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[29437] 現実→異世界→現実
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2012/01/19 22:31

 魔王を倒しちゃった少年少女が、平凡な日常に戻って、どーたらこーたらするだけの話。と思ったらあんまり平凡でもなくなっちゃう話。


 2012.1/19 小説家になろうにも転載。微妙にタイトルを追加してます。



[29437] エピローグにしてプロローグ
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/17 17:49
「はっ、はっ、はっ……こ、これで、終わり、だよな……?」
「これで終わりじゃなかったら、マジ詐欺なんですけど……」
「ど、どうしましょう……もう一発『タナトス』撃っときます?」
「いや、『タナトス』は絶対だろ? こいつ、喰らった時にグオアーとか言ってたじゃん。グオアーて」
「それはそうですけど……」

 オレンジ色に輝く光に照らされながら、瓦礫が大量にばら撒かれた、崩れに崩れた『城』の中で、最早満身創痍と言っても過言で無いほどにボロボロの三人の男女が、困った顔で唸っていた。

 彼らの前には、とにかくデカイ黒い塊があった。
 体長5m程の黒い塊は、しかし動かず、ピクリともしない。

「つーか、こいつ何なの。第十六形態とかアホだろ? 何回ぬか喜びさせられたか。最終的には黒い球体になるっつーのも意味解んないし」
「そーね。ま、『魔王』なだけはある、って事じゃない? マジうぜー」
「……やっぱり、『タナトス』、やっちゃいます。念には念を、です」

 そう言って、小柄な少女が一歩前に出た。
 黒髪を靡かせる彼女は、幼い顔つきをしているが、しかし揺ぎ無い決意をもって、手にある漆黒の剣を構える。

「それはいいけど、ユリ、体力は大丈夫なのか? 僕はもう『回復ボトル』持ってないぞ」
「……一発なら、なんとか。ギリギリですが」
「……今更だけどさー、何でアタシ達って回復魔法出来る奴いねーの? アタシとかボトル飲み過ぎてお腹タプタプなんですけど」
「モエ、それを言うなよ。その議論なら一年してきて、結局『無理』ってことになったじゃないか。つーか魔法を使える奴がいないからな、まず」
「ダイキさんは見た目は魔法使いっぽい感じなんですけどね」
「こう見えて戦士だ」
「そんなひょろっちぃのに、オリハルコンを素手でぶち抜くとかないわ……」
「お前こそ、ギャルなのになんで剣士なんだよ。風より速いギャルとか、むしろギャグだ」
「それはアタシが一番知りたい。……はぁ、もうメイクの仕方がうろ覚え……」

 ダイキと呼ばれた細身の少年は身の丈程ある槌を縦にして、それに寄りかかりながら気だるそうな顔をし、モエと呼ばれた少女は左手で前髪を弄りながら、げんなりした表情で右手にある刀を適当に振った。

 ザシュ、と鈍い音が場に響く。

「モエさん、さりげに何やっているんですか……?」
「斬撃飛ばしてる。念には念を、でしょ?」

 黒い塊は相変わらず、無言で微動だにしない。

「……動かない、ですね」
「……そーね」
「……つーか、いっそ、皆でもう一回やっちゃおうぜ。ワンランク下ぐらいの技で。『タナトス』級じゃなくても、そんだけやっときゃ十分だろ。流石にこれ以上の消耗はキツイって」
「……どうするの? ユリ。『リーダー』はアンタなんだから」

 問われたユリは、逡巡する様に目を瞑った。
 数秒後、目を開けたユリは自分を見つめていた二人に向き合って、そして口を開く。

「……やっておきましょう。確かに『タナトス』は絶対ですが、相手は魔王。何も起きないと言う保障はありません。三人の一斉攻撃、だけど、体力は温存する方向で」
「りょーかい。……相変わらず、慎重で卑怯な『勇者』だよね、アンタ。ま、アタシらも人の事は言えないけどさ」
「そうだな。だけどそうやって、僕達は今まで生き残って来たんだ。この『最悪の世界』で」

 そう言い、ダイキは寄りかかっていた槌の、中心から伸びる柄の部分を持ち上げて大きく振り上げる。




「慎重なくらいが、丁度いい」




 モエもそれに習い、刀を腰だめに構え、姿勢をぐっと下にした。




「そーね。卑怯でケッコー、勝ちは勝ち、だからね」




 ユリは二人の様を見て、ニコッと笑い、そしてまた顔を引き締めた。
 ――彼女は『勇者』だけれど、それは自分でそう名乗っているだけ。
 モエやダイキの様に、その名に相応しい技術を持っている訳ではなく、そもそも、この『世界』に『勇者』なんて存在しない。
 だけど、彼女は既存の『職業』のどれにも当てはまらなかったし、それになにより。



(この二人が、私にそう言ってくれたから)


 勇者。
 彼女が居た世界で、それは御伽話に出てくる英雄。溢れる勇気と、誇りを持って戦場を駆ける、希望。
 それに比べ、自分はどうであろうか。ユリは思う。
 自分は誇り高くはないし、勇気だって、最初は全然なかった。
 この『世界』に来て数日はずっと泣いていて、そして喚いて、泣いて、また喚いて、だけど戦って、また泣いて、慎重に、卑怯に、少しずつ勝利を重ねて行って――。

 そして、今の彼女が居た。
 そして、ずっと彼らが共に居た。

 そんな彼らが自分に『勇者』と名前を付けたのだ。
 勇気。そんなもの、この『世界』ではちっとも役に立たない。
 だけれども、彼らは言う。

『お前は誰よりも勇敢だ』

 ユリはとてもそうは思えなかったが、彼らが言うのなら、彼らが思っているのなら、自分はそうあろう、と心に決めた。

 慎重に戦い。
 卑怯に勝ち。
 ――そうして、勇敢に生きる。

「ふふっ」

 ユリは笑って、漆黒に輝く両刃の剣の切っ先を物言わぬ塊に向けた。
 三人は目線を交し合い、そして頷き合う。

「準備オーケー」
「ユリ、合図をお願い」
「はいっ。……夜に染めろっ、『ニュクス』!」
「刻めっ、『獄星神楽』!」
「潰せっ、『グロングメッサー』!」
「いきますっ! せぇっー……のっ!』

 三人はそれぞれの得物の銘を呼び、そして動かない黒い塊に向けて、叫んだ。


「ブラックナイト!」
「白銀輝閃、五十六連!」
「デッドゴング!」



 黒い線状の砲撃が宙を舞い、無数の刃が煌き、そして大地を揺るがす振動音が、その場に響く。












 黒い塊は、変わらずそこにあった。


「……何も、変わりませんね」
「んだよもぉー! 何をしたら勝ちなわけ!?」
「いや、これもう僕達の勝ちでいいんじゃないか……?」

 一番の大技ではないとは言え、かなりの疲労状態でそれなりの技を使った彼らは、フラフラになりながらも、しかし目線は逸らさず、黒い塊をじっと見ていた。

 動かず。
 喋らず。
 生の気配がまるでない。

 だけれども、この『魔王』はそんな状態から十五回も復活したのだ。
 本人が最初に『十六形態まであるよ』とふざけた事をぬかしていたので、これが最後だと思うのだが、いかんせんそんな自己申告で納得は出来ない。彼らは慎重派なのだ。

 そこで、ユリが持っている剣、ニュクスがカタカタと揺れた。

「ん、なにニュクス? え、……『あいつは』、『もう』、『しんで』、『いる』、……え?」
「はぁ!? 解るんなら早く言えっつーの!」
「『さっき』、『から』、『ずっと』、『いって』、『た』、…………え」
「……」
「……」
「た、『たなとす』、『は』……ぜ、『ぜったい』……」

 場が凍りついた。
 という事は、先程の三人の一斉攻撃は全くの無駄だった、と言うことだ。
 詰まるところ、死を見る夜の剣、ニュクスがずっと語りかけていたのにも関わらず、それに耳を傾けなかったユリの大チョンボである。
 二人はユリにジト目を向けた。

「ユリ……」
「アンタ……」
「…………てへっ」

 二人は無言で武器を構えた。
 少しは悪びれて欲しかった。

「ちょっ、ふ、二人とも! す、すとっぷ! すとっーぷ! あれですよ、あの、誰にも間違えはある、と言うか……」
「ダイキ……今ならアタシ、白銀輝閃を百連までやれる気がする」
「奇遇だな、モエ。僕もギガントを10発ぐらい打ち込めそうだ」
「私を魔王と同じ状態にする気ですか!?」
「……それが嫌なら、先ず言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」

 モエの言葉に、ユリはハッとした顔になった。
 そう、二人は別に本気で怒っている訳ではなく、チョンボをしたにも関わらず全く悪びれない事にイラついたのである。一言謝ってくれれば、それで終わりなのだ。
 二人は、やれやれ、と肩を竦めながら、次に来るであろう謝罪の言葉を待った。
 ユリは、剣をピッと塊に突きつけ、一言。


「……我らが勝利、夜と共に!」
『誰がキメ台詞言えっつった!』
「きゃぅ!?」


 ダイキとモエの息ピッタリなチョップが、キメ顔でキメ台詞を吐きやがったユリの脳天に直撃した。




 なんとも締まらないが、このレベルアベレージ:75、最悪の世界『キロウ』にて、全世界最高レベル:317の魔王は見事倒されたのであった。



 ――レベルアベレージ:アンダー10、最弱の世界『地球』から来た三人の少年少女によって。









 ――誰が予想しただろうが――



「……ったく、アンタは相変わらず、ずっとズレているんだから」



 ――時は一年と半年前――



 剣士・モエ
 性別:女
 年齢:17歳
 武器:鬼刀『獄星神楽』
 レベル:278
 通称:『世界最速の刃』
 備考:元金髪。今は色落ちしている。



 ――『魔王』を倒す為に呼び出された、最弱の世界の三人が――



「つーか、お前、そのキメ台詞は皆で言うもんだろうが」

 

 ――召喚者から『ハズレ』だと言われ、碌な知識もない儘、ほっぽり出された三人が――



 戦士・ダイキ
 性別:男
 年齢:17歳
 武器:破槌『グロングメッサー』
 レベル:280
 通称:『世界最硬の耐』
 備考:草食系男子



 ――泣き叫び、汚泥を啜り、傷つき、死に掛けながらも、抗い、抗い、抗い続けて――



「はっ! そ、そうでした! で、では皆さんご一緒に!」



 ――やがては『神器』を身に宿し、しかし今度はそれにより迫害を受けて――



 勇者・ユリ
 性別:女
 年齢:15歳
 武器:夜剣『ニュクス』
 レベル:285
 通称:『世界最悪の夜』
 備考:事実上、現段階において全世界最高レベル。元ヒキコモリ。



 ――それでもこのクソッタレな世界を駆け抜けた彼らが――



「いや、そう言う問題じゃ……はぁ、もういいか」
「ま、こいつはずっとこうだからな。今更だ」
「あ、今、私の事を馬鹿にしましたね! それくらいは解ります!」
「ドヤ顔すんなウゼェ」
「ウゼェ」
「ヒドイ!」



 ――自分達をこの世界に喚んだ原因である『魔王』を『腹いせ』に打ち倒すことになろうとは――



「と、とにかく、行きますよっ!」



 ――だけれども、そんなことは、最早意味がない――



「どうする、ダイキ?」
「リーダーがご所望だ。……やるしかないだろ?」
「はん、キメ台詞とか、ダサいけどね」
「それでも?」
「……やるさ。アタシは、アタシ達はずっと、この子と一緒に戦って来たんだから。勝ったときも、勿論一緒に」
「……そうだな」
「さ、二人とも、せっーの!」




 ――何故なら――



「……魔王が、倒されました」
「……まさかとは思いますが、もしや、彼らが……」
「はい。彼らが、です」
「何と言う事だ……! 元々彼らはレベル5程度の筈だったのに……!」
「あの世界を甘く見ていました。……こちらの空気に完璧に順応し、そして、有り得ないほどに速い成長スピード……ふふふ、最弱の世界とは、名ばかりですね」
「笑っておられる場合ですか、姫巫女! 恐らく彼らは……」
「ええ、次はこの国に来るでしょうね。彼らを呼び出して、あっさりと捨てた私達への、復讐の為に」
「……彼らを悪く言うつもりはありません。悪いのは、我等です。しかし……」
「……ええ。見す見すこの国を滅ぼされるつもりはありません。……魔王が死んで、世界の壁は薄れました。今なら『還せ』ます」
「……では?」
「お還り頂きましょう。元の世界に」



 ――彼らがこの世界にいるのは――



『我らが勝利、夜と共に!』



 ――あと数刻なのだから――





[29437] 終わって始まる
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/07 12:06




「世界接続。開始。無限回廊、発動」







 黒をこれでもかと言うくらいに塗りつぶしたかの様な、深い夜。
 そして、そこに煌く無数の漆黒の刃。
 音もなく放たれたそれは、そこにあった大木を刹那の内に切り刻んだ。

 闇の様に黒い瞳に、夜のごとく輝く黒い髪を携えて、一人の少女が剣を肩ごしに担ぎ、今しがた切り刻んだ大木を指差して、言う。




「これが二秒後の貴様の姿だ」





「誰が何だって?」
「ぅひゃあ!? だ、ダイキさん!?」
「……つーか、お前、何やってんの?」

 可愛らしい悲鳴を上げた少女、ユリに、そんな彼女の奇行をこっそり見ていたダイキが声を掛ける。
 ユリは口をもごもごと動かし、恥ずかしそうにしながら、

「い、いや、あの、ちょっと台詞の練習を……」

 と言った。

「お前まだそんな事やってんの!?」
「い、いいじゃないですか! 誰でもカッコいい台詞を言いたいんですよ! それに、『ハッタリ』に使えるじゃないですか!」
「必要ねーよ! そんなハッタリかまさなくても、魔王が死んだ今、お前に簡単に勝てる奴は最早この世にいねーよ! それが必要だったのは、まだ僕たちがレベル100に届いてなかった頃の話だろ!」
「……カッコいい台詞を言いたいんですよ!」
「ハッタリをあっさりと否定しやがったコイツ!」

 ユリの『病気』にこめかみを押さえるダイキ。
 元々、威勢の良い『ハッタリ』は、ダイキとモエが気弱でオドオドしていたユリを少しでも危険から遠ざける為に考案したものだ。
 低レベルの頃から既に所有していた、伝説の剣『ニュクス』と、ハッタリ。それが、かつての彼女の武器だった。
 しかし、そんなものが必要なくなった程に『強い』彼女は、だけど今でも「カッコいい台詞研究」に余念がない。
 なにか突き抜けてしまったユリを見て、ダイキは「育て方、間違ったかなぁ……」と保護者よろしく頭を抱えた。

 そんな少年に、ユリがふと、首を傾げて言う。

「あれ、ダイキさん、何しに来たんですか?」

 直後、ダイキのチョップが、ユリの頭に決まった。
 メゴォッ、と人類が発してはならない音が、深い闇に響く。

「にゃっ! ……い、いっ、たぁーい! な、何をするんですか!」
「何じゃねーよ! 僕はお前を探しに来たんだよ!」
「へ?」
「……お前、モエが『食事の準備をするから枯れ木を集めて来い』って言ったの、覚えてないの?」
「あ」
「……それがお前、ほったらかしにして、遊んでいるとか。あーあ。これは瞬速チョップだわ」
「い、いやいや! 木だったら、ホラ、これが!」
「それお前、今切った大木じゃねーか! どこか枯れ木だよ! 瑞々しさ満天だよ! 火が点けづらいだろーが! モエに刀の摩擦で起こして貰うんだぞ!」
「……くっ、私が火の魔法を使えれば、こんなことには……!」
「そこじゃねーよ! そもそもお前が真面目に枯れ木を集めてなければ何も問題はねーよ! おーい! モエェええええええええええ!」
「……なーにー? ユリは見つかったー? こっちはもう準備できてるけどー」
「ああああ! ごめんなさいごめんなさい!」


 数十秒後、『バッ……シュンッ』、と言う最早人類が理解するには早過ぎる不可解な音が響いた。
 そして頭を抑えながら「ぬわぁー」と呻いている少女と、何とか火を起こそうと刀を振るう少女と、ため息を吐く少年が居たとかなんとか。

 傍から見れば、とてもそうは思えないだろうが、そんな三人は、『魔王』を倒した最強の生物。
 この『世界』の人間の限界レベル、150をあっさりと超えた、最早ただの人外である。






「世界接続。……26パーセント」








「……さぁて、これからどうする?」
「これから、と言うと?」
「決まってんだろ。僕たちの『これから』、だ。魔王倒しちゃったし。次はどうしようか」
「あー、そこですかー。……んむむむむ」
「もう、する事なくなくなったからねー」

 食事を終えた三人は、焚き火を囲いながら(火は気合でモエが点けた)、各々寛いでいたのだが、そこで、ダイキが思い出したのかの様に、二人を見ながら言った。
 それは、彼らの旅路について。
 今まで、彼らは『召喚』された時分からは、とにかく死にたくないと、生きる為に、がむしゃらに旅を続けていた。
 なんせ、何の知識も力もない一般人だった彼らが、他の『並列世界』でも力のインフレーションが激しすぎるこの『キロウ』に召喚されて、そして捨てられたのだ。
 あの時の、自分達を召喚したと言う『姫巫女』と呼ばれていた女性の言葉は、彼らは一生忘れないであろう。

『貴方達には、魔王を倒して…………え、弱っ』


 直後、その国から追い出された。

 何でも、別の世界から呼び出すことは何とか出来るのだが、元に還すのは「今は」色々あって出来ないらしい。


「あー、あのおっぱいが大きいアマの澄まし顔を恥辱に染まらしてやる、と言うのはどうですか?」
「どうですかって、怖ぇーよお前」
「いや、でもそれは割かし賛成よ、アタシ」
「……正直僕も同感」
「よし、じゃあ、次の目標はあの女をあひぃんあひぃん言わせることですね!」
「え、何この子怖い」
「モエ、僕達の教育、やっぱり間違っていたのかな……」





「世界接続。……54パーセント。っ!?」
「姫巫女! どうなされました!」
「い、いえ、少し悪寒が……」



 閑話休題。
 とにかく、それで何の当てもない儘、彼らは歩き続けた。
 暗い夜を。闇を。彷徨い。泣いて。叫んで。喚いて。
 彼らが、そこであっさり死ななかったのは、『魔物』と遭遇する前にユリが偶然にも、あるいは必然にも、手に入れた、神器『ニュクス』のおかげだった。


「つーか、ニュクスがなかったら、もう速攻で終わってたよな、僕ら」
「そーね。最初は『タナトス』を連発だったからね」
「剣を振ったら大概の生物は死にますからね。レベル100以下なら大体あれで終わりです」


 そこで気づく、自分達の異常。
 圧倒的な、レベルの成長スピード。
 魔物の肉を摂取することで、彼らのレベルはグングンと上昇し、無理に『タナトス』を使う必要もなくなった。
 だけれども、彼らは臆病に、慎重に、呼び出した国、『バローグ』から離れる様に旅を続けた。
 元の世界に帰るのは、半ば諦めていた。只管に、生きるため、死なないために、旅を続けた。
 彼らは元の世界に未練がなかった訳では、勿論ない。
 思春期な時分に相応しいくらいには、退屈な日常をなんとなく持て余してはいたが、それだけだ。
 こんな死と隣り合わせの毎日は、御免だった。
 だけど、いや、だからこそ、彼らは逃げる様に旅をした。
 元の世界には帰れない。ならば。


 せめて、強くなろう。この世界で、生き残れるぐらいに――


「その結果が、レベル285です」
「あれ? ユリ、アンタ、レベル283じゃなかった?」
「さっき『視た』ら上がってました。お二人も2ずつ上がってますよ。魔王を倒したからですね。魔王も喰っちゃえば、もっと上がりましたかね?」
「あんなん、喰いたくねーよ」
「そーね」






「世界接続。70パーセント」



 ……結局、生きる為に、形振り構わず戦い続け、そして逃げ続けた彼らは、次第に「強くなった」。
 だけど、それが仇となった。
 モエは、神器『獄星神楽』に選ばれ、ダイキもまた、神器『グロングメッサー』に選ばれた。
 この世界において、『神器』を持つと言うことは、異端である証。
 特に、彼らが所有しているのは、評判極悪のならず者の武器である。

 何でも斬れる刀。
 何でも壊す槌。
 何でも殺す剣。

 彼らの名が広まり、忌み嫌われ、迫害されるのも時間の問題だった。

「……つーか、僕達結構嫌われてるからなぁ。あの国に何事もなく辿り付けられるかな」
「手配書にも載っていますからね。私達」
「アタシ達が何をしたっつー話だけどね」
「それはアレだ。モエが『トリンド』の城をぶった切ったからだ」
「だってアイツらムカツクんだもん」
「いや、ダイキさんがその後に城をぺちゃんこにしたからじゃないですか?」
「だってあいつらムカつくし」


 -―正義の国『トリンド』。それが、彼らの悪名を轟かせる切欠。
 この国を訪れた時、ユリは捕まった。最悪の剣、『ニュクス』を持っていた、それだけの理由で。
 だから、ダイキとモエは、トリンドの城を跡形もなく壊した。
 『大切な仲間を取り返す』それだけの理由で。
 まぁ、その後。


「ってか、一番の理由は、ユリが『トリンド』の兵を全員眠らせたからじゃない?」
「五百人の兵士が今も起きないみたいだからな。すげーよ『ヒュプノス』。すげーよ『ニュクス』」
「だってムカつくんですもん。大丈夫。あと9年ぐらいしたら起きます」


 ――『勇者』と言う聞きなれない『職業』を名乗っている少女は、『総ての夜を統べる剣』ニュクスを完璧に使いこなしている。

 それが、最終的な引き金だった。
 彼ら三人を捕らえれば、100人は一生遊んで暮らせるだけの金は手に入るだろう。
 それだけの賞金首に彼らはなってしまった。

 そして、逃げながら。戦いながら。相変わらず卑怯で慎重に生きていた彼らは、ある日、気づく。




『これ魔王倒せるんじゃない?』

 と。



 結果、倒せた。
 10年間、『キロウ』の魔物を統べて、人間を苦しめていた魔王は、軽い気持ちで挑んできた三人に倒されてしまったのだった。


 特に意味があった訳ではない。
 意味もなく生きたくて。
 意味もなく死にたくなくて。
 なんとなく強くなって。
 なんとなく魔王を倒した。
 彼らにとっては、それだけの話。
 しかし、当たり前だが、『それだけ』の話で済む訳はないのである。



「っ、世界接続っ……82、パーセントッ! くっ、はっ……」
「ひ、姫巫女……」
「ふふふ、『召喚』ではなく、いくら高魔力を持っていた魔王が死んだとはいえ、門を開く『召還』は、少しキツイですね……」
「それ以上は、御体が……!」
「……夜の戦士達よ。私を恨むのなら、恨みなさい。しかし、この『バローグ』を滅ばせさせる訳には行きません。例えっ、私の命と引き換えでもっ!」


 とてもシリアス全開だが、当の『夜の戦士達』のリーダーは、国を滅ぼすつもりは毛頭なく、ただただ姫巫女をあひぃんあひぃん言わせたいだけである。
 しかし自分達に害を成すつもりなら、その瞬間『ヒュプノス』、もしくは『タナトス』だ。


「ま、とりあえず、三人一緒に行こーぜ。僕らはもう家族っつーか、兄妹みたいなもんだしな」
「っ! そ、そーね……」

 腕を頭に回しながら間延びした声で言うダイキに、モエは少し躊躇いがちな声を出した。同時に、不安げな表情をし、俯く。

「……ちょっとモエさん、花を摘みに行きましょう」
「え、え? あ、うん……」
「女子ってそう言うところあるよなー。つーか、トイレぐらい一人で行けよー」
「ダイキさん」
「ん?」
「あなた、鈍感レベル500ですね」
「魔王超えちゃった!? つーか、鈍感レベルってなに!?」

 喚くダイキを背に、ユリは少し消沈しているモエを連れて、その場を離れて行った。






「世界、接続。……95、パー……っセントッ」






「さてさて、モエさん。言わなきゃいけない事があるんじゃないですか? 私ではなく、ダイキさんに」

 ダイキから離れた所に来た二人は、しかし別に用は足さず、モエは木を背にし、ユリはそんなモエを正面からじっと見つめた。

「い、いやー、そ、そーね」

 モエは何とも歯切れが悪い。
 視線も、ユリを捉えず、あちこちを彷徨っている。

「……モエさん? まさか、有耶無耶にする気じゃないですよね?」
「うっ……! だ、だって! ユリも聞いたっしょ!? アイツ、アタシの事ぜってー何も思ってないって!」
「そうと決まった訳じゃないじゃないですよ! 昨日約束したじゃないですか! 『明日魔王に勝ったら、ダイキに好きって言う』って!」

 なんとも不吉な言葉である。
 恐らく『最終決戦前に言ってはいけない言葉ナンバーワン』のその言葉は、だけど確かにモエが昨日言った言葉だった。

「ううう、昨日は、少しアルコール入ってたから……」


 こいつらちょっと魔王嘗め過ぎじゃない?
 と言う疑問はさて置き、ユリは、そんならしくもなくモジモジしているモエを殊更強い目線でじっと見詰めた。


「もうさっさと好きって言っちゃえばいいじゃないですか! ダイキさんだって、きっと!」
「だって、だってだって! アイツ言ってたもん! 『お前、モエって名前の割りに何の萌えもないよな』って!」
「あんの鈍感男……! こんな素敵おっぱいを持ったモエさんに何を言うか……!」
「んっ! ……ちょ、胸っ、もむな!」
「ぅきゅっ!」


 瞬速チョップ。


「あいてて……でも、モエさん、ホントにいいんですか? 真面目な話、ダイキさんもモエさんの事、好きだと思いますけど」

 一人称が僕の癖に、妙に口が悪く、戦士の癖に細身。でもチヨップで岩が砕ける。それがダイキ。
 軽い口調に、気だるげな言葉。いかにも「今時の女子」だが、実は誰よりも世話好き。チョップがマッハ。それがモエ。
 ユリから見れば、そんな二人は結構お似合いで、事実、同性だからと言う理由からか、モエからその想いを聞いていた。あとは、ダイキの気持ちである。
 ちなみに、ユリは二人のチョップを食らっても『痛い』で済んでいる。285は伊達じゃないのだ。

「……好きって思われている自信は、あるよ。だけど、それは、アンタがダイキの事を好きなように。アタシがアンタを、アンタがアタシを、ダイキがアンタを思っている『好き』と同じ好きなんだ」

 男女間の愛ではなく、家族間の愛。
 それが、ダイキの思い。
 少なくとも、モエはそう思っていた。
 彼らは、男女と言う垣根をあるいは超越してしまっていた。
 共に生を望み、死を避け、泣いて、笑って、時には怒って――。
 今更「好きだ」と言うのは、確かに気後れしてしまう。

「ふぅー……」

 そこで、ユリはため息を一つ吐いて、キッと顔を引き締めてモエを見た。
 その瞳は、やはり黒に輝いて、そのどうしようもなく深い色にモエはビクッと体を揺らす。

「いいですか、モエさん」

 ゆっくりと、幼子に聞かせる様な声色で、ユリは言う。

「昔、私が大好きで大好きで大好きな人に言われた言葉です。『一秒後に死んでも、後悔しない様に生きろ』」
「っ! それ、は……!」
「でも、私が大好きなその人は、その一秒後の事を見ようとせず、なぁなぁで生きています。伝えられる思いを、伝えずに」
「……」
「どう思いますか? この『キロウ』で、後手はもう完全にアウトです。常に前を見て、進まないと。……その後の言葉を、あなたに向けて言います」


 すっと、息を吸う。


「自分に嘘はつくなっ! 佐倉萌!」


 静寂。






 そして。






 チョップ。


「うきゃん!」
「生意気……昔はあれだけ泣き虫だったのに……」
「私、結構言い事言ったのにぃ……」


 涙目で頭を押さえるユリに、モエは近づき、そして抱きしめた。

「ありがと……」
「ふぇ?」
「思い出した。そうだ。この『世界』は一瞬で人が死ぬ。はは、強くなって鈍ったかな。アタシの言葉なのに」
「じゃあ!」
「言う。言うよ。好きだって。愛しているって。ダイキに言う」

 そう言ったモエの顔は、先ほどまでに不安げなものではなく、覚悟を決めた「女」の表情だった。



「やべぇ……モエさんやべぇよ……私の嫁にしたいよ……こんないい女振ったら、ニュクスが火を噴きかねないよ……」



 そう言ったユリの顔は、先ほどまでの凛々しいものではなく、だらしない「ゲス」の表情だった。






「随分と長かったな。それに、嫌にチョップの音が響いたんだけど」
「ユリがアタシのおっぱい揉んだから」
「あいつ、その『病気』も治ってないのか……」

 別に嘘は言っていない。

「ところで、ダイキ。……話があるんだけど」
「……なに?」


 そこで、モエはゆっくりと息を吸う。
 おかしな前書きは必要ない。
 そう、自分は剣士。自身が出来る最高の一太刀を浴びせられば、それでいい。



 この、最愛の人に。



 ふと、視線を感じて、横を見る。
 そこには、目を輝かしたモエのサムズアップ。


(今さら、親指とか、古すぎでしょ……)

 だが心中では、『勇気』が溢れていた。
 泣き虫で。臆病で。弱気で。
 でも、絶対に諦めなかった彼女の『勇気』が伝染したかの様に。



「アタシ……」



 今なら、言える。



「ダイキのことが……」














「好き!」
「へ?」







「世界接続、100パーセント! 無限回廊よ! 彼の人達を、あるべき場所、あるべき時間に、還しなさい!」





 光。
 後。
 暗転。




 そして。








 ――地球。深夜2時。




「凄い良いとこだったんだけどなぁ……ホント、一秒後には何が起きるか分かんないね、あそこ」



 暗闇で、一人ごちる少女。
 本棚。机。ベッド。
 それなりに簡素な部屋は、とある少女の部屋。


「こんなの出来るのって、多分、あの人だけだよね、ニュクス」


 ベッドの上で、黒い剣がカタカタ揺れる。


「ふんふん。『まおうが』、『しんで』、『かえす』、『もんが』、『ひらいた』、『と』、『おもう』……良く分からないけど、魔王が死んだから元に戻れたって事でいいよね?」

 カタカタ。

「『だいたい』、『あってる』、か。……ふふふ、そんなことが出来るのなら、早く言ってくれればいいのに。ニュクスは知らなかったの?」


 カタカタ。


「『いま』、『わかった』、ふふ。……そうかぁ。それならしょうがないよねー。悪いのはー……」

 ベッドの上には少女が一人。
 可愛らしいベッドの上で、相応しくない妙に薄汚れた服を纏った少女は――





「あの糞アマァ! 今度会ったら、そのおっぱいを無茶苦茶にして私の肉奴隷にしてやるぅうううう!」





 と、叫んだ。
 そんな肉奴隷とか言っちゃている彼女は湯久世 由里。
 『この世界』で引き篭もりをやっていた、今やレベル285の中学生である。


 これは、そんな少女がグダグダ頑張る、ファンタジーの残り滓の様な物語。



[29437] 決意とかなんとか
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/03 21:49
「さて、とりあえず、現状把握しとかないと」

 暗い闇で、ユリは呟く。
 突発的で不確定な事象が起きた場合、必要なのは、まさにそれ。
 何はともあれ、自分が置かれた状況を理解するべきなのだ。

 机の上にある電子時計を見る。

「日付は。……五月二十日。西暦は、ふん、変わってない、か」

 自分が『何月何日』にあちらへ行ったか、なんて、最早思い出せない。
 だけど、西暦ぐらいは何とか覚えていた。

 一年と半年。
 それが、向こうに居た時間。
 だが。

「……召喚された時間に、戻ったんだ」

 時間は午前二時。
 確か、かつての自分は寝ている間に呼び出された筈だ、とユリは思い出した。
 ちなみに、その時の格好はピンクのパジャマだった。やたら恥ずかしかったのを嫌に覚えている。
 とにかく、この時間は、自分が『キロウ』に召喚された時間と思って問題はないだろう、と結論付けた。

「……ニュクス」

 そこでユリは、己の半身でもある、漆黒の剣、ニュクスに呼びかけた。
 カタカタ、と刀身が不気味に揺れる。
 彼女にしか聞こえない声で、ニュクスが言う。

『その』『かんがえ』『で』『まちがい』『ない』
「……モエさんとダイキさん、は?」
『おそらく』『おまえ』『と』『おなじ』
「……どこに居るかは、解からない?」
『さすが』『に』『むり』『そんな』『ちから』『は』『ない』
「……そう、だよね、ん。ありがと」
『んい』

 言って、少し顔を俯かせてユリはニュクスを『鞘』に戻した。
 少女の腹部に、黒い剣がズプズプと埋もれて行く。

「ふぅ……」

 ニュクスを『鞘』、つまり、『自分自身』に入れて、ユリは一息吐いた。
 そして、考えを纏める。


 ・ここは自分の部屋。
 ・つまり、地球。
 ・時間は、召喚される前のもの。
 ・つまり、時間もあの時と変化していない。
 ・恐らく、ダイキとモエも還って来ている。
 ・しかし、どこに居るかは解からない。
 ・おっぱい揉みたい。


「こんなところか……」


 おい、最後。






「さて、どうしよう、これから」

 ベッドの上で仰向けになりながら、ユリは考える。
 そのベッドのあまりに柔らかい感触にビックリしてしまった。
 枕があるところでこうも無防備に寝転がるのは、久しぶりだった。

 白い天井を見て思うは、大切な仲間。

「モエさん、不憫……。あそこで戻すとか、ないよ……」

 先程まで目をキラッキラさせながら、大好きな姉貴分が大切な兄貴分に一世一代の告白をするのを見ていたのに、気づいたらベッドの上である。とりあえず、続きが凄い気になった。


 ――最悪の世界、『キロウ』。


 一寸先は闇、と言う次元ではない。
 油断しようものなら、現状、最高レベルのユリでさえ、足元を掬われかねない様な世界なのだ。
 そんな世界から、この『地球』にまさかの帰還。

 ありえないと思っていた。
 諦めていた。
 戦いも血も死も何もかも遠いこの世界に戻れたのは、僥倖と言ったほうがいいのだろう。

 だけど。

「今更って感じだよね……」

 ポツリと一言。


 レベル285。
 世界最悪の夜。
 深淵。


 剣を振れば、大体の生物を殺せ、そもそも剣がなくても、滅茶苦茶な身体能力のスペックを持っている。
 そして、ふと、彼女は気付いた。




 暗闇なのに、あまりに物をハッキリと見えすぎている。




 それはそうだ。彼女は、最早『夜』そのものなのだから。こんな闇は彼女にとっては昼と同じだ。
 それが、彼女の普通。
 だけど、それが、『中学三年生の女子』の普通なのだろうか。


 そんな訳、ある筈もない。


 あの『キロウ』でさえも、恐れられていたのに。
 こんな平和な世界で、果たして何をすればいいのだろうか?
 何をしたら、いいのだろうか?


「とりあえず」

 ユリはノソッと上半身を上げた。

 ――彼女は思う。
 もし、自分がこの世界不相応なスペックを持って、だけど精神は召喚される前のものだったら。
 彼女は、泣いて、喚いて、世界の理不尽さを嘆くであろう。


 なんで? どうして? 私が、私だけが。


 しかし、変わったのは肉体的なものだけではない。

「ふふふ。この程度の理不尽、三対二千の、『デトゲロス戦』に比べれば」

 今も、思い出せる、思い出せてしまう、あの悪夢。
 自分達三人を殺そうとする、二千の殺意。
 相手は蜘蛛を形どった魔物、『デトゲロス』。
 『タナトス』も『ヒュプノス』も打ち止めで、ユリはただがむしゃらに剣を振った。
 剣を振って、振って、返り血に濡れて。
 最後は、ダイキとモエと三人揃って、歪に笑いながら血飛沫を浴びていた。

 そこには、死しかなかった。
 
 二千のデドゲロスを全滅させても、彼らは喜びを感じていなかった
 感じていたのは、理不尽。
 自分達がこんなに死に塗れているのに、幸せに暮らしている人たちも、また居る。当たり前のように。
 自分達が狂気に哂う一方で、幸福に笑う人が居る。当然のように。


 なんで自分達が、こんな目に――
 

 でも、ユリは、彼らは、知っていた。


 『世界』はいつも理不尽で。
 どうしようもないことに溢れているのだ。



 ――だからこそ、抗い甲斐がある。



 その結果が人類最高到達レベル、285だ。
 苦難は上等。鍛え抜かれた鉄の精神。
 抗いこそが、彼女達の旅。


 そして、それはまだ終わっていない。


「先ず、モエさんとダイキさんを探そう。続きも気になるし」


 今回の『旅』の目標は、先ず仲間を見つけること。
 再び、三人が集まること。
 苦楽を共にした『家族』と、一緒に居ること。





 そして、これは個人的なユリの目標だが――







「……彼氏がほしい」




 ユリにとって何が理不尽かと言えば、あの『世界』でマトモな恋愛の動きがなかったことである。他の二人はそうでもないのに。
 モエはダイキのことが好きだし、モエ自身も、実はどこぞの騎士に求婚されていた。結局断ったが。
 ダイキだって、偶然助けた村の少女に熱い目線を送られていた。本人は気付いていなかったが。

 ユリには、そんなストロベリーは一切なかった。
 ラブなんて一つもなく、あるとすれば羅武だけである。ああ、巣徒炉部裏ー。
 一年と半年。世界を歩いて、彼女に言い寄ってくる異性は碌な奴がいなかった。



 狂戦士。
 狂剣士。
 狂格闘家。
 狂魔法使い。
 狂盗賊。
 狂商人。
 狂村長。


 狂ってばっかりである。何でも、『ニュクス』の狂気に当てられて、トチ狂った奴が引き寄せられるらしい。
 狂村長とか、もうその村を心配してしまったぐらいだ。



 彼女達は、確かに忌み嫌われていた。
 圧倒的なレベル。暴力的な武器。自分たち以外の事は割かし楽に切り捨てる精神性。
 だけど、『そんな事、どうでもいい』と言う人達も、存在するのだ。


 例えば、魔族に支配され、苦渋を舐め苦難の毎日を送っている国があるとする。
 そんな彼らに、『遠くの正義』が果たして役にたつだろうか?
 否。
 そんなものは、何の価値もない。
 彼らは、助けてくれる人を求めていたのだ。
 正義や悪とか、そんなものはどうでもいい。
 手段や動機もどうでもいいし、たとえ気紛れであっても、それでいい。
 とにもかくにも、今ある苦しみから開放されたい、それが彼らの望みだった。

 そんな彼らからすれば、『賞金首』『人外』『夜の権化』。そんなものは、ただの記号でしかない。
 詰まるところ、一部ではユリ達は『英雄』の様な扱いを受けていた。


(……なのに)

 ユリは思い出す。
 気紛れで、何の気もなしに、とある国に巣食っていた魔族を根絶やしにした事を。


『おおお! あの方は正しく最速の剣士ではないか! ぜひ、この国の騎士に……!』


『ありがとうございます戦士様! よ、よろしければ、私と、共に……』


『きひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぎゃ! 勇者様ぁあああああ! 回復ボトルぅ、イッポォーん……いかがすかぁあああああああああ!』


 これはひどい。


「なんで私だけ……」


 ちなみにその『狂商人』は、テンションはアレだったが、割と良心的な価格で品物を提供してくれた。


 とにかく、である。
 ユリは少女だ。乙女だ。
 レベル285だとか、楽に一国を滅ぼせる戦闘力だとか、腹から剣をズプッと出せるとか、その剣を振った分だけ人が死ぬとか、おっぱいが好きだとか、まぁ色々あるが、彼女は乙女なのだ。

 素敵な恋人が欲しいし、健全な恋愛にも興味がある。
 ラブロマンスにも憧れるし、白馬に乗った王子様を夢見ているものだ。


「ま、王子様には会ったけど。槍を持ってたけど。『勇者、覚悟!』とか言ってたけど」


 ちなみに、その王子様は、『ヒュプノス』で丁重に眠ってもらった。


 寝転がって、ユリは思う。
 もし、ダイキとモエがくっ付いたら、それはそれで彼女は祝福するだろう。
 何時も一緒に居た、大好きな二人がツガイになるのは、とても嬉しい。
 だけどなんとなく、自分がハブられる様な気が、しないでもない。
 二人がイチャついているのを、指を咥えて見る自分。死にたくなる。
 だから、ユリは決心する。


 彼氏が、ほしい!
 この平和な世界なら、きっと、狂った奴はそうそう居ない筈だ。



「贅沢は言わないよ……ただ、カッコ良くて、優しくて、金持ちであれば」


 それは十分贅沢だ。


「あと、私よりも強くて守ってくれる人」

 そんな奴はいない。
 強いて言えばダイキがなんとか該当するが、そんなことになったら、モエの奥義が炸裂すること請け合いである。


「ま、ダイキさんは好きだけど、正直好みじゃないし」


 もうなんかゲスである。ゲスユリである。


「ああ、あと、おっぱいが大きければ言うことないね」


 お前は男に何を求めているんだ。



「……ねむい」

 フカフカのベッドで、欠伸を一つ。
 眠気が彼女を襲い、そして彼女はあっさりとそれを受け入れた。
 ウトウトと心地よい睡魔に身を任せながら、なんとなく、考える。





 ――明日は、学校か。





 ――一応、行ったほうがいいよね。




 ――モエさんとダイキさんの情報が、あるかもしれないし。



 ――勉強、全然覚えてないなぁ……




 ――あれ、そう言えば。















 ――私、引篭もりじゃなかったっけ?




 そして少女は眠った。






――――――――――――――――――



 つまり、最強系少女学園コメディ。
 主人公、ユリは『天然ゲス』です。
 どこか抜けているけど、なんかゲスい。



[29437] 一人シリアスブレイカー
Name: ななごー◆3aacea22 ID:066b66b2
Date: 2011/09/01 18:35


「制服とか、久しぶりだなぁ……」

 朝、である。
 それなりに広い一軒家の、それなりに広いリビング。
 そこに、一人の少女が居た。
 窓から漏れる朝日を浴びながら、感慨深い表情で、鏡の前で服に乱れがないかチェックしている彼女は、湯久世 由利。

 内気で、臆病で、要領が良くない中学三年生。


 ……だったのは、もう遥か昔の事。
 この『世界』ではともかく、彼女の中では一年以上も前の話。


 今の彼女は――――


『せかい』『を』『やみ』『に』『そめる』『よる』『の』『ししゃ』『!』
「私は魔王か」

 こう見えて勇者である。自称だが。
 ユリは、げんなりした表情で、勝手に己の腹部から刀身を出した漆黒の剣、ニュクスに突っ込みを入れた。
 にょきっと、小柄な少女の腹部から制服を持ち上げて黒い剣が出る様は、シュールと言うよりむしろ猟奇的である。おかげで彼女の白いお腹がその場に晒されている。何という残念な腹チラであろうか。まぁ今この家には彼女しかいないので、誰にも見せることはなかったが。

「……勝手に出てこないでよ、ニュクス」
『ごめん』『ちがう』『せかい』『に』『きた』『から』『てんしょん』『やばい』
「悪いけどそんなに面白いことはないよ」
『えー』
「はいはい、さっさと戻ってね」
『くっ』『しかし』『いずれ』『だいに』『だいさん』『の』『わたし』『が』
「魔王か」

 結果、ズプズプと歪な音を立ててニュクスはユリの中に戻った。
 そう言えば、本物の魔王の方も同じ様な台詞を言っていた気がする、とユリはふと思い出した。
 そんなこと、ユリたちにとっては至極どうでもいいが。第二だろうが第三だろうが、勝手に出ればいい。
 あくまで、ユリたちはあの魔王を腹いせと気紛れで倒したのだから。
 それはともかく。

「……私、引篭もりだったんだけど、学校、大丈夫かなぁ。……暫く不登校だったし、確か」

 誰に言うまでもなく、ポツリと一言。

 端的に言えば、彼女はイジメられていた。

 と言うと、少し過剰な表現かもしれないが、少なくとも『以前』の彼女はそう受け止めて、そして引篭もってしまった。
 今思えば、そんな大げさなものじゃなかったな、と彼女は断じる。

 ただ、ハブられて、クラスで孤立していただけだ。

 何かされたりだとかはなく、むしろ何もされなかった。

「メンタル弱すぎだよ、私……。せめて、石を投げられるとか剣を投げられるとか炎を投げられるとかぐらいじゃないと」

 それはイジメじゃない。迫害である。
 まぁ彼女は処刑一歩手前まで経験した程だ。
 今更レベル10以下の人間からハブられるぐらい、何だと言うのか。
 彼女が不安に思っているのは、『登校する意味』である。
 そもそも、彼女は学校に行けば、離れ離れになってしまったモエやダイキの居場所が解るかもしれないと考えたのだ。

 佐倉 萌。
 犬上 大樹。

 実は、ユリは彼らの『地球』における実情を殆ど知らない。
 三人同時に召喚され、そして三人同時に捨てられた時、とりあえず三人一緒に行動する事を決めた。
 その時のユリはかなりの人見知りで自分のことを殆ど話さなかったし、話したくもなかった。それはモエやダイキも同様で、ユリと同じように、彼らもまた、なんとなく『地球』の生活にコンプレックスを少なからず感じていたらしい。
 更に、彼ら三人が協力し合い、『仲間』となり、あの『世界』で生きていくことを決めたときから、もう『地球』の事が話題に出ることはなくなった。
 いくらコンプレックスが多少あったからとは言え、いくら帰ることを諦めたからと言えど、生まれ故郷の事を吹っ切れるのはそう容易いことではない。
 それは、その頃には既にその名を轟かせていた、彼らなりの精神的な防衛本能だったのかもしれない。

 ここで重要なのは、彼らは地球における互いの事情を知らないと言うことだ。
 つまり、住んでいるところも知らないし、学生、と言うことはなんとなく知っているが、どの学校に通っているかも知らない。ユリが記憶を辿るに、そう離れたところに住んでいる訳ではなかったとは思うのだが、それもせいぜいが『比較的近い地域内に居る』程度である。正直、ノーヒントだ。

 よってユリは、その情報を手っ取り早く得るために、『学校』と言う場を選択したのだが……

 ぶっちゃけ、ユリは絶賛ハブられ中である。
 しかも、地球の時間では2週間、学校に行っていない。
 これでどうやって情報を集めればいいのか。

「……いや、普通にしていれば、大丈夫、大丈夫。……大丈夫、だよね……?」

 自身に言い聞かせるように呟くユリ。
 そう、ここで大事なのは、普通で居ること。
 ハブられようが、なんだろうが、普通で居ることなのだ。
 以前の様にオドオドとしているのは駄目だし、とか言ってレベル285、人類最高の実力を見せ付けるのも駄目。
 ある程度社交的に振舞って、『かつて』を見せず、そして『今』もなるべく見せない。
 それが最善手。
 そうでなくては、一番の目的の二人に会うことも、素敵な彼氏も見つけることも夢のまた夢だ。


「……そう言えば」

 
 改めて鏡を見る。
 制服姿の自分。
 肩まで掛かる長さの黒髪、黒目。小柄な体系。ちょっと悪い目つき。


 以前とまるで変わってない自分。


 一年と半年の時間経過を、何も感じさせない今の自分。


 終わってしまった、自分。



「……こればっかりは、私は有利だよね。モエさんとか、昔金髪だったのに、今は色落ちしてるし。あとおっぱいがちょっと大きくなってるし。ダイキさんは背が伸びたとか言ってたし。どうやって誤魔化すんだろ」
『よる』『に』『かんしゃ』『するん』『だな』
「だーかーらー、勝手に出てこないでって。それに、私はどうでもいいけど、モエさんもダイキさんも凄い気にしているんだよ、私の体」 
『にんげん』『は』『よく』『わからない』『よる』『に』『なる』『のは』『べんり』『じゃね』『?』
「いいから戻る」
『はい』

 ズブズブ。

「普通、か」


 もう、何もかも彼女は普通じゃない。
 その身に宿している力も。体も。それを持つ精神も。
 ユリは普通とは程遠い。
 だけど。
 それでも。


「普通でいなければ、いけないんだよね」


 それくらいは、知っていた。
 異端は爪弾きにされるのは、どの世界でも同じだ。
 スタンダードに。フラットに。
 それが、世渡りの秘訣。



 玄関に出て、ドアを開ける。
 びっくりする程重さを感じなくなった学生鞄を引っ提げて、外の景色を見る。


 ――この世界は何も、変わってない。


 天気は快晴。その太陽の輝きに、ユリは目を細めた。

「……行って来ます」

 返事がない事は解かっていたが、ユリはなんとなく、そう言った。

 もう、唯一の肉親である父親の顔も、よく覚えていない。
 普段から家にあまり帰らない父親を、正直ユリはその存在さえ意識の埒外に送っていた。


 これは『普通』とは言えないな、と彼女は自嘲の笑みを浮かべた。




 それでも、彼女は『普通』で居なければならないのだ。己が目的の為に。 






 ならないのだ。

 ならないのに。

 そう都合良くは。

 ならなかったりする。




「イイダ君がやられたぁー!? な、なんなんだあいつはー!?」
「さっきヤマダもやられたぞ! しかも、100mぐらい吹っ飛んで行った!」
「タナカ君なんか、さっきからピクリともしない!」
「だ、大丈夫だ! 脈はある! ……多分!」
「に、人間じゃねー!」



「……どうしてこうなるかな」


 学校に着いたら、何故か今、校門前が阿鼻叫喚。


 とりあえず、ユリは頭を抱えながら『どうしてこうなったか』を考えた。



 この道懐かしいな、と思いながらゆっくりと学校へと向かう。
 迷う。
 焦る。
 走る。勿論手加減して。
 誰かとぶつかる。
 盛大に吹き飛ぶ相手。明らかに不良。しかも複数人。
 喧嘩売ってんかゴラァ! となる。ノリが古い。
 殴り掛かってくる。相手は仮にも女の子だぞ。
 だが特に何もしてないのに、吹き飛ぶ相手。
 地獄絵図。

 まぁ解かりやすい。

 
(……そう言えば、この学校、不良だとかが多かったなぁ)

 胡乱気な思考で、ぼんやりと思うユリ。
 かつての学校の事を思い出す。

 常に何枚か割れている窓ガラス。
 常にタバコ臭いトイレ。
 常に聞こえてくる怒声。
 常に切られているメンチ。
 

 こんな中学に居るから、内気だった私は益々引っ込み思案になってしまったんだなぁ……と、ユリは遠い目で空を見た。

 ――……ああ、青いなぁ。
 ――モエさんとダイキさん、大丈夫かなぁ。
 ――こんな目に、会ってないかなぁ。
 ――でも、私は何もしてないよね、普通に通学したら、この有様でした。
 ――この人達を『視た』ら、レベル5とか6だからなぁ……。『天鎧』を纏ってなくて良かったぁ……。死人を出すとこだったよ。
 ――これはアレだよ。世界が悪いんだよ。何時だって。何処だって。

 などと、普段は黒い輝きを放っている目を、ドブ沼の様に濁らせて、都合よくはいかない世界に思いを馳せていると。


「ちっ、何モンなんだよアイツはぁ!」
「しらねーよ!見たこともない!」
「おいおい、すげーよ、これ。どうなってんの?」
「あの子、誰?」
「知らん」



 ざわざわ、と周囲が色めき立っているのを感じて、ユリは一先ず現実逃避を止めた。
 視線を降ろすと、襲い掛かってきた不良だけではなく、他の生徒たちからの注目を浴びているのに気付いた。


(……まずった)

 そうユリが思っても、時既に遅し。
 今は登校時間。そしてここは校門。
 そして倒れるガラの悪い男たちに、それを一瞬で蹴散らした小柄な少女。
 そりゃ、注目して下さいと言っている様なものである。


 しかも。

「……あれ、湯久世じゃね?」
「は、え? ……あ、マジだ!」
「……え、マジであの湯久世?」
「……しばらく来てなかったよな、学校」
「なにあいつ、修行の旅にでも出てきたのか?」
「修行て」

 
 自分を知っている人達に見られていた。
 恐らくは、クラスメート。
 彼女は彼らの顔を覚えてはいなかったが、彼らがお世辞にも有名とは言えない「自分」を知っていると言うことは、同クラス、もしくは同クラスだった、と言うこと。

 ユリは冷や汗をたらりと垂らした。
 心なしか、頬も引き攣っている様な気さえもする。

(あ、終わったー。私の普通、しゅーりょー)

 普通の学校生活終了のお報せ。
 そんな言葉が、ユリの脳裏に過ぎる。
 学校に入る前なのに早くも『日常』に詰んでしまい、流石のユリもがっくしと、肩を落としてしまう。

 私が何をしたの、と、慣れ親しんだ理不尽を感じるユリ。
 しかし、理不尽はただ感じて受け入れるだけのものではない。
 大切なのは、事後。
 起こってしまった理不尽に、どう対処するかが重要なのだ。

 それを踏まえて、ユリは周囲を見渡す。
 自分を見る、人、人、人。
 恐怖や好奇と言うこれまた慣れ親しんだ視線が突き刺さる。


(ど、どうしたらいいんだろう……)

 理不尽な目にも、好意的ではない視線にも慣れていたユリだが、ここは『キロウ』ではなく、地球である。しかも、何時も一緒に居た二人も、今はいない。
 途端、どうしたらいいか解からなくなる。かつて、受動的で内気だった彼女が顔を出してくる。

 別に、一人では何も判断が出来ない、と言う訳ではない。
 むしろ、三人の中で、最終決定はいつも彼女がしていた。
 だが、専ら最初に意見を出すのはダイキの役目で、それをモエが纏めつつ、最後にユリが決める、と言うのが彼らのスタンスだった。
 何もない状態からするべきことを自分で見つけるのは、正直苦手だった。彼女は二択を躊躇いなく選ぶのは得意だったが、選択肢を作ることが、まず出来ないのだ。
 

 そこで。


『ユリ』
(ダイキさん……)

 ユリの頭に、頼れる兄貴分、ダイキの顔が浮かぶ。
 何時も自分達を引っ張ってくれた、切り込み隊長。
 そうだ、ならば、自分は彼の考えをトレースすればいい、ユリは考える。

 ――こんな時、あの人は――




『全部、ぶっ壊してしまえ! 主に世界観とか!』
(……はいっ! 解かりました!)



 誤解なき様に記すが、ダイキはこんな物騒でメタな事は言わない。あくまでユリの考えである。
 本人はもう少し理知的な人間である。多少のネジは吹き飛んではいるが。
 ともかく、ユリは脳内ダイキのアドバイスをしっかりと心に刻んだ。刻んでしまった。


 と、更に。


『ユリ』
(モエさん……)
『アタシのおっぱいを揉む権利をあげる』
(ああああ、ありがとうございますぅ! え、えへ、えへへへへ……)

 最早アドバイスでも何でもない。脈絡もない。
 もう記すまでもないが、モエは絶対この様なことは言わない。ユリの願望と言うか、空想と言うか、妄想である。
 ユリは何時の間にか口から垂れていた涎を裾でぬぐい、そのまま、倒れている不良たちに指を突きつけた。




 こんな時、言うべきことは、成すべきことは――――






「……我が勝利、夜と共に!」






 そう、勝利の言葉と勝利のポーズ。
 彼女は、なんというか、色々残念な子だった。


 場に気持ち悪い程の静寂が奔る。


(キメ台詞入ったー!?)



 周囲の人たちは、謎の少女の謎の奇行に言葉を出さず心中で思う。
 無論、『今は朝だ』と言う至極最もな意見を言える猛者は、この場には居なかった。
 そう、いまや彼女を止められるものは、近くにはいないのだ。
 まさしく、世界は理不尽である。






[29437] 机に上った瞬間にスカートが少し捲れたのである。
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/05 19:50
「……王子サマ?」
「……は?」

 ユリがカッコいい(と思っている)台詞を置いて、不良の屍(あくまで比喩)が溜まる校門前から颯爽と学校の中に入り、朧気な記憶を頼りに迷いながらも何とか教室に辿り着いて、彼女の第一声が、これだった。
 教室内は、地味で目立たなかった少女の無双乱舞の話題で持ちきりで、そんな中現れたユリに、クラス全体が彼女の一挙手一投足に注目していた。

 いきなりの王子発言に、言われた男子生徒はキョトン顔。

 周りのクラスメート達も、突如登校してきて突如惨劇を繰り広げた、不登校だった少女の意味不明な発言にキョトン顔。

 そしてまた、ユリもキョトン顔だった。

「……なぜここに居るんです? そもそも、貴方に撃った『ヒュプノス』は、まだ――――」
「……はぁ?」
「ん? レベル、5? あれ、確か王子は90くらいはあった様な……よく見ると背も少し低い……」
「……はぁー!?」
「あー! そっくりさんか! びっくりしたー! ま、こんなところに居る訳ないよねー」
「はぁあああああ!?」
「ごめんごめん。で、王子、私の席、どこだっけ?」
「色々待てコラァ!」

 突然に意味不明で電波的な発言をしたユリに、男子生徒は溜まらず声を荒げ、睨みを利かす。
 だが、そんな彼の凄みをそよ風の様に受け止め、ユリは首を可愛く傾げた。

「ん? なぁに?」
「な、なぁに、って……。その、なんだ……えーと……く、くそっ! どっから突っ込んでいいか解からねぇ!」

 男子生徒は頭を抱えた。
 なぜ自分を王子と呼んだのか。
 意味不明な言葉の羅列はなんだ。
 自分はどこの王子と似てるのか。
 なぜ自分の席を覚えてないのか。

 いや、それよりも何よりも。
 男子生徒は更に声を荒げた。
 ちなみに彼は朝の惨劇を見てないし、知らない。
 机に突っ伏して寝ていたのが仇になった。もし知っていれば、彼はユリと関わりはしなかったろう。
 そして、それが、あるいは彼の運命の分かれ道だったりするが、今のところは関係ない。

「俺を王子って呼ぶんじゃねぇ!」
「え、でも、私、君の名前解んないし」
「はぁ!? んだよそれ!」
「ごめん。で、プリンス、私の席は?」
「い、言い方変えれば良いって話じゃ、ねーんだよぉ!」

 どこまでもマイペースな少女に、男子生徒はとにかく振り回されていた。
 もうこれ以上は何を言っても意味がないと彼は思い、うんざりした顔でユリの席を指差す。
 それは、教室の一番後ろ。窓側から二番目。そして、それは今男子生徒が座っている窓側から三番目の
 隣であったりする。

「あ、隣の席だったんだ。よろしくプリンス」
「よろしく、じゃねーよ! プリンスって呼ぶんじゃねーよ!」
「いや、ホントに似ているんだよ? 王子に」

 そう言って、ユリは席に着いた。
 男子生徒の喚きを風を受ける柳のごとく受け流し、鞄を机の脇に提げる。
 懐かしい机、椅子の感触に浸っていると、遠巻きに見ていた一人の生徒がユリに近づいてきた。
 それは、朝の地獄絵図を見ていた生徒だった。
 躊躇いがちに、ユリに訊ねる。

「ゆ、湯久世、だよな、お前」
「そうだよ」
「……朝のあれ、何をしたんだ?」
「何って……何もしてないよ? ただ相手が殴りかかってきて」
「殴りかかってきて?」
「勝手に吹き飛んだだけ」
「おい誰か通訳頼む。俺はこいつが何を言っているか解からない」

 何が性質が悪いと言えば、ユリは別に嘘を吐いてないことである。
 だからこそ、理解不能な問答になってしまったのであろう。
 今度は、一人の女子生徒がおずおずと近づいてくる。

「……ねぇ、湯久世さん?」
「なに?」
「……何があったの?」
「何って、……なに?」
「いや、前の湯久世さんとは、大分違うから……」

 言われて、ユリは逡巡する。
 何があったと聞かれれば。

 別の世界に召喚されて。
 『夜』になって。
 馬鹿みたいにレベルを上げて。
 魔王を倒してきました。
 あ、私は勇者です。あと、賞金首です。

 と、答えれば、それで終わりである。
 同時に、ユリの学校生活も終わりであるが。
 と言うか、既にリーチが掛かっている気もするが。

 何はともあれ、ユリはもう『普通』で居る事を半ば諦めていた。
 先ほどの校門前の出来事で、それはもう無理だと悟った。
 過ぎたる力は過ぎたる結果を齎す。
 本人の意思の有無に関わらず。
 それは、嫌と言うほど知っていた。
 そしてそれが今の結果ならば、もう普通に振舞う意味がなくなる。

 だからして、ユリは答える。
 一から十まで本当の事を言うのではなく、嘘を混ぜて、ユリは答える。
 

「修行してきたんだ」
「修行!?」
「なんで!?」
「……強くなるため?」
「疑問系!?」
「どこで修行してきたの!?」

 どこかと聞かれれば、それは『キロウ』と答えたかったが、だれがそれを理解できるのか。
 だから、ユリは考える。
 あそこは、全体的な世界観として、文明は地球より発達しておらず、中世ヨーロッパの様なところだった。城とかあるし。
 
 ならば。

「……ヨーロッパ的なところかな」
「曖昧だなオイ!」
「ってか外国かよ!」

 この辺りは二週間、学校に行ってなかった恩恵でもある。
 本当に行った証拠はないが、嘘である証拠もない。
 そして、誰もそれを証明できない。
 

 『外国に行って、修行してきた』


 確かに通常なら、明らかに信じられないことである。


 だが、二週間前のユリは、内気で、無口で、特定の友人もおらず、クラスもそんな彼女を無視していた。
 しかし、今のユリは。


 『我が勝利、夜と共に!』


 こんなである。一体彼女に何があったのだろうか。
 それは誰にも解からなかったが、少なくとも、『何か』あったのは確実である。
 だから、彼女の言うところの『修行』も、真正面から否定することが出来ないのだ。


「……王子って誰だ? お前とどう言う関係なんだ?」

 と、そこでユリの隣の生徒が訊ねた。
 他の生徒たちがユリと問答している間に、別のクラスメートから朝の惨劇を聞いた彼は、若干冷や汗を垂らしながら、それでもどうしても気になってしまったのだ。その、自分に似ている『王子』とやらに。

 ユリは顎に手を当てながら考える。
 ――正義の国、『トリンド』の第一王子。
 ユリたちが半ば壊滅させた国の、次期国王だ。
 しかし、ただいま絶賛爆睡中である。軽く十年くらい。

「……うーん、知り合い、かな?」
「王子と!?」
「うん、ちょっと命を狙われているんだ」
「王子に!?」
「まぁ返り討ちにしたけど」
「王子を!?」

 こいつは何を言っているんだ。
 とは、訊ねた男子生徒を含め、誰も言えなかった。賢明である。








 そして、昼休み。

「ぐぬぬぬぬ。……ぜ、ぜんぜん授業が解からない……」
「……ま、二週間居なかったからな、お前」

 頭を抱えて机に突っ伏すユリに、隣の男子生徒が哀れみの声を掛ける。
 彼の記憶では、二週間前の彼女は黙々とペンを走らせる勤勉家だったのに、今の彼女は授業の度に唸ってばかりである。実は彼女は二週間どころか一年と半年、命がけの旅をしていたのだが、それはともかく。

「プリンスぅ、どうしよう、私、馬鹿になっちゃったぁ……」
「……だから、プリンスじゃねーって」
「……学校の授業って、生きていくのに何の役にも立たないよね。クソだよ、こんなの」
「俺もそう思うけど、まさかお前の口からそれが出るとは思ってなかったよ」

 小柄で大人しかった少女から出る口汚い言葉に、男子生徒は顔を引き攣らせた。

「あ、そうだ、プリンス。一応、聞いときたい事があるんだけど」
「いやだから、俺はっ!」
「……佐倉萌、って人と、犬上大樹って人、知らない? たぶん、高校生」

 顔を真剣なものにして、真っ直ぐにユリは問うた。
 そのユリの深い黒の瞳に、男子生徒は気圧されてしまう

「……な、なんだよ、突然」
「その人たちを探しているんだ、私。……何か、知らない?」
「……その、イヌガミ、って人は全く知らないけど……」
「けど?」
「関係あるのかは知らんけど、サクラ、って、ほら、あいつだろ? 佐倉桜」
「へ?」

 男子生徒が指を差した先には、一人の女子生徒が居た。
 染色したであろう茶色の髪に整った顔立ちの少女は、他の女子生徒たちと楽しそうに机を囲んで昼食を食べていた。
 ちなみに、ユリは弁当を忘れてしまったので、飯抜きである。そもそも、彼女はあまり食事を摂る必要がないのだが。
 隣の男子生徒は、常にその時間を睡眠に費やしているので、昼休みだと言うのに、席から動く気配がない。
 そして、ユリとその男子生徒の周囲には、全く人が居ない。
 正に、触らぬ神に祟りなし、と言ったところである。
 

「……なんとなく、モエさんに似ている……それに、おっぱいが大きい」
「は?」
「おっぱいが大きい」

 大事なことなので二回言ったらしい。

「あ、聞き間違いじゃなかったんだな。……お前、ホントにどうしちまったんだよ」

 見た目は大人しい少女のセクハラ発言に、男子生徒は今日一番の戦慄を覚えた。


 そこで、ガタッと音を立てて、ユリは席を立った。

「ちょっと聞いてくる」
「……そうかい、俺は寝る」
「うん。あ、そうだ、プリンス」
「……もうなんでもいいけど。……なに」

 自分の名前をプリンスで固定されてしまった男子生徒は、半ば諦めてユリに問うた。
 ユリは、男子生徒と視線を合わせて、ニコッと花が咲くように、綺麗な笑みを浮かべた。


「ありがとっ!」


 そう言って、ユリは女子生徒、佐倉桜の元に向かっていった。

 思わぬ礼を言われた男子生徒は、一言。

「……どういたしまして」

 そして、彼は机に突っ伏した。
 だけど、彼は寝れなかった。ユリの何の邪気もない、純粋な笑みが、嫌に脳裏から離れなかった。





「ねぇねぇ、サクラさん」
「……は?」

 佐倉桜は困惑していた。
 食事中に、先日まで不登校で、今はなんか良くわからないことになっている自称『ヨーロッパ的なところ』帰りの少女に、突然声を掛けられたのだから。しかも、親しげに。

「……あたし?」
「そう。ちょっと聞きたいことあるんだけど」

 不安げに聞くサクラに、ユリは笑顔で頷く。

 突如出てきたユリに、周りの生徒たちも思わず食事を止めて彼女たちに注目した。

「……なによ」
「佐倉萌って、人、お姉さんか親戚に、いない?」
「……あたしの姉さんだけど、なんであんたが……」
「やっぱり!」

 サクラの『なぜ自分の姉を知っているのか』、と言う疑問を遮って、飛び跳ねんばかりに喜ぶユリ。

「ちなみに聞きたいんだけど、今日、モエさんに会った?」
「は?」
「いいからいいから、会った?」
「……そういえば、今日は会ってない。朝早くに出てったみたいだけど」

(ビンゴ!)

 とユリは内心で思う。
 モエの考えをトレースして(今度は真剣に)考えるに、彼女なら、『地球』に帰ったら先ずそうするであろう、とユリは予測していたのだ。

 それは、髪の染色。

 キロウに居た彼女は、かつて金髪だった髪の毛はすっかり色落ち、今や黒い髪に戻ってしまっていた。
 そして地球に戻って、時間経過がないことを把握した彼女は、何を思うのか。

 そう、以前の自分と今の自分の差異をなくすことである。
 しかも、以前の自分を知っている人たちに見られない内に。

 そしてそれが、『朝早く家から出て行った』と言うことなのだろう。ユリはそう結論付けた。

「ねぇ、サクラさん! 学校終わったら、家に行っていい?」
「はぁ!? なんで!?」
「モエさんに会いたいの! いいでしょ? さっちん!」
「ってかあんた姉さんとどう言う……変な名前で呼ばないでよっ!」
「ねぇいいでしょ?」
「なんで、あんたをあたしの家に……」
「……駄目?」
「当たり前よっ!」
「どうしても?」
「……」

 サクラの目に映る拒否の意思に、ユリは心中でため息を吐いた。
 これはやりたくなかったんだけど、と、ユリは後ろを振り向いて、大きな声で言う。

「プリンスぅ! 起きてぇ!」
「な、なんだよっ!」
「あれ? 起きてたの?」
「っ! う、うっせー! なんか用か!?」

 寝ていたと思っていたから大きな声を出したのに、割と早く反応した男子生徒にユリがそう聞くと、男子生徒は少し狼狽して訊ねる。

 ユリは自分の席の、男子生徒とは逆隣、一番後ろの窓端の席を指差して、言う。

「そこ、誰かの席?」
「……誰もいねーけど。空いているよ」
「そっか。なら大丈夫だよね」

 何が、とは、誰も聞けなかった。
 クラスに居る生徒全員がユリを見ていると、瞬時にユリはその空いている机の前まで移動し。

「えい」

 と、可愛らしい声とともに、右手を机に振り下ろし。






 バンっ、と音を立てて、机が真っ二つになった。
 





 沈黙。
 皆、机が割れたと言うことは解かったが、理解できなかった。
 小柄で、細い腕の少女が、素手で机を真っ二つだ。
 その不可解な現象に、脳みそが追いついていかなった。

「さっちん」

 とユリが言う。
 ポカンとしていたサクラがその声に反応すると、ユリはいつの間にか、壊れた机の隣にあるユリの『机の上』に立って、仁王立ちをしていた。

 生徒たちが、驚愕して、彼女を見る。



 ちなみに、隣に座る男子生徒は、机の上に立ったユリから目を背けて、


「お、おまっ、ぱ、パン、み、みえっ……!」


 とか何とか顔を赤らめて言っているが、そんなことはユリを含めて誰も聞いていなかった。




「もし断ったらー……」
 



 と、ユリは無残に真っ二つになった机を指差して。




「これが二秒後の貴様の姿だ」




 と言った。
 彼女が言うところの『カッコいい台詞』である。練習の成果が出た瞬間だった。




『(湯久世めっちゃこええええええええ!)』



 と、クラスメート全員の心がシンクロした。
 名指しで言われたサクラなどは、体を震わせている。




「さっちん」
「は、はひぃ!?」
「今日、家に行っていい?」

 その言葉に、サクラは。



「は、はいっ……」


 と言った。それしか言えなかった。



 クラス全体が、サクラに同情した。






「し、白……」

 うわ言の様に呟く男子生徒の言葉は、勿論誰にも届かなかった。



[29437] スーパーゲスタイム
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/06 00:14
「ふぅ……」

 学校の授業が一通り終わり、とある少女はため息を吐いた。
 金色に染色した髪の毛をつい、と指でなぞり、彼女は考える。


 ――『前』と同じに、振舞えただろうか。

 だけどそれは、考えても自分ではそれを正しく認識することは出来ないであろう。
 なんせ、一年以上も前のことなのだ。『以前』なんて、自分が既にうろ覚え。
 とりあえず、最低限見た目だけは正そうと思い、わざわざ学校に来る前に美容院に寄り染色をして来たのだが、これだけで果たして大丈夫なのだろうか、と不安が募る。


「どーしたのモエ? 今日元気なくない?」
「昼から学校来たし。大丈夫?」
「……べっつにー。タルかったから、遅く来ただけ」

 少女、モエの溜息を聞き、彼女の友人たちが口々に心配そうな声を出す。
 それを受け、モエは極めて『自分らしく』、やる気がない様な口調で答えた。

「……なーんかさ、モエ、おかしくない?」
「……なにが?」
「んー……上手く言えないけど、昨日とはちょっと違う気がする。……なんか、老けた?」
「失礼ね、アンタ」

 と、涼しい顔で言ったモエだったが、内心は冷や汗ダラダラだった。
 それはそうだろう、と彼女は思う。

 佐倉萌。
 『地球』では、彼女は普通の女子高校生。
 金に染めた髪に、気だるげな口調。化粧だってしている。今時と言ってしまえば、それまでの少女。

 だが、今の彼女は。

 最悪の世界『キロウ』で一年以上、刀を振り続けた剣士。
 魔王さえ圧倒するスピード。その一点においては他の追随を許さない、『世界最速』。
 天下無双の鬼刀、『獄星神楽』を身に宿す、レベル278である。




 
―――――――――――――――――



 一方。

「……とりあえず、あたしの部屋で待ってて。姉さんが何時帰ってくるかは分からないけど」
「さっちん優しいー!」
「無理やり上がりこんできた癖に……」
「ん? 何か言った?」
「な、なんでもない……」




―――――――――――――――――






 ――今日は早く帰ろう。

 モエはそう決意する。
 今の所は特に何かあった訳ではないが、これ以上はボロが出かねない。
 とりえあず、一旦自宅に戻り、そして、これからの事をゆっくり考えよう。
 思い、モエは席から立った。

「あれ? 帰んの?」
「……ん」
「えー。今日カラオケ行こうって言ってたじゃん」
「ごめん、今日パス」

 カラオケ、もうその響きですら懐かしく感じてしまった。
 正直、行ったところで何を歌っていいか解からない。
 それに、行きたい気分でもなかった。

 と、そこで、妙にチャラチャラした一人の男子生徒が近づいてきた。
 モエの記憶には殆ど残っていなかったその男子生徒は、しかし誰かに似ているような気がした。

「よぉー、佐倉。あれ、どうなった?」
「……あれ?」
「んだよ。次の日曜どっか行こうって言ったら、考えさせて、って言ってたろ?」
「あー……そーね」

 全然覚えていない。
 と言うかお前は誰だ。

 とは言わず、モエは適当に返した。

 そこで、別の女子生徒が、その男子生徒に言う。

「止めといた方がいいよー。この子、男嫌いだし」
「……嫌いって訳じゃ」
「えー、でも前言ってたじゃん。男なんて所詮ヤルことしか考えてないって」

 言った、だろうか。


 (いや、思い出した……)

 確かに、前の自分は男嫌い、と言うか、特定の誰かと付き合うのに嫌悪感があった。
 妙にチャラチャラしたあの男は、やっぱり名前が思い出せなかったが、ともかく意外にも紳士的に自分を誘ったので、咄嗟に断るのは失礼だと思い、ワンクッション置いて返事しようとしたのだ。
 が、その日の夜にモエは『キロウ』に召喚されてしまい、すっかり忘却していたのである。

 誘われたことも。
 男子学生の名前も。
 そして、自分が男嫌い『だった』ことも。

 だが、今は――

 モエの頭に、一人の少年の顔が思い浮かぶ。
 口が悪くて、目が死んでて、無駄に肉体派で、でも、優しいところもある、想い人の顔が。


『つーか、なんで僕が戦士なんだろうな』


『お前が斬って、僕が潰す。簡単だろ?』


『お前は、お前たちは、僕が守る。僕が、死なせはしない』


『げへへへへへ。モエさん、あったかぁい』


(ダイキ……)

 なんか最後に変なのが混じったが、それはとりあえず無視した。
 彼女は彼女で大切に思っているのだが、あの少女はなんと言うか、ちょいちょい妙にゲスいのだ。性的な意味で。



―――――――――――――――――



「さっちんさっちん」
「その名前で呼ぶなっつーの……」
「さっ……ちんっ!」
「何よ!」
「暇っ!」
「はぁ!?」
「ひーまー!」
「あ、あんた喧嘩売ってんの!?」
「……じゃあ、買う?」
「うっ……」
「特に意味はないけど言っておくよ。昼休みの『アレ』は、私の本気の一ミリもだしてない」
「す、すみませんでした……」



―――――――――――――――――



 何はともかく。

(今、何処にいるんだろ……)

 それは、解からない。
 この世界において、モエは二人の事を殆ど知らない。
 だが、解かっていることが、確実なことが、一つだけ。

(好き。大好き。ダイキが、好き)

 想いは伝えた。
 空気を読めない誰かのお陰で、その返事は聞けなかったが、彼女は真正面から切り込んだのだ。如何に鈍感な少年だろうと、これは察するだろう。

 今、モエの心は妙に落ち着いていた。
 想いを伝える前は不安で一杯だったのに、何故か、心は晴れやかだった。ある種の達成感がモエを満たしていた。

「……ふふっ」

 地球に戻る寸前の、ダイキのあの呆けた顔を思い出して、モエは薄く笑った。

「……おーい、佐倉ー? 大丈夫か?」
「……え、いや、ちょっと考えごと。……日曜は、無理。ごめん」
「……そっか。ま、しゃーねーか。じゃあな。お大事に」
「ありがと」

 断られて少し気落ちした様子の男子学生は、けれどモエを責めることはせず、むしろ何時もと少し様子が違う彼女を気遣って、その場から去って行った。

 もし、彼女がキロウに召喚されなかったら。
 そのがっつかない男子学生の姿勢に好感を持ち、あるいはその先で関係を結ぶこともあったのかもしれない。
 だけど、所詮、それは仮定の話。
 今のモエの心には、既に先客が居るのだから。

 
(そう言えば……)

 ふと、モエは思い出す。
 あの男子学生が、誰に似ているのかを。


(トリンドの王子に、似ているんだ……なんとなく、だけど)

 ちなみに、その王子は彼女たちの間では、余りに執拗にユリを付け狙って来たので、『ユリのストーカー』と呼ばれていた。
 今はそのストーキングの無理が祟り、眠っている。そう、十年くらい。



―――――――――――――――――



「さっちん」
「……ナンデスカ」

 サクラの自室で、モエの帰りを待ちながらユリが言う。
 言われたサクラは、もう名前のことは諦め、棒読みでユリに返した。

 ユリは、満面の笑みで。


「おっぱい揉んでいい?」


 と言った。



「…………………………は?」



 たっぷり間を空けて、サクラはやっと声を出せた。
 その意味は解からなかったが。
 対するユリは、やはり満面の笑みで。


「おっぱい揉んでいい?」

 と一字一句違わずにそうのたまった。
 


「……はあああああああああ!?」



 今度は叫ぶサクラ。
 だからと言って、この状況を理解した訳ではない。
 そして、理解したくもない。
 だけど理解する前に。

「おっぱいを揉みます! 正直たまらんぜよ!」
「ちょ、やめ、きゃあああ!」

 謎の口調と共に、ユリが飛び掛ってきた。
 思わず悲鳴を上げてしまうサクラだったが、そんなのはお構いなしとでも言う様に、両腕を押さえ込まれ、その場に倒されてしまう。

 覆いかぶさるユリを撥ね退けようと、サクラは力を込めて暴れるが、小柄な筈の少女はビクともしなかった。

「く、な、なに、この、ちか、ら……離、れてっ!」
「ふふふふ。振り解くには、280くらい足りてないなぁ」
「い、いみ、解かんないのよっ! さっきから!」
「解かんなくてもいいよ。だ、大丈夫! や、優しく! 優しくするからっ!」

 変に必死になっているユリを見て、サクラは血の気が引いた。
 ――犯される。
 まぁ実際はユリはおっぱいにしか興味がないのだが、それぐらいの気迫がユリにはあった。

 力では無理。
 なら、言葉だ。

 そう思い、サクラはありったけの罵詈雑言をユリに投げ付ける。

「へ、変態!」
「そのくらいじゃあ、私は止まらないよ!」
「き、キモい!」
「割と自分でもそう思う」
「化け物! 怪物!」
「残念。言われ慣れてる」
「ま、魔王!」
「いいえ、勇者です」
「はぁ!?」

 駄目だった。
 何を言っても少女は何処吹く風で、動揺もしない。
 まるで、毎日のごとく言われていたかの様に。



 溜まらず、更にサクラは声を荒げる。



「あ、アンタ! く、狂ってるよ! 頭おかしいんじゃないの!?」


 その、悲痛で、あるいは残酷な言葉を聞いたユリは。






「あはっ」






 笑った。

 ゾクッ、とサクラの身体に得体の知れない悪寒が奔る。
 覆いかぶさっているユリは、ただ笑っただけ。
 どこまでも深く、どうしようもなく終わってしまっている笑みを、浮かべただけ。
 ただ、それだけでも。
 サクラは解かった。解かってしまった。
 『こいつは、狂っている』、と。

 ユリは、そんなサクラの様子を見て、変わらず笑っていた。
 愉快な訳でもない。彼女からすれば矮小なレベルのサクラをあざ笑った訳でもない。
 ただ、なんとなく笑っただけ。
 そして、ユリは、


「知ってる」

 と言った。
 そう、彼女は知っていた。
 自分はきっと、変態で、気持ち悪くて、化け物で、怪物で、どちらかと言うと魔王に近くて、どうしようもなく、素敵に壊れてしまっているのだろう、と。

 そもそも、だ。
 自身の半身であるニュクスは、狂気を放ち、同じような波長を持った人を惹きつけるらしい。


 ならば。
 

 もはや『夜』そのものである自分は、どれほど狂気に満ちているのだろうか?


 考えるまでもない。


 だけどまた、彼女は知っていた。
 狂気なんて、何も意味がない、一つの純粋な真理。


 ――私は、強い。


 そしてその強さは、絶対の証なのだ。
 今更な言葉だけでは、誰も、彼女を止めることが出来ない。
 もしかしたら、彼女自身でさえも。自身の狂気は止められない。

 ユリは言う。

「……止められるものなら、止めてみなよ。私では、もうどうしようもないんだ。なまじ、強くなっちゃたから」
「あ、あんた……」

 不意にユリの瞳に浮かんだ悲しげな色に、サクラは目を見開いた。
 しかし。


「だから、おっぱいを揉みます! 仕方ないよね! げへへへへ」
「ちょ! や、やめて!」

 一瞬の内にその瞳を黒いゲスの色にして、鼻息荒く、片手をサクラの胸部に近づけるユリを見て、サクラはまたジタバタと身体を揺らした。
 しかし、片手だけで押さえられていると言うのに、少女の身体は微動だにしない。


(あ、終わった……)

 サクラが己の純潔が散るのを覚悟した瞬間、部屋のドアが開いた。


「……妙に物音がしてると思ったら、どーゆー状況よ、これ」
「も、モエ、さん……?」
「ね、姉さん……」

 学校から帰宅し、妙に二階が騒がしいと、そこに赴いたモエが見たのは。
 実の妹が、一年以上一緒に居た妹分に犯されかけていると言う、ショッキングなものだった。

 こめかみを押さえ、考えるモエ。

 同じ制服を着ている二人。
 サクラの胸部。
 ユリの『病気』。

 ここまで考えれば、大よそは理解できた。
 一年と半年の付き合いは、伊達じゃないのである。

「……あー、大体分かった」

 と言って、モエは姿勢を低くし、右手を腰溜めに構えた。
 この様な時、やるべきことは決まっていた。


「む、無刀の構え……!」

 恐れ慄いた声を出すユリ。
 これは。
 この構えは。
 瞬速チョップなんて目じゃない、本気の『お仕置き』の構えだった。


「……言い残すことは?」


 半眼で問いかけるモエに、ユリは冷や汗を流しながらも、親指を立てた。


「モエさん、会いたかった!」
「アタシも、よっ!」


 直後輝く、無数の閃光。



「無刀輝閃・二十四連!」
「あぶっぶぶぶぶぶうっぶっ!」



 手刀による瞬速の連撃。その数、都合二十四。
 何人たりとも寄せ付けない神速のそれを受けたユリは、乙女にあるまじき悲鳴を上げ(そもそも前の行動自体が乙女の欠片もないが)、バタン、と後ろに倒れた。


「ふぅ……」

 一仕事した、と言わんばかりに汗を拭う仕草をするモエ。
 そこで、やっと強姦魔モドキから開放されたサクラが、泣きながらモエに抱きつく。

「ね、おね、お姉ちゃあああんっ!」
「おっと」
「ひっ、う、……ぐしゅっ、こ、こわ、こわかったよぉ……」
「……あー、よしよし。そーね。怖かったわよね。大丈夫。もう、大丈夫だから」

 心なしか呼び方が『姉さん』から『お姉ちゃん』と、昔に戻っている気もするが、それはともかく、モエは未だ泣き喚く少女の頭を撫で、慰めた。


「く、ふふふふふ」
「ひっ!」

 そこで、倒れていたユリが上半身だけ持ち上げて、歪に笑った。
 その声を聞いたサクラは短く悲鳴を上げ、モエの後ろに引っ込んでしまった。


 芝居がかった様な口調で、ユリ言う。

「流石はモエさん……天鎧を纏う暇もなかった……だがしかし! 私を倒そうともいずれ第二、第三の私が!」
「魔王かっ!」
「あぶううっ!」

 とりあえず、殴っといた。






―――――――――――

 誤字修正。
 ご指摘、感謝します。



[29437] 下手な考え休むに似たり
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/08 20:55
 おかしい、とサクラは思う。
 ここは間違いなく自分、佐倉桜の自室で、昨日までは共に平凡な日常を過ごす相棒だった筈だ。

 なのに。

「……」
「……」
「……」

 ――なんでこんな地獄みたいな空気なんだろう。

 サクラは世の不条理を嘆いた。
 多分、擬音で表すのならば、『ドゴゴゴゴゴ』、と言ったものがしっくりくるここは、だけど正真正銘、自分の部屋だった。正直逃げ出したかった。



 正座するユリ。向かいには同じく正座するモエと、その後ろに隠れるサクラ。
 モエはギロリ、とユリを睨み、その眼差しを受けたユリは萎縮して……


(せ、制服の上から自己主張する青い果実っ! ああああ! 堪りません……)


 いなかった。いつでも彼女は平常運転である。
 そんな彼女の心情を知って知らずか、底冷えする声でモエが言う。


「……何か、言うことがあるんじゃない?」
「……金髪に染めたんですね! 似合ってます!」
「っふ!」
「きゃん!」

 瞬速チョップ。

「……他に」

 NG。
 はい、テイク2。

「せ、制服姿のモエさん! 素敵です!」
「しっ!」
「うきゅうっ!」

 瞬速チョップ。

「他っ!」

 NG。
 はい、テイク3。

「わ、我が勝利、夜と……」
「今言う台詞じゃ、ないでしょーがっ!」
「はぅあ!」

 瞬速チョップ。

 そこで、モエは右手を腹部に添えた。

「これでも解からないなら……来い、獄星……!」
「わーわー! ストップ! わ、解かりました! さっちん、ごめんなさいごめんなさい! ゲスな私でごめんなさあああああい!」

 これがOKシーンである。

「よろしい」
(よろしくない。全然よろしくないよ)

 何やら満足気に頷く姉に、だけどサクラは何にも言えなかった。


「さて」

 と、一通り土下座しまくった後、ユリが言う。
 その表情は、手刀でぶっ叩かれまくった情けないものではなく、また、性的にだらしないゲスな顔でもなかった。

 言ってしまえば、『夜』。
 髪も瞳も黒いユリではあるが、その黒い輝きが今になって一段と増している様な雰囲気を、サクラは受けた。
 
「真面目な話を、しましょうか。……モエさん」
「……そーね」

 凛とした透き通る様な声で、ユリがモエに呼びかけると、先ほどまでとは明らかに違う少女に、しかしモエは動揺せず視線を少しサクラに移した。
 姉と視線が合ったサクラは、その意味を問おうとする。
 が、それより早く、モエが立ち上がってサクラに言った。

「……いい加減、部屋を移りましょ。サクラ、ごめん」
「え、あ、う、うん……」

 姉からの急な謝罪に、サクラは若干たじろんだ。
 それを横目で見ながら、ユリはまた真剣な顔で「……では、モエさんの部屋に」と言い、モエとともにサクラの部屋から出て言った。

 一人残されたサクラは、それでもまだ座ったままだった。
 やっと、あの意味不明な圧迫感から開放されたと言うのに、何故か心がざわついていた。

「なん、なの、よ……」

 理解不能、と言うのはそれだけで人の心を掻き回すものである。

 元引き篭もりの少女の、変貌(と言っても、サクラは『以前』のユリの性格を知らないが)
 昨日まで普通だった実姉の、驚異的な身体能力(サクラにはモエの手の動きが全く見えなかった)

 何もかも意味が解らなかった。
 だが、出来る事なら関わりたくない。ユリの性的なゲスに、ではない。その後に見せた、あの『黒い闇』に引きずり込まれる様な、絶対的な悪寒。正直、近寄りたくもなかった。

 しかし、このまま、『解らない』ものを解らないままにする、と言うのも、気持ちが悪かった。

 そして、その答えは彼女の部屋の向かい。つまりモエの部屋に、きっとある。

「……なんで、だろ」

 ポツリと呟き、サクラは立ち上がった。
 部屋のドアに向かう彼女の心情は、彼女自身も解らない。








 モエの部屋に入った途端、ユリはキリッ! としていた顔を瞬時に変化させた。

 真面目な話? 
 凛とした顔?

 そんなものはない。あるのは一つの欲望だけ。
 

「モっエさああああああん!」


 と、声を高らかに上げ、ユリはモエの神々の黄昏も真っ青なくらいに神々しいその二層の膨らみにダイブした。

 しかし。


「それは読んでた」

 と、モエは目にも止まらぬ早業で、瞬時に右手を腹部に『入れる』。ズチュ、と歪な音を立て、服の上に何時の間にか出現した『黒い穴』から、一振りの刀を取り出した。

 ――鬼刀、獄星神楽。

 純白に輝く刀身の切っ先は、寸分違わず突っ込んできた少女の顔を真正面に捉えていた。


 ピタッ、と切っ先が当たる顔面スレスレのところで、ユリは何とか止まることが出来た。
 再び顔から出る冷や汗。

「わ、わー……獄星神楽だー……元気……?」
「アンタのニュクスと違って意思疎通は出来ないけど、多分、血に飢えてるよ」
「すみませんでしたっ!」

 シーン2、NGである。


「では、改めて……」

 ユリはモエに向き合って、冷や汗を拭った。
 そして顔を今度こそ真面目な顔にして、再び、モエに言った。
 万感の思い、なんて、込めるまでもない。
 だって、それはもう今更なのだから。


「会えて、良かったです」
「そーね。アタシもよ」


 二人は笑った。
 再会、と言うには劇的ではない、おかしな喜劇。
 だけど、二人にとってシュチュエーションなんて、どうでもいいのだ。
 会えただけで。無事なだけで。生きているだけで。
 それだけで、十分なのだ。




 
 一先ずモエが獄星神楽を己に戻した後、二人は座って、現状把握と情報交換をした。

 ユリは言った。

 ニュクスが言うには、あの姫巫女が自分たちを還したらしい。
 地球の時間は、召喚された時から経っていない。
 学校に行って、二人の情報を探そうとした。
 そしたら校門前が地獄絵図。
 この世界の住人は、大体レベル5か6。10を超えている人は見掛けなかった。
 学校で、モエの妹、サクラがクラスメートだと気づき、声を掛けた。
 『これが二秒後の貴様の姿だ』
 さっちん、おっぱい大きいですね。あれはいいものだ……


 勿論、何回かチョップが炸裂したことは、言うまでもない。

「……ったく、アンタは。相変わらず、なんだから」

 呆れる様にモエが言った言葉は、ユリの『カッコいい台詞』や、ゲスい行動に対して言ったものではなく、『普通』を意識しても、結局は『異常』になってしまう彼女の身体能力、しかも、それを「ま、いっか」とあっさり受け入れる、受け入れてしまう、その精神の異常性についてのものだった。
 心なしか、その言葉には、どこか哀れみ、と言うか慈しみの様な感情が含まれていた。

 それを知って、何もかも解った上で、ユリは言う。

「いいんですよ。私は『夜』なんですから。所詮はこんなもんです」
「ユリ……」
「……もう何千回も言いましたが、私は後悔してませんよ。そのお陰で、今まで生きてこられたのですから」

 どこか達観した様子で、薄い胸に手を当てながらそう言ったユリは、本当の本気でそう思っている顔だった。
 モエとて、そのくらいは知っていた。

 知っていたからこそ、許せなかった。
 彼女にそんな選択をさせた、『キロウ』の理不尽が。
 自分たちをキロウに呼び出しておいて、あっさりと捨てたあの国が。
 終わってしまった事を、完璧に受け入れた、ユリの考えが。


 なにより。 

 決定的に彼女をそうさせてしまう様に追い込んでしまった、自分自身の弱さが。


 今でも容易く思い出せる、あの日、あの時。

 雨が、降っていた。
 初めて、魔獣にあった。
 モエとダイキは、死を覚悟した。
 だけど、一人の少女は。
 歩いてもすぐに疲れて、一人では碌に何にも出来なくて、一緒に召喚された二人に頼ってばかりいた、湯久世 由里は。




 ――夜に染めろっ、ニュクス!
 ――『たなとす』『はつどう』



 そして少女は『夜』になった。
 自身の未来を、犠牲にして。



―――――――――――――


 夜の少女・ユリ
 性別:女
 年齢:14歳
 武器:夜剣『ニュクス』
 レベル:4→54
 通称:なし
 備考:ニュクスを身に宿したことで、レベル+50。不老。



―――――――――――――



 ――モエさん、ダイキさん。これで、もう大丈夫です。私は、私はもう足手まといじゃないっ。あなた達を守れるんですっ! 


 そう言った、臆病で内気『だった』少女は、笑っていた。
 だけど、雨に濡れていた少女の顔には。
 恐らく、雨以外の液体が、きっと流れていた。



 ――もし、あの時の自分に今の力があれば、目の前の少女はきっと、今頃健やかな成長を遂げていた筈なのに。


 その考えは今更で。
 何にも意味を為さない妄想だ。
 モエとダイキは、そんな彼女を気にしてしまって。
 ユリは、自分を気にしている彼女らを『気にしてしまっている』。
 だから、二人は、なるべくそれを見せないようにしている。
 笑って、生も死も終わりも何もかも笑って、そうして今の三人が出来た。

 なので。


「げへへへへ。モエさんのおっぱいやわらかーい」


 物思いに更けていたのをいいことに、自分のおっぱいを揉みまくる涎を垂らした少女は、きっと、自分に気を使わせないよう、そう振舞っているのだろう。


 モエはそう思い。
 否。
 そう思いたくて、迷わず右手を振り上げた――――
 



 それから。

「では、とりあえずは『現状維持』と言うことで」
「そーね。ダイキの居場所を探して、後はまぁのんびり過ごそ」

 色々とチョップやら涎やら何やらが飛び散った後、二人は『ダイキを見つけて、適当に此処で過ごす』と言う如何にも彼女たちらしい軽い結論に達した。

 ちなみに、モエは学校でそれとなくダイキの情報を探したのだが、手がかりは何もなかった。
 件の少年は、意外と遠いところに居るらしい。


 そこで、ユリがニヤニヤと笑いながら、モエに言う。

「あー、でも、ダイキさんと会ったら、イチャイチャするんですよね、どーせ」
「イ、イチャイチャって……そ、それに、返事、まだだし……」
「あーあー! 聞きたくない! 解りきっている未来なんてっ! いいですよーだ。精々二人でにゃんにゃんしてればいいんですっ!」

 顔を膨らまして拗ねた様に言ったユリは、だけどどこか嬉しそうに。


「……早く、会えるといいですね。ダイキさんに」

 と言った。

「……そーね」
「それでは、一先ず私は帰ります。何かあったら、また」
「ええ」
「あ、そうだ」

 と、立ち上がったユリは、モエの部屋のドアに向かって一言。








「さっちん、そこに居ると、危ないよ」








 数秒後、ドアが遠慮がちに開いた。

「い、何時から、気づいていたの?」
「そうだねー。多分、最初から」
「アタシ達は、見張られているとかの気配には敏感だからね」

 少し青ざめているサクラを尻目に、ユリはモエの部屋から出た。
 ビクビクしている少女を見て、ユリはまた笑った。
 ゲスでもなく、『夜』でもなく、年相応の少女の様に。


「じゃあね、さっちん。今日はありがと。また明日っ!」


 と言い残して、「お邪魔しましたー」とユリは階段を降りて行った。
 玄関の開閉音が聞こえたとき、やっとサクラは声を出すことが出来た。
 モエに目を向け、言う。

「姉さん……」
「……なに?」
「どう言う、こと、なの?」
「だがら、なにがよ」
「……何もかも」

 二人の会話を聞いたサクラは、だけど意味がさっぱり解らなかった。
 夜。レベル。姫巫女。ダイキ。ニュクス。獄星神楽。
 理解不能な言葉の羅列。
 そして、ふとサクラは気づいた。
 先ほどの、ユリの台詞。

『……金髪に染めたんですね! 似合ってます!』

 サクラの記憶が正しければ、モエは、もう二年ほど前からずっと金髪だった筈だ。
 だと言うのに、ユリの言葉は『つい最近まで金髪ではなかった』様なニュアンスを含んでいる。
 そう思えば、結局、二人の関係性も解らなかった。
 いつ、どこで、どうやって知り合ったのか。話を聞いても、何もかも解らなかった。



「ふぅ」

 とモエは溜息を吐いた。
 これは説明しなきゃ拙いな、と思う。
 別に隠す必要もないと言えばないのだが、果たしてマトモに受け止められるのだろうか。

「ユリ、これが面倒だから早く帰ったのか……」

 妙に早々と帰宅した妹分を思い、モエはもう一つ、嘆息した。

 でも、まぁ。

 モエはサクラを見た。何かを期待する様な目で。

「一から話そっか。……あんまり楽しいものじゃないけど、ね」

 妹に事情を説明するのは、きっと姉の役目。
 そして。
 妹分に、願わくば『友達』を作ってやるのも、あるいは姉貴分の役目なのだ。












 一方、ユリは。

「ここ、どこ……?」
『どう』『みて』『も』『まいご』『です』

 本当にありがとうございました。




―――――――――――

 ごじしゅーせー。
 ご指摘感謝します。 



[29437] 狂気波動・レベル1
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/10 19:45
「あ、プリンスだ」
「お早う、プリンス」
「プリンスさん、ちーす」
「プリンス君、お早う」
「……は?」

 朝、とある男子生徒が寝ぼけ眼を擦りながら、ダリィダリィと心中で連呼し、いつもの様に学校に登校し、いつもの様に教室に入ると、明らかにいつもとは違う名前で呼ばれていた。

 ――これはあれか。俺の頭がまだ覚醒していないのか。それとも新手のイジメか。

 等と思いながら、とりあえず事情を聞いてみることにした。
 正直な話、誰が元凶かは薄々分かってはいたが。

 思い浮かぶ、隣席のあの少女。
 小柄で。
 黒髪で。
 大人しかった筈なのに何時の間にかキャラ崩壊していて。
 滅茶苦茶強くて。
 パンツが白い。


(……今のナシ)


 ともかく。


「……なに、その呼び名」
「今日、湯久世さんが朝早く登校してきて、言ったんだよ。『あれ、プリンスまだ来てないの?』って」
「そんで、俺たちが『まだだよ、と言うか昨日から気になってたんだけど、何でプリンス?』って聞いたら」
「ドヤ顔で『プリンスはプリンスだよ!』ってさ。だからお前は今日からプリンス。良かったなプリンス」
「湯久世えええええええええええ! あいつはどこだああああああああああ!」
「校庭でお礼参りに来た不良連中をぶっ飛ばしてるけど。呼ぶか?」
「……人って飛ぶんだね。私、びっくりしちゃったよ」
「一番びっくりしてるのは、多分あの不良たちだけどな」
「私たちは昨日、机を真っ二つにしたのを見てるからね。まぁこんなもんか」
「……冷静に考えたらおかしいよな。机だぞ?」
「修行の成果だとさ。……気にしたら負けだ」
「どうする、プリンス。多分、文句を付けたらあいつらと同じ運命を辿るぞ」
「あれが二秒後のお前の姿、ってことにならなければいいけどな」
「……オッス! オラ、プリンス! よろしくな!」

 少年の順応性は半端じゃなかった。


「身の程を知れっ!」

 校庭で叫ぶ小柄な少女は、それはもうイタイタしかったが、それについて言及したら痛い目にあうこと受けあいである。そう、彼女の足元に転がるボロ雑巾的な人影のごとく。現代人に必要なスキルは流されることなのだ。



 ――昼休み。

(……ねむ)

 少年は早速寝る体勢に入った。
 三度の飯より寝るのが好きな彼は、隙があれば何時でも寝る。
 授業中だって容赦なく寝るし、教室で一番後ろのこの席では、そうそう教師に注意もされない。『プリンス』だとか言う謎のあだ名を付けられても、彼の眠気は飛ばせないのだ。

「……おかしい、絶対おかしいよ。私、こんなに馬鹿じゃなかった筈なのに……。これはきっとあれだ。モエさんとダイキさんが私の頭を叩きまくったからだ。ちくしょう」

 とかなんとか隣の席からそんな呪詛のような呟きが聞こえてきても、彼は眠るのだ。


 しかし。

「おいっ、起きてくれ!」

 そんな彼の睡眠を妨げる声が、頭上に響いた。
 何事かと彼がその不機嫌な顔を隠さずに上げると、そこにはウザッたいくらいの爽やかな笑みを浮かべる男子生徒がいた。

「……何だよ、ヤナギ」
「起きたか、プリンス」
「……おやすみ」
「ぅおい! 起きろっ! 友達だろっ!?」
「友達は俺を変なあだ名で呼ばない」
「……クラス中がお前をそう呼んでいるけどな」
「……それじゃあ俺に友達がいない、ってことになりかねんな」

 不承不承と言った様子で、体を持ち上げる少年。
 彼としては貴重な睡眠時間を潰したくはないのだが、クラスで一番イケメンと評判のヤナギと友達なのは事実だし、その友達の彼が寝ている自分をわざわざ起こしたと言う事は、よっぽどの用があるのだろう、と彼は話を聞く姿勢をとった。

「んで、なんだ?」
「ああ、実は、俺の彼女のことなん」
「おやすみ」
「だけど、っておい! き、聞けよ!」
「うっさいボケ。リア充は爆発しろ」
「そ、そんなこと言うなよ……」

 割と辛辣な少年の言葉に、ヤナギは少し落ち込んだ。
 睡眠を何よりも愛す彼は、だけどそれなりに人がいい。別に睡眠の為なら友達なんて要らない、と言うほどのジャンキーではないのだ。
 しかし、この話題は頂けない。
 イケメンの友人からの、恋愛相談。しかも、もう恋人としての関係が成り立っている状態の話だ。
 人並みにそう言う恋とか愛とかにだって興味がある、彼女いない歴=年齢の少年を苛付かせるのも仕方のないことだった。

 と、そこで。

「っ! リ=アジュー!? どこ!?」

 今まで唸っていた少女、ユリがそう言って、勢い良く椅子から立ち上がった。
 その表情は先ほどまでの間抜けにブツブツ言っていたものとは変わり、真剣、と言うかどこか危機感が溢れたものだった。
 少年とヤナギをじっと見つめて、右手を油断なく腹部に添えた。


「は?」
「へ?」

 それで困惑したのは二人である。
 キョトン、とした顔でユリを見た。
 何故、ヤナギがリア充でどうのこうのと話していたのに、ユリがぶっこんできたのか意味が解からなかった。

 とりあえず、彼女は『リア充はどこだ』と聞いているので、少年がヤナギを指で差した。

「いや、こいつ、だけど……」
「……え?」

 今度はユリがキョトンとした。
 
「どこが? どこが、リ=アジュー?」
「……ちなみに聞いておくけど、お前の考えているリア充を教えてくれ」

 これは何か情報に差異があるに違いない、と少年がユリを促す。
 すると、ユリは顎に手を当てて、考えながら、思い出しながら、言う。


「虎っぽい見た目で、やたら速くて、人を嬲り殺すのが好きな、別名・黄金の牙のことじゃないの?」
「なんだそれ!?」
「こえーよ!」

 最早人間ではなかった。


―――――――――――――



 獣王・リ=アジュー
 種族:魔獣
 性別:雄
 レベル:187
 通称:黄金の牙
 備考:めっちゃ速い。ユリの『タナトス』を受け、死亡。



―――――――――――――



 とりあえず明らかに間違ったユリの『リア充観』を正しくさせようと、少年が口を開く。

「いいか、リア充っつーのは、『リアル生活が充実している』の略だ。ま、大体は彼女持ちか彼氏持ちを指す言葉だな」
「へー、そうなんだ。……じゃあ、ヤナギ君、だっけ? 君が、そのリア充?」

 感心した様にユリが頷くと、視線をヤナギに移した。
 不意に振られた彼は、噂の少女の目線に少しビビりながらも、言葉を返す。

「あ、ああ。そう言うことになる、かな?」
「……貴様に地獄を見せてやる!」
「ええええええええええ!?」
「うおおおおおおおおい!?」

 ユリの突然の発言に思わず叫び声を上げてしまう二人。
 その訳の解からない言葉を言ったユリは、しかし、瞬間、項垂れた。

「うう」

 と呻き声を出すユリ。
 二人のみならず、クラス全体が彼女の注目すると、ポツリ、と様々な感情を乗せて、ユリが呟く。

「いいなぁ……私、私だって、優しくてカッコ良くてお金持ちで、私を守ってくれる彼氏が欲しいんだよ……」
(こいつ理想が恐ろしく高ぇえええええええ!)

 とあくまで心中で叫ぶ少年。
 そしてその思いは、クラスメート全員に共通していたが、やはり声に出すことはなかった。
 みんな、未だに教室の端に転がっている二つになった机の様にはなりたくないのである
 と言うより、彼女は誰かに守られる必要があるのだろうか、とも勿論思った。

 ユリがふと目線を少年に向けた。
 
「……プリンスは?」

 その問いは、自分がリア充、つまり付き合っている女性がいるかどうかのものだろう、と少年は思い、認めるのもどこか癪だったが、一先ずは正直に言うことにする。

「……いねーし、いたこともねー」
「……そっか」
「おいその優しい顔はやめろ親指立てるんじゃねええええええええ!」

 妙に目が同情している少女に、少年は声を荒げた。

 教室がまたざわめく。
 少年が目を向けると、クラスメートが今度は自分に注目していた。

 ――少女と同じ、優しい目で。


「いや、プリンスは頑張ればモテるんじゃないか?」
「そうだぜ、もう少し、こう、あれすれば……」
「そうそう、あれ、あれだよ、あれ」
「と、とにかく、頑張ってプリンス君!」
『プーリンス! プーリンス!』
「頼むから黙ってお前ら……」

 今にも少年を胴上げしかねない『プリンスコール』が巻き起こるなか、何だこの盛り上がりは、と少年は不信に思った。
 このクラスはそんなワイワイ賑やかなものじゃなくて、もう少し個人主義的なとこがあった筈だ。
 無駄な干渉はしない。自分がよければそれでいい。
 そんな、正しく今時の少年少女。
 それなのに、このトチ狂った様な騒ぎ。

 なにこれ、と胡乱気な瞳で更に教室を見渡すと、自分と同じような表情をしている少女を見付けた。

(あいつは……)

 佐倉桜。
 彼女もまた、クラスメートの訳解からないテンションにげんなりした表情をしていた。




―――――――――――――



 特に意味があった訳ではない。
 ただ、なんとなく。
 なんとなく、面白そうだからやった。それだけの話。
 あの世界の住人は、全体的に高レベルで、『伝説』と呼ばれた『彼女』でさえも中々干渉することが出来なかった。
 暇。退屈。
 そんな悠久なる時を無意味に過ごしていた『彼女』に訪れた、一人の少女との出会い。
 そして別世界の訪問。

 ――ここは、いい。

 かなりの低レベルの世界。
 ここは。ここなら。
 自分の『性能』を発揮できる。

 意味なんてない。
 理由なんてどうでもいい。
 ただ、己の快楽の為に。


 ――『きょうき』『はどう』『れべる』『いち』
 ――『……』『きいて』『ない』『にんげん』『が』『ふたり』『いる』『な』
 ――『これ』『いじょう』『は』『まずい』『か』『せいしん』『が』『こわれる』
 ――『……』『まぁ』『いい』
 ――『ふふふ』
 ――『ふははははははは』『!』


 世界を闇に染める夜の使者、夜剣ニュクスはただ笑う。
 その半身たる少女は、だけど何にも気づかない。




(ニュクス、私の『中』で笑わないでよ。くすぐったい)
『あ』『ごめん』


―――――――――――――




「……んで、結局何のようだ?」

 あれから。
 クラスメート達から暖かい慰めの言葉を頂戴した少年は、心にある大切な何かをごっそりと持ってかれて、だけど気丈にも再び己の友人、ヤナギに話を振った。

「……実は」

 ヤナギが言うには。

 付き合って三ヶ月の彼女に、日曜家に食事に来て、と誘われた。
 が、彼女を知る別の人物が言うには、彼女の父親はとても厳格で、彼女を溺愛しているらしい。
 その彼女は昔付き合っていた男性が居たのだが、その彼女の父親の気迫と怒声に、情けない姿を晒してしまい、結局別れてしまった。
 このままでは、その人と同じ目に合いかねない。

 と、纏めるとこう言うことである。

「……なんで俺に相談するんだよ」
「いや、お前、授業中に怖い先生に注意されても全然動じないじゃん。その秘訣を教えて貰おうと思って」
「……秘訣ってもなぁ。俺、ただ鈍いだけだぜ?」

 確かに彼は教師に寝ているのを注意されても何処吹く風だが、それを他人に教えることなんて出来るはずもない。
 ただ彼の睡眠欲が恐怖心だとかを上回っているだけなのだ。

 だけれども、彼はこう見えてそこそこ友達想いな男でもある。
 いくら無理難題を吹っかけられても、ヤナギがイケメンでリア充だったとしても、一応は友人の相談にのって上げる彼は間違いなく『良い人』に分類されるであろう。

「……うーん」

 と唸る少年。何とかしてやりたい気持ちはあるが、いかんせん何も妙案が浮かばなかった。
 どうしたもんか、と彼が思案すると。



「ここは、私の出番のようだねっ!」


 と、無駄にキメ顔で隣席の小女、ユリがそう言い放った。
 カッコいい、とい言えば確かに決まってはいたが、彼女の机に広げられている数学の教科書にデカデカと『ぎぶあっぷ』と書いてあるのが全てを台無しにした。
 要は、彼女が二人に声を掛けたのはただの現実逃避である。

 が、そんなことはもう彼女の頭にはなかった。

「つまり、ヤナギンはその彼女さんのお父さんにビビりたくないんでしょ」
「ヤナギンて」
「そうでしょ、ヤナギン」
「ああ、そうだ」
「おい、いいのか。お前このままだと『ヤナギン』になっちまうぞ」
「え? 別に構わないけど」
「いいのかよ……」

 変なあだ名を付けられても全然堪えてないヤナギを見て、少年は「おかしいのは俺なのか?」と戦慄を覚えた。
 まぁでも『プリンス』よりはマシである。

 そんな少年を置いて、ユリが声を張り上げる。

「ならばっ! 私が貴方を鍛えて上げるっ! 師匠と呼びなさいっ!」
「お、おいおい。鍛えるって……」
「師匠……!」
「ヤナギっ!?」

 明らかにおかしくなっている友人の肩を掴んで、少年はガタガタと揺らした。

「お、おいっ! お前どうしちまったんだよ!」
「止めないでくれプリンス……俺は、俺はナズナに相応しい男になりたいんだ……!」
「お前そんなヤツだっけ!?」

 思えばヤナギは顔のみならず性格もイケメンだったが、こんな熱い台詞を言う様な男じゃなかった筈だ。
 しかし、彼のそんな思いは届かず、話は進んでいく。

「その意気や良しっ! 放課後、屋上に来るがよいっ!」
「はいっ、師匠!」
「もう勝手にしてくれよ……」
「あ、プリンスも来てね。さっちんも」
「俺もっ!?」
「あ、あたしは全然関係ないじゃん!」
「来て、ね!」
「……はい」
「お、お姉ちゃーん……」

 なし崩しに巻き込まれた二人は、だけど抵抗できない規定事項だと言うのを薄々感じていた。
 世界は今日も理不尽である。




―――――――――――――


 リア充・ヤナギ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:15
 レベル:6
 通称:『ヤナギン』
 備考:イケメン。狂気耐性なし。



 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:5
 通称:『プリンス』
 備考:趣味は寝ること。狂気耐性レベル1。



 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:5
 通称:『さっちん』
 備考:モエの妹。狂気耐性レベル1。



―――――――――――――



[29437] 天鎧
Name: ななごー◆3aacea22 ID:757bdab3
Date: 2011/09/17 23:18
 ――あの子は、確かにゲスい。性的な意味で。
 ――あの子は、確かに強い。尋常じゃないほどに。
 ――あの子は、確かに『壊れている』。もう、ずっと前から。


 ――だけど。
 ――本当は。


 ――あの子は、あの子は! 壊れたくなんて、なかったんだっ!
 ――本当は、普通で居たかったんだ。異常になんて、なりたくなかったんだ。
 ――でも、でも仕方なくて、選択肢なんて、碌なものがなかった。死ぬか、狂うか。どうしようもない、不毛な二択。


 ……ねぇ、サクラ――――


 昨日、サクラが姉であるモエから聞かされた話は、とても信じられるものではなかった。
 別世界に行っただの、そこで一年以上過ごしていただの、人外の力を手に入れただの。
 だけど、その話を信じるしかないものを、サクラは見た。モエに見せられた。

 姉の腹部から出る、刀。
 そして、姉が纏って見せた黒き『天鎧』。

 とても信じられない、御伽噺のような、モエの話。
 だけど、それこそ御伽噺のような事象を見せられてそれでも否定出来るほど、サクラは図太い性格ではなかった。
 信じられなくても、馬鹿馬鹿しくても、目に映ってしまったものを、どうして否定出来ようか。

 そう思えば、不可解だったユリの変貌も納得は行く。少女の持つ圧倒的なパワーも。

 そして、確かに良く見れば姉の様子も昨日までとは違って見えた。
 どこか大人びていて。達観していて。言われてみれば、顔つきも成長している様な気がした。そう、丁度一年分程度。
 また、その性格も若干の変化が見られた。
 以前のモエは、冷たい、とまではいかないが、あまり表立って感情を見せることはなかった。

 しかし、あの時、ユリの事を話しているモエは――。


「さっちーん!」
「きゃあ!」
「げへへへへ。こ、この弾力! た、堪りませんなぁ!」

 そこでサクラの考えは強制的に中断させられた。
 何故なら、いきなりユリに後ろから胸を揉まれたのだから。
 悲鳴を上げたサクラなんてお構いなしに、ユリはただそのふくよかな胸部を揉みまくる。


「ちょ、や、……んぅ、止め、ろっ! ……んぁ、だ、誰かっ!」
「ふひひひ。助けを呼んでも誰も来ないぜ。ここは屋上だからねっ」

 どこの陵辱系エロゲームの台詞だ。
 と、ツッコミを入れられる人物は居なかった。

 放課後、ユリに無理矢理屋上に連れて来られたサクラは、少女と二人きりだった。
 他の二人、眠たげにしている少年は掃除当番で、ヤナギは部活動の顧問に今日は出れないことを伝えに行くと言うことで、とりあえず屋上で彼らを待つことにしたのだ。

 それがこんな事になるとは。
 
 なんて思いはなかった。正直予想通りの展開である。
 予想通りだからこそ、サクラは未だなんとか冷静だった。
 そして、力じゃ勝てないことも、言葉で押してもユリは全く動じないことも、経験済みだった。
 だが、彼女はある切り札を持っていた。
 それは、昨日、姉に言われた言葉。


 ――サクラ、もし、ユリがまたゲスいことをしそうになったら、こう言いなさい。

「……おしり、ぺんぺん」

 ピタッ、とサクラの胸を揉みしだいていたユリの小さい手の動きが止まった。
 サクラからはユリの姿は見えなかったが、未だ胸に添えられている手が微かに震えているのを見れば、効果は覿面なのは明らかである。

 サクラは、駄目押しの一言を口から発する。

「姉さんからの伝言……『今度は容赦なく、天鎧を纏ってやるからね』」
「ひっ……!」

 薄く悲鳴を上げたユリは、即座にサクラの元から離れた。
 そしてモエからも及第点を貰えるぐらいの速度で、床に手を付き、頭を垂れた。
 微塵も隙がない、見事な土下座だった。

「すいませんでしたああああああああ! こ、この事はどうかご内密に……!」
「ちょ、そ、そこまでしなくても……」
「あれだけは、あれだけはもうやだよぅ……」

 ガタガタと震えながら土下座の体勢を崩さないユリを見て、サクラはふと思った。

 ――こいつは昔なにをしたんだ?

 と。

 姉の言うところの「おしりぺんぺん」は何となく理解できる。
 詳しくは聞かなかったが、恐らく、超スピードでユリの臀部を叩きまくるのだろう、とサクラは当たりを付けていた。
 だが、解からないのは、「なぜそこまでされる様なことをしたか」である。
 姉の語りを聞いて、ユリのことを大事に思っているのは解かった。
 そんな姉が、ユリに土下座を入れさせるほどの『おしりぺんぺん』を何故したのか、それがさっぱり解からなかった。

 モエ曰く。

 ――それだけ洒落にならないことをしたってこと。アタシの口からは、ここまでしか言えない。

 らしい。
 気にはなったが、多分、聞いちゃいけないことなのだろう、とサクラは思った。
 世の中にはそういうことが沢山あるのだ。

 と、そこで。


「すみません! 師匠! 遅くなり、ま、し……?」
「俺、ここに来る意味ある、の、……お?」

 屋上の扉が開いて、二人の男子生徒が現れた。
 二人は、人智を超えた力を発揮したユリが、普通の女子中学生、サクラに土下座している光景を見た。

「……」
「……」
「……」


 奇妙な沈黙の後、眠たげな瞳をした少年が、一言。

「……お前はマトモだと思ったんだが、違うのかそうなのか」
「ち、ちがっ、これは……!」
「だ、大師匠……!」
「黙れヤナギぃ! 大体、あんたそんな奴じゃないでしょ!?」
「ごめんなさいごめんなさいおしりぺんぺんはほんとかんべんしてください」

 ほぅら、カオスだろう。




『げら』『げら』『げら』
『これは』『ひどい』
『いい』『ね』『いい』『ね』『たのしい』『ね』『!』





「……では、修行を始めるっ!」
「はいっ、師匠っ!」
「何事もなかった様に唐突だな……」
「ってかヤナギだけでいいじゃん……なんであたし達まで……」
「なんとなく!」
「言い切ったよこいつ……」

 とりあえず。
 ユリの突然の土下座は『触れてはいけないこと』という事で、気を取り直して振る舞いを正すユリ。
 当のヤナギはやる気満々だが、明らかに居る意味がないと思われる二人は、もう全力で帰りたかった。
 だが勝手に帰ったら何をされるか、どうなるか解からない。
 もしかしたら、明日あたり自分は宙に舞うかも、と思うと、逆に帰る気がなくなる。家に帰っても安心できないから。


「……んでもさ、結局、どうすんだよ。ヤナギは、彼女の親父さんにビビリたくない、っつーことだけどさ、湯久世にどうにか出来んの?」
「任せて! 要は、度胸が付けばいいんでしょ? そのお父さんに気圧されないぐらいの」
「その通りです! 師匠」
「いい返事だ」
「もったいないお言葉……!」
「なんなのこいつら」

 少年の突っ込みは、だけど空しく放課後の屋上に流れる風に、軽やかに乗って、消えた。

「今から私のてん……じゃなくて、……まぁ、マジック? みたいなものを見せるから。それを真正面から見てもビビらないようになれば、もう怖いもんなしだよ」
「おお……!」
「マジックぅー?」

 ユリのそのない胸を張って放つ言葉に、ヤナギは感動の面持ちを見せたが、対称的に少年は懐疑的だった。
 今からその少女が見せるその『マジック』とやらがなんなのかはさっぱり解からなかったが、そんなにビックリドッキリなものなのか。
 と言うより、素手で机を真っ二つにしちゃう少女の存在が、既にビックリドッキリなのだが。


 そこで、ふと、サクラは気づいた。
 ユリが何を見せようとしているのか。

 それは、昨日、『異世界に行ってきた』と言う与太話を信じさせられる為に、モエに見せられた、とある技術。


 ――天鎧。


 それは、レベル50以上の者だけが纏える、魂の鎧。
 高レベルの者が使えば、普通の鎧など必要がない程に絶対な防御力を誇る、基本にして究極の武器。
 そして、それは防御力のみならず、純粋な身体能力や魔力などを底上げする副次効果がある。



 サクラは思う。
 思えば、昨日、モエが見せた天鎧は、威圧感があった。
 触れれば切り刻まれてしまうような、異様な圧迫感。
 姉のそれを見たときは、サクラは腰を抜かしてしまったものだ。
 それを見て、平気に振舞えれば、成る程、たかが一般人の男性の威圧感ぐらい、なんのことはなくなるかも知れない。


「よーし、行くよー!」
「了解です! 師匠!」
「まぁ何でもいいけどよ……」
「……」


 ユリは三人の前に立ち、両手をだらんと下げた。
 息を吐く。
 吐く。
 吐く。
 吐く。

 ――呟く。




「天鎧」






 ――しかし、これはサクラは知らないことだが。
 天鎧は、纏うものによって、その性能に個人差が出る。
 高レベルの者が纏えば、より高度な天鎧が発動するし、それになにより、特筆すべきはそれぞれ副次的に得られる効果が異なる点である。

 例えば。
 モエの天鎧の効果は、『速度上昇』。
 レベル278のそれは、故に『世界最速』。

 例えば。
 ダイキの天鎧の効果は、『耐久力上昇』。
 レベル280のそれは、故に『世界最硬』。


 例えば。
 ユリの天鎧の効果は――。




 小柄な少女がなにやら呟いたとき、彼女の体から黒い何かが溢れた。
 彼女を覆うように吹き出たそれは、どこまでもどす黒くて、だけど覆われている少女の姿ははっきりと見える、不思議な『黒』だった。

 それを見て少年は、ただ思う。


 ――あ、死んだ。
 ――怖い。
 ――これは死んだ。
 ――怖い。
 ――これは駄目だ。だめだ。
 ――怖い。
 ――生きて直視していいものじゃない。
 ――怖い。
 ――いや、むしろ、自分は既に死んでいるのではないか?
 ――怖い。
 ――だから、こんな恐怖の押し売りな光景を見ているのではないか?
 ――なるほど。まぁそんなことはいいとして。
 ――怖い。
 ――怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!


「ぅぁ……」

 呻き声、一つ上げ、少年は膝を着いた。
 ふと、ゴトンと音がした。
 隣を見ると、そこには突っ伏して倒れるヤナギの姿。


(あー、そうか。そうすればいいのか)

 この暴力的なまでの『黒』から逃げ出す方法。
 少年はそれを悟り、そして意識を手放した。




 例えば。
 ユリの天鎧の効果は、『与える恐怖感の上昇』。
 レベル285のそれは、故に『世界最悪』なのだ。








――――――――――――――――――――


 Q:ユリは何をして『おしりぺんぺん』されたんですか?
 A:ヒントをあげよう。90分7500デーク。指名料別途。ドリンク飲み放題。触りたい放題。これを1週間連続で。しかもこっそり金を持って。





[29437] 人を超えるのはとっても簡単
Name: ななごー◆3aacea22 ID:066b66b2
Date: 2011/09/19 16:57
「……っつ、う、は、はっ、はっ、はっ……!」
「……良く、耐えたね。さっちん」
「……昨日、姉さんの、『それ』、を、見て、いるから、ね」
「あー、モエさんのを見たんだ。いやー、でも、私の天鎧とモエさんの天鎧では毛色が違うからねー。……膝、笑ってるよ?」
「……笑ってるんじゃないわよ」
「?」
「これは、大爆笑、っていうの、よ……」

 そう言って、サクラはへたりとその場に座り込んだ。
 ――なんだ、これは。
 鼓動が鳴り止まない。変な汗が出る。声も、震える。膝どころか身体全部が大爆笑した様に痙攣中だ。
 横を見ると、うつ伏せに倒れる二人が視界に入った。
 無理もないか、とサクラは思う。
 サクラは、昨日姉から『天鎧』の存在を聞かされているし、また、見ていてもいる。
 そんな予備知識があった彼女でも、この様なのだ。
 全く何も知らない二人が意識を飛ばしても、仕方ないことである。
 正直、サクラ自身も危ないところだった。

 そこで、ユリは天鎧を引っ込めた。
 屋上は、何事もなかった様に、緩い風が流れている。

「在り来たりな台詞だけど、さ」

 ユリが言う。

「私、まだ本気じゃないからね。……本気で怖がらそうと思ったら、おしっこちびっちゃうよ?」
「……マジ?」
「マジ」


 それは御免被りたいサクラだった。
 女として、人として、それだけは避けたかった。

 余談だが、ユリの本気とは、天鎧を全力で放出し、仁王立ちして、両手を広げ、のけぞりながら『ああああああああああああああ!』と叫んで、腹部からニュクスをドン! と出すことである。これでビビらなかった人間は今までいない。
 『キロウ』の子供たちを叱るときに、よくその親が『いい子にしていないと、勇者が来るわよ!』と言うのは、正しくこの『本気』の所為である。


(はっ、はぁ……)

 やっと落ち着いてきた鼓動を確かめるように、己の胸に手を当てるサクラ。未だ体の震えが止まらない。
 ここまで。ここまでの『恐怖』を、この目の前の小柄な少女が放てるとは思えなかった。
 そう言えば、とサクラは思い出す。

 ――あの子は『終わっている』

 モエの言葉だが、これは果たしてどういう意味なのだろうか。
 サクラはその真意を聞けなかったし、モエもそれは濁していた。
 『狂っている』、『壊れている』、ならなんとなく解かるが、『終わっている』、とは。
 胡乱気な思考を重ねていると、ユリが座り込んでいる自分を見下ろしていることに気づいた。
 ――ゾっとするような、冷たい目で。


「……さっちん、さ。もう、私と関わらない方がいいよ」

 そして、その声も冷たいものだった。
 先ほどまでの、自分の胸を揉んだり、土下座したり、その様な間抜けさとは無縁の、どこまでも冷たい姿勢。

「な、なに、言ってんの……!? あ、あんたが勝手に屋上に連れて来たんじゃ……!」
「うん。そうだね。でもそれは、なんと言うか予防線みたいなもんなんだよ。……さっちん、昨日モエさんになんか言われたでしょ」
「それは……」
「多分、『あの子と仲良くして』とか、そんなこと」

 正しくその通りだった。

 ――ねぇ、サクラ。あの子と、ユリと、友達になって欲しいの。
 ――はぁ!? な、なんで!? ね、姉さんが居るじゃん!
 ――アタシは、あの子と近すぎる。だから、あの子はアタシに、アタシ達に見せないものが、一杯あるんだ。
 ――な、んで、あたしが……! 関係、ないじゃん!
 ――……そーね。まぁ、考えるだけ、考えといて。

 これが、昨日の顛末。
 
「……モエさんは、優しいからね。そう言うことは、予想つくよ」

 ユリは、自分が異常なのを知っている。
 そして、サクラが勿論『普通』なのも知っている。
 彼女がヤナギに『鍛えてあげる』と言ったのは、言ってしまえば気まぐれでしかない。
 だが、この場にサクラを呼んだのは、実は「なんとなく」ではない、きちんとした理由がある。

 ――予防線。

 ユリは、彼女の姉から自分に関わるように言われているであろうサクラに、自分の異常さをはっきり見せ付けたかったのである。

 そうすれば、彼女は自分には関わらない。いくら、姉に頼まれようとも。
 そう、自分は異常で、人間以上であるいは人間以下の存在。

 別に一切合切何もかも切り捨てて、誰とも関わらない、とはユリも考えていない。
 仲良くしたくないわけではない。『友達』が要らないわけではない。

 だけど、無理強いで、『姉に頼まれたから』と言う理由で自分に関わるのは、やめて欲しかった。
 だって、惨めじゃないか。そんなことでしか、友情を構築できないなんて。
 だからこその、ユリの言葉。


 ちなみに、隣席の少年を連れてきたのは、本当に意味がない。
 強いて言えば、『サクラを屋上に連れきた本心』を悟られない為のスケープゴート、であろうか。
 この場で一番理不尽な目にあっているのは、間違いなく彼だった。



 それはともかく。
 ユリは言う。断ち切る為に。切り捨てるために。

「モエさんから聞いたと思うけど、もう大体解かったと思うけど、私とさっちんじゃあ、色々と違うんだよ。色々、さ」

 だけどそれは、もしかしたら、本心では何かを求めている、自分自身の『弱さ』を。


「ね? だから、もう帰っていいよ」


 そう言ったユリの表情は、どこまでも冷たくて、だけど、どうしようもない寂しさが、どことなく滲んでいた。

 それを受けて、サクラは。


(……なによ、それ)

 イラッとした。ムカッとした。
 意味なく歯を食いしばってみたりもした。
 体の震えが止まる。
 恐怖に染まっていた感情が、塗りつぶされる。
 ――理不尽に対しての、怒りに。




 ――基本的に、だ。




 ユリは、どこか抜けているところがある。
 彼女に誤算があったとすれば、と言う表現は、適切ではない。
 彼女は常に誤算ばかりなのである。



 ――そんなユリの、今回の誤算は。



(……ふざけ、ないでよ)

 ――ユリの、そのどこか見下した様な、自分を侮っている様な言葉に、サクラがカチン、と来たことだ。

 元より、サクラはユリと関わる気なんて、まるでなかったのだ。
 関わる義理もなければ、姉の言うことを聞く義務もない。
 自分を強姦一歩手前までした少女と、何を好んで『友達』になれと言うのだろうか。
 だから、サクラは、姉の言うことなど無視する気だったのだ。

 しかし。

 それは幼稚な対抗心だった。
 くだらない、ちっぽけなプライドだった。
 ユリがどれだけ異常で危険な存在なのかは、身を持って知っていた。
 だけど、ここまで。
 ここまで下に見られて。
 はい、そうですか、とあっさり帰るほど、彼女は大人ではない。
 年頃特有の青い感情を、彼女はきちんと秘めているのだ。
 無謀。
 決して褒められない、稚拙な感情。
 死を意識しない、出来ない世界に生まれ育ったから故の、軽率な考え。

 だけど。
 


 それが人を前に動かすことだって、きっとある。



 ――そして、ユリのもう一つの誤算。
 それは、内にある、己の半身。
 その『彼女』が。


『いい』
『この』『おんな』『いい』
『ここ』『まで』『きょうふ』『を』『うけて』『なお』『ひかない』『か』
『わたし』『の』『えいきょう』『がいか』『で』『これほど』『とは』
『いい』
『みせろ』『みせろ』『みせて』『みろ』『!』
『おまえ』『の』『きょうき』『を』『みせて』『みろ』『!』


 ――蛮勇とも言える、そのサクラの感情を、えらく気に入ってしまったことである。


『ぴんぽいと』『きょうき』『はどう』『れべる』『に』『!』


 そしてそれが、サクラの頭を素敵にぷつんと逝かせてしまった。


 訳解らない話を聞かされ、見せられた鬱憤。
 小柄な少女に見下されるフラストレーション。
 溜まりに溜まったそれ、プラス、ニュクスの狂気が、『この少女に適う筈がない』と警鐘を鳴らす理性を粉々に粉砕してしまったのである。
 
 ゆらり、とサクラがまるで幽鬼の様に立ち上がり、そしてユリに近づいていく。


「……さっちん?」

 顔を俯かせて自分に近づくサクラに、ユリは眉を潜めた。
 先程まで妙に『内』にあるニュクスが楽しそうだったのが気になったが、それよりも、一歩一歩ふらふらと接近するサクラの方が気掛かりだった。

「なにを……」

 するの、と言うユリの言葉は、だけど最後まで言えなかった。


 がしっと。
 サクラが両手でユリの頬を鷲づかみにしたのだから。 


「ふへっ!?」

 珍妙な奇声を上げてしまうユリ。
 それはそうだろう。
 自分に怯えていた筈の、ちっぽけなレベルの少女が、全世界最高レベルの自分のほっぺを掴んでいるのだから。

 ユリはサクラを見た。
 笑っていた。冷笑していた。
 目線を外さないまま、サクラは言う。

「キモい」
「へっ?」
「キモい。変態。おっぱいを揉むとか意味解んない。頭おかしいんじゃないの? ……ああ、おかしいのか」

 絶句。
 ユリは余りの暴言に絶句した。
 確かに、彼女は罵詈雑言の類には、慣れている。
 サクラの言葉は、昨日彼女自身が言った言葉を、また同じように繰り返しているだけだ。
 だが。
 気迫が違う。
 今まで、ユリに投げかけられた言葉は、言ってしまえば苦し紛れの戯言に過ぎなかった。
 だが、今の彼女はどうだ。
 堂々と。まるで、自分と同じ舞台に立っているかのごとく、真っ直ぐに自分の目を見ている。
 

「姉さんの話も、あんたの話も、全部全部全部、何もかも意味解らない。なんなの? なんなの? このほっぺの柔らかさはなんだああああああああああああああああああ!」
「ふへぇへぇえへぇぇっ!」

 むにむにむにむにむにむにむにむにむに。

 まるで粘土のごとく、自在に形を変えるユリの頬。
 そのマシュマロの様な柔らかさに、サクラのギアがまた一段階上がった模様。
 ちなみに、今頃ニュクスは大爆笑中である。

 そこで、一旦、サクラが離れた。
 距離を取って、じっとユリを見る。

 ユリは、やっと開放された頬を手で押さえた。
 痛みは、ない。
 レベル285の身にその様な行為は、まるで通用しない。

 だけど。

 その頬は異様に熱を持っていて、そしてそれが、妙に心地良かった。


 そこで、今度は顔付きを獣の様に獰猛なそれにして、サクラが吼える。


「聞けっ、ペチャパイ!」
「ぺ、ぺチャっ!?」

 ゆり の せいしん に 100 の ダメージ !





 サクラは上を向いた。空は変わらず青くて。風は変わらず流れている。
 世界は今も変わらない。
 だけど、なんだろうか。この感覚は。この、体に溢れる力は。

 『魂のランクが一つ上がった様な、不思議な高揚感』

 強烈な全能感。

 今なら言える。
 内に秘めるありったけの、感情を。


「……あたしはっ!」

 サクラが言う。
 否。
 叫ぶ。
 想いを乗せて。風に乗せて。

「どんなにあんたが強くて、異常でもっ! あんたの思い通りになんて、なんにもならないっ! なってやらない!」


 それが、サクラの答え。


「だからっ!」


 それが、彼女の流儀。


「あんたと関わってやるっ! あんたがあたしと関わりたくないって言うんなら、全力で関わってやるっ! 解ったかこのペチャパいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 咆哮炸裂。
 屋上は、またも奇妙な沈黙に包まれた。
 
 はぁはぁ、とサクラの荒い息遣いだけが、響く。



(言ってやった……!)

 通常、サクラは感情を前面に出すタイプの人間ではない。
 だけど、『何か見えない力』に後押しされたように放った咆哮は、とても気持ちが良かった。


(あいつは……)

 ふと、ユリの反応が気になって、正面を改めて見ると――――




 そこには何もいなかった。



「……それは、同意と言うことでよろしいですね?」
「……へ?」

 ユリは、いつの間にかサクラの目の前に居た。
 サクラより頭一つ低い身長のユリが、自分の胸を、がっちりと掴んでいた。


「げへへへへ。このおっぱいが私のものかぁ……いいねっ!」
「はぁあああああああああああ!?」
「やべ、これやべぇ、これ、将来的にはモエさんを超えるんじゃあ……? いいものを手に入れたっ!」

 サクラの渾身の咆哮が響いても、それでもユリは一心不乱に胸を揉んでいた。
 先程までの冷たい顔はどこへ行ったのか。今の彼女はどこに出しても恥ずかしい、ただのゲスである。


「ちょ、はぁ、ん……誰が、あんた、んぅ……の、もの、かぁっ!」
「えっ、違うの? そういう話じゃないの?」
「一ミリもあってないわあああああああああああああああああ! こ、このぉっ!」
「ふへふふえへへふへふへっ」

 負けじとユリのほっぺをむにむにするサクラ。
 変わらずサクラのおっぱいをむにむにするユリ。
 サクラは必死な形相だった。
 ユリは笑っていた。
 この上なく、楽しそうに。



 風が吹く。屋上に風が吹く。
 新たな『芽生え』を祝福する様に。



「……目が覚めたら湯久世と佐倉が百合ってる件について」
「流石は師匠……! 己の名に順ずるとは……!」
「ああ、ユリってそういうことなのか……」






―――――――――――――――




 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:5→15
 通称:『さっちん』
 備考:世界最高峰の『恐怖』に立ち向かったことで、本来の限界を突破。レベル+10





[29437] 人を超えるのはとっても簡単・2
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/09/30 03:05
「……では! もう一回!」
「お前ふざけんな!」

 日が若干傾きかけた屋上で、ユリが声を張り上げた。
 ユリとサクラの百合タイム(仮)がなんとか終了して、そして何時の間にやら気絶していた二人が目を覚ましたのを確認したユリは、またも両手をだらんと下げた。天鎧の準備完了である。


 が、ユリがそれを発動する前に、先ほどまで無意味に恐怖のドン底まで叩きつけさせられた少年が、瞠目して異を唱えた。


「おま、お前! あれ、なんなんだよ! し、し、死ぬかと思ったぞっ」
「……マジック?」
「じゃあ種と仕掛けを説明しろよぉ!」
「そんなもん、ないよ」
「誰かお客様の中にこの子と会話できる人はいませんかあああ!?」

 ユリのマジック界を震撼させる発言に、少年は声を荒げた。
 種も仕掛けもない。
 だがマジック。
 そして原理一切不明の『死』さえ意識させられる絶対的な恐怖。
 これでは、少年が息を捲るのも無理はない。
 しかし、少年が助けを求める様に周りを見渡すと。

「くぅ、気絶してしまうとは、一生の不覚……! 次こそは……!」

 妙に殊勝な言葉を吐いて、無駄にやる気満々なヤナギ。
 
 そして。

「ぶ、ブラ、が……ち、ちぎれ……!」

 かなり後方で胸元を押さえるサクラ、はすぐに視界から外した。
 彼は紳士なのだ。ヘタレとも言う。
 ちなみに、彼女をそうさせた張本人は、サクラの胸元をじっと見ていた。ガン見である。ゲスである。

「……お前、見過ぎじゃね? 俺の話、聞いてる?」
「うん、大丈夫だいじょうぶ、聞いてるよー。そうだねー。さっちんのおっぱいは素敵だよねー」
「俺の話聞いてねーしそんな話してねーし俺に同意を求めてんじゃねーし!」
「……っ! っ、あ、あんたっ」
「ご、誤解だー!」

 それでも後ろを振り向かなかった少年は、間違いなく紳士だった。勿論、ヘタレでもある。



「このままだとさっちんのBボタンが透けかねないので、絆創膏を付けて貰いました」
「……佐倉、お前……」
「……何も言わないで。多分、これはらしくもなく熱くなっちゃった、あたしが悪いのよ」
「いや、気絶してたからよく解らんけど、一から十までお前の所為じゃないと思うし、律儀にそれ付けてるお前がスゲーよ。もう帰れよ。そして俺も帰りてーよ」
「……ここで帰ったら、負けた気がする……!」
「あー、そっか。お前もなんかおかしくなったんだっけか。ごめん、忘れてた」
「ちなみに、絆創膏はヤナギンが持ってました」
「サッカー部は擦り傷とか多いんでね。あ、ちなみにそれ、ナズナに貰った奴だからな。大事にしろよ」
「お前が大事にしろおおおおおおおお!」


 どこの世界に彼女から貰った絆創膏を他の女のBボタンに付けさせる男が居ると言うのか。
 それは残念ながら、ここ、地球である。



 そんなこんなで。

「師匠! 次っ、よろしくお願いしますっ!」
「よかろうっ! 耐えてみるがよい!」
「ははっ!」
「マジかよ……」

 何やら二回目の恐怖は避けられないと言う状況に強制的になってしまった少年は、だけどこれは逃れられない運命だと悟った。
 いっそもう、サクラの様に開き直ってしまえばいいのだろうが、彼にはそこまでの『狂気』はなかった。 
 あくまでため息を吐いて愚痴を溢すぐらいしか、彼には出来ないのだ。

「あんなん見続けたら、精神に異常を来たすんじゃないか……?」
「いやいやいや、私の『アレ』にそんな効果はないよ。『アレ』はあくまで恐怖心を……って、え?」

 そこまで言って、ユリはじっとサクラを見た。
 いや、『視た』、と言った方がいいかも知れない。
 そのユリの何かを見透かした様な視線に、サクラは身じろぎをした。
 と、同時に、その目線を受けた途端、己の眼がチクリと痛んだことに、サクラの脳が反応をした。
 脳が、何かを訴えかけている様な感覚。先ほど得た万能感とは違う、何か、『新しい、今まで出来なかった何か』が出来そうな予感。
 しかし、それを強く意識する以前に、サクラは鋭い目線を送るユリの方が気になった。

「な、なに?」
「……あれぇ?」
「なに!? なんなの!?」
「いや、これはまさか……私の『アレ』にこんな効果があったなんて……低レベルにしか効かない、とかそんな感じなのかな……」
「マジでなに!? あ、あたしに何が!?」

 何やらブツブツと呟くユリに、サクラは戦慄を覚えた。
 一体自分の身に何が、と彼女は逡巡する。
 だがしかし、心当たりは、あった。

 この、身に宿った、溢れ出んばかりの謎の活力。
 ふと、地面を見る。
 そこは、勿論屋上のコンクリートだ。
 硬い、固い、堅い。
 そんな事、思い出す迄もない、ごく当たり前の『普通』。
 
 だけど、何故だろうか。

 ――全力を出せば、己の拳で割れそうな気がした。

 その、通常ではあり得ない考えが、それでもサクラは『出来る』と思った。
 そして、それを何の違和感もなく受け入れる自分を、これまたサクラは容易く肯定した。
 
「……ま、いいか。なっちゃったもんは、しょうがない」

 ユリが言う。いや、忠告する。

「さっちん、これから人を殴ったりする時は、手加減した方がいいよ」
「……うん」

 傍目には意味が解らないであろうその言葉は、しかしサクラにはしっかりと理解できた。
 超えてはいけない線を、越えた気がする。
 しかし、悪い気は微塵もしなかった。


「あたしも、そう思う」


 気づけば、顔には笑顔が浮かんでいた。
 その意味は、きっと誰にも解らない。




「ではっ、第二ラウンド、行くよっ!」
「応っ!」
「はぁー……マジでマジなんだな」
「大丈夫っ! 今度はもっと手加減するから。……出力、60パーセントから40パーセントに。……天鎧っ」

 そうして、またも少女の体から放たれる理解不能な、『黒』。そして、恐怖。
 二回目に見たそれは、やっぱり少年には理解が出来なかったが、今、自分が恐怖で怯え竦んでいることは楽勝で解った。
 当たり前の様に、膝を着く。
 先ほどまでの圧力は感じられなかったが、怖いものは、やはりどうしようもなく怖いのである。

(……むーりー)

 怖いながらにも、少年は存外に冷静だった。
 二回目だからか、それとも『手加減』のお陰か。
 それは定かではないが、少なくとも、隣のヤナギがもの凄い苦悶の表情で唸っていることを心配出来るぐらいには、脳みそが働いていた。

(……あいつ、大丈夫なんかな)

 人の心配をしてる余裕なんぞあるのか、と少年は思ったが、なんとなく、もう少ししたら、恋人のごとく引っ付いてる己の膝と地べたを、見事に破局させられる気が、していた。




「ほらほらどうしたのヤナギン! そんなんじゃ、彼女のお父さんに嬲り殺しにされちゃうよっ」
「ヤナギは一体何しに行くの?」

 テンショを上げながら『黒』を纏うユリ。
 そして冷静にツッコむサクラ。
 ちなみに彼女は、多少気圧されているが、それでもしっかりと、腕を組んで二の足でその場に立っている。
 
「……いいねぇ、さっちん、そのポーズ。胸が強調されてるねっ!」
「ふふん、羨ましい? ペチャパイ」
「う、羨ましいよっ! ばかぁ!」

 最高レベルの少女だって、コンプレックスぐらいあるのだ。



(く、くそっ……!)


 和やかなのかそうでないのか良く解らないガールズトークが展開されるなか、ヤナギは心中で悪態を吐いた。
 その対象は勿論、情けない、不甲斐無い自分。
 臍を噛む。痛い。だけど、それよりも、そんな痛みよりも、やっぱり自分が情けなかった。


(俺、は、所詮、ナズナのお父さんに嬲り殺されるだけの男、だった、んだな……)

 ここで記しておくが、ヤナギはあくまで彼女の家の夕食に招かれただけである。
 別にナズナの父親は魔王でもないし、ヤナギはそれを打ち倒す勇者でもない。
 と言うか、魔王は既に死んでいて、勇者は今ガールズトーク中である。 



 ……意識が、また朦朧として来た。

 ――このまま、また気絶しようか。こんな情けない俺は、それがお似合いさ。

 などと自嘲しながら、ヤナギはその目を閉じかける。


 ユリの声が聞こえたのは、その正に直前だった。




「そんなもんなの!? ヤナギン、彼女のへの『愛』は、そんなもんだったの!?」



 それを聞いて、ヤナギは。



 ――ブチン、と何かを引きちぎるような、歪な音がした。


 屋上が、不気味な静寂に支配された。


 そして。


「な、め、んな……!」


 ヤナギは、立った。
 いや、立ち上がろうとしていた。
 だけど、前にある恐怖に、またも竦む足。
 それでも、ヤナギは崩れなかった。
 ガタガタと震える体。ぐらつく視線。
 だけども、ヤナギは堕ちなかった。


 口内を強く噛んだことで、血が滲んでいた。
 しかし、ヤナギはそんなこと、気にも留めなかった。 


 大事なのは、一つだけ。


「俺は、俺は……!」



 足に、力が戻る。
 全身に、活力が滾る。
 心が、熱く燃えていた。


「俺、はあああああああああああああああああ!」


 叫ぶ。想いを乗せて。只管に、声を出す。
 ヤナギは思う。
 自分はきっと、どうしようもなく情けなくて、不甲斐無い負け犬で。



 それでも、ナズナの彼氏だった。
 それでも、彼女が好きだった。



 だからこそ、この内にある『愛』は、誰にも否定されたくなった。



 そう、大事なのは、一つだけ。




「ナズナあああああああああああああ! 愛してるぅううううううううううううう!」



 彼女を愛する自分。自分が彼女に対して抱く愛。
 他の感情なんて、入る余地もない。
 恐怖なんて、もうどこにもなかった。



―――――――――――――――



 リア充・ヤナギ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:6→13
 通称:『ヤナギン』
 備考:世界最高峰の『恐怖』を、恋人への愛で克服。本来の限界を突破。レベル+7。




―――――――――――――――



「……おおぅ」

 と、サクラは呆れた様な声を出した。
 まさか、ここで愛の告白をするとは思っていなかった。しかも、その対象はいないのに。
 そんなサクラのちょっぴり引いた目線なぞ気づくことはなく、ヤナギはやり遂げた顔をしていた。

「ど、どうですかっ!? 師匠」

 その問いに、ユリは。

「……ふ、もう、私が教えることはない」
「早くね?」

 サクラの冷静なツッコミは、だけどやっぱり届かなかった。
 ユリは初めての弟子の免許皆伝に、満足したようだった。


 と、そこで。


「……んじゃあ、俺、もう帰っていいかー?」

 と、眠たそうな少年の声が響いた。


「へ?」

 ユリが間抜けな声を上げて、その方向を見ると。

「いや、元々はヤナギの修行なんだろ? じゃあ、もういいだろ、帰って」

 先ほどまで膝で地面とディープキスをかましていた少年が、平然と、立っていた。


「あ、あれ? 私、天鎧、解いてない……」

 ユリを覆う『黒』は、絶えずそこにあって、恐怖を撒き散らしている筈だ。
 それなのに。
 困惑する少女を他所に、少年は緊張感もなしに膝の汚れをパンパンと払った。


「あー、それ」

 少年は、多少狼狽している少女に、申し訳なさそうにしながら頬をポリポリと掻いた。


 そして、一言。


「慣れた」 


―――――――――――――――


 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:5→12
 通称:『プリンス』
 備考:なんか慣れた。本来の限界を突破。レベル+7


―――――――――――――――


 一瞬、また屋上がシン……とした。


「……プリンス」
「……プリンス」
「……プリンス?」

 ユリ、ヤナギ、サクラが、少年を呼ぶ。
 ここで少年は、佐倉までもがしかも疑問系で自分を『プリンス』と呼ぶことに落胆を覚えたが、それを表に出すよりも早く、三人が声を揃えて言う。



『空気読め』 
「えええええ! お、俺、なんかした!?」


 そんな平然とこなしてしまったら、熱い言葉を吐いたサクラや、愛を絶叫したヤナギが道化である。
 だけど、彼はあくまで悪くはない。
 やっぱり、この場で一番不条理な目にあっているのは、彼だった。






『ふふふ』
『ふははは』『ははは』
『いい』
『この』『せかい』『は』『よすぎる』
『……』『もっと』『だ』
『もっと』『みたい』
『もっと』『きょうき』『を』
『わたし』『を』『たのしま』『せろ』!
『ねがわく』『ば』『"よるきし"』『も』『ほしい』『な』
『……』『……』
『ちょっと』『ほんき』『だす』




『……拡散狂気波動。ふふふ、この街ぐらいなら、私の射程圏内だ』





―――――――――――――――


 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:15
 通称:『さっちん』
 備考:特殊先天技能、『黎眼』が限定解除。




[29437] 夜を越えるのはとっても難関
Name: ななごー◆3aacea22 ID:757bdab3
Date: 2011/09/30 04:22
 月曜日を考えた奴は死ねばいいのに、と少年は思う。

(いや、もう死んでいるか)

 なにはともかく、本日は月曜日。
 大多数の学生や社会人を絶望の淵に立たせる、魔の曜日である。
 そんな中、一人の中学三年生の少年が、寝惚け眼を最早擦ろうともせず、ねみぃ、だりぃ、と学校に登校していた。正しい学生の姿である。

 そう、これが学生のあるべき姿なのである。
 何の役に立つのか解らない授業に時間を拘束されると言う拷問を、連続で受け続ける地獄。
 それが学校生活で、それを受けるのが、学生。
 彼はそう思っていて、そしてそれは全部が全部とは言わないが、殆どの学生が経なければならない苦行なのだ。

(……なのに)

 やる気がまるで感じ取れない歩調で学校近くまで赴いた彼は、目を擦った。
 別に目やにを取るためだとか、そう言うことじゃなくて、単純に目の前の光景が信じられなかったからだ。

「ああ!? お前チョーシこいてんじゃねーぞおおおおお! MONOのどこが糞なんだよこの糞がぁ!」
「お前こそふざけんじゃねーぞ! あんなんただ名前が売れてるだけの消しゴムじゃねーか糞がぁ!」
「俺のA4ノートが火を噴くぜぇえええええええ!」
「ふいひひひひっひひ! ヒヒ? ひひひひひ! ぅううううう三権分立ぅうううううううううう!」
「フォッサマグナぁあああああああああああああああああああああ!」
「俺の因数分解に勝てるわけねーだろおおおおおおおおおおお!」
「やってみやがれこのおおおおおおおおおおおおおおお! be動詞ぃいいいいいいいいいいいいい!」


 あら不思議。不良たちが文房具と教科書もって雄たけびをあげてるじゃないか。校門の前で。

(ええー……)

 少年はドン引きだった。
 正直意味が解らなかった。
 必殺技っぽく叫ばれる学業の言葉が、イヤに耳に付いた。
 『俺の因数分解』など、いつお前のモノになったのかと問いかけたかったが、止めた。マトモな答えなんて帰ってくる筈がないから。

 しかも、だ。
 髪の毛を派手な色に染めてたりピアスを開けていたりする不良たちが意味不明な雄たけびを上げているにも関わらず、周囲の生徒は気にしないのだ。
 いや、何も『こんな変な現象に関わりたくない』といった風ではない。
 『月曜日YEAAAAAAAAAAAAAAAH!』とか、『今日は体育だあああああああああああああああッポォオオオオゥ!』だとか、『私の漢文詩を聞けぇええええええ!』だとか、……要は、不良たちと似たようなもんである。


(……なんだ、これ)

 お前らのそのテンションはなんだ。
 もう少し絶望しろよ。今日は月曜日だぞ。
 等と心中でツッコむ少年。

 だけどそれでも、いくらか少年は冷静だった。
 明らかに尋常でないこの様子を見ても、取り乱しはしなかった。
 それは、彼が鈍いから、ではない。
 いくら鈍い彼でも、この異常さはいくらなんでも解かる。

 彼が平静を保てているのは、こんな予兆が数日前から見えていたからだ。

 金曜日、とある少女からビックリドッキリなマジック(仮)を披露させられて、それでもその日はそれでお終い。
 少年は、土曜日曜と至福の休みを堪能し、全力でベッドに沈んでいた。
 のだが。

 ――少年の家は、ラーメン屋をやっている。
 それはまぁいいのだ。家が飲食店を経営していると言っても、それは一つの『よくある事』。普通のことだ。

 だが、何故かこの二日、家族が普通じゃなくなっていた。

 寡黙な父親が。

『俺のトンコツはぁああああああ! 宇宙一だぁああああああああああ!』

 同じく大人しめの母親が。

『秘儀ぃ! ドンブリ5枚洗いいいいいいいいいいいいい!』

 チャラい高校生の兄が。

『日曜、暇になっちまったな…………。そうだ、旅に出よう。自分探しの旅に』

 正直、兄が一番意味が解からなかった。きちんと日曜の夜には家に帰ってきたのも意味が解からなかった。果たして『自分』は見つかったのだろうか。もはやどうでも良かったが。

 日曜、彼は店を手伝った。
 これもまぁ良くあることだ。
 貴重な睡眠を削るのは彼にとって本意ではなかったが、家の手伝いぐらいはする甲斐性はある。
 だが、店に来る客が尋常じゃなかった。

 ド派手な髪の色の、如何にも不良です、と言った五人組が。

『くくく、今日はどの老人ホームに行く?』
『あのジジイ達の笑顔……! 最高だなっ!』
『まぁ、待て。たまには、ゴミ拾いなんてどうだ?』
『ああいいな。ふふふ、チリ一つ逃さん!』
『決まりだな……』

 などと言っていたり。

 女物のパンツを頭にかぶった男が店に来たり(ちなみに警察に追われていた。男はすぐ店を出た。あの男は逃げられたのだろうか)

 無茶苦茶デカイ犬が店に来たり(警察に追われていた。犬はすぐ店を出た。あの犬は逃げられたのだろうか。と言うかあの犬は何しに店に来たのだろうか)


 おかしい。おかしすぎる。
 それを何とも思わない街の人も。


 ――『狂っている』。

 
 今のこの街の現状を解かりやすく言えば、これに尽きる。
 異様にテンションが高いこの現象を狂っている、と言えるかは微妙なラインではある。
 だが、少年は、『狂っている』と言うワードが、妙にしっくりと馴染む様な気がした。


(おかしいと言えば)

 少年が、足元に転がっている石に気づき、それを拾った。
 掌に収まる程度の、ごく普通の石。
 少年はその石を握り締めた。若干の力を込めて。

(よっ、と)

 途端、鈍い音が彼の掌に響いた。
 手を開けると、そこには粉々になった石があった。

「なんだこれ」

 今度は口にだして、その異常さを確認する少年。
 金曜日の夜あたりから気づいていた、この体に溢れる活力。
 そして、『石を粉々に出来る異常を、当然と思う異常』。


 ――おかしいのは、自分もだ。


 漠然とそう思う少年。
 だけど。
 今、この異常を見て、改めて出る思い。
 それは。


(どうでもいい。眠い)


 家族が家族、街が街、学校が学校、自分が自分、人生が人生。
 全部が全部、何もかもどうでもいい、とはいくら少年も思っていない。
 だが、そんなことよりも、眠いのだ。とにもかくにも眠いのだ。
 今までもそうだったが、彼はなによりも眠りを愛している。近頃は、特に。
 何もかも投げ出して寝たい、とは思ってはいない。それでは人生は成り立たない。
 だが、それ以外の、例えば小さな暇でさえも、彼は睡眠に充てていたいのだ。

 こう思う自分は、やっぱり狂っているのだろうか。

 だけどそう思う少年は、それでもやっぱり眠かった。


 なぜそうまで眠りに執着しているのか。
 その理由は彼には解からないし、どうでもいい。
 眠いものは眠いし、寝たいものは寝たい。
 それだけ。ただそれだけなのだ。

 ――だから彼は睡眠に全力を尽くし、その時に見る『夢』なんて、欠片も覚えていない。
 ――自分とそっくりな男が現れる、その『夢』を。


―――――――――――――――


 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:12
 通称:『プリンス』
 備考:並列魂融合率3%



―――――――――――――――




「ヒャッハー湯久世、この問題を解けヒャッハー」
「………………………………61!」
「頑張って考えたのは解かるが、今は国語の授業だヒャッハー」


 少年はどっから突っ込んでいいのか解からなかったので、寝た。







「ブラックぅううううううううう! シュゥウウウウウウウウッ!」
「ぎゃー! ゴールネットを突き破りやがったぁああああああああ!」
「ヤナギすげぇええええええええええええええ!」




「……ま、13じゃ、そうなるか」

 放課後、相も変わらず緩い風が満ちている屋上で、一人の少女が茶色の髪の毛を靡かしながら、フェンスに両腕を乗せて、グラウンドで叫びながらボールを蹴りまくっている少年を見ていた。


「この世界で10を超えている人は殆どいないからね。詳しい数値は解からないけど、アベレージは5か6ってとことかな」

 後ろでそんな言葉が聞こえても、少女、サクラは振り向かなかった。
 誰が来たか解かっていたから。
 その闖入者、ユリは、サクラの隣に並び、フェンスに背を向けて青い空を見上げた。

「ヤナギン、彼女さんのお父さんに無事挨拶出来たらしいよ」
「……そう。ま、あんたの『アレ』を見たら、なんてことはないわよね」
「うん、なんか『娘さんを僕に下さい!』って言ったみたいだよ」
「重っ。いきなりプロポーズって」
「んで、お父さんは『……お前になら娘を任せてもよさそうだ。……よろしく頼む』だって」
「いいのかよ。娘を溺愛してるんじゃなかったの?」
「そんで彼女さんは『ふ、ふつつかものですが……!』ってさ。今度はヤナギンの家に挨拶に行くんだって」
「あたしらまだ中学生だぞ……?」

 早熟過ぎる彼らの付き合いを聞いて、サクラは戦慄を隠せなかった。
 が、今はそんなことよりも、少女に聞きたいことがあった。だから、サクラはユリを屋上に呼んだのだ。

「……姉さんとはこの二日、碌に会えなかった」
「ああ、うん。朝早くから夜遅くまでダイキさんを探しているからねー。私も二日間一緒に探したけど、中々見つからないんだよね。まったく、どこにいるんだか」
「……だから、あんたに聞く。……この眼は、なに? 正直、大体予想付くけど」

 そう言って、サクラはユリを『視た』。
 その見透かすような視線を受けたユリは、だけど青く広がる空から目を逸らさずに、言う。

「黎眼……。凄いね、さっちん。それ出来る人、中々いないんだよ?」
「れい、がん?」
「そ。相手の『レベル』が解かる眼。鍛えて身につくものじゃなくて、その才能がある人しか使えないスキル。多分、私の天鎧を見てレベルアップしたから、スキルが開放されたんじゃないかな。私も使える様になったのは、レベルアップしてからだし」
「なるほどね……」

 合点が言ったかのように頷くサクラ。その言葉は非常落ち着いたもので、ゆるりと風に流れた。
 そして、今までずっと青空を眺めていたユリが、初めてその視線をサクラに動かす。

「こっちからも、聞いていい?」
「……なに?」
「さっちんは、レベルが解かるんでしょ? なら、今の自分のレベルも、鏡かなんかで見れば解かる筈。……レベル15。おそらく、この地球において最高クラスのレベル」
「……」
「13のヤナギンはあんな風にはっちゃけている。12のプリンスは……興味がないみたいだね。ああ言うタイプは珍しいけど、さっちんは、そう言うのじゃないよね?」
「……」

 沈黙。
 サクラは答えなかった。代わりに、ユリが言うであろう次の問いに耳を傾ける姿勢を取る。
 その表情は、やはり落ち着いていた。

 
「……すんごい力を持っていて、しかも周りが弱いのも解かるのに、『何か』しようともしない。……何で?」
「何か……って、……なによ?」
「いやー、色々あるけど、例えば力を見せ付ける、とかさ」
「しないわよ、そんなん」
「だから、なんで?」
「なんで、って……」

 そこまで言って、ユリを視るサクラ。
 ――ユリが言うところの「何かをする」、これは、確かにサクラの脳裏を過ぎった考えではある。
 溢れる活力。漲る力。そして、明らかに自分とは見劣りする周囲に視得る「数字」。
 そう言った思いも、確かにあった。

 この力さえあれば、何でも出来る。そんな欲望。
 事実、今日学校へ来るまで、そんな薄暗い自信がサクラを満たしていた。
 だけど。

「……285を視たら、そんな気もなくすわよ」

 だけど、そんな考えは、この少女を視たことですっかり何処かへ行ってしまった。
 285。あまりにも、桁が違う。違いすぎる。
 これは適わないな、と笑みさえも浮かべてしまった。
 上がっていたテンションが、下がった気がする。満ちていた狂気が薄まるのを感じていた。

「あんたも、さ」
「うん?」
「……必要以上に「力」を見せるつもりはないんでしょ? ……まぁ机を割ったり、あたしの胸を揉んだり、面白半分にレベルアップさせたり色々やりたい放題だけどさ……」
「……必要以上の力、なんて意味がないよ。この世界ではさ。私には特に目的がないからね。強いて言えば、ダイキさんを見つけることかな。あ、あと素敵な彼氏を見つけること」
「彼氏…………無理じゃね?」
「なんで私の胸を見て言うの?」

 結局のところ、そう言うことだ。
 戦い。傷。血。そして死。
 ドス黒いそれらが渦巻くキロウならともかく、ここは地球の日本。
 人外の力を持ったからと言って、なんだと言うのか。
 意味がない、とは言えないが、有効に活用出来る術だって、そうそうない。

 だからかもしれない、とサクラはふと思った。

 ――この少女が、時々寂しそうにするのは。
 ――あまりに「超えてしまった」自身を、持て余しているからかもしれない。


 サクラは青い空を見た。
 雲は流れる。風は順風。空気は澄んでいる。
 自分が変わっても、世界は何も変わらない。世界は自分を中心に廻るものではないのだから。

 ユリはもたも上を向いて、フェンスに深く背を沈めた。

「……適度に大人しくして、だけど適度に力を使って、適度に平和を堪能するのが、一番無難なんじゃないかなぁ」


 ユリが言ったその言葉は概ねサクラの考えと一緒で。
 サクラは、この少女とは思っていたより気が合うかもしれないと考えた。



 ――だが真面目な顔で真面目な話をしながら自分の胸を揉むのは止めてほしい、とサクラは思った。





「彼氏、ねぇ。……ヤナギはもう彼女がいるから無理として、プリンスは? 顔も悪くないし、人柄も良い。レベルも、そこらの男より上だし」
「……良い人だとは思うけど、単純にタイプじゃない」
「……バッサリだね、あんた」
「そう言うさっちんはどうなの? 彼氏いるの?」
「……いないわよ」
「じゃあプリンスは?」
「パス。タイプじゃない」






―――――――――――――――

 プリンスェ……



[29437] 超肉体派自称草食系男子の憂鬱
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/10/05 02:15
「……一つ、気になったんだけどさ。ってか胸から手を離せこのチビ」
「いや」
「……おしりぺ」
「何でしょうか!」
「……ちょいちょい話に出てくる、ダイキって人……もしかして、姉さんの恋人?」
「うーん、惜しいね。モエさんの片思い、かな。今のところは」
「今のところ?」
「……モエさんがダイキさんに告白した瞬間、私たちはここに戻されたんだよ……あのおっぱい姫巫女め。いつか鳴かす」
「……それは、またなんとも」
「と言うか、さっちん、なんでモエさんとダイキさんが恋人同士だと思ったの?」
「いや、姉さんがその人の事を話すとき、目がキラキラしてたから……」

『でね、ダイキはね、口が悪いけど、それでも優しくてね、頼りになってね、強くてね、それでね、それでね……』

「……普段はクールなのに、あんな姉さん、初めて見たよ。正直、別人に見えた」
「しかしダイキさんはそんなモエさんを『お前、何の萌えもないよな』と言った猛者である」
「うっわーないわー。殴りたいー」
「……それはやめておいた方がいいよ」
「なんで?」
「ダイキさんは『世界で一番硬い金属』を素手でぶち抜くからね。だから、『世界で一番硬い』のは暫定的にダイキさん、ってことになってる。……殴ったら、手が粉々になるかもね」
「……マジ?」
「マジ。ま、あくまで天鎧を纏った状態で、だけど。あ、本人曰く草食系男子らしいよ」
「どんな草食だよ……」





 こんな草食である。



(最低最悪だ。僕は。しにたい)

 とある高校。
 そこで一人の少年が机に突っ伏しながら全力で頭を抱えていた。
 黒髪に、普段からやる気が感じられない瞳。
 そんな彼は、どこにでもいる極普通の少年、では勿論ない。

 レベル280。
 世界最硬。
 神器、破槌『グロングメッサー』を身に宿す、自称草食系男子、犬上大樹である。

 草食どころか数多の魔物、魔獣を食ったことでここまで上り詰めた少年は、しかしその実力に似つかわしくない弱気な顔で、只管に唸っていた。

(いや、落ち着いて考えよう。改めて考えよう。全ては僕の勘違いの可能性もある)

 ダイキのその思考は、可能性、と言うかもはや願望に近いものがあった。
 なんせ、『地球』に戻って来て、ずっと考えてきた結果、毎回同じ結論になってしまうのだから。
 だから、彼がこうして唸っていても、それは自分の首を絞めることにしかならないのだ。

 それはダイキも解っていた。
 しかし、どうしても『目を逸らさなければいけないこと』が、この世にはあるのだ。少なくとも、ダイキにとっては。

 それは、『何故、今更地球に還れたのか』、ではない。

 思う。ダイキは思う。一人の少女を。

 気だるげな口調。
 最初にあった時は、金髪で、如何にも『今風』で。とても自分と気が合うとは思えなかった。
 だけど、二人協力して、一人の少女を守り。
 やがては三人で泥沼の様に沈み行く日常を、ただ必死で抗って。
 そして、もう一人の少女と同じく、掛け替えのない大事な仲間、いや、『家族』になった。

 気だるげにしているが、面倒見が良く、料理も上手く、速くて強い。
 剣士・モエ。
 
 だが、そんな少女の一言が、ダイキを悩みに悩ませていた。


『ダイキの事が、好き!』



(いやいやいやいやいや!)

 そこまで思い出し、頭を振りまくるダイキ。

(スキ? 好き? ……いや、これはあれだ。あの後に、『有り!』と繋がるんだ。……つまり、『隙』有りっ!)

 そうに違いない。
 むしろそうあって欲しい、とダイキはシュミレートしてみた。

 きっと彼女は、刀を自分の方に向けて。

『隙! ……有りっ!』
『おおおっ!?』
『ふふふ! 油断したね! 魔王を倒して、気が緩んだんじゃない? アタシ達の旅は、まだ終わりじゃないんだよ?』
『一瞬の隙が死を招く。ふぅーはははははぁー! ホント『キロウ』は地獄ですね!』
『ははは。こいつは一本取られたな』

(そうだ。これが正解だ)

 なんかユリの発言がおかしい気もしなくはないが、あの少女は大概おかしいので、まぁ概ねこんな感じだろう、とうんうんと頷くダイキ。


(……つーか)


 まぁ勿論。


(そんな訳、ねーだろおおおおおお!)


 それが間違っていることは、当然の様にダイキは解っていた。



「…………んぁ?」
「急になによ」
「…………いや、今、特に意味もなくディスられた気が……」





(好き……、好き、なのか。モエは、僕の事、を……)


 好き、と言えば、ダイキだってそうだ。
 ダイキはモエのことも、ユリのことも好いている。
 しかしそれは、当たり前の様に、『LOVE』の感情ではない。
 だけど、あの少女は、ダイキを好きで、そして改まって言った事から、恐らくその感情は。


(はは……あいつが、僕を……)


 嬉しいし、光栄にだって思う。
 モエは美人で、おっぱいだって大きい。
 ユリほどではないが、モエが高速移動するたびにぷるんぷるん揺れるそれを、ダイキはマジマジと見てしまったものだ。
 その際、ダイキ以上に、マジマジマジマジマジマジとガン見している少女のお陰で、ダイキのその視線は見破られなかったが。

 ともかく、そんな彼女が、さえない容姿の自分を好きだという。

 ダイキは確かに彼女のことを仲間、家族の様に思っていた。
 しかし、だからと言って、モエのことをそうとしか思えない、とまではいかない。
 彼だって男だ。恋愛には疎くて、人の感情の機微にも鈍いほうだが、想いを伝えられて、何も応えられない訳ではない。


 だから、モエの告白は成功して、二人はめでたく恋人同士。


 と、なっていただろう。あのまま『キロウ』に居たのなら。



「犬上『兄』」

 その声に、ダイキは現実に引き戻された。
 思考の海から自身を引き上げ、顔を上げると、そこにはどこかうんざりした顔の男が居た。
 お前は誰だ、とは言わず(おそらくクラスメートだから)、多少不機嫌にダイキが言う。

「なに?」
「なに、じゃない。犬上『妹』が乱心なんだ。お前が何とかしろ」

 疲れきった顔で、男が言った。
 ダイキは同じく疲れきった顔になり、男が指差した方向を見た。

「なんでなんでなんでなんでなんでなんで? なんで私とお兄ちゃんが一緒に帰れないの? なんでなんでなんでなんでっ!?」
「いや、だって、お前今日掃除当番で、犬上兄は違う班だから……」
「なんで?」
「は?」
「なんで私とお兄ちゃんが違う班なの? むしろなんで私とお兄ちゃんが別の班なの? いや、それよりもなんで私とお兄ちゃんが同じ班じゃないの?」
「言ってること全部同じだからな、それ」
「なんでなんで意味解らない。私とお兄ちゃんはエターナル一緒な筈なのに。ああああああああっ!」
「おい、机が割れたぞ」
「割れるんだな、机って」
「こりゃ駄目だ。もうファイブキラーズ呼んで来い」
「あいつらは学校サボって老人ホームにボランティアに行ってる」
「不良の鑑だな、あいつら」


(あいつ、運動神経いいのは知ってたけど、机も割れるのか……)
 
 長い黒髪を振り回して、周囲を振り回す少女は、犬上梓。
 ダイキの双子の妹である。

(ま、それくらい出来てもおかしくないか……ないよな?)

『オリハルコン』に比べれば、机ごとき、と現実逃避気味に思うダイキは、明らかに感覚が狂っていた。


 そして、この少女がダイキの悩みの種だった。
 とりあえず、このままにしてはおけないと、ダイキが声を掛ける。

「おい、アズサ」
「あ、お兄ちゃん!」
「あんまり迷惑をかけんなよ。つーか、机を割る必要あったか?」
「ないよ!」
「……そうか」

 ――なんだろうか、この己の大切な何かがガリガリと削られる感じ。

 ダイキはため息を吐いた。
 『かつて』はここまでじゃなかった筈だ。
 確かに、アズサはダイキを『溺愛』していたが、これほどの『狂気』はなかったような気がした。


 だが、そんなことはどうでもいい。
 問題は、『どうしてこうなった』かではなく、『これからどうするか』なのだ。

 ダイキはアズサと向き合った。

「……つーか、掃除ぐらいなら、僕も手伝う。……それで一緒に帰れるだろ?」
「あああああああああああああああん! 流石お兄ちゃん! 銀河一優しいね! お兄ちゃんお兄ちゃんオニイチャン!」
「……引っ付くな」

 これである。
 ダイキは自分に腕に抱きつくアズサを見て、心中でため息を吐いた。


 依存。
 有体に言えば、それがダイキとアズサの関係を物語っていた。
 アズサはダイキの言うことしか聞かず、ダイキを盲目的に信頼していた。

 キロウから帰還して、背格好が変貌したダイキを見たときも。

『あれ? お兄ちゃん、……背、伸びた?」
『……成長期だからな』
『お兄ちゃん凄い!』

 これだけで説明が終わったものだ。
 ちなみにこの説明はクラスメートにも有効だった。
 馬鹿……いや、人を信じれる良いやつらで良かった、とダイキは思った。



 話は変わるが、ダイキはモエやユリには自分を見つけることは難しいと思っている。

 確かに彼らは同じ街に住んでいて、同じ街の高校に通っている。
 だけど、ダイキとアズサは元々この街の住人ではないのだ。

 地球の時間では凡そ一年前、ダイキとアズサはとある問題を起こし、内定を受けていた高校から取り消しを受けた。
 中学から高校に上がるまでの僅かな期間で二人を受け入れてくれる高校は、この街の『不良学校』と呼び声が高いここだけだった。

 こんな学校に自分が通ってるとは、彼女達は思わないだろう。
 そして、他所の高校では自分達を知っている人はそうはいないだろう。元は違う街から来たのだから。
 だから、ダイキが積極的に接触しようとしない限り、再会は困難なものになる。


 だが、それはダイキにとって好都合なものだった。


 彼女達に逢いたい、と言う気持ちは勿論ある。
 モエの気持ちに応えたい、と言う想いだってきちんとある。
 その想いは嘘ではない。
 だが。
 自分に引っ付く少女を見る。
 この少女は、裏切れない。馬鹿な自分にこんなところまで着いて来た、来てくれた、この少女は。



 もし、キロウから還って来れなかったら。
 この少女はどうしたのだろうか。
 他に依存する対象を見つけるのだろうか。
 それとも、今は離れ離れで居る家族の元にあっさりと帰ったのだろうか。


 もしかしたら。
 最愛の兄を失った悲しみで、その生を断ち切っていた可能性も……

(……ッ!)

 そこまで思考して、ダイキは頭を振った。
 その可能性は、ずっと、ダイキを悩ませていた。
 だけれども、あの世界において、そんな悩みは致命傷なのだ。
 一瞬の油断、数刻の逡巡、戦場に関係ないことを考えてしまったら、何もかも命取りになる。
 だから、ダイキは考えないようにしていた。
 冷酷と言われようが、人でなしと言われようが、自分と、その仲間の命を守る為、『地球』の事は全て意識の埒外に置いたのだ。――どうせ戻ることが出来ないのだから。

 遠くの妹よりも、近くの仲間。それが、ダイキが出した結論。

 しかし、時間を越えてこの世界に戻ってきて。
 その結論は、脆くも崩れてしまった。 
 虫の良い話ではあるが、それでもダイキはアズサを『大切な妹』だと再認識してしまったのだ。

 遠くの妹よりも、近くの仲間。
 では、近くの妹と近くの仲間では、どちらを優先すればいい?
 誰の想いを受け止めればいい?
 そして、誰の想いを蹴り落とせばいい?

 こんな自分に着いて来てくれて、そして自分に依存しているアズサか?
 一緒に地獄を這いずり回って、そして自分を好いてくれているモエか?

 モエはともかくとして、アズサはきっと、モエの存在を、己を好いている女性の存在を認めないであろう。
 それには、まだ早い。
 もう少し、時間が必要だった。
 アズサが自分から離れる時間が。

 そんな中、どちらかを選べと言われたら。

(……クソッ!)

 選べない。
 選べる筈もなかった。

(ユリがゲスなら、僕はクズだ)

 どちらかを選ばなければいけないのに、どちらも選べない。
 人の好意を貪る屑。
 ダイキはそう己を断じた。




「…………ぬぇ?」
「今度はなに」
「…………いや、また、ディスられた気が……」
「ディスられてばっかね、あんた」





(まだ、まだ早い……)

 少しづつ、少しづつ進めよう。
 そう急ぐ旅でもない。
 今回は、命の危険も何もない平和な旅なのだ。
 だから、ゆっくりとことを進めよう。


 妹が自分から少しでも離れるまで。
 その時までは。

(あいつらには、モエには……会わない。…………会えないっ!)


 様々な人々を気遣って得たその答えは。

 確かに優しくて、あるいはベターなものかもしれない。

 だけど。

 それはやっぱり、卑怯で、慎重で、臆病なものだった。 
 どこまでも自分勝手で、どうしようもなく利己的なものだった。
 そんなこと、知っていた。
 では、どうすればいいのか。
 教えて欲しかった。答えが欲しかった。


「ほら、早く早く! お兄ちゃん!」
「……ああ、今行く。つーか、袖をひっぱんな」


 無論、答えなんて、自分が出すしかないことを、ダイキは知っていた。


 知っている、だけだった。



―――――――――――――――






 学生・アズサ
 性別:女
 年齢:16
 レベル:6→18
 通称:『犬上妹』
 備考:お兄ちゃんが大好きで大好きでお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん狂気耐性なんて勿論ないよむしろ正気なんて邪魔なだけだよお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん先天技能『マッドネスレセプション』が限定解除したよ狂気を受けた分だけレベルアップするよ限界は突破するものだよお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんオニイチャン。
 



―――――――――――――――――

 書いている自分でもこの作品のジャンルが良くわからない。



[29437] フラグメント・フラグ
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bb06a834
Date: 2011/10/08 18:57
『……あんたの話は、さっぱり解らん』
『まぁ未だ時期尚早と言うことさ。解らなくてもいい。どうせ、起きたら忘れる。これ以上は、何か切っ掛けが必要みたいだ』
『……切っ掛け?』
『そう、切っ掛け。私と君の差異を少なくする切っ掛けさ』




 少年がふと目を覚ますと、教室が妙にざわついているのに気付いた。
 何故か異様に思考が霞掛かっている頭を振って、少年は周囲に耳を傾けた。

「おいおい、湯久世がついに職員室から呼び出しを喰らったみたいだぞ」
「……まぁ今日なんか挑んできた不良をダース単位で吹っ飛ばしてたからな」
「あいつらも懲りないよな」
「負けられない戦いがそこにはある、とか言ってるらしいぜ」
「ねぇよ、そんなん。ってか負けてばっかりじゃん」
「そもそも戦いにすらなってないよね」
「……でも大丈夫かな。いや、湯久世さんじゃなくて、職員室が」
「大丈夫、じゃねぇだろ。ヤバイだろ」
「あれが二秒後の職員室の姿になるかもね」
「ところであの真っ二つの机、いつ片付けるのかしら?」

 詰まるところ、ただ今話題沸騰中の少女、ユリが教員に呼び出しを受けた、という事。
 その教員の命掛けのパフォーマンスを受けて、隣席の少年は。

(……ねみー)

 眠かった。
 正直言って、割とどうでも良かった。
 ユリが呼び出されようが、職員室が真っ二つになろうが、知ったことではなかった。
 そんなことよりも、頭がスッキリしないのだ。
 何か『夢』を見ていた様な気がしたが、その内容も思い出せない。
 解っていることは、ひたすら眠い、ということだけだ。
 よって、彼はまたしても机に突っ伏して、再び寝る体勢を取る。

 と、そこで。

「……」

 教室のドアが開き、一人の少女が中に入った。
 その少女、ユリは肩口まである黒髪を僅かに揺らし、若干悪い目つきを殊更に強調しながら、ぶすっとした顔で己の席に着いた。

 教室中が彼女に注目し、次いで隣に座る少年を見る。

(ああ、これは俺に聞けってことか)

 クラス全員がユリに何があったのか気になってはいたが、お世辞にも機嫌が良くない彼女に、誰が話しかけることが出来ようか。
 出来るとしたら、最早サッカー部で超絶エースになったヤナギか、最近ユリと話していることが多いサクラ、そして、隣席の少年のみ。
 だがそんなヤナギとサクラも、この様な不機嫌な少女に話しかけるのを躊躇っているようで、ただじっと少年を見ていた。

 そんな目線をひしひしと感じた少年は、一つ嘆息し、ユリに話しかける。

「……なんか、あったのか?」

(プリンス凄ぇえええええええええええ! 行きやがったあああああああ!)
(地雷原を裸足で駆け上がる所業……! プリンスさんマジパネェっす!)
(流石は王子……!)
(やるなプリンス……! あんな師匠に躊躇なく声を掛けるとは……!)
(正直、少し見直した……ま、タイプじゃないけど)

 クラスメートが小声でざわめいている。
 そしてさり気に呟いたサクラの言葉に、ほんのちょっぴりショックを受けた。
 それはともかく、少年はそんなクラスの反応をどこか不思議そうに見ていた。

(……そんなおっかなびっくりになる必要があるかね)

 確かにユリはとんでもない人智を超えた身体能力を発揮するし、意味不明な『恐怖』を撒き散らすことも出来る。あと、何故か異様におっぱいに執着している。
 だけど、それでも少年は、最早そこまでユリのことを恐れてはいなかった。
 狂気に満たされているのではなく、ユリの事を嘗めている訳でもない。
 彼はあくまでもフラットな心境でその場に居た。

 ――だって、彼女はこんなに魅力的で、美しい漆黒の輝きを放って――――

(……ん?)

 何か奇妙なノイズが少年の頭を過ぎる。
 が、それを彼がきちんと認識するよりも早く、ユリが不機嫌なままで、しかし少し弱気な顔にもなり、口を開く。

「……しゅ、……った」
「あ?」


「補習喰らった、って言ったの!」


 その瞬間、ユリの体からちょびっとだけ、黒い靄が噴出した。それは刹那の『天鎧』だったが、その出力は70パーセント。教室中に、得体の知れない恐怖が蔓延った。
 本人と、とある三人を除くクラス全員が、見事に腰を抜かした。



 
―――――――――――――――




 中学三年・とあるクラス
 種族:人間
 レベルアベレージ:5→7
 備考:ただし、レベル10以上の者はこれに含まれない。



―――――――――――――――


「……あ、ちょっと漏れちゃった」
「はーい、皆ー。今のは湯久世のマジックだそうだー。だから落ち着いてー。死にはしないから」

 ガクガクと震えるクラスメートを見て、少年は、なんだか妙にこなれてしまったな、と思った。





「……んで、なに、補習? お前、補習受けんの? またなんで」

 腰を抜かしていた生徒たちがなんとか持ち直すのを横目で見ながら、少年はユリに問うた。 
 少年の記憶では、この少女は勉学においてはそれなりの優等生だったのでは、と思ったが、不登校から復帰した最近の彼女のうんうん唸っている様子を見ていれば、それも仕方ないか、と思い直した。

「……補習って言うか、正確に言えば課題のプリントをやれって。……今日返された数学の小テスト、私、ボロクソだっから……」
「ああ、あの50点満点のか。何点だったんだ?」
「2点」
「OH……」

 あまりにもあんまりな点数に、思わずアメリカナイズな返しをしてしまう少年。
 それは確かに呼び出されるぐらいはあった。

 ユリが深刻な顔をして、言う。

「今ちょっとプリントを見たけど、さっぱり解らない……明日までやらないと行けないのに……誰か、誰か手伝って!」

 その切羽詰った少女の様子に、クラスメート達が顔を見合わせた。
 最近いやに連携が取れているこのクラスだったが、先ほどの謎の『黒』を見て、及び腰になってしまっていた。加え、件の小テストは中々に難しく、その補習的な役割を持つプリントを、ユリが満足できるような内容で教えられる自信がなかったからだ。しかし断りでもしたら……一歩間違えたら、教室の端にあるオブジェと化してしまう、と彼らは考えていた。真偽はどうあれ、彼らは本気でそう思っていた。

 クラスの一人が、言う。

「……確か、あのテスト、二人だけ満点が居る、とか言ってたな」
「ああ、言ってた! ってことは……」
「その二人が教えればいい、ってことね?」
「誰だあああああああ! 出て来おおおおおおおい!」
「まぁぶっちゃけ一人は確定しているけどな」
「え!? だれ!?」

 ユリがそう言うと、クラスの視線が一斉に一人の少女に集まった。
 そこには、白々しい顔で茶髪の少女、サクラが口笛を吹いていた。
 その思わぬ人物に、ユリは目を見開く。

「え……さっちん……?」
「な、なんのことかな……?」
「惚けるなよ『学年一位』」
「ネタは上がってんだよ」
「お前が満点取れなきゃ、誰が取れるんだ」
「違うと言うのなら、テストを見せなさいよ」
「……いやー、テスト、どこにやったかなー」
「ならば! ここだぁ! ブラックぅうう! 机漁りぃいいいい!」
「出たー! ヤナギの意味不明な必殺技だー!」
「だが凄いぞ! マジでテストを取りやがった!」
「ちょ、ちょっ、待って……!」
「どうぞ、師匠!」

 ヤナギが恭しくサクラのテストをユリに渡すと、それを見た彼女はわなわなと体を振るわせた。
 もちろん、そのテストの右上には『50点』と輝かしく表記されていた。
 ポツリ、と少女が言う。

「……ズルイ」
「……な、なにが?」
「さっちん、ズルイよ! おっぱいがデカくて頭も良くておっぱいがデカいなんて! ずるいずるいズルイ!」
「……確かに、さっちんは隙とかないよな」
「そう言えば、さっちん、運動も出来るしな」
「さっちん、美人だしな」
「もう解ったから……勘弁するから……さっちんは止めて……」

 弱弱しい声でそう懇願するさっちんであった。





「じゃあ一人はさっちんとして、もう一人は?」

 サクラの胸を鷲掴みながら、ユリが言う。
 この様な状況になってしまったのは、ユリが『私にはおっぱいを揉む権利がある』と意味不明な主張をし、クラスが満場一致で可決したからだ。生徒たちも、才能溢れる少女に嫉妬を隠せなかったのである。サクラは数の暴力と、今胸をむにむにと揉んでいる少女の純粋な圧力に屈服せざるを得なかった。
 
 さて置き、今度はもう一人の満点者を探すために、再びクラスがざわめく。

「……もう一人は……誰だろうな」
「ってかあのテスト結構難しかったからな。本当にさっちん以外で居るのかね?」
「心当たりはないよね」
「でも、先生は確かに言ったわよね。満点が二人居る、って」

 むむむ、とクラス全員が唸った。
 正直、状況は頭打ちである。
 しかしそこで、ひらり、と彼らの前に例のテストが舞った。
 その右上にある数字は、50。満点である。
 そのテストを見た生徒達は、思わず瞠目してしまう。


「……隠しても仕方ないから言うけどさ」

 眠たげで、やる気のない声が響く。

「プリンス……? まさか……?」

 ユリがまた驚いたように目を瞠った。
  

「俺、満点だったわ。そう言えば」


 クラスが数瞬、静寂とそして驚愕に包まれた。
 思わずユリがサクラの胸から手を離した程、その驚きは大きかった。

 次いで、絶叫。




『空気読めプリンス!』




 まさしく魂の叫びだった。

「……なぜだ」
「いやいやいや、ねーよ、お前だけはねーよ!」
「そう言うキャラじゃねーだろお前!」
「そ、そもそもプリンス君、授業中寝てばっかりじゃん!」
「……数学は、割と得意だし」
「なんだよそれえええええええ!」
「あのテストを、授業中爆睡して満点取るとか……」
「しかも、そう言えば、と言ったってことは、本人は本気で覚えてなかったようね」
「うっわ。ひくわー。私ならあのテストで満点取ったら自慢するわよ」
「ま、でもこれで決まりだな。湯久世に数学を教えるのは、さっちんとプリンスな訳だ」
「はぁ……マジなのね」

 クラス中がほっとした雰囲気になり、サクラも不承不承ながらもそれを受け入れた。
 しかし。

「あ。俺、今日無理」
 
 少年が、またもや爆弾を投下してくれやがった。
 再び、火がつく教室。

「だからプリンスお前空気読めえええええええええええ!」
「理由を説明しろ理由をおおおおおおお!」
「いや、今日、すぐ帰って家の手伝いをしなきゃ行けないんだよ」
「え?」

 その少年の真っ当な事情に、クラスメート達が困惑をした。
 彼らは『どうせ眠いとか言うんだろ』などと思っていたからだ。

「あ、そうか。お前んち、ラーメン屋だったな」
「そう言うことだ」

 少年と友人のヤナギがフォローする様にそう言った。
 確かに、その様な家庭の事情では、あるいは致し方ない。
 問題は、ユリがどういう反応を見せるかである。
 クラスが彼女の動きを見ようと視線を移したが、先ほどまでサクラの近くに居たユリはもうそこにはいなかった。

「……プリンス」

 少年を含むクラスメートがその声に息をのんだ。
 何時の間にか、ユリが少年の目の前に居たからだ。
 彼女は自分より背が高い少年を見上げた。

「……家の手伝い、するの?」

 ユリの声は、感情が見えなかった。
 少なくとも、少年は彼女がどう言う風に考えているか全く解らなかった。
 だけれども、自分を見る真っ直ぐな黒い瞳に、何か良く解らない情念が彼の心を奔った。
 多少声を詰まらせながらも、少年ははっきりと言う。

「あ、ああ。そうだ。だから、今日は無理だ」
「そっか……」


 少年が言った途端、ユリは優しげな声色になり、そして笑った。


「にひひひひ。それじゃあ仕方ないね! 手伝い、頑張ってね!」


 その、ユリの純粋な笑顔を間近で見て。
 心からそう思っている、綺麗な笑みを見て。


 ――ドクン。


 と、少年は不規則な胸の高まりを聞いた。


(あ、あれ……?)


 妙に心臓が高鳴る。だけどそれは不快なものではない。
 心なしか、顔も熱を帯びている様な気がする。
 無性に喉が渇いた。少女の顔を直視出来ない。どころか、声も出せない。
 だがしかし、そんな少年の想いは微塵も知らず、ユリはくるりと体を回転させサクラを見た。


「まぁさっちんが教えてくれれば、問題ないよね。さっちん、よろしくね!」
「……あ、そうだ。あたしも実は家の手伝いが……」
「…………」
「解ったわよ……だから無言であの机を指差すのは止めてよ……もう誰かあれ片付けろよ……」

 サクラの受難は、当たり前の様にまだまだ続くようだ。




(なんか、勿体無いこと、しちまったかな……)

 ふと、少年がそう思う。
 が、瞬時に大きく頭を振った。
 勿体無い、なんてことは欠片もない。
 家の手伝いをしければいけないのは本当のことであるし、そもそもユリに勉強を教えて彼に来るメリットはまるでない。

 それは解っていた。
 解っていたが。


(なんでだ……?)

 彼女のあの優しい笑みが、脳裏に焼きついて離れなかった。
 未だに高鳴る鼓動。
 熱い頬。
 そして。



『ふふふふふ。相変わらず、彼女は美しいな……』



 何処からかそんな声が聞こえた、様な気がした。



―――――――――――――――


 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:12→16
 通称:『プリンス』
 備考:並列魂融合率10%。レベル+4



―――――――――――――――

 1.ちょいちょい「サクラとモエの名前を間違える病」が発動しているな……
 と言う訳で修正。ご指摘感謝します。

 2.「サクラとモエの名前を間違える病」が進行中。
 指摘された箇所とあわせて3つ、修正しました。
 今回モエは出てこないのに。なぜだ。
 ご指摘、感謝します。



[29437] こんな騎士は嫌だ
Name: ななごー◆3aacea22 ID:757bdab3
Date: 2011/10/15 01:42

「大体さ、数学なんて、それを使わない人間にとっては全くの無益だよね。いや、存在自体が無駄とか、そう言う意味じゃなくて、必要な人が必要な分だけ学べばいいんじゃないか、と私は思うんだよ」
「いいから手を動かせ」
「はい」
「あ、そこ間違ってる」
「はい……」

 夕暮れ時の教室に、二人の少女がいた。
 一人は机に向かいペンを握ってカリカリとプリントに数式を書き込んでおり、もう一人は面倒くさそうに椅子に座ってそんな少女の様子を見ていた。

 ユリとサクラ。
 
 ユリは数学の小テストがあまりにもボロクソだった為、こうして課題のプリントに勤しんでおり、サクラはそんなユリを手伝う為、(無理矢理)彼女たち以外誰もいない放課後の教室に残っていた。

 とは言っても。

 ユリは元々勉学においては優秀な部類であり、現状の惨状は、あくまで彼女に一年以上のブランクがあるからに過ぎない。つまるところ、「忘れているだけ」なのだ。
 事実、基本的な部分をサクラが教えただけで、比較的スラスラとユリは課題を進めて行くことが出来ていた。
 後のサクラの仕事は、思春期に陥りすい『勉強する意義』を考えようとする現象を止めることと、ケアレスミスを指摘するぐらいである。
 なので、正直な話、サクラが帰ったところで何も問題はない。
 だけど、サクラはそこにいた。椅子に座って、ぼんやりとユリを見ていた。

 何故、自分はここに残っているのだろうか、とサクラは思う。

 それは、ユリが怖いから、と言う訳ではなかった。
 この少女から全く恐怖を感じない、と言ったら嘘になるし、得体の知れない、ちょこちょこゲスで傲慢な振る舞いを見せる彼女に、多少なりとも嫌悪感を感じている。

 だけど。

「……あんた、さ」
「なに?」
「……いや、なんでもない」

 サクラは何かを問いかけようとして、しかし止めた。
 そっぱを向いて、頬杖を付きながら外を眺めるサクラ。
 ユリはそんなサクラに疑問符を上げるが、やがてはまた課題に取り組み始めた。



 目の前の少女は、『今』も『昔』も決してサクラの友達ではない。
 以前のユリを、正直サクラは覚えていない。
 流石に存在は知っていたが、それだけだ。
 どんな性格で、どんな喋り方で、どんな人間か、全く知らなかった。
 それくらい、以前のユリは儚く、薄い少女だった。

 だけど、今の少女は。

 『レベル』と言う、サクラは理解不能な概念を、しかし『視る』ことが出来る。
 周囲の人々は、5や6。自分は、強制的に限界を超えてしまい、15。
 15でさえも、サクラは絶対な力を得た気がしていた。
 コンクリートさえも砕けえる、この世界においては圧倒的な身体能力。
 だが、目の前の必死にペンを走らせている少女は。

 ――285。

 格が違う。次元が違う。
 全世界最高のそのレベルは、そしてその恐ろしさは、通常、そんな概念のないこの世界で、『視る』ことが出来るサクラこそが一番理解できていると言ってもいいだろう。

 だが。

 その絶対的な筈の存在は、時には笑って、時には不機嫌になり、課題のプリントを渡されたりしている。
 手に持つ全能なる力とは程遠い、その余りにも普通な行動にサクラは違和感を覚えた。

 そして、サクラは気づいた。
 眠たげにしていた少年を、ユリは『家の手伝いがあるなら』と言う理由で見逃した。
 あのユリが。
 レベル285の少女が。
 普通に人を気遣ったのだ。


 もしかしたら、それはただの気まぐれだったのかもしれない。
 だけど、何故だかサクラは、己が本気で嫌がったら、多分この少女は同じように見逃したのではないのか、と思うのだ。

 根拠も理由もないただの直感だが、それでもなんとなく、サクラはそう思った。
 そして、その『なんとなく』が、放課後をこうして少女と共に過ごす、と言う結論に至らせたのだ。

 なんとなく。
 はっきりしない、あやふやで不透明な感情。
 だけど、サクラは悪い気はしなかった。それを、サクラは受け入れていた。


 その理由は、やはり誰にも解からない。



「我が勝利、夜と共に!」
「……終わったんなら終わったと言え」
「いいの! キメ台詞なんだから!」
「そしてまだ夕方よ」
「いいの! キメ台詞なんだから!」
「あと、イタイ」

 いいんだよ、キメ台詞なんだから。




「あー、ちょっと遅くなっちゃったねー。もう他の生徒もいないや」
「そーね」
「あ、今の、ちょっとモエさんに似てた」

 太陽が沈み、薄暗くなる廊下にサクラとユリはいた。
 課題であるプリントは先ほど教員に提出していて、あとは帰るだけである。
 二人は歩調を合わせて、他愛のない会話をしながらその歩を進めていた。

「そういや、姉さんとあんた、どっちが強いの? やっぱあんた?」
「いやいや、確かにレベルは私の方が高いけど、万が一モエさんと私が戦ったら、モエさんが勝つんじゃない? あのスピードは捉えきれないよ。残像を利用した分身とか出来るし」
「すごっ」
「まぁ私も出来るんだけど」
「出来んのかいっ! ……ってあれ?」
「さっちん、それ、残像」
「ここで!?」

 ――ユリが急にぼやけて二人になったり、色々とおかしい会話だった。
 明らかに普通ではなかった。
 明らかに異常としか言えないものだった。
 だが、それでも二人は並んでいた。
 並んで、歩いていた。

「いやー、憧れるよねー。かっこいいよねー。戦闘中、相手の攻撃が当たるその瞬間っ! 『それは残像だっ!』とか」
「そんな無駄にキリッとした顔で言うんじゃないわよ……」
「ここだとそんなにカッコいい台詞を言う機会はないんだよねー」
「カッコ、いい……?」
「カッコいいの!」

 レベル、性格、価値観、何もかもぶっ壊れているユリと、だけどサクラは普通に、ごく普通に話していた。

 ふと、サクラは思う。思ってしまう。
 
 もしかしたら、本当は、自分もとっくに壊れていて。
 とてもマトモなんかじゃない、そんな存在なのかもしれない。
 だって、この狂気の塊の少女と過ごす時間に、悪い気はしていないのだから。

 だけどやっぱり、そんな思いでさえも、サクラは悪いとは微塵も感じなかった。


 と、そこで。


「……あれ」

 とユリが呟いた。
 その歩みを止め、薄暗い道を凝視する。

「どうしたの?」
「あそこに、誰かいる……?」

 とユリが廊下の奥を指差す。
 丁度曲がり角になっているそこは、しかし誰の姿も見えない。

「いないじゃん」
「いや……いるよ。その角の先に」

 とそこまでユリが言ったとき。





「どう思う?」




 低い声が彼女たちの耳に届いた。
 同時に、ゆらり、と奥の角から一人の男が彼女達に姿を見せる。



「君たちは、どう思う?」


 年は20代の前半だろうか。
 スラッとした体型で、高身長。
 廊下に低い声が響く。

 その姿を見て、サクラとユリは絶句していた。
 何故なら――――



「パンティについて、君たちはどう思う?」


 その男は、女物の下着を頭にかぶっていたのだから。
 下着の間から漏れ見えている瞳をカッと見開いて、男が語る。


「パンティと言う言葉は、今時あまり使われない。日本でも1990年代の前半頃までは普通にパンティと呼称されていたが、下着業界が販売戦略のためショーツという言葉を普及させてしまい、近年は特に若年層の女性の会話などにおいてはショーツまたはパンツという呼称が一般的になっているが、口語においてパンティという語が使用されることは比較的少ない。恐らくだが、パンティと言うのはどこか下品さを感じさせてしまうのだろうな。だが、俺はあえてパンティと呼んでいる。何故なら、パンティはパンティであってパンティ以外の何物でもないからだ。パンティがパンティである限り、俺はパンティをパンティと呼び続ける。だから俺はパンティを頭にかぶるのだ。それがパンティであるが故に。そして神が。パンティの神が俺に囁くのだ。『全てのパンティを愛せよ』、と。だから俺はここに居るのだ。元々本来のスゥトゥルァイクゾォーンヌから言うと、この様な場に居るのは俺にとって不本意なものである。だがしかし、神が言うのなら仕方ない。いや、むしろこれは試練なのだ。神が俺の、俺のパンティへの揺ぎ無い愛を試しているのだ。ならば、愛そうじゃないか。OLのパンティだろうが、染みが付いたパンティだろうが、しわくちゃの婆さんのパンティだろうが、――――女子中学生のパンティだろうが」

 ――ゾクッ、と。
 サクラは怖気を感じた。ユリの天鎧とはまた違う、嫌悪感を伴う怖気だった。
 不快な汗が、背筋に垂れるのを感じる。
 男は笑っていた。狂気に満ち溢れた眼で、ユリとサクラを見ていた。

「ふはははははは! 何という全能感! 己にある衝動に身を任せるのが、こんなにも心地よいものだったとは! ならばこそ! 女子生徒よ! 穿いているパンティを渡すのだ! それが、俺を更なる高みへと誘うだろう!」

 サクラは男が何を言っているか解らなかったし、また解りたくもなかった。
 ただ、この男が狂っている、と言うことは解った。
 そして、もう一つ。
 解ったところでどうしようもないことがこの世にはある、と言うことが解った。

 男は鼻息を荒くし、両腕を前にだし、手を開閉し、叫ぶ。

「パンティぱんてぃパンティパンティぃいいいいいいいいいい! パンティが俺の全てを! 俺の存在をおおお! 上に上に上にぃ、どこまでも! 高く高く引き上げるのだぁ! よってぇ! パンティを! 寄越せえええええええええええええええええ!」

 そう言って、男はサクラに向かって走り出した。
 その尋常ではないスピード、そして言動に、サクラは。

「く、来るなっ!」
 
 向かってくる男に右脚を振りぬいた。全力で。
 刹那、しまった、とサクラは思った。
 今の自分の力で、人間を全力で蹴ってしまったら。
 考える迄もなかった。
 しかし、もう脚は止められなかった。
 恐ろしいほどの速度を持って放たれたそれは、突っ込んでくる男の顔面に直撃しようとしていた。

 しかし、

「ぐっ……!」
「……え?」

 サクラは呆けた声を出した。
 常人ならば首がねじ切れても仕方のない程の威力の蹴りを、男は驚異的な反応を見せ、腕で防いだのだから。
 多少苦悶の色を見せたが、男の腕には何の異常もない。
 男は即座にサクラから距離を取り、腕を二、三、ふるふると振った。

「な、中々良い蹴りだ。……少し肝を冷やしたぞ」
(っ! こ、こいつ!)

 男のその様子を見て、サクラは直ちに男を『視た』。
 この世界において規格外である自分の蹴りを、ほぼノーダメージで防いだ男のレベルを確かめるためである。
 通常ならば、この世界の住人は5か6。
 幾人か例外が居るが、それは言わば『この世界のものではない何か』に関わったからだ。
 しかし、何の接点のない筈のこの男は。

(れ、レベル16!?)

 おかしい、とサクラは思ったが、事態はそれどころではない。
 何故この男が通常のレベルより10以上高いのかは気になったが、そんなことを考えている場合ではない。
 今確かなことは、この男は狂っていて、自分よりレベルが高く、そしてパンティを狙っている、と言う事だ。

(そうだっ! レベルと言うならっ!)

 サクラは今まで何も動きがない、隣に居る少女を見た。
 湯久世由里。規格外中の規格外、レベル285。
 この少女なら、たかが16の変態ごとき、容易く蹴散らすであろう。
 そう、サクラは期待を寄せたが、当のユリは。

「さ、さっちん、この人、へ、変態だよぉ……」

 ドン引きした顔をして、ビクビクと体を震わせていた。

「は?」

 サクラは、その、少女としては相応しいが、この少女にはとても相応しくない怯えた様子に、口をポカンと空けてしまった。

「おいコラ」
「な、なに?」
「なんであんたビビッてんの?」

 サクラが柄悪くそう尋ねると、ユリは両腕で自分を抱きしめるようにし、言う。

「だ、だって! 変態だよ、この人! ううう、気持ち悪い……」

 そこでサクラはユリの胸倉を掴んだ。
 もう限界だった。
 突然の出来事にユリは目を白黒させていたが、そんなこと、サクラにとってはどうでも良かった。どころか、この瞬間、あの変態の存在すらどうでも良かった。そんなことより、少女に一言物申したかったのだから。

「あんたが言うなああああああああああああああ!」
「えええええ!?」

 何故か事態の不可解さを理解していないユリに、サクラが更に声を荒げる。

「あんたが、あんたがそれ言う!? 人の胸揉みまくるあんたが!」
「わ、私はここまでじゃないもん! 大きいおっぱいが好きなだけだもん! こんなのと、い、一緒にしないでよっ!」
「え、ええええ……」

 どっちがより変態か、と言うと確かにあの男の方に軍配が上がるのかもしれないが、自分の胸に執着しまくるこの少女が、自分以上にあの変態に怯えている理由が、サクラには解らなかった。

 これはサクラの知らないことだが。
 ユリは、今まで様々なトチ狂った奴らと接触して来た。
 しかし、その中で、ここまで性的に狂ってる奴らは彼女は見たことがなかったのだ。
 近づくやつらは、異様にテンションが高かったり、異常に戦闘狂だったりで、少なくとも表向きには、彼女は性的な目線を向けられなかったのである。
 詰まる所、慣れてないのだ。ここまでの変態に。
 それに関しては、かつての臆病な彼女が顔を出してしまうのだ。

「……美しい」

 ぽつり、と声がした。
 サクラがユリの胸倉を離し、二人がその声がした方向を見ると、黙っていた変態が、恍惚とした表情で(顔半分は下着で隠れていたが、瞳が明らかにイッちゃっていた)、ユリを見ていた。

「美しい美しい美しいいいいいいいいいい! 何ですか貴女は! 女神ですか! おパンティ見せてください! むしろおパンティ下さい!」
「ひっ……!」

 近づく変態。離れる少女。
 その中で、サクラは冷静だった。
 「お」を付ければ丁寧になるもんじゃない、と言いたかったが、そんなことより。
 この男は変態で、ユリは何故か怯えている。
 だが、ユリは世界最高レベルなのだ。
 この男がユリにどうこう出来る所以など有りはしない。
 だから、サクラは言う。

「……蹴散らしなさい! あんたなら出来る!」

 それを聞いたユリは、ハッとした顔になり、怯えていた表情を引っ込めた。
 手を腹部に沿え、サクラに返す。


「わ、解ったよ、さっちん! でも直接触りたくないから……」


 そしてユリは腹部に手を入れた。


「夜に染めろっ、ニュクス!」


 ずにゅ、と言う歪な音を立てて少女の腹部から取り出されたのは、一振りの剣。
 存在する何物よりも黒い、両刃の剣、ニュクスである。


「お、おおお!?」
「こ、これが……」

 男は少女の腹部から引き抜かれた漆黒の剣に驚き、サクラは話には聞いていた、ユリの持つ神器、ニュクスが放つ威圧感にわずかに声を震わせた。

 ニュクスを両手持ちし、ユリが言う。

「ニュクス、ヒュプノスの準備を! 軽く2、3年くらい眠らせて……!」
『だが』『ことわる』
「……へ?」

 ユリが呆けた声を出した。
 出会ってからずっと自分と共に戦ってきた愛剣に、突然裏切られたのだから。
 困惑するユリを他所に、ニュクスはカタカタと、少女にしか聞こえない声で言う。嬉しそうに。狂気を込めて。

『……みつけた』
『いる』『もの』『なの』『だな』
『やはり』『この』『せかい』『は』『いい』

「ニュ、ニュクス!? 何を言って……!」

 ユリが戸惑った声を出すと、ニュクスは未だ嬉しそうにカタカタと揺れた。

『めんどう』『だ』
『せつめい』『して』『やる』
『こい』

 途端、ユリの思考は黒に塗りつぶされた。



―――――――――――――――


「こ、ここは……?」

 ユリが辺りを見渡すと、そこはひたすらに黒いだけの空間だった。周りには、誰もいなかった。
 学校の廊下から、突如移動したその現象は、だけどユリには覚えがあった。
 一年以上前、ユリがニュクスと契約した際に訪れたここは――――

「ニュクスの、中……?」
『……最弱の世界。キロウのやつらはそう呼んでいるが』

 ユリがそう言った途端、どこからか声が聞こえて来た。
 いつもの様に途切れ途切れのものではなく、しっかりと言ったそれは正しくニュクスのものだった。

『とんだ見当違いだ。ここは「可能性の世界」と言うのが相応しい。今持つ力こそ矮小なものかも知れないが、その内に秘める才能はキロウの比ではない』

 声が響く。
 だが、姿は見えない。
 黒い空間に、ニュクスの朗々とした言葉がただ宙に舞う。

『まさか、お前以外に「マッドネスレセプション」を持っていたやつが居るとは、な。そして、「餌」を撒いたとは言え、こんなに早く会えるとは。ふふふふ、私は運がいい』
「マッドネス、レセプション……? っ! ニュクス、もしかして、あいつを!」

 それには聞き覚えがあった。
 かつて、『夜』になる前に自分が持っていたと言うスキルだ。
 そして、それを感じ取ったニュクスが、自身のそれを『夜』に引き上げたのだ。

 ――と言う事は。


『夜を迎える為に必要なのは、強さや覚悟なんてちゃちなものじゃない。狂気を取り入れ、呑み込み自分のものにする壊れた感性だ。かつてのお前の様にな』
「や、やっぱり……!」

 ニュクスが今から何をするか気付いたユリは、声を震わせた。 
 満足したように、とても嬉しそうに、ニュクスが言う。

『ああ、そうだ』





『あいつを夜騎士にする』



―――――――――――――――




「駄目ぇ!」

 ユリがそう叫んだとき、意識は元の廊下に戻っていた。
 時間の経過はしておらず、突然叫んだユリにサクラと男は目を丸くした。

 ユリの悲痛な叫びは華麗にスルーし、カタカタと、ニュクスは揺れる。

『もう』『おそい』

 瞬間、ニュクスの切っ先から黒い光が放たれる。
 音もなく放たれたそれは、寸分違わず男の眉間に吸い込まれた。



 ――ブラック・クラック・コントラクト。



「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああ!」

 男が絶叫した。音が廊下に反響し、ビリビリと窓ガラスが揺れる。
 そして、男から黒い靄の様なものが噴出した。
 放たれた得体の知れない黒は、しかしサクラはその正体が何か理解できた。

「こ、これ、もしかして……!」

 それは、天鎧。
 『レベル50以上』の者しか纏えない、魂の鎧。
 その意味をサクラが認識する前に、男が哂った。


「あ、ああああははははははははははははははー! 何だこれは、何だこれはああああ! 滾る、力が、滾るぞぉおおおおおおおおおお!」


 男は両手を広げ、高らかに笑った。
 先ほども全能感に満ちていたが、それが矮小に思える程、圧倒的に高まった自分。
 言いようのない異様な高揚感に男が感じ入っていると、何処からか声が聞こえてきた。

『ふむ』『せいこう』『だな』
「こ、この声は……! あなたは、一体!?」

 ニュクスの声に、男は反応した。
 剣が喋る、と言った現象に男は何の疑問も持たなかった。
 それがまるで当たり前のことのように男は捉えていた。

 満足げにニュクスが揺れる。

『わたし』『は』『かみ』『だ』
『おまえ』『に』『とって』『の』『な』
『わたし』『の』『いちぶ』『、』『もうけん』『あーてー』『を』『やった』
『せいぜい』『わたし』『を』『たのしま』『せる』『が』『よい』

「おおおおおお……!」

 男は感嘆の呻きを上げた。
 まるで、己はこの為に存在していたのだ、とでも言う様に。

『これ』『から』『は』
『こう』『なのれ』
『よるきし』『ぱんてぃ』『と』『!』

「夜騎士、パンティ……!」


―――――――――――――――



 夜騎士・パンティ
 種族:変態
 性別:男
 年齢:21
 レベル16→66
 武器:妄剣『アーテー』
 通称:『変態』
 備考:夜騎士が壱の剣。ニュクスの加護を受け、妄剣『アーテー』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。変態。



―――――――――――――――



「…………終わった。ははは……」

 ユリがペタン、と床に尻を着いた。
 カランと音を立ててニュクスが手から離れたが、ユリはただ虚ろな表情で視線を彷徨わせていた。
 サクラはその様子に何も言えなかった。
 と言うか、状況が理解できなかった。彼女にニュクスの声は聞こえないのだ。

 男、――パンティが言う。

「我が神よ! 俺は、どうすればいいのですか!?」

『いま』『は』『そのまま』『で』『いい』
『きょうき』『に』『み』『を』『まかせ』『て』『いろ』
『なにか』『あった』『ら』『よぶ』

「有難き幸せ……!」

 そう言うと、パンティは廊下の窓ガラスを開け、縁に足をかけた。

「では、我が神と我が女神よ! 何れまた!」

『うむ』
『ぞんぶん』『に』『くるえ』

「ふぅーははははははははははー!」

 そういい残し、無駄にドップラー効果を発現させながら、パンティは窓から飛び出し、やがては見えなくなっていった。


「なにこれ……」

 今までに起きた全ての現象に関するサクラの感想がそれだった。
 訳が解らなかった。

「ふふ、ふふふふふふふふ……」

 そこで、妙に哀愁漂う笑い声がサクラの耳に届いた。
 その方向を見ると、もう姿も見たくないと言わんばかりにニュクスを素早く腹部に戻し、そして未だ放心状態で居るユリの姿があった。

 蚊が鳴くようなか細い声でユリが言う。

「夜騎士って言うのはね、さっちん……」

 夜騎士。それは、先ほど男が言った言葉だ。
 ――夜騎士、パンティ。
 あの男は、どうやらそう言うらしい。 

 最早泣き出しそうな顔で、ユリが言葉を紡いだ。

「私の部下、と言うより一部みたいなものなんだよ。私を、夜を守る為の、騎士。……だから、私の感覚とかが、あいつと繋がっちゃうんだ。いざと言うとき、私を守れる様に」
「そ、それは……」

 またも、サクラは何にも言えなかった。
 こう言う時、なんて言えばいいのか彼女は解らなかった。

「……嫌だよぅ、あいつが、……モエさんやダイキさんじゃなくて、あいつが私と一番近いなんて、嫌だよぉ……!」

 震える声。震える体。
 それを見たサクラに、何か説明できない感情が生まれた。
 同情だろうか。憐憫だろうか。
 その理由は、彼女には解らなかった。
 解らなかったが。

 ぽん、とサクラはユリの肩に手を置いた。
 思っていた以上に細いそれに、サクラは少し驚きながらも、言う。

「……あたし、お腹減ったな」
「さっちん……?」
「ハンバーガー、奢ってあげる。……いこ?」
「さっちん……!」

 理由なんて考えるのを止めた。
 人に優しくするのに、理由なんて要らないのだ。




[29437] 芽生え/蛙の子は
Name: ななごー◆89bbfe9a ID:757bdab3
Date: 2011/10/16 17:07
「ふんふーん」
「……少し、機嫌、良くなった?」
「お蔭様で! ありがとね、さっちん!」
「……どーいたしまして」

 暗くなった道を、二人の少女が歩いていた。
 黒髪の少女、ユリは先ほどまでの落ち込み具合が嘘の様に、鼻歌交じりで足取りも軽い。
 隣を歩く茶髪の少女、サクラはそんな少女が元気でいる様子に、だけど不可解な顔を見せた。

「ねぇ、ホントに大丈夫なの?」

 と、サクラは不安げにユリに訊ねた。
 元々、サクラがユリとこうして夜の道を歩いているのは、変態に己の感覚を知られてしまう、とまるで地の底に居るがごとく落ち込んでしまったユリを、どう言うわけか不憫に思ってしまい、何か奢ってあげよう、と二人でファーストフード店に赴いたのだ。

 だが、ユリがこうして元気になったのは、先ほど奢ってあげたハンバーガーの所為では、ない。
 それに、サクラは関与していない。言ってしまえば、『ユリの気が済んだ』、と言うところだろうか。

「大丈夫、って。どっち? ……あの変態のこと? それとも、ニュクスが『ああなった』こと?」

 サクラの質問にそう返すユリ。
 未だ『変態』と言うときに僅かに棘が見えるが、それでも彼女は立ち直したようだ。元々尋常ではない精神的タフネスさを兼ね備えている、と言うのもあるし、元凶にたっぷり灸を添えてやった、と言うのもある。

 つまり。

「……ニュクス、って剣のこと。……粉々じゃん」

 ブチ切れたユリが、己の半身である夜剣『ニュクス』を完膚なきまでに破壊したのである。
 
 ホントに大丈夫なのか、と問いかけるサクラに、ユリは涼しげな顔をして。

「問題ないよ。私の中に居れば直るし。まぁ当分『許可』しないけど。それにニュクスの一部分さえあれば、力は使えるし、そもそもなくたって、私は大抵の奴には負けない」
「……ニュクスは今どうしているの?」
「私の中で『ごめんなさい』を連呼しながらべそかいているよ。ざまぁ」
「うわぁ……」

 ドSチックな黒い笑みを浮かべるユリに、サクラは思わずヒいてしまった。
 誰もいない公園で、少女がカタカタと揺れる剣をボッコボコにしたあの様子は、鬼神もかくや、と言ったもので、この子は本当は魔王なんじゃないか、とサクラは思ったものだ。姉と本人いわく、『勇者』らしいが。絶対嘘だ。

 さて置き、サクラは改めて、この少女の規格外さを知った。

 ユリは先ず腹部からニュクスを取り出し、間髪に入れずに真っ二つに折った。
 バキン、と言うどこか悲しげな音が響く中、一瞬で天鎧を展開するユリ。
 サクラに確証は持てなかったが、恐らく出力は100パーセントであろう、と当たりを付けた。それを見たサクラは多少慣れていた筈なのに腰を抜かしてしまったし、先ほどなんとなく鏡で己を『視た』ら、レベルが上がっていたし。
 つまり、ユリはそこまで本気だったのだ。
 その後、ユリはニュクスを四つ折にし、それでも怯えた様にカタカタと揺れるニュクスに顔を近づけ、

『ん? 『ゆる』『して』? じゃあ、あの変態とのリンクを切れ。『むり』? そうだよね、そう言う剣だよね、ニュクスはさぁ! オラァ!』

 サクラは剣の八つ折を始めて見た。

『この愉快犯がぁ! チョーシぶっこいてんじゃねーぇぞ! ……ふふふ、塵ぐらいは、残してあ・げ・る』

 そう言って、ユリは八つに分かれたニュクスを天高く放り上げ、手を翳した。
 彼女の小さな手に、天鎧ではない、おぞましい程に黒い光が収束した。

『砕け散れ! ブラックぅ、ナイトッ!』

 瞬間、闇の中でさえも煌く『黒』が、宙に狂い舞った。
 そしてマジでニュクスは砕け散った。悪は滅んだのだ。

 サクラが後にファーストフード店で聞いたのだが、あの黒い砲撃はファンタジーによくある魔法などではないらしい。
 本人曰く、魔法は使えない、あれは夜と言う概念を圧縮した物理砲撃である、とのこと。本来ならニュクスを介して撃つのが基本だが、別になくても撃てるらしい。手からビームまで出せる少女に、サクラはもう何度目か分からない戦慄を覚えた。
 そして、それが魔法とどう違うか聞きたかったが、やめた。もはやサクラの理解の範疇を超えていたから。あるいは、それは出会ってから、ずっと。

 そして、もう原型が無いほど粉々になったニュクスを嬉々とした顔で回収し、二人でハンバーガーを食べて、今に至る、と言う訳だ。

「……ごめんね」

 と、ユリの言葉が聞こえ、サクラはハッとしたが、刹那、脳がフリーズした。
 
 ――今こいつはなんと言った? ごめん? こいつが? こいつが、謝った? 私に?

 困惑するサクラを他所に、ユリは上機嫌だった表情を少し曇らし、顔を俯かせる。

「ごめんね、さっちん。変なことに巻き込んじゃって。変態とか、ニュクスとか。そもそも、あの課題のプリントだって、さっちんが手伝う義務は……」

 そうどこか殊勝な顔で言うユリに、サクラは。

「てい」
「ふぇ!?」

 頬を掴んだ。相変わらず柔らかく、そしてひんやりとしている。
 驚くユリを軽く無視して、サクラはその至高の感触を堪能する。


 むにむに。

「ふへぇ!?」
「……今更よ。今更なのよ」
「………………ふぇ?」

 頬から手を離さず、サクラが言った。
 今更謝ったところで何だと言うのか、何もかも今更だ。
 謝ってほしくはなかった。ゲスで傲慢な彼女も嫌だったが、こうして落ち込んでいる少女を見るのも嫌だった。
 その己に芽生えた感情に、サクラは戸惑う。ともすれば、自分は狂ってしまったのではないか、とさえ思う。


 だが、そんなこと、どうでも良かった。

 認めるのは酷く癪だし、何故こうなったかは解からないが、サクラはこの少女と関わり合いを強く望んでしまっているのだから。

 頬から名残惜しそうに手を離し、サクラが言う。

「あんたはもっと、ゲスでいればいいのよ。有りのままのあんたでいればいい。あたしも、有りのままのあたしでいる」
「………………それは同意と言うことで」
「違うわよ、馬鹿」

 相変わらず都合良く解釈しようとするユリに、サクラが笑った。
 多分、その笑みは、彼女に出会ってからの、一番の改心の笑みだった。




 と、そこで。

「ぶひひひひ! め、メイドさんだお! ぼ、ぼぼぼぼ僕たちと、にゃんにゃんするお!」
『するお!』
「ひ、ひぃ、だ、誰か……!」

「あ、さっちん! あそこできょにゅーのメイドさんがシャツinした男の人たち30人前後に襲われているよ!」
「多すぎでしょ。どうなってんだこの街は。と言うかなんでメイドがここに」


「待て!」
「メイドさんに手を出すとは、この不届きものがっ!」
「貴様たちの様な不埒な輩!」
「排除してやるぞオラァ!」
「ファイブキラーズ、推参!」

「さっちん! 髪の色が目に悪い不良チックな人たち5人組が助けに入ったよ!」
「……普通逆じゃね? ってか、だからこの街はどうなって……」
「私たちも、行こ! そしてあのメイドさんとにゃんにゃんするのだ!」
「あんたは悪なのか正義なのか」


 と言いつつも、興奮した様子のユリと一緒に駆け出すサクラは、それでも笑っていた。
 狂っているだとか、おかしいだとか、そんなものは、どうでもいい。
 大切なのは、今ある刹那を楽しむこと。
 そうやって、一秒後の未来を、後悔しないように生きるのが、多分一番大事なのだ――――




―――――――――――――――


 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:15→20
 通称:『さっちん』
 備考:レベル+5。超特殊先天技能『レヴォリューション・エゴイスト』が限定解除。


―――――――――――――――




 夜、11時。

「はぁー……」

 それなりに大きい庭付きの一軒家の前で、一人の男が溜息を吐いた。
 その男は30代前半だろうか。パリッとノリが利いたスーツを着こなし、手には旅行鞄を持ち、端正な顔付をしているが、その目は細く、有体に言えば目付きが悪かった。
 だが目付きが悪いと言っても、彼はこの家の財産を狙う盗人などではない。
 その目の細さは生まれつきのものだし、そもそもここは彼の自宅なのだ。

 しかし、男は自宅の前だというのに、溜息を吐いて玄関の前を行ったり来たりの不審者状態である。
 そんな煮え切らない自分の行動にイラついた様に、男は右手を頭の上に乗せ、綺麗に纏められた髪をぐしゃっ、とかき乱した。

「ちっ、なんて言えばいいんだよっ……!」

 舌打ちし、唇を噛む男。
 無論、答えなんてないし、誰に言ったわけでもなかった。
 男にとって、自身が抱える問題は全部自分が引き起こしたものなのだから。

「……許してくれ、なんて言うのは、本当に糞ったれになっちまうよな」

 その整った顔に似合わない言葉遣いで吐き捨てた男の名は、湯久世海棠。
 彼は今、一ヶ月以上碌に連絡も取らなかった一人娘に何と言ったらいいのか必死で考えていた。


 男――、カイドウは商社マンだ。
 しかも、俗に言う企業戦士であり、つまりは多忙な人間だった。
 だから、一ヶ月以上の出張なんて当たり前だし、幸か不幸か彼は優秀な部類の人間だった。あるいは「天才」と呼んでもいいかもしれない。「商才」という点で言えば、であるが。

(俺は馬鹿だ)

 今更自嘲しても仕方ないと言うのに、それでも彼は己を罵倒せずにはいられなかった。

 なんせ、彼が生涯唯一愛した女性の忘れ形見である、己の娘をほったらかしにしてしまったのである。
 彼にとって、娘はもちろん大事だった。娘を産むと同時に死んでしまった妻には似ていない。むしろ、自分に似ていると彼は思う。主に目付きとか。あと胸部が妻とは段違いだった。

 それはともかく。
 カイドウは娘を大切に思っているし、愛している。
 だが、彼は多忙なサラリーマンで、娘は内気で臆病だった。
 そしてそれが、結果として、こうして彼を悩ませているのだ。

 ――娘が引篭もっている。
 娘が通っている中学校からそう連絡が来たのは、正に社運を賭けている、と言ってもいい程に大きい商談をしている最中だった。
 繰り返すようだが、彼は娘を愛している。
 それだけは真実であり、あるいはカイドウも否定されたくはなかった。

 だけど、否定されてもしょうがない、とカイドウは思う。

 結局、娘が引篭もっていると言うのに、カイドウが行った事と言えば、家に帰るでもなく、事情を聞くわけでもなく、ただ「大丈夫か?」と素っ気ないメールを送っただけだった。
 それについて娘が送った返事は「大丈夫。心配しないで」。これだけだった。これだけで、親子のやり取りは終焉を告げ、それからは何のアクションもリアクションもなかった。彼は忙しかったし、必死だった。

 商談が無事終わり、上司、同僚、後輩から賞賛の声を受け取った彼は、だけど喜ぶ気にもなれず、己のしでかしてしまった愚行をひたすら嘆ていた。
 だが嘆く資格すら彼にはない。

(馬鹿かっ! 俺は! なんの、なんの為に、今まで仕事して来たんだ!? あいつの為だろうが!)

 カイドウが仕事に打ち込んで来た理由は、娘に不自由の無い生活を送らせたかったからだ。
 歳若い大学生の身で結婚し、妻の出産、そして死。
 カイドウにも死んだ妻にも、身内らしい身内はいなかった。
 だから彼は己の全身全霊を掛けて仕事をする必要があった。
 金が必要だった。誰にも助けを求めれない環境において、何はともかく先立つ物が必要だった。

 だから、がむしゃらに働いた。
 だから、会社において最早右に出る者が居ないほど、彼は優秀な社員になった。
 だから、若くして大きい家も手に入れた。
 だから、給料も高いし、少なくとも金銭面で苦労はしていない。


 ――だから、カイドウは自分が何の為に働いているか忘れてしまった。


(心配しないで、だと? 心配して欲しいに決まっているだろうが馬鹿がっ!)

 内気で、だけど優しい娘の、隠れたSOSを額面通りに受けとめてしまったカイドウは、その時の自分を思い切り殴り飛ばしたかった。

 だが、時は既に遅し。
 そして、彼が己の間違いに気づいた後も、娘に対して何のアプローチも取れなかった。
 何故?
 決まっている。怖かったのだ。娘に否定されるのが。

 ――なんで帰って来てくれなかったの? 私のこと、嫌いなの? 仕事のほうが大事なの? 私を愛していないの?

(違う、違う違う違う違う違う! 違うのに! 愛しているのに!)

 今更。今更である。
 後悔することなら、愚者でも出来る。
 想うだけなら、馬鹿でも想える。
 大事なのは、言動だ。
 そしてそれをカイドウは怠った。自業自得だった。

(ははは。ゲスだ、俺は……)

 自嘲するなら、ゲスでも出来る。
 娘は今何をしているのだろうか、とカイドウは思う。
 リビングの電気が付いている。
 ならば、テレビでも見ているのだろうか。
 どんな表情で? どんな体勢で?
 寂しげな顔をして、膝を抱えているのだろうか?

 それはカイドウには知りえなかったし、出来れば知りたくはなかった。
 だけど彼は知らなければならなかった。己の罪を清算するために。

 カイドウは僅かに震える手で、玄関のドアを開け、中に入っていく。
 その様は、あたかも死刑執行台に赴く罪人の様だった。



 だけど、事態はカイドウが思っているよりも、あるいはずっと深刻で、残念なものだった。




「ふおおおおおお! やっべ、これやっべぇ。このページやばいなぁ。ああ、揉みたいなぁ、埋めたいなぁ……」


 ――なんだ、これ。

 意を決して家に入り、リビングに辿り着いたカイドウは絶句した。
 口を馬鹿みたいにポカンと開けて、手にした旅行鞄を放してしまった。
 がたん、と大きな音を立てたが、そんなこと、カイドウにはどうでも良かった。

 ――あれは、誰だ?
 ――決まっている。俺の娘だ。湯久世由里だ。
 ――じゃあ、その娘の読んでいる本は?
 ――どう見ても俺の秘蔵本、『おっぱい大全~嗚呼、素晴らしきエデン~』です。本当にありがとうございました。


「は?」

 と、カイドウはやっと声を出せた。
 意味が解からなかった。
 引篭もっている、と言う前情報の割にはやたら覇気があって、それでいてリビングで全力で寛いでいる理由も。
 大切な娘が(『娘』がだぞ?)、18禁一歩手前の準エロ本を鼻息荒くして呼んでいる理由も。
 そして死んだ妻に不敬だとは思ったが、どうしても我慢出来ずに購入し、隠し持っていたその本を見つけ出せた理由も。

 何もかも解からなかった。
 
 そして。

「あ、お父さん? 久しぶり! うわー、懐かしいなぁ……」

 と、娘の言葉に疑問系が付いている理由も、一ヶ月ぶりの再会を、まるで『一年以上会ってない』がごとくに懐古している理由も解からなかった。

 解からない。解からない解からない解からない。

 ――娘に何があった? いや、あれは娘か? 娘に決まっている。顔を忘れるほど、俺は落ちぶれてはいない。じゃあなんであの本をあんな楽しそうに読んでいる? それも、思春期の女の子が。そう言う本じゃねぇからあれ。

 ぐるぐる、と浮かんでは消えていく疑問。
 解からない解からない解からない。

(これはあれだろうか)

 娘をほったらかしにして、仕事を優先した罰だろうか。
 罰だとしたら、それは甘んじて受け入れるつもりだったが、これはあんまりだろう。
 そう頭を抱えたくなったカイドウだったが、娘――ユリは無邪気に笑い、

「と言うか、流石は私のお父さんだね! こんな良い本持ってるなんて! ねぇお父さん! おっぱいについてどう思う?」

 と言った。

 もう、意味が解からなかった。

 ――なんで娘はこんな楽しそうなんだ?
 ――おっぱいについてどう思う、だと?

「そんなの……」

 どうもこうもない、と言いたかった。
 それよりも、カイドウは先ず謝りたかった。
 構ってやれなくてごめん、と。帰らなくてごめん、と。
 そして、愛していると言いたかった。こんな自分でも、大事に思っていると伝えたかった。
 それから、その上で事情を聞きたかった。変貌した理由を聞きたかった。

 だが。

 ――『きょうき』

 ドクン、と何か出してはいけない鼓動音を、カイドウは聞いた。
 
「そ、ん、なの……」

 出張先から『この街に着いた時から』、漂う異様な雰囲気を感じていた。
 だけど、その時は娘のことで頭が一杯で、他の何の衝動も、入る余地はなかった。

 しかし。
 最早『狂気』はどこにでもあるのだ。この街にいる限り、それは逃れられない。
 だから、仮にその元凶が粉々になってベソをかいていたとしても。


 ――『きょうき』『はどう』


 狂気はそこにあるのだ。
 そして、カイドウはそれを強く『受け入れる』素質があった。それだけの話だ。

「そんなの、決まっている」

 と、カイドウが言った。

「おっぱいを哲学的に見ると、赤ん坊にとっては栄養を摂取する為の存在そのものであり、 乳ばなれした子供にとっては懐かしき故郷であり、少なからず成長した者にとっては、それは男女によって大きく異なる観念を持つものだろうさ。では俺にとってのおっぱいとは? 決まっている。――――真理だ。おっぱいはこの世の全てだ。何故ならそれがおっぱいだからだ。特に大きいおっぱい、つまりデカパイは、真理を通り越して最早『世界』だ。なぜならそれがおっぱいだからだ。しかしただ大きいだけではいけない。大きさはとても大事なことだが、しかしそれだけでは真理足り得ないのだ。大きさ、形、弾力、そして体型のバランス。これら全てを兼ねそなえた存在が、真のおっぱいだと言う事さ。小さくては駄目、形が悪くても駄目、硬くても駄目、バランスが取れてなくても駄目。出来る事なら感度が良ければなおいい。つまるところ、おっぱいは素晴らしいという事さ。俺のおっぱいへの愛で宇宙がやばい。うううううう、ユニブァーーーーーーーーース!」

 どう見てもやばいのはお前だ、と言う突っ込みは誰も発せなかった。
 何故ならここに居るのは、二人のオッパニストなのだから。

 ヒュー、と口笛を吹いて、ユリが親指を立てた。

「さっすが私のお父さん! さり気に私もディスられてるし! ゲスの極みだね! 正にキング・オブ・ゲス!」
「ははは、お前にそう言われて光栄だ」

 一体何が流石で、何が光栄なのか。
 実の娘が笑顔で罵倒し、実の父親が照れたように笑う。
 まとも? なにそれおいしいの? 
 ちなみに、ユリは自分に性的な目線を向けられなければ、むしろ積極的にゲスになるのである。


―――――――――――――――


 会社員・カイドウ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:33
 レベル:6→9
 通称:『キング・オブ・ゲス』
 備考:先天技能『マッドネスレセプション』が限定解除。レベル+3。




―――――――――――――――



「ってアホかぁああああああああああ!」
「わわ、お父さん!?」

 己の仕出かした愚行その2に、カイドウは思わず壁に向かいヘッドバンキング。
 中学三年生の娘にセクハラ発言である。正にゲスの極み。彼はこう言うゲスにはなりたくなかった。
 壁にガンガンと頭を打ち付けるカイドウ。不思議と痛みはあまりなかったが、その衝撃が、彼を正気に戻させた。

(俺は! 誓った! だろうが! 俺が! 愛したのは! 愛するのは! アオイと! ユリだけ! 若い時の衝動は! 捨てたんだ!)

 では隠し持っていたあの本は何だ、とは突っ込んではいけない。
 カイドウは高度のオッパニストであったが、亡くなった妻に貞操を掲げ、風俗の類には一切手を出していないのだから。その辺のストイックさを娘さんにも見習ってほしいものである。ちょっぴりエッチな本ぐらい、どうか見逃して欲しい。

(アオイ! 俺に! 力を! 衝動を! 打ち消す! 力を!)

 一通りヘッドバンキングで壁を打ち据えた後、カイドウはユリを見た。
 ユリは謎の奇行をした父親にキョトンとした顔をしていた。
 そこでカイドウはピタッ、と動きを止め、おでこを少し赤くしながら、唇をひくひくと震わせて(彼としては笑ったつもりだった)、ユリに言う。

「……そうだ、ユリ、学校は?」
「え? 行ってるけど」
「だろうね」

 ここまでアクティブだったらそりゃそうだろうな、とカイドウは胡乱気に思った。
 学校に来ない、とは一体何情報だったのか。もうカイドウには何も解からなかった。




―――――――――――――――



 会社員・カイドウ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:33
 レベル:9
 通称:『キング・オブ・ゲス』
 備考:先天技能『マッドネスレセプション』が封印。亡き妻への愛を頼りに、狂気耐性レベル5(最高値)が発動。




―――――――――――――――


 順調にアレになっていくさっちんと、アップを始めたキング。
 でもキングの本気はもう少し先です。
 どうあがいてもシリアス()になるのは全部ニュクスの所為。



[29437] 交わる世界
Name: ななごー◆3aacea22 ID:066b66b2
Date: 2011/10/27 18:27

「さっちーーーーん! お早う!」
「……また随分元気ね」
「うん! 朝からニュクスのかーわいい泣き声と怨嗟の言葉を聞いたからね! もう元気いっぱい! ニュクスね、『うぐぅ』『うぐぅ』って泣くんだよ! 『わたし』『の』『からだ』『もどして』『よぉ』って! ぎゃははははは! いーねーいーねー楽しいねー!」
「魔王か。あんたは」
「いいえ、勇者です」
「嘘吐けよ。なんでそれで元気になるっつーのよ」
「ああ、私、そう言うスキルを持ってるんだ。相手の絶望や嘆きを自分の糧にするスキル。便利だよ?」
「魔王じゃねーか」
「勇者です。そしてそのスキルが今日完成した様な気がする」
「ああ、なるほど。これで魔王になるのか」
「勇者だよ?」
「あたしか? あたしがおかしいのか? ……いや、こいつがおかしいんだ」

―――――――――――――――



 勇者・ユリ
 種族:人間(改)
 性別:女
 年齢:15歳
 武器:夜剣『ニュクス』(ただいまボロクズ)
 レベル:285
 通称:『世界最悪の夜』
 備考:後天技能『アッパーグリーフ』がレベル4から5(最高値)に。彼氏募集中。


―――――――――――――――

「でもさ、私のことをおかしいって言うけど、さっちんも人のこと言えないよね」
「な、なによ」
「昨日メイドさんを助けてさ、お礼に、って事でメイドさんが働いているメイドカフェに招待されたとき」
「う、わ、わー! わああああああああ! やめてっ! やめろぉっ!」
「すっごいロリなメイドさんのことを、さっちんがガン見して」
「やめろって言ってんだろおおおお! このっ!」
「あ、それ残像。『ご主人様とかお嬢様とかじゃなくて、おねえちゃん、って呼んでください』って言って」
「う、うわあああああああああああああああああああ!」
「んで『おねぇちゃん!』と呼ばれて鼻血吹いてたじゃん。あはっ、今時鼻血って」
「ああああああああああああああああああああああああ!」
「ねぇ、さっちん、あの人は確かにロリだけど、23歳らしいよ」
「いっそ殺せええええええええええええええええええええええ!」

―――――――――――――――


 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:20
 通称:『さっちん』
 備考:『レヴォリューション・エゴイスト』が発動。狂気耐性レベル1が消去。


―――――――――――――――


「違う、違うの。何と言うか、ほら、あたし、姉さんしかいないから、そう言う妹とか、下の姉妹に憧れがあるの。うん。良くあること。普通普通。それに、あれ、昨日は何かタガが外れた感じにテンション上がっちゃってさ。いや、ホント、あたしはマトモだから。何も、おかしい、ことは、ない」

 頭を抱えながらぶつぶつと念じるように呟くサクラ。
 誰に対して言っているかというと、壁に向って言っていた。お世辞にもマトモとは言えない。
 ついでに言うと、ここは教室である。よって、クラスメート全員がサクラの隠れた性癖を見事に見てしまったのだが、それぐらいでは彼らは動じなかった。このクラスは一番ユリと近いところに居るのだ。つまり、そう言うことである。おかしいのは何もサクラだけではないのだ。

 面白いぐらいに狼狽しているサクラを見て、ユリは意地悪い笑みを浮かべた。

「だとしても、鼻血はないよ」
「そ、それはあれよ。あの時食べたチョコレートパフェが……」
「鼻血吹いたのは、それ食べる前だよね?」
「ぬわぁ」

 言い訳を重ねようとするサクラに、ユリがカウンターパンチ。
 墓穴を掘ってしまったサクラは奇妙なうめき声を上げた。
 ユリはそれを見て、またニヤニヤと笑った。

「いやー、でも、さっちん、そう言う人だったのかー。私も気をつけないとなー」
「は?」
「や、だって、さっちん、言っちゃうとロリコンなんでしょ? 自分で言うのもなんだけど、私、結構……」

 と、ユリが自虐的なネタで更にサクラを追い詰めようとすると、サクラは意に反し、その顔つきを無駄に真剣なものにした。

「一緒にすんじゃないわよ」
「へ?」
「あんたとミカンちゃんを一緒にすんなって言ったの! いい、良く聴け。あんたはハッキリ言って確かにお子様体型よ。ロリータよ。だけど、あたしが求めて居るのはそんな上っ面なものじゃないの。ミカンちゃんを思い出してみなさい。あの柔らかな笑み! 触れれば折れそうな華奢な身体! 保護欲をそそられる甘い声! あああああああん! ミカンちゃーん! おねぇちゃんだよおおおおおおお!」

 静寂。サクラの叫びに、教室が静まった。
 しん、とするクラスに、サクラははっ、と正気に戻った。
 ジトっ、と出る汗が止まらなかった。

「い、い、い、いや、違うの。これはね、そう……」
「さっちん、もういいよ」

 ユリは、かつてないほどに優しい顔をしていた。
 だけど、2、3歩、サクラから距離を取っていた。

「さっちんがどんな性癖でも、私に矛先が向かない限りは、受け止めるから」

 つまるところ、それはサクラがユリから変態認定を受けたということだ。おっぱいを揉みまくる、この少女から。屈辱だった。だったが、それを否定出来なかった。正直、サクラも解っていた。14歳の自分が目覚めるにしては、確かに狂っている性癖だ。下手をしたら、まだユリの性癖の方が可愛げがあるし、もっと下手をしたら、あのパンティのことも言えないかもしれない。

 サクラがズーンと沈んでいると。

「いや、君の言うことは正しい」

 と、何処からかそんな同意の声が聞こえてきた。
 その方向をサクラとユリが見ると、何時も机につっぷしている少年が、珍しく眼をはっきりと見開いて、彼の声で、だけど、彼らしくない口調で、ゆっくりと語り始めた。

「私は思うのだが、やはり幼子というものは……ぬっほぉ!?」

 嫌に厳かに語り始めたと思ったら、途端に奇声を上げる少年。
 その頬には、右拳が突き刺さっていた。しかもそれは、少年自身の物だった。

 サクラとユリが、自分を自分で殴る、と言う奇行(どうでもいいが、このクラスは先ほどから奇行ばっかりだ)に走った少年を驚いた様に見ると、少年は「引っ込んでろ」とか何とかぶつぶつと一頻り呟いた後に、またいつもの様に眼を眠たげなものにした。

「……すまん、寝ぼけてた」

 口調も、元に戻っていた。

「だ、ダイナミックな寝ぼけ方だね……」

 ユリのその言葉は、もしかしたらフォローの様なものだったのかもしれない。


―――――――――――――――


 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:16→24
 通称:『プリンス』
 備考:並列魂融合率25%。レベル+8。並列魂技能『ロイヤルクオリティ』が限定解除。並列魂技能『アサルトステップ』が限定解除。並列魂技能『アッパーイディオシンクラシィ・レベル1』が限定解除。並列魂技能『魔法』が限定解除。



―――――――――――――――


 ――ところ代わって。


「ふぅ-……」

 とある世界のとある山奥の湖のほとりで、一つの巨体がため息を吐いた。
 かつてならば、その尖った口からは牙が剥き出しになり、湖すら蒸発させる炎のブレスが出たものだが、今は陰鬱としたため息しかでない。

 ふと、その巨体は、湖面に映る自身の姿を見た。血よりも赤い真紅の身体。どんな物も切り裂く穿った爪。あらゆる物を弾く無敵の鱗。睨み付けたら如何なる者も怯ませる、高貴な紅い眼。

 神竜・レウコトリカ。それが、その巨体の名前だった。


―――――――――――――――


 神竜・レウコトリカ
 種族:竜
 性別:不明
 年齢:不明
 レベル:256
 通称:『世界最古の竜』
 備考:全ての竜の母。



―――――――――――――――


 そんなレウコトリカの心情を一言で現すと、

「マジ退屈……」

 数え切れないくらい歴史を刻んでいる癖に妙に今時な言葉を使ったのは、数ヶ月前に殺し合いをした、とある三人組に教えてもらったからだ。彼らの『世界』では、本気、をマジと言うらしい。レウコトリカはその語感が気に入ってしまい、こうして良く口にしてしまう。

 口にしたはいいが、誰もそれには答えない。レウコトリカは、言ってしまえば孤独だった。

 孤独はまだいい。問題は、暇だった。

 かつて世界を荒らしに荒らし、30年前程はこの世界を恐怖のどん底に陥れたものだ。
 だが、それも何れは飽きてしまった。結局、圧倒的な力を振るったところで、虚しいだけだった。――何も得るものはない。

 そしてこうして人どころか獣や魔族も近寄らない山奥の湖に引っ込んで、隠居生活を送っていた。

 世界が恐れる『神竜』を尋ねる愚か者は、誰も居なかった。10年前迄は。

 10年前、一人の魔族がレウコトリカの元を訪れた。
 その時、レウコトリカは「ほぅ」と感嘆の声を上げたものだ。
 ――レベル317。後に『魔王』と名乗るこの魔族は、レウコトリカをスカウトしに来たのだ。

 だが、レウコトリカは断わった。
 確かにその時には既に退屈していた。暇で死にそうだった。
 だが、誰かの下に付くのは、如何に暇でも、如何に自分よりレベルが上でも、プライドが許さなかった。結果、魔族の機嫌を損ねて死んだとしても、それはあるいはそれで良かった。生や死よりも優先するものが、永い時を生きてきたこの竜にはあったのだ。

 だが、予想に反し、魔族は「それなら仕方ないねー」と威厳もへったくれもない口調で、あっさりと踵を返した。
 ぽかん、としたレウコトリカにその魔族は「無理強いしても、意味がないからね」と言い、山奥から去って言った。

 その辺りの器の広さと、強大な魔力が、圧倒的に数が多い人間達を苦しめる『魔王』になった所以であろう、とレウコトリカは考えていた。

 魔王は、最強だった。
 この世界においても、圧倒的なレベル。そして、世界の壁に影響を及ぼすほどの、絶対的な魔力。そして、カリスマ。
 だが、魔王は死んだ。
 レウコトリカは、世界を覆う魔力が消えたのを、肌で感じていた。
 そして、それを成したのが、あの異世界から来た三人組であろう、と言うのも、なんとなく解っていた。


「ふふふ……」

 あの三人組のことを思い出すと、自然に笑い声が出てしまう。
 あの瞬間、レウコトリカは永い生の中で、もしかしたら一番充実していた。

 身の丈程ある槌を持った戦士が言った。

『つーか、あんたに何か恨みがあるわけじゃないんだよな』

 白刃が輝く刀を持った剣士が言った。

『そーね。アタシ達、アンタの鱗と爪が欲しいの』

 黒の剣を持った、『ユウシャ』とやらが言った。

『いやー、ちょっと、おっパブ行きまくった所為でお金がなくて……高く売れるんでしょ? それ』

 レウコトリカは絶句したものだった。
 確かに、己の鱗や爪は高く売れるだろう。それこそ、伝説級の代物だ。
 が、未だにそれを狙う奴が居るとは露とも思わなかった。レベルアベレージを200近く超えている自分を狙うとは。しかも、その理由が風俗に金を使った所為だと言う。
 憤りを感じる前に、呆れてしまった。
 だが。

『……ユリ、こいつのレベルは?』
『えーと、……おお! レベル256です! 凄い!』
『マジで? つーか、それヤバくないか?』
『そーね。ま、でも、何とかなるでしょ』
『これは久々に本気でやる必要がありますね!』

 レウコトリカは、彼らを『視た』。

 戦士はレベル197だった。
 剣士はレベル195だった。
 『ユウシャ』はレベル202だった。

 レウコトリは、またも絶句した。


「あの時は、楽しかった……マジで」

 遠い空を見上げ、ポツリと呟く竜。
 この世界の人間の限界をあっさりと超えた彼らは、馬鹿みたいな身体能力と、無茶苦茶な武器と、回復魔法なんて使えないから交代交代に回復ボトルを呷る、と言う訳が解らない戦法を取り、レウコトリカを追い詰めたものだ。

 だが、『神竜』も負けてはいなかった。
 生半可な攻撃は鱗で跳ね返し、近づけば爪で迎撃、距離を取ろうとしたらブレスを放つ。
 
 かつてないほどの怒号が静謐に満ち満ちていた山を揺らした。

 ――結果は、引き分けと言うことになった。

 レウコトリカは、楽しくて楽しくてしょうがなかった。
 己の実力と拮抗した、あの戦い。
 天秤にはどちら側にも死があり、それを如何に相手に側へ傾けるか必死だった。
 あの時、あの瞬間、レウコトリカは満たされていた。幸福だった。
 命を懸けると言う快感。
 それを、レウコトリカは永い生で初めて知りえた。

 互いに息絶え絶えになった後、レウコトリカは思った。
 ――この、自分にこの時間を与えてくれた者のことを、もっと知りたいと。
 だから、申し出た。
 ――引き分け、と言うことにしよう。鱗はやれんが、爪はやる。また生えるからな。その代わり、貴様らの話が聞きたい。

 そして、彼ら三人はそれを受け入れて、自らの身の上を語った。

 それは、またしてもレウコトリカを楽しませた。

 異世界。召喚。レベル5。放逐。当てのない旅。死なない為、生きる為の旅――。

 レベル5から、200まで上り詰め、そして自由気侭に旅をし続ける彼らに、レウコトリカは賞賛の念を抱き、そしてほんの少しだけ、嫉妬した。
 ――自分も、あんな風に生きれたら。

 その考えは何もかも今更で。だけど、彼らと別れて、レウコトリカはあれから空を見上げることが多くなった。

 ――彼らは今どこに居るのだろうか。そして、何をしているのだろうか。

「ん……?」

 ふと、レウコトリカはあることに気づいた。
 異なる世界と世界を繋げる『無限回廊』が接続している、ということに。
 それは、人ならざる竜の、しかも神竜であるレウコトリカだからこそ解りうる、この事象。
 無限回廊が接続している、と言うのは、まだいい。
 強大な魔力で阻害していた魔王が死んだのだ、繋がることもあるだろう。
 問題は、それが繋がりっぱなしなのだ。
 これでは、時空間が異なる世界のはずなのに、かの世界とこの世界が時系列的に固定されてしまう。
 何ゆえその様なことを、とレウコトリカが疑問に思うと、あることに思い至った。
 そして、笑った。

「ふ、ふふふふふ! 成程! あやつら、還されたのか! ふははははは! 全く、何と言うかあやつららしいな! マジで!」

 叫びとも取れる笑い声が、湖面を揺らす。
 つまり、召喚主が、魔王が死んだのをいいことに無限回廊を接続させることで、無理やりかの三人組を元の世界に還したのだ。魔王も倒したと言うのに、何とまぁ世界に振舞わされ続ける彼らであろうか。

 しかし、その様なことは、最早レウコトリカはどうでも良かった。
 自分を死に至らしめてしまうであろう、終りの見えない暇から、開放されるかもしれないのだから。

「礼を言うぞ、『夜』達よ。貴様らのお陰で、多少面白いものが見れそうだ」

 そう空に向けて言った後、レウコトリカは湖面をじっと見た。
 世界は繋がった。高魔力で覆われた壁は、最早ないも同然。
 ならば。

「無限回廊よ。我が声に傾けよ。我は個。真なる個。繋げ繋げ繋げ。世界は同一なり」

 湖面を見ながら、紅い眼を不気味に輝かすレウコトリカ。
 久しく使ってない『技能』だが、問題はないだろう。
 この技能は、通常、自分と近い存在、つまり「竜」の眼を借りるものだ。全ての竜の母、レウコトリカこそが出来る、『竜眼』。
 あの世界に自分に近い存在が居るとは限らないが、なに、世界は繋がったのだ。必ずしや、自分と近い魂の存在が居る、とレウコトリカは根拠もなしに思った。
 レウコトリカは、見たかった。別世界を。ここではない、あのイカれた三人組が育った、あの世界を。

 根拠は要らない。必要なのは、意思だけ。どうしようもない退屈から抜け出す、『本気』の意思だけなのだ。



「竜眼、発動!」






―――――――――――――――



『……成功したか?』
「え、えええ! い、今の、何? な、何の声!?」
『お、おお!? 何と、貴様、人間か!?』
「えええ!? この声、何!? 何なの!?」
『ふ、ふふふふふふふふふふふ! これは面白い! まさか、人間で我と近しい魂を持つ者が居るとは! マジで!』
「なに、なんなの、これぇ……ひぐ、ぅぅ、ぐす、……」
『む……流石に行き成りではこうなるか……しょうがないな、おい人間、名前は?』
「ひぐ、ぅえ、え? な、なまえ?」
『そうだ。貴様、名は何と言う?』





「……ナズナ」





―――――――――――――――


 ナズナが誰か一発で解った人には、夜騎士になる権利を上げます。



[29437] インタールード:魔王戦
Name: ななごー◆3aacea22 ID:d45356c4
Date: 2012/01/21 19:13
 古城、と言うに相応しい厳かな雰囲気を醸す城の屋上部分に、風が吹いた。
 その風は優しく、穏やかで、いつもと何も変わらない、温かい風だった。
 四つの人影が、風を受ける。内の一人の女性が、その風に気持ち良さそうに身を任せる。
 オレンジ色に輝くドーム状の結界の中にあっても、その風は感じられる。
 最後ぐらいは、この好きな風を感じて居たかったら、彼女は結界をその様に設定したのだ。

「ま、諦めた訳ではないんだけどね」

 と、女性がそう言った。
 すらっとした体型に、長いオレンジの髪。
 そして、顔を覆う真っ白な仮面を着けていた。

「聞きたいんですけど」

 その場に居た、黒髪の少女が口を開いた。丁寧な言葉遣いだったが、それは上っ面だけのもだった。敵意を込めている訳ではないが、敬意はない。なんとなく年上に見えたから敬語を使った、と言うものだ。
 その少女の両隣に居る彼女の仲間が、その少女を見た。

「なんで、仮面を着けているんですか?」
「私の顔が平凡だからだよ。ホント、どこにでも居るような顔をしているからね」
「魔王なのに?」
「ああ、魔王なのにね。威厳とか全然ないから、こう言う仮面を着けているのさ」

 そう言って、魔王・マリティマは長い髪をサラリと靡かせた。
 相変わらず、緩やかな風が吹いていた。



―――――――――――――――


 魔王・マリティマ
 種族:魔族
 性別:女
 年齢:不明
 レベル:317
 通称:『世界最強の魔』
 備考:現段階で全世界最高レベル


―――――――――――――――


「こっちも聞きたいんだけどさ」

 マリティマが言った。
 目の前の三人を見る。
 小柄な少女。細身の少年。気だるげな少女。
 どこにでも居るような、普通の人間に見える。表向きには。
 だが、マリティマは知っていた。

 彼らが、この世界の住人では無い事を。
 そして、世界最強と謳われた自分を倒しうる人間だと言うことを。

「君たちは、どうして私を倒そうと言うのかな?」

 あるいは、この質問は愚問なのかもしれない。
 彼女は魔王で、そして彼らは人間で。
 所謂敵対関係にあるのだ。
 なぜ、という質問をしたら、「人間の為」、と言うのが普通であろう。
 だが、彼女はどことなく察していた。
 彼らが、そんな崇高で、あるいは独善的な薄っぺらい理由で自分に挑む様なやつらではない、と言うことに。

「……どうして、と言われると」

 小柄な少女が、隣に居る少年に目を向けた。
 少年は肩を竦めて言う。

「なんとなく、だな。諸々理由はあるけど、これが一番しっくり来る」

 その言葉を受けて、二人の少女もうんうんと頷いた。
 彼の表情には何の気負いもなく、だけど、自信に溢れていた。
 必ず勝つ、そんな自信に。

「そんなことだろうとは、思っていたけどね」

 少しだけ、マリティマは笑みを浮かべた。と言っても、仮面越しでは彼らには解らなかっただろうが。

「理由なんてどうでもいいけど、私は負けないよ。こう見えて魔王だしね。面倒見なきゃいけない子が沢山いるし」
「そんなの、アタシ達の知ったことじゃない」
「つーか、この城にお前しかいないのはなんでだ?」
「……退避させたんだよ。君たちに勝てるのは、私しかいないからね。無駄な犠牲は避けたい。結界を張ったのも、その為さ。忠義に厚い子が乱入してくるかも知れないから、さ」
「それで私たちに勝てるんですか? 一人で?」
 
 小柄な少女が言った。
 侮っている訳でもなく、油断している訳でもなく、驕っている訳でもなかった。
 ただ単に、興味本位でそう言っているだけだ。
 彼女達から見れば不思議なのだろう。魔王の部下を総動員しない理由を。そうすれば、彼女達は窮地に立たされるだろう。それでも負ける気はしないが、苦戦は強いられる。ただ、その分部下の命は保障しない。だから魔王は部下を退け、だから彼女達は不思議だった。
 ――使えるものは何でも使ってきた、使わざるを得なかった、彼女達には。
 しかしマリティマはその疑問には答えず、挑発するような口調で言う。

「君たちこそ、私に勝てると思っているの? こう見えて、レベル300を超えているんだよ、私」
「……アタシ達は、勝算の無い戦いはしない」
「僕達には切り札があるからな。最近出来る様になったんだけど」
「へー。それはそれは。でも、切り札なら私もあるよ。私は複数の形態を持っている」
「形態?」
「うん。十六形態まであるよ」
「多っ」
「限度ってものがあるでしょ……」
「魔王だからね」

 そこまで言い、マリティマは両手を広げた。
 話はこれで終わりだ。緊張感の無い、緩い会話。しかしそれは、今後の複線にしか過ぎない。後は、壮絶な殺し合いが待っている。

 ――自分は死ぬのだろうか。負けるのだろうか。それとも、生きるのだろうか。勝つのだろうか。

 だがマリティマにとって、そんなことは些事にしか過ぎない。
 彼女にとっては、愛する部下を死なせなかっただけで十分なのだ。
 そもそも、彼女が魔王になったのも、そう言う理由だった。
 数と言う利を活かす人間に、魔族や魔獣が虐げられるのを見たくなかったから。
 だからこそ、立ち上がった。そして、それは成功した。
 今、この世界のパワーバランスは魔族に傾いている。
 自分のような高レベルな魔族や魔獣は稀だが、それでも人間を圧倒出来ている。
 だが、その過ぎたる力が。
 結局は、レベル200後半と言う、人間よりもむしろ自分に近い彼らを引き寄せてしまったのかも知れない。

(だから、もう十分だ)

 この三人は、基本的には無害だ。
 魔王の軍勢でも可也の強者、獣王・リ=アジューを撃破したと言う彼らを、マリティマは調査した。
 結果、彼らは牙を剥かれない限り、手を出すことは殆どない。
 あの神竜に金欲しさに挑んだ、と言うのを聞いた時は思わず噴出してしまったが、その様なイレギュラー以外では彼らは無駄な争いはしない。
 と言っても、彼ら自体に莫大な懸賞金が懸けられている為、どうしても火花が散ってしまうのだが。


 ともかく。

 恐らく、彼らは自分を倒すことが「なんとなく」目的なだけで、全ての魔を滅ぼす、なんてことはないだろう。
 それは「なんとなく」では済まされない途方もない作業だからだ。

 負ける気はない。死ぬ気もない。
 リ=アジューや、彼らに討たれた他の部下達の仇だって、取ってやりたい。

 だが。

(もう、私は十分やった。……アイビー、後は頼む)

 最後まで自分に付いて行く、と駄々を捏ねていた一番の腹心を想い、彼女は薄く笑った。
 思えば、彼とはよくこの屋上で一緒に風に吹かれていた。
 マリティマは、唯一、彼にだけ仮面を取った素顔を見せていた。
 彼は彼女を好いており、もしかしたら、彼女も。

(もう、いいか。そんなことは)

 万が一の後の事は、もう彼に託した。
 彼に抱く気持ちは、それだけでいい。

 それだけ、の筈なのに。
 どうしても思い出してしまう。捨てるべき感情が、亡者のように、足元から這い寄って来てしまう。

『私は魔王様の素顔、好きですよ』
『……こんな平凡な顔なのに?』
『平凡だろうが、なんだろうが、魔王様は魔王様です。だから、私は好きです』
『理に適ってないね』
『じゃあその理とやらが間違っているのです』


 だから。



(ああ、なんだ)


 願わくば彼と再び。


(十分、とかカッコ付けて思ったけど)



 この風を受けたかった。



(私、死にたくないのか)



 今更気づいても、もう遅いのだけれど。


 不意に浮かんでしまった感傷を捨てる様に、息を一つ吸い、言う。

「天鎧」

 彼女の体を覆うオレンジ色の靄。
 世界最高峰の、魂の鎧。
 レベル300を超えたそれを見ても、だけど三人は身じろぎ一つしなかった。

「プラス、エーテルドライブ・アクセラレーション」

 途端、マリティマの周囲に、同じくオレンジ色の球体が舞う。
 その球体は見る見る数を増やし、やがては無数のそれが、辺り一面を覆った。

「……無限魔球。初っ端から本気で行かせて貰うよ。手加減して勝てる相手じゃないからね」

 これが、彼女の魔法。彼女の本気。
 圧倒的なレベル。圧倒的な魔力。
 これが、マリティマが魔王たる所以なのだ。

 その幻想的ともいえる、オレンジ色の圧力を受けて、彼らは。

「はんっ」
「ふふっ」
「あはははは」

 笑っていた。
 恐怖に怯えているのではない。自棄になってもいない。
 彼らは、自然体で笑っていた。

「それが本気だと言うのなら」
「やっぱり、僕達の勝ちだ」
「貴女には、出来ないみたいですね」
「何……?」

 マリティマは眉を顰めた。
 天鎧も、魔法も、これが全力だ。これ以上はない。そして、最高レベルの彼女の限界は、誰にも超えられない。

 その筈だった。

「私達、魔法とか使えないですけど」
「その代わり、天鎧に特化しているのよね」
「これやるとすげぇ疲れるけどな。ま、回復ボトルは山ほどあるし」


 そう言い、三人は各々構え、そして。

「行きますよ、モエさん、ダイキさん」
「ええ、ユリ」
「さ、魔王退治と行きましょうかね」

 ――彼らに背負う物は何もない。
 この世界で、彼らは彼ら達自身が全てだった。守るものも、救うものも、何もない。空っぽなのではない、入れる余地がないのだ。余計なものなんて。
 彼らは常に命をベットし続け、そしては勝ち続けた。
 命を懸ける覚悟だとか、余計な被害を出さないとかだとか、そう言う物を抱え込むのはこの世界では意味がない。
 必要なのは、勝つ意思だけ。
 何があっても生き抜いて、自由に泥沼を駆け抜ける醜い戦意こそが、最も重要で。
 彼らは勝つしか道がなかった。負ければ死ぬ。逃げても死ぬ。戦わなくては死んでしまう。
 だから、勝つしかなかった。だから、勝ってきた。だから、彼らは今ここに居る。

 そして、これが彼らの集大成。行き着いた答え。
 何があっても死なない為。生きる為。そして自由で居る為に求めた極地。
 自身の身を守り、同時に自身の敵を滅ぼす為の、切り札。



 ――――天鎧出力限界突破。




 心地よい風が打ち消されるように、全てをなぎ払う轟音が響き、三人の体から黒い靄が迸った。
 その出力はマリティマの天鎧を遥かに上回り、まるで濁流のごとく、彼らを包み込んでいた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「があああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 聴くに堪えないおぞましい絶叫が、結界内に反響する。
 彼らは腕を大きく広げて、体を仰け反らせた。
 その、適当過ぎる理由からは想像出来ない、純粋なまでの戦意。
 マリティマは、自身の顔に汗が垂れるのを感じた。

「夜に染めろっ、ニュクス!」
「刻めっ、獄星神楽!」
「潰せっ、グロングメッサー!」

 彼らの腹部から、それぞれが抱える神器が飛び出す。
 黒い剣。白刃の刀。巨大な槌。

 それらをマリティマに突きつけた彼らは、馬鹿馬鹿しい程に黒い天鎧を纏いながら、笑った。

「出力200パーセントで固定。さ、何時も通りに行きましょう」
「僕が叩いて、モエが斬って、ユリが仕留める、か」
「そーね。いつも通りに、勝つ」

 彼らには何もない。
 彼女には部下が居る。

 出来れば負けたくない彼女。
 勝つことしか考えていない彼ら。



 ――この戦いにおいて勝敗を分けたのは、戦力ではなく、心構えだ。
 このキロウにおいて、センチメンタルな感情は足を引っ張ることしかない。
 つまり、そう言うことだ。


「……これはもう駄目かも知れないね」

 相変わらず緊張感のないその言葉は、オレンジと黒が入り乱れる結界に沈んで、やがては消えた。









―――――――――――――――





「言い残すことがあるのならば、聞いておきますよ」
「……勝利宣言には、まだ早いんじゃないか? まだ六形態も残っているよ?」
「だから、ですよ。こっからは更に本気モードで行きますから。もう、終わりにしましょう」
「アンタ、うざったいくらいにしぶといからね。……アサルトステップ、4速から5速に」
「君、まだ速くなるのかい」
「じゃあ僕も。天鎧操作、耐久力上昇」
「君はまだ堅くなるのか」
「では私も。……天鎧出力、250パーセント」
「もはや私の天鎧が紙に思えてきたよ」
「……で、言い残すことは?」
「そうだな…………」


『魔王様!』

『魔王様、私は、私は……!』

『……解りました。貴女がそう言うのなら、私が後を継ぎましょう。……ですが、そうならないよう私が想うのを、どうかお許し下さい』



「……私が死んでも、何れ第二、第三の魔王が出るよ。きっと、きっとね」
「どうでもいいですね」
「そーね」
「まったくだ」
「……聞いておいてそれはないだろう」
「聞くだけ聞いただけですよ。……では、この辺りで一発かましておきましょうか!」


 小柄な少女が笑った。
 


「終わりだ、魔王っ! ……ここで死ねっ!」



 風はもう、止んでいた。



―――――――――――――――


 キロウの人間にアンケートをとりました! 
 魔王と勇者一行、どっちに勝って欲しいですか?

 魔王…………3パーセント
 勇者一行……5パーセント
 出来ることなら相討ちして欲しい……92パーセント




[29437] オムニバス
Name: ななごー◆3aacea22 ID:d45356c4
Date: 2012/02/04 14:57
 ・マッドドッグ

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! 朝だよ朝だよ超朝だよ! 起きて起きて! ……いやむしろ起きなくていいなこれ。ペロペロ出来ちゃうなこれ。お兄ちゃんの顔をペロペロ出来ちゃうなこれえ! ぺ、ペロペロしちゃうよ? お兄ちゃんペロペロしちゃうよぉおお! い、いいよね、こ、こんな寝顔を見せ、ら、れ、て……正気でなんて、い、いられないよおおおおおお! あああああああん! レッツ、ダイブ!」

「お兄ちゃんチョップ(弱)」
「ぬぅえあ!?」
「……お早う、アズサ」
「あ、頭が、わ、割れる……!」
「……あー、手加減し損ねた。悪い」
「その言葉が聞きたかった! お兄ちゃんの謝罪により私の何かがバーニングっ! お早う、お兄ちゃん!」


 これが、最近の犬上兄妹の平均的な朝の風景である。


―――――――――――――――


 学生・アズサ
 性別:女
 年齢:16
 レベル:18→32
 通称:『狂犬』『犬上妹』
 備考:バーニングっ! 『マッドネスレセプション』が発動。レベル+14。お兄ちゃんの顔をペロペロしたい。別に顔じゃなくてもペロペロしたい。


―――――――――――――――――


 朝。
 とてもマトモとは言えない毎日のお約束を果たした二人の兄妹は、しかしマトモに朝食を食べていた。
 向かい合ってトーストを食べるその様子は、極々普通の兄妹に見える。

「あ、お兄ちゃん、私、今日も遅くなるから」
「……別にいいけど、何してるんだ? 昨日もそうだったな」

 兄、ダイキがそう言うと、妹、アズサは咀嚼していたトーストを飲み込んで、口を開く。 


「いや、ごっちゃん、いるじゃない?」
「ああ、あの……」

 ゴリラみたいなヤツね、とダイキは口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
 ごっちゃん、とは彼、及び彼女のクラスメートで、アズサの友人だ。
 そもそも、彼らの学校は共学ではあるものの、女性比が圧倒的に少ない。
 ダイキのクラスに置いても、女の子はアズサとそのごっちゃんしかいないのだ。
 そんなアズサの貴重な友達を、如何に見た目がゴリラに似ているとは言え、無闇に揶揄するのは拙い、とダイキは判断したのだ。
 言いよどむダイキを一瞥して、トーストを口に運びながら、アズサが言う。

「うん。ゴリラみたいな子」
「おい」
「でね、そのゴリラちゃんが」
「おいおい」

 ダイキの気遣いは儚くも散ってしまった。
 ちなみに、ゴリラに似ているごっちゃんは、優しく、気が利いて、料理も美味い女性である。
 だが見た目がアレなので、彼らのクラスでは「犬上妹の見た目に、ごっちゃんの中身があったら」と常に嘆かれたりしている。



「下着泥棒?」
「そーなんだよ。最近話題になっている変態男に目を付けられたんだよね。あ、私のパンツいる?」
「いらん」
「んもぅ……んで、ほら、ごっちゃん、一人暮らしで、しかも臆病じゃない? もう怯えちゃってさ」
「……ゴリラなのに?」
「ゴリラなのに」

 一応、彼女たちの友情はちゃんとある。これでも。

「それで、お前が護衛しているわけか。……つーか、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないんだよ、これが……」

 アズサは、若干不貞腐れた表情を出し、すっと息を吸った。

「あの変態男ぉ! やたら速いし、やたら強いんだよ! この私を! お兄ちゃんの妹であるこの私をぉ! 軽く足蹴にしてぇ! 許せない許せない許せない! このままでは妹の沽券に関わるよ!」
「なにその沽券……」

 良く分からない物が自分の与り知らぬところで掛けられているのに、ダイキは戦慄を覚えた。

 さて置き。

「つーか、手伝うか? 僕も」

 正直な話、何やら最近加速的に強くなっている気がするこの妹を足蹴にした、と言う謎の変態にダイキは首を傾げた。
 レベルを視ることが出来ないダイキでは、アズサのレベルは解らない。
 だが、戦士としての勘が。世界最高峰の強度を誇る、嘆きと叫びの戦場を駆けた経験が、目の前の妹が生半可な実力ではないと告げている。
 ――まぁ、『なぜそうなったか』と言う過程に一切興味がないのは、その辺りの弊害でもあるのだが。あの『世界』は結果が全てなのだ。
 しかし、そんな妹を、容易く退ける変態。
 話を聞いている限りでは、危機感のない緩い戦いの様だが、それでも、ダイキにとってアズサは大事な妹だ。
 それに、自分が出張れば、その変態の正体はなんであれ、あっさりと解決するだろう。
 その考えからの、上記のダイキのセリフ。
 
 しかし、アズサはゆっくりと首を横に降り、

「……ううん」

 と言った。
 神妙な顔つきで、何か覚悟を持って。 
 普段のイカれた狂気を微塵に感じさせず、アズサは言う。

「お兄ちゃんが助けてくれるのは、ありがたいし、すごい嬉しいし、私の色んな所が濡れちゃう勢いだけど……これは、私のやることだから。ごっちゃんが、私の親友が、私を頼ってくれたことだから。……私がやりたいんだ」
「アズサ……」

 ダイキは多少なりとも驚いた。
 ちょいちょい狂気が隠れ見えているアズサの台詞だったが、彼女の表情は真剣で、彼女なりに、友人を想っている様子が覗える。
 この少女が。
 自分だけを盲信していた少女が。
 ダイキは思う。
 アズサはちゃんと、自分以外のコミュニティを築くことが出来ている。
 自分が必要な点は未だ変わりないが、それでも。
 もしかしたら、そう遠くない未来――

(その時は。モエ……僕は)

 目を逸らして、告白してきた少女の接触を避けている自分に、果たして想いを受け止める資格があるのだろうか、彼はそう思う。
 だけど、泥臭い戦場を巡った中で芽生えた絆は。
 仲間を大事に想っている気持ちは。
 ――――彼女の心に答えたいと言う感情は。
 確かに、ダイキの中にあった。 

 不意に浮かんだ感傷は見せず、ダイキが口を開く。
 
「そう言うことなら、僕は何も言わない。……気を付けろよ」
「うん! あ、お兄ちゃんコーヒー飲む? 飲むでしょ? 飲んでぇ!」
「……お前、それにお前の唾液を入れたの、きっちり見ているからな」

 ダイキは頭を抱えたくなった。 



 ・モエさんの萌え萌えきゅん!

「…………ぬぐぐぐぐぐぐぐ」


 とある高校。
 一人の女子高生が、金色に染色した頭を抱え唸っていた。
 普段は気だるげにしているその目は、しかし焦燥の色で満ちていた。
 彼女の名前は佐倉萌。
 異世界帰りだとか、巨乳だとか、レベル278だとか、巨乳だとか、腹から刀を出せるとか、巨乳だとか、色々と抱えるものが多い彼女であるが、今、彼女を悩ませているのは。


(……ダイキ、どこにいるの……?)

 想い人が見つからないことだった。
 犬上大樹。
 彼女の大切な仲間。
 そして、それ以上の関係に成りたい少年。
 

「うぐ、ぐぐぐっぐぐぐっぐぐぐ!」

 普段の彼女らしからぬ、焦燥した声。
 しかし、唸っていても、何も解決しない。

(ダイキ、ダイキぃ……)

 恋焦がれる。
 と言う言葉があるが、正しくそれだった。
 元々、最近まで彼女は彼と常に一緒だった。
 それが、いざ想いを伝えて離れ離れ、なんてどんな拷問だろうか。
 しかし、見つからないものは、どうしようもない。

 そして、このにっちもさっちも行かない状況が、彼女の背中を押してしまった。


「そう言えば」

 ふと、思う。彼の台詞。

『お前、モエって名前の割りに何の萌えもないよな』

 それは、戯れの言葉だった。
 ダイキは特に何かを意識して言った訳ではなく、冗談めかして言っただけだ。
 しかし、人は他人の言葉を十全に額縁通り受け止める生き物ではないのだ。

 つまり。

(アタシには、萌えがない……?)

 気にしてしまうのだ。考えてしまうのだ。
 特に想い人の言葉は。

 思考する。深みに嵌る。
 彼女だって、ネジがぶっとんだ人間。超えてしまった人間なのだ。
 マトモな思考過程を気にしても、何も意味がない。

 萌え、と言えば。
 その辺りの知識は、彼女は疎い。
 だが昨今、萌えと言う言葉に明るくない人でも、その言葉の代名詞的役割を持った「とある場所」を知っているものだ。
 そして、モエもまた、知っていた。


 ――メイドカフェ。



「そうだ、バイトしよう」

 ――『萌え』を極めて、ダイキと再開する為に。


 本人は至って真面目である。
 それに、現状、もう彼を探しようがなかったし。 



 ・闇よ……!

「な、なんか佐倉が唸っているけど、だ、大丈夫なのか?」
「さ、さぁ……?」
「と言うか、それよりも……」

 クラスメートが目を向けると、そこには。

「くくく、やはりあいつは『選ばれし者』。まさか、カオティックミラージュを発現させるとは……!」

 片目を押さえてブツブツと呟く男がいた。
 かつて、ちゃらちゃらしていたその男は、今やむしろそこらかしこにシルバーのアクセサリーを付けて、ちゃらちゃらどころかジャキンジャキンと傍迷惑な騒音を出している。

「……こいつの方がヤバくね?」
「あー、こいつ佐倉に振られてからおかしいんだよ」

 その台詞に、ジャキンジャキンと音を鳴らす男が、ビクリと反応した。

「振られては、おらん」
「そう言えば、自分探しの旅に出たらしいな。振られてから」
「振られては、いない」
「んで、その『自分』とやらは見つかったか?」

 クラスメートがそう言うと、男は待ってましたと言わんばかりに、バッと腕を広げた。

「くくくくく! いいだろう、凡百な有象無象どもに教えてやる。我が名は闇の申し子、闇を駆ける孤高の帝王! カイザー・オブ・ダークネスなり! ちなみに俺は千を超える軍団を率いて数々の王国を蹂躙してきた。しかしそれを表沙汰にしてしまう訳には行かない。闇の帝王だから。必殺技はカイザーインフェルノ。一兆度の炎を出す。相手は死ぬ。これは古来より受け継がれし闇の邪法であり、適正がない人間が使うとすぐさま邪心の怒りを買ってしまい自らが出した業火に焼かれてしまうのだ。俺の輝くガイアで太陽さえも嫉妬する」

 クラスが静まった。

「……お前はラーメン屋の申し子だろ」
「イタイとかもうそんな次元じゃないぞそれ」
「振られたからって妄想に逃げちゃ駄目だよ、カイザー」
「元気だせよ、カイザー」
「……振られては、い、いない……」

 ちなみに、夜に無意味に出歩いてたりする。
 だって、カイザーだもん。カッコよくない? 夜中に歩く俺カッコよくない?


―――――――――――――――


 カイザー・オブ・ダークネス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:16
 レベル:5→25
 通称:『カイザー』
 備考:『マッドネスレセプション』が発動。レベル+20。先天技能『詠唱省略式単一魔法』が限定解除。



―――――――――――――――


 ・竜

「はぁ……」

 陰鬱とした溜息が、朝靄に輝く通路に響く。
 とある少女は、短く纏めた髪を靡かせて、ゆっくりとその歩を進めていた。

(溜息など吐いて、どうした?)

 不意に頭に響く、声なき声。
 しかし、そんな異常な事態に少女は平然とし、

(吐きたくもなるよ……」

 そう心中に返した。
 少女が前を見る。
 そこには、己が通う学校の校門があった。
 そして、毎日の恒例もあった。

「お姉さまぁああああああああああ!」
「ああ、ナズナ様……! 今日もお美しい……」
「ナズナ様ハァハァ……」
「ナズナ様ー! 私だー! 結婚してくれー!」

 少女を褒め称えているのも、ハァハァ言っているのも、求婚したのでさえも、同性である少女である。
 あんまりなこの状況に、少女、ナズナはまたしても心中に語りかけた。

(これで女学院なんだから、笑えないよね。なにこのモラルの低さ)
(そんなものなのか?)

 ナズナの心中に居る『それ』は、良く理解出来なかった。
 『それ』は、人ではなかったからだ。
 ただ。

(最近はヤナギ君に会えないし……やんなるよ……)
(苦労、しておるのだな……)

 ナズナが大変な目に合っている、と言うのはいくらなんでも理解できた。
 それくらいなら、人間でなくとも、『神竜・レウコトリカ』であろうとも、暗い溜息を見れば、解るのだった。

 そう言えば、とナズナは群がる雌どもを蹴散らしながら、自分を通して『地球』を見ている竜に告げる。

(レウコトリカ)
(なんだ?)
(ありがとうね)
(は?)

 急に感謝の言葉を告げられたレウコトリカは、遠く離れた『キロウ』で目を丸くした。

(……何故、礼を言う?)
(いや、始めは凄いビックリしたし、怖かったけど、でも、なんだかんだで愚痴を聞いてくれるから。そのお礼)
(……お主は『竜』の因子を持っているからな。全ての竜を司る我を、無条件で受け入れているのだろう)
(それでも、私は感謝している。……ヤナギ君にもあんまり相談できないし、ウチの両親にもこんなこと言えないし……誰かに話すだけで、ストレスって減るんだね)
(人間は分からないな。……マジで)

 不可解そうにするレウコトリカは、だけど悪い気はしなかった。
 レウコトリカは今、退屈ではなかった。


―――――――――――――――

 リア充・ナズナ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:7
 通称:『ナズナ様』
 備考:竜の因子持ち。良いとこのお嬢様。素で強い。


―――――――――――――――



 ・彼と彼のロイヤリティ

「ヤナギぃ、お前の彼女、あの女学院の生徒なんだろう? ツテで誰か紹介してくれよ!」
「ナズナの話だと9割レズらしいけど、それでもいいのなら」
「え、なにそれこわい」
「ヤナギン、おっぱいの大きい子はいる?」
「ウワー! 湯久世がアップを始めたぞー!」
「保護欲をそそりそうなちっちゃい女の子は?」
「最近タガが外れた佐倉も参戦だー!」


 わいのわいの、と何時も通りに騒がしいクラスで、一人の少年が机に突っ伏して寝ていた。
 少年は、夢を見ていた。



「あんたは、それでいいのか?」

 どこまでも真っ白い空間で、少年が言う。
 その言葉の先には、少年と同じ顔の男性が居た。
 男性は、ふっと微笑んだ。

「いいも何も、ここに居るだけで私は幸せだ。彼女をずっと見ていられる」
「……」
「それに、前も言ったろう? 私には選択の余地がない」

 何の気負いもなしに、男性が言った。
 後悔も。反省も。慙愧も何もなく。
 ただあるがままを受け入れて、男性は言う。




「あの世界の私は、もう死んでいるのだから」



―――――――――――――――

 王子・サルヴィス=プレセンズ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:25
 武器:標槍『キングダム』
 レベル:92
 通称:『風切り』
 備考:死亡。精神体。別に変な性癖は持っていなかったが、うっかりユリに惚れてしまった所為で何かに目覚めた残念な王子。


―――――――――――――――




「運が良かった。私が殺された時に、無限回廊が接続していた。そして、私とほぼ同一の魂を持つ君が居てくれたから、私はこうして居られることが出来ている」
「簡単に説明してくれ」
「超似ている魂を持った君がいたから、死んだ私は超ラッキー」
「はしょっただけで何も分からねぇよ」

 少年はサルヴィスの言葉にげんなりした表情をした。
 サルヴィスと明確な繋がりを持つ様になって幾日。
 少年は彼から齎せる様々な情報を受け取ったが、それでも、納得出来ていないこともある。

「あんた、国はいいのか?」
「……気にならない、と言うのなら嘘になるけどね。生まれ育った国で、私は仮にも王子だ」

 少年の問いに、サルヴィスは僅かに眉を顰めた。
 しかしそれは一瞬のことで、すぐさま平素の表情に戻る。

「だが、気にしては意味がないだろう? 私が死んだ理由は、分からない。寝ていたからね。しかし、状況的に考えればライバル国の所為だろうな。バローグか、モリブデンか。どちらにせよ、可也の大国だ。そして、無意味な蹂躙する国でもない。……狙いは王族だけの筈。王国の民は、無事だろう」

 想うように、念じる様に言ったサルヴィスは、次いで、上を見上げた。
 その先には、何もない。ただ真っ白な空間が広がるだけ。

「それに」

 未だ上を見続けるサルヴィス。
 相変わらず、何もない。
 何もないが、彼には、彼だけの何かが、きっと見えていた。

「彼女がいない世界に、未練などない」

 国。
 家族。
 自分。
 世界。
 何もかもを気にしない。
 気にすることは、ただ、一つだけ。
 『彼女』だけ。
 サルヴィスにとっては、それが全てだった。
 彼女に出会ってから、そして眠りに堕ちるまで。


「そっか……」

 純粋な狂気による、純粋な想い。
 それを目にして、少年は一言、そう呟いた。
 納得は出来ないが、それでも誰かの想いを否定するのは、彼の矜持に反する。
 少年はそう言う人間だった。

「……君はいいのかい?」

 サルヴィスが少年にそう問う。

「こんな訳の解からないヤツが精神に宿って、さぞかし迷惑だろう?」
「そう思うのなら、出て行ってくれないか?」
「無理だ」
「だろ?」

 少年は薄く笑った。
 
「じゃあ、いいよ、別に。あんたも言ったろう? 『気にしても意味がない』って。諦めとか、寛容とか。そんな考えが一番大事なんだ。だから、もう気にしない」

 それが少年の生き方だった。
 誰かを否定しない。何かを受け止める。
 サルヴィスが語ったことは、何かも信じられないようなことばかりだ。
 異世界。レベル。王子。眠り。勇者。召喚。――湯久世由里。
 だけど、それを気にして、否定して、どうなると言うのか。
 あるがままを、なすがまま受け止める姿勢。それが、彼だった。

 少年が笑って言う様を見て、サルヴィスもまた笑った。

「ふふふ、やはり、君と私は同一だ。……では勇者とにゃんにゃんを……」
「いや、それは……」
「な、何故だ! あんな美しく、可憐で、にゃんにゃんしたいと思う女性なんていないだろう?」
「さっきから思っていたけど、『仮にも王子』なんだからにゃんにゃん言うなよ……」
「何故だ、何故なんだ!?」

 先ほどの様子とは打って変わり、途端に取り乱すサルヴィス。
 対する少年は困った様に頬を掻いた。

「いやさ、俺の好みは元々大人の女性なんだよ。……そりゃ、湯久世の事が気にはなるけど、でもなぁ……」

 ――あるがままを受け入れてはいるが、それでも、これはまた別の問題だった。
 確かに、少年はユリのことを気にはなっているし、そもそも、彼がサルヴィスと繋がりを持てる様になったのは、少年とサルヴィスの想いが一致したからだ。
 だけど、それでも、だ。
 愛だの恋だの。惚れたの腫れたの。そんな甘酸っぱい感情には、未だ遠かった。
 彼にとって、ユリは『気になるクラスメート』にしか過ぎないのである。


「なんだい!? ではどうしたらいいのかい!? あれかい!? もっと私と同一になったらいいのかい!? とうっ!」
「うぉ!?」

 サルヴィスが光った。
 少年も光った。

―――――――――――――――


 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 レベル:24→42
 通称:『プリンス』
 備考:並列魂融合率50%。レベル+18。魂融合の限界値に到達。


―――――――――――――――



「ええええ、こう言うのは少しずつやるもんじゃねぇの……」

 何だか妙に力が沸いてきたのを感じ、少年はまたもげんなりした。
 こうまで意味のないパワーアップをして、果たして何だと言うのか。

「どうだい!? にゃんにゃんしたいかい!?」
「いや、あんたも言ってたじゃん。『魂を融合しても、考え方や精神は別物だ』って。だから、何にも変わんねぇよ」
「なんだい!? これでも駄目かい!? よし、ほら、これ上げるから!」

 変わらず高いテンションのまま、サルヴィスは己の腹部に手を入れた。
 ずちゅ、と歪な音を立てて、そこから一振りの槍が現れた。
 全体が青白く輝く、不思議な槍だった。

「な、なんだこれ……槍?」
「私が持つ神器、『キングダム』さ! 神器はユーザーと同体だからね! 精神だけになっても、この通りさ! ほらぁっ、これをやるから! ユリたんとにゃんにゃんを……!」

 槍をぶんぶんと振り回して、サルヴィスは少年に近づく。
 少年は首を全力に振りながら後ずさりをした。

「い、いらねぇよ! それを貰って俺はどうすればいいんだよ! ってかさり気にたんって呼ぶんじゃ……おい待て、やめろ、やめろってえええええええええええええええ!」


 
 むくり、と少年は体を起こした。

「お、起きたかプリンス。……どうした?」
「……今なら、ゴジラとかにも勝てそうな気がする」
「は?」



―――――――――――――――


 学生・プリンス
 種族:人間
 性別:男
 年齢:14
 武器:標槍『キングダム』
 レベル:42→92
 通称:『プリンス』
 備考:並列魂融合率50%(限界値)。神器を身に宿したことにより、レベル+50。だけど本人の気持ちは変わりません。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。


―――――――――――――――







 ・激変する利己主義者

「ところでさ」
「ん、なぁに?」
「あんたさ、ニュクスがなくても負けない、って言ってたけど、どうやって戦うの?」

 放課後、屋上に二人の女生徒がいた。
 ユリとサクラ。
 彼女たちは最近良く一緒に居ることが多く、そして、こうして屋上で何の気もなしに会話している。
 サクラは、なぜかユリを気にしていた。
 話が聞きたかった。興味があった。
 異世界の、と言うよりは、『ユリ』に。
 それがなぜだか、本人にも分からないけど。
 
 サクラの問いに、ユリはフェンスに背を預けて、言う。

「……ああ。そもそもニュクスはね、攻撃用の武器じゃないんだよ。ニュクスの中に秘められている多彩な秘術。これが最大の利点な訳。んで、私のぐらいのレベルになると、そんなのあまり必要がないんだよね。殴り合い蹴り合いのガチンコ戦闘で十分」
「ガチンコって……」
「いや、実際そうなんだよ? 『あっち』ではニュクスを持っていることもそうだけど、アッパー系スキルの多様さでも恐れられていたんだから」
「やっぱ恐れられているんだ」
「まぁ勇者だからね」
「……勇者?」
「うん、勇者」

 サクラは勇者の定義が分からなくなった。
 まぁユリの場合は自称なのだから、仕方がないのだが。


「……アッパー系って?」
「特定の感情や状況に応じて自分の身体能力を底上げするスキルだよ」

 サクラが尋ねると、ユリはぐっ、と背伸びをした。
 小柄な体が、少し伸びる。
 暖かい陽気に、ユリは目を細めた。

「んー。えーと、私の持っているので言えば、相手の絶望や悲鳴、嘆きを糧にする『アッパーグリーフ』、辺りが暗くなればなるほど強くなる『アッパーブラック』、そして」

 とユリは隣のサクラに手を伸ばした。

「えいっ」

 揉んだ。
 もにゅもにゅ。

「えっへへへへへへ。自分の欲望を満たして発動する『アッパーイディオシンクラシィ』。三つもアッパー系スキルを持っているのは、そうそうないんだよおっぱいでけぇ柔らけぇ」
「やめろこのゲス」
「つまり、光がない暗闇でおっぱいの大きい人が泣き叫んでいる状況だと、私は最強になるね」
「凄まじ過ぎるよ、あんた……」

 と言うことは、ユリは今、そのスキルを無意味に発動しているのだろうか。
 サクラは、ユリに出会ってもう何度目か分からない溜息を吐いた。


 ――感知。

 ふと、サクラに奔る違和感。

(……ん?)

 ――変革。


―――――――――――――――


 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:20
 通称:『さっちん』
 備考:『レヴォリューション・エゴイスト』が発動。『アッパーイディオシンクラシィ・レベル4』を入手。


―――――――――――――――


「あ、そうだ」
「なに、さっちん」
「あ、あのメイドカフェ……い、何時行く?」
「さっちん……」
「だ、だって! ミカンちゃんと約束したんだもん! また行くって!」
「良い感じに搾取されてるね」
「ミカンちゃんはそんな子じゃないやい! それにあたし達、無料券貰ったじゃん。メイドさん助けたお礼として。……そ、それでさ、ミカンちゃんのシフト、抑えといて欲しいんだよね」
「……なんで私に?」
「だって、あんた、あそこの店長さんと知り合いなんでしょ? なんか話してたじゃん」
「……あー、うん、知り合い、知り合いと言えば、そうだね。一応は」
「……?」

(流石、と言ったところだよね……まさか『乗っ取る』とは)


―――――――――――――――


 店長・ナデシコ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:27
 レベル:5
 通称:『店長』
 備考:とあるメイド喫茶の店長。特徴のない平凡な顔が特徴。精神寄生。


―――――――――――――――


 ・変態時々変態。ところにより中二病

 夜。肌寒い風が吹いた。
 だから、ではないが、男はパンティを被った。頭に。

「装着」

 ――2125枚。
 それが、夜騎士パンティが手に入れたパンティの数である。
 だが、まだだ。まだ足りない。
 もっとパンティを。新品の、履いていないパンティではない、誰かの温もりに触れたパンティを。もっと。もっと!

 そんな訳で、今日もパンティはパンティを頭に被ってパンティを狩るのだった。
 今日の狙いは、とあるアパートの一室。
 昨日もそこに狙いを定めたのだが、とある事情があり断念したのだ。

 パンティがそのアパートの前に赴くと、そこには一人の少女が居た。
 昨日、パンティの邪魔をした少女だった。

「……またか、JKよ」
「またよ、変態」

 長い黒髪を靡かして、仁王立ちを披露する少女。
 パンティはそれを見て、やれやれと首を振った。

「……パンティを差し出すのなら、お前を見逃してやる。昨日はもう手にいっぱい他のパンティを持っていたから見逃したが……次は、ない。勝てんぞ、お前では」
「やらない。ごっちゃんのパンティも。私のも。私のはお兄ちゃんのものだ」
「ならば、会話なぞ要らないな……夜騎士が壱の剣、推して参るっ!」

 そう言うと、パンティは体勢を低くし、まるで弾丸のごとき速度で少女に向かう。
 人智の超えたその速度を前にして、しかし少女は、あろうことか目を瞑った。
 少女が想うは、変態ではなく。一人の男性。

(お兄ちゃん……)

 最愛の兄。

(お兄ちゃんみたいに、なれるかな。なれた、かな)

 変態が迫る刹那の間隙。
 そこに、少女、アズサは浸っていた。
 兄の思い出に。輝かしく、美しい、兄との思い出に。

(お兄ちゃんおにいちゃんオニイチャン! 私に力をちょうだい! あの日のお兄ちゃんの様に! あの時のお兄ちゃんの様に! お兄ちゃん、お兄ちゃん!)

 兄が好きだ。
 兄を愛している。
 だがそれ以上に。
 憧れだった。
 あの日、あの時の兄の様に。
 何かを捨てて、意地を貫いて、マトモとは言えない高校に入学が決まっても、それでも笑っていた、兄の様に。

 変態に負けたくない。
 ごっちゃんの下着を守りたい。
 だが、それ以上に。

「大好きだよっ、お兄ちゃん!」

 溢れるのは、純粋な愛。
 そして、生粋の狂気。

「ぐ、ぐぅううう!?」

 迫りくる変態の速度を超えた突きが、変態の顔を捉えた。


―――――――――――――――


 学生・アズサ
 性別:女
 年齢:16
 レベル:32→40
 通称:『狂犬』
 備考:『マッドネスレセプション』が発動。レベル+8。後天技能『アッパーラブ』がレベル3で発動。


―――――――――――――――


 レベルが全てではない。
 自分よりレベルが高いから、と言って、負けるわけではない。

「はぁ!」

 想い。それに後押しされる、スキル。
 アズサの突きが、パンティの鳩尾に沈む。

「ぐっ」

 だが、浅い。
 されど、効いている。
 呻き声を上げ、パンティはアズサから瞬時に距離を取った。

「ど、どうだ、この変態! パンツは諦めな!」

 拳を突きつけ、叫ぶアズサ。
 ――アズサのレベルは現状40。対するパンティは、66。
 それでもアズサが優勢だった。
 それは、アズサが発動したスキルがパンティとのレベルの差を埋めた、と言うのもあれば。
 アズサは全力を出していた、と言うのもある。
 しかし、一番決定的だったのは――――


「……すまなかった」

 ――――パンティが本気でなかったからだ。

「……なに、急に」

 突然謝罪の言葉を口にした変態に、アズサは訝しげな表情を浮かべた。
 それを受け、パンティは構えを解いて、だらんと、腕をぶら下げる。
 頭に被ったパンティから覗き出るその瞳からは、闘志の色がありありと浮かんでいた。

「お前を、甘く見ていた様だ。……素晴らしい力を手に入れて、俺は図に乗っていたらしい。……悪いが、本気で行かせて貰う」

 息を吸う。深く吸う。
 吐く。浅く吐く。
 吐く。
 吐く。
 吐く。
 ――――呟く。

「天鎧」

 直後パンティの体より吹き出る、黒い靄。

「な、ぅ、ぇ……」

 それ見たアズサは、現象の不可解さよりも先ず、嫌悪を感じた。
 いや、今までも嫌悪感はあった。そりゃ、パンツを被った変態が襲ってくるのだ。当たり前だ。
 だが、これは。この『黒』は。
 吐き気さえ誘発する『嫌悪感』を、はっきりと出していた。

「くっ、はっ……」

 短く息を吐くアズサ。
 自然、汗が額からポタリと垂れるのを感じる。
 だが、それでもアズサは目を逸らさなかった。

 それを見て、パンティが言う。
 絶えない賞賛を込めて。

「……安心しろ。傷つけはしないさ。ちょっと眠っててもらうだけ。ただ、目が覚めた時にはパンティと言うパンティが根こそぎなくなっているだろうが」

 それがパンティなりの賛美だった。
 強敵には、全力を。それが礼儀だ、とパンティは考えていた。

 ずっ、と腹部に手を入れる。
 中心に黒い穴が出来て、そこにパンティの手が沈んでいく。 

「妄れろっ、『アー……」
「カイザーインフェルノ」


 彼が己の本気の武器を出そうとした、その刹那。
 闇の帳から、声が響いた。
 途端、パンティの足元に赤い円が浮かぶ。

「お、おおおおお!?」

 困惑した叫び声を上げて、それでもパンティは瞬時にその円から離れることが出来た。
 それがどう言うものなのか、パンティは知らない。
 だが、本能が告げていた。これはやばい、と。

 瞬間。

 円がカッ、と赤い光りを放ち、火柱が上がった。
 2m程の、燃え盛る炎の柱。
 しかしそれは刹那の内に終わり、瞬刻には、もう炎は消えていた。

 突然の出来事に、パンティも、アズサも、声を失った。

 静寂。
 後。
 声。

「くくく、混ぜろよ、俺も。その狂乱に」

 声が響く。
 闇夜に舞う、低い声。

「だ、誰だっ!」

 パンティが咄嗟に言うと、一人の男が夜の帳から歩いてきた。
 ジャキンジャキン、と金属音を立てて、傲慢無礼に男が言う。

「通りすがりの、闇の申し子、さ」




[29437] ナイトパーティー
Name: ななごー◆3aacea22 ID:757bdab3
Date: 2012/02/04 15:07
 突然のやたら金属音を響かす闖入者に、アズサは眉を顰めた。
 あまりの理解不能な事態に、先程まで変態から感じていた嫌悪感は、どういう訳か薄れていた。
 夜の帳から突然現れた男。しかも、なんか炎を出すし。
 アズサは男を胡乱気な瞳で見て、訊ねる。

「……あなた、誰?」
「カイザーだ」
「…………さっきの炎は?」
「カイザーインフェルノだ」
「………………何しに来たの?」
「闇を感じに闊歩しているところ、面白そうな決闘<<ディアハ>>を見掛けたものでな。くくく、右手が疼いてしまったよ」
「………………………………何者なの、あなた」

 加速度的に増える三点リーダー。
 会話は成り立っているが成り立ってない。片一方が理解できていないから。
 うんざりした様なアズサの問いに、男は表情を無駄に引き締める。
 ジャキン、と無駄に腕に付けられた無駄なシルバーなアクセサリーが無駄に音を発する。無駄ばかりである。
 男はサッと右手で己の片目を押さえた。

「高貴なる闇の申し子、カイザー・オブ・ダークネスだっ!」
「あ、ヤバイこいつ。とにかくヤバイやつだ」

 お前が言うな、その一である。






「いきなりで申し訳ないとは思うが」

 アズサがイタイタしい男に気を取られていると、その存在を忘れかけていたパンティがそう言った。
 何時の間にか、その手には柄も刀身までもが全て黒い両刃の剣が握られていた。


「俺は夜騎士として負ける訳には行かないし、正直、この状況が上手く理解できない」


 この平和な国に相応しくない、物々しい剣。どこからか現れたかも分からない、黒い剣。
 だが、アズサも、未だ無意味に片目を押さえている男も、そんな情景に戸惑いは覚えなかった。いや、覚えられなかったと言うべきか。
 そんな余裕は二人にはなかった。
 ――あれは、マズイ。
 状況は不明。正体も不明。だが、二人は咄嗟に身構えた。本能が告げていた。警鐘を鳴らしていた。
 ここから離れろと。

「よって」

 しかし、それより早く。より速く。

「さっさと終わらす」

 パンティは剣を上段に構えていた。

「妄れろっ! アーテー!」

 そして、その場に振り下ろす。

 途端剣より這い出る、夜でさえも視認出来るおぞましい程に黒い霧。
 霧は、そのまま真っ直ぐに二人に向かって行く。
 

「ぅわっ!?」

 男は、その霧には呑まれなかった。
 反応が速く、ジャキンジャキンと音を立ててその場から飛び抜いたお陰でもあるが、位置取りが良かったと言うのもある。
 ともかく、男は比較的容易に霧の射程外に行くことが出来た。
 しかし。

「っぐ!?」

 ――アズサは逃れられなかった。
 丁度、パンティが振り下ろした剣の軌道の直線上に居たのが仇になってしまった。
 黒い霧に捕らわれたアズサを見て、パンティは天鎧を解いた。
 いや、解かざるを得なかったのだ。天鎧は発動しているだけで体力を消耗する。
 『妄剣アーテー』が持つ大技を使用したパンティには、それを維持する体力は残っていなかったのだ。
 ボソリとパンティは呟いた。

「……トワイライト・マニアクス」
 




「な、に……ここ……?」

 何もなく、どこまでも黒い空間。
 そこに、アズサは居た。
 戸惑い気味に周囲を見渡しても、何もない、見つからない。
 と、そこで、不意に人の気配を感じた。
 アズサが後ろを振り向くと。

『アズサ』
「お、お兄ちゃんっ!?」

 そこには、最愛の兄の姿があった。
 全てが黒い空間の中にあって、何故かその姿はくっきりとアズサの瞳に映っていた。
 アズサは、今家に居るはずの兄の登場に狼狽した。
 そんな中、ダイキはいつもの顔で、いつもの声で、アズサに言う。

『愛してる』
「……え、ふぇ、え、え、え、ええええええええっ!?」
『愛してる、アズサ、愛してるあいしてるアイシテル』
「お、にい、ちゃん……?」

 同じ言葉を茫洋として繰り返すダイキに、アズサは懐疑的な目線を向ける。
 姿形や声は全く兄と同一の物だ。
 しかし、何故ここに居るのか。何故急にそんなことを言うのか。アズサには理解できなかった。
 だが、その異常さをきちんと理解する前に、ダイキはキザったらしく指をパチンと鳴らした。
 途端、黒い空間に現れる、なんか今にも回りそうな丸いピンクなベット。
 そして、ダイキが口を開く。

『アズサ』
「……」
『Let's go to bed with me!』
「yeah!」

 それはそれはネイティブな発音だった。





「はぁ、はぁ、はぁ……ちっ、やはり、消耗が激しいな。だが、これで一人…………ちっ!」
「……外したか」

 パンティが息も絶え絶えに肩を揺らしていると、またしてもその足元に赤い円が現れた。
 すぐさま反応し円から離れると、直後、先程と同じ炎柱が垂直に奔った。
 見ると、男がカッコつけたポーズを取りながら、パンティに手を翳していた。

「貴様、あいつに何をした」

 と男が言った。

「……我が神より授けられた『アーテー』が担いしは『妄想による破滅』。……霧に捕らわれた者は自身が望む妄想に囚われ、やがてその精神を壊す。……まぁ今回はそこまでしないが、今頃気絶ぐらいはしているだろう」
「なにその『神』とか言う設定。イタいんだけど」
「おいコラ。お前には言われたくないぞ。それに設定じゃない。お前こそあの炎は何なんだ」
「カイザーインフェルノだ」
「あ、駄目だなこれは。なんか分かる。これは駄目だ」

 お前が言うな、その二である。


「許せない」
「……っ!?」

 ――――黒い霧が、晴れる。
 その向こうには、アズサが居た。
 しかし、パンティが言った様な状況ではなく、きちとんと意識があった。
 ……まぁ顔が赤く、衣服が乱れ、足元にはちょっと描写が出来ない水溜りがあったが、ともかく彼女は立っていた。Bボタンも勃っていた。
 その目を凶悪な色に染めて、アズサが言う。

「お兄ちゃんを汚すなんて、許せない。お兄ちゃんはそんなことしない。お兄ちゃんは私を大事にしてくれる。私のお兄ちゃんに、あ、あんな、あんな……ねぇ、もう一回やって?」
「すまん。あれは一日一回しか出来ないんだ」
「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 アズサの叫びが夜に響く。



―――――――――――――――


 学生・アズサ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:16
 レベル:40→49
 通称:『狂犬』
 備考:『マッドネスレセプション』の限界値に到達。レベル+9。狂気受容によるレベルアップが終了。



―――――――――――――――




「ぐちゃぐちゃになれぇ! もうお前ぐっちゃぐちゃになれよぉ! 変に期待持たせないでよぉ! わ、わかってるもん! お兄ちゃんはこんなことしないって! 分かってるもん! それでも好きなの! 愛してるの! でもお兄ちゃんは私のお兄ちゃんでおにいちゃんだからオニイチャンなんだよぉ! ううううううううううううううわあああああああああああああああああああああ!」

 正に狂気の咆哮。
 体を仰け反らせて叫ぶその姿は、狂気そのものである。
 パンティも「おおぅ」とか言って少し引いている。
 ジャキンジャキンと五月蝿い男はポツリと零す。

「あ、ヤバイ。ガイアが俺に囁いている。とにかくこいつはヤバイ、と」

 お前が言うな、その三である。



「うっっっっっさいわぁ!」

 そこで、変人集う夜に、甲高い声が響いた。
 場に居た全員がその方向見ると、一人の女性が仁王立ちしていた。
 その女性を見て、男が言った。

「……ゴリラ?」
「違ぇ」

 女性は、顔がアレだった。
 男のあまりに無礼な言葉を聞いて、アズサが憤慨する。

「失礼なこと言わないで! ごっちゃんは確かにこんな顔だけど、それでも優しいゴリラなんだよ!?」
「ゴリラベースで私を語るな」
「ふむ、闇の呪いか……難儀な」
「勝手に変な設定を付けるんじゃねぇ。生れ付きだから。これ生れ付きだからぁ!」

 初対面の癖に究極に失礼な男と、友人の癖に至高に無礼なアズサ。
 その二人に、女は声を荒げた。

「ゴリラちゃん、どうしてここに?」
「せめてごっちゃんって呼べよ! アズサ私の名前知っているよな? ショウだぞ? 甘宮 蕉だぞ!? 流石の私も怒るぞ!」
「ご、ごめん……私、昔から友達がいなかったから、こう言うの、良く分からなくて……」
「き、急に重い話を出すのはズルイって! だ、大丈夫! 私は友達だから!」

 そう言って、女、ショウは安心させる様にアズサの肩を優しく叩いた。
 アズサは「ありがとうっ!」と目を輝かせて、ショウは「なんで自分が慰めているんだろう?」と疑問符を上げた。
 

「……ところでごっちゃん、話を戻すけど、なんでここに? 怖いから何とかして、って引き篭もってたじゃん」
「……窓から様子見てたけど、剣を持っている変態と炎出すイタイやつと変態がウチの前で非常識なことやってたら、むしろ恐怖心が引き篭もったわ」
「もーごっちゃんったらー! 変態が重複してるぞっ!」
「いや、お前も数に入っているからな?」
「えっ……」
「信じられない、って顔しているお前の感性が信じられないよ、私は。……それよりそこの変態さん」
「ん?」

 以外にも紳士なのか、それともあまり体力がないのか、何をする訳でもなくジッとショウを見ていたパンティ。
 そんな彼に、ショウが言う。
 自嘲の笑みを浮かべて。 

「もうなんか早く寝たいから、こうして出てきたっす。あなたは私の下着が目的みたいっすけど……」

 ショウは笑っていた。
 その笑いは、彼女にとって慣れ親しんだものだった。
 自身のコンプレックスを引き合いに出すときの、哀しい笑み。
 好き好んでそう言う笑いをしたい訳ではないが、今までの人生で、彼女は知っていた。
 物事をスムーズに送らせるとき、そうする必要がある、という事に。
 だから、彼女は言う。だから、彼女は笑う。

「……私、顔こんなんっすよ? あなただって、もっと美人の下着の方が……」
「女は顔じゃない」

 ショウの言葉を遮って、パンティが口を開いた。
 その口から出た言葉は、あまりにも使い古された言葉だったが、この後に来た二の句は彼女にとって一度も聞いたことがない言葉だった。


「女はパンティだ」

 そう言ったパンティの顔は、今世紀最大のドヤ顔だった。頭にパンティを被っているが。

「君のパンティは、良いパンティだ。だから、私は君のパンティを狙っている。私は全てのパンティを愛しているが、それでも好みはあるのだよ。そして、君のパンティはドンピシャだ。でなければ、二度も来ない」

 パンティはドヤ顔だった。
 アズサと男はドン引きで、ショウは唖然とし口をポカンと開けていた。

 ひそひそと、アズサと男が言う。

「おい、パンツに良いも悪いもあるのか?」
「知らないわよ」
「あの変態の好みって何だ?」
「知りたくもないわよ」

 無論、二人はげんなりした顔をしていた。
 そんな二人は眼中にないのか、ショウはパンティを真っ直ぐに見ている。

「……あなた、名前はなんて言うんすか?」
「パンティ。夜騎士パンティ。それ以外の名はない」
「そっすか……パンティさん」

 ショウは息を深く吸い、殊更顔を真剣なものにした。

「結婚を前提に付き合って下さい」




―――――――――――――――


 学生・ショウ
 種族:ゴリラではない
 性別:雌
 年齢:16
 レベル:5→8
 通称:『ごっちゃん』
 備考:蔓延する狂気と衝撃的な出会いにより先天技能『マッドネスレセプション』が限定解除。レベル+3。



―――――――――――――――



『ぶぅううううううううううううううう!』

 突然のプロポーズに、アズサと男は噴出した。特に何か口に入れた訳ではないが、とにかく噴出した。

「ご、ごごごごご、ごっちゃん!? 正気!?」
「ど、どどど、どうしたと言うのだ!? 狂ったか!?」
「お前らには言われたくない」

 ご尤もである。

「……いや、私、こんな男の人に全肯定されたの初めてだから……この機を逃すと、もうこんなことはないかな、なんて……この人、外面で判断してないし」
「冷静に考えて、ごっちゃん! 肯定してるのはパンツだけだよ!?」
「それに外面で判断してない、って、パンツで判断してんじゃねぇか! 確かに内側に履くものだけども!」

 今回ばかりは二人が正論だった。
 しかし、慌てる二人を他所にパンティは落ち着いていた。
 腕を組み、暫し目を瞑って、開けた。そして一言。

「いいぞ」
『ぬぅぁああああああああああああにぃいいいいいいいいいいいいいいい!?』
「ま、マジッすか!?」

 ユニゾンで仲良く絶叫す二人に、嬉しそうに目を見開くショウ。
 だが、パンティは「しかし」と前置きを付けて、ショウに言う。

「俺は君のことを知らない。そして、君も俺のことを知らない。先ずは友達から始めようじゃないか」
「は、はいっ。よろしくお願いしますっ!」
「ああ、こちらこそ」

 パンティはにっこりと笑った。勿論、頭に装着したパンティはそのままに。
 ショウもまた、笑った。それは自虐的ではない、極めて自然な笑みだった。

「と、ところで、あの、趣味は……?」
「パンティを集めることだ。君は?」
「あ、ウォーキングっす」
「ほう……ナックルウォーキングか」
「違うっす。散歩っす。類人猿特有の歩行方法じゃないっす」

 きゃっきゃうふふ。
 と擬音が付きそうな雰囲気を出す二人。
 そんな二人を、男とアズサは呆然と見ることしか出来なかった。

「なんだこれ……」
「私も知りたいよ……」

 殆ど偶発的にここに来た男とは違い、アズサは元々パンティを撃退しに来たのである。
 それが、守るべき友人が倒すべき下着泥棒に惚れるとは。
 今日一番割りを食ったのは、間違いなくアズサだった。だったが、ちょっと良いものを見せて貰ったので、そのことは不問にした。結局アレはどう言う原理かは分からなかったが。まぁ彼女はそんなことはどうでもいいのだ。大事なのは結果である。

 と、そこでアズサが隣で未だ呆然としている男に言う。

「……ねぇ」
「ん?」
「あんた、名前は?」
「……だからカイザーだ。カイザー・オブ……」
「いや、そっちじゃなくて、ちゃんとしたの」
「俺はカイザーだ。それ以外の……」
「名前は?」
「いや、だから」
「名前は」
「いや」
「名前」
「………………侘助」
「そ。私はアズサ。よろしく、ワビスケ」
「…………ぐす」

 ワビスケは洟を啜った。しかし、泣いてはいない。だってカイザーだもの。闇の申し子だもの。


―――――――――――――――


 学生・ワビスケ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:16
 レベル:25→27
 通称:『カイザー』
 備考:実は地味に『マッドネスレセプション』が発動。レベル+2。


―――――――――――――――





 ――――翌日の夜。


「あ」
「あ」

 アズサとワビスケが同時に声を上げた。
 ここはショウが住むアパートの前。
 そこで、彼らはまたしても鉢合わせたのだ。アズサは手ぶらで、ワビスケは相変わらずジャキンジャキンと鳴らしながら、右手に白いビニール袋を持っていた。


「何しに来たの、ワビスケ」
「カイザーだ。……闇を感じていたところだ」
「あー、成るほどね。コンビニの帰り道か。と言う事は昨日は『行き』だったんだ」
「……や、闇を感じに…………」
「違うの?」
「正解だよちくしょう!」

 完全無欠に見透かされたワビスケ。
 やり場のないその怒りを何とか押さえ、今度は彼が訊ねる。

「お前は何しに来たの? お前んちもこの辺なのか?」
「……口調変わってない?」
「もういい。なんか面倒臭い」
「まぁどうでもいいけど。私の家は少し離れているけど、なんか今日あの変態がまたごっちゃんの家に来るんだって。メールで誘ったらしいよ。んで、フォローの為に私も来てって」
「……なんか、一気に進んでいるな。ってか、お前も付き合いいいな」
「……ま、友達だからね。ホントはお兄ちゃんとラブラブランデブーしたかったんだけど、ごっちゃんがどうしてもって言うから、さ」
「案外マトモなんだな、お前」
「そっちこそ。以外に普通じゃない、ワビスケ」
「俺はカイザーだ」
「そこは譲れないのか……」

 闇がどうたら、とか、お兄ちゃんとらぶちゅっちゅ、だとか相手のことを極めてイカれていると思っていた彼らだったが、改めて会話すると、存外普通の存在だということを認識し合った。まぁあくまで彼と彼女基準の普通であるが。


 と、そこで。


「うぐぅ! うぐぅうぐぅ! ひっく、ぅえ、うぇええ、うぐぅうう!」
「あああ、そんなに泣かないで下さい、ほらもうすぐ……」

 夜の帳から声と共に人影が現れた。
 一人は、紛れもなくパンティだった。今日も頭に女性用下着を被っている。が、どこか困惑した様子が見て取れる。
 そして、そのパンティの背には一人の少女が背負われていた。
 幼く見えるその少女はパンティの首元から顔を出し、盛大にベソをかいている


 その様子を見た二人はまるで能面の様に無表情になり、ヒットマンがターゲットをヒットする程度の冷酷な瞳でパンティを見ていた。

「おい」
「おお! お前たちか! 丁度良かった!」

 そんな二人の心情は分からず、パンティは声を明るくし、背負っていた少女を丁重に降ろした。
 降ろされた少女は、しかし尚も泣き続けていた。右手で涙を拭いながら、左手でパンティの上着の裾を掴んでいる。
 その少女を、二人は改めて見る。幼い顔つき。未発達な身体。黒い髪の毛に、真っ黒いワンピース。ソックスや靴までもが真っ黒だった。
 が、二人にとって重要なのは、『幼い少女が』『泣いていて』『変態と一緒にいる』と言うことだけが、問題だった。
 地獄の底から滲み出るようなおどろおどろしい声で、アズサが言う。

「おいコラ変態」
「違う。パンティだ」
「結局変態だ馬鹿野郎。……その子はなんだ?」
「あー、この方は……」

 ワビスケの問いに、パンティが逡巡した。
 その刹那の時間は、パンティにとっては『なんて説明するか考えを纏める為』のものだったが、アズサ達は。 

「この子、小学生か中学生でしょ。しかも泣いているじゃない。警察……駄目だ。こいつは荷が重過ぎる。……ワビスケ」
「俺はカイザーだが……まぁいい。承知している」

 その間を『言えないコトを仕出かしてお持ち帰りしやがった為』と結論を決めた。
 アズサは僅かに腰を落とし拳を構え、ワビスケは右手を翳した。

「ふぅー……!」
「突き抜けろ、地獄の業火。カイザー……!」
「ちょっ、まっ!」

 文句なしの臨戦態勢に入った二人を見て、パンティは手を突き出して慌ててそれを静止する。

「ま、待て! 違う! 誤解だ!」
「知っているか? 犯罪者は皆そう言う」
「俺は犯罪者じゃない!」
「鏡見て自分が今何を頭に被っているか確かめろ」
「……あー、すまん。言い換えよう。……俺はそう言う類の犯罪者じゃない」

 結局、犯罪者だった。
 ちなみに、連続下着泥棒として警察に追われていたりする。
 と、そこで。

「なんか騒がしいと思ったら」

 頭をポリポリと掻いて、ウホッ、と……もとい、ヒョコッ、とショウが自宅であるアパートから出てきた。彼女はパンティ、アズサ、ワビスケ、そして少女と次々に目線を動かす。

「さっきから見てたけど……アズサも、ワビスケもあんまりだぞ? パンティさんを信じようぜ?」
「いや、俺はカイ」
「ごっちゃん、ちょっと盲目過ぎ」
「まぁそれもお前に言われたくはないが……どうせアレっすよね? 『知り合いの女の子が何か困ったことになって自分を頼って来たが、何故こうまで泣いているか分からず、どりあえず同性である私を訪ねた』って感じっすよね?」
「だから俺はカ」
「……微塵も隙がない程大正解だ」
「ごっちゃんすげぇ……」
「俺はカイザーだ……」
「うぐぅうぐぅ! ぅええええええん……」

 確かに、言われてみればあの少女は未だ変態の裾を掴んで話さない。
 アズサとワビスケは『変態』と『泣いている幼い少女』と言う組み合わせでパンティをロリータ的なコンプレックスを持つ犯罪者だと決め付けたが、そうならば、あそこまでパンティを慕っているものではないだろう。

 

「……つっても、急に来られてもねー、私たちに何をしろと」
「……いや、正直すまない。俺は今とても混乱している。知り合って間もない君、いや、君達を頼ってしまう程に。それと、何故かここに連れて来て、君達に会わせることが良いような気がしたんだ」
「なぜっすか?」
「勘」
「……って言うか、『君達』って、私とワビスケも?」
「そうなるな」
「カイザーな俺の意見だが、アズサはともかく、俺は偶然ここに来たんだぞ? 知ってたのか?」
「勘だ」
「……すげぇ勘してるっすね」

 ショウが感心したような呆れた様な口調で言うと、追随するようにアズサがパンティに問い掛ける。

「そこまで良い勘持ってんのに、泣いている原因も分からないの?」
「いや、それも気にはなっているが……」

 言われたパンティは泣いている少女をチラリと見て、そして頭をゆっくりと撫でた。それは優しく、まるで高貴なものに触れているかの様な恭しさがあった。

「確かになぜこのお方が泣いているか、良く分からない。悲しんでいる気持ちは『伝わって』いるが。だがそれ以上に」
「うぐぅ、うぐぅ……ううううううううううう!」


 少女は未だに泣いている。拭い切れない零れた涙がアスファルトに零れた。それを受けて、パンティはポケットから『布』を取り出し、少女の目元を拭ってやりながら、こう言った。

「なぜ、『我が神』が『女神』の姿をしているかが謎なんだ」
『は?』

 少女とパンティ以外の三人が同時に疑問符を上げた。
 我が神。
 女神。
 変態の口から飛び出したトンデモワードに目を丸くする三人。
 そしてその三人が何かを言う前に、泣いていた少女がポツリと言う。


「……の、……か…………」
「うん?」

 初めて少女が言った意味があると思われるその言葉は、しかし小さすぎて誰にも通じなかった。
 改めてその意味を取ろうと、四人がそれぞれ少女に近づく。
 少女は目元を拭いながら、顔を夜天に向け大声を上げた。



「ユリの、ばかぁああああああああああああああああああ! うわあああああああああああああああああああああああああああああああん!」

 途端、少女から出る三条の黒い光。
 そしてそれは。


「あ?」
「は?」
「へ?」


 間抜けな声を上げたワビスケ、ショウ、アズサの額に、それぞれ吸い込まれて行った。




―――――――――――――――


 夜騎士・アズサ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:16
 武器:非剣『モーモス』
 レベル:49→99
 通称:『狂犬』
 備考:夜騎士が弐の剣。■■■■の加護を受け、非剣『モーモス』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。



 夜騎士・ワビスケ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:16
 武器:義剣『ネメシス』
 レベル:27→77
 通称:『カイザー』
 備考:夜騎士が参の剣。■■■■の加護を受け、義剣『ネメシス』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。


 夜騎士・ショウ
 種族:ゴリラではない
 性別:雌
 年齢:16
 武器:悩剣『オイジュス』
 レベル:8→58
 通称:『ごっちゃん』
 備考:夜騎士が四の剣。■■■■の加護を受け、悩剣『オイジュス』を授けられる。レベル+50。先天技能『マッドネスレセプション』が後天技能『夜騎士』に昇華。レベル50の壁を突破。技能『天鎧』が限定解除。

 
 少女・■■■■
 種族:人間
 性別:女
 肉体年齢:14
 武器:欲剣『ピロテース』老剣『ゲーラス』争剣『エリス』苦剣『ポノス』忘剣『レーテー』嘆剣『アルゴス』抗剣『デュスノミア』
 レベル:4
 通称:『夜剣』
 備考:夜騎士の主。『鞘』である■■の奥底にあった人間体を押し付けられる。夜としての一部を■■に奪われ、死剣『タナトス』睡剣『ヒュプノス』を失う。コントラクトシステムと夜騎士システムは健在。と言うか、奪われなかった。


―――――――――――――――



「ふふふ、く、くくくくくく」

 とある部屋で、一人の少女が笑っていた。
 薄暗い部屋の中で、正真正銘の一人で、高らかに笑っていた。
 その顔にはどうしようもない喜悦が浮かんでいる。

「くくくくく! あはははははははははははははははははは!」

 一際響く、狂った様な笑い声。
 いや、事実、彼女は狂っているのかもしれない。壊れているのかもしれない。
 何もかも捨てて。
 捨てて。
 捨てて。
 捨てて。
 得て。
 それも捨てる。

 そんな虚無すら感じられる過程を経ても、彼女に後悔はなかった。
 大事な仲間を守る為、未来を捨てて。
 自身を守る為、罪悪感を捨てて。
 自由でいる為、モラルを捨てて。
 だけど他に守るものが出来て。
 でも、それを手に持っていては壊れてしまう。壊してしまう。
 だから、捨てた。

 守りきれないから、『友達』を捨てた。
 うざったいから、『愛剣』と共に『弱い自分』を捨てた。

 彼女は思う。
 油断、ではないが、少し、たるんでいた。
 『こうなるかもしれない可能性』を考えてもいなかった。
 自分は慕われていた『魔王』を殺したのだ。報復なんて、あり得るに決まっている。
 それが、例え別の世界であったとしても、『あの女』が言うには来る可能性は、ある。
 そして、それは相当な練達者だろう。『魔王の腹心』と言うぐらいなんだから。
 ――――邪魔だった。なにかと自分に関わる『あの子』。勝手に邪魔者を増やす『あいつ』。想い人に気を取られて『あの女』の正体に気づかない『姉貴分』。何処に居るとも分からない『兄貴分』。
 本当なら一緒に暮らしている『父親』も危ういが……『父親』は家を空けることが多い。関係性さえ気取られなければ問題はないだろう。
 
 これでいい。自分は一人でいい。

 『あの子』はもう自分と関わらないだろうし、『あいつ』は多分、どこかで適当に暮らすだろう。『あいつ』を守るシステムの権利は譲渡した。変態も居ることだし、大丈夫だろう。そもそもあのシステムは邪魔だったのだ。守られる必要は自分にはないのだから。良い厄介払いになった。
 そして、こんな選択を取った自分を『仲間達』は見限ってしまうかもしれない。『仲間達』は自分に人間らしさを求めている節がある。しかし、それを自分は手放したのだ。誰でもない、自分の意思によって。これで、自分は一人になる。
 だけど。
 それでも、残ったものがある。 
 確かなことが、一つだけある。


「私は、強い!」

 暗闇に、咆哮一つ。
 内にある感情は、彼女自身にも分からない。
 
「私は強い! 強いんだ! 必要なのは、それだけでいいっ!」

 ただ、それは自分に言い聞かせる様な、そんな響きが乗っていた。



―――――――――――――――



 勇者・■■
 種族:夜
 性別:女
 年齢:15歳
 武器:死剣『タナトス』睡剣『ヒュプノス』
 レベル:285→300
 通称:『世界最悪の夜』
 備考:自身の全てを夜に捧げ、そして自身の弱所を捨て去ることで完全体に変化。レベル+15。最終奥義『ナイトメア』が限定解除。彼氏は要らない。




―――――――――――――――




 ――――時は、少し遡る。


 次回→メイドカフェ



―――――――――――――――


 この作品のシリアスはシリアス()。
 あ、感想で誤字脱字を御指摘して頂きましたが、実はまだ直してません。
 ホント申し訳ない。近い内に必ず直しますんで、どうかご容赦して下さい。



[29437] メイド・レイド・ヘブン(前編)
Name: ななごー◆3aacea22 ID:0e53a319
Date: 2014/01/24 18:12

 ――時系列的には変態と変態と中二病とナックルウォーカーが最初の邂逅を果たした、翌日。

 とある喫茶店に、一人の高校生が訪れていた。
 彼女の名前は佐倉萌。
 金髪に染色した髪に、気ダルそうな表情。
 瞳は大きく、だけど覇気はない。疲れている訳ではなく、生来そう言う目つきなのだ。
 女性として恵まれた体型を持ち、尚且つ顔も整っている。
 そんな彼女は、喫茶店の奥の部屋でバイトの面接を受けていた。 


「志望の動機は?」
「はい。萌えの真髄を学びたくて」


 ――メイド喫茶『ヘブンズリバー』
 最近評判を上げている、ちょっとアレな喫茶店である。


「……ん。ごめん。もう一回言ってくれないかい?」
「萌えとは何かを知りたくてここに来ました」

 モエの見た目から繰り出された明らかに『そう』とは思えない答えに、面接を担当をしている店長は、真顔でもう一度聞き返した。
 対してモエは、同じく真顔で答えを繰り返す。
 モエは至極真面目だった。
 想い人であるダイキは、彼女のコミュニティ内では探知出来ない。
 なら、それを広げるのが見つけ出す道になる。
 加え、かつて『お前には萌えがない』とダイキに言われたことも、この奇行に拍車を掛けていた。
 萌えがあれば、ダイキは自分と付き合うかも知れない。元々それなりの好意は持たれていると思ってはいるが、いかんせん、告白の返事を聞いていないのだ。
 可能性は、高いほうが良い。
 萌えと言えば、メイドだ。
 メイドになる為には、メイド喫茶。


「と言うわけです」
「……」

 みたいな説明を店長に語った。無論、異世界だのなんだの電波な事実は避けて、『想い人が萌えを求めているかも知れないからメイドになりたい』と言う頭が沸いているとしか思えない自論で。
 見た目今時の女子高生の、純愛なんだか天然なんだか良く分からない激白を聞いた店長は、こめかみを押さえた。
 が、件の店長が頭痛を覚えたのは、もう少し複雑な事情故なのだが。

「私は……こんな奴らに……」
「……え?」
「いや、なんでもない」  

 メイド喫茶の店長、新島ナデシコは軽く頭を振った。
 その様子にモエは疑問符を浮かべる。
 そう言えば、この見た目地味な女店長はどこかで聞いたことのある様な声をしていた。
 無論、面識はない筈だ。長い黒髪をポニーテールにしているその店長は、キッチリと女性用のスーツを身に付けており、ストッキングに包まれている長い足を組んでいる。それがまた様になっていた。見た目、如何にも仕事ができる女性だ、モエはそう思った。逆に言えば、声以外はそれ以上のことは何も思い浮かべなかった。

(気のせいかな)

 己にメイド喫茶の店長をしている知り合いなど居はしない。
 頭に浮かんだ疑念を一刀の元に斬り捨てて、モエは改めて向き直った。

「……どうですか? 基本、シフトは何時でも行けますよ」
「……」

 モエの問いに、ナデシコは逡巡した。
 ナデシコにとって、思うところはそれこそ無限にあった。
 あったのだが。

「……まぁ、今は人が足りてないし……とりあえず、今日行ける? 一回やってみよう」
「あざっす!」

 モエは右手をぐっと握った。
 結局、店長は店の利益やシフトの回転を重視したのだ。
 『かつて』のナデシコの想いは、この際捨て置くとして、とりあえずは、『現状』を重視することにした。

(『最悪』は気づいたのに、『最速』は気づかないのか

 ナデシコは色々な思いを馳せながら、店員であるメイドの一人を呼び、モエの服の合わせや仕事内容などの教授を彼女に任せた。

「さて、と」

 それを見送った後、一息付いたナデシコは座っている椅子にもたれ掛かる。
 ギシリと鈍い金属が聞こえて、彼女は少しうろたえた。

(……太ったか?)

 あまりにも『こちら』の食事が美味すぎて、もはや暴食の域になっていたのかもしれない。
 ちょっと自制しないとな、そう嘆息し、彼女は己のポケットを探る。
 そこから携帯を取り出して、ナデシコはメールを送った。


―――――――――――――――

 送信メール
 to:最悪の夜
 title:無題
 本文:ウチの店に最速が来たんだけど。雇って欲しいと言って来たんだけど。雇っちゃったんだけど。あの子私に気付いてないんだけど。


 受信メール
 to:最悪の夜
 title:Re:
 本文:は?


 送信メール
 to:最悪の夜
 title:Re:Re:
 本文:今日店来る? 後、最速の妹も。それと君に話しておきたいことがある。


 受信メール
 to:最悪の夜
 title:Re:Re:Re:
 本文:よく分かりませんが、分かりました。行きます。


―――――――――――――――

「いやぁ……メイドっていいなぁ」

 メイド喫茶、ヘブンズリバー。
 ここに、五人の客が居た。
 高校生のその五人組は、赤、青、緑、黄、白と、とにかく派手な髪色をしていた。
 彼等は不良だ。
 その名もファイブキラーズ。泣く子も『お、おう』と愛想笑いする、と名高い不良集団だ。趣味はボランティア。
 男女比率、33:2と言うクラスに居る彼等は、普段の生活にはない癒しを求めてこの場に居るのであった。 
 少し狭い店内をゆっくりと見渡し、彼らは口々に会話する。

「まぁウチのクラスには……女子が、なぁ」
「うむ、『ごっちゃん』と『狂犬』がいるんだがな」
「ごっちゃんはなぁ……」
「良い子、なんだよなー」
「気も利くしなー」
「今年のバレンタイン、クラス全員にチョコくれたしなー」
「それがまた美味かったしなー」
「でも」

 そこで彼らは会話を切り、一斉に顔を見渡し、一斉に溜息を吐いた。

『ゴリラなんだよなぁ……』

 女は顔じゃない。
 そうは言ったとしても、年頃の男子高校生としては、やっぱり着眼点は顔なのだ。
 更に言えば、件のクラスメートは内面的な器量が良いだけに余計に残念だった。
 男たちは、とりあえず彼女に代わり神様を恨むことにした。
 まぁその彼女に言わせれば『余計なお世話』なのだが。

「まぁ、ごっちゃんはまだいいんだよ。狂犬だ、狂犬」
「アレはガチで保健所が動くべきレベル。とても女子には見えない。顔は可愛いけど」
「誰か注射打ってくんねーかな。あいつに」
「兄の方に頼めよ」
「駄目だ。あいつ、さり気にシスコンだから」
「妹は兄を好き過ぎだけど、兄の方も大概だからな」

 ずーん、と空気が落ち込むのが分かる。
 もう犬上兄妹の、特に妹の話はやめよう、コンビネーション抜群の彼らは言葉を交わさずとも互いの心情を理解した。
 あの『机を割っちゃう系狂気の塊女子』の話は、間違いなく楽しいものではない。

「フ、フヒヒ」

 と、そこで一人の男がヘブンズリバーに入店して来る。
 小太り、メガネ、チェックのシャツをボトムズ入れているその男は、ファイブキラーズを見つけると、顔に和やかな笑みを浮かべながら彼らに近づいた。

「おお、ファイブキラーズ殿ではありませんか! 奇遇ですなぁ! フヒヒ」
「お、サムライ。相変わらず気持ち悪いな」
「レッド殿。ストレートな言葉は人を傷つけるナイフになるのでござるよ?」
「や」
「せ」
「ろ」
「デブ」
「ブルー殿、グリーン殿、イエロー殿、ホワイト殿。もう拙者のライフは0でござる」

 五人の絶え間ない連続攻撃に、男、サムライの精神はボロボロだった。
 しかし、そんな孤独な男の前に、一人の女神が現れた。それは、サムライにとっての最愛の女神だった。
 その女神はフリルが多い白さが光るメイド服を身に纏い、まるで小学生の様に幼い養子をしていた。
 黒い髪をツインテールにした彼女は、両房を軽やかに揺らして、嬉しそうにサムライに駆け寄った。

「お帰りなさいませ消えろ、キモオタ! お前洗ってない犬の臭いがすんだよ! キャハハッ!」
「ぶひぃいい! ロリメイドミカン殿の毒舌キタコレ! ありがとうございます!」
「ライフ満タンじゃねーか」

 女神はドSであり、彼はドMだった。


―――――――――――――――



 不良戦隊・ファイブキラーズ
 種族:五人戦隊
 性別:男
 年齢:16、17
 レベル:全員7
 通称:それぞれ『神殺しレッド』『鬼殺しブルー』『熊殺しグリーン』『虎殺しイエロー』『猫殺しホワイト』
 備考:街を守る不良集団。趣味はボランティア。



 オタク・サムライ
 種族:人間
 性別:男
 年齢:25
 レベル:5
 通称:サムライ
 備考:プログラマー。ズボンINシャツ。ロリコンじゃないんだ、好きになった子がロリだっただけなんだ。あ、ドMです。

 ロリメイド・ミカン
 種族:人間
 性別:女
 年齢:23
 レベル:5
 通称:ミカン
 備考:ドS。下僕は誰でもウェルカム。

―――――――――――――――


「そういやさ」

 サムライ『に』座りながら、メイド・ミカンがそう言った。
 それはあまりにもいつもの光景だったので、五人組はそれを無視した。サムライは床に四つんばいで、とても良い笑顔だった。
 手が空いている場合、ミカンの仕事は「サムライに座ること」であり、ファイブキラーズはそれを生温い目で見守るのである。
 無論、この状況になった場合、ミカンはメイドとしての仕事を放棄している。
 客にもタメ口で、今なぞ五人組の机の上のお菓子をポリポリと貪っていた。
 メイド喫茶に五人の不良。働かないロリメイド。行く店を間違っている(今は)椅子。
 どう見ても無法地帯だった。

「今日新しい子が入ったみたいなんだよねー」
「新人さん?」
「うん、高校生」

 五人組のリーダー、レッドがそう言うと、ミカンは頷きながら、白いソックスが眩しい脚で、サムライの腹部を軽く蹴った。サムライは身動ぎ一つしなかった。ただ、その笑みを深くした。

「ありがとうございます!」
「オイコラ、椅子はしゃべんなや……まぁ、実はあたしもさっき来たばかりだから、まだ会ってないんだけどね。今奥でランが制服を合わせながら軽く内容を教えているとこ」
「あー、だからランさんがいなくて、ツバキさんだけなのか」
「ん。店長は裏で料理担当だしね」
「なるほど、じゃあ今日出るのか? あ、ツバキさんコーヒーお願いしまーす」
「うん、その予定らしいよ。ツバキー、私もコーヒー飲みたーい」
「働けよ」


 今この場に居る(働いている)唯一のメイド、ツバキが的確な突込みをミカンに入れた。
 ツバキは掛けている黒縁のメガネを苛立ち気味に持ち上げてから、ポットを持って、空いているカップにコーヒーを注いだ。
 ファイブキラーズは元より、椅子になったサムライや、そもそも客でないミカンのカップにまで注ぐその様は、まさしくメイドの鏡だった。
 しかし、その働く様を見ても、ロリメイドな女王は何の感慨も得なかったらしい。

「働いてんじゃん、なぁ、椅子?」
「左様でござる」
「喋んなっつーの、このっ!」
「ありがとうございます!」
「そう言う店行けよ、お前ら」

 正論は常に力を持つとは限らない。
 世界の理不尽の一旦がここにあった。


 と、そこに。

「はいはーい。ご主人様こんにちはー……ってファイブキラーズさんとサムライさんだけですか」

 茶色の髪を腰まで伸ばし、穏やかな雰囲気を纏った女性が、混沌渦巻くここのフロアに現れた。
 彼女はラン。メイドの一人である。
 ファイブキラーズは彼女の登場に手を振って、サムライは椅子だった。

「ちーっす、ランさーん」
「んい、あれ? 新人さんは?」
「今後ろに居ますよー。行けそうなご主人様達だったら、もうフロアに出そうかと思って」
「俺たちは大丈夫っすよー」
「……ミカン殿」
「うむ、素人にはちょっとこの光景はレベルが高いね。降りよう。発言を許す」
「ははっ有難き幸せ」
「……で、ラン、どうなの、新しい子は?」

 ツバキは主従コンビはスルーして、ランに問うた。
 するとランは。

「筋肉が凄いです!」

 鼻息荒く、興奮気味にそう言った。

「ああああ、この病気さえなければ、マトモなのに……」

 ツバキは胃が痛くなった。こうなったらここのメイド達のマトモと狂気のパワーバランスが逆転してしまう。
 メイドは三人。普段はランは極普通で、ミカンは平素からあんなのである。
 だから、ツバキがマトモである限りは、このメイド喫茶はマトモなのだ。
 しかし、ランはミカンと同じように、困った性癖を持っていた。
 彼女は、筋肉フェチなのだ。男女問わず。

「メイドなのに筋肉が凄い……?」

 ファイブキラーズは己のとあるクラスメートの女子を思い浮かべ、その子にメイド服を照らし合わせ、即座に首を振った。
 精神衛生上、これ以上考えるのは拙い。そう判断した。


 そんな五人組を見もせず、いや、それどころか他の誰も視界に映ってないが如く、ランはうっとりとした表情で口を開く。

「いやね、体は細身なんだけどね、なんと言うか密度が凄いんですよ! 詰まってるんですよ、筋肉、と言うか、よくわからない力の源みたいなやつが! そしてあの収縮率! あれは恐らく凄まじい瞬発力を実現できますよ! ああ、最近の若い子は凄いなぁ、『あの子』もよく分からない筋肉だったけど、そんな子がまた現れるとは!」
「……ストップ。まぁわかったから、とりあえず、出てきて貰って」

 ツバキは胃痛に耐えながら、それでも懸命に場の流れを手繰っていた。
 頑張れツバキ。ヘブンズリバーの明日は、貴女に掛かっているのだ。

「あ、そうですね! じゃあ、モエちゃーん、来ていいよー」

 ランが手をメガホンの様に構えて呼びかけると、バックヤードからゆっくりとメイドが出てきた。
 格好こそ、このメイド喫茶の制服である清潔感のあるフリルが多い服だが、その見た目はと言うと、肩口まである金髪に、やる気がなさそうな瞳。パーツの一つ一つは整ってはいるが、なんとなく、冷たさを感じる顔であり、全体的に女性らしい体格をしてはいるが、メイドらしい、かと言われれば誰もが口を閉ざす、そんな女性だった。


 ファイブキラーズとラン、それにサムライは一斉にテーブルの中央に迄顔を寄せ合い、小さな声で語り合った。

(パツキンメイド……しかしおっぱいでけぇな)
(……クール系か。ツバキさんと被っちゃうぜ。しかしおっぱいでけぇな)
(いやいや、ダウナー系かも分からんぞ。しかしおっぱいでけぇな)
(どちらにしても、見た目からはメイドっぽい感じはしないな。しかしおっぱいでけぇな)
(今時の女子、って感じだからな。しかしおっぱいでけぇな)
(まーウチは給料いいからねー。しかしおっぱいでけぇな)
(恐らく、金を稼ぐに為だけに来た高校生と言うところでござろうな。しかしおっぱいでけぇな)

 残念ながらツッコミ担当のツバキさんは彼らのテーブルから距離をとり、件の新人を観察している。
 これこそが無法地帯なのである。


「ささ、自己紹介しちゃって!」

 ランが笑顔でそう言うと、件の新人メイドは一歩前に出て、口を開く。



 さて、このメイドは勿論、佐倉モエである。
 ところで。
 ――『モビルトレース』と言うスキルをモエは持っている。
 それは、対象の挙動を観察することで、その動きを再現できると言うスキルだ。
 何を隠そう、モエの剣技『白銀輝閃』も、元々はこのスキルを使用して、キロウのとある流派から盗み学んだものなのだ。

 圧倒的なレベル、凶悪な刀、速度重視の天鎧。
 彼女を評価する点は多々あるが、彼女が最高峰の剣士として名を馳せていたのは、このスキルによる恩恵が強い。
 つまり、何が言いたいかというと。






「お初に御目に掛かります、ご主人様ぁ! アタシぃ、『もえ』って言いまぁす! 始めましてっ、にゃんにゃん! てへぺろりん!」





 そのスキルを、よりによって『テレビで見たテンプレートなメイド』を再現する為だけに使用しているのだ、この女は。
 これでは、彼女に斬られたキロウの剣豪達も成仏できないこと必至である。



『なん……だと……』


 無論、見た目からは有り得ないぶりっ子ヴォイスに、ヘブンズリバーはかつてない程の一体感に包まれていた。



―――――――――――――――


 新人メイド・モエ
 種族・人間
 性別:女
 年齢:17歳
 武器:鬼刀『獄星神楽』
 レベル:278
 通称:『世界最速の刃』
 備考:ご主人様を冥土に連れてくにゃん! にゃんにゃん!


 正統派メイド・ラン
 種族:人間
 性別:女
 年齢:21
 レベル:5
 通称:ラン
 備考:男女問わず筋肉フェチ。正統派とは一体。

 クールメイド・ツバキ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:23
 レベル:6
 通称:ツバキ
 備考:最近店の未来が心配で仕方ない。狂気耐性をレベル3で持っているんだ、これが。

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ちょっと投稿遅れましたね。



[29437] メイド・レイド・ヘブン(中編)
Name: ななごー◆3aacea22 ID:0e53a319
Date: 2014/01/26 19:54
 モエが目指したのは一体なんなのか。これではただの電波ちゃんである。
 挙動をコピーするスキル、『モビルトレース』は大抵の動きを再現できるが、再現すればいいってもんじゃないのだ。もう少し言葉を選べよ。
 だがしかし、モエもこれが正しいメイドで正しい『萌え』の姿とは、流石に思わなかった。
 そもそも萌えが何か分からないからこうして学びに来たのだ。
 ここで『萌え』を学び、そしてコピーするのが、彼女の目標なのだ。
 だからして、当座は店の迷惑にならない様、メディアや己の記憶から『それっぽい動き』を抜き出し再現したのである。
 しかし、周囲の様子は絶対零度だった。彼女はもう少し己の見た目を顧みるべきだった。
 見た目的にはクールな感じなのに、口からは電波がゆんゆん。ギャップを付ければいいってもんでもない。
 だけど、モエはまったく気にしてなかった。
 周囲がドン引きだからなんだと言うのだ。
 トリンドルの城を真っ二つにした時と比べれば、この程度の周囲の反応は無反応と同じである。
 ちなみに、その際のトリンドルの民の反応は、大体が泡を吹いて気絶していた。
 モエ、少なくとも周りが気絶しない限り、己の行動を見返さないのである。気絶しても見返すとは限らないのだが。

 モエは周囲を見渡した。

 ――よし、全員起きてるな。

 はい、電波入りまーす。

「モエはぁ、立派なメイドさんになる為にぃ、ここに来たのですぅ! ぺろりんちょ! 御主人様方ぁ、モエの教育、宜しくお願いしますナリー! アゲポヨぉー!」
「サゲポヨだよ畜生!」
「ツバキさん落ち着いて!」

 ツバキのご乱心を、ファイブキラーズのリーダー、レッドが何とか諌めようとする。
 彼女にとって見れば、もうただただガッカリだった。
 確かに、最初は冷たい印象を受けた。確かに、見た目はメイドらしくはないかもしれない。
 更に言えば高校生と言う社会経験の薄さは、特殊な接客業であるメイド喫茶の店員には不利かもしれない。
 だが、ツバキに言わせれば、そんなのどうでも良かった。
 金稼ぎ目当て? どうぞどうぞ。きちんと働いてくれさえ居れば、イデオロギーなぞどうでも良かった。マトモなら、それで良かった。
 客を椅子にしたり、筋肉をベタベタ触るメイドに比べれば、大歓迎なのだ。

 しかし、結果はアレである。クール系統かと思えば、ただの電波だった。
 ツバキ、マジつらたん。



「じゃあ、私たちも自己紹介しておきましょー」

 ツバキの胃痛をまるで無視して、ランは笑顔でそう言った。
 彼女はちょっと天然さんなのだ。

「えっと、私はさっきしたから……ミカンちゃん!」
「あいよー」

 言われたミカンは、椅子(人間ではない)から立ち上がり、ツインテールの髪を軽く揺らしながら、ひらひらと手を振る。

「ミカン、23歳。趣味は椅子に座ること……おい」
「はっ!」

 ミカンは再びサムライを椅子にすることにした。
 淀みなく男が四つんばいになり、洗練された動きでミカンはその背中に腰を下ろした。
 一応は気遣ってサムライから降りたのだが、『アレ』がどう見ても普通じゃない。言動もそうだが、気配からしてとんでもないものを感じる。ミカンはそう思い、もうありのままの自分を出すことにした。

「基本、私はこんなんだから、よろしく。まぁ、客の『極一部』にはキャラ作るんだけどさ」

 ミカンはさらりと言って、サムライの腹部を蹴った。

「ありがとうございます!」
「しゃべんな」

 その様子を見て、モエは。

(仲良いんだな、あの二人は)

 とだけ思った。
 23歳のロリメイドだとか、まさかのSMプレイだとか、そんなのはどーでもいいのだ。
 個人の嗜好はあくまで個人の嗜好。身内なら一考するが、逆にそれほど親しくなければ、他人なんてどーでもいいのだ、彼女は。
 なので、モエは特に何も言わず、これから一緒の職場で働く先輩として、敬意を持って挨拶した。

「ミカンさん、よろしくお願いします」
「お、おう……急に素になるなよ……びっくりした……」

 流石のミカンもたじろわざるを得なかった。

「じゃあ、次はツバキさん!」
「……はぁ」

 ランが変わらず笑顔を絶やさず言うと、ツバキは重苦しい溜息を吐いた。
 しかし、それでもツバキはプロであり、ここのメイドたちのリーダーでもあった。
 別に上下関係に厳しい訳でもないし、自由の塊なのがこの店でもある。
 だが、最低限、きっちりとした自分を見せておかなければ。そうツバキは考える。
 更に言えば、ミカンの前で披露したあの真顔から考えるに、どうやら新人の電波はキャラらしい。
 それなら、まだ大丈夫だ。なぜよりによってそのキャラをチョイスしたのかは分からなかったが、あくまでキャラとしてなら、それはそれでいい。
 ツバキは精一杯自分に言い聞かせて、掛けている眼鏡の縁をくい、と持ち上げた。



「フロアリーダー……の様なものをやっているわ。ツバキよ。よろしくね」



「はぁい! ツバキリーダー、よろしくお願いしまぁす! やばばばばばー! モエちゃん、頑張っちゃうぞぃ、ワンワン!」



「なんでだよ!」

 ツバキ、再びキれる。

「さっきミカンの時は素だったろ! なんでまたキャラ作ってんだよ!」
「えーとぉ、こっちの方がぁ、受けが良いかなぁ、なんて、キャピピン!」
「もぉ、もぉおおおおおおお!」
「ツバキさん落ち着いて、落ち着いて!」
「リーダー、激おこぷんぷん丸?」
「うごごごごっごごおごごごごご!」
「うん、えー、モエ、ちょっと黙った方がいいね、あんた」

(ミカン殿が、フォローに回っている……だと……!)

 傍若無人の女神の、らしくない行動に、椅子であるサムライは人知れず戦慄していた。
 ――こいつはまた大物だぜ。
 ごくり、とサムライは喉を鳴らした。もちろん声は上げなかった。椅子だから。

「えーと、じゃあ、俺たちもしとくか、自己紹介」

 店のいつも以上のカオスっぷり、プラス、ツバキの不憫な様子を見て、空気を換える意味を込めて、レッドがそう言った。
 渡りに船と、ミカンがすかさず促す。 

「あ、そうね。あんたたち、常連だからね」
「よし、じゃあ行くぞ、お前ら」
『応!』


 そう言って、五人は立ち上がり、思い思いのポーズを取った。

「俺は神殺し! キラーレッド!」
「俺は鬼殺し! キラーブルー!」
「俺は熊殺し! キラーグリーン!」
「俺は虎殺し! キラーイエロー!」
「俺は猫殺し! キラーホワイト!」
「この世の悪は俺らが殺す!」


『不良戦隊、ファイブキラーズ!』

 ドン、と擬音が聞こえそうなぐらい、息がピッタリで迫力があった。
 ランなどは無邪気に拍手している。ツバキはそこらにあるカップを滅茶苦茶に磨いていた。その瞳は濁っていた。
 件の新人メイドは、能面の様に無表情だった。そこで素になるのか。

(この五人も大概だった)

 ミカンは気づいてしまった。ここ、マトモな奴がいない。自分を含めて。
 幼い容姿の23歳は、何はともかく、ツバキの健康を祈った。彼女が倒れたら、たぶんこの店は回らない。


「あれ、そう言えば、ファイブキラーズさんって、髪の色がそれぞれを現しているのは分かるんですけど、ナントカ殺しとか、どう言う意味なんですか?」

 止せばいいのに、好奇心のみを持って、ランが彼らに問うた。
 すると五人は待ってましたと言わんばかりの勢いで次々に口を開く。



 レッドが言う。

「俺は昔、事故に遭って生死を彷徨ったんだ。だが、結果俺は生きた。死神を殺したんだ。だから神殺し」



 続いて、ブルー。

「俺は「鬼沢」と言う巷で恐れられた不良を倒した。だから鬼殺し」



 続き、グリーン。

「俺は「熊田」と言う巷で恐れられた不良を倒した。だから熊殺し」



 続き、イエロー。

「俺の家には虎の毛皮がある。だから虎殺し」



 最後、ホワイト。

「俺は、昔猫を飼っていたんだ……三毛猫だ。だけど……ある日、俺が家に帰ったら、あいつは息も絶え絶えだった……病気だったんだ。俺はすぐさま病院に連れて行った。だが、もう手遅れだった。気づくのが、遅かったんだ……あいつが息を引取った時、気付かなかった、気付けなかった己の愚かさを呪った……だから俺は猫殺し。永遠に消えない烙印さ」
『ホワイト……』
「うう、そんな理由があったんですね、ぐすっ」

 なんとなく重い空気になるヘブンズリバー。
 ランなどはちょっと涙ぐんでおり、ミカンは我関せずとコーヒーを飲んでいた。サムライは椅子である。
 ツバキは皿を乱雑に磨いていた。瞳は曇っていた。


「そうなんですかぁ!」

 モエはそれしか言えなかった。
 レッドに対し「それじゃ神殺しじゃなくて死神殺しだろ」とか、ブルーとグリーンに対し「名前の由来が被ってるじゃん」とかイエローに対し「それただの金持ちだろ」とかホワイトに対し「なんかちょっと切ない感じになっちゃったじゃねーか」とか諸々言いたいことはあったが、モエは黙した。
 ご主人様に突っ込むのはメイドの仕事じゃないからだ。

(むしろ突っ込まれるのがメイドの仕事だし……)

 おい、誰かこいつにメイドの仕事を教えろ。
 と、彼女の想い人、ダイキが居たら言うだろう。まぁ仕方ない。少なくとも『キロウ』のメイドは『そういうもの』だったのだから。
 ちなみに、ここでモエがダイキのことを彼らに訪ねかったのが、彼女最大のミスであった。
 まさかこんな訳分からない五人組と、見た目だけは普通のダイキに、何か接点があると思わなかったからだ。こうして、彼と彼女の出会いは延期されて行く。

 何はともかく、ファイブキラーズの紹介は終わった。
 そうして、折角だから、そうミカンは前置きして、サムライに発言の許可を下した。
 しかし彼は体勢を変えず、あくまで椅子として、モエと目線を合わせる。

「拙者、サムライでござる。今は椅子ゆえ、この程度の挨拶で失礼致します」
「はぁい、よろしくおねがい申し立て祭るで候ー」
「何語だよ!」

 ツバキ、帰還する。
 頑張れツバキ。ヘブンズリバーの平和は、たぶん彼女に掛かっているのだ。


「どんな感じだい?」

 そんな中、店長であるナデシコが、店の様子を見にバックヤードより出でる。
 無論、彼女はメイドではない為に、制服姿ではなく、スーツの姿だ。


「あ、てんちょー! モエはぁ、絶好調ですにゃん! にゃにゃんがにゃん!」
「おお、もう……」

 ナデシコはひどい頭痛を覚えた。
 バックヤードで帳簿を付けている時、明らかに他のメイドではないキャピキャピ声が聞こえたため、もしや、とは思っていたのだが、そのまさかだった。
 しかし、店長はそれでも己を即取り戻した。
 今居る客を見渡し、全員が『彼女たち』と会ったことがあることを確認すると、誰に言うわけでもなく、フロアに声を響かせた。


「……そろそろ『あの子達』が来るよ」
「えっ本当ですか!?」

 即座に反応したのは、ランだった。
 彼女は嬉しそうに、パッチリと丸い瞳を輝かした。
 ツバキの瞳は澱んだ。



「あの子達……?」

 モエが疑問符を上げていると、ファイブキラーズとサムライが次々と言葉を交わす。

「おお、遂に来るのか」
「拙者、あの子達は少しだけ苦手でござる……」
「……まぁお前、二人にコテンパンにされたからな」
「いや、それは関係ないでござる。確かに、自業自得とは言え、あれ以来同士達はこの店に来れなくなったでござるが、それは全て拙者達の非。それに、お陰で拙者は真人間の心を取り戻せたでござる。むしろコテンパンの件は御褒美でござる」

 サムライは己の眼鏡をきらりと輝かせた。
 いつの間にか、背中からミカンが消えていた。彼は今人間だった。真人間ではなかった。

(……真人間の心、取り戻せてなくない?)

 口に出しての突っ込みはしなかった。
 ご主人様に突っ込むのはメイドの仕事じゃないから、である。

(突っ込まれるのがメイドの)

 それはもういい。

「いやはや、その節はラン殿にご迷惑をお掛けして……」
「いいんですよぉー、もう。ある意味、おかげで『あの子』に会えたんですから」
「そう言って頂ければ……まぁ、それで、問題があると言えば……」
「よし、これでいい!」

 サムライが言いかけた時、どこぞに行っていたミカンが再びフロアに顔を出した。
 見ると、彼女はツインテールの結び目に可愛らしい赤いリボンを付けていた。
 似合っていると言えば似合ってはいるが、それはあまりにも強い幼児性を放っていた。

 ぼそり、とサムライが呟く。ことさらに残念そうに。
 彼女のそんな姿、見たくなかった。そう言わんばかりの表情だった。

「……茶髪の子が、ミカン殿を妹にして、独占してしまうのでござる……」
「あー……」
「ガッチリホールド固めてたからな、あの子」
「ミカンのキャラもおかしかったよな」
「ドSの面影ゼロだったな」

 そうファイブキラーズが言えば、ミカンは悟った表情で儚く笑った。

「私には分かるんだ。逆らったら、死んでいた。私はあの子の従順な妹になるしかなかったんだ」
「ジーザス……」

 世界は残酷なのだ。
 正しいのが強さではなく、強いものが正しいのだ。

「……何モンだろうな、あの二人」
「もう片方はずっとランさんの胸を揉んでいるからな」
「まぁランさんもあの子の筋肉を触りまくっているから、平等だろ」
「じゃあ、俺の筋肉も触らせるから、ランさん、おっぱい揉ませて下さい」
「イエローさんは上腕二頭筋が今一歩ですね。ダブルバイセップスを綺麗に極められる様になってから出直してきて下さい。先ずはフロントからですよ」
「この屈託のない笑顔」
「知ってた」
「つか、あの子、そんなに凄いの? 小柄じゃん。小学生かと思ったよ、最初」
「いや! それが! あの子、もう有り得ない筋肉をしてるんですよ! すっごい! すっごいんです! 超細い体なのに、全身に巡る筋肉の鼓動がですね……!」
「あれ? ここ何の店だっけ?」
「たすけて」
「俺たちファイブキラーズは、頑張るツバキさんを応援しています」



 そうメイドと客達が話しているのを聞いて、モエは。


「あ、おなかいたい。おなかがいたくなったぞー」

 冷や汗を滝の様に流していた。

 茶髪の女と小さい女の二人組。
 小さい女はおっぱいを揉んでいる。
 そして強い(らしい)。

 もうこれでお腹一杯だった。
 今から来る人間が、瞬殺で分かってしまった。
『今の自分を見られたくない人ランキング』を作ったら、ベスト3に入るだろう、そんな二人がこの店に来る。
 それが、モエには分かってしまった。
 分かってしまって、衝動的にバックヤードに引っ込もうとした、その刹那。


「メイドどもー! ご主人様が来たぞー! ひれふせー! おっぱい揉ませろー!」
「みみみみみみみみミカンちゃあああああああああん! お、おおおおおお姉ちゃんだよぉおおおおおおおおおお!」


 来ちゃった、その上、目が合ってしまった。

「あ」
「えっ」
「……ふぅ」

 モエは口を間抜けに開いた。
 茶髪の女は目を丸くした。
 小柄な少女は呆れた様な溜息を吐いた。

「は……? え、は? ね、姉、さん?」
「モエさん……」

 モエの実妹、佐倉サクラはあまりの出来事に瞳を白黒させ。
 モエの仲間、湯久世ユリはじっとりとした瞳でモエを見ていた。





[29437] メイド・レイド・ヘブン(後編)
Name: ななごー◆3aacea22 ID:0e53a319
Date: 2014/01/28 18:08


「な、なに、して、んの……」

 サクラは声を震わせながら、ゆっくりと言った。
 妹(妄想)に会いにメイド喫茶を訪れたら、姉(現実)がメイドだった。
 前半部分からして常人には理解不能だったが、本人である佐倉サクラにとっても正しく意味不明だった。
 言われた姉であるモエは顔にある表情筋を全力で操り、何とか笑顔を作ろうとする。
 だが結局、その笑顔の様なモノは、歯痛を我慢しているとしか思えないぐらいに歪んだものだった。

「ひ、人違いですぅ。えへ、えへへへへ、にゃん、にゃん……」
「いや、無理があるでしょ……」

 にゃんにゃんもすっかり意気消沈だ。
 サクラがげんなりした表情でモエを見つめており、サクラの隣にいた少女――湯久世ユリはモエの瞳でも顔でも服装でもなく、ただひたすらに胸部を凝視していた。

「このおっぱい……間違いないね、モエさんだ」
「あたしはどっちに恐怖を覚えればいいの? 似合わない事やってる姉? それとも胸で人を識別するこいつ?」

 これ以上訳分かんない展開は御免被りたいサクラだったが、そうは問屋が降ろさない様だ。
 しかし、いい加減ユリの奇行にも慣れた彼女は、とりあえず、この場で最も度し難い存在である実姉モエに話を聞こうとする。

「……」

 しかし、目の前の姉は、何故か黙したままで、更に言うなら顔も歪な笑顔を浮かべたままだった。
 いや、もっと言えば、心なしか姿がぶれている様な――

「あっ、これ残像!? もう誤魔化す気もないじゃねーか!」

 サクラがそう叫んだ時点で、既に残像は薄れていて、その後のモエの姿を確認することは出来なかった。
 それは店員たちも、客も、皆そうだった。
 勿論、とある少女、一人だけ除いてだが。

(アサルトステップ発動! とりあえず、一旦ここは引いて……)

 一方モエは、殆ど反射的に逃げ出したことに若干後悔しながらも、当座はこの場を離れようと決意していた。
 逃げてどうなる訳ではない。特にモエとサクラは姉妹で、一緒の家に住んでいるのだから。
 しかしそれでも、考える時間が必要だった。言い訳を練る時間が、姉、もしくは姉貴分の威厳を保つための言い訳を思い浮かべる時間が欲しかった。
 なお、そんな時間は彼女に与えられる訳がなかった。


「遅い」
「ぅあ!?」

 この店にいる『ほとんど全員』に視認出来ない速度で、この場を離脱しようとしたモエは、この場で唯一視認出来る者に捕まってしまった。
 その人物であるユリは、両腕の肘に位置する部分から『黒い触手』を出していた。
 彼女から出でる二本の黒い触手が、モエを超えるスピードで猛追した後、まるで縄で縛るが如く彼女の半身をぐるぐると巻き、捕らえたのだ。

 空中に居る状態で簀巻きにされたモエは、無論、あっさりと床に墜落した。
 身動きが取れなくなったモエではあるが、この触手程度ならば、彼女になら楽に突破は出来る。出来るのだが。

「……アサルトステップは、最高速度への到達と残像数の増加に時間がかかります。初速だったら、黒夜展開の方が何よりも早い」

 無様に転がるモエを睥睨しながら、ユリはにっこりと笑った。

「抵抗は、無意味ですよ?」
「ううううう!」

 モエは、抵抗の意思を捨てた。上げたうめき声は、彼女の断末魔だ。
 こうなった以上、もう何をしても不毛なだけである。
 仮にこの触手を抜けても、それでもユリは追ってくるだろう。
 そうしたら、如何に『世界最速』のモエでも全力で逃げなければならない。それこそ、考えている暇もない程に。
 考える為に逃げ出すのに、考えられない。之ほど無駄な行為はないだろう。それが解るぐらいにはモエはまだマトモだった。
 モエはがっくりと頭を垂れ、ユリは勝ち誇った様に右手を上げた。


「我が勝利、夜と共に」
「やっぱりこいつが一番こえーわ」

 サクラを悩ます謎は日々増える一方ではあるが、今日、この場で一つの謎が解けた。
 ユリは怖い。まぁ今更ではある。 


「スゲェな。最近のメイドは残像が出せて、最近の女子中学生は触手が生えるのか」
「時代は変わったのでござるな……」

 こんな時代が来て堪るか。





 ユリとサクラ、及びモエは、話し合うために店のバックヤードに居た。店長は苦笑いを浮かべていた。
 他の者たちはと言うと、ランは『ほへー、凄いですねぇ』と呑気に良い、ミカンは『やっぱり、あいつらはおかしいんだ』と納得した様に頷き、ファイブキラーズとサムライは『日本の未来は明るいな』とよく分からない話をしていた。ツバキの目は死んでいた。

 さて置き。

「……と、言う訳よ」

 場所を借りて、モエは二人に事情を話した。
 何かを考える暇もなかったので、有りの侭の理由だ。
 それを聞いて、ユリは。

「馬鹿ですか」

 一蹴した。冷たい声だった。
 かつて見たことも聞いたこともない妹分の暴言に、モエは狼狽を隠し切れずに言う。

「なっ、何を言うの!? アンタ、アタシに向かってよくも――」
「姉さん」
「……な、何、サクラ、怖い顔して」

 モエの発言を遮り、サクラは己の姉と向かい合った。
 サクラの声は、奇しくもユリと同じく、絶対零度の冷たさを放っていた。 

「脳みそに蛆でも沸いてんの?」
「ぐふぅ!」

 これが俗に言う『クリティカル』である。

 妹分と実妹に見放されたモエは、いじけた。

「だって、だってダイキが萌えないゴミとかなんとか言うから……」

 そこまでは言ってない。
 ここにはいないダイキ、とんだとばっちりである。
 その様子を見かねてか、ユリとサクラは互いにため息を吐きながら、モエに言う。

「……まぁ、別にいいんじゃないですかね。モエさんがそう決めたのなら」
「……納得はしてないけど、あたしがどうこう言う話じゃないし……」
「そ、そーね! そーよね! 萌えを追求するアタシは、正しい!」

 中学生二人組みは、『間違っている』とは言わなかった。
 言っても聞かないだろうし、最早何が正しいのかも分からなかったから。
 モエ本人がそう思っている以上、それは正しいのだ。少なくとも彼女にとっては。


 こうして、モエは再び立派なメイドになるべく、歩み始めたのだった。


「お帰りなさいませぇご主人様ぁ! にゃんにゃん!」
「お、新人さん?」
「そうにゃん! モエって言うワン! よろしくお願いしますヒヒィン! さ、こちらへどうぞ、にゃんにゃん!」
「馬を挟む意味は分からないが、良い太ももだ」
「ありがとうですぐわぁぐわぁー!」
「ほう、アヒルまで……」


 メイドがおかしければ、客もおかしい。この店こそ間違いの権化だった。
 しかし、それでも新人電波メイド、モエはそれなりに『メイド』としてやれている様だ。

 茶髪と黒髪の二人は、そんなモエの狂ったメイドっぷりを胡乱な瞳で見ている。

「なにあれぇ……あたし、腕に鳥肌出てきた」
「私も、腕にニュクスの欠片が」
『うぐぅ』『はやく』『なおして』『よぉ』『!』
「しまえしまえ。ってか、まだそのままなのかよ」

 一体全体、マトモは何処へ行ってしまったのだろうか。
 それは誰にも分からないし、きっと、帰っても来ないだろう。

「……ところでさ」
「なに、さっちん」
「姉さん、はっきり言って、頭吹っ飛んでいるよね?」
「まぁね」
「この店も、正直アレだよね。店員も、客も」
「……つまり?」
「じゃ、じゃあ、あたしも、ちょっと、ちょーっとだけ、羽目を外してもいいと思わない?」
「……いいんじゃないかな」

 ――どうでも。
 と言う語尾は、ユリは付けなかった。あくまで心の中に閉まって置いた。
 言ったところで、サクラも姉同様、聞かないに決まっているのだから。

「ミッカンちゃぁあああああああああああああん!」

 その証拠に、ユリの台詞の直後、サクラは咆哮を上げた。
 サクラの問いは別に答えを求めていたわけじゃなく、ただ自分に言い訳しているだけなのだ。

 サクラの叫びに、ミカンが決意溢れる、それでも可愛らしい笑顔を浮かべながら反応する。

「わー! おねぇちゃんだー! わーいわーい」
「みみみみみみミカンちゃん、げ、げげげげげ元気してたぁー!?」
「うん、ミカン元気ぃー!」
「ふへへ、ふひひへへへへへへ」

 サクラは笑顔だった。
 笑顔で、鼻から血液を垂れ流しながら、ミカンを持ち上げて、その場でぐるぐると回転し出した。
 ミカンは笑顔だった。
 笑顔で、歯を食いしばり、彼女に降りかかる重力を耐えに耐えていた。
 普段はメイド失格のミカンではあるが、『メイドは笑顔を絶やさない』と言う条件は、完璧にクリアしていた。


「ああ、ミカン殿、おいたわしい……」
「まぁ、アレも仕事と言うことだろうよ……」
「やっぱり、いい加減に見えてもプロなんだなぁ」
「ぐるんぐるん回されてんのに、笑顔を崩さないからな」
「俺なめてたわ、ミカンのこと」
「ああ見えて二十三歳だしな」

 サムライは己の女神の奮闘に涙し、ファイブキラーズ達は少しミカンを見直した。

 と、会話する彼らのところに、もう一人の問題児、ユリが近づく。

「お、五人戦隊!」

 ユリがそう言うと、五人は一糸乱れず立ち上がり、即座にポーズを取った。 

『そう、俺たちは不良戦隊ファイブキラーズ!』
「かっけぇ!」

 サービスを忘れない精神とその完璧なハモリに、ユリは拍手を送った。

「よっ! えーと、湯久世、だったか?」
「湯久世ユリ。ユリでいいですよ」
「学校の帰りか?」
「にしては遅い気もするが」
「ええ、ちょっと職員室に呼び出しくらってました」
「またなんでだよ……」
「英語の小テスト、五十点満点で脅威の一点を叩き出したから、ですかね」
「そりゃあもうとんでもないダンクを決めたな……」

 相も変わらず、彼女は学業が疎かなままだった。
 次いで、ハラハラとミカンを見守っている男に声を掛ける。

「サムライさん、だっけ」
「おお、左様でござる。その節は、ユリ殿にもご迷惑を……」
「いいですよ、別に。おかげで良いおっぱいに出会えましたし」
「ランさんと同じこと言ってるぞ、こいつ」

 似た物通しは惹かれあう、と言うことなのだろう。

「ってか、あの茶髪の子、電波メイドの妹だったんだな……」
「全米も納得の姉妹だわ」

 メイドを勘違いしている電波ゆんゆんな金髪。
 鼻血を撒き散らしながらメイドを振り回している茶髪。
 なるほど。確かに血の繋がりを得心させる組み合わせだ。

 ファイブキラーズがうんうんと頷いていると、そこでユリが辺りを見渡しながら問う。

「ところでおっぱいさん……じゃなくて、おっぱいメイドさんは?」
「言い直す意味あったのか?」
「ランさんなら今裏に居るぞ。あとツバキさんも」
「客が増えてきたし、軽食とか準備してくるってさ」
「料理担当の店長が用事があるとかなんとか」
「へー……」

 そう返し、ユリは再び店内を見渡す。

「たかーいたかーい、ふへへへ、ひひひひへへ」
「ぅぐっむっ……え、えへ、えへへへへ」

 同級生は、変わらず妹(妄想)と触れ合いを続けていた。

「ご主人様はぁ、何のお仕事なされているんですかぁ?」
「太ももの研究かな」
「やだぁーすごーい、あげあげぇー!」

 姉貴分は、変わらず電波を散らして接客をしている。
 そして。

「……」

 店長、ナデシコが彼女に向かい手招きしていた。


「……じゃあこちらも済ませてしまいますかね」

 ユリは表情を消し、呟いた。








[29437] 離別と終焉の冥土レイドヘブン(前編)
Name: ななごー◆3aacea22 ID:bbd05782
Date: 2014/01/31 19:16
「うぅぅん、時が経つのは早いねぇ、あーんなに小っちゃかったミカンが、こんなに大きくなって……」
「そ、ソウダネおねぇちゃん!」

 ミカンを膝の上に乗せながら、満足げに頷くサクラ。その目は焦点があってなかった。
 座っている、否、座らせられているミカンは、なんとか笑顔を浮かべようとするが、結局は頬が歪にせりあがっただけだった。その目は焦点があってなかった。


「おい、あいつとうとう過去を捏造し始めたぞ」
「流石のミカンもこれはキツイか」
「拙者が言うのもアレでござるが、彼女はもうそう言う店に行った方が……」
「ホントお前が言うなよ」
「ここはSMプレイと姉妹なりきりイメージプレイが出来るケーキが美味いお店」
「そこらの風俗店とは格が違うな」
「メイド喫茶だよご主人様共ぉ!」

 ツバキは至極正論をファイブキラーズとサムライにぶつけた。
 今やこの店自体が巨大なボケの塊で、突っ込みどころ満載だったが、それでもツバキは諦めていなかった。
 軽く店内を見渡す。
 茶髪の少女とロリメイドはイメージプレイ中。まぁ今は大人しくしているからいいだろう。ツバキはあの不毛な擬似姉妹を見逃した。
 件の電波メイドは、新しく来た客を相手していた。

「はぁい、ご主人様ぁ、紅茶のおかわりですにゃーん、じょぼぼぼぼぼー」
「ほう、良い太ももだ」

 ツバキは目を逸らした。一応、ちゃんと接客出来ているので、とりあえずは良しとした。
 そして、残るメイドと客を見る。
 筋肉が好きなランと、胸に執着する少女、ユリ。


「……」
「んぅー、ユリちゃんの筋肉凄いなぁ……どうなってんだろ、これ」

 おや、とツバキは軽く眉を潜めた。
 ランは以前の様に遠慮なくベタベタと少女の二の腕を中心に弄っていたが、対する少女は為されるが儘で、ぼうっと視線を彷徨わせていた。以前は散々ランの胸を揉んでいたのに、だ。
 ――もしかして、先ほど店長が彼女を呼んだことと何か関係があるのだろうか。
 ツバキは形の良い顎に手を当てて考える。どういう繋がりかは知らないが、店長のナデシコとあの少女は知り合いらしいし、もしかしたら、何か嗜める言葉を少女に向かって言ってくれたのかも知れない。

(どうせなら、この場の全員を嗜めて欲しかったけど)

 尤もである。
 ツバキは軽くため息を吐き、一旦思考を止めて、奉仕と接客と突っ込みの仕事に戻った。
 彼女の仕事は多いのだ。



 さて、ユリの筋肉を触りまくっているランは、ツバキと同じく疑問符を上げていた。
 以前は筋肉を触らせて貰うことと引き換えに、己の胸部をユリに触らせていたのが、今日はランが一方的に触り、ユリは彼女に対し何もしなかった。

「……今日は、揉まないの?」
「まぁ、そう言う日もありますよ」

 ユリの返しに、そうなんだ、とランは一つ頷いた。気分的なものなら仕方ない。そう思った。
 しかし、ユリのことをもう少し知っている人間が彼女のこの発言を聞いたら、恐らく耳を疑うだろう。 だけれども、それが出来る人間は、今別のことに夢中だった。
 おかしくなっているか、おかしくなっているか。様はおかしくなっているのだ。
 だから、誰もこの異常事態について、何の疑問も抱かなかった。

 それなら、と一旦筋肉を触るのを止め、ランは席を立ち、ユリの前にケーキが乗った皿を置く。

「あ、じゃあケーキ食べる? 当店イチオシのチョコレートケーキだよ!」
「……ん、じゃあせっかくなんで」

 ユリは、薄く笑った。薄く、儚く、誰もが作り笑いだと見抜ける様なその笑顔は、だけどランは気付かなかった。
 ランは優しく、気遣いも出来る人間ではあるのだが、他人の感情の機微は見れない、そんな人間だった。
 そうして、今、ユリを見ている者は誰もいない。 

 少女は丁寧にケーキにフォークを刺し、欠片を拾って口に入れる。
 ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。それはケーキだけではなく、ユリに渦巻く感情ごと、彼女は飲み込んだ。
 ランは笑顔でそれを見届けて、問う。

「どう?」
「ええ、美味しいですよ……とっても」

 ユリがランに見せた笑顔は、完璧なものだった。
 そしてその笑顔は、かつて、ユリが最も浮かべるのが得意な笑顔だった。
 無論、ランにその事がわかる筈もなく。

「いっぱいあるからね! サービスしちゃうよ!」

 それは、ランにとっては『無欠の善意』だったが、ユリにとっては『無意識の悪意』だった。

「……ありがとう、ございます」

 ユリは笑う。ただ笑う。瞳を漆黒に染め、それでも笑う。








 その後。
 いい加減夜も更け、とりあえず、中学生であるサクラとユリは帰宅することにした。
 モエはもう少し仕事が残っているとのことなので、二人きりの帰路だった。
 人通りが少ない道を、二人の少女が歩いている。会話らしい会話もなく、ただ歩いていた。

(……なんか、なんかヘン)

 先ほどまではミカンに未練タラタラだったサクラであったが、歩いている内に妙な違和感を彼女を襲った。
 まず、ユリが無言、と言うのも珍しい。だいたいにおいて、ユリは中身がなく意味もない話を自分勝手に展開するのが常なのだ。
 だがしかし、それを差し引いても、まだ違和感が残った。ユリが無言である以上に、サクラは他に気になることがあった。
 黒の少女を見る。何時も通り小柄で、何時も通りの黒髪。何時も通りの童顔。
 だけど、その瞳は。

「あんた……なんかあったの?」
「ふふっ、どうしたの、急に」

 サクラの、ある意味脈絡もない問いに、ユリは笑って聞き返した。
 その笑みは、ただ笑顔でしかなく、サクラはそこから情報を得ることが出来なかった。 
 だけど。

「いや、なんつーかさ、上手く言えないんだけど……」

 自分でも良くわからないけど、そう前置きして、サクラが言う。
 何時も通りのユリ。変哲もない笑顔。
 だけど、その笑顔には。その顔にある瞳は。

「凄く、冷たい目をしてる」

 そうサクラは言った。
 普段は爛々と黒い輝きを放っているユリの瞳は、だけど今は、どこまでも冷たく、凍えるような、そんな色に思えた。少なくとも、サクラはそう思った。 
 言ってから、サクラは己が突拍子もないことを言ったことに気付き、恥じらいを隠すように頬をかく。 

「は、ははっ、何言ってんだろ、あたし。忘れて忘れて」
「……」

 ユリは、何も言わなかった、

 ――パチン。
 何も言わず、何の感情示さず、ただ指を一つならした。夜が覆うこの通りに、朗々と響く。
 サクラはそれが何の意図を表していたのか分からなかった。
 もしかしたら何か意味がある行動なのかも知れなければ、いや、いつもどおり特に意味のない、ただの気まぐれなのかも知れない。
 なんとなく居心地を悪く感じ、サクラは口を開く。 

「あ、そ、そう言えばさ、あんた、ケーキばっか食ってたみたいだけど、好きなの?」

 その素朴な疑問は、だけど、特大の地雷だった。
 そして、ユリはそれを踏むのを待っていた。
 少女は笑う。笑う。笑う。

「……あははっ、まぁ、昔はね。今は、ふふっ、そんなに」
「……そうなの?」
「うん、だって」

 ユリは軽くステップを踏んで、サクラの前に躍り出た。
 二人の間に距離が出来る。
 ユリは手を後ろに組んで、事も無げに、言う。


「私、味覚ないし」

 ユリの顔には笑みだけがあった。


「……え?」

 サクラは間抜けに口を開いた。
 ユリが何を言っているのか、意味が分からなかった。
 分からなかったが、それが冗談でもなんでもない、ということだけは、何故か理解出来た。
 ユリは、そんなサクラの様子に、ただ笑みを深くする。その瞳は相変わらず、黒いまま。

「私って、ほら、『夜』だから。終わっちゃっているんだ。視覚、聴覚、触覚なんかは『夜』のスキルで補えるけど、嗅覚と味覚は駄目なんだよね。まぁ私そもそも物を食べる必要がないから、別になくたっていいんだけど」
「え、は? な、何言って……」
「夜は終わっている種族、終わらせる種族。だから、戦闘に関しない感覚はオミットされるんだ。その分、他が鋭くなるんだけどね」
「よ、夜……?」
「あれ? モエさんから聞いてないの?」


 ――こいつは何を言っているんだ。
 サクラは少女が紡ぐ言葉を、飲み込むことが出来なかった。
 味覚がない。嗅覚がない。物を食べる必要がない。終わり。夜。

『あの子は終わっている』

 ふと、以前姉であるモエが言った言葉が、サクラの脳裏を過ぎった。
 あの時は何の意味も分からなかったが、つまり、『終わっている』と言うのは――

「私、ほとんど人間じゃないの。ちなみに不老なんだ」

 それが、『夜』なのだ。
 終焉と孤独の存在。
 廻る世界で、終わりを齎す終わっている存在。

「は……?」
「あっちでは、ユウシャと名乗っていたけどさ」

 サクラの困惑をした様子をまるで無視し、ユリが言った。
 どうしようもなく笑顔で、どうしようもなく終わっていて、ほとほと手が付けられない、そんな存在の『夜』は、ただ、語る。

「さっちんが言ってた通り、ヒトと敵対していた魔王と同じくらいには、私は恐れられていたね」

 楽しそうに、もしくは苦しそうに。
 嬉しそうに、もしくは悲しそうに。
 ただありのままの言葉を、ユリは口から出した。

「ぶっちゃけ、ユウシャって言われるよりかは、バケモノって言われた数の方が多かったよ」

 ――まぁ、キロウには『勇者』なんて言葉はないんだけどね。
 そう笑って言うユリ。顔はどこまでも笑顔があって、瞳はどこまでも黒かった。
 朗々と、淡々と、ただ語る。誰に聞かせる訳でもないように、只管語る。

「別に、死なないわけじゃないんだけどさ。殺せば死ぬし、傷も負えば、疲れもする。血だってちゃんと流れているし。まぁ真っ黒い血なんだけど」

 『終わっている存在』は、だけど終わらせることが出来る。
 他人の手で、彼女は『終わり』を迎えることが出来る。
 だけど、そんな彼女は、それでも、『人間』ではないのだ。

 そう――

「だけど、だから、それでも。私はもうほぼ人間じゃない。バケモノ、それで大体あってる。さっきも言ったけど、食事だとか、そんな『人間らしい』行為は要らないんだ」

 ――彼女は夜。どこまでも黒い、闇の化身。

「肉体を構成する要素や物質は、夜になれば自動的にチャージされる。便利だよ、これ」

 ――キロウにおける正式名称は『終焉存在・蓋棺の夜』
 世界最悪で、忌み嫌われ、終わりを与える終わり。

「つっても、その代わり成長とかしないんだけどね。死ぬまでこのまま。一生ペチャパイなのが心残りかなー。なんつって」

 そんな彼女は、ただしくバケモノなのだ。
 それが、それこそが、湯久世ユリと言う少女だった。



[29437] 離別と終焉の冥土レイドヘブン(中編)
Name: ななごー◆3aacea22 ID:0e53a319
Date: 2014/01/31 19:16
 ユリの独白を聞いたサクラは、碌に考えが纏まらなかった。
 だが、それでも彼女は口を開かずには入られなかった。

「な、なんで……!」
「ん?」
「なんでっ、あんたは! そんな、そんな……!」

 だが、サクラの口から出たのは意味のない言葉の羅列だけ。
 言いたいことも、聞きたいことも一杯あった。
 なぜ今になってユリがそんなことを言うのか、どうして、なんで。私に。
 分からない。理解できなかった。
 疑問は募るばかりで、他に何も考えられない。サクラは、ただ己の感情のままに、ただ疑問をぶつける。

「あんたは……あんたは! あのっ、あのケーキを美味しいと言っていた! この前一緒に食べたハンバーガーを、美味しいと言っていた! あれは……あれは、全部嘘だったの!?」
「そうだよ?」
「っ!」

 サクラは絶句した。
 それは、正真証明、拒絶の言葉だった。
 彼女達の関係に一つのボーダーラインを引く、致命的な言葉だった。
 ユリは、笑顔を崩さない。

「私だって、そこまで空気読めないわけじゃないよ。私のことをよく知らない人に、味も匂いも何にも分かりません、なんて言ったら、ドン引きされちゃうもんね」
「あんた……!」

 そこまで言ったサクラではあるが、二の句を繋ぐことは出来なかった。
 嘘だった。偽りだった。
 じゃあ、もしかして、今浮かべている笑みも、今までの笑いも、一緒に笑ったことも、全部が全部――

「……怖い?」

 そこまでサクラが思ったところで、ユリが首を傾げて尋ねた。
 サクラは何も言わなかった。言えなかった。
 それは間違いなく、ユリの問いに対する『肯定』だった。


「……私は、『私』が一番嫌いだった」

 再び、ユリが語りだす。
 辺りに人はいない。空には星もない。天には月もない。
 周囲にある無機質な街灯だけが、二人を照らしていた。

「弱い私。泣き虫の私。役立たずの私。何も出来ない私。キロウに召喚されても、やっぱり私は変わらなかった」

 思い出すように、懐かしむように、だけど忌々しげに――
 夜の少女は笑いながら語る。

「結局、受身で待っているだけじゃ何も変わらないんだよ。キロウに召喚されて、役に立たないと分かった瞬間捨てられて……それでも何も変わらない。モエさんやダイキさんに迷惑を掛けても、それでも私は役立たずだった」

 笑顔は変わらず。ただ、ユリは言う。

「だから、私は望んだ。弱い私は要らない。かつての私は要らない。マトモだった私が弱いのなら、マトモである必要もない。必要だったのは、必要なのは、強い私」

 サクラに言葉を挟ませる隙を与えずに、ユリは両手を広げ、天を見上げる。
 夜の全ては彼女のもので、全ての夜とは、つまり彼女そのもの。
 ユリはサクラに視線を合わせた。
 少女の瞳はいつも通り鋭く、いつも通り黒く、かつてなく寒々としていた。


「怖いと言うのなら怖がれよ、佐倉桜。お前の眼の前に居るのは、強い私なんだ」


 ユリは息を深く吸った。
 そして、浅く吐く。
 吐く。
 吐く。
 吐く。
 呟く。

「恐怖に溺れて、泣き叫べ」

 少女の体から、恐怖と絶望の『黒』が、勢いよく放たれた。
 ――天鎧。其れは魂の鎧。

「ひっ!?」

 その天鎧は、サクラが見た今までの物と違った。
 かつて屋上で見たものとも、ニュクスを制裁したときに見たものとも違っていた。
 それは、サクラの為に、サクラに向けて放つ、ユリの『敵意』だった。

 ただただ圧倒的な恐怖。ともすれば、原初の本能、死への恐怖さえ連想させる、恐惶の黒。
 極上の恐怖を身に受けて、サクラは体の震えが止まらなかった。
 膝がガクガクと笑い、息苦しささせえ感じる。
 だけど、サクラは。それでも。

「ぅ、ぁ……う、く、ぅ……く、そ」
「む」

 踏み留まった。
 サクラは屈さなかった。逃げなかった。その場に居続けていた。
 屈したかった。逃げたかった。出来る事なら、意識を投げ出したかった。
 だけど、サクラはその場から離れなかった。ユリの目の前から離れなかった。ユリから目を放さなかった。

 理由を挙げるとすれば、それはただのちっぽけなプライドだった。

 だって悔しいじゃないか。
 突然よくわからないことをカミングアウトされて。
 突然威嚇されて。
 突然拒絶されて。
 それなのに、どうして逃げることが出来るのか。
 理由も意図も何もかも不明のまま、どうして目を逸らすことが出来るのか。

 それは、あまりに稚拙。あまりにも無謀。あまりにも暴勇な行動だった。
 圧倒的なレベル差。絶対的な力量の差。無常にある経験の差。ニンゲンとバケモノの差。
 例えばここでユリが力を振るったとしたら、サクラはあっと言う間に肉壊へと成り下がるだろう。
 バケモノとニンゲンが戦っても、それは最早戦いではない。ただの蹂躙だ。

 サクラは、分かっていた。
 自分の力では、この少女の足元に及ばない。
 レベルを視れるサクラは、彼奴がの戦力差をきっちりと分かっていた。
 分かった上で、それでも。
 恐怖を感じて、だけど。
 死ぬかもしれない。殺されるかもしれない。それでも、だけど。

 サクラは逃げない。
 夜に向けて、サクラは吼える。

「ちっくしょうッ、なめんなオラああああああああああああああああああ!」


 佐倉桜は、逃げなかった。



―――――――――――――――


 学生・サクラ
 種族:人間
 性別:女
 年齢:14
 レベル:20→30
 通称:『さっちん』
 備考:ただそこにある意地、あるいは信念。恐怖を突破。レベル+10。



―――――――――――――――



 また一つ、サクラは壁を越えた。
 それは、矮小な障害だった。
 問題も疑問も何も解決しない、小さいな小さな壁だった。
 本気の夜と合間見えるには、深淵に近づく為には、まだまだ奥に巨大な壁が聳え立っている。
 サクラは、未だユリの想いに近づくことは出来ない。

 出来ないけども。

「い、言ったでしょ!? あんたが何を言おうがっ、どうしようが! あ、あたしは屈さない! なめんな、なめてんじゃ、ねぇッ!」

 それでも、サクラは此処に居た。
 正面からユリを見据えていた。
 サクラは瞳をぎらつかせて、そしてどこまでも真っ直ぐ、ユリをその目に捉えていた。

 彼女は夜に吼える。
 未だ遠くても、届かなくても、それでも、サクラは叫ぶ。

「あたしはッ、あたしはなぁッ! あんたがナニモンだろうが、バケモンだろうがヨルだとか終わっているとかなンとか、ンなもんどーでもいいんだよっ、クソがッ! なめんな見くびんなふざけんなぁあああああああ!」

 他に誰もいない夜の通りで、少女の絶叫が迸った。
 その響きには決意が乗っていた。意地があった。信念があった。
 サクラ自身、自分が何をしたいか、ユリに何をして欲しいか、自分と彼女の間に何があるのか、それは何もかも分かっていない。
 分からないけども、それでも、サクラは逃げたくないのだ。夜から目を逸らしたくないのである。


 その叫びを受けて、ユリは顔から笑みを消した。

「……そう。でも、私から言う事は、もうない」

 表情を読まれない為に、抱いている感情を悟られない為に、ユリは無表情でサクラに向け手を翳す。 

「だから、ちょっと眠って貰うよ」
「っ!」

 その行動の意図を問えば、結論だけ言えば、それは『逃げ』である。
 サクラの真正面からの咆哮を受け、己の『恐怖』に屈しない彼女を見て、ユリの方が『恐怖』を感じてしまったのだ。だから、逃げた。
 サクラそのものに恐怖を感じたのではない。蛮勇を発揮している『彼女の未来』に恐怖を抱いてしまったのである。
 自分に対して無謀な行動をするのなら、まだいい。
 しかし、それが自分ではなく、だけど自分の様な『バケモノ』に対して向けたのなら――

 だから、ユリは恐怖による制圧ではなく、ただ純粋な能力の差を見せ付けることにしたのだ。
 この場であっさりとサクラを無効化すれば、彼女は『キロウの異常性』を認識出来るだろう。
 ――いや、認識して欲しい。分かって欲しい。
 彼女の行動が、その感情が、どれだけの危険を孕んでいるか。
 もっと言えば、『最悪の夜の近くにいる』ことが、それだけでどれだけ命を脅かすことになるのか。

 ユリは誰とも言えない何かに祈った。
 願うならば、サクラが諦める様、何者かに祈りながら、彼女は『一つの終わり』を起動しようとする。
 しかし。

「ヒュプノス、起ど」
「エーテルドライブ・アクセラレーション」

 その瞬間、風が吹いた。




「臆病風・呪い封じ」



 気だるげな感情が乗ったその言葉と共に、この場に緩い風が流れた。
 すると、ユリが今起動しようとした『ヒュプノス』、先に発動していた『レーテー』も、その風に打ち消されてしまった。

「これは……まさか」

 ユリは、辺りを見渡しながら呟いた。 

 彼女は、この『魔法』に覚えがある。
 それは、かつて、レベル差がありながらもしつこく自分達を追い掛けて来た、ある男がよく使っていたものだ。
 これによりニュクスの起動能力を封じられ、しかし力づくで排除しようとすれば全力で逃げに入る、そんな何をしたいのか最後まで分からなかった、正しく風の様に捉えどころのない、とある国の王子。
 最終的には魔力が尽きた所を突き、ユリがヒュプノスをぶち当てたのだが……

 だけれども、風は、再び夜の前に姿を現したのだ。

 一人の少年がふらりと、二人の少女の前に姿を現す。
 少年は眠たげな瞳で、右手に青白く輝く槍を持っていた。彼の身の丈ほどの、細身の槍だ。
 そうして、彼は対面する二人を見て、深くため息を吐く。

「はぁー、もう! なにやってんだよ俺は……」
『まぁ君も男を見せるべきだと思うよ、たまには』
「キャラじゃないことはしたくないんだよ、あー、くそっ……だるい眠い帰りたい」

 少年が愚痴を零せば、持っている槍が彼と同じ声で返す。
 彼は、二人の少女にとって見覚えがある少年だった。と言うか、つい何時間か前まで、同じ場所で授業を受けていた少年だった。

「……あ、あんた」
「……よう、佐倉。お前も難儀だな」

 震える声でサクラが目を向けると、少年は頭をガシガシと掻いて彼女を労った。

 一方、驚愕しているサクラを他所に、ユリは特に驚いた素振りは見せず、少年に、否、少年の槍に向けて声を掛ける。

「やっぱり、『入っていた』んですね、王子サマ」
『ふふ、久しぶりだね、勇者。ま、今の私はただの神器だけどね』
「……死んだんですか? やっぱり」
『死んだよ。きっぱり』
「じゃ大人しく成仏して下さいよ。なんで此処まで来るんですか」
『君に会いに来た……と言えば?』
「……しつこいったら有りゃしない。あなた、何なんですか?」
『ふふふふ』

 苦々しさを隠さない勇者と、飄々と笑う青白い槍。
 ユリは、埒が明かないと、今度は槍ではなく少年に向かって言う。

「さて、何の用? ……プリンス」
「今更だけどお前俺の名前知ってる?」
「興味ない」
「おお、ばっさり……」


 少年の切ない疑問は夜には届かなかった。
 届かなかったが、風は吹いていた。ただ自由に吹いていた。


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