのだ。

 「……おーい、ジャギ、アンナ」

 「んあ?」

 考え事が尽きぬ未来を把握する彼へと背後から届いた声。

 振り返れば何時もの鳥影山で見慣れた友人達が駆け寄ってくる。

 「どうしたよ?」

 「どうしたよ、じゃねぇって。今日はお前の言う予言の事について町へ繰り出して広めるって決めてたろ」

 そう、ゴーグルを額に装着した少々軟派な顔つきをした人物。セグロの言葉にジャギは思い出した顔つきをする。

 「あ……すっかり忘れてた」

 「いや、忘れるなよ。さっさと行くぞ、他の先生方の目に付かないように行くんだからな」

 最新のゲームソフトが俺を待ってる。そう、斜視で表情読めぬキタタキが少しの熱の入った口調で告げる。
 多分、彼に関しては予言より最後に言った部分の方が目的なのだろう。目が口で伝えずとも語っていた。

 そんな二人を苦笑で眺めるイスカ。そして呆れ顔で眺めるハマ、そして小さく笑うキマユ。

 この様子だけ見ると、未来で起きる悲劇は全くもって絵空事にジャギは少々思えてくるのだ。

 隣に立つアンナもジャギと同じ胸中ゆえか、静かな微笑みを携えて無言で彼等の話に耳を傾けて佇む。

 「うっし、早く行かないと日が暮れるぜ! 待ってろよ可愛いガールズ達!」

 「あんたの目的はソレだけか! アンナっ、キマユ行くわよ」

 意気揚々と鳥影山を繰り出す六人……その一方で。

 ……一つの、彼等が悲劇を食い止めた場所では……何やらきな臭い出来事が起きようとしていた。





 ・






           ・


    
    ・




        ・


 ・




      ・




           ・




 「……此処で、彼の王と先代の指導者の決闘が行われたのだな」

 ……かつて、鳳凰拳の始祖たる女王の住まっていた場所。

 其処では、以前鳳凰拳の使い手であるサウザー、そしてオウガイが運命の勝負を行った。

 だが、運命は少年少女達の介入によって悲劇は回避された……その地に再び降り立つ複数の影。

 「……」

 影の正体。それは黒装束にて仮面を被った幾人。体つきからは女か男とも知れぬ。

 「はい、確かにこの場所です。既に天雨等によって件の痕跡は全て流れるでしょうが」

 「……ふむ」

 その影達、その正体は南斗の暗部。

 古くから南斗を守り抜き、南斗を支える為に如何なる汚名をも被り、ただ南斗の為に生き抜いてきた影達。

 ……その実力は未知数。

 その中で一番長身なる仮面を被る人物は、他の黒装束の者の言葉に短く唸り身を低めて周囲を観察する。

 ……彼等は、南斗を影ながら支えてきた『元老院』から通達された任を遂行している途中であった。

 『……南斗鳳凰拳、陽の下で民と戦士を統率する王が位に立ってから日は浅い』

 『然しながら、疑問が有る。あの日、あの時にて何故南斗の数々の108派の者が訪れたのか?』

 『何ゆえに我等の儀式なる場所へ妨害に至ったのか』

 『考える限り不明……だが、一つだけ理解出来る事が有る』





                             『南斗の王は……その資質を開花してない』





 『元老院』の者達は、鳳凰拳継承儀式後のサウザーの振る舞いを全て遠くから観察し、その考えへ生じた。

 彼の若き王が彼等の影なる監視者である渡り鴉の拳を担う側近達を懐柔した事。

 彼の若き王が彼等の手足なる拳法家達へ妄言に近き予言の為に何やら国を巻き込んで画作している事。

 彼の北斗神拳伝承者候補である人物に、敗北を味わった事。

 彼等は……それ等を全て遠くから見定め……そして答えを下す。

 



                             我等の王は、鳳凰拳儀式で覚醒せなんだ、と








 ……そう元老院からの通達。彼等は静かな波紋を多くの影達と共有し原因を探る。

 あの時、何が起きたのか? 自分達の目の届かぬ所で若き王と先代の指導者に何が起きたと言うのか?

 それを究明しなければ、南斗の王の心に生じた原因を知らねば、『未来(南斗)』は暗い道辿る……。

 彼等は王(サウザー)から言われた二度とこの地に踏み入れる事許さぬと言う、王の言葉に背いてまで侵入してる。

 ……その覚悟は想像つかぬ程に重い。

 「……」

 一人の黒装束の仮面は、ある程度不自然な形跡が無いか這うように辺りを徘徊した時、妙な部分を遂に見つけた。

 「……」

 それは……『散弾銃が放たれたような弾痕』 ……南斗聖拳同士の闘いでは有り得ぬ形跡。

 「……」

 次に、一人の黒装束の仮面は何かの破片を拾い上げた。

 プラスチックの破片、何やら被り物が砕けたような、そんな感じの欠片だ。

 「……」

 見つけられた不自然な部分は、大まかに言えばソレのみ。

 だが、それだけで彼らには十分過ぎる。状況証拠だけだが……彼等の心に過る一つの考え。







                                      ……あの日 『何者』かかが我等の王の誕生を妨害した。

 何者? ……いや、否。

 あの日、侵入した『南斗聖拳士』のいずれかが我らの王の開花を妨害したのだ……!




 『……戻るぞ』

 一つの黒装束の仮面の言葉に、一斉に他の影達が頷き瞬間移動の如く其の場から姿を消す。

 彼らの心に生じる、黒き黒き焔。

 許しはせぬ。

 許しはせぬ。

 例え、裏と表の違いを経ての仲間であろうと、我らの王の継承を邪魔した事……『審判』を必ずや下そう。

 

 

 その日、南斗の影で一挙に昏い行動が起こされる事となった。







 ・





        ・



    ・



      ・



 ・




    ・




        ・




 ……北斗・南斗とも無関係なる一つの町。

 其処には一つの遊楽街が存在していた。昼は華々しい着物を纏った女達が男に茶をご馳走し。

 夜は、女だけの特権の花を売る……それは何処にでも有る一つの夜の町。

 その町には、一つの遊郭が存在していた。

 『……失せなっ』

 「あぐっ……」

 小さな騒ぎ、一個室で一人の花魁が酌を客に注いでた際に起きる小さな騒動。

 「なっ……貴様、わしは客だぞ!?」

 そう、ハゲ頭が少量の酒を被り無残に濡れた中年男と、着物を纏った利発そうな女が息も荒く肩を上下している。

 「はんっ! どの口が客なんぞ言うんだい! 酌している時に、私の胸を揉もうとする助平客なんぞなぁ
 この遊郭にゃあ、お断りなんだよ! 顔洗って出直してきなぁ! この変態客がっ!」

 少し、胸がはだけている所を見ると。その花魁の言葉は真実なのだろう。

 だが、客として夜を楽しもうとしていた男の顔は花魁の言葉に見る見る顔が青から赤へと変わった。
 一気に、その鼻の穴から乱暴に息を吐き花魁向けて口から泡を飛ばす勢いで怒鳴る。それは壁を隔てた部屋に聞こえる勢いだ。

 「こ……この只の一介の花魁の分際で私に説教する気かぁ!? 言っとくがなぁ! 私の裏には議員の×××」

 興奮し、背後には巨大な権力が有ると怒鳴り散らしながら花魁を脅す客。それに花魁たる『ナタリア』は眉を顰める。

 時々、遊郭には無礼な客が存在する。この客は典型的なその無礼な客だ。

 確かに遊郭には風俗めいた真似事で客を楽しませる戯れも成す事あるだろう。だが、それは時と場合による。

 「何が議員だ! この遊郭ではあんたの薄汚い欲望なんぞ満たす義理は無いんだよ!」

 「こ……このっ! 言うに事かいて……!!」

 既に中年男の顔色は赤からマグマに近い色合いへ変化する程の憤怒を浮かべていた。このままだとナタリアへ
 暴行する事も辞さない気配を浮かべている。対する彼女は恐る事なく客の顔を見返していた。

 二人の一触即発なる雰囲気を、隣接して騒ぎを知った遊郭や相手されていた客は怖々した表情と興味深い
 顔つきの二つを浮かべて盗み見ている。そんな中で、遂に客はその拳を宙へと浮かべては罵る勢いで言った。

 「貴様にこそ礼儀を『あい、お待ちに』……ぉ」

 その時、乱闘始まりかねぬ空気に割り込まれた第三の声。

 声は穏やかで殺伐さを微塵も感じさせず、抱擁するような雰囲気を纏い剣呑なる空気を一時鎮静する。

 「ぁ……」

 「誰……ぉ」

 ナタリアが、客の後ろから音もなく出現した人物を視認して漏れた声と。客が振り向いて思わず上げた声は
 シンクロし、その人物を迎える。その場所に出現したのは……陳腐な表現でしか出来ずも、正しくその一言で表せる者だった。






 

                                  天女……と。







 「……私達のお供が失敬を招いてしまい誠に申し訳御座いません、どうが……私の言と共に拳をお収めになって?」

 「ぅ……んむうぅ」

 その人物の声や、微笑みは実に天女と言う表現に相応しい甘美さを交え中年男の怒りは一気に冷え込む。

 それに畳み掛けるように、訪れた天女は薄い桃色を引いた唇から耳を小気味よく打つ調子で告げた。

 「宜しければ、私共が用意した上級の一個室をご用意して御座います。そちらで、口直しをして頂けませんか?」

 「あ……あぁ無論だともっ」

 天女の言葉に骨抜きにされていた客は、激しく残像すら残しかねない勢いで首を縦に振り手を引かれ連れられていく。

 それを隠れて見守っていた客達は騒動が鎮まったのを見ると相手された遊郭に今の話を肴に酌を続け直し
 また、今の天女についての賛美や今までの数々の似た英雄談を話の花として夜を耽るのだった。

 そして其の騒ぎを一瞬で収めてしまった人物へと。

 尊敬や崇拝、色々な感情を一括に纏めて部屋に一人残されたナタリアは天女の名を呟く。







 「……エバ様」






 




 ……。




 
 「……有難うございました、エバ様」

 店が終わり、客の殆どが帰省するのを見届けた後に開口一番彼の人の場所へとナタリアは訪れる。

 エバ……世紀末、女達の国を築き上げた聖女。

 ナタリアも、そんな彼女に世紀末前から救われた人物だった。エバの為なら何時でも其の身を賭ける程に忠誠を示してる。

 「良いのよ……貴方が此処を好きだから怒った事は解るわ」

 エバは、一つの空を展望出来る場所へと着物を着崩しながら穏やかに微笑を保ち夜空を見れる姿勢となっていた。

 その姿は幻想的で、ナタリアは見慣れた筈なのに何時でもそのエバの姿に吐息を漏らす事を知らずしてしまう。

 「いえ、それでも今日は失態です。私が少し我慢すればエバ様が出る事も無かったのに……」

 今まで、あのように無礼な客を相手したのは初めてでない。

 酒の勢いで押し倒そうとした客も居るし、下品な話をして初心な花魁の反応を楽しむ客だって多く存在してた。

 自身は、この場所の古参と言うのに、それに関わらず余りに軽率な行動だったと今回の事を思い返し反省が募る。

 「構わないわよ? 偶には、貴方だって怒らなければ我慢が必要な時代で爆発してしまうわ」

 そう、遠くを見つめてエバはナタリアへ優しく諭す。

 「今は、未だ子供のように振舞っていいいの、ナタリア。必要な時に……大人になりさえすれば良いのよ」

 「……エバ様?」

 遠くを、その時エバは夜空を見上げつつ呟いていた。

 ナタリアは知らずもなが、エバは生まれつき遠くない未来を見通す事が出来る能力を備えている。

 故に、彼女はこれから起こるべき到来を知ってか知らずがナタリアへと優しく諭すのだった。

 「……」

 だが、夜空を眺めていたエバの瞳の色が、一瞬変化する。

 哀しみとも微笑みともつかぬ不思議な表情が、突如真一文字に唇が結ばれ、真剣な表情をするのを
 エバを見守っていたナタリアは見逃さなかった。間髪入れずに、ナタリアはエバへと口を挟む。

 「どうか、致しましたか?」

 「……嵐が来るわ」

 「は? ……嵐、ですか?」

 エバと同じように夜空を見上げるナタリア。だが、雲行きは明日も晴天になるであろう事はナタリアの目でも理解出来る。

 「私には明日も快晴に思えますが、それならば皆に明日は雨戸を引くように告げておきます」

 「いえ……明日の天気の事じゃないのよナタリア……波乱が、訪れる……南の空の方で大きな波乱が待ち受ける」

 そう、謳うようにエバは其の日告げた。誰にも知られぬまま、ひっそりと彼女の予言を。

 「在るべき為に紡がれた道は崩され、誰にも知られぬ風が吹きすさぶ……運命が……変わるわ」

 そう、遠くの場所でエバは呟く。






 


                            その運命の変化は……果たして何か。














              後書き





 いやいや、更新が遅れて本当にすいません。

 仕事が最近行き成り忙しくなり、自宅のパソコンも殆どフリーズ気味もあって
 更新する気分がなくなっていました。

 因みに、北斗無双2が十二月に発売される事を耳にして、今から其の無双技をこの作品で早く活躍させたいなぁと
 考えるジャキライです。そして某友人は最近になって恋人が出来て結婚間近だとか、いやはや末永く爆発しろ。




 これからも宜しく ノシ








[29120] 【流星編】第二十一話『近き別れ そして運命の足音』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:02a2e8df
Date: 2014/02/06 22:54






 希望など何もないこの世界で

 俺たち家族は何時も一緒だった

 だからこそ、今日も共に生きる

 そして約束の場所で落ち合おう

 安住の 俺たちが穏やかに暮らせる

 そんな夢みたいな楽園の下で

 また家族全員で一緒に……







  ・




         
         ・


    ・


  
       ・



  ・




     ・



         ・



 
 世紀末の一つの集落。

 その場所で行われるのは安易に予想されうる誰かの略奪と襲撃。

 それは何処ぞの物資補給の為の過激な軍隊か、または道理を知らぬ獣(モヒカン)か。

 予想されうるのは何通りも挙げられるが、今回の襲撃者達は少し毛色が違った。

 「おらぁ! さっさと飯種を寄越しやがれ人間共!」

 集落へと乗り込んできたボロボロのマントに包み、そして常人以上の跳躍と共に躍り出た者。

 そのボロボロのマントを逆風と共に勢いよく上げて現れた全貌の一人。

 一人を見た瞬間、その集落の者達は等しく悲鳴を上げる。

 いや、一匹と称すべきか。その容貌は人間と異なり全体が赤く何処ぞのXメンとか、そう言った
 コミックに登場しそうなミュータントのような姿。おどろおどろしいと言う表現がぴったりくる怪物の顔をしていた。

 ば……化物!? 




            
               は……早く逃げろ! 




                           くそっ、殺されて堪るか!

 幾通りの声。逃避、未知との遭遇による混乱、そして過剰防衛とも言える先手の攻撃。

 通常の人間なら似た反応の中で、その攻撃に打って出た少々は力自慢である者たちの接近にソレは哂う。

 鈍器に刃物、それを持って襲撃者へと躍り出た集落の人々へ対し、ソレはマントの背後から何かを
 目にも止まらぬ速さで影から飛び出す。そして体勢を低く屈んだかと思うと、それを村人達へ一閃した。

 「……なっ!?」

 女、子供を避難させようと先導していた一人は其の光景を見て驚愕と恐怖で声を上げた。

 何故ならば、集落の守り人達がソレに接近した瞬間『全員の首が分かれた』のを目撃してしまったから。

 化物……。

 震え上がる声と共に、集落に居た者たちは食料、水、そして大事守ってきた他の物資を
 抱える事も出来ずに遁走していく。その末路は、きっと世紀末の辛く苦痛なる宛もない放浪となる……。

 その末路は遠からず死だ。飢えか、またはハイエナに目を付けられてかは知らぬが。結末は予想出来る。

 「……へっ! 呆気ねぇ」

 集落を守ろうとした者たちの胴と首を分けた原因は、その者の体に繋がれた尻尾に付着した血から見て取れる。

 そうだ。その者には刃物と同じ程に鍛えられた尾が付いていた。

 ケケッと逃げていく人々を少し小高い場所から見送り集落を制覇した達成感から哂うのは『ギルダブ』

 ――フェノメーノ(怪物)。強靭であり凶器なる毒尾を持ちし者、名はギルタブ。

 人間兵器No.11として生まれし者であった。

 



 少しして、集落には個性的な容貌と服装をした者たちが略奪した食料を肴として酒と共に宴を始める。

 「いやぁ! 今回は俺一人の戦功だな! 酒が何倍も美味く感じるぜ!」

 赤ら顔(元々肌の全部が赤いが)を浮かべ、がっはっはと豪快に笑い声を立てるギルタブ。

 彼は大した労力もなく同胞達が一週間は派手に浪費しても有るであろう食糧を略奪出来た事に満足だった。

 だが、そんな彼の有頂天な感情に水を差すような声が宴を共にする仲間達の一人から出る。

 「何を言ってんのさギルダブッ。お前さん、最初の何人か消した後は適当に建物破壊しただけじゃないか」

 そう、呆れ顔でギルダブの浮かれた様子に茶々を入れる人物が一人。

 茶色いクシャクシャの整えていない髪型で、容貌は普通の人間と変わりない女性だ。

 折角自由のままに暴れ気分良くしていた彼は、その相手にカチンと小さな怒りと共に返答する。

 「うっせぇな『ハピ』。てめぇこそ自慢の翼を使わねぇで荷台で寝てるだけだったろうが」

 「ケッ! 飛ぶのも疲れるんだよっ! 暴れるだけしか能のないあんたと違って私は状況判断が出来るのさ」

 「はっ! な~にが状況判断だっ! そっちこそ飛ぶ以外は無能だろうが!」

 「何を~!?」

 殺気を漂わせ、立ち上がりギルダブは自身の半身とも言える防御攻撃となる自在の尾をユラリと上げ。

 そしてハピと呼ばれた女性は、服に故意に開けられた背中の部分から大きな翼を覗かせ
 手の爪が微妙に伸びて陶磁器に罅が入るような音と共に硬くなる様子が見て取れた。

 ハピ……彼女はNo.8として人間兵器として生まれた存在だ。

 鳥のように飛ぶ事が出来るように生まれた存在。最も、飛行するにはかなりの体力が必要となり
 飛行後には多大な疲労が発生する為に燃費が良いとは言えない。だから彼女が飛ぶ事は滅多には無いのだ。

 醜い口論に、他にも宴に参加していた個性的な顔ぶれ達は眉を顰める。

 一触即発の空気、このままだと折角の宴会も乱闘騒ぎになりそうだ。それも、ある種の華だが今日は
 彼らの大部分がそんな気分では無い。ゆっくり食事をしたいと思った時に助けが彼らの統率者から昇る。

 「止めろ。ギルタブ、ハピ……飯が、冷める」

 ギルダブとハピの激しい口論に最終的な終止符を打ったのは今まで寡黙を貫いた大柄な男の一声だった。

 スキンヘッドで極悪な犯罪者にも見て取れる冷徹に感ずる顔つきの男は其の人体兵器として生まれた
 集団の中で自然にリーダーとしての位置をとっていた。その人物の名はNo.15のミット。

 怪物(フェノメーノー)達の中で、最も強力なる者と言われた者である。

 「けどよぉミット。ハピの奴がよぉ」

 「何言ってんだ、喧嘩売ったのはギルダブの……」

 双方に自分は悪くないと子供のように訴える中で、ミットは椀に入ったスープを啜りつつ静かに告げる。

 「どちらも、悪い部分がある。だから、どちらも、謝れ」

 区切っての言葉。余り口数少ない彼は淡々と必要最低限の言葉以外出す事が無い。

 だが、短くも誰かに反論させぬ力を秘めたミットの言葉に。二人は顔を見合わせ、渋々と従う気配が滲む。

 『……悪(かった)い』

 ミットの言葉に、不承不承と言うのが有り有りと解る表情で憮然な顔つきで二人は短く謝罪する。

 喧嘩の終わりを知り、ホッと戦闘能力が低い人体兵器達は安堵の表情を浮かべる。

 「もう、ハピ……無駄に喧嘩しないの」

 「『カリアッハ』、そうは言うけどね……」

 薄い青い長髪で、全体的に細い骨格の優しげな表情をした女がハピの中に有る燻った怒りを見抜き宥める。

 彼女はNo.9として生まれた彼女は肉体的な戦闘能力は殆どない。

 その代わり、如何なる強者であろうと絶対太刀打ちできない特殊技能があるが。まぁそれは、おいおい語ろう。

 このように、人体兵器達はフリーダ・リマのように他の生体兵器を造った科学者達の研究所を破壊
 する旅に出た者たち以外では安住の地を見つけるべくの旅へ出た者たちが殆どであった。

 そして、志しを共にする者たちは自然に集団となって目的の場所を目指し旅を続けていた次第と言う訳だった。

 「しっかしよぉ。本当、行くところは全く辛気臭ぇ場所ばっかりだな」

 ギルダブの食べ終えた獣の骨を咥えての言葉に、同意するように頷く幾人かの仲間達が見えた。

 「そうね、図鑑で見たような花も草も殆ど見当たらない」

 「絵で見た森林なんて何処にも見当たらないしな。やっぱ、地上にはもう緑豊かな場所なんてねぇのかもな」

 「結構人間には出くわしたが、全員が全員俺たちを見ると逃げ出すか襲ってくるしな」

 「あの鶏冠(とさか)頭の人間たち、ありゃ何だ? 新手の新人類なのか?」

 口々に好き放題自分の意見を述べつつ、彼らが最終的に落ち着く結論。

 このような世界では、楽園なんて夢のまた夢と言ったことだ。

 「……レーンは何処だ」

 その少々騒がしい雑談の席で、おもむろに彼らの会話を見守っていたミットは一人の人物が居ない
 事を見てとって口にする。確かに、彼が知る人物はその宴会の席の場には存在してなかった。

 「あぁ。レーンならあっちで人間様たちが飼っていたペットの居る方へ行ったよ」

 「そう、か」

 知らない間に行方不明になったとか、そう言う事でない事を知るとミットは殆ど感情を見せない顔の
 (それゆえに冷徹と研究所の人間達の多数には誤解されていた)裏で深く安堵を心中に浮かべる。

 ミットは、立ち上がるとレーンを探しに出た。それを仲間達は集落の宴によって止める事はない。

 人体兵器達を流れで統率する彼にとって大事な者たちは限られてくる。

 無論、他の人体兵器として造られた仲間達にも勿論家族意識と同じように情愛あるもののミットが
 命を懸けて守り抜こうと思える程に強い感情を抱く人物となると、それは昔、同じ個室で過ごしたギルダブ。

 それを除けば今は離別した二人。

 そして、レーンであった。この中でランクを付けるとなるとレーンが彼にとっての一番である。

 ――ラ……ラ♪

 「むっ」

 簡易的に建てられた木造小屋の隙間を、大柄な体を少々苦労しつつ通り抜けると歌声が聞こえた。

 誰が歌っているか? などと言う問いは愚問だ。無論、自分はこの同族が確保した場所で呑気にこのように
  耳に心地良い歌声を紡ぐ者となると、それは唯一人だけだと知っている。彼女だけだと自分は知ってる。

 

 ラン ラン♪ ララ ラ ラーラ♪

 


 ララ・ラ♫ ランラーン♪ ララ ラーラ♪  ラララ♫

 

 ラ♪   ラ~ラ♪     ラ~ラ♫



 ……井戸の造られたている場所。その集落の生命線となっていた水の補給場。

 その井戸の縁に腰掛けて薄い布のワンピースのように仕立て上げられた服を着てる10代前半程の女子。

 おかっぱに切りそろえた髪の少女。その少女は楽しげに目を瞑って歌っている。

 その周囲には多くの飼い主によって捨てられた動物達が座り込んでいた。

 (レーン)

 飼われた動物とは言え、初対面のレーンが襲われたら危険だ。

 そう思い、一瞬直ぐにでもレーンの元へ近寄ろうとも思ったミットだが考えを改める。

 動物達は飼い主に捨てられた事も知らず、レーンの歌声に心地よく何の不安も無い表情で目を閉じてるのだから。

 「……へっ、あぁ楽しそうに歌ってるの見ると不機嫌でいるのが馬鹿らしくなるな」

 「ギルダブ、居たのか」

 歌に聞き惚れてたのか、ミットの直ぐ後ろではニヤニヤと笑う仲間が居たのを彼は察せなかった。

 腕を頭に組みつつ立っていたギルタブ。宴を抜けたミットを尾行してたのだろう。ミットの背後を
 取れたのをしてやったりと言う表情を浮かべつつ、肘でミットの大きな胸板を小突きつつ口開く。

 「居たのか、じゃねぇよ。勝手に宴会を抜けやがって、まぁレーンが心配ってのも解るけどよ」

 お前、昔っから保護者だもんなぁ。そう、揶揄するように彼は笑う。

 (保護者か)

 保護者、その言葉にミットは似合いの言葉だと思いつつ。

 (そう……だな)

 的を得た言葉だとミットは思う。

 自分は忌まわしき研究所、生まれた場所では常に冷遇されていた。いや、忌避されてたと言って良い。

 生まれながらの屈強と頑丈さを備えた大柄な体。そして肉食獣らの遺伝子を混ぜ合わせた結果の姿。

 人に怯え恐れられる容貌。それは他の兵器として造られた者たちにも最初は言えたが格別ミットの容姿は
 人間にとって怪物と言える程の冷徹さ、そして畏怖を秘めた顔付きで有ったと言える。

 最初は、それでも彼は構わなかった。

 自分は兵器だ、恐れ忌み嫌われ恐怖される事でこそ存在価値あるのだと研究所内の者達にも言われたし
 それに反感や疑問を覚える事も最初は無かった。そのままでも別に構わないと納得し暮らしていた。

 ……だが。

 『うわぁ~おっきい! ねぇねぇ! おっきいねぇ、あんた!』

 最初の出会い頭、珍しい動物でも見るように目をキラキラしてレーンは自分を褒めたのだ。

 単に頭の何処かが足りなかったゆえの発言だったかも知れない。多分その可能性が大きいと今では思う。

 あの自分達を家畜同然に扱っていた場所、あそこで彼女(レーン)は余りに場違いな思考と人格だった。

 最初に遭遇した際は、研究所の人間は彼女の其の発言の後に直ぐ叱りつけ引っ張るようにして自分から離した。

 ――後で、会えたら、お話しようね。

 離れる間際、振り返って無邪気に告げる彼女の言葉。自分と言う怪物の世界に初めて変化を与える未知。

 自分を引き連れていた研究所の者は、彼女の言葉は気にするなと告げた。お前はただ黙って
 我々の言葉に従えば良いのだからと自分に言って聞かせた。だが、言われれば言われるほど胸の
 中に芽生えた感情は命令に反し彼女に再度会って話しをしたいと言う欲望が生え続けた。

 機会は直ぐに設けられた。地下に出来た研究所、狭い世界ゆえに直ぐに彼女と話せる場に行けた。

 再び会った時も、彼女は自分に出会えた事に天真爛漫な笑顔を見せて自分へと自己紹介をした。

 『わたしNo.12! わたしねっ、歌うのが得意なんだ! あんたは?』

 『俺は……No.15』

 ――全てが新鮮だった。自分の世界に色を与えたと言うのならば、それはレーンだ。

 己は、其の容貌と共に自身の意思を表明する事が最初極端に苦手だった。

 人に恐れられる容姿、そして乏しい言語。あのまま生活すれば自ずと未来は決められていたであろう。

 人体兵器として、何処かの国で道具として働かせられる。だが、レーンと言う存在は自分の世界を変革させた。

 無邪気に話しかけ、そして其のレーンと会話する事で周囲の自分を畏怖していた同胞達は
 次第に自分を恐れず、最初は戸惑いつつも何時の日か気軽に話しかける者達で溢れかえっていた。

 その筆頭がギルタブ。そして同室になっていたフリーダ・リマ。

 『最初はよ、お前の事絶対に殺戮マシーン見たいな野郎だと思ってたけどよ。普通に良い奴だと
 知った時は吃驚こいたぜ。良かったな、お前の最初の友達がレーンでよ。いや、レーンが馬鹿で良かったな』

 ……全て、レーンのお蔭だった。何もかも、全て。

 自分に本当の仲間を、そして暖かい環境を、そして安らかな守れる者をくれたもの、全てレーンだ。

 特殊技能も未だ余りコントロールにも不安が有るし、戦闘力も殆ど無い。人体兵器としては落第もの。

 だが、それが何だ?

 彼女は自分に掛け替えのないものをくれた。それだけでミットが命懸けでレーンを守る理由には十分だった。

 「んっ? あ~!? ミットっ、ギルダブっ。居たんなら声ぐらい掛けてよ! 恥ずかしいな~」

 歌は終わり、目を開けた彼女は仲間である二人が聞いていた事を知って僅かに頬を赤らめる。

 何時も願ってもないのに歌う癖に、一人で歌うのを盗み聞きされるのは恥ずかしいと思えるのは
 彼女に乙女心と言うのが少しでも所有している証明であろう。以前より少しは精神的に成長した証だ。

 「へへっ! 中々良かったぜ。何時も俺たちの前で歌うよりはな!」

 「あっ、ひっど~い! それって何時もは下手みたいじゃん!」

 「事実だろうが、ケケケケ!!」

 「むか~!!」

 他愛のない喧嘩。レーンと誰かが喧嘩する時、誰しもレーンに本気で怒って相手する事はない。

 (やはり、決断すべき時なんだろうな)

 旧来からの仲間達の微笑ましい喧嘩を眺めながら、無表情でミットは重い決断を下そうと考えていた。

 それは、前々から彼が考えていた決断であり彼女を思いやるからこその決断だった。





 ――その決断とは。









   ・





           ・


     ・



         ・



  ・




      ・



           ・




 「ふぁ~。ったく、何だよミットの野郎。夜更けに起こしやがって」

 深夜、丑三つ時とも言える時間帯にブツクサと不機嫌に愚痴を漏らしつつギルダブは起き上がった。

 理由は無論、先ほどの発言からも推察出来る通り彼らの統率者であり旧友の優しいとは言い難い強さの
 張り手を受けてギルダブは起こされた。ヒリヒリとする額を押さえ彼は下らない話だったら一発顔面にでも
 殴ってやろうかと邪推を抱き一つの簡易小屋へと入室する。そこで、自分の不機嫌さも薄らぐ光景が見えた。
 
 「おい、ミット。こんな夜更け」

 に何の話しだよ? と続けられようとした言葉は間もなく萎み閉口となる。

 仲間達、レーンを除いた全員が円を囲んで座っている。中心には話し合いの中心であり設けたミットが。

 その顔ぶれの大半が渋面だったり、納得はしてるも辛そうな険しい表情を伴っている。

 「な、何だよお前等? やけに重い面しやがって」

 暗い雰囲気を少しでも拭うような大きめの声。だが、それは直ぐ注意される。

 「声がでかいよギルダブ。低くしな」

 しーっ、と一人が口元に人差し指を添えて目元を寄らせ注意する。

 ギルタブは、そんな仲間の一人を一瞥しつつ周囲を見渡して尚も大きめの声で仲間達に口を開く。

 「おいおい、夜更けに全員集合して何の相談だ? 大体レーンの奴はほったらかしかよ」

 何の相談かは知らない、だが重要な話ならレーンも参加させるべきだ。

 そう考えてギルダブは彼女を起こす事を提案し戻ろうとする。

 それは今思うと待ち受ける提案を本能で忌避しての些細な反抗だったのかも知れない。

 だが、その前に待て。とミットが静かながらも有無を言わせぬ口調で制止した事によって小屋を出るのは中断された。

 「何だよ? 一体何だって」

 疑問を問いかけようとする中、腕を組み余りにも発言が窮される空気に口が閉ざされる。

 僅かな何とも言えない沈黙の数秒後。ミットの口から衝撃的な言葉が放たれるのだった。







                             「……レーンを……人の暮らす場所に住まわせよう」













 「……ぁ?」

 短い時間だったと思う。だがギルダブにとっては数時間程の長い時間に感じられた。

 ようやく脳にミットの言葉が染み込んだ時、彼は怒鳴るようにミットへ疑問の嵐をぶつけようと口を開こうとした。

 だが、その前に他の仲間達が彼のしようとした事を察し、すかさず彼を集団で押さえ込んで口を塞ぐ。

 僅かに暴れようとした後にギルダブは平静を何とか取り戻す。

 その表情はとても険しく形相に近いながらも未だ何とか冷静さを保ってミットに改めて口を開いた。

 「何でだよミット! レーンを人間の暮らす場所へ送る!? おめぇ気が違ったか!?」

 精一杯声量を絞りギルダブは疑問をぶつける。

 ミットは、間を置いてから静かに返答した。

 「ずっと、旅をしながら思っていた」

 数秒の時をかけ、重苦しく唇を動かし続きを告げる。

 「ギルダブ、安住の地が存在すると思うか?」

 区切り区切り。瞑想するように静かに、相手へ考えさせるようにしての問いかけ。

 その言葉を受け、問いかけられた当人は窮した表情と声で言い返そうとする。

 「っそりゃ」

 無いからこそ探してる。きっと探せば何処かに人に脅かされない安住の地を築ける筈だ。

 ギルダブは、喉から出かかった言葉を口から飛び出そうとした。

 ……だが出せなかった。

 それを言うには、余りにも今まで世界と言う惨状を見て状態を知りすぎてしまったからだ。

 「そうだ。俺達が暮らすには余りに環境が過酷過ぎる」

 吐息と共に、ミットは顔を僅かに俯けさして陰鬱な声で告げる。

 「奪うだけでは、暮らしていけない」

 空気が重くなるような雰囲気が辺りを包む。そんな空気を散らすように拳を振り上げてギルタブは言い返す。

 「それでも良いじゃねぇか! どっかの国でも乗っ取って! そしてそこで暮らせばっ!」

 「奪われたら、取り戻そうとする。それが人間だ」

 「っ!!」

 ミットの正論にギルダブは反論出来ない。

 これまで、何度も略奪を繰り返してきたからこそ解る事もある。

 ある村では略奪し数日過ごしていると、冒頭でも述べたモヒカンの集団が襲撃した。

 ある村でも同じく過ごしていると、小規模ながら軍団らしき集団と遭遇し襲撃された。

 次の村、その次の次の村。更に、その次の次の次の次の集落に村。

 行けども行けども襲撃、襲撃。大勢の難民が雪崩込むようにして来る事で嫌気を差して別の場所への移動。

 平穏に暮らせた事など皆無だ。今居る自分達の集落とて、いずれ別の何処かに荒らされるだろう。
 
 「例え、どこかの大きな国を制覇出来ても、別の国が俺達の国を奪おうとする。ギルダブ……」

 ――俺達に、国を創る事は無理だ。

そう静かに諭され、ギルダブは血が出そうな程に唇を噛み拳を握った。

 確かに理解は出来る。どれ程に自分達の力量が一個団体の兵士達に勝ると言ってもソレには限界が存在する。

 人間の武器は見た。確かに核戦争やらが勃発したお陰で武器の性能も中世時代に似た鈍器や武具ばかりだが
 だからと言って重火器が全滅した訳でもないし、人間の中にも時には強い奴も存在してる。

 略奪した集落には弓と矢が存在してた。もし、千人程の弓矢を持った兵士が自分達を襲撃したら、自分は。

 勝てるだろうか? いや、その前に仲間達を守りきれるだろか?

 いや、勝てる筈だとは自負している。だが、その先が問題だ。

 自分達を脅威と感じた人間達は新たに徒党を組んで襲いに掛かるだろう。襲撃した時の倍の数で。

 もし、そうなれば数の暴力によって己の身は守られても。

 ……レーンは、そして力に未だ不安が有る仲間達は。

 そう暗さを想定した未来を浮かべる中、ミットの声が耳元に届く。

 「だから、だ。レーンは、人の世界に溶け込むべきだ」

 「理由は大体解ったけどよ。何でレーンだけなんだ?」

 その言葉に、皮肉と寂しさを交えた奇妙であり何処か悲しげな錆び付いた微笑みをミットは浮かべて呟く。

 「俺達の中で、他に人間へ迫害されない奴が居るか?」

 その言葉に、ギルダブも周囲を見渡し理解する。

 他の連中、ギルダブ以外の連中はミットも含め外見的に人間に畏怖されるように故意に肉体は改造され変化している。

 No.8のハピ。No.11のギルダブも含め大半は全員人間とは異なる外見や肉体的特徴がある。

 このような生き物がフラリと人間の住む場所へ現れても、今日の自分の出現の時同様怯えられるのが関の山。

 中にはレーンのように外見も人間であり技能も脆弱な者が居る。例えば先程に登場したNo.9のカリアッハなどもそうだ。

 だが、ミットがレーンだけと限定したのは確かなる理由があるからだった。

 「カリアッハ、おめぇは」

 「私は嫌」

 にべもない拒絶。表情は静かながらも、その瞳と言葉には冷え冷えとした拒絶と敵意が込められている。

 「今更人間に媚びて傅いて生きるような真似する位なら道連れにして死ぬわ」

 静かながらも確固たる決意を秘めた発言。それに同意するように人間の形をした人体兵器達にも頷きが見える。

 研究所で育てられた彼らにとって『人間』とは恐怖であり憎悪の対象だ。

 拷問めいた薬品、及び仲間達と同士討ちさせられるような戦闘実験。最初こそ同族と殺し合わされた悲哀は
 長く続いた地獄めいた環境によって全ての悲しみは人間全般への憎悪と報復に凝固される。

 それは研究所を抜け出た後であろうと変わりない。いや、世紀末の中を過ごして新たに其の
 感情は膨らんだと言っても良い。彼らにとって人間との確執は永遠に近い時間でも払拭出来ぬ溝である。

 人間を憎悪する彼らに、人間と暮らせ等と言える程の割り切った感情や思考を他の仲間達も持ち合わせてない。

 外見が人間と異なるギルダブ等とて人間への憎悪は限りない。その中でも特別なのがレーンだった。

 「……レーンは、純粋だ」

 その言葉を噛み締めるようにして、僅かな微笑を浮かべミットは呟く。

 「俺達が人を嫌いだと言うから無理に合わせてるが、あいつは人間を憎んではない」

 研究生物の中でも、希にそれ程敵意を抱かず接する人間達は存在するがその中でもレーンは特別だった。

 花のような無邪気な笑み。子供の女性と遜色ない体格と容姿は研究所の者達にも良い意味で受け入れられてた。

 だからこそ研究所内でも他の者達とは特例でそれ程に暴力や迫害を受けた事はなかった。
 仲間達の庇護と言う力も無論大きかったが彼女は研究所内では人間を殺したいと思える程の感情は持ち合わせてない。

 いや、それは他の生き物にもレーンにとっては言える事だった。

 ミットの言葉を受け、目を一旦閉じてからギルタブは呟く。

 「……そういや、そうだったな。あいつは誰かを傷つけたり憎んだりする事なんて土台無理な話しだよなぁ」

 彼は苦笑して頬を掻く。同様の笑みを人体兵器である彼らは浮かべる。

 闘う事に泣いて拒否し、殴ったり蹴る事など出来ない意気地なし。何時も戦闘訓練では最下位の一位。

 最初に確か行った戦闘実験の相手は確かミットだった。彼は今でも容易に思い出せる。闘えと指示されたに
 関わらず『また会えたね』と嬉しそうに飛びついて抱きついてきた。あの天真爛漫な姿と、笑顔を。

 肉体訓練でも体力テストでは平均的に最底辺であり、これに関して怪物(フェノメーノ)研究員共に
 失笑ものの記録であった事は記憶に新しい。その時の出来事も昨日のように思い出される。

 特殊技能の歌、それに関しても上手く自分でもコントロール出来ぬゆえに最初は音痴で
 誰からも顰蹙を買い、最初は音痴を直す為の特訓をしていたのは今では良い笑い話だ。

 好き嫌いも多くして、最初の頃は自分に良く嫌いな物を食べてくれるように頼まれた。

 常に明るく、無邪気で純粋で。周囲の環境の悪意に鈍感で、非常に危なっかしい存在。

 ……だからこそ、仲間達は全員レーンを特別(愛しい)だと感じてた。その想いは今も昔も、この先も。

 変わる事など、有り得ない。

 「まっ、ミットの言う事は理に叶ってるよ」

 「そうね。レーンを私達の血生臭い生活に、これ以上付き合わせる訳にはいかないか」

 「だな。あいつ俺達の歌姫なんだし、人間の世界でも活躍出来るんじゃねぇか」

 「違いないや。だけど、あいつも曲りなりにも女だし変な奴らに襲われねぇか?」

 「ばぁか。んなもんひょっこり見守るに決まってんだろ? 交代で一週間毎にレーンを影ながら見守つたりよ」

 「ストーカーかよ。全くレーンの奴には別れてまで面倒かけさせられんのかい。厄介なこってぇ」

 ゲラゲラと、同郷人達は軽口と共に笑う。近日中に起きるである離別の悲しみを少しでも軽くしようとしてだ。

 「話は、決まりだな」

 レーンの離別。それに対して異議の無い事を確認するとミットは重々しく口を開く。

 「次の集落にでも行った時、何処か適当な場所へレーンを送る事にしよう」

 何処か、少しでもレーンが平穏に暮らせそうな国へ。

 そのミットの言葉に、カリアッハは片手を上げて得意そうに告げた。

 「それなら、もう目星がついてるよ。放浪する人間の集団に近づいて何処か安全に暮らせそうな場所はないか聞いたからね」

 「へぇ、早いじゃねぇかカリアッハ。おめぇ鈍そうだったと思ったのに意外と抜け目ね痛ぇ!?」

 「鈍そうは余計だよ!」

 カリアッハは少々の怒気と共に、硬い肌のギルダブの米神を力いっぱい殴りつけた。

 それでもギルダブは少し痛いと言っただけで済み、カリアッハの拳の方が痛むのはギルダブの頑丈さが伺えた。

 「そこは、何処だ?」

 これ以上の下らぬ応酬は、話題の上る当人が起こしかねないと判断しミットはカリアッハへ続きを促す。

 そして、おもむろに青色の長髪の少し病的な顔つきをした女性は髪を手で靡かせつつ勿体ぶらせ口を開いた。

 「そこは、ある一人の女神と称される人物によって築かれた楽園。雄は傅き、女だけに力と特権を握る為に創られた国……名は」



                             
                          アスガルズル、そう言われてる。
 




  

   
  ・



 
         ・


    ・




       ・



   ・




       ・




          ・



 「ん~! 良い天気! お日様がポッカポカだぁ!」

 翌日、天気は眩しいほどに快晴だった。

 レーンは浮かれる。太陽を目にするのは何十回目だけど、それでも彼女にとって快晴の空は研究所内で
 見る事が叶わなかったものであり、それは何度訪れても嬉しい事には変わりなかったからである。

 「ミット! ギルダブ! すっごく良い天気だよぉ。今日も良い事があると良いねぇ!」

 「あ~朝からうっせぇ! はしゃぐんじゃねぇ!」

 ギルダブの怒鳴り声に、少しだけレーンは口を尖らせる。

 昔からの家族だけど、ギルダブは自分の話を真面目に聞いてくれないし、はぐらかしたりする。

 そう言う所か、レーンとしては少し不満なのだ。無論、ギルタブの事は大好きなのだが
 それでも自分の話しをちゃんと聞いてくれないと時々物凄く腹が立つ。そんな時もギルタブは
 ニヤニヤと笑って小馬鹿にするので。そう言う所もギルタブの嫌な所だとレーンは感じている。

 ギルダブは、こんなに良い天気なのに嬉しくないのかなぁ……。

 純粋に彼女がそうむくれて空を見上げる中、荷造りをする彼が悲しそうにレーンを見ている事に彼女は終ぞ
 気づく事はなかった。仲間達は集落から獲得した食料に物資を出来る限り荷台へ載せる。

 そのまま、トラックの荷台へと無言で自然に飛び乗る一同。レーンだけ少し他人事のように見て
 そして最後にギルタブが飛び乗ったのを見て、呆けた表情と共に少し驚いた感じで口を開いた。

 「あれっ? もう、此処出ちゃうの?」

 「あぁ。また他の連中がやって来て襲われたら堪らねぇからな」

 荷台から、早く乗れと言わんばかりにギルタブは頭を突き出して面倒そうな表情を作りながら
 レーンに手を招く仕草をする。レーンは近づきつつ荷台には乗らぬまま頭に腕を組んで告げる。

 「へぇ? ギルダブがそう言うなんて珍しい。何時も『どんな奴だろうと来れるもんなら来てみやがれ!
 この俺様の尻尾の味を思い知るだろうぜ! シャッハッハッ~!』って盛んに言ってるのにねぇ」

 似てるのか似てぬのか判断つきかねる顔真似と声真似。荷台の仲間達の失笑とギルタブ向けての 
 嘲笑が沸き起こる中。顔に少しだけ朱を差してギルタブは猛然と色々な感情を載せて拳を振り上げて叫ぶ。

 「最後の笑い声は余計だ馬鹿!」

 軽い拳骨をギルダブから受けて両手で頭を抑えてレーンは涙目になる。

 やっぱりギルダブは暴れん坊で嫌いだ。そう考えてギルダブの事で文句を言える相手を探し、そして叫ぶ。

 「ミット~! ギルダブが殴った~!」

 逆光と共に、大きな荷物を背中に背負い近づいてくる人物。統率者である彼は最後の大荷物を
 引き受けて最後尾に居た。いや、レーンの傍に長く居れば自分の気持ちを隠し通せる余裕が無い
 ゆえに今まで傍に居なかったかも知れぬが、乗らぬ訳にもいかず彼はともかく姿を表す。

 大柄なスキンヘッドで鋭く小さな目をした男。レーンが知る中で一番優しい人物。

 彼女は、彼が其の容貌や体格に関係なく自分にとって庇護たる存在だと認知している。

 何時ものようにレーンは、彼が頭を撫でてギルダブに一つか二つ静かに諭してくれると信じて疑わない。

 ……だが、その日は違った。

 「……そうか」

 (あれ?)

 ただ一度頷いただけで、ミットは無言でそのままレーンを通り過ぎ肩に抱えた荷物を荷台へ下ろすだけに留まる。

 そのまま無言で続けて荷台を積み込む作業を続けるミットに、レーンは初めて心に引っかかるものを感じた。

 可笑しい、変だ。……ミットが、自分に対してこんなに無関心な対応するなんて。

 頭の中で、そこまで思考したわけではないが。心は、まさにそんな当惑を芽生え、不安な感情がレーンを満たす。

 「ミット?」

 「レーン。直ぐ、此処を出る」

 その言葉を遮るように、意図したかは不明ながらミットは、そこでレーンを振り返り口を開いた。

 「何か、やり残した事があるなら、やっておけ」

 近づき恐る恐る声を掛ける。すると彼は何時ものようにレーンの頭を軽く傷つけぬよう優しく撫でるのだった。

 無骨な手。肉食動物も簡単に殺せそうな大きな手に撫でられながらレーンは安心感が体を満たすのを自覚する。

 ――何だ何時ものミットだ、心配して損した……。

 さっきの自分をないがしろにしたような態度も気の所為だったに違いない。

 レーンは、先程まで浮かべていた不安を打ち消して。何時もの子犬のような笑顔でミットに元気よく頷く。

 「それじゃ、犬さん達を放してくるね! あっ! 連れて行っていい?」

 「悪いが駄目だ」

 即座の否定。それはミットだけでなく他の仲間達の事も案じての回答である。

 犬と言うのは飼い慣らせば優秀な相棒となるが、今のような世紀末と言う環境では食糧と言うのは
 自分達にとっても生命線である。ゆえに犬を養う余力は無く連れて行くなど以ての他なのだ。

 犬自体を食糧にすると言う自然な発想も怪物達の中には有った。だがレーンが飼い犬達と共に
 仲良く歌を奏でていたのを見ていたミットには、その犬達を食糧にすると言う提案を呑む訳には居なかった。

 「大丈夫だ。犬は、強いから。何処でも、暮らせる」

 連れて行くのを拒否され、少しだけ暗い顔付きになったレーンに慰めの言葉を掛けるミット。

 「う~ん仕方がないか。……じゃあ、バイバイを言ってくるから、ちょっと待ってね!」

 残念そうな顔を暫し浮かべつつも割り切った表情と共に天真爛漫な少女は手を振って元気で駆ける。

 悲しい事が有っても、笑顔と元気を忘れない少女……怪物達の良心であり希望の背中を怪物はじっと見る。

 その笑顔を見れるのは、後少しばかりだと言う事実にミットは心の中に突き刺さる鈍い痛みを覚えた。

 「大丈夫か?」

 「……問題ない」

 隣に佇む赤鬼に似た風貌の旧友の言葉に、ミットは静かに呟き頷く。

 今生の別れではない。

 人の住処に送るのだから何時でも会おうと思えば会いに行けるだろう。

 レーンも納得してくれる筈だ。これが最善の方法だと、今の環境を一緒に生きてきた彼女なら理解出来る筈。

 「……ああ、問題ない」

 だから、レーン。お前は幸せに暮らしてくれ。

 俺達のように、血を浴びて汚れて生きるのではなく、人間の世界の中で幸福を見つけてくれ。

 それが、俺達の願いなんだから。

 半刻の後に人体兵器である彼らを乗せたトラックは集落を出てエンジン音と土煙を昇らせて出発した。

 「出発、進行~! ねぇねぇ、今度行く所では海とか見れるかなっ!?」

 荷台の一つの荷物に腰掛け、新たな旅路に心を弾ませて少女は仲間達に問いかける。

 荒野ばかりの地獄にも見える場所で、彼女は常に新たな目指す場所に緑は有るか、木々は有るか? 
 と聞きながら見果てぬ場所の旅に夢を見る。そんな姿も後少しなのかと仲間達の見えぬ悲しみは一層募る。

 「……今度行く場所は内地さ。海はねぇよ」

 「ぶー! つまんないのぉ……あ、でもでも! 草木や花は有るかも知れないんだよねっ?
 それに、雨とか降ったら虹が見れるかも! 虹っ! 本物の虹見たいなぁー!」

 心底楽しそうな声。その無邪気な声に笑みを一同は見せつつ。瞳は切なく彼女を見る。

 そんな彼女は気づかぬまま、暫くして笑顔で歌を歌い始める。


 ラ♪ ラーラ♪  ラン ラー♫

 ララ ラ♪  ラーラ♪  ラ・ラーラ♪

 ラーラ ララ♪ ラン ラーラ♫  ラララ♪

 ラン♪ ラーラ♫ ラララ  ラ・ラ♪

 トラックの走行の中で一人の少女の楽しそうな歌声を旅の清涼剤として荷台は揺れる。

 だが、この歌がもう少しで聞けなくなると知る者達には、歌い手を除き侘しさも心の中で感じるのだった。






   ・





         ・



     ・



        ・



   ・




      ・



          ・




 「……成程、ご苦労だったなシェアド、アルフェ」

 彼ら怪物と称される一行の旅とは別の場所で、この世紀末には稀な大人数の行進が存在していた。

 その彼らに共通するのは十字の紋様が刻まれた肩当て、または紋章が胸元などに目立つと言う事。

 そして、今呼ばれた二人は以前に海岸にて未来の拳王を目撃した南斗拳士達。

 ここまでくれば、もうお解りであろう。

 千にも上る大軍勢の正体。それは正しく南斗拳士共に南斗に属する兵士たちの群れなのであった。

 報告に対し礼を告げられた二人の拳士は跪き力強い一声と共に立ち上がる。
 
 彼らは命からがら辛い行程から帰還し尊敬する王の軍勢に合流した所だった。

 そして、彼ら二人の顔には今不満が滲み出ている。それはと言うものの尊敬する王でなく
 彼らが尊敬する将軍でもない、代理で同列の108派の自分達より年下な男に報告してるゆえにだ。

 「しかし、海岸の盗賊共を一瞬で粛清する実力とはな……」

 伸ばしっはなしの髪の毛、それで片目だけ隠して目元を指で頻りに触れる男は独り言のように呟く。

 「あぁ。陛下は何処だ? 出来れば直々に陛下に報告をしたいのだがな。キタタキ……将軍」

 最後の将軍と言う部分は決して本意で呼んでないのが明らかに最後に付け加えてるのが東夷と北狄の拳を冠する
 彼らの表情と併せて読み取れる。彼らは、蟻吸拳と言う北斗の流れを汲みつつも元々ただの衛生隊の
 隊長だった彼が軍師リュウロウに取って代わるように上の立場になった事に賛同しない者達の中に入っていた。

 二人の言葉に、キタタキは少々フケの混じった髪の毛を掻きつつ平坦でおなざりに告げる。

 「王は、旅の疲労が多い。ゆえに安静にしてるから俺から報告しておく。お前等は休め……」

 報告は受け取った。だから後は軍隊と合流し決まった動きをしろ。

 暗にそう告げた言葉に、彼ら二人の南斗拳士は黙って頷く事も有り得ず、直ぐに反論を試みた。

 「……余り芳しくない言葉だな。我ら中位の拳なれど、海岸まで命からがらに旅を続け合流し、目立った
 収穫はなくとも目に付く不安の種は洗いざらい報告した。のにも関わらず我等に対する労いはソレのみか」

 シェアドに続けるようにアルフェも口を開く。

 「然様。キタタキ、汝が上位拳士なれど志は平和を願う同士だった筈。言っとくが遠方へ偵察しに
 行ったとは言え我々の耳とて耄碌はして非ず。お前の行動を良しとせぬ者達が多いのも知ってるぞ?」

 二人の中位拳士達の不満の声を、キタタキは黙って聞く。

 その目には彼らに対する悪意も害意はなく、かと言って反対の温情と言った温かみも皆無な虚空な眼差しだ。

 「陛下には俺から伝えとく。……言っとくが、俺は軍規に命じられたま動いてるだけだ」

 文句を言われる筋合いはねぇ。けんもほろろな態度で反論を突き返し背を向けたキタタキに
 シェアド、アルフェの二人は怒気を上げて制止の声を上げたが、無視し構わずキタタキは去っていった。

 「……っ何たる態度。アレが誇り高き南斗の将軍の態度か!?」

 「全くだ。リュウロウ将軍が患ってから代替した後の者の行動には目に余る者があると聞いてたが……
 これ程までとはな。アレでは南斗の行く末も知れた所……リュウロウ将軍には一刻も早く戻ってもらわねば」

 肩をいがらせて休憩場所へ戻る二人には、未だキタタキと取り巻く実態や、そして内情は見抜けなかった。

 その彼らが帰還を望むリュウロウこそ、彼らの信ずる陛下の酷使により命を削る事になっている事を。

 そして、今でもキタタキ。彼がサウザーを見えぬ場所で牽制してるからこそ、南斗は保っている事を……。

 彼らは知り得ていない。そして南斗の同志及び兵達の大半もだ。

 それでもキタタキは様々な思惑の中に挟まれつつも自身に一身に受けつつ渦中に身を投げる。

 そう、身を投げるしか無いのだ。

 

   ・




         ・



     ・



        ・



   ・




      ・



          ・



 「……以上で報告は終了です」

 キタタキは、何時もの感情を打ち消した仮面と共にサウザーの前に立ち機械的に現状を述べる。

 彼にとって、それは何時の間にか慣れてしまった義務的な態度。

 サウザーに自分の中の隠された意図を見抜けぬように。彼の心の中に隠された秘密を覗く穴を作れるように。

 表面上は決して出さぬ。出せばそれを突き詰められ死に誘われる駆け引きで生み出された仮面を被りキタタキは告げる。

 「その報告、間違いは無いのだな?」

 「? えぇ、相違はないかと」

 何時もなら黙って、そうかと相槌打つか。または無言で何も反応しないサウザーから今日は珍しく問いかけが
 成された。キタタキは、それにどう言う意図があるのか返答までの短い時間の中で巡るめぐ考えたものの
 答えは出ず、気紛れと言う結論を脳内で下しつつ肯定を述べる。サウザーは暫し沈黙を要した。

 「解った。下がれ」

 「はっ。それと、シン陛下も後少しで到着すると」

 南斗の仲間である南斗孤鷲拳の使い手であり南斗六聖の一人がシン。

 キタタキにとっては敵でも無いが味方でも無い。過去に至っても敵対はしてないが
 好き好んで仲良くもした事のない人物だ。だが、サウザーよりは信用には置けるだろうとは考えている。

 「待たなくて構わん。どうせ目指すべく場所は同じだ」

 仲間(南斗六聖)との合流をしない。

 これにもサウザーの計画の一部があるのだろうか?

 いや、既にシンに対してもサウザーの手の先になっているのか……? ……どっちだ。

 答えは出ない。手掛かりを得るには方法が乏しい、将軍と言う立場が枷となり彼の自由を制限する。

 だが、それでも……己は真実を公衆の面前にて露呈し崩御させなくてはならない。

 サウザーの野望を……自分達の粛清と破滅の計画をだ。

 心得ました、との言葉と共に背を向けながらキタタキも必要最低限の出来る限りの事を黙して実行する。

 サウザーの隠された恐るべき計画を暴くのも大事だが、それ以上に今は遠征と言う不慮の事故が何時
 起きても可笑しくない状況。この軍勢の中にも自分を必要としてくれる者達も少なからず存在するのだ。

 (絶対に奴の思い通りにはさせん)

 心の中で再度頑なに決意を誓い、そして遠征による中で体調を崩した者達の場所へ向かいながら彼は空を仰ぐ。

 ギラギラと憎らしい程に太陽は眩しく、それでいて風は未だ涼しさを見せぬ程に無風だった。








 ……怪物達と……彼ら(南斗)が目指す道先は同じとも知らず、太陽はギラギラと輝いていた。










  
   後書き


 更新が遅滞してますが、それでも私は絶対に途中で放り投げる事はしないとラオウ様に誓う。

 それと、早く北斗無双2は発売して欲しいね。そしてジャギ様の羅漢撃が満足出来る使用になってくれれば。

 あとシュウも使用出来るのだろうか? あ、ジュウザが使用出来るようになるのを知って感激はした。






[29120] 【貪狼編】第二十二話『古龍が住まいし鬼の哭く街(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:02a2e8df
Date: 2013/07/25 11:42
 







 カサンドラ

 その名は太平の世に広々と伝えられし生きる伝説にして恐怖の都

 彼の都市の前にして、如何なる修羅も、悪鬼であろうと容赦なく彼らの目には涙浮かぶ。

 一度入ったが最後、己の肥満しきった驕りを悔やみ先刻に持っていた自信も全て投げ捨てて懇願する。

 己の技・力・心、全てが打ち砕かれし場所。

 カサンドラ、鬼の哭く街。




  ・




       
         ・


    ・



       ・



  ・



     ・



        ・


 「ふぅ、駄目だな」

 細い吐息と共に、漆が映えるマホガニーで出来た机の上へと書類を雑に投げおく一人の青年。

 ある強固に守り抜かれた造りの一室。その一室で青年は達観を帯びた面持ちで憂鬱に浸っていた。

 青年は其の年の割には背負う重さゆえが20程の年齢に見える程の精悍な表情で呟く。

 「まったくもって奴(きゃつ)等は役に立たん。こうなると、俺一人でても対策を打たねばいかん」

 彼の名はサウザー。南斗鳳凰拳現伝承者、本来ならば師父殺しと言う悲劇なる運命により狂気を
 植え付けていた頃だが、いま現在の彼は直向きに己の役割を直叙に遂行しようとする輝きに包まれてる。

 「ジャギの言う予言が確かなら、一分一秒でも早くシェルターであろうと製造するべきなのだ。
 なのに、国営の者共。根拠もない事に費やす労力も資金も出せんと、長々と書類で突きつけおって……!」

 苛立ちを隠そうともせず、苦々しげに先程投げて乱雑にずれた書類を仇敵の如く睨むサウザー。

 彼の今一番の問題は自国におけるシェルター製造における問題である。

 原作、北斗の拳でも解る通り。あの時の核戦争直後ではトキが死の灰を被る事態に陥る程に(まぁ、これに
 関してはケンシロウの物語ゆえに、不回避なる出来事であったと言うべきかも知れないが)
 核シェルターに関しては不備に見受けられる点が多く見られてた事は容易に推察出来る事である。

 サウザーも、自身の配下を使い調査した所でも民間人が使用するには余りに安全性に欠けるであろうと
 思えられる欠陥が見られるシェルターが幾つも見られたのだ。これには彼も憤懣やるせない胸中となる。

 「想像出来た所であるが、奴らめ己の保身以外に関して全く注意を払わないようだな……くっ、くく」

 怒りを通り越し、サウザーに沸き起こるのは自嘲及び身の状況の劣勢と言う逆境に対する闘争心の激化。

 良かろう、お前達ハリボテの指導者が罪なき民草を天の悪戯なる災厄に見向く事なく晒すと言うのなら。
 この鳳凰、一閃なる改革の矢となりて。全ての障害を押し退けて見せようぞ。

 「となると、だ。まず個人で手を組める者が必要だ」

 サウザーは既に国に対しての結束を一時放棄し、個人で自身と同等、それ以上で力ある者と
 手を組み。未来に起きる悲劇に対し対処出来るであろう人物を見つける方法を選択する事にする。

 「ムギン、今から俺は……」

 「承知しております。資産家であり優秀なる権力者に対し既にピックアップは整えております」

 サウザーが全て言い切る前に、影に控えていた造形が異様な程に整った女性は彼が望む事を仕立てている。

 その女性は以前は目の上のたん瘤の存在であり、もし彼の最も親しい仲の一人が骨を折らなければ
 このように上手な連携が出来なかった元老院の配下の存在だ。今ではサウザーの思惑を表現せずとも
 同意する程の柔らかな思考を備えており、サウザーの手足として行動する事を心より賛同してる。

 (本当に……奴には頭が上がらなくなってきてるな)

 苦笑して、ムギンから書類を受け取りサウザーは己が己として生きる事が出来ている人物を頭の中で
 思い浮かべる。それ程まで恩義ある人物の言葉だからこそ、自分は眉唾程の予言を確信し、少しでも力なりたいのだ。

 「ふむ、北大路……確かユダの奴も立ち上げている会社で最近手を結んでる所だな? それと……」

 読み上げる有力な自国の権力者達のリストに走らせる視線が途中にて止まる。

 「どうされました?」

 その止まった動きに対し質問するムギンに答えず、サウザーはリストに書かれた人物に対し
 記憶の中で思い出そうとしてた。会った事はない、だが最愛の師父から聞いた事あったのだ。

 『……その者は、我が鳳凰拳に勝ち得る可能性を秘めたる拳であり。サウザー、お前がもし伝承者となりて
 多くの拳士と邂逅する事があれば、その者とも一度会って見ると良い。きっと、得難い経験出来るだろう』

 そう、優しい眼差しで教えてくれた事は昨日のように思い起こされる。

 回想を終えたサウザーは、会ってみたいと思った。今の自分の考える自国の改革の為の相手とかでなく
 一人の拳士として人間として話しをしてみたいと言う欲が彼の王の中に芽生えたのだ。

 そして邂逅を望む相手の居場所を記す部分をサウザーはポツリと読み上げた。




 「……カサンドラ、か」






 
  ・




         ・


    ・



       ・



  ・




     ・




         ・


 ……話しは少し変わり。この国には名高い拳法が幾つかあり、その中でも伝説を含めた物で
 最強に最も近いと謳われる五本の指に挙げられる拳法を紹介させて頂こうと思う。

 まずは語る事までもなき『北斗神拳』上記の名声ある拳法と言うには語弊ある暗殺拳ではあるが
 破壊力及び致死の技を考察すれば評価するまでもなく、この拳が最強である事は言うまでもない。

 そして、次も言うまでもなく『南斗聖拳』手と足を刃の如く駆使して相手の肉体を裂傷致死至らしめる拳法。

 次に挙げられるとすれば『泰山流・華山流』中国にて生まれし実在する拳法でもあり。複数での連携を
 扱った技、剣術や槍術を取り入れるなどして一般人であっても強大なる拳法家に勝つ事を目指し拳法。

 そして……もう一つ。

 起源は中国。陰と陽を汲んだ龍の力を己の体に取り入れて相手を排除する剛と柔の拳。

 極めし者なれば、その放つオーラは金色の龍になりて相手の体を容赦なく喰らうであろう。

 名は、『太極龍拳』

 そして、現代の其の正当なる伝承者の名はアモン。

 『龍帝アモン』

 それが、彼の人物の名であり要塞都市カサンドラを創造した天才設計家の名である。

 彼の人物は若き頃は世紀末覇者たるラオウとも互角に戦えうる実力を担ってはいた。

 その力を行使し彼は自分の拳に連なる太極拳及び中国拳法の拳士達の大師として拳の指導者としての地位を備えていた。

 もし、世が戦国程の弱肉強食が明示された世界ならばアモンも堂々と自分の力を誇示して王者なれた
 可能性は十二分に有った。だが、不運な事に彼が世に生まれ落ち其の力が開花されてた頃は第二次大戦後半。

 某国により核が落ち、既に国同士の優劣がはっきりと明示されてる世の中では己の真価を誰かに
 表明させる事も、敵国を圧倒させ逆転の勝利を取ると言う方法から何もかも手遅れ。

 アモンに出来る事は、国の弟子達を引き連れ細々ながら自分の信者を増やし勢力を拡大させる事。

 己とて愚かでは無い。約1000かそこらの腕の良い拳法家が集まったところで重火器・小火器及び
 陸戦兵器等を行使する国相手に反乱を起こし国の主導を取るなんて事は不可能である事は承知。

 何より乱世を再び引き起こす事がどれ程の愚行なのかアモンは熟知する分別のある人物だった。

 常識に囚われぬ狂人ならば、力あれば国取りなどを行うかも知れん。だがアモンは愚者では無いのだ。

 彼は自分の才である拳法の腕以外に趣味と実益も兼ねて覚えた設計や建築の腕。そして若き頃に
 人の目指す権力の頂点を目指し蓄えた財も兼ねて彼は築き上げる『カサンドラ』と言う街を。

 その街には人々には知られる事なく実は数々の作動させれば一瞬で人の命も立ち所に散らせる罠を
 築いた事は極秘の事項。その罠を作ったのは、この街は富豪の実益兼ねた道楽によって建てたものでなく
 自身は未だ王であり、この街は未だ自分が夢を忘れたわけではないと言う隠されたメッセージなのだった。

 この暗示に関し知っているのは己と……そして息子、そして戦時中でも決して離れる事なかった兄弟のみ。

 ……ある所に、一つの街があった。その街はテーマーパークのように高い仕切りで囲まれており
 中では様々な飲食店及び遊技場が点在している。敗戦国たるこの国では盛況と言って良い賑わいを秘めていた。

 大通りでは活気ある声と共に人々が買い物しており、至る場所では露天や小さな見世物が並ぶ。

 ちょっとした祭りが平日で繰り広げられていて暗い影は殆ど見えない、正しく繁華街だ。

 そんな場所へ複数の人影が訪れ、そして一人は誰に言うでもなく唖然とした声色で呟くのだった。

 「マジで、此処がカサンドラなのか? 原作と全然違うじゃねぇか」

 その人物、三白眼で世辞にも美形とは言えぬ強面に近い感じの男。名はジャギだ。

 「凄い賑わってる感じだねぇ。もっとも、私は良く見れないけど」

 ジャギの隣には、目を閉じてニコニコと様々な音や声に耳を傾けて和やかな声で感想を漏らす
 鈴を転がすような声で感想漏らすオレンジに近い明るい髪の毛をバンダナで縛る少女、アンナの姿も有った。

 「アンナ、結構人混みだけど良かったのか?」

 「平気平気、シュウ先生のお陰で大分慣れたから。第一、このまま目が見えないかも知れないって
 事になったら、こう言う場所でも自由に動けないと困るでしょ? それに、本当に危ないと思ったら」

 こうやって、ジャギの傍に居るよ。と、アンナは軽くジャギの手を握りしめて安心させるように微笑む。

 「……おう」

 アンナの微笑みに、ジャギは僅かに鼻をこすり僅かに浮かべた羞恥を誤魔化すように淡々として返答で終わらす。

 そんな、見てて微笑ましくなるような二人の雰囲気を。

 邪魔する事が如く空気をあえて読まずの声が割り込まれる。

 「あのよぉ、ジャギにアンナ。イチャつくんなら俺らが帰ってからにしてくんねぇ?」

 「そうだな。俺達は今から戦地へ赴くんだ、そう言うのは他所でやれ、他所でな」

 セグロ、キタタキ。ゴーグルを額に掛けた少年と、伸ばし放題にした前髪が鬼太郎の如く片目が
 髪の毛で隠れた少年が茶々を入れてジャギとアンナの空気に水を差す。彼らは南斗の拳士。

 茶々入れた二人以外にも、その背後で苦笑するイスカ。そしてハマやキマユと言った南斗拳士達。

 そう、今日は休日。彼ら鳥影山のメンバーはたまには気分がてら観光出来る名所へでも行こうと
 言う話しになり、その会話の流れ上にてカサンドラへ行く事が決定され彼らは今この場に居るのだった。

 「誰がイチャついてるんだよ。と言うかキタタキにセグロよぉ、お前等此処に来る前から
 ずっと『戦地』とか『試練の場』とか何かほざいてたけどよ、何がそんなに危険なんだ?」

 ジャギは気になる事を口にした。カサンドラと言う地名を聞いて彼は最初こそ心中で驚いたものの
 外伝作品を必死に思いだし、確か此処はアモンが最初砦として有った場所だったなぁとか回想してた所で
 セグロやキタタキが此処へ向かうがてら『此処に来るなら覚悟決める事だ』と何故か真顔で言ったのだ。

 「まぁまぁ、焦るなジャギ。楽しみってのは取っておくもんだぜ」

 「そう言う事だな。なぁに安心しろ、死ぬ程の事は起きても実際死ぬ事は無いから」

 「何、不安がらせる発言してんだよ……」

 目配せして、意味深な事を紡ぎあうセグロとキタタキ。未だ世紀末の牢獄要塞であるカサンドラでもない
 ただの普通のテーマーパークである場所でどんな危険な事が待ちかねてるのだとジャギは一抹の不安抱く。

 そんなジャギのツッコミも飄々と受け流し、意気揚々と『行くぜぇ』と何処かへ向かおうとする彼ら。

 「なぁ、本当にカサンドラの何処へ向かおうとしてんの? あいつ等」

 「ん? いや、僕も彼らの発言が何が何やら解らないなぁ……」

 セグロとキタタキと一番親しい悪友未満親友のイスカに聞いても苦笑されるばかり。
 
 ジャギは溜息を一つ吐いて、彼らへと続けて歩く事にする。

 「それじゃあ、ジャギ後でね。私達はあっちの方で色々見て来るから」

 そんな男組とは別々に、アンナはハマ達と一緒にショッピングに行く事にしたらしい。手を振って
 距離を離れていくアンナに同じくジャギは手を振りつつ内心では心配しつつ姿が視界から消えるまで見送る。

 セグロは彼の心を読み取ったかのようなタイミングで言葉を投げかけた。

 「心配いらねぇだろ。此処はそんな危ない事起きるような場所じゃねぇよジャギ。何よりハマだって
 良いパンチ持ってるし、アンナだって最近はカレンとかシュウ先生に修行させて貰ってんだろ?」

 こう言う時ぐらい、何も考えず息抜きしようぜぇ~。と楽天的に両腕を上げて回すセグロにジャギは苦笑する。

 (まっ、確かに心配し過ぎてるかもな。……んっ?)

 ふと、歩くがてらジャギは周囲の音とは異なる気になる音を聞いた。

 一定の音、いや掛け声。大勢の人間が気合を入れて拳打を放つ拳士には馴染み深い音。

 「この声って……」

 「あぁ、此処カサンドラでは中国拳法の太極拳が盛んに浸透されたんだ。何でも此処を設計した
 アモンって言う奴が太極拳の大師とかで、この街の五割以上は太極拳習ってるらしいぜ?」

 まぁ、太極拳って健康法としても良い見たいだし。盛んになるのも可笑しくねぇわな。

 と、セグロの談を聞いて軽く唸りつつジャギは其の音の方向へと顔を向ける。

 『龍帝アモン』それはどのような人生辿り、そして世紀末までの間はどう言う人物だったのか。

 (まぁ、俺がそこまで気にする事ねぇわな。世紀末が回避する事に成功すりゃ、アモンって言う人物が
 どう言う感じの人か掴めてはいえねぇけど、気にする事は無くなるんだし……よ)

 そう、今はセグロの言葉にのって未来の出来事を頭の隅に追いやり楽しむ事にジャギは決めたのだった。

 奇遇な事に、その当日。ジャギ達以外にも、南斗の指導者である人物が来てる事も知らず。






 ・




         ・


   ・



       ・


 ・



     ・




          ・



 

 ――噴(フンッ)       ――破(ハー)

 ――噴(フンッ)       ――破(ハー)

 ――噴(フンッ)       ――破(ハー)

 ――噴(フンッ)       ――破(ハー)

 金の龍が彩られた刺繍が目立つ道着を纏い、老若男女様々に大勢が太極拳を振るっている場所が有る。

 カサンドラの中央付近に位置する場所、その場所には大きな塔が建てられている。

 その塔付近にある道場には緩やかな動きと共に体に気を満たす運動とは別の発勁を放つ動作を練習する太極拳の拳士達。

 空気を震わせ、一斉に拳打をリズミカルに放つその光景は常人を圧倒させる程の迫力ある光景だった。

 その指導をしてるのはアモン……では無い。アモンに容姿は似てるも顔付きは異なり柔らかな印象が
 表面的に見える人物が、少々強引な厳しい表情を作り上げて育成する弟子達へと発破を掛けている。

 その人物もアモン程では無いが器量有る大極拳の拳法家。人並みの中なら師父に成れる力量あるゆえに
 彼の人は今の場に理由あって居ないアモンの代わりに、ここ最近では大極拳の指導を主に司っている。

 「未だ未だぁ! そのような粗い動きでは脆い家屋はおろか車一台とて退かせはせなんだ!!」

 木で出来た杖で軽く地面を叩き、ピシリッと声を轟かせる師父。その掛け声に修行を続けている
 若き拳士達も、負けじと声を張り上げて発勁の動きを汗流して更に口を噛み締め全力を出そうと躍起になる。

 「噴ッ……破ァァァッ ――轟ッ!!!」

 その道着を纏った一団の中で、土気色の髪の毛に金に近い瞳をした未だ二十か、そこらの若々しい男が
 地面を強く踏むと共に、空気を裂く音と共に掌打を放つ。その動きは一団の中では極めて秀でるもの見える。

 「おぉ若! 今の動きと震脚(発勁の初動作である、地面を強く踏む事)は中々でしたぞ!!」

 「謝謝! 『アトゥ』叔父上!! 今日は南斗の彼の人物が来る上に無様なものは見せれませぬ!
 皆よ! お前達も聞いての通り! 南斗の者に失笑買うような真似をしたら私が許さんぞ!」

 『応ッ!!!』

 ……アトゥ。その者は龍帝アモンの兄弟であり原作では龍帝軍の軍隊長。
 瓦解したカサンドラの入口にて彼は罠によって失った片足を義足で補い狂気に囚われたアモンの意思が伝染する
 城を破壊してくれる人物の到来を願い、そして拳王の到来によって彼の願いは叶う。

 だが今のアトゥは義足でなく、彼は今のところ悲観的な状況に陥ってない。

 アモンの血脈たる息子、世紀末では既に故人と化していた龍帝軍金大将ゼノスの研磨する姿に将来を期待する一人の良き指導者。

 その期待を受けるゼノスも性根は良性なる人格者だ。
 
 今も、彼の声に呼応し若きながら大極拳の同年代の者達の信頼を一身に受けてるのが何よりの証拠。

 今日の道場は熱気が何時もよりも強まってるのは他でもないサウザーの来訪を受けての事。

 南斗鳳凰拳。その実力や強さに関しては大極拳及び大極龍拳の扱うアモン及びゼノス達も把握しており
 今日と言う日にサウザーと邂逅する事に関しては色々な期待を持つなと言うのは土台無理な話しである。

 「叔父上! 未だ鳳凰拳の其の者は着かぬでしょうか? 早く会って願わくば拳を合わさりたいものです」

 「そうで有りますなぁ若。……何事もなく、終わって欲しいものです」
 
 聞けば年も自分と同じ程と言いますし、等と言いつつ心弾ませるゼノスを微笑ましく見つめながら
 アトゥは穏やかに返答して最後の部分はゼノスに聞こえぬ小声で呟いた。

 顔を別方向に向けると一転して重々しく憂鬱を伴わせた表情で一つの建物の方向を見て複雑な心中を言葉にのせて呟く。

 「今日も、兄上は姿見せぬか……」

 龍帝アモンは、ここ暫くカサンドラの中心部にて何やら作業する事が多くなっていた。

 それが悪いとは言わない。兄は昔から拳の腕もさる事ながら技術士と言う面でも類まれなく才能を
 秘めており、このカサンドラの幾つの場所にも人が普通なら見えぬギミックと共に隠し扉や地下通路
 などを作っている。以前は、酒の席の肴として兄が上々に自慢しながら口にしてたとアトゥは回想する。

 今でも暇さえあれば自分でカサンドラの秘密の改築をしているようだし、恐らくその趣味に没頭してる
 のだろうとアトゥは見当付けていたが、何も南斗と有益な結びつきが出来るかも知れぬ日にする事では
 無いだろうと、弟である彼は溜息と共に優秀ながらも性格に少々難が見える兄に静かに憂いが募る。

 兄、アモンは優秀な拳法家ではある。大極龍拳と言う唯一無二の秘拳を会得し類縁たる大極拳の
 同士達の先導者となり。他人からすれば羨望の立場を獲得した人生の勝者と言って良いだろう。

 自分は、そんな兄が居る事は誇らしいと感じている。嫉妬に感じる事も若い頃は有ったが天は人に相応の
 能力を与える。自分はそこまで上昇心が強い方でもない。兄を影から支えるのが、このアトゥの役目だと納得してた。

 (だが……今の兄は少々不安だ)

 大戦時代。あの時代は食う物にも事欠く状況ゆえに兄は自分や他の者を守る事に一杯であり
 アモンは兄弟や同胞達を見捨ててまで覇道の道へ行く選択はしなかったのだ。

 その事はアトゥにとっては誇りであったし兄の美点だと堂々と宣言出来るもののアモンの気持ちは
 どうだったのだろう? もしかすれば、自分達が居ない方が彼も本心から望む夢を追えたのでは無いだろうか?

 今の兄は若き頃の夢を潔く諦めてなく、もしや何か危うげな妄執に取り憑かれているのでは?

 アトゥが、そのように懸念する当の人物は。


 カサンドラの中心にある暗い一室の中で作業に集中していた。



  ・



          
         ・


    ・


     
       ・


 ・



     ・




          ・


 「……くっ、失敗じゃな」

 カサンドラの中心、そこでは動きやすく汚れても問題ない服装を纏った一見すると学者にも見受けられる
 風格を帯びた人物が、パソコンの前にローラーの付いた椅子に座り顔を顰めてるのが目撃出来る。

 その部屋は一言で表現するなら乱雑、と言うのがしっくり来る。フラスコやメスシリンダーと言った器具から
 眉唾ものの呪文めいたものが出た書物、そして市販のサプリメントから麻薬に指定されそうな薬物など。

 素人が見れば一種の物置のような状態の一室。その中で一人の妙齢の男性は黙々と作業に徹してた。

 一匹のモルモットの死骸を、同じく薬を投与されて死骸となった束へ投げるようにアモンは置く。

 染みの付いた長く洗ってないカップにコーヒーを注ぎ、それを飲みながらアモンは隈の生えた目を
 電灯へと向けて、億劫や長き疲労を負った重苦しい声で心の底から絞り出すようにして呟く。

 「あぁ……この身が恨めしい……若くない自分が呪わしい」

 龍帝アモンは、己の時と共に衰えていく肉体に不安と恐れを抱いていた。

 全盛期、自身は誰一人にとして遅れとる事なく強者だった。無敵に近しいと言っても良かった。

 然しながら、今となっては平定に近き世。中東辺りや発展途上国と言った場所ならば未だ拳を振るう
 場も有るだろうか。そんな田舎国で活躍した所で世界を相手に比肩出来るであろうか? いや、無い。

 アモンは、苦い黒い液体を喉に嚥下しながら仮定の状況が幾つも浮かんでいた。

 もし、今が戦国の世ならば。もし、自分の出生がある程度最初から高い地位であったならば。

 だが、浮かんでは消えて浮かんでは消えるifの場所で活躍し栄光を獲得する夢を打ち消してアモンは息を吐く。

 解っているのだ。今は市民平等、地域ごとに微妙な格差あれど国と言う基盤が根付いてる今の世に
 個人が暴れたところで何を成せるであろうか。それに、ただでさえ世情も今は冷戦に等しく各国の
 全体的な関係は如実に劣悪化してもある……もしかすれば第三次大戦有り得る程に。

 (そうだ、儂は既に老人の域に入ってる。もう私の時代は終わってるのだから……)

 コーヒーを飲み、少しばかり精神が安定に入ったアモンはゼノスと言う未来の希望を思いだし
 自分の夢は何時か血脈叶えてくれると納得しかける。だが、縋りつきたくなる夢物語は麻薬に等しく。

 (だが……叶うならば天下布武、儂も絶対なる力を持って覇者と呼ばれたいものじゃ。もし仮に
 自分が20程の肉体を持てれるならば、どんなに良いだろう……あぁ、そうなればどれ程までに)

 アモンは、己の頭脳を駆使すればもしかすれば若返りの薬を得れるのでは? と。

 人間ならば誰もが憧れる『不老不死』不老の部分に当たる研究を続けている。
 
 自分の肉親に告白する事なくカサンドラの増築の実施の傍らに行い、そして、積み上げる程に至った
 モルモットの死骸が研究の成果と失敗を物語っている。彼はブツブツと其の無謀な夢を考察する。

 「脳だけを交換し……ふっ、無理じゃな。大極龍拳の気の巡りの呼吸法と鍛えた肉体により
 同年代よりは遥かに若いとは言え、それでもそんな無茶な事が出来る筈なもんか」

 机上の理論及び、小動物の実験を経て若返りを目指すもののアモンは叶わぬ夢である事は重々承知してる。

 これは彼にとって何時もの光景。徒労とも言える奇跡に等しい所業を追い求め挫折し自身の息子に
 託す事で心の折り合いを付けようとして、だが夢諦めずして再度続けると言うアモンの日常。

 「弟、ゼノスが儂を労わってくれている事は重々承知してるが。それでも諦め切れぬわ」

 永遠の若さ……。無謀なる夢見事だ。弟達に言えば火を見るより明らかな返答をされるからこそ秘密裏に
 こうして自分の街の改築と偽りつつ作業している。砂漠の中から一粒の違う鉱石を取る程に無謀な
 挑戦かも知れぬが。だが、もしかすれば? と言う期待ある以上自分は諦めきれないし諦めない。

 一種の気狂いの如く少々色褪せたキーへと指を走らせ人体の効能を予想するデーターを計測するも
 使用し過ぎた結果であろう。アモンの使用してたパソコンは途中で薬缶の鳴るような音と共にフリーズする。

 「ちぃ、このポンコツめ! ……もうそろそろ替え時か。仕方があるまい」

 使って一年程だろうか? 未だ新品近いに関わらず動作重いのは、この半年程は人類の夢物語へと
 挑戦を行い、ほぼ毎日酷使させていた結果である。一日中座り続け硬くなった筋肉が僅かに
 悲鳴を感じるのを感じながら、アモンは僅かに億劫そうな表情と共に立ち上がって厳重な扉を開けた。

 (歳、じゃな。昔ならば幾ら無理な姿勢を保持しても応えた試しなかったと言うのに)

 歩くだけで感じる身の老化に対しての失望感。それは歩を進めるに比例して胸を膨らませる。

 (あぁ、歯痒い。若さが欲しい……20、いや、せめて10も若ければ儂は……)

 頭を僅かに垂れて廊下を進むアモン。現在の龍帝は心身共に時の無情を儚んでいた。




  ・




         ・


    ・



       ・


 ・



     ・



         ・


 「……よし、此処だ。行こうぜ兄弟、死ぬ準備は出来てるか?」

 「あぁ、勿論さ。……覚悟は出来てる、行こうぜ」

 アモンが部屋を出たのと同時刻のカサンドラ街の一角。そこで何やら決意した男の顔付きで会話する二人。

 彼らが睨み据えるは一つの建物、その背中には悲壮感と決意が滲まれており
 表情は死地へ向かう漢の顔。例えこの身に何が起きても後悔せぬと言う雰囲気で包まれている。

 「……おめぇら、何ラーメン屋の前で訳解らない事を口走ってんだよ」

 そんな二人、セグロ・キタタキに対し呆れ声でツッコミ入れるのはジャギ。
 
 そう、彼らはカサンドラ一角のラーメン屋に来ていた。本当に、何変哲もない普通のラーメン屋である。

 普段なら、ジャギのツッコミの次にセグロやキタタキは軽口叩くのだが今の彼らは一変して真剣そのもので返答する。

 「行けば解るぜ、ジャギ。……言っとくが、お前も一蓮托生だ」

 「そうだ、ジャギ。お前は朋友、地獄の果てまで付き合って貰うんで、そのつもりで」

 真顔での返答、悲劇的な状況なら感動出来るかも知れぬが時と場所には全く似つかわしくない台詞。

 「いや、だからお前等何を言ってんだよ、さっきから」

 ジャギには理解出来ない。目の前のラーメン屋は何一つ可笑しな点は見える範囲で存在せず、五感は
 北斗神拳を習って敏感なのだが危険を予感するような感じも全く無いのだから。

 もしかして自分すら察知出来ない屈強な拳法家が揃っているラーメン屋なのか? と思いつつ恐々入るものの
 その中も普通に老舗と言った具合の結構長く営んでいる感じのラーメン屋と言う具合以外は客も凡々も平凡だ。

 中年程の男性陣が普通にラーメンを啜っている。厨房に居るのも如何にもと言った具合の鉢巻を捻って巻いた
 一見頑固な感じの小柄な年配の男性が麺を茹でてる。何か変な所は全くもって見受けられない。

 少々変と感じた部分と言えば、出入り口でも無いのに一つの路地に面した部分にも出入り口が
 備え付けて有る位であろうか? その路地の方には壁部分に何やらマットのようなものが設置されてる。

 「何だ、あのマット?」

 「良いから、良いから。さっさとメニュー注文するからよ。……よっと!」

 「……水、入れすぎじゃね?」

 その路地に通ずる出入り口に面したテーブルに座りつつジャギが疑問を上げるのをセグロは気にするなと
 言う口振りで、氷水の入った大きいポットをテーブルに置く。……何故か、ジョッキ程に大きいコップと共に。

 「まぁまぁ、気にするなって。……親父さーん! カサンドラーメン四つ!」

 ……ざわっ。

 そのキタタキの声が放たれた瞬間。最近では修行と共に発達したジャギは周囲の客の気配が僅かに揺れた事を知る。

 「……カサンドラーメン?」

 聞きなれぬ名。名前からして、この街縁である事は解るが何故その名前で客がざわめくと言うのだ?

 どうやら、この店はメニュー表など置かず木札が壁に並べられ、それを注文するタイプの店。
 どういった感じのラーメンなのか説明はなされておらず。血のように染まった木札に名が記されてるのみ。

 「ここで一番美味しいラーメンの事だよ。ぴりっと辛くて、それがまた良いんだぁ」

 取って付けたようなネーミング。疑問の声を出すジャギにイスカは微笑しながら割り箸を二つにしつつ告げる。

 イスカの特に嘘や何か含んでなさそうな言葉に、別にラーメンには問題が有る訳ではなさそうだなと
 ジャギは安心しつつ待つわけだが、セグロやキタタキは深呼吸したりと緊張感を増している。

 そんな対照的な三人の様子に。ジャギは自分まで変な緊張が感染しそうな時に親父さんが丼を持ってきた。
 
 (……別に、ラーメンは可笑しくねぇな)

 汁は何か毒々しい色でもない少々唐辛子が混じったような透き通った紅色。

 麺の方も、少しオレンジに近い感じで黄金真紅色と言ったような感じだが匂いも別に刺激臭を放つとか
 そんな様子もない。イスカも、丼が来ると嬉しそうに平気で麺を啜っているので問題は無さそうだ。

 ラーメンが問題ないなら目の前の二人は何を待ち受けてるんだ? とジャギは思いつつも
 とりあえず熟考し麺が伸びるのも勿体ない。考えつつ、二人の様子を一瞥しながら麺を含んだ瞬間。

 ジャギの思考及び五感は、真っ赤に染まった。

 吐き出すには遅すぎる、麺が喉を嚥下した後にソレはやって来た。

 体をマグマの中へ突如放り込まれたような熱。眼球の裏がチクチクと刺激され一挙に汗が全身を吹き出す。

 震えだす両腕。口を噛み締めてソレに対する感覚を遮断しようにもソレは許してくれない。

 反射的に、ジャギは氷水の入ったコップを一気飲みした。だが、それは悪手。

 喉に一瞬だけ熱と痛みを忘れさせる天国のような流水が通過するも、その冷水の熱を覆う感覚を更に覆い尽くす
 熱が口の中を満たす。更に急かされるようにコップへ更に冷水を注ぎ足して飲むも抗えない感覚は過ぎない。

 いや、過ぎないところか冷水がガソリンの如く油に火を注ぐように感覚が更に増して体中を暴走する。

 そう、その感覚は……『辛味』
 
 辛い

 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い

 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い
 辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛いッッ゛ッ゛……!!!!!??!!!

 辛い、辛すぎる。もはや凶暴過ぎて凶器と称して良い程の辛味が喉を、口全体を体の全身へ襲う。

 体中の水分が、腹部の中にあるその成分が降りた場所から必死に逃げようとするように汗腺へ逃げ出そうと
 するかのように、ジャギの体からは何処から出るのかと思える程の汗が顔全体から吹き出し涙も溢れた。

 一度だけ、地上に打ち上げられた魚のようにして呼吸して叫ぶ。

 




    「――か……れぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええ!!!!??」






 思わず、走り出すジャギ。その方向は何故備え付けたか数分程前に疑問であった路地に面して作られた
 出入り口のマットへ向けての見事な走行だった。無論、勢い余ってマットへと突撃したのは想像容易である。

 そんなジャギを、既に解りきっていたと言う感じの真面目くさった表情でセグロとキタタキは呟く。

 「やはり、ジャギも洗礼を受けたか……」

 「あぁ、やはりだな。このラーメンの老舗『鬼殺』発祥、如何なる修羅、羅刹とて屈させた一品」

 「余りの激辛に、余りの刺激ゆえに。人々は何時しか、このラーメンに畏怖を込めて、こう呼ぶ」

 『鬼の哭くラーメン……カサンドラーメン』

 「んな阿呆な事でカサンドラのルーツが決まって堪るかぁ!!?」

 セグロとキタタキが、トキの如く合掌してうんうん頷いての言葉に対し。マットへぶつかり地面に倒れ
 苦悶の呻きと共に七転八倒してたジャギはタラコ唇で涙を未だ流しながらも必死に戻りツッコミを放った。

 尚、この光景を見てる周囲の客及び店主は全く動じる事なかった。このラーメンが齎(もた)らす
 出来事を既に何度も見て、または自分で食べたゆえの経験ゆえに熟知した慣れゆえの無反応だ。

 「おぉ、すげぇなジャギ!? 俺が最初食べた時は二分は声出す事も難しかったのに!」

 「やはり……お前こそ選ばれし男。救世主……」

 「誤魔化してんじゃねえ!! つか、前もって言えよ!? こう言う品が出るってよぉ!!」

 ただでさえ毒物を見極めるとか言う修行も北斗の寺院ではした事あって敏感な味覚なだけに
 舌は未だジャギは痺れてる。絶対一週間は何食べても味覚が麻痺するだろうとジャギは確信した。

 『いや、言ったら絶対お前食べないじゃん』

 「てめぇら゛……っ」

 真顔で道連れにした事を一切詫びる事のない二人に青筋を浮かべるジャギ。

 このまま怒りに任せ殴ったろうかと思うジャギだが、ここに来て彼は気づく。
 その三人組の一人は、未だ沈黙で何も言わずに静かに食事している事をだ。

 「……うん、美味い。やはり、ここのラーメンは最高だね」

 ……ジャギの七転八倒の光景やセグロとキタタキとの口の応酬にも関知する事なく本当に美味そうに
 劇物と言って良いラーメンを食べ進めているイスカ。その丼の中身は半分程に進み終えている。

 「……ここのラーメンって、食べ続けると慣れたりとかすんのか?」

 「いや、何時でも慣れない。だがイスカの奴は普通に最初から美味そうに食ってた」

 「あぁ、こいつの場合は異常だ。俺はこの店で初めて奴が人間でない事を知った」

 ……真紅に近い色をした刺激臭も殆ど無いカサンドラーメン。だが其の中身は大の大人すら屈させしキワ物。

 それを普通に美味しそうに食べるイスカを、この時ばかりはジャギも二人同様に不気味な物を見る目つきであった。

 「ふぅ、ご馳走様! 親父さん替え玉お願い……え、え?? ど、どうしたの三人共?」

 『……何でもねぇ』

 暫くして、普通に食べ終わり。お代わりすら要求するイスカを明後日の視線で三人は返答する。

 そして、カサンドラーメンを普通に食べきったイスカを厨房にてラーメン屋の親父は。

 「くっ。やはりやるな、あの小僧っ子。若殿以外で、このラーメンの味を理解出来る猛者が世界に居るとは……!」

 密かに、イスカをマークしていた。




  ・





          ・


     ・



        ・


   ・


     
      ・


         ・


 ジャギ達が馬鹿をやってる事。アンナ達一同も小物が陳列されている通りを楽しく回っていた。

 「アンナ、この辺り一帯アクセサリー置いてるわよ。これとか、似合うんじゃない?」

 目が未だ治らず見えぬアンナ。そんなアンナに着飾る品を見て回る事など楽しいのか? と思うかも知れない。

 「どれどれ……うーん、手触り的に微妙に私には合わない気がするな。もうちょい細いのが良いかも」

 「あら、中々鋭い。じゃあ、こっちはどう?」

 「色合いは、青、かな? あ、パワーストーンとか埋め込んでる感じ?」

 「正解! へぇ、アンナやるじゃない。もう一人で出歩いても問題ないぐらいよね」
 
 ……と、触れた感じや心のままに感じた感覚はシュウの特訓のお陰が日常生活にも問題なく
 色覚さえ直感で理解出来る程に至っている。アンナの正解に対し友人達も嬉しそうに賞賛する。

 「へへ、まぁ未だ半分ぐらい外れるけどね」

 「それでも、十分過ぎる位だけどねぇ。白鷺拳のシュウって、指導とかアンナの上達振り見ると
 本当に凄いようね。私、最初はちょっと頼りない感じしたけど見直したわぁ」

 「キマユ、そりゃ上位拳法の伝承者なんだから実力あって当たり前でしょ。そりゃちょっぴり私も思ったけど……」

 「シュウ先生が聞いたら、怒るよ二人とも」

 ここまでアンナが日常生活に支障なく過ごせる要因となれたシュウに対して何気に酷い事を口にする
 友人へと、空笑いしつつアンナは静かに口入れするも。彼女も本気で二人が言ってる訳でない事は承知。

 かつて、『最初』の人生。その時は狭い世界で兄と其の取り巻き以外ではこうして心を通じ合わせる
 同性の友人は殆ど居なかったな、とアンナは目が見えずも暖かい環境に囲まれつつ思う。

 こう言う風に、楽しい日が続く事。それは決して有り得ないと知りつつもアンナは、ふとした瞬間に願う。

 この日々が、永遠に叶うならば続いて欲しい、と。

 「……アンナ、あそこでも色々売り物が置かれてるわよ。行きましょ」

 「あっ、うん!」

 思考の渦中に入り込みかけ、ハマの声で我に返ると心配かけぬように笑顔を作る。

 そして、先程の憂いていた事を忘れるかのように人通りの多い場所を歩く中、ふとアンナは自分の
 視覚以外の感覚に何か引っかかるようなものを感じた。何か大きな存在が、あえて気配を封じてるような感覚。

 その不思議な感覚は、露店の賑わう中の人の気配が殆ど少ない場所にてポツリと存在していた。

 「どうしたの、アンナ?」

 「ちょっと、何か引っかかる感覚があっちからして?」

 「何処?」

 友人達を連れて、アンナは自分の感覚に従うままに一つの場所へと歩き立ち止まる。

 アンナ達が辿りついた場所。其処は露店でも一番人気が少ないのか人々もまるで存在してるのを
 無視してるかのように見ている者は皆無。ブルーシートに並べられた置物と共に無言で一人のむさ苦しい
 格好をした骨格が妙齢の割に隆々と発達している男性が腕組みして目を閉じて胡坐をかいてるのが見えた。

 商売する気あるのだろうか? と、全く声も発さず品物の置物と同じく不動なる売り物の主人を
 彼女達は見つつ、その全てが全部人の手だけで作り上げられたであろう彫刻品を手にとったりして評価する。

 「……これって、仏像かしらね?」

 「ん~、素人目でもかなりの細工な彫刻だとは思うけど……正直、露店で売るにはセンス欠けてるわねぇ」

 ヒソヒソと囁き声で陳列する品物を評価するハマやキマユを他所に、アンナが気にかかったのは
 露店の品物ではなく、その露店で商いをしている人物に対してた。今も沈黙を貫き通す男性の前へと
 アンナは目線を合わせる程に屈んで、暫し瞳に光のない目を開いて其の男性を凝視する。

 「アンナ?」

 「暫く、私此処に居るよ」

 「物好きねぇ。まぁ、此処らへん異様に人少ないから酔いもしないだろうし。
 ちょっと軽めに食べれる物買ってくるわぁ。と言うわけでハマ、奢ってねぇ~」

 「何であんたに奢らなくちゃいけないのよっ」

 きゃいきゃいと、騒がしく離れる友人達。一人となったアンナは暫くその屈んだ体勢で男性と向かい合ってた。

 「……お若いの。私の顔に何か付いてるかな?」

 暫しの無言の空間。両者ともに守り抜いていた沈黙を先に破ったのは商売する気が有るのかと
 思える程に置物の如く無言であった男性の方だ。アンナは、男性の声を聞いて丁寧に返答をする。

 「いえ、そう言うわけでは無いです。ただ、おじさんの気配と言うか、それが妙に気になって」

 

 アンナの言葉に、ほぉ……と言う呟きの後に感心した表情を妙齢の男性は浮かべた。

 見所ある、と言う視線でアンナを見つめる。その顔には中々面白い者に出会えたと言う好奇も含んでて。

 「ふむっ、若き子よ。どうやら、拳法家だな? 何の手ほどきをしている?」

 「南斗聖拳を」

 「ほぅ、道理でか」

 妙齢の男性は、アンナの姿を暫し観察して重々しく頷いて告げる。

 「成程、その歳でかなりの苦難を経てきたと見える。お若いの、先人者の独り言と思うかも知れんが
 生き急いで道を踏み違えるような真似だけはしてはならんぞ。儂の場合は、そうじゃったからな」

 「……おじさん、が?」

 「あぁ。もう少しで朋友を手に掛ける事になりそうだった」

 妙齢の男は、そう自分の胸の丈を独白する。最悪の事態までに至る事は無かったものの手に掛ける事に
 なった罪悪感は消える事は無い。罪は消えはしない、だから死ぬまでその贖罪の人生を背負うのだと。

 「……おじさんは強いんだね」

 「ふっ、強い……か。いや、強くはあるまいで。もし本当に強いのなら、朋友と争う前に師父へと
 堂々と拒絶出来た筈だ。儂は弱い……自分の心の弱さが招いたゆえに今の人生に至るのだからなぁ」

 彼の人は遠い方向を見つつ思う。何故、あの時自分は伝承者となる事に囚われて大事な無二の友に
 対する情さえも忘れてしまったのだろうと。その失態は、態度や言葉で謝罪出来るようなものでない。

 男は、自虐的な微笑を浮かべ事情を知らぬからこそ気楽に告白出来る盲目の子女へ告げる。

 アンナは、その人物へと無言で聞き終えてから。そして、優しく言った。

 「……やり直せないって思うなら、もうちょっと素直に生きて見れば?」

 「何?」

 疑問を顔に出す男性。それにアンナは説くような口調で告げる。

 「間違ったって自覚してるならさ。おじさんの事は良く知らないけど、その朋友の人だって
 おじさんの事を許せないって事は無いだろうし。私に今言ってるように、その朋友へ正直に言ってみたら?」

 その言葉に、妙齢の男性は暫し無言だった。だが、フッと自然な微笑を漏らし肩の荷が抜けた様子で呟く。

 「自分の気持ちを曝け出すか。成程なぁ、この歳となると思うように自然体で接せなんだ……。
 そうだな、もし機会があるならば。あ奴と今一度で良いから酒の席でも設けても良いかも知れぬなぁ……」

 男性の心中に如何なる変化が起きたかは推察でしか出来ない。だが重苦しかった男の顔には僅かにだが
 世捨て人と言った具合の儚さに少しだけ明るみが見て取れた事に、その人物を知る者なら驚いた事だろう。

 「有難うな、子女よ。……良ければ、これを受け取ってくれ」

 男性は、アンナの手へと木で彫られた観音像らしき物を押し付けるように渡す。

 「えっ、でも悪いし」

 「良いのだ良いのだ。悩みを聞いて貰えた礼だよ」

 男は、笑いアンナの遠慮に構わず手作りの品を渡し。そしてアンナの目を見て呟く。

 「その目、どうやら見えずとも不自由なくしてるようだが。ふむ、どれどれ少し見せて貰えるかな?」

 男は、指先で軽くアンナの目元に触れるようにした。その仕草にアンナは一人の人物を思い起こす。

 自分が失明した直後に、北斗の寺院でジャギの父親であるあの人物がしてくれた感触。

 秘孔による失明を治療しようとした、あの感じ。それを思い出してのアンナの言葉。

 

                         「……リュウケン様のと、同じ仕草?」



 「何っ!!?」

 男が、声を大にして驚愕を露にしたのは。秘孔を押してもアンナの目が治らぬゆえの衝撃か、それとも
 アンナが口にした人物の名ゆえの事か。はたまた其の両方から来るゆえの思わずの声か。

 だが、男は続けてアンナに詰問する事は叶わなかった。その時丁度に群衆の中を泳ぐようにしてアンナ
 を呼びながら近づいてくる南斗拳士の仲間の声が近づいて来た。それは彼らにとって幸運か不運な事か。

 聞きたい事が山ほどある。その口惜しそうな表情で一瞬強い気迫を露にして男はアンナを凝視するも
 目にも止まらぬ程の速さで陳列してた彫刻品を風呂敷へあっという間に包み込み口早に告げた。

 「済まぬが、もう帰還する時刻だ。子女よ、もし再び合間見えればじっくりと話したい! ……去らばっ」

 「あっ……」
 
 逃げ去るようにして、群衆の中に溶け込むようにして消える。正に神業に近き速さでの出来事。

 「お待たせ、アンナ……あら、あの露店の人、もう居なくなったのねぇ」

 「どうしたの、アンナ。呆けた表情をして」

 たこ焼きやら、何やら抱えて戻ってきたハマ達は、不思議そうに男が去った方向を見届けていたアンナを見る。

 その呆けている当の本人は、その男の独白の内容や、リュウケンの行う秘孔の動作から正体が読めていた。

 「……あの人」






 ……一方、去った男。その男も額に浮かんだ一滴の汗を拭い若き南斗拳士達の目から上手く
 撒いて去った事に安堵の吐息を漏らしていた。今の自分の身は南斗に晒されるには微妙な立場ゆえに。

 いや自分が属していた北斗の者に見つかっても余り良い立場では無いのだ。

 拳を封じたとは言えこの肉体は未だ健全な身。

 正体知られれば自身の備える拳を狙う愚か者が若き頃の如く増える。と心中思い彼は隠行に徹する。

 人混みを抜け、街の出入り口へと既に到着した其の男性は溜息と共にアンナと遭遇した街の中心を振り返る。

 「然しながら、あの娘は一体何者だったのだ? リュウケンの名を知るとは……問い合わせるべきか」

 男は、北斗に縁ある人物。

 現北斗神拳伝承者候補よりも拳が上であった身。

 然しながら北斗の掟に疑問を感じ拳を封じ込めた彼は世捨て人であり、その後は隠居して
 山奥に篭る仙人のような生活していた。たまにの生活用具を買う為に山から降りた故の偶然の出会い。

 何時もなら従者に外での仕事は全てこなして貰うがゆえに、その山へ降りたのは本当に彼にとって気まぐれ。

 これは偶然で片付けるには余りに運命的で必然なる出会い。

 「……アンナ、と呼ばれてたな。……もし、また一度合間見えたなら、どうするべきか」

 



                       ――その男の名は ――コウリュウと呼ばれし者











   後書き



 北斗の拳ハート外伝




 ……読んだが、まぁノーコメントで





[29120] 【流星編】第二十二話『世紀末戦記 龍帝対南斗(前編)』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:02a2e8df
Date: 2013/04/11 17:41

 




 


 





 サウザー率いる南斗軍。それがアスガルズルへの進行する中で。その本拠地の守衛を任されし
 南斗108派の一人には、見た目少々細身ながら鋼のように鍛え抜かれた肉体に包まれた無骨な黒人が居た。

 彼の名はハシジロ、南斗阿比拳と言われし水鳥拳の剛の部分を昔兄弟分として受け継いだ拳の伝承者。

 だからと言って彼がレイと深い絆の仲であるとか、そう言うわけでもない。以前には水鳥拳と関係
 ありし拳法だったとは言え彼自身はレイも、他の伝承者にしても平和を守る同志の一人とは考えても
 彼が尊敬するのは師父と、それ以外にはただ一人だけ。ハシジロは、そう言う真っ直ぐな男なのだ。

 世紀末直後、多くの中小の紛争が起こり。その暴威から闘う術持たざる人々を守り抜く為に南斗の戦士達は
 幾多の傷を負いつつも戦い抜いていた。ハシジロも、また同じ。彼の体には多くの傷跡が有った。

 それは何も彼が防御を不得手とする実力不足からでなく戦いの中で前線に命を惜しまず突入する役割を
 受け持っているから。そして、彼はサウザーが未知なる場所へ進行する時も口上にて自分が剣となり
 共に赴く事を進言した。サウザーは、そんな彼のいじらしい意見を涼しい顔にて一言だけ告げる。

 『不要だ』

 たった一言。切り捨てるような言葉ながらもハシジロは、これが将なりの自身への労いなのだと納得する。
 恐らくは、己の今までの戦線に立った疲労を癒せとの。そんな配慮を裏返した言葉なのだろうと納得をする。

 拠点での防衛。足を棒のようにしつつ周囲を双眼鏡いらずの眼力のみで見張りをする。

 南斗の伝承者の殆どは遠方への異変の察知には長けているのだ。彼にとっても油断はせずも
 拠点の見張りをする事など朝飯前。少々退屈を禁じ得ずも適当な場所に腰掛けて厳しい顔付き崩さず遠くを見る。

 「そんな怖い顔せず、もっと気を緩めても良いのでなくて?」

 「そうはいかん、将から請け負った大事な任なのだからな。万が一にでも領内を荒らされるような
 不遇なる事があれば我ハシジロ、将が凱旋した際に迎える顔が無い。一つの油断は多くの災厄だ」

 糸を張り詰めるような緊張感を伴ってた自身に、飛び込んできた矢の如く其の雰囲気を指摘する言葉。

 その相手に対して誰? と尋ねる事はせずハシジロは頑固と思える程の正論で返す。

 彼の耳には小さな溜息が聞こえた気がした。

 矢筒を置く音、そして弓を立てかける小さな音と共に隣へ座る気配。その人物は明確な呆れと共に聞く。

 「貴方、私が言える事じゃないけど。もう少し気を緩めないと何時か何処かで崩れるわよ」

 「構わん。その時は、それまでの事だ」

 「まったく……まぁ、将の仰せつかった任を遂行すると言う志に関しては賛同はするけどね」

 女性の声。その人物の名はアズサ、以前に鉄帝軍の重層歩兵団の鉄壁なる陣に亀裂を与えた人物。

 弓をとれば南斗きっての名手。アズサもまた、その守備に回れば倍程の戦力になる彼女をサウザーも
 共に連れ立ててアスガルズルに進ませるような愚かな真似はせず彼女を拠点の守衛に回していた。

 最も、彼女の本心としてはサウザーと共に門出したかったと少なからず思ってたわけだが。まぁ、蛇足であろう。

 「聞いた? 雲雀拳のハマの失踪。何故、彼女こんな時期に此処から逃げるような真似したのかしら」

 貴方、前線で一緒に居る事多かったんじゃなくて? と。アズサは最近に起きた気に掛かる事件について尋ねる。

 雲雀拳のハマ。南斗のサウザーの軍団では遊撃隊に近く色々な役割を受けていた。

 真実はキタタキが彼女に対しサウザーに対する警告を告げて逃がした。だがソレは他の南斗の者は知らない。

 今の代理将軍となっているキタタキは彼女に対して敵対軍閥に対する密偵をハマには命じたと仲間に
 告げてはいたものの。その時期には相応とは思えぬ内容と、直感からソレは嘘だろうと見抜いていた。

 恐らくキタタキも一枚は噛んでいる。予測は容易に立てられるけれども代理とは言え将軍地位に現在いる
 キタタキに対し強くソレを指摘する程に彼らも無謀でない。だから彼らは推測を誰かに意見するだけに留まるのだ。

 ハシジロは、一旦間を開けて。そして其の後に厳しい顔を保ったままに返答した。
 
 「俺には、奴の心の内は推し量れん。だが、将は我等の働きに期待していた。それを、奴が裏切ったのは確かだ。
 見つけ出した時は正当なる裁きを……とまでは言わぬが、厳しい処置は止むを得んと俺は思う」

 「生真面目ね。確かに、彼女がした事は許されざる事よ。それは認めるわ」

 ハマが実際に南斗軍から脱走したと言うなら、それは許されざる行為。未だ基盤も欠けて不安定な
 町村と城には猫の手すら借りたい程に人手が足りない。ハマの抜けた穴は大きな損失と言って良い。

 戦場で鼓舞をとり、心労の強い未だ新兵の者達にハマは根気良く笑顔で応援をしていた。
 その彼女が居なくなったのは、痛い。戦場には何より士気が必要な事なのだ、この世紀末には。

 だが、アズサも彼女の事に対しての突然の理由も明確に告げぬままの失踪に対し少々の憤りはあるものの
 また違った意見もある。先程の言葉の後に、だけど……と、付け加えてからハシジロに話しの続きを紡ぐ。

 「もしかすれば、やむを得ない事情があったかも知れないわ。それを理解せぬままには強くも出れないわね」

 「そうだな」

 この世紀末、幾つもの感情や思考が伴い日々急激な変化が目の前に置きながら彼らは生き抜いている。

 ハマも、言えぬ程に何か大きな理由あって突然居なくなったのかも知れない。それに、我等の将が
 沈黙を貫いていると言う事は黙認していると言う事だ。ならば、我等は反論を飲み込み素直に従うべきなのだろう。
 
 これらが、ハマが失踪したと見抜いている南斗の戦士達の一般的な見解だ。もし荒廃し世界の規約も
 大きく変化した世紀末の場所で再度出会えるならば、詰問する事あっても手荒な対応に及ぶ事は避けよう。

 それが概ね彼らの一致した思考だった。ハマは、その事を知る由もない。

 一つの話しが尽きると、同じ戦場の仲間といっても昔から親交がそれ程あるでもない男女だ。沈黙が走る。

 ハシジロは、例え極寒の無人の場所で立っても愚痴一つ呟かず己の任を熟せる人物だがアズサとしては
 このまま黙って来るかどうか少々見込み薄い無人の地平線を見るよりは会話を欲していた。

 彫刻のように、彼方を睨むハシジロを暫し見て。そして再度口を開く。

 「貴方、そう言えば傷がまた増えたわね。また陛下から勅命の指令でも出たの?」

 前に見かけた時よりも増えた傷跡。ハシジロの体に出来ている一つの剣とも鈍器とも言えぬ傷を
 鎧の身につけてる露出した腕からアズサは視認した。それに対し呟くとハシジロは淡々と言う。

 「お喋りが多いな」

 「貴方は、少々硬過ぎるわよ。別に話し好きってわけでもないけど。こう長々と黙って地平線を
 眺めてるよりは何か話す方が有意義でなくて? 聞かせてよ、貴方が将と共に参加した戦について」

 その二の腕に走る傷跡を指して告げたアズサに、ハシジロは女と言うのは大小あれで喋りが好きなのだなと吐息と共に
 再認識しつつ、アズサが指摘した傷跡を一瞥して。その傷が何時生えたものか回想する。

 目を閉じての、指で数えるには多すぎる小競り合いの戦い、そして大きな戦。

 だが、彼は直ぐにその傷の出所を判明した。それは、彼にとって思い出すには酷く辛さもあった出来事。

 「……龍、帝軍」

 それが、有る一つの戦争。彼が参戦した戦場では鮮明に覚えている一つの戦の相手の名を噛み締めるように呟いた。

 その呟きに、アズサは少しだけ目を瞠って強い声色で返答する。

 「龍帝軍っ? あの、龍帝軍ですって?」

 聞き覚えある軍団。守衛に徹し余り前線に出ぬ彼女でも其の軍団には聞き覚えあった。いや、有り過ぎた。

 何故ならば、その軍団は南斗が激突した軍団の中で、もっとも存亡の危機に陥ったであろう手練だったのだから。
 
 龍帝アモン、己を龍帝と称し覇王を目指していた人物。その勢いは南斗へも脅威成り得る程に最初有った。

 核の到来を予期していたのでは? と思える程の堅牢強固の要塞都市。核戦争にて荒廃した世界でも
 アモンの居る都市の人員は殆ど犠牲が無かった。そして、自足自給可能と言える設備の損傷に関しても。

 彼の人は、世紀末と言われる場所で他の者達より先に優位に立てる場所に居た。

 対して南斗の拠点となる場所。そこでは町民の慰撫、世紀末と言う平常で倫理あった
 時とは全く異なった場所に対する軍備の整備。それらに関して何とか一段落終えたと言ったところ。

 アズサも、疲弊を覚えつつ時々忘れようと思った矢先に襲撃に来る無法者(モヒカン達)に矢を射る
 腕がつりかけた時に、その絶望とも言える報告に対し血相をかえた人理の偵察の仲間の声を聞いてた。

 ――西より、およそ3000の軍団が南斗の領域へと侵攻せり。

 その言葉を聞いた時は流石のアズサも目を剥いて倒れかけた。

 今でこそ、1000を超える軍団に南斗の軍団はなってるものの最初の内は彼ら身内を含めても
 200~300が兵力の限度。そして世界に順応しようとした矢先の統率のとれた初めての軍隊。

 南斗は滅亡する。その時は自分も初め南斗の伝承者達は流石に無理かも知れないと心の中で感じてた。

 確かに自分達には数十の腕の有る拳法家にも勝てる実力ある。だが、3000の大軍に対し
 戦場と言う状況が変流する場所で真価発揮し数の暴力に勝てる程に彼らは自身が強いと驕っていなかった。

 ここは恥を忍び、潔く降伏して其の勢力に傘下するべき。南斗の参謀であるリュウロウの進言に誰しも
 が仕方非ずもそれしか無いと思っていた。誰しも、敗北必須な戦を望む程に命は捨ててなかった。

 ……だが、将は。

 『リュウロウ、一度だけ今の言葉を見逃してやる。だが、次に言えば許しはせんっ』

 『っ!? 陛下……まさか、戦うと言うのですか? いけませんっ、こればかりは如何に陛下や私でも……』

 『俺の文字に、降伏、逃走、敗北は無いぞリュウロウ』

 響(どよ)めく他の者達に反応する事なく、焦燥したリュウロウ様に気取られる事なく将は堂々と声を上げていた。

 『白旗を掲げ、そのまま俺に戦いもせず負けを認めろと言うのか?』

 『ただ我等の10倍の数だからだと、絶望的な兵力の差だからだと俺に敗北を受け入れろと言うのか……笑止!』

 あの時の、王は……怖い程に瞳を輝かせて。両手の拳を握り締め胸を張りながら言葉を紡いでいた。

 『俺は勝つ! 未来が絶望だと言うのならば、この我が鳳凰の拳にて全て燃やし尽くしてやる!』

 『俺は勝利する! 圧倒的な勝利を貴様等に見せてやる!! 貴様等に見せてやろう!!!』




                         ――鳳凰は最強である事を――!!!!!




 ……あの時の王は、死線に心浮つく兵達の心を全てわし掴みにして。そして有無言わさず前線へ行った。

 お前は拠点を守れ。弓と矢筒を抱え供を望む自分に王は振り向く事なく私へと告げた。

 私は、将の隣で戦えぬ自分が恨めしく悲しかった。けれど、王の言葉は絶対だからこそ拠点にて無事を祈った。

 そして、不安に何度も弦に触れつつ永遠に等しい時間を待ち侘びて……王は我等に証明してくれた。

 ――全軍の、ほぼ無傷での凱旋。王に対し絶対的な忠誠が其の時に全ての者達に灯ったのだと私は思う。

 そんな、つい昨日のように思い起こされる王が戦った軍隊。前線に赴かなかった私には知る由もない王の戦い。

 だが、その戦いの時にハシジロに関しては未だ傷も少なかった筈だ。ならば、何故龍帝軍との戦い
 で出来た傷なのだと言うのだろう? そんな疑問を携えたアズサの凝視に、ハシジロは少ししてから口を開いた。

 「……龍帝軍。その先導者であるアモンは、俺の目から見て老いてはいるものの覇者を望む一人の王者
 に足り得る人物であった。もし、王でなければ勝っていたのはアモンであろうと思える程には」

 だが……。とハシジロは物憂げや、その他の複雑な感情を硬い顔付きに伴わせ真実を語り始める。

 「だが……運命は我等の王へ味方した。いや、アレは王自身が運命を掴み取ったのだ」

 そう、未だ本質である部分を言わず勿体つけた言い方にアズサは少しだけ不服であると感じ、口開く。

 「早く、話し初めてくれないかしら? それで、王はどうやって龍帝軍に勝利したの?」

 「……アズサ、それを話す前に聞こう。……今の龍帝軍の現況はどうなってるとお前は知ってる?」

 「え? 確か、勢力を拡大するのを中止し。現在自国の政策に腐心してると聞いたけど」

 アズサの耳には、その後に龍帝軍は南斗との交戦で敗北した後に撤退し自国にて守衛へ方針変えたと聞いてる。

 それも一つのやり方とは言える。だが話しから聞いた自分達の師父と同年代程のアモンと言う人物から
 すれば、どうも気の長い方法をとったと疑問に感じる点は否めない。アズサの、そんな表情を見てハシジロは呟く。

 「……龍帝アモンは、自国の腐心に徹する事にしたのではない。……『それしか出来ない』のだ」

 「え?」

 引っかかる言い方。どう言う事だと言う視線を向けるアズサに。ハシジロは遠い方向を見ながら口を開く。

 ――龍帝軍、カサンドラが有るであろう方向へと目を向けて。

 「……あの時」






 ・





        ・


   ・




      ・



 ・




     ・




          ・



 歓喜 歓喜 歓喜 躍動 躍動 躍動。

 全身を滾らせ、馬に跨りつつ龍を象った旗を荒野の風に靡かせて妙齢の男は勇ましく闊歩する。

 男は、今の世界に感謝してた。何故ならば、この世界こそ男にとっては願ってもない理想郷の創造の世界だったのだ。

 「アトゥ、素晴らしい景色だ……! そう思わんかっ?」

 興奮収まらぬと言った感じの童心に返ったような笑顔でアモンは隣で同じく馬に跨る似た容姿の人物へ尋ねる。

 「確かに、見晴らし良いとは思いますが……兄上、そう浮き立っては兵の士気にも影響が」

 「細かい事を言うでないっ。この景色、この地平線。我が天下統一した暁には全て手に入るのだ……っ」

 興奮せぬなと言うのが無理な道理じゃ。そう、カラカラと笑い声をアモンは天に響かせる。

 待ちに待っていた! 待ちに待っていた日だ……!

 核戦争。最初こそ、この世の終わりかと覚悟もしてたが国政や世界の上下関係が完全に消滅した今の世は
 力だけが全ての平等なる世界! 強力なる軍勢と、一つの絶対なる個が天を握れる!

 アモンは天に感謝していた。拳の腕は多少肉体の老いに不安が見え隠れするも未だ大極龍拳の師父
 たる実力に遜色は無い。己に比肩する者は居ないと豪語出来るとアモンは確信している。

 後ろに引き連れるのは同門たる大極拳を覚えし拳士、その縁者達が優に3000を超える圧巻の光景。

 アモンの脳内では、元々あった国の軍隊を除き。己以上の戦力を使役するものは居ないと解答出している。

 それは正しくもあり、間違ってもいる。確かに『今現在』のアモンの戦力は世紀末1かも知れない。

 だが、時勢は容易に変化する。例え龍であろうと荒れ狂う天の勢いに身を攫われる事とて有り得なく無いのだから。

 「……時に、ゼノス様を初陣に連れ立てずに良かったのですか?」

 アトゥの、アモンの少々興奮し冷静さ欠けてる様子を見ての話題の転換。それに彼らの王は話題の変わった所へと
出た自身の息子に関して返答する。

 「ゼノスか。確かに力量は戦場に出るに相応しくなっておる。だがな、儂はあ奴を余り戦場に出したくない。解るじゃろ?」

 「そうですな。ゼノス様は性根優しい方、余り戦場の空気には当てたくは無いと我も思いまする」

 「じゃろ。それに、留守を守るのも立派な努めよ、ゼノスには儂がこの国の半分を占めた暁には共に出向く事を許可しよう」

 今から、その時を考えると愉快じゃわい。とカラカラとアモンは愉快そうに笑う。

 暫しの行進。時折見える無法者達とて大軍の龍帝軍を見ると分が悪いと遠方から彼らから離れていく。

 圧倒的なる進行。それに気を良くし最初はご機嫌なアモンであったが、だが暫しして其の顔から笑みは消えた。

 「むっ? ……アトゥよ、お前も気づいたか?」

 「えぇ。腐臭が前方からしますなぁ……流行病か、それとも集団自決でもしたのでしょうか?」

 珍しくもない人が固まっての死。理由はそれぞれだが大量の死骸を目撃するのは彼らは珍しくもない。

 だが、荒野の風に乗って鼻に届いた其の腐敗臭は尋常でない真新しい血の香りを彼らに知らせた。
 
 直ぐに偵察の兵を出して数人の龍帝軍の兵士達が前方500メートル程の場所へ向かう。そして戻ってきた者達は
血相を変えて龍帝へと倒れこむように膝をついて口開く。

 「へ、陛下っ……! 死体です、死体の群れです! しかも……アレは……ぅ……ぅおえぇ!」

 一体、何を見たと言うのか? 正確な報告もしないままの嘔吐。只事でならぬ其の様子にアトゥとアモンは共に
顔を一瞬見合わせてから馬を走らせ其処に向かう。

 そこで見たのは……正しく地獄絵図であった。
 
 「っ……何と、酷い……! 一体、誰がこのような事をしたと言うのだっ」

 串刺し、串刺しの群れ。

 本来は無法者達であったのかも知れない。だが、その全員が立てられた槍へと様々な体勢で同じ苦悶と怨嗟に
包まれた顔付きで事切れている。

 歴戦の戦士とて、この光景を見れば腹の中のものを吐き出してしまうのも無理ない。事実、世紀末到来後に多くの
死骸を目にする事の多いアトゥとて一瞬吐き気を覚えた程である。

 隣で同じく光景を見てたアモンはと言うと、顔付きを険しくして其の地獄絵図をしっかりと目に収めつつ厳かに言う。

 「これは、警告ぞアトゥよ。この先に進軍するようであれば、我等も同じ末路となるであろうと言う警告ぞ」

 龍帝は、その慧眼にて見抜く。この有様は何処ぞの狂人が仕出かした一興でなく自分達の進行を知っての啓示だと。

 普通の者ならば、その啓示を理解すれば進行を反転し自国に戻る事も検討するであろう。だが……我等は違う!

 「見くびられたものよ。我等は古たる龍を連れし天を制覇するに正しき一軍。何者で有るが知れぬが……龍が地の異変
に窮して逃げるなど聞いた事も有らぬわ!」

 「ですが、兄上。この有様はまともな者が冒した真似では御座らん。幾ら我等の兵が一騎当千の武者ばかりとて……」

 そうだ。先に立ちはたがる者が、このような凶行を平気で成せる輩ならば兵達に悪戯な恐怖を蔓延させ士気の低下にも
繋がりかねない。そのように軍隊長の彼は注意するのだが。

 「怖気つくが、アトゥよ。天を、地を総べようとするに。このような事に一々臆しては夢も叶わずよ」

 軍隊長であるアトゥの注意も無視し、龍帝は進行の再開を天へ轟かせ行進は屍の磔刑の横を通り過ぎる。

 その一団とは少し離れた場所で。黄色い十字の旗を靡かせた一団では、一人の返り血を浴びた獰猛な顔付きで笑みを
浮かべた男の帰りと共に、このような話しが有った。

 「大将。言われた通り、ハヤニエを作っておいたぜ。奴ら、少しの時間は膠着するだろうよ」

 「ご苦労だったな、チゴ」

 南斗印の槍を肩に担ぎ、返り血で一層と危険な香りを立たせるチゴ。彼はサウザーの命令と共に龍帝軍の進行する場所に
屯っていた無法者達を容赦なく虐殺した。

 其処に居たのは、偶然死しても心痛まぬ無法者達だから良かったものの。屯っていた者達が女子供らで形成されている
罪なき集団だったら将は如何にするつもりだったのかとサウザーの横でリュウロウは不安な顔つきを浮かべる。

 彼ら数で圧倒的不利なる南斗の軍が最初に動いたのは時を稼ぐ事。

 他の陣を組んでいる南斗六聖等の救援を知らせるには時間が無さすぎる。それに防御の柵や投石兵器等を組み立てる
時間も無い。だが、それでも時は彼らに必要だった。

 「穴は、どうなっている?」

 「今も一心不乱に全員で掘っていますよ。ですが、掘るのは本当に深くなく溝程で良いので?」

 「二度言わすな。そうだ、その深さを保ったまま掘り続けろ」

 サウザーは、集団に明確な作戦の内容を提示せぬままに簡略的に指示だけを送り龍帝軍の行進する彼方を睨む。

 知将リュウロウは、サウザーが指示した内容。そして300程の集団が自分達の眼前で斜めに穴を掘る様子を見て
大体何を陛下がしようとしてるのか察する事が出来た。

 (だが……この作戦には一つ重要な穴が有る。将は、それを何で補うつもりなんだ?)

 リュウロウは、縋り付くようにサウザーを見る。対する彼らの王は無言で仁王立ちを貫くばかり。

 そして……一刻が経過した後に、南斗軍と龍帝軍は遂に出会った。

 「あの旗は、成程のぉ。アレが噂に聞く南斗か」

 南斗の軍まで辿り着くまでの間に、少しばかりのアクシデントは有った。

 最初に目撃した串刺しの死体。それが度々に自分達の進路へと出現し自軍の士気を低下させるように立っており
南斗の軍の方向まで誘導するかのように立っていた事だ。

 腐臭の凄まじさは酷く、アモンには未だ其の匂いが鼻から取れていない。

 前方に横に並び集団である事を明示しての『200程』の軍勢。そして強風によって横に揺らぐ十字のマークを見て
龍帝アモンは先程の異様な屍の光景。その訳がようやく呑めた。

 (成程、全ては南斗の王の策略と言うわけか。ようは、我等の侵攻に気付き時間稼ぎをしようと目論んだようだが)

 その試みも、どうやら稚拙な抵抗のようじゃ。とアモンは顎髭を撫でつつ笑みを深める。

 眼前に見える南斗の軍の装備は余りにも拙い。お粗末な槍に剣、中には武具を持たず無手で立ってるものも居る。

 それに、その後ろには流行病か事故か知れぬか白い布を掛けられた遺体と思しき影もチラホラ見える。最初から相手方の
士気は壊滅的だとアモンは、その光景を見て予想付ける。

 確か南斗聖拳と言えば手と足を刃の如く駆使して戦う拳法と言うが。そのような拳法が戦場と言う命の駆け引きの場
で通じるのは小規模な場でのみ。

 自分達のように比較的に実力併せ持った兵士達が居る場においては、兵力の差がもの言うのだとアモンは胸中で嘯く。

 すぅぅぅぅ……息を大きく吸い込み、アモンは高らかに彼らへと告げる。

 「我が名はアモン! 大極拳等の同志の長! 龍帝のアモンである! 其方等は聞きしに勝る南斗の者かぁ!」

 ……沈黙。対して南斗の軍勢は言葉を発さない。荒野の冷たい風が彼らの間を通過する。

 舌打ちしつつ、アモンは名乗りに応えぬ南斗の軍勢を小心者めと心中で罵倒しつつ再度高らかに声を轟かせる。

 「聞けいっ! 我等は其方等を蹂躙する気非ず! 我等は寛大にして慈悲深い! 速やかに投降し、我等の覇道に
尽力する事を誓えば悪いようにはせぬ!」

 ここまで言えば、アモンは彼らが喜んで協力を申し出るだろうと思っていた。

 見た所、南斗の兵達は殆どが世紀末の波乱に危うくながら対抗出来た様子。このまま彼らが乱世の波を生き抜くは難い。

 ならば、資源も彼らに豊かなる自分達に併合される方が未だ良いと南斗を束ねる程の能の有る王ならば理解出来るだろうと
アモンは考えていた。

 一頭の、馬に跨った金色の短い髪の男が向かって来る。未だ若いながらも、アレこそ南斗の王だろうとアモンは見抜く。

 (随分と、獰猛な光を目に帯びておる)

 気を抜けば圧倒されそうな意思を携えた瞳、その人物は龍帝アモンの前に出る。護衛の兵達は一瞬武具を構えるものの
アモンは制止の手を上げつつ、彼サウザーへと告げた。

 「お主が、南斗の王か。我等の先程の言は聞こえたな」

 「無論だ。未だそう耳は遠くはなっておらん」

 冷笑を少し滲ませてのサウザー。その不敵な笑みは、遠まわしにアモンを見ての熟成しきった年齢を揶揄してだと
賢者なるアモンは気付き少しばかり怒りを浮かべる。

 だが、年長者なる者とて。このような若輩者に対して安い怒りを買うなど愚の骨頂と。心の中で少し頭を振ってから
冷静にサウザーへ説得を始めた。

 「では、南斗の王よ手短に言おう。お前とて、この世紀末で生き抜く事が生易しい事とは思っておらぬであろう。
我等が自国には豊富なる食糧及び資源を有しておる。そして、この軍隊」

 ズラリと並ぶ、己が育成した優秀なる兵士達を片手で示しつつアモンは饒舌にサウザーへ語りかける。

 「南斗の王よ、この憤懣やるせぬ現状を打開するには一つの大きな力が必要なのじゃ。世界は戦国の世へと戻った。
ならばこそ、我は天下を統一する者としてこの国をまず救おう。悪戯に戦火は広がせんと誓う。
 お主達も見た所困窮してるようであるし、良ければ同盟後には我々が物資的な支援をしよう。同じ人の子じゃ、
民草を飢えさせるような真似は天下を総べるものに有ってならぬからな」」

 だからこそ、我が元に来い。とアモンは微笑みを浮かべサウザーに手を差し伸べる。

 サウザーは、数秒だけ腕組みして目を閉じ考える素振りをした。だが、答えは決まったようなものだろうと
アモンと共に龍帝軍の兵士、そしてアトゥも考えてる。

 圧倒的な戦力差、そして自国の同胞を守りたいのであれば降伏するが最良の策。

 何も降伏したら女達を慰みものにされ奴隷となると言われたわけでない。ただ自分達の配下になれと言う条件以外は
物資の支援もすると言う破格の好条件なのだ。呑まない筈がない。

 寛大なる王の処置。無血にて自身が名声ある南斗の王を迎えたとあれば民と兵の羨望は一気に募られる。

 そして、そのままの勢いと共に天下統一も夢では無い。アモンは、彼が手を差し伸べ力強く握手する事を疑わぬ。

 だが、アモンの期待に反し。サウザーの告げた言葉ははっきりとした、彼の予想に反した答えであった。

 「否」

 「……は? ……南斗の王よ、今なんと言った?」
 
 「否、と言ったのだ老いぼれが。このような近くですら聞き取れぬ程に耄碌してるのか?」

 侮蔑しきった口調と顔付き。少し遅れてからアモンは、サウザーが自分の提案を一刀両断した事を理解する。

 「貴様っ、兄上に何と言う口の利き方を……!?」

 余りの言い草に陛下の会話と言う事もあり沈黙していたアトゥも堪りかねて口開くもサウザーは言葉を遮る。

 「老いぼれに対し、老いぼれと言って何が悪い? そして、事もあろうに天下統一だと……プッ……クク」



                           ――ククハハハハ!! フフハハハハハハハハハハッッッ!!!!!

 サウザーは哄笑を放った。嘲笑、冷笑、失笑、人を塵芥のように思う笑いを龍帝軍全員へと放つ。

 「龍帝軍? 誇大妄想も甚だしい。貴様等に我等が南斗の住まう地を侵す道理を許す筈無し。ましてや、お主等のような
者が天地を征服出来るだと? ……つけ上がるなっ!!」

 ――世に覇者は一人! そして其の一人とは……この帝王のみ!

 「……言いたい事は、それだけか?」

 怒りを押し殺して、サウザーが言葉を閉じた後にアモンは体全身を僅かに震わしつつサウザーを睨みつけるように告げる。

 サウザーは無表情で、アモンへ「あぁ」とおなざりに告げる。

 「成程、良かろう……残念だ。出来るならば穏便に終わらせたかったわい」

 「覇者と成らんものが、随分と弱腰な発言をする」

 アモンは、サウザーの言葉を聞きつつ誇りを根底まで打ち砕いた目の前の男に今すぐに大極龍拳の奥義を放ちたいのを
じっと堪えて自身の軍の元に戻るサウザーを睨む。

 「兄上……」

 「アトゥよ、奴らは愚行を犯した。早速手心を加えてやる必要なし。奴らは愚かじゃ、真っ事愚かじゃて」

 再度、降伏の伝をする事も非ず。あの男は、何度自分が勧めても同じく拒絶を放つだろう。

 南斗は愚かだ。自身の現状も把握出来ぬまま、一抹の誇りだが驕りだが知らぬ理由で滅亡を決めたのだから。

 「皆の者ぉ!! 開戦ぞぉ!!!」

 『おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!』

 ――思い知らせてくれる。我等龍帝軍、敵対する者に容赦はせぬ。この龍の爪と牙にて其の全てを屠ってくれよう。




  ・



         ・


     ・



        ・


 ・



      ・



           ・


 (予定通りだ)

 約300メートルは離れた場所まで空気を震わす声を聞きながら何処か冷めた思考を俄かに気炎上げる龍帝軍を
サウザーは達観した瞳に映えながら心の中で呟く。

 「王よ、本当に……するのですか?」

 隣に立つリュウロウは、そんな王へと半刻程前に聞いた恐るべき内容に対し再度確認を問う。

 人道に反する内容。後少しで明らかになる其の作戦はリュウロウにとって受け入れがたいモノであった。

 「何を恐れているリュウロウ? 何を迷うリュウロウ? それとも、お前は俺の提示した作戦以外で勝てる案が
有ると言うのか? ならば聞こう」

 「っ……い、え」

 サウザーは、進言する知将に対し人形のように無機質な目をリュウロウへ向ける。

 対して、その瞳を向けられたリュウロウは反論出来ず顔を俯ける。その間にも戦場は彼らの思惑とは別に進もうとしてた。

 法螺貝の音と共に開戦の合図。古流ながらも突撃を明示するには上手い手法。

 それと共に200の騎馬兵は未だ動かず待機の状態を維持する南斗の軍へと突撃を開始した。

 (どうじゃ、南斗の王よ!? この我等が龍帝軍の精鋭騎馬兵達に打ち勝てるか!?)

 アモンとて挑発を鵜呑みにして大軍で突撃する程の単純な男では無い。そんな勝利は彼にとっても龍帝軍にとっても
正しく綺麗な勝利では無いゆえに正々堂々を好む。

 彼らは同じ数量での戦いで自分達を見下した南斗の軍隊に対し勝利を望んだ。そして戦線の最前を任された騎馬兵達は
馬の嘶きと共に槍を携えて南斗の者達に駆ける。

 それに迎え撃たんとばかりに、南斗もここにきて騎馬兵達へとようやく『数十人』が其の騎馬兵達目掛け飛び出した。

 (!? 気でも違ったのか、南斗めっ! ここまで我等を侮辱するか!!)

 たかが十人。ソレがどれ程の手練とて多数の騎馬兵に少数の歩兵が出来る事など高が知れている。

 それが解らぬような王でも有るまい。意図が何処にあるか不明だが、このまま一気に其の歩兵を蹴散らし不倶戴天なる
彼の男へと騎馬兵達が蹂躙するとアモンは予想する。

 だが、またもや。またもやも、そのアモンの常識的な予想は裏切られる事になる。

 「キキキキキキィ……!!!」

 200の騎馬兵、それに地を這う程に低い体勢で躍りかかる一つの影。それは、容易く馬の無数の足で潰せると駆けて
いた騎馬兵達の思いもよらぬ行動を放った。

 その人物は、騎馬兵達と後数50歩と言うところで跪くような体勢になる。

 『ふはははは! 今頃になって我等に臆したかっ!!』

 騎馬兵達は、嘲笑を浮かべ馬を止まらせる事なく走らせる。戦場にて、そのような真似は愚行でしか無いと。

 (……5・4)

 『だが時すでに遅し!! 我等が王の為に一族郎党討ってくれる!!!』

 槍を前方へ向け、その男目掛けて馬の走りを更に加速させる。

 (……3・2)

 『喜べ! 貴様等の死は我等龍帝の栄光の糧となるのだぁ!!!!!』

 (……1)

 残り、約馬の足で10歩。あと数秒で其の兵士は騎馬兵の槍の餌食になるのは龍帝軍は誰しも疑わない。

 ――ニィ……。

 だが、その兵士は其の時には少し俯け表情わからなかった顔を上げた。

 左右異なる色の瞳の男。その顔は口裂けるような笑みで騎馬兵達に向け破顔していた。獰悪な表情と共に。

 !!?!! 何だ? 何故、その男は我等に笑ってる。この絶望的な状況で。

 まともに、その顔を視認した前方を駆ける騎馬兵達は其の笑みを向けられる事に一瞬意識が止まった。

 だが、そんな事は。その百舌を司る、残酷と言って良い程に一撃致死に至らしめる凶悪な拳を既に作動してる
男にとってはどうでも良い事だった……もう、既に仕掛けは完了してるのだから。

「終わりだ」

 ――無明封殺陣――!!!!

 『なっ……!?』

 突然の地面から吹き出した衝撃と、その余波で出来た土砂の柱。それが騎馬兵達の地面から勢いよく吹き出す。

 騎馬兵にとって弱点があるとすれば、それは下方からの攻撃だ。上方、横や後方からならば未だ馬を操る兵士で対処
出来るものの下方からの攻撃には対処は至難である。
 
 その、下方から勢いよく横方向へと。その兵士の男の眼前にて光と共に地面を爆発させた。龍帝軍騎馬兵を巻き込み。

 「……なっ、こんな、馬鹿な……!?」

 アモンは、思わず口を開き其のような神懸かりな出来事を起こした兵士を見遣る。

 気がつけば、意気揚々と開戦の雄叫びと共に華々しい突撃は未遂に終わり立ち往生と化している。

 その様を立ち上がり、成した兵士はニヤニヤとこちらに余裕の笑みを向けてるのも視認した。怒り沸き起こる。

 おのれ、南斗めっ! まさか、我には劣るも気を使う技に長けた兵を飼ってるとは!!

 アモンは瞬時に今の絡繰が読めた。騎馬兵での突撃、それを彼の王は読んでいたのだ。

 それゆえに少数ながら、あのように気の技に長けた人物を前線に突入させ。そして気の爆発を地雷の如く放ち
最初の突撃を無力化させた。それが今の流れの全貌だ。

 分の悪い賭けに近い作戦じゃ。とアモンは思う。もし自分達が弓兵やらでの遠距離攻撃の方針をとった時は
如何なる対処をしようとしたのかと問い詰めたい部分もある。

 だが、失策じゃったな。とアモンは未だ勝利の確信を捨てていない。。

 あのように、強力な気の技を使うと言う事は少なからず何度も連発出来るものでは無いと言う事を指している。

 今の技を受け、少しばかり自軍の騎馬兵達の走行が乱れ膠着したのに関わらず先程の男は再度騎馬兵に向けて
同じ技を放つ素振りは無い。それが証拠だ。

 「狼狽えるな!! 敵は同じ事を何度は出来はせん!! 今ので打ち止めじゃ!!!」

 アモンの激励に、少しばかり余裕失っていた騎馬兵達は直ぐに隊列を直し突撃を再度しようとする。

 再びの南斗の軍に向けての猛攻の開始。確かに、今の技を放ったチゴはアモンの読み通り彼にとって今の技は
奥義であり。一日に一度が限度の技。

 ……然し。

 『うおおおぉぉぉ!!』
 
 「……」

 再度突撃しようとした騎馬兵達へと次に目立ったのは南斗の旗を掲げた男が無表情で向かう。

 騎馬兵が一人は、その旗持ちの男目掛けて勢いよく槍を突き立てようとする。だが、そのまえに其の男は大きく
南斗の十字星の模様の旗を大きく振って小さく呟く。

 「槍獲り」

 「!? ぬっ!!?」
 
 その兵士の槍の中間に、男の南斗の旗は絡みつき気がつけば其の騎馬兵の槍を手元から取り上げ別方向に飛ばす。

 ――疾!

 そのまま、武器を奪われた隙をつき其の旗の穂先が騎馬兵の胸を突いていた。

 突かれた兵士は震え、騎馬兵は力なく馬上から地面に墜落する。

 それを見届けると男は其の騎馬兵の馬へと跨って其の馬を手中に収める。そのまま馬上と言う他の兵と同じ立ち位置で龍帝軍
と対峙する。その槍ならぬ旗捌きは武人としては達人の領域だ。

 旗持ちでさえ騎馬兵を単一で倒せる実力なのかと。アモンは、ここに来て少数ながら南斗の兵の実力は予想以上だと理解した。

 アモンの視界に見える範囲では、あちこちで膠着した騎馬兵達へと迅速に相手する南斗の兵達が見える。個々の実力で一人ずつ
倒そうとする腹であろう。

 「貴様、女だなっ!? 戦場に出るとは余程南斗は人材に不足してるようだっ!」

 新たな騎馬兵は、戦場へ出てきた兵士。その人物が女と知ると嘲笑と共に槍を振るう。

 「確かに私は女だが、戦場に女が出て何が悪いっ!」

 その人物は気合一閃と共に、その騎馬兵の槍を捌きつつ相手の胴体目掛けて剣を振るう。

 だが、相手も流石は龍帝軍の兵士。その彼女の剣が危ない場所を走ったと見るや宙返りと共に馬上から降りて身を躱す。

 「女ならば帰りを待つ男の居場所となれ!! 今ならば見逃してやる!!」

 無名ながらも、その騎馬兵の槍捌きは手練。武術を駆使した、その動きは槍の柄で、穂先で相手の四肢を的確に狙う。

 「……っその動き、心意六合拳か!」

 彼ら龍帝軍の兵達は、その殆どが中国武術の手練。そして大極拳以外の拳法を習得してる者達である。

 常人では認識する事すら難しい軌跡な動きと共に空気を切りつつ心意六合拳を使う騎馬兵は叫ぶ。

 「然り! 我等は大師アモンの子!! その拳にて天を統一し平和を獲得して見せる! 否!! する!!!」

 彼らとて、世紀末にて悪意に翻弄されし者では無い。全てはアモンの野望を、夢を叶え共に平和を取り戻したい
と願うからこそ実直に従う性根は善良なる者達なのだ。

 それを、戦って実感を彼女もしている。だが、こちらも退けぬのだ。王の為、と言うのも有るが。彼女は戦いが始まった今
負ければ自分達の身がどうなる事が知らぬ。

 友が、大切な者が。同胞と言う所以だけで処刑されるかも知れない。そんな未来が想定されるならば自身の覚悟は決まっていた。

 「ならば致し方ない! 我が名は『ハマ』 南斗雲雀拳、受けてみるが良い!」

 「来いッ!!! 心意六合拳の真髄、見せてくれる!!!」

 咆哮、気合の雄叫びが交差される中。ハマと、その槍兵は激突する。

 (一撃。最初の発勁乗せた一撃さへ、この娘に当たれば勝負は決まる!)

 (……! この男、私が思うより強い。ならば……!)

 ハマは、この時直接的な力量では其の男に太刀打ちするのは困難かも知れないと見抜いていた。ゆえに彼女は。

 ――ビュンッ

 「っ!!? くっ!!」

 走り込みながら、剣を其の槍兵目掛け投擲するハマ。槍兵は直ぐに体を傾けて剣を避けるも初動に遅れが出る。

 だが、貴様は剣を失った。其処からどうする!?

 槍兵は、体勢を立て直しつつ槍をハマ目掛け振ろうと握る手の力を強め。そして見た。

 その彼女は、無手で大きく頭上に手を合わせつつ自分をしっかりと見据えながら走り寄る姿を。そして気づく。

 そう言えば、南斗聖拳とは確か武器を扱わず手刀で相手を致死させると……ならば、自分は。

 「う……りゃあああああぁぁぁぁ!!!!!」

 「破ぁああああああああああああ!!!!!」


 ――心意六合拳!!!

 ――南斗割斬斫!!!


 交差する、槍を虚空へ振り抜いた兵士。そして其の槍兵と向かい合わせに背を向け跪いた状態のハマ。

 一瞬の沈黙後、その槍兵は槍を地面に突き立て悠々とした笑みと共に。

 「……見事、也」

 そのまま、胸を大きく縦に裂きながら吐血と共に地面へと派手に倒れた。それを振り返りながらハマは目に涙を溜めて
その無名の勇士を見下ろした。

 もしも、こんな戦場でなければ良い好敵手と成り得た筈。もしも出会いさへ違えれば……。

 その一方。別の方向でも戦線は加速しており騎馬兵達は一人の男の勢いに不利に陥っていた。

 「くっ、此奴化け物か!?」

 一人の黒い肌の男。その男は二双の剣と共に騎馬兵相手に孤高奮戦と4、5人相手に互角の戦いを繰り広げていた。

 いや、互角とも言い難い。何故ならば、その戦いを少し遠巻きに観察していた騎馬兵の人物は続いて仲間の一人が
馬上から倒れ倒されたのを目撃したからだ。

 「っ投擲だ、投擲しろ!」

 接近戦では、その男に勝つ見込み薄い。それを悟った一人の男は騎馬兵等に声を上げる。

 頷いた一同は馬を操り間合いを図ると同時に一気に片手で槍を構え。そして囲んだ其の男に槍を振りかぶって投げた。

 全方位からの槍の雨。これには流石の男とて防ぐ事は叶わぬ。その予測に反して、男は跳躍すると共に持ってた剣を落とし。

 ――飛鳥乱戟波――!!

 空中にて、其の腕を何度も振ると同時の小さな斬撃波を見上げ隙が出来た騎馬兵達の首元へと放った。

 『ぐ……っ!?』

 数人は頚動脈から出血し、そして馬上から崩れ落ちる。その犠牲となった者達の中の馬の一匹へと飛び乗り。
彼、ハシジロは大声で周囲の騎馬兵達に告げる。

 「我は南斗阿比拳がハシジロ! この首を獲ろうとする猛者はおらぬのかっ!?」






 

 「くそっ……! 南斗の兵達の個々の実力を見誤ったか……っ」

 アモンは、戦線を遠巻きに馬上で眺めつつ爪を噛みながら思考に没頭する。

 こんな筈では無かった、あちらの力を決して過小評価してた訳でない。

 だが、それにも関わらず南斗の兵士数十人に騎馬兵が拮抗しているのは何故だ? その理由は?

 「蝋燭が消える前の最後の灯と言うわけか……!」

 背水の陣。そう考えると納得もつく、敵は元々少数にて死に物狂いで自分達に歯向かっている。ならば少数でも、あぁまで
拮抗出来るのも不思議では無い。

 だが、個人の力量で出来る事など高が知れていると何故解らない!? 目先の勝利だけを獲得しても最終的に敗北すれば
無意味で有ると理解出来ぬのか!?

 そして、アモンが激怒するには未だ理由が有った。

 同じ王を名乗る者。未だ年若いゆえに戦の情緒を知らぬかも知れぬが。それであっても王に関わらず少数だけで無作為に
大軍相手へと捨て駒のように扱うとは何たる事だ。

 王として許してはおけぬ。王として、あの者には鉄鎚を与えなくてば気が済まんっ。

 「アトゥ、我等も討って出るぞ! 彼の王めっ。遠巻きに戦を関知せぬ顔にて傍観するとは風上にも置けぬっ」

 「兄上っ、ですが無闇特攻するのは愚の骨頂ですっ……! 貴方は王なのですっ、そのまま特攻すれば体の良い的に……」

 「身の程を知れいっ! 我を誰と心得ている!? この大極龍拳、龍の牙(剣)と鱗(盾)有る限り我は無敵ぞ!!」

 続けいっ! とアモンは今も時間と共に他の南斗の108派の者達によって打倒されていく騎馬兵達を助けようと自分の
兵達を後方に引き連れて突撃を開始する。

 軍隊長であるアトゥの制止も耳に貸さず、今の彼は遥か昔に同門の者達と共に他の派閥から彼らを守っていた頃の
義憤と若気に包まれた頃の状態のままに駆けていた。









 ――予定調和だ。






 
 その時、アモンが軍馬の尻を叩き自分の居る方向へと向かう正にその頃。腕を組んで我関知せずと言う不動の体勢を
貫いていたサウザーも遂に腕を解き静かに告げた。

 「……火の準備をしろ」

 そのまま彼は未だ戦線の中間にて騎馬兵と南斗108派達が戦闘中の場所へと駆ける。その様は疾風迅雷と描写するに
相応しいスピードだ。

 ――疾疾ッ!

 「ぐぎゃっぁ!?」

 「っ遂に前線に出たか」

 騎馬兵達の多くは、登場と共に目にも止まらぬ速さで仲間の一人の首を裂いたサウザーへ注視を浴びる。

 南斗の帝王。その108派の頂点である者は南斗鳳凰拳を扱うと言う事は龍帝軍の耳にも聞き及んでいる。

 だが、所詮は拳法だ。確かに先程の気を扱う輩や集団戦にも打ち勝てる実力の者達には舌を巻いた。

 だからと言って、この男自身が神であると言うわけでもなし。集団と1の戦いの結果など解りきっている。

 『倒せ! 狙うは南斗の王のみっ! うおおおおぉ!!』

 他の南斗108派を狙っていた騎馬兵達は目標を一気に方向を変える。目指すは南斗の王一人だ。

 押し寄せる騎馬兵の軍勢、我先にと王の首級を獲る事に躍起になる一同。

 それに対し、サウザーは動かない。全く動かない、ただ無表情で氷のような瞳で彼らが押し寄せるのを見るばかり。

 南斗の108派も、このサウザーの行動は予想だにしないものだった。サウザーならば、その軍勢に対して果敢に
挑むとばかりに予想してたからだ。

 だが、サウザーは其の時動かなかった。いや、待っていたのだ。



 ――ゴロゴロ……。

 


 「? 何だ……急に雲行きが」

 アモンは馬を駆けながら異変に気づく。南斗の王、ここにて終幕と考えてた矢先の空の変化。

 気がつけば、その時雲行きが怪しくなっていた。其の大勢の槍がサウザーを包囲しつつ狭まっていた直後雷鳴の轟く音が聞こえた。

 だが地上で今まさに南斗の王に止めを刺せると意気込んでいる彼らに空の天候まで気にする余裕は無い。

 槍は後五秒。それよりも早くサウザーの体へと串刺そうと迫っていた。

 そして、サウザーに約五十センチ。あと少しで其の肌に触れようとした其の瞬間。



 ――ピカアアアアアアァァァァ             ――ドンンンンッッッ!!!!!



 『……なっ!!?』

 馬鹿な、有得ん。何が起こった??

 何故……『我等の龍帝軍騎馬兵が死屍累々の山と化している』のだ???

 


 ――ヒュオオオオォォォォォォ……!


 戦場が静止する。今起きた神業に対して文字通り全ての音が消失した。

 「……何だ、たった一発の落雷程度で沈黙するか。龍を名乗るにしては……脆い」

 その静寂と化した戦場にて、ただ一人の王が死屍累々の中心にて口を開き龍帝アモンを見た。

 喜怒哀楽、その全てとも異なる何か生気の無い死人。いや、それよりも何か忌まわしい輝きで、龍帝アモンを。

 対するアモンは、無言で軍馬から降りる。そして其のマントを脱ぎ去りサウザーへと前進しようとする。

 「兄上……いけませぬっ」

 「アトゥ、此処は任せよ。あの男、我が見誤っていた」

 今いる龍帝軍の個々の実力は自分が太鼓判を押す程には高い。だが……あの男には自身を除いては勝てぬ。

 アモンは、今起きた。サウザーが何かしらの気合の一声と共に落雷が迫っていた騎馬兵達全員を巻き込んで直撃
した事に対し偶然や奇跡で片付けれるとは思って無かった。

 この男。南斗の帝王は自らの言葉で言い尽くせぬ力にて落雷を呼んだのだ……!

 脅威、と称するには余りに筆舌し難い力。この男、いま此処で倒さなくては更に多くの犠牲が出る……!

 「ほぉ。貴様が出る、か」

 口の端を僅かに釣り上げて、サウザーはアモンを見遣る。それに対峙する龍帝は重々しく告げる。

 「お主相手に出し惜しみしておっては兵に余計な犠牲を強いるのでな……今ここで貴様を討つ!」

 周囲の兵士達は一旦自分達の軍の方に留まり、王同士の決闘を見守る。

 一人は龍帝軍。大極龍拳が使い手であり、少し年老いたものの其の実力は確かなる相手。

 一人は南斗軍。南斗鳳凰拳の使い手。未だ若くも其の実力は世紀末を統べれる力を所有している。

 アモンは構える。この相手に少しでも油断すれば敗北必至。隙は死へと繋がる。

 対してサウザーは自然体であった。両手を下げたままアモンに対し涼しげな視線を向けるばかり。

 それを余裕と受け取る事も出来るだろう。だがアモンは其の姿勢を余裕とは思わなかった。

 (全身に気が淀み揺らぐ事なく回っておる。我が闘気を受けて一片の臆しもせぬか)

 アモンの闘気に対し微塵も変わらず姿勢を変えぬサウザーの其の胆力に一人の王は素直に敬服の念を抱く。

 (南斗の王よ。貴様は確かに強い……強く、そして天運も備えているであろう……が!)


 ――はああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!!!


 「おぉ、出るぞ!」

 「あぁ! アモン様の奥義が!!」

 (……奥義)

 俄かに湧き立つ群衆の中の龍帝軍の兵士の声に、ピクッとサウザーは眉毛の片方を上げて反応を示す。

 「行くぞ、南斗の王! 手始めに……見せてやろう我が幻舞(げんぶ)を!」

 「むっ!」

 サウザーの目に次の瞬間に映ったもの。それは複数のアモン、何人もの龍帝がサウザーを囲むように立っていた。

 『ふっふっふっ……!』

 幾重にも聞こえる声。そして其の幻一つ一つが実体のように本物に見える。

 その技に、サウザーは初めて感心に近い顔付きを露にした。流石の南斗の帝王も、このような技を目の当たりにして
動揺したかとアモンは不敵に微笑むもサウザーの胸中は違う。

 (まさか……『奴』の奥義と酷似した技を扱える奴が、この地に居るとはな)

 『奴』それはサウザーが過去に実力者と認めていた相手、そして、今の時点で最も嫌悪に近い感情を持つ相手。

 サウザーの気配はザワリと、その技を目にして其の『奴』を思い起こすと変化していく。

 今まで未だ平静な雰囲気だった状態から、一気に剣呑で不安定な状態の気配へと如実に変わっていく。

 アモンは、その変化に対し何か嫌な予感を感じつつも。そのままサウザーへ向けて牽制として気弾を放つ体勢に
なろうとしていた。だが、その試みは失敗に終わる。

 「……ふぅぅぅぅぅ…………!」

 ヴゥゥゥ゛ゥ゛ゥ゛ンッッ!

 『何ぃ……!?』

 サウザーを囲んでいたアモン達の目は見開く。何と、サウザーの片手から剣程まで伸びた気の刃が生えたのだ。

 気を刃まで変化させる。その示唆する所は其の人物の戦闘力の高さを意味する事でも有る。

 そして、そのように気の剣を出現させても南斗の王には汗一つすら流れてない!

 この意味する事即ち……この男には、己の数倍。いや数十倍は気が体に内包されてると言う事だ!!

 (だが、そのように気の刃を出した所で我が実体を討つ事『避けてみよ……』っっ!!?)

 瞬間、アモンには恐怖が走った。この恐怖は、良く知っている。

 己が、最近ではとみに感じる恐怖。全盛期の頃には、武者修行及び死線の最中で感じた、あの恐怖。

 ――死の……恐怖、だっ。

 そして、アモンがソレを理解した時。サウザーは居合のように其の気の刃を生やした腕を腰に据えて。

 ――振りかぶった。





  ・





            ・


     ・



        ・



 ・




      ・



           ・




 「……ねぇ、師匠」

 「うんっ? 何だカレン」

 ある時、白鷺拳の弟子である翡翠拳の娘は師父となっている人物に聞いた事がある。

 「実際問題、シュウ師匠なら鳳凰拳のサウザー様に勝てたりするんじゃないですか? 師匠、めっちゃ強いんだし」

 子供ながらの無邪気な質問。何時も組手をして師父である彼の実力を肌で知っているカレンは尋ねた事があった。

 その言葉に、シュウは少し苦笑しつつ控えめな言動でサウザーには及ばぬと返答するも。そのような曖昧な言葉じゃ
納得せぬ弟子に。少し溜息を吐いてから説明し出すのだった。

 「……いや、南斗の王ゆえにと言うわけでなく。私ではサウザーには勝てないのだよ、カレン。明確な理由でな」

 「え~? 何でです?」

 自分の師父の強さは折り紙付きなのに。と言う口を尖らせての返答にシュウは丁寧に諭す。

 「まず、サウザーの拳は。後手に回す事が先ず無い瞬速なる絶対拳だ。其の拳が一度放たれれば相手は防御や回避
しようとしても先ず命中する。その命中した隙を逃さず奴は喰らう」

 「つまり……物凄ーく早くて当たるから。サウザー様って強いって事なんですか?」

 少々納得いかない。未だ無邪気で思慮の低かった頃の彼女は更にシュウへと聞く。

 「じゃあ、じゃあ! 師匠の奥義!! あれって絶対に見切れないじゃないですか! あれを先にサウザー様に使えば
勝機あるんじゃないですか!? ねっ、良い案だと思う!」

 私、凄い事に気付いたぞ! と少々自慢気味に語るカレン。

 鼻を少しだけ鳴らして、自信満々な可愛い弟子にシュウは肯定して有耶無耶にするのも一つの方法かと思ったが。彼の
良心と義星としての実直さが、正論を彼女に応じる事となる。

 「……私の、奥義はサウザーには通じぬのだよ」

 「えぇっ! そんな嘘でしょ、師匠!? だって、師匠の奥義って発動したら誰にも見抜けない……必殺の」

 「確かに、私の奥義は熟練の拳法家とて破るのは困難……だ。だがな、カレン……絶対破れぬ奥義など無い」

 少し、遠い目をしてシュウはカレンに諭す。少しそんな彼を心配そうに見つめる彼女を無視しつつ。

 (そう、サウザーには勝てぬ。私では白鷺拳の奥義、アレに対し奴が打って出る行動は恐らく……)





  ・





            ・


      ・



          ・




  ・




      ・




            ・




 (……馬鹿、な)

 起きた現象。その技が放たれた事により、幻影が雲消雨散となり実体の一身だけが戻ったアモンは目を剥いて慄く。

 (馬鹿な……どう言う力業だ……っ!)

 アモンは、今の技の原理を理解した。

 何て事は無い、説明すれば簡単な事。サウザーがした事それは『闘気の刃を長く伸ばし360度回転して斬った』と言う事。

 ―南斗恒斬衝― 南斗鳳凰拳の一つの技。回転しつつ包囲する敵を抹殺する気を用いたもの。

 幻影、実体を巻き込んでの回転切り。だが、そんな馬鹿げた技で実際に自分の技は敗れたのだ。

 然も、だ。恐るべきは、そんな点では無い。この男『自身の実体の部分でだけ異様に刃の闘気が伸びた』。

 もし、一瞬でも体勢を低くしてなければ首が飛んでいた。その首に手を触れつつアモンは理解する。

 気づいて、いたのだ。

 力業なんて、最初からせずとも見破り己を攻撃出来る事が出来ていた。だが、それをせず己は幻影など有っても
このような技で貴様を容易に倒せると言う暗示と共に自分の技を破ったのだ!
 
 恐るべし! 恐るべしだ南斗の王!! 危険だ! この男は危険過ぎる!!

 「ふふふ……ふふふはははははははっっ!!!!」

 だからこそ、この男を倒せば。己はきっと……覇者となる事が出来るであろう!!

 (未だ、笑う余力有るか)

 この時、サウザーは少しだけ予想していたのと状況が異なっていた。本来ならば、ここでアモンの心は折れるであろうと
考えてたのだが。意外にもアモンはしぶとい。

 (少し、見誤っていたか。……まぁ、良い)

 「笑う……か」

 「応とも!! 儂は貴様を倒し!! その勝利を糧として世を統一し覇者とならん!」

覇者。世紀末と言う秩序乱れし世界にて掌握されし者の称号。

 サウザーは、そのアモンの言葉を何の感慨も浮かばぬままに無表情で聞くに留まる。

 満たされぬ。

 満たされぬ。

 そして、感傷なのか、どうか知れぬが『この男』は『あの人』を重ねてしまう……歳が近いからか?

 (苛立たしいっ)

 ぞわり、と。サウザーの体に巡る気配に肉食獣が狩りをするような不穏な状態に変化していく。

 達人たる武人であるアモンにも、その気配は察せられた。先程よりも獰悪な感覚が肌へと放たれる南斗の王の変化に、どうやら
次の一撃は本気で己を殺す気で来るとアモンは予想する。

 (次の一撃が、恐らく終幕となる……!)

 ならば、この次に繰り出すのは確固たる信頼した技。我が奥義で、目の前の男を討つ!

 アモンは瞬時の判断と共に拳の構えを変化する。円の起動、陰陽の流れを汲んだ起動で手を動かし大極の図を手で表す。

 「はぁぁぁぁぁああ!!!」

 震え上がるアモンの闘気、そのオーラは実体を帯びて何かの生き物の口から変わっていく。

 「おぉ、出るぞ……!」

 軍隊長であるアトゥは、その兄の奥義である様を何度か若き頃から目撃してるゆえに理解してる。

 大極龍拳の真髄。陰と陽、それらを総合させ一時的に極限まで高められ実体化まで可能たる気を生み出す。

 更に、その気を相手を喰らわんが為に理想的な姿へと変えて相手の闘気を飲み込む程の力をぶつけ打倒させる。

 即ち、其の名を。

 「南斗の王よ! 終わりじゃあああああ!!!」






                                              ――飛龍幻舞――!!!



 ギャオオオオオオォォ……!



 凄まじい咆哮を立てながら、複数の等身大の龍の体が生み出されサウザー目掛けて飛んでいく。

 飛龍幻舞。闘気を龍の形にして、その龍を己の意思のままに自在に動かし逃走も防御も許す事なく他者を屠る奥義。

 アモンは、勝利を確信していた。物心付き、未だ10代の終わりに差し掛かった頃に師父と命懸けのやり取りをしつつ
獲得した絶対の信頼の置いてる唯一無二の技。

 幻影ながらも実体をも伴った龍の爪は、牙はサウザーの四肢を引き裂き地へ伏す事になると未来予想図は描かれていた。

 周囲で見守っていた龍帝軍も、その圧倒されし龍の舞う姿に勝利を確信し。

 今まで優勢であった南斗の兵士達も、その技が今にもサウザーを飲み込まんとする様子に一瞬絶望を胸中に浮かべる。

 対する、サウザーは。その迫り来る幻影と実体を重ねた龍が牙を大きく開き自分の頭に正に触れようとした、その瞬間。

 


  ……       ――ズバアアアアアアァァ……!!!



 「……な、んだと……」

 アモンは、目を見開き奥義を放った体勢で硬直する事になる。その信じられぬ光景を目の当たりにして。
 
 サウザーは『斬った』のだ。その幻影と実体が複合されし大極龍拳の奥義を、自身の絶対無敵の技を。

 十字の斬撃、一体何時振るったのか視認するのも困難な程に刹那の動きで振るった斬撃。周囲の者は何が起きたかすら
理解出来る者は数少ないである。

 「……南斗鳳凰拳、奥義……極星十字拳」

 無表情で、両手を振り抜いた状態の拳をゆっくりと戻す南斗の帝王は淡々と呟き、アモンを道端の石でも見るように
何の感情も浮かばぬ虚無の瞳で見つめる。

 「……今のが、お前の奥義か? ……もっと、何か切り札でも有ると思ってたのだがな」

 期待はずれ、だ。言葉にせずも伝わる雰囲気。それと共にアモンへと向けられる、無機質な顔。

 ゾグッ……。

 その、失望とも取れる内容にアモンは怒りを沸く前に背筋に悪寒が走った。

 何だ、こいつは。

 何故だ、何故己の奥義が打ち破れる!? 名声は確かに聞き及んでも、これ程の実力をこの若き王が持てるものなのか!!?

 一瞬、ただ一瞬にして全力の一撃が拮抗されるでもなく呆気ない程に砕かれた……この、己の力が全く通じぬと言うのか!!?

 「あ……ぁ……ぁ……!?」

 理解したくないのに、理解してしまう恐れし内容。

 ――勝てない……己は、勝てない。この男に儂は            ――殺され。

 


 ゴオオオオオオォォォォォォ……!!!



 「!!? っな、何だ!!!??」

 「何だ、随分遅かったな……ようやくか」

 突然の、火の手。しかも、その火は龍帝軍を囲むかのようにして突如起きる。一瞬アモンは対峙する王に対する恐怖と畏怖を
 忘れて360度の視野に起きた火に焦燥する。対してサウザーの顔には微塵も動揺走っていない。

 (そう言えば……偵察兵等が浅い堀を南斗の兵達が工作していたとは聞いていた。そうか、堀の目的はコレか……だが)

 だが、それにしては納得出来ぬ事が有る。勿論、己も其の報告を聞いた時は火計を疑い注意を向けようと思ったが、それにして
は燃料も相手方が用意してるようには見受けられず、ゆえに弓や銃器に対する稚拙な防衛の役割と考えてたのだ。

 その、火種をどうやって相手は用意していた? あちらに有ったのは、お粗末な兵装の兵士達と。そして……。

 「!! まさか……っ」

 そこで、アモンは頭に走った電流のような衝撃と同時に、王の倫理に反した計略に言葉を失いかける。

 「まさか、貴様……死者を燃料にして火計をしたかぁ!!!??」

 ……そう、サウザーが起こした計略。それは種を明らかにすれば簡単だが正気なら躊躇する方法。

 世紀末によって起きた事故死、そして小さな紛争及び自殺者による死体。不謹慎ながら余り有るという程に有った。

 そして、サウザーは其の人間を、人間の遺体を、脂を……燃料にして敵を包囲する火種にする方法を取ったのだ。

 道中の串刺しにしていた腐乱死体も、自分達の士気低下ではなく、死体を気づかれず配置させる為に
 異変を悟られぬよう嗅覚を事前に麻痺させるための緻密な策の一つであったのだ……!

 当然ながら、この人の倫理を犯す計画に知将リュウロウは反対を最初示した。だが、サウザーは冷徹に告げた。

 『死体は、死体だ。物言わぬソレは、後は火薬の肥やしか、土に還るしかない』

 『多くの民と兵士を救う為に扱われるのだ。何を、そこまで反対する理由がある? なぁ……リュウロウ』

 (王よ……確かに、貴方の判断は戦人としては最適解でしょう。ですが……!)

 リュウロウは、サウザーと少し離れた場所で。彼が提示した方法によって龍帝軍が予想通り慌てふためき火の手から
逃れようとして逃走する光景を見て喜びの色を全く見せる事なく陰鬱に考える。

 (ですが……この勝利は……人として正しいと言えるのですか?)

 

 ――ゴオオオオオオオオオオオオォォォォ……!!


 熱い、痛い。突如の火の包囲網に馬は暴れ、騎馬兵達の多くは混乱を収める事が出来ずに投げ出され火に巻き込まれる者も
 少なくは無い。世紀末と言う乾燥しきった環境も面白い程に火の勢いを強めていく。

 (これは、何とした事だっ)

 これは、己が目指していた未来では無い。

 こんな筈では無い。自分は、王だ。大極龍拳の所有者、大極拳の同門を束ねし指導者であり世紀末を統一すべし者だ。

 南斗の王も、本来ならば己に微笑と共に自分の差し出した手を取り。そのまま新世界を収めるのではなかったのか?

 何処で間違えた? 一体、何処『無様だな』……っ!!!?。

 混乱する頭に冷水を被らされるように鋭い一声は、思考で暗くなりかけていた視界を戻し、アモンの顔は上がる。

 気がつけば、自分と目と鼻の先程までに近く己を見下ろす南斗の王が冷ややかに自分を見ていた。

 「自らの力を過信し、大海の広さを侮っていた。それが、貴様の敗北だアモンよ」

 「貴様の拳、成程、確かに実力は有るであろう……だがな。貴様より強い奴など、この俺が知る限り幾つも居る」

 



 ――お前は……愚者だ。



 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォ……!!!!


 火の手は激しく燃え上がる。だが、アモンの顔に流れる汗は何も熱気から流れるものだけでは無い。

 カチカチと、歯が合わさらぬ程に震え。手から汗を流し、サウザーを見上げる。

 暫しの、周囲の阿鼻叫喚の騒音すら全く聞こえぬ程にアモンとサウザーの周囲だけは全くの無音に近い世界を作っていた。

 スッ、とサウザーは片手を上げる。それに対しアモンはヒィ……! と両手で顔を庇う仕草で尻餅したまま後ろに下がった。

 殺されるとアモンは恐怖していた。サウザーは、そんなアモンを全く感情の浮かばぬ視線で手刀を作った片手を掲げ見つめる。

 敗者と、勝者の暫しの視線の交差。その交差する中で彼らの胸中は推し量れない。

 そして何を思ったかサウザーは反転した。それが固唾を飲む程に緊迫してた糸を決壊したように
彼ら王達の居る場所の時は動いた。馬の嘶きと共に腰が抜けたアモンに近寄る人影。

 「兄上! 火の手が激しすぎます!! ここは一旦後退するべきです!!」

 軍隊長のアトゥだ。彼はアモンの代わりに近辺に居た兵士達に指示を出すと息をせきりアモンの元に駆け寄る。

 負傷者を連れて、撤退を。その言葉にアモンは何時もならば少しは反抗する姿勢も取るであろう癪の虫を暴れさす事なく
 コクコクと首を縦に振らせ軍隊長アトゥの後ろへ飛び乗った。逃走するアモン等をサウザーは追撃しない。

 撤退する龍帝軍の大音量の音色と、そして轟轟と立ち上る火の鳴る音。

 それを背にしつつ、サウザーは火に巻き込まれぬように位置を動き今までの流れを見ていた南斗の兵士達の元へ戻る。
 
 圧倒的なる勝利、それを背にしつつ片手を掲げサウザーは彼らに聞こえる大音量で短く勝ち鬨の声を上げた。




 「勝ったぞ!!!」





 『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!』









 ……世紀末初期に置きし、龍帝軍対南斗の鳳凰の仕切る軍勢の一つの戦記の全貌。

 その、勝ち鬨を上げる中に居たハシジロは、その回想を交えた語りをしつつ過去を振り返って思う。

 「……やはり、王は凄いわね」

 感嘆を滲ませての吐息。何処か夢見る乙女のような瞳で彼方を、サウザーが進行しているであろう
 方角を見つめるアズサを尻目に、ハシジロは彼女とは全く違う思考を頭の中で浮かべる。

 (思えば……あの時、あの龍の王の心は折れたのだ、我等の王の拳によって)

 (だからこそ……あの悲劇とも言えるべき愚挙を成したのだろう……)

 「……話しは、終わってない」

 ゆっくりと、彼の口は開く。その傷の由来、今の物語が切欠となった悲劇の物語を、彼は目撃している。

 ハシジロの語り部は続く。

 この龍帝軍と南斗の軍勢の突撃によって敗走した龍帝軍は要塞カサンドラの拠点へと帰還し、それからと言うものの
 大きな動きする事なく自国の腐心に徹する事になる。それは、何も彼が方針を変えたと言うわけでなく。

 『……我は、愚者では、無い……』

 全身を震わせ、両手で体を抱きすくめながら一気に老け込んだ龍帝の王の居る一室では、誰の目にも晒される事なく王が呟く。

 『そう……だ。この城で迎え撃てば必ずや勝てる……我は王だ……フフ……フフフフフ……』

 一つの大掛かりな設備と機械に囲まれた場所で、龍の王は狂気を浮かべた瞳と共に静かな笑いを暗い部屋に響かせる。

 それが後に、金龍将ゼノス。

 彼の息子の死に繋がるとは、未だこの時は誰にも知られずに居た。








  あとがき




 \(・ω・\)更新!(/・ω・)/ピンチ! \(・ω・\)更新!(/・ω・)/ピンチ!



 まぁ、気長に頑張ります。エタらぬように



[29120] 【貪狼編】第二十三話『古龍が住まいし鬼の哭く街(後編)』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:02a2e8df
Date: 2013/07/15 15:14
(此処が、彼の太極拳総帥が居ると言われる場所か)

 金色の反りだった髪をした青年。彼が見上げる視線の先には視界一杯に広がる
金の装飾が派手すぎぬ程に飾られた道場が映っている。

 彼の後ろには幾人かの南斗に仕えている者達も率いているが、彼は道場の見える
場所まで来ると彼等へと振り返り告げる。

 「お前達は、此処で暫し待て」

 その言葉に、僅かに渋顔に彼が一人の拳士に訪問すると言う出来事に対し参加せぬ事を良しとしない者達は
反論を口にするものの。彼、サウザーの意思は硬かった。

 「彼の人物とは一対一で立場関係なく会話をしたいのだ」

 折角、このカサンドラまで道中連れ立ってくれたお前達には悪いが。そう言葉を口にする南斗の王に彼等は
心中では納得つかぬものの、頭を下げられては否と言えぬ。

 入口の所で待つと譲歩した者達に対し礼を告げながら、彼はカサンドラ道場へと足を踏み入れるのだった。

 

 ・



         ・


    ・


      
       ・



 ・



     ・



         ・


 「……そろそろ時間が迫っておると言うのに、兄上はどうしたと言うのだ」

 サウザーが足を踏み入れる直後、その頃彼のアモンの実弟であるアトゥも苛立ちを焦りが見えていた。

 南斗の王の訪問。

 南斗聖拳は、その真なる奥義を会得している者達は全て手足を駆使しての刃物要らずの斬撃を平常に行う事が可能なる拳法。

 108派までの様々な技能に長けた同門を抱え、一世代は彼の拳法家が世の裏を牛耳るに相応なる力が有ったと
言っても過言では無い。現代五本の指に入る最強の拳となれる可能性有る拳法。

 特に、その王である南斗鳳凰拳。その奥義とは一度放てば誰であろうと傷つけれぬ無敵の技だとか……。

その拳法の王が来日する報せが耳に飛び込んだ時は、今や名声あり歴代最強に名を残さんばかりの拳法家に我等
は興味を持たれる事になったかと言う嬉しさと同時に緊張も持ったものだ。

 然しながら自分の喜びや驚きを他所に、その人物と対面の中心となる実兄の反応は芳しくない。

 最近自分の没頭する事に対し目が眩んでるのか南斗の王が来訪する事に関しても他人事のように相槌を打ち
興味を示した感じは薄い。ゼノスの心の中で兄に対し不安覚えるなと言うのは無理な話だろう。

 時間は、以前に其の王が来る時刻に差し掛かっている。それでも面会の為の道場では既に子弟と彼の子である
ゼノスも整列して待機してると言うのに肝心の兄が見当たらない。

 つい先程、来訪者が現れ。約束より早く訪れたかと慌てたが、何て事ない良くある道場破りが自分の兄に挑戦しようと
した事もあったが。今日は大事な講談の日だ。居留守を告げて日を改めるよう告げる。

 ちょっとした出来事で僅かに肝を冷やしながら、アトゥは今か今かと兄を待ちつつ思う。

 本当は解っているのだ。兄は今日も自分の趣味の為に、あの薄暗いカサンドラの機関室と言える場所に引きこもってるのは。

 やろうと思えば、彼が居るであろう部屋を強引に破り引き摺り出す事も考えるが彼は自分達の当主なのである。

 それを体面を潰してまで引き摺り出す策に出るのは心優しきアトゥには酷だった。

 このまま、己が兄の代役をしてサウザーと面談するしか無いのであろうか? と彼が不安を覚え始めた時だ。
自分も息子同様に可愛がっているゼノスが喜びと共に声を上げたのは。

 「父上っ」

 道着姿で、正座していたゼノスが声を上げて出入り口の一つである開け放たされた先の扉の廊下を歩く人影は間違いない。

 顔も洗わず何日も過ごしてたのだろう、何かの化学薬品やら何かで汚れた服、そしてボサボサの格好の不機嫌な表情の兄だった。

 一様に自分達の指導者の息子が反応した方向に注視を浴びる。アモンは彼等の視線に構わず通り過ぎようとしてた。

 何か考えに耽けている時は殺気の類が接近せぬ限り完全に他面からの干渉に無反応の兄。

 出てきた理由も気紛れが、それとも他の理由あってか。何にしてもアトゥにとって千載一遇唯一無二の機会である。

 (! この好機を逃してはならんっ)

 「おぉ! 兄上、遅かったですぞっ」

 アトゥが声と共に立ち上がり兄へ駆けると、大極龍拳伝承者アモンは無言で不機嫌な表情を変える事なく彼の弟たるアトゥを一瞥する。

 他の者ならば其の雰囲気に若干躊躇を抱くかも知れぬが弟と言う立場のアトゥは全く気にせず促す。

 「さぁ、早く上座に! 今日が何の日か忘れては無いでしょうに」

 「今日?」

 眉を僅かに顰めるアモンは、一体何の事だと言わんばかりの顔付き。

 本当に頭から抜けていたのだな……とアトゥは心の中で溜息しつつ丁度良くも
 自分達が気づく場所を歩き出てきてくれた偶然を神に感謝する。良くぞ兄を外に出してくれた。

 「南斗の王と面談の日でしょうにっ。湯浴みをせよとまでは言いませぬが、せめて其の顔を拭いて着替えだけでも!」

 「おい、待て。私は出るとは」

 「よしっ。お前達解ってるな!?」

 ――ザッ!

 何か言いかけたような気もしたが、彼等一同太極拳の弟子達とアトゥは代表者である人物が抜ける等と言う、太極拳
 拳法家一同に泥が塗る真似だけは断固避けたい。アモンの声を遮ってのアトゥの合図に子弟達は一斉に構える。

 平俗なら一流と言って差し支えない気配と共に、武器の代わりに櫛やら濡れタオル等を何時の間にか構える若い拳士達。

 彼等の目的は、目の前の不倶戴天及び自分達の敬愛すべき太師を小奇麗にする事。

 南斗の王に今の見てくれの太師を見せて失笑を買うような愚行あってはならぬのだ!!

 彼の意思を無視し弟子達が一斉に飛びかかり、アモンを羽交い絞めにして何かの染みや汚れで
付着した研究服を脱ぎ捨てさせ髪の毛に櫛を整えさせる。アモンが暴れるのも構わずに、だ。

 「っおい待て貴様等! 私は一言も出るとは、えぇい! 離さんかあああ!!」

 一人、二人、と。アモンの服を着替えさせるのに約20、顔の汚れを落とすのに30、髪を整えるのに40強が吹き飛ばされる。

 既に老人の域に達するとは思えぬ程の無双振り。だが弟子達の熱き想いは実り、数分後にはアモンの服装は正式に着替えられ
髪の毛も真っ直ぐに整えられる事に成ったのだ。

 その部分まで至るところには弟子達の数割ボロボロになっていたが何とかサウザーが入室する頃には完了した。

 少し汗を流しつつ安堵した様子のアトゥの横で機嫌の悪さを隠そうともせず胡座を掻く、こざっぱりとしたアモン。
 
 その周囲で正座しつつ気疲れた顔に痣を生やし、随分ボロボロの道着姿の者達が正座し並ぶ。

 その様子入室し初めに見て、サウザーは自分が来訪する日でも関係なく激しい修行を
 続ける直実な者達なのだなと勝手に好印象を持ったがまぁそれは話には余り関係ない。

 少しその様なアクシデントが発生したものの、こうして南斗と大極の王の開講の場が始まったのであった。

 包囲するように円形で座り並ぶ太極拳の拳士達、そして束ねる太極拳総帥大極龍拳伝承者アモン。

 その、普通の者なら気後れする場所の中心で淀みも緊張を顔に浮かべる事なく堂々と
正座するは南斗108派等の王であり極星南十字星の子、南斗鳳凰拳伝承者サウザー。

 太極拳一同は、ごくりと喉を鳴らしサウザーを見つめる。その胸中に去来するのは一言。

 『……強い』

 滲み出る圧倒されかねぬ気配。襲撃しようとすれば己が一瞬で地べたに這いつくばされるのが容易に想像される。

 自然体で座りながらも微塵も隙が見えぬ状態、其の眼光にはどのような事にも折れぬ光がにじみ出ている。

 実力が高き子弟達やゼノスは一瞬にしてサウザーの強さを見抜く、そして彼の人と並ぶ程の力を得るのは並大抵では無い
だろうと言う羨望と密かな反抗心を心の中で芽生えさせる。

 その一方で、サウザーも同じく太極拳拳法家一同に目を走らせつつ感心が表情に出ずとも心の中で芽生えていた。

 自分に向けられる視線、出で立ちは一重に己が知る南斗108派に近い感じを見受けられる。

 特に、この中で一番伸び代が期待出来そうなのは金龍の刺繍を施した道着が目立つ自分と、ほぼ同い年に見える青年だ。
アモンの息子であろうと推察しつつ、サウザーは彼は少し鍛え上げれば六聖の拳士とも張れる者となるだろうと評価を打った。

 今度、この者達と108派の伝承者候補達を引き合わせ交流させたいものだと考えつつ彼は意識を切り替える事にする。

 今日、自分が来たのは他の拳法家との交流が目的では無い。今回自分の邂逅の目的の人物は一人。

 この開講の場の中心の者、太極拳拳士達を今の時まで存続させカサンドラと言う要塞都市の場で今も育成を続け小国程の
力を蓄えし正しく天才。

 アモン、それが己が懐柔せねばならぬ人物なのだから。

 (これが……)

 (……彼の王)

 座りつつ、共に彼等代表者は視線を交差させる。その瞳にあるのは共に推し量ろうとする鋭い視線であった。

 互いが互いに天賦の才を所有し者。拳法、権力その他の財や地位が並ぶ者。言うなれば互角。

 彼らは自身の想いを一旦隠し、その互いの中に巡らす想いを見抜こうとする。……するのだが。

 ……プイッ。

 (ん?)

 長く、その視線の拮抗は続くかと周囲は思いきや、その視線は直ぐに顔を背けたアモンによって終える。サウザーも自分の
 予想とは違い拍子抜けした顔をした。アモンのとった行動は己の予想を凌ぐ予想外の行動だった。

 顔を背ける……機嫌の悪い子供が誰彼に対しても些細に反抗的な態度とるようにアモンは顔を背けた。

 顎に手を当てて不機嫌な表情を変える事なく彼方を見据えるアモン。彼の王の空気は如実に誰一人とて会話する事を如実に
 拒絶していた。そう、彼は席についてもまともに談義する意思を持ってない。

 (これは、むぅ……どうしたものか)

 そんな彼の都合などサウザーが知る筈もない。困惑を静かに浮かべるサウザーに不味いと感じた彼の弟であるアトゥが口を挟む。

 「すみません、我が兄は少々憂う事がこちらで有りまして。まず、遠方より遥々来て下さった事に太極拳が一同礼を申し上げます。
 して、我等にどのような事で南斗の王自らお越しになったので?」

 代表者の代弁するアトゥに、一瞬サウザーは機嫌を損ねている様子のアモンを一瞥し、彼は言葉を考える。

 このまま、悠長に世間話をするのは悪手。彼の王が何故に自分と話す事を嫌ってるかは不明ながらも、此処は自分が彼等に対し
有力な情報を所有してる事を話さねば談合にも持っていけぬ、と。

 「……太師、太極拳総帥アモンに我、南斗が王サウザー先天の乱への報せを仕った候」

 サウザーの語調は、古くより厳格した表現である。洒落や冗談を含ませぬ一語一語に重言を秘めた言葉。

 アモンも、その彼の語調には興味を引いた。顎に当てていた手を離しサウザーへと顔を向ける。

 大魚が釣れた。確信を持ちつつサウザーは話を続ける。

 「……近く、この世に世界終末に誘う乱現れし。その刻は凡そ数年余り、我南斗と言う衣脱ぎ捨てり龍の王に謁見し願うのは
この世の乱に対し共に手を合わさる事を望んでてある」

 言葉の内容は噛み砕いて言えば、ただの一人の男として今日は来日した。そしてアモンに力を貸して欲しいとの事。

 曰く、世紀末到来に対しての団結の為に。

 ザワザワ。サウザーの言葉は、太極拳の門派に対し静かに衝撃を広める。

 世界が終末へ陥る? それも数年に??

 茶飲み話で出た来た話題なら一笑に伏せるが、その状況がこのように王同士の議の場であれば話は大きく違う。
 ゼノス他の太極拳の一同は目を見開きサウザーの話に耳を傾ける。一語一句聞き漏らさぬように、と。

 アトゥは己が口を挟む時で無いと知りながらも思わずサウザーの衝撃的な言葉に尋ねる。

 「世界終末? 一体どのように」

 「核戦争、それが近い内に起きる……これは、確かな話です。無論、そのような道理あってはならぬ話」

 今度こそ、彼等は動揺を隠す事が出来なかった。その言葉に対し次々に他の弟子達は顔を見合わせ今の言葉に対し囁き合う。

 嘘か真か? 戯言と言うには余りに重く、そして真実と語るには眉唾過ぎる。

 その言葉に、アモンは不機嫌な表情を僅かに消して無表情な顔付きに近づき顎の髭を撫でる。

 「お願いする。どうか私に力を貸してくれ、龍の主よ」

 サウザーにとって、これは賭けに近い事だ。

 『国』と言う相手が自分の話に耳を傾けてくれない、力を貸す気が無いとなれば個人の力と自分の持つ権力だけで救うしか無い。

だが、世界を巻き込む程の戦争に対し自分達南斗だけでは余りにも力不足なのだ。

 だからこそ、彼は仲間を求める。自分達の核戦争を止めると行為に対して仲間をだ。

 サウザーは頭を下げる。それに対し一層動揺が走る。

 彼の礼は他の者を凌ぐ重い行動だ。王の頼み、そして土下座に近く自分達の指導者に嘆願している。

 その行為がどれ程に重大な意味を持たぬが解らぬ者達は居ない。彼等は一挙に、自分達の指導者
 であるアモンの反応を確かめようと注視した。自分達の王が、この若くも絶対なる力ある者にどう反応するかを。

 アモンは、サウザーの縋り付くような視線に対して目を閉じていた。

 そして、彼にとって長い時間、だが実質数十秒程度であったであろう目を開けて口を開く。

 「核、戦争か。成程、始めるのは某国辺りであろうな」

 と、呟くのは彼が告げた予言に対して。明確なる肯定や否定などでなく独り言のように語る。
 
 否、正しく独り言なのだ。彼はサウザーを見る事なく、己の頭を整理する意味で声を紡いでいた。

 「×××辺りかな? 最初に発射させるのは。となると、ふむ。×××と×××がソレに飛び火し……」

 己の推測を呟き、小難しく国の名を上げ、そして起きる事を冷静に推察する。

 「今の国が所有する兵器の質を考えれば、××%は被害が予想されるな。となれば武器の質も戦国程に逆戻りするか……」

 ブツブツと、相手を眼中に入れず独り言を呟くアモン。

 太極拳の子弟達、アトゥや息子であるゼノスはサウザーを無視し勝手に自分の世界に浸るように
 見受けられるアモンに穏やかでない胸中で見遣る。だが、それを聞くサウザーは目を見張る。

 (この方は)

 驚愕、その呟きには自分が言った予言の端末だけでジャギから聞いた話の内容の世界と合致した未だ話さぬ事まで
自分の推論で話していた。ただの推理だけで、自分の1の話を十まで。

 慧眼、そう慧眼なのだろう。この方は、長らく自分より生き抜いてきた。未だ第二次大戦も途絶えず混沌としていた世界を
多くの仲間を守り、そして磐石たる地位を手に入れた。

 彼は己の降りかかるであろう危険を、他の小さな情報から限りなくまで読み取る事に関して異常なまでに優秀だったのだ。

 カサンドラと言う核に対して非常に防御に効果ある施設を打ち立てられた事も。
 彼は事前に生まれつき備え付けられた生存本能。虫の知らせが高い事だったゆえかも知れない。

 (凄い! この方は凄い……っ、何としてでも、この方とは手を取り合わねばならんっ)

 サウザーは静かに驚愕を広めつつ、熱を持ってアモンを口説こうとする。

 「お願いです、太師アモンよ。貴方の其の慧眼、そして終末の乱にも対抗出来る施設を建築する技術は脅威への大きな
布石となるでしょう。どうか……」

 アモンは、ブツブツと呟くのを止めてサウザーを見た。

 瞳と瞳が今一度交差する。サウザーの目は轟轟と希望と正しき善なる光が詰まってる。

 それと正反対に、アモンの目には虚空が詰まっており、その炎を全て
反射するかのように冷え切った目をしていた。

 「お主の言葉、全て虚言では無いのだろう……だがな」

 溜息、そして疲れ果てたと言った感じでアモンは呟く。

 「だがな、我等太極拳が一門。そう軽々しく世の政、及び流れを変えるような真似は出来ぬ。それが極端に良しかれ悪かれと」

 頭を掻き、アモンは重々しく言葉を続けサウザーに説き伏せるように告げる。

 「核戦争ともなれば、確かに我等にとっても無関係では無い。この国の護りを強めると共に他の場には警戒を広布しよう」

 然しながら、我等は率先としてそちらに力は貸せないとサウザーにアモンは告げた。

 サウザーは、予想し得た中で悪い答えに目を一瞬強く閉じ、再度目を開くと共に尚も強請る。

 「我等の財……それを代価に出来る事は何なりと」

 「取引に応じるつもりも無い。それに、これは帥(そち)個人だけの提案で済ませられるものでは無かろう。
 単純な問題では無いのだ。我等はな、辛酸たる時代を乗り越え小さな国程には力を持った」

 カサンドラは、バチカン市国程の面積。そして資産や他と交易、アモンが考案した施設等で取り持っている。彼は言えば国の
 中に小さな国を作り上げているようなものだ。それに対し国自体は決して好印象は無いだろう。

 彼は己の力、そして一定の待遇を国へ行い自分達の立場を正当化し今の生活に至る。

 一世一代。アモンの実力と、家族と門下の者達で築き上げた国。自分達の財であり城であり家であるカサンドラ。

 それは、これから何を始めるにしてもせずとも必要不可欠な存在。アモンの核だ。
 
 「お主の考える終末の争乱に対策練るとなれば、この国からすれば面白くない事を起こす事になるだろう。儂はな、カサンドラ
に住まう者、そして我が子弟達を悪戯にお主の計画に巻き込む訳にはいかんのじゃよ」

 アモンの言葉は一理ある理論。サウザーが核戦争を止めるには、国に対し説得、若しくは己自身が一つの国に全面と対抗して
自由に改革する程にならねば世紀末の訪れを防ぐ事など叶わぬだろう。

 龍の古王はソレを見抜いている。だからこそ、己が彼の計画に加担すれば成功の確率は著しく高まるだろうが、もし失敗して
 最悪己と心中するような形でカサンドラに住まう者達が家無しになるような事は有ってはならない。

 彼は王なのである、己と己の財と家族を失う事は決して有ってはならぬ。世界が終末になろうとも、
 自身の手で守れる物が残ってればソレが彼にとっては勝利と同じなのだから。

 「だが、お主が齎してくれた情報は有益。その礼は尽くすつもりでは有る。戦術核程の兵器に対し最適なる防御施設に対する
 設計等ならば何時でも提供しよう」

 ソレ等は自分の頭の中に入ってるもので。必要ないものだからなと心の中で付け足しつつアモンは告げる。

 不幸の中の一幸。アモンはサウザーが欲する中の一つである核兵器に対する防衛技術、それを古き龍王より確約はされた。

 だが、その言葉は裏返しすれば、それ以上の譲歩及び手を貸す事は無いと言う拒絶である事も明白なのだった。

 「有り難き幸せ……ですが、私個人としては貴方と手を取り合い憂いの先を回避したかった」

 サウザーはアモンの言葉に深く礼をしつつも優れぬ顔付きを浮かべる。

 今の会話で彼等は知れた。自分達は王、どちらも対等なる知性に力を秘めているものの結託する事は出来ぬのだと。

 王ゆえに、どちらも王と言う矜持と己の資産を守らなければならぬ義務を所有している。

 若き鳳凰が齎した報せに対し古龍は微かに身動きするも、天を踊る程には彼の王の魂には響かなかったのだ。

 「何事も、己の思うようにはいかぬものよ南斗の王」

 「……また、時が有れば訪れます。その際は期待される返事を望まれる」

 「考えてはおこう」

 こうして、サウザーとアモンの開講の場は終わりを告げる。

 当人達以外には少々理解し難い会談だったゆえに、少々周囲は困惑の顔を隠しきれなかったが険悪な事にならず済んだと他の
拳法家達は安堵を顔に浮かべてサウザーを見送る準備をする。

 ゼノスやアトゥと言う、話をある程度理解してた者は複雑そうに自分達の親と言えるアモンに対し何やら言いたげな視線を向けつつ
もサウザーが己達の視界から消えるまでは口を黙す礼儀を備えていた。

 (……実に惜しい、あの者が仲間となってくれれば数年程の時間で、この国に己の方針を取り入れる事も可能であろうに)

 サウザーは自身の従者の元に帰り、口では他の者にとりとめもない内容で無事終了したと
 安心させつつも時折苦い顔を浮かべかけるのを抑えつつ遠くなっていくカサンドラを幾度か振り返りつつ思う。

 (彼の王は、恐らく世紀末が迎える事になっても同盟する事は無かろう。……やはり世紀末の訪れは何としても避けねば)

 慧眼を秘め、賢才ともに武勇を秘めたる王。その人物が将来的に敵対する恐れが有ると知れただけでも上々だとサウザーは結果的に
 失敗に近かった今回の談義を自身で慰める。失意に暮れる余裕など自分には無いのだ。

 (時間を見つけ、何とか長らくも彼の王の心に己の声を届かせて見る事にしよう。大丈夫だ、きっと成功するとも)

 若き鳳凰は、遠く空に微かに見える暗雲を其の羽ばたきで回避しようと懸命に空を舞う。

 その鳳凰の去る背中を見つめながら、古龍たる帝王アモンは無言でサウザーが消え去ると同時に自室へ元のように閉じこもるのだった。




 ・





          ・



  ・



     ・




 ・




     ・




          ・





 サウザーと龍帝アモンが邂逅していた頃、ジャギ達一行も無事カサンドラーメンを食べ終え
 そしてアンナ達とも無事合流し合いカサンドラの娯楽施設を満喫していた。

 露店を冷やかし、色々と有る見世物を見物しながらも極力カサンドラの中心にあるアモンが居る道場に赴くつもりは無い。

 今日の彼等の目的は単なる観光が目的であり、未だ伝承者でもないが別の拳法家が
 太極拳道場の方に見学すれば良い顔をしない連中が居る事は想定済み。

 何より、何処かを歩くと何かしら起きる可能性が秘めるアンナが彼等一行に居る事も彼等がアモンの居る場所へ立ち寄る事を
しない大きな理由の一つであった。

 わざわざ寝る虎の尾を踏むような真似はしない。

 一同、今まで起きた数々の修羅場がアンナを中心に起きている事は承知の上。だからこそリスクを負うかも知れぬ場所を今回
立ち寄る事は暗黙の了解の上で避けて楽しむ方針だ。

 ……方針、だったのだが。

 




     「なぁぁぁぁぁぁんだぁぁぁ?? 貴様等は?? このウイグル様に何か文句でもあるのかっ。あぁ゛ん゛!!??」




 「……なぁ、ジャギよぉ。何でお前に付き合ってると、こう面倒事に遭遇するわけ?」

 「知るかっ」

 喚くような咆哮。極めて冷静にセグロは呆れたと言う感じで両手を上げたリアクションと共にジャギに軽口叩く。

 叩かれた本人は、苛立ち気味に直ぐ返答しつつ呆れと達観を滲ませつつ前方へ嫌々顔を向き直した。

 切欠は、カサンドラの路上を何の変哲もなく彼らが横切ろうとしていた時だ。

 壁を破壊する粉砕音。と同時に目の前を横切って通過した先程まで壁であったらしき残骸。

 人々の悲鳴、と同時に其の粉砕した壁から現れた影、それは大柄な人影でありジャギ達の通路を遮る形で出現する。

 この瞬間に、彼等は同時に(また厄介事がやって来た)と同時に思った。

 案の定、その厄介事は人間の姿。それでいて、ほぼスキンヘッドで荒くれ者と言う言葉が相応しい格好の男。

 かつて世紀末では堅牢である牢獄カサンドラの獄長。ウイグルと言う名の姿で現れたのだ。

 出会い頭に、機嫌の悪さを押し隠そうとせず。何やらイチャモンつけてジャギ達を強面で脅すウイグル。

 脅すと言うのも語弊ある。何やらダミ声で怒鳴り散らすばかり。要領を得てない恫喝だ。

 それらを聞き流しつつ斜視で少々奇人のレッテルのキタタキはセグロの反応に伝染しジャギへ話を振る。

 「いや、ぶっちゃけお祓いなり何なりして貰うべきじゃねぇの? 正直、ジャギ自体が何らかの
 エンカウント率高める呪われた品見てぇだもん。売り捌いても余りゴールド貰えそうにないタイプのな」
  
 「キタタキ、何もそこまで言う事はないと思うんだけど……いや、まぁ確かに正直ちょっと異常染みてるけど」

 彼等の親友も内容は少々差異あれど同じ評価でジャギに指摘する。

 実際のところ、この場合不運や厄災を惹きつけているのはアンナの可能性が大きいのだが。彼等はそれを知りつつも、それを当人自身に
対し指摘する事ないし、詰る事もしない。ゆえに冗談めいて時々軽口を言って自分達は気にしてないと言う表現をするのだ。

 それは正直ジャギにとってもアンナにとっても精神的に大変有難い配慮だ、配慮だが。

 「そうねぇ。ジャギは、もうちょっと柔らかに過ごした方が良いんじゃない? その方がもっと人生トゲトゲしくない筈よ? 
良ければ私のメイク道具でも貸してあげましょうかぁ?」

 「キマユ。それはアレか……? 俺に鳥影山で笑われ者になろって、そう言いてぇのか?」

 「止めなさいよ、あんた。ただでさえジャギって小さな子供が怯えそうな顔なんだがら、これ以上悪くして……って、あ御免」

 「構わねぇよ、ハマ。隠しだてされるよりゃ正直な感想言われる方が幾らかマシだ……マシだ」

 女性陣も、男性陣の彼等に乗っかっての発言。ジャギはアンナに自分が重荷になってると言う余計な意識をされる位なら自分が体よく
話のネタにされるのは幾らでも構わぬのだが、こればかりは涙を禁じ得なかった。

 そんな五人のやりとりをアンナは黙って微笑んで聞くだけに留まっている。その様子をチラッと一瞥してジャギは安堵をひっそり
と浮かべるのだ。見守れる限り、その微笑みを守り抜こうと決意を強め。

 「おめぇらああああああああああ!!! このウイグル様を無視して喋ってんじゃねええええぇぇ!!!!!」

 そんな、雑談に華を咲かせる事を無視された当人は怒りの咆哮を滲ませ其の六人へと殺気を放つ。

 普通の人間ならば、彼等一様ウイグルの容姿、そして放つ気配に動揺してたかも知れない。

 だが、彼等からすれば……。

 (あのフドウと比べりゃ何て事ない『な・わ』)

 (兄者ラオウに比べりゃ全然だな)

 (あの時のフドウ、それにリンレイ様の修行とかに比べれれば)

 と、男女一様は異なれど目の前の者よりも凶悪な者と対峙した事あるゆえにウイグルの殺気など、そよ風に値する。

 別段、ウイグル自身が格下と言うわけでないのだが。日々成長し、強大なる敵にも怯む事なく闘う事を決めている彼等南斗拳士
にとってウイグルに怯えると言う反応を求める事は少々酷と言えたであろう。

 以前起きたサイコパスと言って良い木菟拳の人物、未来の六聖の現在鬼人と称されたフドウ。

 そして修行の際は鬼を幻視するリンレイ、後は世紀末暴君なるサウザーの再起なる伝承者継承の出来事。

 それらを彼等は体験してるのだ。体験を六者は異なれど潜った修羅場は現在の比ではない。

 全く動じる事なく涼しい顔で見返す少年少女等に、ウイグルは面白くも何ともない。青筋を更に浮き立たせ拳を震わせる。

 だが彼とて別に知性なき獣と言うわけでもない。このカサンドラの治安は世紀末に比べれば遥かにまともであり
 先程彼が起こした騒動により周囲の目は厳しく彼に注がれている。

 これ以上彼が騒げば、この要塞都市の中心たる太極拳が道場の有る場所から選りすぐりの
 太極拳拳士達がこぞって己を制裁しようと集まるだろうと言う想定はウイグルには有った。

 「この餓鬼どもがっ……! このウイグル様に゛……っ」

 「あぁ~、おっさんおっさん。つうか、さっきから何を苛立ってんのよ?」

 「だぁれがおっさんだぁ゛!!!??」

 セグロは、調子を崩さず何時もの気さくな感じで物怖じなど一切する事なく話しかける。その如何なる
 相手にも平気で話しかけれるのは一種のセグロの才能かも知れないとジャギは密かに一瞬だけ感心した。

 怒鳴り散らしながらも、ウイグルは意外にも親切に大声ながらもセグロへと吠えるように返答した。

 「このウイグル様はなぁ!! 日夜世界を旅して気に入らねぇ奴等を打倒し道場破りをして過ごしてる猛者よぉ!!」

 (ただの荒くれ者じゃねぇか)

 内心、ツッコミを入れつつも言葉には出さない。ウイグルは彼等の心情を知ってか知らずが興奮気味に告げる。

 「このカサンドラに居る太極拳の太師たるアモンとか言う爺いを倒してやろうと思って来たのにも関わらずだぁ!! その爺いの野郎
留守だと聞いて仕方がねぇから噂の名物のラーメンを食ったらよぉ……この゛……この゛」

 (あ、大体解った)

 カサンドラの太師であるアモン、サウザーが訪れる前に挑戦しようとした愚か者とは、このウイグルだった。

 アモンの弟であるアトゥも、サウザーと折角自分の兄が談議する日に挑戦者の相手などしてられないがゆえに居留守を告げられ
肩透かしをくらったウイグルは不満を抱えつつも大人しく引き下がる。

 そして、そのままジャギも被害にあった、あの『カサンドラーメン』を食べ……それでの暴走だ。

 良く見れば、ウイグルの唇は赤く腫れて、紅潮してた顔は何も怒りの為でなく辛さゆえにの熱も含まれており、そして粉砕した壁の
有った家屋を見れば、自分達が先程通ってた店舗の支店と思えるラーメン屋だ。

 つまり、この男。ただ辛いラーメンを食べて、その辛さの余り逆切れして壁を破壊したのだ。

 それを理解したジャギは呆れる。

 「つまり、ラーメン食って大暴れ……ぷっ……くくっ」

 「セグロ、笑ったらやばいって……くっ……ふっ」

 聞いたセグロやハマは抑えきれず吹き出しかねないと口に当てた手から空気が漏れる。他のキタタキやイスカは失笑及び憐憫の目を向けたり
アンナやキマユは曖昧な笑みを、その笑うのを自制している二人に向ける。

 だが、ウイグルとしては自分の言葉に笑う六人が面白い筈もない。

 「笑ってんじゃねぇえええええええ゛え゛え゛!!!」

 たかがラーメンなどで暴れた事の羞恥、そして笑われた怒りにウイグルは吠える、吠えて暴れだしかねぬ気配を放つ。

 事態は一触即発なのだが、ジャギ達からすればウイグルの実力は確かに高そうとは思うものの逃走する程に危険性はない。

 今まで厳しい鍛錬を疎かにしてた訳では無い。フドウに今の実力で勝てる等と自惚れてはいないが
 チームワークを連携すれば、如何なる相手であろうと瞬殺されるような実力では無いと言う自信は有る。

 自然体でウイグルの吠え声を聞きつつも、相手が拳を振り上げれば直ぐに動ける気構えである。

 ジャギも、内心面倒な相手だと思いつつウイグルが少しでもアンナや他の者に攻撃する動きあれば一気に攻勢に出るつもりである。

 「餓鬼の癖して、このウイグル様を虚仮にする態度を取りやがって゛ぇ゛」

 ウイグルは、カッカと、そのスキンヘッドの頭をタコの如く赤く変色させる。実に解りやすく沸点が上がってる。

 来るか。と六人とも何時でも動けるよう足の位置をさりげなく変える。

 そしてウイグル自身も今のフラストレーションをぶつけるべく一気に拳を思いっきり振り上げようと力を込める。

 闘いが開始されると意識を変わろうとした其の時。

 一人の若い男と思える声が彼等の耳に飛び込んできた。

 「な゛っ! 誰だ、この店の壁を粉砕したのはっ!?」

 未だ若い声だ。いかにも絶望したと言いたげな声色が路上に響き渡る。

 「あぁ、くそっ!! 今日は色々と有ったから食事でもして忘れようと思ったのに……っ。これは何とした事だ!?」

 場の緊迫しかけた空気に割り込み、歩いてきたのは若い男。その人物は壁が壊され、店員等が機敏に
 閉店を掲げ店の修理に出るのを目にしてラーメンを食べる状況で無くなっている状況を悲嘆し近づいてくる。

 「今日は、この店のラーメンを食べる気分だったのに。酷すぎる……っ」

 目の前で、本日閉店なりと言う看板が提げられ頭を抱える青年。その姿は殺伐とした状況に合ってない。

 「何だぁ貴様ぁ!!?? 死にたいのかぁ!!!??」

 ウイグルと言う強力な存在感を発する大柄な男が居るにも関わらず、物怖じする事なく
 近づいてやって来た若い青年は見た目ジャギ達より少し上か、殆ど同じ年齢だと見受けられた。

 その肉付きは、彼等と同様に細く見られるものの、その立ち振る舞いは拳士のソレだとジャギ達は見抜く。

 「あぁ、くそっ!! ここの店だけの秘伝のタレを使ったのが何とも言えずと言うのに……っ」

 「貴様ぁぁ!! 死にたいのかぁぁ!! 俺様を無視してんじゃねぇ!! ぶっ殺すぞおおお!!」

 「不運だ、不運過ぎるぞ……!」

 カサンドラーメンの洗礼を受けたウイグルは気づかない。怒りと、そして不用意に自分の警告を
 無視してまで近づいてくる若者向け大振りに彼に向け拳を振るう。並の車なら凹ませる威力だ。

 ――フッ!

 然し、それはウイグルの期待に反し掠りもしない。

 その人物は、ウイグルが拳を大振りで振ったと同時に、その拳の手首に向け手を添えたかと思った瞬間
 自分の体を一回転させ拳を別の軌道へと逸らしていたのだ。ウイグルの拳は大きく空振りする。

 (っ! 太極拳……)

 聞いた事がある。とジャギはソレを見た瞬間師父であるリュウケンに教わった座学での知識が蘇った。

 『……古くより北斗神拳は存在してた。その拳と同じく古よりある拳法も、我が修得せし拳に遜色せぬ拳は無数に存在してる』

 『中でも、太極拳は伝統かつ極めれば強大なる力を持ち合わせている。その拳は他者の力を受け止めるでなく、受け流す事に関しては
北斗の流れに近しい優秀なる技と言える……』

 ジャギの回想の間にも、まさか避けられるとは思わなかったのだろう。目を見開いて空振りで一瞬硬直したウイグルの懐に青年は潜り込む。

 ――ハァ!!

 発勁!!!

 「ごほぁ゛!」

 青年の力強い震脚、それと同時の押し出すような掌打がウイグルの水月へと打ち込まれ、そして宙へと浮き上げた。

「ヒュ~♪ やるぅ」

 と、セグロは其の一連の流れを見て口笛と共に感想を漏らす。その青年の一撃は、確かに唸る実力を持ち合わせてる。

 「ぐっ……己ぇ゛」

 然しながらウイグルも軟弱な雑魚でない。空気を漏らし、一瞬倒れかけたものの
 腹を手で摩りながら憤怒のギラギラした光を帯びて青年を敵と認識して闘気を巡らせる。

 「己ぇ、じゃ無いわっ! 此処の店の主人は気難しくてな! ちょっとした荒事が有ったら、その日は一日ラーメンを作らないんだよ!!
この責任をどうお前はとってくれると言うのだ!?」

 その青年は、殺気を放つウイグルに対して全く怯む事なく、その店の壁を破壊させた事に対しての文句を言い返す。

 それ程までラーメンを食べたかったのだろう。とは言うものの、その理由だけで正当防衛とは言えウイグルに挑めるのは中々の胆力だ。

 だが此処にきてジャギは周囲の様子に少々変化が起きた事に気づいた。

 周りの取り巻きが先程より少し大きくなってる。物見見物するような雰囲気で大衆達は
 ウイグルと、そして対峙する者を見てる。その様子には焦燥なく何かのスポーツを観戦する雰囲気だ。

 「何がラーメンだ巫山戯るな゛!! こちとらな゛ぁ! この糞ったれな街の、俺に出会いもせず
 ケツまいて出る事もしねぇ爺いを俺の力で倒す事も出来ず! 挙句、こんな屑ラーメン食わされて腹たってんだ! こちとらぁ!!」

 アモンと闘えぬ鬱憤、激辛な鬼すら啼くカサンドラーメンを食べた怒り。

 それらの憤懣やるせない気持ちを全て込めて、もう一度とばかりにウイグルは全力で青年向け殴りかかる。

 ウイグルは気づけなかった。その言葉を聞いた瞬間目の前の青年から放たれる闘気が一回り膨らんだのを。
 
 そして、大衆達が発言を聞きやってしまったなと言う視線に変わったのと、ウイグルを憐れむように見た事をだ。

 「この、我が父上が血と汗を流し、そして家族達と共に築いた街を……っ!」

 青年は青筋を浮き上がらせ、またもや同じくウイグルの拳を完全に逸らして懐へと一挙に潜り込む。

 「そして……私が愛する、父とこの街のラーメンを愚弄にするなぁ!! 痴れ者がぁぁぁ!!!!」

 ――発勁!!!

 青年の怒鳴り声と同時の先程よりも強い衝撃の音が周囲に空気を伝導させ響き、そしてウイグルはラーメン店の壊れてなかった壁の部分に
背中から直撃する。

 その威力は大型の車すら転倒させる一撃だ。その一部始終を見た大衆達は興奮の声を上げる。

 その声を背に、目の前の青年は勝利の余韻には浸らない。未だ、ウイグルは倒れぬ気配が無いからだ。

 「げほぁ゛!! ご……てん……めぇ」

 ウイグルは伊達に拳王に認められカサンドラの獄長に選ばれたのでは無い。

 泰山流を学び、北斗神拳のルーツを幾らか齧った彼は一端の実力を十二分に持っている。

 怒りと不慮の出来事で僅かに足元が救われているが決して雑魚では無い。

 ウイグルは少し足を痙攣させつつも未だ暴れる力を保ち立ち上がろうとする。

 (! 思った以上にやる。これは……覚悟必要かも知れぬ)
 
 これは、本気で死闘する覚悟を持たねばならんのか。青年の顔に決意が秘められる。

 構える青年、そして立ち上がり殺す気で挑もうとするウイグル。

 あわや、カサンドラの街中で命を賭けたやりとりが起きようとしかけた……時だ。

 『うおら(てぇや)ぁ!』

 合計、六人。

 体勢を立て直そうと隙が出来ていたウイグル目掛け、先程から事態を見守っていた彼と彼女達が、この好機を見逃す筈もなく
ウイグルの首筋、足、頭部目掛けての昏倒確実なる一撃を見舞わせたのだった。

 「……ごっ゛」

 憐れ、と思わぬも。ろくに断末魔も上げられず意識を刈り取る一撃に白目を向け地面へ沈むウイグル。

 大男が地面に沈むと同時に、周囲より遠く離れてた大衆達は歓声を上げた。

 セグロ達は手を振って応える。だが、観衆の視線と応援が自分達の方向より少しずれてると
 知ると手を振るのを止めて、その視線が向けられてる途中で出現した青年の方を見た。

 観衆達、そして良く彼を知るカサンドラの住人達は、事態を収めた功労者の名を称えはじめた。

 ――金龍 ゼノス! ――金龍 ゼノス!!

 ――金龍 ゼノス! ――金龍 ゼノス!!

 ――金龍 ゼノス! ――金龍 ゼノス!!

 (ゼノス? へぇ、こいつが)

 大衆に向かって、照れくさそうにゼノスが手を軽く振るのを見てジャギは好奇を含んで一瞥する。

 ……未来にてアモンの息子、北斗の拳ラオウ外伝ではアモンの息子であったと言う記述以外には登場しない故人。

 ――金龍将ゼノス

 その青年はジャギ達よりほんの少し年上、サウザーと同い年辺りの落ち着いた感じと勇ましさが合わさった
 感じの青年。彼は背中に金龍の刺繍を施した道着を纏いながらも偉ぶった感じは雰囲気には無い。

 見守っていた一般市民が、歓声と共にゼノスを称える声には信頼の声が詰まっている。
 カサンドラで彼の人気振りは中々高い事が容易に察せられる。アモンの息子と言う肩書きも少々含まれてるかも知れぬ。

 然しながら彼自身が町民に慕われ、そしてカサンドラの未来を支える柱の象徴なのは間違い無い。

 「有難う、諸君。本来あのような不埒者、我々が出向いて成敗するべきなのだが要らぬ徒労をしてしまった」

 観衆の喝采に短くも応えていた彼は、ジャギ達に向き直ると朗らかに声を掛ける。

 その姿勢は丁寧でカサンドラの規律の高さが暗に高いと伺える。

 「いや、大した事してねぇから」

 「ご謙遜せずとも良い。この御仁、頭に血が上ってなければ楽に倒す事出来ぬ輩。何故にあぁまで単調になってたのかは不明
ながらも、その手合いを一撃で昏倒した其方等の実力が高い事は直ぐ解る」

 (いや、頭に血が上って動きが荒かったのは確実にラーメンの所為だろ)

 心の中で突っ込むも、彼自身は理由が全く思い浮かべれないらしく心底その部分に関して不思議と言った様子だ。

 恐らく、イスカと味覚に関しては同じだ。ジャギは勘ながらも、そう感じた。

 「差し支え無ければ、何処で拳を教わってるのか聞いても良いか?」

 「ん? 南斗聖拳だけど」

 ゼノスの質問に、何気なく仲間が返した言葉に彼は過敏に反応した。

 「南斗聖拳っ! 成程、南斗の王も一人で来ていたわけでは無かったのか。いや、当たり前だな、たった一人で来るような無謀
な筈も無いし、仲間が一緒に来てるのは当然……」

 「ちょっ、ちょっと待てよ!? サウザーこっちへ来てたのか??」

 慌ててジャギはゼノスの声を遮って尋ね返す。

 当然ながらジャギ達がサウザーとは別にただの休日の観光兼ねてこちらへやって来ただけ。サウザーが来訪してたのとジャギ達が
来てたのは偶然の他ならない。

 意外な顔付きを浮かべ、ゼノスはジャギの質問に丁重に、つい数刻前にあったアモンとサウザーの講談の事を説明する。

サウザーの告げた予期せぬ予言。そして自分の父であるアモンの頑なに保持の態度であった様子。

 一部始終、自分が見た事を脚色なしに(無論、自分の父を着替えさせる為の騒動は省き)語って、ジャギは感想漏らす。

 「……そぉかぁ。サウザー、色んな場所に出向いて頑張ってくれてんだなぁ、やっぱ」

 しみじみとジャギは自分の信じる事が難しい未来の真実を受け止めて、応えてくれるサウザーの行動に対し感動する。

 「何だ、お前達。本当に偶然此処に観光しに来ただけなのか? だが、その様子だと南斗の王の齎した何やら不吉な予言の出来事も
そちらでは浸透してるようだな……ふぅむ」

 ゼノスはジャギの様子から南斗の方で世紀末の予言に対し本格的な構えをしてると悟ったらしい。

 浮かない顔しつつ、その先行きが思わしくない未来に懸念してる……とは少々何か異なった不安な顔付きでゼノスは唸る。

 「どうしたのよ? そんな難しい顔してよ」

 親しくない者であろうと平気で気安く話しかけられるセグロは、こう言う場合得だ。彼の言葉に対し顔を上げたゼノスは頭を
掻きつつ少し渋った表情でジャギ達へと自分の抱える悩みを話した。

 「父上の事さ。南斗の王が齎した予言、それが嘘か真かはさておき……我が父は南斗の王の真摯に頼み込んだ態度に関しても
何処吹く風と言う感じで別の事に意識が没頭してるようなのだ」

 「父上って言うと」

 「我が父はアモン。このカサンドラの事実上の統治者であり、そして我が師父であり偉大なる父だ。その父が、どうも此処の数年
何やら別の懸念があるらしく生来気難しい部分は有ったのだが、それが今酷くてな……」

 少々、困ってるんだ。と苦笑気味にゼノスは悩みを告白する。

 どうやら、このカサンドラの支配者のアモンは一筋縄でいかぬ状態らしい。サウザーの必死の頼みに対しても余り親身な態度も
取らず、立場なども有るのだろうが、それ抜きにしても冷遇に息子のゼノスは感じたのだ。

 講談が終了した後、直ぐに南斗の王が謁見した事についての感想を求めようとしたが。その実の息子であるゼノスに対しても
おなざりな返答と共に自室に引き篭ると言う徹底した様子。

 叔父上のアトゥも、父の奇行には散々心労が表に出さずも募っているだろうとゼノスは暗い影を差しつつ告げるのだった。

 「……そんな身内の事、俺達なんかに言って良かったのか?」

 「構わないさ。俺は自分で見た者が、方々に触れ回るような下衆な輩がどうか位は判別する眼力は有るつもりだ。
もし仮に、今話した事が何処かで噂になったら、それは今告白したお前達だと証明する事と同じさ」

 笑うゼノスに、ジャギ達は其の青年が強かな性根と中々侮れぬ思考をしていると感じる。

 暴漢(ウイグル)より結果的に手助けした自分達。その力量と、そして態度から悪人では無いと推察しつつも極度に親しく
する事なく、あくまで話の主導権を握り会話を進める。

 決してないが、自分達がアモンに対し不詳とも言える噂を流せば彼は今の笑顔を拭い去り断固父と、そして自分達の名誉の
為に敵対する事を選ぶだろう。そう言える芯の強さが見えた。

(確か、小説版が何かではラオウの軍勢より自分の仲間達が悪戯に死ぬ事を避けて自分の首を差し出すとか有ったな……)

 金龍将ゼノスは、漫画と小説版では少々異なった最後を遂げている。最も、漫画版では既に故人で自分の父がカサンドラに
建設した侵入者用の罠に掛かって死んだと言う無残な末路らしい。

 姿も形も言葉だけで見聞きしたのと、実際の其の人物と対話するでは全く印象が違う。ジャギから見てゼノスとは自分の
仲間達と等しく力量を張れる強き男達の一人になれると感じた。

 「そんな事しねぇよ。こちとら、太極拳の奴等とは仲の良い関係でありたいもんだぜ?」

 「こちらとしても、そう願いたいものだがな……決めるのは父の意思さ」

 決して悪では無い、だが時勢変われ敵になるならば容赦はしない。

 そう言う相手は正直言えば苦手だ。吐き気も催すような邪悪の塊りのような人物なら良心の呵責なく拳で成敗する
事も可能だろう。だが彼等はそうでない。

 確固たる信念を持ち合わせ、そして己の守るべきものが見定められており信念を宿している。

 試合と言う形なら喜んで手合わせするものの、命を賭けたやり取りだけは勘弁したいものだとジャギは起こり得る
最悪の未来予想図を描いて溜息を心中にて密かに吐く。

 「どっちにしても、何かしら手伝える事がありゃ俺達に言ってくれよ。此処で会ったのも何かの縁だろうし」

 「そうだな、何かあれば頼ろう」

 小さく頷きゼノスはジャギの言葉を了承する。

 以上は目星い会話もなく、そのままゼノスは他の遅くながらやって来た拳士達と共に中々巨漢な気絶したウイグルを
相応しい場所に連れて行き、そこで別れた。

 (ゼノス、か。あいつも、世紀末では南斗と敵対するのかねぇ)

 未来は不安定である。核戦争と言う未来が回避難い事は重々承知している。被害をなるべく軽減する事は可能かも知れぬが
完全に世紀末の到来を回避する事は困難かも知れぬとジャギは予想してる。

 「大丈夫だよ、ジャギ」

 そんなジャギの不安を見透かしたように一つの温かみある感覚が無骨で小さな傷を帯びた手に生まれる。

 未だ開眼する事なくも微笑みは失われてないアンナは安心させるようにジャギの手を握ったのだ。

 「きっと、大丈夫だよ」

 根拠も全くない、何をもっての証明でもない。だが、ジャギは其の言葉に肩の荷が軽くなった。

 「そうだな」

 その小さくも陽溜りのような暖かさを感じジャギは現時点で絶望に心を歪ます事はない。ゼノスと言うカサンドラの者と関係が
薄くも築けた今、もっと出来る可能性は増えたと言う事なのだから。

 (そうだ、俺は一人じゃない。アンナも、他の奴等も手を貸してくれる……世紀末なんぞ、起こさせて堪るかってんだ)

 カサンドラを引き上げる際に、ジャギはその中央に立つ塔のような部分を一度振り返る。

 この場所に住まう支配者と面と向かい対峙する事なかった。その統治者であるアモンは、如何様にサウザーの言葉を受けて
行動するのかと言う期待と不安を眼差しに浮かべジャギは塔を一度見て、そして帰路に向き直る。

 帰還する彼等を尻目に、その機関室のある塔では一つの出来事がひっそりと行われていた。




  ・






           ・


   ・


   

        ・



 ・




       ・




             ・






 ギギィ、と錆び付いた響きと共に開かれ、そして重苦しい音と共に閉じられる扉の音。

 薄暗い一室には豆電球が点滅され、大掛かりな機械が並べられており。一角の隅にキチキチと忙しく鳴いて走り回る
モルモットに、そしてゴマゴマした使用用途不明の薬品及び研究器具が並ぶ。

 入ってくるのは当然ながらアモン。彼は着替える事すら億劫とばかりに子弟等に着替えさせられた格好のまま、ここ
最近は全ての生活を過ごす環境へと戻った。

 片手に提げた今現在で最新のPCを古い方と入れ替える。その後、保存してたメモリーを挿入し、あらかたセッティング
を終えると疲れた溜息と共にアモンは移動式の椅子に身を下ろした。

 暫く点滅する電灯を凝視してから、ぽつりと彼は呟く。

 「南斗の王、か」

 来訪した際には、正直な所無関心であった。南斗側の政治的な繋がりの為にこちらへ訪れたのだろうと最初は弟のアトゥに
身を任せれば良いと全くサウザーに興味は無かった。

 だが、報せを聞けば未来の出来事と言う随分と珍妙な内容。その発言を呈した南斗の王には全面に虚偽とは正反対の真実と
こちらへ寄せる信頼が浮かばれており、アモンは一目で其の報せが全て真実と織った。

 核戦争。それは紛れもなく起こる事なのだろう。先程の講談で自分も呟いたが、全世界の時勢は思わしくない部分が目立って
るには己の探査によって知れている。

 その気になれば、今の情報を足掛かりに本格的に今の国を己の手で変えて支配する事も出来るかも知れぬ。

 ……だが。

 「だが、だからどうだと言うのだ」

 アモンはククッと自嘲と失笑を紛れた、達観と静かな絶望を滲ませた低い喉からの唸りをを漏らす。

 世紀末の到来。なる程、それが起きれば戦国の世へと代わり力こそが全てとなって人力及び兵器を所有する国は、この世を
統治出来る支配者になれるだろう。若き頃に見た夢想の如く。

 然し、その予言を知らぬ原作のアモンならば乱世の世界になった時に躍動と狂喜を浮かべたかも知れない。だが今のアモンは
冷静に第三者の視点として己の力量を弁えている。

 「今の我が力で……出来る事など高が知れておるでは無いかっ」

 老い、老い、老い、老い、老いっ、老い! 老い!! 老い!!! 老い゛っ……!!!!

 憎悪すら感じる程に、この身の枷となるのは老い。時間が無常に今も一秒一秒過ぎると共に、この肉体は死へと衰退へと
向かってるいるのが嫌でも感じる。

 数年後に起きると言う世紀末。未だ己の力量は全力を発揮すれば南斗の王であろうと伝説の拳法と言われるものであろうと
相対して勝つ可能性をアモンは疑っていない、いや、そう縋りたい。

 だが……だが数年後ではどうだ? 自分は恨めしい程に、馬鹿だと自覚しながらも研究して不老の神秘を、若返りの秘術を
会得しようとしている有様。

 南斗の王を見て、直感した。あの王は未だ伸びる、その瞳には満遍なく明日へと向かう活力と信ずれば全て叶うと言う
青臭いながらも眩しい程の輝きが詰まっている。

 数年後、必ずあの王は自分と並ぶ実力。否、超える実力になる。あの王は覇者に相応しい存在だ。

 それが一目見て否定したくも心の中で答えが出たアモンにとって世紀末に覇道を目指すと言う気力が沸き上がらない。

 数年後、間違いなく自分は老いによって力は衰える。その時に指導者となって南斗の王と向かい合っても、あの王は
話してみて優秀だ。ぶつかりあっても勝率は薄い。

 このカサンドラは自身の集大成である。この城を中心として堅牢の要を維持し篭城戦を行使すると言う手もあるが……。

 「馬鹿げた事だ」

 そう、馬鹿げた事だ。未だ起きぬ確定すら疑わしい未来を、あの王が報せた事で十二分に疑ってない自分自身。

 自分の今継続してる途方もない研究。夢見事の不老についての日々の探求。
 
 そして戦う事を想定する考えや全て含め馬鹿げた事だとアモンは自覚してる。

 何故、意地を張って進んで協力しなかったとか、と言う後悔が今更ながらに浮かぶ。全く、甚だしく身勝手だ。

 今からでも手の平返し少々発言が子供じみてたと弁解し結託する事もあの王は快く呑むだろう。

 だがアモンはそれをしない。

 誇りも有るが、心の奥底がソレを望まぬのだ。一度吐いた唾を飲み込むような意地汚い真似はしない。

 後悔する選択だと、全盛期、若い頃など露ともしなかったと言うのに。

 「……やはり、若さだ。若さが、欲しい」

 若さ、その起点に落ち着く。

 あの王の如く若々しい体ならどんなに良いだろう。皺などほぼ無く気力と体力が同列して充実した若き頃、己は無敵
だった、敵なしだった、勝利の連続だった。

 誰よりも強く、どのような相手であろうと勝てる自信に満ち溢れていた。

 目を瞑れば今でも容易に思い出される。彼の栄光溢れる日々を……。

 抑えきれず溜息が漏れる。息子であるゼノスは、若く自分の血を引き継いでいるものの拳情はどちらかと言えば自分より
弟のアトゥに似ている。覇道より平和を好む質だ。

 自分を尊敬するゆえに、真似て好戦的に演じる時あるがゼノスは他者の血が流れる事を嫌う性質。それは悪い事でなくむしろ
良い事だが彼の息子に自分の夢を託すのは酷だし、何よりゼノスの夢はゼノス自身のものなのだ。

 これから先どうするかと、賢者たる顔を持つアモンは一考する。南斗の王にも告げたように設備の強化、それに兵器を秘密裏
に輸入する事も考え、食料の備蓄も進めるべきだろう。

 考える事が少し増えたが、それ位は下の者達に指示すれば何とかなる。今、自分の獲得したきものは未だ欠片も希望が見えない。

 やはり、若さなのだ。自分に最も必要なのは今の老いを払拭し全盛期の頃を取り戻す若さが欲しい。

 その若さを永久に保てるならば、自分はカサンドラの全てを投げ捨てれる。それ程の恐ろしき執念が自分の心を取り巻く
程に今のアモンは不安定に差し掛かっていた。

 「解っている。この考えが誤りな事など……然し『pipipi……』……メール?」

 暗い思考に陥っていたアモンの意識を呼び覚ます一度のコール。パソコンよりメールが来た事を知らせる電子音が響く。

 何だろう? このパソコンには世間のスパムやら何やらの迷惑な情報は寄越せぬように規制している。何より、このパソコンへと
送信してくるような奇特で、それでいて親しい者を知らない。

 眉を顰めつつ、ウイルスである事も懸念しながらメールを開く。チャチな悪意のあるウイルスの入ったメールなら自分の技術なら
即座に削除及び破壊する事は可能だ。アモンはパソコン技術でも力量ある。

 メールは、悪戯な広告やウイルスの類では無かった。普通の文章が、パソコンの画面に映し出される。

 「……? これは一体……Dr.メディスン……? それに、著名人の医師達の名がズラリと……?」

 最初に目が止まったのは、世界的権威の立場の生物学やら、その類の優秀なる名が記載してる文面。

 Dr.メディスンと言う名には聞き覚えが有る名前だった。その名は現代の天才科学者の一人を
 挙げれば必ずや出る名前。そのような人物達が並ぶ、この文章の内容は一体??

 アモンは、引き込まれるように文面を読み進めていく。複雑な医学的用語等を読解するのに少々苦労をしたが
その文面の全てを理解した瞬間、その苦労や現在の気疲れや完全にアモンは吹き飛んでいた。

 「っこいつは……!!? おぉぉぉ……っ!!」

 その文面に記載されているのは、細胞の活性及び肉体の老化を留め更に若くする素体について。

 アモンの今まさに願うそのもの、若返りの薬の元になるであろう物質についての記載がなされていたのだ。

 興奮で身が震える、口の中がカラカラに乾き充血していた目を皿のようにして何度も文面を繰り返して読む。

 凄い! この記載してる素体については間違いなく真実だ! 自身の研究よりも遥かに1段 2段階にも進んでいる。

 天啓とも言えるべき記載された内容。アモンは驚愕と感動で震える心臓を何とか制しつつ、何故このような自分が正に
熱望していたものが突如自分の方に転がり込んだのか疑問を満たした。

 アモンは自分に、この天の配剤に等しい報せを寄越した人物をスクロールさせ名前を見る。

 そして、その人物の名前の名を見てアモンは口の中で唱える。












                                      「……Мr.ジョーカー?」
















 ……この日より堺に、カサンドラの統治者アモンは子弟や家族達に秘密裏に、何処か知らぬ場所へと一人行く事になる。

 アトゥ及びゼノスも、そんなアモンを心配するもアモンは彼等に対し気休めな返事以外せず帰還する時には何か不安を
感じさせる強い笑みと共にカサンドラへ舞い戻るのだった。

 サウザーも、世紀末までに古龍の王、アモンに対し何度か使者を出し、再度の講談を申し込む。

 だが、アモンは世紀末までに終ぞサウザーと今後直接対話する事は無いのだった。














         後書き


 ジャギが変えた未来では、アモンは強敵(とも)並び拳王等と張り合える実力者として出そうかと考えてます。

 ゼノスも、世紀末編では重要人物。未だ死ぬかどうかは作者も不明。まぁ基本的にハッピーエンド
 が好きだから登場する人物死なすのは躊躇するが、死なす時は華々しく、あっさり死なす。







[29120] 【流星編】第二十三話『世紀末戦記 龍帝対南斗(後編)』
Name: ジャキライ◆6d8bf123 ID:02a2e8df
Date: 2014/08/11 20:12


 ――舞台 カサンドラ中心部




 ビュウウゥゥ! と強い荒野の風。それは万人にも未知なる病原菌を運ぶ殺意ある風でもあり
 また、夜は労働者達に慈悲なく身を削らす冷たき風となって世紀末の風は吹きすさぶいている。

 その風を遮るように、冷たく不動の姿勢と共にカサンドラの壁はあらゆる外敵から身を守る守護者として確立されてる。

 カサンドラ。

 それは牢獄要塞と化す前は龍帝アモンが住民達を守護すべく機能している、まともな都市だったのだ。

 その都市で市民達は自給自足また交易可能にする為の農業を営み武器の生成。

 軍馬、及び食料としての家畜を営んでたりとカサンドラの内部は未だ昔ながらの人間としての
 生活が損なわれていなかった。これは世紀末の中では極めて稀少な都市であると言えよう。

 飢饉や死屍累々が可笑しくもない外界に比べれば、カサンドラ内部の人々は未来に希望ある事を疑わず生活している。

 少し前に平民である彼等を守る代表の龍帝軍が決して小さくない敗北、死者と共に帰還した時は
 悲しみがカサンドラの市民を襲ったものの時間が経つにつれ彼等も立ち直り始めてた。

 それは何も彼等自身の心が一様に強い訳でない。一番の理由と言うと……。

 「其処な衛兵! 先日に盗みを働いた事は私と部下の調査により証明済みだ! 厳罰と共に店主に
 謝罪をせよ! 一週間糞尿の汲み取り! 辛い事は私も分かっているが今は忍耐の時期なのだ!!」

 「お前は、確か母君の容態が思わしくなかったな? この実を砕いて飲ませてやれ。滋養に良いと効く」

 「水は貴重だ! 未だ貯蓄に幾らか余裕があるが節制を心がけよ! 雨期が来るのは我等龍帝軍が
 召し抱える学士達から一ヶ月前後で訪れると聞いてる! 余計な噂で混乱せず平常の心で努めよ!」

 ……このように、日中彼等カサンドラの民が行き交う大通りで馬を扱い走り回りながら息づく暇
 も有るのか? と思える程に忙しく動く一人の金色の軽装具が目立つ男の活躍によってだ。

 その者はカサンドラの内部を練り回り、不安と争乱の芽を摘み取り人々へ金色(希望)の明日を夢与える。


 ――金龍将ゼノス。

 彼はアモンの留守を預かり、カサンドラの治安を守る事を第一に民を慰撫し真っ当なる指揮者として動いてた。

 その様は未だ少々若く荒い部分もあるかも知れない。だが人々はカサンドラで馴染み深くそれでいて
 世界が変わろうとも善性を損なう事なく変わらない彼に対し絶対なる信頼を寄せていた。

 ――ゼノスの旦那ぁ! しっかりなぁ!! ――ゼノス様! 無理なさらずしっかりー!

 ――ゼノス様ぁ今度お食事一緒にしましょうー!  ――ゼノス様ー! ゼノス様ー!!

 「あぁ! 有難う皆の衆!!」

 大通りを走る度に老若男女の大衆が自分に期待を寄せ信頼してる事に実感を覚え、そして笑みで応える。

 決して平和とあるとは言えない、だが、かと言って地獄とは言わない。

 ゼノスは自分の置かれてる境遇が核の齎した結末により地獄のような境遇に置かれてるであろう
 目に届かぬ者達に比べれば天国である事を自覚してる。神に、己が崇拝する金龍に彼は感謝しつつ
 其の恩恵に応えれる人になろうと彼は決意してる。いまの己は数千の部下を行使し、それ以上の民を守る立場なのだ。

 「ゼノス様! また難民の群れです!!」

 「っ……また、か。仕方が無いとは言え今月で十回目だな」

 日が夕暮れに近づき、ゼノスは今日も幾らかの仕事が片付き人心地を覚えようと言う頃、一人の
 兵士の声で厳しい顔になる。その報告は今日に限らず数日程前にも聞いた悪い部類の報せだからだ。

 難民。

 世紀末になってから人の住居と言うのは不安定であり、核戦争後の荒廃した世界で多数の者が
 集落を築こうとしても二次災害の自然災害、暴動、疫病に容易く生活が崩壊するのは珍しくない。

 何処にも居場所を無くした人々は目につく集落へと逃れる。カサンドラもそんな者達の救いの光として
 多数の者達が群がるのは予想出来る事であった。苦い顔をするゼノスに兵士は更に続ける。

 「どうします? 酷な事ですが収納する区域にも限界が有ります。ゼノス様……いえ、金龍将」

 そう兵士は顔付きを厳しくさせ、ゼノスに重い決断を提示する。

 「貴方は善政者です。それは民も十分心得てます。ですが、全ての難民をカサンドラに迎え入れる事は
 幾ら何でも困難です。ここは、時に鬼となって彼等を門前払いする事も必要かと」

 「ならん」

 一刀両断と言うのはこの事か。ゼノスは皆まで言わせぬと言う硬い響きと共に兵士へ自分の言葉を被せた。

 「お主の言葉も解らぬでは無い。だが、彼等とて生きて真っ当な……ただ当たり前に人として
 生活したいと望んでるだけの人なのだ。それを一縷の望みとして私達を最後の希望に来た者達を
 冷血にも追い払うなど……この金龍将ゼノスは将軍として、人間として、金龍として出来ぬ相談だ」

 彼は決意を秘め、その眼前の先にある未来の苦難も全て受け入れんと言葉を朗々に発する。

 (……はぁ……この方は……全く如何とも)

 傍でゼノスの言葉を聞いた兵士等はゼノスに苦笑混じりの表情を携えながらも何も言わない。

 知ってるのだ。この人物がこう言えば梃子でも曲がらない事、一度宣言した事は意地でもやり抜く頑固な部分を。

 そして、少々危うくも其の真っ直ぐな在り方は己達にとって正義の象徴だと兵士達は誇りに思う。

 ゼノスは堂々と、大人数でなければ開門出来ぬ大きな柵で拵えた正門に開門の声を轟かせる。

 100程の兵士達が左右に分かれ一斉に手綱を引いて正門は上へ上へと引っ張られる。

 同時にギシギシと音を軋ませて上へと柵は上がり正門の入口が完全に開けられる音と同時に大人数が入ってきた。

 何日も風呂に入っておらぬであろう異臭と腐臭、落ち窪んだ目で100名程の難民が入ってくる。

 兵士達が鼻を摘みつつ、何時見ても眉間に皺が寄る光景と共に警戒は緩めない。

 浮浪者に化けて、このカサンドラを襲撃しようと試みた者達が居ないわけでない。世界を統治しようとする
 武力重視の国からすれば垂涎ものの資産のある事は自覚してる。難民に化けた兵士が訪れる事も念頭に入れてる。

 だが番兵達が彼等をボディチェックが完了し全くの武具の類を身につけてない事を兵士が確認のサインを
 向けた事でゼノスも同じく頷き返す。そして難民の群れへと一度深呼吸し声を発した。

 「この中に代表者は居るか! 居るのならば少しばかり話しをしたい」
 
 「……ここに」

 難民の中から進み出てきたのは一人の若者。普通難民の中でも率先として何処へ向かうか決めるリーダーが居る。

 その若者も、この団体の先導者だったようだが。中々若く、歳も自分と同じ程のようだとゼノスは感じた。

 「君が、この集団の?」

 「えぇ、そうです。カサンドラについて風の噂で聞きかじり、遥々と命懸けの遠航と共に参りました」

 「……ふむ」

 ゼノスは、この時僅かに奇妙に感じた。

 まず一つ目に難民の指導者と言えば、これまで迎え入れた者達の中でも年長者となる者が
 普通指導する立場になるのだ。この難民の中にも老人及び其の人物より年長の者が居る。

 もう一つは、その難民は妙に肉体が洗練されてるように思えたのだ。

 「少々尋ねるが、何か鍛錬を?」

 「えぇ、かつては泰山流を学んでた者です。最も、禁欲を破り破門された身ですが」

 「成程な……」

 泰山流については彼も聞き及んでいる。武術を学んでるのならば、その体つきに関しても頷けると思う。

 だが、何かゼノスは引っかかりを覚えた。喉に小魚の骨が刺さってるかのような、どうも気になる感覚を。

 もう少し詳しく話しを聞くべきでは? そう考える束の間、ゼノスの耳元に馴染み深い声が降ってきた。

 「若君」

 それはカサンドラの幾つかの建てられてる柱に備えられた拡声器。

 緊急時市民に危険を報せる為及び、このように連絡網を簡易化する為にアモンが生み出した装置だ。
 

 ゼノスは、自分の叔父が呼ぶのを聞くと、難民達の細かい処遇については翌日にしようと戻る事に決めた。

 「! 叔父上かっ。今行くっ。そこの者! 彼等を何時もの区画に案内するように!」

 走り去るゼノス。それを、難民の指導者は見送りつつ呟く。

 「……あれが、噂に名高い金龍将ゼノス様なのですね」

 「あぁ、そうとも。お前達も迎え入れてくれたゼノス様の恩情に対して深く感謝するのだぞ。
 あれ程の人格者は滅多に居ないものだ。あの方が次期カサンドラの王である事が誇らしいよ」

 ゼノスを誇りに思い自慢を口にする兵士には気づかない。

 その話しを聞きつつ、顔を俯けた難民服の若者の瞳に一瞬だけ鋭くおぞましい光が過ぎった事など。



 


 「……叔父上、父君の具合に変化が?」

 「いや、その件では無いのだ。済まぬな装置を使ってまで呼び出して」

 カサンドラの中心部に位置する屋内。

 中心部には東京ドームのように目立つ塔が置かれており外から視認するのは難しくても内部の者には
 壮観と言えるのが、この塔であるのは言うまでもない。そして塔には幾つかの階に部屋が拵えられてる。

 その塔の一階に近い付近、二人だけで話す配慮を願ってのアトゥの気遣いで無人の部屋で叔父と其の兄の
 息子は久々と言って良いかも知れない。近親者同士での語り合いを夜更ける中始める。

 「実は大した事でも無いのです。ここ最近、方々に忙しくて若君の顔も満足に見れてなかったのですので」

 たまには息抜きせませんとな。と、アトゥは僅かに茶目っ気な笑みと共にゼノスへ言う。

 何だ、そんな事で呼ばれたのかと彼一瞬思うけれども、考えて見ればこの叔父とゆっくり
 話し合う事は久々だと思った。最近では日々の業務的な報告連絡以外では外部や内部の乱れに対し懸念する
 事が多くて家族としての団欒も出来なかった事が現状だ。微笑みつつ椅子に座りゼノスも穏やかに頷く。

 「そうですね、久々に家族団欒と洒落込みますか。……父上、も一緒に居る事が本当なら」

 望ましいのですけど。とゼノスの顔は僅かに曇らせつつ呟く。

 アトゥも、そんな自分の自慢の兄の子を見つつ不憫に思う。

 ……南斗との、あの衝突から帰還して以来我が兄と言えば機関室の中心にあたる塔で閉じこもる毎日だ。

 食事は届けてるし、あそこは緊急用の発電機に水の濾過器や食料も備え付けられてる。最低限の生活出来るように
 設備してるので、その面は心配してない。だが、もう長い事顔を合わせてない事が事実だ。

 アモンはアトゥやゼノスと言った家族に対しても直接会話する事が無くなった。

 扉越しに、時折返答する事があるが、それは本当に気紛れな時。カサンドラの指導者が市民に対し
 姿を見せぬ事がどれ程悪い事態が彼等も認知してない筈なし。他の者達には『陛下は諸事情で姿を見せれない』
 と苦しい言い訳をしてるのが現状。そして、それが長く続く筈ない事も利口な彼等は承知している。

 「何とかせねばいけませんな。あの敗北は想像以上に兄上の心を蝕んでいる。精神科医らも寄せ付けず
 返答してくれるとしてもゼノス様か私のみ……。若君が盛り立ててくれているお陰でカサンドラの
 治安は保たれていますが、それも氷上の薄板と言って良い。長くは続きますまい」

 「えぇ、全くもって叔父上の言う通りでしょう」

 カサンドラにとって今一番問題なのは、現指導者の心が不安定である事だと言えよう。

 長らく、これについては帰還して報告を受けてから南斗に関し憤りは感じたものの恨みで何かが解決
 出来るわけでもない。ゼノスにとって父の心が立ち直って欲しいと言うのは今の心から願う望みなのだ。

 これに関しては何度も二人で相談したものだ。

 他の者には頼れる筈なし、自分達の指導者が心の病等と告げたものなら如何なる悪戯な出来事で露見して
 民衆に余計な混沌を陥れるか解ったものでない。そのような事統治者として有ってはならぬ。

 だが軍隊長の彼は其の日に限って話し合いが始まってから少々悪戯な光を帯びつつも顔付きが少なからず明るかった。

 「私に、考えがあります若君。斬新的とも言って良い案です」

 今まで幾ら話し合っても余り良い方法が結論出なかったこの問答。それに遂に相応しい解答出来たとアトゥは告げる。

 「何と! 軍隊長とも言える叔父上の案です、その答えは正に天啓と言える案なのでしょう」

 素直に驚きを顕にして、直ぐ様若き金龍はアトゥへ答えを聞こうと促す。

 「長らく答えに得れずに居た問題に終止符を打つ案とはどのような?」

 含み笑いと共にアトゥはゆっくりと、それでいてはっきり告げる。

 「嫁です、嫁ですよ若君。金龍将である若耳の婚姻! これを声高らかにカサンドラに声明するのです!」

 「な、何だと!!?」

 今までどのような悪漢に不意打ちされても、ここまで狼狽しなかったと言う感じでゼノスは全身で驚きを表す。

 「何を驚くのです。貴方は既に十分嫁を貰って良い歳、それでいて国民に信頼される若君が嫁を
 貰う朗報! この報せに全国民暗い見聞が渦巻く世情にどれ程明るくなれるでしょうか!」

 これを聞けば父君とて、あの暗い一室から抜け出て久々の微笑を浮かべれるでしょう。

 とゼノスに確信の笑みと共にアトゥは告げる。

 ゼノスは最初こそ仰天しつつも、己の置かれてる立場も自覚してるゆえに腕を組んでうんうん頷き思考する。

 確かに、自分で言うのも何だが父は子煩悩で己を溺愛している。

 ならば、叔父の言う通り嫁を貰う事。それは正しく誰にも迷惑をかけず平和的にカサンドラの問題
 を一気に殆ど解決する妙案であると、金龍大将ゼノスは数秒頭の中で予想を立てて納得に至る。

 幾らか頭を巡らして悩んでから、それが一番最良に近い案と肯定の頷きを彼は示し、そして更に尋ねる。

 「……だが、その嫁に関してどうするのだ?」

 「何をおっしゃるゼノス様。貴方程の人物に恋焦がれる者が居ない筈が無いでは無いでしょう!!」

 「臆面なく言わないでくれ叔父上! た、確かに幾つか恋文を送られた事あるが……それでも」

 それでも、未だまともに女と付き合った事もない自分に結婚など出来るものか? とゼノスは真剣に悩む。

 アトゥは、そんな平常は頼れる指導者であるが恋愛事になると初々しい自分の甥に親愛の微笑を
 浮かべ久しぶりにゼノスの頭を撫でた。未だ『じーじ』等と呼ばれた頃のように愛らしく。

 「『愛』や『恋』に関しては、婚姻してからでも覚えるのは遅くは有りませぬ。今は現状の流れを
 変える事が重要です。……若君、いえ金龍将ゼノス。カサンドラの未来を想うならば、ご決断を」

 地面に手を付け、厳かに平伏すのは家族と言う立場を抜きにしての軍隊長としての頼み。

 ゼノスも、それを理解し同じく将としての顔になり暫しアトゥを見つめ。そして鷹揚に頷いた。

 「仰い仕った。この金龍将ゼノス、カサンドラの道先の為にも一月以内に我が眼力と共に
 相応しい伴侶を見定め、そして我が父の心に龍の嘶きを届けさす事を軍隊長アトゥに誓う……然しながら」

 「然しながら?」

 未だ何か懸念が。と訝しそうにするアトゥへ、ゼノスは苦笑を薄ら浮かべつつ静かな空間へ声を響かせる。

 ……この俺の頼みに、喜んで受けてくれるもの居るのかな?

 ……ふっふっふ! ご安心めなされ。若君なら選り取りみどりです。

 こうして、星空が照らす中カサンドラの塔の下では二人の善良なる者達の会話が静かに繰り広げられた。

 そして。


 ――ザシュッ

 「━━━━がっ゛??」

 「……完了」




 カサンドラの見張り台で、衛兵が一瞬で事切れる場面も。ひっそりと誰にも知られる事なく行われていた。



 
 ・




        ・



   ・




      ・



 ・



    ・



        ・



 最初に気づいたのは、誰であったか?

 ゼノスは、その時眠りに耽っていた。カサンドラのアモンが閉じこもる塔の近くに建てられた家屋の一室で。

 浅い眠り、その眠りは駆け巡る微弱な振動と共に破られる。

 途轍もなく嫌な胸騒ぎ。そして日々外部からの侵略者に対応するに至って敏感となった危機感で彼は体を起こした。

 何だ? 一体何が起きようとしている?

 ゼノスは予感に従い手早く己の防具と近くに置いてた代用の剣を身につける。この時、余談ながら彼は己の愛用の
 武具は鍛冶屋に預けていた。長い事使って強度に不安があって昨日にアトゥと話する前預けたのだ。

 そんな、些細な不運が連続して積み重なる。知らず知らず金龍は決め合わされた運命の軸に入り込もうとしてた。

 静かな早朝だった。日は昇り初めており闇夜は薄れかけているが未だ起きるには早い、そんな時刻。

 金龍の彼も家屋から出て未だ周囲には異常は見て取れなかった。だが、その静けさが逆に焦燥を広がせる。

 異変に気づいたのであろう勘の良い何人かの兵士達も彼と同じ表情をして武具を持って外に出ていた。

 「ゼノス様。どうも、何かが……」

 「あぁ、解ってる」

 何かが、何かが可笑しい。

 兵士に自分も同じ不安を帯びていると一言告げて、その不安の原因を探る為に見張り台へ行く。

 彼が起床した時、そこは中心区であり点在する見張り台は少々離れた場所にあった。

 時間の多少の浪費。普通なら僅か数分程の出来事だが彼の中で焦燥が膨らむ。

 見張り台までは何事もなく辿り着いた。そのまま、その過程のままに自分の不安も杞憂と願い近づく。

 だが、様子が可笑しい。……見張り台の上から物音が全くしないのだ、全く……足音も。

 「おい! おい誰が居るだろう!?」

 見張り台へと大声で叫ぶ。通常ならば、自分の声に反応して人影が見下ろすが声が返る。

 返答、それに近い反応はない。

 「おいっ!? 返事をしろ!!」

 「どうしました、ゼノス様? 朝からそのように大声で……」

 怒鳴り声に近い頭上への呼びかけ、付近に居た仮眠小屋に居た数人の兵士はゼノスの声で寝ぼけ眼で出てきた。

 「衛兵。見張り台に今、人は?」

 「そりゃ、勿論居ますさぁ。ゼノス様も知ってる筈でしょ? 二時間おきに二人体勢で交代する事は」

 そう言いつつ、衛兵は見張り台に登る為の扉を開こうとする。襲撃の対策として見張り台の階段を
 登る際に一つだけ扉が備え付けられている。その衛兵は扉を持ち前の鍵で開こうとし、固まった。

 ガチャガチャ。

 「? ……!?? あれっ!!?? くそっ!! 何で開か……」

 どんなに鍵を回しても扉は開かない。普段ならば鍵穴の調子でも可笑しくなったかと予想した。

 然しながらそんな事を考えるよりも漠然とした悪寒がゼノスの心を走り、そして必死に鍵を開こうと
 苦戦する兵士に短く傍から離れるよう命じると共に、腰を低め静かな裂帛の声と共に拳を放った。

 --グァン---!!

 木材の破砕音、それと共に鈍い軋みと共に開かれる扉。

 見張り台に上がる内部には人気は無い、ゼノスは迷う事なく瞬時に階段を駆け上った。

 そして……彼は目にする。



 ――――絶望を。




                         「!? 正門が……開かれている!!!??」


 
 
 見張り台の上に立てば、絶句と言って良い光景。

 まず、まずだ。見張りの兵士が事切れていた、二名とも、目を見開き首から出血し。

 どちらも身ぐるみ剥がされた状態でだ。凡そ二時間前、既にその時には衣類を奪われたのだろうと予測出来る。

 そして、そしてそれより更に最悪なのは。

 普段大掛かりでしか開く事の出来ない正門が大口を開いて軍勢を迎え入れられる状態になっている事。

 これでは格好の餌食だ。カサンドラは篭城戦こそ無敵と称しても内部で抗争起きれば市民を巻き添えに
 する危険性高く其の手の戦闘に関しては弱い。いや、対策を打ち立てられてないと言って良い。

 そして、第三の悪夢は目前と迫っている。聞こえないか? ほら、今の光景に感覚が麻痺している自分にも聞こえる。

 馬の……馬の無数の蹄の音。それと共に車の走行音だ。

 「あれ、は!!??」

 遅れて、見張り台に昇った衛兵も現状の光景に目を見開き固まる。いち早く衝撃から立ち直ったゼノスは
 その衛兵の手にあった双眼鏡をひっ掴み、そして遠方より其の開かれた正門に向かう軍勢を直視した。

 その双眼鏡に映ったのは……多くの騎兵の姿、そして其の中心より不倶戴天と言う姿で般若のような
 仮面を被り、おどろおどろしい格好で慇懃無礼な座位と共に馬に引き連れ装甲馬車に乗る男の姿。

 そして……金色の、地平線よりのぼる太陽に反射し、不気味な程に輝く。


 金色の、十字の、旗。



 「南斗軍だ」

 ゼノスの口から、無意識に旗の意味が呟かれる。

 「南斗の軍が……奇襲しに来た!!」




                  ――奇襲だ!!  南斗の軍の   ――奇襲だーーー!!!



 ゼノスの叫び、そして遅れての衛兵達による警鐘。

 カサンドラの内部に慌ただしく戦の準備がなされる。だが、それは敵勢の距離と比べると手遅れに近しい事
 が明白だった。唇を噛み、付近の兵達に迅速に今出来る指示を下しつつ正門に向かう準備しながらゼノスは思考する。

 (だが、何故だ??? どうやって正門を開いた……っ!! いや……一つだけ可能な方法が有る!)

 頭に閃く一つの啓示。ゼノスは、目を吊り上げ一つの方向。

 難民移住区域を見つつ、奴等め……っと言う呪わしい言葉を一声上げた。


 ・



       

        ・



   ・




      ・



 ・




    ・


        ・


 「……つまり、我々に偽装して難民に混じりカサンドラの内部を混乱しろと」

 その戦争の数週間前、静かに南斗のサウザーが率いる拠城では静かに作戦の指令が出来上がっていた。

 リュウロウは其の軍議に居ない。彼ならば、その悪戯に戦力を使用する事を良しとしなかったろうし
 サウザーも重々彼の正確を把握していた。故に、これは帝王自身の独断による指揮だった。

 「カサンドラには、大きな致命的欠陥が有る」

 「? ……あの城は完全堅牢の一言に尽きます。大砲ですら打ち崩すに困難な城、それに統制の出来上がった軍。
 将の指示に異議を唱えるわけでは有りませぬが、私には欠陥と言える部分が思いつきませぬ」

 その人物にサウザーは低く笑いつつ、告げた。

 「戦争で勝つ為に、堅牢な壁を打ち崩す事も、その戦力や軍備を削る事が勝利に繋がる事を否定はせん」

 「だが、それをせずとも勝つ方法とは存外容易にある。この場合……彼の奴の心こそが欠陥なのだ」

 「……心?」

 「あぁ、そうさ×××」

 その人物に、甘く恋人に囁くかのようにサウザーは告げる。

 ――俺の言う通りにすれば、必ずやカサンドラは崩御するだろう……。



 ・



      

        ・


   ・


      ・


 ・


    ・

 
        ・


 荒れ狂う嵐のように地響きが鳴りながら、鍛えられていると一目で感じる馬の群れがカサンドラへ駆ける。

 その大群の馬上に跨る兵士達も歴戦の兵士。彼らは南斗に有りし精兵騎馬兵士達である。

 工作兵によって万事を期し、不落難攻の城が今まさに突破口が築かれた穴へ彼等は其の絶好の時を逃さぬ。

 騎馬精鋭兵達の先頭にて、他の者と異なり余り装具を身につける大柄な黒人の男は駆けながら呟いた。

 「先鋒は、上手い具合に任を仕上げたようだな」

 騎馬兵士達を纏め上げるのはハシジロ、この戦の内容を語り部に出来る数少ない一人。

 彼はその時騎馬隊の精鋭兵の隊長であった。彼は剛拳の使い手でもあるが馬術に関しても極めて高い
 技術を備えていた。彼自身も人と違い純真な馬と共に過ごす時間は癒しの時だと感じてる。

 荒地と言う場所でも苦言を発する事なく無言で共に闘う己の仲間達。

 それに朗々と声を発し。カサンドラ攻略と言う絶好の機会の為に彼は翔ぶが如くと叫んだ。

 「……速度を上げるぞ! 遅れるものは見限る!!」

 『ハァッ!!!』

 騎馬に跨る兵士達はハシジロの声へ呼応し叫ぶ。

 思慮の低い者は馬の尻に鞭を入れれば勝手に速度が上がると考える馬鹿者が居るようだが自身は違う。

 馬は意思を通わせれば自ずと己に応えてくれるものだ。ハシジロは自分の家族と言って過言でない
 その軍馬の項を軽く指で叩く。すると、当然とばかりに嘶きを上げてその馬も応え疾風の如く駆け上がる。

 他の者で彼と並んで走行出来るような機敏な馬は見当たらない。彼が操る馬が特段に優れてるのが目に見えた。

 「流石はハシジロ様の愛馬であるエンリルだな!!」

 誰かが、そう言って自分の馬を褒めやかすのを風を切って走りながら聞こえる。

 馬は戦場でも移動手段でも命と言って良い、故に愛情注ぎ込むのは当然だが時折その自分の姿を見て
 『黒馬男が白馬を囲っている』と要らぬ風評を打ち立てられた事が一瞬だけ思い起こされた。

 一瞬だけ苦笑を浮かべつつ、直ぐに其の感傷とも言えぬ回想を風の中で置き去りにする。

 この戦いは己達の勝利は硬いとハシジロは未だ侵入する段階ながらも確信を抱いてる。

 工作兵達により今のカサンドラは混乱の場。侵入した少し前の難民に変装した者達からも指導者たるアモンは
 中心部の塔より動かぬと情報きてる。つまり、中心部に辿り着きさえすれば勝利と言って良いとの事だ。

 更に、後ろに控えるは我らが南斗の将サウザー。

 率いるが南斗最強の男であると言う事により、今回の正門より突入する軍勢の士気は最高潮である。

 (将……万が一、私が倒れた際はお願い申し上げる)

 チラリと一度、装甲馬車で物言わさず不遜な態度で乗り続ける王の姿を見つつ彼は更に速度を上げる。

 今の自分達は無敵の精兵。何人たりとも己達の行進を止める事は出来ぬ。

 目前にはカサンドラの門、あと数十メートルで騎馬軍隊はカサンドラに入場する。
 

 ――食い止めろーー!! 何としても此処で止めるのだぁーーー!!!

 カサンドラの兵達も愚かでは無い。完全なる奇襲であったと言え迎撃しようと有能な兵士達は行動する。

 正門に集まる兵士達。その数は自分達に近しい数であり、更に砲台が見え隠れしてる。

 こちらの戦力は約200強。対して相手の戦力は本拠点と言う事もあり5000超は有るかも知れない。

 だが、彼ハシジロは其の本来なら絶望的戦力に関して心に揺らぎを帯びない。絶対なる確信が有ったからだ。

 「南斗軍めっ! 何故城門が開かれたか知れぬが、その程度の軍勢! この大砲で……!!」

 一人の兵士が、大砲を着火する。その途端……。



                            ―――ボゴオオオオォォォォォォ!!!!



 目先、自分達の走る最中で突如移動式の砲台と共に出現し砲撃しようとした者達が自爆したのを見て呟く。

 「……そうだよな。『お前』が一夜で何もしてない筈があるまいっ」

 信頼とは違うものの、相手の力量を確信しての言葉。







 ……。


 ハシジロ等が正門から突入を開始してる事、別の居住区でも静かなる戦闘が行われていた。

 未だ辺りで何か起きてるか解らず、急ぎ早に装具を身につける兵士達が行き交う中で同じく一人の装具を
 纏う男が、ゆったりと。今の緊急の状況を理解してないかのように中心を緩慢に歩く。

 「っおいお前! 襲撃が起きたと聞いて無いのか!!? 早く持ち場に……っ」

 「持ち場なら、もう既に配置されてるさ」

 怒鳴った兵士に、その緩慢に歩行してた男は顔に被っていた兜をずり上げて気怠けに呟く。

 その容姿は斜視、それでいて空虚で全てにおいて無気力な死んだ魚に近しい瞳をした男。

 「? お前、このカサンドラに居たか……?」

 「……居たさ、つい」

 ――ビュッ    ――ドスッッ!

 「先日に。さて……『知る限りの砲撃類の砲身に誤爆するよう火薬を詰め。そして同士討ちしろ』……」

 頭の部位に指を突き立てられた男は、その指が頭部から引き抜かれた瞬間目から光を無くしつつ
 先程と同じく別の場所に慌ただしく行き交う兵士達と同じく行動する。周囲はその異常さに気づかない。

 それもその筈。既に『いま秘孔を突いた男以外、その斜視の男に秘孔を突けられた者達だった』のだから。

 男……キタタキは自分が洗脳し、そして後少しすれば死ぬであろう自分が作ったマリオネットが
 持ち場と言える場所に向かうのを見つつ、一瞬だけ目頭を強く指で擦り、そして別の場所に向かう。

 「……救えねぇ」

 ただ一言、それに全ての感情を集約し。彼は機械的に其の任を遂行する。



 ……。


 細工されていた大砲ゆえの相手の誤爆。その炎上幕を冷静に軍馬で飛び越えつつ混乱してる龍帝軍の
 一人の兵士の首を抜き放った剣と共に胴と首を泣き別れにしつつハシジロは声を轟かせた。



                     ――カサンドラ! 南斗騎馬隊長ハシジロ一番乗りぃぃ!!



 大声で、勇ましく名乗りを上げる。

 雪崩込む南斗の軍勢、最後尾より顎に手を当てて足を組み般若のお面の王は堂々と正門を潜り抜ける。

 
 今、完全にカサンドラの防御は崩された。



 ・




        ・


   ・



      ・


 ・



    ・



        ・


 「ひ  ひ   ひ  ひぃ……!!」

 来る

 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る

 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る

 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る

 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る

 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る

 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る 来る

 機関室内部で、全てを映し出されたモニターで古龍の王は凝視する。

 充血し、焦燥と病的な顔で血走った狂気の中。彼、アモンは其のモニターに般若のお面、そして僅かに
 見える金髪の剃りだった髪の毛を全画面に映し出す。思い起こされるフラッシュバック。

 炎上する背景、それと共に自分を空虚に見下ろす……全てを炎に帰す天上の翼を掲げし王。

 「ひ ひ ひひひ   ひひひひひひひ……!」

 古龍は笑い、涎を垂らしてフラフラと椅子を倒しつつ何度も転び。

 そして、その運命のボタンの前まで向かう。



  ・





         ・


    ・


       ・



  ・



     ・



         ・


 (此奴……っ)

 (手強い……っ)

 襲撃が開始され一刻。恐慌が起こり、正門付近に居る兵士達は南斗軍に突破された。

 カサンドラの内部は阿鼻叫喚だ。まるで幽鬼に取り憑かれたように兵士達が仲間達に武具を振るう。
 それを止めようと更に混乱が起こり、更に何処かしらで爆発が舞い起こり統率は完全に崩壊していた。

 全ては難民に紛れたキタタキ及び他の南斗108派の手腕。

 彼等の中には本当の難民も居た。だが全てサウザーの指示により(嫌々ながらも)キタタキは彼等を
洗脳しそして自分達が奇襲出来るベストな状況を一夜で繰り広げた。今のカサンドラは統率が完全に破綻している。

 簡易武具で身を包み正門から襲撃を開始した南斗の正規軍は彼等の龍帝軍の武器を鹵獲しながら
 中心区へと侵攻を開始する。彼等の目的は敵大将の首。それ即ちこの戦争の勝利なのだから!

 「敵兵は浮き足立っている!! 怯まず中心の塔を目指せ!!!」

 『おおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!』

 騎馬精兵兵達の馬の蹄の地響きと共に、雄叫びはカサンドラに響き渡る。これらの行為も敵勢を
 圧倒させ士気を低下する一つの術だ。ある程度接近してきた龍帝軍の兵士の幾らかにも効果及ぼしてる。

 だが進軍劇に支障が出た。進行方向より走ってきた一匹の軍馬、それに天照に輝く黄金色の鎧。

 軍勢を引き連れるハシジロに歳近い男が自分達に劣らぬ鬨の声と共にたった一人で進行方向から迫ってきたからだ。

 「いいいいいいいいいい゛い゛い゛やあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

 気迫一閃。

 黄金の鎧の男は構えた剣でハシジロ向け切っ先を走らせる。

 「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ゛え゛アアアアアアアアァァァァァァァ゛ァ゛ァ゛!!!!」

 対しハシジロも鍛え上げた自分の剣を交差させ男へ走り抜けながら振った。


 鋭い空気が破裂と振動する音と共に両者は無傷で交差する。だが黄金の鎧を纏う男の追撃は南斗の軍勢に注がれる。

 後方で共に走っていた仲間の精兵に疾風の如く刀傷を負わせる男。嵐のような進撃に、いま波紋生まれた。

 二人の男は、馬を立ち上げ前もって打ち合わせたように一時停止し反転して初撃を交わした者を見る。

 進撃の将を努め上げる彼の動きを阻害せぬようにと動く南斗の軍、両者は己の敵対者をはっきりと視認した。

 その瞳に宿るは奇遇も同じ思考。

 ――この男実力者 ――今仕留めねば後々に禍根を戦局に及ばしかねない。

 自然とどちらともなく名乗りを上げていた、馬上で互いに敵意と闘志を秘めつつ朗々に剣を掲げ唱える。

 「南斗阿比拳が伝承者ハシジロ 騎馬兵団隊長」

 「龍帝軍金龍大将 龍帝軍帝王が息子 ゼノス」

 これが、彼の帝王の息子。道理で……。

 初撃で感じた手応えと想定する実力の高さに納得を心の中で浮かべハシジロは一分の油断もなく馬上で構える。

 対しゼノスも同じく、剣を構える。相手の実力の高さに武者震いを静かに浮かべながらも
 自身の住まう家を、そして家族(住民)達を守りぬく使命に血潮が熱く燃えたぎるのを感じた。

 

                          ―――『行くぞ!!!』―――

 ある一定の実力者の戦いとは、超短期戦若しくは長期戦になるのが常。

 今回もそれに変わる事なく、ゼノスとハシジロの戦闘は数分息つかせぬ怒涛の連撃の嵐を醸し出している。

 ギャン ギャンと 剣撃音が鳴り響く、馬の手綱を片手で扱いゼノスは長剣でハシジロの顔面を狙い突き
 対峙するハシジロも同じく愛馬に動きを全て任せ、己の双剣で長剣を捌き相手の首を狙う。

 「良い相棒(愛馬)だな!」

 「そう言われると光栄だ!」

 命を狩り狩られようとする空間、その空間に立ち入る隙は誰にも与えられない。

 進行が止まり、膠着状態に陥った南斗軍はハシジロの勝利を祈り見守る。
 何とか体勢を立て直しゼノスの元へ駆けつけた龍帝軍も、ゼノスの勝利を願い、その決闘の観衆になる。

 どちらも攻防一体。数分かけての死闘の最中、流れに一つ変化が起きた。

 ザシュッ!

 「っしまっ……!」

 「好機!!」

 ゼノスが操る軍馬をハシジロの双剣が当たったのだ。悲鳴を上げて倒れ込む軍馬。地面に辛うじて
 受身をとりつつも隙が生じるゼノス。ハシジロは声と共に格好の機会にゼノスの脳天に剣を振り落とそうとする。

 龍帝軍から放たれる悲鳴、南斗の軍は獣が唸るようにハシジロの勝利を疑わず声を放つ。

 ギャン―――!!

 反射的に身を捻りゼノスは振り下ろされた双剣に刀で脳天を守る。

 だが鈍い鉄の悲鳴と共に金龍大将の剣は中心から折れた。武器を失したゼノスに龍帝軍は呻きを南斗は勝利の鬨叫ぶ。

 「若あああ!! お使いなされえええ!!!」

 「!! 叔父上っ……!」

 ハシジロは第二撃を与えんと溜めを僅かに行おうとした時、観衆の中から声が上がり空中を唸りと
 共に一本の槍がゼノスの目前で突き刺さった。彼は引き抜き、両手でそれを構える。

 見守っていた龍帝軍からの支援。

 「若君! 貴方は討たれてはなりませぬ! 貴方は討たれてはなりませぬぞ!!」

 興奮し、心臓をおさえる妙齢の老人は目の前の大将首の近親者だと直ぐ見当ついた。

 ゼノスは一瞬決闘と言う空間に第三者の武具の譲渡の介入を許しても良いのか苦悩を帯びた顔付きになる。

 ハシジロは無意識ながらその様子に声が出ていた。

 「振れ。此処は貴様が守るべき場所なのだろ? ならば、家族の想いは受け取るべきだ」

 何故、そう助言したのかハシジロは今も回想しても微妙に答えが出ない。だが同じ戦士として勇士として
 剣を交えた者として、正々堂々の闘いを望むゆえの武人としてハシジロは、そう促したのだ。

 苦悩から瞬時に晴れた顔付き、迷いなく自分の使命を再度自覚し覚悟を完了した漢(おとこ)の目。

 「! っ……ふっ。後悔するなよ!!」

 仕切り直し。託された魂(武具)を受け取り気炎を再度上げるゼノスの力強い雰囲気に龍帝軍の士気も立ち直る。

 ――金龍将 ゼノス! ――金龍将 ゼノス!

 ――金龍将 ゼノス! ――金龍将 ゼノス!

 ――金龍将 ゼノス! ――金龍将 ゼノス!

 ――金龍将 ゼノス! ――金龍将 ゼノス!

 ゼノスの背後に控える兵士達から援護の応援が一斉に響き渡った。

 ハシジロは、その槍を回し構えるゼノスと、その応援する同士達を見ながら場違いにも
 羨ましいと思った。その心より結託した光景に、不覚にも彼は一瞬だけ眩しいとハシジロは思った。

 (かと言って……手加減する気は毛頭無い!)

 ……戦闘は姿を時流と共に変えていく。

 馬を失い槍術だけでハシジロと、その愛馬エンリルにゼノスは劣勢かと最初思われた。

 だがゼノスの太極拳と、その中国拳法により武術は阿比拳の使い手であるハシジロに対し優勢を
 意外にも上げた。ゼノスの槍が旋風を唸らせハシジロの愛馬の目に土砂を直撃する。

 ハシジロは舌打ちしつつ、自分の愛馬が一時的にも視界が奪われると直ぐに浮き足立つ馬上から飛び降り
 ゼノスに双剣を振り下ろした。それをゼノスも負けじと槍術と蹴りを組み合わせ防御し迎撃を行う。

 (少々きついな)
 
 槍に対し剣で闘うには本来の力量の3倍で立ち向かわないといけない。
 武術を学ぶ際に、このような説明をなされた事があるが実際にゼノスと言う実力者と闘いハシジロは大いに
 その脅威と厄介性に舌を巻く。思う以上にゼノスと言う拳法家は技巧家であるのだ。
 
 槍の穂先で土砂で目潰し及び、槍を天上に立てて、そのまま発勁と共に槍をこちらへ飛ばすと言う奇術を
 下し、そのまま拳法で自分に追撃を行い、そして飛ばしてきた槍を防御して反射した槍を手元に
 受け止め、その槍で更に自分に打撃を行うと言ったような流れるような翻弄しかねる動きを生み出す。

 ハシジロも負けてない。

 彼は己の双剣が逆に自分の枷になると感じた瞬間、相手に投擲、そのまま南斗聖拳で両腕を駆使
 しての斬撃。それを防がれると直ぐさま土埃を蹴っての目潰し、更に足技での斬撃。

 どちらも一撃一撃が致命的な攻防、回避、防御が一つでも失敗すれば敗北する。

 「……ははっ、次元が違いすぎる」

 観衆の龍帝軍が南斗の軍がは知れぬが乾いた笑いと共に紡いだその評価は誰しも同じく胸中に浮かべた答えだ。

 このまま暫し膠着状態が続くなら、一気に物量に言わせて背後にいる南斗軍を潰すか?
 
 アトゥは軍隊長としての思考で自分の甥が良い意味で注目されている隙に背後に佇む彼らの王を見る。

 その王は、ゼノスとハシジロの闘いの様子を依然足を組んで不遜な様子で座り眺めているだけ。

 何と無礼だ。以前もそうだったが、自分だけ安全な場所で見るだけ……。

 (? ……何だ? 何かが……何かが、可笑しいぞ?)

 その時、軍隊長であるアトゥもゼノスと同じ違和感を覚えた。

 拭いがたい、何か這いずるような嫌な予感。それは、正しい予感だったと言えよう。

 そして、そのカサンドラに居る者達、そして南斗でもハシジロが襲撃をサウザーに指示された日から
 胸の中に点在していた其の妙にざわつく予感は。今まさにカサンドラに起きた悲劇と共に襲来しようとしてた。






 ゼノスは叔父上であり軍隊長であるアトゥより自分の愛用する武具では無いが其の次に使い勝手の良い
 武具を振るい調子が戻り相手との差が縮まった事に安堵を心中ひっそり浮かべつつ長引く戦闘に焦燥が過ぎってた。

 (このまま続くのは悪手)

 彼は難民の中に南斗の工作兵が潜入した事は既に理解してた。そして、その工作兵は未だにカサンドラを
 暗躍し今も自分の守るべき市民に対し脅威が襲いかかってる事も。彼は一刻も早くこの戦争に終止符を望む。

 そして相手の力量、そして拳の特性も不味い。

 己の太極拳は武術と併合し実力は高まる。武具なく拳だけでも通じる威力は併せ持つも南斗聖拳とは
 元々武具なくして剣と同じ力を相手に与えれるのだ。アトゥが投げ渡した槍は中々の名槍だが
 ハシジロを相手するに少々役不足とゼノスは思う。現に、今この瞬間も槍は微妙に中心から嫌な悲鳴が聞こえるのだ。

 だが、どうすればこの凄惨たる状況に終止符を打てる?

 っ……そうだ!

 (そうだとも。全ては……全ては、あの王さえ討てればああああああああ!!!)

 彼は、その決断に至ると槍を捨てた。ゼノスの決意と共に武器を投げ捨てた行為はハシジロに
 虚を突く事になり隙が生じる。そのハシジロを完全に無視し、ゼノスは横切って向かう……サウザーの元へ!

 「サウザーああああああ!!!」

 「!? っいかん!! お前達、将を守れえええ!!!」

 決闘を無視し、弓矢の如くゼノスは翔く。

 装甲馬車の中心で無防備に座っている般若のお面を被ったサウザーは傍目格好の餌食と言って良い。

 最初のアモンの未知なる場所への進軍に関わり、サウザーの怪物染みた実力を目撃した兵士達は
 無茶だとアトゥと共に叫び、何も知らぬ新兵は応援の裂帛の声でゼノスの名を叫ぶ。

 背後から津波のような声に後押しされるかのようにゼノスは更に俊足となり、南斗軍の幾人かが
 矢を放ったのに関わらず般若面の王の場所にたどり着いた、幾つかの部位に矢が突き刺さるも余力は有る!

 「サウザー、覚悟ぉおお!!」

 叫びつつ、仮面を剥ぎ取る。その時も背中に幾数か矢が突き刺さったが早速関係無い。

 その面の裏にある驚愕を帯びてるであろう顔に、我が金龍の拳を振り下ろし終幕とさせん!!

 これで、全てが終わるのだ。この闘争に幕を下ろしカサンドラに平和を……。

 そう、確信と共にサウザーの般若の面を剥ぎ取り。

 「……え?」

 ゼノスは、硬直する事になる。何故ならば。








 「……ひ   ひぃ……殺さないでくれ」



 ……その般若面の裏には。

 見聞だけで、アトゥによって描かれた南斗の王の人相画とは全く異なった者が涙目で自分に命乞いをしてたのだから。





                            ――ズシッ。



 そして、カサンドラの地面が、振動した。





  ・




         ・


     ・



        ・

  ・



      ・



          ・


 「カサンドラには、アモンには致命的欠陥がある。それは、奴の心だ」

 「アモンの、心ですか? 陛下」

 ある時のサウザーの王室での会話。一人の傅いた若者に、サウザーはワインを口で転がしつつ鷹揚に頷く。

 「然様。奴はこの俺との闘いで心に大きな傷を負った。俺と戦い合えば死ぬと言う確実なる恐怖を」

 「トラウマ(心的外傷)……と言うものですね」

 「そうだ。時間は人間の心の傷を癒すと言うか、例外もある。特に、この俺との戦いは別だ」

 低くサウザーは笑う。愉悦を含んだ、邪悪を仄かに香らせる声を王室に響かせる。

 「奴は、時と共に俺への恐怖を悪戯に膨らませる。次に会った時には必ず滅ぼさねば己が滅びると言う
 脅迫概念と共にだ。奴は龍と言う名の硝子細工の心。既に、俺と言う名の罅は手遅れに広がってる」

 ――パリンッ。

 サウザーは、グラスを砕いた。

 「もはや、あと一手。一つの出来事で奴は完全に崩御する。それが、カサンドラの、奴の終わりだ」

 その手から真紅の血のような酒が滴り落ちる。

 暗い笑い声と共に予見を紡ぐ鳳凰と別に、今まさに件のカサンドラでは運命の歯車が作動した。



  ・




         ・


    ・


     
       ・


  ・



      ・


 
           ・

 


                ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ゛ッ゛ッ゛

 それは、何を見てのアモンの凶変であっただろう。

 今まで侵入許さずのカサンドラが簡単に突破された事?

 そのカサンドラを突破したのが南斗の王であり、それをモニター越しに目撃した事?

 ゼノスがサウザーを討とうとし、その最中で南斗の兵士達の矢を複数受けた姿を認識したから?

 どれが一つ、いや其の全てかも知れぬ。

 だが、どちらでも構わない。アモンはボタンを押したのだから。



                ――ズズズズズズズズズズズズズズズズズッッッッッ!!!!



 「っ何だ!!?」

 偽物、自分はちゃちなスリでサウザーの代役をさせられたんだぁと命乞いする影武者。

 乗り込んできた王が偽物であったと言う衝撃で話し半分に声が頭を抜けていたゼノスは
 尋常でない地震に我に返り周囲を見渡す。他の兵士達も突然起きた地震に攻撃の手を止め泡を食ってる。

 「静まれ!! ただの地震だ!! 直ぐに収ま『ギャーアアァ゛ァ゛!?!』!!? な゛っ……」

 世紀末では何時起きても可笑しくない地震。ゼノスは一先ず意識を切り替え必死に自分の部下達を鎮めようと
 声を張り上げ、それは失敗する。一人の、仲間が突如壁に出来た穴から飛び出した矢で絶命するのを見て。

 その光景に脳がオーバーフィードしつつも無意識に後退する。それが彼の命を幾らか伸ばす。

 「ギャッ゛!!?」

 先程まで居た場所、そこに居たサウザーの影武者を演じてた無名の男が、その瞬間一つの飛来した何か。

 円形のギロチンのようなものに首を泣き別れになったのだ。如何なる武道家と言え、こんな罠の前では太刀打ちできない。

 他の場所からも異変が起きていた。ある農園の区域では至る場所の地面から火が吹き上がり
 ある居住区が突然回転すると共に凶悪な拷問器具に変化するなど、悪夢と言う表現を超える出来事が出没する。

 至る場所から断末魔と悲鳴、阿鼻叫喚の絵面が生まれていく。これぞ正に地獄の輪舞曲。

 「!!?? これは何事なん『ヒヒーンッッ!!』ぐっ!?」

 ハシジロも、王が偽物であったと言う衝撃から地震、そして突然地面やら壁から出現した即死ものの罠
 に頭の整理が追いつかず固まってる瞬間、聞き覚えのある嘶きが己の背中を打ち付けたのを感じた。

 それと共に、倒れた自分の背後から何かが飛び出す音。それと串刺しに何かが変貌する音。

 すぐさまに振り返り、そしてハシジロは其の名を絶叫した。

 「ぁ ぁ あ エンリルうううううううぁああああああ!!!??」

 そこに有ったのは、つい今しがた戦場を駆けて、共に戦っていた愛馬が地面から飛び出した鉄杭に絶命する光景。

 自分は、この愛馬に今命救われたのだと遅れながら理解する。だが、自分は命の代わりに友を失ったのだ。

 掛け替えのない友を。

 有り得ない。こんな、こんな狂った光景が実在するなんて有り得ないっっ。

 ハシジロは、滅多に流す事の無い涙を溢れさせワナワナと手を伸ばそうとする。

 「隊長!! 撤退です!! 撤退するのです!!」

 「離せ! 死ぬ筈が無い! こいつが死ぬ筈が無いぃぃ!!!」

 ハシジロは自分を羽交い絞めにし後退させようとする仲間を無理に解こうとする。

 「駄目です! 既に……っ!!」

 兵士は何事が言いかけ、そしてハシジロを掴んでた腕を離し瞬時に彼の背中を突き飛ばす。
 
 「ぐっ!!? きさ……」

 またもや、突き飛ばされ怒りのまま振り返り、そして再度絶句する。

 その兵士の頭半分程が……溶けているのだ。何処から降ってきたか知れぬ濃硫酸だが知れぬが
 肉体を完全に死滅させる液体を被り、いま自分を庇った勇敢なる仲間は音もなく一瞬で……。

 見れば、目の横の端でも己が必死で守り共に荒野を戦い抜いてた騎馬兵団がほぼ今出現した罠で壊滅してる。

 ハシジロは、夢ならば覚めてくれと願う。こんな馬鹿げた出来事、夢なら覚めよと。

 その麻痺した頭をはっきりさせるように、一つの咆哮に近い声が耳に突如飛び込む。






 「父上えええええええええええええええええ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っっ゛っっ゛!!!!!!!!!」




 それはゼノスの声だった。彼は重傷を帯びてるにも関わらず塔の方向へ血を吐く程の大音量で叫んでる。

 流血し、胸部や至る場所に矢や罠の余波を受けてるのに関わらず彼は周囲を圧巻させる姿で声を張り上げる。



 「父上ええええ゛え゛え゛ お止め下さいいいいい゛い゛い゛ぃぃぃぃ゛ぃ゛!!! 父上ぇぇえええ゛え゛!!」


 聞いただけで悲痛と悲哀と憤りと遣る瀬無さ、そんな想いが全て凝縮されたゼノスの。金龍の劈く程の咆哮。

 彼は、血泪を流し塔へ向け叫ぶ、叫ぶ、慟哭する。

 瞬時に理解したのだ。アモンがパンドラの箱を開けたのだ、と。

 兄の弟であるアトゥ、そしてゼノスには教えられていたカサンドラの最終防衛。完全にカサンドラが悪しき
 意思に支配され敵軍の巣窟になった時に発動すると言う、決して己が生きる内は開かないと言ってた禁忌の装置。

 それが発動したのだと。アモンは南斗の侵攻に禁忌を、カサンドラの民もろとも根絶やしにしようとしてる事を。

 彼が……今この瞬間自分達家族を切り捨てた事をゼノスは理解してしまったのだ。

 声を張り上げ叫ぶ。この喉が枯れようと裂かれようと。

 例え無駄と分かっていようと奇跡を願い何としても彼の王の絶対なる過ちを何としても止めようと。

 その姿は龍のようにも、まるで子鬼が哭くようにも見える人々の背筋に震えを走らせる姿。

 ゼノスが張り叫ぶ傍ら、一つの場所から発射装置の起動がされても、彼は……。



    ――――父゛上゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!!!!!!!!



 「若あぁぁぁ!!!!」




 張り叫ぶゼノスに、軍隊長は飛び出した。

 


                             ―――グシャ




 ・





         ・


   ・



      ・



 ・



     ・



         ・


 「……ぅ……うぅ」

 一体、どの位の時間が経過したのだろう?

 軍隊長であるアトゥは、己が啼き叫ぶゼノスの前に飛び出したところまで覚えていた。

 「若……! そうだ若は!!??」

 意識が覚醒し、立ち上がりかけた所で片腕に再度意識を失いかねぬ激痛が走るのに気づく。

 見れば、その腕は岩のようなものに轢かれ潰されていた。もう、この腕切り取る他ないであろうと言う様だ。

 余りの自分の状態に一瞬吐き気を覚えるも、自分よりも愛する甥の行方だと辺りを見渡す。

 そう遠くに行く筈がない。そう確信して周囲を見渡して直ぐに見つけた!!

 倒れ付すゼノスが目先1メートル程に倒れてる! 

 アトゥは潰れた片腕の激痛を押し殺し、這いずるように駆け寄った。

 「わっ……か……」

 アトゥの声は直ぐに金龍将ゼノスの声を唱えかけ、そして途絶えた。

 ゼノスの体の下半身は……潰れていた。ぐちゃぐちゃの、もはや描写する事すらおごがましい程に酷く。

 内蔵から下半分。足はおろか胴体半分の下にかけて一体どれ程の圧力をかければ、こうなるのだと言う有様。

 「若……おぉ……若っ!!」

 おぉぉぉぉぉ……若。と、小さくゼノスに呼びかけ、アトゥはその彼の死体を見て頭を抱える。

 神は無慈悲だ、何故このような悲劇を。

 天を恨むアトゥ。だが、この時少しだけ神はほんの一刻……ゼノスに奇跡を齎す。

 「……叔父 ウ え?」

 「!!! 若っ!!」

 ゼノスは、目を開いたのだ。血の気も失せ、シューシューと呼吸は不規則ながらも、息を吹き返した。

 いや、息を吹き返すと言うにも語弊が有る。これは、どう見ても蝋燭の最後の灯火。

 「若っ、直ぐ医者をこちらへ呼びます!! だから、気をしっか」

 「良い……私……は 死ぬ んだな……はは……すまん、叔父上 結婚……皆に……言えなかった」

 ゼノスは、己が死ぬと言う事すら自然に受け入れた。

 土気色の顔で、彼は気丈に自分の叔父に笑いかける。その様を、アトゥは涙で濡れた顔で見つめる術しか無い。

 「……叔父上……頼み……が」

 「! 何ですか若君! 何でもっ 何でもおっしゃって下さい!!!」

 ゼノスの手を握り締め、アトゥは強く言う。このまま黄泉の旅路に一緒しろと言われても喜んで付いて行くつもりで。

 「ま ず ……カサンドラの住民を直ぐに都市から避難……可能な限り物資も運び」

 「負傷兵の手当 迅速……全てのテントを……救える限りの者達を……救……」

 彼は己が瀕死な事に関わらず、この今も阿鼻叫喚と地獄絵図であろうカサンドラの民を救えと
 アトゥに命じる。その一つ一つの言葉に、うんうんと強く頷く軍隊長へと段々弱々しくなる声で彼は最後に告げた。

 「……父 上に ……私の死について……報せない……で」

 その言葉に、アトゥは強く震える。

 見過ごされた、と感じたのだ。このような惨状を引き起こした自分の兄に。己は命を張って自分の同胞と
 共に軍勢を反旗翻し、アモンへと処刑せんと言う暗い報復の火を若き金龍は其の最後の慧眼で看破したと。

 「きっと……父上……自分の罠……で 私 死んだ 知ったら……今度こそ……壊れちゃ」

 彼は、最後まで金龍として羽ばたく事を望む。このような地獄絵図を生み出した古龍を許せと諭す。

 「だから……叔父上……報せない……父の……心が……龍が……空を昇る……ま」

 彼は尚も最後に、カサンドラの全員を指揮出来る叔父に全てを託す。

 アモンを頼む、と。

 そこで彼は吐血する。その様を見て涙で、ゼノスの想いに打ち震えながら必死でアトゥは誓う。

 「約束しますっ゛!!! 約束しますとも若君っ゛っ゛!!! 必ずや!!!! このアトゥ必ずや゛!!!!」

 ゼノスの片手を強く片手で握り締め、アトゥは涙と鼻水でぐちゃぐちゃに濡らし甥を見る。

 甥は、そんな自分の父と瓜二つの。アモンとほぼ同じ容姿のアトゥを見返した。

 安堵した表情をゼノスは浮かべ。そして虚空の瞳で、最後の力を振り絞り人差し指を天空に向ける。

 「ご覧……叔父 父 う え。……何時か言ってたように……あの空に龍は舞ってるんだ よね」

 アトゥはゼノスの指す天空を見上げた。無論龍など舞ってない、憎々しい程の太陽が輝いてるだけ。

 「そして……私 も……龍に……黄金色の……太陽と……月の間を泳いで……」


 だが、ゼノスだけには見えているのだ。アトゥは信じて疑わない、我が自慢の甥には、きっと、はっきりと。

 「……父上……」

 最後に、ゼノスは最も愛した者の名前を唱えアトゥに抱きかかえられ一筋の涙を片目から流し瞼を閉じる。

 ゼノスが天に昇るのを見届け、アトゥは声にならぬ慟哭をカサンドラに響き満たした。



 ……ラオウ外伝より、カサンドラが彼の拳王の手によって打ち破られるまで、この瞬間カサンドラは
 倫理に組み合わされた都市より何者も寄せ付けぬ堅牢無敵、恐怖伝説の出所となる場所に塗り替えられる。

 ゼノスの死、それは直ぐにカサンドラ正規軍に伝達され、その訃報は全国民に悲しみを落とした。

 アトゥは、ゼノスの遺言を受け拳王が訪れるまで何とか龍帝軍の結束を維持せんとするも、乱世の
 無慈悲な外部の試練に、何時しかにゼノスとの約束も明確に遂げる事は叶わぬのだった。

 ここにカサンドラ恐怖伝説は始まる。全て、全て北斗の拳の歴史通りに。



  ・




        ・


    ・



       ・
 
  ・




      ・



          ・



 「……これで話しは終いだ」

 ハシジロは、南斗の拠点の見張り台で大分脚色しつつもアズサにカサンドラ襲撃時の全貌を
 説明しつつ、見張りの交代時間になると余計な質問をさせずに見張り台を無言で降りた。

 彼は、ゼノスとアトゥの最後の言葉を聞いて無い。彼は命からがら自分の仲間達を犠牲にカサンドラから
 抜け出る事しか出来なかったのだから。それと共に、待ち受けていた彼の仲間からの言葉を。


 『ハシジロ。これらはサウザーが全て提案したシナリオの結末だ、笑えるだろ?』

 『奴はてめぇも、俺も。全員巻き込んで始末する気だ……俺を裏切り者だと今判断するなら容赦なく斬れ』

 カサンドラを命からがら生還し、外に逃れ膝をつく自分へと難民服を纏い逸早く逃れてた工作兵を
 連れる彼は自分を冷たく感じる瞳と共に、そう告げていた。あの時、自分はどうすべきであったか……。

 (キタタキ、貴様は)

 彼は、今や遠方でサウザーと共に進軍しているであろう人物の胸中を案じつつ己の王の在り方に僅かに疑問生じる。

 けれども。

 (この俺が仕えるのは、南斗の王のみ)

 彼の在り方は変わらない。その在り方の終末が南斗の鳳凰に対し自身の剣を向ける時まで、一生。









        後書き


 金翼のガルダ~南斗五車星前史~



 ……いい加減にしてよ! 自分が更新遅くて完結しない間に
段々スピンオフ作品出やがって(´;ω;`)!!!

忘星の将って何だよ!!!??

 大体南斗神鳥拳って何じゃ( ゚Д゚)ヴォケ!!?? 自分が必死で
 108派考えてる間に格好良い拳法出やがって!!

 摩擦で炎って何だよ!! シュレンとヒューイ合体奥義使えよ!!

 パチスロに媚売ってんじゃねぇよおおお!!!





 ・・・・・・ガルダかぁ(´・ω・`) 

 とりあえず出すよう作品の構想ちょいと練り直すから




[29120] 【貪狼編】第二十四話『忘星と影武者は語りきて』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:02a2e8df
Date: 2013/11/12 01:17










 ジジ      


            ジジ






 浮かび上がる一つの情景 昇る噴煙 焼け落ちる家屋 統率された何か見覚えのある紋章を掲げた兵士達の殺戮

 逃げ惑う民衆は怒涛の勢いで攻め込む兵士達の圧倒的な質量の前に成す術なく屍を築き上げる

 ……場面が少し変転した。

 少し経ち、その兵士達の前に一つの人影が降り立つ。

 その人影は幾人かの兵士を瞬く間に通り過ぎたかと思うと、その兵士達は断末魔を上げる事もなく
 事切れて倒れた。その体は倒れてから遅れて火種も無いに関わらず全身に火が包まれ天へ魂を昇華させる。

 介入した被虐の波の中で生じた淡い希望の気泡。だが、それは一瞬で強大なる悪意の大波に呑まれる。

 ……ギギギ。

 一つの駆動音、鈍く響き渡る車行音が其の人影の進撃劇を中断させる。

 その人影と、その大型の奇抜な車に大胆不敵な様子で鎮座する人影は邂逅すると同時に立ち止まった。

 一瞬の視線の交差、その後に雄叫びに近い声と共に兵士達に無双してた人影は其の戦車に跨る影に跳ぶ。

 奇遇にも、同じく其の戦車の台座に座ってた影も同じく跳んだ。

 交差する二つの人影、その軍配は戦車へ座る影に上がった。

 大掛かりなチャリオットのような独特のアレンジが施された車、それに不遜な態度でボロボロな『誰か』を見下ろす彼

 その『彼』を悲しみや怒り、使命等を瞳に滲ませて視線を受け止める誰か

 その『誰か』の後ろで、大人達に取り押さえられながら必死に叫ぶ子供が居る


 ……嫌だっ! 逃げて母上!

悲痛な声で、子供は叫ぶ。大人達に制止の声と共に拘束されながらも魂から其の母親を止めようと叫ぶ。


 
     逃れる事は出来ません これが我が××の運命


その子供の母親は、穏やかに、厳かに言い切った。この現況、現状、今の状態こそが自らの運命なのだ、と。


 


 駄目だ! 嫌だっ 嫌だあああああああっ!!



 引きずられるようにして、子供は大人達に連れられ奥の方へ去っていく。恐らくは其の奥に
 抜け穴等の脱出口があるのだろう。彼等はきっと逃げ果せれる、母親の犠牲と共に。




  生きなさい   貴方は生き延び この××拳を将の為に     ……守りなさい ×××


 母親は、その子供を振り返り見送りながら。穏やかに、初めから終わりまで『母』として振舞う



 母上!!  母上!!!  母上!!!!    母上えええええええええええぇぇぇぇ゛ぇ゛!!!!!



 絶叫に等しく、その里で子供は母に手を差し伸べ奥に消えた。


 残されるは、その戦車の男 そして僅かに膝をつくも未だ闘志を衰えさせず尚も気炎を瞳に浮かべる女。




  全ては滅びる運命 何者もこの鳳凰を止める事など出来ぬ×××よ 貴様であってもだ


 男は、厳粛に、それが真実と、それがこの世の理だとばかりに告げる。



  貴方は道を外れてしまった もはや私でも止められない ……何故


 女性は問いかける。その男の姿に、裏切られたとばかりに失意と悲しみを顕にして。


 下らぬ質疑 俺はただ賽を投げただけの事 ××× 貴様のその命 ここでむざむざと失うのは惜しい

 もう一度だけ我が答えに相応しい代価を与える機会をやろう 

 『将の居場所』を、この俺に



 その男が求めるものを、女は知っていた。知っているからこそ、その答えは既に決まっていた。





 愚か 何度言われようと同じ そして私は我が使命のままに ×××× 貴方をここで止めてみせる





 女の言葉に、男は一瞬の間と共に吹き出した。大きく、大きく其の人の背筋を震え上がらせるような哄笑を満たす。




 
 ククッ……ふはははははっ!!  ふははははははははははははははははっっっっっ!!!!!!!!



 笑いきった後、男はぽつりと呟く。





                       止める?      
この俺を?





 そして、最後に残虐の王の顔を貼り付け、もはや滅びの火と言うに相応しい炎を目に宿し両手を広げ告げた。







                        ……やってみろぉ!!





 女性は、最後に願った。





 (……さようなら 皆 ××× 〉

 (どうか……どうかこの願いが私が消えた後の世界で叶われん事を……天よ〉

 (どうか、この私の願いを聞き届)



                  ――――ザシュッ……ゥ! 
 

 ……ジジ



 ……ジジ



 「っは!!?」

 不吉な夢、誰かが死ぬ夢。

 「……今、のは」

 アンナは目を覚ましていた。周りには彼女が大好きな仲間の南斗拳士の女性陣がおよそ淑女らしからぬ
 服をはだけて鼾をかきながら眠っている。その平和な様子に苦笑しながらも思い返す夢。

 彼女はその現実的で、きっと起きたであろう世界の様子を回想しながら黙考をするのだった。




 ・




       ・


   ・



      ・







   ・



       ・



 「ふぅむ」

 一人の妙齢の男性。少々強面だが、優しさや知性を滲ませた男性が一つの書斎らしき部屋で佇み腕を組んでいる。

 彼は悩んでいた。とは言うものの、その悩みは懊悩するでもない少々困った出来事、無視しても問題ない領分と思ってる。

 彼の名はダーマと言った。南斗の将星の影武者、表の世界で南斗六聖に何か意見ある際は自ら最後の将
 『慈母星』を守る為に身を犠牲にしてても秘匿を貫く重い覚悟を背負っている人物。

 然しながら今のところ彼が緊急に自分の命が危ぶまれるような事は起きてない。時勢や世界全体では
 余り良い事も起きてないが自分の周りと言えば平和そのものだ、世はすべて些事なしと言うべきか。

 南斗五車星が雲の一人である少年も昔と比べて今は真面目に不平不満は口に出さず……とまでは言えぬものの
 他の者達と共に真面目に鍛錬を行ってると聞いてる、常に口喧嘩は耐えぬようだが中々うまくやってるようだ。

 『慈母星』の兄である『天狼星』の彼も以前は表の世界より完全に姿を消して彼女を守る為に影として
 世を忍ぶる事を決意してたようだが、今では心に有るその何かつがえが取れたらしく普通に接している。

 懸念は無い。数年前まで胃を痛めてた悩みは綺麗さっぱり消えてダーマとしては願ったり叶ったりだ。

 ここ最近で起きた少々不穏であった事と言えば、あの悪魔憑きが彼女へと襲った事だが、それも解決している。

 そこで、ふと自分が懸念している事がその彼女にも無関係でない事でダーマは自分がいま悩んでる事を思い出した。

 彼の南斗最後の将の影武者の現在の悩み、それは南斗の上の者達。昔を生き抜いた南斗の先の功労者
 から現在の南斗の鳳凰拳継承者である若き王の奇妙な振る舞いに対し彼からも一言お願いしたいとの事だった。

 確かに、最近の鳳凰拳の継承者、若き王である彼の振る舞いは少し変わっていると送られる情報からは見て取れる。

 他の南斗と関わりのない崇山や泰山等の流派の者達へ会合を儲け奇妙な予言へ対策する事を申し出た。

 公費でもある南斗の今まで蓄えた財を一部使い稲作や鉄、生活に欠かせない資源を買っては蓄えている。

 108派の現在の伝承者を一定に呼び出しては、悩みが有れば相談に乗る、有事の際は協力する事を念押ししてる。

 など等……先代鳳凰拳の彼の人が亡くなってからと言うものの随分と派手な行動が目に付いてる。

 だがダーマからすれば別に口を挟む事の無い事と言うのが見解だ。

 南斗の財を浪費してるならば問題になるが元々この国は災厄が多く、有事の際に対し幾らでも資源を
 確保しておくのはむしろ賛成するべき事。何よりその財の消費も送られた正確な資料からは許容すべき内容だ。

 他の流派との交流。これとて今まで南斗は伝統と規律を重んじり少々鎖国染みてたと彼は思ってた。
 存分に鳳凰拳の若い彼には、この代替を機に思う存分世界に視野を広げて欲しいと思っている。

 最後に至っては指導者が傘下である者達と絆を深める為に意見を設ける場を作る事の何が悪いのだと南斗の
 上の者達には言ってやりたい。最も、彼は自分や周りの事を考え言い返すような恐れ多い事はしないのだが。

 溜息を一つつき、ダーマは南斗の若き鳳凰拳の使い手が良い意味で変化してくれてる事に心で感謝を述べる。

 先代の鳳凰拳指導者に依存してた頃は、その喪失で心に鬼を生み自分や周囲に憎しみを放つ事も予想されていた。

 「だが、全て杞憂で終えたようだな」

 あの若き王は問題ない。その瞳は曇りなく未来を守らんと輝き晴れた顔つきをしている。

 暗い影は何一つ見えない、古い仕来りに縛られた上の者達の忠臣らしき側近が傍に居るようだが
 それとの付き合いにも拗れた部分は今のところ見受けられない。万事は恙無く行われている。

 これであれば、自分の代、そして寵愛していたあの娘が成長し己の任を背負う時になっても鳳凰拳の彼で
 あれば全て正体を明かして最後の将と結託し真に南斗を盛り上げる事も不可能では無いだろうとダーマは思う。

 大昔、己も話しでしか聞かない南斗が統一されてた頃は六聖に五車星も関係なしに共に南斗の家族として
 生き抜いていたと聞く。あの若き鳳凰の彼や、その周りの頼もしき彼等。そして真の慈母星を宿す、あの娘。

 今の彼女、彼等ならば現実にしてくれるかも知れない。今や幻だった南斗の真の統一を……。

 「……っそう言えば」

 そこで、ダーマはふと苦い事実を思い出す。その自分の胸の片隅に置いていた理想には今ひとつ問題がある事を。

 ……南斗の和平派 そして 『覇権派』……である。

 「そうだ、私とした事が」

 額をピシャリと叩きダーマは其の問題が如何に重いか再認識する。

 確かに今の鳳凰拳、108派の指導者である彼は思想、行動にも問題は見受けられない。

 だが、それだけでは夢は実現出来ないのだ。かつて南斗に異邦人が訪れ南斗の指導者と婚姻を果たした時
 その血脈が理由で諍いが生じ、南斗は二つに分裂し崩壊しかけた。これが謂わば最初の和平派と覇権派の争いだ。

 その時は和平派の勝利で終わり崩御も何とか防がれた。だが、それ以降に一度二つに分かれた南斗の派閥は
 決して仲が戻る事なく、思想や争いの中で危険視された者達は遂に追放の憂れき目に遭う。

 禍根は長い時が経っても癒える事は無い、その出来上がった罅は深い溝へ変わり、今や
 ちょっとやそっとの会合や意思の疎通では修復出来ないのが現状なのである。

 最近になって訪れた鷦鷯拳の者は其の代表各見たいな者だ、尤もアレはただ鳳凰拳に一度でも勝利したいと
 言う目的以外には南斗の権力に執着は無頓着ゆえに、問題はある意味無いが、性質が悪い。

 後に危惧されるのは和平にも覇権にも傾いてない、心意が不明な中立派だろう。『流鴎拳』『百舌拳』等
 未だ覇権にも和平にも明確に賛同を示さぬ者は現代の108派には居る。その動向も決して軽視して良い問題でない。

 残りの覇権派も、二度と争いを起こさぬ事を条約に108派の中に何とか枠を収めた……無論全て納得した訳でなく。

 (どうにか出来ないものか……〉

 最近では何処から出没したのか不明ながら数年後に世界が崩壊しかけん戦が起きるとか言う噂も聞いてる。

 噂の域を出ないとは思いつつも、そう言う世間を揺るがす出来事が何時起きても可笑しくないのが今の世情だ。

 なら、少しでも早く南斗は六聖の全員が信頼感を携帯し108派、五車星は勿論今や久しい追放されし者覇権派
 も結託する事は最も迅速にしなければいけない事では無かろうか? とダーマは考える。

 (だが、一体どうすれば良い? 覇権派に関しては私と言えどおいそれと手出しする事は出来ない。
 最悪、過剰に反応されて追放されし者達とも結託して現在の108派の者達に悪戯に敵対する可能性も有る)

 そうなっては元の木阿弥だ。

 108派は上位・中位・下位と分かれているが、何も区別してるからと言って上が優秀で下が劣等な
 訳でない。どの一派とて、その長く始祖から分かれて研磨した技法は六聖に時に並ぶかも知れない。

 そのように優秀な者達は追放された中にも少なからず存在している、それが潰し合うなど愚の骨頂。

 ソレ等を収拾出来るのは、やはり現在の頂点に位置する鳳凰拳が一番可能性が高い。

 だが前記でも有ったが、彼自身は若くも有り、それでいて多忙の身だ。

 己とて、この問題には心労悩まされており良い解決案が見えない状態。鳳凰拳の若王に無理難題を
 押し付けて無理させれば元老院の連中が幅を利かせる良い材料を作る羽目になってしまう。

 ダーマ自身、彼等古い機関には余り良い心象を抱いてない。古い考えに囚われ新しい風習や方法が
 あってこそ拳も全ての出来事も冴え渡る。それを除外してしまえば人とは衰退の道を辿るばかりだ。

 なれば今の鳳凰拳の若王が健在な時にこそ、出来る手は全て打った方が良い。

 覇権派に対して現在の自分の意向を沿って説得してくれる人物。

 和平派と覇権派の渡り橋を請け負ってる者。

 その二つが両立する者が居れば望ましい、だがそのような都合の良い者。現在の鳳凰拳の者を除外しては……。

 「そう言えば」

 そこで、はたとダーマは気づく。108派の中に、居たでは無いかと。

 『最後の将』と同じ資格を有せる者。それでいて人格的思想的に問題は無く、それでいて覇権派にも口添え出来る人材。

 彼は、その人物を思い返し。事は急げとばかりに意を決するとその場所へ行った。







 ・




 
        ・


   ・



      ・


 ・



    ・



        ・



 
 
 ……南斗の寺院、そこより約1キロは離れた場所に点在するポツンとした村。

 旧式の石造りの古風な家が建てられており、周囲の木々や風景がその場所にある家々を自然なオブジェに
 感じさせて人の暮らしてる感覚を薄れさせる。その場所にある一つの空き地には一人の女性が佇んでいた。

 齢い30代後半、少し褪せたプラチナ色の全体的に逆だった短い髪の毛をしている。
 服装は昔の戦人のようにマントと軽装具が身につけられてる。常に戦場に立っていても可笑しくない格好だ。

 だが、そんな女性の中で最も特質なのは顔に貼り付けられている右側に覆われた半分の仮面。

 その女性は両手を合わせ、吹きすさぶ強い風の中で精神を統一させている。

 ――ビュンッ

 合掌する女性の前へと飛んでくる強風によって飛んできた数枚の枯葉。

 女性は、その枯葉が己の間合いに入った瞬間。閉じていた瞳を大きくカッ!! と見開いた。

 ――斬(ザン)ッッ!!

 ――……ヴォヲ!!

 枯葉が其の女性を通り過ぎる、すると信じられない事に木の葉は燃えた。

 空中を舞いながら最初から火が灯されてたかのように燃えたのだ。

 「……ふぅ」

 これが彼女の日常風景、稽古の一環。

 空中で燃え尽き、微量な灰塵が風によって消え去るのを目を細めて見届ける。その胸中に過ぎる思いは何か?

 だが、直ぐ彼女は目を鋭くさせると反転し森の方を向いて構えた。油断なく警戒した目で森の奥を見る。

 「……何者っ」

 気配がしたのだ、一瞬鋭く矢の如く放たれた殺気。中々の強者と、感じた気配が物語る。

 森の奥から茂みをかき分ける音と共に出て来る人影、油断なく構えてた女性は、その人物を見ると少し目を見開き。

 その人物が近づくと、力を抜いて拳を下ろし口を開いた。

 「……これは、久しく。一体またどのようなご用件で? ダーマ様」

 「なに、貴方に折り言って急ながら頼みたい事が出来たのだよ……ビナタ」


 南斗神鳥拳 『忘星の将』 ビナタ

 彼女こそ、金翼のガルダ~南斗五車星前史~の主人公であるガルダの母親であり、現代神鳥拳の正統伝承者である。






 ……






 コボコポ

 「どうぞ、粗茶ですか」

 「あいや、済まない。うむ……ここで摘み取ったものか? 随分と香りが良いなぁ、これは」

 「ふふっ、辺鄙な所で自慢出来る数少ないものですから」

 茶を注いで石造りの椅子に腰かけての談話。広い視野で辺りを見渡せる誰が間者が潜む事も難しき
 場所でダーマとビナタは南斗の事情に関し語る。このお忍びでの会話は悪しき者には聞けぬ内容だ。

 ビナタ。

 最後の将の真実を知る者は108派では稀有であり、その稀有に値してる者こそビナタである。

 彼女は代々の『最後の将』に成り得る資格を有していた。将に成り得るのは女である事、それ以外にも
 拳の内容や以前から覇権派に神鳥拳は組していた事も含めて彼女は一時最後の将の候補に選ばれた。

 だが、彼女自身は『最後の将』を一度たりと望んだ事は無い。ユリアが一時期心神喪失の状態の頃は
 その都合を良い事に覇権派はビナタを押してたものの、当の本人は自ら彼女と接して其の資質を最初から見抜いてた。

 故の進言しての辞退。覇権派は彼女の言葉に激昂しかけたもののビナタの強い言葉にユリアは未だ幼く其の
 喪失も時間が経過すれば回復して真の将に相応しい性質に成る可能性を考慮して覇権派は鎮まったのだ。

 「成る程、その件ですか……」

 話しを聞き終えると湯呑を両手で抱え仮面の隠れてない部分のビナタの顔つきは重くなる。

 「私も、ダーマ様のお考えには同感です。今でこそ若き鳳凰拳の彼の者が継承したばかりと言う事もあり
 覇権派も意識は逸れていますが、それでも落ち着けば未だ何か暴挙を起こしかねないと、私も危惧してます」

 「やはり、お主もか……ユリア様は完全に心を取り戻した。だが、あの娘が我々の中で育まれてる事に
 覇権派は良く思っておらん。平定の象徴たるユリア様を支配出来ぬ事をアレ等は苦々しく思ってるであろう」

 ダーマも愚かでは無い。今代の最後の将の一時的な任を請け負うに値する思慮は有る。

 力で世を支配せんと考える南斗の覇権派。平和を愛するユリアが将となれば彼等の描く理想郷は阻害される。
 ゆえに、慈母と『鬼神』を併せ持つ神鳥拳のビナタが将となる事こそ彼等にとっては理想的なのだ。本人の意思関係なく。

 「えぇ、ダーマ様の言う通りかと。彼等は言論だけで納得はしません。鳳凰拳の若き真なる王が
 即位され、南斗は昔の勢いを取り戻そうとしている。彼等は、世情が不穏な今こそ時期が来たと考えてるでしょう」

 南斗六聖『将星』サウザー。『慈母星』が最後を司る南斗の和平の象徴なれば『将星』は権力の象徴。

 「覇権派は、彼(王)を陥落出来れば南斗を思い通りに出来るかも知れないと邪推してます。……ダーマ様から見てどうです?」

 彼は? とビナタは聞く。鳳凰拳の使い手であるサウザーが力に囚われぬかどうかを、悪しき思想を抱いてないか聞く。

 彼女は其の拳の特質や最後の将の真実を知るゆえに108派の表には殆ど出た事が無い。現在の上位36
 の南斗聖拳には欠番有るが、その内の一つの穴こそ神鳥拳であり、ビナタが居る証明で有る。

 彼女は遠目で視認した以外でサウザーと直接的に関わった事は無い。先代のオウガイとも交流は殆ど持たなかったのだ。
 尤も彼女がオウガイを尊敬してなかった筈もなく、葬儀に出席出来ぬ事を影で涙し夜間誰ともなしに
 オウガイの墓前で涙したのは言うまでもない。まぁ、この世界では其の涙も真実知れば無駄かも知れぬが。

 ダーマは、真摯に聞くビナタをじっと見る、そしてフッと力強い笑みを浮かべた。

 「……私の目が確かなれば、あの王は大丈夫だ。変えてくれるだろう、我等の悲願を、夢を実現に」

 ダーマの言葉に、ビナタは『あぁ……』と感激を伴わせ声を上げ溜息を吐く。

 「良かった……正直、恐ろしかったのです。先代のオウガイ様は彼を可愛がっていました。
 鳳凰拳の継承の儀については幾らか聞きかじった事あるのです。それが真実ならば彼の心が其の儀に
 耐えられぬのでは無いかと、耐え切れず修羅と化し南斗に、この世に鬼神が生まれぬのではと……」

 洗いざらい、ビナタは抱えていた不安を曝け出し最後に安堵の息をつく。

 「けど、良かった。それならば私も姿を顕にして鳳凰拳の彼に会う事も叶わぬ事で有りません」

 「そうだな、考えてくれビナタ。お前ならば、その二つの仮面と同じく二つを一つにしてくれると信じておる」

 示唆するのは『鬼神』と『慈母』の二つの仮面。それが一つとなった時に神鳥拳の極意が発せられる。

 ただ、それは真の実力が強まるとかそう言う類の意味合いの極意で無い。もっと深い、ずっと遥か昔に
 決別されたものを取り戻す。その意味合いでの極意が発せられるのだ。この二つに分かれた仮面は。

 「えぇ、私も……信じたいものです」

 話しは終わる。ダーマは長く滞在すれば余計な目に付けられる事を危惧して用件の終わりと共に早々と去る。

 それを静かに見送り、ビナタはソッと吐息をついて雲も殆ど無い晴れやかな空を見つめる。

 「……変われるかしら」

 世は儚い。その摂理の人の力では変えるのは無謀な理をビナタは知っている。

 神鳥拳は六聖と並び南斗聖拳の始祖が生み出した拳を受け継ぐ正統なる拳であり武技。

 最後の将の真実を随分前に知ったから解る。『慈母』とは傷つける刃を持ち合わせた者では絶対成り得ない力。
 
 傷つけるのでなく受け入れ愛撫し癒す力、それを抱くからこそ『慈母星』こそ最後の将足り得るのだ。

 「……そう、だからこそ」

 空から視線を外しギュッ……と握り拳を作り、その拳に視線を注ぎながらビナタは物思いに沈む。

 己の中には他者を労わり、慈しむ事こそ至福と抱く心が有る。だが、その一方で拳士としての部分は
 強き力を渇望し、その力を善悪の分別無しに行使すると共にぶつける事を片隅で願っていると自覚してる。

 首を静かに振り、己の中にある鬼に悲しみが増す。

 覇権派に、自分が六聖の最後の将にと言われた時、一瞬たりとも喜びが無かったと言えば嘘になる。

 だが、己が将となれば遅かれ早かれ、この体に有る鬼神の血は乱れた世に対し放たれる事を望むだろうと
 自分は知っていたのだ。だからこそ体面では、あの少女に、ユリアに快く譲ったように見せてる。

 だが……実際は。



                              「母上っ」




 ハッと我に帰る。暗い思考の海へ浸かりかけたのを救い出した声。

 伏せていた顔を上げる。その目の前には未だ輝く大陽を受けて輝く自分も自慢の髪の毛と顔が有った。

 「大丈夫ですか、母上? ボーッとしてたけど」

 そう、言葉通り心配そうに覗き込む最愛の顔。

 その顔を見ると先刻まで患っていた暗い思考も馬鹿らしくなり笑みを零してその顔の頬に両手をそっと当てる。

 「いいえ……何でもないわ『ガルダ』。ただちょっと、お客様が訪ねてきて……」

 少し大事な問題を持ってきたから、その答えに悩んでたの。

 母親の顔つきでビナタは微笑む。翳りは見えない明るい表情に安心してか、未だあどけない息子は直ぐ笑顔になった。

 「どんな問題かは知らないけど、母上ならきっと良い案を出すよ!」

 屈託のない笑み。如何なる内容が知らずとも絶対の信頼を注いでくれる。この笑顔だけで己は前を向いてられる。

 そうとも、弱気になるなビナタ。私は私の信念を貫くまでなのだから。

 「そうね。ガルダ、言いつけ通り森を100週してきたようだし、少し早いけど昼餉にしましょうか」

 「えっ! 本当に!? よっしゃ……良かったです、今日は雉を取ったので、それを焼きましょう母上」

 「別に正式な集合の場じゃないんだから、砕けた口調で良いのよガルダ」

 最近になって大人がするように口調を無理に丁寧にするのを覚えてきた息子。その仕草の一つ一つも愛おしい。

 聞くだけで和む明るい笑い声を立てながら二人の神鳥は手を取り合い家の中に戻る。

 


 ……ガサッ



 その際、二人が家の中に消えたと同時に少々離れた茂みで何かが揺れて、そして遠くへと去った。





   
  ・




         ・

    ・



       ・


 ・



    ・



        ・



 「……いたっ」

 場面は変わる、朝に其の金ともオレンジとも取れる色をバンダナで纏めあげた彼女は何時も通り
 鳥影山の女子寮を出て靴を履いてシュウの元へと修行に出ようと思っていた。

 瞬間に足指に起きる鈍痛。安上がりな使い捨ての出来る布地の靴の奥底を逆さにすれば転がる四角い物体。

 「ガラ……ス?」

 目で確認する事は出来ない彼女は、手でソレを摘んで形状を理解すると其の名前を呟く。

 そう、硝子だ。靴底に硝子が忍ばせている、その事実に一瞬黙考してから彼女は溜息を吐く。

 そして、何をするでもなく適当な布地が置いてある場所を頭の中で描き、取ると切った足の指に縛る。

 少し未だ鈍く痛むものの歩く事に支障が無い事を爪先を地面に叩いて確認すると彼女は外に出る。

 すると……。


 ――シュッ。


 「っ……」

 何かが上空から飛来する音、それが右側から来るのが視覚を失ってから敏感となった聴覚が教えると
 同時に彼女は左へと大きく跳んだ。そして、彼女の耳元に何かがグシャッと潰れる音が聞こえたと同時に。

 ――ズボッ。

 「っ!? ……」

 地面が浅く陥没する音、それと共に鼻を突っつく異臭。

 女らしからぬ舌打ちをして、その踏み抜いた足を上げると共に粘着質な音と不吉な冷たさ、そして牛の糞の香り。



      クスクス

 クスクス

                  クスクス……


 「……」

 周囲から聞こえてくる悪意が伴った笑い声。

 低く腰を下げたアンナは顔を歪めるでもなく精神を統一させて周囲の其の笑い声に身構える。

 そして、また悪意が大きく膨らむ気配を感じるとアンナは何時でも回避出来るように体を強ばらせ……。



 「ちょっ!!!?? アンナーーー!! どうしたのよ、それ!!!?」


 ……気配が雲散霧消する。馴染みのある力強い声、そして荒々しく駆けてくる足音。

 「アンナっ! 一体どうしたのよ其の足!? それにあの潰れた何か排水でも詰まってそうな水風船何っ!?」

 大きく息をつく音、声だけで解り切る心配が全面に覆われた相手を親身に思いやる声。

 アンナは笑みを浮かべ、その親友である彼女へ答える。

 「大丈夫だよ、ハマ、私は」

 「大丈夫って、何がっ、とかそうじゃなくて……! ……あぁ、たくっ! こんな事を仕出かした奴等何処よ!?
 やり方が陰険過ぎて殺意が浮かんでくるわ! アンナ正体知ってんの!? 教えなさい、ぶっ倒すから!!」

 「ははは……落ち着きなって」

 (そう……これ位なら、大丈夫だから)

 ……以前にも同じ事は有った。

 心当たりと言えばシンとレイに付き合いが出来た時から。

 カレンが以前他の女性拳士達に虐めを受けかけた時の頃から、アンナはターゲットになっていた。

 キマユやハマと友達になった頃から、そう言う嫌な視線は有ったのだ。それが徐々にエスカレートし
 仲間の擁護が無い状況で、そのような悪質な手合いの介入が無かったと言えば嘘になる。

 ジャギや他の仲間達には言わなかったし、言う気も無かった。これに関しては己で全て対処出来る自負を持ってた。

 持ってたのだが、あの一件から世界から光が消えたと共に再度その陰湿な嫌がらせが復活し始めていた。

 軽くて、今のような死角からの傷にならぬ程度の物の投擲。重くて靴類にガラス……。

 「ふぅ」

 肩をいがらし、自分の前方に立ちながら勇ましく自分に与えた見えぬ者達への制裁を呟いている親友に
 気づかれぬよう溜息を吐きながら、アンナは事の問題に対し冷静に頭の中で対処を考える。

 女の嫌がらせとは、自分も女であるがゆえに解る。自分より上……この場合シンやレイ、それにサウザーとも
 親しげに話せる自分は第三者からみれば『ふざけた女』である事は解っていたのだ。

 だがサウザーや他の仲間達の縁を取り持つのには人目を憚らず接近するしか無かった。だからこそ、こう言う
 虐めに対しても何とかやり過ごそうと決意してたが、最近また過剰に透明な攻撃が降り注いでいる。

 (何とかしないとなぁ)

 正直、このまま続けば女性拳士に確執が起きる。世紀末とか言う前にサウザーがまともなのに関わらず
 今の女性拳士の一同に罅が入るのは駄目だろうとアンナも自覚している、だが手段が見当たらない。

 時間が経てばほとぼりも冷めるかと甘い考えも有るが、この場合元を絶たない限り幾らでも自分が
 サウザーやソレに顔だけならば誰もが好かれるレイやらシンに付き合いが有る己は同じ事が起きるだろうし……。


 (リンレイ様とかに相談出来れば良いんだけどなぁ、何か近くに居ないかなぁ……相談出来る心強い女性)

 今のリンレイはレイの特訓に忙しく、それにロフウの目が光ってる為に中々二人きりで密談と言うわけにいかない。

 ならば別の大人な女性にでも、相談出来れば良いと思う。自分も以前は良い年した女だったと思うのだが
 生まれ直ってから、肉体に精神が引っ張られてるのが時折子供っぽい事で子供な反応をしてしまう。

 まるであの頃のように、あの頃のジャギと馬鹿をしていた、楽しかった白痴な頃の……。

 「っいけない、いけないっ……!」

 「? アンナ……行き成りほっぺた思いっきり叩いてどうしたの? 本当に……辛かったら相談してよ!?」

 「あっ、いや! 本当大丈夫!」

 彼女は彼女の理由によって、思わず『引き摺られそう』になった意識を自制し、それを見咎めて親友に
 肩を揺さぶられ問い詰められるも空笑いと共に応対する。その雰囲気に先程の翳りは見えない。

 だが、それを少しして覗いてた者が居た。彼女達二人に気づかれぬようにして。





                            「……ふむ」




 それは……木陰に身を隠すには余りに目立つ、紅色の長髪、そしてアイシャドウに紫のルージュ。

 


 それは、何処から見ても紅鶴拳の未来の伝承者


 『妖星』のユダで有った。













  後書き



 ガルダの外伝がコンビニで出たんで目を通しました。自分で予測してみるが、あの後にガルダは恐らく
 忘星の将の役目としてサウザーに激突し華々しく散ったと予測して見た。

 まぁ、無論妄想なのだが。それだとビナタの死は結局報われないし、ジャキライは欝は嫌いなんだが
 またまた欝の二次創作を書く事になると言う。……言っておくけど、自分欝は嫌いよ? 何でか書く事多いんだけど。

 あと、更新が本当停滞していてすみません。こんな駄作ですが暖かく見守って下さい



[29120] 【流星編】第二十四話『怪物達の鎮魂歌(前編〉』
Name: ジャキライ◆adcd8eec ID:02a2e8df
Date: 2013/11/26 16:08



肌の色だけで忌み嫌われ 容貌だけで震え上がられ

 古き時より 人は異国の者の微々たる違いだけで『悪魔』と称し 接滅をした

 人とは、時に聖者になれるが、時にして同じく残酷なる邪悪へと容易に変化出来る

 果たして、人の姿をしながらもどす黒い心を抱く者と

 姿かたちは人と大きく異なれど慈悲と義勇を抱く者は

 どちらが 化物なのだろう

 知るすべは無く  その屍達の中に流れる調べは 鎮魂歌……











 サウザーを中心に、体調不良のリュウロウの代替として指揮をとるキタタキが先導する南斗軍。

 その行軍は時折邂逅する何処ぞの落伍した軍の一団や盗賊の群れと出会う事も会ったが、それらは直ぐに
 南斗の軍勢の大軍の光景に戦意を瞬時に失い尻尾を撒いて反転して去るが降伏するのが例だった。

 去るものは追わず、降伏するものは南斗の軍へ吸収され戦力は肥大していく、これも行軍の旨みであろう。

 (この調子なら、あと四日、遅くとも一週間以内には彼のアスガルズルに着けそうだな。
 吸収した放浪の者達の人数も考えると、食料に不安がある……出来る限りアクシデントは避けんと〉

 目頭を擦り、キタタキは小さく吐息をつきつつ荒野と言う決して人には優しくない道程で思考する。

 この進行の目的は決して侵略行為でなく、高い確率で有ると言われた資源が豊富であるだろう国との
 外交を繋げる事だ。未だに核の終末によって資源が過不足な状況。いくらでも欲せるものは欲しいのだ。

 だからと言って、全てを食い潰すような武力介入は避けなければならない。あくまでも南斗は平和を実現
 するのが理想なのだ。相手の国の全貌も不明ながらも、穏やかに結びつきが出来るが望ましい。

 女人の支配する国、アスガルズル。楽園のような国と聞いたが、果たしてソレは真意か?

 話しだけだと天国のように思える内容、眉唾もので、地獄めいた環境から逃れたい夢想家達が
 編み出した虚言が風聞して広めた只の夢物語である方が遥かに高い。キタタキはそう思っている。

 情報収集を行った各地を文字通り命懸けで奔走する偵察兵達の情報を統合すれば国があるのは間違いないだろう。

 だが、甘すぎる話しには毒が有ると考えるのは当然の事。確かに人が密集する国は有るかも知れないが
 決して風聞通りの楽園であると将軍代理の彼は露一滴程の信用もしてなかった、ゆえに到着した時の対策も幾らか考えている。

 「……軍、キタタキ将軍ッ!」

 「っお? どうした?」

 耽る万策、脳内で編む数々の不測の事態に対し考えを没頭してた彼は近くの兵の声が何度が
 声を掛けるまで我に帰らなかった。そんな彼を少し不安だとばかりに溜息をついた兵士はこう口を開いた。

 「本当大丈夫ですか? もう、日が暮れますよ」

 その声に、少し俯いていた顔を上げキタタキは目を細め『おぉ』と感嘆染みた声を上げた。

 ……夕日だ。

 地平線に沈む昼と夜の一瞬の隙間に起きる夕焼け。それが核によって真っ新な大地に大きく映える。

 世紀末前の混みこみとビルや家屋、山で覆われていては決してお目に掛かれぬ壮大なる景色だ。

 綺麗だと、周囲で同じく其の光景を見ていた一人の兵士が呟いたのを耳にする。成る程、確かに美しい。

 (皮肉だな、人の居ない世界でしかお目に掛かれない絶景……か〉

 キタタキは、そんな事を漠然と考えつながら一瞬だけ其の視線を後ろへ向けた。

 彼の後方には、彼の何時ぞやの我王の玉座の車に鎮座する我等の王が座ってるからだ。

 この雄大で壮観なる情景に、心の奥底に狂想を秘める王はどのような表情で見てるのか? と純粋な疑問で振り向いた。

 そして、直ぐに振り向いたのを彼は後悔した。

 

 ……サウザーは、無表情だった。他の兵士達は美しい夕焼けに視線を固定したからこそ解らなかったかも
 知れないが、サウザーは微塵も、全く、刹那程に表情を変える事のない能面のような顔つきで夕焼けを見ていた。

 それが、堪らない程にキタタキには不気味で、そして再度決意を固める理由になり得た。

 (あいつだけは何としても、止めなくちゃならない)

 「今日は、此処で進行を停止する!!」

 夕焼けは数十秒程して、沈んだ。日は沈み空が暗闇に包まれるのを視認するとキタタキは他の兵に伝令させて
 行進の中止を最後尾まで伝える。将たるサウザーも、この判断には口を挟む事は無かった。

 未だ行程は長い、一応指針を示すコンパス等は有るものの闇夜を先行きも定まらぬままに
 進行するなど愚の骨頂である。兵士を悪戯に疲弊して危険に晒すだけで百害あって一利もない。

 円陣を組み、予め進行前に決めていた班が見張りを行い夜を更ける準備が出来たのを見ながらキタタキは
 一人だけ兵士達の中を抜けて荒野が見渡せる場所に歩く。暗殺等の危険は承知しつつも、考えに一人耽りたかったのだ。

 (……サウザーは間違いなく、六聖と108派の粛清を計画している。俺一人が声高々にソレを
 口唱した所で信用は勝ち取る事は不可能に等しい。……リュウロウは既に体力の限界だ、味方は乏しい〉

 キタタキは、月夜はなく、そして星空も見えぬ薄暗い雲で覆われた空を見上げ溜息を吐く。

 (……ハマは、無事に他の六聖に救援を求めれただろうか? 同軍とてユダは信頼出来ない、間違いなく
 武力派だ。最悪既にサウザーと結託してる可能性も有る……シュウは、人格こそ真っ当であるが
 サウザーと張り合える戦力を保有してない、当たり前だが。……時間を考えると、シンに俺の情報を
 伝えられた可能性は低いな……くそっ、解っているとは言え、後手に回っているのが痛い〉

 キタタキは現在の正確なる状況を把握は出来ていた。

危うい綱渡りの中、一人の兵士に拷問もどきの自白で聞き出したサウザーの他の南斗108派粛清と
 追放されし者達の収集、吸収の内容。自白させた兵士をキタタキは鋼の心と共に抹消すると共に行動に出た。

 掛け替えのない友に託した情報、そして権威を笠に他の108派の者達を何とかサウザーへの
 対抗自軍として置く。その為に試行錯誤をしてみた……が、それは芳しい結果を出ていない。

 その不良の原因は、まず第一に信頼を置ける相手が少ない事だ。キタタキ自身、もし最初にサウザーの
 考える内容を知っていれば直ぐに他の六聖や108派に警報を鳴らしていた。だが彼が不穏に気付き
 そして確信に至った時には他の108派の動向を判断するのが困難になっていたのが現在の状況である。

 昔馴染みの親友、そして過去からの人格などで武力思想に賛同せぬだろう者達にはサウザーと、その傘下
 に知られぬようにと、それとなく示唆してみるものの焼け石に水と言えるのが常。

 (何とか早く、奴の計画を日の下に暴かないといけないんだ……どうする……どの方法が最良だ)

 強硬手段に打って出れば、彼の王に己を叩き潰す良い理由をくれてやるだけ。

 だが、隠密下に確実となるであろう物的証拠が出たとしても軍力からして最初から圧倒的な差が有る。
 108派全てが味方へ例え回ったとしても、圧倒的な質量で押しつぶされる可能性とて否めない。

 アスガルズルに辿り着ければ、何か光明を得れるか? と言う何の理由も無い希望に縋り付く事は出来ない。

 今は慎重に王の動向を逐一警戒しながら、彼は己の責務を第一に行動する事以外に出来る動きが無いのだ。

 (……この星の無い空を、あいつ等は見上げてるだろうか)

 思考が一先ず済み、出来る事を一度纏め上げ空を見上げキタタキは旧友の事を憂う。

 何時も日向の中で佇んで、流れを静かに見ていた慎み深く、それでいて人と違ってた友。

 性は異なれど、同性を愛する業を宿し、その背負った物にめげる事なく遠い場所で戦う友。

(そういや、今はシンの元で俺と同じ地位に成り上がったと聞いたが……合流出来る確率は低いな)

 行軍で他の六聖の軍も合流すると聞いた時、まず最初に考えたのが昔ながらの信頼出来る友と再会しつつ
 現在自分の掌握した情報を流す事だったが、シンの伝令兵からは彼女は恐らく拠点に残るだろうと聞いた。

 多少失望が生まれたものの愚痴は言えない。世紀末と言う惨状下では待ちの姿勢や積極的に活動する事
 どちらが悪いとは言えない。彼女も彼女なりに考え、シンの拠点で残る事を考えたのだろうとキタタキは思う。

 そして、最後に想いを馳せるは唯一無二、幼少より友となり今でもその絆は褪せる事なき友の事を憂う。

 世紀末直後より、その彼は最初に思い出した友と同じく行方が知れない。核の犠牲、世紀末の到来に
 巻き込まれたのでは? と噂する者が幾数居るが、キタタキは彼等が死ぬ事など有り得ないと信じていた。

 あいつの事だ、どうせ何処かで人助けやり勤しんでこっちに来る事に気が回ってないんだ……と。

 (出来れば、早い内に他の事に回らずに来てくれよお前ら。こっちは破滅か存続かの瀬戸際が近いからよ)

 心の中で、彼等へと独りごち自軍の元へ戻る。焚き火をして暖を取る複数の塊の中には108派の
 伝承者達の何人かもおり、現在の行軍の状況や進行時に吸収した兵士達の対応及び素行を話ている。

 「んっ。あぁ将軍、少し宜しいですか?」

 その中の一人がキタタキへ気付き仲間達からの視線を外し立ち上がって近づいてくる。

 褪せた茶髪、多忙ゆえかろくに切ってなく長髪で頭部は燕の巣のようなものを拵えた狐目の男。

 南斗隠狐(おんこう)拳のスイフト。キタタキは話かけられると如何にも面倒そうな口振りで返答する。

 「どう言う用件か知らんが、手短にな」

 「なに、大した事じゃ有りませんよ。明日の出発の前には先行して偵察隊が出るでしょう?」

 先行偵察……世紀末となって、かつて有った地図や地形は殆ど役立たなくなった。
 何処どこに何か存在し、またどのような集落、そして意図をもった存在が居るのか未知。

 そのような情報を知る為に偵察部隊と言うのは必須。この行軍も地形把握と言う為には欠かせないのだ。

 「明日はどうせなら私が就こうと思ってましてね。それで、将軍である貴方の許可を、と思いまして。
 どうも南西の方角にも街のような影が見えていましたしね、警戒には越した事が無いでしょう」

 「……」

 キタタキは顎を撫でてスイフトを見る、見定める。

 正直言って、キタタキはスイフトと言う存在に対し嫌ってこそないものの好意も抱いてない。謂わば
 全くその実情を把握してない人物達の一人、であるからこそ彼は少しばかり判断に迷う。

 サウザーが粛清を考えた時に懸念した一つ。それは『賛成派』が他にもおり、動いている危機を彼は考えた。

 己が知る限り、サウザーが自分の知らぬ所で動ける部隊を所有していると言う情報以外では彼に傅く
 南斗伝承者についての情報は乏しい。銀鶏拳の一人が傘下だと耳にした事あるが、それも情報としては古い。

 「……そうジロジロ見られても余り良い居心地はしないんですか?」

 じっとスイフトの顔をキタタキは数秒見てたが、当のスイフトは気分を特別害したような素振りは見せず
 肩を竦めて返答するだけに留まる。その表情も涼しいばかりで本心が何処にあるかは推し量れない。

 「いや、構わん。なら明日は任せる……くれぐれも、無茶や可笑しな真似はするなよ」

 キタタキにとって、本当に信頼に値する人物でない限り其の態度は固い。故にどうしても語調も冷たくなる。

 「寛大なる配慮の裏返しの言葉と受け取っておきますよ。貴方こそ、余り根を詰めないように」

 スイフトは、その彼の返答にも依然変わらず大人な態度で返答して焚き火へと戻る。そのまま他の
 仲間達の談笑に自然に溶け込む様は、世渡り上手の狐と言うのを体現してるようにも思えた。

 キタタキは、彼の態度に少々の気に食わなさとやり辛さを覚える。拳士だと好戦的で直情的な人物が多く
 多少の会話に起きる反応でどのような人物が知れるが、あのような調子のものは実態を知るが至難。

 (然しながら、あいつ誰かに似て……あぁ、リュウロウか)

 その、やる辛さに何処か親近感を覚えたが、直ぐに知れた。

 以前、未だ世紀末当初、体調も未だ下回る以前は飄々と笑みを変える事なくリュウロウは智将
 として他の108派の難儀な性格にも手を焼く事せず掌握して他の軍派閥から着実なる勝利を取っていた。

 だが、今やそのリュウロウも拳を行使するには生命を削る手前まで至っている。キタタキが無理強いし
 リュウロウを将軍座から追い出し、養生させなければ既に倒れていたであろう病状は進行している。

 その事を、サウザーが把握してない筈がない。だからこそ、その出来事も含めての粛清の明確性を彼は意識してた。

 (リュウロウも……今回の行軍が終了したら何処かサウザーの手の届かぬ範囲に置き安全に養生させないと)

 粛清の計画に如何なる形で反抗するとて少なからず血が流れるだろうと予測は出来ている。

 その時、病に臥せるリュウロウはサウザーにとって体の良い的。最悪人質として反対勢力の動きを阻害される。

 (アスガルズルが万が一に安全な場所なら、そこに据え置けるか……だが今回の遠征でサウザーと同盟関係に
 陥るならば、リュウロウを其処へ避難するのも危険だ……もっと、奴と其の勢力の範囲外に)

 考えなければいけぬ出来事は多い、多すぎる。だが、それらを全て解決しなければ自分達に未来は無いのだ。

 思考で脳内も目も暗く覆われ歩きながら、その時キタタキは自分の耳に奇妙な物音が聞こえた。








              ~~~♬






 「あ……?」

 南斗拳士は、多かれ少なからず聴覚は人並みより上。キタタキも例外では無い。

 聞こえてきたのは、歌……どのような曲かは音楽には疎く不明だが誰かの歌声である事は知れた。

 行軍の中から聞こえるものでは無い。駐在する軍の中から聞こえるならもっとはっきり聞こえる筈だし
 それに其の音色はとても、何と形容したら良いのか彼には言い表せなかったが……惹きつける歌声だった。

 歌声の行方を無意識に探り、キタタキは寝床に向かってた歩を反転させて歌声の近くへと向かう。

 それは、テントの外れ。一キロ先に有る場所より奏でられている事がキタタキは知れた。

 「……南西の、街か」

 どうやら、人は存在するようだとキタタキは闇夜で姿形はすっかり黒に塗りつぶされながらも聞こえてくる。

 夕暮れ時に視認出来たものの、その街に組織下された敵対勢力が留まってるのを嫌いあえて進まなかった場所。

 このような荒れ狂う世界に、一筋奏でられる血生臭とは無縁の歌声。

 どうやら其の街に居るのはそれ程危険な輩では無さそうだと、多少キタタキの不安は拭えた。

 だが、この時彼が少しでも懸念を感じれば、あのような悲劇は、あのような破滅の序曲は奏でられなかったかも知れない。

 運命の掌に踊らされているとも知らず……。





    

   ・



         
           ・


     ・


 
        ・


  ・



      ・



          ・




 ザッ……ッ。

 日が明けて、鳳凰の傘下である南斗軍は日が昇ると同時に偵察部隊は迅速に行動を起こした。

 昨日の夕暮れ時に視認されていた街影、30分程掛けて到着した南斗の十字星を象る軽装具を付けた一団は
 その街へ肉薄出来る距離まで到着すると、その一団の指揮を執る伝承者のスイフトが口を開いた。

 「見た所、何処にでもある核戦争の影響で崩御した街の一つ……と言った所ですか」

 「けど、その割には余り倒壊した建物が少ないわね。未だ人も住み着いてるんじゃない?」

 その横には、腰に手を当てて何処となく猫っぽい顔つきの女性が街全体を見渡して人の住み着いてる可能性を指す。

 しなやかな肉体、それでいて少々桃色に近いショートヘアの髪型。可愛気のある風貌してるが彼女も実力
 ある南斗拳士の一人であり全貌は猫刄(みょうじん)拳と言われる南斗108派の正統伝承者だ。名はソマリと言った。

 彼と彼女はサウザーの軍閥に入って南斗の決め事通りに有事に従う事に忠実に行動してからは
 何の因果か互いに行動する事が多くなっていた。その拳の特性上、彼等の相性はそれ程悪くない。

 「確かに、これ程の規模なら住み着いてる可能性も吝かでは無いでしょう。……ですが万が一と言う危険性も
 有ります。ソマリ、貴方は周囲の探索をお願いします、私は中へと調査しますから」

 「あら、逆の方が良くない? 私の方が拳性としては戦闘の時は良い筈よ」

 ソマリとスイフト、お互いに戦場では連携する機会が多くなってからは、その戦い方も双方に熟知してる。

 だからこそのソマリは任務の交換を提示したが、スイフトは淡く微笑んで其の提案を穏やかに却下する。

 「仮にも女性に、余り危険な事はして貰いたくないですので」

 「……へぇ、何だあんた意外にフェミニストな所あるじゃん」

 ニヤニヤと、ソマリはスイフトの言葉に口の端を釣り上げる。小突くソマリにスイフトは苦笑いを取る微笑ましい
 場面も有ったが割愛だ。そんな彼等は恋人同士では無いが、どちらも信頼し合う仲である事は疑いようの無い事だった。

 軽い雑談の後に、お互いに分かれて控えていた兵士達を連れる。廃墟の中を行進する彼等は警戒して奥へ
 奥へと行くものの肩透かしを覚える程に人影が無い。どうも、本当に誰も居ないようだ。

 「やはり、完全な廃墟か? それとも、夜の内に我々の動きを察知して反対方向へでも出たか……」

 完全な廃墟ならば、少しは人の生活してたであろう家屋から少数で構わないから生活用品等を入手すれば良い。
 中々大きな広さを持った街だ。少し人を使って時間を掛ければ世紀末前の生活も送れる可能性も高い。

 逆に、何処かの勢力の拠点で南斗の大軍の行進を察知して援軍及び情報を取る為に夜間に知れず逃走
 してたとなれば少々厄介な事態になる。その勢力が、手がかりを残してる可能性は低いが何か痕跡が有れば見つけたい。

 「……そう言えば、スイフト隊長。ちょっと宜しいですか?」

 「んっ? 何か見つけたか」

 一人の兵士が声を掛ける。何か人の痕跡か気になる物資でも見つけたかと振り向くが次の言葉は面食らうものだった。

 「いや、全く関係ない話で申し訳ないんですが。隊長って、ソマリ隊長と付き合ってるんですか?」

 「はぁ?」

 行き成りの、質問。スイフトは多少間の抜けた声を上げてしまったが、瞬時に先程の彼女とのやり取りを
 見ていれば、そんな勘繰くりされても可笑しくないかと納得して、何時もの苦笑を顔へ浮かべる。

 その顔は、幾多もの人生を経て経験した世渡りで獲得した表情だ。隠狐の名に似合う、保身の固めた顔。

 「いや、彼女とは決してそう言『誰だッ!』!? ッどうした!」

 その兵士へ返答しようとした矢先。通路の奥へ進んでいた一人の兵士が突如上げた声にスイフトは返答を途絶えた。

 急いで、その方向に走りスイフトは普段殆ど見開かない狐のような細めを僅かに見開いた。

 ……少女だ。未だ歳としては成人には達していないであろう気弱そうな感じの少女が自分の傘下の兵士三人
 に囲まれて狼狽えて立ち尽くしていた。行き成り兵士に囲まれた所為だろう、少女は怯えた顔を浮かべてる。

 「スイフト隊長! 見つけましたっ、人です! 見た所、この少女だけで……」

 「おいっ、お前!! 一人だけか? 他に仲間は居るのかっ!!?」

 「我々は南斗のサウザー軍の者だっ! 放浪者か?」

 一人の兵士は見つけた時の状況を報告し、他の兵士二人は恫喝する勢いで少女に質問する。

 スイフトは、その兵士二人の乱暴な訪ね方に眉を顰める。確か力で正規兵士に至った成り上がり。
 性情が元より激しいゆえか態度が乱暴なのは仕方が無いが、少女に対する質問の仕方では無い事は確かだ。

 「お前達、そんなやり方では怯えるばかりだろう……」

 言いすくめようとした時だった、その少女も余り強い精神では無いのだろう。堪りかねた様子で
 兵士達三人の間を一気に抜け出して逃げ出そうとした。その行動が、最悪な事態に至る起因となった。

 「っ貴様! 逃げるな!!」

 突如逃走した少女を、兵士の一人は担いでいた槍の柄で牽制して制止させようとした。

 その柄は強かに少女の肩へ直撃し、呻き声と共に少女は地面へと倒れる。打撲と膝と腕にすり傷を負って少女
 は涙を顔につくった。その状態に陥らせた要因の兵士は少しだけバツの悪い顔になり、スイフトは怒気を滲ませる。

 「止めなさいッ! こんな少女に乱暴な真似はっ……君、大丈夫か?」

 駆け寄って、少女の怪我を診ようとするスイフトに少女は涙を目に溜めて何も言わない。

 口が聞けないのか? と一瞬考えるスイフトに、一歩遅れ少女は震えた事で何かの単語を弱々しく紡いだ。

 ギルダブ……ミット、と。

 「何?」

 誰かの名称らしい、なれば他に仲間が居るのかと少女の言葉に考えた時だ。

 ……爆裂したかのように少女は泣き始めたのだ。それは途轍もない、泣き声を。


 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!

 痛いよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!! ギルダブぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! ミットぉぉぉ゛ぉ゛お゛

 うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゛ぁぁ゛ん!!!



 「ッッッッ!!!!??」

 
 鼓膜が破れるかと本気で考えかねない程の声量の泣き声、スイフトと周りの兵士達は耳を抑え顔を顰める。

 (何と言う……ッ大声!!)

 ギルダブ、ミットと言う人物の名を泣き叫びながら少女は唱える。それを制止しようと懸命に兵士達は
 少女の口を抑えるなりしようと思ったが、余りの超音波に似た泣き声に苦しむばかりで出来ない。

 聞いている者達には永遠に等しい泣き声、だが総じて十数秒程の悲鳴に近しい声は段々と萎んで
 最後に嗚咽としゃっくりと共に少女が静かに泣いて終わった。だが、先程まで余裕が有った南斗の兵士達は
 少女に対する認識が危険性の低い放浪者から得体の知れない特別な力を秘めた脅威へ改められた。

 「何て言う……悲鳴、この娘……本当に人かっ!!?」

 「くそっ……耳の中が未だ鳴り止まない……」

 数人は未だ聴覚を麻痺して佇み、復活が早かった者達は不気味に倒れて泣いている少女から一歩距離を置いた。

 スイフトも後者だった。この、声だけて鼓膜を破壊しえなかった少女の秘めたる力に恐れを感じ取ったのだ。

 (どうする? この少女を将の元へ連れて行くか、または捨て置くか)

 対処が決めあぐねる、とりあえずスイフトはこの泣いている少女を自軍に連れて帰り仲間と王で処遇を決めよう。

 そう判断ついた時だった……。




                            「……てめぇら、レーンに何してやがる」




 聴覚が一時的に機能しなくなった事が原因だった、その殺気を感じ取った先、既に其の人物の牙の届く
 範囲内に南斗の偵察隊は及んでいた。ボロボロの衣類……そして、人間とは程遠い形容の体つき。

 赤い、血のように赤い鬼のような形状の存在……そんな化物が偵察隊・スイフト達の前に姿を現したのだ。

 「っギルダブ……!」

 倒れ泣きじゃくっていた少女が、その人物を見て涙を止め、鼻水が流れながらも明るい声を発する。

 然しながら偵察隊はそんな余裕など無い、その行き成りの化物を視認した事にパニックに陥りかけたのだ。

 「っな、何だお前は!!?」

 「化物……だとっ!? 鬼かっ!? いや……くそ、おいっそれ以上近づくな、射抜くぞ!」

 混乱しつつも鍛えられてはいる南斗の兵士達。直ぐに固まって兵士達槍を持ってた兵士達は構え、そしてボウガン
 を携帯してた兵士達は跪いて近接兵士達の傍で射撃出来る陣を形成して警戒の声を上げる。

 だが……全て無意味だった。その奔流と破滅へと陥る運命の流れの前には。

 「レーンを……離せ……ッ!!!!!!」

 怒気と殺気の孕んだ声、そして一歩踏み出される足。

 その行き成りの現実とはかけ離れた容姿をした者と出くわした混乱で正常な判断が一時失念していた
 兵士の一人は、堪らずその恐怖からボウガンに手をかける。放たれた引き金は一挙に他の者にも伝染する。

 計六本の矢、それが一斉に赤い形状の容姿の者の体へ突き刺さる。浅く、腹部や胴体へ張り付いた矢だが。

 
                            ―――――オラァァ!!!!



 目を見開く兵士達、それはそうだろう。何せ放たれた矢は貫通する事なく其の化物の皮膚に刺さるだけに留まり
 その全ての皮膚の浅い部分で止まった矢は化物の『気合の咆哮』で吹き飛んだのだから。


 「レーンを……離せっっつっっってんだろうがああああアアアアアアァァァ゛!!!!!」


 前進、地面を陥没する程の蹴りと共に其の怪物……ギルダブは形相のままに南斗の兵士達へ襲いかかった。

 槍を構えていた兵士達は、僅かに怯みつつも一斉に槍を突き出して串刺しにしようとする。だが叶わない。


  ――――ズバッ!!!


 「無駄なんだよぉぉお゛お゛!!!」

 『バッ!!!??』

 槍の壁の前に、無謀な特攻は無意味と帰すと南斗の兵士達は疑って無かった。

 だが、それが『怪物のようなもの背後から尻尾が現れて、その尻尾が鋭利な刃の鞭のように槍の切断』する
 等と誰が予想出来るだろう? 兵士達全員、その予想を超えた存在の異常なる攻撃の前に虚を突かれた。

 ――ザシュッ!!  ――ザシュッッ!!!

 「――――――ッッッ!!!!」

 ギルダブは咆哮と共に南斗の兵士達、その怪物(フェノメーノ)として培った腕力で、爪で、造られた
 蠍をペースとした毒の尻尾で惨殺する。奮戦するも最初の地力からして兵士達は差が有りすぎたのだ。

 「お前達……ッ」

 虐殺の様子にスイフトは声を震わせる。だがソレを造り上げている怪物は停止する程に温情は無いのだ。

 「最後はてめぇだ!!」

 圧倒的な惨殺劇に、何とか其の攻撃を掻い潜っていたスイフトも遂に激昂したギルダブの爪が降りかかる。

 ザシュゥ!! と肉の裂ける音と共に吹き出す血。目を見開いて地面に仰向けに叩きつけられるスイフト。

 ギルダブは、止めとばかりに最後に腕を振り上げるか。直ぐにそのスイフトの状態を見て動きを止めた。

 ……スイフトの瞳孔は止まっていた。呼吸もしておらず、今の一撃が原因で死亡したのが逆上していた
 ギルダブにも伺えた。その全てのレーンを傷つけた存在が死んだ事に溜飲が下がり上っていた血も下がる。

 「……何だ、こいつ一撃で死にやがったっ。てんで弱ぇ! 見た所この一団の指揮とってたように
 見えたが、肩透かしだぜ。……おい! レーン、怪我は大丈夫か。一人で勝手に出歩くなって言ったろうが!!」

 「んっ……ご、御免っ」

 怒鳴り散らす怪物の容姿のギルダブ、そして少女のレーン。

 南斗のサウザー率いる軍と共に、怪物(フェノメーノ)の者達もレーンをアスガルズルへ
 送り届ける為に向かっていた。そして何の神の悪戯か、邂逅したのだ……この無銘の廃墟で。

 「だ、だけどねギルダブ。殺しちゃったの、ま、不味いよ……この人たち、そんな悪い人じゃなかった……」

 かも知れない。と言いかけたレーンだがギルダブの怒鳴り声で遮られる。

 「あぁ゛!!? 知るか、そんな事!! 人間は全部屑野郎なんだからよぉ!! それに……」

 お前(レーン)を傷つけた。そう言いかけるも照れや目前の迫る別れを知って言葉を閉じる。

 
 ……ザッザッザッ!!

 「っちっ、未だ他にも居るのか!」

 言葉が暫し二人とも止まった時だった、レーンの最初の泣き声やギルダブの人を硬直させる程の咆哮も相まって
 他の場所を探索していた南斗の偵察隊が駆けつける物音をギルダブは聞き取って舌打ちをする。

 このまま返り討ちにも出来るだろう、だが、こっちにはレーンが居る……万が一の事は避けたい。

 ギルダブは、自分の力量ならこのまま殲滅する事も出来ると過信な自信は有るもののレーンの存在が冷静
 さを維持させた。彼女へ口早に『仲間ん所へ戻るぞ』と告げて、その血の絨毯から姿を消した。

 少し遅れてから、ソマリ率いる偵察隊は駆けつけ、その惨状に言葉を失った。

 「そんな……スイフトッ!? スイフトぉ!! 嗚呼ぁ……何で、こんな……」

 多少、彼女はスイフトに対し恋慕に近しい感情を覚えてたのだ。死体となっているスイフトの前に跪き
 両手で顔を覆って泣き伏せる。一時、その悲しみに包まれた空間は誰も寄せ付けれない……。











 ――ムクっ。

 「ふぅ、酷い目に遭いました」

 スイフトが、突然何事も無かったかのように上体を起こすまではだ。

 「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!??」

 「……何を驚いてるんですか、ソマリ?」
 
 「だっ……だっ!!?」

 「あぁ、私のさっきの状態ですか? 『擬死』ですよ。結構、これ私の拳の秘技なんですけどね」

 と、頭を掻くスイフトは未だに鳩が豆鉄砲を食らった顔で自分を指差すソマリへ説明する。

 ……擬死。数多くの生き物が外敵に襲われた際に行う一つの防御本能として有名だ。

 南斗隠狐拳も、敵を欺き襲撃する特性として『擬死』を備えていたと言う事だ。

 「私の拳も、それが極意でね。まぁ、はっきり言って死体を玩具にするようなモヒカンのような輩には
 正直使用が難しい技なんですが、今回ばかりは功を奏しましたよ……あの、話を聞いてます? ソマリ」

 「……死ねっ」

 「そんな酷い」

 最後まで説明を聞いて、胸に浮かんだ羞恥とスイフトの先程までの状態を目の当たりにして浮かんだ感情
 を忘れたくソマリは暴言を吐く。スイフトは、そんな彼女に涼しい顔で肩を竦めた。

 「……で、馬鹿げた話はさておき。誰がこれを起こしたの?」

 「馬鹿げた話と言うのは悲しいですねぇ……起こしたのは、何と言えば良いか……簡潔に言えば人非ず」

 スイフトは、その狐目を鋭くして、倒れ伏す本当の屍……つい数分前には共に生きてた部下たる仲間を見つめ告げる。

 「どうも、特殊技能に秀でられた『何か』の集団です……一筋縄ではいかないですね」

 迅速に自軍へ戻り、スイフトは邂逅した其の人物達の単語を反芻する。

 ギルダブ・ミット・レーン……三つの名称。

 (どう言う集団かは未知だが……あぁ、そうですとも。『一筋縄』ではいかぬでしょう)





   ・





          ・


     ・



         ・



  ・



       ・



           
            ・




 「……そう、か」

 場面は移り変わり、その廃墟の南西の街の奥では一台のトラック。そして容姿は多種多様、翼が背中に
 生えたような人物や、ほぼ容姿が怪物のような存在が固まっている一団が居た。

 怪物(フェノメーノ)。かつて人造兵器研究所によって生まれた人が生んだ科学の闇、存在が闘いを義務付けられた者達。

 その存在を指揮しているのは、その中でも統合して大きな力を秘めるミットと言うスキンヘッドの寡黙な屈強の男だった。

 ギルダブの言葉を聞いて、ミットは僅かに額を其の筋肉で膨れた手で抑える。

 「おいおい、どうしたんだよミットよぉ? 安心しろって、おい。あんな一撃で殺せるような雑魚共なんぞ
 俺一人で十分ぶっ倒せるっつうの。何時もと同じさ、適当に追っ払って、アスガルズルへ行く……だろ?」

 レーンを連れてギルダブは言う。そう、既に彼等はレーンへと道中で彼女を人間の場所に送り届ける事を告げたのだ。

 純粋無垢な彼女は、他の仲間達が何かを秘匿している事に薄々感づいていた。だからこそ仕切りに何度も何度も
 彼等へ質問して、根負けした一人が正直に話した内容を聞いて……それが南斗の兵士と遭遇する事態になった。

 『何で私だけ置いてくの!!? 嫌っ!! ぜ~~~~ったいに嫌!! 私ずっとずっと皆と一緒に居るもん!!』

 『聞き分けのねぇ事言ってんじゃねぇレーン!!』

 発展した口論。

 この南西の廃墟で、真実を知ったレーンは当然ながらも自分が見ず知らずの者達の中に暮らす事に異議申し立てた。

 だが彼らも彼等でレーンの幸福を願って下した決断。レーンを説得しようと寡黙で口下手なミット
 の代わりにギルダブが説得しようとしたが。元々口が悪いのだ彼は、直ぐ理論も成り立たない言葉の応酬と化した。

 互いに喧嘩腰で、落ち着くまで別れた結果。それがレーンが一人っきりになり南斗の兵士達と遭遇する原因に陥ったのだ。

 「ギルダブ……今回は、そう簡単には行かないかも知れないよ。……相手が悪い」

 「あぁん?」

 未だ現状の危機感が低いギルダブに、一人のフェノメーノは不安を滲ませて告げた。

 「今回、あんたが襲ったのは南斗って言う、いま最も勢力が伸びている軍団の一つなんだ……もし
 私達が襲ったって相手が知ったとしたら……報復されるかも知れないよ。そうなったら……っ」

 「ははっ!! 大丈夫だったぇの! そうしねぇ為にも皆殺しにしたんだからよぉ!!」

 ギルダブは、そう不安ない自信に満ちた顔告げる。

 ……だが、当の南斗の駐在する軍では既に話は行われていた。

 




 「……討伐隊を結成する」

 整列された兵士達、そして王の名に相応しき乗り物に堂々と座り傍観に徹する王の傍らでキタタキは
 戻ったスイフトとソマリの偵察部隊の話を聞いて既に決断を下していた。その顔は無表情ながら目は凍える程に冷たい。

 「勢力は不明ながら、特殊な技能を秘めた其の襲撃者の情報と街の規模を察するに敵の人数は推察するに
 100よりは下……それでいて、全員が108派に近しい実力を備えていても可笑しくないと察する」

 キタタキは戻ってきた彼等の情報から、その最悪性に気づいた。故にこそ、怪物(フェノメーノ)達の
 実情及び、その構成に関しても恐ろしいまでに正確に近い内容へ至っていた。

 「これより、選び抜いた108派伝承者達を中心に南西の街に対し進撃を開始する」

 淡々と、朗々とキタタキから発せらえるは死の暗示。





 「……もし仮に、俺達がやった事と知れてるならば」

 同時刻、起きた惨事に関して頭を巡らしていたミットと、キタタキは。







  『……戦争だ』






 同じ、鎮魂歌の開幕を呟いた。
















   あとがき





 某友人『俺が何故ボルゲを好きかって言うと、世紀末当初よりケンシロウに闇討ちしようって考えた冷静な 
 判断、そして返り討ちにされても最終回まで失明しながらも執念で生き抜いてたあの生命力の高さ。
 それと修羅の国で奇襲では有ったものの修羅一人の腹に風穴を開き且つ死環白を打ち破った秘孔を扱い
 北斗界ではアインとかと同等の実力を備えているバットなる存在にも圧倒的に勝つ、その魅力からかな』


 それ、最後の部分バットの魅力じゃね?(´・ω・`)


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
4.0119831562042