「はっ、はっ、はっ……こ、これで、終わり、だよな……?」
「これで終わりじゃなかったら、マジ詐欺なんですけど……」
「ど、どうしましょう……もう一発『タナトス』撃っときます?」
「いや、『タナトス』は絶対だろ? こいつ、喰らった時にグオアーとか言ってたじゃん。グオアーて」
「それはそうですけど……」
オレンジ色に輝く光に照らされながら、瓦礫が大量にばら撒かれた、崩れに崩れた『城』の中で、最早満身創痍と言っても過言で無いほどにボロボロの三人の男女が、困った顔で唸っていた。
彼らの前には、とにかくデカイ黒い塊があった。
体長5m程の黒い塊は、しかし動かず、ピクリともしない。
「つーか、こいつ何なの。第十六形態とかアホだろ? 何回ぬか喜びさせられたか。最終的には黒い球体になるっつーのも意味解んないし」
「そーね。ま、『魔王』なだけはある、って事じゃない? マジうぜー」
「……やっぱり、『タナトス』、やっちゃいます。念には念を、です」
そう言って、小柄な少女が一歩前に出た。
黒髪を靡かせる彼女は、幼い顔つきをしているが、しかし揺ぎ無い決意をもって、手にある漆黒の剣を構える。
「それはいいけど、ユリ、体力は大丈夫なのか? 僕はもう『回復ボトル』持ってないぞ」
「……一発なら、なんとか。ギリギリですが」
「……今更だけどさー、何でアタシ達って回復魔法出来る奴いねーの? アタシとかボトル飲み過ぎてお腹タプタプなんですけど」
「モエ、それを言うなよ。その議論なら一年してきて、結局『無理』ってことになったじゃないか。つーか魔法を使える奴がいないからな、まず」
「ダイキさんは見た目は魔法使いっぽい感じなんですけどね」
「こう見えて戦士だ」
「そんなひょろっちぃのに、オリハルコンを素手でぶち抜くとかないわ……」
「お前こそ、ギャルなのになんで剣士なんだよ。風より速いギャルとか、むしろギャグだ」
「それはアタシが一番知りたい。……はぁ、もうメイクの仕方がうろ覚え……」
ダイキと呼ばれた細身の少年は身の丈程ある槌を縦にして、それに寄りかかりながら気だるそうな顔をし、モエと呼ばれた少女は左手で前髪を弄りながら、げんなりした表情で右手にある刀を適当に振った。
ザシュ、と鈍い音が場に響く。
「モエさん、さりげに何やっているんですか……?」
「斬撃飛ばしてる。念には念を、でしょ?」
黒い塊は相変わらず、無言で微動だにしない。
「……動かない、ですね」
「……そーね」
「……つーか、いっそ、皆でもう一回やっちゃおうぜ。ワンランク下ぐらいの技で。『タナトス』級じゃなくても、そんだけやっときゃ十分だろ。流石にこれ以上の消耗はキツイって」
「……どうするの? ユリ。『リーダー』はアンタなんだから」
問われたユリは、逡巡する様に目を瞑った。
数秒後、目を開けたユリは自分を見つめていた二人に向き合って、そして口を開く。
「……やっておきましょう。確かに『タナトス』は絶対ですが、相手は魔王。何も起きないと言う保障はありません。三人の一斉攻撃、だけど、体力は温存する方向で」
「りょーかい。……相変わらず、慎重で卑怯な『勇者』だよね、アンタ。ま、アタシらも人の事は言えないけどさ」
「そうだな。だけどそうやって、僕達は今まで生き残って来たんだ。この『最悪の世界』で」
そう言い、ダイキは寄りかかっていた槌の、中心から伸びる柄の部分を持ち上げて大きく振り上げる。
「慎重なくらいが、丁度いい」
モエもそれに習い、刀を腰だめに構え、姿勢をぐっと下にした。
「そーね。卑怯でケッコー、勝ちは勝ち、だからね」
ユリは二人の様を見て、ニコッと笑い、そしてまた顔を引き締めた。
――彼女は『勇者』だけれど、それは自分でそう名乗っているだけ。
モエやダイキの様に、その名に相応しい技術を持っている訳ではなく、そもそも、この『世界』に『勇者』なんて存在しない。
だけど、彼女は既存の『職業』のどれにも当てはまらなかったし、それになにより。
(この二人が、私にそう言ってくれたから)
勇者。
彼女が居た世界で、それは御伽話に出てくる英雄。溢れる勇気と、誇りを持って戦場を駆ける、希望。
それに比べ、自分はどうであろうか。ユリは思う。
自分は誇り高くはないし、勇気だって、最初は全然なかった。
この『世界』に来て数日はずっと泣いていて、そして喚いて、泣いて、また喚いて、だけど戦って、また泣いて、慎重に、卑怯に、少しずつ勝利を重ねて行って――。
そして、今の彼女が居た。
そして、ずっと彼らが共に居た。
そんな彼らが自分に『勇者』と名前を付けたのだ。
勇気。そんなもの、この『世界』ではちっとも役に立たない。
だけれども、彼らは言う。
『お前は誰よりも勇敢だ』
ユリはとてもそうは思えなかったが、彼らが言うのなら、彼らが思っているのなら、自分はそうあろう、と心に決めた。
慎重に戦い。
卑怯に勝ち。
――そうして、勇敢に生きる。
「ふふっ」
ユリは笑って、漆黒に輝く両刃の剣の切っ先を物言わぬ塊に向けた。
三人は目線を交し合い、そして頷き合う。
「準備オーケー」
「ユリ、合図をお願い」
「はいっ。……夜に染めろっ、『ニュクス』!」
「刻めっ、『獄星神楽』!」
「潰せっ、『グロングメッサー』!」
「いきますっ! せぇっー……のっ!』
三人はそれぞれの得物の銘を呼び、そして動かない黒い塊に向けて、叫んだ。
「ブラックナイト!」
「白銀輝閃、五十六連!」
「デッドゴング!」
黒い線状の砲撃が宙を舞い、無数の刃が煌き、そして大地を揺るがす振動音が、その場に響く。
黒い塊は、変わらずそこにあった。
「……何も、変わりませんね」
「んだよもぉー! 何をしたら勝ちなわけ!?」
「いや、これもう僕達の勝ちでいいんじゃないか……?」
一番の大技ではないとは言え、かなりの疲労状態でそれなりの技を使った彼らは、フラフラになりながらも、しかし目線は逸らさず、黒い塊をじっと見ていた。
動かず。
喋らず。
生の気配がまるでない。
だけれども、この『魔王』はそんな状態から十五回も復活したのだ。
本人が最初に『十六形態まであるよ』とふざけた事をぬかしていたので、これが最後だと思うのだが、いかんせんそんな自己申告で納得は出来ない。彼らは慎重派なのだ。
そこで、ユリが持っている剣、ニュクスがカタカタと揺れた。
「ん、なにニュクス? え、……『あいつは』、『もう』、『しんで』、『いる』、……え?」
「はぁ!? 解るんなら早く言えっつーの!」
「『さっき』、『から』、『ずっと』、『いって』、『た』、…………え」
「……」
「……」
「た、『たなとす』、『は』……ぜ、『ぜったい』……」
場が凍りついた。
という事は、先程の三人の一斉攻撃は全くの無駄だった、と言うことだ。
詰まるところ、死を見る夜の剣、ニュクスがずっと語りかけていたのにも関わらず、それに耳を傾けなかったユリの大チョンボである。
二人はユリにジト目を向けた。
「ユリ……」
「アンタ……」
「…………てへっ」
二人は無言で武器を構えた。
少しは悪びれて欲しかった。
「ちょっ、ふ、二人とも! す、すとっぷ! すとっーぷ! あれですよ、あの、誰にも間違えはある、と言うか……」
「ダイキ……今ならアタシ、白銀輝閃を百連までやれる気がする」
「奇遇だな、モエ。僕もギガントを10発ぐらい打ち込めそうだ」
「私を魔王と同じ状態にする気ですか!?」
「……それが嫌なら、先ず言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」
モエの言葉に、ユリはハッとした顔になった。
そう、二人は別に本気で怒っている訳ではなく、チョンボをしたにも関わらず全く悪びれない事にイラついたのである。一言謝ってくれれば、それで終わりなのだ。
二人は、やれやれ、と肩を竦めながら、次に来るであろう謝罪の言葉を待った。
ユリは、剣をピッと塊に突きつけ、一言。
「……我らが勝利、夜と共に!」
『誰がキメ台詞言えっつった!』
「きゃぅ!?」
ダイキとモエの息ピッタリなチョップが、キメ顔でキメ台詞を吐きやがったユリの脳天に直撃した。
なんとも締まらないが、このレベルアベレージ:75、最悪の世界『キロウ』にて、全世界最高レベル:317の魔王は見事倒されたのであった。
――レベルアベレージ:アンダー10、最弱の世界『地球』から来た三人の少年少女によって。
――誰が予想しただろうが――
「……ったく、アンタは相変わらず、ずっとズレているんだから」
――時は一年と半年前――
剣士・モエ
性別:女
年齢:17歳
武器:鬼刀『獄星神楽』
レベル:278
通称:『世界最速の刃』
備考:元金髪。今は色落ちしている。
――『魔王』を倒す為に呼び出された、最弱の世界の三人が――
「つーか、お前、そのキメ台詞は皆で言うもんだろうが」
――召喚者から『ハズレ』だと言われ、碌な知識もない儘、ほっぽり出された三人が――
戦士・ダイキ
性別:男
年齢:17歳
武器:破槌『グロングメッサー』
レベル:280
通称:『世界最硬の耐』
備考:草食系男子
――泣き叫び、汚泥を啜り、傷つき、死に掛けながらも、抗い、抗い、抗い続けて――
「はっ! そ、そうでした! で、では皆さんご一緒に!」
――やがては『神器』を身に宿し、しかし今度はそれにより迫害を受けて――
勇者・ユリ
性別:女
年齢:15歳
武器:夜剣『ニュクス』
レベル:285
通称:『世界最悪の夜』
備考:事実上、現段階において全世界最高レベル。元ヒキコモリ。
――それでもこのクソッタレな世界を駆け抜けた彼らが――
「いや、そう言う問題じゃ……はぁ、もういいか」
「ま、こいつはずっとこうだからな。今更だ」
「あ、今、私の事を馬鹿にしましたね! それくらいは解ります!」
「ドヤ顔すんなウゼェ」
「ウゼェ」
「ヒドイ!」
――自分達をこの世界に喚んだ原因である『魔王』を『腹いせ』に打ち倒すことになろうとは――
「と、とにかく、行きますよっ!」
――だけれども、そんなことは、最早意味がない――
「どうする、ダイキ?」
「リーダーがご所望だ。……やるしかないだろ?」
「はん、キメ台詞とか、ダサいけどね」
「それでも?」
「……やるさ。アタシは、アタシ達はずっと、この子と一緒に戦って来たんだから。勝ったときも、勿論一緒に」
「……そうだな」
「さ、二人とも、せっーの!」
――何故なら――
「……魔王が、倒されました」
「……まさかとは思いますが、もしや、彼らが……」
「はい。彼らが、です」
「何と言う事だ……! 元々彼らはレベル5程度の筈だったのに……!」
「あの世界を甘く見ていました。……こちらの空気に完璧に順応し、そして、有り得ないほどに速い成長スピード……ふふふ、最弱の世界とは、名ばかりですね」
「笑っておられる場合ですか、姫巫女! 恐らく彼らは……」
「ええ、次はこの国に来るでしょうね。彼らを呼び出して、あっさりと捨てた私達への、復讐の為に」
「……彼らを悪く言うつもりはありません。悪いのは、我等です。しかし……」
「……ええ。見す見すこの国を滅ぼされるつもりはありません。……魔王が死んで、世界の壁は薄れました。今なら『還せ』ます」
「……では?」
「お還り頂きましょう。元の世界に」
――彼らがこの世界にいるのは――
『我らが勝利、夜と共に!』
――あと数刻なのだから――