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[29303] 終末の時より(ゼロの使い魔×ラグナロクオンライン)
Name: Alcruts◆c00bcd4b ID:b5814e83
Date: 2011/08/21 21:45
ROの設定について独自っぽい設定がとても大量にあります。
ゼロ魔の原作にない設定および捏造された設定がとても大量にあります。
例として大隆起が無かった事になる確率がとても高いです。
性格改変的なものも見受けられます。
ハーレム物になる可能性があります。

以上注意事項でした。



2011/08/21 二話 誤字修正。

指摘ありがとうございました。



[29303] プロローグ――――『異邦人』
Name: Alcruts◆c00bcd4b ID:b5814e83
Date: 2011/08/14 11:59
さわさわと体をくすぐる草の感触と、感じるはずのない乾いた風によってクロードは目を覚ました。

「…………どーいう事?」

クロードの記憶が確かなら前日は、夜半まで即席パーティによるモンスター討伐を行い、拠点としているプロンテラの安宿に戻って、湯浴みも食事もそこそこにベッドに倒れこみ、泥の様に眠ったはずだ。
野宿をした記憶も無ければ、それを忘れる様な悪い記憶力もしていないはず。
しかしクロードの目の前には、見渡す限りの草原が広がっていた。
理解の範疇を超える出来事に、クロードはしばし時を忘れた。

「なんでこんな所に……そもそもどこだろう、ここ。って荷物は!?」

茫然自失としながらも、自分の荷物の存在を思い出したクロードは周囲を探り、寝転がっていた頭の辺りに大きめの布袋が落ちているのに気付いて胸を撫で下ろした。寝ている内に宿から身包み剥がされて放り出された等という事でも無さそうだ。
それなら一体なぜこんな所で寝ているのかとクロードは頭を悩ませたが、やがて、ここで考えても答えは出ないだろうと諦めをつけ、自身の持つスキルによってプロンテラに帰る事を決める。
クロードはプリーストと呼ばれる職業であり、帰還魔法や転移魔法を操る事が出来るのだ。

「テレポート!」

荷物を肩にぶら下げて、本拠地として設定しているプロンテラに帰ろうと、帰還魔法であるテレポートを唱えたクロード。
しかし――――その姿が掻き消えた次の瞬間、クロードはその場にまた姿を現した。

「あれ? ……セーブがここになってる?」

これまたクロードにとって理解不能な出来事だった。
本拠地設定という物はカプラサービスという職の各街に存在する人間に頼むか、自身で術式を行なう事によって設定する魔法的処置であり、本人が変更しない限り変わる事のない物なのだ。

「ワープポータルッ! ……ってポタメモまで訳分からない事にッ!?」

それは自分で登録した場所へのワープポイントを出現させる転移魔法である、ワープポータルのスキルも同様だった。
クロードが出現させたワープポータルの魔方陣には、本来なら『プロンテラ』『アルデバラン』『ゲフェン』『アルベルタ』と、ルーンミッドガッツ王国の主要都市が記されているはずなのだが、しかしそこには『見知らぬ草原』という恐らくこの場所を記すルーン文字と、アンノウンと記された文字が三つあるだけ。
転移系スキルが両方とも機能しない事で、クロードはようやく事態の大きさに気付く。
見渡す限りに続く草原。いや、よくよく目を凝らせば遥か遠くには木々も見えるが、とにかくクロードにとって訳の分からない状況である事は確かだ。
クロードは再び繰り返した。

「どーいう事だ――――ッ!?」

………………

…………

……

じっとしていても仕方がない、と草原を当ても無く歩き始めて半刻程した辺りで、クロードは地面が剥き出しになった左右に続く道に、運良く辿り着いた。恐らく馬車の通り道であろうそれは、舗装と呼べる程の物ではないが、未開の地では無いという証明でもある。クロードはひとまず文明の存在する地である事に安堵した。
どちらに向かうかクロードは少し悩み、どちらに行ってもどの道知らない場所に着くであろう事にすぐに思い至って、向かって右側に足を進めた。幸いにして保存食も荷物に入っているので、もし相当に遠い場所だとしても数日は野宿で凌げる。
元々冒険者として根無し草に近い状況だったクロードは、自身の財産のほとんどが入った荷物が無事であった事もあって、思いの他早く立ち直っていた。
この先に待っているのが知性を持ったモンスターの集落等であった場合また慌てる事になるだろうが、流石にそこまで運の無い事態に陥ってるとは思いたくない。人間が居るのならプリーストとして手に職を持っているので、何かしらの仕事にはあり付けるだろうとクロードは気楽なものだ。



その後、どれ程歩いただろうか。少なくとも日が暮れる程ではないが、結構な距離を歩いたクロードの目に、それなりの規模がありそうな村が見えてきた。
一応は警戒しながら村に近づいていき、やがて村人と思わしき人間を見かけ、クロードは肩の力を抜く。肩に農具を担いだ平和そうなその姿は、人間の集落だという事を雄弁に示している。

「すいませーん!」

「あん、なんだぁ? ……ま、まさか貴族様!?」

特に何も考えずに声を掛けたクロードに返って来たのは、驚愕の表情だった。
村人の視線の先にあるのは、クロードが腰元に挿している木製の杖だ。何がそんなに珍しいのかと、クロードはその杖を抜いた。それがいけなかった。

「ひい!? ぶ、無礼な口を利いて申し訳ありません!」

「はい? ってとりあえず頭を上げて下さい!」

「お許しを――ッ!」

平伏する村人。クロードはまたしても訳が分からない事態に陥った。考えられるのは貴族様という発言だが、クロードにはなぜ自分が貴族に間違えられているのか分からない。
しかしひとまずはそれを否定しなければこの現状は変わらないだろう。クロードは杖を腰に戻し、出来る限り相手を刺激しない様な声色で声を掛け直した。

「俺は貴族じゃありませんよ」

「…………へ? し、しかしメイジ様ですよね?」

「メイジ? ウィザードの事ですか?」

「うぃざーど?」

まるで話が通じていない。クロードは内心で頭を抱えた。

「ええっと、とりあえず俺はそんな偉そうな者じゃないです。声を掛けたのも、聞きたい事があったからなんで」

「は、はぁ……」

村人は困惑していた。杖を持っているのに貴族では無く、メイジという単語までイマイチ理解していないクロードは、村人からしても不審な人物だ。
しかし杖を持っている時点で魔法が使えるのは間違いなく、それは即ち間違っても無礼な態度で接してはいけない相手となる。この地においては。

「そう、ですね……疑問に思う事も多々あると思いますが、それを飲み込んで質問に答えてもらえませんか?」

「わ、分かりました」

相手の態度から偉い人間と勘違いされているのを感じたクロードは、自身と村人の認識の違いを正す為に、悪いと思いながらもそれを少し利用させて貰うのだった。

「メイジとはどの様な人物を指すのですか? そしてなぜ、俺を貴族だと思ったのですか?」

村人はなぜそんな当たり前の事を聞くのかと困惑したが、よほど腰元の杖が恐怖の対象なのだろう。たどたどしくもクロードの質問にはしっかりと答えた。
村人の説明の内容は、それまでの態度も含めると非常に分かり易い物だった。
つまりこの地において、『杖を持っている人物』『魔法を使える人物』『メイジ』『貴族』の四つの言葉が、全てイコールで結ばれる関係なのだ。
クロードが貴族、ひいてはメイジに勘違いされたのも、恐怖の対象の如く見られてしまったのも、腰に挿さった杖が全ての原因だ。

「……えぇー……そんな文化なのかよ、ここ…………ああ、俺は確かに魔法が使えますが、貴族ではありませんし貴方に危害も加えません。安心してくれると嬉しいです」

クロードの言葉に村人はあからさまに安堵の表情を見せた。
全てがイコールで結ばれているとはいえ、何事にも例外はある。貴族の地位を追われ野に下ったメイジの存在は誰もが知る所であり、村人はクロードがその様な存在だと自己完結したのだ。クロードの柔らかな物腰も安心を与える材料になったと言える。

「それで、メイジ様はどんなご用件であっしに声をお掛けになったので……?」

とは言っても、メイジが畏怖の対象である事は変わりないらしく、村人の態度は目上の人物に対するそれだ。クロードもそこについては文化の違いと諦める事にした。

「旅をしていたのですが道に迷ってしまいまして……この村の名前と、出来れば地図でも見せて頂けないかな、と」

「なるほど……分かりました。村長の家に地図があったはずなので、案内致します」

タルブ村へようこそメイジ様、と言葉を続けた村人に案内されながら、クロードは村長宅へ向かうのだった。

………………

…………

……

クロードがタルブ村に滞在したのは、三日間という短い期間だ。
その間にクロードが行なっていたのは、まずこの地――――ハルケギニアの基本的な常識を教わる事と、農作業で怪我をした村人達を治療をする、村医者の真似事の様な事だった。
始めは軽い怪我程度すら治療しようとするクロードに大慌てな村人達だったが、クロードが何度も一宿一飯の恩に対するお返しで治療費等取る気は無いと説き、最終的にそれならばと村人達も受け入れた。
本来魔法による治療という物は平民にとって法外な費用の掛かる物だと、村長から教わっていたクロードだったが、そこはやはり価値観の違いと言うべきか。クロードにとって治癒魔法『ヒール』はいくらでも乱発出来るスキルであり、大層な値段を付ける程の行為では無かった。
クロードの素性を特に詮索せずにハルケギニアの常識を教えたりと、理解ある人物である村長への恩義もあって、クロードは滞在期間中無料で村人達を治療しまくり、気が付けば村には、その日怪我をした者以外の怪我人が全く居ない程になっていた。それに掛かった期間が三日という日数だ。
その頃にはある程度の常識を身に付けたクロードは、いい区切りとしてその日の内に別の街へと旅立つ事にした。村人達はこのまま永住して欲しいとでも言いたげな勢いだったが、メイジだからと村で一番豪勢な村長の家で世話になっていたクロードは、いつまでも他人の家に居座るのに気が引けてそれをやんわりと断り、宿の豊富な大きな街に向かう事にしたのだ。



クロードが次に向かったのは、タルブから近い場所の中で一番栄えている街である、ラ・ロシェールだ。
飛行船の港町であるラ・ロシェールは、港という名の通り平民貴族問わず人の多い賑わった街であり、それ故にクロードにとって都合が良い土地と言える。
クロードの目的は、まず衣食住の確保。人が多いというのはそれだけでプリーストの需要は上がり、衣食住の確保が容易になる。
そして次に、ミッドガルドに戻る手立てが無いか探す事である。とは言ってもこれは、そこまで真剣に取り組むつもりの無い目的だ。クロードは衣食住が確保出来て、普通に生きて行ければそれでいいと考えており、戻れなくとも特に不都合は発生しないのだ。
クロードが冒険者をしていたのは、あくまでも生きていく為だった。プリーストと言う職業は、ミッドガルドにおいてはメジャーな職であり、ハルケギニアの様に治療師が貴重だなんて事は無い。つまり危険な物以外の仕事は引く手数多であり、クロードは仕方なく冒険者をしていたに過ぎないのだ。
その点を考えればむしろ、ハルケギニアの方がクロードとしては良い環境とも言える。怪我の治療を水メイジや高価な水の秘薬に頼らなければならないハルケギニアには、クロードの様にその日暮らしの治療師等ほとんど存在せず、富を望まなければ仕事に困らないのだから。
それでも戻る手立てを探すのは、微かに感じる望郷の念による物だ。



タルブの村長からせめてものお礼と渡されたいくらかの報酬を元に、クロードは安宿の一室を借りた。このままだと一週間程で追い出される事になるが、その心配は無用だろう。
それはけして皮算用ではなく、『ラ・ロシェールの街医者クロード』は平民の間でちょっとした有名人となって行くのだった。

クロードに誤算があったとすれば、水の秘薬も使わずにどの様な怪我でも治すクロードはとてつもない凄腕の水メイジだと勘違いされて行く事となり、その噂が平民だけに留まらなかった事だろう。

………………

…………

……

ラ・ロシェールに居を構えて一月も経つ頃には、クロードは平民に対する治療師としての立場を確立していた。
平民の稼ぎでも気軽に利用出来る値段で魔法による治療を施す事に、数々の流言――――道楽貴族の戯れと言う物から聖人の生まれ変わりと言った物まで――――も流れたが、便利である事には違いないといつしかそれも落ち着いて行き、未だに宿暮らしの身ではあったがラ・ロシェールの一住民となっている。
宿側からしても、ラ・ロシェールに来た目的がクロードであると言う平民まで現れ出した最近では、客が増えると喜びこそすれ何の不都合も無い住人だ。それどころか出来るだけ長く滞在させ様と色々と便宜を図る程である。
例えばクロードの好みを把握して夕食にそれを出したり、文字の習得を望んでいると知れば、宿の娘として読み書きを修めている跡取り娘にその手解きをさせたりと、ちょっとした事から明らかな優遇まで多岐に渡る。クロードにとってもそれらはありがたい事であり、申し訳ないと思いながらもその好意に甘えていた。

「クロード先生、今日の予定は?」

「うーん、ここまで来た人は診るけど、それ以外の時間は文字の勉強かな」

「うん、分かった。今日はどんな本がいい?」

「水の秘薬について少しでも触れてる物がこの前のとは別にあったら、それを買ってきてくれる? 無かったら……いつも通り君に任せるよ」

「はーい」

跡取り娘と言ってもまだ年若く十代前半のその娘は、クロードの注文に合う本を求め本屋へと出かけて行く。使い走りの様な事までさせるのもクロードは申し訳ないのだが、一度自分で買いに行って全く見当違いな本を高額で買って帰った過去があるので、それも致し方ないのだった。



ラ・ロシェールにひとまず腰を落ち着ける事に成功したクロードは、意欲的にハルケギニアについて学んでいた。言葉は通じるのに読めない文字、二つの地で共通するルーン言語、メイジと貴族の成り立ち、宗教観念、クロードの魔法とハルケギニアの魔法の相違点……クロードがハルケギニアで生きて行くには、知らなければならない事が山の様にあった。それらを学ぶ為の方法として宿の娘が提案したのが、本を読み聞かせて貰うと言う方法だ。
文字を指で追いながら内容を朗読して貰うこのやり方は、本の内容によっては文字の習得と共に様々な知識を身に付けられる。平民が買う事の出来る本では魔法等について詳しく書かれた物は早々無いが、それでも触り程度は書かれている物もあり、現状ではこれ以上望めないだろうと、クロードはそれなりの満足を得ていた。



そんな風に着々とハルケギニアに馴染んで行くクロード。彼に一つの転機が訪れたのは、その日の午後だった。本を読む二人の下に、宿の主人が貴族の使者が現れたと大慌てで知らせに来たのだ。
宿の主人はこう言った。ラ・ヴァリエール公爵様の使いの方がクロードさんに是非依頼したい事があるらしいと。



[29303] 一話――――『マニピを唱え続けるだけの簡単なお仕事』
Name: Alcruts◆c00bcd4b ID:b5814e83
Date: 2011/08/15 20:18
「断られただと?」

ラ・ヴァリエール公爵は使者として放った従者の報告に驚きを隠せなかった。
ここ一月程の間にトリステインの平民達の間で急速に広まっている噂話。曰く、何年も前の事故で動かなくなった腕が治っただの、崖から転落して瀕死の重傷を負った者を杖の一振りで完治させただの、眉唾とも取れる噂をされている水メイジが、ラ・ロシェールのとある宿に居る。それも、平民達でも余裕を持って払える程の報酬しか受け取らずに。
報酬の件は公爵にとってどうでも良い。いや、どうでも良いと言い切れる物ではないが、それよりもその様な凄腕の水メイジが居る事の方が重要だった。
公爵の娘の一人であるカトレアは、原因不明の病によって長年病床に伏している。国内外問わず数多の高名な水メイジに診せても、誰もが匙を投げる程の病だ。
平民の流言をまともに受け止める訳では無いが、それでも娘の為と一応の調査をさせた公爵は、噂のメイジ――――クロードが実在し、相当の腕前を持つのも真実だと知る事となる。
ならば是非とも娘の診断をさせたいと公爵は考え、報酬に糸目は付けないとの条件で早速使者を飛ばした。しかし数日後公爵の下に戻ったのは、送り出した従者だけだった。

「はい。件の男ですが、自分では不治の病を治す事は出来ない、と仰られまして……」

「ふむ……実力に自信が無い? ……いや、やってのけた事から見ても間違いなくスクウェア、それも相当な腕前のメイジのはずだ。他に何か言っていなかったか?」

「詳しく申し上げますと、自分の使える治癒魔法は病気や毒を治す事が出来ない、と仰られたぐらいでしょうか」

「そうか……」

報告を受けた公爵は従者の目から見ても落胆した風だった。
とは言っても、その報告も言われてみれば頷ける物である。数々の噂は確かに相当な腕前は匂わせるが、怪我の治療についてばかりだったのだから。聞かぬ名の水メイジの存在に焦りすぎたか、と公爵は自嘲した。

「……病の治療が出来ずとも、あれだけの腕前を持つメイジだ。カトレアの病の原因だけでも何か分かるやも知れん。診察という形でもう一度依頼する様手配しろ」

「了解致しました」

深々と一礼して、報告していた従者は退室した。
それを見送った公爵は、クロードについて使用人達に調べさせた報告書にもう一度目を通す事にした。

(よく分からん男だ。貴族の位を剥奪された水メイジらしいが……平民の懐事情を考慮して低額で治療を施す程の人物なら、貴族の地位を失う様な事も起こすまいに。或いはそれが原因で改心したのか? しかし、その様な事を無闇に繰り返せば、他の水メイジが黙っていない事ぐらい分かるであろう)

公爵の考えはそれこそ勘違いの塊なのだが、クロードは波風立てぬ様にと水メイジとして振舞っているので、そう考えるのも仕方が無いと言える。
また、他の貴族に対する公爵の危惧は尤もな物だ。クロードが行なっているのは不当廉売の様な事なのだから、いくら平民にとっては有り難い事でも、他の水メイジからすれば自身の稼ぎを邪魔する者でしかない。ハルケギニアの貴族社会について学んで行けばいずれその危険性にも気付くだろうが、まだハルケギニアに来て一月程しか経っていない現状では、クロードはその事について気付いていなかった。

(……もしや、その腕前を妬まれて冤罪によって貴族の地位を失い、その復讐にこの様な事を……流石にそれは無いか)

本当に分かっていないだけだなんて事を知る由も無い公爵の思考は、どんどんと事実から離れて迷走するのだった。

………………

…………

……

「診察ですか?」

「はい。クロード様の腕前を見込んで、旦那様がそれだけでも是非にと」

それからまた数日後。ラ・ロシェールのクロードが借りている宿の一室に再び訪れた公爵の使用人は、二度目の交渉を行なっていた。

「腕を買って貰えるのは嬉しいですけど……俺、病気とかさっぱりなんですってば」

クロードとしては、正直に言って意味が分からないと言いたい所である。
この地にクロードがやって来てまだ一月と少し程度だが、彼の使う治癒魔法が飛び抜けて効果が高いのは、クロード自身も理解している。しかしそれは、怪我の治療や失った体力を回復させるだけであり、病の類いには全く効果が無い。あったとしてもそれは一時的に体力を回復させるだけで、病自体は治療する事が出来ない。それを前回説明したはずなのにもう一度依頼が来て、診察だけでもと頼まれる。やはり意味が分からなかった。

「……正直に申しますと、何も分からないのが当然、と旦那様はお考えになられていると思います。藁にも縋る思いなのです。どうか一度だけでもご足労願えませんでしょうか」

その疑問に答えた使用人のこの話に、クロードは驚愕した。
何もわからないのが当然、藁にも縋る思い。それほどまでになのかと。

「……そうですね。せめてどういった病状で、どういった治療が効果がなかったのか教えて貰えますか?」

病の治療について依頼されたのは今回が初めてではない。噂が一人歩きしているとも言える現状では仕方が無いのかもしれないが、その度にクロードは断ってきたし、今回もそのつもりだったのだが……その様な話をされては、流石に話も聞かず追い帰す事は出来なかった。

「症状は……いわゆる寝たきり、という物でしょうか。お嬢様が病に伏せられてから今まで十八年間。数々の高名な水メイジの方に見て頂き、ありとあらゆる水の秘薬を試されましたが……一向に良くなられません」

またしてもクロードは驚愕した。十八年という年月と、ありとあらゆる水の秘薬を試したという事実にだ。
水の秘薬と言う物について、クロードは出来る範囲で調べていた。それは、以前に病でここを訪れた平民から水の秘薬は無いのかと聞かれた事から、治療師としてやっていくには必要な知識だろうと感じた事が原因である。それによって付け焼刃ではあるが、ある程度は水の秘薬がどういった物か理解しているクロードとしては、その話は信じられない物だった。

「……あの。それって本当に病気なんですか」

「……はい?」

「俺がこの辺りに来てから、まだそれ程経っていませんが……職業柄、水の秘薬がどういった物なのかはそれなりに理解しています。何度か話を聞き、自分でも調べてみた結果、この地の水の秘薬って相当万能薬なのではないかと思うんですよ。それらの最高級品を試して治らない様な病気が本当にあるのかなって……」

なぜならハルケギニアの水の秘薬とは、本当に奇跡の薬と呼べる物なのだ。何の病気か分からずとも、飲めば治る。そんな物クロードは聞いた事がない。ミッドガルドにて万能薬と呼ばれる物は、モンスターの攻撃や魔法による障害……所謂状態異常を治すだけの物であり、病への万能薬等はクロードの知る限り存在しないのだ。
ましてや相手は貴族であり、ありとあらゆる水の秘薬を試したと言うのなら、本当に最高級品も含め様々な秘薬を試したはず。それなのに治らない病――――それは果たして本当に病なのか。

「いっそ呪いでも掛けられてるって言う方がまだ納得出来る気がしますよ……」

「勿論呪いや毒の治療も試されています。旦那様は敵も味方も多い方ですから……いえ、それよりもクロード様。やはり貴方には是非一度ご足労願いたく存じます」

「ええ、病気以外だったとすれば俺でも何か力になれるかもしれませんし。その依頼受けましょう」

症状を聞いただけで今までのメイジとは違った視点から切り込むクロードに、もしかするとこの男なら何か分かるかもしれないと希望を持った使用人は、再度依頼の言葉を掛ける。それに対し今度こそクロードは頷くのだった。

………………

…………

……

恐らくは善人だが、素性も本心も余り分からない男。最終的に公爵はクロードの事をこう判断し、診察に付き添うという形で若干残る不安を解消する事にした。

「では、カトレア様。まずは一応試すという事で治癒魔法等を一通り掛けさせて頂きます。公爵様もよろしいですか?」

「お願いします」

「うむ」

頷いた二人に頷き返し、詠唱を始めるクロード。その詠唱は公爵も良く知るルーン言語である。
『ヒール』『キュアー』『リカバリー』『ブレッシング』と、全く聞いた事のない魔法ばかりを唱えるクロードに、公爵の不安は募るばかりだったが……一つ魔法を唱える度にカトレアに具合を聞くクロードの態度に、治療師である事は間違い無さそうだ、と最後まで任せる事にするのだった。
一方でクロードは、どの魔法に対しても効果が実感出来ないと返すカトレアに若干の違和感を感じていた。ベッドから出るのすら調子の良い時のみという程重病であるはずのカトレア。それなのに、体力を回復させる効果のある『ヒール』ですら、全くの効果がないと言うのだ。治療は出来なくとも、一時的に楽になる程度の効果はあると踏んでいたクロードは、その点について引っ掛かった。

「カトレア様は体力を消耗していない様なのですが、俺……失礼、私が来る前に何か滋養薬でも飲まれましたか?」

「その様なはずは無い。カトレア、いつもと変わりは?」

「はい、特に変わりありませんわ」

「……そうですか」

病床のカトレアが変わり無いと言うのならば、それは即ち普段通りの体力のはずである。病気、もしくはそれ以外の要因だったとしても、寝たきりな程であるなら体力を消耗しているはずなのにだ。それなのに体力は減っていない。いや、あえてこう表記しよう。クロードにはHPが減っていない状態にしか見えない。

「――――そうか!」

成る程、ハルケギニアでは内容すら分からないはずだ、とクロードは思った。そしてカトレアの手を取って詠唱を始める。
ハルケギニアにおいて、失った精神力は休む事のみによって回復させると言う。それを回復させる秘薬等は存在しない。そしてクロードの想像通りなら、恐らく今詠唱している魔法に似た物すら存在しないのだ。

「マグニフィカート!」

それは、使用者とそのパーティの人間の精神力の自然回復を一時的に早める効果の魔法だ。
普通は精神力の消耗程度で体調に異常をきたす事は無い。しかし年単位で慢性的に常時、精神力を消耗し続けている程であれば……そうとも言い切れないのではないか、とクロードは考えたのだ。

「あら……? 少しですが体が楽になった様な気が……」

「本当か、カトレア!?」

その考えは、即座に肯定される事となった。

………………

…………

……

クロードは公爵と共に場所を別室に移し、カトレアの症状について念入りに話を聞いていた。
その話とミッドガルドの精神力についての知識をすり合わせた結果クロードが出した結論は、やはりカトレアの体は精神力を自然消耗させているのだろう、という物だ。
安静にし続ければ自身の自然回復力がその消耗を上回ってほんの少しずつ回復して行き、それによって調子がいいと勘違いして少しでも活動すればまた精神力が枯渇する。健康な人間ならば枯渇した所で一気に体調を崩す事もないだろうが、長年この症状を繰り返してきた結果、体力ならぬ精神力が弱っているとでもいうべき状態になっているのではないか。これがクロードの推測であった。
ハルケギニアにおいて非常に曖昧であった精神力の回復について突っ込んだ話だったので、公爵は理解するのに時間は掛かったが、クロードが根気良く説明しなんとか理解する事が出来たのだった。
何せ『使ったら減る』『寝たら回復する』程度に考えられていただけの物だ。むしろ公爵は理解が早いぐらいである。

「確実とは言えません。私の知識がこの地でも通用するかも分かりませんし」

「いや、状況から考えるにそれなり以上の説得力はある。そうか、精神力か……」

公爵は感慨深げに息を吐いた。原因も治療方法も分かった訳ではないが、病の内容だけでも分かった可能性が高いのだ。ただ闇雲にメイジに診せて秘薬を飲ませる事しか出来なかった今までを考えれば、非常に大きな一歩前進である。
ともあれ内容についてが一段落つけば、話は自ずと原因についてへと向かった。

「私の居た地にもこの様な病気はありませんでした。そもそも病気であるならば、もうすでに治療されていなければおかしいのではないかと思います」

クロードは公爵家に来てからこの思いを余計に強くしていた。何故なら公爵家がクロードの予想以上に大豪邸であったからだ。

「ほう、どういう事だ?」

「使用人の方に伺いましたが、カトレア様の治療には打てる限りの手を尽くしたと聞きました。ハルケギニアにおいて最高級とされる秘薬も恐らくは試されたのでしょう。そしてそれは病気に対して真の意味での万能薬だったと思うのです。それを飲んでも治らないのなら病気ではないのでは、と私は考えます」

それはつまり、それだけの地位と財産を持っているからであり、治療につかった秘薬も相当な額の物ばかりのはずなのだ。

「異国の地から見ての見解か。一考の価値はある。ならば他に原因として貴殿が考えられる物はなんだ? それこそ到底ありえぬ物でもいい。全て挙げてくれ」

そのクロードの意見に、公爵は一応の理解を示した。
異国の地――――そう公爵が比喩した場所から来たと思われる男の魔法によって糸口が掴めたのだから、その意見もまた何かの糸口になるかもしれないと。

「そうですね……体質か呪いか毒か。やはりこれぐらいしか思いつきません」

しかしクロードにはそれ以上に分かる事は無かった。今回の事もハルケギニアとミッドガルドの違いからたまたま解明出来ただけであり、クロードはそういった事に特別詳しい人間ではないのだ。

「体質……体質か。発症したのは魔法を初めて使った頃と重なるな。まさかそれが原因で体質が変化したとでも言うのか?」

「ハルケギニアにその様な人が今までに居た、と言うのならその線が濃厚ですが……」

「少なくとも私は聞いた事が無いな。カトレアがハルケギニア史上初、もしくは史上に残らない程類い稀な場合も考えられなくは無いが……そうであって欲しくはない物だ」

その場合本当に打つ手無しという事になってしまう。公爵としては一番認めたくない事だ。しかし呪いや毒に関してももう既に治療は試してある。八方塞であった。

「いや、病の内容が分かっただけでも良しとすべきか……さて、診察の予定だったが貴殿は存外の働きをしてくれた。望む通りの報酬を用意させよう」

沈み掛けた感情を振り切り公爵は話を切り替えた。しかしそれは、クロードにとってどう反応すれば良いのか分からない類いの話である。使用人に言われた通り、何も分からないのが当然として来た様な物なのだから、報酬について等まるで考えていなかったのだ。

「……望み通りと言われると思い付かない物ですね。少し考えさせて頂いてもよろしいですか?」

「ああ、存分に考えるといい。いや……」

公爵は数日前にクロードについて考えていた時の事を思い出した。クロードの使える魔法と、考えていた警告すべき事……公爵は腹の中で笑った。

「時にクロード殿。貴殿は戻った後も街医者を続けるつもりか?」

「はい? ええ、そのつもりですが」

その瞬間公爵の目の奥が光った。様にクロードには感じた。

「不当廉売と言う言葉があってだな………………」



その後、クロードはラ・ロシェールの宿を引き払ってヴァリエール領に住み移り、週一回カトレアに治療を施す仕事に就く事となるのだった。具体的に言えばカトレア専用のマグニフィカート係である。



[29303] 二話――――『殴りWizからの接触』
Name: Alcruts◆c00bcd4b ID:b5814e83
Date: 2011/08/21 21:43
ヴァリエール領での新たな生活は、ミッドガルドに居た頃ともラ・ロシェールの頃とも全く違う、言ってみればクロードにとって未知の領域とも言える生活だった。
仕事は八日に一度公爵邸を訪れ、カトレアに魔法を掛けるだけ。カトレアの精神力の最大がどれ程なのかさっぱり分からないので、丸半日程使い続ける事にはなるが、それでも大した事ではない。その半日仕事で支払われる報酬は生活して行くのに十二分な……それどころかクロードからすれば大金とも呼べる程の金額なのだから、流石は貴族お抱えと言った所だ。
持て余した週の残りは、公爵からの警告もありラ・ロシェールの頃の様に過ごす訳にはいかない。他の水メイジに足並みを揃えた料金でなら問題無いのだが、それならばわざわざクロードの元を訪れる平民はいないだろう。クロードが平民の間で有名になっていたのはあくまでも低料金だからであって、腕前に関してはそのおまけの様な物なのだ。
初めの内は様々な事を学ぶ為の時間として空いた時間を有意義に過ごしていたのだが、公爵邸を訪れた回数が五度を数える頃にはそれも一段落していた。とは言っても所詮は平民に手を出せる範囲であり、メイジや貴族についてはまだまだ分かっていない事も多いが、平民の立場から見た常識という意味でなら、生きて行くのに問題無い程度は身に付いている。

「……さっぱりだなぁ」

公爵から報酬として与えられた一軒家の中でクロードは独りごちた。
街医者の真似事はもうする訳にはいかず、かと言って自身に出来る他の仕事も思い付かない。他に仕事をせずとも暮らして行くには十分な収入はあるのだが、今までの生活から何もしていない時間という物はどうにも落ち着かない。となるとクロードのする事は自ずと限られてくる。主治医を任される形となっている、カトレアの症状の原因について解明する事だ。

「やっぱりそう簡単にはいかないか」

カトレアは現在、今までと比べれば遥かにまともな生活を送っている。枯渇寸前で前後していた精神力を大幅に回復させる事に成功し、ある程度安静にしていれば……精神力に余裕を持っていられる限りは発作の様な物に見舞われる事も無い。
しかし、根本的な解決とは言えないのもまた事実だ。クロードの魔法のみによって維持されている現状は、致し方ない事とはいえ双方にとって不自由な物である。公爵もそれを打破する為に色々と調べ直しているが、そう簡単に何か分かるのならカトレアは十八年もの間寝たきりでは無かっただろう。
症状の内容を解明した時の様に、ハルケギニアの人間には分からない事もあるかもしれない。そう考えたクロードだったが、こちらも今の所これと言った進展は無かった。

カトレアが完治すればクロードはまたも職を失う形になるが、それはいらない心配だ。クロードは公爵を信頼出来る人物だと考えており、扱える魔法を問われるがままに明かしている。それらの有用性から、カトレアの治療が無かったとしてもメイジとして雇うのを十分に検討出来る、とありがたい言葉を貰っているからである。
クロードの扱う魔法はハルケギニアでは下手をすれば異端扱いされてしまう物だ。ヴァリエール領に移ってから宗教観念について学んだクロードは、その事実に気付いた時心底こちらに来て良かったと安堵した。ラ・ロシェールであのまま治療師を続けていればいずれ噂は拡大し、ヴァリエール公爵以外の貴族、ひいてはロマリア関係者までがクロードの元を訪れていた可能性もある。平民相手には水メイジとして振舞っていたとは言え、本職のメイジから見ればクロードの魔法の異端さは即座にばれてしまうだろう。その後どんな目に会うか等クロードは考えたくも無かった。
公爵にどの様な意図があって異端メイジであるクロードを匿うのかまでは、クロードには分からない。娘の治療に役立っている現状はまだ分かるにしても、その後まで約束する理由がだ。しかしトリステイン有数の貴族の下に就くというのは、クロードにとって安全面で非常に魅力的であり、受け入れるのに否は無かった。

それはカトレアの治療に関する功績への礼であったり、『ワープポータル』を初めとする数々のスキルが、匿うに値すると公爵に認められたからなのだが、やはりこの辺りでも価値観の違いによってクロードは余り分かっていなかった。何故ならクロードはミッドガルドに数居るプリーストの中でも良くて中堅レベルであり、ハイプリーストやアークビショップと呼ばれる更に上の存在もあって、公爵の評価のほとんどを世辞として受け取っているからだ。
ハルケギニアに来てからの経験から、『ヒール』や『マグニフィカート』の利便性には気付いていたが、それでも公爵程の立場の者がわざわざ匿う程ではないはず。そして、その他については未だにミッドガルドの価値観――――使える人間が山程居る、有り触れた魔法だと思っているのだ。
系統魔法では無いが、一部を除いて起こせる事象は大差無く、異端扱いされてしまうだけの厄介な立場。これがクロードの自己分析だった。この辺りはまだまだ要勉強である。

………………

…………

……

カトレアの病に吉兆あり、との報は公爵家に本当に近しい者のみに知らされた。原因について未だに分かっていないのもあるが、大々的に告知してクロードの存在を他の貴族に晒したく無いという公爵の打算と配慮もある。もし万が一異端メイジとしてロマリアにでも連れて行かれれば、双方困った事になってしまうからだ。

ともあれ、近しい者達を招待してのささやかな祝宴……クロードはどこがささやかだと突っ込みを入れたりもしたが、その祝宴が行なわれる事となったのは、クロードがハルケギニアに来てから三ヶ月程経ったケンの月の終わり頃だった。少人数とは言え集められたのは貴族ばかりであり、彼らの都合も考慮した結果、カトレアの症状に変化があった時から二ヶ月近く後になったのだ。
クロードをその場に呼ばなければわざわざ少人数に絞る必要も無かったのだが、公爵はそれを良しとしなかった。仮初とは言え健康を与えてくれているクロードに対し、カトレアが感謝も込めて是非、と言ったのもあるが、公爵自身もまたクロードには感謝していたのだから。



クロードにとって初対面となる長女エレオノールと三女ルイズも交えた公爵一家からの、平民に対する貴族からの謝辞としては恐らく最上級であろう感謝の言葉の後は、クロードは壁際の置物と化していた。何せ周りは貴族ばかりである。場違い感が半端では無かった。
そもそもこの場に来る事自体乗り気では無かったのだが、流石に公爵直々の誘いとあっては断れない。主役のカトレアの元に大半の客は群がっているので、話しかけられる事が無かったのが唯一の救いであり、クロードは受け取った高そうな酒をちびちびと嗜んでいた。
しかし、そんなクロードのちょっとした平穏はその後すぐに破られる。カトレアの元を離れ公爵と何事か話していた男が、クロードの方へと向かって来た事によって。

「やぁ、君がミスタ・クロードだね?」

「ええ、そうですが……貴方は?」

おっと失礼、とその貴族は肩を竦めておどけてみせる。嫌味な感じのしない、気さくな貴族と言う印象をクロードに持たせる動きだった。

「僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。子爵位を頂いている王城のしがない魔法衛士だ」

笑顔で差し出された手をクロードは握り返した。態度も言動も非常に友好的であり、この場に居るという事は公爵が相当信頼しているという事だ。ワルドを警戒する理由はクロードには無かった。

「それで、子爵様は一体どんなご用件で?」

「君の使う不思議な魔法について聞かされて、興味が沸いてね。少し話でも聞かせて貰えないかなと思った訳さ」

「なるほど、そう言う事ですか……分かりました。どの様な所が気になられたのですか?」

「まずはどんな魔法を使えるのかが一番気になっている。君も余り多くの貴族を相手にするのは大変だろうし、良かったら詳しく教えてくれないかい?」

時間潰しがてら、というワルドの言葉はクロードにとってありがたい物だった。

「分かりました。ではまず、カトレア様に使ったマグニフィカートがどんな魔法かと言いますと………………」

………………

…………

……

「……成る程、実に興味深い。それらは君の居た地では系統魔法ではなく、属性が無かったんだね?」

「厳密に言えば属性分け自体されていない物ですね。聖なる属性の物もありますが、この地で言えばコモンマジックに近い扱いではないかと」

「確かに。誰もが覚えられる可能性があると言うのなら、そうかもしれない」

ワルドは肯定の返事を返しながらも、心中ではそんな訳無いだろうと逆の事を考えていた。クロードの言う通りミッドガルドではその様な扱いであったのかもしれないが、ハルケギニアに居る以上その地での常識は通用しないのだ。
公爵から聞き及んでいた『マグニフィカート』を初め、相手に詠唱させる事を禁じる『レックスディビーナ』任意の場所への転送魔方陣を出現させる『ワープポータル』聖なる浄化の力で不死者や悪魔を滅する『マグヌスエクソシズム』――――クロードが語った魔法の数々は全くの未知の物ばかりであり、公爵から話を聞いたワルドが持った疑惑を、確信に近めるのに十分な効果を持つ物だった。
属性の分からないハルケギニアでは誰も知らない魔法の存在。それはワルドが長年探し求めていた物を連想させる。失われたペンタゴンの一角。虚無の魔法だ。

虚無を思わせる魔法技術が一般的に広まっている地の存在も非常に気になるが、それよりもまずは目の前に居る存在である。ワルドは表情に出さない様注意しながら思考を巡らせた。

(何よりも重要なのはトリステインにとって二人目の虚無である可能性が高い事だ。決め付けるのは流石に早計だが……しばらくは様子を見るべきか?)

クロード以外もワルドには虚無を疑っている人物が居た。ワルドは視線をその少女に向ける。ヴァリエール公爵の三女で、ワルドの婚約者のルイズである。
親同士の口約束とは言え、自身の婚約者が虚無かもしれないというのは、虚無と聖地に並々ならぬ感情を持つワルドにとって、何か運命めいた物を感じさせる。それも、長年虚無について独自に調べ続け、自分だけが辿り着いた答えなのだから尚更だ。

(レコン・キスタ……確かに魅力的ではある。しかし、本当にトリステインも落とし聖地を奪還するに足る組織か? トリステインには何かあるかも知れないぞ)

更にここに来てトリステインに現れた、虚無を思わせる魔法を使う異色なメイジの存在は、トリステインという地を特別な物かも知れないと考えさせるのに十分な存在だった。
虚無が率いる聖地奪還を掲げた組織レコン・キスタへの参加を、虚無と聖地の二つ共に心血を注ぐワルドが躊躇してしまう程に。

(そうだ。結論を出すにはまだ早い。トリステインの内情も俺は分かっている。アルビオンが落とされるのは目に見えているが、それまでは考える時間があるはずだ)

決してワルドにトリステインを裏切りたいという気持ちがあった訳では無い。両親を亡くした後に後見してくれた公爵家への恩義も感じているし、愛国心だって人並にあると自負している。しかし――――それ以上に虚無と聖地という二つの方が優先順位が高いだけである。
そして、トリステインの内情も優先順位を傾けさせる要因だ。先王が倒れて以降腐敗し続ける貴族達の存在により、空中分解しかけているトリステイン王国の内情は、人並の愛国心を持っている……いや、人並しか愛国心を持たないワルドの心を、レコン・キスタに傾けるのに一役買っていないとは言えなかった。その様な事情もあり、ワルドは遅くとも年内には結論を出すつもりだったのだ。レコン・キスタに身を投じるという結論を。
しかし、ワルドはまだ時期尚早とその傾きを平均にまで戻した。クロードの存在によって。

「子爵様? どうかされましたか?」

クロードが声を掛けたのは、ワルドが考えを纏めた直後だった。余りのタイミングの良さにワルドの頭は一瞬真っ白になる。

「あ、ああ……済まない。君の話が興味深すぎて、少し考え込んでしまっていたよ。そうだ、よければ一度君の使う支援魔法とやらを体験させてくれないかい?」

「ええ、構いませんよ」

「おお、それは楽しみだな! どこかで手頃な亜人討伐でも無いか探しておくよ。もちろん報酬は出すとも」

それはワルドにとって、本当に気紛れで発しただけの言葉だった。確かに少し気にはなっていたが、話を逸らす為と言った方が正しい程、適当に思い付きを口に出しただけだ。



しかしワルドは数週間後、この発言を後悔する事となる。何故ならワルドは知らなかったのだ。クロードの本職は支援職だという事と、

「……やばい……やばいぞ……! 彼と組めなくなるのを考えるとレコン・キスタなんか激しくどうでも良くなって来ている……! お、落ち着け俺! そう、彼もレコン・キスタに引き込めばッ! ……いや、公爵が手放すはずは無いか。くっ……俺はどうすればいいんだ……ッ!」

プリペアの効率の良さと、支援スキルの中毒性を。偏在が普通に六人とか出せる様になる支援スキルに、ワルドはどっぷり嵌まってしまっていた。



[29303] 三話――――『エレオノール』
Name: Alcruts◆c00bcd4b ID:b5814e83
Date: 2011/08/27 14:13
公爵邸での祝宴から数えて二回目の虚無の曜日に、約束通りワルドと共に亜人討伐へと向かったクロード。久々にプリーストとしてモンスター討伐に参加する事に懐かしさを感じていたクロードだったが、いざ討伐が始まるとそんな感慨は吹き飛ばされた。
支援スキルを初めて受けるワルドのテンションが、クロードがどん引きする程高かったせいである。

プリーストの使う支援スキルは、一段階上の強さになれるとよく言われている。更に、支援を受ける人物が強ければ強い程効果が高くなるのだ。トリステインでも有数の腕を持つスクウェアメイジのワルドが受ける支援スキルの恩恵は凄まじい物であった。
自身の限界だった数の倍である六体出現する偏在、明らかに威力の上がった攻撃魔法、使っても減る気がしない精神力。ワルドのテンションが振り切れるのも無理は無いかもしれない。

『ライトニング・クラウドッ!』

偏在で七人に分身したワルドが四方八方から一斉に雷を放ち、オーク鬼は地面に焦げ目だけを残して跡形も無く消滅した。やり過ぎとも無駄とも言える程の魔法攻撃だが、ワルド達は気にも留めずに次の獲物へと向かう。新たな標的を見つけては七人で取り囲み、ある時は風の槌で押し潰し、またある時は風を纏わせたレイピアで切り刻む。
同じ顔の男達が薄っすらと笑みを浮かべて亜人を虐殺するその様子は、クロードで無くとも恐怖の対象だ。ワルドはやりたい放題だった。



出発前にワルドがそれなりに時間が掛かるだろうと推察していた程の数が居たオーク鬼達は、途中から各個撃破を始めたワルドの猛攻によって半刻程で壊滅した。
クロードは偏在も含めた全ワルドに支援を掛け続けていたが、短時間で終わったので余り消耗していない。しかし、精神的には妙な疲労感を感じていた。
それに対しワルドは偏在を全て消し去った後も興奮冷めやらぬ様子である。

「いやいや、予想以上だよこれは!」

「あ、あはは……ご満足頂けた様で良かったです」

ちょっとした思い付きから決まった今回の亜人討伐。
始まるまでは虚無らしき魔法を掛けられる事に今更ながらの不安も感じていたワルドだったが、それも今では遥か彼方だ。清々しい笑みを浮かべ、虚無だとか関係無く素直にクロードを絶賛していた。

「君が居た地ではプリーストが人気だったと言うのもよく分かる話だ。閣下さえお許しになればグリフォン隊に誘いたいぐらいさ」

「身に余る光栄です。子爵様も流石はスクウェア、見た事も無い程の腕前でした」

「はは、そう言って貰えると嬉しいね」

ワルドにとって未知の魔法との出会いだったのと同じく、クロードにとってもハルケギニアの魔法を見るのは初めての体験である。
その中でも自身と同じ実力を持ち、更には自立思考まで行なう分身を作り出す偏在等は、クロードから見ても驚愕に値する魔法だ。しかも試してみた所支援を掛ける事まで出来たのだから、クロードはどんな原理なのかと首を傾げるばかりだった。

「さて、中々に楽しい時間だったよ。こう見えても忙しい身なのでね、そろそろお開きとさせて貰おうかな」

「こちらこそ勉強になりました。ありがとうございました」

そんな風に双方にとって有意義だったと言える亜人討伐は、一頻りお互いを称え合った事で終わりを迎える事となった。

クロードは何気なく、ミッドガルドに居た頃に即席パーティが終わった後に、いつも言っていた言葉を口にした。

「また機会があればお供しますよ」

「本当かい!? 是非とも頼む!」

しかしそれは、プリーストが一人しか居ないこの地では口にしてはいけない言葉だった。
勢い良く食い付くワルドに、クロードは社交辞令ですとも言えず少し後悔する事になる。事ある毎にモンスター討伐に誘ってくるワルドに疲弊し、その後悔が大きくなって行くのはもう少し後の話である。

………………

…………

……

討伐依頼のあった地はヴァリエール領から結構な距離があったので、行きはワルドのグリフォンに相乗りする事になったのだが、帰りだけならクロードにはテレポートのスキルがある。男二人で相乗り等むさ苦しい事この上ないので、双方同意の元クロードはテレポートで自宅に戻り、報酬は後日クロードの自宅に届けると言う事になった。
本当ならワープポータルでパーティごと帰還させるのもプリーストの仕事だが、触媒の必要なスキルなのでそう易々と使う訳にも行かない。
幸いにしてハルケギニアに来る少し前に補充し百個近くは残っていたので、切羽詰まってはいないが、補充の利かないと思われるこの地では使い切るとそれきりなのだから、本当に必要な場面以外では使えないのだ。



日は流れ、その約束の後日。ワルドの使いの者が届けると思っていたクロードの元にやって来たのは、思いも寄らない人物だった。

「やぁ、邪魔するよクロード」

「……お邪魔するわ」

一人はワルドだ。本人が直々にやって来たのもクロードには予想外であったが、後ろに立つ女性は何故ここに居るのかすら分からない人物である。
ウェーブのかかった金色の長い髪と女性にしては高めの身長。眼鏡の奥の目は普段は意志の強さに比例して釣り上がっている事が多いのだが、今は心成しか下がり気味で、揺れている様にも見える。

「い、いらっしゃいませ。子爵様と……エレオノール様」

その人物の名はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。王立魔法研究所、通称アカデミーに勤める研究員で、ヴァリエール公爵の長女だ。
貴族としてのプライドが服を着て歩いてるかの様な女性で、普通なら間違い無くこんな場所を訪れる人物ではないし、それ以前にクロードとは例の祝宴で一度顔を会わせただけの間柄である。

クロードは自宅にいきなりやって来た公爵の娘に、どう対応すればいいのか分からず固まってしまった。

「……お邪魔したわ」

「待て待て。用事があってわざわざここまで来たんだろう」

そんなクロードの態度を見て踵を返そうとするエレオノールを、ワルドはにやにやと意地の悪い笑みで引き止める。その様子から分かる通りワルドが連れて来たに近い形なのだが、事情はもう少しだけ異なる。



クロードの魔法にはまだまだ興味が尽きないので、報酬を渡すついでに少し話でも、あわよくばもう一度亜人討伐の約束を、と言った思惑でクロードの自宅までやって来たワルドだったのだが、いざ来てみると玄関の前で不審な動きをしているエレオノールを発見した。
顎に手を当てながら玄関の前を右往左往し、意を決してドアをノックしようと握った手を挙げては、思い直してまた最初に戻る。普段の彼女を知る者には信じられない程の挙動不審振りである。
ワルドにとっても吹き出しそうになる姿だったが、それと同時に大体の事情も察する事が出来る姿でもあった。

エレオノールが一度だけ顔を会わせたクロードは、身分の低い平民だが、謎の魔法の使い手である。王立魔法研究所、等と言う組織に勤めているだけあって知的好奇心が旺盛であるエレオノールなら、有無を言わさずアカデミーに連れて行き、思う存分その魔法を研究する対象だ。
しかしそれは、同時に他の研究者達の目にもクロードを晒す事となり、一度連れて行ってしまうとクロードは二度と日の目を浴びる事の無い生活となる可能性が非常に高い。
相手がただの平民ならエレオノールもそんな事は気にしないのだが、クロードは妹の治療を担っている人物であり、連れて行ってしまうとカトレアがまたベッドに縛り付けられる事になるのは目に見えている。いくら自身の研究の為とは言え、家族の健康と比べるとどちらに比重が傾くか等は考えるまでも無い事であり、そもそも平民相手とは言え恩を仇で返す様な真似は出来ない。
それならば本人に直接尋ねる程度しか出来ないのだが、そこで問題になるのが低い身分である。

未知の魔法と異国の地について思う存分研究したい。しかし平民に教えを請うだなんてプライドが許さない。父親である公爵に聞くという手もあるが、それよりももっと詳しく知りたいという欲求が抑えられない。ああでもやっぱり相手は平民で………………この様な感じに思考が堂々巡りになっているのだろう、とワルドは当たりを付け、それはその物ずばり当たっていた。
何かと世話になった公爵家の一員であるエレオノールは、ワルドにとって性格や考え方を把握する程度には親しくしてきた人物なのだ。

このまま眺め続けるのも面白いかもしれない、と不埒な考えも過ぎったワルドだったが、一度頭を振ってそれを追い払い、エレオノールに話しかけた。そして言葉巧みに誘導し、話はクロードの元へ二人がやって来た場面に戻るのだった。



「と、そう言う訳さ」

「ええっと、大体の事情は分かりましたが……私はどうすれば……」

しかし、ワルドに大まかな説明された後でも、クロードからすれば非常に困る客人であると言う事に変わりは無かった。

クロードが秘すべきなのは自身が異端な魔法を使うと言う事実自体であり、それを知られている時点で詳しい話をするのには抵抗は無い。アカデミー云々は出来れば聞きたくなかった類いの話だが、置かれている環境や行なった事の功績も考えればあくまで例え話の範疇であり、実際エレオノールにもそのつもりは無い。つまりクロードは、話せと言われれば何の支障も無く話すのだ。
それなのに、エレオノール本人が好奇心とプライドの板挟みになって結論を出していないのだから、クロードは言葉の通りどうすればいいのか分からなかった。

「君が気にする事は無いよ。そうそう、これが約束の報酬だ」

「あ、ありがとうございます……」

反応に困るクロードも押し黙ってしまっているエレオノールも無視して、ワルドは机の上にエキュー金貨の入った袋を放り投げた。スクウェアのワルドがそれなりに時間が掛かると考えた程の規模だった討伐の報酬は結構な金額であり、半額の入ったその袋はずっしりとした重みがある。

「……報酬? ジャン、貴方この平民に何をさせたの?」

その光景には、今まで口を閉じていたエレオノールも思わず反応してしまった。とは言っても、ワルドが喋り続けるのを素直に見ていた訳では無く、始めは抵抗や逃走を試みたのだが……ワルドが魔法で作り出した風の縄によって物理的に縛り付けて逃走を阻害し、抗議の言葉を悉く無視された結果、諦めて黙っていただけである。これらの行動をワルドは善意でやっている風に見せているのだから性質が悪い。
ともあれ、そんな目に会わされていたエレオノールがついつい気になってしまう程、平民に対して無造作に渡すのには規格外な金額だったのだ。

「何って、オーク鬼の討伐任務さ。いやぁ、目を見張る物があったよ、彼の使う支援魔法は。それのお陰で予想していた三分の一程の時間で終わったのだからね」

「……そう」

それきりでエレオノールはまたも口を閉じる。しかし今度は、ワルドの暴露に対して内心では羞恥と怒りに悶えていた先程の沈黙とは違った意味でだ。
ワルドの腕前はエレオノールもよく知っていた。若くしてスクウェアに上り詰め、トリステイン王国の花形とも言える魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊の隊長にまで任命されたその実力は、トリステインに存在する現役メイジで五指に入るだろう。そのワルドが実力を三倍出せたと暗に言っているのだから、エレオノールはより一層クロードの使う魔法に興味を惹かれて行く。
テンションが上がり過ぎて普段は滅多に出さない本気を出し切っていたと言うのも短時間で終わった要因なのだが、勿論エレオノールはそんな事知る訳も無かった。



エレオノールがもう一度黙り込んでから、たっぷりと百は数えた頃。エレオノールのプライドはついに好奇心に負けてしまった。

「クロードと言ったわね。どうせ平民である貴方の事だから、ハルケギニアの魔法について調べもしていないのでしょう。どうしてもと言うのなら……そう! 貴方の功績を評して、このわたくしが教えて差し上げてもよろしくてよ!」

ただし、凄まじく遠回しな敗北宣言であった。しかもその瞳は断ったらただでは済ませないとでも言いたげな程、険のある目付きだ。
つまりどう言う事かと言うと、平民から一方的に物を教わる事への屈辱を考えれば、せめて双方が教えを請い合うという形にすればまだ納得出来なくも無い、と言った所にエレオノールは落とし所を見つけたのだ。身分差に人一倍うるさいエレオノールにしては、これでも驚くべき譲歩である。
しかしそれはあくまでもエレオノールの都合だけであり、突然そんな事を言われたクロードは頭上に大きな汗を浮かべるかの様な心境だった。ワルドに至っては余りにも身勝手なエレオノールの姿に笑いを堪えるのに必死だ。

クロードとしては確かにありがたい申し出ではある。最近は平民の身分から調べられる事が頭打ちになっていたのだから、貴族であるエレオノールから色々と教わるのは十分に勉強になるだろう。
更に言えば相手はこれから先、長く雇われる事になりそうな公爵の娘だ。出来るのなら要望には答えておきたい所だし、友好な関係を結んでおくに越した事は無い。

「よ、よろしくお願いします」

断れない相手からの双方に得のある提案に、なんとなく腑に落ちない物を感じながらも頷くしか出来ないクロードなのであった。


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