谷口キリコは県立朝日ヶ丘学園に通うごく平凡な女子中学生である。
ざっくりと断ち切ったショートカットの髪が良く似合うハンサムな顔立ちから女子生徒の人気が高い。
そして同年代の女子に比べ随分と発育が-特に胸-いいことから男子生徒の人気も高い。
だが回るターレットから熱い視線を送る人間は掃いて捨てるほどいるものの、友人と呼べる存在が皆無なのはそこはかとなく醸し出すハードボイルドな雰囲気のせいだろう。
「ただいま帰りました」
「あら、お帰りなさい」
家に戻ったキリコを出迎えたのは母親の谷口フィアナ。
名前のとおり日本人ではない。
マグロ漁船に乗り込んでいた父が南アフリカで一本釣りしてきたヨーロッパ系アフリカ人である。
すでに40近いというのにその美貌にはいささかの衰えもない。
ちなみに父親はキリコが10歳のときにソマリア沖で行方不明になっているのだが、フィアナは「あの人は何があっても死なないわよ」と笑い全く心配していない。
キリコ自身も幼少の頃から交通事故で腰の骨を折っても三日で退院する父の姿を見ているので、世の父親というものはみんな銃で撃たれても弾丸のほうが急所を避けるものだと、ごく最近まで信じていたものだった。
学校の帰りにレンタルショップで借りた「風まかせ月影蘭」のDVDを手に、階段を上りかけたキリコをフィアナは呼び止めた。
「貴女にお客様よ」
「私に?」
「じゃ後は適当にやってね♪」
突然の訪問者と娘ひとりを家に残し、鼻歌を歌いながらいそいそとコンサートに出かけるフィアナ。
色々な意味で規格外な女性なのである。
客間では銀河万丈の声がよく似合う金髪の下膨れが座布団の上に正座し、虎屋の羊羹をつまみにほうじ茶を飲んでいた。
「ワタクシ、こういう者でして」
差し出された名刺には「訴訟・調停・納税相談・その他諸々代行 J・P・ロッチナ」と記されている。
「突然のことで困惑されるかもしれませんが、貴女はある御方に後継者として指名されたのです」
「後継者?誰に?」
「ワイズマン」
ロッチナの説明によるとワイズマンというのは宇宙の彼方アストラギウス銀河の動乱を影で操っていた超古代文明人の意識集合体で、かつてキリコ・キュービイという男を自分の後釜に据えようとして、特殊部隊に送り込んでトラウマ植えつけたり、さりげなくあてがった彼女を殺したり復活させたりといったちょっかいを出し続けたため、遂にキレたキリコとの200以上の惑星を巻き込んだギャラクシー親子喧嘩のすえトドメを刺されてしまう。
だがそれでTHE・ENDとはいかなかった。
ゴステロ並みのしぶとさで復活したワイズマンは、アストラギウス銀河から姿を消したキリコの痕跡を追って14万8千光年の旅に出る。
そして長きに渡る追跡調査のすえようやく発見した子孫の中で、初代キリコの資質を最も濃く受け継いでいるのが谷口キリコということらしい。
「あえて言いましょう『キリコ2世』であると!」
地球連邦政府に対して独立を宣言するようなテンションのロッチナ。
無言で見つめるキリコの視線はどこまで冷たかった。
「ご理解いただけましたか?」
「ああ、アンタは脳の検査を受けるべきだ」
有無を言わせぬ口調であった。
「成程、そういうことでしたら-」
ロッチナがもったいぶった仕草で指パッチンを鳴らしたその瞬間、おぎゃーおぎゃーという効果音とともに超空間転移で跳ばされるキリコとロッチナ。
着いた先は月の裏側を航行する戦艦Xの艦橋であった。
「信じていただけましたかな?」
「これは…信じないわけにはいかないな…」
生魚で顔を張られたような表情で呟くキリコ。
さすがに地平線からのぼる地球なんてものを窓越しに見せられた日にはどっきりカメラなんてことは言っていられない。
「それで私にどうしろと?言っておくけど世界征服も生存戦略もお断りだから」
「いえいえ滅相もない」
胡散臭さ120%な笑みを浮かべるロッチナ。
「ワイズマンもトシのせいかすっかり丸くなりまして、『遺産は好きに使ってかまわない』という伝言を私に託すと、巨大な脳髄の収まったカプセル型ロケットで運命の至る所に向かって旅立っていきました」
コメカミを押さえるキリコ。
「色々ツッコミたいことはあるけど…とりあえず『遺産』というのは?」
「まずこの<戦艦X>、そして地球上の活動拠点として砂の嵐に隠されたベギルスタンの<ゴモルの塔>、さらに木星のガス雲の中を漂う小惑星リドのAT生産プラントおよびその付帯設備一切です」
その気になれば世界中の軍隊を手玉にとれる戦力ですぞと、ロッチナはにこやかに笑いながら言った。
「一介の中学生にそんなもの押し付けられても困るんだがな」
「大丈夫です、そんなときには<スペイン宗教裁判>-ではなく<三つのしもべ>」
「何だソレは?」
「紹介しましょう」
いつの間にかキリコの背後に、陰険そうなヒゲと卑屈そうな小太りと、やたら男前な美女が立っている。
「これが貴女をサポートする三つのしもべ、カン・ユー、コチャック、テイタニアです」
「なんなりとお申し付けください」
片膝をついて臣下の礼をとるテイタニア。
「お、オレに期待されても困るぞ?」
微妙に視線を逸らしながら頭を下げるコチャック。
「まあ覚悟しておけ」
無意味に大きく胸を張り両手を腰の横にあて、暗い瞳でせせら笑うカン・ユー。
「では私はこれで-」
言い捨てるなり稲妻に包まれたロッチナは何処へと転送されてしまった。
「-さて」
沈黙を破ったのはテイタニアであった。
「まず手始めにフ■テ■ビを血祭りですか?それとも先に■島を-」
「だからやらないって!てゆーかそのネタ危険過ぎるから!」
思わず大声を出してしまうキリコ。
まだ若いな。
「とにかく…私は『武力による戦争の根絶』とか、『神聖なる闘争の極まるところ武なる光照たらん』なんていうお題目のために戦うつもりはないから」
「フン、これを見てもそう言っていられるかな?」
カン・ユーがコンソールを操作すると、スクリーンの一つに日本のニュース番組が写る。
『さきほどお伝えしましたように、お台場で開催中の人気アーティスト、レディー・ダダのコンサート会場が国際テロ組織<太陽の牙>を名乗る武装勢力に占拠されました、武装グループは-』
食い入るように画面を見つめ小さくうめくキリコ。
「なん…だと…?」
そこにはフィアナがいるはずだった。
「突入命令はまだですか!?!」
特務自衛隊教導団第三実験中隊を預かる苦みばしった35歳、早川保は普段の冷静さをかなぐり捨てて怒鳴った。
「相手はただのテロリストではありません!UAVの偵察映像でもTAと思われる機動兵器の存在が確認されています!」
『いや、君の気持ちはよく解るんだがね、実を言うと総理が『オレに決断させるな!』って言って中華料理食べに出かけちゃってさぁ…』
マイク越しでも「こっちに話振らないでくれる?」というニュアンスがありありとうかがえる口調だった。
部下の目がなければ早川はこう叫んでいただろう-
-それはギャグで言ってるのか-
そんな早川中佐の苦悩を余所に、コンサート会場に向かって時速250マイルで接近する機影がふたつ。
『朝日を背にして低空で侵入する!目標から1キロの地点で音楽を流すぞ!』
『却下!』
キルゴア中佐が乗り移ったかのようなテンションのカン・ユーを舌鋒鋭くたしなめるテイタニア。
テイタニアの操縦するATフライに吊り下げられたスコープドッグのコックピットでは、ギルガメス軍制式の赤い耐圧服を着込んだコチャックがブチブチと不平を漏らしている。
一方カン・ユーが操縦するATフライに吊り下げられた機体に乗り込むキリコは朝日ヶ丘学園制式の、実にけしからんスカート丈のセーラー服にゴーグルというスタイルだった。
ヒーローは制服が戦闘服なのである。
元ネタに対するリスペクトである。
『突入30秒前ッ!』
最終アプローチに入り先刻のはしゃぎっぷりが嘘のようにシリアスなカン・ユーの声。
「クックックッ…この風、これが戦場よ…」
大将、それランバ・ラルや。
『敵のレーダーは?』
情けないほどビビッた声はコチャックだ。
『ATは特殊塗装されてる、ケツにブチ込んでやるまで気付かれはせんさ』
『いや、自衛隊とケンカするわけじゃないから…』
初めての実戦にさすがのキリコも緊張気味…かというとそうではなかった。
実のところスコープドッグのコックピットに身をゆだねていると、柳ジョージのサビの効いた歌声とともに肩をあえがせ、爛れた大地をひたすら踏みしめているような、キナ臭い懐かしさを覚えるのだ。
一言で言うと“ む せ る ”
『カウントスタート!』
テイタニアの張りのある声-なぜか丹下桜みたいな声質になっているが気にするな-がヘッドセットから流れる。
『5・4・3・2・1…降下ッ!』
「何なのアレは!?!」
コンサート会場にほど近い公園の植え込みの影で待機していた実験中隊第一小隊二番機「フォーカス2」のパイロット安宅燐は、いきなり頭上を通過したヘリが目の前の道路にTAと同サイズの人型機動兵器を投下するのを見て驚愕した。
着地の衝撃を降着機構を使って吸収し、一瞬の停滞も無くローラーダッシュで加速するキリコのAT。
一方コチャックは見事にすっ転んでいた。
『ま、待ってくれぇ~!』
たちまち正面ゲートを固めていた陸戦型ファッティーと、先行するキリコ機との撃ち合いが始まった。
「……ッ!」
鮮やかなロールとシザースの反復でファッティーの銃撃をかわしながら、スコープドッグの背部ミッションパックに装備されたアンカーロッドを射出し、アンカーがコンクリートのアーチに食い込んだところでウインチを作動させる。
ウインチに引かれ空中に飛び上がったスコープドッグの撃ち下ろしの射撃を受けて、射的場の的のように倒されていく陸戦型ファッティー。
会場内では、突然始まった戦闘に観客の動揺が広がっていた。
三人一組のアイドルユニット「レディー・ダダ」のメンバー-吊り目がダダA・垂れ目がダダB・糸目がダダCと呼称している-が流石に世界が舞台の超一流エンターティナーらしく、観客たちの間を回って落ち着いて行動するよう呼びかけている。
そのときである-
「インパクト!」
アルムブラストで天井をブチ破り、実験中隊の壱七式戦術甲冑-通称TA-が降ってきた。
戦闘が始まったからには座視するわけにはいかぬと、早川中佐が独断で突入を命令したのである。
予想外の事態に浮き足立っていた武装グループは、人質に銃を向ける間もなく制圧されてしまう。
実験中隊の活躍によって人質が開放されたその頃、武装グループのAT隊を一人で引き受けることになったキリコは袋叩きにされかかっていた。
「野望のルーツ」のクライマックスのように穴だらけにされたコックピットの中では、飛び交う銃弾と破片によってセーラー服がズタズタに切り裂かれ、色々な意味で凄い光景になっている。
『クッ…コチャック、援護しろ!』
全方位から浴びせられる十字砲火を神業的な操縦テクニックで回避しながら叫ぶキリコ。
だが飛び出したコチャックはキリコの進路を塞いだだけだった。
『邪魔だ!』
哀れキリコに弾き飛ばされ、ガードレールを突き破って転落するコチャックのスコープドッグ。
続いて立体駐車場から空中に身を躍らせたキリコ機はすかさずアンカーロッドを射出、最上階に向かって壁面を垂直に駆け上がる。
だが屋上に着地すると同時に、待ち構えていたファイッティーがショルダーチャージをかけてきた。
横倒しになったスコープドッグを取り囲み、一斉にガトリングガンを向ける陸戦型ファッティー。
これにて一巻の終わりかと思われたそのとき、ファッティーのGUNが火を吹くよりもはやく、コチャック機を吊り下げたATフライが猛禽のように飛来し、スコープドッグが空中から放った銃弾がファッティーを一掃した。
キリコ機を回収し、海上に向かって離脱していくATフライを見送りながら、第一小隊一番機コールサイン「フォーカス1」に搭乗する豪和ユウシロウは、得体の知れない胸騒ぎを覚えていた。
「触れ得ざる者…?」
千年の時を重ねた<嵬>の記憶から紡がれたその言葉の意味を、ユウシロウはまだ知らない。
同時刻、湾岸高速の出口に停めたリムジンの中から一部始終を見ていたファントムは満足気に呟いた。
「いよいよキャスティング完了…ですね」