仮面ライダーさんが、分身したと思ったら集団ライダーキックをかまして、そのまま変身が解けてうつ伏せにぶっ倒れた。
何を言っているか以下略。
「コレは……美少女ヒロインさやかちゃんが、ヒーローの知られざる素顔を知ってしまうイベントに違いないわ!」
顔を地面の方に向けて倒れている青年を観察しながら、華麗なポジティブシンキングをかます自称美少女。
ヒロインなら、まずは倒れている映司の身の心配をするぐらいの優しさは欲しいところであるが、彼女はそんな器ではなかったらしい。
……お前の優しさはどうした?
鼻息を荒くしながらゆっくりと映司に近づくさやかの顔は、わくわく、という擬音が聞こえてきそうなほど期待に満ちていた。
「イケメンだったらどうしよう、でも私には恭介っていうヒトが……!」
ヒロインを巡って争うイケメンと天才音楽家の寸劇が勝手に頭の中で出来上がっている辺り、テンションフォルテッシモなんてレベルではない。
ファンガイアの先代王様の墓前で土下座して謝った方が良い思考回路である。
きっと、初変身補正で頭の中がピンク色になっているのだろう。
そもそもさやかが今回の契約及び初変身によって何かの役に立ったか、などという突っ込みをしてはいけない。
一歩一歩時間をかけながら映司に近づいて行くさやかには……既に、色々とフラグが立ち過ぎていた。
……主に、邪魔が入るフラグが。
「大丈夫ですか!?」
大きな羽を広げて空から降り立ったのは……見知らぬ、緑色の衣装が印象的な少女だった。
さやかの存在に気付いていないわけではないだろうが、映司の間近に着地した少女は慌てた様子でその背中を揺すって反応を確かめる。
そうかと思いきや、あっという間に映司の両腕を掴み、再び空へと姿を消したのであった……
「……ライバルヒロイン現る、ってか?」
目の前で公然と行われた人攫いに、さやかはとりあえずの仮説を立てて思考を打ち切る。
彼女とて、暇ではないのだ。
先ほど傷ついて倒れた白いネコモドキを、治療してやらなければならないのだから。
先ほどの三色の彼は、通りすがりの仮面ライダーぐらいに思っておけば充分だろう。
そして、映司を抱えてふらふらと徐行しながら飛ぶトーリは、とてつもなく物騒なことを考えていたりする。
「今が、オーズを始末するチャンス……なんでしょうか?」
先ほどの青い魔法少女が見ている前では事を起こそうにも起こせなかったので連れて来てしまったわけだが……どうしよう?
殺すだけならば、映司を重力に従って自然落下させるだけの簡単なお仕事である。
ただ、例えオーズを始末してセルメダルを集め始めても、トーリには既にメダルの搬入先であるグリードが存在しないのだ。
ここで映司を手放すことは簡単だが……アンクとオーズは、少女ヤミーがメダル関連の知識を得るための重要な情報源でもある。
一応、カザリというグリードも見たことはあるのだが、まず話し合いの場につかせることが出来るかどうかという段階から不安が残るところだ。
それに、もしかすると、ひょっとすると、万が一ぐらいには、映司とアンクがウヴァの復活方法を知っているかもしれない。
「難儀ですねぇ……」
つい先ほどまでは邪魔で仕方が無かった筈のオーズがこんなにもピンチなのに、止めを刺すことが出来ないという不思議。
まさか、この男は運命に愛されているとでもいうのだろうか。
『コアメダルを没収しておくべきか』だの『いっそドライバーごと』だの『そもそも何処に向かって飛んでいるんだ』だの、色々と考える事が山積みのトーリは、もうしばらく付近の空を旋回して居そうである……
『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十七話:A dying hero, a dead heroin
キュゥべえを治療するつもりで、先ほどバッグを預けた女性の元に戻ってきたさやかだったが……思わぬ展開を耳にする。
女性によると、カバンの中に居たはずの動物はいつの間にか逃げ出してしまっていたらしく、女性は結局一度もその生き物を見なかったということらしい。
あのUMAの負っていた傷は、実は見た目よりも軽かったのかもしれない、とさやかは結論付けたのだった。
……さやかの知らぬことだが、魔法少女の素質を持たない者はキュゥべえを目視することが出来ない。
女性が空っぽだと勘違いしたバッグの中には、実は血まみれのキュゥべえがしっかりと詰まっていたりしたのだ。
もっとも、そのバッグは既にピラニアヤミーの群れに食われてしまい、この世に存在しないのだが。
キュゥべえさんの尊い命がまた一つ、神様の元へ帰りましたとさ。
「まぁ、良いか」
自力で動ける程度の傷で済んで良かった、と白いUMAの身の安全を喜ぶ時間もそこそこに、さやかは変身を解くことも忘れて市内の某病院へと一直線に走る。
折角他人の怪我を治す能力を手に入れたからには、やるべきことは一つ。
さやかの片思いの相手である上条恭介の、左腕を治すことである。
もし巴マミがこの場に居たなら……さやかに、自分自身の望みをもっとはっきりさせることを求めただろう。
即ち、さやかの真なる願いは上条恭介の恩人になる事なのではないか、と。
だが、この美樹さやかには、そんな事を相談できる相手も居なくて。
結局……分不相応な理想の元に、上条恭介の恩人となる可能性を棒に振る事となるに違いない。
ピラニアヤミーの残したセルメダルをアンクが拾いに来た頃には、既にさやかは影も形も残して居なかったらしい……
一方、少女ヤミーことトーリは、ようやく目的地を見定めて一直線の飛行を行っていた。
お察しの通り、その場所とは巴マミの住むマンションである。
というか、トーリが落ち着ける場所など、他には無い。
ふてぶてしくも、今夜からの寝床にしようとさえ考えている始末である。
そんな彼女の幻想がぶち壊されるのは、ほんの数分後の話だった。
当のマンションの壁面に、大きな穴が開いていたのだから。
むしろ、外側から巨大怪獣かロボットによって抉られたと言われた方がまだ信じられるような、穴というよりは窪みというべき代物かもしれない。
風呂場があったと思しき空間では破裂した配水管から噴水のように水が溢れだしており、ガス漏れの臭いがしないことがせめてもの救いだろうか。
そんな中に、『彼女』は倒れていた。
「マミ、さん……?」
降り注ぐ水粒を浴びながら、意識があることをまったく窺わせないほど微動だにせずに。
今日はよく知り合いが倒れる日です、そう愚痴を吐きながら、とにかくマミを部屋の中の浸水を免れたスペースまで連れ込み、ベッドに寝かせてみる。
脈と呼吸はあるようなので死んでいる訳ではないのだろうが、つい1時間ほど前には元気だったとは思えないほどに、巴マミは衰弱しているように思われた。
冷水に浸かっていたせいだろう、と結論付けたトーリは、早速濡れた衣類の処置を試みたのだが……
「全滅、ですね」
洋服棚の位置が悪かったらしく、内蔵されていた衣類はことごとく浸水しており、代えのものが全く見当たらない。
もしマミの意識があったなら魔法少女に変身させれば済むのだが、マミの意識が無くてはその手も使えない。
……部屋の中を見回したトーリは、代替手段をすぐに見つけることが出来た。
選ぶべき道は……ただ一つ!
「映司さん、ごめんなさい!」
なぜ映司に謝っているかって?
そこに服があるからさ。
手早くマミの服を脱がせ、無事だったカーテンでその身体から水分を拭き取ったトーリは……映司の身ぐるみを剥ぎとり、それをマミに着せて一息ついたのであった。
パンツだけは映司の元に残してやったのは、トーリに残された最後の良心だったのだろう。
この男は放映コードという絶対神に愛されているため、パンツだけは永遠に失わない運命を約束されているのかもしれない。
とりあえず、マミと映司を纏めてベッドの上に寝かせたトーリは……アンクを呼ぶことにした。
この二人を同時にぶら下げて飛ぶのが難しそうだったので、文字通りアンクの手を借りようという発想である。
トーリは携帯電話などという都合の良い物は持っていないし、バッタのカンドロイドを使うための認証も潜れないが……それでも手段はある。
『もしもし? アンクさんですか?』
念話と呼ばれる、魔法少女の特権が。
先ほどマミからその存在を知らされた魔法で、アンクへの通信を試みたというわけだ。
念話というものは、対象の居場所が把握できていないと使えないものなのだが、先ほどセルメダルが撒き散らされた場所を想定してみたら大正解だったらしい。
『なんだ、羽のガキか。どうやって話してる? これも魔法ってやつか?』
その通りです、と素直に答えながら、ふと脳裏を疑問がよぎる。
自分が魔法を使う時に自分のセルメダルが増えないのは何故だろう、と。
それを許すとセルメダルの無限増殖チートが出来てしまうからだ、などという作者側の事情なんて、そんなの絶対あるわけない。
『映司さんとマミさんが倒れてしまったので、運ぶのを手伝ってください』
『面倒だ』
アンクからの答えが簡潔かつ完結し過ぎていて涙が出そうになった。
泣いても良いよね? だって女の子……いいえ、ヤミーですね。そうですね。
トーリとしては、何としてもメダル絡みの情報をアンクと映司から引き出さなければならないため、ここで会話を終わらせる手など無い。
『……実は映司さんが緑のグリードを倒したみたいで、緑のメダルを7枚持ってるんですよ』
『ほう、そいつは儲けたなァ』
一応ウヴァさんの名前を知っているトーリだが、アンクにその繋がりを勘ぐられるのを恐れて呼称を考えてみた。
『これって、復活してグリード態に戻ったりしないんですか? それが心配で仕方ないんですが……』
むしろそれが目的です……なんて、言うわけがない。
飽く迄、トーリはアンク達の味方のフリをしなければならないのだ。
早くとも、ウヴァの復活が果たされるまでは。
『……そうだな。3種類を揃えて、全体の半分……5枚ぐらいあれば復活は出来た気がする。危険には違いないか』
なるほど、良いことを聞きました!
全体の半分が5枚ということは、おそらく全部で10枚程度があるのだろう。
『今、映司さんの元に7枚あるんですけど、残りの3枚はアンクさんが持っているんですか?』
『俺の手元には今は一枚も無い。何処にあるんだか……まぁ、目星はついてるがなァ』
多分持っているのだろうと思いつつも念のために聞いてみたトーリだったが……答えは、最悪だった。
大まかな場所が解っているならば希望は捨てられないが、今の会話の流れからそこに持って行くのは苦しそうだったので、またの機会にせざるを得ないだろう。
『とりあえず、映司さんから何枚かメダルを預かっておきますね』
『用心深いことだ』
ごそごそと物音をたてながら、現在は巴マミの身を包んでいる衣類の中を探り、お目当てのアイテムに手を伸ばす。
……見つけた。
クワガタ、カマキリ、バッタの3種類7枚のコアメダルが、ついにトーリの手に!
『それで、復活の他の条件って何なんですか? 一応聞いておきたいです』
一応ではなく、それが主な質問内容なのだが……何でも無いことのようにさらりと聞くのがポイントである。
絶対にトーリの正体を気付かれてはいけない。
『……面倒だ』
『えっ……』
返されたのは……そっけない言葉だった。
知らない筈は無い、とトーリは確信しているが、これ以上突っ込んで聞いたとして、相手に疑心を植え付けるのは好ましく無い。
大丈夫だと言われているのだから、あまり強く聞くのも不自然である。
一日に何回『面倒だ』と口にすれば気が済むのだ、などという突っ込みをして機嫌を損ねるのも御免である。
『悪いか?』
『いいえ、そんなことは……』
まるで、悪徳上司と気の弱い部下のような会話である。
アンクが800年前に為された封印から目覚めたグリードであるという情報を、トーリは映司から聞いたことがある。
ならば、アンクがその復活方法を知っていると考えた方が自然な筈だが……聞き出す手段も思いつかない。
結局7枚全部をネコババするわけにもいかず、とりあえずクワガタとバッタを1枚ずつ残して、残りを没収しておくに留めたのだった。
カマキリを残さなかった理由は、先ほど目の当たりにした緑の雨が脳裏にちらついたからかもしれない。
とは言っても、カマキリ2枚だけはアンクに渡してしまう予定である。
そうすることによって、アンクと映司の二人は互いの持っているメダルからトーリのネコババした三枚を推察できなくなるはずだ。
『……ん? お前、さっきなんて言った?』
『そんなことは無いです、って言いましたよ?』
何かに気付いたような、アンクの少しだけ高い声。
念話というもので声の高さが伝わるのも奇妙な話だが、そういうものなのだろう。
『その3つぐらい前だ』
『ええと、確か、ワタシがメダルを預かって……』
自身の発言内容を思い出しながらその内容を口に出して……後悔した。
メダルというものは、文字通りグリードの命である。
それを預かるという提案が、何らかの疑念を抱かせてしまったのではないだろうか。
『そうか、そいうのもアリか。お望み通り、そいつらを運ぶのは手伝ってやるから、場所を教えろ』
何だろう、この気の変わり様は。
怪しい。怪しすぎる。
トーリの方から助力を求めておいてなんだが、アンクのこの変わり身は不気味すぎる。
相手の脊髄をぶっこ抜くバッタ怪人に肩を並べられる不気味さだ。
『お前自身に新しい用事も出来たしなァ』
嬉しそうなアンクの笑い声が、空恐ろしい。
首筋を冷たい汗が流れ、心拍数が上がる。
マズい、かも?
『近くに居るからこそ気付かないモンだよな。伏兵ってやつはよ』
気付かれた……?
トーリとしては、そこまで疑念を持たれるような行為には及んでこなかったつもりなのだが、何か落ち度があったのだろうか?
いざとなったら、映司を人質にとって逃げることまで考えなければならない。
トーリの死亡フラグな日々は、終わらない……
・今回のNG大賞
トーリが通信のためにベランダに出ている間に、目を覚ました火野映司が認識した、三つの出来ごとは!
一つ、映司はパンツ一丁になって寝ていた!
二つ、巴マミが映司の服を着せられて寝ていた!
三つ、二人は同じベッドで寝ていた!
「まさか俺、何か間違いを……そんなバカな……いや、でももしかして……?」
コンボの使用による副作用を本気で考えなおしたい気分に、なったらしい。
・公開プロットシリーズNo.17
→蝙蝠には蝙蝠の悩みがある。