<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[29586] その欲望を開放して魔法少女になってよ!【完結】(仮面ライダーオーズ×魔法少女まどか☆マギカ)
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/07/27 22:08
古代の貨幣を投擲する独特の音が、街の喧騒にかき消される。
それは、怪人グリードの鵜たるヤミーの産声でもあった。
並々ならぬ『欲望』を持った人間を親に持ってこそ、ヤミーはその力を発揮するというもの。
であるからして、『昆虫の王』とも呼ばれるグリード、ウヴァは非常に大きな興味を示してもいた。
進歩を遂げたこの人間の世界の中で生まれた、多様な欲望について。

そして、ウヴァの目の前を偶然に横切った存在……そいつの持つ得体の知れない『欲望』からヤミーを作り出してみたい。
そうウヴァが思ってしまったことは、自然な成り行きであったのだろう。
思い立ったが吉日と言わんばかりに対象の額にメダルの差し込み口を出現させ、メダルを投げ込んだのだ。

「その欲望、解放しろ」

ただ、一つだけ間違いがあるとすれば、

「ボクと契約して魔法少女になってよ」

その『欲望』の持ち主が人間では無かったことぐらいだろうか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第一話:ワタシ、ヤミーです。それと魔法少女です



「困るよ。君のせいで、人間の子に逃げられちゃったじゃないか。まぁ、大した素質は持っていなかったみたいだけどね」

まさか、先ほどの懇願が、ウヴァさんに向けて放たれた言葉であったはずもない。
そんなことをすれば日本全国一千人の虫怪人愛好者が怒り狂ってキュゥべえ狩りを始めることは間違いないからだ。
キュゥべえは、平常通り営業中で、契約者を増やそうとしていただけなのである。

もっとも、それはウヴァに邪魔されてしまったが。
せっかく契約を取りつけることに成功するところだったのに、魔法少女候補生は怪人ウヴァの外見に怯えて逃げ出してしまったのだ。

「それがお前の欲望か?」

一方、キュゥべえの事情など当然理解していないウヴァの興味の対象は……ようやく、生まれてきた。
キュゥべえの、身体の中から。
欲望の化身であるグリードを補佐する、使い魔のような存在が、今生み出されようとしていた。
その手下を……ウヴァ達グリードは、『ヤミー』と呼んでいる。

だがしかし、その生まれは、既にウヴァが期待していたものと若干の食い違いを見せていた。
通常のヤミーは生後すぐの姿として、白い包帯を巻いたミイラ男のような外見を持つものなのだ。
そして、親となった人間の欲望をある程度叶えることでヤミー個別の姿を得ることが出来る……はずなのだが、

「初めまして?」

何故かウヴァの目の前に居る人間の子供型ヤミーは、白ヤミー形態をすっ飛ばして成長を遂げていた。
その背丈はウヴァの良く知る水棲グリードの人間態と同程度であり、ヤミーの身を包む飾り気のない一繋がりの衣装の色は、創造主であるウヴァを連想させる緑色である。
髪はこの国によく見られる黒色であり、顔にもその下部にも、特に目立つ部位は見当たらない。
背格好は、小学生と呼ぶには大き過ぎる、という程度だろうか。
それだけならば何処にでも居る人間族の雌体という印象を与えるに留まるはずだったが、その人間型ヤミーには少しだけ人間には見られない身体的特徴が存在した。

……羽、である。

その淵を飾る骨格が良く見えるそれは翼と呼ぶには物々しく、鳥類のそれとは一線を画しているのは明白だった。
かといって、ウヴァの昆虫型ヤミーのように鱗粉を撒き散らすキメ細かさも無いそれは、闇の中では目視することの難しい程の艶のない黒さを主張している。

「こっちこそ、初めまして」
「……」

ハッピィバースデイ! などと叫んでくれる中年男性は、この場には居合わせていない。
礼儀正しく挨拶を返す白のネコモドキと、無言でヤミーを観察する緑の怪人。
両者の性格が非常によくわかる対応である。
何か緑の怪人の機嫌を損ねる行いをしただろうか、とヤミーは首をかしげて見せるが、緑の怪人ことウヴァは白ネコモドキに向き直る。

「その欲望を叶えるにはどうすれば良い?」

その『欲望』というのは、おそらく白ネコモドキが最初に発した魔法少女が云々という台詞に関してのことなのだろう。
欲望の意味が解らずにヤミーの親に尋ねる……ウヴァさんにはよくあることである。
知らないことを素直に知らないと言える能力は、称賛されるべきものに違いない。

「彼女と契約を結んで魔法少女にしたから、充分だよ」
「魔法少女? アレは俺のヤミーだぞ?」

少女ヤミーに視線を向けた白ネコモドキに釣られてウヴァも同じ人物(?)に意識を少しだけ向けながら言葉を返す。
どうやら、両者の認識には若干の食い違いがあるらしい。何故見てるんですか。

「ヤミー? 魔法少女? ワケが解らないですよ……?」

話題の中心に居ると思しき少女さえも、自身の状態を把握していない。
ウヴァさんが魔法少女について知らないのは仕方ないにしても、ヤミー本人は自身の初期ステータスぐらいは把握していて良さそうなものだが……

「キミは魔法少女になったんだ。魔女を倒してグリーフシードを集める使命を負っているんだよ」
「お前は俺のヤミーだ。コイツの願いを叶えてセルメダルを増やせ」
「日本語でお願いします」

このザマである。人間の世界ではリントの言葉で話して欲しいものだ。
話にならない、というわけではないのだが、白ネコもウヴァも少女の持つ予備知識を高く見積もり過ぎているらしい。

「ええと、まずお二人のお名前は?」
「ボクはキュゥべえって呼ばれることが多いかな」
「ウヴァだ」

白ネコの方がキュゥべえ、緑の怪人はウヴァという名であることが少女に告げられる。
どちらも表情が全く変化しないので、いまいち思考が読み取り辛い。
そのために、少女は二人に対する態度を決めかねて、質問と様子見に回ろうとしたが、

「お前、ヤミーなのにメダルの知識が無いのか?」

少女が何から質問したら良いのかと悩む暇も無く、ウヴァさんからの質問である。
その言葉の端からは、知っていて当たり前だという前提が垣間見え、

「すみません……」

ウヴァの何処となく物々しい雰囲気も手伝って、少女は自然と謝ってしまった。
なんとなく、この人(?)には逆らわない方が良い気がすると、ヤミーの第六感も告げていたので。

「親の願いを叶えることで、お前たちヤミーの中にはセルメダルが溜まる。それを俺に提供するのがヤミーの役目だ」

鵜飼の鵜のようなものである。若しくはミラーモンスターでも可。
そして、ウヴァたちはグリードと呼ばれるヤミーの上位の存在であり、その身体を構成するメダルの数に応じてパワーアップするのだが、それはさておき。

「それで、私が願いを叶えるべき『親』がキュゥべえさんなわけですね」

やけに呑み込みが早い少女の応対を見て、満足げに首を縦に振るウヴァ。
適応能力が高すぎるきらいもあるが、ウヴァさんのヤミーは総じて思考能力が高いのが特徴であるため、これぐらいは想定の範囲内なのだろう。

「キュゥべえさんがお母さんでウヴァさんがお父さんみたいなものなんでしょうか」

『親』という言葉から想像された安易な認識だが、案外間違ってはいないのかもしれない。
ある意味この二人が少女ヤミーの創造主なのだから。
絶対に薄い本が出来そうにないカップリングにも程がある。
そしてこの二人は、そんな扱いをされても頬を染めたり照れたりする様な人材では無いことは自明だった。
というか、性別不明の気があるとはいえ、一応両方とも雄ではないのか。

「あと、魔法少女について……というか、『魔女』と『グリーフシード』について何か説明をお願いします」

魔法少女についての説明を求めても先ほどのキュゥべえの台詞と同じものを返されそうだ。今朝からの長い付き合いだとかそんなことは無いのだが、なんとなくキュゥべえの話し方が解るような気がして、若干問い方を変えてみた少女ヤミー。

「魔女は人間に災厄を振りまいて命を奪う奴らなんだ。それを倒すと手に入るのがグリーフシードだよ」

全く変わらない表情でさらっと物騒なことを口にするキュゥべえ。
魔女の出自に触れようともしない辺り、色々とワケアリである。
しかも、魔法少女になる際には願い事が一つだけ叶えてもらえるはずだという情報を省くという説明の放棄ぶりを見せた。
これは、ヤミーが生まれる際に親の欲望を叶えるという『願い』を持っていることが原因となり、ヤミーを魔法少女にすること自体が願いの一部として認識されてしまったからなのだが……。
聞かれないことはあまり口にしないというスタンスを取るキュゥべえには、悪意という感情自体が無いらしいので仕方ない。
……少女がそれを知ることになる日は大して遠くもない。

「とすると当面の私の行動方針は、お母さんの契約者を増やすことですか?」

魔法少女というものの在り方は少女にも理解出来たが、キュゥべえの願いは魔法少女の働きを期待するだけではなく、魔法少女を増やすというものだったはずだ。

「無理やり契約するのは出来ないよ。そういうルールだからね」

ルール、という新しい単語を口にするキュゥべえ。
決まりごとというからには、キュゥべえにもヤミーに対するグリードにあたるような管理者が居るのだろうか?
もちろん、ルールというものは、常にその穴を突かれる運命にあるものなのだが。

「つまり、無理やりに見えないように契約者を誘導すれば良いってことですね」
「人聞きが悪いなぁ。飽く迄、自由意思で選んでもらうだけだよ」

いったい誰に似たのだろうか。
キュゥべえの動かぬ表情はやはり何も感じ取らせなかったが、その尻尾の滑らかな動きがまるで舌舐めずりをする獣のように、少女には感じられた。
だがしかし、そこに嫌悪感を抱くことなど有り得ない。
なぜなら、その悪魔から生まれた子供こそ、ヤミーたる彼女なのだから……



そして当然、少女ヤミーは魔法少女になる人材を探すべく活動を開始したのだが、

「魔法少女になってみませんかー?」

成果は芳しく無かった。
街頭で手当たり次第に女の子に声をかけてみるのだが、これが中々上手くいかないものである。
現代の子供たちは意外と現実が見えているらしく、小学生でさえ魔法など存在しないということを当たり前のように認知しているのだ。
魔法少女が許されるのは小学生までだよねー! なんてレベルではない。

傍から見れば中学生程度の少女が道行く人に勧誘を試みるも、その全てが惨敗という救いの無さである。
少女ヤミーがせめて高校生に見える外見だったならば、アルバイト募集と勘違いして耳を傾けてくれる通行人が居たかもしれない。
だがしかし、当人が中学生の外見では、少々頭の発育が遅い子にしか見えない。

「魔法少女に……」

早くも初志が折れそうになる少女ヤミー。
心の花が段々萎れているような気さえしてくる始末である。
もっとも、この世界には砂漠の使徒やマイナーランドなど存在しないのだが。
そんな彼女を物陰から見つめる人陰があったのだが、この時の少女ヤミーは全く気付くことは無かった……



結局、魔法少女になることを希望する人材は一人たりとも見つからずに一日が終わってしまうのだった。
というか、活動時間の後半は職務質問を求める警察官との追いかけっこに費やされてしまうという間抜けぶりである。
収穫がゼロのまま哀愁漂う背中を小さくしながら、帰路に就こうとして、

「そういえば、私ってどこに帰れば良いんでしょう……?」

特に住処が無いことに気付く夕暮れ時。
一応、ウヴァたちグリードがアジトにしている廃屋があるためにそこが一番安全なのだが、少女ヤミーはその場所を知らない。
当のウヴァがそのことを少女ヤミーに伝え忘れたせいである。
虫頭のウヴァさんなら仕方ない。
せめてキュゥべえかウヴァのいずれかに連絡が取れれば何とかなりそうなものだが、念話の存在さえ教えられていない少女ヤミーには手段が無かった。
頼れる知り合いも居ないし……と思考がネガティブ方面に直下しようとした時、それは聞こえた。

「貴女は、キュゥべえと契約した魔法少女?」

薄暗くなった町の中に溶けてしまいそうな、静かな声。
それでいて、少女ヤミーの耳にはっきりと届く、強い意志を含んだ響き。

「そうですけど……お母さんの知り合いですか?」

後ろからかけられた声に少しだけ驚きながらも、相手がキュゥべえの知り合いに違いないという期待を持って振り返る少女ヤミー。
少女ヤミーの背後から問いかけていた女の子は、長く伸びた黒髪を風に靡かせながら、訝しそうな視線を少女ヤミーに向けていた。
お母さん、という言葉を聞いた時に一瞬だけ眉を顰めたように少女ヤミーには思われたが、話の本筋では無さそうだったので突っ込みを放棄する。

「私が一方的に知っているだけ。知り合いではないわ」

確かに、片方から認知されているだけならば『知り合い』とは呼ばないかもしれない。
そんな質問にきっちり答えてくれる辺り、律義というかなんというか。

「単刀直入に言うわ。魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」

きっぱりというよりばっさり。
ヤミー少女の行動を否定する通りすがりの女の子。

これが、運命に挑む少女『暁美ほむら』と未だ名もなき少女ヤミーの邂逅であった……



・今回のNG大賞

「初めまして」
「蝙蝠のヤミーか。面白い!」
「ワケが解らないよ」

クワガタ同士にしか通じないモノもある。多分。


・公開プロットシリーズNo.1
→君の属性は蝙蝠ですか。最終回での真木博士の一言から生まれた当作品。何処まで行けるのやら……



[29586] 第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:13
「魔法少女の勧誘なんて、止めなさい」

暁美ほむらの主張は、少女ヤミーに求める行動という点においては非常に解り易かったが、

「どうしてですか?」

その動機という点においての説明は全く為されていなかった。
だからこそ、ヤミー少女の問い返しは自然な疑問であったに違いない。

「魔法少女になる代償は、重すぎるから」

それは魔法少女全般に関することを言っているのか、それとも特定の誰かが魔法少女になる時の話をしているのか。
何はともあれ、暁美ほむらが昼間の少女ヤミーの街頭勧誘を目撃したうえでその行動を非難しているという事は間違いない。

「代償……?」

何だか少しだけ物騒な予感がしてきた少女ヤミーだが、聞き慣れない単語につい耳を傾けてしまう。

「そう。『あれ』と契約して魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。人としての一生を奪われることになる」

苦いものでも噛みつぶしたかのような表情で言葉を紡ぐ暁美ほむらには、人生を狂わされた知り合いがいるのだろうか。
ひょっとするとそれは……ほむら自身のことなのかもしれない。

「知りませんでした……」

少女ヤミーは、そんなことはキュゥべえから聞かされてはいない。
ウヴァと違ってキュゥべえはわざと情報を絞っている節が無いわけではないが、そもそも人間でない少女ヤミーにはあまり有用でない情報だったから知らされなかったのかもしれない。

「もうひとつ聞いておきたいんですが、お母さんと契約を結んだ後で解除する方法ってあるんですか?」
「……無いわ」

Q:ベントされたライダーはいつ戻ってくるんだ?
A:戻らない

海の向こうでそんな会話が交わされている光景を幻視した少女ヤミーだったが、なんのこっちゃと思考を振り切る。
そして、まさか少女ヤミーがそんな電波ゆんゆんな脳味噌を持っているとは知る由も無い暁美ほむらの目には、少女ヤミーが悩んでいるように見えたのだろう。
というよりも、ほむらの話を信じているような素振り自体が、ほむらさんからの好感度を上げる要因になっていたりする。
他人の話をきちんと聞かない人種の目立つ暁美ほむら(14)の人間関係の方に問題がある気もするが。

「契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ」

契約の解除法を尋ねた少女ヤミーの意図を汲み取ろうとしたほむらは、同情の視線を向けながら言葉をかける。
少なくとも、魔法少女という存在の残酷な末路をすぐに教えることを躊躇う程度には、目の前の少女ヤミーを心配していたのだ。
そんな暁美ほむらの思案をよそに、少女ヤミーは何でもないことのように言葉を返す。

「いいえ、そうじゃありません」

後悔なんて、あるわけない。
……と言えば聞こえは良いが、そもそも少女ヤミーには魔法少女になる前の自我というモノが存在していないのだから、後悔のしようが無いというのが正直なところだったりする。
最初からそういう生き物として生まれている以上、人間だったころを振り返って羨望する感情は根本的に少女ヤミーには存在しないのだ。

「勧誘されて契約した魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか」

ヤミーの行動理念は、グリードの命令に従う事と、ヤミーの親となった人物の欲望を実現すること。
従って、少女ヤミーの思考は、ヤミーとしては非常に正しいものであったに違いない。
……その発言が、暁美ほむらの逆鱗に触れるとも知らずに。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二話:ここで死んで。世のため人のため、そして何より彼女のために



低い音が、響き渡った。
同年代の少女同士がビンタをかますような音では無い。
一瞬のうちに少女ヤミーへの距離を詰めた暁美ほむらが、その勢いのまま膝を少女ヤミーの腹部へ入れた音である。

「げぶぅっ!?」

受身も取れずにアスファルトの地面を転がる少女ヤミーへ、ほむらは見るものを凍て付かせるのではないかと思わせるほど冷たい視線を向ける。
ダメージを受けたらとりあえず地面を転がることなど、特撮の世界ではよくある光景の一つに過ぎないのだが、女の子が主語だと無駄に痛そうに聞こえる不思議。
それはともかく少女ヤミーの失言によって、ほむらからの人物評価は『美樹さやか』の少し上ぐらいの高さから、『キュゥべえ』レベルまでの超急転落下を遂げてしまったのだ。

「貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ」

魔法少女は人間でないと先ほど暁美ほむらは自ら告げたはずだが、今回の言葉は意味が違っていた。
おそらく精神的な意味合いにおいて、人間を捨てている存在を排除するという意思が含まれているのだろう。
もっとも、暁美ほむらが一つ勘違いをしていることは、彼女が蹴り飛ばした対象は元来人間では無い存在であったということだが。

「いきなり、攻撃、なんて……?」

息を整える暇も無く、少女ヤミーに対して追撃が加えられる。
ほむらの手の先に紫に光る何かが現れたかと思いきや、間髪置かずにそれは少女ヤミーに向けて投擲された。
少女ヤミーはその背から生えた羽で身体の前面を覆ってガードするものの、魔法の力によって作られたと思しき弾丸の威力は凄まじく、反撃に出られる前兆は見られない。
防御に徹しているために身体を構成するセルメダルは少しずつしか剥ぎとられていないが、それも時間の問題で削り切られるだろう。
なんとか隙を突いて逃亡か反撃の手を見出そうとする少女ヤミーの焦りを余所に、暁美ほむらは堅実な遠距離攻撃を続ける。

起死回生の手段として少女ヤミーがまず思いついたものは、『魔法』だった。
ところが、キュゥべえと契約したということは少女ヤミーにも『魔法』というものが使えるはずなのに、いかんせん使い方が解らない。
明らかに質量を無視して生み出されている暁美ほむらの弾丸が魔法によって作り出されているということは推測できても、同じことが出来る気がしないのだ。
少女ヤミーを無表情のままジリジリと追い詰めるほむら。
一旦飛び上がることが出来れば逃亡することは出来るだろうが、今の状態で翼を開いたらボケる間も無くヤミーちゃんはセルメダルの山へ早変わりである。

「どうか、してますよ……!」

流れ弾でさえアスファルトを抉る威力を持っている弾丸を必死に受け流しながら、少女ヤミーは必死に打開策を考える。
せめて何か盾になるものは無いか……そう考え着いた少女ヤミーの視界の端に、直方体の箱が映った。
2メートルほどの高さを持つそれは、通行人に飲料を販売するための、一般に自販機と呼ばれる機械によく似ている。
そしてその単なる人工物であるはずの自販機が、アスファルトさえ抉るはずの射撃の流れ弾を受けて傷一つ貰っていない様を、見てしまった。

意を決した少女ヤミーの決断は迅速であり、瞬時にその自販機の陰に転がり込む。
自販機ごと粉砕しようと砲撃を継続するほむらだが、数発を浴びせた時点で異常に気付く。
少女ヤミーが盾にしている自販機が、傷一つ負っていないことに。

そして、次の瞬間には……その自販機が鈍い音と共にほむらへと向かってくる。
相手が巨大な自販機を盾にしながら突進して来ている可能性を考慮したほむらは、回避の幅を大きく取って様子を見るが、結果的にはそれが悪手となってしまう。

少女ヤミーが選んだ一手は、突進ではなく逃亡。
見た目以上の重量で地面に張り付く自販機を渾身の蹴りで無理やり剥がして、目くらましにしたというわけだ。
終始優勢だったはずのほむらだが、既に闇夜に高く跳びあがってしまった相手を追跡する手段は無かったため、惜しくも逃亡を許してしまったのだった。
TV本編においては飛行しているように見えるシーンもあったほむらさんだが……このSS内部においてはアレらの挙動は『ただのハイジャンプ』であったのだと思って欲しい。
特撮の世界にはよくあることである。

もちろん、時間を制止させれば追跡は出来ずとも魔力弾の投擲でダメージを与えることは可能だったのだが、少女ヤミーのソウルジェムをほむらが一度も視認できなかったことが、追撃を躊躇わせた。
ソウルジェム以外の部分への攻撃は無意味というわけではないが、致命傷を狙う事が不可能に近いという点においては決して有意義とは言えない。
むしろ、少女ヤミーがソウルジェムを外部から見える位置に装備していたならそこをほむらが撃ち抜いて終わりだったはずだったのだから、少女ヤミーは実は凄まじく運が良かったのかもしれない。
重火器の用意が整っていれば話は変わってくるのだが、今回のループでは暁美ほむらがまだ装備の調達を行っていなかったことも、少女ヤミーの命を救った形となる。

辺りには荒れ果てた見滝原中央公園と、そこかしこに散らばる銀色のメダル、横転した自販機だけがその存在を主張していた……

傷一つ負っていないまま横転しているオバケ自販機を触ったり蹴ってみたりしながら、しばらく様子を調べていたほむらだったが、結局その物体が自販機の形をした物体であるという事しか解らず調査を断念することとなる。
……その後に魔法少女の腕力を使って自販機を元の場所に建て直しておこうと試みるあたり、意外と常識人なのかもしれない。
もっとも、魔法少女という人種の中で最底辺の身体能力しか持たないほむらには、それは不可能であったが。
周囲に散らばる銀色のメダルの存在を不審に思い、その何枚かを持ち去ったことは……吉と出るのか凶と出るのか。

ほむらは、気付かなかった。
自販機の内蔵カメラにほむらの姿がばっちりと記録されていたことを。
さらには、網膜や声紋に至るまでデータとして遺されてしまったことも。

バケモノ自販機の名前は、ライドベンダー。
鴻上ファウンデーションの進めるメダルシステムの一環として配備された兵器であった……



「手酷くやられたみたいだね」
「お母さん……見ていたなら助けてほしかったです」
「ボクには戦いはムリだよ」

小高いビルの屋上にふらふらと着地した少女ヤミーを待っていたのは……白ネコに似た姿をした魔獣、キュゥべえだった。
相も変わらず全く動かない表情から発せられる言葉は、その真偽を疑う事さえ面倒くさいと思わせるほどの胡散臭さを醸し出しているが、少女ヤミーは突っ込まない。

「お母さんに聞いておきたいことがあるんですけど」
「なんだい?」

キュゥべえの返事は、一見すると何でも答えてくれるように見えるが、その実大切なことは何も答えてくれないだろうという一種の信頼さえおける有様である。
特撮のベテラン俳優枠的な威厳を全く撒き散らさないことが、逆に不気味な感を増幅させているのかもしれない。

「魔法少女って、何か報酬とか見返りとか無いんですか?」
「報酬が欲しいのかい?」

ド・ストレートである。
確かに、言葉尻だけ聞けばそう思われても不思議ではない。

「ワタシにじゃなくて、新しい魔法少女にですよ。何か目に見える利益が無いと、誰かを釣ろうにも決め手に欠けるでしょう?」

危険な状況に追い込むことによって生き延びるために魔法少女に……という手段も無いではないが、後にそれがバレて恨みを買うのはゴメンである。
というか、そんなシチュエーションから恨みを抱いている存在こそが、先ほど戦った暁美ほむらなのではないかと、少女ヤミーはあたりをつけている。

「実は、魔法少女になる時、何でも一つだけ願いを叶えてあげることが出来るんだ」
「ワタシ、何か報酬貰いましたっけ?」

心当たりが無いという心情を、首を捻って見せながら強調するヤミー少女。

「キミの願いは、『親』の欲望を叶えることだったんだ。だから、契約者を魔法少女にするっていうボクの役割がそのまま願いに反映されて、キミは魔法少女になった」

普通は魔法少女になること自体を願う子は居ないんだけどね、と付け加えながら、キュゥべえは淡々と事実を並べる。
確かに、ヤミーは『親』の欲望を叶えることを行動理念の一つとして持っている。
ならば、契約者となって結果的に魔法少女を一名増やすことは、行動理念に反しているわけではない。
加えて、少女ヤミーの限りなく人間に近い容姿も、その願いあってこそのものなのだろう。

「そういうことなら、もう少し簡単に釣れそうですね」

ニヤリ、とまるで悪代官のように笑う少女ヤミー。
心なしか、傍らに佇むキュゥべえも笑っているように感じられた。
もちろんその表情は普段通り全く動いていないものではあったが……

「あと、魔法の使い方について聞きたいです」

それを知らないせいで死にかけました、と先ほどのピンチを思い出して身震いをしながら、少女ヤミーは語る。
実際、バケモノ自販機が近くに無かったら、少女ヤミーは享年四半日という魔法少女最短の死亡記録を更新していたかもしれない。
気分は、究極の闇に睨まれた蝙蝠怪人のそれに近いものがあったはずだ。

「魔法少女は固有の武器を持っている場合が多いんだけど、キミは背中の羽がそれにあたるみたいだよ」
「『コレ』ですか」

少女ヤミーの背中に目立つ、漆黒の羽。
悪魔を連想させる骨格を持ったそれは、先ほどの戦闘のせいでボロボロになっていた。
むしろ、コンクリートを削る弾丸を受けてよくその程度で済んだというべきだろうか。

「無意識にやってたみたいだけど、羽を強化して防御や飛行をしてたでしょ?」
「確かに、よく考えたらこんな薄い羽に穴が開かない方が不思議ですよね」

自分の羽を撫でてみたり摘んでみたりしながら、改めて自身の特性を把握するに至る。
それとともに、この先魔法少女の勧誘を行う度に暁美ほむらとの戦闘が始まると考えると、少しばかりでない憂鬱も襲ってくるというものだ。

少女ヤミーの波乱万丈を予感させる誕生日は、見滝原市夢見町に響き渡る午前0時の鐘を以って終わりを告げたのだった……



・今回のNG大賞
悪魔の手先を始末すべく、怒涛の攻めを続けるほむら。
ほむらが何処からともなく取り出したモノは……80センチもの口径を持った恐るべき大砲であった。
空気を震わせる爆音が荒れ狂う風の後に遅れてほむらの耳に届き、着弾地点には生物の陰など無かったのは……言うまでも無い。

……ディ、エーンド!


・公開プロットシリーズNo.2
→オリ主は怪人です



[29586] 第三話:後藤と黒と盗撮画像
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:27
「誤解だと言っているだろう!」

青年が、声を荒げて自己の潔白を主張する。
彼の服装は、この見滝原を拠点としていることで知られる一大財団、鴻上ファウンデーションの社員であることを示す制服であった。

「犯人はみんなそう言うのよ!」

その青年と、額同士が接しそうな程の至近距離から睨みあう蒼髪の少女。
少女も制服に身を包んでいるが、こちらは大企業への所属を意味するようなものではなく、この町で極頻繁に見られる見滝原中学のものであった。

「俺は鴻上ファウンデーションの任務で動いている! 別に犯罪者じゃない!」
「会社の名前を盾に性犯罪まで漕ぎつける気でしょ? あたしたちは騙されないわよ!」

両者の会話は平行線をたどりつつ段々と物騒な方向へと歩み始めている。
しかも、声量を気にせずに怒鳴り合うものだから、道行く人々から奇異の視線を集めてしまっているのだ。

「二人とも、落ち着いて……」

そして、この場に居合わせた桃色髪が特徴的な少女は、3者の中で最も周囲のざわめきが見えている人物であることは間違いないが、場を収めるような技量を持ち合わせては居なかった。
怒鳴り合う二人に交互に視線を向けながらも、彼らを宥めることは出来ず、その目には少しずつ涙が溜まり始めていた……


青年の名は後藤慎太郎。
齢22歳にして鴻上ファウンデーションのライドベンダー隊における隊長の地位を獲得するに至った、エリートと言って差し支えない人物だった。

後藤に相対する活発な蒼髪少女の名は美樹さやか。
やや行動が思考に先立つ気のあるものの、何処にでも居る普通の女子中学生である。

そして、引っ込み思案な桃色髪の少女は……お察しの通りだろう。
別の世界では主人公と呼ばれている存在である少女、『鹿目まどか』だ。


この3人の身に一体何が起こったのか?
そして、後藤は自らの罪を数える羽目になるのか!?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三話:後藤と黒と盗撮画像



後藤の朝は早い。
まだ日も昇らぬ時間から、基礎体力作りのジョギングを始めるのである。
ジョギングだけには留まらない。腕力から腹筋まで余念なく鍛えてこその、ライドベンダー隊第一小隊長だ。
いつものコースを回る際に、気に食わない信号男と腕怪人が寝床にしている公園の前で速度を緩めたことなど、ただの偶然に過ぎない。
余念なんて、あるわけない。

一通りのトレーニングを終えて身だしなみを整えた後藤には、鴻上ファウンデーションの一員としての任務が待っている。
町中に配置してあるライドベンダーの稼働状況についての情報を整理することから始まり、会長秘書の休暇中に甘味を処理する担当者を決めることもあれば、ベンダー隊員たちとの合同訓練のカリキュラムを組むこともある。
……もっとも、ほぼ全ての第一小隊メンバーは先日の大捕り物の際に病院送りとなっているので、隊長として期待される作業はさして多くも無いのだが。

大捕り物とは、先日鴻上ファンデーションの管理する博物館が倒壊した件に付随する一連の出来事である。
800年の眠りから覚めた種々の動物の王たる、通称『グリード』と称される怪人たちがその封印を破り、暴れまわったのだ。
死者こそ出さなかったものの、後藤率いる第一小隊はその戦力の大半を病院の住人へと変えられてしまったのであった。
隊員たちの中には、完膚無きまでに自信を失くして「諦めれば試合終了出来るんだ……」などと壊れたレコードのように呟く者や、精神に破綻を来たして「メズたんは俺の嫁だぁ!」という謎の主張を叫び続ける者など、燦々たる状態にある者も多い。

そうした隊員たちのメンタルケアも隊長である後藤の任務の一環かもしれない、という負い目は後藤の中にも存在した。
しかし、いかんせん彼らの数が多すぎたこともあり、後藤は負傷した隊員たちの治療を外部に委託する方針を選んだのだった。
確かプロフェッサー・マリアといっただろうか、死人さえも生き返らせると評判の医者に隊員たちの治療を一任したのだということを、後藤は頭の片隅でぼんやりと思い出しながらも補充人員募集の煽り文句に関する思考を纏める。

ともかく、後藤は彼らに対して謝らなかった。
何故なら、彼らが無事に復帰してくれると信じているからである。


……そんな状態であるからして、第一小隊の現在の仕事の中で最も大きな業務といえるものは、町中に置かれたライドベンダーの管理であると言えた。

「隊長。昨晩、見滝原中央公園西口前のライドベンダーが、何者かに襲撃された形跡があります!」

今日も真面目な平隊員が、ライドベンダーに関連して起こった不都合を報告してくれる。
第一小隊の現在の稼働人数は少ないが、それでも後藤は部下から慕われている辺り、意外と人望はあるのかもしれない。

「具体的な被害の状況は?」

任務なのだから形式上の行為として部下に尋ねた後藤だが、正直に言えばメダル挿入口にガムが詰められたという程度だろうと高をくくっていた。
ライドベンダーというものは、内蔵するカンドロイドを含めなくても260kgという人間の手に余る重量設定が為されており、しかも機体内から発せられた強大な磁力で地中の鉄分と引き合っているために非起動状態で移動させることは事実上不可能なのだ。
加えて、先日信号男と巨大オトシブミが戦闘を行った際には、超高層ビルの屋上から落下しても無傷という強靭過ぎる強化プラスチック製装甲を後藤の目に見せつけている。
後藤の中でプラスチックというものが可燃物からオリハルコンへと昇格した瞬間であった。
……重量の件に関しては、某腕怪人の妹が割とあっさりと持ち上げて見せたような気もするが、後藤隊長様が不可能だと言ったら不可能なのだ。


「ホシはライドベンダーを横転させて、その外形を調査した模様です!」

後藤がコーヒーを口に含んでいれば、間違いなく風都の半熟探偵に肩を並べられる吹きっぷりを披露していたことだろう。
残念ながら、握っていたボールペンを思わずへし折ってしまう程度のリアクションに留まっていたが。

「これが、該当ライドベンダーの内蔵カメラに残された、当時の映像です」

この平隊員の有能なところは、後藤が硬直するという反応を予期したうえで次に差し出すべき情報をしっかりと用意しているところだろう。
もしかすると、この平隊員も最初は驚きのあまりにライフルか何かをへし折ってしまったのかもしれないが、現在は冷静そのものである。
平隊員が薄型ディスプレイを後藤の目の前に配置し、そこにライドベンダーに記録された映像を出力する。
該当するライドベンダーを運んで来たわけではなく、無線通信によって内部のデータだけを呼び出しているのだ。

映像の中には、初めこそ何の変哲もない公園の風景が映し出されていたが、突如カメラの映像がブレて風景が右から左へと流れる。

「ん? 何が起こったんだ?」
「おそらく、ライドベンダーの正面から見て右方面から大きな衝撃を加えて、ライドベンダーを横転させたものだと思われます」

映像を止めて解説をさせた後藤だったが、再び映像を流させる。
一体、ライドベンダーを殴り倒すためにはどれだけの衝撃力が必要なのだろうか……
もっとも、ソレを無し遂げた少女ヤミーは拳ではなく脚で衝撃を加えたのだが。

そして、ブッ飛ばされてキリモミ回転しながら地面に着地したと思しきカメラの映像後に、ようやく慣性の力を失って画面の視点が安定する。
これを視聴している人物が常人であったのなら、あまりの画面の速度と回転による映像ブレに酔いを催していたかもしれないが、流石に後藤隊長は鍛え方が違うと言うべきか。
口元を押さえているのは、きっと下手人の攻撃力に感嘆しているためだろう。
顔色が若干青かったり額に汗が見えたりするのもきっと気のせいである。

仰向けに倒れる形で落ち着いたライドベンダーの映像は、その後直ぐに変化を見せる。
倒れた機体に訝しげな視線を向けながら、直立姿勢を少しだけ崩しながらライドベンダーを観察している女子中学生の姿が、カメラの淵から入ってきたのだ。

「……黒、か」
「……黒ですね」

後藤と平隊員の間で何らかの同意が得られたようだが、その内容は定かではない。
ベンダーの内蔵カメラが地上に近い高さから上向きのアングルを捉えていることと、女子中学生の着ている独特な服の形状……この二つの要素が、有り得ざる奇跡を生み出していたとだけ述べておこう。
魔法少女アニメの絶対領域補正を、仮面ライダーの世界観が打倒した瞬間でもあった。
彼らは一体何に気付いたというのか。
真相は闇の中である。

冗談はさておき、ライドベンダーを棒で突いてみたり触ったり蹴りを入れたりして外形を調べている様子の少女だったが、しばしの後に目的を終えたらしく画面の外へと姿を消すこととなった。
以後、このライドベンダーは横転したままである。

「この子は顔がしっかり映っているようだが……個人の特定が出来るまでは未確認生命体B1号とでも呼ぶか?」

内蔵カメラのある辺りを覗きこむという完璧なアングルで顔写真を抑えられてしまっている暁美ほむらさんは、既に色々とキャラクターが崩壊している気がしないでもない。
そして、最初にベンダーをブッ飛ばした罪状は少女ヤミーではなく完全にほむらへと着せられてしまったらしい。

「既に確認は取りました。ホシの名前は『暁美ほむら』といって、今日付けで見滝原中学へ転校したそうです」
「昨日の今日で、か」

その個人に関する経歴報告を聞きながら、後藤は情報を整理してみた。
少女は、昨晩にこのような不審行動を取っておきながら、その翌日に転校という形で現れた。
ところが、後藤に提出された報告書には、少女がまさに昨日まで重病のために入院していたという経緯が記述されており、ライドベンダーを殴り倒すような人物像とは一致しない。
後藤たちでなくとも、ここに何らかの関連性があると考えるのは当たり前である。
もっとも、実際にはほむらが転入を決めた後で突発的に起こったのが昨晩の魔法少女バトルだったりするので、転校と襲撃事件の間に因果関係は全く無いというのが正解なのだが。

「とにかく、この情報を会長に報告しておこう」

こうして、ライドベンダーをブッ飛ばせる不思議少女こと『暁美ほむら』は鴻上ファウンデーションに認知されたのであった。
余談だが、会長への報告に使用された映像資料に若干の添削が加えられていたことは、後藤達からの多感な女子中学生に対するささやかな良心の現れである……はずだ。多分。
尚、しつこいようだが最初にライドベンダーを蹴り飛ばしたのはほむらではなく少女ヤミーである。

資料を回してから一時間も経たないうちに、後藤への新たな任務が課せられる。
後藤は、新任務の存在を知らされた時点で、既にその内容に関する予測がついていた。
そして、実際に通知された内容はどんぴしゃり。

「未確認生命体B1号『暁美ほむら』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!」


だが、これは後藤の災難の始まりでしか無かった。

よく考えてほしい。
成人男性が女子中学生を尾行していたら、世間様はその様子を見て何を思うだろうか。

そして、冒頭のシーンへと時は戻る。

「大会社の機材を使ってロリコンがストーカー行為に及ぶなんて、考えただけでも寒気がするわっ!」
「お前みたいに目先のことしか見えないお子様が居るから世界は平和にならないんだ!」

ほむらの下校路に張り付いていた後藤を、本日からほむらのクラスメートとなった美樹さやか御一行が現行犯逮捕するという事態が発生したわけだ。
実はその時には彼女たちの友人である志筑仁美という少女も居合わせたのだが、お茶の稽古があると言い残して早々に帰ってしまったのであった。
散々怒鳴り合って通行人の目を集めているというのに、全く疲れる気配を見せない美樹さやかと後藤慎太郎。
そろそろ、お互いに相手の理論が破綻していたとしても気付かない領域に達していて不思議ではない。

「二人とも……話を、聞いてよ……!」

そして、二人のテンションに置いてきぼりを食らいながらも必死に努力を続けていた鹿目まどかの涙腺は、そろそろ限界だ!

後藤たちは、第3話目にしてようやく登場出来た原作主人公を、いきなり泣かせてしまうのか!?

そして、オリキャラである少女ヤミーが今回一度も登場していないが、ヤツは本当にこのSSの主人公で良いのか!?




・今回のNG大賞
「二人とも話を……」
「ボクと契約すれば、二人に君の話を聞かせることが出来るよ」
……後日この町に来た赤い魔法少女は、何故だか鹿目まどかに物凄く優しくしてくれたらしい。

・公開プロットシリーズNo.3
→ほむらさんはギャグキャラ


・人物図鑑
 ゴトウシンタロウ
財団の会長の手下。その役割は隊長。世界を救う力を手にする日を夢見て日々鍛錬に励む。狙撃の腕は一品だが、狙う的を間違えるので恐れるに足らない。



[29586] 第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:29
「うわあああんん!! さやかちゃんのばかあああっ!!」

「「えっ?」」

互いが互いのテンションを高め合う悪循環を繰り返していた二人だったが、頭に昇っていた血が一気に引き下げられてしまった。
口論に親友の涙と言うまさに冷や水を入れられたさやかは、しばし思考を止めて唖然としてしまう。
その間にも滝のように涙を流して泣く、鹿目まどか。
まどかの泣き声は鶴の一声と呼ぶに相応しいものには間違いなかったが、そこには貫録もへったくれも在りはしなかった……

「ど、どうしたんだ?」

そして呆然とするさやかを余所に、先輩に裏切られたBOARD戦闘員のように慌てる後藤。
おそらく、年下の子供をあやしたり優しく諭してやったりするような経験が圧倒的に足りないのだろう。
世界より先に、まず自分の身の回りに視線を向ける癖を付けるべきかもしれない。

慌てて自分のカバンの中を手探りで調べているさやかは……まどかの涙を拭ってやるためのハンカチでも、探しているのだろう。
いくら動揺しているとはいえ、流石にカバンの中にタイムマシンを探そうとなどしていない筈だ。

えぐえぐ、と溢れ出る涙をまどかは自らの袖で拭おうとするも、一度決壊した涙腺は理性という土嚢をなかなか受け付けてはくれない。

「……むぐ?」

だが、その擬態音が、突然変化を遂げる。
「えぐ」から「むぐ」へと変化したのだ!
それがどうしたんだ? と言うなかれ。解りにくいにもほどがあるには違いないが。
具体的に言うと、鹿目まどかの口に何かが差し込まれた音である。
硬くて太くて長い……誰もが想像したキーアイテムであった。

「あいひゅ……?」
「落ち着いた?」

『仮面ライダーOOO』という物語において「タトバ」と同等かそれ以上の重みを持つ重要単語……その名は「アイス」。
付近の露店で売られていたと思しき無骨な棒付きアイスだが、その冷たさはまどかの涙腺を内側から冷やすのにはもってこいだったらしい。
リスのようにアイスバーを加えたまま、鹿目まどかはゆっくりと顔を上げる。
その瞬間……まどかの脳内が、瞬間湯沸かし器も裸足で逃げ出すぐらいの勢いで煮立った。

「大丈夫。怖がらせたりしないから、安心して」

セリフ回しだけを見れば女性のものかと思われても不思議でないような、柔らかい言葉選び。
目の高さに合わせてしゃがみこみ、まどかの顔に真っ直ぐと向けられる真摯な視線。
混乱の極地に居たまどかの口にアイスバーを突っ込んで落ち着けるという発想能力も恐るべし、である。
この場に居る誰よりも多くの人間と接して来た男の真骨頂が、まさに発揮されていた。

泣くことも忘れて、自身と目を合わせてくる人物に対して焦点の合わない視線を向け続ける鹿目まどか。
その頬は熟れたリンゴのように真っ赤に染まり、どう見ても泣いていた時よりも色が深い。
明らかに鹿目まどかの正面に立っている男が原因に違いない、というか後藤にはそうとしか思えなかった。

「あの、」
「ああ、俺は火野映司。近くに住んでるんだ」

言い淀むまどかの様子を見て、呼び名が解らないのだと悟った映司は瞬時に自らの名乗りを上げる。
その居住区が公営の夢見公園だなどとは、初対面の人間に告げることはしない。
他人の機微にはとてつもない敏感さを見せる男、火野映司の能力は今日も絶好調であった。
ただし、火野映司の対人能力には重大な欠陥が潜んでいる。

「ええと、その、私……火野さんにどうしても聞きたいことがあるんです……!」

その欠陥とは、「男」と「女」の関係についての鈍感さが常軌を逸しているという特性である。
ある意味、正統派主人公な性格と言えるかもしれない。
まどかの頬は、もはや自身のリボンや瞳よりも濃い赤色に染まっていた。

「あっ……」

ところで、口に物を咥えたまま言語を発声しようとすればどうなるか。
まどかの口に収まっていたアイスが、地球引力に従って下方へと吸い寄せられる。
そして、ソレを同時に拾おうとするまどかと映司の手が……重なった。
小さなまどかの手を覆う、見た目以上に大きく感じられる映司の手。

「そうじゃ、なくて……」

興奮気味の女子中学生をさらに動揺させるには、その優しさは沁みすぎた。
そして、青年はアイスを持っていなかった方に握っていた布で、鹿目まどかの涙を丁寧に拭い取ってくれた。
だがしかし、何をどう間違えたのか。

「……っ!?」

青年の手元に視線を移した瞬間、何かに驚いたような表情をして見せる、鹿目まどか。
そのことが最後の刺激になったらしく、熱に浮かされた感のあったまどかの全身から力が抜ける。
頭に熱が昇って意識が朦朧としていたまどかは、そのまま倒れるように目を回して気を失ってしまったのだった……

「大変だ!? とにかくこの子を休ませられる場所に運ばないと!」
「待て、火野」

まどかを心配して最寄りのクスクシエに運び込もうとする映司を引きとめたのは……今まで傍観に徹していた後藤だった。

「お前は、もしかして本気で、その子が最後に言おうとしたことが予測できていないのか……?」
「正直、さっぱりですけど……それって重要なことなんですか?」

こんな奴がどうしてオーズなんだ、と映司に聞こえる程度の声で呟いた後藤は、目を回している少女の言葉を代弁して、至極まともな突っ込みを入れる側に回ることにしたのだった。

「お前は何故服を着ていないんだ?」

尚、映司が鹿目まどかを拭うために使った布が予備の『明日のパンツ』であることは、説明するまでもない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四話:パンツがあるから恥ずかしく無いもん



「で? 弁解はあるか? んん? この変態ゴミ虫2号!」

いつの間にか再起動を果たしたさやかが、クスクシエの床に映司を正座させてSEKKYOUをかますという謎の空間が発生していた。
流石に映司が未だにパンツ一丁という事は無く、今はしっかりと服を着ている。
そんなSMプレイを繰り広げる二人を尻目に、変態ゴミ虫1号こと後藤慎太郎はクスクシエのメニューから注文を終えていたりするあたり、ちゃっかりしていると言うべきか。
ところで後藤君、君の今日の任務は何だったか覚えているかね?

「手を伸ばせるのに伸ばさなかったら死ぬほど後悔する! だから手を伸ばしたんだ……!」
「このロリコン野郎っ! あたしの嫁であるまどかに手を伸ばしたことを死んで詫びろっ!」

自らの名台詞を自分で台無しにする男、火野映司。
そして、クスクシエの備品のフォークで映司の頬をぐりぐりと突くさやか。
もちろん、映司の頬に当たっている側が細く尖って先が分かれている方である。
まだ魔法少女になっていないにも拘らず暗黒化が進行している気があるさやかだが、これが世界の修正力というやつなのだろうか。

ちなみにまどかは部屋の隅に椅子を固めて作られた空間で静かに寝かされているので、問題ない。
ただでさえ頭が混乱していた時に半裸の男性に迫られてパンツで涙を拭われるという珍しい体験をすれば、脳味噌の処理容量が溢れてしまうということも……多分あるのだろう。多分。

『助けて……助けて……』

丁度そのころ、まどかが気絶していたせいでCDショップの上階で白いマスコットキャラが何回か死ぬ羽目になっているのだが、いきなり遭遇フラグが折れていたりする。
某所で未確認生命体扱いを受けているほむらさんだが、自身も知らぬ因果でまどかとキュゥべえの出会いを遅らせるというナイスセーブをかましている辺り、今回の運は悪く無いようだ。

「映司君がお店手伝ってくれるって言うから身体のサイズを測ってたら、外から聞こえてきた泣き声の方に駆け出していっちゃったのよ」
「なるほど。相変わらず目先のことしか見ない奴だ」

さらっと映司のフォローを入れながら店長こと白石知世子さんが、後藤のテーブルに本日の日替わりメニューを並べてくれる。
世界の文化にあまり詳しく無い後藤には、目の前の料理が何処の国のモノかなど解らないが。

「あの店長さんが言ってることって、本当?」

いつの間にかオプションにロープと猿轡が追加されて会話どころか筆談さえも出来なくなっている映司を改めて観察しながら、さやかが映司に問いかける。
さやか自身でも、どうしてこうなったのか思い出すのが難しい状態となりつつあった、というか途中からサディスティックな性癖に覚醒しかけていた自覚さえある始末だ。
何故だか『助けて……助けて……!』という幻聴まで聞こえ始めた辺り、覚醒フラグが立ち過ぎている。
だがしかし、映司がまどかのためを思って動いてくれていたのなら悪いことをしてしまったかもしれない、と思える程度には落ち着いて来ても居た。

「ああ、行き掛けに俺のアイスを取って行きやがったなァ!」
「あら、あのアイス、アンクちゃんのだったの?」

答えられない映司の代わり……というわけではないだろうが、さやかの質問への返しは別の所から提示された。
ヤンキー、とでも表現すれば良いのだろうか。
店長からアンクと呼ばれた人物は、跳ね上がった金髪が特徴的な青年で、目付きの悪さがその近寄り難さに拍車をかけている。
クスクシエの厨房から出てきたところを見ると店員なのかと勘違いしてしまいそうだが、実際にはアイスを求めて冷凍庫を開けて来た帰りというだけだったりする。

だがしかし、アンクの外見に驚くより先にさやかの意識を引く言葉が、アンクの台詞には含まれていた。

「アンタが持ってきてたアイスって、もしかしてコイツの食べかけ……?」
「そうだ! あのアイスは俺のモンだ!」

怒りが再燃し始めたさやかと、好物を引っ手繰られたせいで頭に血が上りっ放しのアンク。
初対面にもかかわらず、不思議なほどにその息はあっていたりする。
14年しか生きていないのにグリードと気が合うさやかが凄いやら、800年生きているはずなのに中学生並のバイタリティしか無いアンクが情けないやら。

「んんんーっ!?」

もがもがと言葉にならない言葉を無理やり捻りだそうとする映司だが、猿轡が予想外にきついのか、さやかたちの耳には人語として認識されない。
アンクとさやかへ弁解しようとしているのか、それとも知世子さんたちに助けを求めているのか。
少なくとも、自身の現状を楽しんでいるわけではないことだけは確かである。
映司には、死神のパーティタイムを踊りながら地獄を楽しむようなメンタルは無いのだ。

「……今日は、随分と愉快な格好をしているなァ!」
「あたしのまどかによくもそんなモノをっ!」

ドSが二人、映司の目の前に降臨していた。
一人は今更映司の置かれている状況に気付いて愉悦に満ちた表情を浮かべ、もう一人は更なる拘束具をクスクシエの衣装から物色中である。
関節キスでも女子中学生にとっては一大イベントなのだろう。アンクのアイスと同じぐらいには。

――男はいつ死ぬか分からないから、パンツだけは一張羅を履いておけ。

このときの映司は自分の今日のパンツの柄を思い出しながら祖父の遺言に感謝を捧げていたと、後に語ることになる……
クスクシエは今日も平和です。



だがしかし、見滝原市のCDショップ上階である開発予定スペースは、全く平和でなかったりする。

「なんて酷いことを……!」

薄暗い部屋の中で睨み合う二人の魔法少女と、一匹のマスコットキャラ。
一人は何処かの学校の制服かと思わせるようなモノクロの服を着た、転校生こと暁美ほむら。
もう一方はコロネのように巻かれた金髪が特徴的な、見滝原市を縄張りとする魔法少女、その名を『巴マミ』といった。

そして、二人の魔法少女が意識を向ける先には元気に走り回る……ではなく15禁指定な姿となったキュゥべえの姿が。
ほんの少しだけその様子を伝えるとすれば、銃撃というより砲撃と呼んだ方が良いタイプの弾丸で身体を蜂の巣にされていたとだけ表現しておこう。
マミが駆けつけた瞬間が、まさにキュゥべえの命運の尽きた時であった。
『助けて』というキュゥべえの念話を辿って現場まで着たマミの目に映った光景は、惨殺されるキュゥべえの姿だったのだ。

CDショップから呼ばれるはずだった魔法少女候補達は、呑気に気絶していたりドSへ覚醒しかけていたりするのだが、それはさておき。

「どういうことか、説明してもらうわよ?」

巴マミという魔法少女は、キュゥべえと契約する際に瀕死の重症を負っていたマミ自身の復活を願ったという過去を持っている。
そんな経緯を持つマミが人間の命の重さを誰よりも高く評価する魔法少女になったのは、必然と言えただろう。
選択の余地などなかったとはいえ、自身を救ってくれたキュゥべえに少なからぬ恩も感じていた。
だからこそ、『魔法少女』が眉一つ動かさずに『キュゥべえ』を射殺するという事態を見過ごすことなど出来るわけがなかった。

「『あれ』の契約は、ヒトを不幸にする……」

マミに敵意の視線を向けられつつ口を開いたほむらの答えはあまりに短く、而して彼女の確信している何かに基づいているのだと、マミには感じられた。
魔法少女になったことを後悔するタイプの同胞は別に珍しくは無いのだが、その逆恨みからキュゥべえを殺害するに至った魔法少女を、マミは今までに見たことが無い。
言ってしまえばそれは、クズヤミーがウヴァさんをボコボコに殴り倒す光景と同じレベルで有り得ない状況なのである。

「魔法少女になったことを後悔しているの? 逆恨みも甚だしいわ」

睨みあう魔法少女たちの密会は、ドキドキハラハラのオンパレードであった。


「どうしましょう……タイミングを逃したみたいです……」

特に、マミに数秒遅れて現場に駆け付けたけれど姿を現す切っ掛けを完全に逃したオリ主にとっては、尚更である。
心臓が高鳴るどころかその心臓をそのまま撃ち砕かれる危機を感じて、心臓を握りつぶされそうなストレスを受け続けていたりして……



・今回のNG大賞
「ママの味! キュゥべえの挽肉はいかがでしょう!」

・公開プロットシリーズNo.4
→マミさんは帽子を着こなせるタイプの人間、だと思っていた時代が作者にもありました

・人物図鑑
 ヒノエイジ
流浪の青年。性質は未練。過去に置いてきた後悔に囚われ、聞こえる泣き声を消し去ることに執念を燃やすが、自身の涙を拭うことは出来ない。この青年を倒したくば身に纏う下着を奪って絶望させればよい。



[29586] 第五話:Cyclone effect――風が呼ぶバッティング
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2014/02/23 16:14
前回までの三つの出来事は!

一つ!
念話の甲斐も無く、キュゥべえはほむらに葬られてしまった!
『助けて……助け……グチュッ』

二つ!
遅れてきた魔法少女、巴マミが犯行現場を目撃する!
「どうしてこんな酷いことを……!」

三つ!
マミとほむらが睨み合いを始め、オリ主である少女ヤミーは完全に出鼻を挫かれた!
「タイミングを逃したみたいです……」



視線を交差させる、二人の魔法少女。
そしてそれを隠れながら見守る、一人の魔法少女によく似た何か。
この場所にあるもう一対の目は……挽肉の中に沈み、何の光景も映してはいない。

キュゥべえを殺されたことについて説明を為されなければ気のすまないマミ。
一方のほむらはというと……特にマミと戦う理由を持っていなかったりする。
そもそも、キュゥべえとは大量生産品のインターフェイスに過ぎないのだ。
その端末の一つを潰すことは、ほむらにとっては憂さ晴らし程度の意味しか持っていない。

……逃げるべき。

従って、ほむら自身にとってその判断は当然のものだったが、

「逃げ道なんて……あると思う?」

次の瞬間には風を切る音が、ほむらの耳の真横を通り過ぎる。
ほむらが退路を探してマミから目を離した一秒にも満たない時間のうちに、マミは自らの武器を取り出していたのだ。
一発限りの使い捨てマスケット。
それが巴マミの最も多く使う武器であり、まさに今その銃口が、ほむらに向けられていた。
その足元には既に役割を終えた一本が硝煙をあげており、マミの動作の熟練ぶりを窺わせる。

ほむらの背後の壁には蜘蛛の巣状の爪痕が刻まれ、その模様はほむらに退路など無いのだという事が暗示されていた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五話:Cyclone effect――風が呼ぶバッティング

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……
『タカ』×2
『カマキリ』×1
『バッタ』×1
『トラ』×1



「セルメダルが、増えた……?」

魔法少女たちの宴を傍観していた少女ヤミーにも、変化が訪れていた。
なんと、マミがマスケットを取りだした瞬間に、少女ヤミーを構成するセルメダルが増えたのである。
つまりそれは、ヤミーの親であるキュゥべえの欲望が少しだけ叶えられたという事に違いない。

「お母さんの望みは、魔法少女を増やすことだったような気がします」

それに加えて、魔法少女が魔女を倒すことも望んでいると言っていたはずだ。
だが、今のケースはそのどちらにも当てはまらない。むしろ、魔法少女が減りそうでさえある。
魔法少女が魔法少女に向けて攻撃したという状況で、どうして少女ヤミーのセルメダルが増えなければならないのか。
そもそも、当のキュゥべえは食肉加工センターがよく似合う姿になっているというのに。

「まぁ、このまま傍観していれば一人儲けだから良いですけど、ワケが解らないです……」

ヤミーの『親』の願望は、概要だけならグリードやヤミーからもある程度までは把握できるが、基本的に『親』からの申告によって発覚する。
もしそんなものを都合よく把握できるシステムがあるならば、ウヴァさんはわざわざ人間に欲望の内容を尋ねたりするはずが無いのだ。
つまり、魔法少女を増やすというキュゥべえの自己申告はキュゥべえの持つ欲望の一部に過ぎなかったという事なのだが……ヤミーに関する基礎知識が抜けている少女ヤミーにそんな判断が出来るはずもない。

そんな状況で目の前の事実に理由付けをしようと考えた少女ヤミーの頭に、一筋の光が差し込んだ。

「なるほど。つまり……あの黒い子は実は魔女だったという事ですね!」

所詮オリ主の思考能力など、この程度である。
先日少女ヤミーを魔法少女と知りつつ襲い掛かってきた暁美ほむらが魔女であると、確信した瞬間だった。
最早色々と面倒くさい勘違いが発生しているが、全面的にキュゥべえとウヴァによる説明不足のせいである。

少女ヤミーの知る由も無い真相を明かしておくと、魔法少女の本体たるソウルジェムは魔法少女が魔法を使う度に汚れを溜めこみ、魔法少女を『魔女』に近づける。
そして、その汚れの蓄積がキュゥべえの目的の一部であるために少女ヤミーのセルメダルが増えているというわけだ。
実は少女ヤミーの誕生日にほむらから襲われた時も、剥ぎとられるセルメダルより少し足りない量だけ増え続けていたりしたのだが、それはされておき。


「今ここで、貴女と戦いたくは無い」
「私も、貴女が素直に話してくれれば、こんな物騒なものは使いたくないわ」

どんどん戦ってほしいと願う少女ヤミーをよそに、ほむらとマミは案外冷静だったりする。
しかも、ここからの沈黙が長く続くものだから、少女ヤミーの精神力を無駄に削ることとなるのである……

「……」
「……」

何を話すか、話すべきか、ほむらは頭の中で整理を付けているのだろう。
一方のマミは、愛用のマスケットを握る手を緩めずに、ほむらが口を開く時を待ち続ける。
ほむらはキュゥべえがどういう『モノ』であるか知っているのだが、それを信じてもらえるという期待はマミに対して全く持てていない。
従って、マミの認識を覆さずにほむら自身の目的に都合の良い方に誘導することを考えた結果……少しだけ話を逸らすことにしてみた。

「……そう遠く無いうちに、この町にワルプルギスの夜が来る」
「そう、それは大変ね。魔法少女の仲間を増やして御出迎えした方が良かったんじゃないかしら?」

ワルプルギスの夜という聞き慣れない言葉に、少女ヤミーは首を傾げる。
マミが大変だと言うからには、RPGのボスキャラ的な何かが現れるのだという事は推測できるのだが、その具体的な形が伝わってこないのだ。
むしろ、その到来によって魔法少女が増えるかもしれないというくだりに興味津々な辺り、現金なヤツである。
契約を司るキュゥべえが既に居ないという事実が頭から抜けていないために、手放しで喜んだりはしないが。

「そうならないように、アレを潰した。魔法少女は増やすべきじゃない」
「『私達』が、言えることだと思う?」

もちろんマミとて、軽々しく魔法少女を量産することが望ましいとは思っているはずもない。
しかし、しっかりと覚悟を決めたうえで契約するならば、それはそれでアリだと考えているわけだ。
その分、自身の決断に責任を持ってほしいと思ってもいるが。


……切っ掛けは、突然に訪れる。
マミの足元に広がる、白い霧。
それに気を取られたマミの隙を逃さずにほむらが起こしたアクションは……逃亡だった。
その退避方法はマミからも少女ヤミーからも目視出来なかったが、おそらく魔法で加速でもしたのだろうという程度の認識を以って思考を打ち切る。

「……仕方ないわね」

瞬く間に姿を消したほむらの居た場所を一瞥し、巴マミは状況の把握に努めることにしたのだった。
その霧が魔女によるものであるということは、熟練の魔法少女であるマミには瞬時に予想がついた。
ほむらが立ち去った後も霧が残っていることから、ほむらの仕業で無いことは確定だろう。
ところが、マミ自身は未だ魔女の作り出す空間に引きずり込まれているわけではない。
また、魔女が魔法少女を選んで襲い掛かる理由も、マミには心当たりが無い。
それらを総合して考えると……

「下の階で、襲われている人がいるってところかしら」

足元に広がる霧は階下から漏れ出したものであり、そこで魔女が食事をしているという結論に至った。
意外にも、キュゥべえの敵討ちよりも生きている人間を優先出来る程度には、巴マミは冷静であったようだ。



丁度そのころ、CDショップを抱えた建物の中層階において、怪奇に巻き込まれる青年が二人ばかり。
一人は、死人でも「嫌いじゃないわ!」と叫んで起きあがってくる程度のイケメン、火野映司。
もう一方は泉京水……ではなく泉信吾という人間の姿を借りたグリード、アンク。

「アンク、メダルを!」

つい今しがたまで多国籍料理店で近所の女子中学生と一緒に楽しいSMごっこに興じていた映司の危機を救ったのは……皮肉にもアンクであった。
アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、その位置を感じ取ることが出来る。
その勘が、この建物の上階でセルメダルが増えていることを感知したというわけだ。
女子中学生の足止めを「何故俺がこんなことを……」と呟く後藤に任せ、命からがらクスクシエから逃げ出して来たのであった……

「待て、映司。こいつら……ヤミーじゃない」

彼らの置かれている状況はというと……ヒゲを生やした白いボール状の何かに襲われていた。
しかも、周囲がいつの間にかクレヨンで書きなぐったようなメルヘンな空間に早変わりしている。
一般人ならば自身の精神の異常を疑って黄色い救急車を呼ぶであろうことは想像に難くない。
もっとも、メダルに関わる諸事情を知る映司としては、メダルってそういうものなのかという程度の認識しか無かったのだが……映司の予想は外れていたらしい。

そして、目の前の怪異がメダルのせいではないと解ったアンクの落胆ぶりは映司から見ても容易に判断できた。
具体的に言うと、アンクが変身用のコアメダルを準備する気配を全く見せない辺りに。
映司は既にベルトを巻き終えて準備万端なのだが、メダルが無くては変身することもかなわない。

「この上の階にヤミーが居るかもしれないだろ? とりあえず目の前のこいつらを倒そう」
「……しくじんなよ」

しぶしぶ、という様子を見せながらも緩慢な動きで三色のメダルを用意したアンクが、それを映司に手渡してくれる。
というか、一応ヒゲタマゴからの体当たり攻撃を散発的にかわし続けているので、どの道オーズの力で蹴散らす以外の選択肢は無かったりするのだが。
ちなみに、映司自身さえ半信半疑の仮説だったが、当の少女ヤミーは未だに上階の物影に隠れていたりするので、実は大正解であった。

手渡された三種のコアメダルを、ベルト前部に掘られた溝にセットし、ベルト右腰部に装備されたスキャナを手に取り。
メダルをセットした台部を傾けてベルトを待機状態にすると同時に……スキャナをベルト前部に走らせ、三種のコアを読み取らせる。
その色は、鳥系メダルを示す『赤』、猫科を現す『黄』、虫系の『緑』の信号配色という、オーズの基本形態を作り上げるためのもの。

「変身!」
『タカ トラ バッタ』

歌が無いことは気にするな。
TV本編より若干寂しい感があるものの、『仮面ライダーオーズ』、ようやくの登場である。
タカの眼力にトラの爪と腕力、バッタの跳躍力を持った古代の戦士……それが現在のオーズの姿、『タトバ』形態であった。
……13世紀を古代と呼ぶと誰かに怒られそうな気もするが。


飛来するヒゲタマゴをバッタの脚力で蹴り返し、時に虎腕の爪で叩き斬る。
ヒゲタマゴが弾幕の体を為して襲い掛かってくれば、タカの目で一筋の抜け道を見出す。
だがしかし、敵一体ずつの戦力は大した問題となるものではなかったが……いかんせん、数が多すぎた。
決してタカやトラやバッタのコアメダルの力が弱いわけではない。多分。

「何やってんだ、映司!」

自身も右手だけの怪人態を振り回しながら、アンクが怒声を発する。
その手の中には握りつぶされたヒゲタマゴの姿があり、ヤミーに辿り着けずにアンクが苛立っている様子が、映司には手に取るように解った。

「分かってる!」

際限なく襲い来るヒゲタマゴを捌きつつ、映司は打開策を探る。
……メダジャリバーは、使えない。
もちろん、先日鴻上ファンデーションより届けられたオーズ用追加装備のその大剣は、使おうと思えばいつでも使う事は出来る。
そこにセルメダル3枚を投入して、広範囲斬撃である『オーズバッシュ』を発動すれば、確かにこのヒゲタマゴの群れを容易に殲滅出来るかもしれない。

だがしかし、オーズバッシュは対象範囲内にある全ての生命を対象としてしまうため、周囲の安全を確認しなければ使えないのだ。
映司たちが現在足止めを食っている建物は、周囲に似た高さの建物が並ぶ街並みの中にあるため、下手をすると隣の建物の中の人間まで一緒に切ってしまうという事態が起こり兼ねないのである。

……アンクには悪いけど、時間をじっくりかけて少しずつ数を減らそう。

思考が最終的にそこに落ち着く辺り、映司とアンクの人間関係というものが非常によく表れていると言えるだろう。
もちろん、面と向かってそんなことをアンクに言ったりはしないが。


そう、映司が思っていた時だった。

「……え?」

目の前でトラクローの餌食となる直前だったヒゲタマゴが、突如として砕け散ったのは。
それに始まり、次々とオーズの周囲のヒゲタマゴが弾けて消えて行く。
空間を埋め尽くしていたはずの白い球体たちは、瞬く間に火の手をあげてその存在を抹消されていったのだった……


「なんだ? 何が起こった!?」
「マスケット、だ」

何が起こったか把握していないアンクに対して、映司は飽く迄冷静に、自身の分析した情報を伝える。
かつて旅人だった頃に紛争地帯を訪れ、日常の中に散りばめられていた兵器たちのうちに、映司はそれを見たことがあった。
一発の弾丸を込めると装填に時間がかかるが、防弾ジャケットを着た兵士をその身体ごとブッ飛ばす威力を持った、対重装兵用のあまり実用的でない飛び道具を。
これだけの弾丸と発射音が聞こえるのに装填する音が全く聞こえない、という感知状況から、判断したのだ。

「御名答です」

いつの間にかオーズとアンクを囲んでいたメルヘンな空間が消え、二人の前に現れた人物は……物騒な銃を片手に下げた、金髪の少女であった。
帽子と黄色いスカートが印象的な衣装に身を包み、幼さの残るその容姿からは10代半ばであることが読み取れる。
そしてその周囲には、硝煙をあげる厳つい火器がいくつも宙に浮かぶという不思議な光景が広がっていた。

青年は、そんな年齢の少女が平然と兵器を扱っている様を見て、どのような表情をしているのだろうか。
怪人は、オーズでも無い人間が当たり前のように強大な力を振るっている光景に、一体何を思ったのか。

タカの目は、何も語らない。


魔法少女と仮面ライダーの物語は、既に交わり始めている……



・今回のNG大賞
「あれ? タトバの歌が聞こえない……?」
アルカディアの利用規約をよく読むんだ、映司!

・公開プロットシリーズNo.5
→活字だとタトバは強そうに見える! 不思議!

・人物図鑑
 アンク
鳥類の怪王。その性質は嫉妬。他者の台頭を許さず、その破滅を望む。在りし日に大空を翔けた栄光を、今はただ求め続ける。好物の冷菓子さえ持っていれば簡単に懐柔できるだろう。



[29586] 第六話:魔法少女を逮捕せよ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:26
「貴方達は、いったい……」

突如映司達の前に現れた少女……巴マミは、信号男と腕怪人に対してその素性を尋ねようとするが、

「行くぞ、映司! この上からまたヤミーの気配がしたッ!」

絶対に空気を読む気なんて起こさない腕怪人は一味違った。

そもそも、アンクが感じ取ったヤミーの気配は、映司たちが当建物に辿り着いた時には時間が切れて消えていた。
それが、オーズの戦闘中……もっと詳しく言えば、謎の少女が大量の銃弾を用いてヒゲタマゴの群れを殲滅し始めた時に、再び建物の上階から匂い始めたのだ。
当然、アンクのテンションはウナギ登りである。
例え大きな戦力を持っていたとしても、見知らぬ少女の姿など目に入るはずも無かった。

「ごめん、また後で!」

走り出すアンクの後を追って走る映司は、何度か振り返ってマミに視線を向けながらも、急ぎ足で上階へと去ってしまったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六話:魔法少女を逮捕せよ



喜び勇んでヤミーの臭いを追跡し始めたアンクだったが、当のヤミーも追跡者の存在に気付いたらしく、建物の非常階段を使って上へ上へと逃亡し始める。
未だ姿を見られないヤミーは、やがてその臭いを発する制限時間を切らせてしまうが、それでもアンクと映司は非常階段を上ってヤミーを追跡する。
屋上まで追いつめれば、ヤミーが逃げられなくなる可能性もあるからだ。
だがしかし、現実は非情である。

「クソッ!」

アンクが悪態を吐いたのは、屋上まで辿り着いてもヤミーを見つけられなかったと解った後であった……
おそらく、空に跳べるタイプのヤミーが、屋上から飛び立ってしまったのだろう。
周囲に敵がいないと解って変身を解除する映司。

「終わりました?」

そして、いつの間にか映司達の後からついて来ていた、金髪少女こと巴マミ。
その姿は先ほどの狩人のような衣装から見滝原中学の制服へと戻っており、大人をひっくり返すような火器を扱えるような人物にはとても見えない。

「うん。さっきは助けてくれてありがとう」

素直に助けられた礼を述べる映司に対して少しだけ警戒を解いた様子を向けたマミだったが、聞きたいことがあるのは変わらない。
アンクのヤミー探しも続行不可能という事で、舞台はようやくCDショップのあるビルから動いたのであった……




「それで、先ほどの姿は何なんですか?」

一通り自己紹介を終えた3人が足を運んだ場所は……巴マミの暮らすマンションだった。
流石に一人暮らしの女子中学生の部屋に大の男が二人して乗り込むのは見た目的にマズイ……そう思ったのだが、他に落ち着ける場所が無かったのである。
映司が最近寝泊りしている夢見公園には、何故だか普段の二倍近いホームレスが溢れていたのである。
どうやら、夢見公園の近くにある別の公園が閉鎖されて、そこから人が流れてきたらしい。

今日の昼間にも中学の生徒がストーカー被害にあったばかりだというのに、物騒なことは続くものだ。
結局ストーカー犯と思しき鴻上ファウンデーションの小隊長は逃亡を図ったらしいが。

「オーズっていうらしいよ」

特殊な窪みの掘られたベルト・オーズドライバーを見せながら、ここにメダルを入れると変身できるんだ、と追加の説明を入れる映司。

「……」
「……?」

何の反応も見せないマミの視線を受け続けながら、映司は首を傾げざるを得ない。
特にマミの怒りを買うような心当たりは無いが、何が発火剤になるか分からないのが人間という生き物の恐ろしいところなのである。
沈黙に耐えかねた映司は……

「アンク、俺何かマズイこと言ったかな?」
「俺が知るか」

とりあえず愉快な同居人に尋ねてみたが、答えが予想通り過ぎて泣ける。

「もっと何か無いんですか? なんて言いますか、プロフィールがざっくりし過ぎというか……」
「人間の欲望から作られたセルメダルで出来てるのがヤミーで、ヤミーと戦うための戦士がオーズ……なのか?」

マミに突っ込まれて言葉に詰まる辺り、映司もあまり知識を持っていないことは間違いないらしく、最後はやはり自信が無さそうにアンクへ話を投げた。
それは危険を背負って戦う者としてどうなのか、という気が若干しないでもないマミであった。
実はマミ自身も他人のことを言えるような御身分では無いのだが。

「面倒だ。俺に聞くな」

あんな奴でゴメンねと謝る映司に、いいですよと手を振るマミは、中学生には見えない貫録を持っていた。
というか、中学生にしては人間が出来過ぎていた……そう、映司には思われた。
決して、昼間にクスクシエに来ていた二人組が子供過ぎたとか、そんなことは断じて考えてはいない。多分。

「では、魔法少女について説明しますね」

映司たちが聞いても居ないのに、身の上話を始めるマミ。
マミ自身がオーズについて疑問を持ったのだから、映司達も魔法少女について疑問に思っているのだという推測が彼女の中では固まっているのだろう。
もっとも、当の映司は興味を持っていたので、何の問題も無いわけだが。
巴マミの話を掻い摘んで説明すると、キュゥべえという小動物に願いを叶えてもらう代わりに、魔法少女になった者は魔女と戦う使命を背負うということと、魔女は周囲に災厄を振り巻いて人を殺す存在だということであった。

「おいガキ! 今の話は本当か!? そいつに頼めば何でも手に入るってのは!」
「流石にその言い方はどうかと思うぞ……」

始めは興味が無さそうに聞いていたアンクだったが、いつの間にか食いついて来ている。
その原因は間違いなく、契約して願いを叶えてもらうというくだりである。
おおかた、大量のメダルかアイスでも強請る気なのだろうが、ビジュアルという世界の秩序をもっとよく考えてほしいものである。

男の魔法少女なんて、そんなの絶対おかしいよ!


「残念ながら、契約を司る『キュゥべえ』は先ほど殺されてしまったんです。魔法少女の手によって……」

沈痛な表情を見せながら、暗い影を思わせる話しぶりで、マミは衝撃の事実を口にした。
助けを求めるキュゥべえの声を聞いていただけに、タッチの差で間に合わなかった自分自身に対する情けなさが頭をもたげていたのだ。

「マミちゃん、自首すれば罪は軽くなるよ! 一緒に警察に行こう!」
「痴情のモツレとはありがちだな。一応『俺』は刑事だが……緊急逮捕ってヤツかァ?」
「私は殺ってません! 信じてください刑事さんっ!?」

何故かキュゥべえ殺しの汚名を着せられ、キュゥべえとの仲まで邪推されては、流石のマミでも声を荒げざるを得ない。
ぶらぶらと『泉信吾』名義の警察手帳を見せびらかすアンクに対して身の潔白を主張するマミの背には、何故だか哀愁が漂っていた……
ここまで作り上げてきたお姉様キャラが崩壊した瞬間でもある。
どうしてこうなった。

「ああ、お前が誰と何をヤっていようと、そんなことはどうでも良い」

当てる漢字によって『ヤる』の意味が大分違うような気がして仕方が無い映司とマミだが、いい加減に話が進まないので突っ込みを控えることにするのだった。
見逃してやるから心して答えろ、と前置きするアンクは何処までも偉そうだったが……マミとしては逮捕歴を作るなど御免被りたいので、余計なことは言えない。

「一応言っておくと、アンクが取り憑いてる泉信吾さんは本当に刑事だけど、妹さんが休職願いを出してるから、通常の逮捕は出来ないことになってるよ」
「憑りついて……?」

一応、アンクの現状についての説明を、巴マミに行う映司。
以前、泉信吾という刑事がヤミーを取り押さえようとして瀕死の重傷を負った際、彼を利用しようとしたアンクが憑依する形で肉体の支配を奪ったのだ。
もっとも、アンクが憑かなければ泉刑事は死んでしまっていたので、一概にアンクが悪事を働いているともいえないのだが。

話の腰を折られて若干イラっとしている感のあるアンクに、説明を終えた映司が話の続きを促す。

「あのビルの上階で、ヤミーを見なかったか?」
「いいえ、ヤミーというものを見たことはありませんけど、私の他には魔法少女一人しか居ませんでしたよ」

アンクにとって重要なのは、巴マミがヤミーを目撃していたかどうかという一点だった。
ソレに対するマミの答えは、目撃を否定するものである。
だがしかし……その回答を聞いたアンクの目がギラリと輝いたように、マミには思われた。

「確認だが……そいつは本当に、『魔法少女』だったんだろうな?」

映司はアンクの質問の意味が解らずに首を捻るが、マミには解ったらしく、その表情が驚きに固まっている様が窺える。

「そう言われると、彼女自身のことを魔法少女だとは言っていなかったような……」
「あの場所にヤミーが居たことは間違いない。つまり、その殺人者がヤミーだったってことだな」

人間型のヤミーなど、現代においては映司はおろかアンクでさえも見たことは無い。
だがしかし、アンクの頭には一つだけ例外の心当たりがあった。
アンクの同胞であるグリードの中には、人間に同化して操るタイプのヤミーを生み出す者が居たはずなのだ。
面倒くさいので、説明は必要になるまでするつもりはアンクには無いが。
それと、実はマミの方がヤミー関係者である可能性も疑っていたりするのだが、正面から聞いたところで素直に答えるはずが無いという理由で保留にしておいた。

「それじゃあ、そのヤミーの親の欲望って何なんだろう?」

二人の会話を聞いていた映司がおもむろに口を開き、さり気無く事態の核心を突く疑問を弾き出す。
この男はたまにこのようなファインプレーをかますことがあるのだが、自身どころか周囲さえもそれに気付かないことが多いため、今一目立たないのである。
欲望? と聞き返しているマミは、ヤミーというものについての追加説明を求めているに違いない。

「ヤミーは寄生先の人間の欲望を叶えてセルメダルを増やすことが、目的で能力だ。俺達があそこに行く前に、あの場でセルメダルが増えたのを確かに感じたぞ」

ついでに、セルメダルが増えた直後にしかアンクはヤミーの場所を特定できないと言う事も追って説明する。
メダルが増えたという事は、『親』の欲望が叶えられたということであり、この場合は謎の少女の行動がそれを遂行したと考えるべきなのだろう。

「キュゥべえを殺すことが、『親』の願いだったんでしょうか……」

思考の過程は正しいというのに、結論はどうしてこうなったというレベルで的外れであった……
もっとも、それを指摘する人間は居ないのだが。

「そのキュゥべえって、誰かに恨まれてたの?」

追撃で世界の核心を突く男、火野映司。
ひょっとすると彼は、この世界の何かを変えてくれるかもしれない。

「魔法少女になってしまったことを後悔する子も居ますけど、流石にキュゥべえを手にかけるような事態は見たことがありません」
「それも気になってたんだけど、魔法少女って一度なったら辞められないの?」

巴マミの表情が……止まった。
顎の下に手を当てて何かを考え込んでいるというのは映司とアンクにも解るのだが、一体何を悩んでいるのだろうか。

「……そういえば、魔法少女を降りようとしたらどうなるのか、聞いたことがありません」

そう言いながら、手元に卵型の宝石、ソウルジェムを見せる巴マミ。
魔法を使うと濁りを溜めこんでいく宝石は、それを許してくれるのだろうか?
結局、仮面ライダーと魔法少女と怪人が頭を突き合わせて考えを巡らせても、この晩においては世界の真実に辿り着くことは叶わなかったのだった……



「……くしゅん」

風の吹き抜けるビルの屋上に、白黒少女が一人。
その口から出た小さなくしゃみの音が、夜の街の喧騒に溶け込む。
もしかすると、誰かが白黒少女……暁美ほむらの噂話をしているのかもしれない。

「まどか、かな……」

脳裏に浮かぶのは、本日見滝原中学校に転入した暁美ほむらが、クラスメイトとなった少女。
優しくて、気が弱くて、少しだけ周囲の好意に鈍感だけれど……ほむらの大切なヒト。

残念ながらほむらの噂話をしているのは、ほむらを『未確認生命体』だの『魔女』だの『ヤミー』だのと疑う人々なのだが……きっと、言わぬが花というものなのだろう。


物語はまだ、始まったばかりである……



・今回のNG大賞

「危なかった……ワケが解らないですけど、逃げきれて良かったです」
「また会ったわね。昨日の今日だけれど。さようなら」
「えっ……?」
ピチューン

ヤミーはその生が終わって初めて、その価値が決まるらしい……セルメダルの枚数的な意味で。
ほむほむマジ死神。

・公開プロットシリーズNo.6
→何も知らなくても戦える男&何も知らないから戦える女



[29586] 第七話:死なないのか? 私は聞いてない!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:26
「転校生、一緒に寄り道しない?」

不意打ち、だった。
時を巻き戻すことで、統計として有効な以上の回数だけ同じ時間を繰り返してきた暁美ほむらでも、予想外の事態だったのだ。

「……?」

ほむらの目の前で彼女に親しげに話しかけて来ているクラスメイトの名前は……美樹さやか。
さやかは異時間軸においてほむらと敵対することの方が多い存在であり、ここまでほむらに友好的に接してくる個体は珍しい。
そのさやかが何故、親しげにほむらに話しかけて来ているというのか。

「気付いてたかもしれないけどさ、あんた昨日ストーカーに後をつけられてたんだよ? 一人歩きは危険だって」

ほむらの無言を説明の催促だと捉えたらしいさやかが、理由を後から付け足してくれた。
さやかは、まさか想像もしていないだろう。
転校の前夜に強面の自営業の方々から銃火器を盗みとってくる程度には、ほむらが逞しいのだということを。

正直なところ、魔法少女が高々変質者一名に後れを取るなど、あるわけがない。
あるわけがない、のだが……暁美ほむらの視界には、美樹さやかの背後からこちらに心配そうな視線を送る鹿目まどかの姿が!
名前も解らない(失敬)深緑色の子も居るが、重要なのはそこではない。

鹿目まどかと親しくなることが嫌なんてことは全く無いのだが、ここで友達などと呼び合う仲になれば、何かの切っ掛けでまどかの覚醒フラグを建ててしまうことになるのではないか。
しかし、ほむらを心底心配しているであろうまどか(+他二名)の気持を無下に扱うのも心が痛む……と、心の中で自分自身に対して言い訳をしてみる。
どうせまどかの周囲を見張るんだから近くから見て居たって一緒かもしれない、と更に心の中で言い訳を重ねてみた。
尾行って案外気疲れするし、私にストーカーも居るみたいだし、と三重四重に自分自身に言い訳を重ねて……

「……御一緒するわ」
「ほむらちゃん、何だか凄く葛藤してたみたいだけど……大丈夫?」
「そうなの? あたしには無表情にしか見えなかったよ?」
「大丈夫。心配には及ばない」

……台詞が無い抹茶色の子は、まぁ、仕方ない。
言い訳である。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七話:死なないのか? 私は聞いてない!



4人が足を運んだ場所は、学校最寄りのファミリーレストランであった。
一つのテーブルを囲むのに丁度良い人数だったこともあり、2席ずつが向かい合った机へと真っ直ぐに向かう。
一番奥の席にまどかが入り、その隣に仁美が。そしてまどかの正面にさやかが座り、残った席がほむらのモノとなった。

その座席位置を目にしたほむらが何故だか肩を落とした気がしたまどかだったが、あまり意味が解らなかったので放置プレイに励む。

「でさ、そのストーカーのことなんだけど、どうやら鴻上ファウンデーションって財団の社員らしいんだ」

先日のことを思い出しながら、さやかが後藤の噂話を始める。
所属会社の件は後藤の自己申告なのだが、素直に信じている辺りさやかは少し頭が足りない子なのかもしれない。
素直に答える後藤さんも5103ではあるが。

「鴻上財団といえば、鹿目さんのお母様が務めていらっしゃいましたよね?」
「うん。そうだよ」

突然の仁美からのパスに一瞬だけ驚きながら、まどかが肯定の意を表した。
まどかの母親は鴻上ファウンデーションで部長だったか課長だったかを務めているのだと、まどかは記憶している。
そこの会長さんが職務中は常にケーキを作っているという、まどかの母親にしては珍しい大法螺もついでに思い出されたが、関係がなさそうだったので思考の外へ追い出した。

「昨日の後藤さんって人のこと、お母さんに聞いてみたら、本当にその財団の人だったみたい」

まどかの母親……鹿目洵子によれば、後藤慎太郎という人物は『真面目で堅物な青二才』ということらしい。
何だかあまり高評価ではないが、それでも悪い人には聞こえない。

「まさか本当に何かの任務を……もしかして、暁美さんは実は会長の隠し子だったりするんでしょうか?」
「……そんなわけ無いわ」

『未確認生命体』『魔女』『ヤミー』に加えて『鴻上会長の隠し子』という新たな誤解が生まれるところであったが、ほむらさんのナイスセーブである。
志筑仁美という歩く妄想製造機の前に、油断は禁物だが。

「やっぱりストーカーだったか。今思うと、あのパンツマンもグルだったのかも」
「火野さんも悪い人じゃないと思うけどなぁ……」

パンツマン、というワケの解らない渾名を聞いて、思い思いに『火野さん』の人物像を作り上げようとする仁美とほむら。
まさかその火野という人がパンツ一丁で町の中を歩いていたわけではないのだろうが、何をしたらそう呼ばれる人間が出来上がるのかと、気にならないでもない。

「なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……」
「ソレは露出狂という変態に対する嫌悪感よっ!? 目を覚ましてまどかっ!?」
「鹿目まどかっ! どこまで貴女は愚かなの!?」

はい、ほむらさんの名言はいりましたー。
そして仁美とまどかは、さやかとほむらの壮絶な突っ込みにドン引きしていたりする。

……なぁ転校生、今度の新月の日っていつだっけ?

何故さやかとほむらは、いつの間にかアイコンタクトを交わせる間柄になっているのか。
この二人は昨日会ったばかりであるはずなのだが……人間関係に必要なものは時間だけでは無いのだろう。多分。

……大丈夫よ。ワルプルギスの夜が来たら、その時のどさくさに紛れて変態は始末するから。

「二人ともどうしちゃったの!? 何だか怖いよ!?」

こそこそと隣同士で内緒話を始める、ほむらとさやか。
というか、巨大魔女の件は、まだ魔法のマの字も知らないはずのさやかに話していいことでは無い筈なのだが。
もちろん、キュゥべえと出会ってさえ居ないまどかにも理解できるはずは無い。

「心配は要らない。鹿目まどかは私が守るから」
「ソレを言うなら『私達が』だろ? 転校生」

まるでどこぞの半熟探偵たちのようなクサさを醸し出す二人に、最早当事者のまどかでさえ置いてけぼりを食らっていた。
なんでこの二人は、『強敵』と書いて『とも』と呼び合う相手に向けるような視線を交差させながら熱い握手をかわしているのか。

「美しい友情です。感動的ですね」

だ が 無 意 味 だ。
何かを納得した様子で目元に流れる涙をハンカチで拭っている仁美に、通りすがりの仮面ライダーでも眺めるような目を向けながら、まどかはぽつりと呟かざるを得なかった。

「こんなの絶対、おかしいよ……」

ワケが解らずに泣きだしたいのはまどかの方である。
『魔法少女まどか☆マギカ』の世界も何者かによって既に破壊されてしまっていたらしい。



「そういえば、恋愛と聞いて思い出したのですが……」

ごそごそと自らのカバンの中を漁りながら、何かを探している仁美。
その四次元空間の中から仁美が取りだしたものは……

「お守り?」

まどかの予想(期待では無い)に反して、至極常識的なブツであった。
緑・黒・赤・白・灰色の5種類がそれぞれ一個ずつ、テーブルの中央へと並べられる。
何処かの公式サイトで売られている魔法少女モチーフなお守りと色の種類が違うのは、仕様である。

「先日、隣町に住む親戚の所に行った時に、お土産に買って来たんです」

一個ずつどうぞ、と5色のお守りを指して勧める仁美。
……もし恋バナが展開されていなかったら、仁美はその存在を永遠に忘れたままであっただろうことは疑う余地も無い。

「ああ、でっかい風車塔が建ってるあそこか。天気が良いと見滝原からでも偶に見えるよね」

さやかは、その隣町に関する予備知識を少しだけ持っているらしい。
まどかとほむらは、名前も聞いたことが無かったので特にコメント出来なかった。

「その町の御当地ヒーローをモチーフに作られたお守りらしいですよ」
「なんて言ったかな……たしか、『仮面ライダー』だっけ?」

かめん、らいだー? と顔を見合せてみるほむらとまどかだが、知らないモノは知らないのだ。

「種類があるってことは、御利益も違うの?」

このままエコの町の話題を続くと台詞が無くなってしまう……などと考えた訳ではないだろうが、まどかが口火を切ってお守りについて尋ねてくれた。
ほむらとしては、多分あのまままどかと顔を見合わせ続けるだけでもそれなりに幸せだったのだろうが。

「とりあえず、灰色が恋愛成就ですわ」

このお守りを作成した人間は、何故灰色などという一番恋愛から遠そうな色を恋のお守りに選んでしまったのだろうか。
……そんなことはどうでもいい。

「仁美ちゃん、私がその灰色を貰っても良い?」
「パンツマンにまどかを取られるぐらいなら、まどかを殺してあたしも死ぬわ!」
「貴女は鹿目まどかのままで居れば良い……!」
「そこまで言わなくても!?」

おそらく、さやかもほむらも本気で言っているわけではないはずだ。
ほむらはよく解らないが、さやかには腕を悪くした幼馴染という恋人が居るはずなのだから。
ただ、ほむらの言葉には、人間は人間のままで居れば良いと言い放つカミサマのような威圧感が漂っていた。
冗談だよね? とまどかも思ってはいるのだが、何だか聞くのが怖かったので黙っておいたのだった。

そして、さり気無く灰色のお守りを懐に入れる仁美は、ちゃっかりしていると言うべきか。
渡す気が無かったなら、始めから自分用に確保しておけばよかったものを……

「それで、他のは?」
「黒は、探し物が見つかるそうです」
「他のを聞いてからにしたい、かな」

暗にそのお守りの御利益は微妙だ、という含みを持たせたまどかの発言だったが……他のメンツも同意らしく、仁美は次のお守りを指さす。

「赤いお守りは、持っている人は死なないらしいですわ」
「貰ったら逆に死亡フラグが立っちゃう、ような……?」
「あたしも死ぬ予定は無い、かなぁ……こっちの緑は?」

原作的な意味では、さやかには実は死ぬ予定があったりするのだが、それはさておき。

「緑は、自分自身じゃなくて大切な人に加護があるみたいです」
「じゃぁ、私が緑で、ほむらちゃんが赤を持てばカンペキだね」
「「「……?」」」

緑のお守りの効果は、あまりお守りとして一般的なものではなかったが……まどかは何かを納得したような得意顔をして見せる。
他の三人は当然、その意図を計り兼ねてまどかに視線を集めていた。

「だって、そうすればストーカーさんが居てもほむらちゃんは安心でしょ?」

屈託のない笑顔でそう言い切るまどかを見ての、三人の反応は三者三様であった。
美しい友情に感動している仁美は、常識の範囲内である。

「だとさ。転校生、まどかの『大切な人』だって言われちゃってるぞぉ?」

ニヤニヤ、という擬音が非常に良く似合う表情を浮かべたまま、隣に座るほむらを肘で小突くさやかも……一応常識の範囲内なのだろう。
だが、照れながらほむらの顔を窺ったまどかが見たものは……

「……貴女は、どうして、そんなに……!」

涙。
暁美ほむらが、大粒の涙を流して、静かに泣いていた。
釣られてほむらの方に視線を向けたさやかと仁美も、その様子を見て一瞬だけ思考を止めてしまう。

「転校生、そんなにストーカーが怖かったのか……」

違う……そう切り出すことを、ほむらは、しなかった。
ほむらに関する記憶が無いはずのまどかが、深い意味合いを込めてそんな発言をしたのでないことだって、ほむらにも解っている。
それでも、勘違いや無意識にだとしても、まどかがほむらを大切な人として扱ってくれたことが……どうしようもなく、感情を急かす。

……まどかだけじゃ、無い。

いつの間にかほむらの手を握っていたのは、3人分の手。
まどかを守るためならと、ほむらが切り捨てる覚悟を勝手に決めていた人たちの、暖かい手がそこにはあった。


『もう誰にも頼らない』
そう決意したはずの心が、少し、ほんの少しだけ、揺さぶられる。
何かが、狂い出した……



・今回のNG大賞
「実は私の正体は、まどかの娘よ。22年後の未来から来たの。本名は上条あけみと言うわ」
「上条って、まさか上条君が私の運命の人!?」
「鹿目さん……その命、神に返しなさい……!」
「この淫乱ピンクがああああああっ!!!」

美樹さやかに首を絞められながら、志筑仁美による鹿目まどかの腹パンドラムの演奏が、ファミレスに鳴り響いたという……
そして、暁美ほむらさんは望み通り『まどかを助ける私』になったそうです。

女の子って怖いネ!


・公開プロットシリーズNo.7
→原作さやかによると、ほむらとさやかは似ているらしい。



[29586] 第八話:彼女には72通りの称号があるからな
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/27 15:55
「会長、『暁美ほむら』の関係者を名乗る人物が面会を求めています。許可しますか?」
「通したまえ!」

何の変哲もない、平日の昼下がりのことだった。
鴻上ファウンデーションの会長である鴻上光生が、会長室においてケーキを作るという不思議な日課に励んでいた時に、その知らせは届けられたのだ。
秘書を通して伝えられた案件に対して会長が即答を返すこともまた、この場所においては頻繁に見られる光景の一つに過ぎない。

『暁美ほむら』といえば、先日の見滝原中央公園前ライドベンダーの襲撃事件において、重要参考人とされている人物である。
メダル絡みの存在である可能性が非常に高いために警察にこそ届けられていないが、鴻上会長の有能な部下が暁美ほむらの監視任務に付いているはずだ。
その少女の関係者が鴻上会長に面会を求めるとすると……用件についてのおおよその想像は付くというものである。

「お、お邪魔します……」

来訪者は……桃色髪の、女子中学生一人。
いわずと知れた、魔法少女アニメの主人公様に相違ない。


どうして、こうなったのだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八話:彼女には72通りの称号があるからな



時刻は、第七話の末尾にまで巻き戻る。
ファミレスを出て愉快な友人たちと分かれた後、鹿目まどかは自身の中に溜まった違和感の正体について考えを巡らせていた。
あのお守り談義のあと、ほむらは断固として譲らずに緑のお守りを欲し、結局まどかとさやかがそれぞれ赤と黒を手に入れることで落ち着いたわけだが……

「ほむらちゃんの大切な人が、ピンチなのかな……?」

ほむらが欲しがった緑色のお守りの効果は……持ち主の大切な人を災厄から守ること。
そして、先ほどからまどかの頭の中で、何かが繋がりそうで繋がらないという気持ちの悪い感覚が沸き起こり続けている。
自身は既に答えを得ているはずなのではないか、という取り留めのない疑念が、思考の隅から消えない。

考えてみれば、暁美ほむらという少女は、鹿目まどかにとっては違和感の塊のような存在であった。
英才教育でも受けているかのような学業成績や運動能力にはじまり、日常生活が好きかと聞いてきたり、名前が格好良いとまどかに言われれば唇を噛みしめて見せたり……

『もしかして、暁美さんは実は会長の隠し子だったりするんでしょうか?』

まどかの中で、何かが一本に繋がった……そんな気がした。
仁美の何気ない一言を聞いた時は、また仁美特有の妄想だとばかりに思っていたのだが、気付いてしまった後ではその言葉の重みが全く違って感じるのだ。
『暁美ほむら』という名前が偽りのものであるとすると、その理由としては順当な線ではある。
そして、鴻上ファウンデーションの社員が隠れてほむらを護衛しなければならないような事情が、今現在において存在するとすれば……

「友達の家の事情に口を挟んじゃダメだよね……」

昨日今日に出会ったばかりのまどかが口を出して良いことでは、無いのかもしれない。
誰かに嫌われるのは……とても怖い。

『手を伸ばせるのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する』

不意に、熱に浮かされた頭がぼんやりと聞いていた、火野さんの言葉が思い出される。
帰路を歩くまどかの足が……止まった。

周囲の誤解も恐れずに泣いている子の元に走り寄れる、そんな勇気は、まどかには無い。
まどかは、泣き叫ぶまどかの元に半裸のまま駆けつけてくれた火野映司のような強い人では、ないかもしれない。

「でも……」

ほんの冗談で『大切な人』と言われただけで泣きだしてしまう暁美ほむらの背後には、とんでもない過去が隠されているのだと、鹿目まどかの深層心理が叫んでいた。

一大財団の会長ともなれば、その身を狙う人間が居て然りである。
そして、会長がその親族を隔離したり隠したりすることもまた、有りそうな話だ。

まどかの勘違いだったなら、それが一番良いことだ。
後に笑い話のタネにでもしてしまえばいい。

ただ……ほむらの涙を見なかったことにするのは、嫌だ。そう、思えた。思ってしまった。

決意がようやく、固まる。
そして、自分が何をするべきか、その指針が立った気がした。
止まっていた足が自然と動きだし、鹿目家への道筋を辿る。
まずは母親から鴻上ファウンデーションの本拠地の場所を聞いて、動き出すのは明日の放課後だろう、と頭の枷が外れたように思考が回り始める。
幸いにして、翌日は午前授業だけの曜日であった。

この年頃の少女たちの成長は……ひょっとすると、周囲の大人が思うよりもずっと、駆け足なのかもしれない。
ただし、成長の方向が正しいかどうかは未来になってみないと分からないことが多いのを忘れてはいけないが。



予定通りに翌日の放課後に鴻上ファウンデーション本社ビルを訪れたまどかは、受付嬢に『暁美ほむら』の関係者を名乗って会長への面会を試みたのだった。
結果、あっさりと許可が下りたため、まどかは会長への面会に成功したのである。
この時点で、まどかの疑念はほぼ確信の域に到達しようとしていた。
少なくとも、『暁美ほむら』が鴻上ファウンデーションにとって重要な人物と認識されていることは間違いない。

「暁美ほむら君の友人の、鹿目まどか君だったかね!?」
「はい。初めまして……」

凄く暑苦しい笑顔でまどかを迎え入れてくれる、鴻上会長。
そして、いったい何故この人はケーキを作っているのだろうか。
鹿目家の母親が鴻上会長のケーキ作りについてまどかに話したことがあったが、まさかその噂話が95割も事実を含んでいたなどと予想できたはずもなかった。
尚、95割というのは誤字ではなく、この部屋に貯まっているケーキの数的な意味である。
まどかをここまで案内してくれた会長秘書と思しき女性が、机の上に並べられた10ホール近いケーキの山を淡々と削り続けている光景が、気になって仕方がない。
あのケーキは全て鴻上会長が作ったものなのか、あんな量のケーキを食べても人間は平気なのか……気になり始めると、止まらないものである。

「どうぞ?」
「頂きます?」

まどかの視線に気づいた秘書さんが、気を利かせてケーキと紅茶を用意してくれた。
そんなに物欲しそうな表情をしていたとは、まどか自身は決して思っていないのだが、出されたからには有難く頂くのが礼儀というものだろう。
実はこの秘書の女性は辛党気味なので、まどかにもケーキを少し押しつけてやろうと画策していたりするのだが、それはさておき。
もちろん、1ホール丸々などという事は無く、常識的なサイズに切り分けられている。

四角い小皿に盛られた真っ白なケーキは、スポンジの中層にイチゴの混じったクリームの層が見える、至極一般的なものであった。
口に入れると程良い甘みとイチゴの酸っぱさが口に広がり、自然と頬も緩んでくるというものだ。
紅茶も苦すぎず渋すぎずの絶妙な時間を以って淹れられており、その芳ばしい香りがケーキの美味しさをより一層引き立てて……

「会長への用事、忘れてませんか?」
「ぶふぅっ!!?」

図星だった。
危うく、まどかの顔を正面から覗きこむ秘書さんの顔に紅茶を吹きかけてしまうところだったが、間一髪のタイミングで横を向いて回避したまどかだった。

「私のケーキが、そんなに素晴らしかったかね!?」
「はい、それはもう……ってそうじゃなくて!」

美味しかったのは確かだけど、話の腰を折らないで下さい、会長。

「暁美ほむらちゃん……って、ご存知ですよね……?」

その名前を出した瞬間もその直後も、会長と秘書の二人は、挙動不審と呼べそうな反応など全く見せなかった。
ただ、ケーキを作る手と崩す手を休めずに動かし続けている。

「彼女の全てを知っているとは言えない! だが、彼女は素晴らしい存在だよ!」

手を止めずに会長の口から出た言葉は……肯定と、称賛。
相も変わらずハイテンションを維持しつつ、社長はまどかの疑問に対する答えを少しだけ提示してくれた。
その顔に張り付いた笑顔の裏にあるものが何なのか、まどかには判別がつかない。

「鴻上会長にとって、ほむらちゃんはどういう存在なんですか?」

素晴らしい存在、という鴻上会長の言葉に聞き返す形で、まどかは質問を継ぎ足してみる。
ほむらが家族と不仲かもしれないという疑念は既に殆んど晴れているために、その口調は先ほどまでより少しだけ、落ち着きを取り戻しているようだった。

「今はそれを伝える時ではない。だが、強いて言うなら、このケーキを贈るに相応しい相手だよ!」

ぶっちゃけ、この会長は誰彼構わずにケーキを送りつけることがあるので、その情報はあまり参考にならないのだが……まどかはそんなことは知らない。
誕生日を祝う定型句の添えられたケーキを見て、素直にケーキの用途を類推してしまったのだ。
バースデイケーキを贈る相手として、家族というものを第一候補に考えてしまうのは、まどかが今まで生きてきた世界においては当たり前のことだったという事情もあったりする。

「……鴻上会長に、お願いがあります」
「言ってみたまえ!」

だからこそ、まどかの中で勘違いが確信へと昇華してしまったのも……まぁ、仕方のないことだということにしておこう。
この厳つい会長から、あのほむらがどうやって生まれたのか? ぐらいには疑問に思っているのかもしれないが。

「そのケーキをほむらちゃんへ……私から届けさせてください!」
「彼女へケーキを届けたいというのも、一つの欲望だよ! 素晴らしいっ! 新しい鹿目まどか君の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

ケーキを直方体の箱に収める会長の姿を見ながら、まどかは秘書さんにケーキのお代わりを貰おうかと考えを巡らせるのであった……




一方、登場することすら久々の感のある、オリ主こと少女ヤミーはと言うと、

「魔法少女は見たってヤツですか……まったく、ワケが解らないです」

またしても、物陰に隠れていたりする……
狭いところや暗いところが特別に好きなわけでは無いのだが、役回り……もとい巡り合わせの問題である。

「ハァッ!」
「ニ゛ャァッ!」

少女ヤミーが様子を窺う先に居る人物(?)は、肥えに肥えた一匹の猫型ヤミーと、その敵対者たちだった。
例の信号男と腕怪人のコンビである。
先日、薄暗いビルの上階で少女ヤミーを追跡していた二人に違いない。
緑に彩られたその脚から繰り出されるキックの威力は恐るべきものであり、デブ猫ヤミーの身体を構成するセルメダルを徐々に剥ぎとっていた。

「助けるべきなんでしょうか、っていうかそもそも、助けられるんでしょうか?」

デブ猫ヤミーを助けるべきかどうか、という点でまず一つの選択の段階があった。
自分自身以外のヤミーを初めて見る少女ヤミーにとって、デブ猫ヤミーを助けた方が良いのかもしれないという思考は確かに存在した。
だがしかし、「ヤミーは助け合いでしょ!」などと言って戦闘に介入してセルメダルの山へ変えられては、飛んで火に入る夏の虫である。
一応蝙蝠の怪人である少女ヤミーは、創造主のウヴァさんと違って虫ではないのだ。

話を戻すと、敵は信号男だけでなく、今は静観している腕怪人だって居る。
しかも、偉そうに信号男に命令しているところを見ると、信号男より強いのかもしれない。

「むしろ、戦闘後に一般人のフリをしてセルメダルを拾いに行くのもアリなんじゃ……?」

まさかの見殺し説浮上である。
ヤミーの行動理念はセルメダルを得ることなので、あながち間違っても居ないが。
仮にも主人公が、その思考回路を持っているのは……どうなんだろう?

『スキャニングチャージ』

少女ヤミーが迷っている間にも、オースキャナーがデブ猫ヤミーのゴールは絶望だと高々に宣言していたりして……



・今回のNG大賞
「転校生、今日もどっか寄って行こうぜ」
「ええ」
「それと、まどかは今日は別の用事があるってさ」
「えっ……?」

ほむらからの視線に、まるで段ボール箱の中の子猫のようなイメージを抱いたまどかだったが……固い決意が揺るがされるには至らず、さやかに手を引かれるほむらを見送ったのだった。
がんばれほむほむ!

・公開プロットシリーズNo.8
→欲望と願いはどちらも相対化された概念

・人物図鑑
 コウガミコウセイ
財団の会長。その性質は肯定。全ての生誕を祝福することに執念を燃やし、ただケーキを作り続けるが、彼の部下にケーキを喜ぶ者は居ない。彼を倒したくとも、世界中から産声を消し去ってはいけない。新たに産まれるものが無くなれば、彼は新しい宇宙が誕生したと錯覚するだろう。



[29586] 第九話:灼熱地獄の黄祭
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 03:56
そもそも、少女ヤミーは何故この場に居るのだろうか?

その理由は、ほむらによるキュゥべえ殺害事件の時まで遡る。
キュゥべえの死によって、少女ヤミーの行動指針に大きな変化が生じたのだ。
それは、少女ヤミーが魔法少女を増やすという大きな目標が失われてしまったことである。

契約を司るキュゥべえが居ない以上、少女ヤミーは魔法少女を増やすことが出来ない。
従って、少女ヤミーを構成するセルメダルも増えることは無くなる……かに、思われた。
ところが、キュゥべえが殺された後にも少女ヤミーのセルメダルは増加を見せたのである。
その件に関して、魔法少女が魔女と戦うとセルメダルが増えるのだろう、と少女ヤミーは当りを付けている。
そこで更に事態は進展し、ワケの解らない信号男や腕怪人まで出張って来て、どうやらヤミー狩りを目論んでいるようだ。

「魔法少女の敵が魔女だから、魔女の敵である腕怪人たちは魔法少女の味方……なんでしょうか?」

予想外の事態が起こりすぎたことに困惑した少女ヤミーは、二つの仮方針を持つことにした。
一つ目は、魔法少女が魔女を倒す現場を押さえて、地道にセルメダルを増やすことである。
そして二つ目は……少女ヤミーのお父さんことグリードのウヴァを見つけて指示を仰ぐというものであった。

「そして腕怪人たちの敵がヤミーだとすると、彼らはワタシの敵と味方のどちらなのか……」

だが、そのどれを取るにしても魔女・魔法少女・グリードの何れかを見つけなければ話にならない。
そこで、地道に近隣住民への聞き込みを使って怪しい奴が居ないかと情報を集めたところ、飲食店や食料品店が襲撃されているという異変を耳にしたのである。
聞き込みの過程で羽を畳んで隠して人間に成り切るというスキルを身につけたのだが、それはさておき。
魔女絡みだと良いな、と喜び勇んで騒動の近くまで辿り着いた少女ヤミーが見たものは……

『スキャニングチャージ』

少女ヤミーが危険視する信号男と腕怪人が、太りすぎた猫のヤミーを追い詰めている現場であったのだった。
腰部に付けられた信号機としか思えない装飾品に何やら操作を加えた信号男が、不思議な音声とともに空高く跳び上がる。
赤黄緑の三色のリングが何処からともなく出現し、道筋を示すその輪を潜るごとにデブ猫ヤミーへ向かって加速する跳び蹴り……の、はずだったのだろう。

「あれ? 生きてる……?」
「お前を邪魔した奴が居るんだ」

ところが、何者かがその道筋の中にいくつもの人間大の石柱を投げ入れ、加速の邪魔にかかったようだった。
充分な加速を得ることが出来なかった信号男の跳び蹴りは、デブ猫ヤミーを仕留めることが出来なかったのである。

「カザリ……お前だな?」
「久しぶりだね、アンク」

乱入者は少女ヤミー……ではなく、ドレッドのような頭の目立つスマートな猫怪人であった。
サイズはもちろん、人間大である。
腕怪人によると、その痩せ猫の名前はカザリというらしい。ついでに、腕怪人の名前はアンクだそうだ。

「こそこそ付き纏っているとは、お前らしいな」

腕怪人の台詞に一瞬だけ冷やりとさせられた少女ヤミーだが、自身のことではないと解って胸を撫で下ろす。
まだ、その存在は感知されていないようだ。
おそらく、ヤミーをいつでも見つけられるというわけではなく、セルメダルが生産された直後のみにその存在を感じられるのだろう。

「人間に寄生するヤミーはお前のお得意だったか」

先日薄暗いビルの中で見つけ損ねたヤミーの情報も思い出しながら、アンクがデブ猫ヤミーに視線を向ける。
そこには、付近に倒れていた肥満の目立つ青年の身体の中へと入り込むデブ猫ヤミーの姿があった。
おそらく彼が、デブ猫ヤミーの『親』なのだろう。
質量を無視しているとか、そんなことは絶対に気にしてはいけないに違いない。
もっと食べ物を、と呻きながら逃亡を図るデブ猫ヤミーを追おうとする信号男に対してカザリが起こした行動は……突風を発生させることだった。

「うわっ!?」
「気を付けろ! そいつは取り戻しに来たんだ……!」

突風に耐えきれずゴロゴロと地面を転がる信号男に、注意を呼び掛ける腕怪人。
そして、信号男の腰部の装飾品を指さしながら、忌々しげに言い放つ。

「その一枚は、奴のコアメダルだからな」
「コアメダル? じゃあ、コイツはグリードの一人……?」

グリードという単語に、少女ヤミーは聞き覚えがあった。
記憶が正しければ、少女ヤミーの誕生時にウヴァが口にした台詞の中に同じ言葉が存在したはずである。
そして、警戒心を強める信号男の様子を見るに、グリードはヤミー以上の脅威であることは間違いが無さそうだ。


「コアメダルって、何でしたっけ……?」

そして、オリ主が動きを起こし辛い原因は、どう考えてもウヴァさんとキュゥべえの説明不足のせいである……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九話:灼熱地獄の黄祭



「オーズなんて捨てて、僕と組まない? それは元々、僕らを封印するための存在じゃないか」

戦う気は無い、と前置きしながら、カザリはアンクへと新たな提案を指し示す。
それを見ていた少女ヤミーはと言うと……

「オーズって人がヤミーとグリードの敵? それなのにアンクって人がグリードみたいな? ……ワケが解らないです」

情報が整理できずに混乱の極みに居たりする。
グリードのくせにオーズを利用しているアンクが異端だというのが正解なのだが、情報が不足し過ぎて未だそこまで判断が及んでいない。

「僕と組んだ方が、メダル集めは効率的だよ」
「俺としても仕方なくオーズを使っているだけだ。何しろ、これだけしか復活できていない」

腕に付いた籠手のような装飾品をカザリに見せつけながら、まんざらでもないという事を示唆するアンク。
もしかして腕の方が本体なのか、という突拍子もない新案が少女ヤミーの頭の中に浮かんできたが、流石に有り得ないだろうとその考えを振りかぶって捨てる。
……大正解であったはずなのに。

「確かに人間は面倒くさい。お前の方がマシかもな」
「決まりだね。オーズはもう要らないなぁ」

一転して不利な状況に陥ってしまった信号男……もといオーズは、カザリとアンクの顔を交互に観察しながら状況把握に努めているようだった。
……それでも、おそらく少女ヤミーよりは現状を把握しているはずである。

「待て。グリードであるお前と組むのも、それはそれでデメリットはある。少し考えさせろ」
「解った。でも長くはダメだよ」

すぐには要求を飲めないと主張するアンクに対して、君は油断ならない、と言い残してカザリは颯爽と姿を消したのであった……


変身を解いたオーズもとい映司が、アンクに対してグリードに関する説明を求めていた。
そして、その説明に映司以上に期待を寄せる少女ヤミー。

「他にも、ウヴァ・ガメル・メズールの3人のグリードが居る。もし奴らのコアメダルが揃ってたら……」
「『世界を喰らう』だっけ?」

オーズが必ずしも必要では無くなったと言い放つアンクの言葉を皮きりに、人間の欲望に関する談義へと話が移り変わり、メダル関連の話題は終わってしまった。
その後、歩き去ってしまったアンクと映司の様子を見て、どちらを追うべきかと悩む少女ヤミーであったが、

「とりあえず、オロオロしてたオーズさんは頼りになりそうじゃないですね」

標的をアンクに定めたらしく、こそこそと隠れながら尾行を開始したのであった。
……のだが。
アンクがその後にとった行動はと言えば、ひたすら携帯端末を弄り続け、不審なことといえば通行人の持っていたアイスバーをこっそりと盗みとったことぐらいである。

「便利な世の中になったモンだ。空を飛びまわる必要も無い、ってか……」

携帯端末の出来栄えに感心したかと思いきや急に感傷に浸りだしたり、そうかと思いきや空を見上げたりと、少女ヤミーにとって有用な情報が何一つとして出てこないのだ。
上手くいけば少女ヤミーの創造主であるウヴァと落ち合うのではないかという希望的観測も、最早思い出す気も起こらない。

「アイス、お好きなんでしょうか……?」

どうでも良い情報しか出てこない、というより、対象が誰かと会話をしているのでなければ、言語による情報など出てくるはずがないのだ。
アンクの目の前に出て行って直接情報を引き出す手も考えては居るのだが、今一踏ん切りがつかない。
しかも、先ほどのカザリというグリードに加え、奇妙なバイクに乗った不審人物までもがアンクを監視しているようなのである。
尾行を始めるタイミングが遅かったことが幸いしてか、他の同業者に少女ヤミーの存在は気付かれてかったことが不幸中の幸いか。
どちらにせよ、少女ヤミーが出方が解らずに途方に暮れていたのは変わらなかったり……

結局、アンクが付近の飲食店前で映司と合流するまで、有効な情報を何も得ることが出来ないまま少女ヤミーは尾行を続けてしまったのだった……


「疑い深いグリードは、その疑いから裏切り、メダルを狙う。馬鹿でも面倒でも、人間の方がまだマシだなァ」

映司とアンクの合流場所に現れたカザリはアンクの協力を期待していたようだが……アンクはオーズと共に行動するという。
どうやら、カザリがアンクの周囲を嗅ぎまわっていたのがお気に召さなかったらしい。

『タカ トラ バッタ』
「変身!」

アンクから映司へと3色のコアメダルが投げ渡され、それをベルトの溝へと素早く差し込んだ映司が変身を遂げる。
古代の戦士オーズへと、その姿を変えたのだ。
相も変わらず歌が無いのは、勘弁していただきたい。
決して作者にタトバコンボを貶める意思など存在しないのだが、飽く迄利用規約との兼ね合いで削除せざるを得ないのである。

「それに、もう一つ良い忘れてたことがあったか」

変身直後のオーズに跳びかかるカザリに対して、まるでどうでも良いことであるかのように、アンクは言葉を続ける。
カウンター気味にトラクローを突きだすオーズにそれ以上の速さの先制攻撃を加えようとしていたカザリは、アンクが続けた言葉を意識の隅で聞きながら……空中で急減速するという珍しい体験をしていた。
決して、カザリが突如として空中戦能力に目覚めた訳ではない。

「グリードに対抗できる『人間』は、オーズだけじゃない」

突如響いた銃声と共に、カザリの身体を横殴りの衝撃が襲ったのである。
しかも、その胴体にオーズの両手のトラクローが的確に突き刺さるというダブルパンチをお見舞いされたりしていた。
それでも何とかオーズの胴を蹴って自らの体に刺さった異物から離れる選択肢を取れたのは、流石と言うべきか。

オーズの片側3本ずつの爪が抉りだしたモノは……『4枚』のコアメダル。
コンボ用の3枚に加えて、チーターのダブりが出ているという大儲けである。
本来の歴史ならば付いてこなかったライオンコアに加えて、奪われるはずだったカマキリコアも無事という原作乖離ぶりを見せていた。

「コイツは儲けたなァ!」
「くっ……!」

捨て台詞を残す余裕も無く全力でその場を離脱するカザリの背を見ながら、少女ヤミーは周囲を見渡す。
何らかの遠距離攻撃によってカザリが撃ち落とされたのだということは推測出来たのだが、その攻撃が何処から来たのか解らなかったからである。

「上出来だ」
「助かったよ、ありがとう」
「お役に立てて嬉しいです」

オーズとアンクが言葉を向けた先に現れたのは……少女ヤミーの知る、魔法少女であった。
どうやら、アンクか映司のどちらかが携帯端末からの連絡で呼び出したのだろう。
物騒な銃を片手に下げた魔法少女の姿が、そこにはあった。

「じゃあ、このままヤミーの所に行ってくるよ」
「儲けてこい!」
「助けが必要になったらまた呼んでくださいね。大丈夫そうですけど」

変身を解かずに近隣の飲食店に居るであろうデブ猫ヤミーの元へ走り出すオーズの背中を見送る二人は、最早オーズの勝ちを信じて疑っていないように思われた。
マミとしては、ソウルジェムの濁りの増加を気にせずに使い魔を倒すことはあっても、オーズが居る状況ならば出来る限り温存したいというのも本音であったりするのだ。

「それで、ネズミ狩りでしたっけ? 猫さんはもう居ませんけど」

オーズを送り出したアンクに向かってマミが口にした、不穏な単語。
既に嫌な予感が、少女ヤミーの脳裏を駆け回っている。

「出てこい、クソガキ。そこで見てるのは分かってんだ」

アンクさんの目付きの悪い視線が捉えている方向に隠れているのは、少女ヤミーしか居なかったり……



・今回のNG大賞
「会長! オーズを監視していたら、二人目の不思議少女を発見しました!」
「未確認生命体B2号の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

・公開プロットシリーズNo.9
→アンクならマミをこう使う……はず?

・人物図鑑
 カザリ
猫科の怪王。性質は傲慢。貪欲に力を欲し、他者を利用することを躊躇わない。全ての生命を平等に見下し、その上に立とうと目論む。狗尾草を持って行けば簡単に気を引くことが出来るだろう。



[29586] 第十話:treasure sniper――殺してでも奪い取る
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:30
「出てこい、クソガキ。そこで見てるのは分かってんだ!」

アンクが恫喝した先に隠れている人物は……少女ヤミー以外に有り得ない。
周囲を見渡すという現実逃避をしてみても、少女ヤミーを取り巻く世界は変わらなかった。
ただ、オーズとカザリの戦いによって地面に散らされたセルメダルが光るのみである。

「言っておくが、逃げられると思うなよ? その瞬間にコイツの持ってる銃がお前の背中をぶち抜くからなァ!」
「人間相手にそんな物騒なことはしません!」

少女ヤミーは、頭を抱えて必死に行動案を導き出そうとしていた。
素直に姿を現した方が良さそうだが、正体を聞かれたら何と答えれば良いのだろう?
もし「私は悪いヤミーじゃないですよ」などと弁解を試みたとしても、次の瞬間には頭に風穴が開いていそうである。
ひょっとすると、「通りすがりの魔法少女です! 覚えておいてください!」ぐらいに高圧的に出た方が良いのかもしれない。

……逃げようとしたら、どうなるだろうか。
アンクは、黄色い魔法少女が少女ヤミーの背中を打ち抜くと言っている。
黄色い魔法少女は人間相手にそんなことはしないと言っているが、その微笑みの裏にどす黒い何かが見えるような気がするのだから、人間の疑心暗鬼というのは不思議なもので……。

「……人間?」

その手があったか、とばかりに心を決め、両手をあげてゆっくりと少女ヤミーはマミ達の前に姿を現す。
相手がこちらを人間だと思っているのなら、それを利用しない手は無いに決まっている。
先ほどマミが魔法を使った際に少女ヤミーのセルメダルが増えて居場所がバレたのかと思ったが、そうではないようだ。
近くでもっと膨大な勢いでセルメダルを増やしているヤミーが居るために、その気配に紛れて少女ヤミーのささやかなセルメダル増加に気付かなかったのだろう。

「な、なんなんですか? 貴方達は……さっきの三色さんとか、猫さんとか、ワケが解らないです……」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十話:treasure sniper――殺してでも奪い取る



少女ヤミーは選択肢を、一般人のフリと魔法少女名乗りの二択にまで狭めていた。
羽を畳んで隠すという技能を身に付けた少女ヤミーは見かけ上はただの人間と変わらないため、ヤミーという素性を隠すことが出来るのだ。

「貴女は『魔法』か『メダル』の関係者かしら?」

まだ一週間も生きていない少女ヤミーは、一世一代の特大カマトトをかまそうかと思考を巡らせる。
とぼけるならば『ゲームセンターにでも行くんですか?』とでも聞き返せば、この場は逃げ切れるかもしれない。
だがしかし、その場合には、このグループと今後関わっていくことが難しくなるというデメリットが発生するのだ。
ならば、この二人のいずれかの利害に絡む存在であることをアピールしなければ、近くを嗅ぎまわる時に不自然に思われてしまう。

「一応、魔法少女をやってます」

一般人騙りへの未練を若干残しつつ、少女ヤミーは魔法少女名乗りを選んだ。
その言葉に若干の驚きを含んだ表情を向けながら、マスケットの銃口を下げてくれる黄色い魔法少女を見て、少女ヤミーは内心ほくそ笑んでいたりする。
一旦関係者だと思われてしまえば、相手の手の内を探って利用することなど赤い手……ではなく、赤子の手を捻るぐらいには簡単であるのだから。

「へぇ、魔法少女サマが俺達に何の用だ?」
「騒がしいと思って駆けつけたら貴方達が居たので、しばらく前から後をつけて様子を見てました」

嘘は言っていない。
人外が暴れているという情報だけを頼りに見つけた存在が、たまたまアンクたちだったのである。

「アンクさん、それより先に聞くことがあるでしょう」

質問を続けようとしたアンクを制して、マミが口を挟む。
一方、そのマミから質問されるであろう内容に全く心当たりのない少女ヤミーは、ネガティブな未来を幾つか思い描いていたりする。
具体的には、キュゥべえ射殺現場に居合わせていたことを気付かれていたとか、ヤミーであることを看破されていたり、など。

「貴女の名前を聞かせてもらえないかしら?」

ところが、巴マミの質問は……少女ヤミーの想像の斜め上を射抜いていた。
まだ、頭部を物理的に射抜かれていないだけマシと見るべきだろうか。
かけられたのは、とある有名な魔法少女がOHANASHIする際に使ったと伝えられている、魔法の言葉である。

「名前……?」

私は巴マミでこっちはアンクさん、そう自身らを紹介するマミは、まさか想像もしていないだろう。
目の前に居る少女ヤミーに、名前が無いなどという事は。
少女ヤミーの背中に隠された羽が、だらだらと流れる気持ちの悪い汗に湿り始める。
まさかここで「言えません」とでも抜かそうものならば、不信感は決定的となってしまうだろう。
だがしかし、予想外すぎる質問に対して、何か良い名前が突然浮かぶはずもない。

「どうした? 早く言わないとおっかないお姉さんがお前の頭に風穴を開けたくてウズウズしはじめるぜ?」
「さっきから何なんですか!? 私がまるで快楽殺人者みたいじゃないですか!?」

アンクの煽りを受け続けていたマミの突っ込みが少しずつ激しくなっているなどというどうでも良いことを考える程度には、少女ヤミーは現実逃避を望んでいた。
どうしよう。
ああ、今日は空が碧いなぁ。
うん、空が碧かったら仕方ないよね。
某河落ち脚本家のもう一つの得意技が炸裂しても良いよね?

「実は私、記憶が無いんです。名前も含めて、ここ数日より前のことは覚えてません」

嘘は……言っていない、はず。
先日生まれたばかりのヤミーには、それより前の記憶など持っていないのだから。

――胡散臭ぇ……

アンクの細められた目がそう言っているのが、少女ヤミーには瞬時に感じられた。
人の良さそうなマミでさえ、アンクと少女ヤミーの姿を交互に眺めながら状況を窺っている始末である。
信用されていないとしか思えない。
もしかすると、MOVIE大戦2011辺りの世界に居るアンクさんなら信じてくれたかもしれないのだが。

「ま、まぁ、最初から疑ってかかっちゃいけないわよね」

咄嗟に少女ヤミーをフォローしてくれる巴マミの姿は、頼り甲斐があるというよりはたどたどしいと言わざるを得ない。
というか、反応が出遅れ過ぎている辺り、マミだって疑っていることは間違いないのだ。
本音と建前を使い分けるという仮面の取捨選択が、まだ完全に体得できていなかったというだけの話で。
……だからこそ、巴マミが少女ヤミーに対して魔法少女の『証明』を求めるのもまた、必然と言えた。

「とにかく、貴女のソウルジェムを見せてくれない? 魔法少女なら必ず持っているはずだから」

――ソウルジェム……?
少女ヤミーの、知らない単語であった。
こればかりは、魔法少女なら必ず知っていると言い切れる程度には常識のはずだったのだが、少女ヤミーには解らない。
キュゥべえから、全く何も聞かされていないのだから。

「ええと、ソウルジェムって何でしたっけ……?」

他人にモノを尋ねることをあまり恐れない所は、もしかするとウヴァさんに似たのかもしれない。
解らないものを解らないと言える能力は、時に称賛されるべきものであるのだ。
……ただし、飽く迄『時に』でしか無いことを忘れてはならない。
場合によっては、マスケットを持ったおっかないお姉さんに不信感130%の視線を向けられる結果を招くことだってあるのだ。
心なしか、銃を握る手の握力が強くなったような気配さえしてくる始末である。
特に、アンクとアイコンタクトを交わすのはやめてほしい。少女ヤミーの精神衛生的な意味で。

「多分、名前を知らないだけで、どういうものか説明してもらえば、見せられると思います!」

少女ヤミーの精神力ゲージが、ガリガリと音を立てて削られている。
それはもう、現在別の場所でチーターレッグの連続蹴りを受けているデブ猫ヤミーさんに親近感を覚えても良い程度には。
尚、オーズとデブ猫ヤミーの戦闘は全面的にカットする予定なので、デブ猫ヤミー氏はもう二度とこのSSに登場することは無いだろう。
黄色のコンボを使えるオーズが序盤の敵相手に俺TUEEする場面を適当に想像していただければ、デブ猫ヤミーもきっと本望に違いない。
……合掌。

そんなことはどうでも良いんですよ。

「こういう形の宝石よ。持っているわよね?」

巴マミが手のひらにおいて見せたモノは……黄色い卵型に格子のような装飾が付けられた宝石だった。
全体的に綺麗な黄色の輝きを放っているが、端の辺りに少しだけ黒く濁っているような部分が見られる。

「……すみません、見たこと無いです」
「俺が許す。そいつを撃ち殺せ」
「アンクさんはちょっと黙っててください!」

アンクは、意地でもマミにマスケットをぶっ放して欲しいのだろうか。
こっそり尾行したことがそんなに不快だったんですか、と聞けるような雰囲気でも無いので聞けないが。

「じゃあ、武器は? 魔法少女なら、何かコンセプトが決まった武器を出せるはずよ」
「はい! 羽が使えます!」

信じてもらえる最後の希望が見えたとばかりに、少女ヤミーは背中に収納してあった黒い羽を、展開した。
展開して、しまった。
羽を見せてから、少女ヤミーは自身の迂闊さに気付いて顔を蒼くする。
なんだか自分の羽は外見が『武器』っぽく無いのだが、これは本当に巴マミが言う魔法少女の『武器』のカテゴリに含まれるものなのだろうか?
むしろ、ヤミーという人外の持つ身体的特徴と言われた方がまだ納得できる代物である。
いや、キュゥべえ母さんだって武器って言っていたんだから……でも、あの人は常に説明不足だし……

「大層な羽だなァ。ソイツで空は飛べるのか?」
「はい、出来ます……」

その羽を見たアンクの目の色が変わったのが、更に恐ろしい。
まさか、同型のヤミーを見たことがあるとでも言いだすつもりなのだろうか。
戦々恐々とする少女ヤミーに向かって歩みよるアンクの形相は……やはり不気味である。
思わず後ずさる少女ヤミーの腕を掴み、その瞳を真っ正面から覗きこんだアンクが発した台詞は、

「お前、俺のモノになれ」
「……!?」

ぶっ飛んでいた。
むしろ、色々なものをぶっ飛ばしていた。

「わ、ワケが解らないですっ!」
「お前が便利そうだから、お前の身体を俺のモノにするって言ってんだ」

衝撃発言にも程というものがある。
油断すると脚から力が抜けそうになるという珍しい感覚を味わいながら、少女ヤミーは体中に襲い来る悪寒と戦っていた。
先ほどまでとは違う危機感……具体的には乙女と貞操のピンチで凌辱チックなXXX版的展開を思い描いて体を震わせていたのだ。
しかも、のっけから便利な女扱いとは恐れ入る。

「ごめんなさい! 出直してきますっ!」

咄嗟にアンクの手を振り払い、少女ヤミーは展開していた羽を最大限に活用して、一目散に空へと逃げていく。
その航路がどこか覚束ないのは、先ほどのアンクからの申し出が余程衝撃的だったからなのだろう。

「おい、待て!」

その背に手を伸ばそうとするアンクだが……その爪先を一発の銃弾が掠め、動きを止めさせる。

「最っ低……!」

巴マミがアンクに向けて、愛銃ことマスケットを発砲していたのだ。
それはもう、額に青筋を視認できる程度には怒りを見せながら。
ひょっとすると、今まで散々おちょくられて来たストレスも爆発したのかもしれない。

「女の子の純情を何だと思ってるの!? ツバメじゃないのよ!?」
「五月蠅い! 俺は少しでも強い身体が欲しいんだ!」

アンクは鳥類全般の王だったりするのだが。
そして、当然、というか読者の皆様は解りきっていたことだろうが、アンクの発言に性的な意味合いは一切含まれていない。
今現在アンクが借りている泉信吾刑事の肉体よりも強い肉体へ乗り移るという、軽いステップアップ程度のつもりでしか無かったのだ。
昔のように自由に空を飛びたいという羨望も、もしかするとあったのかもしれない。
その場合には泉刑事は死んでしまうので、実は巴マミのナイスセーブだったりするのだが、それはさておき。



「マミちゃんとアンクって、こんなに仲が良かったっけ……?」

ラトラーターコンボを使ってデブ猫ヤミーを始末し、体力を大幅に消耗してふらふらのまま帰ってきた映司が見た光景は、

「良かったわね! お望み通り、あの世でキュゥべえに会えるわよっ!」

戦場もかくやという強さの硝煙の残り香を身体全体から放ちながらマスケットを構えるマミと、

「映司ィィッ! 命令だ! 俺を助けろッ!」

狙撃拘禁されている情けないアンクの姿だった……



今回のNG大賞
「アンク、その魔女は……?」
「あのマミってガキだ。俺を撃ちまくってと思ったら、いきなりこうなったぞ」
「(しまった! バカなことに魔法を使い過ぎて……!)」

コンボも魔法も、計画的に使いましょう。

公開プロットシリーズNo.10
→オリ主の名前を決め忘れていたことには、作者は8話目執筆時ぐらいには気付いていたぜ!



[29586] 第十一話:その時歴史が狂った
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:31
「マズイ……早くまどかに接触しないといけないのに……」

キュゥべえことインキュゥべえターは、焦っていた。
否、感情が無い生命体を自称するキュゥべえさんに焦燥感があるかどうかは不明なので、急いでいるというべきか。

ワルズギル……ではなく、ワルプルギスの夜が来る前に、見滝原の近辺に居る魔法少女をあらかた死なせなければならないという事情もある。
だがしかし、その前にキュゥべえはまどかに接触しなければならないのだ。
最強の魔法少女にして最強の魔女となるべき存在、鹿目まどかに。

ところが、その短期目標は今のところ果たされてはいないし、果たされる見込みも無い。
主に、鹿目まどかの周囲を警備している暁美ほむらのせいで。
まどかに話しかけようと飛びだした瞬間に魔力弾で狙撃され、時間系魔術で死体を回収されてしまうというコンボの前には、流石のキュゥべえさんといえど苦戦を強いられるのは仕方がないことと言えるはずだ。

まず、現状打開の可能性としてキュゥべえが思い至った存在は、巴マミだった。
巴マミは暁美ほむらのことを身勝手な魔法少女だと思っているはずなので、上手くいけば暁美ほむらを倒してくれるかもしれない。
しかし、それを期待するにしても、キュゥべえは巴マミの前に出て行くわけにはいかない。
キュゥべえは一度巴マミの目の前で死んでおり、意識を共有する共意体キュゥべえがマミの元に現れた場合の反応を、キュゥべえは予想することが出来たからだ。
……大抵の場合、キュゥべえの生態にドン引くものなのだ。魔法少女というイキモノは。

「まったく、ワケが解らないよ……」

巴マミに関しては、彼女の活躍に期待はするものの、キュゥべえ側からの積極的な働きかけはマイナスになってしまう危険が大きい。
思わずぼやいてしまうキュゥべえさんを、誰が責めることが出来るだろうか。

次に思い至ったのは、ウヴァという頭の悪そうな怪人とその子を名乗るヤミーだったが……これも利用するのは難しいだろう。
ヤミーが物影に隠れながらキュゥべえの死に様を見ていたのを、キュゥべえは知っている。
彼女も人間離れしているが、それでも死なないキュゥべえを不気味がる可能性はかなりあると見た方が良さそうだ。

あとは、美樹さやかを契約させて外堀を埋めたり、近くの町から魔法少女を呼び寄せてけしかけることなどが考えられるが、とりあえず保留にしてあった。

……そんな時だった。
キュゥべえの目の前に、一世一代のチャンスが転がり込んできたのは。
なんと、鹿目まどかが暁美ほむらの監視を抜けて、たった一人で母親の勤める会社に出向いて行ったのである。
思わぬ形で、美樹さやかが役に立つこととなったのだ。
当然、キュゥべえはまどかとの接触を計画し、鴻上ファンデーションの入り口付近でまどかを待つことにしたのだった。
そして今まさに、受付嬢に礼を述べて帰路に就こうとするまどかの声が、キュゥべえの耳に届いた!
喜び勇んで、満面の素敵な笑顔を浮かべながらまどかの前に飛び出したキュゥべえは、

「初めまして、鹿目まどか。僕と契約して……きゅっぷいッ!?」

鹿目まどかの強烈なローキックを喰らった。
というより、歩いているまどかの脚元に飛び出したせいで蹴られた。

「何か聞こえた、ような……?」

周囲をきょろきょろと見回すまどかだったが、周囲に音源らしきものを発見することは出来ず、鴻上ファウンデーション本社ビルを後にしたのだった。
キュゥべえは、予期していなかった。
まどかが巨大なケーキの箱を身体の前方に抱えていたせいで、足元が死角になっていたことを。
蹴り飛ばされた揚句に回転扉によって建物の中まで引きずり込まれ、お掃除ロボットに小突かれるキュゥべえの残骸は、文字通りボロ雑巾の風格を呈していた……

「こんなのって無いよ……」

こんな台詞を吐くようになったキュゥべえさん……お前には本当は感情があるんじゃないのか。
暁美ほむらのせいで、近隣に使える肉体が底を尽きていたため、絶好の機会は川に落ちた仮面ライダーのような勢いで流されてしまったのだった。
予備の肉体を常に何体か用意しておこう、とキュゥべえさんが心に誓ったのは、言うまでも無い……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十一話:その時歴史が狂った



鴻上会長の秘書である里中エリカは、上機嫌だった。
理由は、先ほど会長室を訪れた少女・鹿目まどかである。
なんと、まどかは里中が次から次へと提供するお代わりを食べ続けてしまい、1ホール半もの量を削ぎ落したのだ。
どちらかと言えば辛いモノが好きな里中にとって、会長の作るケーキを消費する仕事が減るのは非常に有難い。
是非また来て欲しいぐらいだ。

そして、里中にはもう一つ嬉しい任務があった。
それは、火野映司とアンクの元へ、会長からの届け物をすることである。
その任務自体が嬉しいわけではなく、その任務中にケーキを崩す役目をライドベンダー隊の誰かが代わってくれるのが素晴らしいのだ。
鴻上ファウンデーションの所有する車両の後部座席に揺られて、戦闘後のオーズたちとの接触に向かった里中が見たものは、

「火野映司さんとアンクさん……で、良いんですか?」

銃創まみれの壁や床に囲まれて、ぐったりと倒れている成人男性二名だった……
ヤミーとの戦闘後らしいので、怪我ぐらいしていても不思議ではないのだが、いくらなんでも疲れすぎではなかろうか。
映司は初めて使ったコンボの疲労から、アンクはぶち切れた巴マミに追い回されて体力を使いきったことから倒れていたわけだが、そんなことを里中は知る由も無い。

「会長、火野さんとアンクさんは現在話せる状態では無いようですが」
『仕方ない! 帰って来たまえ!』

通信機越しなのに暑苦しさを伝えられるなんて、この財団の科学力はよっぽど進んでいるようだ。
残念そうなのにハイテンションという相変わらず謎すぎる会長に辟易しながら、里中はその場を後にしたのだった。
こちらもキュゥべえ同様、ファーストコンタクトには失敗したらしい……



ロリコン腕怪人から逃げ切ってようやく一息ついた少女ヤミーは、今後の身の振り方について考えていた。
巴マミと共に魔女を退治すれば、おそらく少女ヤミーのセルメダルは溜まる一方なので、普通ならばこの一択である
……そのはずなのだが、話はそこまで単純ではないらしい。
なんと腕怪人アンクは、ヤミーのセルメダルが増えた時のみ、ヤミーの存在を感知できるらしいのだ。
先日のCDショップ上階において少女ヤミーのセルメダル増加に反応したにもかかわらず、今回の接触では少女がヤミーであると気付かなかったことからの推測であった。
そして、少女の正体がヤミーであると知られたら……

『セイヤァッ!』

である。多分。
オーズが倒したヤミーのセルメダルを何らかの形で横領するのが一番平和的かもしれないが、それにしても巴マミが魔法を使う度に正体がバレる危機が来たのでは、たまったものではない。
つまり、少女ヤミーが安心してセルメダルを増やすためには、オーズとアンクを排除するか巴マミに魔法を使わせないという二択の何れかを選ばなければならない。

「何だか凄く理不尽な選択肢な気がするのは何故でしょう……」

正直に言って、不意打ちが余程上手く決まらない限りは、オーズとアンクを倒すのは難しそうである。
だがしかし、魔女という存在自体を否定する魔法少女である巴マミに、魔女狩りを控えさせる方法も思いつかない。
巴マミをこっそり始末するという選択肢も無いわけではないが、誕生日に出会った暁美ほむらの言葉が少女ヤミーの頭に響いていた。

『魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』

確かあの黒い子はそう言っていたはずだ、と少女ヤミーは記憶をもう一度洗い直してみながら情報を推理する。
肉体がただの入れ物に過ぎなくなるということがどういう内容を意味するのか、それが問題である。
まさか頭を吹き飛ばされても生きていたりはしないだろう。
だが、致命傷を与えたと思っても相手が生きていたという事態が起こりそうなところが、非常に恐ろしい。

ならば、まずは魔法少女に関する情報を得なければ何も始まらない。
……何処からその情報を得るのだろうか?

「お母さんは死んでるし……巴マミさんから直接聞くしかないみたいですね……」

というわけで、少女ヤミーは、今日も聞き込みに精を出すことにするのだった……
まず巴マミの居場所が分からないと話が始まらないようだったので。

巴マミの年齢は十代半ば程度のはずだろうと当たりを付けた少女ヤミーは、聞き込み対象の絞り込みを考え始める。
扶養家族である可能性の極めて高い年齢の少女のことを調べるには、生活用品店はやや望み薄である。
ならばどうするか。
同年代の子供に聞いてみれば良いのだ。
幸いにして、少女ヤミーはおおよそ中学生に見える外見をしているため、情報収集には困らない。

というわけで数分の散策の末に、近くを通りかかった桃色髪の女子中学生に話しかけてみることに。

「ちょっと窺いたいことがあるのですが、お時間宜しいですか?」
「うん、良いよ」

快く頷いてくれる少女は……なんと、原作主人公こと鹿目まどかであった!
若干のご都合主義が見える感が否めないものの、こういう事もあるのだろう。
身体の前面に抱えている大きな箱からは、仄かに甘い香りが漂っており、通行人たちの鼻をくすぐる。

「『巴マミ』さんって、ご存知ですか?」
「何処かで聞いた、ような……」

なんと、一発目から大当たりを引いたのかもしれない。
目の前に解り易くぶら下げられた希望という名の餌に、目を輝かせる少女ヤミー。
だがしかし、鹿目まどかは思い出せないものを無理やり思い出そうとしているらしく、腕を組んでみたり空を見上げてみたりするばかりで、一向に情報が出てきそうな気配がない。
実際、時間の巻き戻し的な意味で、思い出すことは不可能なのだが。

「ド忘れしちゃったみたい。ちょっと、友達に聞いてみるよ」
「お手間をかけてしまって、すみません」
「いいよ。困っているなら、放っておけないし」

良い人オーラを全快に醸し出している鹿目まどかの眩しさが、何故だか心に浸みて涙が出そうになった少女ヤミーだったが、怪しまれるのは嫌なので思考を抑えた。
正直に言って、少女ヤミーが今まで会った中では、間違いなく最も頼りになる人材である。
虫頭のお父さんに、胡散臭いお母さん、コミュ不全の黒魔女(?)、ロリコン腕怪人、トリガーハッピーなおっぱい要員……思い直してみれば、少女ヤミーが会話をしてきた連中は錚々たるメンツであった。
ここで『コイツは使える馬鹿だっ!』などというモノローグを入れるほど、少女ヤミーは外道では無い……という事にしておこう。

「その『巴マミ』さんの特徴って何か無いかな? 何か思い出しそうなんだ」
「金髪を巻いてるお色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間のようです」

大体そんな感じ。
鹿目まどかがどんな人物像を作り上げているのか、少女ヤミーには分からないが、おそらく伝わっているだろう……と、思うことにしておいた。

「そんな人が知り合いに居たら絶対に忘れないような……?」

小首を傾げながらも、友達にメールを回して聞いてくれるまどかは、間違いなくお人良しである。
そして、興味津々な視線が少女ヤミーへと向けられていた。
巴マミという人のぶっ飛んだギャグキャラ補正も非常に気になるところだが、そんな人物を探している目の前の少女は何者なのだろうか。

A:通りすがりの魔法少女です。

「その巴マミさんって、もしかして怖い人?」
「いいえ、人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人ですよ」

怖すぎるよ! という突っ込みを寸でのところで飲み込んだまどかだったが、目の前の少女ヤミーと巴マミさんの関係が気にならないでもない。
もっと言うと、困っているなら力になりたいとも思っている程である。
こんなお人好しは居るはずがないと言うなかれ。
全ての人間の悲しみを吸いつくす魔女になる程度には、彼女は慈悲深いのだから。

「銃が、凄く好きなんだね……」
「多分そうです。私は二回しか会ってませんが、巴マミさんは常に誰かに銃口を向けていましたから」

鹿目まどかの中で、まだ見ぬ『巴マミ』という人物像が、あらぬ方向へと真逆さまに捻じ曲げられていく。
最初はサバゲーかコスプレ愛好者なのかな、ぐらいの認識だったはずなのに、既に会いたくない人物リストに加わっているのだから、人間の誤解というものは恐ろしいものだ。

「その人、友達?」
「顔を見たら銃を向けてくる相手をそう呼べるなら……」

……さっきから思ってたけど、それってまさか対人用の実銃じゃないよね?
きっとFPSとか狩猟同好会の人だよね?
少女ヤミーを助けたいと思いつつも、出来ることならそんな危険人物とは出会いたくないものである。

「そんな恐ろしい人を、どうして探してるの?」
「ワタシを必要だと言ってくれた男性と一緒にいたからです」
「昼ドラ……?」

目の前の少女ヤミーが、日本で結婚を許される年齢には見えないのが気になって仕方がないまどかだが……気にしないことにした。
寝取り寝取られの構図が垣間見えるこの状況では、法律などというルールを守っていては競争相手に先を越されてしまうのだろう、と自分自身を説得しながら。
きっと、まどかの親友である美樹さやかだって、上条君関連で修羅場ったら法律などドブに捨てるに違いない。

「同年代でも、そんなに大人な子達が居るんだねぇ」
「無理に綺麗に纏めようとしなくていいですよ……」

どう足掻いても『血溜まりスケッチ』。
そんな単語が電波と共に二人の脳内に降り注いだが、互いに特に口には出さなかった。
いわゆる、世界と原作の修正力というヤツかもしれない。

「それと、私の友達が巴マミさんを知ってたみたい」

受信したメールに目を通したまどかが、携帯端末ごとその文書を少女ヤミーへと見せてくれた。

『巴さんなら、見滝原中学の3年です。今年の「私と一緒に死んで!」って言って欲しい女子ランク一位に選ばれた人ですわ。あと、どんな男子に告白されてもOKしたことが無いという噂もよく耳にします。

PS:さっきのメールを一緒に見た暁美さんが取り乱しているんですが、何故でしょうか? 鹿目さんの現在地を知りたくて仕方がないみたいです』

「多分この人です。とりあえず、明日見滝原中学校に行けば会えそうですね」

有用な情報は最初の一行だけですね、という余計な一言は、飲み込んだ少女ヤミーだった。
そして、鹿目まどかの中で巴マミが、おっかないお姉さんに確定した瞬間でもあった。
ループ時空で犠牲になっていった歴代のマミさんが聞いたら、何を思うのやら。

「どうも親切に有難うございました。この恩は忘れません」
「いいよいいよ。どう致しまして」

丁寧に礼を述べられれば、悪い気なんてするわけがない。
若干仰々しい感はあったものの、人助けをしたという心地よい充実感に、当のまどかも嬉しそうであった。

脚を軽くして去っていく少女ヤミーに手を振りながら、先ほどのメールへの返信を打ち始めるまどかは、未だに知らない。
グリードやオーズのことは当然、魔法と奇跡の実物にさえ、出会っていない。
気付くはずも、無い。
終わらない夢が、終わろうとしていることなんて……



・今回のNG大賞

「映司……コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ」
「ヘトヘトのお前が言っても説得力無いぞ?」

・公開プロットシリーズNo.11
→オリ主がまどかにフラグを建てたんじゃない。まどかがオリ主にフラグを建てたんだ。

・人物図鑑
 サトナカエリカ
財団の会長の部下。役割は秘書。会長の作るケーキをひたすら食べ続けるための役職。残業をこの上なく嫌うため、彼女の持つ時計を進めておけば、就業時刻と勘違いして去っていくだろう。



[29586] 第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:32
「志筑仁美、急いでまどかの居場所を聞き出して! 今すぐに!」

行きつけのファミレスで仁美が、親友である鹿目まどかからのメールを暁美ほむらに見せた時の反応が、それだった。
暁美ほむらという少女は、感情が乏しい。
少なくとも、仁美はそう感じていた。

「どうしたんですの? 巴マミさんは、暁美さんのお知り合いでしたか?」

だからこそ、目の前の暁美ほむらの姿に一番驚いていたのもまた、仁美だったに違いない。
焦燥感に囚われている暁美ほむらの表情には、いつもの静けさの裏に潜んでいた何かが、確かに見えていたのだから。
その思考の奥底にあるものの正体を看破することこそ適わなかったものの、暁美ほむらが非常事態を察知していることは間違いない。

「転校生、そんなに慌ててどうしたのさ?」

他人の機微に鈍感な節のある美樹さやかでさえ、暁美ほむらの変化にただならぬ事情を感じ取っているらしい。

「まどかを、巴さんに会わせてはいけない」

普段冷静なキャラクターを演じている暁美ほむらなら、二人のことを『鹿目まどか』『巴マミ』と呼称していたはずである。
それが崩れていることに気付いているのは、おそらく仁美だけだろうが。
ともかく、巴マミという先輩がとんでもない危険人物であると言う事だけは理解出来た。

「事情は大体解りました。とにかく、手分けして鹿目さんを探しましょう」

『大体解った=絶対解ってない』の法則というやつである。
実在の脚本家及び世界の破壊者様とはあまり関係がありません。
なお、結局まどかとのメールでのやり取りによって、巴マミと鹿目まどかが接触したわけではないという事実が判明することになったのだった。

魔法少女とは、世間に誤解されながら生きていく運命を背負っている者たちなのかもしれない……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十二話:Tの災難/赤信号を振り切れ



少女ヤミーは、腹を括っていた。
何にしても魔法少女についての知識を得なければ、何も始まらないのだから。
すなわち、巴マミに直接会うという危険を冒さなければならない。
アンクの言葉がただの脅し文句だと見なすのは、楽観思考が過ぎる……そう思いつつも、少女ヤミーは僅かな希望に縋って巴マミに会いに来てしまった。
……見滝原中学校に。

狙い目は、下校時である。
校門付近に直立している警備員さんの目が非常に怖いので、付近の藪の中から様子を窺っているのだ。
傍から見れば不審極まりない人物なのだが、隠れているためにそれを不審認定する人間は居ない。

そして、お目当ての魔法少女は……ようやく現れる。
巻かれた金髪と年不相応に育った胸部を、誰が見間違えるものか。
巴マミ、その人に違いない。

「巴マミさん! どうか、ワタシの話を信じてください!」

第一声から、クライマックスにも程がある。
出会い頭に、その頭をそのまま下げるという文字通りの低姿勢に出たのだ。
土下座に出た方が良いかと一晩考えた末に、とりあえず頭を下げるぐらいに留めようと判断したのである。

「貴女は昨日の……」

一方の巴マミは、目の前で自身に懇願している少女の登場に驚きつつ、自分なりに状況をまとめようとしていた。
巴マミとしては、先日この少女にマスケットを向けたことが記憶に新しいものの、相手から怯えられることは本意ではない。
若干胡散臭いとも思っているが、少女ヤミーの言が真実であったら、あまりに不憫だとも感じているのだ。
そして、周囲から不審を多分に含んだ視線が集まっていることも、マミの精神を若干削り取っていたりする。

「とにかく、落ち着いて話せる場所を探しましょう」
「あのアンクさんっていう人の所じゃないですよね?」
「アンクがそんなに怖かったのね。大丈夫よ。きつく言っておいたし、手出しなんてさせないから」

この時、巴マミの頭の中では、少女ヤミーの恐怖の対象はアンクだけであるという思考誘導が行われた。
というか、自分が恐れられている可能性を無かったことにしたのだ。

――そうよ、可愛い後輩が私を頼って来てくれているのよ!

人間の精神的防衛能力は、時に目を見張るものがある……のかもしれない。
少女ヤミーの腰が引けた態度を、勝手に魔法少女としての先輩への尊敬だと解釈しようとする巴マミの姿は、何処か優しげであった。
それどころか、少女ヤミーを悪漢アンクから守らなければならないという加護欲まで働き始めている始末である。

「アンクはともかく、私のもう一人の仲間を呼んで良いかしら? 火野映司さんっていう人だけど」
「是非会ってみたいです」

おそらく、先日アンクから『オーズ』と呼ばれていた男のことだろう。
普段の思考の外れぶりからは想像もつかないような勘の良さを見せた少女ヤミーは、巴マミの申し出を快諾した。
アンクの危険度が巴マミ以上に高いことが想定される今となっては、最早オーズさんが常識人であることを祈る以外に少女ヤミーに希望は無いのだ。

携帯端末で夢見公園付近の公衆電話へとコールを繋ぎ、火野映司を呼び出してくれるマミさん。
何故直接かけないのかと尋ねてみれば、火野さんが携帯電話を持っていないからとのこと。
火野映司という存在の生活形態について、既に色々と情報が把握できた少女ヤミーだった。
ちなみに、もちろん少女ヤミーも携帯電話など持っていない。

「というか、私達にはもっと便利な魔法があるでしょう?」
「……何のことでしょう?」

どうしてこの後輩は、こんなに魔法関連の知識に乏しいのだろうか。
一瞬そんな疑惑が脳裏をよぎった巴マミだったが、少女ヤミーが記憶喪失を自称していたことを思い出し、そのせいだと思う事にした。

『聞こえる?』
「!?」

腹話術ですか? という古典的なボケをかまそうかと迷った少女ヤミーだったが、状況的におそらくテレパシーの魔法なのだろう。
何故そう言えるかというと……少女ヤミーのセルメダルが少しだけ、増えたからである。
つまり、ピンチ再来である。
セルメダルが増加したことを探知して、アンクが駆けつけて来てしまう。

「実は先ほどからアンクさんに追われていて、多分アンクさんがまだ近くに居るので、とりあえずこの場から離れたいです」
「そう……アンクには、後で私からもう一度きつく言っておくわ」

他人の名誉を棄損する嘘をさらっと口にする少女ヤミーは、正直さに関しては親であるキュゥべえと似なかったらしい。
マミの中で、アンクへストーカー疑惑が植え付けられた瞬間だった。
というか、マミからアンクへの呼び名に敬称が抜け落ちたのは、一体いつからだっただろうか?
アンク抜きでマミの住むマンションに集まることになったのも、結局マミからアンクへの人物評価が大きく関係しているのだろう。

そして、二人がマンションに辿り着く前から火野さんはその階下で待っていたわけなんですが、やっぱりこの人って無職なんじゃ……


「その子が例の記憶喪失の魔法少女?」
「そうですよ」
「……初めまして?」

少女ヤミーは何度かオーズの戦いを盗み見たことがあるものの、互いに顔を突き合わせたのはこれが初めてである。
だからこそ少女ヤミーが少し緊張しているのだろう、と巴マミは推測した。
だがしかし……対人経験の豊富な火野映司が下した判断は、それとは異なっていた。

――俺、何か怯えられるような事をしたかな……?

映司には、少女ヤミーの抱いている感情が恐怖であると感じられたのだ。
単純に目の前の少女ヤミーに対人恐怖症の気があるのかもしれないが、映司には一つだけ思い当たる節がある。

「初めまして。君、この間の俺達の戦いを見てたんだっけ?」
「……すみません」

映司の立てた仮説は、オーズの戦いを見た少女が、映司を恐れているというものであった。
……大当たりである。
少女はヤミーであるのだから、オーズがヤミー狩りを敢行する現場を目撃してしまった後では無意識の中に恐怖心が生まれてしまったことは仕方がないことだと言えるだろう。

「大丈夫。魔女かメダル絡みじゃなきゃ、基本的に変身はしないから。安心して」
「……?」
「心に留めておきます」

会話の流れが読めずに首を傾げた巴マミの疑問を曖昧な笑みで受け流した映司は、色々と流石過ぎる。
というか、恐怖感の原因以外の部分は完答しているのだから恐ろしいものだ。
そして、映司の言葉に、別の意味を読み取ってしまった少女ヤミーは、戦慄していたりする。

ヤミーだとバレたら間違いなく殺られる、と。

少女ヤミーの恐怖感を拭いきれていない様子を感じ取りつつも、とりあえずその件を保留にする映司。
人の感情を変えるのは難しい時が多いのだということを、知っているのだろう。
マミの住む部屋へ二人を招き入れ、簡単に名前を確認する程度の自己紹介を行った頃には、マミの抱いた疑問も完全に霧散していた。

「そういえば、名前無いんだっけ?」
「無いんじゃなくて、忘れているだけでしょう」
「多分そうだと思います」

――すみません、無いんです。
このオリ主は、割と平気で嘘を吐けるタイプの人間……もとい怪人である。
ただ、マミの淹れてくれた紅茶を啜りながら、心の中で謝る程度の罪悪感はあるらしい。

「呼びやすいように呼んで頂いて構いませんよ」
「じゃあ、『トーリ』って呼ぶことにしよう」

映司の、即答だった。
ひょっとすると、一晩の間に考えて来てくれたのかもしれないが。

「火野さん……その心は?」
「羽がある子なんでしょ?」

……それはもしかして、『鳥』っていうことなの?
確かに少女ヤミーの羽は虫よりは鳥に近い羽ではあった。
しかし、どちらかと言えば哺乳類らしさが残っていたようにマミには思われたのだが……映司は実物を見たことが無かったのだから、勝手な想像をしてしまったのだろう。

巴マミの額に青筋が浮かんでいることを敏感に察知した映司だが、心当たりが無い。
むしろ、喜ばれるだろうとさえ思っていたのに。

「……その名前で良いですよ」
「嫌なことは嫌って言っていいのよ!?」

少しだけ悩んだような間を置いた少女ヤミーだったが、映司からの命名を受け入れる意思はあるようだ。
思わず突っ込んでしまったマミは……お姉様キャラを演じるのに疲れたのだろうか。

「映司さんが折角考えてくれたのを、無下に扱うのも悪いですから」
「まぁ、本人がそれで良いって言うなら……」

割と本気で気にして居なさそうな少女ヤミーと満足そうな火野さんの様子を見て、ひょっとして自分のセンスがおかしいのかと疑い始める辺り、マミも相当の苦労人なのかもしれない。
それはともかくと場を切り替えて、もう一度少女ヤミー……もとい『トーリ』の身の上を簡単におさらいしたマミと映司は、『オーズ』と『魔法少女』についての説明を一通り施してくれた。
とは言え、その内容は先日アンクを含めた3人で話し合ったものと同一のそれに過ぎなかったのだが。

「それで、トーリさんがソウルジェムを持っていない理由を私なりに考えてみたの」
「流石、魔法少女の先輩です!」

マミさんは最高です!
ソウルジェムとは、魔法少女が魔法を使う時に魔力を引き出すためのアクセサリーである。
基本的に、ソウルジェムに振れている状態でないと魔法の行使は不可能だということらしい。
マミの黄色いソウルジェムを見せてもらいながら、綺麗ですねぇ、と漏らすトーリの興味津々な言葉が、マミの心をくすぐる。
嬉しくもあり、こそばゆくもあり。

「確認だけれど、トーリさんは魔法が使えるのよね?」
「この通りです」

そう言いながら、骨格の見える黒く艶のない羽を展開して見せるトーリ。
鳥っぽく無いなぁ、とその羽を見ながら呟く映司を余所に、トーリは期待満々な視線をマミに向けていた。

「私がキュゥべえと契約した時、ソウルジェムは私の身体の中から出て来たのよ」
「それは興味深いですね」

未だに本題を切り出していないマミの言葉に相槌を打ったトーリが思い出したのは、

『私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる』

誕生日に暁美ほむらより告げられた言葉だった。
聞いた時には魂の変質という言葉の意味が掴み取れなかったが、今考えてみると魔法少女の身体から取り出されるというソウルジェムはそのイメージに合致している。
名前だってそのまま、魂の石だ。

「それで思ったんだけれど、トーリさんのソウルジェムは、まだ体内にあるんじゃないかしら」
「つまり、目視は不可能ってことですね」

そもそもヤミーである自身に魂などというものがあるのかという疑問は残ったが、巴マミがそういう仮説を立ててくれるのならば、それに頷いておくのが吉というものである。
そして、トーリのソウルジェムが見えない場所にあると納得してくれるのなら、願っても無いことであった。

「……という話を火野さんにしたら、良いアイデアがあるらしくて、今日は二人を合わせたのよ」

あれれぇ……何だか嫌な予感しかしないのは何故でしょうか?
先ほどまで、今日はラッキーデイだ、などと浮かれそうになっていたテンションが、既に底冷えを見せ始めていた。
いや、まだ映司さんは何も言ってないじゃないですか。
ネガるにはまだ早い、多分。

マミさんの口調から察するに、火野さんが何をやろうとしているのか未だ聞いては居ないみたいだけど……

「タカのメダルを使ってオーズに変身すると、目に備わる力で物の内部構造を調べることが出来るんだ。それを使ってみようと思って」

まずい。
マズすぎる。
身体のスキャン?
そんなことをされたら……予測される三つの出来事は!

一つ! アンクはメダルのためなら何処までも残酷になれるんだァ!
二つ! ヤミーがセルメダルを生むなら、殺るしかないじゃない!
三つ! セ イ ヤ ァ ッ !

死亡コース直行である。
明らかに先ほど飲んだ紅茶の量以上の冷たい汗が、トーリの服の下に溢れている。
暑さと肌寒さを同時に体感するという、出来ることなら一生味わいたくない状況を経験をしている真っ最中だ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 変身って、何かワケが解らない副作用とか無いんですか? 身体がボロボロになっていくとか!」

必死である。文字どおりの意味で。
そして、アンデッドなら、実は貴女の隣に居ます。
火野さんやトーリの横に座って紅茶を淹れなおしているその子はゾンビなんです。

「そういえば、これを使えばただでは済まないって言ってくれた人が居たような……」

――それを使えば、タダでは済まない……!

そいつは人では無かったはずだ。
カマキリの姿をした緑色の怪人ではなかったか?
奇しくも、映司を説得しようとしていた彼はトーリの兄にあたる人物だったりするのだが、そんなことは誰として知るよしも無い。
その怪人のことを思い出しながら水色のオーズドライバーに目を落とす映司だが、その手を止めた時間は一瞬の間だけに留まり、すぐさまベルトを装着する。

「映司さんにそんな迷惑をかけるのも悪いですから……ね、ねぇ、止めましょうよぉ!」
「大丈夫。もう何回か変身してるし、副作用はあったら有ったで仕方ないでしょ」


小気味良い音を立てて、ベルトの3つのくぼみに赤・黄・緑のメダルが嵌めこまれる。

――三つ数えろ!

何処かの町の探偵たちの名台詞の語源であるこの言葉が、セットされたメダルを見た少女ヤミーの頭に届いたという。
……ただの、電波である。

機械音と共にオーズドライバーの平行が崩れ、コアメダルが上中下を表す関係へと配置を変える。

「待っ……」

左手をまるで何処かの二号さんの鏡映しのようなポーズに曲げた映司は、その右手にコアメダルの読み取り機器であるオースキャナーを取り出している。

「変身っ!」

そう高らかに声を出す映司を前に、トーリの頭の中には新たな作戦が……何も、無かった。

――天国のお母さん。今、貴女の所に行きます。

もし天国や地獄があるとして、トーリやキュゥべえが天国へ行けると、本気で思っているのだろうか……



今回のNG大賞
「そのコアメダルってアンクさんの所有物ですよね?」
「アンクがマミちゃんに射殺されそうな所を助けた時に、条件として俺が預かっておくことにしたんだ」
(マミさんって、やっぱりトリガーハッピーだったんですね……)

誤解は、深まるばかり。


・公開プロットシリーズNo.12
→実はオーズには、かなりのチート設定が詰まっている。



[29586] 第十三話:Tの災難/ 私は友達が少ない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:35
前回までの三つの出来事は!

一つ!
オリ主の名前がようやく決定した!
「じゃあ、『トーリ』で」

二つ!
トーリのソウルジェムが体内に残っているのだという仮説が立てられた!
「タカの目の力で物の内部構造を調べることが出来るんだ」

三つ!
トーリは、映司の変身を防ぐ理由を何も思いつかない!
「天国のお母さん。今、貴女の所に行きます」



「変身っ!」

オースキャナーを構えた映司がそれをオーズドライバーのコアメダルに宛がおうとして、

「火野さん、ちょっと待ってください」

別の方面から声をかけられて、その動きを停止した。
当然、トーリの発言では無いのだから、その声の主は巴マミ以外にあり得ない。
他に類を見ない『死因=タカメダル』なオリ主となるところであったトーリを救ったのは……魔法少女の先輩であった。

「女の子にそれは、やっちゃダメでしょう」
「ああ! そういえばそうだね。俺、そういう事に鈍感でさ。ゴメン、ゴメン」

救世主現る。
この時、トーリの目には、巴マミの姿が救済の聖母に見えたという。
間違っても『救済の魔女』では、断じて無い。
そんなの絶対、あるわけない。

「ところで、火野さん」
「なに?」
「火野さんは……ずっと私を『そんな目』で見ていたんですか?」

マミさんの目の色が変わったような気がして、再び背筋に寒さが戻ってくるトーリ。
今度はその脅威が自身に向けられていないことが救いではあるものの、別の危機が差し迫っている。
ソウルジェムを握った巴マミがこれから何をするのか大体予想がついたトーリは、巴マミの行動を未然に阻止しなければならないのだ。
魔法が行使されるとトーリのセルメダルが増えて、アンクに感知されてしまうのだから。

今度はマミを宥める使命を負う事となったトーリ……彼女に安息の日は来るのだろうか。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十三話:Tの災難/ 私は友達が少ない



結局、マミから『タカメダル禁止処分』が発令されたものの、映司とトーリの命を懸けた説得によって大事には至らなかったのであった。
タカコアを没収しようとしたマミとの間でもうひと悶着あったのだが、割愛させていただく。

「それで、魔法少女になるのって、何か代償があるんじゃないんですか?」
「……どういう事かしら?」

暁美ほむらは、確かに魔法少女になるに際する代償があるような事を言っていたはずだ。
魂が云々、肉体が云々、というやつである。

「オーズじゃないですけど、例えば魔法を使う度に段々魔女になっていく、とか」

大当たり、である。
普段から割と電波を受信しがちな気があるトーリだが、斜め上に外れたアイデアが世界の核心を突くことだって、あるのかもしれない。
もちろん、巴マミと火野映司はそんな真実をまだ知らない。

「まさか、そんなことあるわけないじゃないの」

マミの反応は映司と似たり寄ったりだったが……そこには付け入るべき隙が確かに存在したと、トーリは確信した。
映司はともかくとして、マミには間違いなくある。
オーズや魔法少女の力を使う事によって予期せぬデメリットが発生した場合、映司は大体の事は開き直って甘受するだろうが、マミは精神的に崩れそうだということが予想できたのである。
そして、それを突くための材料も……それなりに手持ちにストックしてあったりして。

「マミさん、実は先ほど初めて気付いたんですけど……ワタシ、記憶を失ってから今日まで何も食べなくても、全然平気だったんです」

これは、事実である。
トーリ自身は全く意識していなかったのだが、先ほど出された紅茶を啜っているうちに、ようやく気付いたのだ。
経口で飲食物を摂取したことが一度も無い、と。

「なんだか、自分の肉体がまるで人間じゃないみたいな、そんな感覚があるんですよ」

はい、貴女はヤミーです。
そもそもヤミーという生き物に食料が必要なのかという疑問は棚上げにして、トーリは『魔法少女』という存在に関する不信感をばらまいてみたのだ。
映司のように『仕方ない』と開き直られたら会話が終わってしまうが、マミが魔法の行使を躊躇うような思考の誘導を行えれば、オーズの戦闘に随伴してセルメダルを少しずつ横領するという方針を取れるのである。

「マミさんは、ソウルジェムが濁り切ったらどうなるか、知っていますか?」

ワタシはもちろん知りませんが、と置いた上で、トーリはマミへ疑惑を植え付けることに腐心する。
トーリとしては、口から出まかせを言ってマミを丸め込んでいるつもりなのだ。
……それが偶々、キュゥべえの契約の真実を突いている、という偶然の一致が起こっているだけで。

「……そんな状況は見たことが無いけれど、トーリさんは考え過ぎてると思うわ。記憶が無いっていう不安のせいで、考えが少しネガティブになってるのよ」
「そうだと良いんですけど……偶然会った魔女さんが言っていたことが、凄く気になるんです」

トラウマと共に植え付けられた記憶は、なかなか消えるものではない。
だからこそ、世界の真実を知る暁美ほむらの言葉を明確に記憶していられる、とも言えるのかもしれない。

「魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです」

黒くて長い髪を真っ直ぐ伸ばしていて、ちょっとだけ目付きが悪くて、背は高めで、クールな感じの子です。
あと、『魔法少女は私一人で良い……!』とか言っちゃうタイプだと思います。
追加でその魔法少女の特徴をマミに伝えるトーリは……実は、暁美ほむらの名前を知らなかったりする。

「多分……キュゥべえを殺したのと同じ子だわ。私はその子を魔法少女だと思ったのだけれど」
「私が魔法少女の仲間を探している時にも、突然襲い掛かって来て……本当に怖かったです」

暁美ほむらっていうのは、そういう奴なんだ。
魔法の力に酔って同類を手にかける、危険な存在なんだよ!
……とまでは、トーリとて言うつもりはないが。

「アンクの話だと、その子はヤミーの疑いがあるんじゃなかったっけ?」

謎は、深まるばかりである。
一応補足しておくと、アンクが疑ったのは、暁美ほむらが猫型寄生ヤミーによって操られている親だという事態だったのだが……説明を面倒くさがったことが誤解に拍車をかけている。
というか、映司は寄生型ヤミーを先日見たばかりのはずなのだから、そこに思考が結び付いても良さそうなものである。

「何にしても、警戒が必要のようね」


マミが3人の考えを保留にしようとした、ちょうどその時であった。
コツコツ、という音が、マミの部屋の窓から響いたのは。
扉ではなく、窓からである。
高層マンションの、ベランダの付いていない方角の、窓から。

「誰かがノックしてるみたいだけど、出なくて良いの?」
「窓から入ってくる知り合いが居るなんて、マミさんはやっぱり一流ですねぇ」
「それのどこが一流なの!? だいたい、そんな友達なんて居るワケが……」

頼れる銃使いの先輩的な意味で。
だいたい、マミにはそんな非常識な知り合いなど……意外と、居るかもしれない。
アンクは宙に浮けるし、キュゥべえは何処からともなく現れるし、目の前のトーリだって飛べるし、魔女は非常識が当たり前だし……

「……自分の人間関係を、洗い直してみたい気分だわ」

碌な知り合いが居ない、ような。
そんな現実逃避じみた考えを抱きながら、とりあえずカーテンを開けて窓の外に目をやったマミの視界に入ってきたものは、

「ペーパークラフト……?」

折紙のような薄い素材で出来た、赤いタカだった。
その脚にはバッタらしき形状の緑色の物体が掴まれているのだが、今晩のオカズか何かだろうか。
マミは知る由も無いことだが、普段ライドベンダーの中に収納されている缶状の物体が変形した姿が、目の前のタカやバッタである。
……人外のお友達が更に増えてしまった件について、気付かなかったことにしようとして頭の中に消しゴムを走らせる巴マミ。

「タカちゃん。それと……新しいカンドロイドかな?」

火野さんのお知り合いですか。そうですか。
何で彼らは私の住所を知っているんでしょうね?
色々と突っ込みたいことが山積みのマミだが、とにかく来客を部屋の中に招き入れることにしたのだった。

窓が開くとともに部屋の中に舞い込んだタカ、もといタカカンドロイドは素早くバッタをその脚から解放し、据え置かれたとある電化製品に向かって一直線に飛んでいく。
その家電とは……テレビと呼ばれる映像を扱うための機器だった。
素早くその電源を発見し、鋭いクチバシでスイッチを入れるタカちゃん。
テレビのディスプレイに映った内容は、夕方から始まる子供番組、

『まずは我々の出会いを記念してッ! ハッピィバースデイッ!!』

ではなく、暑苦しいオッサンだった。
ケーキを手前のデスクに飾った中年男性が、満面の笑みを浮かべながら、叫んでいた。

「えええっ!? うちのテレビに何してくれてるのよ!? 買ったばかりなのに!?」

別に、テレビが壊れた訳ではない。
映像や音声を送受信する能力を持つバッタのカンドロイドが、通信データをテレビへ出力しているだけである。
平日の昼間から公然と電波ジャックが行われている、とも言えるが。
オッサンに対して、こちらこそ初めまして、と平然と挨拶を返す映司は、もしかするとマミとは別の常識を持った人種なのかもしれない。

『人と人との出会いは、何かが誕生する前触れでもあるッ! 胸が躍らないかね!?』
「胸も非常識な知り合いも、もう沢山よ! それよりテレビを弁償してっ!」

最早、マミにお姉様キャラの面影は無かった。
突っ込まずにやっていられるものか。いや、やっていられない!

『こちらは、鴻上ファウンデーション会長の、鴻上光生です』
「タカちゃんたちを使えるってことは、今まで俺達を助けてくれてた人たち?」

台詞の前に米印が付いて聞こえるような抑揚のない声で、秘書と思しき女性が補足の説明を入れてくれた。
出来ればその最も重要な情報を、真っ先に教えてほしかったものである。
マミの傍らで、コレって本当に凄いですよね、と感心気にタカとバッタのカンドロイドを観察する映司は……そろそろ色々と諦め始めたマミの様子に気付いていないようだ。
心なしかソウルジェムが濁り始めた気がする辺り、色々と末期なのかもしれない。

そして、何故かセルメダルが増え始めたトーリは、ディスプレイを眺める二人を尻目に、空いている窓から逃亡を図った。
アンクがもしこの場に来たら、色々と終わるので。
セルメダルが増えた理由に心当たりが無いトーリは首を傾げながらも、こっそりとマミのマンションを後にした。
魔法少女が絶望を抱く度に魔女へと近づき、それがキュゥべえの欲望と一致するために起こった現象であった……

それはともかく。

「私達が提供する武器やバイクの見返りに、君達の得たメダルの……70%を提供してくれないかね!? アンク君には既に伝えてある! 返事は後日聞こうッ!」

映司の言葉を全く待つ気配さえ無く、通信は一方的に切られてしまった。
そして、先ほどからリモコンのボタンを手当たり次第に押しまくっていたマミの努力がようやく報われたらしく、テレビの映像が地上波のモノへと戻る。
額の汗を拭ってほっと一息つく巴マミの背には何故か哀愁が漂っていた、と映司は後に語ることとなる。

紅茶は、既に冷めきってしまっていた……



・今回のNG大賞
「ほむらちゃん、誕生日おめでとう! バースデイケーキだよ!」
「前もって言ってくれれば、あたしだってプレゼントぐらい用意したのに」
「この間の、余りのお守りで宜しければ……」
「……貴女達が祝ってくれるだけでも、私は嬉しい」

果たして今日は自身の誕生日だっただろうか、という盛大な疑問を胸に抱えながらも、折角まどかが用意してくれたのだからと喜んでおくほむらさんの姿が、そこにはあったという……
実は暑苦しい中年男性からの贈りものなのだが、本人たちが幸せそうなのだから、それでいいんじゃなかろうか。

・公開プロットシリーズNo14
→どう考えてもオーズ勢よりまどか勢の方が常識人が揃っている。



[29586] 第十四話:(心が折れる音)
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/05 14:52
「アンクが、せっかく仕掛けた私のヤミーの存在に気付いたかもしれないわ」

とりあえず邪魔をしないように釘を刺して来たけど、と語るこのお方は、何気なくこのSSにおいては初登場である。
やや鋭角な頭部に、ポリプ生態を思わせるマントのような飾りを背に生やし、下半身には環状の窪みが目立つ、海産物の女王。
そのグリードを……メズールといった。

「何ィッ!?」

そして、脊髄反射的に聞き返したのは、昆虫の王であるウヴァさん。
彼の台詞が噛ませ役じみているなどとは、決して突っ込んではいけない。

「上手く育てば、貴方達にもたっぷりセルメダルを分けられるのに」

メズールは、グリードにしては珍しく協調性の強い存在であった。
他のグリードを自身と対等に見ているかはともかくとして、少なくとも助け合いの意思はあるようだ。
ただ、アンクを倒して来なかった辺り、やはりメズールなりに彼を嫌い切れてはいないのだろう。

「ぬぅっ!! 俺が行く! オーズもアンクも、纏めて叩き潰してやる!」

息を荒げたウヴァは、グリードたちのアジトである廃屋にその足音を響かせながら、わき目も振らずに駆けだしてしまった。

「……うぁ?」

憤っていたウヴァの起こした騒音のせいで目が覚めたらしく、今度は長い鼻と筋力のパラメータが振りきれているとしか思えない太さの手足を持った、灰色の怪人がのそのそと起き上がってくる。
超重量動物というやや曖昧な括りの種族の王である、ガメル。
それが、彼の名前だ。

「うば、おこってた?」
「仕方ないよ。コアメダルを取られてるしね」

とばっちりで睡眠の邪魔をされた事を特に気にしてもいない様子のガメルに言葉を返したのは……猫科動物のグリードことカザリであった。
カザリは本来なら他人に情けをかけるような性格では無いのだが……オーズに大量のコアメダルを取られていることからシンパシーでも生まれているのだろうか。

「そういえばさ。この間オーズと戦った時に、あいつらと一緒に羽の生えた人型のヤミーが居るのを見たんだけど、あれって誰のなんだろう?」

どうやら、先日敗走した際に、すぐにはその場から去らずにアンク達のことを観察していたらしい。
確かにアンクは、他人が作ったヤミーの気配に見分けが付かなかった。
ところが、デブ猫ヤミーの作り手であるカザリからは、自身のヤミーとは別にセルメダルが増えているのが微弱に感じられたのである。

「鳥型なら、アンクのヤミーでしょう?」

この場に居ないグリードであるアンクは鳥類の王なのだから、メズールの突っ込みは至極当然なものであったが、

「ううん、多分アレは蝙蝠のヤミーだったよ。鳥類じゃない」
「蝙蝠、ねぇ。そんなヤミーを作れるグリードなんて、居たかしら?」

そうなのである。蝙蝠のヤミーを作れそうなグリードに、心当たりが無いのだ。
鳥類、昆虫、猫科、巨体、魚貝……そのどれにも、蝙蝠は属さない。
頭の後ろに両手を組みながら、気だるそうに近隣の机に腰を下ろすカザリは……既に何か仮説を抱いているのだろうか。

「こうもり。うばの、やみー?」

強いて言うなら、やはりアンクかウヴァだろう。
だからこそ、ガメルのこの発言は、かなり妥当性の高いものだったはずで……というか、大当たりである。

「……流石のウヴァでも、そこまで虫頭じゃないんじゃないかな?」
「そうよ、ガメル。あんまりウヴァを馬鹿にするのは感心しないわ」

流石に、自分の管轄するヤミーの種族を間違えるほど頭が可哀そうな奴ではない、という共通認識がカザリとメズールの中にはあったらしい。
……とんだ、過大評価である。

「わかった。ごめん、めずーる」

ガメルが謝る必要は無い……というかその前に、お前の謝るべき相手はウヴァさんではないのか?
メズール至上主義であるガメルの思考回路がよくわかる一言であった。
彼は、『メズールのためなら死ねる』というレベルの一途さを持ったグリードなのだ。

「それで、その時に貴方が見たっていう、力を持った人間の方は?」
「もちろん、後をつけて住処は調べてあるさ。行ってみる?」
「ええ、挨拶は大切よねぇ」

そういえば、ウヴァのコアメダルをアンクから掠め取ってきたのに、ウヴァに返し忘れちゃったわ。
そう呟きながら、未だ見ぬ新人類との遭遇に胸を躍らせてメズールも廃墟を後にしたのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十四話:(心が折れる音)



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
バッタ×1
ライオン×1
トラ×2
チーター×2



本日は、やけにお客さんが多い。
お決まりのピンポンな音を聞きながら、巴マミは玄関へと急いだ。
もちろん、部屋の扉に設置された呼び鈴が鳴らされた音である。
玄関の覗き穴から見える、来訪者は……

「こんにちは、お譲ちゃん」

魔法少女に興味をもって遥々と巴マミの元を訪れた、メズール様であった。
扉越しにその姿を窺うマミの鼻元にまで海産物の生臭い香りが漂ってきており、最早何をどう突っ込んだら良いか分からない。

「火野さん……玄関の前に魚貝類なお客さんが居ます……」

とりあえず火野さんに話を投げておこう。
何だかもう、考えるのが面倒くさくなってきたし。

「大変だ! 早くしないと干からびちゃうでしょ。お風呂に水を溜めておくよ!」

相変わらずどこかズレたことを言う火野映司に若干の諦感の念を込めた視線を送りながら、バッタのカンドロイドをゴミ箱に放り込んだマミは……なんだかもう、疲れて果てていた。

「ねえ、トーリさん。私の味方は、魔法少女仲間の貴女だけ……って、あら?」

先ほどまで一緒にメダルや魔法の話をしていた可愛い後輩は……いつの間にか、部屋から姿を消していた。
最後の心の拠り所だと思っていたトーリにまで見捨てられ、絶望に打ちひしがれる巴マミ。

「私、もしもう一度キュゥべえに願いが叶えてもらえるなら、友達が欲しいってお願いするの……」

私、独りぼっち……



勝手に部屋の扉を開けて水風呂へとメズールを誘導する映司に、あら貴方若いのに解ってるわねぇ、なと感心したらしい声をかけるメズール。
その浮浪者が何をどう解っているというのか。むしろ、マミに何を解れというのか。

ちなみに、この映司とメズールの二人は初対面であるため、互いの正体を知らない。
映司としては、この人って魔法絡みなのかな? ぐらいには疑っているのかもしれないが。
マミを尋ねてきた人物が実はメダルの怪人たるグリードであるなどとは、夢にも思わなかったのだ。

……気が付くと、湯船一杯に溜められた水風呂に浸かってくつろぐ魚貝怪人の姿が、そこにはあった。
オーズ本編では終ぞ拝むことの出来なかった、メズール様の貴重な入浴シーンである。
まどか本編ではキュゥべえ氏の入浴シーンが許されたのだから、きっとこれだって許されるに違いない。
湯船の中で脚を組んだり身体をほぐしたりしている肢体からは、女子中学生では逆立ちしても出せないような色気と生臭さが立ち昇っていた。
さらに脚や触手を伸ばして、まるでここが自分の家であるかのようにリラックスしているメズールに、風呂場の洗い台に腰を下ろした映司が冷めた紅茶を勧めていたりして。

「どうぞ」
「お風呂で紅茶っていうのも乙ねぇ。人間の進歩に乾杯よ」

映司の方こそ、ここが自分の家であるかのような振る舞いである。
むしろ、そこでパンツ一枚になって自身も水浴びを始めない辺りが、最後の良心なのかもしれない。
そして、800年間眠っていたメズール様は、どう考えても現代人の何かを勘違いしている。
日本では無くNIPPONになら、そういう風習もあるのかもしれないが。

「マミちゃんのお知り合いですか? 親戚だったりして?」
「そうじゃないけど……ちょっと内緒話をしたいのよ。坊やには、ここまで持て成して貰ったのに、悪いんだけれども……」

火野さんは、私が魚貝類の親戚に見えるんですか。そうですか。
私の巻き髪がサザエにでも見えましたか?
そして、その水風呂はやっぱり嬉しかったのね……。

誰が、その臭いの染みついた風呂場を清掃すると思っているのよ。

「ああ、そうか。男である俺が居ると話せないことってありますよね。気がつかなくて済みません」

十中八九、そういう問題では無いはずだ。
火野さんの『俺、空気読みましたよ』的な表情に物凄くイラっとした巴マミは、きっと悪く無い。
今の気分を一言で言えば、『ティロ・フィナーレ☆三秒前』である。
その感情は……一般に殺意と呼ばれる、らしい。

お邪魔しました、という自身がさも常識人であると言わんばかりの挨拶を残して、火野映司は巴マミの部屋を後にしたのだった……
どうせ帰るなら、このナマモノを一緒に連れて帰って欲しいものである。

「そうそう、危うく用事を忘れるところだったわ」
「そうですか。それを済ませることは、非常に重要ですね」

そして、その後は可及的かつ速やかに退室していただけると嬉しいです。

「貴女の力は、何なのかしら?」

……とぼけて追い返そうかと、マミは一瞬だけ思考を巡らせる。
だがしかし、それらの案は纏めて、バッタ缶の後を追わせた。
見るからに非常識なこのお客さんが、魔法絡みでは無いと期待するのは、ご都合主義が過ぎるというものだからだ。

「その前に……貴女は何者なんですか?」
「メズール。グリードの一人よ。アンクから聞いているんじゃない?」

説明するのが面倒臭い……というわけではないだろうが、メズール様は簡潔すぎる自己紹介をしてくれた。
そして、相手が魔法関連の人物ではないと解って、冷や汗を流し始めるマミ。
既に去ってしまった火野映司を呼び戻すことは、出来ない。
奴には、携帯電話を持つような経済力は無いのだから。

「私達の邪魔をされるのは困るのよね。だいたい、ヤミーは人間の欲望を叶えているんだから、悪いことなんて何もないじゃない」
「……ヤミーが他人に迷惑をかけ過ぎるのが不味いんだと思うわよ」

巴マミは未だ、デブ猫ヤミー以外の個体を見たことが無い。
トーリは、ヤミーだと認識されては居ないので。

「人間なんて、生きていれば他人に迷惑をかけるものでしょう?」

確かに、その通りではある。
何処かのエラい学者様が、ルール無き仮想世界を万人の万人に対する闘争状態と呼んでいたとか。
だがしかし、言葉尻としては正しいことを言われているような気もするのだが、それ以上に納得がいかないという気持ち悪さの方が大きかった。
その気分の悪さの正体が何なのか……今の巴マミには、説明できない。

「まぁ、貴女は人間でさえ無いみたいだけれど」
「……え?」

先ほどまでの巴マミであったなら、メズールのその一言を、挑発か脅し文句だろうと思えただろう。
だがしかし……

『魔法少女の魂は変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる……らしいです』

不人情な後輩の言葉が……脳裏から離れない。
確かに、魔法少女になってから、回復の魔法を使わなくても傷の治りが早いと思う事はあった。
魔女を追っているうちに、疲れを忘れて三日三晩行動しっぱなしの自分に気付いたことも……ある。
あの後輩は全く腹が減らなくなったと言っていたが、マミも魔法少女になってからは、耐えがたいような空腹に襲われた覚えは一度もない。

「……もしかして、気付いていないのかしら? 自分がどんな状態なのか」

このメズールという怪人には、それが解っているというのか。
もしかすると、この頬を伝わる汗さえ、人体から流れ出る液体とは別の物質なのかもしれない。
動き出した疑心は……止まらない。

「情報を交換しましょう。断れないはずよ? 貴女の『知りたい』という欲望は、結構大きいみたいだもの」

悪魔の囁きは、時に天使の声に聞こえる……そう、天の道を往く人は言いました。
現在の巴マミの目の前に居る女怪人は、そして過去に巴マミの命を救った魔法の使者は、一体どちらなのだろうか。

「でも、『今後ヤミーに手を出さないこと』を条件に加える気でしょう?」
「貴女のような力を持った人間が何人いるかも解らないのに、貴女一人に対してそんな約束を取り付けても、ねぇ……」

会話相手の魚貝怪人は、本当に、魔法少女について調べに来ただけのようだ。

「その取引……乗らせて」

運命は、転がり始めたのか、それとも転び始めたのか……



「契約、ねぇ」

マミの講釈を聞いてメズールが取ったリアクションは……まず、眉を顰めることだった。
メズールが何を考えているのか、巴マミには読み取ることが出来ない。

「何か不審な点でもある?」

いつの間にか、メズールに対する敬語は、抜けていた。

「そいつのやり口、何だか私達に似てるわね。気に入らないわ」
「そういうのを、人間は同族嫌悪って言うのよ」

グリードは、人間の欲望を利用してヤミーを作る。
それに対して、キュゥべえはむしろ少女たちの願いをきちんと叶えることに加えて、代償として魔法少女になってもらうことを通知している。
つまり、キュゥべえはグリードに比べて遥かに良心的な存在だ。

……少なくともこの時の巴マミは、そう思っていた。思いたかった。

じゃあ私の番ね、と前置くメズール。
マミの喉が……ごくり、と音を立てずに鳴ったのを待ちながら、メズールはゆっくりとその反応を見て楽しんでいるようでさえある。

「貴女の動かしているその器は、死体よ。魂と呼ぶべきものが入っていないもの」

それは、キュゥべえを屠った魔法少女からトーリを通してマミに伝えられた助言と、似過ぎていて。
それでいて、マミの抱いている疑心に対する答えとして……妙な説得力を、持っていた。

「魂なんて、得体の知れないものを持ちだされても困るわ。少なくとも私は、感情を失ったり残虐な性格になったりはしていないし……」

よく、ドラマや映画で『魂』を代価に悪魔や神と契約するという話は聞くが、物語の設定次第によっては、何が変わったのか解らないことだって多い。

「失われているわけじゃないわ。貴女の魂は……その『指輪』に作り変えられているのよ」

メズールが指差した先にあったものは……マミが普段から肌身離さずに持っている指輪だった。
それは、マミにとって思い入れの深い装飾品であることは、間違いない。
先ほども、後輩に対してソウルジェムに関連する講義を開いていたところである。

「貴女のその肉体からは、『欲望』を感じないもの。『欲望』を抱いているのは、その石ころね」
「……証拠は、あるの?」

何処かの平行時空で、別の巴マミが暁美ほむらに対して発したかもしれない、言葉だった。
メズールの言葉が嘘であってほしい……本人が自覚しなくても、確かに否認が巴マミの心を支えていた。
そもそもこの怪人と話を始めたのが間違いだったのではないか、とさえ思い始めている。

だが、現実は非情だった。

「人間が欲望を感じ取るのは無理だけど、証拠なら『出せる』わ」

一瞬、メズールの素早い返答に気を取られたマミの手元に、『それ』は投げられた。
円盤の形をした、小ささの割に重量感のある銀色の塊……セルメダルである。
マミの反応を待たずに、投げつけられたセルメダルは、吸い込まれた。

『巴マミの身体』にではなく、『ソウルジェム』に。

「アンクから聞いているでしょう? ヤミーは人間の欲望から生まれるってことを」

アンクからではなく火野映司からだが、確かに巴マミは聞いたことがあった。
人間の欲望から、ヤミーが作られるのだと言う事を。

……嘘だ。
嫌。
私が死体なんて、そんなの絶対おかしい。
生きたいってキュゥべえに願ったのに。
悪い魔女を倒して、弱い人間を救って、希望を振りまくが魔法少女っていう存在のはずよ。

「ダレカ、タスケテ」

巴マミの、心の声にして『欲望』でもある言葉が、紡がれた。
彼女自身の口からではなく……マミの目の前に新たに現れた存在によって。
不気味に捻じ曲がった関節を持つ黒い身体に、剥がれかけの白い包帯を巻き付けた、醜い姿の怪人だった。
マミの欲望から生まれた白ヤミーは……その出生自体が、マミの魂の在り処を示している。

「イキタイッテ、ネガッタノニ」

その身体に巻かれた包帯と輝きの無い一眼が、どうしようもなく『死体』を連想させ、巴マミの精神を激しく揺さぶる。
生理的嫌悪感に身を震わせながら後ずさるマミを覗き込む包帯怪人が、次の一言を発した瞬間、

「コンナコト、アルワケナイ」
「あああああああああッ!!」

轟音と共に、白ヤミーの額には銃弾が撃ち込まれていた。
悲鳴とも怒号ともつかない声が、気密性の高い浴場に木霊する。
弾丸を発したマスケットの銃口は……ひび割れていた。

「嘘よっ! 」

変身することも忘れて。
その手に握りしめたソウルジェムから無数の銃を取り出し、手当たり次第に白ヤミーへと弾丸をぶち込む。

「そんなこと!」

封じられたはずの魂を震わせようとしているかのように。
低い音と高い声が、ハーモニーを刻む。

「私は、死人なんかじゃないっ!」

何度も、何度も。
白ヤミーを叩き潰した銃弾が、マミの心を蝕む。

「私、たち、は……!」

気が付くと、マミの周囲の景色は一変していた。
オシャレな風呂場だったはずの場所には風通しの良い景色が広がっている。
残った壁には至る場所には銃痕とひび割れが広がり、そこに居たはずの白ヤミーはミンチとなり、メズールも既に部屋を後にしたようだ。

『そういうのを、貴女達の言葉では同族嫌悪って言うのだったかしら?』

……そう、捨て台詞を残して。

破裂した配水管からは噴水のように水が噴き出し、雨のように巴マミを頭上からずぶ濡れにしていた。
床には数えるのも億劫なほどの、おびただしい量のマスケットが散らばり、延々と鼻を突く硝煙を上げ続ける。

言葉無く、マミはその場にへたりこんだ。

光無く、その目は空ろで何も映しては居なかった。

容赦無く、メズールが残した言葉が心を削った。

力無く、その手から希望だったものが転がり落ちた。


キュゥべえと初めて会った日に手にした品。
魂の宝石の名を持つ、魔法の卵。
契約の時にマミの身体から生み出され、力を行使する度に濁りを溜めこんでいく、不思議な輝石。

『綺麗ですねぇ』

先日出会ったばかりの頼りない後輩がそう言ってくれた、大切な宝物。
そう、思っていた。

……ソウルジェムの濁り方が、いつもより少しだけ早いような、そんな気がした。



・今週のNG大賞
「あら? 私のヤミーに白ヤミー形態なんてあったかしら?」

間違えて、ウヴァに返し忘れた緑のコアを使ってヤミーを作ってしまったらしい。
メズール様って、お茶目さん☆

・公開プロットシリーズNo.14
→メズール様でダシを取ったスープが物凄く美味そうな気がしているのは、絶対に作者だけじゃ無い筈だ。

・人物図鑑
 メズール
魚貝の怪王。その性質は色欲。母性に従って弱者を保護することもあるが、その愛情に報いる人物は数えるほどしか居ない。食料品店に並ぶ海の幸たちを見れば、簡単に失神してしまうだろう。



[29586] 第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:37
アンクは、ボロボロだった。
原因は……彼が先ほど出会った魚人に違いない。

高層ビルの一室に潜むヤミーの存在に気付いて、その様子を外から観察していた所までは、順調だった。
だが、そんなアンクの元に、ヤミーの創造主が現れたのだ。
水棲生物の女王である、メズールが。
ヤミーの横取りは許さない、と凄むメズールに対して虚勢を張ったのが、アンクの運の尽きだった。
命からがら逃げ切れたものの、カマキリのコアメダルを落としてしまったのである。
おそらく、メズールの手からウヴァへと渡っていることだろう。

……腹立たしい。

そして、アンクにとってもう一つ、許し難いことがある。
鴻上という人間が提供するメダルシステムの利用料として、今後入手するセルメダルの7割も要求されたのだ。
メダルシステムは有用だと思いつつも、ぼったくられ過ぎだという感は否めない。
とりあえずヤミーは後回しにして、アンクは鴻上ファウンデーションの本社ビルへと足を運ぶのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十五話:rebirth ――珍獣は二度死ぬ



美樹さやかは、見つけてしまった。
白ネコと白ウサギを足して二で割ったような、不思議な生き物を。
転校生こと暁美ほむらの誕生日を祝ったパーティの帰り道を一人で歩いていたところ、偶然発見したのだ。
後ろ姿しか見えないが、所謂イエネコでは絶対に有り得ない無駄毛が耳から生え放題になっている。

どう考えても幽魔……ではなくUMAであることは間違いない。
そんな奇妙な生物を発見したさやかのとるべき道は、たった一つ……捕獲あるのみである。

だがしかし、後姿だけしか見せないUMAは、なかなか隙も見せない。
さやかは、UMAが移動する度に自身の隠れる場所を転々と変え続けているのだが、なかなかUMAに近づきやすい位置取りが出来ないのである。

もしかしてあたしのことに気付いてんのかな? と思わないでもないが、好奇心には勝てずに追跡を続けてしまう。
考え至るはずも無かった。
……自身が『誘い込まれている』などとは。

とあるお高そうなマンションの敷地へと侵入するUMAの後を追い、自らも不法侵入を試みるさやか。
特に警備員に引きとめられるといったアクシデントも無く、地上20階に位置する一室にまで辿り着いてしまった。
もはや、周囲の目なんて気にしていない。

螺旋階段を一気に登りきっても、僅かな時間で息を整え切るさやかは、女子中学生としてはやや身体能力が高めなのかもしれない。
誰も居ない廊下に一直線に視線を走らせ……見つけた。

2085号室と書かれた部屋のドアの隙間から、白い尻尾がはみ出ているのを。
流石のさやかでも、これには思った。

「なんか、間抜けすぎるような……?」

でも動物なんだし。
っていうか、コイツはドアをどうやって開けたんだろう。
もしかして、この部屋の住人のペット?

気になる。
気になってしまう。
気になりすぎて、このまま帰ったら不眠症コースに直行してしまう。

さやかが部屋の扉に近づくと、尻尾はそのまま部屋の中へ引っ込んでしまった。
若干、自身が犯罪に片足を突っ込んでいることを自覚し始めているさやか。
でも、あのUMAへの興味は消えそうにない。

意を決して、部屋の扉を開けてしまった。
その目に飛び込んできた光景は……

人間の手。
……のような歯を持った、

「ピラニア……?」

30センチ程度の、肉食っぽい魚の群れだった。
おかしい。
自分は、可愛らしい猫型UMAを追っていたはずでは無いのか。
こんなの、あたし聞いてない!

陸棲ピラニアとでも、呼んでおこう。
先ほどまで自身は未確認生物を追っていたはずなのに、この反応の差は一体何だろうか。

A:さっきの白いヤツは可愛かったからに決まってんだろ!

そうだ、さっきの白い子は?
まさかもう、陸棲ピラニアに食われてしまったんだろうか。
死んでたら、綿でも詰めて転校生への誕生日プレゼントにしようかな。
ああいうクールなタイプの子ほど、実は可愛いもの好きだったりするんだよ、きっと。

……なんか、転校生が縫い包みの額を機関銃で打ち抜く映像が頭の中で再生されたのは何でだろうね?

白いUMAを探して部屋の中を見回すと、失神していると思しき女性の姿が。
この部屋に一人で住んでいるにしては若いが、高校生には見えないので、所謂若妻というやつなのだろう。多分。
間違いなく、この陸型ピラニアの群れを見て気を失ったのだ。

「助けて……」

部屋の中からは、もう一つの声が聞こえた。
なんと、先ほどの白いUMAがピラニアに食いつかれて、半スプラッタ的な状況になっていた。
前足が一本千切れかけ、残った胴体も血まみれである。

咄嗟に、近くにあった電気スタンドを投げつけて陸型ピラニアを怯ませ、次の瞬間に全力のローキックで蹴り飛ばす。
軸足で白いUMAの尻尾を踏みつけて、陸型ピラニアと一緒に吹き飛ばないようにするのも、忘れない。
何だか扱いが酷い気もするが、緊急回避なんだから仕方ない。

「何なのよコレ!? 転校生の誕生日があたしの命日ってか!?」
「美樹さやか……この状況を打開する手段が、君には一つだけ、ある」

この状況? と、聞き返す前に周囲を見渡して……質問を取り消す美樹さやか。
気が付けば、さやかと失神した女性は、陸棲ピラニアの群れに囲まれていた。
白ネコUMAが人語を発しているという奇怪に対してリアクションを取っている時間さえ、許されていない。

「ボクと契約して、魔法少女になってよ」
「あんた、そんな怪我で、何言ってんのよ!?」

可愛らしい白い身体を持っていたはずの白いUMAは、その身体から滴り出た血液によって体毛の半分以上を真っ赤に染めており、素人目に見ても致命傷であることは間違いない。
そんな状況で、見ず知らずの存在であるさやかを気遣っている余裕があるようには見えない。

「願いを、一つ決めるんだ。それをボクが叶えるのと同時に、君は『魔法少女』になって、魔女と戦う力を手にする。生き残るにはそれしかない」

息も絶え絶えに、言葉を紡ぎ出す白いUMA。
UMAは何故かさやかの名前を知っているようだが、さやかはこのUMAのことを何も知らない。
……もちろん、このUMAが、殺しても死なない意識共同体のインターフェイスであることも。
そして、周囲のピラニアモドキが魔女であるとは一言も言っていない、ということにも。

「魔女? 魔法少女? 願い……?」

さやかが最初に連想したのは、幼馴染のバイオリン奏者の事だった。
上条恭介という名の彼は、天才的な腕前を持っていた……筈だったのだ。
不幸な事故で、片腕の機能の大半を失うまでは。

……恭介を、治してあげたい。

そう願おうとしたさやかだったが、願いを使って目の前の白いUMAを助けてやるべきなのか、とも考えてしまう。
だってコイツ、見ず知らずののあたしを助けてくれる、凄くイイ奴じゃん。

一瞬だけ悩んださやかが出した答えは……

「怪我を治す能力をちょうだい! 他人にも使えるやつ! それがあたしの願いよ!」

円環世界のさやかが、一度たりとも願わなかった事柄。
両方を救うにはそれしか思いつかなかったというだけの理由で、あっさりと決められてしまったのだ。

「なら、契約成立だ!」
「おっけー!」

さやかの服装が、変化する。
青を基調としたヘソ出しルックの上着に、丈の短いスカート。
何処かの騎士を思わせるマントを背になびかせ、その手には奇跡の宝石……ソウルジェムが握られていた。

「なんだかよく分からないけど、コイツらを蹴散らして……」

どこからか取り出したサーベルを、地面に垂らしながら重さを確かめる。
女子中学生が扱うにはやや重い筈の兵器が、自分の手足の延長のように思い通りに振り回せる。
まるで、剣を作り出せるのが当たり前だったかのように無意識に、魔法の力で一振りの武器を生みだしたのだ。

何回か素振りしてみて、その感触を確かめたさやかが真っ先にとった行動は……

「まず、あんた達を安全なところに運ばないとね」

意外と、常識的な判断だった。
倒れている女性をよっこらせと肩に担ぎ、部屋の中にあった高そうな手提げカバンの中に瀕死の白ネコモドキを詰める。
この場に放っておけば、間違いなく陸棲ピラニアの餌となってしまうのだから。

窓から溢れ出るピラニアの群れに背を向け、個体数の少ない玄関方面へと、サーベルを振り回しながら駆け抜けた。
一体一体を一撃ずつで葬り去れるほど力の差も無いが、脅威なのは数だけらしい。
脱出途中の廊下の呼び鈴を押しまくって住民に注意を喚起し、ついでに防災ベルを通りがけに起動しておくのも忘れない。

「魔法少女の力を使って最初にすることが多重連続ピンポンダッシュだったのは、君が初めてだよ」
「あんた、実は余裕あるんじゃないの!?」

バッグの中から聞こえる能天気な声に突っ込みながら、来る時は息を切らしながらだったはずの螺旋階段を、まるで落ちるように駆け下りる。

マンションからようやく飛び出たさやかが見た光景は……滝だった。
ただし、その流れが始まった場所は泉ではなく、落下しているものも水滴ではない。
陸棲ピラニアが、マンションの20階から、滝のように溢れだしていたのだ。

「難易度の修正を要求するッ! それか武器のセレクトやり直させてよ!?」
「ワケが解らないよ」

剣一本で、どうやってあの大軍に立ち向かえと言うのか。
とりあえず、カバンの中に居るキュゥべえの治療は、まだ余裕がありそうなので後回しで良いだろう。
付近のベンチに座っている見知らぬ女子大生を発見したので、2085室の住人とキュゥべえの身柄を預けておいた。
どうやら、偶然にも部屋の主とその女性は知り合いだったらしいのだが、そんなことはさておき。

「魚を捌いた経験なんて無いけど……やるしかないか」

とにかく、少しでも数を削っておこう。

……そう思った、矢先だった。


「避けて、よけてーっ!?」

上下に赤黄緑に分かれた不気味な怪人が、キリモミ回転をしながら、さやかの元にぶっ飛んで来たのは。
その声に聞き覚えがある気がするだとか、そんなことを気にしている余裕は、無かった。
というか、状況判断が追い付かなかった。

混乱の境地に達したさやかは、サーベルを両手持ちで構え、踏み込み足から軸足への体重移動を今までにないぐらい理想的に行い、

「どっせいっ!」

おおよそ、魔法少女という生き物が放つものとは思えない掛け声を発しながら、フルスイングした。
少なからず野球の経験があるさやかだが、ここまで気持ちよくバッドを振り抜くことが出来たのは、初めてかもしれない。

残念ながら三色怪人には両腕の甲で打撃をガードされてしまったが、さやかは彼が飛んで来た方角へと真っ向から打ち返したのだった。

……あれ? 今のって何だったんだろ?
人間、なの? っていうか、みね打ちだけど全力で叩き返しちゃったよ?
死んでない? 殺人犯の魔法少女なんて斬新過ぎるよ?

何が起こったか、何一つとして理解できなかったさやかが、精神を防衛するために放った言葉は、一つ。


「あたし、完璧!」

美樹たん、今日も絶好調!



・今回のNG大賞
「聞いてよ、転校生。良いニュースと悪いニュースがあるんだ」
「……何?」
「なんと、キュゥべえっていう可愛い奴を見つけて、さやかちゃんは魔法少女になったのだー!」
「それで、良いニュースは?」
「えっ」


・公開プロットシリーズNo.15
→検索を始めよう。キーワードは、「キタエリ」、「プリキュア」、そして……「美希たん」。



[29586] 第十六話:緑の党
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 04:02
巴マミの部屋を後にした火野映司を待ち受けていたのは……後藤だった。
女子中学生をストーカーして、さやかの手で警察に突き出されかけた、後藤である。
その後藤の口からヤミーの卵がある場所を教えてもらった映司は、ライドベンダーを駆って現場であるマンションへと急行したのだった。

「オーズ、だな? 勝手に俺のコアを使うなッ!」

だがしかし、そこに待ち受けていた存在はヤミーではなく、緑色のグリードことウヴァだったのだ。

「変身っ!」
『タカ トラ バッタ』

オーズに変身して戦う映司だが、仮にもウヴァは上級怪人である。
流石のタトバコンボを持ってしても、初戦闘補正までもが上乗せされたウヴァさんに太刀打ちすることは出来なかった!
なお、映司はその三枚以外のコアメダルはアンクから預かっていない。
あっという間に追いこまれ、トドメとばかりに喰らったアッパーカットでブッ飛ばされてしまう。

映司が飛ばされた先に居たのは……いつの日か、クスクシエで出会ったことがある少女。
何故かコスプレ姿に剣らしき長物を持っているようだが、怪物を狩るゲームのオフ会にでも行く途中だったのだろうか?
空中での方向転換の出来ないオーズが回避行動をとることは不可能なのだから、向こう側にオーズの存在を知らしめなければならない。

「避けて、よけてーっ!」
「どっせいっ!」

腰の入った、綺麗なフォームから繰り出される渾身の打撃を、何とか両腕の爪でガードする映司。
流石トラクローだ! なんともないぜ!

そして、映司が打ち返された先には……勝利を確信して追撃を仕掛けようとしていたウヴァさんの姿が!

『スキャニングチャージ』

咄嗟にオースキャナーを操作し、空中に赤黄緑の三つのエネルギーリングを発生させる。
突進してくるウヴァへ向かって、三色の環を潜る度に加速するオーズ。

「俺のコアだあああッ!」
「セイヤァァッ!」

魔法少女の腕力で打ち出された仮面ライダーが、必殺技である飛び蹴りを、正面から向かってくる怪人に、クリティカルヒットさせたのだ。
ぶっちゃけ、これで倒せないワケがない。

「バカな……! この俺が……っ!」
「恐ろしい敵だった……!」

哀れ、ウヴァさんは火に包まれ、次の瞬間には仁王立ちのまま爆死を遂げたのであった。
彼の断末魔が噛ませ役っぽいなどとは、決して突っ込んではいけない。
映司の台詞から今一つウヴァさんの恐ろしさが伝わってこないのも、絶対に気にしてはいけない。

仮にもグリードの一人であるウヴァさんが、小物の筈がないじゃないか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十六話:緑の党

Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×2
クワガタ×3
カマキリ×2
バッタ×2
ライオン×1
トラ×2
チーター×2



「さやかちゃんって、もしかして『魔法少女』?」

緑色の怪人を処理し終えて、三色男がさやかに対して発した第一声が、それだった。
この三色の人は、何故さやかの名前を知っているのだろうか。

「……?」

さやかは、今日の今日まで、世界の裏で行われている戦いなど知らない一般人だったはずなのに。
……心当たりが、全く無い。
だがしかしそこに唐突に、さやかの親友が教えてくれた、その母親からの受け売りが思い出された。

――自分にファンクラブがあると思っておくのが、美人の秘訣なんだよ

「なってこった……! 魔法美少女さやかちゃん伝説は既に始まっていたのか……っ!」

おめでたい頭……もとい、とても非常に建設的な良い思考回路だと思いますよ。ええ。
というか、三色男が口に出した情報としては、魔法少女と同定されたことの方が重要ではないだろうか?

「お兄さん、アレでしょ? えーと……『仮面ライダー』っていう、御当地ヒーローだよね?」

先日、さやかが友人である仁美からお守りを貰った時に、少しだけ話題に上った気がする。
あのカラフルなお守りから考えて、五色の戦士的なヒーローだと思っていたさやかだが、実際の『仮面ライダー』さんを目の当たりにして考えを改めた。
まさか、一人で何色も担当しているとは思わなかったからだ。

「俺、そんなふうに呼ばれてたの?」

一方の映司も、思わぬ通り名がつけられていた事に前向きな驚きを抱いていた。
正直に言って、『タトバマン』だとか『メダルハンターO』ぐらいに呼ばれていても不思議ではないと思っていたのに。

「でも、助かったよー」
「何の事?」

目の前の少女がオーズの正体に気付いていないのではないか、という小さな疑問を抱いた映司だが、とりあえずさやかの次の言葉を促してみた。
何故だか期待満々な視線を向けられているという、不思議な状況に首を傾げながら。

「あたしってさ、武器が『コレ』しか無いのよ。あの大軍を相手にするのは大変かなーって思ってたんだ」

さやかは言いながら、手元に抱えたサーベルの刀身をさすって見せる。
確かに、近接武器一本では、陸棲ピラニアの大軍を狩り切るのは骨が折れるかもしれない。

「ああ、奇遇だね。俺も武器は剣しか無いんだ」

そう言いながら、大剣メダジャリバーを何処からともなく取り出してみせる映司。
一体どうやって携帯していたのかなどという野暮な質問をするなかれ。
男の子には色々と隠すところがあるんだよ♂ 嫌いじゃないわ!

……冗談はさておき。

「はたまた御冗談を……いっちょ、巨大ロボとかMAP攻撃的な派手なヤツでズバーッとやっちゃってくださいよ、仮面ライダーの先生!」
「今使えるのは、無いかなぁ」

陸棲ピラニアたちが沸き出ているビルの中に逃げ遅れた人が居るかもしれないので、空間斬撃であるオーズバッシュの発動は控えたいところである。
そして、先ほどまで鼻息の荒かったさやかのテンションも、少しずつ控えめになっている。
きっと、他人の機微に敏感な映司でなくとも、気付けた筈だ。

「よし、それならバイクで蹴散らして……!」

周囲を見回して超絶自販機ことライドベンダーを発見した映司は、すぐさまその前に駆け寄り、セルメダルを投入するが……

「あれ? 変わらない……?」

ライドベンダーは、バイク形態への移行を遂げなかった。
ディスプレイを叩いたり、殴って横倒しにしてみても、一向に変形する気配を見せない。
冗談がてら『はい変わったー』などと呟いてみるも、自販機はウンともスンとも言わないのだ。
……期待に満ちていたはずのさやかからの視線が、何だか冷たくなり始めている。

「そうだ、さっき手に入れたメダルを使えば……!」
『タカ カマキリ バッタ』

先ほど手に入れた緑色のコアメダルの一枚を、三枚並んだベルトのメダルの一枚と交換してみた。
トラメダル様は、自身の役目をきちんと果たして堂々の退場である。

「じゃーん!」

オーズの手の甲に、カマキリのような双剣が現れ、それを両手に握り直してさやかに見せつける。
自分の口で擬態音を口にするあたり、凄いだろう、とでも言いたいのだろうか。

「やっぱり剣じゃん……」
「だよねぇ……」

さやかからの評価値が、夢と希望とワームを載せた隕石のような速度で落下している。
少なくとも映司には、さやかから向けられる半眼がそういう意味だと思えた。
口には出ていないが、『こいつ使えねぇ……』とか思われている。多分。
そこで『お前モナー』などと言い返さない紳士こそ、火野映司であるのだが。

「なら、」

映司が取り出したのは……先ほど手に入れた、もう一種類のコアメダルだった。
バッタは既に持っているので特筆するべくもないが、問題はもう一種類である。
大きな二本の角を持つ生物が描かれたそれは……映司の知らないコアメダルである。
そして、それをオーズドライバーの差し込み口に入れれば、おそらく『何か』が起こる。
オーズという存在は、同色のコアメダル三枚を用いて変身すると、ボーナス的な能力が発動するものなのだ。

――コンボは体力を激しく消耗するから、控えろ

その特殊な変身形態を、映司の愉快な仲間である腕怪人はコンボと呼んでいたはず。
そして、オーズが現在使用しているコアメダルは、うち二枚が緑色である。

「さやかちゃん。俺、今から自滅技撃つかもしれないから、俺がダメだったら後よろしく!」
「え? 何それ? 何危険なフラグ立ててんの!?」

『クワガタ カマキリ バッタ』

手早くオーズドライバーのコアメダルを差し替え、緑の三枚をオースキャナーに読み込ませる。
ウヴァさんのメダルの素晴らしさを称える、還暦越えの某歌手によく似た声が聞こえた映司だったが、今はそれどころでは無い。
映司が先日使ったラトラーターというコンボは、使用後にしばらくまともに動けないという程度のダメージで済んだが、このガタキリバというコンボではどうなるのかという不安が無いわけではないのだ。

果たして、この緑のコンボの効果は……

「おおおおおおおっ!」
「何がどうなってんの!?」

右をむけば、素敵な緑の角とこんにちは。
左を見れば、やっぱり緑の双剣が眩い光を放ってお早うございました。
前を眺めても、案の定緑の足で地面を踏む素敵な立ち姿がこんばんは。

……増えた。
緑、緑、緑、緑、緑、緑、緑――

そこら一面を覆い隠すように現れた、大量の緑色な奴らが、さやかの目の前に広がっていた。

「さやかちゃん、俺、何人居る!?」
「お前の頭を数えろっ!」

大軍で押し寄せながらさやかに尋ねてくるガタキリバの群れは……鬱陶しい以外の何者でもない。
その真っ赤な複眼が虫を連想させるところが、何だか気持悪く見えてしまう始末である。

「まぁ、折角大軍向けの能力が出たし、とっとと終わらせよう」
「そ、そうね……早く帰りたい……」

ドン引きだよ!
口には出さないものの、ガタキリバの大群の気味の悪さは、ピカイチである。
会話もそこそこに、ビルの上階から溢れ出る陸棲ピラニアに向き合った、ガタキリバ軍団。
いっそのこと、GKB48と名乗って芸能デビューしては如何だろうか。

せーの、と掛け声をかけ、

「セイヤァッ!」
「セイヤッ!」
「セイヤーッ!」
「セイヤー!」
「セイ(以下略)」

一斉に、投げた。
腕に装備されていたカマキリコアによる固有武装ことカマキリソードを、放ったのである。
たかが投擲というなかれ。
無数の分身体が、各々二本ずつ装備していた剣を、一斉に投げつけたのだ。

まさに、雨。
太古の戦場では槍や矢が雨のように降り注いだと聞くが、その光景がまさに今、再現されていた。
膨大な数だったはずの陸棲ピラニア、もといピラニアヤミーがその数を大幅に減らされ、さやかは開いた口が塞がらない。
目玉が飛び出るほど、という比喩が生温いと思えるぐらいには目の前の光景に置いてけぼりを食らっていたのだ。

そんなさやかを余所に、生き残った陸棲ピラニアたちは不利を悟ったらしく、一体の大きな魚を模した姿へと合体を遂げる。
国語の教科書に出てくる、泳ぐという英単語を模した名前のサカナの生態を思い出して頂ければ幸いである。
一方、ガタキリバコンボの初変身補正も加わったオーズは、躊躇無くトドメを刺しにかかる。

『スキャニングチャージ』

オースキャナーに再度三枚のコアメダルを読み取らせ、見事な連携で次々とライダーキックを放つガタキリバ軍団の前に、陸棲ピラニアたちは為すすべも無かった。
さやかが対処に困っていたはずのピラニアの群れは、驚くほどの短時間で狩り切られてしまったのであった……



「また出遅れました……『また』ですよ……」

眼下に広がるガタキリバ無双を上空から眺めながら……少女ヤミーことトーリが、呟いた。
マミの部屋を離脱してしばらく飛びまわっていたトーリは、本来なら真っ先にピラニアヤミーの元へと急行することが出来た筈なのである。
ところが、映司がタカメダルを使って変身したために、透視能力が怖くて顔を出せなかったのだ。
しかも、さやかのせいでセルメダルが増え始めたことも災いして、オーズがタカメダルを収めた後も動くことが出来ない。

ただ、それよりも少女ヤミーが気になることは、

「お父さん、殺られちゃいましたけど……ワタシはこれからどうすれば良いんでしょうか……」

セルメダルを届けるべきグリードが居なくなった件だったりして……



・今回のNG大賞

鴻上財団会長室で、アンクと鴻上会長によるメダルシステム使用料の交渉は進む。
部屋に備え付けられたディスプレイの向こうには、コンボでヤミーを蹴散らすオーズの姿が。

「メダルシステム無しでも意外に何とかなりそうだしなァ、支払いは20%でどうだ?」
「……60%」
「30だ」
「50%でどうかね?」
「40」
「ハッピーバースディ! セルメダルの60%は君達のものだよ!」

『60%』というプレートが付けられたケーキを見せて、この交渉が予定通りであったことをアピールする鴻上会長。
実は60%のセルメダルを徴収する予定だったなんて、死んでも言えない……

・公開プロットシリーズNo.16
→マミさんの戦法を見たら、映司だって真似したくなるさ。

・人物図鑑
 ウヴァ
昆虫の怪王。性質は憤怒。抱え持った破壊衝動はあまりに強大。彼の手下たちはその抑えになるべく高い知能を誇るが、大抵は短命で役割を全うできない。忘我状態の所を袋叩きにすれば、恐れるに足る相手では無い。



[29586] 第十七話:A dying hero, a dead heroin
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/29 10:44
仮面ライダーさんが、分身したと思ったら集団ライダーキックをかまして、そのまま変身が解けてうつ伏せにぶっ倒れた。
何を言っているか以下略。

「コレは……美少女ヒロインさやかちゃんが、ヒーローの知られざる素顔を知ってしまうイベントに違いないわ!」

顔を地面の方に向けて倒れている青年を観察しながら、華麗なポジティブシンキングをかます自称美少女。
ヒロインなら、まずは倒れている映司の身の心配をするぐらいの優しさは欲しいところであるが、彼女はそんな器ではなかったらしい。
……お前の優しさはどうした?

鼻息を荒くしながらゆっくりと映司に近づくさやかの顔は、わくわく、という擬音が聞こえてきそうなほど期待に満ちていた。

「イケメンだったらどうしよう、でも私には恭介っていうヒトが……!」

ヒロインを巡って争うイケメンと天才音楽家の寸劇が勝手に頭の中で出来上がっている辺り、テンションフォルテッシモなんてレベルではない。
ファンガイアの先代王様の墓前で土下座して謝った方が良い思考回路である。
きっと、初変身補正で頭の中がピンク色になっているのだろう。
そもそもさやかが今回の契約及び初変身によって何かの役に立ったか、などという突っ込みをしてはいけない。

一歩一歩時間をかけながら映司に近づいて行くさやかには……既に、色々とフラグが立ち過ぎていた。
……主に、邪魔が入るフラグが。

「大丈夫ですか!?」

大きな羽を広げて空から降り立ったのは……見知らぬ、緑色の衣装が印象的な少女だった。
さやかの存在に気付いていないわけではないだろうが、映司の間近に着地した少女は慌てた様子でその背中を揺すって反応を確かめる。
そうかと思いきや、あっという間に映司の両腕を掴み、再び空へと姿を消したのであった……

「……ライバルヒロイン現る、ってか?」

目の前で公然と行われた人攫いに、さやかはとりあえずの仮説を立てて思考を打ち切る。
彼女とて、暇ではないのだ。
先ほど傷ついて倒れた白いネコモドキを、治療してやらなければならないのだから。
先ほどの三色の彼は、通りすがりの仮面ライダーぐらいに思っておけば充分だろう。



そして、映司を抱えてふらふらと徐行しながら飛ぶトーリは、とてつもなく物騒なことを考えていたりする。

「今が、オーズを始末するチャンス……なんでしょうか?」

先ほどの青い魔法少女が見ている前では事を起こそうにも起こせなかったので連れて来てしまったわけだが……どうしよう?
殺すだけならば、映司を重力に従って自然落下させるだけの簡単なお仕事である。
ただ、例えオーズを始末してセルメダルを集め始めても、トーリには既にメダルの搬入先であるグリードが存在しないのだ。

ここで映司を手放すことは簡単だが……アンクとオーズは、少女ヤミーがメダル関連の知識を得るための重要な情報源でもある。
一応、カザリというグリードも見たことはあるのだが、まず話し合いの場につかせることが出来るかどうかという段階から不安が残るところだ。
それに、もしかすると、ひょっとすると、万が一ぐらいには、映司とアンクがウヴァの復活方法を知っているかもしれない。

「難儀ですねぇ……」

つい先ほどまでは邪魔で仕方が無かった筈のオーズがこんなにもピンチなのに、止めを刺すことが出来ないという不思議。
まさか、この男は運命に愛されているとでもいうのだろうか。
『コアメダルを没収しておくべきか』だの『いっそドライバーごと』だの『そもそも何処に向かって飛んでいるんだ』だの、色々と考える事が山積みのトーリは、もうしばらく付近の空を旋回して居そうである……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十七話:A dying hero, a dead heroin



キュゥべえを治療するつもりで、先ほどバッグを預けた女性の元に戻ってきたさやかだったが……思わぬ展開を耳にする。
女性によると、カバンの中に居たはずの動物はいつの間にか逃げ出してしまっていたらしく、女性は結局一度もその生き物を見なかったということらしい。
あのUMAの負っていた傷は、実は見た目よりも軽かったのかもしれない、とさやかは結論付けたのだった。

……さやかの知らぬことだが、魔法少女の素質を持たない者はキュゥべえを目視することが出来ない。
女性が空っぽだと勘違いしたバッグの中には、実は血まみれのキュゥべえがしっかりと詰まっていたりしたのだ。
もっとも、そのバッグは既にピラニアヤミーの群れに食われてしまい、この世に存在しないのだが。
キュゥべえさんの尊い命がまた一つ、神様の元へ帰りましたとさ。


「まぁ、良いか」

自力で動ける程度の傷で済んで良かった、と白いUMAの身の安全を喜ぶ時間もそこそこに、さやかは変身を解くことも忘れて市内の某病院へと一直線に走る。
折角他人の怪我を治す能力を手に入れたからには、やるべきことは一つ。
さやかの片思いの相手である上条恭介の、左腕を治すことである。

もし巴マミがこの場に居たなら……さやかに、自分自身の望みをもっとはっきりさせることを求めただろう。
即ち、さやかの真なる願いは上条恭介の恩人になる事なのではないか、と。
だが、この美樹さやかには、そんな事を相談できる相手も居なくて。
結局……分不相応な理想の元に、上条恭介の恩人となる可能性を棒に振る事となるに違いない。

ピラニアヤミーの残したセルメダルをアンクが拾いに来た頃には、既にさやかは影も形も残して居なかったらしい……



一方、少女ヤミーことトーリは、ようやく目的地を見定めて一直線の飛行を行っていた。
お察しの通り、その場所とは巴マミの住むマンションである。
というか、トーリが落ち着ける場所など、他には無い。
ふてぶてしくも、今夜からの寝床にしようとさえ考えている始末である。
そんな彼女の幻想がぶち壊されるのは、ほんの数分後の話だった。

当のマンションの壁面に、大きな穴が開いていたのだから。
むしろ、外側から巨大怪獣かロボットによって抉られたと言われた方がまだ信じられるような、穴というよりは窪みというべき代物かもしれない。
風呂場があったと思しき空間では破裂した配水管から噴水のように水が溢れだしており、ガス漏れの臭いがしないことがせめてもの救いだろうか。

そんな中に、『彼女』は倒れていた。

「マミ、さん……?」

降り注ぐ水粒を浴びながら、意識があることをまったく窺わせないほど微動だにせずに。
今日はよく知り合いが倒れる日です、そう愚痴を吐きながら、とにかくマミを部屋の中の浸水を免れたスペースまで連れ込み、ベッドに寝かせてみる。
脈と呼吸はあるようなので死んでいる訳ではないのだろうが、つい1時間ほど前には元気だったとは思えないほどに、巴マミは衰弱しているように思われた。
冷水に浸かっていたせいだろう、と結論付けたトーリは、早速濡れた衣類の処置を試みたのだが……

「全滅、ですね」

洋服棚の位置が悪かったらしく、内蔵されていた衣類はことごとく浸水しており、代えのものが全く見当たらない。
もしマミの意識があったなら魔法少女に変身させれば済むのだが、マミの意識が無くてはその手も使えない。

……部屋の中を見回したトーリは、代替手段をすぐに見つけることが出来た。

選ぶべき道は……ただ一つ!

「映司さん、ごめんなさい!」

なぜ映司に謝っているかって?
そこに服があるからさ。

手早くマミの服を脱がせ、無事だったカーテンでその身体から水分を拭き取ったトーリは……映司の身ぐるみを剥ぎとり、それをマミに着せて一息ついたのであった。
パンツだけは映司の元に残してやったのは、トーリに残された最後の良心だったのだろう。
この男は放映コードという絶対神に愛されているため、パンツだけは永遠に失わない運命を約束されているのかもしれない。

とりあえず、マミと映司を纏めてベッドの上に寝かせたトーリは……アンクを呼ぶことにした。
この二人を同時にぶら下げて飛ぶのが難しそうだったので、文字通りアンクの手を借りようという発想である。
トーリは携帯電話などという都合の良い物は持っていないし、バッタのカンドロイドを使うための認証も潜れないが……それでも手段はある。

『もしもし? アンクさんですか?』

念話と呼ばれる、魔法少女の特権が。
先ほどマミからその存在を知らされた魔法で、アンクへの通信を試みたというわけだ。
念話というものは、対象の居場所が把握できていないと使えないものなのだが、先ほどセルメダルが撒き散らされた場所を想定してみたら大正解だったらしい。

『なんだ、羽のガキか。どうやって話してる? これも魔法ってやつか?』

その通りです、と素直に答えながら、ふと脳裏を疑問がよぎる。
自分が魔法を使う時に自分のセルメダルが増えないのは何故だろう、と。
それを許すとセルメダルの無限増殖チートが出来てしまうからだ、などという作者側の事情なんて、そんなの絶対あるわけない。

『映司さんとマミさんが倒れてしまったので、運ぶのを手伝ってください』
『面倒だ』

アンクからの答えが簡潔かつ完結し過ぎていて涙が出そうになった。
泣いても良いよね? だって女の子……いいえ、ヤミーですね。そうですね。
トーリとしては、何としてもメダル絡みの情報をアンクと映司から引き出さなければならないため、ここで会話を終わらせる手など無い。

『……実は映司さんが緑のグリードを倒したみたいで、緑のメダルを7枚持ってるんですよ』
『ほう、そいつは儲けたなァ』

一応ウヴァさんの名前を知っているトーリだが、アンクにその繋がりを勘ぐられるのを恐れて呼称を考えてみた。

『これって、復活してグリード態に戻ったりしないんですか? それが心配で仕方ないんですが……』

むしろそれが目的です……なんて、言うわけがない。
飽く迄、トーリはアンク達の味方のフリをしなければならないのだ。
早くとも、ウヴァの復活が果たされるまでは。

『……そうだな。3種類を揃えて、全体の半分……5枚ぐらいあれば復活は出来た気がする。危険には違いないか』

なるほど、良いことを聞きました!
全体の半分が5枚ということは、おそらく全部で10枚程度があるのだろう。

『今、映司さんの元に7枚あるんですけど、残りの3枚はアンクさんが持っているんですか?』
『俺の手元には今は一枚も無い。何処にあるんだか……まぁ、目星はついてるがなァ』

多分持っているのだろうと思いつつも念のために聞いてみたトーリだったが……答えは、最悪だった。
大まかな場所が解っているならば希望は捨てられないが、今の会話の流れからそこに持って行くのは苦しそうだったので、またの機会にせざるを得ないだろう。

『とりあえず、映司さんから何枚かメダルを預かっておきますね』
『用心深いことだ』

ごそごそと物音をたてながら、現在は巴マミの身を包んでいる衣類の中を探り、お目当てのアイテムに手を伸ばす。
……見つけた。
クワガタ、カマキリ、バッタの3種類7枚のコアメダルが、ついにトーリの手に!

『それで、復活の他の条件って何なんですか? 一応聞いておきたいです』

一応ではなく、それが主な質問内容なのだが……何でも無いことのようにさらりと聞くのがポイントである。
絶対にトーリの正体を気付かれてはいけない。

『……面倒だ』
『えっ……』

返されたのは……そっけない言葉だった。
知らない筈は無い、とトーリは確信しているが、これ以上突っ込んで聞いたとして、相手に疑心を植え付けるのは好ましく無い。
大丈夫だと言われているのだから、あまり強く聞くのも不自然である。
一日に何回『面倒だ』と口にすれば気が済むのだ、などという突っ込みをして機嫌を損ねるのも御免である。

『悪いか?』
『いいえ、そんなことは……』

まるで、悪徳上司と気の弱い部下のような会話である。
アンクが800年前に為された封印から目覚めたグリードであるという情報を、トーリは映司から聞いたことがある。
ならば、アンクがその復活方法を知っていると考えた方が自然な筈だが……聞き出す手段も思いつかない。

結局7枚全部をネコババするわけにもいかず、とりあえずクワガタとバッタを1枚ずつ残して、残りを没収しておくに留めたのだった。
カマキリを残さなかった理由は、先ほど目の当たりにした緑の雨が脳裏にちらついたからかもしれない。
とは言っても、カマキリ2枚だけはアンクに渡してしまう予定である。
そうすることによって、アンクと映司の二人は互いの持っているメダルからトーリのネコババした三枚を推察できなくなるはずだ。

『……ん? お前、さっきなんて言った?』
『そんなことは無いです、って言いましたよ?』

何かに気付いたような、アンクの少しだけ高い声。
念話というもので声の高さが伝わるのも奇妙な話だが、そういうものなのだろう。

『その3つぐらい前だ』
『ええと、確か、ワタシがメダルを預かって……』

自身の発言内容を思い出しながらその内容を口に出して……後悔した。
メダルというものは、文字通りグリードの命である。
それを預かるという提案が、何らかの疑念を抱かせてしまったのではないだろうか。

『そうか、そいうのもアリか。お望み通り、そいつらを運ぶのは手伝ってやるから、場所を教えろ』

何だろう、この気の変わり様は。
怪しい。怪しすぎる。
トーリの方から助力を求めておいてなんだが、アンクのこの変わり身は不気味すぎる。
相手の脊髄をぶっこ抜くバッタ怪人に肩を並べられる不気味さだ。

『お前自身に新しい用事も出来たしなァ』

嬉しそうなアンクの笑い声が、空恐ろしい。
首筋を冷たい汗が流れ、心拍数が上がる。
マズい、かも?

『近くに居るからこそ気付かないモンだよな。伏兵ってやつはよ』

気付かれた……?
トーリとしては、そこまで疑念を持たれるような行為には及んでこなかったつもりなのだが、何か落ち度があったのだろうか?
いざとなったら、映司を人質にとって逃げることまで考えなければならない。



トーリの死亡フラグな日々は、終わらない……



・今回のNG大賞
トーリが通信のためにベランダに出ている間に、目を覚ました火野映司が認識した、三つの出来ごとは!

一つ、映司はパンツ一丁になって寝ていた!
二つ、巴マミが映司の服を着せられて寝ていた!
三つ、二人は同じベッドで寝ていた!

「まさか俺、何か間違いを……そんなバカな……いや、でももしかして……?」

コンボの使用による副作用を本気で考えなおしたい気分に、なったらしい。


・公開プロットシリーズNo.17
→蝙蝠には蝙蝠の悩みがある。



[29586] 第十八話:自分が変われば世界も変わる
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:42
『お前、俺のメダルも預かれ』
『はあ……?』

まったく、この腕怪人は何を考えているのか皆目見当もつかない。
ただ……身の危険が迫っているわけではないと判れば、自然とトーリの肩の力も抜けるというものである。

『鴻上と取引をしてきた。メダルシステムの使用料として、「俺と映司」が手に入れたセルメダルの40%をヤツに引き渡すっていうことになっちまったんだよ』

40%という割合が高いのか安いのか、トーリはそれを推し測るためのモノサシを持っていない。
しかし、アンクの物言いから考える限りでは、アンクは4割ものセルメダルを持っていかれることを良しとしていない。
……つまり?

『俺達が倒したヤミーのセルメダルを、契約と関係がないお前が一時的に持っておけ。俺達が必要な分だけお前から引き出して、その4割分を鴻上に渡す形をとればいい』

これは、なんたる棚ボタ。
何らかの形でオーズのセルメダルを横領しようと企んでいた少女ヤミーにとっては、朗報以外の何者でもない。
しかし、よく考えるとその作戦には致命的な穴があるのではないだろうか?

『アンクさん達の所に渡す時に4割を引くなら、最終的には手に入れる量は変わらないですよね?』

確かに、トーリにセルメダルを持たせておけば、見かけ上はアンクチームの所有メダル数は多くなる。
だが、飽く迄それは外見上の話であり、トーリが直接メダルシステムを利用することが出来ない限り、意味の無いプランに思える。

『俺の完全復活が確定したら、鴻上のヤツを裏切って手元のメダルを独占すれば良い』

やること為すことが、イチイチあくど過ぎる傾向の否めない腕怪人。
そういえば、カザリさんが『君は油断ならない』とか言ってた気がしますねぇ……
実は、トーリの正体に気付いていて、尚且つトーリを利用せんと誰も想像しないような策略を既に企てているのではなかろうか。

『ワタシのこと、怪しんでませんでしたっけ?』

なんせ、嘘臭すぎるプロフィールを持つ記憶喪失少女トーリに、メダルというプレシャスな品物を預けることを容認する発想が怪しすぎる。
何か裏があるのではないかと勘ぐってしまったトーリは、決して慎重すぎるということはないはずだ。

『確かにお前はこの上なく胡散臭い……が、いけ好かない鴻上のヤツに4割も持っていかれるよりは、まだ腹も立たないってモンだ』

ネコババ公認ですか、そうですか……そんなの絶対、あるわけない。ですよねー。
トーリが裏切ったらやはりアンク達は烈火のごとく怒って始末に来るだろうから、期を見極めることは非常に重要である。
そして、

『「マミさん」では無く「ワタシ」に預ける理由を聞いても?』

そう、そこが一番怪しいのである。
何故、もっと信頼できそうな巴マミではなく、素性の知れないトーリでなければならないのか。

『そんな事したら、あのマミってガキをバカに出来なくなるだろうが』
『……把握しました』

アンクが巴マミをからかう光景を、トーリは見たことがある。
初めて会った時にも、マミの猟奇殺人癖を論って挑発していた筈だ。
マミさん本人は否定していたから、あれはアンクさんのでっち上げ……で、良いんですよね?

疑心暗鬼はヤミーをも殺す……のでしょうか?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十八話:自分が変われば世界も変わる



「転校生、誕生日プレゼント持ってきたぞ!」

暁美ほむらに、電流走る。
さやかが魔法少女となった記念日の翌日に、それは起こったのだ。
……そこまで大げさなものでも無いかもしれないが、衝撃的な一言には違いなかった。
何が起こったかというと、

・美樹さやかが
・暁美ほむらに
・誕生日プレゼントを渡した

何がおかしいのだと聞かれれば、全てが怪しいと答えざるを得ない。
暁美ほむらが今まで生きてきたループ時空の中で、ここまで暁美ほむらに親しく接してくる個体が居ただろうか。
一週目辺りでは気を遣ってもらっていたような気もするが、その時以来のはずだ。

美樹さやかから差し出された物体は、10センチ強の正方形で、厚さ1センチに満たない形状の物を包装紙で包んであるモノだった。
……どう考えても、上条恭介への贈り物候補として購入し、没となった一品に違いない。

そこまで、判って居るはずだ。
暁美ほむらには、そのぐらいの予想はついている。
その筈なのに……

「……感謝、するわ」

どうしようもなく胸が高鳴って、頭の奥がぼやける。
キュゥべえと契約した時以上に、自分が自分で無くなるような、奇妙な感覚が走り抜けていく。
でもそれは……不思議と不快さを伴わなず、それでいてどこか懐かしいような、くすぐったい何か。

「私達からも、誕生日プレゼントがありますわ」

狙いすましたタイミングで口を開く、志筑仁美。
そして、その横から期待の眼差しを暁美ほむらに向けている、鹿目まどか。

渡されたのは……ネコの、ヌイグルミだった。

ここでキュゥべえを想像した君は、多分疲れているんだ。少し休んだ後に契約してよ。
もしカザリさんを想像したお前は、早く欲望を開放する作業に戻るんだ。

剥製でも着ぐるみでも無く、縫い包みである。
デフォルメされた真っ黒なネコの縫い包みは、どこか歪さを感じさせるものの、全体としては愛らしい。

「あのあと、鹿目さんと二人で作ったんですわ」
「何それ? あたし聞いてない……」

首に巻かれた紫のリボンが、どことなく暁美ほむら自身の姿を連想させた。
若干身体の黒色に隠れてしまって、その紫の存在を主張しきれていない辺りが、特に。

「名付けて『エイミーちゃん弐号機』だよ!」

まどかの、得意気な、暖かい声。

――燃え上がれぇっ! って感じで!

思い出した。

――やったね! ほむらちゃん!

この、胸の奥が熱くなって、身体の芯が震えるような感覚の正体を。
仲間が……鹿目まどかが、遠い昔に言葉をかけてくれた時にも、感じた筈だ。

「嬉しい……」

いつ以来だろう。
こんなにも、心が揺さぶられるのは。
少なくとも、もう誰にも頼らないと決めた時より後には、無かった筈だ。


暁美ほむらは、気付けなかった。
美樹さやかが、お見舞い用のCDを余らせた理由を。
上条恭介が、奇跡と魔法によってその容態を変化させられたことも。

希望と絶望は、釣り合うように出来あがっている……のだろうか?




とある人通りの多い居住区の、何の変哲もないマンション。
そこは、少し前まで『普通の少女』が住んでいた筈の一室があるはずだった。
少なくとも先日まで、その住人の中には剣を召喚する魔法を使える人間など居なかったに違いない。

その建物の中に当たり前のように帰って行く、やはり何の不審も無い女子中学生……その後ろ姿を見送る、一人分の視線があった。

「異常無し、か」

いわずと知れた我らがライドベンダー隊の小隊長である、後藤慎太郎だ。
暁美ほむらや火野映司の監視を任されている彼が、何ゆえに今度は美樹さやかを追いまわさなければならないのか。
答えは単純明快……

『未確認生命体B4号『美樹さやか』君の監視を後藤君達への指令に追加する! 新たな任務の誕生だよ! ハッピィバースデイッ!』

何処かで聞いた台詞のコピペ改変な気がしてならないとか、B2号とB3号は何処に行ったのだとか、色々と突っ込みたい事は山積みだったが、部下としては仕事をこなさないわけにもいかない。

それでも時間を無駄にしたような気がしてしまうのだから不思議なものである。
何も事件が無かったのだから喜ぶべきなのだが、世界を救ってやろうと意気込む後藤青年としては、肩透かしを食らったという気分にもなってしまう。

まるで張り込み中の刑事のように、「お疲れ様です」という言葉とともに差し出されたアンパンと缶コーヒーを受け取り、栄養分の補給に励む。
コーヒーの円筒がカンドロイドに見えてしまった辺りに職業病を疑いつつ、部下に軽く例を言いながらもう一度マンションの外観に目を走らせてみるものの、異常などある筈も無い。
そして、アンパンを齧りながら……後藤は、監視対象である美樹さやかとは直接的な関係の無い異変に、気付いてしまっていたりする。

思いなおしてほしい。
後藤は、『一人』で監視をしていたのだ。

……たった今、後藤に軽食を提供してくれたのは、誰だ?

後藤の記憶によれば、偶然にも現時刻においては、暇を持て余している隊員は居ない筈だ。
火野映司や暁美ほむらを監視している人員が偶然に後藤の近くを通りかかる事は無いとは言い切れないが、あまり高い可能性があるとも言えない。
会長秘書の里中エリカが来たのかとも考えたが、残業というものが台所の黒い影よりも嫌いな彼女が、態々非番時に後藤の所になど来てくれるわけがない。

もちろん、後藤の後ろに立っている人物として一番ありえないのは、間違いなく鴻上会長である。
会長が居るのにこんなに場が静かだなんて、そんなことが有り得るのならば後藤がオーズか魔法少女に変身するという奇跡が起こった方がまだ現実的である。

心当たりが、全く無い。
だがしかし、軽食を差し入れてくれるぐらいなのだから、敵ではないはずだ。
まさか食事に自白剤が混入されているだなんて、思いたくない。
悩みが行き詰った後藤の最後に残った道しるべは……後藤の背後に居る人物を後藤自身の目で確認する作業以外には有り得なかった。

心の中で3つ数えながら、意を決して振り向いた後藤が目にした人物は……

「こんばんは?」

いつしか未確認生命体B1号及びB4号と行動を共にしていた、桃色の髪が印象的な女子中学生だった。
後藤とさやかが言い争いをしていた時に、大泣きした彼女である。

「どうして、君がここに?」

後藤としては、嫌な予感は既に影を見せている。
この子の交友関係を鑑みれば、その正体に対する推論も自然と立つというものだ。
ストレートに言ってしまえば、目の前の女子中学生……鹿目まどかも、未確認生命体かもしれない。

「後をつけて来ちゃいました」

先日も、同じ事をされたような気がしてならない後藤小隊長……彼には、そもそも尾行という任務自体に対する適性が無いのだろうか。
えへへ、と悪戯がバレた子供そのものの反応をしながら、その子は後藤の悩みを知っているとは思えない笑顔を振りまいていた。

「俺が危険な人間だとは思わなかったのか? 少なくともお前の友人はそう思っているだろう?」

鹿目まどかに対して質問を重ねながら、先ほど美樹さやかが帰宅していったマンションを後藤は横目で確認する。
そう、まさにその美樹さやかが、後藤をロリコンのストーカー扱いした張本人なのだから。

だがしかし、まどかは鴻上財団に勤務する母親から、後藤の評価を聞いていた。
『真面目で堅物の青二才』と称されていたはずで、悪い人間には聞こえなかったはずだ。
それどころか、鴻上財団に敵対する者達から暁美ほむらとその周囲を守っているという誤解まで重なった結果、まどかの中では既に後藤は不審者ではなかった。

「後藤さんって、多分、私達のことを影から守ってくれているんですよね。何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……」

……確かに、未確認生命体たちが何か事件を起こすとすれば、後藤が居る事によって周囲の子供たちは危険を被る可能性を大きく減らされることだろう。
まどかの話しぶりからは、彼女自身が異能を持った存在であるという響きは感じられない。
というか、まだ一度しか会ったことが無い筈の後藤を気遣ってくれる辺り、胡散臭いぐらいに人が良いと言わざるを得ない。

「そう言ってくれると、少しだけ救われる気がする。不謹慎なのは解るが、何も事件が起こらないと暇なのは間違いないからな」
「でも、後藤さんが居てくれたら、何か起こっても大丈夫そうだって気もしますよ」

良い子だ。
今時こんなに良い子が居るのかと疑わしくなるぐらいに良い子である。
あの生意気な未確認生命体B4号も、少しはこの子を見習えば良いのに。
そして、この子が友達グループと楽しげに話している姿を、後藤は見たこともある。
その環の中で、同じように年相応な幼さを見せる、美樹さやかや暁美ほむらの姿も。

……後藤たちが未確認生命体と呼んでいる彼女たちは、本当に危険視しなければならない必要な存在なのだろうか?

後藤には、わからない。
美樹さやかの方は先日ピラニアヤミーを倒していたと聞くので、むしろ人類の平和を守る側なのかもしれない。
しかし、暁美ほむらがライドベンダーを襲撃したのも状況的に間違いないはずだ。
まさかこの二人が互いの異能を知らずに友達をやっているなんてことは無いだろうが、それにしては立ち位置が一致しない気もする。

「……そうか。俺達はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない」

その違和感を払拭する仮説を、後藤は不意に思いついた。
このチグハグな状況を説明できる勘違いに、思い至ったのだ。

「確か、鹿目と言ったな。君に、手伝ってほしい。重要な事なんだ」
「は、はい!」

いつになく真面目な表情で、後藤慎太郎は鹿目まどかに向き直る。
そして、その真剣な視線に思わず是と答えてしまうまどか。


「美樹さやかや暁美ほむらに、『ライドベンダー』についてどう思っているか聞いて来て欲しいんだ」

後藤の考えでは、暁美ほむらも人類側の味方である可能性が残っている。
先日のライドベンダー襲撃は、あのヘンテコ自販機がどういうものか知らなかったために起こってしまったのだろう。
そう、後藤は予測した。

大げさに敬礼して見せる鹿目まどかに先ほどの軽食の代金を渡しながら、後藤は彼女を帰路に着かせたのだった。

不思議なものだ、と後藤は思い返す。
先ほどまで、美樹さやか達が世界の敵であることを期待していた筈なのに、今は彼女たちを疑いたくないと思い始めている自分が居て。
それを変えたのは、何の変哲もない女子中学生一人だったのだ。

「案外、世界を救うのも、俺よりもああいう子なのかもしれないな」

既に後ろ姿も見えなくなった少女の事をぽつりと称賛しながらも、後藤は三度マンションへと意識を向け直す。
マンションの扉を潜りぬけて既に薄暗くなった町へと歩き出す、美樹さやかの姿を目視しながら……



・今回のNG大賞
「それにしても、何故アンパンと缶コーヒーなんだ?」
「形から入るタイプなんです……」

恥ずかしそうに目を逸らしてみせる鹿目まどかの様子が、どこか微笑ましく思えた後藤慎太郎たっだ。
この子はきっと、もし魔法少女になれるなら、コスチュームから考え始めるだろう。
そんなワケの解らない思考を、後藤慎太郎は抱いた……らしい。


・公開プロットシリーズNo.18
→きっと世界は救えない。さやかだけでも、後藤さんだけでも。



[29586] 第十九話:その配役はおかしいでしょ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 18:19
それは、金属同士をぶつける音を聞いた時に似た感覚だった。
聞き間違える筈も無い。
800年前から全く変わらない、人間の欲望が満たされる音に違いなかった。

それを聞いたからには、『彼』はその場に嬉々として向かう……はずだった。
その音源が、『町中の至る所』でなければ。
通常、ヤミーと親は一対一の対応関係にあり、同時に複数の場所からそれらの気配がすることなど、有り得ない。
アンクからはその気配の出場所に居るモノがヤミーか親か判別することは出来ないが、単純に考えて音源の半分がヤミーで残りが親なのだろう。

「何が起こってやがる……この町に……」

メズールのヤミーが量産されているのかもしれないとも考えたが、今まで成長する気配など感じなかったのに急に此処まで増えるのもおかしな話である。
さらにアンクの警戒心を喚起したのは、アンクが携帯端末からインターネットを使って情報を収集しようとしても、町中の異常を訴える人物が見当たらないことであった。
ヤミーが現れれば、人間達はその目撃情報を発信するはずなのに。

アンクには、分からない。
見滝原市に起こっている、異常の正体が。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第十九話:その配役はおかしいでしょ



トーリは、当ても無く、ただ空を飛びまわっていた。
理由は、その身体を構成するセルメダルが増え始めたからである。
アンクはそれを嗅ぎつけているはずなので、正体がバレることを恐れるトーリとしては逃げ回るより他に手が無い。

……トーリがその光景を見つけたのは、偶然だった。
廃ビルの中に入って行く、黒ずくめの青年の背中を見たのは。
ただ目的も無く徘徊しているのも退屈だというぐらいに考えて青年を追っていたトーリは……気がつくと、魔女の結界の中に居た。


「まったく、ワケが解らないです……」
「お前は……何故こんなところに?」

しかも、結界に入ってしまったことに驚いていたら、青年に発見されてしまうという痛恨のミスである。
そして、相手の質問の意図が解らない。
トーリと青年は初対面であるはずだから、何故この場所に居るのかという意味合いの強い質問なのだろう。
しかし、青年自身も魔女の結界内部の様子に興味津々な視線を向けている辺り、この空間について深い理解を持っているとは思えない。

「ワタシ達魔法少女が、魔女を倒す存在だからですよ」
「魔法少女? 魔女……?」

とりあえず差し障りの無い情報を出して見たトーリだが、青年はその単語自体に心当たりが無いらしい。
ひょっとすると、偶然迷い込んでしまった一般人なのかもしれない。

「ワタシはとりあえず奥まで行ってみますけど、貴方はどうしますか?」
「……俺も行く。この奥に先に行った奴に用があるからな」

素直に帰ってくれることを期待したトーリであった筈だが、何故か青年は進行の決心を固めてしまったようだ。
ワケが解らない。

そして、後藤もそれは同じだった。
何故、未確認生命体B3号と呼ばれている蝙蝠少女が、後藤の後を追って不思議な空間に入ってこなければならないのか。

「名前を聞いても良いか?」
「トーリって呼ばれてます。貴方は?」
「後藤だ」

そういえば、未確認生命体で名前が不明なのはこの子だけだった。
そう思って尋ねてみた後藤に、少女は特に重要な情報でも無いという様子で即答してくれた。
以前後藤が見た時には羽を出して空を飛んで逃げる場面だったはずだが、今はその羽を背中に折りたたんでいるため、普通の子供にしか見えない。
……ましてや、その正体がヤミーだなんて、気付く筈も無かった。

「とりあえず、行くか」
「ですね」

何はともあれ、旅は道連れとばかりに会話をしながら、魔女の結界内部を進む後藤とトーリ。
信号機を発見したかと思いきや林のような障害物に遭遇し、かと思えば長い階段を上下する。

「魔法少女と言っていたが、君達は何者なんだ?」
「魔法の使者と契約を結んで力を手に入れた人間、といったところです」

厳密にはトーリは人間とは言い難いのだが、そんな火種になりそうなことは口にしない。
このヤミーは親に似て、肝心なことを誤魔化すのが上手いのだ。

「それで、その白いのが魔女か?」
「……白いの?」

後藤が指差した先に居たのは……人間の拳より少し大きい程度の、素敵なヒゲを生やした白い球体だった。
バラと思われる造花をバケツリレーの要領で運んでいる、あまり常識で測ろうとも思えない、何か。

「……実は私、新米魔法少女なので、魔女っていう人たちを殆ど見たことも無いんですよ」

言外に分かりませんと解答するトーリの言葉に反応した……訳ではないだろうが、その身体を歪めたヒゲタマゴは、

「げぶぅっ!?」

突如として、跳ねた。
トーリの胴に直撃のコースで。
予期せぬ一撃で身体を『く』の字に曲げられたトーリは、近くの花壇に突っ込ませられてしまった。
大丈夫か、とトーリに声をかけようとする後藤の方に……着地したヒゲタマゴが向き直った。
目が無いので後藤の事を認識しているかどうかは謎だが、ヒゲがあると言う事は、おそらくそこが正面なのだろう。
再び身体を不自然に歪めたヒゲタマゴが、溜めた力を使って高速で飛来するが、

「おっと」

先ほどトーリが直撃を食らった体当たり攻撃を、難なく避ける後藤さん。
不意打ちならまだしも、仮にも戦闘のプロであるライドベンダー隊小隊長が、そんなタメの長い攻撃を避けられない筈も無かった。
そして、壁に張り付いて再び跳躍しようとしたヒゲタマゴは……次の瞬間には乾いた音と共にその身体を爆散させられていた。

「意外と、あっけなかったな」

放たれたのは、一発の銃弾。
後藤が何処からか取り出したショットガンからは硝煙が立ち上っており、ヒゲタマゴの死因がそれであることは疑う余地が無い。
魔女というからには最低でもヤミーレベルの戦力を期待していた後藤としては、拍子抜けしたと言わざるを得ない。
実はむしろ、そのヤミーが先ほどの一撃でのされてしまっているのだが。

「うう……何だかワタシって、こんな役回りばかりな気がします……」

身体を土まみれにしながらのそのそと花壇から這い出てくるトーリからは、隠しようも無い頼りなさがにじみ出ていた、と後藤は後になって語ることになるのだった。
もっとも、汚れはともかくとしてその足取りに乱れは無く、ダメージは少なそうであったが。
心配して駆け寄ってくれた後藤の目からも、それほど問題は無さそうに思えた。

「そして、新たにもう一つ聞きたいことが出来た」

ワタシの戦力についてですか。そうですか。
なんだか心に傷を負う質問の予感を察知したトーリだったが……その予想は、外れていた。

「魔女っていうのは……こんなに沢山居るものなのか?」

こんなに……?
トーリは、気付いた。
後藤はトーリの方を向いているが、トーリ自体を見ているわけではないと言う事に。

そして、振り返って、後悔した。
壁一面の、ヒゲタマゴの群れを、目視してしまったことを。
奴らが、体当たり攻撃のモーションに入っていることにも。

……トーリの顔は青一色になり、頭は逃走一色になる。

「後藤さん、掴まってください!」

言うが早いか、その背中から羽を展開したトーリが、後藤をぶら下げて飛び立つ。
退路は塞がれているため、前へ前へと進むしかない。
幸い、その背中に当たりそうなヒゲタマゴは、後藤さんがピンポイントに狙撃して妨害してくれるため、それなりに安心して進めそうなことだけが、唯一の救いであった。

トーリは、知らない。
その先に、『誰』が戦っているのかを。

後藤は、知らない。
この先で、『何』が待ち受けているのかを。




美樹さやかは、生まれて初めて出会う『魔女』に挑んでいた。
キュゥべえという魔法の使者からソウルジェムを使用した魔女の探知法を聞き出した彼女が見つけた、一体目の魔女であった。
とはいえ、さやかは先日出会ったピラニアヤミーのことも魔女だと勘違いしているため、既に二回戦目の気分だったりする。

「ハッハッハ! 魔法美少女さやかちゃん伝説の1ページになるが良い!」

この美樹さやか、ノリノリである。
その言動が、後に黒歴史ノートの1ページとなることは、疑いの余地が無い。
中二病と言うなかれ。
彼女は正しく中学二年生なのだから。

だがしかし……魔女には、黙って殺られるようなお人好しなど居る筈も無い。
魔女以外なら居るかと聞かれれば、きっとそんな生物は某インキュゥべえターさんぐらいしか居ないとしか答えられないのだが。

緑を腐らせたような不気味な色の大きなツボミを頭のようにもたげた、植物らしき姿をした存在……そいつが、美樹さやかと対峙している魔女であった。
アクセントに身体中にバラの花を咲かせているのに、全く美しく見えない不思議なオシャレをした異形の生き物が、俊敏な動きで部屋中を走り回っているのだ。
そしてその周囲では、蝶の姿をした無数の使い魔が魔女を護るために、さやかに妨害工作を仕掛けていた。
あるものは体当たりでさやかの動きを鈍らせ、別のものたちはグループを作って縄のような動きをしながらさやかに絡みつく。

「だあああっ!? 大人しく倒されろっ!」

ぶっちゃけ、近付けない。
さやかは身体能力に優れた魔法少女であるが、近接戦闘が通じない相手にはあまり勝ち筋が無いという重大な欠点を抱えていた。
そして、この魔女はその欠点を突く遠距離の足止め手段を持っている。

……つまり、倒せない。

先日出会った仮面ライダー氏に習って剣を投げつける攻撃も試してみたが、使い魔の身体と命を張った感動的なブロックによって悉く防がれてしまった。
それを続ければいつかは使い魔が居なくなるのかもしれないが、ソウルジェムが濁り切るのとどちらが先かと言われれば、やはり勝ち目は無い。

「お、落ち着くのよ、あたし! これはきっと、新しい力に覚醒するフラグなのよ!」

お前は何を言っているんだ。
さやかは、焦り始めていた。
よく訓練された某掲示板住人ならば、素数を数え始める程度には。

「そうだ! こんな時こそ……!」

さやかは何かを思いついたようです。

「うん! やっぱりいつだって正解は『①聡明なさやかちゃんは打開策を思いつく』だっ!」

それは本当に選択肢①だったのだろうか?
選択肢の③ぐらいにはきっと、『死ぬ。虚淵は非情である』とか書いてあるのだろうが。
というか、無数に存在する並行世界の中で、ただ一度たりとも美樹さやかが聡明な時空など存在しただろうか?
もし、この場に居合わせていない暁美ほむらが先ほどの妄言を聞いたのなら、間違いなく彼女の友人の心の叫びを思い出すだろう。

そんなの絶対おかしいよ、と。

例え世界の破壊者様が全力で『魔法少女まどか☆マギカ』の世界を破壊して再構成したとしても、さやかの性格だけは、きっと永久に不変な『最後に残った道しるべ』であるに違いない。
従って、次にさやかが発言する内容も、聡明なものであるなど、有り得る筈が無かった。


「仮面ライダーが助けくれる……この間みたいに仮面ライダーが助けてくれる……!」

……それは本当に、本当に選択肢①の範囲内なのだろうか?
ヒーロー&ヒロイン理論としては間違ってはいないのかもしれないが、自分を主要ヒロインだと断定しているあたりが痛々しすぎる。

「そして、実はその正体はリハビリを終えて出て来た恭介だったりして、そこから始まる二人のラブストーリーッ!」

残念だったな、さやか。
その仮面ライダー氏の正体は、君が変態ゴミ虫二号と呼んでいるパンツマンなんだ。
だが私は謝らない。

「……というわけで」

全力で走りながら胸いっぱいに妄想と空気を満たすという器用な予備動作を行ったさやかは、

「助けてーっ! 仮面ライダァァッ!!」

叫んだ。
それはもう、強くて頼りになる先輩の身体がボロボロになった時のように。
もしくは、その先輩を糾弾する後輩のように。


かくして、『それ』は現れた。

魔女の住処たる最奥部の部屋の扉を突き破り、その速さを緩めることなく魔女へと肉薄する、さやかが待ち望んだ救世主が。


「止まれっ! それか方向転換だっ!」
「ああああっ!? そこのバラさん、どいて下さいーっ!?」

転校生をストーキングしていた、ロリコン野郎の叫び声。
そして、先日仮面ライダーを回収していった蝙蝠女が、彼を抱えて飛んでいた。
更に気になることに、その後ろには、ヒゲを生やした使い魔が大量に追いかけて来ている。


反応に困った美樹さやかが言い放った一言は……

「……チェンジで」

絶望がお前の……ゴールだ。



・今回のNG大賞

「こんなことになるなら、ライドベンダーを持ってくれば良かった……」

後藤慎太郎、痛恨のミス。



・公開プロットシリーズNo.19
→蝙蝠で3号……後は分かるな?



[29586] 第二十話:Ride the wind――風向きは変わり続けて
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/04 02:48
即座に蝙蝠女から手を離し、華麗に滑空する後藤慎太郎(22)。
空中で一回転して10点満点の着地をする……わけではないが、腐葉土と思しき柔らかい地面で無理やり受身を取ってダメージを失くす辺りは流石と言ったところか。

「ふう、危なかった」

一方のトーリは勢いを殺すことが出来ずに……そのままバラの魔女に正面から突っ込んだ。
いわゆる、交通事故というやつである。

「お星様が……見え……」

頭から激突して目を回しながら地面に落下するトーリを、その場で一番余裕があったさやかが、とりあえず受け止めておいた。
……お姫様だっこで。
仮面ライダー様を呼んだ筈なのに、何故さやかがそんなことをしないといけないのだろう。
むしろ、ヒロインになりたかったのに……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十話:Ride the wind――風向きは変わり続けて



「大丈夫?」
「うにゃぁ……」

ダメらしい。
そして、何故か魔女と使い魔からの攻撃が来ない。
まさか重要なシーンだから主人公補正が働いて攻撃が当らない、などという事情は無いだろうが、だとすればいったい?

部屋の中を見回しながら魔女を探して……さやかは、ようやくその理由を発見した。


……魔女が、ダウンしている。
使い魔たちは魔女を起こそうと、必死にその身体を揺さぶっていた。
さやか達の方に来るはずの攻撃が止んでいたのは、そのせいだったのだ。

「ちゃーんす!」

ならば、さやかのすべきことは追い打ち以外に有り得ない。
トーリを抱える腕を左手だけにしながら、右手で投擲用の剣を生みだそうとして、

「……ナニコレ?」

右手に生じた予想外の重量感に、思わず焦りの声をあげて手元を確認してしまった。
そこにあったサーベルは……一言で言うと、デカい。
その丈は普段さやかが使っているものの2倍以上にも及び、重さは桁が一つは違う筈だ。
しかも、何だか剣を生みだした瞬間に体の中を熱い何かが駆け巡ったような……?

間違えて魔力を沢山使ってしまったかと思ってソウルジェムに目を下ろすも、濁りは溜まり切るどころか、巨大サーベルを生みだす前から増えていない
というか、重いとはいえ、いつものサーベルの10倍もの重さは、明らかに感じていない。
ひょっとすると、この巨大サーベルは、見た目は立派でも中身はスカスカの見かけ倒しな失敗品なのかもしれない。


「……っと、そんなこと考えてる場合じゃないか」

バラの魔女がまだ起きあがっていないのを確認しつつ、トーリをその場に置き去りにすることにしたのだった。
意識を取り戻しそうではなかったので。
再び巨大サーベルを手にしたさやかは、今度こそバラの魔女にトドメを刺そうとするが、

「……あれ? どういうこと?」

何故か巨大サーベルの重量感が突然増し、今度はまともに振ることが出来なくなっていた。
先ほどは精々通常のサーベルの2倍程度の重さだと思っていたはずなのに、更にその5倍近い重さへと変化を遂げたような感覚なのだ。

何が起こったか理解できない。
巨大サーベルを握る手に帰って来た感覚の差異の理由が解らずに首を傾げてみるが、そこには答えをくれる人間など居ない。
聡明なさやかちゃんでも、流石に何が起こったか分からなかったらしい。
精々、アタリが出たからもう一本? ぐらいの気分である。

「アレが魔女か?」

巨大サーベルを捨てて普通に攻撃しようと思い立ったさやかに声をかけたのは……後藤だった。

「そうよ……って、アンタ何でここに居るのよ!? 今度はあたしにストーカー!? このロリコン野郎っ!」
「寝言は寝て言え」

夢は夜に見ろ。
後藤自身としてはロリコンのつもりはないが、美樹さやかの後をつけていたのは事実なので、話を流すことにしたのだった。
さやかに突っ込みの隙を与えないように、手慣れた動きで後藤は懐から丸みを帯びた兵器を、取り出した。

……グレネード、である。

安全装置を素早く解除した後藤は、思いっきり振りかぶり、絶妙なタイミングでその兵器を投げつける。
ちょうど、置きあがりかけていたバラの魔女の、真下に。


空間が、揺れる。
熱を伴った風が吹き荒れ、蝶の羽の破片が一斉に宙に舞い上がった。
無数の使い魔たちの悲鳴の後に、一瞬だけ重力を失ったかのように浮き上がっていた魔女が、その巨体を落下の衝撃で地面にめり込ませる。

「おおぉー。でも、あんまりダメージ受けてないような……」
「でかい奴は、な」

さやかのクレームに対して、後藤は飽く迄冷静に、反論した。
後藤としては、今の爆発で魔女も死んでくれれば良かったという気持ちがあるので、若干の負け惜しみも含まれているのだろうが。

さやかが注意して見てみると……魔女本体以外の被害が、意外に大きそうだということが解って来た。

「使い魔が……全滅した?」

その通りである。
先ほどまで無数に居た使い魔が、綺麗に片づけられてしまっているのだ。
カラクリは単純。
バラの魔女を起き上がらせるために使い魔たちが一か所に集まっていたので、ボムで一気に処理したというだけの話だったりする。

そうと分かったさやかの動きは、迅速だった。
折角手にした大剣を両腕で抱え、自身は音符の描かれた魔法陣を階段のように設置して足場を作りながら段々に高度を上げ……

「どりゃああああっ!」

清水の舞台もかくやという勢いで、魔女の真上から飛び降りた。
身体強化の出力を上げて無理やり獲物を振りかぶり、技術も速さも無い力ずくの一撃を、バラの魔女の巨大な頭部へと落下させる。

先ほどの爆音とは違う鋭い音と、魔女の甲高い悲鳴が結界内を支配し……次の瞬間にはその空間自体が無くなっていた。
壺の中のような形状であった筈の舞台はいつの間にか人気の無い廃墟へと戻り、静寂が周囲を支配する何の変哲も無い世界は、さやかや後藤が今まで生きてきた町の風景そのものだった。

「う……ぅ……ん……」

……オリ主は、まだ目を覚まさない。



「で、結局あんた達は何なのよ?」

結局、さやかがキュゥべえに願って手に入れた回復魔法を使って、トーリは無理やり起こされたのだった。
ついでに、トーリが気絶している間に後藤とさやかが魔女を倒したという成り行きも、掻い摘んで説明しておいた。

「魔法少女です。先日は挨拶も出来ず、すみません」
「鴻上財団の社員だ。前にも言っただろう」

嘘は吐いていないようだが、さやかの知りたい情報を口にしないのは、二人とも意図的にやっていることなのだろうか?
さやかはこの二人のどちらとも初対面では無いのだから、その程度の情報は目新しくは無いのだ。

「まぁ、魔法少女が魔女を倒しに来るのは分かるとして……後藤だっけ? あんたは何で来たのよ?」

緑を基調とした、魔法少女という割には地味な衣装を来た女の子はとりあえず後回しである。
魔法少女同士ならば、それほど警戒する必要が無いだろう、と高を括って。
この時間軸のさやかは、魔法少女同士がグリーフシードを巡って争う事があるのを、知らないのだ。
バラの魔女から搾取したグリーフシードを手の中で弄びながら、さやかは後藤を尋問することを優先した。

「財団の使命は、異形の存在から世界を護ることだからだ」

若干後藤本人の願望が混じった気がしないでも無いものの、後藤も嘘は言っていない。
会長だって頻繁に、『欲望は世界を救うっ! ハッピーバースデイッ!』とか叫んでいるみたいだし、大体合っているはずだ。

「……」

後藤の誇言を聞いて、眉をひそめながら、値踏みしていることを隠しもしない視線を後藤に浴びせる正直者のさやか。
良くも悪くも、さやかには第一印象を大事にする気質があるのかもしれない。
つまり、美樹さやかの心証としては、やはり後藤は『ロリコンでストーカーな変態ゴミ虫1号』なわけで。

「ねぇ、アンタ、えーと……」
「名前ならトーリですよ?」

後藤との会話が終わっていそうでないのに、何故かトーリに話を振ってくるさやか。

「後藤の言ってる事、信用できると思う?」
「そう、言われましても……」

何故そこで、自分が後藤の人物評価を下さなければいけないのか。
いきなり予想外の質問をかけられ、トーリは反応に困ってしまう。

……というか、さやかさんと後藤さんは過去にも会話を交わしたことがあって、先ほどだって協力して魔女を倒したんですよね?
今更そんな質問をするなんて、ワケが解らないです。

「道中で私を助けてくれましたし、良い人だと思いますよ」

とりあえず、後藤は間違いなく、トーリの出会ってきた人物の危険度が低いランキングの上位2位に入る程度には人物評価が高い。
庇ってやりたい気持にもなってしまうというものだ。
ちなみに、1位はぶっちぎりで、先日町中で助けてくれた鹿目まどかだったりする。
映司とマミも良い人ではあるのだが、トーリにとっての危険度的な意味で、どうしても順位が下がってしまうのだ。

「……あんた、後藤に騙されてるわ。優しくされたらコロっと懐くなんて、ガード緩過ぎなのよ」
「人聞きの悪いことを言うな。お前のような奴ならともかく、人助けぐらいする」

二人とも、何となくトーリを心配してくれている気配はあるのだが、何故仲良くできないのだろう。
というか、後藤の人物評価がブレすぎて、トーリには何を信じれば良いのか分からない。

後藤の事を弁護すればさやかの機嫌を損ねそうだが、逆なら後藤が腹を立てそうだ。
そう感じたトーリは、キュゥべえから遺伝した業を発動することにした。

「後藤さんとさやかさんは、以前からのお知り合いなんですか?」

……話題のすり替え、である。

「そういえば言って無かったけ。コイツは、あたしの友達をストーキングしてたのよ! あたしと同い年の子を! とんだ変態よ!」
「それは勘違いだ。俺は任務中にそう見える行動を取ってしまったに過ぎない」

その言葉はトーリに向けてのものだったが、それを横から聞いた後藤はさやかの言葉から、確かな違和感を嗅ぎ取っていた。
さやかには、『暁美ほむら』が身の回りを嗅ぎ回られる理由に、心当たりが無いらしいという事を。
黙っている後藤に対して、美樹さやかが追及の手を向ける。

「じゃあ聞くけど、その任務って一体何なのよ?」

暁美ほむらが『魔法少女』であることを知っていれば、このような質問は出てこないはずなのだ。
魔法少女という特異な存在が人間から正体を嗅ぎ回られることぐらい、簡単に想定できるはずなのだから。
後藤は、美樹さやかと暁美ほむらが線で繋がっていると仮定していたが、この両者は実は線では無く点だったのかもしれない。

「その質問に答える前に、こちらの質問に一つだけ答えてほしいんだが、良いか?」
「まぁ、良いけど……何?」

だから、後藤がする質問は、その繋がりの確認。

「美樹。お前の力を知る人間は、俺とトーリ以外で誰が居る?」
「……? 誰も知らないよ。親にも言って無いぐらいだし」

さやかが嘘を言っている可能性も否めないが、否定するに足るだけの証拠があるわけでもない。

「魔法少女仲間とかは居ないのか?」
「トーリ以外の魔法少女とは会ったこと無い……っていうか、質問二つになってない?」
「ああ、悪い」

人間社会に潜伏する都合上、仲間の情報を軽々しく口にすることは無いのかもしれない。
しかし、美樹さやかが嘘を吐いているようには見えない……後藤には、何の確証も無いままにそんな印象が生まれていた。

「今度こそそっちの番だよ。転校生の尻を追っかけまわす任務って何なのさ?」

暁美ほむらが、お前と同じ魔法少女だからだ。
……と、言ってしまって良いのだろうか。
鴻上財団レベルの巨大企業になると、個人情報保護法のように小さな理由で訴えられても、ダメージはさして大きなものとは感じられないはずだ。
というか、訴訟を起こすためには魔法少女の存在を裁判所に認知させなければいけない時点で色々と面倒くさすぎるので、訴えられること自体有り得ないだろう。
加えて、実は後藤はこの任務に関して緘口令を敷かれていないため、業務上の観点からもここで暁美ほむらの正体を話すことに問題は無かったりする。

「俺の立場としては、言っても構わないんだが……実は、暁美ほむら本人がそれを周囲に知られることを良しとしていない、と俺は踏んでいる」
「転校生が……?」
「それを俺から聞くことによって、暁美ほむらから恨まれることを覚悟するなら、俺は話す気がある。お前は……どうだ?」

後藤から予想外の選択肢を迫られ、さやかは反応に困っていると見受けられる。
トーリに相談しようにも、彼女が第三者過ぎて、有用な答えが帰ってくる望みが薄過ぎる。

「そういうふうに言われたら、聞けない……かなぁ」
「俺も、正直に言ってほっとしてる。恨まれるのは、やはり気分が悪いからな」

「なーんだ、最初から言う気、無かったんじゃない」
「やっぱり知りたいか?」

頭の後ろに両手を組んで、口をとがらせながら不平を言うさやかに、後藤は再度確認を取るが、

「まぁ、本人が直接言ってくれるのを待つのも、『友達』ってやつでしょ」

トモダチとは、違う道を共に立って往ける者……そう、何処かの偉い人が言ったらしい。
その理論で考えれば、さやかは良い友達……なのかもしれない。

「はぐらかすような言い方をしてしまって、悪いと思っている」
「確かに、ズルいとは思う。アンタにまた一つ、ケチが付いたわ」

あたしはアンタの質問にちゃんと答えたのに、と愚痴りたい気分も、確かに残っていた。
溜め息を吐きながら、やれやれといった様子のさやかは次の言葉を続ける。

「でも、ちょっとだけ、本当に少しだけ、あんたって悪い奴じゃないのかもって思った……かもね」

そこには、先ほどまでの嫌悪感はナリを潜めていて。

友人の事を気遣える、普通の女子中学生の顔が、そこにはあって。

あの心優しい泣き虫っ子がこの子の友達であることが、なるほどと思える不思議な説得力が、存在を主張していた。
……少なくとも後藤には、そう感じられたのだった。



・今回のNG大賞
「話について行けないです……」

いつの間にかさやかと後藤の両者だけの会話になった場の雰囲気に取り残された、オリ主が一人……


・公開プロットシリーズNo.20
→魔女と使い魔は一般人には見えないんだっけ……?



[29586] 第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/06 18:37
「映司さんがこの間一緒に戦ったっていう青い魔法少女のこと、覚えてます?」
「ああ、さやかちゃん。そういえば、ゆっくり話した事が無かったっけ」

たった今まで忘れていたというわけではないのだろうが、何処かとぼけた印象を与える火野映司は、何を考えているのか分かり辛いことがある男ではある。
現在二人が会話をしている場所は、町内に位置する夢見公園であり、近隣のホームレスの溜まり場でもあった。
そして、火野映司という男の現在の居住地でもある。
最近、そう遠く無い場所にあった見滝原中央公園が何者かによって破壊されてしまったために住人が増えてやや手狭な感が否めないものの、映司は特に気にしていないようだった。

「その人が今日、映司さんに会いたいらしくて、この公園に来るみたいです」

ことの発端は、先日さやか一行がバラの魔女を討伐した時にまで遡る。
簡潔に言うと、さやかが仮面ライダー氏の素顔に迫ることを期待したのである。
映司が特に正体を隠していそうで無いと感じていたトーリはこれを受諾し、映司に伝えたというわけだ。

「元気そうでいい子だったけど……」
「元気は有り余ってましたねぇ」

こと美樹さやかに対する評価として、トーリと映司の印象は一致しているらしい。
だがしかし、映司の言葉はそこでは終わらない。

「けど、子供が戦うのは感心しないな。やっぱり」
「まぁ、理由が無ければ誰だって戦いたくないですよ」

先日の戦闘は、アンクから逃れるための場所を探していたら、偶然迷い込んでしまっただけである。
魔女が倒されるとトーリのセルメダルが増えることが確認できたので、充分な収穫はあったのだが、特にそれを確かめるのが目的というわけではなかったのだ。

「その理由ってヤツとどう付き合っていくか、それが問題なんだよね……」

理由……欲望を持つことは、人間ならば当たり前のことだ。
そういうふうに、映司はある程度割り切ることが出来る人間である。
映司があまり物欲を発露しないのは、ひょっとすると……そのせいかもしれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十一話:悪魔へ下す鉄鎚



「ねぇ、『ライドベンダー』って知ってる?」

下校途中の女子中学生四人組……その中で最も低い背丈が目を引く少女、鹿目まどかが、話題を振りだした。

「覚えが無いわ」
「何なの、それ?」

暁美ほむらと美樹さやかが全く知らないとコメントしてくれる辺り、ライドベンダーの知名度はドン底らしい。
むしろ、逆に質問を返されたまどかの方が言葉に詰まってしまうという有様だった。
まどかは先日、ライドベンダーに関する風評を拾ってくるように後藤から言われたのだが、よく考えてみればまどか当人が該当物品に関する知識をまるで持っていないのだ。

「町中に設置されている自販機モドキのことですわ」

自身も知らないのだということを白状しようとしたまどかに先んじて知識を披露したのは……志筑仁美だった。
確かに、まどかも、知っているとしたら仁美ちゃんだろうとおもっていたよ。
……本当だよ?

それはともかく。

「……詳しく、聞きたい」

何故か、仁美の簡潔な説明に一番に食いついたのが、暁美ほむらだったりする。
自販機に、何か嫌な思い出でもあるのだろうか?

そして、その様子に若干の違和感を抱いたのは……どうやら、鹿目まどかだけだったらしい。
まどかが、ライドベンダーに関する心証情報を集めようと思っていたからこそ、得られた情報であったのだろう。

「鴻上財団が開発したもので、特殊な貨幣を入れるとバイクに変形する、とのことです」

お父様が仕事関連の話をしてくれることがあって、その時に聞いたんですの。
そう補足しながら、仁美は機密ではないのかと疑われるような情報をあっさりと出してくれた。

「へぇ。この町ってやけに近未来的だと思ってたけど、まさかそんなSFなモノまであるとは……」

この見滝原には太陽電池張りバリバリな住宅や、脚の極端に細い机の設置された学校など、いかにも未来志向なオブジェクトが散乱している感は否めない。
風車が有名で伝統を愛する隣町を知っている志筑仁美は、さやかの言葉を聞いてもそれほど違和感を抱いていないようだった。
もっとも、この町で生まれてこの町で育った子供には、その特異性は意識されにくいものなのだが。

「ほむらちゃん、この町ってそんなに変なところだったの……?」
「変かどうかは知らないけれど、スーパーセルが起こっても住人が焦って退避しない程度には、良い町よ」

その例えは、どうなんだろう……?
っていうか、スーパーセルって何?

「なんでだろう、時々、ほむらちゃんが凄く遠くの人に感じるよ……?」
「まぁ、仕方ないっしょ。なんせ電波女ちゃんだしねぇ。アレだ、『この町は宇宙人に狙われている』とか、ビシッと言ってやってくれ!」

さやかは、ほむらのことを一体何だと思っているのだろう。
そして、何気なく志筑仁美も暁美ほむらに対して興味津々といった視線を向けていることから、ほむらも何かを言った方が良いのだろうと言う事は理解した。

「宇宙人が狙うとしたら、町よりもそこに居る人間でしょうね」

――ボクと契約して魔法少女になってよ!

頭の中に憎き宇宙人の口癖を思い出して、少しだけ苛立ちを抑えながら、ほむらは情報も抑えつつ自分の意見を言ってみた。
あの宇宙人が、人間……というか、まどかを狙っているという事実を再確認し、気を引き締め直しながら。

「……ほむらちゃん、そんなに怖い顔して、どうしたの?」
「心配には、及ばないわ」

さやかの妄言のせいで話がズレてしまったために、ライドベンダーに関する情報収集を諦めたまどかだったが、それとは別の印象も感じ取っていた。
宇宙人が狙うとしたら、というクダリが、誰かが暁美ほむらの身を狙っているという言外のメッセージなのではないかと思えたのである。
目の付けどころは良かったのだが、解釈が捻じれて真実から270度回転してしまっていた。

「毎回思うんですけど、鹿目さんはよく暁美さんの表情が解りますわね……」
「まどかと転校生の間には、私達の立ち入れぬ前世からの絆があるとでも言うのか……」

こちらも、読み筋は良いのだが、時間の巻き戻しという正解へと辿り着くためには、まだヒントが足りないらしい。


「あたし、この後、ちょっとそこの公園で人と会うんだ。今日はここで」
「もしかして……上条君ですか?」

3人から分かれて単独行動を取ろうとしたさやかに……さり気無く、仁美が疑問を投げかけた。
上条君とは、事故で腕に一生の傷を負った元天才バイオリニストで、美樹さやかと志筑仁美の両名が想いを寄せる男のことである。
もっとも、さやかは仁美の恋心を知らず、仁美はさやかのヘタレ恋慕伝説を聞いているという差はあるが。
その人間関係を知っているほむらとしては、仁美からどす黒いオーラが噴き出しているような気がするのだから、人間という生き物は不思議なものである。
この状態は、黒仁美フォームとでも呼ぶべきだろうか。

「いや、違うけど」
「さやかちゃんに、そんなに友達なんて居たっけ?」
「地味に酷い!?」

さらっとさやかの心を射抜いてしまった鹿目まどか。
恋愛的な意味ではなく、言葉の暴力的な意味で。

「うぇへへ、冗談だよ」

なんとなしに会話をしながら、結局4人そろって夢見公園の近くまで来てしまうのだった。
その相手の顔を見るまでは逃がさない、という無言の圧力が、何故か仁美から発生していたので、散り散りになることが出来なかったのである。
誰も、この先の展開を、想像していなかった。
いつもの、何の変哲も無くてくだらないけれど、楽しくて掛替えの無い、そんな下校風景が続かないだなんて……




その男は、何処にでも居る、普通のホームレスだった。
見滝原中央公園にダンボールハウスを建てて住み、仲間たちと笑って暮らす、普通の路上生活者だったのだ。
だがしかし、彼の生活は一変した。
一週間ほど前にその公園に現れた、悪魔によって。

中学生程度の子が同年代の少女に声をかけるのを、男は遠目でぼんやりと眺めているだけだった。
その少女が膝蹴りを受けている現場を見て、初めて男は気付いた。
少女が、不良に絡まれているのだ、と。
だがしかし、その後の光景は、不良という枠組みを超えていた。
手元に紫の弾丸らしきものを生みだした不良は、それを発射して少女を攻撃し始めたのだ。
人間と他の物体がぶつかる時のものとは思えない、鈍い音を聞いた時点で、彼はその光景を見ることを止めた。
連続して響く長めの音は、コンクリートを抉り取る音だろう。
そして、そんなものを受け続けている少女がどうなったのか、男は想像するのも嫌だった。

音が止んですぐに男がその場にもう一度目を移したとき、そこには、憂さ晴らしでもするかのように横転した自販機を足蹴にする不良の姿があり、犠牲者である少女の姿は肉塊さえも見当たらなかった。
立ち位置の問題で犠牲者の顔を、男は見ていない。
だがしかし、その下手人の顔は、はっきりと見ることが出来た。

腰まで伸びた長い黒髪が特徴的で、紫のかかった瞳が特徴的な、表情の乏しい女の子の姿をした、ナニカ。
男は、確信した。
その殺人鬼は、不良などという生ぬるいものではない、異形の力を振るう悪鬼なのだ、と。

そして、住居を夢見公園に移した男は……今日、再びその悪魔の姿を発見していた。
男が悪魔を発見した場所は、夢見公園から少し離れた地点であったが、悪魔が数人の少女を引き連れて夢見公園へと向かっているのが、男には分かった。

嫌だ。
住居が奪われるのも嫌だし、巻き添えも御免だ。
だから、男は行動を起こした。
中身の入った大きめのスチール缶を手早く最寄りの自販機より購入し、水滴をふき取ってその手に馴染ませる。
悪魔にそんなものが通じるかどうかは分からないが、成人男性でも当り所次第では命は無い代物である。

致命傷とまでいかなくとも、充分な有効打にはなるだろうと、男は踏んだ。
男は特にコントロールに自信があったわけではなかったが……既に最盛期を過ぎ去った肉体を捻り、缶を投擲した。
何も知らない獲物を引き連れて夢見公園へと足を運ぶ悪魔の、頭部を狙って。

かくして、缶は男の思惑を遥かに上回った精度で、悪魔へと一直線に向かったのだった。
男は、知る由も無い。
その付近で、『当たる』という欲望によって生み出されたヤミーが、因果律の捻じれを生みだしていた事など……



彼女がその違和感に気付いたのは、本当に、偶然だったのだろう。
道端の茂みの中に人間が潜んでいるという不思議な状況が視界の端に入って来たのだ。
だがしかし、両目の視力を会わせればその数字は3.0にまで及ぶ彼女がその異変に最初に気付いたのは、ひょっとすると必然だったのかもしれない。

「ほむらちゃんっ! 危ないっ!」
「えっ……?」

突然真横から加えられた運動ベクトルを受け流すことも出来ずに、為されるままに地に転ぶ暁美ほむらは……次の瞬間には目を見開いて、世界の不条理を目撃していた。
円筒状の金属器が、彼女の頭部に直撃する光景を。

――貴女が魔女に襲われた時、間にあって

時間を操作する魔術を使っているわけでもないのに、身体の力を失って倒れる彼女の姿が、とてつもなくゆっくりな映像に感じられた。
そんな魔法は、暁美ほむらには使えない。
暁美ほむらに許されているのは、前回巻き戻した一ヶ月間の範囲内で、時間を止めることだけだ。

――今でも、それが自慢なの。

どうして?
今回は、限りなく順調に進んでいたはずだった。
この世界の彼女は、魔法の事なんて微塵も知らない、普通の女の子だ。
それなのに、何故こんな目に会わなければならない?

「まどかああああっ!?」

暁美ほむらの耳には、自らの絶叫以外の音も声も、聞こえてはいなかった。
人間に危険を感じさせる真紅の色にその制服を染め、アスファルトの地面に倒れ伏す彼女の姿だけが、暁美ほむらの目には映っている。


遅れて地面に落下した缶ジュースから漏れ出した噴水が、一瞬だけの綺麗な虹を、宙に描いていた……



・今回のNG大賞
「さやかちゃんっ! しっかりしてよ、ねぇ!」
「美樹さやか……どうして」
「美樹さん……!」

凶弾は狙いを逸れ、美樹さやかの手元に。
そして、指輪状態のソウルジェムを粉々に砕いたのだった……

Bad end 389:安定のさやか

・公開プロットシリーズNo.21
→まどかは物凄く目が良いという公式設定がある……らしいぜ?



[29586] 第二十二話:暴走特急隊
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/06 19:04
自分の価値というものに、まるで気付いていない。
……鹿目まどかは、いつだってそういう存在だった。
少なくとも、暁美ほむらにとっては。

「あなたは……っ!」

暁美ほむらが鹿目まどかを助けようとしても、気が付けばいつの間にかほむらの方が助けられていて。
もう誰にも頼らないだなんて、そんなのは嘘っぱちだったんだ。

「なんで、いつだって、そうやって自分を犠牲にして……!」

声を荒げて、ほむらは頭髪の半分を真紅に染めたまどかの肩を掴み、揺さぶる。

「暁美さん!? 頭を打った人にそれは駄目ですよ!?」
「役に立たないとか、意味が無いとか、勝手に自分を粗末にしないで!」

もう何も、耳に入らない。
血の気の失せたまどかの寝顔が、暁美ほむらの見る世界の、全てだった。

「仁美! ちょっと転校生を引き離してて! 何でもいいから落ち着かせるんだ!」
「わ、解りました!」

まどかに泣き縋るほむらを力ずくで引き剥がしたさやかが、バトンを仁美へと放った。
そして、人命がかかっているからには、仁美とて全力で対処する以外の選択肢は残されていない。

「貴女を大切に思う人の事も考えてっ!」

良い台詞だ。
感動的だな。
だ が 無 意 味 だ。

「ごめんなさい、暁美さん!」
「だばっ!?」

仁美の全力の拳が、ほむらのか細い肢体に叩きこまれた。
いわゆる、腹パンというやつである。
何処かの並行世界で最強の魔法少女候補を一撃でノックアウトしたという伝説まである志筑仁美の腹パンが、まさに今、繰り出されていた。


「まど……か……」

当然、暁美ほむら如きに耐えられる一撃ではなかった。

薄れる意識の中でほむらの目に入った最後の光景は、こちらに背を向けてまどかの元に座り込む美樹さやかと……紅い水たまりの中に落ちた、お守り。
いつか、志筑仁美がお土産として配っていたもので、まどかは真っ赤なそれを貰っていた筈だ。
そんなどうでも良いことを考えながら、ほむらの意識は暗転したのだった……

尚、『だばっ』という効果音は暁美ほむらさんが血を吐く時の効果音として漫画版において用いられた『公式用語』であるため、作者に擬音を使うセンスが無いなどという言い掛かりは止めてほしいものである。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十二話:暴走特急隊



仁美やほむらから見られることなく魔法でまどかの治療を終えたさやかだが、その表情には未だ険しさが消えることはなかった。
さやかは、この魔法が万能ではないことを既に知っているのだから。

さやかは、この能力を得てからすぐに、入院中の上条恭介の元へと向かい、彼の腕と足の治療を行った。
だがしかし、さやかに出来たのは、『そこまで』に過ぎなかったのだ。
神経が繋がっても、すぐに昔の感覚が戻ってくるわけではない。
筋を治すことは出来ても、筋力を戻すことは出来なかった。
だからこそ、上条恭介は現在、リハビリに勤しんでいるのである。

さやかの前で目を覚まさないまどかだって、同じだ。
脳というハードを治すことは出来ても、『鹿目まどか』というソフトが無事であるかどうかは、分からない。
一命を取り留めたのは間違いないものの、予断を許さない状態には違いない。

「美樹さん」

おそらくこの場で一番冷静な声……志筑仁美の、それだった。

「救急車を呼びました。鹿目さんは私に任せて、美樹さんは公園で待っている人の所に行ってあげてください」

一瞬、この非常時に何を言っているのかと糾弾したい気分に駆られたさやかだが、よく考えてみれば、さやかがこの場に残っても出来ることは無い。
ならば、さやかが待ち人に一言声をかけてくるぐらいの事は、行っても平気だろう。

「じゃぁ、せめて転校生だけはこっちで預かって行くよ。病院で騒いだら迷惑だろうし」

それでもまどかを残していくことに多少の罪悪感があったのか、軽々とほむらを背負い上げ、さやかはそのまま夢見公園の方に向かったのだった。
人間を一人持ちあげるという重労働をそんなに簡単に行えるのかと若干の疑問に思った仁美だったが、どうせ美樹さんだし、という理由ですぐに納得した。
……さやかという子の日頃の扱いが、非常に良く解る思考の流れである。



「さやかちゃん、久しぶり」
「うげぇっ? パンツマン? 何でここに……」

夢見公園に入ったさやかを出迎えたのは……いつの日かまどかに御開帳姿を見せつけた変態野郎だった。
仮面ライダー様に会いに来たのに、何故こんな奴と顔を合わせなければいけないのか。
正直に言って、まどかが凶弾に倒れたこと以上の理不尽である。
むしろ、まどかをコイツに会わせることを防げたという点においては、ラッキーだったとさえ言えるかもしれない。

「俺に会いに来てくれたんだって? 何か用かな?」
「思い上がんな、露出狂。通報するぞ」

この扱い、である。
美樹さやかの中では、火野映司という男の株価は底値を下回る無限債権的な評価を下されているのだ。

「さやかさん、その人で合ってますよ」
「ああ、あんたこの間の……トーリだっけ?」

今までトーリは何処に居たんだろう。
いや、さやかと映司が話を始める前から、ずっと映司の隣に居たりするのだが。
コイツはオリ主のくせに影が薄くて、作者でさえもそのシーンに居ることを時々忘れるのだから、手に負えない。

そんなことより。

「やっだなぁ~。あたしが会いに来たのは、仮面ライダーさんだよ? ほらほら、早く案内してよ」

否認しつつも、さやかの頭の中には、既に嫌な予感は走っていた。

「だから、それが俺なんだって。仮面ライダー、オーズ。俺でしょ?」

そう言いながら、右手でオーズのベルトを見せてくれる映司の姿を見れば、さやかにはもう逃げ道はない。

――こういう時って、普通ヒロインをエスコートしてくれるイケメンがさり気無く私にフラグを建ててくれるとかじゃないの!?

そんなヒーローに対する幻想をぶち壊された気分で、さやかの胸は一杯だった。
今だったらきっと、とある学園都市で殴られた魔術師たちと一緒に美味い酒が飲めるだろう。
もちろん、さやかは未成年者なので飲酒は御法度だが。

「さやかさん、どうかしましたか?」

心配そうにこちらを見守っているトーリの気持ちは嬉しいが、コイツは頼りになるかと言われれば、NO一択でしかない。
知られざるヒーローの素顔に絶望したさやかは、


「奇跡も魔法も、無いんだよ……」

恋人がかつて吐いた台詞を、引用していたという……



「ところで、さやかちゃんが背負ってるその子は?」

今度は映司が、心配そうな声をかけた。
ただし、心配の対象は先ほどのトーリとは違う。
さやかが負ぶっている、長い黒髪が目立つ女の子である。


興味本位にその顔を覗き込んだトーリは……その瞬間に、背筋を凍りつかせた。

――契約を結んだことを後悔しているのね。無理も無いわ

忘れもしない。トーリがまだ名前も無かったころに出会った、魔法少女。

――貴女が人間では無いという事は、よく解ったわ

魔法少女になってくれる人材を探していた時に、トーリを殺しにかかって来た、暁美ほむら……その人だった。

「トーリ、どうしたの? もしかして転校生の友達だったりして?」

知り合いです。
顔を見せたら発砲される程度には深い仲ですよ。
ただ、それを素直に口に出しても、ほかの二名がトーリの味方になってくれるかどうかは不明である。

「何処かで会った気がするんですけど……思い出せません」

……しかし、この状況はチャンスかもしれない。
当人は現在、気を失っていてトーリの存在に全く気付いていない。
つまり、トーリは彼女を始末することが出来るかもしれない。
ここで会ったが百年目、というやつである。

だが、一緒に居る映司やさやかが、あからさまな人殺しを見逃すとも思えない。
というか、映司はともかくとして、味方だと思っていたさやかが敵になる可能性が浮上したのも、痛い。
ほむらとさやかが味方同士なら、その可能性は充分に有り得るのだ。

……それならば、暁美ほむらと他の二人を敵対関係に誘導するまでである。
幸いにして、さやかを騙すことは、アンクを相手取るのに比べれば遥かに気が楽だ。

「どうせなら、マミさんとも一緒に話しませんか?」

巴マミに、暁美ほむらのキュゥべえ殺しを証言させれば良い。
その場に居合わせたことが知られると厄介なのでトーリの口からは言えないが、巴マミが発言したとなれば、映司にはそこそこの説得力を持った情報として伝わる筈だ。
マミがその事件を告発した後に、トーリが襲われたことを暴露すれば、暁美ほむらの買う不審は決定的なものとなるに違いない。

「マミさんって?」
「魔法少女の先輩の巴マミさんです。最近、住んでいた所が壊れてしまって、クスクシエっていう店にお世話になっているんです」

オーズ原作で、1クール目の中盤辺りから映司とアンクが住んでいた、あの屋根裏部屋である。
一応マミにも遠い親戚という名目ばかりの保護者は居るのだが、店長である知世子さんに映司とトーリが事情を掻い摘んで説明したところ、快く部屋を貸してくれたというわけだ。

「もしかして、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の巴マミさん? 会ってみたいっ!」
「そのランキング不名誉過ぎでしょ!?」

かかったっ!

「そうです。まさにその人ですよ!」
「しかも、意外と有名なの!?」

クスクシエに居るであろうマミに、念話でアポを取るトーリ。
先日アンクへと念話を繋げる時に気付いたのだが、トーリの側から念話を発動した場合には、トーリのセルメダルは増えないのだ。
つまり、アンクに感知されない。
もちろんセルメダルは欲しいのだが、余計な争いは回避したいというのも本音な訳で。

「結構距離があるから、ライドベンダーで送って……でも、3人も載せられないよなぁ……」

流石に、バイクというものは3人も4人も乗ることを想定されていない。
鴻上財団の誇る化物バイクならば可能な気もするが、道交法的にそれはダメだろう。

「それなら、パンツマンが転校生を預かってよ。トーリ! 飛ぶのよ! あたしを載せてっ!」

大切な友達をパンツマンに預けるなんて、どうかしているよ。さやか。
お前は絶対、空の旅を楽しんでみたいだけだろう。
その欲望を開放して、本当の気持ちと向き合え。

「お先に失礼しますね」
「れっつらゴーッ!」

人気の無い離陸場所を探して、さやかの両脇に手を回したトーリは、あっと今に飛び去ってしまったのだった。


「意識の無い人間をバイクで運ぶなんて、無理でしょ……」

そう呟く映司を、残して。

結局、目を覚ましそうにないほむらを背負って、映司は走ってクスクシエに向かう事になるのであった……


だがしかし、この火野映司という男が何の寄り道無しに目的地に辿り着くことなど、滅多にあるものではない。
いつの間にか、30歳前後と思しき夫婦の喧嘩の仲裁に入っていたのだ。
そして、当然の如く、別の騒動にも巻き込まれる。

ドラム缶や立て看板、パイプ椅子……付近にあったものが手当たり次第に周囲のものにぶち当たるという怪奇現象に。
巨大な角と異常に発達した手足の筋肉が目を引く、如何にもパワーファイターですと言わんばかりの牛型ヤミーが、その中心地で猛威をふるっていた。
対象物が何であれ『当たる』という因果を少しだけ強める指向を持った重力波を放ちながら、周囲の物体を操作していたのだ。


知る由も、無い。
その能力の余波で、泣き虫な女子中学生が一人、病院に運ばれた事など。


「これのどこが、欲望と関係あるわけ? ……って、聞いても無駄か」

バイソンヤミーの元となった欲望が解らずにボヤく映司だが、そんなことを聞いて答えてくれそうな相手では無いことも理解できている。
尚、気絶したままの暁美ほむらは、先ほど喧嘩をしていた夫婦に預けて来た。

『クワガタ トラ バッタ』
「変身っ!」

映司が変身したのは、『タトバコンボ』ではなく、亜種の『ガタトラバ』であった。
タカメダルさんはどうしたって?
映司としては、動体視力に優れるタカは非常に使いやすいのだが、魔法少女たちの心証が悪くなるので使えないのだ。
透視能力は常時発動している訳ではないと説明しても、怒り出しそうなマミと泣き出しそうなトーリに全力で止められた。

さらに追い打ちとして、映司とマミが気絶している間に、トーリがアンクにこっそりと助言したという事情もあったりする。
赤のメダルはアンクさんが持っていた方が安心でしょう、という具合に。
そんな諸々の経緯の結果、映司は現在タカメダルを所持していないという訳である。

「セイヤァッ!」
「フゴォッ!」

体当たり攻撃を仕掛けてくるバイソンヤミーの攻撃を回避し、虎の爪やバッタの脚力で攻撃を加えてみる映司だが……一向にダメージが見えない。
具体的に言うと、ヤミーからまき散らされる筈のセルメダルが、全く排出されないのだ。
ヤミーのセルメダルを削ることは、ヤミーの弱り具合を測る目安になるのだ、と言う事に映司は気付いていた。
つまり、ダメージを与えることが出来ていない。

しかも、映司の真後ろから、灰色の怪物がもう一体、近づいて来ている件について。
映司は、彼に全く心当たりが無いのだが……何となく、第六感的に、そいつがヤミー以上の力を持った存在なのだと感じ取った。
おそらく、グリードの一体なのだろう。
何故真後ろから迫る敵の存在が認知できるのかと言われれば、その秘密はクワガタのメダルにある。
オーズ本編では影の薄い能力の一つだが、クワガタヘッドの視界は360度……つまり、全包囲を完全にカバーすることが出来るのだ。

「こっちこっち!」

行動を思い立った映司の行動は、迅速だった。
バイソンヤミーの前に立ち、手招きをして突進攻撃を誘う。

「よっと!」

そして、大地を踏みならして突進して来たバイソンヤミーを……バッタの脚力で飛び越えた。
トラクローの鋭利な先端を支点にして、学校の体育の授業で習ったように空中姿勢を保ち、バイソンヤミーの背後で綺麗な着地を決める。
こういう動作は、大人になっても意外と忘れないものなのだ。
残された二人は……

「フゴオオオオオオッ!?」
「おれの、やみーを、いじめ……!?」

いわゆる、正面衝突というやつである。
セルメダルを撒き散らして地面に倒れる、灰色のグリードとバイソンヤミー。
台詞から考えるに、このグリードがバイソンヤミーの創生者で間違いないらしい。

『トリプル スキャニングチャージ』

……そして、彼らが復帰する前に止めを刺そうとする、何気に容赦の無い映司。
大剣メダジャリバーに3枚のセルメダルを手早く押し込み、スキャナーに読み込ませる。
その場で拾ったセルメダルをすぐさま使う辺り、恐ろしく経済的な男である。

「セイヤァッ!」

メダジャリバーから水色の輝きが放たれ、剣閃は大きく伸びる。
グリードとヤミーを両断して。
空間ごと切り裂くという奇跡にも魔法にも匹敵する荒技の余波を受けて、周囲に『面』の切り口が出来るも、それも一瞬の事に過ぎない。
空間斬撃『オーズバッシュ』は、生命以外のモノなら切ってもすぐに元に戻ってしまうのだから。

「めず、う、る……」

かくして、突発的なヤミーとの戦闘は、何枚かの灰色のコアと大量のセルメダルという収穫を以って終わりを告げたのであった……


……世界の進行は、既に狂い始めている。


・今回のNG大賞
「今日は、ライオンのコアメダルを火野さんに届ける日です。会長」
「その必要は無くなったよ。彼らは既に同じコアを持っているようだからね」

本来の歴史から外れ、ライオンのコアメダルは鴻上の元に残った。
今はただ……出番を待つ、のみ。


・公開プロットシリーズNo.22
→オーズ本編で使われない能力を拾っていけたら、それはとっても嬉しいな、って。

・人物図鑑
 ガメル
 巨大生物の怪王。その性質は怠惰。自身の気の向かないことは絶対に行わない怠け者であり、彼の手下はその暇を潰すための玩具に過ぎない。彼の好む駄菓子の中に爆弾か毒物を仕込んでおけば、気付かずに食してしまうだろう。



[29586] 第二十三話:海へ辿り着かない雫
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/11 01:14
アンクは、有り体に言うと、ピンチだった。
最初からクライマックスなんて柄では無いが、危機的状況には違いない。
自分の命のカウントを始めた方が、まだ現状に適していると言えるだろう。

事の始まりは、アンクが携帯端末による情報収集で、とある書き込みを見つけたことだ。
不思議なメダルを拾ったという情報にホイホイ釣られて、人気の無い工場跡地まで来てしまったのである。
結果としてその先には、猫科グリードであるカザリが待ち構えていたわけだが。

「アンク……君は今まで奪ったメダルの数を覚えているかい?」
「今更数えきれるかッ!」

答えは聞いていない……そんなことぐらいアンクにだって分かっているが、悪態を吐かずに居られるものか。
泉信吾の身体から引き離され、腕だけの状態になってしまったアンクには、物理的にカザリを倒す手段が無い。
手首を掴まれているために飛んで逃げることも出来ず、泉信吾の身体は遠隔操作にも対応していない。
つまり、ジリ貧である。

既に何枚かのコアメダルをむしり取られ、アンクは身体もプライドもズタボロだった。
だがそれでも、必死に生き残るための方法を模索する気力だけは決して失わない。
周囲の情報をグリードの限られた感知能力の中で最大限に理解しようと努め、手を広げた。
その努力の甲斐あってか、彼は思い至る。
起死回生の一手に。

「……カザリ。お前は、海の底に沈んだコアメダルを見つけることが出来るか?」
「そんな事が出来るわけが無いよ。何のつもりか知らないけど」

カザリには、解らない。
アンクが、どんなつもりでそんなことを聞いて来たのか。
時間稼ぎぐらいにしか思っていなかったのだ。

腕だけのアンクが、ニヤリと笑った……そんな、気がした。

「なら、教えてやる。進化した人間たちが町の地下に作った『水道』ってやつは、海に繋がってるんだよっ!」
「だからそれが何だって……まさか!?」

カザリが気付いた時には既に遅く、アンクは、コアメダルの一枚を投げていた。
道端の、マンホールが壊れてむき出しになっている穴の方へ、『黄色のコアメダル』を。

もし海へと流れてしまえば、二度と手元に戻ってくることは無いだろう。
その判断は、間違っていない。

咄嗟にコアメダルに飛び付いたカザリの隙を突いて、アンクはカザリを尻目に脱出に成功する。
自身のコアを回収し終えたカザリが再びアンクを探したとき、腕怪人は既に行方を暗ませた後であった。


「進化、か……」

己のコアを掴み取ったカザリが、ぽつりと呟く。
その声に返事を返す者は……誰も、居ない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十三話:海へ辿り着かない雫

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
クワガタ×1
バッタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「あの子、意識が戻ったんですか?」
「ああ、若干取り乱してたかなぁ」
「病院に行くって言ってた。でも、足取りはしっかりしてたから大丈夫そうだったよ」

戦闘後に喧嘩夫婦の元へと帰って来た映司が真っ先に気付いたことは、ほむらの不在であった。
それを夫婦に聞いてみたところ、病院に行ったらしい。
そして、女の子の事も心配ではあるが、映司の質問に答えながら喧嘩を続ける器用な似た者夫婦を仲裁する作業を終わらせるまで、映司はクスクシエに向かえそうでは無い……



『もしもし、マミちゃん? ちょっと用が出来て、そっちに行けそうにないんだ。さやかちゃんに言っておいてくれるかな? あと、ほむらちゃんは病院に行ったから大丈夫だよ』

映司の急用を知らせてくれたのは……マミにとってあまり良い思い出の無い、バッタのカンドロイドであった。
通信機としての機能を持つそいつは、役目を終えたら即座にゴミ箱に放り込んでおいた。
その場所に先日捨てたバッタカンが存在していれば、ゴミ箱の底でまるで兄弟のようになっていたことだろう。
もっとも、巴マミの現住所がクスクシエの屋根裏部屋に移ってしまったため、それは叶わなかったが。

『あと、メダル関連の事は、話したい事全部話しちゃって』

役割は終わって居なかったらしい。
でも、拾いに行くのも面倒くさいし、放っておこう。
別に、バッタカンが地獄から復讐に来るわけでもないのだから。

「と、いうわけなの。ゴメンなさいね、火野さんを訪ねて来てくれたのに」
「い、いいえ、マミさんが謝ることなんて、全然無いですよ! 悪いのは全部あのパンツマンなんですから!」

魔法少女の先輩であるマミに対してつたない敬語を使いつつ、息を吐くように映司を貶める美樹さやか。
パンツマンという意味の解らない呼び名にマミは首を傾げて見せるが、考えても解らないものは解らない。
ところが、マミの隣に座っているトーリは、なるほどと言った様子で納得顔をして見せていた。
言い得て妙ってやつですねぇ、なんて頷きながら。

「確かに 『アレ』を見せられれば、そう呼びたくなる気持ちは解りますよ」
「話のわかるヤツめぇ~! だよね! やっぱりあたしの目に狂いは無かったか!」
「何その意味不明なシンパシー!? 火野さんは私の知らないところで何を見せているの!?」

突っ込まずにはいられない、というか、最近突っ込みが段々と楽しくなってきたような気さえするのだから不思議なものである。
でも、マミが知ってしまった魔法少女の真実の重みに押し潰されずに済むのは彼女らのお陰なのだということも、薄々と自覚していた。
トーリや美樹さやかが頼って来てくれるということが嬉しくて、そのことが行動の活力になっている……とまで言うと、言い過ぎかもしれないが。

「ナニと言われましても……ねぇ?」
「見ないに越したことは無いわよ、ねぇ?」

困り顔で相方に視線を振る後輩と、ニヤリ顔で相方に視線を返す後輩。

「……貴女達、仲が良いのね」
「そりゃぁもう、一緒に魔女を倒した戦友ですから!」

私は魔女の事をあまり覚えていないんですけど、と声を小さくしながらも主張するトーリには……マミを見る時には含まれていない感情が存在しているように、マミには思われた。
信頼?
信用?

「何だかんだで、味方が居ると安心します」

安心。
何となく、トーリがマミと一緒に居てもどこかオドオドしていた理由が、すとんと納得できたような気がした。
自分は……精神的にあまり頼られる方では無いのかもしれない、と。
今現在は魔法関連の技術や経験の蓄積によって頼られているが、物理的な損得を超えた面での頼られ方というものは、あまり予想が出来ない。

「そう来たか。何を隠そう、あたしは『安定のさやか』と呼ばれる女なのさっ!」

安定感も、マミには欠けているのかもしれない。
少なくとも、魔法少女の身体の秘密を知って、夜も満足に眠れないマミ自身には安定感と呼ぶべきものは無さそうだ。

尚、美樹さやかが知り合いから『安定のさやか』と呼ばれた事は一度も無いという事実を、補足しておこう。
某笑顔百科事典とかで検索するなよ? 絶対にするなよ! 絶対にだ!

「マミさん……何だか、怖い顔してますよ?」

後輩一号が、不安そうな顔を見せながら巴マミの瞳を覗き込んでいた。

……私は、何をやっているの。後輩を不安がらせてどうするのよ。

「ごめんなさいね。二人の仲が余りに良かったから、つい嫉妬してしまったのよ」

冗談めかして口に出してみて、初めて気付く。
実はそれが、自分自身の本音なのではないか、と言う事に。

「マミさんも一緒に行きましょうよ。今度はあたし達三人で!」

その言葉に自身の胸が高鳴るのを、巴マミは感じ取っていた。

……嬉しい。
その誘いは、この上なく魅力的だ。
手柄のグリーフシードも、魔法少女が3人までなら、何とか配分できるはずだ。
というか、トーリは何気なくグリーフシードが要らないという規格外な特性を持っているのだし、仲間割れは起こりそうでは無い。

「そういう事なら、先輩として格好良いトコロ、見せないとね!」

強がってみせる巴マミの心の中にあったものは……それとは正反対の、尊敬。
確かにベテラン魔法少女としての手際を後輩に学ばせることは出来るだろう。

……でも、勉強させてもらうのは、私だって一緒。

さやかの、いっそ楽天的とさえ言えるムードメーカーの素質に対する敬意が、確かに胸の中身を占めているのだということを自覚している。
臆病な後輩達を導いていくためには自分だけでは力不足だということを、美樹さやかは意識もせずに教えてくれた。

「じゃあ、携帯の番号交換しましょう! トーリもね」
「あ、ワタシはソレ、持ってないです」
「私も、この間水没させちゃったのよ」

「……ゑ?」

最後でしっかり落としてみせるのも、さやかの才能……なのだろう。多分。




暁美ほむらは、目の前の光景が、納得できなかった。
ほむらが立っている場所はとある病院の一室の入り口であり、扉は開け放たれたまま制止している。
そして、頭部に仰々しい包帯を巻かれた鹿目まどかが、真っ白なベッドに寝かされた身体を上半身だけ起こして、ばつの悪そうな苦笑いを顔に張り付かせていた。
そこまでなら、良い。

出血の割に当たりどころが良かったのだと割り切ることは出来る。
だがしかし、

「ほむらちゃん、心配かけてゴメンね。でも、無事で良かった」
「やあ、暁美ほむら。久しぶりだね」

愛らしいまどかの声の後に響く、耳障りなお馴染みの音声。
まどかの膝元に抱かれて、虚無を思わせる真白な体を丸めている憎き仇敵の姿が、そこにはあったのだ。

「インキュベーター……っ!」

……今回は、上手くいっていると思ったのに。
魔法の使者の背中を撫でて愛でているまどかは、まさか『それ』が悪魔だなんて、思いもしないだろう。

完全に、やられた。
缶が飛んでくるという事故が無ければ。
ほむらが取り乱して腹パンされなければ。
まどかの意識が戻るのが、後少し遅ければ。

幾つもの偶然に思える要素が重なり、暁美ほむらはついに、インキュベーターに隙を見せてしまったのだ。
今回の作戦はあえなく失敗し、キュゥべえと鹿目まどかの接触を許してしまった。
仮に今からキュゥべえを始末しても、それは鹿目まどかからの決定的な不信感を買ってしまうことに繋がり、後に『契約』を防ぐ際の足枷となってしまうに違いない。


一般人である仁美は、飲み物でも買ってくると言って入室時間をずらしていたが、そう長く経たないうちに来てしまうだろう。
そうなると、何か行動を起こそうにも、幅が狭まってしまう。

……志筑仁美?

ほむらの頭の中に引っ掛かった、キーワード。
何か、この状況を打開するヒントがそこに関連しているような気がして、ほむらは必死に頭を回転させる。

お嬢様……特に関係ない。
長髪……同じく。
恋愛脳……どうぞお幸せに。
黒仁美モード……

「……!」

こ れ し か な い !

……今ならまだ、間に合うわ。
暁美ほむらの中で、インキュベーターに匹敵する悪魔が、最悪の作戦を囁いていた。

ほむらの頭の中の冷静な部分が、まだ残された可能性を告げる。
やっぱり今回も駄目だったよ、などという言葉で済ませるのは、嫌だ。

鹿目さんに申し訳が立たない? だからそんな作戦は実行できない?
そんなことを考えていたから、今の今まで一度も鹿目まどかを救えなかったのではないか。
仇敵インキュベーターに隙を見せてしまったという焦りが……判断を急かす。

……ほむらは左手を身体の後ろに隠して盾を具現化し、そのギミックを発動した。

世界が色を失い、キュゥべえを撫でていたまどかの柔らかい手は、彫刻のようにその動きを止める。
鹿目まどかだけではない。
室内のアナログ時計はその秒針を固定され、風に靡いていたカーテンも不自然な形状を保っている。
ほむらを残して、この世の全てが時間を停止させられていた。

そして、ほむらがすべきことは、一つ。
ほむらが手に取ったものは、黒光りする火器……ではなく、鹿目まどかの近くにおいてあったフルーツバスケットの中の、果物ナイフだった。
ナイフを使って『作業』を終え、部屋の入り口まで戻って行ったほむらは、盾を収納して能力を解除する。
……時が、再び動き出した。

可愛らしい魔法の使者を友人に紹介しようとする明るい声が、病室に放たれる。
その膝の上で何が起こったかも、知らずに。

「ほむらちゃん、見て、この子! キュゥべえって言……う……?」

手元に突然発生した生温かい感触に異変を覚え、まどかが膝の上の小動物に目をやると、

ぐちゃり。

まるで裂きイカのように体を細く別れさせながら、鮮血を振りまく愛玩動物の姿が、そこにはあった。

「……え、うそ、なんで、」

まどかがキュゥべえを下から支えようとして……その身体が、まどかの手を支点に、真っ二つに千切れる。
残ったまどかの手には、まだ体温の残った赤い液体が、ぬるりとその存在を主張していて。
状況が理解できずに目を見開いている鹿目まどかを見れば、暁美ほむらの心が痛まないワケが無い。

それでも、これがきっと最善手なのだ。
そう思うことでしか、ほむらは冷静さを保つことが出来なかった。

「こんな、だって、つい、今まで……!」

……そしてここからが、暁美ほむらが思いついてしまった、悪魔の如き作略の本領である。
自分を好きにならない奴は邪魔だと豪語するマザコンでさえ裸足で逃げ出すような、最低の計算が為される。

「鹿目まどか……なんて酷いことを……!」

暁美ほむら一世一代の大博打が、始まった。

「……え?」

ほむらの言っている意味が解らずに、目をきょろきょろと動かす鹿目まどかは、気付いてしまった。
自分の膝元にある惨殺死体と、その身体を抱き起そうとした手に握られている、凶器と思しき血糊に塗れた果物ナイフの存在に。
そして、室内には鹿目まどかと暁美ほむらしか居らず、未だ入口の扉を開けた所に突っ立っている暁美ほむらには、犯行は不可能のはずだ。

と、いうことは?

鹿目まどかの感性は、私は殺っていない、と訴える。
そんな記憶は、まどかの脳内には残っていない。
だがしかし、揺れる理性に僅かに残された冷静な部分が、言っていた。
自分以外に犯人は有り得ない、本当は鹿目まどかっていうのはそういう奴なんだよ、と。

「私が、やったの……?」
「覚えていない、の?」

……違うって、言ってよ。

縋るようにこちらを見るまどかの視線が、ほむらの罪悪感に突き刺さり、後悔が頭をもたげる。
その痛みは、胸に突き立てられた光杖のような激しさを以って、ほむらを責め立てた。
それでも……作戦を止めるわけには、いかない。

「落ち着いて。その死体と凶器は私が全力で隠すわ」

……私は殺ってないよ。信じて、ほむらちゃん。お願いだよ……!

鹿目まどかがそう言ってくるであろうことが、暁美ほむらには予測できた。
少なくとも暁美ほむらの視点においては、そのぐらいに長い付き合いではあるのだ。
だからこそ、ほむらは先手を打つ。

「心配には及ばない。頭を打った直後の人間が奇行に走るのは、よくあることよ。記憶の混乱もね」
「私、は……」
「幸いにして、貴女が『それ』を切り刻む瞬間を目撃したのは、私一人。私は絶対にこの事を他言しないと約束するわ。つまり、この部屋では『何も無かった』のよ」

既成の事実であるかのように、言葉の中に嘘を混ぜ込む。
鹿目まどかが愛玩動物を切り刻んだ瞬間を暁美ほむらが目撃したのだ、と。
呆然として身体から力が抜けたように肩を落とす鹿目まどかの姿をこれ以上直視することは、暁美ほむらには出来なかった。
彼女はきっと、虚ろな、死んだキュゥべえのような目をしているのだろうから。

手早く、病院特有の保温効果が高いとも思えない薄さの掛け布団をまどかのベッドから剥ぎとり、そのままキュゥべえの死骸と果物ナイフを掛け布団に丸め込む。
隣にあった空きベッドから拝借した掛け布団を、汚れたものの代わりにまどかへ被せ、ほむらは丸めた証拠品を抱えて足早に病室を後にしたのだった。


「これなら……まどかは、キュゥべえを避けるはず……!」

もしキュゥべえが再びまどかに近づいたとしても、心優しいまどかはこう思うはずだ。
自分がまた無意識のうちにキュゥべえを傷つけてしまうかもしれない、と。

解っている。
まどかの優しさを利用するやり方が、インキュベーターと同じ類の悪質さを抱えていることは。

――絶対に貴女を助けてみせる。

それでも、止まらない。止まれない。
いつか、未来のはるか彼方で交わした約束が、心を呪う。


自己嫌悪の砂漠が心のオアシスを枯らし、ほむらに激しい喉の渇きを促した……



・今回のNG大賞
「アンク。水道は下水処理場に繋がってるから、海には直接流れ込まないぞ?」
「そ、そのぐらい知ってる! あれはカザリを騙しただけだッ!」

真実は、腕のみぞ知る。

・公開プロットシリーズNo.23
→前作から思っていたけれど、作者はシリアスを書くのが若干苦手な気がしないでもない。



[29586] 第二十四話:壁にミミリア 障子にメアリー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/06/16 19:07
――まどかは、力そのものに憧れているのかい?

白い愛玩動物にそう問われ、当然だと答える私。
力を願い、最初に私の手にかかったのは……力をくれた魔法の使者、キュゥべえだった。

――あいつは魔女になっちまったけど、友達の声なら届くかもしれない。

私の事を魔女だなんて言う赤い子に乗せられて、青い子が私の説得に来た。
口汚く罵る私の言葉に絶望して、人魚のように泡になって消えた青い子は……私の親友の、さやかちゃんだった。

――美樹さん、行ってしまったわ。円環の断りに導かれて。

チェスの板みたいに白黒の模様が付いた場所で、私達より年上っぽい、黄色い子が呟く。
顔がよく見えないのは……多分、今の私がまだ、彼女に出会っていないから。

――まどか……!

辛そうに私の名前を呟く、モノクロの衣装に一点だけ赤いリボンを巻いたほむらちゃん。
そのリボン、私のだった気がするけど、どうしてほむらちゃんが持ってるんだっけ?

――おっはよー!

そして、皆の前に現れる、笑顔の私。
皆を惨殺出来ることを、心から喜んでいる私が、そこには居た。



やめて。
やめてよ。
私はこんなコト、望んでない。
なのに、私は弓を引くことを心から楽しんでいて。



……そこで、目が覚めた。
周囲を調べるまでも無く、そこは病院であることが、すぐに解った。
汗だくになった病院着が、その気持ちの悪さを演出していたのだから。

応接用と思しきパイプ椅子には、鹿目まどかの学生鞄と着替えが綺麗に畳んであった。
どうやら、まどかの容態について知った両親が、昼間の間に来ていたらしい。
現在は窓の外も院内も既に暗くなり、強制的に帰された後のようだが。

「全部、夢だった……んだよ、ね?」

まどかは、ほむらを庇ってスチール缶の凶弾に倒れたところまでは、はっきりと覚えていた。
だが、その後の記憶があいまいで、というか現実離れしすぎていた。
キュゥべえと名乗る魔法の使者が現れて、まどかはその手で……

「夢に、決まってるよ……!」


まどかが辺りを見回すと、隣のベッドの毛布が無かった。

「まさか……」

フルーツバスケットの中を調べても、果物ナイフは見つからなかった。

「そんな……」

ナイフを探す手の、爪の間には、拭い残した赤い液体が染みついていた。

無意識のうちに指を口に咥え、その液体をしゃぶっている自分に気づく。
これは証拠を隠滅しているわけじゃなくて、その液体の正体を確かめているんだ、と自分に言い聞かせながら。

「う、げぇ」

口の中に広がる鉄の味に、食道から猛烈な吐き気が込み上げてくるが、吐きだす固形物も無く、苦い胃液はなんとか飲み込み直すことが出来た。
胃のむかつきは、収まらない。

ナースコールを押したい衝動に、駆られた。
泣き声をあげて、誰かに縋りつきたかった。
友達でも家族でも先生でも病院職員でも、誰だって良い。
だが、自分を抱き留めてくれる優しい人間の腹に凶器を突き立てる自分の手を想像してしまい、喉を震わせることも出来なかった。

「助けて……誰か……っ」

ママ、パパ、たっくん、さやかちゃん、仁美ちゃん、先生、上条君、ほむらちゃん……
誰でも良いから助けてほしいと思うと同時に、その優しい人を死に至らしめる自分をイメージしてしまう。
声が、声にならない。


毛布を頭から被って、固いベッドの下地に顔をうずめる。
この時になってようやく、まどかは気付いた。
自分が、声も立てずに震えているのだと言う事に。


爪の間の紅を削ぎ落とすための水は……自然とその双瞼から、零れ落ちた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十四話:壁にミミリア 障子にメアリー



暁美ほむらは、後悔に心を苛まれていた。
もし後悔だけで死ねるのなら、一度死んだ後にワニの怪人になって更に三回死ぬぐらいの、強烈なものだった。
薄暗くなった町中を歩くその脚は、酷く重い。

いっそ全てを投げ出してしまおう、という自己破壊的な思考に陥りそうになった自分を、何とか誤魔化し切らなければ。
暁美ほむらが絶望にゴールしたら誰が鹿目まどかを救うのだ、と自分に言い聞かせて。

……そのまどかを、自分自身の手で傷つけたのに?

まどかとて、頭を打った後に奇行を起こしてしまったのだという精神的な逃げ道があるのだから、失恋した後のさやかのような自棄自棄な精神状態にまでは至らない筈だ。
それでも、キュゥべえを殺したのが自身だと吹き込まれた時の鹿目まどかの落ち込み様が、忘れられない。

いつもの、キュゥべえを撃ち殺すだけの簡単なお仕事が残っていれば、まだ気が紛れただろう。
しかし、それも鹿目まどかがキュゥべえの存在を認知してしまった今では、意味の無い事であった。

……することが、無い。
この際、少し予定を前倒しにして佐倉杏子に接触するのもアリかもしれない。
野良猫のように気ままに動き回る彼女を捕捉するのは骨が折れるが、ワルプルギスの夜と戦うための戦力としては、捜索の労力に見合うはずだ。

とは言え、暁美ほむらが先程のような作戦を採ったのは今の周回が初めてなので、すぐにまどかの元へと駆けつけられる程度の範囲には居たいと思っていたりもする。
そんなほむらの視界に……一本の煙が立ち上る光景が、映し出された。
病院からも暁美ほむらの現在地からも大して遠く無いその場所を、ほむらは河原であったと記憶している。
佐倉杏子が見滝原に来るにはまだ時期的に早すぎるはずだが、何かの気まぐれでこの町を訪れて、盗品の魚でも焼いているのかもしれない。



「それにしても、参りましたね。明日のパンツもビショビショですよ」
「派手だねぇ。まぁ、どうでも良いけどさ」

違った。
良い年をした男が二人、焚火をして暖をとっていた。
……半裸で。

その内の一人は、昼間にほむらを介抱してくれていた夫婦の夫の方だ、とほむらには分かった。
だから、その二人の元へふらふらと近づいて行ってしまったのは、きっとお礼を言うためなのだ。
もしかするとそこには、何か人間らしい事をしなければならないという無意識の抑圧が働いたのかもしれない。

「パンツだけは綺麗で良いものじゃないと。メーカーによっては同じメンでも違ったりしますし、ね」

パンツに関する、本当にどうでも良いうんちくを披露する、若い方の男。
面ということは、リバーシブル? それとも綿って言ったの?
そんな仕様も無い突っ込みを心の中に仕舞いつつ、ほむらは河原へと降りて行く。
この部分を書くために録画を見直した作者にもどちらが正しいのか分からなかった……と、補足しておこう。

世間話に花を咲かせる二人の前に出て行くタイミングを、ほむらは完全に見失っていた。
若い男は世界中を旅して周っていて、喧嘩夫婦の夫の方である中年男性はカメラマンをしていたらしい。
……そのどちらもが過去形であったことが、喉に引っ掛かった小骨のように、ほむらの心から離れない。

「若いのに、色々なところを回ってるんだな」
「爺ちゃんが旅好きで、よく連れ回されてたんですよ」

服を火にくべながら……ではなく、服を火であぶりながら、二人は話を続ける。
どうやら、川に落ちて二人の服が濡れたせいで、彼らは半裸だということである。
中年男性の方は並程度だが、若者の方はそこそこに引き締まっているように見えた。
そして、無意識のうちに隠れる場所を探してそこに落ち着いてしまったほむらさんは、どう考えてもストーキング脳に毒され過ぎている。

「遺言なんです。男はいつ死ぬか分からないからパンツはいつも一張羅履いとけ、って」
「ほっほう。そう聞くと、パンツも格好良いな」

彼らに真摯な視線を向けながら暁美ほむらが喉をごくりと鳴らした……かどうかは、定かではない。
彼女とて思春期の女子なのだから、そういう反応をしても別に不思議ではないとだけ言っておこう。
ほむらちゃんがムッツリスケベだなんて、そんなの絶対あるわけ無いよ!

「で、今は日本で旅費稼ぎ、ってワケか」
「まぁ、ちょっと、休憩中……って感じですかね」

若い男は、世界中の貧困に苦しむ人間を救うための事業を起こすのが夢だった。
しかし、旅先で内戦に巻き込まれ、仲が良かった現地住人を助けられなかったことが心残りとなって、色々と気力が無くなってしまったとのことらしい。
青年には現地住人を守る責任なんて無いのに、と暁美ほむらは思ってしまう。
佐倉杏子のように自分の家族を犠牲にしたならともかく、旅先で出会っただけの人間にそこまでのトラウマを負わされるものなのか。

自分だって会って一月も経たないまどかにゾッコンだったというのに、そのことを棚上げにして他人の人間関係に疑問を抱くのが、暁美ほむらクオリティである。
『魔法少女まどか☆マギカ』という作品の本編において、ファミレスで偉そうに鹿目まどかに対して説教を垂れたのが、良い例だ。

俺も似たようなもんだよ、なんて中年男性が前置いて、

「なんか人生色々疲れたっていうか、もう、人生サボりたいっていうか、さ……」

鬱病一歩手前のようなボヤキを吐きだしていた。
それは、目的を投げ出しそうになっていた暁美ほむらに、奇妙なシンパシーを与えていたりして。
もっとも、そのせいで妻に尻を叩かれているという中年男性に比べて、ほむらを責め立てる人間は居ないという違いはあるが。

「目指した通りに写真で成功したのに、な」

目指した通りに魔法少女になった、はずなのに。
鹿目まどかを守る自分になった……はずなのに。

「……分かります」

若い男が、元カメラマンに深い共感を示しているような表情をしてみせた。
夢半ばで立ち止まってしまっている青年自身と、元カメラマンの境遇を重ねているのだろうか。

「揚げ饅頭って知ってます?」
「「……は?」」

話が……明後日の方向にぶっ飛んだ。
別に、暁美ほむらが新たな時間移動能力に目覚めた訳ではない。
ただ単に、会話の文脈がすっ飛んだように、暁美ほむらには感じられただけである。

「凄く美味しくて大好きなんですけど、一気に20個食べちゃった時は、もう二度と見たくなくて。……アレと同じですよね?」
「いや、微妙……」

……やっぱり、帰ろうかな。
そう思いなおしてしまった暁美ほむらを、誰が責めることが出来るだろうか。

「なんか、欲も何も無くなった、っていうか……一度失くすとダメだよなぁ」

確かに、一度失ってしまうと、何もかもが連続して失敗へと転がってしまう時がある。
例えば、鹿目まどかの命運とか美樹さやかの恋路とか。
なんだか、青年の言葉はあまり納得できないが、元カメラマンの中年男性の言葉には割とほむらが共感できる要素が散りばめられているような気がした。

元カメラマンの中年男に対して、奥さんと同じことを言ってる、なんて嬉しそうに述べる青年は陽気な雰囲気のまま話し続ける。

「まぁ俺は、人の『欲』はそう簡単には無くならないと思いますけどね」

あの憎きインキュベーターの『欲』が簡単に無くなってくれれば、ほむらだってこんなに苦労してはいないのに。
もっとも、あれを人としてカテゴライズして良いかと聞かれれば、暁美ほむらはNOと即答するだろうが。

「だって俺、今でも揚げ饅頭大好きですもん。最初に食べた時の、あの感動が忘れられなくて!」
「最初の感動、か……」

最初の感動。
暁美ほむらにとってのそれは、

「……まどか」

自問自答するまでもなく、当然にあの少女だった。
かつて暁美ほむらを救ってくれた鹿目まどかに憧れを抱いた……それが、ほむらを突き動かす原動力となっていることは間違いない。
もちろん、途中の周回において起こった様々なイベントも、現在のほむらの人格を形作る要素となっていることは間違いないが、『最初の感動』と言えばやはりそこしかない。

そして、ほむらが見て来た鹿目まどかの経緯を強く思い出す機会が出来れば、また頑張ろうという気にもなってくるというものである。
自分はひょっとして美樹さやかに並ぶぐらい単純な人間なのではないかという一抹の無礼な不安を新たに抱いたほむらだったが、同時に思う。

この河原で、元旅人の青年と元カメラマンの中年男性の話を聞いて良かった、と。


「揚げ饅頭、食べてみようかな……?」

暁美ほむらは……ひょっとすると、焦り過ぎていたのかもしれない。
何時まで経っても恩人一人救えない自分に自信を失くし、慣れない策まで弄して、無理をしていた。
そのことが結果的に、自分の足を止める原因になっていたのだ……そう、気付いた。
少し休憩すれば再び走り始めることが出来る筈だ、と思えるようになった心が、少しだけ軽い。



ほむらは、読み誤った。
自身のモチベーションに関する認識とは、全く別方面において。
彼女の行動が鹿目まどかという人間にどれだけ深い爪痕を残したのか、という重大な計量カップの、升と合を間違えたのだ。
その勘違いが世界に及ぼす影響は……未だ、誰にも分からない。




「ねぇ、カザリ。ガメルが何処に行ったか知らないかしら?」

とある廃墟の一角を無断で占拠している一団……グリードの一人であるメズールが、同僚のカザリに何気ない声をかける。
一団とはいえ、4人居た筈の住人は既に2人となり、部屋の中には物寂しさが漂うようになっていた。
緑の革ジャンを着こなすイケメンがゴルフクラブ片手に空き瓶を砕いていた光景が、ずいぶん昔の事のように思える。

「昼間に、牛のヤミーを作って遊んでいるのを見たよ。飽きたら帰ってくるんじゃないかな」
「全く、困った子ねぇ」

気分は、嵐を呼ぶ園児を授かった母親である。
まぁ、流石のガメルでも実際に嵐を起こすことは出来ない……だろう。多分。
もっと性質の悪いものなら生み出せるかもしれないが。

「それと、貴方の身体が大分治っているみたいだけれど、アンクの所に行ってきたの?」

暇を持て余して、メズールはカザリの変化について言及してみた。
グリードは、その身体を形成するコアメダルの枚数によってその力を増減させるという特徴を持っていて、外見から大よそのコアの数が解るのだ。
そして、メズールから見て明らかに、今朝よりもカザリのコアメダルは増えている。

「うん。あと、ウヴァのコアも少し取り返して来たよ」
「そういえば、私も持っていたわ。忘れてたけれど」

カザリの手には二枚、メズールの手には一枚。
合計して三枚の緑のコアメダルが、グリード達の手中には存在した。
……それは、彼らの仲間だったウヴァが、殺られたという証でもある。
人間の進化という、昼間にアンクの口から毀れ出た言葉が、カザリの耳から離れなかった。

「メズール。人間はこの800年で、僕たちの想像もつかないぐらいに変わっているみたいだ」
「そうね。私も人間の姿を真似ていないと、外を歩くのは面倒だわ」

人間態を披露するメズールの姿を横目で見ながらも、カザリは思う。
それだけでは全然足りない、と。
……別に、色気とか、そういう意味では無いのだ。
メズールが化けた女の子のモチーフが中学一年生なので設定上は鹿目まどか達よりも年下だとか、そんなことはどうでも良い。


ただ、何となくカザリは、予感していた。
おそらく、ガメルが無事にここに帰ってくることは無い、という事を。

「僕たちも、もっと進化しないと……」

カザリの呟きに、メズールは何も応えない。


その晩。

ガメルは帰らなかった。



・今回のNG大賞
「それで、ウヴァのコアに内訳は?」
「3枚全部カマキリ……だと……?」

……どうしてこうなった。

前回のCount the medalsのナレーション時に気付いた人は居たかも。

尚、あのカウントには、トーリがネコババしたクワガタとバッタは数えられていないという事を補足しておこう。
トーリに限らず、魔法少女組が持っているメダルは原則的にあの一覧には含まないことにします。


・公開プロットシリーズNo.24
→ほむら様が見てる。



[29586] 第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 21:30
魔法少女の密会を終え、美樹さやかは意気揚々と帰宅していた。
風を切って空を飛ぶという珍しい体験をしたことも、さやかの気分を上向きにさせた原因になったのかもしれない。
もっとも、実際に頑張ったのはさやかをぶら下げて力の限り羽ばたいたトーリなのだが、細かい事はあまり気にしないのが美樹さやかの長所なのだろう。

「お帰り、美樹さやか」

彼女を待ち構えていたのは、

「ただいま、キュゥべえ。寂しかった?」

愛くるしいネコのような外見をした、マスコットだった。
魔法の使者キュゥべえ……彼こそが、世界をまたにかけて数々の魔法少女をプロデュースして回る、人気者なのだ。
彼を題材にして抱き枕や縫い包みを販売すれば、きっと一大ビジネスに発展できるに違いない。
購買者の何人かは、抱き枕に砂を詰めたり、縫い包みに五寸釘を打ちつけたりするだろうが。
特に、最近鹿目まどかの周囲をうろついているストーカーさんの陰湿なやり口を見ているキュゥべえとしては、彼女がそういった行動に出ることは簡単に想像できる。
一体、彼女は何回キュゥべえを殺せば気が済むのだろう。

「仕方ないよ、僕だって死ぬのはゴメンだからね」

勿体無いじゃないか。なんて口走るようなマネはしない。

「それにしても、何者なんだろうね。『キュゥべえの命を狙ってる奴』って」

事の発端は、さやかが契約した日に、幼馴染の上条君を治療してほくほく顔で帰宅した時にまで遡る。

『ボクの命を狙っている奴が居るみたいだから、ボクが実は生きているという事は誰にも言わないで、匿って欲しい』

その先刻に契約を交わしたばかりの可愛らしい動物が、さやかに頼みごとを打ち明けて来たのだ。
そしてこの頼みは、キュゥべえとしては、匿って欲しいという所よりも『誰にも言わない』という所がポイントだったりする。
キュゥべえが殺しても死なない群生生物だという事実を知ると、大抵の魔法少女はキュゥべえを疑り始めるので、マミやトーリにバレるのは宜しくない。

「目的も能力も、まだよく分かっていないんだ。助言できなくて済まないと思っているよ」
「あんたに言われた通り、他の魔法少女にも教えなかったけど……そこまで徹底する必要、あるの?」

さやかとしては、その部分があまり重要だと思っていないので疑問に感じることも若干あったのだが、

「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」
「なんか、一気にキュゥべえの漢前レベルが上がったような気がする……?」

心にもないことを言うキュゥべえにころっと騙されてしまうのが、美樹さやかの良い所である。
少なくとも、キュゥべえにとっては。

「そうだ。今日は、仮面ライダーについて色々聞いて来たけど、聞きたい?」
「お願いするよ」

本当に、便利な奴だ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十五話:Free your heat――本当の気持ちと向き合えますか?



「なるほどね」

グリードは800年前に生まれたメダルの怪人で以下略。

「その火野映司って人に、念話は通じるかい?」
「んん? キュゥべえ、話を聞いただけでファンになっちゃった? でも蓋を開けてみたらパンツマンだよ、アイツ……」
「緊急時に連絡を取れるのかどうか、知っておいて損は無いよ。君達は危険に身を置くことも多いだろうし」
「おっけー」

むむむ、と額に指を当てて、まるで瞬間移動する直前のサ○ヤ人のようなモーションをとってみせるさやか。
そういうことをしてみたい年頃なのだろう。多分。

「おかしいなぁ? 通じない……」
「まぁ、基本的に魔法少女とボクにしか繋がらないから、無理だとは思ってたよ」

この確認作業には、意味がある。
火野映司には、魔法関連の素養が存在しないという、重大な情報が確定したのだ。
それはつまり……キュゥべえの持つ視覚阻害能力が彼に対して有効であることを意味する。
キュゥべえ自身が直接的に物体を破壊したり盗んだりするのは、周囲の信頼を損ねる可能性があるので最終手段ではあるが、その方法が使えるのはアドバンテージとしては大きい。

「それと、泉信吾に関する事なんだけど、さやかの能力で治せば万事解決じゃないのかい?」
「何で、気付かなかったんだろう……」

そこは女子会の最中に気付いておけよ、と思わないでもない。
泉信吾というのは、現在アンクに身体を乗っ取られている男の名前である。
市中で出会ったカマキリのヤミーに致命傷を負わされて意識不明の重体のところを、アンクに取り付かれることで命を保つことが出来ているのだ。

「まぁ、事を起こすなら、他の魔法少女と相談すると良い。グリードは、僕らが予想もしない力を持っているかもしれないからね」

それももっともな話だ。
何の疑いも無く、さやかはその提案に乗ることにしたのだった。
さやかは、知る由も無い。
間もなく見滝原に現れる超弩級の魔女に備えて、キュゥべえがこの町の戦力を削ろうとしていることなど。

「何だかもう、キュゥべえってあたしの参謀役っていうか、頭脳だね」

美樹さやか……お前の頭を探して来い。



ちょうど同時刻頃、閉店時間直前のクスクシエに、一人の男が足を運んでいた。
その屋根裏部屋に住まう、二人の魔法少女を目当てに。

「あら、映司君。マミちゃん達に会いに?」
「はい。そうなんです。帰ってますか?」

噂の仮面ライダーオーズ……もとい、火野映司、その人である。
気前の良い店長に案内され、何の障害も無く屋根裏部屋まで辿り着いたのだった。

「ねぇ、トーリさん」
「どうかしましたか?」

だが、隙間の開いた扉ごしに聞こえてくる声によると、マミとトーリが丁度何かを話し始めたところらしい。
二人が室内に居るのは僥倖だが、少しだけ扉の前で待つことにした映司には……当然、二人が話し続ける声が、聞こえている。
……そして、結局巴マミと共に居ついてしまっている蝙蝠のヤミーは、実はとんでもなく図々しいヤツなのかもしれない。

「もしも……例えばの話だけれど、私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?」

巴マミは、不安に心を苛まれていた。
魔法少女が生ける屍だと証明された日からずっと、その真実を後輩に言う事が出来ない自分自身を不甲斐なく思いながらも、そんな自分を変えることが出来ずにいる。

「……ぇ?」

マミが何を思ってそんな話を持ち出したのか、映司には分からない。
アンクについての話題なのかな? ぐらいには予想しているかもしれないが。
盗み聞きをする気は無かったのだが、奇しくも先日の暁美ほむらと同じように現れる機会を見失っていた。

「言っている意味がよく分からない、です」

一方のトーリは、嫌な予感が運命の扉をティロフィナーレで連打する勢いで叩いている、というぐらいには焦っていたりする。
トーリの耳には、先ほどの質問がこう聞こえたのだ。

『私じゃなくて貴女の事よ。正体が化物だって薄々気付いているんだけど……どうして欲しい?』

と、いう具合に。
近頃、自分が冷や汗を流し過ぎている気がしてならないトーリだが、愚痴を聞いてくれる相手も居ないので寿命は縮みっぱなしである。
もっとも、このヤミーはウヴァさんに似て、耐え忍ぶことは苦手ではないようだが。

「もし私がヤミーや魔女みたいな存在で、貴女を危険に晒すかもしれないとしたら、どうするのか……ってことよ」

映司には、何となくマミの言っている意味が分かった気がした。
人間は現在持っている力が自分の身の丈以上だと感じると、不安になることがあるのだ、と。

そして、トーリにも何となくマミの言っている意味が分かった気がした。
トーリがヤミーなら死ぬしか無いじゃない、と。

「私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで、悪事は控えて目立たないように生き続けます」

トーリは、勝算の無い戦いに突っ込むような好戦的な性格はしていない。

「戦ってでも私を止めよう、っていう発想にはならない?」

そう言って欲しかった、と映司には聞こえた。
逃げないで大人しく死ね、とトーリには聞こえた。

「私の知っているマミさんは、例えそういう状況になったとしても、戦いたいと思える相手じゃないです」

主に、戦力的な意味で。

「そう言ってくれるのは嬉しい……けど……」

トーリの台詞を人間性という観点からのものだと解釈したらしいマミの声が……少しだけ湿っているように、映司には思われた。
後輩に慕われて嬉しいというのは間違いなく本音なのだが、だからこそ辛いと思ってしまう何かを胸の中に抱えているのだろうか。

「もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?」

おずおず、とマミに尋ね返すトーリの目を見て……マミはようやく気付いた。
この後輩が、マミに対して怯えている、ということを。
自分は、また彼女を不安がらせている。

「そんなわけないわ」

口を突いて出て来てしまった言葉は、否定のそれだった。
よく考えもせずに言ってしまったという気はするものの、だからこそそれは、偽らざる巴マミの本音だったのかもしれない。

「そう、ですよね」

どうやら、正体がバレたと思ったのは、トーリの早とちりだったらしい。
そして、その言葉を聞いて露骨に表情を安堵のものへと変化させるトーリを見て、巴マミは殊更に迷う。
この臆病で優しい後輩に、魔法少女の真実を教えて良いものかどうか。



……乾いた音が、マミの思考を打ち切らせた。
別に誰かが発砲した音だとか、そんな物騒なものではなく、部屋の扉を誰かが叩いた音である。
扉がぶち破られたわけでもなければ、爆破されたわけでもない。

「火野だけど、今時間取れるかな?」
「どうぞ」

マミより先に反応したトーリが、快く映司を室内に迎え入れてくれた。
巴マミが不思議な緊張感を放っているこの状況を打開してくれるなら願っても無いことだ、と思っているのだろう。

室内に入って来た映司は、夜分の挨拶を終え、部屋の中を簡単に見回して何かを探しているようだった。

「アンクって、こっちに来てない?」
「来てないわよね、トーリさん」
「ワタシも、見てないですよ」

アイツ何処に行ったんだろ、と呟いている映司がアンクを探してこの場に来た事は、疑う余地が無いようだ。

「行方不明なんですか?」
「ちょっと、ね。あいつの身も心配だし、あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ」
「保護者は辛いですね」

マミの返事にアンクの身を案ずる響きが無かった辺りに、アンクというグリードに対する評価が如実に表れていた。
そのことを鋭く察して苦笑いを零す映司と、その意味がよく分からずに首を傾げるトーリ。

「捜索なら、ワタシも手伝いましょうか?」
「いや、俺の取り越し苦労ってこともありそうだから、良いや」

トーリとしては、アンクにそう簡単にくたばって貰っては困るのだ。
ウヴァの復活の手順を吐いた後ならば、心おきなく死んで欲しいとも思っているが。

「あと、俺達のセルメダルってトーリちゃんが持っておくんでしょ。昼間に倒したから、預けに来たよ」
「お疲れ様です」

ガメルのヤミーは、倒した時に落とすセルメダルの数が極端に少ないという特性があるのだが……ガメル本体には、それなりに多くのセルメダルが溜めこまれていた。
従って……

「大漁、ですねぇ」
「うん、運ぶのも一苦労だったよ」

普段は貨幣の類を明日のパンツに収納して持ち運んでいる映司でも、流石にグリード一体分のセルメダルをその方法で運ぶのは無理だったようだ。
大きめの上着を一枚脱いで、その中に包んで持って来たとのこと。
もちろん、それとは別に映司はきちんと服を着ているという事を、誤解の無いように補足しておこう。

流石の火野映司だって、非常時でも無いのに女子中学生に半裸姿を見せつけることを良しとする筈が無いじゃないか。
そんなの絶対、通報だよ!

それはさておき、特に変態的犯罪行為に及んだわけでもない映司は、用事を終えて無事にクスクシエを後にすることとなる。

「アンクさん……無事だと良いですね」
「大丈夫よ。殺したって死にそうに無いもの」

この時になってようやく、トーリには映司の苦笑の意味が分かったのだった……


尚、カザリから逃げ切った後で行き倒れていたアンクは、異なる世界の歴史の通りに映司が見つけて回収したとのこと。
自分が失った数に匹敵するコアをあっさり獲って来た映司に、少しはオーズらしくなったなァ、などとアンクが少しだけ賛辞の言葉を述べたのは全くの余談である。
違った事と言えば、映司が昼間に大量のセルメダルを得ていたために、鴻上光生会長からセルメダルを借りるというイベントが無かったことぐらいだろうか。



物語は、既に狂い始めている。
さやかの契約の前倒しという形で。
そして、グリード二体の退場という形でも。

世界を破壊する切り札は……誰だ?



・今回のNG大賞
「それを知った人間が不幸になったら申し訳ないじゃないか」
「なんか、言外にあたしだけは不幸になっても良いって言われた気がする……?」

さやかちゃんマジ安定のさやか。


・公開プロットシリーズNo.25
→マミさんは後輩に精神的に依存するタイプな気がする。



[29586] 第二十六話:小さな手のひら
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/13 21:29
『あたしの魔法なら泉刑事を治せると思うんだけど、どうでしょう?』

授業中に巴マミへと繋げられた念話の内容が、それだった。
そういえば、美樹さやかは治癒の魔法が得意なんだった、という事実を思い直して、なるほどと思う。
だがしかし。

『アンクが別の誰かを半殺しにして取り憑いたら、結局意味無いわよ』

結局そこに帰結するのだ、とマミは思ってしまう。
アンクがそれを行うことを未然に阻止できなければ、イタチごっこになってしまう。

『マミさん。アンクってグリードなんですよね』
『ええ。800年前に造られたメダルの生命体らしいわよ』

この1フレーズは、前日にマミが説明した内容の反芻に過ぎない、確認作業だった。

『悪い怪人、なんだよね?』

――あいつが悪さをしてるかもしれないのはもっと心配なんだ

思い出されるのは、火野映司の言葉。

『それは間違い無いでしょうけれど……まさか』

そこまで言いかけて、マミはようやく気付いてしまった。
美樹さやかが何を言いたいのか、を。

『悪い奴なら倒しても問題無い、でしょ?』

何かがおかしいような気は、する。
だがしかし、アンクを倒してそのコアを全て映司に預けておけば、オーズの戦力が上がることは間違いない。

確かにアンクが何かとマミをからかってくるのは、いただけない。
戦っている映司には労いの言葉一つかけずに偉そうにしているのも、マイナスポイントだ。
トーリにはセクハラ紛いな発言もするし、最近ではセルメダルの管理という雑務まで押しつけている始末。
しかも、映司との取り決めが無ければ人の命よりメダルを優先するような奴だという話まで聞いている。

……あら? やっぱり倒しちゃうのもアリかしら?

『そうしましょうか』
『パンツマンとかトーリとか、協力してくれるかな?』

不思議と、普段一緒に居たいと思える筈の彼らのことを、思い出したくなかった。

『いいえ、私達だけでやりましょう』
『マミさんがそう言うなら』

巴マミは、気がつかない。
何故、あの二人を誘いたくないと、思ってしまったのか。

そして、美樹さやかにその行動を示唆した存在が居ることなど、想像も出来ない。
ましてや、夢にも思う筈が無かった
その黒幕が、死んだと思っていた旧友だなどとは……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十六話:小さな手のひら



決行の場所を病院の近くにすることは、あっさりと決まった。
もし何か不都合が起きた場合でも、そのまま泉刑事を病院に担ぎ込めば何とかなるかもしれない、という保険をかける意味合いからである。

尚、その日、火野映司はクスクシエでアルバイトに精を出していた。
トーリはおそらく、目的も持たずにふらふらと何処かを飛んでいるのだろう。
あの後輩は、時々意味も無く飛びまわる習慣を持っているのだ。

そして、アンクだけを連れ出すのは……予想外に簡単だった。
マミが用事があるとだけ伝えたところ、あっさりと着いて来てしまったのである。
あまりにも簡単に事が進み過ぎて拍子抜けした感はあるものの、順調なのは悪いことではない。

「人魚のグリードから聞いたんだけれど、グリードって人間の欲望を把握できるのよね?」
「ヤミーを作るために、ある程度までは、な」

何気ない会話をしながら、マミはアンクを導く。
彼の墓場となるべき場所へと。

「私の欲望を見抜くことって、出来る?」
「それが出来るなら、俺だってヤミーを作ってる」

アンクからマミに対する警戒心がここまで薄いのも、納得である。
まさか、自分を始末するという欲望を持っている人間と二人きりになる筈もない。
それよりも、魔法少女が死体であるという事実をアンクたちに悟られていないという事に、マミは少しばかり安堵していた。
そういう事はやっぱり、魔法少女の先輩である自分から彼女たちに言い聞かせるべきだ、と志を新たにしながら。

「だが、経験から大体の予想はついてる」
「言ってみて」

これからアンクを抹殺しようとしているのがバレたのかという焦りが、頭をもたげた。
自然と、声が強張る。

「お前は、他人から愛されたり認められたりすることを強い欲望にするタイプだ」
「……どうして、そう思うの?」

意外なアンクの指摘に、緊張感を高めれば良いのか低くすれば良いのか分からないマミが、やや困惑しながら聞き返す。

「メズールの奴が興味を持つ人間っていうのは、大抵そんなモンだ」

アンク自身の感覚というよりも、メズールの勘を信用している、という物言いだった。
確かに、メズールの選ぶヤミーの親は、誰かに愛されたいだとか注目されたいといった、周囲からの認識に大きく影響されるものが多いという傾向はある。
ただし、現代においてはまだ彼女が多くのヤミーを作っていないために、グリード以外からはその傾向が認知されていないが。

「さっきも少し言ってたけれど、その能力が戻ったらヤミーを作りたいっていう気持ちは、変わらない?」
「当たり前だ。俺がヤミーを作れるんなら、オーズを利用する必要も無くなるし、なァ」

……そう。
自分のすぐ前を歩くマミの声が少しだけ低くなった……そんな冷たい感覚が、アンクの第六感を刺激した。

「良く分かったわ。やっぱり貴女を……『倒す』べきだという事が」
「!? まさか、お前……!?」

咄嗟に腕だけの怪人態を現して身構えようとしたアンクの腕を……巴マミが掴み取った。
次の瞬間には、その異形の腕が、泉信吾の身体から力ずくで引き剥がされる。

「あたしはこの人連れて離れてますね」

気付けばそこには、アンクの知らない少女が、もう一人。
青のかかった短い髪が印象的で、巴マミと同じ中学校の制服を着込んだ、何処にでも居そうな女の子だった。
軽々と成人男性の身体を担ぎあげた女の子は、猛ダッシュでアンクの視界の外へと走り去って行ったのだった。

「良いのか? 俺が離れたら、アイツは死ぬぞ」
「あの子、怪我を治す魔法が使えるのよ。何の心配も要らないわ」

アンクの脅し文句は、しかし、魔法少女という条理を覆す存在の前では無力だった。
腕だけになったアンクの手首をがっちりと掴みながら……巴マミが、マスケットを取り出した。

「待て。お前たちの目的は何だ?」
「人間を異形の存在から守ることよ。魔女とかグリードとかから、ね」

アンクを掴む巴マミの握力は、女子中学生とは思えないほどに強力なものだった。
魔法少女という生物の恐ろしさが、非常によく分かる力関係である。

「そのためには俺は邪魔者、ってワケか……」
「グリードがヤミーを生むなら、倒すしか無いじゃない」

必死に活路を探すアンクの視界に……光が、見えた。
病院の傍に立っているメダルシステムの管理機、ライドベンダーの姿が。
あそこにセルメダルを投げ込んでカンドロイドを使えれば、何とか脱出ぐらいは出来るだろう。

「そうか。その前にはまず、お前の後ろに居る奴を倒さないとなァ」
「えっ……?」

思わず振り向いてしまうマミの姿を見て、アンクは一人ほくそ笑む。
そんな奴など、最初から居ない。
辛うじて動かせる指の腹でセルメダルを挟み、手首のスナップだけで重量感のあるセルメダルを、ライドベンダーへ投げ込む。

勝った。
そう、確信した。

……その目の前で、宙を舞うセルメダルが爆散するまでは。

「今時、小学生だってそんな『手』には引っ掛からないわよ?」
「なん……だと……」

マミの手に握られているマスケットから立ち上る硝煙が、セルメダルが辿った運命を語っていた。

「それでは、お休みなさい。腕怪人さん」
「バカな……この俺が……っ!」

今際の言葉がウヴァさんと全く同じだったアンク……お前はひょっとすると、彼の虫頭を笑えない鳥頭なんじゃないのか……

マミが新たに取り出したマスケットの発射口を目の当たりにしながら、アンクはこれまで現代世界で見てきたことを思い出していた。

赤いコアが足りなくて。
他のグリードに嫉妬して。
別の色のコアを持ち出して。
ヤミー如きに殺されそうになって。
通りすがりのバカな男に助けられて。
そのバカと一緒に不自由で不愉快な生活をおくって。
それでも、あいつに奢らせて食べるアイスの味だけは最高で……


「映……司……」

それでも、訳の分からない棺の中に封印されて800年も暗闇の中のメダルを数え続ける日々に比べれば。

「利用しているなんて言っておいて、随分虫が良いわね」

……楽しかった、のかもしれない。
銃弾を受ける位置を体内のコアメダルと重ならないように誤魔化し続けても、その身体を構成するセルメダルは瞬く間に削られていく。
腕の手甲のように付いていた羽も既にもげてしまい、例えマミの手から逃れても、飛んで逃げることは叶わないだろう。

「助け……」


だがしかし、転機は……突然に、訪れた。
何の前触れも無く、巴マミからアンクをひったくった、別の手があったのだ。

「お前、は」

メダルを5枚も握ったら溢れだしてしまいそうなほど、頼りない小さな手。
その持ち主の少女に見覚えがあるような気がして、アンクは記憶を洗う。
何時だったか、映司がアンクのアイスを強奪して、泣き虫なガキに渡したことがあった。
その時に会ったのだ、と思い出し、しかしこの少女の力を借りても巴マミを打倒する手段など思いつかない。

「危ないわ。タイミングが悪ければ、貴女も怪我では済まなかったのよ?」

予期せぬ一般人の乱入に一瞬だけ面食らった様子の巴マミだが、すぐに平静を装い、警告を発する。
飽く迄、正義は自分たちにあるのだと言わんばかりに。
傷だらけのアンクを抱きしめた少女は後ずさり、しかしそれでも、折れない。

「彼を置いて、早く去りなさい」

――何だか知らないけど、もうやめろって……!

少女の面影が、現代で初めてアンクを救った男のそれに重なった……そんな、気がした。

「だ、ダメだよ、この子、怪我してる……!」

鹿目まどかがこの場に居合わせたことに、必然の理由など無かった。
ただ、人が通るとも思えない病院裏に設置してあるライドベンダーを病室の窓から発見したというだけのことだった。
しかし、そこで後藤からの頼みごとを思い出したために、ライドベンダーの周囲で視線を止めてしまったのだ。
そして、違和感を抱いて目を凝らした先に居たのが……赤い腕のようなモノを捕まえて銃弾を撃ち込むお姉さんだった、というわけである。

そして、まどかは確かに聞いた。
誰かに助けを求める、苦しそうな声を。

「その生き物は、人間の敵なのよ」
「この子が、何をしたの……?」

少女は、問う。
その脚は恐怖に震え、目には今にも泣き出しそうなほど、涙を一杯に溜めて。
当然だろう。
周囲に撒き散らされた火薬の臭いと、巴マミの手に握られた物騒な凶器を見れば、平和の中で生きて来た人間が怯えない筈が無い。

「今はまだ、周囲の人間を脅したり盗みを働いたりする程度だけれど……力を取り戻せば、人間の命に関わる悪さを始めるわ」
「まだ、あんまり、してないんだよ、ね?」

そう言われればその通りではあるが……それがどうしたというのか。
それよりも、巴マミは、自分が苛立ちを覚えているのを感じていた。
なんの力も持たない少女が自分に歯向かおうとしているから、という訳ではないと思った。

「今の内に不幸の芽は摘んでおいた方が良いと思わない?」
「……そんなの絶対、おかしいよ」
「お前……」

声も身体も恐怖に震わせながら、それでも決して自分を曲げようとしないこの少女を見ていると、それだけで自分が責め立てられているような不快感が生まれてくるのだ。

「彼一人のために、多くの人間を危険に晒して良いと思う?」
「で、でも! 沢山の人のためだからって、まだ悪いことをしてないこの子を殺して良いの!?」

多くを救うために一つを犠牲にする勇気を持つ者が英雄なんです。
そういう言葉を残したのは、誰だっただろうか。

「『良い』に決まってるじゃない」

例え人間を一人も襲ったことのない魔女が相手であっても、情けなどかけない。
巴マミは、そうしてきた。
その例外にグリードが……入る筈も、無かった。

「……!」

小さな女の子の瞳には、更に恐怖の色が濃くなる。
説得は無理だと感じたのか、マミの不意を突いて逃げ出した……と、本人は思ったのだろう。

「ひゃぁう!?」

急いで動かそうと思った足が地面に縫い付けられ、入院着が土に汚れる。
綺麗に転んだまどかが、動かない自らの脚に視線を落とすと……信じられない光景が、広がっていた。
地面に残った銃痕からいつの間にかリボンのような糸が伸び、絡みついてまどかの足を止めていたのだ。
引っ張っても外れる気配は無く、まるで手品のように結び目も見つからない。

「彼を渡して。そうすれば、貴女に危害を加えるつもりはないわ」

暗に、述べる。
アンクを引き渡さなければどうなるのか、ということを。
それでも……女の子が抱きしめたアンクを離す気配は、無い。

「嫌だよ」

――手を伸ばせるのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する。

「そんなの、あんまりだよ……!」

――それが嫌だから、手を伸ばすんだ。

「おい、お前……まどかとか言ったか」
「どうして、私の名前を……?」

まどかは、気付いていない。
クスクシエで以前出会った柄の悪いお兄さんの正体が、この腕怪人であることに。

「お前は、バカだ」
「……え?」

まさか、助けた相手に貶されるとは、思ってもみなかった。

「だからお前らは……お前らのままで居ろ。俺は、そういう『使えるバカ』が大好きなんだ」

アンクは、映司と初めて会った日にも、こう思った。
こいつは使えるバカだ、と。
だがしかし、同時に思う。
こいつらのようなバカが居るなら、人間も捨てたものじゃない、とも。

「聞き分けの無い子は好きじゃないの」

まどかの身体の隅々にまでリボンが巻き付き、その身体の自由を失わせる。
そして、踏ん張りが利かなくなったまどかの手から……力ずくの握力任せに、巴マミがアンクを、奪い取った。

「あ……」

既に抵抗する力も無く巴マミの手の中でぐったりとしているアンクを目の当たりにしても、鹿目まどかは、何も出来ない。
手首から先がもげてしまい、円筒のようになっているアンクは、むしろまだ生きていることの方が不思議でさえある。
アンクはまどかのこと『使えるバカ』と言ったが、これでは使えるという部分さえ怪しいではないか。

「お終いにしましょう」

いつもより少しだけ大きなマスケットを取り出したマミは、空中にアンクを放り投げ、次の瞬間には乾いた音を響かせた。
その直後に奏でられる、金属同士がぶつかり合う独特の音色。
爆散した破片は全てメダルとなり、辺りに降り注ぐ。
銀色のメダルに紛れて、灰色や黄色のそれが所々に散りばめられていた。


かつてマミが使用を禁じたそれと同じタカのメダルが、マミの足元に転がり込む。
まるで、アンクの命を獲った証と言わんばかりに。


まどかは、守れなかった。
昨日は、親しげに近づいて来た魔法の使者を。
今日は、苦しげに助けを求めた異形の右腕を。

「こんなのって、無いよ……!」



メダルを回収したマミが立ち去ったのちに、局地的な雨が降ったという情報は、見滝原の気象観測所には記録されていない。



・今回のNG大賞
「鹿目まどか! 彼を助けたかったら、ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「「えっ?」」
「何だ!? このフザけた生き物は!?」

驚いてキュゥべえに駆け寄った巴マミの隙を突き、アンクは脱出に成功した!

「ワケが解らないよ……」

聡明なキュゥべえさんがそんなミスを犯す筈が無いじゃないか。


・公開プロットシリーズNo.26
→24話からほむらさんが監視を止めた途端にコレだよ!



[29586] 第二十七話:弱い女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/17 21:17
鹿目まどかは、およそ活力と呼べるものを失くしていた。
自分がどうやって病室まで戻って来たのかも、覚えていない。
無事に帰って来られたことが、奇跡的でさえあるという具合だった。

――俺は、そういうバカが大好きだ。

見た目と口は悪くても、まどかのことを大好きだと言ってくれた、変な生き物だった。
不思議とその悪態は嫌な感じではなくて、まるで小さい子供が見栄を張っているみたいな微笑ましさがあって。
見た目からして可愛らしいキュゥべえと比べてはいけないのだろうけれど、弟を見ている時に近いような感覚が、確かにあった。

……また、死なせてしまった。

キュゥべえの時のように、まどかに責任があるわけではない。
それでも、助けられなかったという事実が、鹿目まどかの心に重石として圧し掛かる。
聖なる泉は枯れ果て、まどかしか居ない病室が昨日より更に広くなったような気がした。


失意の淵に、それは聞こえた。

「……?」

財布の中を整理する時のような、金属が擦れ合う音が、確かにまどかの耳に届いたのだ。
先ほど不思議な腕が爆散する時に起こったそれに似た、しかしずっと小さい音が。
自分の手元に違和感を覚え、まどかが下方に視線をずらすと……10枚ほどのメダルが、まどかの入院着の袖口から零れ落ちていた。

その中に一点だけ輝く真紅のメダルが、輝いたような気がした。
赤を中心に引き寄せられるようにひと塊に集まったメダルが、生命の形を為し始める。

「あ……」

感嘆するまどかを余所に、メダルは五つに先分かれし、やがて人の手にそっくりな形状を作り上げる。
見る間にその場に現れたのは、腕怪人……もとい、掌だけになった先ほどの不思議な生き物だった。

「こいつは儲けた、なァ……」

己の存在という最も大事な拾い物をしたことを、感慨深そうにボヤく掌怪人。
おそらく、マミに最後に腕を掴まれる前に、本体である赤いコアと少量のセルをまどかの衣類の中に滑り込ませていたのだろう。

巴マミによってトドメを刺される前には手首から先がもげてしまっていたが、その時には既に本体は逃げ延びていたということらしい。
アンクにとっても、危険な賭けには違いなかった。
意思コアが落ちた後の抜け殻が腕としての形を保っている時間はせいぜい十数秒が限度であったため、巴マミがアンクに止めを刺すことに時間をかけていたらアウトだったのだ。
結果として、アンクはその一世一代の博打に勝利したわけだが。

「……った」
「ああ?」

驚愕に目を見開いていたまどかが、ようやく反応を発し始める。

「良かったぁ……!」

既に尽きた筈の涙が、零れ落ちる。
出会った時よりさらに小さくなってしまった異形の怪物を抱きしめ、まどかはただひたすら泣き続けた。
生きているという、ただそれだけのことが、心を揺さぶる。

「……ふん」
「ありがとう」

不満そうな声を鳴らしながら、掌怪人は、暴れもせずにまどかの胸の中に居座った。
彼が何を思っているのか……顔どころか腕部分さえ失った彼の表情を窺い知ることは、出来ない。

「生きててくれて、ありがとう……!」

それでも、もう少しの間だけこの少女の為すがままにされても良い、と思えているのかもしれない……

「『生きて』て、か……」

アンクのその呟きは、誰の耳にも届かなかった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十七話:弱い女

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1



「それで、泉刑事はどうなったのかしら?」

マミの現在の話し相手である美樹さやかは、他人にも使える治癒能力を求めてキュゥべえと契約した経緯を持っている。
それを知りつつも尋ねてみる巴マミは……何故だか少しだけ、神経質になっているのかもしれない。
もっとも魔法少女の後輩は、そんな巴マミの様子には気付かなかったようだが。

「しっかり完治させちゃいましたよ。意識も戻ったし、自分の足で帰って行きました」

そう言いながら、少しだけ濁りが溜まったソウルジェムをぶらぶらと振って見せてくれる、美樹さやか。
一仕事を終えた後の、良い顔をしている。
それに引きかえ、巴マミは……何故だか自分の今の顔を想像したくなかった。

「こっちも殺ることはやったわ」
「おお、さっすがー」

マミが学生カバンに詰めて来た、一山のセルメダルと10枚にも満たないコアメダルを見て、さやかが感心したという心境を捻らずに口に出していた。
マミの胸の中のざわめきは、収まらない。
アンクの形見の赤いメダルが目に入るたびに、思わず目を逸らしてしまう。

「あとは、パンツマンにそのメダルを届けて終わりですよね?」
「そうね……でも、この赤いメダルだけは私の手元に残して、アンクは残りのコアを探しに遠出しているとでも言っておきましょう」

――あいつの身も心配だし

映司の言葉が、頭から離れない。
自分が間違いを犯しているとは、思いたくない。
でも何となく、マミがアンクを手にかけたという事実を、映司に知られたくなかった。

「でも、どうしてそんなことを?」
「オーズがタカのメダルを使うと、透視能力が備わるの。そんな目で見られたらお嫁にいけないわ」

既に火野さんの手元にも一枚あるみたいだけど、と補足するマミは、把握できていない。
トーリの助言によって、アンクが二枚目のタカメダルを所持していたことを。
アンクの意識の乗ったコアが、生き延びて保護されているなど、想像もできなかったのだ。

「まさかあのパンツマン、戦いの最中にあたし達を視姦してたってのか……!」
「そこは火野さんの良心を信じたいけど、念には念を、ね」

誤魔化せば誤魔化すだけ誤魔化されてくれる後輩の頭脳が、今は有難い。
もし映司が近くに居たならば、自分の化けの皮なんて簡単に剥がされてしまうだろう、とマミは思う。
それだけ彼は、他人の機微に鋭いのだ。
透視能力など無くても、人の心の中を見透かしているんじゃないかと思う事があるほどに。

「そういえば、銀色の……セルメダルは、トーリに預けるんでしたっけ?」

――アンクさん……無事だと良いですね。

トーリもまた、アンクの訃報を聞いたら良い顔はしないだろう。
彼女は大よそ魔法少女に不向きとしか思えない優しさと臆病さを持っている、頼りない存在なのだから。
当人の本音はどうあれ、巴マミにとっては、その人物評価が判断基準な訳で……

「ええ。そっちにも同じ説明をしましょう」

ヤミーを感知できる存在が消えたことは事実だが、それは実は大した問題では無い。
アンクの目的はメダルの収集であるため、ヤミーがある程度成体に近くなるまでは放置するヤツなのだということを、マミは映司から聞いていた。
だが、その段階までヤミーが育つには、その過程で目撃者がある程度出てしまうはずなのだ。
つまり、情報網ぐらいは整備しているであろう鴻上財団ならば、アンクと大して違わない早さでオーズへヤミーの情報を流してくれるに違いない。
事実、ピラニアのヤミーの場所を映司に教えたのは、アンクではなく財団の社員である後藤慎太郎だったのだ。

従って、アンクを殺したとしても、オーズ側にデメリットはほぼ無いはずなのだ。
そのはず、なのに。

……心のざらつきは、消えない。




そして、噂のトーリはと言えば。
……クスクシエの屋根裏部屋を訪れた銀髪のイケメンさんの対応に困っていたりする。

「ええと、どちら様でしたっけ?」
「ああ、君にとっては初めまして、になるのかな」

トーリには、目の前の人物に全く見覚えが無い。
彼はトーリの知り合いを名乗って知世子店長にここまで案内してもらったらしいのだが、トーリは彼を知らないのだ。

『トーリちゃんも、隅に置けないわねぇ』

などと茶化す言葉を残して去って行った知世子さんが何を考えているのかは大体予想がつくが、目の前の銀髪さんの考えは皆目見当もつかない。

「この姿を見せれば分かる……よね?」
「ひぃっ!?」

咄嗟に声が出そうになったトーリの口を抑えて、不審な音の発生を未然に防ぐ彼の手は……人間のそれではなかった。
瞬く間に銀髪の青年の全身が紫と黄色を基調とした柔軟性の高そうなものに変わり、トーリの口を塞ぐ手には、猫科特有の柔らかい肉球がその存在を主張していた。

「見ての通り、黄色いメダルのグリードのカザリ。それがボクだよ。思い出した?」
「むぐぅっ!?」

殺られるっ! 犯られるじゃなくて殺られるっ!?
身の危険を感じて暴れようとするトーリだが、流石のグリードというべきか、素早い動きを見せたカザリに瞬く間に組み伏せられてしまう。
何を隠そう、このカザリはグリードの中で最速の存在なのだ。

「あれ? 予想以上に弱い? ヤミーで魔法少女なんていうから規格外な強さを期待してたんだけど……まぁ、これはこれで使いやすいのかなぁ?」

使う?
すぐに殺されるような雰囲気では無い事に少しだけ希望を抱きながら、トーリはカザリの言葉を待つ。

「僕の言う事を聞くなら、壊しはしないよ? ヤミーである君は、どうせオーズ達を利用するために一緒に居るだけなんだろうし」

このグリードは、トーリがヤミーであることを確信しているらしい。
おそらく、とぼけても無駄だろう。

「まず聞いておくけど、君の創生者って誰?」
「ウヴァさんです」

ようやく話せるようにして貰えたトーリは……正直に質問に答えてみた。
もちろん、死にたくないからである。

「親はどんな欲望を持った人間?」
「魔法少女を増やしたいって言ってましたよ」

親が人間でないだとか、そんな余計なことは言わないが。
そして、何やら考え込んでいるカザリが黙り始めてしまったため、トーリとしては出方が判らずに待ち続けるしかない。
魔法少女を増やすなどという不思議な欲望を持つ人物像について考えているのだろうか。

「それで、今日君に会いに来た要件なんだけど」

人を組み伏せて脅しておいて、まだ前置きだったんですか。
……などと突っ込みを入れたら、あっという間にセルメダルの山に変えられてしまうのだろうか?

「君に、メダルの『器』としての実験台になって欲しいんだ」
「『器』……?」

聞き慣れない、言葉だった。

「コアメダルの力は強大だけど、それだけじゃつまらない。複数の色のコアを一つの器に集中したらどうなるか、試してみたくなってね」

もっと言えば、どういう状態でどの程度の枚数のコアを取り込むと暴走が起こるのかというデータが、カザリは欲しいのだ。
メズールを使う手も無いでは無いが、ガメルまでもが行方不明になって慎重になり始めている彼女が、同意してくれるとも思えない。
そして、自分で新たにヤミーを作って使うよりは、現状で一番育っているトーリを使った方が効率的というわけだ。
尚、自分自身の身体で試すのが論外なのは、カザリの性格から考えれば自明のことである。

「私、複数の色のコアなんて持ってないですよ?」

これも、嘘では無い。
現在トーリが持っているコアは、クワガタとバッタの緑一色だけである。

「物事には順序ってものがある。とりあえず今は、そのコアを取り込んでごらん?」

そう言いながらカザリが取り出したのは……緑色の、カマキリのコアだった。
殺されるのは嫌なのでトーリに拒否権は無い。
無いのだが……気になることは、ある。

「ワタシが裏切ってオーズにコアを横流しする可能性は、考えないんですか?」
「……するの? いずれヤミーだとバレる君が、僕達グリードを裏切ることなんて、あるの?」

いつしかトーリは、アンクに対しても同じような問いをかけたことがあった。
だが、カザリの言い分は何処までも正しいように思われる。
最悪の場合でも、トーリがヤミーだとバラせば、カザリは裏切り者を始末できるのだから。

――もし私が化物だったら、マミさんはやっぱり私を倒すんですか……?

トーリが巴マミにそう問いかけた時、そんなわけないわ、とマミは答えてくれた。
だが……トーリがヤミーだと発覚した時に、巴マミはその意見を貫き通すのだろうか?
グリードであるウヴァを復活させるために動き、アンクのメダルを横領している、トーリを。
確証は……足りなかった。

「……それもそうですね」

そもそも、根本的にヤミーはグリードの僕であるはずなのだ。
それなのに……何故、トーリの中にはそのような疑問が湧いて出たのか。
トーリは未だ、自覚しては、居ない。

「じゃあ、さっそくコアを取り込んでみてよ」

言われるがままにカマキリのコアをセルメダルで出来た身体の隙間に滑り込ませた。

「……?」
「どう?」

特に反応を示さないトーリを不思議に思ったらしいカザリが、感想を求めて来た。

「正直に言って、何が変わったのかよく分からないです」

トーリの実感としては、何が変化したのか全く分からない。
だがしかし、嘘を吐く勇気も無いので正直に話すしかない。

「まだコアが少ないからだろうね」

また持ってくるよ、とだけ言い残して立ち去ろうとするカザリを、

「待ってください。カザリさんに、聞きたいことがあります」

先ほどまで迷惑していた筈のトーリが、呼び戻した。
まだ何かあるの? カザリは自分の用事は既に終わってしまっただけに、面倒くさそうに頭の後ろに腕を組む。

「グリードを……ウヴァさんを復活させる方法を知りませんか?」
「知らないなぁ」

……知ってるけど、教えないよ。
そんなことをされたら、メダルを独り占めする際に邪魔だからである。
だが、肩を落としている少女ヤミーに対する餌としては良いネタかもしれない。

「でも、もしその方法を見つけたら、『器』の実験が終わった後ぐらいに教えてあげるよ」
「期待して待ってます」

……器になった君が、その時に生きて居られたらね。
カザリは、口にしなかった。
器になるという事がどんな危険性を孕んでいるのか、を……



・今回のNG大賞
「そういえば、ツチノコさんって、名前あるの?」
「ツチノコ……だと……」

どうも、一定以下の年齢の子供にはアンクはツチノコに見えるらしい。

・公開プロットシリーズNo.27
→鹿目まどかの物語は、もう始まっている。



[29586] 第二十八話:秘密主義者の集い
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/17 21:32
「おい、ガキ」

一晩だけの検査入院を終え、家族の迎えを待ちながら、鹿目まどかは不思議な生き物と会話を交わしていた。

「『まどか』だよ。私もアンクちゃんのこと、ツチノコさんって呼んじゃうよ?」
「チッ……」

不満そうな声を発するこの掌が顔というものを持っていたら、どんな表情を見せていたのだろう。
声とは裏腹にあまり怒っていない、というのが鹿目まどかの見解である。

「何故、俺を助けた?」

――そいつも、今朝からの長い付き合いだ。
火野映司は、カマキリのヤミーから同種の言葉をかけられた時に、そう答えた。
だがしかし、アンクと少女の間にはそんな小さな繋がりさえも無かった筈だ。

「私、ね……」

少女は、ぽつりぽつりと、言葉を零し始める。
小さいころから取柄が無くて、誰かの足を引っ張ってばかりだったこと。
そして、何時しか誰かの役に立てることが、少女自身の夢になっていた、と。

そんな大事なことを出会ったばかりのアンクによくも話してくれるものだ。
そう思う反面、アンクが人間の形をとっていないからこその警戒心の薄さもあるのかもしれないとも思える。

「なら尚更、何で俺なんかを助けたんだ?」

火野映司に対しても、同じ疑問は少しだけ感じていた。
ただ、奴に関しては泉信吾刑事という人質が居るせいだろうと思って、あまり考えてこなかったのだ。
あの『使えるバカ』が掴みたい腕の中に、今でも自分は入っているのか。

「マミの奴から聞いたろ。俺は悪人だってな」

アンクは、何れは完全態を超えた強い身体を手に入れ、人類の脅威となることだろう。
ならば、まどかが役に立ちたいと思う対象である人間たちのためにアンクという悪の芽を摘んでおくのは、手段としては間違っていない。
あの二人の魔法少女が、そうしたように。

「悪い事しちゃ『メッ』だよ? しっぺしちゃうよ?」
「……俺に命令すんな」

凄んで見せるまどか……いや、本人はそのつもりなのだろう。
アンクとしては、全く恐怖を感じない、ちっぽけな人間の女の子にしか見えないが。

「こうしてアンクちゃんは、良い子になったのでした! めでたしめでたし!」
「馬鹿か」

その子供の声が、不思議と心地よくて。
彼らの掴みたい腕の中にはきっとアンクも入っている、と。
根拠も無く、そう思えた。

「うぇへへ!」
「はっ……」

呆れたように空気成分の多い声を出す、掌怪人。
このガキ……鹿目まどかに出会ってから、ペースを乱されっぱなしだ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十八話:秘密主義者の集い



コツコツというノックの音を聞いて、咄嗟に袖の中にアンクを隠したまどかだった。
制服ならともかく、割とゆったりした病院着ならば、充分にそれが出来るのだ。

「お邪魔するわ」
「どうぞー」

入って来たのは……腰まで伸ばされた黒髪が印象的な、鹿目まどかの同級生。
一瞬、既視を感じて袖の中の生き物の存在を確認したが、別に惨殺死体になっているという事は無いようだ。
ちなみに、キュゥべえの時には起こさなかった『隠す』という動作を行ったのは、アンクという生き物が一般人から見たら不気味であるという事を理解しているためである。

もしもアンクの外見がキュゥべえに匹敵するほどに可愛らしかったのなら、それを紹介された暁美ほむらさんに惨殺される危険は、無かったとは言えない。
アンクという生命がその外見によって得をした、初めての瞬間であった。

「ごめんなさい、まどか。私のせいで、こんな事に……」
「気にしないで。ほむらちゃんが無事で何よりだよ」

まどかは、気付いているだろうか。
暁美ほむらが、その言葉を聞いて、歯を食いしばって何かを呑みこんだことを。
その手が、今にも血が出るのではないかというほどに、握りしめられていたことにも。

「これ、今日の分のノート」
「ありがとう」

それでも、まどかの笑顔を見ると、自然と肩の力が抜けて。

「どこか痛むところは無い?」
「全然。当り所が良かったみたい」

まどかの怪我が軽かったことが、この上なくほむらの心も軽くして。

「何か欲しいものは無い?」
「もう退院するし、特に無い、かなぁ」

一番幸せな答えが返ってきたことが、嬉しくて。

「消して欲しい病院関係者とか……居ない?」
「もしその人が本当に無くなったら、それはとっても怖いな、って」

だから少しだけ冗談めかしてみたくなって。

「心配には及ばないわ。私も少し、休憩中だから」
「最近、ほむらちゃんが何処に向かっているのか分からないよ!?」

ちょっとだけ、ループ知識の無駄遣いをしたくなって。

「夕暮れ時にCDを叩き割る患者が煩かったりするでしょう? 大丈夫よ。貴女に疑いはかからないわ」
「信じたいけど……ほむらちゃんのことを嘘吐きなんて思いたくないけど……でも、全然大丈夫だって気持ちになれないよ……!」

最後の冗談を口に出してから一瞬の間、暁美ほむらは自分が失言を吐いてしまったのではないかという疑惑に捕らわれていた。
何の変哲もないジョークのつもりだったが、昨日のキュゥべえの一件をまどかに思い出させてしまったのではないか、と。
結果的にその心配は、杞憂に終わったが。


超絶過保護というか、なんというか。
だがしかし、冗談を交えて話し合えるあたり、まどかもほむらも調子は悪くは無いようだ。

……冗談だよね? 冗談だって信じてるよ、ほむらちゃん!

暁美ほむらが鹿目まどかに依存している、とも言えるのかもしれないが。

「……ほむらちゃん、笑ってる」
「え……?」

暁美ほむらは、自身でも気付いていなかった。
その頬が、緩んでいる事に。
だからこそ、まどかの指摘に、思わず胸が高鳴った。

「ほむらちゃん、何か少し変わった? 私は今のほむらちゃんの方が好きかなぁ」
「……そう?」

暁美ほむらが戸惑っている、ということが、鹿目まどかには手に取るように分かった。

「だって、いつものほむらちゃんって、こんなムッツリ顔してるんだもん」

自分の目尻を両手で引っ張って、目付きを悪くして見せる鹿目まどか。

「……ぷっ」
「あぁ、また笑った!」

口を横に伸ばして悪戯っ子じみた笑顔を零す鹿目まどかと、控えめに笑う暁美ほむらの姿は……どこか懐かしさを感じさせる光景だった。
少なくとも、暁美ほむらにとっては。

「心配かけちゃって、ごめんね」
「……やっぱり、貴女には一生勝てないのかもしれない」

暁美ほむらが鹿目まどかを元気づけようと考えて発言を捻っている、ということが、まどかには完全にバレていたようだ。
流石に、まどかにあらぬ罪を被せたことによる罪悪感までは読み取られていないだろうが、何となくほむらが気を遣っているのは気付かれている。

「大丈夫だよ。確かに自分が信じられなった時もあったけど、ちょっとイイ事があったからまた立ち直ったんだ」
「何か、あったの?」

何だか、ほむらちゃんの顔つきが少しだけムッツリに戻った、ような……?
多分、心配しているんだろうとは予想が付くのだが、ここは少し焦らしてみるのもアリかもしれない。
というか、アンクを助けたことを言おうにも、ほむらがアンクを不気味がりそうなので言えない。

「ひ・み・つ!」
「……!」

目をぱちくりとさせるほむらの様子を確認しながら、まどかは思う。
何だかんだで、やっぱりほむらは普通の女の子なのだ、と。

「……貴女に口を割らせる方法なんて、思いつかないわ」
「何でも言えるだけが友達じゃないよ。見ての通り、私だってほむらちゃんに話せないこと、あるもん」

初恋の人とか、最後にオネショした年とかね、なんて冗談めかして言うまどかの顔が……真剣なものへと変わる。

「だからね、ほむらちゃんが私に隠し事をしてても、そのせいで気を病んだりしないで。そんなことで嫌いになったりしないから」

まどかは、ほむらが鴻上会長の娘であるという根本的な誤解を抱いている。
ほむらが財団の敵対者からの襲撃に合うことがあり、それにまどかを巻き込んでしまったことを気に病んでいる、と。
暁美ほむら本人が聞いたら笑い出してしまいそうなデタラメだが、鹿目まどかとしてはかなり本気なのだ。

「……貴女には、敵わない。本当に」

そんな事情など知らないほむらは、心の底から思う。
やっぱり貴女はまどかで鹿目さんで鹿目まどかなんだ、と。




「まどかー! 寂しかったかー?」

珍獣、現る。
ヤツの名前は、美樹さやか。
まどかとほむらの静かな一時を邪魔しに来た、空気の読めない女である。

「お見舞いは嬉しいけど、時間的に上条君の所に行った後なのが丸分かりで、悲しいなー」
「当たり前よ。美樹さやかは友達よりも男を取る薄情者。分かっていた事でしょう」
「あははっ! 恭介は『まだ』彼氏じゃないってばぁ!」

頬を染める美樹さやかの顔に渾身の右ストレートをぶち込んでやりたい……とまでは、ほむらさんは思っていないはずだ。
思っていないったら、いない。
どうせもうじき、上条さんが直々にその幻想をぶち壊してくれるイベントが待っているのだから。

というか、バシバシと音を立ててほむらの背中を掌で叩くのはやめてほしい。
照れ隠しのサインなのだろうが、魔法少女としての力加減を忘れているとしか思えない威力である。
まぁ、もし鹿目まどかに同じことをしたら、3秒以内にその額にサブマシンガンの弾丸をドラム缶一杯分程度ぶち込んでやることになるだろうが。

「ああ、そうそう。実は、噂の『巴マミ』さんとお近づきになったよ!」

暁美ほむらの表情が……強張った。
……幸か不幸か、それに気付いた者は居なかったようだ。

「その名前、前にも聞いた、ような……?」
「ほら、『私と一緒に死んで』って言って欲しい女子ランキング一位の、巴マミさん。覚えてない?」
「ああ、思い出した! この間町で会った子が探してたんだ」

掌を打って記憶の引き出しを見つけたまどかに満足気な視線を向けながら、さやかは頷いて見せる。
だが、その次に発せられたまどかの言葉は、全然予想通りではなかったりして。

「さやかちゃんに、友達が出来たんだね……! 『あの』さやかちゃんに……!」
「『あの』って何!? なんか凄く失礼な響きだったよ!? あたし別にボッチじゃないのに!?」
「貴女は貴女のままで居ては駄目っていうことよ。美樹さやか」

涙声を作って目元を隠してみせるまどかに、美樹さやかが猛然と抗議した。
だが、暁美ほむらには分かっていた。
鹿目まどかの声が震えているのが、泣いているのではなく笑っているからだ、ということを。

「あたしだって友達ぐらい居るわよ!? ほら、証拠写真!」

さやかの取り出した携帯端末に映し出された写真に、まどかとほむらの視線が集まる。
どうせ、ループ中に嫌でも顔を会わせ続けた縦ロールだろうと思って、懐かしい気分を思い出しながら写真を認識したほむらが……固まった。
写真に一緒に映っている、もう一人のせいで。

――魔法少女がクーリングオフを求めてきたら、困るじゃないですか

悪魔のような羽を生やした、魔法少女にしては脆弱過ぎる存在が、写っていたのだ。
キュゥべえという本物の悪魔の手先である彼女は、どうやら巴マミに泣きついたのだろう。
そして、既に美樹さやかとも接触を取り、それなりの信頼関係を築いているのだということが、仲睦まじく写真に収まっている様子から判断できた。


一方の鹿目まどかは……だらだらと冷たい汗を流していたりする。

――今の内に不幸の芽は摘んでおいた方が良いと思わない?

先ほど、このお姉さんに実銃を向けられた覚えがあるのだから、当然である。
何だかこの巴マミ様は、パンが無いなら皆ケーキを食べるしか無いじゃない、とか言っちゃうタイプに見える。
そして、一緒に映っているもう一人の子は、まどかに巴マミの所在を聞いて来た彼女に違いない。

「どうしたの? 二人とも黙りこくっちゃって?」

そして、美樹さやか。
貴女はもう少し他人の機微に敏感になってもバチは当らないと思うわ。

「さやかちゃん……危ない目にあったり、怖いコトに巻き込まれたりしてない?」
「……どうして、そう思うの?」

一杯に涙を溜めたまどかの目を見せつけられて、思わずさやかは怯んでしまう。
だがしかし、まどかがそのような思考に行きついた経緯がさっぱり分からない。
まどかは、魔法少女や魔女のことなど知らない、普通の子の筈なのに。

「だって、巴マミさんって、お色気要員で、銃を持つと引き金を引きたくなるタイプの人間で、他人に銃を向けるときでさえ笑顔を絶やさない素敵な人で、常に誰かに銃口を向けてて、友達の婚約者を平気で寝取る人だって聞いたよ……?」
「……半分ぐらいは、当たっているわね」
「何その噂!? 転校性も何で頷いてんの!?」

どんな噂話でも、三人の人間から聞けば、大体の人間は信じるという。
……つまり、親友二人から伝えられた噂話を、大真面目に信じる一歩手前でさやかは踏み止まったのだった。

「無い無い。だいたい、二人とも何処からそんな噂を仕入れたのさー?」
「私は、一緒に写真に写ってる子から聞いたよ」

名前聞き忘れちゃった、と補足しながらまどかが写真に映ったもう一人を指さしてみせる。

「トーリが……?」
「トーリちゃんって言うんだね」

三人の人間が同じ噂話をしていれば以下略。
流石のさやかでも、巴マミという人物像が若干揺らいできた。
それでもまだ巴マミの評価が地に落ちていない辺り、如何に彼女の人望があるかということが推し測れる。

「よし、こうなったら、ここにマミさん本人降臨させよう!」
「さささやかあちゃんん! それはマズいよ! どうかしてるよぉっ!?」

焦った。
流石にこればかりは、焦らざるを得ない。
まどかは、先ほど巴マミに射殺されそうになっていたアンクを匿っているのだ。
最悪、バレたらまとめて射殺されるかもしれない。
俗に言う、『血溜まりスケッチ』というヤツである。

「そんな怖い人じゃないって。今ならまだこの近くに居る筈だから、ひとっ走りすれば呼んで来られるよ」
「さやかちゃん、私達……友達だよね?」

今にも泣き出しそうな鹿目まどかの姿を目の当たりにすれば、いくら鈍感な美樹さやかであっても、自身の行動に何か非があったのだと気付く。
というか、部屋の何処かから今にも美樹さやかを殺さんとする欲望が撒き散らされている気がするから、不思議なものだ。
グリードでもないさやかには、他人の欲望を感じ取る能力など無い筈なのに。

「美樹さやか。私も、巴マミには会いたくないわ」
「転校生まで、言うか……」

まどかの怯え方には若干の違和感を嗅ぎ取っていたさやかだが、この無表情電波女までが同意するとは思ってもみなかった。
まぁ、電波少女が次に繰り出す台詞を予測することなど、とうの昔に放棄しているが。

「私は、巴マミが人間相手に銃を向けている姿を何度か見たことがあるわ。経緯はともかく、危険人物に変わりは無い筈」

事実には違いない。
魔法少女が魔女になるなら皆死ぬしかない時に初めてマスケットを向けられたことは、最早思い出の彼方だ。
ただ、この時間軸でもほむらがキュゥべえを殺した直後に向けられているので、間違ってはいない。

「そ、そうだよ! 私も見たことあるんだ!」

二人とも、その対象が自分であることを言わない辺りにさやかへの遠慮が見て取れる。
そして何気なく放たれたまどかの一言に、ほむらは目を見開いて驚いていたりして。

「その経緯も気になるけど……まぁ、マミさんはやめとくか」

二人のただならぬ拒否ぶりに面食らったさやかだが、何だか納得がいかない。
ならば。

「じゃあさ、代わりにトーリのヤツを呼んでも良い?」

マミさんの汚名を返上したいさやかの思い付きが……オリ主に新たな死亡フラグを建てようとしていた。
暁美ほむらという最悪の死神が待ち構える病室に、彼女は文字通り飛んできてしまうのだろうか……



・今回のNG大賞
「本人降臨させよう!」
「らめええええっ!!」

「どうしたのさ、まどか? 病院で大声を出すなんて、世界一迷惑な奴なのだぁ!」
「美樹さやか……この場で射殺されたくなかったら少し黙ってなさい」
「巴マミさんみたいなこと言ってる!?」

暁美ほむらは、何処まで行っても結局巴マミの弟子なのかもしれない。


・公開プロットシリーズNo.28
→ずっとまどかのターン



[29586] 第二十九話:継接インディアンポーカー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 04:09
連絡入れてみるわ、とだけ言い残し、美樹さやかは病室から外に姿を消してしまった
病院内で携帯電話は御法度だという表の理由もあるし、念話で話す姿を不審がられたくないという裏の理由もあるからだ。
念話という魔法は相手の大体の位置が判っていないと通じないものだが、さやかはトーリがクスクシエに居るだろうと当たりを付けている。


「まどか。トーリと知り合いだったの?」
「うん、そうだよ。前に巴マミさんを探してたところを、助けたんだ」

さやかが居なくなった病室内で、暁美ほむらが真面目そうな顔をしながら鹿目まどかに問いかけていた。
結果は……かねがね、予想通り。
まどかの優しさに付け込んで取り入ろうなど、まさにあの白い悪魔の手下に相応しい所業である。

「ほむらちゃんこそ、トーリちゃんと知り合い? もしかして、あんまり仲良く無い……?」

鹿目まどかの目には、暁美ほむらの表情が『ゆ゛る゛さ゛ん゛!』と叫び出す3秒前のヒーローと同じものに見えた……かどうかは、読者の皆さまの想像にお任せする。
ただ、あの表情を真似るという行為が並大抵の人間に出来るものではないという事を補足しておこう。
いや、キュゥべえさんによると魔法少女は条理を覆す存在らしいので、彼女たちなら可能性はゼロでは無いのかもしれないが。

「怪しいマルチ商法に騙されている彼女を、優しく諭してあげただけ」
「うわぁ……トーリちゃんと一度しか会って無いのに、騙されてる姿が簡単に想像できるよ……」

尚、まどかの目の前に居る暁美ほむらは、その悪徳マルチ商法の被害者の会の会長だったりする。
もちろん、会員が今のところ暁美ほむらただ一名しか居ないのは、言うまでもない。

……どうすべきか、と暁美ほむらは思考を巡らせる。

この時間軸の鹿目まどかは、既にキュゥべえの存在を認知してしまっている。
そして、美樹さやかも既に契約を終えていると見た方が良いだろう。
鹿目まどかや美樹さやかと話している最中にこっそりと時間を止め、上条恭介のカルテを盗み見て確認してきたので、間違い無い。
というか、彼女の指にソウルジェムの待機形態である指輪が輝いているのも、ほむらは見逃さなかったのだ。

ならば、否認する者が居ない場所で魔法少女の末路についての知識を吹き込んでおけば、まどかは自然とその知識を前提に行動するようになるのではないか?
美樹さやかが契約済みで、キュゥべえがまどかに認知されている以上、まどかが魔法少女について知るのは時間の問題だ。
ならば、出来るだけネガティブなイメージを鹿目まどかに植え付けておくのは、悪い作戦では無いはず。

「まどか。今から私が言う事を、信じて欲しい」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第二十九話:継接インディアンポーカー



暁美ほむらは、洗いざらい話した。
キュゥべえの契約が生み出すソウルジェムについて、そして、ソウルジェムとグリーフシードの関係について。
魔力弾を窓の外の空に向かって放つという実演を織り交ぜながら。
魔法の存在を関係者以外に話してはいけない、というお約束を吹き込むことも忘れない。

「酷いよ……そんなのって、あんまりだよ……!」

なまじキュゥべえという存在を見たことがある分、まどかの説得はスムーズに行われた。
その際、ほむらはわざと情報を絞ることを試みていた。
時間停止や自身の願いについて話さなかったのは当然だが、それ以外にも敢えて教えなかったことがいくつか、ある。
魔法少女の具体例として暁美ほむらと巴マミの名は挙げたが、美樹さやかとトーリの名は挙げなかったのだ。
この選別には……意味がある。

「私が日常を大切にしているか……って、そういう意味だったの?」
「そうよ。貴女は契約してはいけない。……そして、このことを他の魔法少女に話してもいけないわ」

話を聞いただけで泣きだしてしまいそうな鹿目まどかは、やっぱり優しい。
そして、涙をいっぱいに溜めた目で不思議そうな表情を向けてくる彼女は、絶望の意味を分かっていない。
そんな大事なことは内緒にしてちゃダメ、と反射的に思ってしまっているのだろう。

「貴女はもうすぐ死にます……だなんて、医者が言っても信じてもらえないのに、一介の中学生が言っても信じられるはずが無いわ」
「そんなこと無いよ! 丁寧に説明すれば……」

鹿目まどかの好意は嬉しいが、それは無理だ。
少なくともほむらがループして来た世界では、美樹さやかは勿論の事、巴マミもその真実を受け入れることは出来なかったのだから。
精神的に強い方に入る佐倉杏子や鹿目まどかでさえ、実際に美樹さやかが魔女になるのを目撃するまでは判断を保留にしていたほどである。
それでも、誰かさんのように正義感が暴走して心中に走るよりは、遥かにマシだが。

「証拠が無いわ。魔法少女を一人犠牲にすれば作れないことは無いけど」
「それでも、ちゃんと話し合えば……」

まどかがそういう食い下がり方をしてきた時の対処法も知っている。知ってしまっている。
朝からの長い付き合いなどというレベルでは、無いのだから。

「鹿目まどか。実は貴女も、もう長くは無いわ」
「……え? ど、どうして私が……?」

驚きに怯えが混じった反応を示すのも、暁美ほむらの経験通り。

「証拠は無いわ。そう言われたら信じられる? ……今のは嘘だけれど、貴女の行おうとしている説得はそれと同じことよ」
「……!」

結局のところ、今の鹿目まどかにとって、魔法少女というのは『他人事』なのだ。
いくらまどかが暁美ほむらのことを友達だと思っていたとしても、自分の身に降りかかる災難とは根本的に異なる。
だからこそ、魔法少女の末路という凄惨な情報を簡単に信じてしまう。
むしろ、そんな状況で涙を流してくれるだけでも、この子は優し過ぎた。

「貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで」

まどかは、自分自身が何を言いたいのか、そもそも何を考えているのかさえ纏められていないに違いない。
そして、ほむら本人は意識していないだろう。
ほむらの何気ない一言が、何処かの時間軸で巴マミが使った台詞にそっくりだった、という事など。
やはり、何だかんだで暁美ほむらは巴マミの弟子なのである。

「……トーリちゃんも、既に契約しちゃってる、ってこと?」

紡ぎ出した言葉が……それだった。
何故このタイミングで魔女の真実などという突拍子も無い話を始めたのかと考え始めた結果、気付いてしまったのだ。
怪しいマルチ商法という言葉の意味が、キュゥべえによる魔法少女の勧誘である、と。

「隠しても仕方ないわね。その通りよ」

そして鹿目まどかは、既に気付いている。

「さやかちゃん、は?」

既に契約済みの巴マミやトーリとそれなりに深い付き合いをしているのなら、さやかが既にそのスパイラルに組み込まれていても不思議ではない。
というか、その方が自然だ。

「手遅れよ」

そしてここで、暁美ほむらがトーリやさやかを具体例として挙げなかった意味が生きてくる。
少なくとも鹿目まどかの頭の中では、『ほむらは話さなかったけれどまどかは気付いた事柄』としてその情報が記録されているのだ。
こうすることで、最も受け入れ辛いはずの情報を、鹿目まどかに疑わせないという心理誘導を成功させたのである。
暁美ほむらがこのタイミングで魔法の話を始めた主な理由が、コレだった。

「こんなのって無いよ……でも、キュゥべえはもう居ないんだから、これ以上犠牲者は出ないよね?」

これに関しては、ほむらは説明を続けるべきかどうか判断に余った。
正直に言って、キュゥべえというナマモノの生態は、地球人の常識で語ることが難しい。
先程の説明においても、キュゥべえという存在に関しては契約を持ちかけてくる生物だという以上の説明は行っていないのだ。



「へーい! ザ・鳥人間一丁お持ちぃ!」
「お邪魔します? ……って、あれ……?」

美樹さやか……貴女はタイミングが良いのか悪いのかはっきりしなさい。
そして、ほむらと目を合わせないようにしながら、音も立てずに静かに錯乱しているトーリが何故か哀れに思えて来た不思議。
呼び出されたにしてもやけに到着が早い気がするのは、きっと魔法で飛んで来たからだろう。

「ええと、さやかさん。まどかさんの隣にいらっしゃるのは……」

訳:何故見てるんですか! ほむらさん!

「昨日ちょっと顔見せたじゃん。転校生の電波女・暁美ほむら閣下さんだよ?」
「私、聞いてないです……!」

訳:本当に裏切ったんですか!? ザヤガザアアアン!?

まさか、さやかの手によって死地に導かれるとは思ってもみなかったトーリだった。
やっぱり、映司やさやかに疑われてでも昨日のうちに暁美ほむらを始末しておくべきだったかと後悔するが、既に時は遅し。
まるで、魔法少女かと思ったらゾンビだった気分である。

「お久しぶりね。トーリ……で良いのかしら?」
「な、名前を知っていただけているなんて、至極光栄です」
「転校生が嗤ってる……!?」

ほむらの作り笑いに、さやかは驚き、トーリは恐怖する。
尚、その表情を鹿目まどかには見えないように作っているところが、この女の本当に恐ろしいところかもしれない。
笑うと言う行為が動物の威嚇行動の名残であるという仮説を証明できる程度の素敵な笑顔に、トーリはドン引きである。

「貴女とは一度じっくり話し合ってみたいと思っていたのよ?」
「おおっと? 転校生が口説きにかかってる!? この女殺しめぇっ!」
「一応まどかさんのお見舞いに来たのに、何でほむらさんに殺されないといけないんですか……」

トーリは、一般人のまどかが居る前では事を起こされることは無いだろうと読んでいるらしい。
時間を止められる暁美ほむらの前ではその作戦は若干効果が薄いのだが、とりあえずほむらはトーリ抹殺を先送りにしたのだった。
流石に美樹さやかも見ているこの状況で忽然とトーリを消すわけにはいかない。

「トーリちゃん、久しぶりだねぇ! 巴マミさんとは仲良くやれてる?」
「その節はお世話になりました。最近、マミさんに銃を向けられることが無くなって、心が平穏です」
「コミュニケーションの尺度が何かおかしい!? あたしの知らないところでマミさんは何やってんの!?」

美樹さやかの中では、巴マミという人間は強くて頼りになる銃使いな先輩だったのだが……トーリまでもが銃を向けられたことがあると聞けば、流石に人物評を改めたくもなる。

「美樹さやか。貴女はもっと人を見る目を養いなさい」
「転校生が何時に無く辛辣だ!?」

つまり、この部屋に居るさやか以外の全員が、巴マミに銃を向けられたことがあるのだ。
そんな空間で、巴マミの名誉を挽回する方が無理ゲーである。
巴マミ……その名誉、神に返しなさい。

「巴マミっていうのは、そういう人間なのよ」

そして、暁美ほむらの新たな作戦が、ここで火を吹こうとしていた。
敢えて名づけるならば……『魔法少女になった奴は心まで腐っていくんだよ! 巴マミのようになぁ! 作戦』である。
巴マミを人格的に著しく貶める……というレベルまで徹底的に実行するつもりは、流石にない。
だが、まどかの魔法少女という存在に対するプラスイメージを出来る限り削いでおくのは、悪いことではないはずだ。
そのために魔法少女に関する予備知識をまどかに与えたと言っても過言ではない。
その過程で暁美ほむら自身も恐れられる危険はあるが、そこは目的のためなら手段を選ばないことに定評のあるほむらさんの本領である。

正直なところ、休憩中なほむらさんが巴マミに関する愚痴を零す場を求めているのだという部分も否定しきれなかったりするのだが。
もちろん、巴さんには尊敬できる部分が非常に多いことも分かっているものの、不満というのはやはり貯まるものなわけで。

「彼女は、魔法少女の力を使う事を……」
「まどかちゃん、大丈夫? お見舞いにきたよ!」

イラッ☆
新たに入って来た男のせいで、暁美ほむらの言葉が遮られてしまった。
そして、ほむらはその顔に見覚えがある。
先日、河原で服を干していた半裸男だ。
もちろん、今は服を着ているが。

「映司さん、遅いですよ! 何処で油売ってたんですか!」
「ごめんごめん」

火野映司、である。
クスクシエで暇を潰していたトーリが外出する際にその用事を話したところ、ついて来てしまったらしい。
トーリに少し遅れて入って来たのは……不便している患者に手でも貸していたのだろう。多分。

そして、暁美ほむらの作戦が水泡に帰した瞬間でもあった。
流石に、一般人の前で魔法関連の話は出来ない。

「火野、さん……」

それよりも、気になることが一つ。
まどかが、嬉しさと困惑を足して二で割ったような雰囲気を醸し出していることだ。
ちらちらと火野映司に視線を向けたり外したりを繰り返している。
その頬に若干の朱がさしているのが、微妙にほむらの不安を煽った。

何かを思い出しては、それを振り切るように頭を左右に振って見せるまどかは、火野映司に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。
確かに顔は悪く無いし、身体もそれなりに引き締まっていた、とほむらは河原で見た光景を思い出しながら判断を下す。

「ほむらさんがまどかさんと同じ表情になったのが気になり過ぎて仕方ないです……」
「うん。それは俺も気になってた。理由は分からないけど」
「「!?」」

思わずお互いの顔を見合わせる鹿目まどかと暁美ほむらだが……まさか、本当に二人は同じことを考えていたのだろうか?
腹を割って話し合わないと分からないだろうが、火野映司本人が居る場所で確認できる内容でも無い。

「あれ? ほむらちゃん、火野さんと知り合いだったの?」
「えっ……」

思わず口ごもってしまう暁美ほむら。
まさか、男たちの裸の語らいを盗み見していたなんて、言える筈も無い。
というか、そんな事を言えばまどかにドン引きされる。
自己犠牲に定評のある暁美ほむらさんは一体どこに行ったのだろうか。

「昨日、まどかが倒れた後に火病った転校生を介抱してくれたんだっけ」

何気なく、美樹さやかが空気を読んだフォローを入れてくれたりして。
正確には、まどか陥落後に仁美の腹パンで落とされたわけだが、そこは割愛。
暁美ほむらの記憶としては中年夫婦に介抱されていたはずなのだが、後から夫の方と火野映司が一緒に居たということから考えるに、3人で介抱してくれていたのだろうと思い至った。

「あのときは、ありがとうございました」
「いいって。ほむらちゃんも無事で何よりだよ」

まるで鹿目まどかの台詞をコピペしたような言葉を続ける火野映司。
幸い、ほむらがストーカー紛いの覗き行為を敢行していたことはバレていないらしい。
映司としては、ほむらに顔を見られた覚えが無いのが若干不思議ではあるものの、特に突っ込みを入れることも無かったのだった。

そして、火野映司という名前を何処かで聞いたことがあったはずだという気がしてならなかった暁美ほむらは、ようやく思い出していた。

――なんていうか、火野さんのことを考えると胸がドキドキするような気がして、これってもしかして恋っていうモノだったら、それはとっても嬉しいなって……

その言葉を思い出してしまうと、頬を染めている鹿目まどかの顔が、恋する乙女の表情に見えてしまう。
ほむらの知る鹿目まどかという少女は、全くと言って良いほど男に縁の無い人物だったはずだが……これは一体どういう事だろう。
世界の変化は循環する時空の結末を解消するファクターとなる可能性を秘めているので、暁美ほむらとしては歓迎すべきもののはずなのに……何故か素直に喜べない不思議。

一発芸がてらにお見舞い用の果物でジャグリングを始める映司に、楽しそうな顔をしながら手を叩く鹿目まどかと愉快な仲間達を目の当たりにして、暁美ほむらの不安はますます募るばかり……



暁美ほむらは、知らない。
メダルとオーズの存在を。
火野映司と美樹さやかとトーリは、知らない。
鹿目まどかに魔法少女の素質があることを。

アンクは、姿を現わせない
魔法少女が脅威となる可能性を恐れて。
鹿目まどかは、言い出せない。
魔法少女の運命の凄惨さを恐れて。


物語を動かし始めるには、いささか鍵が多過ぎたらしい。
この先の物語は、『誰が居るのか』ではなく、『誰が居なくなるのか』によって左右される……のかもしれない。



・今回のNG大賞
「何、勘違いしてるの? 私の狩りはまだ終わってないわ!」
「あれ? まどかとマミさんって知り合いだっけ?」

「アンクちゃんを生贄に! 巴マミさんの召喚を無効化するよっ!」
「おいガキお前ええええっ!?」

病院ではお静かに。

※色的な意味で。
通常モンスター=マミさん。
罠カード=まどか。

・公開プロットシリーズNo.29
→人間関係を絡ませ過ぎると誰も動かせなくなるorz



[29586] 第三十話:Power to tearer――暴君と泣き虫と欲望
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/21 03:58
「じゃあ、あたしはそろそろ」

最初に動いたのは……さやかだった。
実はまどかの病室に来るのが遅れたのは、上条恭介の病室に行っていた訳では無く、アンク襲撃後に巴マミと話し合っていたからだったりする。
つまり、さやかはまだ恭介の病室に行っていないのだ。

そして、同時にほむらさんの作戦が中断を余儀なくされた瞬間でもあった。
火野映司が真っ先に帰ってくれれば、魔法に関する話が存分に出来たはずなのに。

そんな彼はいつの間にか、皮を剥いていないバナナの中身だけを切り分けるという謎の手品を始めていて。
でも、彼に視線を釘づけにしている鹿目まどかの楽しそうな姿が、少しだけ暁美ほむらの心を和ませてくれる。
念のために補足しておくと、別に空間斬撃剣であるメダジャリバーを手品のために無駄遣いしたなどということは無かった、と言っておこう。

一方……アンクは、出方を探りつつ待機を続けていた。
この場に映司が訪れたことはある意味僥倖だが、映司に会って自分は何をしようというのか。
経緯を話して『頼み込めば』『保護してもらえる』かもしれないが、何となくそれは癪に障る。
現状だって鹿目まどかという少女のペット的な扱いではあるのだが、それは棚上げである。
そこは、人間社会を生き抜くための最低限度の情けであると考えて甘受するしかない。
それに、映司に一方的に保護を求めても、魔法少女の襲撃から守ってもらう日々が待っているかもしれないのだ。

加えて、アンクは思う。
自分と映司の関係は、ギブアンドテイクで成り立っていたのだ、と。
泉刑事や通りがかりの人々をメダル関連の脅威から守りたい映司と、メダルを集めて強くなりたいアンク……この二人の利害が一致していたからこそアンクは映司の傍に居ることが苦痛にならなかったのだ。
元々一方通行で貰う事が好きだと豪語出来てしまうアンクではあるものの、映司とのそんな関係も、今となっては居心地が良いものだったように思われた。

……一方的に映司の庇護下に入るのは、ゴメンだ。

さらに、美樹さやかと巴マミの二人はアンクの敵だとして、トーリと暁美ほむらの出方が判らないのも非常に恐ろしい。
思い返してみると、トーリには疎まれてもおかしく無い扱いをしてきたような気がするのだ。
むしろ、アンクが新たに手を組む候補としての最有力候補が、暁美ほむらかもしれない。
暁美ほむらは巴マミを敵視しているようだから、共通の敵を持てば充分に協力できる可能性はある。
……ただ、彼女にアンクの言う事を聞かせるとなれば、難しくなるかもしれないが。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十話:Power to tearer――暴君と泣き虫と欲望



トーリは、自身の命が未だ続いていることに安堵していた。
鹿目まどかが入院したという知らせを受けて来てみれば、そこに待ち受けていたのはいつぞやの暴力魔法少女であったのだ。
焼けた鉄版の上で土下座しても生き延びられないかもしれないとさえ思っていた割に、案外あちらの出方が丸かったので何とかなった、という印象である。

キュゥべえが死んだせいで魔法少女を増やせないからだろう、とトーリは当りをつけている。
ひょっとするとこれは、むしろ味方になるイベントを引き当てたのかもしれない。
珍しく建設的な思考を見せたトーリは、早速ほむらに話しかけようと考えたのだが……意外と、話題が見つからない。

「……まどかさんと、仲が良いんですか?」

それならば、共通の知り合いについて話せば良いのだ。
映司の手品に拍手を送りながら、さり気無く暁美ほむらに声をかけてみた。

「……っ!」

そうしたら、思いっきりガンを飛ばされました。
ワケが解らないっていうか、理不尽すぎると思います……。

『彼女に手を出したら……』
『そんなつもりで言ったんじゃないんです! 信じてください!』

会話の手段をテレパシーに切り替えて恫喝してくるほむらに対して、必死の命乞いをするトーリ。
以前ボコボコにされたせいか、暁美ほむらにはまるで勝てる気がしないのだ。
というか、トーリが単独で勝てる相手なんて、人間の鹿目まどかぐらいな気がしないでもないが。

『それなら良いのだけれど』

どうやら、トーリの言葉を鵜呑みにして信じているというわけでは無いようだ。
だが、トーリの処分は見送ってくれたらしく、トーリも思わず安堵の息を吐いてしまう。
友達のお見舞いに来たのに、何故おっかない魔法少女に脅されなければならないのか。

結局、まどかの親が迎えが来てしまったことによって、病室での楽しい一時は終わりを告げたのだった……



そして、鹿目まどかの手荷物に紛れ、成り行きでアンクは鹿目家まで着いて来てしまっていた。
母親に褒められたり叱られたりしている少女の声をカバンの中で聞きながら、今後の事に関して思案を巡らせる。
先日カザリに襲われた後に改めて確認したことだが、やはりこの世界では人間の姿を持っていなければ動き回れない。
良くて、珍獣として追い回されるのが関の山である。

思考が行き詰ったアンクは、いつの間にかカバンが揺れていないことに気付いた。
どうやら、移動が終わったらしい。

「アンクちゃん、潰れてない?」
「もっと丁寧に扱え」

アンクを持ち上げて両手で汚れを払ってくれるまどかに不満全開な声を返しながら、アンクは周囲の様子を確認した。
淡いピンク色が目立つ室内には鹿目まどか以外の人間はおらず、棚の上に並べられた縫い包みがやけに印象的な部屋だった。
おそらく、鹿目家にある、まどかの個室なのだろう。
部屋の中に差し込む太陽の光は無く、既に外は暗くなっているようだった。

「そうだ、ガキ……まどか」
「どうしたの?」

不思議そうに返事をするまどかは、アンクがこれから問いかける内容を、予想できていない。
アンクとしてはそこそこ重要だと考えているので、素直な反応が帰って来てくれると嬉しいところではあるが……どうなるか。

「お前、何でキュゥべえって奴が死んでるって知ってた?」
「……えっ?」

荷物を整理していた鹿目まどかの手が……止まった。
同時に、コイツは何かとんでもない事を知っているとアンクが確信した瞬間でもあった。

「黒いガキは、キュゥべえが死んだことなんて話して無かったよなァ?」
「……」

アンクは、キュゥべえが魔法少女によって殺されたのだという事を巴マミから聞いている。
しかし、鹿目まどかは巴マミとは今日が初対面だったはずなので、おそらくマミから聞いたという線は無い。
魔法についても、暁美ほむらから説明を受けている時の反応は、魔法というもの自体を初めて知ったという印象をアンクに与えていたのだ。

だとするならば……鹿目まどかがキュゥべえの死を知っているのは、おかしい。

「私、キュゥべえを殺しちゃった……かもしれないんだ」
「かもしれない?」

鹿目まどかの独白にも驚いたが、その不確実な物言いもよく分からない。
爪が割れるんじゃないかと思わせるほど強く握りしめられたその手を見れば、嘘を吐いているのではない事は推し測れるが、だからこそ理解できないのだ。
キュゥべえに既に会ったことがあるにしては、魔法というものに関する知識が乏し過ぎるようだったのも気になる。

「私。全然覚えてない、の。でも、気付いたらナイフ持ってて、キュゥべえが、バラバラで……!」

声を震わせて背中を丸めるまどかを余所に、アンクは考える。
巴マミの話によれば、キュゥべえは黒髪の魔法少女に、あのヒゲタマゴが居たビルで殺された筈だ。
情報が明らかに食い違っていると言わざるを得ない。

「ガ……まどか。それは何時の話だ?」
「昨日、だよ?」

訳が分からない。
前回キュゥべえが死んだというのは巴マミの申告だったのだが、その時に実は生きていたという事だろうか?

「死体は確認したのか?」
「ほむらちゃんが、任せてって言って、持ってっちゃった……」

布団の中に引き籠って蓑虫のように体を縮めながら、鹿目まどかはしっかりと返事を出し続けてくれる。
おそらく、そのグロテスクなキュゥべえの様子を思い出して気分を悪くしているのだろう。
罪悪感に心を苛まれているという理由もあるのかもしれない。

「あの黒いガキは、そのことを知ってるわけか……」

――貴女もキュゥべえに目を付けられた以上、無関係では居られない。だから話したわ。絶対に契約しようなんて思わないで。

昼間の口ぶりは……まるで、鹿目まどかがこれからキュゥべえと契約する可能性があることを前提にしているようでは無かったか?
暁美ほむらも、アンクが想像もしないような事実をまだ隠している。
アンクはそんな確信めいた予感を抱いていた。

「聞け。お前は……キュゥべえって奴を、殺していないかもしれない」
「……え?」

嗚咽を漏らしていたまどかが、布団の上からでも分かるぐらいに、ぴくりと身体を震わせた。

「少なくとも、俺が聞いたキュゥべえって奴は、重火器で身体を蜂の巣にされても生き残れるような生き物だ。生きてても不思議じゃない」
「励まして、くれるの?」

その声は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
布団に丸まってその表情は分からないのに……アンクは、そう思えた。

「でも、流石に無理だよ。頭が身体から離れてたもん」
「俺だって似たようなモンだ」

もぞもぞと布団から顔を出して、まどかがアンクに視線を落とす。
そこには、掌だけになっても動き続ける、常軌を逸した生物がまどかの言葉を待っていた。

「もしかして、キュゥべえはアンクちゃんの友達だったの?」
「会ったことも無い奴と友達になれるか。それに、人間の欲望はグリードのものって決まってんだよ。掻っ攫われてたまるか」

キュゥべえは生きている……かもしれない。
思い始めると、思わずには居られない。

「アンクちゃん……照れてる?」
「調子に乗んな」
「うぇへへ」

奇妙な、この少女の独特の小さな笑い声。
それが何処か心地良いような、そんな気が、した。

「欲望、かぁ」

おもむろに天井を見上げたまどかが、呟く。
欲望という言葉自体は、あまり響きが宜しくない。
だがしかし、

「そうだね。キュゥべえの生死を確かめたいっていうのが、多分私の今の欲望。何だかちょっと楽になったかも。アンクちゃん、ありがとう」

欲望は、希望でもあり、道しるべでもある。
時に夢、時に愛、そして時には闇を切り裂く光にだってなるかもしれない。

「ふん。なら、その欲望……解放しろ」

グリードがヤミーを作る時に言い放つ、定型句だった。
それは、ヤミーを作ることの出来ないアンクが言っても、何の意味も無い一言に違いない。
だが、新たな目標を見つけて意思を燃やす少女に投げかけるには、うってつけだ。
そう、思えた。



「そうだなァ。俺もキュゥべえって奴に聞きたいことがあるから付き合うが、肝心の外見を知らないと捜しようが無い」

出来れば、魔法少女の弱点の一つでも聞き出したいところである。

「絵、書くよ? 美術は結構得意なんだ」

紙とペンを探そうとするまどかは、先ほどよりも生き生きとしているように見える。
だが、アンクにはもっと直接的に情報を受け取る手段があるのだ。

「いや、お前の記憶を直接見た方が確実だ」
「そんなコト、できるの?」

アンクを両手で宙にかざしながら、驚きの表情を作って見せるまどか。
その様子さえどこか嬉しそうに見えるから、不思議である。
先ほどテンション最低の状態から復帰した反動で、箸が転げても笑うような状態なのかもしれない。

「しばらく、呼吸を落ち着かせて、何も考えない状況を保て」

掌だけのアンクがまどかの右手の上に覆いかぶさり、指示を飛ばす。

「それって、瞑想っていうんだっけ? 出来るかなぁ……」
「難しく考えんな。要するにぼーっとしろってことだ」

それなら得意技だよ、と無い胸を張って、ベッドの上に胡坐をかいて手を組んでみた。
形から入るのは大事だと自分に言い聞かせながら、目を閉じる。
ゆっくりと深呼吸し……唐突な眠気に襲われた。
そういえば、昨日は泣き明かしたので、実質的には20時間以上覚醒状態を保っていたような気がする。

気付いてしまうと、後はどうしようもなかった。
こっくりこっくりと頭の中で羊が数えきれない速度で増え始め、何も考えることが出来なくなる。
群れの中で、天井に望遠鏡を仕込む音や、フォーゥ! と叫ぶ声が……お前らは羊で良かったっけ?
瞬く暇も無く、鹿目まどかの意識は、牧場の奥へと消えて行ったのだった……


5分も経たないうちにベッドへ倒れ込んだ鹿目まどかの目が……唐突に、見開かれる。
その右手に重なっていたはずの不気味な掌は、いつの間にかその姿を消していた。
目付きは鋭く、どこか鳥類を連想させるものに変わり、攻撃的な意思の存在を思わせる。

とんとん、と米神を軽く指で叩きながら、記憶を漁る。
鹿目まどかが、ではない。
今、その身体を支配しているのは、アンクという一体のグリードだった。

「……コイツか」

全体的にネコのようなフォームだが、その尾は胴体に並ぶほどの太さと長さを持ち、耳から飛び出た無駄毛は首にかかる負担が心配になるレベルの大きさである。
鹿目まどかは、キュゥべえと名乗るそいつを見て一目で可愛いと感じたようだ。

『今日は君にお願いがあって来たんだ』
『お願い?』

キュゥべえはその時、確かに笑顔を作っていた。
……が、

「不気味な奴だ」

アンクの心証は最悪だった。
暁美ほむらの説明を聞いてしまったことも影響しているかもしれない。

『ボクと契約して魔法少女になってよ!』


その笑顔がとても腹立たしいものに思えてしまう原因は……もしかすると、それだけでは無いかもしれないが。
ほむらの説明によると、二次性徴期の少女の希望が絶望に総転移する際のエネルギーを回収するのが、彼らの役割らしい。
この少女……鹿目まどかも、契約すれば何れは絶望に心を委ねるようになるのだろうか。

『その代わりに、何でも一つだけ願いを叶えてあげるよ』
「お前ら……何かがグリードと被ってンだよ」

下手をすると、グリードよりも悪質かもしれない。
そして……病室の入り口に、暁美ほむらが現れた。

『ほむらちゃん、心配かけてゴメンね。でも、無事で良かった』
「まったく、お人好しなガキだ」

キュゥべえを目の当たりにして驚愕に目を見開く暁美ほむらの姿が、まどかの視界の中には収められていた。
初めてキュゥべえに会ったから驚いているのではなく、キュゥべえが鹿目まどかの元に居ることを驚いているということは間違い無いだろう。

「……何故だ?」

鹿目まどかが魔法少女の素質を持っていることが意外だった?
暁美ほむらには魔法少女の素質を推し測る手段があるということか?
それとも、死んだはずだと思っていたキュゥべえが生きている事に驚いているのか?
暁美ほむらに関しても、まだ疑問は尽きない。

そして……事件は、起こった。

『ほむらちゃん、見て、この子! キュゥべえって言……う……?』

まどかの手に突如として返ってくる、血液の滴る感触。
抱き上げようとして、そのままキュゥべえの頭がもげる。

「……コイツに苦痛って感覚は無いのか?」

笑顔を張り付けたまま床に落ちるキュゥべえの首。
まるで、痛みを感じる間もなく逝ったようだった。
もしくは、痛みを感じるという機能そのものが備わっていないのか。

「……っ」

鹿目まどかの中で巻き起こった感情の奔流に面食らって思わず意識を手放しそうになりながらも、なんとか頭を押さえて、アンクは精神を持ち直す。
ちらちらと視界に入る桃色の髪が、汗に濡れてえらく鬱陶しかった。

「……っはぁ」

吐く息が、熱い。
肺が苦しくて、心臓が壊れそうだった。
こんな時、人間の身体は不便だ……そう、アンクは思う。

「まぁ確かにあの状況じゃぁ、このガキが自分を犯人だと思うのも無理は無い、か」

自分が支配する小さな手をまじまじと眺めながら、アンクは呟いた。
だが、何かが間違っているとしか思えない。
少なくとも、何処かの小説に出てくる二重人格博士のような残虐性は、この少女の頭の中には無かったのだ。
その他の記憶を洗ってみたものの、有用そうな記憶も特に見当たらない。

それでも、何回か事件当時の記憶を洗い直してみた。
人間の脳は、引き出しを開けるのが難しいだけで、莫大な量の情報をかなり正確に記録しているのだ。
それを、本人の無意識にまで入り込んで、徹底的に漁り込む。


「ん……? 何だこれは……」

偶然に、『それ』は見つかる。
最初は、ただの見間違いかと思った。
だがしかし、記憶を繰り返して、コマ送りにしてみると……違和感が際立ってくる。
鹿目まどかの頼りない小首を捻って、うんうんと唸って見せるアンクは、

「こんなことが有り得るのか? だが……」

その映像の何が決定的に不自然なのかという解答にまでは、辿り着いた。
そこまでは良かったのだが、その奇妙な現象の原因が判らないのだ。


結局、アンクは判断を保留にすることとなるのであった。

アンクは、何に気付いたのか?
明るみに出るのは、まだもう少し先の事になるかもしれない……



・今回のNG大賞

「こいつをこのまま操ってキュゥべえと契約させれば……」

もう、オーズもヤミーも要らない。
『願い』で究極の肉体を作らせれば良い。
その結果として一人の少女が人生を狂わされたとしても、アンクの知ったことでは無いはず……だ。

そのはず、なのに……

――悪い事しちゃ『メッ』だよ? しっぺしちゃうよ?

酷く胸の奥が痛むのは、何故だろう。
このガキの身体は、至極健康的なはずなのに。

「ハッ、全く、バカなガキだ……」

部屋に備え付けられた鏡の向こう側の少女が、笑った気がした。

――こうしてアンクちゃんは、良い子になったのでした! めでたしめでたし! うぇへへ!

その鏡に本当に写っているのは、泣きそうな顔をしている、子供の皮を被った目付きの悪い化物なのに。

「俺も……ヤキが回ったか」

鹿目まどかの、玉を転がすように笑う声が、耳から離れない。
同じ声なら今でも聞けるはずなのに、声が震えて、笑う気にもなれない。

「安心しろ」

脳の奥底に意識を沈めていてアンクの声なんて届く筈の無い『本物』に、聞こえないように呟く。

「『使えるバカ』を簡単に使い潰したりはしないから、よ……」

溢れ出すこの涙はきっと、涙腺の緩い鹿目まどかが悪いに決まっている。

絶対、間違い無く、そうに違いない……



・公開プロットシリーズNo.30
→まどかの優しさが世界を変えると信じて。



[29586] 第三十一話:ずぶ濡れ衣々
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/24 22:21
「ほむらちゃん。キュゥべえって、あの後どうなったの?」

放課後に二人だけで話がしたいという鹿目まどかにほいほい付いて行った結果がこれだよ!
上目遣いでちらちらとほむらの様子を窺っているまどかの様子が健気過ぎて、無下に扱う事も出来ない。
暁美ほむらという人間が鹿目まどかには適わないのは、もはや円環世界の摂理なのかもしれない。

「心配しなくても大丈夫よ。誰にも見つかることは無いわ」
「そうじゃなくて……やっぱり、ちゃんと弔いたいかな、って」

なるほど、と暁美ほむらは一人納得していた。
確かに、心優しい鹿目まどかの考えそうなことだ。
だがしかし。

「あの話を聞いて、まだキュゥべえに同情できるの? そんな目的のためなら、教えたく無いわ。私はあれが死ぬほど嫌いだから」

まるで台所に居座って黒光りするGを思い出した時のような嫌悪感に満ち溢れた言い草で、暁美ほむらは愛らしい宇宙人を全否定した。
というか、奴の死体は焼却炉に放りこんでしまったので、この世に存在しない。
おそらく別のインキュベーターが回収して食べるだろうと思い、嫌がらせに焦がしてやったのだ。
今更弔いたいなどと言われても、鹿目まどかの前に引きずり出して来ることなどできない。

「ほむらちゃん、答えて」
「……?」

鹿目まどかに背を向けて去ろうとしたほむらを……彼女は呼びとめた。
まだ何か、あるのだろうか。
キュゥべえの死体の場所なら教えないと言っているのに。

「キュゥべえは……本当に、死んだの?」

暁美ほむらの歩みが……止まった。
腰まで届く長い髪に邪魔されてまどかからはその表情を窺う事は出来ないが、ほむらがその質問を意外に感じているのではないか、と思える。

「……貴女、本当に鹿目まどか?」
「さやかちゃんじゃないよ?」

再びまどかに向き直って、まどかの全身に訝しげな視線を浴びせる暁美ほむら。

……おかしい。

ほむらの知る鹿目まどかという少女は、人を疑う事があまり得意ではないはずだ。
それが、キュゥべえが死んだという事実の元に行動している暁美ほむらを疑っている?
しかも、切り刻まれて色々とモゲたキュゥべえの死体を見て、まだそんなことが言える?

「貴女の膝の上に居た生物なら、焼却炉に放りこんでしまったわ。これで満足?」
「う、うん……」

しゅんとしている、という表現がよく似あう雰囲気を撒き散らし始める鹿目まどかを見ていると、ほむらだって心に沁みるものがある。
一応、事実の一端は伝えておいたが……疑問は、残った。
鹿目まどかがもし何者からか助言を受けて先ほどの質問をしてきたとして、その人物としてほむらが疑惑を向ける候補は多くないのだ。

インキュベーターは、魔法少女から不信感を持たれることを恐れ、一度彼らの死を見た魔法少女の前には姿を現さない。
従って、魔法少女は原則的にキュゥべえの生態を知らないはずなのだ。
今回の鹿目まどかのケースのように契約前に見られてしまった場合のみがその例外と言えるが、まどかの物言いはキュゥべえの仕組みについて理解しているとは思えなかった。

可能性があるとすれば……今回初めてお目にかかった『イレギュラー』だろうか。
魔法少女が人間ではないと聞いても全く動じなかった、何を考えているのか分からない蝙蝠女。

「やはり、そういうことね」
「ほむらちゃん、また怖い顔してるよ……?」

大方、鹿目まどかに暁美ほむらへの不信感を植え付ける作戦でも実施しているのだろう。
あの薄汚くて狡猾なインキュベーターとその手下ならば、それぐらいの事を考えても不思議ではない。

「さっきの質問は……貴女一人で思いついたの?」
「えっ」

ほむらは、見逃さなかった。
鹿目まどかの目が、泳いだのを。
正直は美徳というやつである。

「えっと、それは……実は、相談に乗ってくれた子が居るんだ」
「是非、それをまどかに示唆したお方と会ってみたいわ。魔法の関係者なんでしょう?」

うぐっ、と一歩下がるまどか。
誰かに教唆されたことは図星だが、ほむらにはその相手を言いたくないようだ。

鹿目まどかは、悩んでいた。
アンクが魔法関係者かどうかという時点で判断に余るのだが、その判断の先にも未来が無いのだ。
ほむらからは魔法関係の知識の口外を禁止されているのだから、アンクが魔法関係者では無いと答えることは出来ない。
だがしかし、魔法関係者であると答えれば、ほむらは絶対に引き下がらないような気がする。
あの病室で盗み聞きを働いていたと聞いても、きっと良い顔はしないだろう。

だが……不意に、暁美ほむらが放っていた緊張感が、失われた。

「良いわ。『何でも言えるだけが友達じゃない』んでしょう?」
「……ゴメンね」

ぶっちゃけ、アイツ以外に候補が居ないのだから、ここでまどかを問い詰めて心証を悪くする意味は無い。
とっちめて適当に痛めつければ、懲りてくれることだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十一話:ずぶ濡れ衣々



「……?」

虫の知らせとでも言うべき嫌な感覚。
トーリの身に降りかかった不思議な予感を一言で言い表すならば、そんなところだった。
何処かで電波女さんが送った殺意を受け取った訳ではないのだろうが、これは一体どうしたことだろう。
虫だけに、天国のお父さんが何かを娘に伝えようとしてくれているのかもしれない。

もう少し時間が経てば巴マミの戻ってくるであろうクスクシエの屋根裏を後にし、トーリは空へと散策に出ることにしたのだった。
そして……その違和感の元は、あっさりと見つかることとなる。

背びれが、地面に張り付きながら移動していた。
何を言っているのか分からないと思うが以下略。

トーリはパタパタと羽ばたきを緩めて高度を落とし、近くからそのブツを確認してみるものの、やはり背びれにしか見えない。
テレビや映画でよく見る、海面下から背びれだけを出してすっと迫ってくるサメのようである。
まるで地面の下に水があるかのようにスムーズに移動して見せる背びれだが、その付近の地面を調べてみても、普通のアスファルトでしかない。

「どうしたら良いんでしょうか……?」

間違い無く、この背びれから発せられる不思議な雰囲気が、トーリをこの場に引き寄せた原因である。
トーリの常識としては、こんな奇妙なことが出来る生物は魔法関連かメダル関連の二択なのだが……

「……ということは、倒せば丸儲け?」

とりあえず、コイツが魔法少女で無ければ、どう転んでもトーリはセルメダルを儲けられる。
もしかしなくても、かなりウマい話が転がっているのではないだろうか?
思い立ったが吉日とばかりに空中に飛び上がり、身体の周囲に羽を巻きつけて硬度を高めつつ、高度を下げる。
そのまま重力を利用して、ついでに身体に回転も加え、一気に急降下して背びれに跳び蹴りを敢行するトーリ。
蝙蝠の大先輩の必殺技の、劣化版である。

ところが、背びれはトーリの存在に気付いていたらしく、俊敏な動きで飛び蹴りを回避し、

「あれっ、意外と速……」

地上へと跳ねた。

「えっ……?」

地面の下へ隠していた身体、全体で。
そいつは、鋭い歯が視る者に恐怖を与える海の王者……サメの怪人だった。
大技をすかされて体勢を崩していたトーリに、その大きな牙をむいて、今まさに噛みつこうとしているのだ。

「ひいぃっ!?」

魔法で硬化した羽を巻きつけていたためにガード出来たトーリだが……サメの噛みつきは、そもそも受けてはいけないのだ。
羽を貫通こそされていないものの、身体ごと齧り付かれ、逃げることも出来なくなってしまっていた。
動けないトーリという獲物を咥えて、サメ怪人は再び移動を開始する。

そして、トーリは漸く気付いていた。
コイツはヤミーである、と。
しかも、多分水棲系……メズールという名前のグリードが作った奴だ。
水棲系の特徴は巣を作って大きく数を増やすことにあり、つまりこのサメヤミーが泳ぎ着く先には……大量のサメヤミーが居るということである。

「ちょっ? そんな!? 離して下さいっ!?」

流石に、そんなものを相手に出来るワケが無い。
一匹だって持て余しているというのに。
見滝原中学校辺りを狙って適当に念話を飛ばしてみるものの、正直に言って期待は薄い。
なんせ、今は下校時刻のせいで一番見つけ辛い時間なのだ。

『私に助けを求めるなんて、どういうつもりかしら?』

そして、やっと繋がったかと思いきや、これである。
いつかの無表情な魔法少女で、よりにもよってトーリを殺そうとしたこともある人気者の彼女だ。
だがしかし、溺れる者は藁だって全力で掴むのが、世の常というものである。
いっそのこと、このサメヤミーがアスファルトに溺れて死んでくれれば良いのに。

『助けてくださいっ! ワタシこのままだと死んでしまいます!』

なりふり構わずに助けを請うトーリには既に哀愁が漂っていたが、念話越しにはなかなかそれは伝わらないものだ。
そんなトーリを嘲笑うように、どうやっているのか溜め息を吐くような音声を念話に混ぜるという器用なメッセージが、トーリの頭に送られてくる。

『キュゥべえが契約のためによく使う手ね。そんな見え透いた罠に引っ掛かるわけがないでしょう。そんなに私が邪魔なの?』

しかも、全く信用されていない。
確かに、魔法少女を増やして欲しく無い暁美ほむらの前で魔法少女を勧誘したのが怒りを買ったのは理解出来るが、いくらなんでも嫌われ過ぎではないだろうか。


『トーリちゃん? トーリちゃんなの?』

同じ方向に飛ばした通信に、別の誰かが引っ掛かった模様。
だが、この声は……

『まどかさんの声は一見救世主みたいですけど、助けてくれる手段が無いんですよねぇ……』

鹿目まどかだった。
彼女の優しさは嬉しいのだが、彼女の手腕でトーリが助かるのかと聞かれれば別問題である。
正直に言って、囮にさえなるとは思えない。
念話が通じると言う事は魔法少女の素質があるという事なわけだが、キュゥべえが死んでいる現在では意味の無いことである。
というか、サメヤミーの元になった欲望が殺人だったりすると、まどかを殺してパワーアップしてしまうことだってあるかもしれない。

『とりあえず、まどかさんに出来そうな事は無いので、現場に近づかないようにしてください』
『それでも友達が危険な目にあってるのに、放っておけないよ!』

どうしたものか。
……彼女を経由して、援軍を送ってもらえば良いんですよ。

『まどかさん! 映司さんに連絡は取れませんか?』
『電話番号わかんないよ……』

そもそも火野さんは携帯電話を持っていないような気がします。
同じ理由で、マミさんもアウト。

『さやかさんは?』
『えーと……電源切ってるみたい。幼馴染のお見舞いに行ってるんだと思う』

病院で携帯電話の電源を切るのは、仕方ないですよね。
クスクシエや中学校は緊急時のために場所を把握しているが、お世話になる予定があると思えなかった病院の場所は覚えていなかったりして。

『どうやら私の命運は尽きてしまったようです……』

結論:もうダメっぽい。

『諦めちゃダメだよ! 今、一緒にほむらちゃんが居るから、引きずってでも絶対行くよ!』

その暁美ほむらさんに先ほど見捨てられた気がしてならない辺り、色々と終わり過ぎである。
まどかが全力で暁美ほむらを引きずって行こうとしても、身体能力的に魔法少女に物事を強制するのは無理だろう。

『初めて会った時の恩は、返せそうにないです……』
『縁起でも無いコト言わないでっ!』

巴マミを探していたトーリを助けてくれた鹿目まどかが最期の話し相手なら、これも何かの縁かという気もしてくるというものだ。
出来ればトーリの身を助けてくれる人物と話したかった、というのは言わぬが花というヤツである。
そこに励ましの言葉を入れてくれる辺り、鹿目まどかは良い人には違いないのだが、頼りになるかと言えば否だ。

そして、噛まれ続けた羽に穴が空き始め、ヤミーの巣まで防御が持たない気がして来た昨今。
一応、クスクシエの方面にも念話を飛ばし続けているのだが、マミは未だクスクシエに戻っていないらしい。
既にトーリは、諦めモードに片足を突っ込んでいた。
助かるルートがまるで見えてこないからである。

そう思った、矢先だった。
サメヤミーの進行方向に、人間の影を見たのは。
その人物を確認する暇も無く、耳を劈く爆音が響き渡り、トーリとサメヤミーは仲良く暴風に呑まれて地面を転がる。
まるで地雷にでも当ったかのように、爆心地が近く思えた。


「また顔を合わせるのがこんなに早いとは、思わなかったわ」

まるで下水の汚物に向けるような視線をサメヤミーに向けた……暁美ほむらの姿が、そこにはあった。
一緒に居るトーリもその視線の的であるという可能性は、出来れば考えたくないところである。
ほむらさんの台詞が、トーリに対して放ったとしか思えないものであることなど、気のせいに決まっている。

「まどかまで『使う』なんて、良い度胸をしているわね」

暁美ほむらがニヤリと笑った……ような、気がした。

「助けに来てくれたんで……うぇっ!?」

次の瞬間には、身体を囲うように四方八方から衝撃が降り注ぎ、水浸しの地面にその身体が叩きつけられる。
そのすぐ横ではメダルが撒き散らされる音が響き、サメヤミーが綺麗にセルメダルの山へと変えられていた。
どんな攻撃なのかはトーリには全く分からなかったが、おそらくトーリが受けたものと同じ攻撃を受けたのだろう。

硬化した羽で身体を覆っていたトーリは、幸いなことにあまりダメージを追わなかったと見える。
羽に食い込んだ無数の銃弾が先ほどの衝撃の正体だというのは分かったが、どんな魔法を使えばそんな包囲攻撃が出来るというのだろう。

「あれ……?」

暁美ほむらは、トーリに情けをかけて助けに来てくれたのでは無かったのか?
なんとか起き上がろうとしたトーリの額の前に、ジャキン、と小気味よい音を鳴らす凶器がその口を向けていた。
トーリはその手の黒光りする武器に明るくは無いが、どう考えても引き金を引いたらセルメダルが撒き散らされることは間違いない。

「貴女を生かしておいたのは私の間違いだったわ。今ここで清算する」

おそらく、トーリが何をしようとしても、暁美ほむらが引き金を引く方が早いだろう。
ヤミーなのだから頭が崩れても生きている気はするものの、試したことが無いのでやはり恐ろしい。

「ほむら……さん?」
「気安く呼ばないで」

銃口が向けられた額にではなく、横なぎの打撃が側頭部に加えられ、背中を踏まれて身動きを封じられてしまう。
思った以上にダメージは少なかったものの、銃に加えてほむらは打撃武器の扱いも上手いという絶望的な情報を得てしまった。

「前より防御能力が上がってる……?」

それでも、ダメージが少ないと判ったら、追撃を受けてでも飛び立てる可能性が出てくる。
訝しそうに呟いた暁美ほむらの隙を突いて飛び立とうとするトーリだが、

「同じ手は通じないわ」

頭部を振りおろし攻撃によって殴られ、そのまま地面に叩き落とされてしまう。
暁美ほむらの左手にはもう一丁のやや大きめな銃が握られており、先ほどからそれで殴られていたのだとようやく気付く。
某北国製の銃の中には、その頑丈さが評価され、弾切れの後も鈍器として戦闘に使用可能だと言われるものもあるのだとか。
どれも、魔法少女やヤミーで無かったら間違い無く死んでいる筈の一撃である。
やはり頭はヤミーの弱点だったようで、意識に嫌な感じに靄がかかってしまっていた。

「ワタシは、もう魔法少女の勧誘はしてないです。だから見逃してください」

必死である。
話せば分かってくれるかもしれない分、サメヤミーよりもマシだが、それでも危機には違いない。
命乞いといえば聞こえは悪いが、別の世界のウヴァさんの最後の言葉を考えれば、やはりこの子はウヴァさんの娘なのかもしれない。

ちなみに、そのウヴァさんのセリフとは、『やめてくれ……誰か、助けてくれ……!』である。

「そんな見え透いた嘘に騙されると思う?」

……前言撤回。
話しても分かってくれそうにない。

「最期に話す人がまどかさんなら、まだ幸せだったのに……残念です」

せめて最期に少しぐらい、毒を吐いてみたくなったのかもしれない。
引き金にかかった暁美ほむらの指に力が入るのが分かる。
もう自分はここで終わりなのだ、と本気で思った。

だからこそ、信じられなかった。


「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」

ほむらの背後に現れた、も一人の救世主の姿が……


・今回のNG大賞
『助けてください!』
『私に助けを求めるなんて、どうかしているわよ』

『このままじゃ死んじゃいます!』
『宇宙のために死んでくれる気になったのね』

『嘘じゃないですよぉっ!』
『銃弾のストックを無駄に消費するのは嫌よ。勿体無いじゃない』

『なんか、まるでお母さんと話してるみたいな……』
『ワケが解らないわ』

ザ☆いじめられっ子の発想。


・公開プロットシリーズ
→トーリも少しずつ変化している……と、良いなぁ



[29586] 第三十二話:XXX板に出張スレを建てる予定はありません
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/25 09:19
火野映司は、久しく耳にしなかった音を聞いた。
腹の底から響くような低い音に続いて、風を切る音と人間の悲鳴が入り混じる、懐かしいハーモニーを。
人はその音楽を刻む兵器を『爆弾』と、呼ぶ。

それを耳にして直後にクスクシエを飛び出した映司は、駐車場に置かれていた車の下から、二度目の爆発を聞いた。
一度目の爆発で人を集め、二発目で被害を拡大させる……映司が紛争地域を旅していた時に何度か見た手口。
水を撒き散らすという訳の分からないタイプの爆弾だったが、その威力には恐ろしいものを感じさせられた。

そして、帰り際に映司は、全く別の方面からの3発目の爆音を聞くこととなる。
脊髄反射的に火野映司がその方向に走り出したのは……必然と言えた。


「この国で持つ物じゃないでしょ……『それ』は」

いつの間にか現れた青年は、ほむらの背後からその両腕を掴み取り、銃と鈍器を同時に無力化していた。
掴んだ両腕をそのまま真上に引っ張り、体格差を利用して身体ごと宙に浮かせ、抵抗の手段を奪ったのだ。
トーリには、暁美ほむらが驚きながらも青年の手を振り払おうと身体に力を込めているのが分かった。
しかし、魔法少女とは言え身体能力において女子中学生の枠を大きく超えるわけではないほむらでは、単純な力比べでは青年には勝てないらしい。

「……離して」
「トーリちゃんが逃げるのを見届けた後ならね」

ほむらに言っているようで、トーリに指示を出している発言だった。
そして、トーリにはわき目も振らずに空へと逃げ出す選択肢しか残されていない。
映司に持ち上げられてバンザイのポーズをとっているほむらの腹部に飛び蹴りの一発でもぶちかまそうかという暴力的思考が、トーリに無かったわけでは無い。
だが、映司に咎められそうだという理由もあり、結局素直に逃げることにしたのであった……


「暁美ほむらちゃん……だっけ? さっきの爆発や駐車場のも、ほむらちゃんがやったの?」
「貴方には関係が無いことよ」

まるで、人見知りする野良猫を相手にしているようだ。
なんとなく、そう思ってしまう映司。
既に姿の見えなくなったトーリの飛んでいった方向にちらちらと視線を向ける辺りも、何処か猫を思わせたのかもしれない。

「……駐車場の?」
「大量の水が飛び散る、変な爆弾だよ。知らない?」
「そちらは、知らない」

暁美ほむらが何故そこに食いついたのが若干疑問で仕方が無い火野映司だが、それはさておき。

「とにかく、俺にも関係あるよ。知り合いが殺し殺されしてたら放っておけない」
「……そう。優しいのね」

心底どうでも良い、といった様子で適当な言葉を吐いているとしか思えない様子のほむら。

「優しいわけじゃない。後悔したくないから、手を伸ばすんだ」

何処かで聞いたような、そんな気がする言葉だった。
ループする時間の中で何度か耳にしたことがあるような……

――全部、自分のせいにしちまえば良いのさ。

そうだ。
あの、奔放な槍使いの魔法少女が、似たような事を言っていたはずだ。
こういうタイプは、意思というものを重要視する傾向があるため、説得するのは困難を極める。
利害の調整となれば話し易い相手かもしれないが、今は別に取引をする理由も無いのだ。

「……いい加減、離して」

何気なく、映司の拘束を受け続けているほむらは、そろそろ腕が痺れ始めていたりする。
両腕を頭上に固定された姿勢のまま両手を釣りあげられているその様は、まるでクレーンにぶら下がる景品のようだ。
というか、映司も腕が疲れて来てもおかしく無いはずの時間である。

「何で、トーリちゃんを殺そうとしてたの?」

言外に断られた。
しかも、話題がループしている。

……これぞ、『OOO(円環)の断り』である!

いや、何でもない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十二話:XXX版に出張スレを建てる予定はありません



「あいつが、私の大切な人を危険に晒そうとした。それだけよ」
「……ほむらちゃんってもしかして、魔法少女?」

ぶら下がったままの暁美ほむらがぴくりと身体を震わせたように、映司には思われた。
映司が魔法の事を知っているのが意外だったのか、それとも魔法少女という言葉に心当たりが無かったのか。

「……誰から、魔法の事を聞いたの?」
「見滝原一帯を走り回ってるベテランの魔法少女の子から」

……間違い無くそれは、ヤツだ。
この市を縄張りにしている凄腕の魔法少女、巴マミに違いない。
だがしかし、それを何故一般人の青年が知っているのだろうか。
暁美ほむらの知る巴マミという先輩は、魔法関連の情報を一般人にぺらぺらと話してしまうような人間ではない。

「貴方、巴マミの、何?」

マミちゃんとも知り合いなのか、と感嘆して見せる映司に、ほむらは無言で返事を催促する。

「知り合い、って言っても納得しないだろうし……仲間、友達、うーん……『協力者』かなぁ」

……協力者?
確かに、巴マミが魔法少女候補を引き連れて行動する光景は、ループ時空の中でお約束とも呼べる1シーンではあった。
だがしかし、魔法少女の候補でも無い一般人を協力者に選ぶなどという事は一度たりとも無かったはずだ。
それとも、巴マミが一般人の協力を仰がなければならないほどの異変が、見滝原に起こっている?
暁美ほむらがワルプルギスの夜の到来を告知した事はあるが、まさかそれだけが原因というわけでもないだろう。

一度巴マミに会って、確認する必要が出てきたようだ。
拘束技を持っているマミは一発死亡イベントを起こしてくれる危険性が高いので、ほむらとしてはなるべく接触したくないのだが……今回ばかりは仕方無い。

「あのトーリは、巴マミの後輩として仲良くしているのかしら?」
「うん。マミちゃんって、誰かの手綱を握っていると安心するタイプなのかも」

……この青年は、どうしてここまで的確に巴マミという人間像を把握しているのか。
ほむらが前回の時間回帰を行ってからまだ十日程度しか経っていないのだから、青年と巴マミの関係も、それ以下の時間の元で進んでいるはずなのに。

「あいつを殺すのは、中断。まず、先輩としての監督責任を巴マミに追及することにするわ」
「殺しちゃダメだよ?」

釘を刺す映司に対して、背後から見ても確りと分かるように首を縦に振ったほむらは……ようやく解放されることとなる。
自由を手にした瞬間に煙のように消えてしまったほむらに驚きながら、映司は、

「そういえば、このメダルのこと、聞き忘れたな……」

とりあえず、地面に散らばったセルメダルを回収することにしたのだった。
ヤミーでも居たのだろうか……?

そして、トーリの身を心配したこともあり、映司は回収したセルメダルを抱えてクスクシエへと向かうのであった。
もっとも、トーリはおろか、マミさえもクスクシエには戻って居なかったが。

「あっ、映司君! この間は本当にありがとう!」

そして、クスクシエで会う、見知った顔。

「え? 何のことだっけ?」

多国籍料理店のアルバイターは、火野映司にどんな情報を与えてくれるのだろうか……



命からがら逃げ出したトーリは、ふらふらと力無く飛びながら、再び『あの感覚』を味わっていた。
サメのヤミーを発見した時の、金属が擦れ合うような音にも似た違和感を。

「ヤミーの気配が分かるように? でも、何で……」

思い当たる節として最も有力な候補は、アレだろう。

――君に、メダルの『器』になって欲しいんだ。

トーリが緑のメダルを身体の中に取り込んだことによって、グリードに近い性質を持ち始めているのかもしれない。
結局あの後、手持ちのクワガタ2枚とバッタのコア1枚を取り込んで、計4枚の緑のコアメダルを自身の一部としているのだ。
既に、アンクよりもグリード完全態に近い存在である。
その割に本人の体感としては何も変化が無いのが逆に怖いところではあったのだが、ついに兆しが現れたのかもしれない。

それよりも、今は重要な儲け時かもしれないので、そちらの方が重要そうである。
魔法少女を煽ってヤミーを袋叩きにして、セルメダルは丸儲けというプランが目の前に見えているのだから。
オーズは誘わないのかと言われれば、誘っても良いのだが、セルメダルを欲しない魔法少女を使った方がトーリの手元に残るメダルは多くなるのだ。
先程の暁美ほむらがサメのヤミーを瞬殺したことから考えて、トーリ以外の魔法少女なら一人居れば充分にヤミーを倒せるはずだ、とトーリは目算を立てている。
もちろん、アンクが嗅ぎつけてくるはずなので、折を見て撤退することも必要だが。

上空から病院を探しだしたトーリは、まずさやかを拾うために念話を繋げてみた。

『もしもし、さやかさん?』
『この声は……大首領かっ!?』

誰ですか、それは……?

『ヤミーを見つけたので、手を貸してほしいです』
『うーん、まぁ、良いか。恭介にも会えなかったし……』

恭介というのは、おそらくさやかの幼馴染の子だろう。
まどかから念話で聞いた話と照らし合わせて考えると、間違いなさそうだ。
それはともかく病院の屋上でさやかを拾い、ヤミーの巣の気配が発生している場所へと再び飛び立つ。

「マミさんは?」
「それが、居場所が掴めないんですよね……」

中学校に残っている訳ではないようだが、クスクシエにも居ないらしい。
実は、ほむらがトーリをリンチしている最中に一度クスクシエに戻って居たのだが、爆音を聞いて飛び出して行った映司を探して外に出てしまっていたというニアミスを犯していたりして。
そして、そのマミと出会わずに映司はクスクシエまで帰ってしまったのだから、すれ違いも良いところである。
もっとも、そんなことをトーリとさやかが知るはずもないが。


トーリは、巣があると思しき建物へと一直線に飛んで行く。
その目的物は四階建程度の大きさであり、高さよりも敷地面積の広さが目立つ研究施設のようだった。

「おおっ! なんか如何にもアジトって感じ!」
「さやかさんのプラス思考って、時々凄く羨ましいです」
「あっはっは! もっと我を褒め称えたまえーっ!」

物事を建設的に考えられる能力は、決して悪いものではない。
だがしかし世の中には、最悪に備えて最善を祈れという言葉だってあるのだ。
オリ主の臆病属性だって、たまには役に立つ……時が来るのだと、信じたいところである。
そんな、時だった。

「おっと」
「がぼっ!?」

目的地に接近して高度を下げていた二人を……突然の攻撃が襲ったのは。
真下で配水管でも破裂したのではないかという勢いの水流が、さやかに直撃したのだ。
トーリは直前で気付いて回避しようとしたのだが、間に合わずにさやかだけに、直撃である。
そして、ゲホゲホとむせ込むさやかの振動と水を吸った衣類の重さに気を取られたトーリにも、隙が生まれてしまう。

あっという間に、やけに湿った紐状の物体がトーリとさやかを纏めて縛り、地面へと引きずり落としてしまった。

「げぇっ!?」

噎せている最中に衝撃を加えられたせいで、舌を噛んで悶えているさやかをよそに、トーリは視線を走らせて拘束具の出所を探る。

……『そいつ』は、すぐに見つかった。

魚類のように鋭角な頭、所々に吸盤の着いた肌、水掻きを持った手足、そして背中からマントのように伸びる触手……それらの特徴を持つ女怪人の姿が、そこには存在した。
トーリは、失念していたのだ。
ヤミーの周囲には、自らの鵜を守るためにグリードが常駐していることがあるのだということを。
魔法少女を一人連れて来ればどうにかなるという思考自体が……既に、失策だったのである。


「オーズじゃないのね。でも、私のヤミーに手出しはさせないわ。お譲ちゃん達」

800年前に生まれたメダルの怪人にして海産物の王、メズール。
さやか達が向かっているヤミーの巣を管理している、創生者であった。

「さやかさん! とにかくこのタコ足を切ってください!」
「任せときなさ……って、あれ?」

拘束を抜けるぐらい、さやかの魔法なら楽勝だと踏んだトーリの期待は……あっけなく裏切られる。
あれれー? と、額に若干の汗を滲ませながらきょろきょろと指の辺りを見回しているさやかの様子を見れば、嫌な予感しかしない。

「探し物は、これかしら?」

メズールの、余裕満々な、声。
そして、その周囲にうねるタコ足の一つに絡め取られた……見覚えのある、指輪。
おそらく、触手に付いている吸盤を使ってさやかの指輪を剥ぎとったのだろう。

「さやかさん!? いきなり何てモノを取られてるんですか!?」
「うっさい! あたしだってミスぐらいするわよ!」

是非とも暁美ほむらさんに審議していただきたい、美樹さやかの一言であった。
さやかのために銃火器を用意したのに、その最初の相手がオクタヴィアちゃんだった時と同じぐらい、納得がいかないはずだ。

「あんたこそ、何か脱出出来る方法無いの!? その羽を使って何とかしてよ!」
「無理ですよ! この羽は飛べるだけです!」

羽ごと巻かれてしまっているために跳び上がることも出来ず、そもそも飛び上がれたとしてもタコ足を切らなければ振り切れない。

「ウィングブレードとか、超振動カッターとか搭載してないの!?」
「人を何だと思ってるんですか!?」

本当に、仲が良い二人だこと。

「貴女の欲望……なかなか、イイわねぇ」
「「……ぇ?」」

そして、ひょっとするとこの三人の中で最もマイペースなんじゃないかという疑惑のあるメズール様。
『貴女』という指示語の内容が自分かと思い、メズールの方を向いてしまうトーリとさやかの二人は、何だかんだで息も合っているのかもしれない。

「今は別のヤミーも居るけれど、気が変わっちゃった」

指輪形態のままのさやかのソウルジェムを掌の上に置いて眺めながら、メズールが不気味な笑いを洩らしていた。
その様子から自身の事を言われているのだと悟ったさやかは背筋に寒気が走って仕方が無いものの、タコ足に縛られて全く動けない。

「とにかくあたしのソウルジェム、返せ!」

流石に、そう言われて返すぐらいなら最初から奪う筈が無い、とトーリもメズールも思う。
さやかだって本当に返してくれるとは思っていないのだが……お約束というやつである。
だがしかしトーリには何となく、メズールの表情が嗜虐的に歪んだように、思えた。
そしてその勘は……この上なく、的を射ていた。

「活きの良いお譲ちゃんね。少し遊んであげるわ」

そう言いながら、メズールは粘液で湿った触手を、指輪状になっているソウルジェムの空洞に……差し込んだ。

「ひぎぃっ!?」

背中合わせに縛られているさやかが、唐突に苦しそうな声をあげた。
さやかと密着しているトーリには、その小さな声が確かに聞こえた。

「分かる? 貴女の命運は私の手の中に握られているのよ? 文字どおりに、ね」

先端が人の指程度の太さであっても、触手の根元に近づくにつれてその太さは増していく。
生物特有の艶めかしさを以て指輪の穴の中に侵入していく蛸足の様子は……どこか、捕食者の残虐性を思わせる。

「ひゃぁ、あっ……ぇ、なん、で……」

苦痛に喘ぐような、さやかの荒い息が、至近距離からトーリの耳に届いていた。
身体を震わせ、必死に拘束を抜けだそうと試みているのも分かるのだが、一向にタコ足の力が緩む気配はない。
そして、メズールは粘液の滑りに任せて、指輪を更に触手の根元へと押し込んで行く。

「さやか、さん……?」

自らの制服のスカートの裾を掴むさやかの掌には……大量の汗が、既に握られていた。
その瞳は焦点が定まっておらず、時々身体を震わせるタイミングに合わせて見開かれる眸は、メズールを睨み返す気力も無いようだった。

「ふぁ、んんっ、ひ、ぃ……」

最早、トーリの呼びかけに応じる余裕さえ無くなっているらしい。
口をぱくぱくと動かして、まるで地上に打ち上げられて酸素を求めるサカナのように身体を痙攣させているさやか。
時折足をバタつかせ、腕に力を込めて拘束から逃れようとしているようだが、その成果があがる見込みは無いようだった。

「ああっ、く、んぁっ……ら、めぇ……!」

息も絶え絶えに、耳まで真っ赤にしながら、必死に言葉にならない言葉を紡ごうとするさやかを見ていれば、トーリの危機感は嫌でも高まる。
明日は我が身かもしれないのだから。
それにしても、メズールはさやかにいったい何をしているのだろう。

――魔法少女になると、私達の魂は変質させられ、身体はただの入れ物に過ぎなくなる。

いつしかトーリが告げられた言葉が、頭に戻ってくる。
そして、目の前の怪人メズールの手の中には、侵入している触手が徐々に太くなり、もう壊れるんじゃないかという負荷をかけられている指輪状のソウルジェムの姿が。

……まさか、魂が云々という要素がソウルジェムには本当に存在しているのだろうか?

つまり、あのままさやかのソウルジェムが砕けたら、不味いことが起こるかもしれない?
具体的には……さやかが廃人になるとか。

「さやかさん!? しっかりしてください!」
「ひんっ……もう、ひゅる、ひてぇ」

段々と体力が無くなり、目を閉じて苦しそうに呻くさやかに、メズールが言葉をかける。

「今居る子達を回収したら、次はお譲ちゃんから素敵なヤミーを作ってあげるわ。それまで暫く……地獄を、楽しみなさい」

愉悦に満ちた攻撃的な嘲笑を口に含みながら、メズールはサメヤミーが集まるまでの、しばしの玩具を楽しむ。
生まれるのは果たして、絶望の調べか、それとも希望の音色か、はたまた欲望の産声か……



・今回のNG大賞

パリーンッ!

「あっ」
「えっ」
「がはっ……」

力加減を間違えたメズール様の手の中で、ソウルジェムは砕け散ってしまった!

NGがさやかちゃんの居場所になりそうな気がしないでもない。


・公開プロットシリーズNo.32
→さやかを襲った感覚が『苦痛』か『その他』かは、読者の皆様の解釈にお任せします。



[29586] 第三十三話:化物
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/28 17:36
サメのヤミーが近寄って来る。
メダルの山に変わる。
メズールがそれを呑みこむ。

その3テンポの、繰り返しだった。
外見の変化こそ無いものの、時々漏れる歓喜の声からは、力の充足が窺えた。
つまり、メズールは着々とその身体を構成するセルメダルを増やし続けているということである。

「ぜ、ぇ……んぅ、あぁ……」

そして、その間に継続的に荒い息を吐き続けているさやか。
人間ならば気絶していているべき状況なのだろうが、なまじ『癒しの祈り』を特性として選んでしまったばかりに、有り余る体力をじわじわと削られるという悪循環を生んでいる。

だがしかし、子羊が危機に陥れば、必ず現れるものなのである。

『狩人』という人種は。

厳つい銃を担いだ、帽子のよく似合う狩人が、

「待たせたわね」

傾いた夕陽を背負って、オオカミの前に立ちはだかっていた。

「この間の借りは……返させてもらうわよ」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十三話:化物

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1



一言で言うならば、クスクシエ方面に念話を送り続けたトーリの努力が実を結んだというだけの話である。
メズールが全てのヤミーを呼び戻すよりも、彼女がトーリからの念話を聞いて駆けつける方が早かったのだ。
それはドラマチックでもなければロマンチックでもない、種も仕掛けもある登場だった。
ただ、登場がけにさやか達の周囲のタコ足を砕いてくれた辺りは、巴マミはお約束というものをよく理解しているのかもしれない。

「あら、久しぶりねぇ。銃使いのお譲ちゃん」

余裕をかましている魚貝怪人をよそに、巴マミは横目で背後のトーリとさやかを確認していた。
ぐったりしているさやかを揺さぶるトーリが大分慌てているようだが、マミの頭はそれ以上に沸騰していたかもしれない。
自分からもヤミーを作ろうと試み、可愛い後輩二人を追い込んだこのグリードを、刹那でも早くハチの巣にしたいという欲望がマミの中で渦巻いていた。

それをするために、まずはメズールの持っているさやかのソウルジェムを回収しなければ攻撃に転ずることは出来そうにない。
だがしかし、頭に血が上って初撃で二人の拘束を解いてしまったからには、後悔は先に立たない、


「セイヤァッ!!」

……という訳ではないのだ。
バッタの脚力で死角から一気に飛び込み、トラの爪で触手を切り裂いてさやかの魂を救出する、彼女の『協力者』の姿がそこにはあった。

「オーズ……っ!」

メズールが触手と水の弾丸を使って追撃をかけるも、オーズはまるで背中に目が付いているのではないかという見事な回避と防御を繰り返してメズールからの距離を取る。
巴マミを囮にしたオーズによる救出劇は、どうやら成功したらしい。

「分が悪そうだから、引くことにするわ。ヤミーも全部回収できたことだし、ね」

自身の不利を悟っているらしく、早々に撤退を宣言するメズール様。
もし、いつも彼女と共に在った灰色のグリードが一緒に居れば、また違った判断を下したかもしれない。
だがしかし……今は、その彼は居ない。

「でもその前に、オーズ。『ガメル』はどうなったか知らないかしら?」
「ガメル……? 緑色と灰色のグリードなら、倒したけど」
「……そう」

その声が、何か強い感情を押し殺したように聞こえてしまって。
まるで水に墨を溶かすように空気中に煙幕を張って逃亡するメズールを、映司は追う事が出来なかったのだった。

とっさに追い打ちの弾丸を放つ巴マミの攻撃も空を切り、そこに残ったものは、二人の新米魔法少女をグリードの魔の手から救出したという成果のみ。
マミもハラワタが煮えくり返っているとはいえ、その原因が後輩達への心配であることは理解しているため、彼女らを放置してグリードを追うという決断には至らなかったのだった……



結局、一同が誰もさやかの自宅を知らなかったため、とりあえずクスクシエのマミの部屋にさやかを寝かせ、そこでようやく一息つくことが出来た。
マミの魔法の行使によってセルメダルが増えたので、アンクに嗅ぎつけられる前に移動しなければならないと考えて、トーリが移動を急かした節もあったりして。
映司としては、トーリがほむらに襲われていた理由を聞いてみたい気もするのだが、そちらの話題はほむらがマミを含めて魔法少女の間だけで話を付けそうだったので、保留にしておいた。

……それよりも聞かなくてはならないことが、映司にはある。

「そうそう、火野さんに渡すものがあったんです」
「俺に?」

映司が口を開こうとした矢先に巴マミが話を始めてしまったため、映司はとりあえず言葉を呑みこんでおいた。

「アンクさんが、暫く自分のコアを探して旅に出るみたいで、他のコアを火野さんに渡すように頼まれました」
「……ありがとう。それは、アンクから直接?」

巴マミは、気付かない。
映司の声の調子が、少しだけ下がったことに。
だからこそ、その質問に対して肯定の返事を出してしまったのだ。
そうです、と。
それを使って思う存分戦ってください、とも。

「それで、マミちゃん。アンクは、どうしてる?」

ずっしりと重みを放つコアを、巴マミの小さな手から受け取って。
その輝きを一瞬だけ目に収めて、火野映司は質問を続ける。
そして、巴マミはその質問の意味を……『その時』まで、理解していなかった。

「だから、旅に出たんですってば」

不気味な不協和音が、クスクシエの屋根裏部屋を支配する、までは。
映司の両手に握られた、7枚の灰色コアに囲まれた1枚のライオンのメダルが、軋むような音を立てたのだ。
……巴マミの耳には、その音がまるで怪物の恐ろしい咆哮のように聞こえて、

「……っ!」
「映司さん……?」

背筋が凍りついた。
頼りない後輩も、何か雰囲気がおかしいという事にだけは気付いているようだ。
マミ自身はこの青年の事を『火野さん』と呼ぶのに対し、トーリは『映司さん』と呼ぶのだという、どうでも良い発見に現実逃避の先を傾けてしまう。

「もう一度聞くよ。アンクを『どうした』の?」

トーリには、未だに質問の意味が分かっていなかった。
映司とマミの様子がおかしいということには何となく気付いている、という程度で。
ただ、巴マミが自分のスカートの裾を握りしめてい動作が……酷く目についた。
昼間に美樹さやかが行っていた動作と同じものの筈なのに、今のマミの様子を見ていると逃げ出したい衝動に駆られるのは、何故だろう。

「……?」
「な、何を言っているんですか? 火野さん」

巴マミの顔色は……真っ青に、なっていた。
火野映司は、その反応が手に取るように分かってしまう自分自身の対人能力を少しだけ呪いながらも、言葉を継ぐ。

「泉刑事には、たった一人だけ、妹が居るんだ」

映司の言葉は、少しだけ、震えていた。

「名前は泉比奈……このクスクシエでアルバイトをしている、大学生だよ」

悲しんでいるのだろうかと、トーリには思えた。
怒っているにちがいないと、マミは思ってしまった。

「比奈ちゃん経由で、刑事さんのことを聞いたんだ。『魔法』みたいに治った、ってね」

ベッドに寝かされた美樹さやかの寝息は……穏やかなまま。
確かに、巴マミは美樹さやかに口止めを命じ、さやかもその指示に反してはいなかった。
泉信吾刑事にもその口止めは正しく伝わっていたのだ。
ところが、親愛なるお兄ちゃんが復活したことでテンションがクライマックスジャンプしてしまった泉比奈が、色々と言いふらしてしまったというわけである。
そして、思わずさやかに目を走らせてしまった巴マミの素直な反応を、映司は目ざとく確認していた。

「刑事さんは、中学生ぐらいの女の子に助けられて、その子は『腕怪人は倒した』って言ってたんだ、って」
「そんな……!」

それも比奈ちゃんから聞いたんだ……とまで、映司は言わなかった。
冷静に言う事が出来ないと、思ったから。
そして、上ずった声を上げる、少女ヤミー。

「マミさんっ! 嘘ですよね? 嘘だって言って下さいよ、ねえ!」

動揺を隠すこともせずに、トーリは巴マミに詰め寄った。
トーリにとって、アンクはグリードの復活方法を知るただ一人の存在だったのだ。
つまり、彼無くしてトーリの創生者であるウヴァの復活は有り得ないわけで……焦るのも無理はない。

「……何よ」

何も言わなくなった映司の静かな圧力と、縋りつくようなトーリの視線に耐えかねて、巴マミがようやく口を開く。

「アンクはグリードでしょう? 人間からヤミーを生む危険な生き物なら、倒したって良いじゃない! 何で私が悪者みたいに言われなくちゃいけないのよ!」
「けど、アンクさんはまだ不完全で、ヤミーだって作れないって……!」

必死に食い下がる後輩の姿が、こんなにも腹に据えかねるのは、何故だろう。
まるで……アンクを庇おうとした女の子を、相手にしている時のようだった。

「一緒よ! トーリさんだって、メダルの管理を押しつけられて迷惑していたでしょう? 火野さんだって、アイスの代金をたかられて、メダル集めまでやらされて、仲が良い刑事さんを人質に取られて、アンクを邪魔だって思ってたんじゃないの!?」

隙間だらけの扉から外に漏れる程の声で、巴マミが叫ぶ。
彼女は、分からなかった。
自分が、言いようの無い恐怖感に襲われている理由が。
一般人である泉刑事の命を助けて、怪人であるアンクを倒した……はずなのに。

「……アンクは、確かに酷い奴だったよ」

火野映司が、抑えた声で淡々と言葉を返して来る。

「アイスは盗むし、平気で人を見殺しにしようとしたこともあった」

ゆっくりとした喋り口のはずなのに、トーリもマミも、口を挟めない。

「それでも、実際にそれをやったことは無いんだ。俺が止めてたから。俺の手で止められてるうちは、あいつには殺される理由なんて何もないんだよ」

アンクがアイスを盗んだ時は、映司が代金を立て替えて、売買契約を成立させていた。
人の命よりメダルを優先しようとした時だって、映司が命を張ってそれを否定した。

「火野さんがそんなグリード一体に構ってるぐらいなら、アンクをとっとと倒して、もっと多くの困ってる人を助ければ良いでしょう!」
「マミちゃんの考えが間違ってるなんて、俺には言えない。でも、俺は顔も知らない誰かよりも、俺の手の届く誰かを助けたかった。それが性格の悪いアンクでも、さ」

単なる主義主張の違いだ。
火野映司は巴マミの叫びを正当な怒りだと認めている。
それなのに、何故だろう。
今の火野さんを見ていると、こんなにも胸が痛むのは。

「だから、刑事さんを助けてくれたのは、ありがとう。コアメダルを届けてくれたことも感謝してる」
「それなら……」
「でも」

だからだろうか。
一瞬だけでも、映司がマミを認めてくれる発言をしたことが、こんなにも嬉しかったのは。

「……悪いけど、もう俺には、話しかけないでくれ」

そして、明確な拒絶の言葉が、こんなにも頭の奥深くを叩くのは。

彼の背中は……いつもよりもずっと、小さい。
大して速くもない動作で部屋を後にする映司の動作が、まるで一瞬の事のように、巴マミには感じられた。

気の弱い後輩は、
一度扉の先を見て、
次にマミの顔を見て、
もう一度扉の方を見て、
やっぱりマミの側を見て、

「映司さん……っ!」

外へと飛び出して行ってしまった。
巴マミを、置き去りにして。

その足音は何時もよりも少しだけ、大きく思えた。



「ハハ……」

誰も聞いていない部屋で、誰に聞かせるはずでもない自嘲が、自然と漏れる。

――ちょっと、ね。あいつの身も心配だし

そんな事は、分かっていたはずだった。

――アンクさん……無事だと良いですね

アンクが死んだら、悲しむ人が居ることぐらい。
マミは結局、お調子者の美樹さやかに対して頼れる先輩としてのアピールがしたかっただけだったのだ、と今更ながら気付く。
だが今の状況を見たら、自分の味方は美樹さんだけだ、なんて楽観視はとても出来そうでは無かった。
さやかだって、アンクが死んで悲しんでいる人が居ることを知れば、巴マミはおろか美樹さやか自身のことさえ信じられなくなるかもしれない。

「魂が入って無いから、かなぁ」

手の中のソウルジェムに溜まったほんの少しの濁りが、自分の本性のような気がしてしまって。
マミは、今夜だけは絶対に鏡を見たくない、と思った。

――私の正体が人間じゃない化物だと知ったら、トーリさんはどうすると思う?

自分はもしかするとその像を、化物として撃ってしまうかもしれないから。

――私は、逃げますよ。そして、マミさんが私の事を忘れてくれるまで

ひょっとすると、逃げるように出て行った後輩の目には……マミの姿が化物に見えたのかもしれない。


「どうせなら、『これ』も火野さんに渡してしまえば良かった」

マミの手の中に残った、もう一つの鍵。
アンクの命を奪った証の、タカのコアメダルだった。
その重さは、ソウルジェムと同じぐらいにずっしりと、巴マミの手に圧し掛かってくる。
むしろ、自分のソウルジェムには、タカメダルほどの重さがあるのだろうか?
魔法少女には、分からない。


「せめて、罵ってくれれば、良かったのに」

アンクの逝去を知った映司が悲しんでいるということだけは、マミは痛いほど分かってしまっていた。
マミに対して恨みの一つぐらいは抱いていた方が自然だ、とマミは思う。
それなのに、巴マミは火野映司との関係を絶たれるというだけの結果に甘んじている。


疲れ果てて何も考えずに眠る美樹さやかの寝顔が、少しだけ羨ましく感じられた……



・今回のNG大賞
地面の下を泳ぐ謎のサメの大軍の出所を追っていた暁美ほむらが、辿り着いた巣で見たものは……

「これは……なんて凄い爆弾なの……!」

駐車場の爆破に使われた爆弾の説明書だった。
作業用デスクの上に無造作に置かれた設計図を読みこみ、思わずニヤリとするほむらさんの姿が、そこにはあったという。

尚、その直後に匿名の一般市民からの通報で爆弾魔が逮捕された事は、全くの余談である。

・公開プロットシリーズNo.33
→非暴力は時に、どんな暴力的な罰よりも重い。



[29586] 第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/09/28 17:59
「ごめんね、居心地悪い思いさせちゃって」

夜風に当たって少しだけ声の調子を普段のものに戻しながら、火野映司が口にしたのは……謝罪の言葉だった。
映司がトーリの少し前を歩き、トーリからはその表情は見えない。

「いいえ、私こそ、全然気づきませんでした。マミさん達が、そんなことをしていたなんて……」

アンクが、居ない。
もう、映司がメダルを雑に扱っても、咎めるグリードは居ない。
トーリのセルメダルが増えた時に気付いて始末しに来る追手も、居ない。
そのはず、なのに。

「気付かなかったのは、俺だって一緒さ。比奈ちゃんに教えてもらってようやく、だよ」
「マミさんは、どうして私には何も言わずに、さやかさんと二人でやったんでしょう……」

やっぱり信用されてないんですかねぇ、なんて平坦な声を出しながらも、トーリも何処か落ち込んでいるのが見て取れた。
でも、たったそれだけのことでも、アンクが死んだことを悔やんでくれる人が居てくれるんだという事を、映司はアンクに伝えてやりたかった。
映司がトーリの打算的な思考をもし知っていたとしても、やはりその気持ちを抱いていたのではないだろうか。

「マミちゃんも、口ではああ言ってたけど、やっぱり何処かでは罪悪感はあったんだろうね」
「罪悪感……罪、ですか」

グリードを殺したら、罪になるんでしょうか。
アンクが聞いたら鼻で笑いそうだ、とトーリは思う。
きっといつもみたいに『面倒だ』とか『俺に聞くな』とか、どうでも良さそうな返事を吐いてきそうだ。
そんな適当な声を聞くことも……もう、無い。

「罪っていうのは、自分自身が裁くこともあるけど、他人から裁かれることの方も多い。特に、近くに居る人から裁かれるのは、凄く効くし、辛い」

だからこそ、火野映司という男は、巴マミに怒りをぶつけなかった。
自分と彼女の距離とでも呼ぶべきものが、どれだけ短いものであるかを、薄々と気づいていたからだ。
火野映司という男が糾弾することによって、巴マミがどれだけ精神的に傷付くのかということを、予測してしまったのである。
映司とてアンクの死がショックではあったものの、それを理由に他人を傷付けるのは躊躇う程度の理性は残っていたようだ。
なんだかんだで、アンクが人間社会の中で悪人の部類に入る存在であることは、間違いが無いのだから。

「……それって、私とさやかさんのどっちがマミさんの近くに居るってことなんですか? よく分かりませんでした」

さやかは距離が近いから、さやかから裁かれないために共犯者に選んだ?
それとも、トーリとの距離が近いから、トーリに犯行を知られたくなかった?

「そういう時は、自分に都合が良いように受け取って良いんだよ」

トーリにとってその二択は、どちらの方が都合が良いのか。
どちらも一長一短に思える。

「説教臭くなっちゃったけど、俺だって人の事は言えないんだ」

映司が見上げた空の先には……星空は、無い。
街の明かりのせいで、月以外の星なんて、数えるほどの数しかない。

「俺だって、グリードやヤミーを倒してる。俺はその時に守りたいものを守るために邪魔だから倒すけど、マミちゃんだってそれはきっと変わらない」

確かに、人を守りたいという気持ちは、文面にしてしまえば同じものなのかもしれない。
だが、トーリはなんだか、キュゥべえの笑顔のようなちぐはぐな印象を受けていた。
笑っていないのに笑っている、笑っているのに笑っていない、みたいな。

「ただ、マミちゃんの守りたい対象にアンクが入って無くて、アンクには俺の手が届かなかった。それだけの事なんだ」

何となく、トーリは思う。
この人は、メダル関連の問題を解決するまでは、きっとこの町を離れない。
でも、もしその問題を解決しきってしまったら、もうそこには彼の姿は無いのだろう。
何処か知らない街で、知らない人たちに囲まれて、公園にテントを張ってその日暮らしを続けるんじゃないか、と。

……だからどうした、というわけじゃないですけど。

そもそも、メダル関連の問題を全て片づけると言う事は、ヤミーであるトーリはその時にはセルメダルの山になっている訳で、トーリの預かり知ることでは無いのだ。

「あれ? 何かを忘れているような……?」

昼間に暁美ほむらに強襲されたという事実を巴マミに上告するタイミングを完全に逃した、ような。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十四話:カンドロイドは電気鰻の夢を見るか?



「未確認生命体ですか。興味深い検体ですね」

薄暗い地下室の中で、丸眼鏡をかけた背の高い青年が、通信用ディスプレイに『向かわず』にテレビ電話を活用していた。
彼が視線を向ける先に居るのは、画面に映し出された恰幅の良い男性ではなく、青年自身の左腕の上に載せられた可愛らしい人形である。
カツラを配置することを期待されているであろう光沢のある頭部に、何処を見ているのか分からない虚ろな瞳、そしてその身を包む無機質な白衣が、その人形の魅力を最大限に引き出していた。

……通称、『キヨちゃん』である。

このクロスオーバー作品において、マスコットの座を争ってキュゥべえと戦えるだけのポテンシャルを持った、唯一の対抗馬と言っても良い。
ちなみに、大穴は掌アンクである。
ともかく、町中ですれ違った人が思わず振り返って自分の目を疑う確率に関して言うならば、キヨちゃんが確実に他二名を上回ることは間違いない。

『君もそう思うかね!? ドクター真木ッ!』

通信相手は、お馴染みの暑苦しい会長こと、鴻上光生氏である。
そして、人形を左腕の上に載せた青年の名は、真木清人。
鴻上財団の誇るメダルシステムの開発主任にして、稀代の天才と呼ばれなかった男だ。
もちろん、メダルシステムの汎用性と知名度的な面から考えれば、彼の名前が広まらなかったのも無理は無いのだが。

「『完成された人間』の一つの形とさえ言えるでしょう。使ってもかまいませんか?」
『普段から言っている! 好きにしたまえッ!』

人間は、その生涯を終えて初めて『完成』する。
それが、真木清人博士の行動原理にして、目的。
そして、彼女たちは一つの意味においては『完成』している存在だ。
人間の、ヒトとしての生を終えて魔法少女という生命体になったという意味においては。

「さて、誰を使いましょうか」

真木は、『使う』という言葉を、文字どおりの意味で用いていた。
すなわち、彼にとって魔法少女とは、使い捨てにするには調達の難しい実験動物という程度の存在なのだ。

鴻上会長との通信を切り、画面はいくつもの動画ファイルを分割したものへと切り替わる。
ただでさえ、この頃は開発日程を急かされて寝不足気味だったというのに、これ以上あの会長のテンションには付き合っていられないのだ。
もし今以上に疲れたら、世界を良き終わりへと導く前に真木自身が病院へと導かれてしまう。
心なしか、癒しの源泉であるキヨちゃんの目の下にもクマが出来ているような気がするのだから、不思議なものである。
近いうちに、ショッカー洗剤を使ってじっくり汚れを落とした方が良いのかもしれない。

そんな思考をそこそこに打ち切り、真木博士はパソコンの画面に目を落とす。
4分割されたディスプレイに映るそれぞれの魔法少女たちは、それぞれが人間では有り得ない能力を有しているが……捕獲するとしたら誰が適当か?
戦闘能力だけを見るならば、3号の蝙蝠女を捕まえるのが最も手間がかからない。
だがしかし、奴は本当に魔法少女なのだろうか?
バッタカンドロイドによる情報収集によれば、彼女は猫科グリードによってその正体をヤミーだと看破されている。
魔法少女の検体としては相応しく無い可能性が非常に高いだろう。

加えて、鴻上会長との契約の穴を突いてオーズ組のセルメダルを一手に預かるトーリは他のメンバーと会う頻度も高いため、拉致すると簡単にその事実が発覚する。
オーズ達がトーリの救出に動くとなれば、実験の時間的制約が大きくなりそうだ。
彼らに悪感情を抱かれるのはあまり問題ではないが、実験の邪魔をされるのはいただけない。

「『彼女』に……完成してもらうのが良いかもしれません。『魔法少女』としても」

真木伸一郎博士の視線の先に居るのは……相変わらず、人形のキヨちゃんである。
そして、彼が検体として選んだその魔法少女とは……



『言い忘れていたよッ! ドクター真ァ木ィッ!』

流石に、シリアスモードに入っている時に邪魔に入られると、軽く『イラッ☆』と来ることだって、あるのだ。
マッドサイエンティストといえど、人間だもの。
勝手に研究用モニタへとアクセスするのは止めて頂きたいものである。
まぁ、流石の真木といえども多少出資者の機嫌を取る気が無いとは言えないが。

『君の働きに感謝を込めて、プレゼントと新作のケーキを鋭意準備中だよッ! ハッピー……』

ブツン、と何かが切れた音が、薄暗い研究室に響き渡った。
もちろん、真木博士がディスプレイのコードを抜いて強制終了させた、音である。
おそらく、彼の堪忍袋の緒や米神付近の静脈が切れた音では……無い、はずだ。




「……くしゅん」
「暁美さん、風邪ですか?」
「うーん……『風邪が噴く町、見滝原』! 何か、良いキャッチフレーズな気がしない?」
「さやかちゃんの言ってる事、全く理解できないよ……」

くしゃみを漏らしてしまった暁美ほむらさんに最初に心配そうな声をかけたのが、何故か一番縁の遠そうな志筑仁美だったりする。
まぁ、他の二人とて心配してはいるはずだが。
さやかは兎も角として、まどかは絶対に心配しているはずだ、と暁美ほむらは確信している。

「まぁ、転校生の噂をしてるオトコなんて、いくらでも居るさ」
「ほむらちゃん、美人さんだもんねぇ」

美樹さやかに言われればまるで流水の如き戦士のように受け流せるのに、まどかから言われると凄まじき戦士のように自信が湧いてくるものだから、現金なものである。
いつものファミレスに居座って適当な間食を取りながらの『休憩中』の一時がほむらに与える癒しの効果を、実感する瞬間でもあった。
あのパンツマンには、蝙蝠女の処理を邪魔されたことこそあっても、少しだけは感謝しても良いような気がしてくる。
こんなどうでも良い日常こそが……暁美ほむらが求めていたものなのかも、しれない。
ファミレスに居座って、世間話をして、色恋話をからかって、新商品の不味いドリンクに皆で顔をしかめて……

「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年トップを仁美と争う女だし!」
「「ぶふぅっ!?」」
「ど、どうしたの!? 二人とも!?」

不意打ち過ぎた。
おかげで、新商品の不味いドリンクが食道を超えて大洪水を起こしてしまった。
というか、そんなセクハラ紛いのランク付けが、公然の秘密として為されていたというのか。
気管に飲料を詰まらせて涙目になっている二人にハンカチや備え付けのお絞りを渡している鹿目まどかの順位は、一体どの辺りなのだろうか?
あと、噎せ込んでいる二人の姿に携帯電話のカメラを向けている美樹さやかは、そろそろその命を神に返しなさい。

ドリンクバーの端で汲んで来たお冷を飲ませて、二人の沸点の鎮静化を甲斐甲斐しく図っているまどかが、

「ところで、さやかちゃん。オカズってどういう意味?」
「「ふごっ!?」」

駐車場爆破事件並みの水爆弾を、追い打ちで投下した。
主に、暁美ほむらと志筑仁美の鼻腔内部に。
変に堪えてしまったために、二人とも鼻からお冷を噴出しているというクリティカルヒットである。

「えっ? 私、変なコト聞いた……?」
「ひっひっふー!! まどかはお子様だなぁ!」

きょろきょろと周囲の様子を窺って、自分が何か失言を吐いたということをまどかは何となく理解し始めた様子。
そして、鼻から水を垂らしている二人と困っているまどかを余所に、腹を抱えて笑っている美樹さやか。
その顔に上条恭介のバイオリンによるメタルブランディングをかましてやりたいと思った仁美とほむらは、きっと自分の罪を数える必要はない筈だ。

「キミに、とっておきの最新情報を公開しよぉう! 男っていう生き物は定期的に謎の白い液体を生産するんだけど、その時に」
「まどかああああっ! そいつの言葉に耳を貸しちゃらめええええっ!!!」

ニヤリ顔で神秘の滴の話を始めようとしたさやかに仁美が無言で全力の腹パンを加え、ほむらは曲げられるタイプのストローを掌でさやかの両鼻孔にぶち込んでいた。
身体をくの字に折り曲げた直後に、頭の運動と逆方向ベクトルのカウンターが見事に決まったのだ。
アイコンタクトも無しに行われた鮮やか過ぎるコンビネーション攻撃に、まどかは思わず背筋が寒くなる。

「くぁwせdrftぎゅひjこlp;@:!!?」

声にならない絶叫を上げてファミレスの床を転げ回る美樹さやかを見下ろす二人の目は、古代民族がリントに向けるものによく似ていた、ような。
最高のパートナーに出会って奇跡を起こしたような顔をしながら握手をしている二人が、まどかからはどこか遠い人のように思えたのだった。

「もしかして、私が変なコト聞いたから……?」
「鹿目さんは優し過ぎますわ」
「もし貴女を責める人が居たら、私が許さない」

この扱いの差である。
地を這いつくばるさやかに向けた顔と同じ人間とは思えないトモダチな表情を一瞬で作って向けてくる二人に、鹿目まどかはただ戦慄するばかりだ。

「まどかぁ……アンタは良いよなぁ……あたしなんてどうせ……」

もしかして自分は嫌われているんじゃないか、という考えはいけない事項を脳内に保留にしつつ、さやかは鼻からストローを抜いて溢れ出る鼻血への対処を考え始めたのだった……



最近会えないんだよなぁ、なんてボヤキながら病院の方へと一人で向かったさやかを始めとして、残された3人もそれぞれの帰路に分かれる。
お互いの姿も見えなくなって、『休憩中』な自分はこれから何をしようかと暁美ほむらは考えを巡らせる。
一人で歩いていると少しだけ寂しさを感じる反面、どこか羽を伸ばせる気楽さがあるのだから、不思議なものである。
そんな、時だった。

「……!」

猫科を思わせるタテガミを持った、機械仕掛けの獣がほむらに襲い掛かって来たのは。
ほむらがほんのコンマ数秒前まで歩いていた場所に、『そいつ』は飛び込んできたのだ。
今回は誰かに庇われることも無く自らの身を危険の第一波から守ることに成功した暁美ほむらだったが、行動方針が定まらない。
というか、相手の正体が分からないのだ。

黄色を基本として白と黒に彩られたそのロボットには、前部の脚の代わりに円筒のような形の車輪が付いており、申し訳程度に前輪から前足らしきものが生えている。
後部も一見すると円筒が付いているようだが、よく見ると独立した3つの車輪が並列に配置されているのが分かった。
全長は2メートル半といったところで、タテガミの後ろに操縦席らしきものが見えるくせに、搭乗者は居ないという不思議な兵器である。
身体の所々から放たれる冷却用水の慣れ果てと思しき水蒸気が、その獣が天然のものでないことをアピールしていた。

咆哮を上げて威嚇してくるトラロボットを……とりあえずほむらは破壊することにした。
事情はよく分からないが、どう考えてもコイツは危険である。
こっそりと盾を取り出し、内蔵された砂時計を傾けて時間を止める。
手早くマシンガンの弾丸を適当に撒き、再度時間の運航を自然に任せた。
かなりの体重を持っているであろうロボットが、まるでワイヤーアクションのように後方へと吹き飛び、近くにあったブロック塀を砕いてその瓦礫に埋まる。

だがしかし、これで終わる筈が無かった。


「……っ!?」

トラロボットの正体を見極めるために近づこうとした暁美ほむらは……盛大にずっこけた。
踏み出そうとした足が、ほむらの意に反して、動かなかったからだ。
異常を感じて視線を落とすと、青を基調としたタコのような軟体ロボットが何体もほむらの両足にいつの間にか絡み付いて動きを封じているという、意味不明な光景が。
一匹ずつのサイズはそれほど大きく無いが、そこは数で補う方針らしい。
これだけ密着されていては、時間停止も使えない。

そして、何処に隠れていたのか、足が止まったほむらの全身に数えきれないほどのヘビのロボットが巻き付き、その身の自由を封じる。
一体辺りの大きさはやはり人の腕程度なのだが、見る者に恐怖を与えるには充分過ぎた。
水棲生物特有の湿り気こそ放っていないものの、ほむらを拘束するしなやかな動きは、どこか嫌悪感を与えてくる。

「くっ、このっ……!」

必死でもがく暁美ほむらの抵抗に対して返って来た答えは……

「がっ……?」

身体中に巻き付いた蛇から発せられる、電流攻撃だった。
どうやら、ナガモノのモチーフは蛇ではなく電気ウナギだったらしい。
そんなどうでも良い新情報を薄れ行く意識の中で確認しながら、暁美ほむらの視界に最後に入ったものは、

「そん、な……」

瓦礫の山の中から這い出てくる、機能を全く失っているように見えない、巨大トラロボットの姿だった……



・今回のNG大賞
「なんたって、『オカズにしてる女子ランキング』の学年一位を仁美と争う女だし!」
「さぁ、美樹さんの得票数を数えてください」
「仁美ちゃん、そんなコト聞くなんてあんまりだよ!? そんなの絶対……ウィヒヒww」

「あんたの反応の方があんまりだよっ!! ちくしょぉ……あたしより沢山票貰ってるからっていい気になっちゃってさぁ……」
「美樹さやか……! 鹿目まどかに投票した人間を教えなさい……っ!」
「ほむらちゃんもそれを聞いてどうするつもりなの!?」

ザ☆ガールズトーク。


・公開プロットシリーズNo.34
→魔法少女まどか☆真木か! 始まります!

・人物図鑑
 マキキヨト
 財団の会長の手下。その役割は発明。世界の終焉を望み、物事が終わりを迎えるという事に対し至上の喜びを覚える。生誕と再生を祝福する会長の部下である手前、発明は続けるが、その目的はただ相反するのみ。人形は本体では無いので、そこを突いても直接彼を倒すことには繋がらない。



[29586] 第三十五話:Individual-System――悪意
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/02 02:18
暁美ほむらが可愛いカンドロイドたちとの触れ合いを楽しんでいる、ちょうどその頃。

上条恭介に会うために病院へと足を運んださやかだったが……

「なにコレ……」

門前払い以前の段階で病院に入れないという、この世の不条理に直面していた。
病院前に謎の人だかりが出来ており、入口まで辿り着くことが出来ないのだ。
付近にスタンバイしていたマスコミの話を盗み聞きしたところ、どうやら、この病院に勤務する女医さんが難易度ザギバスな手術を成功させたために、報道関係者とヤジ馬と入院希望者で溢れかえっているということらしい。

「ふっ……恋する乙女のパワーを甘く見るなっ!」

恋する乙女もとい魔法少女の身体強化能力をこれ以上無いぐらい私用しながら、人込みをかき分けて、砕氷船さやか号は前進に命を賭ける。
マミさんに見つかったらどうしようだとか、そんな細かいことは考えないのが美樹さやかの良いところである。
しかし、

「再診の方のみお入り頂けます」

門まで行ったら行ったで、門前払いだったりして。
これだけ混雑していたら仕方が無いことなのだが。
がっくりと肩を落として溜め息を吐くさやかは、まるでブランコが人生の相棒な未定年退職者のような顔をしていた、ような。

だが、この世の終わりのような落ち込み方をしているさやかを……神は見捨てなかった。
見覚えのある知り合いが病院の人込みの外で息を切らしているのを、目ざとく発見したのだから。

「奇跡も魔法も、あるんだよッ!」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十五話:Individual-System――悪意

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「おい、まどか」
「アンクちゃん。どうしたの?」

友人三人と分かれた、直後だった。
鹿目まどかのカバンの底に潜む掌怪人が、声をかけて来たのは。

「仁美ちゃん達の前では静かにしててくれたんだね! えらいぞぉー!」
「……騒がれたら面倒だからな」

掌だけになっているアンクの手の甲とでも呼ぶべき部分を撫でて、まるで飼い主のような言い方をするまどかに、アンクは心底呆れた声で答える。
おそらく映司にやられたら怒り狂うだろうが、この能天気そうな子供にやられると、どうでも良いと思ってしまう辺りが不思議だ。

「ヤミーが居る」
「えっ!?」

思わずアンクを握りしめながら、まどかは思わずきょろきょろと周囲を見回してしまう。
ヤミーというのは人の欲望を元に生まれた怪人である、という情報を、まどかはアンクから聞いたことがあった。
そして、しばしば人間を襲ってその目的を達成するという事も。

「どうしよう、アンクちゃん……」
「青いガキに倒させれば良いだろ」

アンクとしては、正直に言ってその一択である。
欲を言えば、ヤミーと戦い過ぎて死ぬか魔女化して頂きたいとさえ思って居たりして。
その後に安心して地面に散らばったセルメダルを独り占め出来れば、完璧すぎる。
そうすれば、また映司と手を組んで戦うための不安要素も無くなるという理由も、あったりする。

「でも、ヤミーが居るのをどうやって調べたの? って聞かれたら困っちゃうよ」
「とりあえず、発見するだけして来い。その後で青いガキに教えて、偶然見つけたって言い張れ」

さやかがアンクを殺そうとしたことを、アンクはまどかに伝えていない。
何だか、さやかと話し合う事を求められそうだったからである。

……まったく、放っておけばいいのによ。

アンクは、思う。
メダルが欲しいアンクの事情はともかく、鹿目まどかや火野映司はヤミーを倒しても物的な得をすることは無いのだ。
ヤミーを倒してその周りの人間を助けても、所詮は他人事なんじゃないか、と。
だが、そんな人間も居ても良いんじゃないか、とも思い始めてしまっている……のかもしれない。



「神様仏様まどか様ァッ! あたしにお情けをかけてくださいっ!」

そして、アンクの指示通りの場所に来てみれば、KONOZAMAである。
先ほど分かれた筈の友人に詰め寄られ、あろうことか土下座された。

「さやかちゃん!? 頭を上げてよ!? 衆目の下で何やってるの!?」

訳が分からない。
まどかとしては、さやかが少しだけおバカな部分を持っていることは認知していたが、何だか最近拍車がかかっているような気がしないでもない。
まさか、先程の腹パンと鼻ストローが原因だろうか?
もし頭の治療のためにこの病院へ来ているのならば、友達として全力を尽くしてやらなければなるまい。

「病院が混雑しちゃって、再診の患者しか入れないのよ」
「た、大変だね……」

おもむろに立ち上がった美樹さやかの真摯な表情に、まどかは得体の知れない恐怖感を抱いていた。
尚、アンクはどこかに隠れてしまったらしく、役に立たない。
それで、さやかは鹿目まどかに対して一体何を期待しているというのか?

「まどか。あんた、ここに入院したことあったよね?」

確かに、ほむらを庇って頭にジュースの缶が直撃した時に、この病院にお世話になったことはある。
そして、まどかの両肩をがっちりと掴んでホールドしている美樹さやかから逃げるのは……多分無理だろう。
諦めの境地に達したまどかは、為されるがままに美樹さやかにエスコートされ、病院という舞台へと足を踏み入れた。
踏み入れて、しまった。



一方、同じ発想から病院に潜入したグループが、もう一組居たりして。

「浮かない顔をしているな」
「そうかも、しれません」

包帯男になって車椅子に座っている男、後藤慎太郎。
そして、車椅子を押して付添人のフリをしているもう一人……火野映司だった。

「あのグリードのことか?」

後藤は、魔法少女を見張っていた部下から、事の経緯を聞いている。
その日の後藤の監視担当はB3号ことトーリだったために直接現場を見た訳ではないものの、美樹さやかと巴マミがアンクを倒したという事だけは知っているのだ。
オーズである火野映司がヤミーの発生を感知できないとなれば、セルメダルが欲しい鴻上財団としては一大事である。
従って、財団の配下の者が派遣されるのは必然と言えた。

「アンクは、出来ることなら助けたかった……ですかね」

火野映司は、どんな顔をしているのか。
包帯が邪魔をして首の回らない後藤からは、その表情は読めない。

「あんな悪人、何故庇う?」

後藤は、アンクをただの怪人だとしか思っていなかった。
正直に言って、アンクが消えたお陰でオーズとしてコアメダルを使い放題になった今の映司の状態は、奴の理想形であるとさえ思えるのだ。
それなのに、この男は……何故、こんなにも湿った声を出しているのか。

「確かに、悪人だと思ったら倒すのは仕方ないかもしれないです。でも俺は、アンクは倒さなくても何とか一緒に生きていけるぐらいの奴だと思ってたんです」
「……グリードを倒しても悲しむ奴が居るって言うなら、お前はどうして平気でグリードやヤミーと戦えるんだ?」

車椅子を押す手の力がほんの少しだけ強まった。
それなのに、車輪が回る速度は、落ちたような。

「平気じゃ、ないですよ」

そんな、気がした。

「この間もガメルっていうグリードを倒したけど、青いグリードはそのことを悲しんでて、何となくそれが分かって……平気なわけ、ないです」

他人の思いを踏み躙るのは辛いし、恨まれるのも同じだ。
……だが、そう思えるからこそ、この男は自身の手を伸ばそうと身を張るのだろう。
後藤は何となく、この男の事が分かって来たように思えた。
そして、自分自身の事も。

「火野、俺はお前の事を、いい加減でオーズに相応しく無い奴だと思っていた」

その失礼な告白は、しかし過去形だった。

「俺の夢は世界を守ることだ。だから、目先のモノしか見ないお前を取るに足らない奴だと思って、出来ることなら俺が代わりにオーズになってやりたい、ってな」
「俺は、良いですよ。後藤さんがオーズでも」

自分には無い力を持つ映司を妬み、自分がオーズに成り代わる夢を見たのも一度や二度ではない。
今だって、その気持ちは続いている。
……それでも。

「……だが、最近少し考えが変わってな。一見仕様も無い奴ほど、そいつを心配している人間は心根が優しかったりするんだ」
「俺は、優しいわけじゃ……」
「お前じゃない」
「……ハイ」

――何だかそれって、凄く格好良いな、って思って……

傍から見ればストーカーでしかないはずの後藤を、信じてくれた子供が居た。
そして、生意気で目先の事しか見えない未確認生命体を、その子は心の底から心配している。

「そう考え始めると、俺の守ろうとしている世界よりも、お前が手を伸ばそうとしている世界の方が……多分、広いんだ」
「……買い被り過ぎですよ。俺の手は結局、アンクにさえ届かなかったんですから」

それでもまた、手を伸ばすんだろう?
そう、後藤は口に出して聞くことをしなかった。
火野映司という男を後藤がよく知っているというより、肯定の返事が返ってくるに決まっているという後藤自身の願望が、そこにはあったのかもしれない。

「だから、今決めた。もし俺がオーズになるとしたら、それはお前が手も足も伸ばせなくなった時だけだ……ってな」
「責任重大、ですね」

早く死ねってことですか、などと彼らしくも無い冗談をかます火野映司は……それでもなんだか少しだけ明るくなったように、思われた。
後藤は、悲しんでいる火野映司に自分が同情しているだけなのかもしれない、とも考える。
だがしかし、それで良いのだという気もしてくるのだ。

自分が守る世界より、きっとこの男が守る世界の方が、笑っている人間の数は多いだろうから。


二人の会話が一段落ついた頃合いを見計らっていた訳ではないだろうが、後藤が放っておいたカンドロイドが、手元へと戻ってくる。
先日完成した代物で、敵を拘束する用途に使えるほか、範囲は然程広くないがヤミーを感知する能力を備えている優れものの『ウナギカンドロイド』が。

「うおおおっ!? ヘビ!? 俺、ヘビ苦手なんです!」

新しいカンドロイドに驚いて仰け反り、後藤の車椅子をひっくり返してしまう映司。
その車椅子に座っていた後藤がどうなったかは……押して測るべし。

「こんなオーズで大丈夫か……」

大丈夫だ、問題無い。
というか、仮面ライダーやプリキュアの放映時間中にあのゲームのCMが流れていたという事は、視聴層とそのゲームの購買層が一致していると思われているのだろうか?
謎は、深まるばかりである。

そして、口では聞こえの良いことを言いながらも未練たらたらなぐらいが、むしろ後藤慎太郎らしいのかもしれない……



映司が駆けつけた時、まさに事は起ころうとしていた。
天才女医として一躍話題となっている田村医師が、院長と思しき恰幅の良い初老の男性の手術を始めようとしていたのだ。
ただし、場所は手術室ではなく病院の廊下であり、手術の目的は院長の排除であるとしか思えなかったが。

更に異常な要素は、その女医の用いている獲物である。
指の先から、メスらしき刃物が指と同じ数だけ爪のように生えているのだ。
これを異常事態と呼ばずに何を異常事態と呼ぶのか。
尚、後藤は患者への偽装のための脚部ギプスが災いして、現場に駆け付けることが出来なかった。

「カザリのヤミーか……? 変身っ!」
『クワガタ トラ バッタ』

素早くベルトに三枚のメダルを差し込み、田村医師に組みついて誘導する映司。
ヤミーを倒すことも重要だが、病院内で戦うとは世界一迷惑な奴なのだ!
従って、映司は女医を病院の外まで引きずり出し、そこで倒すことにしたのは当然の判断と言えただろう。
病院の裏口側には殆ど人間が居なかったため、大騒ぎにはならずに済みそうなのは、幸運だったと言うべきか。


「ニ゛ャアアアアッ!」
「おっと!」

成体へと移行したヤミーの姿は、映司の見立て通り、ネコ型であった。
猫科のグリードであるカザリのヤミーは、『親』を操って欲望を達成させるという特性を持っており、目の前のそいつはおそらくシャムネコだろう。
この手のヤミーは、まず宿主と分離させるのが意外に面倒臭いために、映司としては出来れば会いたくないタイプのヤミーだったりする。

もっとも、会いたいヤミーなど居る筈も無いのだが。
……蝙蝠のヤミーなんて、火野映司の知り合いには居ないのだ。

それはともかく。
チーターレッグによる連続キックがあれば楽に倒せるのだが、生憎チーターのコアは現在のところ3枚全てをカザリが所有している。
案の定、適当にダメージを与えることは出来たものの、シャムネコのヤミーは早々に撤退に移ってしまった。
そして、それを追いかけていたはずの映司は……

「あれ? ここどこだっけ?」

いつの間にか、『魔女の結界』の中に足を踏み入れてしまっていた。
クリームや注射器といった、お菓子と医療用具をモチーフにしたと思しきインテリアの目立つ、奇妙な空間が何時の間にか映司を包んでいたのだ。

おかしい。
映司はシャムネコヤミーを追っていたはずではなかったのか。
とはいえ、魔女を放置することも出来そうにない。

「……もしかして」
『ライオン トラ バッタ』

オーズが、頭を構成する部位を、ライオンへと代える。
このメダルの最大の特徴は強烈な光を放つことによる目潰し攻撃なのだが……それ以外にも便利な機能が付いているのだ。

『シャアアッ!』

それは、超越聴覚である。
空間的に分断されている関係上、結界の外の音は聞こえないが、結界内部の閉鎖された空間ならば音の反響も影響して、より高い効用を得ることが出来る。
人間を遥かに超える感知能力を持つオーズの頭部機能の中でも最も優れた聴覚を持つライオンの耳が……結界の奥で何者かと戦うシャムネコヤミーの声を、聞きつけた。

「ヤミーが逃げ込んだ先に、『たまたま』魔女の結界があった……の、かなぁ?」

自分でそう呟きながらも、何かが変だと映司は感じ取っていた。
ひょっとすると、映司の知らないところでメダルと魔法は呼び合う因果でもあるのかもしれない。
だが、何となく映司は、気味の悪い感覚を抱いている。
まるで、自分の行動を見透かした何者かが、悪意を以って罠を仕掛けていたかのようだ、と。

後ろを振り返ってみるものの、そこに人影は無い。


道は、先にしか存在しない……



・今回のNG大賞
「恭介ー! リハビリ頑張っ……お取り込み中!?」

なんと、上条恭介は汗を吸った病院着を換えている最中だった!

「さやか……そんなに鼻血を出して、どうしたんだい?」
「い、いやぁ、友達にストロー突っ込まれた傷が開いちゃってさぁ……」
「さやかが本当の事を言ってるって、思えないよ……」

奇跡も魔法も、あるらしい。


・公開プロットシリーズNo.35
→気付いたら後藤さんがイケメンになっていた。嫌いじゃないわっ!



[29586] 第三十六話:戦略的敗走
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/02 09:02
看護師さんから上条恭介への面会の許可を貰い、病室の扉を開ける……直前だった。

「あれ? さやかちゃんの指輪、光ってる?」
「え、えええ……何でこんな時に……」

扉を開けようとしたさやかの手に光る指輪の存在に、まどかが気付いて突っ込みを入れてしまったのだ。
かなり短い間隔で輝くそれは……魔女が付近に居ることを感知しているサインに他ならない。

「道理で何だか事が上手く運び過ぎてると思ってたよ……!」

やっぱり神も仏も居ないんだ。
ましてや、パーフェクトやハーモニーなんて、絶対あるわけないっ!
というか、美樹さやかに都合のよい運命の悪戯など、そうそう起こるものではない。

「ちょっとトイレ行ってくる! 長めの奴!」

その言い訳は、女の子が廊下で叫ぶのに使うモノとしては、どうなんだろうか。
滝のように涙を流しながら前世紀の少女漫画のような顔をして走り去るさやかを、まどかはリアクションに困りつつ見送ったのだった。


「それで、アンクちゃん。ヤミーは?」

邪魔な(失敬)美樹さやかが居なければ、まどかも安心してカバンの中のアンクと会話が出来るというものである。
もちろん、鹿目まどかが美樹さやかのことを友人であると思っているのも事実ではあるのだが。

「見失った……というか、何か遮蔽空間に入った感じだ。例えば魔女の結界とか、な」

切り替えの早い奴だと心の中で呟きながらも、アンクは自身の感じ取っている情報を的確に表現してみる。
先ほどまで捕捉していたはずのヤミーの気配がぱったりと途切れてしまった件に関して考えてみた結果、ありそうな推測がそれだったのだ。
普通はあまり有り得無い状況だが、美樹さやかが魔女を感知しているらしい現状から推し測れば、むしろ第一候補でさえあるだろう。

「それって……もしかして、さやかちゃんが2対1で戦うことになるかもしれないってこと!?」
「いや、それは無いだろうなァ」

友達思いなのは結構なことだが、アンクにはヤミーと魔女が共闘している絵面を想像することが出来なかった。
実はアンクは魔女というものを一度も見たことが無かったりするわけだが、先日出会ったヒゲタマゴと同じようなものだろうと想像している。
会ってみた感触としては、知能はヤミーと大差が無いように思われたのだ。
つまり、

「ヤミーってのは一部を除いてオツムは飾りだ。創生者であるグリード以外と協力することなんて、まず無い」

良くて無視、場合に依っちゃあ魔女と殺し合うだろうな、とアンクは冷静な見解を打ち出す。
正直に言って、魔女というイレギュラーが出張って来た時点で不確定要素としては強力すぎる。
そのため、セルメダルを得られる可能性が目算できないということを悟ってしまったが故の、冷めた見方だった。
ちなみに、頭が飾りで無いヤミーは、主にウヴァさんの虫系個体である。

尚、むしろウヴァさん本体の頭の方が飾りだなどというフザけた事を一瞬でも考えた不届き者は、ウヴァさんに虫けら呼ばわりされてしまえ。

「ええと……ごめん、どういうこと?」

鹿目まどかは、持っている情報の整理が追い付かないらしく、アンクの言った事から導き出される結論に辿り着けていないようだ。

「つまり、人並みの頭を持ってる奴なら、下手にヤミーや魔女を刺激しないで、そいつらが共倒れになるまで待つ選択肢を取れるってことだ」

つまり、踏み込んで行った魔法少女の身に降りかかる危険は限りなく少ない。
そう、アンクは言ったつもりだった。

「っていう事は……さやかちゃんが危ないっ!」

美樹さやかの人物評価が、非常に良く分かる反応である。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十六話:戦略的敗走

Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
バッタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×3
ゴリラ×2
ゾウ×2



「ニャアアアッ!」

……えっ?
映司は、目の前で繰り広げられる予想外の展開に、思わず目をこすっていた。
当然変身後なので、かなりシュールな仕草である。
トラクローがライオンヘッドのたてがみに擦れて、えらく鬱陶しい。

「ヤミーと、魔女……?」

可愛らしい縫い包みのような外見の魔女が……シャムネコヤミーに、襲われていた。
場所は結界の最奥部と思しき場所であるため、シャムネコヤミーが戦っている相手は魔女だろう、と映司は推測している。
というのも、映司も魔女という存在を見たことが無かったため、断定することが出来ないのだ。

まるで、縫い包みをボロボロに弄り倒す家猫を思わせる動作で、ヤミーが魔女を八つ裂きにしていた。
というか、あの魔女は無抵抗のようだが、ひょっとして無害なタイプなんじゃなかろうか?
そんな魔女が居るかどうかは映司は知らないが、居ても不思議ではない、とは思う。

「おーい……? その辺でやめとけって」
「ッシャアアアア!!」

注意したら、引っかかれた。
理不尽にも程がある。
そして、ボロボロのまま倒れて動かない魔女は……死んでしまったのだろうか?

ケーキで出来た床の上でシャムネコヤミーと追いかけっこをしながら、そんなことを映司は考える。
それとは別に、どうやってネコ型ヤミーに内蔵された人間を引き剥がすか思案を巡らせている辺り、案外ドライな奴なのかもしれないが。
そんな時だった。

シャムネコヤミーの背後に突如として現れた『そいつ』の存在に気付いたのは。

「ちょっ、ねぇっ、後ろ! 後ろっ!」

映司が焦りながらヤミーの後ろ側を指差し、ヤミーは思わずその方向へと振り返ってしまう。
そこに居たのは、全く新しい異形だった。
黒い身体と白い顔を持った、コイノボリのような形状の不思議な生き物が浮かび上がり……シャムネコヤミーを頭から丸齧りにしようとしていたのだ。

「ニ゛ャッ……!」
「危ないっ!」

回避が間に合わないと感じて身構えたヤミーを……オーズが、押し倒してその身を救う。
正確には、ヤミーを助けたというよりはヤミーの中に囚われた親の命を救ったのだが、それはさておき。

ケーキの床に顔を突っ込んで、池の藻に群がる小魚のように胴体をくねくねとうねらせたそいつは……よく見れば、尾部に先ほどの魔女らしきモノが張り付いている。
もっとも、その体躯は小魚などという可愛らしいものではなく、クジラに匹敵するほどなのだから色々とトンデモだった。
もしオーズの動きが少しでも遅ければ、シャムネコヤミーは中の人間ごと頭を噛みちぎられていたかもしれない。
オーズの足メダルが瞬発力に優れたバッタでなければ、危なかったはずだ。

「魔女が、変わった……? うおっ!?」

押し倒されていたシャムネコヤミーから引っ掻き攻撃を食らい、ケーキの舞台をゴロゴロと転がってしまうオーズ。
どうやら、オーズと協力して先に厄介な魔女を倒そうという発想は、このヤミーには無いらしい。

「三つ巴だけど……俺だけ勝利条件厳しすぎでしょ」

オーズの他の二者の勝利条件は、他の参加者を絶命させることに尽きるのだろう。
だが、映司としてはシャムネコヤミーの中に囚われた女医を生還させたいのだ。
つまり、シャムネコヤミーが魔女に食われるなど、もってのほかである。

自身の持つ7種類のコアメダルを考え、作戦を立てる。
選んだ結論は……

『ライオン ゴリラ バッタ』

腕部分を担当するメダルを、トラからゴリラへと手早く代え、スキャナーに読み込ませた。
映司の持つ腕部メダルはその二種類しか無いため、その中でパワー重視のゴリラを選択したのだ。

そして、襲い来る海苔巻きのような魔女に向かい合い、

『スキャニングチャージ』

再びベルトの3枚のメダルをスキャナーに通し、各部位の特殊能力を強化させるコマンドとして使用する。

「おおおっ!」

ライオンヘッドから発せられる眩い光が一瞬だけ魔女の目を眩ませ、噛みつき攻撃の狙いを甘くさせた。
その隙を突いてバッタレッグの脚力を全開まで引き出しつつ、接近した魔女の頭部の下、顎部を真下からカチあげる。

「ハァッ!」

踏み込み足が膝までケーキの床に埋まるほどの威力を以て打ち上げられた魔女に、映司は迷わずに狙いを定めた。
そして、空中で姿勢を崩している魔女に狙いを定め、ゴリラアームの両腕に装備されている巨腕型装甲を……2発同時に発射する。
いわゆるロケットパンチと呼ばれる伝統的な戦法である。

「セイヤァッ!」

ゴリラの剛腕が魔女の黒い身体を撃ち砕き、胴体から真っ二つになった魔女は、今度こそ絶命した……かに、見えた。

「これは、反則でしょ……」

胴から離れた頭部の口から、魔女が新たな胴体と頭を吐きだして、脱皮のようにその身体を一新させるまでは。
雄たけびを上げる魔女に爪攻撃を仕掛けているシャムネコヤミーの行動にも、成果があるようには見えない。
両腕に復活する巨腕手甲を確認しつつ、必死に思考を巡らせる。

『サイ ゴリラ バッタ』

上方からの噛みつき攻撃を警戒して頭部メダルを防御力の高いサイに代えている映司は、実はまだ手詰まりという訳ではない。
メダジャリバーによる空間斬撃という奥の手は、シャムネコヤミーの中の女医の安全を確保した後なら魔女に対して試してみる価値はある。
射線上に不意に飛び込んで来られると困るので、女医を救出するまでは使いたくないが。

さらに映司の頭の中には、更にもう一つの手段が思い浮かんでいるのだが……それを使う決心は、今一つ付けられなかった。
おそらく、灰色のメダル三枚でコンボを成立させれば、歩行者天国のガタキリバや灼熱地獄のラトラーターのようなとんでもない能力を発揮できるに違いない。
コンボは恐ろしく体力を削るので使用には慎重にならざるを得ないが、もしこの場に居る人間が映司一人だったならば、躊躇い無く灰色のコンボを使っていたはずである。

だがしかし、この場にはもう一人、ヤミーの内部に囚われた人間が存在するのだ。
再生能力の穴を見せていない魔女をよしんば倒すことが出来たとしても、その後にも問題は続く。
新たなコンボは、その女医を死なせずに助けられるような、器用で手加減の効く能力を持っているのだろうか?
そのコンボを使った後で亜種形態に戻ったとして、ヤミーの親を救出するだけの体力が残るのか?

ここに、現時点における火野映司という人間の限界が、現れていた。
状況に合わせたメダル選択の経験が圧倒的に足りないオーズの、単騎戦力としての限界が、最悪の形で露呈することとなったのだ。
映司は、迷う。
自身以外の命が掛ってるが、故に。


だからこそ、気付かなかった。
その場を訪れた……四番目の役者の、存在に。
変化は、突然に現れる。

嵐のような熱線が吹き荒れ、魔女もヤミーもオーズも平等に、薙ぎ払ったのだ。

「こういうゴチャゴチャした戦いは嫌いなんだよね」

灼熱の嵐を生みだし終えた腕を頭の後ろに組んで、倒れる三人を見下すように眺めているグリードの姿が、そこには確かにあった。
黄色のメダルのグリード、カザリ……その人である。
そして、オーズの変身が解けて散らばってしまった『サイ』『ゴリラ』『バッタ』のメダルを拾い上げながら、カザリが向き合った相手は……魔女だった。

グリードの天敵であるオーズの変身者でもなく、グリードの手下であるヤミーでもなく、魔女に。

「何を……?」
「気になってたんだ。魔女ってヤツは、素晴らしいヤミーの親になれるんじゃないか、ってさ」

カザリに食いかかろうと襲い来る黒い魔女を、カザリはまるで殺虫スプレーでも噴射するように熱線であしらう。
もちろん、正面から熱線を喰らわせるだけでは細長い魔女の顔にしかダメージが入らない。
そのため、俊敏に足を動かして微妙に角度を変えて逸らすという謎の技術を使ったりしているので、魔女がカザリに決定打を与える時は来ないだろうと、映司には思えた。

「その欲望……解放しろ」

魔女の額にメダルの投入口を出現させたカザリが、セルメダルを投げ込む。
瞬間、

「何も、起こらない……?」

魔女は何食わぬ顔で突進攻撃を敢行して来た。
カザリが思わず呟いてしまった言葉通り、まさに『何も変化が無かった』ようにしか見えない。
おかしいなぁ、と呟きながら二枚三枚とセルメダルを投入してみるカザリだが……やがて、無駄を悟ったらしい。

「仕方ない。今日は引き上げよう。折角育てたヤミーを魔女なんかに喰われてもつまらないし、ね」

この魔女が病院に棲み付いているならば、いつまたシャムネコヤミーが結界に迷い込むか分かったものではない。
手招きをするカザリの元へとシャムネコのヤミーが駆け寄り、その脚元でセルメダルの山となって姿を消す。
その親となった女医も気を失ったまま倒れているが、カザリは見向きもしない。
そして、セルメダルを吸収したカザリは……グリードの中で最速の脚を使い、颯爽と魔女の結界から去って行ったのだった。

空間の中に残されたのは、居なくなった敵の姿を求めて右へ左へと視線を走らせる魔女と、二人の人間だけ。
映司としては、この状況は願ったり叶ったりである。
魔女がカザリを探している間に、お菓子で出来た舞台の端まで女医を担ぎ込んで一応の安全を得ながら、隠れて状況を窺う。
何度も繰り返された上方からの噛み付き攻撃によって無数の穴が生まれていたことが、身を隠す者への幸運となった。

やはりコンボを使おうかという発想は残っていたが……それで倒し切れなかった場合の事を考えれば、まずは女医を担いで結界を脱出した方が良いかもしれない。
もし相手がヤミーだったなら、最悪でも女医から敵を引き離しつつ戦う事は出来るだろうから、コンボを試してみるのもアリだっただろう。
だがしかし、魔女の結界というアウェーのコロシアムから魔女を引き剥がすことが出来るとは思えない。

「変身」
『クワガタ トラ ゾウ』

メダジャリバーを使ってみるという手もやはり考えられたが、魔女がこちらの居場所を見失っているという状況を活かして、まずは女医の安全を確保してから考えた方が良さそうである。
思い立った映司は、クワガタの視野で周囲を警戒しつつ2本の角に女医の服の端を引っ掛け、トラの爪で素早く壁をよじ登り、地面の振動に敏感なゾウの脚を動かして、結界を後にしたのだった……



・今回のNG大賞
「ヤミーってのは一部を除いてオツムはカザリだ」

The・誤変換。
そんな仮面ライダーオーズは絶対に一年間じゃ終わらない(断言)

・公開プロットシリーズNo.36
→結果論的にはサゴーゾインパクトを打ち込めれば勝てた気はするけど、床がケーキな空間でそもそもあの技が使えるのかどうかが謎。



[29586] 第三十七話:颯爽退場洋菓子城
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/05 12:15
『もしもし、こちらマギブルー! 魔女が出たから病院まで来てください!』

貴女は戦隊の二番手か何かなの?
夕方の魔女探索までの時間を学業の復習に使っていた巴マミに、突然かかって来た念話の内容が、それだった。
当然、この町を守る魔法少女である巴マミとしては、行かないという選択肢は存在しないのだが……何だか物寂しさを感じるのもまた確かなわけで。

「トーリさんは……何処に居るのかしら」

呟いてみるものの、やはりそこには臆病な後輩の姿は無い。
マミがアンクを殺したことが発覚した日から、あの頼りない魔法少女はクスクシエの屋根裏部屋を訪れていないのだ。

「また、怖がらせちゃった、みたいね」

――マミさんっ! 嘘ですよね? 嘘だって言って下さいよ、ねえ!

魔法少女を続けている以上、必ず何処かで会うことになるだろうが、巴マミはその時に一体どんな顔を彼女に見せれば良いのだろう。
そんな思考を先送りにしつつ、脚は動かし、民家の屋根を飛ぶように跳ねて病院まで一直線に駆ける。
幸いにして大して遠くも無い病院には、巴マミが思考のドツボに嵌る前に辿り着けるだろう……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十七話:颯爽退場洋菓子城



魔女の迷路というものは、一本道では無いことがある。
そのため、進行する者と撤退する者が出会わずにすれ違ってしまうことは珍しいことではない。
だがしかし……結界に入る前の段階においては、そうはいかないのだ。

特に、結界の入り口にまさに侵入しようとしている一般人の後ろ姿を見れば、巴マミが引き止めないはずも無かった。

「待って。その中は危険よ?」

後ろから声を掛けられた女の子の背中が、まるで死神か悪魔にでも出会ったかのように、上下に揺れる。
それこそ『ビクッ!』とか『ビクン!』とか聞こえてきそうなぐらいに。

「貴女は……」
「ひっ!?」

そして、恐る恐る振り返って巴マミの方にゆっくりと視線を向けた女の子の顔に、マミは見覚えがあった。
確か、マミがアンクを殺すのを、邪魔しようとした子だったはずだ。
見たところ、魔女の口づけを受けている様子では無いのだが、彼女は何故魔女の結界に脚を踏み入れようとしていたのだろうか?
魔法の力を持っているのなら、アンクを助ける時に使っていたはずだ。

「あ……えっと……」

その脚は震えていて、巴マミが怯えられているというのが、一目のもとに把握できる。
何故この子と再び会ってしまったのかと一瞬だけ考えたマミだが、よく考えれば前回もこの病院で会っている。
つまり、何かしらの理由で病院に通っている子なのだろう。

「ごめんなさい、ね。怖がらせるつもりは無かったのだけれど」

壁を背にじりじりと後退している背の低い女の子は、今にも泣きだしそうなほど、瞳が揺れていた。
アンクと一緒にマスケットを向けられた恐怖を考えれば、すぐには悪印象を消し去るのは難しいかもしれない。

「でも、その中はもっと怖いもので一杯なの。絶対に足を踏み入れちゃダメよ」

女の子に一通りの注意を促し、巴マミは結界の中へと姿を消していったのだった。


「……どうしよう?」
「あの黄色いガキが居るなら、大丈夫だろ」

アンクとて、自分の命は惜しい。
巴マミに再殺される危険を冒してまで、魔女の結界の中のセルメダルを拾いに行くことは出来ない。
それは、火中の栗などという表現が生温いと思えるほど、危険過ぎる行為だからだ。
ライジングでアルティメットな拳を生身で受けるという愚行に並ぶぐらい危険かもしれない。


「うーん……それもそう、かも」

もう全部あいつ一人で良いんじゃないかな。
……とまでは思っていないだろうが、美樹さやかが一人でヤミーと魔女を相手取る状況に比べれば、遥かにマシであることは疑う余地が無い。
それに、なんと言うべきか、賢い人間特有のオーラというか余裕というか、そんなものが巴マミには見られるように思えたのだ。
美樹さやかとは比べるのも失礼なその素質は、さやかの援軍のためのものとしては十分すぎる能力であることは疑う余地が無い。

「とりあえず、上条君の面会時間を確保しておこうかな」

鹿目まどかが立ち去って少しののち、猫科のグリードが結界から脱出し、更にその十数分後に女医を担いだ仮面ライダーが姿を現したのだが……どうやら彼らは、遅れて入って行った魔法少女たちと会わずに出て来てしまったらしい。
そして、映司が女医を近くの窓を探して病室のベッドへと放りこんだ矢先に……魔女の結界が歪み、その中から二人の魔法少女が姿を現す。

「以外にあっけなかったわね」
「やっぱりマミさんは一流だなぁ!」

結界の入り口が消滅し、二人の魔法少女が魔女をあっさりと倒してしまった事が、会話からは窺えた。
おそらく、結界が失われたことによって復路の時間が短縮されたために、出てくるのがこんなにも早かったのだろう。
少しの間だけ物陰から彼女たちの様子を窺っていた映司だったが……結局、魔法少女たちに声をかけることも無く、静かに姿を消したのだった。

尚、包帯男のまま病院に放置された後藤さんがベンダー隊の部下に助けてもらったことは、全くの余談である……




映司が寝床にしている夢見公園に辿り着いたとき、日は既に傾いていた。
そして、その場所で映司を待ち受ける、メダルの怪人が一匹。
つい何日か前まで腕怪人が居た場所にいつの間にか居座っている、蝙蝠のヤミーが映司を出迎えてくれた。

「映司さん、遅かったですね」
「うん、色々あってね」

映司の返事に、キレが無い。
トーリは何となく、そんな気がした。

「ヤミーが魔女の結界に迷い込んじゃってさ。だいぶ苦労したよ。あれってよくあることなのかな?」
「ワタシは見たこと無いです」

自分自身がヤミーです、などとは口が裂けても言えない。

「トーリちゃん。ずっと聞こうと思ってたんだけど、魔女って何なの?」
「……質問の意味がよく分からないです」

魔法少女が希望を振り撒いて、魔女が絶望を振り撒く。
巴マミは確か、そう説明した筈だ。
だが、そんな概念的な説明では、実際に対処する側にはあまり役に立たないというのも確かではある。

「魔女はどうやって生まれるのか。もっと言うと、誰かが任意の場所に魔女を出現させることは可能か、ってこと」

映司は、今日の出来事に気味の悪さを感じ取っていた。
偶然にしては出来過ぎている、と思ってしまうのだ。
あの魔女の再生脱皮の能力にしても、一歩間違えば頭を丸齧りにされるという初見殺し専門のような印象を映司に与えていた。
まるで、ネズミを追っていたネコを、纏めてネズミ捕りで始末してしまうような悪辣な意思を思わせるシステムである。
むしろ今回は、追われている側もネコだったのだが。

「誰かが、ヤミーが居る場所を狙って魔女を出現させた……ってことですか?」
「うん。カザリっていうグリードは魔女が出てきた事が想定外だったみたいだから、逆は無いと思うんだ」

魔女にセルメダルを投入してヤミーを作ろうと試みていたのも気になるが、それならば焦ってシャムネコヤミーを回収するのも奇妙な気はする。
おそらく、カザリもあの場に魔女が出現することなど想像出来ていなかったのだろう。

「とにかく、ヤミーと戦っていたと思ったら魔女の結界の中に居た……みたいなことが、今後起こってくるかもしれない」
「それは……ワタシなんか、絶対単独行動しちゃダメですね」

ヤミー一匹でさえまともに倒せないというのに、魔女とヤミーを相手取ってしまった時のことなど、考えたくも無い。
しかも、今回はグリードまで駆け付けてくれたそうなので、最悪も最悪である。

「ところで、トーリちゃんはこの先ずっとこの公園に住むわけじゃないでしょ? マミちゃんも寂しがってるだろうし、クスクシエに帰ってあげなよ」
「なんだかマミさんを悪者扱いしちゃったみたいで、帰り辛いんです」

――何で私が悪者みたいに言われなくちゃいけないのよ!

何となく、どんな顔をして巴マミに会ったら良いのか分からない。
さらに言うと、ウヴァさんの復活の見込みが立たない現状において、積極的にヤミーや魔女を倒すだけの動機がトーリには欠けていたりする。

「会いたくないなら無理にとは言わないよ。でも、気が付いたら手が届かなくて後悔した……なんてことにはならないように、ね」
「アンクさんの事はワタシも残念だと思って……」

……と、そこまで口に出して、気付いてしまった。
ウヴァを復活させる手段を知る唯一の存在であったアンクが死んだのだという事を思い直したところ、トーリの頭には次の策が浮かび上がって来たのだ。
グリードを復活させる方法があるという事は、アンクを復活させる方法もあるということである。
もっとも、ウヴァの復活の手段を知った時点でトーリがアンクを復活させる理由は無くなってしまうが……アンクを生き返らせることを望む人間が、居るかもしれない。

「……そういえば、グリードは復活する方法があるって、アンクさんが言っていたような?」
「え、それ、本当?」

映司の目の色が変わった……ような、気がした。
まさに、トーリの狙い通りである。

「はい。確か、必須条件として同色のコアが3種5枚だったはずです」
「今所在が分かってるのは……タカが2枚、だけか」

尚、映司はタカメダル2枚を握り込んでいるのは巴マミだと誤解しているため、実は一枚分しか現在の状況を把握できていなかったりするのだが。

「それだけでは復活しないはずですが、もしアンクさんを生き返らせる方法が見つかったらワタシにも教えてほしいです。もちろんワタシも調べますよ」

メダルがただ集まっているだけではグリードは復活しない。
それが出来るのなら、映司の現在所持している5枚の灰色コアからガメルが復活してくるはずだからである。
……その程度の事は、映司とて説明されなくとも分かっている。

「そういえば、行方不明のコアって何処にあるんでしょうか?」

アンクのコアが2枚しか見つかっていないという発言を聞いて、思い出した疑問を率直に吐き出すトーリ。
ウヴァのコアも何枚か行方不明のはずなので、むしろそちらが本命なのだが。
そして、トーリに加えて映司もグリード蘇生術を探してくれるのならば、有難い事この上無い。

「心当たりはあるよ」

アンクさんも、大体の目星はついているって言っていたような?
ひょっとして同じ目的語を取っているんでしょうか。

「ちょっと鴻上さんの所に行ってみる。付いて来る?」

鴻上さんというと、メダルシステムを提供する代わりに映司の獲得するセルメダルの40%を要求してくる会長さんである。
……もしかして、効率的なメダル収集のためにトーリ銀行が襲撃される危険があるのだろうか?
その鴻上財団の本拠地に乗り込むとなれば、トーリの身が危険に晒される可能性が無いとは言えない。

「その鴻上さんって、危ない人じゃないですよね?」
「よく分からない人だけど、大丈夫でしょ。いざとなったら俺が守るよ?」

映司の言葉は……信用できるかもしれない。
それでも、不安はやはり残る。

トーリの下した決断は……

「映司さんが守ってくれるなら……会ってみたいです」



・今回のNG大賞

「それでね、さやかちゃんったら『男っていう生き物は定期的に謎の白い液体を生産するんだ』なんて、突然言い出すんだよ」
「さやかェ……いや、さやからしい、のかなぁ?」

とりあえず上条君の病室に先にお邪魔した鹿目まどか。

「流石に私だって、そのぐらいウソだって分かるのに」
「えっ……もしかして、理解できてないの?」

驚いて見せる上条恭介の様子から、まどかは先ほどのさやかの言葉が妄言で無かったことを悟る!

「……ひょっとして、『謎の白い液体』って何か意味があるの? ねぇ、教えて! お願い!」
「そ、それは……」

もしかしてさやかは僕を虐めているのかい!?
それを思春期男子から女子に対して説明させるなんて、あんまりだよ!
美樹さやかから間接的なセクハラを受けているんじゃないかと、上条恭介は割と本気で疑いたくなったらしい。

・公開プロットシリーズNo.37
→ここからオリ主の逆転劇が……始まるとは思えない(何



[29586] 第三十八話:口は万災のモト
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/05 12:22
「鴻上さん、赤いコアメダルって持ってませんか?」
「まさか君がコアを求めるとはね! 新しい火野映司君の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!」

初対面のトーリをそっちのけに、コレである。
何時の日か巴マミの元住居でディスプレイ越しに会ったような気もするが。

「あいつが居ないと俺もメダルに関する情報不足で辛いので、出来れば復活させたいんです」
「残念だが、現在渡せる赤いコアは無いんだよ! ドクター真木の要請に応えて送ってしまったばかりだッ!」

ドクター真木?
聞き覚えの無い名前に、顔を見合わせる映司とトーリ。
そんな二人を前に、鴻上会長はケーキを作り続ける。

「メダルシステムの開発者だ! 実験のためのコアは惜しむべきではないと思ってねッ!」
「へぇ、カンドロイドやライドベンダーを作った人ですか」

トーリにぶら下がって空の旅を楽しんで来た映司だが、もしトーリが居なければライドベンダーで走って来ていたはずだ。
そして、メダルシステムの恩恵を思い出しつつ期待に胸を躍らせる映司をよそに、トーリが気付いたのは別の事だった。

「セルメダルを消費するシステムの実験に、コアメダルが必要なんですか……?」
「トーリ君と言ったねッ! 君の『知りたい』という欲望……実に素晴らしいッ!」

ケーキに盛り付けるクリームの泡を飛び散らせながら、トーリを指差す鴻上会長。
この人は、常時このテンションを保っていて、疲れないのだろうか。

「カンドロイドのモチーフを思い出してみたまえ!」
「バッタとタカですね」
「タコも居るし、あと最近ウナギが出来たんでしたっけ」

それぞれ、色とりどりのカンドロイドを思い浮かべてみる二人。
トラカンドロイドは、まだこの二人の面前に現れたことが無いだけだ!
決して、作者がトラを貶めているなどという言いがかりはやめて欲しいものである。

「メダルシステムは、コアメダルの仕組みを解析して作られている! おそらく、ドクター真木の元に送ったメダルと同じクジャクのカンドロイドが生まれるはずだよッ!」

尚、公式設定において、トラカンは『トラ』ではなく『ライオン』のメダルを解析して作られたものである。
……作者に悪意なんて、あるわけない。
あるとしたらそれは、テレ朝公式サイトの管理スタッフの中に、作者とそっくりな奴が居るだけさ!(キリッ)

「……ということは、タカやバッタのコアを会長さんは持っているんですか?」

トーリ的に、タカは別にどうでも良い。
重要なのは、ウヴァさんのバッタである。
オーズにタカメダルを使われたら即死だという意味では、タカを確保しておいても損では無いかもしれないが。

「我々がそのデータを収集したのは、グリードが復活する前だ。それらは、復活したグリードの一部となってしまったよ!」

……本当だろうか?
今までクジャクのメダルを隠し持っていたと明言している人物の発言としては、疑わし過ぎる。
だがしかし、鴻上会長の口を割らせる手段も思いつかない。

「クジャクのコアが欲しければ、ドクター真木を説得してみたまえ!」

そう言いながら、完成したケーキを映司とトーリに見せつける鴻上会長。
その上には、チョコレートによるデコレーションで、真木博士の研究所への簡易地図が描かれていた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十八話:口は万災のモト



既に日は沈んでいたが……ケーキの寿命があまり長く無いだろうと判断した二人は、歩を進めることにした。
もちろん足を使った表現は飽く迄比喩であり、トーリが映司をぶら下げて飛びましたとさ。
なんせ、冷蔵庫という文明の利器を持たない二人にとって、ケーキとは割と足の速い食べ物なのであるからして

「博士さんって、どんな人なんでしょうかね?」

何気なく、トーリが疑問を投げかける。
その口ぶりは、不思議と先ほどよりも少しだけ軽くなっていた。
ただし、鴻上会長から真木博士へのプレゼントと称されるものをケーキとは別に持たされたので、実重量としてはむしろ重くなっているのだが。
この中身が一体何なのかと、トーリは気になって仕方が無かったりする。

「遊び心満載な人でしょ。動物が大好きなんじゃないかな」

トーリが真面目な人物考察を映司に求めているので無いことぐらい、映司には分かっていた。
なので、カンドロイドの開発者という者に対するイメージを捻らずに口に出して、トーリに返してみる。

「トーリちゃんはどう思う?」
「魔法少女を使った人体実験を考える危険人物で無ければ、嬉しいですねぇ」

現在進行形でカザリから『器』の実験体として扱われているトーリとしては、身体を調べられるのは一発死亡ルート確定である。
もちろん、器の件が無くても身体がセルメダルで構築されている時点で、調べられてはいけないのだが。
そう考えると、巴マミの持っているタカメダルも、何かの間違いで火野映司に渡るぐらいならトーリが握り込んでおいた方が安心かもしれない。
というか、手段があるのならばいっそのこと割ってしまうのも手だろうか。

「あと、メダジャリバーのモチーフになったコアって何なんだろう?」
「そういえば、思い当たりませんね」

踏破済みの場所に該当する部分のケーキを口に運びながら、映司も素朴な疑問を口に出してみる。
歩きながら食べるのがマナー違反なら、飛びながら食べるのってアリなのかな? なんてどうでも良いことを考えながら。

「それを言ったらライドベンダーもですよね。それと、私もケーキ欲しいです」
「その辺りも真木博士に聞いてみようか。はい、あーん」
「んぐ」

何だか男女間で行われると特別な意味がありそうな動作だが……特に気にする様子も無く、映司から差し出されたケーキのピースを頬張るトーリ。
別に映司も恋愛沙汰的な意図を以って行ったわけではなく、トーリもその辺りの観念にはやや疎い所があるのかもしれない。
強いて言うなら、仲の良い兄妹という珍しい人種が、今のトーリと映司の間を流れて行く空気に近いものを持っているのだろう。

頭の中を打算的な考えで一杯にしつつ、今回は特に妨害も無く、二人は無事に真木博士の研究所へと辿り着くことが出来たのだった。



「火野映司君にトーリ君ですね。話は会長から聞いています」
「「初めまして」」

二人が夜分遅くに尋ねてきたにもかかわらず、嫌な顔一つせずに出迎えてくれるドクター真木。
もっとも、その顔はトーリと映司にではなく、真木博士の左肩に載せられた不気味な人形へと向けられているのだが。
真木博士の目の下の黒くて輝きの無い部分が……彼の睡眠時間が足りていないことを読み取らせる。

「まさか、あの人形が本体だったりするんじゃないですか……?」
「流石にそれは無い、でしょ……?」

鴻上財団のメダルシステム開発主任がメダルの怪人だなんて、まさかそんな事が……案外ありそうだから困る。
あの会長なら、素晴らしいッ! の一言だけであっさり採用してしまいそうだ。
初っ端から『キヨちゃん』の初見殺しの魅力に捕らわれた二人であった。

「博士さん。これは、会長さんからのプレゼントだそうですよ」

トーリが足元に置いていた段ボール箱に目を落としながら、トーリが会長から承った任務を遂行しようとしていたりして。
両腕でようやく抱えられるサイズのその段ボール箱は、何やらずっしりとした重みを感じさせるものであった。

「そういえば……そんなものもありましたね」

今思い返せば、昼間に会長が、ケーキとプレゼントを送ると言っていたはずだ。
あの会長がケーキをこのような無骨な箱に入れることは考え辛いので、おそらくプレゼントの方だろう。
しかし、ケーキの方は何処に行ったのだろう……と考え始めて、直ぐに気付いた。
真木清人の頭脳を以てすれば、容易に推測は立つ。
おそらく、会長がケーキの存在理由を言わなかったために、この二人が食べてしまったのだろう。
まぁ、真木としては物事の生誕には大して興味が無いので別に構わないが。

そして、トーリがちらちらと段ボール箱に視線を向けていることにも、当然気付いている。

「中身が気になるのなら……開けてみても構いませんよ」
「……それでは、遠慮なく」

これだけ重いのだからメダルが入っていてもおかしくない、という期待に胸を膨らませて、トーリはその封を切ってみる。
真木博士への贈り物なのだから横領は出来ないと思いつつも、中に緑のメダルがあったらどうしよう、ぐらいには思っているのだ。

満を持して段ボール箱の中から姿を現したものは……

「……瓶?」

黒くて半透明な、瓶だった。
高さ20センチメートル程度の瓶が、大量に収められていたのだ。
缶ではなく、瓶である。
ガラスで出来た容器に水分が保管されていれば、それが重いのは納得ではあるが……トーリとしては残念な感は否めなかった。

「これは……」

そして、その内容物に真っ先に反応した人物は……今まで傍観していた火野映司だったりして。
黄色いラベルの張られた黒い瓶をおもむろに一本取り出して、しげしげと眺めている火野映司の様子を見れば、トーリの期待も若干盛り返してくるというものである。

「映司さん、それが何だか知ってるんですか?」
「ああ……昔放映してたヒーロー番組に出てたな、って思い出して、懐かしくなってね」

それは、親子で宣言キャンペーン、と謳われていた例の栄養ドリンクに違いない。
何処かの仮面ライダーはその栄養ドリンクの万引きを疑われ、また別の仮面ライダーはそれに良く似た『変身一発』という飲み物を飲んで戦ったことで知られる、『例のアレ』である。


ここで、とある平衡世界の話をしよう。
某日本の秋田県に住んでいた渡部秀という青年は、日曜の朝に放映されている一連の番組をこよなく愛していた。
だが、この青年の恐ろしいところは……自身もヒーローの一員にならんと試みて身一つで上京し、無事にオーディションに受かってしまったという点だ。
そしてその青年は、オーディションに受かって一月以内には、絶対に次のような期待を持っていたはずである。
自分も先輩たちに倣ってあの栄養ドリンクを作品中で扱うなら、どんな形になるんだろう、と。

だがしかし……現実は非常だった。
大塚製薬が、彼が主演を務める番組に関して例年ほどの積極性を見せなかったのである。
結局、映像媒体でのタイアップは夢のままで終わってしまったのだった。


……つまりッ!
この火野映司の爽やかな笑顔ッ!
さり気なくラベルを見せる洗練された動きッ!
発明に疲れた真木博士に瓶を手渡す計算し尽くされたタイミングッ!
そのシーンの全てを、役者であり一人のライダーオタである渡部秀氏へ捧ぐッ!

これは即ちッ!
仮面ライダーオーズへのッ!
歴代の仮面ライダー達へのッ!
『尊敬』ッ!
『賞賛』ッ!
『敬意』ッ!
『感服』ッ!

圧倒的ッ!
圧倒的ッ、『オロナミンC』ィィッ!!



……という電波を、ガイアメモリとそっくりな音声で受信したトーリだったが、さらっと受け流しておいた。
そんなことはともかく。
映司から受け取った栄養ドリンクを飲んで少しばかり顔色が明るくなった真木博士は、ようやく本題に入ることが出来そうである。

「クジャクのメダルなら……もうすぐ『データ収集』も終わります。そうなれば特に用途も無いので、火野君に譲ることも吝かではありません」
「ありがとうございます」

真木博士の予想外にあっさりした答えに、素直に謝礼を述べる映司。
まぁ、この後に何か条件を付けられるのだろう、とは思っているが。

「その代わりに、新しいカンドロイドのテストをして頂けませんか?」
「はい。俺なんかで良ければ」

今度は何の動物をモチーフにしているのだろう、という火野映司の期待を背負い、出て来たカンドロイドは……黄色い身体をしていた。
真木博士が付近に備えてあったライドベンダーをバイク形態へと移行させ、どういう原理か幅1メートル程の大きさに巨大化した黄色いカンドロイドが、バイクの前輪を押しのけてその位置に収まる。
押しのけられた前輪は二つに分かれて後輪と並列に並び、一つの円筒の形状へと変化を遂げた。

これぞ、トラのカンドロイドとライドベンダーの融合体……トライドベンダーである。
まるで暴れるように跳ね回り始めたその様子は、何処か野性味を感じさせる。

「火野君、変身を」
『クワガタ トラ ゾウ』
「変身!」

即座に変身し、気ままに跳びまわるトライドベンダーに飛び乗る映司だが、

「うわっ、こいつ、全然言う事聞かない……っ!」

どうやら、かなりの暴れ馬らしい。
扱い方を覚えるには……大分時間がかかりそうだ。

「トライドベンダーは、ラトラーターのコンボを使えば制御が効くという機体コンセプトなのですが……やはりコンボ無しでは無理のようですね」

相変わらず腕元の人形に視線を注ぎながら、真木博士は時折顔を動かしてオーズとトライドベンダーを観察する。
そして、段々暇になって来た感のあるトーリ。

「博士さん。メダルシステムって、コアメダルの情報をもとに作られてるんですよね?」
「会長から聞きましたか。その通りです」

暇つぶしに真木博士に話題を振ってみるトーリは……一応、メダル関連の知識は持っておいて損では無いぐらいには思っているのだろう。

その頃、トライドベンダーから振り落とされたオーズは、冗談抜きで食い殺されそうになっていたりする。
トラクローとメダジャリバーをつっかえ棒にして何とか噛み付き攻撃を防ぐものの、相手の顎の力に執念染みた何かを感じるのは、何故だろう?

「メダジャリバーって、何のコアを元にしてるんですか?」
「過去にも一度クジャクを少々参考にしましたが……主に紫のメダルです」

目の前で繰り広げられる性能テストの様子から、ライドベンダーは黄色のメダルを元にしているのだろうと予測が付いてしまったトーリがぶつけてみた質問が、それだった。
そして、帰って来た答えは、予想の遥か外を行っている。
トーリが今までに聞いたことのあるメダルは『赤』『黄』『緑』『灰』『青』の5種だけであり、『紫』とは初耳である。

「紫の、コア……ですか?」
「ええ。完全な状態、10枚の形で残っているコアメダルが発見されましてね。現地から送られて来たデータは、効率的にセルメダルをエネルギーに変換するシステムの良い参考になりましたよ」

それは先日ヨーロッパで発見されたもので、近日中に会長が直々に日本まで移送する予定である、ということらしい。
そして、真木博士の台詞に、トーリはいつもの発想の転換を見せる。

「同種のコアが10枚って、危険じゃないんですか? グリードが復活しそうですけど」

ここで、真木博士がポロりとグリード復活の手段を口にしてくれれば、儲けものである。

一方のオーズは、跳びかかってくる機械の獣に対して、腰を落として相撲のような構えを取っていた。
そして、その頭をまるで礼司のように下げ……次の瞬間にはその強靭な角を使ってトライドベンダーを真下から投げ飛ばすという荒業を披露していたして。
その様子は……何処か、理不尽な人造昆虫アニメを思い出させる。

「10枚揃っている限りは、グリードは生まれません。そこから何枚かメダルを取り除いた時、その欠損を埋めたいという欲望が生まれ、グリードはその形を為すでしょう」
「ということは、映司さんが持っている灰色のメダル7枚から何枚か取り除いたら、ガメルさんは復活するんですか?」

実際には、現在の映司が持っている灰色のコアは5枚である。
トーリが、昼間にケーキの魔女の結界内部で起こったメダルの移動を知らないだけで。

「10枚の状態から取り除いた時の記述は古代の遺跡から発見されていますが、それ以外の復活方法は私は知りません」
「ですよねぇ……」

予想外の情報のデフレに、若干の期待を抱いたトーリだったが……ダメだったらしい。
一応、コアを10枚集めてそこから1枚ずつ除いて行けば復活出来るとは分かった。
だが、それはアンクが言っていた最低条件の5枚という数字と何か関係があるのだろうか?
……まさか、10枚集めてから5枚になるまで取り除くと復活するとか。
真木から得た情報は持っておくに越したことは無いが、正直に言って役に立つのかどうか判断に余る知識でもある。

そして、ようやくトーリと真木博士の会話が一段落着いた頃。
二人の視線の先には、ゾウレッグの激しい踏み鳴らしによって地割れを起こし、そこにトライドベンダーを突き落としてやっと息を吐いているオーズの姿があった……
サメヤミー編で活躍できなかっただとか、そもそもオーズに黄色コンボが揃っていないだとか、彼も彼で色々と物申したいことがあったのだろう……

真木博士はこの時、『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』という言葉を思い出したという。


「……そろそろ、ですね」
「何か言いました?」

博士の、何気ない一言。
その内容が分からずに聞き返したトーリの足元が……揺らいだ。
建物全体を震わせる、拡散する衝撃が走り抜ける。
堅くて重いモノが崩れる音が響き渡り、足元の振動に加えられた。

「今の音は爆弾……おわっ!?」

思いがけない音に気を取られた映司は、乗り直したトライドベンダーからまた放り出されていたりして。
だが、そんな物騒な音を聞いておきながら、火野映司という男が駆け出さない筈も無かった。

音が発せられた場所が研究所の裏手であることを瞬時に察知した映司は……走る。
トーリを引き連れた映司が、爆音の発信源に辿り着いた時に、見た物。
それは、焼けただれた分厚いコンクリートの壁を、火薬と砲弾を用いて破壊した痕跡だった。
その場所にあったと思しき研究機材の中には、再利用が可能と考えられるものは見当たらない。

二人は、気付かない。

真木清人が、いつの間にか姿を消していた事に。

「まさか、俺の起こした地割れのせい……じゃないよね?」



・今回のNG大賞
チョコで書かれた地図を頼りに進む二人だが、

「地図が気温で溶けてるっ!?」
「古典的過ぎですよ!?」

バッタカンドロイドで里中さんに連絡を入れましたとさ。


・公開プロットシリーズNo.38
→某海賊戦隊の「ハカセさん」っていう呼称の違和感が、凄く気にいっただけなんだ。



[29586] 第三十九話:彼女の名前は
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/08 10:33
……熱い。

夜の冷たい風を切って、走る。
あの牢獄から逃れるために。

奇妙な機械達に連れられて辿り着いたあの場所は、一体何だったのだろうか。
血液の採取に始まり、耐熱耐電耐水耐圧……あらゆる性能のデータを取られてしまった。

……熱い。

幸い、実験の合い間に拘束具が外された時間があったので、時間停止と火器や爆弾を使って脱出を敢行することは出来た。
実験の器具や計器の扱いは全てロボット達によって行われ、全く人の気配がしなかったあの研究所は、一体何なのだろう?

左手に装備された無骨な腕時計は、客観的かつ冷静に、今の時間が拉致された当日の深夜であることを教えてくれる。
他の魔法少女たちはこの物体を盾だと思う事が多いらしいが、これは中に時の砂を詰めた腕時計でもあるのだ。

……熱い。

今回の時空では、今までのループ世界で見たことが無い事象が多発している。
緑色の勧誘魔法少女に始まって、自分を庇って親友が倒れたことも大事件だ。
細かいところでは、よく分からない揚げ饅頭男が新たな知り合いとして出て来た所なども。

それでも、今回のように拉致されて調べられるなどというイベントが想定できたはずが無かった。
あの機械達は魔女や魔法に関連するオブジェクトなのだろうか?

「それにしても……」

……体が、熱い。

まるで、身体を内側からじりじりと焼き焦がすような、扱いに困る熱。
時折思考をぼやかして足を止めさせるやり場の無い火照りが、身体から消えない。

長い髪の片側をすき上げて外の空気を入れると少しだけ楽になるが、全く根本的な解決になっていない。
そして目前には、解決すべきとしか思えない新たな問題が、更にもう一つ佇んでいた。

「見せてもらいましょう。貴女が魔法少女として『完成』するのかどうか、を」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第三十九話:彼女の名前は



突如として現れた『そいつ』は、奇妙としか言い様の無い出で立ちを見せつけていた。
黒いアンダースーツのような下地に、銀の鎧を被り、身体の所々に走っている緑の淵が視線を誘う。
頭部の外部確認用と思しきゴーグルはまるでUの字のように歪曲しており、その生命を感じさせない赤味が、何処となく契約中毒の地球外生命体を連想させた。

「私が使う予定は無かったのですが……仕方がありません」

更に、一番不気味なのが、喋るときに小脇に抱えた人形の方を向いて発声するという訳の分からない動作である。
白目を剥いた人形自体の容姿も言いようの無い気味の悪さを感じさせ、正直に言って『アレ』を親愛なるクラスメイトの部屋に集められている物体と同じ『人形』という言葉で表現したくない。
そう、見る者に思わせてくれる。

『ブレスト キャノン』

強化スーツを纏ったそいつが、腰部に装備された装飾品に銀色の貨幣らしいものを投入して何やら操作をした結果……それは、現れた。
そいつの胸部に、無骨な砲身がどういう原理か突如として出現したのだ。
そしてその矛先は……当然、この場に居るもう一人の人間に向けられている。

「……っ!」

咄嗟に、腕元の盾を傾け、時間を停止させる。
目の前のそいつが何を狙っているのかは分からないが、先ほどあのロボット達を使って誘拐を働いた存在の関係者である可能性は極めて高い。
ならば、為すべきことは一つしか無い。

盾から愛用のマシンガンを取り出しながら、思考を纏める。
この追手を適当に痛めつけて、どういうつもりなのか吐いてもらえば良いのだ、と。


……だからこそ、その時起こったことが、全く理解できなかった。

何故、手元にあった筈の黒光りする凶器が、拉げて宙を舞っているのか。
どうして、自分の周囲の光景が、回転しているのか。
熱を帯びた身体の中で、自らの肩口が血を吹き上げているのは何故なのか。
足が地面についていないなんて、おかしい。

訳が、分からない。
冷たい地面の温度が身体全体にぶつかって初めて、ようやく起こった出来事を理解し始める。
自分は錐揉み回転しながらぶっ飛んでいたのだ、ということを。

現実を受け入れた頭を次に襲ったのは、『どうやって』という疑問だった。
『誰が』という疑問は、浮かんでこなかった。
砲身から煙を上げながらこちらを観察している存在以外に、今の状態を作り出した要素が居るとは思えない。

『クレーン アーム』

再びベルトに操作を加えた襲撃者が……更に別の装備品を呼び出していた。
右腕部に新たに現れた巨大な強化部品が、見る者に恐怖を与える。
そして、具現化されたばかりの追加パーツの先端が……発射された。
その標的は、やはり言うまでも無い。

無理やり起こした小さな身体に、多大な重量を持った飛び道具による打撃が加えられる。
発射された部品は、よく見るとワイヤーで襲撃者本体と繋がっているらしく、空中で方向転換を繰り返して幾度も襲い来る。
思考を刈り取られるギリギリの打撃を回避し、時に受けながら、腕元の砂時計を確認するも……中の砂は停止し、周囲の時間が『正常に停止している』ことを示していた。

分からない。
目の前の機械機械しい襲撃者は、何故時間停止の魔術の効果を受け付けないのか。
魔力の無駄遣いでしか無かった術を停止させることによって再び世界が動き出すものの、この場に居る二人の関係性は全く変化しない。

「どうしましたか? 折角手に入れた新しい力を使う気が無いように見受けられますよ」

そのまま『完成』してしまうのも、喜ぶべきことですが。
そう付け加えながらも、嵐のような暴行は続く。
盾でガードしたかと思いきやワイヤーの拘束によって身体の自由を奪われ、人間のものとは思えない腕力によってアスファルトへ叩きつけられる。
身体が持ち続けている熱は、未だに収まる気配を見せない。

「新しい、力……?」

ダメだ。
まるで、勝ち目が無い。
反撃のために幾つかの銃弾を放ってみるも、敵対者の持つ頑丈な装甲の前には手も足も出ない。
虎の子の時間停止が効くならば複数の銃弾を同時に当てて倒せるだろうが、それが通じないのでは嬲り殺しも良いところである。
ミサイルのような大質量の兵器は、近距離で使えば自身も炭となってしまう上に発射に手間がかかり過ぎて使わせてもらえるとも思えない。

『カッター ウィング』

背中に現れたブーメランのような形状の物体を、腕に握って刃物として構えながら、ゆっくりと襲撃者は歩み寄る。
中に人間が入っているだろうという核心とは裏腹に、機械のような正確さを感じさせる冷たい足音が、耳へ響いて仕方がなかった。

「残念です。魔法少女は、世界が終わりを迎えるための糧とはならないようですね」

月の光を背後に背負って黒い影となったそいつの目元の赤い光はやはり無機的で、振りあげられた刃の円弧だけが美しい銀色の存在を主張していて。
襲撃者の暴行によって蓄積したダメージは、溜まった熱とも相まって、もはや身体を動かすことをも許さない。

「――貴女に、良き終末が訪れん事を」

……嫌だ。
死にたくない。
重病を患って病院に居た時だって何度も思った、懐かしい感想だった。
必死に自らの記憶を漁り、活路を導く鍵を掴み取らんと思考を巡らせる。
動かない身体とは裏腹に頭の中は高速化され、幾つもの映像を普段には無いぐらいに回して処理する作業が進む。
ひょっとすると、死ぬ間際に『走馬灯を見るようだ』という表現が使われる時は、こんな気分になるのかもしれない。


――赤いお守りは、持っている人は死なないらしいですわ。

貴女がくれたお守り、緑じゃなくて赤を貰っておけば良かったわ。

――『この町は宇宙人に狙われている』とか、ビシッと言ってやってくれ!

貴女は、宇宙人と同じぐらい警戒すべき存在が居ることを、知る日が来るのかしら。

――後悔したくないから、手を伸ばすんだよ。

貴方の後悔と私の後悔は……もしかすると、似ているのかもしれないわね。

――助けてくださいっ! ワタシこのままだと死んじゃいますよ!

貴女を殺そうとした私を、貴女は恨んでいる?


……映像は、以前のループ世界へと移る。


――君なら、こんな結末を変えられるかもしれない。

貴方は、結末を変えるのにとんでもない対価を求めるじゃない。

――全部、自分のせいにしちまえば良いのさ。

貴女はそう言いながら、自分の力の限界を嘆いているでしょうに。

――凄い能力だけれど、使い方が問題よねぇ。

貴女が凄いって言ってくれた力なのに、爆弾のヒントも貰ったのに、銃の使い方だって教えてもらったのに……『あいつ』には通じませんでした。

――私は格好良いと思うなぁ。燃え上がれぇっ! って感じで。

貴女はそう言ってくれたけれど、完全に名前負けしているとしか思えない。

――格好良くなっちゃえば良いんだよ!

貴女がそう思ってくれる存在に、なりたかった。


……身体が、熱い。
結局、守られる存在は、守る存在には成れないのか。
内に刻んだ大切なヒトの言葉を意識に登らせた瞬間……世界が変わった。
そんな、気がした。


熱い。
胸の奥が、燃え上がるように……熱い!

「私は、私は……っ!」

名前は、その個体に関するイメージを固めるための要素として最も重要に成り得る。
大切な人が、格好良いと言ってくれる、自分。

――彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい。

炎の揺らぎを、見た。
内から湧き上がる激しい衝動が具現化されたような、周囲の光を捻じ曲げる灼熱。
飛び散る火の粉が足元の地面を焦がし、鼻を突く臭いを発する。

身体は、熱い。
それなのに、炎に包まれている筈の身体は、焼け焦げてはいない。
そして、先ほどまであれほど鬱陶しかった筈の火照りが、今は何故か心地良い。

チカラの使い方が、解る。
左手の丈夫な盾の中に力を溜める。
壊れそうなぐらいにガタガタと震える盾を右手で支え、照準を合わせる。

そして……襲撃者に向けて、一気に放出した。
弾きだされたのは、身の丈ほどもある炎熱の塊。
燃えているのは、モノではなく魔力。


至近距離から高熱の塊をまともに食らった襲撃者は、10メートルほども吹き飛ばされてしまう。
……が、身体全体から焦げ臭い煙を発しながらも、倒れることなく踏み止まった。

「実験は失敗かと思いましたが、成功の目が残っていたようですね」

相手は、未だ健在だ。
だが、それがどうしたというのだ。
盾の中にあれだけの熱量を注入した後にもかかわらず、胸の中の熱は未だに目減りする気配を見せない。

「この装甲の耐久力にも再考の余地……が……」

変化は、突然に訪れた。
襲撃者が小脇に抱えた人形に視線を落とし、かの高名な『中の人』に匹敵するのではないかという華麗な二度見を披露していたのだ。

……その人形の頭部には黒い焦げ目が付いている。
人形自体は先ほどの炎熱攻撃の直撃を受けた訳ではないようだが、余熱で傷ついたのだろう。
傍から見ている限りでは、戦闘の続行に差障りがあるようでは無い。
そのはず、だったが。

「ひっ、はあっ、ひひゃああああっ!!?」

男の、錯乱する声。

『キャタピラ レッグ』

震える指でベルトに新たな操作を加えて、襲撃者が取り出した新たな装備は、脚部に追加する形の巨大なキャタピラだった。
あの脚から蹴りを繰り出せば、女子中学生の身体など、量産型宇宙人を捻るのと同じぐらいに容易く捻り潰せるだろう。

それでも、当たり前のように全く脅威に感じなかった。
身に纏わりつくこの熱さがある限り、誰にも負ける気なんてしない筈だ。

そんな熱に浮かれた思考を知ってか知らずか、キャタピラの車輪を高速で回しながら襲撃者がとった行動は……逃亡だった。
車輪は前方ではなく後方へと回り、先ほどまで攻勢だったはずの姿は何処に行ったのかという勢いで逃げて行く。

「待っ……!」

闇夜に姿を暗ませるそいつに伸ばされた手は、空を切る。
心は燃えていても身体は既に限界を迎えていたのだという事を、ようやく思い出して歯噛みするものの、既に周囲には何者の姿も無い。
あいつには、聞きたいことは山積みだったのに。

何のために自分を拉致したのか。
自分に新しく目覚めたこの力は、何なのか。
あの強化スーツらしき存在の正体は。
そして……自分の単騎戦力としての絶対的優位を約束していた時間停止が、何故破られたのか。


疑問は尽きないし、不確定要素はあまりにも多い。
それでも、不思議と不安は少なかった。

新しい能力を手にしたからかもしれない。
恐ろしい敵対者を撃退できたからかもしれない。

「やっぱり、『貴女』には敵わない、よ」

遠い昔に失った親友の言葉を、体現できたからかもしれない。
自分の頬が何だか少しだけ緩んでいるような自覚はあるが、観客も居ないので正す気にもならない。

身体を休めるために仰向けになって拝む星空は、いつもより少しだけ綺麗に思えた。
そういえばここ暫く、空を見上げたことがなかったのかもしれない。
一面の夜空には、明るい街の中では見える筈の無い星の海が広がっていて、その中に優しい輝きを見つけた様な気が、した。

ぽつりと呟かれた大切な名前は、夜の闇の中に溶け込んでいった……



・今回のNG大賞

「ふっふっふ……ここで会ったが百年目ですよ!」

地面に寝転びながら休んでいるところに、こっそり現れたのは……いつかの蝙蝠女だった。
返り討ちにして適当に炎で丸焼きにしたのは、言うまでも無い。

・公開プロットシリーズNo.39
→一度、人称固有名詞を使わないでSSを書いてみたかった。



[29586] 第四十話:Sun goes up――夜明けを待つ休日
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/08 10:45
「真木さん、探してましたよ! 無事だったんですね」

破壊の爪痕を調べていた映司とトーリの元へ遅れて現れたのは、お馴染みの人形ことキヨちゃんであった。
……もちろん、その下にはいつも通りに真木博士を従えているのは当然である。

「大切なクジャクのコアを保管してある場所に確認をいれていましてね。失礼しました」

相変わらず人形の方に視線を向けながら、真木博士は淡々と言葉を連ねる。
その肩に乗せられた人形の頭に少しだけ見受けられる焦げ目らしき部分を……隠しながら。

真木博士の話によると、この建物は危険な実験材料を扱うための隔離施設であり、人間の職員は一切居なかったという事らしい。
また、真木博士のメインラボは別の場所に建っており、データは全てそちらに保管されているので非物的損害は皆無だそうだ。
それを聞いて、安堵の息を漏らす火野映司。
だがしかし……悪い知らせというものは、油断した時に来るからこそ性質が悪いのである。

「しかし、肝心のクジャクのコアは持ち去られてしまったようです」
「ええっ!? まさかグリードが……?」

疑惑のベクトルを無実のカザリとメズールに向ける映司に、真木博士は無言のままPCの画面を見せる。
監視カメラから引き出したと思われる画像に映し出された下手人の姿を、映司たちに見せつけるために。
画面の中で爆弾のピンを口に咥えてまさに爆破活動を行おうとしているその人物が、研究所を破壊した犯人であることは、疑う余地が無い。
そこに映っていたのは、

「ほむらちゃん……?」
「ほむらさん、ですよねぇ……?」

先日トーリを始末しようとしていた、物騒な魔法少女の姿だった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十話:Sun goes up――夜明けを待つ休日



翌日の昼間、自らの住居に隠しておいたグリーフシードによって回復を終えた暁美ほむらは、自身が拉致されていた建物の跡地を捜索していた。
またあの強化スーツを纏った敵対者が現れるかもしれないが、その時は新たに手に入れた能力で返り討ちにしてやれば良い。
あの能力は、威力こそ『ティロ・フィナーレ』には劣るものの、消費魔力から換算した燃費は恐るべきものだった。
おそらく、全快の状態からならば、先日の巨大な炎弾を十数発放ってもまだ余裕があるはずだ。

ひょっとすると、名前を付ける事によっても、威力が変わるかもしれない。
炎の能力を身につける時に自身に起こった変化の原因は、燃え上がるというイメージを強く抱いたからではないか、と暁美ほむらは推測しているからだ。
巴マミとの仲が険悪で無ければ、是非一緒に技名を考えて欲しかったところである。
過去にも『ティロ・フィナーレ』や『ロッソ・ファンタズマ』などのズバ抜けたネーミングセンスを輝かせていた彼女ならば、きっと素晴らしい技名を考え出してくれたに違いない。

「巴、さん……」

いつもの冷血女の仮面を被った暁美ほむらなら、絶対にそんな呼び方をする訳が無い。
呼ばれた本人が居ないのは当然のこととして、誰も視線を注ぐ者が居ない瓦礫の山の中だからこそ、漏れてしまった一言だった。

だからだろうか。
瓦礫の山の中の、つまらない一つの物体に目がとまってしまったのは。

……ダテ眼鏡、だった。

度が入っていないそれは一介の装飾品に過ぎず、襲撃者たちの手掛かりとして有用とも思えない。
それでも気になってしまったのは……やはり、かつての自分を思い出すことが多かった最近の思考の傾向のせいだろうか。
丁寧な動作でダテ眼鏡にかかった埃を払ったほむらは、四次元ポケットもとい円盾に、たった一つの戦利品を収納したのだった。
次に訪れるべき場所の事を、考えながら。

実は、暁美ほむらはトーリを抹殺しようとした日の夕方に、巴マミの住んでいたマンションを訪れているのだ。
もちろん、彼女が『協力者』を使っている理由を聞き出すためである。
ところが、そこに残されていたのはガス爆発でも起こったのかと思うような破壊の残り香だけであった。
その中には明らかに銃弾によるものと思しき痕も残されており、あの場所で巴マミが何者かと戦闘を行ったということは間違い無い。

だがしかし、ほむらがループを重ねてきた世界において、一度たりともあのマンションが戦火に晒された事など無かったはずなのだ。
魔女は能動的に魔法少女を襲うことは無いのだが、だとすると一体誰が?
巴マミが一般人の『協力者』を必要とした理由も、そこにあるのかもしれない。
原因の心当たりとしては、やはり昨晩のロボットやパワースーツを所持している者だが、断定は未だ早いと暁美ほむらは思っている。

何処に行けば、巴マミに会えるのだろう?
中学校に登録された書類上の記載は未だに壊れたマンションのままになっており、新住所を突きとめるのも一苦労だ。
そもそも今日は登校日では無いし、仮に校内で会おうにも人に聞かれている状況では込み入った話も出来ない。

……分からなかったら、人に聞けばいいのだ。

『もしもし、美樹さやか?』
『もしもしー? 転校生ってあたしの携帯の番号知ってたっけ?』

コイツなら、間違い無く巴マミの連絡先を知っているはずだ。
尚、今は珍しくなった公衆電話から通話している……などということは無く、普通に自分の携帯電話からである。
さやかの電話番号を知っていたのは、ループ知識の有効活用ということにしておこう。

『巴マミに伝言を頼みたい』
『直接本人に、じゃダメなの?』

第一声として返ってきたのは、当然の疑問だった。
別に、相手がそう答えるのは、不自然なことでは無い。
美樹さやかだって、常識的な受け答えをすることぐらいあるに決まっている。

『私は巴マミの連絡先も住所も知らない』

ほむらは携帯電話の連絡先も知っていたはずなのだが……何故か繋がらなかったのだ。
誤って端末を水没でもさせたのだろうか?
登場人物が特に理由もなく携帯電話を不所持だったりするのは、特撮の世界ではよくあることなので、気にしてはいけないのかもしれないが。

『そういうことなら、お姉さんにどんと任せちゃいなさい!』
『「今夜、事故の場所で待っている」と伝えて欲しいわ』

事故。
他の人ならいざ知らず、巴マミという魔法少女に関連している事例において、その単語が指し示す出来事はたった一つしか存在しない。
彼女が生まれる世界を間違えていれば、間違いなく短命な灰色の怪人として覚醒していただろうと密かに囁かれる、例の交通事故である。

『オーケー牧場っ!』

貴女は一体いつの時代の人間なの?
そう思わずには居られないほむらだが、時間を巻き戻している自身もある意味他人の事を言えないのかもしれない。

『美樹さやか』
『うん? まだ何かあった?』

何となく、追加して言葉にしないといけない気がした。
快く自分の頼みを引き受けてくれた「友人」に対して。

『……「ありがとう」』
『良いって良いって。何か言えない事情があんでしょ? まぁガンバレ』

暁美ほむらが何か口外できない事情を持っている事を慮って、尚且つそれを聞かないでおいてくれているらしい。
……おかしい。
流石に、あの美樹さやかがこんなに空気を読める筈が無い。

『……貴女、本当に美樹さやか?』

通話は、既に切られていた……



一方、転校生からの意外な依頼を受けた美樹さやかはと言うと……

「気になる……!」

――まぁ、本人が直接言ってくれるのを待つのも、『友達』ってやつでしょ。

どうして自分はあの時、あんなことを言ってしまったのか。
何というべきか、戦闘後のハイテンション的な何かが台詞の補正として掛ってしまったとしか思えない。

「まさか、あの転校生の過去にマミさんが関わってたなんて……」

意外な人選にも程がある。
転校生がマミさんの事を知っていたのは把握しているが、この二人の間には何があるのだろうか?
そして、今更気になり始めた事は、転校生が待ち合わせの時間の指定を抜かしていたことである。
ただ単に転校生が伝え忘れただけかもしれないが、『事故』という二文字だけで通じあう何かがあったのかもしれない。
既に日も沈み始めているため、『今夜』という言葉が『この後すぐ』という意味で用いられているかもしれないが。

……好奇心は、猫をも殺す。
目覚めて走り出した好奇心は、未来を描いて進み続けるしかない。

『もしもし、マミさん?』
『あら、美樹さん。こんばんは』

転校生からの要件を手早く伝え……とりあえず、聞きたいことは聞いてみることにした。
連絡手段は、もちろん念話である。

『それで、「事故」って何の事なんですか?』

そして、聞いてみて、少しだけ後悔した。
巴マミは交通事故で両親と3人揃って致命傷を負い、その時たまたま通りかかったキュゥべえと契約することで巴マミ1人だけが生き残った……ということらしい。
とても、同行を求めるための質問を巴マミに投げかける気には、なれなかった。

……でも、気になる。

悪いと思いつつ、既に暗くなった街を魔法少女の健脚で駆けることにしたのだった。
事故の場所をさやかは知らなかったが、同居人のキュゥべえに聞いたらあっさり教えてくれたので、こっそりと様子を見に行くことに決めたのだ。
盗み聞きがバレても射殺されるとまでは思わないが、やはり罪悪感は拭えないので。

『……射殺されないよね? されるわけ無いよね?』
『友達を撃ち殺すなんて、どうかしてるよ』

さり気無くキュゥべえさんに助言を求めてみたが……彼がそう言うならそうなのだろう。多分。
微妙に射殺される可能性が否定されていないような気もするものの、そこは持ち前の建設的思考で振り切る。
気分は、古代民族の密会を盗み聞きする、理不尽なまでに身体が頑丈だと評判の刑事さんである。


そして辿り着いた先は……とある高速道路の、高架線下だった。
おそらく当の事故自体は地上数メートルの高さにある道路上で起こったのだろうが、流石に自動車道に徒歩で入りこむのは迷惑だという配慮は働いているようだ。
さやかが辿り着いた時、ちょうど巴マミが、暁美ほむらの待つ場所に近づいて行くのが見えた。
言いようの無い緊張を感じているさやかを余所に、ほむらとマミの合流は特に問題も無く為されたらしい。


「意外……狙撃の一発ぐらいされると思っていたわ」
「この場所ではそういう気分になれそうじゃないの」

いきなり物騒な挨拶を始める二人に、さやかは思わず肝を冷やさざるを得ない。
確か、暁美ほむらの話では巴マミは危険人物だったはずだが……マミの返事を聞くと、若干空恐ろしいものがある。
人間相手に『そういう気分』の時があるのだという意味にも受け取れる台詞だったのだから。

「それに、貴女がキュゥべえを恨む気持ち、少しだけ分かっちゃったから……かな」

……えっ?
転校生がキュゥべえを恨んでいる、というよりもまず知り合いだったという段階から驚きである。
そして、マミさんも転校生もキュゥべえを恨んでいる?
キュゥべえを狙ってる存在が居るっていうのは聞いてたけど……まさか、この二人が?

「……今の貴女は、魂の在り処を知ってしまっているの?」

何それ。
長野の遺跡に古代の究極の闇の魂でも封印されてるの?
もしくは、お前の優しさはどうした的な大軍を従えた邪神とか?

「それを理由にキュゥべえを殺して良いとまでは言いたくないけれど、文句の一つぐらいは、ね」

さやかには、話が呑みこめない。
RPGのラスボス的な存在に勝てないと魔法少女は全滅してしまうとか、そういうノリ?

「それで、今晩は何の用かしら? 私の過去を知っているようだけれど、何か不審な点でも見つけた?」

『過去』という言葉はおそらく、この場所で起こった事件を含んでいるのだろう。
巴マミがこの場所で魔法少女の契約を結んだ、ということを。
そして、マミさんの口ぶりから判断するに、転校性はマミさんから直接そのことを聞いたわけでは無さそうだ。

「貴女の『協力者』に会ったわ。確か、火野という人」
「……っ」

かなり離れた距離から見ている筈のさやかにも、容易に分かった。
巴マミの表情が、険しくなったことが。
でも、マミさんがパンツマンの話題を振られて困ることって何だろう? とも思ってしまう。
確か、マミさんはパンツマンとは暫く別行動をとるって言ってた気もするけど、あいつが何かやらかしたのかな?

「魔法少女の候補生ならまだ分かるとしても、魔法に無関係な協力者を貴女ほどの魔法少女が必要とする事態が……私には想像できない」
「随分と、私を過大評価しているのね」

暁美ほむらとしては、マミと映司の仲は、ひょっとすると男女のアレコレなんじゃないかという仮説も抱いているのだが……一応保留ということにしてある。
現状、一番の候補は、ほむらが『ワルプルギスの夜』の到来を示唆したことが原因となった可能性だが、それでも一般人の協力者が役に立つとは思えない。
そして、暁美ほむらは『火野映司』という人間の事は知っていても『仮面ライダーオーズ』の事は知らないのだ、とさやかとマミには理解できた。

……美樹さやかだって、それぐらいの理解力を発揮することはあるのだ。
この世界の美樹さやかにはおバカな補正がやや強めに掛かっているために、今一つ説得力に欠けるかもしれないが。
何だかんだで、ウヴァさん並みの知能は持っているのである。

「私は、誰よりも貴女の強さを知っているもの。貴方と戦うのを怖いと思う程度には」

正確に言うと、強さというよりは相性の問題で、暁美ほむらは拘束技が苦手なのである。
もっとも、戦闘能力云々以上に、色々な意味で師匠である巴マミとは心情的にも殺し合いたくないという思いも大きかったりするのだが。
……それはさておき。

「私、最近知ったんだけれど……他の人から怖がられるのって、結構辛いのよ」
「それは私も、よく分かる」

『キュゥべえ、あたしも時々、自分の魅力が怖くなることがあるんだ……』
『人間が言う冗談というヤツは、やっぱりボクにはさっぱり理解できないよ』

なんだか微妙に、キュゥべえにバカにされた気がした!
……後で雑巾みたいに絞り取ってやる!

「貴女の住んでいたマンションが壊れていたみたいだけど、あれも『協力者』に関係があるの?」
「待って。今すぐ敵対するつもりは無いとは言っても、貴女の事を全面的に信用したわけじゃないのよ」

どうやら、巴マミは暁美ほむらに対して情報開示を躊躇っているらしい。
具体的には、メダル関連の話をするのかどうか、若しくは何処まで情報を与えるのか、といった辺りが悩みどころなのだろう。

そして、美樹さやかはどうするべきなのだろうか。
転校生の事は友達だと思っているし、マミさんの事は魔法少女仲間兼先輩だと思っている。
というか、話の流れ的には転校生様も魔法少女な気がしてならない。
出来ればこの二人が仲良くしてくれると良いが……そのための考えが、全く思いつかないのだ。

『何か無いの? キュべえもん?』
『ワケが解らないよ』

同じ猫型のくせに、役に立たない奴である。
そんなどうでも良い事を考えていた時だった。

その音が、聞こえたのは。
さやかには聞き覚えのある、クラシック曲を軽快にアレンジしたメロディー。

「しまっ……」

美樹さやかの、携帯電話だった。
咄嗟に身体の向きを反転させて走り出しながら、ポケットの中に手を伸ばす。
取り出して電源を切ろうとした次の瞬間に聞こえた新たな音は……手の中の機械が、バラバラに砕け散るハーモニーだった。
人間を凌駕する美樹さやかの動体視力が捉えていたものは、一瞬だけ視界に映った円錐と円筒を足して2で割ったような形状の物体。
……それは、世間一般の人々からは銃弾と呼ばれる代物に違いない。

次の瞬間には、その脚と身体を赤いリボンが絡め取り、動きを封じる。
そして、頭の後ろにあてられた、温かみの無い金属の筒。

「盗み聞きとは……良い趣味じゃない?」

気付かれても逃げ出せるはずだと美樹さやかが判断していたはずの距離は、瞬間的に詰められてしまっていて。
背後からかけられる声は……何処か冷たく、恐ろしかった。

結局、盗み聞きを働いていた人物が美樹さやかであると判明した段階で、巴マミによる拘束は終わりを迎えた。
……だが、その時の何とも言えない感覚は、嫌にさやかの記憶へと残ることとなる。

束の間の体験の中で、さやかは自身らに殺されたグリードの気持ちが少しだけ分かったように、思えたのだった……



・今回のNG大賞
研究所の廃墟にて。

「何か、メダルの資料とか残ってると嬉しいんですけどねぇ……」
「また、会ったわね」

「…………えっ?」

ピチューンッ!
火事場泥棒を試みていたオリ主が一匹、その命を神に返したようです。

・公開プロットシリーズNo.40
→みんな、盗み聞きは止めようね! 一条刑事との約束だ!



[29586] 第四十一話:変異
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/12 03:49
とある休日の昼下がり、夢見公園に珍しい客が顔を見せて、蝙蝠のヤミーを驚かせていたりして。

「やぁ、調子はどう?」
「特に変化は無いですねぇ」

銀髪に黄色を基調とした服を着た、どこか軽い雰囲気を纏った青年が、近頃この公園に住み付いている魔法少女ヤミーの様子を見に来たのだ。
この青年の正体は……お察しの通り、猫怪人カザリさんである。
突然のカザリの訪問に、思わず周囲を見回して映司の影を探してしまうトーリ。
グリードと仲良く話している姿を見られたら、トーリ自身まで怪しまれてしまうからである。

「オーズなら、僕が人間に化けた姿は知らないはずだから大丈夫だよ」

もっとも今はここには居ないみたいだけど、と付け足しながら、頭の後ろに腕を組む恒例のポーズをとって見せる。
確かに、トーリが確認した限りでも映司の姿は見当たらない。
人間に聞かれるとマズい話題を抱えている二人は、人気の無い場所を目指して移動を行い、ようやく一息吐くこととなるのだった。
この行動には、トーリに付いている財団の監視を引き離す意味もあったりする。

「それで、変化が無いって言ってたけど、もしかしてオーズが持ってた緑のコアって取り込んで無いの?」

てっきり取り込んでるんだと思ってたけど、とカザリ。

「取り込みましたよ? 今、合計で4枚ありますけど……特に身体に変わったところも無いですね」

カザリとしては、コアを急激に取り込むことによる危険が存在するかもしれないと考えての実験のつもりだったので、暴走が起こる予兆が無いのは嬉しい。
だがしかし、パワーアップが見込めないのでは実験の意義自体が問われる。
そこで、思いついたのだ。
……とにかくコアの数を増やしてみよう、と。

「まず、『コレ』を取り込んでみなよ」

そして、物事には順序というものがある。
始めにカザリが取り出したのは……バッタのコアだった。
先日映司から奪ったものである。
そして、あまり勢いを伴わずに投げられたコアは、そのままトーリの身体の中へと入り込む。
……入りこむ、だけだった。

「やっぱり何ともないです」
「ちょっと試しに、前に取り込んだコアを一枚出してみてよ」

クワガタ一枚を取り出させるカザリの真意を、トーリは読むことが出来ない。
だがしかし……今回は、不思議な違和感を抱いた。
その感覚を、どう表現すべきか……

「ある筈のものが無くて物足りない……そんな感じ、しない?」
「まさに、そんな感じです」

トーリの反応を聞いて満足した様子のカザリが、クワガタのコアをトーリの中に戻してみる。
すると、何とも言えない寂しい感覚が、少しだけ和らいだように思われた。
それでも、完全にその感覚が消えたわけではない。

「どう? トーリ。そのコアを抜く前とは、何かが違うんじゃない?」
「うーん……確かに、何か変な感じです。でも、何でですか?」

トーリの抱く言いようの無い違和感の正体に、カザリは心当たりがあるのだろう。
カザリの口ぶりからは、確かにそう感じられた。

「何となく、僕らが欠けたコアを取り戻したいっていう感覚と同じなんじゃないかと思ったんだ。理由はそれだけだよ」

トーリは、気付かない。
その欲望を抱くということが、どういう意味を持っているのか……を。

「そうだ、今の君なら普通のヤミーは無理でも、屑ヤミーぐらい作れるんじゃないの?」
「くずやみー……?」
「弱いけど、便利に使える手下みたいな感じかなぁ」

セルメダルを真っ二つに割る真似をしてみて、その作り方を教えてやるカザリ。
もちろん、自分のメダルが勿体無いので、自身では実演しないが。
そして、なるほどと頷いてセルメダルを割ってみるトーリの足元から……身体の半分程度を白い包帯に包んだ、黒い肌の生物がゆっくりと起き上がって来た。
申し訳程度に人間のような五体を持っているものの、関節が奇妙な方向に曲がっていたり奇妙なうめき声をあげたりと、この上なく不気味である。

「この人達に空き缶を集めさせれば、結構なお金になりそうですよね」
「何で発想がホームレスなのさ? もっと良い方法はいくらでもあると思うよ……?」

公園に入り浸っているうちに、公園の住民たちの思考に段々と毒されている気のあるトーリ。
元来、このオリ主は流されやすい性格をしているのかもしれない。
屑ヤミー金融で稼ごうとしたウヴァさんの娘らしい発想とも言えるかもしれないが。

元気に動き回る屑ヤミーを観察するトーリに、カザリが向ける眼差しは……どこか、冷めていた。
当然、そんなことに敏感に気付くトーリではない。

「それで、本題なんだけど、こっちのメダルも取り込んでみてよ」

カザリが話を本題に戻し、更なるコアメダルを懐から取り出す。
そのコアの色は……灰色だった。
数は2枚であり、種類はサイとゴリラである。
何の警戒も無く、トーリはカザリから放られた灰色の2枚を受け止め、取り込んでみた。

……取り込んで、しまった。
さきほどの5枚目と、同じように。
何の疑いも、しないで。

「アレ……?」

身体に、電流でも走ったような感覚。
それと同時に襲い来る、不気味な異物感。
自分という存在が変質しているという実感以外の何もがはっきりとしない、気持ち悪さを伴った浮遊感に囚われる。
身体の中で異なる力同士がぶつかり合い、互いを食らおうとしている余波が、身体を内部から傷つけている、ような。
自身の内部に力が入ることによって満たされる快楽と、力が相反して傷つけられる不快感が共存している、不可解な拮抗がそこに生まれていた。

「どう?」
「なんらか、あたまが、ぼーっと、ひまふ……?」

呂律が回らなくなったトーリは、いつの間にか足元も覚束なくなっている。
焦点が合っていない瞳や少しだけ朱のさした顔は、いつも以上の頼り無さを醸し出していて。

「う、うん……?」
「既存のメダルが5枚の時に2枚を取り込むのは少し危険、か。既に取り込んでるメダルの5割以上を一度に入れると、割とマズそうだね?」

次は四枚同時に投入してみよう、と密かに決意するカザリさんをよそに、トーリはそのまま地に伏してしまう。
結局、目を回して倒れてしまったトーリを脇に抱えて、カザリは夢見公園へと引き返したのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十一話:変異



そして、休日に外出するのは、何も魔法少女と怪人だけではない。

「うわぁ……何コレ……」

野原の中に散りばめられた銃痕と、焼け焦げた土。
それが、言葉の主を取り囲む風景だった。

「やっぱり、か」

そして、人陰は一つしか存在しないはずなのに発せられる二つ目の声が、それに応えた。
普通の女子中学生の鹿目まどかと、腕怪人から掌怪人にランクダウンしたアンクである。

「これが、誰かがアンクちゃんのメダルを使った痕なの?」
「ああ、あの感じは、確かに俺のメダルだった……」

アンクの話によると、昨晩何者かがこの焼け野原で赤のメダルを使用したのを、アンクは感じ取ったのだということらしい。
確かに、そこかしこに散らばる空薬莢や抉り取られた地面を見れば、何者かがそこで戦っていたということは容易に推測できる。

「アンクちゃんのメダルって、巴マミさんに一枚取られてたよね? それの事?」

……アンクがバラバラにされるところだった状況で、飛び散ったメダルの色を覚えている鹿目まどかがやや不自然ではある。
その状況が衝撃的過ぎて記憶に鮮やかに残ってしまっているのだろうか。
それは、ともかく。

「いや、タカのメダルには炎を扱う能力は無い。別のだな」

アンクは、そのメダルの種類に目星をつけていた。
自分のメダルなのだから間違えるワケが無い。
オーズの腕パーツを構築するコアにして、アンクの炎の能力を司る中枢機能を果たす部位でもある、クジャクメダルだ。

「オーズっていう人が、何処かからアンクちゃんのメダルを見つけ出して使ってたとか?」
「それが……最有力候補だなァ」

正直に言って、それ以外の候補を思いつくわけでもない。
尚、アンクはオーズの概要をまどかに話しては居るものの、その正体が火野映司である事は伝えていない。
もしそれを知られたら、映司に保護してもらえ、と言われそうだからである。
アンクとしては、向こうが勝手に助力してくるのは構わないが、自分から頼むのはゴメンだ。
その時は、頼むのではなくて命令か取引で無ければならない。

「ここでオーズとグリードが戦って、後藤辺りが補佐で銃を使った……これが、一番ありそうな線か」

オーズが普通にメダルを使う限りでは、アンクが遠方から気配を感じられるほど力が漏れ出すことはない筈なのだが……
ひょっとすると、アンクの予想もしないような無茶を、オーズがやらかしたのかもしれない。
火野映司という男ならばそれぐらいの危険は冒しても不思議では無い、とアンクは思う。

「後藤って、鴻上財団の後藤さん?」

何故こいつが後藤を知っているのか。
……と、一瞬疑問に思ったアンクだが、以前まどかの記憶を覗いて見た時の事を思い出して疑問を氷解させた。

「そうだが……お前の財団関連の勘違いには色々無理があんだろ。まず、鴻上の娘があの黒いガキっていうのが一番有り得ないだろうが」
「えー……そうかなぁ? その時はありそうだと思ってたんだけど……」

何となく、まどかの言葉を聞いたアンクは、暁美ほむらの抱いていた懸念が理解できた気がした。
確かに、こいつならキュゥべえとやらにあっさり騙されそうだ、と。
その時……アンクは、そう確信を持ったという。

既に日は傾き始め、現場から撤収しながらぽつぽつと話を続けるまどかとアンク。
人通りが多くなるに従って人目も増え、会話も交わし辛くなってしまうが、二人の間には特に気まずさは無かった。
というか、アンクはカバンの中に沈んでいる時には、まどかは基本的にアンクの存在を意識しないのだ。


そんな、時だった。
ふらふらとした足取りで歩く、友人の姿を目撃したのは。
何処かハイソサイエティとでも言うべき雰囲気を振り撒いている筈の、おっとりした女の子。
それが、鹿目まどかの目の前を通り掛かったのだ。

「仁美……ちゃん?」
「あら。鹿目さん、ごきげんよう」

まどかの方を振り向いて丁寧に挨拶を返してくれる志筑仁美の様子を見て、鹿目まどかは少しだけ何かが違うという思いを抱いていた。
何気ない視線の動きというか、会話のテンポというか、気にしなければ流してしまえる程度の違和感。
もし、鹿目まどかが巴マミに連れられて魔女退治体験コースに同行するような経験を持っていたなら、気付けただろう。
志筑仁美の首筋に植え付けられた、魔女の口づけの存在に。

「これからまた習い事?」
「いいえ、ここよりもずっと良いところですのよ。鹿目さんも是非ご一緒に……」

だがしかし、この時間の鹿目まどかは、魔女を見たことも無い。
暁美ほむらの説明によって言葉だけは知っているのだが、実感が伴っていないのだ。
だからこそ、『友達』の誘いに、ほいほいと付いて行ってしまう。

道行く人が仁美と同じ方向に向かって歩いていることにも、気付かない。
鹿目まどかが周囲の様子に明確な不信感を抱いたのは……町はずれの工場の中に入ってからだった。
操業を停止している廃工場の中に、日も沈んだ時間に十数名もの人間が居るという不審な空間が成り立っていれば、流石におかしいと思うのも無理はない。
そして、あろうことか……周囲の人々はバケツを用意して、その中に複数種類の洗剤を流し込む準備を始めたのだ。

「それはダメッ! 皆死んじゃうよ!?」

その行為が意味する未来が毒ガスによる心中であるというぐらいの事が分からない鹿目まどかではない。
仁美の制止を振り切ってバケツと洗剤を纏めて窓から投げ捨てるまどかだが……状況は悪いままである。

「後悔しますわよ……神聖な儀式を邪魔したことを……!」

目の光を失った人々がまどかに詰め寄り、言いようの無い圧迫感を与え始めたのだ。
歩いて近寄ってくる人々から走って逃げ回るまどかだが……数の利を生かされ、簡単に部屋の隅まで追いつめられてしまう。
人間の森を抜ければ、その先には扉が見えるが……そこまで辿り着いたとして、その扉は通行可能なのだろうか?
もちろんドアを施錠せずに放置しているという相手の迂闊さを期待するのは危険だが、それ以外に方法は無いのかもしれない。
強いて言うならば、洗剤とバケツを放り捨てる時に使った窓だが、地上3メートル近い場所に設置されたそれに跳び移れるとも思えない。
一応、枠を隔てて下方にも窓ガラスは伸びているため、そこをぶち破って脱出するのも不可能ではないが。

「そうだ……さやかちゃん達を呼べば……!」

文明の利器に頼って増援を求めるも、1コール後から電波が繋がらなくなり、電源の届かないところに云々というメッセージが流れるだけの状況になってしまう。
……慌てて携帯電話を取ろうとして、落として破壊でもしたのだろうか?

まさか、鹿目まどかには想像も出来ない。
美樹さやかの携帯電話が、危険な魔法少女の放つ銃弾によって粉砕されたなどということは。
そして、携帯電話をマナーモードに設定する程度の常識を持ち合わせているほむらさんも、当然着信に気付く筈は無い。

「アンクちゃん……何か良い手って無い?」
「そうだなァ。よく考えたら俺はあの窓から抜け出せば良いか」

とは言え、もちろん人間の協力者を失うのは惜しいのだが。

「そんな酷い事言わないで、私達が助かる方法を、一緒に考えてよ……!」

私達、という言葉の響きが、引っ掛かった。
アンクは別にピンチでは無いというのに……そこまで考えて、ようやく、アンクは気付く。
その複数形に含まれているのは、この工場に居る全ての人間なのだということに。

……他人の心配してる場合か、お前は。

「この間の意識を空っぽにするヤツ、今出来るか?」
「分かんないけど、やってみる!」

アンクに作戦があるのだと信頼するのは構わないが、その作戦の内容ぐらい聞いた方が良いだろうに。
そう、アンクは思う。
まどかの意識が向いていない間にアンクが窓から逃げるということは、考えないのか?
前回まどかに同じことをさせた時も抱いた疑問だったが……今回はあまり考えている時間は無いようだ。

アンクが飛びまわって適当に人間達を躓かせたり突き飛ばしている間に、まどかは呼吸を整え……そこに、アンクが飛び込む。
意識の錯綜は、ほんの一瞬だけのことだった。

「……全く、面倒なガキだ」

突然目付きが粗暴になり、言葉遣いも乱暴なものになった鹿目まどかを目の当たりにして、一瞬だけ様子を見ようと立ち止まってしまった人間達。
そしてその隙を、タカの目は見逃さなかった。
普段の鹿目まどかからは考えられない速度で駆け、邪魔になる人間を殴り飛ばすという凶暴性を見せつけながら、一直線に目的の場所まで進む。
人間を殴った柔らかい左手がじんじんと痛みを主張するが、意識の外に放り出した。

目指すは、洗剤を投げ捨てる時に使った、窓。
普段の鹿目まどかならば触れることさえ絶対に出来ない高さにある、夜の光の差し込む出口。

大丈夫だ。
泉信吾刑事の身体を使っていた時は、この程度の廃工場なら屋上まで一気に飛び乗るほどの脚力があったはず。
例え今のアンクのセルメダルが10枚しか無くて、身体が貧弱な泣き虫だったとしても、これぐらいの距離も飛べなくて何が鳥類の王か。

かつて自由に大空を駆けた時代を夢想しつつ、子供の身体を借りた王は……飛び上がった。

「おおおおっ!!」

かくして伸ばされた小さな手は……辛うじて窓の枠を掴むことに成功する。
そのままの勢いで窓をよじ登り、鹿目まどかの身体の小ささを活かして窓の外に無理矢理抜け切る。
服や無駄に長い靴下にガラスの欠片が引っ掛かって幾つか切り傷が付いてしまったが、このガキだって命あっての物種だと思ってくれるはずだ。
脱出後の着地に失敗して顔や体を泥だらけにしてしまったが、それも過ぎた事である。

「ぜぇ、ぜぇ……この、身体、弱すぎ、だろ……」

たったこれだけの運動で息が上がってしまっている鹿目まどかの体力を確認して、改めてその貧弱さを思い知るアンク。
仮にも現役の警察官である泉信吾と比べてはいけないのだろうが、そんな事はアンクの知るところでは無い。

口の中に入った泥を道端に吐きながら、アンクは少しずつ鹿目まどかの脚を動かして、歩き始める。
あまり身体に残っている体力は多く無いというのに、アンクは不思議と足取りの重さは感じなかった。
本人も気づかないうちに、その頬が少しだけ緩む。

通りすがりの誰かがその子供を見れば、きっとこう言っただろう。
何かをやり遂げた顔をしている、と……



・今回のNG大賞
「ところで、キミの持ってるセルメダルって何枚ぐらい?」
「な、なんでそんな事を聞くんですか……?」
「別に、奪おうって言うんじゃないよ」
「占めて、3000枚ぐらいです」
「ころしてでも うばいとる!」

グリードとは、名の通り強欲の体現なのかもしれない。
尚、3000枚の内訳は、大体はウヴァとガメルを倒した時の分。
グリード2体も爆殺してるんだから、これぐらい無いとおかしいような気がして。

・公開プロットシリーズNo.41
→怪人に操られちゃうのも、ヒロインの宿命の一つ。



[29586] 第四十二話:恐怖心 俺の心に 恐怖心
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/12 02:39
「……っと、そういえば、『私達』とか言ってたか」

まどか一人分の身体だけを引きずって帰ろうとしたアンクだったが、それなりに重要な言葉を思い出してしまっていた。
アンクには、廃工場の中の人間を助ける理由など無い。
だがそれは……鹿目まどかを助ける時にだって、言えたことではないのか?
自然と足が止まり、行動方針を決定するために頭を動かし始めた。


そして、その一瞬のタイムロスが更なる危機を引きずり込む。
駆け出す間もなく、不気味な笑いを張り付けた天使モドキが周囲に現れたのだ。
戦闘は無理なのだから、アンクの取れる選択肢は二つだけ。

アンクは……無意識のうちに、天使モドキの手の内を探るための様子見を選んでしまった。
自身でも気付かないうちに、アンクの精神面は変化していたのだろう。
結果的には、脇目も振らずに天使から逃げ出すのが最善策だったのだ。
手を貸してくれる子供を傷つける可能性を減らす方向へと、思考が流れてしまっていたのかもしれない。

ふらふらと近寄ってくる天使モドキを全力で殴って遠ざけ続けながら、必死に活路を見出そうと周囲を見渡す。
使い魔の戦闘能力があまり高そうに見えないのが、不幸中の幸いと言えるのかもしれない。
だがしかし、気味の悪い浮遊感を伴ったホールが視界に飛び込み、その身を囲む空間が既に魔女の結界そのものであることを教えてくれた。


「くそっ……!」

舌打ちと悪態を吐きながら、アンクは考える。
魔女の結界を抜け出す方法が、存在するのかどうかを。
結界の主を撃破すれば結界が無くなるのは知っているが、それが出来るとは思えなかった。


瞬間、

「が……ッ」

腹部に発生した熱い何かを感じ取り、視線を落とすと……
溢れ出る凶暴性を惜しむことなく発している強靭な爪が、腹部から生えるように突き立てられていた。

「これ、は……?」

アンクは、その凶器に見覚えがある。

忘れるはずもない。
目覚めの日にアンクが持ち去った4種のメダルの内の一つを使った時に、発現する能力。
そして、使用者はグリードを封印する能力を持った者しか有り得ない。

「映、司……?」

痛む腹部に構わず、アンクはその身体の首を回して背後に視線を向ける。
そこには……緑色の目が、あった。
おおよそ感情というものが感じられない無機質なタカの目が、子供の顔を借りたアンクを観察していたのだ。

違う。
映司は、こんな目はしない。
無表情な筈の仮面を被っている人間からその内面を読み取るというのも奇妙な話ではあるが、アンクにははっきりとそう感じられた。

これは、まるで……
アンクには、この状況が覚えのあるもののように思えた。
そして、すぐに思い出した。

悪魔と化したオーズに背後から切り裂かれる、悪夢を。
800年の眠りへと道連れにされる、忌わしき記憶を。

「ぐっ、あああああああっ!?」

咄嗟に腕を回して強欲な王を振り切ろうとするが、彼の暴君は煙のように消えていて。
身体の方に視線を回すが、鹿目まどかの身体にも穴は開いていない。

わけが、わからない。

間髪置かずに、アンクの頭の中に、次々と記憶が溢れかえってくる。

かつて、古代の王と共に世界を手にしようと、夜な夜な語り合った事。
……その王に、裏切られて眠りに就いたことも。

「うるさい」

目覚めてから浮浪者や魔法少女と出会い、不満を垂らしながらメダルを集めた事。
……そして、同じように始末されそうになったことも。

「うるさい……っ!」

アンクには、分からない。
それらの記憶を思い出して、何故こんなにも胸の奥が痛むのか。
思わず抑えてしまった胸部は、何の反発力も見せない。

いつの間にか、自分の前にはテレビによく似た箱があって。
アンクを抹殺しようとした面々が順に並ぶ最後に映し出されたのは……『使える馬鹿』の二人だった。

なんだ。
何が言いたい?

「その二人も……俺を消す、ってか?」

錯乱していた頭が、急に冷えた。
全てを、理解した気がする。
今までの記憶の乱流は、目の前のコイツが仕掛けたことだ、と。
そして、アンクを精神的に追いこんで何かをしようとしていたのだ、とも。

「ふざけんな」

ディスプレイの表面の透明な素材が、粉々に砕け散った。
そこに映っていた忌まわしい記憶達が、欠片となって消えていく。
少女の手を借りたアンクの、全力の右ストレートによって。

アンクはまだ、理解していない。
何故、こんなにも目の前の存在を潰してやりたいと思ってしまったのか。
どうして……こんなにも自身が腹を立てているのか、を。

殴りつけられて、加えられた運動ベクトルに従って、テレビのような箱は移動していく。
まるで、重力の影響を受けていないかのように。
……距離が、開いてしまった。

重力を感じないこの空間における移動は、困難を極める。
アンクにかつてのような翼があれば大分戦況は変わっていただろうが、無いものは無いのだ。

その尖った目に映った光景は、翼を持った天使モドキがゆっくりと群がってくる図だった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十二話:恐怖心 俺の心に 恐怖心



天使モドキを殴り続けて、どれぐらい時間が経っただろうか。
そんな時だった。
『そいつ』が、現れたのは。

「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「お前……やっぱり生きてやがったか」

無機質な赤い瞳を輝かせる白い獣の姿が、確かにそこには存在した。
そして、意外な来訪者に驚きながらも、天使モドキを遠ざけるための手は休めないアンク。
やはりアンクの読み通り、キュゥべえは生きていた。
加えて……間違い無く、暁美ほむらはキュゥべえが生きていると知っていたはずだ。
そう、アンクは確信していた。

「君がグリードのアンクだね。鹿目まどかを守るのは良いけど、むしろ君は彼女を傷つけているんじゃないかな」

その言葉に、アンクは思わず、間借りしている身体を見回してしまう。
服には所々破れたり泥が付着したりといった損傷が無数に見られ、特に天使モドキを殴り続けた拳は、爪が割れて手の中が真紅に染まってしまっていた。
アンクの怪人態が具現化している右手はまだしも、左手は酷いものである。

「鹿目まどかを守るのが君の願いなら、むしろ彼女をボクと契約させてこの場を切り抜けるべきだ。それが最善策だろう?」
「俺に命令すんな」

キュゥべえの問いに、アンクは頷かなかった。
命令するつもりは無いんだけど、と首を横に振りながら補足するキュゥべえの動きは……何処か機械染みている。

「ボクから強制は出来ないけど、だったら君はどうするんだい? このままだと君達は二人とも魔女に食べられてしまうだろう?」
「断る。お前は、前に俺を引っ掻いた猫と似てる!」

確かに、キュゥべえさんも猫によく似た生き物ではある。
しかも、口調は活字にすれば全く同じと言っても過言ではないほどに、アンクの知り合いの『猫』にそっくりだったりして。
主に一人称と二人称の『僕』『君』に加えて、語尾の『だよ』『てよ』が原因だと思われる。

「というか、キミが同意しても仕方ないんだよ。鹿目まどかの魂が同意しないと」

……それは、アンクとて考えなかったわけではない。
鹿目まどかを操って契約させ、完全態以上の身体を手に入れることを夢見たことだって、ある。
だが、それは無理だったらしい。

アンクは、ようやく自身の内面の変化に、気付きかけていた。
そのキュゥべえの言葉に、落胆するよりも安心している自身の感情を認識したことによって。

……感情?
そこまで考えて、アンクは今更の考えを抱く。
先ほどのテレビのような箱は、おそらくアンクの感情を揺さぶるために、アンクの過去の記憶を映像に出力していたのだろう。
つまり?

鹿目まどかの顔が、意地が悪そうに歪む。
ニヤリという言葉がぴったりの、本物の鹿目まどかなら絶対に見せない筈の、表情だった。
もしキュゥべえが感情というものを深く理解していたなら……その表情を見た時点で、何かに気付いていたかもしれない。
現実は、そうでは無かったが。

……ある。
現状を打開する方法が、あるかもしれない。

「俺達を見張ってうっかり結界に取り込まれるような間抜けに、用なんかあるか」
「失礼だなぁ。君達を追って後から入ったんだよ」

この質問が、第一の関門だった。
その答えは……最良のモノだ。

「ほう。何処から入って来た?」
「教えるワケ無いじゃないか。折角契約のチャンスなのに。その出口から逃げる気だろう?」

欲を言えば、この質問で全てが終われば良かったのだが……キュゥべえとてそこまでバカでは無いらしい。
だがしかし、既に下準備は終わっている。

「いや、充分だ。お前がそれを知られるのを、『恐れている』ならな」
「ワケが解らないよ?」

ふん……とだけ鼻を鳴らして見せながら、アンクはそれ以上の会話を続けようとしなかった。
代わりに出たのは、赤い腕で。
乱暴にキュゥべえの尾を掴み取り、適当に振り回して天使モドキ達を牽制しつつ、お目当てのモノに意識を向ける。
ボクを武器にするなんて酷いじゃないか、などという声が手元から聞こえてくるものの、ガン無視である。

細められた目は、既にキュゥべえの方には向いていない。
その視線が捉えているのは……テレビのような箱だった。

アンク達からは手の届かないほど離れているテレビのような箱……その正体こそ結界の主、魔女本体である。
そして、その画面に映っている光景は……

「あれは、まさか!?」
「そういうことだ!」

壁の一角の、何の変哲も無い面の中の一点。
そこから、キュゥべえが結界内部に侵入してくる映像が、確かに映っていた。

アンクは、仮説を立てていたのだ。
箱の魔女が、内部の人間の恐怖やトラウマを駆り立てることを目指して、獲物の記憶を元に映像と幻を作り上げている、と。

キュゥべえが魔女の興味の対象に含まれるのか。
そもそも魔女の能力はそれで正解なのか。
……不安要素は多々存在したが、結果としてアンクは賭けに勝利することとなる。

手近な天使モドキの胴体を渾身の力で蹴り、更にキュゥべえを全力で投擲することで、反作用を利用して一気に出口の隠された壁へと飛び込む。
無重力の空間が仇となり、一度速度の付いた鹿目まどかに、天使モドキ達は追い付くことが出来ない。

「精々お前らは、その白饅頭でも食ってなァ!」
「無意味に潰されるのは困るんだけどなぁ」

立体映像のような可視の幻によって偽装された扉を潜り抜けることは、予想外に簡単で。
アンクは漸く、結界の外へと脱出することに成功したのだった……


最寄りのライドベンダーを見つけ出し、タカのカンドロイドを飛ばしながら、アンクは考える。
というか、結界の中に居た時からずっと、考えていた事だった。
キュゥべえを罠にかけた時には意識しないようにしていたが……

「俺が、恐れてるってのか? 『こいつら』に裏切られる事を」

アンクがヤミーを作り始めたら、きっと火野映司はアンクを倒しに来るだろう。
それをアンクも返り討ちにする。

……アンクと映司は、そういう関係だったはずだ。

「はっ、バカが……」

アンクはその言葉を、まだ追いついて来ない箱の魔女に対して言い放った、つもりだった。
決して、不愉快な想像を起こしてしまった自分自身に対してでは、無い筈だ。

「裏切らないから、『使えるバカ』なんだよ……!」

少なくともアンクが裏切るまでは、奴らはアンクを倒すことは無いだろう。
奴らが欲する手段としてアンクが必要無くなったとしても、関係が薄くなるだけであって、アンクが殺される事は無いに違いない。

よろり、と足元が揺れる。
身体のコントロールが段々と効き辛くなっているのが、アンクには感じ取れた。

「全く、余計な事にメダル使わせやがって……」

元々10枚しか手元に存在しないセルメダルのうち、1枚をタカカンのために使ってしまったのだ。
それに加えて、身体の方もかなりガタが来ているらしい。
アンクの体力も、まどかの体力も、既に尽きかけている。

まだ、カンドロイドを吐きだしたライドベンダーが視界の外にも出ても居ないのに、次の脚を踏み出すことが既に出来なくなってしまっていて。
おそらく、そう時間が経たないうちに、魔女には再発見されてしまうだろう。

「まぁ、何とかなるだろ」

アンクにしては珍しい、楽観的な声だった。
だがしかし、同時にそれは確たる信頼に因る判断でもある。


鉄の馬を駆る音が紅の使いに導かれて廃工場に入って行ったのは、それから僅か数分の後の事であった……



・今回のNG大賞
ライドベンダーをバイク形態へと移行して足を得ようとするアンクだが……

「足が届かない、だと……orz」

バイクの運転には、身体のサイズが足りなかったらしい……


・公開プロットシリーズNo.42
→アンクの変化が速いのは、多分本編より逆境の到来が若干早いせい。



[29586] 第四十三話:かの人のみぞ知る真価
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/15 09:24
その日に後藤慎太郎が非番だったのは、まったくの偶然だった。
もちろん、世界を守るという夢を背負った後藤青年としては、休日とてトレーニングは欠かさないのだが……この日は少々、趣が異なっていたのだ。
何故なら、後藤の目前に現れたバッタのカンドロイドが、告げたからである。

『後藤さん。ちょっと特訓に付きあってもらえませんか?』

最近少しだけ株を上げた、それでもまだ頼り無い『仮面ライダー』からの、相談だった。
結局その日は、オーズの持つメダルの性能についての確認に付き合うこととなる。
自身のトレーニングの時間が減ったのも事実だが、世界を守るという後藤の目的から考えれば、悪いことではない。

今日は、何だか少しだけ有意義な休日を送ることが出来た。

……そう、思えたのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十三話:かの人のみぞ知る真価



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゴリラ×1
ゾウ×2



一日の確認作業を終え、帰路を辿る火野映司の視界に、その『朱』は飛び込んできた。
既に見なれたオブジェクトと化した、タカのカンドロイドである。
そして、それが映司を導こうとしているという意味は……考えるまでも無い。
数に限りのあるセルメダルを使用してまで映司を導こうとしている人物が居るなら、よほどの緊急事態なのだろう。

即決即断を体現した映司の行動は、迅速を極める。
すぐさまバイク形態のライドベンダーを足に、火野映司は現場に急行したのだった。

飛ぶようにバイクを走らせ、ものの数分で目的地と思しき廃工場に駆け込んだ映司が見た光景は……何者かに殴り倒されたと思しき十数名が、伸びて地面に伏している様だった。

「大丈夫ですか!?」

映司は慌てて駆け寄るが、どうやら全員、気絶しているだけで生命に別条は無かったらしい。
だがしかし、ほっと胸を撫で下ろす映司を……運命は、放っておかない。

背中に羽を生やした、不気味な笑顔を伴った天使が、火野映司の周囲を囲んでいたのだから。
咄嗟に天使の伸ばしてきた手を振り払った映司が状況を認識する間もなく、周囲の風景が変化を遂げる。
立体感覚の不明瞭な、ドーム状の結界へと、瞬く間に空間は変異していく。
憧憬と絶望を見せる事によって人間を恐怖へと導く、箱の魔女の住処へと。

確証と呼べるものがあったわけではないが、先日も魔女の結界というものを目にしたばかりの映司は、現在地がそれと同質のものであると自然に認識していた。
当然、無重力の空間の中央に浮かびながら、天使モドキを迎え撃つ決意を固める。

「変身」
『クワガタ トラ ゾウ』

ベルトにセットした3枚のメダルを速やかに読み込ませ、異形の戦士『オーズ』へとその身を変える。
……天使モドキ達は、急変した映司の様子を見て、態度を決めかねているらしい。
彼我の距離は正確には分からないが、少なくとも手が届く範囲では無い。

トラクローも当然届かない距離だが……映司は、自らの攻撃手段に心当たりがあった。
昼間に後藤と共にオーズの性能を調べていた時に発見した、新機能が。
即座に身体に力を溜めた映司は、気合いの一喝と共に、

「ハァッ!」

頭部より伸びた二本の角から、電撃を放った。
映司達がこの能力に気付いた切っ掛けは……ライオンヘッドの機能であった。
ライオンには超越聴覚と光攻撃という二つの機能があるのだから、他の頭にも二つ以上の機能があっても不思議では無いと考え、二人で頭を捻りながら考えた結果である。
というか、最終的には映司が気合いを入れたらあっさり出来てしまったのだが。

緑の瞬きを伴った電流が、二本の角から発され、次々と天使モドキの下へ向かって行く。
だがしかし。

「……あれ?」

その電撃は、一発たりとも天使モドキ達へ命中すること無く、逸れて背後の壁へとぶち当たってしまった。
これには映司も、首を傾げざるを得ない。
この能力の実戦投入が初めてとはいえ、一応後藤と共に特訓を行ってきたばかりなのだ。
オーメダルの種類を超える数の天使モドキ達に一つも当らないことなど、あるとは思えない。

そして、オーズを脅威に感じなくなったのか、天使モドキ達が次々に掴みかかってくる。
当然、映司はそれを迎え撃つ選択肢を取るに決まっている。
だが、迫る天使モドキ達をトラクローで撃退する作業を繰り返す映司は、言いようの無い違和感に囚われていた。
トラクローの威力が足りない筈はないのに、ブッ飛ばされた天使モドキは、あまりダメージを負っているようには見えないのだ。
……敢えてもう一度言おう。トラクローの威力が足りない筈なんて、無い!

上手く相手を突き飛ばすタイミングを合わせ、一瞬だけ手が空く時間を作りながら、空間の内部を事細かに見渡してみる映司。
クワガタヘッドの超越視界があれば、首を回すという人間の動作を行わずとも、空間の内部をくまなく見回すことが可能なのである。

「うぷっ……?」

その結果、魔女の空間内部に仕掛けらしい仕掛けは見つけられず、代わりに映司の内部に込み上げてきたのは……吐き気だった。
何故、こんなに気分が悪くなっているのか、映司自身にも分からない。
まるで、乗り物酔いにでも遭っている気分だ……と、そこまで考えて、ようやく気付いた。
この空間の与える奇妙な感覚の、正体に。
慣れた手つきでドライバのメダルを換装した映司が、選んだメダルは……

『サイ トラ ゾウ』

クワガタの攻撃的なそれよりもやや守りに重点を置いた、灰色の一本角。
サイの視力の低さを、感覚器官そのものを大きくすることで克服した、真っ赤な目。
そして、映司が選んだこのサイヘッドには……この状況を打開するための、とある特殊能力が備わっている。

「セイヤァッ!」

何度目か数えるのも億劫なほどの数だけ振られたトラクローが……的確に、天使モドキの胴体を切断していた。
それを皮切りに、突き飛ばされるだけだった天使モドキが、次々と切り裂かれていく。

映司が疑った魔女の能力……それは、結界内部の空間を歪めて映司の距離感覚を狂わせているというものだった。
そして、他の頭部メダルが超越聴覚や超越視界を持っているように、サイヘッドにもまた、感知に秀でた能力が存在する。

それは……『超越平衡感覚』である。
いかなる重力異常をも見逃さず、歪められた光や音を正確に把握することが出来る、サイヘッドの固有能力。
その力が、惜しみなく発揮されていた。

重力とは、空間を歪める力の事である。
ならば、超越平衡感覚を持ったサイヘッドを惑わすなど、出来るわけも無い。
他の頭部メダルほどの感知範囲は無くとも、視界の歪みに酔いを催すことも距離を測り違える事も、起こらない。

瞬く間に天使モドキ達は引き裂かれ、その背後に潜んでいた箱の魔女の姿が、ようやく現れてくる。
彼我の距離は10メートルにも満たないことを超越平衡感覚は教えてくれるが、無重力空間を進んで魔女の下まで辿り着く方法は、今のオーズには無い。

……が、

『サイ ゴリラ ゾウ』

場を無重力状態から変化させる手段なら、ある。
中央のメダルを換え、灰一色となったオーズの『サゴーゾコンボ』の力ならば、それが出来るのだ。

「ハアアアッ!」

雄たけびの一声と共に、ゴリラのドラミングと呼ばれる行動を模しながら、胸部のリングを叩く。
それに呼応して空間に灰色の力が漏れ出し……オーズの周囲に、力場が引き起こされる。

否、それは元々地球の発していたはずの重力を、魔女の空間特性を打ち消して正常化させたと言った方がより正確な動作だった。
ドーム状の空間の、壁だったはずの場所に両足を付き、同じく地面に落下している箱の魔女に向き直る。

『スキャニングチャージ』

敵を見据えたオーズの行動は、迅速だった。
素早く手元のスキャナに灰色の三枚のメダルを読み込ませ、特殊技の発動を試みる。

箱の魔女の周囲に発生した灰色の3本の環が実体化し、魔女を捕縛するとともに、オーズの立つ地点へと導く。
そして、その先で待つオーズは……身体中に力を溜め、必殺の拳撃を打ち込む準備を済ませている。

……その時だった。
映司が、箱の魔女の前面に映し出された映像に、気付いたのは。

「あれは……」

かつて、世界中の貧困に苦しむ人々のための事業を立ち上げる夢を、がむしゃらに追っていた頃の自分。
たまたま立ち寄った国は、内戦のまっただ中で。
そんな中でも、自分にも出来ることがある筈だと疑わなかった、日々。
村が戦火に晒されて、映司には子供一人を守る力さえ無くて。
そして、自分だけがおめおめと生きて帰って来た時の、虚無感。

まるで整理されていない映像ドキュメントのように次々と映し出されているそれは、憧憬を司る箱の魔女の最後のあがきだった。
縛られて近づいて来る箱の魔女と、そこに映ったモノから、映司は視線を離さない。
沈黙を続ける映司がようやく口を開いたのは……手の届く距離まで、魔女がやって来た時だった。


「98回……それが、俺が『その夢』を見ても泣かなくなった時までの、回数だ」

それが、箱の魔女への手向けの言葉となる。
ゾウの脚による踏ん張りに加え、強靭な腕力と角の硬度を活かした拳とヘッドバッドの3点同時攻撃が、角ばった魔女の身体を捻じ曲げる。
まるで、怪獣がミニチュアのビルを粉砕するかのように。
縛られたせいで逃げ場も無く、その直撃を正面から受けてしまった魔女が爆散したのは……自明のことであったに、違いない。

何時もの映司の軽快な掛け声は……聞こえては、来なかった。


「あいつ……随分、『オーズ』らしくなったなァ」

グリーフシードを片手にサゴーゾコンボの姿で結界から脱出した映司を視界に収めながら、ぽつりとアンクが呟く。
映司の出てきた場所は廃工場の中で、当人はきょろきょろと周囲を見回して、倒れている人々の安否を確認しているようだった。
アンクは建物の外に浮きながら遠目で眺めているため、おそらく映司がアンクの存在に気付くことは無いだろう。

コンボの疲労を感じさせる映司の姿を見送りつつ、こっそりと廃工場を後にしたアンクは、工場の外で倒れている鹿目まどかの学生カバンの中に潜り込んだのだった……



 
鹿目まどかが目を覚ましたのは……身体に染みついた、いつもの起床時間であった。
ぼんやりと霞がかかったように鈍い頭は、暫くの間、状況を認識することが出来ずに居た。
昨日は確か、親友の志筑仁美に偶然出くわして、何故か仁美が集団自殺に加わって……

「……そうだっ! 仁美ちゃんたちは……!」

布団を跳ね飛ばす時に特有の、空気を押し退ける音を侍らせながら、急に上がった血圧のせいで痛む頭を抑える。
あの後は、自殺志願者たちが襲い掛かって来て、アンクにその場を丸投げしたのだ。
そこまでは、思い出せた。
しかし、なぜ自分はいつものように鹿目家の自室でベッドの中に入っているのだろうか。

「ふん。ようやく起きたか」

まどかが部屋の中を見渡せば、縫い包みの棚の中に無理矢理スペースを作って居座る掌怪人の姿が見受けられた。
……縫い包みの中に一体だけ呪いのかかったモノが混じったのではないか、と一瞬だけ思ってしまったのは、内緒である。
心なしか、少しだけその声が不機嫌に思えるのは、何故だろう。

「あの後……どうなったの?」
「オーズを呼んで、人間を操ってた魔女を倒させた。それだけだ」

仁美達の身の安全を聞いて、まどかはほっと胸を撫で下ろす。
と、同時に、自分の手に応急処置の跡と思しき布が巻きつけてある事に気付いた。
意識に入れ始めると、布が巻かれた左手は、じわじわと痛みを浸み渡らせてくる。

なるべく意識しないようにしようと思い立ち、ベッドから起き上がろうとしたまどかは、

「いたたたたた!? なにこれぇ!?」

盛大にベッドから転がり落ちた。
しかも、身体全体が異様に痛む。
ベッドから落ちた打ち身だけのせいでは、決して無い。
むしろ、痛みに気を取られてベッドから落ちたのだ。

「筋肉痛だろうな。人間の弱い身体なんて、そんなもんだ」

しれっと他人事のように口にするアンクに対して腹を立てている余裕さえ、今の鹿目まどかには無い。
一応アンクとてまどかを助けるために無茶をしたのだから、責められるのも理不尽な話ではあるが。

全身が固まっているという未だかつて体験した事の無い異常事態に、鹿目まどかは、

「アンクちゃん、私の身体、動かせない?」
「ふざけんな」

アンクに頼ってみたが、あっさり切り捨てられた。

「そんな貧弱な身体なんて、願い下げだ」
「……アンクちゃん的には、巴マミさんとかの方が、良いの?」

拘束からのハメ技コンボを使ってトドメを刺しに来る巴マミの図を思い浮かべて身震いしながら、まどかはアンクに尋ねてみた。
何となく、巴マミの『カラダ』は色々と凄いような気がしたので。

「仕返しなら喜んでするところだが、別にアイツ自体は要らねえなァ……」
「もしかして、オトコの人の方が好きだったり?」

どきどきわくわく……そんな擬音が聞こえてきそうなぐらいに興味津々な顔をしているまどかの様子が、アンクには若干不思議ではある。

「論点が変わってんだろ。とにかく、自力で動け! 俺は『手』を貸す気は無い!」

手を使った慣用句に定評のある掌怪人のツンぶりは、今日も健在らしい。
いそいそと学生カバンに潜り込むその様子を見ていると、グリードが人類の敵だなんて、やっぱり鹿目まどかには信じられない。

「アンクちゃん」
「あァ?」

だって、

「ありがとう」
「……手なら貸さないって言ってんだろうが?」

アンクは、鹿目まどかを助けてくれたのだから。
彼自身がどう思っているのかはともかく、まどかはそう思っている。
口も悪くぶっきら棒で、見た目は怖い上に不気味だが、それでも。
まどかや工場に集まった人達が助かったなら、きっとそれ以上のハッピーエンドなんて、あるわけない。
その立役者であるアンクを誰よりも評価している人物が自分なのが、少しだけ、誇らしく思えたのだった……


ギシギシと不快な音を立てる身体を無理やり動かし、何とか家族の待つリビングへと辿り着く、まどか。

そこには、いつものように朝食を作っている父親が待っていて。
筋肉痛を堪えて布団を剥ぎとったベッドの中には、いつものように母親が居て。
弟はいつものように、口の周りを盛大に汚して。

怪奇の無い日常が、かけがえの無い大切なものだと、そう思えた。
その日の朝食は、いつもより少しだけ、美味しかった。



鹿目まどかは、まだ知らない。
自身の目の外で、魔法少女たちの関係が少しずつ変化して居る事を。

運命を隔てる長い休日は、ようやく明けた。
物語はようやく……一つの節目を、迎えようとしている。

良き終末は良き開闢のためにあるのか。
もしくは世界は永劫に続く円環なのか。

暁美ほむらが巻き戻せる時間は、1か月。
既にその半分が過ぎようとしていた……



・今回のNG大賞

鹿目まどかの右手に包帯代わりに巻かれている布には、見覚えのある模様が描かれている。
それを手から外してみると……

「パンツ……?」

なんと、いつの日か通りすがりの青年が持っていた男性用下着だったのだッ!
こういう時って、どうしたら良いんだろう……?

・公開プロットシリーズNo.43
→サイの見せ場を作ろうと思ったら、エリーさん以外に相手が思いつかなかったんだ……



[29586] 第四十四話:地雷付迂回路
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/15 09:52
父親らの話によると、昨日の深夜に、見知らぬ青年がまどかを背負って鹿目家まで来たのだという。
その青年は、まどかの携帯端末の中を勝手に見て住所を把握したらしいので、謝辞を伝えて欲しいと言われたことも聞かされた。


尚、昨晩起こった出来事について聞かれたまどかは、廃工場に人が集まるのを見て付いて行ったがその後の事は全く覚えていない、という言い訳をしてみた。
ほとんど嘘は言っていないとはいえ、その説明で家族が納得すれば、そちらの方が逆に違和感があるというものだ。
何とか家族の追及を誤魔化しつつ、まどかは実家を後に学校へと向かったのだった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十四話:地雷付迂回路



その日の美樹さやかは、授業の内容など一欠けらたりとも覚えていなかった。
前日に盗み聞きに失敗した、魔法少女の集いの内容を頭の中で何度も回しながら、なんとか整理をつけようとしていたのだ。

結局、携帯電話を破壊された後のさやかは、撃ち殺されることも無かった。
そもそも、マミさんが銃を向けてきたのは盗み聞きをしていた人物の後ろ姿がさやかのモノであると気付かなかったからこそだったのだ。
マミさんがキュゥべえと契約した切っ掛けを教えてもらった辺りからは、既に自分が殺されるなどというネタ話は完全に忘れ去られていたりして。

だが、美樹さやかが気掛かりは、既に別の事に移っていた。

――貴女がキュゥべえを恨む気持ち、少しだけ分かっちゃったから。

転校生こと暁美ほむらが魔法少女で、キュゥべえを恨んでいるというのも驚愕の事実だ。
そしてそれ以上に、巴マミがそこに共感しているという状況がさやかの頭を混乱させていた。
しかも、そのことについてさやかが質問しても、マミさんは現時点では教えるつもり無いと言いだしたのだ。
転校生も、巴マミがそう言うなら彼女に任せるわ、とかなんとか言って、結局教えてくれない。

「二人でアイコンタクトまでしちゃってさぁ……」

転校生もマミさんも美樹さやかに近しい人間の筈なのに、この三人がそろった時の美樹さやかのアウェー感は異常だった。
まるで、仮面ライダーがお侍さんと並び立つ絵面ぐらいの、バリバリの違和感である。
東映や大友剣友会という組織の概要を思えば、間違っていないような気もするが。

「……さやかさん、どうしたんですの?」

心配そうに声をかけてくる友人の声を聞いて我に帰ると……そこは、いつものファミレスだった。

「あれ? 学校って終わったんだっけ?」

どうやら、考え事をしている間に放課後になって、しかもいつものようのファミレスに連れ込まれたらしい。
さやかは、そこまで移動してきた経緯を全く覚えていないのだが……
おそらく、いつの間にか戦場を味の素スタジ○ムへ変更出来るヒーロー達の補正が、魔法少女の世界観を侵食しているからだろう。

「そのボケ、生まれて初めて聞いたよ……」
「でも、この先の美樹さやかにはありがちな事になっていくでしょうね」

習慣とは、恐ろしいものである。
そして、突っ込みの内容が微妙に笑えないのは、何故だろうか。
まるで未来を知っているかのような物言いが、妙な現実感を伴って囁かれたような気がする。

「えーと……先生に新しい彼氏が出来たんだっけ?」
「それは正解なんですけれど、適当に言ったら当たってしまったって顔をしてますわ……」
「……今度の小テストは赤点の予定のようね」

……っていうか、まどかと仁美は心配してくれてんのに、何で転校生だけいつものすまし顔なのよ?

「いやぁ、ホムラーマン社長が例の隠し事の内容を教えてくれれば、サヤカイザー的にはハッピーなんだけど」
「ネーミングのセンスが壊滅的ね。巴マミに弟子入りしてきなさい」

合言葉は『ティロ☆フィナーレ』である。
そして、暁美ほむらが巴さんのセンスを本気で格好良いと思っているかどうか……それは、ほむらさんの良心を信じるという事にしておこう。

「隠し事って、なんのことですの?」
「……」

志筑仁美は……心当たりが無いらしく、興味津々という顔で続きを促してくれている。
その隣で、鹿目まどかは心当たりがあり過ぎて続きを聞くのが怖いという顔をしていたりして。
もっとも、その内心を読み取れたのは暁美ほむらだけだろうが。

「巴マミがそれを知って欲しく無いなら、私はそれに従うわ。射殺されたくないもの」
「巴マミさんって……色々と危険な噂を耳にする、3年の先輩の方でしたっけ?」

転校生様がそんなに簡単に口を割るとは、美樹さやかは全く期待していない。
そもそも、この場には魔法に全く関係が無い鹿目まどかや志筑仁美が居るのだから、その話を掘り下げることなど出来るはずも無いのだ。
さやかとしては、秘密主義者のほむらさんに対するささやかな意趣返し程度のつもりでしか無い。

「私、さやかちゃんが射殺されるなんて、嫌だよ……」
「そこが問題なんだよなぁ……。あたしも最近ちょっと、あの人が怖いかなって思い始めたところがあって、聞き辛いんだよね」

昨晩の事を思い出して背筋を寒くしながら、さやかは自分が何に困っているのか整理を始めていた。
キュゥべえは、誰かから命を狙われていると言っていたはずだ。
そして、暁美ほむらはキュゥべえに恨みを持っており、巴マミもその気持ちに同感している。

……よく考えたら、転校生がキュゥべえを恨んでるとは言っても、殺そうとしている奴と同一人物とは限らないよね?

そんな都合の良い思考を起こしながら、転校生の仏頂面を横目で見て、思う。
キュゥべえとほむらの仲が悪く無ければ、それが一番良いに違いない、と。

「みんなはさ、『もしも』の話だけど……誰かを殺したいと思ったことって、ある?」

何となく、暁美ほむらだけに対象を絞って聞くことが、出来なかった。
腰が引けてしまったというか、答えを聞くのが怖いというか。

「私は無い、かなぁ」
「私も……そこまで深い恨みは、無いですわ」

鹿目まどかならそう言うだろう、と美樹さやかには予測が付いていた。
志筑仁美の返答も、まぁそうだろうな、ぐらいに思えた。

「数えるのを諦めるぐらいには、あるわ」

そして、コイツのこの答えは……出来れば、聞きたくなかった。
でも、この先を聞かないと、恩人であるキュゥべえを失う事になるかもしれない。
だからこそ、ここで引くわけにはいかない。

『それって、キュゥべえのことだよね。実際に殺そうとしたことって、ある?』
『……あるわ』

他の二人には聞かせたくない事なので念話で聞いてみたが、その選択は正しかったらしい。

「でも理由は、やっぱり教えてくれないんでしょ」
「どうしても聞きたければ、射殺される覚悟をしたうえで巴マミに聞きなさい」

実際には、巴マミが美樹さやかを射殺することなど無いのだ、と暁美ほむらは知っている。
魔法少女が魔女になるしかない時ならともかく、現状ではその可能性は限りなく低い。
問い詰められれば、巴マミは言えないと突っぱねるか口を割るかの二択しか選ばないはずだ。
むしろ、ほむらがそれを口に出したのは、巴マミに対する悪印象を鹿目まどかに植え付けるためという意味合いが強い。
一応、鹿目まどかを魔法少女にさせないための作戦も継続中なのである。

「なんだか……そこまで言われる巴マミというお方に、一度お会いしたいものですね」
「仁美ちゃん、もしかしてまだ自殺願望が……?」
「勇気と無謀は違うわ」
「……まぁ、止めといた方が良いと思うよ」

志筑仁美は、自分の知らない人物の噂話に興味が膨らんだらしい。
そして、それぞれのテンションでそれを引きとめる三人。

さやかは、迷う。
やっぱり暁美ほむらが悪いとは、考えたくなかった。
無表情ながらも仁美の身を案じる声をかけている姿を見れば、尚更そう思ってしまう。

やっぱりマミさんに聞きに行こう。
ついにそう思い立つに至ったのであった。
だがしかし……先日携帯電話を破壊された時に巴マミに感じた恐怖が、頭の隅にくすぶっていた。
接近戦ならどうにか出来るなどという次元の戦力差では無いし、暁美ほむらは射殺を覚悟しろと助言してくれた。

……一言で言うと、物凄く心細いのだ。
誰かに同行を頼もうにも、転校生はマミさんの方針に従うと言っているし、他に魔法関連の知り合いなんて……

「あたし、ちょっとこの後用事があるんで、お先に!」

もう一人の魔法少女が、居たような。
奴を引き連れて、マミさんの下に頼みこみに行けばどうだろう?
具体的な効果は不明だが、あんな頼り無い奴でも、居ないよりはマシだろう。
まだ日も傾き切っていない時間であったため、さやかは友人たちとの語らいの時間を切り上げて、夢見公園へと向かう事にしたのだった。



「トーリ! 遊びに来たぞぉー!」
「さやかさん? こんにちは」

というわけでやってきた、夢見公園。
トーリと一緒に居たパンツマンは、俺は邪魔かな、などと言って何処かへ姿を消してしまった。
今日はやけに奴は空気が読めるなぁ、ぐらいの印象しか、さやかは抱かなかった。

美樹さやかは、聞かされていないのだ。
火野映司が、アンクの死を悲しんでいるという事を。
その実行犯である巴マミと美樹さやかを、映司が避けているということも。
ただ、巴マミと火野映司がしばらく別行動をとるという事を、マミさんから伝えられただけなのである。

「私に用なんて、珍しいですね」

そして、目的の人物であるトーリは、さやかの用事の内容に見当がつかないらしい。
ヤミーでも倒してセルメダルを預けに来たんですか、などと聞き返してくる辺り、あまり勘は鋭くないのだろう。

「トーリはさ、暁美ほむらって子のこと、覚えてる? 髪が長くて美人系な、むっつりさんなんだけど」
「覚えてますよ」

忘れるはずもない。
暁美ほむらに殺されかかったことは、トーリの一生もののトラウマである。
誕生日プレゼントに魔力弾を大量に贈呈されたことは、鴻上財団の世界観に喧嘩を売っているとしか思えない凶行であった。

「その子がさ、キュゥべえを凄く恨んでるみたいなんだ」
「……!」

トーリは、とある開発中のビルの中で目撃した光景を、頭の中に思い起こしていた。
暁美ほむらによって惨殺されたキュゥべえと、下手人であるほむらに言及する巴マミの姿は、確かに記憶の中に収まっている。
これは……チャンスではないのか?
魔法少女達がキュゥべえを疑うことは無いだろうし、暁美ほむらに不信感を抱く魔法少女を総動員して奴を始末できる絶好の機会に違いない。
特に、キュゥべえ殺害の現場を目撃した巴マミなら、是も非も無く協力してくれるはずだ。

トーリの期待に満ちた視線に気付いた様子も無く、さやかは話の続きを継ぐ。

「しかも、マミさんもキュゥべえを恨む気持ちは分かるって言いだしたんだよ」
「……アレ?」

トーリの目算が、綺麗に外れた瞬間であった。
おかしい。
こんなの絶対おかしい。
巴マミだけは、暁美ほむらと和解することは有り得ないと思っていたのに。
そんなことがあり得るぐらいなら、アンクとウヴァさんがもう少し仲良しでも良さそうなものである。

「さらに困ったことが、マミさんがその理由を教えてくれないってコト」
「うーん……」

暁美ほむらと巴マミが手を組んで、トーリがその二人から狙われるようになれば、最悪も最悪である。
巴マミがキュゥべえへの恨みに同感している以上、二人が共にトーリの味方になってくれるという考えは楽観的すぎる。
つまりトーリとしては、その二人の同盟は何としてでも阻止せねばならない。

「トーリは、その理由に心当たりって無い?」
「すぐには思いつきませんねぇ」

魂が云々、代償が云々という話は聞いたことがあるが、巴マミがそれを隠さなければならない理由には、トーリも心当たりが無い。
そしてその前に、トーリとしては確認しておかなければならないことがある。

「もしキュゥべえさんとほむらさん達が敵対していたら……さやかさんはどうしますか?」

現在のトーリが想定する最悪の事態とは、魔法少女3名の全てから命を狙われる状況である。
それを回避するために、美樹さやかがキュゥべえを含むトーリ達の味方かどうかを確かめなければならない。

「それがよく分からないから困ってんの」

そんなことを言われたって、トーリも困るばかりだ。

「トーリ、あんたはさ、転校生やマミさんがキュゥべえを恨む理由って、知りたいと思わない?」
「是非知っておきたいです」

暁美ほむらが魔法少女を増やしたくない理由は過去に聞いたことがあるものの、それがキュゥべえへの怨念の理由と同じかどうかは分からない。
そして、巴マミがキュゥべえへの恨みに同感する理由もまた、同じとは限らないのだ。
だからこそ、その理由を知っておくことに損は無い筈である。

「じゃあ、今からあたしと一緒に、マミさんの所に聞きに行こう!」
「でも、マミさんは言いたくないんでしょう?」
「前はあたし一人だったけど、二人がかりで頼めば頷くかもしれないでしょ?」
「なるほど」

トーリとしては、映司がクスクシエを後にして以来一度も巴マミと会っていないので少しだけ気が引けたものの、身の安全を確かなものにするためと割り切って美樹さやかに同行することにしたのだった。



「……というわけで、トーリにぶら下がって空の旅を楽しんださやかちゃんでした」

……最近、便利な『足』として使われている感が否めないです。
そんなことは、トーリは口にしないが。

「窓から入っちゃいます? それとも、一応入口を通りましょうか?」

ちなみに、トーリが屋根裏部屋に居候していた時には、横着をして窓から直接出入りをしていた気がする。

「どっちもだ!」

……さいですか。
一瞬だけさやかの言葉の意味を測り兼ねたトーリだが、二手に分かれようという提案だという事をきちんと把握できた。
さやかを地面に下ろして、自身は再び地上二階の高さまで飛び上がる。
そして、古びた軋む音を上げる窓を開け、窓からお邪魔して、

「こんにちは、マミさん」
「……あら、ひさしぶりね」

何だか微妙に、気まずかった。
少しだけ驚いた様子のマミさんはトーリの出方を窺っているように、見えた。
かといって、トーリも出来ることならさやかが来てから本題に移りたいと思っているわけで。
まぁ、一階の多国籍料理店の入り口に回ったり店長に挨拶をしたりしているさやかが到着に時間がかかるのは、当たり前である。

……もしかして、自分が気まずい思いをしたくないから、先に特攻させた?

トーリからさやかへの人物評価は、破壊者様の旅の方向性のように迷走を続けるばかりである。

「私の事……怖い?」
「……マミさんと戦うのは、怖いですよ」

ぎこちないトーリの様子に何を思ったのか、巴マミが口火を切ってくれた。
ところが、トーリには今まで見えなかった何かが見え始めているような、そんな気がしていた。
巴マミの言葉とは裏腹に、むしろマミ自身が何かを恐れているのだ、という確証の無い感覚的なものをトーリは感じ取っていたのだ。

「この間の、化物がどうとかっていう話の、続きですか……?」
「そういうつもりでは無かったのだけれど……そうとも言えるわ」

何と言うべきか、巴マミが望むものがぼんやりと掴めるような、そんな気がしている。
巴マミは、その身に巣食う恐怖から解放されることを心から願っている……トーリには、そう思えた。
その詳細な内容が解らないので、解決策も見えてこないが。

「誰かが化物になってしまうような言い方に聞こえましたよ。何をそんなに不安がっているんですか?」

『トーリ』が『既に化物である』という含みを持たせないために選んだ言い回しが、それだった。
巴マミが未だトーリの正体について確信を持つに至っていないのは理解しているが、危険は出来るだけ犯したくない。

「今の私は……そんなに、余裕が無いように見えるのね」

トーリの読み取った不安の元が視覚的な情報かと言われると、トーリは首を縦に振るのを躊躇ってしまう。
もっと総合的なというか第六感的なというか、とにかく視覚だけではない感覚で、トーリは感じ取っていたのだ。

「さやかさんから聞きましたよ。キュゥべえに恨みを持つ魔法少女に会ったって。その人のせいですか?」
「そういう訳でも、無いのだけれど……」

巴マミは、魔法少女が死体であるという事実を共有することを、少しずつ考え始めていた。
だがしかし、トーリにそれを教えてしまって、本当に良いのか?
魔法少女の魂の変質をマミやさやかよりも先に不安がっていたトーリに、その事実を教えてしまったとして、トーリはどうなるのだろう。
聞くところによると、トーリにはおよそ最近二週間より前の記憶が存在しないらしい。

……本当に不安なのはトーリさんの方なんじゃないかしら。
そう、巴マミは考えてしまう。
そして、彼女を不安がらせているのは巴マミ自身なのだ、とも。
仮面ライダーと魔法少女の共同戦線を崩す切っ掛けを作ってしまったのは、ほかならぬ巴マミなのだから。

「その人って……多分、キュゥべえさんを殺した人ですよね。仇を討とうとは思わないんですか?」
「ちょっと前まではそれも思っていたんだけれど……今は、無いわね」

マミの中では、キュゥべえを恨む気持ちはさほど大きく無い。
死体がどうの、という話を聞いても、かつての交通事故の際に死んでいたはずの身としては破格の待遇だ。
だがしかし、トーリやさやかはそうではない。
特にトーリは、自分が願いを叶えてもらった記憶も無いのに魔法少女であるという理不尽極まりない状況だと聞いている。
そして、あの暁美ほむらにもそれに匹敵する事情があるのかもしれないと思うと、彼女を恨むに恨めないという気もしてしまうのだ。

「暁美さんとは、お互いにまだ聞きたいことを聞き終えていないから、近いうちにまた会う予定よ。トーリさんも色々と聞きたいことがあるだろうけれど、それまで暫く待ってくれないかしら?」

疑問の体を為して告げられたその言葉は、疑問の意味を以って使われたわけではない。
トーリとて、そんなことぐらい分かっている。

「……分かりました」

結局、収穫は何も無かった。
仮面ライダーと魔法少女の共同戦線を再建するでもなく、巴マミと暁美ほむらを敵対させるでも無く。
一応質問の形で思考を誘導しようとしてみたものの、結果は芳しく無いようだ。

ワタシ何しに来たんでしょう……そう、トーリが思ってしまったのも、無理は無い。
トーリは不確実性を嫌って、暁美ほむらがトーリを始末しようとしたという事実を巴マミに伝えることが出来なかった。
むしろトーリの方に処分される理由があるのではないか、と勘繰られるのを恐れたためである。
そのことを理由に、暁美ほむらに抗戦することを提言すれば、巴マミは動いてくれたかもしれない。

トーリの選択は、間違いだったのか?
その答えが出る日は……案外、遠くは無いのかもしれない。



・今回のNG大賞
「それで、その恭介ってヤツが(以下略)」
「さやかちゃん……それ、絶対恋愛対象として見られてないよ!」
「ええええええっ!?」
「だってそれ、お兄ちゃんが私を見る目と一緒だよ? 経験者だから分かるの!」
「そんな……orz」

何故かクスクシエのアルバイターと恋愛談議に興じている美樹さやかの姿が、そこにはあったという……
トーリが巴マミに上手く言いくるめられたことを後から聞かされてもう一度項垂れることとなるのだが、それはもう少し先の話。



・公開プロットシリーズNo44
→後輩想い故にドツボに嵌るマミさん。だが、それが良い。



[29586] 第四十五話:LORD OF THE SPEED――卂き魔法少女、マギブラック!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/18 22:37
「真木博士……一緒に警察に来てもらうぞ」

鴻上財団傘下の、研究室の一つ。
表向きには生体工学の実験を行っている事になっているその施設の最奥部を、一人の青年が訪れていた。
青年の名は、後藤慎太郎。
その研究施設の勤務者と同じく、財団の構成員である。

「未成年者である『暁美ほむら』の拉致監禁……完全に、犯罪だ」

この邂逅の二日程前に、真木博士の任されている施設の一つが謎の襲撃者に見舞われたという報告を、後藤は受けていた。
ところが、グリードに対抗するための装備を開発しているという真木博士に興味を抱いていた後藤が自主的に調べた結果……幾つもの不審な点が現れたのだ。

「何の事だか分かりませんね。彼女は魔法という未知の力を使ってコアメダルを奪いに来た掠奪者です」

報告では、そういう事になっている。
だがしかし、こう見えて後藤慎太郎という青年は、頭が切れる方なのだ。
警察に協力を求めた後藤が顔写真手配中のストーカー犯と間違えられたのは、きっと世界の方が間違っているに違いない。

「目撃者はあがってる。その日の昼間に、カンドロイドを使って暁美ほむらを拉致していた真木博士の姿を見たベンダー隊員が居た」

加えて、その襲撃に使われたと思しきライドベンダーの映像記録は、当の時間帯の分だけ見事に抜け落ちていた。
そんな隠蔽工作ができる人間が限られていることを考慮すれば、あとは消去法的に真木を疑うしかない。
状況証拠としても、その工作は後藤を捜査へと踏み切らせるのに充分過ぎたのである。

「私が居なくなれば、メダルシステムはどうなります? 魔法少女の助力も失っているオーズの戦いは、不利になる一方ですよ?」
「それに比べて、ここで貴方を見逃せば……俺は例の新しい装備を支給してもらえる、と?」

後藤の表情を、真木博士は見ていない。
真木博士が視線を送るのは……彼の左腕の上に乗せられた気味の悪い人形ただ一体のみ。
……だからこそ、博士は気付くことも無い。
後藤慎太郎がどんな心境で、その言葉を発したのか。

「察しが良いですね。もっと私と友好的に付き合っていただけるのなら……」

後藤慎太郎という青年は、世界を守るなどという真木博士とは決して相容れない欲望を持つ男だ。
だからこそ後藤は、“力”を与えてくれる可能性を持つ真木を排除できない。
……そう、真木は信じて疑わなかった。

「……断る」

従って、その答えは……真木清人を振り返らせるには、充分過ぎる驚きを彼に与えていた。
彼の与えられた驚愕は、ある日突然タコ焼きを作り始めたロリコンアンデットを目撃した知人達にも匹敵するだろう。
振り落とされそうになる人形を右手で抑えている真木博士に、後藤は言葉を継ぐ。

「確かに俺は、力が欲しい。だが、今の俺にとってそれは、『あいつ』の理想を助けるためのものに過ぎない」

新しい装備を手に入れれば、オーズと同等かそれ以上の力を得られる……と、後藤は聞いたことがあった。
その情報にはいくらか誇張という名のお約束が含まれている気はするものの、無いよりは遥かにマシであることは言うまでも無い。
もちろん、それは欲しい。
……それでも。

「それに魔法少女たちもみんな、悪い子じゃない。最後には『あいつ』と一緒に笑ってるに決まってる」

後藤は、魔法少女達を監視する任務を負い、何度か本人と直接接触する機会にも見舞われている。
部下から聞いたところによると、仲間内で殺し合いに発展する直前ぐらいまでの戦いが行われた事もあるらしいが……そこは、情緒不安な子供を導ける大人の不在が宜しく無いだけなのだ。

監視をしているうちに情が移った、と一言で言ってしまうのは簡単だ。
ただ、彼女たちには一緒に笑いあう友人が居て、何の変哲もない日常がある。
そのことを思うと、魔法少女が生意気だったり力不足だったりしても、最後には『あいつ』と分かりあえるのだろうという楽観視が出来る。
とある優しい子供から切っ掛けを貰った後藤が、自ら出した結論が……それだった。

「だから、俺は貴方を警察に突き出すことに躊躇はない! さあ、抵抗は無駄だ!」
「……仕方ありませんね」

銃に手をかける後藤を相手に罪を認めた真木博士は……抵抗を、見せなかった。
こうして、後藤を拍子抜けさせつつ、真木博士は素直にお縄につくこととなったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十五話:LORD OF THE SPEED――卂き魔法少女、マギブラック!



「里中君! 伊達君の招集は順調かね!?」
「はい。本日中にでもこの本社ビルを訪れる予定です」

鴻上光生は、その言葉を発したまさにその時も、日課のケーキ作りに勤しんでいる真っ只中だった。
里中秘書の抑揚のない声が、相対的に会長の暑苦しさに拍車をかけているのかもしれない。
撮影中にケーキが溶けてしまうという制作陣の裏話も、きっと会長が暑苦しすぎるせいに違いない。

『伊達明』
その人物こそ、後藤慎太郎をバースの装着者に相応しい人材へと育成するブリーダーの名前であった。
少なくとも、鴻上光生は、そう期待している。
後藤慎太郎は今の段階でも欲望の発露を少しずつ覚え始めている程度の青年だが、それを完全に開放した時には世界を救う存在になるのだと、鴻上光生は見込んでいるのだ。

「彼に渡すための品々は準備できているかね?」
「はい。バースの操作マニュアルと装備一式、まとめておきました。これを伊達さんに渡せば完璧です」

分厚い冊子を団扇のように撓ませながら、やはり里中エリカは静かに応答を済ませる。
その数秒後には腕時計を確認して次の作業に入っている辺り、有能には違いないのだが。
しかし、腕時計をつけているその手が目前のケーキの解体を続行している辺りは、やはり何処か締まらないものがあった……


「会長。ヨーロッパで遺跡の調査にあたっていたチームから、三日置きの定時連絡が途切れましたが、どうされますか?」

純白のクリームをトッピングする手を一瞬だけ淀める程度にはその報告に驚いたようだった会長だが、手元を狂わせる事が無い当たりは趣味人過ぎた。
それに比べて報告書を読み上げた里中は、一応ケーキを解体する手を休めている辺り、申し訳程度にはお仕事モードらしい。

「何かあったに違いない! 捜索隊を結成するッ! 『アレ』は失われてはいけないモノだからねッ!」
「会長自ら、ですか? 分かりました。会長の現地訪問を、予定より一か月繰り上げることにしましょう」

ヨーロッパのとある遺跡……そこが、『オーズ』の物語の起源だった。
800年の昔に生きた、一人の強欲な王。
彼は当時の最先端の技術者であった錬金術師たちを集め、人間に更なる進化を促すために、様々な生物を贄に新たな物質を作らせた。
それが……コアメダル、である。

正しい歴史の中ならば、アンクの赤いメダル6枚と未知の紫のメダル10枚が眠っていたはずの、その遺跡。
そこに待ち構えているものは、蛇か鬼か。

とりあえず、

「おっかしいなぁ……誰も居ねえぞ……?」

その日の夕方に会長室を訪れた『伊達明』を待ち構えていたモノは、机の上に投げ出されたマニュアル本といくつかの備品だけだったらしい……



ちょうどその頃、大人気のマスコットことキュゥべえさんはと言えば……

「どうしたの? 契約しないのかしら?」
「いくらボクにでも、出来る事と出来ない事があるんだよ?」

通りすがりの婦女子に詰め寄られていたりする。
少女の可憐な容姿とキュゥべえの可愛らしい外見が揃っているこの状況は、いわゆる“絵になる場面”の条件を満たしていると言えただろう。
……彼女たちの現在地が薄暗い路地裏であったり、キュゥべえの四肢が逃亡防止のために潰されていたりしなければ、の話だが。
最初から暗いマックスにも限度というものがあるはずだ。

「無意味に潰されるのは困るんだけどなぁ」

誠実がモットーのキュゥべえさんが何故このような状況に陥っているのかといえば……別に、回想に入るほどの経緯も無かったりする。
ただいつものように鹿目まどかの周囲で契約の機会を窺っていたところ、突然路地裏に連れ込まれてKONOZAMAである。

「貴方と契約すれば、願いが叶うんでしょう? 正直、あまり期待はしてないけれど」

どうやら、目の前の少女の目的は、そういうことらしい。
正直に本音を言ってくれるあたりはキュゥべえさんと反りが合いそうではあるが、その手段が破壊的過ぎた。
というか、期待していないのなら最初から個体を潰さないでほしい。
勿体ないじゃないか。

「無理だよ。さっきも言ったじゃないか」
「どうして? 説明しなさい」

期待していなかったと前置きをしていた割に食い下がってくる、少女。
ひょっとすると、対価を考えれば期待値的には美味しい話だと思われているのかもしれない。
もっとも、対価というものを正しく理解しているかどうかは不明だが。

「君が、魔法少女になるための条件を満たしていないからさ」
「勿体ぶらずにさっさと続きを言いなさい。残りも潰されたくなければ、ね」

そう言って、キュゥべえさんに残されたチャームポイントである耳に少女は手を伸ばす。
それを潰されると契約機能が無くなるため、既に皆無に近いこの個体が本格的に用済みとなってしまう。
やれやれと首を振りながらもキュゥべえは、相手が望んでいると思しき方向へと話を進めることにしたのだった。

「大原則として、人間でなければ魔法少女にはなれない。君は『違う』だろう?」
「あら、とぼけた顔して意外と鋭いのね。私たちの擬態って、同類同士でも分からない時があるのに」

心底意外だという表情を一瞬だけ見せた少女だったが……次の瞬間にはその姿は著しい変化を迎えていた。
体を包む肌には軟体類の吸盤が露出し、背中からは細長い魚類の尾が何本にも分かれて生えており、頭部は魚類を思わせる攻撃的な鋭角を現す。
言うまでもなく、グリードのお色気担当ことメズール様、その人に間違いなかった。
人間の姿は、この世界の中を歩き回るための仮初のものに過ぎないのだ。

「大方、貴方達が人間を加工するためには、一定以上の大きな欲望が必要なんでしょう? だったら無限の欲望を持つグリードは適任じゃないかしら」
「欲望の大きさは必要だけど、それと同じぐらいにその人間の持つ希望と絶望の落差の大きさが必要なんだよ」

だいたい、魔法少女と呼ぶには君は年を取りすぎていないかい?
……などという空気の読めない発言をするキュゥべえさんではない。
もしそんなことを言ってしまえば、初代の大御所を貶された後輩プリキ○ア達が総出でキュゥべえさんを抹殺にかかっていただろう。

「そもそも、君たちグリードには、ソウルジェムへ造り替えるための『魂』が存在しないじゃないか。こればかりはボクにもどうしようもない」
「そう言われればそうねぇ」

グリードがキュゥべえを目視できるのは、おそらくその身に集まる因果の糸のせいだろう。
コアメダルという超常の物質ならば、その程度の因果は背負っていても不思議ではない。
だがしかし、魂が存在しないのでは、契約のしようがない。

仕方がないわね、と諦めを口に出しながら、メズールはダルマとなった白い生き物の耳を掴んで持ち上げる。
その生物の顔に……苦悶の表情は、無い。
あるのは、ただグリードを観察する、無機質な赤い球体のみ。

魂の無い、モノ。
グリードと、同じ。

「持って帰ったらガメルが喜……」

そう口にしながら手元の白い物体に目を落としたメズールだったが、次にはその動きを一瞬だけ止めていた。
何かに気付いたのだろう、ぐらいにはキュゥべえからも予想できた。
その顔に映っていた表情は……何だったのだろうか。
感情のないキュゥべえにそれを理解する術は、無い。

ただ、水棲グリードである彼女から感じる塩水の匂いが少しだけ強くなったのを、『観測』出来ただけだった。

結局、路地裏には、四肢をもがれて間もなく機能を停止する個体がただ一つだけ、残されることとなる。
思考能力が途切れるまでのわずかな時間にその個体が考えたことは……ほんの些細でどうでも良い疑問で、愚問だった。

『彼女は、ボクに何を願う気だったんだろうね?』

もしキュゥべえに感情というものがあったなら……メズールの『欲望』を理解することが、出来ただろうか?

ウヴァやカザリなら、おそらくそんな事は疑問に思いさえしないだろう。
もし疑問に思ったとしても『メダルを集めて完全態になるために決まってる』と迷わずに答えるはずだ。
火野映司や鹿目まどかなら、そしてアンクなら、別の答えを用意できるのだろうか……



そして、当の火野映司はと言えば、

「キミが『オーズ』で、合ってるよね?」

何故か、見滝原中学の制服を着た女子に絡まれていたりして。
しかも、仲良く会話をしたり、サインを求められたりという雰囲気ではなかった。
おまけに、年がそれなりに離れているにもかかわらず、『キミ』呼ばわりである。

ショートカットの黒髪に、どこか生気の抜け落ちた目。
何処にでもいるようで、何処にもいない。
そんな異様な存在感を放つ一人の少女が、火野映司の前にただ立っていた。
一瞬のうちに自身の記憶を洗ってみる映司だが、やはりこの女子中学生とは初対面である。

「俺をオーズと見込んでの『相談事』?」

どれぐらい本気で映司がその言葉を発したかと聞かれれば、おそらく全てのコンボの中に位置するタトバの重要性に匹敵するだろう。
一歩間違えれば怪物である『オーズ』に頼みごとをしなければならない人間は、目の前の少女のように嗤ったりしない。
興味本位で『オーズ』に近付いて来たにしても、もう少し警戒心が強くても良さそうなものである。
つまり……映司の人柄を知る何者かの紹介によってこの少女は映司のもとを訪れたのだろう。

「魔法少女の誰か紹介で俺のところに来たんでしょ? 力になれるかどうか分からないけど、とりあえず聞かせてよ」

実際には泉比奈や泉信吾の伝手である可能性も残っていたのだが、見滝原中学の制服から考えての判断であった。

「おや、大正解だよ! 私はそんなに分かり易いのかな? もっと自分を『変』えないといけないかもね」

まるで独り言か旧い芝居のように、映司に言っているのかどうか分からないような口調で、少女は続ける。

「でも、『オーズ』にしてもらうことは何もないのさ。ただ、『プレゼント』を受け取ってくれれば、それで良い」

そう言いながら少女が取り出した代物は……石版だった。
円盤の形をしたそれは中央にもう一つ円環状の彫細工が施してあり、その古びた容貌から、何処かの遺跡から出てきた銅鏡のようなものだろうと映司は予想を付けてみる。

そして、二重構造になっていた円盤の蓋を取り除いて、少女がその中身を露わにすると……

「コア、メダル……?」
「へぇ、目の色が変わったね。いや、ひょっとするとそっちが素なのかな」

まぁどうでも良いけど、と続けながら、少女はどこか他人事のような態度を崩さない。

その円盤の内部に収められていたものは……10枚の、紫色のコアメダルだった。
中央の一枚を取り囲むように他の九枚が周状に配置されており、何故か少しだけ冷たい感じのする、他のコアとは何かが違うような奇妙な感覚。
まるで……そのメダルに導かれたかのような、未体験の錯覚が、火野映司の頭の中を駆け巡っていた。

「知ってるかい? 人とメダルは惹かれあう……らしいよ?」

相変わらず軽い調子で言葉を紡ぎながら、少女が起こした行動は、

「がっしゃーん」
「!?」

その石板を、地面に叩きつけて砕く事だった。
驚いて目を見開く映司を、さらなる超常の現象が、襲う。
封印を解かれた10枚のうち半数……5枚が、火野映司の身体の中に飛び込んできたのだ。
突然のことに身構える余裕もなくその異物を取り込んでしまった映司は……先程から抱いていた奇妙な感覚がさらに強くなるのを、感じていた。
冷たくて不快なはずの異物なのにずっとそれを探し求めていたかのような、喜びと言ってしまえば半分ぐらいは正解のような、そんな曖昧な感覚が確かに火野映司の中には存在したのだ。

薄れ行く意識の中で最後に映司が見た光景は……

「悪いね。とりあえず『コンボ』だけは潰しておけって事らしくてさ」

映司の持っていたはずの『ゴリラ』のコアメダルをいつの間にか手中に収めて尚嗤う、少女の姿だった。

「あと、代わりと言っては何だけれど、『コレ』が新しい出会いを呼んでくれるらしい」

いつの間にか黒衣の戦闘装束を身に纏っていたその少女が、映司の手のひらに、ずっしりと重みを持った一枚のメダルを新たに乗せてくれる。
そのメダルの柄を確認することも叶わないうちに、火野映司の意識は暗転を迎えたのだった……


火野映司は、未だ知らない。
ヨーロッパのとある遺跡から失われたモノのことを。
それが、自身の身体の中に投入されたことも。
そして……そのことによって引き起こされる変化など、知るわけも無い。



「さて、残りはどこに届けるんだったかな」



・今回のNG大賞
「契約しないのかしら?」
「出来るよ」
「魔法少女ゆかな☆メズル 始まるわよぉ!」

声の人は7年ぐらい前に魔法少女だった気がしないでもない。

・公開プロットシリーズNo45
→お届け物で新兵器が手に入るのは、ライダーにはよくあること。



[29586] 第四十六話:円環の折り返し
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/18 22:34
「それで、あっさり捕まっちゃったんだ?」
「脱獄など、セルメダルを割るよりも容易いことです。私にとっては、ね」

昨日に一人の囚人が閉じ込められた、とある留置所の一室にて、ちょうど日付が変わろうとした頃。
人間が外から話しかけることなど想定されていない高さの窓から、声がかけられた。
だが、驚くことなど何もない。

外から話しかけている存在は……人間では、無いのだから。
人間が一万発の正拳を打ち込もうとも決して壊れるはずのない切り立った壁に爪を立ててぶら下がる、猫が一匹。
ただしその猫の大きさは小動物のそれではなく、その身体を構成する物質も酸素や炭素ではない。

メダルの怪人グリード、その一人である傲慢の化身、カザリ。
それが、彼の名前だった。

「それで、例の魔法少女は、メダルの器としてどうなの?」
「申し分ありません。少なくとも、現状安定しているオーズよりは遥かにマシでしょう」

この二人は、実は水面下で共同戦線を張って話し合いを進めていたりする。
カザリは、完全態を超える究極の存在へと自身を昇華させるために。
そして、真木博士はメダルの力を利用して世界を『良き終末』へと導くために。

「へぇ? その子、暴走しそうなんだ?」
「ええ。クジャク一枚を取り込ませただけで、『バース』に一矢報いる程度の力が出せるのですから。ですが、最大許容量はそう多くないだろうと睨んでいます」

真木清人は……猫型グリードの方を、見ていない。
彼が視線を向けるのは、ただ彼の肩に乗っている不気味な人形のみである。

そして、暴走する気など更々無いカザリとしても、暁美ほむらはそこまで興味をそそる対象では無い。
むしろ、カザリが真木博士に隠してこっそりと実験しているトーリの方が、彼の本命である。
とはいえ、暁美ほむらに対する興味も無いという訳では無い。

「その『バース』っていうのが予想外に弱かったんじゃないの?」
「……何でしたら、貴方自身が戦ってみますか?」

そもそもバースという名前自体が気に入らないですが……などと愚痴を零しながら、真木博士は時折カザリの方にも意識を向ける。
とはいえ、人間である真木の視覚能力では、月を背後に監獄の小さい窓から覗き込むカザリの姿を見ることはほとんど不可能だったりするのだが。

「それだったら、魔法少女の方に直接当たってみるよ。なんだっけ、炎上的な名前だったよね?」

近頃ネカフェに入ることが多くなったせいで、段々とその手の『用語』が定着し始めている気のあるカザリさん……
彼の明日はどっちなのだろうか。
間違っても、魔法少女モノの同人誌を買うために電気街の行列に並ぶことはないだろう。
グリードなら、欲しいものは迷わずその手で奪い取るはずなのだから。

「それは止めておいた方が良いでしょう。彼女の能力を十全に発揮されたのでは、たとえグリードの君であっても、勝ち目はありません」

あくまで平坦に、協力者が居なくなっては困るという程度の重要性を態度で示しながら、真木は緩やかにカザリを静止してみるが、

「わざわざそんな言い方をするぐらいだから、『十全に発揮され』ない方法ぐらい知ってるんでしょ? 教えてよ。潰さないからさ」

カザリからしてみれば、当然の推測だった。
真木博士自身が炎上的な魔法少女に始末されずにこの場に生き残っていることが、その証拠なのだから。
……真木博士は、その魔法少女の恐るべき能力を封じる方法を、既に編み出している。
カザリの抱くそれは最早、推測というよりも確信と呼ぶべき代物であった。

しばしの睨み合いの末に、真木博士が出した答えは、

「良いでしょう。ただし、背信は許しません」

その『魔法少女』にどのような運命をもたらすのだろうか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十六話:円環の折り返し



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゾウ×2
???×2
????×1
????×2



そしてちょうど同じ頃、クスクシエにも初見さんの来客があったりする。
時間も遅いため、店長である白石千世子はすでに帰ってしまっているが……この多国籍料理店の屋根裏部屋に間借りしている女子中学生が、その客のお目当てだった。

一階に備えられた重たい木材の扉をゆっくりと開け、上階へと上がるための階段の位置を確かめて。
きょろきょろと初めて訪れる場所に視線を回しながら、飽く迄慎重に、来訪者は歩を進める。

彼女にとって、『未知の場所』を歩くという行為は、体感時間にして数年ぶりの所業だった。
そのために、見の姿勢を強くとってしまったことは……無意識のうちの必然だったのかもしれない。

「ずいぶん警戒しているのね。ここは魔女の結界じゃないのよ?」

だがしかし、客の存在をどうやって察知したのか、目的の人物は自らの足で階下へと姿を現してくれた。
この料理店に仮住まいを持つ魔法少女、巴マミが。

「似たようなものよ」

マミの皮肉めいた問いかけに、むすっとした不機嫌そうな表情を崩さずに答える、客。
来訪者の名前は……暁美ほむらといった。
何故ほむらがクスクシエを訪れたのかといえば、昨日巴マミと別れた際に、日時を指定されたからである。

「昨日は後輩が、ごめんなさい。今日はしっかり釘を刺しておいたから大丈夫よ」

暁美ほむらとしては、別に美樹さやかが居ようと居まいと、特に問題は無かったりする。
その会話を聞かれたくないと思っているのはむしろ巴マミの方であるのだが……彼女の言い回しには、それらしい響きは無い。
意識的に使われているのか、はたまた無意識なのか……暁美ほむらには、判断がつかなかった。

クスクシエの設備を使って勝手にお湯を沸かし、紅茶を淹れてくれる……魔法少女の、先輩。
その姿はどこか懐かしくもあり、その紅茶の暖かさは……どこか、哀しくも、あり。
遥か昔に口にしたそれと一見同じようだったが、口に含んでみると何かが違っているという確信を暁美ほむらに与えていた。
その原因は……ひょっとすると、ソウルジェムの正体の半分を彼女が知ってしまったからかもしれない、と暁美ほむらは思う。

「本題に入るけれど、貴女が『協力者』を必要とする理由を聞きたい」
「……別に、必要だったわけじゃないわ」

巴マミの表情は……特に何も、変わらないかった。
昨日も聞かされた質問だったため、それに対する応答を考える時間があったからだろう。
ただ、暁美ほむらを迎えたときと同じようにどこか覇気が無く、隙だらけに見える。

「火野さんが勝手に首を突っ込んできて、成り行きで少しだけ一緒に行動して、お互いに勝手だったから離れていった……それだけよ」

今後彼が魔法の世界に介入を試みたとしても、私の知るところではないわ。
そう、巴マミは続けた。

……そう思い込もうとしているだけなんじゃないですか?

暁美ほむらは、心の中に浮かび上がった言葉を、口には出さず紅茶と共に飲み干した。
それを言ってどうなる、とも思えなかったからだ。
あちらの詳しい事情が見えていない状況で抱いた自らの『勘』に、信頼を置くことも出来そうになかったという理由もある。

「……そう」

ここで食い下がろうにも、手持ちの札の中に切れそうなものが一枚も思い当たらない。
……ならば、別の疑問を解消する方向に動くしかない。

「それと、巴マミ。あなたは『コレ』が何だか、分かる?」

暁美ほむらは、学生鞄の底から……疑問の種を引き出した。
2週間ほど前に、魔法少女の勧誘を試みていたトーリを襲った際に、彼女から零れ落ちたモノ。
……そして、サメのヤミーをほむらが倒した時にも同じものが落ちたことを、ほむらは覚えていた。

鈍色の輝きを放つ、見た目以上の重さを持つ古代の金属器。
セルメダル、だった。

「……話せば、長くなるわ」

特に迷った素振りも見せなかった巴マミは、話してくれるつもりらしい。
やはり、先日にも『協力者』について言及されたために、話すべき情報をある程度決めていたからだろう。
そしてその内容は……キュゥべえというナマモノの生態よりも荒唐無稽なものだった。

13世紀の科学者によって作られたコアメダルと、それを核として生まれた人造人間、グリード。
800年の眠りから現代に目覚めた彼らは、人間を親としてヤミーという配下を生み出すことが出来る。
ヤミーは親の『欲望』を満たすことでメダルを増やすとともに力を増し、最終的にその力をグリードへと還元するための存在である。

……ということらしい。
その気になれば、意外にグリードの概要も3行で説明できてしまうものだ。

「メダルの怪物たちが復活した切っ掛けは、何?」

巴マミからの情報を数分で整理し終えた暁美ほむらは、半信半疑ながらも、とりあえずそういうことにしようと思ったらしい。
というか、メダルで出来た生き物をその目で見てしまっているのだから、否定することなどできないのだ。

そして、ほむらが導き出した新たな疑問は……彼女が『暁美ほむら』であったからこそのものだったと言えるだろう。
条件付きとは言え時間を巻き戻せる暁美ほむらにとって、何がどんな形で役立つか分からない事象を再現するための手段を知っておくのは、当然と言えた。
魔法とは趣の異なる怪物たちの存在が、何かの因果で円環世界を終わらせるためのカギとなるかもしれないのだから。

「それは、聞いてないわね」

だがしかし、巴マミはそれを知らないのだと言う。

「今の話も、誰かから『聞いた』ものだったということよね? 誰から聞いたのかしら?」

その質問に対してどう答えるべきか……巴マミは、思案を巡らせる。

お察しの通り、マミが暁美ほむらに伝えた話は、大筋としては巴マミがアンクと映司から聞いた内容のままであった。
しかし、一つ違うとすれば、『オーズ』に関する情報を省いたことである。
そもそも、対価を求めずに巴マミが情報提供を行ったのは、グリードがマミにとって滅ぶべき存在だからだ。
暁美ほむらがグリードと出会った際に戦ってくれれば、マミとしては願ったり叶ったりである。
だがしかしマミには、暁美ほむらに『オーズ』の情報を提供することによる利益が無いのだ。

もし火野映司が、巴マミが余計なことを言ったせいで災難に見舞われたのなら……
それだけは嫌だと、巴マミははっきりと思えた。
袂を分かった仲といえど、マミは映司を嫌っているわけではないのだ。
むしろ高く評価しているからこそ、暁美ほむらが火野映司にとっての災難となることを危惧してしまったのである。

「捕獲した、赤いグリードから聞いたわ。もうこの世に居ないけれどね」

暁美ほむらは、巴マミの言葉に何か含まれているものがあることを感じ取っていた。
だが、その正体に見当がつかないために突っ込みを入れることもかなわない。

「もう一つ、聞きたいことが出来た」
「まだあるの?」

グリードとヤミーという生命体の存在を聞いても、ほむらとしてはどうということは無い。
不意打ちで襲われない限りは、時間停止と連続攻撃のコンボを持つ暁美ほむらの単騎戦における絶対的優位は覆らないのだから。
ほむらが例の研究所から逃げ出したときに出会った襲撃者の存在があるため、その優位も若干の揺らぎを見せているわけだが。

「あのトーリという子は、何者?」
「私を頼ってくれる魔法少女よ。流石に、可愛い後輩の情報はそう易々と教えられないわ」

巴マミの中において、トーリは頼りない弱小の魔法少女である。
一歩間違えれば足手まといとも成ってしまう彼女を、しかして巴マミは失いたくないとも思ってしまっていた。

それは……寂しさを、紛らわすためだったのかもしれない。
決して、巴マミに友人と言える存在が居なかったわけではなかった。
だがしかし、魔法や戦いの恐怖まで共有できる存在を、心のどこかで求めていたのだろう。
従って、火野映司のケース以上に、トーリの情報を暁美ほむらに渡す気は起らなかったのだ。

「質問を変えるわ。貴方は……あの子がメダルで出来た生物だと知っていて傍に置いているの?」

……だからこそ、次に暁美ほむらの口から飛び出した言葉の意味が、ひと時の間理解できなかった。
大真面目な暁美ほむらの顔を見れば、それが世迷い事として伝えられているので無いことぐらい、察することが出来る。
それでも、そう思わずには居られなかった。

「……それは、何の冗談かしら?」
「言葉通りよ。あの子の身体はこのセルメダルによって構築されている。先ほどの貴女の言葉を借りるなら、『グリード』か『ヤミー』だということよ」

紅茶の水面に波紋が広がった……ような、気がした。
目の前の怪しい魔法少女は、一体何を言い出すのか。
自らに走る衝動をなんとか抑え……その正体に、気付く。

『怒り』だ。

臆病だが自分を頼ってくる可愛い後輩が、侮辱されている。
たったそれだけのことが、酷く腹立たしく、思えた。
茹った思考を抑え、紅茶に口をつけて頭を落ち着かせながら、相手の言葉の確認は怠らない。

「貴女は、どうやってその情報を知ったのかしら?」

――何をそんなに不安がっているんですか?
先程自分を訪ねて来たときだって、不安定なマミの事を心配してくれた、彼女。
それが、ヤミーを作ったり美樹さやかを追い詰めたりしたグリードの仲間の筈がない。
そもそも、さやかと一緒にトーリだって捕まっていたはずではないのか。

「襲撃したのよ」

衝動は、おさまるどころか増すばかりだった。
今すぐにでも、この女のすまし顔に風穴を通してやりたい。
場所がクスクシエでなかったら、今すぐにでもハチの巣にしてやりたい。
そんな欲望が、腹の中を駆け巡る。

「そんなことを実行する人間の言うことを、信じるわけがないでしょう?」

こいつは、マミ達の仲間割れでも狙っているに違いない。
きっと……そうに決まっている。

「貴女の前で『証拠』を実演すれば、信じる気になるわ」

……そこが、我慢の限界だった。
甲高い音がクスクシエの一階にまで響き渡り、水の滴る音が、それに続く。

きょとんとした目でこちらを見ている、不躾な客の顔には……二色の液体がこびり付いていた。
紅いお茶の色に、さらに赤い生物特有の色が少量。
交じり合っているそれは……巴マミのとった行動の結果に違いなかった。

投げつけたのだ。
ティーカップを。

「帰ってもらえるかしら? 私の堪忍袋は無限ではないのよ?」

はっと我に返ったらしい魔法少女は……次の瞬間には、まるでコマ落ちした映画の登場人物のように、忽然とその姿を消してしまっていて。
いつの間にか荒くなっている自身の息にようやく巴マミが気付いた時、既に紅茶は冷めてしまっていた。

詰まるところ、実力行使で何かを聞き出すという選択肢を取れるほど、暁美ほむらは情というものを捨て切れてもいない。
仮にも師匠であり先輩でもある巴マミを相手に、銃弾を用いて語り合うことなど考えたくなかった。

……この場を夕方に訪れたトーリと同様に、暁美ほむらは判断を誤っていたのだ。
トーリが暁美ほむらに襲われたことを打ち明けて助けを求めれば、巴マミは是が非でもトーリの力になってくれていただろう。
巴マミという魔法少女は、その程度には後輩想いなのだから。
その点において、そもそもトーリを人間としてすら見ていない暁美ほむらと巴マミの間の認識の差異も、計り知れないものであったのだ。
暁美ほむらの発言は、『もう何も怖くない』状態の巴マミに対して『鹿目まどかって奴は実は魔女の回し者なのよ』と囁いたようなものなのだから。


しばしの別れを告げることとなった魔法少女たちは、まだ世界の真実を把握し切れていない。
だがしかし、取っ掛かりは、共に既に掴んでいた。

巴マミは契約の正体を知り、暁美ほむらはグリードという情報源が存在することを知っている。
物語は既に……ターニングポイントを、回ってしまっているのかもしれない……



そして、世界の観測者たちは、当然把握している。
もう一人、魔法少女が動かなければ、物語は後半戦になど入れないのだということを。

「見滝原……懐かしいじゃねーか」

袋に詰まったリンゴを手に取って丸かじりにしながら、

「しかし、本当なんだろうな?」

風の肌寒さに曝された鉄塔の上層部に腰掛けながら、

「『ソウルジェムを濁らせずに魔法を使えるヤツが居る』なんて、さ」

人当たりの良い笑顔を張り付けた『マスコット』に話しかける、一人の女の子。

「……物足りない風だな。相変わらず、この町はよ。なぁ……って、アレ?」

だが、少し目を離した隙に小動物は姿を消してしまっていて。

しばしの間周囲を見渡していた女の子だったが、ヤツが神出鬼没なのはいつもの事だ、と思い直し、次の瞬間には自身も姿をくらませていた。
長く伸ばされた赤毛を揺らして鉄塔から音も無く飛び降りた少女は、瞬く間に溶け込んで行く。
舞台装置の魔女に命運を握られた、哀れな箱庭の住人たちの中へと……



・今回のNG大賞
「ふふふ……これで、見滝原に『赤』『青』『黄』『緑』『黒』の魔法少女が揃ったわ!」
「オリンピックでも開くんですか……?」
「そういえば、トーリの色って緑なんだっけ? 戦隊の緑って二年に一度しか出られないぐらい不人気だって聞いた気が……」
「言っとくけど、あたしはマッハ全開なんて柄じゃねーぞ」


「友よ、貴女達は何故、QBに魂を売ってしまったの?」

友よどうしてライブ○ン……


・公開プロットシリーズNo.46
→全面的に、オリ主のせい。



[29586] 第四十七話:役者は揃わなかった
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/23 01:33
トーリがその感覚に陥ったのは、路肩で倒れている火野映司を公園のテントに寝かせた晩が明けた後の、昼下がりであった。
金属同士が擦れ合うような、高いところから小銭を落としたような、そんな音のような気配。
……ヤミーの発生もしくは成長を、察知したのだ。

「どうしましょうか、ねぇ……」

そもそも何故そのような感知能力が芽生えているのかという疑問も解消されていないが、考えても分からないので保留にしてあったりする。
そんなことよりも、これからトーリがどう行動するかの方がはるかに重要なのだ。

トーリが視線を回すと……テントの中で未だに目を覚まさない火野映司の苦しそうなうわ言が、時々聞こえてくる。
だがしかし、揺すってみても、火野映司はおはようの『お』の字も口にする気配は無い。
しかも、映司を起こしてヤミー退治に誘おうにも、どうしてヤミーを察知できるのかと聞かれたら困ってしまう。

ソロ狩りに関しては……そもそも、検討する価値さえ存在しない。
空を飛ぶしか能のないトーリがヤミーを倒せないことは、サメの時に実証済みなのだ。
それに、ヤミーを追っていたら魔女の結界の中に捕らわれていたという映司の体験談もあるため、やはり単独行動はすべきでない。

「誘うとしたらさやかさんですけど……まぁ、放っておきますか」

見なかったことにしよう!
一瞬だけ、後藤の顔も頭の中に思い浮かんだトーリだったが……あまり頼りになりそうでなかった。
マミさんに会うのも何だか気まずかったので、結局放置を決め込むこととなったのだった。
だって、前回さやかさんと一緒に行動して、結局メズールさんにボロ負けしてますし……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十七話:役者は揃わなかった



そして……初登場からすでに不運の予感を醸し出している男、『伊達明』はというと、

「タマゴ追加! あと、ハンペンも!」

屋台で、熱々のおでんを頬張っていたりする。
そもそも、何故伊達明がこの町にいるのかといえば、鴻上会長からの招集があったからである。
なんでも、後藤慎太郎という青年を『バース』に相応しい人材へと育成することが、依頼内容ということらしい。
もっとも、伊達が呼び出されたはずの日時に会長室を訪れたところ、蛻の空となっていたわけだが。
従って、伊達の現在の持ち物は……少量の金銭と、会長室の中に置いてあった『カンドロイド』と『無骨なベルト』、そして『分厚いマニュアル本』のみであった。

「あの会長なら、素晴らしいッ! とか言って約束も何も放ったらかしちまいそうだよなぁ」

大当たり……ではなかったりする。
会長は、ヨーロッパの遺跡を調査していたチームが消失したと聞いて、自ら捜索隊を結成して乗り込んだのだ。

「おっちゃん! アタシにも同じの! それと、コンニャクとガンモも!」

いつの間にか隣に居座った女の子の元気の良い声が、仕事の事を考えている伊達の耳に飛び込んでくる。
赤みのかかった長い髪を後頭部付近でまとめた、ヘソ出しルックスのラフな格好をした、中学生程度と思しき子供だった。
学校の帰りに買い食いか、と大人として思わないでもないものの、自身もあまり人様の事を言えた中学生時代を送っていた訳では無いので、注意する気にもならない。

「こんな分厚いマニュアルなんて誰が読むんだって話だし……」

オーズの正史を知る人間ならばお察しの通りだが、伊達明という男は、マニュアルを読むなどという細々とした作業を壊滅的に嫌う男である。
つまり……巻末に付け足された『後藤育成マニュアル』になど、目を通しているはずもない。
急遽財団を空けることとなった鴻上会長が僅かな時間で里中秘書に追加させた付録なのだが、完全に死に仕様である。
最初の十数ページをパラパラと眺めたことは、むしろ読者が伊達明であることを想定すれば、頑張った方なのだ。
報酬が1億円という膨大な額であることが彼のモチベーションを上げた結果、そこまで読むことが出来たのだとさえいうことが出来る。

「大根と昆布と揚げ物2個ずつ追加!」

隣から聞こえてくる活気に少しだけ眩しさを感じながらも、頭は鴻上会長の意味不明な思考回路を推測するために働かせる。
とは言うものの、やはりあの会長の考えることなど分かるはずもないのだが。

「あと、持ってきちまったけど、コレって何なんだろ?」

そして、会長室から借りてきた灰色のカンドロイドは、全裸待機……もとい、おでんを食す伊達をただ見つめるばかりだった。
真木博士が最後に作っていった新作のカンドロイドであり、バースの補佐を行うための存在なのだが、それを説明するはずだった会長と秘書が居ないのでは伊達が理解できるはずもない。

「締めにうどん! え? 無い? じゃあ、とりあえずシラタキで!」
「お嬢ちゃん、おでんにうどんを求めるとは、中々分かってるじゃねえか」
「んぐ?」

熱いおでんを頬張りながら、熱い息を吐き出していた女の子に、気分転換がてら話しかけてみた。
飲み込んでからでいいよ、と言葉を追加しながら。

「やっぱ、締めは炭水化物だろ。家で食う時って最後に煮汁を何かに使うじゃん?」

その口ぶりから察するに、おそらく締めは雑炊でもイケる口なのだろう。
伊達とは一回り以上も年が離れているように見えるが、当たり前のようにフランクに話す、赤毛の女の子。
既にかなりの量を食べている筈なのにメニューに目を通し直している辺り、まだまだ余裕があるようだ。
ごくごくと喉を鳴らして、さぞかし上手そうに皿に残っていた汁まで飲み干し終え、それでも追加の注文を考えているらしい。
締めに頼む炭水化物をメニューの中から探しているのだろう。

「そうかい、良い『家族』持ったな」

とりあえず家出少女では無さそうだ、と伊達は思う。
巾着袋の中に炭水化物の餅が入っていることを教えてやろうとした伊達だったが、

「……やっぱ良いや。今日はこれでやめとく。ゴチソウサマ」

女の子は、気が変わってしまったらしい。
伊達は自分が何か気に障るようなことを言ったとは思っていないので、この子の気分が転げたのだろうというぐらいに考えて、思考を打ち切る。
箸が転げても笑うお年頃の女の子なら、野良猫のように気まぐれでも不自然ではないだろうから。

そんな、時だった。

「ウホッ!」

動物型のカンドロイドが、鳴き声をあげながら両手を回転させ始めたのは。
その時になって初めて、伊達明は気付く。
そのカンドロイドのモチーフがゴリラであったのだ、と。
……そんなことは、どうでも良いのだ。

「……そっちの方に何かある、ってか?」

伊達は、導かれた。
自身が何に向かっているのかも知らず、しかし、確実に。
ともかくおでんの料金を精算して屋台を後に、

「お客さん! お代足りないよ!」
「これで間違いないはずなんだが……」

出来なかった。
店主に引き留められてしまったのだ。

「さっきの中学生、お客さんの連れじゃないの?」
「……え゛?」

伊達が座っていた席の周囲を見渡すも、そこには女の子どころか人っ子一人見当たらない。

「日本ってこんなに治安悪かったっけか……」

うどんが無いとはいえ、中々のおでんを作ってくれるこの屋台が損失を被るのは忍びない。
結局、伊達が食い逃げ中学生の飲食費を建て替えることとなるのだった……
心の広いゴリラカンさんは、その間ずっと待っていてくれたそうな。



一方、最近女子中学生のカバンの底が定位置と化している掌怪人はというと、

「さっさと気づきやがれ、クソガキ……」

カバンの中から、何とか持ち主に異変を伝えようと頑張っていたりする。
具体的には、ヤミーの発生を感知したために、それを一刻も早く奪いに行きたいのだ。
彼には、ゴリラカンドロイドのような心のゆとりは無かったらしい。
だがしかし、そう思うようにもいかない。
なぜなら……持ち主である鹿目まどかが、美樹さやかを含む友人グループとともに下校及び寄り道を行っているためである。
さやか達に一度強襲されている身としては、姿を見られても大丈夫などという楽観は出来るはずもなかった。

従って、アンクに出来る事は、カバンの中で小刻みに体を揺らして持ち主にだけ分かる程度の信号を送ることだったが……これが中々、上手くいかない。
でも、メダルは欲しいというジレンマ。

「何か良い手は……」

鹿目まどかにさえ事情を伝えられれば、あとは美樹さやかを偶然を装ってヤミーの元まで誘導すれば良いのだ。
だが、それが難しい。

何か無いものかと……アンクは、カバンの中のモノを漁ってみる。
体積的には教科書の類が大半を占めているものの、ハンカチやお守りなどの日用品も入っおり……その中に、見つけた。
文明の利器を。
火野映司を演じる渡部秀氏がかつて死ぬほど変身ポーズを繰り返したと言われる、ハイテクの結晶である通信機器だ。

「確か……『携帯電話』ってモノだったなァ」

この端末を使って音をならせば、ミッションコンプリートである。
だがしかし……携帯電話が一台しかないため、電話はかけられない。
とすれば、同一端末上でメールの送受信を行えば良いのだが……

「見られたら……面倒だ」

ヤミーの発生を示す文面を直接打ち込んだ場合、鹿目まどかがメールを開いた段階で横から端末を覗きこまれたら試合終了である。
空メールならばその点は安心だが、まどかへのメッセージという点では不合格も甚だしい。

携帯端末を取るためにカバンの中にまどかの手が入ってくるのだから、それを掴めば良いのだろうか?
それも、まどかが予期せぬリアクションを取ってしまったら大惨事スーパー強欲対戦である。

「ヤミーなんて単語は使えないだろうなァ。適当に略すか」

巴マミと通じている美樹さやかは「ヤミー」という単語を知っているはずなので、その辺りは当然だ。
だが、これだけでは心もとない。
グロンギ語やオンドゥル語のような暗号が使えれば良いのだが、どの道まどかには通じそうも無い。
思考に詰まったアンクだが、それもまだ手は用意できる。
自分で分からないなら、調べるしか無いじゃない!
便利なことに、最近の携帯端末というものはほぼ必ずインターネットのブラウザ機能が付いているのだから、それを使って調べればいいのだ。

Q:使用料は誰が払うと思ってるの!?
A:そんなこと気にしててグリードやってられるか!

ざっと調べた感触として、メールで簡単に実践できて、なおかつ鹿目まどかでも気づきそうな暗号は……

「今はこの手しかないッ!」


ジェネレーションギャップという言葉を存在から否定するようなメロディーが……店内に、流れた。
具体的にいうと、演歌が携帯の着メロ用にアレンジされているような、一体どんな年齢層を対象に作られたのか問いかけたくなる音声が。
まるで、子供番組を見ていたと思ったら素晴らしい尻を見ていた時の視聴者の気分である。

「まどか……その着メロ、微妙に恥ずいような……」
「そんなこと無いよ! あの有名な布施さんが紅白で歌った歌なのに!?」

友人Sからの微妙に手厳しい評価を受けつつ他の二人の表情を窺ってみるものの、

「……まぁ、人の趣味はそれぞれですよね」
「……貴女は、鹿目まどかのままでいれば良い」

あまり手応えは宜しくなかった。
一応まどかの好みを肯定してくれているようにも見えなくはないが、二人とも返事までに少し間が開いた上に棒読みである。
いかにも社交辞令だと言わんばかりの態度を見れば、哀しくもなるというものだ。

「むぅ……」

少しだけ頬を膨らませて見せながらも、とりあえず携帯の着信を調べる鹿目まどか。
彼女が見たものは……

「何コレ? スパム?」
「さやかさん……人のメールを勝手に覗き見するのはどうかと思いますよ?」

3通の、無題のメールだった。
着信時間もほぼ同時で、メールの下書きをあらかじめ作っておいて連続で送信したのだろう。
そして、アンクの懸念通り、メールの文面はまどかの横に座るさやかから覗き見されたらしい。

『Yの喜劇/暴走族専用ライダー』
『出落ち専用と呼ばれたギミック』
『現在の貴女の持つ所持金は!』

別に、未来から送られてきたメールだとか世界線が移動したとか、そんなことは全く無い。
……アンクとしては、鹿目まどかが理解できるギリギリのラインを狙ったつもりなのだ。
PCブラウザから見れば一目瞭然だが……縦読みで『Y出現』と読める文章である。

他の三人の目には、それらがスパムとしか映らなかったらしい。
だがしかし……

「……!」

鹿目まどかにだけは、通じたようだ。
正直に言って、ここまで上手く事が運ぶとは思っていなかったアンクとしては、御の字である。
これが主人公補正というヤツなのだろうか。

「みんな、ゴメンね。用事を思い出しちゃったから、今日はこれで。また明日!」

鹿目まどかは学生鞄をひっさげ、いつものファストフードの店を後にしたのだった……



「便所にでも立てば良いだろうが……」
「カバン持って行ったら怪しいと思うよ?」

結局、ヤミーの存在をまどかに伝えることは出来たアンクだったが……別の意味で状況が悪くなった気がしないでもない。
アンクの予定としては、まどかがヤミーの居る地点までさやかを誘導してくれるはずだったのだ。
もちろん、偶然を装ってである。
ところが、まどかがあの一団から離れてしまったため、その手が使い辛い。
まぁ、まどかが発見した後で改めて魔法少女を呼べば良いのだが。

「とりあえず、そのヤミーの場所ってどっち? 早く近くの人を避難させなくちゃ……」
「俺はメダルが欲しいんだよォ! 人間なんて知ったことか!」

飽く迄、アンクはセルメダルを奪うためにヤミーを欲しているのであって、人間を救うためではない。

――人の命より、メダルを優先させるな!

そういってくれる何も欲しくなさそうな男は……この場には、居ない。

「お願い! 近くの人をみんな避難させたらすぐに、さやかちゃん達を呼ぶから!」

まどかにここまで言わせれば、既にアンクの勝ちではある。
だがしかし……アンクは、ここで一つ欲を出してみた。

「それが終わったら、少しその身体を貸せ。久しぶりに食いたいモノがあるからなァ」
「まぁ、太らない程度なら……っていうか、アンクちゃんってそのままだと食べ物食べられないの?」
「人間の身体じゃなきゃ、味覚が無いんだよ」
「そういうことなら」

アンクは、なんとなくこの少女との距離の測り方を心得てきたと思えるようになった。
今の追加注文は、もし映司が相手だったら通らない可能性が高い。
つまりこの鹿目まどかという少女は……押しに弱いということである。



その先に待ち受けているのは……新たな、出会い。
互いに運命を歪め合う、奇運の交差点。
そしてその先に待ち受ける者は……未だ、彼らの前に顔も見せない。



・今回のNG大賞
「それにしても、よくメールの意味が分かったなァ」
「分からなかったよ?」
「なら、どうして俺からのメッセージだと分かった!?」

「だって、差出人のアドレスが自分なんて変だもん」
「なん……だと……」

空メールでも、特に問題はなかったらしい……


・公開プロットシリーズNo.47
→伊達さん、食い逃げされるの巻。

・人物図鑑
 ダテアキラ
 流離の医者。性質は鳥瞰。死を間近に感じ続ける男は、いつしか周囲との隔たりを生む。彼の見る世界を知りたければ、その身を光と闇の狭間に置かなければならない。



[29586] 第四十八話:ヤミーの身体はボロボロだァ!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/23 01:32
灰色のカンドロイドが導く方向へと向かった伊達明が見たモノ。
それは、

「アレが噂のヤミーってやつか?」

二本の角が特徴的な、生物的に甲殻を煌めかせた怪物だった。
その体躯は成人男性にやや勝っているという程度であったが、禍々しいその姿は、見る者に恐怖を与えるには十分すぎる。
怪物が人間を襲っている場所がとある剣道場だったことは、せめてもの救いと言えたのかもしれない。
武術の心得のある人間の多いその場所では、たとえ圧倒的な腕力を持つ怪物に襲われたとしても、発生する怪我人の数は最小限に抑えられるのだから。

もしそのヤミーを発見した人物が火野映司なら、間違いなくこう言っていただろう。
昆虫のグリードは倒したはずなのに……と。
そんなことは、伊達の知るところではないが。
ウヴァさんの雄姿を見たことが無いという伊達明(30)は、人生の95割を損していると言っても過言ではない。

その剣道場の師範と思しき人物が、木刀を構えて怪物を足止めしているのが、遠目からも伊達明の目には映った。
おそらく、門下生たちを逃がすために残ったのだろう。

「鴻上財団のモンだ! あんたも早く逃げろ!」
「済まない!」

何とか持ちこたえていたといえど、やはり恐怖心はあったらしい。
任せろと言い放つ伊達の声にコンマ数秒のラグののちに返答を見せた師範は、さっさと逃げて行ってしまった。
……それでも、門下生がすべて逃げ終えるまでは粘っていたのだから、大した男である。

「っし! じゃあ、俺の番だ!」

突然現れた伊達に警戒を寄せているのか、二本角の怪人は襲ってくることは無い。
それならば好都合とばかりに、伊達は……ベルトを、巻き終えた。
伊達会長の部屋から持ち出した一品であり、『バース』へと変身するための重要なアイテムである、『バースドライバー』を。
あとは、ベルトの端部にある投入口に『セルメダル』を投入してレバーを回せば、変身完了で……

「……セルメダル?」

嫌な予感としか表現できない虫の知らせのような違和感が、伊達明の脳裏を駆け巡った。
別に、ウヴァさんが超常的なメッセージを発したわけでは無い。

……セルメダルって、なんだっけ?

とっさにバース操作マニュアルを取り出し、巻頭の目次から該当項目を探し出すと、『ヤミーとグリードの身体を構成する物質』という簡潔かつ意味の明瞭な一文を発見することが出来た。
そして、バースという強化スーツは、セルメダルを集めるための装備だったはずだ。
つまり……

「んん……? 変身にはセルメダルが必要で、ヤミーを倒してセルメダルを手に入れるには変身する必要がある……? どういうこった?」

鶏が先か卵が先か?
正解はもちろん、初回起動用のセルメダルを鴻上財団から貰うことなのだが。
伊達を呼び出しておいて姿を消した会長にも、この件に関しては若干の非があると言えるだろう。
もちろん、マニュアルを読み込まなかった伊達も悪いには違いないが。

「そこの角が素敵なお方、どう思う?」
「ヒトをおちょくってるとブっ飛ばすゾォッ!!」
「おたく、人じゃないだろうがああああっ!?」

むしろ、今まで静観していてくれただけでも、物凄くお人好しである。
そして……このヤミーのモチーフは、クワガタムシらしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十八話:ヤミーの身体はボロボロだァ!



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゾウ×2
???×2
????×1
????×2



アンクの導きによって鹿目まどかが辿り着いた場所は……普段は門下生たちの活気に溢れているはずの、剣道場だった。
通常営業時と少し違うことといえば、

「ぎゃっふん!?」

ガタイの良い男が剣道場の壁をぶち抜いて吹き飛ばされてきたことぐらいだろうか。

「きゃっ!?」

しかも、お約束のように鹿目まどかがその進路上にいたのだから、目も当てられない。
もし互いの立場が逆だったのなら、たとえ鹿目まどかが二人居たとしても、伊達のマッスル補正があれば抱きとめることが可能だっただろう。
だがしかし、運動ベクトルを加えられてキリモミ回転しながら飛んでくる伊達を受け止めるためには、おそらく鹿目まどかが五人居ても何の役にも立たないに違いない。
それは、緑で金色なボウガンの的としてマイルドなG3を並べるのに匹敵する愚行であると言えるはずだ。

その鹿目まどかが、なんと一人しか居ないのだ。
いや、世界の破壊者様でも呼んでこない限り、絶対に一人しか居ない筈なのだが。

特に、ラッキースケベ的なイベントが起こったわけでは無かった。

「痛っぁ……こりゃぁ想像以上だ……」
「お、重い……」

伊達明も鹿目まどかも仰向けに倒れ、伊達の体躯の放つ重みによってまどかは身動きを封じられているというだけである。
若干、衝突の衝撃もあったが、特に大きな怪我をした人間が居たわけでもない。
ただ、一つ強いて何かが起こったと言うならば、

(ぐああああっ!? 中身がっ!? セルメダルが漏れちまうぅぅっ!!?)

鹿目まどかの学生鞄の中に潜む掌怪人が声を殺しながら、二人分の体重によって生み出される地獄を楽しんでいたことぐらいだろうか。

「悪いな、お嬢ちゃん。立てるかい?」
「何とか……」

強かに打った腰をさすりながら鹿目まどかが涙目で答えるのと、『そいつ』が剣道場から姿を現したのは、ほぼ同時だった。
二本の角を持つ昆虫の異形……クワガタのヤミーである。

そして、ヤミーがその腰部に備え付けられているモノを抜き放って二人に向けたとき……鹿目まどかは、状況の判断がワンテンポ遅れてしまっていた。
周囲に逃げ遅れた人間が居ないかと思って、注意を怪人から逸らしてしまっていたのだ。
彼我の距離が10メートル近く離れていたことや頼りになりそうな大人が近くに居たことも、まどかの警戒心を緩める原因となっていたのだろう。

「危ねぇっ!」
「えっ!?」

引き締まった胸筋の元へと抱き上げられ、そのまま横っ飛びに付近の自販機の陰へと引きずり込まれる。
例の、妙に頑丈だと評判のイロモノ自販機である。
直後……鉱石同士をぶつけ合う音が、周囲に木霊した。
それも、単発ではなく重なり合うように。

「アレってもしかして、銃ですか……?」

一息遅れて状況判断を完了したまどかが伊達に尋ねてみるが、

「下手したらそれ以上だ」

自販機の近くのコンクリートが捲れている光景を視界の端に捉えた伊達の返事は、最悪以下だった。
そして、嵐のような斉射は止む気配を見せない。

「何か、手は無いんですか?」

さやかとほむらに剣道場で化け物を見たという内容のメールを送信しながら、二人が駆け付けるまで自分たちが生きていられるのかという率直な疑問をぶつけてみた。
盾として使っている自販機の耐久力が心もとない……というより、自販機に頑丈さを求めている状況自体が異常なのである。

「セルメダルの一枚さえありゃ、何とかなりそうなんだがな……」

伊達明の巻いているベルトは、いわゆる変身アイテムというカテゴリーに属する装飾品である。
そこにセルメダルを一枚投入することさえできれば、変身することが可能となるわけだが……
伊達がセルメダルというものを一枚も持っていないのだから、役立たずも良いところである。

だがしかし、それを聞いた鹿目まどかの目の色が……変わった。
別にライダー的な意味ではなく、慣用句的に。

「セルメダルがあれば、良いんですね?」
「そうだけどよ……どうした?」

セルメダルが何だか知ってるのか?
という些細な疑問を抱いたものの、無駄口を叩く余裕は伊達にも無い。
クワガタのヤミーの隙を窺いながら、まどかの方に視線を向ける余裕さえ無い伊達明を尻目に、まどかは小声で『そいつ』に問いかけてみた。

(アンクちゃんって、確かメダルで出来てるんだよね?)
(……何、考えてやがる?)

巴マミから逃げ延びる際に、アンクは確か、体をメダルに分解していたはずだ。

(……ちょっとだけ、ちょうだい?)
(ふざけんなアアッ!? メダルは俺の命だぞ!? お前の指の数より少ないんだぞ!? 分かってんのかこのクソガキッ!?)

物凄い拒否ぶりだった。

「んん? お嬢ちゃん、何か言ったか?」
「いいえ、ナニモ!」

弾丸の雨の中でも、伊達の耳に若干飛び込んでくる程度には。

(ええと、じゃあ、貸して? このままだと三人一緒にやられちゃうよ?)
(返す当てあんのか? まぁ、仕方ないかァ……)

掌状のアンクを構成するセルメダルは……驚くことに、たった9枚しか無かったりする。
まぁ、グリードの強さを決定づける要素としてはセルメダルよりもコアメダルの枚数の方が重要なので、現在のアンクがセルメダルを得ても重くなるだけだったりするのだが。
尚、そのコアメダルですら、現状アンクはタカ一枚しか持っていない。

泣く泣く1枚のセルメダルを吐き出したアンクからは……どこか、哀愁が漂っていた。

「おじさん! コレ、使ってください!」
「おおお!? お嬢ちゃん、ナニモン!? 何はともあれ、有難く頂戴するとしますか!」

アンクから徴収……もとい借りつけたセルメダルを、伊達の手に握らせる鹿目まどか。
その伊達の手を、まどかは握ったまま離そうとしなかった。
包帯を巻かれた小さな手から発せられる握力は伊達とは比べるべくも無いが、それでも無視する気にもならない。
掌に返ってくる感覚に疑問を抱いた伊達がまどかの方を振り返ると、そこには、まっすぐな視線が伊達に向けられていた。

「あげませんよ? 三倍にして返してください」

これぐらいしないと、アンクが泣きそうな気がしたので。

(おいッ!? 元が1枚なんだからそこはせめて10枚とか言え! 2枚しか増えてないだろうが!?)

アンクだって、いろいろと必死なのである。

「この状況で、まさかそう来るとは……」
「女は3倍返しを要求するぐらい自信を持ってなくちゃいけない。そう、ママが言……いそうだな、って」

その言葉を鹿目家の母親から聞いた覚えは無いのだが、何となく、あの人なら言ってもおかしく無さそうである。
一瞬、言葉を失った伊達が呆けて見せるものの、自販機が軋む音を聞いてすぐに我に返る。

「くっはっは! お嬢ちゃん……将来、大物になるかもなぁ!」

俺があと20若かったら惚れてたところだ……そんな、たらればのどうでも良い言葉を残しながら。

「そんじゃあ……稼ぎますか!」

左手に握ったセルメダルを確認し、次の瞬間にはそれをベルトの差込口に投入し終え。
右手は、ベルト傍部に設置されたレバーへかけ、限界までそれを回して引き絞る。

「変身っ!」

腕部、肩部、脚部、腰部にそれぞれ二つずつ。
さらに、胸部と背部に各一つの計10個のオーブがベルトの質量を無視して飛び出し、定位置へ収まる。
内部情報が質量へと変換され、次第にその身体を包み込む。

瞬く間に全身がくまなく覆われ、その頭部には磁石を思わせる湾曲したゴーグルが配置されていた。

『仮面ライダーバース』

それがシステムの名前であり、また、その存在に掛けられた欲望の本質でもあった。
物事の誕生をこよなく愛し、日々バースデイケーキを作り続ける会長は、こんな言葉を常々口にしていた。
欲望による世界の再生が目的だ、と。


変身を済ませた後のバースの動きは、迅速だった。
転がるように自販機の陰を飛び出て、物陰から物陰へと姿を隠しながら、段々とクワガタの怪人へと迫っていく。

そしてついに、隠れる場所を捨て、クワガタヤミーへと組みつく。
放たれた弾丸が装甲を掠めて火花を散らすも、その歩みを決定的に止めるには足りなかった。
自身に向けられた銃口に臆することなく、その右腕を掴み、

「どらぁっ!」

振り払おうとするクワガタヤミーを……そのまま、背負って地面に叩きつけた。
思わず『一本!』という掛け声が脳裏をよぎった鹿目まどかだったが、空気を読んで自重することに成功していたりして。
一応物陰に身を隠しているので、クワガタヤミーさんに目をつけられるのは怖いのだ。

背中から地面に叩きつけられたせいで動きを止めてしまったヤミーに、バースは更なる攻撃を仕掛ける。
体重を乗せた肘打ちを、自身の身体を落下させる速度を加えて、ダウンしているヤミーの胴体に打ち込んだのだ。
これには流石のヤミーも堪り兼ねず、セルメダルを少しだけまき散らしてしまう。

(メダルだァァッ! 全部ッ! 俺のモンだァァァッ!!)
(ダメだよアンクちゃんっ!? さっき呼んださやかちゃん達がもうすぐ来ちゃうよ!?)

死にもの狂いでメダルを拾いに行こうとするアンクと、その身を案じてアンクを掴む鹿目まどかの死闘も、とある物陰で繰り広げられていたりして。

(うるさいッ! お前の掴む手は俺じゃないんだよォォッ!!)
(ダメったらダメ!!)

何かが色々と台無しだった。
主に、原作における名台詞や感動が。
アンクのテンションが色々と崩壊している感があるのは、近頃あまりアイスを食べていなかったせいだろう。
ストレスとはこうも人を変えてしまうものなのか。


「かったいなぁ、オイ!」

銃を握ったままのヤミーの右腕を捻りあげて相手の背部に固定し、そのまま相手を俯せにして関節を極める。
硬度の高い相手には……このプロレススタイルは、意外に有効だったりするのだ。
尚、オーズTV本編のバースが中盤以降になってようやく絞め技メインの戦い方を始めたのは……販促上の都合らしい。
大人の事情も、アンクの欲望並みに大変なのだろう。


(さっきのメールを取り消せッ! 黒いのはともかく、あのバカそうな青いガキなら幾らでも何とかなんだろ!?)
(いくらさやかちゃんでも、流石にそれはもう無理な、ような……)

尚、今からさやかへのメールを取り消しにかかっても、元の世界線に戻ることは不可能だろう。
バースとヤミーが派手に音を立てながら戦っているのだから、既に近くまで来ているであろう人物が美樹さやかであることを考慮に入れても、誤魔化すのは並大抵のことではないはずだ。
もっとも、この両名の知らぬところでさやかの携帯端末は巴マミによって破壊されてしまっているため、そのメールは届いていなかったりするのだが。


「さあて、止めは……」

一方のバースは、ヤミーの腕を捻って地面に縫い付けながら、巻き散っていたセルメダルの一枚を、再びベルトに装填していたりする。
その目的はもちろん、バースに付与された追加武装を使用することである。

『ドリル アーム』

レバーを再度回すと同時に、レバーを回していた右手には現れた物は……巨大な、ドリルだった。
ドリルはロマンなのである。
バースを作った科学者は、さぞかし由緒正しいマッドサイエンティストの系譜に属する人物なのだろう。
きっと、自身の研究所や作品には、ことごとく自爆装置がセットされているに違いない。
だがしかし、クワガタヤミーとて、タダでやられることを良しとする筈もない。

腕に現れたドリルに目で確認を入れたバースの一瞬の隙を突いて、ヤミーは締め上げられた右腕に握られていた銃を……少しの運動ベクトルを加えつつ、放った。
そしてその落下の先には……自由な左手が、残っている。

「降りロォッ!」
「どわっ!?」

胸部に至近距離からの連射を受けたバースは思わず仰け反ってしまい、そのアーマーからは鮮やかな火花が散る。
……ヤミーはその間を見逃さず、拘束から脱することに成功した。
そして、よろめくバースに一瞥を向けたヤミーのとった行動は……追撃ではなく、逃亡だった。

「待……深追いは禁物、か」

追いかけようかとした伊達だったが、突然のヤミーの方針転換に着いていけず、ヤミーを逃してしまったのだった……。



これが、鴻上財団の公式記録に残ることとなる、『バース』の初陣である。
その初陣以前に用いられた事実を、この時に知るのは、わずか二名に過ぎなかった。
世界を繰り返す女と、世界を終わらせる男。
生誕の戦士が彼らと交わる日は……大して、遠くは無い。



・今回のNG大賞

「この男食ってモ良いかナ?」
「もしかしてお前、それは性的な意味でか……?」
「そんなの絶対、XXX板送りだよ!!」

嫌いじゃないわッ!


・公開プロットシリーズNo.48
→クワガタのヤミーさんの登場過程や能力が本編と少し違う理由は、もちろんその出生にあります。それも後々に。



[29586] 第四十九話:もう誰も頼りない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/25 18:46
「大丈夫ですか? なんか、体から凄く煙出てますけど……」
「ああ、平気平気。表面が焦げてるだけだから」

特撮で使う爆竹は、意外と煙の量がまちまちだそうな。
撮影時の気温や湿度によって爆発の規模が変わってしまうため、少ないよりはマシだという発想なのだろう。
それは時に、一般人が見れば十分に危険だと思える程度の代物なのである。
……そんなメタな事情は、どうでも良いのだ。

「サンキューな! これはお礼の三倍返し! きっちり納品しましたぜ、姉御!」

バースの大きな掌から3枚のセルメダルが手渡され、鹿目まどかの元へと帰ってくる。

「鹿目銀行、契約の履行を確認しました!」

尚、この後セルメダルはアンク金庫に預金される予定だ。
ちなみにこのアンク金庫、利子は死んでも渡さないどころか元本すら戻ってこない、超悪徳業者である。
このまま隠れていれば鴻上財団への40%の納付もサボれるとナチュラルに思っている辺り、色々と考えることが悪徳過ぎた。

「さあて、何か、この散らばったメダルを集める機能があったような……」

変身を解かずに、バース操作マニュアルと書かれた分厚い本の斜め読みを始める伊達明。
再変身にセルメダルが必要になるため、勿体ないと思っているのだろう。
フルフェイスヘルメットの頭部に手を当てて、頭を搔くような動作をしている『バース』の仕草はどこかコメディチックで……くすり、とまどかは笑みを零してしまった。
だがしかし……案の定というべきか、やはりその行為は長くは続かなない。
伊達明とは、そういう男なのだ。

「だあああっ! やっぱりマニュアルって奴は嫌いだ! お嬢ちゃん! 散らばったセルメダル集める方法調べといてくれ! たぶん武装の項目にある気がするから」
「ええええっ!?」

そのバース操作マニュアルと書かれている分厚い本は、部外者に見せても良いものなのだろうか?
……その『ある気がするから』という言い回しが、既にこの本を読んだことがあるために出てきたものなのだと、信じたいところである。

渋々と分厚いマニュアル本のページをめくる女子中学生と、中腰になってメダルを集める仮面ライダー。
その絵面は、どこか言葉に出来ない滑稽さを醸し出していた……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第四十九話:もう誰も頼りない



暁美ほむらは、全速を以て走っていた。
魔力を無駄遣い出来ないと思いつつも、時折時間停止を織り交ぜて、道を急ぐ。
剣道場という自身のバトルスタイルとは縁も所縁も無い施設を指定されたために、場所を調べるまでにかかってしまった時間のロスが、この上なく痛かった。
一応、剣道場の場所を聞き出すためにメール受信の直後にコールを試みたものの、電話に出られないほど状況は切迫しているらしい。

そして、ようやく剣道場を目前にしたとき……暁美ほむらは、見た。
まだ生きている鹿目まどかの姿を。

彼女にゆっくりと歩み寄る、大量のメダルを両腕で抱えた怪人の横顔も、同時に。
人間の肌を思わせない黒い合成繊維と鈍色に光る装甲を、暁美ほむらは以前にも一度、目にしたことがある。
磁石のようにU字に歪曲した特徴的なバイザーなど、一度見たら忘れるわけがない。

暁美ほむらが拉致された日に、逃げ出したほむらを追ってきた襲撃者に、間違いなかった。
その怪人が、今まさに、鹿目まどかに近寄っている。
しかも、昨晩にはメダルという物に関する悪印象を巴マミから吹き込まれたばかりだ。
この状況を判断した瞬間、暁美ほむらの頭の中に、もはや手加減という言葉は存在していなかった。

「まどかから……離れろおおおっ!!」

腕に具現化した円盾に焼け付きそうな力を一瞬でため込み、次の瞬間には怪人に向けて打ち出す。
怪人に駆け寄りながら、炎弾を発射する左手は決して休めない。

「うおっ!? あち、わたぁっ!? なんじゃこりゃあっ!?」
「えっ? ええっ!?」

情けない声をあげながら少しずつ後退していく怪人と、状況が分からずに右往左往している鹿目まどか。
怪人のそばに居るまどかには当たらないように正確に狙撃しながら、そいつを鹿目まどかから引き離すことに、ほむらは努める。
いつの間にか、ほむらの猛烈な連撃によって……両者の距離は、10メートル程も開いてしまっていた。
そして、混乱の境地に居る鹿目まどかを庇うようにその前方に立ち、怪人と向き合って睨みを利かせてみせる。

「単刀直入に聞くわ。貴方の目的は何?」

女子中学生から嫌悪感特盛で睨みつけられるという、何処かの業界の人々がご褒美だと騒ぎそうな状況に置かれながら、伊達明は思考を巡らせる。
バースの状況を示すバイザーの表示データは、あの炎弾がクリーンヒットを続ければ、バースの装甲はそう長くは持たないことを示唆していた。
ほむらが回答を待っている間は攻撃の手を休めてくれているのが、唯一の救いかもしれない。

そして、最も困ったことに、伊達明は目の前の女子中学生に全く見覚えが無いのだ。
よって、この子がどんな答えを期待しているのかまるで分からない。

「その前に俺からもいくつか聞いても……」
「聞いてるのはこっちよ。質問も時間稼ぎも認めない」

と、いうことらしい。
問答無用というやつである。
伊達としては、一番気になるのはやはり先ほどこの子が炎を出したことなのだが、素直に質問しても答えてくれるとは思えない。

ならば、どうするか?
……魔法というものの存在をたった今初めて目撃した伊達に、そんなことが分かるはずも無かった。
バースの一挙一動を逃さずに見極めようと目に力を張っているほむらの視覚が、バースが右手の人差し指だけを天を指すようにゆっくりと伸ばして見せたのを、感知した。

「一億稼ぐことだ。そのためのお仕事さ」

考えても分からないのだから、策を弄さずに本音を言ってしまおう。
それが、伊達の下した判断だった。

「じゃあ今度はこっちの番……」
「雇い主は誰?」

伊達に質問を許す気は、一切無いらしい。
まぁ、相手が子供ということもあるので、その程度で腹を立てたりはしないのだが。

「鴻上財団だ。これで満足かい?」
「鴻上財団の目的は?」

財団の目的ということは、すなわちいつも会長室でケーキを作っているあのオッサンの目的ということだが……

「世界の再生とか聞いた気がするが、詳しいことは俺もよく分からん。まだ何かあるか?」
「……どうやって、私の魔法に対抗しているの?」

正直に言って、ほむらのこの質問は、相手が正直に答えてくれると期待して口から出たものではない。
相手が言葉の端からボロを出してくれれば御の字だと思っては居るものの、あくまで期待しすぎないスタンスであった。
暁美ほむらにとって、時間停止が効かないということが意味するアドバンテージの喪失は計り知れないものであるため、どんな些細な情報も逃したくないという思考の結果である。

「何を言われてるのかさっぱりだ」

だから、相手がとぼけることぐらい、想定済みである。
もちろん、伊達自身は魔法のマの字も知らないのだから、全力で理解不可能だったりするのだが、疑念とは恐ろしいものだ。

「次の質問。……どうして、『彼女』に近付いたの?」

その『彼女』というのが、混乱しながら暁美ほむらとバースを交互に見ている鹿目まどかだということは、伊達は一目でわかった。
だが、やはり質問の意味が分からない。
伊達にとって鹿目まどかという人物は、たまたまヤミーの発生現場に居た子供でしか無いのだから。
セルメダルを持っていたことが気になると言えば気になるものの、その程度である。

「悪いが、それも意味が分からん。俺が『たまたま』その子と会ったら、何かまずいことでもあるってのか?」

暁美ほむらは、そんな『偶然』など、信じる気にはならなかった。
この町に自身の知らない異変が起きていて、しかもその渦にもっとも近い場所に鹿目まどかが位置していると分かれば、尚更だ。
むしろ、鹿目まどかに秘められた並ならぬ魔法の素質が災厄の中心となっているとしか、思えなかった。
そして、鹿目まどかを守る存在になりたいと切に願う暁美ほむらにとってそれは、忌々しき事態以外の何物でもない。
加えて、相手が情報を吐く気配も無く、鹿目まどかに手を出そうとしたのなら……暁美ほむらに、選択の余地などあるはずも無い。

尚、神の視点から答えるならば、ここで鹿目まどかと伊達明が出会ったのは、確実にアンクとゴリラカンドロイドのせいである。

「最後に……貴方が雇われの身であるとして、その仕事から降りる気は?」
「それは無理だ」

伊達の即答を聞いて、若干考え込むような素振りを見せるほむら。
ひょっとすると、何かを躊躇っているのかもしれない。
だがしかし、伊達が痺れを切らす前には整理をつけたらしく、再び言葉を紡ぐ。

「とにかく、分かったわ」

この女子中学生は人の話を聞いているのか聞いていないのか、イマイチ判断に余るヤツだ。
だがしかし、この時点で既に、なんとなく嫌な予感が伊達明の中には渦巻いていた。

「貴方を迅速に始末するべきだ、ということが」
「……何だかよくわからんけど、火遊びは程ほどにしとけよ? 『お七』ちゃん?」

暁美ほむらは、思いもしなかった。
先日の襲撃の際とはバースの中の人間が違うこと、など。
一方の伊達も、言語によるコミュニケーションが若干難しいということを、悟り始めたらしい。

傍観者にすぎない鹿目まどかには、状況が何も分からない。
魔法の知識もメダルの知識も中途半端で、暁美ほむらの質問の意味も伊達のバース操作マニュアルの意味も、半分も理解できていない。
だがそれでも、一つだけ分かることがある。
それは……

「ほむらちゃん、待って! そんなの変だよ!」

この二人に戦ってほしくない、ということだった。
その言葉を聞いたほむらの身体が一瞬だけ固くなったように、思えた。
ほむらを背後から見ている鹿目まどかからは詳細は分からないが、なんとなく雰囲気のようなものを察したのだ。

「その人は悪い人じゃないんだよ! さっきだって私の事を助けてくれて……」
「私は、そう言って結局裏切られた『子』を、数えるのを諦めるぐらい見ているわ」

数えるのを諦めるほどにという割に、その『子』という響きはまるで単数の対象を示しているような印象を与える。
ちぐはぐで、曖昧で、言葉足らずで、しかし聞く者に不安を与える、そんな冷たさが振り撒かれていた。

「私、嫌だ……ほむらちゃんに、その人と戦ってほしくない……お願いだよ……」

その表情を正面から見ている伊達は……何を感じ取っているのだろうか。
鹿目まどかには、背後を振り返らない暁美ほむらの表情も、覆われた伊達の顔色も、読むことは出来ない。

「中坊と殴り合いなんて真っ平だし、殺されるはもっとゴメンだけどよ、俺が今からする質問の答え次第ではその喧嘩を買ってやってもいい」
「……」

鹿目まどかは『怖い』と、心の中ではっきりと思った。
ほむらちゃんは転校してきたばかりだけど、大切な友達で。
名前も分からない仮面ライダーさんも、命がけでまどかを助けてくれたヒーローで。

だから、伊達明にだけは、『戦わない』と断言して欲しかった。
少なくともそれが、鹿目まどかがこの短時間で確立した、欲望だった。

頭の中がぐちゃぐちゃに混んがらがって、自分が何をしたらいいのか分からなくなる。
鼻の奥が熱くて、心臓が壊れたみたいに煩くて、手を伸ばせば届くはずのほむらの後ろ姿がとてつもなく遠く思えた。
そんなまどかの考えを知ってか知らずか、伊達は初めて許された質問を、ゆっくりと吐き出していた。
お前さんはその後ろの子の事が大事みたいだが、と前置きをして。

「俺を倒すってのは、その子がそのまま泣き出したとしてもやり遂げなくちゃいけない程の、大仕事なのか?」

暁美ほむらは、一瞬言葉に詰まった。
理性としては、答えは決まりきっているはずだった。
たとえ一回泣かせる回数を増やしたとしても、まどか自身に嫌われたとしても、最終的に滅びの運命から鹿目まどかを救い出すことが暁美ほむらの目的である。
従って、そこは『YES』と答えなければならないところである、はずなのだ。

「今のお前さん、後ろの子が泣き出したら釣られて自分も泣き出しちまいそうな顔してるぞ?」

理性でない、もっと本能に近い部分が、その質問に肯定の返事を出すことを躊躇わせる。
左腕の円盾に炎の力を貯めようと思っても、その鉄版は冷え切ったままだった。
まったく、心が燃える気が、しない。


そして、冷え切った頭は、冷酷に告げていた。
時間停止が効かず、炎も使えないのならば、この場において目の前の怪人を倒すことは出来ないという、客観的な事実を。


「もう二度と、私たちに関わらないで……!」
「そんな顔してる子供を放っとくほど冷血漢じゃないつもりなんだが……」


いつの間にかセルメダルを集めなおした伊達は、やや納得がいかないという感情を少しだけ表に出しながらも……二人に、背を向けて歩き出した。

「お嬢ちゃん、後は任せたぜ」

……お前なら、その子を説得できる。

去っていくバースの後ろ姿を見ながら鹿目まどかは、そう言われたと、確かに感じ取った。
だがしかし、音もなく姿を消してしまった暁美ほむらにも取り残され、その場に残された人物は瞬く間に鹿目まどか一人となってしまうのだった……

暁美ほむらと伊達明の戦いは、回避されることとなる。
だがしかし、因果は未だ、途切れては居ない。
捻じれ合った運命の糸は……別れが一時であることを、ただ暗示するのみ。



「あの力は、俺の……。だが、どうしてオーズでも無い奴が……」

そして、掌怪人がアップを始めたようです。


・今回のNG大賞

「お七ちゃん……お前さんの語尾は『のだーっ!』じゃなかったかい?」
「貴方こそ、魔法少女の世界にまで来るなんて……また『ドレス』を着たくなったのかしら?」

中の人ネタ@岩永洋昭さん&斉藤千和さん。
レスキューフォ○スからの長い付き合いだからなッ!


・公開プロットシリーズNo.49
→最近、交通整理の蛍光服がファイズに見えて仕方が無い。



[29586] 第五十話:Break the Chain――蝙蝠の意地
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/25 18:46
一方、ほむらと同様に怪人発生のメールを送信されたはずの美樹さやかは……メールの受信自体が不可能だったりする。
理由は、単純明快である。
さやかの携帯端末は、先日巴マミに盗み聞きを働いた際に粉々に砕け散ってしまったためだ。
非常に特撮的理由を思わせる経緯で端末を失っている辺り、さやかにも着実にライダーによる浸食が進んでいるのだろう。

だが、もしさやかの携帯電話が無事だったとしても、メールの着信には、気付いていなかったかもしれない。
理由は……志筑仁美である。

鹿目まどかが一人でファストフードの店を立ち去った後、志筑仁美が美樹さやかに対して言い放ったのだ。
明日に上条恭介へ愛の告白を行うので、それが嫌なら事前に掻っ攫って見せろ、と。
丁寧な口調と言い回しを用いていたような気がするが、大まかに要約すればそんなところである。

仁美はそのあと直ぐに店を後にしてしまうし、無表情電波女さんは忽然と姿を消していて。
誰かに相談しようにも、同級生には絶対に知られたくないネタである。
親にも話し辛いし、こういうことは蚊帳の外な感がある人間に対しての方が話し易いかもしれない。
結局、身近な人に話せば、そこから自分の周囲全般へと広まってしまいそうなので。

そして、その候補は……

「マミさん、キュゥべえ、トーリ……ぐらいかなぁ。あと、パンツマンもオマケしといてやるか」

火野映司は正直に言って蛇足の感が否めないものの、ほか三人はさやかとあまり生活圏を共有しない人間なので、噂が広まる心配も少ないだろう。
碌な人選じゃねぇ! などという突っ込みをしてはいけない。
そんなことをすれば、貴方の明日は地上200メートルから落とされた直後にティロフィナーレされた挙句、契約を結ばれてセイヤーされるだろう。
一見、夢見公園を訪れれば候補のうち二人が同時に捕まえられるためにお得な気もするのだが、

「忘れてたけど、クスクシエの人たちの方が、そういうの詳しそうかも……?」

こういう時は、やはり年上の女性が一番頼りになりそうではある。
店長の白石千世子さんに、アルバイターの泉比奈さん、魔法少女の先輩の巴マミさん。
よく考えなくとも、強大な戦力になるラインナップに見える。

「ってか、最初の4人って一人も携帯持ってないんだよね……」

あまり連絡の自由度が高すぎると作者が扱いに困るためだ……などという本音は、そんなの絶対あるわけない!
そんなものは、マミさんが中二病だとかほむらさんがストーカーだとかいう噂と同レベルの言い掛かりである。

まぁ、魔法少女には、念話という素晴らしい通信方法があるのだが。
相手の場所が分からないと使えないというオリ設定の縛りも付けられているが、いつもの夢見公園やクスクシエに居るであろうトーリやマミさんにならば、何の問題も無く繋がるはずだ。
だがしかし、ようやく進路を決めた美樹さやかの耳に、その足を引き留める声が聞こえた。

『誰かっ! 誰か、今すぐ助けに来てくださいっ!』

どうやら、貧弱な同輩は、こんな時に限ってお取込み中らしい。
トーリ自身も弱小とはいえ魔法少女であり、しかも仮面ライダーである『オーズ』まで一緒に居るはずなのにピンチとは、いったいどういう状況なのだろうか?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十話:Break the Chain――蝙蝠の意地



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
ライオン×1
トラ×1
サイ×2
ゾウ×2
???×2
????×1
????×2



「僕は……ドコ……?」
「貴方の現在地は、見滝原市夢見町の夢見公園ですよ……?」

トーリ達の住まう公園に訪れた人物は……『人』物では、無かった。
真っ赤な体に羽のような飾りを生やした異形の怪物が、空から飛び降りて来たのだ。
奇妙なことに、その怪人の顔は右半分が、まるで何処かの妖怪にでも剥がされたかのようにのっぺりとした平面を晒していた。
さらに、右腕もまるでゴム手袋のように生物的な質感がまるで無いという不気味な特徴を備えている。

「僕のメダル……返して……」

聞き取りづらい間を置きながらゆっくりと言葉を継ぐ赤い怪人の様子を警戒しつつ、トーリはこっそり映司の懐に手を入れてみる。
本来矢面に出なければならない筈のこの男は、昨夜に気絶している状態で発見されてから、いまだに目を覚まさないのだ。
ゆったりとした服の中には、映司の明日のパンツに包まれた、オーズの変身ベルトと8枚のコアメダルが存在していた。
コアの内訳は、赤1枚・緑1枚・黄2枚・灰4枚である。

おそらく、この赤く見える怪人は、グリードなのだろうが……
赤いコアは、腕怪人が既にその椅子に座っていたため、違うはずだ。
この赤い怪人の左手の意匠が右手怪人だったアンクに似ているような気もするが、自分の事を僕などと呼ぶアンクを想像することは出来なかった。
緑色と灰色のグリードは倒したはずだし、黄色はカザリで、この場には無いが青はメズールである。
真木博士から『紫』のコアメダルの存在を聞いたことがあるが、まさかそのお方だろうか?

『ギル』なんて名前は、無かったんだ!
……いや、なんでもない。

「ぱっと見たところだと、貴方の色のメダルは無いみたいですよ?」
「……返して」

コイツは人の話を聞いているんだろうか、とトーリは若干不安に思い始める。
もし問答無用でメダルを奪取に来られたら、降伏するか逃亡するかの二択が賢明な判断に違いない。
映司は、先ほどから静かに揺さぶられているにもかかわらず、全く目を覚ます気配が無いのだから。

そんな逃げ腰な思考を持っているトーリだからこそ、だろう。

「返して!」
「ひゃああっ!?」

赤い怪人が何の前触れもなく打ち出した炎弾に、対応することが出来たのは。
とっさに映司を掴んで自分の傍に引き寄せ、漆黒の翼を体の前面に回して、炎弾を防御する。
ガメルを爆殺した分のセルメダルブーストが効いているためか、その攻撃がトーリに与えたダメージは、無視できるレベルである。
『オーズ』原作において緑のグリードこと僕らのウヴァさんが自信満々に誇っていた戦法だ。
やはり、ウヴァを父と慕うこの娘は、どこかウヴァさんと思考回路が似ているのかもしれない。

「話も聞かずに攻撃してくるなんて、どうかしてますよ!」

相手がそんなクレームを受け付けてくれるはずもないことは、トーリとて承知済みなのだが、愚痴の一つでも言わずにはいられない。
これが、トーリがウヴァさんから受け継いだ最も大きな財産である、小物臭というやつなのかもしれない。
もちろん、本家ウヴァさんの圧倒的な貫禄には及ぶべくもないが。
いつの時代も、父親越えというものは簡単ではないのだ。

さて、そんな父親に追い付け追い越せと日々精進している(?)トーリの思考にまず最初に挙がった方針は……

「私だけなら何とか逃げられそうですね……」

まず、自分が生き延びる事だった。
炎弾を何とか避けつつ、身の振り方についての考えを巡らせる。
この赤い怪人は背中から翼を生やしており、この場所を訪れるまでに飛行してきたところをトーリは目撃している。
その速度は、トーリよりも若干高いのではないか、と見た方が良いものだった。

……つまり、気を失って未だに意識を取り戻す気配のない映司を囮にすれば十分に逃げ切れる相手でもあるということだ。
正直に言って、グリードの蘇生方法を一緒に探してくれる映司が居なくなるのは、大きな痛手ではある。
だが、トーリ自身が居なくなった時に、ウヴァを復活させることを望む人材が居るだろうかと尋ねられれば、トーリは首を捻らざるを得ない。

……そのはず、なのに。
逃げるしかないような気はしていて、それでもまだ、トーリは無意識に見殺しルートを避ける思考を生み始めていた。

正面から戦えば、おそらくトーリはあっという間にセルメダルの山になってしまうだろう。
せめて、映司をオーズに変身させることが出来れば……と、そこまで考えて。

「!」


こ れ し か な い !


トーリに、電流走る。
これ以上ないというぐらいの名案が、トーリの頭の中に突如として閃いたのだ。
どうしてこんなに簡単なことに今まで気づかなかったんだろう、というレベルの簡単なアイデアだったが、思いついてしまったからにはこちらのものである。

即座に変身ベルトこと『オーズドライバー』を拾い上げ、映司のパンツに包まれたコアメダル群の中から、緑と黄と赤のものを一枚ずつ選び出す。
確か、映司は信号機な配色のその組み合わせをよく使っていたはずだ、と思い出しながら。

そして、オーズドライバーを腰部に当て……装着した。
映司にではなく、自分自身に。
必死に炎弾を掻い潜りつつ、三枚のメダルを信号機の順番にベルトの溝へとセットし、イメージを固める。
緑の複眼を輝かせた赤い頭部を、黄色い獰猛な爪を、強靭な脚力を誇る脚部を、そして三色に分かれた胸部のオーラングサークルと呼ばれる円環状の外部表出機を。
そんな思考が必要だとも特に思わずとも、無意識のうちに働いてしまった、イメージだった。
地上を横っ飛びに転がりつつ、焦げ目の付き始めた自身の羽の匂いに顔をしかめながらも、その右腕は……確実に、ベルトの右腰に備わってるオースキャナーを、掴んでいた。

迷わずにベルトの前部を左方向に傾け……ひと思いにスキャナを宛がい、一気にスライドさせる。

「変身っ!!」

歌は、聞こえなかった。
映司が赤黄緑の三色のメダルのコンボを使った時に流れるはずの、例の歌である。
これは単なるトーリの勘違いが生み出した事象であって、大した問題ではなかった。
正しいタトバコンボが『タカ』『トラ』『バッタ』の三枚から生まれるのに対して、トーリがセットしたメダルが『クワガタ』『トラ』『コンドル』であったというだけの話なのだから。
何処かの町の半熟探偵が、師匠の決めポーズを左右逆に覚えているようなものである。

もっと大きな問題は……別にあった。

「……アレ?」
「?」

それは……オースキャナーのメダル読み取り音声が聞こえなかったことである。
すなわちそれは、スキャナがメダルを認識しなかったということでもあり。
つまり、

「変身、できない……!?」

トーリは、知らなかった。
オーズに変身できる人間は、800年の封印からオーズドライバーを解き放った『火野映司』ただ一人しか居ないということを。
別の時間軸上で、アンクが火野映司と後藤慎太郎に対して説明した、大前提の一つだったのだが……特に時間を遡れるわけでもないトーリが知っている筈も無かった。

そして、トーリの動作に見覚えがあったらしく、手を止めてしまっていた赤い怪人と、目が合ってしまって。

「……オー、ズ?」

その怪人が何を認識したのか……トーリにはなんとなく、分かってしまった。

「ち、違うんです! ワタシはオーズじゃなくてですね、そっちに寝てる人が……!」
「僕を……返してよぉぉっ!!」
「ワケが解らないですよぉっ!?」

赤い怪人……『ロストアンク』には、800年前に封印された時の記憶が、ほとんど残っていない。
だがしかし、自身の一部を削がれる恐怖と共に本能の底に刻み付けられたものも、ほんの少しだけ存在していた。
その一つが、『オーズ』だ。
強欲な王がグリードから抜き出したメダルの力を吸収するために作り上げた兵器であり、グリードの憎むべき天敵。

遠距離攻撃では埒が明かないと踏んだらしいロストが、ほぼ地上0メートルすれすれを飛行し、一直線にトーリのもとへと飛び寄る。
その伸ばされた左手を、トーリはとっさに身体の前面に回した強靭な羽で防御しようとして、

「っ!?」

捕まれた右羽の先が、『焼き千切られ』た。
金属を焦がすとき特有の鼻を突く匂いが、一瞬だけ頭を支配する。
次にトーリが感じたものは地面に散らばるセルメダルの音で。
不思議と、あまり痛みと呼べるものは感じなかった。
むしろ、羽の先の部分だけだったから失ったセルメダルは50枚ぐらいで済んだかな、などと何処か冷静に考えられている自分自身が、不思議だった。

「このぉっ!」

相手が突進してきた勢いが死に切らないうちに、考えるよりも早くカウンター気味の蹴りが飛び出し、何とかロストを引き離すことには成功する。
だが、

「僕の……」

トーリが襲われた時のようなセルメダルの落下音が全く聞こえないことが、彼我の力の差をこれ以上ないぐらい雄弁に語っていた。
こちらはロストの攻撃を防御することも叶わず、ロストはカウンターを合わせられても傷一つ負わない。
これが、現実だった。
トーリの戦闘技術が足りないという理由もあるのだが、圧倒的な攻防力の差が、越えられない壁として目前に存在している。

そして、さらに悪いことに、翼が一部欠けてしまったという予想外の事態が発生していた。ヤミーなのだから数分もあれば身体の他の部位からセルメダルを回して欠損を補うのも不可能ではないが、その数分をロストが許してくれるはずもない。
つまり……飛行して逃げることが、出来ない。
飛ぶこと自体が不可能なわけでは無いが、おそらく目の前の翼人から逃れられるほどの速度は出ないだろう。

『誰か、誰か助けてくださいっ! 夢見公園です!』

とりあえず見滝原中学とクスクシエ方面に念話を飛ばし、その後はひたすら無差別放出である。
危険な暁美ほむらや一般人の鹿目まどかに繋がる可能性もあったが、やはり一番可愛いのは自分の身なのであって。
一人でも増援が来てくれれば、その人を囮にして逃げ……ではなく、協力してロストを撃退できるかもしれない。

しかし問題は、

「返してよぉぉぉっ!!」

この翼人が、先ほどから映司に見向きもせずにトーリのみを集中的に攻撃しているということである。
そして、壊滅的にコミュニケーションが成立しない。
壊れたレコードのように同じことしか言わないロストとのやり取りは、まるで『会話のピッチングマシン』とでも呼ぶべき代物だ。
ただし、そのピッチングマシンから発射される弾は、全弾が時速100マイルのボークである。
強くて頼りになる銃使いの先輩なら、きっとそんな弾でも素手でキャッチしたうえで、表面に書かれた数字を読み取れるはずだが。

必死に打開策を考えるトーリだが、なかなかに上手くいかない。
なんとなく敵の雰囲気がグリードっぽいとは思っているため、グリードとの対戦記憶を洗ってみているのだが、これも芳しくないのだ。
とりあえず初戦でアンク&マミから逃げ出したのはカウント外としても、カザリにあっという間に組み伏せられ、メズールには速攻の緊縛プレイである。
というか、目の前の翼人はグリードとしてどの程度の強さを持っているのだろう?

「っ……!」

得意でもない近接戦闘を強いられ、ロストの焼き籠手によってじりじりとセルメダルが削られている。
トーリ自身、セルメダルが増えるたびに耐久力が上がっているような気がしてはいたものの、これは逆説的に今後のピンチを示してもいた。
セルメダルが削られ続ければ防御能力が下がり、さらにセルメダルを削られやすくなるという負のスパイラルに陥りかねないのだ。

そもそも、目の前の翼人のコアは何枚ほどなのだろうか?
クズヤミーを瞬時に生み出して盾にしながら、トーリは思考を必死に回す。
人は盾、人は石垣、というヤツである。
もっとも、雑魚戦闘員に見えて意外と打撃耐久力には定評のあるクズヤミーさんたちなので、3~4発ぐらいの攻撃は耐えてくれる根性があったりするのだ。
結局セルメダルを消費しているには違いないが、割られたセル1枚から2体も生まれてくるクズヤミーさん達のお得感は、なかなか馬鹿に出来ないものがある。

話を戻すと、どうもロストの出力は、カザリやメズールよりも高いような気がするのだ。
カザリとメズールの二人がどれだけのコアを持っていたかは分からないが、ガメルが倒されたときに7枚であったことを踏まえると、その数値の前後だろう。
それに対して目の前のロストは、思考能力に制限があるのか攻撃が単調であるために何とかクズヤミーの盾で凌ぐことが出来ているのだが、おそらく7枚よりもコアが多いのではないかと思えた。

実はトーリのこの目算は間違いであって、この時にロストの持っているコアは、5枚しか無かったりするのだが。
それだけロストの出力が規格外だということでもあるのだが、今はそれどころではない。

一方、トーリの現在取り込んでいるコアは、緑5枚と灰2枚の計7枚である。
コアを取り込んでいようとも、そもそも王として生まれた者と手下として生まれた者の、歴然たる差がこの状況だった。
虎は何故強いのか、というやつである。
……オーズの世界における『トラ』の強さは気にするな!

トーリは、考えてみた。
映司の持つ8枚のコアを全て自分が取り込んでみたときの、勝率を。
トーリをメダルの器として使いたいカザリさんなら、炬燵から飛び出て来て真木博士と肩を組みながらコサックダンスを始めるぐらいに喜ぶかもしれない。
だがしかし、コアの吸収には暴走の危険が常に付きまわる。
それは、前回灰色を二枚取り込んだだけで目を回してしまった経験からも、明らかだ。

……そもそも、ワタシが暴走したとして、この人に勝てるんでしょうか?

炎を使えばクズヤミーを簡単に壊せるということに気付いたらしいロストが、口から火を吐いてクズヤミーを燃やし始める。
綺麗な白が目に痛い包帯男の見た目通り、クズヤミーは可燃物だったらしい。
クズヤミーを時に自身の羽で庇うという本末転倒のような作業をしながら、思考の起点になりそうな手掛かりに、ようやく思い当たる。

おそらく、現在のトーリが暴走せずに取り込めるメダルは3枚、多めに見積もっても4枚といったところである。

「そもそも、自色のコアが10枚揃っていても、一度に5枚までしか取り込めないんじゃ……」

そう考えると、コアブーストは緊急時に頼るべき手段ではないのかもしれない。
そして、先ほどから打撃と炎弾を使い分けて攻撃を始めたロストさんに知性らしいものが見えるのだが、これは一体どうしたことだろう。
この短期間で知性が急成長を遂げるという意味不明な頭脳インフレでも発動しているというのだろうか?

トーリとしてはそんなことは考えたくないのだが、急ぐに越したことは無さそうである。
しかし、暴走しても勝ち目がなくなるどころか、下手をすればこちらの理性が飛んで選べる手札が一気に消える可能性だってあるうえに、そもそも元に戻れるのだろうか?
カザリの慎重な態度を見ていると、その辺りの不安は尽きない。

この場でトーリが使えるものは、『4色8種15枚のコアメダル』、『オーズドライバー』、『2000枚強のセルメダル』、そして『気絶している火野映司』。
この状況から導き出される解は?


「それなら、いっそのこと……!」

……追い詰められたオリ主が、何かを思いついたようです。



・今回のNG大賞

「僕のメダル……返して……」
「このコンドルコアですよね。どうぞ!」

こうしていれば、たぶんロストさんは大人しく帰ってくれたはず。
でも、そんなに勘が鋭いオリ主なんて、トーリじゃない。

・公開プロットシリーズNo.50
→クズヤミーさん達を燃やしてみたかったんだ☆



[29586] 第五十一話:Kの誤算/それはとっても中ボスかなって
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/29 19:52
「それなら、いっそのこと……!」

今までの思考を総括すべく一つの作戦を思いついたトーリの行動は、迅速だった。
セルメダルを5枚ほど一気に手元に呼び出し、それを全て一度にクズヤミーに変化させる。
肩を組み合って、壁を作るように陣形を作らせて。

「……?」

オーズ最終話にて初披露が為された、クズヤミーの有志たちによる例の謎ポーズである。
その光景を不思議に思ったらしいロストだが、次の瞬間にはクズヤミータワーを燃やしにかかる。
だがしかし、その一瞬があれば、十分なのだ。

「やあああっ!」

トーリは……跳び上がった。
『飛んだ』のではなく、『跳んだ』のである。
自身の前面であと1秒以内に完全に灰になってしまうであろうクズヤミーさんの頭を足場にハイジャンプを行い……ロストの上空を取ったというわけだ。

咄嗟に炎を纏った拳を突きだしたロストのカウンターは、トーリがどんな攻撃を繰り出すより速い。
……はずだった。

だが、トーリはロストの上空からさらにもう一体のクズヤミーを生み出して、盾にすることでロストの攻撃を防ぐ。
先ほどの大量生産の際に、セルメダルのかけらを一つだけ温存しておいたのだ。

そして、唐突にロストの視界が……封じられた。
未だ知性の育ち切っていないロストには、分からない。
自身の視界を覆っている、黒い靄の正体が。
それは……クズヤミーの灰だった。
トーリがわざと通常より弱めに作ったクズヤミーがロストの炎によって瞬間的に灰となり、ロストの頭上から直撃で降り注いだのである。

「……ドコ?」

そして、トーリが着地した場所は……ロストの、右手側の下方。
空中から投擲したクズヤミーさんを踏み台にしたうえで羽を併用し、空中で素早い方向転換を行ったのだ。
何故右下方かというと、何となく肌が丸見えの右手側の方が防御力が低そうだったからである。

「これなら……どうですかっ!」

灰を翼から出した熱風によって払おうとしたロストの脇腹から、トーリの拳が、ロストに突き当てられた。

「……?」

それは、攻撃としてはあまりにも貧相で。
ロストは、むしろそれが攻撃なのだと認識できなかったほどである。

……だからこそ、気付くのが遅れた。

「お望み通り、『コアメダル』ですよ……!」

トーリの手に、コアメダルが握りこまれていたことに。
その拳は最初から物理ダメージなど期待せずに、相手に到達させることだけを念頭に置かれて放たれたものであった。
ロストの体内からトーリが抉り出すのではなく、トーリの持っていたメダルを、拳の中に隠してロストにぶち当てたのだ。

「コア……僕の……」

メダルを求めて彷徨っていた身体に、それは沁み渡った。
身体の中に、力が満たされていく感覚。
……そして、それが体内で暴れまわる、気味の悪い嘔吐感。

「……じゃない!?」

体内にぶち込まれた、巨大な力を持った異物。
ロストを内側から支配しようとする、指向性の定まらない無秩序な、力。

「貴方のコアが何枚だかは分からないですけど」

それは……映司の持っていたメダルの殆どとトーリの体内から取り出した灰色のメダルの全てだった。
先ほどオーズドライバーにセットしていた3枚は、取り出す手間をかけている間に殺されそうだったので使えなかったが、その数は膨大である。
6枚の灰色コアに、1枚の黄色コア。
カザリから託された灰色のメダルが混ざっているので背信行為な気がしないでもないが、そんなことを言っている余裕も無い。

「……流石に、その倍の『14枚』は無いでしょう?」

トーリの最後の作戦……それは、相手のコアの半分以上の枚数を、相手の身体に投入すること。
すなわち。

「違う……コレじゃないィ! 僕を、僕をっ! 返してよおおおおおっ!!?」

悲痛な叫び声が、真昼の夢見公園に木霊する。
自身の意思の入ったコアを奪われ、800年間それを取り返すことを夢見て眠り続けた、亡霊の声が。
暴走する。

「僕は、僕だよ、僕ガ、僕じゃ、ナいいイっ!!!」

ロストの形態が、瞬く間に変化していく。
肌が波打ち、肉が沸騰したような音を立て、血が断ち切られたような異臭を発しながら。
周囲に熱を伴った突風をまき散らし、爆音とも呻き声ともつかない何かを口から発して。

その『怪物』は、生まれた。

紅色の、鷹を思わせる上半身からは所々から炎が噴き出し。
灰色の、馬を思わせる下半身と蹄はその重々しさを以てコンクリートの地面を踏み砕いた。
黄色の、獅子を思わせる尾が身体の後ろからは伸びており、時折眩い光と突風を漏らす。

背丈は5メートルにも及び、雄叫びは街全体を震わせる。
その有り得ない生物を古代の人々が見たら、きっとこう呼んだはずだ。

礼獣……『ヒポグリフ』と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十一話:Kの誤算/それはとっても中ボスかなって



タカ×1
コンドル×1
クワガタ×1
トラ×1
???×2
????×1
????×2



「これが暴走、ですか……」

トーリは、見滝原の遥か上空を飛びながら、その異形の姿を冷静に観察していた。
ありったけのコアメダルをロストに突っ込んだトーリは、脇目もふらずに飛び上がり、逃げ出したのである。
強いて一つ、食った道草を挙げるとすれば、

「まぁ、ここで映司さんを失うよりはマシ、だったんでしょうかねぇ」

その手に、火野映司という男を抱えていることぐらいだろうか。
自分の腰部に着けっぱなしだったオーズドライバーを映司の懐に戻してやりながら、トーリは考える。
自分達が逃げるのに成功したのは良いが、あの怪物を倒す方法はあるのか、と。

この町であの暴走体と戦える人材は、精々巴マミと美樹さやかぐらいのものだろう。
後藤慎太郎たちライドベンダー部隊は……保留である。
最大戦力である火野映司が目を覚まさないのが、やはり一番のネックと言える。
というか、逃げ出す隙を作るために、オーズの戦力の要であるコアメダルを7枚も犠牲にしてしまったのだが……逃亡に失敗するよりは、遥かにマシの筈だ。


「……あれ? 見覚えのない人が居るような?」

目を凝らして遥か下方の地表に目を落とすトーリの視界には……長物を振りかざす、会ったことも無い魔法少女が、暴走体の前に立ちはだかっていた。



佐倉杏子がこの見滝原市を久々に訪れたのは、偶然の出来事ではなかった。
事の発端は、キュゥべえが杏子に対して情報を提供したことにある。
ソウルジェムを濁らせずに魔法を使える魔法少女が居るから、そいつを調べてほしい、と。

キュゥべえとの契約によって生活が大きく変わってしまった過去を持つ杏子としては、キュゥべえの言葉を鵜呑みにするのは危険だということが痛いほどに分かっている。
だがしかし……その能力は、魅力的過ぎた。
ソウルジェムを濁らせずに魔法が使えるということは、すなわち魔力が無限であるということに等しい。
特に、生活の殆どを魔法に頼って暮らす佐倉杏子にとって、その技能を習得することが行動指針となることは当然と言えただろう。

ところが、いざ見滝原市に来てみると、碌なことが起こらない。
魔力チート様の居場所を知っているのではないかと見当をつけて巴マミのマンションを訪れたら、見るも無残に破壊されていて。
昼食に美味そうな屋台を見つければ、家族なんてモノを思い出させられて食欲は失せてしまって。
終いには、助けを呼ぶ念話に釣られて公園なんかにやってきてしまい……見たことも無い怪物と、相対している。

銀色の貨幣のような物体が公園の地面に散らばり、光の乱反射を起こして、化物に光のスポットライトを着飾らせていた。

「神様って奴はやっぱ、アタシのことが嫌いなのか? まぁ、どっちでも良いけどさ……」

相手は……何処かの古いおとぎ話に出てくる生物に似ていた。

……ええと、グリフォンじゃなくて、何て言ったっけ?

「とりあえず、アレだ。お前とは焼き鳥屋か九州料理の店で会えば良い友達になれたかもな!」

それにしても、杏子は助けを求める念話を聞いてこの場に駆け付けた筈なのだが、その当人の姿が見えないのは一体どういうわけだろう。
まさか、一足先に食われてしまったのだろうか……などという雑念を持っている場合では無いようだ。

鋭い爪を振り下ろしながら迫ってくる化け物の一撃を寸でのところで回避し、馬のような胴体の下方へと潜り込む。
この手のデカブツは、死角に潜り込んで一突きにするのが効率的だ。
鷹を模していると思しき上半身の目からは、胴体のヘソ付近まで忍び込めば逃れられるはずだ。
そう、歴戦の勘に従うままに、飛び込む。

「イキモノってのは大抵『穴』が弱点って、相場は決まってんだよ!」

そのまま、馬の脚に蹴られるよりも速く。
思い描いた通りの精密な動作を以てして、ただ、突く。
胴の真最中に位置する、哺乳類特有の穴の一点に狙いを定め、そこを正確に攻撃したのだ。

ここまで熟練された動きを実践できる魔法少女が、他に居るだろうか。
きっと彼女を知る暁美ほむらや巴マミならば、存在しないと即答するに違いない。
だからこそ、その攻撃が生み出した結果を鑑みても……彼女の落ち度とすることは、出来ない筈だ。

「なん……だと……!」

掌に返ってきた感触は、自身の突きの威力と全く同等で。
迂闊にも痺れさせてしまった右腕から左腕へと咄嗟に武器を持ちかえながら、佐倉杏子は目の前で起こった事象を正確に判断しようと努めていた。

……渾身の一撃が全く効果をもたらさなかったという、事実を。

「それなら、目か口を……」

そう、方針を改めた……瞬間だった。
佐倉杏子の身体が、彼女の意に反して、その動きを止めたのは。

「っ……!?」

軽快であったはずの足取りにその面影はなく、地面に張り付けられて、そのまま動く事さえ叶わない。
この時になって初めて、佐倉杏子は、自身が陥っている状態を把握した。

……重力だ。

内臓を押し潰し、手足を地面に埋める、普通の人間が足を踏み入れればあっという間に体積が無くなってしまうほどの、強烈な重力。
それが、佐倉杏子を縛っているものの正体だった。

そして、次に杏子の目に飛び込んできたものは……上下が逆さまになった、鷹の頭だった、
顔の右半分が欠けた不気味なその形相は見る者に生理的嫌悪感を与え、彼女とてその例外ではない。
馬の脚の股下から覗き込むように、合成獣が上半身を折り曲げて、佐倉杏子を観察していたのだ。

……分からない。
杏子は、自身に視線を注いでいるこの怪物の正体に、まるで心当たりがなかった。
魔女というヤツらは総じて結界の奥に潜む引き籠りだし、こんな強さの使い魔が居ては堪ったものではない。

均衡は、一瞬にして破られる。
鳥頭がおもむろに嘴を開き……息を吐くように、高熱の炎を吐き掛けたのだ。

「ぐっ……ああっ……!」

……まずい。
突破力と動作の精密性に優れる佐倉杏子という魔法少女の弱点が、晒されていた。
つまり、有体に言うならば、打たれ弱いのである。
鎖を模した結界を張って凌ぐものの、数秒で破られ、それを張りなおすというサイクルを繰り返す。
それでも徐々に魔力は減り、身体は炎熱によって焦がされていく。
グリーフシードのストックもあるにはあるが、動きを封じられているのでは打つ手がない。
特大の槍を召喚すれば何とかなるかもしれないが、隙が大きすぎて用意している間に丸焼きにされてしまうだろう。


……そんな、時だった。
怪物の尾の方から、金属同士のぶち当たる、甲高い音が聞こえたのは。
誰か別の人間が外から怪物に攻撃を加えたのだということが、杏子には直感的に理解できた。
それと同時に、今までの鈍重さが嘘のように、身体が軽くなる。
決死の思いで馬の足を掻い潜り、転がるように重力波の圏内から逃げ出す。


「うわっ!? あちちっ!?」

そして、杏子の駆け出した方向に示し合わせたようにぶっ飛ばされてくる、マントを羽織った一人の魔法少女。
怪物に跳びかかっていたその魔法少女が、怪物の腕の一払いによって吹き飛ばされて来たのだろう。
そいつが、たった今杏子を救出してくれた、恩人に違いない。
槍を多節棍に変化させて、そいつを縛って受け止めようとして……踏ん張りが利かずに、そのまま重なるように倒れてしまう。
杏子は、自分で思っている以上に身体に損傷を貯めていたらしい。

「ありがと……って、あんた大丈夫!? 消し炭みたいになってるよ!?」

杏子の惨状を目の当たりにしたそいつは、面白いぐらいに動揺していて。
でも、そいつの後ろから迫っている怪物の形相は、全く面白く無くて。
それなのに呑気に治癒魔法なんて使い始めるそいつの度胸が、信じられなくて。

「馬鹿野郎! お前もさっさと逃げろ! じゃないと……っ!」
「大丈夫だよ」

思わず、耳を疑った。
だけど、次に聞こえてきた声を聴いたら、ようやくそいつの自信の根拠が理解できた。
……そりゃあ、アンタが居りゃ、百人力さ。


「ティロ・フィナーレッ!!」

横殴りの砲弾を受けてその巨体を浮かせる、怪物。
そして、巨大な砲台を構えた、強大な魔法少女の姿。
この見滝原一帯をたった一人で魔女の手から守ってきた、数々の魔法少女の師匠。


「久しぶりね。佐倉さん」
「全く、アンタ……どうしてこうも都合よく、他人のピンチに駆け付けられるのさ?」

そして、佐倉杏子もまた、その元で師事を受けた一人……『だった』。

「……巴マミさん、よぉ」



・今回のNG大賞
「何アレ? グリフォン?」
「それは違うわ。鷹と獅子の合成獣がグリフォンで、グリフォンと馬の合成獣がヒポグリフなのよ。ヒポグリフとして描かれるときは、獅子の要素は排除されることが多いわ。そもそもグリフォンが馬を好んで捕食するという伝承から、ヒポグリフは想像上のそれの中でも特に『有り得ない生物』の象徴とされて(以下略)」
「しまった……そういえばコイツ、かなり重い『はしか』にかかってたなぁ……」

何故か、マミさんってこういうのが好きそうなイメージがあるのは、なんでだろうね?

「さすが! マミさんは最高です!」
「お ま え も か」

そして、さやかがこういうのを感心しながら聞きそうなイメージがあるのは(ry
さらに言うと、二次で杏子だけ酷い怪我を負うことが多いイメー(ry

・公開プロットシリーズNo.51
→他人のピンチに都合よく駆け付けるのがマミさんクオリティ。原作1話ではまどかとさやかとキュゥべえに。10話ではほむらに。ドラマCDでは杏子に。……主要人物コンプリートしてたりして。



[29586] 第五十二話:Kの誤算/切掛
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/10/29 19:45
建物の屋上というものは、総じて電波機器を扱う際の利便性に優れた場所である。
であるからして、見滝原中学の屋上において携帯電話を耳に当てているその生徒の姿は、不自然さなど一つも纏っていなかった。
その生徒が自殺防止用フェンスの遥か向こう側に眺めている公園で、鷹の上半身に馬の下半身と獅子の尾を持つ巨大な化け物が轟音を放っていたとしても、生徒自身に不審な点は無い。
女性としては短めとはいえ、携帯電話を使用するには多少の差支えとなる黒髪を空いている指で固定しながらも、その視線は怪物から離れない。

「もしもし? 予知では、あの鳥人間に襲われて、「オーズ」は紫のメダルを使わざるを得なくなる……って話じゃなかったっけ?」
『確かにそう言ったわ。でも、「無」を司る紫のメダルの周囲の未来は上手く見えないことの方が多いのよ。「無力」の魔女と同じように、ね。今、どうなっているかしら?』

電話越しの相手の声は、全く動揺を見せない。
そのことが、相手に絶対の信頼を寄せる女子生徒の不安を掻き消してくれた。
もっとも、相手が動揺しているところなど、この女子生徒は見たことも無いが。

「例の蝙蝠が、オーズの持ってたコアを大量に鳥人間に突っ込んだみたいだよ。そしたらびっくり、鳥人間が巨大化したんだ」

やっぱり蝙蝠のヤミーを早めに始末しておいた方が良かったのではないか、と女子生徒は思わないでもない。
これでは、せっかく遠出して拾い物をしてきた甲斐が無いというものだ。
初めての異国の地に心が躍るのを抑えて、目的を遂行して速やかに返ってきたというのに。

『むしろ僥倖ね。相手が強い分だけ「彼」の成長も速くなると期待しましょう。ワルプルギスの夜が来るまでにあと2週間しか無いのだから、急ぐに越したことはないわ』
「疑うわけじゃないけどさ、紫のメダルを使ったオーズってのがどれだけ規格外なのか、気になって仕方ないね」

女子生徒の魔力によって強化された視力は……その先で繰り広げられる激戦を、捉えていた。
風見野という見滝原の隣町をたった一人で守ってきた、百人力の近接戦闘能力を誇る赤い魔法少女が、為す術もなく殺されようとしている様を。

「まさかとは思うけど、ワルプルギスの夜が来る前にこの世界が終っちゃったり、ってことは無いよね?」

返事は……無かった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十二話:Kの誤算/切掛



「でも、過度な期待は禁物よ」

魔法少女たちの頼れる先輩の……その表情に余裕と呼べるものが見えないことが、佐倉杏子の油断を最小限に留めた。
そして、今時珍しい電話ボックスと呼ばれる公営物を踏みつぶす音が、全てを物語っていた。

「おいおい……ティロフィナーレって『必殺技』だろうが」

少なくとも佐倉杏子の知る限りにおいて、『ティロ・フィナーレ』は敵を例外なく滅ぼすという意味で必殺の技であった。
今日、まさにこの時までは。

「えっ、アレで倒せて無いの……?」
「……みたい、ね。自信無くしちゃうわ」

ガラスの破片に塗れ、土埃を払いのけて姿を現すその巨体には……傷一つ、見られない。
唸り声をあげ、その巨躯を一歩進めるたびに地面を震わせ。
そこに『居る』というだけで、動作と言えるような行為を取らずとも発生する規格外の存在感が、全てを物語っていた。

「で、でも、今のは抜き打ちだったから威力が低かったとかじゃ……」
「……むしろ、美樹さんに気を引いて貰っている間に、魔力を貯めていたわよ?」

馬脚から生み出される加速力が、その肉体を一撃必殺の弾丸へと昇華させる。
大きさの面から言えば魔法少女たちはその腰部に相当する身長さえ持っていないので、実質的には、その攻撃は『タックル』というより『キック』の一種と呼んだ方が良いのかもしれない。

人の恋路を邪魔するさやかに、天罰が下ろうとしているとでもいうのだろうか。
……むしろさやかとしては、自分の恋路を邪魔されているという認識の方が強いわけだが。

「ってか、コイツ何なの? あんた、馬刺に焼き鳥でも乗せて食べたわけ?」

どうやら美樹さやかと佐倉杏子は、思考のレベルが大して違わないらしい。

「生臭満載のおでんなんて、そんなのアタシが許さない!」

散発的に銃弾を放ちながら一人で暴走体を引き付けている巴マミの演武を背中越しに聞きながら、さやかは怪我をしていた魔法少女の治療に専念する。
さやか自身は初めて会う魔法少女であり、相手の名前も分からないが、どうやらマミさんの知り合いであることは間違いなさそうだ。
消し炭のようになっていた四肢を元の状態に戻すのは、治癒能力をキュゥべえにもらったさやかと言えど、分単位の時間を要してしまうだろう。
それでも、治癒魔法を齧った程度の巴マミや佐倉杏子と比べれば段違いの速さと魔力効率を誇っているのだから、治癒を魔法に頼るのが元来どれだけ無茶な行為であるのかが窺えるというものだ。

「冗談言ってる場合じゃないぞ? マミのヤツの攻撃が通らないんじゃ、手詰まりじゃんか……」

だがしかし、あの怪物を相手取るのは、治癒以上の無茶だ。
正直に言って、逃げ出した方が賢明な判断だ、としか杏子には思えなかった。

「うーん……この公園にいつも居るはずの奴らなら、何とかしてくれる気もするんだけど……」
「公園にいつも居るって時点で不安要素満々だな……まぁ、アタシが言えた事じゃないか」

怪物を引き付けている巴マミの戦いは、その行為の危険度とは裏腹に、非常に単調なものだった。
マミのとっている行動は、牽制と回避のみ。
魔法少女の肉体がいくら頑丈とはいっても、あの巨体から繰り出される攻撃を防御するのは流石に選択肢の内には入らない。
そして、佐倉杏子を大きく超える接近戦を演じることが難しいと分かっているため、距離を取らざるを得ない。
眼や嘴の中を狙ったりリボンによる拘束を試みたりと、色々策を講じてみているようだが、どれも怪物の圧倒的な攻防力を前には意味を為していない。
しかも、そうしたジリ貧の戦況を維持することは出来ても、その周囲の街並みを維持することは事実上不可能であった。

「そういえば、アタシは誰かがこの公園から飛ばしたテレパシーを辿って来たわけだけど、そいつは何処に行ったんだろ?」
「地面に散らばってるメダルが、多分あいつらがあの化け物と戦った跡だと思う。姿が見えないのは……もう殺られちゃったわけじゃない、と思いたいけど」

どうやら、その公園に住んでいる魔法少女が、念話の主だったらしい。
そして、地面に散らばっている貨幣の存在は杏子も気になっては居たが、どうやら回復系の魔法少女はその正体を知っているようだ。
杏子がそれを突っ込んでみたところ、あの化物はメダルで出来た魔女とは異なる謎の生命体なのだ、という眉唾モノの話を聞き出すことが出来た。

「アタシの治療はもう良い、逃げるには十分だ。アンタも巴マミと一緒に、早く何処かに逃げた方が良い」

世話になったな、と口にしながら何処からともなくグリーフシードを取り出した魔法少女は、それをさやかの手へ押し付ける。
その身体には未だにいくつもの焦げ目が残っていたが……最低限の治療しか受け取らないところが、彼女なりの意地なのかもしれない。

「逃げるって……あの怪物はどうすんのよ?」
「戦いたきゃ戦え。アタシは、あの怪物とこれ以上やり合うのはゴメンだね。さっきは八つ当たりで手を出しちまっただけで、そもそもアタシは魔法は自分のためにしか使わない主義なのさ」

あの怪物が魔女で無いのならば、魔力を消費して戦う理由もないというものだ。

「……魔法少女って、正義の味方じゃないの?」
「そういう奴も居る。でもアタシは違うよ」

一瞬、何かを喉まで登らせた美樹さやかだったが……ここで押し問答をしている間に町が破壊されては本末転倒であることは理解しているらしい。
結局、少しだけ火傷を残した杏子は、その背中を見送ったのだった。

「あーあ……何時からアタシは、こうなっちまったんだっけなぁ……」

美樹さやかの後ろ姿が遠くなった頃にぽつりと零れ落ちた、一言だった。
口にしてしまった後に、そんなバカな、と思い直す。
切掛けなんて、忘れたくても忘れるはずがないのに。

佐倉杏子は……無意識のうちに、糾弾していたのかもしれない。
分岐点を生み出してしまった男の、行動を。
その事件さえ無ければ、自分は今でも巴マミや先ほどの新人と肩を並べて、胸を張って戦えていただろうか。

杏子がこの見滝原を久々に訪れたのは、ジェムの濁りを気にせずに魔法を使う方法を探すためだったはずだ。
巴マミを探していたのは、マミならその魔法少女ことを知っているのだろうと見込んだからであって、共に怪物と戦うためではない。
でも、巴マミたちがあの怪物にやられたら、手掛かりが無くなって……

「……って、何でアタシは、あいつらの所に行くための『言い訳』を考えてんだよ……」

まるで男の子のように髪を掻き毟りながら、頭の中を占める言い様のない不快感を、振り払う。
自分にはマミ達と共に戦いたいという気持ちが燻っているのかもしれない、という自己分析とは裏腹に、その足は動かない。
気分の悪さはあるものの、決め手に欠けるとでも言うべきか。

「仕様が無ぇな、ホントに」

その言葉は、誰を指して使われたのか。
それを指摘してくれる者は、誰も居ない。

『オイ、新人。先輩として一つだけアドバイスしといてやる。あの怪物とマトモに戦いたきゃ、見滝原に居るらしい「無限の魔力を持つ魔法少女」って奴に手を貸してもらえ。じゃあな』
『なんか良く分かんないけど、マミさんに伝えとくよ。ありがと!』

豆粒のようになった背中に向けて最後のテレパシーを伝え終え、佐倉杏子は、戦場を後にしたのだった。
美樹さやかへと、『鍵』を残して……




『マミさん、大丈夫ですか?』
『トーリさんこそ、無事だったのね』

何度目になるか分からない闘牛士の真似事を演じていた巴マミの耳に届いたのは……頼りない後輩からの、念話だった。
マミとしては、トーリが念話で助けを求めていたことと、怪物の周囲にトーリの姿が見当たらなかったことから、最悪の想定をしていた。
具体的に言うと、トーリと映司が既に始末されてしまっているのではないか、と。

だからこそ、その念話の存在だけで、どれだけ胸が軽くなったか分からないほどだった。

『火野さんは呼べるかしら?』
『それが……昨夜目を離したときから、揺すっても声をかけても反応しないんです。とりあえず今、クスクシエに安置しました』

火野映司と巴マミは袂を分かったはずだが、そんなことは言っていられない。
……そう判断しての質問だったのだが、返答は最悪の一歩手前といったところである。
そして、姿が見えないと思っていたが、どうやら安全地帯に一度立ち寄っていたためらしい。
マミが夢見公園跡地で戦っていることを知っているところを見ると、マミが駆け付ける直前まで付近の上空に居たのかもしれない。

『それで、これからどうしましょう? 正直、ワタシが現地に行っても足手纏いにしかならない気がしますけど……』
『自分の事をそんなふうに言うのは良くないわ。人間には適材適所というものがあるもの。火野さんの身柄を確保しただけでも今回はお手柄よ』

まさかトーリのせいでロストの状態が悪化したなどとは思っていないからの、発言であった。
それを知っていたとしても、火野映司の命を救ったことを考慮に入れれば差引の評価はゼロぐらいなのかもしれないが。
ただし、周辺の民家に甚大な被害をもたらしていることもまた、事実なわけで。

尚、トーリとしては、あの怪物の前に立つのは絶対にゴメンだという思考が非常に強い。
ロスト一体を相手にしても傷一つ負わせることが出来なかったのに、それ以上の出力を誇る暴走体を前に、何をしろというのだ。
そんなことをする位ならば、まだタトバ状態の映司を太陽の子にでも挑ませた方が高い勝率を見込めるというものである。

そして、状況を聞いた巴マミの判断は、迅速だった。

『火野さんの治療に美樹さんを当たらせるから、夢見公園の近くまで戻って来てくれるかしら?』
『さやかさんと落ち合ってクスクシエまで運搬するんですよね?』
『火野さんをもう一度こっちに運んで来た方が早いわよ』

……何気なく巴マミにも余裕が無いので、動ける人材にはなるべく早く動いて貰わないと夢見町が地図から消えてしまうのだ。
現在は、壊滅した夢見公園近辺を環状に怪物を誘導することで、現状以上の被害の拡大を辛うじて防いでいる状態なのだ。

だがしかし、マミの魔力が切れたらどうなるかと考え始めると、酷いものである。
魔女だけではなく使い魔も倒し、最近ではメダルの怪人を相手にすることもある巴マミの手元には、グリーフシードは貯まっていないのだ。
当然、戦闘時の魔力的なスタミナは期待できない。
先日ケーキの魔女を倒したときに一つストックすることが出来たが、貯蓄はそれだけである。

もちろん、オーズを呼べばそれだけでこの巨獣が倒せるなどという楽観は、抱いていない。
だが、未だ人伝にしか存在を知らない『コンボ』というオーズの切り札を使ってもらえば何とかなるのではないか、とも考えていた。
最低ラインとして、マミの『ティロ・フィナーレ』とオーズの『コンボ』を同時に使用すれば勝てる、ということだけは疑えなかった。

この時の巴マミの誤算は、二つ。
一つは、昨晩に火野映司の元を訪れた魔法少女によって、唯一使用可能であった『サゴーゾコンボ』さえ使用不可能の状態が作り出されていたこと。
もう一つは……トーリが映司と自分自身を逃がすために、コアメダルの殆どを犠牲にしてしまったことだった。

『美樹さん。この近くに飛んでくるトーリさんと合流して、一緒に居る火野さんの治療をしてちょうだい!』
『サー! イエッサー!!』

佐倉杏子の治療が終わってマミの加勢に入ろうとしていた美樹さやかに指示を下し、ひたすら円環状の走路を維持し続ける。
尚、会話の相手が女性である場合には「サー」では無く「マム」が使われるべきであって、巴マミもそれを理解しているのだが……華麗にスルーした。
どこか、美樹さんなら仕方ない、という思考回路が生まれているのかもしれない。
マミは、美樹さやかを相手取ることにおいても頂点に立つ魔法少女なのだ。

『あと、さっきの子からの伝言なんですけど、「無限の魔力を持つ魔法少女」の手を借りろ、とか何とか……』

一瞬、美樹さやかと佐倉杏子が何を言わんとしているのか、測りかねた。
魔力が有限なのは魔法少女の大前提であり、それどころか魔女でさえ、人間を食わなければ力の補給が出来ないのだ。
むしろ、巴マミと比べれば、グリーフシードを幾つも保持している佐倉杏子の魔力の方が事実上無限だというのに。

魔力が無限などというチートスキルがあれば、ソウルジェムの濁りを気にせずに戦えるだろうが……と、そこまで考えてから、気付いた。

『それってもしかして……トーリさんのことかしら?』
『そういえば確かに、トーリはグリーフシード使わないって聞いたような……?』

そもそもソウルジェムを持っていないのに魔法が使える、よく分からない後輩が居るじゃないの、と。
キュゥべえから佐倉杏子へ、佐倉杏子から美樹さやかへ、そして美樹さやかから巴マミへ。
その『鍵』が経由すべき道は、ようやく一区切りを迎えようとしていた。
伝言ゲームを行った誰もが、予期しなかった終着点を目指して。

『でも、トーリさんの手を借りても空中からの狙撃ぐらいしか出来そうに無いわよね?』

確かに、ソウルジェムが濁らなければ、事実上魔力は無限ということと同値なのかもしれない。
だがしかし、トーリの戦闘能力は、無限の魔力という言葉のプラスイメージを拭い去ってしまう程度のものである。
というかそもそも、トーリは本当に魔法少女なのだろうか?

――あの子の身体はセルメダルによって構築されている。

思い出したくもない記憶が、頭の中に浮かび上がってくる。
そんなものは嘘だ、と思いつつも、なかなか沈め直すことも出来ない。
考え始めると、キリが無いものだ。

……例えば、マミ達がこの公園に駆け付けた時に地面に散らばっていたセルメダル。
最初、マミはそれが怪物から零れ落ちたものだと思っていた。
だがしかし、ティロ・フィナーレを食らっても傷一つ負わなかった相手に、弱小魔法少女のトーリが一矢報いることなど、出来るのだろうか?
火野映司は昨晩から意識が戻らないらしいので、それを為した人物ではない。

「火野さんから預かっていたものを零してしまっただけ……よね?」

ぽつりと呟いてみるも、それを聞いている相手は、ひたすらに突進攻撃を繰り返す幻獣のみ。
そもそも、返事など期待できるはずもなかった。

空白地帯となっている夢見公園中央部で落ち合う魔法少女たちの姿を視界の端に収めながら、巴マミは祈る。
暁美ほむらが嘘吐きであれば良い、と……



・今回のNG大賞

「ところで、前回と今回のタイトルのKって何だったの? コア?」
「……さやか いず ふーりっしゅ!」

※コア=CORE

・公開プロットシリーズNo.52
→初期杏子のサジ加減が意外に難しい。いざ自分で書いてみると、いい子過ぎる気がする反面、薄情過ぎる気もするという不思議。



[29586] 第五十三話:逆転の似合う女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/01 20:21
美樹さやかと火野映司を抱えて再び上空へと舞い上がるトーリの姿を確認しながら、巴マミの違和感を拭いきれずに居た。
正直に言って、魔力が無限などという反則的技能を持っている人物像は、やはりトーリとは一致しない。
理屈としてトーリの魔力が無限だということは理解しているが、実感が伴わないのだ。

『マミさん! 問題発生です!』

そして、こちらの後輩が使えないと思ったのは、初めてかもしれない。
いやいや、優しくて格好良い魔法少女の先輩である巴マミさんが、その程度で後輩に腹を立てるわけがないじゃない!
痛む頭を押さえながら、美樹さやかに続きを促す。

『……というより、怪我らしいものが何も無くて。一応消耗してた体力は戻したはずなんですけど、パンツマンは目覚める気配も無いんです』

美樹さやかの治癒能力が万能でないことは巴マミも知っていたが、昨晩に火野映司という男の身に何かとんでもないトラブルでも降り注いだのだろうか?
最早回数を覚えている気にもならないほど繰り返した動作で、怪物の側面に回っての回避を行おうとして、

「……っ!?」

その身体が、宙に放り出された。
突然のことに頭が追い付かなかった巴マミだが、体中から伸ばしたリボンをパラシュートのように組んで空中姿勢を立て直しつつ、状況を見極める。
自身の魔法少女装束に刻み付けられていたものは……焼け焦げた黒さを主張する、『爪痕』だった。

怪物の方を観察してみれば、その左手の鋭利な爪に、マミのお気に入りだった帽子の燃え滓が引っ付いている。
そして、先ほどまで突進するしか能のなかった獣が……足を、止めていた。
巴マミを引っかけて少し足を進めた辺りの場所に立ち、その上半身を捻って巴マミの方へ頭部を向けて。

その視線が捉えているものは、巴マミ以外にありえない。

「知恵が、ついてる……?」

巴マミは根拠も無く、感じていた。
相手が巴マミを『観察』し始めたのだ、と……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十三話:逆転の似合う女



「どうします? さやかさんは前線に行きますか?」
「そのつもりではあったんだけど……どうしよう?」

トーリの遠慮気味な質問に、自身も質問で返す美樹さやか。
さやかが巴マミとほぼ同時に夢見公園へ辿り着いた時点までは、戦う気満々だったはずなのだ。
ところが、巴マミの技量を以てしても時間稼ぎが精一杯の相手に、自身が何を出来るというのだろう。
自分の事を近接タイプだと思っていた美樹さやかだが、正直に言って近接戦でも巴マミ以上の立ち回りを演じられるなどと思い上がることは出来なかった。

『トーリさん、美樹さん。佐倉さんがトーリさんの手を借りろって言っていた意味、分かるかしら?』
『全くワケが解らないです』

焦りと切迫を感じさせる声が、トーリ達の遥か下方の地表から届いた。
そして、目を凝らして見ると……その理由が何となく、分かった。
先程まで綺麗な円環状の獣道を描いていた筈の巴マミと暴走体の動きが、いつのまにか不規則なものとなっていたのだ。
おまけに、突進しか能の無かったはずの怪物が、炎弾を用いた中距離戦にも対応し始めている。

先程の翼人と一緒だ、とトーリは密かに思う。

最初にトーリが翼人と出会った時、彼には知性と呼べるものはほとんど見られなかった。
語彙も少なく、自分を返してくれとしか発言できなかったはずだ。
それが、いつの間にかクズヤミーの弱点を見抜き、炎と近接攻撃を使い分ける知恵を発達させていった……ように、トーリには思えた。

「とりあえず剣でも投げて、援護しとこう。たぶんこっちには攻撃来ないだろうしね」

先程から黙っていた美樹さやかが、口を開いて戦況を変えることを促してくれた。
トーリとしては、オーズの危機を招く火種を倒す意義は大いにあると思っているので、それは大歓迎である。
だがしかし、さやかの発言内容はやや楽観的思考を含み過ぎているように、思われた。
現在は巴マミによって地表に引き付けられている怪物だが……タカのような上半身には、飛行用の翼が折り畳まれているのではないか。
もし現状でそれを使えなかったとしても、知恵の発達速度が壊れているあの怪物ならば、戦闘中にそこまで進歩しても不思議ではない。
そもそも暴走前には巨大な翼を持っていたのだから、有り得そうな話である。

そんな思考に嵌っていたトーリは……

「はわわっ!?」

肩が、外れそうになった。
咄嗟に身体に力を込めて体勢を立て直そうとするが、ワケが解らないにも程というものがある。
トーリのその腕の先に居るのは……やっぱり美樹さやか、だった。

「あれ……? コレってこの間の……?」

そして美樹さやかの手から垂れているモノ、それが問題だ。
女子中学生の身の丈を超える巨大な剣が、召喚されていたのだから。
トーリはその大剣を見たことも無いが、さやかは見覚えがあったらしい。
実は、薔薇の魔女に止めを刺した武器だったりするのだが、その時にはトーリは呑気に気を失っていたのだ。

「さやかさんっ! お、重いです! 早くそれ、捨てるか投げるかしてくださいっ!」
「ちょっ……ふらふらしないでよ!? 狙いがっ……!」

それよりも問題は、その剣は重量も膨大であったということである。
美樹さやかと火野映司の両名を抱えているだけでも精一杯であったトーリが支えきれる重量では、当然無かった。
ただ、さやかとしては捨てるのも癪である。
薔薇の魔女と戦った時に一回作ったきり、それ以降一度も成功していなかった大剣作成スキルが、久々に日の目を見たのだから。

「大体、コレそんなに重くないでしょ!? 精々普通の剣の二倍ぐらいだよ!?」
「さやかさんの馬鹿力っ! どう考えても10倍以上に重いですよ!!」

確かに美樹さやかはトーリに比べれば遥かにパワータイプだが、いくらなんでも大げさ過ぎでは無かろうか。
だがしかし、揺れる視界の中で無理やり狙いを定めようとしていたさやかは……ようやく事態を飲み込み始めた。
高度が、さやかにも分かるぐらいの速さで落ちているのだ。

「踏ん張れっ! どうしてそこで諦めるのっ! 絶対できるって! もっと熱くなってよっ!?」

必死にトーリに声援を送るさやかだが、そんなことをする暇があるのなら、早くその剣を手放してほしいものである。
暑苦しく大音量で叫ばれても、無理なものは無理だとしか言い様が無い。
本人様はなんとしても投げつける気満々らしいが、トーリは既に言葉を発する余裕も残さない程度には全力で羽ばたいているのだ。
それでもなお、高度は下がり続ける。

「……うん?」

その時、だった。
美樹さやかが想定しなかった返事が、聞こえたのは。

「……おお! 俺、空を飛んでる夢を見てる!」
「映司さんっ! ようやく目が覚めたんですね……っ!」

飛んでいるではなく落ちているの間違いでは無かろうか。
そんなことはともかく。
さやかの大音量の叫び声を耳元で聞いたせいで、無理やり意識を覚醒させられた男が、一人。

……火野映司、復活。

そして、何の根拠もないのに、トーリは自然と安堵を覚えていた。
コンボも使えないオーズがあの怪物に勝てる保証は、何処にも無い。
そのはずなのに、何故だか肩の重荷が下りたような気がして、身体が軽い。

……こんな気持ちで飛ぶのなんて初めて! もう何も重くない!

気持ちだけではなく、実際に高度が戻り始めたのが、不思議なところではある。

「ところで、トーリちゃん」

周囲を見渡して状況を確認した火野映司は、トーリに聞きたいことが山積みなのだろう。

「俺、さやかちゃんの声で目が覚めた気がしたんだけど……本人は何処に行ったの?」
「……えっ?」

美樹さやかを抱えていたはずの腕には、何も引っかかっては居なかった。
地表の方向に目を向けると……そこには、

「トーリのアホおおおおおおおっ!!?」

身一つで縄無しバンジージャンプを実演している、美樹さやかの愉快な姿が見えた。
声が段々と低くなっているように聞こえるのは、いわゆるドップラー効果というヤツなのだろうか。
どうやら肩の重荷は、下りたのではなく落としてしまっていたらしい……



「……すみません。コアメダル、大分失くしちゃいました」
「それでトーリちゃんが助かったなら、仕方ないでしょ」

自身の懐のオーズドライバーとコアメダルを確認しながら疑問顔をしている映司に、素直に謝ってみた。
映司の手元に残されたコアメダルは……緑・黄・赤が、それぞれ一枚ずつのみ。
足パーツの赤メダルは、映司の記憶にはうっすらとしか残っていないが、昨晩映司の元を訪れた女子中学生が灰色の一枚と引き換えに置いて行ったような気がする。

トーリが通りすがりのグリードにコアメダルを奪われてしまったと聞かされても……映司は特に、怒り出すような素振りも見せなかった。
どちらかと言うと、アンク復活のための赤メダルが増えたことの方が嬉しいのかもしれない。

「それで、下でマミさんがワケの解らない怪物と戦っているんですが、加勢しますか?」
「するよ」

巴マミには拒絶を言い渡したくせに……こういう時はしっかり助けてくれる、らしい。
トーリとしては断られるという目も若干予想していたのだが、この返事が一なのか八なのかは分からない。
だがしかし、巴マミが戦う度にセルメダルが増えるトーリとしては、巴マミには死んでほしくないという打算的な思考もあったりする。
アンクが死んでしまっている現状では、オーズも魔法少女も、トーリにとって得となる存在なのだ。

……損得計算の上では、そのはずだ。
火野映司が巴マミを救い出して両者が生き残ってくれればそれが最善であり、どちらにも死んでもらっては困る。

なのに、

――悪いけど、もう俺には話しかけないでくれ。

アンクが消えた時の火野映司の言葉が、頭から離れなかった。
ひょっとすると、火野映司は巴マミが開き直るまではアンクの安否に確信を持っていなかったのではないか、と今更ながら思う。
泉比奈という人から泉刑事の復帰を聞いた後でもまだ、マミの口から直接聞くまではアンクの生存の目を信じていたのではないか、と。
だからこそ、あの時の火野映司の声は、少しだけ湿っぽかったのかもしれない。

「辛く、ないんですか?」
「……確かに、嫌なことを思い出すかもしれない」

火野映司が思い出したくない事。
それが巴マミによるアンク殺害の件であるとしか、トーリには思えなかった。

「それでも、後悔したくないんだ。俺の手が伸ばせる限り、ね」
「……分かりました」

トーリにとって最善の結果が導かれようとしているのに、胸の奥には泥のような気持ち悪さが身を潜めている。
決して、巴マミに一人で戦って死んで欲しいなどということは、思っていない。
それなのに、火野映司をこのまま行かせて良いのかという答えの分かり切った問いが、トーリの中からは消えなかった。

「下ろしますね?」
「安全運転で頼むよ」

流石に垂直落下は、ゴメンらしい。




一方、見る前に飛べ、なんて次元ではない速さで落下していた魔法少女はと言うと。

「お、落ち着くのよ、あたしっ! まだ慌てるような時間じゃないっ!」

落下の勢いを使って大剣を怪物に突き立てるという、ロケットライダーも真っ青なポジティブ戦法を敢行していたりして。
マントを時々広げたり、時にもう一本の剣を生み出して重心を操作しながら、落下地点を調整してのける。

……大剣を捨ててマントを全開で広げ続ければ安全に滑空出来るとは気付かないところこそが、彼女が『安定のさやか』たる所以であることは、説明するまでも無い。

「ウェエエエエエイイッ!」

まるで、どこぞの剣を主武装として使う力任せな後輩のような奇声を、あげながら。

大気を、震わせた。


はじめ、怪物と対峙していたはずの巴マミは、何が起こったのか理解できなかった。
まず感じたものは、突如として怪物の方角から放たれた地響きで。
それに続いて聞こえたものが、風を切り裂く音と、甲高い叫び声だった。

そして……咆哮。

鷹の嘴から放たれた振動の暴力が、巴マミの聴覚を蹂躙する。

「っ……!」

思わず耳を押さえながら、必死に巴マミはリボンで風車を編み出して土煙を払い、何とか状況を把握しようと努める。
このどさくさに紛れて殺られるなど、戦いの神と呼ばれた某仮面ライダーの事を笑えない大惨事である。

わずか一秒足らずの間に視界を改善し、巴マミの視力は、ようやく事態の渦中に居るモノを捉えた。


・白馬に乗った、王子様だった。


「えっ……」

思わず目を擦ってしまった。
自身には女の子らしい願望が人並み以上に内包されているという自覚のある巴マミだが、流石にこれは我が目を疑ってしまう。


「だああああっ!? 大人しくしろっ!!」

違った。
地面から生えている足は馬に近いものではあるが、その上半身はやっぱり鷹のモノで。
その背中には大剣が突き立てられ、その柄を握っているのは……美樹さやかだった。
荒れ狂う幻獣の叫び声が町に木霊し、一級品の暴れ馬と言えるその背の上では、剣を掴んだままのさやかが、振り回されていた。

誰かが助けに来てくれれば良い、と思っていたマミの願望が、土煙の中に居るヒポグリフとお転婆娘を色々な意味で誤認させたらしい。

……私の頭は美樹さんみたいなお花畑じゃないのに。
そう思う反面、ベテランの魔法少女としての眼は、見逃してはならないものをきっちりと捕捉していた。

「目がっ! 目が回るううぅっ!?」

美樹さやかの愉快な叫び声と幻獣の雄叫びをBGMに聞きながら……巴マミの判断は、迅速だった。

『美樹さんっ! その剣から手を放して!』

先程まで傷一つ付かなかったその身体に、剣が突き刺さっているのだ。
さやかがそんな武器を使えたというのも驚きだが、それどころではない。
千載一遇の機会であることは、間違いないのだから。

『その傷を起点に、ティロフィナーレで一気に決めるわ!』

空中を振り回される美樹さやかの頭では、その意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
だがしかし、ようやくその意味を噛み砕く。

『もしかして、この剣の柄を狙撃して中までぶち込むんですか?』
『ご明察!』

そして、その作戦が本当に実行可能なものなのかどうか、という当然の疑問も浮上する。
具体的に言うと、

『このじゃじゃ馬の背中の「一点」を、打ち抜くんですかっ?』

命中率である。
相手が普通の魔女や使い魔ならば、巴マミが必殺技を外すところなど、想像することも出来ない。
……野良猫相手にティロフィナーレを打ち込んで盛大にスカしたドラマCDなど、無かったのだ。
あれは、平成ライダーにしばしば見られた夏のギャグ回のようなものである。

ともかく、巴マミの腕は認めつつも、美樹さやかにはそれが実行可能に思えない。
激しく動き回る猛獣の背中の一点を。
しかも、棒の先端という振れ幅の大きい一点を、刺さっている剣と平行な弾道で打ち抜く?
それがどれほど困難なことなのか、美樹さやかには想像もできない。
それでも。

美樹さやかは、見てしまった。
不良品のメリーゴーランドに揺られながら、巴マミの眼を、覗き込んでしまった。
自身が失敗することなどまるで想定していない、自信に満ちた、眼を。

「あたしがライダーなんて柄じゃないことぐらい、分かってましたよっと!」

暴れ回る猛獣に一瞥をくれてやり、美樹さやかはようやく、その背から飛び降りた。
というか、剣の柄から手を放しただけなのだが。
両手足を全て使って何とか着地を成功させつつ、その意識は少しだけ楽になっていた。

あとは、信じるのみ。
ベテランの、先輩の、巴マミの、腕を。


円環状に作り出された獣道の直径を描くように、その対極に位置する、美女と野獣。

そして、その睨み合いは……瞬く間に破られる。

幻獣ヒポグリフの、突進という形で。

その体躯から漏れ出す地響きも、炎熱も、何もかもが、巴マミとは対照的で。

だからこそ、美樹さやかは、

「凄……っ」

思わず、声を漏らしていた。

その巨体が身じろぎ一つ出来ない光景に対して、感嘆の声を上げるしかなかった。

「私が……何も考えずに逃げ回っていたと、思う?」

周状に壊滅した地面のあらゆる点から、黄金の帯が伸びていて。

無数に絡み合ったそれが……夢見公園跡の中央地点に集まって、獣の動きを封じていた。

10本程度なら今まで通りに力任せに引き千切られてしまっていたはずの緒が、環状路に潜んでいた膨大な数の銃創から、一斉に飛び出したのだ。

この一瞬のために仕込まれた、気の遠くなるような下準備の、結果。

そして……巴マミの手元に現れている巨大な筒は、彼女自身が絶対の信頼を置く『必殺技』を放つ準備を、終えている。



「ティロ……フィナーレッ!!」




・今回のNG大賞

「我が魂はソウルジェムと共に在りィィッ!」
「微妙に間違ってないのが嫌なところですね」

いわゆる一つの落ち者系ヒロイン?
それにしてもこの美樹さやか……役にハマり過ぎである。

・公開プロットシリーズNo.53
→それにしても、ヒポグリフ編がやたらと長かった気がしてならない。



[29586] 第五十四話:さらば戦友よ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/01 20:31
拘束の帯が、光の泡となって消えていく。
その光景は、この世のものとは思えないぐらい、幻想的で。

それなのに美樹さやかは、それを直視することが、出来なかった。
何故なら、その緒に縛られたモノを打ち砕く逆転の一閃が、

「マミ……さん……?」

放たれなかったのだから。
大口径のマスケットがリボンへと戻り、虚空へと消えていく最中、巴マミは身動ぎ一つ見せなかった。

そして、何が起こったのかは分からずとも、その現象の原因については、美樹さやかには『見えて』いた。
とんでもない速さで巴マミに迫った黒い魔法少女が、マミの頭部に備わっていたソウルジェムを強奪したのを、美樹さやかは視認していたのだ。

「やあやあ。流石現役最強の一角だね。あのまま撃っていれば、おそらく倒せただろう。誇ると良いよ」

まるで、一人芝居のように。
演技のかかった大げさな振る舞いで、黒い魔法少女は言葉を紡ぐ。
その右目に張り付いた眼帯のせいで表情が読み辛くなっている筈なのに、美樹さやかにははっきりと分かった。

……コイツはこの状況を楽しんでいる、と。

そして、警戒を強めようとしたさやかの視界の端に移った光景が、さらにさやかを困惑させる。
巴マミが……その身体を地に着けていたのだ。
まるで、糸が切れた操り人形のようにぐったりと倒れ、起き上がる気配も見せない。

「マミさんっ!?」

無我夢中で巴マミの元まで駆け付け、その身を抱き起す。
その手で治癒魔法を使おうとして……見て、しまった。
巴マミの、眼を。

それは、つい先程まで絶対に自信に溢れていて、説明しなくてもさやかを撤退させる光があって、どんな怪物だって射抜く未来を見ていて……
それ、なのに。

「死ん……でる……?」

治癒魔法で身体の傷を治しても、揺さぶって声をかけても。
巴マミの眼は見開かれているのに、そこには美樹さやかの姿が映っていない。

瞳孔が、開いていた。


「お前……っ」

そして、さやかの感情のはけ口となるべき人物は、この場に一人しか存在しない。

「何で……どうしてマミさんを殺したんだよぉぉっ!!」

無意識のうちにサーベルを取り出し、それを片手に眼帯の魔法少女へと肉薄する。
腹の底が沸き立って、頭がガンガンと痛んで、目の前の相手しか、見えない。
魔女狩りの時の興奮と似ているようで、まるで血のざわめきの違う、感情。
美樹さやかの、生まれて初めて人間に対して抱く『殺意』だった。

「おっと、凄い凄い! キミ、実は結構な才能あるんじゃないか? 巴マミの後釜が務まるかもね!」
「だ、ま、れええええええっ!!!」

二本のサーベルを本能の向くままに動かし、これまでに無い速さを以て腕を振るう。
今の自分が勝てない筈がない、としか思えなかった。
だから、目の前の現実の方が、おかしいんだ。

……自分の攻撃が、一筋たりとも掠らないのは。

「あと、巴マミなら、私は殺したわけじゃないよ」

何処からともなく長く鋭い爪を生やしながら、眼帯の魔法少女は、告げる。
さも、当たり前の事と言わんばかりに。

「本体であるソウルジェムと肉体の接続を切り離してやっただけ、さ」
「何言って……うぇっ!?」

相手の取り出した鋭利な爪に意識を向けてしまったさやかが、その腹部を足蹴にされて突き飛ばされる。
そして、再び距離を詰めることを急かす身体とは裏腹に、頭の中ではそいつの言葉がぐるぐると渦巻いていた。

ぷらぷらと巴マミのソウルジェムを爪の間に挟んで弄んでいる、眼帯の魔法少女。
そいつの嗜虐的な笑顔が……ひどく、不愉快だった。

「私達の身体は死体に過ぎないってこと。ソウルジェムがヤられない限り、魂は滅びないのさ」
「死……体……!?」

理解が、追い付かない。
コイツは……何を、言っている?
……だって、あたしは、美樹さやかは、動いて、生きてる、じゃない?
だがしかし、さやかの脳裏をよぎったのは、何も映していない巴マミの瞳で。

「さて、私としてはキミで暇を潰すのも悪くは無いけれど、キミにはそんな余裕は無いだろう?」
「待……っ」

さやかがその声を聞いた次の瞬間には、地響きが再び辺りを支配していた。
残像を置き去るほどの速さで消えた黒い魔法少女が先程まで立っていた地点が、踏み鳴らされて瓦礫へと変わる。
巨獣が再び、その猛威を振るい始めたのだ。

そして、その標的は、

「ひっ……!」

新米の魔法少女、ただ一人のみ。

そいつの、失われた右腕が。
そいつの、鋭く貫く眼光が。
そいつの、赤く暗い面影が。

どうしようもなく、連想させてしまっていた。

「う……ああああああっ!!?」

かつて自分自身が『死』に追いやった一体の怪人の、存在を……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十四話:さらば戦友よ



「トーリちゃん! やっぱりここで降りるよ! 生きてたら、また!」

ゆっくりと降下していたトーリに突然告げられた、言葉。
その手を振り払い、彼は降りて行く。
自身の『手』を伸ばす、ために。

「変身っ!」
『クワガタ トラ コンドル』

昆虫を思わせる緑色の二本角に、獰猛な肉食獣のみに許された鋭い鉤爪が風を切る。
その脚部には……火野映司自身も見たことの無い、何処か熱を感じさせる鳥類の力強さが、確かに在った。

現在のオーズには、空中姿勢を取ることを可能とするパーツが、足りていない。
頭部を地表の方面へとかざしながら落下していくその体勢は、一般人と何ら変わりが無いとしか言い様が無かった。
視野の開けているクワガタのメダルがあるために状況の把握こそ出来ているものの、やはり動体視力と距離認知に長けたタカが欲しいところである。

そう思っていた、矢先だった。
足パーツの周囲の空気の流れに、異変を感じたのは。

「これは……新しいメダルの、力?」

足を動かすたびに、滑空出来るほどではないものの、姿勢を変えることが出来るのが窺えた。
もちろん、コンドルの特性を理解出来なかったとしても、変身のために一度通したオースキャナーは休めることなく続けて使用する羽目になるのだが。

『スキャニングチャージ』

眼下で繰り広げられる蹂躙劇に、終止符を打つために。

その狙いは……奇しくも、巴マミのそれと同じだった。
そして、狂っていても自身の危機を敏感に察知した巨獣は……その頭上を、見上げている。
一度、上空から美樹さやかによる襲撃を受けたからこその、反応だった。

「セイ……」

頭上から近づくオーズに炎弾攻撃を仕掛ける、巨躯の怪物。
その弾幕をオーズは……ひたすらに切り裂く。
両腕の爪の力を最大限に振るい、時に体自体が回転し、上下が逆転し……それでも狙いは、逃さない。
いよいよオーズが肉薄しようという時になって振るわれた怪物の腕を、身体を捻ってすかし、

「……ヤァッ!!」

汚い横回転の加わった身体を強引に縦方向へとシフトさせ、無理やりにその踵を、『一点』へと叩き込む。
深紅の残像を置き去りながら放たれる、オーズの基本色の中で最大の威力を誇るコンドルレッグの一撃を。
怪物の足が地に沈み、その呻き声が廃墟と化した公園に木霊する。

灰色の背部へと突き刺さっていた大剣が、オーズの渾身の一撃によって、その形状を失う。
物質の構成が解かれ、拘束を失った魔力は宙へと散って行く。
だがしかし、その役目は果たされていた。

「よっ!」

馬の側部を蹴って怪物との距離を取りながら、オーズは冷静に、状況を観察していた。
気を失っていると思しき美樹さやかと巴マミは、先ほどの衝撃によって円環路の淵の付近まで吹き飛ばされている。
彼女達の現在地ならば安全とも言い切れないが、運はさして悪くは無いようだ。

「トーリちゃん! 二人を安全なところに!」

映司の後を追って降りてきた魔法少女に任せれば、何とかなるだろう。

「了解です!」

そして何よりも僥倖なのが……暴走体の、現状だった。
馬の背部から腹部にかけて、右側部の外皮が剥がれ落ち、内部のセルメダルが露出していたのだ。
さやかの大剣をオーズの特殊技によってさらに抉り込んだ結果である。

惜しむべきは、やはりオーズがコンボを成立出来なかったという一点だろう。
巴マミの全開のティロ・フィナーレならば、足りていたはずだった。
暴走体の胴体を上下二つに割るだけの、威力が。
だがしかし、亜種形態でしか無いオーズには……その力さえ、無かったのだ。

それでも……手を伸ばせる限り伸ばす。
『火野映司』という男の立ち位置は、変わらないのだ。

猛獣の雄叫びをも軽々と聞き流しながら、オーズは『メダル』を、取り出した。
火野映司が少しだけ使ってみた感覚としては、コンドルレッグは脚力こそあるものの、回避性能は瞬発型のバッタやチーター程ではない。
……つまり、怪物の体当たりを回避し切るには、心もとない。

よって、オーズが選択した行動は……酷く、合理的なものだった。

『トリプル スキャニングチャージ』

……要は、近付かせなければ良いのだ。

「ハァッ!」

空間斬撃『オーズバッシュ』による遠距離からの堅実な攻撃。
それが、オーズの選んだ答えだった。
巴マミのティロフィナーレと異なり、『点』ではなく『面』を用いた斬撃が、怪物の急所を確実に捉えていた。

……それでもなお、怪物はその雄叫びを収める気配を、見せない。
実は、空間斬撃を行うオーズバッシュに対して、重力で空間を歪める能力を持っている怪物は若干の抵抗力を持っていたりするのだ。
ガメルだけでは出力が足りなかったはずの防御能力を、ロストの膨大なパワーで補っているという構造が生まれているというわけである。
それを差し置いても、万全ならばティロフィナーレさえ弾き返すその頑強さは目を見張るものがあるのだが。
怪物は、破られた腹部からボロボロとセルメダルを零しながら、そんなことはお構いなしに身体を起こしてオーズへと向かってこようとしていた。

だからこそ、火野映司は……躊躇わない。

『トリプル スキャニングチャージ』

怪物が加速を得る前に、オーズは装填と読み込みを、終えていた。
刀身のスロットにセルメダルを投入する作業を、慣れた手つきで済ませたのだ。

「セイヤァッ!」

二度に渡る常軌を逸した攻撃は、着実に怪物のセルメダルを削り取っていた。
だが、それでも……充分では、有り得ない。
従って、火野映司のとる行動にもまた、手加減は有り得ない。

『トリプル スキャニングチャージ』

右手のスキャナを機械のように正確に動かし。

『トリプル スキャニングチャージ』

左手の剣を寸分たがわずに振るい。

『トリプル スキャニングチャージ』

時々飛んでくる炎弾を、回し蹴りで弾き返しながら。

『トリプル スキャニングチャージ』

回転する視界のなかでも、敵の姿を見失わずに。

『トリプル スキャニングチャージ』

ただ冷徹に、無比の暴力を叩きつける。


『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』
『トリプル スキャニングチャージ』『トリプル スキャニングチャージ』


「ハァッ!!」

火野映司は、緩やかに降下している最中に、トーリから聞いていたのだ。
眼前の猛獣がいかに強大であるか、という事を。
だからこそ、映司はトーリから、受け取っていたのだ。

オーズバッシュ20回分……すなわち、60枚ものセルメダルを所持していたのである。
何処に持っていたのだなどという野暮な突っ込みをしてはいけない。
きっと、メダジャリバーを何処からともなく取り出す時のような特撮ヒーローのお約束が発動しているに違いない。

かくして、オーズの猛攻は、ようやくひと段落を見せようとしていた。

『トリ ル スキャニングチャージ』

鬼か悪魔か、悪鬼か魔か。
嵐のような連撃の最後を飾る、フィニッシュの一撃。
怪物の巨体が揺れ、その膝が地へ落ちる。
巨体とはいえ既にその体長は4メートルを切り、周囲に散らばったセルメダルを再吸収することも忘れて、怪物はただ敵意を払い続けていた。

800年の昔からの強欲の王の天敵にして、自身も王。

『オーズ』……その、存在に。


一方の映司はといえば……先ほど嗅ぎ取った僅かな違和感の正体に、少しばかりの注意を払っていた。
オースキャナーの読み込み音声が、若干不自然だった気がするのだ。
だが、右手に握ったオースキャナーを観察してみても、不審な点は見当たらない。
一度にこんな回数のスキャンを行うのは初めてだったので、誤作動でも起こしたのかもしれない、とは思っているが。

そして……一瞬の隙が、死を誘う。

「うわっ……!」

先刻と変わらない速さを以て繰り出された体当たり攻撃が……オーズを的確に、捉えていた。
おそらく、身体の出力自体は落ちているのだろうが、その分体重も減ったために踏み込みの速度はあまり落ちなかったのだろう。
円環状に留まっていた被害地が直線状に拡大し、地響きと轟音を以て街並みを破壊する。
身体を掴まれ、背部を幾度も幾度も民家の壁をぶち抜く攻城槍に使われながら……オーズはとっさに、

「……このっ!」

左手に握ったメダジャリバーの先端を、怪物の傷口に突き立てた。
それでも尚、猛獣は立ち止まる気配を見せない。
背中をこれ以上無いほど叩きつけられ、身体が上下3つにバラバラになった自身の姿を脳裏に浮かべて身震いをしつつ……映司は、気付いてしまった。
先程の違和感の正体に。

「まさか……!」

ヒビが、入っていた。
メダジャリバーの刀身からメダル投入口にまで、致命的とも思える破損が、確かに走っていたのだ。
勘違いを、していた。
大量スキャンが初めてなのは、オースキャナーだけではない。
むしろ、現代の技術によって作られたメダジャリバーの方が、先に音をあげてしまっていたのである。

だがしかし……現在のオーズのとれる選択肢は、あまりにも限られ過ぎていた。
亜種形態の特殊技を使おうにも、馬腹の側部にまでは手も足も届かない。
オーズバッシュの余波を見る限りでは、鳥の上半身の部分だけが低い耐久力を持っているという事も無いらしい。
つまり……敵の傷口に届いているメダジャリバーを使うしか、無い。

映司は、何度も繰り返した動作と同じように、メダルをジャリバーへと注ぎ込む。
ただし、メダジャリバーが今まで一度たりとも経験したことの無い特上のメダル、を。

「メダジャリバーっ! 最後の奇跡を……見せてくれっ!!」
『クワガタ トラ コンドル トリ ル スキャニ グチャ ジ』

現代に『オーズ』が誕生した日、それは送られた。
人間の鴻上光生から、火野映司の手へと。


……その音は、あまりにあっけなかった。
突き立てられたままの大剣から発せられた強大な斬撃により、怪物の胴体が真っ二つに割れる、音は。
金属が擦れ合うときのものによく似た、耳障りなそれだった。

そして、それ以上に火野映司の耳には、よく聞こえていた。
まるでガラスを砕くような、高く繊細な、その音が。

「ごめん……っ」

大剣メダジャリバーがその腹の部分から破壊の爪痕に侵され、剣としての形状を失ってしまった、音だった。
その剣がオーズと共に超えてきた戦場の数は、多いようで少ない。
それでも映司はきっと、言うのだろう。
長い付き合いだった、と。




メダルの山へと変わった怪物の慣れ果てに一瞬だけ目を向けながら、映司は割れたジャリバーから零れ落ちたコアメダルを拾い上げた。

拾い上げようと、した。

その映司の腕を掴む『メダルで出来た左腕』の存在に気付く、までは。

「なっ……!?」

その左腕は……怪物だったはずのメダル山から、伸びていて。
セルメダルで構築されているそれが次第に色を取り戻し、生物としての形を成す。

赤く、翼の生えた奇妙な、左腕。
そして、鳥類を思わせる嘴に、どこか陰湿さを印象付ける剥き出しの眼。

「アンク……?」

口に出してから、絶対に違うと思い直す。
アンクは右腕の怪人だったはずだが、目の前のコイツの腕は、左のものだ。
だが、同時に気付いてしまった。
完全に姿を現したそいつの右腕が、欠けていることに。


もし、そいつの持っているメダルの数を圧倒的に上回る量のメダルを投入できていれば。
あるいはガメルやメズールのように互いに引き合うグリード同士だったならば。
深く交じり合い、その個としての意思は、簡単には再生しないはずだった。


だが、不完全に色の分かれてしまった暴走体という不自然な状態が、半端にそいつの意識を保つことを許してしまった。
そしてそれを切り離したことによって、彼は……『発生』した。

「僕のメダル……返してよぉぉっ!!」


ロスト……再誕。



・今回のNG大賞

『一番良いメダルを頼む』
「そんなメダルで大丈夫か?」
『大丈夫だ。問題ない』
『クワガタ トラ コンドル トリプル スキャニングチャージ』

パリーンッ!

神は言っています……メダジャリバーはここで良き終末を迎える定めだと……

・公開プロットシリーズNo.54
→「なんでジャリバー使わないの?」って言わせたら負けだと思った。



[29586] 第五十五話:Time judged all――運命を奪い取れ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/06 03:29
前回までの三つの出来事は!

一つ!
「知ってるか? ソウルジェムは投げ捨てるものさ」
巴マミのソウルジェムが、不審な魔法少女に持ち去られてしまった!

二つ!
「折れたッ!?」
メダジャリバーが、ついにその耐久限度を超えてしまった!

三つ!
「強欲人魔跋扈するこの人間道、ロストアンクはここに居るッ! グリード爆現ッ!」
ロストアンクが奇跡の復活を遂げる!



映司の腕を掴んだ異形の左腕が……深紅に輝く。
それは、陽炎と焦臭を発する、灼熱の焼き籠手で。

「……っ!?」

思わず開いてしまったオーズの手からは、メダルが零れ落ちる。
先程ジャリバーに投入し、つい今しがたになって漸く拾い直したばかりの三色のメダルが。
その中の一枚を……ロストは、迷わずに掴み取る。
コンドルの意匠が凝らされた、オーズの足パーツを構成する役割を持つ一枚を、手中に収めていたのだ。

「僕の、メダルッ!」
「待っ……」

映司の言葉に返ってきたのは……至近距離からの、火炎弾だった。
直前までロストに捕まれていたオーズは、為す術も無くその連弾の全てを防御する間も無く受け、変身を解除させられてしまう。
いつもと変わらずに変身して戦っていたように見える映司だが……何気なく、数分前までは意識不明の病人だったのである。
その身体は、本調子であるはずもない。

「お前は……アンク、なのか?」
「アン、ク……?」

不思議そうに聞き返す翼人の反応を否定だと解する映司だが、それでは一体コイツの正体は何だというのだろうか?
右腕だけのグリードと右腕の無い怪人の関係性を見逃すほど、火野映司という男の勘は鈍くは無い。
しかも、翼人の左手の形状は、右腕だけだったアンクと瓜二つなのだ。

……一応、オリ主も少しだけ疑問に思うぐらいの反応は示した、という事にしておこう。
それはさておき。

「早く……『僕』を見つけなきゃ……」

一方の翼人は……映司に興味を失ったわけでも無いが、新たな標的の待つ方角を探っているようだった。
そして火野映司は、持ち前の勘の鋭さを見せ、その翼人の目的地となるべきものに目星をつけていた。
赤いコアメダルがアンクのものであるはずだという話はともかくとして、この翼人は、先ほど映司が使っていたコンドルを自分のコアだと言ったのである。
つまりこの翼人は赤いメダルを求めているわけだ。

映司が思い至った結論は……最悪、だった。
現在の火野映司が把握している赤いコアの所在は、二か所である。
一か所は、真木博士の研究所からクジャクのコアを持ち出したという、暁美ほむら。
そしてもう一枚は……トーリに運んでもらっている巴マミがタカメダルを所持しているはずなのだ。

この翼人がどちらへ行くにせよ、ここで手を伸ばさない選択肢など……火野映司には、有り得ない。


「行かせるわけには、いかない」

腹から真二つに折れてしまった剣を握る手に、力を込め直し。
先程爆散した暴走体が撒き散らしたセルメダルの一枚を拾い、その刀背から投入する。
幸いにして折断部の金属パーツが拉げていたため、セルメダルが零れ落ちることも無かった。

『シングル スキャニングチャージ』

焦げ目やヒビが特盛のフレームは……以前ほど滑らかに、オースキャナーを通してはくれない。
先程まで空間を切り裂く一撃を放っていたその大剣は、既に限界など大きく超えてしまっている。

それ、でも。

「セイ……ヤァァッ!!」

その手を伸ばす、ために。
死に体のメダジャリバーに鞭打って、セルメダル一枚だけのスキャンを行い、申し訳程度に威力を上げて。
映司の行った行動は……投擲だった。

歪みと欠損の激しいその大剣は、当然綺麗な軌道など描かないが、それでも尚ロストへと到達する。
そして、その刀片を焼き払うロストを尻目に映司が走り込んだ場所は、

「せめて変身できれば……っ!」

先程暴走体が爆散した時に散らばったコアの中の、一枚。
銀色のセルの中に混ざって存在を薄められている、灰色のメダルだった。

火野映司の手が、伸びる。
そこに散らばる欲望の結晶を、掴むために。

だがしかし、運命の悪戯は……起こって、しまった。
もし、ロストの知能がさほど発達していなければ。
対峙している敵本体から目を離してはいけないということを、トーリから学んでいなければ。
メダジャリバーの残骸を左手で握り潰したロストが背面の翼から放った炎は、間に合わなかったはずだった。

そして……『無』の力が目覚めることも、無かったのかもしれない。
火野映司が夢見公園跡地において最後に見た光景。

それは、自らの身体の中から飛び出した『紫』が、映司を襲った炎弾を掻き消す姿だった。

火野映司の意識は……そこで、暗転する。


『プテラ トリケラ ティラノ』



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十五話:Time judged all――運命を奪い取れ



Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×1
クワガタ×1
トラ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



蝙蝠ヤミーは、目的地を決めかねていた。
意識が途切れて変身が解けてしまっている巴マミと美樹さやかを両腕に抱えて、ゆっくりと風を切りながら。
クスクシエに戻ろうかとまず思ったが、いつ意識が戻るかも分からない二人を放置するのも考えものである。
白石千世子店長に二人の様子を知られたら、大騒ぎになってしまうかもしれない。
病院という線も考えてみたものの、魔法少女を一般の医師に診せても大丈夫なのだろうか?

「いっそのこと、鴻上財団に丸投げもアリなんじゃ……?」

某電話会社のビルにそっくりな鴻上財団本社の建物が、視界の隅に入ってくる。
確かに、財団ならばある程度魔法少女の事情は察してくれるかもしれない。

ところが……今日のこの日に限って、その財団は頼りになりそうに無かった。
どうしてトーリがそう思うのかと言えば、財団本社ビルの周りに見える赤いオブジェクトが原因に違いない。
別に、先程の赤い翼人様とは関係が無さそうではあるが。

「アレは……救急車と消防車、でしたっけ?」

災害時にしか出動を許されないはずの特殊車両が、ビルの周りを取り囲んでいたのだ。
財団を挙げての避難訓練だったら良いのだが、そんな楽観視を抱えていられるほど、トーリの可乗重量は大きく無い。
その現場の見物に行こうかという野次馬根性に若干駆られたトーリだったが、映司から二人のことを任された経緯もあるので、危険に手を出さないに越したことはない。

結局トーリは、最も誤魔化しが利きそうなクスクシエの屋根裏部屋へと向かうことのしたのだった。
千世子さんに見つかった時のための言い訳を、考えながら。

トーリは、気付かなかった。
自身が撤退してしばらくの後に夢見公園跡地を飛び立つ二つの影があった、事に……




そいつらは、『空』から降ってきた。
唐突に、説明も無く、晴天の霹靂という言葉を体現するかのように。

アンクが、町中からヤミーと親の気配を感じるという意味不明な現象に再遭遇した、直後だった。
そのせいでクワガタのヤミーを追えなくなって機嫌を悪くしているところを、鹿目まどかに慰められていた、矢先。

『赤いグリード』が、降り立ったのだ。
鹿目まどかとアンクの、眼前に。

「……えっ?」

状況を把握できていない鹿目まどかの様子は特筆すべきことも無い。
だが、その腕に抱かれるアンクが与えられた混乱は……それ以上、だったのかもしれない。

「俺……だと……!?」

過去に、自分以外の誰かが赤いメダルの力を使っている気配を感じたことは、あった。
前回の日曜日に訪れた野原には、アンクのメダルを使ったとしか思えないほど強烈に焼き焦がされた痕跡があったのだ。
それに、先程バースに襲いかかった暁美ほむらからも、アンクは自身のメダルの気配を感じ取っている。

そんなアンクでさえも、完全に想定外の出来事としか思うことが出来なかった。
欠けた右腕と顔面の半分。
その差異さえ無ければ……目の前の存在は完全に、在りし日の『アンク』自身の姿に他ならなかったのだ。

「見つけたっ! 僕だあああっ!!」

そして、アンクは想定も出来なかった。
左手を伸ばしてこちらに向かってくる目の前のコイツが、アンク達を襲いに来たのではなく、

「――ッ!!」

本能的な直感に従ってアンクの元へと『逃げて』来たこと、など。
思い至ったはずも、無かった。
グリードの中でも最強を誇るアンクの姿をしたそいつが、追い詰められていることにも。

ロストの背後から突き立てられた鋭利な爪が、ロストの歩みを止めさせるとともに、セルメダルを撒き散らす。
その光景はまさしく、絶対的強者による捕食の一景だった。
捕食『劇』などと呼ぶにはまるで華の足りない、原初の蹂躙にして圧倒的に儀礼を欠いた、破壊行動。

「僕がっ、あるのに……っ!」

必死に翼人が伸ばそうとした腕が……横槍によって、貫かれる。
捕食者の肩から伸びる、角とも爪ともつかない光沢を持った槍が、それを為していたのだ。
翼人の炎を纏った腕がまどか達に届いていれば二人はただでは済まなかったはずだ。
つまり翼人は鹿目まどか等にとっての脅威で、その敵対者は彼女達を救ってくれたということである。
そんなことは分かっている。

そのはず、なのに。
鹿目まどかの視線は……捕食者の方へ釘付けだった。

「やっと、見つけた……のにぃっ!」

まどかへと焼き籠手を差し向ける翼人の泣き叫ぶ声が、どうしようもなく心を揺さぶって。
それなのに、足は震えて、頭の奥で除夜の鐘を早回しにしたような音がガンガンと鳴り響いていて。
あの絶対者の近くに居てはいけないということが、思考などという高尚なものをすっ飛ばして分かってしまう。

「何、なの……これ」

鹿目まどかが出来る事は、膝を地面につけて、ただ眺めることだけだった。
そうしなければ自分の足は今にも逃げ出してしまいそうだ、と思ったから。
自分自身にも、分からなかった。

何故、逃げ出してしまわないのか。
何故、背筋がこんなに寒いのに頭の奥が沸騰しそうなのか。
そして何故、脅威と分かっている筈の恐獣に……こんなにも、惹かれるのか。

「映、司……?」

鹿目まどかの声に応えたわけでは、なかった。
ただ、目の前の捕食者の胸に輝く印象的な円環に目を引かれ、そこから気付いてしまったのだ。
忘れるはずもない、グリードの天敵の持つ黒と水色の装飾品を、そいつが身に着けていることに。
その三つの溝に収まっている紫のメダルにこそ見覚えが無いものの、800年も昔からの長い付き合いであるそれをアンクが見間違うはずもない。

「映司って、火野さんのコト……? なんで、何が起こってるの、どういうことなの!?」

まどかが問いかける間にも、800年という時を無念のままに過ごした亡霊の伸ばした手が、無残に打ち払われる。
必死に振りかぶった生物感の無い右腕は、瞬き一つをする間に掴み取られ。
次の瞬間には捕食者の背部から伸びた尾によって、赤い二の腕の先にはセルメダルが飛び散っていて。
亡者の呻き声が、恐獣の雄叫びに塗り潰されて、見滝原の町の中へと消えて行く。

「前に、『オーズ』について話したろ。覚えてるか」

800年前に生まれたメダルの怪人がグリードで、その天敵がオーズ。
そんな簡単な説明を、退院後のまどかは受けたことがあった。
そして、メダルを撒き散らしながら悲鳴をあげている翼人は、おそらくグリードなのだろう。

「オーズの資格者が、映司だった。そういうことだ」

衝撃、だった。
少なくとも、鹿目まどかただ一人にとっては。

火野映司という青年は……『優しい』存在だった。
そう、鹿目まどかは思っていた。
だが、眼前の怪獣の様子は、その像とはまるで一致しない。
その姿はどこまでも凶暴で、攻撃的で、残忍で、恐ろしくて。

「とにかく……助けなきゃ」
「あの抜け殻を、か?」

このガキの思考にも慣れ始めたアンクだが、それよりも気になることがある。
目の前の、赤いメダルのグリードにしか見えない存在の事である。
直感的に、アンクが封印された時にあぶれたパーツが使用されていることは間違いないと思えるのだが、一体コイツは何故動いているのか。

「アンクちゃん、あの赤い人が誰だか知ってるの?」

おそらく出力的には他のグリードの1.3倍程度だろうが、敵対した時の体感としては3倍近くに感じられるかもしれない。
もっとも、鹿目まどかは他のグリードなど、アンクしか見たことが無いのだが。

「ああ、800年前に行方不明になった、俺の身体だ。多分なァ」

そして、もう一つ、気になることがある。
映司が、アンクを視界に入れても無反応であることだ。
突発的な遭遇だったために隠れる動作が遅れてしまったアンクは、映司に見つかってしまっているはずなのである。
そのはずなのに……まるで、目の前の獲物しか目に入っていないとしか思えない挙動を、オーズは繰り返している。

「それなら、尚更助けなきゃ……」

アンクとしては、得体の知れないそいつをまずはオーズに解体させて、その後でじっくりとメダルを回収したいところである。
だがしかし、それをどう鹿目まどかに説明したら良いものか。

アンクがそんなことを考えていた、ちょうどその時だった。
ロストが、既に何度目になるか分からないダウンを、迎えたのは。
そして、何処から取り出したのか……何時の間にか巨大な斧を右手に握って、それをロストへ振り下ろそうとしているオーズ。

決まった、とアンクは思った。
……その時。
一瞬でも、思考を……止めてしまったのだ。


「だめええええっ!!」

必然的に、アンクの反応は遅れることとなる。
両者の間に強引に割り込む鹿目まどかを、アンクは引き留め損なったのだ。
アンクが気付いた時には既に、まどかはその小さな両腕を広げてオーズと相対していて。

「……っ!」

だからこそ、その光景は、予想外だった。
オーズが、その戦斧を……寸の所で、止めていたのだから。
4人のうち誰のモノかも分からない息を飲む音が聞こえた……ように、思えた。

鹿目まどかのその姿は、忘我状態であった火野映司の深層心理を揺さぶるのに、十分すぎる力を持っていたのだ。
嘗て映司が某国の内戦に巻き込まれた際に、そこで死を看取った子供の影を、思い出させることによって。

だが……そこで終わる筈が、無かった。

ぐちゃりという、水分を多く含んだものが潰れる音。
紅く染めあげられた、赤い左腕。
それが……オーズドライバーに手をかけ、捥ぎ取ろうとしていた。
そのこと自体は、ロストに800年前の記憶が微細ながらも残っていたのだと考えれば、大して不思議なことでは無い。

アンクが意識を向けたのは……そんなことでは、なかった。

「あ……れ……?」

不思議そうに口を開いた鹿目まどかの声は、ほとんど音になっていなくて。
オーズが咄嗟の判断でロストを左腕の肩口から脇腹にかけて切り落とした鈍い響きに、掻き消されてしまっていた。

失ったものの大きさを主張するロストの絶叫が、それをさらに上書きする。
そして、熱を纏った翼による羽音が、彼が背面を起点とした火炎の攻撃の準備を始めていることを何よりも雄弁に語っていた。
一方、操り糸か精神の糸でも切れたようにオーズの姿が人間のそれに戻り、その身に纏っていた狂気は霧散していて。
映司に対して距離を取ったロストに追い打ちをかけることも、出来なかったのだ。

膝から崩れ落ちながらも、その『手』を伸ばそうと試みていたようだったが……映司自身の体力も尽きていたらしい。
倒れ込んだまま、それでも手を伸ばそうとする映司のその目は……既に、焦点が合っていなかった。

その手の先にあったものは……血溜まり、だった。
オーズが千切った赤い腕が突き出されていた直線状には、鹿目まどかの身体があって。
ロストにとってその子供が重要ではなかった。
それだけの、ことだったのだ。

左腕の形を成していたものが形状を失ってメダルへと崩れる。
それとともに、『栓』を失った水風船からは、水が溢れ出す。

その水風船は……鹿目まどかの、心臓だった。



・今回のNG大賞

「オイ! あいつを止めるための力、半分だけ貸せよ! 『俺』!」
「行くよ、『僕』!」

「「俺(僕)たちは、二人で一人のグリードだ(さ)ッ!」」

メダル一枚になっても喰らい尽くその心そのものがグリードなんだッ!

「過去と今のアンクちゃんが一つに!?」

それも微妙に間違っていない気もする不思議。


・公開プロットシリーズNo.55
→まどかさんマジヒロイン。



[29586] 第五十六話:愛しのグリード
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/06 03:34
アンクがその行動を瞬時に起こせたのは……彼が以前にとある刑事の身体に憑りついていた経験の、賜物だった。
意識の弱まっているであろう鹿目まどかの身体に飛び込むとともに、周囲に散らばるメダルをありったけ吸収し、それを人間の体組織に擬態させることによって傷を塞ぐ。
瀕死の泉信吾を生かしていた時に繰り返し行っていた動作が……こんな時になって、役に立つこととなったのだ。

現在の状況は、お世辞にも良いとは言い難かった。
火野映司は既に体力が尽きかけているし、鹿目まどかの身体で戦うのも論外だ。
身体の赤い色が薄まっている辺り、ロストも限界に近いように見えるが、翼に力を貯めて最後の攻撃を行おうとしているその姿は絶望の象徴でしか無い。

「良かっ……た。早、く……逃げ、て」

目の焦点が合っているように感じられない火野映司の視界には、おそらく小さな掌怪人だったアンクの姿は見えていなかったのだろう。
ただ、彼の目の前で重傷を負ったように見えた子供が実は大した怪我を追っていなかったということが、酷く嬉しい。

「……とか、思ってんだろ。お前は、よ」

如何にも、火野映司が考えそうなことだった。
思えばこの男は、いつだってそうだ。
自分の身を切り詰めて、一日も付き合いの無いアンクや泉信吾を助けようとして。

こんな絶望的な状況に置かれても、自分が助かるよりも他人なんか、気にかけやがって。

……だが、鷹の目は確かに、希望を見ていた。
生きることに誰よりも執着するアンクが、見落とすわけが、無い。
先程オーズに切り落とされ、崩れて散らばった欲望の結晶の中に輝く、深紅に濡れた奇石。
必然か、はたまた偶然か。

その枚数は……『三』ッ!

そのうえでアンクは……その三枚の組み合わせに、奇跡とも魔法とも呼ぶべき選択を、確かに感じ取っていた。
まるで運命に導かれたように揃ったメダルたちを前にすれば、アンクだって少しだけ神サマとやらを信じてみたくもなるというものだ。

倒れていた映司の上体を鹿目まどかの短い腕で何とか起こし、紫のメダルが忽然と姿を消したために空になっているオーズドライバーへと、手早くそれを差し込む。
そして、ベルトの平衡を崩し、映司の右手側に具現しているスキャナを掴んで……一気に、滑らせた。

「お前も『使えるバカ』なら……このぐらい、生き延びて見せろッ!」


『タカ クジャク コンドル』



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十六話:愛しのグリード

タカ×2
クジャク×1
コンドル×1
クワガタ×1
トラ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



『熾天使』という生物は、空想上の物語においてしばしば登場し、御話の美味しい処を掻っ攫っていくのだとか。
噂のそのヒトは、全九階級の天使の最上にして、最も神に近い座に就いている者らしい。

なんということは、ない。
ただ……その人気者は、『三対六枚の羽』を持っている。
そういう、ウワサがあるというだけの、話。



煉獄と聖火。
一言で表すとすれば、そんなところだった。
翼を持つ両者が、そこを起点に炎の塊を吐き出し合う、演武。
それが、人間の観客が居なくなった舞台で、繰り広げられる。

「ぐっ……はぁっ……!」

だが……その身体を直接焦がされこそしていないものの、既に『王』の息は途切れようとしていた。
そもそも彼は、つい先刻まで倒れ伏して意識を戻さない病人だったのである。
それが、幻獣と戦い、翼人に襲われ、終いには自身さえも恐獣へと姿を変えて。
その体力に余裕があったのなら、それこそ理不尽の権化と呼べるだろう。

「僕の、メダル……ッ」

そして、『悪魔』も……その身を、保つことを諦め始めていた。
その傷口からはぼろぼろと銀色のメダルが零れ落ち、身体の再生よりも攻撃を優先していることが読み取れる。
こちらも800年の眠りから覚めた後ではあるものの、やはりグリードの中でも鳥類メダルの力は格が違うと言うべきか。
彼もまた、連戦続きには違いないというのに、未だに王を圧倒し続けていた。

膝を起こすことが出来ないオーズと、両腕が不能なロスト。
生命を削って最後の力を振るい合う二人は……だがしかし、互角では無かった。
オーズは、人間の皮を被った怪人に支えられることで、辛うじて上半身を起こして居られるのだから。

その翼から放たれる炎弾の狙いがやや甘く見えるのは、おそらく『タジャドルコンボ』の能力に慣れていないということだけが原因では、無いのだろう。
距離による威力のほんの少しの減退を利用して、身体の近くまで来た炎弾を相殺し続けているというのが、現実だった。
視界がぼやけてしまっているのではないか、とアンクは思う。
でなければ、明らかに致命傷を負っていたはずなのに復活した鹿目まどかを、もう少し不思議がっても良いはずだ。
無意識のうちに鹿目まどかの小さな身体を抱き寄せているその腕にも、殆ど力が入っていないようだった。
本当に手がかかる奴だと、そう思わずには居られない。

「……?」

オーズの左手に添えられた、小さな手。
その違和感に、首を向けるオーズだが……その真赤な目は、やはり焦点が合っていないように思われた。
タジャドルの頭部には視覚の強化機能も付いているはずだが、そんな所に力を回す余裕さえ、今の映司には無いらしい。

「俺の手は気にするな。お前は……炎の迎撃に集中しろ」

映司の体力を電池にしてしまうスキャニングチャージは、使えない。
コアメダルはある程度その中に力を貯めることが出来るものの、オーズのスキャニングチャージはコアの充電に加えて人間の体力を併用することで大出力を可能にしているためである。
だが、タジャドルコンボの左腕に出現するその『盾』だけは、800年前から変わらずセルメダルを動力に使える唯一の武装なのだ。

オーズの左手を、小さな左手によって下から支え上げ。
先程から拝借していたスキャナを……宛がう。

『ギン ギン ギン ギン ギン ギン』
「まったく、」

アンクは、思う。
火野映司や鹿目まどかは『使えるバカ』だが、オーズと相対している翼人は、救えないバカだ、と。
自分と同じ赤いグリードながら、アンクはその評価を覆す気は、全く起こらなかった。

「このガキがオーズを止めた時点で、お前はとっとと逃げ出せば良かったんだ」

タジャドルコンボの左手に現れている『盾』に備え付けられた砲口を整え、

『ギガ スキャン!』

盾の中に巻き起こっていた炎の奔流を……一気に、打ち出す。
その燃料となったものは……皮肉にも、ロストから撒き散らされたセルメダルだった。

拡散を拒み続ける炎渦は、ただ回転のみを維持しながら、突き進む。
ロストの炎を打消し、それでも勢いを失うことなく。

汚い、音が聞こえた。
着弾と同時に拡散した熱が、周囲の地面に含まれた水分をまとめて消し去った、響きが。
そして、聞き覚えのあるメロディーもまた、アンクの耳へと入ってくる。
メダルが地面へと散らばるときの、太古から変わらない音色もまた、木霊していた。
立ち上る煙が晴れたとき、その場所にもその上空にも、翼人の姿は無くなっていて。
ただ、銀色のメダルの山の中に紛れて、赤い輝きを放つそれが存在を主張しているのみだった。


ここにようやく、ロストを巡る一連の物語は、終焉を迎える事となる。

「800年は、やっぱり長かったか? なァ、『俺』……」

変身が解けて意識を失っている映司を地面に落としながら。
人間の子供の口を借りて紡がれた一言は……既に日の傾きかけた茜色の空へ、消えた。



全てのメダルを拾い終えてやっと一息吐くことが出来たアンクだったが、問題は山積みである。
一応ロストは倒したものの、その意識が完全に消えたわけではないらしい。
そのため、今までロストを構成していた赤メダルたちを完全に取り込むには……それなりに時間がかかりそうだという結論に達したのだった。

だが、それらを取り込み終えれば、その時にはロストの記憶を手に入れることも出来るだろう。
従って、ロストの出生の謎については後回しで良さそうである。

「そういやァ、あの『紫』は何だったんだ?」

ぽつりと呟いてみるものの、それに返事を与えてくれる人間は、この場には一人も居ない。
火野映司は疲労から目を覚ます気配が無く、心臓をぶち抜かれるという致命傷を負っている鹿目まどかが言葉を返してくれるはずも無い。

仕方なく、火野映司の持ち物を引っぺがして見たが、その中には『紫』など影も形も無かった。
あったのは、理解不能な柄のパンツと少しの小銭と、『クワガタ』『トラ』のコアが一枚ずつのみ。

……傍から見れば、女子中学生がホームレスを裸に引ん剥いているという意味不明な絵が出来上がってしまっていたりして。
更に言うと、見滝原中学の制服はロストに心臓の辺りを穿たれたせいもあり、それなりに際どい姿になっているのだが……色々と『見えない』のは、お約束である。
もちろん、映司が身包みを剥がされても現在装備しているパンツだけは失わないのも、お約束の一言で済ませてしまって良い問題なのだ。
泉刑事に憑りついていたアンクは、日本には猥褻物陳列罪という言葉があることを知っているという事を補足しておく。

某暁美ほむらさんがこの絵面を目撃したなら、きっと錯乱して駅のホームからタイムマシンを探し始めるだろう。

尚、アンクが映司の最後の一枚の内部にまで追求の目を向けたかどうかは……一応、不明という事にしておこう。
別に何処かの使えるバカ達がお嫁やお婿に行けなくなっても、そんな些事はアンクの知ったことでは無いのだ、と述べるだけに留めておく。

ぺたぺたと鹿目まどかの小さな手で映司の肉体を調べてみるものの、疲労が見られるだけで、主だった変化は感じられない。
頼りない小首を傾げて考えてみても、当の紫のメダルが出てこないのでは、どうしようもなかった。


「それと……こいつら、どうするか……」

火野映司は、寝かせておけば何とか回復するだろう。
だがしかし、鹿目まどかの傷はそんな生半可な代物ではない。
どう考えても、泉信吾刑事の例よりも重傷である。
むしろ、アンクがまどかの身体に飛び込むのがコンマ何秒遅れたら危なかった、というレベルだ。
当然、泉刑事の時のようにアンクが離れて動き回る余裕など、無さそうだった。

一応、美樹さやかの魔法を使わせれば治せるだろうという気はするものの、鹿目まどかをさやかの元へと引き渡すためには、直前までアンクが延命措置を行わなければならない。
……つまり、さやかに会わなければならないのだ。

「どのみち、俺のメダルをある程度取り込んだ後だなァ、それは……」

最悪の場合に備え、自衛の手段は必要である。

アンクは、考えようとしなかった。
怪人態を取り戻せれば、その時点で人間の協力者が必要ではなくなる、ということを。
他のグリードのように自らの力で全身の擬態を行えば良いというだけの話なのだ。
そんな発想を無意識のうちに、思考から外していた。

考えるべきことはまだ残っているし、するべきことも明確に定まっているとは言い難い。
使えるバカは二人とも大好調グロッキー中で、せっかく取り戻した赤いメダルも、いつになったら取り込めるのか見当もつかない。

今は、とりあえず。

「……アイス食って、寝るか」

久々の味覚を楽しんでおこう、という結論に落ち着いた辺りが、結局アンクらしいのかもしれない……




……そして、誰も生きた人間の居なくなった、夢見公園跡地には。

「成功だよ。オーズは『紫』の力を使って飛んで行った」
『飛んで行ったっていう事は……貴女は追っていないのかしら?』

携帯電話を片手に、見滝原中学の制服を着こんだ女生徒が、足を踏み入れていた。
というか、正確には戻ってきたと言うべきなのだが。
つい先程、亜種『ガタトラドル』の状態のオーズが落ちてくる直前まで、この女子生徒はこの公園に居たのだから。
黒を基調とした衣装と眼帯は既に解除されており、その姿は普通の一学生そのものである。

「追った方が良かったなら、今からでも追うよ?」
『それは止めておきましょう。それより、その場にあるモノを有効に使うべきだわ』

相変わらず携帯電話の向こうから聞こえてくる、冷静そのものの声。
もちろん、女生徒はその声の主を知っているし、顔を見間違えることなど有り得ないぐらいには知り尽くしている。
だからこそ……電話口の相手の考えていることも、手に取るように分かっていた。

そこにあるモノ、という言葉の意味も、当然。
オーズとロストの戦いに取り残され、そこかしこで輝きを放っている無数のメダルだ。
その大部分は円環状に描かれた獣道の中にあるものの、幻獣がオーズを引きずって走った道にも、それは散りばめられていた。

「そうだね……私は『彼』に愛を向けようとは思わないけれど、たった一人に全てを向ける『彼』の姿勢には学ぶべきものがあると思っていたところだ」
『愛は無限に有限、って貴女はよく言っているものね』

人間の感情という概念的な考えに終始するならば、愛というものは量として計ること自体が冒涜である、そう女生徒は考えている。
だがしかし、現実には一人の人間の愛することが出来る範囲は限られてしまっている。
だからこそ、たった一人にその全てを捧げることにこそ、意義がある。
……それが、この女生徒の持論である。

そんな言葉を交わしながら、その手は既に作業を始めていた。
それでも携帯電話を離さず、片腕だけを使いながら。
多少時間がかかっても、周囲の民間人は非難を終えているだろうから、目撃者を気にする必要は無いのだ。

かくして、それは集められた。
砂の城のように一山になった、銀色の塊。

「さて、私がこれから何を口にするか、分かっているよね」
『当然よ』

特盛のメダルから一枚の灰色を抜き取りながら、宣言する。
彼女の共感する、一体のグリードの名前を。

「久々に娑婆の空気を吸ってくると良い……『ガメル』。力持ちの王様、よ」

再度、女生徒が抜き取ったコアをメダルの山へと、無造作に投げ込んでやって。
投擲されたメダルが辿り着いた先にあったものは……既に、三角形を為しては居なかった。
まるで人間の四肢のような曖昧な形状を、取っていたのだ。
そして、投げ込まれたメダルを取り込むことで、その人影はようやく固定化を見せ始める。
その姿は、上半身こそ色を失ったセルメンと呼ばれる状態であるものの、足には犀を思わせる力強さと地面を掴む堅牢な爪が存在を主張していて。
顔正面から伸びた長い鼻は陸上の超重量の生物を思わせ、頭から天に伸びた角はどんな動物相手だろうと一突きで屠ってしまうだろう。

「精々、オーズの糧になってくれよ」

座り込んでこちらに視線を送っているグリードの姿に、女生徒は満足そうな視線を返してやった。
そして、復活したグリードの第一声は、

「めずーる、じゃ、ない……」

その場の誰にとっても、不本意なものだったに違いない……



・今回のNG大賞
「さて、私がこれから何を口にするか分かっているよね?」
『まさか、食べるつもりなの!?』
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……それがお望みなら喜んで!」

それもそれで面白かった気がしないでもない。

・公開プロットシリーズNo.56
→降臨。満を持して。



[29586] 第五十七話:疑心伝心
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/09 01:00
「なんじゃこりゃぁ……」

一言で言うならば、そんなところである。
鴻上会長に会えなかった伊達明が翌日に財団本社で見たものを言い表すのに、最も的確な表現がそれだった。

ビルが半壊し、戦火に曝されたとしか思えない傷跡が残されていたのだ。
もっとも、建物の壁面はブルーシートで覆われ、人間の跡も血痕が現場に残るのみに留まっていたが、その匂いに気付かない伊達ではない。
いっそ、装甲車が円谷的な怪獣を乗せて特攻したと説明された方がまだ信じられるような惨状である。

何はともあれ、会長が居るのかどうかだけでも聞かなければ、伊達としても困るのだ。
従って、伊達が財団本社に入らなければなるまい。
この場所で何が起こったのかも気になるが、それは二の次である。

「関係者以外の立ち入りは禁止です」

……と思ったら、現場の点検をしていた社員に引き留められた件について。
もちろん、伊達とてそんなことで引き下がる男ではないのだが。

「実は、会長から個人的に依頼を受けてるモンなんだけど、『コレ』じゃ証拠になんねぇかな?」

スッと胸の高さまで伊達が持ち上げて見せたものは……お察しの通り、『バースドライバー』だった。
伊達が会長から勝手に預かっているものであり、仮面ライダーバースに変身するためのベルトでもある。
一応、財団の社員の全員がメダル関連の知識を持っているわけではないだろう、とは伊達も思っていた。
だがしかし……幸運にも、バースドライバーを見て目の色を変えたこの若者は、それが何であるか知っているらしい。

「……どんな用件ですか?」
「会長と、契約内容を煮詰めなきゃならんのよ。まだ本決まりじゃないからなぁ」

当然、伊達の用件は『後藤慎太郎育成計画』に関する詳細を鴻上会長から聞き出すことである。
もっとも、とある個人的な事情で1億円という大金が必要な伊達としては、余程の悪条件が揃わない限りは承諾するつもりなのだが。

「残念ながら、会長は所用でドイツへ向かいましたよ。帰国の日時は不明です」

どんな返事が来ても驚かないと思っていた伊達だが、これには流石にげんなりせざるを得ない。
あの会長の行動が伊達の思考を跳び越えることは仕方ないとしても、国境まで飛び越えられたのでは連絡するのも一苦労である。
流石に、いつ戻るかも分からない人間を大人しく待っているほど、伊達の気は長くなかった。

「……国際電話、繋いでもらえねぇかな?」

そしてそれ以上に……伊達の大事なモノの方も、決して長くは無いのだ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十七話:疑心伝心



その日、見滝原中学校の某クラスには……どことなく、重苦しさが漂っていた。
圧迫感とでも言うべきか、息苦しさが充満しているような、誰かの恨みつらみを延々と聞かされ続けているような気まずい空気が教室を支配していたのだ。

空気を読まずに新しい彼氏との惚け話を続ける早乙女和子教員が原因という訳では、無い。
もちろん、常日頃ならば彼女の長話は聞く者を辟易させるはずだった。
ところが現状では、彼氏から『お前の事は俺が守る』なんてテンプレな台詞を聞かされて浮かれているその姿が、何故だかいつも以上にピエロに見えて仕方が無い始末だ。
その明るさが清涼剤にさえ感じられるほどの居心地の悪さが、何処からともなく撒き散らされているのである。

「……先生」

だからこそ、その発信源である女子生徒が音も無くその手を挙げた時、生徒たちの感じ取った『ざわめき』は想像を絶するものだった。
クラスメイト達の共有した感覚は……コロシアムの中央で怪人と人間が戦っていたと思ったら両方怪人だった時の観客一万人のそれにさえ、匹敵するかもしれない。

「体調が悪いので、保健室に行ってきます」

であるからして、如何にもな不機嫌オーラを噴出していた彼女の言葉が至極マトモであったことに、生徒たちは安堵の念を隠しきれなかった。

「では、保健委員の人、一緒に……」

不機嫌少女の苛立ちが若干増した、ような。
そのことに気付いていないのは、早く彼氏の話題を再開したいと考えている早乙女教諭ただ一名のみである。

「せ、先生っ! 鹿目さんは今日は欠席です!」

……とある男子生徒が、耐えかねて声をあげた。
座席がもっとも教壇に近いというだけの理由で、早乙女先生の理不尽な質問を一身に受けてきた英雄が。
彼の名は、中沢。
このクラスの影の功労者、というか苦労人である……

「じゃぁ、学級委……」
「美樹さんも欠席です!」

早乙女先生の言葉を先読みし始めた辺り、実は彼は相当に優秀なのではなかろうか。
将来の就職先はきっと、スマートブレイン社か人類基盤史研究所辺りだろう。
彼の未来は、きっと明るい。

「一人で大丈夫です」

一方、既に足を進めていた台風の目は、教室の扉を開くとともにそう言い残し、病人とは思えない機敏さを見せながら姿を消したのであった。
そんな嵐の転校生の後ろ姿を見送りつつ惚け話を再開した早乙女先生の能天気さを目の当たりにしながら、クラスの面々は一斉に溜息を吐いた……らしい。


暁美ほむらは、今までに無いほど敏感に、異変を感じ取っていた。
まず、鹿目まどかが学校を欠席しているだけでも暁美ほむらにとって一大事には違いないのだが、事態はそれだけにはとどまらない。
美樹さやかの姿も見えないうえに、念話を飛ばして調べてみたところ、巴マミも学校には居ない様子なのである。
昨日鹿目まどかが鎧を着た不審者に迫られている現場を目撃したほむらとしては、まどかの警護をしていた方が良かったと思わずには居られない。

鹿目家に電話を入れてみても留守番サービスの音声が返ってくるばかりであり、風邪で寝込んでいるという訳でも無さそうである。
そして……異常事態は、それだけには留まらなかった。
暁美ほむらがそのことに気付いたのは……学校の敷地から足を踏み出した、まさにその時だった。
校門から程なく離れた場所に設置してあるベンチに座っている、『魔法少女』の姿を目撃したのだ。
そして、驚きに目を見開くほむらの様子は、既にあちら側にも気付かれている。

「……アタシの顔に、何かの食べカスでも付いてるかい?」

見間違う、筈も無い。
他の三人の魔法少女と比べれば暁美ほむらとの縁は薄いものの、それでも長い付き合いには違いは無いのだから。
ガムの包み紙を開けて口に入れているその動作も、既に見慣れたものだ。

『佐倉杏子』

精密動作に優れ、攻撃に特化した戦闘能力を持った魔法少女。
かつて巴マミと道を違え、隣町である風見野を縄張りに活動している筈の人物だ。
そして、魔女の真実を知っても壊れることの無い、希少な人種でもある。

それが何故、この町に居るのだろうか?
そもそも、佐倉杏子が見滝原に現れるパターンは、限られている。
基本的には、見滝原組が隣町にまで手を広げた時と、杏子がマミの死を聞いて駆けつけてきた時だけの筈なのだ。
稀に、逃走中の魔女を深追いして見滝原まで足を踏み入れるというレアケースも無いわけではないものの、基本的には何かしらの理由があると見た方が良い。

だがしかし、暁美ほむらには、その理由に心当たりが無かった。
メダルに関する一連の事件こそ物珍しくはあるものの、それらの中に佐倉杏子の興味を引きそうな要素が見当たらないのだ。
藁をも掴む思いでハッピーエンドのための材料を探している暁美ほむらでも無い限り、メダル絡みの出来事は面倒事以外の何物だとも思わない筈である。


乾いた響きが、暁美ほむらの鼓膜を震わせた。
ぷくっと膨らんだ風船ガムが割れる音が、考え込んでいたほむらの意識を現実へと引き戻す。

「もしかして、アタシとどっかで会ってる? 全然覚えてないけど」

ほむらの沈黙を訝しんだ杏子の仕草には、若干の警戒心が垣間見えた。
身に覚えのない人物に自身の事を知られていれば、不気味に思うのは仕方ない、とほむらは思う。
だがしかし、どの道ワルプルギスの夜が来る前には戦力として引き込んでおきたい人材であることも、確かではある。
ならば、何とかこの接触をチャンスに変えたいと考えるのは、当然と言えた。

「以前、貴女がこの町で魔女と戦う姿を見たことがあるわ」
「……アンタも、魔法少女か?」

杏子からの視線に込められた警戒が若干強くなった、ような。
もし、暁美ほむらと相対している相手が杏子では無くさやか辺りだったならば、逆に警戒心を緩めてくれたかもしれないのだが。
とは言え、嘘を吐く意味も無いので肯定の返事を適当に出して、杏子を引き込むための方法を思索する。
すると、意外なことに、向こう側からの声が続く。

「ちょうど良かった。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「……?」

話し相手が魔法少女であると解ったからこその質問が、あるらしい。
だとすると、見滝原中学の門の前で待っていたのは、ひょっとすると巴マミに用事があったからかもしれない。
確か、佐倉杏子は現在から一年ほど前に魔法少女となり、その際に巴マミから教えを受けたという経歴を持っている筈だ。
佐倉家の人間が心中を図って以来疎遠になったのだと、暁美ほむらはループ世界の中で巴マミから聞いたことがあった。

「ソウルジェムが濁らない魔法少女ってのが居るらしいんだけど、知ってるかい?」

……聞いたことも無い話、である。

「それはつまり、魔力が無限ということかしら?」
「おお、中々勘が良いじゃねーか。もしかして、アンタのことだったりして?」

一瞬のうちに、さぞかし強力でチートな魔法少女なのだろう、という人物像が杏子とほむらの間には共有されていた。
それは巴マミと美樹さやかが共有するトーリのイメージには見事に逆行するものであったが、訂正する者が居ない状況なのだから仕方が無い。
きっと『最強の仮面ライダー』や『戦いの神』といった呼称も、こうした伝言ゲームの犠牲者だったのだろう……
杏子の視点としては、きっとトーリがその系譜のヘタレになっていくに違いない。

「残念ながら、私の魔力は有限だし、心当たりも無いわ。そもそも、その魔法少女はどういう原理で魔力が無限なの……?」
「それが分からないから探してるんだよ」

なるほどと納得した部分があるのと同時に、新たに疑問として沸き起こった部分もあった。
おそらく、佐倉杏子が見滝原中学の校門前に張り込んでいたのは、巴マミに会うためだったのだろう。
彼女ならばこの町の魔法少女を知っているはずだと踏んで、遥々と旧知の先輩に会いに来たという訳だ。
もっとも、その巴マミも本日は学校を欠席しているのだから、無駄足もいいところである。

「その話は、一体誰から?」
「キュゥべえからだよ。あいつの情報って、基本的に信憑性は高いからな」

ほむらとしては、ワルプルギスの夜を一緒に倒させる成功報酬として情報を提供する、という嘘の契約を考えなかったわけではない。
だが、魔力が無限な当人に協力を求めれば良いはずだという至極真っ当な突っ込みが返ってきそうだったので、没にしたのだった。
目の前の相手を、ほんとバカなお方と一緒にしてはいけないのだ。

別の時間軸では、見滝原という巨大な縄張りを餌に彼女を釣ることも出来たが、それは飽く迄巴マミが居なくなった後の話である。
現状で暁美ほむらが差し出せる交渉材料はグリーフシードの現物ぐらいだが、そちらもあまり数は多くない。

「キュゥべえは、その魔法少女について、他に何か言っていた?」
「それが、詳しい話を聞く前にどっか行っちゃってさ。それっきりなんだよ」

インキュベーターという生物は、基本的に『嘘』を吐くという行為を行わない。
それが人間との間の決定的な亀裂を生むから……かどうかは分からないが、都合の悪いことを聞かれたら、彼らは話題の転換という奥義を発動するだけなのである。
ということは、何らかの裏があるにせよ、彼らが無限の魔力の可能性について何かを見出していることは間違いが無さそうだ。
そして、そんな存在が本当にいるならば、いくら鹿目まどかしか眼中に無いほむらさんでも、気にならない訳が無い。
インキュベーターの目的がエネルギー問題の解決である以上、そいつの存在は人間とインキュベーターの関係を根本から変える可能性さえあるのだから。

「知らないなら仕方ないね。アタシはここで、知り合いを待って話を聞くことにするさ」

知り合いというのは、間違いなく巴マミの事だ。
わざわざ学校まで来たのは……マミの住んでいたマンションの一室が破壊されていたからに違いない。
マミの新住居が分からなかったために仕方なく学校前で張り込んでいるだろう、と暁美ほむらは確信していた。
杏子が珍しくガムを噛んでいるのは、マミの下校時刻が分からないのでお菓子の補給が出来なくても持久戦が出来るという理由でのチョイスなのだろう。

「巴マミなら、今日は学校には来ていないわ」
「……『知り合い』の名前、アンタに教えたっけ?」
「私が頼るなら彼女だ、と思っただけ」

……流石に、鋭い。
だが、この町の魔法少女の中で最も頼り甲斐のある人物が巴マミであることも理解してくれているらしい。
杏子の抱いたそれは、疑惑ではなく疑問という段階に押し留まったようである。

「巴マミの新住居を教える代わりに、魔力が減らない魔法少女の情報が入ったら私にも教えてもらえないかしら?」
「何だか察しが良すぎるのが気になるけど……まぁ、良いか。乗ってやるよ」

いきなり巴マミの『新』住居という言葉が出てくる辺り、杏子は自身の行動が見透かされていることを的確に読み取っていた。
知り合いという言葉だけから巴マミが連想されたのも、若干気になるところではあるのだ。
だが……そのどれもが、決定的と呼ぶには物足りない。
何かが釈然としないという気味の悪い感覚を抱きつつも、結局多国籍料理店クスクシエの場所を吹き込まれ、佐倉杏子は見滝原中学校を後にしたのだった……


そして、暁美ほむらはようやく元の用事について考え始めていた。
鹿目まどかの現在地に関する情報は、明らかに足りていない。
杏子と別れた後に、無人だった鹿目家のまどかの個室を物色して何の手掛かりも得られなかった辺りから、ほむらのその認識はより強まる。
暁美ほむらは、まどかが掌怪人を飼っていたことなど知らないのだから、当然である。

手掛かりと言えば、昨日再開したパワードスーツを纏った男の存在ぐらいのものだ。
つまり、奴が鹿目まどかに何か悪さを働いたに決まっている。
まどかの縋りつくような視線に耐えかねてあの場を去ってしまったほむらだったが、その判断は間違いだったらしい。

もし暁美ほむらに伝説の黒い仮面ライダー張りの超直感能力があったのなら、グリードの仕業だ! と即断していたことだろう。
だがしかし、現在のほむらは、グリードと鹿目まどかを繋ぐ線の存在など微塵も知らないのだ。
従って、ほむらの持っている情報の中で最も怪しいと考えられるのが『バース』になってしまうのは、極めて自然な発想と言えた。
次点にキュゥべえさんが位置しているのは……敏腕営業のキュゥべえさんの、人徳というヤツなのだろう。
というか、このタイミングでなければ間違いなく一位に輝いていた筈だ。

暁美ほむらは、心のどこかで信じたかったのかもしれない。
鹿目まどかが庇う人物が、悪者でなければ良い、と。
ほむらを実験動物のように扱ったのも何かの間違いで、自身の知らない都合があったのかもしれない、という夢物語のような事情の存在を、信じてみたかったのだ。
だがしかし、鹿目まどかが失踪しているという現実は、そんな幻想を粉々に打ち砕いてしまっていた。

鎧男の残した情報を頼りに、暁美ほむらが辿り着いた、道しるべとは……



・今回のNG大賞
昨日の『事件』によって壊滅的な被害を受けた財団本社ビルの跡片付けをしていた後藤さん。
そして、彼の前に現れたイイ男が持っていたものは……何と、銀色に光るベルトだった!

「『コレ』じゃ証拠になんねぇかな?」
「いい性能だな。貴様の作戦目的とIDは!?」

こんな欲望丸出しの後藤さんだったら、きっと鴻上会長は伊達さんを雇おうなんて思わなかっただろう……


・公開プロットシリーズNo.57
→ロスト編の裏で後藤さん奮闘記があったりするんですが……数話に渡って少しずつ情報を出すぐらいで終わりそうです。だって、地味だし(ry



[29586] 第五十八話:第一発見者を疑え
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/12 18:48
火野映司が眠っている場所は……河原だった。
ホームレス御用達の場所であり、その水辺には映司も何度かお世話になったものである。
もっとも、そのチョイスは彼自身のものではなかった。
なぜなら、映司は昨日赤いメダルのコンボを使用して以来、一度も目を覚ましていないのだから。

河原を選んだのは……彼と共に在る、一体の怪人の判断である。

「まったく、面倒くさいことばかりだ……」

とある大きな石橋の下に出来た陰に潜む、小柄な姿の子供の口から、その言葉は漏れた。
溜息と苛立ちを少しずつ含んで、川の流れに向かって、負けたヒーローを放り捨てるように。
もちろん飽く迄比喩であって、実際に映司を投げ込むことなど実行しないが。

自身と映司らの身を隠しながら今後の事を思案する、鳥類の王、アンク。
それが、鹿目まどかという少女の身体を借りたグリードの、名前だった。

何故アンクが映司の傍を離れないのかと言えば、全てロストが悪いのだと答える他無い。
昨日の戦闘後にアンクがロストの意識コアを取り込もうとしたところ……それは起こったのだ。
何と、自我も確立していない分際で、ロストは他の赤メダルの力を借りてアンクを吸収し返そうとしてきたのである。
爆殺される直前に意識コアへと周辺のセルメダルからの力を蓄えたのだろうが……コイツは何所まで執念深いんだと思わずには居られない。
そのことに少しだけ肝を冷やしたアンクが利用することを思いついたのは、やはりと言うべきか案の定と言うべきか、結局オーズだったのである。

アンクは、800年前にオーズドライバーを使っていた王から、そのベルトの幾つかの機能を聞いたことがあった。
そして、その中に現在のアンクのために役立ちそうな機能があることを、アンクは覚えていたのだ。

その機関の名前は……『オーメダルネスト』である。
ベルトの、オーズから見て左手側に装備された、メダルを収納するための円筒がそれに該当する。
現在、気絶しながらもベルトを装備している映司の腰部には、確かにその部品が実体化していた。
実は、原作においては使われる気配さえ見せなかったこの箱にも、存在する意味があるのだ。

アンクが昨日からしきりに視線を向けたり離したりを繰り返しているその箱には……現在、アンクとロストの意識コア以外の5枚の赤メダルが収められている。
そして、その箱の機能とは……メダル同士の共鳴を防ぐことである。
もともとは、メダルの器としてあまり出来が宜しくなかった800年前の王が欲して付けさせた装備だったのだろう。
メダルの使い過ぎによる暴走に殆ど縁の無い映司は、この機能を全く必要としなかったのだが……それが今、アンクのために役に立つこととなったのだ。

アンクがロストのコアを1対1でじっくりと吸収している間、他の赤いコアを遠距離に隔離して放置するのは紛失の危険が高い。
かと言って、ロストが他の赤メダルの力を借りようものならば、アンク自身の身が危ない。
それならば、気絶しているオーズにとりあえず持たせて近くに置いておくことは、最も安全性を重視した作戦だと言えた。

アンクのその判断によって困っている人間は、おそらくまどかの捜索願を出している鹿目家の住人と、暁美ほむらさんぐらいのものだろう……。

「こいつが目を覚ましたら、どうするんだろうなァ、俺は……」

呟きもやはり、川の流れに消えて行った。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十八話:第一発見者を疑え



佐倉杏子が足を運んだ先は……お察しの通り、多国籍料理店の屋根裏に位置する、小部屋だった。
目的はもちろん、巴マミに会って、魔力が無限な魔法少女様の情報を聞き出すことである。
あっという間に一階の料理店を抜けて階段を上り、一応の礼儀としてノックを行ったところ、扉を開けて顔を見せたのは……

「こんにちは……どちら様でしょうか?」

見覚えの無い、女の子だった。
魔法少女という生物には何処か『自信』とでも呼ぶべきものが溢れている、と佐倉杏子は思っているのだが、目の前のコイツにはそれらしいものを感じない。
杏子たちと同い年ぐらいの普通の子供だ、としか思えないのだ。

「アタシは佐倉杏子ってんだ。知り合いを訪ねて来たんだけど、巴マミって、ここに住んで無いのか?」

これはガセネタを掴まされたか、という気配が、既に強く匂い始めていた。
だが、あの黒い長髪の魔法少女も無限の魔力の謎に興味を示していたのだから、意図的に嘘を伝えるとも考え辛い。
思考のドツボに陥りかけていた杏子だが、とりあえず目の前のコイツの返事を聞いてから考えようと思い直せる辺り、頭は柔らかいと見える。

「今、眠ってるんですけど、起こしましょうか?」

……ハズレでは、無かったらしい。
よく見れば、屋根裏部屋の奥の角に設置してあるベッドから、見覚えのある巻き髪がはみ出しているのが分かった。
間違いなく、お目当ての人物のものである。

「ああ、頼む」

そして……この時点で既に、別の嫌な予感が杏子の胸の中には生まれていた。
今現在は、中学生は中学校に居るはずの時間であり、所謂『良い子ちゃん』な巴マミが寝坊しているなどということは、杏子としては考え辛い。
小間使いの見知らぬ女の子の態度から暗さを感じないのが唯一の救いだが、それでも沁み出してくる不安らしき影が、胸の中には確かに巣食っていて。

「マミさん? 起きてください。お客さんですよー?」

揺さぶられても全く起きる気配を見せない巴マミの様子を目の当たりにして、その予感はさらに強くなる。
段々と揺さぶる力を強くしてみるトーリだが……一向に、巴マミが目を覚ます気配は、無い。
ぺしぺしとマミの頬を軽く叩いてみたり、耳に息を吹き込んだりしている能天気なそいつは、まるで異変を感じていないらしいが。
そして……事は、起こる。

どすん、という鈍い音が、杏子の意識を現実へと引き戻したのだ。

「……あ、れ?」

落ちた『もの』は……巴マミ、だった。
ベッドから転げ落ちても身じろぎ一つ見せない巴マミの様子に、トーリも若干の違和感を嗅ぎ取り始めたらしい。

「入るぞ!」

答えは、聞いていない。
トーリが何か言葉を返したか、そんなことは完全に佐倉杏子の意識の外に出てしまっていた。
見えざる手に押されるように部屋の中に踏み込んだ佐倉杏子が最初に手を触れた、もの。

それは、貨幣のように冷たくて。
でも、佐倉杏子にとっては懐かしい、絶対に思い出したくない感触で。
その温度と対になるように、胃の中からは熱い何かが喉まで登って来てしまっていて。
先程まで口にしていたものが、腹の中に溜まらないガムで本当に良かった、なんて場違いなことを考えてしまって。

すぐには、現実を受け入れることが出来ずに居た。

「こいつ……死んでるじゃねーか……っ」

握られた巴マミの手の感触は。
かつての佐倉家の面々のそれと、同じだった……




一方、佐倉杏子と別れた暁美ほむらさんはと言うと……

「……ここ、ね」

無事に『目的地』へと辿り着いていたりする。
その場所に鹿目まどかが居るとも思わないが、情報を得るための通過点としては、充分に期待できるはずだ。
その施設とは、

――鴻上財団だ。これで満足かい?

鴻上財団の本拠地ビルだった。
先日の鎧男が口にした情報として有用そうなものが、それしか無かったためである。

だがしかし、その建物に足を踏み入れる前から、既にほむらはその場所の放つ異様な空気に呑まれていたりする。
具体的には、映像の合成用素材を撮るために使われそうなブルーシートや漂う焦げ臭さが、暁美ほむらに圧迫感を与えていたのだ。

そして、都合の良いことに……ちょうど、建物の入り口付近で二人の男が会話を交わしているのを、盗み聞きすることが出来た。
一人は20代前半程度の若い青年で、もう一人は30歳前後と思しきガタイの良い中年男である。
青年が言うには、昨日この建物は、メダルの怪人であるグリードによる襲撃を受けたのだという。
そのグリードたちは、失われた彼らのコアメダルが鴻上財団に隠されていると見込んで襲ってきたのだということらしい。

もっとも、グリード達は結局、何の収穫も得られずに帰って行ったのだが。

「……で実際、そのコアメダルってのは、財団にあるわけ?」
「俺は見たことがありません。でも、会長なら見つからない場所に隠しているか、出張先まで持って行っても不思議では無いですね」

実は鴻上財団本社ビルの地下には、大量のメダルが眠る隠し部屋があったりするのだが……そんなことは、この場の誰一人として知る由も無い。
若い男から電話の端末を受け取って誰かとの通話を始めた中年男の様子から少しだけ思考を外して、ほむらは今後の事を考えていた。

普通の強面の自営業の方々の施設に潜り込むならば、時間を止めてしまえば良いのだ。
しかし、この鴻上財団は明らかに普通ではない。
メダルという超常の物質を扱っているのも気になるが、それ以上に、鴻上財団の配下には時間停止を無効化出来る鎧男が居るのだ。
よって、この場で時間を止める行為は、むしろ敵にほむらの潜入を教えるようなものである。

だが……よくよく考えてみれば、時間停止によって実行できる諜報活動は、紙を用いた書類上のものに限られているのだ。
一応、データチップやUSBメモリの形になっているならば持ち出す意味はあるものの、PCの内部に隠されたデータを持ち出すことは基本的に不可能なのである。
従って、むしろ鎧男を直々に呼び出して、炎で適当に痛めつけて情報を得た方が早くて確実なのではないか?
そもそもあちらには暁美ほむらの面が割れているのだから、ほむらが隠密行動をする理由も限られるというものだ。

思い立って直後に円盾を具現化し、その中を移動する時の砂の流れを止めることによって、時間を静止させた。
そして……意外にも、目的の人物はほむらのすぐ近くに居たらしい。
何もかもが動きを止めた世界の中でそいつを見つけるのは、あまりにも簡単だった。
何も音を発しなくなった通話機の送信部を連続で叩いたり壁にぶつけてみたりという不審な行動を見せている中年の男の姿が、暁美ほむらの視界に入ったのだから。

盾から漆黒に輝く凶器を取り出し、ほむらは覚悟を決める。
奴から情報を聞き出すためには、とりあえず適当に痛めつける必要がある、と。
であるからして、暁美ほむらは狙撃用の銃を取り出し、中年男の脚部に狙いを定め、とりあえず移動を封じるための銃撃を試みた。

……のだが。

「のわっ!!?」

あと一歩の所で暁美ほむらの方に振り返ってしまった中年男は、ほむらを視認してしまったらしい。
これは殺気や直感という超絶スキルの賜物ではなく、静まり返っている停止時空の中では銃の安全装置を外す程度の音でも響いてしまうからだったりするのだが、それはさておき。

咄嗟に飛びのいた伊達明が見たものは……自身が立っていた場所に着弾する、物騒な金属片だった。
そして下手人の姿も、既に確認している。

「言ったよな、お嬢ちゃん? 火遊びは程ほどにしとけ、ってよ」

いくら伊達明といえど、こればかりは肝を冷やさざるを得ない。
前振れがあったとはいえ、人間の命を簡単に奪ってしまう凶器による発砲を受けたのだから、当然である。
どう考えても、女子中学生の悪戯として笑って済ませられるレベルは超えてしまっている。

未だ変身こそしていないものの、既にその腰にはバースドライバーを巻き終えて戦闘の準備を整えていた。
だがしかし、その直後にも伊達の予期しなかった光景が、目に飛び込んでくる。
小さな背中を見せながら……魔法少女は、逃亡という意外な行動をとり始めたのだ。
そして、彼女を追って町中を走りながら、世界に起こっている異変をようやく理解し始める。

音が、無いのだ。
人間の口から洩れる吐息も、風が吹き抜ける唸り声も、上空の飛行機のソニックブームも、野良猫の足音さえも。
伊達に通話機を用意してくれた青年もその動きを停止し、物騒な女子中学生と伊達以外に動いているものが存在しないのである。
この時空間の中ならば、軌道エレベーターを駆け上って宇宙まで行くことだって出来そうだ。
尚、その場合は体感時間で一か月以上かかるはずなのだが……気にしたら負けなのだろう。おそらく。

「どうなってんだ、こりゃぁ……」

そして、ひょこひょこと揺れる女の子の長い後ろ髪を追いながら、伊達は更なる違和感に気付いていた。
いくら女子中学生と成人男性の身体能力差があるとはいえ、見滝原という都市に土地勘の乏しい伊達を振り切れないのも奇妙な話だ、と。
というか、緩急を付けて走っているところを見ると、まだ全速力を出しては居ないのかもしれない。

伊達としては、この凍りついた世界に放置されることだけは何としても阻止しなければならないので、結局暁美ほむらを追うことに変わりは無いのだが……
それが罠だと確信したのは……伊達が彼女を追って足を踏み入れた草原の奥に待ち構えている、暁美ほむらの姿を確認した、その時だった。
そして、暁美ほむらに釣られて伊達が立ち止まると同時に、周囲の世界が再び喧騒に包まれる。
付近に人間が殆ど存在しない平原の真っ只中でもはっきりと分かるほどの、都市で生活する普通の人間の気配だった。

一瞬、周囲に待ち伏せをしている人間たちが居たのではないかという錯覚に陥った伊達だったが、辺りを見回してもそれらしい影は見当たらない。
おそらく、音の無い世界から解放された反動で、はるか遠くに生きる人々の生活音を拾ってしまったのだろう。
だがしかし、相手が罠を張っていたのだという予感は、やはり消えない。

「こんな素敵な場所に招待して、俺に何か用かよ? 聞きたいことは昨日全部聞いただろう?」

ここより素敵な場所は本当の地獄しかあるまい!
……とまで思っているわけではないものの、付近に散らばる空薬莢や焦げた土は、過去にもこの場所で戦闘があったことを匂わせている。
伊達は、知らない。
まさにこの場所が、暁美ほむらと『バース』が初めて相対した場所であることを。

「…………そうね。私たちにとってここは、『素敵な場所』かもしれないわね」

人と人との出会いは新たな何かが誕生する前触れでもあるッ!
……などとはこちらも思っていないのだが、この場所で起こったことを思えば、暁美ほむらも彼女らしくない皮肉の一つでも返してみたくなるというものだ。

その時の記憶は、忘れるはずもない
逃げ延びようとするほむらを、バースが追ってきて。
久方ぶりに、『死』を意識させられて、全ては起こったのだ。
心の底から燃えがるような昂ぶりと、それを具現化する新たな能力。
先日は縋りつくまどかの声によって冷めていた熱も、今は十分に溜まっている。

「何なんだ、一体? 俺がお前に何かしたってのか? 話してくれねえと、さっぱり伝わらんぞ!?」

何を白々しい事を、と暁美ほむらは思ってしまう。
昨日は魔法について聞かれても知らぬ存ぜぬと言い張ったくせに、今日は確りと時間停止を掻い潜っているじゃないの、と。
目の前の中年男が大法螺吹きであることは、もはや揺るがない確信となりつつあった。

「それなら、あの後彼女がどうなったのか、教えなさい。素直に言えば、今は退くわ」
「彼女って昨日のカナメちゃんの事か? 『どう』も何も、あれっきり会ってないが……」

まさか、疑うことも出来なかった。
伊達明という男の口から出た言葉が全て本音だったなどという事は、頭の片隅にほんの少しだけ残っているというレベルでしか無くて。
かつての真木清人博士が現在の伊達の持ち物の一つへと施した『とある仕掛け』によって、時間停止への抵抗力は生み出されているのだという事に気付くには、あまりに情報が不足し過ぎていた。
そして、伊達自身さえもその恩恵に気付いていないなどということは、夢にも思わなかったのだ。

「……どうして、貴方には私の魔法が効かないの?」

それでも、昨日と同じ問いを繰り返してしまったのは。
やっぱり心の何処かで、鹿目まどかの庇った人の事を信じたいと思って、しまったからだった。
だがしかし、ほむらの言う魔法というのが先程のヘンテコな空間だと理解した伊達でも、知らないものは答えられないのだ。

「心当たりが無い。ひょっとすると、体質の問題とかで効かないんじゃ……って、見るからに納得してねぇな」

時間停止などという常識外れの魔法を体質の一言で片づけられては、ほむらさんの立つ瀬が無いという物である。
ここは、デンライナーやキングストーンが存在する世界では無いのだから。

「貴方の言葉は、信用できない」

暁美ほむらは、思考をただ一つに絞るために、雑念を振り払う。
考えるべきは、この相手を死ぬよりも辛い目に遭わせて、鹿目まどかの行方を吐かせることだけだ。
古めかしい言い方をするならば、トサカに来ている、というヤツである。
別に、赤メダルを取り込んだことによってほむらさんが鳥頭になっているだとか、そんな話ではない。

「……仕方ねぇ。お尻100叩きぐらいで勘弁してやるぜ、お七ちゃん!」

そして……伊達も、こんなところで死ぬわけにはいかないのである。
職業柄、生命の奇跡というものに立ち会うこともある伊達は、だからこそ誰よりもその重みを知っている。
その中でも何より自分の命が大切だと言いきってしまえる伊達に……目の前の中学生に殺られるという選択肢など、あるはずも無かった。


「変身っ!」

伊達がメダルをベルトに投入して再度レバーを回した、次の瞬間。
燃え盛る炎の壁が……『仮面ライダーバース』の前に立ちはだかっていた。



・今回のNG大賞
時間停止によって国際電話を邪魔された伊達さん。
受話器で壁を連打してみたり、叩きつけてみたりするものの、機械はウンともスンとも言わない。

「ありゃ、電話切れちまったか?」
「それよりも、時間が戻った時に電話相手の鼓膜が大変なことになるわよ……?」

まぁ、あの会長なら平気だろう。多分。


・公開プロットシリーズNo.58
→なんだか最近、敏鬼先生が夢枕に立ってるような気がするんだ……



[29586] 第五十九話:伊達姿鎧男
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/16 00:20
「……というわけなんです」
「お前……なんていうか、使えない奴だな……」

流石にその反応は酷いです、としか言い返せなかった。
昨日のヒポグリフ戦についてトーリが見た情報を杏子に伝えた結果が、それだったのである。
とは言っても、公園とクスクシエの間を往復していたため、移動時間中に見逃したシーンの方が重要だったりするのだが。
見逃した内容を具体的に言えば、眼帯の魔法少女がマミのソウルジェムを持ち去ったことや、オーズがプトティラのコンボを使ったことなどである。
オーズ関連の知識も洗いざらい話してしまった辺り、何気なく口が軽いヤミーではあるものの、睨みを利かせる杏子に怯えてあっさりと吐いてしまったのだ。
このヤミーは嘘を吐くことも多いが、何を差し置いても自分の身が可愛いという正直さだけはウヴァさんから受け継いでいるのである。

尚、マミと一緒にベッドに寝かされている美樹さやかの脈拍と呼吸は、一応杏子が確認してみたということを補足しておこう。
何やら魘されているようだが、命に別状は無さそうなので寝かせておこう、とトーリは思っている。

「よし、そういうわけだから……」

杏子もおそらく同じことを思っているのだろう。
さやかが寝かされているベッドにゆっくりと手をかけ、

「よいせーっ!!」
「何してるんですか!?」

引っくり返した。
二人が同じことを考えていると思ったのは、全面的にトーリの気のせいだったらしい。
宙に放り出されたマミとさやかの姿を見て、トーリが咄嗟にマミの方を受け止めてしまったのは……きっと、人望の問題である。
杏子によって一通りの処置が施されているために、その死体が大した硬さを持っていないのが唯一の救いだった。

「ぐえっ!!?」

一方のさやかは、潰れたカエルのような声をあげながら、クスクシエの木製の床へと真っ逆さまに落下した。
屋根裏部屋の床にさやかの身体全体を打ち付けることによって意識の覚醒を促したのは色々と流石だったが、もう少し他に方法は無かったのだろうか。

「何してるも何も、お前の情報が役に立たないからコイツに聞くしかないんだろうがよ」
「う、ううん……?」
「ワタシのせい!? さやかさん! 大丈夫ですか!?」

この時、まだ意識のはっきりとしない美樹さやかは、トーリの掛け声が物凄く胸に沁みた……らしい。
ひょっとすると、色々と悲惨な目に遭っている平行世界の美樹さやか達が、他人からの優しさに飢えていたからかもしれない。
その相手がクロス作品のオリ主様でしかも怪人という特大地雷女な辺り、色々と救われないのかもしれないが。

「ここは……」
「クスクシエですよ」

頭がぼんやりしているらしく、焦点の合っていない目で二人を見つめる美樹さやか。
トーリの見た限りではさやかは戦闘後に一度も目を覚ましていないはずなので、頭が混乱しているのはそのせいだろう。

「寝坊助。ガムでも食うかい?」
「ん。ありがと」

寝癖の付いた頭をさすりながら、さやかは差し出された固形物を素直に受け取る。
ハッカはそんなに好きじゃないから良いんだよ、なんて呟いているその人物が誰だか把握できていないらしい。
鼻を通り抜けるような香りが、少しずつ意識の覚醒を促してくれた。

「……っ! そうだっ! マミさんは……!」

ようやく頭が回り始めたらしいさやかが、目の前のトーリへと唐突に問いかけた。
おそらく、自身の記憶が途切れた辺りまでの情報を思い出したのだろう。

「マミさんなら、居るには居るんですけど、何と言ったら良いのやら……」

直後、歯切れの悪いトーリの言葉を聞いて、部屋の中を見回したさやかは……すぐに、見つけた。
育ちが良さそうな巻き髪、それ以上に育っている羨ましい胸部……そして、眠ったように死んでいる、表情の無い顔。

「あ、ああ……っ」

急激に、頭に血が駆け上る。
……目の前の先輩は、死んだように眠っているんじゃなくて、眠ったように死んでいるんだ。
そのことが、受け入れ難い事実としてさやかの頭を駆け巡る。
赤毛の魔法少女を助けて、幻獣に挑んで、一度は勝利を確信して。
……なのに。

いっそ、昨日の戦いが全部、夢だったら良かったんだ。
マミさんがソウルジェムを奪われたのも、魔法少女が死体なのも、眼帯の魔法少女に手も足も出せなかったのも、みんな、全部。

「お、おい! しっかりしろっ!」
「う、ああああああっ!!」

だから、この赤毛の魔法少女が居るのも、おかしいんだ。
……こいつが居るのは、絶対におかしいっ!

支離滅裂な思考と共に、型も何もない拳を、突き出してしまう。
悪夢の住人を葬り去るという錯乱と現実逃避を抑えることさえ、出来ずに。

「何しやがるボケっ!」

さやかがやっと覚醒した目で見たものは、綺麗にクロスカウンターを合わせている目つきの悪い女の子の姿で。
脳を揺さぶられる感覚と共に、頭に登った血が、一気に下ったように思えた。
ただ一つ問題があるとすれば、

「あたしってホント、こんなのばっか……」

カウンターの威力が強すぎて、さやかの意識が再びブラックアウトしたことぐらいだろうか……

「杏子さん!? 貴女、一体ここに何をしに来たんですか!?」
「う、うるせーっ! 手が出ちまったモンは仕方ねーだろ!?」

女が三人集まると書いて姦しいと読む、らしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第五十九話:伊達姿鎧男



特大の炎弾が敵へと直進し、爆炎と共に敵の姿を覆い隠す。
だが、敵の姿こそ一瞬だけ見失ってしまったものの、そこに油断を挟む暁美ほむらではない。
何処かのホントバカな彼女ならば『やったか!?』の一言でも挟みそうな状況だが、こと戦闘中のほむらさんには、基本的にギャグ補正は働かないのである。
案の定、

「よっ!」

巨大化した左腕を振り回すバースの姿が、散らされた爆炎の中から現れた。
着弾音に掻き消された電子音声は、きちんと告げていたのだ。

『ショベル アーム』

バースの装備の中で数少ない、防御の用途にも使用可能な左腕の顕現を。
巨大なスパナを思わせる、先が二つに分かれた頑丈なその爪は、バースの数多のユニットの中でも最大の出力を誇っているのだ。

「……っ!」

ほむらが小出しに炎弾を打ち出してみるも、バースは左手を盾にして全速力で迫る。
自らのショベルの重さと正面から当たる炎弾の威力によって速度を削がれているとはいえ、その体当たりを喰らってはまずいことなど、考えずとも分かることだった。
とっさに横っ飛びに直線状から外れて事なきを得たものの、相手の純粋な攻防力にはうすら寒いものを感じてしまう。

……だからこそ、暁美ほむらは相手を決して侮ったりしない。
そのとき、伊達明は確かに、視認した。
距離をとりながら暁美ほむらが……両耳を、覆う姿を。
そして次の瞬間には、自身の両足が地面から離れてしまったことも。

ほむらが居た場所に置いていった爆弾が、時間差を以て起爆したのだ。
一瞬、バースの集音機関が防御機構を働かせ、スーツに入ってくる音が消える。
伊達が自身の滞空状態を把握できたのは、ディスプレイ内に備えられていた高度の項目であった。
カッターウィングの存在意義を知らない伊達には、そもそもその表示が何のために用意されているのか全く分からないが。

そして、当然のごとく空中姿勢を整えられず、バースは汚い縦回転を維持したまま宙を舞っている。
更に、地上では非常に好ましくないことが、起こっていた。
バースの落下地点の付近まで回り込んだ暁美ほむらが、左腕の盾に力を貯めて何かの行動を起こそうとしているのだ。
その内容は伊達には『何か』としか分からないが、周囲の空気が歪むほどの熱を漏らしているその円盾は、伊達に本能的な危険を喚起していた。

ほむらとしては、これだけ貯めた炎を一度に喰らわせれば、相手が死んでしまうかもしれないという思考は、存在する。
もちろん、相手を尋問して鹿目まどかの行方を聞き出すという目的はあるのだが……
現時点で、この鎧男の仲間に鹿目まどかを人質として使わせないために、こいつを戦力と孤立させることにはすでに成功している。
加えて、最悪でも自分の命があればまたやり直せるという発想が存在するのもまた、事実なわけで。
自分や鹿目まどかに悪さを働いた目の前の鎧男に対する同情など、ほむらの頭には一欠けらも残されていなかった。


まずい。

「このままだと、一億稼ぐ前に葬式代がかかっちまうなぁ……」

いや、それはまだ良い方だ。
最悪、灰も残らずに焼き消されて、死んだことを誰にも気付いて貰えないかもしれない。

正直に言って、伊達はこの戦闘に関しては全く乗り気では無かった。
最初にショベルアームを選択したのも、ほむらの左腕ごと盾を掴み、そのまま絞め技に持ち込んで征するという目算を持っていたからであったのだ。
だがしかし、相手はそんな甘い考えの通じる相手では無かったらしい。

ショベルアームの重量を利用して何とか身体の回転を抑えつつ、ようやく伊達は身体が上昇を終えているのを感じ取っていた。
相手を傷つけずに征するのは無理だ、と判断しながら。

「仕様がねぇ!」
『ブレスト キャノン』

速やかに取り出したセルメダルを一枚だけ使用し、胸部へと現れた物は、巨大な砲台。
そして、それを過去に見たことがある暁美ほむらは、今更そんなものを見せつけられても怯むことなど有り得ない。
そこに連続でメダルを投入することで出力を増強することも出来るのだが、今回はそんな時間は無さそうである。
従って、伊達のとるべき行動は、

「即断あるのみ、だ!」

抜き射ち以外に有り得なかった。

そして吐き出される、一閃。
威力よりも早さを求めて描かれる、一本の直線軌道。
それが、暁美ほむらに襲い掛かった光帯の性質だった。

もしも暁美ほむらがその武器を初見だったなら、喰らってしまっていたに違いない。
というか実際に、時間停止という心の隙があったとはいえ、真木博士にそれを見せられた時には肩口に良い一撃を貰ってしまっているのだ。
咄嗟に飛び退いたほむらには、その砲撃は命中しなかったが。

だがしかし、バースの着地地点を予想して待ち構えていた暁美ほむらにとって、砲撃の反動を受けたバースと後退した自身の距離は、詰めるのが困難なものとなってしまっていた。
みすみす着地を許してしまった相手の姿に歯噛みしながらも、ほむらは次の一手を打ち続ける。
咄嗟に愛用のマシンガンを取り出し、炎の力を温存したままの攻撃を試みるが、

『ドリル アーム』

案の定、牽制程度の意味しか発揮されず、装甲に火花を散らせながらバースは突撃を敢行して来る。
その右腕に出現した獲物は攻撃専門らしく、銃弾の防御に使おうという発想は無いらしい。
そして、それはほむらの思うツボでもあった。
炎弾も遠距離攻撃である以上、距離による威力の減退が無いわけではない。
従って、近距離から強大な炎弾を打ち込むことによって敵を確実に消し去るという戦法は、充分に有り得るものだ。

直線的に刺突攻撃として繰り出されるであろうドリルの軌道を予測し、それに合わせて左腕からの劫火で一気に勝負を決めれば良い。
そんなほむらの思考を知ってか知らずか、鎧男は腕を構えて、不揺の直進を見せている。

鎧男と自身の距離が詰まりつつある、そんな時。
ほむら選んだ手段は……自分から前に走り出して敵の攻撃のタイミングを外し、さらに早い一撃をぶち込むことだった。
足に力を込め、ほむらが前進しはじめたのと……それは同時だった。

「とうっ!」
「!?」

走り込んでいたバースが、上方に向かって跳び上がったのは。
ご丁寧に空中で前方向に一回転まで行って、突き出されたほむらの一撃を綺麗にかわし切っていたのだ。
渾身の一撃を外し、前のめりに転びそうになってしまったほむらは、驚愕に染まる思考を何とか再起動しようと必死に自身を急かしていた。
自身の背後に着地したバースがその右腕を振りぬけば、ほむらはあっという間にミンチになってしまうのだから。
ハチの巣になったキュゥべえという気味の悪い図が、ほむらの脳裏を過る。
暁美ほむらは、まだ死ぬわけにはいかないのだ。

円盾を身体の前面に翳したまま振り返るという防御の選択肢を取ったほむらは、決死の覚悟でその小さな身体を反転させる。
その瞳に映ったものは……

「何処に……?」

誰でも、無かった。
先程までほむらと戦っていた鎧男の姿は何所にも見当たらず、ほむらの身が貫かれるというスプラッタなイベントも起こっていない。
奇襲を恐れたほむらが周囲に注意を回し続けるものの、やはりその一帯には何物の姿も見られない。

訳が、分からない。
だが、何が起こっても不思議では無い、と暁美ほむらは思う。
あのベルトにメダルを入れて使っていたのだからメダル絡みの技術なのだろうが、あれはどう考えても魔法に匹敵するオーバーテクノロジーの結晶である。
ならば、光学迷彩やそんなチャチなもんじゃない何かを搭載していることだって十分にあり得る。

身を低く構えて周囲を見回し続けるほむらが敵の逃亡を確信したのは……それから数分の後のことであった。
暁美ほむらには、分からない。
あの鎧男の意図が、全く読めないのだ。
初めて出会った時は、『俺は一回撃たれたら負けを認めるぞォッ!』なノリで。
二回目は、まどかに手をかけようとしていて、なのにその鹿目まどかに庇われて。
そして今は、ほむらが完全に相手を見失っているというのに、狙撃もせずに帰って行った。

暁美ほむらは、困惑するばかりである……


ほむらは、気付かなかった。
バースの砲撃によって地面に空けられた穴が、少しだけ大きくなっていたことに。
そして、その奥に繋がる道が掘られていたことにも。
常識的に『ドリル』という装備の用途を考えれば、思いついても不思議では無い。
ただ、バースがドリルを取り出した理由が攻撃のためだという思考の固着が、発想の自由度を下げてしまったのだ。

削岩を目的とするその工具を使って地中を突き進むバースを、結局暁美ほむらは見逃してしまったのだった……



「まったく、中坊との喧嘩なんて仕事、受けた覚えは無いんだが……」

その呟きに応えるものは……誰も、居ない。

・今回のNG大賞

「寝坊助。ガムでも食うかい?」
「味の無いガムを噛んでる、みたいな……」

寝起きに唾液の出辛い人間が起き掛けにガムを口にすると、全くガムが柔らかくならない。
そのため、原作終盤の火野映司の状況を追体験できるのだ……という作者の失敗談を追記しておこう。

・公開プロットシリーズNo.59
→もし自分の死が目前に迫ったら、伊達さんは中学生相手でも本気で戦うだろうけれども……



[29586] 第六十話:EGO 〜eyes glazing over――勝手なヒト
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/19 23:02
「……というわけよ」
「なるほどな。そっちの奴よりは遥かに役に立つじゃねーか」

落ち着かせたさやかから引き出した情報を纏めた杏子が言い放った一言に、トーリはぐうの音も出なかった。
一応、トーリはメダルやオーズの説明も行ったはずなのから、情報量としてはトーリから聞き出したものの方が多かったはずなのだが……
おそらく、巴マミに関する情報の方が、杏子にとって重要だったのだろう。
そう、トーリは感じ取った。
……別に、自分が嫌われていたり怪しまれたりしている訳では、無い筈だ。

「ソウルジェムにそんな秘密があったんですか……」
「まぁ、納得と言えば納得だけど……」

そして、さやかにはこの二人の反応が若干不思議に思えた。
自身こそその情報を信じているものの、それは巴マミがソウルジェムを奪われる瞬間を目撃したからである。
対して、それを初めて聞くはずのトーリと杏子がそれをすぐに納得してしまうのも、奇妙な話なのだ。
この世界にはまだ、『なんだって!? それは本当かい?』で全てを済ませられる程、ライダーによる浸食は進んでいないはずである。

「あんた達、あたしが言うのもなんだけど、どうしてこんな話をあっさり受け入れられるのよ……?」
「マミの奴がやられてるぐらいだから、それぐらいの反則技が使われてた方が、むしろしっくり来るだろ」

佐倉杏子の知る巴マミという魔法少女は、間違いなく現役最強を誇っていた。
近接戦という限られた分野でこそ自信を持っている杏子だが、やはり総合的な戦闘能力では巴マミには一目置いていたのだ。
その巴マミがやられたのならば、ソウルジェム強奪という一撃必殺技の存在は、あっても不思議では無い。

……まぁ、あたしもそっちの使えない奴が納得してる理由は気になるけどな。
そう付け加えて来る辺り、完璧に納得しているという訳でも無いようだが。

「ワタシは、以前から聞いてたんです。契約すると魂が変質して、肉体は入れ物に過ぎなくなる、って」

……美樹さやかの時間が止まった、ような。
心なしか、瞳のバックライトが消えたというか、焦点がズレたというか。
そんな錯覚を感じて傾げようとしたトーリの首が、

「何でっ!!」
「ぐえっ!?」

次の瞬間には人間を超えた握力で掴まれ、そのまま床になぎ倒される。
クスクシエの木造の床が激しく軋み、その振動に思わず杏子は足を踏み直してしまう。
一方、背中を強かに打ち付けられたトーリは、その身体に収納してある羽の防御能力に少しだけ感謝しながら、状況の把握に努める。

「どうしてそんな大事なこと、黙ってたのよ!!」

トーリの首を掴んで押し倒したさやかが発した第一声が、それだった。
本音を言ってしまえば、トーリにとってそれが大した問題では無かったからである。
巴マミを揺さぶるためにそれを仄めかしてみた事はあるが、魔法少女が人間かどうかなど、トーリにとってあまり重要では無いのだ。
ただ、それが魔法少女たちにとって宜しくない意味を持つという事は重々承知である。

「マミさんから聞かなかったんですか? よくマミさんは、自分が化物だったら、って話をしていたじゃないですか」

もっとも、トーリはその言葉の意味をヤミー的に捉えていたため、マミの本心を理解したのはつい先程の話だったりするのだが。
だがしかし、まさか思ってもみなかった。
トーリにさえ回されている情報に、戦力的には遥かに頼られている筈のさやかがノータッチであったことなど。

「えっ……」

……何、それ。
さやかは、聞かされたことが無い。
魔法少女の正体も、化け物に関するくだりも。
巴マミの方に視線を向けてみるも、その寝顔はやはり何も語ってはくれない。

彼女の身体は冷たく、動くことなど有り得ない。
そのはずなのに、そのヒトが少しだけ遠くなったように、思えたのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十話:EGO 〜eyes glazing over――勝手なヒト



ロストを慎重に吸収しながら、アンクが河川の流れを眺めていた……その時だった。

「どういうことだ……」

どんぶらこ、どんぶらこと流れてくる『仮面ライダー』の姿が視界に入ったのは。
鹿目まどかの目がおかしくなったのかと思って右手で擦ってみるものの、やはり現実は変わらない。
別に、平成ライダーの世界においてはさして珍しい光景でも無いのだが、やはり奇妙な絵面には違いないのだ。
そして、当人は別に気絶しているということも無いらしく、しかも視線を送るアンクの様子に気づいた模様だった。
こちらに手を振って、水を掻き分けながら岸まで泳いで、近寄って来る。

「よっと!」

ざばっ、という如何にもありがちな音を立てながら河から上がってくる、バース。
その身に奇異のものを見る眼差しが向けられていることは、把握しているのだろう。

「いやぁ、地面の中を掘り進んでたら、川底に出ちまってよ」
「知るか」

右腕のドリルを胸の高さまで持ち上げて見せながら、聞かれても居ない話を始める伊達明。
確かに、河川の底という物は当然周囲の地表より低い場所にあるのだから、地中を移動していればそこに突き当たってしまうという説明は、尤もらしい。
だが、それ以上の突っ込みどころとして、何が悲しくて地中を探検せねばならないのか。
正直、アンクにとってはどうでも良いことだが。

「お嬢ちゃん、たしか『カナメ』ちゃんだっけ? 何か雰囲気変わったか?」

変身を解除しながら、伊達は女の子の昨日の発言を思い出して名前を読んでみた。
確かカナメ銀行とか言ってたはずだから、それが本名なのだろう、と当たりを付けて。
ちなみに、河を流れている最中に変身を解かなかったのは、服を濡らしたくなかったからである。

「うるさい。人違いだ」

合体憑依的な意味で中の人が違うのだが、この世界の人間には外見的な差異は殆ど分からない。
もっとも、アンクは正直に言ってあまりコイツとは関わりたくないので、白を切る方針を貫くつもりである。

そして、その言葉を聞いた伊達は、少女の姿をもう一度よく見て、確認していた。
もちろん、そこには性的な意味など一切無かったということを補足しておこう。
男物の上着を羽織っているその端からは、見滝原中学のものと思しき制服の一片が見えている。
目つきが少しだけ悪く見えるものの、顔だちも身長も、昨日の少女と一致している。
極めつけは……左手に巻かれた、包帯だった。
その包帯の存在を覚えていたのは、伊達の職業病とも言うべき性質なのだが……それはともかく、見間違える筈も無かった。

間違いなく昨日に会った少女本人だと、伊達は確信していた。
上半身裸で寝ている若い男が近くに居るのも、気になる。
鹿目まどかが上半身に来ている服は、おそらく青年のものなのだろう。

「最近の女の子ってのは色々な顔を持ってるもんだなぁ……オジサン、びっくりだ」
「違うって言ってんだろうが」

アンクとしては、下手なことを口にして伊達に興味を持たれたくは無い。
伊達が鴻上財団に雇われている身ならば、尚更である。
せっかく手に入れたメダルを、4割も取られて堪るものか。

「ああ、そうだ。昨日のお七ちゃんの事なんだけどよ」

どうやら、伊達は完璧にアンクの事を鹿目まどかだと思い込んでいるらしい。
それだけならば知らぬ存ぜぬを突き通せば良いのだが、伊達がアンクの興味を引く話を始めたのだから、性質が悪い。
暁美ほむらといえば、アンクのクジャクメダルを無断で使っている腹立たしい存在なのだから、その情報は欲しいに決まっている。

「カナメちゃんのこと、探してるみたいでさ。何か、俺がさらったと思ってるみたいなんだよね、これが。あとさ……」

そして、ほむらに関する話題に興味を隠せていないまどかの様子を、伊達は何となく察していた。
伊達としては、エノコログサに興味の無い振りをしている子猫を釣り上げているような気分である。

「もしかしてお七ちゃんって、『バース』を見た事あるんじゃねぇか? 何か、聞いてない?」

伊達は……先ほどの戦いの中で、小さな違和感を抱いていたのだ。
それが芽生えたのは、ブレストキャノンと呼ばれる武装を使った時である。
全くチャージを伴わずに抜き打ちで放たれたそれを、ほむらは驚く間も無く回避したのだ。
単に反射神経に優れているのかもしれないが、伊達にはその動きが、ブレストキャノンを『見たことがある』者のそれに思えたのである。

「知っていても不思議じゃないが、聞かされても居ない。これで満足か?」

白を切ることを諦め始めたアンク。
だがしかし、伊達から出てきた情報は、さして有用なものにも思えない。

「とにかく、お七ちゃんに早めに会ってやって、俺がバースになったのは昨日が初めてだって伝えてくれ! 俺から言っても信じてくれそうにないんで、ヨロシク!」

俺に命令すんな、とアンクがぼやく間も待たずに、伊達は颯爽と去ってしまう。
後に残されたのは、女の子の身体を借りた鳥類の王と、未だに意識を戻さないホームレスのみ。

「何にしても、早く『コイツ』を取り込まないとなァ……」

一応隠れているとはいえ、今の状態で他のグリードや魔女に見つかれば、あっという間にお陀仏である。
今回は発見者が伊達であっただけまだ運が良い方だが、最悪の事態というものは常に想定しておかなければならない。
アンクの静かな戦いは……もうしばらく、続きそうだった。



そして、昨日に鴻上財団本社を襲撃したと噂のカザリとメズールはと言えば……

「何も、起こらないわね……」
「見当違いだったのかなぁ……」

人間を装った形態で、鴻上財団本社付近で時間を潰していたりする。
何故そのようなことになったのかと言えば、カザリが真木博士から気になる情報を得たからである。
真木博士が、財団にあったクジャクのメダルを実験に使ったという何気ない一言を漏らしたのだが、それはカザリに期待を持たせるのには十分すぎたのだ。
すなわち、黄色や青色のメダルも鴻上財団にあるのではないかと疑い、メズールを誘って財団を強襲したのである。
カザリの視点では、現在の手元の黄色コアは7枚で、オーズの手持ちに1枚という状態なのだから、行方不明の1枚を探すのは至極当然の発想と言えた。

……ところが、建物の中を調べても、半殺しにした隊員の記憶を覗いてみても、一向にコアメダルの情報は出てこなかったのだ。
これには流石のカザリも、勘違いだったかという気配を嗅ぎ取り始めていた。
だがそれでも、たまたまカザリが会った隊員が知らされて居なかったのかもしれない。
そこに一縷の望みをかけて、襲撃を受けた後に運び出される物資の中にコアメダルが含まれていることを期待して、張り込みを行っているというわけだ。

しかし、これも芳しくない。
財団の配下が現場検証やら情報交換やらを行っているものの、コアメダルがやり取りされている様子は無いのだ。
奇妙な出来事といえば、やたらとガタイの良い中年男が電話を借りに行ったことぐらいで、期待は持てそうに無かった。

……ヒマだ。
暇なのである。
カザリが何回身体を伸ばしたのか、メズールは最早覚えていない。
人間ならばガムでも噛んで気を紛らわしただろうが、味覚の無いグリードにはそんな真似は出来なかった。
そんな、時だった。

「……あれは」

カザリの視界に、予期せぬ人物が飛び込んで来たのは。
カザリが覗いた隊員の記憶の中に顔のあった、未確認生命体B1号である。
すなわち、暁美ほむら、その人だ。
瞬く間に姿を消してしまった少女の様子を窺いながら、カザリは撤退を考え始めていた。
真木博士から聞いた時から強力だとは感じていたが、改めてその危険性を確認させられたのだ。

「メズール。やっぱりここに居るのはマズいかもしれない」
「今消えた子ってやっぱり……例の、時間を止められる魔法少女よねぇ。確かにアレは危険ね」

時間停止。
それが、真木博士から聞き出した、暁美ほむらの能力の正体だ。
あの能力を使われたのでは、グリードが完全態であっても勝機は薄いだろう。
そして当然、それに対する抵抗力を得る方法も聞き出しては居たが……策を実践するためには、まだステップが足りない。

「大丈夫。いわゆる秘密兵器ってヤツを用意してるから、明日には行動を起こせるよ」
「……それは、最近貴方が足を運んでいた『ねかふぇ』っていう場所と何か関係があるのかしら?」

……カザリさんも微妙に迷走している感が、無いわけではないのかもしれない。
それはともかくとして、暁美ほむらが足を運ぶ可能性のある鴻上財団の付近は、居るだけで危険が伴うのは間違いない。

「じゃぁ、私は昨日作ったヤミーを回収しに行くわ」
「そういえば、作ってたね。何のヤミーだっけ?」

実はメズールとカザリは、鴻上財団を襲撃する際、オーズを釣るための囮としてヤミーを一体放っていたのだ。
確か、何処かの剣道場の近くの女子トイレだったはずである。
人間の雄体を模っているカザリは常識的に考えてその場所に侵入できなかったのだが、メズールがそこで親に相応しい人材を見つけたということらしい。
ウヴァさんぐらいのカリスマがあれば、女子トイレに侵入してもきっと許されるのだろうが。

「ウヴァのコアを使って作った『カブトムシ』よ」

そして、他人のコアの取り込みは順調らしい。
カザリとメズールで一枚ずつの昆虫系コアを取り込むという提案を、カザリは過去に行っていたのだ。
メズールだけにやらせると不信感を抱かれそうだったために自分もその計画に含めたのである。
もっとも、そう言いながら実際にはメズールの様子を見るまで緑コアを取り込まなかった辺りが、カザリさんらしいところなのだろう。

流石カザリ、汚い。
この世界の猫っぽい生物は、絶対に信用してはいけないのだ。

「貴方はどうするの?」
「とりあえず、蝙蝠のヤミーの様子でも見てこようかな」

例の、魔法少女騙りを継続中の彼女である。
巴マミが休憩中なせいで、さやかと杏子への突っ込み役をひとえに引き受けている、流されやすいヤミーの事だ。
今回は手土産のコアメダルは無いが、彼女がどれだけ能力を向上させているのか、非常に気になるところである。
真木博士と手を結んでいることになっているものの、慎重派のカザリとしては、暴走の危機が薄いトーリが一番の注目株と言っても過言ではない。

……もちろん、カザリさんがこの先に訪れる予定の夢見公園が廃墟となっていることは、説明するまでも無かった。




そんなカザリとメズールは、気付く筈も無かった。

「めずうる、どこ……?」

彼らが不在の間に、アジトを訪れていた灰色のグリードの存在に……。


・今回のNG大賞
「ところで、あの暁美ほむらって子、猫耳が似合いそうだと思わない?」
「カザリ……貴方は人間に近付きすぎたようね……」

こんなカザリ君には、早く良き終わりが訪れんことを……

・公開プロットシリーズNo.60
→カザリが暗躍すればするほど、あっさり消える気しかしないのは何故だろう……



[29586] 第六十一話:困った時に他人に頼れる奴は手強い
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/22 22:16
付き合ってらんねぇ。
そう、口に出しそうになった。
取り乱した頭の悪そうな魔法少女が、弱そうな奴に掴みかかった時、すぐさま思ったことがそれだったのだ。
でも、それを口に出さなかったのは……

「……こりゃぁ、アンタの人徳ってヤツなのかい」

巴マミの物言わぬ亡骸が、杏子の歩みを鈍くさせたからだった。
そんなことは有り得ないのに、足元にマミのリボンが絡まってしまったような気がして。
杏子の呟きは、弱そうな方にしか届いていなかったらしい。
呆然としたまま馬乗りの態勢を維持しているヤツの耳にはおそらく入っていないだろう。
ただ、弱そうな方も反応に困っているようだが。

「おい、お前……確かさやかって言ったっけ」
「……何、よ」

目に入るものを全て恨み始めそうな目だ。
それに怯える事こそ無いものの、杏子とて居心地の悪さを感じないほどの無神経でも無いつもりである。

「『何よ』じゃねーよ。タコ。そんな暇があったら、とっととマミの奴のソウルジェムを奪い返しに行きゃー良いだろうが」

こいつは使えるかと思っていたが、前言を撤回した方が良さそうだ。
むしろ、弱そうな後輩の方が、精神面では遥かに強そうである。
ひょっとすると、巴マミはこの二人の精神的な強さを的確に評価したうえで、片方にだけ魔法少女の真実を伝えようとしていたのかもしれない。

……まったく、大した先輩様だよ。

真実は全く逆なのだが……それを為せるのが、巴マミのカリスマというヤツなのだろう。多分。

「……行かない」
「えっ……?」
「あぁ?」

そんなふうに巴マミの人物評を高めていた、矢先だった。
そのマミの弟子が、思いもよらぬ返答を口にしたのは。
思わず拳を握りしめてしまった杏子だが……その力は、瞬き一つの内に解かれる。
偉そうに説教をするような柄では無い、と思ってしまったからだ。

「何だ? 一回負けたぐらいで怖気づいちまったのか?」

安い挑発だ、と言っている本人さえ思うほどの、使い古された常套句だった。
案の定さやかの様子には、特に腹を立てている気配が感じられない。

「そんな大事な事隠されてて、危険なヤツが待ってるって分かってて、それでもマミさんのこと助けようなんて、思えない! 思えるわけないよっ!!」
「……そうかい。そっちのアンタはどうする?」

さやかの絞り出すような声に、一瞬だけ顔を顰めた様子の杏子だったが、唐突に話し相手を切り替えた。
さやかから、トーリへと。
そして、突然話題を振られたトーリは若干視線を泳がせながら、今後の身の振り方について考えてみた。

巴マミを見捨てた時のメリットは、トーリがグリード側に戻った時に、人間勢の戦力が減っていることである。
これは、巴マミがベテランの魔法少女であることを鑑みれば、かなり大きい。
逆に、デメリットは……魔法少女が減ると、トーリが得られるセルメダルが少なくなることだろうか。
折角アンクが不在なのだから、間違いなく稼ぎ時は継続中である。

……つまり、巴マミの救出に失敗したとしても、他の誰かの戦闘に同伴するだけで丸儲けではないのか。
聞くところによると相手は魔法少女らしいので、ロストと戦った時の消費分を少しでも補うために、セルメダルだけでも貰っておくのは損では無い。
さやかが行かないと言い出したときにはどうなるかと思ったが、この場にはもう一人魔法少女が居るではないか。
もちろん、もし救出を主な目的とする場合ならば、現在行方不明の火野映司を連れて行きたいというのがこのヤミーの本音なのだろうが。

「貴女も一緒なら……行きたいです」

その言葉が少しだけ意外だったのか、瞬きを見せる杏子。

「……全く、アンタもアンタで情けねー奴だな」

何故、だろう。
面倒事を持ちかけられている筈なのに、何となく、佐倉杏子が『嬉しそう』だと感じるのは。
トーリも大分人間に染まっているような自覚はあるのだが、時々今回のように人間の思考が分からなくなることも、あるのだ。
巴マミが化物という言葉を使っていた意味を理解していなかったのと、同じように。

出来ればさやかさんも一緒が良いですけれど、と付け足すトーリの言葉に応える声は、何処からも発せられず。
結局、トーリを引き連れた杏子は、クスクシエを後にしたのだった。
物言えぬ巴マミと、物言わぬ美樹さやかを、残して……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十一話:困った時に他人に頼れる奴は手強い



佐倉杏子は、正直に言って巴マミの救出にはあまり積極的に動こうと思えずに居たはずだった。
自身が恐るべき幻獣を巴マミに押し付けたとはいえ、直接の原因は眼帯の魔法少女にあるのだ。
過去に巴マミの世話になったこともあるものの、マミの弟子がどちらも救助に向かわなかったら、きっと杏子も動かなかっただろう。
そう、杏子は自身の思考を鑑みる。

「へー。空の旅ってのも良いもんだなー」

風を切る感覚が、何処か心地良い。
トーリに関しては戦闘能力に乏しい魔法少女だと聞いたが、飛行という特異な能力を持っているなら、それも納得かもしれない。
意外な精神力を見せてくれた後輩にぶら下がって、街を俯瞰しながらの感想が、それだった。

「喜んでくれて嬉しいです」

コイツは一見弱くて使えない魔法少女だが……佐倉杏子は、少しだけその評価情報に修正を加えていた。
どうするかと問いかけた時、杏子の期待した返事はYESかNOの二択だけのはずだったのだ。
そして、そいつらがマミの救出を決断した後の杏子自身の身の振り方は、無意識のうちに思考から外していたのである。
ところが、一緒に行きたいと率先して言い出したトーリの言葉を聞いて、杏子はその内に秘めていた思考を自覚するに至っていた。
やっぱり杏子はマミの救出に行きたかったのだ、と。

「それで、最初は何処に行きましょうか?」
「とりあえず、昨日の公園だな。犯人は現場に戻るって言うし」

杏子としては何となく気恥ずかしい気がするので、絶対に口には出さないが。
トーリ一人を向かわせる選択肢も取れないことは無かったが、あの美樹さやかに簡単に組み伏せられてしまうトーリの戦闘能力が不足しているのは、明らかである。
口に出さずともそれが行動の理由になってしまう辺り、やはり杏子も人情というモノを捨て切れては居ないようだ。

「それにしてもアンタ、随分あっさりしてるじゃん? あのさやかって奴の尻を叩いてやったりしないのかよ?」

それに、巴マミが死んだと知った時も、よく考えればコイツはそこまで取り乱しては居なかったような気がする。
もちろん反応は取っていた気がするが、あの美樹さやかの様子と比べれば、違和感も際立つというものだ。
その質問は、ひょっとすると、巴マミの死を目にして尚思考が茹ってしまわない自分自身への不安の、発露だったのかもしれない。
魔法は自分のためにしか使わないと豪語する杏子でも、恩師の死を見せつけられたらもう少し動揺しても良さそうだ、と自分で思ってしまっているのだ。

「上手く言えませんけど……『大切な人』が死んだ後の人間って、何だか話しかけ辛いんです」

――悪いけど、もう俺には話しかけないでくれ

アンクが死んだ時の火野映司からも感じた、不思議な雰囲気。
それが、美樹さやかからは隠す気配も無く放たれていたのだ、とトーリは思う。
トーリが何を言っても届く気がしなくて、彼らの言葉を聞いても何も出来なくて。

「今のアタシにも……話しかけ辛い感じがするかい?」

杏子の胴を両手で抱えて飛んでいるトーリからは、杏子の顔は、見えない。
その長い赤味が目立つ長髪に隠された表情を、トーリは窺うことが出来なかった。
それ、でも。

「さやかさん程じゃないですけど、少し」
「……そ、っか」

トーリの返事を聞いた杏子が、少しだけ笑った。
そんな、気がした。
トーリにはやはり、杏子の考えが良く分からない。
思考の相性が悪いのだろうか。

「杏子さんこそ、さやかさんが『行かない』って言った時、また殴りたそうな顔してましたよ?」
「……まったく、アンタは勘が良いのか悪いのか、本当に分かんないヤツだな」

あきれ返ったような杏子の溜息が、上空の風に紛れて流されていく。
けれど、何故だかその吐息にはまるで湿り気が含まれていないような気がして。

「あんなに『殴ってほしそうな顔』をしてる奴を殴ってやるほど、アタシは良い人じゃねーんだよ」

巴マミと違って、な。
そう付け加える杏子の返答が、何だか答えになっていないように、トーリには思える。
トーリの質問は、杏子がさやかを殴りたかったのだろうという物だったのだが、微妙に話を逸らされた気がするのだ。
一発殴ってませんでしたか、という突っ込みを入れるのも何か違うように思えた。

最近何処かで、この感触を味わった気がする。
そう考えて、直ぐに思い当たった。

「ああ! 分かりました!」
「何がだよ?」

巴マミ、である。
マミと共に『化物』に関する話題を共有した時に感じたものに、少し似ている気がするのだ。
相手が何を考えているのか良く解らないのに、突っ込むことが憚られるという独特の感覚である。
マミと違うと言われた後で言い返すのも何だが。

「杏子さんって、何だかマミさんに似てますよね!」
「げほっ!? ぐぐっ……っは! へ、変な事言うんじゃねーよ! お菓子が勿体ないだろうがっ!」

何時の間にか懐から出していたお菓子を喉に詰まらせた杏子からのクレームが、トーリの軌道を揺らす。
何処に食料を持っていたのかという疑問も尽きないのだが、マミやさやかも何処からともなく物を取り出していた気もするので、そういうものなのだろう。
もっとも、こればかりはライダーによる世界の侵食では無く、もともとのまどかの世界にもあることなので、ディケイドさんの完全な濡れ衣である。
きっと、ゴルゴムか乾巧が善良な破壊者様を貶めようとしているのだろう。

「すみません。それと、私もお菓子欲しいです」
「本当に、お前は読めないヤツだよ……」

それはこっちの台詞です、という言葉を、杏子から差し出されたスナック菓子と共に噛み砕くトーリ。
そして、同じく杏子も最後に一つだけ、言葉を飲み込んでいた。

何で巴マミの弟子はこうも変わり種ばっかりなのかね、と……



そして、最近の新キャラのラッシュに出番を食われがちな後藤慎太郎はと言えば、

「助けてください! 昨日から虫の化物に襲われてるんです!」

元は剣道場の胴着であったと思しきボロボロの服を纏った、一人の青年を相手にしていたりする。
この青年の名前は、橋本勝というらしい。
近未来化が進む見滝原市の中で、今なお古風な剣道場を営んでいる、奇特な人物だ。
昨日に橋本を助けてくれたやたらとガタイの良い男が鴻上財団の名を出したため、それを頼りに本社まで足を運んだのだということらしい。
昆虫グリードであるウヴァはオーズが倒したはずなのだが、これは一体どうしたことだろうか?

そして、話を聞いた後藤の身には、既に嫌な予感としか言い表せない感覚が居座っていた。
だからこそ、即座に最寄りのライドベンダーから一体のカンドロイドを購入したことは、英断だったと言えるだろう。
直後、鳴き声を上げる青いカンドロイドが、ヤミーの接近を教えてくれる。
ゴリラカンの感知範囲には遠く及ばないものの、ヤミーの感知能力を一応持っている、ウナギのカンドロイドが。
更に次の瞬間にウナギカンドロイドの長い身体を掴み取った後藤は、周囲を油断無く見渡していた。

光、音、匂い、空気の流れ……その全てを逃さないように収集し、

「そいつノ身体は俺の物ダァーッ!!」
「シュートッ!!」

茂みから飛び出してきた緑色の怪人に、ウナギのカンドロイドを的確に投げつけた。
その意図は、ウナギカンドロイドに想定された、もう一つの機能を生かしたものだ。
すなわち、拘束である。
もちろん、ウナギカン一匹だけではヤミーを長時間拘束しておくことなど出来ないのは、後藤とて把握している。
従って、後藤がベンダーへ更なるセルメダルを投入したのは、当然の判断と言えた。
後藤が選んだギミックは……

「今だ! 後ろに乗れ!」

高橋師範を乗せて逃げるために、ベンダーをバイクモードに変形させることだった。
バイクを駆りながら、後藤は無線通信を使ってベンダー隊に連絡を付けようとするが、非常回線の電子メッセージへと繋がるばかりで、一向に連絡は取れそうにない。
先日グリードによってベンダー隊員の一部が記憶を読み取られたために、敵に知られた可能性のある回線を全て閉鎖したのが、完全に裏目に出てしまったのだ。

バースドライバーを持っていた伊達という男は忽然と姿を消してしまっており、頼ろうにも居場所が分からない。
加えて、ライドベンダー隊も壊滅的な被害を既に受けている。
つまり、鴻上財団には頼れないという事だ。
そして、世界を守りたいという欲望を抱く後藤としては、ヤミーを放置するつもりも無いが、自身の力ではヤミーに歯が立たないという事も良く分かっていた。
仮にもオーズの能力確認に付き合った後藤は、彼らの能力がどれだけ人間離れしているか、誰よりも知っているのだから。

だがしかし、彼がこの程度で諦める男ならば、彼が5103という愛称まで作られることなど有り得ないのだ。
最近改めて世界を救う決意を固めた後藤の「絶対に諦めない」スピリットは、30分前の番組の天使達にさえ匹敵するだろう。
火力が足りないなら、補えば良い。
……オーズか魔法少女の力を、借りて。

後藤は、知らない。
夢見公園もまたグリードの襲撃を受け、壊滅していたことを。
そして、その爪痕の深さなど……知る由も、無かった。



・今回のNG大賞
「あたし達の魂は、この石っころの中に入ってんのよ……っ!」
「ソウルジェムにサイダーを飲ませれば、ゲップと一緒に出て来るさ!」

File. もしもシリーズ構成が浦沢義雄だったらpart1

・公開プロットシリーズNo.61
→後藤さんの覚醒は大して遠くない。さやかも別の意味で覚醒しかけているけど……



[29586] 第六十二話:捻くれ女
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/26 21:33
蝙蝠女を駆って佐倉杏子が足を踏み入れた場所は……戦場となった、公園だった。
もっとも、その場所には公園の面影など、セルメダル一枚ほども残されては居なかったが。
従って、拉げた鉄管が公園の柵であったことなど、元の風景を知る人間でなければ分かるはずも無い。
円環状に抉れた獣道に囲まれたその土地は、オロチでも発生したのかと疑わせるほどに壊滅的な被害を受けていたのだ。
世間にはガス爆発が起こったとされているらしいその場所には、事件から丸一日が経過した現在でも尚、人間は寄り付いては居なかった。
警察でさえも、メダル関連の事件に手を出してはいけない事を事前に鴻上財団から通達されているために、殆ど足を踏み入れない始末である。

「手掛かりは……」
「……あれ?」

そして、トーリは地面に散らばっているはずのセルメダルが無いことに首を傾げていたりする。
空間斬撃であるオーズバッシュを20回は使える分のセルメダルを渡したのだから、その後すぐに戦場を変えたにしても、暴走グリードから零れ落ちた分が落ちていても良さそうなものである。
まさか、為す術も無くオーズが倒されてしまったなどとは、思いたくないところだ。
ただ、臨機応変なメダル換装というオーズの長所を殺してしまったトーリとしては、若干嫌な予感はしないでも無い。

「それで、どうやって『黒い魔法少女』さんを探すんですか?」
「マミの奴の魔力の波長を探知する。要は、魔女探しと一緒さ」

その手に真赤なソウルジェムを見せながら、何処か面倒くさそうに、佐倉杏子は答えてくれた。
どうやら、杏子はマミの魔力の波長を覚えていたらしい。
そして、何処からともなく取り出したアイスバーを舐めている杏子が一体どうやってそれを保管していたのか、若干気になっているトーリ。
腕怪人が復活した時にその情報を教えてやれば、グリードの復活方法を教えてくれる……とまでは、思っていないが。
それはともかく、他に聞いておいた方が良さそうなことがあるので、優先順位は間違えなかった。

「それって、マミさんのソウルジェムが砕かれていても探知できるんですか?」
「人が思ってても言わなかったことを……」

無理らしい。
しかも、微妙に機嫌を損ねたような気配が漂い始めている。
気を遣ってくれたのに、それをあっさり棒に振ったからだろう。
アイスの保存方法を聞くのはお預けにした方が良さそうだ。

「どの道、ワタシはマミさんの波長は分からないので、杏子さん頼みです」
「そのぐらい把握しとけよ……」
「すみません……」

そう言われても、トーリはソウルジェムを持っていないので、魔力の探知など不可能なのだ。
魔女の探知さえ出来ない始末で、唯一トーリが出会ったバラの魔女でさえも、偶然遭遇したという具合である。
ただし、タカメダルのせいで死にそうになったという前科もあるので、あまり積極的に他人に教えようとも思っていないが。
佐倉杏子も、まさか気付く筈も無かった。
ソウルジェムを濁らせずに力を使える魔法少女様が、自身の目の前に居る事など。

それぞれの思惑が微妙に食い違い、マミの捜索という遠回りな道へと進んでしまう。
そんな、時だった。
唸るエンジンの音が、飛び立とうとしていた二人の耳へと届いたのは。
音源の方へと振り返ってみれば、そこに迫っていたのは二人の方へと向かってくるバイクの姿だった。

「後藤さんでしたっけ。お久しぶりです」

この場所が荒地でなければ確実に人身事故が起こっているであろうスピードを出しながら、当然のようにヘルメットを欠いている辺りが色々と流石過ぎた。
道交法なんて無かった、というレベルの違反を当然のようにやってのける男の名は……後藤慎太郎と言った。
もちろん、それは現在が緊急時だからであって、普段の後藤はヘルメットを着用しつつ制限速度も守る人間だという事を補足しておこう。
そして、バイクを駆って颯爽と現れた人物に、平然と挨拶を行うトーリ。

色々と突っ込みどころが有りそうな気がして仕方が無い杏子だが、ここはぐっと堪えてみた。
突っ込み役に甘んじていた師匠の無念を晴らすために超五感的な感知能力に目覚めた……訳では、無いだろうが。

「トーリか。いきなりだが、火野か魔法少女の誰かに連絡を取れないか?」
「こちらの佐倉杏子さんなら、今すぐにでも」
「何勝手に、人のプロフィール公開してんだよ……?」

他に連絡がつきそうなのはさやかさんぐらいです、と事務的に補足しているトーリと、既に今後の判断を考え始めている後藤。
この二人は、佐倉杏子の呟きなんぞ、聞いても居なかった……

「とにかく、こっちの橋本師範を抱えて飛んでいてくれ」
「了解です」
「ん? アタシ何か聞き逃した? 話に付いていけねーんだけど……」

別に、杏子は何も聞き逃しては居ない。
他の二人が念話で密談を交わしていたわけでもなければ、橋本師範が杏子の後ろでカンペを翳していた訳でも無い。
もしカンペがあったとしても、それにはおそらく『Good job』ぐらいしか書いていないだろうが。
ただ単純に、後藤の指示に対して質問無しにトーリが了解しただけである。
瞬く間に空中で豆粒のような大きさになってしまったトーリの行動の早さに、杏子は呆れ返った視線を送っていたりして。

「あいつ、要領が良いのか悪いのか、はっきりしろよ……」
「余所見するな! 『来る』ぞ!」
「えっ? 来るって何が……」

後藤の真面目そうな顔は、まるで、それだけで通じるのが当たり前だと言わんばかりで。
理解できていない自分の方がおかしいのか、と一瞬でも疑ってしまった佐倉杏子は、実はこの場で最も常識的な人間なのかもしれない。
ただ、周囲に魔女や使い魔の作り出す独特の空間が存在しないことが、彼女の警戒心を緩めていたのは間違いない。

「師範ッ! 君の事を愛してイたッ!!」

意味の明瞭な叫び声を上げながら飛び出してきたそいつを見た瞬間の驚愕は……アイスバーの芯を噛み砕いてしまう程度の物だったのだ。
それは、アレか?
嫌いじゃないわッ! 的な意味なのか?
この公園にはもう、ベンチも公衆トイレも無いんだよ!?

……などというノリの良い驚き方ではなく、純粋に怪物の外見と、そいつが結界無しに動き回っていることに驚愕したのだ。
攻撃的な印象を与える二本の角に、身体を覆う生物的な煌めきが、そいつの不気味さを最大限に演出していたのだから。

「おおお!?」

だがしかし、例え驚いていたとしても、経験は身を救ってくれるものなのである。
考えるよりも早く、相手よりも速く。
指輪状に収まっているソウルジェムから、痴漢撃退用の針が飛び出す護身具を使うように、愛用の獲物を繰り出していたのだ。

キン、という甲高い音が杏子の耳に届いた時になってようやく、杏子は警戒心を高めることが出来ていた。
その音は、杏子が全く歯が立たなかった昨日の幻獣から聞いた音色と似通っていたからだ。
もっとも、警戒心は最大という程までは高まらない。
何故なら……

「昨日の奴は、もっと重かったぜ?」

腕に返ってくる反動が、ヒポグリフ戦のそれに比べて、遥かに少なかったからである。
そして視覚では、杏子からカウンターの一突きを浴びせられた直後のクワガタ怪人が、別の理由による火花を身体から散らしているのを捉えている。

「魔法少女なんだから、これぐらいじゃ殺られないっての」
「それは、頼もしい限りだ」

杏子の後ろで火薬の匂いが発せられ、振り返らずとも、後藤が火器の類を使って杏子を守ろうとしたことが窺えた。
後藤が目にしてきた魔法少女の半分程度は、不意打ちを受ければあっさり死んでしまいそうだという印象を後藤に与えていたのだが……この子はそのカテゴリには含まれなかったらしい。
その『半分』というのが具体的に誰と誰の事かは、後藤は口にしないが。
杏子は愛用の槍を肩に担ぐように首の後ろに向かって立てかけ、その身を覆う装束は、いつの間にか深紅のそれへと変化していて。

成り行きで戦うのも癪だけど、なんて前振りをかましながら、

「何にしても、売られた喧嘩は買わねーと、な!」

口の中に散らばった木片と一緒に、佐倉杏子は戦意を吐き散らした。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十二話:捻くれ女



美樹さやかは、最悪だった。
巴マミの静かな存在感に耐え兼ねていたところで、昨日の志筑仁美の言葉を思い出して学校へ走ったら、ちょうど最悪の光景が広がっていて。
初々しい二人の姿を見ていたら、そこに割って入りたいと思っている最悪の自分が居て。
でも、簡単に『巴マミのように』なってしまう自分の最悪な身体の事を思うと、愛してくれなんて言えなくて。
何もかもぶち壊してやりたい最悪の衝動に駆られて、二人の姿を見ていられなかった。
腹の中からどす黒い最悪の何かが噴き出しそうになっているのに、その捌け口が思いつかない。
そんな、何もかもが最悪ずくめの思考は……負のスパイラルへと突入し始めていた。

何だか、今まで親しく思っていた筈の誰もが、遠いように思えてくる。

さやかにソウルジェムの真実を教えてくれなかった、マミさん。
そのことを一緒に隠していた、トーリ。
すまし顔をして、結局さやかには何も教えてくれなかった、転校生。
どうでも良い時だけ空気を読むくせに、今は何処に行ったかも不明の、パンツマン。
恐らく既にさやかの部屋を抜け出しているであろう、キュゥべえ。

そして……志筑仁美と共に笑い合う、上条恭介。

昨日の段階では、まさかこんな事になるなんて、思いもしなかった。
でも、あの黒い魔法少女を恨む気持ちはあっても、不思議と復讐に行く気にもならない。
それよりも、転校生やマミさんがキュゥべえを恨んだという意味が、ようやくさやかにも圧し掛かってくる。

既に下校時刻を過ぎ、人も疎らになっている登校路が、えらく長いものに見えた。
その数少ない人影の中にさやか達のクラス主任である早乙女和子教諭の姿を認めたさやかは、緩慢な動きで身を隠し始める。
一応、無断欠席をしたという自覚は持っているためである。

……そういえば、早乙女先生って、新しい彼氏が出来たんだっけ?
思い出し始めると、その嬉しそうな顔がとてつもなく憎らしく思えてくるのだから、人間の嫉妬とは恐ろしいものだ。

「アレは……」

そんな思考を回していたさやかだからこそ、『その存在』に気付いたのだろう。
さやか以上に早乙女先生を射殺さんと欲する願望を撒き散らす、一人の女子高生の姿が、目に入ったのだ。
一目見て、分かった。
自分と同じだ、と。
誰かを恨まずには居られなくて、後悔ばかりが骨に沁み込んでいる、負け犬。
今の自分は、彼女のような姿を晒しているのだ、と訳も無く納得できた。

「駄目さならあたしといい勝負ぐらいだよ、ホントに」

さやかには魔法少女の身体という重いハンデがあるものの、向こうは如何にもダメ人間なアラサーに恋人を奪われているようなので、意外といい勝負なのかもしれない。
仁美なら兎も角として、あんなMs.ダメダメ女に負けたのでは、納得しろという方が無理だろう。
大体、志筑仁美のようなお嬢様に惚れる男が居るのは分かるが、あの先生に惚れる男なんて、どれだけ人間を見る目が無いんだと思ってしまう。
アレか? 怖いもの見たさって奴か?
先生と結婚する男というヤツはきっと、果てなき冒険スピリッツに溢れた、生まれながらの冒険者なのだろう。
きっと、目玉焼きに間違えてコーヒーをかけてしまったとしても、ちょっとした冒険だな! とか言って完食してしまうに違いない。
……それはともかく、さやかはその女子高生に、勝手に共感していたのだ。

だからこそ、さやかは次に見た光景に対して、踏み込むのを躊躇ってしまっていた。

「憎イ……ッ!」

それは、負け犬仲間の口から発せられた言葉では無くて。
いつの間にか対象者の背後に忍び寄った一本角の怪人が、まさに早乙女教員へと、襲い掛かろうとしていたのだ。
全身に緑色が目立ち、昆虫を思わせるそのフォルムは、ウヴァのヤミーの持つ特徴である。
こそこそするのが意外に得意な辺りは……別に、ウヴァさんに似たわけではないのだろうが。

もちろん、助けるべきだという思考は、さやかの頭の中で第一に働いていた。
だが、助けに行こうとする第一反射とは別に、その足を地面に縫い付ける声が、さやかの心の中から響いていた。
ここで早乙女先生を見捨てれば、救われる人間が居るはずだ、と。
自分と同じ負け犬が一人、確実に。

従って、次に繰り広げられた状況に最も面食らったのもまた、美樹さやか自身であった。

「それは、ダメ……っ」

負け犬仲間が、最も早乙女先生を憎んでいる筈の本人が……一本角の怪人の前に、立ちはだかったのだから。
剣道用の竹刀を構えたその立ち姿からは、ヤミーを圧倒出来るほどの気迫など感じられなかったが、それでもカブトヤミーは彼女を払いのける事を躊躇っているらしい。
ヤミーは基本的には作成された当初の親の欲望に従って活動するはずだが、例外という物は常に存在するのだ。
特に、親にその行動を直接邪魔されれば、躊躇ってしまっても無理はない。
もっとも、そんな理由など、さやかは知る由も無いが。

そして、カブトヤミーが意を決して剣道少女を押し退けようとした時……さやかはようやく、動き出していた。
魔法少女の健脚を活かして怪人にタックルをかまし、近くの藪の中へと押し込んだのである。

不審な物音に一瞬だけ立ち止まったものの、早乙女教員は結局背後で繰り広げられた諍いに気付くことなく、帰路を辿って去って行ってしまって。
正直に言ってさやかは、今まで起こった出来事に、頭の中で整理が追い付いていなかった。剣道女子高生が早乙女先生を恨んでいると感じたのが、そもそも間違っていたのだろうか?
そうではない、と美樹さやかの感性は訴えていたが、他に解が見つかった訳でも無い。

「ねぇ!」

そして、分からなかったら……聞いてみれば良いのだ。
幸いにして、ある程度のシンパシーを共有できるだろうという根拠のない確信を持てていたために、相手に対する恐怖心は皆無である。
その根拠のない自信を極めれば、全く理解できていない相手に対して笑顔で近付くという昆虫グリードのような勇気を持つに至るのだろうが、流石にさやかはその域には遠く及ばない。

「どうして、あの先生を庇ったの!?」

相手の方が年上には違いないが、気を遣うような気力も無い。
もっとも、話し相手にも多少の負け犬シンパシーが伝わっているようなので、心配には及ばないようだ。
大声で話しながら、さりげなく変身も終えて、剣を抜き放つ。
さやかの事を敵と見定めて襲い掛かってくるカブトヤミーの攻撃を、防ぐことに徹しながら。

「あたしも似たようなもんだから、分かるんだ。あの先生のこと、恨んでるんじゃないの!?」

その指摘は、色々な過程を無視して直感的に悟った情報を多分に含んでいたが……相手にそれが理解されたのは、やはり二人が同族だからなのだろう。

「どうして、って言われても……」
「この怪物がやることは、あたし達のせいじゃないでしょ?」

すると、剣道少女は、このカブトムシの怪物が彼女自身の欲望から作られたのだということを、渋々と教えてくれた。
もちろん、剣道少女はヤミーやグリードという単語は知らないのだが、その辺りの知識を持っているさやかには大体の事情が伝わって。
鋭い爪による攻撃をサーベルの刀身で受けながら、ようやく事態の概要が把握できた。
おそらく、恋敵の抹殺が剣道少女の欲望の内容だったのだろう。
だがしかし、それだけで納得するさやかではない。

「それも、コイツを作った奴が悪いんだ。恋敵を助ける理由なんて、何処にも無いよ!」

もし、魔女が志筑仁美を襲っていたら。
今の美樹さやかは、それを助けようと、思えるだろうか?
見た目通りの硬さを誇るカブトヤミーから半ば逃げ回りつつ、さやかは剣道少女の心を、問う。

「それは……」

言葉に詰まっているらしい剣道少女は、どうやら答えが見つからないようだ。
そして、爪を振るって襲い来るカブトヤミーに、さやかは、

「どっせいっ!!」

太刀筋も何もない全力のフルスイングを、叩き込んでやった。
当然、その打撃は硬い装甲によって阻まれてしまうが……相手の重量が足りなかったらしく、その身体は宙に浮いて後方へと流されていく。
そして、距離を空けた敵に対してさやかは……追撃を、行わなかった。

一方のヤミーも、その目的はさやかを襲うことでは無いため、相手が離れたのを良い事に撤退を図る。
その背中をさやかは……結局、追う事は無かったのだった。


負け犬仲間への同情は、カブトヤミーと戦う動機には、ならなかったのだ。
むしろ、その思いを遂げさせてやりたいと、さやかに思わせてしまって。
自身の恋の行方にも整理を付けられないままに、他人の恋路に手を出してしまっていたのだ。

駆け寄って来た剣道少女の視線の先にあるさやかの腕には、先程の渾身の一撃の際に受けたと思しき傷が大量の流血を伴っていて。
それなのに不思議と、その傷の発する痛みは、切り口の大きさに反して小さくて。
カウンターを決め切れるほどの実力差が無かったのだからそれ位は当然だ、と思ってしまっている自分に気づいてしまっていた。

魔法を使って『直』したその傷は……最後まで、痛むことは無かったのだった。



・今回のNG大賞
「二股が罪なら、僕が背負ってやる!」
「良い台詞ですわ、感動的(ry」
「こんな奴に惚れてたなんて、後悔しかない……!」

むしろ、こうなっていた方が話は単純だった、ような。

・公開プロットシリーズ
→自分の幸せを捨てても他人のために戦う、それが仮面ライダーの真の強さ、らしい。……が、子供に同じものを求めるのは酷でもある。



[29586] 第六十三話:ヤミーがこうなったのは私の責任だ……だが私は謝らない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/11/29 20:54
「お嬢ちゃんたち、この辺りで怪物見なかった?」

見滝原という町の名前をそのまにま冠した中学校の付近で、何処か気まずいままに居た女学生二人に掛けられた質問が、それだった。
問いの主の名は、伊達明。
ゴリラのカンドロイドに急かされるままに、ヤミーの姿を求めてこの場所までやってきたのだが……周囲にそれらしき影が無かったために、通行人に聞いたというわけだ。
既に日が傾きかかった下校路には、既に人の影も少なかったため、他に声をかけるべき人間が見つからなかったのである。
だがしかし、人がまばらという事は、異形の怪物が居ればすぐに目につく環境だという事でもある訳で……

「それなら、」

案の定、女学生二人組のうちの小さい方が、期待させてくれる声を出してくれた。
その身を包んでいる制服は見滝原中学のものでは無く、何処かの高校だったはずだ、と伊達はおぼろげに思う。
特段に制服に詳しいわけでも無いが、同じ見滝原という町に居れば、嫌でも目に入ってくる景色の一部なのである。

「ちょっと待った」

だが、大きい方の子が、その言葉に歯止めをかけた。
こちらは見滝原中学の制服を纏っていて、紛うこと無く見滝原中学校の生徒なのだろう。
重ねて言うが、伊達さんは別にその手のマニアでは無い。
例え、見滝原中学校のそれにそっくりな制服が出てくる恋愛ゲームがこのクロス世界に存在していたとして、そんなことは伊達の知るところでは無いのだ。

「その怪物、見つけてどうすんの?」
「倒すんだよ。人間を傷つけてるし、な」

実は、伊達の思い描く怪人と、先程この場を訪れたヤミーは別個体だったりするのだが、そんなことはお互いに知る由も無い。
しかし、何故そんなことを聞かれるんだろう、と伊達としては思わないでもない。
伊達の身を心配してくれているのだ、などというポジティブな考えで事を済ませられる程、伊達の頭の中はお花畑ではないのだ。
もちろん、そうだったら嬉しい、ぐらいにはその考えを捨て切れても居ないが。

「教えること無いよ、梨恵さん!」
「でも……」

どうやら、小さい方の子は、梨恵という名前らしい。
敬称から察するに、やはり小柄な子の方が年上のようだ。
梨恵という子は大きい子の言葉に戸惑っているようだが、つまりそれは、怪人の情報を教えたくないという気持ちもあるということだろう。
流石に、力ずくで聞き出すという選択肢は取りたくないところである。

「全部、あいつがぶち壊してくれるのを待てば良い。あたし達には、義務も責任も無いんだよ!」

大きい方の子は……伊達と、目を合わせる気配を見せない。
困ったように伊達とその子に交互に視線を向けている梨恵も、素直に情報を吐き出してくれるとは思い難くなっていた。
そしてこの状況だけでは、伊達は何かを判断することなど、出来るはずも無い。
だからこそ伊達は……心からの言葉を贈ることでしか、コミュニケーションを始める事が出来なかった。

「良いんじゃない? 壊したけりゃ、壊せば」

その言葉に驚いたのか、ようやく伊達の方に、二人の女学生が向き合ってくれる。
梨恵の手を引いて歩き出そうとしていた中坊の方も、足を止めてしまっていて。
そんな二人に、伊達は言葉を継ぐ。

「ただし、自分の手でだ」

一億円を稼ごうとしている伊達自身もどろどろの欲望塗れだ、そう、伊達は続ける。
でも、と己の信念を乗せて。

「二つ、決めてることがある。それを稼ぐのに、他人の手は借りない。あともう一つは、絶対に自分を泣かせることはしない」

伊達には、この少女たちの抱える問題など、全くと言って良いほど分かっていない。
それでも。
伊達は、信じてみたいと思っていた。
梨恵の疎んでいる何かを怪物が壊してくれると分かっていて、尚、梨恵は伊達に問いかけられた時に素直には答えようとしてくれたのだから。
虫が良すぎると思いつつも、そちらが梨恵の泣かない方の道だったらお互いに幸せだ、と。

「他の誰でも無い、自分だ。それだけ言っとこうと思ってな」
「……ごめん、さやかちゃん」

一瞬、その言葉を聞いたさやかは、その意味を理解しかねた。
梨恵の手を掴んでいたさやかの手が振り切られたその時になって、ようやく、梨恵の言葉の意味に頭が追い付く。
その時には既に、梨恵の足は回り出していて。
さやかが咄嗟に差し出したもう片方の手は……走り出した梨恵の背中には、届かなかった。

「……なんで」
「行かせてやれって。自分を助けに行ったんだろ。多分な」

負け犬仲間だと、思っていたのに。
少なくとも、ただ通り掛かっただけの中年男よりは、遥かに白鳥梨恵という人間の考えを理解していると、さやかは今でも信じて疑わないのに。
それなのに、梨恵の足を動かしたのは、目の前の男の言葉で。
釈然としない、納得できない、そんな気持ちがさやかの中に渦巻いていた。

「それと、よ」

そんなさやかの心情を理解しているとも思えない伊達の態度が、さやかには何処か偉そうに見えて癪に障ってしまう。

「お前さんも、自分を泣かせるタイプに見えるぞ?」

それじゃあな、と最後に一言残して、梨恵の後を追う伊達。
その背中をも、結局さやかは見送るだけとなったのだった……。

――良いんじゃない? 壊したけりゃ、壊せば。ただし、自分の手でだ

どこかムカつく筈の相手の言葉なのに……その響きが、何時までも頭の中に残ってしまって。
さやかは、いつの間にか足を向けていた。
先程上条恭介と志筑仁美が語らい合っていた場所へ、と……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十三話:ヤミーがこうなったのは私の責任だ……だが私は謝らない



佐倉杏子は……これ以上無いぐらいに勢い付いていた。
銃弾を放つクワガタ怪人の攻撃をしゃがんでかわして、次の瞬間にはその胴にカウンターの突きをぶち込んでやって。

「どうした? それでお終いか!」

敵が角を使おうとすれば、槍の石突を伸ばして宙に上がって、頭上からの振り下ろし攻撃を叩き込む。
殴りかかってくるものなら、槍を半ばから節昆へと変化させて、その身を捉えて投げ飛ばして。

「これは……本当に、俺の手助けは要らないかもしれないな」

もう、あいつ一人で良いんじゃないかな。
後藤は、そう思わずには居られなかった。
むしろ、下手に援護射撃をしようものならば逆効果になってしまうかもしれない、というレベルである。
接近戦に限っては、オーズを相手取っても善戦できるのではないかと思えるほどの猛攻を見せつけられれば、そう思ってしまうのも仕方が無いのかもしれない。

だがしかし、そこで終わる筈も、無かった。
フラグ過ぎる台詞を吐いた杏子がそのまま勝利するなんて、そんなの絶対お約束が許さない!

案の定……それは、起こることとなる訳だが。

「わっ? げぶっ!!?」

突然身体のバランスを崩した杏子が、まるで吸い込まれるかのようにヤミーの元へと突っ込み、カウンターのヘッドバッドを貰ったのだ。
強靭な角から繰り出される頭突きは、傍から見ている後藤でさえも痛いと思ってしまう程の、強烈な一撃だった。

「貴様だけハ生かしてハおかなイ……ッ!」

赤くなってヒリヒリと痛む額をさすりながら、涙目のままに異変の原因を探る杏子の視界は、ようやくその理由を捉えていた。
杏子の足に、絡まっていたのだ。
緑色の、海藻と思しき縄が。

そして、その縄の出所を探って、直ぐに気付いた。
怪人の背中から生えた3対6本の海藻が……まさに、杏子に絡みつこうとしていたのだから。

「どういうことだ、オイ!?」

……どう考えても、アタシは触手受けヒロインなんて柄じゃない!
そう、思わずには居られない。
だが、現実問題として命と貞操の危機が目前に迫っているのは間違いない訳で……

乾いた音が、杏子の意識を現実へと引き戻す。
連続する発砲音が、佐倉杏子の後方から発せられていたのだ。
放たれた弾丸を、怪人は背後から伸びた海藻で防御するが……その隙を突いて、足に絡まった一本を断ち切った杏子は、転がるように撤退する。

「大丈夫か?」
「アタシ一人でも逃げられたっての」

銃弾を防ぎ続けるそいつの姿を、離れた場所からもう一度観察してみる杏子。
クワガタムシを思わせる本体は、やはり先ほどから変化していないが……
やはり特筆すべきは、その背後から伸びた6本の海藻だろう。

それは、偶然の産物だった。
昆虫系の緑コアを取り込んだメズールがカブトムシのヤミーを作ったのちに、それは起こったのだ。
恋敵の排除という表面的な「欲望」と直接的に相手を求める「欲望」による二重構造が……カブトムシのヤミーから、クワガタの個体を分裂態として誕生させたのだ。
そして、慣れない緑の力に微量の青が混ざり合ったことによって生まれてしまった存在こそ、この世界における初めての合成ヤミーという訳である。
名を……クワガタモズクヤミーと言った。

もっとも、その名はこの世界で呼ばれるためでは無く、便宜上のものにすぎないが。

「戦えル……ッ! こノ全身を貫く喜びビが力にナって俺ノ体にみなぎルンだァ!!

……別にクライマックスでも無いのに、確変が起こるという理不尽な現象が起こっていた。
もっとも、もしメズールの手元に赤メダルがあったのなら、おそらく世界の修正力によってクワガタクジャクヤミーが誕生していたのだろう。
だが、クジャクを混ぜると何故か逆に弱くなるようにも思われるので、これで良かったのではないだろうか?
そんなことは、さておき。

後藤の撒いている銃弾は、一時的にモズクを千切ることこそ出来ているものの、次から次へと延びてくるモズクの前には、足止め程度の意味しか持つことが出来ていなかった。
そして、忘れてはならないのが、後藤の銃弾は触手しか止めることが出来ていないという点である。
当然、クワガタであるヤミー本体は動けるのだ。
従って、当然杏子がそれに対処しなければならない。

「何だコイツ!? 急に強くなりやがって!?」
「俺ハ、花火のようニ生きたいッ!」

接近戦を仕掛けてきたかと思いきや、腰に備えた銃を抜き放ち、かと思えば角を使ってこちらの攻撃をガードして。
先程とは同じヤミーとは思えない行動力を、見せ始めていた。
これは、実際には、杏子の動きが少しだけ鈍っているという事情もあったりする。
ヤミーのモズク攻撃を払いのけるための銃弾が飛び交っているため、機動力を活かして派手に動き回ることを、どうしても躊躇ってしまっているのだ。
もちろん、触手を思う存分に使われたらあっという間に負けてしまうのだから、後藤の援護はあるに越したことは無いのだが……やはり、銃声というものは人間に恐怖を与えるのである。

「何か手はねーのか!?」

そう叫びながら、杏子は思い始めていた。
何でコイツと戦ってんだっけ、と。
思い返してみれば、昨日はメダルの怪物から撤退した身の上だったはずだ。
それが何故、退かずに怪物と戦い続けているのか。

……その思考の全てを、ヤミーの放つ弾丸と共に、切り捨てる。
巴マミの身体を触った時の不快な感触を、思い出してしまったのだから。

そして、後藤はライドベンダーの収納物の中に現状打破の手段が無いかと、必死に頭を回転させていた。
タカやバッタのカンドロイドは、死角からの囮に一回ぐらいは使えそうだが、直接的な攻撃力は皆無だ。
事実上制御不可能なトラに頼るのは運の要素が強すぎるので、却下。
残るは、ウナギとタコだが……どちらも足止め用という感は否めない。
と、そこまで考えてから、気付いた。
あのヤミーを突破するための手段に。

ベンダーを自販機モードへ移行し、後藤は即座に幾つものカンドロイドを購入し始める。
幸いにして、杏子が善戦していた際に撒き散らされたセルメダルを回収できていたため、回数制限など無いも同然である。
そして、後藤が取った行動は……

「佐倉! 選手交代だ!」
「なっ……!?」

前線に出る、事だった。
只管に銃弾を撃ちながら敵に突っ込み、佐倉杏子を引かせるとともに、自身が前衛になることを選んだのだ。
そして当然、6本のモズクに加えて本体の繰り出す打撃を捌き切ることは、出来るはずも無い。
あっという間にその手足にはモズクが絡み付き、引き付けられたその身体に……ヤミーの強靭な拳が、突き立てられる。

「……かかったな!」

……が、人間にならば簡単に致命傷を負わせる筈の拳は、而して後藤を斃すことは無かった。
甲高い金属音が、打撃の瞬間に響き渡ったのである。
ヤミーの爪が人肉を引き裂く時のものとは思えない、硬金属が互いを削り合う時に特有の、音が。
そして、破れた後藤の服の間から姿を現した青い物体が、カブトヤミーにその理由を教えてくれた。
後藤は、服の中に、変形済みのウナギとタコのカンドロイドを大量に巻いていたのだ。
それによって防御力を上げ、ヤミーの腕が身体に刺さるのを防いだという訳である。
もっとも、衝撃を完全に殺せるわけでは無いはずなのだが、その程度にはライドベンダー小隊の隊長様の腹筋が優れているのだという事にさせて欲しい。

そして、青系カンドロイドの足を伸ばして、後藤が目標と見定めたモノは……クワガタヤミーの持つ、銃だった。
それを奪い取り、狙いが逸れないように相手へ密着したまま、クワガタのヤミーに向けて構える。
いわゆる、『この距離ならバリアは張れないな!』戦法と呼ばれる伝統的な戦い方である。
……次の瞬間にはセルメダルが飛び散る音が、木霊した。

「なにっ!?」

だが、その驚愕の声も……後藤慎太郎の口から飛び出たもので。
セルメダルが零れ落ちた元も、クワガタのヤミーからでは無かった。
先程の音は、後藤の操るカンドロイドの先に握られていた巨大な銃器が、ヤミー本体から離れたことによって形を失ったことによるモノだったのだ。
これは後藤にとって予想外の事態だったが、それを見たクワガタのヤミーの反応は、ごく自然なものだったに違いない。

「薄汚ネぇ野郎だッ!!」

直後、後藤の作戦失敗を見て取ったらしいクワガタヤミーが、四肢を絡め取られて動けない後藤に対して、追撃を始めようとしていた。
しかも、ウナギカンの巻かれていない頭部への打撃という、致命傷になりかねない攻撃を試みていたのだ。
それを防ぐ手段は、後藤には残されていない。

……そう、『後藤に』は。

後藤の目には、確りとその光景が、見えていた。
佐倉杏子が、槍の石突から伸びた鎖によって自販機モードのライドベンダーを釣り上げている、姿が。
杏子に作戦を求められた時から、既に考えていたことだったのだ。
火力の無い後藤に出来る仕事はオトリが関の山であり、トリは魔法少女である杏子に託すべきだ、と。
そのための作戦は……後藤がベンダーの傍らに残したバッタのカンドロイドの録音機能によって、遅れて佐倉杏子へと伝わっていたのである。

複数の槍と鎖を用いて地面へと自身の身体を固定して、足りない体重分の踏ん張りを補いながら。
縛り上げたライドベンダーを棒の先に釣ってブン回すという、人間離れした行為をやってのけた杏子は、

「よいせっ!」

そのまま力任せに、ライドベンダーを……投げつけた。

「ウワアアアアアッ!!」

クワガタのヤミーへ向けて、一直線に。
その音は、酷いものだった。
小銭が零れ落ちるようなメロディも響いたが、それよりも先に、人身事故の時のそれに近い響きが夢見公園跡を占拠したのだ。
大質量のモノが軽いモノを跳ねる、そんな理不尽な低音である。

ライドベンダーの下敷きになったヤミーだが、すぐさま復帰しようとそれを力任せに持ち上げようとしていた。
人間離れした筋力を持つヤミーならば、然程苦労せずともその程度は可能なのだ。
だが、どさくさに紛れてヤミーの拘束モズクから逃れた後藤は……とあるリモコンを、懐から取り出していた。
かつて後藤がライドベンダーの遠隔操作に使ったことのある、例の優れモノである。

「望み通り、花火のように逝け!」

そして当然、後藤のとるべき行動は、追撃以外に有り得なかった。
リモコンのボタンの一つを、後藤は躊躇なくぶっ放す。
ライドベンダーの直撃という強烈なダメージを貰っているヤミーならば倒せるだろうと見込める、一撃を。
直後、眩い光が、佐倉杏子の視界を覆い尽くした。

「……自爆はロマン、ってか?」

荒れ狂う爆風とセルメダルが四散し……その爆心地に居たヤミーの命運など、考えるべくも無かった。
後藤が推したスイッチは……ライドベンダーの自爆用の、それだったのである。
器用な触手を持つクワガタモズクヤミーに対抗するためには、圧倒的な火力で一気にカタを付けるしかない。
そう考えた結果の、機能の選択であった。

後藤としては、鴻上財団から請求書が来ないことを祈るばかりである。
最悪、この赤い魔法少女に口裏を合わせて貰って、ヤミーが破壊したことにすれば何の問題も無いはずだ。
そんな益体も無い考えを、杏子が鎖で編んでくれた網に受け止められながら、つらつらと流している後藤さん。
何気なく爆心地の近くに居たため、一瞬前までは吹き飛ばされて宙を舞っていたのである。

「無茶苦茶だな、アンタ……。アタシが受け止めなかったらどうするつもりだったんだよ?」

後藤がバッタカンを通して伝えた指示には……ライドベンダーを投げるところまでしか、示されていなかったのだ。
だがしかし、ベンダーを自爆させるという荒業を計画していたのなら、ヤミーの近くに居る筈の自身の危険は考えていて然りである。

「その時は、俺が救えた世界がその広さだったと思うだけだ」
「世界を救うって……そんな大それたこと、よく言えるもんだよ。アンタ、何か恥ずかしい奴だな……」

臆面も無く言い放つ後藤に対して呆れたように毒づいて見せる杏子だが……当の後藤は、特に怒る様子も無い。
何故なら後藤は、かつての彼自身よりも更に大きな世界を救おうとしている男の名前を、知っているのだから。
そいつは自身の手の届く範囲しか救えないと口では言いながら、出来ればグリードさえも救いたいと思ってしまっている大馬鹿野郎で、倒されてしまった彼らに対する後悔まで背負ってしまう始末なのだ。
だからこそ……子供が後藤如きの欲望を大き過ぎると呼んだとしても、腹など立つはずも無かった。

「いや、世界には俺なんかよりもっと大それた奴も居るぞ」
「……何か、アンタと話してると疲れる」

嫌味に対して真顔で返して来る後藤は……ひょっとすると、一番杏子の苦手なタイプなのかもしれない。



それはともかく。
こうして、色々な意味で亡霊だった感の否めないクワガタのヤミーさんは、漸くウヴァさんの元に旅立つことが出来たのだった。

「あのヤミー……ああいうのも、面白そうだね」

そして後藤達は、気付く筈も無かった。
合成ヤミーの存在を知ってしまった、一体の猫型グリードがこっそりと去って行った事に……


・今回のNG大賞
「加勢するよ、ヤミー君」
「俺ノ邪魔をするナラ例えグリードでもッ!」

カザリさんが空気を読まずに乱入していたら、多分こうなっていた筈。
ヤミーは基本的に創生者以外のいう事は聞かないので。

・公開プロットシリーズNo.63
→どこかで一度は、原作に居なかった植物のヤミーを出したいと思っては居たんです。だが……どうしてこうなった。



[29586] 第六十四話:戦いの後に
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/29 10:32
美樹さやかがその場所に戻った時、既に日は沈みかけていて。
それでも尚、『上条恭介』と『志筑仁美』が同じ場所に留まっていたのは……今日が、二人にとって特別な日だからだろう。
……それを今からさやかはぶち壊しに行く訳だが。
もっとも、その方法に関しては、さやか自身が上条恭介に告白する以上の事は考えていなかった。

「それで、僕がヘタレてた時、さやかはこう言ってくれたんだ。奇跡も魔法もあるんだよ、って」
「上条君、さっきから、さやかさんの話ばかりされてますわ。少し、妬けてしまいます」

だが、照れくさそうにさやかの事を口にする上条恭介の顔を遠目に見たら、その会話を少し盗み聞きしたくなってしまって。
物陰に隠れてしまったさやかは、下手をすると全盛期の上条君よりもヘタレなのかもしれない。
その決断が後悔を生むことになるなど……数秒後までは、思いもしなかったのだ。
手ごろな物陰に隠れて彼らの様子を覗うさやかに、その不幸は襲い掛かることとなる。

「……ごめん。何だか、さやかってあんまり女の子って感じがしなかったから、普通の親友のつもりで話してたよ。そういう意味で言ってたんじゃないんだ」
「いいえ、私もちょっと不安になっただけの事ですわ」

グサリ、と心に刺さった、一言だった。
思わず胸を押さえて、前かがみになってしまったさやかの精神的ダメージは、想像を絶するものだったのだろう。
働き口から支給された物資がマスカレイドのメモリだった時の従業員だって、ここまでの精神的苦痛は味わっていない筈だ。

「今思うと、とあるランキングの結果をさやかに教えたのも、マズかった気がする……」
「……何故さやかさんがそれを知っているのか、という点は、私も気になってましたけど」

それも、さやかを女の子として認識していなかったから、というエピソードなのだろう。
今すぐにでも泣き出してしまいそうな位に、胸の奥が痛む。
その痛みは、世界で初めて行われたという手術に匹敵するだろう。
瞑想を用いて痛みを消そうとしたという、例のアレである。麻酔無しでなぁっ!!

「僕が票を入れた子について、さやかが聞いて来てさ。教えたくないって突っぱねたら、何かガッツポーズをしてたんだけど、アレも何か意味があったのかな……」

さやかは、その時の自身の思考を思い出し、酷い吐き気と頭痛に襲われた。
確か、恭介がさやかに投票した事を恥ずかしがって内緒にしたのだ、と思っていた筈だ。
頬を、生暖かい何かが伝わって落ちて行く。
胸の痛みは、既にクライマックスにも程というものがあった。
まるで、胸に刺されたものの正体を確認したらリボルケインだった時の怪人の気分である。

「そこまで行くと、何だかもう、いっそさやかさんが不憫ですわ……」

死にたい。
脳改造されたいとか使徒再生されたいとか、そんなレベルじゃ無く、死にたい。
よりによって、恋敵にさえ同情されている。
しかも、同情されても仕方ないと自分自身でさえ納得できてしまえる辺りに、救いが無さ過ぎた。
おそらく、上条の腕を治したのがさやかであるという事実を彼に知らしめたとしても、この絶望的な差は埋まらないだろう。

既に、さやかの両瞼からは、ぼろぼろと心の汗が流れ出ていた。
もちろん、心もモズク風呂程度では治らないぐらいには、ボロボロである。
ここに来て美樹さやかは、悟っていた。
この戦は、戦う前から既に、完膚なきまでにボロ負けしている、と。

……ここまで来ると既に、色々なものが振り切れ始めていた。
いわゆる、『もう何も怖くない』状態である。
ただし、悪い意味での。

「恭介っ!」

二人の目前に突然飛び出して、まずはそのふざけた現実を少しだけぶち壊してやった。
その思考回路が怪人のものであるのは、もはや説明するまでも無い。

「さやかさんっ!?」
「さやか!?」

恭介と仁美の見開かれた目を見たら、ほんの少しだけ、鬱憤が晴れたような気がして。
その発想が既に負け犬だと気付いていても、どうにも止まらない。
涙も、思考も、行動も。

「恭介がどう思ってても、あたしは、恭介の事を愛してるよっ!!」

上条恭介は、開いた口を塞ぐことが出来ずに居て。
だが、一方の志筑仁美は、大体の事情を察していたりする。
さやかが告白の前から既に大泣きしているのは、上条君のあんまりな発言を聞いてしまったせいだろう、と。
仁美が告白する前に、と宣言しておいたはずだが、今日の何時に告白するとまでは指定していなかったため、今日中ならOKだとも思っていたという事情もある。

もちろん、上条の言葉を聞いた今となっては、さやかの戦力などクズヤミー一体分の脅威さえ志筑仁美には与えていないのだが。
参考までに補足しておくと、クズヤミーという存在は、未変身の人間でも時間を考えなければ割と簡単に素手で倒せる程度の戦闘員である。
変身したオーズのトラパンチが効かなかったという目撃情報も何処かの世界にあるようだが……それはきっと、目撃者が深夜32時のテンションで疲れていたのだろう。
それはさておき。

「アイ・ラブ・ユーッ!!」

反応が無い上条恭介に対し、追撃の一手を仕掛ける美樹さやか。
それを聞いた志筑仁美は、その姿に不覚にも涙を流しそうになった。
どう見ても、その姿は『ヤケクソ』という言葉がこの世で一番似合っているとしか思えないぐらいに痛々しかったのだから。
むしろ、そんな精神状態のさやかが正しい英語を使えたことは、さやかのオツムの出来を考慮すれば、どんな奇跡も魔法も超えた愛の力とさえ言うべき超常現象であった。
それを敢えてカタカナで表記した作者に悪意なんて、ある筈がない。

「ええと、それは……」
「上条君、さやかさんは冗談や罰ゲームで言っている訳ではありません。答えてあげてください」

何となく、上条君はさやかに対してだけは、物凄く鈍感な答えを出しそうだ……と、志筑仁美は思ってしまっていた。
なので、その言動は……これ以上に無いぐらいの、美樹さやかに対する優しさの表出であった。
上条君がその手の外し方を実演してしまったら、この親友はきっと立ち上がれなくなってしまうだろうから。

「さやか!」
「恭介ぇっ!」

そして、困惑しながら上条恭介が言い放った一言は、

「…………ごめん!」
「うわああああああんんんん!!」

さやかの最後に残った道しるべを、完膚なきまでに叩き潰していた。
泣き叫びながら夕日に向かって走り去って行く美樹さやかの背中を見送る志筑仁美の胸に、不思議と達成感は湧いて来なかった。
湧き上がってきたのはむしろ、戦いの神をハイパーフォームで叩き潰したような遣る瀬無さで。

「虚しい戦いでしたわ……」

何が起こったのか把握できずに、仁美の横顔とさやかの背中を交互に眺める上条は、只管置いてけぼりを喰らった……らしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十四話:戦いの後に



カブトムシのヤミーを追っていた伊達明と白鳥梨恵が目撃した、光景。
それは、一目には信じ難い、絵面だった。
ヤミーが……崩れ落ちて、セルメダルに変わったのだ。

「なんじゃありゃぁ……」

そして、ヤミーと向き合うように突っ立っていた女の子の行動もまた、奇妙そのものと言えた。
何と、セルメダルを身体に吸収し始めたのである。
その子供の外見は幼く、おそらく先程出会った美樹さやかと同年代か、それより下にさえ見えた。
……思えば、伊達はこの町に来てから延々と、その年代の女の子に煮え湯を飲まされ続けているような。
最初は食い逃げの赤毛ちゃんで、次が炎上女のお七ちゃん、そして極めつけは、ヤミーを吸収する妖怪メダルむしりである。

「見滝原の女子中学生は化物か……」
「あの子……私から、あの怪物を作った子です」

伊達の隣でその光景を眺めていた梨恵が、補足というか、物凄く大事な情報を提供してくれた。
それを早く言えよ、などという突っ込みは、思っていても決して口には出さないが。
そして、それと同じぐらいに重要な情報を、伊達は認識し始めていた。

「あら、坊や達……何か私に用かしら?」

端的に言うと……伊達たちは、隠れていないのだ。
むしろ、中学生がヤミーに襲われているのではないかと思って、飛び出す矢先だったのである。
当然……相手からは、伊達達の姿が認識されていた。

「単刀直入に言おう。そのメダル、俺に譲ってくれ!」
「!?」

坊や達、という呼称に若干首を傾げた伊達だったが……次の瞬間には自分の目的を思い出すあたり、欲望ドロドロという自称もあながち間違いでは無いのかもしれない。
そして、その真横に位置取る白鳥梨恵からさえ、コイツ何言ってんの!? という感想がひしひしと伝わってくる件について。

「冗談でも、面白く無いわね……!」

しかも、中坊からも危険人物認定を受けているらしい。
伊達としては、殺してでも奪い取るような強い信念を持って発言したわけでは無く、一応言ってみたという感覚が強かったりするのだが……相手はそうは捉えてくれなかったらしい。
案の定、伊達達の方向に手をかざした女子中学生によって、大量の水をぶっかけられる始末である。
一体どこからそんなものを出したのかと疑問で仕方ない伊達だが、ヤミーを作る程の超常能力を持っているのなら、それ位出来てもおかしくは無いのかもしれない。

「現代人の冷たさが身に沁みるなぁ……」
「冗談抜きで寒いんですけど……」

隣で一緒にびしょ濡れになっている女子高生の突っ込みもさておき。
その発言はきっと、伊達の言葉に対するコメントでは無く、水を被せられた件についてに決まっている。
そうに違いない。

それはさておき、伊達は考えてみた。
ヤミーを作り出す存在を、放置してよいのかどうかという点について。
伊達とて、目の前で人が襲われていれば助ける程度には、『良い人』である。
だがしかし、自分の命が一番大事だと豪語出来てしまう人間なのもまた、事実なのだ。
そして、自分の命を維持するためには会長から1億円を稼ぎ取る必要がある。
そのためには、後藤という青年を世界の救世主へと育て上げなければならない。
……つまり、世界の敵となるべき存在が、必要なのだ。

「お嬢ちゃん、お前さんみたいにヤミーを作れる奴っていうのは、何人ぐらい居るんだ?」
「今は、二人だけよ?」

どうしてそんな事を聞くのか、という疑問顔を向けてくる良く解らない何かの視線を尻目に、伊達は今後の方針を捻り出す。
2体しか残っていないグリードを倒してしまった場合、伊達が生き残る可能性は果てし無く低くなってしまうのではないか。
伊達がメダル集めを目的としているフリをした方が良いということは、事前に会長から聞かされていたのだが……

「いや、なんでもない。今日の所は引き上げる事にするさ。お嬢ちゃんも、悪さは程ほどにな」

……ここは、戦わない方が良さそうだ。
それが、伊達の導き出した結論だった。
その両者のやり取りの意味を理解できていない白鳥梨恵を引き連れ、伊達は結局、得る物も無く退散することとなる。
背中に突き刺さるグリードの視線を、最後まで、無視しながら……




そして、夢見公園跡のグループはと言えば……

「まったく、無駄に魔力使わせやがって……」

案の定、ヤミーを倒した途端に二手に分かれていたりする。
先程の戦闘は突発的なものに過ぎず、トーリと杏子の目的は巴マミのソウルジェムの捜索なのである。
トーリの目的が若干ズレている気配もあるものの、一応そういうことになっているのだ。
再び杏子を抱えて、トーリは風を切って空を進んでいた。

「その割に、結構ノリノリで戦ってませんでした?」
「んなワケ、あるかよ」

一方の後藤は、一応怪我人である師範を連れて病院へと向かっていったのだった。
もちろん、足であるライドベンダーが失われているため、徒歩による移動である。
一か月後に結婚する予定だから来てほしい、なんて口にする師範に、何かフラグが立っている気がした一同だったが……特に気にしないことにした。
多分そのフラグを解消するイベントが今回のヤミー騒動であったのだ、と信じる事しか出来なかったのだった……

「師範さん、嬉しそうでしたね」

尚、嬉しいのはトーリも同じである。
ヤミー一体分のセルメダルを、ほぼ完全に得たのだから。
ほぼ、というのは、後藤が今回の戦闘において消費した分を補充して行ったからだが……それも、微々たるものである。

「どうだか、なぁ……」

だが、杏子はどうやら、釈然としないものを感じているらしい。
その顔が何を思っているのか、やっぱりトーリには読み取れない。

「今のご時世、剣道場の師範なんて、食っていけんのかね?」

何処からか取り出した麩菓子を齧りながら、杏子がぼそりと口にする。
それも強請ってみようかと思ってしまうトーリだが、とりあえず保留である。

「男の条件として、経済力って大きいと思うんだよ、やっぱ」

女もそれに負んぶ抱っこじゃいけないけどさ、と付け加えながら、杏子はえらく世知辛い事を言いのけて見せた。
経済力という事はつまり、金の力である。
……トーリが自身の記憶を漁ってみたところ、金に縁のありそうな人物と言えば、鴻上会長ぐらいのものだった。
貨幣的な意味でも、メダル的な意味でも。

……でも、とトーリは思う。
体感としては、火野映司や後藤慎太郎といった金の匂いがしない男性でも、一緒に居て苦になることは無いような気がするのだ。
もちろん、トーリ自身があまり貨幣を必要とする生活を送っていないせいでもあるが。

「経済力が無くても素敵なヒトも、居るとは思いますよ」
「独り身なら良いけど、家族持ったら悲惨だろうが」
「……それは、確かにそうかもですね」

トーリには、繁殖という発想が欠けていたらしい。
特に生殖行動を必要とする訳でも無いヤミーだからこそなのだが、杏子はその辺り、何処か現実主義者というか、何と言うか。

……でも、ありがとよ。

「……? 何か言いました?」
「何でもねーよ。これでも食って黙って飛べっての」
「んぐ」

トーリの口に食べかけの麩菓子を突っ込んでくる佐倉杏子の思考は、やっぱりトーリにはよく解らない。
何となく、不快にさせてしまったような気配は無いのだが、黙れと言われるのも奇妙な話である。
一応お菓子も貰っているわけだし、いまひとつ相手の思考が追えないとでも言うべきか。


結局その日……巴マミのソウルジェムは、見つからなかった。



・今回のNG大賞
ヤミー兄弟成敗の後日。

「さやかちゃん……師範の婚約者って、あの先生じゃなかったみたい」
「えっ……それは、一体何があったんですか?」
「あの先生が師範から『お前は俺が守る!』とか、それっぽい事を言われて勘違いして、言いふらしてただけらしいよ」
「先生も鈍感男に振り回された被害者の一人だったのか……」

早乙女和子さん(3X歳)の理不尽な八つ当たりのせいで、英雄NAKAZAWAが反英霊へ落ちる日は、近いのかもしれない……

・公開プロットシリーズNo.64
→どうした? 告白しないのか?



[29586] 第六十五話:Love Wars――愛っていうのは呪いみたいなものなんだ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/06 22:29
一日ぶりの帰宅を果たした美樹さやかは、当然の如く保護者からの追及を受けたが……失恋したからだと説明したら、あっさり納得させる事が出来たのだった。
そんなんで良いのかよと思わないでもないが、先程の酷い負けっぷりを思い出してしまって涙が毀れたのが、きっと勝因だったのだろう。
涙は女の武器なのである。

「女の子だもん……っ」

どうせ、恭介からは女モドキとしか思われてなかったんだ……っ!
感情が揺り返されて、死にたい衝動に駆られるも、涙を滝のように流して思考を振り切る美樹さやか。
そして、部屋に戻った先には……

「おかえり、さやか!」
「!?」

驚きの白さを誇るマスコット、キュゥべえさんが鎮座していたりして。
その姿を目撃したさやかの行動は、迅速だった。
瞬く間にキュゥべえの目前まで迫って。
その尻尾と頭部を、さやかの二本の腕で掴み。
キュゥべえの純白のボディを軽々と持ち上げて。

「お前が泣かせた女の数を数えろおぉっ!!」
「きゅっぷい!!?」

力の限りに、捩じりあげてやった。
尚、キュゥべえさんを発見してからこの瞬間まで、文章一行につきコンマ1秒程度の時間しか経過していなかったのだというどうでも良いタイムラインを補足しておこう。

「ボクを雑巾にするなんて、酷いじゃないか」
「なんなら、本物のボロ雑巾にしてやるっ!!」
「どうかしてるよ……」

捩じりあげられて喉を空気が通っていない筈なのに、平然と発言してのけるキュゥべえさん。
そこに痺れたり憧れたりする前に、さやかはその口にパンツマンの明日を詰め込んでやりたい気分で一杯だった。
なんなら、代わりに志筑仁美のワカメのような髪の毛を頭部ごと食わせてやっても良い。

「あんた、あたし達を騙してたのね!?」
「嘘は吐いてないよ。聞かれなかったから答えなかっただけさ」

よくも抜け抜けとそんなことを、と憤るさやかに相対して……キュゥべえは、飽く迄冷静さを失う気配を見せない。
ネジレ次元もビックリなぐらいに捻じれている筈なのに、その声は平坦そのもので。
もちろん、その程度の怪異でさやかの気を静めることなど出来ないのだが。

「じゃぁ、知ってること全部吐けっ!」
「そんな事をしたら君の人生が終わってしまうよ。少しは質問の意図を絞って欲しいな」

流石に、さやかの人生が終わってしまうというくだりには誇張が幾分か含まれているという事ぐらい、さやかには理解できていた。
だが、同時に気付いてしまっても居た。
……聞きたい内容として、特に具体的事例が思い当たらないという事に。

マミさんを救いに行くほどの気力を取り戻した訳でも無く、かと言ってキュゥべえに恋愛相談などする気になる筈も無かった。
キュゥべえに相談するぐらいなら、まだ志筑仁美に直接聞いた方がマシである。
だがしかし、契約の更に奥に眠る真実の存在を認識している訳でも無いさやかには、そもそもそれを問いただす発想自体が無いのだ。
つまり、さやか自身も何をキュゥべえから聞き出したいのか分かっていないという事でもある。

「じゃぁ、あの眼帯の魔法少女の場所を教えてよ。とりあえずアイツ殴りたい」

何処まで捩じってもまるで千切れる気配の無いキュゥべえさんの柔らかな肌触りが段々と不気味になってきたさやかだが、恨みもあるので手は緩めない。
そんなさやかが出した今後の行動指針が……それだった。
別に、黒い魔法少女を恨んでいるという気持ちは然程強くも無いとさやかは思うのだが、直ぐに思いついた八つ当たりの矛先がそこだったのだろう。

「巴マミを助けに行くのかい? キミはマミの事を恨んでいなかったかな?」
「それはあの黒いのをボコボコにしてから考える。それとも、アンタはあいつとグルなわけ?」

泣きに泣いたせいで頭が少しだけ冷えた、とも言う。
昼間にはネガティブ一直線だった思考がようやく平常運転に戻り始めたものの、素直に巴マミを助け出そうというところまでは、まだ切り替えも済んでいないようだが。
美樹さやかが冷静なら、気付けたかもしれない。
クスクシエにおいてさやかが発言した内容を、さやかの部屋に居た筈のキュゥべえが知っているのも奇妙な話だ、と。

「とりあえず、巴マミのソウルジェムの場所は教えられるよ。行くかい?」
「えっ……? 教えてくれんの……?」
「キミが教えろって言ったんじゃないか。ワケが解らないよ?」

さやかとしては、キュゥべえの言葉を鵜呑みにする気にはならない。
しかし、一応キュゥべえが嘘を吐いていないというのも本当のことなので、期待も大きい。
少し考え込んださやかは、

「一人で行くのはちょっと……。誰か味方を見つけてから、かなぁ」

やはり、さやか自身が手も足も出なかった相手にタイマンを挑むのは心もとない。
ボコボコにするなどという勇ましい言葉を口にした割に、前回ボロ負けした経験は確りとその身に沁みついているらしい。
だとすればやはり、誰かを援軍に付けるのが妥当と言えるだろう。
トーリは……誘えば来るだろうし、移動には便利だが、戦力として数えてはいけない。
パンツマンも肝心な時に限って所在不明だし、後藤もトーリよりはマシというレベルだろう。
援軍としてはやはり、転校生様か昼間の槍女の手が欲しいところだ。

「……やっぱり、転校生かな」

何となく、槍女はいけ好かない。
むっつりな暁美ほむらさんも若干何を考えているのか分かり辛い所があったが……
ほむらが魔法少女の真実を教えてくれなかったのは、巴マミのせいであるということは理解しているため、大した嫌悪感は向いていないのである。
翌日への備えと、精神的な疲れを癒すために、結局さやかはその日、早めの就寝を迎えることとなるのだった……。


さやかは、気付く素振りさえ、見せない。
キュゥべえの、思惑に。
ワルプルギスの夜が到来する時までにこの町の戦力を逐次掃討しようとするキュゥべえの思考になど、思い至る筈も……無かった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十五話:Love Wars――愛っていうのは呪いみたいなものなんだ



みどりの黒髪をなびかせ、見滝原中学校のガラス張りの廊下を、一人の少女が潜り抜ける。
時刻は、昼。
生徒たちが思い思いに昼食を求め、また、親しい者たちと集い合う、一日の内で最も活気に満ちた時間帯である。

「……案外、見つからないものね」

少女の呟きとは裏腹に、もしその少女自身を探している者が居たのなら、その目的は簡単に果たされてしまっただろう。
なぜなら……喧騒に満ちた学園の中において、彼女の通り抜けた道のみが、静けさに包まれていたのだから。
彼女の通った後に残された若者たちは悉く振り返り、その容姿を目に焼き付けようと心を焦がしていて。
ある者はそばかす一つ無い白磁のような肌に注視し、またある者は下半身に視線を向けるという正直な反応を取り、同性からは誰しもから羨望の眼差しを欲しいままに集める。
身体つきには未完成な印象を残しつつも、同年代の少年少女の中に混じれば明らかに浮いてしまう、そんな絶世の美少女と呼べる存在が、見滝原中学校の内部を闊歩していたのだ。

「カザリったら……目的の教室ぐらい、調べておきなさいよ……」

この場に居ない仲間の名前をぼそりと口に出してしまったこの美少女の正体は……お察しの通りである。
水棲生物の王にしてグリード戦隊の紅一点であるメズール様、その人間態に違いなかった。

そもそも、なぜメズールが見滝原中学に潜入せねばならなかったのか?
その原因は……最近何処に向かっているか分からないと評判の、カザリさんにあった。
彼が密かに用意していたという秘密兵器が、今朝になってついに、メズールの目前に持ち込まれたのである。
はたして、その実態は……

「『こんなもの』を用意するより、遥かに簡単でしょうに、ねぇ……」

見滝原中学校の、制服だったのだ。
チェック柄のスカートが絶妙なエロスを醸し出すと評判の、アレである。
そして、周囲と条件が同じだからこそ……メズール様の容姿は、周囲の男子生徒の人生を狂わせまくっていた。
それはもう、恋愛コンボなんて目では無いぐらいには。
そんなことはさておき。

一体どうやってカザリさんがそれを入手したのかという疑問も若干残るものの、彼の立てた作戦は一応理に適っては居たので、メズールが反対する理由も無かったのだ。
制服の入手経路に関しては、カザリが最近文明の利器を使いこなし始めている辺りと何か関係があるのだろう。
メズールがその手の電子機器を弄ったら、身体から滲み出る湿り気のせいであっという間に電子回路の寿命を縮めてしまうだろうが。

そして、メズールが引き受けたミッションを遂行するためには、とある人物の居場所まで辿り着かなければならないのだが……これが、中々に難しい。
目的の人物の名前を出しての聞き込みも試しては見たものの、成果は芳しくなかった。
特に男子陣の中には、メズールの話を碌に聞かずに愛の告白を始める者まで居る始末で、グリードの能力で大量の水をぶっかけてやったメズール様はきっと悪くない筈だ。
もっとも、そんな冷や水でさえ恍惚の表情で身に受けた男子が意外に多かった辺り、この学校は色々と将来有望な生徒が多いのかもしれない。

「あら、アレは……」

だが……辟易していたメズールに、ようやくツキが回って来たらしい。
メズールが見つけた女子生徒は、目的の人物では無かったが、その知り合いの可能性が極めて高い人間には違いない。
何と言っても、その二人は魔法少女という希少人種なのだから。
見つけた手掛かりに即座に歩み寄ったメズールは、とある教室へと侵入し、そいつへと接触を試みて、

「お嬢ちゃん。『暁美ほむら』って子の居場所を知らないかしら?」

見た目が同年代の筈の相手を年下呼ばわりにしているという自身の奇行にも気付かず、用件を伝えきってしまった。
その相手とは……

「何? 転校生のファンクラブか何か? あいつなら、今日は来てないみたいだよ。あたしも探してるんだけどさ」

昨日に泣きながら住宅街を疾走したという目撃情報が出回っている、美樹さやかであった。
その目の淵には、まるでメモリを砕かれた犯罪者のような黒味が存在を主張しており、その噂の内容は概ね正しいのだろう。
もっとも、そんな噂などメズールの知るところでは無いのだが。
メズールとしては、美樹さやかの欲望からヤミーを作ってみたいという思いは健在なのだが、今は別の作戦を遂行している最中なので自重していたりする。

「なら、その子のよく使っている場所を教えてくれないかしら?」
「座席の事? それなら、教室の前の方で友達に愚痴ってる奴の、右隣りの机だよ」

暁美ほむらさんの左隣の生徒は、普段余程ストレスを溜める生活を送っているのだろうか。
むろん、そんな中沢君の存在など、メズール様の眼中にある筈も無い。

「そう。ありがとう、お嬢ちゃん」
「……ところで、あんた、あたしと何処かで会ったこと無い?」

ええ、貴女を縛って遊んであげた事があったわね。
……などと、正直に答えるメズール様では無いのだ。
美樹さやかが直感的にモノを言っているに過ぎないという事は察知できているので、はぐらかす一択である。

「その誘い文句はここに来るまでに何度か聞いたけれど……貴女、もしかして『坊や』だったのかしら?」
「……どうせっ、あたし、なんかッ……うわああああああああんん!!」

グサリ、と生傷をフォークで抉るような、一言だった。
しかも、水棲怪人によって傷口に大量の塩水を塗り込まれたような錯覚さえ発生している始末である。
先日、上条恭介に酷いフラれ方をした美樹さやかにとって、それは特大の地雷だったのだ。
枯れ果てた筈の涙と鼻水をその両眼両鼻孔から零した美樹さやかは、あまりに深い精神的外傷に耐え兼ね、疾風のように逃げ出した。
当然、無断早退であることは言うまでも無い。

「……まぁ、良いわ」

ともかく、ここまで来たからには、無事に作戦を遂行できそうである。
果たして、メズールが課されたミッションとは……?



そして、つい先日まで活躍に乏しかったと評判の後藤慎太郎はと言うと……

「これか……?」

鴻上財団傘下の研究所の最奥に位置する一室の中から、探し物を行っていた。
念のために補足しておくと、別に後藤が暇を持て余していたなどという事は無いのだ。

特に今週は、激務の連続であったはずなのである。
日曜日にはオーズの性能確認に付き合い、
月曜日には真木博士を警察に突き出して、
火曜日にはカザリとメズールによる財団本社襲撃戦を戦い抜き、
水曜日には通りすがりの赤い魔法少女と共にクワガタモズクヤミーを倒したはずなのだ。

財団防衛戦が全面的にカットされた事が、後藤の活躍の影を薄めている主な原因だと思われる。
ただその火曜日は、裏でロストアンクに関わる一連の事件の他にバースの初戦闘までもが起こった日でもあるのだ。
そのため、後藤の防衛戦はどうにも地味に見えてしまうという構成上の都合としてカットを余儀なくされたのだという、不幸な経緯があったりする。

それはともかくとして、現在の後藤の現在の探し物は、それなりに重要な物には違いなかった。
全体として漆黒の装甲に、透明なパーツによって上部を覆われた砲身が存在を主張している巨大な火器を、後藤は段ボール箱の山から、ついに発見したのだ。
その銃器の名前を……『バースバスター』といった。

そもそもの事の発端は、昨日に鴻上会長への国際電話を繋いだ時にまで遡る。
バースドライバーを持っていた中年男が、自分からそれを要求したくせに、忽然と姿を消してしまった後の事だった。
持ち手の居なくなった受話器を取ろうとした後藤が手を伸ばした矢先に、まるで後藤の動きを先読みしたかのように、

『ところで、後藤君ッ! 真木博士の研究所のどこかに眠っている『バースバスター』を捜索してくれたまえ!』

……という訳なのである。
会長は相変わらず訳が分からない人間だという後藤の再認識は兎も角として、その命に従わない訳にもいかない。
ついでに、施設のパソコンから財団のデータベースに繋げてバースバスターについて調べてみる辺り、後藤のバースへの興味の深さが窺えるというものである。
だがしかし。

「コレは……実用品、なのか?」

正直に言って、実戦に配備するにはやや疑問の残る兵器だというのが、データを閲覧した後藤の正直な感想であった。
何といってもまず、セルメダルの使用効率の悪さが目につくのだ。
特に、オーズがセルメダルをたった三枚使っただけで空間を切り裂く荒業を使えるのを目にしている後藤としては、それを気にせずには居られない。
セルメダル1枚を消費して弾丸を一発発射するという仕様ならば、バースバスターの威力はもう少し高くても良さそうなものなのだ。
なのに、その威力は海外製の大型銃器より少し強い程度で、三発撃ったとしてもヤミーを倒せる代物には見えない。
精々、仰け反らせるぐらいが限度だろう。
オーズの『スキャニングチャージ』が再現できなかったせいだろう、とは後藤も理解できているが。

「救いは、この『セルバースト』ぐらいだな」

唯一後藤の目を引いたのが、バースバスターの切り札として用意されたギミックだった。
充填したセルメダルを全て消費すれば、理論値としてはバース本体の腕力の20倍近い攻撃力を得られるという、いわゆる必殺技である。
しかし、それを頼ろうにも後藤が使おうものなら、反動がどうなるのかは考えるまでも無い。

このバースバスターだけでヤミーを相手にするのは、やはり辛いと言わざるを得ない。
ベンダー隊全員に一丁ずつ配布するぐらいの数があれば、ヤミーを倒すぐらいは出来るだろうが、セルメダルは赤字になっていくばかりだろう。
そもそも、そのライドベンダー隊自体が、また壊滅してしまったというのに。

……バースバスターがバースへの変身を前提に作られているという事は、後藤には分かり切っていた。
そのはず、なのに。

「……まぁ、あいつらが戦ってる横で支援するには、使えるか」

後藤は、タダではこの『力』を手放せない、とも思い始めてもいた。
少なくともバースに選ばれた伊達という男がどんな人物なのかを知るまでは、絶対に渡したくない、と。

――それは、『あいつ』の理想を助けるためのものに過ぎない。

昨日にクワガタモズクヤミーを倒した際に、後藤はトーリから、オーズが行方不明だと聞いていた。
そして、ならばと思ってしまうのだ。
もし火野映司という男が苦境に立たされているならば、後藤慎太郎はその役に立ちたかった。

後藤の判断がこの世界をどう変えるのか。
バースを作った真木博士は、バスターを探させた鴻上会長は、予見しているのだろうか……。
だが後藤は、信じたい。
バースバスターに運命を打ち抜く力が無くても、その糧となるぐらいの働きは出来るはずだ、と。



・今回のNG大賞
「カザリ、その制服はどうやって手に入れたのかしら?」
「それにそっくりな制服が出てくるゲームがあったから、それのコスプレ用衣装をネカフェから注文したのさ!」

鴻上会長が言っていた……
欲望は無限の進化を生み出す源だってな!

・公開プロットシリーズNo.65
→メズール様が制服を着たって良いじゃないの。



[29586] 第六十六話:平日の昼間に出歩いてる女子中学生って……
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/29 10:27
「うさ、ぎ……?」

メズールの姿を探して町を徘徊していたガメルの視界に入った、奇妙な生物。
それは、小さな白い身体に長い耳を持つ不思議な生物で。
その意味不明な出で立ちは……ガメルの好奇心を掻き立てるには、十分すぎるぐらいに珍妙なそれだったのだ。
ガメルの子供心に、そいつを捕まえてやりたいと思わせるには、格好の獲物だったのである。

従って、その後ろ姿を追ってガメルがのそのそと走り出したのは……当然の成り行きであった。
もちろん、人間形態は維持しているために周囲からは少し変な人という程度にしか見られていないということを、補足しておこう。

ところが、その白い生物が中々に素早いもので、一向に捕まえることが出来ない。
ちなみに、ここまでの経緯は、何処かの魔法少女の契約前の成り行きにそっくりだったりするのだが……
きっと、その魔法少女の知能は、ガメルと同レベルだったのだろう。
愛に生きるヒトな辺りも、何気なく似ているのかもしれない。

だがしかし、ガメルがその少女と違うところは……

「まてー」

当然、グリードであることだ。
無限に近い体力を持っているガメルは、その遊び心も相まって、一度目を付けた標的を地の果てまでも追い続ける気満々だったのだ。
とはいえ、飽きる時にはすっぱりと飽きてしまうものなので、飽く迄一時的な気概の話に過ぎない。
ガメルには……折角復活したのにメズールに会えない状況が続いたことによって、ストレスも溜まっていたのだろう。
ともかく、久々の面白そうな玩具に、このグリードはすっかり夢中になっていたのだ。

だがしかし、いたちごっこを続けていたガメルの頭に……ピンと名案が閃く。
確か、ウサギに対して強そうな動物が居たじゃないか、と。

思い立ったが吉日とばかりにガメルはセルメダルを取り出し、投げ込んだ。
自身の額に出現させた、投入口へと。
ガメルは他のグリードと異なり、自身の欲望からヤミーを作れるのだ。

かくして……そいつは、生まれた。
頑丈そうな甲羅に、その隙間から伸びる短い手足。
そして、腕には鎖付きの鉄球という、けん玉を思わせる意匠が見えるそのヤミーは……リクガメの怪人であった。

「いけー!」

ガメルは、人間の童話の中にそんな感じのものがあったと、おぼろげながら覚えていたのだ。
詳細は忘却の彼方だが、ガメルはこう確信していた。
カメはウサギに勝てる生き物なのだ、と。
何かが間違っている気がするだとか、そんな思考がガメルに発生している筈も無い。

鉄球を振り回しながら白兎を追いかけるリクガメヤミーの行進は……災害と言って良いレベルの破壊を、見滝原市にもたらしていた。
ガラス張りのビルは砕け、街路樹は根元から折れ、風車の首は外れてしまうという始末で。

超重量動物を司るガメルのヤミーが、まさにその特徴を活かし切って災厄を振り撒いていたのだ。
世界一迷惑なヤツも裸足で逃げ出すぐらいに、仕様も無い理由によって……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十六話:平日の昼間に出歩いてる女子中学生って……



学校から颯爽と早退した美樹さやかは……今後の予定について、考えを巡らせていた。
とは言っても、特に画期的な事を思いつく訳でも無いのだが。
なんせ、彼女はガメルにも匹敵すると噂される程の知能を持つ魔法少女なのだから。
きっと、不完全な契約のせいで頭脳がボロボロになっているに違いない。
そして、キュゥべえさんが謝らないのも、説明するまでも無いだろう。
彼らは、魔法少女システムに不備は無いと言いきれるタイプの珍獣なのだから。

「やっぱりアイツしか……」

やはり、槍女に頼るのは嫌だという思いは強かった。
奴に関する情報を整理してみると……
第一印象としては、ヘタレなのかなぁ、ぐらいの気持ちだったはずだ。
もっとも、後で暴走体と自分で戦ってみたら、逃げ出したくなる気持ちも分かってしまったのだが。
そして、二回目に会った時には殴られた。

……以上ッ!

「うん、やっぱりやめとこう!」

Q:どうしてそうなった。
A:お前は正しい! だが、気に食わん!
それに尽きるとしか、さやか自身でさえも説明できないのだろう。
ここで、『A:俺に質問をするな』とならない辺りが、さやかの人間臭さというヤツなのだろうが。

なまじ巴マミの救出を断ってしまったばかりに、佐倉杏子に会うのが躊躇われるのである。
もちろん、大分さやかが冷静さを取り戻した現在では、マミを助けようというモチベーションも上向きつつあった。
先日は、魔法少女の身体の事実と正体不明の相手に対する恐怖が先走ってしまっただけで、さやかとて本心からマミを恨み切れている訳では無いのだ。
いざ頭を回して考えてみれば、マミとてさやかが落ち込むのを見越して情報を制限していたのかもしれないし、戦力面もさやかが誰かに助力を求めれば良いだけである。

……まぁ、現在仲間になってくれそうな人材が不足しているのが、問題な訳だが。

「でも、後は後藤ぐらいしか……」

後藤じゃぁ、流石になぁ……
そう思わずには、居られなかった。
さやかが相手にしようとしている魔法少女は、兎に角素早いのである。
素の人間の耐久力では、敵を認識する前に殺られてしまう可能性さえある始末だ。
動きが大ぶりな魔女が相手ならまだしも、今回ばかりは一緒に行くことは出来ないだろう。

だがしかし、その時奇跡が起こった!
何と、さやかの頭の中に、救世の名案が閃いたのである!
きっと、世界の何処かで太陽の子が不思議なことを起こしたことによる余波に、違いない。

「よく考えたら、後藤ならパンツマンの居場所を知ってるかも!」

別にそんなことは無いのだが……可能性としては、充分に有り得る話であった。
一昨日にグリードによって鴻上財団本社が壊滅的な被害を受けていなければ、の話だが。
ここ数日の間、新聞を読む余裕さえ無かったさやかは、そんな事は知らないのだ。
もっとも、普段の美樹さやかが新聞を読むような勤勉な人間である筈が無いというのは、言わぬが花というヤツである。
花という言葉がさやかに似合うものかどうかについても、同じく言わぬが花である。

そして、喜び勇んで鴻上財団本社に足を運んだ美樹さやかは……

「……美樹さやか。学校はどうしたのかしら?」
「アンタが言うなっ!」

何故か、ビルの周囲で油を売っている転校生様を発見していたりする。
もちろん、暁美ほむらさんは暇を持て余している訳では無く、バースに変身する男が来ないか見張っていたという訳である。
ほむらは、長い経験から知っているのだ。
行方不明の人間を簡単に見つけられる程、この見滝原という町は親切に出来ていないのだという事を。
ならば、この場所を訪れる可能性の高い犯人候補を待っていた方が、まだ期待できるというものである。

「ちょうど良かったわ。鹿目まどかの行方を知っている?」
「そういえば……今日学校に居なかったっけ。何かあったの?」

まどかなら失恋直後の美樹さやかを慰めてくれると思っていたのに。
登校したさやかの思考にそんな打算が存在したことは、否定できなかった。
だがしかし、目の前の暁美ほむらの真剣な様子は、美樹さやかの冗談を噤ませるのには充分すぎた。

「私は、誘拐されたと睨んでいるわ。ここの社員によって、ね」
「……えっ?」

何だって!? それは本当かい!?
……などと鵜呑みにするほど、さやかの持っている情報は、少なくはなかった。
具体的には、後藤の人望の賜物である。
どうにも、鴻上財団が悪の組織だと言われても、ピンと来ないのだ。

「犯人は、銀色の全身タイプのパワードスーツを纏った、怪しい男よ。名前も分からないけれど」
「パワードスーツ……? ちょっと、アタシが行って聞いてこようか?」
「……え?」

それでも、鹿目まどかが行方不明であるという事実がある以上、暁美ほむらの話もデタラメとは思えない。
何より、暁美ほむらも鹿目まどかも、さやかの『友達』なのだ。
財団の構成員は後藤だけでは無いのだから、後藤とほむらの両方を信じることだって出来るはずである。
従って、驚愕に目を見開くほむらの視線を背に、美樹さやかは財団の建物の中に入って行ったのだった……

そして、暁美ほむらさんが待つ事、十数分後。

「その人、『伊達明』って言うらしいよ? 鴻上ファウンデーションの、今は使われてない研究所に住んでるってさ」

どうやら、さやかは財団内に信頼できる知り合いが居て、受付嬢に頼んでその人に電話を繋いで貰ったという事らしい。
ほむらとしては、色々とビックリする事が多すぎて、何をどう突っ込んで良いのか分からくなっている始末である。

「初めて、貴女に感心したわ……」
「マギブルー・さやかちゃんの魔法美少女伝説はこんなもんじゃないよ!」

別の意味でさやかの伝説を色々と目にしている暁美ほむらとしては、ここまで光り輝いている美樹さやかになど、お目にかかったことが無い。
某動画サイトならば、『誰だお前』のコメントが弾幕となって流れてくるレベルである。
きっとそこには、(首が折れる音)だとかウワアアアアアアといったコメントも交じっているのだろうが。
これは最早、さやかが憑依系主人公に成り代わられているのだと説明された方が、ほむらとしてはまだ納得がいくレベルである。

「貴女、本当に美樹さやか……?」
「ある意味、違うのかもしれないけど」

そして、指に輝く指輪を見せてぶらぶらと振って見せる美樹さやかが何を知ってしまっているのか……ほむらは、察してしまっていた。
それにしては、まだ美樹さやかのメンタルがあまり崩れていないような気もするものの、逆行者だからこそ抱いているこの違和感をどう説明すれば良いものか。
というか、さやかのオツムの出来を考えるのならば、その説明は厳しいミッションになることは想像に難くない。
……したがって、ここでは突っ込みを控えるべきだという思考が、前面に出張って来た。

「……そう。巴マミから、聞いたのね」
「ううん。マミさんのソウルジェムを奪って逃げたヤツが居てさ、そいつをあたしは探してるってワケ」

ところが、当たり障りのない返し方を実践したと思っていたら、どうやら奇妙な方向へとズレていたらしい。
それもそれで、ほむらの気を引く展開である。
もちろん優先順位の一番上は揺るがないが、暁美ほむらの中で巴マミという師匠の存在は、どうでも良いと思えるほど小さくも無いのだ。

「それは、誰が?」
「黒い魔法少女だよ。眼帯してる奴なんだけど……」

……そんな特徴的な人物が、暁美ほむらの記憶野の中に二人も存在している筈は、無かった。
暁美ほむら自身がその魔法少女と共に過ごした時間は、驚くほど短いが……記憶に深く刻まれた印象は、何度世界を繰り返そうとも、早々に忘れられるものではない。

「心当たりがあるわ」
「おおおっ!? さっすが電波女様は格が違ったっ!」

もちろん、鹿目まどかの残した印象とは真逆の意味においてである。
ほむらが経験した時間軸の中で、今回に匹敵する程度にはイレギュラーが多かった、白と黒の二人組の魔法少女に翻弄された世界。
……そして、鹿目まどかが契約する事無くデッドエンドを迎える、最悪のシナリオが実演された悪夢のような時空間でもあった。

「『呉キリカ』……それが、眼帯の魔法少女の名前。見滝原中学の3年生よ」

――安心して、絶望できる。

忘れる筈も、無い。
ほむらの時間操作に匹敵する程の希少能力を持ち、二人で組めば暁美ほむらの時間停止からの攻撃でさえも防ぎ切れる、彼女達の連携を。
そして呉キリカの存在を思考に登らせた時点で、当然ながら暁美ほむらは、思い出しても居た。
ほむらの視点では久しく顔を合わせていない、未来を見つめる白い魔法少女の能力を……



その頃、マミの捜索に明け暮れていた杏子・トーリペアはと言えば……

「あの人、ですかね?」
「みたい、だなぁ」

昨日からの活動の甲斐もあり、ようやく目的の人物へと辿り着いていた。
杏子としては、こんなに早く見つかるとは思わなかった、というのが正直な感想である。
一応、効率的な魔女探査の方法は巴マミから伝授されているものの、それは飽く迄対魔女専用に過ぎないのだから。
事故や自殺の多い場所を探せば良いという訳でも無く闇雲に追及の手を広げたのに、こんなにも順調に探査が進んだのは……やはり、飛行能力を持つトーリの力があってこそだという事は理解できている。

だが、しかし。

「不意打ちで一気に殺っちゃいます?」

現在は対象を上空から観察している状態なのだが、杏子はその様子に違和感を抱いていた。
美樹さやかや巴マミと同じ見滝原中学の制服を着た、黒髪の目立たない女。
それが、杏子の観察出来た身体的特徴だった。
そしてそれ以上に気になるのが、

「あいつ……何でこんなところに居るんだろうな?」

その魔法少女の突っ立っている、場所である。
とある河川にかかった歩道兼自動車用の橋の隅で、その場所には何の変哲も無かった。
……だからこそ、杏子は気になるのだ。
まるでその魔法少女の様子は、網を張って獲物を待っている蜘蛛のようだ、と思ってしまうのである。

「アンタ、マミの奴のジェムを返してくださいって、言って来いよ?」
「流石に、それで返してくれるぐらいなら奪わない、ような……?」

おそらく、杏子も本気で言っている訳では無いのだろう。
どう判断すべきか迷ってしまったため、トーリに意見を求めているに違いない。
とは言えトーリには前線に立つという選択肢が基本的に存在しないのだから、打てる手は必然的に限られてくる。

「戦闘能力に乏しいワタシとしては、杏子さんの不意打ちの一撃で落としてほしいです」

昨日さやかから聞いたところによると、地上の魔法少女はサイコさんらしいので、きっとタイプ一致弱点の三倍ダメージを与えられる筈である。
一方、何だかトーリが失礼なことを考えているのではないかという唐突な疑心暗鬼に捕らわれた杏子だが……次の瞬間には、頭を切り替え直していた。
これでも、佐倉杏子は歴戦の強者なのだから。

「アタシは飽く迄手伝いのつもりだったんだけど……乗りかかった船だし、やっちゃうか」

杏子としては、マミの現在の弟子であるトーリに主体となって欲しいという願望もあったのだが……こればかりは、仕方ないと思ってしまっても居た。
先日、碌に動きを洗練もしていない美樹さやかに簡単に押し倒されてしまった辺りから、トーリの近接戦闘能力の低さを見積もっていたためである。
さやかに対して油断していたという点を差し引いても、おそらくトーリの能力は杏子や未だ名前も知らぬ敵の足元にも及ばないだろう。

「一回降ろしましょうか? それとも、狙撃出来ます?」
「そういえば、まだ相手から見つかってないんだったっけ。あんま得意じゃないけど、そっちもアリだな」

そんな姑息な手なんて思いつかなかったぜ!
……などとは、流石に杏子も思っては居ないだろうが。
そもそも、敵だって巴マミに不意打ちを喰らわせているのだから、御相子である。

手早く深紅のソウルジェムを輝かせ、杏子は身の丈程度の細身の槍を取り出す。
……取り出した、だけだった。

何故か杏子は投擲のモーションに入る気配も無いままに、ソウルジェムを確認したり槍を擦ってみたりという不思議な挙動を取っているのだ。
槍を生み出した際に杏子の身体がビクリと揺れたように、トーリには思えたのだが……それと何か関係があるのだろうか。

「どうかしましたか?」
「いや、アタシとしては、ポッキーサイズの吹き矢的な槍を作ったつもりだったんだけど、何でか何時ものヤツが出てきちゃってさ……」

左手の指を広げて、その予定のサイズをトーリにアピールしてくれる杏子。
だが、そんなことを言われても、トーリとて何を返せばいいのやらである。
今度そのポッキーというのも食べてみたいです、などとボケる空気で無い事ぐらいは分かるのだが。

「まぁ、良いか。あんまり揺らすなよ?」
「了解です」

そして、漸く振りかぶった態勢を取る杏子の姿を目に収めながら、トーリは……ふと小さな疑問に思い当たっていた。
敵は何故巴マミのソウルジェムを砕いてしまわないのか、ということに。
そんな物を持っているせいで、今だってまさに投槍の餌食になろうとしているのに、その危険を負ってまでジェムを保存しておく意味があるのか、と。

だがしかしその違和感は、トーリが杏子を静止するための決定的な懸念には成り得ず。
かくして槍は……離れてしまった。
杏子とトーリの、手から。


地表に佇む制服姿のままの魔法少女の口元が……ニヤリ、と歪んだ。



・今回のNG大賞
「串刺しにして河に突き落としてやるぜ!」
「それ、生存フラグですよね……?」

The・お約束。

・公開プロットシリーズNo.66
→灰色単色ヤミーがバイソンとリクガメの二種類しか存在しないという驚愕の事実に、最近気づいたんだぜ……まぁ、青単色も少ないけど。



[29586] 第六十七話:ダイナミック起床
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/14 02:56
杏子の投擲した槍が目標に到達しようとした、まさにその時だった。

「なっ……!?」

槍を回避した呉キリカの足元の石橋が……崩壊したのは。
綺麗に並んでいた石柱がまるでドミノ倒しのように次々と転倒し、絡み合った鉄筋が千切れて、河川の流れの中に消えて行く。
腹の底に響く独特の振動と砂埃が、その崩壊劇の規模の大きさを示してくれて。
上空まで響き渡る、石が砕けてぶつかり合う音は、杏子たちの目の当たりにした光景が見間違いでは無い事を教えてくれていた。

「杏子さん!? どれだけ腕力持て余してるんですか!?」
「馬鹿野郎!? どう見てもアタシのせいじゃねーだろうが!?」

素で杏子が脳筋系魔法少女なのかと疑ってしまったトーリは……色々と、勘が悪いのだろう。
身近にももう一人、あまりオツムの出来が宜しくない仲間が居たからかもしれない。
誰の事かは、読者の皆様のご想像にお任せするが。
それは、ともかく。

二人の目を引いたものは……もう一つ、あった。
石山の一片を砕いて、粉塵を纏いながら瓦礫の底から這い上がってきた、一匹の恐獣。
白い肌に、紫色の鎧のような外殻を身に纏い、その緑色の目は生物的な筈なのに、何処か無機的な冷たさも印象付けてくれる。

「何だ、アイツ……?」

ぽつりと零れ出た杏子の呟きは……恐獣の雄叫びに、塗り潰された。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十七話:ダイナミック起床



Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×2
クジャク×2
コンドル×3
クワガタ×1
トラ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2


杏子とトーリがとある巨橋の上空に差し掛かる、少しだけ前のことだった。

「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
「うるさい! またお前かッ!」

ちょうど、その橋の下に隠れていたアンクの元へと、キュゥべえが姿を見せたのは。
アンクのとったそれは、まるで新聞配達の勧誘に来たセールスマンを相手にするかのような、対応だった。
グリードの中でも真っ先に現代へと対応したアンクだからこその、反応だったのだろう。
尚、呉キリカが屯していた橋の下に偶々アンク達が居た……などという奇運は、あるはずも無い。
当然、キリカはアンク達の監視に付いていたのである。

「早くまどかに契約して貰わないと、殺されてしまうよ!」
「ハッ、そいつは気の毒になァ」

正直なところ、アンクにとって、キュゥべえなどそこらの野良猫程度の存在価値しか持っていない。
むしろ、何処かグリードに似ているキュゥべえが死んでくれるなら、清々するぐらいである。
だが、事態はそれだけには収まらなかったらしい。

「君もだよ?」
「何を言って……」

そう聞き返そうとしたアンクの周囲に、楕円状の影が、出現したのだから。
アンクの借りている鹿目まどかの小さな身体をすっぽりと埋めるような、大きな影が、足元に現れたのである。
そしてアンクは、見た。
上空に映る、人間より一回り大きな体から短い手足を生やした、不恰好なヤミーの姿を。
……そいつが、腹を見せながら一直線にダイブしてくる、様を。

お察しの通り、キュゥべえを捕獲するためというこの世で最も下らない理由によって生み出された、リクガメのヤミーである。
周囲にガメルの姿が見えないのが若干気になるところだが……奴なら、ヤミーを作った当初の欲望に飽きて別の行動に移っていても全く不思議では無い。
予期せずにヤミーと逸れてしまったという線も捨てきれないが。
もちろん、そいつはキュゥべえさんを追ってこの場にやってきた訳なので、アンクは完全な巻き込まれ損である事は疑う余地が無い。
というか、キュゥべえも間違いなく、意図的にアンクを巻き込もうとしている筈だ。

「何だとッ!?」

そして、何とか子供の身体一つを操ってその真下から逃げ出したアンクは……しかし、それだけが限界だった。
先程からずっと、会話にも参加できずにただ意識を静め続けていた『使えるバカ』の救出など、出来なかったのだ。
だがしかし……アンクが、その青年の名前を口に出すよりも、早く。

『プテラ トリケラ ティラノ』

青年の身体の中から飛び出した紫色のメダルが、リクガメヤミーのボディプレス攻撃を……弾き返していたのである。
我が目を疑う事が最近頻発しているアンクの驚愕をよそに、映司の腰に巻きっぱなしだったドライバに飛び込んだ紫のメダルは、自動的にスキャナに読み込まれて。

……そいつは、再来した。
翼竜の羽と肉食竜の尾を持ち、肩からは強靭な草食竜の角を堅持する、暴虐の王の姿が顕現していたのだ。
見る者を凍え付かせる冷気を振り撒きながら、罅割れた地面の中に出現させた巨斧を、取り出して。
雄叫びをあげるその様子には、およそ理性と呼べるものが存在しないように思える。

リクガメヤミーの放つ鎖付きの鉄球を、斧の一振りにおいて弾き返し、軌道を逸れた鉄球は橋の石柱に蜘蛛の巣状の爪痕を残す。
それならばと接近戦にかかるヤミーだったが……それも、愚策の一つに過ぎなかった。
当然、カメの短い手足から繰り出される遅い打撃など、恐獣の本能による反応速度には敵う筈も無く。
最後の足掻きとばかりに跳躍して、回転しながらの体当たりを仕掛けてくるリクガメのヤミーは、一縷の望みを抱いていたのだろう。
純粋な力比べなら勝ち目がある、と。

だがしかし、現実は非常だった。
薙ぎ払うように振るわれた横方向の一閃が……リクガメのヤミーを、真っ向から打ち返していたのだから。
弾き返されて背後の石柱に直撃したヤミーは、既に耐久力の限界を迎えていたらしく、その身をセルメダルへと返してしまっていた。

その光景を目にしながら、アンクの頭の中には、既に嫌な予感が蔓延していた。
あの状態になったオーズには、おそらく理性と呼べるものはまともに機能していない。
先日は、鹿目まどかが身を挺して止める事は出来たものの、アンクとしては出来る事なら真似はしたくないのである。

……アンクがそう思っていた、矢先だった。
何かにヒビが入る時に特有の、ピシリという音が、アンクの耳に飛び込んできたのは。
厄介事というか、不幸な出来事というか、そんな何かに巻き込まれる気配を重々しく感じながらアンクがその音の方向へと振り返ると……

「まさか……ッ!」

石柱に刻まれた割れ目が、見る間に広がっていく様子が観察できた。
おそらく、鉄球やヤミー本体が叩きつけられた衝撃に加えて、オーズの身体から噴き出す冷気が素材自体の耐久性を低めてもいたのだろう。
当然、アンクが後ろも振り向かずに川へと飛び込んで逃亡を図ったのは、説明するまでも無かった。
アンクは、川を流れていればとりあえず助かるのだという世界の法則を理解する怪人なのだから。
かくして、リクガメヤミーとプトティラの戦いに巻き込まれた石橋は……崩壊の運命を辿ることとなったのである。


そして場面は、冒頭へと戻る。
雄叫びをあげた恐獣が、その足場の付近に刺さった一本の槍に視線を移すのを、杏子の視覚は捉えていた。
……直後に、そいつの緑色の目が、杏子たちの方へと向いたことも。

「何か、嫌な予感しねーか……?」
「……そうですか?」

両者の抱いた印象は、一致していなかったようだが……次の瞬間には、どちらの直感が優れているのか、審判が下されることとなった。
翼を広げた紫色の影が、瞬く間に二人へと肉薄したのだから。

杏子が咄嗟に具現化して突き出した槍も、瞬く間に根元から綺麗に切断されて、しまって。

「どういうことだ、オイ!? 見滝原はいつから人外魔境の地獄になっちまったんだよ!?」
「魔法少女がそれを言いますか!?」

この変な化けものは、まだ日本にいるのです。たぶん。
……というか、聞く相手が悪いとしか言い様が無い。
答えたそいつは、魔法少女で怪人でオリ主というゲテモノだというのに。
これを仮面ライダー的に例えるならば……アンデットがミラーワールドで鮫のライダーに変身しているようなものだろうか。
ただ、この作品のクロス先の世界の代表者も何気なくタカでトラでバッタというイロモノな辺りは……色々と、気にしたら負けなのだろう。おそらく。

強度を意識しながら新たな槍を生み出しつつ、巨大な斧を振り回しながら飛び寄る恐獣の一撃を受け流し、佐倉杏子は状況の把握に努めていた。
そもそも互いに空中に居るという事もあり、相手の攻撃力が高くても地面に叩きつけられない限りは簡単に致命打を負うことは無い、というところだろうか。

そして、ボケる余裕さえ持たずに逃げ回っているトーリは……色々と、必死だったりする。
まず、恐獣の特徴的なベルトと胸元の円環を確認した段階で、そいつがオーズである事は察したのだが……

「杏子さんっ! 何とか撃ち落せませんか!?」

オーズに討伐される理由に心当たりがあり過ぎて、映司が暴走しているという所まで思考が辿り着いて居なかったりする。
具体的に心当たりとは、そもそもトーリがヤミーだとか、コアメダルを隠し持っているとか、終いには勝手にセルメダルをクズヤミーに使ったこと、などである。

「お前こそ、振り切れよ!」
「そんなの、杏子さんが居なくても無理です!」

トーリは、杏子を囮にして一人で逃げるルートも考えてみたものの、オーズの狙いがトーリである可能性が怖いために実行できないのだ。
しかもオーズの方が速度は上なのだから、防御手段に乏しいトーリとしては、杏子を手放すと逆に死亡率が跳ね上がってしまいそうな始末である。
空中でクズヤミーさんを投擲しようものならば、相手に届く前に自重で落下していくであろうことは、想像に難くない。
ロストに対して実践した戦法は、相手が地上に居て、直後に隙が出来る見込みがあったからこそのものであって、この状況には似つかわしくないのだ。

「……あと、何だか寒くないですか?」
「やっぱりコレ、速度と高度のせいじゃ無さそうだよな……?」

加えて、杏子の槍先と腕にいつの間にかこびり付いた氷粒が……二人の心に新たな不安の種を蒔いていた。
高速で飛行を行えば体感気温がある程度下がるのは当然だが、おそらくそれは現状において然程意味を持っては居ないのだろう。
何故なら、強襲を繰り返すオーズの周囲から、きらきらと光る飛礫が常時落下しているのが確認できるのだから。
おそらく、あの迸る冷気が紫のオーズの特性であり、近接するごとに杏子は体温を奪われているという事である。
今は直に接敵している杏子の武器と腕回りだけで済んでいるが、トーリの翼を凍らされた日には、色々と詰んでしまうのは説明するまでも無い。

「何か手は無いんですか!?」

巨大な斧を振るって襲い来るオーズの、何度目になるかも分からない猛襲を弾き返している杏子の身体は、既に大分冷気に侵され始めているらしい。
腕の他にも、スカートや髪の端といった体温の届き辛い部分は既に白い粒子に覆われ、吐息にも白さが見受けられた。

「まぁ、実は心当たりはあるんだけどな」
「流石ベテランですっ!」

だがしかし、神はトーリを見捨てては居なかったらしい。
何と、先輩の魔法少女である杏子が、道を切り開いてくれそうなのである。

「ちょっと重くなりそうだけど、頑張って飛べよっ!」
「了解です!」

杏子が口にした心当たりという言葉の内容は……先程の不思議な現象のことであった。
小さい槍を作ろうとしたら、通常サイズのものが出てきてしまった件である。
……そして、その時に発生した、まるで身体の中に電流が走るような感覚の事も。

しかも、その感覚は……断続的に、現れていた。
槍を生み出すたびに、その違和感が身体の中を駆け巡るのである。
別に、先日戦ったヤミーが謎のモズクパワーアップを遂げた事とは、関係ない……筈だ。
しかし、現実問題として、槍の強度は杏子が想定しているより遥かに上等なものとなっていた。
更に、更に杏子の興味を引いたのが……それらの魔法を使った時に、なんと杏子は魔力を消費していないのである。

「モノは……試しだ!」
「えっ!? 確証無いんですか!?」

蝙蝠女の情けない声をよそに、杏子は仮説を立てていた。
それは……現在の杏子が、何故か魔力を使い放題でしかも魔法が強化されているという意味不明なモードに入っているという事である。
つまり、全力でいくらでも攻撃できるというチート状態にあるわけだ。
杏子としては何故そうなったのか理解不能ではあるものの、使えるものを使わずに死ぬ程の死にたがりでも無いつもりである。

宝石形態へと移行させたソウルジェムを掌に握って、杏子は、イメージする。
自身らを追ってくる獰猛な怪物を仕留める、必殺の武器を。

「重っ……!」

耳元から聞こえる弱音を無視しながら、杏子は自身が生み出したモノへの確認を行っていた。
……金色の柄に、その繋ぎ目から姿を主張する鎖。
赤い装飾の施された穂先は、まるで龍の口のように二股に割れて、向かい来る恐獣の姿を真っ向から捉えていて。
その太さは、中学生が両手を回しても抱えきれない程の力強さを主張しており、折れ曲がった胴体によって、二人を守るようにぐるりと蜷局を巻いていたのだ。
杏子の持ちうる最大の召喚槍の姿が、それだった。

「竜には龍ってな!」

次の瞬間には槍の頭が、紫の恐獣へと正面から跳びかかる。
巨体が空気を押し退ける音と共に鎖のしなる手応えが、杏子のソウルジェムへと返ってきて。
だがそれに反して、辺りを支配したのは……甲高い金属同士を擦り合わせた時のものによく似た、音だった。

「えええええっ!!?」

切り裂かれて、居た。
杏子の召喚した最大の槍が。
頭の先から、それを真っ二つに割りながら猛進してくるオーズの姿が、トーリの視界には映っていたのだ。

だからこそ、次に目にした光景に、トーリは驚きの声を出すことさえ適わなかった。
そのまま殺られてしまう自身の姿を想像してしまっていた思考に、その光景は何の遠慮も無く、割り込んで来ていて。
……オーズがその翼を失い、真っ逆さまに地面へと落ちて行くことなど、想像出来たはずも無い。
それを為したのは……

「アタシは……一筋縄でいく女じゃないってことだ」

切り裂かれていた筈の、二本の槍先だった。
半分ずつの太さになっていたそれらが向きを変え、背後からオーズを襲ったのである。

そして、石橋だった瓦礫の山に叩きつけられたオーズは、すぐさま立ち上がろうとする仕草を見せていたが……どうやらそこで体力が尽きたらしく、そのまま倒れ込んでしまっていた。
映司の状態が万全であったのなら、すぐさま翼を復元して襲い掛かっただろう。
だが、映司は一昨日の連戦の後に眠り続けて、ようやく体力を戻しかけていた人間なのである。
ひょっとすれば、人間を傷つけることを拒む映司の無意識が紫の力への歯止めになったのかもしれないが……杏子とトーリは、そんな事など知る由も無かったのだった。


そして、遠方にて人間の姿へと戻った映司を視界に収めながら、トーリは今後の予定について考えを巡らせていた。
映司にトーリの正体を気付かれていたのならば、もはや呑気にセルメダルを集めている場合では無いだろう。
体力が尽きて気を失っていると思しき映司に止めを刺さなければならない。
それが、ヤミーとして正しい行為である事は疑う余地が無かった。

そのはず、なのに。
トーリの頭の中には、映司を救うためと言っても過言では無い、都合の良すぎる仮説が生まれてしまっていて。
……映司がトーリを狩ろうとするのは仕方が無いとしても、初対面の筈の杏子にまで躊躇なく攻撃してくるのは、不自然だ。
だから、今日の映司の行動には、相手を認識出来ていないような理由があるのではないか、と。
そう、自分でも可能性が低いと思ってしまうようなご都合な展開があれば良いのに、と何処かで思ってしまっている。

「コイツ、どうしようか」

近寄ってみて、改めて映司が気絶しているのを確認しながら。
槍を握って警戒心を露わにしている杏子の声を聞いても、未だにトーリは意を決することが出来ずに居た。
映司が襲い掛かって来たのが何かの間違いで、また一緒にグリードの復活方法を探せたなら、という希望的な観測が頭から離れないのだ。
そんな思考が意味する事象を……トーリは未だ、自覚しては居ない。
そのアイデンティティの根本に位置するのは、やはり自身がヤミーであるという認識で。


そんなトーリが決めた行動とは、

「……とりあえず、メダルとベルトを没収しておきましょう。そうすれば変身できない筈ですから」

えらく優柔不断で中途半端な、それであった……



・今回のNG大賞
バイソンヤミー「この世界のヤミーの寿命の短さは異常……」
リクガメヤミー「まったくだ!」

クワガタヤミー「余裕で10話分以上生きてましたが、何か?」

……何故か、ヤミーの各色の間で著しい寿命の格差がある気がしないでもない。
まぁ、クワガタさんは、間にロスト編を挟んでしまったからな訳だけども。

・公開プロットシリーズNo.67
→前半で出てくる筈のヤミーを最終フォームで相手にしたら……こうなるのは仕方ない。



[29586] 第六十八話:遅れた役者
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/18 05:59
「本当に大丈夫なんだろうな……?」
「たぶん、としか言い様が無いですねぇ……」

佐倉杏子からの訝しげな視線を受けながら、トーリは手元に取り寄せた物品の確認作業を、ようやく終えていた。
結果、黒い外装に水色のラインの走った変身アイテム『オーズドライバー』に、赤5枚と緑1枚・黄色1枚の合計7枚のコアメダルが、没収した品の全てであった。
あの紫のオーズの姿こそ気になるものの、その品々の中で最もトーリを驚かせたのが……やはり、赤の5枚である。
一昨日に出会った翼人がその持ち主であったとしか、思えないのだ。
これはつまり、映司がアンクを復活させる条件を揃えた事を意味している。

逆に言えば、メダルが揃ったにもかかわらずアンクが復活していないという事は、映司がグリード復活方法を未だ知らないという事なのだろうか?
むしろ、何らかの手段でグリードの復活方法を映司が知ってしまったから、あの翼人が生まれた?
あの知能不全な赤い翼人が、アンクを復活させようとした際の失敗作だと言われれば、納得してしまうような?
翼人襲来の前夜にトーリがクスクシエを訪れていた間に、公園に一人残された映司が、トーリの想像もつかないような何かを実行したのか?

「事情は良くわかんないけど、兎に角あの魔法少女を追うぞ? まだ近くに居るかもしれないし」
「どちらの方向に行ったのか、分かりますか?」

トーリとしては、赤メダルの出所と映司の意図が気になって仕方が無いところだが、当の映司が揺さぶられても目を覚まさないのだから、打つ手なしである。
というか、起きられてもどう接して良いのか分からないのだが。
そしてトーリは……問いかけられた佐倉杏子の目が微妙に宙を泳いだのを、見逃さなかった。
その視線が、杏子自身のソウルジェムの方へと落ちたことも。
現在は二人とも地面に足を付けているために、トーリからは杏子の挙動がよく見えるのだ。

「見失ったんですね」
「うるせーな! ちょっと『無限の魔力』について考えてたんだよ!」

杏子がキリカを見失ったことは……事実だった。
だからこそ、その言葉は誤魔化しのために用いられた筈だったのだが、それ自体が初耳であったトーリはそこに突っ込んでしまう。

「無限の魔力……?」
「ああ。そういう奴が居るって聞いてな。だけど、さっきアタシも似たような状況になってさ」

杏子は、先程の意味不明なチート状態を思い返しつつ、自身の現状把握に努めてみた。
確認してみたところ、ポッキーのような小槍を生み出そうとすればその通りのサイズの物が生まれ、魔力もしっかりと消費しているという正常な状態に戻っているようだった。
自身に原因があるのか、それとも外因があるのか、若しくは両方か。

「前の町に居た時には無かった現象だし、無限の魔力を持つ魔法少女っていうのは特定の誰かの事じゃなくて、この町で一定の条件が揃うと現れるボーナスみたいなモンなのかなぁ、って」

その辺りもキュゥべえに問い詰めてみたいという気はするものの、杏子は能動的にキュゥべえに会う方法を知らないのだ。
杏子の認識としては、キュゥべえと会話を交わすときには基本的に、何処からともなくキュゥべえが現れて来るものなのである。

「なるほど。その条件って何ですか?」
「それが分かってたら、マミ奴の捜索なんてしねーよ」

ただ、それにしては妙だ、とも杏子は思ってもいた。
先程の杏子が余程運が良かったのかもしれないが、それにしても、美樹さやかが何の情報も持っていなかったというのが引っかかるのだ。
奴が契約してからどれぐらいの時間が経っているのかは不明だが、情報の片鱗ぐらいは知っていても良さそうなものだと思ってしまうのである。
まるで、スマートブレイン社に用意された部屋に住んでいるのに会社を裏切った後も平然とその部屋に住み続けられるような、言いようの無い不自然さが存在しているように思えたのだ。

「まぁ、どの道マミの奴が賞味期限切れになっちまうから、一旦アタシの借りてる部屋まで戻らないといけないんだけどな」

別に、年齢的な意味では……ない筈だ。
マミさんの外見と大人びた口調から、しばしば忘れられがちだが、彼女は未だ中学三年生なのである。
なんと、某テニス漫画の王子様と、二つしか年齢が違わないのだ。
中二病を少し長引かせていても、死ななくたって良いじゃ無い!
杏子とて、奴の胸部の脂肪は少しぐらい朽ちた方が良い、ぐらいには思っているかもしれないが。

「ワタシは、ちょっと鴻上財団に情報収集に行ってこようと思います。後からそちらに向かうので、待っていてください」

そしてトーリも……疑問を解消せねば、なるまい。
映司がグリード復活の手掛かりを掴んだとすれば、その情報源として最も疑わしいのは、間違いなく財団しか無いのだから。
結局トーリは、映司に止めを刺すことも無く、かと言ってその身を助けるわけでも無く。

ただ……その身を、壊れた石橋の傍らに放置したのだった。
その選択が導く未来は……果たして、如何に。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十八話:遅れた役者



Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×1
コンドル×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2


そして、濡れ鼠になりながら河からあがったアンクはと言うと……

「ずいぶん、流されたなァ……」

橋のあった場所が大分遠くに見える事に、辟易していたりする。
肩や頬に張り付く中途半端な長さの髪の感触も、微妙に気持ち悪くて。
ぶるぶると身体を震わせてみると、その不快感が少しだけ拭われると共に、冷えた身体が少しだけ温まったように思えてくる。
グリードでは感じることの出来ない筈の五感も、こんな時に限っては邪魔臭い足手纏いに成り下がってしまう。

「ったく、不便な身体だ」

これも全て鹿目まどかのせいだ、と愚痴るアンク。
というのも、水に飛び込んだ後に鹿目まどかの脳内から『泳ぎ』に関する記憶を漁ったところ、該当項目ゼロ件という不測の事態に陥ったのである。
検索人間ならば地球の記憶から探し出せただろうが、残念ながらアンクは魔少年と呼ばれるには色々な条件をオーバーしているのだ。
申し訳程度に水に浮くための記憶は見つかったものの、役に立たない事には変わりが無い。

「唯一知ってるのが出来損ないの犬掻きとは、酷いモンだ……」

結局、鼻や肺に水が入って痛いわ、髪が身体に張り付いて鬱陶しいわ、水分のせいで寒いわ、散々な有様となっている訳である。
もう一度身体を震わせて、寒さを軽減しようとするものの、これでは裸の方がまだ過ごしやすいのではないかというレベルだ。
もちろん、そんな姿では即補導されてしまうので、絶対にやらないが。
鹿目まどかの起伏の少ない身体を見て得をする人間が居るのかという疑問もあるものの、活動の利便性を考えれば当然の選択であった。
映司がパンツ一丁という紳士装備のせいで被っていた不都合を考えれば、当たり前である。

一応、スカートの裾や借り物の上着などからは少しだけ水分を搾り取ることが出来たので、多少はマシになってくるというものだ。
河原を歩いて元石橋のあった方角まで歩くと共に、空中にて繰り広げられるオーズと魔法少女達の戦いを視界に収めながら。
アンクは紫のメダルについて、考えていた。
オーズの動きを見る限り、あの『紫』は、下手をすれば赤メダル以上の出力を誇っているかもしれない。
そして、その隙を狙って紫コアを奪い取れれば、更なる進化を見込めるのではないか、と。
……だが、

「どっちにしても、コイツを取り込んでから、か」

唯一手元に残っている赤メダルを思い浮かべながら、アンクは考えを纏め始める。
結局、ロストの意識コアを取り込んでからでなければ、何をするにも不安が大きすぎる、と。

だがしかし、予想外の事態とは、概して立て続けに起こってしまうものなのである。
魔法少女ペアが映司を置いて去って行った後に……人間が、その場を訪れたのだ。

「あいつは……」

アンクは、その人間に見覚えがあった。
鹿目まどかの記憶を漁るまでも、ない。
やけにガタイの良いそいつの姿は、あまり近くから眺めている訳では無いアンクでも、一目で見分けられる。
確か……バースとかいうモノに変身する男だ。

実は、伊達はゴリラのカンドロイドに導かれてリクガメヤミーを追って来ていたのだが、アンクは流石にそこまで察することは出来ていなかった。
ヤミーを感知する何らかの手段があるのだろう、ぐらいの可能性は疑っているが。
奴に関わるのは面倒だ、と判断したアンクは、両目を合わせて3.0にも及ぶ鹿目まどかの視力を有効活用し、伊達等の姿を窺うことが出来るギリギリの距離からの観察を試みる。
そして、目を細めて様子を窺っていたアンクは……更なる不測の事態を、目の当たりにしていた。

映司の傍らに駆け寄って座り込み、何らかの処置やら測定やらをしていたと思しき伊達が、その場から暫く動かないと思いきや、近くを通り掛かった車を停止させたのだ。
もちろん腕力的な手段は用いず、車道に向かって親指を立てるという由緒正しい方法によってである。
いわゆるヒッチハイクという伝統的な手法なのだが……その一連の動作がここまで様になっている日本人は、彼ぐらいなものだろう。
一発で成功させた辺り、色々と手慣れ過ぎていた。

「……ァ?」

かと思いきや、その運転手に何かを伝え、伊達はその後部座席に映司を放り込んでしまったのだ!
もちろん、伊達は衰弱している青年を病院まで運ぶように運転手に頼んだのだが、その一連の流れが自然すぎて、アンクは突っ込みが遅れてしまっていた。
というか、アンクが様子を窺っている場所が遠かったことが災いして、距離的に突っ込みが間に合わなかったという理由もあったりする。
だが、当然、映司を連れ去られてしまう訳にはいかない。
遠目にトーリや杏子の挙動を観察していたアンクは、赤メダルが募集されたことなど察知していないのだから。

必死になって、アンクは駆けた。
短い脚を必死に回して、紛い物の心臓からありったけの血液を送り出して。
ずぶ濡れになったせいで息も苦しく、身体全体が重くなってしまっていたが、それでも尚走る。
だがしかし……現実は、非情だった。

発進した乗用車に対して大声を出せば引き留められる、という所まで達したのに、

「ぜぇっ……げほっ、げほっ……」

息が上がり過ぎて、声が出なかったのである……
目から涙が出そうな位に我慢して走ったというのに、これでは報われないにも程があるというものだ。
膝に両手をついて、酸欠で痛む頭を静めるものの、不便な身体を落ち着かせるには少し時間がかかりそうだった。

「……カナメちゃん、大丈夫か?」

そして、肩で息をしているアンクの頭上からかけられる、声。
その声がアンクにとっての救いに……なったはずも、無い。

「余計、な、コト……しや、がって……」

全部お前のせいだよ、と叫んでやりたい気分で、アンクは胸の中を一杯にしていた。
もっとも、その肺は叫ぶことなど許してはくれず、胸も許容量はゼロに近かったのだが……



その頃、留置所の中で半ば賢者と化している真木博士はといえば……

「カザリ君、この暴走体を見てください。これをどう思いますか?」
「すごく、大きいね?」

留置所の壁に映像を映し出して、カザリと一緒に見ていたりする。
バッタカンドロイドの映像収集能力の、賜物である。
実は、真木に教えて貰うまで、カザリは暴走体の一件を感知していなかったのだが……彼も彼で忙しかったのだから仕方が無いのだろう。
昨日夢見公園が廃墟になっているのを確認しては居たものの、その理由までは把握していなかったのである。

「そいつのコアって、何枚だったの?」
「12枚です」

尚、真木としては、塀の中に居る筈の自分から情報提供をしているのはどうなんだという思いも無いでは無い。
普通は、自由に動き回れるカザリからこの手の情報が入ってくるものではないのか、と。
真木博士がこっそりと事を起こすには、留置所という場所は最適であるものの、これではグリードよりもカンドロイドの方がまだ使えるかもしれない。

「なるほど。じゃあ、博士の次の頼みは……それを回収して、ほむらって子に入れることかな?」

カザリとしては、ようやくメズールを見滝原中学校に潜入させる準備が整ったため、今日アジトに返ってくる彼女が任務を遂行出来ていれば、大幅に行動の自由度が上がるのだ。
……それを待っている間にヒマだったから、留置所を訪れたという訳である。
もっとも、ライダー世界の中学校という物は、20歳のぼっちゃまが平気で転入できるフリーダムな施設だったりするので、意外とカザリさん本人でも何とかなったかもしれないが。

「ええ、その通りです。彼女が受け入れられる枚数は、多くないでしょう。どうやら魔法少女は……メダルの吸収が速いだけのようです。投入した枚数と経過を詳しく覚えて来てください」

暁美ほむらは、驚くべき早さでメダルを取り込んだ逸材でもあるのだが……グリードの暴走体を見てしまった今となっては、その価値は半減してしまっても居た。
真木の見立てでは、おそらく魔法少女は、グリード完全態の半分程度のコアでも暴走してしまう存在である。
もちろん、彼女たちが『完成』するのは喜ばしい事には違いないのだが、世界を完成させるという目的のためには物足りないのだ。

頭の後ろに腕を組んで帰ろうとしている、グリード。
やはり、彼らこそがメダルの器に相応しい。
そう、真木博士は思い始めていたのだ。

「カザリ君。完全態の君なら……あの暴走体に、勝てますか?」
「……当たり前だよ」

蛇の道は、蛇。
その言葉は……真木にとっては、何よりも心強い道しるべと成り得た。
グリードの完全態こそ、世界を終わらせる鍵となる存在に違いない。

彼らの暴走を利用すれば、世界を滅ぼすぐらい造作も無い事だろう。
ようやく、十数年来の悲願が叶う日が、来る。
全てのモノはその生涯を終えて初めて完成するという『教え』を完遂する時が、ようやく訪れるのだ。

「この世界に……良き終末が訪れんことを」

真木博士の傍らに座る気味の悪い人形は、やはりいつも通りの無表情で。
ぽつりと呟かれた言葉を、留置所の静けさと共に飲み込んでしまっていた。

……失われた大切なヒトに呼びかけた一言、さえも。



・今回のNG大賞
「杏子さん。クスクシエから、使ってない業務用冷蔵庫貰って来ましたよ! コレを使いましょう!」
「やめろバカ……でもまぁ、魔力も勿体ないし、仕方ないかもなぁ……」

魂が失われている筈の死体の米神に青筋が立った、ような……

『昨日未明、見滝原中央ホテルの一室より冷蔵庫に詰められた遺体が発見され、警察は身元の確認を急ぐと共に、部屋を借りていた未成年者を死体遺棄の疑いで……』

・公開プロットシリーズNo.68
→まともなカザリさんの方に違和感が出てきたのは、何故なんだぜ……



[29586] 第六十九話:戦・略・崩・壊
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/20 23:48
半裸の浮浪者Aを通りすがりの車に乗せて送り出した直後に、その場に駆け付けた一人の子供。
そいつは……当然というべきか、当たり前のように、伊達明が想定したその人であった。
忘れるはずも無い。
伊達がバースへと初めて変身した際に、一緒に居た子供である。

「ぜぇ、はぁっ……」

身体全体をずぶ濡れにして、息を切らしているその様子は、吹けば倒れてしまいそうでさえあって。
如何にも、明日の朝には咳と熱に苦しんで居そうなテンプレ状態であった。

「カナメちゃんに聞きたい事あるんだけど……とりあえず、何か飲むか?」

さり気なく伊達が懐から取り出した瓶が、黒い地に黄色いラベルの張られたモノであったことは、説明するまでも無い。
会長から仮宿として紹介された施設に大量に余っていたので、何本か失敬していた物品だ。
言わずもがな、仮面ライダーの心強いスポンサー商品であったオロナミンCである。
ただし、大塚製薬は2011年現在、仮面ライダーの裏番組であるサンデーモー○ングの提供画面にその名を連ねていたりするのだが……
フルフェイスのマスクを被っている仮面ライダーが、『飲む』という行為を実演できないためにミスキャストだという事実に、気付いたのかもしれない。

「げほッ!?」

与えられた炭酸飲料を一気飲みしようとして咽ているその背中は、先日に目にしたそれよりも更に小さく思える。
まるで、頬袋に餌を詰めようとする小動物のようだ。
今のところ、咽込んでいるその音色には風邪らしき響きは聞こえないことが、唯一の救いだろう。
落ち着かせるためにその背中をさすってやると……思いの他体温が低下しているのが、感じ取れた。
どう考えても、服が濡れているせいである。
そして、ようやく鹿目まどかは心拍数も呼吸も安定してきたらしい。

「それで、この近くにヤミー来なかったか? この間の虫野郎みたいな奴なんだけど」
「オーズが倒した。お前なんてお呼びじゃないってこった」

毒吐いてみせるその様子には、凄味と呼べる類の物は一欠けらたりとも見受けられなかった。
ただ、小さな子供が意地を張っているだけと言うか、何と言うか。
身震いを抑えている鹿目まどかの仕草を見れば、そいつを恐れろという方が無茶な話だろう。

「オーズって、何か会長から聞いた気がするなぁ。じゃぁ、さっきここの上空で戦ってた奴らは? 遠くて良く見えなかったんだが」
「オーズが暴走しただけだ。人間の出る幕じゃない」

つれない。
何だか、人間の心の冷たさに連日凍えている気分である。
まぁ、実際に水をぶっかけて来たメズール様は色々と別格なのだが。
もっとも、現状凍えているのはアンクの方だったりする辺り、社会全体が世知辛いのかもしれない。

「もしかして俺、何かお前さんの事、怒らせたか?」
「……当たり前だッ!!」

キレられた。
最近の若者は、どうしてこうもキレやすいのか。
殴りかかって来た小さな拳を掌で軽く受け止め、その襟首を掴んでひょいと持ち上げてやれば、簡単に無力化することが出来たが。

「離せ!」

噛み付かんばかりの威勢で、目つきの悪い顔を作って伊達を睨んで来るものの、やはり脅威には感じられなかった。
短い手足をじたばたと振り回しても、伊達には届く筈も無い。
単純な身長差だけでも30センチ近いのだから、当然である。

「そういえば、ひょっとして俺に何か用事があったのか? もしかしてそれが怒ってる原因?」
「そうだ! 映司を何処に送った!?」

そして、この子供の方から伊達の方へと駆け寄ってきたのだという事を、伊達は覚えていた。
当の少女本人は、若干忘れかけていた気配も否めないのだが。
何故か、鳥頭という単語が脳裏を過った伊達だったが、とりあえず質問への答えを提示する方向へと思考を働かせる。
映司というのはおそらく、伊達がヒッチハイクで捕まえた車に放り込んだ男の事だろう。

「なるほどなぁ……」
「……早く答えろ」

伊達が……ニヤリと笑った。
そんなふうに、アンクには思えた。
何だか、物凄く嫌な予感がしているのだが、コイツに答えて貰わない訳にもいかない。

「惚れてるって感じじゃないから、何となく家に帰り辛い時に出会って、一緒に居るうちに情が移った、ってトコだろ?」

おそらく、伊達は男女の仲的な意味で言っているのだろう。
だが、微妙にアンクと映司の現状には合っている気もする。
アンクが他のグリードのコアを持ち逃げしていた時に、それを助けた男が、映司だったのだから。
そして、一緒に居るうちにという言い回しも、どこかしっくり来るところがあるものだ。

「だったら何だってんだ。良いから早く映司の場所を……」

舌打ちをしてみるものの、伊達はてんで怯む様子も見せない。
もし泉信吾の身体があったとしても、コイツを怖気づかせる事が出来たとは思えないが、それでも何となく癪である。
何時までも宙ぶらりんのまま吊り下げられているのも、気に食わない。
足を延ばして蹴りをかまそうとしても、服に沁み込んだ水分のせいで全く重心が移動できないのだ。
むしろ、そんな状態の鹿目まどかを片手で持ち上げられる伊達の筋力が優れているというべきなのだが、そこで相手を睨みつけてこそのアンクである。

「教えて欲しけりゃ、兎に角一度、お前の友達のお七ちゃんに一報入れてやんな」
「俺に命令すんなッ!!」

何となく、この子供ならそう言うだろうという気配を、伊達は感じ取っていた。
初めて会った時には割と大人しい印象を与えていたはずだが、そっちが猫被りなのか、もしくは今が強がっているだけなのか。
どちらも本性に思えてくる辺り、ひょっとすると本格的な二面人間なのかもしれない。
だがしかし、ここで退くわけにはいかないのだ。

「俺も自分の命がかかってるからな。そこは退かんぞ?」
「なんだそりゃァ?」

どうも、暁美ほむらさんが伊達の事を未成年者略取犯だと思っているらしいので、伊達としては自身の身の潔白を証明するチャンスなのである。
敏腕弁護士を呼んでもらえば何とかなるかもしれないが、そんな知り合いは伊達には居ないのだ。
もっとも、そんな人物を呼んだとしても、結局解決手段はファイナルベントになる可能性が非常に高いが。
ともかく、命を狙われるまでの段階に達しているのならば、この機会を逃す道理など、ある筈も無かった。

「いやぁ、俺、お七ちゃんに誘拐犯だと思われてるらしくてさぁ」
「知るか。早く映司の場所吐け」

どうでも良いコトを聞かせやがって、という無言のメッセージが、伊達の眉間へと突き刺さった。
人の命が掛かっているというのに、釣れない態度は相変わらずである。
簡単に釣られるのは、その体格に起因する要素だけなのだろう。

「……一緒に警察まで行くか?」
「……それは、無い」

俺もそんな事はしたくないんだがよ、と前置いて伊達が提示した案は……ある意味もっとも常識的なものだったのかもしれない。
もちろん、ずぶ濡れの家出少女などというナマモノを引き渡されたら警官とて迷惑だろうが、伊達としてはそれも致し方ないと思い始めても居た。
もし伊達が自ら鹿目まどかを拉致して暁美ほむらの眼前に引きずり出したりすれば、ほむらからの印象はどん底マッシグラーである事は疑う余地が無いのだから。

「じゃぁ、お七ちゃんに連絡を」
「断る!」

話題のループと拒絶の連続……これ即ち円環の断りッ!
何故かOOO勢ばかりがこの奥義を発動しているように思えるのは、きっと気のせいなのだろう。
ライダーが魔法少女の世界を侵食しているようで、実は逆に円環の世界法則に飲み込まれていたのかもしれない。

「よし、分かった。警察だな」
「なッ……馬鹿かっ!? やめろ、オイ、離せェッ!!」

摘み上げていたその小動物をクレーンゲームのように保持しつつ足を動かし始めた伊達の様子を見れば、アンクだって慌てずには居られない。
だが、相変わらず……手も足も出ない状況を変えることは、出来そうにも無い。
必死に抵抗を試みるものの、そんなものが通じるならば元々釣り上げられている筈も無い

「悲しいけどコレ、お仕事なのよね」
「嘘吐けッ!」
「ああ、バレた?」

アンクの突っ込みも虚しく、ドナドナを歌って誤魔化し始めた伊達の耳には届かず。
かくして、荷馬車伊達号は交番へと一直線に突き進んだのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第六十九話:戦・略・崩・壊



「で? 何の手掛かりも無かったのかよ?」
「済みません……」

佐倉杏子の借りている一室へと戻ってきた後輩が情報収集に失敗して来た件について、杏子はトーリに対する評価を少しだけ下方修正していたりして。
もっとも、杏子にとってトーリというのは良く解らないナマモノなので、扱いが劇的に変化することなど無いのだが。
トーリが情報を集めに行った鴻上財団という集団にしても、杏子は何をしている人々なのか分かっていないのだから、反応の取りようが無いというべきか。

「それよりアンタ、さっきのをどう見る?」
「まさかオーズが飛べるとは思いませんでした」
「紫の奴じゃねーよ! マミのソウルジェムを持ってる方だ!」

トーリとしては、映司が何をどこまで知っているのかという境界は死活問題に発展しかねないので、なるべく知っておきたいという思いは強かった。
もちろん、そんな事は杏子の知ったことでは無いのは、説明するまでも無い。

「……どう、と言われましても。回避に優れた相手ですね?」

頭上からの杏子の投槍をキリカが簡単に回避してしまったところからの、判断であった。
それに対して、ポッキーを噛み砕きながら溜息を吐くという器用な仕草をやってのける杏子は……何だか、白い目を向けてきているような。
何だか、今お菓子を強請っても、断られそうである。
その杏子の様子に気づいて尚、トーリは自身の発言がどう宜しく無かったのか把握出来ていないという有様であった。

「あのオーズってのは良くわかんないけど、どう考えてもアレって罠だろ。あの化物が居るトコにアタシ達をおびき寄せるための、さ」
「ワタシ達では頭脳戦に勝てない、と?」

相手にこちらの作戦を見破られていたのでは、勝ち目は皆無に等しい。
ただでさえ、あちらはさやかを再生怪人のように薙ぎ払える程度の戦力を備えているというのに。
加えて、トーリとて何となく自分のオツムが大した出来で無い事は理解しているのである。

「そこで『貴女達では』って言わない辺り、色々と救いがねーな……」
「言ってたらどうなってたんですか?」
「とりあえず、一発殴ってたけど」

どちらにせよ、トーリには救いが無かったという事らしい。
かつて公式サイトで正体をバラされた狼のアンデットに匹敵するかもしれない仕打ちである。

「ともかく、結構な距離を取ってたはずなのに気付かれたんだし、意外と感知に優れた魔法少女なのかも知れないな」
「速さに加えて感知って……一体、何をすれば勝てるんですか?」

トーリとしては、速さだけならば暁美ほむらさんの方が優れているのではないか、と思う所が無いわけでも無い。
サメヤミーと戯れていた時には、よく訓練された某掲示板民ならば見たままを話すAAを張るレベルの速さによる攻撃を見せてくれたのだから。
トーリでは、防御に徹したとしても10秒間付き合う事も出来ないだろう。
その意味では、呉キリカはチートが過ぎるという訳でも無いのかもしれない。

「それなんだけどさ、遠目に見た感じだと、アイツってそんなに速く無かったよな?」
「ええと、つまり?」

さやかから聞いた話では、敵は凄まじい速度を誇っていたということだったはずだ。
昨日の絶望に満ちたさやかの口ぶりを思い出しつつ、トーリは懸念を口にしてみる。
まさか、さやかが弱すぎたとか、そんな話なのだろうか?
そんなのってあんまりだよ……とまで叫びだせるほど、このオリ主は義理堅くも無いが。
尚、先程の三点リーダの直前に(笑)の文字が見えた気がした貴方は、夜中に電車に乗る時は気をつけると良いだろう。

「感知系能力なら、相手の視線やら何やらを読み取ったうえで、至近距離じゃ反応し辛い特殊な動きが取れるんじゃないか、ってことだよ」
「全速力を出していなかっただけかもしれませんよ」

トーリの慎重な意見に、そうかもしれないけど、と前置きしながら杏子は言葉を継ぐ。
魔法とその使い手が万能では無い事を誰よりも知っている杏子だからこその、疑問と推測を。

「あんまり、一人の魔法少女が出来る事って多くないんだよ? マミの奴だって、必殺技作る時にはそれなりに苦労したみたいだし」
「……今まで個人差かと思ってたんですけど、もしかして私にも伸び代があったりするんでしょうか?」

拘束紐と銃使いのマミに、回復とサーベルのさやか。
この二人は、トーリと比べて明らかに全体のスペック自体が高いような気がしていたのだが……能力は使いようなのだろうか?
どちらも中途半端な印象のあるさやかは兎も角、マミは色々と別格に思えるのだが。
暁美ほむらが火器を用いて戦っているのも、魔法少女としての資質に劣っているせいだろうと思っていたぐらいである。

「知らねーな。ただ、マミの奴が何も言ってなかったなら……まぁ、落ち込むなよ!」

傷付く間もなく、慰められた。
もっとも、生まれた時から魔法少女社会の最底辺に居るトーリは、今更そんなことで挫けたりはしないのだが。
原作のウヴァさんがいくらカザリに馬鹿にされても決して折れない不屈の精神力を持っていたようなものである。
紫のグリードに迫られて尚暴走を拒み続ける鉄の意志を貫徹する雄姿が、最終回のディレクターズカット版には収録されるに違いない。

そんなことは兎も角、杏子の言葉に対する疑問として、トーリが『それ』を口に出してしまったのは……こればかりは、トーリ自身には非は無かったと言えるだろう。

「そういう杏子さんは、槍の他に何か能力を持っていないんですか?」
「……」

……場の空気が止まった、ような。
トーリとしては、当然あるだろう、ぐらいの気持ちで居たのだ。
さやかの回復魔法やマミの拘束魔法のような強力なサブウェポンが当然あるはずだ、と。
杏子があまりに堂々としていたので、まさか自身が地雷原でホッピングのスイッチをオンにしたことなど、想像もしていなかったのだ。

「……あれ? もしかして」
「ほ、ほら、アレだ……アタシって動体視力が良かったり、精密動作が得意で、さ」

あからさまに誤魔化しにかかっている。
あまり空気を読むのが得意では無いトーリでも分かるぐらいに、はっきりと。
杏子が話をはぐらかそうとしているという事が、これ以上ないぐらい露骨に感じ取れたのである。
視線が宙を泳いだとか、声が少し上ずったとか、微妙に汗をかいているとか、その他諸々の理由によって。

「なるほど」
「……えっ?」

そしてその様子を見て何かを理解したのか、腑に落ちたという顔をしている後輩の言葉に、杏子は思わず疑惑の声をあげてしまっていた。
流石に今の言葉のやり取りだけで杏子の思考を読み取られた筈は無い、とは思う。
だがしかし、巴マミから断片的にでも情報が洩れていたりすると、それも有り得ない話では無くなってくるのだ。
果たして、この弱っちい後輩が理解した事は……

「杏子さんも、『こちら側』の人間だったんですね……っ」
「……はぁ?」

てんで、見当外れだったりして。

「ワタシが弱かったんじゃなくて、周りが強過ぎたんだという事が、やっと分かりました!」
「違うだろっ!? つーか、アタシは絶対違うからな!? それに発想が何か色々ダメな奴だなアンタ!?」

尚、この作品に絡める予定は皆無だが、一人の魔女相手に複数人で当たるのがデフォな外伝漫画のかずみ☆マギカという世界もあったりする。
そのため、実の所として見滝原周辺の魔法少女の戦力がインフレしているというのは、意外に世界の核心を突いているのだが。
ただし、それを考慮に入れても魔法少女としてのトーリは平均以下の戦力しか持っていないという事を補足しておこう。

「才能が無くたって良いじゃないですか!」
「こいつウゼぇっ!? 超ウゼぇっ!?」

とは言え、昼間のオーズ撃墜の際には理由の解らないチート状態だったため、杏子の平常運行をコイツにはあまり見せたことが無いような気もするのだ。
クワガタモズクヤミー戦にしても、上空から遠目に見ていたコイツには、その正確な強さは分からないだろう。
同情するようなトーリの視線に目つぶしをぶち込んでやりたい衝動を抑えつつ、杏子は、

「チーム名は何にしましょう?」
「うざいトコばっかマミの奴に似やがってっ!!」
「げぶぅっ!?」

……抑え、切れなかった。
ヤクザキックでみぞおちを強打されて、咽返りながら崩れ落ちる後輩の姿は……やっぱり、頼りなくて。

「…………まぁ、こういうのも偶には、アリか」

きっと、杏子の呟きなんて、耳に入っていないだろう。
何処か、今の状況を楽しいと思ってしまっている自分が居る事を吐露した、杏子の一言を。
その声を聞いていたのはきっと、魂の入っていない巴マミだけで。

安らかな筈のその頬が少し緩んだ……そんな、気がした。



・今回のNG大賞
「アイツってそんなに速く無かったよな?」
「ええと、つまり?」
「さやかが弱すぎたんじゃぁ……」

そんなのってあんまりだよっ!!
マミさんだって、魔法少女は助け合いでしょって、冷蔵庫の中で叫んでるよっ!?

・公開プロットシリーズNo.69
→緩回は心の栄養剤だ!



[29586] 第七十話:Stranger in the dark――信じられるヒト
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/25 20:22
鴻上財団に所属する、とある生体研究所の最奥の一室は、使われなくなった……はずだった。
理由は単純明快。
研究所の所長が、未成年者略取をやらかして、御縄についたからである。
普段から不気味な人形に対して話しかけるという奇行を繰り返していたその男に関して、職員たちは『いつかヤると思ってました』というテンプレのようなコメントを残したとか。
キヨちゃんの愛らしさが理解されない辺り、日本という国の文化深度もたかが知れているというものである。
おそらく、マスコットの座を狙うK氏の陰謀なのだろう。

それはさておき、現在重要なのは、何といってもその部屋なのである。
この日、そんな誰も居ない筈の一室を舞台に、

「よく来てくれたな」

新たな作戦会議が始まろうとしていた。
部屋の中で待っていた一人の男の名は、後藤慎太郎。
鴻上財団の有するライドベンダー隊の小隊長であり、この場所の存在を来訪者にリークした存在でもある。

「久しぶり、後藤っ!」

対して、来客の一人目は、おなじみの美樹さやかである。
年上である筈の後藤に決して敬語を使わない辺り、彼女から後藤への人物評価が窺えるというものだ。
一応疑惑は殆ど晴れているとは言っても、変態ゴミ虫1号という後藤への第一印象が、現在にまで響いているのだろう。
後藤としては、その美樹さやかの目の下にくっきりと現れた黒身が若干気になるところではあるものの、とりあえず先送りにしておいた。

「……お邪魔します」

そして、二人目の客は……不安気に、周囲を見渡している様子を、後藤に見せてくれていた。
計測器具や実験用品しか存在しない空間の中で何に対して警戒心を寄せているのだろうか。
その腰が引けた様子からは、ライドベンダーを素手で殴り飛ばすような人物像は、連想されなかった。
少なくとも、未確認生命体B1号などと言う仰々しい名前は似つかわしくない、と後藤は思ってしまうのだ。
ノートパソコンを閉じて椅子を立った後藤の挙動から、注意を外さないように心掛けていると見える、その子供の姿が。

「そういえば、こうして会うのは初めてだったな。俺は後藤慎太郎。鴻上ファウンデーションの一職員だ」
「……暁美ほむら、です」

おずおずというか、何と言うか。
後藤に浴びせられる視線は、値踏みよりもまず、危険人物ではないかという疑いのものに思われる。
しかも、後藤としてはその原因に関して心当たりがあるのだから、文句の一つでも言いたくなるというものだ。

「美樹。お前……この子に、ある事無い事を吹き込んだんじゃないか?」
「えー? さやかちゃん、なんのことだかわかんなーい」

どう考えても、美樹さやかが『後藤=ストーカー』の図式を暁美ほむらへとインプットしたに違いない。
さやかの態とらしい反応に若干イラっとさせられた後藤だが、この程度で怒っていては、ベンダー隊の小隊長は務まらないのだ。
別に、さやかをウナギカンでライドベンダーに縛り付けて自爆装置を起動してやろうだとか、そんな事を考えている筈が無い。
まぁ、美樹さやかなら、ギャグ補正という名の回復魔法ですぐさま復帰してくるだろうが。

「それはともかく、俺にも謝らなければならない理由もある。先週末の一件は、身内が迷惑をかけてしまったからな」

そう口にしながら暁美ほむらの方へ向き直る後藤に対し、ほむらは口を開かずにその挙動を見守っていた。
先週末の一件という言葉が指す内容は、ほむらが何者かによって拉致監禁の目にあった事件のことで間違いが無いだろう。
ほむらはそれを理解したうえで、謝りたいと言い出した態度の柔らかさと、何故そのことを知っているのかという不信感から、警戒心の針をどちらに傾ければ良いのか判断に余ったのだ。
そして、後藤もそんな心情を、大まかには理解していた。

「済まなかった」

だからこそ、だった。
後藤が……その頭を、下げたのは。
土下座という程仰々しくも無いが、会釈というには深すぎる程度に腰を曲げて。
中学生であるほむらよりも頭を低く下げ、謝ったのである。

「え、ええと……」

相手の顔が見えずとも、伝わっていた。
ほむらには、後藤の謝罪が。
後藤には、ほむらの困惑が。
従って、話を進めるのもまた、会話をリードしている後藤意外に有り得ない。

「あの事件の単独犯だった真木清人という博士は、俺が責任をもって塀の中に叩き込んだ。どうか、財団全体が君に危害を加える意思を持っている訳では無いという事を信じて欲しい」

頭をあげた後藤の目に映ったほむらの表情には、困惑に加えて驚愕が浮かび上がっていて。
それが何を意味するのか解らないままに、後藤は言葉を継ぐ。

「あの急遽雇われた伊達という男も、もし真木博士のような人間なら、俺に始末をつけさせてくれ」

正直に言って、バースの装着者に勝てるという見込みが甘すぎるということぐらい、後藤には痛いほどに分かっていた。
ヤミーに勝てない後藤が、ヤミーに勝てるバースと戦っても、勝負は見えているからである。
……それでも。
もし伊達が鹿目まどかという子供を誘拐した犯人であるというならば、後藤は是が非でも挑むのだろう。
後藤よりも大きな世界を救う男のように共生の道を見つける事に長けている訳では無いが、それでも荒事なら得意分野という事になっているのだ。
特に、世界を守ることを最近再び己自身に誓い直した後藤にとって、それは至極当然の事に思えた。

暁美ほむらの表情は、何から問いかけたら良いか迷っているという心情が剥き出しになっていて。
しかし後藤は、それを待つだけの余裕を持てる男へと、いつの間にか辿り着いて居て。
そこにはもう……危険な魔法少女の影を追っていたベンダー隊長の姿は、見る影も無い。

そして、その場に最初の声をあげたのは、

「えっと、一から全部説明お願い……」

途中から会話の中に入り込めずに置いてけぼりを喰らっていた、美樹さやかだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十話:Stranger in the dark――信じられるヒト



多国籍料理店クスクシエには、定時というものが基本的に存在しない。
申し訳程度にバイトの採用時には終業時間を説明されるのだが、大抵はその時刻の前に材料が尽きるためだ。
日によってメニューを変えるこの飲食店は、その日の料理を翌日へ持ち越せないので、確実に売り尽くせる量しか材料を調達しないのである。

もっとも、店の入り口付近の席にあまり客を詰めないことからこの店はあまり繁盛していないのかと思われがちだが、それは違う。
100人規模の予約を受けることさえ可能なクスクシエが、いつもTV画面に映っているスペースだけで営業を行っている筈も無い。
当然、奥道なり裏口なりから更に大きな来客用スペースへと繋がっていると考えるのが妥当である。
尚、100名予約のエピソードを執筆した人物がシリーズ構成者と同一人物では無い事には若干の不安が残るところだが、無かった事にするほど扱いに困る設定でも無いのだ。
あのクスクシエという店は一体どうやって採算を取っているのかという非常に些細な疑問を補完するためのネタだったりするのだが、単純に客が多いのだという事にさせて頂きたい。

それは、ともかく。
噂のクスクシエでの早めの終業時刻を迎え、帰宅を果たした一人の女子大学生の姿があった。
彼女の名前は、泉比奈。
『仮面ライダーオーズ』という物語において、所謂ヒロインと呼ばれる立ち位置を築いていた女性である。
もっとも、この世界においてそれはIFの話であり、現在は魔法少女の手によって救われた実兄と共に幸せな日々を送っている。

「ただいまー」

……はず、だった。
夕日を背に、何時ものようにドアノブを捻って、昨日と同じように扉を開けて。
親愛なる兄に出迎えられる事を期待していた泉比奈が目にした、光景。
それは、

「髪ぐらい自分で梳かせよ?」
「……うるさい」

濡れた髪をドライヤーで梳かしてもらっている、子供の姿だった。
その子供自身の両手はアイスの棒を握るのに使い、そいつは心底幸せそうな顔をしていて。
そして、それを目にしていると比奈にフラストレーションが溜まってくるのは、何故だろう。
比奈のお古と思しき服を着ているその女の子を、比奈は何処かで見たことがあるような気がするのだが……思い出せそうに無かった。

「ああ、お帰り、比奈」

しかもようやく比奈に気付いて、尚世話をする手を休めないその男性が、比奈の兄である信吾なことは……説明するまでも無い。

「アイスにその風かけんな! 溶けるだろうが!」
「ああ、悪い悪い」

ドライヤーから出てくる熱い風に文句を垂らす子供と、それを受け流してやる信吾。
その姿は……どこか、気の置けない仲というか、気心が知れた仲というか。
とにかく、普通の仲の良い二人というレベルを超えている、と泉比奈の目には映ってしまっていた。
女の勘とは恐ろしいものである。

「お兄ちゃん、その子……誰?」

いつの間にか扉から離れていたドアノブを嵌め直しつつ、飽く迄平常心を保とうと心掛けながら、比奈は問いかけてみた。
まだ焦るような時間じゃない、と自身に言い聞かせて。

「お前は……!」

ようやく比奈の方を向いたそいつは、何処か見覚えがあって。
体躯の小ささも相まって……物凄く、生意気そうである。
その身体から滲み出ているものが、警戒心と呼べるほどの格好良さを伴っていない辺りに、特にそれが窺えた。

そいつを見ていると無性にイライラしてくるのは、何故だろう。
家族としての勘が、比奈に警告していた。
コイツは危険だ、と。
決して兄が幼女愛好者としての素質に目覚めたなどとは、『決して』『絶対に』疑っては居ないのだが……。

その筈なのに、比奈の手の中に握られたドアノブは、いつの間にか一回り細くなっていた……らしい。
まったく、日本の金属製品はいつからこんなにも脆弱になってしまったのだろう……


どうしてこんな事態に陥ったのだろうか?
とはいえ、回想に入る程の経緯も無かったりする。
尚、直前の文章が『海藻に入る』と一発変換されるPCの持ち主は、孔雀のアンデットに出会ったら騙されないように気をつけた方が良いだろう。

話を戻すと、その日の昼下がりのことであった。
メダル関連の事件の処理に追われていた泉信吾刑事の元に、ある一報が届いたのは。
なんでも、付近の交番で保護された家出少女が、泉信吾を出せといって聞かないのだということらしい。
どうやら名前を口にすることさえ拒んでいる様子らしく、泉信吾が直々に出て行かないことには押し問答を繰り返すだけになってしまうのだそうだ。
魔法少女によってその身を救われた信吾としては、おそらく彼女達が困っているのだろうと当りをつけて出向いたのだが……

――オイ! とにかく、こいつら何とかしろ!

待っていたのは、目つきが悪くて背の低い中学生で。
その身を保護している警察官を邪魔くさそうに睨んでいるその仕草は、奇妙な既視感を信吾に与えていて。
助けを求めているようで、どこか偉そうに虚栄を張るその態度から……信吾は、直感的に悟ることが出来たのだ。
何だかんだで、一時期は24時間離れずに過ごした仲なのだから、不思議なシンパシーの一つでも生まれているのだろうか。

――もしかして、アンクか?

後は、なし崩し的に保護して、泉兄妹の住むマンションへと連れ帰ったという訳である。
そして何よりも先に信吾が、アンクを鹿目まどかの身体ごと風呂場へと押し込んで洗わせた、直後。
ドライヤーで髪を梳いてやって、今までの事とこれからの事を話し合おうと思っていた、矢先だったのだ。
信吾の妹である泉比奈が、帰宅を果たしたのは。

「お兄ちゃん、その子……誰?」

比奈の声を聞けば、その頭が驚愕に埋め尽くされていることぐらい、信吾には簡単に理解できた。
何といっても、血を分けた兄妹の絆はダテでは無いのだ。
そして、特に何も考えずに口を開いた信吾は、

「ああ、大分見た目は変わってるけど、アン……」
「ちょっと待てっ!?」

盛大に取り乱したアンクに、言葉を遮られた。
何が不満だったのだろうか。
取り乱している癖にアイスからは絶対に手を離さない辺り、食い意地が張っているというか、何というか。

部屋の入り口で立ち尽くしている比奈をよそに、アンクが手招きのような仕草を演じているのが、泉信吾からは窺えた。
離れている比奈に向かってでは無く、至近に立っている信吾に向かって、である。
普通は、手招きといえば、遠くの者を近くへと呼び寄せるために行うものではないのか?

「……?」
「しゃがめって事だ! 気付けッ!」

……なるほど。
どうやらアンクは、内緒話がしたかったらしい。
足元に目をやれば、背伸びをして必死に頭の高さを合わせようとしていた様子を、把握することが出来た。
出来る事なら、信吾を屈ませずに話がしたかったのだろう。
泉信吾と鹿目まどかでは身長差が有り過ぎるので、比奈に聞かれないために、顔を寄せ合って密談を交わそうという趣旨のようだ。

「良いか! お前はそこで待ってろ!」
「え? ちょっ……」
「悪い、比奈」

比奈を見上げながら言い放たれた筈の一言は、物凄く偉そうで。
だが、親愛なるお兄ちゃんまでもが言うならば、聞かない訳にはいかない。
比奈が立っているのとは逆サイドの壁の隅まで移動して、比奈に背中を見せながら小声で何かの相談を始めた二人の様子が、妹は気になって仕方が無いのだ。
……それに何となく、物理的に二人の距離がかなり近いのも、気に食わない気がしてきてしまう不思議。

そんな比奈の気を全く知らない二人は、楽しい密談に勤しんでいたりするのだが。

(バカかお前は!? あいつに教えたら、魔法少女呼ばれるだろうが!?)
(大丈夫だって。俺の時みたいに誰かの身体を借りてるわけじゃないんだろう? そう簡単に瀕死の人間なんて手に入るワケが……)

だがしかし、そんな信吾の勘違いも虚しく、アンクの溜息によって否定されてしまっていた。
おもむろに、鹿目まどかの心臓の辺りを指さして見せるアンク。
泉信吾がそこに注視すると……幼児体型としか言いようの無い平面が、広がっていた。
当然、服の上から眺めているのだという事は、言うまでもない。

(……大丈夫。お前の胸には、欲望が一杯に詰まっていくはずさ)

もちろん、性的な意味で。
イケメンスマイルを伴って放たれたその下ネタの一言を耳にした時、おそらくこの青年の職業を警察官だと看破出来る人間は実妹だけだろう。

「ふざけんなァッ!!」

アンクとしては、別にそんな袋などあっても邪魔になるだけなのだが……
ひょっとすると、融合している鹿目まどかの精神に引っ張られたのかもしれない。
声を荒げたアンクへと訝しそうな視線を浴びせている比奈を一瞥し、アンクと信吾は再び肩を寄せ合って、密談の態勢へと戻る。

(冗談だよ。比奈が怪しんでるじゃないか)

その一言に再び何かがキレそうになった様子のアンクだったが、その拳をわなわなと振るわせて、必死に耐えているようだった。
だが、信吾としては、アンクがそんなふうに我慢することを覚えたのが、何だか嬉しかったりして。
自然と笑みが零れてしまっている事に、少しの間、全く気付けなくて。
不審そうに信吾を見上げてくるアンクの視線から自身の表情を察しても、不思議とそれを引き締める気には、ならなかった。
ただ、これ以上煽ると殴られそうだとは思っているために、ここからは本題に入るつもりである。
もっとも、仮にも現役の警察官である信吾が、暴力沙汰で遅れをとることなど中々有り得ないのだが。

(グリードに襲われてなァ。『ここ』を丸々潰されてる)
(なるほど。それを治すためには魔法少女じゃなくちゃいけない。でも、アンクは彼女達と折り合いが悪い、と)

心臓を指さしながらその状況をアピールするアンクの言葉から、それ以上の知識を引き出して見せる信吾。
話が早いのはアンクとしては助かるが、相手は油断ならない切れ者なのかもしれない。
もちろんそれは、お互い様なのだが。

(……別に、このガキの命なんてどうだって良いんだよ。ただ、この世界を歩くのに必要なだけだ)

ふん、と鼻を鳴らすように前置いて、グリードは物騒な返事を口にして見せてくれた。
信吾を睨みながら、まるで脅迫でもするかのように。
……そして、自分自身に言い聞かせるかの、ように。
だからこそ信吾は……アンクに問い返してみたいと、思ってしまった。

(アンクってさ……思っても無い事を言う時、顔を少し前に出して、目を見開くよな?)
(!?)

次の瞬間には、その瞳には面白いぐらいに驚愕と動揺が広がっていて。
いっそそれは、狼狽と言ってしまった方が良いものなのかもしれない、と信吾には思えてしまう。
無意識のうちに借り物の顔を触って、瞼の辺りを調べているその様子は……いかにも、悪戯がバレて困惑している子供そのものだった。

(……って、俺が憑いてた時の外見をお前が知ってるわけ無いだろうが!?)

そして、三度怒り狂う小さな猛獣。
しかしその姿には……心地良い居心地の悪さとでも言うべき柔らかい何かが、存在していた。
怒っている筈なのに、その様子は何処か生き生きとしていて、泉刑事を人質にして比奈を脅そうとしていた時よりもずっと幸せそうで。
……少なくとも、現代において最もアンクとの付き合いの長い泉信吾には、そう思えたのだった。

(まぁ、それはそれだ。それで、この後はどうするんだ?)
(どうするも何も、最低限警官に追いかけられない格好を整えられりゃァ、後は何でも良い。ガキ共がここを嗅ぎ付ける前に、とっとと出て行くに決まってる。連絡してあんだろ?)

信吾としては、ここに至るまでの移動中にアンクがちらちらと信吾の様子を覗っているのが、気になっては居た。
風呂場に押し込む時も、やけに抵抗するとは思っていたが……どうやら、信吾が魔法少女達を呼ぶのを、警戒していたらしい。
確かに、警察官という自身の立場を鑑みればその行動に移る筈だ、と改めて自身の行動を評してみて。
……それ、でも。

(いや、連絡はしてない)

まぁ、そもそも連絡先を聞いていないというのが正しいところなのである。
だが、知っていても連絡を入れていたかどうかは、微妙なところだった。
そう、泉信吾は思う。

(なんだそりゃァ?)
(その子の事は確かにこのままじゃマズイけど、一応アンクは俺の危機を救ってくれた恩人だからな。少しぐらい贔屓もするさ)

信頼のこもっていないアンクの視線が突き刺さったが、連絡していないものは、していないのだ。
おそらく、アンクの信頼は、未だに勝ち取れていない。
それどころか、次に言葉を継いでも、勝ち取れるかどうかは怪しい。
そもそも、それを勝ち取ったところで何か得があるという訳でも無いのだが、信吾の心情的な問題である。

(それに……アンクは、俺と離れた時の事、覚えてるか?)
(あれから未だ一週間しか経ってないんだ。当然だろ)

未だ一週間という響きに凝縮されていた言葉を、泉信吾は自身が拾い切れては居ないだろうと、思えていた。
信吾の感覚としては、もう一週間も過ぎてしまったのか、というものだったのに。
どういう手を使ったのかは知らないが、魔法少女の手から逃げ延びる壮絶な逃亡生活を送ってきたのかもしれない。

(あの時、離れて最初に……アンクが、俺の事を心配してくれたのが、聞こえた気がしてさ)

巴マミによって泉信吾の身体から掴み出された、あの時。
美樹さやかによって瞬く間に信吾の身体は持ち去られてしまったのだが、最初の一言がギリギリで聞こえていたのだろうか。

――良いのか? 俺が離れたら、アイツは死ぬぞ

……確かに、引き剥がされたアンクの第一声が、それだった。
だがしかし、それは巴マミに対する脅し文句として言い放った筈の言葉で。
少なくとも泉信吾の安否を心配しての台詞では無かったように、アンクは思う。

(思い上がんな)
(俺の価値が高いって話じゃなくて、アンクが自分で言う程酷い奴じゃないって話だよ)

一見筋が通っているようで、何処か曖昧で無茶苦茶な、その言葉。
そのはずなのに、不思議と胸の底がもやもやして、でもそれは大した不快感では無くて。
偽物の筈の心臓から刻まれるメロディが、ほんの少しだけ、速まる。

(話は、終わりだ。俺は行くぞ)
(いや、実は俺の方から提案がある)

相変わらずアンクから浴びせられる、信頼の籠っていない視線ではあったが……
信吾には、どこか冷たさが目減りしていると思えていた。
もちろん、信吾がそう思いたかっただけかもしれないし、アンクの思考を読み切れる訳でも無い。
しかし、それは……信吾からの提案の理由でもあった。

(しばらく、この家に住まないか?)
(……あァ?)

かくして、泉信吾から告げられたそれは……アンクにとっては、まさに寝耳に水の一言であった。
案の定、アンクは信吾の考えを測りかねているようで、その表情には若干の戸惑いが見られた。
そして、アンクに信吾の思惑が見破られていない事は、泉信吾にとっては僥倖である。
見破っていたならきっと、アンクはその提案に絶対に乗らないのだろうから。

(何を企んでる?)
(それは秘密だ。でも、どの道その身体にも、休息と食事は必要なんだから)

……それは、宿と食料を提供してくれるという事なのだろうか?
その意図を秘密にするのも気になるところである。
だがしかし、先程魔法少女への密告を行わないと宣言した信吾が、アンクを罠に嵌める姿も思い浮かばない。
今までの会話が全て嘘で塗り固められたものならば、それも有り得るのかもしれないが。

(悪い話じゃないだろう?)

自身が見落としている要素が無いかどうか、アンクはこれまでの会話をもう一度振り返ってみるものの、やはり罠と確信できるものは見当たらない。
だがしかし、罠が無いと確信することも、やはり出来ない。

(俺は……)

そんなアンクの、下した決断とは……



・今回のNG大賞
(何よあの子お兄ちゃんにベタベタしてるし距離が近いしお兄ちゃんが何故か胸を注視してるし畜生あの泥棒猫め(放送禁止)を潰して(放送禁止)した後に(放送禁止)をブチ破って一生(放送禁止)出来なくしてヤる……ッ!)

「うッ!? 背筋に強烈な寒気が……?」
「処置が遅くて風邪ひいてたんじゃないか? それで、返事は?」
「NOだッ!」

こんな妹が居る家庭への居候は、間違いなく死亡フラグ。

・公開プロットシリーズNo.70
→綺麗事が一番良いに決まって、る?



[29586] 第七十一話:扉越アンサンブル
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/28 11:37
「なるほど。後藤はその変態博士から転校生を守るために後をつけ回していた、ってこと?」
「いや、それも微妙に違うんだが……」

暁美ほむらの拉致監禁事件の概要を後藤が説明した結果の、美樹さやかからのレスポンスがそれであった。
もっとも、その際にバースシステムが使用されたことなど後藤は知らない。
そのため、真木博士が魔法少女を使って何らかの実験を企んでいた事ぐらいしか、説明出来ていなかったりする。
加えて、美樹さやかという自称魔法美少女は、一を聞いて十を知るほど聡明では無いのだ。

「……その一件と鹿目まどかの失踪は、繋がっているわ」

そして、そんなさやかの勘違いを華麗に流して、飽く迄まどかへ一直線な転校生様。
現在のほむらにとって重要なのは、飽く迄鹿目まどかの身の安全を確認することなのである。
従って、後藤がさやかに説明を行っている時間さえ、勿体ないと思っていたほどだ。

「その二つは、真木清人と伊達明が共に鴻上財団に所属しているという以上の繋がりを持っているのか?」
「やっぱり鴻上財団は悪の秘密結社だったってこと?」
「人聞きの悪い事を言うな! 大体、鴻上財団の存在は別に秘密じゃない!」

世界一規模の大きい秘密組織というギネスブック項目があるらしいので、あながちそうとも言い切れなかったりするのだが。
さらに、後藤とて財団の目指すものが明確に見えている訳では無いので、若干不安に思うこともある。
今までは財団の目指すものがこの世界の平和へと結びつくと信じて活動して来たものの、今回のような事件が起これば、多少の不信感は抱いているのだ。
それでも、まだその不信感は決定的なものでも無いが。

「先程貴方は、真木清人は単独犯だと言ったけれど……あの一件にも、伊達明が一枚噛んでいるのよ」
「財団真っ黒じゃん!?」

先週末の一件を思い出しながら、ほむらは飽く迄淡々と、自身が見たままを述べてみた。
見知らぬ研究所に拉致され、逃げ延びようとした矢先に、バースがほむらの捕獲にやってきた事を。
時間停止の無力化と新たな能力の覚醒までは詳細に語る気は無いものの、それ以外の情報については、一通り吹き込んでおく。
動物を模した奇妙なロボットによって捕縛されたことや、危うく殺されそうになったことなどを、踏まえて。

「ちょっと待て。俺も伊達明についての情報は一通り調べたが……彼は長い間外国に居て、日本に帰国したのが三日前の昼頃だった筈だ」

ところが、暁美ほむらの口にした情報は……後藤の調べたそれと、明らかに矛盾していた。
何故後藤がそんな事を調べているのかといえば、気になったからとしか答えようが無い。
バース装着者への誘いを自ら蹴った割に、確りと未練を残しまくっているぐらいが、きっと後藤さんらしいのだろう。
それは兎も角、後藤が調べた限りでは、伊達明の入国履歴的に考えて暁美ほむらの拉致監禁には関われない筈なのである。

「鴻上財団って交通省まで操れんの……?」

……入国管理局は、国土交通省では無く法務省の管轄である。
何となく、難しい言葉を使ってみたかったのだろう。おそらく。
尚、密出入国を行う時には、法務省よりもむしろ空港の現場職員数名を個人的に脅迫した方がかかる費用は少なくて済む……らしい。

「財団ならそれ位出来ても不思議じゃないが、財団がそれをするという事はアリバイ作りを考えての工作だろう。だが……そのためには、誰かがこの情報を調べることが前提になるぞ?」
「それなら、その伊達って人が自己申告すれば、疑った誰かが調べるんじゃないの?」

確かに、二人の言う事は尤もらしい。
そんな手の込んだ工作をしても、それが効果を発揮するためには入国日時という情報を追及者へと見せなければならない。
そして、珍しく的確な事を口にした、美樹さやか。
言われてみれば、その工作の効力をもっとも迅速に発揮させるには、伊達明からの自己申告が一番である。
だがしかし、暁美ほむらが出会った伊達という男はそんな情報を微塵も口にしていなかった筈だ、と記憶を洗いながら思う。
……何かが、かみ合わない。

そもそも、暁美ほむらの視点においては後藤からの情報を鵜呑みにするのも若干の不安が残るところではある。
なんせ、個人の入国記録を調べたという辺りは当然のように情報入手経路はハッキングに寄るものであるため、犯罪に片足を突っ込んでいる気配が色濃く匂っているのだ。
もっとも、犯罪という点においては、ほむら自身も窃盗を働いているという自覚はあったりする。
もちろん、本人としては緊急回避のつもりで居るわけだが。

「もしかして、その伊達って人に双子の兄弟が居たりとか」
「そんな戸籍は無かったな」

実は人違いという点においては、さやかは非常に惜しい外し方をしていたのだが。
そして、そんな益体も無い事まできっちりと調べている後藤さんは、少し生真面目すぎるきらいがあるのかもしれない。
うんうんと唸って、何かを思いつこうとしているさやかだが……正直なところ、ほむらさんからの期待度はそこまで高く無かったりする。
確かに財団内部の協力者を手繰り寄せたのはお手柄だが、それだけでは払拭しきれない程のさやかの伝説を、ほむらは目の当たりにして来ているのである。
案の定……

「こんな時はアレだ。『ワケが解らないよ』!」

似ていない物真似などという無駄芸に走るさやかに、イラッとさせられたりして。
近頃まどかに会えていない事によってストレスが溜まっていたために、ほむらは愛用のマシンガンを取り出す一歩手前である。
しかし、さやかも只ふざけている訳では無く、マミさんの夭逝に加えて失恋とまどか失踪が重なったせいで割と精神的に一杯一杯なのだ。
自分のテンションを無理に上げていないと動けなくなりそうだという不安からの言動なのだが……余裕が無いのはお互い様でもあった。

「最近は、そういうギャグが流行っているのか?」

そして、ネタに真顔でマジレスをかます後藤さん……
そのギャグは魔法少女という酷く狭いコミュニティの中でしか通じないネタなので、おそらく覚える必要は無いだろう。
ほむらとしては、あの一山いくらの大量生産品の言葉なんて、思い出しただけでも吐き気がするぐらいである。
……と、そこまで考えて。

「……もしかして」
「今のギャグで一体何に気付いたって言うんだ……」
「えっ!? あたし、『また』お手柄!?」

あの『個』というものの存在しない不気味な宇宙人の生態が……ほむらへ、切っ掛けを与えてくれていた。
硬直した事態を打破する、鍵を。
積極的に攻撃を行ってきたバースと逃げに徹したバースの間の違和感が、埋まる。
その先にある新たな道を開くための光が……ようやく、見え始めたのだ。

「あの鎧は、複数存在するの?」

世界の収束は……近いのかも、しれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十一話:扉越アンサンブル



結局鹿目まどかを交番へと引き渡した伊達明は……少しだけ気分を軽くしながら、帰路についていた。
普段の伊達なら、家出少女を見つけても少しだけ助言をする程度のお節介が関の山だろうが、今回ばかりは事情が違っていたのである。
警察に保護されたカナメちゃんもひょっとすると伊達の想像を超えるような過去を背負っているのかもしれない、という思考は、伊達の頭の片隅に残っていた。
だが、伊達明自身の生命には代えられないという思いの元に、心を鬼にして警察に突き出したのだった。
おかげで、物騒な魔法少女に絡まれても平気だという明るい展望も、見えている訳だが。

「とにかく、これでもうお七ちゃんも怖く無ぇ!」

会長から寝床として借りている研究所の一室へと足を運びながら、希望に満ちた未来を幻視する伊達明。
彼は、気付いている筈も無かった。
クロス先の世界観において、『もう何も怖く無い』が特大のフラグであるという事に。
そんな伊達が、研究所最奥の一室の扉を開けて、目の当たりにしたものは……

「あれ? 誰か居……」

3名の、男女だった。
室内で何かを話し合っていたようだが、会話を中断して伊達に視線を集中させている彼らに、伊達は見覚えがある。
その内で唯一の男性である青年は、伊達に国際電話を貸してくれた財団構成員だったはずだ。
髪の短めな女子中学生は、先日ヤミーの親と一緒に居た子だったような気がする。
その二人は、別にどうでも良いのだ。
何といっても残りの一人が、死神過ぎるのだから。

「……」
「……」

腰まで伸びた黒髪に、イマイチ何を考えているのか判断に余る、むっつり顔。
服装こそ見滝原中学の制服であったが、伊達がその子供を見間違える筈も無かった。
流石に、未だ警察から学校への連絡が回るには早すぎる時刻である。
お七ちゃんがカナメちゃんの消息を突き止めている筈は無い。
……つまり、伊達明の取るべき行動は、一つ!

「失礼しました」

音が立たないように丁寧に扉を締め、その戸に背中をついて、額に滲み出た汗を拭う。
一体どうして、伊達のねぐらと成っている筈の一室で、お七ちゃんに会わなければならないのか。
だがしかし、伊達の耳に次の飛び込んできた音は、ドアノブを引く時特有の『ガチャリ』というそれで。

「最近の俺、運悪過ぎるだろ!?」

咄嗟にドアノブを逆向きに捻って扉の開放を防ぐ伊達だが、あちらには3人も居るのだから、いずれ押し切られてしまうだろう。
現在ドアノブ越しに感じる握力は一人分だけだが、この先どうなるかは分かったものでは無い。
扉が軋む音が全く聞こえない辺り、扉自体を破壊される心配は要らないだろうが、このままではジリ貧である。
というか、この部屋の所有者は何を思ってそんなに強靭な素材で扉を作ったのだろうか……?
それはともかく、会長から渡された鍵も、内側からはツマミ一つで解除されてしまうために意味が無い。

「ウホッ?」

何が起こっているのか把握しているのか非常に微妙なゴリラのカンドロイドの声が耳に入る。
そして、伊達にとって幸運なことに、ゴリラカンは自身に期待された役割を把握出来たらしい。
こんな局地的過ぎる状況にまで対応できるAIを作った博士は、一体何を考えていたのか。
謎は、深まるばかりである。
そんな伊達の疑問を投げ捨てつつ、垂直な扉をよじ登ったゴリラカンは、伊達と共にドアノブに手をかけた。
手をかけて……しまった。

ここで、一つの豆知識を補足しておこう。
ゴリラのカンドロイドの機能のメインはもちろんヤミーの感知ではあるのだが、それ以外にもこのメカには恐るべき特色が組み込まれているのだ。
それは……パワーである。
片手の握力だけで60kgという伊達明にさえ匹敵するような出力が出るのである。
そいつが伊達と共にドアノブを握れば、どうなるか。

「抜けたッ!?」

A:もう何も怖く無い。
ゴキン、という金属特有の音と共に、綺麗にドアノブ内部の留め金が外れ、扉には円状の穴だけが残されていた。
どうやら、頑丈だったのは扉の素材だけで、ノブの内部の部品は市販品だったらしい。

「落ち着けお七ちゃん! こんな時こそ話し合いだっ!」

そして、ドアノブの無くなった扉という遮蔽物は……伊達に精神的な余裕を与えていた。
伊達としては、話し合う時には相手の目を見ながらだという信条は持っているが、何にでも例外というものはあるのだ。
誰だって、銃を向けられたままの話し合いはゴメンなのである。

「……今すぐに貴方を撃つつもりは無いわ」
「そりゃぁ、僥倖だ」

扉の穴から聞こえてくる平坦な声は、伊達が先日聞いたものよりは熱が抜けているように思える。
ドアノブの穴から炎が噴き出す気配も感じられない。
部屋の中に居る人間が、お七ちゃんを落ち着かせたのだろうか?
その面子も、全員が伊達と顔見知りであるとは言え、大概に意味不明な人選だが。
というか、同じ学園同士の二人は兎も角として、彼女達が何故財団の構成員と密会を開いていなければならないのか。
ともかく、追いかけて来ようとしたところを見ると、逃がすつもりも無いらしい。

「先にお七ちゃんに教えときたい事がある」
「何かしら」

撃つつもりが無いにも関わらず引き留めるという事は、おそらく話し合いがしたいという事なのだろう。
ならば、伊達がまず出さなければならない情報は、決まっていた。

「さっき、カナメちゃんと偶然会ってな。交番まで案内してやったところだ」
「交番? まさか……道に迷ってただけ、とか?」

お七ちゃんのモノでない声が、室内から聞こえてくる。
恐らく、先日カブトヤミーの親と共に居た女の子のものだろう。
尚、伊達が行ったエスコートは、『案内』などという優しいものでも無いのだが、ものは言い様というヤツだ。

「まぁ、そんなトコだろうなぁ。言っておくが、俺が監禁してた訳じゃねぇぞ」

道というよりは、人生に迷っていたような印象である。
もちろん、そんな事を言って場をいたずらに混乱させるとまた命が危うくなるかもしれないので、口にしない。
あの二重人格モドキのカナメちゃんが色々と迷走しているというのは、伊達としては間違いないと思っていたりするが。
交番の前で警察官と一緒に3人で撮ってもらった写真を丸めてドアノブの跡から押し込みながら、身の潔白を主張する伊達。
偶然にも警官が簡易カメラを持っていたために、その警官に頼み込んで証拠を持ち帰ることが出来たのである。

写真が部屋の中に引きこまれてすぐに、部屋の中から人間の歩く音が聞こえて来る。
恐らく、お七ちゃんが写真を他の二人に見せに行ったか、他の二人が写真を見ようと歩み寄ったのだろう。

「これは、確かに鹿目に見えるな」
「あたしもそう思う。何か目つき悪い気もするけど」

部屋の中の二人が同意する声が聞こえる辺り、伊達の汚名はようやく晴れようとしているらしい。
外に居る伊達には……先ほどから声の聞こえてこない暁美ほむらが、どんな顔をしているのか、見ることは叶わない。
鹿目まどかの無事を知って安堵の息を漏らしているのかもしれないし、まどかの失踪の原因に何か心当たりがあって慌てているのかもしれない。
あれだけ熱心に鹿目まどかの事を探していたのだから、まず前者だろう、と伊達は思う。

「そういう事だから、もう俺を狙わないでくれよ」
「……分かったわ」

……そしてようやく、伊達は聞くことが出来た。
今までとは比べ物にならないレベルの安全をもたらす、暁美ほむらの一言を。

そうと分かれば、伊達の未来は明るい。
手早くバースドライバーを装備し、手荷物の中からセルメダルを取り出した。
何故かと言えば、このままでは部屋の中の人間が外に出られないからである。
部屋の中から炎で破れば火災報知器が作動してしまうだろうし、火器は跳弾が危険すぎる。

「変身」

手早くセルメダルをベルトへと投入し、サイドのレバーを回して、掛け声はあまり仰々しく無い程度に抑えて。
十のオーブに囲まれた鎧が瞬く間に現れ、伊達の身体を包み込む。
もっとも、その姿は扉の内側の人間達には見えていない訳だが。

「どいてな! 今、この扉ブチ破るからよ」
「待って」

扉の前に居られると、突入時に怪我をさせてしまうかもしれない。
そう思っての伊達の発言だったが……部屋の中から聞こえてきたのは、それを引き留める声で。
次の瞬間には……周囲から、物音が消えていた。
伊達は、その感覚を以前にも味わったことがある。
ほむらに連れられてとある空地まで誘導された時の、音の無い世界のそれだ。
だが、何故その不思議な魔法を、今この時に発動したのか?
……その答えも、直ぐに伊達の耳へと届いた。

「……鹿目まどかを、ありがとう。今まで、ごめんなさい」

何となく、面と向かって言いたく無かったのかもしれない。
扉の向こうで、伊達から目を逸らしながら謝るほむらの姿を思い浮かべて……思わず苦笑いが漏れてしまっていた。
根拠も無く、伊達には理解できてしまっていたのだ。
正面から謝るのが怖くて、でもその逃げ腰が良くないのだと自覚しているからこそ……きっと、伊達にしか声の届かないこの空間を作ったのだろう、と。

「俺としては目を見ながらの会話の方が性に合ってるが……」

今回はそもそも、ほむらに撃ち殺されないために扉越しの対話を提案したのが伊達の方だったという事情があるために、その点はあまり強く言うことが出来ない。
しかし、それだけでは無かった。
少し対人スキルが未熟でも、謝罪と感謝は確りと伊達の心に届いていて。
未だ中学生である少女の未来を期待するには充分だと、伊達には思えたのだった。
……だからこそ。

『ショベルアーム』

顕現した巨大な左腕によって、頑強だった筈の扉を紙のように破りながら。
その剛力に目を見張っているほむらへと……仮面越しに、言い放った。

「許す!」

交わった世界の住人を繋げる、一言を……



・今回のNG大賞
偶然カメラを持っていた警察官……?

「この世界での俺の役割は警察官か」
「俺の世界の時もそうだったっけ。似た世界なのかもしれないなぁ」
「さっきの女の子を引き取って行った刑事さんって、別の世界で会いませんでした? ファイズの世界辺りで見たような……」
「この世界のお宝は……ソウルジェムだね。適当にかっぱらって来るかな」

貴様のせいでこの世界も破壊されてしまったぁッ! おのれ(ry

・公開プロットシリーズNo.71
→ダイナミック仲直り。



[29586] 第七十二話:浴びるようにおでんを食べてみたい
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2011/12/31 23:06
結局、伊達がまどかを預けたという交番へと電話を繋いで貰い、ようやく腰を落ち着けることが出来た暁美ほむらさん。
まだ、何処か気まずい雰囲気が払拭し切れた訳では無いものの、伊達としては彼女が随分と丸くなったように思える。

「よし、そんじゃぁ、皆でおでん食いに行こうぜ!」
「ちょっと待った! まだあたしの用事が残ってるよ!」

良いからおでんだっ!
……と、強引に自らのATフィールドを発動しようとした伊達だが、待ったをかけられて思わずその声の方向へと振り向いてしまう。
そこには、先日カブトヤミーの親と共に居た勝気な印象を与える女の子が、伊達の方を見ていて。
何となく、この場の他のメンツの中でも、特に伊達の事を信用していないように思える。
それでも、その目の下に浮かぶ黒い模様を見れば、伊達でなくとも何が起こったのか大体察しがつくというものだ。

「……泣いて何が悪いのよ?」

……女の子だもん。
さやかは、目の前に居る伊達という男から告げられた言葉を、覚えていた。
確か、自分を泣かせるな、といった感じの説教だったはずだ。
そして、伊達から注がれる視線に居心地の悪さを感じたさやかの一言は……少しだけ、さやか自身が開き直り始めた様を、見せつけていた。

「いや、今のお前は多分、自分を泣かせるタイプじゃ無さそうだ」
「……え? あれ? どういう事……?」

だがしかし、伊達から新たに示された言葉は、さやかにとって予想外のもので。
今のさやか自身が泣き明かした後である事は、その顔からして周囲には伝わっている筈なのだが……これは一体どうしたことなのだろう。
泣きに泣いたさやかの態度は、自分を泣かせない事を信条とする伊達の人生観には、真っ向から反している。
そうとしか、さやかには思えないのだ。
それなのに、伊達の今の言葉は、さやかに対してえらく肯定的なそれで。
ぶっちゃけると、この伊達という人間の考えている事が、さやかには理解できていないのである。

「まぁ、それは追々分かって行けば良いさ。それよか、用件って?」
「そういえば、俺も聞いてなかったな」

隙あらばおでん屋へと誘う機会を窺っているような伊達の視線は、さらっと受け流すのが正しい反応なのだろう。おそらく。
一応先程のバースの能力を見ているために、呉キリカへのお礼参りのための戦力として引き込むことは考えているものの……やはり、さやかとしては苦手意識があるというか、何というか。
何となく、カブトヤミー編で受けた悪印象が晴れないのである。
いわゆる、『お前に何が分かる!』感というヤツだ。
それでも、白鳥梨恵という人間を導いたのがさやか自身では無く伊達だとは理解できているので、あまり強く噛み付けない訳だが。

「あんまり普通の人が居るところでする話じゃない、よね?」
「……そうね」

ループを繰り返してきた暁美ほむらとしては、一般人がそれを聞いても理解できない事は、経験談として分かり切っている。
だが、ここは空気を読んでみようと思える辺り、美樹さやかに気を遣える程度の余裕は暁美ほむらの中に復活しているらしい。
そして、さやかから向けられた視線の意味を、ほむらは把握することが出来ていた。
明らかに暁美ほむらへと、『魔法少女のことってどのぐらい話して良いの?』という疑問が投げかけられたのだ、と。

「今は巴マミの救出が最優先なんでしょう?」
「そりゃ、確かに」

隠し事をして不信を買ったせいで巴さんの救出に失敗したら本末転倒だ、と暗に助言してみる。
尚、自分の隠し事は棚に上げて他人に助言してしまうのが、暁美ほむらクオリティである。
もっともほむらの隠し事は、聞いた魔法少女が精神面で破滅する代物なので、使いどころも難しいのだが。
ほむらとしては、他に幾つか聞きたい事柄も残っていたのだが……説明を始めたさやかの話の腰を折るのも悪いので、保留である。
一応ほむらは、まどか探索のためにさやかの手も多少借りているため、さやかの邪魔をするのも気が引けてしまうのだ。

結局ほむらは、昼間にも聞いた説明をもう一度聞かされることとなるのだった。
さやかの説明を片手間に聞きながらに鍋とコンロを取り出して具を煮込み始める伊達へと、注意すべきか否かを考えながら……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十二話:浴びるようにおでんを食べてみたい



嘗ての、無限の中へと消えて行った時の砂の一欠けらに、それは混ざっていた。

……鹿目まどかを、殺しに行かないの?

とある時間軸において暁美ほむらが問いかけた事のある、その言葉は。
時間を巻き戻したほむらが、一人の魔法少女へと黒光りする火器と共に向けた詰問が、それだった。
それ以前の時間世界において鹿目まどかを死に追いやった、白い魔法少女へと。
怨嗟と復讐の意を隠すことなく露わにして、詰め寄ったのである。

……それが成功する未来が、見えないからよ。

そんなほむらの威嚇をまるで意に介しないかのように平然と返ってきた答えは、ほむらを納得させるには足りるはずも無くて。
しかし、その凶器からくろがねの塊を放つも、案の定それは当たる気配も見せない。
未来を見通す彼女に、ただ撃っただけの銃弾が命中する筈も無いのだから。

……そもそも、未来を知る魔法なんて、有り得ないわ。

暁美ほむらの認識を覆す一言を放ちながらも、そいつの表情には感慨も優越感も見られない。
ただ、暇を潰すように淡々と、暁美ほむらに知られても問題にもならない情報を口にするばかりだった。

白い魔法少女の能力は、人間たちの思考の一部を繋ぐものであるというのだ。
その中でも特に未来に関する期待や希望といったものだけしか読み取れず、それも完璧にと言うには程遠いものらしい。
だが、それらを一定人数分に対して範囲を広げて行う時、それらの集合が『未来らしきもの』を構築する。
その素子は、持ち主たちの予想への確信の度合いによってその強さも変化する、非常にあやふやなもので。
そして、その母数が多ければ多い程、彼女の読み取る際の情報の明度が増すのだとか。

……つまり、鹿目まどか抹殺の妨害手段を私が考え付いている以上、貴女は鹿目まどかを狙わないという事かしら?

白い彼女の言葉を信じた訳では無いものの、その説明がやや概念的でありすぎた事が、少しばかりほむらに二の足を踏ませていた。
だがしかし、その言葉が本当ならば、もう二度とほむらは彼女と敵対することは無いだろう。
そもそも鹿目まどか抹殺を暁美ほむらが許してしまったのは、戦闘後の一瞬の油断を突かれただけに過ぎず、同じ手段が通じる筈も無いのだ。

……貴女の妨害を覆す強力な未来が見えない限りは、そうなるわね。

別れ際に、その時間軸で鹿目まどかが契約せずに生き残れるか聞いてみたものの、案の定希望を否定する言葉を返されてしまって。
それを最後に、暁美ほむらは彼女に会いに行った事が一度も無い。
やがてそんな記憶も脳の最奥へと沈み込み……美樹さやかから噂話を聞かされなければ、思い出すことも無かったのかもしれない。




「……というわけで、あたしは巴マミさんのソウルジェムを奪い返しに行くのよ」
「しかし、その呉という子の目的は何なんだ?」

魔法少女の真実とこれまでの経緯の説明を終え、ようやく言葉を区切ったさやか。
失恋のくだりやマミさんの契約の経緯は大まかにしか話していないものの、大まかには情報は伝えきってあるのだ。
そして、これからの事に対して真っ先に疑問を差し挟んだのは……後藤慎太郎だった。

「まぁ確かにそれは分からん。けど、どの道その子に会うしかないんじゃないの?」
「でしょうね」

だがしかし、鍋の火を調節しながらあっけらかんとそう言い放つ伊達に対して、後藤はあっさりと頷いて見せる。
後藤も、結局それが指針になるのだという事は察していたらしい。
飽く迄後藤の差し挟んだものは疑問であって、今後の方針を変えるような大それた提案では無いのだ。
もっとも、その疑問が解消されるかもしれないという希望は、後藤も伊達も持っている訳だが。
成年組の視線の向けられた先には……案の定、無表情女の電波女様の姿があった。

「確かに、転校生が何を知ってるのかはあたしも気になってたよ」

やはり、彼女からどれだけの情報を引き出せるかに寄るのだ、とさやかにも理解できていた。
思えば、呉キリカという名前を知っていた理由も聞かされていないうえに、ほむらとの関係性も一切不明なのだ。
気にならない訳が、無い。

机の中央で火にかかっている鍋をぼんやりと眺めながら、先程から一言も口に出さない、暁美ほむら。
そのほむらが何を考えているのか……他三人は未だ、知る筈も無い。
黙り込んでいるその様子が無防備甚だしい辺り、よっぽど重大な考え事をしているのだろうか。
そして、隙だらけのほむらの姿を目にしたさやかは……何時しかの鼻ストローの恨みを思い出していたりして。

「そうか。そんなにおでんが出来上がるのが待ち遠しいか……っ!」
「いいえ、多分考え事をして自分の世界に入っているだけでしょう」

一方、勝手に暁美ほむらのキャラ設定におでんが主食という項目を書き加えようとしている伊達に、やはり律儀に突っ込む後藤さん。
後藤さんにはまだ、遊び心が足りないのかもしれない。
そんな伊達と後藤のやりとりを余所に、さやかは……自らの思いつきとインスピレーションに忠実に従い、別のものを突っ込んでいたりする。
それも、暁美ほむらの口の中に。

……何を?
残念ながらおでんの具はまだ煮え切っていなかったために、選択肢から外れてしまっていた。
だからこそ、そのチョイスはモノボケとしては非常に順当なものだったと言えるだろう。

「練りガラシは辛子よりも辛しっ!!」
「いやいやいや!? それはマズイだろ!?」
「お前たち、もしかして本当は凄く仲が悪いのか!?」

おでんの調味料として用意されていた、黄色いチューブに入った半固形状の物体を。
暁美ほむらの口にチューブの先を突っ込み、一気に放出したのである。
当然、ほむらの意識は一気に現実世界へと戻ってくる。

「……っ!」

我に返ったらしく、とっさにチューブの先を口から吐き出して、口元を抑えるほむら。
その呼吸は一瞬のうちに荒々しいものへと変化しており、咽込まないように必死に息を整えていると見える。
椅子から転げ落ちるんじゃないかと思う程肩を上下させ、必死に嘔吐感に堪えているようだった。
いわゆる、『生まれたての小鹿』状態という奴である。
俯いて、襲い来る痛みになんとか耐えている様子がひしひしと伝わってくる。

「……お七ちゃん、大丈夫かい?」
「し、心配には、及ばないわ……」
「とてもそうは見えないが……」

涙が一杯一杯に溜まっている目元を見れば、大丈夫に見える筈も無い。
おまけに、紅潮したその顔はほむらが受けた苦痛がいかなるものだったかという事を、何よりも雄弁に語っている。
咄嗟に虚勢を張る事が出来た気構えを、誉めるべきか否か……。
某高校生的に言うと、涙は青春の塩味というヤツである。
ただし、この場合は塩辛いのでは無く純粋に辛い訳だが。

「転校生、知ってる? 『からい』と『つらい』って、どっちも同じ字を書くんだってコトを!」

……イラッ☆
なのに元凶であるさやかは、そんな小学生でも知っているような事をドヤ顔で宣言しながら、ほむらを指さしていたりして。
そんなさやかの態度を目の当たりにして、暁美ほむらの中で……ぷつりと、何かが切れる音が聞こえた。
テンプレ的な『下手に出てれば調子に乗りやがって!』という心境が、鼻の奥まで沁み渡る異物感も相まって爆発したのだ。
最近、トサカに来る事が多くなったような気がする暁美ほむらさんなので、段々と遠慮が無くなって来ているのもお察しである。

幽鬼のように顔を上げたほむらの瞳に見据えられても、さやかは特に勘が働かなかったらしい。
いわゆる『ミラーワールドでは真っ先に死ぬタイプ』の代表例のようなさやかが、危機回避能力に秀でている筈も無いのだ。
ほむらはそれを好都合とばかりに、痛覚を切るのが遅れたせいで未だに残る口の中の違和感の処理を先送りにして、さやかの指を素早く掴み取りにかかった。
目的はもちろん、とある物体を強奪するためである。
皆様お察しの通り魂の輝石、即ちさやかのソウルジェムだ。
そして、手早く指輪状のソウルジェムを抜き取ったほむらは、

「美樹さやか。貴女に良き終わりが訪れんことを……」

それを煮えたぎるおでんの鍋へと……胸に宿した怒りに従ってブチ込んだ。
インスタントコンロの火力によって汁が沸騰している、鍋の底へと。
一片の躊躇も無く、不気味な人形を伴って何時の日か現れた不審者の言葉を思い出しながら。
一方、その光景を目にしながら……後藤は、美樹さやかの先程の説明の内容を思い出していた。
ソウルジェムは、魔法少女の本体であるというくだりである。
つまり……

「ぎゃあああっ!!? 熱いっ!? 身体がああっ!!?」
「どうした美樹!?」

絶叫をあげながら床を転げまわり始めた美樹さやかの処遇について、考え始めた訳だ。
自身の身体を両手で抱きしめて悶えているその様子は、本人の言を聞く限りでは熱さを感じているらしいが、特に火傷を負っている様子も無い。
まぁ、火だるまになったぐらいで美樹さやかが死ぬとも思えないのだが。
ちらりと鍋の方に視線を移せば、湧き上がる気泡に翻弄されて汁の中を漂う指輪の影が、やはり見受けられた。

「心配には及ばないわ。身体が本当に焼けている訳じゃないし、ソウルジェムはこの位では壊れないもの」

箸で鍋の中から指輪状のソウルジェムを引き上げながら、暁美ほむらは何処か鬱憤の晴れた表情を見せていたりして。
それを見守る伊達明は……自然と、頬が緩んでしまっていて。
もちろん、食べ物で遊ぶのはダメだろうとは思って居るものの、不思議と注意を後回しにする気になってしまっていたのだ。
そして、そんな視線に気づいたほむらが、訝しそうな眼差しを返して来る。

「……何?」
「お七ちゃんがさ……友達と居ると、何かやっぱり普通の子供だって思ってなぁ」

……普通の女子中学生は友達を熱湯にぶち込んだりしないだろうと、その会話を耳にはさみながら後藤は思ってしまうのだが。
少なくとも、鹿目まどかが笑いながら暁美ほむらをおでんに投入し始めたら、間違いなく後藤慎太郎や暁美ほむらは自身の精神異常を疑うだろう。


そんな中、暁美ほむらは……はっきりと気付くことが出来ずに居た。
さやかを『友達』と称されて、何の違和感も持たずに受け入れている自分自身が、居る事に。
バカ騒ぎを起こして、一緒に笑い合う存在が、ゴールの見えないマラソンコースを走っているほむらの心を支えている事を……未だ意識しては居なかったのだ。

後藤によって頭から冷水をかけられてようやく復帰してきた美樹さやかの姿を、見て見ぬフリをしながら、ようやく煮えてきた具を皆で引き上げ始めて。
四人で作戦会議を続けながら食べたおでんは……遠い昔に巴さんの家で食べたケーキと同じぐらい、美味しかった。


……暁美ほむらには、そう思えたのだった。



・今回のNG大賞
「そういえば、その『お七ちゃん』という名前は何なのかしら?」
「昔、有名な放火女の『八百屋お七』ってのが居たのさ。確かお前さん達と同じぐらいの年で死んだ筈だが」
「確か数えで自称16歳……今の数え方で14歳だったはずです。鳥と人のキメラになって生き返ったとか、眉唾な話も聞きますね」
「……それなんてタジャほむ?」

・公開プロットシリーズNo.72
→『友達をおでんに入れるなんて、どうかしてるよ』



[29586] 第七十三話:調査とプレゼントと危険な会長
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/01/28 22:21
後藤達3名へと助力を仰いだ、翌日。
見滝原中学校へと向かう美樹さやかの足取りは、少しだけ軽くなっていた。
依然として巴マミを復活させる目途こそ立っていないものの、心強い協力者を得ることが出来ただけに、嬉しいには違いないのだ。
それに加えて、行方不明だと聞いていた鹿目まどかが見つかったというニュースも、さやかの心を少しだけ軽くする要因となっていたりする。

だがしかし……

「美樹さやか。鹿目まどかを見なかった?」
「いや、登校路じゃ会わなかったけど……」

どうやら、先に学校に入っていた暁美ほむらは、その姿を見ていないのだという事らしい。
校舎内から出てきたほむらと丁度出くわし、交換した情報がそれだったのだ。
暁美ほむらの態度から少しだけ余裕が抜け落ちているのを見れば、さやかとて彼女の言葉がデタラメでは無い事ぐらい、察することが出来た。

「昨日交番に案内された後に、また行方不明になったってこと?」
「一応、その交番にこれから寄ってみるつもりよ」

そして、暁美ほむらから向けられた視線が何を意味するのか、美樹さやかには確りと伝わっていた。
おそらく、さやかも一緒に来るか、と無言で問いかけているのだろう。
さやかとしても、まどかの身を案じる気持ちは人一倍に強いため、それに参することは吝かでは無い。
というか、志筑仁美と顔を合わせ辛いために、正直なところとしてはあまり学校に足を踏み入れたくないという事情もあったりする。

「ま、そういう事ならあたしも行っちゃいますか」

さやかの答えを聞いた転校生様からの返事は、やはり無くて。
けれども、そこに不快な印象は薄い。
なぜなら、さやかも多分に、暁美ほむらという人間を理解出来始めているのだから。
暁美ほむらは無愛想だし、心なしかさやかに対する扱いも悪いような気がしているのも、事実だ。
でも何となく、今まで積み上げた短い時間だけでも、少しは繋がり合えた気がして。

美樹さやかは、信じたかった。
ほむらがまどかの味方で居る限り、彼女がさやかに牙を剥くことは無い、と。
それは、一時期に周囲の何もかもが信じられなくなった時の反動でもあったのだろう。
マミさんが倒れて、ソウルジェムの正体を聞かされて、恭介を仁美に取られて。
でも、告白して玉砕して泣いたら、少しだけ世界が明るくなった。
そう、思えたのだ。

そんな中でまず初めに手を付けようと考えたのが、巴マミの救出で。
そして、そのために手を貸してくれる暁美ほむらを……美樹さやかは、疑いたくないと思ってしまっていたのかもしれない。

だがしかし……さやかの示した行動指針をさっそく転回させる使者は、唐突に現れる。
緑の身体に、しなやかに折れ曲がった足と輝くカメラを内蔵した、一体のカンドロイド。
そいつが、さやかへと通信を繋げたのである。

かくして、後藤慎太郎よりの使者は、告げた。
火野映司を見つけたので、放課後で良いから来て欲しい、と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十三話:調査とプレゼントと危険な会長



後藤慎太郎が火野映司を発見できたのは……とある病院の医師からの、連絡によってであった。
以前シャムネコのヤミーを追っていた際に、後藤慎太郎と火野映司は連れ立って病院へと足を運んだ事があり、連絡はその時に会った医師からのモノである。
なんでも、先日に身元不明の男性が、意識が無い状態で病院に担ぎ込まれたらしい。
そこで、偶然にもその男の顔を覚えていた医師が、以前に映司と共に来た後藤へと連絡をしてくれたという事だそうだ。
何かの規律に違反して居そうな行為な気配はあるものの、融通の利く病院なのかもしれない。
であるからして、後藤は火野映司の警備も兼ねて病院に待機しているという訳だ。

もちろん、ただ待っている訳では無く、付近に適当なコースを見つけてランニングのコースにしながらである。
昨晩の作戦会議の内容を頭の中で反復しながら、後藤は足を休めることなく鍛錬を続ける。

そもそも、何故4人が特に行動も起こさずに解散したかといえば、呉キリカを見つけるのは不可能だと暁美ほむらが言い出したためである。
ほむらが言うには、キリカの背後には、未来を見通せる魔法少女が居るらしい。
これには流石の伊達さんもたまげていたようだが、内心後藤も予想外過ぎて頭が追い付かなかった程である。
そして、予知能力者を斃すこと自体は暁美ほむらを含む数名が居れば不可能では無いが、その戦力を向こう側が簡単に予知できるのが問題なのだ。
よって、そもそもキリカ達はほむら達に発見される愚は犯さない筈だという事だそうだ。

――マミさんの事、諦めろっての?
――そうじゃないわ。

だがしかし、事態は完璧に絶望的という訳でも無いらしい。
敵が巴マミのソウルジェムを『破壊』するのではなく『強奪』したという点に、突破口がありそうだと、暁美ほむらは彼女の推測を打ち明けてくれた。
呉キリカが他人のソウルジェムの破壊を躊躇うような甘い性格では無い事を見透かしたうえで、その面倒な『強奪』という手順を踏んだからには、直ぐに巴マミの身が危なくなることは無いと説明したのである。

――つまり、その呉という子が再び接触して来るまで待つという事だな。
――待つのは性分に合わないけど、仕方ねぇか……

もちろん、呉キリカが再び暁美ほむら達の前に姿を現す確率は、決して100%とは言えない。
加えて、出てきた時にはあちらも勝算を持ってやってくる筈だが……暁美ほむらが言うには、予知を覆すのはそう難しい事でも無いらしい。
というのも、敵方の予知はやや曖昧なところがある代物であるらしく、意外と咄嗟の思いつきやアクシデントによって崩せるものなのだそうだ。

そんな事をつらつらと頭の中で整理しながら、後藤は……視界の隅に、この場に居る筈の無い人間の姿を捉えていた。
『この場に』というよりも、『この時間に』というべきだろうか。
なぜなら、今の時刻は平日の昼前であって、中学生が闊歩している筈は無いのだから。

「やっほー!」
「……自分で呼んでおいてなんだが、学校をサボるのは感心しないな」

立ち止まって息を整える後藤に対して、手を振っている美樹さやかの姿が、そこには存在していた。
それが後藤の足を止めた原因である事は、間違いない。
どう考えても、美樹さやかが学校を抜け出してきたことは疑う余地が無かった。
尚、途中で美樹さやかと道を分かった暁美ほむらも、当然ズル休みである。

「分かってないなぁ。友達が居てこその学校だよ?」
「まぁ、学業の方に余裕があるなら、俺が口を挟むことでも無い」

学校という場所が知識を詰め込むだけの機関では無い、と思えるぐらいには、後藤の頭も柔らかいのだ。
ただ、学業を疎かにするのも宜しくないと思っても居るが。
そして、突っ込みもそこそこに後藤は追及の手を緩めた。
後藤とて、泣きはらした跡の窺えるさやかの様子を見れば、その活発さが空元気である事ぐらい理解できるのだ。

……そんな会話を交わしながら火野映司の眠る病室へと案内されたさやかは、ようやく火野映司の治療に当たる事が出来たのだった。
案の定、さやかからは映司の詳細な状況こそ読み取れなかったものの、体力の回復だけは滞りなく完了し、残るは意識を取り戻させるだけとなる。
前回は大声を聞かせたら無理矢理引き戻すことが出来たのだが……病院内でそれをするのは迷惑すぎるだろう、というぐらいの常識はさやかにもあるのだ。
結局、気絶したままの映司を病院外に担ぎ出してそれを行い、奇異の視線を集める羽目となるのだった……



そして、ようやく腰を落ち着けることが出来た伊達はと言えば、

「こんな便利なモンがあるなら、国際電話とか要らなかったんじゃないの?」
『後藤君と君の出会いが世界を救うと信じたからこそだよ、伊達君ッ!』

バッタカンをディスプレイに繋ぐことで、やっと会長との契約を結び終えていたりする。
伊達としては、そんな便利なものがあるのなら最初から使わせてくれよ、と思わずには居られない。
その無駄足のせいで、暁美ほむらに殺されかかった経緯だってあるというのに。
もっとも、その件については会長に直接的な責任があるとも思えないが。

「それでよ、結局会長が急にドイツに高飛びした理由って何だったんだ?」
『ここが全ての始まりの場所だからだよ! ハッピィ・バースデイッ!!』

会長がそう叫んだ直後……どさりという音が、伊達の背後に響く。
手荷物程度の重さの物が、机の上に下ろされる音だったように思える。
確か、この部屋には自分以外の人間は居なかった筈だ、と伊達明の記憶野は主張していた。
だがしかし、背後からは確かに、何かを降ろした音が聞こえたのだ。
いわゆる、『なにそれ、こわい』というヤツである。

意を決して振り返ると、そこには……

「これも、カンドロイドってのの一種なのか」

鳥の姿を模った赤いカンドロイドが、紐でぶら下げられていた積み荷を、降ろしているところだった。
小さな身体の割に、意外と可載重量は多いらしく、40センチ立方程の大きさの箱を軽々と運んできたようだ。
そして、その箱を開けてみる前から何となく、伊達明にはその中身が分かっていた。
一応、会長とは面識がある身なので、その辺りのお約束は把握できているのだ。

『バースデイケーキだ! 伊達君に贈ろうッ!!』
「いや、俺甘いモン食えないんだけど……」

というか、このケーキはもしかしてドイツで作ったのだろうか?
それを運んできたカンドロイドの持久力も然ることながら、毎度会長の拘りには驚かされるばかりだ。
……そして、それ以上に気になるのが、その箱の外にまで漏れてくる独特の香りである。
発行した麦の香ばしい匂いが、四角い包みの中から伝わってくるのだ。
会長の現在地であるドイツの名産品として有名な、アルコール飲料のそれに間違いが無さそうだった。

『箱すら空けずにそのケーキの隠し味に気付くとは流石だよ! 流石、私が見込んだ男だッ!』
「いやいやいや!? 全然隠せてないだろ!? ってか、アルコールなんて焼成の時に飛んじまう筈だろうが!?」

一体、どんな無駄な技術を使ってこのケーキを作ったというのだろうか。
まったくこの会長は、やること為すことの全てが相変わらず意味不明である。
そして、箱を開けてみた伊達を待ち構えていたのは……垂直にそり立った、灰色のケーキであった。
雪をイメージしていると思しき純白のクリームが乗っているものの、その本体の質感はセメントで出来た塀を連想させる。
えらく冷たさを印象付けるそのケーキに意図されたモノが何なのか、伊達には分かりそうになかった。

『どうだね!? ドイツ特別バージョン! 『ベルリンの壁風バームクーヘン』の雄姿はッ!!』
「バームクーヘンに子供番組に混ぜちゃいけないモノをMEGA盛りしちまってる!?」

お酒がご法度なのは言うまでもないが、政治的なモノも意外に扱いに慎重になることがあるらしい。
その割に、害務大臣やら害統領やらという単語が飛び交った番組があったのは、ご愛嬌である。
9月の第二週目という意味ありげな時期に二本の連立するビルをへし折った番組もあったような気もするが、何も言うまい。

尚、バームクーヘンというものは円環状である筈だと考えた伊達がそのケーキを観察したところ……平面かと思われた壁には若干の歪曲が存在しているのが見受けられた。
一体、切り分けられる前の直径は何メートルあったというのか?
そもそも、そんな大きさのバームクーヘンが焼ける窯が存在するのか?
もはや、突っ込みどころが多すぎて何から突っ込んだら良いか分からない有様である。

『来たる2011年は、ベルリンの壁の設立50周年の年でもあるッ!! ハッピィッ・バースデイッ!!』
「そんなん誰も知らねぇよ! 祝うなら壊された年の方だろ、常識的によ!?」

大体、現実世界では2011年も終わってしまったというのに、今更の感はあったりする。
もっとも、この世界の中の時間は暁美ほむらさんの都合に合わせて若干曲げられている部分があるので、未だに2010年が継続中なのだが。

「話を戻すと、始まりの場所って、一体何の?」
『よくぞ聞いてくれたッ! 私達の居るテューリンゲン州に眠る錬金術師こそ、メダルを作り出した「始まり」の存在の一人なのだよ! 実に、実にッ! 「素晴らしい」と思わないかね!?』

錬金術という、これまた眉唾モノな単語が出てきた訳だが、何か突っ込んだ方が良いのだろうか。
とは言え、実際にメダルの力は色々と常軌を逸しているのだから、安易に否定することも出来そうに無い。
なにより、もしメダルの存在が無ければ、伊達が1億円を稼ぐ方法とて見つからなかったかもしれない。

「急に飛び出していくような用事には聞こえないんだけど……」
『現地スタッフが大幅に削れてしまってね!』

別に遺跡は逃げないのだろうし、発掘許可を得ているのならば急ぐことも無いのではないか。
それに遺跡探査など、慌てたら死ぬ作業の代名詞のように伊達には思えてしまうのである。
案の定、画面越しに会長の背後に見える森は、如何にもグロンギやアンデッドといった類のオカルト御用達の雰囲気を醸し出している。
というか、メダル絡みの遺跡なら、逃げ出すどころか逆に発掘者たちを食い始めても不思議では無いのが恐ろしいところである。
だがしかし、更に聞いたところによると、どうやら現地で調査を進めていた一団が何者かの襲撃を受けて全滅したために、そこに駆け付けた会長が現場のまとめ役となっているという事らしい。

「まぁ、俺のお仕事に支障が無けりゃ良いんだ。報酬弾んでくれよ!」
『君のその欲望ッ! 実に素晴らしいッ!! ではやはり、そのケーキを……』
「それは遠慮しとくわ」

鴻上会長にNOと言える男、伊達明。
今日もその調子は絶好であった。
目を見開いたまま停止している鴻上会長を余所に、話は終わったとばかりにディスプレイの電源へと手を伸ばす。
実際、契約に関して話すべきことは殆ど話し終えているため、伊達としてはさっさと後藤慎太郎育成計画に向かいたいという気持ちが大きかったりするのだ。

だが、しかし。
突如として部屋中に響いた、金属音。
ヤミーを倒す時のそれに似ていて、しかし比べ物にもならない規模。
そんな爆音が……ディスプレイを操作しようとしていた伊達の指を、止めさせた。
硬い素材で出来た室内に反響する、鼓膜を破壊するような大音響が、建物全体を震わせる程の規模を以て行われたのである。

そして、その音源を探して周囲を見回した伊達は……瞬く間にそれを発見することが出来た。
伊達がまさに今まで視線を向けていたディスプレイの、スピーカーである。
可出音量を超えて甲高いノイズの入り始めたスピーカーの危機は、而して伊達の意に留まる筈も無かった。
何故なら、伊達の目は、ディスプレイに釘付けとなっていたのだから。

地面から吹き出し、風景を覆ってしまう程の大量の『銀色』が、ディスプレイの一面を支配してしまっていたのである。

「なんじゃこりゃぁ……」

乱反射された光が、無数のスポットライトとなって画面を飾る。
その様子は、まるで破裂したジュースの缶か、大動脈のようで。
それなのに、金属の擦れあうハーモニーは、決して場違いな物には思えなかった。
画面を埋め尽くした『銀』は……その一欠けらずつが、バースドライバーを起動できる程の出力を持った『セルメダル』。

そして、更に伊達を驚かせたことが、もう一つ。
メダルに埋め尽くされた背景の隙間から顔をのぞかせる、高層ビルの姿だ。
もちろんドイツにもビルはあるだろうが、そんなレベルの突っ込みでは無い。
画面の奥の、空が広がっていた筈のスペースに、まるで空に巨大な鏡でも用意したかのように、画面の『上』から『下』方向へと生えるビル群がその存在を主張していたのだ。

だがしかし、驚きに声も出ない伊達の様子を知ってか知らずか、その『声』は、大音響の中でも全く存在感を失うことなく、スピーカーを通して流れてきた。

『マスター・ガラ……ッ! 800年ぶりのッ! ハッピィィィッ! バァァス・ディィッ!!』


伊達明は、気付かない。
その背後で、ベルリンの壁が崩壊したことに。



・今回のNG大賞
「里中君、作業中の『サソリ』の様子はどうかねッ!?」
「はい。あと30分で巨大バームクーヘンを焼き終える予定です」

サソリの無駄遣い……というか、バームクーヘンを焼けるAIを組んだ真木博士は、優秀だとかそんなベクトルから外れてしまっているような。

・公開プロットシリーズNo.73
→ドイツ×会長⇒名産品ケーキ



[29586] 第七十四話:鋼・騎・無・双
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/02/04 21:36
ようやく目を覚ました火野映司、美樹さやかと後藤慎太郎から今までの経緯を聞いていた、途中だった。

「何だあれ……」

……そんな声を、漏らしてしまったのは。
だがしかし、そう思ったのは火野映司一人では無かったようだ。
おそらく、たまたま映司の声が他の二人よりも早かっただけで、3人の内の誰がその言葉を口にしても不思議では無かっただろう。
そのぐらいに、目の前の光景は常識や摂理といった窮屈なモノを打ち壊していたのだから。

突如として浮き上がった直径10km程のメダル状の物体が、視界の遥か彼方で回転運動を遂げていたら、誰だってその目を疑うに決まっている。
しかも、その大きさで見る者を圧倒した後に、円盤の表面に張り付いたオブジェクトによって驚かせるという、二段構えの芸の細かさも恐るべきものだ。

「街……!?」
「……と、森か?」

その巨大メダルの半面には、高層ビルの立ち並ぶ街並みが、文字通り『生えて』いて。
もう一方の面は、林立する高層ビルとの対を為しているかのようにそびえ立つ、鬱蒼とした森林によって覆われている。
これぞ正に、意味不明の境地というヤツなのかもしれない。
魔女達の作り出すヘンテコ空間も奇天烈さでは負けていないものの、巨大メダルが妙に幾何学的な意匠を残している辺りが、逆に見る者を不安がらせているのだろう。

「行くぞ! 火野! 美樹!」
「はい!」
「ちょっ……まぁ、仕方ないか」

瞬く間にバイクを用意して跨る男性陣の行動力に、さやかは若干取り残されていたりして。
分かり切っていた筈の、ことだった。
何か怪異があれば、火野映司が手を伸ばすことなど。
そして、後藤もそれに準じることだって、当たり前のことだ。
それなのに、さやかにはその当たり前の事が、えらく不自然に思えてしまっていた。

……しばらくの間、さやかはその違和感の正体が何なのか、見当もつかなかった。
だが後藤は兎も角として、火野は特に変わっていないように見える。
別に病み上がりだろうと怪我をしていようと、きっと火野映司のスタンスは、さやかと会った日より後に変化したという事は無い。

だとすると、この視点の変化は、さやか自身の視方が変わったという事なのだろうか。
もっとも、そんな事を考えてみれば、自身が変化しているというのも解る気はしてくる。
魔法少女の真実を知って、マミさんの亡骸を見て、幼馴染にフられるというイベントのラインナップを消化すれば、少なからず人格に影響を与えていたとしても何ら不思議では無い、と。

だからこそ、美樹さやかは思ってしまうのだ。
自身の命運が、その視界の正面に見据えられた巨大メダルの輝きのように明滅を繰り返すことが無ければ良い、と……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十四話:鋼・騎・無・双



暁美ほむらは、不安と苛立ちに心を苛まれつつあった。
理由は単純明快、鹿目まどかが絶賛失踪中だからである。
もちろん、時間の巻き戻しという最終ラインを持っている暁美ほむらにはそう簡単に絶望は訪れないのだが、現在起こっている異変を放置する程ドライにも成れそうに無かった。

案の定、鹿目家に電話を入れても、行方不明のままであると返されてしまう。
しかも、先日に伊達明から示された交番へと足を向けてみれば、泉信吾という刑事へと身柄を渡したと言われてしまって。
それなのに、当の泉刑事の元を訪れて話を聞いてみれば、少しお説教をしたぐらいで返してしまったと言い出す始末である。
仮にも捜索願が出されている人間への対応では無い気がするものの、泉刑事の反応は怪しいと言える程のものでは無かった。
だがしかし交番に居た警官の話では、まどかは泉信吾の名前を出して面会を要求したらしいので、その二人の間に何らかのパイプがあることは間違いない。
そして、そのことを指摘したところ、

『俺の友人に『アンク』って奴が居てね。そいつから俺の名前を聞いたらしいんだ』

という事らしい。
聞き覚えが無い名前が出てきたものの、そこで追及の手を休める暁美ほむらでは無かった。
鹿目まどかに関する人間の名前を全て覚えているとは言えないものの、暁美ほむらにとって『聞き覚え』さえ無い名前というものは、そうあるものでは無いのだから。
よって、ほむらが次にアンクという存在の人物像に関して問いかけたのは当然であったが、結果は芳しくなかった。
なぜなら、泉刑事はアンクという人物に命を救われた事はあるものの、連絡先さえ知らないと言い出したからである。
アンクの性格に関しても、身勝手で偉そうな奴だというあまり宜しくない評価を聞かされれば、それに関わっているまどかが苦労しているのではないかと思ってしまう。

……それは兎も角として、泉刑事が鹿目まどかの行方を知らないというのは、あまり揺るぎそうに無い情報だった。
伊達明の一件への反省から、銃を突き付けて脅してみた訳では無いため、確定とも言えなかったが。
もっとも、暁美ほむらが魔法少女という経歴を明かしていたら、アンクという名前を聞き出すことさえ出来なかっただろう。
以前に魔法少女達がアンクを襲撃したことを知っている泉信吾は、おそらく魔法少女という単語を聞いたら、その時点で情報を絞ることを考えてしまった筈である。
その点において、何気なくファインプレーをかましている暁美ほむらさんだったりするのだが……そんな事など、本人は知る由も無い。

そんな中、転機は唐突に訪れる事となった。
最初は周囲のざわめきに違和感を抱くことから始まり、その視線達が空の一点へと向かっている事に、気付く。
そして当然、その異変が目に入らなかった筈も無い。
森林が生えた面と高層ビル群の生えた面の二つの顔を持った巨大メダルが、宙を舞っていたのだから。
はるか遠方に浮いている筈なのにその大きさを訴えかけてくるそのメダルが途轍もない質量を誇っている事は、疑う余地が無い。

「ワルプルギスの夜……?」

その光景を目にして最初にほむらが連想したものは、やはり例の宿敵の存在であった。
足元に巨大な歯車を持った魔女のフォルムが、視界の奥に居座る巨大メダルの影と重なったのである。
だがしかし、それにしては明らかに不自然な点も、見受けられた。
一見してワルプルギスの夜を連想してしまったものの、似ているのは大きさと外形だけで、例の魔女には森やビルなど生えていなかった筈なのだ。
しかも、現在現れている巨大メダルは、どうやら一般人からも視認されているらしい。
魔法少女かその候補生でもない限り、ワルプルギスの夜を知覚する際にはスーパーセルとして認識するはずなのだ。

……調べるべきか、静観すべきか。
もちろん、鹿目まどかの捜索を続けたいという気もするものの、この時間軸で起こった数々のイレギュラーは無視できる段階など遥か昔に過ぎ去ってしまっている。
つまり、あの意味不明な巨大メダルの元へ行くべきだ。
ひょっとすると、デカブツ同士で何か共通する弱点でも見つかるかもしれない……という虫の良いコトも、若干考えていたりするのだが。

それは兎も角として、暁美ほむらは、舞台へと足を向ける事となる。
役者達が集い、道化の待ち構える、太古の回転舞台へと……



ライドベンダーを駆って現場へと辿り着いた火野映司たちが目にした、モノ。
それは……切り取られた、世界だった。
地面へと降り立った巨大メダルは、浮き上がった時とは表裏が逆転しており、高層ビル街が広がっていた筈の土地には……直径10kmもの森林が広がっていたのだ。
メダルや魔法関連の事件には慣れ始めていた3人だが、流石にこの状況には驚かざるを得ない。
一体、何を食べればこんなヘンテコな事態を思いつけると言うのだろうか。

そして、森の中へと侵入し、探索を試みた3人の前に……それは、現れた。
鎖帷子のような金属質の身体に、申し訳程度にタスキのような装飾品を身に着けた、兵隊が。
揃いも揃った同じ外見に、共通のロングソードを装備した団体様が、3人へと向かって真っ直ぐに歩いて来たのだ。
頭部には、やはり金属で出来ていると思しき円柱型の冷たさを思わせる部品が配置されており、見事に揃った歩みは……よく訓練された軍隊か、若しくは機械仕掛けの傀儡兵か。
関節の軋む甲高い音が、そいつらの正体が後者の人形であることを3人へと教えてくれる。
『まどか☆マギカ』の世界の人形は可愛らしいものばかりだというのに、どうして『OOO』世界の人形たちはここまで不気味なのだろうか。

「何だか、最近見た気味の悪い人形を思い出した」
「俺もです。奇遇ですね」
「……何その偶然の一致」

この時、とある留置所の内部に、くしゃみの音が響き渡ったという。
きっと、皆の人気者であるキヨちゃんが咽込んだのだろう。
そんな事はさておき。

「それと、実は俺、さっき気づいた事が……」
「来るぞっ!」

3人が警戒心を露わにしていたところ、案の定ナイト兵たちは、剣を正しい用途に使い始める。
即ち……人間を切断するための、兵器として。
そして当然、対象の3名はそんなものに素直に殺される面々でも無いわけだが。

「よっと!」

素早くサーベルを取り出したさやかが、ナイト兵の長剣を捌きつつ、次の瞬間には金属製の胴体へと実体化した刃を滑らせる。
すれ違いざまに振り抜いたサーベルによって金属同士が擦れ合う音が響き渡り、同時にさやかはその手応えから相手の状態を的確に判断していた。
案の定、身体の前面を抉られたナイト兵は、動きこそ鈍っているものの、再びその剣を振り上げようとしていた。
だがそれも一瞬の出来事に過ぎず、傷と同じ場所を再度なぞられたナイト兵は……ようやく形を失う。
どうやら、一撃一殺という訳にはいかない程度には、ナイト兵は頑丈らしい。

コツを掴んださやかの目前で、ナイト兵らは見る間にその身体をセルメダルへと姿を変えていく。
ヤミーのように大量の枚数では無く、ナイト兵一体を構築するのにたった十数枚のセルメダルという驚異の燃費である。
もっとも、クズヤミーの有用性を考えれば、意外に燃費は良いという訳でも無いかもしれないが。

そして、景気良くナイト兵を蹴散らすさやかの傍らで、後藤は……新装備の試運転を試みていたりする。
黒い全体像に、上部に輝く半透明なパーツと、中央部に位置するオーブが目を引く、鴻上財団謹製の一品。
すなわち、『バースバスター』である。
脇を締めて胸の高さに構えたその銃器の引き金を、後藤は迷うことなく引き放った。

「がっ!?」

……瞬間、世界が遠のいた。
決して、空間が歪んだわけでも無ければ、誰かが後藤の襟首を掴んで引っ張った訳でも無い。
自身の腰へと伝わる衝撃を受けてようやく、後藤は事態の全容に気付く。
後藤の身体が後方にぶっ飛んだのだ、と。

「通常弾でこの反動……?」

バースバスターの威力は確かなもののようで、その一撃を貰ったナイト兵はセルメダルに戻ってしまって居たが、一発の反動でこれではあっという間に後藤が参ってしまうだろう。
そして、立ち上がろうとする後藤の隙を逃さず……肉薄してきた2体のナイト兵が、その凶刃を以て後藤の首を刈り取らんとしていた。
咄嗟に腕の力を地面に加えてその場から離脱しようとする後藤だったが、バースバスターの反動を予期せずに受けてしまった代償は意外にも重かったらしい。
思ったほどの距離を稼げず、地面が柔らかい腐葉土であったこともあり、まだ後藤はナイト兵らの剣の届く距離から外れられていないのである。

「後藤さんっ!」

だがしかし、後藤の首が胴体から離れる事態は、訪れなかった。
風を切る音を伴っている訳でも無く、ナイト兵を瞬殺できる訳でも無い一撃によって、横並びになっていた二体の兵が押し倒されたのである。
……火野映司がそいつらの真横からかました、体当たりによって。

「すまん! 助かった、火野!」

そう、火野映司によって。
『オーズ』では無く、一人の人間によってである。
その手にはナイト兵から奪ったと思しき剣を握り、近寄るナイト兵をぶっ飛ばして距離を取りながら、後藤を庇っていると見受けられる。
過去に大剣メダジャリバーを入手直後から使いこなしていた辺り、何か長物に関する扱いのノウハウを持っているのだろう。

「俺に構わず変身しろ!」
「気絶してる間にベルトを失くしたみたいです!」

剣の打ち合いによってその刃を欠けさせながら、さらっと重要な一言を口にする火野映司。
その衝撃的な一言に一瞬だけ思考が止まってしまった後藤だったが、場所が戦場という事もあり、すぐさま我を取り戻した辺りは流石の後藤さんである。

「なんだと!?」

あって当たり前だと思って居たものが無くなると、意外に気付かないものなのかもしれない。
いきなり戦闘になるとは思わなかったために、後藤達に話しそびれたのだろう。
というか、戦闘前に映司が気付いた事とは、十中八九ベルト紛失の件である。
しかし、火野映司の様子にはオーズドライバーを失くした事による焦りは、見られない。
むしろ、余裕さえ垣間見える程である。
その腕に握られた借り物の剣は、既にボロボロになっているというのに。

だが、手ごろなナイト兵を蹴ってドミノ倒しにして時間を作りながら、火野映司が手元で操作したオブジェクトを目にしてようやく、後藤はその意を介するに至った。

「なるほど、確かに『そいつ』ならむしろ役不足だな」

火野映司が手にしていた、『黄色』のカンドロイドの姿が、認識できたのだから。
おそらく後藤の助太刀に入る直前にライドベンダーから購入してあったそれを……映司はライドベンダーへ向けて正確に、投げ込んだ。
と同時に、ライドベンダーの前輪が左右へと割れ、後輪と平行になるように後部へと配置されて。
空いたスペースへ転がり込むように、1メートル程まで巨大化したカンドロイドが、その隙間を埋めてその本能を解き放つ。
黄色のメダルの解析によって生まれたメダルシステム……『トラカンドロイド』が。

そして、直後に響き渡った咆哮は、瞬く間に木々の住処を支配した。
ナイト兵らと同じく機械仕掛けの筈なのに、有り余る野性味を惜しみなく漏らした一体の獣が、有象無象の前に君臨を果たしていたのだ。
排出される水蒸気の中から現れたその姿は、まさしく猛獣そのもので。

「乱戦にはこいつでしょ!」

敵味方を関係なしに攻撃する凶暴な獣が、今まさに異国の森林の中に、解き放たれようとしていた。
獣の名は、『トライドベンダー』。
ライドベンダーに虎の獣性を与える、誰よりも出番を欲するメダルシステムであった……



・今回のNG大賞
「行くぞ、火野、美樹!」
「はい!」

直後、さやかが目にした光景は……一つのバイクに2ケツする成人組二名の姿であった。

「あたしは……?」
「走れ」

こんな後藤さんは鬼畜レベル5103。
確かにメダルの節約は大事だけど、そんなのってあんまりだよ!

・公開プロットシリーズNo.74
→次回の開始時にはトラさんの活躍は終わっているような気がする。根拠は無いけど(ry



[29586] 第七十五話:DEEP BREATH――虎の溜息
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/02/08 05:21
猛獣の爪が兵隊の鎧を絶ち、その芯まで叩き斬る。
牙は捉えた獲物の四肢を噛み砕き、その機能を完膚なきまでに奪う。
振り下ろされた斬撃を正面から跳ね返し、ひとたび車輪に巻き込めば、たちどころに何もかもをズタボロに磨り潰す馬力を見せつけながら。

「圧倒的だな」
「こういう時、便利なんじゃないかと思ってたんですよ」

そして、大乱闘が繰り広げられる戦場と化した森の中に飛び交う、呑気な声。
彼らが何故そんなに余裕綽々なのかと言えば、彼らの陣取る場所にこそ、その答えがあった。

「あんなの使うなら、その前に教えてよ!? あたし食われかかったんだけど!?」

答えは簡単……木の上である。
折角森の中に居るのだから、地の利は精一杯に活用しなくては損というものだ。
案の定、トライドベンダーは視界に入る獲物を片っ端から駆除しているらしく、見る間にナイト兵の数を減らしていく様子が俯瞰できた。

そして、ナイト兵の掃討が終わるまで手持無沙汰になってしまった後藤は……バースバスターの利用価値について考えを巡らせられる程度には、余裕を持つことが出来ていた。
反動だけで身体が宙に浮いてしまうような兵器を、一体どうやって使えと言うのだろうか。
先日の佐倉杏子のように地面に身体を固定すれば体重の問題はクリアできるだろうが、あれは不意打ちの一撃だからこそ可能だったことであって、近距離戦を仕掛けられた時に逃げられないのは致命的である。
一方、後藤がそんな事を考えている間にもナイト兵は次々に数を失っていく。

「それよりパンツマン! 変身できないってどういうことなのよ?」
「さっき後藤さんには説明したけど、気絶してる時にベルトを失くしちゃったみたい」

眼下で戦っているトライドベンダーとナイト兵軍団から目を離さずに、映司が答えを返してくれる。
そして当然、その返答がさやかにとって喜ばしいものである筈が無い。
しかし、そこで映司を責めたてようとするさやかを制して、別の言葉をかけたのは……後藤慎太郎だった。

「火野……お前、何かあったのか? たぶん、気を失う前に」

映司のそぶりにイラ立つさやかとは裏腹に、後藤慎太郎は……火野映司という男の表情が、少しだけ読み取れた気がしたのだ。
悔しがっているような、哀しがっているような、そんな遺恨の片鱗が、ほんの少しだけ映司の顔色に表れているような気がしてしまって。
それは……観察者が、後藤慎太郎だったからこそのものなのだろう。
火野映司の理想の実現を手伝うと決めた後藤は、きっとこの町で誰よりも火野映司を見てきた男なのだから。
もっとも、火野映司という男の柔らかい表情と飄々とした雰囲気が癪に触って仕方が無かった時期があった後藤だからこそ感じたという理由も、あるのだろうが。

「……俺、アンクのメダルを集めようとしてたんです」

ぽつりぽつりと、映司の独白は……始まった。
周囲に繰り広げられる騒音に掻き消されそうになりながら、それでも言葉を紡ぐ。
ただし、さやかも聞いている事なので、アンクの復活という直接的な目的は口には出さない。
それを言ってしまえば、きっと映司の言葉は糾弾になってしまう、と思ったからだ。

ロストアンク暴走体と戦い始めたところから話し始めて。
後藤さんに届けてもらった誕生日プレゼントを折ってしまったことを、謝って。
暴走体から出てきた右腕の無い怪人と戦っている途中から意識が曖昧になって。
ようやく、アンクの色である『赤』のメダルを手に入れて。

「俺、最後に通りすがりの子供に助けられたんです」

そして、朦朧とした意識の中で、火野映司は確かにその少女に助けられたのだという。
ロストとの戦闘に巻き込まれて傷付いた女の子が、それでも尚映司の事を支えてくれたお蔭でロストに勝てたのだ、と。

「その子が何でかアンクと重なって見えて、少しだけ身体の中から力が湧いて来たような気がして……それなのに」

……気が付いたら、全てのメダルとベルトを失っていた。
多分そのアンクの面影も、映司自身が作り出した都合の良いイメージだったのだろう。
そう、自嘲気味に言葉にする映司の背中は……普段よりずっと、小さい。

後藤の語彙には、今の火野映司にかけるべき言葉が、存在しなかった。
何を言っても慰めになるのが関の山で、火野映司の重荷を少しでも肩代わりしてやるだけの名言が、何一つとして頭に登ってこないのだ。
そんな後藤だからこそ、気付くことも無かったのかもしれない。

火野映司の言葉を聞いていた美樹さやかが、その表情を曇らせたことなど……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十五話:DEEP BREATH――虎の溜息



新宿に突如として現れた、巨大な森林。
そして、そこに足を踏み入れた伊達明が目にした光景は……兵隊に囲まれながらも暴れ回る、鋼の猛獣の姿であった。
もし伊達がよく訓練された某掲示板住人であれば、見たままを話す人のAAを張り付ける作業を迅速に行っていただろう。
もちろん、そのような事態は起こらなかったが。

というか、遠目に見た限りでは、むしろその上方に位置取る三人組の存在の方が、情報としては重要に思える。
木の枝に捕まったり座ったりしながら、各々戦闘から距離を保つ体勢を取っており、3人がその戦闘の終結を待っている様子が窺えた。
その中には伊達の知っている顔も見られ、その眼下にて行われている戦闘は、おそらく早く終わらせた方が良いのだろう。

……そして、そこまで把握したなら、その後の伊達の行動は決まりきっていた。

「変身」

すぐさまセルメダルを取り出し、いつの間にか腰に巻いていたベルトにセットして、ベルト再度のレバーを捻って。
何かが割れるような音と共に現れた10つのオーブが身体の各所に配置され、それを起点に強化スーツを生成する。
鴻上光生によって『バース』と名付けられた、生誕の戦士が。

「こいつは一度試してみなくちゃと思ってたんだ」

そして、変身を終えたバースの起こしたアクションは……標的への接近では無く、新たなセルメダルを取り出すことであった。
標的に気付かれる事無く、バースはそのセルメダルを所定の場所へと再投入する。
その場所はやはり変身時のそれと同じ、バースドライバーのメダル投入口である。

『ブレスト キャノン』

メダルはエネルギーへと変換され、すぐさまバースの外部パーツを構成する要因として機能を始めた。
バースの胸部へと現れた巨大な砲台……ブレストキャノンを。
だがしかし、今回の試運転は、前回のような抜き打ちが目的では無いのだ。
従って、伊達のとった選択肢は速射ではなく、

『セルバースト』

バースドライバーへの、セルメダルの追加投入であった。
一気に追加の2枚を詰め込んでバレルを回せば、単純にバースの頭部モニター内部の出力数値が上がったことが確認できた。
もちろん、そこで満足する伊達では無い。
なので当然、セルメダルの追加投入を何の躊躇いも無く実践する。

『セルバースト』

すると、今度は出力こそ上がったものの、先程より上昇幅は少ない。
出力を上げれば上げるほど、効率が悪くなるのだろうか?
試しにさらにセルメダルを投入してみるも、

『セルバースト』

セルメダルのエネルギーを開放したというナレーションとは裏腹に、モニターの表示数値は全く変動しなかった。
この状況から考えるに、おそらく3枚目か4枚目までしか、ブレストキャノンの出力増強には役立たないのだろう。

「充電完了!」

ようやく出力数値の実験も終わり、次は威力の実験である。
標的は当然、決まりきっている。
終わりの見えない数を誇るナイト兵達だ。
幸いにして、伊達はナイト兵達の出動ポイントを真正面から捉えられる位置に陣取っているらしく、既に移動の必要は皆無だった。
おそらく、大規模な土地反転現象の中心地とナイト兵の出現地が同じであったために、外から入ってきた伊達はその位置取りを自然に成功させていたのだろう。
もっとも、遠近法とウズ高い森のせいで、ナイト兵達の奥の存在など伊達の目には入ってこなかったが。

かくして……閃光は、ようやくその輝きを開放される。
木々を消し去り、大気を震わせながら。
剛の一撃へと昇華された砲撃が、瞬く間に全てを蹂躙したのは……自明の理であった。
機械仕掛けの兵隊たちを、正面から葬り去っていく。
剣で防御しようとした者も、正面突破を試みた者も、機械仕掛けの獣も均等に。

最後の一体に関しては伊達としても気に掛けるべきか否か若干迷うところではあったが、見るからに量産品のライドベンダーとそっくりだったため、気を遣うことも無いという判断であった。
確かに、トラカンもライドベンダーも幾らでも代えは効く存在ではあるものの、折角出番を得た筈のトラさんには……過酷過ぎる運命を課してしまった、ような。
……そんな事はどうでも良いのである。

『クレーンアーム』

フックの付いたワイヤーを一振りにして、ナイト兵を構築していたセルメダルを一度に釣り上げて見せる伊達。
クレーンアームの先端の重りには磁石のようなものが内蔵されているらしく、瞬く間にその装甲にはセルメダルがびっしりと張り付いていた。
この武装に限らず、バースの近距離用メダルシステムには大抵付いている機能で、おそらく効率的なメダル収集を目指して作られたものなのだろう。

「伊達さん!」
「さっきのトラロボって、一緒に倒しちゃって良かったの……?」

そして、木から降りて駆け寄ってくる三名の内、二名に関しては伊達の知る人物であった。
鴻上財団のベンダー隊長にして、伊達が救世主へと導かなければならない青年、後藤慎太郎。
何処かのゲームのコスプレのような衣装に身を包んでいるギャグ要員女子中学生、美樹さやか。
……この二人に関しては、先日名前を聞いたばかりなので間違える筈も無いのだ。
だが最後の青年は、伊達としては見覚えこそあるものの、どうしてこの場に居るのかと思ってしまうような人物であった。

「初めまして」
「ああ、初めましてなんだっけか」

手早く互いの名前だけを紹介し合い、伊達は自身の抱く疑問の整理にかかっていた。
伊達は、過去に二回ほど、この火野映司という男の姿を目にしたことがある。
場所は二回とも河原で、アンク扮する鹿目まどかに会った際に、付近で倒れている姿を目撃しているのだ。
そもそもメダルに関連する人物であったことも驚きだが、それ以上に気になる事が、伊達にはあった。

「なぁ、昨日お前を病院に送らせたのは俺なんだが、その時はお前、かなり衰弱してたぞ? 一体どんな魔法を使ったらそんな簡単に回復するんだよ」
「そうだったんですか。ありが……」
「どんな魔法と聞かれれば! それはあたし・天才魔法少女さやかちゃんの癒しスキルだよ!」

……まず丁寧に礼を述べようとした映司の言葉を遮って、不意に調子に乗り始める美樹さやか。
伊達とて、原因があれば『魔法』だと半信半疑程度には思って居たため、驚きは少なかったが。
そして、その癒しの魔法という言葉は、非常に伊達の興味を引く代物でもあった。
だが、しかし。

「どうやら、話は後にした方が良さそうですね」
「そのようだな」

いつの間にか臨戦モードに入っている映司と後藤の姿は、世間話をしている余裕など無いのだという事を態度で示していた。
二人の視線の先から聞こえる『音』が、さやかと伊達の注意をそちら側へと引き付ける。
低く重い地響きが、等間隔のリズムを刻みながら、4人の元へと近づいて来たのだから。
それは伊達がブレストキャノンの砲撃を撃ちこんだ方向から響いており、近付いて来る人物がその破壊の一撃に耐えた事を意味していた。

……そのシルエットは、人間のそれに著しく似通っていた。
隙間だらけの仮面に覆われた顔の中には有機的な肌が垣間見え、やはり人間に酷似している生命体のように思われる。
だがしかしそれらの特徴を以てしても、映司たちにはその生命体がただの人間であるとは、到底思えなかった。

「酷い、臭いだ」

紡ぎだされる女性にしてはやや低い声や、大き過ぎる足音も違和感の源ではあったが、それらよりも更に決定的な不自然さを、その人物は纏っていたのだ。

「足長族……って事は無いですよね?」
「あんまり、生臭が好きそうな人種にはみえねぇぞ」

それは、足の長さである。
全長が3メートルを超えていると思しきその人物は、上半身の腕や首のサイズは等身大の人間並みというアンバランスな体型を見せつけていたのだから。
2メートルにも及ぶスカートのせいで下半身の様子が全く窺えないが、歩幅から察するに、やはり足が長いのだろう。
もっとも、体型に関しては前番組の超越的な土偶やら隣番の女神のプリキュアやら、近年何かと突っ込んではいけない事例が頻出しているので、あまり言及してはいけないのかもしれないが。
決して、スカートの下に舞台係のナイト兵が居て人力で動かしているなどという事は、考えてはいけない。

「800年の時を経て尚、人間の欲望は腐りきっている……!」

仮面に隠された顔を顰めながら、人間よりも遥かに高い視点から、辺りを見渡して。
息を吐くように呪詛を口にして、人間を見下ろしながら……その腕を、伸ばした。
いつの間にか鋭い爪を持つそれへと変化した、何処までも伸びる、凶悪な手を。
その身を取り囲む鬱蒼とした木々もろとも人間たちを纏めて薙ぎ払わんとする悪意が、振るわれたのである。


「お母、さん……?」

凶刃が風を切る音に掻き消された、その小さな声を拾い上げる事が出来たのは……火野映司、ただ一人のみ。
おそらく、ナイト兵達の注意がトライドベンダー一体へ集中していたことが良い方向へ作用し、その声の主は今まで発見されなかったのだろう。
映司たち四人の近くの物陰から聞こえたその言葉を発したのは、小さな子供だった。
年が10に足るかどうかといった程度の男の子の姿が、そこには確かにあって。

「危ないっ!!」

だからこそ、誰よりも早く自身の『手』を伸ばそうとする男が火野映司であったことは、自明だったと言えるだろう。
咄嗟にその子供を庇って地面を転がった映司に目立った外傷は無かった。

……そして、その光景を目にした美樹さやかは、先程も感じた気分の悪さがぶり返していて。
その正体が何なのか分からないというもどかしさに急かされつつ、しかし思考は前には進みそうにない。
後藤はおそらく、『火野ならそうするだろうな』ぐらいに当然と思っているのだろう。
フルフェイスのヘルメットに覆われた伊達の思考も、読み取ることが出来ない。

この場において、さやかだけが感じ取っているであろう違和感が、頭を鈍らせる。
だがそんなさやかの思考とは裏腹に、第二・第三の凶爪が、人間達に襲い掛かろうとしていた……



・今回のNG大賞

木の上に陣取る映司たちの目下には……ナイト兵を狩り終えて、新たな獲物を探すトライドベンダーの姿が。

「どうすんのよ! あたしたち、地面に下りられないじゃん!?」
「トラカンの活動時間は108時間まであるぞ(※公式設定)。誰かが先に降りるしかない。『誰か』がな」
「ごめん、さやかちゃん!」
「オンドゥル(ry

A:さやかは投げ捨てるもの。
底辺対決:トライドベンダーvs美樹さやか。

・公開プロットシリーズNo.75
→獅子は、虎児を得るために自分の子を虎穴へと突き落とす……らしいぜ?



[29586] 第七十六話:汝の隣人を愛せよ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/02/18 21:13
既にお馴染みとなったメダルの擦れ合う音が、鬱蒼とした森林に響き渡った。
もちろんその音源は……映司たち人間5人組では、有り得ない。
その音は、五人が注視していた巨人とはちょうど反対方向から、発せられたのである。
タイミングは、巨人からの伸縮自在の手による攻撃を人間達が回避したと思っていた、矢先。

そして、巨人からの攻撃を受けてよろめく被害者たちの姿に……映司等は、見覚えがあった。

「どうして、こんなところに……」

おそらく、巨大メダルが宙に舞うという異常事態に危機感を抱いて駆けつけたのだろう。
あるいはただの興味本位だったのかも知れないが。
メダルと火花を撒き散らした太古の怪人の姿が、確かにそこには存在したのだ。
そして、被害者たちを攻撃した巨人の腕が掠め取ったメダルの色は、その攻撃対象から考えれば自明のものでもあった。

「貰ったぞ。貴様らのメダル……! 世界を滅ぼすための、歯車をッ!」

その腕に輝く6枚のコアメダルは……黄色と青の2族6種の輝きを放っていて。
それらの本来の持ち主がグリードであったことは、簡単に推測できる事象であった。
猫科と魚介類、即ち……傲慢な王カザリと、色欲の王メズールである。
ひょっとすると、巨人と戦う映司たちに、背後から不意打ちでも仕掛けるつもりだったのかもしれない。

「どういうコト? もしかしてあたし達、助けられた?」
「そうは見えねぇなぁ……」

一度に大量のメダルを失ったことによって動きを鈍らせているグリードたちの姿を横目に、人間組は足を休めずに動かし続ける。
腕長足長巨人からの鞭打ち攻撃が断続的に降り注いでいるのだから。
どうやら、敵の敵は味方という図式は、今この局面においては成り立たないものであったらしい。

「他のメダルは何所だ?」

風を切って腕を振るいながら、女性にしては低すぎる不気味な声色を用いて、巨人は尋ねる。
人にものを聞く態度とは思えない程に傲慢に、相手の生命を刈り取るための動作を繰り返しながら。

「居るのだろう? この時代にも『オーズ』が!」

映司たちは、知る由も無い。
何故目の前の巨人が、オーズの存在を断定するのか、を。
グリードの封印の要がオーズドライバーであったのだという情報を持っている人間がこの場には居ないのだから、仕方の無いことなのだが。
従って、グリードが存在するのだからオーズも何処かに居るに違いないという巨人の思考など、辿る事が出来た筈も無かったのだ。

「火野!」
「分かってます!」

だがしかし、人間チームにも、理解できている事はあった。
巨人が求めているものがコアメダルである以上、彼女がオーズに会う理由も明白である。
従って、火野映司がオーズであるという情報は公開しない方が良い。
念のために短い確認を入れる後藤の言葉に、火野映司は確りとその意図を解した答えを返してくれた。
もっとも、それを聞いていた美樹さやかや伊達明には、その会話の意味が理解されなかったようだが。

そして、後藤は……危惧し始めてもいた。
変身できない状態の火野映司をこの場で始末されるのが、現在想定される最悪の状況だ、と。
幸いにしてグリード達はいち早く逃げ出したために、彼らの口から秘密が漏れる事は無い筈だ。
しかし、サーベルを使って相手の攻撃を防御しているさやかや、火花を散らしつつも持ち堪えている伊達はまだしも、人間の子供という足手纏いまで連れている火野映司は攻撃されればひとたまりも無い。
だが、そんな後藤の危機感とは裏腹に、事態は思わぬ方向へと向かおうとしていた。

「……知らぬのなら、用は無い。消えろ」

巨人が口にするが早いか、行動が早いか。
置き換えられた円状の土地の中央部に集まったセルメダルの塊が、見る間に巨塔の体を為していく光景が、地上の人間達の視界には映り込んでいて。
瞬く間に、塔を中心に広がった濁った空間が、不純物を森の外へと押し出して行く。
巨人から用無しと言い切られた人間達が、円状に切り取られた土地の外へと、排除されたのである。

「結界とは……メダルってのも意外と、何でもアリだなぁ」

伊達としては、メダルに絡みの技術は飽く迄科学の延長上にあるものとして見ている節があったのだが……
ブレストキャノンによってセルメダルへと還って行ったナイト兵もセルメダル製なうえに、こんな結界を見せつけられたのでは、見解も変わるというものである。
後藤も同感らしく、どうやって結界を破るかと考えを巡らせているらしい。
だがしかし……そこで別の事柄に気が向いてしまう男こそ、火野映司なのである。

「大丈夫だった? 早く逃げて」

先程確保した少年に声をかけている火野映司。
その姿に、不安の影は見られない。
もちろん彼とて、かの巨人が危惧すべき相手であることは重々承知している筈だった。
にもかかわらず、目の前の小さな存在の不安を解消したいと思える辺りが、やはり映司らしいというべきか。

そして……そんな映司の姿を、やはり喉に小骨が刺さったような違和感と共に観察している、美樹さやか。
言葉に出来ない不自然な感覚を抱きつつも、依然としてその焦燥のような気持ちの悪さの正体は……明らかになる気配を見せなかった。
火野映司は、気付いているのだろうか。
さやかの胸に巣食う、小さな疑念の存在に……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十六話:汝の隣人を愛せよ



一方、近頃ご無沙汰であった杏子&トーリペアはといえば……

「ところで、気になってたんだがよ」

ここ連日の通り、巴マミと黒い魔法少女の捜索に明け暮れて、空を飛びまわっていたりする。
もちろん、黒い魔法少女に不意打ちが効くのかという疑問は抱えたままだが……もう一度だけ奇襲を試してみようということで、二人は同意したのであった。
ただし、罠が仕掛けられている危険が大きいので、見つけた場合には慎重に動くべきだという事はお互いに理解している。
というか、トーリとしては映司があちらの味方に付いているかもしれないという懸念の元に、いつも以上に臆病な思考が強まっても居た。
一応奪ったコアメダルとベルトはトーリが保管しているものの、魔法少女と正面から戦えばそんなものは簡単に奪われてしまうのだから、当然である。

「『アレ』って何だと思う?」
「……メダルの魔女でしょうか?」

だがしかし、今このひと時、二人の思考を占めていたのは……巴マミの安否では無かった。
何故なら……二人の目線と同じ高度に浮き上がった、巨大な円盤にその目を釘付けにしてしまって居たからである。
沈黙を続ける二人をよそに、円盤はその回転を緩め、やがてもと円盤が収まっていた土地へと、収まっていく。
新宿のビル街の、円状に空白となっていた一地点へと。
だが、そこに広がっていた光景は……元のビル街では、有り得なかった。
その場所へと収まった土地は……鬱蒼とした森林の広がる、異国の山奥のそれだったのだから。

まず二人が一次的に考えた事は……その事象に対する、不関与であった。
トーリはタダでさえビビリであり、杏子もメダル関連の面倒くさい事件に巻き込まれ続けているのだから、当然である。
だがしかし、逃げ腰な思考とは裏腹に、トーリは思っても居た。
あの得体の知れない物体がメダル絡みのものならば、ウヴァを復活するための手掛かりを得られるかもしれない、と。
もちろん希望的観測であることは重々承知のうえだが、それでも何の手掛かりも見つからない現状から脱却したいという思いもまた、ある訳で。

「杏子さんは、確か無限の魔力について調べているんですよね?」
「それがどうした?」

そこで問題は、やはりこの協力者であると言えた。
マミの捜索を中断しようにも、杏子の機嫌を損ねたら再開の目途が立たないのである。
つまり……捜索中断の理由として、杏子にも利益があるように見える何かを提示しなければならないのだ。

「あの巨大な円盤の操作や大規模な転移なんて、それこそ無限の魔力でも無いと出来ない事に見えますよ」
「オイオイ……あたしが無限の魔力の正体を突き止めちまったら、マミの奴を探す理由が無くなっちまうぞ。お前はそれでも良いのかよ?」

……なんだか微妙に怪しまれている、ような。
確かに、マミを救出したいという事になっているトーリが、杏子を無限の魔力の捜索へと向かわせるのは、不自然かもしれない。
かといって、トーリの現状を打破するための希望としては、あの巨大メダルぐらいしか新たな手掛かりは無さそうである。

「杏子さんの調べものをワタシも手伝う代わりに、無限の魔力の正体を見つけた後も杏子さんはワタシを手伝ってくれる……というのは、ダメでしょうか?」
「……まぁ、良いか。マミの奴の捜索は一時中断だ。あの森を調べるぞ!」

杏子としては……正直なところ、巴マミの捜索と無限の魔力の捜査に関する優先順位は、あまり考えていなかったりする。
というか、口にこそ出さないものの、その両方を為せたら良いとさえ心の何処かに思っていたのだ。
……そのうえで杏子は、トーリの真意を測りかねても居た。
トーリの提案は、杏子の目的を鑑みて気を遣うお人好しにも見えるが、一方で杏子という協力者を逃さないための確約を求めた取引にも思えるのである。

「どうにも、はっきりしないんだよな……」
「何か言いました?」

杏子の中で、トーリという人物像がいまいち確立してこないところがあるのだ。
勘が悪いかと思いきや予期せぬクリティカルを見せ、かと思えば奇妙な人脈も持っていて。
魔法少女なのに戦闘能力が皆無という他に類を見ない境遇がそんな人格を作り上げた可能性も捨てきれないので、杏子は突っ込みを入れ兼ねてもいる訳だが。
そんな杏子の懸念の正体に気が付いている気配が無い辺り、やはりトーリという存在は、よく解らない何かで。

何でも無いと突っぱねる杏子をぶら下げたまま、トーリは一直線に向かい始める。
古代の錬金術師の待ち構える、異国の森へと……。
尚、突如として現れた結界に阻まれて、結局内部まで辿り着けなかったのは……ご愛嬌である。



そして、コアメダルを奪われて一目散に逃げ出したカザリとメズールはと言えば……

「あいつって、やっぱり僕らを作った錬金術師かな?」
「姿は違ったけれど……間違いが無さそうね」

結界が張られる頃には、既に森の外まで逃げ遂せて居たりする。
もっとも、様子見をしていただけなのに計6枚ものコアを抜かれたため、色々とボロボロには違いない。
両者共に身体の大部分が色を失い、その力の減退が姿から見受けられた。
むしろ互いに意識の乗ったコアへの直撃が無かったことが幸運であったと見るべきなのかもしれないが……強欲の化身であるグリードが現状に満足することなど、有り得ないのだ。

「……私達そのものよりも、メダルの方が目的だったようねぇ?」
「オーズじゃあるまいし……と思ったけど、オーズもあいつ等が作ったんだっけ」

800年の昔に作られたコアメダルは、動物の力を取り入れることによって人間を更なる進化の高みへと導くためのものであった。
だがしかし、そのコアメダルから意識を持った存在が生まれてしまったことが、全ての始まりだったのだ。
やがてグリードと呼ばれるに至る怪人たちに対抗するために、王が命じて作らせた兵器……それが、オーズである。
そして、それら一連の超常の物質を作った存在が、王のお抱えの錬金術師たちという訳だ。

「さて、メズール。この状況で僕達のコアメダルを取り戻すにはどうしたら良いと思う?」
「魔法少女って子達とオーズの坊やが何とかしてくれるでしょう。その隙を突いて回収すれば良いんじゃないかしら」

……確かに、最後の『隙を突く』という部分が成功する前提ならば、それが最も面倒が少ない作戦である事は間違いない。
あれほどの力を持つ錬金術師と戦えば、魔法少女やオーズも只では済まない事は想像に難くないのだから、選択肢として排除される程の不確実性も無いのだ。
だが、カザリは……もう一つ、懸念を抱いても居た。
戦闘後を狙うという作戦の前提とされている、一つの不確定要素の存在を、無視しきれなかったのだ。

「オーズ達が、本当に錬金術師に勝てるのかな?」
「それならいっそのこと、オーズたちに加勢でもしてみましょうか?」

……メズールがその言葉を本気の元に口にしたのでないことぐらい、カザリには分かり切ったことだった。
従って、カザリが腹を立てたり正面からそれを否定することは、有り得ないことであったと言えるだろう。

「まぁそこは、僕達グリード同士が力を合わせるぐらいの心構えがあれば大丈夫だろうね」

その言葉を発したカザリの様子は、何でもない一言を口にするような、淡々としたそれで。
だからこそメズールは、気付かなかった。
……メダルが零れ落ちる音が、周囲に響き渡るまでは。

「……?」

一瞬、その音が何を意味するのか、メズールには理解できなかった。
メズールが状況を把握するまでには、落下音を響かせたセルメダルは……優に100枚を超えていたのだ。
そのセルメダルは、間違いなくメズール自身の胸部から零れ落ちていて。

だがしかし、メズールには解せなかった。
メズールの胸部に腕を突き入れて、今まさにコアメダルを抜き取ったそいつが……錬金術師でもオーズでも無い存在だったということが。

「貴方……っ」
「四枚か。運が良いんだか悪いんだか」

柔らかい肉球と強靭な爪を以て4枚の『青』を掴み取った怪人が……メズールの目前においてその戦果を確認していたのである。
そいつが魔法少女だったら……せめて人間だったのなら、メズールの脳裏に『何故』という言葉など、浮かんでは来なかっただろう。
人間に味方する者たちがグリードの排除を考えるのは、極めて自然な思考なのだから。

それなのに、現にメズールからコアメダルを奪い取った存在は……そのどれでも無かったのだ。

「カザリ、私を裏切るの……!?」
「人聞きが悪いなぁ。言ったばかりじゃないか。『力を合わせる』って」

全く悪びれもせずに、掌の上で青色のコアメダルを弄ぶ怪人……それは即ち、この場に居合わせたメズール以外のもう一人のグリードに、他ならなかった。
メズールはカザリの事を、800年の時を経て尚行動を共にする同胞だと思い、疑ったことなどあったはずも無い。
グリード同士の協調を誰よりも是としていたメズールは、想定も出来なかったのだ。
カザリを射殺さんと睨みつけるメズールだが、そんなものは最後っ屁にさえ成る道理も無かった。

「そういえば。相手の全てが欲しい時、人間はこう言うらしいよ」

メズールには、カザリを倒してメダルを奪い返す手段など、残されている訳も無い。
怪人態を保てず、人間の少女の姿へと擬態を遂げることによって辛うじて存在を維持している彼女にとって、それはあまりに過酷な状況で。
そして……そんなメズールに掛けられた、一言は。

「I love you. だっけ」

恋人に語らいかけるような甘さなど一切含まない、最悪の言葉であった……



・今回のNG大賞

「『アイ・ラブ・ユーッ!』だっけ」
「そこを英語に差し替えたのは正解だったと、心の底から思うわ」

カタカナじゃぁ締まらないかなぁ、と。

・公開プロットシリーズNo.76
→外道なカザリさんを書くのが楽しすぎる作者は、何かが終わり始めた気がしないでもない。



[29586] 第七十七話:未決断チルドレン
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/02/24 20:42
俗に、転生トラックと呼ばれる代物がある。
物語の進行に著しい利便性を付与するための舞台装置にして、一部に熱狂的な信奉者を抱える有りがちな展開の一つ……それが、転生トラックと呼ばれるモノなのだ。
カザリは、ネカフェという場所を最大限に活用することによって現代知識を得た際、そんな言葉にも巡りあう事があった。
果たして、魂というものを持たないグリードがトラックに撥ねられたのなら、転生できるのだろうか。
……などという益体の無い事にカザリが思いを馳せた理由は、ただ一つ。

「……がっ!?」

自身が今現在、跳ね飛ばされて宙を舞っているからである。
グリードの鈍感な聴覚にもはっきり届くほどの重音と、身体全体に走る衝撃が、意識を揺り戻してくれた。
もっとも、カザリを跳ね飛ばした存在はトラックでは無いうえに、カザリ自身も死んでは居ないのだが。
むしろ『そいつ』は、今この状況においては……トラックよりも遥かに厄介な相手に他ならない。
まるで猫のようにしなやかな動きを以て着地姿勢を取りながら、カザリは自身に突撃してきた存在に意識を向け直していた。

灰色の一本角に、超重量の胴体さえ支えてしまう力強さを見せつける脚部。
上半身こそ色を失っている状態であるものの、やはりその腕力はカザリとは比べるべくも無い。
カザリを睨むことも忘れてそいつに視線を送るメズールの様子から察するに、メズール自身もそいつの存在が予想外だったらしい。

そんな『彼』がこの場所に現れたことには、必然性など一欠けらも存在しなかった。
白い珍獣や黒い魔法少女の導きも無く、メズールの匂いを追ってきた訳でも無ければ、カザリの暴虐を予知していたなどという事も無い。
ただ、巨大メダルという怪異に興味を引かれてその場を訪れた、それだけの事なのだ。

だがしかし、それでも彼がメズールの危機に駆け付けることが出来たのは、

「めずうる、を、いじめる、な!!」

ひょっとすると、『愛』という超常現象の為せる、必然だったのかもしれない……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十七話:未決断チルドレン



若葉 駿。
それが、映司が助けた男の子の名前なのだという。
結局、謎の巨人の情報を集めると言って財団へ戻って行った後藤と伊達を待つことになった映司たちは……案の定というべきか、多国籍料理店クスクシエを溜まり場として選んでいたのである。
その屋根裏部屋に巴マミの死体が存在しないことに驚いている美樹さやかをよそに、映司は駿少年が負った傷の手当てを行っていたのだ。
とは言え、巨人から特に大きな外傷を受けた訳でも無く、少年が負った傷は転んだ程度のものばかりだったが。

「駿君は、どうしてあそこに居たの?」

映司としては、あの森の中に居た人間に対して、疑問に思う所が無いわけでは無いのだ。
そもそも、新宿のビル街を根元から反転させるという意味不明な所業によって出現した森林に、人間が存在していること自体が不自然なのだから。

「お母さんが、いきなりあの中に持ってかれちゃったんだ……」

駿少年の話すところによると、新宿付近の空風公園と呼ばれる場所において、若葉駿の母親である若葉五月という女性が、メダルで構成された腕のようなナニカによって突然森の奥まで引きずり込まれたのだということらしい。
メダルに縁の無い人間の説明であったためにやや不明瞭な説明ではあったものの、そんなところである。

映司としては、気にかかる事柄が幾つか散見されるように思えていた。
駿少年が大事そうに腕に抱えているバッグが女性用に見えることは、それが母親の持ち物なのだろうと納得できたのだが……
映司には、確かに聞こえたのだ。

――お母さん。

そう、先程の巨人と相対した時に少年が、呟いたのが。
その意味によっては色々と地雷を踏む危険があるため、映司としても慎重にならざるを得ないというべきか。
人の心の核心を突くことに定評のある映司だが、だからこそ踏み込まない選択肢を取ることだってあるのだ。
結局、何か切っ掛けを得るまでは突っ込みを控えた方が良い、という判断に落ち着くこととなるのだった。

「つまり、あのデカいのをぶっ飛ばして駿のお母さんを助ければハッピーエンドってことか!」

……と思ったら、横から話を聞いていたらしい美樹さやかが、土足で踏み込んできた件について。
おそらく、空気が読めるか否かというよりも、森の中での駿の呟きが聞こえていなかったからなのだろう。おそらく。
決してさやかが、雰囲気を読み切ったうえでぶち壊しに来るような頭脳プレーが出来る子ではないことぐらい、映司には分かり切っていた。
いっそ美しいまでの、信頼の賜物である。
きっとその信頼の価値は、ラウズカードの中の『スタッブ』の重要性にさえ匹敵するだろう。

「……そう、だよね」

俯いたまま声を絞り出した駿少年の様子に……さやかは、どうやら気付いていないらしい。
もちろん、映司とてそこで怒り始めるような人物ではないものの、地雷畑の被害拡大を防ぐ方向へと話を進めようとは考え始めていた。
映司は、地雷原でホッピングのスイッチを入れている人間を目にした時に、サゴーゾの地均しで地雷を丸々起爆させてやるようなサディスティックな人間では無いのだ。
だがしかし、映司がのんびりしていれば、美樹さやかがまた地雷を踏みに行く危険は否めない。
それならば、どうするか?

「駿君。まず言っておくよ。もし駿君のお母さんが無事なら、俺は駿君のお母さんを助けたい」

地雷の場所に当たりを付けて、地面を掘り返せば良いのである。
もちろん、その行為によって自身が傷つく危険など顧みないのが、火野映司という男なのだ。
そのうえで映司は……地雷原に足を踏み入れた。

「だから、あの公園で駿君が何を見たのか……詳しく話してくれないかな?」

地雷の存在にすら気づいていないさやかが跳ね回るよりは、ある程度地雷の位置に目星のついている映司が探査を行った方がリスクは少ないと踏んだからである。
そして、映司の言葉の意図を理解しかねているさやかを余所に駿少年が息を詰まらせたのを、映司が見逃す筈も無かった。

「あの怪物は……僕のお母さんだったんだ」

駿少年が言うには、映司たちを襲った丈3メートルほどの巨人は、駿少年の母親である若葉五月だったらしい。
映司としては、巨人の顔は半分以上が仮面に隠されていて窺う事が出来なかったのだが……長く共に過ごした家族だからこそ駿少年には通じるものもあるのだろう。

話を聞くところによると、来月に訪れる駿少年の誕生日に関して、少年が母親に対してとある頼みごとをしたことが事の発端であったのだそうだ。
駿少年は、普段共に居る時間の少ない母親に対して、誕生日のその日だけは一緒に過ごして欲しいと願ったのだ。
ところが、母親である五月はその返答に詰まってしまい、そのことに堪り兼ねた駿少年との追いかけっこが始まってしまったのだという。
大人の足で本気で走れば10歳程度の駿少年に追い付けない筈は無いのだが、おそらく母親も、追い付いた後にかける言葉を思いつけなかったのだろう。

そしてそんな状況の中で、街が浮き上がるという怪現象を目の当たりにして唖然としていたところで、母親が森の奥へと引き込まれ、再び駿少年が彼女を発見した時には巨人の姿になっていたという事らしい。

「お母さん、僕のこと、消えろって……」

おそらく、メダル絡みの怪現象によるパニックに、母親からの辛辣な一言が重なってどん底だという事なのだろう。
映司としては、駿少年の母親に近い事例としてまず連想した存在が……アンクと泉刑事であった。
泉信吾の姿を借りたアンクが、泉信吾の元同僚や知人に会えば、おそらく現在の駿少年に似た反応を示してくれるはずである。
映司たちの遭遇した巨人がメダルを求めていた辺りも、この予想の確からしさが窺えるというものだ。

……しかしまた映司は、人間から人間への愛情というものが無条件に想定されるべきでないことも、心に留めていた。
その場に居ない人間の思考を想定しても、それがとんだ見当違いである場合もあるのだから。
そして、ここでただ母子間の愛の何たるかを説教するのは不可能では無かったが、映司としては長期的な思考を少しだけ行っても居た。

「駿君は、お母さんのこと、好き?」

だからこそ映司は、問いかける。
駿少年の心へと。
そして、答えあぐねている少年の様子を覗いつつ、映司は思う。
流石にここで『後悔したくなかったら手を伸ばせ』と言い放ってしまうのは、少し厳しいのではないか、と。

「……」
「今は答えられなくても良いよ。駿君の答えがどっちでも、お母さんは絶対に助け出す」

従って、映司の言い放った言葉が誰かへの命令であることなど、有り得なかった。
もちろん、映司は普段から、誰かへの命令を頻繁に下すような人間では無いのだが。

「……そうしないと『俺が』後悔するから、さ」

……結局のところ、火野映司という男の行動理念は、変わらないのだ。
誰に命令するでもなく、自身の生き方に相手が共感してくれれば良いと思いつつも、そのやり方を見せるに留める。
そのいつもの火野映司のスタンスを貫いたというだけの話だった。
ただしグリードやヤミーを倒してしまう辺りに、映司の手が届くものの限界が表れても居るのだが、それはさておき。

「でも、あんた今変身できないよね? どうすんのよ?」
「俺に出来る事をその場で判断するぐらいかな」

……もしさやかが映司に対して『足手纏いだから来るな』と言ったとして、この男は退くだろうか。
答えが分かり切り過ぎていて、いくらさやかでも、聞く気も起きなかった。
だがしかし、だからこそ胸に支えた違和感とでも呼ぶべき何かが、燻っているのだ。
何かがおかしい、何かが釈然としない、と。

まさか、火野映司の死でも予感しているというのだろうか?
確かにこの男はいつ死んでも不思議では無いような事件に首を突っ込み続けているが、それでも尚生き残っている。
それならば、今回も生き残る可能性だって、大きいはずだ。

さやかがそんな思考の袋小路に突き当たった……そんな時だった。

「火野! あれの正体が分かったぞ!」

鴻上会長の残した調査団の記録を引っさげた伊達明が、「やはりそういう事か!」と言わんばかりの顔でクスクシエへと駆け込んで来たのは。
先程伊達と共に鴻上財団へと足を運んだ後藤の姿が見当たらないようだが、おそらく引き続き資料集めに精を出しているのだろう。
そして、伊達の持ち込んだ情報は……一同を驚愕させるに十分すぎるもので。
周囲に白石千世子店長が聞いていないかと、火野映司が周囲を見回してしまったほどである。
幸いにして昼食時ということもあってそれなりに店内に客が入っていたために、アルバイターの比奈ちゃん共々、映司たちの会話に割り込む余裕は無かったようだが。

かくして、面々は知ることとなる。
800年前にメダルを作った錬金術師の中の一人に、『ガラ』という名の特に優秀な女性が居た事を。
そして、ドイツのとある州において鴻上会長がその墓を暴き、結果として錬金術師ガラが復活してしまったことも。
巨大なメダルの体をとって回転した土地はが、そっくりそのままドイツの森と入れ替わっている事に加えて……その鴻上会長もガラによって連れ去られてしまったのだという、割とどうでも良い事件まで。

「……錬金術師の事はともかく、その鴻上って人は完璧に自業自得じゃん?」
「まぁ、鴻上さんってそういう人でしょ」
「だな。あの会長なら仕方ない」

そして、珍しく常識的な反応を示したさやかに対して、返ってきた言葉は……微妙に会話としての噛み合いを外れていたりして。
というか、美樹さやかとしては、その鴻上会長という人間が一体どういう人物なのかと若干気にならないでも無い。
故人の墓を暴いた挙句にあんな怪物を復活させたのなら、もう少し責められても良さそうなものなのに。

「そうじゃないわよ! あたしが言いたいのは、そんな奴助けて何になるんだってこと!」

火野映司や伊達明が、鴻上会長の救出に関して、特に何かを明言したわけでは無かった。
ただ、今後の行動指針を決めるための情報の中に、自然に鴻上会長が拉致されたというモノが加えられている時点で、さやかとて理解が及ばない筈も無い。

「手を伸ばさなかったら俺が後悔するから……っていう理由じゃ、ダメかな?」
「俺は、一応クライアントが居なくなると困るんでな」

さやかの言葉の意図を解しているのか、映司が提示してくれた答えは……常時この男が口にしているセリフそのもので。
しかし、それを受けたさやかは……上手い反論を思いつくことが、出来ずに居た。
まぁ、伊達の方の理由は正直に言ってどうでも良いが。

何となく、その会長を助けるのが間違いだと主張する思考が頭の何処かで蜷局を巻いている……ような。
そんな何とも言えぬ感覚とは裏腹に、『火野映司が後悔しないために』と言われてしまうと、その行動を禁止する程の悪行が会長によって為されているという訳でも無いと思えてしまうのだ。
例え鴻上会長がガラの墓を暴くことで彼女が復活することを知っていたとして、こんなデタラメな事態を予見しろなどとは言えないのだから。

「うーん……まぁ、良っか」

何かが、釈然としない。
そんな思いを抱きつつ……結局さやかは、映司たちと共に行動を続けることとなるのだった。
自身の内側も未来も、見通せないままに……



……そして、今回の騒動に関して最も遅くに現場に辿り着いた人物は、ようやく半球状の結界の前に立つこととなっていた。
佐倉杏子のように便利な蝙蝠女を従えている訳でも無く、ライダー達のようにバイクが使える訳でも無い、微妙に不便な女が。

「……」

言わずもがな、暁美ほむらさんである。
巨大メダルの異変から情報を得ようと駆け付けたものの、時間停止を駆使してまで最速で現場を訪れるだけの期待を抱いていた訳でも無く、結果として結界が完成した後になって漸く到着したという訳だ。

ただ、到着したと言っても、情報収集はそう簡単にはいかないようである。
なぜなら、暁美ほむらの視界の中央には……直径10kmにも及ぶ巨大な封鎖空間が立ちはだかっていたのだから。
一見魔女の結界のようにも思えたが、魔女の結界というものは、一般人からは視認されないはずなのである。
つまり、一般人からの視線を一手に集めているこの異変は、魔女によるものでは無いという事だ。

……だとすれば、メダル絡みだろうか?
というか、幾度も同じ時間を廻り続けている暁美ほむらが知らない事件なのだから、メダル絡みの線は限りなく濃厚なのだが。
さらに、半透明な結界の奥に鬱蒼とした森林が広がっているのも、非常に気になるところではある。
魔女の結界の中には常軌を逸したオブジェクトが散らばっているのが常であるはずだが、結界越しに様相が窺える森地は、どうも魔女のものと比べれば常識的過ぎるように思えるのだ。
もちろん、新宿のビル街の真っ只中に森林が出現している事態は常識的とは言えないが、魔女の結界内部程の強烈な精神病的インスピレーションを、暁美ほむらは感じ取ることが出来なかった。

ことこの局面において、暁美ほむらが取れる選択肢は、大まかに言えば二つである。
一つ目は、結界内部への侵入を諦めて鹿目まどかの捜索へ戻ることだ。
この方針のメリットは、単純に鹿目まどかの身の安全を確認できる可能性が上がるという事である。
逆にデメリットは、この結界内部に眠っているかもしれない情報を取り逃すことだろうか。

一方、結界内部へと突入する場合は、メリットとデメリットが逆転する……だけには、留まらなかったりする。
まず結界の破壊にはそれなりの攻撃力が必要であり、対巨大魔女用の兵器を使うか、時間停止からの同時攻撃が必要だが、どの道戦力的な消耗は少なくない筈だ。
しかも暁美ほむらは、自身の弱点を嫌という程知り尽くしているために、それが晒される可能性も恐れていた。
この時間停止という能力は、それだけに目を向ければ非常に強力なものではあるが、発動までに1秒前後のタイムラグが発生するものなのである。
加えて、ほむら自身の危険察知能力や回避能力が大して高くも無い事を考慮に入れれば、自ずとその弱点を自覚することも出来た。

……簡単に言えば、暁美ほむらという魔法少女は『不意打ち』に弱いのである。
反射神経に優れた佐倉杏子や回復能力を持った美樹さやかならば対処できる筈の不意打ちでも、暁美ほむらには致命傷となりかねない。
特に、障害物の多い森の中を探索など実行しようものならば、槍一本が飛んできただけで詰む可能性さえあるのだ。
一撃目で地面に縫い付けられてしまえば、時間停止も使えなくなるのだから。
大好きな先輩からの、『みんな死ぬしかないじゃない!』という貴重なお説教から学んだ、有難い教訓の賜物である。

一通り現状を確認したところで、暁美ほむらは岐路に立って直っていた。
突入すべきか、引き返すべきか。
要は、この結界の内部に眠る『かもしれない』情報に、どの程度の価値を見積もるかという問題でもあった。

……そこで活きて来るのが、何といっても人間関係である。
鴻上ファウンデーションという巨大企業ならば、この異常事態に関する情報を持っていても不思議では無い。
もっとも、情報どころか鴻上会長自身がこの事態の原因だったりするのだが、そんなことは暁美ほむらが知る由も無い。
という訳で、結局後藤慎太郎へと連絡をつけようという方針へと思い至るのであった。
伊達明のことも嫌っている訳では無いものの、濡れ衣を着せてしまった負い目から、どうにも話しかけ辛いのである。

そう思った、矢先だった。
誰かが転生トラックにでも撥ねられるような、汚い響きを耳にしたのは。
暁美ほむらの立ち位置からそう遠くない、おそらく結界の外周付近から伝わったその衝撃は、ほむらの気を引くには充分すぎたのだ。
その先に待ち受けているものが何であるかも、知らずに……



運命は、反転を続けるメダルのようなものである。
弾かれて宙を舞い、光を乱反射しながら輝きを振り撒く存在。
そして最後は、例外なく地に落ちる……はずだ。
暁美ほむらの軌跡は、よもすれば、両面とも裏のメダルを地に落とさずに延々と指で弾き続ける行為にも似ているのかもしれない。

ならば、どうすれば良いか?
答えは……未だ、提示されない。



・今回のNG大賞
「そういえば、何か足りないような?」
「何の事だかさっぱり分からんが……」
「気のせいでしょ」

「さっきまで『後藤さん』って呼ばれてた人が居ないことじゃないんですか……?」

※後藤さんは空気になったのではなく、そもそもクスクシエに来ませんでした。

・公開プロットシリーズNo.77
→駿君を書くのが予想外に難しい。



[29586] 第七十八話:私の会う人がこんなに人間じゃない訳がなくもない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/03/03 20:09
近頃周囲がシリアスに傾き気味な中、何故か微妙にお間抜けだと噂の杏子&トーリ組はといえば、

「アンタって、飛べなきゃホントに良いトコ無いな……」
「びっくりする程何もない、です……」

足を使って地上から結界の周囲を調べていたりする。
何故飛ばないのかと言われれば、発見されるのを避けるためだ。
それも、敵からの発見では無く、人間達からの発見を防ぐことに主眼が置かれていた。

そもそも、トーリが普段に何も気にせずに空を飛べるのは、蝙蝠女を目撃しても普通の人間なら自身の見間違いを疑うためである。
だが、巨大結界という人目を引くオブジェクトの輝く街の中で、その手法は使えそうにないのだ。
ある程度の人数が目撃すれば、常識はずれな証言でも信憑性を得るに至るのだから。
そして、空を飛べない蝙蝠女に何か個性が残されているかと言われれば、その答えは悲惨の一言である。
体力こそ有り余る身体ではあるものの、決して足が速い訳でも無く、かといって情報収集に優れている訳でも無ければ攻撃力があるはずも無い。
つまり、残念な魔法少女モドキが残されているだけなのだ。

「まぁ、それでも居ないよりはマシだ。とりあえず二手に分かれてこの結界の外形を調べてみるか」
「了解です」

一も二も無く頷く蝙蝠女……もとい、特徴の無い女。
その様子に、杏子は言いようの無い頼りなさを感じ取っていたりして。
つい、コイツを単独行動させても大丈夫なのか、と思ってしまうのである。

「……自分の身一つぐらい、自分で守れよ?」
「もしかして杏子さん、何か危険を察知してませんか? 何か知ってるなら先に教えてくださいよ?」

杏子としては、自分らしくない言葉を吐いてしまったとは思っていたが……どうやらトーリは、発言者本人以上にその違和感を嗅ぎ取っていたらしい。
本当に、保身が懸かっている時だけは頭が回るヤツである。
こんな情けない魔法少女を生むなんて、親の顔が見てみたいものだ。
きっとトーリ以上に危険に怯え、保身に走る性格をしているのだろう。

「いや、何でもねーよ」
「……本当ですか?」

というか、杏子としてはここで念を押して来るような臆病な魔法少女など、見たことも無い。
大概の魔法少女は自身の存在に自信を持っているもの人種なのだ、という杏子の常識に対して、トーリは少し腰が退け過ぎているように思えるのだ。
……杏子は、トーリと会う以前にはそのような魔法少女など、一人しか知らない筈だった。

「まったく、類は友を呼ぶってか?」
「ワケが解らないですよ……?」

勇敢で優雅に見えて、その実は誰よりも臆病で、自身を鼓舞することにさえ自覚的な、そのヒト。
それは、杏子やトーリの師匠であった、一人の魔法少女に他ならない。

「何でも無いって言ってんだろうが。とっとと行け!」

杏子が何かを察知しているのではないかという疑念が解けた様子では無いものの、トーリは言及することを諦めたらしい。
そして、すごすごと背を見せて歩き始めたトーリに視線を送りながら、杏子はようやく自分自身の状況に気付き始めていた。
……自分がトーリの背中を見守っている、ということに。

「……まったく、柄じゃねーよ。ホントに、さ」

杏子が久々に見滝原へと足を踏み入れたのは、無限の魔力の秘密を探るためだった筈だった。
そのはずなのに、巴マミに降りかかった不幸に、縁を切ったはずの杏子の心は揺さぶられてしまって。
マミの忘れ形見の頼りない魔法少女の安否をいつの間にか気にしている自分が居て。

今思えばトーリの提案も、無限の魔力という当初の目的から考えれば、断った方が良かったように思える。
報酬先払いという事は、いつ終わるか分からない巴マミの捜索に付き合わなくてはならない可能性があるためだ。
それなのにその提案を受け入れてしまったのは、やはり杏子自身が……。

「あー……やめやめ。アタシは頭脳担当じゃねーっての」

杏子は、一瞬だけ脳裏を過った言葉を振り払って、歩を進め始めた。
トーリと道を分かち、結界の外周を調べる作業へと自身を埋没させる道を選びながら……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十八話:私の会う人がこんなに人間じゃない訳がなくもない



猫の姿を模った、ドレッドのように頭から縮れ毛を垂らした化生。
それが、暁美ほむらが駆け付けた場から入れ違いに去っていく、怪人の姿だったのだ。
……そして、もう一体の怪人の姿もまた、暁美ほむらの意識を強烈に引き付けていた。

「めずうる! だいじょうぶ、か?」

ほむらと同年代と思しき少女へと、地響きを伴いながら駆け寄った灰色の怪人が、少女の身を案じる声をかけたのである。
小ぶりながらも力強さを思わせる角を頭部に生やし、強靭な足で地面を踏み鳴らす灰色の怪人が、人間の子供を抱き起そうとしていたのだ。
そして、その光景は……暁美ほむらにとって、あまりに反応に困るものでもあった。
灰色のデカブツが猫の怪物を追い払ったのだろうが、彼らはそもそもどういった関係なのだろうか、と。

「なんとか、ね。ガメル、良い子……」

そんな中、言葉とは裏腹に倒れ込んでそのまま意識を失ってしまった少女の様子に、怪人は明らかに動揺しているようだった。

「めずうる? しんじゃ、だめだぁ!」

周囲に散らばる銀色のメダルは、灰色の怪人が先程の逃亡者と戦っていた名残だろうか。
どうにも状況が把握し切れていないほむらであったが、何とか自分なりに事態を理解しようと努めてみた。
おそらく、猫怪人と灰色怪人は、巴マミから噂に聞いたグリードという存在なのだろう。

だがしかし、人間の敵だと噂のグリードが、何故人間の少女を助けなければならないのか。
その理由を考えて……ほむらは、この町において暁美ほむらにしか思いつけない仮説に、辿り着いていた。
……魔女が魔法少女の慣れ果てであるように、グリードにも何か事情があるのかもしれない、と。
であるからして、一般人であろう少女の身の安全を確かめる意も兼ねて、暁美ほむらは灰色のグリードの眼前に姿を現すこととなるのだった。
その左手へと盾を出現させ、最低限の警戒心だけは忘れない、ままに。


結論から言えば、灰色の怪人に姿を見せた暁美ほむらが攻撃されることは、無かった。
灰色の怪人ことガメルは、明確な目的無しに人間を傷つけるような好戦的な性格では無いのである。
ただし、それを知らない暁美ほむらにとっては、かなり心臓に悪い行為には違いが無かった。

「……おまえ、だれ?」
「暁美ほむら、よ」

もっとも、ガメルの最愛のヒトであるメズールが弱っているのだから、ガメルとて多少周囲に警戒心を抱いては居るが。
そして、ほむらもまた、この異形の存在の扱いについて態度を決めかねていた。
だが、言葉を選んでいるほむらを余所に、ガメルは気絶した少女を背負ってほむらとは逆の方向に歩き出そうとしていて。
もちろんガメルには暁美ほむらと対談する理由など存在しないのだから、当たり前の行動なのだが、ほむらとしてはここでガメルを帰らせる手は有り得ない。

「待って。貴方は、この結界のついて何か知らないかしら?」
「しら、ない。おれが、きたら、めずうるが、いじめられてた」

……どうやら、めぼしい情報は持っていないらしい。
この巨大な土地転移現象はメダル絡みの出来事だろうと考えていた暁美ほむらだったが、いきなり自身の見当違いを疑い始めても居た。
つまり、魔法の力に思えないからメダルの力だという発想がそもそもの間違いで、実は魔法の中にもほむらの知らない分野があるのかもしれない、と。
それでもやはり、依然としてほむらの疑いの第一候補はメダル絡みなのだが。

「貴方にとって、その子はどんな存在なの?」

……これは、暁美ほむらの純粋な興味による、質問であった。
メダルによって形を成している超常の怪物が、どうして人間などを気にかけるのかと、ほむらは問いかけてみたくなったのだ。
そして、返ってきた答えは、あまりに単純明快過ぎて。

「おれは、めずうる、すきだ」

少しも恥ずかしがる気配を見せず、何の躊躇も伴わずに、これ以上にない説得力を持った言葉が返されていたのだ。
それこそ、聞いている方が戸惑ってしまうぐらいの直球によって。
発言した本人にとっては至極当たり前のことで、しかして人間にとっては時に至極口にすることが難しくなる、言葉だった。
ほむらとしても、自身に直接の関係が無くともそれだけの一途な気持ちを見せられれば、自然と好感度も上がるというものである。
もっともそれは、一般人を助けた男が世界の破壊者様だった場合に、奴が物凄く良い事をしているように見えてしまうというレベルの話に過ぎない訳だが。

「ここで、一体何があったの?」
「こあめだるが、とられた」
「さっき逃げて行った奴に?」
「そう、だ」

一応ほむらも先程逃げて行った怪人が怪しいとは思っていたが、念には念を入れてきっちり確認を取るあたり、冷静に情報収集をこなす態度は維持できているらしい。
そもそも鹿目まどかが関わっているかどうかも怪しい事件の捜査に当たっている現状では、ほむらさんの冷静さを失わせるような要素は皆無なのである。
尚、ガメルの言うコアメダルとは当然メズールの青メダルのことなのだが、人間態になって意識を失っているメズールを、ほむらは人間だと認識している。
そのため、ガメルの言葉に全く違和感を抱く事が出来ずに居たのだった。

「さっきの奴は、貴方と同じグリードでしょう? どうしてコアメダルを奪って行ったのかしら?」

もっとも、魔法少女同士だって争う事があるのだから、この問いの前半にはあまり意味が無かったりする。
重要なのはむしろ、後半である。
グリードの欲するものが分かれば、それを逆手にとって利用してやる事だって出来るかもしれないのだから。
例え今回の時間上では活かせなかったとしても、その経験はループを続ける前提の上ではそれなりに役に立つはずだ。
従って、グリードと会話を交わせるという千載一遇の機会を、ほむらが見逃すはずも無かった。

「しら、ない」

首を横に振って答えてくれたガメルの言葉を聞いて、ほむらは……その判断に困っていたりする。
ゆっくりと、はっきりしない口調で子供のように喋るガメルが、どうも嘘が吐けるほど賢いようには思えないのだ。
もっとも、だからと言ってガメルの言葉を全面的に信用する気にもなれないが。

「なら、別の質問よ。貴方達グリードは、いったいどうやって復活したの?」

これも、ほむらならではの疑問である。
ループ世界において、『再現性』というものの重要性は案外に高いものなのだから。
より噛み砕いて言うならば、ある事象に類する原因と結果の関係を知っていれば、その行く末をある程度自身の思い通りに出来るということだ。
つまり、グリードやメダルの存在さえ、ほむらはバッドエンド回避へのフラグに使おうと考えているのである。
そのため、『グリード復活』という運の要素が強そうな現象の再現性を確保する思考は、当然と言えた。

「しらない」

しかし……この灰色の怪人が持っている情報は、予想外に少なかったらしい。
もしガメルが『ワケが解らないよ』などという似ていない物真似に走っていたのなら、途端に鉛の雨霰を降らされていただろうが、ガメルのあまり賢さを感じさせない振る舞いがほむらの思考に歯止めをかけても居た。

「じゃあ、その子はどうしてさっきの奴に襲われていたの?」
「しらない」

そして、案の定というかなんと言うべきか、ほむらがなけなしの情報を得ようとした最後の質問も無駄に終わってしまっていて。
ほむらは、確信に近い段階で、思い始めていた。
目の前のコイツから有用な情報を引き出すのは不可能なんじゃないか、と。
更に、巴マミや後藤達から聞いた情報によるとグリードは人間の敵らしいので、ここで倒しておいた方が良さそうである。

……暁美ほむらはそこまで分かっている、はずだった。
超常の力を持つグリードにほむらの銃器と魔法がどこまで通じるのか実験する意味でも、ここで戦う事による益は馬鹿にならない、とも。
そのはず、なのに。

「……その子が早く元気になると良いわね」
「う、ん」

ほむらに対して元々用事が無かったために立ち去ろうとするガメルを、ほむらは負う事をしなかった。
決して、戦力面において適わないと思ったわけでは無い。
ただ、人間の子供を大切そうに抱えてゆっくりと歩いて行くグリードの背中を、打ち抜こうと思えなかっただけなのだ。
一人の人間に関して何の躊躇いも無く『好きだ』と言ってしまえるガメルというグリードが、それほど人間と違っているように感じられなかったという原因も、存在したのかもしれない。

結論から言ってしまえば、ほむらがここで時間停止と多重同時攻撃のコンボを使っていれば、ガメルを倒すことは出来ていたに違いない。
だがしかし、ガメルは知らず知らずのうちに解体の危険を回避することとなったのだった。
その選択が、一体何を意味するのか。
役者たちは未だ、知る由も無かった……



そして何を考えているのか分からないと評判の蝙蝠女はといえば……

「なんだか、こういう時に独りだと心細いですねぇ……」

単独行動のおかげで気が休まっているかと思いきや、いつも以上に周囲に注意を配っていたりする。
一次的な理由は、トーリの傍らにそびえ立つ巨大結界が、全く持って意味不明だからである。
だがしかし、それだけでは無かった。

――自分の身一つぐらい、自分で守れよ?

時間が経てば経つほど、杏子のその言葉が何かのフラグに思えてしまうのだ。
杏子は、何か情報を持ったうえでトーリの身を案じていたのだろうか?
本人の言によれば、他意は無いとの事らしいが、どうもトーリはその細やかな危機感を拭い切れないのである。

「ワタシより杏子さんの方が勘は良さそうですし……」

結界の外形に目を配って、やはり何も発見が無いという事を発見しながら……溜息を吐く暇も惜しんで、警戒だけは怠らない。
紫のオーズに襲われた時の対応から考えるに、勘の鋭さにおいてはトーリよりも杏子に分がありそうだった。
まさに、羽も伸ばせない気分とはこの事である。
非比喩的な意味においても、現状では羽は伸ばせない訳だが。

だが、先程から代わり映えしない半球状の閉鎖空間を視界の半分に収めながらも、トーリのテンションは然して低いわけでも無かった。
何故なら、グリード復活への道筋が見えていない現状においては、未知との遭遇こそが唯一の手掛かりである事は間違いが無いからである。
もっとも、それならば情報収集に優れている魔法少女を連れて来たかったというのがトーリの偽らざる本音であった。
具体的に言うと、杏子から情報収集系である事を看破された黒い魔法少女のことだ。
もちろん、杏子たちと敵対しているという前提があるために非常に困難なことには違いないが。

かくして結界の外周を辿っていたトーリは、出くわすこととなる。
結界という光に惹かれて集まってきた子羊の、一人に。
考えてみれば、かの人物が不審な結界を調べに現れることには、何の不自然も存在しない筈である。

「……やぁ、コアメダルは順調に取り込めているかい?」
「お蔭様で、もうグリードよりも多いぐらいです。何故か全然強くなってませんけど……」

そいつは、黄色のチェック柄の服と銀髪が目を引くものの、周囲に違和感を振り撒くほどの特異性も放っていない青年で。
而してトーリにとって、非常に印象深い存在には違いなかった。

トーリは、気付いた筈も無い。
そいつがまさに先刻、同胞であるグリードに手をかけたことなど。
そして、トーリを視界に収めて『嗤』った怪物の表情が示している意味も。
そんな中、人間態で現れたグリードに対してトーリがとった態度は、

「お久しぶりです。カザリさん」

絶対的に警戒心の足りていない、それだったのだ。

グリードであるカザリは基本的にはヤミーであるトーリの味方である、という。
……そんな、砂上の楼閣のような前提を、抱きしめたままに。



・今回のNG大賞

出会いがしらにカザリの言い放った一言は。

「君も、メズールみたいに見滝原中学の女子制服を着てみない?」
「カザリさん、もしかしてウヴァさんのメダルを取り込んだせいで頭に異常が……?」

お 前 が 言 う な !
※トーリの緑メダル:6枚


・公開プロットシリーズNo.78
→出会いは新しい何かが生まれる前触れでも……ある?



[29586] 第七十九話:道化とピエロと形無しジョーカー
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/03/12 07:36
カザリが、近頃疑問に思っていたことだった。
これだけコアメダルを投入しているのに、何故トーリは強くならないのか、と。
もちろん、ヤミーとはそういうものなのだという結論も有り得るのだが、カザリはそこにトーリの価値を見出しても居た。
グリードであるカザリが別色のコアを取り込んだところ、自色のコアほどの効率は見られなかったものの、一応の出力強化は出来たのだ。
それに比べて、特に変化した様子が見当たらないトーリの様子は、流石に不自然に映ってしまうのである。

「ちょっと、君の全力でこの結界を攻撃してみてよ」
「……?」

カザリが何を考えているのか理解が及ばずに不思議そうな顔をしているトーリの様子に、カザリは内心でほくそ笑みながらも行動を急かしてみた。
そして、逆らう理由も無いトーリは流されるがままである。
周囲の人目を確認しながら羽を展開して低めに跳び上がり、身体に回転を加えながら羽を身体に巻きつけて円錐のような形状をとり、落下の勢いと共に結界の側面に飛び蹴りをかまして見せてくれた。
……もっとも、

「やっぱりダメでした」

案の定というか、結界は揺らぐことさえ無かった訳だが。
若干、トーリを解体してメダルを回収する選択肢も考えていたカザリであったが、ここに来て確信に至っていた。
このヤミーはいつでも始末できる、と。

先程のメズールの一件は、彼女が弱っている状況が今までに見られなかったために好機と思って襲った訳だ。
しかし、グリードが一度に取り込めるコアの枚数は現吸収数の半数程度であるため、メズールのコアを奪って吸収したばかりのカザリは、トーリのコアを奪ってもすぐに吸収することが出来ない。
加えて、トーリに限ってはそこまで頭を回すべき相手でも無いのだから、生かして利用した方が得である。
トーリが強くならない理由とその改善策を見つければ、いまいち成果の上がらない他色コアの取り込みも、より効率的に行えるようになるかもしれないのだから。

「じゃぁ、電撃で試してみてよ」

一応の確認として、トーリが特殊能力タイプである事を疑ってみるカザリ。
稀に身体能力よりも特殊能力で戦うタイプのヤミーが生まれることを、知っているためである。
だがしかし、

「電撃……?」
「…………えっ?」

いくらカザリさんといえど、この反応は予想外過ぎた。
そもそも、ヤミーという生物は自身のスペックなどという基本情報は、教えられなくても知っているのが当たり前の存在なのだ。
であるからして、いくら創造者が『あのウヴァ』であるからといって、そこまで心外そうな表情を返されるのは想定の範囲外だったのである。

「電気攻撃だよ。ウヴァのヤミーは皆使えるはずじゃないの?」
「そんな話、ワタシ聞いてないですよ……?」

本編がもうすぐ50万文字に達するかどうかという時期になって、今更にも程があり過ぎる指摘であった。
参考までに紹介しておくと、ライトノベル一冊分がおよそ10万文字前後である。
もはや、作者も忘れていたのだろうと指摘されても仕方が無いレベルに達しているかもしれない。

「無意識に周りの電子機器を狂わせたりとか、したこと無い?」
「いいえ、全く」

実のところ、このヤミーが誕生日にライドベンダーを蹴り飛ばした際、磁気で地面と引き合っているライドベンダーの機能を無意識のうちに狂わせていたりするのだ。
もちろん……そんな事を都合よく思い出すほど、このヤミーのオツムは上等では無いのだが。
ただし、トーリはライドベンダーの固定に磁力が用いられている事さえ知らないので、こればかりは気付けというのも酷ではあるだろう。
そして、能力を意識しつつ、電撃をイメージして集中してみると……

「なんだ、出来るじゃないか」

ヤミーの掌から爆ぜるような音を立てて立ち上る、緑色の輝きがそこには顕現していた。
どのような原理で電撃が緑色になるのかという疑問もあるものの、とにかくトーリがパワーアップした事に変わりは無かった。
元から使えたものを知らなかったというだけの話なので、あっさりと終わってしまった感が果てし無く匂っているが。
まるで、追加装備が宅配便で送られてきた時のような無常感とでも呼べば良いのだろうか。

「こんな能力があったなら、ワタシがここまで苦労することなんて無かった、ような……」

思えば、この能力があればと思ってしまうシチュエーションは無数に存在していた筈だ。
例えば、初めて暁美ほむらさんに襲われて殺されそうになった時。
例えば、マミさんに初めて会って銃を向けられた時。
例えば、薔薇の魔女の結界に入った時。
例えば、サメのヤミーに……

「君の苦労話なんて誰も聞いて無いから、早くその電撃で結界を攻撃してよ」
「そんなのって無いですよ!? あんまりですよ!?」

流石のトーリも、こればかりは悲しすぎた。
思わずほろりと涙を流しそうになった程である。
もちろん、実際にヤミーが涙を流せるのかどうか、トーリは知らないが。

恨めしそうにカザリを一瞥したトーリは、それでも結界へと向き直り、渾身の電力を以て攻撃を仕掛け、

「……やっぱりダメだったか」
「やっぱりってどういう事ですか!? 事と次第によってはウヴァさんに直訴することも辞さないですよ!?」

当然のように、結界に傷一つ負わせる事が出来なかったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第七十九話:道化とピエロと形無しジョーカー



外界より隔離された結界の中心部に建った、一筋の塔。
その更に最奥の一室に、そいつは座していた。
穴だらけの奇妙な仮面と、金箔を張り付けたような目に優しくない衣装を着こんだ、一人の女性。
それが、この結界の主にして800年の眠りより覚めた、一人の錬金術師に違い無い。

「ハッピーバー・スディッ! マスター・ガラッ!!」

……錬金術師、ガラ。
人間離れした身長を誇る彼女は、確かにその名の通りの存在である。
そして、その名前を叫び祝福した男もまた、ガラに縁のある人間には違いが無かった。

「皮肉なものだな。我を封じた者の子孫が、その封印を解くとは」

錬金術師の……というよりも、ガラに存する数少ない人間的な感覚が、嗅ぎ取っていたのだ。
ガラによって拉致され、古代の塔の最奥に位置するこの部屋に存在を許されているその男が、ガラのよく知る人物の末裔であることを。
活動するための『芯』として利用した女の記憶から読み取ったところによると、DNAという小難しい単語がそれに当りそうだったが……そんなことは、ガラにとっては些事に過ぎなかった。
例えその男が『王』の血族であったとしても、『王』の資格を受け継いでいないのならば、少々の感慨程度の価値しかその男には存在しないのだから。

「どうだね? 800年ぶりの『世界』はッ!?」
「人の欲望の臭いは変わらぬ。むしろ、この大気の匂いと相まって我慢ならぬ程だ」

800年ぶりに肉体を得てまず嗅いだ匂いは、酷い悪臭と泥のような欲望で。
しかし、ガラにはすぐに思えてしまったのだ。
人間の欲望の醜さなど、今に始まったことでは無い、と。
代表例としては、やはり何といっても先代の『オーズ』である。
鷹狩という奇妙な趣味を持っているかと思えば奴隷を使って人体実験を繰り返し、時には動物園などという意味不明な代物を作り出して。

一人の国民の目から見ても、自身の欲望に対して忠実な男ではあったのだが……しまいに彼は錬金術師を募って、命じたのだ。
王を進化させるための生物を作って、食らわせよ、と。
一体何を食ったら、そんな発想が出てくるのだろうか。
そして、異端と疑われても仕方が無い程の発想力を見せ、欲の限りを尽くした王がその発想に至ったのは……当然の帰結であったのかもしれない。

つまりそれは……力の、『独占』であった。
自分とは別のオーズが生まれる事を恐れた王は、メダルとオーズの制作の秘密を知る錬金術師を次々と手にかけたのである。
その対象者として……ガラが例外となる筈も、無かった。
だからこそ、ガラは対抗措置を取らざるを得なかったのだ。
そのために封印されることとなるのだが……結局封印が解かれた事を思えば、処分されるよりは遥かにマシだったのだろう。

「それは残念だ! マスター・ガラッ! だが心配は要らないよッ! 欲望は世界を進化させ続けるからねッ!!」

……ガラに拉致されてきたこの男、名前を鴻上といっただろうか。
この鴻上光生というヤツは、とにもかくにも暑苦しい人間である。
ガラが現代に溢れるキーボードというマジックアイテムを使ったのなら、きっと「こうがみ」を「こうがい」とタイプミスしても気付かないだろう。
それほどに、一言一言が存在感を放っている不気味な男なのだ。
……そいつと一緒に拉致されてきた女が、その大声によって目を覚ましてしまっている程度には。
もっとも、ナイト兵たちに見張られている人間が簡単に逃げ出せるとも思えないが。

「……ならば、見よ。人間の欲望が、世界を滅ぼすさまを」

正直に言って、ガラにとって鴻上光生の存在は、観客以上の意味など持っては居ない。
だがしかし、観客という役割を持っていればそれで十分だと言ってしまう事も、可能であった。
それは……ガラに残された、最後の人間性であったのかもしれない。
世界を滅ぼしてしまう事を望むガラの、他人に自身を認めさせたいという『顕示』の欲望。
而して、人間を捨ててメダルの生命体と成り果てたガラの残り少ない人間らしさの欠片は……破滅へと歩を進めるガラを引き留めるには、あまりにも小さ過ぎて。

「世界は終わらない! 人間に欲望がある限りねッ!!」

人間に威圧感を与える狂言回しの一言でさえも、ガラの心を揺らすには足る筈も無かったのだ。

「欲望こそが、『終わり』を呼ぶのだ。私はそれを嫌という程見てきた。王も、民も、グリードも、錬金術師も……」

そして、セルメダルに特殊な触媒を与えて『使い魔』を生み出しながら、ガラは思い出しても居た。
ひょっとするとそれは、薄紅色や黒色の目立つ道化のような使い魔の姿からの連想であったのかもしれない。
ガラや鴻上以上の、道化であり狂言回しでもある、その存在の事を。

「インキュベーターとて、終わる。人間の欲望によってな」

……鴻上光生は、ガラが口にしたその単語を、初めから知っていた訳では無かった。
だがしかし、民やグリードと並ぶ知的生命体としてガラが名前を漏らした時点で、直感的に感じ取っても居た。
鴻上会長自身も未だに目にしたことの無い未知の生命体とあまりに語感が似過ぎている、と。

「インキュベーター……それは、キュゥべえという生物の事かねッ!?」

この会長はいったい何時キュゥべえの存在を知ったのだろうか。
実のところ、さやか経由で後藤が聞き出した情報が報告書として纏められているからである。
そんな突拍子も無い情報を易々と肯定してしまう辺り、会長から部下への信頼の厚さが見られるのかもしれない。

「ふむ。素質の無い人間でも奴らを知っているとは、この時代の娘達は余程不用心と見える」

……確かに、仮面ライダーと魔法少女の物語が交わったのは、月が一回りする程の昔の事でも無いのだろう。
だがしかし、異なる『世界』同士が交じり合ったのは、一体何時からだったのだろうか?

答えは……『最初から』。
越境者を呼ぶまでも無く、破壊と再生を待つまでも無く、世界は始まった時から一つだったのだ。
もっとも、それを観測する者は……この世界に存在している筈も、無い。
少なくとも、この塔の最奥部の一室という世界においては……。




……金属筒によって響きを作り上げられたような、音だった。
結界の外周を調査していた佐倉杏子の耳へと届いた音色が、まさにそれだったのである。
ガラン、ガラン、という昔ながらのハンドベルらしき楽器の打音が、かき鳴らされていたのだ。

「……クリスマスって訳でもねーよなぁ」

どちらかと言えば、聖夜祭用というよりも、商店街の福引に当たった客が出た時に鳴らす時のリズムに近いかもしれない。
もっとも、杏子はその拍子の名前など知らないが。
そして、演奏の形態はともかくとして、杏子はその振動が発せられた方向へと人間が集まっているのを感じ取っていた。
人間の気配という曖昧なものを読み取ったというよりは、何となくその方向に騒がしさを聞き取ったとでも言うべきか。
……というか、日本人というのは本能的にその「例の音」を聞くと集まってみたくなる衝動を植え付けられている人種なのである。
それはおそらく、児童番組を嗜む者が日曜日の朝に自発的に目を覚ますのと同じぐらいに自然な、本能とも呼ぶべき反射行動なのだろう。

「こんな非常時に人を集める理由って、何だ?」

そして、杏子のその疑問もまた、自然なものではあった。
避難誘導とも考えられるが、何となく、胸に引っかかるものを感じてしまっても居て。
気になり始めてしまったからには、無視することも出来そうに無かった。

「まぁ、トーリの奴も居ることだし、アタシは少し脱線するかな」

普段役に立たないトーリを働かせてやろう……とまでは流石に思っていないだろうが、やはり杏子からトーリへの人物評価が、その判断からは垣間見えているのかもしれない。
そして、ハンドベルの音に釣られた先に、杏子が目にしたモノ。
それは……

「……ピエロ?」

薄紅色と黒色のコントラストが目に痛い、愚者を演ずる女の姿であった。
拍子抜けしたというか、毒気が抜かれたというべきか。
もちろん警戒心を解く事こそ思考に入れていないものの、槍や拳を向けてどうにかすべき相手とも思えない。
そして、女道化師の存在と同じぐらいに杏子の目を引いたものが……道化の周囲に群がる『普通の人々』の存在であった。
昼食時なのか、スーツを着た会社員やらそこらの学生やらアベックやら、様々な年齢層の人間が入り乱れて見物客となっていたのだ。

「こんな時に見世物、か?」

そんな筈は無い、と思いながらも口に出してしまうのが、杏子が杏子たる所以なのかもしれない。
それはともかくとして、ピエロの言葉に耳を傾けた杏子が捉えた情報は、

「『ちゃんすたいむ』でございまーす! 私の質問に『いえす』か『のー』でお答えくださーい!」

如何にも道化らしい、間の抜けた声で。
そもそもピエロというものは何処か人間離れしていてこその職業ではある筈なのである。
だが……それにも関わらず、違和感を禁じ得ないような不気味な明るさを、女ピエロは振り撒き続けていて。
そんな愚者が何処からともなく取り出したものは……やはり、何処か間抜けな雰囲気を纏った装飾品であった。

「ちょんまげカツラ……?」
「皆様には、一生この髪形で過ごしてもらう代わりに、現金五百万円を贈呈いたしまーす! 『いえす』か『のー』でお答えくださーい!!」

それを選択できる事を再び強調しながら、まるで祭りのようにハンドベルを掻き鳴らして。
サーカスの客寄せにも負けない程の集客能力を見せつけながら、ただ、笑う。
うすら寒いものを感じながら立ち尽くす杏子の目の前で、次々と道化の契約に乗って頭髪と現金を交換する人々の姿は……不思議と、杏子に思い出させても居た。
かつて、佐倉親子に『騙され』ていた教徒たちの、姿を。
500万円は確かに大金だが、一生モノのコストを支払ってまで貰う程の額でも無い事は、少し考えれば分かりそうなものなのに。
……しかして、契約に乗っていく人々を止めるには、杏子には動機も切掛もまるで足りなくて。


そんな杏子の戦慄を知ってか知らずか。
道化は。
嗤い続ける。
音も無く、意味も無く。



・今回のNG大賞
「アンタ、名前は何ていうんだ?」
「『ベル』でございまーす!」
「その手に持ってる『ハンドベル』は、もしかしてダジャレのつもりなのか……?」

※本編にベルの名前を出す予定はありません。

・公開プロットシリーズNo.79
→パワーアップだよ! やったね、トーリちゃん!



[29586] 第八十話:Flashback――不気味な過去
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/03/18 03:30
「映司君、ちょっと待って!」

錬金術師ガラに関する情報を映司たちが纏め終えて、若葉駿少年や美樹さやか・伊達明と共に多国籍料理店クスクシエから足を外そうとした矢先。
その声は、クスクシエの厨房の最中からかけられたものであった。

「どうかしましたか?」

そしてこの店内に、火野映司を「映司君」と呼び、且つ火野映司から敬語を使われる人物は、ただ一人意外に有り得ない。
お察しの通り、このクスクシエの名物店長こと、白石千世子さんである。
忙しいはずの昼食時にもかかわらず映司に話を持ち掛けてきたことから、その内容は重要性が極めて高いものだろうと映司には推測出来ていた。
案の定、その用件とは……

「実は、マミちゃんがお友達の家に泊まりに行く少し前に、ちょっと様子がおかしかったのよ。映司君、何か知らない?」

さり気なく人命に関わっている辺り、重要性が高いなどというレベルでは無かった。
もっとも、千世子店長はマミが命を懸けたハンティングを嗜んでいたことなど知らない、一般人である。
おそらく、マミが友達の家に泊まりに行っているという情報は、電話なり置手紙なりで佐倉杏子がうまく誤魔化したのだろう。
だが、どうやら千世子さんは、巴マミが消える数日前からどことなくマミの様子がおかしかったと感じていたらしいのだ。
本人に聞いても「大丈夫です」の一点張りだったために、次に映司に会ったら相談しようと思っていたのだという事らしい。

「ほら、マミちゃんって変なところでガマンしちゃうところがありそうじゃない?」

そして、千世子さんの心証を耳にした四名は……一瞬だけ、三方向に思考がバラけていたりする。
マミがアンクを討った事を後悔していたのかもしれない、と真っ先に考えたのが火野映司で。
ソウルジェムと魔法少女の関係を後輩達に伝えられなかったからだ、と推測したのが美樹さやか。
巴マミという少女の人物像が見えていない伊達と駿少年のリアクションが薄かったのは、御愛嬌である。

「分かりました。会ったら俺からも聞いてみます」

本当の事を言う訳にはいかないのは百も承知の映司なので、微妙に話の矛先をズラすことぐらい朝飯前である。
実は病院にて美樹さやかから聞いた情報がそれなりにあるのだが、言外に映司が何も知らなかったと相手に思わせる言葉を選び出したのだ。

「……あと、比奈ちゃんを後で少し休ませてあげると良いと思います」

……そして、忘れてはいけない。
千世子さんがそれまで映司たちの会話に入ってくる余地が無かったのは、昼飯時のラッシュのせいだったのだ、という事を。
クスクシエの労働者たちは、魔女空間もビックリの脱出不可能な状況に置かれていた筈では無かったのか。
タネを明かすと、千世子さんが映司たちを呼びとめている間に、敏腕アルバイター泉比奈が三面六臂の働きを見せて営業を維持していた……らしい。

……おそらく、泉比奈が持ち前の腕力で全てを解決したに違いない。
飲食店の営業において筋力の何をどのように活用すれば回転率が上がるのか、映司とて、ぶっちゃけ良く分かっていないのだが。
筋肉無しに助かる命が無いのは、どこの世紀末も一緒なのである。たぶん。
きっと、某河落ち脚本家の世界なら株を買い占めれば社長に成れるのと同じぐらいに当たり前の、摂理なのだろう。

駆け足気味に厨房へと戻る千世子さんを尻目に、仮面ライダーと魔法少女の集団は、外へと歩を進め始める。
錬金術師『ガラ』の暴虐を阻止する、ために……



『その欲望を解放して魔法少女になってよ』
第八十話:Flashback――不気味な過去



「そういえば、自己紹介がまだでしたね。俺は火野映司っていいます」
「ああ……すっかり忘れてた。伊達明だ。ヨロシクッ!」
「僕は、若葉駿、です」

駿少年がグループに加わっているために、あまり速く走ることも出来ない一団の中で交わされる、何の変哲も無い会話だった。
そして、自己紹介を始めた火野映司の意図を読める程度には、伊達明は察しが良い人間なのである。
要するに、人に名前を聞くならばまず自分からというヤツなのだろう、と
伊達に釣られて慌てて自己紹介をする駿少年は……遅れても進んでも居ない、普通の10歳児といったところだろう。
尚、美樹さやかが口を開かなかったのは、他三人には既に名前を知られているためである。

「火野、映司……? どっかで聞いた気がするんだけどなぁ?」

映司の名を聞いて首を捻る伊達だが……何かを思い出せそうで思い出せないという、ありがちな度忘れをやらかしているらしい。
ちなみに、伊達が火野映司の名前を初めて目にしたのは、バース操作マニュアルの巻末付録として載せられていた『オーズ』の概要の項目だったというのが正解である。
だがしかし、地球の本棚もビックリの斜め読みを敢行した伊達明が、一瞬目にしただけの固有名詞の詳細など覚えている筈も無かった。
ついでに言うならば、そのマニュアル本は暁美ほむらさんの襲撃の際に、運の悪いことに火炎弾の余波によって燃やされてしまっているため、読み直すことも出来ないのだ。

「それより、この後どうすんのよ?」
「今、後藤ちゃんがあのバリアの弱いところを探してくれてる。それが見つかったらそっから突入だな」

……クスクシエに姿を見せないと思ったら、後藤さんは微妙に重要な作業を行っていたらしい。
なんというべきか、まだ変身したことも無いはずなのに、最近後藤さんから頼もしさが満ち溢れているのは何故なのだろうか。
そして、足を進めながら後藤慎太郎の存在感に呆れてみせる美樹さやかは、更にもう一つの疑問を口にしてみた。

「じゃぁ、クスクシエで待ってれば良かったんじゃないの?」
「さっきあの店に行く途中で妙な人だかりを見かけてなぁ、それが気になっちまって」

そう言いながら伊達明が視線を向けた先には……伊達が気になったという集団が、未だに解散せずに残っている様子を覗う事が出来た。
この非常時に見世物を開いている訳でも無いだろうが、だとすれば何の集まりなのか。
亜人の一族が心を躍らせてザギバスゲゲルでも開いているのだろうか?

胸の中に期待と不安を、土星対木星の重量比と同じぐらいな、まさにパーフェクトハーモニーな割合で抱えながら。
火野映司が、美樹さやかが、伊達明が、そして若葉駿が。
彼らが目の当たりにしたそれは……綺麗に、その4人の表情を驚愕一色に塗りつぶしてくれた。

「何だか様子が変で……」

そのオブジェクトとは……まさに、近年放映枠が削られているという時代劇の中の在物だったのだ。
髪の毛を頭頂部付近から紐で纏め、その周囲を綺麗にそぎ落とされた、日本に江戸以前から伝わる由緒正しき髪型。
人それを……『ちょんまげ』と呼ぶッ!

なんと、人だかりから出て来る男性のおよそ半数が、見事に結われたちょんまげをぶら下げているのだ。
これで、驚かない訳が無い。
もちろん、そんな状況の中で騒動の全てを判断するのも、それこそザギバスゲゲル並みの無理ゲーである。

「何アレ……? 時代劇作ってる会社がトチ狂ったとか?」

そして、伊達明や火野映司が絶対に口にしないであろう一言を、平然と口に出してしまう美樹さやかの姿が、そこには在ったのだとか。
ライダー側の人間がそれを口外できないのは、立場というか大人の事情というか……ともかく、人間は年を経るごとに自然と背負うシガラミが増えて行く難儀な生き物なのである。
そんなさやかの失礼な言葉をさらりと聞き流しつつ、一同は人ごみの隙間からその中央に待つものの正体を、ようやく発見するに至っていた。

……だがしかし、当然『そいつ』の着飾った奇天烈な衣装が目を引くものの、やはりちょんまげの衝撃には及ばず、残念ながら映司たちを驚かせる事は出来なかったらしい。

「皆様、ご利用をありがとうございまーす」

作り笑顔と、間の抜けた声。
それが、ささやかな異物感を振り撒いていて。
町中にピエロ女が居れば、まずはそちらに驚くべきなのかもしれないが、ちょんまげ男の数の勝利といったところだろうか。
どうやら、その道化の質問にイエスと答えると、現金500万円を受け取る代わりに一生ちょんまげ姿で過ごさなければならないのだということらしい。
帽子で隠しても、その帽子が吹き飛ばされたりちょんまげが帽子を突き破ったりする事態に見舞われるという意味不明な徹底が為されている辺り、この見滝原市夢見町は既に色々と間違っているのかもしれない。
……もしこの場にキュゥべえさんが居合わせたのなら、『ワケが解らないよ』という有難い一言を呟いていたであろうことは、想像に難くない。

「……アレも錬金術師と何か関係があんのか?」

一同の総意を口に出してくれた伊達明に対して、明確な解答を与えてくれるメンバーがいた筈も無い。
むしろ逆説的に、誰も答えられないからこそ、その疑問が一同の総意なのだということが発覚した始末である。
だが、女道化師がガラと関係しているという前提に基づかなければ、何も話を始められそうに無いというのも事実な訳で。

「一応、あの謎のちょんまげの強制維持力『だけ』なら、使い手を倒せば消えるとは思うんですけど……どの道、親玉のガラの方を倒さないことにはどうにもなりませんね」

少し自信が無さそうに、道化女がメダル側の存在であった場合を想定しながら、現状に関する分析を映司が口にしてくれた。
SFモノのお約束である「超常能力の影響は消せるが、その結果として引き起こされた現象は消せない」という決まり文句である。
このSSにおいて不遇の一言を一手に引き受けているデブネコヤミー氏を例に出すならば、ヤミーによって増幅されていた宿主の食欲は平時の状態に戻せても、ヤミーが食わせた食料が戻ってくることは無い……ということなのだ。
加えて、親玉であるガラを倒さなければいけないという思考に映司が至った理由は、女道化師が戦闘能力を持っているように見えないためである。
もし、その下っ端たちを倒せばちょんまげの維持力が失われてしまうなら、彼女たちは見た目通りのピエロとなってしまうのだから。

「要するに、後藤ちゃん待ちってことだな」
「……それと、まず解決しなくちゃいけない当面の問題が、今新たに生まれたような気もしますけど」

……なん、だと?
火野映司のその言い草からは、その新たな問題とやらがそこまで重要だという匂いは感じられなかった。
おそらく道化女の事ではないのだろう、とは伊達からも充分に推測が出来たのだ。
しかし、だとすると一体、新たな問題というのは何だというのか?
……と疑問に思って伊達が周囲を見回したところ、瞬く間に謎の半分程度が氷解してしまった辺り、大した問題では無さそうなのがせめてもの救いだろうか。

「あんた、こんなところで何してんのよ」
「アタシが何しよーが、勝手だろうが」

美樹さやかだった。
さやかが、見物客の中に紛れていた一人の女の子と、敵意丸出しの睨み合いを始めていたのである。
一つにまとめられた赤毛に、目つきの悪さを少しだけ目立たせた、美樹さやかと同年代と思しき女子中学生の姿がそこにはあったのだ。

……しかも、伊達もその赤毛ちゃんの顔に見覚えがある辺り、別の意味において非常事態であった。
見物人がそれなりに集まっているのだから、偶然知人に出会う確率は普段に比べれば高い事は間違いが無いのだが、むしろ問題は伊達とその女の子の関係にこそ存在したと言うべきか。

「……なんか俺、女子中学生を一週間で二回も警察に引き渡すことになるかもしれん」

そんな珍妙な経験をしたことがある人間が、一体日本という国に何人存在するというのか。
だが、美樹さやかと睨み合っているその女の子が働いた罪を考えれば、現行犯でこそ無いものの補導ぐらいは充分に出来てしまう筈だ。
なんといっても、伊達自身がその犯罪的行為の現場を目撃してしまっているのだから。
そう、伊達がこの土地を訪れて間もないころに、おでん屋にて食い逃げの代金を立て替える事となった、彼女である。

もっとも、この非常時に警察を働かせるのも奇妙な話であるため、流石に火野映司にはその言葉が冗談だと伝わったらしい。
美樹さやかと佐倉杏子の関係を見定めようと注意を向ける姿勢の映司は、こんな非常時においても動揺の感情が何処か欠けているようで。
不安気な表情のまま伊達や少女らを見つめている若葉駿少年とは酷く対照的に、伊達の目には映ったのだった……



一方、急造コンビのカザリとトーリはといえば。

「なんか、錬金術師の目的はコアメダルだったみたいで、さっきメズールが殺られちゃったんだよね」

まるでセルメダルを撒き散らすように嘘を吐くカザリの姿が、そこにはあったのだとか。
もちろん、メズールが錬金術師ガラによる攻撃を受けたのは事実だが、トドメの一撃を刺そうとしたカザリの裏切りは当然の如く隠蔽あるのみである。
メズールが未だに生き残っている件に関しては、説明が面倒くさいという以上の理由もカザリには存在しない訳だが。

「それって、グリードはカザリさん一人しか残っていないってことですよね……」

そして、そんなカザリの嘘に気付くほど、このヤミーのオツムの出来は宜しく無かったらしい。
グリードが全滅の危機に瀕している割にはカザリが落ち着きすぎている、という程度には不自然に思っているようだが、その程度であった。
尚、カザリの認識としては、ガメルが「何故か」復活しているという事実も頭に入っているのだが、トーリに危機感を持たせるのも悪くないという判断からの情報統制が布かれているのである。

「まぁ、逆転の策は考えてるんだけどさ」
「……それって、ワタシを暴走させて敵陣に放り込むとかじゃないですよね?」

保身第一な辺りは、やはりそれが、トーリがトーリたる所以なのである。
誕生の初っ端から暁美ほむらさんに叩きのめされた記憶が、そうさせているのかもしれない。
もしくは、復活を目論む父なるグリードの見えざる手が、娘を守っているのだろう。

「それも考えたけど、君が暴走したぐらいで、誰を倒せるの?」
「感動的過ぎるぐらいの正論ですね。いっそ、泣きたいです……」

あれ? 目からセルメダルが(ry
ロストアンク暴走態のような戦力を得られるならば、カザリは迷わずにトーリを贄にしていただろう。
だが、電撃を使えるようになったとはいえ、やはりトーリの戦力はグリードのそれとは比べるべくもない。
美樹さやかが刀身を爆破するという没能力を使えたとしても、佐倉杏子には太刀打ち出来ないのと、似たようなものである。

「僕が自分のコアを揃えて完全態になれるならそれが一番確実なんだけど、見当をつけてた場所がハズレだったから、この方針は全く先が見えないんだよ」
「ワタシとしては、カザリさんの話も充分先が見えないです」

お察しの通り、カザリの言う見当とは、鴻上ファウンデーションのことである。
鴻上財団にグリードとオーズ以外のコアがあるだろうと考え、メズールに囮のヤミーを作らせて財団に踏み込んだ一件の事だ。
自身のコアの所在が全て分かっていれば、狡猾なカザリは財団を利用できるだけ利用するという方向へ思考を進めていた筈である。
だが、やはりグリードにとって自分のコアというものはとてつもなく大きな存在なのだろう。

「まぁ、過程を全部飛ばして先を言っちゃうと、錬金術師とオーズ達を潰し合わせて奴らの消耗を狙えば良いってこと」
「……なんていうか、カザリさんの人柄がようやく分かってきた気がします」

カザリたちの掲げる目標は、短期的なものと長期的なものに分けることが出来る。
長期的なものは行方不明のコアメダルの捜索と、更にその後に無限に生まれるであろう魔法少女への対処である。
一方の短期的な目標は、グリードに目を付けている敵勢力を駆逐し、安全にヤミーを育てられる環境を確保することだ。
そして、今回カザリから提示された行動指針は、比較的後者に近いものなのだろう。
もっとも、カザリ自身がその過程を纏めて省いてしまったために、トーリには結果しか伝わっていない訳だが。

「そういうわけだから、今は奴らの動向を見守ろう」
「ちなみに、カザリさんは今のところ、どっちが有利だと思っているんですか?」

……目と鼻の先にそびえる巨大結界から、錬金術師の底知れない実力の片鱗ぐらいはトーリも感じ取っていたらしい。
だがしかし……カザリはまさか、気付いたはずもなかった。
トーリがどのような意図を以てその質問を口にしたのかを。

「どう考えても錬金術師だよ。人間側の切り札はオーズだろうけど、最悪でもオーズが殺される前に錬金術師に一矢報いてくれないと、この世界は僕たちまで纏めて錬金術師に滅ぼされるだろうね」
「……オーズが死ぬのは前提なんですね」

よもやカザリといえど、予想できたはずもない。
このヤミーが、オーズの要である『オーズドライバー』を没収してきていることなど。
杏子にプトティラを撃墜させた直後に、意識を失っていた映司から奪ってきたのである。
もちろん、そんなことを予想しろという方が無茶な話だが。

「では、もしオーズがすぐに殺られそうになったらテコ入れするぐらいの気持ちで居た方が良さそうですね?」
「気に入らないけど、それも仕方ないかなぁ……」

そしてトーリ自身も、未だに自覚的になりきれては居なかった。
その『オーズにテコ入れする』という発想の源が、カザリのそれとはズレを抱くものであったことに、気付くことが出来ていなかったのだ。
紫のオーズとなって襲いかかって来た映司を始末すべきだと、ヤミーとしての思考は確かに告げていた筈だったのに、トーリはそれに矛盾する行動をとってしまっていて。
にもかかわらず、映司を生かしてしまった理由を、明確に意見として纏めきれていないというべきか。

「あと、君が強くならない理由も考えてみてよ。それが分かれば、僕が完全態に戻れなくてもなんとかなるかもしれないんだから」
「了解です」

幸いにも、トーリの先程の質問の奥へ潜むものはカザリからは感知されなかったらしい。
もっぱらメダルの方へと関心を寄せている辺り、良くも悪くもグリードとしての性質が色濃く見られる。
やはり、カザリ自身が戦力を得て人間を潰すという思考は強いようだ。
メダルを集めても強くならないトーリの仕組みを理解出来れば、複合色のグリードを更に強化する方法も見つかるかもしれないというわけである。


すれ違っていく思考と、世界の危機。
魔法少女と魔女、ヤミーとグリード……そして、人間。
誰もが切り札に成り得、また、死に札にも成り得る。

意外にも決め手は、カザリからガラの術の詳細を聞き出しながら頷き返している中途半端なヤミー……かも、しれない。



・今回のNG大賞

伊達明と火野映司の視線の先には、にらみ合う美樹さやかと佐倉杏子の姿が!

「……なんか俺、女子中学生を一週間で二回も警察に引き渡すことになるかもしれん」
「ええ!? さやかちゃんが、何かしたんですか!?」

この火野映司は、一度美樹さやかと腹を割って話し合った方が良いのかもしれない……

・公開プロットシリーズNo.80
→若葉駿君が難しすぎる。というか、喋らせられない……いっそ、性格まで捏造改変でギャグキャラにした方が良かったんじゃないかとさえ思うレベル。



[29586] 第八十一話:一・触・即・発
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/27 15:59
『ライオンでございまーす』

結界中央部に位置する巨塔の、更に最奥部。
その一室に響いたその声は、聞く者に人間味の欠如を感じさせる、独特のそれで。
そんな間の抜けた声は……その声の主によって握られたメダルの、種族を読み上げるものだった。
薄紅と黒のチグハグな衣装をまとった女道化が、コアメダルを『あるべき場所』へと収めているのだ。
直径一尺ほどの円盤が等間隔に三つ配置された、毒気を匂わせる紫色の石版のくぼみへと。

『トラでございまーす』

円盤一枚につき6つずつ、円盤三つで合計18個のくぼみへと愚者の手によって埋め込まれていく、欲望のメダル。
そして、同じく部屋の一角に軟禁されている鴻上光生の目から見て……その石板の正体は、極めて明確に思えた。
見張り役のナイト兵の隙を油断なく覗っている里中秘書の様子を確認しながら、答え合わせへと臨む鴻上光生の瞳には、確固たる自信が宿っていたのだ。

「マスター・ガラッ! それはっ! 規模こそ違うが! 『オーズ』かねっ!?」
「……そうだ。世界を滅ぼし、我が新たな王となるための、な」
『チーターでございまーす』

コアメダルの力を利用して途轍もない何かを企んでいると思しき、古代の錬金術師。
道化を従えたその姿は……どこか不気味でもあり、また虚しくもあった。
世界の王となることを目論むこの女は、鴻上の知る世界を終わらせる男とも少し趣向が違うように思われる。
真木清人が世界を終わらせること自体を目的としているのに対し、ガラは新たに自身が王となる世界を作り出そうとしているのだから。

『シャチでございまーす』

そして、鴻上光生の気を引くモノは……部屋の中にもう一つ、存在していた。
それは、疑似オーズとは別に用意された、四枚組の円盤。
中央の一枚の周囲にやはり三角形を為すように配置されている盤は、中央の一枚の上に巨大なフラスコが浮き上がった不可思議な構造の、人造とは思えない形を成している。
更に不気味なことに……フラスコ上部に何処からともなく現れたセルメダルが、段々とフラスコの内部へと溜まっていくのだ。
だがしかし、こればかりは何が起こっているか理解出来る筈も無い……などという諦事を漏らすような鴻上光生など、有り得る筈も無い。

「では! そのフラスコの中身が埋まると! 何が起こるのかねッ!?」

何もない空間へと投影されたディスプレイにこそ、鴻上はその答えを見出していたのだ。
現在巨大な石版へとコアメダルを収めている女道化と同型の使い魔が、町中においてちょんまげキャンペーンを実施する光景が、そこにはあって。
そこに群がる人々が契約を結ぶたびに、セルメダルがフラスコへと溜まっていく。
そういう仕組みだというところまでは、鴻上光生は読み切っていたのである。
もっとも、その辺りまでのことならば、おそらく秘書の里中エリカとて理解しているだろうが。

「世界が滅びる。それだけのことだ」

そして、それに対する返答は……あまりにも、そっけなくて。
だがしかし、簡潔過ぎるほどに完結したその言葉は、その役割を十二分に果たしていた。
錬金術師ガラは人類の敵だ、という意味を伝えるための、役目を。

『ウナギでございまーす』

加えて、世界にもまた、変化が起こり始めていた。
半透明なディスプレイを通して鴻上光生の視界へと飛び込んできた、光景。
それは……先刻に浮き上がっていた巨大メダルと同じように宙を舞い始めた、円状に切り取られた日本の土地の姿であった。
先程の新宿の跡地から10キロ以上も離れた場所にて、再び土地反転現象が起こったのだ。
二枚目の巨大メダルとなった土地が、浮遊し、回転しながら国土へと戻って行く。
そしてその土地が……浮き上がる前のものと同じ街並みを維持していた筈も、無い。

「流石は天才錬金術師ッ! 場所だけでなく、時間までも超えるとはッ!!」

4枚組の円盤は、フラスコに溜まったメダルの重みによって土地を引っくり返すための、天秤のようなものなのだろう。
おそらく、特殊な手順を踏んで作られたセルメダルを用いることによって発動する、天下の大魔術。
しかも、その効果は空間のみではなく、時空さえ歪めるものであったらしい。

『タコでございまーす』
「まさにッ!! 週末へのカウントダウンだッ!! そう思うだろう、里中君ッ!」

脱出の機会を窺い続ける秘書へと、そのハイテンションのままに同意を求める鴻上会長。
この状況を楽しんでいるとさえ思われるその狂言回しぶりは、それを聞く者に、もはや人類のそれを超越しているとさえ感じさせてくれる。

「……定時に帰れそうに無い事だけは」

もっとも、彼の秘書である里中エリカは良くも悪くも、何処まで行っても『人間』のようだったが……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十一話:一・触・即・発



ちょうど答え合わせが始まった頃、カザリと別れて結界の外を周っていたトーリは、その身が置かれている状況の圧倒的な不自然さに気が付き始めていた。
不自然を理不尽と言い換えても良いかもしれない。
別に、先程トーリに情報を提供してくれたカザリさんに問題があった訳では無い。
むしろ、その後にトーリに起こる筈のイベントが一向に起こらないことに、問題があるのだ。
果たして、その内容とは……

「杏子さんと会わないのは何故なんでしょうか……?」

別回りで結界の周囲を調べている筈の杏子と、何時まで経っても鉢合わせないことである。
既に外周の7割以上を進んでしまったトーリとしては、いい加減に杏子と合流できても不思議では無いと思えているのに。
一応杏子とて錬金術師ガラの使い魔を見つけて調べているのだから、決して油を売っている訳では無いものの、そんなことをトーリは知る由も無いのだ。

「どうしましょう。無差別念話にしても、繋がったら困る人も居るんですよねぇ……」

無差別に念話を飛ばそうものなら、一番来て欲しくない人材がこの場に来てしまう可能性もあるのである。
具体的には、トーリの誕生日を命日に変えようとしてきた、むっつりな魔法少女さんとか。

「うーん……やっぱり慎重に動くに越したことは無いですね」
「心配には及ばないわ」

やはりトーリは少し心配症というか、根本的に臆病なのだろうか。
心配しなくても大丈夫と言われても、不安なものは不安なのである。
ただ、『まどか☆マギカ』の世界を歩くためには、これぐらいの警戒心は持っていた方が良いに決まっている。
もっとも、久しく魔女に会っていないトーリは、魔法関連への注意力が若干散漫になっているのかもしれないが。

「そうは言われても……って、あれ……?」

…………おかしい。
何かが、おかしい。
トーリは杏子ともカザリとも別れて、単独行動をしていたはずでは無いのか。
では、心配には及ばないと声をかけてくれた人物は一体誰なのか?
背後から聞こえたその声の主を確認するのは、振り返るだけの単純な作業の筈なのに、それがえらく億劫に思える。

心の中で静かに汗を流しながら、意を決して振り返ったトーリの視界に入って来たのは……

「……久しぶりね」
「ひいいいいっ!!?」

長い黒髪を靡かせた、無表情な魔法少女だった。
忘れる筈も無い。
その声も、顔も、行動も。
今のトーリの慎重な性格形成へと多大な影響を与えた、通り魔のむっつり様である。
互いにガラの結界を調べていたのだから、出会ってしまっても全く不思議では無いのだが、トーリが暁美ほむらの動向を知っていた筈も無い。

だがしかし、ここで急いで足や羽を動かしても……おそらく事態は好転しないということを、トーリは理解できている。
逃げ出さなければ殺られる、という本能の警鐘とは裏腹に、而してトーリの理性がそれは不可能だと訴えていたのだ。
以前、サメヤミーごと纏めて始末されそうになった時には、暁美ほむらの謎の速さによって離陸を阻止されたことがあった。
従って、簡単に出し抜ける相手では無い事は明白である。
よって、トーリの採るべき行動は、ただ一つ!

「どうか、命だけは見逃してください!」

……命乞いあるのみである。
目の高さに指を組んで、唯一神暁美ほむら様を崇め奉るポーズをとってみるトーリ。
もちろん相手への敬意など、ウヴァさんの威厳と同程度にしか存在しないものの、トーリが死にたくないのは事実なのだ。
紫の魔法少女に追い詰められるヤミーの構図は、紫の絶対者に追い詰められるグリードの構図に通ずるものがあるのかもしれない。

「始末するつもりなら、もっと速やかに殺っているわ」
「……ごもっともです」

確かに、暁美ほむらがトーリを処分するつもりならば、もっと手早く済ませることが出来た筈なのである。
わざわざトーリの背後から近づいて来たのだから、いくらでもそれは出来ただろう。
では、何の用があるというのか。
まさか、便利なアッシーになれと言われるわけでは無いだろうが、最近タクシー代わりに使われ続けている身としてはそれが一番有り得そうだと思ってしまうのも仕方が無い訳で。

「単刀直入に聞くわ。メダルの怪人である筈の貴女は、どうして人間と行動を共にしているの?」

……そして、暁美ほむらから投げかけられた質問は、決してトーリの状況の好転を示すものでは無かった。
よく考えれば、トーリがセルメダルを排出するシーンを、暁美ほむらには見られたことがあるのだ。
しかも、誕生日とサメヤミー戦の際に、合計二回にわたって。
むしろ、何故今までそれが口外されなかったのか疑問に思えてしまうレベルである。

「え、ええと、ですね……」

しかし逆に考えると、ここで暁美ほむらに何らかの形で手を貸せば、トーリの正体を秘匿してくれる可能性も残っている。
あわよくば相手からの信頼を勝ち取ることが出来れば、寝首をかく事だって出来るかもしれない。

「嘘も誤魔化しも、貴女の命を縮めるだけよ」

……ここは、下手に出て切り抜けるしかない。
そう決心したトーリは、まさか予測できたはずも無かった。
実はトーリの正体が既に巴マミの耳に入っていること、など……




そして、近頃暗躍していたと評判のアンクはと言えば……

「映司は復活したのか……それに、戦力は殆ど勢ぞろいだなァ」

とある物陰から、仮面ライダーと魔法少女の集団に視線を注いでいたりする。
小柄な身体は隠れる時には便利だ、などと自身の現ステータスを頭の隅に置いて、どこか目つきの悪さを感じさせる眼で周囲にも注意を回しながら。
泉比奈の御下がりの衣類に身を包み、外見上特に不審な点の見られない女の子の姿を装いながら、アンクは思考を巡らせていた。
錬金術師ガラの気配に釣られてこの場に現れてしまったアンクに、何かすべき事があるのか、と。

「あの赤いガキも魔法少女……か? 伊達とかいう奴も居やがる」

さやかと睨み合っている赤毛のポニーちゃんは、アンクの知る人物では無い。
だが、その女の子が魔法少女であっても、やはり戦況を覆すに足るとはアンクには思えなかった。
その二人の様子を覗っている映司にしても、ガラに太刀打ちするのは困難を極めるだろう。

「オーズと魔法少女の力でも、ガラの奴を倒すのは手がかかる、か」

そこにバースを加えてやっても、特に戦況に大きな変化がもたらされることは無い。
ということは、人間の小娘一匹と同程度の力しか持っていないアンクが参加したところで、情勢は変わらないのではないか?
そう、アンクが思い至った、そんな時だった。

『初めまして、ですね。アンク君』
「な、なんだッ!?」

……背後から声をかけられて、素っ頓狂な声をあげてしまったのは。
小さな肩を思わず上下させ、直後に慌てて自身の口を塞ぐというコメディのような仕草をしてみせる辺り、かなり本気で動揺している様子がうかがえた。
アンクとしては、鹿目まどかの頼りない心臓が『また』飛び出すかと思ったほどである。
ところが、不安と緊張に速まる鼓動を抑え、声の主の姿を求めて右へ左へと首を回して見るも、一向に目的の人物は見当たらない。
背中に一本にまとめた髪が擦れる感触が返ってくるばかりで、会話を開始すべき相手が視界に入って来ないのだ。

この身体に対して『鹿目まどか』ではなく『アンク』と呼びかける人物など、泉信吾ぐらいしか居ないはずなのに、突然かけられた声は明らかに鹿目まどかへと向けられたものでは無かった。
そして、もしその正体を知っている人間が居るとすれば……

「……鴻上の手のモンか」
『ご明察です』

鴻上財団の情報網ならば、何らかの手段によってアンクの生存を突き止めていたとしても、有り得ないとは言い切れない。
案の定、左右では無く足元に目を向ければ……バッタのカンドロイドが、その緑色の身体を光らせていた。
何気なく、鹿目まどかの身体に慣れてきたアンクだからこそ、下を見るという発想が頭から抜け落ちていたのだろう。
この小さな身体の下から話しかける人物など、中々居るものではないのだから。

『メダルシステムの開発者の、真木清人という者です。以後お見知りおきを』
「ハッ、初対面が通信機越しとは、随分臆病なことだなァ」

だいたい、現代に蘇って以来アンクには戦闘能力と呼べるものが殆ど存在していないのだが、バッタカンの向こう側に居る人間はそのことを知らないのだろうか?
流石に、メダルシステムの開発者という重要な役職の者に、その程度の情報さえ回っていないとは考え辛いのだが、アンクはとりあえず毒づいてみたかったのだろう。

『それは私がとある理由によって監禁されているからです』
「ああ、そんなことはどうでも良い。それよりお前、何で俺の事が分かった? 誰から聞いた?」

自分から話を振っておいて、この態度である。
だが、アンクにとってそちらが重要懸案であることに変わりは無いのだ。
泉信吾がアンクの存在を軽々しく言いふらすとも思い難いところがあるのだが、だとすれば一体なぜ真木という男はアンクの存在を知っているのだろうか。
誰かに存在を嗅ぎ付けられるような失敗をした記憶が、アンクには全く無いのだ。
伊達という男に会った気もするが、そこまで勘が良さそうには見えなかった、とアンクは思っている。

『ライドベンダーには、使用者の生体反応を識別する機能がついているんです』
「チッ……そういえば、テレビの魔女の時にタカを使ったか」

考えてみれば、鹿目まどかという人物が鴻上財団と契約を行っていないにもかかわらず、憧憬の魔女から逃げ延びた際にはカンドロイドの購入に成功していたように思える。
ということは、ライドベンダーの認証機能は泉信吾ではなくアンクを認識しているという事であり、そこから記録を引き出した真木がアンクの生存に気付いたという事なのだろう。
思わず舌打ちを漏らすアンクだが、いまいち威圧感を演出できていない辺りが、色々と残念でもあった。
やはり、そこが女子中学生の身体の限界なのかもしれない。

「他にそのことを知る人間は?」
『居ません。その情報は私が隠しておきましたから』

……隠した?
アンクが生き延びている証拠を?
それこそ、意味不明である。
人間がそんなことをして、一体何の得があるというのか。

「ほォ、何でそんな手がかかることしてんだ?」
『グリードに滅んで欲しくない人間も居るということです。世界が良き終わりを迎えるために』

実際問題として、暴走を忌避するカザリには、真木清人はあまり期待を寄せていない。
パワーアップの兆しがあまり見られないトーリにも期待していないが、魔法少女と仮面ライダーが束になればグリードは簡単に滅んでしまうのだから、真木博士がその数を少しでも保とうとするのは自然な発想と言えただろう。

「終末思想ってヤツか。で、お前は俺に何を望む?」
『無論、世界の終末を……と言いたいところですが、今は君にはこの件から手を引いて欲しいんです』

……たしかに、アンクとて退避は考えなかったわけでは無い。
というか、カンドロイドに話しかけられる直前まで、それを選択肢の最有力候補に挙げていたぐらいである。
もちろん、他人から言われると何故だか反抗したくなるものの、真木の言っている事には筋が通っているように思える。

「それは、この件に関わると俺が死ぬからってコトか?」
『その通りですが……随分人間に近付いたようですね。「死ぬ」のではなく「消える」のではないですか? グリードは』

どきり、とさせられた、一言だった。
いつの日かアンクは、鹿目まどかの言葉に違和感を抱いたことがある。

――生きててくれて、ありがとう……!
彼女に助けられたその日には、言葉に出来ないもやもやとした何かを、確かに感じていたのだ。
そのはずなのに、いつの間にか自身の行方を生死という言葉で表すことに何の疑問も抱かなくなっている自分自身が居て。
何故だか、小さな拳を結んでしまっている自分の心境を……アンク自身も、整理できずに居た。
自分が腹を立てているのが、それを気付かせた真木に対してなのか、それとも変化していた自分自身に対してなのか。
それさえも、分からない。

『もっとも、泉刑事の提案を拒む程度には、グリードとしての自立性も残っているようですがね』
「……余計なお世話だ。消えろ」

返事も待たずにアンクは、借り物の足を振り抜いて、カンドロイドを空高く蹴り上げる。
まるで、児童が缶を蹴って遊ぶ仕草のままに、甲高い音と共に苛立ちの元凶を遠ざけたのだ。
小気味良い響きを伴って宙を舞うカンドロイドを眺めたら、少しだけ気分が軽くなって、

「……って、なんだそりゃァ?」

次の瞬間には、首を上に向けたままに地表を眺めていた。
アンクの頭上に、一面の大地と街並みが広がっていたのだ。
何を言ってるか分からねぇなどというレベルでは無い。
まるで天地がひっくり返ったように、という言葉が、まさに比喩を超えて現れていて。
アンクが状況を理解できたのは……つい先程も土地が宙を回るという意味不明な光景を見た経験の賜物だった。
すなわち、

「反転、してんのか? この土地が」

まさにアンクの立っているその場所が、摩訶不思議な土地反転現象の最中に在るという、絶望的な観測が為されたのである。
どういう原理なのか自身の足元から発生している引力には変化が見られないものの、やはり頭上に地表が存在するという状況は、あまり気分の良いものでも無くて。
回転する風景の中、地表へと落ちて行く緑色のカンドロイドの姿が、やけに印象深くアンクの視界には残ったのだった……



・今回のNG大賞

地面へと目を落としたアンクの視界には、こちらを見上げるカンドロイドの姿が。

「アンク君。随分と可愛らしい御召し物を履いていますね」
「随分な御挨拶だなァ……ッ!」

バッタカンドロイドが一体何を見たのか。
ひょっとすると、人間の女の子の身体を下方から見上げるというアングルに意味があったのかもしれない。
踏み潰されてバチバチと音を立てているそのカンドロイドからは、きっと情報の復元は不可能なのだろう……

・公開プロットシリーズNo.81
→正直、人形無しでドクター真木を扱うのがここまで辛いとは思わなかった。というか、実は作者はドクター真木じゃなくてキヨちゃんを見ていたんじゃないかと(ry



[29586] 第八十二話:緊急回避は確かに格好良い。しかし余裕を以て回避するのが理想的である事は間違いが無い。
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/01 00:32
トーリは、下手に嘘を吐けば次瞬間にはその場にセルメダルが出来上がることぐらい、既に理解していた。
ところが、暁美ほむらさんが一体どの程度の情報を持っているのかが分からない。
場合によっては、ほむらに与えなくても良い情報まで与えてしまう事になるかもしれないのだ。
当然、『ウヴァさんを復活させたいです!』などと口走ろうものならば、すぐさまあの世でウヴァさんと感動の再会を果たすこととなってしまうだろうが。

「ほむらさんは、グリードとヤミーの関係を知っていますか?」
「ヤミーはグリードの配下……だったかしら」

……暁美ほむらは、どこでその情報を知ったのだろう?
グリードから漏れたという事は無いだろうから、美樹さやか辺りからだろうとトーリは予想をつけていた。
実は濡れ衣なのだが、この思考の流れに、美樹さやかの人物評価がありありと表れているといえるだろう。
それはさておき。

「実はワタシはヤミーなんですが、親玉のグリードが死んでしまっているので、人間と敵対する理由が特に無いんです。なので、目的も無く何となく生きているみたいな感じです」

割合にすれば、7割程度が嘘といったところだろうか。
目的はもちろんグリードの再生なのだが、まさかそれを正直に口にするはずもない。
トーリの目標を知っている存在はカザリだけの筈なので、その情報は洩れていないだろうという思考からの発言であった。
ただし、暁美ほむらが火野映司からメダルの情報を得ていた場合、グリードが復活出来るという情報が漏れている可能性は皆無ではない。
だが、何となくトーリは、その可能性を消去していた。

――あいつが居ないと俺もメダルに関する情報不足で辛いので、出来れば復活させたいんです。

それは火野映司が鴻上会長に対して口にした一言だったが、トーリにはその理由が本当のものとは思えなかったのだ。
アンクを復活させたいのはおそらく映司が悲しいからであって、でもグリードを復活させるなんて褒められるべきことでも無いからそれを正直に話すことが出来ないのだ、とトーリには理解できていたのである。

トーリは、いまだ気付く気配さえ見せない。
かつて暁美ほむらを激昂させた無神経な性格が、既に自身から失われていることに。
火野映司や巴マミの傍に居た時間はそれほど長いものではなくとも、確実にトーリの思考や精神は変化を遂げていることにも。

「……そう」

そして、それを聞いて何かを考え込んでいる様子の暁美ほむらさん。
トーリの返事が想定外のものだったらしいのだが、嘘を感知されている様子でも無い。
しかし、そもそも何故暁美ほむらはトーリに話しかけてきたのだろう。
トーリが怪人だったら殺すためだという線が濃いものの、だとすると暁美ほむらは現在、脳内裁判を行っている真最中という事になりかねない。
本当に審査を行っているのかと疑わしい早さの即時デリート許可などというアリエナイ事態は避けたようだが、状況は予断を許さないようだ。

「それで、ワタシは見逃して頂けるんでしょうか……?」
「私達に仇を為すつもりが無いならば、率先して倒そうとも思わないわ」

……だからこそ、その言葉に心の底から胸をなでおろすトーリ。
どうやら暁美ほむらは、グリードが復活できるという情報も知らないらしい。

「出来れば、ワタシの正体は秘密にしてもらっても良いですか……?」
「その代り、情報は渡してもらうわ。メダルに関しての情報を全て吐いて行きなさい」

実を言えば、これが暁美ほむらの目的だったりする。
特にグリードが800年の眠りから覚めた原因についての情報が、ほむらとしては目玉なのだ。
ループ世界を駆け廻る暁美ほむらにとって、『再現性』の重要度はバカに出来ないものなのだから。
だがしかし、トーリの先程の証言が逆に、暁美ほむらの発言に縛りを与えてしまってもいた。
ほむらが素直に『800年の眠りからグリードが復活した原因を答えなさい』という問いをかけた場合、このヤミーにグリード復活の手段が存在することを知らしめてしまうことになるのだ。
つまり、ほむらは自身の質問によって敵へとグリード復活の可能性を示唆してしまう事態を嫌ったのである。
厳密には、『800年前の王に封印されたグリード』と『戦闘によって解体されたグリード』の復活方法は異なっているのだが、そのような細かいケースの違いなど暁美ほむらが想定できたはずも無かったのだ。

※13世紀の錬金術師によって作られた超常の物質がコアメダルで以下略。
そんな巴マミからも聞いたような説明を聞きながら、暁美ほむらは未だに目の前のヤミーを処分すべきかどうかを迷っていたりする。
メダルの怪人だと判明している相手を生かしておくのもすっきりしないものの、殺すには今一つ踏ん切りがつかないというべきか。

――私を頼ってくれる魔法少女よ。流石に、可愛い後輩の情報はそう易々と教えられないわ。

その原因はやはり彼女だろう、と暁美ほむらは思う。
トーリの事を大切な存在だと言い切り、トーリの身を案じて暁美ほむらに食って掛かった、先輩魔法少女。
そして、トーリを始末しようと思う度に、ほむらの恩師でもあるそのヒトの面影が頭の中に首をもたげるのだ。
ほむらが時間を巻き戻したせいで、ようやく手に入れた『相棒』との絆さえ無に帰され、より多くの孤独を味わう羽目になったその人物に対して、ほむらは今も罪悪感を拭い切ることが出来ずに居る。
もちろん、ほむらは優先順位という言葉を自分自身に言い聞かせては居るものの、やはり情というものを簡単には捨てることも出来そうに無かった。
だがしかし、このヤミーを信じるのは不安過ぎるという思いもまた、強く残っている訳で……

……そんな、時だった。

「……!」
「えっ?」

地面が、裂けたのは。
コンクリートによって舗装されている筈の地面に、亀裂が走ったのである。
それも、運命の悪戯か、トーリと暁美ほむらを二分するように。
瞬く間に断裂を始めた地面は、トーリ側が下方へ、ほむら側が上方へと遷移を始めたのだ。
そして、二人の反応は……おそらく、潜って来た死地の数の差が如実に表れてしまって居たのだろう。

驚いて跳び上がろうとしたトーリは、次の瞬間には首根っこを掴まれていて。
気が付いたら、暁美ほむらの足元へと組み伏せられていたのだ。
その十数秒後、二人は知ることとなる。
トーリとほむらは、回転する巨大な円盤の上に取り残されたという事を。
……つまり、ほむらがトーリを引き寄せるのではなく、ほむらがトーリの方へと逃げれば良かったということである。

「ほむらさん……ワタシを道連れにしたんですか……?」

とばっちりというか、流れ弾というか。
回避できた筈のトラブルに巻き込まれてしまったという不満を覗かせながら、少しだけ反抗的な視線を暁美ほむらに返してみせるトーリ。
だがしかし、それに対する暁美ほむらの姿勢は、弾圧の意図をもったそれでは無くて。

「……下と上だったら、普通は上が安全だと思うでしょう?」

バツの悪そうに反論する暁美ほむら閣下は、それから暫くの間、トーリと目を合わせてくれなかったのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十二話:緊急回避は確かに格好良い。しかし余裕を以て回避するのが理想的である事は間違いが無い。



二枚目の、回転盤。
巨大都市を円状に切り取ったその巨大メダルは、先刻のものと同じく、やはり空中にて回転を遂げていた。
加えて、元の場所に収まったのも、先刻に浮き上がった一枚と同じ軌道を描くモノではあった。
だがしかし、先程の円盤とは決定的に違う要素が、はめ込まれた土地には存在していたのだ。
新宿の最中央部にドイツの森が転移してきた一枚目も大概であったが、二枚目は更にぶっ飛んでいたのである。

「見滝原以外にもおかしな土地ってのはあるもんだなー。常識ってなんだっけ?」
「なんだ、赤毛ちゃんも余所モンだったのか。それと常識ってのは、おでんの食い逃げは犯罪だってことだろうな」

目の前に広がる、円盤状に切り取られた街を唖然としながら視界に収めて、取り残された若干二名が交わした言葉がそれだった。
普段飄々としているこの二人の本音がダダ漏れの会話が垂れ流されるという、実はレアな場面なのかもしれない。
佐倉杏子と伊達明の目の前で断裂した地表は、美樹さやかや火野映司等を乗せたまま反転してしまったのである。
尚、杏子の台詞の後に青春ライダーの主題歌の一部を引用しかけて、後から焦って改稿したという経緯があったり無かったり。

耳に入った伊達の言葉に何か引っかかるものを感じて少しの間だけ、伊達の方へと振り向いてしまう杏子。
そして、もう一度切り取られた街並みに目をやって、少しだけ収まった驚愕の感情を確認して。
さらに、再び伊達の顔を見て。

「……」

思い出した。
4日か5日ほど前に、おでんの屋台で無銭飲食を働いた際、『良い家族』なんて歯の浮くような寝言を呟いた男の顔を。
腹いせにそいつの連れを装って屋台をこっそり抜け出したことも。
であるからして、杏子のとるべき行動は、ただ一つ。
出来るだけ足音を立てないように踵を返して、

「いや、そこで一人逃げるのは無いっしょ」

……伊達に、肩を掴まれた。
おそらく、さやかと睨みあう図を目撃された時点で、杏子が逸般人であることは伊達には見抜かれているのだろう。
どう考えても、この事件を解決するための知恵と力を貸せと言われているとしか、思えなかった。

「キャーッ! おまわりさーん! 痴漢よーっ!!」
「似合ってねぇから。ってか、この非常時に警察は構ってくれないだろ。常識的に」

ちぇっ、と悪態を吐いてみせる杏子の様子を見るに……やはり、か弱い乙女の悲鳴は演技だったらしい。
万引き犯として追われていた機会に身に着けた処世術辺りが、とっさの反応として出てしまったのだろう。おそらく。
伊達とて、そんな三文芝居に怯むような漢では無いわけだが。

「アタシは乗りかかった船だろうが、沈むと解ったらさっさと降りちまう女なんだよ。カルネアデスの板は、他人を犠牲にすれば自分は生き延びられるって話なんだ」
「まぁ、その気持ちも分からんでも無い。でも、この船は海に飛び込めば助かるってレベルじゃねぇだろう」

地球を船に例える想像力は星の数ほど。
そんな在り来たりな例えを用いるならば、この世界の現状は、瀬戸内海で光に包まれながら遭難している船のようなものなのだろう。
この災難の元凶をどうにかしなければ……降りても地獄、生還しても地獄、記憶を失えばまだ平穏に暮らせるかもしれないといったところか。

「それなら、生き延びられる分まで板を集めるだけさ」
「そこまで言うなら、退き留めんのも無理そうだな。じゃぁさ、去り際にこのヘンテコイベントについて知ってることを何か教えてくれよ」

……というか、最初からそれしか期待していなかったのかもしれない。
伊達明の様子に残念そうな気配が見られないことから、最終的な妥協点がそこになることを把握していたとさえ思われる辺り、色々と食えないオジサンである。
しょうがねーな、なんて前置きしながら結局情報を提供しても良いと思えてしまっている杏子も、何だかんだでお人好しなのかもしれないが。

「なんかあの女ピエロからは、魔力によく似た波長が出てるんだけど、それと同じ波長をあの結界の奥からも感じる」

あの結界とは、言わずと知れた錬金術師ガラの岩戸である。
伊達明一同をドイツの森より弾き出した、人間を寄せ付ける気配を見せない結界のことだ。
そして、半透明な壁の向こう側、鬱蒼とした森林地の中央部にそそり立つ不気味な塔に、道化女によく似た気配が留まっているのだという。

「まさか本当に赤毛ちゃんが魔法少女だとは思わなかったぜ……」
「……面倒くさいから突っ込まないよ。で、多分誰かがちょんまげ契約を結ぶたびに何か変な力があの塔に溜まってるみたいだ。その正体まではわかんねーけどさ」

……まぁ、アタシに言えるのはそれぐらいかな。
そう最後に言い残し、背中を見せて、一本にまとめた長い髪を揺らしながら。
結局佐倉杏子は、伊達明の視界から姿を消して行ったのだった……

「まったく、これじゃぁオチオチお仕事も始められねぇ……」

こちらもこちらで愚痴を漏らす伊達明を、取り残して。
伊達の仕事は後藤慎太郎育成計画の筈なのだが、事情が事情だということもあって、あまり目途が立っていなかったりするのだ。
後藤がサポートとして自主的に働き過ぎているので、あまり伊達と後藤が顔を合わせないという事態が起こってしまっているのである。
そんな中で見つけた、現在の伊達がとるべき行動とは……




そして、反転する巨大メダルの一面に取り残された火野映司御一行はと言えば、ようやく地表に下ろされて一息吐いていたりする。
だがしかし、一枚目の反転によって新宿のビル街がドイツの森と入れ替わったように、二枚目もまた、元の街並みの中へと舞い戻ったはずも無かった。

「何コレ? ちょんまげの次は時代劇セット?」

案の定、オーズ陣が絶対に口に出来ないような突っ込みを平然と吐く美樹さやかの姿が、そこには在ったのだとか。
だがしかし、常識的な人間ならそう言ってしまいそうな状況が彼らの目の前に広がっていることは、疑う余地が無かった。
小袖に甚平、草履に下駄。
しまいには街並みまで、土塀を木柱で支える日本古来の民家が広がっている、その風景は……

「江戸時代……?」

まさに、日本に200年前まで続いていたと言われる一時代の眺め、そのものだったのである。
もちろん、映司やさやかには実物を見た経験などある筈も無いのだが、ドラマやドキュメンタリーにおいて再現された風物と目の前の街並みは、あまりにも現在の環境に似通いすぎていたのだ。
突然変わった街並みに突っ込んでしまう自動車、運悪く空間の裂け目にそって真っ二つになってしまっている民家、そして……遠くに見える城。
そのどれもが、告げていた。
時代が違う、と。

そして、21世紀の住人が奇異の視線を浴びるのは、しごく当たり前のことであった。

「てめぇたち、いってぇ何モンだ!?」
「怪しいモンじゃないって!」
「どうみても怪しいんだよォッ!!」
「なんべん言わせんの!?」

案の定、岡っ引きと小頭を筆頭にした江戸の町の住人と、サラリーマンや学生といった如何にもな現代人の睨み合いが引き起こっていたりして。
路上の石やら屋根瓦やらが飛び交い、喧嘩の体をなしていたのである。
……殴り合いの暴力沙汰が始まっていないだけマシと見るべきなのかもしれないが。

「待って待って! 落ち着いてください!」

そして、その対立の中へと平然に入って行く男は、もちろん火野映司。
俺達も同じ人間ですから、と言って回りながら江戸の住人を宥める姿は……パニックによって碌に和解も出来なかった未来人らとは一線を画していた。
少なくとも美樹さやかには、そう思えたのだった。
傍らに無言のまま付いて来ている若葉駿少年に目を落としても、火野映司が場を収めているお蔭か、その表情には少しずつ安堵の色が浮かび始めているという程度である。
……なんというか、不気味なのだ。
メダル絡みの事件に映司が慣れているだけなのかもしれないが、美樹さやかには火野映司という男の落ち着き様が、どこか不気味に映ってしまうのである。

そんな美樹さやかだからこそ、だった。
その場の誰よりも早く、新たな『異変』に気付いたのは。
空の一点に現れた小さな影が、意識に少しだけ留まって。
それが大きくなっていくうちに、理解したのである。

「こっちに来ないでくださいっ!!」
「こあめだるヲ寄越セェッ!!」

一人は、美樹さやかの知り合いに間違い無かった。
いつもの頼りない蝙蝠女が、いつものように半べそをかきながら、いつものように空中を逃げ回っているのである。
……何から?

んんん、と目を凝らしてみれば、その追跡者の姿を確認することが出来た。
全長30センチほどの、牛の頭骨のような物体に追いかけられているらしい。
白骨らしき何かが、逃げ惑うトーリに食い付こうとしているようなのだ。
助けを求めながら飛び回るトーリの様子は……現代でも御馴染みだった光景というか、いわゆる平常運行過ぎていて。

「なんか、あいつもいつも通りで、ちょっと安心したわ……」

いつの間にか新技を身に着けたらしく、掌から電撃を放って牛骨へと攻撃を随時行っている様子だったが、それも効果を挙げているようには思えない。
バチバチと爆ぜるような音だけは小気味良いのだが、トーリより少し速い牛骨の動きを鈍らせるぐらいの役割しか持てていない様子である。
何とか逃げ回ることが出来ているという意味においては、役に立っていると言えるのかもしれないが。

そしてお察しの通り、そんな状態のトーリが通りかかったこと自体が、既に大問題なのである。
火野映司の「俺達も同じ人間です」という説得によって江戸の住人と未来人たちがようやく和解しようとしていたのに、あからさまに人外なトーリの姿を見られたら、色々と話がややこしくなることは目に見えている訳で。
ひぃひぃと言いながら逃げ惑う蝙蝠女が運んできたものは絶対に幸運では無いだろう、と美樹さやかには思えたのだった……



・今回のNG大賞

『さやかさん! 何故見てるんですか!?』
『話が面倒くさくなるから帰れ』

オ ン ト ゙ ゥ ル ル ラ キ ゙ ッ タ ン テ ゙ ィ ス カ ー ! !

・公開プロットシリーズNo.82
→オリ主という生物は、大抵トラブルメーカーなのである。



[29586] 第八十三話:妖怪と理解と望まれない再会
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/14 20:06
……時刻は、二度目の反転現象が起こった直後にまで巻き戻る。
役者は一人と一体の、魔法少女とヤミー。
土地反転現象に巻き込まれた暁美ほむらと、彼女に道連れを喰らったトーリに他ならなかった。

「やっぱり、脱出は無理みたいです」
「やはり、そういうことね」

やはりそういうことか!
……などという軽快なノリこそ見せないものの、暁美ほむらの物言いには確かにそんな響きが込められていた。
どうしてそんな事が分かるのだと聞かれれば、土地反転現象の最中に巨大メダルの反転軌道上に張られている半透明の障壁のような代物を調べた方法によって、である。
暁美ほむらは、トーリに対して一言、命じたのだ。
即ち、『触りなさい』と。

それに対して思わず聞き返そうとしたトーリの視界の隅に入ったモノは、いつの間にか円盾の中へと手を突っ込んでいる暁美ほむらさんの姿で。
恐らく、トーリが反抗的な事を口走ったらあの中から黒い何かが出て来るんだろうなぁ、と予見させるには充分すぎる情報量を見せていたのである。

そのバリアに触れた場合にどんな悪影響があるか分からなかったために、暁美ほむら閣下がスケープゴートを任命したという訳だ。
結局通行不能だと判明しただけでトーリにダメージは無かったものの、心臓に悪かったのも確かで。
気分は、仮面ライダーの一時間前の世界で毎度不足コストを確保される小さな竜のそれに近いものがあったかもしれない。
何時の時代も、半端者に対する風当たりはキツイのだ。

「『やはり』と思っているなら、自分で触ってくださいよ……」
「私ほど『万が一』の怖さを知っている魔法少女は居ないと自負しているわ」

……その『万が一』が起こった時にはどうするつもりだったのだろうか。
答えが明白過ぎて涙が毀れそうになったトーリだったが、最近少しずつ逆境にも慣れ始めている辺り、意外に精神的なタフネスを身に着けつつあるのかもしれない。

「ほむらさんは、貢がせてポイなタイプの人なんですね……。ワタシ、ショックです」
「私としては、セルメダルの一枚まで貴女を有効活用しても構わない」

暁美ほむらの空恐ろしい一言に、震え上がるトーリ。
恐怖に慄くその様子はまるで、家に帰りたいという口癖を持つ仮面ライダーのようでさえあったとか。
もちろん、ほむらにはセルメダルの利用方法など存在しないので、バースへプレゼントするぐらいしか用途は無い。
もっとも、伊達明へと迷惑をかけたお詫びにヤミー一体分のセルメダルぐらいなら進呈しても良いという思考を平然と行っていたりもするのだが。

「話が、違うじゃないですか……?」
「……冗談よ」

……本当に暁美ほむらの言は冗談だったのだろうか。
そのムッツリフェイスからは電波女様の真意を読み取ることは出来そうに無い。
トーリも時々電波ちゃんになることはあるのだが、やはり年季が違うのだろう。

「でも、目的のために邪魔になったなら、私は何時でも貴女を始末するわ」
「出来ればその目的を教えて頂けると、ワタシとしては非常に嬉しいんですが……」

無理ですよね、そうですよねー……。
勘の鈍いトーリとて、そこまでの信頼を勝ち取れていると思えるほど、自惚れることは出来ていないのだ。
案の定、トーリが返事をあまり期待していないことは察知されていたらしく、暁美ほむらさんは口を開く気配を全く見せない。
次にトーリを尋問する内容でも考えているのだろうか。

……そんな、時だった。
早く暁美ほむらの魔の手から解放されたい、と改めて思い始めた矢先に、それは起こったのである。

「どうしたのかしら?」
「なんだか、一つ目の結界の時と同じような気配がしませんか?」

気配という曖昧な単語に、眉をひそめるほむら。
だがしかし、きょろきょろと周囲を不安気に見回しているトーリの姿を見れば、その言が話題外しのためのものでない事は間違いが無さそうである。
嘘を吐いたら殺すと脅されている人間が起こす行動にしては、トーリの話題転換の方法がベタ過ぎたことも、逆にほむらの疑念を最小限に収めることとなったのだ。
すぐさま紫色のソウルジェムへと目を落としたほむらは、トーリの言う気配が魔力のことであると解釈したのだろう。

……かくして、『それ』は現れた。
一見すればトラのような褐色の胴体を持った、而して二本の足で地面へと張り付いている、異形。
後頭部に何故か存在を主張する焦茶色の毛皮はどこかイヌ科の生物を思わせ、にもかかわらずその身体の所々に張り付いた鱗と尾は、爬虫類のそれで。
左腕から生えた牛の頭部らしき白骨を、まるで首のように振り回して辺りの様子を確かめながら。
バラバラで、ちぐはぐで、支離滅裂。
そんな言葉が似合ってしまう、東洋に太古から伝わる怪異の姿が、二人の目の前へと突如として出現したのだ。

「鵺……?」

暁美ほむらが呟いた一言を耳にはさみながら、トーリは思う。
このパッチワーク怪人は、暁美ほむらとトーリのどちらに用事があって二人の元を訪れたのか、と。
錬金術師ガラの結界と同じ気配を纏っている以上、おそらくこの怪人はガラの手下か何かなのだろう。
トーリがカザリから聞いたところによるとガラはコアメダルを集めている筈で、だとすればトーリに用事があると考えた方が自然だろう……と、そこまでトーリは考えを及ばせる事が出来ていた。
そして、次の瞬間には、

「めだるヲ寄越セェッ!!」
「ひいいっ!?」

継接ぎ怪人の伸ばした左手が、その牛骨の歯を以てトーリに噛み付こうとしていて。
とっさに電撃を浴びせて相手の動きを鈍らせることが出来たのは、トーリにしては出来過ぎた判断だったと言えるだろう。
そこに、技術も何もない素人キックを加えて相手を引き離す選択をとってしまうところが、トーリがトーリでしかない所以でもあるのだが。
もし仮面ライダーならば、その牽制で怯んだ相手に躊躇なくトドメのライダーキックをぶち込んでいるだろうが、トーリにはそのような瞬間火力も度胸も無いのである。
一応渾身の力を込めて放ったはずの蹴りが全く有効打になっていない辺り、それなりに力の差があることは間違いが無いようだ。

「良いですか! そっちがその気なら、ワタシにだって考えがありますっ!!」

だがしかし、ここで何時になく強気に出てみるトーリ。
おもむろに自慢の真黒な羽を展開し始めたようだが、何か勝ち筋でも見えたのだろうか。
別に蝙蝠ヤミーが解体されることは特に問題にならないと考えている暁美ほむらでも少しだけ興味を引かれてしまう程度には、不思議である。

実際、トーリは電撃という中距離攻撃手段を手に入れた事によって、戦闘時の行動選択の自由度が格段に上がっているのだ。
具体的には、電撃を使って相手をトーリから引き離すことによって、相手の最接近までの間に一瞬だけタメの必要な動作をこなすことが出来るようになっている。
従って、トーリがこの後にすべきことは……

「ワタシたちはもう二度と会う事も、触れ合うことも無いでしょうっ」

背を見せて、一目散に空へと消えることだった。
運命と戦うと言い切った後のヒーローの言葉のようで、微妙に情けない響きを伴った台詞を吐きながら。
バサバサと羽を動かしながら、トーリは鵺ヤミーと暁美ほむらの視界の奥に小さくなっていく。

「逃ゲタ……?」
「逃げたわね……」

首を傾げて呆然としているチグハグ怪人に尋ねられて、素で答えてしまう暁美ほむらさん(14)。
そういえばこんな場面を前にも見たなぁ、なんてどうでも良い事を脳裏に思い出してみるも、現実は変わらない。
おそらく、トーリは敵に飛行能力が無い事を見込んで、空へと逃げる事を選んだのだろう。

鵺ヤミーが左手に付いていた牛骨を本体から切り離して浮遊させ、トーリとの空中鬼ごっこを始めた光景を理解しながら。
暁美ほむらは、ぼんやりと今後の行動指針について考えを巡らせ始めたのだった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十三話:妖怪と理解と望まれない再会



「なるほど! 特殊な手順によって作られたセルメダルをそのフラスコに載せることで、世界は裏返るというわけだねッ!!」

最早お馴染みとなりはじめた、ガラの結界最奥部の塔の一室にて。
空間に投影された半透明なディスプレイを、錬金術師と共に眺めながら、ようやく鴻上光生は世紀の大魔術を理解するに至っていた。
部屋の一角に配置された、中央と三頂点を模った4枚組の円盤にもたらされた変化から、如実にその容態を読み取ったのである。
映像の中で人々がちょんまげになる度に、中央の一枚の上部へと配置された巨大フラスコへと、セルメダルが蓄積していく。
そして、2割ほどセルメダルが溜まった時……三頂点のうちの一枚の円盤が反転し、それと同時に本日二回目の土地反転現象が巻き起こったのである。

「人間の欲望は、世界を滅ぼす運命にあるということだ」

誇らしそうにそう言い放つ錬金術師の反応を見るに、どうやら鴻上光生の考えはアタリらしい。
だがしかし、錬金術師ガラの繰り返す主張は、やはり鴻上光生のそれとは対極を行くものでしか無くて。
そんな鴻上が画面の端に見つけたのは……土地の反転現象に巻き込まれた火野映司達と、現代日本に取り残された伊達明たちの姿であった。
もちろん、オーズが消えるのは好ましくない展開なのだろうが、それでも鴻上会長の顔からは絶望の色など毛ほども見られない。

「里中君ッ! 分かったかね!? 希望の光がッ!!」
「……とりあえず、定時に帰れそうにないことだけは」

……残念ながら彼の秘書の反応は、芳しくは無かったが。
それでも、鴻上光生が笑顔を絶やしたのはわずか0.05秒のことに過ぎない。
狂言回しは、笑い、騒ぎ続ける。
世界の終りという宙ぶらりんな危機を目にして、その過程を知って尚、欲望を愛し続ける。

鴻上光生が見つけた希望の光とは、一体何なのか。
錬金術師ガラは、気付かない。
里中秘書が、静かに腕時計の表示を確認したことに。
そして、鴻上の言う希望の、意味さえも……



一方、暁美ほむらと鵺ヤミーの魔の手から逃げ出したつもりで居たトーリは、牛骨に背中を小突かれ続けていたりする。
鵺ヤミーの左手に付いていた筈の牛の頭らしき骨が、飛び回って噛み付こうとしてくるのだ。
鵺ヤミー本体には飛行能力が無いのが、幸いだったと言えるだろう。
その分牛骨は軽いので、最大速度もトーリより高いらしいが、それでも何とか持ちこたえられる程度の差しか無い様子であった。

「猪口才ナ奴ダッ!!」
「しつこいヒトは嫌いですっ!」

トーリとしては、コアメダルを奪われるのはゴメンなので必死になって逃げ回っているものの、この後の作戦を何か思いついている訳では無かった。
精々、飛んでいる途中で突破口を見出すか、誰かに助けてもらえるだろうと考える程度である。
新技の電撃も地味に役立っては居るのだが、逃亡のための補助にしか使えていない辺り、やはり『地味に』という言葉の範疇なのだろう。

だが、飛び回るトーリはそれなりに目立っていたらしく、空を切り裂く一閃がトーリへと希望を結ぶこととなった。
食い付こうとしていた牛骨の目の前を通り抜けた一筋の光が、トーリに救いの手が差し伸べられた事を意味していたのである。

「ありゃ、外したか……」

地上にて、魔法少女の装束を纏い終え、地面に突き刺さる形で剣を並べた一人の魔法少女。
その頼もしい助っ人が、牛骨を見上げながらサーベルを投擲していたのだ。
おそらく先程の刺突は、大量に出した剣のうちの一本を投擲したことによるものだったのだろう。
尚、その周囲でトーリや牛骨を指さしたり目を擦ったりして驚いている人々が居る訳だが、そんな些細な現象を把握する程の余裕がトーリにあったはずもない。

「さやかさん! 助かりました!」

これで勝つる! ……などとトーリが浮かれてしまったのも、無理は無かった。
トーリにとって、さやかの戦力が大きい事は間違いが無いのだから。
流石に相手がグリードだったりすると厳しいと分かっているものの、その身体能力によるゴリ押しはバカに出来ないものがあることを、トーリは知っているのである。
一目散にさやかの元へと飛び降り、チーターレッグもかくやという速度でさやかへと近づき、その側面を通り過ぎた。
そして、頼もしい前衛の背中側に引っ込んで非戦闘員アピールも欠かさない辺りは、もはや安定と信頼のトーリ過ぎた。

「あんたも大概トラブルメーカーよね。で、アレって何?」
「例の結界と同じ気配がするので、多分ヤミーです」

さやかのことを見定めているらしい牛骨の動作を見守りながら、簡単な情報共有を行うトーリとさやか。
暁美ほむらの一件があるために、自身の正体がバレているかもしれないという懸念を抱いていたトーリだが、どうやらその心配は無さそうである。
そして、サーベルの一本を大きく振り回し、さやかが取って見せたポーズは……天高くに浮かぶ牛骨へと剣先を向けるものであった。

「さぁ来いっ! 魔法美少女さやかちゃんが、この世の場外までかっ飛ばしてやるっ!」

……いわゆる、予告ホームランの構えと呼ばれる伝統的なポーズである。
左手でサーベルの背を擦って、自信満々に勝利宣言を行ったのだ。
野球経験のある美樹さやかは、純白の牛骨から白球を連想したのだろう。おそらく。
この時の美樹さやかは、牛骨が体当たり攻撃を敢行して来ることを予測していたのだと思われる。
噛み付こうと突進してくる牛骨をサーベルのフルスイングの一撃のもとに切り伏せようと考えていたのだろう。
牛骨がトーリに対してひたすら接近戦を挑んでいたのを目撃したために、その発想に至ったという訳だ。

美樹さやかの誤算は、二つ。

「ケケケッ!!」

一つ目は……牛骨が、遠距離攻撃を持っていたこと。
その口部から吐き出された火の玉が、美樹さやかへと一直線に放たれたのである。
トーリの翼が物理攻撃にあまり強く無かったために、牛骨はトーリへの火炎攻撃を控えていたのだが、そうでなければ炎を使わない理由が無いのだ。

「なんのっ!」

それでも、バッティングの構えを固めていたさやかは、何とか剣を使って炎弾を切り裂く事に成功する。
だが、そこで二つ目の誤算が炸裂してしまった。
それは、野球を想定してしまった美樹さやかだからこその、勘違いだったのかもしれない。
通常の野球においては考慮される筈も無い大前提の一つが、この戦場においては成り立たなかったのだから。
それはつまり……

「がはっ! うぇっ!? げぶぅ!!?」
「さやかさん!?」

野球においてはボールが一つしかないという、固定観念であった。
即ち、牛骨の突進攻撃しか想定していなかったさやかは、連続で吐き出された炎弾を、最初の一発以外の全てを直撃の形で喰らってしまったという訳だ。
黒焦げになって口から煙を吐いているさやかの様子には、何処かコメディエンヌの風格が漂っていたのだとか。
撥ねてしまった髪の先に燃えている炎が、微妙に何処かの光の巨人の兄貴を思い出させてくれるあたり、色々と身体を張り過ぎである。

……もちろん、そんな小ネタのために攻撃の手を休めてくれる牛骨さんでも無い訳だが。

「クタバレッ!」
「ひいいっ!?」

再び噛み付こうと接近してくる牛骨の魔の手から逃げ遂せるために、トーリは空中へ飛び立とうと翼を広げ、

「セイヤァッ!!」

次の瞬間には、一本のサーベルによって刺し貫かれた牛骨の姿を目にしていた。

「……えっ?」

トーリは足元に目を落とすものの、さやかは未だに復活していない。
だが、貫かれたのが致命傷となってメダルへと還って行く牛骨に刺さっているのは、確かに美樹さやかの召喚したサーベルで。
牛骨を切り裂いてトーリを救った存在の声を聞いても、しばしの間トーリにはそれが理解できなかったのだ。
……そんな特徴的な掛け声を愛用する戦士など、トーリの知る限りでは一人しか存在しないのに。

「トーリちゃん。さやかちゃんも、大丈夫だった?」

――とりあえず、メダルとベルトを没収しておきましょう。そうすれば変身できない筈ですから。

トーリが危惧し、存在を危険かもしれないと疑った、一人の男の姿がそこには確かに存在していて。
しかし、トーリとさやかへと向けられた表情には敵意に類するものは一切感じられず、その事実がトーリを困惑させていた。
光へと消えて行くサーベルを手放しながら、トーリ達の身を案じてくれるその表情は、何時もの柔らかいそれだったのだ。

紫のコンボの姿で襲いかかって来たのは、一体何だったのか?
トーリの正体は映司にはバレているのだろうか?
ちぐはぐな映司の行動に、トーリは頭が付いて行かない。

歩み寄ろうとした映司の姿を視界に収めて、自身も一歩だけ後ろへと後退しながら。
トーリが口にした一言は……

「……映司さんも無事で、なによりです」

安堵と恐怖の相乗りする舞台への、とりあえずの追従であった……



・今回のNG大賞

「横一線! 一刀両断っ!」

トーリへと向かって放たれた火炎弾を真っ二つに切り裂くさやかだが、

「げふぅっ!!?」

切られても消える訳では無い炎弾は、二つに分かれた状態で、さやかの背後の蝙蝠女に直撃したのだとか……

・公開プロットシリーズNo.83
→勘違いに便利な紫メダル。



[29586] 第八十四話:将軍は日本語でジェネラル、英語でSHO-GUN
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/14 20:40
ところで、飛行能力の無い鵺ヤミー本体はいったいどうなってしまったのだろうか。
その答えは単純明快、セルメダルの山となって暁美ほむらさんの四次元ポケットへと収納されているのである。
その過程はといえば、暁美ほむらの時間停止からの多重狙撃コンボによってあっさりと始末されてしまったというだけの話なのだが。

……そして、そんな過去のことは暁美ほむらにとって、既にキュゥべえ一体分の価値さえも無かった。
何故なら、ようやく周囲の異変を把握した暁美ほむらは、その両足から崩れ落ちそうになるほどの衝撃を受けていたのだから。

「まさか、そんな……っ!」

袴に着物、ちょんまげに刀。
日本古来の木造建築を出入りする人々の装飾を見るだけでも、この場所が現代日本でないことは明白過ぎていて。
それらの事物が織りなす事実として、暁美ほむらはあまりに簡単に解答を導き出すことが出来ていた。
加えてその内容は、条理を覆すはずの魔法少女の常識さえ破り捨てるほどに奇想天外で、而して否定のしようが無いそれだったのだ。

……江戸時代。
そうとしか、思えなかった。
暁美ほむらが観測した二度目の土地反転現象によって、都市の一角が転移した場所は……『場所』という括りを破壊して『時代』を超えてしまったらしい。
そして、その視点人物が暁美ほむらであったからこその懸念事項が、その思考を犯していた。

「これは……巻き戻せるの?」

今までに数えるのも億劫なほどに傾けてきた円盾に目を落とし、不安を募らせる。
その盾の能力によってこの状況を『無かった事』にすることが可能かどうか、について。
一応の現状確認として、盾の中に蓄積された時の砂は一定の速度で流れ続けているようだが、これが全て落ち切った時に発生する制約に関して、ほむらは予測に困ってしまったのだ。
外的要因による時間移動に巻き込まれた場合に、その時間的断裂点をほむらの能力によって超えられるのかという問題も存在しているものの、その件に関しては棚上げにしておくしかないという結論に達するわけだが。

……ほむらの懸念は、別のところにも存在している。
まず前提として、時間遡行者として幾度となく駆回って来たほむらは、ある一つの時間移動SFのお約束からは無縁の存在であった。
だがしかし、そのお約束が、現在のほむらの目下の懸念として頭をもたげたのである。
その大問題の名前は……『タイムパラドックス』という。

そもそも、暁美ほむらがタイムパラドックスと無縁の生活を送って来られたのは、彼女による巻き戻しが脳内情報の持越しという限定的な事象に留まっていたからである。
そこには一切の矛盾は生じず、従ってその言葉が意識されることも無かった。
ところが、現在ほむらが巻き込まれている時間移動は、肉体ごとなどというレベルでは無く街並みごとの大規模なものなのだ。
ほむらが現在立っている時代が200年以上も過去のものだとするならば、既にどうしようも無いレベルにおいての時間改変が行われていると言えるだろう。

そして、暁美ほむらが時間を巻き戻すことが出来る『主観的な一か月』は、彼女が江戸時代という時間的な隔たりを持った時代において為した行動にまで影響を及ぼすことが出来るのだろうか。
例えほむらの巻き戻しによって彼女自身が21世紀へと帰ることが出来たとしても、最悪の可能性としては、歴史が変わってしまって鹿目まどかが生まれていないなんて事にもなりかねない。
ほむら自身も杞憂だと思いたい部分があるのだろうが、バタフライエフェクトというもう一つの『ベタ』の怖さを知っている人間だからこその恐怖というものも、存在するのだ。

構わずに元の時代に戻るための手掛かりを探すべきか。
それとも自身の魔法を信じて次の一月に賭けるべきか。
果たして、暁美ほむらが下した結論は……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十四話:将軍は日本語でジェネラル、英語でSHO-GUN



「映司、さん……」

そう呟くことしか出来なかった蝙蝠のヤミーであったが、驚きに身をひたすのも毎度のことなので、思考の復帰速度も鍛えられているらしい。
トーリの身を助けてくれた映司の姿を視界に収めながら、その思考はようやく平常通りに回り始めていた。

そんな中、トーリが判別しなければならないと考えついたのは……映司の認識している情報とそうでない情報を判別する作業であった。
つまり、映司がどういうつもりでトーリと杏子を襲い、どういうつもりで先程トーリを助けたのかといった疑問を解消することである。
トーリとしては、自身が処分される理由には心当たりがあるものの、一緒に居た杏子までもがその対象になるのは不自然だという思考は捨てることが出来なかったのだ。
而して、一度紫のオーズより与えられた恐怖心を簡単に払拭することも、容易には出来そうに無い。
その時の事を思い出せば、それだけで背筋が寒くなってくる始末である。

「……?」

映司がトーリに近づこうと歩み寄ろうとした瞬間に踏み出された、トーリが後ずさる足音。
そして、本能へ刻まれた恐怖からの反射的行動であったそれを、他人の機微に敏感な火野映司という男が見逃すはずも無かった。
もっとも、トーリの抱く恐怖心の存在にまでは認知が及んでも、その原因にまでは辿り着けていないのだろうが。

……そんな希望的観測を胸に抱きながら、やはり猜疑心を捨てきれないヤミーが迷っている間にも、周囲が都合よく待ってくれることなどある筈も無く。

「てめぇら、やっぱり人間じゃねぇなっ!」
「気味悪ぃ羽生やしやがって!」

せっかく映司が宥めた人々が、再び喧嘩を始めたのである。
しかも、トーリを火種として。

「いや、それは……」

どうやら映司も擁護に困っているらしく、説得に切れを欠いているようにトーリには思えた。
だがしかし、映司が困っているということはつまり、二つ以上の選択肢を映司が持っていることも意味している。
それはつまり、トーリを切り捨てれば場を収められるが、映司はそれを実行したくない……という事なのだろう。
もっと言えば、トーリを捨てるという即断に至らない事から、十中八九トーリの正体は映司にはバレていない筈だ。
トーリがようやくポジティブな思考に至った……そんな、時だった。


「やめないか! お前たち!」

ひとたびに江戸の人々の喧噪を控えさせる、厳かな一括を耳にしたのは。
まるで世界がこの男のためにあるのではないかとさえ錯覚させるほどの、影響力。
まさに鶴の一声と呼ぶにふさわしい威厳を以てして、その男は瞬く間に民衆を鎮めたのである。

そして、まるで古代埃国の指導者のようにヒトの海を割りながら、ようやく火野映司一行の視界へと姿を現したその男は……

「この者たちは化け物ではない」

腰と頭にそれぞれ特徴的な『一本』をこしらえ、白い羽織と鼠色の袴はやはり日本国に伝わる由緒正しい装飾で。

――侍。
誰よりもそう呼ばれるにふさわしい出で立ちの男が、21世紀の人間たちへと助けの船を出そうとしていたのである。

「その男は先程の化生が続けざまに炎を吐いた際に、近くの人々と化生を結ぶ線の上へと迷わず踏み込んだ。……我々の敵であるはずが無い」

結局映司がピンピンしているところを見るに、その射線を炎弾は通らなかったらしい。
というか、そこを通る筈だった炎弾が、全てさやかに直撃したというのが正解なのだが。
実際に身を呈して炎弾を塞き止めた本人に対する言及が無いのは……さやかが天然でそれを為したという辺りが見抜かれているせいかもしれない。
どうやらこの御侍さんは、人を見る目が非常に優れているようだ。

「剣の扱いも、明らかに我々と源流を同じくするものだ。異国の者にしても、我らと近しいことに変わりはない」

加えて自信満々に言い放つお侍さんの言葉を耳にすれば、江戸の町人たちがそれを論破できるはずもなかった。
この国において侍以上に剣技に詳しい人間など居ないのだから、当然である。
だが、そんな事情を抜きにしても、町人たちは納得していたのかもしれない。
なんというか、『この男が言うならそうなんだろう』という人望が、町人たちの安堵の表情から窺えるのだ。
先程まで映司たちに接していた岡っ引きも人望が無いわけでは無いのだろうが、やはり役者が違うというべきか。
散っていく町人たちの背中を見送りつつ、一行はようやく一息吐くことができたのだった。

いつの間にか未来の砂糖菓子を分け与えて、江戸の子供たちの人気者になっている駿少年のたくましさを、眺めながら……



そしてその頃、同じく土地反転現象へと巻き込まれたアンクはといえば……一人の女子中学生に絡まれていたりする。
江戸の町並みが見えるという異常な状況も、棚上げにするより無いらしい。
平均的な中学生の身体能力にさえ劣る鹿目まどかの腕力で出来る事は無いので、アンクは相手に付き合わざるを得ないのである。
そして、その相手は、

「やぁ、はじめましてかな? 腕怪人アンク」
「ハッ……今日は千客万来だなァ。望んでもないってのに」

いきなり、アンクを名指しで同定したのだ。
先程の真木博士の一件もそうだったが、実はこれは挨拶としては簡潔で良いのかもしれない。
鹿目まどかだと思われて、相手の勘違いを主張し続けるよりは、遥かに話が早いことは間違いが無いのだから。
……具体的に言えば、先日のように交番へと連れ込まれる事態が無いので安心できるというべきか。
もっとも、目の前の中坊にせよ変態博士にせよ危険には違いないのだが、気の持ちようというヤツである。

「で、何の用だ?」
「知ってるかい? そこはまず、『お前は何者だ』って聞くのが様式美なんだよ」

通りすがりの魔法少女だ、とでも答えるつもりだったのだろうか。
ひょっとすると、怯えるリアクションも期待されていたのかもしれないが、生憎アンクは見た目通りのカヨワイ小さな女の子では無いのだから仕方ない。
だがしかし、そう言われてみれば、アンクは目の前の女子中学生のことを何も知らないのだ。
そいつを改めて観察してみると、美樹さやか達と同じ見滝原中学校の制服に、黒いショートカットの髪、特に特徴の無い顔……といった具合に、怪しいところも特に見られない。
もちろん、アンクの正体を知っている時点でクロなのだが。
そして、先程財団の使者と会話を交わしていたアンクは、目の前の少女が鴻上の手の内の者でないことも察している。
財団の用事ならば、先程のバッタカンで纏めて伝えた方が遥かに効率的なのだから。
つまり、

「どうせ魔法少女だろうが。用が無いなら帰れ」
「正解だけど残念! その顔で凄んでも全然怖く無いなぁ! それと、前置きぐらいさせてくれたってバチは当たらないと思うよ」

私だって帰れるものなら愛するヒトが待つ場所に一刻も早く帰りたいんだけどね、と愚痴りながらも、魔法少女サマは言葉を継ぐ。
名前を名乗る事さえせずに、どうせ興味が無いだろうから、と言わんばかりに。
芝居がかかったイントネーションだけが唯一の特徴と言えるこの魔法少女の名は……呉キリカ。
未来を知る魔法少女の相棒にして、先兵であり、共犯者。
そんな物語の『裏』が、今まさにアンクへと接触を試みてきたのだ。

「そもそも私達が裏方に回ってこんなに面倒臭い作業をしなくちゃならないかっていうと、全ては暁美ほむらって奴のせいなんだ」

奴は力を使うことを楽しんでいる……とは続かないが。
そして、暁美ほむらというのは、アンクも聞き覚えがある名前だった。
確か、まどかが入院していた際に、病室へとお見舞いにやってきた無表情女のことだ。
とんとん、と鹿目まどかのこめかみを軽く指で叩きながら記憶を漁ってみるも、彼女の脳内には特に目新しい情報は無いようである。

「あいつが、あんなとんでもない能力を持っているせいで、私達は正面切って戦うことが出来ないのさ」
「俺が使ってる身体を人質にでもすんのか?」

既に長く続きそうな気配の漂う説明に、若干の倦怠感を見せつつも、アンクは一応キリカの言葉を聞いてくれているようだ。
ひょっとすると、それなりにアンクの関心を引く内容だったのかもしれない。
一応、人質作戦程度で破れる能力なら『とんでもない』などと呼ばれることも無いだろうとはアンクも思っているものの、一応の確認である。

「逆だよ。むしろ君には、鹿目まどかを出来るだけ危険に近付けないで欲しいとさえ期待しているぐらいなんだ」
「一応聞いておいてやるが、それを聞き入れて俺に何の得がある?」

それを聞くのと聞かないのでは、アンクが話を聞く姿勢に差も出るというものだ。
どうせ魔法少女の身体能力で追われたら逃げ切れないのだから、意味はないのだが。
というか、この魔法少女の主張は先程の真木清人のものとかなり被っている部分があるのだが、これは本当にただの偶然なのだろうか?

「そうだなぁ、私が腕怪人君の質問に答えるというのはどうだろう?」

もちろん私たちの目的は教えないけど、と続けながら、魔法少女は飽く迄その軽い態度を崩さない。
他人事のように、些事のように、どうでも良い事のように。
回転舞台の上で逆向きに回り続ける独楽のように周りを気にせずに、あっけらかんと言い放つ。

「なら、契約成立後は具体的に俺にどうして欲しい? 『出来るだけ』なんて不確かな約束があるか?」
「いーや、それで良いよ。君が『出来るだけ』と思える範囲で良い。それで十分なのさ」

……これは一体どうしたことか。
相手が欲しているのは契約と呼べるほど強固なギブアンドテイクでは無さそうだが、それにしても内容が漠然としているにも程がある。
なんせ、『出来るだけ』などという曖昧な語による制約など、事実上存在しないも同然なのだから。
だがしかし、いかんせんアンクには、目の前の魔法少女の意図を推し測る術が無かった。
あとは、目の前の魔法少女が、『アンクに特定の情報を吹き込むこと』自体を目的としている可能性ぐらいだろうか。

「じゃぁ聞くが、あのキュゥべえってのは、一体いつの時代から人間と共に居る?」
「ちょうど人間という種が確立した辺りかららしいよ。というか、そんなことで良いのかい? もっと何か聞くべきことが有るんじゃないの?」
「充分だ」

……案の定、アンクのその質問は魔法少女にとって予想外の代物であったらしく、念を押されてしまった辺り、分かり易過ぎた。
おそらく、直前まで噂の渦中だった暁美ほむらの『とんでもない能力』とやらについて質問して欲しかったのだろう。
だがしかし、その先にあるものに対する確信が無くても、相手の思い通りには動いてやらないという小さな意地の悪さが、アンクの思考に顔をのぞかせたのだ。

「あと、最後に個人的に一つ聞いておきたい」
「……まだあんのか」

最後というからには、それが終わればこの詰問から解放される訳だが、一体この問答に何の意味があったというのだろうか。
しかし、不思議とアンクは、その言葉に耳を傾けてしまって居た。
何故かといえば、アンク自身も明確に理由としては説明することは出来ない。
それでも、なんとなく、魔法少女の言葉を覆っていた薄寒さが和らいで、その中身が漏れ出しているような気がしてしまって。

「私達は、例え愛する人が魔女になろうがグリードになろうが、共に生を過ごしたいと願っている。君には……そう思ってくれる人が居ると思うかい?」

何を言い出すんだこのガキは。
そう思わずには、居られなかった。
そもそも、前提からしてズレているというのに。
アンクは、それを先程再認識させられたばかりなのだから。

――「死ぬ」のではなく「消える」のではないですか?

「随分とつまらない質問だなァ。そもそもグリードには『生』なんて無い……ただのメダルの塊だ」

魔法少女の質問を受けた時……アンクは、脳裏に二つの声を聞いた気がした。
アンクを呼び捨てにする馴れ馴れしい男の声と、アンクを小動物扱いする保護者気取りのガキの声を。
そいつらがアンクに呼びかける声が、聞こえた気がしてしまって。

言いようの無い不快感と共に吐き散らした回答を受け取る筈の魔法少女は、いつの間にかその姿も見当たらない。
代わりにアンクの借りている小さな耳へと飛び込んできたのは、遠くに響く野次の応酬で。
アンクがいつも以上に自身の存在を脆く感じてしまったのも……きっと、鹿目まどかがあまりに小さすぎるせいに違いない。
不安も悲しみも怒りも息苦しさも、弱い身体なんて間借りしているせいで引き起こされるのだ。

「それでも、無いよりはマシだなァ……」

アンクがぽつりと吐き出した、一言。
それは、やはり遠くの喧騒の中へと消えて行った。



・今回のNG大賞
「その男の剣の扱いは、明らかに我々と源流を同じくするものだ」
「だって東映ですもん」

そもそも東映は時代劇を作っている会社である。
特撮によく見られる『上座の取り合い』の動きは、もともと時代劇のために某伝統芸能の動きをアレンジしたものだったとか。

・公開プロットシリーズNo.84
→作者、実は結構キリカが好きかもしれん。



[29586] 第八十五話:SAMURAI STRONG STYLE――男の昔話
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/21 20:10
「……役に立たない奴め」

現代の新宿に突如として現れた森の中央にそびえる塔の最奥にて、呟くのは一人の錬金術師。
そして、その視線が注がれる画面の中に映り込んでいたのは……お察しの通り、鵺ヤミーである。
不意を突かれたとはいえ、人間などという下等種族にトドメを刺され、胴体の方も魔法少女によってあっさりと処分されてしまったのだ。
実のところ鵺ヤミーさんは、ガラが敵戦力を見誤ったことによる被害者なのだが、そんなことはガラの知るところでは無いのである。

「どうだねっ!? 滅びを跳ね返す、人間の欲望の力はっ!!」

そして、半透明なディスプレイより流された映像に、歓声とも狂喜ともつかない声をあげて見せる男の鬱陶しさもまた、加速していたりして。
見張り役のナイト兵へと向けられる、里中秘書の鋭い視線の冷たさとは対照的に、鴻上光生という男は調子付いているのだ。

「ふん。まだゲームは始まったばかりだ。世界を賭けたゲームは、な」

それでもガラが腹を立てなかったのは……鴻上光生のその態度も長続きしないと、確信していたからに他ならなかった。
鵺ヤミーは確かに期待外れだったものの、他の手は既に考慮済みである。
現代で偶然に見つけた手札が、予想外に役立ってくれると期待できそうなのだから。

「時期が来れば分かるッ! 欲望は世界の再生のためにあるとねッ!!」
「時期が来れば分かる。われが世界を滅ぼすために使うものも、人間の欲望だとな」

何処までも並行で、古代人と現代人は交わる気配すら見せずに。
同じ今を見ながら、違った未来を観続ける。
ガラと会長が視線を合わせた瞬間の一室の中は、驚くほど静かで。
にもかかわらず、里中秘書の腕時計の音さえ聞こえて来るほどの静寂も、プレイヤー等を不安がらせるにはまるで役に立ちそうに無かった。

古代人は、理解できているだろうか。
鴻上光生の自信の意味を。
現代人は、理解できているだろうか。
錬金術師の自信の意味を。

答えはどちらも、否。
笑い顔と不機嫌顔の、ある意味においてのポーカフェイス対決は、どちらに軍配が上がる未来をも内包しているのだろう。
そんな中で確実な事は、ただ一つ。
古代人も現代人も自身の勝利を確信しているという事実以外に、有り得ない。
未だに互いが互いの手札を知らない、不確定だらけのゲーム盤に、欲望のメダルのベットを続けながら……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十五話:SAMURAI STRONG STYLE――男の昔話



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……
タカ×1
コンドル×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



21世紀の人々と江戸の住人の仲を取り計らったお侍さんの名前は、徳田新之助というらしい。
そして、貧乏旗本の三男坊を名乗った徳田さんに頭を下げて礼を述べている火野映司の姿を視界に収めながら……トーリは状況の整理に努めていた。
先程の映司の対応から察するに、おそらくトーリの正体は映司には気付かれていない。
それだけならば諸手をあげてウルトラハッピーなのだが、残念な判断材料も存在するのが悩みどころである。
それは……

「そういえば、さっきの骨って何だったの? コアメダルを奪いに来たみたいなこと言ってたけど」

先程の鵺ヤミーさんの飛び道具が余計な事を口走ったせいで、トーリがコアメダルを持っているという事実がさやかにバレてしまっているという点だった。
というか、徳田さんと話している映司にもおそらく聞こえている筈だ。
むしろ、トーリが空中に居た時から既に鵺ヤミーの台詞を聞き取っていた可能性さえ存在する始末である。

「そ、それは……」

十中八九、美樹さやかの頭脳ならば、トーリがヤミーであるという確信まで一足飛びに到達することは無いだろう。
そんな一種の信頼とも呼べる感情を、トーリはさやかに対して抱くようになっていた。
おそらく、相手が美樹さやか一名であったならば、鵺ヤミーさんの勘違いという説を強弁すれば押し切れたはずなのだ。
だが、火野映司を相手取るとなれば、その難易度はガタキリバの群れから本物を探す作業にさえ匹敵するかもしれない。
運良く押し切れたとしても、都合良くその綻びを忘れてくれるとも思えない以上、ここで何か上手い言い訳を考えなければなるまい。

「確かにワタシは、コアメダルを持っています」

そして、トーリが持っているコアメダルの入手経路は、主に2通り。
ウヴァ爆砕の直後にクスねた緑コアの分と、プトティラ撃墜後に映司から盗み取った分である。
トーリの頭を回して一からデタラメのカバーストーリーをでっち上げたとしてもボロが出るのは目に見えているので、事実を基調にして嘘を混ぜ込むのが無難だろう。
つまり、緑コア5枚か他7枚のいずれかの存在を公表せざるを得ない。
……果たして、どちらを明らかにするのが望ましいのだろうか?

緑コア5枚の存在を明かしたときのメリットは、トーリの手元にある他7枚とオーズドライバーの存在を伏せておけることである。
特に他7枚の内には、トーリの内部構造をスキャンできるタカメダルが存在するため、トーリのストレスも大幅に緩和される筈だ。
逆に他7枚の存在を公表した場合の利点は、ウヴァの復活に必要な緑コアを確実にトーリの手元に残しておけることである。
未だにグリードの復活の条件が分からないとはいえ、やはりトーリ自身がもっておくに越したことは無い。
尚、それぞれのデメリットは、メリットの裏返しである。

だが、トーリはもう一つ、重要な案件を思い出しても居た。

「河原で気絶していた映司さんから、ベルトとメダルを預かっておいたんですよ」

――最悪でもオーズが殺される前に錬金術師に一矢報いてくれないと……

オーズドライバーをトーリが抱え落ちした場合に想定される最悪の事態が、トーリの判断を左右することとなったのだ。
それはつまり、オーズが居なければこの世界自体が滅びてしまうかもしれないという、カザリからの有難いお言葉である。
即ち、オーズのベルトを映司に提供するという選択肢を残さなければならないという訳だ。

……タカメダルに関しては、マミさんが使用を禁じていたこともあるのだし、トーリが強弁すればトーリの手元に残しておける望みだってあるかもしれない。
加えてその場合には、トーリがガラから狙われ続けるという事実を周囲に不自然に思わせない効果も見込める。
だがしかし、映司にベルトを返還した際に予想される一番の不安材料は、未だに残り続けていた。
一通り状況を聞いて帰って行った徳田さんを見送りつつトーリへと向き直った映司に視線を合わせても、やはりトーリの不安は収まる気配を見せない。

「そうだったんだ。ありがとう、トーリちゃん」

柔らかい表情とともに礼を述べてくる映司の様子からは、敵対的な雰囲気は一切匂って来ないのだが……。
やはりトーリは、『紫のオーズ』へと感じた恐怖を忘れることが出来なかったのである。
トーリの態度が少し硬いのを察しているらしく、映司は一定以上に近付いては来ないようだが、それも不思議な話ではあった。
杏子とトーリを襲撃したという記憶があれば、それが理由となって恐れられていることぐらい分かって当然の筈なのに。

「でも、ベルトを返す前に。映司さんは……紫のオーズの姿で私と会った時のことを覚えていますか?」
「紫の、オーズ……?」

何のことだか分からない、という顔をしている映司の様子を察しつつ、トーリもトーリであまり事態を把握できていなかったりする。
相手は何といっても、人間の機微に敏感な火野映司なのだから、嘘を吐く事ぐらい朝飯前なのかもしれない。
映司がとぼけているフリをしながらトーリの処分を考えていたりすると、一つの判断ミスが命取りに成り兼ねない。

「実は、暴走グリードと戦う前の夜に俺に紫のメダルを届けてくれた子がいるんだけど、ひょっとしたらそれと何か関係があるのかな……?」

映司が言うには、石版に収まった10枚セットのコアメダルを持って、映司の住んでいた公園を訪れた女の子が居たらしい。
その子は、紫コアの内の何枚かを映司の身体の中へと投入していったのだとか。
そして、暴走グリードを解体した直後に現れた赤い翼人に襲われた際、映司自身の身体の中から飛び出した紫のメダルの姿を最後に、映司の記憶は途切れたのだそうだ。

「紫のメダルを変身に使うと一時的に理性が無くなる……ということでしょうか」
「そう、なのかな。俺もあんまり覚えてないから、はっきり言えない」

これは……どう判断したら良いのだろうか。
誰かの行動の理由を聞く時に「何となくだよ」と返されるとそれ以上追及できなくなる、という事態と似ているかもしれない。
相手自身もよく分かっていないと主張する事柄に対して突っ込んでも、得られるものは無いのだから。
トーリは手元へと取り出したオーズドライバーに目を落としてみるも、やはり答えは見えてこない。

「トーリちゃん、どうしたの?」

映司のその声は、おそらくトーリが何かを悩んでいる事を察して心配しているのだろう。
だがしかし、トーリの胸に巣食う疑心が、囁くのだ。
その映司の言葉は、トーリの様子を訝しむそれではないのか、と。

「……トーリも、気付いてたってことよ。ベルトをあんたに渡したくないと思う程度には、さ」
「えっ……?」

だがしかし、助け舟は意外なところから出される形となった。
今まで黙っていたさやかが、何故か口を出してきたのだ。
しかも、初っ端から言っていることが意味不明である。

「パンツマン。あんた、何かおかしいよ」

映司が……一瞬だけ、目を見開いた。
そんなふうに、トーリには思えた。
見間違いかもしれないが、実は貴重な1シーンだったのかもしれない。
火野映司という男は、そう簡単に動じる男では無いのだから。

「この状況で落ちついてられるのも変だけど、それ以上に森の中では明らかにおかしかった!」

確かに、淡々と江戸の人々と平成の住人を宥める火野映司の姿は、いささか落ち着きすぎていたのかもしれない。
さらに、森の中というと、映司たちがナイト兵や錬金術師ガラに襲われた時のことである。
もっとも、当の林中に居合わせなかったトーリにはさやかが何を言っているのか分からないのだが。

「あんたは、変身も出来なかったし、後藤みたいに武器を持ってる訳でも無い、ただの人間だったんだよ!? それなのに逃げ遅れた人間に真っ先に跳び付いたりして……」

別に、若葉駿少年を助けたこと自体を責めるつもりは、さやかにだって無い筈だ。
他のメンツが少年の所在に気付いていなかった以上、若葉駿を助けたのは映司の手柄には違いないのだから。

「そうじゃない。俺は自分が後悔したくないから……」
「そのためなら自分の命も投げ捨てるの? そういうところがおかしいって言ってんのよ!」

以前の美樹さやかなら、疑問にさえ思わなかった筈だ。
キュゥべえと契約したときだって、日曜の朝八時半を主戦場とする方々を連想していたぐらいである。
だが、信じていたものが次々と崩れていく中で、当たり前のように人助けをするという指針に疑問を抱くようになってしまったのだろう。
そして、その疑問の矛先として……火野映司という男が、あまりに『正義の味方』として出来過ぎているように思えてしまったというわけである。

それに比べてさやかは、味方である筈のトーリに対してでさえ、コイツが来なければ楽に江戸の人々を説得できたのに、と思ってしまった程なのだ。
上条恭介の治療を後悔したことだって、一回や二回では無い。

「前に、旅をしてたときに……」

すると、火野映司にしては珍しく、語り始めたその内容は過去話であった。
要約すると、過去に映司が某外国を訪れた際に内戦へと巻き込まれ、映司は仲良くなった村の人々を助けることが出来なかったらしい。
そしてそれ以来、自身が後悔しないように手を伸ばすことへと躊躇いを持たなくなったとか。

自信の経験を口にする映司の様子には何処か悲壮感が漂っていたが、それに次いでトーリへと違和感を与えていたのは、さやかの態度であった。
映司にそんな過去があるとは初耳なのはトーリも同じなので、驚愕の感情が先行しているのだという美樹さやかの現在の認識が少しは分かっているつもりである。
そして、おそらく美樹さやかは言葉に窮しているのだろうが、その思考の行き付く先がトーリには全く予想できないのだ。
少々の沈黙の末に、さやかがようやく出した一言は、

「……そっか」

意味も、答えも、主張も何も含まない感嘆の定型句で。
表情からも、その心中を読み取ることは出来そうに無くて。
そのまま背を向けてゆっくりと歩いて去っていく美樹さやかの姿を、トーリはただ見送ることしか出来なかったのだった。
何か声をかけたほうが良いのではないか。
そんな思考は働きながらも、何故だか口にすべき言葉を全く思いつけない。
映司でさえも美樹さやかの後を追わなかったことから察するに、トーリ如きが何かを言ってもおそらく届かないのだろうが。

「ごめんね、トーリちゃん達がそんなふうに心配してたなんて、全然気づかなくてさ」
「い、いいえ、そんな……」

そして、いつの間にかトーリまで映司の行動について心配していたことになっている件について。
主にそう誤解していたのはさやかだったのだが、それが映司にも信じられてしまったらしい。
もっとも、メダルやベルトを早急に映司に渡さない理由として納得していただけるならば、有難いには違いない。
カザリからは、テコ入れも考慮に入れろと言われているものの、未だにガラの現物を目にしていないトーリとしては、オーズのベルトを映司に渡さずにこの一連のイベントをクリアするという未来も捨てきれないのである。

「俺も、言われてみれば少し危なっかしいところもあるし、トーリちゃんが不安なら暫くベルトとメダルは預かっててくれていいよ」

映司が『暫く』という含みを言葉に混ぜたのは……おそらく、それを使わざるを得ない時が来るということに、薄々気づいているからなのだろう。
コアメダルを持っているが故にトーリが身を狙われ、それを守る戦力が美樹さやか一名のみという状況では、どの道成り行かないという事を把握しているという訳である。
ある意味において強かだが、世界の終末という状況を考えれば悠長であるとも言えるのかもしれない。

「でも、狙われるとマズいから、出来るだけさやかちゃんの近くに居た方が良いんじゃないかな」
「……そうすることにします」

江戸の人々を驚かせないように、翼の展開を控えながら。
何度か背後の映司の姿を振り返りつつ、トーリはさやかの歩いて行った方向へと小走りに急いで消えて行く。
残念ながら既にさやかの姿は見えないものの、いざ襲われたら飛行なり無差別念話なりで合流できる程度の距離には居る筈だと踏んだうえで。

……トーリは、予見できたはずも無かった。
鵺ヤミーを返り討ちにされたガラが打つ、次の一手を。
そして、さやかの傍に居るべきだと言い放った火野映司の、真意も。


結局のところ、蝙蝠のヤミーは色々と物事を知っているようで、その実として何一つとして深く突っ込んだ分野の無い中途半端な認識しか持っていないのだ。
従って、例え自身が躍らされているだけだとしても、もはやそれが当たり前だと思える状態となりつつあるのかもしれない。
だがしかし、それゆえに境界線を歪め、物語同士をつなげる役目を果たしているとも言えるのだろう。

その結末を左右する重大な役目を背負っていると本人が認識する日も……意外に、近い未来の話なのかもしれない。



・今回のNG大賞
「そのためなら自分の命も投げ捨てるの? そういうところがおかしいって言ってんのよ!」
「原作で命を投げ捨てられたさやかさんが言うと説得力が違いますね」

命は投げ捨てるもの。

・公開プロットシリーズNo.85
→むしろ今までトーリとさやかが、映司の過去の断片も知らなかったという事実に今更(ry



[29586] 第八十六話:欲しい言葉
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/04/28 17:52
「あんたはさ、パンツマンの言ってたこと、どう思う?」
「パンツマンって映司さんのこと……?」

頼れる守護者である美樹さやかを探していたトーリは……不意に、その声を聞くこととなった。
トーリの記憶では、さやかは一人で去って行ったはずだ。
だがしかし、その声を聞く限りでは、美樹さやかが誰かと会話を交わしているように思える。
まさか、流石のさやかとはいえ、脳内に会話相手を作り出すような可哀そうな性格では無い筈である。
そこで、トーリはとある神社の石段の影に隠れながら、美樹さやかの様子を覗うことに決めてみた。
ヤミーとして生まれて間もない頃には『盗み聞き』が日課とさえ思えた時期もあったというのに、今ではそれも随分と昔のことに感じられるのが不思議なところである。

尚、盗み聞きといえば機械音痴の某刑事がよくネタとして挙げられるものだが、そこはクロス先の世界の補正を適用しておきたい。
某H.Aさんの度重なるストーカー行為やら、「話は聞かせてもらった!」と言わんばかりの某QB氏やら、『まどか☆マギカ』の世界は盗聴者に対して非常に優しい造りとなっているのだから。
その割にこのSSにおいて美樹さやかが派手に盗聴失敗をやらかした事があるような気がするのは、御愛嬌である。

「駿のお母さんは錬金術師に操られてる……って事になってるけどさ、あんたはそれを信じられるのかな、って」
「……?」

そんな諜報ヤミーの存在になど気付く素振りさえ見せずに、美樹さやかは彼女にしては珍しく抑揚の少ない声で、語りかけ続ける。
そして、その対象は……若葉駿。その人だった。
母親を錬金術師ガラの『器』として捕らわれ、映司達と共に江戸時代へと飛ばされた少年が、いつの間にか美樹さやかの話し相手になっていたのだ。
一人で歩いていた美樹さやかが偶然駿少年に出会ったのか、若しくは美樹さやかの様子が変だと踏んだ駿少年から接触したのか。
どちらが正解とも、蝙蝠ヤミーには判断できなかった。

「あんたはメダルの事なんて全然分かんないはずだよね。なら、『母親があんたのことを嫌いになった』っていう考えの方が、あんたにとってはずっと『リアル』なんじゃないの?」

……確かに、超常現象のバーゲンセールのせいで忘れられがちだが、若葉駿は本日付で初めてメダルの脅威を知った人間なのである。
錬金術師が君の母親を操っているんだ……などという突拍子も無い説明を受けて、それをそのまま理解するというのも、ある意味不思議な話と言えるかもしれない。

「お母さんが僕を嫌いになった……って最初は思ったよ」

そして、だからこそやはり、駿少年も母親に再開した当初はそう思ってしまったのだろう。
そちらの方が、どう考えても常識的で自然な考え方である筈だ。
しかし……そこで終わっていたらきっと、駿少年は江戸の子供たちとコミュニケーションを図るような積極性を発揮できては居なかっただろう。
昼間の駿少年の様子から、さやかは駿少年の抱く希望の存在を、ぼんやりと察していたらしい。

「でも、映司さんがお母さんを助けるって言ってくれたのが嬉しかったんだ」

――お母さんは絶対に助け出す。
多国籍料理店クスクシエにて、火野映司が言い放った言葉だったはずだ。
さやかとしては、その言葉には若干の『無責任』を感じずには居られなかった。
あの時点ではオーズドライバーとコアメダルの行方も知れなかったのに、それにも関わらず映司が大口を叩いた、と美樹さやかには思えたのだ。
もちろん、その視方もある意味では正しいのだが。

「……駿がお母さんを好きなのと、お母さんが駿を好きなのは、別に関係ないんじゃない?」

好意というものは一方的であるという場合が、いくらでも有り得る。
暁美ほむらがどんなに鹿目まどかを大事に思っていても、それが未来を紡がなかった世界があった。
美樹さやかがどれだけ上条恭介に恋焦がれていたとして、それは叶わない時間軸の方が多い。
盗み聞きを働いているトーリには、いまいち美樹さやかの言いたいことが分かっていなかったりするのだが……そんなことは当人らの知ったことでは無いのだ。

「本当は、お母さんが操られてるのかどうか、分からないんだ。でも僕はお母さんの事が好きだから、お母さんが本当に僕のことが嫌いでも、やっぱり傍に居たいよ」

――駿君は、お母さんのこと、好き?
おそらく駿少年のこの言葉の背後には、火野映司が優しく与えた助言が、大きな礎となっているのだろう。
結局、今日まで共に暮らしてきた母親を子供がそう簡単に嫌える訳が無いのだということを、映司は理解していたに違いない。
加えて、必ず母親を助け出すという『大口』も、映司本人が成功を確信しているというよりは、駿少年が落ち着いて物事を考えられるようにという配慮からのものだったのかもしれない。

「……そっか」

美樹さやかが何を考えて、そんな会話を繰り広げたのか、トーリには分からなかった。
……だからこそ、思っても居た。
知りたい、と。
ぼーっと夕暮れ空を見上げたと思ったら林の奥に目をやったり、何を視界に収めているのかさえ曖昧な美樹さやかの心の内にあるものを、聞いてみたい。

それは、トーリが人間へと抱き始めている興味の表れでもあった。
人間が何を考え、悩み、戸惑うのか。
ヤミーがそれを知る時、何が起こるのか?
未だそれを知る者は、存在しない……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十六話:欲しい言葉



「さやかさん」
「トーリ……そういえば、折角再会出来たのに、放りっぱなしだったっけ」

さやかの考えを問い質してみたい。
そう考えたトーリは……あまり策を考えずに、ストレートに聞き出してみることを選んだのだった。
従って、さやかと駿少年が話し込んでいた境内へと、真っ直ぐに乗り込んだのである。

尚、駿少年は「映司さんのところに行ってくる」と言い残して、その場を後にしたのだった。
おそらく空気を読んだのだろうが、中々に出来る男に成長する見込みのあるオノコである。

「すみません。さっきの話、聞いてしまいました」
「別に隠すような話じゃないし、良いよ」

一応、盗み聞きをしたことを謝っておく辺り、何だかんだでトーリも人間社会に馴染んできたと言えるのかもしれない。
アンクとマミへの盗聴がバレた際に銃を向けられた経験が活きているのだろう。

「……さやかさん」
「うん?」

と、ここまで来てトーリは、どう声をかければ良いのか全く考えていなかったという事実に思い至っていたりして。
正直に言って、さやかがトーリの正体に気付くような聡明な人物では無いことが分かり切っているために、トーリは油断していたのだ。
美樹さやかが相手ならば、特に深く考えなくても行き当たりばったりの対応で何とかなるだろう、と。
従って……トーリの口から飛び出た一言は、適当の極みとさえ言える極地に到達していたのかもしれない。

「さやかさんは、実は物凄く察しの良いところがありますから……きっとワタシの聞きたいコトに関しても、言わなくても分かっているんじゃないでしょうか」

……トーリのその御世辞が、閻魔様に聞かれたら舌を引っこ抜かれるような虚デタラメであることは、説明するまでも無い。
磯臭さに定評のあるアオガメだって、ここまで清々しい虚言は中々吐けない筈だ。
ぶっちゃけた話として、トーリから見た美樹さやかという魔法少女は、おだてれば木に登ってしまうア○レピンクのようなものなのだということなのだが。

「そういうトーリも、何だかんだでパンツマンの変なところに気付いてたんでしょ? それも、多分あたしよりも早くから、さ」

正直なところ、さやかが映司の何に気付いたのか、トーリは把握していない。
だがしかし、さやかのその誤解を放置することによって何らかの新たな情報を得られる可能性が高いため、話を合わせる事を選択するのだった。

「ええ、まぁ……」

だがしかし……ここで美樹さやかのテンションが上がらなかった事が、トーリに若干の不安を与えても居た。
この不安を例えるならば、仮面ライダーのスポンサーがバンダイとタマホームばかりになった時の視聴者の心境辺りが、妥当なところだろうか。
若しくは、予備知識無しでムービー大戦2010のAパート終了時を目撃した時の観客も、同じような不安を抱いたかもしれない。
何というべきか、ムードメーカーだった筈のさやかがネガると、作品自体の明るさが損なわれるという異常事態が発生しかねないのである。
というか、既に発生しているのかもしれない。

ともかく、おだてても美樹さやかが調子付かないのは、地味に状況の悪さをトーリに実感させる結果となったのである。

「何ていうか、パンツマンがヒーロー過ぎるってのもあるんだけど、逆にあたしの方があんまりヒーローなんて器じゃないのかもって思っちゃってさ」
「……えっ?」

トーリとしては、脳味噌がハッピーシャワーな美樹さやかのような人材は、ヒーローチームに一人ぐらいは居てくれないと潜入員として気が休まらないのだが。
忘れられがちだが、一応トーリはグリード側の人間であって、裏でウヴァの復活を目論む怪人なのだから。

「何だか最近、『そいつは助けるべきなのかな?』って考える事が多くて、行動のテンポが遅れちゃう事があるんだよね」

美樹さやかが言うには、最初に火野映司に対して違和感を抱いたのは、一枚目の巨大メダルが宙を舞い始めた時だったらしい。
事態への介入をあまりにも即断即決した映司達の態度に、さやかは言葉に出来ない疑問を感じて。
アンクの死を悲しんでいる映司の姿を見たら、アンクを倒したのは間違いだったのかもしれないと思えてしまって。
若葉駿を助けるために何の迷いも無く身体を張った火野映司の姿が、何処か人間とは一線を画した存在に見えてしまって。
更には、事態の元凶である鴻上光生にまで手を伸ばそうとしている映司の行動を目にして、美樹さやかは気付いてしまったのだ。

「きっとパンツマンは、どんなに仕様も無い奴にでも、まず手を伸ばそうとする。でもあたしは、あそこまで徹底的なヒーローには成れないんだ、多分」

……ここまで聞けば、トーリにもようやく、美樹さやかの考えている事が分かり始めていた。
主に、さやかが駿少年に対して奇妙な質問をしていた理由が、見えてきたのである。
おそらく、火野映司ほどに人助けに献身できないと自覚した美樹さやかは、誰かを助けるという行為に少しでも疑問を抱いてくれそうな人材を求めていたという事なのだろう。
もっとも、どうやら若葉駿は、さやかの求めた答えを返してくれなかったようだが。

「なるほど。先程ヤミーの攻撃に対する反応が鈍ったのも、ワタシの価値を測っていたということですね?」
「……ゴメン。正直、あんたが来なかったらもう少し楽に江戸の人達と和解出来るかな、って思っちゃった。ホントにゴメン」

確かに、火野映司が『同じ人間ですから』という論理を用いて江戸の人々との融和を図っている時に、明らかに人外なトーリが乱入したのである。
火野映司は少しぐらい怒っても良さそうだ、と今更ながらトーリには思えてしまう。
もちろんそれと同時に、そんなことで怒り出す火野映司の姿が思い浮かべられないのも、トーリの頭の中では真理だったりするのだが。

「それでも……結果としてはワタシを助けようとしてくれたじゃないですか」

ありがとうございました、と律儀に礼を述べるトーリの言葉に、さやかは火野映司に対するものと同種の不自然さを感じ取っていたりする。
トーリの物言いは、まずトーリが見捨てられる事が前提であったかのように聞こえてしまうのである。
おそらくトーリには、何処かトーリ自身の価値を低く見積もっている思考が存在するのだろう。
そして、その前提こそが……貧弱魔法少女と自己犠牲仮面ライダーの共通点なのかもしれない、という思考に美樹さやかは至ったのだ。
もちろん、ヤミーだとバレたら殺されるという前提がトーリの思考にあるから、というのが正解なのだが、見事なまでにさやかの解釈は捩じ曲がっていたりして。

「あんたたちはさ……どうして、そんなに自分を低く見積もれるの?」
「……?」

一瞬の間、トーリには、さやかの口にした言葉の意味が理解できなかった。
自分を低く見積もっていると言われても、何のことだか分からなかったのである。
よく考えてみれば、魔法少女の社会において絶望的な低火力しか持ち合わせていないトーリが、確かに自身の戦力には全く希望を抱いていないという意味では、さやかの指摘は的を射ていると言えるのかもしれない。
だが、『あんたたち』という複数の対象の中には、話の流れから察するに、おそらく火野映司という男が含まれている筈だ。

「確かに、ワタシは魔法少女としてはオチコボレも良いところですが……」

しかし、火野映司が彼自身を低く見積もっている、という感覚はトーリには共有されていない。
一体何を食べればそんな発想が出て来るのかというレベルである。
意外と、さやかにも電波系ヒロインの才能があるのかもしれない。
電気ウナギを食べさせたら耐電スキルが付くのだろう。おそらく。
ピカリンじゃんけんへの勝率7割越えも夢では無い筈だ。

「だからって……あんたたちは、誰かに助けて貰ったら嬉しいとは思ってても、助けてくれなかった誰かを恨むことは多分無いでしょ。それが、あたしにはどうも不気味に見えちゃうのよ」

確かに、トーリが誕生した日に暁美ほむらから強襲された時には、キュゥべえの説明不足を実感こそしても、それを恨むという思考は働かなかったように思う。
薔薇の魔女と戦った時には後藤に助けてもらったが、きっと後藤が逃げ出していても、トーリは恨みなど抱かなかっただろう。
言われてみれば、自身に危険をもたらす可能性が高い人間を排除しようという行動理念は持っているが、根本的に誰かを恨むという感情がトーリには薄いのかもしれない。

「トーリもパンツマンも、一応『理由』は話してくれるけど、やっぱりあたしはそんな原因で自分を投げ出せる訳が無いって思っちゃうんだよね」

……トーリとしては、そこまで自分の身を投げ出して誰かを助けた経験は無いようにも思えるのだが、そこはおそらく口に出さない方が良いのだろう。
だが、自己評価が低いという部分への言及としては、美樹さやかからは非常に鋭い点を指摘されていたりして。
相手を所詮『安定のさやか』だと見くびったせいだろうか。

「……すみません。ワタシ、今のさやかさんに何を言えば良いのか、何を勧めれば良いのか、全くワケが解らないです」

もはやトーリには、さやかの思考が読めていなかった。
さやかが会話をどの方向に進めようとしているのか、まるで見当が付かないのである。
この非常事態の中で、魔法少女からの引退を美樹さやかに勧める事が愚策なのは、確かだが。
そして、さやかの珍しく真面目そうな雰囲気から、ここでボケたり知ったかぶりをかますと信頼を損ねる結果を生みそうだと感じてしまったのだ。

「……あたしもその先は全然考えてないんだ。ちょっと、誰かに聞いて欲しくなっただけなのかも。長々付合わせて悪かったね」

自分自身のことをやけに曖昧な調子で語りながら……それでも。
美樹さやかの顔からは、少しだけ憑き物が落ちたような、そんな様子が窺えて。
それでもトーリには結局、さやかの行くべき道をどう誘導すれば良いのか、分かりそうに無かった。
だがしかし、そんな中においてもやはりトーリは、ある意味でキュゥべえさんの子供でもあると言うべきか。

「じゃぁ、さやかさんが考えを纏め切るまで、映司さんのベルトはさやかさんが持っていてください」

閃きを得たトーリの行動は迅速であり、素早く手元にオーズドライバーを取り出して行動に移った。
……といっても、さやかの手にトーリの両手を被せながら、有無を言わさずにオーズドライバーを握らせたというだけの話なのだが。
ここは、下手にトーリが言い訳を重ねてベルトを映司へと返し渋るよりも、一応自分なりの考えを持っている美樹さやかに預けた方が、映司へベルトが渡るタイミングが遅れると踏んだからである。
錬金術師ガラが怖いのでオーズは何時でも復活できる状況に置いておくべきだと思いつつ、オーズの復活を待たずに魔法少女だけでガラを倒せれば、それがヤミーとしての最善である事は間違いないのだから。

「……ベルトだけ? コアメダルは?」

……微妙に鋭いところを突いている、美樹さやかの意見である。
確かに、メダルとベルトはセットで運用すべき装備品であるからして、尤もらしい意見には違いが無い。

「最悪、映司さんの身体の中にあるという紫のメダルを使ってもらえば何とかなると思います」
「いや、そうじゃなくてさ。トーリが持ってるコアメダルを預かっとかないと、またトーリが狙われるでしょ?」

まぁ、どのルートを選択してもトーリは5枚以上のコアメダルを抱えている予定なので、トーリがガラの襲撃対象になるのは避けられない事実なのである。
従って、それが不自然に見えない状況を作り出す方向へと、トーリは頭を働かせていた。
最悪の場合は、透視防止のためにタカメダル二枚を残して、ベルトとセットだったコアを映司に渡してしまえば良い筈だ。
だが……この時、トーリには魔が差したというかなんというべきか。

「そこは、誰よりもさやかさんに助けられてるワタシですから……信じちゃ、ダメですか?」

何となく。
根拠も理論も無いその一言で、美樹さやかには通じてしまうように思えてしまって。
まさに『きょとん』という擬音が似合うベストショットを見せつけている美樹さやかの顔が、不思議とツボにはまってしまっていたのだ。

「はっはっは! そういう事なら、この魔法美少女さやかちゃんに任せときなさいっ!」

そして、あまり業とらしさが感じられない笑みを零し始めた美樹さやかの様子を見ていたら、セルメダルの塊である筈のトーリの胸の奥が、不思議と少しだけ暖かくなった。
……そう、思えたのだった。
たとえ、さやかの言葉がトーリにおだてられた事による虚勢だったとしても。
一寸先も見えない暗闇を歩いているような状況なのに、根拠も無い希望が、不思議と湧き上がり始めていてたのだ。



希望と絶望は、釣り合っている。
そんな言葉を呟いたのは……誰だっただろうか?



・今回のNG大賞
「とりあえず手持ちのコアを全部砕いておけば、結構何とかなったりしない?」
「一応、それは出来ないという事にさせてください……」

・公開プロットシリーズ
→やっぱりさやかは明るくないと。



[29586] 第八十七話:破・願・逸・笑
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/05/05 21:18
「そこは、誰よりもさやかさんに助けられてるワタシですから……信じちゃ、ダメですか?」

その、トーリの口から紡がれた言葉を聞いた時、さやかにはその意味が呑み込めなかった。
何故なら、直前までトーリと美樹さやかが語っていた内容からは、トーリのその言葉が予測できなかったためである。

――正直、あんたが来なかったらもう少し楽に江戸の人達と和解出来るかな、って思っちゃった。ホントにゴメン。

美樹さやかはトーリに対して、トーリを守ることを躊躇ってしまった、と言い切ったばかりのだから。
それなのに、トーリの口から出てきた言葉は、美樹さやかがトーリを守ってくれるのだという期待を匂わせたそれで。
しかも、挙句の果てにさやかの手へと渡された代物の意味を考えれば、水色に模られたその装飾品がずっしりと重みを持っているような気がしてしまっていた。
なぜなら、オーズの要であるベルトをさやかに預けるという事は、緊急時にトーリが火野映司に救助を要請出来ないという事態を招くためである。

さやかの認識から言っても、魔法少女『美樹さやか』と仮面ライダー『オーズ』の戦力は、明らかに同等とは言い難い。
オーズの持っているコアメダルの種類にも寄るが、基本的に『オーズ』は『巴マミ』と同格ぐらいだろう、と美樹さやかは考えていた。
つまり、さやかやトーリに比べれば明らかに各上である。
ならば、トーリが護衛役を頼むべきは、美樹さやかではなく火野映司であるはずなのだ。

それなのに、事実はその方向には進んで居なくて。
むしろトーリの現状ならば、さやかと映司のどちらかと言わず、両方に護衛を頼むことだって出来た筈なのに。
にもかかわらず、トーリは美樹さやかを信頼してくれている。
トーリ本人の心中はどうあれ……美樹さやかには、そう思えてしまって。

「はっはっは! そういう事なら、この魔法美少女さやかちゃんに任せれば絶対安心オールオッケーなんだから!」

自然と、ワザとらしい笑い声と共に、いつもの大口を叩いてしまっていたのだ。
そして、それに釣られて少しだけ顔を綻ばせているトーリの姿を目にしたら……案外、それがレアな場面であるという些細な事実に気付いてしまっても居た。
思い返してみると……さやかは、トーリが笑っているところをあまり見たことが無いような気がするのだ。
さやかの記憶によれば、トーリは目を回していたり慌てふためいていたり……何かと、周囲に振り回される姿ばかりが目立つように思えてしまう。

……だからこそ、頬が緩んでいるトーリの表情を視界に収めながら、美樹さやかは思う。
一度は迷ってしまったからこそ、今度は必ず守り切って見せる、と。

信じるべき正義など初めから存在した訳でも無く。
魔法少女のコミュニティは頼れる組織と呼ぶには小さすぎて。
意中の相手は別の女にうつつを抜かしている始末。
そんな中で美樹さやかに残された、数少ない道しるべの一つ。

失いたく、ない。

「信じられる、仲間だけは……!」

美樹さやかが無意識のうちに呟いた一言は、幸か不幸か……裏切り者の蝙蝠ヤミーの耳に届くことは、無かった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十七話:破・願・逸・笑



風が迷い、空が淀む。
地が慄き、花が嘆く。

「これは……?」

ようやく明るさを取り戻した美樹さやかを……だがしかし、運命は放っておいてくれなかったらしい。
否、その異変は、運命などという偶然の産物では無かった。
何故なら……その事態は、確実に人為的な代物であったのだから。

空間が歪み、瞬く間に捻じれる空間は、トーリとさやかに異形の来襲を予感させるには充分すぎたのである。
しかしこの場おいて、二人の判断は……遅れてしまう。
何故なら、さやかもトーリも、無意識のうちに油断を抱いていたのだから。

「まさか、江戸時代に……!?」

それは、さやか達が置かれている状況によるものであった。
江戸時代にタイムスリップしている最中の当人等は、知らず知らずのうちに一つの可能性を見落としていたのだ。
……現代から見た歴史の遥か彼方にまで、魔女が存在しているという可能性を。

更に付け加えておくならば、魔法少女にとっての魔女という生物の在り方もまた、魔法少女たちの思考を遅らせた原因となっていた。
平時は魔法少女の側から能動的にコンタクトを取らなければ出会わない筈の魔女が、魔法少女を積極的に狩りに来ている。
この立場の逆転までもが思考の留保を推進し、結果として美樹さやかは……決定的に、出遅れてしまっていたのだ。

「トーリっ!!」
「しまっ……」

羽の生えた魚のような使い魔を無数に従えた、一体の異形。
女性の下半身らしき形状の物体が鳥籠に収まっているという、精神病患者が描いたような絵面。
更に、その下半身が何処かの光の巨人を思わせるサイズであったことが、目の前の物体が常軌を逸した怪物であることを美樹さやかへと知らしめていた。

そして、その魔女の起こした行動は……最悪も最悪、いっそ清々しいぐらいに不都合主義を体現したようなそれだった。
不可視の念力のような力を用いて、一人の魔法少女を引き寄せ、巨大な鳥籠の中へと素早く収監したのである。
自分の有利な場であるはずの空中で、羽を必死に使ってその引力から逃れようとしていた頼りない同輩が、あっけなく捕えられてしまったのだ。

――信じちゃ、ダメですか?

大切な仲間がさやかを信じてくれると言った、矢先だったのに。
本当は一番臆病なくせに、さやかを励ますために危険を買ってくれたイイ奴が、捕らわれてしまっている。
それだけで、美樹さやかの脳は沸騰寸前であった。

「トーリを……離せっ!!」

空に浮かぶ無数の有翼魚と巨大な鳥籠の魔女に、何の躊躇も無く啖呵を切る程度には……



「マスター・ガラッ! 今のは何が起こったのかね!?」

最早お馴染みと成り始めた、現代の結界の中心地にて繰り広げられる、人間と錬金術師の言葉の応酬。
日が暮れても未だに止まないハイテンションを見せつけながら鴻上光生が問いかけた質問は……彼が凝視していたディスプレイの映像に関するものだった。
鳥籠の魔女が不思議な念動力をもってしてトーリを引き寄せた光景が、どうやら鴻上の気を引いたらしい。

「……あの二人、何処に行ったんですかね?」

……ところがそこで口を開いたのは、物知りの錬金術師では無く、会長秘書の女性で。
しかも、その発言の意図が互いに伝わっていなかったらしく、思わず顔を見合わせてしまっていた。
常時は頼りになる筈の里中秘書も、流石に未知の出来事に対する勘がズバ抜けているという訳では無いらしい。

「女よ。貴様には、小娘どもが突然神社から消えたと見えたのだろう?」
「ええ、まぁ」

そして、そのお見合い状態を鬱陶しそうに聞いていた錬金術師が、確認を入れてくれた。
やはり尊大な態度を崩さないままに、女性にしては太い音声を響かせながら。

「どういうことかね!? マスター・ガラッ!」
「簡単なことだ。魔法の素養がある者にしか、魔女を見ることは適わないのだからな」

魔女……という単語に、鴻上光生と里中エリカは聞き覚えがあった。
確か、魔法少女の宿敵とも呼べる存在で、呪いを振り撒く怪物だったはずだ。
ただし、里中自身はその実態を一度たりとも目にしたことは無いが。

「ではっ! 私には魔法の素養があるということかねっ!!?」
「……たわ言を。メダルには多少ながら、因果の糸が練り込まれている。それを持つものは、魔女をその目に見る程度のことならば可能となるのだ」

……残念ながら、鴻上光生魔法少女化計画は断念を余儀なくされたらしい。
もっとも、それが叶っていたとして、誰が得をするのかと言われれば首を傾げるところではある訳だが。
精々、視覚面において精神攻撃の威力が見込めるかもしれない、というレベルである。
ケーキ作りに使用するエプロンを基調とした白に、クリームを連想させるフリルや苺を模した刺繍と、適度な長靴下による絶対領域を追加すれば……スイーツのドーパントも裸足で逃げ出すだろう。
どちらかと言えば、スイーツと言うよりもナイトメアである。

そんなの絶対お菓子いよ!
吐き気が充ち溢れすぎて、有り触れた菓子が舌先を駆け巡る極彩色の甘美に思えるよ!!

……そんなことはさておき。
鴻上光生が懐に持っていたセルメダルを何枚か譲り渡すことによって、ようやく里中秘書にも魔女が視認できるようになったところで、ようやく説明パートである。
画面の中では、食い掛る有翼魚を必死に美樹さやかが捌き続けていたが、それはこの部屋内における話題の中心では無かった。
鴻上光生が問い質したのは……羽を生やした魔法少女が鳥籠の魔女に捕らわれている件についてである。
鳥籠の中に生えた魔女の本体と思しき巨大な足に踏みつけられ、潰れたカエルのような声を漏らしている底辺魔法少女の姿は、ある意味においては『いつも通り』な訳だが。

「そもそも、メダルと人間の間には、引き合う因果がある。破壊や力を求める人間は紫のメダルに、愛に飢える者は青のメダルに、というようにな」

それは……錬金術師ガラの経験から来る言葉に違いが無かった。
どこまでも力を求める強欲な王に紫のメダルの存在を知られてはならないと考えていた、錬金術師たちの総意。
その判断の元には、やはり確信とも呼ぶべき予感があったのだろう。
放っておけば、やがて王は紫のメダルへと辿り着く、と。

「なるほどッ! 魔女もその例外では無く、むしろその性質を利用してトーリ君のコアメダルを引き寄せたッ! そういうことかね!?」
「呑み込みの早いことだ。流石は『王』の子孫といったところか」

錬金術師が現代にて偶然見つけた、魔女のタマゴ。
そして、それが行方不明のコアメダルと引き合う性質を持っていたことは……ガラにとっての、最大の幸運であったと言えるだろう。

……鳥かごの魔女、ロベルタ。
偶然のもとに錬金術師ガラによって捕えられ、その先兵として江戸の町へと送り込まれた一体の魔女の名前が、それだった。
そして、人間達はその概要さえ知っていた筈も無い。
その魔女の司る性質が……『憤怒』だという事を。
即ち、トーリの抱えている緑色のメダルのそれと同質故に、引き合ったのだろう。
だからこそトーリは、鳥籠の魔女に吸い寄せられたという訳である。

……しかも、画面の中で有翼魚を捌き続ける美樹さやかの剣が段々と後手に回り始めているのを、画面を見守る全ての観客が理解していた。
特攻要員の使い魔が足早に生み出され、さやかの剣がそれに追いついていないのだ。
必死の形相で剣を振るい続ける美樹さやかは……踊らされている一体の傀儡人形に過ぎなかった。
そして、さやかを掌の上で踊らせながら愉悦の表情を浮かべる舞台主を、鴻上光生と里中エリカは明確に判別することが出来ていた。

「なるほどッ! このまま美樹さやか君を結界の外まで押し流し、コアメダルは魔女ごと現代まで回収するという訳かっ! まったく! 恐れ入るよッ!!」
「今の状況からそこまで判断するか……」

鵺ヤミーを江戸時代へ転移させた術を見るに、おそらく現状における錬金術師ガラが江戸時代と現代を繋ぐゲートを作るためには、それほど重い制約は置かれていないと見える。
直径10キロの土地を転移させた後だからこそ、その術式の一部を流用することによって制限を軽くしているのだろう。
さらに、ガラがコアメダルを欲していることから察するに、ガラより派遣された刺客は現代に帰還することが前提となっている筈だ。
鳥籠の魔女が物量攻撃によってさやかを結界の外へと押し流そうとしている図からも、ガラが魔女を回収する際の面倒草を排除しておこうと、何らかの指図をしている様子が窺えた。

……という長ったらしい4行にも及ぶ解説を脳内ですっ飛ばして結論だけ言ってしまう鴻上会長は、色々と流石過ぎた。
時間をかければ常人でも至ることは可能な推論には違いないが、それを一瞬のうちに導き出してしまう辺りは、やはり会長が会長たる所以なのだろう。
下手をすると既に……この大騒動の結末まで、把握しているのかもしれない。

結論から言えば、この直後に鳥籠の魔女は任務を遂行し、ガラの転移魔術によって帰還を遂げることとなった。
グリーフシードの形へと戻った魔女と、3色7種12枚のコアメダルをその手の中へと収め、その戦果を愉快そうに眺める錬金術師の姿が、そこには存在していて。
気絶したまま一緒に付いてきてしまった蝙蝠のヤミーを、鴻上会長と里中秘書を軟禁している一角へと無造作に放り込んだ錬金術師は……ただ、嗤う。

「あと二族! それを以て我は、完全なる王、真の『オーズ』になる!」

世界を飲み干すように口を広げ、結界中に響き渡るような大声を轟かせて。

『なんで……どうしてだよぉっ! 守るって、今度こそ絶対に守るって、約束したばっかりなのに……っ!』

画面の奥で両膝を地面に付けている美樹さやかの慟哭を……嘲るように、嗤い続ける。
その構造は、残酷すぎるほどに明暗を隔てても居た。
勝者であるガラと、敗者である美樹さやか。
片方は天を見上げて歓喜の声をあげ、他方は地を叩きながら嘆きの声を吐き出していて。
明るい照明の施された塔の一室は……美樹さやかが項垂れている神社の境内に比べると、より一層明るさを増したように鴻上光生等には思えた。

「はっはっはっはっはっはっ!!」
『うあああああああああぁッ!!』

鳥籠の魔女に踏みつけられて伸びていた蝙蝠のヤミーは、未だ、目を覚まさない……



火野映司の機嫌は、少しだけ上向いていた……ハズだった。
転移した土地の端にお馴染みのクスクシエを発見し、寝床の確保が出来たという嬉しい誤算があったためだ。
尚、見滝原市は群馬県内某市の別名ではないかという噂が一時期聞かれたような気もするが、それは全面的に気のせいである。
風都にも夢見町にも天高にも味の素スタジ○アムにそっくりな建物があるのと同じぐらいに、全くの偶然なのである。
よって、見滝原市夢見町にある多国籍料理店クスクシエが新宿より40km程度の地点にあったとしても、何ら問題は無いという訳だ。

そして、神社にさやかとトーリを置いて来たという駿少年と共に、境内へと足を運んだ火野映司は……而して、その陽気を瞬く間に掻き消されてしまっていた。
薄暗い神社の一角にて……人間とは思えない程に無音のままに力無く座り込んでいた美樹さやかの姿を、目にしたのだから。

「さやかちゃん!? 何があったの!?」
「さやかさん!?」

……咄嗟に駆け寄った映司等が悟った、美樹さやかの様子。
それは、虚しさとも絶望とも呼ぶべき重苦しさに塗れた、敗北者の姿であった。
焦点の合っていない瞳には何も映っては居らず、眸の傍らには泣き腫らした跡を覗う事が出来る。
身体の傷はさやかの持つ回復能力の恩恵によって完治していたが……心の方は、そう簡単な代物では無いらしい。

この時……素早く駆け寄った映司は、同時に自身がさやかに対して何をすべきかという事を、冷静に考え始めても居た。
パニックに陥った人間を手っ取り早く落ち着かせる方法が、相手の血圧を変化させるという作業によって為されることを、映司は知っていたのだ。
戦場という冷静さを失いやすい状況の代表例のような場所に足を運んだことがあるからこその、知識である。
だがしかし、その知識は現状を好転させるどころか、むしろ形勢の悪さを読み取らせるばかりであった。

順を追って説明すると、血圧を操作する行為として最も頻繁に人間が行っている動作……それは、体位を変えることに他ならない。
恐怖や緊張で足の力が抜けるという現象は、一時的にでも血圧を変化させて混乱状態から復帰するための、本能的な作用なのである。
そして、現在の美樹さやかは『座り込んだ』状態であり、しかもパニックに陥っている様子でも無い。
つまり、そこそこ冷静にモノを考えられる状態にありながら、茫然自失の底地にあるという訳だ。

従って、さやかの正面に自身も座り込んだ映司は、それ以上にさやかを急かす行動を選択しなかった。
もう少し美樹さやかに余裕があれば、映司は口に出して何が起こったのか問い質しただろうが、今の状況では下手に彼女を急かさない方が良いだろうと踏んだのである。

「……」
「……」

火野映司が美樹さやかの涙の枯れた眼へと正面から視線を注ぐこと、数十秒。
気まずい沈黙と感情の交わらないお見合い状態に、事態を理解出来て居ない駿少年も困惑するばかりである。
もちろん、映司に何か考えがあるのだろうという信頼は足りているらしく、その沈黙を破りには行かないようだが。

「……あたしは、さ」

そして、沈黙を破ったのは……当然の如く、美樹さやかであった。
他の二人が待ちの姿勢を保っているのだから、当たり前である。
やはり、呆然として居ながらも、美樹さやかはある程度冷静さを確保出来ていたらしい。
その口から紡がれる言葉は、頼りない細さを綻ばせながらも、理性によって導き出されたメッセージを伝えようとしているように思える。

「あんたの、自分を大事にしないところが、凄く不気味だし、嫌い」

普段より低い、恨みがましくて熱の足りない声を震わせて。
睨みを利かせるには迫力が足りず、泣き落とすには涙が足りない視線を映司に返しながら、言葉を紡ぐ。

「でも……それでも……!」

美樹さやかは、理性のうえでは理解できているのだ。
さやか一人だけでは、トーリを守ることも叶わないということを。
加えて、目の前で心配そうにさやかの顔を覗き込んでいる男の、真価も。
そして……さやか自身の感情に優先すべきことも、分かり切っていた。

「……お願い。あたしだけじゃ、無理なんだ」

映司の胸元に突き付けられた、美樹さやかのコブシ。
見た目の割に強く握られたその手にあったモノは……もはや美樹さやかが口に出して説明する必要も、無かった。
それは、トーリがさやかを信頼して預けてくれた……希望の鍵。
一人の死にたがりの男を救世主へと変える王の証が、映司へと押し当てられていたのだ。

「トーリを、助けて。『仮面ライダー』……っ」

――この間みたいに仮面ライダーが助けてくれる……!
かつて美樹さやかは、薔薇の魔女と戦った時に、全く同じ言葉を吐いたものだった。
その時には軽い気持ちの下に後ろめたさも感じず、何の葛藤も持たないままに叫ぶことが出来た筈の、一節。
それなのに、今この時において美樹さやかが口にした一言は……出来る事なら言いたく無かったという思いと共に吐き出されたもので。

「うん。絶対に、助け出そう」

無意識のうちになのだろうが、美樹さやかと共にそれを為すのかどうかという点をぼかしている映司のその言葉が……えらく、卑怯なそれに思えたのだった。



・今回のNG大賞

「なるほどッ! 鳥籠の魔女によって、鳥メダルを引き寄せたワケだねッ!!」
「……否。それは偶然の産物だ」

偶然って怖いですネ。

・公開プロットシリーズNo.87
→帰ってきたオーズドライバー。そしてその代償。



[29586] 第八十八話:永かった一日
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/05/12 20:53
「……そうだ。すっかり忘れてた」

悲嘆にくれていた美樹さやかを火野映司と若葉駿がクスクシエへと連れ帰った、矢先。
その言葉は、美樹さやかの口から零れ落ちた呟きであった。
音も立てずに一階の多国籍料理店をすり抜け、さやかは二階に続く階段へと一直線に足を延ばしていたのだ。
そして、さやかの意図を読むことが出来なかった映司と駿少年にも、その背中に従うほかに選択肢は有り得ない。

そうすること、およそ2分。
かつて巴マミが暮らしていた屋根裏部屋にて、三人は歩を止めていた。
土地反転現象に巻き込まれたこの店舗の空き部屋を4人分の寝床にすることを、映司は考えていたのだが……そこへ用事を思い出して歩み入ったさやかの意図とは一体何なのだろうか?
よもや、巴マミの遺言状でも残っているという訳では無いだろうが。

かくして、手早く懐中電灯を手に取って電源を入れた美樹さやかは、一直線に歩み寄ることとなった。
何の変哲も無い、黒い学生鞄のもとへと。

「それ、もしかしてマミちゃんの?」
「……そうだよ」

佐倉杏子が巴マミの死体を持ち去った後に残された、マミの忘れ形見。
美樹さやかが手に取って中を探り始めたモノの正体が、それだった。
そんな中、お目当ての物は……何の苦も無く、日の目を見ることとなる。

「マミさんからは、渡しちゃダメだって言われてたけど……」

小気味良い音と共に美樹さやかの指から弾き出される、一筋の赤い閃き。
そして、それを思わず右手にて掴み取った映司は……不思議とその感触に懐かしさを感じ取っていて。
円盤状の小道具に過ぎない筈のモノの発する生々しい重量感と、掌の中で静かに燃え上がる心地よさを伴った古代の王の遺産が、そこには確かに存在したのである。

「これは、アンクの……!」
「この非常事態に四の五の言わないよ。それはあんたが持ってなくちゃダメに決まってんだから」

鳥類グリードの出力を司り、オーズの頭部パーツへと力を与える、コアメダルの一枚。
古代の王が初の変身に用い、現代の人間もまたそれに倣った、原初の力にして一なる核金。
猛禽類の姿を模した凹凸が掘られた腹部が、光を通して深紅の輝きを撒き散らす。

さらに、巴マミの持ち物からそのコアメダルを取り出して火野映司へと渡した美樹さやかの行動は、示しても居た。
この非常事態という前提こそ存在するものの、美樹さやかが明確に巴マミの指示に反したということを。
……もっとも、流石の火野映司でさえ、その背反の存在までは察する事が出来なかったが。

「……でも、後であたしがマミさんに怒られたら、庇ってよね?」
「え? ……何だか良く分からないけど、ありがとう」

火野映司が気付いている事柄は、ただ一つ。
美樹さやかが形振り構わずにトーリを救おうとしているという、一点のみであった……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十八話:永かった一日



Count the medals現在オーズが使えるメダルは……
タカ×2
コンドル×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



夜明けを待つ者は、何も、眠れる戦士だけには留まらない。
それこそ江戸の町人から将軍までが夢の中にて天道の巡りを待ち焦がれているのだ。
そして未明の多国籍料理店クスクシエにもまた、息を潜める小さな影が存在していた。
ただしその輩は店に招かれた客では無く、その目的は今日を明日へと変えることでも無い。

「そろそろ……人間の眠りが深くなる頃か」

むしろ、夜が明ける前に自身の目的を遂げる気満々であった。
小柄な女の子の姿を借りた一体の怪人が、抜き足に差し足を重ねてクスクシエの店内へと侵入を試みたのである。
彼の怪人の名は、アンク。
太古に作られたメダルの怪人にして、人類を貪る凶悪なグリード……のはずなのだ。

「……」

もっとも、小さな首を回して周囲を警戒しているその様子は、精々好奇心旺盛な子供といったところだろう。
せめて頭の後ろに一本に纏められた桃色の髪が無かったのなら、悪戯小僧と呼ばれても良かったのかもしれない。
成長期特有の丸みを帯びた身体の端々に目をやれば、その子供が女の子である事ぐらいは簡単に判別出来てしまうだろうが。

もしくは、もう少し背が高ければ、クスクシエへの産業スパイ辺りを装う事は出来たかもしれない。
だがしかし、色々な要素が足りなかったというべきか、むしろ余ってしまったというべきか。
障害物に成りそうなものをこっそりと掻い潜って物音を回避しているその人物の様子は、背伸びをしても、クスクシエへと摘み食いを働きに来た不良少女というレベルでしか無かった。
というか、それが大正解な訳だが。

「ここまでは順調だなァ。後は、コイツを開ければ」

別に、この建物の二階の部屋に赤いコアメダルが保管されているのを嗅ぎ付けてきた訳では、全く無かった。
ただ、この小さな怪人は知っていたのだ。
この多国籍料理店の厨房の奥に何があるのか、という事を。

……勿体ぶるのを止めて率直に言ってしまうならば、アンクがクスクシエの冷凍庫のアイスを盗みに来たというだけの話である。
否、アンクにとっては日々の楽しみを獲得するための重要任務には違いないのだ。
むしろこんな非常時だからこそ、癒しが欲しかったのだろう。
だがしかし、現実は非情であった。

「……あァ?」

よく考えてみれば、不思議では無い筈だ。
冷凍庫を動かすためには電気が必要であり、その電気は一体どこから補給されているのか。
従って、非常に残念なことに、このクスクシエには現在電気が通っていないのである。
いち早くその事に気付いて、冷蔵が必要な食材を昼間の内に売り出してしまった白石千世子店長は、やはり類稀なる商才を持っているのだろう。

……つまり、アンクのお目当てのブツも、昼間のうちに売り捌かれてしまっている訳で。

「なん……だと……」

借り物の顔を、まるで先輩魔法少女の首が無くなる時のような形相に歪めつつ、軽く絶望してみるアンク。
もしアンクが魔法少女だったなら、即座に魔女へと変貌を遂げていたに違いない。
冷菓子の魔女。その性質は暗躍。使い魔にアイスの調達を命じるが、彼らが持ってくるものはパンツばかりで以下略。
そんな魔女は嫌過ぎて円環の理でもお断りだろう。

そして、アンクが肩を落としていたからこそ、だったのだろう。

「あれ? まどかも巻き込まれてたの?」

背後から迫っていた人間を、あっさりと見落としてしまっていたのは。
致命的と言える隙を、アンクは晒してしまっていたのである。
もし相手がケーキの魔女だったら、借り物の首が無くなっていただろう。
アンクも鹿目まどかの身体を借りているうちに段々と、魔法少女の世界側の補正を受け始めているのかもしれない。
ちなみに、アンクは相手の姿を確認することも忘れて逃亡を図って走り出したのだが……時は既に遅すぎたらしい。

「タッチダウンッ!!」
「がっ!!?」

跳びかかって来た襲撃者にあっさりと胴を掴まれ、アンクはそのままクスクシエの床へと押し倒されてしまっていて。
そしてその襲撃者に、アンクは見覚えがあった。
青味のかかった短い髪に、何処か男勝りな印象を与える魔法少女……美樹さやかの姿を、アンクが忘れる筈も無い。
一度巴マミと共にアンクを処分しようとした経緯を、根暗なアンクが忘れる訳が無いのである。

「離せ! ってか、何で捕まえたんだ!?」
「何でと言われても……『つい』?」

ついヤっちゃうんだ☆!
そんな仮面ライダーの心強いスポンサーの使者の声が聞こえた気がしたアンクであったが、切り替えは大切である。
仮面ライダーGのオトモダチが宣伝していた地デジの切り替えと同じぐらいに大切なのだ。
被災地でも無いのに何故か未だにアナログテレビが映るという不思議な環境も、まだこの国には残っているようだが。
そんなことはともかく。

「ふざけんな。どけ! 重いんだよ!」

俯せに倒されたまま、まどかの背の上で同じく俯せに倒れている美樹さやかの体重に苛立ちながら。
アイスの調達に失敗した件に関する八つ当たりも兼ねて、声を荒げるアンク。
手足をバタつかせてみるも、美樹さやかの馬鹿力の前では意味は無さそうであった。

「なんですとー! そんなこと言うのはこの口かぁ、この口かー!」

いつの間にかまどかの頬まで伸びて来ていた美樹さやかの両手が、その肌を掴みにかかっていたりして。
皮膚に痕が残らない程度の力加減を以て左右へと頬を引っ張るさやかは、ひょっとすると意外に器用なのかもしれない。
単に、まどかへのスキンシップを頻繁に行っているために慣れているというだけの話かもしれないが。

「ふるひゃい! はなひぇ!」
「それとその口調、ぶっちゃけ似合ってないよ?」

アンクが咄嗟に発音しようとした『煩い! 離せ!』というクレームは、完全に黙殺されてしまったらしい。
というか、まどかの頬を左右方向へと引っ張られているせいで、上手く発音が出来ていない。
もし、アンクが使っている身体が泉信吾のものだったのなら、一旦右腕だけ分離して美樹さやかへデコピン攻撃を敢行していたかもしれない。
もちろん、心臓に穴が開いている鹿目まどかの身体に居る現状では、実行できないが。
苛立っているとはいえ、その程度の損得勘定能力は保っているのである。

「けっ」

舌打ちさえも碌に出来ない、こんな世の中じゃぁ(ry

「あ゛ぁー……このまどかの抱き心地を味わうと、何だか日常系って感じがするわー……


別にR18的な意味合いを含む発言では無いという事を補足しておこう。
どちらかと言えば、女子中学生の日常的な意味である。
流石に美樹さやかが『まどかはあたしの嫁になるのだァーッ!』などというオヤジ発言を恒常的に繰り返すような人間であっても、流石に本気では言っていない……ハズだ。おそらく。

手持無沙汰になった鹿目まどかの小さな掌でアンクが床を叩いてアピールしてみるも、やはり美樹さやかには通じる気配が無い。
アンクが鹿目脳内図書館から検索した結果によると、さやかがプロレス技を繰り出したときには、大抵このリアクションで切り抜けられる筈なのに。
バシバシという小気味良い音は美樹さやかの耳には届いているだろうに、一向にアンクが解放される気配が訪れないのである。
もしDVDに字幕機能があったのなら、(床を叩く音)という反応に困るメッセージが流れ続けていたことだろう。

「……?」
「ちょっとあたしも色々あって、精神的に参っちゃってさ……一晩そのまま、抱き枕になってくんない?」

気付けば、まどかの柔らかい頬を引っ張ったままの美樹さやかの指には、少しだけ震えが走っていて。
忍び足でクスクシエに入ってきた筈のアンクの存在を感知できたのも……おそらく、さやかが眠れなかったからなのだろう。
そう、アンクは気付くことが出来た。

「……ふん。勝手にしろ」

首を回して美樹さやかの指を振りほどきながら、アンクは面倒くさそうに言葉を返すだけに留まっていた。
ここで人違い説を押すのも難しいうえに正体がバレたら色々と厄介なので、ほとぼりが冷めるまでは適当に相槌でも打っていた方が良い、と思い至ったためである。
治癒魔法を持っている美樹さやかに対しては、人質作戦も使えそうに無いのだから、選択肢が他に無かったのだ。
文字通り身に絡まる鬱陶しさに、少しだけフラストレーションを貯めながら。

「あとさ、転校生があんたのコト探してたよ。心配してたみたいだから顔を見せて……って、この状況だと会えないんだっけ」

鹿目まどかが突然の家出を敢行した理由に、さやかは見当をつけることも出来ていない。
もちろん家出の理由は気になっているものの、普段の「良い子ちゃん」な鹿目まどかがそれを行う理由を想像できていないというべきか。

「……」
「……」

そして案の定、二人の会話は途切れることとなってしまう。
アンクからは元々話のタネが存在せず、さやかも鹿目まどかへ伝えられる情報に乏しいのだから、当然である。
美樹さやかにとっての鹿目まどかという少女は、魔法の事もメダルの事情も知らない、日常の象徴とも呼ぶべき「普通の友人」なのだ。

「ついでに、二階にパンツマンが居るんだけど、会っていく? 叩き起こすよ?」
「いや。様子を手早く聞ければ、充分だ」

この非常事態においては、『映司=オーズ』の体力は、凄まじい価値を持った資産なのである。
それを理解しているからこそアンクは、さり気なく映司の扱いが酷いさやかの言葉を、あっさりと断っておいた。

「様子って言われても……失くしてたモノを幾つか取り戻して、ちょっと気持ち上向き、みたいな?」
「失くした? 何をだ?」

さやかとしては、まどかの事を一般人代表だと思い込んでいるので、あまり用語を使う事が出来ない。
そのため、非常に曖昧な言葉を用いてしか映司の現状を説明できないのだが……何故か鹿目まどかが食い付いてきたため、言い回しを考え直してしまっていた。
とはいえ、学校の授業の記憶が乏しい美樹さやかの前には、致命的な語彙力の壁が立ち塞がっている訳だが。

「ええと、パンツマンの友達の形見? なのかな? あたしもアレが何なのか、あんまり良く分かって無いんだ」

分かり易く言うならば、それはアンクの形見のオーズドライバーとタカメダルのことである。
先程さやかの手を通じて映司へと渡った、世界を救うための鍵。
一応映司が紫のメダルを持っているという話を耳にはさんでいた美樹さやかだが、オーズの持つメダルの数が戦力に直結しているという事を把握している身としては、タカメダルの存在を軽視することも出来そうに無かった。
そして、メダルを重視しているのはアンクも同じである。それどころか、アンクのほうが切実に感じている筈だ。

「友達の形見?」
「うん。パンツマンは『あいつ』が死んで悲しんでたみたいだから、やっぱり友達だったんだと思うよ」

……黒い魔法少女の声が、頭の中へと蘇ったように思えた。
アンクと共に歩むことを望む人間が居るのか、という不愉快な質問が、思い出されたのだ。
もちろん、小さく舌打ちを漏らす程度で、その話題について美樹さやかと語らい合うつもりは毛頭無いが。

「友達の方じゃない。形見って何のことだ? メダルか?」
「……あれ? まどかってメダルについて知ってるんだっけ?」

美樹さやかにしては、真っ当過ぎる指摘であった。
確かに、鹿目まどかと美樹さやかはメダルに関する談義を一度も行ったことが無いのだから、さやかの認識としてはその反応は自然なものなのである。
だがしかし、映司の所持品の中に赤い鳥類コアメダルがあったことを知っているアンクとしては、さやかに不信感を抱かれるというリスクを負ってでも赤コアの行方を知っておきたいのだ。
メダルは文字通りグリードそのものであり、多少の危険を冒してでもその存在を確かめるのは、グリードとして当然の思考であった。

「トーリから聞いた」
「なるほど」

真赤な嘘である。
まどかの記憶を漁ったところ、あっさりメダルの情報を聞き出せそうな人物がトーリしか居なかったため、矢面に立たせたのだ。
もっとも、結果論から言えば、この人選はベストセレクトであったと言わざるを得ない。
アンクは知らないことだが、現在のトーリはガラに捕らわれて音信不通であるため、アンクのその場しのぎの嘘が早急にバレる確率は果てしなく低いのである。
聞き手が美樹さやかであることまで考慮に入れれば、宇宙で行方不明になったインキュベーターが発見される確率よりも低いだろう。

「ってことは、オーズとか魔法少女とかの事も知ってる?」
「ああ」

早く話を勧めろと言わんばかりの味気ない返事に急かされつつ、さやかは不思議と、まどかの言葉に疑問を感じずに次の言葉を考え始めていた。
まどかが非日常の事を知っていたという驚きよりも、知られたくない事情を知られているかもしれないと考えてしまった自分自身を少しだけ後ろめたく思いながら。

「…………魔法少女の正体も?」

さやかがその一言を喉から押し出した瞬間……まどかの胴に回されたさやかの腕に少しだけ力が入ったように、アンクには思えた。
俯せになっているアンクからはさやかの顔色を覗うことは出来ないが、その顔は強張っているに違いない。

「それがどうした」

アンクは、知っている。
とある病院の一室にて暁美ほむらから告げられた、魔法少女の真実を。
簡単に言うならば、魔法少女は魔女になって宇宙のために死んでよ! ということである。

「まどかが姿を消した理由って、もしかして、あたし達の正体を知ったから……だったりする?」
「なんだそりゃァ……」

これは一体、どうしたものか。
確かに、魔法少女という超常の生物の近くに居れば、トラブルに巻き込まれることも多くなるだろう。
事実、鹿目まどかが一時期入院していた件も、元をただせば暁美ほむら関連のトラブルに巻き込まれたせいである。
もっとも、アンクはその件に関する因果など知らないのだが。
兎にも角にも、ここでアンクが肯定の返事を出すことは、決して致命的に不自然な反応では無いだろう。

だがしかし、今の状況においてもし下手な事を言うと……予想される三つの出来事はッ!

一つ! 『まどかはそんな事言わない! あたしを傷つけるようなこと、絶対言うわけない! そんなのまどかじゃないっ!』
ヤンデレ化したさやかの手によってアンクは安眠する間もなく永眠してしまう!

二つ! 『あれ? グリード殺ったら、まどかの心臓が……。でも大丈夫! 悪いの悪いの飛んで行けー!』
美樹さやかが癒し系魔法少女という忘れ去られた設定を思い出す!

三つ! 『ハッピーエンドじゃないですか』
ライジングアルティメットウルトラハッピー!

つまり、アンクは地獄に落ちるという事である。
……最後の里中さんは、どうして出てきたのだろう。
魔法少女に成りたかったのだろうか?
もっとも、役者さんの実年齢的には、『魔法少女』になっても許されるのかもしれないが。
メイクのせいで年齢が伝わり辛い里中さんだが、実は役者さんは『MEGAMAX』の美咲撫子役の女性と同い年なのである。

世の中には23歳の子持ちになっても魔法少女の名前を冠しているツワモノが居るぐらいなのだから、里中さんがお断りされる道理など無い筈だ。
もっとも、その豪傑も25歳の時には漫画名が『魔法戦記』に変わったのだから、時間というものは残酷である。

そんなことはともかく。
アンクにとって重要なのは、さやかの追及を回避しつつ、映司の所持品中の赤メダルの有無を確認することである。

「だって、あたしは死体なんだよ!? 恭介に告白した時だって、凄く怖かったっ! 抱きしめてなんて、キスしてなんて、フラれるのが前提じゃないと絶対言える訳ないよ!!」

そして、アンクの沈黙を受けて、いつの間にかまどかの背中に顔を押し当てて啜り泣き始める美樹さやかの姿が、そこには在ったのだとか。
アンクはさやかの告白シーンを目にしては居ないが、さやかの言葉を聞く限りだと、さやかは告白前から敗北を悟っていたという事らしい。
告白の後の未来が無いという状況が、逆にさやかを踏み切らせたということなのだろう。

この話を聞いていた人物が、せめて佐倉杏子だったならば、反面教師的な悪態でも吐いて不満の矛先を逸らそうとしただろう。
だがしかし……

「ウザいんだよ……ッ!」

持たざる者の嫉妬とでも言うべきか。
ストレスを溜めこんでいるのはアンクも同じな訳で。
さやかから不信感を抱かれないようにアンクなりに猫を被って来たつもりだったが、そもそもアンクには他人の愚痴を聞いてやるような面倒見の良さは無いのである。
むしろ、ここまでよく美樹さやかの一人語りを大人しく聞いていたものだと感嘆して欲しいぐらいなのだ。

「まどか……?」
「世界が鮮やかで! 口に入れたモノが美味いならッ! お前は生きてんだろうがッ!!」

戸惑いの声を漏らしたさやかの指をめがけて一直線に。
魔法少女に関する暁美ほむらの解説を頭に思い出しながら。
アンクが振り下ろしたのは……鹿目まどかの腕に偽装したままの、右手だった。
振り下ろしたといっても距離がとれなかったために威力も乏しいのだが、狙い目が正解だったのだろう。

「あばばばぁっ!!?」
「それを死体だの何だのグチグチいいやがってよッ!!」

鹿目まどかの胴へと回してあった美樹さやかの指に輝くソウルジェムへと、ピンポイントクラッシュを敢行したのである。
幸いにしてその指輪は魔法少女のウィークポイントであったらしく、身体を痙攣させながら動きを停止している美樹さやかは、再起動まで暫く時間を要すると思われる。
その衝撃で指輪が壊れていれば色々とシャットダウンだったのだが、意外にもソウルジェムの強度はバカにならないものだったらしい。
もぞもぞと美樹さやかの下から這い出つつ、泡を吹いている魔法少女の様子を確認しながら。

「お前の命が要らないってんなら、いつか俺に寄越せ。もっとも、お前も本気で言ってないだろうがなァ」

……アンクは、知っている。
本当に死というものに直面した時、人は簡単にその天秤を狂わせるのだという事を。
文脈も自己物語も忘れて生存のための本能を曝け出す、人間はそういう生物なのである。

「そんなことを本気で言えるのは、よっぽどの『バカ』ぐらいなモンだ……」

だからこそ、彼らは異質なのだ。
膝も立たないのに通りすがりの子供をロストから守ろうとした男は。
そして、銃を向けられながらも小さな怪人を守ろうとした少女は。
人外を気取っている美樹さやかよりも遥かに人間離れしている、とアンクには思えたのだった……


結果から言えば、アンクは睡眠中の映司の所持品の確認だけを行って、クスクシエを去ることとなるのだった。
映司のコアメダルがタカだけになっていることに大いに憤慨して、しかしオーズドライバーを持っている事に少しだけ喜んで。
ロストの意識の入ったコンドルコアを制圧出来ていれば、アンクがタカコアを回収するメリットもあったのだろうが、それは見送りである。

総じて、美樹さやかには鹿目まどかに対する不信感を植え付けてしまったものの、オーズの戦力を確認できたのは悪くない収穫だ、とアンクは考えている。
一応紫のメダルも存在するが、やはり不確定要素には変わりないのだから、アンクとしてはなるべく頼りたくないのだ。

「あとは……ガラの動き次第、か」

美樹さやかにアンクの現状を感づかれた可能性が出たのは、やや面倒臭い要素ではあった。
だが、回復能力持ちのさやかを始末してしまうと、オーズの今後の戦闘に支障が出るかもしれない。
そのため、意識が無い美樹さやかを床に転がしたままに、アンクはクスクシエを後にすることとなったのだった。

アンクが得た知識と為した行動は、どのような結果を生むのか。
審判の日は……案外、遠くは無いのかもしれない。



・今回のNG大賞

「タッチダウンッ!」
「それは押し倒す側が言う台詞じゃないだろうが!?」

「そんなこと、あたしが知るかっ!」
「お前、それが元アメフト選手の言葉だって知ってて使ってんのか……?」

※天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ!

・公開プロットシリーズNo.88
→新感覚☆ジェムクラッシュ式ショック療法!



[29586] 第八十九話:暴れん坊前哨戦
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/05/19 21:13
「少々……ゲームの進行が遅くないかね? マスター・ガラッ!」

夜明けを待つ、とある土曜日の未明にて。
お馴染みの錬金術師と人間が、お馴染みの探り合を繰り広げていて。
そんな中で錬金術師は、珍しく言葉に詰まっているらしかった。
少なくとも、その二人の様子を覗っている里中秘書にとっては、錬金術師が現状把握において後手に回っているという事実が、非常に珍しいものに思える。

そして、ガラ以上に現状を把握していないと思しき観客が……つい先刻に、目を覚ましていたりして。

「……」

身体を縮めながら、きょろきょろ周囲に視線を回している一体の蝙蝠型汎用偵察兵器の姿が、この殺風景な一室に加わったのである。
その小動物の名前は、トーリ。
魔法少女のようなヤミーのような、オリ主様のようなモブキャラのような……要するに、全てにおいて中途半端な蝙蝠娘である。

パニックに陥ることも無く、無駄な抵抗を始めない辺りは、判断力の面からは評価できる。
それが、里中エリカからトーリという魔法少女へと下された、人物評価の内容であった。
いずれ脱出の機会を見出すにせよ、現状では必要以上にガラを刺激しない方向へと考えるのが正解なのだから。

……ちなみに、その思考ならば会長の態度を何とか変えるべきだと思われるかもしれないが、それは別の意味でマズかったりする。
なぜなら、ガラが鴻上光生等を生かしている理由が、人間の観客という役を欲しているというものだからである。
リアクションを求められている以上、ガラを飽きさせないパフォーマンスというものは、どうしても必要になってくるのだ。
会長とて、そこまで理解し切ったうえでの通常運行に違いない。
……と、そこまでが里中エリカの希望的観測である。

「これは、まさか……?」

そんな中、鴻上の言葉を否定するよりも先に、錬金術師ガラが視線を向けたモノ。
それは……四枚組の円盤により構成された、天秤であった。
中央の一枚を基軸に、周囲に配置された三枚の円盤が全て裏返った時には、世界は滅亡する。
そう、里中エリカは聞いていた。

そして、天秤の中央の板の真上に配置された巨大フラスコには、ちょんまげ契約を行った人間の欲望に応じて特殊なセルメダルが溜まり、その重さによって天秤は傾く。
……その、はずなのだ。
だからこそ、異常を感じ取った錬金術師がまず目を向けた先は四枚組の円盤であり、その次が大きなフラスコであった。

「人間の欲望は! そう簡単に世界を滅ぼさせたりしないということさッ!」

ガラの感じ取った、異常。
それは……溜まっている筈のセルメダルが、いつの間にかその増殖をピタリと止めていたことであった。
一体、いつからその供給は止まっていたのだろうか?
実は昨晩の夕暮れ頃からの事なのだが、事実上の不老であるガラだからこそ、その時間の経過に気付かなかったのだろう。

「人間の……? 世迷い事を。貴様が外部と通じる手段など……」

確かに、鴻上光生がガラの魔術の詳細を外部へと伝える事が出来れば、ガラを妨害する手段は有り得る。
だがしかし、そんなレベルのミスを犯すガラでは有り得ない。
この森を覆っている巨大結界に通信妨害の機能を付ける程度の警戒は、当たり前のように払っていた筈である。
実際、里中秘書が隠し持っていたバッタカンドロイドの起動を、内心嘲りながら見逃していた程だ。
もちろん、その通信が失敗したことも確認したうえで、である。

鴻上の言葉を解せないままに、空間に投影されたディスプレイを弄りまわしたガラは……数分の後に、ようやくその原因を発見することとなる。

『後藤ちゃん! 次は何所よ?』
『次のピエロ女は空風地区南東です』
『了解!』

何と、人間は……考え得る最善手を打っていたのだ。
流石のガラも、これには目を疑わざるを得ない。
なんとガラの手元のディスプレイには、ライドベンダーで走り回りながら道化女を倒し続ける『仮面ライダーバース』の姿が、映っていたのだから。
確かに、ちょんまげの契約を担当する使い魔を倒し続けられれば、ガラの魔術も遅れてしまう。

「何も伝えては居ないさ! 『私は』ねッ! そんな事をしなくても! 欲望は滅びたりしないということだッ!!」

一体どうやって、人間達が最善解を見つけたのか。
答えは、一人の魔法少女の、気まぐれな助言。
赤毛の家出少女が、ピエロ女を通じて結界内部にエネルギーが蓄積されているという情報を漏らした事による影響であった。
もしくは、それを聞き出した一人の漢の手柄というべきかもしれない。
それはともかくとして、人間達がガラを止めるための策を実施している事は間違いが無い訳で。

「……はっはっは!」

だがしかし、そんな人間達が知恵の限りを尽くしたとしても……やはり、錬金術師の余裕を覆すには、まるで足りない。
高らかに笑い声をあげるガラの余裕は……未だ、苦し紛れのものでは有り得なかったのだ。

「なに、貴様の玩具を潰すことなど、オーズを狙う片手間で充分に足りる」
「そればかりは幾らマスターガラでも大口ではないかね! 伊達君はそう簡単に死んでくれる男ではないッ! さぞ骨が折れるだろうよッ!!」

そして、錬金術師に言葉を返す人間もまた、余裕に関しては張り合いを続けていた。
こと口戦に関して、それを見守る里中エリカの出る幕は無いように思える。
先程まで時計を確認しつつそれを密かに会長へと伝えていた里中秘書には、既に現状における仕事は無くなっていた。
強いて、生き延びる確率を上げるためにすべきことを挙げるとするなら、

「大丈夫ですよ。会長が見込んだ『人達』ですから」

先程から不安気に会長とガラの顔を見比べている一人の頼りない魔法少女を、少しばかり安心させてやることぐらいだろうか……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第八十九話:暴れん坊前哨戦



とある、竹林の半ばにて。
火野映司と美樹さやかは……ただ只管に、待っていた。
時は巳の刻。
太陽の南中には未だ早い、所謂おやつ時というヤツだろうか。

「……で、何でこんなトコに来たのよ?」
「錬金術師がメダルを狙ってるなら、標的は俺かも知れない。その時に周りに人が居たら危ないでしょ」

不思議そうに尋ねてきた美樹さやかに対して……火野映司は、淡々と言葉を返していた。
もしアンクのようにヤミーの発生を感知できる存在が居たのならば、映司はもう少し余裕を持って動くことが出来たかもしれない。
だがしかし、敵が何時訪れるか分からない状況では、油断は命取りとなるのである。
そんな状況で、町人の存在を気にしていたらあっという間にお陀仏という訳だ。
だからこそ、誰も人間の居ない竹林の中へと映司は足を運んだのである。

なお、駿少年は戦地に居ても足手纏いになるという判断から、適当な時刻に差し入れを持って来てくれる以外には竹林へは近付かないという予定だ。
非戦闘員なのだから、ある意味当然の行動と言えるだろう。

「あんた……『紫のメダル』ってのを使うつもりなの?」
「つもりも何も、そうしないと戦えないよ」

現在の映司の所持メダルは、タカが一枚と紫が幾つかというだけなのだ。
従って、変身するためにはどうしても、紫のメダルを使わざるを得ない。
だがしかし美樹さやかは、紫のメダルに関して何か不都合な事実があるということを、トーリから仄めかされていたのだ。
だからこそマミの持っていたタカメダルを渡して、少しでもオーズの戦闘環境を整える方へと思考を向けたのである。

――最悪、映司さんの身体の中にあるという紫のメダルを使ってもらえば何とかなると思います。

「トーリは、あんまり紫のメダルを使って欲しく無さそうだったけど?」
「紫のメダルを使うと俺の理性が飛ぶって言ってたね。だからこそ、人が居ない場所で戦わなきゃ」

……この男は、こんな時にもやはり平常運転のままであった。
それに対して苛立つ美樹さやかの気も、知らないで。

「そういう事じゃないわよ。トーリが心配してたのは、主にあんたの事なんじゃないの?」
「そうなのかな。それじゃぁ、ちゃんと生き残らないとね」

実のところとして、トーリが案じていたのは主に彼女自身と緑のグリードの命運である。
それが周囲に対して捻じ曲がって伝わっている部分が大きいというか、そもそも本人も周囲を騙す気満々であることに全ての原因が存在しているのは間違いが無い。
そして、火野映司がさり気なく口にした『じゃぁ』という一言が、どうにもさやかの感情を逆撫でてしまっていた。
映司自身に危険が迫っているというのに余裕ぶっているその態度が、癪に障るのだ。
現在はトーリを助け出すという目的が見えている事によって、喧嘩腰に出ることこそ無いが、これが平時だったなら感情的に食い付いていたかもしれない。

「……あたしやっぱり、あんたの事、嫌いだわ……」

精々、少し毒づいてやる事ぐらいしか、さやかには出来そうに無い。
もっとも、さやかが悪意をぶつけたとしても、映司とさやかでは『喧嘩』にはならないだろう。
何となく、良い様に言い包められてしまうというか、映司を言い負かせるイメージが全く湧いて来ないのだ。

思えば、さやかが今朝一番にクスクシエの一階にて発見されたことに対して、映司は未だ突っ込んで来ていない。
鹿目まどかの凄まじいキャラブレに関して、さやかとしても思うところが無い訳でも無い。
しかし、不思議とそのことについて悩もうと思えなかっため、特に話そうとも思わないのだが。
もはや、理解が及ばない要素が多すぎて、鹿目まどかの豹変に関する考察を完全に放棄する方向へと思考が進んでしまったのである。
……火野映司が何も突っ込みを入れてこないのは、さやかの心境が特に何も変化を来していないという事を見切っているからなのだろうか?
やはり……どう足掻いても、美樹さやかでは火野映司に勝てる気配は全く感じられなかった。

乾いているようで何処か湿っぽいような、もやもやとした不満が燻っていた……そんな時だった。
足音が、聞こえたのは。
大地を踏み鳴らす、傀儡の鉄靴の音が。
その数多の響きが、竹林に木霊して、映司達の耳に届いたのである。
……それが視界の奥深くにまで埋まっているのだから、このナイト兵達は人間を効率良くうんざりさせる術でも身に着けているのかもしれない。

「とりあえず、俺が先に出るよ」
「あれ? そうなの?」

そして、その場面において何故か先鋒を買って出る火野映司に、さやかは驚かされていたりして。
さやかの認識としては、オーズは真打というイメージが強かったために、今回ばかりはさやか自身は露払いに徹する気で居たのだ。
ここに来て再度、火野映司の思考が読めなかったのである。

「土壇場で紫のメダルが使い物にならないって分かったら、それが一番マズイでしょ。とりあえず試してみないと」

……つまり、紫コアが役に立たないという可能性を考慮に入れたうえで、余裕があるうちに試運転を実行しておきたいということらしい。
確かに、目の前に軍勢を為しているナイト兵達は、一体一体ならば人間でも対処がある程度は可能な存在なのだから、試し斬りの相手としては最適なのかもしれない。

「まぁ、そういう事なら」

一応さやかとて、映司の言っていることが理に適っているのは分かっているため、従わざるを得ない。
不承不承とした表情を隠しもせずに映司から離れていく美樹さやかの視線を受けつつ……映司は、紫のメダルへと意識を向け始めていた。

「……頼む」

加えて、おそらく火野映司は既に感じ取っているのだろう。
現在彼が呼び出そうとしているモノがどのような性質を持っているのか、を。
自身の胸部から傷口も作らずに浮き上がって来た3枚の紫のコアメダルを、映司は何の躊躇も無く空中にて掴み取り、そのままベルトに差し込んで読み込ませる。

「俺に力を……貸してくれ!」

その一連の動作を流れるように熟す火野映司の姿を眺めつつ、美樹さやかはやはり、気味の悪さを感じずには居られなかった。
異形の怪人の一部であるコアメダルを身体の中に宿しているという映司の状態が、えらく気味の悪いものに思えるのだ。
いわゆる、生理的嫌悪感というべき感情である。

『プテラ トリケラ ティラノ』

そして、そんな美樹さやかの不安を嘲笑うかのように、オーズドライバーのナレーターは何時もの軽快な声で唄い始めていて。
ようやく、『王』の姿がこの世界に顕現を許されていた。
胸部に記された円盤状の表出機に輝くのは、金の淵に覆われた三種の竜の姿。

頭部へと象徴されている翼竜は、その額の突起と翅を以て存在を主張し。
肩傍から伸びた金色の角と鋭利な爪は、腕部へと反映されている角竜の面影を惜しみなく見せつけていて。
下半身を構成するパーツには、上半身に比べればあまり攻撃的な意匠は見られないものの、シンプル故の力強さが備わっているというべきか。

仮面ライダーオーズの最恐形態『プトティラコンボ』。
どこか無機質な緑色の目を振り回して獲物を見定めるその姿は……まさに、捕食者そのものであった。
ナイト兵が鉄の塊ではなく人間の兵隊であったのならきっと、逃げ出す者が出ていただろう。
……少なくとも、少し距離をとってオーズの姿を見守る美樹さやかからは、そう思えてしまっていた。
なぜなら、実際に敵意を向けられている訳でも無いさやかでさえ、時折身体に震えが走る程度には恐怖を感じているのだから。

「――――!」

奇声。歓声。怒声。
そのいずれでも無い、ただ純粋な、声。
力を誇示し、相手を威嚇する事ぐらいしか用途の無い、声というよりも音に近いナニカ。
映司の口から出た振動は、そんな印象を撒き散らしていて。
美樹さやかには一発で、理解できてしまっていた。
現在の映司に理性などというものは働いていない、ということが。

腐葉土の固まった地面へと徐に腕を突き入れ、次の瞬間には巨大な斧をその手に取り出している、一体の捕食者。
雄叫びと共にナイト兵に食い掛り、千切り、斬り捨て、薙ぎ払う。
ナイト兵が剣を振り下ろそうとすれば、次の瞬間にはナイト兵の側の胴が真っ二つに割られていて。
偶に波状攻撃の一部が命中しても……紫の外殻は、傷の一つさえ負う気配が見られない。
もはや戦闘と呼ぶことさえ憚られる、圧倒的な暴力。
まさに『蹂躙』と呼ぶに相応しい破壊の体現者が、そこには降臨していたのだ。

「なにこれ……!」

さやかには、受け入れられない。
先程まであの場所に立っていた火野映司という青年が、あの破壊者と同じ存在であるという、たったそれだけの事実が。
その暴虐を視界に収めているだけで足が竦み、身体の芯が揺らぐような不安に苛まれてしまうのだ。

さやかは、想像してしまっていた。
一振りにてナイト兵を薙ぎ払う巨斧の閃きが、次の瞬間には傍観中のさやかへと向く可能性を。
そして、その爪が世界も時代も構わずに、全てを引き裂く光景を。

さやかは、今の自身の状況と真逆の感情に覚えがあった。
巴マミが倒れて、身体に滾る何かに急かされて呉キリカに切掛った時の、熱だ。
だがしかし、その時の熱があったとしても、現在さやかを支配する悪寒を打ち消すことは出来なかっただろう。
そう、思えてしまうのだ。

口から爆音と共に冷気を発してナイト兵達の足並みを乱し、次の瞬間には前肩より伸びる金色の槍が、ナイト兵だったセルメダルを散らしていて。
凍り付いた地面に落ちたメダルの奏でる曲は、リズムも音階も無いのに、ただ無骨なこの屠場の中においては場違いに美しいものに思える。

「なんなんだよ……っ!」

絶対者が尾を一振りするだけで兵士が吹き飛び、跳躍からの奇襲を狙う兵も紫の翅にて弾き返された。
辛うじて一撃を持ち堪えた者も、進行する捕食者の歩みの下敷きとなって銀貨へと帰った。
ナイト兵達が倒された後にセルメダルに戻る事が、美樹さやかにとっての唯一の救いであったのかもしれない。
もしナイト兵が魔女や人間のように有機的であったのなら……さやかは、胃液を吐き散らしていたのだろうから。

さやかが恐怖している理由は、プトティラコンボの単純な戦力によるものでは無かった。
何故なら、彼女の良く知る魔法少女の巴マミでも、現在のオーズと同等以上の作業効率を以てナイト兵を駆逐すること自体は可能だからである。
それでも尚、さやかが身体の震えを抑えられない理由は……本能的な、恐怖心だった。
タランチュラに人を殺すような毒が無いという事を知っていても、人間がそれらを忌避するように。
まるで生まれる前から知っていたかのように、あの紫の恐獣に近付いてはいけないという事が、分かってしまうのである。

「あの下っ端たちが居なくなったら、まさか……?」

俵のような頭部を捻り潰されるナイト兵の姿を眺めながら。
美樹さやかは只管に……恐怖していた。
あの怪物が野に放たれる可能性を。
そして、その抑止力になるべき存在に、他に心当たりが無いということにも。

「あたしが、戦う…………?」

火野映司と?
あの紫のオーズと?

逃げ出そう。
そう美樹さやかが思った回数は、もはや本人ですら数える事が出来ていなかった。
それでもさやかが竹林の中へと踏み止まれたのは、而して恐怖で足が動かなかったからというだけでは無かった。

――……信じちゃ、ダメですか?

頼り無い同輩の残した言葉が、さやかの足を地へ縫い付けたからに、他ならなかった。

「なんで……信じちゃったのよ。あたし、なんかを、さ……」

以前、美樹さやかはトーリに対して、対人関係における考えの甘さを指摘した事があった。
後藤に助けられてコロっと懐いてしまうトーリはガードが甘すぎる、と。
だがしかし、相手がそんなトーリだからこそ、だったのかもしれない。
美樹さやかがこんなにも恐怖心に苛まれていて、それでも未だ逃げ出さないのは。

裏切り者の蝙蝠ヤミーがそんな美樹さやかの心境を聞けば、一体何を思うのだろうか。
答えを与えてくれる都合の良い神様は、この世界には存在しない。
ただ、回転する舞台の上の役者達を嘲笑う錬金術師が、その座に最も近い位置を目指しているというだけのことで……



・今回のNG大賞

「錬金術師さんは、グリードの復活方法を知りませんか?」
「なるほど。この場にある緑の六枚を使って戦力とする謀か。小賢しい奴め」
「え、いいえ、そういう訳じゃ、ちが、やめ……ひいいいいっ!!?」

ピチューン☆
ウヴァさん復活は一日にして成らず……。

・公開プロットシリーズNo.89
→周囲の生物に本能的な畏れを与える、らしい。(※公式)



[29586] 第九十話:Break a warning――ウロボロスの綻び
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/05/26 20:22
「じゃんじゃん情報流しちまえ! ちょんまげ詐欺師なんて仕事、今日で廃業させてやろうぜ!」

ちょんまげを頭から垂らした一人の男が声を荒げながら指示を飛ばす、街角。
そして、リーダー格の男を取り囲むように同心半円上に並んだ、同じくちょんまげ頭の一団。
なんと、巨大な円盤が目撃された異様な街の中において……一層不気味な集団が発生していたのだ。

「きょうび、呪いなんて流行んねーんだよ!」
「頭髪は金よりも重い……!」

その集団の何が不気味と言えば、彼らが手にしているモノにこそ答えがあった。
全員が全員、何らかの形のインターネット端末を手に握り、一心不乱に操作を加えているのである。
ある者は弁当箱のような携帯電話を、またある者はタッチ式の現代的な通信機を使い、データの送信を行っているのだ。
……ちょんまげを結った団体様が街の一角においてそんな行動をとっていれば、怪しくない訳が無い。
もちろん、この非常時だからこそ、警察が取り締まりに来ることも無いのだが。

『【その頭髪】ピエロ女撲滅スレ【私に返しなさい】』
20代前半程度の爽やかな青年が巨大ウェブ掲示板へと次々にスレッドを立ち上げ。

『不完全なちょんまげのせいで、俺の頭皮はボロボロだァッ!! amano@0M0』
とある男性は、身体の不調を窺わせる咳(せき)を吐きながら、呟きサイトへの投稿を続けて。

『俺のちょんまげも笑ってもらおうか……!』
電話の通信相手に対して謎の恐喝を始める輩まで混じっている始末である。

……根本的に、この集団は何をしようとしているのか?
答えは、彼らの頭に輝くちょんまげを見れば、一目瞭然だった。
即ち、その場で情報操作に精を出している人間達は、女ピエロのちょんまげ契約の被害者な訳で。
一生モノの傷を頭皮に負った彼らの考えることは……女ピエロへの復讐以外に、有り得なかったのである。

「ちょんまげ提げてギターが弾けるかっちゅーの!!」

瞬く間に女ピエロに関する情報を広げ、その思惑を潰すことに快感を覚えるというネガティブな復讐に走りながら。
而して彼らは、気付いては居ない。
錬金術師達の行動を妨害することが、この世界の滅亡を防ぐ行為に直結していることに。
一枚目の反転現象によって現れたドイツの森の中央にて、契約者の欲望に応じた特殊なセルメダルが儀式に使われているのだから、彼らの一人一人が世界の滅びを遅らせていると言えるのだろう。

そして彼らは、気付く筈も無かった。
彼らのリーダー格の男が、ここまで集団的な行動を以て女ピエロの妨害へと走った理由を。
切っ掛けは、腰まで届く赤毛を一本に纏めた通りすがりの女の子が、彼を一言唆してやったというだけのことに過ぎなかったのだ。

……そんなにその髪型に腹立ってんなら、さっきのピエロぶっ潰しちゃいなよ?

発言した本人でさえ、原因と結果を明確に予測していたかどうか、知る者は居ない。
それでも彼女もまた、世界を救う歯車の一つ……なのかもしれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十話:Break a warning――ウロボロスの綻び



1742秒。
時計が長針換算にて174.2度が進むだけの時間を意味する、数字。
それが、現在のオーズがプトティラコンボを維持できる時間の制限であったらしい。

なぜ『らしい』などという曖昧な単語によって表されているかといえば、現在映司の状況を冷静に観察出来る人間が居ないからである。
つまり、先程まで震えながら恐獣の様子を覗っていた美樹さやかが、映司を観察する任務から放たれた訳で。

「どっせいっ!!」

精神的な抑圧を受けていた反動もあってか、ナイト兵の隙間を縫って走り回るというトンデモ芸をやってのける美樹さやかの姿が、戦場を支配していたのだ。
鬱憤を晴らすように剣閃を描きながら、次々とナイト兵を薙ぎ倒して回っているのである。

……オーズは、一体どこへ行ったというのか?
答えは単純、体力を使い果たして、コンボを維持出来ずに倒れてしまったのだ。
そして、戦場の真っ只中にて倒れた映司をからナイト兵の注意を引き離すために、さやかが身の丈に合わない大立ち回りを演じているのである。

「ったく! どんだけ出てくんのよ!!」

さやかが悪態を吐く対象は……無敵の筈のプトティラをスタミナ切れにまで追い込んだ、兵力であった。
一体一体は大した戦力で無いものの、無尽蔵に湧いてくるナイト兵は結果的に映司の体力を削り切ることに成功したのだから、雑魚といえども侮り難い相手である。
もし映司が意識を保つことが出来ていたなら、スタミナの配分を考えていた筈だが……頭脳が使えなくなる点もプトティラの欠陥の一つなのだろう。

もちろん、さやかの回復魔法があるのだから、使い切った映司の体力を戻してやることは可能である。
だがしかし、当然さやかの魔力も無限では無い訳で。
つまり……今後のピンチも、見えてくるというものだ。

「このままじゃ……」

即ち、さやかの魔力切れである。
さやかにはグリーフシードのストックが無いため、魔法の使用に制限があるのだ。
従って、無尽蔵に召喚されるナイト兵の相手を続けていれば、いずれガス欠を起こすことは目に見えている。
更に、絶えず襲い来るナイト兵等の波状攻撃のせいで、悠長に映司を回復させている暇も無かった。

先が見えない、絶望のゴールが待っている持久走。
血を吐きながら続ける悲しいマラソン、とでも言えば良いのだろうか。
ナイト兵も無限に出て来る筈は無いのだが、どちらの手玉が先に切れるかと言われれば、さやかとしては非常に心許ないのだ。


……そんな、時だった。
乾いた音が、戦場へと届いたのは。
ナイト兵達の靴と同じ鉄の響きを奏でながら、而して彼らよりも遥かに生物特有のリズムの乱れを含んだ、音色が。
馬の脚に取り付けられた蹄鉄が、地面を削って足音を掻き立てていたのだ。

その音を耳にしたのが美樹さやかでは無く後藤慎太郎であったなら、きっと『時代考証が滅茶苦茶だ……』と思ったことだろう。
何故なら、この時代の日本において『蹄鉄』というモノは、全く普及していない筈なのだから。
元来日本の馬には蹄が固い種が多かったため、馬の蹄に鉄の補助具を付けるという行為が一般的となったのは明治以後の話なのだ。
従って、明らかに文明開化以前である江戸時代に蹄鉄の足音を聞くのは、どう考えても不自然極まりない。
……もちろん、そのような豆知識が美樹さやかの頭に収まっている筈も無かったが。

だがしかし、蹄鉄付きの馬を乗りまわしていても不自然では無い人物が……この時代に一人だけ存在するのだ。
海外から技師を呼び込み、馬の強化を図った猛者が。
現代の言葉で言うところの魔改造ならぬ、馬改造といったところか。

「ふんっ!」

抜き放った刀で間髪入れずにナイト兵を薙ぎ倒す……侍。
白馬の王子様と呼ぶには明らかに年を食い過ぎているものの、言い換えればそれは『貫禄』を纏っているとも捉えられる。
つまり、王子というよりは『王』そのもの。
ガラの目指す王とも、古代にオーズであった王とも違う、一つの王の形。
それが……突如として美樹さやかに加勢した男の、正体であった。

「あの童から話は聞かせてもらった! 助太刀させてもらう!」
「えーと、昨日の……徳田さん? だっけ?」

還暦を迎えるかどうかという年齢にもかかわらず、その声は気迫に満ちたそれで。
その御仁がナイト兵を倒す時に有機的な音が聞こえないのが不自然だと思わせる程の存在感を纏いつつ、一騎の騎馬が美樹さやかの元へと辿り着いていたのだ。
どうやら、映司達が町人を巻き込まないように竹林にて戦っているという話を若葉駿から聞いて、ここまでやってきたのだろう。
尚、実は駿少年が徳田新之助に伝えた情報には『だから竹林には近づかないでください』という言葉が確りと続いていたのだが……細かい事は気にしないタチなのだろう。おそらく。

……それだけでは、無かった。

「御用だ! 御用だっ!」
「転生トラァァック!!」

十手を以てナイト兵の剣を受け止める、岡っ引き。
そして、動きが止まったナイト兵の横っ腹から盛大に跳ね飛ばす、現代人。
お互いの言葉の意味が通じて居なくても、そこには確かに協同の意志が存在していて。

「一昨日来やがれ!」
「ヒャッハーッ!」

江戸の町人が箒を錫杖のように振り回してナイト兵を怯ませたと思いきや、瞬く間に火炎瓶がナイト兵に浴びせられる。
業種も時代も超えて人々が命を張る、戦場。
そこには江戸も平成も、もはや意味を為しては居なかった。
……もっとも、火炎瓶を手当たり次第に投げているハイテンションな男は『平成』とも何かが違うようにも思えるが。

ナイト兵が反撃に出ようとも、漬物石やら消火器やらの援護が飛び交い、ナイト兵の戦線を押し戻す。
時折、『バックします、バックします……』という音声と共にナイト兵を轢き殺したり、鉄製農具を凶器として使用したりしながら。
根性論だけで保っている膠着が長続きするとも思えないものの、而してその光景は……不思議と、さやかの心を軽くしていて。
どうしても、この戦況を見せてやりたい。

「おきてよ、パンツマン」

自身のことを案じない、自己犠牲男に。
自分の手を伸ばさないと気が済まない、英雄野郎に。

「『あんた』を助けたいって人間が、こんなに居るんだ」

江戸と平成の人々が加勢してくれた対象が、『映司一行』であることは、さやかも理解出来ていた。
人々が協力してくれているのが、事態が収束する可能性をこの戦闘に見出しているからだということも、当然思考の片隅には分かっている。
だがそれでも、伝えたかったのだ。
彼らに力を借りているその一人として、紛れも無く火野映司という人間が居るという事を。

「だから……だから、死ぬようなマネ、するな! 絶対にするな!!」

嫌っても嫌い切れない、一人のヒーローに向かって。
決して戦場を支配するような雄叫びでは無く、しかし地に伏した一人の男の耳には充分に届くほどの、声で。
そしてさやかの視覚は、捉えていた。
気を失っていた筈の映司の掌が……拳を、結んだことを。

同時にさやかは、自身の言葉の中に潜んだ違和感にも、彼女らしからぬ鋭さを以て気付いていた。
――あんたを助けたいって『人間』が、こんなに居るんだ。
自分が吐き出した『人間』という言葉の中に、あまりにも自然に美樹さやか自身が含まれていたという事に。
今日の未明までは、魔法少女は死体だと愚痴っていた筈なのに、さやか自身も驚くほど当然のように人間という言葉を使っていたのだ。

ひょっとするとそれは……ショック療法のせいだったのかもしれない。
言い回しは乱暴であったものの、さやかを『生きてんだろう』と言い切ってくれた鹿目まどかの言葉は、その実として何よりもさやかに効いた激励だったのだから。
あの大人しいハズの子にしては似合わない尖った口調によって、痛みと共に与えられた一喝は……確かに美樹さやかが生きている人間であるという事を肯定してくれていて。

「あたしにも居る、か……」

未だ、終わらない。
決して、終われない。
ナイト兵の底が未だに見えなくても、人間達が早くも疲労を見せ始めていたとしても……




後藤慎太郎は……既に高くなった日の光を背に、ライドベンダーを駆っていた。
目的地は、ただ一つ。
ピエロ女を倒して回っていた『バース』が、つい30分ほど前に突如として通信を途絶した場所に他ならなかった。
バースを先兵として動かし、後藤が道化女の目撃情報を集めて伝えるという連携をとっていた状況において、バースの失踪は最大の誤算と言えただろう。

怪我人ばかりのライドベンダー隊を動かせば、女ピエロを処理するだけの仕事は出来るだろうが、現状はそうも甘くは無いようで。
道化女に危害を加えようとすると、ナイト兵が何処からともなく現れるのである。
一種のブービートラップなのだろう。
従って、実働要員がバース単騎に限られてしまったのは、やむを得ないことであった。
そんな状況でバースが行方不明になったとすれば、最悪も最悪である。
ライドベンダーを適当な路肩に止めて、バースが行方不明になった地点の調査を始めた後藤は、伊達明が置かれた状況に予想がついていた。

「やはりそういうことか……!」

であるからして、後藤が慌てふためいた筈も無い。
……周囲の光景が歪み、魚が羽ばたく奇怪極まりない空間が現れていたことに対して。

後藤は、知っている。
空間を支配し、まるで精神病患者が描いたような使い魔を従える、異形の存在を。
以前に後藤が見たものとは姿形こそ異なるものの、美樹さやかとトーリから聞いた情報から察するに、この空間の主は後藤の予測するモノに間違いが無さそうだった。

「偶然とは考え辛い……ガラは魔女も操れるのか?」

女性の下半身が鳥籠の中へと生えているという、常軌を逸した怪物の姿が空間の中央には浮かび上がっていて。
その大きさが、縮尺比にして人間の10倍にも及ぶ辺りは、もはや自重による崩壊などといった概念の通用する相手でない事を教えてくれていた。
更に、その結界の内部で苦戦を強いられている人間が居ることも、後藤は当然想定済みである。
ただし、自身の傍らに止めてあった筈のライドベンダーと引き離されてしまったことは、予想外だったが。

「くそぅ! キリがねぇ!」

……案の定、その空間の中に見つけた。
左手に具現化した巨腕を振りかぶって、襲撃者を振り払う仮面ライダーの姿を。
羽の生えた魚の群れに喰らい付かれながらも、それを振り払い続けるバースの影が、魔女空間の最下層に確認されたのである。
その様子からは、その空間の遥か上空に存在する魔女へ反撃する程の余裕を、覗うことは出来ない。

「伊達さん! 大丈夫ですか!?」
「後藤ちゃん! 良いところに来たッ!」

伊達は、ショベルアームを振り回すばかりで反撃に出る気配を見せなかった。
ブレストキャノンを溜めて使えば一気に勝負を決められるのでは無かろうか。
その事に対して、一瞬だけ疑問を呈すことを考えた後藤だったが……瞬時に、理解することが出来た。
おそらく伊達には、セルメダルのストックが殆ど無いのだ。
昨晩から道化女を狩り続けていた伊達は、当然ライドベンダーやバースの運用費として相当のセルメダルを消費している筈であり、力押しが選択できなかったという事なのだろう。
というか、それ以上に伊達明という人間の体力も消耗している筈なのだが……そんな中で30分も命がけの金魚掬いを続けられる辺り、実は超人染みている男である。
もっとも、後藤もピエロ女の情報を収集しながらガラの結界の低出力地点を探す作業に追われていたため、伊達と同じく徹夜明けには違いないが。

幸い、後藤が銃器を以て空遊魚を攻撃してみれば、一撃のもとに爆砕する事が可能であった。
従って、後藤が援護射撃を行えばバースも砲撃に手をかける事が出来そうである。
その隙に後藤の持っているセルメダルを伊達に渡して一気に決めれば、全てを解決できる筈だ。

「伊達さん。セルメダルなら持ってきましたよ。一気に片付けましょう!」
「いや、それだけじゃどうにもならん!」

……『それだけ』?
後藤の持って来たセルメダルが足りないという事だろうか?
しかし、まだ後藤の持って来た枚数も伝えていないのに、その文句が出て来る筈は無い。
つまり?

「残念ながら、射程が足りないみたいでな。ブレストキャノンを最大威力にしても、この距離じゃ致命傷は無理だった!」

果たして、伊達から返ってきた言葉には……最悪の状況が簡潔に表現されていた。
どうやら、ブレストキャノンによる砲撃は既に試していたらしい。
カッターウィングで飛んで敵に近寄ろうにも、空中からの砲撃では、反動が分散してしまうために一撃必殺は望めないだろう。
後藤が持っているバースバスターを逆向きに噴射して反動を抑えれば……とも考えてみたものの、胸部に固定されたブレストキャノンの斜角を考えるに、かなり厳しい作業になりそうである。
砲撃の射線と正確に逆方向へ銃を向けるという精密動作を、邪魔な翼が存在する背面から行うなど、無茶振り以外の何物でも無いのだから。

「この悪趣味な部屋から出る方法、知らない?」
「一方通行みたいですよ」

後藤が周囲を見回したところ、出口と思しき抜け道は見当たらない。
おそらく、出口に相当する場所を幻によって覆い隠しているか、空間ごと閉じているのだろう。
伊達が大して落胆した様子を見せないのが、後藤としては気になるところではあるが。
単調にショベルアームを振るい続けるその様子には、不思議と絶望は見られない。

「何か策があるんですか?」
「あるには有る! 物凄く危険だがな!」

よもや『力尽くだ!』などと返された日にはどうすべきかと思った後藤だが、伊達の言葉を聞いて少しだけ期待を抱いても居た。
もっとも、危険だと自分から言い出している辺り、どうしようもない作戦が出て来る可能性も否めないが。

「あの鳥籠の柵にショベルとクレーンで砲台を固定して、そこからの最大威力のブレストキャノンだ!」

……確かに、それが成功すれば、鳥籠の魔女を倒すことは出来るかもしれない。
というか、その一撃によって鳥籠の魔女が倒せると仮定しなければ、後藤達は死を待つしかない。
だがしかし、その作戦の致命的な欠点を、後藤は見抜いていた。

「ショベルとクレーンを使ったら、どうやってセルメダルを補給するんですか!」

その作戦を実行する場合、ショベルとクレーンの装備によって両手が塞がる訳で、ブレストキャノンの威力を最大にするためのチャージを行う事が出来ない。
ブレストキャノンの威力を上げるためには、ベルトへと追加のセルメダルを投入することが必須であり、あまり長時間溜めておけるものでも無いのだ。
代わりに片手を開けたとしても、今度は射線がブレてしまうために作戦として成り立たない。
仮に先にエネルギーを溜めた状態で、後から別の装備を使おうとすると、溜めたエネルギーは優先的に後付け装備へと使われてしまうのである。

加えて言うならば、マニュアルを読むのが嫌いな伊達明という男がそう言うからには、その作戦も一度実行して失敗しているのだろう。
しかし、それを後藤に伝えたという事は、改善策も考えてあるという訳で。

「つまり『バース』の他に、ベルトにセルメダルを入れる人員が居れば良いって事だろ?」

……まさか?
確かに、カッターウィングによって飛び上がるバースに掴まって後藤も一緒に鳥籠の付近まで行けば、固定砲台となったバースへとセルメダルの補給をすることが可能である。
そして後藤は、当然に理解していた。

「危険って、そういうことですか……」

主に、バースを補助する人員の身が危険なのだ。
バースに掴まって飛翔するということは、バースを狙って襲い来る空遊漁の攻撃を受ける可能性も高いという事を意味しており、生身で使い魔の攻撃に晒される危険を負わなければならない。
更に、失敗のリスクは大きく、当然逆転の目は潰える。
その場合、銀の鎧を纏っている伊達が即座に致命傷を負うことは無いだろうが、後藤が消えればバースも弄り殺されることは目に見えていた。

正に、一発逆転のギャンブル。
掛け金は数枚の銀貨と、二つの命。
成功報酬は、三枚目の世界反転の阻止。
もちろん、それ以外の策がある訳でも無い後藤には選択肢など有る筈も無い。

「……なんなら、後藤ちゃんの方が変身してみるか? 俺はそれでも良いが」

そんな思考を行っていた後藤の耳に入って来たのは……空遊漁を捌く音に紛れて聞こえた、声だった。
そして、本気でどちらでも良いという声音を以て発せられたその言葉の意味を、後藤の意識は素早く理解していた。

「俺が……」

後藤をバースに変えるその提案は、世界を守りたいと言っていた後藤の望みを叶えるものに他ならない筈なのに。
空遊漁を切り裂き続ける銀の鎧が、まるで血の雨を浴びているように見えてしまっていて。
その作戦が失敗すれば二人とも死ぬのは変わらないと理解出来ていても。

「俺が、伊達さんの……人の命を預かる……?」

即答することなど後藤には出来そうに無かった……



・今回のNG大賞

「ヘヴンズトルネードッ!」
「タイヤキ名人アルティメットフォーム! スペシャルターボッ!」
「V1システム起動!」

「アンタ等みたいな一般人が居るかァァ――ッ!!」

ライダー世界の一般人の強さの幅は異常。


・公開プロットシリーズNo.90
→※将軍様の攻撃は全て峰打ちです。でもナイト兵は斬られているようにしか見えない! 不思議!



[29586] 第九十一話:ひとのちから
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/06/02 08:49
後藤の目の前に、吊り下がっている。
バースへと変身するための、チャンスが。
それも、世界の危機という最高最悪の舞台の中で、バースの現所有者も納得する形において。
そんな中、伊達明の提案に対して後藤慎太郎の導き出した答えは……

「……このままで行きましょう」
「オーケー。航路が荒くても文句は無しだぞ?」

……拒否、だった。
伊達の発言から察するに、伊達は空中姿勢にあまり長けていないようだが、それでも一度もバースを装着したことの無い後藤よりはマシだろう。
つまり今のロールのままの方が、二人がこの魔女空間から生還する確率は高まるという事だ。

「今はまず、現状を打開する事を考えるべきですから」

がむしゃらに世界という言葉を口にしていた頃の後藤ならば、その結論には至らなかったのかもしれない。
危険も顧みず、喜び勇んでバースのベルトを受け取っていた可能性は高い。
だがしかし……今の後藤は、知っていた。
まず目の前へと手を伸ばす火野映司の方法もまた、この世界を守っているのだ、と。
だからこそ、まずこの魔女空間で生き残る確率が高そうな選択肢を見極められたのだ。

「よし、突破するぞ! 掴まれ!」

左手の巨大な爪を振り回して、空遊漁を薙ぎ払いながら。
伊達は右手を同時に使いつつ、腰のバースドライバーへとセルメダルを三枚連続で投下し、側部のレバーへと速やかに手をかけていた。

『カッター ウィング』
『クレーン アーム』
『ドリル アーム』

そして間髪を入れずに具現化する、銀色に輝く翼と削岩腕。
バースの右腕と背後に現れた巨腕と飛行用の翼が、薄暗い空間に負けじと銀の輝きを放っていて。
加えて、右腕の先には回転する削岩機がその存在を主張しているのだ。
尚、既にこの時点でバースの両手は塞がっている。
そのため、ベルトへと操作を加えるためには、クレーンとショベルのどちらかを解除するか……若しくは外部操作に頼るのみ。

後藤はバースのベルトの側部を掴んで、ぶら下がる準備を整えながら、これから行う作業の手順を脳内にて確認していた。
まず、バースがショベルとドリルで空路を切り開きつつ飛び上がる。
そして、ある程度まで浮遊魔女に接近したら、バースの装備にブレストキャノンを追加する。
最後にバースが両腕で魔女の外殻たる鳥籠の柵を掴んで身体を固定し、それと同時に最大まで出力を上げたブレストキャノンの砲撃を撃ちこめば任務完了という訳だ。

「そんじゃぁ、行くぞ!」
「いつでも!」

かくして、バースは……その背から指向性を持った熱の放射を開始した。
それは人類がかつて目指した夢にして、鴻上財団の生み出した飛行型支援ユニット。
ジェットエンジン、である。

基本的に翼というものは、周囲には揚力という飛行補助の風を生んでいる。
それは、飛行機だろうが鳥類だろうが変わらない。
だがしかし……バースの背中に付属した翼は重心を安定させる程度の意味しか持っていないのだということを、後藤は理解させられていた。
何故かといえば、

「おおおおおっ!!」
「……っ!」

敵陣への中央突破を実践しているバースは、風力など発生する暇も無いほど、敵に囲まれ続けているのだから。
ドリルを、天を突くように進行方向へ掲げながら。
空を駆けるように突き抜けつつ、出来るだけ敵の間を縫い、時に力尽くの突破をかけて。

進む。砕く。
翼に轢かれた空遊漁は瞬く間にその身体を二分された。
生身の後藤を狙った魚もショベルアームによって薙ぎ払われる。

『ブレスト キャノン』

近付く。退ける。
もはや弾幕とさえ呼ぶべき使い魔の数を前に、後藤の肉眼は魔女の本体を視認することが出来ていなかった。
それでも超五感的に感じ取ったタイミングにて、片手でセルメダルを取り出して投入する。

『セルバースト』

進行する。蓄積する。
魔女を一撃のもとに葬り去るための力を、バースドライバーに。
バースの薙ぎ払った破片が後藤に直撃しようとも、怪我の確認さえ行わずに。

『セルバースト』

穿ち続ける。積み立てる。
使い魔を巻き込み続けたドリルが奏でた不気味な音を耳にして、その耐久力に不安を感じたとしても。
メダルを扱う手の動きに淀みなど、ある筈も無い。

『セルバースト』
「伊達さん! 充填完了です!」
「こっちももうすぐだ!」

途端に、夜空が広がった。
空遊漁の密集していた視界が突如として開けて、星の無い暗黒の空がその姿を現したのである。
鳥籠の中腹程度にまで一気に飛び上がったバースを……魚たちは、何故か追っては来なかったのだ。

「何だか知らんが、こいつは好都合だぜ!」

……鳥籠の魔女の手下。その役割は軽薄無思慮。
何の役にも立たないくせに、魔女の足元へ言い寄って来るという性質を持つ、短慮なオサカナたち。
結局のところ伊達たちを襲っていたのも餌を求めただけに過ぎず、魔女の付近においては本性を晒して魔女に媚び諂う。
そんな使い魔の性質が仇となり、群れを突き抜けて空高くまで飛び上がってしまったバースが自由の身となってしまったのである。
もっとも、伊達も後藤もそんなことを知る由など無いのだが。

巨大鳥籠へと接近すると共にクレーンの重りを飛ばして、檻へとワイヤーを括り付ける。
その先端に取り付いたドリルは、使い魔の体液や残骸に塗れに塗れ、既に機能を失ってしまっている事を人間達に教えてくれていた。
そんな中、ワイヤーを巻き取って距離を詰め、伊達はようやく掴み取った。
強靭な左腕の爪に火花を侍らせながら、柵の一本を挟み、右手のクレーンと合わせての二点にて砲台を固定する事に成功したのである。

あとは……その力を開放する、のみ。

「「ブレストキャノン・シュートッ!!」」

視界が、揺れた。
それはブレストキャノンの反動でもあり、断末魔をあげながら地団駄を踏む魔女の生み出す振動でもあったのかもしれない。
鳥籠の中の巨大な下半身は綺麗に貫かれ、その中央部には巨大な穴が穿たれていたのだ。
夜空を切り裂く一条の光が、その影を失っていく。
そしてそれに追随するかのように、夜空を演出していた空間もまた、形を失い始めていた。

「最後は、運に助けられましたね」

後藤は、思う。
砲撃中に使い魔からの攻撃を受けていれば、作戦は更に困難だっただろう、と。

「そういう時は、運を『勝ち取った』っていうモンだ」

選択した運命か、運命の選択か。
魔女空間とは打って変って照り付ける日差しは……まだ人間達を休ませては、くれないらしい。
ライドベンダーを用意しているバースの姿を視界の隅に収めながら、携帯PCを取り出した後藤は検索を始めていた。
女ピエロの位置を掴み、潰すことによって世界を守るために……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十一話:ひとのちから



声が、聞こえた気がした。
映司の身を案じる、声が。
急速に覚醒する意識の中で、『疲労』というよりも『消耗』に近い感覚を抱きながら。
ようやく映司が目を開いた、その時……映司の視界にまず飛び込んできたのは、戦場であった。

農具を振り回す農民や、スタンガンを突き出すオフィスレディ。
ゴルフクラブで長剣の腹を圧し折る学生を援護して、投げつけられる文鎮に屋根瓦。
そんな統一感のまるで見えない集団が、ナイト兵の戦線を押し返していたのだ。

「目が覚めたか!」
「呑気に寝てんじゃないわよ! もう紫のオーズは絶対禁止!!」
「徳田さん……さやかちゃん……」

刀を振るってナイト兵を斬り捨てた初老の侍が、映司の覚醒を喜んでいて。
一見罵倒に見える言葉を吐き散らす女の子の声も、悪意を含んだものでは無かった。
映司が認識した現実は……彼が意識を失う前の状況からは、想像もつかない光景であった。
平成民と江戸っ子が力を合わせて、外敵の脅威を跳ねのけていたのだから。

「映司! これを!」

だが、徳田新之助が懐から取り出した『それ』を見た時の衝撃は……本日一番の驚きを、平然と上書き更新してくれていた。
……橙色の輝きを放つ、動物を模った古代の硬貨。
それは、映司の知る種類のどれとも違っていたが、紛れも無くオーズの要の一に他ならなかった。
即ち……『コアメダル』以外の何物でも無い。

「コアメダル……?」
「徳川家に献上されたものだ!」

甲高い音と共に投擲されたそれは、三枚組のコアメダル。
映司の手元へと、寸分の狂いも無く。
吸い寄せられるように、映司の手元へと収まる事となったのだ。

「持つ者に疲労回復の恩恵を与えるそうだ。少しは役に立つと思ってな」

コブラ、カメ、ワニ。
オレンジ色に染まっているメダルの表面に描かれた動物たちは、その全てが爬虫類であった。
それに加えて、その動物たちが他にも共通点を持つことに、映司は気付く事が出来た。
どれも、長寿や健康といった生命力に関わる逸話を持つ生物なのである。
おそらく、それらのメダルが持ち主に影響を及ぼすという話も事実なのだろう。

……そして映司は、知っていた。
コアメダルの力を最も効率よく引き出せる存在が、何と呼ばれているのか。

「ありがとうございます! 『使って』みます!」

おそらく徳田新之助の思ったのとは別の形において、『使』う。
三枚のコアメダルを慣れた手つきでベルトへと差込み、右手にスキャナーを構えつつ立ち上がって。

「変身っ!!」

オーズドライバーに嵌った橙色の三枚へを、右手でなぞる。
その力を、解放するために。

『コブラ カメ ワニ』

メダルが、唄う。
同色の三枚のコアメダルを読み込んだことによるボーナス……すなわち、『コンボ』の成立を讃えて。

かくして、ここに新たなオーズが誕生する事となる。
頭部に現れた蛇の蜷局は、ターバンのように頭上に収まった。
腕部には亀の甲羅がその姿を顕現し、楕円を描くはずの装甲は縦に二分割された手甲へと形を変える。
脚部には鰐の歯を模った意匠が見られ、鋸のように獲物を切り裂く凶刃が存在を主張していた。

仮面ライダーオーズ『ブラカワニ』コンボ。
それが、新しく生まれたオーズの名前だった。

更に、コンボには固有能力というものが存在する。
例えば緑色のコンボ『ガタキリバ』ならば50体近い分身を生み出し、黄色のコンボ『ラトラーター』ならば熱線を扱えるといった具合に。
もちろん代償は大きく、コンボは使用するだけで多大な体力の消費を使用者に強いることとなる。

「やっぱり……!」

そして、ブラカワニの固有能力は……映司が思い描いたものと同じか、それ以上のものであった。
ある意味においてはコンボというものの前提を覆していて、而してこの持久戦の局面においては何よりも重宝されるべき、その能力。
果たして、ブラカワニコンボの特性とは……




「ハッピィィッ! バースデイッ!! 新たなオーズの誕生だよ!!」

もはや説明にも及ばない、巨塔の最奥の一室にて。
いつものように声を張り上げて、いつものように生誕を祝う男は、いつもの鴻上会長に他ならなかった。
ディスプレイ越しに姿を現した『ブラカワニ』へと、賛辞の声を惜しむことなく送っていたのだ。
共に捕らわれていた魔法少女モドキが、会長の発した大声に驚いて身体を震わせたことなど、この会長にとってはセルメダル一枚にも満たない些事なのだろう。

「馬鹿な……あの状態からコンボを使って、無事で居られる筈が無い!」

そして、その会長と意地の張り合いを続けていた筈の錬金術師は……珍しく動じている様子であった。
何故なら、錬金術師ガラと鴻上会長等が見守るディスプレイの向こう側では、

『セイヤァッ!』

……縦横無尽に暴れ回る橙のオーズが姿を見せつけていたのだから。
そして、そんなバカな、と思ってしまったのはトーリも同じであった。

コンボは映司に多大な体力の消費を要求する諸刃の剣であって、間違っても死に体に鞭打って使える代物では無い筈なのである。
それなのに画面内のオーズは、一蹴のもとに複数のナイト兵の胴を両断し、時に腕に備わった甲羅によって殴打するという単調無双作業を淡々と繰り返しているのだ。
コンボ独特の派手な技こそ見せておらず、プトティラ程の圧倒的攻撃力がある訳でも無いものの、ガラがコンボだと断定するからにはオーズの今の形態はコンボなのだろう。

トーリには、分からない。
現在のオーズに何が起こっているのか。
一応ガラが驚いている理由は分かるものの、現状に対する理解が追い付いていないのだ。
では、どうすれば良いか?

「すみません……何が起こっているんですか……?」

……分かる人に聞けば良いのである。
そして、この場に存在する人物のリストは!

その①:おっかない錬金術師
その②:トーリ達を見張っているナイト兵と女ピエロ
その③:狂言回しの祝誕会長

どう考えても、トーリが気軽に話しかけられるメンツでは無い。
つまり、トーリの選択は一つに絞られる。
すなわち、

その④:有能そうな美人秘書

これで決まりだッ!
というか、彼女以外に選択肢が存在しなかったとも言う。

「多分ですが、あのオレンジのコンボには、火野さんの体力を回復する特性があるんだと思います」
「……なるほど」

すると里中秘書は、あまりオツムの出来が宜しくないトーリにも分かり易い解説を、瞬時に講じてくれた。
自身の人選が正解であったことに胸を撫で下ろしつつ、同時にトーリは納得もできていた。
コンボは体力を消耗させるものだという先入観が、トーリの思考を制限していたということなのだろう。
だがしかし、トーリは同時に疑問に思っても居た。

……コアメダルの製作者である筈の錬金術師が、そのメダルの特性を知らないのは不自然ではないか、と。
もっとも、錬金術師から反抗的と思われる可能性があるため、小心者のトーリは内緒話でもそんな事を口に出来ないが。

「つまり! マスター・ガラの作戦は既に潰えているという事だよ!」

そんなトーリと里中の静かな会話の流れを汲んでか、否か。
鴻上光生の切った啖呵は、やはりいつも通りの自信に満ち溢れた、それだった。
そして当然、トーリには会長の意図するところが読めていなかったりして。

「火野さんが無制限の回復手段を得たことで、戦闘員による持久戦が効かなくなったという事ですよ」
「…………なるほど」

つまり、錬金術師ガラはオーズ側の消耗を狙った持久戦を仕掛けていたが、それが通じなくなったという事なのだ。
そもそもトーリにとっては、錬金術師の狙いが消耗戦であった事自体が、考えてもみなかったことであった。
ガラと鴻上光生は、一体どれだけのステップを飛ばしながら会話を行っているのだろうか。
それを完璧に理解して淡々と説明できる里中エリカも、何気なく人間離れしている訳だが。

……むしろ、人外であるトーリだけが理解できていない。
これが、人間の恐ろしさというヤツなのだろう。
トーリとて人間が侮り難い生物である事は知っていたが、その一つの在り方を見せつけられていた気がしたのだった。
ちなみに、最初に人間の怖さをトーリに叩き込んだのは、誕生日に襲い掛かって来た暁美ほむら様である。

「だが、貴様の作った玩具は鳥籠の魔女の腹の中だ。邪魔をする者が亡くなった今、もはや世界の終末を止める術など無い!」

確かに、オーズを江戸時代に放置したとしても、世界を滅ぼす大魔術には支障は出ない。
オーズの持つ紫のメダルこそ、ガラが新しい世界の王となるための必要であるものの、それはまず世界を滅ぼしてからでも問題が無いのだ。
加えて、バースが女道化師のちょんまげ契約を邪魔できなければ、特殊なセルメダルは世界の天秤へと蓄積を再開する。
即ち、既に二枚が裏返っている滅びの円盤も、もうじき三枚目を裏返すことだろう。

「見よ! 間もなく、三枚目……が……?」

だからこそ錬金術師は、自身の視界に入った『量』を正しく認識するために、数秒の時を必要としてしまった。
フラスコの中には……6割強のセルメダルが溜まっていなければ、おかしい筈なのに。

「時間をかけ過ぎたようだね! マスター・ガラッ!!」

……溜まって、いなかった。
鳥籠の魔女を差し向けてバースを捕えたにもかかわらず、フラスコの中のセルメダルは、目算にして半数ほど……すなわち、昨晩から殆ど変化を見せていない。

太古の錬金術師は、知らなかったのだ。
21世紀を生きる人間達の、情報伝達の速度を。
ちょんまげ契約の被害者となった人間達が電子情報を流し、女道化師の危険性を知らしめていたことも。
800年も昔の常識では、たった一晩のうちにそれだけの規模へと情報が流れることなど、考えることも出来なかったのである。

今にして思えば、バースによる契約妨害の一件を鴻上が自分から口にした事に、ガラは違和感を抱かなければいけなかったのだ。
世界の命運が賭けられているのだから、ガラへと手の内を簡単に明かすような発言自体が、そもそも不自然極まりないものだった筈なのである。
逆に言えば、鴻上はそれを口外した時点で既に、人間達の中に情報が拡散していたという見込みを持っていたという事に他ならない。

「ふむ。互いに手詰まりという訳か……」

……実際には、互いの条件は既に対等でさえ無くなっていた。
例え鳥籠の魔女がバースに勝利したとしても、既にちょんまげの契約を推進することは不可能となり、後はガラの手持ちのセルメダルを消耗するばかりなのである。
それは、江戸へと送られたオーズへの対処に関しても同じことが言えた。
ブラカワニコンボの特性によって事実上無限の体力を手にしているオーズの前には、持久戦など愚の骨頂に他ならないのだから。

つまり、現実は膠着状態と呼ぶには人間側に有利な形勢であり、ガラの発言は既に虚勢以外の何物でも無くなっていたのだ。
ガラ自身でさえ、既にそんなことは分かり切っていた。
というか、この部屋の中でそれが理解できていないのは、里中秘書へと親切な解説を要求している蝙蝠娘ぐらいのものだろう。

「マスター・ガラッ! 提案がある! カンフル剤を投入しようではないかッ!!」

そして、ガラは気付いていた。
この人間は……鴻上光生は畳み掛けに来ている、と。
最早、鴻上光生は殺してしまわない理由は、ガラの意地によるものだ。
この人間をやりこめて、絶望させてやりたいと思ってしまっているのである。

「欲望を満たすチャンスタイムを与えて欲しい人間が居るッ!」
「……誰、だ?」

だからこそ、だろうか。
鴻上光生がこの後に挙げる名前に予想がついていたにも変わらず、続きを促してしまったのは。
この局面において世界の命運を握るべき人物など、彼の人をおいて他に居る筈がないのに。

「仮面ライダー『オーズ』ッ! 火野映司君だよ!!」

古代の王を受け継ぎ、その力を受け入れる器。
世界を救う欲望の持ち主。
鴻上から提示されたチャンスとは即ち……その欲望の大きさを利用することで、滅びのフラスコを一気に満たす機会であった。

「……良いだろう。乗ってやる。貴様の口車に、な」

かくして、決まった。
世界を転がす、賽を手にする役者が。
人間の行動の集大成が、錬金術師に選択を迫った結果である。

後は、祈るのみ。
その全てを握る男が、賢者であることを……



・今回のNG大賞

「それだけ武装を出すなら、素直にバース・デイにした方が良いんじゃないですか?」
「お七ちゃんにマニュアル燃やされちまってな……何だっけソレ?」

今回仕様武装:ショベル+クレーン+ドリル+キャノン
バース・デイ:ショベル+クレーン+ドリル+キャノン+キャタピラ

まぁ、キャタピラ分の重さを軽量化したということで、一つ……

・公開プロットシリーズNo.91
→人間ってコワイ。



[29586] 第九十二話:時代劇の中で会った、ような……
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/06/09 19:37
橙の渦。
ナイト兵の数を削り続ける戦士を一言で形容するならば、そんなところだった。
紫コンボのような圧倒的戦力がある訳でも無く、かと言って赤コンボのような華やかさも無い。
だが、ただ己の手足で戦うだけの土色の戦士は、順調かつ堅実にナイト兵を刈り取っていた。

ナイト兵が叩きつけた長剣は、亀の甲羅を模した戦士の腕に弾かれてその長さを失って。
彼の人への足払いを試みれば、鰐を模した脚部の鋸のような刃によってセルメダルへと還される。
死角から攻撃しようにも、オーズの頭より伸びた蛇に食い付かれ、やはり二進も三進も行かない。

尚、オーズの体力が無限となった事が発覚した時点で民間の人々には撤退して頂いている。
稀に観戦者らの方向へとナイト兵が目をつければ、そちらに合流していた徳田氏や美樹さやかが処理するといった具合である。
さらに、その場の誰もが、気付いていた。
先程まで無尽蔵に現れていた筈のナイト兵達が、その数を失い始めているということに。
すなわち、錬金術師の手下の底が見え始めたという事である。

「成敗ッ!」

そして……徳田新之助が声を入れるタイミングもまた、完璧も完璧であった。
残り少ないナイト兵を前にオーズが何かを企んでいるという事を敏感に察知して、敵兵の殲滅を命じたのである。
徳田の持ち込んだ古代の硬貨へと謎の円盤を翳している、橙色の戦士へと。

『スキャニングチャージ』

かくして、オーズドライバーへと収められたコアメダルが、踊り上がる。
ベルトの溝から飛び出さんばかりに、その力を解き放つ。

亀の甲羅を地面に滑らせ、まるで這うように進みながら。
時折頭部より伸びた蛇の長身によって体勢を整え、地面を滑進する。
その中で、何よりも特徴的な部位は……スライディングの要領で突き出された、脚部であった。
ベルトより伸びた循環器の一部から半透明なワニの頭部が実体化し、敵を噛み砕くための牙を為しているのだ。

「セイヤァッ!!」

地面を撫でて移動し、時に跳ね上がり、時に土を抉って。
一瞬ごとにナイト兵を噛み砕き続ける獰猛な狩りの形が、そこには出来上がっていた。

最期の一体のナイト兵をセルメダルへと還した、ちょうどその時。
火野映司には、確かに聞こえた。
何処からともなくあがり始めた、歓声が、

それはナイト兵を倒し切ったオーズへの賞賛でもあり、また共に戦った人々が労い合う声でもあった。
未来人も過去民も隔てなく、手を叩き、腕を組んで喜び合う交流。
そんな光景を視界に収めながら、映司は思う。
……もし21世紀に帰れなかったとしても、この人達なら何とか協力して暮らしていけるだろう、と。

実のところとして、火野映司という男が江戸と東京の住人らを和解させた理由の一つが、それだったりする。
映司としてはガラを見過ごす事は出来ないので現代に帰らねばと考えているが、ソレとコレとは別問題なのである。
最悪の事態として帰還の手段が見つからなくても、巻き込まれた人々が生きていければ良い、と考えたのだ。

変身を解いて、困り顔の駿少年と合流しながら。
映司の頬が少しだけ綻んだ理由を理解出来た人間は……どれほど、居たのだろうか。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十二話:時代劇の中で会った、ような……



仮面ライダーバースこと伊達明がバイクを起動した……ちょうど、その時だった。

「ところで……後藤ちゃんの後ろに居る変な生物は何だ?」
「まさか! まだ魔女が!?」

伊達と後藤が魔女空間から脱出した地点の直ぐ傍に、恰幅の良い灰色の怪人が立ち尽くしていたのである。
小振りながらも力強さを見せつけている角が印象的な、全体としては2メートルを超える長身を誇る巨人。
それが、後藤のすぐ後ろに存在していたのだ。

素早く振り返りつつ銃を構えた後藤慎太郎だったが……次の瞬間には、その状況の不自然さに気が付いても居た。
その怪人は灰色のメダルのグリードであるガメルに違いないのだが、コイツは何故後藤を襲わなかったのか、と。
というか、先程から仁王立ちを続けているだけのガメルの様子を見るに、ガメルが後藤の背後に回り込んだのではなく、後藤がガメルの正面に出現したというのが正解らしい。

「……」
「……」

なんと声をかけるべきか。
敵意を向けるにも、微妙に間を逃してしまっていた。
というよりも、今更殺伐とした殺し合いを始められるようなシリアスが匂って来なかったのである。
銃口を向けられたガメルも、後藤のことを脅威とは思っていないらしく、戦闘が始まる気配は感じられない。

そして、後藤がガメルを攻撃する気になれない最大の原因は……ガメルの巨腕に抱えられた、人間の少女の姿であった。
意識が無い様子だが、外傷があるようにも見えない。
人質なのか、はたまた食料なのか。
ガメルのトボけた雰囲気からして、XXX板的な意味での獲物では無いと思いたいところだが……はたして?

「んん? そっちの子は……もしかして、水使いのグリードちゃんか?」

ところがどっこい、この二人の関係は異種族恋愛では無く、純愛系だったらしい。
グリードが人間態を模れるという事を情報としては知っていた後藤だったが、メズールの人間態を見るのは初めてだったために判別出来なかったのである。
伊達明は、一度メズールの人間態と鉢合わせて冷水を被せられた事があるために、一発で判別出来たようだが。

どうやら、ガメルには後藤や伊達に危害を加える気は無いらしい。
だが、だとするならば何故ガメルは魔女空間の出口で待っていたというのか。
出待ち芸にしては、反応が遅すぎる。

「……このあたりに、みどりのこあ、ひっぱられてた。なん、で?」

そして、反応に困っていた後藤達にかけられたのは……あまり要領を得ない、問いだった。
まず、ガメルとメズールは青と灰色のグリードの筈なのに、何故緑のコアの話題が出て来たのだろうか。
その答えは、メズールがカザリに唆されて緑のコアを取り込んでいたから、という経緯によるものなのだが、そんな事を人間達が予想できたはずも無い。

「魔女と何か関係があったのかもしれないな」
「まぁ、ここに魔女が居た訳だし、魔女が何かしたんだろうなぁ」

……何気なく、大正解を導き出している二人。
トーリが緑のコアを抱えていたせいで鳥籠の魔女に吸い寄せられたように、メズールも鳥籠の魔女の引力に影響されていたのである。
もっとも、グリードの中で最強の腕力を誇るガメルがメズールの身を抱えていたのだから、易々とメズールが拉致されることも無かったわけだが。
これが、メズール様とトーリの女子力の差というヤツなのだろうか。

「そう、か」

後藤と伊達の言葉を聞いたガメルの行動は……迅速であった。
否、ガメルは元々あまり動きが機敏で無いので、飽く迄普段に比べて速いというレベルでしか無かったが。
ガメルが自身の巨大な腕でメズールの腹部をゆっくりと撫でるように動かし、ガメルの腕がメズールから離れた時……そこには、緑色のコアメダルが摘出されていたのだ。
つまり、ガメルがメズールから緑コアを摘出したのである。

そして、次の瞬間には甲高い音が、その空間に響き渡っていて。
後藤は目の前の光景を、にわかには信じることが出来なかった。
何故なら、そのガメルの行動は、人間がグリードに抱くイメージと真っ向から矛盾していたのだから。

「どういう事だ……?」

ガメルは、放り捨てたのである。
緑のコアメダルを。
無造作に、何の価値も無いものを零すように。

この時後藤の耳には、風力発電で有名な隣町の博物館の名物館長の高笑いが、空耳として届いたような気がしたのだという。
……ハッハッハ! 見ろ! ウヴァのコアがゴミのようだッ!!

「これで、めずーる、あんしん」

満足気な声を漏らしているグリードの姿に、後藤は驚愕を禁じ得なかった。
ガメルとしては、メズールの身の安全が最優先事項であるため、当然の行動をとったまでの事なのだが。
緑のコアがメズールへ危険を招くならば、それを排除するのは当たり前である。
かくして、のそのそと歩み去っていくガメルの背を……男二人は見送ることとなったのだった。

「まぁ、今は相手をしている場合じゃないので、放っておきましょう」
「そうだなぁ、無理に戦う必要も無いか。火野のヤツに手土産も出来たし」

かつてアンクからカザリへと強奪され、メズールに託されていた昆虫類のメダルが、ようやく人間の側へと回ってきたのである。
その柄は、カマキリ。
一枚はカザリが、もう一枚はガラが握っているという、死に札となっていた筈の一枚であった。
ガメルの捨てて行った緑のコアメダルをそそくさと拾いに行く辺り、伊達さんもちゃっかりしていると言うべきか。
もっとも、後藤も伊達と話しながらノートPCによる情報収集を始めている辺りは、伊達と似た物同士なのかもしれないが。

「それと、今のグリードをガラの兵隊が大群で襲い始めたという目撃情報が入りましたけど……」
「……無理に戦う必要は無いが、助けてやる義理も無いし、放っとこうぜ」

ですね、と当然のように返して来る後藤の言葉を待たずに、伊達はライドベンダーのエンジンを吹かし始めていた。
伊達が足を止めているうちに、また女道化師の契約者が出ないとも限らないのだから……




美樹さやかは……独り、竹林の少しだけ奥の地に足を踏み入れていた。
特にその場所に目的の物があった訳でも無いが、映司を英雄のように祀り上げる人間を見て居られなかったというべきか。
何となく、人気の少ない林の奥へと避難してしまったのだ。

それに、映司が一瞬の迷いも無く橙色のコンボを使用した事にも、地味に納得が出来ていなかったりする。
徳田さんの発言からブラカワニの特性を予想していたのだろうが、それにしてもハズれていたら映司の命が尽きていた賭けの筈なのに。

「……あたし、何やってんだろ」

結局のところ、自分を粗末にしないで欲しいという美樹さやかの叫びは、火野映司には届かなかったのではないか。
そう、思えてしまうのだ。
もちろん、プトティラコンボが終了してからの時間に映司を守り切ったのは紛れも無く美樹さやかの功績だと、頭では理解できている。
だがそれも、町人たちが少し速く到着していれば要らなかった、という程度のものでしかないのだ。

簡単に言えば、『正義の味方』を続けていく自信が、イベントを経るごとに下がり続けているのである。
……そして、そんな状態だからこそ、その背後から近づいていた人影に気付く筈も無かった。

「どうした? 浮かない顔をして」
「っ!?」

別に、その人物が気配を消して忍び寄っていた訳では無かった。
ただ自然体で近付いて来られたせいで、逆に気付く切っ掛けが無かったというべきか。

「えーと、徳田さんだっけ? さっきはありがとう……ございました」

一応、敬語を使ってみる美樹さやか。
各種メディアおいては、本当に敬語を使えるのかという疑問さえ付きまとう彼女だが、空気を読んだのだろう。おそらく。

「やはり、余の正体に気付いていないか……。いや、良い」

余の顔に見覚えは無いか、と言いたげな徳田さんだったが、さやか達が江戸の民でないことを思い出してくれたらしい。
というか、さやかの記憶によれば徳田さんの一人称は『俺』であった筈なのだが、なぜ『余』になったのだろう。
そんな些細な疑問を抱く美樹さやかの思考を見透かしたように、徳田さんは言葉を継ぎ足してくれた。
まるで、『余の正体』と言いかけた内容が、どうでも良い事であったかのように。

「何か、思い詰めているように見えた。俺で良ければ聞かせてくれないか」

また一人称が『俺』に戻った……?
ぶっちゃけ、美樹さやかでなければ気付いた筈である。目の前の男の正体に。
さやかとて勘は悪く無いが、流石に日本史という学業要素が絡めば勘云々の問題では無いのだ。

「パン……アイツが、自分の命を投げ出してまで戦ってるのが、気に入らないんだ」

パンツマンという呼称を飲み込んで、三人称に挿げ替えながら。
美樹さやかは自然と、胸の内を吐露していた。
それは……徳田さんの人徳によるものでもあったのだろう。
大人の余裕というべきか、貫禄というか、ともかくこの御仁にならば相談の甲斐があると思わせる雰囲気を纏っているのである。

「そうか。さやかは映司に死んで欲しくないのだな」

徳田さんがさやかの名前を知っているのは……昨日、火野映司から聞いたからだろうか。
そんな事はともかく、徳田新之助の指摘は、ある意味において美樹さやかの意表を突いたものであった。

「『あたしが』……?」

さやかは今まで、火野映司の自己犠牲に対して自分の抱いている反感を、正義の味方としての姿勢に由来するものだと思っていた節があるのだ。
上条恭介に盛大にフラれた後に、魔法少女になったこと自体を後悔して人助けにも疑問を感じるようになって、その延長として『正義の味方』である火野映司に反発しているのだ、と。
だがしかし、徳田さんに言われてみると、単純にさやかが火野映司に死んで欲しくないと考えている……というのも、理由としては存在しているように思えるのだ。

……もっとも、だからと言って『正義の味方』への不信感が消えた訳でも無いが。

「それもあるかもしれないけど。あたしは、アイツみたいに他人のために自分の命を懸けられない。それであたしは、アイツを妬んでる……の、かな」

結局のところ、さやかの抱く正義の味方の理想像として、火野映司が枠にハマり過ぎているのだ。
巴マミもそれに近い像を形成しているが、現在のところとしては身近な火野映司が大きく見えてしまうのである。
そして、さやかは思ってしまっていた。
今の火野映司のようになるのが怖い、と。

それは、潜在意識のうちでは美樹さやかも理解しているからなのかもしれない。
追い詰められれば、さやか自身が自己犠牲によってしか正義を自認できない存在になっていくという未来を、無意識のうちに予期していたのだろう。
もちろん、流石にそれを自覚出来るところまで自己分析は進んでいないが。

「命を懸けて映司が守りたい者達は、特別な身分では無い、普通の町人であろう? この江戸の人間も、大半はそうだ」

そんなさやかに対して諭すように掛けられた言葉は……至極当たり前の、それであった。
話題として挙げられたのは、いわゆる一般人のことである。

「……?」

きっと世の中の大半の人間は、他人のために命を懸けることを躊躇う。
それが正常な、普通の人間の在り方なのだ。
そして、映司達が行動する前提には、そうした普通の人々の存在がある事は間違いが無い。

「その大半の人々がおくる普通の営みとて尊いものだと、俺は思う。お前自身は……そんな守られる側に居ては不満か?」

徳田さんの問いを認識した時、まずさやかの頭に浮かび上がったのは……否定の一言であった。
だがしかし、考えてみれば、何故守られる側に回るのが嫌なのか、理由が思いつかない。
それこそ、さやかの親友の鹿目まどかのように、凡百の一のままに生きていくのもアリだと理解できているハズなのに。

「うーん……。最後にはそこに落ち着くかもしれないけど、今は、何となくヤダ……って思った」

……正義の味方を、魔法少女を辞めるのが、嫌だ。
その答えが自分の胸の内から出てきたことに、美樹さやかは静かに驚いていたりして。
考えてもなかった事だが、徳田さんの誘導が上手かったのだろうか。
しかし、その気持ちは自分の本心だ、とさやかは不思議と思えていた。
消極的だろうが何だろうが、正義の魔法少女を続けることが美樹さやかのアイデンティティの支えになっていると、自覚出来たのである。

「ならば、気の済むまでやっておけ。心底嫌になったら、その時にまた考えれば良い」
「……あたし、一度痛い目見たはずなのに、なんでこんな風に思っちゃったかなぁ」

信じていたマミさんが倒れて、パンツマンも悪いところが見え出して。
魔法少女の魂の在処を知らされて、それでも正義の味方を捨てきれない自分自身が、さやかは分からずに居た。
自分のことを自分で理解できていない、そんなお年頃なのかもしれない。
かといって、他人の方が当人の事を理解できているかと言われれば、そうとも言い切れないが。

「人間、良くも悪くも変わる事は難しい。今の将軍も、口煩い家臣を怒らせながら、中々放浪癖が治らなかったと聞く程だからな」
「偉い人の悪口言うと、『斬り捨てゴメンッ!』ってなるんじゃないの?」

美樹さやかにしては歴史知識があると見るべきなのか、所詮美樹さやかと笑うべきなのだろうか。
基本的には将軍が直々に町人を斬ることは有り得ないのだが、そんなことは美樹さやかの知ったことでは無かったらしい。
いわゆる時代劇の戦いにおいては、峰打ちが多用されているものなのだが。

「それを言うなら、切腹だ」

苦笑いを交えながら間違いを正してやる徳田さんの真意に、美樹さやかは気付いているだろうか。

ちなみに、将軍が直々に切り殺さない理由は単純。
将軍に斬られることは、名誉となってしまうためだ。
現代で言うところの『我々の業界ではご褒美です』というヤツである。
なお、将軍自身の安全を確保できない場合などの一部の例外においては、この限りでは無いらしい。
……そんなことは、ともかく。

「まぁとにかく、嫌になるまでやってみるよ! ありがとう、徳田さん!」

じゃぁ、また!
そう言い残して走り去って行く美樹さやかの背を見送る徳田新之助の表情は……相変わらず、穏やかなままで。
その視線には、悩む若者への期待が確かに添えられていた。
さやかや映司達が未来から来たという情報は俄かには信じられなかったが、徳田新之助はようやく、その疑念を払拭するに至っていたのだ。

「あやつ……結局最後まで余の正体に気付かなかったか……」

既に背中を小さく見せている美樹さやかが、最後まで気付いた素振りさえ見せなかったのだから。
この江戸において、『余』という一人称を使う人間は限られる。
加えて、刀や羽織に施された紋章を目の当たりにすれば、徳田新之助の正体には気付いて当然の筈なのだ。
にもかかわらず気付かなかったのだとすれば、別の時代から来たのだという話にも説得力が増すというものである。

まぁ、徳田さんが会話を交わした人物が人並みに歴史知識を持っていれば気付けただろう。
……もっとも、さやかの態度によって徳田さんの納得度合が増したのなら、一応双方にとって得だったという事にしておこうではないか。
何となく、徳田に昨日説明を施した火野映司という男は、あの時点で既に気付いていたようにも思えたが。

「映司にも伝えてくれ! 『お前たちの国を守り切って見せろ』とな!」

最後に徳田が張り上げた声は……不思議と、竹藪の中を綺麗に通り抜けて。
それに対して帰ってきた「おっけー!」という言葉の正確な意味こそ分からなくとも、徳田には不思議と思えていたのだ。

国や時代がどんなに違っても、変わらずに共有されるものもある、と。
少なくとも、悩む美樹さやかの姿や、協力して戦う人々の影に。
徳田は確かに、若者達の未来を観たのだった……



・今回のNG大賞

「つかぬことを聞くが、さやかはオノコか? それとも、もしや……」
「ちくしょーっ!! グレてやるっ! 抜き身の小太刀持って、盗んだ馬で走り出してやるぅーッ!!」

※徳田さんには現代人の服装の基準が分からなかったようです。
ついでに、さやかは実は身長が160cmあるらしいので、何気に江戸時代の平均成人男性よりデカかったり……

・公開プロットシリーズNo.92
→徳田さん、お疲れ様でした。



[29586] 第九十三話:二つに一つのA/二兎を追う者は二兎とも獲れ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/06/25 17:04
がらんがらん、と。
金属筒に重りをぶつける、独特の音色。
それが……火野映司の居る筈の場所と駆け戻った美樹さやかの耳に入った、響きだった。
そして、そのハンドベルの打音が示す事柄は、ただ一つ。

「現代に居た、詐欺師ピエロ……?」

錬金術師ガラの手下である女道化師が、付近に居るという事に他ならない。
案の定、その音源を辿ってみれば……ハンドベルを掻き鳴らした女ピエロの存在を確認することが出来た。
加えて、そいつの様子を注意深く窺っている火野映司の姿も。

更に、向かい合って視線を交差させる両者へと、多くの不安気な視線が集まっていた。
その視線の主は……江戸と東京の、住人達である。
あからさまに人外の匂いを漂わせている女ピエロによって、不安を煽られているのだ。


「お客様に申し上げまーす」
まるで楽しいキャンペーンでも始めるように陽気に笑いながら。

「火野映司様、火野映司様」
世界の命運を握る男の名を、軽々しく、飄々と呼んで。

「只今より、お客様の欲望を満たす……『ちゃんすたいむ』となりまーす」
鐘の音を従えたピエロは、希望を提示する。

「私の質問に、『いえす』か『のー』でお答えください」
欲望を量る質問の形式をとって、しかし現代で映司が見たそれとは少しだけ形を変えて。

「貴方だけは元の時代に戻ることが出来ます。ただし、それ以外の方は……」
悪魔のように、飽く迄主人の使いという役割に忠実なままに。

「この街の方たちも全員、消えて頂きまーす」
……希望に伴う絶望を、その言葉によって撒き散らしたのだ。

ざわめき。疑惧。悲嘆。
そんな感情が、瞬く間に場を支配していく。
人々の先頭に立って女道化師と向かい合っている火野映司は……振り向く気配を、見せない。
背後に混乱する人々の姿を確認することさえ、しない。

……そんな無茶な、と美樹さやかは思ってしまっていた。
もしYESを選べば、オーズがガラを倒すという目は見えるが、江戸と東京の人達は死んでしまう。
だがNOを選べば、一生映司達が江戸に居なければならない。
つまり、この時代の人々と元の時代の人々の命が両天秤に乗っているのである。

ある意味において等価値な両天秤だが、その両皿を支える腕は、一体どれほど頑丈でなければならないのだろう。

「お客様、御決断をお願い致しまーす」
「……」


そして……火野映司も女ピエロも、街の人々も。
誰一人として、次に起こる光景を、予想出来ていなかっただろう。

……火野映司の身体が、突如として殴り倒される未来など。
誰も立っていなかった筈の映司の背後に、忽然と現れた一人の女の子。
その子供が腕に握った大きな銃器にて映司を殴り倒したのだ、と人々が理解出来るまで、一体何秒が経過したことだろう。

「…………そんな二択は、認められないわ」

美樹さやかの聞き慣れた、静かな声。
初めて聞いてから二週間ほどしか経過していない筈なのに、随分昔から知っていたかのように思えてしまう。
そんな電波女様の行動は……見事に、ぶち壊してくれていた。
世紀の決断の瞬間を、そして、悪夢の裁断の機会を。

「転校生……なにやってんのさ……」

火野映司を殴り倒した人間とは。
見滝原中学校への転校生にして、すまし顔の魔法少女『暁美ほむら』、その人であったのだ。

もはや、世界は定められた脚本など疾うの昔に脱線してしまっているのかもしれない。
だがしかし、ある意味においては暁美ほむらの乱入は、予定調和とも言えた。
何故なら、この物語は魔法少女と仮面ライダーの、両方の世界の住人によって紡がれるものなのだから……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十三話:二つに一つのA/二兎を追う者は二兎とも獲れ



結界というものは、世界を切り取り、内部を絶対の聖域と為すことにこそ存在意義を示す。
だがしかし、結界と呼ばれるモノはその存在を認知された瞬間から、必ず共通の命運を背負うものなのである。
すなわち、

「ここが、結界が一番薄い場所です」
「よく見つけたなぁ。流石後藤ちゃんだぜ」

破られるという未来が待っているのだ。
形成より半日が経過した昼下がり……古代の錬金術師が施した半球状の結界もまた、そのサダメを辿ろうとしていた。
現代を生きる人間達の、手によって。
ノートPCにて結界の強度の係数を見せつけながら、後藤が誘導した場所。
そこに、二人の人間は辿り着いて居たのだ。

「そういや、ピエロ女が出なくなったのは何でなんだ?」

そして、何故二人が一堂に会すことが出来たかと言えば、ピエロ女が現れなくなったためである。
後藤が情報を集めて、伊達がその対処に走り回るという陣形を組んでいた二人は、既にその任から解き放たれているのだ。
何故か明け方頃からピエロ女の出現頻度が減り、終いには全く目撃情報が見られなくなったのである。

「どうやら、ネット上で情報が広まったみたいで、後半は俺達が邪魔をしなくても殆ど契約者は出なかったみたいです」
「なるほど。元々被害者が結構居たから、情報が拡散するのも速かったか」

おかげで、後藤が結界の強度の低い場所を探す余裕も出来た訳だが。

「この場所をブレストキャノンの最大出力で7回ほど攻撃すれば、理論上は結界を破壊出来ます」
「……悪い。今朝の鳥籠のバケモンの一件がトドメになって、ブレストキャノンはイカれちまったみたいだ」

ついでにドリルとショベルも、と言い放つ伊達明の言葉を聞いて、不覚にも後藤は今まで忘れていた事象を思い出していたりする。
そもそもバースのメンテナンスはどうなっているのか、と。
本来ならバースの開発者である真木清人が行うべきなのだろうが、彼は後藤の手によって塀の内側へと放り込まれてしまっている。

……つまり伊達明は、女ピエロ狩りに徹夜している間、一回もバースのメンテナンスを受けていないのだ。
否、昨晩だけでは無い。
クワガタヤミーや暁美ほむらと戦った時のダメージまで残っている筈である。
むしろ、よくぞ真木博士はここまでバースを頑丈に作ったものだ、と感心するところなのかもしれない。

後藤自身も、メンテナンス不要のオーズシステムが身近に存在していたために、バースが調整を要するという発想がばっさりと抜け落ちていたのだ。
科学で作られたものである以上、耐久力の減耗は必至であるはずなのに。

「伊達さん。これを使ってください。追加装備の『バースバスター』です」

……だからこそ後藤は、躊躇わずに銀色に輝く装飾銃を手放してしまった。
メンテの要素に気付かなかった自身の不甲斐無さを自覚したうえで、事態を収束させるために必要だと判断したのである。

「そんなんマニュアルにあったっけか。まぁ良い。サンキュ!」

もっとも、ブレストキャノンの最大威力を以てしても7発を要する結界を破るためには、それ相応の試行回数が必要なのだろうが。
おそらく、一度後藤が鴻上財団へとセルメダルの補充に行かなければならないだろう。
だが、どうやら伊達明が目をつけたのは……どうやら、全く別の事だったらしい。

「それと……あそこに転がってる『アレ』の力、借りられねぇかな?」

伊達が後藤の視線を誘導しつつ指さしたモノ。
それは……ある意味では偶然ながら、必然的にその結界の付近に落ちている筈のものに、違いが無かった。

「アレはCLAWs……サソリですか。確かに使えそうですね」

鴻上会長がドイツの森の中で重機代わりに利用していた、とある節足動物を模した作業ユニットであった。
バースの各強化部品と同じ構成要素から成る、全長2メートルを超える自立ユニットが、横転したままに放置されていたのだ。
おそらく、結界によって後藤達がドイツの森から弾き出された時に、同時に跳ね飛ばされて緊急停止したのだろう。

これでも後藤は、機械には自信を持っている方なのだ。
一から作るならともかく、緊急停止している機械を動かすだけならば、充分に何とか出来るだけの知識は蓄えている。

「あとは……江戸組次第か」

その伊達明の懸念は、後藤も共有出来ていない訳では無い。
だが、不思議と後藤は思っても居た。
オーズと魔法少女が居るのなら、意外と何とかしてしまうのではないか、と。
楽観を自覚しつつ、而して気を抜くことも無かったが。

そんな人間達の力によって、物語は。錬金術師ガラの運命は。
着実に、終わりへと近づいていた……




一方、錬金術師と愉快な仲間たちはと言えば。

「ほう! ここで暁美ほむら君が動いたか! 彼女がどんな欲望を見せてくれるのか……非常に興味深いと思わないかね!? マスター・ガラッ!!」
「ふむ。悪くない余興だ。だが魔法少女の欲望など、大抵は後悔に塗れて終わるものだ」

相変わらず鴻上光生がハイテンションのままに語り続け、錬金術師が滅びを告げるという人間関係が確立しつつあったりする。
大量のナイト兵の消耗と引き換えに入手した『灰色』のコアメダルを部下に預けながら……ガラの発言は何処か、実体験を伴うそれであるように思わせる。

そして、魔法少女について何か知っている様子のガラをよそに、空間に浮かんだ半透明なディスプレイは変化を止めずに映し出し続けていた。
江戸時代に渡った仮面ライダーと魔法少女の人間模様を、これ以上に無いぐらいに、鮮明に。

『そんな二択は、認められないわ』

火野映司という男を俯せに押し倒し、腕を捩じりあげて動きを封じている一人の魔法少女の姿が、画面の中央には浮かび上がっていたのだ。
しかも、自身の左腕のみを使って絞め技を固めつつ、右手には小さなハンドガンを構えている始末である。
標的は言わずもがな、ピエロ女……ではなく、彼女の足元に転がっている火野映司の頭部だった。

そういえば江戸時代にほむらさんも居ましたっけ、なんて漏らしている蝙蝠娘はともかくとして。
結界の最奥の塔に存在する殆どの人間は、気付いて居た。
火野映司が、その決断に次第では脳味噌をぶちまけられるという事に。
流石に、中学生がそこまで残酷な事を実行できるのか、という懸念は里中秘書だけは確実に抱いているが。

『ほむらちゃんも江戸に来てたんだ。とりあえずほむらちゃんの希望は、俺と一緒に未来に帰りたいって事で良いのかな?』

そして、腕を捩じられて痛みを感じている筈の火野映司の口から発せられた一言は……互いの利害を調整しようとする、それだった。
ある意味、映司らしいと言えるのかもしれないが、傍から見ている美樹さやかが地味に苛立っていることには気付いて居るのだろうか。

『……私だけじゃない』

相変わらず無表情を貫く暁美ほむらの心情を、観客たちは読み取ることが出来ていなかった。
江戸の人々も、ディスプレイ越しのガラやトーリでさえも。

『という事らしいんだけど、元の時代に戻る人間の条件に、『俺と一緒にこの時代に来た人』も加えて欲しい。そうしないと、答えようとした瞬間に昔の友達に会うことになりそうだし……』

自らの後頭部に宛がわれている黒光りする物体の存在に、意識を向けながら。
火野映司は淡々と、交渉の材料を述べていた。
そのテーブルに乗っているものの一つに、己の命というチップが含まれている事を前提としているとは思えない程に、簡単に。

「マスター・ガラッ! どうするかねッ!?」
「愚か者め。むしろこの取引は、我に有利なものだ」

暑苦しい笑顔のままに叫び声をかける鴻上会長は、既に何かを確信しているように思われる。
しかし、それに対する錬金術師の返事は……勝利を勝ち誇った嘲笑であった。
先程まで対等に近いゲームをしていた筈の二人の間に決定的な差が生まれたと、仮面に半分ほど覆われた表情は、述べていたのだ。
……錬金術師は、気付かない。
初めに鴻上光生を見物客としたときには、ゲームが『対等』に近い条件になる事さえ想定していなかったというのに、既に勝負の行方に安堵する自分自身が存在していることに。
ガメルの灰色のコアメダルを強奪出来たことによって、少しばかり気を緩めてしまったという理由も、そこには在ったのだろう。

「この契約は、欲望の大きさを量り、その分だけ天秤へと特殊なセルメダルを集める儀式だ。オーズと共に送られた人間達を救うという程度の量ならば、容器の残りを埋めるに丁度良い!」

ひょっとすると錬金術師は、気付くという思考を拒否していたのかもしれない。
既に、オーズを罠にかけるという手法以外に、世界を滅亡させる天秤の儀式が成功の目を残していないという現実を、受け入れられなかったのだ。
従って、錬金術師が人間達によって譲歩を引き出されてしまったのは……必然であったに、違いない。

『かしこまりました。火野映司様と共にこの時代にいらっしゃった方々も生き延びられる事としまーす』

ガラの意志を伝えられた女ピエロが、言葉を紡ぐ。
嘲るような笑みを絶やさないままに、主人の心境を代弁するかのように。

錬金術師は人間を見下ろし、鴻上光生は不敵な笑みを崩さず、里中エリカが周囲のナイト兵への警戒を維持する姿は、何も変わらない。
だがしかし、何かが変だ……そう思ってしまったのは、その場で最も新参の蝙蝠娘であった。

部屋の中では無く、画面の中に不自然さを感じるのである。
ざわめく江戸の人々の声を聞けば、火野映司はもう少し心を揺さぶられても良さそうなものなのに。
どうも、映司らしくないと思えてしまうのだ。
美樹さやかの映司評を聞いたトーリは、映司が自己犠牲男だという事を多少ながら理解できても居た。
そんな映司なら、『俺はどうなっても良いから、東京の人達を未来に返して、江戸の人達は見逃して欲しい』ぐらいには言っても良さそうなものなのだが……

しかし、トーリの疑問を知る由も無く、ディスプレイは場面の続きを流していて。

『答えは、YESだ』
『承知いたしましたー!』

ありったけの譲歩を引き出した火野映司の答えは……YES以外に有り得なかったのだろう。
NOを選んで江戸時代に残れば、それは現代の人々を見捨てることとなるのだから。
だが、江戸の人々を見捨てるというのも映司らしくない、とトーリには思えてしまっていた。

……瞬間、爆発的にセルメダルが生み出される音が、部屋の中へと反響を始めた。
虚空から現れた特殊なセルメダルが、巨大フラスコの口へ我先にと飛び込んでいく。
半分程度しか満たされていなかったハズの容器が、金属の擦れ合う音と共に満たされていく。
そしてそれに呼応して、世界を裏返すための三枚目の円盤が、反転を遂げた。
塔の窓から外へと目をやれば、そこには昨日の二枚と同じように、直径10kmを誇る巨大なメダル状に切り取られた土地が、宙に浮かび上がっていて。

「ハッハッハッハ! 世界が滅ぶ!」

一枚目において『新宿のビル街』と『ドイツの森』が入れ替わり、二枚目では『見滝原の街』が『江戸の一角』へと代わったように、三枚目もまた別の場所へと置き換えられようとしているのである。
回転する巨大メダル状の土地に張り付いていたものは……火山とジャングル、そして巨大な竜盤類の跋扈する密林であったのだ。
世界は終末へと進み、後はガラ製の疑似オーズシステムへと恐竜のメダルを埋め込んでガラの完全態を完成させるのみ。

「なるほど! 三枚目は中生代かね!? 中々に愉快だったよ! マスター・ガラッ!」

じゃらじゃらと音を掻き鳴らしながら、セルメダルは瞬く間にフラスコを満たす。
世界を滅びへと誘う儀式の最終段階として、4枚目の巨大メダルを召喚するために。

「オーズの欲望が、世界を滅ぼすのだッ!!」

勝ち誇り、嗤う、錬金術師。
大口を開けて、天を見上げて。
もう何も恐れるものは無い、と言わんばかりに。


そんな、時だった。
絶えずに流れ続けるセルメダルの音に紛れて、何かが罅割れるような、繊細な音を聞いたのは。
気付けば、フラスコからはセルメダルが山のように溢れ出していた。
そして……罅割れた音の正体に錬金術師が気付いた時には、既に手遅れであったのだ。

フラスコから溢れ出したセルメダルが周囲の天秤へとその重量による負担を加え、重みに耐え兼ねた『滅びの円盤』が、崩壊していたのである。
その台座を支える腕は、中央から伸びた三本全てが断絶し、儀式の器具が負荷に耐え切れずに壊れてしまった様子を見て取る事が出来た。

「バカ……な……?」

映司と共に江戸へ行った人間を全て助けるという程度の欲望ならば、フラスコに過負荷をかける事は無かったはずでは無いのか。
錬金術師は、自身の目算が間違っていたとは、思えなかった。
そして、それ以上にガラを困惑させる情報が……ディスプレイの中には、映し出されていた。

「何故、消えない!?」

江戸の民が、消滅する気配を見せないのである。
確かに、オーズの欲望を量るテストに巻き込まれたにも関わらず。

「マスターッ! どうやら私達の勝ちのようだッ!!」

何故欲望のメダルは、予想された量を遥かに超えて溢れ出たのか。
何故江戸の人間達は、オーズの回答にも関わらず生きているのか。

錬金術師には……分からない。



・今回のNG大賞

「実は、滅びの円盤は108枚目まであるぞ!(ドヤァ!)」
「それをどうやって満たすつもりだったのかね!!?」

そんな60分の10倍以上かかりそうな映画は嫌過ぎる。

・公開プロットシリーズNo.93
→ほむらと映司と女ピエロの問答の意味は……次回、解説編!



[29586] 第九十四話:二つに一つのA/世界を回すもの
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/06/25 17:08
時間は、映司等が女道化師から譲歩を引き出すより、少し前まで遡る。

「あの変なピエロは……?」

騒ぎを聞いて駆けつけたその少女の名は、暁美ほむら。
ループ世界を走り回っている、エクストリームマラソンの熟練者に他ならなかった。

そもそも暁美ほむらがそれまで何をしていたかと言われれば、何もしていなかったと答えるのが最も正しいのだろう。
というのも、ほむらは既に今回の時間世界を捨てて、次回に賭ける方向へと思考を傾けていたからである。
とにかく時間を巻き戻すことに成功すれば何とかなるかもしれない、という希望のもとに、残りの半月を休息に充てる気満々だったのだ。
黒襟の着物でも入手しようかと考えていた程である。

だが、そんな暁美ほむらの計画を嘲笑うかのように、女道化師は告げた。
火野映司という男一人を未来へ返す代わりに、この時代の人間を全て殺す、と。
当然、その契約が看過できるものであったはずも無い。
すぐさま火野映司の下へと駆け寄ろうとした暁美ほむらは、

「良いところに来たなァ」

唐突に背後から肩を掴まれ、その声の質に対して、困惑せざるを得なかった。
何故なら、その声色は……暁美ほむらが一番会いたかった人物の、それだったのだから。

「まどかっ! この時代に来ていたのね!!」
「しまったっ!? 離せっ!?」

素早く振り返って、その小さな身体を抱きしめながら、暁美ほむらは安堵に心を躍らせていた。
江戸時代に来た事による最大の悩みが、鹿目まどかに干渉できなくなることだったのだが、その問題が解決したのである。
早い話が、もはや暁美ほむらには、21世紀へと戻る動機が無くなってしまったのだ。
つまり、多少の不便はあっても、鹿目まどかと一緒に江戸時代を生きていくという選択肢が現実味を帯びてきたという訳である。

「大丈夫よ! 心配しなくても、二人で一緒にこの時代を強く生き抜いていきま……」
「離せって言ってんだろうが! この根暗女ッ!」

抱きしめた鹿目まどかに向かって、目に涙を滲ませながら口を滑らせたら、渾身の顔面パンチを打ち込まれて引き剥がされたでござる。
思わず、別の意味で涙が溢れそうになった暁美ほむらだった。
だがしかし、面倒臭い女を見るように細められた鹿目まどかの視線に、暁美ほむらは自身の迂闊な行動を悔いても居た。

流石に先程の発言は誤解を招くものだった、と。
決して、汚らしいモノを見るような視線を向けられたことによって、身悶えしている訳では無いのだ。
少しだけ鼻血が出ているのは、顔面パンチによるダメージが予想外に大きかったからに過ぎない……ハズだ。おそらく。
もちろん、暁美ほむらの友達の姿を模っている人物の正体は、グリードのアンクであるわけだが。

「ごめんなさい。少し取り乱したわ。でも、まどかと一緒にこの時代で生きていくつもりだというのは本気よ」
「ハッ……こっちのパターンか」

思えば、鹿目まどかだと認識される類型は、大体半分程度の件数にて発生しているように思える。
伊達明や美樹さやかがこのタイプであり、もう半分のケースは、アンクを名指しで特定してきたキリカや真木博士である。
そして、ソウルジェムを輝かせながら顔の赤味をゆっくりと治している暁美ほむらは、前者であるという事なのだろう。

「面倒だ。手早く言うぞ。映司に時間停止の能力の存在を教えて来い。そうすれば、あいつなら分かんだろ」
「まどか……?」

そんな中、アンクの発言は迅速……というよりも、中間項を省きすぎていた。
おかげで、ほむらへと余計な懸念を植え付けてしまったのだ。
具体的に言えば、暁美ほむらの時間停止能力をどうして鹿目まどかが知っているのか、という疑念を与えてしまったのである。
もっとも、女ピエロと相対している映司が一言YESと口にした時点で大変な事になる現状では、説明は簡潔化するに越したことは無いというのも真理には違いないが。

「その能力を見せて、後はあいつの指示に従え。上手くすれば、この場の全員が助かる」

あいつ、とは間違いなく火野映司の事である。
だがしかし、鹿目まどかと火野映司の間に何か信頼のような繋がりでもあっただろうか、と暁美ほむらには思えてしまう。
というか目の前の鹿目まどかが、急いでいるとはいっても乱雑な口調や鋭い目付きを見せつけている事も、気にならない訳が無い。

「急げ! 最悪、全員消されるぞ!!」
「……分かったわ」

全てに納得できた訳では、無かった。
だがしかし。
暁美ほむら自身や鹿目まどかを殺させる訳にはいかないという理屈が、目の前に浮かんだ疑問を全て押し退けて、暁美ほむらの背を押したのである。

その数分後、暁美ほむらは知ることとなった。
火野映司の回答が……世界を救うものであったという事に。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十四話:二つに一つのA/世界を回すもの



暁美ほむらを送り出したアンクは……一目散に、その場からの逃亡を図っていた。
理由は、説明するまでもない。
アンクは鹿目まどかの肉体を無断で使っている占拠者であり、暁美ほむらは鹿目まどかを大切に思っている少女だからだ。
即ち、アンクの現状を理解されれば、最悪の場合として処分されてしまう事があり得るのだ。
ほむらへの助言を敢行したのは、飽く迄生き延びるための手段であり、出来る事なら関わり合いたくないというのが本音なのである。

……なのだが。

「どうして、逃げるのかしら?」
「チッ……ストーカーか、お前は……」

まわりこまれて しまった !
歓声をあげる町民たちの雰囲気に流される事無く、暁美ほむらは鹿目まどかの様子を確かめるために戻って来てしまったのである。
素直に、胴上げでも何でも受けていれば良いというのに。

いっそ、怪人のお約束としてアンクが川にでも飛び込めば、逃げ切れたのかもしれない。
もっとも、時代劇セットの近くには、人間が泳げる程の川は無いのかもしれないが。

「まどか。一体どうして私の能力を知っていたの? それに、さっきの火野映司の条件付けの意味は……」
「お前が時間を止められるなら、相対的に他の人間全員がタイムスリップしてんのと同じことだ。『映司と一緒に』っていうのがそういう意味だったんだろうよ」

実のところ、火野映司の頭部に銃を突き付けて脅迫を行ったのは、演技に過ぎなかった。
その直前に時間停止を使って映司のもとへと忍び寄り、停止された世界へと引きずりこんで暁美ほむらの能力の一部を教えたのである。
すると、火野映司が一連の会話の流れを手早く説明してくれたために、すぐさま芝居へと手を打ったという訳だ。


「まさか、私の能力を話しただけで、そこまで伝わるなんて……」
「人助けが目的なら、この位のヒントで正解に辿り着く程度には、あいつは『バカ』だ」

不思議と、悪口であるハズのその言葉が何処か愛着を以て使われているように、ほむらには思える。
もちろん、そんな口汚い鹿目まどかへの疑念も募っているが。

「でも、あの江戸は私達の居た世界の過去では無いわよ?」

……実は、暁美ほむらが次の一か月に賭けようと考えた一番の理由が、コレであった。
手頃なキュゥべえを取っちめて、タイムパラドックスの確認のための質問を行った結果に得た情報である。

人類史の全てを知っているキュゥべえならば、江戸時代へと未来から来訪した珍客達の存在を知らないハズがない。
だがしかし、過去のキュゥべえと未来のキュゥべえが接触するとすれば、そこには明確なタイムパラドックスが生じていなければならない。
そこで、今回の事件に関する江戸時代の記憶があるかどうか問い詰めたところ、そんな記録は無いという返答を貰ったのだ。
というか、そもそもこの世界にはインキュベーターは存在しない、と聞かされたのである。
インキュベーターに近い宇宙人が文明の発達を促進した形跡は見られるらしいが。

それは即ち、ほむら達の居た『江戸』が単純な過去の時代では無かったという事を意味していた。
おそらく、日本に似た発展を遂げたパラレルワールドのようなものなのだろう。
もし錬金術師ガラが一歩間違えていたら、西部劇の世界やサンタクロースの世界に繋がっていたのかもしれない。

「おそらくあの問答は『欲望の大きさ』を量るためのテストだ。事実どうこうよりも、対象者の認識に左右された方が自然だろうなァ」

だが、ちょんまげ契約を目撃していたアンクは、気付いていたのだ。
あの契約が人間の欲望を量るための儀式である、と。
グリードのカザリが直感的にそれを理解したように、アンクもまた欲望の流れを読み取っていたのである。
即ち、あの江戸時代が単純な過去であろうとサムライワールドであろうと、問答には直接的には関係が無いという事まで見抜いていたのだろう。

「まだ、肝心な事に応えて貰っていないわ。何故私の能力を知っているの? それと……」

もちろん、それに加えてアンクが気付かない訳が無かった。
暁美ほむらの視線に、明確な不信感が芽生えていたことに。
その対象が鹿目まどかの姿をした『何か』である事は、説明の必要も無いだろう。

「貴女は、『誰』?」

世界の命運をそっちのけに。
暁美ほむらは、鹿目まどかの身に起こった異変の正体を解明すべく、追及の手を休めない。
逃げる手段も無いアンクは、如何にして生き延びるのか。
ニヤリと笑ったその顔に張り付いているモノは余裕なのか、それとも虚勢なのか。
命がけのゲームは、終わらない……



一方のバースチームは……一つの区切りを迎えようとしていた。

「シュートッ!!」
『セルバースト』

巨大な重機の上部に砲台を固定して、反動を抑え込みながら。
バース用追加装備、バースバスターからの砲撃による結界破壊を試みていたのだ。
重機は鴻上会長が発掘用に携えていた『サソリ』と呼ばれる代物だったが、100kgにも満たないそれは、重石としては十分な役目を果たしているとは限らなかった。
従って、そのサソリを背面から伊達明が支える形で、力を込めているのだ。

後藤慎太郎はどうしたのだと言われれば、損傷の酷いバースの調整を行っていたりする。
ノートパソコンとバースドライバーを有線で繋いで、内部の検査と修理を行っているのである。
とは言え、専門の機材の無い現状では、出来る事も限られているのだが。
というか、後藤がバースドライバーを預かっているということは、必然的に作業中の伊達明は生身なのだが……彼も彼で超人染みているため、気にしたら負けなのだろう。

そんな中、後藤等の目に飛び込んできた異変は……事態が更に転がった事を、視覚情報として伝えきっていた。
結界の周囲に、三枚の巨大なメダル状の土地が、纏めて浮かび上がったのである。
一瞬の間、その光景が滅びの儀式の完成を意味しているのかと考えてしまった後藤であったが、巨大メダルの一枚が地面に再び舞い戻った時点で、その考えを放棄していた。
何故ならその表に張り付いていたものは……江戸時代へと裏返っていた筈の、東京の街の一角であったのだから。

更に後藤は、見出した。
希望を繋ぐ架け橋が、その街の中より伸びている光景を。
水色の個が集まって空へと道を形作る様を、以前にも後藤は目撃したことがあった。
かの王の鎧が現代へと蘇った際にも、後藤は同じものを目にしているのだ。

その男の名前を、後藤は知っている。
世界を救うなんて大口を絶対に叩かないのに、後藤よりも広い世界を救おうとしている英雄野郎の、名前を。
ようやく火野映司が現代日本へと帰ってきたという、証であった。

「行けっ! たぶんコレが最後の一撃だからよッ!!」

何発撃ったっけ? なんて呟きながら、空の上の映司へと届くような大声をあげて。
伊達明もまた自らの役割を全うしようとしていた。
有り余る余熱によって変色したバースドライバーを道の傍らに投げ捨てた伊達が頼るモノは……今まで重石として利用してきた、『サソリ』それ自体であった。
一応、サソリを構成するパーツはバースの追加装備と同仕様のものであり、その中にブレストキャノンが存在する以上、サソリも砲台としての機能を兼ね備えているのである。

「伊達組の底力、見せてやるぜ!」

直後……サソリの尾部から漏れ出した一閃の輝きが、空間を支配した。
それと同時に、鈍い着弾音と硝子のように甲高い破裂音が、響く。
そして、後者が結界の崩壊する音である事は……その場の全員が、理解出来ていた。

サソリの攻撃の反動を殺し切れずに地面を転がっている伊達明にも。
バースの調整を中断して共にサソリの支えに入った後藤慎太郎にも。
もちろん……中空道路にてバイクを駆る、一人の男にも。

道は、伸びる。
飛行能力を持った無数のタコのカンドロイドによって作られた、水色の空中道路が、未来を繋ぐ。

「変身っ!」
『コブラ カメ ワニ』

顕現したその姿は、この世界の誰もが見たことの無いコンボで。
現代人どころか、メダルの祖である錬金術師でさえ知らなかった、オーズの新たな形であった。
橙色のコンボ、ブラカワニ。
その暖色の身体は、黒と黄色によって彩られたライドベンダーというバイクに、不思議と似合っているように後藤には思えたのだった……



そして、ようやく最終回を迎えようとしている、ガラの部屋シリーズはと言えば。

「はっはっは! 私の勝ちだよ! マスター・ガラッ!!」
「おのれええええっ!!」

案の定、大荒れも大荒れ。放映事故日和である。
人間達の欲望が錬金術師に一矢報いたという事実を前に……ことこの場面に来て、錬金術師ガラに最早余裕などという言葉は存在しなかった。

だが、激昂して長い腕を振り回すガラに更なる隙が生まれたのを見逃さなかった人物が……この場には、存在した。
里中エリカももちろん、危険な攻撃から鴻上光生を遠ざけたり、付近のナイト兵を盾にしたりして奮闘しているのだが……他の一人が考えたのは、全く別のことだったのである。
つまり、

「でやあっ!!」

脚力によって跳び上がりつつ、身体に巻き付けた羽の硬度頼りの飛び蹴りを敢行した、蝙蝠娘に他ならない。
ただし、その渾身の一撃の対象は、暴れ回る錬金術師では無かった。
その付近に佇んでいた、ガラの助手の女ピエロの一体に、突撃したのである。
どう考えてもトーリの攻撃など、ガラに通じる筈も無いのだから。
緑色の煌めく電気を纏いながら、精一杯の一撃のもとに女ピエロの一体を葬り去ったのだ。

何故、トーリがそのような決断に至ったのか?
答えは簡単……ガラが先日から扱い続けているオブジェクトにこそ、理由があった。
ガラはグリード達から奪った5色15枚のメダルを、疑似オーズを為す石版へと埋め込んでいた。
だがしかし、石版には一種のコアに対応する窪みは一個しか存在しない。
従って……ダブリとなった数枚が、石版に収められずに、側近の女ピエロへと預けられていたのである。
主に、創生者ウヴァさんの緑色のコアメダルが。

複数存在した女ピエロの個体の中から目聡くコアメダル所持者を覚えている辺りは、普段の間抜けぶりに見合わぬ働きであったと言えるだろう。
その手の地味な作業が、実はトーリの性には合っているのかもしれない。
というか、さやかや杏子の大雑把さが気になったり、巴マミの不安を少しだけ把握出来たりと、変なところで神経質なところがあるトーリなので納得と言えば納得なのかもしれない。
まぁ、主であるウヴァさんへの忠誠心の為せる技だったという事にしておけば、彼の顔も立つのかもしれないが。

ともかく、女ピエロを爆砕して、残ったセルメダルの山の中からコアメダルを探す……などという面倒くさい作業は、実行するはずも無かった。
ぶっちゃけ、そのセルメダルごと身体の中に収納してしまえば良いのである。
スカートの中や袖、羽の内側といった周囲から見えない部分からセルメダルを吸収するという、マミさん直伝の収納法を手早く実施して。
身体の中に収納した3色5族のメダルの存在を確認しながら……トーリは、ようやく気付いていた。

錬金術師の視線が、トーリの方を向いているという事に。

「小物だと思って生かしてやれば、調子に乗りおってええっ!!」
「ひいいいっ!!?」

鋭利な爪を輝かせた錬金術師ガラの腕が、トーリに向けて振るわれたのである。
もっとも、トーリの突然の行動に呆気にとられた錬金術師が鴻上光生への攻撃を少しの間だけでも緩めてしまったことを考えれば、トーリのお手柄なのかもしれないが。
苦し紛れに放電による反撃を試みるトーリだが……流石に、戦闘能力が違い過ぎるというべきか。
羽で身体の周囲をガード出来ていたために一撃ずつのダメージこそ軽微で済んでいるものの、連撃で来られると非常に辛いのである。

案の定……

「しまった!?」

意識のガラ空きだった足を掴まれて空中へと引き上げられ、攻撃を受け流す事が難しくなってしまっていた。
先程まではガードに並行して、正面から攻撃を受けないように努力していたトーリだったが、こちらの動きを固定されてしまえば訳が違う。
今まではセルメダルを散らさずに持ち堪えていたが、人間の前でセルメダルを散らしてしまうと色々と面倒くさい事態が待っているのである。

「鴻上よ! 我に逆らった者の末路を見せてやろうッ!!」
「見せしめなんですか!? そういうことは直接本人にやるべきだと思うんですよ!?」

ぶっちゃけた話として、ガラは石版に埋め込む分のコアメダルを持っていれば十分なので、トーリが盗った余剰コアは失っても問題が無いのだが……。
ちょこまかと悪さを働いた蝙蝠娘の行動が癪に障ったのかもしれない。
現代風に言うならば、ウザかったのだろう。

「マスター・ガラッ……どうやら! それも手遅れのようだよッ!!」

だが、しかし。
どうやら……『時間』は来てしまったらしい。

セルメダルを散らす、重く低い打撃音。
塔の一室内に木霊して耳を劈くように大きさを増した衝撃音が、これ以上無いぐらいに主張していたのだ。

「セイ……ヤァァッ!!」

ライドベンダーを駆って部屋の壁を突き抜けてきた『主役』の姿が、確かに空中には輝いていて。
その勢いのままに、バイクを……ガラの長い腕に向かって、蹴り飛ばしていたのだ。
質量と速度が共に申し分のない一撃として昇華された、凶器と化した強化プラスチックの塊によって、トーリを拘束していたガラの腕を弾き飛ばしたのである。

セルメダルの散らばった床へと綺麗に着地したその姿は、トーリ等がディスプレイ越しに視た、橙色のコンボそのもので。

「トーリちゃん、よく頑張った!」
「映司さん……!」

空中に投げ出されて、里中さんに抱き止めて貰いながら、トーリは目を離せなかった。
古代の戦士にして、ようやく現代へと表れた人類の切り札の存在から。
難攻不落の甲羅を煌めかせた、異世界のメダルに依る新たなオーズが、隙無く錬金術師と対峙していたのである。

「ハッピー・バースデイッ! 仮面ライダーオーズッ! 『ブラカワニ』コンボの誕生を遅れながら祝わせてもらうよッ!!」
「火野さん! 会長のことは私達に任せてください!」

本日もっとも大きな口を開けて叫ぶ鴻上光生も、ナイト兵を部屋の窓から蹴り落としている里中エリカも。
何処か確信している様子であった。

オーズの…………勝利を。

「ガラッ! 誰だろうと、人の命や大切なものを……弄んで良い筈が無いっ!!」



・今回のNG大賞

「この根暗女ッ! ストーカーッ! 変質者ッ! メスブ○ッ!!」
「あぁ……新たな性癖に目覚めそうだわ……! ゴミを見るようなその目で、もっと罵って!」

暁美ほむらさんがそんなに変態な訳が無い。

・公開プロットシリーズNo.94
→激突……ッ!



[29586] 第九十五話:Switch on! ――切り替わる舞台
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/06/30 19:17
「これ以上は絶対させないし、お前が乗っ取ってる人も必ず返してもらう!!」
「黙れえええぇッ!!」

恫喝。
戦士と錬金術師による、命令の応酬。
そして、互いが互いに従う意思を持っていない事など……確認するまでもなく、自明であった。
ガラはその憑代として使っている身体を開放する筈も無く、オーズもその意思を曲げる訳が無いのだから。

錬金術師の爪を橙色の手甲で弾き返す音が、室内へと木霊する。
それと同時にオーズが地を蹴ってガラへと跳びかかった音も、また。

「映司さ……ひゃっ!!?」

そんな中、取っ組み合いながら塔の窓より飛び降りた二人に目を取られてしまったトーリを、ナイト兵の剣が襲う。
もっとも、剣閃以上の速さを以て放たれた上段蹴りが、ナイト兵の腕部を弾き返したのだが。
もちろんトーリがそんな高度な戦闘技術を持っている筈も無く、それを為したのは当然里中秘書である。

どうも異常を嗅ぎ取って次々と室内へ集まってきたらしいナイト兵らが、トーリ達に襲い掛かっているのだ。
鴻上会長は立ち回りが良いのか、里中秘書に守られて安全を確保できているようだが、トーリはそうも言っていられない。
里中さんがトーリを助けてくれることもあるのだが、飽く迄会長優先らしく、中々トーリのカバーにまで手が回らないようなのだ。

「よし! トーリ君ッ! ついに! 君の活躍の場が訪れたよッ!!」
「『ついに』ってどういうことなんですか!!?」

そこで頼りになるのが、まさかのトーリだ……と鴻上会長は力強く言い放ってくれた。
だがしかし、トーリに何を期待しているのだろう。
流石にこのナイト兵達は、トーリの電撃で一掃できるほど弱くも無い筈なのだが。

「里中君ッ!」
「分かりました」

……と思ったら一瞬のうちに里中秘書と意思疎通を図ったらしい。
里中秘書が取り出したものは……鴻上会長の身長程の長さの、ロープであった。
発掘現場で使っていた備品の一つを持っていたのだろうか。
その片端には、まるで西武劇のカウボーイが持っているモノのように、輪が括られていた。

そして、里中秘書はその輪を重りにして、ロープの端を投げた。
……トーリに向かって。

「えっ……?」

てっきり縄はナイト兵へ攻撃するための武器だと思っていたトーリは、その奇行に呆気にとられてしまって。
自らの腰に丁度巻き付いたロープに目を落としてしまった間に、会長らが起こした行動を止める事が……間に合わなかったのだ。

「空を飛ぶことは! 人類が古代より夢想し続けた欲望だよッ! 実に、素晴らしいッ!!」
「頑張ってくださいね」

鴻上と里中が起こした行動とは、ロープのもう一端を掴んで……そのまま窓から飛び降りる事だったのである。
その奇行の意味を数秒の間理解しかねていたトーリであったが、自身に括り付けられたロープの感触を認識し直して、ようやく現状を把握し始めていた。
すなわち……会長と里中さんが飛び降りて行った窓へと、トーリ自身が引き寄せられていたのだから。

そのまま滑車の原理で宙に放り出されたトーリを……人間二人分の体重が、地面へと誘う。
二人合わせて135kgにも及ぶ負荷が、腰に巻かれたロープへと伸し掛かったのである。

「重っ!? 重量オーバーですっ!! 中身が零れそうですよぉっ!!?」
「人間二人なら、載せて飛べる筈では無かったかね!?」
「主に会長の体重のせいだと思いますが……」

以前トーリは、火野映司と美樹さやかの両名を抱えて飛んだ事がある。
だがしかし、今回は話が違った。
美樹さやかと里中エリカの体重は大して変わらないのだが、火野映司と鴻上光生の体重が20kg近く違うのである。
そもそも鴻上光生は190cm近い背丈の巨漢であるため、体重も自然と大きくなってしまうのだ。
どうやら、トーリの現在の可載重量は100kgプラスアルファといったところらしい。
もちろん、初期の頃には人間一名を運ぶのが手一杯だった時代もあるのだから、地味にセルメダルブーストで強くなっているには違いないが。

必死に羽ばたいているトーリだが、高度を保てる見込みは皆無のようだった。

「高度を上げるのが無理なら、滑空すれば良いんですよ」
「なるほど!」

文字通り里中エリカに手綱を握られながら行路を安定させる、珍獣トーリ。
誰かの手下で居る姿こそ、実はトーリには似合っているのかもしれない。
……その本来の主が緑のカリスマことウヴァさんであるということは、説明すべくも無いが。

「良い調子ですね。このままのペースを維持しましょう」
「はい!」

少しだけ誉められて安心しているトーリの頭からは、完全に抜け落ちているのだろう。
腰に巻かれた綱によって無償労働を強いられているんだッ! という事が。
最初に無茶振りを見せられたせいで、思考が制限されてしまっているのである。

例えるならば、13人の仮面ライダーが殺し合う企画を申請したとして、それが通る可能性は限りなく低い。
だがしかし、『一年間で50人の仮面ライダーを殺し合わせます!』という予定を最初に申請しておくとしよう。
そこで、それが却下された後に『じゃぁ、13人ぐらいにしておきます』と譲歩を見せると、あら不思議……無茶だったハズの企画が通ってしまったのである。

飴と鞭を使い分ける里中さんが優れていると見るべきか、トーリが甘くて無知だというべきか。
真相は藪の中……もとい、ドイツの森の中であった。

空中に浮かび上がっていた3枚の巨大メダルのうちの二枚目も、既に地面へと帰還を始めていて。
事態は……着実に、収束への一途を辿っていた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十五話:Switch on! ――切り替わる舞台



確かに、鹿目まどかの姿を模った何者かが口にした理屈は、そこまで理不尽なものでもない。
暁美ほむらの時間停止能力を使えば、決して無理な話ではないのだ。

より分かり易く説明するならば、ガラの大魔術によって江戸と東京の土地が入れ替わった現象を便宜上『A』としよう。
この『A』は実際にはタイムスリップではないのだが、女ピエロと映司の会話の中に限っては、映司が『A』を時間移動であると認識している以上、時間移動として扱われるのだ。

さらに、暁美ほむらが単体にて10秒間の時間を止めた時、相対的にほむら以外の全ての人や物が知らずに10秒間のタイムスリップを行っているという事も出来る。
これを『B』と呼ぼう。
最後に、暁美ほむらが火野映司を巻き込んで10秒間の時間を止めた時、ほむらと映司の二人は10秒間のタイムスリップを経験した事になる。
この作業を『C』とする。

つまり、先程の女ピエロと映司の問答は、こういう事である。

――貴方だけは(『A』が実施される前の)元の時代に戻ることが出来ます。
――俺と一緒に(『B』と『C』において)この時代に来た人も(『A』が実施される前の時代に戻れる人間の中に)加えて欲しい。

暁美ほむらの能力を教えられて一瞬のうちに、ここまでの作戦を立てられるのか、というのも尤もらしい疑問ではある。
だがしかし、他人の命が賭けられている状況ならば映司が正答する事をアンクは信じ、映司は結果を出した。
それが、世界を回した決断の正体であったのだ。

もっとも、そのための前提の幾つかに、暁美ほむらは納得できていない訳だが。
であるからして、ほむらが鹿目まどからしき人物に問いかけた言葉は……至極、当然のものであったのだろう。

「何故私の能力を知っているの? それと……貴女は、『誰』?」

魔法少女……暁美ほむらより問いかけられた、言葉。
話題に挙げられたその『能力』とは、周囲の時間を停止させて自身だけが行動するという固有魔法に他ならない。

「そうだなァ。とぼけても仕方ないか。俺はアンクだ。グリードのな」

そしてアンクは……暁美ほむらが何を知っていて何を知らないのか、確認する必要があると感じていた。
グリードという単語を聞いても困惑しない暁美ほむらは、おそらくメダルに関する知識を多少備えているのだろう。
どうやら、暁美ほむらは油断できる相手では無いらしい。

「……私の能力に関しては?」
「そんなモンは、一度見れば分かる」

アンクがそう言い放った瞬間、破裂音が響き渡った。
暁美ほむらの右手に握られたハンドガンが、内部で火薬を炸裂させたのである。
その標的となった風穴はアンクの足元の地面に広がっており、その攻撃が威嚇であった事をこれ以上無いほどに物語っていた。

「虚偽は認めないわ。初見の人間はまず、私の能力を『速さ』だと勘違いするものよ。いきなり『時間停止』なんていう突飛な発想には至らないわ」
「ハッ……自分で言ってりゃ世話無いな」

アンクを睨みつける暁美ほむらの、瞳。
しかし、そこには何処か、敵意が足りないように思える。
鹿目まどかの姿を借りたグリードの正体を、測りかねているからだろうか。
魔女の口付のようなもので操られているという可能性も、考慮しているのかもしれない。

そして、アンクが並列して考えている事象の中に……鹿目まどかの身体の事情を伝えるべきか否か、という問題が存在していた。
姿を真似ているだけで鹿目まどかとアンクは無関係だと説明した場合には、情報提供の後に釈放される可能性は存在している。
だが同時に、その場で処分される可能性も。

「このガキの頭から記憶を細かく読んだら気付いたんだよ」
「……やっぱり、その姿は鹿目まどかのものだったのね。でも、彼女は私の能力までは知らない筈よ」

そこでアンクは、ここは大事をとって鹿目まどかの存在をアピールしてみた。
米神を右手の指で軽く叩いて見せながら、そこに人間の脳があるのだという事を印象付けつつ。
これで、即時射殺のフラグを叩き折ったのである。

「あのキュゥべえとかいう白饅頭が病院で殺られた時の、このガキの記憶をコマ送りで見たら、すぐに分かった。思い出してみろ。あの病室にあったモノをなァ」

かつて暁美ほむらがキュゥべえを惨殺し、その罪を鹿目まどかに被せたという事件が起こされた。
その際、ほむらは時間停止の能力を使ってキュゥべえを惨殺するという、世の中の推理小説全般に喧嘩を売るようなトリックを用いてそれを為したものだった。
だがしかし、能力を見破られるようなヘマをやらかしただろうか?

「……キュゥべえが死ぬ瞬間の前と後で、風に流されたカーテンの形が同じだったのかしら?」
「カーテンなら、偶然同じ形に流されることも無い訳じゃない。確率は低いが、証拠としては弱いだろ」

ニヤリと意地悪く笑って見せる鹿目まどかは……どこか、暁美ほむらの反応を見て楽しんでいるように思える。
その本来の持ち主なら絶対に見せない表情で、皮肉っぽく口元を歪めながら。
暁美ほむらより低い筈の背丈から、ほむらを見下ろすような視線を向けてきていたのだ。
どうも、そこに威圧感や不快感が足りないのは、従来の鹿目まどかの人徳なのかもしれないが。

「別に、謎かけを楽しみに来たわけじゃないわ。早く答えを教えなさい」
「セッカチなことだ。自慢の能力で考える時間を増やせば良いだろうが。まァ良い。教えてやる」

回り回って錬金術師の盲点を突く契機となった、たった一つの小さな取っ掛かり。
腕怪人アンクが病室の光景より見出した違和感の正体とは、果たして……

「時計があったんだよ。あの病室には。秒針付きのヤツがなァ」

病院に備え付けてあった、時計だった。
コマ送りで鹿目まどかの記憶を見ていたアンクは、視界の隅に映るその情報を発見して、理解したのだ。
キュゥべえを幾筋にも及んで切り刻むという作業が、ソニックブームさえ引き起こさずに刹那の内に行われたのだという事を。
そんなことが可能とする能力ならば、おそらく時間関連の何かだろう、とアンクは当たりを付けていたのである。
もっとも、ほむらへと声をかけた時に『時間停止』と言い切った部分には、カマをかける目的も含まれていたりしたのだが。

時間能力者が時計に足を掬われるとはなァ、なんて皮肉を漏らしながら、怪人は笑う。
暁美ほむらの大切な人の口で、声で。
それが……酷く、ほむらの不安を誘った。
悪い夢を見ていると思った方がまだマシな、地面から足が離れているような気味の悪い感覚に精神を煽られているのだ。

「フン……この身体を開放しろってなら、却下だ」

そして、そんな暁美ほむらの胸の内を見透かしたように、アンクは希望を斬り捨てる。
ほむらの能力を知っているために、アンクには逃亡という選択肢が存在しないのだ。
したがって、何とか暁美ほむらを言い負かさなければ、生き残る目が無いのである。
だからこその、会話の先取りであった。

「別のグリードに、風穴開けられちまってる。俺が離れたら即死だろうなァ」
「な……っ!?」

親指で、鹿目まどかの平坦な胸部を指差しながら。
暗に伝えてもいた。
アンクの気分次第で、何時でも鹿目まどかの命を捨てられる、と。
もちろん、アンクがそれを実行するか否かは、また別の問題だが。

この時、暁美ほむらは……既に気付いていた。
既に、ほむらの立場は尋問者では無くなっている、ということに。
いつの間にか会話の主導権は、怪人アンクの方へと流れてしまっていたのだ。
だがしかし、美樹さやかが他人の治療を行えるという当時間軸特有の事象を、ほむらは知らない。
従って、打つ手も見えないのである。

そして、ほむらは気付かなかった。
アンクの言葉が、治療魔法に関する暁美ほむらの認識について、アンクが確認するための誘導であったことに。
即ち、美樹さやかの魔法の内容を暁美ほむらが知らないという情報を、アンクは入手してしまったのである。

形勢は……傾き切っていた。



鬱蒼とした森林へ響き渡る、爪と甲羅によって奏でられた高音。
それが……王と錬金術師の戦いを、彩っていた。
生命力を司る動物を模したオーズと、毒々しい黒紫の鎧を具現化したガラが、互いの凶器を削り合っているのだ。

塔から飛び降りた二人が戦場としたのは……奇しくも、初対面時と同じ森の中であったらしい。
尚、方々から「撮影上の都合」という言葉が飛び交ったようにも思えるが、全面的に気のせいである。
この場所は飽く迄ドイツから転移された森林地であって、決して関東圏の某緑地とは関係はありません。

「ハァッ!」
「どうしたァッ!!」

そんな中、錬金術師ガラの斬撃を手甲にて捌いてカウンターを浴びせようとするオーズだが……戦況は、芳しく無かった。
どうも、ブラカワニコンボは一撃の威力はあるものの、あまり身のこなしに優れた形態では無いらしい。
ガラの爪を弾いて反撃に出ようにも、伸縮自在の腕による連撃を貰ってしまって、間合いに入れないのである。
回復能力が効いているために押し負ける事こそ無いものの、押し勝てる気配も無い。

振り下ろされた爪を横薙ぎの回し蹴りで叩き落としても、身体が一回転する前に次の一手を打たれてしまって。
ガラの長い腕による大振り攻撃を回避したかと思えば、叩き折られた大木の群れがオーズの歩みを止めに来る。
決め手の無いオーズが攻めあぐねていた……そんな、時だった。

「お母さんっ!」

声が、聞こえたのは。
少年特有の高さの目立つその声の主を、火野映司は知っていた。
同時に、その少年が戦闘の場に居合わせることの危険性も。

「大丈夫! こっちの安全は任せてよ!」

だが……どうやら駿少年も、無策でこの場に足を運んだ訳では無かったらしい。
そこには、駿少年を背負って走ってきたと思しき美樹さやかが、息を切らせていたのだ。
さやか本人は今すぐにでもトーリの下へと駆け寄りたいのだろうが、とりあえず空中で鴻上会長らとコントを繰り広げているトーリの様子を確認して、まず少年の案件を優先したのだろう。

そして、駿少年の声の効果は……覿面であった。
鎧に包まれた錬金術師の動きが、あからさまに鈍くなったのだから。

「まさ、か……?」
「効いてる……?」

……若葉駿の呼びかけが錬金術師の障害になっていることに、駿をこの場へ連れて来た美樹さやかさえも地味に驚いていたりして。
実は期待していなかったか、もしくは、効果が有ったらいいなぁというぐらいに思っていたのか。
ともかく、駿少年の呼びかけによってガラが動きを阻害され始めている事は、間違いが無い。
そんな中、真っ先に動いたのは案の定、火野映司……オーズ。その人であった。

ガラが咄嗟に振り回した横一線の左腕を、腰を屈めて回避して。
近距離から突き出されたガラの右腕を……敢えて防御せずに胸部に受けつつ、強行的にガラの懐へと飛び込んだのである。
オーズの胸へ深々と突き刺さったガラの右腕を……オーズは何の躊躇も無く、掴み取った。

まさにブラカワニの回復能力に頼った、捨て身の組み打ち攻撃。
だがしかし、火野映司の目的は……達せられようとしていた。

「ようやく……『掴』んだっ!!」

狙いは、オーズの胸部に突き立てられたガラの右腕では無く、ガラのもう一本の腕であった。
オーズの空いた手によって掴まれたガラの左腕は……いつの間にか『二本』になっていたのだ。
鋭い爪を輝かせた黒紫のそれの他に、人間の白い腕が、セルメダルの鎧の綻びから露出していたのである。
堅牢なカメの甲羅を叩きすぎたせいで、耐久能力が削られていたのかもしれない。
もしくは……駿少年の声に反応した母親が、何らかのアクションを起こしたのだろうか。

「おおおおおおっ!!」
「王に……触れるなァッ!!」

オーズの内蔵を抉るガラの右腕の動きなどお構い無しに、オーズは力を込め続ける。
人間の緒を繋ぐために、少年との約束のために、そして自分自身が後悔しないために。
ただ、ようやく見えた人間の左腕を、力の限り引くのみ。

「オーエスッ!!」

加えて……人間から分離してしまった怪人ガラの左腕が、突如としてオーズとは逆向きに引かれ始める。
その正体は、オーズでもガラでも駿少年でも無い、この場に居合わせたもう一人。
青を基調とした衣装を具現化した、美樹さやかであった。
駿少年の安全確保に専念するような事を言っていたような気もするが、その発言自体がガラへのブラフだったか、若しくはオーズの捨て鉢ぶりを見て居られなくなったのか。

「お母さんっ!!」

その叫び声が……最後の、切っ掛けとなった。
滝のように零れ落ちるセルメダルの音と共に、ついに。
駿少年の母親、若葉五月の全身が、ガラの怪人態より引き剥がされることとなったのだ。

「おのれええええッ!!」
「さやかちゃん! 二人を安全なところに!」
「オッケーッ!」

独国の森の響き渡る再度の恫喝と……それに対する歓喜の声。
それが、事態の全てを物語っていた。
憑代となるべき若葉五月へとガラの伸縮自在の腕が伸びるも、

「逃がすものかッ!」
「させないっ!」

そこに横から加えられた一閃がガラの攻撃を逸らし、駿少年等を抱えた美樹さやか自身の回避行動も幸いして、若葉五月の安全は守られることとなってしまう。
ワニの頭部を模った半透明な物質がオーズの右脚から具現化して、ガラの腕へと食い付いていたのだ。
オーズの身体へと刺した右腕を抜く事も叶わず、左腕はオーズより具現化したワニ頭によって固定されてしまって。

ガラにとっての不幸は、ただ一つ。
自身も足技を使うべきだ、とガラが判断するよりも、オーズが空いた片腕を動かす方が早かった事……その一点であった。
映司は、先程まで若葉五月を掴んでいた右腕が、既に自由になっているのである。

『スキャニングチャージ』

オーズの一手は、ベルトに装填された橙色の三枚のコアメダルを、再びスキャナによってなぞる動作に他ならなかった。
遅れてオーズに襲い掛かったガラの脚撃は、あふれ出す橙色のエネルギーによって実体化したカメの甲羅に防がれてしまっていて。
絶対の力を以てガラの両腕を固定するオーズの姿は、伝承のヘビのそれにも似た執念深さを感じさせる。

そして、ガラの固定に使っていない最後の一本の脚を宙へと持ち上げ、一瞬だけ自らの身体の全てを地面より離して、頭部から伸びた蛇の胴によって重心を操りながら、

「セイヤァッ!!」

オーズの基本5色中最高の脚力を持つコンドルにも匹敵する出力を以て、自身に許された最大威力の技を放つ。
トラバサミ式ライダーキック……ワーニングライドのゼロ距離版を。

衝撃の、瞬間。
オーズが視界に入れたのは、呻き声をあげる錬金術師でも、撒き散らされたセルメダルでも無く。
既に小さく見える、二人の人間を背負って走る美樹さやかの背中であった……



・今回のNG大賞

「重いですっ! 重量オーバーですよっ!」
「最悪、トーリさんを緩衝剤にすれば助かるので大丈夫です」
「ワタシが大丈夫じゃないですよ!?」

・公開プロットシリーズNo.95
→次回、来るぞ……『奴』が……ッ!



[29586] 第九十六話:友・達・野・朗
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/07/09 20:56
抉れて。溢れて。零れる。
そんな、古代から変わらない音色が、深い森の中に反響する。
欲望の結晶たるセルメダルが擦れ合いながら地面に落下する音が。

「まだだ……まだ……ッ!」
「浅かった……!?」

渾身の力を込めてのトラバサミ式ライダーキックを至近距離から叩き込まれた、ハズなのに。
ガラが振りかぶった片腕に振り解かれて、難なく着地したオーズが確認したガラの姿は……満身創痍には違いがなかった。
体表を右肩から胴にかけて切り裂かれ、あからさまに戦闘能力が削れている様子のガラだが、それでも戦意は失っていないらしい。

一方、オーズは抉られた胸部の傷をブラカワニの回復能力によって塞いでいて。
憑代を失ったガラとは、随分と戦力差が縮まったように思える。
そんな中、火野映司の口から毀れ出た一言は、

「ガラ。世界を滅ぼすなんて、もう止めるんだ。お前だって元は……俺達と同じ人間だったんじゃないのか」

停戦の、提案であった。
思い起こしてみれば、錬金術師ガラはここで殺されなければならない程の罪を犯している訳では無い、と。
女道化師を使って結んできたちょんまげ契約は、確かに詐欺紛いではあった。
一時的に江戸と東京の土地を入れ替える事による混乱も引き起こされた。
鵺ヤミーによってトーリや美樹さやかが危害を加えられた。

だが……ちょんまげ契約は飽く迄『詐欺紛い』に過ぎず、土地の交換も具体的に誰かを傷つけた訳では無い。
もちろん、若葉五月を憑代として使った件と、魔法少女らを傷つけた鵺ヤミーの行動は許されない。
それでも、ガラに競り勝てるオーズの存在を前提に鞘を納めてくれるならば、映司とて嬉々としてガラを処刑することは有り得ないのだ。
特に、相手が言葉の通じる人間であれば。

「人間だと? 我が人間なものか! そんなものは疾うに捨てたわ! 錬金術師になると同時になぁッ!!」
「…………分かった」

しかし、錬金術師は折れなかった。
世界を滅ぼす意向に変更は無い、と言い切ったのである。
既にその強気は虚勢にも似て、それでも尚、意思を貫き通す覚悟がある、と。

そして、自分を曲げるつもりが無いのは、オーズも同じであった。
だからこそ二人は、向き合う事を止めないのだ。

……そんな、時だった。
オーズが、錬金術師ガラから目を離してしまったのは。
橙の仮面に浮かぶ紫の瞳が、ガラの背後の何者かを追っていたのである。

この時、ガラの頭の中において、瞬く間に二つの思考が鬩ぎ合いを繰り広げた。
一つは、オーズが気を散らしてしまう程の珍妙な何者かが、ガラの背後に存在するという可能性。
もう一つは、それがオーズによるフェイクで、後ろを振り向いた瞬間にオーズからの攻撃を受けるという未来である。

刹那の憂慮の末に背後を振り向いたガラが見た、モノ。
それは……まさにその瞬間に、不時着音と共に生み出されたクレーターであった。
オーズとガラが睨み合っていた地点より僅か10メートル程の場所にて、腐葉土の地面に大穴が広がっていたのである。
そして高温によって焼け爛れた土の匂いに紛れて、その中に蠢く、白いナニカ。

土煙が去っていく中に、ヒトの形に近い乱入者の姿は、ようやく日の目を見ることとなった。
……赤く煌めく眼部を主張しながら、そいつは、

「話は聞かせてもらった! 助太刀するぜ! オーズッ!!」

離れていたガラやオーズへと届くほどに威勢の良い声を、響かせたのだった。
流線型に尖った頭部を地面に突き刺して、天地が逆転したままに……。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十六話:友・達・野・朗



鴻上会長と里中エリカを連れて、トーリが無事に地面へと辿りついた、ちょうどその時であった。

「トーリっ! 良かった……っ!」

ぜぇぜぇと息を切らした美樹さやかが、その場へと駆けつけたのは。
会長達を降ろして一休みしていたトーリの反応も待たずに、一目散にトーリへと直進したのだ。
そして、そんな鬼気迫る様子の美樹さやかが力一杯に抱きしめてきた事に対して、トーリは何を言うべきか、少しだけ言葉に詰まっていた。
余程の速さで走って来たのか、全身汗だくの匂いからは、その焦りが垣間見えて。

「さやかさん……ただいま、戻りました」
「ごめんっ……あたし、あんたの事を守るって言ったのに、こんなことになって……!」

トーリからは、さやかの表情を覗う事が出来なかった。
強く抱き締められ、首が交差する形となってしまったからである。
だがしかし、何となくトーリは、思う。
さやかが泣いているのかもしれない、と。

「心配には及ばないよッ! 美樹さやか君ッ!!」

そして、何を口にするべきか悩んでしまった蝙蝠娘に代わって口を開いたのは……いつもの、喧しい会長だった。
むしろ、さやかとトーリの再会シーンのために、よく今まで静かにしてくれたと誉めるべきなのかもしれないが。
ともかく、さやかに若干の苛立ちを与えつつ、会長は言葉を継いでいた。

「ガラの部屋から、江戸の映像が見えていてね! 大嫌いな火野映司君に頼んでまでトーリ君を救おうとした君の欲望は、確かに私達に伝わったよッ! 実に素晴らしいッ!!」
「……なに、偉そうにしてんのよ」

自分の思いを『欲望』などという汎用単語に集約されたのが、決め手だったのだろうか。
トーリから静かに手を放した美樹さやかが視線を向けた相手は……野太い声をあげていた、鴻上光生であった。
さやかの視線に含まれるものは、殺意とまでは言えないものの、怒気や拒絶の念を多分に含んだそれで。
もしその視線を向けられた者がトーリであったなら瞬時に逃亡を考え始める程度の威圧感を、放っていたのだ。
もちろん、そんなものに動じる鴻上会長など有り得ないのだが。

「アンタが余計な事しなきゃ、錬金術師は復活しなかったんでしょ? オーズが襲われる事だって、トーリが危険に遭う事だって無かった! 全部、アンタのせいだっ!!」

いつの間にか抜き放った剣の切先を、鴻上光生へと向けながら。
抑え切れない怒りを剥き出しにして、美樹さやかは糾弾せずには居られなかった。
昨日は、鴻上会長を助けたいという映司の意見に反論できなかった美樹さやかだが、今この場には火野映司は存在しないのだ。
従って、さやかの抱く疑念が再燃したのである。
即ち、諸悪の根源である鴻上光生という男を成敗しなくて良いのか、と。

「なにも錬金術師の復活は、悪い事ばかりでは無いよッ! 東京の人間達が江戸の民との絆を得たようにッ! 君とて、徳田新之助から学んだものもあるだろうッ!?」
「それなら、トーリは何を得たっての!? ただ危険な目に遭っただけじゃない!!?」

鴻上光生のいう事も尤もなようで、美樹さやかの言っている事も理に適っているように思える。
トーリには、どちらも間違っていないように、思えていた。
だがしかし、トーリがこの事件から得る筈の物は……結局、得られていない。
地盤転移から始まった一連の事件にグリード復活の手掛かりを求めていたトーリだが、その一番の目的は達成できなかったのだから。

「君という、心強い守護者を得ただろう! 新しい美樹さやか君の誕生だよ! ハッピー・バースデイッ!!」
「っ……! 騙されないわよ! 流石に危険と釣り合って無い!」

一瞬、言葉に詰まった美樹さやかだが、何とか喰らい付いて見せた。
鴻上会長の言葉は、一見おだてているようにも見えるが、そんな事で木に登るほど美樹さやかの楽観は強く無かったらしい。
もしくは、キュゥべえに煮え湯を飲まされた経験が、さやかを少しだけ疑り深く育てたのかもしれない。
……『この美樹さやかはボクが育てた』なんて寝言が聞こえて来ようものなら、白い宇宙人は瞬く間に八つ裂きにされてしまうだろうが。

一方のトーリは、思考を巡らせていた。
このまま鴻上を見捨てた場合の損得の勘定に関して。
別に、さやかが鴻上を斬り捨てたとしても、トーリには良心の呵責は無い……ハズだ。おそらく。
尚、その場合には鴻上会長の護衛として立塞がる里中エリカを、そもそも美樹さやかが打倒できるのかという問題も生じる訳だが、それはともかく。

逆に、鴻上光生を活かしておくメリットは?
そう考えてトーリは、直ぐに気付いた。
以前に火野映司と共に鴻上財団本拠地を訪れた際に、疑問に思った事柄があったことを。

「会長さんは、以前に会った時は曖昧な言い方をしていましたが……コアメダルを、持っていますよね?」
「……?」

殺気立っている美樹さやかと、未だ余裕を崩さない鴻上光生の間に割り込んで、トーリは少しだけ強気に出てみる事に決めていた。
正直なところ、会長がコアメダルを隠し持っているかどうか、確証があった訳では無かった。
だが、もし持っているのなら、出来れば奪取しておきたいという思いも強い訳で。
もっとも、さやかはトーリが何を言いたいのか分かりかねているようだが。

「灰色のグリードには2枚、緑色のグリードには1枚、行方不明のコアメダルが存在します。もしそれを鴻上会長が持っているなら、ワタシ達に譲ってください」

そうして頂ければ、ワタシは今回の件について何も言いません、と。
トーリは恐れながら進言したのである。
もちろん、臆病なトーリがここまで強気に出られるのは、今にも鴻上光生を殺さんとしている美樹さやかが隣に居るからだ。
そうでなければ、鴻上会長の得体の知れない圧力に怖気づいて、トーリは口を噤んでいたに違いない。

ちなみに、トーリは黄色のメダルにも不明分がある事を知っているのだが、それはオフレコである。
グリードであるカザリの所持コア事情を知っていたら怪しまれてしまうだろう、という判断によるものであった。
もっとも、本音を言ってしまえばトーリにとって、緑以外のコアなどどうでも良い。
しかし灰色と緑色は、グリード爆砕の直後に構成メダルをトーリが預かったことがあるので、緑色だけを強請ると逆に不自然に思われる可能性がある。
従って、その二色のチョイスという訳だ。

「トーリ……そんなんで良いの? なんか、コイツを殺さずに済むための理由を考えてんじゃない?」

一方、傍から聞いていたさやかは……コアメダルこそがトーリの目的物であるという事実を知らないのだ。
だからこそ、原因と結果が逆になってしまっていた。
トーリはコアメダルを得るために鴻上を庇ったのだが、さやかの目にはそれが逆に映ってしまったらしい。

「今は、戦力は多い方が良さそうですから」
「……まぁ、トーリがそう言うなら……。で、どうなのよ? コアメダル持ってんの?」
「良いだろうッ! 君たちのその欲望に免じて、それら三枚のメダルを託すよッ!」

あっさり、と。
予想外に呆気なく、鴻上光生は折れて見せてくれた。
トーリ達に見えない何かを既に見通して判断したのか、若しくは何も考えていないのか。
この得体の知れないオッサンは、その思考を中々読み取らせてくれない。
会長の隣で隙無く構えていた里中さんの方が、まだ人間味があるという具合である。

だがしかし、行方不明だったウヴァさんのバッタコアが返ってくると分かれば、トーリも嬉しいには違いない。
結局ガラからはグリード復活の方法を得られそうに無いが、それに準じるレベルの収穫と言えるだろう。
ちなみに、ガメルの分の残りのコアは、ゴリラとゾウが各一枚ずつである。

「では、本社ビルまで行こう! トーリ君ッ!」
「了解です」
「あたしは……どうしよ」

不明瞭な返事を見せたのは……さやかであった。
鴻上財団にトーリを一人で行かせるのは若干不安だ、と思いつつ、オーズの加勢に行った方が良いという気もするのだ。
簡単にオーズが殺られる訳が無いとは思っていても、やはりガラの脅威は強大なのである。

「さやかさんは、一応ワタシが今持っているコアメダルを映司さんに届けてください」

そこですかさず、さやかの掌へと手持ちのコアメダルを握らせるトーリ。
万が一、鴻上財団でコアメダルを強奪されそうになった場合のための備えである。
トーリがコアメダルを持っている事はどの道バレるので、その時に周囲からの不自然を嗅ぎ取られては困るという理由もあったりするが。

「あれ? ガラに取られなかったの?」
「トーリ君が身体を張って奪い返したのだよッ! 中々の欲望だったね! 実に素晴らしいッ!!」
「そ、それほどでも……?」

誉められているのやら、貶されているのやら。
微妙に会長からトーリへの評価が上がっているような気もするが、この人も味方とは限らないのだから油断は出来そうに無い。

「あんた……弱っちいんだから、あんまり無茶しちゃダメだよ」
「……ですよねぇ。少し、柄じゃなかったかもしれません」

ハシャイジャッテ☆
……少しばかり、ガラの戦闘能力を読み違えたというべきか。
というか、ガラの戦闘能力を把握できていたなら、もっと素直に映司へとベルトを返還していただろうが。

鴻上会長をぶら下げて飛んで行くトーリの背中を見送りつつ、美樹さやかは戦場へと足を戻すことを決めたのだった。
尚、トーリの可載重量にあぶれた里中秘書は、何処からともなくライドベンダーを調達して走り出していたのだとか。
実は彼女こそ、最も謎の多いヒトなのかもしれない……。




地面より引き抜いた鋭い形状の頭部を、撫でるように拭って付着土を落とす、白い乱入者。
それが……オーズとガラの一騎打ちに割り込んだ、不審人物の姿であった。

「宇宙飛行士……?」

そしてオーズの呟いた一言は、新たな登場人物の存在を形容するための、適切なそれに違いが無かった。
なぜなら、真っ白な身体に黒い網目が張り付いたそれは、素人目にも宇宙服を連想させる質感を帯びていたのだから。
後頭部より伸びた二枚の小さな翼は、ロケットの意匠だろうか。
更に彼の腰部には、多様なスイッチを内包したベルトがその存在を主張していた。

「仮面ライダーだ。『仮面ライダーフォーゼ』! ダチのピンチに駆け付けたぜッ!」
「ダチって……初対面でしょ? というか、首は大丈夫……?」

フォーゼと名乗った白服への警戒を怠らないガラと、その人間性を早くも捕捉し始めたオーズ。
咄嗟に聞き返してみたものの、人間の機微に敏い映司には何となく、分かっていた。
多分この若者は、『ダチになるのに、時間は関係ねぇ!』と言えるタイプの仮面ライダーなのだろう、と。

もしくは、頭から落下した事による後遺症で言語に異常が出ている可能性も否めない。
人間の頭骨というものは、意外にも1メートル程度の高さから落下しただけでも砕けることがあるのを、映司は知っていた。
ライダー装備の防御性能に期待したいところだが、このまま会話が成立しない場合には病院に送るべきに違いない。

もっとも、この白い仮面ライダーは元来……少しばかり、火野映司の常識から外れた思考を持っているだが。

「いいや! 俺は、全ての仮面ライダーと友達になる男だからなッ!!」

オーズを指差してみたかと思えば、今度は拳を天に掲げて持論を力説する珍客……もとい、フォーゼ。
勢いだけで喋っているのか、何か考えがあるのか。
その喜び顔の仮面の下にある感情を、映司は正確に読み取ることが出来ずに居た。
声の調子と仰々しい身振り手振りからして、フォーゼが陽気な状態である事は間違いが無さそうだが、逆にそれしか情報が無いとも言える。

本当に頭に異常は出ていないのか。
映司としては悩ましいところである。

「シィッ!」

……そして、そんなフォーゼの名乗りに応答するように、長く伸びた腕が横薙ぎに振るわれた。
言わずもがな、鋭い爪を伴ったガラの一撃である。
言葉無く攻撃を実行する辺りは、何だかんだで殺意満々であった。

空気を切る音を頭の後ろに聞きながら、オーズは地に這ってその一撃を回避していた。
……オーズ『は』ではなく、オーズ『だけは』というのが、より正確な言い回しであったかもしれない。
何故なら、地に伏したオーズの付近には、フォーゼの姿は見られなかったのだから。

直撃を喰らって弾き飛ばされたのかと思って左右を見回すも、やはりフォーゼの姿は見当たらない。
ヤツは一体何者だったのか。
というか、そもそも奴は何を為しに来たのか。
真相はダークネビュラの中に違いない。
若しくは、強くて頼りになる校長が呑み込んで去って行ったのだろう。

冗談はさておき、邪魔な白いライダーを排除したと判断してオーズに向き合うガラの姿を目の当たりにしつつ、映司も大体の事は把握できている訳だが。
何故なら……ヘビの能力を模した頭部に秘められたピット器官が、付近の熱源物質を感知することによって、状況を映司へと伝えているのだから。

直後、ガラは体験することとなる。
思わぬ方角からの、衝撃を。

「ライダー・ロケット・パンチッ!!」
「がああっ!!?」

斜め上方から滑り降りるように迫っていたフォーゼの右腕が、ガラの胴体へと吸い込まれるように的中していたのだ。
その右腕にはオレンジ色の、全長1メートル程のロケットが腕を覆うように具現化されており、裾の広がった尾部からは周囲の空気を歪ませる程の熱と推進力が生み出されていた。
オーズの熱探知器官が見つけたものも、回避のために上空へ飛び上がっていたフォーゼのロケット推進エネルギーだったという訳である。

一方、セルメダルを撒き散らしているガラは、確かにダメージを受けているようだが、

「この程度……ッ!!」
「うおっ……?」

踏み止まり、ロケットの腹を殴り上げる事でフォーゼを空中へと押し上げ直して見せた。
更に、長い腕を鞭のように撓らせて、フォーゼが空中で姿勢を立て直す隙を与えずに地面へと叩き落とすという荒業を熟して見せた辺りは、流石というべきだろう。

そして本日二度目の、頭部からの着地を余儀なくされるフォーゼ……。
映司はそんなフォーゼの周囲に、『ドシャア!!』という謎の擬音を聞いた気がしたのだとか。
90分前の世界に今年から住み始めたオトモダチの影響なのか、そもそも星座繋がりで素質があったのか。
フォーゼの某製作スタッフが『蟹座のイメージを払拭したい』と熱く語ったことに関係があるのかどうかは、定かでは無い。

もちろんこの聖闘士な落下様式には、どんなに落ち方が悪く見えてもメイン級のキャラは決して死なないというお約束があるので、安心安全である事は言うまでもない。
不思議なことだが、言うなれば、まさに小宇宙の神秘というヤツなのだろう。
流石は、宇宙を掴む男である。

そんなフォーゼの無事を横目に確認しながら、拳を構えたオーズがガラへと迫った。
フォーゼへと二連撃をかました事によってガラに生まれた隙を、映司は見逃すつもりなど無いのだ。

『スキャニングチャージ』
「セイ、ヤァッ!!」

しかも、スキャナを起動して再び必殺技を発動している辺り、こちらも殺意満々であった。
カメの甲羅を地面に滑らせて、蛇行しながら。
ガラへとダメ押しのライダーキックを見舞おうとするオーズ。
だが、しかし……

「二度も喰らうものかッ!」

衝撃は……地を這うブラカワニよりも、更に下からオーズへと襲い来る。
それは、一瞬のうちに地中へと潜り込んでいた、ガラの片腕によるものであった。
地を滑って進んでいたオーズの勢いを削ぐには……腐葉土の地中からの攻撃は、理に適っていたのだ。
そして、体勢を崩されたオーズへと、攻撃に使われた左腕が絡み付く。
オーズの動きを……封じるために。

「まさか……」
「貴様が回復するならば、まずは回復手段を奪えば良いッ!」

ガラのその判断は、間違っては居なかった。
空いた右手を伸ばし来るガラの拘束から、オーズは抜け出すことが出来ずに居たのだから。
もっとも、この場に存在する戦力は、オーズだけでは無いのだが。

「させるか!」

予想外の早さにて戦線に復帰してくるフォーゼには、あまりダメージは見られなかった。
映司からはよく見えなかったが、ひょっとすると空中で姿勢を少しだけ変えてダメージを軽減したのかもしれない。

『マジックハンド オン』

右手に具現していたロケット巨腕を収め、フォーゼが何処からともなく取り出したものは、スイッチの付いた小さな小箱で。
新たなそれをベルトの右端に収まった同型の小箱と入れ替え、スイッチを入れると共に現れたものは……朱色の補助腕であった。
二つの関節を持った、全長5メートルにも及ぶロボットアームが、フォーゼの右腕から新たに具現化していたのだ。

フォーゼはガラの長腕に倣ってマジックハンドに遠心力を加えつつ、オーズに施された拘束を解こうと企んでいるらしい。
しかしガラも、その試みを黙って見ている筈が無い。

長い腕同士が、交わり、削り合い、絡み合う。
互いを振り払い、次の瞬間には組み付きながら。
いつしか、息衝く暇も無く互いが互いの動きを封じあう、一本の縄のように捻じれた緒がフォーゼとガラを結んでいたのだ。

「ぐぬぬぬ……ッ!」
「ぬおおお……っ!」

似たような呻き声をあげながら、引き合い、押し合って互いのバランスを崩そうと画策している両者。
その口から毀れた唸り声が似ているのは……意外に、頭の出来が同じぐらいなのかもしれない。
引き相撲という競技を思わせる押し合い引き合いが、特大スケールにおいて再現されていたのだ。
フォーゼは空いた左手を含む全身にてバランスを取っているために行動が全くとれず、当然ガラも同じ状態であった。
そして、均衡を破ったのは、案の定フォーゼでもガラでも無くて。

「……ハァッ!」
「何ッ!?」

オーズが、自力でガラの拘束を抜け出したのである。
それも、自身の身体の中から紫色のコアメダルを射出するという荒業を用いて、ガラの拘束腕を弾き飛ばしたのだ。
……と同時にガラの重心がブレたのを、フォーゼは見逃さなかった。

『マジックハンド リミットブレイク』
「横Gは宇宙飛行士の基本だぜ!」

咄嗟に右腰のレバーへと左手を伸ばし、マジックハンドの出力の箍を外したのである。
オーズによって均衡が崩された事に加え、突然出力を増したマジックハンドの腕力は……ようやく、両者の力比べに終止符を打っていた。
ガラの身体が宙に浮かされ、ロボットアームが力任せにその重石を振り回していたのだ。

「ライダー・マジックハンド・スイングバイッ!!」

技名を今咄嗟に考えついただろう、などという野暮な突っ込みを入れてはいけない。
自らの両足が腐葉土に沈むことも顧みず、フォーゼはガラを、空高く放り上げた。
先程空中へと打ち上げられた意趣返しだと言わんばかりに。

横Gと宣言した割に最後に縦方向のベクトルを加えたのは……御愛嬌である。
このフォーゼという男は、しばしば自身の理解できていない言葉を語感だけで使おうとするモノなのだから。
多人数の集団に喧嘩を売りながら『タイマン張らせてもらうぜ!』と平然と叫べる人間なのである。コイツは。

そして、映司は当然に気付いていた。
役割を終えた筈のマジックハンドをオーズへ差し向けてきたフォーゼの、意図も。

「打ち上げならお手のモンだ! トドメは譲るぜ、オーズ!」
「やっぱり、そういうことね」

朱色の機械腕が緩やかな放物線を描いたのと、同時であった。
マジックハンドの根元へとオーズが飛び乗ったのは。

『ドリル オン』
『スキャニングチャージ』

それぞれのベルトの操作に伴う機械音声が、変化を告げてくれる。
黄色の眩しいドリルを左足に出現させたフォーゼは、ドリルをそのまま回転させて足場を固めに入った。
そして、オーズはブラカワニの必殺技の予備動作として……滑り始めていた。
地面では無く、空へと伸びたマジックハンドの折線の上を、なぞりながら。

カメの甲羅を模したシールドによって摩擦を抑え、軌道をフォーゼに任せながら、かくしてオーズは天へと打ち上げられる事となった。
先程投げ出されたガラが落下してくる放物線上へ交わるように、高速の弾丸として橙色のオーズが発射されたのである。

「ハァァッ!」

錐揉み回転を続けるガラへと、横殴りの衝撃が容赦なく襲い掛かった。
廻り続ける視界が正常に戻る頃には……すべてが、手遅れとなっていたのだ。
ガラの身体を挟み込んだオーズの両足には、エネルギー循環器官より溢れ出したワニの顎が具現化して、ガラの両腕を切断したうえで胴体へと鋭い牙を突き立てていたのだから。

「離せェッ!?」

そして、本来の『ワーニングライド』では有り得なかった最後の一撃が、ガラを待っていた。
空中にて食い付かれたまま身動きが取れないガラを地球の方向へと固定したまま、オーズは速度を再び増し始めていたのである。
その方向が地表である事は、説明するまでも無い。

「セイヤァァッ!!」
「グ……ギャアアアアアッ!!?」

二人分の重量と落下速度によって彩られた、フィニッシュを飾る一撃。
地面へと叩きつけられたガラの身体が……崩れ、零れる。
森の中を駆け抜けたその音は、確かにガラの身体が壊れる音色に違いが無かった。
そんな中、セルメダルの山へと還って行くガラの姿は、既に人間のそれでは無くて。

結局のところ、ガラは人間を捨てる事が出来ていたのか。
それは、誰にも分からない。
少なくとも、ガラが崩れ落ちた一角には……有機的な響きは、残ってはいなかった。

宙に浮かんでいた巨大な円盤のうち、二枚が既に元あった場所へと還っていて。
現在宙に残っている一枚もやがて地表へと収まり、映司達の戦っていた独国の森も、じきに再反転を始めることだろう……



……回転舞台の上の役者達は、気付かない。
彼らの動向を遥か遠方から観察しながら微笑む、白い魔法少女の存在に。
そして、この戦いの場へと飛び入りのゲストが訪れたことの意味も
それらはきっと、仮面舞踏会の演者等が決して知り得ない知識なのだろう。
未来を見通すことでも、出来ない限りは……。



・今回のNG大賞
「タイマン張らせてもらうぜッ! みんなの絆で宇宙を掴むッ!!」
「まさか、頭を強打した後遺症で言語野に異常が……?」

この時、火野映司はまさか、思いもしなかったのだった。
約半年後のMOVIE大戦MEGAMAXにて、自身が全く同じ車田落ちを体験することになることなど……

・公開プロットシリーズNo.96
→ライダーは助け合いでしょ。



[29586] 第九十七話:巨大化は悪の美学
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/07/14 22:40
「悪いな、部活の仲間が待ってるんで、俺はこれで!」
「え? うん。とにかく助かったよ。ありがとう」

微妙に食い違っているような、二人の会話。
相変わらずのフォーゼのマイペースに振り回されつつも礼を欠かさない辺りは、流石火野映司というべきか。
その若者に握手を求められ、それに応じながら……映司は、思う。

「ところで君、何処から落ちて来たの? まさか宇宙からじゃないでしょ?」

この仮面ライダーは何処から現れたのか、と。
もちろん、仮説のレベルでは大体の予想はついている訳だが。

「それが、ロケットモジュールで上の方に飛んでたと思ったら、急に上下が逆転してたって言うか……良くわかんね」

自分でも何を言っているか(ry
まぁ、この反応も映司には読めていた。
正直に言って、フォーゼを纏っているこの若者は、あまり頭が良さそうに見えないのだから。

「もしかして、あの巨大円盤の面の一つから来たんじゃないかな?」

そう言いながらオーズは、宙に浮かんでゆっくりと回転を続ける巨大円盤を指差していた。
ガラの魔術が破られたことによって、もうじき有るべき場所に収まる予定の、一枚を。

「おお? あの遠くで浮いてんのって、地面か!? 天の川学園が回転してる!!?」

敬礼のように目の上に手を翳して、おそらく仮面の内側で目を細めながら、太陽の光を遮りつつ。
どうやら若者は、帰還の目印となるべき場所を発見したらしい。
その地点は、映司の憶測通り、ガラの魔術の余波によって裏返ってしまった土地の一枚にあったようだ。
つまり、その一枚が地面に収まってしまえば、フォーゼは帰還できない可能性が高い。

「早く行かないと、帰れなくなるよ」
「マジか!? じゃぁ、またな! オーズッ!」
『ロケット オン』

再び右手へとオレンジ色のロケットを具現化したフォーゼに、手を振って。
オーズはようやく、この喧しい若者と別れる事が出来たのだった。
……別に、そういうタイプも嫌いでは無いが。

「無茶苦茶だけど……若いって、良いな」

それは年端もいかない魔法少女等にも言えることだが、彼らは時に、大人の予想もつかないような伸び代を見せてくれるものだ。
フォーゼの滅茶苦茶な戦いがガラ討伐の役に立ったように。
また、美樹さやかが目的と感情の折り合いを付けつつあるように。


「そういえば、おかしな事を言ってたような……?」

飛び去ったフォーゼが残して行った、小さな違和感。
フォーゼは目的地が浮き上がっている事にも驚いていたが、そもそも土地反転現象自体に驚いていたようにも思えるのだ。
だがしかし、昨日から断続的に起こっている事象に対する反応としては、いささかオーバーリアクション気味に映司には見えてしまっていた。

そして同時に、疑問にも思う。
反転した土地達が繋がっていた場所に関して。
一枚目はドイツに、二枚目は江戸時代に、そして三枚目は中生代へと反転を遂げていた筈だ。
では、四枚目は?
フォーゼを呼び寄せることとなった最後の一枚は……いったい何処に繋がっているのだろうか?

「意外と、『未来』……だったりして」

正確な解など、誰にも分からない。
過去か、未来か、それとも類似の歴史を辿った平行世界か。
地へ戻って行く一枚の巨大円盤を見守りながら。
オーズの呟きは、鬱蒼と茂る森の中へと消えて行った……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十七話:巨大化は悪の美学



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……
タカ×2
コンドル×1
コブラ×1
カメ×1
ワニ×1
プテラ×1
ティラノ×1



「パンツマン! ……って、アレ? もしかして終わっちゃった……?」

息を切らせながら駆けつけた美樹さやかが、現場に辿り着いた時。
錬金術師ガラの姿は既に見当たらず、森の中に開けた一角に立っていたのは、変身を解いた火野映司ただ一人であった。
辺りを見回して何かを探しているようだが、映司は何かを失くしたのだろうか。

「うん。そっちはどうだった? 駿君のお母さんと、トーリちゃんは?」
「大丈夫。無事だった……。ありがとう、トーリを助けてくれて」

映司が第一に気に掛けたのは、やはりまず他人の事で。
彼自身が自己犠牲精神満々の戦法をとった一件など、気にも留めていないらしい。
ただ、回復能力持ちのブラカワニが機能していたお蔭で、そうそう致命傷は負わないだろうという見込みがあったため、さやかも今回に関しては特に腹を立てたりしないが。

「で、何探してんの?」
「いや、紫のメダルが見つからなくてさ。この辺りに落ちてる筈なんだけど……」

映司が言うには、戦闘中にガラの攻撃を振り払うために射出して、その時を最後に戻って来ていないのだという事らしい。
どうやら、映司の体内には未だ二枚の紫コアが残っているらしいが、紫コアは他の色と組み合わせる事が不可能らしく、役に立たないのだとか。

「良いチャンスだし、このまま捨てちゃいなよ。アレって、何か凄く危険な感じがしたよ?」
「まぁでも、強いのは確かだし、段々身体が慣れてきてるから、次辺りで何か掴めそうなんだ」

ぶつくさと文句を言いながらも、何だかんだで自身も紫コアを探し始める美樹さやか。
気が進まないと思いつつ、親友を助けて貰った負い目があるので、映司に協力することにしたらしい。
一度プトティラ無双を目撃した身としては、これが良い機会だと思っているものの、紫の力も役立ったには違いないのであまり強く言えないのである。


「ありゃ、もう片付いちまったか」
「よく戻って来たな、火野」
「はい、後藤さんたちもありがとうございました」

そして、美樹さやかと似たような反応が、別のところからも現れていたりして。
現場へと足を運んだ伊達明と後藤慎太郎の第一声である。
後藤によるバースの調整を終わるまで待っていたら、遅れてしまったという事らしい。

「火野、美樹。灰色のグリードと鳥籠の魔女から入手した品だ。死ぬかと思ったがな。受け取れ」
「これは……カマキリ?」
「トーリをさらったアイツか。ありがと。ってか、良く勝ったね……?」

まず二人へコアメダルとグリーフシードを渡す後藤は、律儀というか、真面目というか。
尚、ガメルがカマキリコアを投げ捨てた事件の説明は、省略である。
そうした方が、何となく死闘の果てに奪い取ったようなニュアンスが出るからだ。
もちろん、鳥籠の魔女との戦いでは軽く死線を潜っている訳だが。

「ああ、そうだ。あたしもパンツマンに渡すように言われたよ、トーリが奪い返してたコアメダルだってさ」

一方、さやかもまた、自身が預かっていたコアの存在を思い出していたりして。
戦闘が終わっていると思って気を抜いた時から、すっかり忘れてしまっていたのである。
3色5族のコアメダルを映司へと手渡しながら、忘却の事実を笑って誤魔化して見せるものの、幸いにして糾弾の声をあげるような人間は居合わせなかったらしい。

ここまでは、良かった。
というより、この二人が齎してくれた情報は、明るかった。

「それと、俺も一つ気になってることが有んだけどよ……『アレ』って何だと思う?」

だがしかし……伊達明の指差すモノへと視線を移した三人は、それまでの浮かれた気分を一気に冷やされてしまっていた。
何故なら、伊達の示した方向にあったものは、ガラがセルメダルを材料に作り上げていた巨塔で。
それが、段々と形を変化させていたのだから。
まるで、生物のように。


鳥のようなに巨大な翼を見せつけたかと思えば、身体は強靭な鱗にて覆われて。
四本生え揃った脚には、鍵爪のように歪曲した刃が具現化した。
顔は肉食竜のように顎が発達し、水平では無く垂直に並んだ二つの瞳が、生物的な不完全さを思わせる。
そんな、体長10メートルにも及ぶ生物が、セルメダルによって形成されていたのである。

しかも、巨塔を構成していた分のセルメダルを圧縮して身体を構成しているらしく、その足音は……怪物が、見た目以上の重量を誇っている事を教えてくれた。

「……あの中に、紫のメダルの気配がする」
「え? あんた、ここで落としたんじゃないの?」
「火野がガラと戦っていた途中で失くしたなら、実はガラに奪われていたんじゃないか?」
「ワープみたいな能力あったみたいだしなぁ。こっそりあの塔に送ったんじゃねぇか」

というか、コアメダルの気配という超常的な察知機能が映司に備わっている件について。
おそらく自身の体内に二枚残っている紫コアの影響で、同色のコアだけには反応できるようになっているのだろう。
そして、誰もが気付いていた。
……怪物が、四人の立ち尽くす地点へと一目散に駆け寄ってきている事に。

『人間どもめぇ! 死ねぇっ!!』

その声は……多少重くなっているものの、先程までオーズと相対していた錬金術師の、そのもので。
しかし、先程までオーズやフォーゼと競合いを演じていた存在とは……何もかもが、一線を画した能力を誇っていた。

一度身体を振るわせれば、瞬く間に周囲の木々が薙ぎ倒されて。
爪を振り回せば、その轟音は森の外まで飛び出していく。
そんな巨獣が……現在の、ガラの姿であったのだ。

「何アレ!? 錬金術師は倒したんじゃないの!?」
「俺が倒したのは端末だったみたいだ! 多分あっちが本体!」

映司は、ガラの部屋に備わっていた、18のコアメダルを収めるべき器を目撃していた。
だからこそ、気付けたのだ。
おそらく、目の前の怪物は、橙色以外の6色18種のコアを全て使う事によって生み出されているのだ、と。
そして、そんな重要物件があるならば、どちらが本体かは明白であった。

「「変身っ!」」
『タカ トラ バッタ』

叫んだのは、どちらが先であったか。
伊達明がベルトから機械音を響かせるとともに、映司もまた、姿を変えていた。
およそ二週間ぶりだというのに、えらく懐かしさを感じさせる、ベルトの唄を聞きながら。

赤いフェイスマスクに緑色の瞳を輝かせた、鷹の目。
黄色の鍵爪を折り畳んでまとめた、虎の手甲。
緑にフチどられた昆虫の跳躍力を思わせる、飛蝗の脚。

古代の王に愛用され、現代のオーズも初起動の際に用いた、オーズシステムにおける唯一の混成コンボ。
体力の消費が無い代わりに激しい殲滅力も見込めない、オーズの基本形態。
即ち……『タトバコンボ』に他ならなかった。
さやかが返還したタカメダルとトーリの奪還した複数枚によって、ようやくこの形態が使用可能となったのである。

「おお? それがオーズか? そういや今日まで見た事なかったぜ!」
「えっ? そうだったの……?」

……銀の鎧に身を包んだ伊達が、そのヘルメットでは隠しきれない程の奇異の視線を、オーズへと注いでいたりして。
そして、仮面ライダー同士って意外に連携取れてないんだなぁ、なんて呟く美樹さやかの視線が伊達に向けられていたのだとか。

地面を横っ飛びに転がりながら回避を熟しているバース。
同じく、ガラへとサーベルを投げつけては弾かれている、美樹さやか。
そんな中、バッタレッグの軽快な跳躍によって攻撃を避けているオーズは……方針を既に、決めていたりする。
というか、タトバコンボを選択した場合の戦略など、限られているのだ。

緑から赤へと明滅する瞳が、透視能力によってガラの体内のコアメダルの位置を教えてくれていた。
脚は一足飛びに相手の懐に飛び込むことに優れているのだから、コレを使わない手は無い。
収納されていた虎爪を伸ばすことで、相手からメダルを抉り出す準備も万端だ。
つまりタトバコンボとは、相手のメダルを奪取することに特化した形態なのである。

狙うは、一点。
ガラの腹部の奥に含まれた紫の一枚にして、プトティラコンボの構成に必要なトリケラメダルであった。
腐葉土の柔らかい足場をものともせず、怪物の翼の内側へと跳び入ったオーズは、迷わずに爪を振るう。
突き刺し、抉り出すことを想定しながら。

だが、しかし……

「刺さらない!?」

甲高い音と共に、両者の戦力差が明白なものとして現れてしまっていた。
突撃と同等の勢いにて、オーズの爪は弾き返されてしまったのである。
更に、空中で姿勢制御の効かないオーズを……巨大なガラの凶刃が襲う。
さやか剣も、後藤の銃撃も、CLAWsを起動しようとするバースの動作も、間に合わない。

『クワガタ カマキリ バッタ』

しかし……オーズは、既に次のメダルを用意していた。
緑の3種のコアにて構成される、最高の汎用性を持ったコンボへと、身体を変化させたのである。
昆虫族コンボである『ガタキリバ』。
その効果は……自身と同じ性能を持った分身を、生み出すこと。
もちろん、ガラの腕が目前に迫っている状況で大量の分身を生み出すには時間が足りないため、オーズが生み出した分身は一体のみであったが。

「ハァッ!」

生み出した一体の分身を足場として、バッタレッグの瞬発力による緊急回避を行ったのだ。
ガラの振り抜いた暴虐の一撃は、オーズ本体へ届くことは無かったのである。
土台となった分身体はガラの強烈な一撃によって地面へと叩きつけられて瞬く間に消し去られてしまったものの、本体のオーズは逃げ延びた。

「……ッ?」

……はずだった。
そう、誰もが思ったに違いない。
おそらく、超絶回避を演じたオーズ自身でさえも。

にもかかわらず……現実は、そうは成っていなくて。
オーズが無傷で着地した筈の地点では、変身が解けてしまった火野映司が、膝から崩れ落ちていたのだ。

「パンツマン!?」
「火野!?」
「気ぃ散らすなッ! 死んじまうぞ!!」

荒れ狂う巨獣の尾の振り下ろしを回避しながら、各々に、叫ぶ。
オーズの安否を気にした二人と、注意を喚起した一人。
バースに少しだけ遅れながらも何とかガラの攻撃を回避した二人を尻目に……伊達は、考えていた。
火野映司の身に何が起こったのか、という事を。

何かの原因で過去に脳へのダメージが入っていれば、突然気を失うのも有り得ない話では無い。
だが……伊達は、オーズだからこその可能性へと、考え至っていた。

「まさか、さっきの分身技は……本体と体力を共有してんのか?」

それは、ガタキリバの特性故のダメージだったのではないか、と。
その事を火野映司自身も知らずに、ガラの攻撃の回避に使ったつもりで居たら、直撃分のダメージを受けてしまったという訳だ。
ここに……火野映司の、メダルに関する知識と応用力の不足が、再び顔を出してしまっていたのである。

後藤と共に能力を確認したメダルも過去にはあったが、ガタキリバに関しては一回実戦投入したきりであったために、映司は詳細を知らなかったのである。
ただの便利な分身コンボだと、そう思っていたのだろう。

そして、他三名にとってそれ以上の急務として考えなければならないのが、倒れて意識を失っていると思しき火野映司の安全の確保である。
ガラが映司へとトドメを刺そうとしているのを止めなければ、人間側はオーズという一大戦力を失ってしまうだろう。

『クレーン アーム』
『キャタピラ レッグ』
「させるかよ!」

咄嗟に追加武装を起動し、右肩から腕部へと一体化したクレーンの先を伸ばして、ガラの翳した腕へとワイヤーを巻き付ける。
加えて、キャタピラの踏ん張りによって、一時的にガラの巨腕の動きを鈍らせる事に成功していた。
威力が減退した爪攻撃を、さやかが縦に構えたサーベルを以て、何とか受け止める。
もちろん長くは続かないだろうが、少しの時間だけでも充分なのである。

ライドベンダーを駆った後藤が速やかに映司のもとへと辿り着き、その身の回収にかかったのだから。

「オレンジのメダルで回復させてやって!」
「分かった!」

バイクの爆音を伴って、映司を連れながら一時撤退を決行する後藤の背中を視界の隅に収めながら。
伊達明は、今後の見通しについて考えていた。

映司の回復を待って、不死身のブラカワニを前衛に立たせて持久戦を行えば、勝利の目は無い訳では無い。
ただし、現在のバースが持久戦に耐え得るかと言われると、怪しいものがある。
後藤が臨時メンテを行ったとはいえ、きちんとした機材も無く行われたメンテに過度な期待は禁物だろう。
加えて、魔法少女もグリーフシードというMP制限があるため、致命的に持久戦には向いていない。

つまり、ブラカワニコンボの持久戦に付いて行けるサポートは存在しないのだ。
もしオーズがガラを倒せたとしても、それが終わる頃には地球が滅びていそうである。
ブラカワニには、他のコンボ程の決定力は備わっていないのだから。

「美樹ちゃん! 魔法少女の増援って呼べねえか?」
「そんなの……そういえば、一人居たっけ。ちょっと通信してみる!」

佐倉杏子はそこまで義理堅くは無いだろうし、トーリは戦力外である。
強くて頼りになる先輩は、一人マミっている始末だ。
だがしかし、さやかには一人だけ心当たりがあった。
むっつりな、時々訳の解らないことを言い出す転校生様が、思い当たったのである。

『見滝原中学より現れよ! 電波転校生暁美ほむら様ァッ!!』

直後、音量の壊れた念話が……見滝原中学の方向へと一直線に放たれたのだとか。
もっとも、実は目的のヒトは見滝原中学には居ないのだが。



そして、当の暁美ほむら本人はと言えば……

「諦められるわけ……ないじゃない」
「あァ?」

もう用事は無いだろうと言わんばかりに背中を向けようとしたアンクへと、食い下がっていた。
正直なところとして暁美ほむらは、既にアンクを説得できる見込みを持っていた訳では無かった。

だが、今回に関しては暁美ほむらは諦める事など、出来そうに無かった。
バースや美樹さやかの協力を得て、ワルプルギスの夜を倒せるかもしれないという見込みが、ようやく立ったのだから。
江戸時代に送られた際には、流石に諦めかけたものの、その状態が解消された現在となっては訳が違う。
今のところ鹿目まどかの契約も防げているので、見通しの明るい回だ。
そう、ほむらは思っていたのである。

……この怪人の存在を知る、までは。

「せっかく上手く運んでいたのにっ!」

気が付けば、小さな肩を掴んで、地面へと押し倒していた。
鬱陶しそうに視線を突き刺して来る、良く知った顔を、睨み返しながら。
彼女がそこに居る筈にもかかわらず……断絶は、絶望的であった。

その額へと銃を突き付けてみるも、やはり怪人はその顔に恐怖を表すことは無かった。
暁美ほむらが撃てないと思っているのか、若しくは死への恐怖が存在しないのか。

「ハッ……それで、どうする? 俺はこの身体を捨てるのは、『損』だが『無し』じゃない。だが、困るのはお前等だろうが」

こいつの眉間に銃弾を撃ち込んでも、結局何も変わらない。
むしろ、事態は悪化するばかりだろう。
もし無理矢理アンクを引き剥がしたとしても、鹿目まどかが即死してしまう。
そうなれば、暁美ほむらは再ループを強いられるのだから、元の木阿弥である。

「何か、手段は……」

暁美ほむらは、他人を治癒する魔法少女に、覚えが無い訳では無い。
巴マミにも多少の治癒魔法の心得はあったはずだし、隣町では千歳ゆまという少女が契約していた回も存在した。
だが、現在ほむらは巴マミとの折り合いは最悪だ。
加えて、千歳ゆまの存在はイレギュラー中のイレギュラーであって、彼女は魔法少女にならない時間軸の方が圧倒的に多い。

「なら、取引だ」

そして、ここで仕掛けたのは……アンクの側からであった。
馬乗りされている体勢とは裏腹に、会話の主導権は既に逆転してしまっているのだ。

「お前がこのガキの身体を治す方法を見つけるまで、コイツは俺が生かしといてやる。代わりに、その時になったらお前の持ってるコアメダルを寄越せ」

……如何にも恩着せがましく偉そうに言うのが、ポイントである。
実のところとして、アンクはそれ程優位に立っている訳でも無いのだが、ハッタリも使い手次第だ。
というか、アンクという怪人は元来、自ら進んで他人と契約を結ぶような性格など持ち合わせていない。

そもそも、実は治癒能力を持つ魔法少女はほむらの身近に居るのだから、この条件には殆ど意味が無いのである。
しかも、ロストのコアを取り込み終えていないアンクは、ほむらが所持するクジャクコアを直ぐに渡されても、保持しておくことが出来ない。
それらの悪条件を誤魔化しながら、アンクは一時的にでも暁美ほむらを黙らせるために、ほむらに不利な方向へと会話を誘導したのだ。

「私の……? 私はコアメダルなんて、持っていないわ」
「…………寝ぼけてんのか?」

もっとも、アンクの要求の意味は、自身の状態を理解していない暁美ほむらには通じなかったようだが……。



・今回のNG大賞

その頃の杏子@ガラの塔。

「金銀宝石、お宝の山じゃねーか! こりゃー丸儲けだな! って、アレ……? 足元が崩れて……落ちるううッ!!?」

みんな、空き巣はやめようネ!

・公開プロットシリーズNo.97
→痛恨のメダル選択ミスッ!!



[29586] 第九十八話:泡沫の夢
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/07/21 19:08
『コブラ カメ ワニ』

映司のベルトに収まった緑の三枚を引き剥がし、橙色のコアを装填してやって。
後藤慎太郎がオーズのスキャナへと読み取らせた結果、無事に爬虫類コンボ『ブラカワニ』を成立させる事が出来たのだった。

「あれ、後藤さん……」
「本当に回復した……」

後藤さんの呟きは、決して美樹さやかの言葉を信頼していなかったからの物では無い……ハズだ。おそらく。
いくら、オレンジのメダルで回復できるという情報を提供したのが美樹さやかだったとしても、だ。
人間の命が賭けられていたため、少しばかり慎重になってしまったに過ぎない。

「ガラは、どうなったんですか!?」

そして、復帰早々、この男は通常運行らしい。
橙色の仮面に輝く紫の瞳が、後藤へと問いかけていた。
視界の奥にて猛威を振るう、体長10メートルにも及ぶ巨獣の動向を。

「伊達さんと美樹が足止めしてる」
「……すぐに行かないと!」

脊髄反射の如く戦場へ戻ろうとするオーズの姿は、何処までも『いつも通り』で。
しかし後藤には、分かっていた。
あの怪物に対処するには、がむしゃらに当たってもダメだ、と。
従って後藤は、掴み取っていた。

「待て」
「うおっ!?」

……後藤に背を向けて走り出そうとするオーズの、頭から伸びた蛇の意匠を。
予期されぬ運動ベクトルの発生によって、オーズをコメディ映画のように転倒させたのである。
尚、この行動は、走り出そうとした人間の後ろ髪を掴んで後方へと引っ張るようなものなので、決して仮面ライダー以外の相手に対して真似をしてはいけないということを補足しておこう。

「実はさっきのお前を見て、思いついたことがある。……世界を救うための一手だ」
「……?」

自称、世界を救う男……後藤慎太郎。
彼が思いついた手段とは、起死回生の決め手となるのか。
果たして、後藤が見出した一筋の光明とは……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十八話:泡沫の夢



Q:で、増援は?
A:やっぱりダメだったよ!

こんなやり取りが為されてから、数分の後。
……案の定、伊達明と美樹さやかは巨大怪獣形態のガラへと有効打を与えられずに居た。
バースが時折ブレストキャノンによって抜き打ちの砲撃を試みるものの、セルメダルを悠長にチャージする時間も許されない状況では、皆無と言って良いほど意味を為していない。

同じく美樹さやかに至っても、そもそも必殺技に類するものを持っていないのだから、手の打ちようが無かった。
さやかが当てにしていた援軍も、現在地が不明であるため、念話を飛ばす先も分からない。
薔薇の魔女を倒した時やロストアンク暴走態へダイブした時のように巨大剣が生み出せれば、まだ希望が持てるというものだが……生憎、そう都合良く世界は回らないもので。
あの特大サーベルを生成した時と現在で何が違うのか、さやか自身でさえも全く理解できていないのである。

もっとも、こればかりは美樹さやかが責められるべきでも無い。
魔法少女の中では必殺技と呼べるものを持っている物を持っている方が少数派なのだから。
巴マミの『ティロ・フィナーレ』ばかりが印象に残りがちだが、むしろ彼女の方が世界観から浮いていると言えるだろう。
……まぁ、公式外伝漫画の一つにおいては、登場魔法少女の殆どが技名を叫ぶ世界があった気もするが、それは言わないお約束である。

「美樹ちゃん! 何か足止め用の技とか持ってたりしない? ……っとっと!?」
「無いっ!」

嵐のような爪の閃きを寸でのところで回避しつつ、念のために問いかけてみた言葉は、ばっさりと切られてしまって。
何と言うか、美樹さやかの戦い方には、汎用性が足りないのである。
要するに、『近付いて斬る』以外の戦法が存在しないのだ。
投剣戦法も申し訳程度に使えるが、飽く迄弱小の使い魔を倒すぐらいの役割が関の山だろう。

ガラを森の中に引きとめておくのが精一杯の、戦線。
一筋の勝機が『戻ってくる』のを待っている、というのが、現在のバースと美樹さやかの姿であった。
だがしかし、最悪の事態を考慮していた伊達の耳に飛び込んできたのは……

『タカ クジャク コンドル』

空の住人らの名を唄った電子音声を巻き込みながら爆ぜる、一陣の熱風であったのだ。
深紅の翼をはためかせて宙に浮かぶ、一体の鳥人。
ガラの頭部と同じ高さへと跳び上がった翼人が、横一閃の渦巻く火炎を以てガラの歩みを押し留めていたのである。

「なっ……? アイツ、また無茶を……」
「やっちまったモンは仕方ねぇ! それよか、このチャンスを活かそうぜ!」
『ブレスト キャノン』

美樹さやかは、思う。
ブラカワニを使って体力を回復したうえで戦場へと戻って来たにせよ、この大出力の熱風を生み出す行為は尋常でない消耗を強いるものであるはずだ、と。
コンボを使えばオーズは多大な体力を失うハズであり、目の前の赤いコンボ形態……『タジャドルコンボ』も、その例外では無いだろう。
即ち、感覚的に理解できてしまったオーズの無茶へと、少しだけ腹を立て直しても居たのだ。

『セルバースト』
『セルバースト』
『セルバースト』

さやかの横で手早くベルトへとセルメダルを補充して、ブレストキャノンによる最大威力の砲撃を準備しているバースの姿を横目に見ながら。
何か自分にも出来る事が無いかと考えを巡らせた美樹さやかに対して、その答えは……意外なところから、与えられる事となった。

「美樹、お前の腕力を見込んで頼む! 『コレ』を握っていてくれ!」

……声の主は、火野映司と共に戦場へと戻って来ていた、後藤慎太郎に他ならなかった。
そして、その両腕にて抱えられている、銀と黒の装飾が為された無骨な銃器の姿が、後藤の言う『コレ』の内容に違いない。
実は映司に無茶をさせている元凶は後藤慎太郎なのではないか、と心の隅に少しだけ思いつつ。
結局タジャドルによる足止めが長くは保てない事を理解しているため、後藤の指示に従う事となってしまう訳だが。

『セルバースト』

本来ならバースの補助用である筈の大出力銃器、バースバスター。
それが、さやかの手元へと渡された武器の正体であった。
そこに後藤が上から手を重ね、照準を補正してやりながら、操作を加えて準備を整えているのだ。

セルメダルのエネルギーを取り込んだという意味のアナウンス音声は、一度で充分であった。
何故なら、一枚ずつのセルメダルの力を貯められないブレストキャノンとは異なり、バースバスターには複数のセルメダルの力を一気に開放できるリロード機能が付いているのだから。

「ブレストキャノン・シュートッ!」
「シュートッ!」
「そういえば、何であたしが一緒に……げぶぅっ!?」

かくして放たれた二つの閃光が、交差する。
荒れ狂う炎に踏み付けられた、巨獣のもとにて。
あまりの反動に引っ繰り返ってしまった二人と、地面へ足を埋めながら踏み止まっている一人の男。

そして、その砲撃の交わる先は……巨獣の腹部の一点であった。
下方からの抉るような一撃に耐え兼ねて、その巨体は……少しだけ、浮き上がる。
と同時に、その場の全員が感じ取っていた。
巨獣の身体を構成するセルメダルが零れ落ちる、微かな音を。

砲撃の集中した一点にて、極小さな穴が穿たれていたのである。
もちろん、巨獣への致命傷と考えるには、あまりに小さすぎる穴である事は間違いが無い。
そう、思っていた美樹さやかは……次の瞬間には、自身の目を疑ってしまっていた。

「ハァッ!!」

何故なら、自身の真横を、全身緑色の戦士が通り過ぎたのだから。
どう見ても、『ヤツ』にしか見えない。
だがしかし、そいつは現在、空中から炎を噴射しながらガラの足止めを行っている筈で。

『クワガタ トラ バッタ』

ベルトへ装填されたメダルを入れ替えて、腕部に黄色の爪を出現させた戦士の姿は……確かに、オーズに違いない。
ところが、宙に浮いている赤いコンボの姿もまた、オーズである筈なのだ。

そんな美樹さやかの混乱を物ともせずに、バッタの脚力にて飛び上がったオーズは……今度こそ、挿しこんでいた。
ガラの巨体へと、猛獣の爪を突き刺すことに、成功していたのだ。
ブレストキャノンとバースバスターによる最大威力の同時砲撃によって穿たれた穴へと、腕を突っ込んだのである。

そして、後藤や伊達が特に示し合わせずに一点へと攻撃を集中できたのは、その場所が、事前にオーズによって指定されていたからに他ならなかった。
即ち……オーズがタカの目によって見切っていた、勝機へつながる一筋の道である。

「セイヤァッ!!」

深く埋まった爪を、ガラの傷の周囲の皮膚を蹴って引き抜く、王。
その爪の先には、確かに握られていた。
オーズの失った、一枚の紫の輝きが。
最恐コンボ……即ち、『無』の形態へと変身するために必要な、紫のコアメダルが抉り出されていたのである。


「えっと……どういうコト? 緑のコンボじゃなくても分身って出来んの……?」

さやかは、理解が追い付いていなかった。
何故、ガタキリバの状態でも無いオーズが、二体も存在しているのだろう。
そのうち一体は、既にコンボですら無いというのに。
とりあえず、地面を転げたために付いてしまった腐葉土や落葉を払いながら、周囲に尋ねてみる美樹さやか。
そして……答えは、意外なところから返ってくることとなる。

「いや、ガタキリバだよ」

更にさやかを混乱の極地へと陥れたのは、何処からともなく現れた……三体目のオーズの姿であった。
今度は確りとガタキリバの姿だったが、余計に意味不明である。
空中で熱風の放出を続けているタジャドルや、たった今紫のコアを奪還したガタトラバの姿は、戦場に確りと残っているというのに。

「どうやら本体さえガタキリバなら、分身体は他の形態に変身しても平気らしい」

試させるまで半信半疑だったが、と捕捉してくれる後藤の言葉によって、ようやく理解が追い付く。
目の前の一体のガタキリバが本体で、空中のタジャドルや特攻員のガタトラバは分身体を多段変身させたものだったのだろう、と。

「ちょ……コンボって体力がヤバいんじゃなかったっけ。二つも同時に使ったりしたら……!」

確かに、分身体を別の形態に変身させる事が可能なら、事態の半分ぐらいは説明できるだろう。
だが、映司の体力ばかりは、どうにもならない筈なのだ。
分身体の全員が体力を共有しているガタキリバでは、消耗は累積しなければ帳尻が合わないのだから……。

「つまり、それ以上のペースで回復を続ければ良いって事でしょ」

しかしそこで、本体たるガタキリバに続いて、新たに現れた四体目のオーズ。
そいつの姿が……ようやく美樹さやかに、全てを納得させるに至っていた。

後藤がガタキリバの体力共有特性を目の当たりにして思いついた、新戦法。
その正体は……ブラカワニの有り余る体力を再配分する事だったのだ。
分かり易く言うならば、ガタキリバで消耗した体力をブラカワニの回復能力で打ち消している訳だ。
当然、さやかを納得させた四体目のオーズの姿は、再生コンボ『ブラカワニ』である。

緑のコンボから更なる分身を生み出しながら。

「これが……最後の勝負だ、ガラ」

オーズは静かに告げる。
戦いがようやく、終わりを迎えようとしている事を。

そして、自身の勝利を確信しているであろうことも。
分身体の一人が、自身の胴体から飛び出した二枚の『紫』と共に、奪還した一枚をベルトに収めている動作には、不安や不確実といった気配は匂っては来ない。

『プテラ トリケラ ティラノ』

亜種ガタトラバからプトティラへと変身を遂げた一体の分身から、凍て付くような冷気が溢れ出す。
その姿は、少しだけ美樹さやかの背筋を寒くして……しかし、それだけであった。
雄叫びをあげる訳でも無く、がむしゃらに周囲へ襲い掛かる訳でも無く。
無機的な緑色の瞳は……理性の光を宿しているように、思える。

「……なんで?」

先程は、暴走していた筈なのに。
たった半日の間に、映司の中で一体何が変わったというのだろうか。

「段々慣れて来たし、今はそれも回復してるからだよ」

……という事らしい。
映司自身がプトティラの暴走補正を手懐けられるようになって来た事に加えて、現在はガタキリバとブラカワニによる補正が存在している状態なのだ。
つまり、凶化の影響を抑えるための体力も、ブラカワニによって補っているという事なのだろう。


こと現状において、形勢は完全に傾き切っていた。
人間勢が巨人態のガラへと与えたダメージは、未だに腹部の小さな穴一つだけの筈にもかかわらず。
既にこの場の誰もが、理解できていたのだ。
これは、人間が負ける訳が無い、と……

次々と増える緑のオーズが、その手に携えた双剣を以て、多方向からの包み込むような斬撃を与えて。
宙を舞う朱の翼人は、舞い散る炎の羽を吹き付けて地上の面々への援護を怠らない。
更に、地を割って巨斧を取り出した紫の恐獣もまた、重く鋭い一閃を放っていた。
バースも、近くに転がされていた銀の装飾銃を拾い上げて、傷口を抉りにかかる。

そして、思わず後ずさろうとした巨体が……傾いた。
まるでコマ抜きを忘れられた映画のフィルムでも見ているように、ゆっくりと、しかし地響きを奏でながら。
ガラ当人でさえも何が起こったか理解できずに足元へと視線を移せば、そこには……大量の『水色』が、ガラの脚を地面へと縫い付いつけていたのだ。
森の中央の塔へと続く宙空路を形成していたタコのカンドロイドが、先程再結集を終えて、後藤の指示に従ってガラの歩みを狂わせたのである。

「どっせいっ!!」

加えて、仰向けに倒されたガラの巨体へと……鋭利な刀剣が突き立てられる。
それも、傷だらけとなった身体の傷という傷から、内部へと穿つように差し込まれたのだ。
その際……金属の刀身がセルメダルを押し分ける音と共に、その内の数本が別の音色を奏でた事を、サーベルを構成する魔力の主である魔法少女は、直感的に理解できていた。
であるからして、奇妙な感覚を伝えてきたサーベルを重点的に蹴り込んで傷口を広げ、『違和感の元』を抉り上げる作業を瞬く間に実行していたのだ。
セルメダルとは比重も硬度も異なる物質……即ち、ガラが内包していたコアメダルを。

「パンツマンッ!」

反射的に投げ渡された数多のコアメダルを、オーズの分身たちは的確に受け止めてくれて。
緑のコンボの姿であった一体の分身の姿が、瞬く間に新たな姿へと代わって行く。

「ありがとう!」
『ライオン トラ チーター』

黄色のコンボ『ラトラーター』が、目にも留まらぬ速さにて美樹さやかの下へと駆けつけて。
コンボ能力の熱線でガラの傷口を焦がしながら、鋭利な爪を以て、更にガラの傷口を削るのを手伝ってくれる。

『サイ ゴリラ ゾウ』

結果、オーズへと追加のメダルが渡り、緑の分身体はまた一つ、別のコンボへと姿を変えていた。
重力を操る灰色のコンボが、起き上がろうとするガラの巨体を地面へと引き戻して、ガラの腹上に位置する魔法少女とラトラーターの攻撃の手を休ませずに働かせて。

『シャチ ウナギ タコ』

気付けば、オーズ自身ですら見たことも無い青いコンボの姿さえ出現している始末である。
しかも、元から顕現していた橙・赤・紫のコンボまでもが断続的に攻撃を行っているのだから、ガラの手に負えた筈も無い。

もはや、そこに在ったものは……錬金術師と王の抗争では無く、巨獣と一つの軍隊による『戦争』そのものであった。
一体の力ではガラの頑強な皮膚を破れずとも、休むことなく浴びせられる攻撃が、全ての抵抗を無へと帰す。
強靭な筈の翼の軸をへし曲げ、嘴を砕いて、骨をも歪める。
その光景は、『圧倒的』の一言に尽きるだろう。

『スキャニングチャージ』

どのオーズが最初に、その電子音声を鳴らしたのだろうか。
本体であるガタキリバが先だったかもしれないし、ひょっとすると、全員が全く同時であったのかもしれない。

灰色の腕力と黄色の爪が、上向きの力を加える事によってガラの巨体を浮かび上がらせて。
それと同時に、空中へと跳び上がっていた赤と青の落下物が、燃え盛る猛禽類の爪と撓る蛸の脚をガラの身体へと突き刺す。
加えて、側面や翼へと刺さった無数のサーベルを、緑色の労働者達と橙色の仙人が横方向からの飛び蹴りによって押し込む作業を並行して行っていたのだ。

苦しみ悶える巨獣の呻き声が、独国の森を駆け抜ける。
かつての王によって封ぜられ、800年もの時間を失った亡霊の断末魔が、世界を呪う。

『ゴックン』
『セルバースト』
『セルバースト』

嵐のような猛攻は、ようやく最後の一片を迎えようとしていた。
オーズが恐竜を模った巨斧の口部分からセルメダルを飲み込ませて力を解放し、後藤とさやかが再びバースバスターを構え、バースはいつの間にかブレストキャノンのフルチャージを終えていて。

「セイヤァッ!!」
「「シュートッ」」
「ブレストキャノン・シュートッ!」

プトティラの持つ巨斧の柄を砲身とした砲撃が、先程交わった二つの閃きと共に、敵対者を蹂躙する。
既に身体の至るところからセルメダルを露出させて、尚世界を滅ぼすことを諦めようとしなかった、一体の怪物を。
舌の根さえもセルメダルとなって崩れ落ちた巨獣が、それでも震わせた絶叫は……無下にも、爆音に掻き消されてしまって。
怒っているのか、悲しんでいるのか……それさえ、人間達には届かない。
その崩体は鉄に近い臭いを放っている筈なのに、全く血液を連想させる事は無くて。

直後……辺り一帯に、雨が降り注いだ。
欲望の結晶たるセルメダルが、ガラの身体を構成する呪縛を解かれて撒き散らされたのだ。
空中で金属がぶつかり合う音が森の中にて反射を繰り返し、その無限とも思える質量を演出してくれて。

「やっと、終わった……!」

ガラが現れてから、まだ二日目に過ぎない筈なのに。
映司にとっては、えらく沢山のイベントがあったように思えた。

最初は、病院の一角にて目を覚まして、巴マミが倒れた事や魔法少女の身体の事を聞かされた。
その途中で、宙に浮く巨大円盤を目撃して、駆けつけた。

転移してきた森林地の中では錬金術師に遭遇し、若葉駿少年を助けて、女ピエロの契約現場を目撃して。
そうかと思えば江戸時代に飛ばされて、江戸と東京の人々を仲裁して、鵺ヤミーを倒した。

プトティラを使って一度は倒れたものの、徳田新之助の齎した橙色のコンボを鍵としてガラの物量作戦を破って。
最後にはフルコンボという新たな境地を切り開いて、ようやくガラを打倒する事が出来たのである。

今度こそガラも解体され、あまりにも長かった二日間は、ようやく終わりを告げる事となったのだ。
まずは寝ないとなぁ、そういえば徹夜でしたね、なんて言い合っているバースチームの後ろ姿を見送りながら。
伊達等が拾い切れなかった分のメダルを拾い集めて、戦利品を確認して。
メダル管理役という名の雑務少女トーリの到着を待つ頃には、肩の力も抜けていて。

濃厚過ぎた二日間は、幕を閉じようとしていた。

 

 

 

 

 

「やあやあ。まずは『お疲れ様』だ。勝利の美酒に酔いしれる君達に、ささやかな報酬として、良い知らせと悪い知らせを持って来てあげたよ。聞きたまえ」

そう。
芝居のかかった口調にて、何もかもが嘘臭い言葉を放つ、この魔法少女の来訪。
これこそが……本日最後のイベントに、違いない。



・今回のNG大賞

「あれ? あんたのコンボって8種類じゃなかったっけ?」
「メダル奪取はタトバのお蔭だし、充分活躍したってことで良いでしょ……」

適材適所。
タトバは火力要員じゃないから、仕方ない……。

・公開プロットシリーズNo.98
→ガラ、散華。



[29586] 第九十九話:押収Cheater
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/07/28 21:36
ガラの身体が崩れ落ちる光景を遠目で確認したアンクがまず第一に考えたことは……当然、自らのコアの行方であった。
グリードの感覚から言って、そこに鳥類コアがあることは間違いが無い。
しかし、あの巨大怪人態ガラから赤いメダルの気配も放たれていることは分かっても、一体何枚が使われているのかを判別することは、遠巻きには不可能な作業であったのだ。
もちろん、その次ぐらいには、使えるバカの安否も気にかけて居るが。

反応に困りながら背後を走る暁美ほむらに目もくれず、アンクは一直線に現場へと辿り着く。
ほむらは何かを言いたげであったが、どうせ鹿目まどかの身体が危険に晒される可能性でも考えているのだろう。
だが、現実に鹿目まどかの命を握っているのがアンクであるため、あまり強く言い出せないという訳だ。
そんなふうに思考を纏めていたアンクは、

「良い知らせと悪い知らせを持って来てあげたよ。聞きたまえ」

……到着早々、身を隠す羽目となった。
というより、後頭部を上から下へと押し倒す運動ベクトルを加えられて、俯せに付き転ばされたのである。

「ッ!? 何しやが……」
『静かにして』

自身も俯せに伏せながら、近くの茂みの中へとアンクを引きずり込んだ暁美ほむらの手腕は……何処か、手慣れていたのだとか。
似たような体型の女の子を何処かに押し倒しすイメージトレーニングでも行っていたのだろうか。
真相は藪の中である。
どうやら隠れること自体には成功したようで、茂みの向こう側で睨み合っている数人には、アンク達の存在は気付かれていないらしい。
暁美ほむらが通話手段を念話に切り替えたため、物音で察知されることも無いだろう。

『油断できる敵じゃないわ』
『あいつは……』

――私達は、例え愛する人が魔女になろうがグリードになろうが、共に生を過ごしたいと願っている。

変身を解いていた映司らが相対している、相手。
それは……アンクが知っている顔でもあった。
確か、江戸に送られた直後に、あちら側から接触してきた筈だ。
下らない質問をかけてきた、いけ好かない魔法少女サマである。

『そう思うなら、お前の魔法で始末すれば良いだろうが』
『彼女は速いのよ。時間停止からの攻撃に反応できるぐらいには、ね』

……実際には、呉キリカが時間停止からの銃弾へと反応を可能とするためには、未来を予知する魔法少女のサポートが必要である。
だが、時間が惜しいため、その手の情報は省略せざるを得ない。
というか、呉キリカの身が危なくなれば、もう一人も近くに来るはずだ。
暁美ほむらが警戒しているのは、呉キリカという魔法少女よりも、むしろもう一人の方だったりする。

「アンタ……よくもノコノコとッ!!」

息を荒げてサーベルを取り出した美樹さやかの発した声は、今にも相手を切り殺さんばかりの低いそれであった。
当然である。
目の前の『呉キリカ』によって、先輩魔法少女である巴マミが生と死の狭間を彷徨っているのだから。

「おっと、生き急ぐと色々落としてしまうものだよ。例えば、命とかソウルジェムとか」

長く伸びた爪の端に、黄色いソウルジェムを引っかけて遊びながら、魔法少女は嗤う。
ガラの使い魔と同じぐらいに道化らしく、キュゥべえと同じぐらいに他人事のように。
世界を造りものだと笑う精神病患者だって、ここまで空々しくは無いという程に。

「……っッ!!」

飽く迄冷静にキリカへと対処する火野映司とは対照的に、さやかは……言葉にならない程に、サーベルを握る力を強めていた。
たった10メートル走れば手が届く距離に居るそいつを、その手にかけてやりたいと、思い描いてしまうのだ。
敵が巴マミのジェムに爪を突き当てていなかったら、きっと切り掛っていただろう。
だが、キリカのその動作は、言外に人質作戦の存在をアピールするに足るものだったらしい。

「用件を聞くよ。言ってみて」

珍しく感情を感じさせない、火野映司の声が会話を促した。
いつもは柔和な表情を保っている彼だが、ヒトの命が賭けられているならば、硬くもなるというものだ。
何というか、あまり呉キリカに好き勝手に話させると、美樹さやかの米神の血管がブチ切れるような気がしたので。

「気が早いねぇ。もう少し、勝利の余韻に浸って浮かれてもバチは当たらないだろうに」

お前がそこに割り込んできたのだろう、とは突っ込まなかった。
横槍に言葉を返すと、会話が果てし無く長引きそうな気がしたからだ。
それこそ、何処までも続く時の列車ライダーのレールか、もしくは彼らの映画史のように。

「実は……手強いガラを倒した君達に、ボーナスアイテムとしてこのソウルジェムを進呈に来たのさ!」

胡散臭ぇ……。
誰もが、そう思わずには居られなかった。
茂みの中に隠れているアンクや暁美ほむらでさえも。
当然、この後に何か言葉が続くという事を予期出来ているのだ。

「手数料は、コアメダルだ。コンボが成立しないように、紫以外の6系統各色から1族ずつを回収させてもらうよ」

狙いは……そういう事らしい。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第九十九話:押収Cheater



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

タカ×2
クジャク×2
コンドル×2
クワガタ×3
カマキリ×1
バッタ×2
ライオン×1
トラ×2
チーター×1
サイ×1
ゴリラ×1
ゾウ×1
シャチ×1
ウナギ×1
タコ×1
コブラ×1
カメ×1
ワニ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



「……分かった」
「ラインナップは、『クジャク』『クワガタ』『チーター』『ゴリラ』『シャチ』『ワニ』の6属9枚をオーダーするよ」

オーズを構成する上中下からそれぞれ2枚ずつ。
如何にも使い勝手の良さそうなコアを指名しながら、魔法少女はその口元を綻ばせ続ける。
擬音にケラケラと付けるには軽快さが足りず、ニヤニヤと呼ぶには悪意に満ち過ぎた、笑顔のままに。

「あと、今ならグリーフシードも一個付けてあげよう。箱の魔女の忘れ形見のね」
「それ、君が持って行ってたんだ……」

……巴マミのソウルジェムと共に並べられた、黒い球体
それは、テレビのような外見で幻影を誇りつつ、重力操作で相手の動きを制限するという後衛系魔女のものに他ならない。
そのグリーフシードは、映司がサゴーゾコンボにて当人を撃破した後に確保したハズだった。
ところが、その翌日に夢見公園へと表れたキリカによって紫メダルを投入され、意識を失っている間にグリーフシードも奪われていたのだろう。

「……」

そして、相変わらずキリカへと射殺すような視線を突き刺している、美樹さやか。
その殺意の思考は……少し離れた場所に隠れているアンクと暁美ほむらからも、明確に読み取ることが出来た。
もっとも、ほむらが思考を読み取れる対象など、この場においては美樹さやか一人しか居なかったりする。
というか、巴マミのソウルジェムが奪われていた事自体が、初耳である。

もちろん、ほむらの横に伏しているアンクも、大して情報を持っている訳では無かった。
精々、映司が人命を優先してコアメダルを渡す事を確信しているという程度である。
加えて、治癒能力持ちの美樹さやかが、アンクにとっての死亡フラグの塊である事も理解出来ては居るが……どうせ時間停止からは逃げられないのだから、仕方ない。

「よし、じゃぁ、『せーの』で互いに投げようか。ピンハネ厳禁だよ」

……だがしかし、目の前で行われようとしている取引を、手を拱いて見ている道理も無かった。
アンクの鳥類コアがゾンザイに扱われて、黙って見て居られる筈が無い。
とすれば、キリカの意図を測りかねて思考へ没頭している『コイツ』を使うのが妥当に決まっている。
思い立ったアンクは、眼前の光景に集中していた暁美ほむらの脇腹へと、

『……ッ!!?』
『静かにしろ』

強めの肘鉄を入れて、指図をしてやった。
そこには、先程転ばされた意趣返しの意が込められていた……のかもしれない。
目に涙を浮かべて横腹の痛みを無言で訴えている暁美ほむらへと、偉そうに命令を下したのだ。
言語外コミュニケーションの、所謂『アゴで使う』という諺を言葉通りの意味で使って、偉そうに指図したのである。

『彼らが物を投げたら、時間停止の魔法を使って全部回収して来い、という事かしら……?』
『分かってんなら、とっとと行け』

余計な事を言わせるなとばかりに目を細めているアンクは、如何にも説明を面倒臭がっていて。
しかし、少しの反感を抱きつつ、暁美ほむら自身も取引への介入と押収自体は悪くないとは考えていた。
いくらキリカが速いとは言っても、キリカ自身の身体から離れてしまったモノを回収する任務ならば、時間停止に適う筈も無いのだから。

「……ところで、魔法少女がメダルを手に入れて、どうするの?」
「私達が求めているというより、オーズの手元にあるのが宜しくないんだよ」

オーズの戦力を削ぐことが目的なのだろうか?
しかし、それにしては最強のプトティラ以外の色のコアを要求するのが不自然ではある。
従って、この呉キリカという魔法少女の思考を……この場の誰もが、理解出来ずに居たのだ。
そんな中、周囲の思考などお構いなしに、キリカは取引を促していて。

「よし、いくよ。ハイ、せーのっ!」

瞬間、空中にて色取り取りの輝きが、交差した。
赤、黄、緑、灰、青、橙の半透明なコアメダル。
更に、それらの中に一際大きく存在を主張する、黒いタマゴと黄色の宝石。
それらが、互いの手から投げ出され、宙を舞ったのである。

そして、数々の輝きが火野映司と呉キリカの中間地点に到達するのと殆ど同時に、暁美ほむらは自身の固有魔法を発動していた。
周囲が音を失い、人間もグリードも魔法少女も、空中のコアメダルやソウルジェムも、運動を止めて時間に縛られたである。
ほむらがいつの間にか取り出した盾は既に回転を終えており、時間停止の魔法が発動している事を物語っていた。

……もっとも、宙に浮いた宝玉らに素早く近付きつつ、その当人は密かに溜息を吐いて居たりする訳だが。
大事なダイジな友人が意味不明な怪人に命を握られ、その声を以て暁美ほむらを扱き使おうとしているという異常事態の真っ最中なのだから、溜息の一つも吐きたくなるというものである。
もちろん、今の状況の中でも巴マミの生存は、喜ばしい知らせには違いない。
そんな思考を流しながら、宝の山へと手を伸ばした暁美ほむらは、

「あ……れ……?」

その視界がブレた理由を、一瞬の間だけ理解することが出来なかった。
目を地面の方向へと落とせば、自身の胸部を突き破って伸びている、長く鋭利な爪の存在を感知することが出来て。
咄嗟に痛覚を鈍らせる選択を取りつつ、意を決してほむらは自身の背後へと視線を回していた。

こんな事があり得るのか、という驚愕に頭を支配されたままに。
バースが時間停止を掻い潜って来た前例が無かったら……更に大きく思考を揺さぶられていたかもしれない。
そして、ほむらの願い通りと言うべきか、はたまた願いに反してと言うべきか、ほむらの背後に立っている人物はバースでは無かった訳だが。

「油断したね。時間魔法が効かないのはバースだけだと思った?」
「貴方、は…………?」

何時の間にかこの場所に現れていた登場人物は……人間でさえ、無かった。
ドレッドのような頭髪の間から獣耳を漏らし、痩型ながらも柔軟な筋力を思わせる食肉目の怪人が、ほむらの背後から爪を立てていたのだ。
ほむらが人間だったら即死しているハズの串刺し攻撃を、何の躊躇いも無く実行したソイツの名前を、ほむらは知らない。
猫科の王、すなわち黄色いメダルのグリード、カザリの名前を。
彼がほむらと同じく、何処かに隠れて様子を覗っていたのだという事は分かっても、その正体までは断定出来ないのだ。

更に、音の無い空間において、カザリの攻撃は続いた。
空いている方の腕にて、無造作に爪を振るったのである。

「おっと、そういえば、『そんなの』持ってたっけ」
「が、は……っ」

咄嗟にほむらが防御に使ったのは、左手に具現化してあった円盾であった。
それによって、身体が両断されるという事態を回避したのだ。
決死の思いでその衝撃を利用して、自身の胴に刺さった鍵爪から身体を離しながら。
抉れて血を噴き出す自身の内部へと意識を向けつつ、暁美ほむらは混乱の極地に立たされていた。

空中へと浮かんだ数々の宝玉へとその手を伸ばしたこの怪人は、一体どうやって時間停止の魔法を防いでいるのか。
コアメダルを奪いに来た事から察するに、おそらくグリードなのだろうが。
結局伊達明が時間停止を掻い潜った理由も分からなかったが、目の前のグリードに関しても、大概謎である。
鹿目まどかの身体を借りているアンクというグリードには時間停止が効いているようだが、彼とコイツで一体何が違うというのだろう?

「どう、して……」
「そうだね。君のおかげでコレだけのメダルを手に入れられたんだ。教えてあげても良いよ」

まるで、冥途の土産とでも言わんばかりに。
余裕綽々といった様子で、自慢のドレッド頭の後ろへ手を組みながら、グリードは語った。
この時間軸における、巨大なイレギュラー要素の、正体を。

「君の身体の一部を持っていれば、君の魔法は効かない。その分だと、知らなかったみたいだね?」
「……!?」

……思ってもみなかった、事実だった。
確かに、ほむらが触れている物の時間は止まらない。
それが止まってしまえば、銃器も無用の産物と化すことだろう。
だがしかし……ほむらの身体から離れた細胞にもそれが適用されるという事は、全くの想定外であったのだ。

「メズールを君の学校に行かせてさ、落ちてた君の髪の毛を回収させたワケ。お蔭で無駄にネット通販に詳しくなっちゃったよ」

見滝原中学校の制服を何処からともなく用意して、メズールを現場へと送り込んだ一件の事である。
メズールが完全態だったならば、メズールを液状化させて、暁美宅の風呂場の排水溝辺りから毛髪を収拾する手もあったのだろうが。
そしてカザリがネカフェ通いを行っていたのは、趣味ではなく飽く迄目的のために、やむを得ない行為だったらしい。
それも、全ては……暁美ほむらの時間停止能力を無効化するために。

「この……っ」
「おっと」

ほむらが咄嗟に生み出した火炎弾も、軽い身のこなしによって、あっさりと回避されてしまって。
遅れて、ほむらは漸く、時間停止の魔法の解除を行っていた。
目の前の怪人を倒すには、独りの力では足りないという判断を下したためである。

「カザリ!?」
「猫怪人!? ……と、倒れてんのは、転校生!? 何で!?」

そして、止まっていた時間が動き出せば、当然この二人も現状を把握することが出来た。
といっても、二人の視点からすれば、メダルとジェムの交換の場に、突然横槍が現れたという事になるだろう。
投擲されていたメダルやグリーフシードをその手に掴み取っているカザリは一体どこから現れたのだろう、と疑問に思っていない筈は無かった。
それでも瞬時に反応できたのは……この二人も大概、超常現象に慣れ始めているからかもしれないが。

「変身っ!!」
『タカ トラ バッタ』

一瞬の判断の元に映司はオーズへと姿を変え、美樹さやかも走りながらサーベルを抜き放っていて。
ベルトを操作する時間の分だけ出遅れたオーズは、そのタカの目にて、確かに美樹さやかの背中を目撃していた。
そして、さやかが振りかぶったサーベルの先に居るカザリが起こした行動も。

「しまっ……!」
「へぇ、躊躇うんだ。甘いね」

カザリは……近くに倒れていた女の子の髪を掴んで、美樹さやかの迫る方角へと翳したのだ。
いわゆる、人の盾というヤツである。
血に濡れた暁美ほむらの躰を見せつけられれば、怯んでしまうのも無理は無かった。
当然というべきか、美樹さやかはサーベルを振り抜けずに動きを緩めてしまったのだ。

次の瞬間には、カザリの容赦の無い熱風攻撃に煽られて、さやかは踏ん張り切れずに腐葉土の上を転がってしまっていて。

「おっと、今はまだ殺り合うつもりは無いよ」

更に、カザリは何の感慨も感じさせない動作をもって、その腕に握られたモノを投擲していた。
先程盾に使った方の腕を、無造作に振るったのだ。
投擲先は……カザリに襲い掛かろうとしていた、オーズに他ならない。
もちろん弾丸は、暁美ほむらという魔法少女の身体である。

オーズが迷わずにその子供を抱き止めるという事を、カザリは予め読み切っていたのだろう。
後ろ跳びに下がりつつ、細身の女の子の身体を抱き止めながら、衝撃を殺すために自身もろとも地面を転がる、オーズ。
その視界が安定して、警戒のために再び周囲へと注意を回した時……既にそこには、傲慢なグリードの姿は影も形も失われていたのだった。
どうやらカザリは、まんまと逃げ延びたらしい……。


「さやかちゃん! この子の治療を任せていいかな?」

周囲をタカの目で見まわして、黒い魔法少女や黄色いグリードの強襲に備えながら。
オーズは、何よりも先に人間の命を優先して考えていた。
もっとも、周囲にはすでに、外敵の姿は失われた後だったようだが。

「分かってる!」

そんな中、焦げ目の付いた魔法少女装束をそのままに駆け寄った美樹さやかの表情は……険しい、それだった。
そしてその理由を、映司は痛いほどに理解できていた。
目の前の暁美ほむらの容態も宜しくないのだろうが、それだけでは無い。
彼女の恩師たる巴マミのソウルジェムが、再び失われてしまったのだから。

一方、魔法による治癒を施されながら、しかし暁美ほむらは……この状況に幾つかの光明を見出しても居た。
細かいところでは、さやかが攻撃を躊躇う程度には暁美ほむらに好感を持っていることや、初めてオーズという存在を目撃したという情報もあるのだが、それどころでは無い。
まず一つ目は……その右手の中に掴んでいた、一つの宝石の存在であった。

「それは……!」
「……あの時、何とか掴んだわ」

固く握られていた掌が開かれ、そこに収まっていたモノ。
それは……黄色い、ソウルジェムであった。
カザリによって胸部を貫かれた瞬間に、咄嗟に手を伸ばして握り込んだのである。
判断に割く時間の足りない状況において、まず何よりも優先してしまったのが……コアメダルでもグリーフシードでもなく巴マミの命であったのだ。
やはり、折り合いが悪くなる時があっても、深層心理の中では暁美ほむらは巴マミの事を大切に思っていたという事なのだろう。

そして、思わず涙を流しそうになっている美樹さやかを余所に、暁美ほむらは別の案件について思考を向けていた。
すなわち、美樹さやかが他人の回復を効率よく行う事が可能であるという事実について、である。
であるからして……辛うじて動ける程度まで回復された暁美ほむらは、すぐさま時間停止の魔法を発動させていた。


「……何処に行くつもり?」
「チッ……気付いてやがったか」

鹿目まどかの身体を借りている一体のグリードの退路を塞ぐために。
こっそり逃げ出そうとしていたアンクに対して、先回りしたのである。
アンクにしてみれば、治療されていた筈の暁美ほむらが、瞬間移動して目の前に現れたように見えたことだろう。

「転校生! まだ動いちゃダメだよ? ってか今の速すぎて見えな……んん? まどか? 何でここに?」

更にアンクにとって都合の悪いことに、既に美樹さやかにも存在を捕捉されてしまった。
つまり、アンクの逃亡を阻止できる暁美ほむらと、鹿目まどかを治療できる美樹さやかが目の前に揃ってしまったのである。
しかも、オーズまで存在する始末だ。
以前はアンクの事を庇ってくれた男だが、流石に女子中学生の身体を乗っ取って使っていたと知られれば、何を言われるのやら。

鹿目まどかの汗腺からダラダラと冷たい液体を流しながら、アンクは考える。
何をどう運べば、この状況から生還できるのか、という事を……。



・今回のNG大賞

「ネット通販ね……。でも、その代金はどうせ、黒いお金なんでしょう?」
「失敬な。メズールの写真をばら撒いて稼いだ、真っ当な活動資金だよ」

……それは本当に真っ当な資金だと言えるのだろうか?
謎の美少女モデルこと「メズール」が、最近話題のネットアイドルに祭り上げられているのだとか。

・公開プロットシリーズNo.99
→(#0w0)<お前に俺の時は止められない!



[29586] 第百話:Naturally ――本当の貴方ですか?
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/08/04 23:08
「美樹さやか。簡潔に言うわ。今から鹿目まどかを治療して」

私の身体はもう大丈夫だから、と付け加えながら美樹さやかに行動を促す暁美ほむら。
その真意を……さやかは、全くと言って良いほど、理解できていなかった。
さやかの目の前で、まるで鬼に遭ってしまった童子や姫のように苦々しい表情を露わにしている鹿目まどかは、一体どこを負傷しているというのか。

まどかの目付きが普段に比べて険しいことや、何故かその服装が少し汚れている事は分かるのだが、その様子は見るからに元気そうである。
そういえば、前回クスクシエにて会った際には、何だか様子が変だったように思えたのだが……まさか、脳の何処かに異常でも発生しているのだろうか?
もしや、空き缶事件の後遺症……?

「転校生……あたし、人の頭は治せないよ?」
「貴女の頭部の心配なんて誰もしていないわ」

微妙に辛辣であるというか、話が噛み合っていないというべきか。
美樹さやかとて、額に青筋を浮かせる程度で、すぐさま殴りかかる程短気でも無い……ハズだが。

「人が折角アンタを治してやったってのに!」
「その件は、巴マミのソウルジェムを引き渡して、貸し借りは無いでしょう。むしろ御釣が欲しいぐらいね」

あっさり言い包められて、ぐうの音も出ない美樹さやか……。
まぁ、巴マミの命が賭けられていたのだから、どんなに代償を払っても足りないのかもしれない。
だがしかし、言外に自分の頭が残念だと言われれば、腹が立つのも事実な訳で。

「でも、先程の発言は少し軽率だったわ。ごめんなさい。私も、本当は貴女の頭は時々心配しているもの」

そして、伊達明に迷惑をかけた一件にて謝罪という行為の重要性を学んだ暁美ほむらに、死角など無かった……ッ!!

「まどかを治す前に自分の心配が先だろォッ!! 歯ぁ食い縛れええっ!!」

電波系転校生のスマした面をぶん殴ってやろうと拳を振り回す美樹さやかの怒りは……解消される事は無いのだろう。たぶん。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百話:Naturally ――本当の貴方ですか?



「もしかして、アンク? お前、やっぱり生きてたの?」
「あァ? 気付いてたのか?」

暁美ほむらへと殴りかかって逆に時間停止からの連続打撃による鬼畜コンボで返り討ちにされている美樹さやかの愉快な姿を、遠巻きに眺めながら。
火野映司は、自身の感覚に従って……鹿目まどかの姿を借りた存在の正体を、看破していた。
以前にクスクシエや病院で出会った時とは少女の印象が違い過ぎると考え始めた結果なのだろう。
癖やらテンポやら目付きやら……アンクとの『長い付き合い』を自称する映司には、それが分かってしまったらしい。

だが、感慨深げな視線を向けてくる映司に対して、アンクは少しだけ不満を持っていたりして。
何というか、もっと驚いて欲しかった、と心の隅に思ってしまうのだ。
別に道化師の趣味も無いが、この男のハナを明かしてやりたいと思っていたのかもしれない。

だからこそ、アンクが『気付いてた』と評したのは、その部分に関してだけの話では無かった。
アンクが気になったのは、『やっぱり』という件である。
従って、目を細めながら、その疑問を吹っかけてみる事にした訳だ。
相手を見上げる構図を取ってしまっているため、イマイチ威圧感を演出できないのが残念なところだが。

「最初に思ったのは、鳥のグリードと戦った時かな。意識が朧気だったけど、お前に助けられた気がしてさ」
「最初に……ってことは、他にもあんのか」

確かにアンクとしては、気付かれているとしたら、そのイベントのせいだと思っていた。
ロストアンクの襲来に際して、満身創痍の映司をタジャドルコンボへと変身させ、最後の一撃を補佐した一件である。
だがしかし、映司がアンクの生存を予測できる要素が、他に何かあっただろうか?

「マミちゃんの所にタカのメダルが一枚しか無かったから、実は隙を見て逃げ延びたんじゃないかな、って思ってた」
「……そういや、そうか」

言われてみれば、確かにその通りである。
というか、そんな事にも思い至らなかったのが、ある意味アンクらしからぬミスであったのかもしれない。

「ともかく、まどかちゃんの事、ありがとうな」
「その分だと、コイツの怪我の事も覚えてんのか。だが、どうせあのアホそうな青いガキを使ってコイツを治して、俺を引き剥がす気だろ?」

指示語を排して言うならば『美樹さやかの魔法を使って鹿目まどかを治療する気だろう』という事である。
そして、アンクの言葉は暗に聞いていた。
その後にアンクの身柄をどうする心算なのか、と。

「治す手段があるなら、そうするのが良い。けど、その後にアンクを倒すかどうかは、また別問題でしょ」

映司としては、アンクが泉刑事に憑いていた祭、その状況を良く思わないながらも、アンクのお蔭で泉信吾の延命が出来ているという事実は認識していたのだ。
失われる筈だった人命を維持しているという功績がアンクには有るので、その命を救うための別の方法が見つからない限りは、多少その身体を利己的に使ったとしても責められるには足らない、と。
だからこそ、巴マミがアンクを処分した時には、珍しく感情を荒立ててしまったのである。

一方、自身の命運を他人に委ねる事には気分の悪さは感じているものの……アンクは、その返事を聞いて少しばかりの安堵を得ていた。
有無を言わさずに処分されるのではないと分かれば、一安心である。

「……話は終わったかしら? こちらは疾うに片付いているけれど」
「どうせ瞬殺だよ……ちくしょー……」

そんな中、話に割り込んできたのは……無傷の暁美ほむらと、魔法少女装束を泥塗れに汚した美樹さやかであった。
アンクとしては、一度は自身を殺そうとした美樹さやかに対して思うところが無いでも無いのだが、逃げ出す事も出来そうに無い。
魔法少女の弱点であるソウルジェムクラッシュを敢行しようにも、おそらく二度目は通じないだろう。

「とりあえず、まどかを治せば良いんだよね」
「……失敗したら眉間に銃弾を撃ち込まれると思いなさい」

とりあえず、という言葉が引っかかったのだろうか。
さやかとて親友の窮地に手を抜くようなマネはしないのだろうが。

そうして、癒し系という言葉が全く似合わない美樹さやかによって治癒魔法を受け、アンクはその効力に密かに感嘆していたりして。
どういう原理かは不明だが、メダルを擬態させて補っていた心筋細胞が、瞬く間に回復していくのである。
泉信吾を救った時とは順序が逆だが、この場合はアンクが先に抜けると血液が足りなくなる危険があるのだから、仕方ない。
目の前に居るのがアンクだと知って不安顔を向けてきている美樹さやかは、おそらく懸念の一つとして鹿目まどかの失血死を警戒していたのだろう。

今から思い出してみれば……この身体を借りてから、苦労は絶えなかった。
ハコの魔女の結界の中で短い腕で懸命に使い魔を殴って、河原では伊達明によって警察に突き出される始末だ。
その後も泉信吾の家に確保されるもブラコンな泉比奈による無言の圧力を受け、かと思いきや深夜のクスクシエでは美樹さやかに愚痴を聞かされていた。
次に半死人を探す時は、出来るだけ成人男性にしよう。

そう心に決めつつ、出て行こうとしたアンクは……

「……?」

腕の先から、抜ける事が出来なかった。

おかしい。
以前は、何の障害も無く抜け出る事が出来たハズなのに。
そしてアンクは、気付いていた。
もしこの不自然を生み出している意思がアンク以外のものであるとすれば……その主は、たった一人に限られるのだから。

「さやかちゃん、ほむらちゃん、火野さん……みんな、ありがとう」
「まどかっ!」
「まどか……良かった……!」

もちろん、鹿目まどかの復活を熱望していた友人二名は、アンクの状態に気付いていないらしい。
一方、感動の再会を果たしている女子中学生三人をよそに、不思議そうな顔を見せている火野映司の姿があったのだとか。
おそらく、アンクと同じ疑問を抱いているのだろう。
アンクに憑かれたたままなのに、なぜ鹿目まどかの意識が表面に出てきているのだろうか、と疑問に思っているに違いない。
流石に、アンクが鹿目まどかのフリをしている可能性までは疑っていないと思いたいところだが。

それでも映司が何も言わないのは、空気を読んでいるというだけの理由なのかもしれない。
まどかに抱きついて来た美樹さやかと涙ぐんでいる暁美ほむらが落ち着くのを、待っているのだろう。
再び柔らかい光を灯した鹿目まどかの瞳が本物である事を、親友たるこの二人は、誰よりも強く感じ取っているのだろうから……。


「……あれ? そういえば腕怪人は?」

そんな二人が、ようやく落ち着いた矢先。
映司とアンクの次に異変に気付いたのは、やはり美樹さやかであった。
というか、もしメダル絡みの経験の短い暁美ほむらの方が先に思い至ったら、それはそれで不自然である。
相手が美樹さやかなら、それも許されるのかもしれない……などという事は、考えてはならないのだろう。多分。

「鹿目まどか。気分は悪くない? 身体の中にグリードが残っているなら、吐き出してしまいなさい」

まどかの背中を擦り始めた暁美ほむらさんは、一体どのような分離風景を想像しているのだろうか。
口から『ゲボォ!』などという排出風景は、流石にアウトだろうに。
ビジュアル的にというか、色々なお約束的にダメである。
まどマギの公式漫画を描いていたムラ黒江氏が「断面」をリアルに描いたらNGが出たという話もあるので、きっとこれも許されないのだろう。
……この手のモノには一定の需要があるという事も、確かではあるが。

そして、拒否されたらどうしよう、という不安を窺わせる表情の鹿目まどかは、

「その事なんだけど、もう暫く、私がアンクちゃんと一緒に居ちゃダメ……かな?」

……その場の誰もが思いもしなかった爆弾を投下していたりして。
美樹さやかは、単純に怪人との共存という選択肢に驚いているのだろう。
暁美ほむらは、それに加えて、まどかが怪人によってそれを『言わされている』という可能性を疑って思案を巡らせていた。

加えて火野映司は、鹿目まどかに関するメタ認知において、一つの事に気付いていた。
まどかの言葉は、『治療の後の動向』に関する火野映司とアンクの会話から文脈が繋がったものであったという事に。
つまり、アンクに憑かれている間の記憶が、鹿目まどかには存在するという事である。

「そんな……鳥を飼うのとは訳が違うのよ?」

ほむらとしては、先程この場を訪れたカザリというグリードの事を思えば、腕だけのアンクとて油断できる相手では無いと思えてしまっていた。
人間の少女を大事そうに抱えたガメルの背中を思い出すと、グリードだからといって必ずしも滅ぼすべき存在とは限らないとも思えるものの、やはり最悪を想定してしまうのが暁美ほむらなのである。
得体の知れないグリードを親友と共に居させるのは、やはり心許なかった。

「まぁ、アンクのお蔭でまどかが助かったってのもあるし……あたしはノーコメント、かなぁ」

そして美樹さやかも、あまり強く何かを言おうと思えて居なかったりする。
前回アンクを殺そうとして映司を悲しませた負い目がある身としては、ここで強硬策に出る事が躊躇われるのだ。
もちろん、暁美ほむらと同じように、鹿目まどかを危険から遠ざけたいという思いもあるものの、既に巻き込まれてしまったのなら仕方ないとも思えてしまっていた。

「……!?」

そんな中、美樹さやかの判断を聞いて一番驚いているのは……ほむらだったりして。
ほむらとしては、さやかは説得側に回ってくれるものだと疑わなかったハズなのに。
嫌に慎重な側面を見せられたというか、むしろ美樹さやかの方がグリードに精神操作を受けているんじゃないかと疑われるレベルである。

従って、自然と暁美ほむらの視線は、最後の一人の方へと向かっていた。
先程から一歩引いて少女らの語らいを眺めているだけだった、一人の男へと。
更に、三人の内一人が視線を向ければ、自然と他二人の視線も集まってしまうもので。

「え? 俺?」

存在を潜めていたというか、空気を読んでいたというか。
暫く言葉を発せずに三人の中学生を見守っていた火野映司へと、自然に視線が集まったのである。
というか、メダルの怪人であるアンクの処遇を決めようとしているのだから、オーズであるこの男も意見を言うべきでは無かろうか。

「それは心配ではあるけど、危険があるのは身を以て体験してるみたいだし、その上で言ってるなら本人の決断優先でしょ」

映司としては、心臓を貫かれた鹿目まどかの絵面が、プトティラコンボから正気に返る程度に衝撃的であったのは間違いない。
だがしかし、鹿目まどかが危険を承知でアンクを保護したいと言うならば、出来る限りそれを尊重したいとも思っているのである。
加えて、アンクに憑かれていた時の記憶を保持していて尚アンクと一緒に居たいと言っているのだから、それを止める事は困難を極めるだろう。
人間の欲望はそう簡単に無くならない……という事を、映司は知っているのだ。

「まどかちゃんは今のところ、アンクに意識を乗っ取られる心配って在りそう?」
「多分無いと思います。何となく、身体が慣れてきた……みたいな感じ? です」

割り合い、感覚的なモノらしい。
泉信吾でも、アンクに憑かれたままに治療を施されていたら、このような状態になっていたのだろうか?
鹿目まどかの魔法少女の才能によるものである可能性も否めないが、おそらくその辺りはどちらでも良いのだろう。
魔法少女やその候補生は魔女の口付を受けない程度には精神操作への抵抗力を持っているようなので、そのお蔭かもしれない。

「それなら大丈夫そうかな。あと、一応アンクの意見も聞いておいた方が良いかも?」
「えーと、それなら多分……冗談じゃない! このガキの気紛れで抑制されるような生き方なんて真っ平だッ!!」

途中から、アンクに代わったのだろう。
割とまどかとアンクの共生に賛同していた場の面々に対して、睨むような視線を回し始めたのである。
だがしかし、やはり相手を恐喝するためには、致命的に何かが足りていない。
具体的に言えば、声の太さや、視線の鋭さ、目線の高さなどなど……。
それでも凄んで睨みつけて来る甲斐甲斐しい努力は評価されるべきなのかもしれないが、どうにも決まらない。

「こんな貧相な身体なんてこっちからお断…………一応アンクちゃんには、私から言って聞かせますから、任せてください」

瞬時に表に出て来ている主人格を確認しながら。

「まぁ、抑え込めてるみたいだし、大丈夫でしょ」

火野映司は、少しだけ気持ちを軽くしていたりして。
付合い方はともかくとして、アンクを大事に思ってくれる人間が出来たことが、嬉しかったのかもしれない。
もちろん鹿目まどかの身の心配もしているが、それはそれである。

少しだけ丸くなったように思われるアンクを変えたのは、この女の子の功績ではないか、と。
アンクにとって何が救いになったのか、映司も測りかねている部分は残っていたものの、それも追々聞き出してやれば良い、と思う事にしたのだった。
視界の奥にて、間の悪い蝙蝠娘がその黒い翼を羽ばたかせてゆっくりと飛来する光景を、眺めながら……。




「……それで? どうして私まで巴マミの復活に立ち会う流れになっているのかしら?」
「どうして、と言われましても……」

……暁美ほむらは、空の旅へと釣り上げられていた。
出遅れ系魔法少女トーリにぶら下がって、空輸されている真っ最中なのである。
目的地は巴マミの身体が保管されているホテルの一室であり、一緒に吊り下げられている美樹さやかだけでも、用は足りるハズなのに……。

事の発端は、アンクの処遇が決まり、蝙蝠娘トーリがようやく到着した際の、美樹さやかの提案であった。
即ち、これからマミさんを蘇らせちゃおうよ、と早速申し出た訳だ。
ほむらとしては、さやかとトーリがその任に就くモノと考えて、これからどうやって火野映司と鹿目まどかを説得しようか、と思索に入ろうとしていたのだが……。

ここで火野映司が、要らない事を口走り始めたのである。
俺はライドベンダーで帰るけど、一人なら後ろに乗せていくよ? と。
すると、そこにエスコートされるべきは、一般人として最も移動が不便な鹿目まどか以外に有り得ない。
そうなると、なし崩し的に魔法少女3名が場に残されてしまう訳で。

よし、トーリ! あたしと転校生を乗せてマミさんのところに飛ぶのよ!
了解です!
えっ? 私は聞いてな……

後は、いつの間にか空の上へと運ばれてしまったという訳だ。
出遅れ女とアホ魔法少女に後れをとるなど、暁美ほむら一生の不覚である……。

「転校生もマミさんの友達だよね? ハブったら怒るかなぁ、って」
「……別に、友人と言えるほどじゃないわ」

微妙に不穏な雰囲気を漂わせる二名の魔法少女を手元に見おろしながら、トーリは思う。
もしケンカをするなら、ワタシが巻き込まれる危険が無いところでやって欲しいです、と。
そして、出来ればあの場にまどかさんが居た件について誰か説明してくださいよ、とも。

「でも、あのカザリっていうグリードに攻撃されて、その中でまず掴み取ったのがメダルでもグリーフシードでも無く、マミさんのソウルジェムだったんでしょ?」
「……偶然よ。咄嗟に掴んだら巴マミのソウルジェムだっただけ」

トーリとしては、暁美ほむらのムッツリフェイスからは、特に情報を得る事は出来なかった。
暁美ほむらは本気で言っているのか、それとも実はツンデレさんなのか。
下手に突っ込むと鉛玉をブチ込まれそうだ、とも思っているため、トーリからは突っ込まないのはお約束である。

「つまり、咄嗟にそこでマミさんを選んじゃうのがアンタなんだってコト。違う?」
「…………幸せな頭ね」

要するに、美樹さやかは信じたいのだろう。
魔法少女の利になるグリーフシードでも無く、メダルの怪人との取引に使えるメダルでもなく、暁美ほむらは巴マミの命を選んだのだ、と。
もし無意識レベルの判断だとしても、だからこそ、それは偽らざる暁美ほむらの本性に違いない。
そう、思いたいのである。

「まぁ実は、腕怪人とパンツマンも二人だけで話したい事があるんじゃないかと思って、お邪魔虫のアンタをこっちに拉致って来た訳だけど」

それを聞いたトーリの背中に、ヒシヒシと嫌な予感が走った。
美樹さやかが善意で暁美ほむらを連れて来たというよりも、実は消極的な理由から拉致しているとカミングアウトを果たしたのだから。
まどか大好き人間のほむらさんがキレ始めるのではないか、と思ってしまうのである。
何時ぞやの病室では、そのせいで殺されそうになったぐらいなのだから、警戒してしまっても仕方が無いことなのだろう。

「貴女にそんな気配りが出来るなんて、思いもしなかったわ」

もっとも、意外に暁美ほむらは怒り出さなかった訳だが。
やはり、トーリの勘は当てにならないのだろうか。
もしくは、暁美ほむらが表面上だけで言葉を紡いでいるだけで、実は腹を立てている可能性も捨てきれない。

そんな適度に生温いような不穏なような雰囲気に気を揉みつつ……トーリは漸く、辿り着いて居た。
佐倉杏子の借りている、ホテルの一室へと。
物言わぬ巴マミが待っている仮宿に飛び寄り、窓からの帰還を果たしたのである。
そして、案の定というべきか、そこには借主の姿がある訳で。


「おー、生きてたか。意外にしぶといのなー。で、そいつらは何で連れて来たのさ?」
「『成り行き』の一言に尽きます、かねぇ……」

相手がベテラン脚本家の某先生であったなら、大体分かった、の一言で済ませてくれたのかもしれないが。
杏子も杏子で割と警戒心の強い捻くれ者であるからして、隠しもしない訝しげな視線を二人へと浴びせるのも、無理は無かった。
団子を食していた名残と思しき串を口に咥えたまま、値踏みするような眼差しを無遠慮に突き刺したのである。

暁美ほむらとは、見滝原中学校で初めて会ったのだが、その時には情報交換をするだけの関係だったハズだ。
確か、杏子が無限の魔力について話を振って、巴マミの新住居を聞き出す代わりに、無限の魔力に関して得た情報をほむらへと提供すると約束したのである。
そして、その助言に従ってクスクシエの屋根裏部屋を訪れてみれば、トーリと美樹さやかが呑気に暇を潰していたのだ。

暁美ほむらと美樹さやかに関する杏子の認識は、大体そんなところだった。
さやかとは前後に何回か会っているものの、あくまで大まかな印象の話である。

「それより見ろっ! 大物捕ったどーッ!!」
「……捕ったのは私よ」

まぁ、そんな杏子の視線などお構いなしに、さやかは巴マミのソウルジェムを見せびらかしてやった訳だが。
ニヤリと笑った美樹さやかに、若干イラっと心を動かされた杏子も、大概短気なのだろう。
もちろん、さやかの横で冷静に突っ込みを入れている暁美ほむらの発言にも気を引かれていたため、あまり大きなリアクションも取らなかった。
だが、杏子の反応が薄かったのが若干さやかは気に召さなかったらしく、本人は更なる火種を持ち込もうとしているようで……。

「ねぇ、今どんな気持ち? 大口叩いといて、あたしに先を越されてさ! ねぇ、今どんな気……クサァァッ!!?」
「アンタは黙ってろ」

さやかの口に、最近ちまたで話題の納豆餃子飴をダース単位でブチ込んでやりながら。
佐倉杏子は、暁美ほむらにかける言葉に、少しばかり困っていたりする。
素直に礼を言えば良いのか、対価に何かを要求されるのか。
対価に何かを払ってしまえば後腐れも無くなるので、杏子としてはどちらでも大して変わらないのだが。

「……いつまでコントをやっている心算か知らないけれど、巴マミを早く元に戻しましょう」
「ああ、そうだな。やっぱりアンタは話が分かる奴だと思ってたよ」

トーリに水を持って来させてガブ飲みしている美樹さやかの愉快な姿を尻目に。
話を進めようとする暁美ほむらの態度に、杏子は少しばかり安心させられていた。
先程ゲテモノをさやかの口に押し込んだ隙に、その手からさり気なくスリ取った黄色いジェムに、目を落としながら。
ソファーに寝かせてあった巴マミの掌へと、ソウルジェムを握らせてやった。


かくして……ようやく、巴マミの瞳は再び光を灯すことと、相成った。
夢見公園におけるジェム強奪事件に端を発した騒動は、ようやく終結することとなったのだ。

「これは、一体どういう状況なの……」

……もっとも、巴マミは暫くの間、目の前のラインナップを理解できなかったようだが。
マミに紅茶をぶっ掛けられて別れた暁美ほむらと、喧嘩別れした佐倉杏子が、マミに寄り添っていて。
むしろマミと親しいハズの魔法少女達は……一方が、もう片方に背中を擦ってもらいながら、ぜぇぜぇと苦しそうに涙を流していてたのだから。

それでも、状況を把握出来ないなりに、ありがとう、ただいま、ごめんなさい、なんてアリキタリな言葉を交わして。
不思議と全員から少しずつ笑みが零れて来るような、奇妙な暖かさがそこには在った。
それぞれ思惑も利害も異なるであろう5人が一同に会しているという、それだけの事が、巴マミにはえらく偉大な事に思えてしまったのだ。
きっと、『感動の再会』なんて大それたモノを望まなくても、一緒に居られるだけで幸せなのだ、と。





――あの子の身体はこのセルメダルによって構築されている。

脳裏を過った懸念を振り払って。
そう、思う事にしたのだった……。

動乱の一日は……既に、終わろうとしていた。


・今回のNG大賞

「お前、やっぱり生きてたの?」
「あァ? 気付いてたのか?」
「だって、タトバの目で透視したら見えたし」

「まどかを視姦しただと!? 判決を言い渡す! 死刑だッ!!」
「火野映司……貴方に夜が来る……!」

魔法少女隊vs仮面ライダー 全面戦争勃発ッ!

・公開プロットシリーズNo.100
→収まるべきところに収ま……った?



[29586] 第百一話:閃きの黄色
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/08/12 00:42
既に日も落ちた一般道を、ゆっくりと風を切りながら。
黄色と黒に彩られたバイクは、急く様子も見せずに走り続ける。
運転手の青年と、後部席の女の子と、一体の見えざる怪人を乗せて。

「まどかちゃん、ちょっとアンクに代わってもらって良い?」
「はい、分かりました」

ヘルメットを撫でる風の音も、密接した人間二人の会話を遮る程では、無い。
火野さんの経済力の問題で高速道路が使えないのかなぁ、なんて思うものの、世の中には言わない方が良い事もあるのだろう。おそらく。
鹿目まどかは、同年代の中でも空気が読める部類に分けられる少女なのである。
同乗者が向かい風によって体温を失う事態を防止するための気遣いだと思っておいた方が、建設的思考である事は間違いが無い。
そんな役に立たない事を考えつつ、意識は確かに『切り替わって』いて……。

「なんだ? 俺の経緯なら気にするな」

確かに、久しく会っていない知人に再開したら、まずそれまでの積もる話を交わすのが一般的だろう。
その目をバッサリと切ってしまう辺り、アンクも素っ気ないというか。
身体の操縦権を一時的に譲り受けたアンクの第一声が、それだったのだ。

「それは置いといて。結局今回の件で結構な数のメダルが集まったけど、やっぱりお前は、自分で持ってたいと思うわけ?」
「寄越せ」

話を横から(?)聞いている鹿目まどかとしては、簡潔な返事にも限度というものがあるでしょ、と思わずには居られなかった。
まどかだったら、『出来れば持って居たいんですけど……ダメですか?』ぐらいに留めておくのだろうか。
というか、むしろ鹿目まどかはメダルを欲したりしないのだが。

「今後ずっと、ヤミーと戦う場所にまどかちゃんも連れてくるのか?」
「コイツ本人も良いって言ってんだ。お前だってさっき納得しただろうが。それに……」

見るからに未確認生命体な腕アンクは、きっとこの社会の中では一人で生きていけない。
それが放っておけないからこそ、まどかはアンクを離そうとしないのだ。
もちろん危険に遭うのは怖いが、誰かの役に立っているという感覚が自己肯定へと繋がってしまっているのが、鹿目まどかという人間なのである。
周囲に心配をかけることが、一番の気がかりという具合であるという程度には。
……火野映司とアンクには、一体どの程度の理解が得られているのか、まどかとしては気になるところではあった。

「この身体守りたかったら、お前が勝手に守れ。刑事からガキに代わっただけだろ」
「わざわざ言われなくたって分かってるよ。それが俺とお前の関係だってことぐらい」

火野映司の背に掴まっているアンクには、映司の顔を見ることは出来ない。
当然、同じ視界を共有している鹿目まどかにも。
それでも、何となく。
火野映司の声が……少しだけ普段より軽いように思えてしまって。
丁寧さを欠いた彼の言葉こそが、火野映司という男の本当の姿を現しているように、思えたのだった。

きっとアンクは、火野映司がどう行動するのか分かっている。
そして映司も、他人を巻き込む事を良しとしないが故に、全力を以てそれに応えるのだろう。
そもそもアンクとて簡単に敵からの攻撃を受けるつもりなど無いだろう、という事まで考えれば、不思議とあまり危険は感じられなくなってしまっていて。

「久々に会ったが……お前が相変わらずのバカで安心した」
「久々だったけど……俺は、中学生のヒモになってるお前の事が若干心配になったよ」

……大丈夫、だよね?
ほ、ほら、男同士の友情って、貶し合っててもそれは本音じゃないって聞いたことあるし……?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百一話:閃きの黄色



一方、魔法少女達の女子回はと言えば。

「くそぉ……なんか、美味しいのが悔しい……」
「美味いならそれに越した事はねーだろうが」

バームクーヘンを肴に、親睦を深めていたりする。
何故バームクーヘンなのかと言われれば、鴻上会長が先日造り過ぎたためである。
それを、トーリが鴻上会長からコアメダルを貰うついでに御裾分けとして引き取って来たのだ。
ヤミーやグリードの身体というのは便利なことに融通が利いて、内部にモノを収納できるのである。
しかも、魔法少女を騙っているトーリならば、自分の体積以上の物体を収納していても何ら不自然では無い。

……流石に、1メートル立方近いバームクーヘンの切れ端を持って来たのは、当人もヤリスギを感じているようだが。
というか1メートルもあるのに、まだ『切れ端』呼ばわりの内角というレベルに収まっているのが、そもそもおかしいのである。
どう考えても、元の外周が10メートル級だったとしか思えない。
里中秘書なら完食出来そうな気がするのが、不思議なところではあるが、いうなれば生命の神秘というところだろう。

鴻上会長は一体何を考えてそんなものを作ったのか。
謎は深まるばかりである。
まぁ、会長がドイツに旅行に行ったから、という以上の理由は無いのだろうが。

「……」
「……」

そして、先程からトーリの精神を微妙に削っているのが、こちらの二人である。
電波女こと暁美ほむらさんは、元々饒舌な方では無いので、普段とあまり変わらない。
もそもそとバームクーヘンを消化している姿は、特に不自然を感じさせるものでは無かった。
だが、どうもマミさんが、ほむらとの接し方に悩んでいるようなのだ。

発端は、ほむらがマミへと内通ヤミーの存在を告発した事なのだが、トーリはその情報流通経路を知らないのである。
従って、最終的にマミの命を救ってくれた暁美ほむらへの評価に困ってしまっているマミの心中など、察せるハズも無い。
一行に減る気配の無いバームクーヘンの欠片に手を伸ばしつつ、トーリはヤミー的に身の振り方を考えてみた。

……暁美ほむらが、余計なことを口走る危険性について。
一応、ガラの結界に巻き込まれた際に、グリードに関する知識の提供と引き換えに、トーリの正体についての口止め契約を果たしたハズである。
しかし、その約束は本当に遂行されるのだろうか?
無表情のまま黙々とバームクーヘンを消化する作業に付合っている暁美ほむらは、一体何を考えているのだろう。
そして、何処からともなく紅茶を取り出しているマミさんは、普段どれだけの茶葉を持ち歩いているのだろう。というか、一体なぜ?

大麦だか小麦だかの苦みを効かせるバームクーヘンの欠片に聞かせても、答えなど返ってくる訳も無い。
そんな役立たずを粉砕処理しながら、トーリは……順当に、思考が行き詰った。
そもそもトーリは、頭脳労働要員では無いのだ。
虫系ヤミーが他種に比べて頭脳面で優れているといえども、飽く迄一般人レベルなのであるからして。
もっとも、肉体労働要員かと言われると……まぁ、最近の扱いは便利なタクシーのようなモノなので、あながち間違いでも無いのかもしれない。

……そんなことはともかく。
言いたいことが有るなら言ってください、などと発破をかけるのも悪手だろう。
むしろ、言いたい事があるなら言わずに抱え落ちしてください、の方がまだ本音に近い。
というか、この二人が黙っている分には、トーリに害が及ぶことは無いのかもしれない。
ポジティブシンキングという名の、現実逃避である。

手持無沙汰になったトーリが杏子とさやかの方へと注意を向けてみるものの、そちらはそちらで出来上がってしまっているらしい。
さやかが涙ながらに失恋物語を語り、杏子がうぜーうぜーと呟きながらも聞いてやっている、という関係が出来上がっているようだった。


という訳でトーリはバームクーヘンの欠片を貪りつつ、今回の事件が自身に及ぼした影響について、気分転換がてらに考えを纏めてみることにした。
まず、得た物はといえば……失った物と比べると、果たして得だったのか?
現在トーリの手元にあるバッタ他2枚のコアは、鴻上光生に握り潰されていた死札に他ならない。
それを表舞台に引きずり出せたという事がどれだけの意味を持つのか……トーリとしては、若干測りかねてしまっていた。
もちろん、ウヴァさんが復活した際に完全態まで強化してやれば喜ばれるだろうから、得には違いないのだが。

他にも、一応純粋に得だったと言えるのが、ガラが残したセルメダルである。
あの場の殆どのセルメダルはバースチームによって回収されてしまったものの、トーリもどさくさに紛れて拾いに行ったため、それなりに多くのメダルを入手できたのだ。
それまでの貯蓄分と合わせて、累計約5000枚という儲けぶりであった。

一方、失ったものは……やはり何といっても、自身が隠し持っていたコアメダルである。
ウヴァの復活を目論んでトーリが握り潰していた緑の6枚の所在が、白日のもとに晒されてしまったのだ。
カザリの手元へと渡ったクワガタ3枚に関しては、いずれトーリへと回ってくるのだろう。
だが、カマキリとバッタが2枚ずつオーズに確保されてしまったのは、地味に痛手である。
既に、グリードチームの緑メダルは3族5枚という復活最低限の数まで削られてしまって、後が無いのだから。

……あとは、若干トーリの足枷になる約束を、杏子との間に結んでしまったことが損と言えば損だろうか。

――杏子さんの調べものをワタシも手伝う代わりに、無限の魔力の正体を見つけた後も杏子さんはワタシを手伝ってくれる……というのは、ダメでしょうか?

トーリ自身から提案してみたものの、当時はまさかトーリの与り知らぬ場所でマミのソウルジェムが奪還されるとは思ってもみなかったのだ。
それも巴マミが復活した現在としては、債務を残すばかりとなってしまっている。


したがって、トーリがこの場ですべき事は、ただ一つ!

「マミさんって、『無限の魔力』に心当たりはあります?」
「……!」

魔法少女が4人も集まっているこの場において、情報収集に走らない手など、有り得ない。
……そしてトーリは偶然にも、巴マミの反応に気付いてしまっていた。
彼女の手元のティーカップに、その動揺を吐露するかのように波紋が広がって行く様子を。
何気なく、無表情女のほむらさんも、巴マミが何かおかしいと察しているらしい。
トーリの期待満々な視線と、暁美ほむらの無愛想な視線が、巴マミを終点として交わっていたのだ。

「面白そうな話してんじゃん……ってか、アンタあの約束覚えてたワケ? 何だかんだでマジメなのなー」
「約束? 何話してんの?」

……すると、コイバナに花を咲かせていた二人まで、首を突っ込んできた件について。
呼んでも無いのに、耳が聡いというか。
うんざりしていた杏子がこちらに逃げて来て、一緒にさやかも付いて来たのかもしれない。
まぁ、大勢で情報交換を行えば、トーリの債務の消滅も早く済みそうである。
というか、杏子は約束自体を忘れていたような言い回しであったが、もしかするとトーリは踏み倒せる目があったのだろうか……?

「アタシがマミのソウルジェムを奪い返すのを手伝う代わりに、トーリの奴はアタシの調べ物を手伝う、って話した事があったんだよ」
「というワケなんです」

トーリとしては、約束を反故にして恨みを買うのも怖いので、この借りは早めに返さねばと考えてしまうのだ。
もちろん、無限の魔力などという厄介なモノが魔法少女の下に渡ってしまえば、グリードが復活した際に脅威となるという事は、トーリでも把握できている。
だがしかし、もしこの四人が話し合う程度で手に入ってしまうモノならば、トーリが言わなくても、どのみち発見されてしまうだろう。
であるからして、後々に対策を立てるためにも、トーリも無限の魔力の情報を知っておくのは悪くない判断だと考えた訳だ。

「なんていうか、ゴメン……。あたしがヘタレてたせいで、トーリにばっかり手間かけさせちゃって……」
「そこまで私の事を思ってくれていたのね、トーリさん……!」

バツの悪そうな美樹さやかと、若干涙ぐんだ様子の巴マミの反応は、ともかく。
何かこの人達は情報を持っていないのだろうか。
さやかの反応は、ロストアンク暴走態と戦った直後に自暴自棄になっていた事による負い目からのものなのだろう。
そしてマミは……打算100%で動いていたトーリの評価を、思わぬ形で上方修正してくれたらしい。

「……」

そして、そんなマミさん達へと物言いたげな視線を送っている、暁美ほむら閣下。
何を言いたいのだろう。
そいつは実はヤミーなのよ! と言いたいところを、トーリとの約束を守って口を噤んでくれているのだろうか。

良い友情だ。感動的だな。だが無意味だ。
……流石にこんな事は思っていないだろうが。

しかし、久々にそんなおバカな電波に浸っていたせいだろうか。
トーリは、巴マミの心の内を……まったく、予期できなかったのだった。
巴マミが暴走グリードと戦った日から気付いていた一つの仮説に、トーリは気付くことも出来なかったのだ。

「単刀直入に言いましょう。私は、『無限の魔力』の正体に見当がついているわ」

……魔法少女達の夜は、まだ終わらない。




そして、今回の事件に静観を決め込んでいた人間もまた、無関係では居られないわけで。

「で、ドクターは今回の件をどこまで見切ってたのさ?」

とある監獄の一室にて、天窓に張られた鉄格子の外より放たれた、声。
その声の持ち主は、言わずもがな。
黄色のメダルのグリード、カザリであった。
昼間に暁美ほむらを串刺しにして多数の戦利品を掻っ攫った、狡賢い怪人である。

「見切ってなどいません。錬金術師ガラによって世界が滅ぼされても、それはそれで構わないと考えていましたから」

一方、監獄の住人……真木清人は、淡々と語る。
まるで、事の顛末に興味が無いと言わんばかりに。
暗がりの中で頭部を輝かせた不気味な人形へと視線を向けたままに、檻の外へと言葉を返したのだ。

「そういえば、ドクターって世界を終わらせたいとか言ってたっけ? 実は錬金術師と目的は一緒だったんだね」
「まったく、違います。終わった後に新たな世界を求めるなど、完全な終末とは言えません」

カザリには……この人間の言っていることが、理解できないままだった。
もちろんグリードも完全態になれば『世界を喰らう』こととなるが、それも飽く迄比喩的なものに過ぎないのだ。
結局グリードは人間からセルメダルを得る以上、人間を滅ぼしてしまえば、いずれその力は枯渇してしまう。
従って、グリードは人間を虐げこそしても、彼らを滅ぼす存在では有り得ない。
つまり、牢獄の中のこの男の言う『世界の終末』は、グリードのそれとは一線を画す代物なのである。
真木がガラのもたらす破滅に興味を示さなかったのも、支配者となった後のガラを倒す術を、見出しているからなのだろう。

「そんな事より、カザリ君。君は……中々に面白い戦利品を持っているようですね?」
「面白い……っていうと、やっぱりコレ? 『グリーフシード』だっけ?」

そして、ドクター真木が興味を見出した存在についても、カザリは大体の予想をつけていた。
というか、この博士が今更コアメダル数枚で面白がるハズも無い。
真木清人の興味の対象は……カザリの爪の間に弄ばれている、漆黒の球体であった。
魔女を生み出す卵にして、魔法少女の成れの果て……グリーフシード。
それが、新たに持ち込まれた玩具の名前だった。

「カザリ君。そのグリーフシードの中身は、どの程度『減って』いますか?」
「多分半分ぐらい『溜まってる』かな。目分量で」

色合いの判断をあんまりグリードの僕に任せないで欲しいんだけど、なんてボヤきながらも答えてみせる辺り、何だかんだでカザリも興味を抱いているのかもしれない。
グリーフシードの内部の穢れの量は色によって判断されるものなので、あまり世界を鮮明に認識できないグリードは、不適任らしいが。
だが、カザリが拙い視力によって認識したところによると、穢れは全体の半分程度溜まっているように思える。

「確か、カザリ君が以前に魔女にセルメダルを投入した際には、何も起こらなかったのでしたね」
「ああ。ケーキの魔女だね。一応ヤミーを作れるかどうか試してみたけど、ダメだったんだっけ」

シャムネコのヤミーがオーズと一緒に、病院に張られた結界へと迷い込んだ時だったハズだ。
ヤミーを魔女に食われてはたまらないと考えたカザリは結界内部へと侵入して、ついでに恵方巻きの魔女シャルロットへとセルメダルを投入してみたのである。
結果は、何も起こらなかった訳だが。

「では、君の手元のグリーフシードにセルメダルを入れたら、どうなるか分かりますか?」
「まさか、魔女が出て来て僕の頭をパックリとか、笑えないんだけど」

黄色だけに、有りそうな話である。
某動画サイトならば『マミったあああ!!』と『カザリざまぁwww』のコメントが1:1ぐらいの割合で流れてきそうな御食事シーンが、繰り広げられるのかもしれない。
まぁ、そのグリーフシードは箱の魔女のものであるため、いきなり食い付いてくる事は無いのだろうが。

「ご安心を。残念ながら、君が良き終わりを迎えるのは、もう少し先になるでしょうから」
「まぁ、その程度で殺られるとも思わないし、良いけどね」

そう、軽口を叩きながら。
小気味良い金属音と共にメダルが漆黒の種の中へと吸い込まれる光景に、期待の眼差しを注ぎ込むカザリ。
だが……

「あれ……? 何も起こらない……?」

どうも、目立った変化は見受けられらない。
ケーキの魔女の時と同じく、何も起こっていないように思われるのだ。

「カザリ君。グリーフシードの穢れをよく観察してみてください。私の考えが正しければ……穢れは、減っているのではありませんか?」

そんな微細な色彩の変化など、グリードに解るはずも無い。
なので、カザリは開き直って10枚程のセルメダルを纏めてブチ込みながら、その経過を観察してみた。
すると……確かに、グリーフシードの黒味が色あせてきたように思えた。
……つまり?

「本当だ。でも、セルメダルは純粋な欲望のエネルギーだよね。それと相殺する『穢れ』って、一体何なのさ?」

エネルギーを消費した結果としてセルメダルが失われるという理屈ならば、カザリの理解の及ぶところである。
グリードも大がかりに能力を使う際には、それなりのセルメダルを消費するものなのだから。
だがしかし、目の前の黒い球体は、セルメダルのエネルギーを消費して何か行動を起こしたようには見えない。

「その『穢れ』は、それ自体として存在するというよりは、中身のエネルギーがどれ程『減って』いるかという指標として見るべきものだと、私は考えています。」

言われてみれば、先程真木博士がカザリに指示を出した際、どの程度『減って』いるかという言い回しを用いていたハズだ。
とすると、真木博士には最初からある程度の結果が見えていたという事なのだろう。

「なるほど。穢れ自体はエネルギーじゃなくて、むしろ、穢れの他の部分に欲望と似たエネルギーが詰まってるって事だね」
「理解が早くて助かります」

セルメダルと穢れが相殺した事を踏まえて考えれば、カザリとて丁寧に説明されなくとも理解出来るというものだ。
グリードの中でも頭脳派のカザリさんなら、これぐらいの事は分かっても不自然は無い。
これを聞いているのがガメルやウヴァだったら、かなり怪しいが。

「魔法少女が穢れをグリーフシードに移し替える作業も、そう『見える』だけで、実際には逆なの? 実はグリーフシードからソウルジェムにエネルギーを移してるってこと?」
「その通り。紫のオーズが冷凍ガスを吐いている時に、熱化学的には『オーズの側へと熱が奪われている』と表すようなものです」
「やっぱりそういうことか」

……少なくとも、その例えを理解出来るのは、グリードの中ではアンクとカザリぐらいのものだろう。
教えられれば、メズールもある程度は覚えられるのだろうが。
というか、熱化学という単語に何の疑問も持たずに対応できるカザリさんが、現代社会に馴染み過ぎなのである。
お前はネカフェで一体何を学んだというのか。

「グリーフシードには、おそらく微量のエネルギーを常に放出する機能が付いているのでしょう。そして、その貯蓄量が一定の値を下回ると、残りのエネルギーを使って魔女の身体を構成すると私は見ています」
「で、多分魔女は本能的に、人間を食う事でグリーフシードにエネルギーを満たそうとするのかな?」

多くの魔法少女は、おそらく次のように認識しているのだろう。
即ち、『グリーフシードに溜まった穢れを原料に、魔女は孵化するのだ』と。
だがしかし……この二人が出した結論は、全くその逆であったのだ。
メダルという別系統のテクノロジーの観点から考察を進めた結果、そこに辿り着いてしまったのである。

「更に、魔女がある程度までエネルギーを溜めた段階で、その意思とは関係なく使い魔が生まれ、魔女は永遠に満たされる事は無いのでしょう」
「それがキュゥべえってヤツの使うシステムか。良く出来てるもんだね。ぞっとするよ」

ぞっとする……という言葉には、二つの意味が存在する。
一つは、つい最近の間に広まった、『背筋が寒くなる程におぞましい』というもの。
そして、それ以前より用いられていた、『感心する』という意味合い。
それを口にしたカザリは……いったい、どちらを意図してそれを使っているのだろうか。

「一度エネルギーを放出した時点で終わっていれば美しいものを……。いたずらに『終わり』を引き延ばす、悪しきシステムですよ。それは」

……少なくとも真木博士は、感心するという意見には同意できないようだが。
キュゥべえ氏では無いが、エントロピー的思考を行うならば、確かにエネルギーを出し切った物体のエントロピーは極大に近いものとなる。
つまり、エネルギーを出し切った状態は、ある意味において真木博士の目指す『終末』と近似していると言えるのかもしれない。

「僕達にもそんなに余裕がある訳じゃないんだから、使えるものは使わないと。それに……今の検証で、ちょっと面白い事を思いついたんだ」

無愛想な人形へと向けられていた真木博士の眼鏡が不気味な光を放った……そう、カザリには思えた。
果たして、ドクターはカザリの言わんとする事を既に予期しているのだろうか。
何処までも攻撃的な笑みを崩さないままに……カザリは、言葉を継いだ。

「グリーフシードを上手く使えば、無尽蔵にエネルギーが取り出せるんじゃないかな?」

……奇しくも、魔法少女達の会話と同じ方向へと。

次のステージは、既に幕を開けようとしていた。



・今回のNG大賞

「ソウルジェムにもグリーフシードにも穢れを貯める性質があるのに、一方的に穢れを移せるの?」
「炭酸水素ナトリウムと安息香酸を混ぜると、安息香酸ナトリウムと水と二酸化炭素が得られるようなものです」
「なるほど」

お前らは一体何を言っているんだ……。
若干作者の脳味噌が怪しかったのでボツに。

・公開プロットシリーズNo.101
→聞かせてもらうぞ この世界の謎を



[29586] 第百二話:もしも無限があるのなら
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/08/18 22:09
……結論から言えば、失敗であったと言えるのだろう。

「あれ……何も起こらないなぁ……?」

カザリの思いついた無限のエネルギーの取得法は、欠陥品であったということである。
しかしカザリは、一体何を思いついたのか。

「無限などというものが、そう有っては困ります。いつまで経っても、世界が終わらなくなってしまいますから」

その夜に追加で行われた実験は……コアメダルを、グリーフシードへと投入するというものだったのだ。
それも、ただのコアメダルではない。
凄まじい回復能力を備えた、橙色の爬虫類コアである。
昼間にオーズや魔法少女から奪った異世界のコアメダルを、カザリは躊躇なく使用したのだ。

カザリの見込みでは、橙コアの回復能力によって、グリーフシードの濁りを自動解消させる事が出来るハズであった。
つまり、エネルギーを取り出し放題になる、と。
もっとも、グリーフシードには何の変化も見られなかったが。

「コアメダルの効果が、持ち主の意思に左右されるという理由もあるのかもしれませんね」
「グリーフシードが意思を持ってないから、橙メダルの回復能力が働かないって事か……」

グリーフシードからコアメダルを抜き取ってみても、やはり目に見えた変化は起こらなかった。
真木博士の見解も参考にして、カザリは無限のエネルギーの搾取は難しいと悟ったらしい。
もっとも、残念そうな声色を隠しもせずに響かせながらも、それでも次の計らい事へと思考を伸ばすのが彼なのだが。

「まぁ良いさ。コレはコレで使えそうだし、ね」

カザリと真木のもう一つの関心事である異種メダルの取り込みに関しての情報収集を、行いながら。
夜は、更けていく……



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二話:もしも無限があるのなら



「単刀直入に言いましょう。私は、『無限の魔力』の正体に見当がついているわ」

巴マミの言葉に最も驚いたのは……誰だっただろうか。

少しだけ目を見開いたように思われる、暁美ほむらか。
期待に目を輝かせている美樹さやかか。
手元から目を離しているせいでバームクーヘンの欠片を零している佐倉杏子か。
それとも……藪から蛇を誘い出してしまった駄目ヤミーか。

「おお、生き返らせた甲斐があったってもんだなー」

佐倉杏子の軽口に反論する者は……誰も、居ない。
普段ならばさやかが噛み付いていたのかもしれないが、マミの思い悩んだ様子の方に注意が向いてしまっていたのだ。
おそらくマミは、無限の魔力の正体をバラすことに、何らかのデメリットを予測しているのだろう。
先程から無口を貫いている暁美ほむらも、どことなく興味を引かれているように思われる。


「トーリさんの魔力は……無限よね?」

だがしかし、誰が予想しただろうか。
この裏切り者の蝙蝠ヤミーが、話題の中心に挙げられることなど。
少なくとも、驚愕の表情をトーリへと向けて来ている三人は、予測していなかったに違いない。
もちろん、紅茶を噴き出しそうになって咽込んでいるトーリ自身でさえも。

「ど、ど、どういう事でしょうか、さっぱりワケが、解らないですよ……?」

背中の羽が冷や汗に濡れるという、久々の感覚である。
懐かしささえ感じるその動揺を必死に誤魔化しつつ、トーリは一応聞き返してみた。
もっとも、動揺を隠し切れていないという事ぐらい、トーリ自身でも自覚出来ていたが。

「トーリさんは、ソウルジェムが無くても魔法が使える。魔力を消耗しない。つまり、魔力は『無限』でしょう?」

……トーリにソウルジェムが無いのは、そもそもトーリが魔法少女ではなくヤミーだからでは無いのか。
初期の頃に火野映司のタカメダルで即死しそうになった経験が、脳裏を過る。
確かあの時は、巴マミがトーリの救世主になってくれたものだが……今回はそうでは無いらしい。
むしろ、マミさんのせいでトーリが良き終末を迎えそうでさえある。

「そう言われれば、確かに……」
「んん? なんか初耳な情報が入ってた気がするんだけどよー……?」
「ええと、それは、ですねぇ…………」

そして、青赤コンビに疑いの眼差しを向けられて焦っている様子のトーリを、観察しながら。
巴マミは……この頼り無い後輩の正体について、思考を巡らせていた。
かつてマミは、深夜のクスクシエを訪れた暁美ほむらから教えられたことがあった。
トーリはメダルで出来た生物だ、と。

だからこそ、マミは迷った。
今でこそトーリは大切な後輩だが、出会ってすぐの頃には怪しさのクライマックスフォームのような存在だったという事を、マミは覚えているのだから。
記憶喪失だなんて言いだして、ソウルジェムを持っていないという胡散臭さ大爆発ぶりだったのである。

それが、メズールに心を抉られたマミを介抱してくれて。
魔法少女の身体のことを知って悩んでいたマミのことを励ましてくれたのだ。
さやかと共にグリードに捕まって役に立たなかった事もあったが、ロストアンクから命を賭して火野映司を守った事だってあった。
いつの間にかトーリは……マミにとって、失いたくない存在へと変わっていたのである。

従ってマミは、自身が強く言及せずにトーリの正体を探る方法として、トーリの特異性に関する情報を撒いてみたのだ。
もちろん、周囲を利用するやり方は、決して潔いものであるとはマミ自身も思えなかった。
だが、やはり自分の脚を以て踏み込む事を恐れてしまったのである。

そんな中、美樹さやかから好奇の目を向けられ、佐倉杏子からは訝しげな視線を浴びせられている、一人の頼りない後輩は。
対応に困った様子を見せながら……一体、何を考えているのだろうか?

「トーリ。ちょっと、手を出してみろ」
「ハイ!」

お手! ……と言わんばかりの杏子の命令に、思わず片手を差し出してしまうトーリ。
強者に対して臆病なのは、父親譲りなので一生治らない呪いのようなものなのだろう。
今は相手に不信感を抱かせない事が重要だという判断も、従順に従ってしまった理由の一つなのかもしれない。

もちろん、話を振った黄色の魔法少女と、その先兵となった赤い魔法少女は、どちらもトーリにとって危険人物には違いない。
……赤と黄の二人のグリードがウヴァさんを囲んでメダルを毟り取る光景が、電波として届いた気がしたトーリだった。

そして、トーリの片手を握りながら、杏子が起こしたアクションは……杏子自身の空いている方の手に、一メートル程の槍を具現化する作業であった。
当然、現在進行形で掴まれて逃げ場の無いトーリは、背筋を冷やし過ぎて自分が砕ける音を聞く寸前である。

「ひぃっ!!?」
「アンタ、さっきのはやっぱり『落とし前は腕一本で勘弁してやる!』的な意味だったの!?」
「ちげーよ!? 誰がそんなヤクザ映画みたいなことするか!?」

杏子に食って掛かったさやかは、怯え上がっているトーリと同じ発想に瞬時に至っていたらしい。
どうやら、杏子はそんな事は意図していなかったようだが。
もちろんヤミーは腕を切り落とされたぐらいでは死なないものの、魔法少女に囲まれている状況で身体からメダルが毀れだしたら、色々と終わりである。
さやかと杏子に斬殺されるのが先か、ほむらとマミに射殺されるのが先か、というぐらいの違いしか残らないだろう。

『ほむらさん……今、少しだけ笑いませんでしたか……?』
『……気のせいよ。でも、少しだけ期待したわ』

現実逃避がてら仏頂面の暁美ほむらさんに念話で話しかけてみるも、返事が冷たすぎて涙が凍り付く思いである。
ほむらさんの運命の一本はアイスエイジメモリなのだろう。
きっと、この冷血女の血は赤とは別の色に違いない。
そんな益体の無い事を考えているヤミー自身には血液が存在さえしないという都合の悪い事実など、セルメダルが詰まった頭が覚えているハズが無かった。

「佐倉さん、納得したって顔をしているわね。何かの確証を得たのかしら?」
「あー……ちょっとした実験だよ。結論から言うと、トーリに触れている間、アタシらは魔力を消費しないで魔法が使えるっぽい」

…………えっ?
あっさりと、さりげなく。
杏子の口からさらりと出てきた言葉を、一同が受け止めた時の反応は、4人各色であった。
それほど驚いた様子も無い巴マミと、驚きを露わにしている美樹さやか。
そして、少しだけ目を見開いたように思わせる暁美ほむらと……無限の魔力というものの恩恵を測り切れていないトーリ。
そんな中、真っ先に口を開いたのは、

「そういえば、あたしがいつもより大きい剣を出せた時って、トーリが一緒に居た時だけかも……?」

一番驚いていた筈の、美樹さやかであった。
さやかが思い至った事象とは……すなわち、彼女が過去2回ほど生成に成功した巨大サーベルの事である。
一度目はバラの魔女の結界の中で、二度目はロストアンク暴走戦において。
どちらも、トーリに触れている状況における魔法を行使していたと、さやかは記憶していた。
そのうちで、さやかが自身の消費魔力量を確認していたのは一回目の時のみだが、確かに消費魔力の少なさに首を傾げたことがあったものだ。

「で、更に突っ込むけど、何でトーリにはそんな力があんのさ?」

そして、この杏子の質問は、ある意味において当然のものであった。
杏子は無限の魔力という餌に釣られて見滝原を訪れたのだから、手ぶらで帰るつもりなど毛頭無いのである。
だが、そう聞かれてみても、トーリ本人も何が何やらの訳で。
何とか怪しまれない言い訳を考えようと頭を回してみるものの、案の定何も思いつかない。

「……トーリさんが魔法少女になった時の『願い』に何か関係があるのかもしれないわね」

……すると、強くて頼りになる先輩のマミさんが、助け舟を出してくれた。
もっとも、この話題を振り出した元凶も間違いなくこの人な訳だが。
一方、当の巴マミは出来る事ならヤミー疑惑をかけられたこの後輩が無実であってほしいと願っているのだから、可能性は考えられるだけ考えてみようと思っているのだ。
従って、魔法少女的な観点からの突っ込みとしては、マミの指摘は順当なものだったのだが……

「……」「……」「……」「……」

トーリ以外の魔法少女達が、一様に目配せを始めた件について。
一体、彼女達の間で何が伝わっているというのか。
念話による内緒話をしている可能性も考えられたが、魔法少女が魔法を使えばトーリのセルメダルが増える筈なので、その線は無さそうである。

しかし、他四名が視線同士で何かを語り合っているのが、トーリにとって不気味ではあった。
トーリとしては、『トーリは何を願って魔法少女になったのか?』という質問が誰かから飛んでくるだろうと思っていたのだが、何故その質問が出てこないのか。

その事情はトーリの及び知らぬことだが……この場に居合わせた巴マミ以外の魔法少女は、自身が叶えてもらった『願い』の内容を他人に聞かれる事を良しとしないタイプなのである。
トーリは魔法少女が身体の問題で後悔している事は知っていても、それぞれの願いの行方までは詳細には知らないのだから、無理はない。
ともかく、魔法少女達は自分自身が同じ質問を返される事を恐れて、自分からはその質問をトーリに投げかけられないのだ。
要するに、視線を交わらせ合っている面々の間では……

『アンタが聞けよ、新入り』
『ヤだよ! それより転校生、偶には何か喋れ!』
『もう誰も頼りない……』

というようなメッセージが飛び交っているのだろう。
おそらく、正確な文面は互いに理解できていないだろうが、大体言いたい事は伝わっていると思われる。
であるからして、当然、次に発言すべき人物は一人しか居ない。

「でも、当のトーリさんはここ2週間より前の記憶を全て失っているのよね。これ以上は調べようが無いわ」
「そうなんですよねぇ……」

……過去に咄嗟の思いつきとして吐いた嘘がこんなところで役に立つとは、思ってもみなかったトーリだった。
確かに、マミやアンクに初めて相対したときに、トーリは自身の記憶が無いと騙ったことがある。
それがこんなところで、思わぬ形で生きてきたのだ。

「じゃぁさ、その『願い』をキュゥべえの奴に聞けば良いんじゃねーの?」

そして杏子のこの発言も、脅威には成り得ないことをトーリは知っている。
トーリは、暁美ほむらがキュゥべえを始末した現場を見ているのだから。
内心、重要な情報を抱え落ちしてくれたお母さんに感謝を捧げてさえ居る親不孝ぶりである。

「佐倉さん。キュゥべえはもう、だいぶ前に死んでいるのよ」

案の定、ちらりと横目で暁美ほむらの方へと意識を向けつつ、巴マミが情報を補足してくれた。
もっとも、その巴マミにも、かつてのような沈痛な影は見られなかったが。
おそらく、魔法少女の身体の一件を知ってしまったことによって、キュゥべえへの愛着が若干薄れているのだろう。
しかし、どんなにキュゥべえが不信感を抱かれていたとしても、キュゥべえから情報を引き出せないという事実は覆らない。

「いや、そんな筈ねーだろ。アタシ、ここ一週間ぐらいの間に会ったぞ?」

……覆らない。そう思っていた時期が、トーリにもありました。
もちろん、トーリは自身の耳を疑った。
トーリの目の前で挽肉になったキュゥべえが生きているなどという理不尽が許されるぐらいならば、タトバキックの前に葬られたウヴァさんが生きていた方が、まだ説得力があるというものである。
決してタトバキックの威力を侮っている訳では無いが、なんというか、気分的な問題なのだ。
宇宙飛行士ライダーの腕力が『ファイヤー>エレキ』であるという公式設定を目にした時の名伏し難い視聴者の気分が、今のトーリの心境に近いのかもしれない。

だが、それよりもトーリが気になったのは……まったく驚いていない美樹さやかと暁美ほむらの反応の方であった。
言い出しっぺの杏子と、そこそこ驚愕している様子の巴マミの態度には頷けるものがあるが、さやかとほむらは何故驚いていないのだろうか。
そして、この日和見主義な蝙蝠ヤミーが、そんなチャンスを見逃す訳も無かった。
疑念の対象を他者へとズラす機会に巡り会ったのだから、これを活かさない手は無い。

「さやかさん、ほむらさん。お二人は、キュゥべえさんが生きている事を知っていたんですか……?」

要するに、キュゥべえ流一子相伝の秘術……話題逸らしである!
一子相伝と呼ぶには、キュゥべえ氏の数が多すぎる気もするが。
きっと、一子相伝の某暗殺神拳の継承者が何人も登場するようなものなのだろう。
暁美ほむらさんがキュゥべえの胸部に7つの銃痕を作って遊んでいた時間軸があったかどうかは、定かでは無い。
そんなことは、さておき。

「実はあたし、キュゥべえが誰かに狙われてるって聞いてて、アイツを匿ってたんだよね……」

……申し訳なさそうに小さく手を挙げた美樹さやかが、おずおずと詳細を語ってくれた。
今から10日ほど前にさやかはキュゥべえとの契約を行い、それから暫く自宅にキュゥべえを隠していたのだ、と。

「……あれ? ということは、さやかさんは実は、ワタシの後輩だったんですか…………?」
「トーリがいつから魔法少女だったのか分かんないけど、多分そうだよ?」

もちろん、魔法少女になった時期の前後で戦闘力は測れないというのも、真理ではあるが。
ただ、トーリとマミはキュゥべえが死んだと思っていたために、知らないうちに美樹さやかの魔法少女歴を長めに見積もっていたという事らしい……。
それにしても、今日は色々と驚かされる事が多い一日である。
というか、会う人会う人に悉く驚かされている気がするトーリだった。
潜入工作員がそれで良いのかと思う所が無いでも無いが、知らない物は知らないのだ。

「でも、15歳未満お断りな感じにメチャクチャにされてたように見えたわよ? 俄かには信じ難いわね……」
「あたしもR15な感じでキュゥべえの腕が千切れかけてるのを見たけど、次に会った時には治ってたし、そういうもんなのかなって思ってました」

この中でR15のコンテンツ類を視聴できるのは巴マミだけの筈だが、気にしたら負けなのだろう。おそらく。
その法律がヤミーに適用されるのかどうかは、やや怪しいところではあるが。
ただ、どのみち魔法少女を勤めていれば、その程度のグロには遭遇するものなのだ。

それはともかく、トーリとしてはこれで一安心である。
トーリの正体に言及されると困る事になるので、キュゥべえ関連の話題へと他の面々が集中してくれれば、大助かりなのだから。

「キュゥべえさんって一体何者なんでしょうかねぇ……?」
「まぁ、キュゥべえに関しては、誰かが見つけたら問い詰めるってぐらいで良いだろ。それよか、トーリの体質についてだ」

……ダメでした☆
まるで、販促期間中のヒーローを相手取っている時のような理不尽さである。
先程から見ているだけの無表情な暁美ほむらさんの顔が、『悔い改めなさい』と言わんばかりのサディスティックな笑顔に見え始めている辺り、トーリも割と精神的にマズいのかもしれない。
今回まだ一言も台詞が無いくせに、ほむら様はどうしてこうもトーリのソウルジェムを濁らせようとするのか。
まぁ、トーリのソウルジェムなどという物は無いのだが。

「というか、そもそもワタシの魔力って本当に無限なんでしょうか? 分かり易い魔力ゲージが無いだけで、実は有限なんてことは……?」
「有り得なくはないけど、アタシがトーリの力を借りた時は、明らかに魔法少女一人分以上の魔力使ってたぞ?」
「それに加えてこの二週間で数回の戦闘を熟すなんて、仮にどんなに魔法少女の才能に溢れていても、流石にキャパシティオーバーだと思うわ」

ベテランの杏子とマミが口を揃えて言うからには、この言い訳は無理そうである。
では、どうすれば良いのか。
あまり不信感を持たれると、オーズを呼んできてタカの目でスキャンという展開に成りかねない。
やはり、タカメダルを砕く手段を探しておくべきだったのだろうか。

「ブラカワニみたいに、消費する端から回復してるとか?」
「べ、別にコアメダルを隠し持っていたりなんて、しませんよ?」

嘘吐きヤミーここに在り。
さやかの意外な指摘に、思わず身を震わせたトーリであった。
一応、爬虫類メダルは持っていないのだが、メダル系統の技術へ関連付けられると肝が冷える思いである。
下手なことを言えば一瞬のうちにバースバスターの肥やしにされてしまう可能性を考えると、それも仕方の無い事なのだが。

「……!」

だがしかし……ここでトーリの頭に、ようやく解答らしきものが見え始めていた。
魔法少女が魔法を使うとトーリのセルメダルが増える筈なのに、先程杏子が『実験』を行った際にはセルメダルが増えなかったという事実に、今頃になって気付いたのである。
つまり、実はさやかの仮説が、どうやら正解であったらしい。
おそらく、トーリの中にセルメダルとして蓄積する筈のエネルギーが、接触中の魔法少女に流れ込んでしまっているのだろう。
魔法少女がどれほど大きな魔法を使おうとも、それに呼応してトーリの生み出すエネルギーも大きくなるため、相和としてゼロになってしまうという事なのかもしれない。

ちなみに、トーリが自分から通信魔法を使っても自身のセルメダルの量が変わらないのも、同じ理由であると考えられる。
どうやら、魔法の自演によるセルメダル無限増殖チートを防止するための不都合主義では無かったらしい。

要するに、魔法少女が消費する筈の魔力をトーリのセルメダルで肩代わりしているという訳だ。
……ぶっちゃけ、トーリ一人が損をするシステムである。
相和はゼロであるため、セルメダルの絶対量は減らないが、トーリが得る筈だったセルメダルが手に入らないのだから。

しかも、無限の魔力を使わせろと強請られた時の反論手段が全く思いつかない。
トーリ自身が危険な戦いから身を引きたいと強弁すれば見逃してもらえるかもしれないが、その場合もデメリットは大きい。
現場から離れてしまった場合には、メダル絡みの情報の入手が辛くなるのだ。
安全策を取る結果として、いつまで経ってもウヴァさんを復活出来ないという事にもなりかねない。

かと言って相手を論破するには、どう考えても情報が乏しすぎる。
……ならば、論破する事を諦めて、揺さぶりに徹すればいいのである。
人間の信頼と疑念をコントロールするキュゥべえ直伝の感性を死ぬ気で活用すれば、何とかならない事も無い……ハズだ。多分。

「でも、何だか『無限』って胡散臭く無いですか?」
「おいおい、今更それを言うかよ……」

無表情の暁美ほむらさんから『貴方達以上に胡散臭い連中が何処にいるのよ』と言われた気がした。
貴方達という複数名詞の中には、間違いなくキュゥべえとトーリが十把一絡げにされているに違いない。
トーリの胃がもたれるので、ほむら様には少しは自重して頂きたいのだが。
バームクーヘンの代わりは幾らでもあるけど、勿体ないじゃないか!

「皆さんは、キュゥべえさんの『何でも願いが叶う』という怪しい話に乗って、結果的に多かれ少なかれ後悔する事になったじゃないですか。こういう得体の知れない現象にこそ、慎重になるべきだと思うんです」 

口だけは尤もらしい事を言いふらす蝙蝠ヤミー。
その本音を知った日には、魔法少女達は怒るのやら悲しむのやら呆れるのやら。

「まぁ確かに、無限の魔力を言い出したのもキュゥべえなんだっけ? 何だか裏がありそうかも……?」
「トーリさんがちょっと慎重すぎる気があるのはいつもの事だけれど、言われてみると話が出来過ぎているように思えるわね……」
「『皆さんは』って……そういや、あんたは記憶が無いから後悔も出来ないのか」
「……」

だがしかし、口からの出まかせを述べた後にトーリが周囲を見回してみたところ、効果は覿面に思えた。
さやかは恋愛絡みで思うところがあるために、目を逸らしてくれて。
マミも、ゆっくりと視線を動かしながら、出方に困っているらしい。
杏子は、自身の決断を悔いているなどとは口が裂けても言いたくないだろうが、トーリの言葉にも一理あると思ってくれたのかもしれない。

ほむらさんの様子は……もう、確認したくないんです。勘弁してください。
今のトーリなら、ウヴァさんの三分の一程度の小物臭を醸しながら『誰か、助けてください……!』という断末魔をあげられるのかもしれない。

「とりあえずトーリさんの魔力に関しては、キュゥべえに確認が取れるまで、あまり使わないようにしましょう?」
「仕様がねーな……」
「まぁ、あんまり前線に引っ張り出しても守り切れないし……」

……結局、様子見に落ち着いたことは、果たして誰にとって得だったのか。
胸を撫で下ろしている蝙蝠ヤミーは、本当に窮地を脱したのだろうか?
どこか面白く無さそうに思える暁美ほむらが、明日以降もトーリを見逃してくれる目の確からしさを……トーリは測る事が出来ていない。
果たして、魔法少女と蝙蝠ヤミーの今後の関わり方とは……。



……そして5人の子供達が、気付いた筈も無かった。
ホテルの屋上にて、影も落とさずに佇立した一匹の獣が、長い耳毛を風になびかせていた事に。
段々と深夜テンションに突入を始めた魔法少女達の声を背中に流しながら、それはただ静かに目を細めるのみで。

魔法少女達がバームクーヘンを肴に紅茶を呷っているように。
奇跡を餌に希望を煽る、地球外知的生命体。
そして、かの獣達の真名を少女達が知るのは……既に、『今週』の事となっていた。

「嫌だなぁ。ある訳ないじゃないか。『無限』なんて」

見滝原市の一週間の始まりと同時に奏でられた午前零時の鐘が、孵化機の呟きを塗り潰していたのだから……。



・今回のNG大賞

「このバームクーヘン、どうしましょう……? まだ半分も無くなってませんけど……」
「食い物は粗末にしねーよ。ちょうど業務用冷蔵庫が空いたところだから、とりあえずアタシが預かっとく」
「……その冷蔵庫、なんで中に血痕があんの?」

「業務用冷蔵庫……不思議と、懐かしい感じがするわ。一体何故かしら……?」
「今回の世界の保存法は随分豪華ね。回によっては段ボール箱の中で塩漬け脱水ミイラなんて事もあったのに」

奇跡もマホーもありゃしない!

・公開プロットシリーズNo.102
→願いは有限? 欲望は無限? 本当に?



[29586] 第百三話:錬金術師の残したアレコレ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/08/26 18:15
死屍累々、兵どもが夢の跡。
朝日をサンサンと浴びているトーリの目の前には……騒ぎ疲れて眠っている魔法少女達の姿が。
ゾンビ魔法少女だけに、死んだように眠っているのか、はたまた眠ったように死んでいるのか、判断に困るところである。

……結局夜通しバームクーヘンを齧っていた魔法少女達は、やけにハイテンションだったように思えた。
もはや、酒が入っているのではないかというレベルである。
会長がバームクーヘンに注ぎ込んだビールのアルコールは、焼成の際に飛んでしまっている筈だというのに。
焼き方が甘かったのだろうか。
もしくは、酒だと偽って麦茶を飲ませると酔っぱらう人間が居るようなものなのか。
事態は、いつの間にかお茶会から宴会へと変わっていたのである。

さやかは、失恋話をループしているうちにヤケクソになったのか、何故か唄い始めた。
隣の部屋から怒鳴り込まれたので、謝った。トーリと杏子とマミが。

ジメジメしたさやかに苛立ち始めた杏子が、さやかと殴り合いの喧嘩を始めた。
両隣の部屋から怒鳴り込まれたので、謝った。トーリとマミが。

マミが切れて、さやかと杏子にマジカル☆リボンで鞭打ちを始めたら、何かの扉が開いたらしく、壊れた動画ファイルのようにリピートした。
フロア全体から怒鳴り込まれたので、謝った。トーリが。

ほむらさんも助けてください、とトーリが涙ながらに助けを求めたら、ほむらさんはスタングレネードを残して逃げた。
通路に溢れんばかりの客と従業員に怒鳴り込まれたが、謝り倒した。トーリが。

思い出してみれば、よく追い出されなかったものである。
流石に中学生だけではマズイと思い、部屋の外でこっそり屑ヤミーを作って、保護者兼責任者として従業員に紹介したのが効いたのだろうか。
どちらかというと、トーリの方が屑ヤミーの親なのだが。

今思うと、トーリも大分疲れていたのかもしれない。
若しくは、実はトーリ本人も酔っぱらっているのか。
ヤミーというナマモノがそもそも酒に酔うのかどうか、トーリは知らないが。

さて、トーリの目の前には、騒ぎ疲れて眠っている三人の魔法少女の姿が。
ここですべきことは、怪人的に考えて襲撃以外に有り得ない。
もちろん性的な意味では無い。

だがしかし、そんな事をすれば、ほむらさんに次に会った時がトーリの命日となるのは目に見えている。
さやかやマミ達が庇ってくれるからこそ、トーリは生きていられるのだ。
もっとも、ほむらの速さを以てすればマミ達の妨害をすり抜けてトーリを始末出来そうなものなので、そこが不思議なところなのだが。

「ほむらさんって……」

マミ達に嫌われたくない、と思っているとすれば大分人間らしい思考と考えられない事も無い。
実際のところとしては、ほむらの個人的な甘さだけの問題では無く、ワルプルギスの夜が来る時に協力して戦うために、心象の悪化を避けようという暁美ほむらの考えもあったりするのだが……。

「本当に何を考えているんだか……ワケが解らないですねぇ」

まぁ、流石にそんな暁美ほむらの思考を、このヤミーが見抜けるはずも無かった。
もちろん、ヤミー1体を犠牲にして魔法少女3名を道連れに出来るなら、それもアリかもしれない。
自ら進んで犠牲になろうとも思わないが、場合によってはそれも有り得る。
だが、トーリが倒れてウヴァさんの敗者復活フラグが潰えてしまう事は、何としても避けなければならない。
どうも、トーリが消えた後でカザリがウヴァを復活してくれるとは、確信できないのである。
決定的な不信感をカザリへ抱いている訳では無いが、だからと言ってウヴァさんの命運を託す程の信頼があるわけでも無いのだ。

現状、引き留める相手も居なくなったトーリは……とりあえず、窓から飛び立つことにしたのだった。
目的地は、鴻上財団。
そのお目当ては、錬金術師の墓の発掘情報である。
昨日、さやかによって脅迫紛いの取引を強いられた鴻上会長が素直に応じるかどうかは分からないので、まずは後藤慎太郎を頼るのが賢明だろうか。

ともかくとして、トーリは今回の事後処理にて最後の希望たる発掘情報へと、手を伸ばす事を決めていたのだ。
ガラの復活が、グリードの再生方法に繋がる事を、願いながら……。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三話:錬金術師の残したアレコレ



後藤慎太郎は、今回の一件の報告書の作成に追われている……訳では、無かった。
ガラの事変においては、鴻上財団側の被害はバースの疲弊程度であり、むしろ報告を受ける立場である会長の方が、最も多くの知識を端から持っているという始末なのだ。
後藤から申告すべき情報など、精々セルメダルの収支報告ぐらいのものである。

従って、後藤の急務といえば、書類よりもむしろバースバスターの取り回しにあると言えた。
なので、鴻上財団の本部付近の空きビルの屋上に、ボーリングのピンを並べて射撃訓練を始めた訳だ。
だがしかし、そう簡単に上手くいくはずも無い。
伊達からは体重の使い方が云々という話を聞かされているものの、やはり中々その反動を抑えるコツは掴めないものである。
この装飾銃は、バースに変身した人間が扱う事を想定された武装であるので、使った人間が反動に耐えられないのも当然と言えば当然なのだが。
案の定、本日12回目の、射撃音と共に足が地面から離れる感覚を味わいながら……

「げぶぅっ!!?」
「……?」

背中に返ってきた違和感と共に、後藤は情けない悲鳴を耳に挟んでいた。
この頼り無い声は、決して後藤の口から漏れた物では無い。
おそらく、後藤が背中から吹き飛んだ先に、誰かが居たのだろう。
そう思いながら、地面に転がっていた後藤がゆっくりと起き上がって周囲を見回すと、

「う……ぅ……ん……?」
「……済まない。全く気が付かなかった」

何時の間にか後藤の傍に歩み寄っていたと思しき蝙蝠娘が、伸びていた。
おそらく、後藤に用事があって、ちょうどこの場に駆け付けたところだったのだろう。
打ち所が悪かったのか、目を回している様子である。
羽によるガードが間に合わなければ、実はコイツは案外防御面にも期待できないのかもしれない……。


「まったく、世の中どうかしてますよ……!」
「グリードや魔女が居るこの街が、どうかしていない筈も無いが」

あの変な生物は、まだ見滝原に居るのです。たぶん。
そんなことはともかく、後藤によって揺り起こされたトーリは、世の理不尽に愚痴らずには居られなかった。
特にこの三日間は、思いがけない幸運に恵まれる事もあったが、それ以上に理不尽なイベントが続いているように思えてしまうのである。

ほむらさんに尋問されてガラの結界の中に道連れにされた事から始まり、厄払いが必要なんじゃないかと思えるレベルで不運が降り注いでいるように思えるのだ。
小さいところでは、後藤の戦闘訓練に巻き込まれたり、魔法少女の暴走の尻拭いをさせられたり、などなど。

「それより、今日はどうした? というか、財団部隊長の俺が言うのもおかしな話だが、お前がここに来ている時点で既にトラブルに巻き込まれる前兆なんじゃないのか?」
「出来ることなら、そう思いたくないところです……」

……鴻上会長が類稀なる才能を発揮するトラブルメーカーである事は、自他ともに認めるところなのだろう。
むしろ、否定する方が難しい。
それを否定する作業にかかるぐらいならば、上条君をさやかに惚れさせる方が、まだ難易度が低いミッションとなるだろう。

「希望的観測だな」
「本当は、希望的観測が一番良いんですよ……」

どこかの仮面ライダーが言っていたセリフと非常に似ているのに、今一つ心に響いて来ないのは何故だろう……。
トーリにあまりにも威厳が不足しているためだろうか。
カリスマブレイクとかそんなレベルではなく、そもそもブレイクするためのカリスマが存在しないのだ。
情報というものが、『誰が言ったか』が重要であるということが良く分かる一例である。
そんな事は、ともかく。

「実は、錬金術師さん絡みの情報を知っておきたいと思いまして。出来る事なら鴻上財団の持っている情報を見せて頂きたいんですが……」
「分かった」

そして、トーリの本題は……あまりにもあっけなく、認可されることとなった。
トーリとしては、何か条件を付けられるかもしれないと思っていたのだが、そんなことは無かったようだ。
以前トーリは、『後藤をあまり簡単に信じないように』と美樹さやかから忠告を受けた事があるが、アレは完全にさやかの杞憂であったのだろう。
後藤さんは最高です!

「あれ? 良いんですか……?」
「あまり内容を言いふらさないでくれれば、な。あと、俺のパソコンの中から出せないから、見るならこの場で見てくれ」
「……それってつまり、本当はダメなんじゃないんですか」
「世界の平和を守るためには、時に大きな視点で物を見る事も必要だ」

さいですか。
まぁ、何気なく後藤は魔女を倒したりヤミーを倒したりといった作業をトーリと共にこなした経験があるため、トーリを信用しているのだろう。

「ついでに、伊達さんに渡すための『魔法少女5名の簡易資料』が一緒に入ってる。一応、間違いが無いかどうかチェックしてくれ」
「了解です」

……その程度ならお安い御用である。
トーリが間違いを見落としても、『知りませんでした!』で済む問題なのだから。
かくしてトーリは、鴻上財団の備品と思しきノートパソコンを貸してもらって、簡易資料を閲覧することには成功したのだった。
バースバスターの訓練を再開して吹き飛び続けている後藤の修行音がBGMとして流れているので、微妙に集中できなかったりする訳だが……。


……ところが。
読めども読めども、トーリにとって有用な情報が出てこない。
肝心のガラの復活に関する情報が、殆ど載っていないのだ。
唯一纏められていることといえば、マンホールの蓋のような丸い板を外したら、中から大量のセルメダルと共にガラが復活したという事だけなのである。
そのマンホールの蓋も、何かあるかと思いきや、疑似オーズの石版の図柄が記されているのみなのだ。

「後藤さん。ガラさんの封印とその解除方法に関する詳しい資料ってありませんか?」

もちろん、トーリのお目当ては封印の解除方法だけである。
解体されてしまったウヴァさんと若干状況は異なるが、グリード復活のために何か参考になれば御の字には違いない。

「無いな。せめて実物が残っていれば良かったんだが、それもどうやら封印が解けた時に形が崩れてセルメダルに還ったらしい」

……その後藤の発言はトーリにとって、さして重要な情報とは成り得なかった。
そもそも、セルメダルを特定のモノの形に擬態させておくのは、大して難しくない技術なのだから。
グリードやヤミーが常に展開している能力であるからして、当然と言えるだろう。
もっとも、任意の生命体の身体的特徴を再現しようとすれば、かなり精密なイメージを必要とするが。

「……ガラさんを復活させる時に、会長さんが何か特殊な手順を踏んだという事はありませんか?」
「いや、重機でフタを取り除いただけらしい。現地での何気ない会話や仕草がトリガーになった可能性もゼロでは無いが……」

まぁ、有り得ないだろうな。
……というのが、後藤から得られた錬金術師関連の情報であった訳だ。
だがそんな中、トーリは会話において一つのキーワードを拾っていた。

それは……『取り除く』というフレーズである。
いつだったか、トーリが映司と共に大量のオロナミンCを真木博士へ届けた時にも、似たような話を聞いた筈だ。
コアが10枚揃っているとグリードは生まれないが、そこから何枚かコアメダルを取り除くとグリードが生まれる……という情報を、トーリは思い出したのである。
ついでに、グリードの復活には1色3種5枚以上のコアが必須であるというアンクからの情報も。

今回ガラが復活したケースは、どちらかと言われれば真木博士の語った復活方法に近いように、トーリには思える。
この『取り除く』というキーワードを上手く使えば、真木博士の方法と合わせて、グリードの復活まで辿り着けるかもしれない。
だがしかし、グリードの完全態に必要な自色コアは9枚であり、10枚目は……現存しているのだろうか?
もしかすると鴻上会長が持っているのかもしれないが、昨日会長にコアメダルを要求した時には、そこまで頭が回らなかったのである。

そもそも、ガラがセルメダルを主な材料としていたのに対して、グリードの肝はコアメダルだという違いがあるため、同列に扱って良いものかどうか判別がつかない。
というか、あのガラの戦力を見る限りでは、セルだけでもコアの力に対抗出来そうなものなのだが、それも不思議なところではある。
トーリは大分セルメダルが集まっているにもかかわらず、今でも魔法少女にさえ張り合える気がしないというのに。
……まさか、ヤミーとしての能力キャパシティの大半が『無限の魔力』の維持に回されているなどとは、思いたくないところだ。

「あと、ガラさんって、最初の方はコアメダルを使わずに戦っていたんですよね。それなのに、どうしてあんなに強かったんでしょうか?」

流石にこの質問程度ならば、トーリへの不信感をばら撒く危険は無いだろう。
そう思っての発言である。

「……言われてみると、確かにガラの等身大の姿は、セルメダルだけの怪物にしては強すぎたな」
「ですよねぇ……」

コアメダルを取り込んだ後の巨大怪人態が強力であったのも印象的だったが、考えてみれば、等身大の時の戦闘能力も不思議ではあった。
セルメダルの塊という事は、要するにヤミーと同程度の強さである筈なのに、ガラの等身大の形態は……コンボ状態のオーズと互角の戦闘を見せたのである。
もちろん、鈍重なブラカワニコンボとの相性の問題もあったのかもしれないが。

「多分、ガラの知恵による部分が大きかったんじゃないか。もちろん基礎能力もそこそこ高かっただろうが」
「何だか、会長さんに踊らされてるイメージが強くて、知恵と言われてもピンと来ないです……」
「むしろ、会長がガラを怒らせたから、ガラはあそこまで冷静さを失っていたという事なんだろう」
「そのせいでワタシは死にそうになった訳ですけれども……」

加えて後藤は、長い腕の使い方であったり、ちょんまげ契約の誘導の上手さであったりといった部分も評価しているという事なのだろう。
地中に長腕を忍び込ませてブラカワニのスライディングキックを防いだと聞いた時には、後藤は素直に感心してしまっていたりするのだ。

「逆に言えば、ヤミーでもそれなりの知恵を持った奴が居れば、かなりの脅威になるだろう。油断は禁物だな」

……つまりワタシの頭は飾りだってことですね?
地味に、後藤のさり気ない一言に胸を抉られたトーリであった。
トーリとて自身のオツムの出来が良くない事は理解しているが、それでも指摘されれば傷付くのである。
何処かのイッシュな世界には、特性が『天然』『不器用』『単純』な蝙蝠モンスターが生息していると聞くが、トーリの特性もおそらくそれらと同じモノなのだろう。
バースバスターの特訓の片手間でトーリと会話を行っている後藤は、トーリが少しだけ落ち込んだことに、気付かなかったようだが。

「ワタシが今一つ戦闘が出来ないのも、頭が使えていないから……なんでしょうか?」
「いや。誰かの補助に回るのも悪くない、と俺は最近思い始めたところだ。お前は飛べるだけでも充分役立っているから、安心しろ」

いいえ、主に魔法少女やオーズに正体がバレた時なんですよ。戦力的に困るのは。
そしてトーリの頭脳の件に関して地味にノーコメントを貫いた後藤は、もしやワザと言っているのでは……?

「一応、セルメダル管理者としても役に立っているハズなんですけどねぇ……」

何気なく忘れられがちだが、オーズチームのセルメダルを預かっているトーリ。
鴻上会長とアンクの契約の穴を突いて、オーズ組のセルメダルを蓄える任務を負っているのだ。
だがしかし、今回ばかりは、その話題選択は失策であったと言わざるを得ない。
なぜなら……そのトーリの発言を聞いて、後藤が何かを思い出したような声をあげたのだから。

「そうだ。里中からの伝言だが、アンクが生きていた事が分かったから、奴が密かに手に入れていた分の4割のセルメダルを回収しないといけないんだったな」

アンクが生き延びていたと判明したのなら、それは当然の措置である。
一時期は掌怪人にさえランクダウンしていたアンクが、ロストの残した大量のセルメダルを飲み込んで態勢を立て直した件について、財団が見て見ぬフリをする道理も無い。

「えっ……? アンクさんって、生きてたんですか……?」

ところが……トーリの反応は、完全に別ベクトルを向いていたりして。
これには流石の後藤さんもビックリである。
何故そんな重要事項を知らないんだ、お前は。

「昨日ライドベンダーの記録に映っていた後にまた死んでいなければ、生きている筈なんだが……?」

魔法少女の誰かから聞かなかったのか、と後藤は思ってしまう。
ライドベンダーの内蔵カメラによれば、昨日のトーリは暁美ほむらと美樹さやかを吊り下げて飛び去って行った筈だが、彼女らと情報を交換しなかったのか。
まぁ、魔法少女の全員が『誰か言っただろうと思っていた』というのが正解だったりする訳だが。

そして、トーリは……背筋に強烈な寒気を感じ始めていた。
理由はもちろん、トーリがヤミーだからである。
トーリは魔法少女と魔女の動向次第でセルメダルが増えるヤミーであり、そのヤミーのメダル増殖を感知できるのがアンクなのだ。
……この週末だけで、トーリのセルメダルは一体何回増えたのだろうか。
その回数が、そのままアンクがトーリの正体を気付くチャンスに直結する事は、考えるまでもない。

ぶっちゃけると、既にバレていると考えた方が良いかもしれない。
マズい。マズすぎる。
ただ、アンクを人類の敵として始末しようとしたマミ達が今更アンクの言を信じるのかという疑問も、存在していた。
それでも、ただでさえ『無限の魔力』という胡散臭い能力がバレているトーリとしては、小さな疑念でも命取りと成りかねない。

「つまり、俺の言いたい事が分かるな?」
「……? アンクさんが生きていたという事実から、何かを推測すれば良いんですか……?」

そうは言われても、トーリもトーリで今後の事を考えるために、一杯一杯なのである。
普段から大して聡明と言えないその頭脳で、後藤の期待する答えを導けるハズも無かった。

「お前がアンクから預かっている分のセルメダルから、契約料を払ってくれ」

なんでワタシが!?
……と、反射的に思ってしまったトーリだが、どう考えても後藤の言い分は筋が通っていた。
そもそも、トーリの所持メダルは飽く迄アンクのものを預かっているだけだという建前があって。
しかも、財団がアンク本人に支払を請求しようものならば、難癖を付けられたり口八丁で面倒な約束を結ばされたりする危険が大きい。
ならば、腕も頭も弱そうなトーリから間接的に徴収した方が、財団としては楽なのである。

加えて、トーリにはそれを断るための表向きの理由が全く存在しない。
メダルは魔法少女が持っていて役に立つものでも無いのだから、当然だった。
更に悪い事に、アンクの了承をとるまで待ってくれという手が使い辛い。
アンクがトーリの正体に気付いている可能性は大分高いので、財団の方からアンクに確認を入れられたりすると、それだけでかなり面倒臭い事態が幾らでも想定できる。

「……何枚ですか?」
「アンクが例のグリードとガラから得たセルメダルは推定で1500枚だから、徴収分は600枚だな」

トーリの身体に詰まっているセルメダルは、確かに5000枚の大台に達した筈だったのだが、結局それを一晩しか維持することが出来なかったのであった……。
情報料と見做すにしても、どう考えても割高過ぎる。

身体が軽い……。
こんな気持ちで多々買うなんて初めて!
もう何も払えない!!

世の荒波に呑み込まれ、流され続けるトーリ。
現代社会の世知辛さと戦い続ける、魔法少女モドキである。
夢も希望もあるかどうかは不明だが、債務と徴収は間違いなく有るのだ。
魔法少女は条理を覆して希望をばら撒くと聞くが、タダより高いものなど無いという世界の真理からは逃れられなかったらしい。


……エントロピーという言葉を知っているかい?
そんな空耳電波が、トーリの頭には届いたように思えたのだとか……。

本日の見滝原市夢見町は、久々に平和な一日を迎える見込みであった。



・今回のNG大賞

「徴収分は600枚だな」
「120回(※10年)分割払いでお願いします」

こんな踏み倒す気満々のトーリは嫌過ぎる。
不誠実ってレベルじゃねぇぞ!


・公開プロットシリーズNo.103
→希望(有料)



[29586] 第百四話:探究エンカウンター
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/09/01 20:05
鹿目まどかは……実家の自室において、机に向かっていた。
というか、今日一日の謹慎処分を両親より命じられているため、自宅から出たくとも出られないのである。
もし、今日という日が平日であったなら、学校への登校義務を理由に外出する事は出来ただろう。
だが、生憎本日は一週間の始まりの日……すなわち、日曜日であったのだ。

昨晩、数日ぶりに帰宅したまどかは、命一杯生還を喜ばれ、叱られた。
年頃の娘がそんなに長い間無断外泊をすれば、苛烈に叱られるのは当然である。
母親からの平手打ちは、やはり重かった。

元はといえば鹿目まどかがロストを助けようなどと無謀な事を考えたせいなのだから、ぐうの音も出ない。
しかも、そのロスト本人によって致命傷を負わされたこともあり、まどか自身も少しばかり思うところがあったらしい。
したがって、欠席してしまった学校の授業分の取り返しも兼ねて、まどかは自室に籠っているという訳である。
しかし、こんな日に限って外出日和なものだから、始末が悪い。

「……アンクちゃんって、日光を浴びて脱皮したりしないの?」

話す相手も居るので退屈はしないものの、やはり勉強は青春の苦薬なのである。
であるからして、気分転換がてらに同居人へと声をかけてしまうのも、現実逃避的思考からの止むを得ない行為なのだ。
もっとも、その相手の姿は、部屋中を見渡しても見つけることは出来ない。
何故なら、アンクは鹿目まどかに憑りついていた筈が、いつの間にか抑え込まれてしまっているのだから。
こっそり抜け出すことも身体の主導権を取り返す事も出来ずに、鹿目まどかの小さな体内に軟禁されているという訳だ。

『バカか。俺が脱皮するなら、お前は抜け殻だろうが』

……そもそもグリードは脱皮したりしない。
いや、昆虫の王であるウヴァさんなら、もしやすると脱皮出来るのかもしれないが。
もしくは、サイの角やタコの吸盤のように、他のグリードも身体の一部だけなら脱皮できるのだろうか。
音声を介さずに脳内へと直接聞こえる声は、やはり常時のように毒づいてくれた。

「……」
『……』

そして、二心同体だからこそ、何となくアンクには伝わっていた。
脱皮は別に本題では無く、飽く迄『天気が良いねぇ』という程度の挨拶に過ぎないのだということが。

「ねぇ、アンクちゃん」

つまり、これから来るのが鹿目まどかの抱えている本題であるに違いない。
まさか、この子に限ってワンモアジョークなんて事はあるまい。
これが美樹さやかだったりすると、アンクの腹パンが炸裂するのだろうが。

「アンクちゃんは……私が倒れる前に、キュゥべえに会ったことがあったの?」

……鹿目まどかのこの質問からアンクが得た情報は、決して少なく無かった。
まず、昨日のまどかの発言から、アンクが憑依していた間の記憶が残っている事は判明していた。
だがこの質問を聞く限りでは、ハコの魔女の結界の中でアンクがキュゥべえを目撃した事を、おそらく鹿目まどかは知らない。
つまり、アンクが憑いていた間の事でも、まどかが覚えている事とそうでない事がある訳だ。

――うるさい! またお前かッ!
ただ、河原でリクガメのヤミーに襲われた時にアンクが発した言葉は聞こえていたのだろう。
鹿目まどかがキュゥべえの生存を確信したとすれば、その場面以外に有り得ない。
あの鬱陶しい白饅頭につい言い捨ててしまった台詞だった訳だが、まさか鹿目まどかに聞こえているとは思いもしなかったアンクであった。

では、鹿目まどかが覚えている事象と覚えていない事件の違いは何なのだろう
アンクとしては、単にまどかが『慣れた』だけだと考えている。
合体状態が続くうちに、段々と鹿目まどかがグリードと馴染んで、本人が認識できる事柄も増えていったのだろう、と。
ただし、魔法少女になれる因果を持った人間が、魔女の口付を無効化出来る程度の精神的抵抗力を元々持っているという事を前提として考えたうえでの話だが。

『あァ、ハコの魔女の結界の中でな』
「……どうして、私に教えてくれなかったの?」

ハコの魔女に出会った当時、鹿目まどかは自己嫌悪に捕らわれていた。
病院にて無意識のうちにキュゥべえを惨殺したのが自分自身かもしれない、という内なる恐怖によるものである。
そして、アンクはそんなまどかの心境を知っていた筈なのに。

『奴の不死性には、何か裏がある。不確実な情報の中でお前が突っ走ったら面倒だったからだ』
「キュゥべえの……裏?」

まぁ確かに、首がもげたキュゥべえが生きているなどという手品が許されるならば、裏話の一つや二つはあるだろう。
だがしかし、まどかとアンクは魔女の出生の秘密までの事実を、既に暁美ほむらから聞かされているのである。
その上で、それ以外の『裏』となると、一体何があるというのか。

『大体目星は付いてるが、確証が無い。だから聞くな』
「アンクちゃんは、私が魔法少女になったら、イヤ?」

何となく、まどかには思える。
この素っ気ない怪人は、本心ではまどかの身を案じてくれているのではないか、と。
都合の良い希望的観測かもしれないとは思っているものの、そう信じられるうちが幸せなのかもしれない。

『知るか。だが、あのほむらってガキは、間違いなく認めないだろうなァ』
「ほむらちゃん、かぁ……」

当然、ほむらとアンクの会話を聞いていた鹿目まどかは、知ってしまっている。
あの病室でキュゥべえを切り裂いたのが、時間停止を使った暁美ほむらであるという事実を。
それが、魔法少女の過酷な運命を鹿目まどかに背負わせないためだ、という事も。
だが、まどかが心の中でそれを納得できるかどうかは、別問題なのだ。
鹿目まどかは日常的にはそれほど怒りを発露する人間では無いが、流石にキュゥべえの一件を笑顔で流せる程のホトケ様でも無いのだから。

『現状、キュゥべえの手品の種は、あのガキに聞くのが良いだろ。なんなら、俺が代わって聞いてやろうか?』
「うーん……それもアリ、かも?」

もちろん自宅謹慎中の身であるからして、それも明日の話になるだろうが。
かくして、日曜の午後は進み続ける。
ただ、ゆっくりと刻を重ねながら。

アンクは、訊いて来なかった。
鹿目まどかが、アンクを体内に飼い続ける理由を。
分かっていて口に出さないのか、若しくは興味が無いのか。
曖昧な関係は……もう少し、続くのかもしれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四話:探究エンカウンター



トーリが後藤に払うものを払って、飛び立つための人目につかない場所を探していた……そんな、時だった。

「やぁ、よく生き残ったね」

背後から、突如として声をかけられたのは。
そして、声をかけられた事こそ驚きであったものの、その声はトーリの良く知るそれで。
だからこそ、振り返ったトーリの仕草には、特に焦りも冷や汗もあるはずが無かった。

「カザリさんこそ、昨日は大立ち回りだったみたいですね。御疲れさまです」
「何だか思ったより簡単で、拍子抜けしちゃったよ」

そうなのである。
トーリの背後から声をかけてきた銀髪の青年の正体は、もちろん人間では無い。
この御方こそ、ガラ事変の際に最後のオオトリを見事に掻っ攫って行った、知能派グリードのカザリさんなのだ。
手の中に赤や灰色のコアメダルを戦利品として弄んでいる辺り、その成果をもっと讃えて欲しいのかもしれない。

「でも、あのほむらさんの速さを捉えるなんて、カザリさんにしか出来ませんよ」

……まぁ、これが普通の反応である。
やはり、あの暁美ほむらさんの挙動を見ても『速すぎて見えなかったのかなぁ』というぐらいにしか思わないものなのだ。
もっとも、トーリはカザリによる強襲現場を実際には見ていないので、若干の伝聞補正が加わっていたりするが。

「いや、アレは速さじゃない。あの盾の子の能力は時間を止める事だよ」
「何だか、物凄く重要な機密事項を、あっさりと聞いてしまったような気がするんですが……?」

な、なんだってー!?
……とまでハイテンションには成れそうにないトーリだが、驚いているには違いが無かった。
トーリとしては、グリード最速のカザリさんが純粋な速度対決で勝利したものと思っていたのだが、そんな事は無かったらしい。

「確かに無策で相手にすると勝ち目のない能力だけど、対策しておけば楽に勝てるタイプだね」

その『策』を考え出したのは、カザリさんではなく真木博士なのだが……。
それでも尚自信満々にトーリに語ってしまう辺りに、カザリの自己顕示欲の強さが表れていると言えるだろう。
良くも悪くも、このカザリというグリードは、お山の大将気質なのである。
まぁ、ガメル以外のグリードは大抵そんな性格なのかもしれないが。

そして、得意顔なカザリから告げられた暁美ほむらの弱点とは……彼女の身体の一部に触れていれば時間停止の魔術の影響を受けないというものであった。
まぁ、ファンタジーの世界の時間停止の破り方としては、それなりに定番の攻略法には違いない。
都市伝説ライダーの某先輩も、時間停止スカラベ怪人をこの方法で破ったとか。

「そんな重要な情報、ワタシが知ってしまって良かったんでしょうか……?」
「ああ、人間の言葉で言う死亡フラグってヤツ?」

探偵より先に事件の真相に辿り着いてしまったり、念願のアイスソードを手に入れたりすると起こる、お約束イベントである。
まどか☆マギカ的に言うならば、もう何も怖くない、後悔なんてある訳ない、辺りがこれに該当するのだろう。
原作でマミさんが死んだ件について、何か重要な情報を抱え落ちさせるためだと推測していた視聴者は、意外と多かったのではないか。

というか、そんな現代用語がサラっと出て来るカザリさんは、どう考えても21世紀社会に馴染み過ぎである。
実のところ、メズールを見滝原中学に送り込む方法を模索する過程で、必要に迫られてインターネット上の知識を手当たり次第に収集したという経緯もあったりするのだが……。
どうにも威厳に欠けるというか、何というか。
特に、ネカフェ代を真木博士にタカっている辺りは、格好良さなどへったくれも有りはしなかった。

「カザリさんのいう事は、時々ワケが解らないですよ?」
「大丈夫だよ。知ってる人が増えるにつれて、重要でも機密でもなくなっていくからね」

……実のところとして、カザリが時間停止の攻略法について黙秘するメリットは薄い。
むしろ、魔女に暁美ほむらの弱点を教え込むことが出来れば理想的だと考えている程であった。
更に欲を言えば、魔法少女同士で秘密の共有に関する疑心暗鬼でも起こってくれれば、とさえ思っていたりするが。

「情報を独占しなくて良いんですか?」
「元々、一回の奇襲に役立てたらその後は常駐能力としての護身の意味しか無かったし、問題無いよ」

その一回の奇襲を昨日使ってしまったために、口を噤んでおく必要も無くなったという訳である。
ちなみに、カザリさんとしては、他にエゲツナイ作戦を幾つか考えていたのだが……それは纏めてお蔵入りとなってしまっていた。
カザリを急かした理由の一つは、メズールを取り逃がしてしまったことである。

カザリがメズールを襲った時に、邪魔に入ってきたガメルが復活していたのも気になるところではあった。
だが、それ以上にカザリの懸念となった問題は、メズールが時間停止対策を知っているという一点であったと言えた。
すなわち、一回しか使えない強襲作戦を、先にメズールに使われてしまうかもしれないという状況が生まれたのである。
だからこそ、カザリは多少の非効率に目を瞑って、その戦法を一日でも早く実行する方向へと思考をシフトしたという訳だ。
その結果として、奇襲という絶対的アドバンテージを使ってまで手に入れたものとしては、収穫はやや物足りない結果となってしまったのである。

もちろん、そんな事はトーリには説明しないが。
説明されたトーリが理解出来るのかという問題はともかくとして、同胞の筈のグリードを襲った一件を説明できる訳も無い。
そんな事を暴露すれば、流石のトーリといえどカザリに警戒心を抱くことだろう。

「もちろん、面白い事は色々出来るよ。例えば、こっそり他の魔法少女やオーズの持ち物に、盾の子の毛を混入しておいたら、何が起こると思う?」
「ほむらさんがその人と結託してワタシ達の始末に来るんじゃないんですか……?」

そして、やはり自分が面白いと思う方向へと迷わずに進めるのが、グリードがグリードたる所以なのだろう。
その意味で、やはりトーリは何枚コアメダルを取り込んでも、ちっともグリード染みてこないというか……。

まず発想が消極的かつ臆病である。
グリードとて慎重になる事はあるが、トーリの比では無い。
しつこいようだが、グリードの一部は『慎重』なのであって、決して『臆病』ではない。
別に、誰の事とは言わないが。
(ウヴァの怯える声)という字幕の前には、全国一千人の虫怪人愛好者が泣いた。

「盾の子は、まず疑心暗鬼に陥るんじゃないかな。なんでコイツは時間魔術の攻略法を知っているんだろう、ってね」
「カザリさんを見ていると、何だか自分が物凄く綺麗な人間に思えてくるのが不思議ですね」

実のところとして、この時間軸の暁美ほむらさんは、伊達明関連でその道を既に通っていたりする。
つまりカザリの作戦は、本来非常に効果的な筈なのだ。
ただ、間が悪かったというだけの話で。
そしてトーリは『良い』『悪い』の前に、まず人間では無い。

「という訳で、あの盾の子の毛髪を一本分けてあげるから、適当に誰かに仕込んで来てよ」
「……了解です」

……とは言われても、その対象を誰にすべきか、候補者は多く無いのだが。
というか、無限の魔力というネタに関してタダでさえ怪しまれているというのに、そんなトーリが魔法少女に細工など出来るのだろうか?
強いて細工が可能な対象をあげるならば美樹さやかだろうが、何となく、そう考える事が躊躇われるのだ。

――ごめんっ……あたし、あんたの事を守るって言ったのに、こんなことになって……!
何故だか、脳裏に美樹さやかの声がちらつくのである。
どうしようもなく、彼女を陥れる事を避けるべきであるように、思えてしまって。
カザリに対して一応の返事は行ったものの、その心根には、トーリ自身ですら理解が及んでいなかった。

「それと、コアメダルの取り込みの件なんだけど」
「すみません。ガラに取られて、そのままオーズの手に渡ってしまいました……」

使えないなぁ、なんて口にするカザリさんの言葉が若干耳に痛かったりして。
だが、何だかんだでカザリがあまり怒っていないように思えるのは、相手がガラなら仕方ないと思ってくれているのかもしれない。
飽く迄、トーリの希望的観測だが。

「それはともかく、コアメダルの検証も若干気になるところは残ってるけど、それよりも優先したい実験が出来たんだ」
「カザリさんが楽しそうだと、何だか不安になってくるんですが……」

危険な事には手を出したくないというのが、偽らざるトーリの本音である。
そして、カザリがトーリを使って実験をするという事は、予想外の事態が判明した場合の対処方法を考えるためであって。
つまり、カザリの実験は常にトーリに危険を強いているのだ。
トーリとて、カザリに解体されては困るので従わざるを得ないが、出来る事なら面倒事を持ち込まないで欲しいと思っているのである。

「大丈夫。君に、『グリーフシード』を取り込んでみて欲しいと思ってるだけだから」
「本当に大丈夫なんですか、それ!?」

まぁ、カザリが本気で大丈夫だと思っていたら、トーリで実験したりしないだろう。
一方、そもそもトーリはグリーフシードというものの正体に見当もついていない。
当然、トーリの認識としては、グリーフシードは『魔女を倒すとドロップする謎の黒い物体X』でしか無いのである。
取り込んだ時のメリットも想定できないが、デメリットもよく分からない。
何となく、呪われたり自身も魔女化したりしそうだが。

「グリードは、飴玉と間違えて剣玉を食べても気付かないぐらいには、何を食べても平気だよ」
「こんなにワタシとグリードの間で、意識の差があるなんて……!」

しかし、そうと分かっていても従わなければならないのが、ヤミーの辛い所な訳で。
結局逆らえずにカザリからグリーフシードを受け取る以外の道は、トーリがあるはずも無い。

したがってトーリは……ひとおもいに、グリーフシードを体内へと放り込んだ。
腹部の辺りからセルメダルの隙間を縫うように、投入したのである。
口から呑み込んでも良さそうなものだが、仮面ライダー世界観的にそれはNGだという電波が何処からか届いたに違いない。
主に財団Bの衛生管理系事務局辺りから。

そして変化は、

「どう?」
「何も感じません」

特に何も見られなかったりする。
トーリとしては、『体内に保存する行為』と『体内へ吸収する行為』の違いは感覚的に理解できているのだが、吸収するつもりで取り込んでも何も起こらなかったのだ。

「まぁ、もう少し経過を見てみてよ。またね」

言いたいだけ言ってあっさりと去って行くカザリさん。
直ぐさま消えて行くその背中は、現代人と何ら遜色のないもので。

「……どうしましょうか、ねぇ」

きっと、トーリの呟きなど、耳に入ってはいないのだろう。
カザリへ向けられる視線へと、若干の不信感が混じっていることにも……。




「まどかー! 遊びに来たぞー!」
「……お邪魔するわ」

鹿目宅を訪れた、二つの声。
まどかが自宅謹慎によって退屈している様を知っていたから……という訳では無いだろうが、それでも『友達』ならば、休日にアポ無しで個人宅に突撃する事も不自然では無い筈だ。

「さやかちゃん? ほむらちゃん? どうしたの?」

特にさやかは鹿目家の面々に顔も割れているため、突然訪れてもスムーズにまどかの部屋へ通してもらえたのである。
親しき仲にも礼儀あり、という言葉もこの国は在ったように思えるが、それを美樹さやかが知っているとは思えない。
一方、さやかの隣で一応の挨拶を行っている暁美ほむらは、随分と常識的な人間なのかもしれない。

「まどかの事は心配だし、ね。様子を見に来たってワケ」
「……」

ほむらさんの沈黙は、以下同文という事なのだろう。おそらく。
そして、さやかの心配事の内容が分からないほど、まどかは鈍感では無い。
二人を自室の中へと招き入れながら、二人が聞いてきそうな問題に当たりをつけてみると……十中八九アンクとの関係の事だ、と予想できた。

もちろん、鹿目まどかのその予想は、正解の一端ではある。
だが、音も無くまどかの目前へと近づいた暁美ほむらの発した一言は、微妙にまどかの予想の斜め上を行っていたりして。

「貴女に、無実の罪を着せて……ごめんなさい」
「そうそう、アンクちゃんは……って、アレ?」
「んん? ナニソレ? 前世からの縁とか、そういうの?」

……バースこと伊達明の一件から謝罪という行為の重要性を学んだ暁美ほむらさんに、死角など無かったのである。
というか、その思考が他の二人の死角であったとも言える。

ともかく、先日目を覚ました鹿目まどかの発言から、暁美ほむらは察していたのである。
腕怪人に操られている間の記憶が、鹿目まどかに残っていることを。
即ち、ほむらとアンクの問答も全て聞かれている訳であり、当然キュゥべえ惨殺事件の真相も知られている筈だ。
であるからして、自身の胸の内に伸し掛かる罪悪感から手っ取り早く解放されたいという願望の観点からも、早急に鹿目まどかへ謝る必要があると考え至った訳である。

地味にコミュニケーション能力が上がっているほむらさん。
いつか、人に笑顔で契約を迫っても不信感を抱かれない宇宙人のレベルまで到達するのかもしれない。
その頃には、人として大事な何かを失っているような気もするが。

「うーん、気にしてない訳じゃないけど……ちゃんと謝ってくれたし、私からは何も言えない、かなぁ」
「……やっぱり、貴女には負けるわ」
「話が見えてこないんだけど? 説明プリーズ!」

一人だけ蚊帳の外に置かれて、さやかは若干ふてくされていたりして。
転校生がまどかに何か悪さを働いたのか、というぐらいにしか理解できておらず、簡潔な説明を要求してきているのだ。

「なんて言ったら良いのかな……ほむらちゃんが真犯人で、私が濡れ衣を着せられた、みたいな?」
「ってことはまさか、転校生は今日、口封じに来たのか!?」
「…………私が口を封じるなら、まずは口の軽そうな美樹さやかから始末するでしょうね」

さやかとて、まさか本気で言っている訳ではないだろう。
ほむらも、さやかの発言が冗談だと分かっているため、マジギレには至らなかった。
加えて、ほむらも負い目があるため、あまり過激な突っ込みは躊躇われたのである。
別に、懐の拳銃に手をかけたりなんて、希望の使者である魔法少女がそんなに物騒な訳が無い。

「実はさ、あたしがこの家に来た時、転校生がこの家の周りをウロウロしてて、凄く不審者だったんだよ? 探偵モノのアニメだったら、絶対全身真っ黒な姿になってた!」

そんなバーローはこの世界には居ないハズである。多分。
別に、探偵が諦めたら事件が迷宮入りするような世界観では無いのだ。
街の涙を拭う二色のハンカチな探偵ならば、風車が有名な隣町に居るかもしれないが。

「……あまり級友の家に行った経験が無くて、少し困っていただけよ」

まさか、暁美ほむらさんの趣味がストーキングと盗撮だなんて、そんな事がある訳ないじゃないか。
魔法少女は夢と希望を振り撒く存在なのだから、犯罪者の魔法少女なんて居るハズがない。
梅干しを食べて変身する特撮ヒーローぐらい有り得ない。ナレーションは簡潔にお願いしたいものである。

「ってか、転校生が怪しいせいで、何時まで経っても本題に入れない件について」
「…………ッ!!」

多分、美樹さやかは冗談のつもりで言っているハズ……ッ!
にもかかわらず、口を尖らせて微妙に不満げな表情を作って見せてくる美樹さやかに、果てしなくイラっとさせられていたりして。
一瞬、美樹さやかの口にスタングレネードをぶち込んでやろうかという衝動に駆られたほむらさんであった。
まぁ、今回は本題を急ぎたいので、堪えたが。

そして、その本題とは。
おそらく、鹿目まどか当人も、聞かれる前から分かっているに違いない。
だからこそ、ほむらも質問を急くようなモチベーションを持つには至らなかったのだ。

「でさ、まどか。あんた、どうして腕怪人を飼いたいなんて言い出したのさ?」

そう、これこそが本題。
美樹さやかと暁美ほむらが、話し合わずとも共有している、鹿目まどかへの疑問であった。
ただ、さやかの言い草に、あまりまどかの決断を非難するような意思が感じられないのが、ほむらとしては不思議なところではあるが。

そんな二人の思考を知ってか知らずか、鹿目まどかが紡ぎ出した答えとは……

「それはね……」



・今回のNG大賞

「それよりも優先したい実験が出来たんだ」
「カザリさんが楽しそうだと、何だか不安になってくるんですが……」

「ああ、セルメダルを割ってクズヤミーを作るみたいに、コアメダルを割ればクズグリードが生まれないかな、ってさ」
「なんでウヴァさんのクワガタコアを握ってるんですか!? やめましょうよ!? 冗談でもやめてくださいよ、ねぇ!!?」

カザリさんなら意外と、楽しそうにそんな恐ろしい事を言い始めても違和感が無い気も……?

・公開プロットシリーズ
→グリーフシード×メダル。さてはて……?



[29586] 第百五話:Bounce Back ――善意より高いものは無い
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/24 06:34
「あんた、どうして腕怪人を飼いたいなんて言い出したのさ?」
「それはね……」

……鹿目まどかがアンクと出会ったのは、とある病院の裏地における出来事だった。
マスケット銃を構えた魔法少女に殺されそうになっている腕怪人を、病室の窓から見つけたのだ。
そして結果的にまどかは、アンクを助ける事となった。

だが、当時の鹿目まどかの思考は、博愛主義とも少し違うもので。
その事件の前日にキュゥべえ惨殺の様を見てしまったからこその、強迫観念に近い衝動に駆られてのものだったのである。
千切れたキュゥべえというトラウマから逃れるための、酷く消極的な行動の結果が、それであったのだ。
後に自身を人類の敵だと謳うアンクを、それでも信じてみたかったのも、無意識の内に罪を犯した自分自身を信じ直したいという欲求に因るものであったのかもしれない。

それでも、ハコの魔女に襲われた時はアンクに助けてもらって、代わりにヤミー探しを手伝っているうちに、何かが変わってきたというべきか。
危機による吊り橋効果も、あったのかもしれない。
ともかくとして、一緒に居るのが当たり前に思えるようになっていたのだ。

そして、そんな自身の認識に最初に気付いた時期は、江戸時代への転移に巻き込まれた直後であった。
切っ掛けは、アンクに接触してきた黒い魔法少女の、一言。

――私達は、例え愛する人が魔女になろうがグリードになろうが、共に生を過ごしたいと願っている。君には……そう思ってくれる人が居ると思うかい?

アンクはその魔法少女の言葉を無下に斬り捨てたが、この時に鹿目まどかは自覚してしまったのだ。
まどか自身が、アンクを失いたくないと思ってしまっていたという事を。
……それが、美樹さやかと暁美ほむらに伝えられた、鹿目まどかの『理由』であった。


「さすがに『愛する』みたいに大げさな事は言えないけど、一緒に居たいなって思ったのは本当だよ?」

だがしかし、それを聞かされた美樹さやかも暁美ほむらも、納得しているとは思えない。
それぞれ、鹿目まどかに対して何かしらの不満を持っているらしい。
もっとも、二人の納得できない理由が鹿目まどかの身を案じての事であると分かっているため、しっかりと二人の意見を聞こうとも思っているが。

「まどか。あんた、羽の生えたグリードに殺されそうになったんでしょ?」
「うん。治してくれて、ありがとう」

そして、美樹さやかが引き合いに出したのは、鹿目まどかが致命傷を負った一件についてであった。
現在の鹿目まどかが生きているのが、アンクの融合能力とさやかの治癒魔法という常識外れな処置の賜物である事は、疑う余地が無い。
つまり、さやかが言いたいのは、まどかがまた怪我を負うのは納得がいかない、ということだろうか。

「その時、後悔しなかった? あんな奴助けなきゃ良かった、ってさ」

……微妙に違った、ような。
確かにまどか自身も、あの翼人グリードを助けようとしたのは、軽率であったと思う所はある。
だが、ロストアンクを助けたこと自体への後悔は……何故だか、特に胸に巣食っては居ない。

「もうちょっと人を見る目を持たないといけないとは思ったよ。でも後悔は無かった……かな」
「……そっか。なら、あたしからはもう、何も言わないでおくよ」
「…………え?」

そんな鹿目まどかと美樹さやかのやり取りの傍らで、ほんの少しだけの驚愕の声が漏れ出したのは……この部屋に上がり込んだもう一人の口からであった。
どう考えても、さやかの発言に不満があるとしか思えない。

「まどかって変なところで頑固だし。あたしが言っても曲がらないっしょ、コレは」

後悔なんて、あるわけない。
……そう、言うだけならば簡単なことだ。
しかし、実際に自分自身が死の淵に立って、尚それを言えるとなれば、最早彼女を止める術など存在しない。

「これからアンクの手伝いをするなら危険は増えるだろうけど、そこはあたし達でカバーすればいいじゃん」

それに、口にこそ出さないものの、美樹さやかは鹿目まどかに溢れんばかりの眩しさを見出していた。
さやかには、大切な奇跡を他人のために使ったことを後悔して、人助けを躊躇ってしまった経験があった。
比べて、自身が瀕死の重傷を負っても尚人助けを後悔しない鹿目まどかの精神性を、羨ましくも思ってしまったのである。
だからこそ、まどかを立ち止まらせる事を、良しと思えなかったのだ。

「…………貴女を説得する手段も無いわ。仕方ないわね」

もしも暁美ほむらさんが外道だったなら、まどかの弟のタツヤ君辺りを人質にとったのだろうが。
幼児の頭に拳銃を突きつけながら交渉を迫る魔法少女なんて、ワケが分からないよ!
残念ながら、ほむらはそこまで人間を捨てることが出来ていないのである。

「あと、それとは別にグリードに確認したい事があるのだけれど……話は、出来るかしら?」

……もっとも、これから暁美ほむらが情報を引き出すべき相手は、そもそも人間では無い訳だが。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百五話:Bounce Back ――善意より高いものは無い



「アンクちゃん、アンクちゃん?」
『……』

自身の内に眠る腕怪人へと、コンタクトを図る鹿目まどか。
しかし、返事が無い。
まどかが抑え込んでいる以上、勝手に外出する事は出来ないのだから、絶対に体内に居るハズなのだが。

「アンクちゃーん?」

むむっ、と右腕に意識を集中させてみると、赤い怪人態を具現化することが出来た。
やはり、アンクがそこに居る事は間違いが無いらしい。
なんかグロい……なんて美樹さやかの呟きを、曖昧な表情で流しながら。
ウンともスンとも言わないアンクに如何にして呼びかけるべきか、まどかは頭を回してみた。

「アンクちゃーん??」

空いている左手で、軽くしっぺをかましてみるものの、やはり無反応である。
眠っているのだろうか。
というか、そもそもグリードは睡眠をとるのか?
とりあえず、名案がある訳でも無いので、しっぺは継続中である。

「まさか、まどかに吸収されて自我を失ったんじゃぁ……」
「ええっ!? しっかりしてよ! アンクちゃん!?」

グリードの世界では、それも無いとは言えないのが恐ろしいところである。
そして、自身の右腕に呼びかけている鹿目まどかの姿は、シュール以外の何者でもない。
まるで中学二年生のようだぜ!

「……そういう事なら、私の持っているコアメダルは返さなくても良さそうね」
「…………ふざけんな、クソガキ」

シャベッタアアアアアアッ!!
アンクちゃん、重役出勤の巻。
別に寝ていた訳でも無いのだが、今現在の暁美ほむらに聞かれると面倒な事柄があったため、タヌキ寝入りを決め込んでいたのだ。
その面倒事とは、アンクがロストのコアを取り込み切れていないために、クジャクコアを現在返還されても困るという一点であった。
鹿目まどかが助かったらその時点でコアは返還という約束だった筈だが、そんなに早く鹿目まどかの一件が解決するとは思ってもみなかったのである。
もちろん、コアを持ち逃げされるのもいただけないが。

「面倒だが、聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
「……なんでコイツ、こんなに偉そうなんだろ?」
「アンクちゃん、あんまり失礼な事言わないようにね?」

尚、どうやら鹿目まどかの全身を借りなくても、発声は可能らしい。
まぁ、元々腕だけの状態になっても会話が出来るのだから、当然かもしれないが。
どうやら右腕の肘から先はアンクの意思で動かすことを一時的に許されたらしく、偉そうに暁美ほむらを指差して言い放ったのである。
飽く迄、『聞いてやっている』のだと言わんばかりに。

「貴方は、私がコアメダルを持っているような事を言っていたわね。あれはどういうことかしら?」
「そのままの意味だ。お前の炎は、俺のコアメダルを使って生み出してんだろうが?」

……確かにほむら本人も、疑問に思わなかった訳では無い。
鴻上財団の研究所から逃げ出したときから自身に備わった、炎熱を操る力の由来に関して。
だが、巴マミがリボンから銃器を生み出せるように、魔法少女はその能力を変質させる可能性を秘めていることを、ほむらは知っていた。
したがって自身の炎も、時間魔術が何らかの形で変化を遂げたものだと思っていたのだ。

「……そういうことだったのね」

そして、時間停止魔術を破る手段がバレてしまっている今となっては、炎の能力のウェイトは果てしなく重い。
というか、グリードに強襲されようものならば、火炎弾無しで迎え撃つのは不可能だろう。
であるからして、暁美ほむらには炎の能力を手放すという選択肢は存在しなかった。
そこで問題となってくるのが、グリードとの約束なのだが……。

「あからさまに、返したくないって顔してやがるなァ……」
「……この力は有用だもの」

話の流れが読めなかった美樹さやかには、鹿目まどかからの補足が入っていたりする。
まどかが治るまでその身体を生かしておく代わりに、まどかが復帰したらクジャクコアをアンクに返せ、という約束が結ばれていたという情報である。

「それは俺のモンだ。いずれ返してもらう。だが、俺も鬼じゃない。お前の事情次第では、待ってやらない事も無い」

要するに、ほむらが知っている事を全部吐け、と。
そういう事な訳だが、物は言い様というか、アンクの口が上手すぎるというべきか。
そもそも、暁美ほむらにどんな事情があろうと、アンクが赤コアを受け取れないという事情が無ければアンクは返却を急かしていた筈だ。
800年の智を持った怪人が14歳の少女をハメようとしていると言うと、若干聞こえが悪くなりそうである。

だがしかし、アンクが暁美ほむらに関する情報を欲しているのも、事実なのだ。
時間停止などというバカげた力を持った暁美ほむらが、更なる戦力としてコアメダルを求める理由とは何なのか?
もっと言えば、その力がアンクに向けられた時のための対処法まで知りたいと考えているのである。

そして、ここが暁美ほむらの正念場でもあった。
情報を提供するとして、一体何をどこまで話すのか。
まず真っ先に返却契約を反故にする選択肢が出てこない辺り、人間として誠実には違いないが。

「あと十日程で、この町に特大魔女『ワルプルギスの夜』が来るわ。それを迎え撃つために、戦力は幾らあっても足りない」
「何それ? 宇宙帝国の大艦隊みたいな?」

それ何てワルズギル?
まぁ、戦力的な認識としてはあながち間違ってもいないところが、巨大魔女の恐ろしいところである。

「そのぐらいに思っておいて損は無いわ。壊滅するのは精々見滝原市周辺程度で済むけれど」
「冗談のつもりだったのに……。でもさ、トーリの無限の魔力を借りて、マミさんがティロフィナーレ連打すれば何とかなるんじゃない?」

……言われてみれば、そんな気がしないでもない。
巴マミが無限の魔力を用いて大人気のティロフィナーレ祭りを開催すれば、火力だけで押し切れるようにも思えてしまうのだ。
もっとも、あの蝙蝠娘が素直に力を貸せば、の話だが。

だがしかし、美樹さやかや巴マミからトーリへの信頼は、それなりに厚いように暁美ほむらには思えた。
つまり、トーリの正体を知っている暁美ほむらが直接不信感を口にしても、受け入れられる可能性は低いと見るべきだろう。
ならば。

「彼女自身も不安がっていたでしょう? 私も、無限なんていう物があるとは信じられないわ」

トーリ本人の言も借りて、トーリを貶めずに無限の魔力から話題を逸らしておくのが、ベターなのだろう。

「まぁ確かに、無限だと思って魔力使って、気付いたらトーリがミイラに……なんてのは嫌だけどさ」
「トーリちゃんって、相変わらず弱気なんだね……」

無限の魔力という聞き逃せない単語が聞こえた気もするのだが、本題はワル子さんの件である。
それを分かっているからこそ、アンクもまどかも、無限の魔力については突っ込みを控えた訳だ。

「で、お前がその魔女を倒したい理由は?」
「……?」
「そういえば、確かに……」
「……!」

アンクが面倒くさそうに放った一言に、向けられた反応は、三者三様で。
鹿目まどかは、意味が分かっていないのか、首を傾げていた。
魔法少女と正義の味方がイコールで結びついている認識の中では、魔法少女が魔女退治を行う事に疑問が入り込む余地が無いのだろう。

一方、美樹さやかは、指摘されてからはアンクの言わんとしている事に気付いたらしい。
以前佐倉杏子から、魔法少女は正義の味方ばかりでは無いと聞かされていた事も影響して、暁美ほむらの戦う理由に興味が湧いたのである。

そして、当人の暁美ほむらは、思いがけない指摘に困惑していたりする。
そもそもアンクの内心を暴露してしまうならば、戦闘後に大きな報酬があるなら自身も旨味が欲しいという意図の質問だった訳だが、奇しくもその質問は暁美ほむらの核心を突くものとなってしまっていたのだ。

いっそのこと、時間逆行のことまで含めて、全てを話してしまうべきなのだろうか。
どうも、この怪人ならば疑いこそするだろうが、『常識的に考えて有り得ない』という反応は見せないだろうと、ほむらには思えていた。
有り得ないなんて有り得ない……これは、グリード違いだろうが。
ただ、逆行能力を明かす場合には、その能力が脅威に思われて攻撃を受ける可能性も、考慮に入れなければいけない。

「鹿目まどかを契約させないためよ」
「……私?」
「契約ってキュゥべえの? ってか、まどかにも素質あったんだ?」
「なんでコイツだけなんだ? それをしっかり説明しないと、抑止も聞かずに突っ走るヤツだって事ぐらい、分かってんだろ?」

そして、中学生二人の反応は想定通りではあるものの、腕怪人の反応は少しばかり意外性を帯びたそれで。
まどかを心配しての発言なのか、若しくは鹿目まどかをダシに説明を煽っているのか。
ほむらが何となく、鹿目まどかを利用されているのだと感じてしまうのは、やはりアンクに対して疑念を捨てる事が出来ていないからなのだろう。

「鹿目まどかは、魔法少女として常識外れの資質を持っているわ。その力が間違いを起こしたら、この星の誰にも止められない程度にはね」
「間違い……?」
「……」
「なるほどなァ。確かに筋は通ってるか」

何とか、美樹さやかには理解されない言い回しを思い付けたのは、僥倖であったと言える。
やはり魔法少女の末路は、聞かせるべきものでは無いだろうから。
ただし当然まどかには、ほむらの意図が伝わっている筈だ。
以前暁美ほむらは、鹿目まどかに対して魔女の正体に対する講釈を行ったことがあるのだから。

「だが、それならこのガキを消した方が手早いし、何より確実だ。お前が、コイツと世界を天秤にかける理由は何だ?」
「アンクちゃん……?」
「あたしも、その言い方は……ちょっと酷いと思う」

アンクは、思う。
火野映司だったらきっと『そこに手が届くからだ』と即答してくれる筈だ、と。
目の前の暁美ほむらはそこまでの『バカ』には見えないが、ひょっとすると彼らの同類なのだろうか。

「彼女が私の友人だから……としか、答えようが無いわ」

鹿目まどかの記憶を読んだことが有るアンクとしては、その言葉にも若干引っかかるところが無い訳でも無い。
たかだか二週間程度の付き合いの友人を、世界が片腕に載った天秤にかけられるのか、と思ってしまうのだ。
まぁ、アンクのよく知る男は『朝からの長い付き合いだからな!』という良く分からない台詞を吐いていたような気もするが。

「それで……私の理由は、貴方の力を借りておくに足るものだったかしら?」
「……良いだろう。しばらく、貸しといてやる。ただし、紛失だけはするな」

暁美ほむらが決定的な何かを隠しているという事ぐらい、アンクには分かっていた。
だがしかし、どのみち現状のアンクでは、相手からコアメダルを没収してもそれを体内に取り込むことが出来ない。
つまり最初からアンクの結論は、貸出期間の延長以外に有り得なかったと言える。
それを誤魔化して暁美ほむらから情報を得ようとしていたのが、先程までの会話であったという訳だ。
そして、その情報収集が行き詰まりを見せた以上、この話題をこれ以上引っ張る事には意味が無いのである。
ほむらの提供した情報にはまだ突っ込みどころも残っていたが、それはお預けということになるだろう。

「で、さっきの無限の魔力ってのはどういう事だ?」
「私もそれは気になる、かも」
「ああ、なんか魔法少女は、トーリに触ってる間は魔力を消費しないで魔法が使えるっぽいよ?」

何気なく重要な情報をポロッと溢してしまっている美樹さやかに、暁美ほむらは若干頭を痛めていたりして。
もっとも、アンクに魔女の正体を聞かれた件についての自身の落ち度を考えないようにしている辺り、ほむらもあまり他人の事は言えないのかもしれないが。

「ほォ……そいつは、中々面白そうだな」
「アンクちゃん、何か悪い事考えてない? トーリちゃんに酷い事しちゃダメだからね?」
「その時はあたしも、容赦なく懲らしめるよ」

……意外にも、暁美ほむらにとっての問題は山積みなのかもしれない。
主に、あの蝙蝠ヤミーが分不相応な信頼を得ている辺りに。
ほむらが甘すぎたのだろうか。
トーリの正体を秘匿するという約束を守って行動していた訳だが、それが事態を悪化させているように思えるのだ。
早いうちに時間停止を使って、魔法少女らの目の前でトーリを銃撃して、正体を暴いた方が良いのかもしれない。

よく考えると、この微妙な鬱陶しさはキュゥべえを敵に回す感覚と似ているようにも思える。
キュゥべえは、周囲からの信頼を利用して立ち回るタイプの代表例のような存在である。
現状としてトーリはキュゥべえ程上手く立ち回れていないが、彼女には『虚言』というキュゥべえが絶対に採択しない選択肢が存在するため、ある意味キュゥべえ以上に厄介かもしれない。

「もう一つ、聞きたいことがあるわ。グリードの復活の方法について、教えてもらえるかしら?」

そして、暁美ほむらが思い立ったこの質問は……かつて彼女が巴マミやガメルに対して問いかけた内容と全く同じものであった。
その主な理由も、再度の時間逆行を行った際の再現性を確保するという部分は変わっていない。
であるからして、グリードにそれを聞いてみる事は、最早ルーチンワークのようなものである。

「前にも、その質問をした奴がいたっけなァ。だが、それをお前に教えて、俺に何の得がある?」
「……私が借りているコアメダルの返還を前倒しにしても良いわ」

……アンクが対価を要求してきた事に、ほむらさんは少しだけ考え淀んでしまっていたりして。
確かに、ほむらが現物として提供できる見返りは、存在しないのだ。
だが、現在クジャクコアをアンクに返還する債務を負っているのは、鹿目まどかの生命がかかった状況下での約束を結んだからである。
つまり、次のループ時空へ縺れ込んだ場合、ほむらが一方的にメダルを奪える可能性は有り得る。
したがって、グリードの復活方法ほどの重大情報を引き出せるならば、この周回は捨てても問題が無いというわけだ。

「生憎だが、時間は有り余ってるんでな。それに、この件に関しちゃ、お前が払えるような対価は期待してない。分かったら、とっとと帰れ」

もっとも、アンクの立場は慈善事業者からは程遠い。
残念ながら、現在のアンクから情報を無理矢理聞き出す手段は、ほむらには無さそうである。
鹿目まどかの体内へと引っ込んでしまったアンクを引き剥がすというアクションを実行できれば、話は違ってくるのだろうが。

……そこはやはり、暁美ほむらの甘いところなのだろう。
自らの能力によって巻き戻された『最後の一周の鹿目まどか』の生存ルートは、確かに暁美ほむらの最終目標ではある。
ならば、その目的に従って『最後の一周以外の鹿目まどか』の存在は必要な犠牲として割り切ってしまうのが効率的であることは、間違いがない。
だが、それが出来ないからこそ暁美ほむらは彼女自身であるというべきか。
鹿目まどかどころか、他の魔法少女を犠牲にすることさえ躊躇ってしまうほどには、暁美ほむらは甘いのだから。

「鹿目まどか。……不用意な優しさは、自身の破滅を呼ぶわ。次に会う時までに、もう一度考え直して欲しい」
「アンクちゃんは、もうウチの子だよ?」

……暁美ほむらは、それ以上強く言う事が出来なくて。
結局、美樹さやかと二人で、帰路につく事となってしまったのだった。
鹿目まどかに言っているようで、自分自身にも言っているような、その言葉の重さは……ガラの天秤を以てしても量ることは出来ないのだろう。

優しさは、破滅の運命を導くのか。
甘さは、絶望への道筋を紡ぐのか。
どちらも等価のようで、而してその対価は量り切れない程に重くて。
その終焉を拒絶するならば、結末は円環以外に有り得ない。


暁美ほむらは、気付かない。
舞台の外において、円環の未来を見通してしまった者の存在に。
ただ、今は己の帰路につく……のみ。



・今回のNG大賞

「アンク! 恭介に憑りついて、あたしと既成事実を作ってよ!」

こんなキュゥべえ染みたさやかは嫌過ぎる。

・公開プロットシリーズNo.105
→アンクを言い負かすのは意外に難易度が高いかもしれない。



[29586] 第百六話:河原割
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/09/15 19:04
とある河川敷の、橋の下。
先日何者かによって破壊された道路橋の少しばかり下流に位置する、何の変哲も無い橋の影であった。
……夢見公園という住居を失った火野映司とトーリが、夜露を凌ぐ場所として選んでいたのは。

そもそも公園に屯すホームレスであった二人は、夢見公園が崩壊した時点で宿無し状態だったのだ。
その後に偶然が重なって病院やらクスクシエやらに一時的に泊まる事こそ出来たものの、やはりそれらにも長居は出来ない訳で。
すると、必然的に二人の暮らせる場所は限られてくる。
つまり、寝泊まりしても文句を言われにくい公共機関という事で、国の管理下にある河川敷を使用しているのである。

「……お久しぶりです、火野さん。トーリさんも昨日ぶりね」
「マミちゃん。無事に復活出来たんだね。本当に良かった……!」
「御無沙汰してます」

そして、そんな仮宿の河川敷へ現れた、客人が一名。
巻き毛の金髪が目を引く魔法少女、巴マミが火野映司等のもとを訪れたのだ。
どこかバツが悪そうに歩み寄ってきたマミを、映司とて邪険に扱う程の理由も無い。
もちろん、それとは別に気になることもあるのだが。

「どうしてこの場所が分かったの?」
「佐倉さんから、ホームレスが暮らしやすそうな場所のリストを作ってもらったんです」
「何だか、納得ですねぇ……」

そのサクラという子は、どうしてホームレス御用達の知識を持っているのだろうか。
マミの言葉に頷いているトーリの反応から、一体どうやってサクラちゃんの人物像を作り上げれば良いのだろう?
まぁ、映司も先程の質問には身の用心程度の意図しか含んでいなかったため、サクラちゃんについて突っ込むつもりは無いのだ。
それに、マミがこの河川敷を訪れた理由を聞いてやらねばなるまい。

「今日は……火野さんに聞きたい事があって来たんです」

当然、そこまでは映司の予測の範囲内である。
まさか、河川自体に用があるとも思い難い。
この会話の後に突発的な戦闘が起こって河落ちする予定がある可能性など、万が一にも無いだろう。

「どうして……オーズの力の大半を失ってまで、私を助けたりしたんですか……?」
「大半って程でも無いよ。コアメダルも3分の2ぐらいは残ってるし」

……確かに、コアメダルの数という観点から見るならば、取られたのは高々6種類のメダルでしか無い。
だがしかし、巴マミは美樹さやかの口から零れ落ちたオーズの八面六臂の活躍ぶりを、耳に挟んでいたのだ。
無数の分身コンボを常時維持できるという常識外れな戦力を、オーズが有していた事を。
更に、それらの無敵戦法が、すでに使えなくなってしまっている事も。

加えて……その原因が、他ならぬ巴マミ自身だという事にも思い至っていた。
だからこそ、火野映司という男を問い質さずには居られなかったのだ。
もっとも、目の前のこの男は、マミの真意を理解したうえで、とぼけているのだろう。
もしトーリが発言者だったら、素でボケている可能性も捨てきれなかった所だが。

「美樹さんから聞きました。複合コンボほどの力があれば、いくらでも敵を倒せるし、幾らでも人を助けられるでしょう……!」

マミとて、自身があのまま死んでいれば良かったと思っている訳では無い。
むしろ、過去に瀕死の重傷を負った巴マミだからこそ、誰よりも死を恐れていると言える。
それでも、思ってしまうのだ。
結局未遂に終わってしまったアンク抹殺事件まで含めて、マミは映司から恨まれるのが自然ではないか、と。

……なのに、マミはまた、映司から『奪って』しまった。
映司が折角手に入れた、大いなる力を。

「俺は、あそこでマミちゃんを助けなかったら後悔すると思ったから助けた。自分のため。だから、マミちゃんが気に病む必要なんて、全然無いよ」

そして、この男がこう返事をすることも、心の何処かで予想出来ては居た。
したがって、そこで話が終わる筈も無かった。
ここで引き下がるぐらいならば、初めからこの河川敷に来ることは無かっただろう。

「火野さんのそういう態度が立派だというのは、分かってます。でも……それは、とても寂しい事だというのも、私には少しだけ分かります」

徹夜の語らいの中で、さやかが口にした情報の中には、映司の助けられなかった村の話があって。
その時から、マミは思っていたのだ。
数年前の交通事故の際に一人だけおめおめと生き残ってしまったマミ自身の罪悪感と、火野映司のそれは似通っていたのではないか、と。

だが、魔法少女の仲間たちの存在が、マミに教えてくれた。
一人ぼっちで戦い続ける道は、とても寂しいものだという事を。
マミは一般人を分け隔てなく救ってきたが、魔法少女仲間達に対してのマミの認識は、明らかに一般人に対するそれとは異なっている。
気安いというべきか、気が置けないというべきか。
だからこそ、マミは思うのだ。

――俺は顔も知らない誰かよりも、俺の手の届く誰かを助けたかった。それが性格の悪いアンクでも、さ。

マミがアンクを始末したとき、映司があんなにも悲しそうに見えたのは。
おそらく、映司にとってのアンクが、巴マミにとっての魔法少女仲間と同じぐらいに得難い存在であったからなのだろう、と。

映司はどんな人間を助けても『後悔したくないから』という定型句を使うのだろう。
だがしかし、グリードに強襲されているアンクを助けたとして、映司はきっと、もっと別の言葉を使うのではないか、とマミには思えた。
それこそ『お前が居なきゃ、グリードと戦う時に困るからな』というぐらいに、辛く言ってのけるのかもしれない。

そして、アンクへと向ける顔の方も映司の本当の姿なのではないか、とマミは思い至っていた。
アンクを処分された時の映司の悲しみも、そんな所からも来ているのだろう。

「だから、私はもう、アンクを狙いません。今日はそれを火野さんに伝えたくて、来たんです」
「……そっか」

もちろん、アンクがグリードとして人間に危害を加え始めたらその限りではありませんけれど、と付け加えながら。
謝るでもなく、許しを請うでもなく、マミは今後のことを告げた。
そうすることが、マミのために力の大半を失った映司に対して出来る、最大の恩返しだと思ったからである。

別れの挨拶を交わして、映司に背を向けて去って行く傍ら。
巴マミの耳には、確かに聞こえていた。
映司がマミに対して口にした、一言が。

『ありがとう』

心は……通じる。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百六話:河原割



月曜日。
……そう聞かされて連想できるものは、多くは無い。
アメリカで株価が暴落した悪夢の月曜日は、あまりに有名である。
人によっては、床屋が空いていなかった経験も出て来るかもしれない。
ニチアサが終わってしまったがためにブルーマンデー症候群を発症する人も、居るに違いない。

そして、総じて月曜日にまつわる話題は、総じて暗いのである。
……であるからして、月曜日の朝にご機嫌の様子で登校する女子中学生の姿は、きっと珍しいものなのだろう。

「おはよー!」

月曜日と金曜日が周に二回ずつありそうな歌を口ずさみつつ登校路を歩く女子中学生が……鹿目まどかの他に居る訳が無い。
百歩譲って、ジェネレーションギャップには目を瞑るとしよう。
すれ違ったサラリーマンたちが次々に鬱々とした表情に変わって行く様子も、特に気にすることは無い。
しかし、何故月曜日の朝に、この娘さんはご機嫌なのだろうか。

その答えは、先週の鹿目まどかの振る舞いにある。
ロストアンクに心臓をぶち抜かれた後の鹿目まどかは、当然学校には足を運んでいなかった。
アンクがまどかの代わりに学校に行くような気紛れを起こす筈も無いのだから、当たり前である。
一万歩譲ってアンクが気の利いたグリードだったとしても、クラスメイトから「ちょっと見ん間に雰囲気変わったんちゃうか?」などと突っ込まれてしまうだろう。

そんな事はともかく、久しぶりの登校に、鹿目まどかはテンションを上げていたのである。
先生への言い訳もバッチリ考え終えて、久々の学校へと赴いているという訳だ。
気分は、抵抗装備を整えてRPGのボス戦に挑む主人公のそれに近いかもしれない。
前衛に壁役の美樹さやか辺りが欲しいところである。
能力的にというか、性格的に肉弾戦車の役しか出来ないところがありそうなので。

巴マミさんとパーティを組むのは、若干怖いかもしれない。
……そんな、どうでも良い事を考えていた時だった。

「あれは……仁美ちゃんに、上条君??」

両目を合わせれば3.0にも及ぶ鹿目まどかの視力が、仲睦まじげに歩く二人の姿を捉えたのである。
遠目にだが、まどかの良く知る二名が連れ立っている事は間違いが無い。
松葉杖をついている上条恭介に合わせて、志筑仁美がゆっくりと歩いているように思えるのだ。

この状況を、どう解釈すべきか。
登校路を歩きながら、解説役となるべき人物を探して周囲を見渡してみると……

「はい! 中沢君! あの二人は良い感じだと思いますか? そんなことはありませんか?」
「どっちでも良いと思います……ッ!」

通りすがりの中沢君は、役に立たなかった。
まどかがハイテンションの残り香に任せて早乙女先生のモノマネをしてみたが、結果は芳しく無いようだ。
胃を抑えて小走りに去って行く中沢君は、何か嫌なことでも思い出したのだろうか。
まぁ、中沢君は何故か早乙女先生に気に入られているようなので、彼のメンタルケアは先生に任せておけば大丈夫に違いない。
……絶望が中沢のゴールだ。

「私も、そろそろ現実に向き合った方が良いのかなぁ……」

そう。
意識的にスルーしていたが、鹿目まどかは中沢君を呼び止めたのと同時ぐらいから、気付いていた。
……道の端から仁美たちに恨みがましい視線を突き刺している、一人の生徒の存在に。

恨みだけで人間が殺せるならば、きっと志筑仁美が例えアンデッドであっても爆殺出来るに違いない。
ぎりぎりと歯軋りの音を立てながら、煙のように絶望と呪怨の後光を発生させている美樹さやかの姿が、そこには在ったのだ。
どうやら、火の無いところに煙は立たないと言った昔の人は、想像力が足りなかったのだろう。

「さやかちゃん……」

よく思い出して見れば、二日程前の未明のアンクとさやかの会話の中に、情報があったような気がする。
さやかが、会話相手が鹿目まどかだと思って話してしまったクスクシエでの一件である。
確か、さやかが上条君に告白して玉砕したような事を言っていた筈だ。

一度は気持ちが上向いていた時期もあったようだが、本日の登校中に上条達の姿を見て、気分がネガティブ方向へ一直線に落ちて行ったのだろう。
面倒臭いこと、この上ない女である。
……だが、まさか美樹さやかの恋敵が志筑仁美だとは思ってもみなかった鹿目まどかであった。

「奇跡も魔法も無いんだよ……」

完膚なきまでにネガっている。
仮面ライダーG4を起動するための触媒能力者に今の美樹さやかを使用したら、G4装着者は僅か0.05秒のうちに死に至ることだろう。
絶望は死に至る病とは、実に良く言ったものである。この例の場合、死ぬのは他人だが。
ともかく、美樹さやかの腕を掴んで牽引しながら、まどかは先の事について考えをまとめられずに居た。

……正直なところとして、フォローの方法が思いつかないのだ。
仁美の女子力が高すぎて、さやかを誉めるべき部分が相対的に全く見当たらないのである。
さやかを掴んで無理矢理歩かせている過程で、その体重が若干重いのではないかと思えてしまう辺りも、全くフォロー出来ない。

「どうせあたしなんて、『女子力5か。ゴミめ……』とか言われちゃう雑魚キャラなんだ……」
「そ、そんなこと無いよ! 多分もう一桁ぐらいあると思う!」

志筑仁美の女子力は53万です……!
どう足掻いても、勝ち目がない。
さやかの友人であるまどかが死んだ時に、さやかが怒りからパワーアップするような世界観ではないのだ。
むしろ、それに釣られて仲間も魔女化するのが『まどマギ』クオリティである。

何とか始業時間までに教室へ美樹さやかを連れ込む事は出来たものの、当のさやかは授業など聞いている筈もない。
基本的に仁美を睨んでいて、時折机に突っ伏したりノートに呪詛の言葉を書き込んでいたりするという繰り返しのまま、一日を過ごしていたようだ。
まどかとしては、さやかの力になってやりたいのだが……方法が、全く思いつかない。

普段頼りになる筈の仁美には、相談するのも憚られた。
アンクに体内会話で聞いてみるも、『面倒だ』の一言で切り捨てられてしまって。
暁美ほむらにも聞いてみたが、彼女も恋愛沙汰にはあまり縁が無いらしい。


……というわけで、放課後に鹿目まどかが訪ねた場所は、

「先生。何度フラれてもすぐに立ち直る秘訣って何なんですか?」

職員室であった。
恋愛失敗の達人と評判の早乙女教諭に、その奥義を習いに来た訳だ。
まどかの一言に、早乙女先生の額に青筋が立った気がしたのは、一体何故だろう。

「鹿目さん? 先生はそんなに何度もフラれてません。だいたい、近頃の男は女性を見る目が……」

ダメだった。
しかも、愚痴られた。
そういえば、先週また誰かにフラれたと聞いたような気も。
剣道場の師範から「お前の事は俺が絶対に守るッ!」とか「俺の結婚式に来てくれないか?」的な事を言われて早乙女先生が勘違いを起こして居たら、その師範さんには別に婚約者が居たのだそうだ。

「失礼しましたー」

長くなりそうだったので、戦略的撤退である。
まだそれなりに明るい空を視界に収めつつ、次の行先を模索してみる鹿目まどか。
一体、誰が頼りになりそうか?

巴マミさんは……昨晩も美樹さやかと既にそれなりに語り合っていることだろう。
後藤さんはアリかもしれないが、真面目過ぎて融通が利かないような気がするので、保留である。
トーリと映司は、この二人が実は一番無難かもしれない。
鹿目家の両親には、いつでも聞けそうなので、後回しで良さそうである。
伊達さんは……ノリは良さそうだが、よく解らない。
……大穴として、一瞬だけ鴻上会長の爽やかな笑顔が脳裏をよぎった気がしたが、黙殺しておいた。


「火野さん、トーリちゃん、こんにちはー」
「あれ? まどかちゃん。昨日ぶり。どうしたの? アンクに困らされた?」
「昨日は話も出来ませんでしたね」

という訳で、やってきました。河川敷に。
案の定、それぞれ挨拶を返して来る映司とトーリの姿を、確りと確認することが出来た。
映司とアンクが昨日の別れ際に拠点情報を交換したのを、まどかは聞いていたのだ。
浮浪者と言ってしまうと聞こえは悪いが、自由人の映司とトーリならば、まどかの予想もつかない助言をしてくれるのではないだろうか。
そんな期待が、まどかの胸にはあったのである。
なので、一通り状況の説明をしてみた訳だが……

「うーん……出来る限り協力したいけど、俺は恋愛関係は弱いんだ……」
「えぇー……」

一番頼りになりそうだった筈の映司の返事が、芳しくなかった。
この手の対人関係は強そうだと期待していただけに、これは予想外過ぎた。

「トーリちゃんは何か思いついた?」
「さやかさんが、その上条さんという人と3人で暮らすのはダメなんですか?」

ザ・ヤミーの発想である。
欲しいものは手に入れれば良いのだ。
そもそも、一夫一妻などという制度を律儀に守っている生物など、多くは無い。
ノアの方舟に載っていた生物でも無い限り、つがいの相手は固定されている筈も無いのだ。
そんな悠長な事を言っていて子孫を残せる動物は、人間ぐらいのものである。

まぁ、トーリのイメージが「複数体の手下を従えたカリスマ溢れるグリード」であるからこそなのだが。
その手下の像の大半がクズヤミーなのはお約束である。

「ダメだよ、そんなの!」
「そうなんですか……? よく分からないです」

不思議そうな顔をしているトーリに、まどかは驚きを禁じ得ない。
幾ら記憶喪失だとはいえ、一般常識レベルの知識ではないだろうか?
だがしかし、よく考えてみると、ハーレムを作ってはいけない理由を説明することは難しい。

「だって…………あれ?」

妻と専業主婦が等号で結ばれていた時代ならば、夫の経済力を理由に一夫一妻を正当化出来ただろう。
それにさえ、夫が養えれば妻は何人居ても良いのかという反論は可能だったりするのだが。
しかし、時代が違うというべきか。
鹿目家の母親がキャリアウーマンであるように、現代では女性が働く環境も徐々に整い、経済的な面において一夫多妻を否定する根拠は乏しくなりつつある。

……という事は、別にハーレム野郎は爆発しなくても良いのだろうか?
いざ考え始めてみると、理由は意外に出てこない。

「火野さん、『一夫多妻は無効』みたいな法律って、無いんですか?」
「無効にする法律は聞いたこと無いけど、重婚状態の人に刑罰を与える法律ならあるよ」

ダメで元々と思って映司に聞いてみるも、映司もそんなに詳しくないのか、もしくは本当にそんな法律は無いのか。
真相は藪の中である。
ちなみに重婚を婚姻状態の取り消し事由に出来るという事例はあるそうな。
まぁ、罰を与える法律があるならば、その時点でダメな気はするが。

「結婚しなくても、籍を入れずに三人で仲良く平和的に暮らせば良いのでは……?」
「何だか不誠実な気はするんだけど、言われてみると何でダメなんだろう……?」

トーリの考えは、平和的というか節操が無いというか。
そもそもトーリ自身に恋愛沙汰の経験が無いからこその発想なのだろうが。
もちろん、トーリとて知らない人に襲われるのが嫌なのは何となく分かるのだが、互いが求め合う仲ならば別に問題は無いと思えてしまっているのである。

どうも、男女関係というものを考えるために、グリードとヤミーの関係を元に思考している事が原因なのかもしれない。
カザリさんにメダルを奪われたら嫌ですけどウヴァさんが相手なら全然OKで、自分の他に緑ヤミーが居ても平気です、という感じである。
近頃だいぶ人間染みて来ていたトーリだが、やはり人間の本能的な部分に関する思考は少し弱いらしい。

鹿目まどかとトーリが二人で首を傾げてみるも、答えは見えてこない。
だが、何となく鹿目まどかは気付いていた。
二人へと柔らかい視線を向けている映司は、子供達がどんな答えを出すのか見守っているのではないか、と。

「映司さんはどう思いますか?」

……と思ったら、蝙蝠娘が早速映司へと話を振った件について。
火野映司の見守るような視線の意味に、トーリは気付かなかったらしい。
まぁ、今回はさやかのための助言を考えているので、まどかとトーリが思いつかなければならない訳では無いのだ。
であるからして、静観していた映司だが、特にもったいぶらずに口を開いてくれた。

「人間は多かれ少なかれ、『誰かの特別な人になりたい』って思ってるんだよ。簡単に言うとそんな感じかな」

やや聞こえが悪く言うと『独占欲』だとか『自己顕示欲』である。
もっとも、それらの『欲』も結局は付き合い方次第なので、映司はあまり否定的なニュアンスを持たせなかったのだ。
出来るだけ子供達自身で価値を決めて欲しいと思っているからこそ、だった。

「えーと……さやかさんは上条恭介さんを愛していて、でもそれより『特別な人になりたい欲』の方が強いってコトですか?」
「どっちも明確に弱くないから『迷う』んだと思う。人間の欲って、揺れやすいからね」
「なるほど……」

どちらの欲も明確に弱くないというのは、どちらの欲も大して強く無いという事にもなりかねない。
さらに欲望の『揺れ』も、悪く言えば『心変わり』や『背信』となる。
この辺りの言葉選びは、映司とて慎重にならざるを得ない。

「ということは、『恭介さんへの愛』と『特別な人になりたい欲望』の上下関係がハッキリすれば、さやかさんは立ち直るということですよね」
「多分そうだと思う。ただ、俺も恋愛絡みは経験じゃなくて考えて推測してる話だから、誰か経験がある人に聞いた方が確実だと思うよ」
「その実体験がある人が、さっき全く役に立たなかったんです……!」

早乙女先生ェ……。
彼女も彼女で大変なのだろうが。

「でも、誰に聞けば……?」
「そうだなぁ……」

おそらく、映司に聞きに来たという事は、同年代には頼りになりそうな子に心当たりが無いのだろう。
つまり、真っ先に映司が頭に思い浮かべた魔法少女の面々は、ボツである。
鹿目まどかの体内に居るアンクは……面倒くさがって、碌に会話も成り立たないだろう。

鴻上財団の面々も、果てしなく微妙だ。
後藤さんと鴻上会長は考えないとして、里中さんと伊達さんは悪くないチョイスかもしれないが。
あとは……クスクシエの白石千世子店長とアルバイター泉比奈、更に比奈の兄の泉信吾刑事あたりだろうか。

「どうしよう? 俺がすぐに案内出来る場所は三つ思いつくけど。『鴻上財団』『クスクシエ』『アンクが憑いてた刑事さんの家』だよ」

既に大分日が傾いているため、泉比奈がクスクシエでバイトを終えて帰宅すると仮定するならば、急ぎ方次第で泉宅でもクスクシエでも捕まえられそうである。
ゲーム的選択肢というか、何というか。

「刑事さんの家……かな。貸してもらったお洋服はまだクリーニングから返って来てないけど、アンクちゃんもお世話になったから、お礼に行かないと」
「じゃぁ、送って行くよ? トーリちゃんはどうする?」

おそらく、トーリが同伴しない場合にはライドベンダーに二人乗りで移動するのだろう。
逆に、トーリがお供する場合には、二人を抱えて飛ぶこととなりそうである。
まぁ、他にする事も思いつかないので、トーリとしては別にどちらでも良かったりする訳だが。

「折角なので、ワタシも刑事さんに会ってみます」

特に危険も無さそうなので、ここは即決である。
欲を言えば、グリードが復活した日の情報を何か聞き出せれば幸いだと思っている辺りは、やや打算的かもしれない。

既に日も傾き、もうしばらく時間が経てば、空には真円を既に過ぎた月が登り始めるのだろう。
これから二人の人間と二体の怪人が訪れる場所は、泉兄妹が暮らす平和なマンションの一室で。
きっと、諍いとは無縁の場所である。
……そうに、違いない。



・今回のNG大賞
「三つ思いつくけど。『鴻上財団』『クスクシエ』『アンクが憑いてた刑事さんの家』だよ」
「うーん……トーリちゃんは『どっち』が良いと思う?」
「あれ? 選択肢が一つ自然消滅したような……?」

鴻上会長の圧倒的存在感……ッ!


・公開プロットシリーズNo.106
→さやか救済大作戦?



[29586] 第百七話:犯人はヤス
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/09/22 23:17
金属が擦れ合う音を聞くような、感覚。
もちろん既に慣れた感覚ではあるため、特にトーリは驚くことこそ無かった。
サメのヤミーを感知した時以来、トーリにはヤミーの感知能力が備わっているのである。

もっとも、何故それが分かるのかと尋ねられると面倒なので、周囲には教える予定は無いが。
……しかし、トーリにぶら下がって飛んでいる内の一人は、欲望の怪人たるグリードな訳で。

「ヤミーだ」
「やっぱり?」
「目的地を変更しますね」

鹿目まどかの声を使って、アンクが簡潔に用件を伝えてくれた。
今まで面倒臭がって喋らなかったアンクが急に表に出てきたことから、映司も大体予想が出来ていたらしい。
アンクがその異形の右腕を以て指し示す方角へと針路を変えながら、トーリは思う。
……本当に、創生者ウヴァさんを復活出来る日は来るのか、と。

だが、トーリにも勝利の目が無いわけでは無い。
トーリは、ガラの部屋に備わっていたディスプレイの一つから、ガメルがコアメダルを奪われる光景を見ているのだ。
つまり、ガメルを復活している事は確定情報な訳で。
当然、ガメルを復活させた何者かは、グリードの蘇生手段を知っているに違いない。

……実は先日カザリに会った時にもガメルの件を聞こうと思っていたのだが、カザリさんが自身の用件だけ言って早々に去ってしまったせいで、質問できなかったのである。
実のところとして、本当にカザリは、トーリへとグリード蘇生情報を回すつもりがあるのだろうか。
カザリがガメルの一件を知らなかった可能性もあるので、断言はできないが。
ぶっちゃけると、どうにもカザリはキナ臭いのだ。

……天国のウヴァさん。
一体いつになったら、貴方のヤミーは本懐を遂げられるのでしょうか?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百七話:犯人はヤス



魔法少女が魔女を感知したら、どうするか?
手持ちのグリーフシードに余裕があれば、見逃すこともあるかもしれない。
しかし、大抵の魔法少女は、意気揚々と魔女を狩りに行く生物である。
様子見に費やす労力には個人差こそあるものの、大概の魔法少女の行動は一致するだろう。

……だが、もし無限の魔力という、ジュースの出る蛇口のような代物に手が届きそうならば?
それは事実上、魔法少女を戦いの宿命から解放することを意味する。
であれば、佐倉杏子が少しばかり魔女狩りへと消極性を強めている事も、当然と言えただろう。
とある廃ビル街の一角にて魔女のタマゴの気配を感じて近くまで来たものの、魔女がまだ孵化していなかったために、廃ビルの中でタイヤキを齧りながら時間を潰しているのである。

更に、この場において杏子に不用意な行動を躊躇わせる要素は、もう一つ存在した。
どうも、先程から、何者かに監視されているように思えるのだ。
そして、杏子が追跡者に気付いているという事実は、おそらく追跡者には悟られていない。

「どうしたもんかねー……」

相手が普通の変質者やストーカーであれば、魔女の結界の中までは追って来られない筈だ。
先日迷惑をかけてしまったホテルの関係者だったりすると、非常に申し訳ないが。
しかし、もし相手がグリードや魔法少女のような異能絡みだったりすると、結界の中で魔女を絡めた三竦みの戦いを演じる事になるかもしれない。
その手の面倒くさい駆け引きは、あまり杏子の得意とするところでは無いのである。

「うぜぇ……」

結界に入ってすぐに待ち伏せして強襲するのも、悪くは無い。
だが、それを読まれて爆弾を投げ込まれたりすると、笑えないにも程がある。
爆弾というのは物の例えであって、範囲攻撃なら何でも危険なのだ。
別に、爆弾を使う特定の個人を敵に想定している訳では無い。
誰の事とは言わないが。

こんな時、背後を守ってくれる相棒が居れば、と思わないでもない。
トーリや美樹さやかでは戦力面で若干不安が残るが、巴マミや暁美ほむらならば組んでみたいという気は、無いでも無い。
特に、魔法少女としての経験を積み重ねている巴マミの安心感は……。

「……って、何か思考がオカシイぞ」

と、そこまで考えてしまってから、思う。
何時の間にか、他の魔法少女と共に行動した日々を、当たり前のように考えてしまっていた事を。
一週間ほど前までは、一匹オオカミを気取っていたというのに。
甘味なんて、現在齧っているタイヤキのような食料品から調達すれば、それで十分なのだ。

ともかく、杏子の目的物であった『無限の魔力』は、トーリが一緒に居なければ使えない。
だが、トーリと永遠にコンビを組んで活動する予定は無い。
そして、杏子がその秘密を手中に収められると決まった訳でもない。
つまり、そんな無い無い尽くしの状況の中でグリーフシードを確保しておくことは、杏子にとって悪い選択肢では無いのだ。

ならば、追跡者を排除して安全を確保したうえで魔女の結界に侵入するのが、上策に違いない。

「きょうび、ストーカーなんて流行らないよ? さっさと出て来いっての」

そういう訳で、追跡者に対して少しだけ大きな声をかけてみた。
常人の感覚ならば警察に連絡するところだろうが、相手が異能の者であった場合は、警察では役者不足なのである。

「なんだ、バレてたのか」

案の定、杏子の懸念は見事に当たっていたりする。
廃ビルの無数の柱の影から姿を現したそいつは……ドレッドのような毛を頭から垂らした、細身の怪人であったのだから。
……あの呼びかけに応じて出て来る方も出て来る方だ、と杏子としては思わないでも無いが。
頭の後ろで腕を組んでいる仕草は、余裕のつもりなのだろうか?

杏子としては、グリードを倒す理由も無いため、関わり合いたくないという認識が強かったりするのだが、そうも言っては居られないのだろう。
そのグリードの方から、杏子へと近付いて来たのだから。

「で? あんたの狙いは何なのさ?」
「君に用は無いよ。僕が興味を持ってるのは、君が見つけた魔女の方だ」

……魔女を追っていたカザリと杏子が、たまたま魔女結界の入り口付近まで同時期に辿り着いてしまったのだろうか。
もしくは、魔女を見つけて歩み寄った杏子を、カザリが追いかけていたのか。
何となく杏子としては、怪人が嘘を吐いていないように思えるのだが、果たして?

「魔女なんて、別に食ったって美味くねーぞ?」
「味覚なんて、別に元々感じてないから良いよ」

念のために断わっておくと、杏子に魔女を食べた経験がある訳では無い。
もちろん、グリーフシードを食べた事もあるはずが無い。
キュゥべえがグリーフシードを食べる光景を見た時に、その味に興味を持たなかったといえば嘘になるが。

「なら何なのさ? まさか人類を守る正義の味方に目覚めたとか寝言を言い出すんじゃねーだろーな?」
「僕が『進化』するための糧になりそうだからだよ。誰が人間なんて守るもんか」

割と情報に関するタガが緩いのが、カザリさんの良いところなのかもしれない。
もしくは、本当に知られてはいけない情報だけは、見つからないという自信があるのだろうか。

「分かった分かった。あんたはあの魔女を狙ってる。で、アタシも同じ魔女を狙ってる。って事は……」

怪物の事情なんて知ったこっちゃねーけど、なんて前置きをしながら。
……次の瞬間には、廃ビル全体に響き渡るような、甲高い音を奏でていた。
杏子の指輪の先から伸びた一本槍の奇襲が、カザリを射殺さんと、一直線に伸びていたのである。

「君の持ってる分のグリーフシードまで纏めていただけば良いって事だね」

もっとも、その金属音がメダルの零れ落ちる音で無かった時点で、不意打ちの成否は自明であったが。
杏子の動体視力は確かに、カザリがその腕より伸びた強靭な爪を以て杏子の槍を受け止めている様子を、見定めていたのだ。
どうやら、正面からの不意打ちが決まるような甘い相手では無かったらしい。

カザリが空いている方の手から伸びた爪によって槍を絶ち切っている様子を、視界に収めながら。
タイヤキを尻尾まで丸々口に放り込みつつ、杏子は思う。
正義の魔法少女としてグリードを討つような柄では無いが、グリーフシードの取り合いならば容赦なく相手をぶっ飛ばせる、と。
そして、その手の思考の逆転を、この町に来てから何度か行っている事も。

灰色の暴走態と戦ったのを、杏子は自身の八つ当たりのためだと思っていた。
さやかとマミに無限の魔力のヒントを与えたのは、治療の借りを返すためだと思う事にしていた。
トーリと一緒にマミの復活に助力したのは、無限の魔力の情報を集めるためにトーリの提案に乗ったためだと自分に言い聞かせていた。

……そして、今も。
どちらが本当の自分なのか、ひねくれ過ぎた杏子には分からない。
自分が本当は何を望んでいて、誰を求めているのか。
欲望の怪人たるグリードならば……杏子自身でさえ曖昧なそれを、教えてくれるのだろうか?

「自分の欲に忠実な奴は嫌いじゃねーけど、アタシの邪魔すんなら覚悟しな!」

身勝手な5人組のうちの一人であるカザリと、5人の魔法少女の中で最も身勝手な佐倉杏子。
だがしかし、良くも悪くも、相手の心根を変えるような能力を持たないこの二人の戦いは。
きっと……互いの性質に変化をもたらす事は、有り得ないのだろう。




一方、ヤミーを追っていたオーズ組はと言えば……

「助けてくれぇっ!」
「お前だけはゆるさねぇ! ヤスゥッ!!」

細長い顎が印象的な男が、柄の悪い男に襲われている光景に出くわしていたりして。
だが、襲撃側の手の甲からは人間では有り得ない長爪が伸びており、目の前の光景が野良喧嘩の類で無い事は明らかであった。

「どう見ても、あの爪が生えた方ヤミーの親だなァ」
「って事は、カザリのヤミーか。やり辛いんだよな……」

そして、アンクが断定したように、映司もおよその予測はついていた。
おそらく、人間に寄生して操るタイプのヤミーなのだろう、と。
つまり、適当に弱攻撃を当てて人間と分離させるという面倒な工程が必要なのである。
ヤミーの親に体当たりをかまして、逃げ惑う男をトーリやアンクの方向へと誘導しつつ、ベルトにコアメダルをセットして。

「映司! 『コレ』で行け!」
「分かった! 変身!」
『サイ トラ バッタ』

そんな忙しい映司へとアンクから投げ渡されたのは、サイとバッタの二枚。
トラは元々映司が持たされていた物を使用する事によって、生み出されたオーズの亜種形態の名は……『サトラバ』であった。
何故映司が元々コアを持っているかと言われれば、赤コアを保持しておけないアンクが、その事情を誤魔化すためにタカとコンドルのコアを映司に預けた事に原因がある。
当然、映司が何かを聞き返したいと言わんばかりの反応を見せたので、万が一の時に変身するためだと教えてトラメダルも一緒に持たせたという訳だ。

別に、トラなら失くしても問題が無いとか、そういう事を考えている訳では無い……ハズである。多分。
というか、そんな発想をするぐらいならば、そもそも赤コアを預けたりしない。
ちなみに、アンクの心情としては様子見には『タトバコンボ』を使いたかったのだが、その点に関しては映司から説明済みだったりする。
婦女子が近くに居る時には透視能力を持つタカを使ってはいけないという、例のお約束である。
もちろん、時と場合にも依るが。

加えて、ヤミーが人間を操っている現状では、あまり攻撃力の高いメダルを渡しても映司がそれを活かさないだろうという見込みもあった。
したがって、硬度重視の『サイ』を含んだ防御及び回避系のメダルを渡している訳である。

案の定、映司は人間を倒すのではなく、取り押さえようと奮闘しているらしい。
トラ手甲で相手の爪攻撃を受け流しつつ、手加減気味の打撃を加えて弱らせる魂胆のようだ。
流石に戦い慣れているというべきか、危なげなく敵の爪を避け、的確に相手の胴体へと打撃を打ち込んで足止めをこなす、オーズ。
相手が怪人態ならばまだしも、まさか怪人に操られているだけの人間に負ける筈も無かった。

……まぁ、だからといって相手を必ず倒せるかと言われれば、それは別問題な訳だが。
相手が逃亡を始めれば、オーズは深追い出来ないのだから。
アンクの身体が子供のそれに変わって、タダでさえ自衛能力が落ちている現状では、敵を深追いして罠を張られる危険は回避しなければならない。

以前、ヤミーを追っていたら魔女の結界に捕らわれてしまった経験さえあるのだ。
もしあれを誰かが狙って出来るのならば、単独での深追いは得策では無いと言えるだろう。
加えて、残されたアンクと鹿目まどかの身の心配もあるのだ。
一応護衛役にトーリを残す事は出来るが、顎の細い男とアンクの二名を守り切るような信頼は、トーリには無いのである。

「……あれ?」

だがしかし、ヤミーの追跡を諦めて戻って来たオーズの視界は……待っている筈の三名の姿を視界に収めることは無かった。
何の前触れも無く、いつの間にか三名は、その場から姿を消してしまっていたのだから。
初め、トーリが二人を抱えて上空へ上がったのだろうと思っていた映司だったが、いくら空へ視線を回しても、それらしい影は見当たらない。

「まどかちゃーん? トーリちゃーん? アンクー?」

適当に周囲に声を撒いてみるも、やはり反応は無かった。
オーズは、知る由も無い。
ヤミーが顎の長い男を襲っていた理由も。
その男が原因で、女子二名が姿をくらます結果となった事も。



では、当のアンク達の現状は、一体どうなっているのか?
その現在地は……とある、廃工場であった。
先日集団自殺未遂事件があった場所とはまた違う、やや光の入り易い物件である。
いわゆる、『いつもの廃工場』とでも呼べば良いのだろうか。
その単語を地球の本棚でググると、きちんと特撮ネタ関連のページにヒットするのは、もはや仕様に違いない。

「チッ……!」
「わ、悪く思わないでくれよ! こっちも命がかかってんだから!」

そう、アンクとトーリの二人は、拘束されて拉致監禁の身の上なのである。
後ろ手に手錠をかけられたうえで、二の腕の高さにも縄を巻かれているという、子供相手だというのに慎重すぎる仕事ぶりであった。
下手人は当然、目の前に立っている、顎の長い男に他ならない。
アンクが睨みつけるたびにビクリと反応を見せてくれるあたり、あまり気は大きくないのだろう。
鹿目まどかの顔で睨みつけられたところで、トーリでさえ怯まないというのに。

しかし、ヤミーに襲われて助けを求めていた筈の男が、何故未成年者を略取せねばならないのか?

「自首すれば罪は軽くなると思うんです! だから解放してくださいっ!」
「俺だってこんなことしたくないよ! でも、山金さんが怪物になって襲ってきて……」

先程のヤミーの親は山金で、顎の長い男は奥村ヤスジという名前らしい。
元々、奥村ヤスジは山金の部下として犯罪に手を染めていたのだとか。
ところが、奥村が自首して洗いざらい情報を吐いたため、山金と奥村は共に刑を受ける事となったそうだ。
奥村の刑は軽かったのは幸いであったが、化物になって脱獄してきた山金が、奥村ヤスジに復讐するために襲い掛かって来たのだそうな。

「……で? その話が俺達に何の関係があるってんだ?」
「山金さんから逃げてたら猫みたいな化物がもう一体現れて、助かりたかったら、噂の仮面ライダーと一緒に居る『鹿目まどか』って子をさらって来いって……」

それは間違いなく、奴である。
グリードの中に、こんな陰険な作戦を立てる個体など、奴を差し置いて他に居る筈が無い。
まぁ、当のカザリさんは、まさか奥村の仕事がこんなに早いとは予想できずに油を売っていたりする訳だが……。

『どうしましょう、アンクさん?』

はてさて、どうしたものか。
とりあえず、念話で堂々と内緒話を始めてみるトーリ。
まさか、この通信がバレることは無いだろう、と高をくくりながら。

『どうするも何も、飛んで逃げれば良いだろうが』
『それが……縛られてるせいで、羽が出せないんですよねぇ……』

……電池切れのG3マイルドを見るような視線を向けられた。
どう考えても、役立たずの烙印を押されているとしか思えない。
飛ばない蝙蝠はタダの蝙蝠以下なのである。

「オイ。奥村とか言ったか。お前の目的は『鹿目まどか』だけなんだよなァ?」
「うん? そうだよ?」

先程の奥村の発言から、トーリもそうだとは理解できていた。
しかし、それを態々確認したアンクの意図とは、いったい?
ちらり、とトーリの方へと視線を一瞬だけ合わせたようだったが、何かのアイコンタクトだったのだろうか?
トーリの勘が悪いのか、アンクの言わんとするトコロは、トーリには伝わらなかったが。
……アンクさん、何故見てるんですか?

「お前の目的の『鹿目まどか』は、そっちの敬語のガキだ。俺は関係無いからとっとと逃がせ」
「……ええっ? アンクさん!? まさか自分だけ逃げる気なんですか!!?」

……本当に裏切ったんですか!!?
まさかの、アンクだけが逃げる作戦である。
トーリを犠牲にすることを前提に、奥村ヤスジを謀ろうという訳だ。
奥村が元々『鹿目まどか』の外見を知っていたら通じなかった手だが、奥村がトーリとアンクの両方を攫ったという事からの類推であった。
即ち、奥村はトーリとアンクのどちらが『鹿目まどか』なのか判断できなかったのだろう、と。

「うーん……そう言われればそうかなぁ」

そして、あっさり騙されかけている奥村さんェ……。
カザリに騙されて行動していたハズの奥村さんは、次はアンクに騙されようとしているようです。

「騙されないでくださいっ! 『鹿目まどか』は、そっちの目付きの悪い子のほうです! ワタシの名前はトーリなんですよ!」
「えっ? そうなのかい?」

トーリとて、必死である。
アンクの脳内には『寄生型ヤミー=カザリ制』の図式が存在しているが、トーリの脳内にはその図式は存在しないのだから。
カザリがこの場に来る前提ならば安心して取り残されてやっても良いのだが、動向の読めないガメルやメズールが来ると、地味に危険だと思ってしまうのだ。

そんなトーリの挙動が真に迫っていたのか、再度考え直してくれる奥村さん。
実はこの人、ただ単に優柔不断なだけなんじゃぁ……?

「よォーく考えてみろ。さっきソイツは、俺の事を『アンクさん』って呼んでただろうが。嘘を吐いて他人を陥れてでも生き残りたい……『鹿目まどか』っていうのは、そういう奴なんだ……!」
「なんだって!? それ、本当かい!?」
「それって、そのままアンクさんの事じゃないですかぁっ!!?」

言われてみれば、アンクは奥村の前では、一度もトーリの名前を呼んでいない。
だが、トーリはアンクの事を名前で呼んでしまっているのだ。
奥村の心証としては、ややアンクを信じてしまっていると推測した方が良いだろう。

ここまで汚い手を使えば、内部から見ているホンモノの鹿目まどかが何かを言いだしそうなものだが……。
おそらく、体内にて鹿目まどか本人にも、アンクが何らかの嘘を吐いて丸め込んでいるのだろう。
流石グリード。きたない。

「だいたい、『トーリ』なんて3分で考えたような名前使いやがって」
「それは否定できないのが辛いところですねぇ……」

確かに、映司さんが短時間で思いついた名前な訳ですけども。
しかし、トーリはどうすれば良いのだろう。
浦沢脚本ばりに、根拠が無い時は目の輝きを主張してみるべきなのだろうか?
そして、案の定というべきか、奥村さんはアンクの縄を解く準備を始めていたりする。

「あと、お前に預けてたメダル、全部出して逝けよ。今日までご苦労だったなァ」
「鬼っ! 悪魔っ! ツチノコっ! ロリコンっ! ドケチっ! アンクさんなんて大嫌いですっ!!」
「ハッ」

酷い言い草である。
こんなのって無いよ! あんまりだよ!
トーリが少ない語彙から吐き出した罵詈雑言も、アンクには鼻で笑われてしまって。

「奥村さん。さっきの『オーズ』が山金さんを何とかする事を信じて、ワタシ達と一緒に『オーズ』の元まで行くという選択肢はありませんか……?」

とりあえず、トーリだけが逃げるのは不可能のようなので、二人で一緒に助かる方向へと思考をシフトしてみた。
アンクの舌打ちが聞こえた気がしたが、全力で見逃した。
トーリのセルメダルで出来たハートは、そんなに強くないのである。

「……そういえば、どっちかを解放しても、さっきの仮面ライダーさんを呼ばれちゃうのか。とりあえず、ここに確保しとくのが安全なんだろうな」

だが、その一言を聞いた奥村さんは、アンクを解放しようとしていた手を、休めてしまっていた。
どうやら、オーズがこの場へやってくる可能性を、今まで失念していたらしい。

「…………あれ?」
「クソッ……余計なことを……!」

最善だと思った選択肢を選んだら、状況が悪化した……ような?
酷い虚淵理論である。
全員が最善と思しき選択を重ねていくと、微妙に全員がバッドエンドに直行するという……。

そして……いつからこの場所が安全だと思っていた?
少なくともトーリとアンクは、この場所が特別に安全だなどとは思っていないのだが。
何故なら、


「見つけたぞ! ヤスゥゥッ!!」
「ひぃぃっ!!?」

奥村を追って、ヤミーの親たる山金が、屋上を突き破っての乱入を果たしたのだから。
当の奥村がヤミーに追われているという状況が変わらない以上、奥村に安全地帯など存在しないのである。

この場に存在するのは、ひ弱なグリードと、タクシー蝙蝠娘と、顎の長い男。
残念ながら、とてもヤミーを相手取れるようなメンツでは無かった。
というか、アンクとトーリは、拘束されて動けない。

「許してください山金さぁん!!」

奥村ヤスジは……諸手を挙げて逃げ出したッ!!


どうする、アンク!
どうする、トーリ!?

ヤミーは、すぐそこまで迫っている……!



・今回のNG大賞

「ワタシ達の目を見比べてください! どちらが本当の事を言っているのか分かる筈です!」
「うーん、そっちの小さい子の方かなぁ?」

「……トーリちゃん、ゴメンね☆ ウェヒヒw」
「本人の方に戻ってる!? そんな手が!!?」

こんな外道なまどかは嫌過ぎる……!

・公開プロットシリーズNo.107
→俺は目的のためなら迷わずお前を捨てるッ!



[29586] 第百八話:ごとごとホットポット
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/09/29 21:20
「……よく考えたら、ワタシ達って別にピンチじゃないですよね?」
「……今更だろ?」

ヤミーに憑かれた山金が廃工場に侵入してきて、こちらに戦力は無い。
だがしかし、ヤミーは奥村安治への復讐を目標としており、その奥村が逃げ出したのだから……。

「待て! ヤスゥゥッ!!」
「うわあああっ!!」

逃げる奥村に、ヤミーは釣られて行ってしまう訳で。
別に、トーリ等はそもそもピンチでは無いという結論に達するのである。
近くにカザリが居れば、ヤミーに何かしらの指示を出したかもしれない。
だが、当のカザリさんが居ないのだから、ヤミーは親の欲望を実行するだけである。
即ち、危険なのは山金の復讐の対象である奥村のみであって、トーリとアンクは縛られているとは言っても、危険に遭う事はないのだ。

怪人とニアミスをしたのだから、もう少し危険な目に遭っても良さそうなものだが。
未確認生命体の世界だったら即死だった……ッ!

それはともかく、工場の外へと走って行った奥村を追って、復讐者山金も工場から出て行ってしまった訳で。

「で? 通信魔法で助けは呼んであんだろ?」
「あ、バレてました?」

お前の考えそうな事だ、と即答してくれるアンクの抱くモノは、信頼なのやら諦念なのやら。
トーリの選択肢が主に逃亡か他力本願の二択であることは、しっかりと把握されていたようである。
別に隠しておく意味も無いので、バレていても特に問題は無いが。

「マミさんが、こっちに向かってくれてるみたいです」
「……アイツかァ」

みんな大好きマミさんですよ。
その割に、アンクは嬉しく無さそうである。
それは、マミに殺されかけたという経緯を持つアンクならば、ある意味当然の反応と言えるのかもしれない。
しかも、あの一件からマミとアンクは和解している訳では無いのだから、互いに面倒な相手である事は間違いが無かった。

そうして待つこと一分が過ぎた頃……

「トーリさん! 大丈夫!?」
「マミさん! 助かりました! それと、アンクさんも……」

なんだか、アンクが素直に礼を言ってマミに助け出される姿が想像できなかったというべきか。
何となくトーリは、アンクの方へと視線を回していて。
……すると、険しさの無い瞳が、困惑したような表情を引き連れてトーリとマミへと交互にピントを合わせていた。
トーリやマミの知るアンクは、絶対にこんな不安そうな顔は見せない。
となれば?

「あれ? アンクさんは引っ込んでしまったんですか?」
「そうみたい。マミさんのこと、怖がってるのかなぁ……」

アンクは、単にマミと会うのが面倒くさいのか、若しくは殺される危険を感じているのか。
まどかとアンクの間で何か内部通話があったのかもしれないが、トーリにはその内容が何のか、判別がつかなかった。

「……アンク? アンクって、腕怪人のアンクよね……?」

そして、まどかとトーリの会話を聞いて、眉をひそめている巴マミさん。
その表情が何を意味しているのか、過去に銃口を向けられた印象の強い鹿目まどかとしては、若干恐ろしいところである。

「という事はやっぱり、貴女が鹿目まどかさん?」
「は、はい、そうです」
「……?」

もっとも、傍から会話を聞いているトーリには、何が何やらである。
鹿目まどかが少しだけ固くなっている理由も、巴マミが何かを納得したような顔をしている理由も、サッパリ訳が分からない。
巴マミと鹿目まどかが病院にて二度の邂逅を果たしていることなど、トーリは知らないのだ。
鹿目まどかと共に巴マミに関する噂話に興じた事はあるものの、このマミとまどかの二人が顔見知りだなどとは、思いもよらなかったのである。

「お二人は、顔見知りだったんですか……?」
「……アンクに手を出したときに、ね」

巴マミは、アンクが生き残った方法を疑問に思わないでもなかった。
そして、これからアンクを始末する予定がある訳でもないのだから、その手段を聞き出そうとも思っていない。
おそらく、現在巴マミの目前に居る鹿目まどかが、何かしらの働きを見せたのだろうが。

どうも、鹿目まどかと巴マミは、お互いに思うところがあるらしい。
まどかとしては、マミの事を怖いお姉さんだと思いつつも、魔法少女がいわゆる『正義の味方』だという事は理解できているために、潜在的な恐怖心が低くなっているのだろう。
一方のマミは……アンクの始末を邪魔した鹿目まどかを鬱陶しく思ったのが第一印象であったが、アンクの生存を認めた現在となっては、その印象も随分薄まっていて。
互いが、互いに対する距離を測りかねてしまっているのだ。

「……とりあえず、今はヤミーを追いませんか?」

だが、そんな因縁に巻き込まれるなど、トーリはゴメンなのである。
最近どんどん人間関係がややこしくなっているのに、これ以上人物相関図を複雑化しないで欲しい。
脚本に東映の用心棒を呼べ、とまでは流石に思っていないが。

とにかく、微妙に居辛い雰囲気から抜け出すために、復讐ヤミーの存在を有効利用しようという訳だ。
もちろん、トーリ自身がヤミーを感知できる事は、オフレコである。
サメヤミー編以降、トーリはヤミーの感知が可能となっているのだが、イマイチ活かす機会に恵まれない能力だったりする。
別に、作者がその設定を忘れていた訳ではない。
そんなこと、あるわけないじゃないか!

そして、トーリの感知能力が知られていない以上、トーリと巴マミの視線が一か所に集まるのは必然な訳で。

「……仕方ない。お前がどうしてもヤミーを倒したいってんなら、『手伝わせて』やっても良い」

再び目付きを尖らせた鹿目まどかは、渋々と首を縦に振ることとなったのである……。



『その欲望を解放して魔法少女になってよ』
第百八話:ごとごとホットポット



……美樹さやかは、病院の前のベンチに座って、萎びていた。
その視線の角度を下方45度に固定して、どんよりとした気配を放出し続けているのだ。
もし99.9秒しか変身できない方々が通りかかったら、怪人と間違えて切掛ってしまうという程度には。
もっとも、この世界観にはそんな職業は存在しないが。

「なんで来ちゃったんだろ……」

さやかがこの病院を訪れた理由は……特に、大それたものではなかった。
仲睦まじい様子の志筑仁美と上条恭介を何となく視界に収めて歩いていたら、病院まで辿り着いてしまったというだけの話である。
おそらく、上条の回復経過を医師に確認してもらうために、恭介と仁美の二人は病院を訪れたのだろう。
さすがに、用事も無く病院に入ることも躊躇われたため、さやかは病院の前のベンチに腰を落としているのであった。

「んん? 美樹ちゃんじゃねえか」

だが、そんな死んだキュゥべえのような目をした美樹さやかに、話しかけた勇者が約一名。
一メートル程のミルク缶を背負った、妙にガタイの良い男が、いつの間にかさやかの目の前に現れていたのである。

「伊達さん、だっけ……」

確か、バースに変身するこの男の名前は、伊達明といったはずだ。
しかし、何故伊達と病院の前で会わなければならないのか。
まさか医療関係者には見えないが、持病を患っているようにも思えない。
もっとも、現在の美樹さやかには、そのような突っ込みを入れるだけのモチベーションも無いのだが。

「おう。戦うドクター『伊達明』とは、俺の事だ!」
「……えっ? 医者……?」

……と思ったら、伊達が自分からカミングアウトしてくれた。
だが、見るからに長身の筋肉質で日に焼けたこの男は、どう考えても白衣が似合いそうには見えない。
案の定、伊達の肩に乗ったゴリラのカンドロイドが、伊達明がこれから荒事に参加することを急かしていた。
ヤミー感知の能力を持つゴリラカンが、まさにその仕事を遂行していたのだ。

「今からヤミーの狩り入れに行くとこなんだけど、一緒に来るか?」

一方の伊達は、美樹さやかの大体の事情を把握していたりする。
以前に共におでんを囲んだ際に大まかにだけ美樹さやかの失恋について聞いていたため、すぐさま脳内でさやかの現状と結びつけたのである。
そのうえで、気分転換を勧めてみたのだ。
伊達としては、失恋の特効薬として、新たな目標を設定することは悪くない選択肢だと思っているからして。
そして、無言でベンチを立ったさやかの返事は、肯定のものだと考えて良いのだろう……。


「伊達さんはさ、何で、戦うの?」

……共に現場へと、走りながら。
美樹さやかは自然と、伊達明へ言葉をかけていた。
それは、さやか自身が戦う動機について抱えている不安の発露であったが、果たして伊達明はそれを理解しているのだろうか。

「前にも言った気がするけど、一億稼ぐためだ」
「一億稼いでどうすんの? 何かに使うんでしょ?」

金銭は、目的では無く手段である。
もちろん、世の中には金銭自体が目的物であるという人間も居るだろうが、大抵の人間にとっては、金銭は手段に過ぎないのだ。

「…………そんなに、聞きたいか? つまんねぇ話だぞ?」

伊達としては、適当にはぐらかせれば、それに越したことは無いと思っていたりする。
何というべきか、伊達明の事情を話すと、同情されそうな気がしているからである。
自分で働いて目的を達成したい伊達としては、その事態は好ましいものではないと考えているのだ。
もっとも、無言で先を急かすさやかの態度を見るに、伊達が黙秘を続けるのも難しいのかもしれない。

「あれは俺がアフリカのサヘルで働いてた時に……っと、到着だ! 続きはまた今度な!」

まぁ、伊達の焦らし方が上手かったのか、先に目的のヤミーを発見してしまったのだが。
ちょうどヤクザのような男が、伊達明と美樹さやかの目の前で、ヤミーへと姿を変えたのである。
鋭い長爪と、側頭部から際立ったタテガミが印象的な、ライオンのヤミーへと。
だが、しかし。

「なにアレ……?」
「ちょっとグロいなぁ……」

タテガミに覆われた顔面は、その半分が水膨れのように湿感を纏っており、身体の節々からも触手のような糸が垂れていて。
ライオンと呼ぶには、そのヤミーはあまりにも不気味過ぎる風貌を晒していたのだ。

「どりゃぁっ!!」

魔法少女装束を具現化しながら、剣を持って突っ込んだ美樹さやか。
別に、ヤミーの中に捕らわれた人間の救助を忘れている訳では無いのだろうが、手早く終わらせたいと思っているには違いが無さそうである。
伊達明の話の続きを早く聞きたいのか、もしくはヤミーの外見が生理的に嫌なのか。
早急な人命救助のために情熱を燃やしている、というふうには、伊達の目からは見えなかったが。

「変身」

一方、襲われていた奥村の無事を確認して逃がしてやっていたために出遅れた伊達も、バースドライバーを腰部に巻き終えて、手早くセルメダルを取り出していた。
準備したセルメダルを既に慣れた手付きでベルトの投入口へと差込み、サイドのレバーを回して、変身完了である。
そして、仮面ライダーバースへと変身を終えた伊達明は……改めて確認したヤミーの姿に、自らの目を疑っていたりする。

美樹さやかが薄く切り裂いたヤミーの傷口から、セルメダルが零れていた。
そこまでなら、問題は無い。
むしろ、中に捕らわれた人間の身を気遣うことが出来た美樹さやかを誉めるべきところである。

しかし、伊達が目を見張った異変は……ヤミーから零れ落ちたセルメダルが、その形を変え始めた事にあった。
それらのセルメダルは、地面に落ちて何時もの金属音を響かせる事は無く、宙に浮いたまま新たな形状を取り始めたのである。
その形とは……、

「クラゲ、か?」

特徴的なカサと足を生やした、体長20センチほどのクラゲであった。
サーベルと爪にて打ち合う美樹さやかとヤミーを囲むように、クラゲらしきヤミー端子の大群が、泳ぐように宙に浮かんでいたのである。
あのクラゲには、何か意味があるのだろうか?
ファンネル的に、毒針でも発射するのかもしれない。
……と思ってバースが警戒していると、案の定というべきか、クラゲたちは速やかに行動を開始していた。

「ぎにゃぁ!!?」

さやかに触れたクラゲが、その触手から電流を流したのだ。
しかも、30体程の大群による、波状攻撃である。
一昔前のマンガだったら、電流が流れるたびに、美樹さやかの全身骨格が浮かび上がる演出が為されていたことだろう。

「このっ!」

ならば、と。
振りかざしたサーベルの先で、空中のクラゲの抹殺を狙ってみるさやか。
だが、空を泳ぎまわるクラゲが、ただのクラゲである筈も無く。

「……ありゃぁ、厄介だな」

若干距離をとって静観している伊達が思わず感嘆する程度には、クラゲは面倒な挙動を見せつけてくれていた。
なんと、半分に割られたクラゲが、それぞれ一体ずつの個体として再生したのである。
元の一体に比べるとやや小さいように思えるものの、総合的な体積が増えているように見える辺り、セルメダルの実体化能力も大概意味不明だと言えよう。

根本的に、何故クラゲの能力が電流なのだろう?
毒で痺れるような感覚に陥るという症状からの連想だろうか?

『ブレスト キャノン』

何はともあれ、見ているだけでは解決しないので、伊達も動くしかない。
とりあえず、ベルトへ投入するセルメダルを複数枚用意して、胸部装備用砲台のブレストキャノンを取り出してみた。
それに、これ以上静観していると、さやかがオンドゥル語を喋り始めそうな気がしたので。
伊達さん! 何故見てるんですか!!?

『セルバースト』
「美樹ちゃん! 適当に避けろ! ブレストキャノン・シュートッ!!」
「うぇっ……」

……大概、伊達も容赦の無い男である。
バースの最大威力の攻撃であるブレストキャノンの砲撃によって、空中に浮かんでいたクラゲたちを、まるごと吹き飛ばしたのだ。
どうやら伊達の見立て通り、単純物理攻撃を受けた時しか分裂出来ないらしく、クラゲたちはセルメダルへと戻って地面へ降り注いでいた。
というか、もしバースの砲撃が通じなかったら、おそらくバースでは何をしてもこのヤミーには勝てない。

ちなみに、美樹さやかはクラゲの電流スタン攻撃で機動力が落ちていたが、近くのマンホールの蓋を叩き割って事なきを得たそうな。
穴から這い出てきたさやかから微妙に下水特有の異臭が放たれているのは、突っ込んではいけないのだろう。
電流によって人肉が焼け焦げる生々しい臭いでないだけ、マシである。多分。

どちらにしても、魔法少女と名の付く生き物が纏うべき臭いでは無い事は確かだが。
奇跡も魔法も無いんだよ!

「そういう事は先に言ってよ!? 死ぬかと思ったんだけど!?」
「悪い、悪い。つい、やっちまったぜ!」

ついヤっちゃうんだ☆
仮面ライダーの心強いスポンサーの台詞が、美樹さやかの脳内に届いたのだとか。
若干イラっとしないでもないが、まどマギのスポンサーも謎の白い液体だったりするので、案外余所の事は言えないのかもしれない。

……そんな事は、ともかく。
バースが吹き飛ばしたのは宙に浮いた痺れクラゲだけであり、ライオンクラゲヤミーの本体はまだ健在なのである。
だがしかし、ヤミーも自身の不利を悟ったらしく、触手を翻らせて逃亡の姿勢に入っていた。
逃亡はヤミーの必修科目なのである。

「逃がすかッ!」

走るヤミーと、それを追う仮面ライダーに魔法少女。
彼らの行き着く先は、果たして……?




佐倉杏子は……その戦意を、半減させていた。
つまり、目の前で杏子の槍を弾き返している猫怪人と、戦う気が失せていたのである。
カザリを退けて魔女を倒せば、確かにグリーフシードは手に入る。
だが、そのカザリが微妙に扱い辛い相手だったのだ。

最初は、速度も攻撃力も杏子とあまり変わらない程度だと見積もっていたのだが、カザリの手はそれだけでは無かったらしい。
重力やら熱風やら、やたらと遠距離攻撃が充実している模様なのである。
昨日オーズとキリカから奪ったコアメダルを取り込んだ事によるパワーアップなのだが、相対している杏子からしてみれば、たまったものではない。
杏子は鎖と投槍が使えない事もないが、基本的には近接仕様のスタイルなのだから。
海水をぶっかけられる程度なら後を引かないが、重力で機動力を封じられると、非常に拙い事態になりかねない。

「猫は猫らしく、魚屋でも襲ってろよ!」
「魚の魔女が居たら、紹介してよ?」

よって、杏子が考えている選択肢の中で、現状もっとも大きな割合を占めるものは……『逃亡』であった。
別に、怪人しか逃げてはいけないという訳では無いのだ。
むしろ、世界の命運を背負っている主人公チームにこそ、真に『逃亡』スキルが必要なのである。
逃げずに勝てるなら、それに越したことは無いが。

「マズいな、こりゃ……」

そして、駆け回る最中、杏子は……魔女の卵の胎動を、感じ取っていた。
おそらく、そう時間が経たないうちに、魔女が孵ることだろう。
杏子としては、グリードと魔女を交えた三竦みの戦いなど、死んでもゴメンだった。
誰が好き好んで、そんな面倒な戦いを演じなければならないのか。

「遊びすぎたかな……」

一方、カザリも別の事に気を取られていたりする。
……どうやら、カザリの作った合成ヤミーが、この場に近付いているようなのである。
オーズにでも追われて、カザリに助けを求めてきたのだろう。

ぶっちゃけ、二人とも考える事は一緒なのだ。
とりあえずこの場から離れたい、と。
ただ、何となく退くに退けないというか、相手が退きそうな気配がするからもう少し待ってみよう、的な。
要するに、チキンゲームである。フラグである。

すなわち、半端に意地を張り合ってしまったばかりに、タイムリミットが到来してしまったのだ。
ライオンをベースにクラゲの質感が所々から顔を覗かせる不気味なヤミーが、戦いの場に突如として姿を見せたのである。
杏子は奇襲こそ許さなかったものの、状況は確実に悪化していた。
しかも、ライオンクラゲヤミーの容姿にはドン引きせざるを得ない。
魔女にもグロテスクな個体は居るが、そんな集団と比べても、このヤミーのキモさは上の上である。
下の下と言っても正解な気がする辺りは、日本語の神秘というヤツなのだろう。

そして、当然と言うべきか、ライオンクラゲヤミーを追ってきた若干名もこの場に現れる訳で。

「カザリ!?」
「それに、この間の家出っ子か。何でこんなところに居んだ?」

銀の鎧をまとった男と、青の魔法装束を帯びた女。
そいつらが、カザリ達を警戒しつつ、杏子の傍らに駆け寄ってきたのである。

「……アンタ、なんか潮臭くない?」
「そういうあんたは、下水の臭いがするけどな……」

微妙に不穏な、ような。
フルフェイスのマスクを被っている伊達には、臭いなど判別できないので、ノーコメントである。
伊達は何故杏子がカザリと戦っていたのかと気になっては居るものの、年頃の中学生の体臭に対して苦言を呈するほどのデリカシー欠乏患者でも無いのだ。

「あとで仲良く銭湯にでも行ってきな。それよか、説明よろしく!」
「説明も何も、あの猫怪人とアタシが戦ってただけだよ。あと、説明するとしたら……」

杏子としても、カザリとは今日が初対面であり、特にグリード関連の情報を持っている訳でもないのだ。
だが、そんな杏子でも現在の状況に関して説明できる事項が、一つだけ存在していた。


「……たった今、魔女が孵って、アタシ達は魔女の結界に取り込まれたって事かな」

杏子がこの場を離れたかった理由が、具現化してしまったことである。
具体的に言うと、いつの間にか周囲の風景が変化してしまっていたのだ。
ノートの切れ端を敷き詰めたような、それでいて緑色で埋め尽くされているという、意味不明な配色の空間へと。
補色のような黄色のボールが地面を跳ねまわり、立体感の無いトロッコに乗ったヒトガタが、結界の中を素早く走り回っている。

そんな、魔女の結界の中へと。
グリードにヤミー、そして魔法少女に仮面ライダーが、同時に引きずり込まれてしまったのである。

何が起こっても不思議では無く、誰が事切れる事も有り得る、魔窟。
結界という名の決闘場は、その役者達にどのような運命をもたらすのか。
メダルや駄菓子やおでんが致死量投入された闇鍋は、じきに煮え立つこととなるのだろう。



今回の一番の被害者は、誕生そうそうに結界を勝手に闇鍋化された、落書きの魔女なのかもしれない……。



・今回のNG大賞

「あとで仲良く『銭湯』にでも行ってきな」
「『戦闘』の後に、って事?」

さやかェ……。

「…………普通、思っても言わねーよ。そんなオヤジギャグ……」
「そうだよなぁ(思ってたけど言わなくて良かったっ!)」

伊達さんは空気を読み切っていたようです。


・公開プロットシリーズNo.108
→仮面ライダーと魔法少女とグリードと魔女とヤミーと使い魔を同じ部屋に閉じ込めてみた



[29586] 第百九話:かくれんぼの必勝法は、誰がゲームに参加しているのかを鬼に教えない事である
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/10/06 17:37
「それで、どうしましょう?」
「そうだなァ。今はヤミーの気配も感じない。一度、映司の奴を拾うぞ」
「連絡方法が無いような気がするわよ……?」

鹿目まどかとトーリが拉致されていた廃工場にて。
どこか気まずい空気の流れるアンクとマミに挟まれて、とにかく沈黙を破ってみたトーリ。
だが、アンクの提案に対してマミが遠慮気味に突っ込んだ内容は……トーリからしても、真っ当なものであると思えた。

ライドベンダーが付近にあれば、タカやタコのカンドロイドを放して、人海戦術で映司を見つける事が出来るだろう。
ところが、周囲にはライドベンダーらしき自販機は、影も形も見当たらない。
つまり、携帯電話を持っていない映司に、連絡をつける手段が無いのだ。

「映司のことだ。あっちからもカンドロイドを何体か飛ばしてんだろ。それをこっちから拾うんだよ」
「……火野さんのことを、信頼しているのね」
「アイツは『使える』。それだけの事だ」

映司との間でそれだけ阿吽の呼吸で動けるのなら、もう少しマミさんとも仲良く出来るのではなかろうか。
まぁ、アンクと手を組める映司が、得難い人間だというだけの話なのかもしれないが。
アンクがマミへの警戒心を残しているのがマズいのか。
それとも、マミがアンクを腫物でも触るように慎重に扱っているのが原因なのか。
その両方が相乗的に発生している可能性も捨てがたい。

「ボサっとすんな。映司が飛ばしてるカンドロイドを、とっとと見つけて来い」
「そう言われると、それってワタシが飛んで探すのが前提ですよね……」

……だが、人使いの粗さだけは、色々と経験を増やしたアンクでも変わらなかったらしい。
表向き魔法少女という事になっているトーリには、当然断る理由など有る筈も無く。
偵察要員のタカカンに若干のシンパシーを感じつつ、トーリは一人飛び立つこととなるのであった。

微妙に距離を取り合っているマミとアンクを、廃工場に残しながら……。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百九話:かくれんぼの必勝法は、誰がゲームに参加しているのかを鬼に教えない事である



クレヨンで書きなぐったように立体感の欠如した、ヒトガタ。
舌を出して笑いながらトロッコの車輪を走らせるそいつを、人間等と怪人達は視界の端に収めつつ、各々考えていた。
それぞれの身の振り方と現状の理解に思考のソースを費やしているのだ。
だが、当然その認識能力には差があるというべきか。

「とりあえず、あの魔女を倒せばこの結界は消えるんだったな?」
「そうでしょ」
「……とも、限らねーな」

そこで、伊達は魔法少女らに情報確認を行ってみたのだが、どうも、魔法少女の間でも認識に差異があるらしい。
伊達としては、トロッコに乗った魔女を倒せば結界から脱出できるものだと思っていたのだが、杏子にダメ出しされてしまった。
鳥籠の魔女の時には結界の主を倒せば脱出出来たハズなのだが、今回は鳥籠の一件とは何が違うのだろうか?

「あの走り回ってんのは、多分使い魔だ。本体はそもそもココからさっさと逃げたか、さも無きゃ何処かに隠れてんだろ」

魔法少女特有の感覚なのか、魔力の波長からトロッコの乗手が魔女ではないという事を、杏子は見切ったらしい。
不思議そうな顔をしている美樹さやかには、それは分かっていないと見えるが。
まだ魔法少女になって日の浅いさやかなら、それも仕方の無い事なのだろう。

「ってことは、俺達はアレを倒してもこのデタラメ空間を出られないかもしれない、って事か?」

そして、伊達が魔女空間について確認をとっている事の意味を、杏子はしっかりと理解出来ていたりする。
傍から聞いているさやかはイマイチ理解できていないのかもしれないが、それはともかく。
人間達の敵として『グリード組』と『魔女組』の二つが同時に立ちはだかっている状況で、その両者のどちらを先に打倒するのか、という選択は実は重要なのである。

先にグリード組を狙う利点は、普段は逃げ足の速いグリードを、逃げ場の無い空間の中ならば倒せるかもしれないという事である。
魔女の結界には、出口が内部から見えるタイプとそうでないタイプが存在するのだが、このラクガキの魔女の結界はタコツボ方式だったらしい。
一方、先に魔女組を倒す利点は、人間側が危機に陥った時に、結界を先に消しておけば人間側が逃げやすくなるという点だろう。
結界の中でグリードを倒せたとしても、疲弊した状態で魔女との連戦を迎えるのは、地味にリスクが高い行動と言える。

「その可能性もある。まぁ、アタシとしても、退路を確保しておきたいってのは同意だけどさ……」
「稼ぎ時ではあるが……こりゃぁ割に合わねぇぞ……」

そんな中、伊達が結界について言及したのは、おそらく安全志向から来るものなのだろう。
伊達明一人だけならば『危機をチャンスに変える』というぐらいの発想をしているべき男なのだが、今回ばかりは状況が悪すぎる。
戦闘能力を持っているとはいえ、伊達の他に二人の人間の命が掛かってしまっているこの状況では、いくら伊達明といえども慎重にならざるを得ないのだ。

「なんかよく分かんないけど、使い魔とグリードとヤミーが一体ずつなら、あたし達が一人一殺で何とかなるんじゃないの?」

手堅く考えるならば、人間勢の消耗をなるべく抑えつつ、グリード達と魔女組の共倒れを狙うべきなのかもしれない。
だが、カザリが魔女よりも手強い可能性が高く、且つ人間勢が結界から逃れられない危険が見えているとしたら?
戦力の分散というリスクを背負ってでも、退路を確保するために人員を割くことは、下策とも言い切れない。

……もっとも、一人一殺を口にした美樹さやかが、そこまで考えているのかどうかは不明だが。
もちろん、魔女本体が既に逃げ去った後であるならば、使い魔を倒すことは退路の確保に繋がる。
そして、魔女が隠れてこちらの様子を窺うタイプだった場合でも、使い魔を倒すことが無駄骨になるとは限らない。
魔女が動かないタイプである場合、しばしば餌の補給を使い魔が餌の補給の役割を担うことがあるのだと、杏子は経験的に知っていた。
流石の魔女といえど体力とて無限では無いのだから、補給路を断たれれば結界は維持できないのだ。

「……まあ、難しい事言っても仕様がねーな。そういう事にしとくか。とりあえず、使い魔は魔法少女のアンタに任せる」

おっけー! と口から吐き出してすぐさま使い魔を追いかけはじめた美樹さやか。
その背中へは、佐倉杏子の溜息が吹き付けられていて。
杏子のやれやれといった表情の裏にあるものは……伊達からは、感覚的にしか分からない。
手間のかかる後輩を指導してやっている先輩のような気分なのだろうか?

「まぁ、美樹ちゃんの身を案じるなら、アレにぶつけるのが一番安全だろうな」
「そんなんじゃねーよ。足手纏いを連れて戦うつもりなんて無いだけ、さ」

……そうかい。


カザリは……人間達の行動指針を聞きつつ、こちらも行動方針を固めつつあった。
そもそも、複数色のコアメダルを取り込んで戦力を増強したカザリにとって、この逃げ場の無い結界の存在は、邪魔者達を倒せるチャンスだという意味合いが非常に大きい。
そして、そんな状況の中において相手が戦力を分割してくれているのだから、むしろ個の力の強いカザリとしては、望むところなのである。

だがしかし、バースにヤミーを当てるのはいただけない。
真木博士から聞いたところによると、バースはヤミー戦に特化した装備群であるらしい。
とするならば、赤い魔法少女の相手をヤミーに任せて、カザリ自身は先にバースを始末するのが正解なのだろう。

「話は済んだ?」

何でもない事のように問いかけながら、カザリはヤミーを嗾ける事にしてみた。
バースと杏子を分断するために、杏子の方へとライオンクラゲヤミーを突っ込ませたのである。
尚、カザリが今まで攻撃しなかったのは、カザリ自身も魔女空間についての知識を聞いておきたかったからだ……などとは、口が裂けても言う訳が無い。
飽く迄偉そうに、『余裕だったから待ってあげたんだよ?』と言わんばかりの態度を崩さないのが、カザリがカザリさんたる所以である。

そして、杏子へと特攻したライオンクラゲヤミーの微妙に不気味な背中を見送りつつ。
カザリ自身も動かなければ、バースが杏子の助太刀に入るのは、目に見えている。
つまり、

「俺の相手はお前ってか?」
「ヤミーを倒されるのも面白く無いし、ね」

バースへと抜き打ちの爪撃を加え、その足を止めたのである。
しかし、腕の甲にて凶爪を打ち払ったバースの装甲には、薄い傷こそ見られるものの、それだけであった。
諦めずに十数回打ち合えば自然と勝負もつくだろうが、出来ることならそんな面倒な事は実行したくないのが、カザリの性分であるからして。

『ショベル アーム』

巨大な腕を具現化させて殴りかかってくるバースと、素直に殴り合いを演じてやる理由などカザリには無いのだ。
ガードに使われたカザリの爪を掴み取って、空いている右手にて打撃を加えようとしているバースの姿は……カザリにとって、脅威たりえないのである。

「がっ!!?」
「君なんて、『コレ』で十分だよ」

なぜなら、バースとカザリが接触している部分から、バースへと緑色の閃光が駆け巡ったのだから。
カザリが吸収した異色コアの内の一つ。
緑のグリードの持つ異能、電撃を操る力の一端である。
……その発言意図に緑のグリードを侮る意図があるかどうかは、定かでない。

ともかくとして、爆ぜるような音と煙をあげているバースには、電気攻撃は効果覿面であったらしい。
機械類が元々電気に対してあまり強く無いことに加え、バースの設計コンセプト自体の問題も、バースに不利な材料であった。
そもそもバースは、電磁気モドキを使ってセルメダルを集める機能に代表されるように、セルメダル収集に特化した機体なのである。
つまり、もともとバースは、高出力のグリードを相手に戦えるようには出来ていないのだ。

正直なところとして、カザリがバースに有利なのは自明だと言えた。
周囲から魔法少女の助太刀が入るかと思って注意を散らしてみるものの、そちらも余裕があるようには思えない。
さやかはトロッコに乗った使い魔を追い回すのに集中しており、バースが焦げ臭い匂いを放っている事になど、気付いていない様子である。
一方の杏子も、バースが割とピンチである事は把握しているようだが、空中を泳ぎ回る電気クラゲの群れに囲まれて、動きを制限されてしまっている模様であった。

「にゃろうっ!」

……と、油断していたら、危うく何らかの組み技をかけられそうになった訳だが。
カザリの左腕を極めようとしていたらしいが、流石に継続的な電撃で動きが鈍っている相手の攻撃を易々と喰らうカザリさんでは無い。
このまま弄り殺せるかとも思っていたが、あっさりとバースを電撃地獄から解放する選択肢をとってしまった。
勝負を焦らなくとも、バースには既にそれなりのダメージを与えたと踏んでの行動である。

更に、出力の差の他にも、カザリの有利は決しているようなものであった。
接近戦ならばカザリの方が速く、電撃によるスタン攻撃も行えるために、鈍重なバースの攻撃は基本的に通らない。
中距離から遠距離ならば尚更、取り回しの悪いブレストキャノンしか飛び道具の無いバースでは、熱線・重力・水流などの豊富な遠距離攻撃手段を有するカザリを倒す事は不可能である。
一応、クレーンアームも中距離に対応的ない事も無いだろうから、それだけは注意しなければならないが。

『ブレスト キャノン』
「シュートッ!」
「悪あがきだね」

案の定、遠距離攻撃に活路を見出そうとしていたバースだが、結果は言わずもがなである。
カザリが無造作に腕を振るうと共に熱線の嵐を放射すれば、あっというまに抜き打ちの砲撃は弾かれてしまって。
しかも、カザリが片手間に水流攻撃を加えてみせれば、あっさりとバースは近くの壁に叩きつけられてしまう始末である。
先程電撃を流されたのも拙かったのか、その装甲の隙間からは、バチバチという不具合を思わせる音が漏れて出してしまっていた。

カザリとしては、別にバースが壊れてしまっても何の問題も無いのだが……真木博士と手を組んでいる身としては、それは大丈夫なのかとは思わないでも無い。
一応、バースは真木博士の作品であるからして、バースを壊してしまうと真木清人に悪印象を与えてしまう可能性も否めない。
バースへと熱風や重力攻撃を散発的に浴びせ続けながら、微妙に決め手を発し切れない、カザリさん。
その悩みを知る者は、おそらくこの場には誰も居ないに違いない……。



そして、最初にヤミーを追っていた筈のアンク組はと言えば。

「映司! 遅い!」
「お前だって無警戒で攫われた癖に。人のこと言えないだろ?」

一応、タカのカンドロイドとトーリの働きによって、映司とは合流することには成功していた。
もちろんトーリとしては、マミとアンクを二人きりで地上に残すことに、不安が無かったわけでは無い。
だが、何かしらのトラブルが引き起こされるのだろうと思っていたトーリの予想に反して、そんな事は無かったらしい。
もちろん、両者は仲が良いとは言えないが、トーリに実害が及ばないのならば特に気にすることもないのだろう。
現在はアンクの注意が映司へと向いているため、マミもそんなに険しい雰囲気を纏っていないのが、トーリにとって幸いと言えば幸いである。

「それで、ヤミーの場所は?」
「今は、活動してないらしい。気配もさっぱりだ」

……そう聞いて、映司がそれを鵜呑みにするかと言われれば、そんな事も無かったりするのだが。
ヤミーが育っていなければ、ヤミーがセルメダルを増やすまで放置するぐらいの事は、アンクは平気で考える奴なのだ。
であるからこそ、映司が楽観的にアンクの反応を待つことは、まず有り得ない選択肢であった。

「とりあえず、俺はこの辺りを探してみる。マミちゃん達はどうする?」

映司は……マミとトーリの二人に聞いているのだろう。
マミが決めれば、トーリも従うと思っているに違いない。
全くもって、その通りである。
このトーリの方針は、主体性に欠けているのではなく、マミさんから不信感を抱かれないための戦略的消極性なのだ。
元よりトーリの性格が消極的だとか、そんな事は気にしてはいけない。

「私達は、一緒に空中から探しましょう?」

そんな中、マミの言い出した提案は、微妙にトーリの予想に反していたりして。
トーリとしては、マミとトーリがそれぞれ地上と空中から探索を行うことになるだろう、と思っていたのである。
もちろん、ヤミーを発見するために効率的な発想を求めるなら、チームを分けるのがベストな作戦である事は間違いが無い。

加えて、トーリを一人だけで飛ばすことは、別に戦力の分散となる訳でも無い。
マミはトーリと一緒に居なくとも一人で戦えるし、トーリは一人でヤミーを発見しても無謀な戦いには挑まないのだから。
したがって、ここは捜索の手を分けることが正解である筈なのに。

ちらり、と映司の方へ視線を送ってみるものの、曖昧な笑みで返されるだけだった。
何となく、『付き合ってあげなよ』と言われた気がしたものの、映司の意図もよく分からない。
……映司は、マミが何を思ってトーリとの同行を申し出たのか、察しがついているのだろうか?

「……了解です」

まぁ、結局トーリは、マミの提案に頷くしか無いのである。
映司が特に何かを明言しないのは、マミにその内容を聞かせる事が憚られるからだ、という可能性もあるのだから。
トーリが積極的に聞きに行くと、思わぬ地雷を踏むことに成りかねない。

こんな時に限って、空は憎たらしいほどに青くて。
いっそ、巨大メダルがまた浮き上がって行ったら…………それは、やっぱりマズいかもしれない。

トーリとの同行を言い出したマミは、何を考えているのか。
空へと上がった魔法少女達を一瞥してヤミーを探し始めた人間とグリードは……いったい、何を想ったのか。
大分人間との付き合いが長くなってきたトーリには、分からないようで、何かが分かるような。
中途半端で宙ぶらりんな蝙蝠のままで居るのが、結局のところとしてのトーリらしさというヤツなのかもしれない

そんなトーリの戸惑いをまるで解さない上空の風は、比較的穏やかであった……。




佐倉杏子は……ライオンクラゲヤミーに、思わぬ手間をかけてしまっていた。
かつてクワガタモズクヤミーを目にしている杏子としては、油断している心算は無かったのだが、それでも目の前のヤミーは予想外に厄介だったのである。
先程までグリードのカザリとタイマン勝負を演じていた杏子としては、当たりクジを引いたつもりで居たのにも、かかわらず。

「この間のモズクといい、ヤミーってのはこうもゲテモノ揃いなのかよ!」

ライオンの身体の節々にのぞくクラゲの質感も、杏子へと生理的嫌悪感となって襲い来るのだ。
というか、実際にクラゲファンネルが宙を泳ぎ回りながら襲い来ている。
質量を無視しているとしか思えないクラゲ端子が、空中に浮かびながら散発的な電撃攻撃を杏子に浴びせているのだ。
しかも、クラゲを切るとプラナリアのように二体に分裂するのだから、タチが悪すぎる。
一体一体は致命傷の原因にはならないが、足を止められてライオンクラゲヤミーの本体からの攻撃を回避できないのが、何よりも辛い。

一応、何とか槍の腹を使って防御する事は出来ているが、機動力を封じられてはお手上げである。
得意の空中機動も、制空権を完全に掌握されたこの状況の中では、活かせる見込みは皆無と言って良いだろう。
槍を振り回しながら、杏コプターッ! とでも叫んで超上空飛行でも試みれば良いのだろうか?
もし世界観と物理法則が許したとしても、そんなの絶対杏子自身が絶対に許さない!

だが、助けを求めようにも、バースも苦戦中なのは火を見るより明らかであった。
さやかは……すぐに死に直結するような苦戦は味わっていないようだが、さやかの退路確保任務は地味に重いので、あちらを中断させると結局杏子も死にかねない。

「……って、何で考えちまうかな。そういうのを」

何度目か数えるのも億劫な電気ショックを貰いながら、焦げ臭い吐息とともに、愚痴ってしまっていた。
杏子としては、自分は他人に助けを求めるような人間では無いと思っているのに。
というか、その前にもおかしいところがあった気がする。

杏子はさやかに対して、使い魔を倒すように命じたが、それも普段の杏子からすれば有り得ない事なのである。
常時の杏子ならば、卵を産む前の鶏を絞めるような真似は、決して行う筈が無いのだ。
今回はグリードという特段の事情があるとはいえ、どうも柄に合わない行動ばかりをとってしまっている感は否めない。
この見滝原に来てから、どうも似合わない姿ばかりを晒してしまっている、ような。

爪を突き気味に放ってきたライオンクラゲヤミーの攻撃に対して、爪の間に槍を滑り込ませて、その爪を捻り折ってやりながら。
その折れた爪がクラゲ端子となって空中に浮かぶ様子に、辟易させられてしまう。

そして、一応の味方二名の様子を窺ってみるものの、やはり彼らも余裕は無いらしい。
……が、さすがにそれは変だ、と杏子は嗅ぎ取り始めていた。
グリード相手に苦戦しているバースは仕方ないとしても、さやかは明らかにおかしい。
あんな体当たりと轢き逃げアタックしか能が無い使い魔など、そう手こずる相手では無い筈なのに。
獅子の爪を槍で弾く音を耳に挟みながら、杏子がもう少し注意を割いて美樹さやかの様子を観察してみると……

「何やってんだ、アイツ……?」

さやかの挙動に纏わり付く不自然さが、際立って見えて来ていた。
どうも、使い魔の周りを跳ねまわる黄色いボールを、気にしているようなのだ。
直径20センチほどのボールが使い魔を囲むように飛び跳ねているのだが、さやかがその黄色達を避けるために、余分な動きを食っているように思えた。

ひょっとすると、クラゲ端子のように、電撃でも撒き散らす仕様なのだろうか?
そう思って観察してみるものの、偶にさやかの身体にぶち当たる黄色い球体は、特にさやかにダメージを与えているようには思えない。
あとは、考えられるとすれば……精神干渉系の攻撃を受けている可能性も有り得る。

『どうした? その黄色い球に何かあるのかよ? まとめてブった斬っちまえ』

突然の念話に驚いたらしい美樹さやかだが、一応その足と手を休めない辺りは、杏子としては評価してやらない事も無い。
しかし、杏子へと返って来た視線があまり良い情報をもたらさないだろうという事は、勘の良い杏子なら既に察している訳で。

「人だよっ! この球、中に人が捕まってる!!」

念話で返すことも忘れて、肉声で返事を口に出してしまう程度には、焦りを滲んだ美樹さやかの声色。
グリードやヤミーにも聞こえてしまうのを気にかける余裕も無いままに、さやかが声を張り上げてきたのである。

杏子自身も、近くを跳ねているボールに対して目を凝らしてみれば……確かに、中に生きた人間が捕らわれている様子を確認することが出来た。
おそらく、人間を捕まえて保管しておく事が、この使い魔の能力なのだろう。

まぁ、そんな事は杏子の知ったところでは無い訳だが。

「そんなの、邪魔になるぐらいなら使い魔と一緒に切っちまえ!」

だからこそ、杏子は反射的に、言えてしまう。
自分のために戦うと豪語する杏子だからこそ、即答出来てしまうのだ。
すなわち、他人の命を自分の命より優先するな、と。

「なっ……!」

信じられないという顔を見せている美樹さやかは……実はあまり、使えないのかもしれない。
もちろん杏子とて一般人としての感覚を完全に捨て切れている訳でも無いが、命を張って戦っている時にモラルなどと言っていたら、冗談抜きで死にかねないのだ。

「アタシ達が死んだら、どの道そいつらも全滅だっての! 生き残る可能性を多少でもくれてやった方がマシだろうが!」

なんなら、担当代われよ!
自らの手を人間に下した経験が、杏子にある訳では無い。
だが、使い魔を放置するという事は、結局使い魔に食われる人々を間接的に見殺しにするという事なのである。
そんな後悔を振り切るための思考が……きっと、現在の杏子を形作っているモノなのだ。

いつも以上に動きに精彩を欠いている美樹さやかは、きっと迷っているに違いない。
バカな事を言うな、と真っ向から否定してこないだけ、マシなのかもしれないが。

「そんなこと、言われたって……!」

使い魔を追いつつも、答えを出す気配を見せない一人の魔法少女。
そんなさやかの戸惑いの最中にも、杏子は電撃と凶刃の二重奏を味わい続けていて。


そして、この場に『人間』は、もう一人残っている。
途中から肉声で話し始めた魔法少女達の会話を耳に挟んでいる筈のバースは……何も、言葉を発しない。
ただ、カザリの隙を窺っては追加武装でカザリを狙うという行為を、淡々とこなすのみ。
その不透明なヘルメットの下に、彼が何を思っているのか。

……きっと、杏子を非難している訳では無い。
そう、根拠も無く感じ取った佐倉杏子は……楽観主義者なのだろうか……。



・今回のNG大賞

「その球って人間だったのか……よし、手当たり次第にセルメダルを入れてヤミーを作ろう」
「なん……だと……」

その後、投げたセルメダルを使い魔にことごとく食べられて、カザリさんは泣き寝入りしたとか。

・公開プロットシリーズNo.109
→杏子を扱ううえで回避できない壁?



[29586] 第百十話:Ride on right time ――少し遅れるぐらいがヒーローの定時出勤である
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/10/13 20:41
「ねぇ、トーリさん?」
「どうかしましたか?」

羽をはためかせた後輩に、ぶら下がりながら。
巴マミは……ようやく、トーリへと言葉を投げかけていた。
背信者の容疑がかかっているこの後輩へと、マミは現在進行形で接し方に戸惑っている真最中なのである。
もっとも、少しだけ不安気な表情を返してきたトーリは、おそらくライオンクラゲヤミー関連の危機を想定しているのだろうが。

「トーリさんの戦う理由って、考えたこと、あるかしら?」

もちろん、貴女は裏切り者なの? とストレートに聞いても、正直に答える間諜など居る筈が無い。
そんな事が分からない巴マミでは無かった。
なので、揺さぶりがてら、不信感を抱かれない程度の質問を放ってみたのだ。
そして、マミの言葉に困ったような態度を見せているトーリは、おそらく戦う理由というものを考えたことが無かったのだろう。
もしくは、マミの意図を測りかねているという線も考えられた。

「理由、と言われましても……」

一方、当のトーリ本人はといえば、突然のマミの質問に困惑するばかりである。
もちろん、グリードの復活方法を嗅ぎまわるためです、などとは言える訳も無い。
だがしかし、言われてみるとトーリが危険な戦いに身を投じている現状は、周囲に違和感を与えていても不思議では無い。
魔法少女はグリーフシードを集めなければ魔力を補給できないが、トーリにはそのような縛りは無いのだから。

しかもヤミー退治の方もやはりトーリには得が無い……と考えてから、ある違和感へと注意が向き始めていた。
そもそも、ヤミー退治によって得が無いのはトーリに限った話では無い、という事に。
むしろ、映司やマミは、何故ヤミー退治に手を出しているのか。

「ワタシには、戦いから退いても何もありませんから」

……びっくりするほど、何もない。
魔法少女の皮を捨てたトーリの姿を想像してみたとき……そこには、一体のヤミーの姿しか居ないのだ。
つまり、ヤミーというプロフィールを伏せた状態においては、戦いから退いたトーリの図は想像することもかなわない。

トーリには、人間としての背景というものが存在しないのだ。
記憶喪失騙りを始めてから既に二週間が経ったものの、それでも足りない。
やはりそれは、一人の人間の存在をゼロからでっちあげるための期間としては、短すぎるのである。

「その点に関しては、私もあまり人のことを言えないのかもしれないわね……」

まぁ、マミがトーリの適当な返事で納得してくれたのならば、それで良いような気も。
だが念のために話題を別の方向へと誘導しておくのが、トーリなりの慎重さである訳で。
トーリ自身が口を滑らせる失態の防止を考慮に入れて、先手を打つに越したことは無いのだ。

「そもそもマミさん達こそ、魔女はともかく、ヤミーを倒しても得はしないじゃないですか。それでもヤミーと戦う理由って、何なんですか?」

すなわち、マミに語らせることで、トーリへの追撃を防ぐ作戦である。
トーリは、辞書一冊分の偽造プロフィールを用意するような頭脳は持ち合わせていないのだから。

「私は、魔法少女として人々に希望を振り撒くのが、当たり前だと思っているわ」

魔女は絶望を振り撒き、魔法少女は希望を振り撒く。
そんな話を、トーリは以前にもマミから聞いたことがあったような気がする。
確か、映司と一緒にマミの部屋を訪れた時の事だった筈だ。
……まさか、その日の内に当の部屋が半壊するなどとは、予想さえ出来なかったが。

「……でも、最近になって、少し違うようにも考えるようになったの」

……と、トーリが思い出に浸ろうとしていたら、マミさんが少しシリアス圏に入り始めた件について。
当然、茶々を入れるようなスキルも無いトーリには、聞き続ける以外の選択肢など無いに決まっている。
そんな事をして脳天をティロられては堪ったものでは無い。

「人々を助けでもしなければ、私は『希望』を意識することさえ出来なかったんじゃないか……って、ね」

ぽつり、ぽつり、と。
マミが口を開いて話し始めた内容は、一人の魔法少女の誕生秘話。
とある交通事故から生まれた、ひとりぼっちの魔法少女の経緯が、言葉としてトーリへと届いていて。
なんだかどこかで聞いたような話だ、と思ってしまいながらも、その元が何なのか分からない。

「一人だけ生き残って、自分に希望が無くなったからこそ、他の人の希望を感じることで自分自身の心を誤魔化してきた……そんな、気がしてきたのよ」

そうは言われても、トーリとて何を答えれば良いやら。
絶望がお前のゴールだ、などと突っ込むのが間違いである事は疑う余地も無いが。
希望という言葉をトーリの心に沿って考えるならば、ウヴァさんの復活という目標に直結するだろうが、巴マミの言う希望とは少し毛色が違うのかもしれない。

「でも、私にも魔法少女の仲間が増えて、それが私にとっての希望になりつつある。そう、思っているわ」

……たしかに、マミの元へと美樹さやかを初めて連れて行った時には、マミは何だか嬉しそうだったような気もする。
今思えば、それは単純に魔法少女仲間が増えたことに対する歓喜であったのだろう。
やったね、マミちゃん! 仲間が増えるよ!
ひょっとすると、暁美ほむらがキュゥべえを殺したときに巴マミが怒りを露わにしたのも、魔法少女が増える可能性が絶たれたと思ったからなのかもしれない。

「トーリさんは、私のこの『希望』が……簡単に消えてしまうものだと、思う?」

希望が、という事はつまり、魔法少女達が、という事なのだろう。

まず絶対に死にそうに無いのが佐倉杏子だ、とトーリは思う。
精神的なタフネスというか、不慮の事故でも起こらない限り死なないような逞しさが、杏子からは感じられたのだ。
だが、美樹さやかは……メンタル面は、かなり脆そうである。
恋路に迷い、正義に迷い、ギャグ路線にも迷い気味の美樹さやかは、回復魔法のお蔭で肉体的には死に辛いだろうが、精神的な問題で色々と危ういと言える。
……暁美ほむらさんに関しては、ノーコメントでお願いします。

もっとも、何となくトーリは、さやかや杏子の事は話題の中心では無いと思えていた。
マミがトーリにこの話題を振ったのは、マミがトーリの身を案じているのではないか、と。
先程の『戦う理由』の話と繋げて考えるに、おそらくマミは、トーリの身を案じて魔法少女業から退くことを勧めたいのだろう。
そう、トーリは考え至ったのである。

「ワタシの事でしたら、ダメだと思ったら誰よりも早く逃げ出すので、大丈夫ですよ」

時間停止を駆使して追ってくる暁美ほむらさんから逃げるのは、大分骨が折れるが。
それでも、一応カザリから暁美ほむらの毛髪を分けてもらっている身としては、大分心が穏やかである。

「……そう、ね。貴女は、変わらないわよね」

少しだけ穏やかになったように思える巴マミの声を、耳に収めながら。
上空からのヤミー探索は……もう少しの間だけ、続きそうであった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十話:Ride on right time ――少し遅れるぐらいがヒーローの定時出勤である


Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……
タカ×3
コンドル×3
カマキリ×2
バッタ×2
ライオン×1
トラ×2
サイ×1
ゾウ×1
ウナギ×1
タコ×1
コブラ×1
カメ×1
プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



緑の巨大ルーズリーフが敷き詰められた、魔女の結界にしては少しばかり奇天烈さに欠ける空間。
それが、魔法少女やメダルの怪人達を取り囲む環境の、内部風景であった。
だがしかし、緑という色が人間を落ち着かせるなどという噂は、きっと嘘であったのだろう。
なぜなら、使い魔を追っている魔法少女の心は……今までにないほどに、かき乱されていたのだから。

使い魔の周りを跳ねまわる黄色の球体を力尽くで払い除ける訳にもいかず、しかし使い魔へと接近する方法を他に思いつく訳でもない。
この黄色いボールの群れを纏めて切り裂いてしまえば話は早いのだが……そう簡単に割り切れる筈も無い。
どういう原理かは不明だが、直径20センチほどの球体の中には人間が縮小されて閉じ込められているのである。
これを躊躇なく両断できるほど、さやかは人間を捨てていない。

「出来ないならアタシに代われ!」

そして、杏子にやらせるにしても、結局ボールに捕らわれた人々を見殺しにするのは変わらない。
もちろん直接手を下すのと見殺しにするのは、心理的な負担は段違いではある。
それでも、見殺しならば良い、と割り切ることも出来そうには無かった。

「えーと、伊達さんって医者なんでしょ! 何か言ってやってよ!」

なので、とりあえず三人目に頼ってみた。
三人寄れば文殊の知恵というヤツである。
ある程度賢い人間が三人集まらないと、意外に何とかならなかったりもするが。
いわゆる社会的手抜きという言葉だってあるのだ。
余談だが、怪人が大群になった途端に一体一体が弱くなったように感じるのは、この社会的手抜きのせいであると言われている。

「生憎、医者の仕事はまず、自分が死なない事だ。……でなきゃ、誰も助けられないからな!」
「むしろ、この場で一番死にそうなのって、君だよね?」

現在進行形でバースをリンチ中のカザリさんからの、有難いツッコミであった。
いやいや、カザリさんは別にコメントしてくれなくても良いのである。
問題は、伊達の発言に対して、さやかが落胆の眼差しを返してきたことなのだ。

「……が、美樹ちゃんの言いたい事も、分からんでも無い。まぁ、人間そう極端にならなくても、意外と生きていけるモンだぜ!」
「だからさ。一番死にそうな君が言っても説得力無いよ?」

こればかりは、カザリさんのダルそうな突っ込みに、周囲一同も同意せざるを得ない。
身体のあちこちから配線コードやら謎の白い気体やらが漏れ出しているバースは、どう見てもこの空間の中で最も大きなダメージを負っているのだから。
さすがに、中の伊達明も無事では無いハズなのに。
格好良く言えば『ハードボイルド』、親しみ易く言えば『痩せ我慢』といったところだろうか。

「何か考えがあるって事だろーな? アタシもそんなに余裕ねーけど、聞くだけ聞いてやる!」
「その使い魔って奴が、なんでそんな面倒な方法をとって人間を捕まえてるのか! そこに何かヒントがありそうだ!」

カザリに内容を把握されることを恐れているのか、伊達からの助言は尻切れトンボで。
さやかの頭では、その意味を瞬時に理解することなど、出来そうに無かった。
伊達が念話を使えれば、詳細な内容を聞き出せたのかもしれない。
もちろん、伊達明は年齢や性別的な意味で、絶対に魔法少女になる事が出来ない人材であることは、疑う余地が無いが。

『……今のって、どういう意味?』
『まぁ、アタシに聞いてくるだろうとは思ってたけどさ……』

そして、さやかからの念話には躊躇いが含まれていた事を、杏子からは窺うことが出来ていた。
渋々、といった心境が、何となく念話の声色から読み取れるのだ。
本当はアンタに聞きたくなんて無いけど、とでも言いたいのだろう。
だが、聞く相手を選べる環境では無いという事も把握しているからこそ、杏子に聞いて来たという訳だ。

『使い魔の行動に何か手がかりがあるの? 確かに、人間をボールに変えるなんて意味不明ではあるけど』
『ああー……言われてみると、そんな使い魔って、偶にいるなぁ……』

先程は反射的に返してしまっただけで、落ち着いて考えてみると、杏子には心当たりがあった。
クラゲ端子の電流を受けながら落ち着いて考えるというのも、奇妙な話ではあるが。

『人間を喰わずに操るタイプの使い魔なら、そいつは魔女のところに餌を運ぶ役割を持ってる事がある。つまり……』

この場に居ない鹿目まどかがそれを聞いたら、真っ先にテレビの魔女と、その使い魔の天使モドキを連想したことだろう。
口付と使い魔を使って餌となる人間を集める憧憬の魔女が、無重力の空間に浮かぶ姿を。
そして、杏子の言わんとしている事を、さやかもようやく理解する事が出来ていた。

『ボールの動きを注意して見てれば、隠れてるかもしれない魔女が見つかるってこと?』

一応、魔法少女達の視点からは、結界を張っている主が使い魔なのか魔女なのか、判別することが出来ていない。
何処かに魔女が隠れているのかもしれないが、姿を見せているのは使い魔だけである。
だからこそ、結界破壊役のさやかは視認されている使い魔を追い回していた訳だ。
だが、もしこの空間内で魔女を発見できたのならば、そいつを倒しても結界が失われる可能性が残っている。

『魔女と使い魔のどっちが結界張ってるかは分かんねーけど、可能性としては有り得るだろーな!』

さやかは、少しだけ使い魔との距離を置いて、視野を広げることを頭に入れてみた。
見の目を広げて、空間内に散らばるボールの分布を把握しようと考え始めたのである。
すると、大まかなボールの動きの傾向が、おぼろげながら像を結び始める。

ボールは基本的に走り回る使い魔の周囲を付いて回り、使い魔から離れるほど、黄色の弾幕の濃度は目に見えて低くなっていくのだ。
特に、生産ラインに乗せてボールを魔女の元へ届けるようなあからさまな仕組みは存在しないらしい。
だがしかし……視線を回しに回して、ようやく、気付くことが出来た。
結界内のとある一点の付近だけは、やけに黄色いボールが少ないという事に。
加えて、その理由についても。

「そこ、かぁーっ!!」

……即ち、その場所に潜んだ魔女が、ボール状に封じられた人間を密かに捕食しているからである。
声を放った時には、既に全てが終わっていて。
自分の放った声に追いつくような速度で駆け寄ったさやかは……躊躇なく、サーベルを突き刺していた。
緑色のルーズリーフで偽装された、壁の中の一点へと。
そして、手応えは……期待した、通り。
厚紙のようなものを貫いた感触の一瞬あとに手元へと返ってきた、綿のような柔らかさ。
それが、さやかの仕留めたものの全てであったのだ。

「コイツが、魔女……?」

能面のように白い顔に、二つにまとまった金髪を生やした……人型の魔女。
顔に開いた窪みには、人間の目や舌のような有機的な器官は見られず、それだけがこのヒトガタが人外である事を語っていた。
もし胸部に穿たれた傷から深紅の鮮血が溢れていたのならば、さやかは酷い精神的外傷に見舞われていたかもしれない。
幸いにして、魔女の中身はあまり密度の高からぬ綿のような素材だったようだが。

『――――――!!』

しかし、さやかは最後に、魔女の人間染みた挙動を……認識してしまった。
そいつの放った金切声のような断末魔が、思考を麻痺させたのだ。
相手が人間でないとは、分かっている筈だった。
それでも、人に似た異形というものは、生理的な嫌悪感を人間へと与えるものなのである。
人間の手や顔の意匠の混じっているヤミー軍団が微妙に気持ち悪く見えるのと、同じ理由なのだろう。

「ボサっとすんなっ!」

だからこそ、美樹さやかの反応は……遅れてしまっていた。
腕に返ってきた感触や悲鳴に意識を引きずられ、結界が消えて行った様子さえ視界に入って居なかったのだ。
……当然、バースを相手どっていた筈のグリードが、さやかへと肉薄した事にも気付かずに。
カザリの背を負おうとしたバースの手も、杏子の怒号も、間に合わない。

躊躇なくソウルジェムへの串刺し攻撃を敢行してくるカザリの爪を、無意識の内にサーベルと腕で受ける事は出来たものの、それが反応速度の限界で。
自身の血渋きの向こう側に、既に魔女から漆黒の卵を抉り出す作業に入っているカザリの姿を垣間見るのが、精一杯であったのだ。

それでも、さやかの頭は中々現実に帰還しようとしなかった。
通常の人間ならば鋭い痛みを前に意識を揺り戻されていたかもしれないが、魔法少女の痛覚制限が悪い方向へと働いてしまっているのだ。
一方、そんな事情になど興味も無いカザリは、長く伸びた爪を深々と魔女の亡骸に突き刺して、次の瞬間には爪の間に挟んだグリーフシードを引きずり出しながら。

「ご苦労さま。おかげで目的の物も手に入ったよ。……じゃあね」

大して親しくもない知り合いと別れる時のように……空いた方の手を、振るった。
凶刃を輝かせた腕を、無造作にさやかへと振り下ろしたのである。
既にダメージを受け過ぎているバースはまともに動けず、杏子も浮遊クラゲの群れに足止めされてしまっていて。

「やっべぇ! 逃げろ! 美樹ちゃん!」
「何やってんだ! バカッ! 動けよ!!」

二人の張り上げた声が、ようやくさやかの意識を引き戻したときには……既に、カザリの凶爪はさやかの目前まで迫っていたのだ。
走馬灯を見る事も無く、世界がスローモーションに変わる訳でも無く。
辛うじて意識ははっきりとしてきたものの、その頃には全てが手遅れに……そう、思えた。

「おっと!」


……カザリと美樹さやかの間の僅かな空間を、一閃の光が通り抜けるまでは。
まるで雷が落ちたようだ、とその場の誰もが思い、天を仰いでいて。
而して、次の瞬間には晴天に映る人影を目にして、誰もが閃光の正体を理解するに至る。

どこか狩人という人種を連想させる帽子やブーツに、特徴的な金髪を巻いた、一人の魔法少女。
それが、遥か上空より影を落としている高みの住人の正体であったのだ。

……ついでに、リボンで編まれた手綱によって狙撃の名手をぶら下げて飛んでいる蝙蝠娘の姿も確認されたとか。
おそらく心の中では『無限の魔力は使わないって言ったじゃないですか!?』などと驚いている事だろうが、空気を読んで口を噤んでいたりするのだろう。
まぁ、さやかのための緊急回避だと言われれば反論できなくなる事ぐらいは察しているのだから、仕方が無い。

もっとも、流石のグリード最速というべきか、過去にも一度マミによる狙撃を受けた経験を持つカザリには、直撃はかなわなかったが。
完全回避とまではいかず、脇腹から多少のセルメダルを零しては居るものの、その姿は満身創痍という程でも無いように思われた。

「同じ手は食わないよ?」

……余裕ぶってみたカザリさんであるが、既に思考は撤退一色である。
なぜならカザリには、遥か上空に居る巴マミを攻撃する手段が無いのだから。
カザリが重力や水流攻撃を手にしたとはいえ、流石に長距離を隔てている相手に対する攻撃手段にはならない。

そしてカザリは、当然のように気付いていた。
カザリの背後の死角から、『王』が迫っていることにも。
おそらく、メダル奪取に特化した形態である『タトバコンボ』にて一足飛びにカザリへと接近しているであろう、オーズの存在に。
魔女が倒れて結界が揺らいだ瞬間からグリードやヤミーの気配が漏れ出し、アンクがそれを感知してオーズをけしかけたに違いない。

すなわち、巴マミは美樹さやかの危機を救う役割と同時に、カザリの注意を引くための囮でもあるという事である。
オーズは、トラメダルの力によって具現された長爪をかざして、カザリへと迫っている事だろう。
カザリも何だかんだでアンクとは800年前からの付き合いなので、手札さえ割れていれば、アンクが立てたであろう作戦を予測することは困難な作業では無いのだ。

したがって、カザリはオーズに気付いて居ないフリをしながら……自身の爪を、伸ばす。
グリード最速であるカザリならば、オーズをギリギリまで引き寄せてからのカウンターが、充分に狙えるのだから。
もちろん、巴マミからの狙撃を受ける可能性も考慮に入れ、上空への警戒も怠らない。
バースのブレストキャノンにも、魔法少女等の投擲武器にも注意を払うことも、忘れていない。

そして、オーズを限界まで誘い込んだカザリは……振り向きざまの遠心力を加えた一撃にて、オーズを串刺しにした。

「なっ……!?」

……そう、思った。
だがしかし、カザリの予想通りにタトバコンボの姿で肉薄するオーズの姿とは裏腹に、オーズは傷を負って居なくて。
オーズが咄嗟にトラクローでカザリの攻撃を防いだわけでも無ければ、何か回避動作を取った訳でも無い。

カザリの腕が……『動かなかった』のだ。
振り抜こうとしたカザリの両腕には、朱色の緒が結びついて、カザリの動きを阻害していて。
その正体は……リボンであった。
周囲にも上空にも油断なく注意を向けていたカザリの、唯一の死角であった地下から。
すなわち、巴マミの残した弾痕からの拘束紐が、カザリの動きを鈍らせてしまっていたのだ。
カザリの誤算は、人間側の手札を自身が知り尽くしていると思ってしまったことだったのである。

間に合わない。
いくらカザリがグリード最速とはいえ、相手をギリギリまで引き付けた状態から一手遅れてしまっては、何をするにも時間は足りない。

「セイヤッ!」

煌く。
オーズの両の腕にて生み出された二筋の閃きが、撒き散らされた銀のメダルの乱反射を受けて、尚輝く。
その中に異色の光を見出したカザリは漸く……やられた、と心の底から理解するに至っていた。
大量のセルメダルに紛れてカザリの身体の中から零れ落ちたコアメダルは、青と黄の一枚ずつで。
狙い澄ましたように……などという比喩を使うまでも無く、実際にタカメダルの透視能力でオーズが狙っていたのだろう。

そして、カザリが朱の魔力紐を振り解くのと、オーズがそのドライバーに装填されたコアメダルを換えたのは……まったく、同時の出来事であった。

『ライオン トラ チーター』
「は、ああああっ!!」

閃光が、周囲の色彩を塗り潰す。
たった今カザリから奪ったチーターのコアを使用したオーズのコンボ形態が、眩いばかりの光を撒き散らしたのだ。
黄色の猫科コアメダルを使ったコンボ、『ラトラーター』……それが、現在のオーズの姿で。
その開幕特性である放射熱線『ライオディアス』が、カザリを襲ったのである。

もちろん、グリードやヤミーは同族メダルの特殊能力に対する耐性を持っているため、放射熱線はカザリへの致命傷にはならない。
カザリは、黄色のメダルのグリードなのだから。
だが、しかし。

『スキャニングチャージ』

ベルトのコアメダルを再度読み取ったオーズの行動……これは、いただけない。
おそらくオーズは、チーターレッグの速度からのトラクローによる斬撃を使うつもりなのだろう。
カザリは既にコアメダルを抉り出される程の傷を負っており、最初の巴マミの狙撃によるダメージもゼロでは無いのだ。
加えて、取り込んでいたコアメダルを抜かれた直後に一時的に戦闘能力が落ちるというグリードの特性もあり、カザリの状態は既に万全と言うには程遠かった。
このオーズの必殺技を受けたなら、カザリ自身が生き残る事は出来ないと考えた方が良さそうである。

「セイヤァッ!!」
「……今日はこのぐらいにしておいてあげるよっ!」

したがってカザリは、使わざるを得ない。
最後に残された、カザリ自身の手札を。

「ガアッ!!」
「コイツは……!」

オーズとカザリの間に飛び込んできたのは……一体のヤミー。
手傷を負ったバースと杏子にトドメを刺そうとしていたライオンクラゲヤミーを、呼び戻してカザリの盾に使ったのだ。
数多のクラゲ端子は、既に熱線攻撃の余波にて消滅してしまっていて。

その中に人間が入っているという事実がオーズの手を鈍らせる……が、それでも、足りない。
万全時のカザリがグリード最速であるように、黄色のコンボ『ラトラーター』もまた、オーズの形態の中で最速なのである。
更に、オーズは自身が放っている眩い光のなかでも、その目の力を失う事は無い。
すなわちオーズは……ライオンクラゲヤミーの、熱線へと抵抗力が無いクラゲ部位が消失している箇所を、見逃さなかったのだ。

なんと彼の王は、両腕で十文字に切り裂く攻撃であるハズの連続技を右腕だけキャンセルして、ヤミーの中の人間を無理矢理引き摺り出すという離れ業を瞬時にやってのけたのである。
本来二撃にて相手を仕留める筈の必殺技であったが……熱線攻撃で多少ヤミーの体力が削れていた事も原因となり、ヤミーがその一閃を耐える事は適わなかったのだった。

しかし、爆炎と共にセルメダルへと還っていくライオンクラゲヤミーは、最後の役目を果たしていた。
光を揺るがす爆炎が晴れ渡ったとき、辺りにカザリの姿が見られなかったことが、それを物語っていたのだ。
即ち……ヤミーは、カザリの逃亡の隙を作り出すという役割を全うしたのである。



……結果的にオーズから逃げ切ったカザリは、而してまだ、負けた訳では無い。
コアメダルを奪われた事は不愉快だが、お目当てのモノは確かに手に入ったのだから。
漆黒の球体にして魔女の卵、グリーフシード。
落書きの魔女の落とした不幸の種を、カザリのその手は、確かに掴んでいるのだ。

果たして、絶望の卵はカザリの希望を孕むのか、はたまた獅子身中の虫となるのか。
……進化への欲求は、終わらない。



・今回のNG大賞

「そういや、アンタが途中まで追いかけてた使い魔って、最後どうなったのさ?」
「……しまった! 結局外に逃げられたぁッ!!?」

まぁ、状況的に仕方なかった気も。

・公開プロットシリーズNo.110
→マミさんとオーズが組んだら、セルメン(不完全態)グリードぐらいには安定して勝てる……ハズ。



[29586] 第百十一話:結界天丼
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/10/20 20:19
落書きの魔女の結界が崩壊した場所にほど近い、路地裏にて。
銃弾が、音色を刻む。
難を逃れて結界の外を走っていた使い魔が、その命を絶たれて光へと還っていく。
か細い断末魔は見滝原の町の喧騒に消え、後に残ったものは……黄色の、ボールの大群のみ。

使い魔の周囲を跳ねていた黄色の球体が、追随すべき対象を失って右往左往しているのだ。

「使い魔を倒しても消えませんねぇ……アレって、何なんですか?」

そして、案の定というべきか、後輩魔法少女はその球体の正体を測りかねているらしい。
結界から出てきた面々が満身創痍であるという判断から、空中に居た二人だけで使い魔を追ってきたというのが、現在のシチュエーションな訳だ。
そんな中、マミさんがいつものマスケットで使い魔を仕留めたところ、周囲には幾つもの黄色い球体が残されてしまった、と。

「そうね、私も初めて見る現象だけれど……」

そう口に出しつつ、巴マミは朱色のリボンを伸ばして、球体の一つを手元へと引き寄せてみた。
それが爆弾でなければ良い、と心の隅に警戒しつつ。
だがしかし、目を凝らしてみれば、球体の表面は少しだけ光の透過性を帯びた材質であるらしく、

「……ヒト、ですね」

球体の内部には、20分の1程度に縮小された人間が閉じ込められているのを、認識することが出来た。
そして、マミの方へと視線を向けているトーリは、きっと説明を求めているに違いない。
このガチャポンメーカーの回し者が作ったような現象は、一体何なのか、と。

「使い魔の中には、餌を魔女の元まで運ぶ役割を持っているモノも居るのよ。その一種だと思うわ」

たとえば、お菓子の魔女の使い魔は、魔女へとチーズを運ぶ任を負っている。
おそらく落書きの魔女の使い魔も、そのタイプだったのだろう。
もっとも、使い魔が能力的な面において任務を果たせるかどうか、という点は全くの別問題なのだが。

さて、そこで重要となってくるのが、使い魔の能力の詳細な情報である。
即ち、捕らわれた人間の解放条件が分からないため、行動を起こすことが躊躇われるのだ。
表面に傷を付ければ人間達を開放出来そうなものだが、人間の命が掛かっている状況では、なかなか行動に移る事が出来ないという訳である。

……と思っていると、黄色い球体の一つが突如として発光を見せ、瞬く間に人間を元のサイズへと開放してしまった。
マミの手元にある一個体では無く、特に魔法少女達からの働きかけも受けていない球体が、である。
何か解除のための条件があるのだろうか。

「制限時間か何かで、戻るようになっているんでしょうか?」

次々に、という程に連続して人間が解放されている訳でも無く。
しかし確実に少しずつ、黄色の球体はその数を減らし続けていて。
マミやトーリが特に行動を起こさずとも、時間さえ経てば人間達はそのうち解放されるように思える。

「そうね……自然に元に戻るタイプのようだから、もう少し様子を見たら、美樹さん達の方に合流しましょう」

間もなくして、魔法少女二名はその場を立ち去ることとなった。
黄色の球体の大半が、人間を開放したのを確認した、後に。



……落書きの魔女の使い魔。
その能力は、人間をボールに変えてしまうこと。
ボールにされた人間は、今まで吐いた嘘の数だけ跳ねなければ、元に戻る事が出来ない。
つまり、中々元に戻れないボールは……人生において、よほど沢山の嘘を重ねてきた人間なのだろう。

『助けてくれぇ~!?』

……例えば、アンク達を騙した後に偶然結界に巻き込まれた、奥村安治とか。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十一話:結界天丼



一方、結界からの脱出に成功して、戦闘態勢を解いている面々はと言えば。

「実は、死ぬかと思ったぜ!」

案の定満身創痍な伊達明が、軽口を叩いて居たりする。
バースの防御性能によってダメージは軽減されていたようだが、所々に打身らしき変色部が垣間見える辺り、割合ピンチだったのだろう。

そして、伊達と同じぐらいに重傷を負っていたと思しき赤髪の魔法少女は、忽然と姿を消してしまっていたりして。
何となく、居辛かったのかもしれない。
杏子とて人間の命を軽んじている訳では無いのだが、さやかの反応を心のどこかで恐れているのだろうか。
他人の命を見捨てることに大きな抵抗を示した、さやかの言葉を。

「納得できねぇ、って顔してるな」
「……」

たった今この場に駆け付けたばかりの映司には、分からない。
さやかに何があって、彼女に思いつめた表情を強いているのか。
いくら人間の機微に敏い火野映司といえど、流石に神では無いのだから、洞察力には限界というものがあるのだ。
伊達明は、一体何をさやかに伝えようとしているのだろう。

「美樹ちゃんは、さっき人間を見捨てろって言われた時、迷ったな?」
「……それの何が悪いのよ? あたしは、アンタ達みたいに他人なら死んでいいなんて思えない!」

……事態は、意外に深刻なのかもしれない。
魔法少女も仮面ライダーも、人間の生死に直結する職業ではあるのだから、そんな話題が浮かぶことも不自然では無い。
だが、状況が把握できていない状況で迂闊な事を口走るほど、映司は感情的な人間でも無かった。

「悪いなんて言わん。頭ごなしに否定しないで迷ったってことは、他人の命と自分の命の重さを、ちゃんと量ろうとしたってことだ」
「……?」

そんな中、食って掛かった美樹さやかとは対照的に、伊達明は飽く迄冷静さを保っているらしい。
人間とは、死にそうになった直後にそんなに冷静で居られる生物だったか、と映司としては思わないでもない。
しかし、そんな状況で落ち着いている伊達明だからこそ、さやかに的確な助言をしてやれるのではないか、とも。
もちろん、映司とて伊達の人柄を詳しく知っている訳では無いので、伊達が手筈を誤った時のために会話内容へと細心の注意を払う事は、怠らないが。

「お前は、自分が賭けてる命の重さを分かってる。そういう人間は、手強いモンだ。俺が保証してやる」

もちろん、場数を踏めば思考時間は短くなる筈だ。
その意味では、さやかは未だ強者と呼ぶには程遠いのだろう。
だが、未来においてそれは、覆るのかもしれない。
一度絶望したら終わってしまう魔法少女にとって、その未来が来るのかどうかは、微妙なところではあるが。

「なんか、はぐらかされた気がする……?」
「そいつは悪かったな。謝りついでに、あの食い逃げちゃんが何で『ああ』なったのか、知りたくねぇか?」

ホントは部外者に見せちゃいけないんだがな、なんて呟きながら。
伊達が取り出した教科書程度の大きさの書類は……後藤慎太郎謹製の、個人情報集であった。
通称、『魔法少女5名の簡易資料』である。
後藤が作成して、先日トーリに内容の誤植確認を命じた書類は、既に伊達明の手に渡っていたらしい。

……当書類の背表紙付近の紙面に折れ目が殆ど見当たらないあたり、その扱いはお察しだが。
伊達明はマニュアルの読み込みなどという細々とした作業を嫌う男であるからして、書類を丹念に読むような作業を好む筈が無いのだ。
バースの取り扱いマニュアルですら、全部読む前に暁美ほむらさんに燃やされてしまったぐらいなのだから。


もっとも、伊達のそんな軽い口調とは裏腹に、その資料の内容は……決して軽々しいものでは無くて。
佐倉杏子の父親が、とある教会の神父を勤めていたことから、話は始まっていた。
教義の解釈で総本山とモメて、破門されて。
しかし、ある時に突然、佐倉神父の元へ熱狂的な信者が集うようになった。
まるでヤミーに操られたんじゃないかと思ってしまうような、異様な集団が出来上がってしまっていたのだ。

……ところが、衰退を予期させなかった一大宗派は、唐突に終焉を迎える事となる。
神父の住居が一晩にて全焼し、燃え後からは佐倉一家の死体が見つかったのだ。
警察は、現場の状況から心中の線にて捜査を打ち切り、事件は静かに人々の記憶より忘れ去られていく事となったのである。

「……で、その時に死体が見つからなかった佐倉神父の長女が、食い逃げちゃんって訳だ」

全てを聞き終わった時、さやかは、言葉を発することが出来ずに居た。
傍らで聞いている映司も、にわかにはコメントを残せずに居る様子である。
俺達も事件の全容を知ってるわけじゃないが、と前置きしながら、伊達明はゆっくりと言葉を継ぐ。
諭す調子とも呟く声色とも、つかない速さで。

「そんな事件の当事者になった時、何かに怒りをぶつける奴も居るし、ジメジメ腐る奴も居る。で、妙に渇いちまう奴も居る」

おそらく伊達は、妙に渇いてしまった存在こそが、現在の佐倉杏子だと言いたいのだろう。
杏子の中で天秤量りの目が振り切れて、自分自身の命が極端に重くなってしまったのだ、と。

「……なんで、そんな事あたしに教えるのよ? アイツに同情しろっていうの?」

そんな中、美樹さやかが紡ぎ出した質問は……一種の、現実逃避であったのかもしれない。
杏子の境遇を聞かされても、何と返したら良いか分からず、伊達明の真意の方へと思考をシフトしてしまったのだ。
だが、伊達が何を思って魔法少女の資料をさやかに見せたのか分からないもの、気になるところと言える訳で。

「いや、それはお前さん次第だ。俺のお節介もあるが、若い連中が出す『答え』を早めに見ておきたくなってな。俺も、いつまでこの街に居るか分からんねぇからよ」

お前等には期待してるぜ、なんてさらっと言い残しながら。
さっさと踵を返して去っていく伊達明の足取りには、大きなダメージは感じられず。
さやかの治癒魔法も必要性があるとは思えず、伊達を引き留める理由も、思いつかない。


そして……伊達明の背中を見送って、少しの後。
結界の内部における出来事を映司に話してやっていた美樹さやかが、不意に零した。

「そういえば、アンタも……なんか、アイツに近い気がする」
「……え?」

妙に渇いちまってる奴、という言葉が、目の前の火野映司にも当てはまっているように思える、と。
さやかは、江戸の町の中で映司の過去について聞いたことがあった。
旅先で内戦に巻き込まれて、仲良くなった村の人々を助けられなかったのが『傷』となって今の映司を形作っているという事を。

もちろん、佐倉杏子と火野映司の現状は、正反対とも言う事が出来る。
杏子が家族の死から他人の命が軽くなってしまったのと、火野映司が村人達の死から自分の命を軽くしてしまったのは、ある意味において真逆ではあった。
だが、どうも根本は同じなのではないか、とさやかには思えてしまうのだ。

「アンタは自分が軽くて、アイツは自分が重い。だけど、なんか上手く言えないけど、凄く似てる気がするんだ」
「俺とあの子は、自分の欲望が分かってるって事でしょ」

――後悔したくないから、手を伸ばすんだ。
いつか聞いた、火野映司の言葉である。
それとは対照的に、きっと杏子は、後悔したくないから手を伸ばさないのだろう。

そして、何となくさやかは……伊達明が佐倉杏子のプロフィールを公開した意図を、はかれたような気がしていた。
あれはさやかと杏子の関係の進展も期待していたが、それと同じぐらいに、一緒に話を聞いていた火野映司に聞かせるためでもあったのではないか、と。
映司に直接言わなかったのは、まだ付き合いの浅い映司の内面を、測り違えていたら困るという慎重さからなのだろうか。
その辺りは、より付き合いの長いさやかの方が把握できている筈だと期待されているのかもしれない。

「あたしは、自分の人助けの中に後悔が無かったなんて言えないけど、だからって人助けを止めるのも違う気がして……両極端なアンタ達が凄く不自然に見えるっていうか」

――人間そう極端にならなくても、意外と生きていけるモンだぜ!
伊達明が先程残していった、言葉だった。
それを聞いた当初は、伊達がまず自身の命を考えていると口にした後だったため、さやかとしては『どっちなんだよ』と思わずには居られなくて。
しかし、今となってはその意味が分かるようにも思えた。

美樹さやかはきっと、火野映司の人助けを見ていなかったら、自身も同じぐらいの捨て鉢になってしまっていたのだろう。
そう自覚できるまでに、さやかは自己を見つめる事が出来るようになっていた。
おそらく、自分の決断に後悔があると思いたくない、なんて自分に嘘を吐いて、身が亡びるまで魔女やヤミーを狩り続けて死んでいく末路を歩んでいたのではないか、と。
映司の自己犠牲を傍から見て、その歪さに気付いたために、さやかは踏み止まれたのだという事も。

だが、杏子や映司から不自然さを嗅ぎ取っているからといって、さやかが一体何をすれば良いのか。
というか、何をしたいのか。
彼らの行動を真っ向から否定するのは難しいし、そもそも、それを実行したいとも思えなかった。

難しい。
一年間の販促番組に2号ライダーを出さない事と同じぐらい難しい。
もしくは、戦隊とプリキュアで共演映画を作るのと同じぐらいに難易度が高い。
……まぁ、後者は共演のCDなどというモノがあったりするが。

「そういうとき、大事なのは『自分が何をしたいか』だと思うよ?」

それが分かんないから困ってんのよ!
……と、思ってしまうものの、その内容までを火野映司から聞くのも何かが間違っている気がする。
というより、その答えが聞けるならば映司自身がそれを実践すれば良いのだ。
思考は、行き詰まりを見せ始めていた……。


ところで。
美樹さやかと火野映司が会話を交わしている状況において、何かが忘れ去られては居ないだろうか。
さっさと立ち去ってしまった佐倉杏子や伊達明はともかくとして、映司と共に行動していた筈の人物が、この場には姿を見せていないのだ。
映司へと、狙い目のコアメダルを指示したであろう、グリードのことである。

「それで? 俺をアイツ等から引き離した訳は?」

そして、アンクが何処に居るのかと言われれば、映司達が話し込んでいる地点より50メートル程離れた物陰だったりする。
もともとラトラーターの放射熱線の余波を警戒して現場からそれなりの距離を取っていたアンクだが、欲を言えばヤミーの落としたセルメダルを拾いに行きたいと考えていた筈だったのだ。
しかし……そんなアンクを引き留める声が掛かったために、アンクは出遅れてしまったのである。

「あの場所に行くと、危険に巻き込まれる可能性が高いからよ」

アンクの足を止めた声の主は……暁美ほむら。
鹿目まどかを守らんとする、無表情系魔法少女様である。
その目的から考えるに、ほむらがアンクを引き留めたのは筋が通っているようにも思える。
だが。

「あの奥村とかいう男が俺達を誘拐した時には黙って見てたくせに、どの口が言うんだ?」
「……気付いていたの?」

アンクは、気付いていた。
トーリとアンクが廃工場に監禁された際に、暁美ほむらが付近から様子を窺っていたという事に。
その時にはほむらは口を出してこなかったのに、今になって何故、という疑問を呈したのもの当然である。

「お前が俺のコアを持ってるからな。近くに居れば、分かる」

――よく考えたら、ワタシ達って別にピンチじゃないですよね?
あのコウモリは多分、単純にヤミーが襲って来ない事を理解していただけだったのだろうが。
一方、それに対して今更だと答えたアンクの思考の中には、付近に隠れている暁美ほむらの存在も考慮されていたという事なのである。
もっとも、暁美ほむらが行動しても、おそらくトーリの安全度は上がらなかっただろうが。

「……あの奥村という人間に対処しても、次の人間が使われるだけでしょう。そのままでもあの場では危険は少なそうだったから、根本的な解決方法を探っていたのよ」

確かに、黒幕が出て来るまで待ってから狙撃なり不意打ちなりを決めた方が、効率的には違いない。
それまでの過程に危険が少なく、回避も容易であるならば、作戦としてはアリだと言える。
……という事は、これから予想される危険は、それなりに大きいものなのだろうか。
もしくは、危険度自体は低くとも、回避が困難な部類なのかもしれない。
まぁ、アンクとて、その内容に大方の見当はついている訳だが。

「って事は、『アイツ』がすぐ近くまで来てるって事か」
「まだ姿を確認した訳では無いけれど、居るでしょうね」

例のアイツである。
ガラが倒れた後に映司達の前に姿を現した、彼女だ。
オーズのコンボを潰すために行動していた彼の魔法少女が、現在のオーズの状況を許すだろうか?

答えは、否。
案の定……次の瞬間には、火野映司と美樹さやかを取り込んだ結界が発生していて。
それが、暁美ほむらが過去のループ世界にて目撃した呉キリカの結界である事は、疑う余地が無かった。
そして、当たり前のように結界へ向かおうとするアンクの姿を、ほむらの視界は捉えていた。
……当然制止する以外の選択肢が無いので、とりあえず肩を掴んで止めておいたが。

「……離せ。折角手に入れたメダルを、みすみす奪われて堪るかよ」
「呉キリカの素早さは、厄介よ。非戦闘員を狙われたら、守り切るのは難しいわ」

キリカの能力は厳密には素早さの上昇では無いのだが、似たようなものなので説明は割愛である。
一応、最大移動速度ならば暁美ほむらに分があるものの、常時発動できる程度に燃費が良いキリカの前では、有利でない場合も多い。
特に、意表を突かれた時に出遅れる危険は、重く見なければならないだろう。

更に、暁美ほむらは予想出来ていた。
呉キリカは既に、ほむらの時間停止の攻略手段を入手している可能性が高い、と。
何となく、メダル交換の一件の後にカザリが乱入して来るのを、キリカが予め知っていたのではないかと思えるのである。
予知能力を持つ魔法少女が黒幕に居るのだから、それも有り得る筈だ。

結論としては、オーズのサポート役としてアンクの頭脳が優秀であったとしても、アンクの結界突入を許すのは危険が大き過ぎる。

「それに、先程のオーズの『コンボ』の特性は、広範囲攻撃と高速移動でしょう? 呉キリカとの相性は悪くないように見えるけれど」

幾らキリカが速いとはいえ、空間を埋め尽くすほどの範囲攻撃を回避するのは困難を極めるだろう。
加えて、回復役の美樹さやかが結界の内部に居るのだから、コンボによる疲労もあまり大きなデメリットとは成り得ない。

「……だと良いが、なァ」

アンクの呟きに……目前の小さな結界は、何も反応を見せなかった。



一方、結界の中に捕らわれた面々はと言えば。

「またアンタかっ!!」

それはもう、熱烈大歓迎であった。
チュパカブラだったりサイボーグだったりする計画通りな御仁に再会した時の護星天使だって、ここまで明確な嫌悪感は見せないだろう。
そのぐらいに、さやかからキリカへと注がれた視線には、いわゆる負の感情と呼ばれるものが詰め込まれていたのである。

「まぁ、スロットが揃った時のボーナスキャラのようなモノだと思ってくれたまえ」

しかし、そんな敵意に曝されながらも、相も変わらず黒い魔法少女は飄々としたままで。
まるで他人事のように言ってのけるその様子は、わざとらしさを滲みだしたままであった。
むしろ、コンボが揃った時のボーナスを掻っ攫っていくのが彼女の役目だと言うのに、どこかズレているというか。

「私の目的は、もう、言う必要も無いだろう?」
「いや、一応聞いておきたい。メダルを捕りに来たのは分かるけど、何で俺の手元にコンボが揃ってるとマズイのか。教えてくれないかな?」

おそらく、キリカは目的という言葉を、目的物……すなわちコアメダルの意味において使ったのだろう。
それに対して映司の切り返しは、その一歩奥に踏み込むもので。
映司とてキリカの意図を理解できていない訳でもないのだが、意図的に話題をズラしたのである。
質問したい内容としては、他にもこの結界の正体も気になるところだが、何事にも優先順位はつきものな訳で。

「オーズには、紫のメダルになるべく慣れて欲しいのさ。それが、ワルプルギスの夜の攻略糸口になるらしくてね」
「それって、もうすぐこの町に来るっていう巨大魔女……だっけ」

ワルプルギスの夜という聞き慣れない単語に映司が質問を重ねようとしたところ、さやかが補足してくれた。
どうやら、メダルではなく魔法寄りのオブジェクトであったらしい。
だが、その戦いにおける切り札がプトティラだけというのは、一体どういう理屈なのだろう。
ブラカワニやガタキリバを用いたフルコンボを使えば、プトティラ単体よりも大きな戦力に成りそうなものなのだが……。

「さて、あまりネタをばらし過ぎるのも考えものだ。そろそろ……」

いつの間にか長く伸ばした爪を、垂らしながら。
いつまでも虚しく嗤うキリカ。
そして、対峙する映司とさやかも、戦わざるを得ないという事は理解できている訳で。
キリカが少しだけ重心をズラして踏み込み始めた時点で、既に映司もさやかも臨戦態勢には入っているのだ。

「変身!」
『ライオン トラ バッタ』

オーズドライバーに即座にメダルを装填して、瞬く間に変身を終えながら。
同時に映司は、起動効果を発動させて、周囲に眩いばかりの光を撒き散らしていた。
二人の元へと距離を詰めようとしたキリカに対して、ライオンヘッドの開幕効果である目眩まし攻撃が炸裂したのである。
ラトラーターのコンボを成立させていれば、光に加えて高熱が放射されるところなのだが、相手の動きを鈍らせるだけならば光だけで十分なのだ。

「でやぁっ!!」

そして、時を同じくして……さやかが、突っ込んだ。
こちらも瞬き一つの間に魔法少女装束を纏い、腕の先に取り出したサーベルを以てキリカへと切りつけたのである。
強い光によって一時的に視力を奪われているであろう敵へと、先制攻撃を仕掛けた訳だ。

だが、やはりと言うべきか、さやかの剣閃はあっさりと宙を切ってしまって。
逆にカウンターとして、キリカの爪がさやかの臍部のソウルジェムへと伸ばされていたのだ。
初撃から必殺狙いとは、何気なく容赦の無い戦法である。
もちろん、さすがの美樹さやかといえど、即死攻撃を易々と喰らってやるほど無警戒では無いが。
回避が不十分であったために、脇腹を抉る痛みに顔を顰めこそしたものの、さやかの回復能力を鑑みれば、重症と呼ぶ程でも無いのだ。

強い光によってキリカの視力を一時的に低下させた筈だったが、戦法を見切られて目を瞑られてしまったのだろうか。
案の定、さやかを影にしながら迫ってキリカに掴みかかろうとしたオーズも、幾筋にも及ぶキリカの斬撃にて退けられてしまって。

どうやら、あまり傷つけずに取り押さえるなどという穏便な考えが通じる相手では無いらしい。
もっとも、さやかは本気で相手を斬り殺そうとしていた感が否めないが。

「君たちの考えを当ててあげようか」

キリカは、芝居のかかった口調のままに、告げる。
爪による攻撃を、オーズの手甲やさやかのサーベルで止められながらも、気にした様子も無く。
まるで、その全てが自らの掌の上で踊っていると言わんばかりに。

「『使い魔を倒し終えた巴マミがもうすぐ来るから、3人でかかれば何とかなる』ってところだろう?」

……図星、だったりする。
巴マミは単純な戦闘能力に加えて、束縛能力を有しているため、この戦況を一変させてくれるだろう。
そう、映司とさやかは思っていたのだ。
だが、しかし。

そんな二人の希望を光とも思わずに、黒い魔法少女は嗤う。
二人は、思えなかった。
キリカの余裕がハッタリであるという希望的観測になど、縋る気も起らない。
不意打ちとはいえ、呉キリカは一度は、巴マミを下しているのだから。

さらに、規格外の身軽さを誇るキリカを捕獲するのは、並大抵のことでは無い。
黄色コンボのラトラーターを使えば、広範囲攻撃で相手の体力を削りつつ、チーターレッグの素早さにて相手をすることが出来るのだろうか。

……それさえも、見通されているのかもしれない。
軽薄そうな表の顔とは裏腹に、その真意を汲み取ることは、困難を極めてしまって。
形の無い不気味な予感は、消える予兆を見せない。

ようやく表舞台の光が当たり始めた、日蔭組の魔法少女達は。
いったい、如何なる未来を視ているというのか。
真相を引きずり出すには……まだ、少しだけ期が足りない。



・今回のNG大賞

「そういえば俺、あの赤毛の子の名前を今になって初めて知ったような気がする……」
「あたしも。この報告書に書いてある『杏子』って名前、何て読むの?」
「『アン子』だろ? 意外に可愛い名前じゃねえか」

・公開プロットシリーズNo.111
→キリカ、本格参戦?



[29586] 第百十二話:伏兵
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/10/27 21:19
爪という日本語に対応する二つの英単語の存在は、あまりに有名だと言えるだろう。
すなわち、「クロー」と「ネイル」の二種類に他ならない。
鳥類や爬虫類の大半が有している鉤爪と、哺乳類に多く見られる平爪が、それぞれの単語に対応しているのである。

そして、この二つの単語の使い分けを知っている人間ならば、一度は考えたことがあるだろう。
クローとネイルは一体どちらが強いのか、と。
しかし、答えは自明である。
そもそもネイルは攻撃に優れた器官では無いのだから、クローの方が強いに決まっているのだ。

だがしかし、クローを持つ「動物」とネイルを持つ「人間」の戦いならば、話は違ってくる。
その両者の戦いならば、クローやネイルよりも優れた武器を幾らでも使える人間の方が強い事は、言うまでも無い。

……たった今繰り広げられている戦いも、まさに同じ。
魔力によって伸びばされた、魔法少女の平爪。
トラメダルの力を具現化した、オーズの鍵爪。
単純な威力や硬度ならば、オーズのトラクローの方が強く、使い勝手も良い筈だ。
しかし……それだけでは、決まらない。

バッタの瞬発力で踏み込もうとも、さやかと連携して逃げ場を狭めても。
黒い魔法少女は、こちらに浅い斬撃を与えながら、後ろ跳びに逃げて勝機を掴ませない。
どちらからも相手に決定打を与える事が出来ず、しかし形勢は明らかであった。
キリカの攻撃は一発の威力こそ低いものの、それを補う手数によって構成されているのだ。
それに対して、オーズと美樹さやかの攻撃は、殆ど相手に命中しない。
こちらに回復魔法があるとはいえ、さやかの魔力切れまで粘られたりすると、始末に負えない。

オーズに許された選択肢も、一体どこまで有効なのか。
ライオンヘッドの目眩ましは、通用しなかった。
チーターレッグの俊足は……最大速度ならキリカを上回るだろうが、小回りが利かないので扱い辛いかもしれない。
ましてや、パワーだけのコンドルなど論外だ。
バッタレッグとトラクローは、現在進行形で使っているが、通用していない。
タカヘッドは……視力が上がるので、現在のライオンヘッドよりは多少マシだろうか。

先程カザリから奪ったシャチコアは、映司が殆ど使ったことの無いメダルなので、この状況を改善出来る能力を秘めている可能性もゼロでは無い。
コンボのラトラーターは、コンボ特性の熱線放射で堅実なダメージは狙えるが、先程ライオンヘッドの光攻撃を防がれた方法が分からないのが、若干の不安要素ではあった。
キリカの防御力が不明なので、むしろ一瞬でキリカを蒸発させてしまうかもしれないが、それもそれで逆に問題なのだ。
……切り札の紫コンボことプトティラは、前回ようやくコントロール出来た訳だが、キリカがプトティラを使って欲しそうなのが気になるところである。

「とりあえず……!」
『シャチ トラ バッタ』

まずは、リスクの小さいものから試すのがセオリーだろう。
という訳で、コンボ用にカザリから奪っておいたシャチコアをベルトに装填して、起動してみた。
すると、頭頂部には深い青の鰭が姿を現し、前頭部にはシャチの鼻先らしき流線型の突起が伸びて。
黄色く輝く眼は、蒼の補色としてその存在を主張していた。
ライオンヘッドのような開幕効果は無いようだが、果たしてシャチヘッドの力とは……

「ハァッ!」

分からなかったので、とりあえず何時ものように力んでみた。
すると……その効果は、それほど奇天烈でも無かったというべきか。

「おっと!」
「水責め!?」

海産系メダルよろしく、前頭部の突起から勢いよく流水を噴射することが出来たのだ。
逃げ場がなくなるほどの量を噴射できる訳では無いようだが、直撃すればそれなりのダメージが見込めそうではある。
アンクが持っている他の二枚と合わせればコンボとして真価を発揮することだろうが、生憎アンクは結界の内部まで入って来ていないのだから、仕方が無い。

だが、しかし。
面攻撃の手段が増えたところで、その範囲はラトラーターには遠く及ばず、やはりキリカを捉えるには至らない。
一撃離脱戦法を繰り返すキリカの爪を、トラ手甲で受け流したり、意外に頑丈なシャチヘッド前頭部の突起で受け止めたりしながら。

「……んん?」

……ようやく映司は、この場を支配している異常に気付いていた。
周囲を囲む結界の正体も気になるものの、それ以上の厄介な状況を、意識する事が出来たのである。

だが、情報はあっても、攻略法の有無は別問題なのであって。
オーズの頭脳たるアンクが居てくれれば、的確なメダルと指示を飛ばしてくれたのだろうか……?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十二話:伏兵



「……それで、どうして結界が復活しているのかしら?」

カザリや佐倉杏子が先程まで私闘を繰り広げていた廃ビル街へと戻って来た、巴マミ。
そして、マミが疑問を抱いたのは、当然であったと言える。
美樹さやかが魔女を倒してからまだ十分数程度しか経っていないのに、どうしてまた結界が張られているのか、と。

であるからして、結界の外に居合わせた二人組に、尋ねたのである。
睨み合っているアンクと暁美ほむらへと、現状に対する質問を投げかけたという訳だ。
マミがトーリにぶら下がって使い魔を倒していた間に、この場に一体何が起こったというのだろうか。

「この間の黒いヤツが、メダルを奪いに来たんだよ!」

忌々しそうに言い捨てるアンクによると、そういう事らしい。
黒い奴とは、間違いなくアイツのことだろう。
夢見公園にて巴マミのソウルジェムを奪い、先日オーズから6種のコアメダルを奪った魔法少女の事に違いない。
すなわち、『呉キリカ』である。

「……魔法少女が、結界を張ったの?」
「魔法少女は条理を覆す存在だもの。そういう事もあるわ」

……なんだかキュゥべえ染みていた、ような。
ただ、その言い訳は地味に便利だというのも、否定できない事実なのだ。
もちろん、魔法少女と魔女の関係を持ち出して説明することは出来る。
だが、その場合には巴マミのメンタルに多大なるダメージが予想されるために、暁美ほむらは言い出さないというだけの話であって。

それに対して、何だか少しばかり聞き返した気な素振りを見せた巴マミだったが……結局、その質問を口にすることは無かった。
マミの視線から険しさが抜けたとき、マミの後ろに陣取っていた蝙蝠ヤミーが、ほっと息を吐いたのだとか。

「それで、中に閉じ込められている面々は?」
「美樹さやかとオーズだけよ」

他のメンツは、カザリが撤退してから直ぐに帰ってしまったのである。
杏子は、さやかと話したくなかったのだろうか。
伊達さんは……単に、事態に収拾がついたと考えて立ち去ったのだろう。

「……貴女は、突入しないのかしら?」
「敵は、鹿目まどかの魔法少女としての破格の才能を、誰よりも高く評価しているわ」

つまり、鹿目まどかを置いて暁美ほむらだけが結界内に突入するのも、鹿目まどかを連れて結界に共に入るのも危険だ、と。
もっとも、その方針に対して、アンクは納得していないらしいが。
時折鬱陶しそうに暁美ほむらへと視線を流すアンクだが、その不満はほむらに黙殺されてしまっている模様である。

おそらくアンクは、メダル争奪戦に首を突っ込みたいのだろう。
だが、その場合に飛ぶのは鹿目まどかの首な訳で、そんな事は暁美ほむらが許すはずも無いのだ。
というか、キリカ達が切り札であるはずの結界を使ってきたという事は、この場が判断を誤れない重大局面であるという事を意味していると考えて間違いない。
例えば、暁美ほむら一名しか護衛の居ない鹿目まどかを、キリカの共犯者が襲いに来る可能性あたりが濃厚であった。

「そういうことなら、トーリさんもこちらに残しましょうか?」

……そして、この巴マミの発言は、彼女の立場からすれば割と真っ当なものであった筈だ。
鹿目まどかを守った方が良いならば、そちらに戦力を割くのは間違いでは無い。
加えて、トーリは飛行能力という逃亡に適した能力を持っているのだから、適材に違いない。

「丁重にお断りするわ」
「邪魔だ。鬱陶しいのを増やすんじゃない」

まぁ、こうなるのはマミ以外には分かり切っていたというべきか。
暁美ほむらは、ヤミーであるトーリに信頼などおいていない。
アンクも、ただでさえ暁美ほむらによる足止めを受けているのに、これ以上邪魔が入るのはゴメンなのである。

「良いですよ! そっちの二人よりも、マミさんの方がずっと頼りになりますから……っ!」

……トーリにも、安全地帯で待機していたかったという思考が無かったわけでは無い。
だが、先程アンクに見捨てられそうになった事件と、ほむらに何度も脅されている経験から察するに、敵の有無に依らずとも結界の外の方が危険である可能性は否めない。
というか、無表情女の暁美ほむらは兎も角として、鹿目まどかの声色で貶されると地味に心に刺さるのだ。
事なかれ主義のトーリといえども、悪態の一つも吐きたくなるというものである。

結局トーリは、何故だか少しだけ上機嫌になったように思える巴マミと共に、結界へと突入することとなるのであった……。



という訳で、突入一番にマミがマスケット銃によってキリカを狙撃してみた訳だが。

「奇襲とは卑怯だね。恥ずかしくないのかい?」
「……突っ込まないわよ?」

案の定、素早い身の熟しによって回避されてしまって。
しかも、無駄口を叩く余裕ぶりを、相手は見せつけてきたのだ。
キリカの軽口は……かつて巴マミを奇襲の一撃にて倒した事を、ツッコミの題材として使って欲しかったのだろうか?
まさか、この芝居のかかった台詞回しが、無意識のダブルスタンダードだとも思えない。

そして、自身の口の軽さ以上の身軽さを以て、キリカはオーズとさやかの追撃を回避して見せていて。
そんな魔法少女や仮面ライダーの戦いを目の当たりにしながら、トーリは思う。
正直に言って、トーリが居ても役に立たないだろう、と。
トーリには、素早く動く相手を捉えるような技能は無いのである。
電撃放射は流石にキリカより速いだろうが、マミの銃弾が軽々と避けられている事から察するに、キリカは判断速度もズバ抜けているらしい。
つまり、いくら電気自体が速くとも、先読みによって回避されてしまうだろう。

……まぁ、キリカは一撃が軽いようなので、羽の防御力を誇るトーリが倒される心配は殆ど無いだろうが。
そう考えると、やはり結界の内部の方が、トーリにとっては安全なのかも知れない。
先程から美樹さやかや巴マミの魔力行使によってセルメダルも少しずつ増えているし、結界に阻まれているためにアンクからは感知されない。
つまり……大勝利である。

しかし、トーリも何時かはこの結界から脱出しなければならない訳で。
マミとさやかとオーズが三人がかりで負ける事は無いだろうと思いつつ、若干の不安は拭い切れずに居た。
マミの拘束紐も当たらず、波状攻撃として襲い掛かるオーズの水流も周囲を濡らすばかりで、さやかはキリカの空いた足で蹴り返されてしまう始末である。

決して、3人の連携が悪い訳では無かった。
さやかは若干視野が足りない気があるものの、他の二人がその穴を埋めて上手く立ち回ってる筈なのだ。
更に、やや距離をとって後衛を勤めているマミは現場の全体像を容易に掴んでおり、前衛二人の隙を失くしている。
そして、映司は時折マミの銃弾のタイミングから、映司の背後に回った時の美樹さやかの動向を予測するという人間離れした洞察能力さえ以て戦いに臨んでいた。

……それでも、呉キリカに決定打を与えるには至らない。
マミの参戦によって、多少こちら側からの攻撃は当たるようになってきたが、それでも攻めあぐねているという印象は否めない。
誰かがパズルのピースを飲み込んで行ってしまった時のような、キリカの攻略のために必要な何かが欠けているという感覚を、魔法少女達は感じ取っていたのだ。

「トーリちゃん! 電気流してみて!」
「でも、ワタシは連携まで考えられないですよ?」

そして、オーズからトーリへと白羽の矢が立てられたものの、トーリにはその意図を解する事が出来ない。
マミと映司がかなり上手くさやかの頭脳面を補っているといえども、そこにトーリが入れば、足手纏いとなるのは目に見えているのではないか。

「狙いは大雑把で良いよ!」

なんだか、とばっちりで感電する美樹さやかの未来像が見えた気がしたトーリ。
ただの電波なのかもしれないが、意外と本当にありそうなのが「安定のさやか」たる所以である。
まぁ、映司にはおそらく、トーリが思いもしないような作戦があるのだろう。
若干思考停止気味のトーリだが、特に代案がある訳でもないので、ここは素直に従う一択である。

というわけで。

「えいっ!!」

とりあえず、適当に狙いを付けながら電撃を放ってみた。
命中率は、トーリの希望的観測によると、相手を必ず麻痺状態にする電気タイプの技と同じぐらいであれば上々である。

「なっ!?」
「きゃっ!?」
「わっ!?」

その筈だったのだが……何と、キリカに命中して、一瞬だけ動きを阻害することに成功していた。
もっとも、他の魔法少女二人にも、何故か当たってしまったようだが。
だが……トーリが驚いたのは、そんな事では無かった。

トーリは空中に放電しようと考えていた筈だったのだが、緑色の閃きは宙を駆ける事は無かったのである。
高速移動中のキリカを捕えた伝導体は……周囲の足元に撒き散らされた、水分であったのだ。
オーズのシャチヘッドから散発的に放出されていた水が床を全面的に覆い、電撃に対する逃げ場をなくしていたという訳だ。

そして、電撃によって一瞬だけ足を止めてしまったキリカへと……オーズが、肉薄していた。
電気が流れる瞬間を見計らって、オーズだけは跳躍による回避をしていたという訳だ。
床に広がった水分による電導を考慮したうえで、コレを狙っていたに違いない。
さやかとマミに事前に教えなかったのは、作戦がキリカにバレるのを恐れての事なのだろう。

かくしてオーズは……掴み取った。
もっとも握る力と正確性に優れた、トラアームの指によって。
キリカの片腕を掴み、そのまま俯せに押し倒しつつ腕を捻ったのである。



「やられたよ。まさかそんな手があるなんて思いもしなかった」

顔を地面に向けたまま、やはり芝居のかかった口調を崩さないキリカは……いったい、どのような表情を張り付けているのだろうか。
……巴マミは目の前の光景に対して、ふとそんな疑問を抱いてしまっていた。
ようやく戦いが終わったことに安堵しているさやかは、きっとそんな疑問を感じてさえ居ないのだろう。
トーリも、何処か気を抜いてしまっているように思える。

「そろそろ、君の考えを話してくれないかな」

映司も、警戒こそ解いていないものの、既に臨戦態勢と呼べるほど気を張り詰めている訳でも無いらしい。
そんな中、巴マミは……言い様の無い不安を、即座に感じ取っていたのだ。

――敵は、鹿目まどかの魔法少女としての破格の才能を、誰よりも高く評価しているわ。

暁美ほむらの発言は……呉キリカを囮にして、何者かが鹿目まどかを襲撃する可能性を仄めかしては居なかっただろうか?
つまり、呉キリカには仲間が居ると見た方が良さそうである。
そしてその仲間が現在姿を見せない理由についても、マミは嫌な予感を嗅ぎ取っていた。

「仕方ない。敗者は勝者に従うものだ……」

単純にその御仲間がこの場に居合わせていないだけなら、マミの不安は杞憂であったと言えるだろう。
だが、もしその伏兵が『姿を現すまでも無い』と考えている状況だったならば?


「…………なんて、言うとでも思ったのかい?」

空間に、有機的な音が木霊した。
皮を裂き、芯を外す音が。

「なんて事を……!」

言葉を濁したキリカに対して、映司が制裁を加えた訳では無い。
むしろ、キリカを取り押さえていた映司は、驚きの声をあげる側であった。
呉キリカが……取り押さえられていた腕の関節を強引に外し、周辺の肉と皮が裂けるのも厭わずに脱出を試みたのだから。

不意を突いて放たれた渾身の蹴りにて引き剥がされたオーズに対して、キリカは……相も変わらず、嗤う。
まるで、痛みなどというモノは子供だましの戯言だと言わんばかりに。
朱の雫が滴る片腕に一瞥さえ落とす事無く、再び臨戦態勢へと戻ったのである。

「アンタ……それでも、人間なワケ?」

回復役のさやかでさえも、背筋に寒気が走るような光景であった。
マミにしても同じであるし、トーリも先程とは打って変って不安がっているらしい。
キリカへと黄色の眸を向けるオーズは、やや何を考えているのか読み取れないが。

「当然、違うよ。君たちもね」

……そして、そのキリカの台詞の不自然さに気付いたのも、マミだけであった。
青い顔をしている美樹さやかや、キリカに怯えている様子のトーリの様子は、おかしなモノとは言えない。
だがしかし、キリカが『君たち』と言い放った時に、どうもその視線の中心には……火野映司が居たように思えたのだ。
気付かなければそのまま流してしまえそうな、些細な違和感。
その正体は……未だ、掴めそうになかった。

「でも、君の能力はもう俺達には通じない。諦めて、話してくれないかな?」

一方、相も変わらず映司はキリカへと話し合いを勧めていて。
やはり、人間同士だという認識があるせいか、あまりキリカと戦うのは乗り気では無いらしい。
だが、マミには映司の言葉の前半の意味があまり良く分かっていなかった。
マミから少し距離を置いた位置に居るさやかも、ちらりとマミの方へと視線を向けてきた辺り、分かっていないのだろう。
映司に念話が通じるのなら内緒話が出来るのだが、出来ないものは出来ないのだ。
それが出来るのならば、さやかとマミは先程の電撃を跳躍によって回避出来ていただろうが。

というか、オーズが先程行動アドバンテージを取れたのは、ジャンプによって床を浸している水から離れて、電撃を回避したからである。
つまり、キリカがそれに合わせて跳んでしまえば、その手は使えなくなるように思えるのだ。
なのに、まるで映司の口ぶりからは、いくら試行回数を増やしても同じ結果が出るような響きが、確かに含まれていて。

「全然ワケが解らなかったですけど、とりあえず、もう一発電流を流せばいいんですね!」
「トーリ! アンタも絶対も分かってないって、あたし信じてた!」

まぁ、マミが分からないものを、まさかこの二人が分かっている筈も無い。
それをマミから口にしないのは、何となく気恥ずかしいからという以上の理由は特に無い。
何となく、先輩キャラとしての尊厳が傾くような気がしたので。
頼りになる先輩として、余裕ぶって新技に名前でも贈ってやるのが良いかもしれない、なんて思考にも傾いて居たりするが。

「えいっ!」

……相変わらず、締まらない掛け声である。
やはり、巴マミが先輩として格好良い技名を付けてやるべきに違いない。
電撃のタイミングに合わせて宙に跳びながら、巴マミはそんな事をつらつらと考えていたりして。
そして、案の定トーリ以外の全員が、宙へと跳び上がっていた。
当然、攻撃対象である筈のキリカも。

オーズだけは前方方向へのベクトルを強く持ったジャンプでキリカの方へと跳んだようだが、その襲撃も上手くいくとは思えない。
マミとて援護射撃はするつもりだが、相手をジャンプさせた程度では、キリカの身の軽さを殺し切ることは出来ないように思えてしまうのだ。

ところが、援護射撃を行おうとマスケット銃を構えたマミの視界は……信じられない光景を捕えていた。

「っ……!」

呉キリカが……オーズや美樹さやかよりも遥かに早く、地面へと落下したのである。
個々人に多少跳躍力の差はあるものの、マミが最高点に達してもいないのにキリカが着地したのは、明らかに早すぎる。
だがしかし、現にキリカが地面に張られた水によって感電して、動きを止めてしまっているのは事実な訳で。
そして、そのキリカへと跳びかかっていたオーズが、先程と同じようにキリカの腕を捕まえたのも、また確かなことであった。
ただし、今度オーズが掴んだのは、キリカの無事な方の腕であったが。

先程よりも厳重に地面に組み伏せられて今度こそ身動き出来ない呉キリカを、見下ろしながら。
既に着地を終えた魔法少女組は、それぞれ顔を見合わせていたりして。
何というか、キリカが物理法則を無視した落下速度を見せたような気はするのだが、オーズがそれを見越したように動いていたのも大概意味不明である。

何となく、トーリの電撃を映司が上手く使って戦ったのは分かるのだが。
というか、絵面上はトーリはずっと地面に両手を付けていただけなのだが、コイツがMVPで良いのか。
エフェクト抜きの画面を考えると、本当にただ両手を突いて座り込んでいるだけという、地味すぎる場面が想像出来てしまう。
まぁ、特撮の世界には良くあることである。

そんな事はともかく、起き上がったトーリが、曇りの無い瞳を巴マミに向けてきた事が問題である。
どう考えても、強くて頼りになる先輩である巴マミに、先程起こった現象の説明を求めているとしか思えない。
遅れて美樹さやかも、興味津々そうにこちらを見ている!

まさかここで「知らないわよ! 火野さんに聞きなさい!」とキレる訳にもいかない。
もっともトーリは、知らない物を知らないと言えるウヴァさんの娘なので、その程度で巴マミの評価を下げたりしないのだが、そんな事はマミの知ったところでは無かった。
やはり、先輩には先輩のメンツというものがあるのだ。
だが、さやかもトーリも、映司に取り押さえられているキリカがまた何かを仕出かすのではないかと不安で、映司達の方には近づけないのである。

……まぁ、紅茶を取り出して誤魔化すのは最終手段に取っておくとして、とりあえず考えてみましょう。
文字通りにお茶を濁しそうになった思考を引き戻して、マミは先程の超常現象について考えてみた。
空中で姿勢制御を行うためには、風力なり磁力なり引力なりを使ったと考えるのが安易だろう。

トーリが電気を使ったことと絡めて考えるなら、磁力が有力だろうか。
だが、先程同じ電撃を喰らったマミ達には何の効果も残らなかった。
また、キリカの能力を電磁気に絡めても意味不明である。
まさか、この結界全体に磁極を埋め込んでリニア移動していた訳でもあるまいし。

……と考えてから、ようやく気付いた。
キリカの能力である速さと、落下速度を結びつける仮説に。
通常の高速移動ならば落下速度を上下させる事は出来ないが、とある系統の魔法には、その法則は通用しないのだ。
もっとも、どうやって映司が気付いたのだろうか、という疑問も残っているが。

果たして、巴マミが先輩としての面目躍如を賭けた起死回生の発想とは……

「……相手の能力が、時間を操るタイプだったという事だと思うわ」




・今回のNG大賞

単純な威力や硬度ならば、オーズのトラクローの方が強く、使い勝手も良い筈だ。

「……使い勝手が良い? 本当にそう思ってる?」
「カマキリ使った時の『やっぱり使いやすいなぁ』は、別にトラクローと比べてっていう意味じゃないからね?」

初期型カマキリアームは腕に一体化していたせいで使いにくかったらしい。
それと比べて手持ち武器型の二代目の取り回しが良いという意味で高岩氏が入れたアドリブが、例の伝説の台詞だとのこと。


・公開プロットシリーズNo.112
→映司の思考は……次回、解説編。



[29586] 第百十三話:胸に七つの……
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/11/03 21:14
「相手の能力が、時間を操るタイプだったという事だと思うわ」
「……凄いね。俺達より遅く入って来たのに、もう見抜いてたんだ……」

ベテラン魔法少女としてのメンツが懸かった一世一代の難問は、どうやら無事に解決されたらしい。
心なしか、マミと映司を見る二人の魔法少女の視線には、どこか敬意が混じっているように思える。
マミさんは最高です! 的な。
当のマミの背中には滝のように汗が溢れていたりするが、それは御愛嬌である。

「暁美ほむらから聞いていたのかい?」

マミの魔力紐で厳重に関節という関節を固定されつつ、キリカが吐いたのは……少しだけ意外そうな声だった。
私の知る暁美ほむらは友を作るタイプでは無かった、とでも言い出しそうなぐらいに、その表情には余裕が残っていたが。

「いや、シャチメダルのソナーで周囲を調べてたら、水面に立った波紋の形がおかしくてね」

ソナーとは、微弱な振動を発して、その反射波を測定することで周囲の物体の位置や形を特定する器官のことである。
そして、映司が今日に入れたシャチメダルには、その能力が秘められていたらしい。
そんな中、映司がそのソナーを使ってみたところ、空間の中に異常は見当たらなかった。
ところが、水面に広がった波紋は、視覚情報に依ると不自然な形を描いているように見える事が多々あったのだ。
そこで光と音の違いを考えてみたとき、『速度』にこそ原因があると思い至ったらしい。
つまり、キリカの背後の空間だけ水面や気体ごと時間の流れが違っていて、音で状況を判断するソナーからは分からない異常が、ほぼ無限と言える速度を持つ光情報には影響されずに現れたという事である。

だが、キリカが自分の背後の時間を操るのも不思議な話だった。
なので、キリカが前方270度程度の範囲の時間を遅くしていると考えた方が自然だ、と思い至ったのだそうだ。

「なるほど! それでさっき、一人だけが早く落ちたんですね!」
「このさやかちゃんの目を以てしても見抜けなかった……ッ!」

一人世紀末の住人のような顔を作っているさやかには、どう対応してやれば良いのだろう。
ストレートに、お前の目は節穴だと突っ込んでやるのが優しさなのだろうか?
結局触れずに流した四人は、実は結構冷たいヒト達なのかもしれない。

「能力が割れてるなら、もっと華のある倒し方を考えて欲しかったな。『落下速度』なんて地味すぎて『落ち』にもならないよ」

相変わらず地面に転がされてもマイペースなキリカとしては、先程の攻略法はあまり面白く無かったらしい。
一体どんな攻略法なら満足だったのだろう。
炸裂弾で背後から奇襲でもかければ良かったのか?

「他に方法が無かったわけじゃないけど、何度受けても回避できない攻撃だと分かってくれれば、諦めてくれるんじゃないかと思ってね」

だが、映司が求めていたのは派手さでも一発技でも無かったらしい。
腕の肉や関節を犠牲にしてまで戦うキリカを殺さずに止めるのは、容易なことでは無い。
だからこそ、映司はキリカを踏み留まらせるような作戦を考えたのだ。
時間操作による落下速度を利用してキリカだけを電撃でスタンさせ、飛び上がっていたオーズが捕えるという連携を成立させれば、キリカがそれを回避する術は無い。
能力を解除すれば滞空時間の問題はクリアできるが、その場合には素早さも無くなってしまうため、跳びかかってくるオーズの攻撃を回避出来ないのである。

……その説明を聞いても、さやかが理解出来たかどうかは怪しいが。
そんな事より、一同にとって重要なのは、呉キリカを尋問することなのだ。

「おら! あんたの じょうほう だせよ!」
「捕虜の虐待は国際法違反だよ?」
「さやかちゃん、あんまり手荒なことは止めようね……?」

どうやらこの場には、『やめたげてよぉ!』出来るような心優しい人間は居なかったらしい。
まぁ、今までのキリカの所業を考えれば、それも当然のことだと言える。
特に巴マミは過去にソウルジェムを奪われるという仕打ちを受けているのだから、キリカのジェムを奪って川に流すぐらいの事は実行しても、バチは当たらない筈である。

ともかく、この面々は結界に閉じ込められているのだ。
キリカを説得するなりトドメを刺すなりしなければ、脱出出来ない。

「貴女は、おそらく単独犯では無いわよね? 誰かの差し金なのかしら?」

とりあえず、マミは先程から疑問に思っていた事を口に出してみた。
暁美ほむらの発言から察するに、呉キリカは複数犯の内の一人であるように思われたので。

「私の黒幕に興味があるのかい。でも、そう易々と教える訳が無いじゃないか」
「アンタ……自分の立場分かってんの?」

身体の所々を魔力リボンで縛られて転がっている呉キリカは、飽く迄通常営業のままで。
もしや、この場にオーズと魔法少女等を足止めしておく事に意味があるのか?
それとも、この状況から逆転する見込みがあるとでも言うのか。

巴マミは、思う。
先程から隠れるように巴マミの後ろに陣取っている後輩をこれ以上不安がらせないように、自分がしっかりしなければならない、と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十三話:胸に七つの……



有機的な、音。
何かが離れる、音。
固形物と流動体の、音。

「なっ……!?」

リボンによって縛られていた、ハズなのに。
そんなものは甘さだと言わんばかりに……目の前の黒い魔法少女は、拘束を脱していた。
そして美樹さやかは、その光景を直視できずに居た。

確かに、魔法少女なら『それ』は可能だろう。
そう、頭では理解出来る。
魔法少女の肉体はソウルジェムからの操作で動いているのだから、鋭い刃物など無くても、身体の一部を意図的に『捨てる』事は不可能では無い筈だ。
だがしかし、理屈としてそれは分かっていても、目の前で実行されると受け入れられなかった。

文字通りの芋虫となった呉キリカの惨状に、ベテラン魔法少女の巴マミでも、青い顔をしているぐらいなのだから。
きっと火野映司とて、その蒼い仮面の下では戦慄しているに違いない。

「映司さんっ! タカの目で、キリカさんの中を視てくださいっ!!」

そして、焦った様子で上ずった声をあげた、トーリも。
トーリが一体何に気付いたのかは、さやかからは分からない。
だがしかし、自身の血溜まりに浮かびながらも軽薄な笑みを崩さないキリカが何か恐ろしい事を考えているという事ぐらいは、直感的に理解出来た。

『タカ トラ バッタ』

タカの目に忌避感を抱いているトーリが言うからには、余程の事なのだろう。
一瞬の元に判断とメダル換装を終え、深紅のフェイスマスクに緑の瞳を輝かせながら。
オーズの視力は……確かに、捉えていた。
呉キリカの内部に潜んだ、『異物』を。

更に、異変は巴マミや美樹さやかからも、認識され始めていた。
何故なら……呉キリカの四肢が、見る間に傷から伸び、復活したのだから。
その超常の現象を目の当たりにしながら、魔法少女達は無意識に後ずさってしまっていて。
グロテスクで、奇怪で、化物染みていて、生理的に受け入れられない。
そんな理不尽な回復能力を見せつけながら五体満足に戻ったキリカは、何故平気な顔をしていられるのか。

「何、で」

おぞましいという心境を隠しもせずに、さやかの口から、言葉が漏れ出した。
サーベルを取り出す事も忘れて、視線に恐怖を交えながら、問い質す。
おそらくオーズとトーリは既に気付いて居るであろう、怪奇現象の正体に。

 
「コアメダル……ですよ……!」
「なんだ、ネタばらしをする楽しみを盗らないで欲しかったな」

そして……トーリの絞り出した声が、さやかの問いへと答えを与えていた。
キリカが肯定しているようであることからして、おそらくその答えは正しいのだろう。

「私も、君達が旅行を楽しんだ江戸の町に行っていた。それだけの事だよ」

呉キリカが今まで使って来なかった、まさに切り札。
江戸の町にてキリカが調達した手土産にして、反則的なまでの再生能力の要。
そこまで説明されれば、さやかやマミも、その正体に見当が付き始めていた。

「橙色の、再生コンボのメダル……!」

タカの目を以てオーズが視た呉キリカの内蔵に隠された、7つの輝き。
確かに、コアメダルというものが10枚セットで作られるならば、在っても不自然では無い。
そこに収まっていた物は、徳田新之助がオーズにもたらした3枚以外の、橙コアであった……。



「……気になるんなら、お前も結界に入ればいいだろうが」
「別に、そんな事は誰も言っていないわ」

結界の外に残された、二人。
特に会話も無く立ち尽くしていたアンクと暁美ほむらであったが……先に口を開いたのは、アンクであった。
どうも、ほむらが浮足立っているというか、そわそわしているというか。
何とも言えぬ焦りのようなものを発している気がして、アンクが行動を勧めてみたのだ。
そのアンクの本心としては、面倒な暁美ほむらから解放されたいという思いも強いのだろうが。

「その呉キリカってのは、4人相手でも立ち回れるほどの力を持ってんのか?」
「そうは思わない。けれど、もし彼女の黒幕が助けに入ると、私を含めた5人がかりで戦っても勝負は分からないわ」

というよりも、流石に巴マミとオーズを含む4名を相手取れば、キリカとて無事では済まない筈だ。
ならば、既に近くまで黒幕さんが来ていると考えるのが妥当である。
だからこそ暁美ほむらは、鹿目まどかの傍らを離れない。

「だが……時間がかかり過ぎてるって事ぐらい、お前も気付いてんだろ?」
「……」

確かに、ほむらもその点に関しては気になっていた。
結界が消えていないという事は、少なくともマミ達は全滅している訳では無いだろう。
だが、同時にキリカが倒れていないという事でもある訳で。
万が一にも中に居るメンツが全滅してしまったりすると、ワルプルギスの夜が来た時の戦力不足は否めない。

「……アンク。貴方は、火野映司の事が心配?」

何となく、だった。
ほむらが巴マミや美樹さやかの心配をしているように、この怪人も火野映司の身を案じているのではないか、と。
そう、思えてしまったのだ。

「アイツはヤミーを倒すって点では信用できるが、メダルを勝手に手放されて堪るかよ。それだけだ」

もっとも、目を細めて面倒臭そうに答えたアンクは、何処までも自分の欲望しか返して来なかったが。
そして、それは脇に置いても、確かに時間がかかり過ぎているというのも事実なわけで。

「もう少し経ったら、突入を考えるわ」
「考えるだけじゃなくて、とっとと決めろ」

とりあえず政治家のように言葉を濁してみた暁美ほむらに対して、アンクは何処までも怪訝な態度を崩さないままであった。
微妙に気まずくて、険悪な空気というか。
やはりアンクは、結界の中に突入したいのだろう。
それを暁美ほむらによって止められているために、フラストレーションが溜まり続けているに違いない。
だが、今回の上手くいっている時間軸だからこそ、ほむらは慎重になりたい訳で。

何か新たな話題を提供すべきなのだろうか。
しかし、最近突っ込みスキルを習得しつつある暁美ほむらさんといえど、流石に人外とコミュニケーションをとるのはハードルが飛び過ぎである。
首の動かないマグネットステイツで感情表現の演技を求められるのに匹敵する無茶振りだと言えるだろう。

「……ほむらちゃん?」

と、思ったら、あちらから話しかけて来てくれた。
しかも、ほむらの心労が伝わったのか、鹿目まどか本人の方である。
瞳の清らかさを見れば、そんなものは一発で判別できるのだ。
生意気そうなアンクと比べれば、一目瞭然だと言える。

「どうかしたのかしら?」

ぶっちゃけると、それだけで癒される。
あと10ループは戦える。
今の時間に全力投球していた暁美ほむらさんは何処に行ったというのか。

それはともかく、どうやら鹿目まどかは、暁美ほむらに聞きたい事があるらしい。
アンクを押し退けて出て来たのも、そのためなのだろう。
そんなほむらの回復を知ってか知らずか、前から聞こうと思ってたんだけど、なんて前置きを入れながら。

「キュゥべえって、何者なの?」

……さらっと、それなりに重要な事を聞いてきた。
しかし、何者と言われても、どういうレベルの回答を期待しているのか。
魔法少女と魔女の仕組みについては、過去に一通り講釈を終えている筈だ。
エントロピーとか宇宙とか、そんな話をすれば良いのだろうか?

「『コイツ』が主に聞きたいのは、何であの白饅頭が死なないのか、って事だ」

すると、面倒臭そうに眼を細めたアンクが、表層意識に出て来て補足を入れてくれた。
会話が潤滑に進むのは悪いことでは無いが、ほむらとしては、出来れば本人の方と話して居たいものである。

「アレは、同じ形の個体が沢山居るのよ」

そして、アンクが特に驚いた様子を見せないのが、ほむらには不自然に思えてしまった。
大抵、予備知識無しにキュゥべえの生態を知らされた人間は、その情報を信じないものなのだ。
グリードの思考回路が人間と大きく掛離れている可能性も否めないが。

「予想がついていたようね? 理由を聞いても良いかしら?」
「……良いだろう。ただし、それを話し終えたらこの結界に入るぞ」

ほむらとしては、鹿目まどかの身の安全を確保する事は最重要であると痛いほどに分かっていた。
だが、ワルプルギスの夜を止められなければ、結局意味が無いのだ。
被害が拡大すれば、鹿目まどかはキュゥべえに唆されて、簡単に契約してしまうのだから。

そして、そこで問題になるのが……アンクと鹿目まどかを結界の中に連れて行くか否か、である。
だが、巴マミをはじめとする4名で戦って勝てないとなれば、既に結界内にはキリカの共犯者も居るに違いない。
それが、暁美ほむらの読みであった。
つまり、相手の実働要員は残っていない訳であり、暁美ほむらが鹿目まどかを結界の外に残して動いても問題は無いのではないか?
実際にはキリカが再生メダルを使って粘っていたりするのだが、流石にそれを暁美ほむらに予測せよと言うのは、無茶振り以外の何物でもない。

「最初に助けに行くのは、私だけ。私が入って20分経つまで、待って欲しい」

入って来るな、という約束を取りつけるのは、おそらく不可能である。
グリードのメダルへの執着を考えるに、条件付きで入って来て良いことにした方が、妥協を引き出せるだろう。
舌打ちを漏らして、渋々という心境を隠しもしないアンクだが……何とかそれで納得してくれたらしい。



……勝ち筋を、欠いている。
申し訳程度に後衛を勤めているトーリからは、そう思えた。
呉キリカの遅延魔法と回復能力の前に、魔法少女もオーズも、攻め手に窮しているように思えるのだ。

だが、トーリに出来る事は何もない。
なぜなら、キリカが隠していた橙色のメダルを使い始めてから、電撃が殆どキリカに効かなくなったからである。
生命力を司るブラカワニには、毒や電気といった状態異常系に対する抵抗力も備わっており、そのメダルを使っているキリカも同様の効果を得ているのだ。
一度目に捕まった時には腕関節を外しても怪我がすぐに治らなかった事から察するに、先程までは爬虫類メダルの力を使っていなかったのだろう。

おかげで、完全にトーリが置物になってしまっていた。
まさかトーリが前線に出張っても、キリカに一矢報いることが出来る筈も無い。
もっとも、トーリが完全に戦力外となって余裕が出来たために、視野が広がって味方の状態に気付けた訳だが。

オーズがタカの目で狙いをつけてコアメダルを抜き取ろうとしているようだが、それも思うように進んでは居ない。
キリカの速さは、健在なのだから。
しかも、キリカは瞬間回復能力の恩恵で、コアメダルが標的でない攻撃を回避する必要が無いのだ。
確かに時間魔法だけでは回避できない攻撃も出て来ているが、そんなものではキリカは止まらない。
さやかの横槍で腕が飛んでも、マミの狙撃で腱が切れても。
何でも無いように駆回り続けるキリカの姿が、トーリに状況の悪さを教えていたのだ。

オーズのタカの目でトーリを視られると非常にマズいが、それどころでは無い。
最早、事態はそんな悠長な事を言っていられる次元では無いのだから。
いっそのこと、正体がバレるのを考えずに行動してしまうのもアリかもしれない。
トーリには一つだけ、この状況を打破する術に心当たりがあるのだ。

ぶっちゃけると、先日採り込んだグリーフシードである。
魔女のデフォルト能力である結界をトーリが使えれば、キリカの結界を内側からパンクさせる事が出来るのではないか。
無限の魔力が結界の形成に影響するかどうかは不明だが、上手くいけばガラのような巨大結界を生み出せるかもしれない。
トーリ等がこの場から逃げられないのは結界のせいであり、それさえ無ければ行動の幅は一気に広がるのだ。

だが、しかし。

「あ……れ……?」

箱の魔女のグリーフシードにセルメダルのエネルギーを注ぎ込もうとしたトーリは……思考を、止めてしまっていた。
ほむらから銃器で殴りつけられた時を遥かに上回る鈍い痛みが、脳内を走り回ったのだから。

それは……『記憶』だった。
自分の部屋の外の世界に誰よりも憧れながら、外へ踏み出すための勇気を持てなかった一人の子供の、記憶。
どこからともなく現れた魔法の使者に、どこまでも見通せる魔法を貰って。
でも、本当は……見ているだけでは、物足りなかった。
遠見の魔法で見える全ての物に憧れて、しかし部屋の外が怖くて、一歩が踏み出せない。
そして、最期はソウルジェムが濁り切って……。

「っ……!」

溢れ出す。
一人の人間の、一生分の記憶が。
たった一つの部屋の中で殆どの時間を過ごした、引きこもりの女の子の全てが、駆け巡る。
もしトーリがグリーフシードの正体を予め知っていたのなら、その現象を予測出来たハズだった。
アンクが合体した人間の記憶を読めるように、トーリもその記憶を読めて不思議では無いという事に。

膝が、折れる。
両腕を地面に突いて、崩れ落ちそうになる身体を支える。
トーリが地面の水に電撃を流す時に同じ姿勢をとっていなければ、きっと火野映司や美樹さやかは、トーリの異変に気付いただろう。
しかし、戦闘中の彼らは、トーリが電撃を流す機会を窺っているとしか思っていないに違いない。

異変を、悟られてはいけない。
不調を知られれば、キリカの標的はトーリに移るかもしれない。

「く、ぅ……」

舌を噛んで、何とか意識を繋ごうとした。
口の中に広がった味は……人間の血液と同じ鉄臭さを伴った、セルメダルのそれであった。



「さて、二進も三進もいかない君たちに、逆転のチャンスタイムをあげようじゃないか」

……悪魔の囁きは、時に天使の声に聞こえる。
相手がこちらを謀る気満々であるのが分かり切っていても、耳を傾けてしまうのが人情というヤツな訳で。
攻撃の手を休めずとも、人間達は聞いてしまっていた。
キリカの、言葉を。

「オーズが紫のメダルとの同調率を上げれば、私の防御を無視してコアを破壊できるよ」

……確かに、こちらがキリカの速度には慣れてきたため、攻撃を当てること自体はそんなに難しくは無くなって来ていた。
加えて、キリカが防御してもコアメダルを砕く事が出来るのならば、それがそのまま勝利の目となるだろう。
だが……この場の誰もが、思っていた。
このまま戦い続ければキリカの勝利が待っているかもしれないのに、それを何故教えたのか、と。

罠に違いない。
しかし、このまま戦ってもキリカに勝てる見込みはない。
さやかやマミも無限の魔力を使えば持久戦は出来ないでもないが、こちらの戦法が制限されてしまうだろう。
近付いて斬ることしか出来ないさやかは、トーリと密着した状態では機動力が下がって使い物にならない。
マミにしても、現在は狙撃と近距離打撃を織り交ぜてようやくクリーンヒットを生み出せているという状況であり、やはり瞬発力を捨てる選択肢は存在しないのだ。

「こうなったら、やるしか……」
「やるなッ!!」

しかし、やるしか無いと言いかけた映司の言葉は、さやかの大声によって止められてしまっていた。
おそらく、映司がそう言い出すという事を先読みしていたのだろう。
映司なら、この場のマミやトーリの命が懸かっている状況で、映司自身の危険など顧みない筈だ、と。

「あの紫は、凄く嫌な感じがした! 絶対何かおかしいよ! コイツだってそれを狙ってるに決まってる!」
「そんな事は、オーズだって分かっているだろうに」

さやかでも気付けた事柄に、映司が気付いて居ないはずが無い。
そんなことぐらい、さやかには分かっていた。
そして……その叫びが、映司を今まで止められなかった事も。

「ハァッ!」

オーズがタトバコンボの緑色の目を一瞬だけ紫に輝かせると同時に、足元の地面へと片腕を突っ込んでいて。
地面から取り出したものは……紫の大戦斧、『メダガブリュー』であったのだ。
まだプトティラコンボ状態でも無いのに、紫メダル謹製の武器を具現化することに成功したのである。

さやかの言葉が届いたために、紫のコンボを使わなかったのか。
それとも、紫のメダルと同調したために、タトバコンボにおいても紫の武器が出せたのか。
もしくは、両方か。

『ゴックン』

大斧の刃の端に備え付けられた口へと、セルメダルを飲み込ませながら。
オーズは……踏み込んだ。
マミの銃弾によって狙われたキリカが、回避の先に動くであろう、未来の地点へと。
紫の残光を纏いながら、横薙ぎに振り切る。

「セイ、ヤァッ!!」

欲望を絶ち切る、無の一撃の行方は、果たして……



・今回のNG大賞

「マミさん! 無限の魔力でリボンを沢山作って、この結界をパンクさせましょう!」
「なんで、そういう狡い事を考えるかな。君は……」

数時間後~

「恭介のバイオリンが聞こえるぅ……」←酸素が足りない
「さやかちゃん、何か苦しそうだけど大丈夫?」←シャチヘッドで多少は無呼吸でも平気
「どうかしたんですか?」←ヤミーって酸素必要なんですか?
「もう……少しよ……」←先輩の意地

こんな持久戦は絵面的に嫌だ。


・公開プロットシリーズNo.113
→俺は一回刺されただけで死ぬぞォッ!!



[29586] 第百十四話:割りたい背中
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/11/10 22:12
「あの白饅頭から、ヤミーを作ったグリードが居る」

もし鹿目まどか本人が表層意識に出ていたのならば、きっと驚愕に顔を染めていた事だろう。
……アンクの視界から顔を見せている、暁美ほむらのように。
だがしかし、どうしてその情報が、キュゥべえが複数存在するという思考に繋がるのだろうか?
アンクは、キュゥべえの生態に何故気づいたのか、という質問に対する答えを求められていた筈なのだが。

「町中の至るところから一斉にメダルの臭いがする事が、最近何度かあってなァ」

それはウヴァが倒された翌日からの事だった、とアンクは続けた。
セルメダルを増やす時に特有の気配が多数の場所から同時に発生した事が、あったらしい。

アンクからは、その気配の元がヤミーなのか親なのかは判別出来ないものの、アンクは不思議に思っていたのだ。
メズールのヤミーのように怪人が複数存在するタイプならば、ヤミーの目撃情報が一つも無いのは不自然だ、と。
携帯端末から調べても、誰も騒がないのは明らかにおかしい。

ならば、『人間に見えないヤミー』でも居るのだろうか?
そう考えてから、一気に紐が繋がったのだという。
アンクには、『見えない生物』に心当たりがあるのだから。

そして、アンクは自身が抱えていたもう一つの疑問とも、複数の気配の現象が擦り合わせられる事に気付いていた。
そのもう一つの疑問とは……暁美ほむらがCDショップの上階にてキュゥべえを殺し、巴マミと睨み合っていた場における出来事である。
アンクはメダルが増える気配を察知してその場に駆け付けた訳だが、その気配の元は誰だったのか、と疑問に思っていたのだ。

巴マミはヤミーの親では無かったし、暁美ほむらも違った。
……となれば、死んだキュゥべえがヤミーの親であったという事なのだろう。
ヤミー自体があの空間に潜んでいた可能性も否めないが。

つまり、アンクはここでもう一つの発想の逆転を行ったのだ。
ヤミーが多数存在するのではなく、ヤミーの親が複数存在するのではないか、と。
そう考えれば、明らかに挽肉になったキュゥべえが何事も無かったように姿を現したのも、繋がる話である。
キュゥべえは本当に死んでいて、そのたびに別個体が顔を見せているという仮説に至ったという訳だ。

もちろんアンクとて、綺麗に繋がる仮説だとは思っていたものの、確信があった訳では無かった。
無人ビルの一件に関しては、本当にヤミーがその場に隠れていた可能性も決して捨てきれないのだから。
従って、アンクは今までその仮説を『可能性』の一つに過ぎないと見做してきたのである。

……というのが、アンクから暁美ほむらに為された、有難い解説講座であった。

「……貴方が江戸の町を平行世界だと聞いて驚かなかったのも、納得ね」
「メダルが増える気配が、この時代から転移した狭い地域だけになってたからなァ」

暁美ほむらとて、疑問に思わなかった訳では無い。
女ピエロの問答を解決した直後に、ほむらがアンクに対して、あまり常識的でない情報を告げた時のことを。

――でも、あの江戸は私達の居た世界の過去では無いわよ?

あの江戸が平行世界である事をあっさりと受け入れて会話を続けたアンクの様子は、今考えてみれば納得である。
平行世界への転移と時間移動のどちらが現実的かという思考は脇に置くとしても、アンクが元々平行世界という可能性を考えに入れていたように、ほむらには思えたのだ。
その時には既に、町中に大量に感じる気配がキュゥべえのものであると、半ば気付いて居たのだろう。

ちなみに、アンクは面倒臭がって話すつもりは無いが、かつてアンクがキリカに対して問いかけた内容もキュゥべえの生態に関連するものだったりする。

――じゃぁ聞くが、あのキュゥべえってのは、一体いつの時代から人間と共に居る?
――ちょうど人間という種が確立した辺りかららしいよ。

一応、あの質問には江戸の町が異世界である事を確認する意味合いがあったのだ。
その時点でアンクは既に、多数のメダル増殖の気配が反転地の中だけに留まっているという情報を持っていた。
そして、本来の歴史において江戸にもキュゥべえが居る筈ならば、それが存在しないと判明した江戸の町は単純な過去の時代の物では無い、と。

ちなみに、もしあの江戸が単純な過去の世界であった場合、アンクの行動は決まっていた。
アンクはタイムパラドックスなど顧みず、封印の棺を探して各種のコアメダルの入手に走っていたことだろう。


「そんなところだ。とっとと済ませて来い」
「……仕方ないわね」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十四話:割りたい背中



結界に入って、暁美ほむらが目の当たりにした光景。
それは……3人相手に立ち回っている、キリカの姿であった。
見たところ、巴マミや美樹さやかの攻撃は当たっているが、紫の巨斧を振るうオーズの斬撃は全く命中していない。
というよりも、キリカはオーズの無の一撃を回避するために、マミやさやかの攻撃を意図的に受ける事で連携のタイミングをずらしているらしい。

当然、そんな事をすれば、キリカにはダメージが蓄積していく筈なのだが……。
何故か驚異的な再生能力を見せつけているキリカは、その程度の怪我では止まる気配を見せない。
もちろん、流石にループ世界の経験が豊富なほむらといえど、こればかりは理解の範疇を超えてしまっていた。

そして、ほむらが情報を収集するために接触すべきは……ただ一人。
ひとり蚊帳の外の置物と化している、トーリである。
他の面々が忙しそうなので、戦力外として地面に座り込んでいるトーリから情報を得ようという訳だ。

……ところが。
いざトーリの傍らまで移動してきたものの、トーリからの反応が全く見られない。
座り込んだトーリの目の前でほむらが円盾の付いた左腕を振ってみるものの、どうやらトーリの目の焦点が合っていないらしい。
というか、目を見開いたまま気絶しているようだ。
歯を食いしばったまま、何か恐ろしいものでも見たような顔を固定したまま、意識を失っているらしい。

で、あるからして、暁美ほむらの採るべき行動はただ一つ。
四次元円盾からおもむろに一つのお楽しみアイテムを取り出し、安全装置を解除して。

「起きなさい」

……発砲した。
その愉快な秘密道具が黒光りする実銃である事は、説明するまでも無い。
もちろん、暁美ほむらさんとて鬼では無いのだから、トーリの髪を掠める程度の弾道で勘弁してやったが。

「ひぁぁっ!!?」

そして、良い具合にトラウマスイッチが入ったのか、反射的に飛び退いてくれたトーリ。
案の定というべきか、ほむらに殺されそうになった数々の経験が、トーリの深層意識に根付いているということなのだろう。
膝を突いていた状態から一転して、尻もちをついて腰を抜かしているその様子は、やはりいつもの彼女であった。
まぁ、ある意味お約束であるので、ほむらも突っ込まないが。

「状況を簡潔に説明しなさい」
「ええと、結界を破る方法を考えていて……あれ? その後どうしたんでしたっけ……」

どうやら、記憶の欠如もしくは混乱が見られるようだ。
首を傾げてうんうんと記憶を漁っているトーリの姿には、悠長という言葉がこれ以上無いぐらいに似合っていた。
……が、それに付き合ってやる義理など、暁美ほむらには無い。

さり気なく、先程の拳銃よりも威力が高めのショットガンを円盾から取り出してみた。
説明が滞るのならば身体に聞くわよ、と言外に伝えながら。

「済みません! 説明させて頂きます!!」
「期待しているわ」

意外に、恐怖で人を縛るのは楽しいのかもしれない。
怯えた様子のトーリを見ていると、そんな嗜虐的な思考が湧きあがってくるのが、不思議なところである。
どこかの時間軸では苛められっ子の素質を看破された暁美ほむらだが、実は苛めっ子の素質も持っているのかもしれない。

「キリカさんが、時間を遅くする魔法を持っていて、しかも江戸のお土産の爬虫類コアをとりこんだせいで自動再生できるみたいです!」

前半は、ほむらも知っていた。
かつて別の巴マミも初見にて見破ったタネであるからして、それ自体は驚くほどでも無い。
だが、後半は予想外にも程があった。
ほむらの想定としては、遅延魔法だけのキリカが4人相手に戦えるとは思っていなかったのだ。
結界内に未来予知の魔法少女も居るものだと思ったからこそ、暁美ほむらは鹿目まどかを残して来たのである。

……マズい。
マズ過ぎる。
主に、結界の外で鹿目まどかが強襲されているかもしれない。
そして、結界の内部に足を踏み入れてしまったほむらは、脱出できないのだからまどかの救出にも行けない。

更に言うならば、暁美ほむらの切り札であった時間停止魔法が通じない可能性が出て来ているのも、痛い要素である。
どうも、あのメダルとジェムの交換の際に呉キリカが、カザリが邪魔に入るのを知っていたように思えるのだ。
そして、時間停止魔法の攻略手段をキリカが既に持っていた場合、ほむらの迂闊な行動は味方を全滅させかねない。
時間停止の恩恵をキリカも受けたのなら、それを逆利用されて巴マミ達を殲滅されるだろう。

「攻略の糸口は?」
「……むしろ、それをほむらさんに教えて欲しかったです」

使えない蝙蝠女だ。
身を守るすべはあるので足手纏いでこそ無いものの、役に立たない。
どうすべきか。


「げぶぅっ!! ……って、転校生じゃん。トーリから状況聞いてたの?」

考え込みそうになった暁美ほむらの足元に、キリカに蹴り飛ばされた魔法少女が一人、転がって来た。
もちろん、美樹さやかである。
身体の軽い傷を塞ぎながら、グリーフシードで魔力を回復しているらしい。
だが、ソウルジェムの濁りが残ってしまっている辺り、さやかのグリーフシードはそれが最後のようだ。

「呉キリカの攻略法に心当たりは無いかしら?」

何だかワタシの時よりも丁寧なような、なんて呟いた蝙蝠ヤミーを一睨みの元に黙らせつつ。
一応美樹さやかにも、同様の質問をかけてみる暁美ほむらさん。
トーリが気絶している間に起死回生の一手が見つかっているかもしれないという、一縷の望みを期待しているのである。

「なんか、紫のメダルを使ったオーズの攻撃なら、防御貫通でアイツの体内の橙コアを破壊できるらしいよ?」

すると、返事はそれなりに良好なものであった。
本人の自己申告だからちょっと怪しいけど、と気になる一言が付け加えられたが、希望は繋がっているという事らしい。
確かに、キリカの動きは、オーズの攻撃を確実に避けるために、巴マミや美樹さやかの攻撃を敢えて受けている時があったように思える。
しかし、本当に無の一撃がキリカの弱点だとするならば、何故それを態々教えたのか。
正直に言って、非情に胡散臭い。
それでも、バカ正直にその弱点を狙う意外に作戦が無いのも事実な訳で。

暁美ほむらの脳内にまず思い浮かんだ作戦は……酷い、それだった。
マミとほむらの銃弾を牽制に使いつつ、さやかをノーガード戦法で突撃させるのだ。
そこから一瞬でもさやかがキリカを掴むなり何なりして動きを止めて、オーズの無の一撃を確実に当てるというものである。
出来るか出来ないか、という二元論のもとに考えるならば、『出来る』が正しい。
ほむらがループ時間の中で見てきた光景の一つには、痛覚遮断によって修羅のように戦い続けられる美樹さやかの姿もあったのだから。

だが……ほむらは、その作戦を勧める事を躊躇ってしまっていた。
残りのグリーフシードの数から考えても、攻撃のチャンスはあまり多くは残されていないと考えた方が良いだろう。
それなのに暁美ほむらは、美樹さやかに狂戦士になって欲しくないと、思ってしまっているのだ。
一度その戦い方を知ってしまえば、さやかは魔女化まで一直線に突き進んでしまうかもしれない。

せめて、トーリの無駄な防御力を半分でも美樹さやかに分けてやりたいものである。
実際にトーリを美樹さやかに同行させても、機動力が違い過ぎるのでトーリはさやかに付いて行く事は出来ないだろうが。
……そう考えて、初めて、気付いた。
現状打開の策に。
上手くいけば全員が無事にこの結界から脱出できる手段に、ようやく思い至ったのである。

『貴女がヤミーである事を見込んで、提案があるわ』
『何でしょうか……?』

一応、近くに美樹さやかが居るので、通信手段は念話である。
律儀に約束を守ってやっているのも、ほむらとしてはどうかという思いはあるが。
しかし、実際にトーリの正体がヤミーであると認めさせたとしても、その後が問題なのだ。
ワルプルギスの夜が襲来する日までに暁美ほむらと魔法少女達の信頼関係改善が見込めなければ、勝利の目が減ってしまうのだから。

『美樹さやかに、憑りつきなさい』
『憑りつく……ですか?』

……どうやら頭の回転が遅い蝙蝠女は、ほむらの言葉が余程予想外だったらしい。
暁美ほむらの命令に、トーリは思わずこちらをガン視していたりして。
それこそ、他人の機微に疎い美樹さやかでも、ほむらとトーリが密談を交わしている事を把握できるぐらいには。

『そうよ。アンクというグリードが鹿目まどかに憑いているように、美樹さやかに入り込みなさい』
『でも、それはアンクさんがグリードだから出来るのであって、グリードとヤミーは魔女と使い魔ぐらい違うんですよ……?』

確かに、それが出来れば大きな成果が見込める事は、トーリでも理解出来た。
現在さやか達が無限の魔力の恩恵を受けられないのは、現状が高速戦闘を求められる環境だからである。
その点、トーリがさやかと合体出来るのなら、さやかの機動力を殺さずに無限の魔力を活かす事が出来るかもしれない。
更に言うならば、コアメダルを取り込んでいるトーリは、グリードに似た性質を帯びていても不思議では無い。

『この逃げ場のない空間で、貴女の正体がバレたらどうなるかしら?』

その一言にトーリの顔が青ざめるのを、ほむらは見逃さなかった。
約束が違うと言いたそうだが、ほむらにもあまり余裕が無いのだから仕方が無い。

「……なんか、トーリが動揺してるみたいなんだけど、さっきから何話してんの?」
「大丈夫。心配には及ばないわ。ねぇ、『トーリさん』?」
「そ、そう、ですよ、ね……」

つい先程は自身の正体バレを度外視した行動も考えていたトーリであったが、いざ実行するとなれば当然トーリとしては不安なのである。
合体されるさやかの認識も気になるが、タカヘッドを使っているオーズと共に戦闘に出るのが何よりも恐ろしい。
タカの目の透視能力が常時発動している訳では無いことは知っていても、やはりトーリの心臓に悪いのだ。

しかし、もはやトーリに拒絶の選択肢が残されていないのも自明な訳で。
とするならば、チャンスは今しかない。
暁美ほむらへと訝しそうな視線を送っている美樹さやかの無防備な背中は、まさに狙い目なのだろう。

「さやかさん。ちょっと、振り向かないでくださいね!」
「え? 何……うぇ!!?」

であるからして、一思いにトーリは、さやかへの憑依を実行してみた。
元々そんな事が出来るのかは不明だったが、アンクがやっているそれを、見よう見まねで再現してみたのだ。
さやかの背中から入り込み、全身が重なるイメージで、人間の肉体の中に自身の存在を滑り込ませたのである。

その結果……

「あれ? トーリが居ない? って、あたしに羽が生えてる!? なんじゃこりゃぁ!!?」

重なるイメージが掴めなかった翼だけ、身体からあぶれた。
トーリの技量が上がれば、合体状態でも羽を隠すことが出来るようになるのかもしれないが。

『……やっぱり、ワタシは身体の操作は出来ないみたいですね』
「頭の中からトーリの声が? んん? どっから喋ってんの??」

きょろきょろと辺りを見渡している美樹さやかへの説明は、それなりに面倒臭そうである。
まぁ、身体の操縦権に関してはほむらの予想通りであったと言えるだろう。
アンクが鹿目まどかに抑え込まれているように、トーリも美樹さやかに勝てないだろう、とほむらは踏んでいたのだ。
相手がさやかならば、もしトーリに乗っ取られても遠慮なく倒せる……なんて外道な事は考えていなかったに違いない。おそらく。

『ワタシとさやかさんが合体? したんです。多分』
「え、何それ? トーリってそんなアンクみたいな事出来たの?」

ギクリ、というトーリの心境までは……どうやら、さやかには伝わらなかったらしい。
おそらく、心の中で思っている事がダイレクトに伝わる訳では無く、伝えようと思ったことだけが伝わる親切設計なのだろう。
というか、その辺りの仕様はアンクのケースと同じである。

『ワタシも今初めて知りました』
「なんでそんな事試してみようと思ったのか気になるけど、まぁ、良いか」
「それよりも、美樹さやか。その状態で無限の魔力が使えるかどうか、試してみなさい」

そして……ほむらに促されるままにさやかが剣を一本生み出してみると、その手には身の丈ほどもある巨大剣が召喚されていて。
身体の中に小さな電流が走ったような感覚と共に、さやかの魔法はパワーアップを果たしていた。
過去二回に渡って無限の魔力を使った時と、全く同じ現象を起こす事が出来ていたのだ。
案の定、ソウルジェムの濁りも溜まっていない。

「これは……友情パワー的な何か? マミさんに名前考えてもらおう!」
「……頭脳は掛け算どころか足し算ですら無いみたいね」

頭脳を足してもこの程度か、と言われるのと、どちらがマシなのだろうか。
若干イラっとしても食い掛らない辺り、少なくともストレス耐性は、トーリが居る分だけ素のさやかよりは高いようだが。
まぁ、格好良い名前云々は、別に後回しでも問題が無いのだ。

「まぁ、考えるのは後で良っか!」

さらに、さやかは気付いていた。
過去に無限の魔力を使った際には、巨大剣の重さを物ともしない程度には、身体強化の威力も上がっていた事を。
であるからして、一足飛びに進んださやかは……瞬き一つの間に、最前線へと舞い戻っていた。
やはり、普段の二倍近い重さの剣を振るっているとは思えない程に、手に返ってくる反動は少ない。
流石に、体感的には普段のサーベルよりも重いが。

「さやかちゃん!?」
「美樹さん!?」

羽をかざしてキリカからの反撃を防御してみせるさやかに、味方からそれぞれ驚きの声が浴びせられていたりして。
まぁ、驚きを一瞬に収めて、その後は現状を前提に考えてくれるのが、残りの二人が一流たる所以なのである。
さやかとトーリを足して、ようやく手が届くかどうか、というところなのだろう。

「これならイケるっ!!」
「これは、やり辛いね、っと!」

状況を察したマミとオーズは、キリカから一歩引いた距離まで下がってくれて。
さやかへと、最前線を預けたのである。
羽を身体の周囲に広げて盾として使いつつ、サーベルで斬りつけ、只管足で距離を詰めるという戦法が可能となったのだ。
ちなみに、羽はトーリの制御管轄らしく、さやかが見切っているとは思えないような攻撃にも自動防御のごとく反応していたりする。

盾が増えただけ、と言うなかれ。
コレが、意外に違うのである。
防御を気にしなければ、その分だけ攻撃に使える手数は増える訳で。
しかも、身体強化魔法の加減が外れて全体速度も上がっている今の美樹さやかならば、佐倉杏子とでも正面から戦える程の速度を手にしたと言って良い。
……まぁ、手数を増やすのに大剣持ちでは難なので、大剣は捨てて通常サイズの二刀に持ち直した訳だが。
その辺りの魔力のムダを気にしなくていいのも、地味に無限の魔力の補正が効いていると言える。

加えて、防御に使われている漆黒の大翼は……呉キリカにとって二重の意味にて厄介であった。
まず、一撃ずつが軽いキリカの手札ではセルメダルを散らすことさえ出来ない、というのが一つ。
そして、もう一つは……

「ティロ・フィナーレッ!!」

後衛と化した猛者たちが、死角からの絶妙な支援を打ち込んでくることであった。
至近距離に喰らい付いてくるさやかは、常にその背後に大きな羽を背負っており、キリカの視界を制限してくるのである。
さやかは多分そこまで考えて動けていないのだろうが、後衛が優秀過ぎる。
初めて見せられたさやかの戦闘形態に、既に対応しているのだから。
いくらキリカといえど、戦闘中に常に生まれ続ける巨大な死角からの攻撃をカバーできる筈も無い。

巴マミの動きを追い切れずに、右足を砕かれてしまって。
だが、そんなものは次の瞬間には再生する……と思ったら、再生予定の足が生えてくる筈の場所に、直径50センチほどの剣山が出現していた。
華道に使うような優しい代物ではなく、ハリネズミのように剣を固めた、もっと悍ましい何かである。
魔力を気にする必要が無くなったさやかが、咄嗟に具現化して至近距離から投げ込んだのだ。

そんな物騒なモノを挟んで右足を復元してしまったら、まともに動けるようになるまでに再びの『破壊』と『再生』の二つのプロセスを挟まなければならない。
……そして、そんな絶好の機会を、オーズが逃すはずも無い。
当然のようにさやかの羽の影から飛び出て来たオーズは、既に大斧へとセルメダルを飲み込ませ終えていて。

『ゴックン』
「セイ……ヤァッ!!」

今度こそ、振り抜いた。
コアメダルを無に帰する、紫の一閃を。

そして、その音は誰の耳にも均等に、届いていた。
甲高く、消え入るような響きが。
……欲望が、砕ける音色が。



その音を聞いて驚いた顔をしているのは……この空間のなかで、きっと暁美ほむらだけに違いない。
キリカが切り札を砕かれたというのに、なぜキリカの共犯者はこの場に姿を現さないのか、と。
もっと優先度の高い仕事をしている、としか思えなかった。
例えば、結界のすぐ外の一角にて……!



・今回のNG大賞

「……頭脳は掛け算どころか足し算でさえ無いみたいね」
『さやかさんにそんな事を言うなんて、あんまりですよっ!』
「あんまりなのはアンタもだよ!? 何でバカがあたし一人みたいになってんの!?」

マイナスって掛け合わせるとプラスになるらしいよ!

・公開プロットシリーズ
→ちょっとくすぐったいぞ!



[29586] 第百十五話:Last engage ――約束された良き終焉
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/11/18 01:04
罅割れる音の数は……七つ。
一撃のもとに、呉キリカの胸に眠る七つのコアメダルが砕かれた音色であった。
だが、しかし。
切り札を砕かれ、剣山にて片足は既に修復が困難な状態に陥っているにもかかわらず。


「ああ、やられてしまったよ。まぁ紫もそれだけ『馴染んだ』みたいだし、これで私の出番も終わりかな」

呉キリカは、嗤い続ける。
戦力の喪失など、まるで意に介さない様子を見せつけながら。
世界を嗤い、人を嗤い、死体を嗤い、怪人を嗤い、自分自身を嗤う。

かつて呉キリカが魔法の使者へと祈った願いは、自分を変える事。
だからこそ、道化にもなれるし、舞台の上の役者にもなれる。
そして、自身の変化を見せつけることもまた、彼女の真骨頂なのかもしれない。

「じゃぁ、最後に見ていてくれたまえ。私の……『変身』を」

濁り切ったソウルジェムが、その最後の煌を失う。
唯一の『繋ぎ』であった橙コアの再生力が消え去り、そのソウルジェムは内側へと潰れていく。
キリカの腰の後ろに装備されていた魂の石が、形を失って漆黒の球体へと裏返った。

魔法少女としての呉キリカが、良き終わりを迎える。
それと同時に新たな誕生も、また。
泥のように光を通さない濁り色の彫像染みたヒトガタは、首の先からは更に別の胴を生やしていて。
バラバラ死体を4つほど繋げたら完成するのではないかと思わせるような、人間の意匠を不気味に残した奇怪な生物が、その場に完成していたのだ。

更に悪いことに……魔法少女達も仮面ライダーも、知ってしまっていた。
その生物が何と呼ばれるのか、を。

「魔女……!?」

魔法少女が希望を振り撒くように、彼の存在は絶望を振り撒く。
結界を相変わらずも維持しながら、魔法の申し子等の前に佇む姿は……存在するというただそれだけの行為を以てして、子供達を死に至る病へと誘う。

頭が、追い付かない。
理解が、間に合わない。
目の前が、闇に包まれる。

――君達のその顔を見たなら、私は安心して絶望できるというものさ。

そんな声を、聞いた気がした。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十五話:Last engage ――約束された良き終焉



終わりは、突然に訪れた。
アンクと鹿目まどかの目前に口を広げていた結界が……突然に、その姿を消したのだ。
当然、二人は確信していた。
オーズと魔法少女等が勝利したのだろう、と。

「みんな……?」

だが……そこに残されていたのは、敗者達の姿そのものであった。
地に膝をついた美樹さやかに、呆然とマスケットを手から垂らした巴マミ。
その二人の姿が、まず鹿目まどかの視線を釘付けにしたのである。
何時の間にか姿を消した結界の主の事など、もはや意識の端にさえ存在しなかった。

さやかの背後からこっそり抜け出して尻もちを突いているトーリの姿に突っ込むのも、後回しである。
敵の姿が見えないという事は、少なくともキリカを撃退したという事ではないのか?
それなのに、色を失ったマミとさやかの瞳は、勝利を映し出しては居なかった。

こんな時に頼りになるのは……『彼』しか居ない。
そう思って鹿目まどかがその方向へと目をやると、ちょうど変身を解除している青年の姿が、そこには在って。
そして、映司のその視線は、ただ黙秘を貫いている一人の魔法少女へと向けられていた。
この状況に絶望するでも無く、巴マミと美樹さやかの様子を気にしている、暁美ほむらへと。

「暁美ほむらちゃん、だよね。もしかして、魔法少女と魔女の関係について、何か知ってるんじゃないかな?」

質問というよりも、確認の一言であった。
映司の言葉は語尾こそ疑問形に吊り上がっていたものの、半ばそれを確定事項として扱っているように思える。

……一方、鹿目まどかは知っていた。
魔法少女と魔女の関係を。
かつて病院にて、暁美ほむらから聞かされた事があるのだ。
魔女のグリーフシードは、魔法少女のソウルジェムが絶望に塗り潰された時に生まれる。
それが、魔女という存在の由来である。

更に、鹿目まどかは感じ取っていた。
その情報を誰にも言ってはいけない、と暁美ほむらが口止めを行ったことの意味を。
目の前で光を失っている魔法少女達の姿を見れば、分からない方がどうかしているだろう。

「魔法少女の末路は、魔女。その認識で間違っていないわ」
「……そうなんだ。出来れば、そうじゃないと嬉しかったけど」

映司は、否認を行わなかった。
あくまで自身の希望として、仮定法の内容を口にするのみで。
目の前で魔女へと姿を変えたキリカが居たのだから、否定するのも難しいのかもしれない。
もしくは、特定の条件を満たしたときだけ魔女になる、というような回答も期待していたのだろうか。

「魔法少女が魔女にならない方法って、知ってる?」
「…………私の知る限りでは」

――みんな死ぬしか無いじゃない!!
まぁ、別時間軸における巴マミの叫び声は、この場合の映司の質問に対する答えとしては、間違っては居ないのだが。
それを現在の暁美ほむらが映司に告げたところで、何が変わる訳でも無い。

そして……ほむらが予期していた事件は、まだ起こっていなかった。
すなわち、巴マミによる心中イベントである。
いつ拘束紐が襲ってくるのではないか、と気を張っていたほむらの警戒心に反して、マミが動く気配が見られないのだ。
火野映司がまず暁美ほむらへと話しかけてきたのも、さやかやマミの反応が読めなかったからなのだろう。

「まだ、よ」

だからこそ、その場の全員が、注目せざるを得なかった。
ようやく口を開いた巴マミの、一言に。

「私達には、『無限の魔力』があるわ……! その謎を解明すれば、まだ希望は残ってる……!」

辛うじて希望を失わなかった巴マミを引き留めたものは……永遠の力であった。
トーリの持つ無限の魔力を使えば、魔法少女は魔女にならずに済む、と。
急にマミから対象を移された視線達にビビっているこの蝙蝠娘にこそ、最後の希望である。
そう巴マミは願ったのだ。
そして、呆然としていた美樹さやかも。
かつて、無限の魔力を使う事に対して慎重になると同意していた筈の魔法少女らが、その方針を覆したのである。

そんな中……暁美ほむらは、険しい表情を崩せないままであった。
そもそもトーリの無限の魔力とは一体何なのかという疑問もあるが、トーリが実はヤミーだという一点が、不安要素としてほむらの頭から離れないのだ。

――親玉のグリードが死んでしまっているので、人間と敵対する理由が特に無いんです。なので、目的も無く何となく生きているみたいな感じです。

かつて、ほむらがトーリに銃口を向けながら『オハナシ』した時に聞き出した言葉である。
その言葉が真実であれば、トーリは魔法少女らに反旗を翻すことは無いのかもしれない。
だが、暁美ほむらは、グリードには復活する手段があることを知っている。
つまり、トーリが再び人類の敵に戻る可能性は、残っているのだ。
暁美ほむらには……巴マミの見出した希望が、砂上の楼閣に思えて仕方が無かった。

時間停止を使って、トーリを適当に銃撃してセルメダルを散らせば、マミにトーリの正体を信じさせる事は不可能では無い。
しかし、魔女の正体に関して大分重い精神的ダメージを負っていると見える巴マミが、トーリの正体を証明されて耐えられるだろうか。
……どの道、ワルプルギスの夜が来る日までは黙って居た方が良さそうである。

さらに、それ以上に不可解なのが、呉キリカの意図であった。
結界の外に居た鹿目まどかが襲われていない事から察するに、まどかを狙い撃つ作戦では無かったらしい。
ほむらとしてはそれが本命だと思っていたのだが、そんな事は無かったようだ。
魔女化した後のキリカが撤退したことから察するに、さやかやマミの抹殺も眼中に無かったと見える。

では、魔女の正体を見せつけて魔法少女らの士気を殺ぐつもりだったのだろうか。
それにしても、かつて世界を救うために鹿目まどかを殺した彼女達が起こす行動としては、不自然極まりない。
キリカ達も、ワルプルギスの夜による大災害を良しとする筈は無いのに。

言葉通りにオーズを紫の力に慣れさせることが目的で、キリカが最後に魔女化してしまったのは不可抗力だったのかもしれない。
魔法少女たちへの単なる嫌がらせという可能性が地味に否定できないのが、キリカのキリカたる所以なのだろうが。
だが、オーズを紫の力に慣れさせて、白黒コンビに一体何の得があるというのか?
それこそ、大概に意味不明である。
無限の魔力に関して聞いてくる映司に適当に答えつつ、ほむらの考えは纏まらないままであった。

誰も物言わぬまま各々散って行った魔法少女達は……まだ、完膚なきまでに絶望に侵されている訳では無い。
無限の魔力という一縷の望みが、まだ絶たれては居ないのだから。
だからこそ火野映司という男も、ひとまずの様子見に落ち着いた訳で。
もちろん、巴マミが無理心中を始めていたら黙って居なかっただろうが、今は少しそれぞれを落ち着かせた方が良いという結論に至ったらしい。

結局一同は、足元も覚束ない二人の魔法少女の背中を見送る事となったのであった……。



「ほむらちゃん」

不安を隠しもせずにかけられた、鹿目まどかの声。
そこにヤミーと人間と魔法少女の視線が、集まっていた。
呆然自失に陥らなかった4名が、マミとさやかを見送った後の廃墟街にて会議を再開したのである。

「私の『願い』を使えば、さやかちゃん達を元に戻せないかな……?」

……そして、この提案は暁美ほむらにとっては、想定内の内容であった。
そういう『鹿目まどか』も、見たことがあるのだから。

「可能ではあるわ。でも、貴女が魔女になったら結局この星の全てを巻き込んで滅ぼす事になる」

つまり、まどかが魔女になる前に誰かがそのソウルジェムを物理的に破壊するしかない。
それは同時に、鹿目まどかという人間が完全に死ぬことを意味する。

「それを覚悟して私が『願い』を使うとしたら……ほむらちゃんは、止める?」
「絶対に止めるわ」

さらに鹿目まどかの視線は、今度は映司の方へと向けられていて。
これはつまり、映司も何かコメントせよ、というお達しに違いない。
映司としては、「友達が悲しむから行動を控える」というのも立派な行動原理だと思っている。
もちろん、まどか自身の人生を大事にしてほしいとも思っているが、一方で周囲の愛情や心配を振り切ってまどかが決断するならば、それをある程度尊重する心算もあるのだ。

「一応、無限の魔力が本当に魔法少女達の立ち位置を変える可能性もあるし、今急いで判断をする事もないんじゃないかな」

ちらり、と会話の様子見に徹しているトーリへと視線を流しながら。
映司は一時の保留という選択肢を提示してみた。
鹿目まどかが折角願っても、その心配が杞憂に終わってしまっては骨折り損である。
そこで、まどかの契約の断固阻止を目的とする暁美ほむらとの兼ね合いも考えて、折衷案を出してみたという訳だ。

「……心配する人達を押し切って、自分で願いの責任を負う覚悟があって、それでも本当にまどかちゃんがやるしかないと決める時が来たら、俺は止めないけど」

多分今はまだその時じゃないでしょ、と。
まどかの提案を否定せず、ほむらの思いも折らずに場を進めたらこうなったのである。
決して解決策と言えるものでは無いものの、次善策と呼ぶには充分な仮結論は……そんなトコロになりそうであった。


「で、だ。さっきの『お前』の状態は、なんだったんだ?」

そして、会話が一段落ついたところで、鹿目まどかの意識の表層に顔を出した腕怪人アンク。
その視線は……会話に積極的に参加していなかったトーリへと、向けられていた。
どう考えても、先程さやかと合体していた一件を疑問に思われているに違いない。
いきなり話を振られて焦り始めるトーリだったが……助けを求める対象は、この場には居る筈も無かった。

「そういえばトーリちゃん、そんな事出来たんだ」
「え、ええと、ですねぇ……」

どのように説明すれば良いのやら。
メダルの怪人ならそれぐらい出来てもおかしくないですよ、などと口走った日には、その末路は目に見えている。
どう考えても、メダルの怪人からメダルの山へとグレードダウンさせられることだろう。

「ワタシもそんな事が出来るとは思わなかったんですけれども、ほむらさんが『やれ』と言うのでやってみたら、出来てしまったんです」

という訳で、恒例の責任転嫁……もとい、議題ズラしを試みることにした。
要するに、トーリを疑うのではなく暁美ほむらを疑え、と。
そういう事である。
忘れられがちだが、キュゥべえ直伝のトーリの得意技だったりするのだ。

一同の注意が暁美ほむらへと移った辺り、トーリの打算は成功の目を見たらしく、裏切り者としては胸を撫で下ろす思いであった。
やはり、工作員は目立つべきでは無いのだ。
その割に、最近方々から怪しまれているような気もするのが、頭が痛いところだったりするが。

『……それは、私から貴女の正体を公言して欲しいということかしら?』
『やめてくださいよ!?』

だが、ほむらも微妙に反応に困っているらしい。
何故合体なんてことを試そうと思ったんだ、という周囲の疑問交じりの顔を窺いつつ、言い訳を考えてみるものの、簡単に名案が浮かぶ筈も無い。

「お前は何でそんな事を知ってんだ?」

そして当然、他3人の共通の疑問へと真っ先に突っ込みを入れたのはアンクであった。
単純に、鹿目まどかと火野映司が暁美ほむらへと抱く警戒心よりも、アンクの抱くそれの方が強いからである。

「それだけじゃない。魔女や白饅頭の正体も、コイツの才能のことも、ワルプルギスの夜の事もだ。お前は……どうやって、その知識を得た?」

その質問が投げかけられたという事は、建設的に考えるならば、ほむらの時間の巻き戻し能力がまだバレていないという事でもある。
しかし、バレる直前だという危機感もまた、暁美ほむらの不安として存在している訳で。
魔女やキュゥべえの正体に関しては、ほむらが見たことがあるからだ、と説明できる。
ところが、鹿目まどかの資質やワルプルギスの夜に関しては、本来誰にも分からない事柄の筈なのだ。

いっそのこと、未来を見通せる魔法少女に聞いた、とでも騙ってみるべきか。
むしろ、この状況ならば本当の事を言っても信じてもらえそうな気もするが。
……ところが、その場合には巻き戻し能力を脅威に思われそうなのが、今度はネックだったりする。

時間の巻き戻しを危険視したグリード達が暁美ほむらの排除に向けて動く可能性が、恐ろしいのである。
というか、それを教えてしまったら、アンクがグリードの復活条件を教えてくれる未来が潰えてしまう。
ほむらはグリード復活以前まで時間を戻せるのだから、グリード達が復活を妨げられる可能性を知りながら次の巻き戻しを黙認する筈も無い。
メダルがハッピーエンドの鍵となる可能性は十分にあるのだから、ほむらとしては事態の再現性は確保しておきたいところであった。

「…………言えないわ」
「……そうかよ」

不満そうに鼻を鳴らして見せるアンクの様子は、しかし、そもそもあまり期待していたようにも思えない。
ほむらが敢えて今まで言わなかった事を、簡単に聞き出せる筈が無いと予想していたのだろう。
まったく、食えない怪人である。
疑惑の中心が移ったおかげで安堵に表情を緩めている蝙蝠女も、大概に鬱陶しいが。

……加えて、いまいち行動が読めない火野映司にも、ほむらは接しかねている部分があった。
ほむら本人から見てさえ怪しいと言える黙秘女の正体に関して特に言及してこない辺り、何を考えているやらである。
魔女の正体に関する話には積極的に食い付いて来た割に、トーリの合体能力やほむらの秘密に関しては、聞きに徹している様子なのだ。
興味が無いという訳では無いのだろうが、魔女関連の情報と比べると、関心が薄いと見えた。

ほむらやトーリの隠し事が、後々に火野映司という男へ致命的な落とし穴として口を開ける可能性は、考えていないのだろうか?
アンクが疑いの眼差しをほむらへと向けている事を、映司が把握していない筈が無いのに。
一応、映司が旅先で内戦に巻き込まれたエピソードはほむらも聞いたことがあったので、その辺りに原因があるのだろうとは思っているが。


まぁ、彼とほむらの間に何か話題がある訳でもないので、話す内容も思いつかない。
ぼちぼち会話も落ち着き、流れ解散を期するかと一同が思った……そんな、時だった。
赤いカメラアイを輝かせた、緑色のカンドロイドが現れたのは。
説明するまでもなく、通信用のバッタカンである。
そして、その電波の向こう側に居る相手は、

『大変だ! 伊達さんが倒れた!』

……この場に新たな火種を持ち込んだ、後藤慎太郎であった。
どうやら、後藤もヤミーを追って廃ビル街の付近まで足を運んでいたらしい。
ところが、ヤミーが魔女の結界に入った時間辺りから探知不能となり、ずっと周辺を捜索していたのだとか。
そんな中、偶然にも路傍に倒れている伊達明の身柄を確保したという事である。

後藤の報告を聞いた面々としては、驚くと同時に、しかし納得の結果でもあると思えていた。
カザリにボコボコにされたバースは、外見からでもそのやられぶりが確りと窺えたのだから。
むしろ、装着者が伊達明でなかったら死んでいるのではないかというレベルである。

『美樹は居ないのか? 伊達さんの治療を頼もうと思ったんだが……』

まぁ、そう来るだろうという事は、後藤の言葉を聞いている3人と2体からは予想出来ている訳で。
仕方なく、魔女の正体が元魔法少女であったという情報にショックを受けたせいで、マミとさやかが精神的に少しばかり危険な状況にあると説明しておいた。

『……それは、確かに慎重になった方が良さそうだな』

がむしゃらに世界を救うと口にしていた頃の後藤であったなら、ここで無神経な一言でも吐いていたかもしれない。
しかし、最近サポート役に落ち着き始めた後藤としては、多感な魔法少女達を支えるのもまた世界を救う道の一つであると考えられるようになったのだろう。

『今、レントゲン写真が撮れた。これは……!』

どうやら、後藤は病院に居るらしい。
おそらく、伊達を担ぎ込んで、そのまま同じ院内に留まっているのだろう。
後藤の行動が速すぎるようにも思えるが、オーズらがキリカを相手取っている間に移動したというところか。

だが、次の後藤慎太郎の言葉を……いったい誰が予想できただろうか。

『脳内に、45ACP弾……だと……!?』

直後に響き渡った金属音は……きっと、後藤慎太郎がカンドロイドを手から取り落とした音であったに違いない。



・今回のNG大賞

「脳内に弾丸……なんだか、さやかさんの頭にも1発ぐらい、マミさんが誤射した弾丸がありそうですよね」


・公開プロットシリーズNo.115
→一難去らずとも、また一難。



[29586] 第百十六話:生と死の狭間に
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/11/24 22:56
死んだ魚のような目、という定型句がある。
他にも、レイプ目、艶の無い眼、ハイライトの消えた目……などなど。
言い方を変えても、おそらくどれでも充分なのだろう。

「……」

……現在の巴マミの状態を表す、には。
その覚束ない足取りと、時々口から独り言を漏らす様子は、最早都市伝説レベルであった。
彼女が障害物にぶつからないのは、通行人が自発的に道をあけてくれているからに違いない。
夕闇の中にて呪いの人形のような風格を漂わせながら、仮宿のクスクシエに向かって、ふらふらと歩を進めていたのだ。

そんな、時だった。
側頭部に、鈍い痛みと衝撃が襲い掛かったのは。
何か固いモノで殴られたような、乾いた音が響き渡っていて。
戦いの最中であったならば気にしないような痛みも、油断の極地にあったマミを怯ませるのは十分過ぎた。

「……」

本来ならば、すぐさま武器を取り出して、周囲を警戒するべきだったのだろう。
だが……そんな気力も無くしていたマミは、そのまま地面に仰向けに倒れてしまっていた。

すると……地に落ちた『朱』がマミの目を引く。
300グラム程度の重さを持ったバラ科植物の果実が、マミの足元に転がっていたのだ。
いわゆる、リンゴと呼ばれる果物であった。

「オイオイ……あんたはそういう時、片手で受け止めながら『危ないわね。当たったら怪我じゃ済まないわよ?』とか、キリッと言っちゃう魔法少女様だろーがよ?」

リンゴの表面に数字が書いてあったかどうかは、定かでは無い。
そして、300グラムのリンゴが時速150キロで飛んできたら、確かに怪我では済まない。
当たり所次第では、常人ならば死にかねない威力である。

いわずもがな、リンゴを投げた主は、紙袋一杯のリンゴを抱えた佐倉杏子であった。
地に落ちたリンゴを拾って、汚れを払って食べ始めた辺り、食べ物を粗末にする意志は無かったのだろう。おそらく。
マミが余裕をもってキャッチするだろうと高を括っていたら、そんな事は無かったという訳だ。
案の定、マミは仰向けに倒れて視線を夕暮れ空に固定したまま、ぴくりとも動かない。

「聞いてたよ、魔女の正体」

反応を示さないマミの様子に、こりゃ重症だ、なんて漏らしながら。
しかし、杏子自身はそれほど精神的に落ち込んでいるような素振りは見せなかった。
その姿はとても、マミやさやかと同じ精神的ショックを受けているようには思えない。

なお、何故杏子が魔女の正体を知っているのかといえば。
一応、カザリ撃退の直後姿を消した杏子は、少しだけ様子を見ようと近くの廃ビルの屋上に位置取っていたからなのだ。
もちろん、俯瞰するように状況を見ていた杏子は、結界から凄まじい速さで魔女が撤退していった様子も把握している。
当然、会話の内容から、キリカが魔女になったことも察していた。

「まだトーリの奴が残ってんのに、そんな死にそうな顔してどうすんのさ?」

杏子の言う通りでは、あった。
あの頼り無い後輩が、まだ希望を握っている。
蝙蝠女本人は「魔法少女の最後の希望になってやる!」なんて柄では無いのだろうが、それでも最後に残った道しるべには違いないのだ。
だが……マミの表情は、動かないままだった。

「私たちが」

それでも、マミが重い口を開いてくれたという事は、杏子の言葉は届いていたのだろう。
もっとも、いつもの自信に満ち溢れた語調は、見る影も無くなっていたが。

「私たちがやって来た事は、何だったの」

杏子とて、マミが言わんとするところが分からないほどに鈍感でも無い。
魔法少女の慣れ果てが魔女ならば、魔法少女の使命と思われていた魔女退治は……同族殺しだ。
人殺し……という事だって、出来る。
さらに、いつしか自分自身も戦いの中で果てる時には魔女になるのだという恐怖も、圧し掛かっている。
もし無限の魔力という希望が無ければ、マミは既に潰れていたかもしれない。

「あんたは人間を守るために、アタシは自分が生きるために、魔女を倒してきた。それだけだろ」

それ以上でもそれ以下でも無い。
結局、マミが同情すれば魔女が魔法少女に戻る訳では無い。
魔女を見逃したとしても、その魔女が人間を襲わなくなるハズも無い。

「生きた人間と魔女を天秤にかけて、人間を選んだ。考えてもみなよ? 何にも悪い事なんて無いって」

マミとて、分かっている筈だ。
魔女との意思疎通が不可能であることぐらい。
ならば、マミの頭を止めている原因は……殺人に関する忌避感といったところか。

「そうかも、しれないわね」

だが、マミからの反応は、否定のそれでは無くて。
もちろん、杏子の言葉に棘が少ないものだったという原因もあるのかもしれないが、事態は……果てし無く重いと思われた。
これは、好き嫌いの問題ではなく、話題自体に興味を示さないという中々に危ない状態だと言える。
人間なのだから興味の無い分野というものはあるだろうが、魔女に対して無関心などという事は、マミに限っては有り得ない筈なのに。

「ああー? じゃぁ、何が問題なんだ? 何でそんな死にそうな顔してんのさ?」
「……私達が任意で魔女を狩るのと、私達の生存に魔女が必要なのは、全く別のことだからよ」

もし魔法少女が魔女を狩る必要性が無ければ、話は単純である。
魔法少女は単なる英雄であり、いつかは日曜の朝日を浴びることだって出来るかもしれない。
しかし、魔女狩りが必要であるとなれば、魔法少女の立ち位置は大幅に変わってしまう。
魔法少女を延命するためのグリーフシードは、魔女が人間を喰ってエネルギーを溜めた末に出来上がったものなのだから。

つまり……魔法少女の命を繋ぎ止めておくために、人間の犠牲が必要であるという関係性が成立している。
魔女を中間項として挟んでいるものの、一人の魔法少女に対して多数の犠牲が必要であるという構造にかわりは無いのだ。

「魔女を倒さなきゃ、その分犠牲が増えるだけだろ?」
「私が魔女を倒しても、その影にはグリーフシードを得られずに魔女化する子が、一体どれだけ居るのかしら」

結局、魔女が生まれ出る限り……魔法少女が生まれる限り、連鎖は終わらない。
魔法少女を生み出す元凶であるキュゥべえを止めれば、あるいは悲劇が繰り返される事は無くなるのかもしれない。
だが、キュゥべえを責めようにも、神出鬼没な彼を見つけるのは困難を極める。

「生きてても魔女化しても人サマを犠牲にするんなら、面白おかしく生きりゃ良いじゃん」
「魔女化する直前にソウルジェムを砕けば、尚良いんでしょうね」

仮にマミがグリーフシードを使わずに戦い続け、ジェムが濁り切る直前で自決したとしよう。
確かに、そうすればマミの狩ったグリーフシードによって救われる魔法少女は居るだろうし、マミが魔女化して人を襲う事も無いのだろう。
でもそれは家畜のような生き方だ、と杏子は思ってしまうのだ。

「アンタが戦えるだけ戦って死ねば、後輩は一時は楽が出来るかもしれないけど、結局自分で魔女を狩る力を鍛えられなくて死ぬだけだろ。何の救いにもなってないよ」
「救い。そうね。私が満足するだけの救いよ。何の問題があるの」

……その言葉を聞いた瞬間、杏子は少しの時間だけ、視界が真っ白になったように思えた。
かつて、佐倉杏子は巴マミに対して言い放った事がある。
杏子は自分のためにしか魔法を使わない、と。
今のマミの言葉は、それをマミが覚えているからこその、杏子を突き放すための一言だったのだろう。

だが杏子は……マミの口からだけは、それを聞きたくなかった。
先程杏子自身で「面白おかしく生きりゃ良い」と言っておいて矛盾しているのは、重々承知している。
それでも、理屈でも利害思考でも無く、そう思ってしまっていたのだ。

「大アリだよ……この大馬鹿野郎」

魔法少女は、歯軋りで歯が欠けても、修復できるのだろうか。
もちろん現在の杏子がそんな些細な事を気にするような心的余裕など、持ち合わせている筈も無い。
だから杏子は……今、このひと時だけ、捻くれる事を止めた。

「それじゃー、アタシが満足しない」

そんな杏子の一言は……ようやく、マミの心を少しだけ動かすに至っていた。
とは言え、やっとマミが杏子の方を見た、というレベルに過ぎなかったが。
マミの心が動かせたのならば、たとえ1cmだって構わない。

「……佐倉さんは、私のやり方に納得出来なくて、見滝原に近寄らなくなったんでしょう」

佐倉杏子は、かつて巴マミに師事して魔女狩りの手法を学んだことがあった。
危ないところを巴マミに助けられ、魔法の使い方や効率的な魔女探査の方法を教わったのだ。
……杏子の父親が一家心中を起こして、杏子が天涯孤独の身となるまでは。
自身が他人のためと思って行動したはずなのに、それが他人を絶望のどん底まで突き落としてしまった。
その事が楔となって、杏子は見ず知らずの人間のために戦う事をしなくなったのだ、と巴マミは理解しているのだろう。

「そうだよ。でも、そうじゃない」

確かにそれも、杏子の一面ではある。
杏子は自分のためにならないと思ったら、ガラのもたらした危難の最中でさえ戦わなかったぐらいなのだから。
でも。

「アタシは……あんたを、誰よりも眩しく思ってた」

マミの舞うような戦いは、かつての佐倉杏子を確かに魅了していて。
もしマミが健在だったのなら、錬金術師の回転舞台の上でさえも、優雅に踊り続けられるのではないかと思った程である。

「アタシに出来ない生き方を貫いてるあんたが、本当に、凄く、輝いて見えたんだ」

きょとん、という擬音がこれ以上無いぐらいに驚いているマミの様子は、しかし先程よりは大分マシだと杏子からは思えた。
少なくとも、先程までのどこに焦点が合っているかも分からない眸とは、大違いだった。
驚いて、呆気にとられて、呆然として……そんな生きた人間の顔をしている。

「あんたが倒れても、アタシはあんたみたいには生きられない。だから、あんたが自分で立ってくれよ」

杏子は、既に自分で言っている事が筋道立っているのか、頭が怪しくなりつつあった。
本当に人間を説得するための理屈が立っているのか、勢いで喋っている内に曖昧になってきたのだ。
まぁ、説得では無く激励ならば、別に体系立っていなくても良いのかもしれないが。

「……佐倉さん」

相変わらず仰向けに倒れて、起き上がらないままではあったが、それでもマミは少しだけ有機的な声色を震わせていたりして。
随分と、その顔には血の色が戻って来たと見えた。

「私は、もう少し休んだらクスクシエに帰るぐらいは出来るようになるから……佐倉さんは、美樹さんのところにも行ってきてくれないかしら」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十六話:生と死の狭間に



伊達明が担ぎ込まれた、病院。
そこは、鹿目まどかが頭にスチール缶を貰った時にお世話になった施設であり。
また、シャムネコのヤミーが現れた場所でもあって。
更には、かつて上条恭介や暁美ほむらが入院していたり、アンクが間近で始末されそうになったりと、色々といわくつきのスポットであった。

「退院だ、退院! 大丈夫だって! 俺が医者だ!」
「伊達さん! いい加減にしてください!!」

そして、病院の受付で伊達が運び込まれた部屋の番号を聞き出そうとしていた火野映司や鹿目まどか等は、男達が怒鳴り合う声を耳に挟んでいた。
当然、声の主たる成人男性二名に、面々は心当たりがあった。
言うまでも無く、世界を救う男こと後藤慎太郎と、世界一ワイルドなドクターである伊達明に違いない。

「ワタシは伊達さんという人の事も銃の事もよく知らないんですが……45えーぴーしー弾って、頭の中に入っていても実は割と平気なんですか?」

この中で唯一、ほとんど伊達明と接点がない女、トーリ。
ついでに言うと、銃の知識も皆無であった。
もっとも、銃弾に関しては鹿目まどかやアンクも、知るところでは無い。
なので、伊達さんの割と元気そうな声を聞いただけで、まだ顔を見ても居ないのに胸を撫で下ろしていたりして。

「45ACP弾は、確かに人体の中に残り易いタイプの銃弾ではあるわ。でも、それが脳内にあって生きているなんて……」
「そうだよね……殺傷能力が高い銃弾だから、普通は頭に入った時点で死ぬと思うけど……」

いわゆる、ストッピングパワーの高い武器というヤツである。
初速の低さを弾丸の大きさと重量によって補い、人体に甚大な被害を与える事を目的に使用されるのが、45ACP弾なのだ。
要するに人体破壊に特化した銃弾であり、そんなものが頭部に当たって生きているという時点で、既に頭がおかしい。

(身体の中に残るより、貫通する方が強そうな、ような……?)
(……なぜそれをワタシに聞こうと思ったのか、不思議で仕方ありません)

傍で聞いていたまどかが、トーリに対してこっそりとそんな質問を投げかけて来ていたりして。
もちろん、人体破壊に関する知識など、トーリが持っている筈も無かった。
トーリ個人としては、自分が食らった時の事を考えるならば、貫通されてセルメダルを撒き散らすよりは体内で弾丸が止まってくれた方が有難いなどという貧乏性な事を考えていたりする始末である。
胸にウヴァさんの緑コアを入れていたお蔭で銃弾が貫通しなかったんです、みたいな。

それはともかく、火野映司と暁美ほむらが銃関連の知識をある程度持っているのも、背景として分からないでもない。
映司は旅先で内戦に巻き込まれた事があると言っていたから、そこで見たのかもしれない。
ほむらは……何だか、その弾丸を実際に持っていそうなのが、非情に恐ろしいところである。
トーリは怖いので聞かないが。
というか、まどかも若干怖がっているからこそ、ほむらや映司ではなくトーリに質問したのかもしれない。

そんな中、内緒話を始めたトーリとまどかの様子を目の当たりにした暁美ほむらさんが眉を狭めたのが、地味にトーリの精神力ゲージを削っていたりして。
トーリは頭に45ACP弾を打ち込まれても生きて居られるかもしれないが、それはそれでゴメンである。
であるからして、早々に会話を切り上げて、後藤達の声の聞こえた方へ足を向ける事をトーリが提案したのは、きっと現実逃避ではなく戦略的方向転換なのだ。
おそらく、トーリが自分から言い出さなくても、映司辺りが適当に話を切り上げてくれただろうとは思うが。

そして目的の方々は、案の定というべきか、あっさりと見つかることとなった。

「だから、言ってるだろ? 俺は1億溜めるまで死なないってよ」
「命あってのお金じゃないんですか……死なないでください、伊達さん」

もっとも、どうやらこの二人も大分落ち着いてきたらしい。
少なくとも、駆けつけてきた4人の存在にすぐさま気付くぐらいには、精神的な余裕が戻っている様であった。

「だいたい、バースだって本調子じゃないんですよ。無茶は控えてください」
「え? 後藤さん、それってどういう事なんですか……?」

そんな中に発せられた後藤の不思議な一言に……4人を代表して質問したのは火野映司であった。
バースが不調などという情報は、4人としては初耳なのだ。
当然、メンテナンスが必要ならば鴻上財団のスタッフが行っているものではないのだろうか。

「簡単な調整なら俺でも出来ないことは無いんだが……本格的な修理になると、真木博士にしか出来ない」
「…………真木清人は、収監中だったわね」

真木清人とは、バースやカンドロイドシステムの根幹を作った、稀代の天才の名前である。
だが同時に、暁美ほむらを拉致監禁した疑いにより留置所にぶち込まれていた男でもあった。
そして、おそらくこの時間軸にて初めて、暁美ほむらの時間魔法の攻略法を見破った人物でもある筈だ。
ほむらが拉致された際には血液のサンプルも採られており、それが偶然という形で真木清人に時間停止の破り方を教えてしまったのだろう。

……と、そこまで考えて、ほむらは不可解な違和感に突き当たった。
一体何故、あのカザリというグリードは暁美ほむらの能力の攻略法を知っていたのか、と。
キリカ達に教えられたのかもしれないが、もしそうでないとすれば。

「いや、実は昨日付けで脱獄した。鴻上財団に宣戦布告までしてな」

実のところ、後藤がライオンクラゲヤミーの出現に対して出遅れてしまったのは、そのせいだったりする。
真木清人の脱獄に関する事後調査を行っていたために、ヤミー事件への初動が遅れてしまったのだ。


『という訳だよ! 諸君ッ! いやぁ! 困ったものだ!』

と思ったら、お馴染みの暑苦しい声が聞こえた件について。
声の方向に6人が視線を集めると……そこには、何時もの厳つい会長さんの顔が映り込んでいた。
……伊達明の心電図を映していた筈の、モニターに。
厳重に管理されている筈の病院機器をハッキング出来る鴻上財団の技術に感心すべきなのだろうか。

もはや、この会長の非常識に驚いて居ては、この世界は歩けないのかもしれない。
まぁ、心電図のモニタリング対象であった伊達明が何も苦言を呈さないのならば、別に問題は無いのかもしれないが。
とりあえず、会長の大声が近隣病室の迷惑になると考えて部屋の扉を閉めた鹿目まどかは、間違いなくこの中で一番の常識人である。

そんな中、画面を切り替えつつ流されたのは、真木博士が留置所の防犯カメラに向かって残した映像で。
為されたのは、世界は美しいうちに終わるべきだという、真木清人の普段と変わらぬ主張であった。
しかし、それが決定的な危機を意味している事は明らかであると、病室に集った面々は理解出来ていた。
何故なら……まさに脱獄を実行した真木博士の隣に、グリードのカザリが映り込んでいたからである。

『困ったものだよ! バースはドクター真木の技術の結晶だからねッ!』

……という訳で、バースのメンテナンスは滞る一方だという。
その映像を見せられたトーリとしては、どちらかと言うと真木博士が裏切った事の方が重要なのではないかと思わずには居られなかったが。
やっぱり始末しておくべきだったわ、なんて暁美ほむらさんが隣で呟いた気がしたが、全力で聞き逃した。
皆のアイドル☆ほむほむが、そんなに物騒な訳が無い。

「一応動けるぐらいには、俺でも修理出来たんだが……今回のような戦闘が続くと、伊達さんは脳の問題を解決する前に死にかねない」
「確かに今回はちっと危ない橋だったけどよ、俺は死なない。叶えなきゃなんない夢があるんでな」

内容は秘密だがな、なんて誤魔化す気満々の伊達明は……とても、死と隣り合わせの細道を歩いている人間には、見えなくて。
もしくは、棺桶に片足を突っ込んでいるからこそなのか。
伊達さんならば、ライダーキックで棺桶の底をぶち抜いて閻魔様に御挨拶するぐらいが丁度良いのかもしれない。
バースの必殺技にライダーキックは存在しないが。
先程蒼い顔をしていた魔法少女達に、そのポジティブシンキングの半分でも分けてやれば良いのに。

「伊達さんは……どうして、そんなに死にそうなのに、生き生きしてるんですか?」

そして、そんな伊達明の醸し出す不思議を嗅ぎ取った面々の中で最も先に口を開いたのは……鹿目まどかであった。
もちろん、まどかは伊達さんの身も心配している。
だが、それ以上に現状では、伊達明の建設的思考回路を魔法少女達のために応用しなければと考えてしまっているのだ。
果たして、このオジサマは一体どのような考えを持った人間なのか。

「なんでって言われてもなぁ……現に俺は生きてるんだから、自分の身には俺が責任を持つってだけの話だ」

分かるようで、分からないような。
魔法少女達にそれをそのまま伝えれば、立ち直ってくれるのだろうか。
情報というものは意外と発言者の存在が重要だったりするので、まどかが伝えてもダメかもしれないが。

「実は、さやかちゃん達が……」

という訳で、ここで恒例のネタばらしタイムである。
魔法少女の末路は赫々、グリーフシードの正体は云々、という訳だ。

「……という訳なんです。伊達さんがそんな状態の時にこんな事を言うのは非常識だって、自分でも分かってます。でも」

さやかちゃん達の支えになりそうな事なら、伊達さんから何でも聞いておきたいんです、と。
普段から同年代の子供達より低い頭を、病院着姿の伊達の前に下げて見せたのだ。
そして、そんな鹿目まどかの姿に、思わず目を丸くしていた伊達明は……少なくとも、その申し出を憎からず思っているのだろう。

「そいつは、なかなか部外者が口を挟みにくい問題だな。むしろ俺は、それを聞いてもピンピンしてるお七ちゃんの方が気になるぜ」

……確かに、その通りである。
というか、傍らで聞いていた映司やトーリも思っていた。
暁美ほむらなら、何か手がかりを持っているかもしれない、と。
ただ、伊達さんの一件に追われて、対応が後手に回ってしまっていただけの話なのだ。

「……」

ところが、突然話題を振られたほむらさんは、言葉に詰まっていたりする。
とりあえず御馴染みのムッツリ顔をキープ出来たものの、その疑問に答えようとすると時間逆行の件を話す必要が出てくるのが、地味に困りものであると言えた。
実のところとして暁美ほむらが絶望へ足を突っ込んでいないのは、ほむらの願いの在り方が強く根を残しているからである。
ほむらは、鹿目まどかを助けることではなく、鹿目まどかを助ける自分になる事を願ったのだ。
だからこそ、まだ見ぬ未来にてその願いが完全に叶う事を夢見ながら、円環世界を駆け回る事が出来る。
とある箱の中に未来が入っているからこそ人間は希望を持って生きていられるのと、同じ理屈だと言えるだろう。

「なにか、生きる目的や目標があれば、絶望に落ちずに済むかもしれない」

なので、一応一般論に聞こえるように言ってみた。
先程の伊達明の『夢』という発言が頭の隅に残っていたのも、その発想の原因となったのかもしれない。
ただ単に希望が残っていれば良いというだけならば無限の魔力がそれにあたるだろうが、蝙蝠娘の正体を知っている暁美ほむらとしては、別の何かを用意したいところである。

……それが、ほむらの甘いところでもあった。
鹿目まどかを守り切ってワルプルギスの夜を倒すというだけならば、決戦の日以降にトーリの正体バレによる精神的負荷がマミ達に降りかかっても、知ったことでは無い筈なのだ。
なのに、無意識のうちにほむらは……ループが今回で終わるという事を前提に考え始めている節があって。
それが油断なのか、はたまた余裕なのか。
教えてくれる御仁の登場は、もう少し後になる見込みである。




……結局、その場で何が決まった訳でも無くて。
各々さやかとマミに気を遣うぐらいしか対策も立たないままに、一同は解散することとなったのであった。
鹿目まどかの胸に、何とも言えない無力感を残しつつ。

だが、しかし。
その晩の事であった。
帰宅後のまどかが、異能の環境を隠しながら、さやかの一件を母親に相談してみた時の事である。

『間違えればいいのさ』

『本当に他にどうしようもないほどどん詰まりになったら、いっそ、思い切って間違えちゃうのも手なんだよ』

『その子のこと諦めるか、誤解されるかどっちがマシだい?』

母親の言葉は、見事に鹿目まどかの悩みを振り切ってくれた。
考えても見れば、まどかは既に一つだけ、解決方法を掴んでいるのだ。
それを実行しようとすれば美樹さやかはおろか、もっと多くの人からも恨みや顰蹙を買うかもしれないが、それがどうしたというのか。
例えさやか本人から恨まれたとしても、このまま諦めるよりはマシに決まっている。

「ママ。私、やってみるよ」

だから、まどかは決めた。
さやかへと、生きる希望を提示してやるための作戦を。



「上条家一夫多妻計画、やるだけやってみる!」



・今回のNG大賞

「いっその事、強引にでも誰かがさやかさんとツガイになってしまえば良いのでは?(天然)」
「…………男性陣が一斉に目を逸らしたわね(半眼)」

「俺は腕力の問題で襲いに行くのが無理なので、火野か伊達さんがお願いします(動揺)」
「後藤ちゃん、バースになりたいって言ってたよな?(笑顔)」
「俺も、そういう事なら後藤さんがオーズでも良いですよ(迫真)」

「皆酷いよ! 幾ら相手が『あの』さやかちゃんだからって!!(悲嘆)」


・公開プロットシリーズNo.116
→オリ主って奴の仕業なんだ……!



[29586] 第百十七話:残念パーティ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/29 10:39
「さやかちゃんは、今でも上条君のコト好きだよね?」
「…………うん」

呉キリカが魔女化してから一つの夜を挟んだ、登校日にて。
鹿目まどかは、酷い作戦を実行に移そうとしていた。
すなわち、上条君はハーレム野郎になって爆発しちゃえば、それはとっても嬉しいなって。

であるからして、机に突っ伏して呪いの石膏像となっている美樹さやかに問いかけたのである。
まだ上条恭介への気持ちは変わらないか、と。

「じゃあ……仁美ちゃんに勝てないって分かってても、それでも上条君を好きで居られる?」
「……えっ?」

つまり、そういう事だった。
もちろん上条等の気持ちも確かめなければならないが、まず美樹さやかへと、まどかは確認を入れたのだ。
残念ながら、まどかの質問の意味が理解されているとは思えないが。

「1対1だけが愛じゃないよね?」
「ちょっと、意味わかんない……」

要するに、上条君の愛人になれ、と。
プライドなんてカザリさん辺りにでも食わせてしまえ。
それが出来なくて、何が恋なのか。
もちろん、この会話を繰り広げたのが放課後である辺り、少しばかりデリカシーというモノは生きているらしい。
当然、周囲にはまどか達の会話を聞く者は居ない筈だ。

「確かに非常識だけど、このまま諦めちゃうのと、どっちがマシだと思う?」

まぁ、発言者である鹿目まどか本人も、かなり酷な事を勧めているという自覚はあったりする。
その作戦は、叶わない可能性が非常に高い恋の道を、生傷を広げる前提で進軍せよと命じているのに等しい。
言うなれば、G3-Xに延々と箸で絹豆腐を掬わせ続ける行為に匹敵する残酷な所業である。

「……ヤダ。どうせあたしなんて、魔女になり損ねたアンデットなんだ……」

ダメらしい。
机の上に潰れたまま、さやかはまどかへ目を合わせようともしない。
むぅ、と思わず口から漏らしてみるものの、さやかが動く気配は見られない。
確かに、さやかは筋力と賢さのステータス的には、どう考えても魔女よりはアンデットだが。
魔法少女なんてジョブは無かった。

「このまま朽ちた方がマシだよ……」

どうしたものか。
いくらまどかがやる気を出しても、さやかにその気が無ければどうにもならない。
まどマギの心強いスポンサー商品である謎の白い液体辺りを飲ませても、元気になるかどうか怪しいレベルである。
そして、さやかの適正職は腐った死体Aなのだろうか。

『ちょっとツラ貸しなよ』

そんなさやかの前に悪戦していたまどかは、唐突な念話を受け取ることとなった。
その声の主にも、まどかは覚えがある。
さやかが無反応であるところを見るに、まどかだけに送られた通信であるらしい。
周囲を見渡せば、付近の集合住宅の屋上からこちらに視線を送っている一人の魔法少女の姿を捉えることが出来た。

とりあえず、筋力差と体重差的な意味でも、さやかを動かす事は難しい。
なので、とりあえず鹿目まどかは……佐倉杏子に付いて行く事を決めたのであった。
杏子が何か名案を持っている事を、願いつつ。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十七話:残念パーティ



いざ話を聞いてみると……杏子も昨晩、さやかの激励を試みたのだということらしい。

「いや、実はさ、昨日アタシも嗾けてみたんだよ」

ぶっちゃけると、ツカミに一発と思って、出会い頭に強めの事を言ってしまったのだ。
上条君の手足をぶった切って以下自主規制、というヤツである。
マミさんに頼まれては、杏子としては断る訳にもいかなかったからだ。
ところが、確かにさやかは多少反応を見せたものの、特に激昂して杏子に斬りかかるでもなく、少し話しただけでそのまま帰って行ってしまったという訳だった。

「ダメだよそんなの! 酷過ぎるよっ!」
「白昼堂々不倫を勧めたアンタにだけは言われたくねーよ!?」

鹿目まどかの渾身の突っ込みは、あえなく正面突破されてしまった。
流石に不倫と殺傷事件は犯罪としての重さが違うだろうが、方向性としてはどっこいなのかもしれない。

「そ、それは、ホラ。発案者は私じゃなくてトーリちゃんだもん」

なんだって? それは本当かい!?
まぁ、今回ばかりはヤツは黒なのだが。
それもこれも、あの蝙蝠ヤミーが変なところで非常識な発想をするからいけないのだ。
だから私は悪くない、と暗に言っている辺り、実は鹿目まどかも相当腹黒いのかもしれないが、それはソレである。

「ああー……それは納得かもしれねーな。確かにアイツ、相手に尽くすタイプっぽい」

本妻が別に居ても愛を貫けるタイプ。
悪く言うと便利な女である。
何となく、ダメ男に縁を持ったら一生傍に居そうな印象を、杏子はトーリに対して抱いていた。
言われてみると、なんて呟いている鹿目まどかも、大まかには同意してくれているのだろう。
なお、別にこの二人はカリスマ溢れる緑のグリードを知っている訳では無いので、悪意なんてある訳ない。

「ただ、それをさやかに適応できるかっていうと、別問題じゃねーの?」
「さやかちゃんも、結構上条君に尽くしてたと思うけど……」

確かに、さやかは恭介にCD爆撃をかましていた筈だ。
それに、恭介も不安定になってさやかに当たり散らした事はあったが、基本的にはさやかに対して好意的だったように思われた。

「さやかのは、本人は無自覚っぽいけど、相手の好意を買おうとしてたって事なんだよな……それが必ずしも悪いとは言わないけどさ」

人間が奉仕に対する見返りを求めるのは、当然と言える。
それを求めないとなれば、その存在は都合の良い神サマそのものである。
人助けマシーンと言い換えても良いかもしれない。
そこには、個人としての人格など存在するのだろうか?

「杏子ちゃんがさやかちゃんに言ったのは、『上条君にきちんと恩を感じさせた方が良い』って意味だったの?」
「……まぁ、優しく言うとそういう事になるな」

それを優しく言えないからこそ佐倉杏子は佐倉杏子であるというべきか。
捻くれ者を絵に描いたような杏子は、そんな柔らかい言葉を選ぶはずも無い。
お前の優しさはどうした、なんてゴキブリ怪人に聞かれようものならば、ゴキジェットを答えとして返すのが杏子なのだ。

ただし、言っている内容自体は割かしマトモだったりする。
もし美樹さやかが上条恭介の腕を治したという事実が日の目を見ていれば、上条君の判断を狂わせる原因にはなったのかもしれないのだから。
判断を「揺らがせる」では無く「狂わせる」な時点で、色々とお察しだが。

「何だか、今まで相談してきた人たちの中で一番頼もしいかも……!」
「やめろよ、なんか、そういうのハズいっていうか……」

一位タイに鹿目詢子さんが座して居たりするのは、言わぬが花というヤツである。
杏子も杏子でまんざらでも無いようなので、これで良しとすれば良いのだ。
鹿目まどか……恐ろしい子……っ!

「とにかく、さやかちゃんが献身してきたことを踏まえて、上条君の所に行って考えてもらって来る!」
「えっ? いやいやいや!? ちょっと待てよ!?」

そこで上条君の方に話を突然向けられては、流石の杏子といえども驚かざるをえない。
というか、むしろ杏子がまどかの背中を押したみたいになっている。
意外に鹿目まどかが暴走特急なのかもしれない、と心の中で愚痴りながらも結局まどかを引き留めた杏子は、存外常識人なのかもしれない。

「上条って奴のハーレム計画は、さやかの煽てて木に登らせる方向じゃねーの? あんたが直接上条に話すのかよ?」

そうなのである。
杏子としては、そんな事をしても鹿目まどかが白い目で見られるだけだ、と思ってしまうのだ。
下手をすれば、美樹さやか本人からさえ恨まれかねない。

「親切もそこまで行けば御節介さ。度を越えた御節介は、守りたかった筈の人からの恨みを買う事だってあるし、絶望に突き落としちまう事だってあるんだ」

杏子が言うと、重い言葉であった。
まどかも、先日伊達さんが杏子のプロフィールを口外してしまったため、大まかには杏子の背景を知っていた。
確か、家族が心中して杏子だけが残った、と。
首謀者は父親だと聞いていたが、もしや杏子自身が体験したと言わんばかり語り草と何か関係があるのだろうか。

「杏子ちゃん、それってもしかして……杏子ちゃんの、家族のこと?」

……瞬間、杏子の視線が鋭くなったように、思えた。
訝しんでいるという事を隠しもしない眼差しが、鹿目まどかへと降り注いだのだ。

「伊達さんから、聞いたんだ。後藤さんが魔法少女の皆のプロフィールを纏めてくれたみたい」
「あんにゃろー、勝手に……まぁ、良い。その通りだよ。アタシは『願い』で親父を救ったつもりになってたけど、それが余計な御節介だったってだけの事さ」

少しだけ不機嫌になった様子の杏子であったが、すぐさま持ち直してみせる辺り、流石のメンタルである。
どうやら、勝手に過去を詮索されたことに恨みが無いわけでも無いが、知られたから相手に制裁を下すという程でも無いらしい。
そして、鹿目まどかには伝わっていた。
杏子がどんな気持ちでまどかを引き留めたのか、という事が。

「見てらんないんだよ。あんたの行動は、破滅一直線だ」
「大丈夫だよ」

それでも。

「どんな結果になっても……さやかちゃんから恨まれる事になっても、それも全部受け止めるから」

鹿目まどかは、止まらなかった。
過ぎた願いが身を滅ぼすというのならば、逆も言える。
身を滅ぼす覚悟があるのならば、過ぎた願いも叶うかもしれない。

そんな鹿目まどかの真っ直ぐな瞳に、杏子が一瞬だけ、言葉を失った。
目を見開いている杏子は、余程まどかの答えが予想外だったのだろうか。

「こりゃー、参ったな」

呆れたように苦笑いを零す杏子は、しかし、どこか楽しそうで。
鹿目まどかの言葉が、琴線に触れたのだろうか。
もはや、まどかを引き留める気配は微塵も感じさせる事は無くなっていた。


「行ってきなよ。そこまで言うアンタの作る結末が、見てみたくなった」

それに対して返ってきた、ありがとう杏子ちゃん、なんて言葉に少しだけ背中のムズ痒さを感じながら。
杏子は結局、鹿目まどかの背中を見送ることとなるのだった。

「アタシのせいじゃなくて、マミの奴に役者を選ぶ目が無かったのが悪いに決まってる。きっとそうだ」

鹿目まどかが成功するのかどうか、佐倉杏子には分からない。
そもそも、本来杏子には関わり合いの無い話である。
だが、それでも杏子は、見てみたいと思ってしまっていたのだ。

……最後に愛と勇気が勝つストーリーって、ヤツを。




ところで、その頃のトーリはといえば。
先日のキリカが魔女化した廃ビル街にて、命がけの鬼ごっこを演じていたりする。
もちろん、トーリが鬼である確率は、ループ世界にて美樹さやかと上条恭介が結ばれる確率よりも低い。

事の発端は、トーリがキリカの結界の中で気絶した理由に辿り着いた事にあった。
キリカの魔女化を見た際に、その現象を事前に知っていたように思い始めて、一晩悩んだ末に思い出したのである。
そしてトーリは、一人の人間の記憶がグリーフシードの中に在った事に少しだけ納得しつつ、しかし次の行動を考え始めていた。
すなわち、取り込んだグリーフシードから魔女の特性を引き出せるのかどうか、である。

という訳で、人気のない場所で試してみようと考えた訳だが……。
あっさり、出来た。
結界も使い魔も、何の問題も無く生み出せたのである。
能面天使とでも呼ぶべき不気味な使い魔が生まれ、結界内部ではある程度重力を制御できる模様であった。
もっとも、使い魔は戦闘能力が皆無のようで、白兵戦ならば屑ヤミーの方が使い勝手は良さそうだったが。

しかし、トーリは見てしまった。
ふと廃ビルの窓の外へ視線を回したときに、当のビルへと駆け寄る美樹さやかの姿を見つけたのだ。
幸いにしてトーリの姿はさやかから目視されなかったようだが、普段から臆病なトーリは、既にピンチを嗅ぎ取っていた。
具体的に言えば、さやかが既に魔法少女装束に変身を終えて、サーベルを片手に握っている辺りに。

どう考えても、魔女の気配を察知して始末に来ようとしているとしか思えなかった。
目が据わっているさやかの様子は、恐怖の対象となるのに充分すぎたのだ。
無言で走り寄って来るのも、地味にトーリの精神を削っていたりして。
咄嗟に隠れたトーリの姿はまだ見られていないが、逃げ遅れた使い魔たちを完膚なきまでに惨殺した美樹さやかの姿は、軽くホラーであった。

やヴぁい。
さやかの意図は不明だが、八つ当たりだとしても迷惑極まりない。
もっとも、トーリの正確な位置は気取られていないからこそ、かくれんぼが成立しているとも言えるが。
だが、無表情のままに廃ビル内を徘徊する美樹さやかの姿に、トーリは恐れおののくばかりである。

もちろん、現在のトーリは結界を維持している訳でも無ければ、使い魔を生産している途中でも無い。
従って、おそらくさやかが最初に嗅ぎ付けたであろう魔女の波動は、既にトーリからは漏れ出ていない筈である。
つまり、さやかからはトーリの性格な位置が把握されていない。
だからこそ、さやかは手頃な障害物を切り崩しながら、探索という名の破壊活動に勤しんでいる訳だ。

そして、トーリの現状はといえば、廃ビルのフロアの隅にあった掃除用具入れに隠れているという状態だったりする。
今思えば、最初から飛んで逃げるのがベストな選択肢だった。
しかし、最良のチョイスというのは、いつも後から出て来ては人間を後悔へと誘うモノなのである。
魔法少女という人種には稀によくある事だと言える。
この頭の足りない魔法少女ヤミーも、例外では無かった。

如何したら良いのだろう。
いっそのこと、『ワタシも魔女を感じて駆けつけました!』と言いながら現れれば良いのだろうか?
だが、一応トーリはソウルジェムを持っていない事になっているので、いきなり魔女の探知が出来るようになったら怪しすぎる。
というか、それを言っているトーリが掃除用具ロッカーから姿を現したら、怪しさ爆発にも程というものがある。
小林靖子先生の別世界では、似たような事を堂々とやってのけた猛者なバディロイドが居たぐらいなのだから、トーリも堂々とロッカーから現れればギャグで済まされる可能性も微粒子レベルで存在する……?

などと、トーリが現実逃避な電波に身を委ねていると……いつの間にか、廃ビル街からは美樹さやかの姿は消えていて。
どうやら、さやかは探索を打ち切ったと考えて良さそうである。
そして、今回の教訓は……

「魔法少女が居る前では封印、ってコトですかねぇ……」

魔女の気配を悟られてしまうので、魔法少女の前では結界や使い魔は使用できないという事である。
もちろん、キリカの例があるのだから、トーリが魔女の側へと引っ張られていると思ってくれるのかもしれない。
しかし、それを使った後にトーリがピンピンしていたら不自然極まりない。
というか、魔力が無限であるという事になっているトーリが魔女に引っ張られたら、その時点でおかしい。

その場合、『魔力が無限だと言ったな。あれはウソだ』……と、周囲に納得させられるのだろうか。
いや、そもそもトーリは自分からは無限の魔力を語ったことは一度も無いが。
無限の魔力という怪し気な能力に加えて、魔法少女に融合するという如何にもグリードな能力を晒してしまったトーリとしては、これ以上不信感のタネを蒔きたくないのである。
何だか最近、今更感が否めないが、それでもだ。
キリカが衝撃の新事実を公表したために流されてしまったが、正直に言って融合能力はトーリの正体に迫る一大情報なのである。

結局いつの間にか姿を消したさやかを、もう一度だけ視線を回して探しながら。
踏ん切りの付かないトーリは、もう少しの間だけ掃除用具との間の友好を温めるのであった……。

トーリは、魔力を感じる事が出来ない。
故に、気付かなかった。
美樹さやかが唐突に姿を消してしまった、理由に。
数分の後に掃除用具ロッカーから抜け出した能天気なヤミーは、自身の視野の外に存在している異界への入り口になど、気付く筈も無かったのだ。

それは、魔女の結界と呼ばれるものに他ならない。
だが、結界の存在を感知できないトーリは、気を抜いて飛び立ってしまっていて。
きっと、届かない。
結界の中に捕らわれてしまった、さやかの声など……。




……美樹さやかは、魔女を追っていた筈であった。
義務感と憂さ晴らしを2:5ぐらいに含んだ微妙な心境のままに、衝動的に駆け付けてしまったのである。
ところが、魔女は使い魔だけを置き去りにして逃げてしまったらしく、その姿は見当たらない。

しかし、既にさやかの剣の錆となった使い魔たちは、おそらくこの場を起点として活動していたのだろう。
従って、この近くに魔女が居る筈なのだ。
魔女の餌が沢山居る場所に使い魔が集まるなら分かるが、こんな人気のない廃ビル街に使い魔が集まっているとすれば、確実にこの周辺に悪意の巣窟たる魔女結界が存在する。
それは間違いない……と、さやかは思っていた。

だから、自身が唐突に結界へと巻き込まれた時に思ったのは『ようやく』という一文で。
そして次に頭を支配したのが……その結界の中央に立つ、異形の姿であった。
ドレッドのように毛を垂らした痩身の怪人が、そこには存在を主張していたのだから。

「アンタは……」

さやかは、この怪人の名前を知っている。
確か、黄色のメダルのグリードの、カザリといった筈だ。
だが、何故結界の中でカザリが待ち構えていなければならないのか。

……と、そこまで考えてから、気付いた。
結界の内部が、目から溢れんばかりの緑色によって埋め尽くされている事に。
通常の20倍ほどの縮尺のルーズリーフによって構成された結界が、さやかの視界に飛び込んできたのである。
それはつまり、昨日の落書きの魔女のそれと全く同一のもので。

「まさか、取り込んだの? グリーフシードを……?」

頭に自信が無いさやかでも、気付けてしまっていた。
もしかすると結界の何処かに魔女が潜んでいるのかもしれなかったが、カザリの態度があまりにも狩人然りとしていたから、だろうか。
肉食動物のそれを思わせる視線が、さやかに状況を教えていたのだ。

「そうだよ。安全確認も終わったし、ね」

安全確認、という言葉の意味を、さやかは理解できていなかった。
トーリが魔女の力を一通り使う姿をカザリが隠れて見ていた事など、想像だにできない。
先程さやかが斬り捨てた使い魔と落書きの魔女の使い魔のデザインが明らかに違う事に注目していれば……看破する切っ掛けと成り得たかもしれないが。

「一体、何が目的なの?」

そして、一応聞いてみた美樹さやかは、実は意外とお約束という言葉が分かっている人間なのかもしれない。
さやかとしては邪魔者の排除か人質作戦あたりだろうと予想は付けているが、それでも聞いてみる辺り、大分慎重になっているとも言える。
結界を使って退路を塞いでいる以上、カザリに戦う意思があるのは自明なのだ。

だが……そこが、さやかの限界であった。
あるいは、下限と言っても良いのかもしれない。
さやかには、カザリに溢れている一つの感情が、圧倒的に足りていないのだ。

「君の魂を砕いた後に、その身体を使ってオーズに近付いたら、簡単にメダルを騙し取れないかと思ってさ」
「なっ……!?」

そう。
圧倒的に、美樹さやかには悪意が足りなかった。
ついでに、『身体を使う』というカザリの言葉に性的な意味合いが全く含まれていなかった辺り、女性として大切なナニカも足りないのかもしれない。
具体的に何とは言えないが。

「何なら、君の顔であの鹿目まどかって子に契約を頼むのも面白いね。『あたしのために魔法少女になって』ってさ」
「おま……ええぇっ!!」

反射的に斬りかかったさやかのサーベルは、当たり前のように突き出されたカザリの爪によって受け止められてしまって。
無我夢中で剣を振るさやかは、感情を沸騰させてしまっていた。
冷静に考えれば、映司は言うに及ばず、まどかにもアンクが憑いているのだから並大抵の口車に乗る心配は無いのだ。
それでも……カザリの言葉に、どうしてもさやかは、穏やかでは居られなかった。

多分火野映司も鹿目まどかも真相を知れば美樹さやかを恨まないだろう、とは思えていた。
そして、だからこそ強く思い立っても居た。
彼らを貶める道具として使われる事など耐えられない、と。

電撃を浴びても、意に介さず立ち上がって。
火炎に焼かれても、煙を追い越して走って。
重力で体が軋んでも、真っ直ぐに前を見て。
水流に押し流されても、再び地面を蹴って。

「へぇ、人間の癖に痛みを消せるのか。生意気だね」

身体の痛みは、既に殆ど遮断を終えていた。
だが、心の痛みは……きっと現在の美樹さやかが最も恐れるものであった。
もちろん、カザリが身の毛もよだつような作戦を実行するとき、おそらく美樹さやかはこの世に居ない。
淡蒼のソウルジェムを砕かれ、かつての泉信吾や鹿目まどかのように、グリードの意のままに操られる肉体だけが残るのだろう。
場合によっては、マミさんや後藤に加えて、杏子や伊達さん辺りにも被害は及ぶかもしれない。
下手をすれば、魔女化するよりもタチが悪い。

相も変わらずカザリには剣撃は通らなくて。
偶に接近できるのも、カザリの気紛れ次第……といったところで。
杏子が使っていた爪破壊技を真似て、カザリの指の間を剣筋で狙ってみるものの、付け焼刃の技術が通じる相手でも無い。

そもそも、さやかの目の前に居るコイツは、先日に伊達明をタイマンで完膚なきまでに叩き伏せた難敵なのだ。
バースと同じく近距離戦に偏り気味なさやかでは、苦戦を強いられるのも当然と言えた。

案の定、熱風で焼け爛れた腕は、それ以上の速さで振るわれた爪にて薙ぎ払われてしまう。
腕を回復させる時間も無いままにカザリの凶刃が腹部のソウルジェムへと迫り、急所を庇ったものの内蔵を幾つか切り裂かれてしまって。
それでもさやかは、死ねなかった。

「普通ならこれで一回は確実に死ぬ筈なんだけどね」

爪を振るって表面にこびり付いた血液を払うカザリの仕草に歯噛みしつつ。
身体を修復しながら、かつて後藤から受け取った鳥籠の魔女のグリーフシードから絞り粕のような魔力を奪い去る。

心臓が破れても、背骨が絶たれても。
魔力がある限り戦えるのが、魔法少女なのだから。
しかし、そんな魔法少女の限界は……決して、遠くは無い。

状況は覆らず、逃げ場も勝ち筋も無い。
そんな、暗闇しか待っていない未来で。
いったい美樹さやかは……どれだけの間、ソウルジェムに光を保っていられるのだろうか。



・今回のNG大賞

「さて、何回殺せば……君は死ぬんだい?」
「バカ言わないでよ。死人であるあたし達が、これ以上死ねるか!」

お前の結界より楽しい場所なんて、本当の地獄ぐらいしかあるまい!

・公開プロットシリーズNo.117
→カザリさんは本気出せば出来る子。さやかも本気出せば出来るかもしれない子。



[29586] 第百十八話:凍える子羊にカモミールの温もりを
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/08 22:04
郊外の静かな一画に建った、やや大きめの一軒家。
それは……かつて真木清人が幼少期を過ごした、故郷であった。
同時に、両親を早くに亡くして唯一の拠り所であった姉にも見放された清人少年が、姉を『終わらせた』場所でもある。

「カザリ君ですか。随分と戻るのが早かったようですね」

安楽椅子に座って来客を待っていたのは、この家の現所有者たる真木清人。
そして、この屋敷に現時刻を以て戻って来たのが……猫科グリードのカザリであった。
確か、魔法少女の一人を結界に閉じ込めて、とある実験をすると言っていた筈であったが……

「途中で槍の子が入ってきてね。もし増援を呼ばれてると面倒だったから、最後まで経過を確認しないで、早めに切り上げて来たんだよ」

いくら器用になったカザリとはいえ、巴マミクラスの魔法少女やオーズを呼ばれるのは、中々に苦しいのである。
であるからして、予期せずして杏子が結界に突入してきた段階で、新手がわらわらと現れる事を警戒したカザリは撤退したのだという。

……だが。
カザリの表情に悔しさは存在せず、真木清人の脳裏にも失敗の二文字は無い。
美樹さやかを激昂させたカザリの言葉が真意であれば、それは失敗に他ならなかったはずなのに。

「首尾はどうでしたか?」
「ああ。全くの『計画通り』、さ」

カザリと真木博士は、一体何を企んでいたのか。
夜は、深まって行く……。




「邪魔するぞ!」
「佐倉さん!?」

ちょうど、日が落ち切って間もない頃の出来事であった。
美樹さやかを担いだ佐倉杏子が……クスクシエの屋根裏部屋に押しかけて来たのは。
巴マミが借りている一室に、マミのかつての弟子が駈け込んで来たのである。
マミはいつもなら魔女探索に赴いている時間帯だが、昨日の今日で魔女狩りをする気も起こらず、借部屋にて物思いに耽っていたのだ。

一体どうして佐倉さんがこの場所を知っているのかしら、なんて思うものの、そんな疑問は後回しにした方が良いのだろう。
どう考えても、杏子が肩に担いでいるさやかの身の方が心配だからである。
というか、何故さやかは杏子に担がれているのか。

「マミさん、お邪魔します……。杏子も、手間かけさせちゃって、悪いね……」

まぁ、ぐったりしていても、生きているのだから一安心には違いないが。
乱暴にベッドの上へと放り投げられても不満の一つも出さないところを見ると、それなりに杏子とも打ち解けているのかもしれない。
何にせよ、何が起こったのか聞き出すのが、現在の巴マミのすべき事なのだろう。
という訳で、聞いてみた。

「いや、何でか昨日と同じところに、昨日と同じ結界があってさ。入ってみたらコイツが昨日の猫怪人にボコられてたから、担いで逃げて来たんだよ」

すると、そういう事らしい。
5W1Hのうち、「何故」と「どうやって」が抜けているが、大体の状況は把握出来た。
というか、理由に関しては、マミが杏子に頼んだ事柄のついでなのだろう。
方法についても、杏子が適当に戦ってカザリを退けたのかもしれない。
しかし、気になるのは、杏子の事情の方では無い。

「結界の中にグリードが……?」
「ああ……なんかよく分かんねーけど、猫怪人の意思で結界のオンオフを操ってたように見えたな」

ついでに魔女の姿は結界の中には見つからなかったぞ、と付け加えた杏子は、ようやく自分のペースを取り戻したらしく、口にモノを運び始めていた。
その緑色の果実の名前はキウイに違いないが、ひょっとしてソレはクスクシエの一階にあった展示用のモノなのではなかろうか。
流石にキウイの個体の区別はつかないので、疑いを口には出さないが。

「食うかい? 下で店長に貰ったんだ」

……別に、マミも欲しいという意味で視線を送っていた訳では無いのである。
というか、皮に包まれた状態の果実を渡されても、正直に言って困るのだ。
まぁ、盗品で無いならば受け取る罪悪感も無いが。
しかし、キウイの実とは、果たして丸齧りに向いた果実だっただろうか?
とりあえず、鳥類の方のキウイを丸齧りしないだけマシだと思っておくことにしよう。
そんな光景を見たら、鳥類グリード辺りがショックで寝込みそうである。

そして、杏子にならってキウイを丸齧りにしはじめた美樹さやかを見るに、意外に何とかなるのかもしれない。
キウイを食べる時には必ず皮は排除していた巴マミが、お上品過ぎただけなのだろうか。
そんなことは、ともかく。

「まぁそれはそれとして……カザリの結界の話に戻りましょう。昨日カザリがグリーフシードを回収して行った件と関係が有りそうね」
「ああ。なんか、魔女の能力を操るなり吸収するなりする方法があるみたいだな……」

これは、忌々しき事態である。
結界を見つけて入ったらグリードが待っているかもしれない。
そうなれば、魔法少女は迂闊にグリーフシードを集める事も出来ないのだから。
一応杏子はカザリが使っていた結界の魔力の波長を覚えているが、カザリが新たな魔女の卵を手に入れてしまえば、そんなものに意味は無くなる。
流石の杏子やマミといえども、逃げ場が無い状態でグリードを相手取るのは避けたいところである。

「佐倉さん。私と貴女が組めば……カザリを倒せると、思う?」
「そこは格好つけて『私一人でも倒せるわ』って言うところじゃねーの? まぁ、二人がかりならまず何とかなるだろうけどさ」

杏子としては、能力の相性の問題で、巴マミならば単騎でもあるいは……と思わないでも無い。
近距離戦偏重で飛び道具がからっきしな杏子やさやかに比べれば、マミは遥かにカザリに対する相性が良いと言えるのだから。
遠距離戦は言わずもがな、近距離でもマミは銃身を使った打撃術や魔力紐による拘束など、多彩な攻撃を持っているのだ。

だが、しかし。
巴マミの言い草に、杏子としては違和感を抱かずには居られなかった。

「そもそも、何でペア前提なんだよ? さやかやトーリやほむらの奴にも声かけりゃ良いだろ?」
「…………それも、そうね」

何だか不思議な「間」があった、ような。
誰か、誘いたくない人間でも居るのだろうか?
たった今までボコボコにされていた美樹さやかの目の前で本人への助力を求め辛いのは、分からないでもないが。
当のさやかは、血の気が引いていた先程に比べれば顔に朱も戻って来ているが、何処か上の空のように思える。
カザリに追い詰められたのが、そんなにショックだったのだろうか。

「ってか、餅は餅屋だろーに。本職の『仮面ライダー』さんたちも呼んじゃいなよ」
「なんだか佐倉さん……やっぱり、少し変わったわね」

一方のマミとしては、あまり関係の深くない魔法少女や仮面ライダー達を杏子が警戒するだろうと思っていたのだ。
自分だけは特別に信頼されている、なんて少しばかりの自惚れも胸中にはあったものの、まさか杏子の口からそんな申し出が飛び出すとは思ってもみなかったのである。
まだ垣根は残っているが……この街に来て色々な騒動に巻き込まれるうちに、共同作業に対する忌避感が杏子の中から少しずつ薄れつつあるのかもしれない。
ひょっとすると、マミの知らないガラの一件の際に、誰かが杏子の氷を少しだけ融かしてくれたのだろうか。

「んん? 何か言ったか?」
「いいえ、何でも無いわ」

というか、根本的には杏子がカザリと戦う義理は無い筈なのだ。
自分のためにしか魔法を使わない、と豪語している割に、やはり根はお人好しなのだろう。
きっとマミが言及しても、『アタシ自身が魔女狩りをする時の安全を買うためだよ』ぐらいに、軽く返して来そうだが。
しかし、その元には……どこか、美樹さやかが殺されそうになったことに対して思う所があったのではないか。
若干の希望的観測込みの願望ではあったが、マミは何となく、そう思ってしまったのだった。

「あとさ、昨日さやかと会った時に少し聞いたんだけど、キリカって奴は身体にメダルを取り込んでたんだろ? アタシ等も同じこと出来ねーかな?」

だが……次のその一言には、うすら寒いものを感じてしまっていた。
口をついて否定の言葉が出て来ることこそ無かったが、それに近い事を真っ先に感じてしまったのだ。
そして、その理由を後から考え始めた時……話題へと挙がってきたキリカの何気ない所作が、原因として浮かび上がって来る。

――当然、違うよ。君たちもね。

キリカが本当に人間なのかと問われた時に返してきた、一言だった。
額面通りの意味として捉えるならば魔法少女の事を言っていたのだろうが、どうもその言葉がオーズを……火野映司を対象に含んでいたように思えてしまったのである。
コアメダルを使い続けるオーズが、魔法少女のようにゾンビになっているとは思いたくないが、有り得ない話では無いのだ。

「そういえば……転校生のヤツもアンクのメダルを使って炎を出してるみたいな事を、聞いたっけ」

更に言うならば、映司の体内にも紫の5枚が存在したりする。
コアメダルを取り込んだキリカの恐るべき戦闘能力を知る一同としては、確かにその結果は美味しいものになりそうだという見込みもあった。
何処かぼんやりとしたままのさやかは、一応話に口を出してくれた辺り、大分調子を取り戻してきているのかもしれない。

「美味しい話には、何か裏があるものじゃないかしら? 一応、暁美さんにも詳しく聞いてみてからにしたほうが良いと思うわ」

まぁ、この場の誰もが暁美ほむらの連絡先を知らないので、残念ながら後回しである。
あと、すぐに出来そうな事は……カザリの厄介な初見殺しの情報を広める事だろうか。
河原に住んでいる映司とトーリは場所が割れているので念話でOKだが、財団組にはさやかを派遣する必要があるだろう。

「とにかく、カザリの魔力の波長を覚えているのは杏子さんだけだから、私や美樹さんは当分は魔女狩りは控えた方が良さそうね」
「オイオイ……アタシが見滝原中のグリーフシードを独占するかもしれない、とは思わないのかよ?」

……確かに、それは出来る。
競争相手が居ないのを良い事に、杏子がグリーフシードを稼げるだけ稼ぐという背信行為は、不可能では無い。
当然、マミとてそれを考えなかった訳では無いが。

「佐倉さんの事、信じてみたくなったの。それじゃぁ、ダメかしら?」
「……後から後悔しても、知らねーぞ」

こんな時だからこそ身内だけは信じたい、と思ってしまったのだろうか。
こればかりは杏子も、少しだけ面食らってしまっているらしくて。
とりあえず悪態を吐いてみた杏子ではあるものの、おそらくそれを実行するつもりは無いのではないか……と、巴マミには思えた。

「マミはそれで良いかも知れないけどさ、さやかはそれでも良いのかよ?」

……言われてみれば、それはマミの一存で決めて良い問題では無いのかもしれない。
ほむらやトーリの意見も確認していない。
まぁ、魔力が減らないトーリは放っておいても良いが、ほむらには何らかのアプローチが必要だろう。
もちろん、今まであまり口を挟まずに聞いていた美樹さやかにも同じことが言える。
そんな訳で、さやかに答えを催促してみると、

「あたしは、それで良いよ」

……ということだった。
流石のさやかといえど、自身の命がかかった問題に関しては慎重になったらしい。
先程カザリにボコボコにされた経験が、よほど沁みたのか。

「……もう、積極的に戦うつもりも無いし、ね」

ボコボコにされた経験が、沁みすぎたか。
さやかが珍しく静かに言い放った一言に、マミと杏子の反応は少しだけ遅れてしまって。
しかし……さやかの言う意味を、何となく理解出来るようにも思えていた。

「あたし、昨日の使い魔に捕まった人達を見捨てるのは嫌だって思った。でも……やっぱりそれ以上に、自分が死ぬのは嫌だって、気付いたんだ」

マミは、杏子に救出された時のさやかの状態を知らない。
だが……さやかの言葉をどこか納得顔で聞いている杏子の反応を見るに、かなり危機的な状況だったのかもしれない。

「命を賭けてでも助けたい友達や家族は確かに居るけど……そうじゃないその他の大勢のために戦うのは、あたしには過ぎた理想だった」

もちろん、さやか自身の生存に必要なソウルジェムは、最低限の狩りによって賄うのだろう。
自分以外の人間のために魔法を使うことが全くの間違いだった、とも思っていないらしい。
それでも……さやかは自分の命を張ってまで見知らぬ他人を助けるのも嫌だ、と思ってしまっているということであった。

「まぁ、全部自分のためのアタシに比べりゃ、まだ随分御立派な人間じゃねーの?」

言葉を返す事が出来なかったマミの代わりに、という訳では無いだろうが。
杏子が叩いた軽口は……自虐しているようで、さやかを慰めようと杏子なりに気を遣っているようにも思えた。
もしさやかが興奮状態だったなら、あるいは皮肉を言われたと感じて激昂していたのかもしれない。
だが……相変わらず何処かぼんやりとした様子のさやかは、特に腹を立てたようにも見えなかった。

「杏子」
「何だよ」

だから、きっと……悪いようにはならない。
マミの抱いた予感は、そう告げていた。

「あたしの大事な友達の中には、顔を知ってる魔法少女は皆入ってるよ。もちろん、アンタも。助けてくれて、ありがと」

流石に、魔女化したキリカは含まれていない筈だ。
ついでに、ほむらとさやかの関係は良く分からないが、マミやトーリが入っているのは不思議ではない。

「……こっぱずかしい事言いやがって。何かお前、おかしいぞ。本当にさやかかよ」
「ちょっと、ぼーっとしてる、かも。でも、自分の限界が見えた時はちょっと悔しかったけど、受け入れたら少しだけ世界が明るくなったような気がして、さ」

諦める、という行為は必ずしも肯定的な意味にて行われるものではない。
むしろ、否定的に扱われる事の方が多いぐらいである。
限界とは超えるためにあるのだ、なんて言葉が平然と使われるのが、創作物の世界というものなのだ。

だが……限界というモノが救いになることだって、あるのかもしれない。
というか、さやかのそれは、かつて杏子が見定めた限界よりはまだ高い位置にあるのだろう。
それでも、身の丈を知ったというか、身の程を弁えたというか。

「後は……最低限戦って、普通に暮らしていければ、それで…………」

まぁ、頬に赤味が増して目がうつらうつらとしている美樹さやかは、どうにも眠そうなので、意識までぼやけてきているのかもしれないが。
カザリに殺されそうになった事で、肉体はともかく、精神的な疲れがかなり溜まっているのだろう。
ベッドに放り出されて、そのまま俯せに寝ころんだ体勢でずっと話を聞いていたために眠くなったという線も、地味にありそうである。


「……」
「って、言いたいだけ言って寝ちまったぞ、コイツ……」
「私が男の子だったらマズいけど、この場合はただのお泊りって事で良いと思うわ」

辛うじて船をこいでいたさやか号は、どうやら日本海溝の底へと沈んで行ったらしい。
きっとそれは……絶望のどん底へ沈むよりは、ずっと心地よい眠りに違いない。
マミとしてはカザリの結界の内部で起こった出来事についても気になるところだが、さやかが疲れているのならば後日に回した方が良さそうである。

「……やっぱり、昨日はコイツもあんまり眠れなかったのかね」

さやかへと毛布をかけてやっているマミに、ぽつりとかけられた声。
それは、マミも心の中で思っていた一言であった。
魔女の正体の一件を知ったその晩に安眠できたはずも無かったのは、マミだけでは無かったという事である。
美樹さやかが溶けるように眠ってしまったのも、やはり昨晩は似たような夜を明かしたからなのだろう。
更に、『コイツも』という事は杏子も……?

「佐倉さんも寝つけなかったのね」
「…………ああ。情けない話だけどさ。夢の中でとある神父サマに『魔女』って呼ばれちまって、な」

それは間違いなく、彼だ。
杏子の使った願いによって一大宗教の担い手となってしまった、一人の男に間違いない。
しかし、マミがそれ以上に気になったのは、杏子が自身の弱音を正直に口に出したことであった。
マミが倒れた時にも走り回ってくれたと聞くし、やはり喧嘩別れした時とは杏子は変わっているように思える。
その最たる例が、昨日マミにぶつけられた激励であったと言えるだろう。

「マミだって似たようなモンだろ。マミが前日に寝付けなかった時は、紅茶とは別のお茶の匂いがするからな」
「……意外と、そんなところまで見てるのね」

犬のような嗅覚に突っ込みどころがあるような気がしたものの、それはともかく。
確かにマミも不定期に例の事故の夢のせいで寝つきが悪くなる事はあったが、それを隠し通せていると思っていたのだ。
特に、一年ほど前に杏子を弟子にした際には、絶対に弱みを見せないようにしようと決めていた筈なのに。
ちょうどその頃に、寝つきが良くなると耳に挟んだカミツレ草のお茶を時々呷るようになったという経緯もあったりして。

「結局言わなかったのは……あの頃は、先輩の顔を立ててやろうっていう義理人情をそれなりに持ってたんだろうな。多分」

そう、懐かしそうに呟いた杏子は……いったい、何を思いだしているのだろう。
マミの事をさん付けで呼んで慕っていた頃の事か。
はたまた、マミに変な技名をつけられてドン引きした経験か。
佐倉家の面々とマミを引き合わせた時の、団らんの一時だろうか。
……もしくは、マミにも余裕が無いと分かっていたにもかかわらず当たり散らしてしまったことを、悔いているのかもしれない。

「今でも……出会った頃からずっと、佐倉さんは私の自慢の弟子よ?」
「……別に、恥ずかしい台詞連打すりゃアタシが怯むと思ったら大間違いだからな?」

先程のさやかの一件で、少しばかり耐性がついていたのだろうか。
マミも思い切って言ってみたのだが、杏子は面白い反応は見せてくれなかった。
指で頬をかいて見せている辺り、やはりむず痒いものは感じているようだが。

「ふふ。貴女も見縊れない一人前になったって事よ」
「一人前なら、マミを一度倒した時には、なってたさ」

……不思議と、二人は笑みを零すことが出来ていた。
話題の中心となった事件の中では、本気で戦い合った筈だったのに。
決別の苦い思い出は、過ちだとは二人には思えなくなっていたのだ。
まるで、紅茶の苦味をいつの間にか美味しいと感じる年頃になっていたように。


既に一階のクスクシエから客の気配が消えて、静かになっても。
魔法少女たちは……気まずさを感じる事は無かった。

「さやかも、ついに自分の答えを出したな」
「ええ。貴女のように、ね」

さやかは、戦闘能力という意味では、まだマミに一矢報いる事は出来ないだろう。
だが……杏子が例の事件を契機に精神的な固定化を見せたように、さやかもまた揺らぎを抑えつつある。

「アタシが言うのも何だけどさ……辛い、か?」

マミには、杏子が一言の元に伝えた意味が、きちんと理解できていた。
一緒に正義の味方を目指してくれる後輩が見つかった筈だったのに、そのさやかが自分の道を歩き始めてしまったのだ。
そのことをマミが悲しんでいるのではないか……と、そう杏子は言いたいのだろう。
しかし。

「ちょっとだけ、ね。でも、最近私、思うようになったの」

――私のこの『希望』が……簡単に消えてしまうものだと、思う?
仲間の存在こそがマミの希望になりはじめているかもしれない、とマミがトーリに対して零した時のことを、マミは思い出していて。
しかし、マミの胸には既に、自問に対する自答が出来上がりつつあったのだ。

確かにマミは、人々を救い続ける正義の味方で在り続けるのかもしれない。
杏子とさやかの出した答えは、マミのそれとは方向の違うものとなってしまった。
それでも……時々なら通じ合える事だって、ある。
強大な錬金術師を倒した後は5人でバームクーヘンを突いたし、今回のさやかの危機は杏子が打破して見せた。

「別々の方向を向いていても、一緒にお茶を楽しむには何の問題も無い、って」
「……そうかも、しれねーな」

かつて杏子とマミは、魔女狩りに対するスタンスの違いから、喧嘩別れに終わったものだった。
だが……それが、そもそもの早合点だったのかもしれない。
もちろん、互いの戦いに関する考え方の相違を解消するためにそれぞれの縄張りを明確化したのは、間違いでは無かっただろう。
対立を最小限に抑えるために必要な距離というものは、存在する。

それでも、以降一切会わないほどに溝が深まったのは、行き過ぎであった。
そう……思えるようになったのだ。

「後は、もう一人の後輩も自分自身の『方向』ってヤツが決まる日が来るのかね?」

あの臆病な魔法少女は。
彼女も、そのうちマミの元から飛び立って行くのだろうか。

「トーリさんは……実は私達の中で一番、賢い生き方をしているかもしれないわ」
「オツムはアレだが、一応、良く言えば慎重だもんな。悪く言うと臆病だけど」

確かに、単純な頭の出来ならば、マミや杏子に軍配が上がることだろう。
だが、そこは持たざる者の知恵というべきか。
自身の能力が周囲に劣っていると知っているからこその立ち回り方が、トーリには染みついているように思われるのだ。
まさか、トーリが誕生初日に暁美ほむらにハチの巣にされそうになったせいだとは、思いもよらないが。

「本当は、私が教える事も何も無いのかも。美樹さんが猪突猛進の中に慎重さを手に入れたように、トーリさんだって慎重さの中に一握の勇気をしっかり持っているもの」

トーリの勇気って何のことだっけ?
一瞬だけそう聞き返そうと考えてしまった杏子であったが、言われてみると思い当たる節はあった。

「確かに、錬金術師からコアメダル奪い取ったんだっけ? アレ聞いた時は何かの間違いじゃないかと思ったね。全く」

正確にはガラの使い魔であるベルから奪ったのだが。
それにしても、蛮勇に近い行動であったことは間違いが無い。
だが、結果的にトーリの奪い取ったメダルによってオーズは赤と緑のコンボを揃え、錬金術師を撃破する事が出来た。
ならばきっと……トーリの行いは蛮勇では無く勇気であったのだろう。
もちろん、ベルに握られていたコアメダルの半分が緑色だったからこそトーリは動くことが出来たのだが、その辺りは知らぬが花というヤツである。

「トーリさんはまず自分の心配はするけど、ちゃんと周りは見てる。『誰かさん』みたいに、ね」
「『別の誰かさん』が周りばっかり見てるだけだろ」

マミは、知っている。
トーリと約束したせいとはいえ、杏子もマミの復活のために走り回ってくれた事を。
杏子が自分自身のためにしか動かないなんて、そんなのは口先だけの話なのだという事も。
そして、トーリは潜入工作員である以上、本人の能力は兎も角として周囲を観察するのは必須と言えるのだが……それもきっと、知らないうちが幸せな事なのだろう。

「ふふ。じゃぁ、周りばっかり見ている先輩は、悪夢に魘されそうな後輩に、寝つきの良くなるお茶を出してあげることにしましょう」
「なら、自分ばっかりな後輩は有難くそれを受け取ることにするんだろーな」

二人の魔女狩りに関する姿勢が根本的に変わった訳では無い。
加えて、魔女の正体を知って尻込みする気持ちも無いでは無かった。
それでも結局、元の道に落ち着いてしまって。
そんな二人でも……一服を共にすることが、出来る。

「そのお茶の名前って何だっけ?」





『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十八話:凍える子羊にカモミールの温もりを



・今回のNG大賞

佐倉杏子がどこからともなく取り出したキウイフルーツ。

「食うかい? 下で店長に貰ったんだ」
「知世子さんに? 美樹さんを担いでいる佐倉さんを見て、知世子さんもよくそんな余裕が持てたわね……?」

……あの店長なら、あるいは?

・公開プロットシリーズNo.118
→その時彼女は答えを得たのだ……?



[29586] 第百十九話:いしのゆくえ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/15 23:49
火野映司は……とある河川敷へと、足を戻していた。
映司が蝙蝠娘と共にネグラとしている大きな橋の下へ、である。
当然、一日のバイト若しくはその他諸々の用事を終えて帰還したところに違いない。
現在の時刻は、夕暮れも過ぎ去り、肌寒さが頭を現しはじめた頃であった。

「トーリちゃ……もう寝てるんだ。これは起こさない方が良いかな」
「んん……」

特に意外な風景も視界に飛び込んで来ず、残されているのは眠りこけているトーリ一匹だけだったが。
というか、まだ夕飯時だというのに、コイツは寝るのが早すぎやしないだろうか。
まぁ、日は既に落ちているので、既に今という時間は夜にカテゴライズされるだろうが。
むしろ蝙蝠が昼行性とは、これ如何に?
猫は夜行性だがイエネコは昼行性……という理屈と似たようなものなのかもしれない。

「……映司さん、お帰りなさい」
「ただいま。起こしちゃったかな。ごめんね」

もっとも、魔法少女という生物に睡眠という行為が根本的に必要なのかどうか、映司は知らないが。
人間の慣習を忘れるのも、それはそれで彼女達のためにならないと思っているので、突っ込まないというだけの話であって。

「ちょっとまたヤミーが出てね。倒せなかったから、ここに戻ってくる時間もまた不規則になりそうかも」
「毎度の事ですね」

トーリが眠って待っていた事に対して気を遣ったのだろうか。
映司が、自身の帰りが少し遅かった理由を付け足してくれた。
ところが、トーリが少しだけ驚いたのは、その用件の方であった。
ヤミーが出たのならトーリがメダル増加を感じても良さそうなものだが、それを見逃してしまっていたのである。

眠っている間に気付かなかったという線も無いでは無いが、トーリは一つだけ心当たりを発見していた。
すなわち……昼間にトーリが魔女能力の実験にて結界を張った際に、結界外部の様子に気付けなかったのではないか、というものであった。
自分の結界なのだからそれぐらいの融通は利いても良さそうだが、不便なものである。

……などと、川に電気を流して魚を水面に浮かせながら、魔女能力に関する考察を行っていたりして。
魔法少女に感知される恐れがある魔女能力より、どう考えてもヤミーの電撃能力の方が使い勝手が良い、なんて結論に至ってしまったりする訳だが。
確かに魔女の結界は、特定の誰かを閉じ込めるのに使うならば便利かもしれない。
だが、閉じ込めた対象を倒すための戦力は、トーリには足りない。
まぁ、困った時の切り札は他人本願と決まりきっている訳で、それはトーリの役目では無いに違いない。
トーリが魚を捕っている間に映司が火を起こしてくれているように、トーリが誰かに助力を求めれば良いのだろう。

「なんだか、まどかちゃんが別の用事に行けなかったってボヤいてたよ。やっぱり、昨日言ってたさやかちゃんの件かな」
「何か名案でも閃いたんでしょうかね?」

名案は無いが、迷案ならトーリから貰っていたりする。
上条君をハーレム野郎にすべき計画が、水面下で進められようとしているのだ。
流石の映司とて、トーリの世迷い事を鹿目まどかが実践しているなどとは、想像像出来なかったらしい。

「ところで、映司さんが逃がしてしまったヤミーってどんなのなんですか?」

そして、コレは一応聞いておかねばなるまい。
トーリがそのヤミーに襲われたら困るからだということは、説明するまでもない。
基本的に親違いのヤミーには同胞意識というものが働かないので、ヤミーであるトーリも襲われる可能性があるのだ。

「ハゲタカのヤミーだったよ」

通行人を襲っていたとのことである。
親の欲望は分からなかったが、特定の個人を襲撃対象として拘っているようには見えなかったらしい。
とりあえず、そのヤミーがまた出た時に備えて、アンクから新たに数枚のメダルを借りているとのことであった。

「ハゲタカ……鳥類ですか? ヤミーを作った容疑者は4人しか居ませんね」
「えっ? そうなの?」

赤コアは、9枚全ての所在が割れている。
クジャクは暁美ほむらが1枚、カザリが2枚。
タカとコンドルはアンクが1枚ずつ、映司が2枚ずつである。
従って、その全ての持ち主を把握していれば、自ずと同じ思考に行き着く筈なのだが……。

「映司さんがそれを覚えていなかったのが、むしろ意外ですよ。まぁ、今回のケースならまずカザリさんでしょうけど……」

流石に、映司やほむらにヤミーが作れるとは思えない。
ついでに、アンクがヤミーを作れるなら事前にオーズから赤コアを没収する筈である。
更に言えば、アンクは人間達と手を切る前に、トーリが預かっているセルメダルを回収に来る事は間違いない。

「まぁ、アンクじゃないだろうとは俺も思ってるよ」

どうやら、アンクが犯人でないというところだけは、共通見解らしい。
あの狡猾なアンクなら、そんな映司やトーリの思考の裏を突いてきそうなのが、若干不気味だが。

「あと、何か様子がおかしかったなぁ……。なんか、俺達の注意を繋ぎ止めておく囮みたいな感じがしたんだけど……」

映司が言うには、ハゲタカヤミーの動きに若干の不自然さが見られたとのこと。
なんでも、映司が駆け付けた時には、ヤミーは通行人を襲っていたらしい。
おそらくそれが親の欲望に関連する事項なのだろう。
ところが、オーズが跳びかかるや否やヤミーは飛び上がり、あまり速度を出さずに中空を飛び続けたのだとか。
その間、オーズはカマキリソードを投げてみたり、シャチヘッドの水鉄砲を撃ってみたりと色々試していたが……結局、逃げ切られてしまったそうだ。

魔法少女が居れば、また少し違ったのかもしれない。
マミさんの弾幕ならあるいは何とかなるかもしれないし、他の面々もトーリと合体すれば空中戦は可能である。
ちなみに、トーリは知らない事だが、バースも実は一応飛べるので対応は可能だったりする。
そんな思考の中、真っ先にトーリの頭に浮かんだ懸念とは……

「とりあえず、ワタシが一騎打ちで相手をするなんて展開だけはゴメンですねぇ……」

……ある意味、最もトーリらしいそれだったのかもしれない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百十九話:いしのゆくえ



思い思いの一晩を過ごした後の、朝のひと時のことだった。
上条恭介と志筑仁美の両名の姿が教室に無い事を疑問に思っていた美樹さやかが、とあるニュースを耳にしたのは。

「うちの生徒が、昨晩不審者に襲われました。皆さん、夜道を出歩く時は注意してください」

早乙女先生から情報を聞いた瞬間には、特に何も思わなかった。
不審者ならば、昨晩にさやかを待ち伏せていた猫怪人以上の不審者など居る筈もないのだから。
むしろ、昨晩杏子によってクスクシエに運び込まれた筈なのに朝は自宅で寝ていたという不思議な出来事の方がまだ気になる、といった程度に過ぎなかったのだ。
おそらく杏子かマミさんが美樹宅にさやかを運び込んでくれたのだろうが。
しかし、上条恭介と志筑仁美の欠席が怪人騒ぎに関連しているのだとすれば、一大事である。
案の定、鹿目まどかがこちらに視線を寄越していた。
なので、さやかがまどかへと念話を繋げたのは、当然の判断であったと言える。

『何か知ってんの?』
『ええと、昨日の夜にヤミーが出て……仁美ちゃん達は、私達が駆け付ける前にヤミーに会った……のかも?』

しかも、そのヤミーは目下逃亡中だとのこと。
やはり一大事だった。
ヤミー発生という情報だけでも充分に大きなニュースだが、それどころでは無い。
どうやらヤミーが人間を襲う基準は今のところ不明らしいが、恭介と仁美は一度襲われた以上、ヤミーの目的次第では二度目の襲撃があるかもしれない。

……という訳で、唐突に腹が痛くなったさやかは、教室という戦線から撤退した。
格好良く言うと、「私の戦場はここじゃない」理論である。
保健委員の鹿目まどかも一緒に抜け出して、ついて来てしまったが。

「どうするの?」
「とりあえず、恭介の家の前で張り込む」

ヤミーからの護衛という名目が無ければ、ストーカーと思われても不思議でない一言であった。
ただでさえ美樹さやかには勝利の目が無いというのに、ヤンデレ化などしようものなら、海水に浸かった特撮スーツのような末路を送る羽目になることは疑う余地が無い。

「……これを機会に上条君ともう一度話してみる気、無い?」
「……正直、『助けてあげるからハーレムに加えて!』みたいに聞こえそうだから、話すとしてもこの一件が終わった後でしょ」

そして……意外そうな顔をしている鹿目まどかは、さやかからの否定の返事が温かった事に驚いているのだろう。
昨日は確り否定していた美樹さやかが、今日になって少しだけ思考の柔軟性を見せ始めたからに違いない。

「さやかちゃん、何だか少し立ち直ってる……?」
「自分にとって大切な人とそうじゃない人の区別を、つけなおしたからかも」

大切な人とそうでない人の区別をつける……というのは、さやかが魔法の力を以て救うべき人間を選ぶという意味なのだろう。
つまり上条恭介はさやかにとって守るべき対象であり、同時にさやかも優先順位の高い方向を明確に見定めて動ける、と。
仁美にも色々と思うところがあるだろうが、今は上条恭介の身の安全を確保するのが、美樹さやかにとっての『一番』だという事である。

「仁美ちゃんは……大切な人の中に入ってる?」

ところが、さやかが棚に上げようとした問題に、鹿目まどかは確りと突っ込んでくれたりしていて。
まぁ、当然と言えば当然である。
鹿目まどかにとっては、仁美だって友人の一人なのだから。

「仁美の事がどうでも良いとまでは思わない。でも、仁美が危険にあってたら、多分あたしは助けられない……かな」

さすがに、さやか自身が率先して仁美を害するつもりは無いのだろう。
だが、もし仁美が居なくなって、上条恭介がさやかへと振り向く可能性が出て来たのなら。
……その未来を袖に振ってまで、さやかは仁美を助けようとは思えない。
そういう、事である。

「……引いた?」

そして、さやかの言葉を聞いた鹿目まどかの戸惑いは、見抜かれてしまっていた。
さやかにしては珍しい洞察力を発揮した……というよりは、予めまどかの反応を予想していたのかもしれない。
まどかが、それなりに長い付き合いを持った相手であったからなのだろう。

「あたしも初めは自分がそんな人間だって思いたくなかった。でも、分かったんだ。誰かの幸せを願った分、誰かを呪わずには居られない、って」

昨晩カザリに追い詰められて魔女化が目前に迫ったとき、さやかは気付いてしまったのだ。
さやか自身が、誰かを呪って、羨んでいるという事に。
過ぎた希望は、呪いとなって自分に返ってくる。
ならば、端から自分の身の丈にあった希望を心得ておけば、呪いも少なくて済む。
さやかの守れる範囲は自身と周りの少数の人間に限定されるものであって、それ以上を背負うのは荷が重すぎたという事である。

「なんか、自分の限界が分かったって感じ。……あたしのこと、酷いヤツだと思ったら、無理して付き合ってくれなくても良いよ」
「……ちょっと驚いたけど、さやかちゃんのこと、そんなふうに思えるわけないよ」

貴女のことをそんなふうに言う人が居たら、私が許さない。
……とまで格好良く言い切ることは、鹿目まどかには出来なかったが。
それに、他人に対する優先順位があるのは、ある意味にて当然だと言えるだろう。
そして、その中のどこに自分自身の位置を決めるかは、自分次第としか言いようが無い。
そんな中でさやかが上条恭介の事を助けようと思えている辺り、彼の順位はさやか自身と非常に近いところに置かれている様子が窺えた。

「実は昨日、猫グリードの結界に拉致られて死にそうになって……なんていうか、『走馬灯』ってヤツ? が見えて、色々考えた結果なんだ」

……走馬灯は江戸時代の技術において作られたアニメ上映媒体の名前である。
影絵を回転させてスクリーンの像が動いているように見せるための工芸品であり、広い意味では侍戦隊の秘伝ディスクも走馬灯の発展系と呼べるのかもしれない。
それはともかく、さやかが言いたかったであろう事例の場合は『走馬灯を見ているように自分の記憶がよみがえる』という定型句として使われるものだったりするのだが。
むしろ、その辺りの豆知識が微妙に欠けているのが、さやからしいと言えるのかもしれない。

「……カザリが、結界を使っただと? もっと詳しく話せ!」
「……アンタが急かさなくても、まどかのために話すつもりだっての」

更に言うと、唐突に話題に食い付いたコイツも、コイツらしいというか。
カザリの新しい能力という情報にアンクが反応したのは分からないでもないが、傍から見ている身としては心臓に悪い事この上ない。
人間は無意識のうちに相手の先の言葉を予測している生物であるからして、そのリズムを崩されるのは地味にストレスフルだったりするのである。
さやかが何処かの平行世界で眼鏡娘の爆弾に対して文句を言ったのも、このせいなのかもしれない。

もちろん、遅かれ早かれ、カザリの新能力の情報はもたらされていたことだろう。
何だかんだで鹿目まどかには危険を説明せねばならないので、どの道アンクにも情報は伝わってしまうのであるからして。
そして、それを聞いたアンクの反応は……

「カザリにそんな事が出来るなら、お前の護衛なんて何の意味があんだ?」

……さやかにとって微妙に痛いところを、突いて来ていたりして。
アンクに言わせると、今回のハゲタカヤミーの創造者がカザリであることは確定的であるらしい。
したがって、ヤミーの援護に来るグリードがカザリである可能性も高いはずだ。
ならば、カザリに為す術も無く倒されるであろうさやかに、一体何の意味があるというのか。

「それは、アレでしょ! あたしが結界に捕まったら、まどかがマミさんとかパンツマンとかに連絡を入れてくれる!」
「ふん? ……お前、さっきは『無理して付き合ってくれなくても良い』とか言ってたな? 本心では最初からコイツを利用する気満々だったって訳だ?」

さやかが、カザリが来る可能性を考えていなかったという線も否定できないが。
しかし、さやかの今後の活動指針は、どこか鹿目まどかという協力者ありきのものであった。

「そういうトコまで入れて、あたしが酷い奴だと思うなら良いよ? その時はその時でまた何か考えるから」
「思わないよ。さやかちゃんが、上条君のことを大切に思ってるってだけだもん」

……今度は、鹿目まどか本人が答えてくれた。
そして、その小さな言葉は、さやかの背中を少しだけ押してくれていて。
かくして、新たな決意を胸に抱えた美樹さやかは……歩を、進める。
恋路に先は見えないが己の思考迷路には決着がついたのだ、と信じながら。

さやかは、まさか考えることさえしなかった。
その先に『路』そのものが存在しない可能性、など……。




「……」

一方、そんな美樹さやかと鹿目まどかの様子を遠方から窺う魔法少女の姿が、一つ。
見晴らしの良い集合住宅の屋上から二人の様子を確認して、ほっと息を吐いている、最近少しだけ御節介焼きの師匠に似てきたと噂の佐倉杏子である。
口に咥えたポッキーを落とさずに息をつくという不思議な行為が可能なのは、きっと彼女が魔法少女だからだろう。
魔法少女は条理を覆す存在なのだから、それぐらいの事はきっと朝飯前なのだ。

「まぁ、マミの頼みも、ここまでやりゃー充分だろ」

別に、誰から答えが返ってくる訳でも無いが、独りごちってみた。
この場には杏子一人しか居ないのだから、返事など聞こえる筈も無い。

「そうとも限らないわ」
「……いきなり人の後ろに立つなよ?」

……その筈だったのだが。
まるで瞬間移動でもしたように杏子の背後に現れた無表情女が、口を挟んで来てくれていた。
危うく口に咥えたポッキーを落としそうになった辺り、杏子も割合本気で驚いているのかもしれない。

「その双眼鏡で、美樹さやかの指元をよく観察してみて」
「何考えてんだか……まぁ、良いけどさ」

突然現れて要領を得ない事を言いだした暁美ほむらの移動方法も気になるところではあった。
それでも杏子がその言葉に従ってしまったのは……ほむらの意図を的確に読み取ったからに他ならない。
すなわち、杏子の視線が誘導された先に何があるハズなのか分かっているからである。
さやかの指には、魔法少女の証たるソウルジェムが、指輪形態にて存在している筈なのだ。
そのハズ、なのに。

「指輪が、無いでしょう?」
「球体化して荷物に入れてるんじゃねーの?」

杏子が視たところ、それらしい装飾品は見当たらなかった。
しかし、ソウルジェムにはタマゴ形態というフォームもあるので、そちらとして持っている可能性も否めない。
もっとも、指輪状態は全ての形態変化の中で最もエネルギー消費が少ないモードなので、常にタマゴ型にしておくのも不思議ではあるが。

「調べてみたけれど、美樹さやかはそれらしい物は持っていなかったわ」
「んん? でも、マミの奴が一度倒れた時みたいに、ソウルジェムって身体から離すとヤバいんじゃなかったっけ?」

杏子としては、硬くなったマミの掌の感触は、忘れたくても忘れられるものではない。
ソウルジェムが消失する例としては、他には魔女化したキリカの例を挙げることが出来るだろう。
しかしその場合においても、美樹さやかが生きているという現在の状況との擦り合わせは出来そうにも無い。
そして、いつもの無表情のままに身体の操作圏内がジェムから100メートルであることを補足してくれている暁美ほむらさんは、何故そんな事を知っているのか。
更に言うと、どうして美樹さやかの荷物の中身を調べ終えたような口ぶりなのか……。

「って事は、また『例外』か。トーリの奴の『無限の魔力』と同じ理屈だったりするのかね?」

一方の暁美ほむらは……杏子の連想に少しだけ驚かされていたりして。
確かに、現在のさやかとトーリの間には、ソウルジェムを保持していないという共通点は存在していた。
もっとも、トーリが魔法少女で無い事をほむらは知っているため、この件に関してはあの蝙蝠女は関係無さそうだと考えているが。
杏子は無限の魔力を裏付ける理屈を知っている訳では無いので、飽く迄勘でモノを言って居るに過ぎないのだろう。

「……あんなイレギュラーがそう何人も居るとは思えないわ」
「でもさ、一昨日トーリの奴と合体? したんだって? そのせいで何か影響出たんじゃねーの?」

……確かに、その可能性は無いとも言い切れなかった。
そもそも、トーリの無限の魔力がどういう理屈で維持されているのか、ほむらも理解できていないのだ。
ならば、そういう事もあるというぐらいに思っておくのもアリなのかもしれない。

「とにかく、もし美樹さやかの魔力の波長を見つけたら、用心するに越した事は無いわ」
「まぁ、あの猫グリードが悪用してるかもしれねーしな。忠告どーも」

というか、そもそも現状の美樹さやかは魔法を使う事が出来るのだろうか?
ソウルジェムを持っていないという事は、魂を加工された魔法少女という生物の枠から逸脱してしまっているようにも思われるが。
もしさやかが上条恭介を護衛しようとして、敵前で魔法が使えないなんてことになれば一大事である。
よもや、ソウルジェムの設定が崩壊したなんて事もあるまいし。

杏子から、カザリの結界の噂を聞きながら。
暁美ほむらは……いつしか、根拠の無い楽観とでも言うべき希望的観測が自身の胸に巣食っている事に、気付いていた。
さやかのソウルジェムが行方不明になった事例が、魔法少女を人間に戻す手段への足掛かりとなるのかもしれない、と。
おおよそ話が出来過ぎていると、ほむら自身でさえも思ってしまっていたのだ。

それでも、今回のあまりにもイレギュラーが多すぎる世界は、上手く進み過ぎていて。
だからこそ、ほむらが危機感を少しばかり鈍らせてしまったのも、仕方が無いことであったのかもしれない。

加えて、白と黒の魔法少女達が鹿目まどかの命を直接的に狙っている訳ではないと判明した事も、ほむらの油断を誘ってしまっていたのだろう。
もし彼女達が鹿目まどかを殺害しようとしているのなら、キリカの結界にほむらが捕えられていた絶好の機会を逃すはずは無いのだ。
当然、キリカが魔女化という背水の陣を覚悟してまで戦ったのに、敵が何か見返りを得たようには思えない。
その事実は不気味ではあった。

だが、鹿目まどかの身の安全が約束されたと分かれば、少しばかり気も抜けてしまうというものだ。
そして……災難とは、きっとそんな時に来るものなのだろう。



事件の幕は、既に開けている。



・今回のNG大賞

杏子の背後に突然現れたのは、神出鬼没がモットーのほむらさんだった。

「で? 何の用だよ? 浦沢脚本風に説明してみな」
「美樹さやかのソウルジェムが家出をしたわ」

File. もしもシリーズ構成が浦沢義雄だったらpart2


・公開プロットシリーズNo.119
→天災は忘れたころにやってくる?



[29586] 第百二十話:Shout out ――さや歌
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2012/12/22 23:28
ようやく日も登り切った頃のことだった。

「ヤミーだ。場所は……空だな」
「まさか上から恭介の家に!?」

……上条恭介の住まいの前に張り込んでいたアンクが、ハゲタカヤミーの接近を美樹さやかに告げたのは。
実のところとしてアンクは、ヤミーの欲望の正体に気付いていたりする。
おそらく、ヤミーはアベックばかりを狙って襲い掛かっているのだ。
つまり、ヤミーの親の欲望は、アベックへの僻みといったところなのだろう。

そして、昨晩に上条とやらが襲われた理由も、きっと恋人と共に語らいのひと時を過ごしていたからに違いない。
もっとも、その理屈で言うならば上条恭介が今日になって再び襲われる必然性は存在しない。
当然のように、今日もハゲタカヤミーによる犠牲者は上条の他にも出ている。
しかし、それを感知したアンクが素直に情報を漏らすかといえば、別問題なのだ。
ヤミーは親の欲望を満たすたびにセルメダルを溜めるので、敵グリードが回収に来る直前まで育てた方がメダル収集の効率は上がるのである。

要するに、低確率でしか起こらない『上条恭介と志筑仁美が再び襲われる』というイベントが、試行回数を積むことで起きてしまったという訳だ。
まぁ、上条恭介の家に志筑仁美も匿われているという前提のもとでしか再襲撃は起こらないのだが。
その辺りは、上条君が襲われなかった場合でも、適当に時期を見計らってヤミーの出現を仄めかすつもりであったりして。

「行ってくる!」

上条家の硬く閉ざされた門戸を易々と飛び越えて、魔法少女装束を具現化して邸内へと入って行った美樹さやかの背中を、眺めつつ。
最寄りのライドベンダーからタカカンドロイドを飛ばして増援の体勢を整えながら。
アンクは……

「意外ね。突っ込んでいくかと思ったけれど」
「どの道、アイツが一人で勝てる敵じゃないからなァ」

何処からともなく現れた暁美ほむらへの対処に思考を割いていた。
やはりほむらは、鹿目まどかの安否を気にして周辺の監視を行っていた模様である。
ちなみに、アンクが突っ込んで行かない理由の一つには、カザリの結界への警戒心もあったりする。
さやかと固まって動いた場合に、二人纏めて拉致されてはオチオチ助けを呼ぶことも出来なくなってしまうのだから、当然だと言えた。

まぁ、屋敷の中から漏れ出す風切り音を聞く限りでは、結界が使われた様子も無いようだが。
さやかが結界の中に閉じ込められているのならば、戦闘音はアンク達まで届かない筈である。
おそらく、ハゲタカヤミーの絶え間ない暴風攻撃によって、さやかは為す術も無く防戦に陥っていることだろう。

「むしろ、お前は加勢しないのか」
「敵はカザリのヤミーでしょう。時間魔法への対策は施しているでしょうね」

……それはつまり、美樹さやかと暁美ほむらの二人がかりで戦ってもハゲタカヤミーを倒せるか怪しいというコトである。
ほむらが銃器や炎弾で相手を怯ませてさやかを突撃させるのが唯一の勝ち筋だろうが、それも相手に空を飛ばれて逃げられたら無駄骨となってしまう。
杏子やマミの拘束魔法で縫い付けるか、チーターレッグを使ったオーズが地上で瞬殺出来れば良いのだが、彼らは今この場には居ないのだ。
尚、ハゲタカヤミーを倒すだけで良いならば、ほむらは自衛隊御用達の愉快な秘密道具の数々を使う事も出来るのだが……その場合には上条宅にデンジャーな危険が危ない。

そうしている間に十分ほどの時間が経っただろうか。
ほむらとアンクの視界には、憎らしいほどに青い空を飛び去って行く、一匹の鳥類ヤミーの姿が。
アンクがヤミーの後をタカカンに追わせたのは、もはや説明するまでもない。
だが、その後に聞こえた、恐怖に塗れた声は……きっと、誰にとっても想定外のモノであったに違いない。

「う、うわああっ!? 近づくな! 化物っ!! お前は! さやかじゃないっ! お前は、一体何なんだ!?」

閉ざされた上条家の扉の向こうで……美樹さやかは、一体どんな感情に顔を歪めているのだろうか。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十話:Shout out ――さや歌



負け犬。
落伍者。
敗残兵。
人生の敗者。

ようやく開いた重い扉を、亀のような歩みのままに潜って来た美樹さやかの様子には……まさに、そんな語群が似合い切っていた。
扉の外で待っていたまどかに一瞥する気配さえ見られない。
さやかが完全に敷地の外に出ると当時に、待ちくたびれたように閉まった扉の音は……低く軋んだ不快な響きであった。

「さやかちゃん……!」

アンクを通して聞いていた鹿目まどかにも、状況は大体伝わっていた。
上条恭介と志筑仁美らが、人間の常識では計れない身体能力や回復速度を持っている美樹さやかに恐怖し、罵ったのだ。
お前なんかが美樹さやかであるハズが無い、と。
ひょっとすると、戦闘中のダメージの中にグロテスクな風景もあったのかもしれない。

「……大丈、夫。大丈夫、だから……」

今の美樹さやかの『大丈夫』という言葉を聞いてそれを信じられる人間など、居る訳が無い。
鹿目まどかには、そうとしか思えなかった。
あまりの衝撃に涙を流す事さえ忘れているさやかが大丈夫だなんて、そんなの絶対に嘘だ。

「美樹さやか。貴女のソウルジェムを見せてみなさい」

一方、暁美ほむらの心配事は……ずばり、それだった。
何せ、今の美樹さやかの顔は、歴代世界にて魔女化の運命を辿ったさやか達と全く同じものだったのだから。
いつ魔女化してもおかしくない、と暁美ほむらとしては思ってしまうのである。

「分かんない……。昨日から、見てない……」

……が、事態は混迷を極めた。
魔法少女がソウルジェムを持っていないなんてことは、有り得ない筈なのに。
それこそ、この場に居ないキュゥべえ氏の語録から言葉を借りるなら、「訳が分からないよ」よりも「そんなこと、ある訳ないじゃないか」が先に出て来る程度には。
しかし、ソウルジェムが無ければ、当然魔女化現象も起こらない。
現に、幽汽のように湿っぽい匂いを放ちながらも、美樹さやかはそこに存在しているのだ。

「さやかちゃん……今は、休もう? 多分映司さんやマミさんも近くまで来てるから、あっちに任せて、さやかちゃんは休んだ方が良いよ……」

暁美ほむらの戸惑いを、余所に。
鹿目まどかの勧めは、どこか己の無力感を自責しているように思える声色を伴っていた……。




巴マミが駆けている場所は……日の光を浴びて俄かに温度を増している、民家の家々の屋根であった。
足場を軋ませる間もなく、風を掻き分けながら遥々参上した次第である。
もっとも、例え屋根の上であっても、昼間の町中を突っ切るのはマミとしてはあまり気は進まないが。
あと、学校なんて無かった。

お察し通り、トーリからの念話で呼ばれたために、出動することとなった訳である。
実は、アンクは映司とトーリの住む河原へタカカンを一羽飛ばしこそしたが、メダルを惜しんでマミへ連絡しなかったのだ。
なので、トーリが情報拡散役を務めたという成り行きが有ったり無かったり。

そして、マミがヤミーを発見した時……空中では既に、追いかけっこが繰り広げられていた。
暴風を撒き散らすハゲタカヤミーを、オーズを抱えたトーリが何とか追っているのだ。
だがしかし、空戦における攻撃力は全く足りていないと言っても過言では無かった。
シャチヘッドからの水鉄砲しかまともな遠距離攻撃が存在しないオーズは、ましてや今は安定した足場さえ確保できていないのだ。
トーリに背中を抱えられた不安定な状態から、必殺の一撃など放てるはずも無かった。
辛うじてヤミーの翼を濡らす事はあっても、明確に有効打と言える攻撃を繰り出す事が出来ずにいると見える。
紫のコンボを使えば力ずくで接近する事も不可能でも無いのかもしれないが、かつての呉キリカの行動が気になっているのかもしれない。

『……ダメそうね?』
『難しいです、かねぇ……』

一応トーリへと念話を送って聞いてみるものの、返事は案の定で。
あの暴風を掻い潜って狙撃を成功させるのも、あまり現実的とは言い難い。
何といっても風は狙撃手の天敵であり、巴マミが魔法少女であってもそれは変わらないのだ。
魔力紐を伸ばそうにも、重量が皆無の拘束具も容易に吹き飛ばされてしまうだろう。

もちろん、あちら側からの攻撃も致命打となるものは存在しない。
だが、別にヤミーの側からオーズやマミを倒す必要は欠片も存在しないのである。
ヤミーはグリードへメダルを届けられれば任務完了なのだから。

と、そこまで考えて、気付いた。
この戦闘スタイルに似た思考を持った人物が、身近に居るという事に。
逃げに逃げて、最後の最後で目的を達する……そんな生き様を実践している人間が居るじゃないの、と。

『……トーリさんだったら、飛んで逃げている時に相手にやられたら一番嫌な事って何かしら?』

ぶっちゃけると、まさにこの蝙蝠女の事なのだが。
別に、トーリがメダルで出来ていると言い出した暁美ほむらの言葉から連想した訳では無かった。
ただ……逃げと守りを念頭に置いたハゲタカヤミーの挙動が、どこかトーリのそれを思わせるというだけの話であって。

『そうですねぇ……一撃必殺技持ちはそれだけで怖いですけど、回避できない攻撃で堅実に削られるのもイヤです』

回避出来ない攻撃といえば……やはりマミがマスケットを空中に大量に並べて、弾幕を作るのが手っ取り早いだろうか。
しかし、一応立ち直ったとはいえ、マミは魔法少女の末路を知ってから日も経っていない。
魔力を湯水のように使うことには、やはり抵抗感が残ってしまっていた。
というか、弾幕射撃は相手がヒゲタマゴのような雑魚の大群だからこそ有効なのであって、一体の相手を狙うのは無駄が多すぎるのだ。

大威力のティロ・フィナーレなら暴風ぐらいは突き抜けるだろうが、それでも奇襲の一発目が命である。
こちらの存在が割れてしまえば、途端に当てるのは困難となるだろう。
つまり、初撃を何としても当てねばならない。

ところが……実のところとして、マミには殆ど長距離狙撃の経験が無かったりするのだ。
というのも、マミが慣れている魔女の結界という戦闘場があまり広くない事に問題があった。
走ったり跳んだりしながら射撃を行うことは苦では無いが、やっと人型だと認識できるような距離を置いた相手を撃った経験は、ほぼ皆無と言って良い。
先日はトーリにぶら下がって地上のカザリを狙撃したものだが、アレも実は相当狙いが甘かったという自覚があったりして。
兎にも角にも、相手があまり遠くを動き回っていると辛いのである。

『何か、相手の動きを鈍らせる手は無いかしら?』
『ちょっと映司さんに聞いてみますね』

トーリには良い考えは無いということか。
まぁ、マミもトーリの頭脳面にはあまり期待していないので、別に構わないのだが。
……などと、思っていても本人には絶対に言わないような事を考えていると、割早に返信が届いた。

『何だか映司さんが、一回だけ使える奇襲で動きを鈍らせることぐらいなら出来そうだって言ってます』
『なら、それをお願いしましょう』

しかし、映司は一体何をしようとしているのだろう?
今回のヤミー対策に何枚か追加のメダルをアンクから預かっているようだが、その内容次第といったところだろうか。
そんなマミの不安交じりな期待を知ってか知らずか、トーリと映司は新たな行動に入ろうとしていて。

「一体何を……?」

……何故か、トーリがオーズを振り回して回転を始めた。
重量関係的に、回転軸が二人の中心ぐらいに置かれていた方が自然なのに、一方的にトーリが中心になって回っているのが奇妙ではあったが。
というか、羽ばたきながらどうやって回転という挙動を行っているのか不明なので、何か翼の動かし方にコツがあるのかもしれない。

だが、オーズを振り回して何があるというのか。
遠心力を付けたというコトは、放り投げるかそのまま突撃するかの二つしか選択肢は無い筈だ。
もちろん、どちらを選んでも、暴風を纏っているハゲタカヤミーに命中させるのは難しい。
まさか、そのまま突っ込んで錐揉みクラッシャーという訳でもあるまいし。

どうするのだろう。
マミがそう疑問に思っていた、矢先であった。

「えいっ!」

トーリが振り回していた重石から手を離したのは。
つまりそれは、遠心力は投擲のためのものだったという事で。
当然、放り投げられた荷物はオーズである。

ところが……オーズが投げ捨てられた方向は、マミの予想とは少しばかりズレていて。
具体的に言うとマミの想定より30度程上方へと、トーリはオーズを投げ飛ばしていたのだ。
方角こそヤミーを目指しているものの、角度が高すぎやしないだろうか。
確かに、放物線の先はヤミーへと向かっているが、滞空時間が長くなれば、当然敵が回避する余裕も大きくなるだろう。

そんな中、オーズは空中で悠々とメダルを換装していて。

『シャチ ウナギ タコ』

選ばれたのは、水棲生物の3種であった。
即ち、青のコンボたる『シャウタ』を揃えたのだ。
シャチを模ったと思われる鋭角の頭部は流線型をとっており、それを使って強引に向かい風を突破しようというのか?
もしくは、両腕から伸びたウナギ鞭をヤミーに伸ばして、相手を捉えるつもりなのか?

そこまで考えて、マミは気付いた。
シャウタのコンボ完成のボーナス能力を、マミは知らないということに。
そして、もしそのボーナス能力が現状を打破するために最適なものであるならば?
きっと、マミが一瞬だけ期待に目を凝らしてしまった事は、必然であったのだろう。


直後、オーズが炸裂した。

「……えっ?」

オーズの必殺技が炸裂したのではない。
人間の形をしている筈のオーズが、その形を失って爆散したのだ。
もしマミさんが良く訓練された某掲示板住人であったなら、見たままを話す人のAAを張る作業に迅速に戻るレベルである。
幸いにしてマミさんは綺麗な魔法少女であるうえに、彼女の携帯端末は水没の末に御陀仏していたが。

そんな中、ハゲタカヤミーを……突如として、暴雨が襲った。
当然、それがただの雨である筈が無い。
遠方に居るマミからは一目瞭然だが、ヤミーの周囲10メートル程の範囲にしか、雨が降っていないのだ。
オーズが何らかの能力で姿を隠して、シャチヘッドの水鉄砲を最大出力で放ったのだろうか?

……まぁ、正解はマミが考えるより、ずっとぶっ飛んでいたりする訳だが。

「捕まえたっ!」

何と、ヤミーを濡らしていた水々が実体化して青のオーズを形作り、具現化したのである。
更に、8つに分かれたタコ足と吸盤を使ってハゲタカヤミーにぶら下がって……というか、纏わりついていた。

「…………魔法少女よりよっぽど、人間辞めてるんじゃないかしら」

つまり、シャウタコンボの特殊能力は身体の液状化であり、その能力を使って雨となってヤミーに降りかかったというコトなのだろう。
ヤミーの濡れた部分からオーズが実態に戻って、そのまま絡み付いたという訳だ。
常識外れにも程がある。
もうアイツ一人で良いんじゃないかな、とまでは思っていないが。
ともかく、8本のタコ足を駆使して、まるでシャンデリアのようにハゲタカヤミーに吊り下がっているオーズは、どこか人外染みているというか。

……仮面ライダーって何だっけ?
……怪人の一番強いヤツのこと?

そして、どさくさに紛れてトーリがヤミーに電流を流したりしていて。
ヤミーがオーズに纏わり付かれて暴風を発生させる翼を緩めてしまったために、接近できたのだろう。
トーリの電撃が役に立っているのかどうかは、イマイチ不明瞭だが。

おそらく今が狙撃のチャンスなのだろうから、早く撃つべきに違いない。
何気なくオーズも感電している気がするので。

「……ティロ・フィナーレ」

微妙にテンションがいつもより低かったのは、きっと魔女の正体を知った時の精神的ダメージを引きずっているからなのだろう。多分……。



時刻は、少しだけ戻って。
ハゲタカのヤミーが上条宅より飛び立って、少しだけ時間の過ぎた頃の事であった。
……ヤミーの目撃情報を掴んでライドベンダーを駆っていた後藤慎太郎が、魔法少女らを発見したのは。

「美樹……? どうしたんだ……?」

そして、女子中学生達の中でも特に様子がおかしいと思しき美樹さやかに視線が引かれたのは、当然であったと言えるだろう。
ふらふらと危なっかしく歩いている美樹さやかの足取りを、隣の鹿目まどかや暁美ほむらも気にしているらしい。
当然、後藤の問いに答える気配など、さやかは欠片も見せない。

すると。
ちらり、と美樹さやかの方向を二度見した鹿目まどかが、一部始終を後藤に話してくれた。
一瞬だけさやかに視線を回したのは、事情を説明して良いかどうか、確認をとる意味があったのだろう。
どうやら、さやかの無言を勝手に肯定と解釈したようだが、まどかの説明に対してさやかも口を挟んで来なかったので、多分良かったのだろう。

「……という訳なんです」
「…………すぐにはコメントしづらいな」

どう反応したら良いものか。
想い人である上条恭介から化物扱いされて、さやかは失意のどん底を這い回っているらしい。

もし後藤慎太郎が、かつてのように「世界を救う」ことを盲目的に追っている青年だったのなら、そんな事では絶対に迷わなかった筈だ。
きっと……女子中学生の恋話など放っておいて、ヤミーを追っていただろう。

しかし後藤にも変化など、とうの昔に訪れているのだ。
後藤が守るべき『世界』の中身は、あまりに多様過ぎるという事に、後藤は既に気付いている。
魔法少女が危険な存在かもしれないと考えた財団の任務として、後藤が魔法少女を監視していた時に。
後藤の任務を監視では無く護衛だと勘違いした一人の子供が、後藤に差し入れを届けてくれて。
……その良い子は、監視対象である魔法少女の、親友だった。

その時後藤は、自分は何をしているのか、と思ってしまったのである。
差し入れを届けてくれるような御人好しが、後藤の守るべき世界に入っているのは当然だった。
だが、危険な存在として魔法少女らが排除されれば、その御人好しはきっと悲しむだろう。
その時……後藤は、自分が世界を守ったと胸を張って言えるのだろうか?

きっと、後藤の初見の印象が悪い相手でも、それだけで価値は決まらない。
初めは後藤をロリコンなストーカー野郎呼ばわりした美樹さやかだって、共に戦ってみれば、そんなに手に負えない人間では無かった。
かつてライドベンダーをぶっ飛ばした暁美ほむらも、ガラの魔の手から世界を救うために映司と組んで一芝居打ったのだと聞く。
そして彼女達もまた、後藤の守るべき対象の一つではないか、と思うに至ったのである。
……さすがに、火野映司や鹿目まどかのようにグリードとの共存を実践するのは、まだ考えられないが。

ともかく今の後藤にとって、死にそうな顔をしているさやかを放っておいてヤミーを追うという選択肢は……少しだけ検討して却下する程度のものだった。
少しだけ迷ったのは、まぁ、言わぬが花というヤツである。

しかし、いかんせん後藤には人生経験が足りない。
恋に破れて鬱々としているさやかに、一体どんな言葉をかけてやれば良いのか。
世界を守る筈の自分が、人間一人助ける方法も思いつかない。
そんな無力感が、後藤の胸には巣食いつつあった。
加えて、美樹さやかへと不安気な視線を送っている鹿目まどかと暁美ほむらも、同じような索漠とした感情を抱えていると見える。

何か言葉を捻り出さなければ。

「美樹……俺が世界を守るために動いている、と話した事があるのを覚えているか」

さやかの反応は、無かった。
ひょっとすると、耳に入っていないのかもしれない。
だが、無理やり言い聞かせるのも躊躇われた。
今のさやかは……強く押せば、そのまま倒れて起き上がって来ないように思えたからである。

「残念ながら俺には恋愛のアドバイスは出来そうに無いが……言わせてくれ」

だから、ただ後藤は言葉を継ぐしかない。
後藤に言える精一杯の激励を。
今のさやかに理屈をぶつけても、絶対に通じないだろうから。
心なら通じるかと言われれば、そうとも限らないが、それでも何もしないよりはマシだと言い切れる。

「もし俺が世界を守れる人間になったなら、その時には……俺が守った世界を、お前にも見て欲しいと思っている」

返事は……やはり、無かった。
さやかは後藤の顔へ視線を向ける素振りさえ見せずに、俯いたままで。
後藤の渾身の言葉も、さやかの心に響いた様子は露ほども見受けられない。

傷心のさやかを立ち直らせるための役者として後藤慎太郎が力不足なのは、最早誰の目からも自明のことと分かり切っていて。
諦め切れないと感情では分かり切っているのに、手段として選択すべき解決策は尽きていた。

……結局、別れ際に後藤に頭を下げた鹿目まどかの姿が、後藤の脳裏に妙に印象的に残ることとなったのであった。
――さやかちゃんのことを心配してくれて、ありがとうございます。
そんな、役立たずの後藤へと告げられた感謝の言葉が、どうしようもなく彼の拳を固く握らせてしまっていて。




「……人間一人を助けるのがこんなに難しいとは、な」



・今回のNG大賞

「お前なんかが、さやかな訳ないだろう!」

「その通り。実はグリードの僕が成りすましてたのさ」(バリバリ)
「ほォ……実は俺も上条じゃない。カザリ……お前の考えそうな事を見越して、俺がコイツに擬態してたんだよ!」(バリバリ)

「へえ。でも、こんな事もあろうかと、屋敷の使用人を全部屑ヤミーとすり替えておいたんだ!」
「よく見てみろ……この屋敷に生えてる木は全部、事前にガタキリバが変装したものに置き換えてある! お前の負けだ、カザリッ!」

「やるね、でも実は(以下全略)

・公開プロットシリーズNo.120
→賛否両論のポータブルネタ……?



[29586] 第百二十一話:俺が変身する!!!
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/08/17 11:01
美樹さやかを、その住まいであるマンションへと、何とか送り届けて。
とぼとぼと、鹿目まどかと暁美ほむらは未だ高い日の下に、歩を進めていた。

「私……もう、さやかちゃんにしてあげられる事、何も無いのかな」

肩を落として、普段以上に背が低く見える鹿目まどかに対して、ほむらは一体どんな声をかけてやれば良いのか。
さやかの恋路のゴールが絶望なのは変えられない普遍現象なので、逆行者暁美ほむらさんとしては既に諦め終えた事象なのだが。

「でも、美樹さやかが生きてさえいれば、いつか別の希望を見つけることも有り得るわ」

美樹さやかがソウルジェムを持ったままだったら、そのまま魔女化していたかもしれないのだから、むしろ今回のさやかは猛烈に運が良い方だったりするのだ。
もちろん、それが二週目以降でない面々に共通する感覚ではない事ぐらい、ほむらとて理解している。
それでも、人間は生きてさえいれば予期せぬ未来を掴む可能性だって失わない訳で。
その発想はむしろ、ほむらにしては珍しく楽観的なものであったとさえ言えるのかもしれない。

だが、しかし。
そんな稀有な建設的思考を打ち砕きに来た使者は、メダルの怪人でも白い宇宙人でも無くて。

「……ちょっと、あんた等3人とも面貸しな」

……この街に来てようやく一週間が過ぎたばかりの、赤毛の一匹狼であった。



『その欲望を解放して魔法少女になってよ』
第百二十一話:俺が変身する!!!



「歩きながらで良い。少し、『アイツ』を巡る状況を整理しよう」

佐倉杏子の口にした『アイツ』という言葉は、美樹さやかを指しているに違いない。
間違いなく、今回の一連の騒動の中心はさやかなのだから。
ポッキーを咥えた杏子の口ぶりは、どこか重さを振り撒くそれであった。

事の発端は……一体、どこだったのだろう。
上条恭介に化物呼ばわりされた時か。
それとも、カザリに始末されそうになって、さやか自身の限界を悟った際か。
はたまた、魔女の正体を知らされた時?
もしくは……魔法少女になってしまった、その時から?

どれもが、正解なのかもしれない。
全てが、彼女を形作る要素となって来た筈だ。

「さやかは今、ソウルジェムを持ってない。そうだな?」
「ええ。確認したわ。彼女が変身した時も、魔力の波長は感じなかった」

しかし、それはどういうことなのだろうか?
魔法少女という存在である以上、ソウルジェムが無いなんて事は有り得ない。
そんな奇妙な生物なんて、あの蝙蝠女ぐらいのものだろう、と暁美ほむらは思う。

「やっぱり妙だよな。トーリの奴でさえ、魔法を使う時は魔力は出てるのに」

……と思っていたら、そんなことは無かったらしい。
ほむらにとっては、何気なく新情報だったりして。
トーリの魔力は無限だという話だったが、実は魔力を消耗する時に特有の気配は出ているのだということらしい。

「……そうなの?」
「そうなのって……あんた、無表情キャラに加えて天然ボケ属性でも狙ってんのかよ? 魔法少女なんだから当然だろ?」

さりげなく、トーリの正体がヤミーである事を知っていた暁美ほむらとしては、凄まじく重要な事実であった訳だが。
ほむらはトーリを魔法少女だと思っていなかったので、そもそも奴から魔力を見出すという作業に発想が向かわなかったのである。
これでは、巴マミの説得に失敗したのも納得かもしれない。
ソウルジェムを持っていないトーリは確かにこの上なく怪しいが、それでも魔力が検知されていたのなら、マミがトーリの正体を信じないのも無理は無い。
杏子から向けられるお手本のような半眼が、若干腹立たしくない事も無いが。

その傍ら、杏子のほむらに対する物言いが、さやかがほむらの事を電波さん呼ばわりしたくだりに似ているように鹿目まどかには思えていたりして。
実は、意外と杏子とさやかは思考のベクトルが似通っているのかもしれない。
もっとも、ベクトルの大きさは……きっと、比べてはいけないのだろう。
比べるとしてもおそらく、「賢い」「愚か」「さやか」みたいな三分類になりそうである。

「でも、ソウルジェムを身体から離すのは、100メートルが限界だって話だったな?」
「大よその目安としては、そうね」
「……えっ? でも、今のさやかちゃんはソウルジェムを持ってないんだよね……?」

そうなのである。
それが、今回最も不自然な点なのだ。
にもかかわらず、ほむらやまどかが確認したところ、さやかはいつも通りに魔法少女装束を纏っていた。
というか、屋敷から出てきた美樹さやかに外傷が見られなかった事から察するに、回復魔法も普段同様に使えていると思われる。
おそらく上条恭介がドン引きしたのは、R15な状態からさやかが復帰したからなのだろう。

「さやかちゃん、昨日グリードに襲われた時に自分の中で何かが変わったみたいな事言ってたけど……何か新しい能力に目覚めた、とか……?」
「……アタシだって、それが一番良いと思ってたさ」

綺麗事が一番良いに決まっている。
愛と勇気が勝つストーリーは、いつの時代だって王道だった筈だ。

「佐倉杏子。随分勿体ぶるのね?」
「ああ、今まで話に出てきた情報だけからじゃ、絶対に現状把握はできねーよ。ってか、そんな状態で結論だけ持って来ても、誰も信じないさ」

まるで既に佐倉杏子は真相に辿り着いているような、物言いであった。
もしくは、本当に知っているのかもしれない。
杏子がほむらとまどかを連れて入った人通りの少ない裏路地に……その答えがあるというのだろうか。
普段の杏子ならポッキー一本を食べ終わる間に真相を話してしまっていたのだろうが……杏子自身もまだ確信を持つには至っていないという線も考えられる。

「しかも、事態を確定させるために必要なカギは、後三つもあると来たもんだ。もし推理小説がこんな状態で出題編を終えたらら、クレームの魔女が生まれちまうだろーな」

つまり、この裏路地にはカギを探しに来たと?
むしろ、杏子が既に見つけたカギをほむら達に見せようとしている可能性の方が高いと見るべきに違いない。
となれば、一つ目のカギは動かせないモノなのだろうか?
現場に残った血痕のような類のモノなのか、はたまたカザリが逃走路として使った痕跡でも残っていたのか。

……ぐらいに思っていた二人であったが、実際に杏子に見せられたモノを目の当たりにすれば、納得せざるを得なかった。

「見てくれ。コイツをどう思う?」
「コレって……魔女の結界、だよね?」

確かに、不動産である。
登記されていないので法律的に認可される事は無いが、動かせないモノという意味では間違いなく不動産だろう。
一応自律的に「動く」事は出来るが、自動車が不動産なら魔女の結界も不動産のように鹿目まどかには思える。

もしトーリがこの場に居たら、そういえばライドベンダーって動産と不動産のどちらなんでしょうか、なんてボケてくれたかもしれない。
いや、ヤツにそんな高度なボケは期待できないかもしれないが。
ちなみに、一般的にバイクも自販機も動産である。
もっとも、飽く迄一般中学生の範疇に居るまどかが、そんなことを聞かれて答えられる筈も無い。

だが……そんな益体も無い考えを口に出す事など、出来そうに無かった。
どうも、まどかの隣に居る暁美ほむらの様子がおかしいのである。
何か、魔法少女特有の何かを感じ取っているのか。
瞳孔が少しだけ開き気味というか、若干発汗率が高まっているというか、そんな焦燥感を醸しだしているのだ。
ほむらが一体何に動揺しているのか、まだ鹿目まどかには分からないが。

「佐倉杏子……貴方は、『どうしてこの結界を見つけた』のかしら?」

……ほむらが絞り出したその質問は、傍から聞いている鹿目まどかからは、酷く意味の不明瞭なものに思われた。
質問の文面が『どうして見つけられた』というように可能形であったのなら、まだ話は簡単だっただろう。
その場合は、ほむらが『眼前の結界を杏子が発見する可能性が低い』と見積もるに足る情報を持っていたというだけの話である。
だがしかし、『どうして見つけた』と聞いたのならば、その行為の理由が焦点となる筈なのだ。

「……あんたが言ったんだろうが。さやかの魔力を探せ、ってよ」

杏子が言い辛そうに口にした言葉を、鹿目まどかは一瞬の間、咀嚼する事が出来ずに居た。
それを文脈に沿って分かり易く並べ直すなら、こういうことである。

――原因:杏子がさやかの魔力を探したこと。
――結果:まどか達の眼前にある結界を杏子が発見した。

「こんなに発見が早かったのは、本当にただの偶然だろーな。だけど、いつかは見つかることになってたと思うよ」

違う。
まどかが聞きたいのは、そんな些細なことじゃない。
何故、さやかの魔力によって構成された結界が存在せねばならないのか。

「おかしい、よ。だって、さやかちゃんは今朝も昨日よりは元気だったし、さっきだってちゃんと私達が家に送り届けて……!」

おかしい。
こんなの絶対おかしい。
この結界が存在するとすれば、それは結界の最奥には魔女化した美樹さやかが存在するという事を意味するのだ。
いったい何時からこの結界が存在していたのか定かでは無いが、それでも美樹さやかが生きて活動していたという事実とは矛盾する事は間違いない。

「そうだ、一昨日のキリカちゃん、だっけ? その子は魔女になる前から結界が使えてたんだよね……?」
「呉キリカの結界は、魔法少女と魔女の境界に立つからこそ得られる能力よ。どの道、その後に魔女化を回避する術は無いわ」

ほむらもソウルジェムを取り出して、結界から漏れ出る魔力の波長を確認しているらしい。
そして鹿目まどかの視力は、美樹さやかの命運が懸かったこの時においてのみ、必要以上に暁美ほむらの反応を拾ってしまっていた。
紫の宝石を乗せたほむらの掌の筋肉の若干の強張りさえ、見抜いてしまっていたのだ。
暁美ほむらの無言が指し示す意味も、当然に。

「でも、今は魔女とさやかちゃんは別々に動いてるんでしょ? だったら、この結界の中に居る筈の魔女を倒しても、さやかちゃんには何も影響は無いかもしれないよ……!」

まどかとて、既に不吉な予感は嫌という程嗅ぎ取っていた。
何せ、杏子が先程口にした『カギ』とやらは、あと二つも残っているのである。
正直に言って、聞くのが怖かった。
既に口の中はからからと渇いて、指先からは汗が零れ落ちたところだ。

「そこで、だ。二つ目のカギは『証言』なんだ。それを得るために、あんた達をここに連れて来たんだよ」

という事は、これから杏子が何かしらの質問を投げかけて来るに違いない。
しかし、鹿目まどかには、自身が何か有力な情報を持っているという覚えは無い。
ならば暁美ほむらが証言者なのかと思いきや、同じことを考えていると思しきほむらと目が合ってしまった。
どうやら、ほむらも質問される内容に見当がついていないらしい。

「言ったろ? あんた等『3人』に用事があるってよ」

……と、いう事だそうだ。
言われてみれば、この場にはもう一人居る筈なのである。
鹿目まどかの中で面倒臭そうに口を噤んでいた、腕怪人が。

「アタシはこう睨んでる。昨日さやかを襲ったグリードが、さやかに何か細工をしたんじゃないかってな。同じグリードなら、何か分かるんじゃないか?」

そう、口に出しながら。
杏子はおもむろに取り出した一振りの槍にて、結界の入り口を叩き割って見せてくれた。
まだ外は日が高いのに、結界の内部は極夜のように薄暗く思える。

おそらく、一緒に結界の中に入って調査に付合え、という事だろう。
もちろん、危険が伴う可能性は否定できない。
にもかかわらず……まどか達を静止するために動くかと思われた暁美ほむらが無言のままで居る事が、意外と言えば意外であったりして。
単純に事態の真相への興味が大きいのかもしれないが。

「いや、結界の入り口を開けただけで十分に分かる。これ以上踏み込む必要は無い」

だが……静止の声は、別のところからかかる形となった。
当の鹿目まどかの口をついて、鹿目まどかの声色で、しかし鹿目まどかの意思とは無関係に。
まどかが強く念じれば、その声を押し留める事は出来たのかもしれない。
体内の友人は、身体の操作に関してはあまり大きな権限を持っていないのだから。
それでも鹿目まどかは、聞いてしまっていた。
さやかの身に起こっている事柄を知らずには居られない、と思ったからだ。

「……中から、ヤミーの気配がする」

杏子が結界に傷を作ってから、結界内部のヤミーの気配がアンクのもとへと届いたのだという。
しかし、それは一体どういう事なのか。
何故、さやかの魔力で作られた結界の中に、ヤミーが居なければならないのだろう。
いよいよ、本格的に意味不明である。

「カザリが、結界内で安全にヤミーを育てているという事かしら?」
「いや、ヤミーは親の欲望を満たすために、ある程度活動する必要がある。気配からは判別できないが……多分、中に居るのは親の方だろうなァ」

ほむらが思ったままに予想を立ててみるものの、どうやらそれはハズレだったらしい。
ヤミーは親の欲望を満たさなければセルメダルを増やせないので、ヤミーを隔離空間に置いておく事には意味は無いそうだ。

「ヤミーの親になった人を、逃げられないように結界の中に閉じ込めてるの……?」
「魔女の結界は、人間がおいそれと生き延びられる空間じゃねーよ」

今度はまどかが予想を口に出してみるも、やはり否定されてしまって。
もちろん、それを否定したのは魔法少女である佐倉杏子であったが。
という事は、ヤミーの親である人間は結界の内部には居ないのか?
しかし、ヤミーを魔女の結界の中に閉じ込めても良い事は何も無い訳で。

「頭がこんがらがって来た、ような……」

一体、結界の中身は何なのか。
まさか、シュレディンガー的にヤミーの親は死んでいて同時に生きている、という訳でもあるまい。
親を閉じ込めたのなら、親は結界内で死んでしまっている筈である。
一方、ヤミーを閉じ込めてもグリード側に旨味は無い。

「まぁ、3つ目のカギを聞けば、話は全部分かる。実はその3つ目も『証言』なんだけどさ……」

実はもう、聞いて来てあるんだ。
そう続けた佐倉杏子は……既に、事態の核心へと辿り着いているのだろう。
杏子にとっては、きっとアンクの証言だけが不確定要素であったに違いない。
傍らで口を開かない暁美ほむらは、まだ事態の全容を把握していないように思えるが。

そして……佐倉杏子の口ぶりに影が差したように、鹿目まどかには思えていた。
如何にも、口にするのが憚られる情報を抱えていると見える。
もちろん、普段から渇いた現実主義者な杏子ならば、数秒迷った後に続きを述べてくれただろう。
それ、でも。

「お願い、杏子ちゃん……聞かせて。杏子ちゃんが誰から、何を聞き出したのかを」

鹿目まどかの方から、聞かなければならない。
そう、思った。
美樹さやかの友達を自認する鹿目まどかが、聞かなければならない。
それが……鹿目まどかの決断だった。

「それじゃぁ、言うぞ。アタシが3つ目のカギを聞き出した相手は……」

果たして、真実の行方は……。




その日の、夕暮れ時の事だった。
後藤が、さやかを励ます方法について伊達明と語り合いながら、バースのメンテナンスに四苦八苦していた、ちょうどその時に。
元真木博士の研究室……現伊達明の住居に備え付けられていた電話が、呼び出し音を奏でたのだ。
そして、受話器をとった後藤慎太郎の耳に飛び込んできたのは、

『さやかちゃんのために、力を貸してください。お願い、します…………!』

消え入りそうな、声だった。
後藤は、この声の主を知っている。
美樹さやかの親友である、鹿目まどかという女の子だ。
親友のために力を貸してくれ、という頼みごと自体は、ごく常識的な内容ではあっただろう。

だがしかし、その詳細は常識なんて軽く投げ捨てた代物で。
恐ろしくもあり、カザリがそんな手を打ったのかと感嘆して、背筋を寒く思わされて。
そんな中、後藤へと期待された役割は、事態の難解さに反して至極単純なものであった。
バースである伊達さんと共に、戦力として協力してほしいという事である。

よって、後藤がすぐさま伊達さんに声をかけて出動を提案したのは、当然の決断であると言えた。
……が。

「俺は、行かん」
「……えっ?」

まさかの、伊達さんの拒否だった。
後藤としては、しばしの間思考を止めてしまう程度には予想外過ぎる返答であったと言えた。
ガラの事件の時には人間とは思えない精神力と体力にて死地を切り抜けたこの男ならば、今回も力を貸してくれると信じて疑わなかったのに。

「バースのメンテをしてる後藤ちゃんなら、分かんだろ。バースは……あと何回、戦える?」

その言葉に、思わず後藤は言葉に窮してしまっていた。
確かに、現在のバースシステムの状況は、既に限界に迫っている事は間違いが無い。
ガラとの戦いの際には一晩中伊達明がバースとして走り回り、明け方には鳥籠の魔女との激戦を繰り広げた。
更に、一昨日の落書きの魔女の結界の内部における戦いにおいては、多色のコアを取り込んだカザリの攻撃を余すことなく叩き込まれているのだ。
今の状態でも既に、騙し騙し使っているという言葉が妥当なところだと言えるだろう。

「本当は最後まで黙ってるつもりだったが……美樹ちゃんの命運がかかってる状況だから、言うぞ。俺が稼ごうとしてる1億円はな、俺の頭の銃弾を抜くための手術費だ」
「……!」

そこまで言われれば、後藤慎太郎にも理解出来た。
伊達明は、自分自身が生き延びるために、鴻上財団の下で働いている。
そのための職業が『仮面ライダーバース』という訳だ。
ならば、バースシステムが失われれば……。

「俺だって、美樹ちゃんを放っておく事に何にも思わない程冷血じゃない。でもな、自分の命と一緒に天秤に載せたら……やっぱり、俺は死ねない」

伊達明の容態とて、バースシステムの現状と大して変わらないのだ。
下手をすれば、バースシステムよりも重体かもしれない。
頭の中に銃弾が入っているなんて状況で、果たして何時まで生きて居られるものか。
現に一昨日の戦闘後には倒れているぐらいなのだから、決して先は明るくは無かった。

後藤には、伊達明を責める事なんて出来る訳が無い。
美樹を助けるために伊達さんは死んでください、なんて言える筈も無い。
どんなに後藤が拳を握りしめても、バースが直る事も伊達さんが治る事も無い。

「……分かりました。とにかく俺は、鹿目たちが策戦会議をしているクスクシエに行ってきます」

それでも後藤は、諦める訳にはいかない。
もちろん、後藤一人がバースの抜けた穴を補える程の戦力として働けるとは思えない。
そんな事は、分かり切っていた。

しかし、後藤慎太郎は……救ってやりたかった。
後藤に、その守るべき世界の広がりを教えてくれた子供達を。
ライドベンダーを駆ってクスクシエに辿り着いても、その思いは変わらなかった。

……が、後藤はクスクシエの屋根裏部屋へと続く階段の最中にて、立ち止まってしまっていた。
バースが参戦できないという事実を、マミの借部屋に集まっているであろう面々にどう説明したものか。
戦力としてバースを換算したうえで作戦を立てているであろう彼らに対して、後藤は何か代案が出せるのだろうか?

ぶっちゃけると、何も思いつかない。
屋根裏部屋へと続く階段を後藤が登れない理由は、ずばりそれであった。

「あら、マミちゃん達のお友達? もう中に何人か集まってるわよ?」

すると……そんな後藤への声は、後藤の全く予期せぬところからかかる事となった。
コスプレ喫茶……もとい民族料理店クスクシエの名物店長、白石知世子さんである。
後藤慎太郎という成人男性が女子中学生の『御友達』とは一体どういう理解なんだろう、と後藤としては思わないでもないが。
まぁ、既に火野映司が中に居る事を知っているからこそなのかもしれない。

どう説明したものか。
この白石店長が事情を知らない一般人であることは、後藤とて理解していた。
だが、後藤が抱いている気まずさを……きっと後藤は、誰かに聞いて欲しかったのだろう。
だから、後藤は洗いざらい話してしまった。
魔法のことを、メダルのことを、そして美樹さやかと伊達明の危機を。

「マミちゃん達の様子は不思議だと思ってたけど、まさかそんな事が起こってるなんてねぇ……」
「いきなりこんな事を言ってしまって、済みません。信じられないかもしれませんが……」

むしろ、信じたら驚愕モノである。
確かに最近はビルが倒れたり謎の怪人によって犠牲者が出たりしているが、大半の人々にとってそれらは他人事なのだ。
信じるとすれば、よっぽどの御人好しぐらいなもので……

「ううん。不思議なことなんて幾らでもあるもの。メダルや女の子のお化けを信じるぐらい、屁でも無いわよ」

……この店長以外には、そう居るものでは無いだろう。
そして、こんな悩み切った後藤の背中を押してくれる人材も。

「むしろ信じられないのは後藤君の方」

「さやかちゃんと伊達さんのどっちかを選べなんて、そんなの認めちゃダメよ」

「それが正しいのかもしれないけど、そんなのつまんない!」

「さやかちゃんも伊達さんも、って『ちゃんと欲張れる』のは、今の後藤君だけでしょう?」


確かに、その通りだ。
二人とも救えるならば、それが一番良いに決まっている。
……それが、どんなに困難だとしても。

だから後藤は、再びライドベンダーのエンジンに火を点けた。
策戦会議を行っている面々に顔を見せる事もせずに、一目散に走ったのだ。
行き先は……説明する必要が、あるだろうか。


「伊達さんっ!!」
「おう、後藤ちゃんか。『遅かった』な」

相手の口ぶりは、まるで後藤のとんぼ返りを確信していたと言わんばかりで。

「俺には、伊達さんと美樹のどちらかなんて選べません。後で、鴻上会長に頭を下げてでも、脅してでも、一億円は稼ぎ取って見せます」

とても半死人とは思えない存在感を纏った伊達明に相対して……しかし後藤慎太郎も一歩も引くことは出来ない。

「だから……『バース』は俺が貰って行きます」


覚悟は……決まった。



・今回のNG大賞

おかしい。
美樹さやかは普通に生きて活動している筈なのに、なぜさやかの魔力で出来た結界があるのか。
まさか、さやかが二人居るとでも?

「実は美樹さやかは特異点で、私が時間を巻き戻すたびに新しい美樹さやかが出現していたのよ」
「それはとても不思議な事だな、って……」
「そんなの絶対アタシがゆるさん!」


・公開プロットシリーズNo.121
→後藤さん確変? そしてさやかの容態は次回に持ち越し!



[29586] 第百二十二話:開幕
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/01/05 20:39
「バースは、俺が貰って行きます」
「そいつは無理な注文だ」

……即答であった。
この伊達の答えを、後藤とて予想していなかった訳では無い。
何といっても、天秤の片腕に載っている代物は伊達明の命なのだ。
そう軽々しくバースドライバーを譲ってもらえる可能性が低い事ぐらい、分かり切っていた。

だからこそ、後藤慎太郎は……背中から一丁の装飾銃を取り出していた。
黒を基調とした砲身に緑と銀の装甲が施された、鴻上財団特製の火器を。
即ち、バースのサブウェポンとして開発された超出力銃器ことバースバスターを、である。

「そいつを使って力尽くで、ってか?」

確かに、この状況で銃器が出てくれば、そう思うのが普通だろう。
しかし、後藤は……バースバスターの引き金に指をかけることを、しなかった。
からん、からん、と。
音を立てて地面を転がされたバースバスターの姿が、後藤の意思を代弁していたのだ。

「俺は伊達さんと美樹を、どっちも助けます。だから伊達さんを殺すような真似はしません」

後藤慎太郎は……バースバスターを放り出して、ただ伊達明へと向き直っていた。
伊達とてバースバスターを向けられれば変身せざるを得なかっただろうが、それでは後藤の目的は達せられないのだ。
そして、後藤の行動を目の当りにした伊達明もバースドライバーを投げ捨てた辺り、後藤の言わんとするところは伊達にも確りと伝わっているらしい。
すなわち、バースを奪う過程でバースが壊れてしまっては、意味が無い。
もちろん、伊達さんを救う過程で伊達さんを殺してしまっても、意味が無い。

「殺さない程度に……力尽くでお願いします! 俺にバースドライバーを譲ってくださいっ!!」

言うが早いか、動くが早いか。
後藤の放った拳が、伊達明の顔面へと突き立てられた。
伊達さんを守るために、伊達さんを倒す。
その事に、最早後藤の頭に躊躇など、欠片も残っていない。

「分かった! 力尽くで断るッ!!」

そして、直後に返ってきた伊達の強烈なヤクザパンチを鼻頭に貰った後藤は、少しだけ思った。
……やっぱり無理かもしれない、と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十二話:開幕



既に空気が冷え切った、夜遅くの事であった。
美樹さやかの部屋の窓を、小石がぶつかる音が叩いたのは。
普通に美樹宅のマンションに正面から入るには、常識外れな時間であったからだろう。
もっとも、窓に小石を投げるのも、決して常識的とは言えないが。

さやかが気怠さを隠しもせずに窓を開けると、路上には佐倉杏子が立っていて。
案の定、着いて来い、なんて言い出す始末である。
魔法少女という生物の活動時間帯としてはむしろ適正ぐらいなのかもしれないが、精神的ダメージから回復していないさやかとしては、寝直したかったりする訳で。
それでも杏子の後を付いて行ってしまったのは……根負けしたから、だろうか。

「で、何の用?」

美樹さやかの知らぬ事であったが……杏子の話を展開する順序は、昼間に鹿目まどか等に対して繰り広げたそれと全く同じものであった。
すなわち最初のカギは、さやかの魔力の発見に関して、である。
さやかのものと同じ魔力を放つ結界が、とある路地裏にて発見されたのだ。
加えて、現在のさやかが魔法少女装束を具現化した際には、魔力は感知されなかったとのこと。

「なにそれ? 確かにあたしのソウルジェムは失くしちゃったけど、その魔女って倒したら、もしかしてあたしもヤバいの?」

正直なところとして、杏子もそれは分からないらしい。
かと言って、さやかが何か異常を感じていないか、と確認に来たようにも思えない。
杏子の様子は、何処か思い詰めているというか、悲壮感が漂っているというか。
悪い知らせともっと悪い知らせがあるんだけど、とでも言い出しかねない雰囲気を醸し出しているように思える。

すると杏子は、二つ目のカギを開示してくれた。
腕怪人アンクが、結界の中からヤミーの気配を嗅ぎ取ったのだ、と。
しかし、それを聞いても何が何やらである。
なので、さやかに残された道は、残りの一つのカギの情報を迫るのみであった。

「それで、三つ目は?」
「その前に、アンタに確認しなくちゃならない事がある」

やけに焦らしている、と思わせる口ぶりだ。
杏子は、決して他人を焦らして喜ぶタイプの人間では無さそうなのに。
ならば、杏子自身も結論を言うのを躊躇っている?
ずけずけとモノを言ってしまう性格のはずの杏子でさえ躊躇しているとすれば、一体どんな救いようの無い話が展開されるというのか。

「アンタ、あのカザリってグリードに殺されそうになった時に、自分の大切な物が分かったって言ってたな」
「……?」

その通りである。
さやかは、カザリと1対1の結界の中で、自分が助けても良い人間とそうでない人間の線引きが出来た。
魔女になるかもしれないという臨死体験の中で、自分自身の思考に整理がついたのだ。
そんなさやかの回想を待ちながらも、杏子は言葉を継ぎ足す。

「アンタは……美樹さやかは、魔女になる直前に、グリードって奴らが使うらしい決まり文句を言われたんじゃねーのか。つまり……」


――その欲望、解放しろ。


「どういうこと? その結界の中に居るのがあたしから生まれたヤミーだから、あたしの魔力も使えるとか?」
「その可能性も検討したけどな、アンクの奴と詳しく話してるうちに、この状況を作り出すのにぴったりなタイプのヤミーの存在に突き当たったんだよ」

さやかの立てた仮説は、人間態の方のさやかが本体で、結界の中に居る方が従属物であるというものであった。
だが……杏子達が行き当たった結論は、全く逆のそれで。

「猫型ヤミーは、親の身体を操作できるんだってな。その身体に魂が無いなんて特例なら、尚更抵抗無く操れるだろうさ……!」

つまり。
結界の中に居る魔女の方が本物の美樹さやかで、今ここに居るさやかは……メダルの化物である、と。
杏子の言っているのは、そういう事だった。

「……さすがに、発想がぶっ飛び過ぎてない? そこまで言うなら、証拠はあるの?」

確かに言われてみれば有り得ないとも言い切れない仮説では、ある。
しかし、今までに出てきた情報から導き出されたものとしては、いささか論理の飛躍が激しいと言える。
ところが……証拠を求められた杏子が一歩たりとも怯まなかった事が、さやかに決定的な敗北を教えてしまっていた。

「アタシ、さ。あんたが上条って奴にバケモノ扱いされたのが、どうしても許せなくて……あの後すぐに、上条をぶん殴りに行ったんだ。その時に……聞いた」

――アレは猫の化物だ! 絶対にさやかじゃない! 昨日だって仁美さんと一緒に、あの怪物に襲われたんだ!!

それが……三つ目のカギだった。
というよりも、杏子にとっては、それが一つ目だったのだろう。

杏子達は当初、二つの先入観に支配されて、真実を見抜くことが出来なかったのだ。
一つは、ヤミーがハゲタカ一体だという思いこみであった。
アベックを襲っていたハゲタカが昨晩上条恭介達を襲った犯人と同一だと、根拠も無く断定してしまった事である。
そしてもう一つの先入観は、魔法少女の身体が語るのも憚れる怪物であるというものだった。
なまじ情報が増え、魔法少女の実態を知ってしまったがために、上条恭介の言う化物という言葉の意味を杏子達は計り違えてしまったという訳だ。
さやかが魔法少女装束を具現化出来たのも、無意識の内にセルメダルを擬態させていたからなのだろう。

「絶望する瞬間の魔法少女が生きてる人間を恨んで羨むなら、その欲望を食い物にしたヤミーは、さぞ育つのが早いだろうな……!」

愛すべき友人達との普通の生活を望むならば、それだけでそのヤミーのメダルは増える。
……更に、恋人を奪いたいという願いから恋敵を襲う事によっても。
結局、カザリがさやかへと施した仕掛けは、そういうことだったのだろう。
魔女を直接ヤミーの親にするのは不可能でも、魔女化する直前の魔法少女からヤミーを作れば、魔法少女が絶望した後もヤミーは活動できる、と。
もちろんカザリとて成功の確信を以て行動した訳では無く、実験の意味合いも大きかったのだろうが。


……違う。
そう、さやかは反論したかった。
だが……出来なかった。
何故なら、さやかの口は、

「ッシャアァァ!!」
「……っ!!」

人間では考えられない程強靭な剣牙を、杏子の肩口へと突き立てていたのだから。
口の中に広がる鉄分の味と、杏子の苦痛に歪んだ表情が、さやかの記憶を揺り起こした。
恭介と一緒に居た仁美へと、襲い掛かった時の事を。
その身体はいつの間にか……毛深く覆われていて。
手足に生えた鋭い鉤爪には、既に霊長目の特徴など見る影も無かった。

……そうだ、あたしは。
滴る血肉を啜りながら、さやかは全てを思い出していた。
否、その生物は……既に『美樹さやか』では無かった。


……あたしは、化物だった。




「それで、僕はヤミーのセルメダルを回収しに行っちゃダメなの?」
「ここで『どうぞ』なんて言うぐらいなら……最初から貴方の前に立ったりしないわ」

佐倉杏子がヤミー本体を相手にしている地にほど近い、人通りの少ない通りに面した一棟の平たい屋上にて。
ヤミーのセルメダルの回収に赴く筈だったカザリは……一人の魔法少女によって呼び止められていた。

カザリとしては、正直に言ってあのヤミーからのセルメダルの確保を、それほど期待していた訳では無かった。
何といっても、美樹さやかは現在のアンクと顔を合わせる機会が多いのだから、アンクは真っ先にさやかがヤミーの親だと気付いていた筈なのである。
であるからして、ヤミーの息は元々大して長く無いと考えていたのだ。
アンクがハゲタカの方に気をとられてくれれば、精々一昼夜の内に……つまり今夜にカザリが猫科ヤミーを収穫すれば、アンクにの先を越せるだろうという程度の見込みであった。

「ヤミーの育ち具合に期待できそうだから、早く回収に行きたいんだけど」

だが、カザリの目算を超えて育っているかもしれないヤミーをみすみす失うのも面白く無い。
……そう伸びるカザリの発想は、何処までも欲望を追及するグリードの思考そのもので。

「美樹さんの絶望を利用しているなら、さぞ育っているでしょうね……!」

底冷えするような声と共に襲い来る突然の銃弾を目の当たりにしても、まさか退く訳が無かった。
さやかを絶望の淵へ追いやったカザリに対して、巴マミからどんな感情が向けられていようとも。
カザリにとっては、巴マミの銃弾を叩き落とすのも美樹さやかを絶望の底へ叩き落とすのも、そんなに違う事では無いのだ。

しかし、カザリとて余裕をかましたままで居られるかと言えば、そんな事は無い。
何故巴マミが一人でカザリの前に現れたのか、という疑問には、当然のように思い至っていたからである。
マミの仲間の幾名かはヤミーの方にあたっているかもしれない。
だが、オーズがカザリの担当につかないのは、明らかに不自然と言えた。

近接戦に打って出ようとしたマミに熱風攻撃を加えながらも、カザリの疑念は消えない。
人間達が何か新しい奇襲を考えているのではないか、と。
棒術の如く振るわれた砲を強靭な鉤爪でうけとめつつ、その射線からも意識を外さずに、カザリは考える。

この巻毛の魔法少女が、後輩を殺された恨みから感情的にカザリに真っ向勝負を挑んできたという線は、あるのだろうか?
それにしては、都合よく同じ時間にヤミーが襲われているのが気になるところである。
ぼんやりとだが、グリードは自分のヤミーの状態が分かるのだ。
おそらく現在ヤミーは、何者かと交戦中だろう。

もしや、オーズやバースをヤミーの方に配分して、マミ一人がカザリを足止めする作戦なのか?

「グリードである僕を相手にするなら、オーズを充てるモノじゃないの?」
「……」

特に反応を見せずに魔力紐を伸ばして来るマミにとって……どうやら、カザリの質問は想定内のものであったと見える。
巴マミは特に驚いた様子も見せず、淡々とカザリへの攻め手を打ち続けているのだ。
やはり、何らかの考えがあってマミがカザリのもとへ来たと考えるべきだろう。

怒りに燃えているようで、どこか冷静さを保ちながらカザリに反撃の機会を与えない、この魔法少女は。
一体……何を、考えているのだろうか。

カザリが真っ先に思い至った仮説は、人間達がヤミーの方へと戦力を集中させているというものであった。
マミを足止め役に使って、速攻でヤミーを倒してそのままカザリのもとへ雪崩れ込むつもりなのではないか、と。

だがその仮説も、遠方で戦闘中のヤミーの様子を大まかに察する限りでは、違うように思えた。
正確に戦闘の相手方を断定する事は出来ないが、何者かと戦っている事ぐらいは気配で分かるのだ。
そして、その気配はまだ継続中である。
ヤミーがカザリの目算を遥かに超えて強大に育っている可能性も否めないが、さすがにヤミー一体が魔法少女と仮面ライダーを計4人も相手に出来るとは思えない。

とすれば、人間達はヤミーの方にも足止め程度の戦力しか回していないのだろうか?
ならば、他に人間勢が戦力を割くべき場所は……?

「……もしかして、魔女の方を厚くしてるのかな? こんな事になるなら、結界の場所を把握しておくんだったよ」

巴マミからの答えは、やはり返ってこなかった。
まぁ、カザリとしては8割方それが正解だと確信しているので、問題は無いのだが。
ちなみに残りの2割は、ヤミーが強すぎる可能性と、カザリへの奇襲用にオーズ達がこの付近に隠れている可能性である。

「考えたね。親を倒せばヤミーは消える。アンクの作戦かい」

……瞬間、カザリの耳元にはセルメダルの散らす音が届いていた。
鋭さを更に増したマミの銃弾が、カザリの頭から伸びた縮れ毛の一本を裁ち切った音であった。
その様子は……何処か、カザリの言葉が気に障ったようであった。
しかし、どの部分がマミを怒らせたのだろう。

「私達の目的は……美樹さんを倒す事じゃないわ」

ところが、マミの言葉はカザリにとって全く想定外のそれで。
しばしの間、カザリはマミの言っている意味を理解出来ずに居た。
マミの言葉は、人間が魔女へと戦力を割いているというカザリの予想自体は肯定しているように思える。
だが、魔女を倒す事が目的でないとすれば、一体何故結界へと戦力を割いているのか。

「美樹さんの親友だった鹿目さんが呼びかければ、気付いてくれるかもしれない。……そう、佐倉さんが言い出して、皆彼女に賭けた。それだけよ」

……さすがに、その答えはカザリとしては想定外過ぎた。
何せ、かつてカザリがグリーフシードの現物を手に真木博士と議論を交わした際には、グリーフシードと元の魂との間に可逆性は存在しないという結論に至っているのだ。
確かに魔女の原料は人間の魂に他ならない。
だが、魂の加工が終了してしまった時点で、グリーフシードは単なるエネルギー収集装置でしか無くなってしまう。
まぁ、魔女と化した美樹さやかがヤミーを維持できている様子を見れば、特定種の欲望は残っているようだが。

「面白い発想だけど、僕としてはそんな欲望は魅力的には見えないね」

確かに珍しい欲望ではあるのだが、明らかに叶う見込みの無い欲望からヤミーを作っても、効率が悪すぎる。
ヤミーは親の欲望を叶えるためにある程度能力の方向性が左右されるものだが、それにしても限度というものがあるのだ。
とは言え、魔法少女を探してヤミーを作るのも、魔法少女という生物の希少性を考えれば決して効率的とは言えないが。

カザリとしては漸く見えてきた人間達の思惑を踏まえて身の振り方をもう一度考え直してみたいところではあった。
……が、切り払おうとした弾丸がカザリの目前で爆裂した事に、少しだけ驚かされて。
小さな罅が入った自身の爪を見る限りでは、巴マミはあまり気を抜いて戦える相手では無いと考えるのが妥当だろう。

中距離攻撃としてカザリが繰り出した重力波さえ、巴マミは難なく回避して見せてくれて。
中々に面倒な相手である、と
それが、カザリが目の前の相手に対して下した評価であった……。



更に同時刻、見滝原市内において第4の戦闘が始まろうとしていた。
後藤慎太郎と伊達明の戦いと同じぐらいに、互いを知った者達同士の間で。
さやかと杏子の戦いと同じぐらいに、戦う事を宿命づけられながら。
巴マミとカザリの戦いと同じぐらいに相容れない存在達が、戦いの場に就こうとしていたのだ。

「……」

誰も言葉を発さないままに、三名の人間達は、結界の最奥へと通じる薄暗い通路を進み続ける。
人魚の魔女オクタヴィアの結界を、人であって人でない面々が歩を進めているのだ。
魔法少女の『暁美ほむら』に、仮面ライダーである『火野映司』、そしてメダルの怪物を体内に飼っている『鹿目まどか』……それが、結界内部を進行する人間達の名前であった。
何故このメンツかと言われれば、持久戦が予想される戦いに魔法少女を宛がうのが躊躇われたためである。
なので、盾役の映司に説得役のまどか、緊急回避用のほむらという訳だ。

道中の隊列は、対応力の高い映司が先頭に立ち、その後ろに鹿目まどかが守られ、しんがりを暁美ほむらが務めるという形となった。
一見すれば、魔法少女である暁美ほむらが先頭を行った方が良さそうなものではある。
しかし、ほむらが何処か戸惑っているというか、杏子の作戦に同意しつつも不安を隠し切れていない、と映司は感じ取っていたのだ。
なので、少しばかり尻込みしている暁美ほむらに代わって、映司が自ら隊列の先頭役を名乗り出たという訳だった。

映司としては、ほむらの心境は大体予測できていた。
魔女の正体を知っても全く動じなかった暁美ほむらは、おそらく魔法少女の末路というものに対して彼女なりの割り切り方を心得ていたのだろう。
それなのに杏子から成功率の低い作戦を振られて、困惑しているという訳だ。
魔法少女達の作戦会議に同席した映司としては、まどかとマミが杏子に賛成するのを見たほむらが、渋々と協力を申し出たように思えたのである。

ちなみに、映司の視点からこの作戦を見た場合……成功率が計れない、というのが正直な感想だったりする。
ほむらの様子を見るに成功率が低そうだとは思っているものの、自分に出来るだけの事はやらなくては後悔する、という認識であった。

その上でもう一つ気になるのが、隊列の腹部にて守られている鹿目まどかの様子である。
映司が背後を確認するたびに、自責と萎縮を混ぜ合わせた鹿目まどかの視線が、映司へと返ってくるのだ。
十中八九、戦闘要員である映司達に引け目を感じているに違いない。
好きでやってる事だから気にしなくて良いよ、なんて定型句を投げかけても、おそらく納得してくれないだろう。
絶対に助ける、などといった大口も、魔女の仕組みがあまり理解できていない現状では中々に苦しい。

……まぁ、そういう時の誘導方法も映司としては無いわけでは無いのだ。
が、今現在結界内の通路を慎重に進んでいる映司は、まだ鹿目まどかに語りかけていなかった。
何だか暁美ほむらが、鹿目まどかのおどおどした態度に対して何かを言いた気だからである。
おそらく暁美ほむらは、戦えない貴女自身を責めないで、的な事を鹿目まどかに言いたいのだろう。
それを口に出さないのは、単なる口ベタだからか。

「まどかちゃんはさ、さやかちゃんが魔法少女にならなきゃ良かった、って思ったこと、ある?」

という訳で、まずは鹿目まどかに対して声をかけてみた。
通路を進むペースを少しだけ緩めて、子供達に思考の余裕を与えながら。

「それは……魔法少女がこんなふうになるなら、絶対に止めてたと思います」

そして、返ってきた言葉も大方予想通りであった。
美樹さやかの友達を自認するこの子ならば、当然の反応だと言えただろう。

「やっぱり、さやかちゃんの事を大切に思ってるんだね」

だからこそ映司は、思う。
前衛として攻撃に晒されるであろう映司に構うことなく、まどかには魔女への呼びかけを行って欲しい、と。
何となく、この子は映司が倒されそうになったらキュゥべえとの契約を考え始めそうだ、と思ってしまうのだ。
映司とて易々と殺られるつもりは無いが、魔女がさやかに戻る保証も無い。

「でも、私……さやかちゃんを助けようとする代わりに、火野さん達だけを危険な目にあわせてます……。私だってキュゥべえと契約すれば戦えるのに……」
「さやかちゃんを助けたいのは、まどかちゃんだけじゃないって事だよ。それに……」

そうなのだ。
美樹さやかを助けたいのは皆同じというだけでは、まどかの悩みは半分しか解決しない。
すなわち、一人だけ戦わないというまどかの罪悪感を拭い去る事は出来ないのである。
だからこそ、映司は言葉を続ける。

「まどかちゃんがさやかちゃんに魔法少女になって欲しく無かったのと同じぐらいに、まどかちゃんを心配してくれる人も、居るかもしれないよ」

ぶっちゃけると、まどかの背後を歩いているほむらの事である。
だが、出来ることなら、ほむらにはもっと自主的にそれをアピール出来るようになって欲しいものだ。

……残念ながら、ほむらが何かを言いだす前に、最奥部屋の扉の前まで辿り着いてしまった訳だが。
どうやら、ほむらに勇気を持ってもらうのは次の機会へと回さねばならないらしい。
したがって、火野映司のすべきことは。

「……変身」
『タカ トラ バッタ』

鹿目まどかや暁美ほむらに『次の機会』が訪れるように善処しながら戦うこと、ぐらいだろうか……。



・今回のNG大賞

カザリとしては、魔女を人間に戻すなんて可能だとは思えないのだが……

「それで、魔女を元に戻す作戦って、どんなの?」
「みんなで『ふるさと』を歌えば、美樹さんだって帰ってきたくなる筈よ!」

File. もしもシリーズ構成が浦沢義雄だったらpart3
この作戦が実行される場合、一番酷使されるのは多分ベルト役の串田さん(6X歳)


・公開プロットシリーズNo.122
→お前はもう死んでいる



[29586] 第百二十三話:Mに目覚めの口付を/生者より愛を込めて
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/01/20 16:14
膝蹴りが来たかと思えば、頭突きを打ち込まれて。
後藤の身体を掴みに来た腕を何とか振り払うものの、反撃に出るほどの余裕は残せない。
現在の後藤慎太郎が身を置いている状況は、そんなところであった。

「関節技対策だけはバッチリって訳か。だがな、他が疎かだぜ……おらよっ!」
「……っ!」

後藤が前腕を交差して防御を固めるも、伊達の回し蹴りは後藤をそのまま地面に転がす程の威力を携えていて。
やはり伊達の言う通り、後藤は極め技に意識を回し過ぎている思考を自覚出来ていた。
しかし後藤としては、この後にバースドライバーを奪って戦いの場に行かねばならないのだから、ここで大きなダメージを負う訳には行かない。
関節を破壊されるなど、論外も甚だしいと言える。
まぁ、そのせいで脳を揺さぶられたり内臓を痛めたりしている辺り、後藤を苦しめている伊達明という男がどれ程規格外かという事を表してもいるのだが……。

というか、そもそも後藤慎太郎は元警察官であって、一通り武術は収めている身なのだ。
それなのに歯が立たない時点で、明らかにおかしい。
もちろん後藤も相手に危険が大きい技の使用は控えているが、それを抜きにしても戦闘能力の差は歴然といえた。

まぁ、後藤も伊達の力を知らなかったわけでは無い。
実はガラの一件が終わった直後、後藤は伊達からバースバスターの取り回しを一通り教わっているのだ。
見るからに筋骨隆々とした伊達が腕力に優れているのは後藤とて理解していたが、生身でバースバスターをぶっ放せる伊達の身体能力は、軽く頭がおかしすぎた。
ちなみに、後藤は今でも生身でバースバスターを使うと、反動で自分の体ごとぶっ飛ぶ。
もはや、伊達の脳内に埋め込まれた弾丸が少年誌的なパワーアップアイテムだった可能性を疑うレベルである。
もし伊達が変身していたなら、後藤は間違いなく殺られていた筈だ。

後藤が反撃に拳を突き出そうとも、同じように突き出された伊達の拳が後藤へとクリティカルする始末である。
基本的に一撃の威力が違うため、伊達側は痛み分け狙いぐらいの気持ちで打撃を放っても、充分に勝ちが狙える立場なのだ。
それに対して後藤は、そろそろ口の中に鉄臭さが広がりはじめていたりして。
もはや、一度もダウンしていない後藤慎太郎も軽く超人の域に片足を突っ込んでいると自惚れられるレベルなのかもしれない。
ちなみに、もう片方の足は棺桶に突っ込まれていると見て間違いない。

……それでも。
後藤は、既に引き金を引き終えているのだ。
美樹さやかも伊達明も、どちらも守りたい。
そう決めた事に、後悔なんてある訳が無い。
だから、倒れない。
倒れたとしても、すぐに立ち上がる事だろう。

たとえ、既に後藤慎太郎の膝が笑い始めていたとしても……。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十三話:Mに目覚めの口付を/生者より愛を込めて



車輪が走り回る、不思議な結界の内部にて。
暁美ほむらは……散発的に襲い来る車輪を撃ち落すという単調作業に就いていた。
前衛として魔女の気を引きつけているオーズが居るものの、やはり鹿目まどかも狙われる事があるので、暁美ほむらが守り刀として張り付いているという訳である。

そして、一応は作戦通り……という事になるだろうか。
ほむらの傍らでは、鹿目まどかが必死に魔女への呼びかけを継続していた。
その内容は普段のさやかへ戻って欲しいという嘆願から、ハーレム計画なんて無責任な事を言った事に関する謝罪まで多岐に渡っていて。
ともかくとして、鹿目まどかによる呼びかけ態勢を確立する事には成功したと見て良いだろう。

だが……暁美ほむらは、根本的な部分において、この作戦に対する懐疑心を捨てきれずに居た。
そもそも魔女の説得なんて可能なのだろうか、と。
過去の世界にも人魚の魔女と鹿目まどかが鉢合わせた場面は無かったわけでは無い。
しかし、その世界達はたった一回とて、魔女が人間に戻る例を許した事が無いのだ。
強いて例外を挙げるとすれば、魔女になっても相方と意思疎通が出来るキリカぐらいのものだが、アレも魔法少女に戻れた訳では無い。

現在前衛として立ち回っているオーズも、一体いつまで戦線を保つことが出来るのか。
タカの目にて攻撃を見切り、トラ手甲とバッタの瞬発力にてダメージを最小限に抑えているオーズだが、それでも体力は無限では無い筈だ。
現に今も、魔女の振るった人間の倍以上はあろうかという大剣を何とかトラ手甲にて往なして、難を逃れたところであった。

「アンク!」

と思ったら、オーズから呼びかけがあった。
どうやら、鹿目まどかの体内に居るアンクに対して何かを伝えたかったらしい。
すぐさま人魚魔女の尻尾攻撃への対応に追われ始めたオーズは、一体何を言わんとしていたのか?

……という暁美ほむらの疑問を先読みしたかのように、鹿目まどかの表層意識に出てきたアンクが、新たなコアメダルを用意していて。
おそらく先程のオーズの呼びかけは、新たなコアを用意して欲しいという意味だったのだろう。
一体何故あれだけの会話で内容が通じるのか不思議ではあるが、そういう物だと割り切るしか無いのかもしれない。

アンクが投げ渡そうとしている青いメダルの絵柄はウナギのものであり、オーズが現在使っているトラクローに何か不都合があったのだろうか?
そう思ってオーズの方へと目をやると……鮮やかな黄色を誇っていた筈のトラクローが、その色を明滅させていた。
魔女の攻撃を防ぎ続けるにあたって、耐久力的なものが減り過ぎたのかもしれない。

……が、問題は全く予想外のところから現れる事となった。
何かを擦り合わせるような不穏な音が、暁美ほむらの耳に届いたのである。
それが何の音なのかは俄かには判断できなかったが、当の音が地面の方向から聞こえてきた事は間違いが無い。
なので、飛んでくる車輪に気を配りつつ足元に視線を落として見ると……

「……?」

鹿目まどかの革靴が、床との摩擦で音を立てていた。
まるで剣道の摺足でも使っているかのように、鹿目まどかの立ち位置が少しずつ前方へとズレていっているのだ。
しかし、いったい何故?

一体何が起こっているのかと思って鹿目まどかの身体の全体像を舐めるように見回してみると、ようやく問題点が見え始めてきた。
どうやら、アンクが右腕だけの怪人態を現している部分が前方に向かって引っ張られ、それを足で何とか踏ん張って耐えているという状況らしい。
更に赤い右腕を詳しく観察してみると……先程オーズに渡そうと取り出した青コアを、まだ投げていない。
というか、前方へと引っ張られているのは青コアで、アンクはそれを許すまいと力んでいるように思える。

鹿目まどかの姿で必死に身体に力を入れている姿だけを見れば和んでしまいそうなものだが、今は状況が状況である。
どうして、青コアが前方に……というか、魔女の方に引き寄せられなければならないのか。
そして、時間は……暁美ほむらに思考の余裕を許さなかった。

魔女が、こちらを見たのだ。
今まで足元のオーズを狙うついでに鹿目まどかへと車輪を飛ばしていた魔女が。
その並列に配置された三眼を集中して、こちらを凝視し始めたのである。
恋慕の魔女の注意は、情愛を司る青メダルに釘づけとなっていたのだ。
人とメダルは惹かれ合うというキリカの言葉を知ってさえいれば、その魔女の反応を予測するぐらいは出来たのかもしれないが……全ては後の祭りであった。

……次の一瞬には、結界の天井を埋め尽くす程の夥しい数の車輪が、具現化されていて。
咄嗟に円盾を傾けて時間を止めてしまった暁美ほむらは……きっと、焦っていたのだろう。
後から考えれば、踵を返してこちらに戻ってくるオーズを待つという判断を下すのが、最善だったに違いない。
だが、過去に同じような光景を見た経験があったことも災いして、ほむらは時間停止の魔術を使用してしまった。

そして、同時に後悔した。
よしんば、カザリが魔女自体に細工を施していなかったとしても。
ヤミーの方に時間停止対策を仕掛けている可能性は高いのだから、ヤミーとの間に魂魄的な繋がりを持った魔女が時間魔法を掻い潜る可能性はゼロでは無かったのだ。

暁美ほむらが盾を傾けきっても、魔女の車輪は回り続けていて。
きっと今からでは、何をしても間に合わない。
今から炎の力を円盾に溜める時間も、弾幕を張る暇も、無い。
なまじ時間を止めてしまったばかりに、こちらに走り寄ろうとしていたオーズの伸ばした手も、届かない。

そんな、少しの猶予も許されない窮地の中で。
暁美ほむらは……もう一つ、常時の思考ならば絶対に採用しない行動に、出てしまっていた。
時間遡行魔法の執行はほむらが生きている事が前提となるのだから、この時間軸の鹿目まどかを死なせてでも、ほむらが生き延びてリトライするのが『正解』の筈なのに。
余裕というものを奪われた思考は……ほむらの本当の願いを、体現させてしまったのだ。

魔女へと背中を向けて。
ほむらは、鹿目まどかと車輪の大群の間に立つという選択肢を進んでしまっていて。
時間魔法が切れて、突然現れたほむらに驚いている鹿目まどかであってアンクでもある顔が、ほむらの視界に映った最後の光景であった……。




……佐倉杏子にとって、美樹さやかは必ずしも良い印象ばかりの相手では無かった。
初対面の際には命を助けられたものの、その次は錯乱して杏子に殴りかかって来た奴である。
果てには女ピエロの路上営業を見物している途中で出会い、その翌日も杏子の借りているホテルの一室で勝手に祝勝会を開催されて。

更に、聞くところによると美樹さやかは、片思いの相手の腕を治すために一度きりの願いを使ってしまったのだとか。
まったく、救いようの無いマヌケである。
……誰かさんと、同じぐらいに。

「おーおー、見事に怪物だな。……元の姿より、ずっとやりやすい」

だからといって、本当に怪物になってしまう事はないのに。
牙を突き立て来た怪人を槍の一振りにて払い除けながら、杏子は思い返していた。
巨大な牙を血に染めた猫科のヤミーが……人間だった時の事を。
ソイツは、決して戦力として優れている訳でも無く、頭も非常に残念だった。

それでも杏子は、分かっていた。
さやかやトーリが、寂しがりのマミの心の支えになっている事を。
杏子が居る筈だった暖かな場所に収まっている弟子組を……杏子は、少しだけ羨んでいて。
しかし、それ以上に感謝もしていた。
杏子自身が出来なかった事をやってくれている後輩達の行いを、有難く思っても居たのだ。

「あんたが死んだって聞いた時、マミがどんな顔してたのか、説明しなくたって分かるだろ」

このヤミーのモチーフは、特徴的な牙から察するにスミロドン辺りだろうか。
死人のヤミーが絶滅種だなんて笑えない、などと益体も無いことを考えながら。
杏子はひとり言のように、ヤミーへと語りかけていた。
美樹さやかはここには居なくて、さやかの魂たる魔女の方に当たっているのは鹿目まどか達であるのに。

「あのまどかって子が流した涙の数ぐらい、数えられるだろ。『友達』のあんたなら、さ……!」

さやかは死ぬ直前に、自分の大切なものが分かったのだと言った。
そこには……間違いなく、あの優しい女の子も含まれているのだろう。
今のさやかは、自分の大切なものを傷つけている。
やっと、答えを見つけ出した筈だったのに。

「アタシだって……今だから、言うけどさ。あんたが大切な人の中に入ってるって言ってくれて、本当は嬉しかったんだよ……っ!」

長く伸びた鉤爪にて襲い来るヤミーの攻撃を、タイミング良く槍先にて撥ね退けて。
杏子は……遅すぎる心の内を、吐き出していた。
魔女となって遠隔地に居る美樹さやか本人には届かないだろう、という諦めがあったからかもしれない。
杏子を食いちぎろうとしたその所作を見れば、そこに美樹さやかが居ない事など自明であった。
だからこそ杏子は確かにこの時、捻くれる事を止めたのだ。

「ほむらの奴だって、多分あいつは誰よりもこの作戦の成功率を知ってる筈なのに、頷いてくれた!」

キリカが魔女化して去って行った場を、杏子は見ていた。
そして、動揺を見せなかった暁美ほむらが事前に魔女の正体を知っていて、しかも当人なりに割り切り終えていたという事も把握できていた。
だが……佐倉杏子の提案を聞いた暁美ほむらは、少し迷った末にこの作戦に乗ってくれた。
表情の読み辛いあのムッツリさんも、心の内では美樹さやかの事を心配しているに違いない。

「あの火野って奴だって……!」

杏子が言葉を終えるのを待たずに、スミロドンの爪が振るわれる。
それはまるで……わざと、杏子の言葉を遮ろうとしているようにも思えた。
力任せに叩きつけられた爪が、防御に回ろうとした杏子の槍を腹から両断していて。
そのまま爪を振り切られれば、杏子の身体を中央から引き裂くに足る一撃であったのだろう。

そんな強烈な斬撃に対して……杏子は、自身の左手側へと身体を捻って、致命傷を避けた。
そして、裁ち切られたまま落下しようとしていた穂先を、左手にて空中で掴み取り、攻撃に気を取られて隙だらけなヤミーの脇腹を……一思いに引き裂いた。
と同時に、杏子の右腕の肘から先の感覚が失われた。
それでも、杏子の顔に驚愕は無い。
カウンターを狙って回避を最小限にする事を判断した時点で、そうなることは覚悟していたからだ。

さらに、紅の雫と銀の円盤が交錯する輝きの中で。
杏子には見えていた。
引き裂かれたヤミーの脇腹から、さやかの身体の一部と思しき肌色が露出している様子が。

「行けっ、『出番』だっ!」

頭突きにてヤミーを怯ませながら……杏子は、右腕を突き出していた。
先程ヤミーの一撃によって失われた筈の、右腕を。
一瞬、ヤミーが驚きの声をあげたように、杏子には思えた。
何故なら……杏子の肘の先からは、コンマ数秒前に失われた筈の腕が生えていたのだから。

再生能力に優れたさやかだって、ここまで瞬間的な回復は出来ないだろう。
……もちろん、杏子にも出来ない。
杏子が過去に失った幻術魔法ならば『そう見せる』事も出来たのだろうが、それも使用不可能であった。
ならば、何故杏子の右腕から生えた手は、さやか身体の露出した部分を掴むことが出来ているのか?

「忘れてたってか? 『コイツ』がお前の救出作戦に参加しないわけ、ねーだろうがよ……!」

猫系ヤミーの怪人態の中から美樹さやかの身体を引きずり出さんとしている、その掌は。
瞬く間に杏子の身体の中から全身を現し、渾身の力を以て美樹さやかの身体をヤミーから引き剥がして、ヤミーや杏子から距離をとるに至っていた。
傷口からセルメダルを零しているヤミーは……予想だにしていなかったのだろう。
杏子がヤミーに会いに来る前から、既に一人の仲間と融合していた事など。

つまり、杏子の右肘の先から突如として現れた腕は回復したものでも幻でも無く、杏子の中に待機していたトーリが自身の腕を部分的に具現化したに過ぎなかったのだ。
現に、トーリがさやかの身体を持ち上げて安全地帯まで往復している状況においては、再び杏子の右肘から先は失われていた。

最初からトーリと合体していたのだから、羽の自動防御を使えば、もっと楽に勝てたのかもしれない。
だが、それでも杏子が傷を負う戦法を選んだのは……

「トーリ、来いっ! 最後の仕上げだ!!」
「はいっ!」

……あんたの痛みを、少しぐらいなら受け止めてやろうって思っただけさ。
さやかの肉体を何処かに隠し終えて、再び飛来したトーリを身体の中に受け止めながら。
みたび杏子を噛み砕かんと剣のような牙を携えて跳びかかって来たヤミーに対して、杏子が選んだ行動は……

「よっと!」

手に持った槍を、地面に突き刺す事であった。
と同時に、杏子は槍の石突を足場に、ヤミーの頭上高くに跳び上がっていて。
ヤミーが咄嗟に頭上の杏子へと視線を釣られてしまった様子が、手に取るように読めていた。
そして、その反応が間違いの元であるという事も。

直後、地下から飛び出した多節昆が……頭上へと注意を向けていたヤミーの足元から、襲い掛かった。
杏子が足場に使った槍が、地下から伸びてヤミーへと巻き付いたのである。
よく巴マミが発射済みの弾丸から魔力紐を生やして遠隔操作するという技を使っていたものだが、その系譜の技である事は疑う余地が無かった。

さらに、多節昆の節々に顔をのぞかせた鎖からは、火花が走り続けていて。
拘束から脱しようとするヤミーを……苦しめていた。
トーリが作った電気を、杏子の鎖の中に溜めていたという訳である。
もちろん、鎖の中に溜めておける電流の量などたかが知れているが、杏子が跳んでいる時間ぐらいで底をつく程の量でも無い。

「さやかから作られたヤミーじゃ分かんないだろーけど、今のお前みたいなのを『電磁石』って言うらしいぞ……!」

従って、杏子は既に最後の一撃の準備を終えていた。
空中にて杏子は……無限の魔力を活用して、自身に許された最大の槍を具現化していたのだ。
自身の身の丈を遥かに超えた、空から時計塔でも生えたような、巨大な一本槍を。

「おおおおおっ!!」

狙いは、甘くても良い。
電磁石となったヤミー自体が、攻撃を引き寄せてくれるからだ。
だから杏子のすべき事は、ただ力を込めるのみ。
左腕の杏子の腕力と、右腕のトーリの力に、重力や磁力。
それらをただ一つに束ねて、絶望を食い物にするヤミーを打ち砕く……ただそれだけの事だった。

この世の何にも例えても足りない程に桁外れな巨体を誇る一本槍が……大地を穿った。

全てを内包した一撃が、ヤミーを斬り潰す。
貨幣同士がぶつかり合ってメロディーを奏でるような生易しい音は、耳へ届くことさえ適わなかった。
杏子が地面へと降りるのを待たずに……地が揺らいで。
星を抉るような轟音が、降り注ぐ。
さやかの絶望を食い物にして増えに増えた万にも至るセルメダルの音さえも、その存在を主張することを許されない程に。


「アタシは……守れたのかい。あんたが見つけた『答え』を、さ」

一つの戦いが……終わった。
残りは、あと三つ。



・今回のNG大賞

「なんでスミロドンなんですかね?」
「『サーベルタイガー』だからじゃねーか?」

猫科+武器にちなんで。


・公開プロットシリーズNo.123
→書いてから気付いた。ノブナガの欲望っぽい。



[29586] 第百二十四話:Mに目覚めの口付を/引いて駄目なら殴り倒せ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/01/20 16:10
巴マミは……攻めあぐねていた。
美樹さやかの命が懸かっている以上、負ける気はもちろん無かった。
だが、中々にやり辛いものがあるのだ。

「言っちゃうとさ、最悪でも僕は、君を魔女化して新しくヤミーを作れば実験はやり直せるんだよね」
「……っ」

特に、戦場を黄色いボールが跳ねていたりすると……銃砲は使い辛い事この上ない。
さすがに、その全てに人が入っている訳では無いだろうが、マミとしては人が入っている可能性がある物体を打ち抜く事は躊躇われた。
まったく、カザリも厄介な能力を手に入れてしまったものである。
しかも、結界によって逃げ場が塞がれてしまっているため、このままではマミもさやかと同じ末路を歩んでしまう。
ミイラ取りがミイラに……なんて、ゾンビ魔法少女が言ったら洒落にもならない。

もちろんマミとて、ある程度黄色い球体の動きを読んで銃弾を潜らせる事は不可能では無い。
しかし、限られた射線の中からカザリに傷を負わせるとなると、難易度は大きく跳ね上がってしまう。
どれぐらい厳しいかと言えば、自称『この世アレルギー』の人間がバイクの免許を取得する試みにさえ匹敵するかもしれない。
どんなにキバっても無理なものは無理なのである。

とにもかくにも、このままでは美樹さやかの二の舞である。
カザリの記憶には、巴マミと美樹さやかの頭の出来は同程度であったと記憶される事になるかもしれない。
巴マミの名誉にかけて、それだけは許せない事態だと言える。

いっそ、カザリが分かり易く『人質の命が惜しければ動くな』ぐらいに発言していたら、マミも思い切って別方向へ考えをシフト出来たのかもしれない。
だが、カザリはボールを盾にするばかりで、積極的に人質作戦を実行しようとしないのだ。
その絶妙な引き具合が、マミの手を鈍らせているのである。
さすがカザリ、きたない。

マミが多量の魔力紐を用いてボールの群れをカザリから引き離せないか試してみたものの、カザリに豊富な遠距離攻撃を駆使されると、中々に辛いものがあった。
カザリの周囲から一時的にボールたちを引き剥がす事は出来ても、その際にカザリからの妨害を跳ねのける程の余裕を、マミは残せないのである。
もう一人攻撃用の人員が居れば、何とかなっただろうが。

実のところとして、作戦の組み立て段階においては、こんな事態は起こらない筈だったのだ。
というのも、元々想定された作戦では、戦力を2×3の形に分配する予定であって、単騎で接敵するメンバーが居る事自体が考えられていなかったのである。
前衛のオーズ・マミ・杏子。
後衛のほむら・トーリ・バース。
これらの戦力を前衛と後衛の二人セットで運用する事が前提となる筈だったのだが、バースが参加できないという想定外の事態が発生してしまった。
つまり、誰かが一人で戦わなければならない。

もちろん、全員でヤミーとカザリを倒してから魔女へ向かう手も無しでは無かった。
しかし、杏子がそれに難色を示したのだ。
杏子が予測したところによると、現在の人魚の魔女はあまり活発に人を襲っていないらしい。
そしてその原因として、魔女が抱くはずの渇望が、普通の生活や憂さ晴らしを行うヤミーによって解消されているのではないか、と。
したがって、ヤミーを先に倒すと、魔女が積極的に人を喰いに動き出すという事がありそうなのだとか。

魔女を先に倒そうにも、ヤミーは魔女の身に起こった異変を嗅ぎ付けるかもしれないし、カザリだってヤミーの異変に気付く危険性は否定できない。
だからこそ人間達は、戦力の分散という危険の大きい作戦をとらざるを得なかったのである。
そんな中……マミは、一人で戦う事を申し出た。
ヤミーや魔女と戦うと手が鈍りそうだという理由もあったが、何よりも。

「私……美樹さんに、先輩らしいこと、ほとんどしてあげられなかった……!」

せっかく自分の答えを見つけ出した美樹さやかのために、少しでも力を添えたい。
よって、カザリの相手をマミが一人で引き受けたのだ。
カザリの足止めは危険度が最も高い割に、攻略優先度は最も低い。
したがって、カザリは倒さなくても、最低ラインとして他の面々が駆け付けるまで粘れば任務完了なのである。

「だから……貴方だけは、ここで止めて見せる」

刻一刻と濁りを増していく魂の宝石を一瞥して。
魔女にされた直前の美樹さんもこんな怖さを味わったのかな、なんて思いながら。
巴マミは……マスケットを握る手に、力を込めなおした。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十四話:Mに目覚めの口付を/引いて駄目なら殴り倒せ



火野映司の手は、届かなかった。
突如として人魚の魔女に狙い打たれた子供達は、その車輪射撃の総攻撃を余すことなく浴びてしまっていて。
途中で車輪が不自然な動きを見せたのがほむらの時間停止魔法のせいだと気付いたのは……一人の魔法少女の無残な姿を映司が目撃したのと同時のことであったのだ。

鹿目まどかへと覆い被さったままに動きを止めている紅に染まった背中が、全てを物語っていた。
すなわち、魔法少女は鹿目まどかを守るために倒れたのだ、と。

「映司ッ!」
「分かってる!」

そして、映司が言葉を発する前に……アンクも、映司と同じ発想に至ったのだろう。
言葉を発すると同時にアンクが、3枚のコアメダルを映司へと投げ渡してくれて。
当然、視覚にて確認するまでも無く、映司はコアの内訳を理解していた。
その色は青一色、絵柄は水棲生物一揃いの、コンボ用セットに違いない。

『シャチ ウナギ バッタ』

だが、映司にもアンクにも、コンボを使用する意図があった訳では無い。
というか、持久戦が求められる状況において、体力を急速に消費する選択肢は有り得ない。
当然、映司がベルトへの換装を行ったコアは、3枚には満たなかった。

「よし……こっちに来た!」

魔女が青コアに反応している事を状況から察知した映司とアンクは、同じ思考に至ったのである。
すなわち、アンクが青コアを持っているのは危険であり、同時にオーズにターゲットを固定させるためのチャンスでもある、と。
案の定、先程まで思い出したようにアンクや暁美ほむらへと攻撃を散発していた魔女が……オーズだけを注視している様子をうかがう事が出来た。

その分オーズの負担は増えているのだろうが、鹿目まどか達の当面の安全が確保されたのも確かな訳で。
特に映司としては、防御に優れたトラクローが耐久限界を超えて暫く使えないという状況が地味に痛手だったりする。
しかも、映司が倒れたら鹿目まどか達の死へと直結するのだから、肩の荷は果てし無く重い。

「アンク! ほむらちゃんを結界の外に!」
「なんで俺がそんな事を……分かりました! ほむらちゃんは絶対に安全な所まで運びます!」

多分、話し手が途中から切り替わったのだろう。
声色こそ変わらないものの、おそらくアンクから鹿目まどかに、身体の操縦権が奪還された筈だ。
そうなることは、映司にも分かっていた。
……だが、映司がアンクを名指しにして協力を求めたのには、理由が存在するのである。
どう考えても、鹿目まどかの体格と筋力で暁美ほむらを担ぎ出すのは困難であるという点だ。

「ほむらちゃんが死んだら、身体の中のコアがどうなるか分からないだろ! いいから、お前も手伝えよ!」
「ヒトの事になると、本当に頭と口が回るヤツだよ。お前は……」

そして、呆れたように目を細めて視線を寄越してきた鹿目まどかの顔は、どう考えても本人様では無くて。
何とか暁美ほむらに肩を貸しながら引き摺って歩いて行く小さな背中を、映司はようやく見送ることが出来たのであった。
アンクは身体のリミッターを緩めているだけなので、後から鹿目まどかに筋肉痛の危険も出て来るが、それはそれである。
なお、アンクがほむらからコアを抜こうとする可能性もあるだろうが、そこは身体に関して上位権限を持った鹿目まどかが引き留めてくれるに違いない。
そこまで見越しての、映司からアンクへの提案だった。

「ところで……さやかちゃんへの呼びかけって、俺でも良いのかな……?」

そんな中、人魚の大剣を飛蝗の瞬発力にて回避しながら。
ウナギを模った腕部の鞭にて宙の車輪同士を衝突させて防御を熟しつつ。
映司のぼやきに答えを返せる者は……いつしか、結界の内部には居なくなっていた。




……まさか、この研究室の元持ち主であった真木清人は、想定する事も無かったに違いない。
この部屋にて、男同士の壮絶な殴り合いが繰り広げられることなど。
しかし、一応研究所と銘打たれた筈の建物が、何故戦場へと姿を変えなければならないのか。
その答えを握るのは……きっと、当人たちだけなのだろう。

「うおおおっ!!」
「でりゃあっ!」

今この時にもまた、狭い室内へと肉と骨の軋む音が木霊していて。
後藤慎太郎が打ち出そうとした拳撃は伊達明の胴へと入ったものの、そのダメージは推して知るべし。
残念ながら、後藤の腕が伸びきる前に伊達が全力前進の元にラリアットを打ち込んできたため、伊達へのダメージは殆どゼロと言っても良いほどであった。

逆に後藤は……すでに、気持ちだけで立っているような状態と見られた。
未だに余裕を保ち続けている伊達とは、対照的に。
伊達としては少々やり過ぎた気がしないでも無いが、それでも手を抜くわけにもいかない。
こちらも、命が懸かっているのだから。

しかし、既にボロボロの後藤がそれでも向かってくる辺り、あちらもかなり本気である事は疑う余地が無い。
伊達とて後藤をボコボコにするまでに全くクリーンヒットを貰わなかった訳では無かった。
だが、潜って来た修羅場の数が違うというべきか。
本物の戦場で仕事をしていた経験は、やはり後藤と伊達の差を作り出してしまっていたのだ。
その戦場での出来事のせいで一億を稼がねばならない事を考えれば、損なのか得なのか微妙なところではあるが。

思えば後藤慎太郎も、大分強くなったものである。
伊達が最初に後藤に会ったのは、クワガタヤミーと戦った翌日であった。
鴻上会長との契約内容を煮詰めるために国際電話を繋いでくれたのが、後藤だったのである。
その時には……特に伊達の印象には、後藤の存在は残っていなかった。

それが、魔法少女と協力してヤミーを何とか一体倒したと聞いて。
ガラの大騒動の時には、伊達と共に女ピエロや鳥籠の魔女を倒して。
最近ではバースバスターを扱う訓練を始めて、まだ踏ん張りは足りないが、的に弾は当たるようになってきたらしい。

だが、それでも。
まだ足りない。
伊達からバースを奪い取るために決定的な何かを、後藤は欠いている。
それが……伊達から後藤への、評価であった。

「もうやめときな。手前勝手な話なのは百も承知だが、意外と後藤ちゃん無しでも鹿目ちゃん達なら何とかするかも知れねぇぞ?」
「……俺は、とんでもない大法螺野郎です。世界を守るなんて言っておいて、人間一人を助けるのにも手を拱いている……!」

伊達としては、あの美樹さやかの親友である少女達が何とかしてくれるのではないか、と思わないでもない。
というか、現場に赴かない事を決めた伊達は、勝手ながらその最善を願うしかない。
だが……後藤は、一歩も引かなかった。
否、後藤の足には既に、一歩後退する無駄さえ許されないのかもしれない。

「それでも、俺の守った世界を美樹に見て欲しいと言った事だけは……嘘にしたくない! その世界がどんなに小さくても!」

人間一人を救う事が、どれだけ難しいか。
医者という職業に就いた伊達は、嫌という程知っていた。
伊達がどんなに手を尽くしても、時に患者は医者の力を嘲笑うように逝ってしまう。
そんな、人を助ける事の難しさの一端を後藤が知ったことは……ひょっとすると、世界を救うという後藤の目標までの架け橋となるのかもしれない。

「鹿目や火野や……伊達さんだって生きている世界を、もう一度美樹に見せてやります。そのために……まず俺が力を尽くす! それが! 俺がこの世界を守る方法です!」

だが後藤慎太郎は、人間を救う難しさを知って尚、折れなかった。
こと戦闘という分野においては伊達に勝てる領分は無いと身を以て知りながら、それでも倒れなかったのだ。

震える足に鞭打って殴りかかってくる後藤の拳は、既に全快時の半分の威力も持っていないだろう。
……が。

突如として、伊達明の鳩尾へと、謎の衝撃が襲い掛かった。
ダメージに硬直してしまった伊達は、その原因に心当たりが無い。
直後に後藤の振り切った拳が伊達の下顎にクリティカルヒットした事から考えるに、鳩尾への初撃は後藤の体術によるものでは無い筈だ。

そして……伊達は自身の動きが急激に鈍るのを感じ取っていた。
総合的な被ダメージはまだ後藤の方が大きいだろうが、伊達はたった今、急所への二連撃を受けてしまったのだ。
特に初撃の鳩尾への謎の攻撃が重すぎた。
加えて、そんなチャンスを後藤が逃す筈も無かった。

「これが、俺の答えです! 伊達さん!!」

言うよりも早く、後藤は次の動作に入っていた。
後藤が震える足にて強引に繰り出した膝蹴りが、伊達の胴に吸い込まれるように的中して。
絵に描いたように『く』の字に折れ曲がった伊達の頭に、後藤のヘッドバッドが炸裂した。
伊達の脳内の弾丸の存在なんて、お構いなしに。

後藤の意外な石頭の攻撃力に感心すべきところなのかもしれないが、伊達明がそれ以上に気になったのは、その連携打撃に覚えがあるという事であった。
先程伊達が後藤へ叩き込んだ技の中に、膝蹴りと頭突きを連携させたものがあった筈なのだ。
どうやら伊達は……よほど、後藤に観察されていたらしい。
後藤よりも先にバースへと変身を許された伊達という男を、後藤は誰よりもよく視ていたに違いない。

更に、教科書通りの正拳が飛んできたかと思えば、ヤクザキックをぶち込まれて。
終いには、研究室にあったホワイトボードを倒したり、マジックペンを圧し折ってインクを目潰しに使ったり、などなど。
もはや手数をいちいち数えるのが面倒くさくなるほどの攻撃の嵐が、伊達へと降り注いで。

気が付けば伊達明は……地に伏していた。
途中から記憶が曖昧だったが、ひょっとすると脳内の弾丸のせいで意識が途切れていたのかもしれない。

そして、室内で音を発する物体が、肩で息をしている後藤だけになった時。
床に倒れていた伊達明は……ようやく、最初に鳩尾に入ったクリーンヒットの正体を理解していた。
奇跡の連続攻撃の切っ掛けとなった、たった一つの強烈な攻撃のタネを理解するためには……地面を見なければならなかったのだ、と。

「……バースバスターに、そんな機能あったっけか」

最初に後藤が地へと放り捨てたバースバスターが、砲身から硝煙をあげていたのだ。
それが、後藤の手から離れた遥か後になって火を噴いたという訳である。
しかし、バースバスターに遠隔操作機能などあっただろうか。
というか、よしんばあったとしても、それはバース以外の手から操作可能なものなのか。

「バースバスターには、威力と射撃速度の調整機能が付いているんですよ」

……と思ったら、遠隔操作機能なんて無かったらしい。
威力の調整機能があるのは伊達が現在生きている時点でお察しだが……射撃速度?
つまり後藤慎太郎は、バースバスターの射撃速度を限界まで下げていたのだ。
そのうえで、伊達の住まいとなっている研究室に入る前から……既に、後藤は引き金を引き終えていたのである。

「……って事は、さっきまでやられてたのは演技かよ」
「ええ。伊達さんの意識をバースバスターから離すための演技です。……本当に死ぬかと思いましたけど、ね」

そこまで絶対の自信を、自らの作戦に置いていたという事か。
きっと後藤慎太郎は……部屋に入る前から、勝利だけを見ていたに違いない。
バースバスターからの連撃で一気に勝負を決めたのも、伊達明を確実に生かしたまま倒すための作戦だったのだろう。

「まさか、だな」
「簡単な事です。俺が伊達さんに勝てる部分があるとしたら、バースになりたい気持ちと、取扱いマニュアルを丁寧に読み込む事ぐらいですから」

もし伊達明がバースとその武装に関するマニュアルを確り読んでいれば、こんな決着は導かれなかったのかもしれない。
それが……歴然たる戦闘能力を持つ伊達明の、欠点だったのだ。
ただ、取扱い説明書をよく読まなかった伊達にも非はあるが、きっとこれはマニュアルを丁寧に読みこんだ後藤慎太郎を誉めるべきなのだろう。

「それに……俺の方がバースを上手く扱えると分かれば、伊達さんも後腐れなく俺にバースを譲ってくれると思ったので」
「こんにゃろう、言うようになったな……」

まぁ、伊達が変身していれば、また結果は変わっていたのかもしれないが。
最初に後藤がバースバスターを投げ捨てた時点で伊達もバースドライバーの使用を躊躇ったのが、失敗の始まりだったのだろうか。
それでも……伊達がバースを使っていたとしても。
後藤は、諦めなかったに違いない。
そう、伊達の胸の内の何かが言っていた。

「負けだ、負け。持って行け泥棒」

伊達の所持品を漁って念願のバースドライバーを手にした後藤は、伊達に一瞥を零す事も無く走り去ってしまって。
倒れ伏したまま伊達が見送った後藤の背中は……フラついていたのが少しだけ格好がつかないものの、今まで以上に大きな、それであった。
それが、戦い終わってみての、伊達明の感想だった。



「で、会長。後藤ちゃんの欲望は、あんたのお眼鏡に適ったのかい?」
『よくぞやってくれたよ! 伊達君ッ!』

後藤の足音が聞こえなくなって、少しの後に。
床に倒れたままの伊達明が虚空に向かって尋ねたところ……返事は、確りと伊達へと届けられていた。
真木博士の研究室に残されたモニターとスピーカーが、いつの間にか鴻上財団会長室への中継役を果たしていたのだ。
後藤の乱闘のせいで画面にヒビが入っていたが、そんな事ではこの会長の暑苦しさは軽減されない辺り、もう鴻上会長なら仕方ないのだろう。

『伊達君を倒してでもバースになりたいという後藤君の欲望……実に素晴らしいッ! 新しい後藤君の誕生だよ! ハッピーバースデイッ!!』
「それだけじゃなく、俺の命まで拾う強欲さを見せたんだ。ちょっと色付けて……1億くんない?」

もともと伊達が会長から受けた依頼は……実は、セルメダル収集では無かった。
世界を救うという途方も無い目標を掲げる後藤を成長させる事が、伊達の仕事の主な内容で。
一応、伊達を殺してでもバースを奪うという所まで後藤が扱ぎ付けたら、5000万まで報酬が貰えるという事になっていたのだ。
だが後藤は今回、それに加えて伊達の命までを拾うという貪欲さを見せつけてくれた。
もっとも、これは会長との契約事項には存在しなかった要素であるため、伊達としても無理は言えないと思っていたが……。

『残念ながら! 後藤君の予想外の成長を換算しても、合計8000万といったところだねッ!』

本来契約外の事例であるため、会長からは拒否されても、こちらは文句は言えない身分なのだ。
なので、予定よりも3000万円も多く貰えたと考えれば、御の字なのかもしれない。
だが……。

「じゃぁ会長、賭けようぜ」

ここで重ねて欲張るからこその、伊達明なのかもしれない。

「残りの2000万を、俺に貸しといてくれ。後藤ちゃんの伸びっぷりは俺の命を拾った程度で測り切れるモンじゃないと俺は見てるんでな」

だから……いつもの暑苦しい笑顔を張り付けた会長でも先を読めないような事を、平然と言えてしまうのだ。

「もし後藤ちゃん達が、俺が出来なかった『真木博士を止める』って仕事をこなせたら、徳政令って事で。どうよ?」

後藤ちゃんがその前に死んだら借金10倍でも100倍でも構わん、と笑う伊達は……しかし、本気であった。
何気なく『後藤ちゃん達』と複数形で言っている辺りに微妙な腹黒さが垣間見えるものの、そこには後藤への確かな信頼があって。
実際に殴り合った伊達だからこそ信じられるものが、後藤には確かにあったのだ。
そして、この提案ばかりは、会長を少々驚かせたようだったが、

『良いねッ! 君のその欲望と後藤達君の未来に! あと2000万、投資しようじゃないかッ!!』
「後悔させねぇぞ、会長!」


……かくして、一人の男の命は救われる事となった。
後藤慎太郎の勇気と知恵が、確かに伊達明を救ったのである。
あと、一人。
今夜後藤達はあと一人を救えれば、全てが幸福な未来が導かれる。

が……その一人が、果てしなく遠い。



・今回のNG大賞


「もし後藤ちゃん達が、俺が出来なかった『真木博士を止める』って仕事をこなせたら、徳政令って事で。どうよ?」
『ドクター真木が止まらなかったら世界の終りだよッ! 借金がいくらあっても意味が無いという事だねッ!?』
「……あっ、バレた?」


・公開プロットシリーズNo.124
→覚醒・確変・逆襲ッ!(三本柱風味に)



[29586] 第百二十五話:Reverse / Re:birth ――相転移
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/01/26 21:27
宙に浮いていた銀の礫が、一斉に地面へと降り注いだ。
途轍もない衝撃によって上方へと舞い上がっていたセルメダルが、滝のように落ち続けていて。
まるで水が岩坪を穿つような音を奏でながら、全ての悲しみの欠片が佐倉杏子を中心に散らばって行く。
いつしか舞台は……一面の銀世界となっていた。
ただし、雪の純白で有り得ない、本物の銀色によって。

「あいつは……これぐらい泣いたのか、ね」

雨を涙へと例える想像力は、人類有史より星の数ほど。
杏子の呟きは……そんな、誰もが真っ先に至る連想の産物であった。
もっとも、杏子の膝まで降り積もったそれは雨でも、ましてや雪でさえ無い、無機質な銀色のメダルであったが。

……それを耳に挟んで、しかしトーリは思う。
さやかの苦しみを食い物にしたのに、たったこれだけしかセルメダルが無いのか、と。
確かに、万にも及ぶであろうセルメダルは、トーリの今まで見てきたメダルの総量にも匹敵するかもしれない。
トーリの中のヤミーとしての感性は、そのメダルの海を素晴らしい宝だと主張していた。

『もっと、かもしれません』

だが……トーリは、心の別の場所で思ってしまっていたのだ。
さやかの苦しみが、こんなちっぽけなメダルの大海で表されて良い筈が無い、と。
ガラに捕まっていたトーリが助かった時、まず駆け付けてくれた美樹さやかの泣き顔が……頭から、離れない。

さやかの死を聞かされた時から胸の奥に掬っていた不自然な感覚は、増すばかりだった。
腕を切り落とされた時の杏子の痛みが、肉体に直接融合しているトーリには伝わっていた筈なのに、痛覚を以てしても胸の中の不快感は収まる事が無くて。
現在は傷口の先にトーリの腕を具現化する事によって応急的に出血や痛みを止めているが、一時の激痛程度では、トーリの抱く釈然としない感覚は消えそうに無かった。

「そうだ、早くカザリの方を片付けて、魔女の方に加勢してやらねーと……」

甲高い音を立てる足元の銀海を踏み分けて、杏子はさやかの身体を担いだ。
……担ごうと、した。
しかし。
さやかを持ち上げようとした腕は、杏子の左腕一本だけで。

『……杏子さん。まずは、腕を治しましょう』

どうやら杏子は、動かなかった自身の右腕が借り物だという事に気が回らないぐらいまで、精神的な余裕を欠いてしまっているようだった。
杏子にしては珍しく、心が揺れているのかもしれない。
思えば、マミが倒れた時の杏子にも、トーリは似たような印象を抱いたものだった。
あの時よりも状況が悪いせいか、今回ばかりは杏子もあまり余裕がある訳では無いらしいが。

「……それも、そうか。アタシも、一人の腕で運ぶにはちょっと重いと思ってたところさ」

魔法少女の腕力で人間一名を運ぶのに窮する事は、まず有り得ない。
だが、トーリも自然と杏子の言わんとするところを理解できていた。
今の心境の下にたった一人で美樹さやかの躰を運ぶと、精神的に参ってしまいそうだ……という事だろう

なのでトーリはとりあえず、翼を使っていつものメダル吸収を始めた。
銀の海に埋まった杏子の右腕を、見つけるために。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十五話:Reverse / Re:birth ――相転移



結界の主たるカザリは……結界の内部に起こった変化を、鋭敏に察知していた。
具体的に言えば、何者かが結界の入り口から侵入した事について、である。
その正体までは分からないのが不便と言えば不便だが、カザリにとってはそれ程脅威とは言えないというのが、正直なところであった。
何といっても、カザリの人質作戦が有効である事は変わらないのだから。

もちろん、出口の存在しないタイプの結界を張れるカザリへ挑んでくるのならば、それなりに自信を持った人間が飛び込んできたのかもしれない
だが、それでもカザリの優位は簡単に揺らぐものでは無い。

……と思ったら、一台のバイクがひとりでにカザリの元へと走り寄って来た。
おそらく、侵入者が乗って来たライドベンダーを、囮としてカザリに突撃させたのだろう。
そして、カザリはこの状況から導き出される二つの相手の思惑を予測していた。

一つは、クワガタモズクヤミーが倒された時のようにライドベンダーを自爆させて黄色のボールをまとめて遠くまで飛ばすという、人間側の作戦である。
更にもう一つは、カザリがライドベンダーを破壊する一手を打つ隙を突いて、カザリに奇襲が仕掛けられる可能性だった。
しかし、グリード最速のカザリならば、予測済みの奇襲攻撃への対処など難しい事では無い。
なので、即座に右手を振りかざして熱線放射を行い、ライドベンダーがカザリやボールに近付く前に爆破処理を試みた。

「これは……!?」

……が、予想外の事態は、唐突に起こった。
なんと、ライドベンダーの残した爆炎の中から大量の影が飛びだしたのだ。
タカ、タコ、バッタ、ウナギ、ゴリラ、トラ……色とりどりの小型ロボットが、カザリへと殺到したのだ。
普段ライドベンダーに収められているカンドロイドが、纏めて起動されたのである。

そして、平時はそれぞれの用途に分けて選ばれるべきカンドロイド達だが、今回はその任務は統一されているらしい。
グリードの中で最優の頭脳の座をアンクと争うカザリならば、気付かない筈も無い。
この人海戦術が黄色いボールを除去するためのものである事ぐらいは、自明の事として瞬間的に理解できたのだ。
しかし、それに気づいたカザリがカンドロイドの排除を行うには……一手、足りなかった。

「はぁっ!!」
「君もしつこいね……!」

カザリとほぼ同時にカンドロイドの意味を理解した巴マミが、猛然と飛び蹴り攻撃を敢行してきたのだから。
手の先から伸びたリボンで進路上のボールだけを丁寧に除けている辺り、芸の細かい御方である。
そして、身体を逸らしてマミの襲撃を何とか回避したカザリは……ようやく、探していたモノを見つけ出していた。
ライドベンダーをこの結界に持ち込んだ侵入者が奇襲を仕掛けてくると思っていたので、その存在は予想通りというよりも予定調和というべきかもしれない。

その男は、飛行している十数匹のタコカンを踏み台として、カザリの頭上に位置していたのだ。
おそらく、先程のカンドロイドの大量解放は、空中の足場を作るためのものだったのだろう。
カザリはその男の名前を、知らない。
確か、前にライドベンダーを爆破したのもコイツだった筈だが、名前までは覚えていなかった。

「……変身!」

男の名は……後藤慎太郎。
つい先程バースドライバーを勝ち取って来たばかりの、この場で誰よりも満身創痍な男であった。
顔の青痣は色鮮やかで、服装も所々が破けてしまっている有様である。
もちろん、その後藤慎太郎がたった今バースへ変身した事はカザリにとって想定外には違いない。
加えて、巴マミが着地際に魔力紐で靴底にバネのような足場を生み出し、反動で再び襲い来ている様子を視界の端に収めながら。
流石にコレは拙いかもしれない、とカザリは思い始めていた。
何といっても、巴マミのバネによる再びの突進攻撃を回避しながら頭上からの攻撃に対応するのは、困難を極める。

そして、事態は……カザリの想定を超えて悪化の一途を見せていた。

「一気に勝負を決めさせてもらう!」
『カッター ウィング』
『キャタピラ レッグ』
『ブレスト キャノン』
『クレーン アーム』
『ドリル アーム』
『ショベル アーム』

カザリがマミに対応しているうちに、人間に見合わない大口を叩いたバースがテンコ盛りになっていた。
人間達がこういうバースの状態を指すのに使う言葉を、カザリは知っている。
確か、『ゴテゴテな』という形容詞を使うはずだ。
両足のキャタピラと腕のクレーン付きドリルやショベルに加えて、背中の翼と胸部の主砲まで追加武装を盛ったバースの姿は、まさにその単語が似合い切っていると言えた。
カザリとしては、翼とキャタピラの平行使用は、あまり有効とは思えないが。

しかも、カザリも途中から気付いていた事ではあったが……カザリの周囲から、黄色のボール達が姿を消していた。
カンドロイド軍団と巴マミの動きによって、全ての人質玉が回収されてしまっていたのだ。
そして、清水の舞台もかくやという勢いで落下してくるバースへの対処が、カザリに与えられた最大の課題であると言えた。
多少カザリ自身の立ち位置を変えても、おそらくバースは翼で軌道を修正して襲い来るだろう。

だが、あまりカザリが動くと、床に埋まった銃弾に巴マミが残した捕獲紐に捉えられてしまう危険が高まる。
というか、巴マミが巨大砲台を取り出して、カザリの退路になりそうな空間に的を絞っている様子が窺えた。
事前にカザリが地面に向かって範囲攻撃を使っていれば良かったのだが、まだ罠を一掃するほどの数が地面に溜まっていないと考えて先延ばしにしていた判断が、完全に仇となってしまったのだ。

よって、カザリは……数多く存在する自身の能力の中から、重力軽減による攻撃を選んでいた。
自身の真上から迫る相手からの攻撃の威力を軽減するためには、その周辺の重力を弱めるのは最善策であったと言える。
そんな中、バースの落下速度は、

「……っ!?」

……まったく、落ちなかった。
むしろ、背中の翼に付属したジェットエンジンによって推進力を加え、強引に速度を上げていた。
ならば、と思ってカザリが炎弾を打ち出してみるものの、猛回転を見せたドリルアームによって強引に突き破られてしまって。
その刃がぼろぼろと崩れて限界に近付いている様子に気づいたカザリには……しかし、時間が無かった。
接敵までの時間が、既に足りない。

目前に迫ったバースに対して、カザリは最後の寄る辺として……右腕を突き出し、放射熱線を繰り出した。
バースの装甲が悲鳴をあげると共に内部からも火花を散らしている様子を、目の当たりにして。
カザリは……最悪の愚行を、犯した。
バースの損壊具合に安心して、巴マミからの襲撃に注意を向けてしまったのだ。
崩壊寸前のバースよりも、中距離から大技を狙っている巴マミの方が危険だ……と判断して。

……直後、カザリの右腕が、バースの強靭な二本のクローによって掴み取られた。
さらに、拘束から逃れようと振るったカザリの左腕には、辛うじて円錐の形を保っているドリルが突き立てられていて。

「シュートッ!!」

次の瞬間には……超至近距離からのブレストキャノンが、火を噴いていた。
まるで、何度もセルバーストを繰り返した後のような威力の砲撃が、突如として放たれたのである。
バースの攻撃の中で注意すべき威力を持ったものはブレストキャノンの溜め射ちだと、カザリも知っていたが……まさかそれが瞬時に放たれるとは思ってもみなかったのだ。

この時になってカザリは、ようやくバースの新形態の意味を理解することが出来ていた。
おそらく、この欲張りフォームは、最初に装填したエネルギーを状況に応じて追加装備へと再配分できるのだ。
だからこそ、どんな状況にも素早く対応出来るうえに、他の部位に回していたエネルギーを唐突にブレストキャノンへ集めて溜め時間を短縮する事も出来るという訳である。

……などという考察を垂れ流しているカザリさんの現状は、説明するまでも無かった。
両腕をドリルとショベルによって固定された状態で、向かい合ったままブレストキャノンの砲撃を喰らっているのである。
いくらカザリがグリード最速でも、相手に掴まれてからでは逃げられる筈も無い。
そして、バースがヤミー専門である事を差し引いても、反動を完全に抑え込んだ至近距離からの砲撃はグリードに決定打を与えるには充分すぎた。

案の定カザリの胸の傷口からは、セルメダルが湯水のごとく溢れ出ていて。
バースの手足の追加武装に備えられた磁力がセルメダルを吸着して回収しているのも腹立たしいところであったが、今はそれどころでは無い。
目の前のバースは今の一撃にてガス欠だろうが、カザリの脅威は後藤だけでは無いのだ。

「今だ!!」
「ティロ・フィナーレっ!!」

具体的に言うと、先程カザリの逃亡路を塞ぐために構えられていた砲台が、そのままカザリの現在地へと向けられている件について。
バースを盾にするという外道戦法を真っ先に思いつくのが、カザリがカザリさんたる所以だが……生憎フル武装にセルメダル吸着まで行ったバースは、途轍もなく重かった。
とても、痩身のカザリが振り回せる重量では無い。
……更に言うと、対策を考える時間も、実行する時間も無い。

「くっ……!」

巴マミの渾身の砲撃を……カザリはブレストキャノンのせいで防御が薄くなっている傷口に食らわないことだけを考えながら、受けざるを得なかった。
同時に、カザリは更なる力が自分から失われた事を感じ取っていた。
必殺の弾丸がカザリを貫通することこそ無かったが、おそらく吸収していたコアメダルも何枚かが零れ落ちたと見える。

……が。
カザリは着弾に一瞬遅れて、ようやく脱出のための策を起動する事が出来ていた。
セルメダルが零れる音に紛れて……車輪が地面を踏みしめる、ゴトゴトという小さな音が結界を揺らしていたのだ。

「がはっ!?」
「新手!?」

具体的に言うと、トロッコに乗った使い魔が笑い声をあげながら、華麗に後藤さんへ轢き逃げアタックを成功させていた。
念には念を入れてカザリが事前に仕込んでおいた、緊急時の愉快な逃走アシスト役である。
元落書きの魔女の使い魔にして、今はカザリの手下をやっている便利なアッシー君であった。
そんな走り屋な使い魔が、カザリをトロッコに載せて逃亡を手伝ったのだ。

「逃がすと思って……これは!?」

そして、マミの元にも使い魔のトロッコ軍団が殺到していた。
別に、使い魔は一体ずつしか出せないというお約束など無いのだ。
床に敷き詰められた緑色のルーズリーフの裏に隠れていた使い魔たちが、猛然と神風アタックを仕掛けたのである。
これには流石のマミも面食らったらしく、その隙はカザリを逃亡させるには充分すぎて。

結界を解除したカザリは……命からがら、撤退することに成功したのであった。
変身が解けてしまった後藤慎太郎と、使い魔軍団を殲滅している巴マミと、カザリ自身が零したメダル達を、残して……。



「色々気になるところはありますけれど、助けて頂いて、ありがとうございます」
「ああ、それより美樹の所に行こう」

一段落ついたところで、マミが後藤へと律儀に礼を述べてくれた。
マミが突っ込みたいところは、何故後藤がバースドライバーを持っているのかという点がメインに違いない。
きっと後藤の武勇伝を聞きたいのだろう。
ひょっとすると、後藤の顔や服装に見られる肉弾戦ダメージの痕跡を気にしている可能性もあるが。
もしくは、バースの損壊状況を心配されているのかもしれない。

……が、後藤は今すぐにでも美樹さやかの結界へと向かいたかった。
残念ながら後藤には魔力を探知する術が無いので魔法少女頼りとなってしまうが、そこは御愛嬌である。

「ええ。佐倉さん達と一緒に、美樹さんを迎えに行きましょう」

そういえば、佐倉杏子とトーリが、この近くでヤミーを相手取っていた筈だ。
まさか合体状態の二人がヤミー一体に後れをとるとも思えないが、言われてみればあの二人は未だこちらに姿を見せていない。
バース抜きで計画を練り直した際には、早く仕事を終えたチームが残りのチームに合流する筈だったのに。

という訳で、杏子がさやかを誘き出したであろう場所へと、マミと後藤が赴いてみると……

「これは……ヤミー一体分のセルメダル、なのか……?」
「でも、これぐらいあっても不思議じゃないような気も……?」

銀の海を掻き分けて何かを探している杏子の姿を、発見することが出来た。
背中から生えている黒翼はトーリのものだろう。
セルメダルを只管翼から収納して、杏子の探し物を手伝っているように思える。

「マミ! 良いところに来た! 実はあたしの腕が飛んじゃってさー」

いつもと変わらない調子で軽い声をマミへ向けた杏子は、しかしどこか影が差した様子を隠し切れていないようで。
身も蓋も無い言い方をしてしまえば、空元気というヤツである。
やはり辛いのだろう、と後藤としては思わずには居られなかった。

「地面に落ちた腕を探してたんだけど、無限の魔力を使ってマミの回復魔法で新しく生やしてもらった方が早いと思ってたところだよ」
「確かに、この量のセルメダルを収納するのは、それなりに時間が掛かりそうね……」

……この足元の銀世界の全てが、美樹さやかの絶望を埋めるために生み出されたセルメダルなのだろう。
既にトーリへと吸収された分を合わせれば、更に膨大な量であったに違いない。
それほどまでに、美樹さやかの抱いた絶望が大きなものであったというのか。
後藤が掌に掬ってみても、海はまるで底を見せる気配の無いほどに絶対的で。
確かに、人間一人を本当に絶望の底に突き落としたのならば、それを埋めるためにこれぐらいの欲望は生まれてもおかしくない、と後藤を納得させてしまっていた。

「……これだけのエネルギーが得られるってなら、キュゥべえの奴の考えも分かるな」
「……ええ。納得は出来ないけれど、理解は出来るわね」

キュゥべえの考え……?
その名前は、確か魔法少女を生み出す妖精さんの呼び名だったはずだ。
だが、その妖精とエネルギーに一体何が関係しているというのか。
後藤としては、バースバスターとキヨちゃんの間柄と同じぐらいに無関係だと思ってしまうのだが。
という訳で、魔法少女達に聞いてみると……

「作戦会議中に、キュゥべえが現れたんです」

その内容は、突拍子も無かった。
キュゥべえは宇宙をエネルギー問題から救うために地球に派遣されたインターフェイスなのだという。
そして、契約した人間が魔女化する際の希望と絶望の相転移において発生するエネルギーを集めることが、宇宙を熱の枯渇から救う手段なのだとか。

ところが、美樹さやかの絶望によってキュゥべえが得たエネルギーは、雀の涙ほどしか無かったらしい。
カザリがヤミーを作って魔女の欲望を満たしているせいで、キュゥべえが回収する筈だったエネルギーが横取りされてしまっているとの事だった。
なので、残りの魔法少女達はそんな死に方はしないで欲しい、とキュゥべえは頼みに来たという訳である。
どこまでも自分の欲と使命に忠実なヤツだ。

「今思い出しても腹立つ……! 宇宙のために死んでくれ、なんて良くも抜け抜けと言いやがって!」

戦闘前にそんな話を聞いたのに、よく魔法少女達は士気を保てたものである。
火野映司や鹿目まどか辺りが何とか励ましたのかもしれないが。
後藤としても、そんな話を聞いて簡単に割り切れるほどドライでは居られなかった。
さやかが宇宙の延命のために死んだ、などと納得できる筈も無い。
キュゥべえの言葉を聞いて涙を流す鹿目まどかの姿を……後藤慎太郎は、あまりに簡単に想像する事が出来た。

……そして後藤は、何か重大な要素を見落としているような、気味の悪い感覚に陥っていた。
具体的に何とは言えないが、重要な情報にあと一歩で手が届きそうだという予感が、後藤の中に燻っているのだ。
エネルギー問題というキーワードを聞いた辺りから、だったような気がする。

「……まてよ?」

水素を燃焼させた場合には水と熱が生まれるが、実際には変換の際にエネルギーにロスが発生する。
そのロスが積み重なる事で宇宙全体のエントロピーは徐々に増大して、やがて宇宙全体が冷え切ってしまうのだという。
……だが。

「そうか……! このメダルが美樹の絶望と等価値なら……!」

水素に限って言えば、水から水素を取り出すこと自体は不可能では無い。
水溶液に電気を流す事によって水素を発生させる実験は、おそらくどこの高校でも習っている筈だ。
そして……希望から絶望への相転移によるエネルギー抽出が可能ならば、絶望にエネルギーを加えれば?
変換ロスまで考えれば、実際には更なるエネルギーが必要となる可能性もあったが、それはそれである。
このセルメダルの海が、インキュベーターが得る筈だった感情のエネルギーを変換したものであるとすれば、あるいは……?

「美樹の絶望から生まれた分のメダルを全てグリーフシードに戻せば……!」

万にも及ぶメダルを使った実験など、前例があった筈も無い。
下手なグリードの懐よりも豊かなセルメダルを手にする機会など、そう有るものでは無いのだから。
しかし、後藤慎太郎は至った。
後藤慎太郎が認識することが出来ないインキュベーターという生物の情報を、魔法少女達から聞くことによって。
さらに、魔法少女達が知る由も無い知識を加えることによって、答えを導き出した。
人間達に残された……最後の希望へと。


……光の道は、見えた。



・今回のNG大賞

侵入者の存在に気付いたカザリさん。
そして、その正体は……

「「「「「GAAAA!!!」」」」」

トライドベンダー軍団であった。

「人質の意味が無い……!?」

結界の内部に大量の人質が居る事を知らない後藤慎太郎が、結界の外から大量に投入したトライドベンダーは……出番の少なさという鬱憤を晴らすかのように大暴れしたのだとか。

「嫌ぁっ!!?」

ちなみに、魔法少女も約一名、被害者になったらしい。

・公開プロットシリーズNo.125
→絶望から希望への相転移が有り得ないと、いつから思っていた?



[29586] 第百二十六話:人魚姫と灼熱と奇跡の担い手
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/03/02 20:45
火野映司は、自身に刻み込まれた一つの教訓を思い出していた。
人間が助けられる範囲には限界というものがあり、精々自分の両手が届く対象ぐらいまでしか救えないのだ、と。

「さやかちゃん! 目を覚ましてくれ!」

ところが……目の前の相手は、明らかに映司の両腕に抱えられる大きさでは無かった。
大剣や金属染みた物々しい頭部が目立つ上半身に、魚の下半身を併せ持った巨大な魔女は……映司が両腕で抱き止めるには、あまりに巨大過ぎたのだ。
ウナギアームの鞭を伸ばせば、ようやく抱き締められるかどうかといったところだろう。
魔女の胸元に結ばれたリボンが唯一女性らしさを所長していると言えなくも無いが、その体躯の凄まじさにかわりは無いのである。

オーズの力を得ても、助けられない相手は居る。
そんな事は、映司にも分かっていた。
そして、鹿目まどかという説得役が結界から姿を消した今、オーズが結界内部に留まっている理由も無くなりつつあった。
それでも尚、映司が結界内に留まらざるを得ないのは、魔女の執拗な攻撃に起因していた。
青コアに惹かれて執念深くオーズを狙ってくる魔女の攻撃が、オーズの戦線離脱を許さないのだ。
過去にも鳥籠の魔女が緑のコアと惹かれ合った事例があるらしいが、人魚の魔女と青コアの間にも、何か通ずるものがあるのかもしれない。

兎にも角にも、オーズの打つ手は時間稼ぎあるのみである。
だが、鹿目まどかが結界へ戻ってくる可能性は、あまり期待しない方が良いのだろう。
おそらく、暁美ほむらを運び出した後の鹿目まどかが結界へ再突入するのは不可能だからである。
一度結界の外に出てしまったなら、再び結界に突入するためには、ある程度の攻撃力か魔力を用いて結界の入り口に傷を作らなければならない。
しかし、アンクと鹿目まどかにそのような力があるとは思えないのだ。

もちろん映司とて、その程度の事は把握したうえで、アンクとまどかを退避させている。
が、かといってこの苦境を打破する斬新な作戦を持っているかと言われれば……そんな事は、無いのだ。

現在の映司に許された選択肢は、極めて限られている。
自力で脱出するか、援軍を待つか、映司一人でさやかを説得するか……もしくは、魔女を倒してしまうか。
映司自身に危険が少ない選択肢は、間違いなく魔女を倒してしまう事だった。
それ以外の道は、映司の死亡率を一気に跳ね上げてくれるだろう。

しかし、そこで映司が選ぶ行動が、魔女の打倒であった筈がない。
どこまでも人間を助けたいと欲するこの男が願う事は……。

「俺が死んでも、まどかちゃん達が後から集まれば何とかなる……かな」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十六話:人魚姫と灼熱と奇跡の担い手



トーリは……胸の中に、不愉快な何かを抱えたままであった。
さやかの末路を聞かされて、説明がてら一度は結界の前まで案内されるまでの間も、その心の異常は大きくなるばかりで。
むしろトーリとしては、さやかが死んだという情報を、どうしても信じ切る事が出来なかった。
何せ、魔力の波長を感じる事が出来るマミや杏子が暗い顔をしていても、トーリは同じ情報を感知することが出来ないのだ。

だが……トーリは根本的に自分の思考に巣食うモノの存在へと、薄々気づきつつあった。
トーリは、信じる事が出来ないというよりも、信じたくないのだ。
美樹さやかという一人の人間が死んでしまったという事実を、受け入れたくない。分かりたくない。
もし、いつもの喧しい会長さんに相談すれば、それも立派な欲望だという有難い御言葉をくれるのかもしれないが。

トーリにとって、さやかが死ぬなどとは想定できる事では無かった。
バラの魔女との戦いの折に初めて話した時は、後藤を簡単に信じるな、なんて助言してくれて。
クスクシエの屋根裏部屋ではマミと三人で笑い合って。
ロストアンク暴走態や鵺ヤミーとの戦いの際にはあまり役に立たなかったけれども。
ガラに狙われたトーリのことを、誰よりも心配してくれた……その人間の名前が、美樹さやかだった。

まるで悪い夢でも見ているような気分で作戦会議に臨んだトーリは、決断するまでも無く作戦に参加していて。
しかし、スミロドンヤミーから美樹さやかの肉体を引きずり出したトーリは……自分の中の何かが崩れそうになるのを、感じ取っていた。
トーリが掴んださやかの手が……既に生物のそれでは無かったからだ。
温もりも脈動も発していない『物』が、トーリの掌に返ってきた情報の全てで。

さやかをヤミーから離れた場所に安置したあと、杏子の中に再び飛び込むのが少しでも遅れていたら。
セルメダルで出来たトーリの心臓は、聞き慣れた金属音と共に崩れ落ちていたのではないか、とさえ思ってしまうのである。
心臓がセルメダルとだけ言えば『鉄の心臓』と似た響きを持つ筈なのに、その強度は砂上の楼閣という在り来りな言葉で言い表される程度には貧弱であった。

かつてマミが倒れた時には、マミのソウルジェムを取り戻せば良い、という物理的な希望が見えた分だけ楽だったと言える。
ところが、今回のさやかの事例では、そんな都合の良い解決方法は存在しなかった。
作戦会議の席にキュゥべえが現れて長々と解説を始めた際にも、トーリの意識をまず支配したのは『聞きたくない』という反射的な感情で。
にもかかわらず聞いてしまったのは……そこに、さやかを救うためのヒントがあるかもしれない、と思ってしまったからだった。

結局、項垂れる面々に一瞥を残して去って行ったキュゥべえは……最後に一度だけ、トーリへと視線を向けた。
セルメダルを増やしたかったらボクに協力してよ、と無言のうちに言われた気がしてしまって。
……トーリの頭は、混乱をきたし始めていた。

魔法少女が魔女化すれば、キュゥべえの手元には多大なエネルギーが転がり込む。
すると、キュゥべえの欲望が満たされるに伴って、トーリの身体を構築するセルメダルは増えることとなるだろう。
つまり、今回の事例のようにカザリが絶望のエネルギーを横取りする事が無ければ、魔法少女の魔女化イベントは蝙蝠ヤミーにとって稼ぎ時の筈なのだ。
なのに、その荒稼ぎを明確に否定している何かが、トーリの中で騒いでいた。
トーリに敵対的な暁美ほむらはともかくとして、他の魔法少女の面々が魔女になって死んで行く事を想像するだけで、自分の身体がバラバラのセルメダルへ崩れていくような不安に苛まれた。

正常なヤミーの思考が出来なくなっている自分自身にも不安の対象は及び、結局トーリは作戦会議の間は……思考を停止して杏子達の意見に頷くことしか出来なかった。
そこには、かつて生き別れたトーリの『親』と再会できた事に対する喜びなど、欠片たりとも存在しない。
既に、親を生かしておかなければならないというヤミーの本能も働いていない。
そして、それがヤミーとして不健全であるという状態把握に意識を割く余裕さえ無かった。

だが……スミロドンヤミーが倒れた後に。
杏子とトーリのもとへ現れた後藤とマミは、もたらしてくれた。
希望の光を。
絶望から生まれたセルメダルを美樹さやかのグリーフシードに注ぎ込めば、さやかを元に戻せるかもしれない、と。

「絶望から希望への相転移は、机上論では可能だが……変換ロスの問題で、セルメダルが足りなくなるのが一番有りそうな失敗だ」

後藤の言葉を耳に入れながら、トーリは思った。
確かに、元の魔法少女に戻そうとすると難しいだろう。
しかし、魔女やキュゥべえとは無縁の一般人として再構築するのならば、幾分か必要なエネルギーは少なくて済むのではないか、と。

「ああ、キュゥべえの奴も、木を育てるエネルギーと木の燃焼で得られるエネルギーは釣り合わないって言ってたしな……」

そして同時に、トーリは直感的に理解していた。
普通にセルメダルを使っても、おそらくエネルギー変換効率の問題に直面する事になるだろう、という事に思い至ったのだ。
加えて……セルメダルの力を100%の変換効率を以て魔力に変えられる特異性が、トーリの『無限の魔力』だという事にも。
もし変換効率が100%でなければ、魔法少女達が無限の魔力を使った時に、トーリの総メダル量は増減を見せる筈である。

……思えば、過去にトーリに許されていた選択肢は、常にトーリ自身と創生者ウヴァの生を賭けたものであった。
ほむらさんに殺されそうになった時の機転も、映司を始末出来る時に始末しなかった判断も、全て自陣営の生存戦略としてのモノだった筈だ。

ところが、今回の選択は、明らかに違った。
さやかを見捨てても、トーリもウヴァさんも死なない。
それどころか、グリード陣営にとって、魔法少女の処分は好ましい結果だとさえ言える。
しかも、トーリが完全な変換効率を活かしてさやかへエネルギーを注いだとして、その行為は魔法少女達へと決定的な疑念を植え付けてしまう事になるかもしれない。
場合によっては無限の魔力の正体に感づかれる事だって、十二分に有り得た。

杏子の腕も治って、これから魔女の結界に赴く仮面ライダーと魔法少女達は、きっとトーリが作戦成功の要である事に気付いていない。
したがって、誰がトーリに行動を強要する訳でも無い。
それ、でも。

「ワタシが、その役目を引き受けます」

ヤミーとしての思考が、それは違うだろう、と叫んでも。
トーリの生存本能が、潜入ヤミーの正体の秘匿は自身の命に直結していると囁いても。
トーリは……自ら、言い出していた。
さやかを目覚めさせる大役の担い手となる事を、自分から申し出たのだ。

怖い、という思いはトーリの中から消える気配を見せない。
むしろ、正体がバレた時にトーリを始末に来るのがマミや映司だと思うと、更に胸の奥が苦しくなった。
トーリが美樹さやかを助けたとしても、その美樹さやか自身も蝙蝠ヤミーを退治する結果が待っているかもしれない。

「少しぐらいエネルギーが足りなくても、無限の魔力で補えば何とかなるかもしれませんから」

嘘、である。
トーリの無限の魔力は魔法少女が魔力を使った時に受動的に生み出されるものであって、トーリが能動的に生み出せるエネルギーは多くない。
このヤミーは、今までにも数多くの嘘を吐いてきた。
だが人間を騙す際に、この状況ほど罪悪感を欠いていた例も、きっとなかった筈だ。
心のどこか暖かいところでは、自身の手でさやかの救済を為したいと呟く何者かが確かに息衝いていて。
その正体不明のもやもやが、トーリの背中を押してくれたのだ。

そして、そんなトーリの宣言に対して驚愕の表情を返してくれたのは、マミであり、杏子であり、後藤でもあって。
不思議と……背中の羽に少しだけ力が入ったような、気がした。




結界の中を駆け回るオーズは……既に、満身創痍であった。
桁外れの硬度を誇る筈のシャチヘッドの前頭部には罅が走り、ウナギムチも先程左手の一本が両断されてしまって。
オーズが頼れるものは、バッタレッグの瞬発力のみとなりつつあったのだ。
今もまた、人魚による大剣の振り下ろし攻撃を回避しようと足に力をこめて身を守っている状況であった。

「聞いてくれ、さやかちゃ……うわっ!?」

ところが、その斬撃によって砕かれた瓦礫がオーズに襲い来ていた。
余裕を以てかわせる、と思ったハズの攻撃だったのに。
攻撃の余波を食らってしまう程の距離しか、稼ぐことが出来ずに居たのだ。
どうやら、バッタレッグも耐久限界が近いのかもしれない。
コアメダルは放っておけばエネルギーを自然蓄積させる特性を持っているが、さすがに戦闘中に瞬時に復帰するほどの便利性能も無い。

そして、ついに。
攻撃を回避する事が出来なかったオーズの身体から……紫のコアメダルが、飛び出した。
かつて呉キリカによって火野映司の身体に投入された恐竜メダルが、宿主を守るために現出して、魔女の大剣による攻撃を弾き返したのである。
更に、紫コアの意思は、例によってオーズに力を振るわせる事を欲した。
すなわち、ベルトの挿入口に勝手に入り込んで、オーズを紫のコンボ……プトティラへと変化させようとしたのだ。

……が。

「それは、ダメだ……!」

オーズは迷うことなくその紫の輝きを掴み取り、コアメダルを身体の中へと引き戻して。
無の力による蹂躙に、明確な拒絶を示した。
それでも……映司の意識が無くなれば。
あるいは、思考能力を失うまで傷を負えば。
紫の恐獣と姿を変えたオーズは、いずれは目の前の魔女を八つ裂きにするかもしれない。

まぁ、映司にも手が無いわけでは無いのだが。
魔女がオーズへと執拗な攻撃を仕掛けてくるのは、オーズが青色のコアを持っているからである。
逆に言うと、オーズが青色コアを手放してしまえば、魔女の猛攻は収まり、オーズが脱出するぐらいの隙は見出せるという訳だ。
具体的に言えば、魔女に青コアを贈呈してしまうか、プトティラの力で青コアを砕けば良い。
前者は魔女が強くなりそうな気がするし、後者はコアを砕かせようとしていた呉キリカの思惑が気になるところなので、映司も慎重になっているというだけの話であって。

ただ、そろそろその二択を真剣に検討しなければならない……と、映司が思い悩んでいた、矢先の事であった。

「ティロ・フィナーレッ!」
『セルバースト』
「シュートッ!」

唐突に突き抜けた二つの閃によって、魔女の両腕が形を失ったのは。
魔女は手に持った巨大な剣にて防御したようだが、その大剣さえ原型を失っていた。
さらに、一条の赤毛を揺らした背中が目にも止まらぬ速さにて魔女へ肉薄したかと思いきや、紅槍にて魔女の尾を切り取った。

「これは……!」

そして、シャチヘッドの罅割れた黄色の眼は……確かに、援軍の正体を捉えることが出来ていた。
銀と緑の装飾銃を構えた鎧男と、巨大砲台を構えた魔法少女が、共に硝煙の最中にその存在を主張していて。
すぐさま魔女から距離をとった身軽な槍使いも、援軍の一団の中へと舞い戻った。
言うまでも無く、猫科ヤミーとカザリを倒して結界へと雪崩れ込んできた面々である。

「火野! 美樹のグリーフシードを取り出すんだ!」
「映司! 相性なんて気にすんな! ありったけ、ブチ込めッ!」

加えて、先程ほむらを抱えて結界の外へと出て行った筈のアンクの姿も、助っ人軍団の中には見受けられた。
おそらく、結界の入り口で突入方法に困っていたところに、後藤達が駆け付けたのだろう。
しかし、さやかのグリーフシードを取り出せとは、一体どういう了見なのだろうか?
まぁ、後衛の面々が何も意を唱えないのならば、何か映司の知らない情報を持っているのかもしれない。

映司の手元には、後藤とアンクから合計2枚のコアメダルが投げ渡されていて。
図ったように、それらは……共に鳥類を司った赤色のコアであった。
後藤の取り出したクジャクコアは、おそらくカザリを撃退した時に奪い取ったものなのだろう。
そして、元々映司が持っていた分の赤コア4枚と合わせれば……自ずと、映司に期待された役割も見えてくるというものだ。

『タカ クジャク コンドル』

苦し紛れのボディプレス攻撃によって床全体を崩壊させている魔女を、眼下に収めながら。
そんな魔女の巨体さえ深紅に染めるほどの劫火を纏った紅の王の姿が……顕現していた。
800年の昔にも担い手に最も愛された力にして、運命を照らす篝火たる輝きが、結界の中の全てを照らしていたのだ。
ゆっくりと落下していく魔女の姿を視界に収めつつ、紅蓮の翼を広げて空中に留まったオーズの行動に……躊躇は無かった。

オーズドライバーへと先程装填したコアメダルを全て抜き取り、自身の左腕に現れた円盾の内部の窪みへと埋め込んで。
更に、映司が元々持っていた分の赤コアを追加して計6枚を秘めた円盤が、六筋の光芒を引きながら……廻る。
オーズの左前腕部を覆っている円盤状の盾の内燃機関内において、コアメダルはひたすらに、開放の時を待つ。
……オーズのスキャナーによって焔の力が解放される、その時を。

『タカ クジャク コンドル タカ コンドル コンドル』

羽を広げたオーズは、ただ見下ろした。
ゆっくりと結界の最下層へと落下していく魔女から視線を外さずに、しかしその腕は既にオースキャナーを円盾に宛がう手順を終えていて。

『ギガ スキャン』

スキャナが最後の一句の発音を終えた、瞬間。

「セイ、ヤァッ!!」

……結界の中から、影という概念が失われた。
視る者全ての視界を奪う激烈な光輝が、結界の内部を支配したのだ。
中段の床が砕けて、最下層のステージまで吹き抜けとなったホールを……灼熱の渦が穿つ。
もはや、一部がプラズマと化しているのではないかという程の炎熱が、オーズの円盾からは放たれていて。
空間ごと焼きつくすような業火は、あらゆる嘆きを等しく焼き払った。
絶望も、影も、悲劇も、涙さえも。
魔女の断末魔は……誰の耳にも、聞こえなかった。




おおよそ、戦いと名の付くものには既に良き終焉が訪れていて。
残すは……エピローグのみ、だった。
魔女の結界も既に失われ、最後の大仕事が始まる。
万にも及ぶセルメダルを使った、史上に類を見ない実験が。

誰も、成功の確信を持っている訳では無かった。
それでも、トーリは奇跡の担い手となることを望んだ。
生命の危機に追い立てられるでもなく、誰かに命じられるでもなく、ただ自分自身の選択によって。
周囲から怪しまれていないかと背中を縮こまらせている様だけは……いつも通りのトーリであったが。

作業の内容を後藤から説明されている映司を尻目に。
トーリは美樹さやかの身体を仰向けに寝かせ、その胸元にグリーフシードを握らせていた。
とは言っても、説明の内容は、セルメダルのエネルギーをグリーフシードに注ぎ込むというだけの話であったが。

しかし、グリーフシードを取り込んだ事があるトーリは、魔女の卵の仕組みについて一歩進んだ理解を持つことが出来ていた。
トーリの理解によれば、普通にグリーフシードへセルメダルを放り込むだけでは、さやかの復活は達成されない。
どうも、グリーフシードは内包エネルギーが一定量に達すると、魔女として孵化するか使い魔を生み出すように機能付けられているようなのである。
つまり、何も考えずにセルメダルを投入したら、おそらく魔女が復活する。

ならば、どうすれば良いのか?
グリーフシードを一時的にトーリの体内に取り込んで、エネルギーの伝達経路へ直接アクセスすれば良いのである。
一度体内に取り込んでしまえばある程度の操作は効くので、グリーフシードが魔女としての身体を作ろうとして出力する分のエネルギーを、トーリの内部にそのままセルメダルの形で吸収してしまえば良い。
最大の問題は、グリーフシードが出力する以上の勢いでセルメダルを投入しなければならないことぐらいだろうか。

もちろん、トーリがグリーフシードを取り込める事は、バレたら益々怪しまれること請け合いであった。
なので、さやかの胴体の上に乗せたグリーフシードにトーリの両手を被せる形で、誤魔化している。
本当はトーリの掌の中でグリーフシードが手に取り込まれていたりするのだが、外から観測されない事象は、起こっていないのと同じことなのである。

「では……始めます」

かくして、トーリは実験を始めた。
漆黒の卵へと欲望のメダルをベットする賭場に、足を踏み入れたのである。

……が、作業の進行は、思わしくなかった。
そもそも、魔女からドロップした直後のグリーフシードは、満タンに近い形でエネルギーを溜めているのである。
通常はそこから魔法少女が魔力を引き出す事が想定されているが、逆の使用法は設計上では考えられていないのだ。
言うなれば、水道の蛇口へと水を流し込もうとしているようなものだろう。

案の定、グリーフシードからは余剰エネルギーが漆黒の呪いのような形で漏れ出していた。
作業を進めるうちに、その噴出分をトーリに吸収することが出来ると分かったのは、僥倖ではあった。
魔女の卵を吸収して使い魔作成のスキルを習得した際に、グリーフシードのエネルギーを少しだけ扱った経験があったため、コレは出来るだろうと思っていたが。

そして、水道に限って言えば、水道管の中にかかっている以上の圧力をかけてやれば、水を逆流させるのは不可能では無い。
そこで、トーリは身体の中に眠る数万枚のセルメダルを、圧力源として使う事を選んだ。
通常のヤミーでは有り得ない規模のメダルを詰め込んでいるトーリの内圧はバカに出来ないものがあるのだ。
もちろん、セルメダルを魔女の卵に注ぎ込むに連れて、トーリのセルメダルは減っていくため、当然体内圧力も弱まって行く。

その辺りの問題をどうしようか……と考えながら、セルメダルの7割程度を注ぎ込んだ、そんな時だった。
トーリの掌の中から、ピシリ、という甲高い音が漏れ出したのは。

「おい、今、変な音が聞こえた気がしねーか……?」
「俺も聞こえた、かな……」
「何か問題が起こったのか?」
「トーリさん、私達に手伝えることがあったら、何でも言うのよ?」

傍から聞いても、危険な音だったらしい。
グリーフシードが砕け散った訳では無いのだろうが……おそらく、表面にヒビが入っていると思われる。
……美樹さやかという人間の魂が、軋む音だった。

もしこのままグリーフシードが砕けたら、さやかはどうなるのだろうか。
というか、グリーフシードが美樹さやかの魂に戻ったとして、それをどうやって肉体へと固定するのか?

「このっ……!」

このまま力尽くでエネルギーの注入を続ければ、グリーフシードが壊れてしまうような気がする。
が、既に罅割れたグリーフシードは、エネルギーの注入作業を止めても砕けてしまいそうだった。
ならば、このまま続けて美樹さやかの魂を肉体に固着させるしかない。

そんな焦りの中、トーリの脳裏に浮かんだのは……初めて合体して戦った時の事だった。
あの合体の際、トーリは美樹さやかの五感を共有していたように思う。
更に、おそらく美樹さやかの意識が失われれば、トーリが身体の操縦権を得ることが出来ていた筈だ。
それは……一時的にではあるものの、トーリの魂がさやかの肉体と連結した状態と言えるのではないか?

思い立ったら、即決であった。
トーリは……グリーフシードを掌に吸収したままに、美樹さやかの空っぽの肉体へと入り込んでいた。
さやかの肉体の中でグリーフシードが魂に戻れば、そのまま身体に定着するのではないか、という一縷の望みに賭けて。
……グリーフシードが一際大きな軋みをあげた、その時。
トーリは残りのメダルを、詰められるだけグリーフシードへと詰め込んだ。

同時に、グリーフシードが完璧に砕け散る、か細い音が誰の耳にも届いていて。
魂なんてものを感じる事が出来ないトーリには、この先は分からない。
例え美樹さやかが生き返ったとして、それは元の美樹さやかと連続性を持っているとも限らない。
グリーフシードがソウルジェムに戻った訳でも無いので、魔法も二度と使えないだろう。
それに、再び魔法少女になるほどの因果は、おそらく残らない。

美樹さやかへのダイブを終えて、その身体から飛び出したトーリは、振り返ろうとして……膝をついてしまっていた。
どうやら、慣れない力技を続けたことで、身体にガタが来ているのかもしれない。
それでもトーリは、振り返らなければならない。
自身の背後で目を覚ましているであろう美樹さやかの顔を、一刻も早く見たかった。

「そっか……あたしには、あたしを大切に思ってくれる人が、こんなに居たんだ」

だって、トーリの後ろではきっと、意識を取り戻したさやかを前に、人間達が涙ながらに再会を喜んでいる筈なのだから。
トーリの背中越しに聞こえる声は、確かにトーリ達が一番聞きたかったそれで。
美樹さやかに泣き縋る鹿目まどかの声や、後藤達の喜ぶ声が……トーリに結末を、教えてくれていた。

「あたしって、ほんとバカ。だけど……ここに居て、良いんだ」

さやかが自分自身を認める事が出来た、と言い切った直後、周りの人間達への礼の言葉を続けた……トーリは、そんな気がした。
だが、トーリの意識は、そこまでだった。
泥の底に沈む貝のように、その意識は混濁を始めていたのだ。

思えば、疲労の原因は、尋常ならざる量のセルメダルをエネルギーに変換するという作業だけでは無い。
さやかが死んだと聞いた時から、作戦完了の時まで……この場の面々と同じぐらい、トーリは心的疲労を重ねているのだ。
だから……泥のような疲労感を解消するために休息が必要なのは、自明のことだったのかもしれない。

せめて、自身の意識が切れる前に一目だけ、と思いながら首を回して。
やまぬ歓声の中央に居る人間の安否を……トーリは、ようやく視力にて確認する事が出来ていた。
そこには、在りし日の美樹さやかの姿が、確かにあって。


直後、トーリの意識は底なしの沼へと沈んで行った。
自身の決断から行動を遂げたこの魔法少女モドキは。
きっと……良い夢を見ることだろう。
そうに、違いない。



・今回のNG大賞

映司の元に揃ったのは、6枚の赤コアであった。
そして、この状況から映司に期待される役割は……!

「よし、ロストアンクを復活させて魔女にぶつけよう!」
「「「「!!?」」」」

「僕を、返してよぉっ!」

ロストアンクに青コアを少し仕込めば、それはとっても良い囮になるんじゃないかな、って。
そんな鬼畜な映司は嫌だ……。


・公開プロットシリーズNo.126
→奇跡も魔法もあるんだよ!



[29586] 第百二十七話:本当に裏切ったんですか
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/03/02 21:37
「さやかちゃん……! 本当に、良かったっ……!」

上半身を起こした美樹さやかへと、鹿目まどかが泣きついていて。
他の面々も涙を誘われている、と火野映司からは見えた。
座り込んでさやかの手を取っているマミは……まどかに先を越されなければ、さやかに泣きついていたのかもしれない。

一歩引いて見ている後藤も、どこか鼻声のままで。
一同に背を向けて、ちらちらとさやか達の様子を窺っている杏子は……ひょっとすると、涙を隠しているつもりなのだろうか。
そして……この場に、もう一人。
結界が失われてから合流した魔法少女一名が、その光景に目を見開いていた。

「……まさか、本当に成功させるなんて」

言うまでもなく、暁美ほむらである。
その様子は、何処か混乱しているようだ、と映司は思った。
やはり、ほむらはあまり成功率を高く見積もっていなかったらしい。
思えば、呉キリカが魔女化した時にも特に反応を見せなかった暁美ほむらは、おそらく魔女は倒すしかない存在だと割り切り終えていたのだろう。
それが覆されて、思考が乱れているに違いない。

一方の映司も、さやかの復活を喜びながらも、その傍らで別の事柄に思考を割いていた。
気絶したままライドベンダーの傍らに座らされているトーリの、今後についてである。
グリーフシードにエネルギーを注ぐ作業において、トーリは一度さやかへと融合するという工程を経ていた筈だ。
その経過に何の意味があるのか、映司には分からないが……そんな作業が出来るのは、トーリぐらいのものだろう。

となれば、魔法少女達は……遠くない未来に、トーリの力を使って人間に戻る事を望む日が来るかもしれない。
しかし、それが無事に為されるとは、映司には到底思えなかった。
というのも、今回のトーリの成功は、数万にも及ぶ圧倒的な量のセルメダルを前提とするものであったのだ。
今回はカザリが美樹さやかからヤミーを作り出したために、そのセルメダルを充てる事が出来た。
だが、そんな量のセルメダルがそう簡単に手に入る筈も無い。

また魔女化直前の魔法少女から魔女を作れば良いのかもしれないが、その作戦にも穴はある。
さやかの一件ではカザリを首尾良く撃退出来たが、そもそもグリードにセルメダルを回収されてしまう危険性もゼロでは無いのだ。

更に言うと、セルメダルを得るためには根本的にグリードとヤミーの存在が必要であり、オーズが彼らを根絶したら、魔法少女を人間に戻す術も失われてしまう。
つまり、魔法少女は人間に戻るために、グリードを利用せねばならない。
想定されうる最悪の場合として、オーズ対魔法少女という構図があり得るという訳だ。
もちろん、マミ達が即座に敵対するとは映司も思っていないが、そういう魔法少女が出て来るのは時間の問題だろう。

もしかしたら、鴻上財団に回収されているセルメダルならば、マミ達の内の一人ぐらいを人間に戻すだけの量は確保できるのかもしれない。
ガラの一件の際に財団の身入りがどれだけあったのかは分からないが、鴻上会長ならば有り得ない話では無い。
しかし流石に、眼前の魔法少女3名全員を人間に戻すだけの貯蓄があるとは、思えなかった。

「パンツマン。アンタも、ありがとう」

それ、でも。
他の面々に一通り礼を述べて映司へと声をかけてきた美樹さやかの姿を視界に収めて、映司は思う。
今の、この一時だけは……何も考えずに美樹さやかの復活を祝おう、と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十七話:本当に裏切ったんですか



再会を喜ぶ面々も、ようやく一段落を迎えて。
魔法少女達も落ち着き、後藤がライドベンダーによる美樹さやかの送迎を提案した頃。
鹿目まどかの身体を一時的に借りたアンクが、映司へとメダルを返すように求めてきていた。
おそらく、今回アンクから追加で渡された青コンボセットとコンドルコアの事だろう。
なので、映司が自身の懐に手を入れて、コアメダルを取り出そうとしたところ……

「アンク……?」

アンクが、その右腕を映司の懐に突っ込んで来ていた。
いきなり何を始めたのか、と映司が思う暇も無く、アンクは素早く腕を引いて、お目当てのモノを握り込んでいて。
真赤な指の間から輝く、モノ。
それは……6枚の、鳥類コアであった。

まずい、と映司が思った時には、既に全てが遅くて。
次の瞬間には……熱風が、辺りに撒き散らされていた。
その場に居た面々は弾き飛ばされ、一番近くに居た映司もその例外では無かった。
そして、その暴風の中央には、赤い腕を翳したアンクの姿があって。

「よく、あの鬱陶しい偽物の力を使い切ってくれたなァ……!」

まさに今、その腕に握られた6枚の赤コアがアンクへと吸収されていった。
アンクに取り込まれまいと抵抗していたロストの意識が、先程のギガスキャンの際のエネルギー消費によって失われたため、アンクは自色コアの取り込みが可能となっていたのだ。
もっとも、アンクがコアの取り込みが不可能である理由を人間達に話していなかったために、映司はアンクが突然力を取り戻すという事態を先読み出来なかった訳だが。

「まだ7枚だが……ようやく『復活』だ」

直後、アンクの背中からは半透明な翼が具象化していて。
鹿目まどかのものであった外見は……強固な肌と嘴を際立たせた怪人へと、姿を変えていった。
火野映司は、その怪人の姿に見覚えがある。
いつの日か夢見公園を襲撃してきた鳥人と、目の前の真赤な怪人の姿は瓜二つだったのだ。
だが、先日の鳥人は右腕と右顔面の一部が失われていたのに対して、鹿目まどかを核としているアンクの姿は……『完全』であった。
先程まで右腕だけしか無かったアンクが、身体全体を取り戻したのである。

「これで、もう……お前達を使う必要も、無い!」
「まどかっ……!」

咄嗟に声をかけた暁美ほむらの声は……而して、目の前の怪人を人間に戻すには至らなかった。
今までなら、まどかの意思によってアンクを制する事が出来た筈なのに。
おそらく、アンクが力を取り戻したことによって人間に対する支配力も増したために、鹿目まどかによる抑え込みが効かなくなったのだろう。

「みんな、逃げるんだ! 変身っ!!」
『シャチ ウナギ タコ』

映司には……アンクの次の行動が、手に取るように分かっていた。
火炎弾を使って人間達に攻撃するのだろう、と。
だからこそ、アンクがその腕を振り上げる前に、映司は変身する選択肢をとっていた。
加えて、アンクが炎弾を打ち出すと同時に、オーズも水棲コンボの頭部を構成するシャチヘッドから水流を噴射していて。
冷水にて灼熱の炎を掻き消して、そのままの勢いでアンクへと吹き付けたのだ。

そして、水鉄砲の直撃にて怯んだアンクが、辺りに立ち込める水蒸気を払い除けた時。
既に人間達は、退散を終えた後であった……。




「そんな事があったんですか……」

……というのが、全てが終わってから目を覚ましたトーリに告げられた、事件の顛末であった。
仮面ライダーと魔法少女の一行の集った河川敷にて。
表情を曇らせた面々が説明してくれた内容は……トーリでも事態が深刻だと分かるものだった。

「というよりも、その状況でワタシが生きていられたのが驚きですよ」
「火野さんが時間を作っている内に私が運んだのよ」
「っていうか、トーリちゃん。自分がメダルを持たされてる意味を分かってたんだ……」
「何だそりゃー? そもそも、さっきのアンクって奴はあんた等の味方じゃなかったのかよ?」

トーリの意外な一言にささやかな驚きを進呈している映司やマミの反応を見ても、杏子には何が何やらである。
杏子としても、鹿目まどかとアンクの関係には、何か込入ったものがあるだろうとは思っていた。
だが、先程アンクから放たれた攻撃は、直撃すればただでは済まないものである事は明白で。
オーズの咄嗟の判断が無ければ、防御手段の無い美樹さやか辺りは酷い事になっていたかもしれない。

「俺がオーズの力と知識を得る代わりに、俺はあいつのメダル集めを手伝ってやる……そんな関係だったんだ。俺とアンクは」

更に聞くところによると、アンクは鴻上財団との間でライドベンダーやカンドロイドの使用料として、高利のセルメダルを要求されていたらしい。
そこで、アンクは契約の抜け道として、トーリにセルメダルを一時的に保管していたのだとか。
感慨深げに語る映司の言葉の裏にあるのは……物寂しさや懐かしさといったところだろうか。

「なるほどねー。それであのアンクってのは、裏切る時にトーリを始末してセルメダルを回収する予定だったって事だな?」
「佐倉さん。もう少し、言い方があると思うわよ……?」
「まぁ、マミさんじゃなくてワタシに預けた時点で、そうだろうとは思ってましたけど……」

ぶっちゃけると、防衛能力面から考えたら、マミに持たせた方が良いに決まっている。
トーリは飛んで逃げる事が出来るが、総合的な戦闘能力ならばマミに軍配が上がるのだから、マミにセルメダルを保管させた方が安全なのだ。
にもかかわらずアンクがトーリを選んだのは……アンクが来たる離反に伴ってセルメダルを回収する際に、抵抗されると面倒だったからという事なのだろう。
鳥類グリードであるアンクは復活した時点で飛行能力を手に入れるので、トーリの飛行技能がアドバンテージでは無くなるという見込みもあったに違いない。

まぁ、今回は映司が迅速な判断を以て対処したために何とかなったが、アンクがこのままセルメダルを諦めるとも思えない。
ついでに言えば、アンクのクジャクコアを持っている暁美ほむらも、狙われる可能性が高い。

「……火野さん」
「……分かってる。こうなったからには、俺があいつを止めるよ」

そして、マミと映司の間に流れた簡潔な会話の意味は……おそらく、誰にも伝わらなかっただろう。
この二人が、とある約束を交わした事を知る人間は誰も居ないのだから、当然である。
奇しくも、その約束が為された場所は、現在地と同じ河川敷であったりして。
かつて巴マミは、アンクに手を出さない事を火野映司に宣言したことがあった。
その条件として、アンクが人間に牙を剥くまで、と付けていたのである。

「美樹……大丈夫か? お前としては、目を覚ましてからいきなり色々な事が起こって、整理がつかないところがあるんじゃないか?」

一方の後藤は、先程から言葉を発さない美樹さやかへと、心配を向けているらしい。
おそらくさやかが混乱しているだろう、と思って、後藤なりに気を遣っているのだ。

「そういう訳じゃないんだけど……ちょっと引っかかる事があって、さ」

すると、さやかは何かに気付いているという事を仄めかしてくれた。
しかし、一体何に気付いたというのか。
さやかの頭で考えても名案など閃かないだろうから、早く周囲に相談してほしいところである。

「転校生って、魔法で時間を止められるよね。で、アンクは多分それに対抗する方法を手に入れたうえで裏切ったと思う。けど、それをどうやって手に入れたのかな、って」

ところが。
さやかの口から飛び出た疑問を聞いた面々は、言葉の意味を噛み砕くまでに数秒を要した。
……特に、暁美ほむらの頭に走った驚きは、一通りのものでは無かった。
確かに、狡猾なアンクならば、時間停止の攻略法も手に入れないうちに人間に反旗を翻すことは有り得ない。
つまり、アンクは人間達を炎で攻撃した時点で、時間停止への対抗措置をとっていたと考えるのが妥当である。
ほむらも、アンクが抵抗力を持っていると予測したからこそ、アンクが攻撃の意思を見せたあの場で時間停止魔術を使わなかったのだ。

そして、結界内で暁美ほむらが鹿目まどかを庇った時には、まどかは時間停止魔法の影響を受けていた。
従って、時間停止対策にアンクが暁美ほむらの身体の一部を入手したのは、アンクがほむらを結界外まで運び出した際に違いない。
……まぁ、さやかの発言には、もっと重要な問題が孕まれていたりする訳だが。

「時間停止……!? そんなに凄い魔法があるなんて……!」
「どういうことだ、おい……」
「美樹……お前はやっぱり、まだ混乱しているんじゃないのか?」

ぶっちゃけると、ほむらさんの魔法の正体が口外されてしまった件について。
唯一真面目にリアクションをとっている後藤慎太郎を誉めるべきなのか、さやかの発言を鵜呑みにしている魔法少女組の信頼を美しいと見るべきか。
火野映司とトーリが驚かなかったのは、ほむらの魔法の正体を事前に知っていたからに違いないが。
果たして時間停止魔術の存在がトーリにバレていただろうか、と暁美ほむらとしては思わないでもないが、今はそれどころでは無い。

「『まだ』も何も、魔女になってた時から意識はあったよ! 転校生が時間を止めるのも、この目でしっかり見たんだってば!」

更に、唯一さやかの言葉を疑っていた後藤に、さやかが堂々と言い放ってしまっていたりして。
まさか、である。
ほむらが止める間もなく、ほむらの重大な秘密が衆目に曝されてしまったのだ。
正直に言って、宜しくない。

「美樹さやか。人の秘密を勝手に公言するのは、感心しないわ……」
「えっ? いやその、転校生が珍しく集団行動してるもんだから、話し合って事情も全部打ち明けてるのかな、と。……ゴメン」

そして、さやかの疑問に対して、ほむらは如何なる回答を提示すべきなのか。
素直にほむらの予想を言ってしまうと、それは時間停止の攻略法を広める事にも繋がる。
そうなってしまうのは、好ましい事態では無い。
だが、一体どう説明したら良いのか、ほむらにも分からない。

「でも、あのアンクが、そんな驚異的な魔法に関して何も対抗策を持っていない訳が無いわね」
「確かに、聞いただけでヤバそうな能力だもんなー?」

というか、ほむらもほむらで割と精神的に余裕がある訳では無いので、対応が段々億劫になって来ていたりして。
鹿目まどかが拉致されたという状況下で最も大きなストレスを感じているのは暁美ほむらなのだから、当然である。
どうしたら良いのだろう。
火野映司に相談すれば、何か良い切り抜け方を紹介してくれそうな気がする。
だが、彼には念話が通じないので、内緒話は出来そうに無い。

『トーリ。何とかしてこの話題を終わらせなさい』
『えええっ!? 何でワタシに振るんですか!?』

なので、会話の聞き役に徹していた蝙蝠ヤミーにストレスを転嫁してみた。
突然話を振られて慌てているトーリの姿を見ると、逆にほむらの方が落ち着いてくるのだから、不思議なものである。
一人だけ空気化してこの場をやり過ごそうなんて、虫が良すぎるのだ。緑ヤミーだけに。

暁美ほむらとしても、こんな内通者に頼るのは嫌なのだが、消去法的に考えて他に選択肢が無いのだから仕方ない。
火野映司には念話が通じず、女子中学生3名と後藤慎太郎は質問側なので、トーリ以外に利用できる人材が居ないのである。
ファンガイア撲滅組織に匹敵するレベルの人材不足だと言えるだろう。

『下手を打ったり、余計な事を口走ったりしたら……この先は言わせないで欲しいわ』

言わせんな、恥ずかし(ry
怯え上がった様子の蝙蝠娘の姿を見ていると、ほむらのストレスが軽減されるような気がするのは何故だろう。
最近、新たな性癖に目覚めかけている気がしないでも無い暁美ほむらの未来は、果たして?
そして、無い知恵を絞っていると思しきトーリが、思考の果てに思いついた言葉とは……

「そもそもアンクさんは、ほむらさんの能力を知っているんでしょうか……?」
「……そういや、そーだな」
「言われてみれば、いくらアンクでも、それを知らなかったら対処しようとは思えないわよね」

……ほむらとしては想定外のモノではあったが、結果は上々と言えた。
ほむらは知らない事だが、トーリはカザリから時間停止魔法の存在を教えられた際に、魔法少女の疑心暗鬼を狙う作戦を仕込まれているのだ。
機会が無かったためにトーリは今までにその作戦を実行していなかったが、トーリには、時間魔法の存在を知っている人間と知らない人間を見分けるという思考が存在していた。
そんな中、トーリの認識にて、アンクは時間魔法を知っているとも知らないともつかない人物であったという事な訳だが。
過程はどうあれ、トーリに状況の打開を命じたほむらさんの大勝利である。

もちろん、ほむらはアンクの所有情報を把握している。
アンクが時間停止を知っているという事実を、暁美ほむらは知っているのだ。
かつてガラの魔術にて江戸に飛ばされた際に、色々と情報を交換する機会があったからである。

しかし……トーリの予期せぬ発言によって、暁美ほむらの胸中には新たな疑問が浮かび上がっていた。
アンクが時間停止への対策を怠っている筈は無いが、一体どうやってアンクは時間停止への対抗策を知ったのか、と。
ほむらとしては、時間停止魔法の攻略法を知っている人間はかなり限定されていると思っていたのに。
具体的には真木博士とカザリの反逆組と、何を考えているか分からない白黒コンビである。
その二つの勢力の何れかが、事前にアンクと接触して情報を渡したのだろうか?
だが、アンクが鹿目まどかよりも高位の肉体操作権限を得たのは、つい先刻の事の筈だ。
果たして、おいそれとアンクが他の陣営に接触する事が出来たのだろうか?

ならば、アンクが自力で時間停止の破り方を見つけ出したのか?
確かに、アンクは独力で時間停止魔法の存在を看破した頭脳は持っているので、有り得ない話ではない。
ほむらの思いもよらない方法で情報を得ている可能性は、否定できない。

「それよりも、まどかさんをどうやって助け出すかというのが重要ですよね」

一方、ほむらの悩みを知ってか知らずか、トーリが命令通りに話題を転換してくれていた。
ちらりと暁美ほむらの方へと視線を回したトーリは……これで良いんですよね、と無言で聞いてきていると見える。
今までこの蝙蝠女にはイラっとさせられる事も多かったが、今回ばかりはナイスプレーであったと言わざるを得ない。
ほむらが慣れない笑顔を作って見せてやったら、トーリに更に怯えられたのが、地味に腹立たしいが。
コイツはほむらの事を、一体何だと思っているのか。

「佐倉が美樹の身体を取り返した時のように、適当にアンクに傷を作って引っ張り出せば良いんじゃないのか?」

そして、トーリの誘導に乗ってくれた後藤が、一応の解決策を提示してくれた。
要するに、猫科ヤミーを相手取るのと同じ戦法である。

「難しそうね……私のリボンで縛っても、炎で焼き切られてしまうでしょうし」
「青いオーズなら炎にはある程度耐性がありそうだし、俺が先頭に立つよ」

一応、トーリも翼は特殊攻撃には強いのだが、総合的な戦闘能力の問題でオーズには遠く及ばない。
なので、やはりオーズを作戦の核とするのは規定事項だろう。
アンクと映司の因縁的な意味でも。

「そういえば、聞こうと思ってたんだけどさ。アタシ達がコアメダルってのを身体に取り込むのはナシなのか? 一気に作戦の幅が広がるんじゃねーの?」

確かに、オーズが持っているコアメダルを魔法少女達に分配して攻撃手段を広げるのは、悪くない作戦なのかもしれない。
ほむらがクジャクを使って自己強化をしているのだから、他の魔法少女も同じことが出来る筈なのだ。

「火野の持っているメダルに余裕がある時ならともかく、今オーズを弱体化すると、逆にジリ貧になるんじゃないか?」
「確かに、パンツマン弱らせたら勝てる戦いも勝てなくなる気がする……」

まぁ、ぶっちゃけると結論はそれなのだが。
現在の火野映司の手元に残されたメダルは、青系3枚にライオン・トラ・バッタを加えた6枚しか無いのだ。
辛うじてコンボと亜種の使い分けは出来るものの、状況は良いとは言えない。
何といっても、相手はあのアンクなのだから。
一応紫のプトティラセットもあるが、アレは乱発して良いものなのかという疑問も残っている。

「でも念のために、実際にコアメダルを取り込んでいる暁美さんと火野さんにも聞いてみたいところね」

すると、巴マミが話を振って来た。
必然的に次の瞬間には、ほむらは映司と目を見合わせる事になっていて。
コアの取り込みをマミ達に実行して欲しくない理由はあるので、それを伝えるべきなのだろう。
ほむらはあまり饒舌な方では無いので、出来ることなら映司に率先して話して欲しいと思っているところだが、果たしてアイコンタクトだけでそのメッセージが通じるものなのか。

「……実は最近、感覚器官がちょっと鈍くなっているような気がするんだ。あんまり使うと、マズい事になるかもしれない」

……まさか本当に映司に通じるとは、ほむらも思っていなかったが。
映司の口ぶりから察するに、おそらく感覚器官の件は黙秘しておくつもりだったのだろう。
自分の命よりも人助けを優先する火野映司ならば、感覚器官の衰退の事実を墓場まで持って行ったとしても不思議では無い。
おそらく今回は、マミの質問に加えてほむらの無言の催促も手伝ったために、公開した方が良いと判断を改めたに違いない。
というか、それを黙秘しておくと魔法少女達がメダルの取り込みを始める危険性が高い、と映司は考えたのだろう。

「って事は、もしかして転校生も、何か五感がおかしくなってんの?」
「……聴覚が、少し」

実のところとして、ほむらもあまり口外するつもりは無かったのだが、メダルの取り込みには明確なデメリットが存在する。
メダルの力を使っているうちに、五感が少しずつ衰えていくのだ。
ほむらは魔法少女の身体強化の応用で視力を矯正した経験があるので、聴力の矯正にもそれほど苦労はしなかったが。
しかし、魔法による矯正が効かない火野映司は、いったいどのような状況なのだろうか。

「痛覚とか聴覚はまぁ良いけど、味覚が無くなるのだけはゴメンだなー……」

その辺りを自分で選べないのも、地味に痛手である。
しかも、自分の意思でメダルを摘出出来ないのも、不便な事この上無い。
映司は一応短時間ならば紫コアを取り出せるようだが、自動的に体内に戻ってしまうらしい。
メダルの怪人であるトーリやアンクが、ほむらや映司の身体に腕を突っ込めば良いのかもしれない。
だが、グリードのアンクは言うまでも無く、何となくトーリも機会があれば暁美ほむらに逆襲してきそうなのが不安要素だと言える。
少し、あの蝙蝠ヤミーを虐げ過ぎたのかもしれない。

「どの道、それは最終手段にした方が良さそうだな」

後藤の言葉を最後に、議論の種は底をついていて。
人間達の知恵で解決できる問題は解決を終え、そうでない問題は今後に持ち越される以外に無い。

美樹さやかの復活を喜ぶ暇も無く、次の事件は既に起こってしまったのだ。
アンクの裏切りに、鹿目まどかが道連れにされるという形によって。

収束する話し合いを聞きながら、暁美ほむらは思った。
アンクの行動を、他ならぬ鹿目まどかは一体どう思っているのか、と……。



・今回のNG大賞

さやかの一言によって、時間停止魔法がバレた!

「人の秘密を勝手に公言するのは、感心しないわ……」
「え!? 暁美さん、認めるの? 本当に時間を止められるの??」←
「なん……だと……。どういうことだ、オイ……」←

「何その反応!? あたしの言ったこと、実は信じてなかったの!? 結構傷付くんだけどソレ!?」
「俺は最初からお前を信じていたぞ、美樹」
「アンタが最初にあたしを疑ったんだろうがああああ!!?」

魔法少女組から美樹さやかへの信頼があったような気がしたが、そんな事はなかったようだ……


・公開プロットシリーズNo.127
→最終章突入?



[29586] 第百二十八話:彼女の守った世界
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/03/09 22:28
カザリは……郊外のとある邸宅にて、回復につとめていた。
真木清人の実家である当建造物は、近頃ガザリのホームとなっている場所なのである。
今夜は、コアメダルが抜け落ちて一時的に不安定となった身体を休めるために、この家に中で休息をとっているという訳だった。

人っ子一人居ない家屋の中にて、カザリは思考を巡らせる。
失ったコアメダルを数えてみたらクジャク一枚のみという結果であったのは不幸中の幸いだが、それでも事態は予断を許さない。
何といっても、これ以上に無いほど育ったスミロドンヤミーを人間に回収されてしまったのだから。
おそらく、同じ作戦は二度も効かない筈だ。
警戒心を高めているであろう魔法少女達は、そう簡単にカザリの結界に捕まるような下手は打たないだろう。

ならば、何か別の方法による自己強化を考えなければなるまい。
一応現在のカザリは、呉キリカと火野映司の取引から横取りされた全色のメダルを1枚以上保持しているため、メダルの枚数自体は多い。
重力や炎弾を放つことが出来るようになったのは、利点には違いない。
しかし自前の黄色メダルが4枚しか無いために、どうしても地力負けしてしまうのだ。

黄色コアがもっとあれば人間達を倒せるが、人間達を倒すには力が足りない。
となれば、別の自己強化手段を考えなければならない。
……もう、あの蝙蝠ヤミーは回収してしまった方が良いかもしれない。
奴で検証すべき実験は既に存在しないので、次に呼び出したときに始末して、セルメダルとコアメダルを纏めて手に入れれば良い。

カザリがそんな予定を考えていた、矢先の事だった。
屋敷の入り口が開け放たれ、中に入ってくる者があったのは。

最初の一秒にも満たない間、カザリはその人物が真木博士だと思って疑わなかった。
事実、扉を開けたのは真木清人に他ならない。
だが、すぐに気付いた。
家に入ってきた影が……一つでは無い、という事に。

「君達は……!」

この家の主である真木清人が入ってきた事は、問題では無い。
しかし、彼と共に入ってきた面々には大いに問題があると言えた。

「久しぶりだなァ、カザリ」
「かざり、だ!」

具体的に言うと、グリードが勢揃いしていた。
ガメル、メズール、アンク……それが、横並びに真木邸へ入ってきた客の名前であったのだ。
疑似的に人間の姿を装った3体が、真木博士と共に現れたのである。
メズールはメダルが足りていないせいかガメルに背負われているが、考えてみれば当たり前の事だと言えた。

青コアのうち4枚をカザリが、3枚をオーズが持っているため、メズールの現在の青コアは推定1枚しか無いのだ。
ガメルからメズールへとセルメダルを分けようにも、グリードの纏えるセルメダルの上限量は自身のコアメダルの枚数に依存するため、メズールはセルメダルを吸収できないのだろう。

「ドクター……これは、どういうこと?」

だが、カザリとしては、敵がガメル一体だけでも充分に脅威と言えた。
アンクが持っている灰色コアを合わせれば、ガメルの所持コアは6枚となるため、かなり厄介な敵と成り得る。
カザリも所持するコアメダルこそ多いが、残念ながら自前の黄色コアが4枚しか存在しないため、やはり自力負けが予測された。
ついでに言うと、最大で8枚までコアを持っている可能性のあるアンクは、下手をしたらガメル2体分よりも厄介かもしれない。
更に最悪を想定するなら、現在カザリが持っているクジャク一枚を奪われて、アンクが完全態になるという状況も有り得る。

「カザリ君……君こそ、魔法少女をメダルの器とする実験はどうしましたか?」

……そして、真木博士からの想定外の一言に、カザリの中には焦りが生まれつつあった。
確かにカザリは、クジャクコアを入れられた暁美ほむらを暴走させてみるように、真木博士から言われていた筈だ。
もっとも、暴走する気も無いカザリとしては、簡単に暴走してしまうであろう暁美ほむらに検体としての興味が持てなかったために、実験自体をサボってしまっていたという訳である。
しかし、背信は許さない、とカザリは真木博士から言われたことがあった。
彼の肩に座っている不気味な人形へと視線を固定したままの真木清人は……まさか、カザリを始末しようというのだろうか?

「人間達は力をつけすぎているよ。もう、実験なんて段階じゃない。早くこっちの戦力を増やさないといけない状況じゃないかな」
「……君にしては弱気な発言ですね。ですが、状況は良いとは言えないのも確かです」

カザリとしては、割と苦し紛れの言い訳だったのだが……一応、ドクターが納得してくれたようで何よりである。
しかし、そもそも何故真木博士はカザリの他のグリードをこの屋敷に連れて来たのか。
倒されたままのウヴァは仕方ないとしても、他のグリードが勢揃いしている現状は、かなり異常だと言わざるを得ない。

「それで、アンク。君達はどういうつもりで、ここに来たのさ?」
「簡単な事だ。俺も、人間達は力を付けすぎたと思っていてなァ」

なまじカザリが先程自分自身で言い訳に使ってしまったため、カザリはアンクの言葉を否定するのに窮してしまっていた。
一応、ガメルに背負われたまま目を閉じているメズールの真意の確認は、メズールの意識があるのかどうか分からないので保留である。
ガメルの考えは……聞かなくても、別に問題は無いだろう。
どうせ、そこまで深く思考が出来るヤツでもないのだから。

「カザリ……選べ。俺達と手を組むか、このまま人間達に消されるか!」

カザリに選択肢は……無かった。
というか、NOと言ったら人間に消されるのを待たずに、この場でカザリが消されるかもしれない。

「……仕方ない。分かったよ」

そして……次に要求される内容も、当然予測済みである。

「かざり! めずーるの、めだる、かえせ! おれの、も!」

メズールに一途なガメルが、これ以上黙っている筈も無い。
当然、アンクに付いて来たのも、メズールを回復させるために違いない。
となれば、協力すると言った手前、カザリはガメルの要求を断る事が出来ない。
というか、協力すると言わなかったとしても、戦力的に断れない。
内心舌打ちしながらも、カザリには素直にメダルを差し出す以外の選択肢が無いのだ。

「……助かったわ」
「めずーる!」

かくして、カザリから投げ渡されたメダルは、ガメルの分が1枚、メズールの分が4枚であった。
結果的に、ガメルの現在の累計コアは6枚となり、メズールも5枚の状態まで回復する事となった訳だ。
さて、ここからが問題である。
カザリは……アンクに対して、お前もコアを分配しろ、と言った方が良いのだろうか。
その場合、間違いなくアンクからも同様の要求が返ってくる。
即ち、カザリが持っているクジャク一枚をアンクに返却せよ、と。

その場合……アンク一名だけが9枚の自色コアを揃えて完全態となったら、他のグリードを皆殺しに出来るほどの力をアンクに与える事となってしまう。
カザリからはアンクの赤コア所持事情が分からないし、それを訪ねてもアンクは嘘を吐くかもしれない。
実際にはアンクは暁美ほむらのクジャクコアを回収していないため、現在の自前コアは7枚なのだが、カザリの視点としては現在のアンクの赤コアは最大8枚までが有り得るのだ。

それでも、アンクはカザリの黄色コアを持っているかもしれない。
その黄色コアを吐き出させない事には、カザリはまともに反撃する事も出来ないのだ。

「そういうアンクも、青と灰色とコアを持ってるよね?」
「そう、なのか! あんく?」

迷った末にカザリは、アンクとガメル達の対立を煽ってみる事にした。
アンクは青コア3枚と灰コア2枚を持っている筈なので、それを返却するとメズールとガメルはそれぞれ合計8枚と7枚を得た状態になる筈だ。
いくらアンクがグリードの中で最も高い出力を誇る赤コアの持ち主でも、まだ完全態でもないのに8枚と7枚の状態のグリードを同時に相手取るのは難しいに決まっている。

つまり、アンクはおそらくガメル達にメダルを渡すのを渋る筈だ。
そうなれば、アンクとガメル達の間には決定的な亀裂が生まれる。
そこでカザリがガメル達に付けば、例えアンクの赤コアが8枚であっても、何とか勝てるかもしれない。

「良いだろう。くれてやる。だが、生憎メズールの分はオーズが持っていてなァ。回収できなかったが、悪く思うな」
「そう、か。でも、おれの、めだる。よかった」
「……無いものは、どうしようも無いわね」

ところが……アンクの見せた対応は、カザリの予想を見事に裏切ってくれていた。
アンクが投げ渡した灰色メダルによってガメルのコアは合計7枚となったのだ。
そして、カザリにとって非常に都合の悪いことに、これではガメル達がアンクと敵対するとは思い辛い。
本当にアンクは青コアを持っていないのか、と問い質したいところだが、グリードは自身のメダルが付近にあれば、ある程度それを感知できる。
従って、アンクが青コアを隠し持っていたとしても青のグリードであるメズールがその気配を見逃すはずは無いので、アンクは本当に青コアを持っていないという事だ。

……もしや、アンクはこの展開を予想したうえで、敢えてオーズにメダルを残して来たのだろうか?
もちろん、カザリがそれを指摘したとして、立証する手段が無いのが辛いところだが。
やはりアンクは、鼻持ちならない相手である。

「……カザリ。お前も、俺のコアを返せ」

そして、カザリの沈黙に耐え兼ねて……というよりは、カザリが自分から何も言い出せないのを、アンクは見越していたのだろう。
自信満々な様子のアンクが、鳥類メダルの返還を要求してきていた。

「待ってよ。今の君自身のコアは何枚なのさ? 僕が持ってる赤一枚で完全態になったりすると、僕達全員がここで消されるんじゃないの?」
「……いつまで腹の内を探り合っているつもりですか。アンク君の最後の一枚は暁美ほむら君の元にありますよ。カザリ君」

……が、他ならぬドクターによって、カザリの目論みは水の泡と化してしまった。
そもそも、真木博士の目的は世界の終末のために、メダルの器となる存在を完成させることにある。
つまり、そのためにグリードの完全態が必要であり、別にその検体がカザリである必要は無いのだ。

「カザリ。私達に余裕が無いと言ったのは貴方よね。今必要なのは信用や信頼なんかじゃなくて『やる』か『やらない』か、よ」
「やる! おれも、やる!」

この分だとおそらく、メズール達はコアメダルの破壊方法もドクターから聞いていると見た方が良いだろう。
そうでなければ、流石にここまで危機感を強めているという事も無い筈だ。
カザリとしては、真木博士との関係そのものを考え直したいという一歩手前まで思考が先走っているが、それも現実的とは言い難い。
他3体のグリードの協力を得た真木清人にとって、カザリという存在は替えの効く実験対象でしかないのだ。

人間達と戦うためとはいえ、カザリが非協力的な態度をとれば、瞬く間にカザリは袋叩きの目に合うことだろう。
カザリが普段の行いにて買っている怨恨的な意味でも。
従って……面白く無いと思いつつも、カザリはコアの交換に応じるしか無かった。

「……分かったよ。でも、僕のコアも返してよ?」
「あァ、構わない。もっとも、お前のコアもオーズの手に2枚ばかり残ってるがなァ」

……コイツは本当に、態とコアを置いて来たんじゃなかろうか。
結局コアを互いに返して、カザリが6枚、アンクが8枚となった訳だが。
最終的な決算を見れば、8枚を所持して完全態に王手がかかっているアンクと、7枚以下の3体のグリードが残される事となったのだ。
アンクが確りとオーズからコアを持って来ていれば、カザリとメズールもアンクと並んでリーチをかけられた筈なのに。

ひょっとすると、最後の鳥類コアを人間達の元に残して来たのも、意図的な行動なのかもしれない。
カザリにコアの返却を断らせないために、敢えて自分のクジャクメダルを暁美ほむらから回収しなかったのではないか。
カザリの思考が全てアンクの読み通りに誘導されてしまっていた……とは、思いたくないところだが。

結局、人ならざる者共の密会は、続く。
カザリの胸中に大きな禍根を残した、ままに。



『その欲望を解放して魔法少女になってよ』
第百二十八話:彼女の守った世界



鹿目まどかとアンクが姿を暗ました、翌日。
伊達明を手術のためにアメリカへと送り出した後藤慎太郎は……バースの応急メンテナンスに明け暮れていた。
鴻上会長が伊達明の手術費用をあっさりと出してくれたのも意外ではあったが、伊達さんが生き残ることが出来そうで何よりである。
全部見届けられなくて悪いな、なんて零しながら出国した伊達さんは……しかし、何処か後藤達に期待を残しているようであった。

そして、後藤は期待に応えるべく、バースの復活を目指しているという訳だ。
一応、バースのプロトタイプのベルトが財団本拠地から見つかったらしいので、場合によってはそちらを使うのもアリかもしれない。
里中秘書が調整をしてくれていたらしいが、昨晩の事件には間に合わなかったらしい。
まぁ、里中さんが作業をしているのなら、不良品は上がって来ないだろう。
……ところで、里中さんの職業とは何だったか。

それはともかく、何故プロトバースの存在に気付けたかと言われれば、事は暁美ほむら拉致事件にまで遡らねばならない。
拉致の犯人を伊達明だと疑っていた暁美ほむらが会話の中で放った一言が、発端だったのだ。

――あの鎧は、複数存在するの?

実際には、一つのバースシステムを使いまわして事件を起こしたというのが正解だった。
しかし、その暁美ほむらの発言がきっかけとなって、後藤達がプロトバースの発見を早める事となったのである。
最悪の場合でも、現行のバースとプロトバースの部品を寄せ集めれば、何とか戦えるだろう。
そんな見込みを立てながら……後藤慎太郎は、もう一つの問題への対処に頭を回していた。

具体的に言うと、

「……学校はどうした?」
「……鹿目まどかが危険な目にあっているのに、そんな場合では無いわ」

真昼間にもかかわらず堂々と学校をサボっている暁美ほむらさんへの対応である。
確かに、人命と学業が両天秤に乗っているのならば、人命の方を重く見るべきなのは当然だと言えた。
相手があの狡猾なアンクであれば、後藤達の思いもよらない方法で攻めてこないとも限らない。

「私が狙われているのなら、尚更」

更に言うならば、クジャクコアを抱えている暁美ほむらはアンクから狙われる危険が大きいので、他の生徒たちを巻き込まないためにも学校には居辛いのだろう。
というか、何となく後藤は、感じ取っていた。
暁美ほむらは、身の周りの誰かを闘争に巻き込んでしまった経験があるのではないか、と。
まさかそれが、ループ世界の一つにて学校を丸ごと魔女結界に包まれた経験だなんて事までは、想像できなかったが。

「残念ながら、バースは修理中だ。ボディガードなら、火野の所に行った方が安全だぞ」

用心棒としての能力ならば、残念ながら比べるべくもない。
バースがまともに運用出来ない状況の後藤よりも、オーズとして戦える映司の方が、遥かに優秀である。

というか、時間停止の魔法を駆使すればグリードの撃退など容易い筈だが。
やはり、アンクが時間停止の存在と攻略法を掴んでいる……という事態を、暁美ほむらは想定しているらしかった。
昨晩に美樹さやかによって存在をバラされた時間魔法はそれだけで強力な能力に思えるのだが、無敵という訳でも無いらしい。
おそらく暁美ほむらは、時間魔法の破り方に何かしらの心当たりがあるのだろう。

「……火野映司の所に行って、その際に私の持っているコアメダルもオーズに渡してしまえば良い、と思っているんでしょう」
「……いや。その理由は、オーズの戦力アップじゃない。暁美の身を思っての事だ」

もちろん、世界を守る存在の筆頭としてのオーズに関心を寄せている後藤としては、オーズの戦力アップは好ましい。
だが、後藤はオーズの戦闘能力の向上よりも、子供達の身の安全を考えるようになっていた。
美樹さやかに対して、後藤の守った世界を見て欲しいと大見得を切ってしまった事に象徴されるように、後藤の守りたい世界は日に日に広がりを見せているのだ。

……後藤がさやかに会いに行かない理由も、それであった。
復活した美樹さやかに会いに行きたいという気持ちが後藤の胸中にあるのは、否定できない。
今頃の美樹さやかは、上条恭介や志筑仁美らと学校にて再会して、誤解を解消するために奮闘している事だろう。
彼らの間にしか共有されていない知識の確認を行っていけば、スミロドンヤミーが美樹さやかの偽物だったという弁で押し切る事は出来るかもしれない。
そして、後藤はそんなさやかの頑張りを見届けてやりたい、とも思っていた。

「……世界を守りたい、と貴方は言っていたわね」
「ああ。俺の目標だ」

それでも、後藤は自分に出来る精一杯の方法で、彼女の世界を守ってやるべきだ。
具体的に言うと、身の危険に晒されている美樹さやかの親友に対して、より安全な地帯を紹介してやる事だろう。
もちろん、バースを何とか使用可能にして出来る限りの戦力を整える事も、である。

「身に余る願いが身を滅ぼす事になるのは、魔法少女だけの話では無い……そう、私は思うわ」
「確かに、俺一人で美樹を救うのは無理だった。その時は、俺も絶望していたかもしれない」

後藤慎太郎が暁美ほむらの心配をしていた筈なのだが……ひょっとすると、ほむらも後藤の事を心配してくれているのだろうか。
ほむらの友人である美樹さやかの救出作戦を経て、ほむらも少しばかり後藤達に対して心を開いてくれているのかもしれない。

「だが、今回の一件の中で、分かったような気がする。美樹を救ったのは、友達の呼びかけだけでも、オーズの戦闘能力だけでも、俺の決断だけでも無い。……『美樹の守ってきた世界』なんじゃないか、ってな」
「……?」

不可解そうに次の言葉を促してくる暁美ほむらは、しかし半分程度は後藤の言わんとする内容を理解出来ているようでもあった。
一応ほむらなりに解釈は出来ているが、それが後藤の真意と一致して居るかどうか自信が無い、というところなのだろう。

「美樹が美樹なりに頑張ってきたからこそ、俺達が動けて、美樹は助かった」

頭も能力も足りないなりに美樹さやかが戦ってきたのを、後藤達は知っている。
人並みに失恋の悲しみに暮れるさやかの姿を、友人達は見ていた。
だからこそ……美樹さやかの世界は、彼女自身を救った。

「俺だって、多分同じだ。俺が世界を守れば、世界も俺を守ってくれる」
「……随分と、楽観的ね。それでも……どんなに最善を尽くしても、世界は私達に厳しい結果を与えることだってあるわ」

後藤に返って来たのは、どこか物言いたげな台詞であった。
……暁美ほむらには、今回の美樹さやかの一件を以てしても浮かれ切れない程の困難が見えているのだろうか?
もしくは、世界を守ろうとして報われずに死んでいった魔法少女に心当たりがあるのか。
ひょっとすると、鹿目まどかが拉致されているという事実を目前に、暁美ほむらは思考がネガティブになっているのかもしれない。

「鹿目だってそうだ。鹿目の世界には俺や暁美達が居るからな」

バースドライバーに有線接続されたパソコンを操作する手を、少しだけ緩めながら。
己の力不足を自覚しつつも、後藤慎太郎は暁美ほむらへと、やや強気だと自覚出来る見込みを吹き込んでみた。
後藤の言は、「今回上手くいったのだから次も上手くいく筈だ」という事にもなりかねない。
それでも……後藤は、ほむらに信じて欲しかった。
鹿目まどかの人徳と、彼女を救いたいと思う暁美ほむら自身の願いの強さを。

「……そのために私の力が不足している、とは思わない。思ってしまったら御終いだと知っているもの」

だが、返事は芳しく無かった。
確かに、一見すると勇ましい事を言っているようにも思える。
しかし、本当に不安が無いのならば、最後の一言は要らなかった筈だ。
おそらく、「御終い」という言葉の意味するところは、魔女化の事だと思われる。
そして、暁美ほむらは……彼女自身の魔女化を避けるために、自分の力不足を絶対に認める事が出来ないという事なのだろう。

……魔法少女とは、難儀な生物である。
鹿目まどかを救えないかもしれないという不安に心を苛まれながらも、その事実を認める事が出来ないのだから。
その事実を認める事は即ち、魔女化への道を辿ることとなってしまう訳だ。

後藤としても、割合真剣にお手上げ状態だと言える。
ほむらを励ますには、まず不安の存在を認めさせる事から始めるのが手っ取り早い。
しかし、不安の存在を認めさせたら魔女化するかもしれない。

「鹿目の情報が入ったら連絡を入れる。だから、とりあえず今は、火野の所に行って戦力を固めた方が良いぞ」

とどのつまり、後藤に出来ることは、鹿目まどかの目撃情報の提供を暁美ほむらへ約束するにとどまるだろう。
というか、暁美ほむらがこの研究所を訪れる理由など、それが第一に決まっているのだ。

「……感謝するわ」

……気が付けば、室内からは忽然と暁美ほむらの姿は消えていて。
結局……後藤慎太郎は、暁美ほむらの不安を和らげる役に立てたのだろうか?
まぁ、火野映司という最強のトラブルシューターを紹介したのだから、事態がそう簡単に悪化することも無いだろうが。

「……なかなかに、難しいな」

ままならない。
仲間達と力を合わせて、ようやく美樹さやかを救えたものの、問題は山積みである。
拉致された鹿目まどかの危機は解決されていない上に、暁美ほむらも爆弾を抱えている。
そのうえ、バースシステムの復旧作業も思うように捗らないときたモノだ。

更に後藤は、自身のPC内部に存在する隠しファイルの存在についても、頭を痛めていた。
そこに記されている情報は……郊外に佇む、とある屋敷の所在地に関するもので。
真木博士の実家にして、彼が身を潜めている可能性が最も高い建物の存在に、後藤慎太郎は既に辿り着いていたのだ。

「人命が懸かった状況だから、あいつらも無暗に突っ込む事は無いだろうが……」

……この情報を味方に公開すべきタイミングが、非常に難しい。
真木博士と手を組んでいるグリードがカザリ一体だけならば良いが、最近騒動を起こしていないメズールとガメルの存在が気になるところである。
もし複数のグリードが真木清人と手を組んでいるのならば、真木博士の拠点を襲撃する前に機会を見つけて何体かグリードを減らすことによって、突入作戦の成功率を上げたいものだ。

「まぁ、俺の当面の難題はコイツか」

何はともあれ、残念ながら今の後藤が打てる最善手は……バースシステムの修復にあると言えた。
最早いつ大破しても不思議でない鎧に、しかし後藤は命を賭ける他無いのだから。


後藤の選択は現実逃避か、はたまた安全に迂回しているのか。
パソコンに繋がれた厳ついベルトは、何も答えてはくれない……。



・今回のNG大賞

「待ってよ。今の君自身のコアは何枚なのさ? 僕が持ってる一枚で完全態になったりすると、僕達全員がここで消されるんじゃないの?」
「俺が8枚も自分のコアを持ってるなら、端からお前を袋叩きにして始末した後に、俺が完全態になって人間どもを薙ぎ払えば終わりだろうが」

まぁ、コレがアンクの現状であって、そう言ってしまえば読み手側にも作者的にも分かり易い訳だが……

「って事は、人間達と戦うために僕の力が必要って事かい? タダじゃ嫌だよ。何か報酬を(以下略)」

こうなると収拾がつかなくなる上に、アンクとしては面白く無いので。


・公開プロットシリーズNo.128
→後藤さんはバースドライバーに話しかけたりしない……!



[29586] 第百二十九話:目指す、先
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/03/16 20:57
後藤慎太郎の勧めにより、火野映司の住む河原を訪れた暁美ほむらであったが……

「……留守、ね」

どうやら、無駄足であったらしい。
残念ながら、河原にて見受けられる影は、蝙蝠娘一人分だけの模様であった。
日も高く、ちょうど昼飯時にあたったようで、トーリは電撃漁で軽食を捕っている様子である。
嫌に手慣れているように思えるのは……多分、このヤミーの適応力が意外に高いからなのだろう。
ホームレス生活に馴染み過ぎてしまったに違いない。
器用に弱電流を用いて枯葉に火を点けて魚を焼き始めた辺り、特に。

が、別に暁美ほむらは、ホームレスヤミーの様子を見に来た訳では無いのだ。
とっとと接触して、火野映司の行先を聞き出すに限る。
……そう思っていたのだが。

「……アレは」

まるで魚の匂いに釣られた猫のようにトーリに近付いている男の存在に、ほむらは遠目に気付く事が出来ていた。
銀髪の目立つ痩躯の青年が、トーリのもとへと歩み寄って行ったのだ。
その青年の姿をほむらは何処かで見たことが有るような気がするのだが……思い出せそうに無かった。
トーリと挨拶を交わしている様子が遠目に窺える辺り、あの蝙蝠娘の知り合いなのは間違いないが。

……まさか、ヤミーに彼氏が居るという訳でもあるまい。
ほむらの見込みによれば精々、美樹さやかよりは彼氏を作れる可能性が高いかもしれない、という程度である。
ダメ女スキーの男性も世の中には居るのかもしれないが。
それにしても、トーリの奴が人間の友人を作ってどうするのかという疑問は、もっともであった。

もちろん、現在のほむらにとっての最善手が火野映司との合流である事は、改めて述べるべくもない。
しかし、火野映司の居場所が分からないのも事実な訳で。
何より……純粋な興味として、あの蝙蝠女が人間とどうやって共存しているのか気になり始めていた。
別に、ほむらが人見知り気味だからトーリを妬んでいる、という訳でも無い。無いのである。

なので、河原から遠ざかる二人を、ほむらは密かに追う事にしたのであった。
魔力による聴力の強化を始めた辺り、何気なくストーキング上級者である。
かつて視力を強化してメガネっ娘の称号を返上したほむらにとって、その程度の事は造作も無いのだ。

「カザリさん、今日はどうしました? また新しい実験ですか?」
「いいや、そういう訳じゃないんだ」

……と思っていたら、聞こえてきた会話の中に、聞き慣れた名前が混じっていた件について。
何時の間にか人気の無い裏路地に辿り着いた成年の姿は、やはり人間にしか見えない。
しかし、カザリという名前は、ドレッドのような毛を頭から垂らした黄色の怪人のものであったはずなのだ。
まさか、グリードが人間に化けるなんて事が出来たのだろうか。
あの性格の悪いカザリが魔法少女や火野映司に化けての騙し討ちに出ない辺り、擬態に何らかの制限はあるのだろうが。

思わず息を飲んだほむらは……しかし、どこか安心しても居た。
そもそも、最近トーリが目に見えた悪さを働かないものだから、ほむらとしても少し扱いに悩んでいるところがあったのである。
マミやさやかのトーリに対する信頼を見れば、ほむらとて心中穏やかでは居られなかった。
むしろ、さやかの救助に尽力したトーリを少しは信じても良い、なんて心の中で少しばかり思わないでも無かったのだ。
まぁ、トーリがカザリと通じているのならば、やはりトーリは敵なのだろうが。

「攻撃しても勝ち目は……無いわね」

そして、トーリの扱い以上にほむらを悩ませているのが、今からの身の振り方である。
先制攻撃に出ても、勝ち目があるとは思えない。
精々、カザリがトーリを盾にして事無きを得るぐらいが、関の山だと言える。
カザリには時間停止も効かない上に、地力が違い過ぎるのだ。
となれば、カザリ達が口を滑らせてほむらに情報を零してくれるのを願うのみである。

……が、ほむらの意に反して、カザリは結界の入り口を生み出し、トーリと共に結界の中へと姿を消してしまった。
盗聴防止のつもりなのだろうか。
さすがに暁美ほむらの存在に気付いているとも思えないが、カザリは余程慎重に動いているという事なのかもしれない。
しかし、ほむらが未だ存在を悟られていないとしても、結界の奥まで踏み込むのは深追いと言わざるを得ない。
爆弾を投げ込もうにも、相手の結界の内部構造が分からないのだから、嫌がらせ以上の意味は無さそうである。

かと言って、魔法少女達を集めて密会を目撃させれば良いのかと言えば、そうも言っては居られない。
悪足掻きを得意とするあの蝙蝠ヤミーならば、カザリに襲われていた、なんて言い始めるかもしれない。

いっその事、端からトーリがカザリに襲われている事にして仲間を集めるか。
それにしても、ほむらがすぐに助けを求められる戦力はマミしか居ない。
映司と杏子は何処に居るか分からないし、後藤もバースの調整中だろう。
ましてや美樹さやかに至っては、魔法少女としての力を失っている始末であった。
結論としては、

「まず、佐倉杏子か火野映司に会うべき……ね」

マミとほむらのタッグでトーリとカザリを相手にするのは、少し重い。
先日はマミとバースが組んでカザリをようやく退けたと聞くぐらいなのだ。
加えて、完全に後衛に回るであろうトーリも地味に鬱陶しい働きを見せそうである。
確定戦力として暁美ほむらと巴マミを数えたとしても、プラスアルファが欲しいと言わざるを得ない。
別に暁美ほむらは、勝てる見込みが無い戦いに身を投じるようなバトルジャンキーでは無いのだ。

なので結局、ほむらの行動指針は変わらない。
まずは自分の身を守るためにも、火野映司を探すべきだ。
佐倉杏子も戦力ではあるのだが、ドライな面もあるので扱い辛いのである。

結界から足を遠ざけた暁美ほむらは……まさか、想像出来た筈も無かった。
カザリが結界を張った理由に。
そして……結界の中で起こっている出来事に。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百二十九話:目指す、先



トーリは……突如として展開された結界に、警戒心を強めていた。
カザリが何故結界を張ったのかと考えると、あまり良い予想は頭に浮かばないのだ。
襲撃者が現れたのかとも思ってみたが、それならば結界は襲撃者の逃げ道を塞ぐために使う筈である。

ところが、現在のカザリの結界の使い方は、まるで……。

「カザリ、さん……?」
「なんだ、そこまで考えが回らないかと思ったのに。もしかして君……少しだけ頭が良くなったのかな?」

……まるで、結界にてトーリの逃げ道をなくしたようではないか。
考えてみれば、カザリは今までトーリを実験台に使ってきた。
混色コアとグリーフシードの取り込みは、トーリが危険を負ってこそカザリが手にした力である。
しかし、それらが終わったら、トーリの存在価値とは?
根本的に、ヤミーはグリードに『収穫』されるために生み出される生物である訳で。

「……ウヴァさんのため、ですから」

だが当然、トーリがセルメダルを届けるべきグリードは、カザリでは無い。

「その調子だと、僕が怪しいって今気づいた感じじゃないね? いつから?」

……ところが、いざ聞かれてみると、具体的に何時からと言われても思い至る節が無かった。
前回トーリがカザリと会ったのは、ほむらの髪の毛を渡された時である。
その時には既に、カザリに少しばかり不満を持っていた筈だ。
危険な実験をトーリに押し付けるカザリを、トーリが快く思う道理も無い。
それでも、カザリに対して決定的な不信感を抱いていた訳では無かった。

さやかの一件に関しても、蝙蝠ヤミーがカザリを疎む理由は無かった筈だ。
グリードが邪魔な魔法少女を始末した事については、ヤミーとしては問題無い。
ヤミーならば大量のセルメダルに喜ぶべきであって、そのセルメダルをつぎ込んでたった一人の人間を救うなど……実行する訳が無い。

トーリは、カザリを警戒していたというよりも……嫌っていたのかもしれない。
損得の勘定でない部分において、さやかを殺そうとしたカザリの行動を受け入れられずに居るのだ。

「何となく、です」
「まぁ良いさ。僕にもそんなに余裕があるわけじゃないし、さっさと君のメダルを貰うよ」

そして……カザリは、瞬き一つの間にトーリへと肉薄していた。
自分自身の放った音声を抜き去るような速さにて、カザリが迫って来たのだ。
当然、トーリへと垂直に突き立てられようとしている爪は、コアメダルを抉り出す事を目的としてのものなのだろう。
トーリは黄色コアを持っていないので、カザリ自身の強化よりもトーリの弱化という意味合いの方も大きいに違いない。

が、トーリが鎌のように振り降ろした翼によって、カザリの腕は叩き落とされてしまっていた。
もちろん、トーリの翼には斬撃特性など微塵も備わっていないので、鎌のように腕を切り落とす事は出来なかったが。
さらに、間髪入れずにトーリは、カザリの胴体へと足の裏をぶつけていた。
……ただし、自身の足が伸びきる前に。

つまり、カザリへのキック攻撃では無く、カザリを足場にしたジャンプである。
ロストアンクとの戦闘経験があるトーリは、理解していたのだ。
グリードは生半可な白兵戦が通じる相手では無い、と
だが、トーリとしてもロスト戦から進歩している点はあるわけで。

「でやぁっ!!」

カザリを蹴って距離をとりながら、電撃を放ってみた。
どういう理屈か翠の火花を散らす電撃が、瞬く間にカザリへと襲い掛かる。
さすがにカザリがグリードの中で最速といえども、放電攻撃を回避する事はかなわなかったらしい。
案の定、手の甲で電撃を防御しているカザリの姿が、そこには在って。

「なんだ、こんなものなんだね。最初の動きのせいで、少し警戒し過ぎたかな」

……当然のようにノーダメージだった。
その身体からは、セルメダルの一枚たりとも零れ落ちては居ない。
表皮からは少しばかり煙が上がっているものの、おそらく焦げているのは表面に付いた汚れなどであって、カザリ自体は無傷だと思われる。
マズい。

具体的に言うと、カザリに対する有効打が無い。
まさか屑ヤミーや使い魔ではカザリに太刀打ちできる道理も無い。
詰んでいるような気がしないでも無い。
ついでに言うと、カザリの結界には内側からの出口も無い。
無い無い尽くしとしか言い様が無い。

もしも暁美ほむらが仲間を引き連れて結界に突入していたならば、トーリは簡単に助かったのかもしれない。
人間の面々の目には、魔法少女を襲っているグリードの構図にしか見えないだろうから。
しかし、トーリの知らぬところでそんなフラグは既に折れていて。
援軍は……きっと、来ない。

勝利を確信したカザリが、嗤った。
そんな、気がした。




ちょうどその頃……郊外の静けさの中に佇む真木邸にて。
家の主たる真木清人は、何をするでもなく、壁にかけられた一枚の絵へと視線を注いでいた。
世界の終焉を示す宗教画を模して描かれていながら、而して何故か所々にメダルの絵柄が埋め込まれた、奇妙な絵を。
自身の為すべきことと決まっている『良き終末』の完成図たるそれは、真木の使命を再確認させてくれる。
肩に乗った白肌の人形と共に、ただ滅びの絵画を視界に収めていたのだ。

……そんな、時だった。
真木清人が、背後に人間の足音を聞いたのは。

「あの……」

聞き覚えのある声色であった。
間違いなく、昨晩に真木と手を組んだグリードの一人のものに違いない。
何故か小さな人間の姿を借りている、赤いグリードの声と同じものだった。
だが……真木清人は敏感に、その判断が半分誤っていることを見定めていた。
真木の知るグリードという生物は、こんなに自信というものが欠如した気まずそうな声を出す事など有り得ないのだから。

「アンク君……では、ありませんね。鹿目まどか君、ですか」
「は、はい!」

確か、アンクが憑代に使っている女の子の名前が、それだった筈だ。
しかし、何故その少女が真木に話しかけて来ているのか。
というか、アンクに支配されている筈の人格が、どうして表に出て来ているのだろう?

「アンク君はどうしましたか?」
「……えっ」

疑問に思ったので聞いてみたが、どうも答えにくいというリアクションを返された。
何か、真木に言えないような事がアンクに起こったのだろうか。
それとも、真木が肩に乗せた人形に視線を固定しながら相手と話している様子に、ドン引きしたか。
まさか、愛らしすぎる頭部を光らせる人形ことキヨちゃんの外見に文句がある訳ではないだろうが。

「……えっと、ずっと私を支配してるのも疲れるから、時々アンクちゃんも休むみたいです」

……その言葉に真木清人は、何だか引っかかるモノを感じとっていた。
確かに、アンクは先日まで鹿目まどかに完璧に抑え込まれていた訳だ。
従って、現在のアンクが鹿目まどかの管理に苦労していたとしても、有り得ない話では無い。
だが、それならばアンクは鹿目まどかの身体を使わなければ良いのだ。
何か、真木清人に隠されている情報があると見える。
もっとも、それを隠しているのがアンクなのか鹿目まどかなのかは、判断できないが。

「そういう事にしておきましょう。それで、鹿目君は私に用事があるのですか?」

それはともかく、最初に話しかけてきたのは鹿目まどかの方なので、何か真木に言いたい事があるに違いない。
しかし、鹿目まどかが一体何を物申したいと言うのだろうか。
まさか食事の改善要求のような小事では無いだろうが、果たして?

「教えて、欲しいんです。真木博士がどうして……世界を終わらせようと思ったのかを」

果たしてその質問は、鹿目まどかの疑問なのか、それともアンクの疑問なのか。
何となく、アンクなら聞いて来ないような気はする。
しかし、鹿目まどかにしても、一体何故聞いてくるというのか。
ひょっとすると、この少女の純粋な興味なのかもしれない。

ちなみに、真木自身は鹿目まどか本人に対して良き終末を説いた事は無かったような気もするが……。
脱獄時に残してきた映像辺りを鴻上会長から見せられたというのが、ありそうなところだろう。

「私にはかつて……愛すべき姉が居ました」

まぁ、今更隠す事でも無いので、真木としては過去語りに抵抗がある訳でも無いのだ。
であるからして、真木はこの屋敷にて起こった事件のあらましを鹿目まどかへと話し始めた。
早くから両親を亡くした真木少年が、たった一人の姉と共に暮らしていたことを。
そして、姉が結婚を機に真木少年を遠ざけ、嘲笑ったことも。
最後に、美しいものも最後は醜く堕ちるという変貌こそが世界の真理であると悟った真木少年がまだ美しいままの姉を『終わらせた』ところで、真木博士は話を締めくくった。

「……」

黙ったままの鹿目まどかは、真木の話を自分なりに噛み砕こうとしているのだろう。
当事者にしか理解できない感覚的な部分もあるので、全てを分かれというのは無茶だろうが。

「しかし、何故そんな事を聞くのですか?」

……この真木清人の返しに、特に意味がある訳では無かった。
ただ、何となくとしか言い様が無い。
聞き返された鹿目まどかも、真木の言葉が意外であったらしい。
真木から少しばかり目を逸らしてしまっている様子からは、自身の思考を言葉にするという行為に対する躊躇いが感じられた。
……いつも全力でキヨちゃんの方に視線を逸らしている真木が感じたのだから、間違いない。

「私が考えている『願い』が……真木博士の『終末』に近い気がしたから、です」

まだ戸惑いが見える鹿目まどかの言葉は、しかしその願いの内容が既に大筋にて固まっている事をうかがわせた。
おそらく『願い』というのはキュゥべえに叶えてもらえる一件だろう。
しかし、幸せな家庭に生きていて、友達思いでもあるこの少女が、世界の終末を目指すとは思い難い。

「……私、『過去と未来の全ての魔女をこの手で消し去りたい』って願うつもりで居たんです」

鹿目まどかの言葉の意味を、人類最高峰を誇る真木清人の頭脳は瞬時に理解していた。
おそらく彼女は、真木と同種の使命を抱いている。
真木が滅びの対象を人類全体としたのに対して、まどかが魔法少女のみを対象にしているという違いは確かに存在するだろう。
だが根本的な部分において、両者の思考の本質は同じものだと言えた。
要するにまどかの『願い』は、魔法少女は醜い魔女になる前に良き終末を迎えるべきだ、という事なのだから。

そして、その願いが過去形にて語られるとすれば……

「なるほど。それなのに君は、魔女から魔法少女に戻った美樹君を見てしまって、醜い魔女にも可能性を見出してしまった訳ですね」
「すごい、ですね。私がまだ殆ど話してないのに……」

真木清人とて、姉を終わらせてから20年の間に、考えなかった訳では無い。
もし姉があのまま生きていたら、後から優しい姉に戻った可能性はあっただろうか、と。
実のところとして、真木が醜い末路という結果を人類全体に適用しようとしたのも、姉の持つ可能性を否定するためであったのかもしれない。
既に姉を終わらせてしまったが故に、その未来の可能性を否定するために全人類の可能性を否定したのだ。

「ですが……今回美樹君に使われたセルメダルは、容易に用意できる量ではありません。ヤミーが君の学友を襲って欲望を満たした分も含まれています」

そこまでの対価を払ってようやく、美樹さやか一人を人間に戻せたというレベルなのである。
さやかの場合は、志筑仁美が致命傷を負わなかっただけ、マシなのかもしれない。
だが、今後に死に際の魔法少女からヤミーを作るにしても、その欲望次第では被害は計り知れないものとなるだろう。
つまり、現実問題としては美樹さやかの方が特例であり、被害を出さずに魔女を人間に戻すのは殆ど不可能と言って良い。

「それに加えて、その願いを実現することは、君自身に良き終末を招くことにもなります。未来の自分自身を倒す願いとなれば、その矛盾から人としての存在を保てなくなりますからね」

真木も真面目に時間遡行を考えた事があるので、分かる。
過去や未来の自分に干渉すればどうなるのか。
全く別の歴史が生まれるという可能性もあるが、いわゆる主観的な時間遡行以外の時間移動は、タイムパラドクスを生むのだ。

実際にそのようなパラドクスが生まれた例を真木が実際に観測した訳では無い。
だが思考実験の中では、大まかな結論は出ていた。
パラドクスを生む時間改変を行ってしまった場合、その改変者は他者から観測される事が無くなるのだろう、と。
すなわち、鹿目まどかが全ての時間の魔女を消し去りたいと願った場合、鹿目まどかという人間が存在しない世界が再構成されることだろう。

「……そう、ですよね」

……そしてここでも、鹿目まどかが見せた反応は、少しだけ意外なものであった。
真木清人の見立てでは、鹿目まどかは決して頭脳明晰とは言い難い。
もちろん、剣を使っていた元脳筋魔法少女よりは遥かにマシだろうが、それでもタイムパラドクスのような面倒な問題に一人で答えを出せるほどの頭脳を持っているとは思えないのだ。
まぁ、アンクに相談したというのが一番ありそうな線なので、特に突っ込む程でも無いが。

「心配は要りません。鹿目君は、もう少し自信を持つべきです」

確かに、真木清人と鹿目まどかでは、目指すものの規模は違い過ぎる。
しかし真木は、人間には分相応という言葉があることを知っていた。
真木は人類全体の良き終わりを導く事が出来るが、まどかが変えたい範囲は魔法少女に限られているのだ。
そして、そんな小規模な終末にしても、真木と同じ方向に進む志には違いない。

「例え魔法少女だけのものであっても……君の目指す終末と願いは、美しい。私が保証します」

未だ、鹿目まどかの迷いを払拭出来た様子は無かった。
だが彼女も、じきに理解する事だろう。
人間は美しさを失って醜くなっていく事を。
そして、そうなる前に人間は良き終末を迎えるべきである、と。

もちろん、願いを叶えるために必要な因果の量の問題があるので、実際に鹿目まどかの願いが叶うかどうかは分からない。
理論上、未来への時間移動は然程難しくないが、過去への干渉は難易度が高すぎるのだから。
それでも真木清人の心は……どこか、晴れやかであった。
規模は違えど、良き終末を目指す同志と巡り会えた事が、嬉しかったのかもしれない。



「それと……着替えなら、私の姉が幼い頃に使っていたものが幾つかあります。自由に使って構いません」



・今回のNG大賞


現在のカザリの結界の使い方は、まるで……。

「最近思うんだ。実はガメルとドクターを始末すれば僕のハーレムが完成するんじゃないかって。君も来ない?」
「一応アンクさんは♂じゃないんですか、カザリさん……?」(憐れむような目)

未成年者にいかがわしい事をしようとする不審者そのものじゃないか……。


・公開プロットシリーズNo.129
→まどかが真木博士にフラグを立てに行ったようです。



[29586] 第百三十話:Got to keep it real ――ホントにしちゃえば良いんだよ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/03/23 21:39
現実は、非情だった。
常識から切り離された結界の中でも、それは変わらない。
クズヤミーを盾にしても、熱線放射によって瞬く間に焼き払われてしまって。

「足掻くね、君も。助かる見込みなんて無いくせに」

面倒臭そうにカザリが放った電撃を、トーリは何とか羽による防御で逸らす事が出来た。
……それでも、直後に振るわれた爪の一撃を避けるまでに、トーリの動作は速くないのだ。
単発の一撃を辛うじて弾くことは出来ても、結局カザリの身のこなしに付いていく事が出来ないのである。

「人間達がこの結界に入って来ても、今の君を助けてくれる事なんて無い。分かってるよね」

そして……カザリの放った言葉の意味を、トーリは痛いほどに理解出来ていた。
普段のトーリであったら、人間の味方を装って魔法少女や仮面ライダーに助けを求めるのもアリだっただろう。
だが、現在のトーリにそれは出来ない。

なぜなら……トーリは、身体の所々に受けた切り傷からセルメダルを少しずつ零してしまっているからである。
もちろん、人間の傷口からセルメダルが溢れ出ることなど有り得ない。
つまり、今のトーリの姿を人間に見られた時点で、トーリの正体はバレてしまう。
そうなれば、トーリが人類の敵であると認識されるのに時間は要らない。

人間と戦うのは、怖い。
トーリは身を以てそれを知っていた。
暁美ほむらさんにハチの巣にされそうになった思い出が恐怖の根本にある事は、疑う余地が無かった。
オーズやマミの戦闘能力を知れば、尚更である。

だが……戦う力の無い筈の美樹さやかや鹿目まどかと敵対するのも、不思議と怖いように思えた。
さすがに、一介の女子中学生である彼女達には、いかにトーリといえど物理的に敗北する事は有り得ないのに。

「だいたい、もし君がウヴァを復活させる事が出来ても、その後は無いんだよ?」
「……え?」

後が無いとは、未来に希望が無いという事なのだろう。
しかし、トーリはカザリの言葉の意味を量りかねていた。
確かに、ウヴァは完全態までの道のりが最も長いグリードには違いない。
現在緑のコアメダルはトーリの手に1枚ある他、カザリが4枚、映司が1枚、アンクが3枚……という具合にバラけてしまっているのだから。
それでも、上手い事コアを集めて誰よりも先に完全態になる可能性は、決してゼロではない。
万が一にも、紫のオーズに緑のコアを砕かれでもしない限りは。

「確かに、完全態になれば力だけは戻るよ。でも、それだけじゃ奴らには敵わない。因果を扱えるインキュベーターには、ね」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十話:Got to keep it real ――ホントにしちゃえば良いんだよ



孵化機――インキュベーター。
それが、キュゥべえと呼ばれるものの本来の名前であるらしい。
しかし、そもそもインキュベーターはグリードの敵と成り得る生き物なのだろうか?
数だけは多くても、インキュベーターたちは基本的に戦闘能力を持たない筈なのに。

「簡単な事さ。僕達グリードが世界を喰らおうとすれば、残った人間達は必ず、『グリードを消し去って欲しい』ってインキュベーターに願うだろうね」

……言われてみれば、その通りである。
トーリの頭はそこまで回っていなかったが、よく考えたらインキュベーターの起こす奇跡は脅威以外の何物でも無い。
貴重な魔法少女候補を使い捨てにするとはいえ、概念としての射程も防御も関係が無い攻撃に晒されては、グリードも堪ったものでは無い。
特に、グリードのせいで人間が減ってインキュベーターのエネルギー回収が捗らないという事態に陥れば、口の上手い彼らは少女達を余念なく唆すに違いない。

「それなら……未来が無いのはカザリさんも同じじゃ、げぶぅっ!?」
「君達と一緒にしないでくれるかな」

トーリの言葉が、カザリの癪に障ったのだろうか。
カザリの打ち出した熱線の直撃を食らって、トーリは口を噤んでしまっていた。
ウヴァやトーリと一緒くたに扱われたのが、カザリは余程不快だったに違いない。

「対策は無いわけじゃない。まぁ、君達が思いつけるとは思わないけどね」

なるほど。
どうやら、カザリにはキュゥべえを何とかする手段に心当たりがある、と。
もしくは、今後にその方法を思いつく自信があるという事なのかもしれない。
……そんな大口を叩いた末に結局何も思いつかなかったりしたら、笑い種にしても笑えないが。
ただ、真木博士とつるんでいるカザリならば、そちらから知恵を借りている可能性も否めない。

もっとも、解決すべき問題がはっきりしているならば、頭の頼りないトーリやウヴァにも希望は残っている。
ぶっちゃけると、他人を頼れば良いのである。
頼れる相手が居なければ、ウヴァさんを完全態にした後で、カザリから力尽くで聞き出すまでだ。

……が、それもまずウヴァさんを復活出来なければ、捕らぬ狸の何とやらな訳で。
というか、トーリが現状にて最も求めるものが、ウヴァの復活であった。
人間に頼れず、トーリ自身の力でもカザリから逃げ出せないのだから、後はこの結界の中でウヴァさんを復活させて戦ってもらうぐらいしか道が無い。

「えいっ!」
「無駄だって言ってるじゃないか」

トーリが悪足掻きに放ってみた電撃も、精々カザリの動きを少し鈍らせる程度で、足止めとすら呼べないだろう。
やはり飛んでくるカザリからの雷撃やら熱線やらが、地道にトーリのセルメダルを削りつつあった。

……しかし、一体トーリとカザリの差は、何に起因するものなのだろうか?
両者を形作る成分だけを考えれば、グリードとヤミーに大差は無い筈だ。
グリードもヤミーもセルメダルの塊であり、グリードがコアメダルを持っているという違いしか無い。
ならば、コアメダルを取り込んでいるトーリは、グリードと同格でも良い筈なのに。
現実問題として、カザリとトーリの力量差は歴然のものと言えた。
まぁ、世の中にはオムライスと親子丼のように、素材が殆ど同じでも似付かない物は存在するが。

自身からセルメダルが零れる音を聞きながら、トーリは必死に思考を回していた。
今までの一か月にも満たないヤミーとしての経験の中から、何か手がかりは無いかと記憶を洗っているのだ。

一番最近だと、ガラの一件が参考になるだろうか。
確か、トーリは後藤のもとへと、ガラの復活方法について聞きに行った事があった筈だ。
ガラの復活方法からグリードの復活方法のヒントが得られないか、と希望を抱いていたトーリは、ガラ復活のシチュエーションを後藤より聞き出したものだった。
その時にトーリは、後藤から何を聞き出したのだったか。

――いや、重機でフタを取り除いただけらしい。

後藤は何気なく答えていたが……実は、『取り除く』というキーワードにトーリは覚えがあった。
以前に真木博士の研究所において、トーリはグリードの原初の成り立ちを聞いた事があるのだ。

――10枚揃っている限りは、グリードは生まれません。そこから何枚かメダルを取り除いた時、その欠損を埋めたいという欲望が生まれ、グリードはその形を為すでしょう。

真木博士から聞いた復活方法にも、同じキーワードが含まれていたのである。
そして……トーリは更に、記憶の連結を熟していた。
直前までグリードとヤミーの差異を考えていたからこそ、ある一つの出来事に思い立ったのだ。

アレは、ケーキの魔女の結界にてカザリがオーズから奪ったコアを、トーリが嫌々取り込んだ時の事だった。
当時4枚の緑コアをとりこんでいたトーリに、カザリはバッタ一枚を渡したのである。
さらに、5枚を取り込んだ状態になったトーリに対して、カザリは奇妙な事をさせなかっただろうか?

――ちょっと試しに、前に取り込んだコアを一枚出してみてよ。

トーリはカザリの言葉に従って、既に取り込んであったクワガタ1枚を一旦身体の外に出してから、再度取り込むという作業を行った。
思えば、あのコア移動は何のために必要だったのだろうか。
そういえばトーリは、あの違和感に対してカザリに聞き返したような気がする。
対して、カザリの返答は?

――僕らが欠けたコアを取り戻したいっていう感覚と同じなんじゃないかと思ったんだ。理由はそれだけだよ。

それは、トーリが部分的にとはいえ、グリードと同じ性質を持ったという事なのだろう。
直後にトーリが屑ヤミーを作れるようになった事とも、関係がある筈だ。
その前後にトーリがヤミーの気配を察知できるようになったのも、トーリがグリードに似た性質を帯びた事を意味しているに違いない。
即ちそれは、トーリからコアメダルを『取り除く』ことによって、トーリを簡易版のグリードとして目覚めさせたという事では無いのか。
復活に必要な1色3種5枚という条件もその時には満たされていたのだから、有り得ない話ではない。

だが、『取り除く』だけでは、おそらく正解の半分でしかない。
メダルの集合から任意のコアを取り出す作業はアンクや映司がいつも行っているが、その度にグリードが復活していては、オーズなんて職業は成り立たない。

段々とセルメダルを削られるペースが上がっている事を自覚しながら。
トーリは、最後の壁にぶち当たっていた。
あと一欠けらの手掛かりが、欠如しているのだ。
おそらく、『取り除く』の他にあと一つだけ、何か認識されていない鍵が眠っている。

そして……トーリが最後のピースを手にする、前に。

「ようやく、捕まえたよ。トーリ」
「あ……れ……?」

鋭利に伸びたカザリの爪が、トーリの胴を貫いていた。
口からは、漏れ出した息と共にセルメダルが毀れた。
その鉄臭さが酷く不快で……しかし、トーリは同時に違和感を口に含んでいた。
主に、カザリの言葉に対して。

思い返してみれば、カザリがトーリの名前を呼んだことが、一体何回あっただろうか。
出会った回数に反して、トーリの名前が呼ばれた回数は決して多くない。
カザリは基本的に『君』という二人称でトーリを呼び、今回名前で呼んだのは、おそらく気紛れに過ぎないのだろう。
そういえば、初めてカザリがトーリの名を呼んだのは……

――どう? トーリ。そのコアを抜く前とは、何かが違うんじゃない?

……トーリに簡易のグリードとしての能力を付与した時だった筈だ。
同時に、今にも引きちぎられそうな胴とは裏腹に、トーリの頭の中では何かが繋がったような気がした。
つまり、それこそがグリードを目覚めさせる最後の鍵なのではないか、と。

枷が外れたように、意識が澄み渡った。
腹の中を抉られている痛みをものともせずに、トーリは……その拳の中へと、最後の希望を握り込んだ。
身体の中に取り込んでいたバッタのコアメダルを、体内を移動させて掌に出したのである。

「このぉっ!!」

そしてその拳を……カザリの脇腹へと、突き立てた。
もちろんトーリの腕力でカザリの表皮を貫くことなど、有り得なかったが。
当然のように、カザリにダメージを与える事は適わない。
案の定、カザリの目には、トーリの行動がヤケクソのそれにしか見えなかったらしい。

「諦めが悪いなぁ。誰に似たんだか」

トーリの拳を悪足掻きと笑うカザリは、トーリの腹の中を抉ってコア探しを継続中で。
きっと……まだ、トーリの意図になど気付いていない。
もしトーリが膨大な数のコアを持っていたのならば、ロストを相手にした時のように相手を暴走させる戦法がとれたことだろう。
だが、今回トーリがコアメダルを握った拳をカザリにあてたのは、そのコアをカザリに吸収させるためでは無かった。

むしろ、その拳にコアメダルを握ったまま、カザリから離す事に意味があるのだ。
4枚の緑コアを持つカザリに、1枚の緑コアを近づけてから、再び離す。
そのうえで。

「今です、目覚めてください! 緑のグリード……『ウヴァ』さんっ!!」

名前を、呼んだ。
グリード復活への最後の礎となる儀式を、熟したのだ。

「なっ……これは……!」

今度は……カザリが驚く番だった。
カザリの体内に保管されていた筈の緑の4枚が突如として発光を始めたのだから、驚愕して当然である。
瞬く間に暴れはじめた翠の輝き達は、カザリの身体を突き破って、トーリの手元の一枚へと浮かび寄っていて。
それに呼応して、周囲に散らばっていたセルメダルが、一斉に呼び寄せられた。
トーリがこれまでに零した分と、たった今カザリから漏れた分が、空中にて一堂に会していたのだ。
……宙に浮かんだ4枚の碧を、核として。

さらに、腕のように形作られたメダルの塊の先端部が、トーリの手から5枚目の昆虫コアを掴み取っていて。
その5枚目が揃うと同時に……メダルの塊であったそれの表皮は、緑の外殻に覆われた。

現れたそれは、虫族の王にして、緑のコアメダルのグリード。
身体を覆う外殻は未だ不完全な部分が多いものの、確かにそこには、在りし日の一体の蟲怪人の姿が蘇っていた。
頭から突き出た強靭な二本角を煌めかせながら、その複眼にて周囲を見渡していたのだ。

そして……結界という場の状態を抜きにしても、復活した蟲の王が現状を把握するのは、さして困難なことでは無かった。
緑ヤミーがセルメダルを零しながら倒れていて、一所にカザリも居る。
……ならば。

「俺のヤミーを笑ったのは……お前か! カザリッ!」


憤怒を司る緑のグリードが激昂するまでに、時間は要らなかった。
元々瞬間湯沸かし器も裸足で家出するような性格のウヴァさんであるからして、当然である。
脊髄反射の如き機敏さを以てカザリに敵意を向けたウヴァは、既に右手から伸びた二本の鎌を突き出していて。
その鉄色に輝く刃が狙う先は……カザリが今まさにセルメダルを零している傷口であった。
先程緑のメダルが飛び出た場所である。

「復活した俺の力……まずはお前に味わってもらおうかッ!」

それは果たして、嬉々として相手の弱点を狙いながら誇るべき言葉なのだろうか。
否、きっと彼の勇ましい態度はブラフに過ぎず、本心ではカザリが油断ならない相手であると理解しているからこそ急所攻撃に走っているに違いない。
……というのが、何とか傷を塞ぎながら態勢を立て直した蝙蝠ヤミーの希望的観測である。

何せ、グリードは身体の色合いから、大体のコア枚数を判断することが出来るのだ。
大まかにだが、おそらく自前の色のコアを数えるならばカザリの方が多いと見える。
まさか、グリードであるウヴァさんが相手の力量を量れないなんて、そんな事がある訳が……。

「調子に乗らないでよね!」
「ガハァッ!?」
「ウヴァさあああん!!?」

……調子に乗ってカザリへの小鎌の大振り攻撃を仕掛けていたウヴァさんが、カウンターの爪撃を貰って盛大に火花を散らしていた。
芸術的なまでに仰け反って見せるあたり、敵の頭脳が美樹さやか並であったら「やったか!?」の一言でも飛び出しそうな光景である。
だが……飛び散ったのは、火花だけであった。
ウヴァの表皮に多少の焦げ目は見えるものの、セルメダルは毀れ出していない。
つまり、ダメージが無かったという事である。

「……あれ?」
「……教えてやろう、カザリ! コアメダルの枚数が絶対的な戦力の差ではないという事をなッ!」

すぐに自身の胸部装甲に目を落としたウヴァさんは……次の瞬間には自信満々に言い放っていた。
さっきウヴァさんが情けない悲鳴をあげたように思えたのは、きっと気のせいに違いない。
もしくは、ウヴァ自身も本人が思っている以上にセルメダルを溜めこんでいる事に気付かなかったのかもしれない。
ちなみに、その身を構築しているセルメダルはトーリとカザリから毀れ出たものであって、特にウヴァさんの手腕によって集められたものでも無いのだが……。
まぁ、ヤミーのものはグリードのものなのである。多分。

トーリが見たところによると、カザリとウヴァの現在の力量にはそれほど差が無いように思えた。
だが、傷口を塞ぐ余裕が無いカザリと互角という事は、傷を塞がれた時点で逆転されかねない。
カザリが何かを思いつく前にカザリのメダルを削り切れてしまえば良いのだが、あの狡猾なカザリがジリ貧のまま倒されるだろうか、とトーリは思ってしまうのである。

という訳で、トーリは一人で上空に飛びあがってみた。
鳥瞰というヤツで、上から見下ろすと戦況を把握しやすいからである。
少し古めかしく言えば、岡目八目という言葉も当てはまるのかもしれない。
まぁ、カザリの結界のせいで、あまり高度を大きくとることは出来なかったが。

「良い姿だな! この虫けらがッ!!」
「くっ……!」

上から見てもやはり、ウヴァさんが押しているように思える。
トーリのものとは比べ物にならない威力の電撃を継続的にカザリに浴びせているお蔭で、カザリはセルメダルを零し続けているのだ。
それにしてもこのウヴァさん、ノリノリである。

だが、場がカザリの結界であるだけに、思わぬ落とし穴が無いとも限らない。
具体的に言うと、段々とカザリが壁際に追いやられている様子を、上空のトーリからは把握することが出来た。
単にウヴァが押し勝っているだけならば良いのだが、もし罠に誘い込まれていたりすると目も当てられない。

……というわけで。

「とりあえず、結界を上書きしておきますかねぇ……」

一応、トーリが吸収している箱の魔女のグリーフシードを使って、結界を張り直してみた。
緑の巨大ルーズリーフにて構成されていた世界は、瞬く間に円筒型のホールへと塗り替えられてしまったのだ。
カザリの使っている落書きの魔女の結界の中に、トーリが新たな結界を展開したのである。
すると。

「アレは……使い魔?」

雨後のタケノコのように、使い魔が床からその姿を現していた。
大きな舌を垂らしながらトロッコに乗っている使い魔の姿を、確認する事が出来たのだ。
おそらく、壁や地面に偽装された穴がカザリの結界の至るところにあったのだろう。
トーリは直接見てはいないが、さやかやバースが同じ結界に捕らわれた時に魔女が隠れていたのも、そのような隠し穴だったりする。
カザリはそこに奇襲用の使い魔たちを隠していたという訳だ。

そして、トーリが上から雷を落として使い魔の始末を始めたのは、説明するまでも無い。

「しまった!?」
「そんな姑息な手で、この俺を倒せると思ったのか!」

一方、足元の使い魔を踏み散らしながら、ウヴァは余裕綽々にカザリを追い立てていた。
カザリから自前の素早さが抜け始めているように思える辺り、既にカザリがセルメダルを散らし過ぎている事が窺えた。
だが……トーリは直感的に、カザリの目に残る最後の輝きを見たように思った。
何か、プライドや体面といったモノをかなぐり捨てた最後の作戦をカザリが決行しようとしているのではないか。
そう、トーリは感じ取っていたのだ。

そして、そんなトーリの懸念を知ってか知らずか、カザリは身体全体を別の何かに変化させ始めていた。
まさかカザリは、強化形態でも残していたのか。
嫌な予感に身を震わせるトーリを余所に、ウヴァさんは止めとばかりに強烈な斬撃をお見舞いしていて。

「これで終わりだッ!!」

一閃の元に、ウヴァの眼前の敵は真っ二つに切り裂かれていた。

「違います、ウヴァさん! それは……!」

……が、両断された敵の姿は、痩身の猫怪人のものでは無かった。
巨大な舌を垂らした使い魔が、身代わりにされて切り裂かれ、光の粒に還っていったのだ。

「何ッ? どこに行った、カザリ!?」

更に……ウヴァが状況に混乱している様子が、トーリからは見て取れた。
つい今まで戦っていた相手が突如として姿を消したのだから、当然の反応と言えるかもしれない。
しかし、遠目に状況を観察していたトーリからは、辛うじて事態を把握することが出来た。

「ウヴァさん! 使い魔を……わっ!!?」

だが……ウヴァに状況を伝えるために声を張ろうとしたトーリは、背後からトロッコに乗った使い魔のジャンピング轢き逃げアタックを食らってしまって。
4000枚以上のセルメダルによる防御能力があれば屁でも無いような攻撃の筈だった。
ところが、ウヴァの復活のために大半のメダルを提供してしまった今のトーリには、その追突はいささか強力過ぎたのだ。
地面に倒れて、背中の羽に二筋の車輪の跡を付けられてしまっている蝙蝠娘は、結局ウヴァへの報告を間に合わせる事が出来なかった。

トーリが見たカザリの動作は……『擬態』であったのだ。
カザリはトロッコに乗って走り回る使い魔の一体に化けて、ウヴァの目を欺いたのである。
グリードの擬態は任意の生物に擬態するには精度が足りないが、使い魔のように現実感の薄いモノに擬態する事は然程難しい作業でも無いのだ。

地面にめり込んだトーリが漸く起き上がった時、既に結界の中には一体の使い魔の姿も無くて。
どうやら、カザリは既に結界の外に脱出してしまった後のようであった。
生憎にも、トーリの張った憧憬の魔女の結界は、以前にもアンクと鹿目まどかが脱出した事があるように内部からの出口が存在するタイプなのである。
そのせいで、カザリの脱出を防ぐことが出来なかったという訳だ。



……結局トーリ達は、カザリという強大な不穏分子を始末する千載一遇の機会を逃してしまった。
だが、蝙蝠ヤミーの悲願がこの日にて漸く達成された事は、変わりが無い。
未だ状況が読み込めずに周囲への警戒を続けている緑のグリードの姿は、確かにトーリが求めていた王そのもので。

きっと……彼は明るい未来を切り開いてくれるに、違いない。
この時トーリは、そう思った。



・今回のNG大賞

トーリがカザリの結界を上書きしたお蔭で、隠し穴に身を潜めていた使い魔たちの姿が露わに!
ウヴァさんも使い魔を踏みつぶして見せるが……

「そんな姑息な手で、この俺を倒せると思っ……うおおッ!!?」ズボォッ!!
「ウヴァさあああん!!?」

間違えて、使い魔の居た穴の中に落ちたのだとか。

・公開プロットシリーズNo.130
→ウヴァさんの雄姿をご覧ください!



[29586] 第百三十一話:グリードと人間と半端者
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/03/30 22:43
情報とは、すなわち戦略の要である。
どんなに強大な戦闘能力を持っていたとしても、販促側の経営戦略を見抜く事も出来ない怪人など、噛ませ犬同然といっても過言では無い。
従って、ウヴァがトーリに対して状況説明を求めたのは、当然の行動であったと言えるだろう。
なけなしのセルメダルをヤミーから回収するよりも、ウヴァは情報を引き出す事を優先したのだ。
もちろんトーリも、ウヴァに情報を提供するのが嫌な筈も無かった。

ウヴァさんの命運がかかっているので、トーリとしても情報の出し惜しみは一切無しである。
マミさんに縛られたら死ぬしかないだとか、紫のオーズのコア砕きが危険だとか、その他にも諸々と。
トーリが今の今まで命を賭けて集めていた情報を、ウヴァさんの頭に詰め込んでもらったのだ。

ほむらさんの時間魔法の辺りは、トーリも理屈が分かっている訳では無いために説明も捗らなかったのだが……ウヴァさんがあっさり納得した様子だったのが意外だったりして。
なんというか、未知の情報を頭に入れる時の素直さが、根本的にズバ抜けているのかもしれない。
捻くれすぎているカザリやアンクは、少しはウヴァさんの率直さを見習うべきである。

「……という訳なんです。ただ力を集めるだけでは、魔法少女やキュゥべえさんには勝てないんですよ」

グリードが単純にパワーゲームを行おうとしても、それだけでは世界を喰らうことは出来ない。
何故なら、キュゥべえが魔法少女候補を使い捨てにして『願い』による攻撃をグリードに仕掛ければ、簡単にグリードは倒されてしまうのだから。
何かしらキュゥべえへの対策を立てない限りは、迂闊に大暴れすることも出来ないという訳である。

「それで、何か良い対策はあるのか?」

……即座に質問を返してくるウヴァさんは、復活したばかりだというのに、平常運行過ぎた。
分からないものを素直に分からないと言える能力は、時に重大な価値を発揮するものなのだ。

「そこまでは分かりません」

まぁ、トーリもトーリで、分からないものは分からないのだが。

「なら、そのインキュベーターに直接聞けば良い」

……しかし、その発想は無かった。
ウヴァさんの発想力の柔軟性が、軽くトーリの思考を跳び越えすぎていた。
まさに脅威である筈の相手に質問するという素直さが、ウヴァというグリードの特質なのかもしれない。
トーリとしては、キュゥべえがそう簡単に口を割るとも思えないものの、万が一に尋問に成功した時の成果が多大なものとなるのも理解出来る。

「といいますか、ウヴァさん。願いでグリードを消し去る事なんて、本当に出来るんでしょうか?」
「どういう事だ?」

そしてトーリは……自身が最も気になっていた部分を口に出してみていた。
そもそも、キュゥべえが『願い』を叶えるためには、人間の持つ因果の力を消費しなければならない。
という事は、『願い』の内容は無制限に叶えられる訳では無いのだ。
不完全なセルメン状態のグリードならともかく、完全態のグリードを消し去ることなど出来るのだろうか?

「案外、『完全態のグリードに対してそんな攻撃が効くかッ!』みたいな事には……なりませんか?」
「……確かに、そうだな。後は、魔法とかいう素質を持った人間の数次第だ」

トーリはダメで元々と思って言ってみたが、ウヴァによると完全態ならば魔法少女の願いによる攻撃を耐える可能性もあるらしい。
だがウヴァは新たに、魔法少女の『数』という問題を提示してくれた。
強大な力を持つグリードの一柱たるウヴァだが、数の力は侮れないという事も知っている辺り、ただ強いだけの王でも無いのである。

「とりあえず今は、少しでも戦力と抵抗力を高めるために、残りのメダルも取り込んでください」
「……」

……まぁ、魔法少女候補生の数を調べる方法など無いので、結局議論は棚上げにする他無いのだが。
ところが、トーリからコアメダルを差し出されたウヴァは、無言のまま何かを考え始めたらしかった。
トーリが渡そうとしたブツが気に入らなかったのだろうか?
そう思ってトーリが自分の掌に目を落としてみるも、そこには灰色コアの二枚が存在するだけである。
特にガメルとウヴァの仲が悪かったという話も聞かないが、トーリは何か粗相を働いたのか?
まさか他の色のコアを取り込むのが怖いなんて言い出す事など、勇猛果敢なウヴァさんに限って、あるハズは無いが。

「そのコアを使ってガメルを完全態に出来ないか?」

するとウヴァさんは、トーリにとって全く想定外の提案を示してくれた。
本当にキュゥべえが魔法少女を使い捨てにしてグリードの完全態を倒すという所業が、可能かどうか。
それを検証するために、とりあえずグリードの完全態を一体作ってみようという訳である。

しかも、ガメルの現在の所持コアは、推定7枚なのだ。
何故そんな試算が成り立つかと言えば、先程のカザリのコアメダル所持事情を鑑みてのことである。
先程カザリは、黄色6枚以上と緑4枚の混色状態であった。

ところが、黄色コアは現在2枚をオーズが所持しており、1枚は行方不明の筈だ。
つまり、アンクの持っていた黄色の1枚がカザリの手に渡った可能性が高い。
もちろん、行方不明であった1枚をカザリが見つけ出したという線もゼロでは無いが。
しかし、どうもカザリは、熱線と電撃以外の能力を使ってくる気配は見られなかった。
おそらく……カザリは、黄色と緑と橙以外のコアを持っていなかったのではないか。

そんな状況から察するに、ウヴァ以外の全てのグリードの間にて、コアメダルの再分配が行われたと見るべきだろう。
となれば、ガメルも元々の4枚にカザリとアンクからの3枚を加えて、灰色7枚の状態になっている可能性が高い。
つまり、トーリの所持している灰色の2枚をガメルに投入すれば、完全態を作り出してキュゥべえの出方を窺えるという事である。

「そういうことですか! さすがウヴァさんです!」
「よし、行け! ガメルを探してこい!」

……ウヴァさんが自分で行かないのは、暴れ出すかもしれないガメルさんに巻き込まれるのが怖いから、という訳じゃないですよね?



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十一話:グリードと人間と半端者



鹿目まどかは……とある施設を探して、町中を彷徨っていた。
出発地点が普段の生活圏から外れた真木邸であったために土地勘が欠如している事が、迷走の原因と言えた。
では、鹿目まどかは、一体どんな目的地を目指しているのか。

『駄菓子屋ってのは、そんなに数が少ないのか』
「駄菓子屋さんって、あの刑事さんの子供の頃の記憶? 私は実物は見た事ないけど……」

食料品店である。
スーパーマーケットだろうが生協だろうが、何でも良い。
ともかく、ガメル用の駄菓子やアンク用のアイスが見つかれば、それで良いのだ。

事の発端は、単純明快であった。
真木邸にあった嗜好品の備蓄が底をついたのだ。
したがって、誰かが買い出しに行かねばならない。

しかし、ガメルを御使いに行かせるのは不安過ぎる。
メズールは、ガメルに比べたらマシだろうが、容姿的に目立ち過ぎる。
カザリは何処かに出かけてしまったし、博士は肩に乗せた人形がメズール以上に悪目立ちする事だろう。

つまり、消去法的にアンクが足を動かすしかない。
まぁ、嗜好品を消費するのは主にアンクとガメルなのだから、アンクが買い出しに行くのは筋が通っているのかもしれない。
ところが、アンクには奥の手として、買い出し役を鹿目まどかに任せるという手段が残っていた。
単にアンクが面倒臭がっているだけには違いないが。

「ねぇ、アンクちゃん」
『あァ?』

食料品店を、探しながら。
いつしか鹿目まどかが、アンクへと話を振っていた。
短い時間ながらグリードの様子を観察した経験を、元に。

「グリードと人間の違いって……何だと思う?」

……こいつは何を言い出すのか、とアンクは思っていることだろう。
もちろん、馬鹿正直に答えを返してくるならば、材料が違うと言うに違いない。
人間を切り刻んでもセルメダルは出てこないのだから、その回答は間違いなく正答と呼べる。

『……グリードは、人間ほど鮮やかに世界を認識できない』
「それなら、私と一緒に居る時のアンクちゃんは、人間?」

しかし、アンクから挙げられたのは、身体感覚の相違であった。
グリードはアイスの冷たさも甘味も解らない、と。
ならば、と鹿目まどかは更に言葉を返してみた。
確かに、人間の感覚を借りれば、アンクも世界を色鮮やかに認識できる。
それを加味すれば、疑似的にでも今のアンクは人間では無いのか。

『そんなもんは所詮、借り物だ』
「カザリっていう人なら、借りるんじゃなくて奪い取るんだ、みたいに言いそうだけど」

今のアンクなら、鹿目まどかに対象を絞らなくても、市井の一般人の身体を奪い取ることは不可能では無い筈なのに。
どうやら、アンクはそれを良しとしないらしい。
……やっぱり、アンクはグリードの中では大分穏健な発想の持ち主なのでは無かろうか。
そう、思わせる答えだった。

『自分の見るモンは自分の目で見ないと、破滅する』
「……どういう事?」

自分の見る物を自分の目を通して理解するのは、文面としては当たり前のことである。
しかし、現実としては、人間は情報を得るために様々な媒体を用いている。
絵や文書はその最たるものであり、最近ならばテレビという便利な映像媒体も普及しているのだ。
もちろん、伝聞を鵜呑みにする事が危険だというのは、まどかとしても同意できる部分は大きいが。

『……昔、目が見えない人間をヤミーの親にしたことがある。そうしたら、ヤミーは他の人間の記憶を集めて、親の視界に流し込んだ』
「それで……その後は、どうなったの?」

何だか、嫌な予感がした。
どうやってヤミーが記憶を集めたのかという疑問もあるが、それよりも。
アンクが語るのを躊躇っているような気がするのだ。
えも言われぬ感覚だが、何となくバッドエンドの予感しかしない。

『それを何度か繰り返したら、ヤミーの親は発狂した。よっぽど見たくないモンでもあったんだろうなァ』

……何となく、まどかは思った。
アンクは、もっと深くまで事情を知っているのではないか、と。
おそらく、ヤミーの親を発狂させた『記憶』の正体をアンクは知っている。
それを言わないのは……単純にアンクが言いたくないからなのか、若しくは聞き手を気遣っての事なのか。

『つまり、物事は自分の目で見るに越した事は無い。分かったか?』

人間も、「百聞は一見にしかず」なんて言ったりする。
もっとも、ここまで実体験として教訓を我が物としている人間も、居ないのかもしれない。
その教訓を得る際に痛みを受けたのがアンク本人では無さそうなのが、少しばかり格好の付かないところなのだろうが。

「でも、アンクちゃんがさっき言ってたヤミーの親みたいに、人間にも感覚が不自由な人は居るよね」

しかし鹿目まどかも、少しばかり食い下がってみた。
全ての人間に当てはまる訳では無いが、確かに世の中には、目が見えなかったり耳が聞こえなかったりする人も居る。
別に、感覚が不自由なのはグリードの専売特許では無いように思えるのだ。

『五感全部が不全なんて奴は、そう居るもんじゃない。それに……グリードの感覚器官の不完全さは、グリードが根本的に『満たされない』理由でもある』
「『満たされない』の?」

確かに、五感の全てが機能を損なっていたら、いくらなんでも精神に影響が出そうである。
ところが、アンクが言うには、それだけでは無いらしい。
苦々しさというか、忌々しさというか、そんな何かが語り口から滲み出ているように思えるのだ。

『何かを欲しいと思って手に入れても、グリードは頭のどこかで疑いを残す。これは本当に自分が手に入れたかったものなのか、ってな。確かめる手段も無いのによ』
「でも、あっちこっちに手を出してるカザリはともかく、メズールとガメルって人達は、二人で居るだけで幸せそうにみえるよ?」

自分の手に入れたものに疑いを残す、というアンクの言葉は、確かにカザリを言い表すには適切かもしれない。
しかし、鹿目まどかが思い出す限りでは、メズールとガメルの関係はそれなりに幸せなものに見えたのだ。
ガメルは駄菓子を食べたり昼寝をしたり遊んだりと気ままに振舞いながらも、しばしばメズールへと食べ物を分け与え、時には遊びに誘うこともある。
そしてメズールも、あらあら、なんて言いながら、ガメルに付合ってやっている。

『試しに、駄菓子を持ってガメルに近付いてみろ。最初の何秒かは、お前をメズールと間違えて寄って来る』
「えっ……」

……中学生モデルと言われれば信じられてしまいそうな人間態メズールと、発育の悪い鹿目まどかを間違えることがあるのだろうか。
だが、アンクの言うことが真実ならば、グリードの不安やストレスも分かるように思えた。
あの能天気そうなガメルやお母さん気質のメズールでさえ、心の内ではそんな不安を常に抱えているのだ。

『だから結局、グリードは何をやっても満足しない。というよりも、満足できないのかもなァ……』

アンクは一体何を思いながら、そんな事を語ってくれたのか。
一つの身体を共有している鹿目まどかからは、アンクの表情など読み取れるはずも無い。
というか、現在はアンクが肉体に影響を及ぼしていないのだから、誰もアンクの顔など観測できない。

それでも、何となく。
鹿目まどかは、思った。
アンク達は……グリードは、人間が羨ましいのではないか、と。
どうも、世界を存分に味わえる人間という生物こそが、グリードの真に目指しているもののように思えるのだ。

カザリは満たされない欲望を、対象物を増やす事で満たそうとしている。
ガメルとメズールは、ただ一緒に居る以上の事を求めているのだろうか。
……アンクは?

「アンクちゃんは、もし人間になれるなら……なりたい?」

グリードが人間になるという仮定にどれだけの実現可能性があるのかは、定かでない。
鹿目まどかの願いを以てすれば、可能性は高そうだが。
……まどかの心は、少しだけ傾きつつあった。
全ての魔女を消し去るという願いに自ら疑問を抱くようになった今では、愉快な同居人のために願いを使うのもアリかもしれない、ぐらいには選択肢として考えているのだ。

もちろん、他人のために願いを使って後悔する羽目になった佐倉杏子や美樹さやかの例も知っているので、歯止めはかかっていた。
少なくとも、安易な同情から自分の一生を賭けてはいけないという教訓は、しっかりと染みついているのである。

『……世界を確かに味わえる「命」は、必ず手に入れる。だが、お前みたいな貧弱な身体になるぐらいなら、もっと高くを望みたいもんだなァ』

……言われてみると、個としての戦闘能力の高さも、グリードと人間の相違点であった。
まどか自身、最近は戦闘能力の高い人間に囲まれていたために、感覚が麻痺していた部分があるのだろう。
一般に人間という生物は、グリードが腕を振るっただけで命を刈り取られてしまう種なのである。
意外に、グリードと人間の違いは大きいのかもしれない。

「それはそうと……意外と、スーパーって見当たらないね」

それはさておき、この会話は鹿目まどかが食料品類を調達する道中における世話話な訳で。
一応、本題は御使いの筈なのである。
あまり遅くなると、ガメルが駄々をこねて街がヤバい。

『お前の他にも便利な使いっ走りが居れば……』
「そんなの、都合よく居るわけ……」

……そして、そんな話題に進んだ瞬間にアンク等が「そいつ」を見つけたのは、いわゆる御約束というヤツだったのだろう。
いかにも使いっ走りをするために生まれたような顔をした蝙蝠女が、何かを探している様子で宙を駆け回っていて。
不覚にも、アンクと鹿目まどかの感想は一致していた。

すなわち、運が悪い奴も居たものだ、と……。




久々の人間形態にて暇を潰していたウヴァが思った事を率直に言うと、次の通りである。
信じて送り出したコウモリ彼女が、後ろ手に縛られた状態で女子中学生に引きずられながら帰ってきた。

「ウヴァさん! 助けてくださいっ!」
「お前は黙ってろ」

足蹴にされて目に一杯の涙を溜めている蝙蝠ヤミーは、もうダメかもしれない。
ウヴァの復活のために殆どのセルメダルを使ってしまって弱体化しているとはいえ、まだ二桁代後半ぐらいのセルメダルは持っている筈なのだ。
仮にも怪人であるヤミーが人間に負けるなよ、とウヴァとしては思わないでもない。

「久しぶりだなァ、ウヴァ。本当に復活してたのか」
「……? 誰だ、お前は?」

どうやら、この背丈の低い女子は、ウヴァの事を知っているような口ぶりである。
ところが、ウヴァにはこの子供に見覚えが無い。
桃色の髪を背中にて乱雑に一本に纏めた少女が、ウヴァを見上げているのだ。
何だか、物凄く生意気そうである。

「ふん……俺が誰だか分からないぐらいに虫頭が進んだか!」
「なんだとッ!!?」
「ウヴァさん、この人はアンクさんですよ!」

アンク……といえば、鳥類グリードのアンクの事か。
ウヴァが退場している間に、随分と姿が変わったように思える。
だが、目の前の相手がアンクならば、蝙蝠ヤミーを雑魚扱いしている理由も納得出来るというものだ。
おそらく、トーリが飛んでいるのを偶然発見したアンクが、首尾良く捕えたというところだろう。
こればかりは、前情報無しに理解せよという方が無茶である。

「……お前の正体ぐらい分かっていた。それで、何の用だ?」

ウヴァとしては、さすがにアンクと戦って勝てるとも思わない。
アンクが復活して最低7枚以上の鳥類コアを揃えているという事を、ウヴァはトーリから聞いているのだ。
更に、ウヴァ以外のグリードの間でコアの再分配が為されたとすれば、8枚目を持っている可能性が濃厚である。
緑コアが5枚しか無いウヴァが勝てる相手では無かった。

しかし、蝙蝠ヤミーがウヴァの居場所をアンクに吐いたというのが、気になる。
希望的観測かもしれないが、アンクはウヴァの得にもなる話を持ち込んで来ているのではないか。
というか、そうでなければ誇り高い緑ヤミーが創生者であるウヴァを危険に晒すような真似をするハズが無い。

「ウヴァ。お前以外のグリードが手を組んでる事ぐらいは気付いてんだろ?」
「当然だ」

やはりそういう事か!
先程までウヴァとトーリは仮定のレベルでしか話していなかったが、どうやら当たっていたらしい。

「俺達と手を組め。もう人間達の力は、グリード一体で相手に出来る範疇を超えてる」

人間達の力とは、魔法少女や仮面ライダーの力に加えて、キュゥべえの有効活用の事まで含んでいるのだろう。
確かに、『願い』の脅威は侮れないことを、ウヴァ達も先程話し合ったばかりである。

「手を組むという事は、お前が持っている俺のコアも、返す気はあるんだろうな?」
「はッ。口を開けばコアメダル、か。俺達が欲しいのは『戦力』だ。手を組むなら当然返してやる」

そもそも、ここで同盟に関してNOと言った場合に、ウヴァは生き残れるのか?
この場でアンクに始末されるという可能性は濃厚だと言えた。
逆に、YESと答えた場合は……実は、ウヴァにデメリットは殆ど無いように思える。
というか、おそらく蝙蝠ヤミーも、それを聞いたうえでアンクをウヴァの元に案内した筈だ。

強いて言うならば、アンクの言葉が罠である可能性が怖いと言えばその通りだが……これも、あまり考えなくても良いだろう。
現状としてアンクはウヴァに対して実力的な優位を約束されているのだから、わざわざウヴァを罠にかける意味も無い。
もしウヴァのコアメダルを奪いたいのならば、アンクは幾らでも実力行使が可能な立場なのだから。

「良いだろう。その誘い、乗ってやる」

トーリがアンクに縛られて戻って来た時には思いもしなかったが、これはチャンスでもある。
ガメルを探そうとしていたウヴァ達に、当のガメルを引き合わせてくれると言うのだから。
果たして、近い未来に勢揃いを遂げることとなったグリードの一行は。
一体……どのような命運を、辿るのだろうか。




巴マミが仮宿のクスクシエへと帰宅を遂げたのは、太陽が程よく傾いた午後のことであった。
人もまばらとなった店内を通り抜ける際に、マミちゃんの友達を部屋に通しておいたわよ、なんて店長から伝えられて。
誰だろう、と期待に胸を膨らませて、マミは屋根裏部屋の扉を開けたのだ。
ところが、そこで待っていたのは、

「……お邪魔しているわ」

無表情女の、暁美ほむらさんだった。
さやかかトーリだったら嬉しかったな、なんてマミは思うものの、重要なのはそこでは無い。
問題は、鼻を突く臭いである。

「暁美さん……」

温泉地に流れるそれのような、古くなった卵を連想させる臭いが、部屋中に充満していたのだ。
どう考えても、作業机に向かっている暁美ほむらが原因としか思えない。

「どうして、この部屋で爆薬を作っているのかしら?」

部屋に撒き散らされた硫黄の匂いから察するに、ほむらは黒色火薬を作っている真っ最中らしい。
……が、爆薬の種類など、大した問題では無いのだ。
何が悲しくて、硫黄の臭いに満たされた部屋に帰宅せねばならないのか。

「……暇だったからよ」

微妙に答えになっていない、ような……。

その後に聞いたところによると、ほむらは火野映司の保護を求めて歩き回った末に、クスクシエでアルバイトに励む映司を発見したのだそうだ。
しかし、映司を発見出来たまでは良かったが、仕事の邪魔をするのも悪い。
ましてや、中学生が彼らに交じって働くという訳にもいかない。
なので、魔法やメダルの事情を知っている店長さんが、とりあえずマミの部屋に通してくれたという訳であった。

ところが、いざ部屋の中に入ってみると暇を持て余してしまい……とりあえず爆弾の補充でもしておこう、と思ったらしい。
一体どこから突っ込めば良いのだろう。
材料を持ち歩いている辺りにも、突っ込みどころが山積みな気がしてならない。

すると、マミの困惑に染まった視線に気づいたらしいほむらが、口を開いてくれた。

「……火気厳禁」

……別に、そういう事が聞きたい訳では無いのだ。
マミが紅茶を沸かそうとしている、とほむらは踏んだのかもしれない。
というか、それは前振りなのだろうか。
このクスクシエを舞台にしているのだから、爆破オチだけは勘弁して頂きたいものである。

「アンクの炎を打ち込まれたりすると、大変な事になりそうね」
「……ごめんなさい」

……やりづらい。
キュゥべえを殺した時のほむらは、もう少しツンとしていたのに。
今は、マミの言葉に対して、どこか後ろめたさを抱いている様子である。
やはり、根本的に暁美ほむらは、巴マミに対しては敵意を抱いていないらしい。
すごすごと爆薬製造器具を片付けている暁美ほむらの素振りは……どこか、頼り無いように思われた。
そして、マミはその理由に心当たりがあった。

「やっぱり、鹿目さんの事が心配?」
「……そうよ」

何時の間にか具現化した四次元円盾の中に器具を収納していた暁美ほむらの手の動きが、少しだけ淀んだ。
傍から見ているマミからは、そう見受けられた。
本人も肯定しているように、マミの指摘は図星であったらしい。

「巴マミ。貴女の目から……あの『アンク』というグリードがどう見えていたのか、聞かせて欲しい」

すると、今度はほむらから質問を返された。
言葉の意図は、考えるまでもない。
アンクによって拉致された鹿目まどかの命運がどうなるのか、という事だろう。

「確かにアンクは、決して『良い人』じゃないわね」

思い返してみると、アンクの行為はそれなりに非道であったかもしれない。
トーリに対して脅迫紛いの尋問をしたこともあるし、メダルのためなら平気で人間を犠牲にしようとする。
さやかヤミーの一件だって、アンクはスミロドンヤミーの気配に気付いていた筈なのに黙っていたぐらいである。
終いには今回の裏切りまで重なって……アンクの株価はストップ安を更新中の有様だった。
それでも……マミは言葉を繋いでいた。

「でも、アンクは……鹿目さんや火野さん達との生活を楽しんでいたんだ、って信じたい」

確かに、アンクは人間達に不満を漏らす事も多かった。
だが、愛や絆なんて大げさなものでは無くても、何となくアンクと人間達の間には繋がりが出来てしまったような気がしてしまって。
情が移ったなんて言うと聞こえは悪いが、アンクの方もそう思っていてくれれば嬉しい、とマミは思ってしまうのだ。

「多分、佐倉さんのケースと同じなんじゃないかな」

佐倉杏子の態度は……かつてマミと別れた時には、酷いものだった。
自分のためにしか魔法を使わないと豪語していた杏子の行動原理は、それこそグリードに近いものであった筈だ。
しかし、1年ぶりにマミと再会した時の杏子は、どこか角が落ちた印象を与えていて。
マミと共に正義の味方を目指していた頃には戻れなくても、他の人間を助ける事に関する抵抗はあまり無くなってきたように思える。
それと同じような変化がアンクにも起こっているのではないか、とマミは期待してしまっているのかもしれない。

「……佐倉杏子は、元は貴女に憧れていた。アンクと同列に扱える存在とは思えない」
「その辺りは、アンクが人間に憧れていたかどうかなんて分からないから、何とも言えないわね」

そもそも、アンクがそんな内心を臆面も無く口にする事があるとも思えない。
ただ、会話の大本は巴マミから見たアンク評であるため、確証や論理の整合性は然して重要では無いのだ。
マミが感覚的な言葉を返すだけでも、会話は成立しているのである。

「私がアンクを殺そうとした時にね。アンクは最後に、火野さんの名前を呼んだの」

――映……司……
だからこそ、マミは自身の感性に従って、言葉を続ける。

「最初は、火野さんに助けを求めているだけだと思っていたわ。でも後から、思った。アンクは火野さんとの別れを惜しんでいたんじゃないか、って」

それはひょっとすると、ちょっとしたメタ構造なのかもしれない。
即ち、アンクが人間との繋がりを求めているという事を、マミが求めている……という。

「アンクは、完全な力を取り戻すのを諦める事は無いかもしれないけれど……少しだけでも、鹿目さんの事も気にかけてくれるんじゃないかって、私は信じたい」

そして……マミの言葉を聞いて戸惑っているほむらの様子が、見て取れた。
迷っているという事は、つまり事象を肯定する要素と否定する要素のどちらをも持っているという事である。
鹿目まどかの身が安全だと祈りたい反面、最悪を想定して動くことの大切さを知っているからこそ、なのだろう。

「……魔女の正体を知っても、未だそんなロマンチストで居られるのね」

……ほむらの反応を待っていたら、何だか色々と物言いたげな一言を投げかけられた。
暁美ほむらは、魔女の正体を知って絶望していった元ロマンチストを見た事があるのだろうか。

「そんな私を好きだって言ってくれる人がいる限り、私はいつまでもロマンチストよ。変わらずに、ね」
「……巴マミ。貴女は充分変わったわ。そう思える時点で」

変わらずに正義の魔法少女である事を選んだマミは……そういう自分に変わった、とも言えるのかもしれない。
もちろん、心の弱さが無くなった訳では無い。
映司に拒絶された時には酷く落ち込んだ。
魔女の正体を知った時には、大切な後輩を魔力タンクというモノとして見てしまったきらいもある。

それでも……杏子が勇気をもって、マミに憧れている気持ちを告白してくれたのだ。
そしてマミも、それに応えたいと思った。
そんな他の人の想いが繋がって、アンクを信じたいという現在のマミを形作っている。

「辛い事があれば、嬉しい事もあるわ。美樹さんみたいに」

なるほど、という顔をしている暁美ほむらからは、今度は多少の同意を得られたらしかった。
美樹さやかほど起伏の激しい人生を送っている人間も居まい、と思っているからかもしれない。

「美樹さんが放課後にこの部屋へ、結果報告に来ることになっているのよ。たぶん、もう暫くかかるでしょうけれど」

本日のさやかは学校にて、上条恭介や志筑仁美との仲を戻そうと奮闘している筈である。
その結果がどうあれ、今日はクスクシエの屋根裏部屋に報告に来る、という事になっているのだ。
まださやかが来ていないという事は、話し合いの時間を放課後にとっているという理由からなのだろう。
さすがに、上条恭介を寝取るところまでは無理だろうが。

「失恋したり魔女になったりしても……希望って、ある所には幾らでもあるんじゃないかな」

何となく。
巴マミは……無表情な暁美ほむらの心の内が分かるような気がした。
おそらくほむらは、マミが変わらずにロマンチストである事に、心の何処かで安堵してくれている。
何故暁美ほむらがそう思ってくれるのかは分からないが、巴マミはそんな気がしてしまっていたのだ。

「私も……美樹さやかの報告を、この部屋で待たせてもらっても良いかしら?」

魔法少女は、希望を振り撒く。
それは……きっと、全ての力を失って舞台を降りた美樹さやかも、変わらない。
希望を振り撒きすぎて自分自身の希望が底をつくならば、他の誰かが供給してやるまでである。

「そうね。美樹さんもきっと、喜ぶと思うわ」



・今回のNG大賞

ウヴァさん達にはキュゥべえ対策が……ございません。

「それで、何か良い対策はあるのか?」
「分かりません。カザリさんは何か考えがあるみたいですけど」

「これでも長い付き合いだからな。カザリの考えている事なら大体分かる。インキュベーターを全部猫科ヤミーの親にして、世界中のインキュベーターを操る気に決まっている!」
「それって、全部終わるまでに何十年ぐらいかかるんですか……?」


もはや、映司の寿命切れを待つ作戦と大差が無いような……。


・公開プロットシリーズNo.131
→両陣営共に、地が固まって……いる?



[29586] 第百三十二話:完全態
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/04/07 01:03
創造のためには破壊が必要だ、と誰かが言った。
だが、誰が予想しただろうか。
瞬く間に鉄塔が崩れ、高層建築が零れ落ちる光景を。
この見滝原の街に御馴染みとなった金属音は、もはや留まるところを知らない。
文明の遺産達が、何の抵抗も出来ずにセルメダルへと練成され、ボタ山のように積み重なっていて。

「おーず! どこ、だ!」

その災害が、たった一体の人造人間によって生み出されているという事実は……まさに人類にとっての悪夢であった。
体長2メートルを超える巨躯に備えられたサイの一本角や猿人の剛腕に像の鼻や脚は、どこか大自然を連想させるパーツ群で。
それらを固めた灰色の怪物が、機械文明の真只中を闊歩していたのだ。
ひとたび怪人が拳を振るえば、触れた物は無機物も有機物も等しく銀のメダルへと変えられてしまった。
まるで、人間達の産業の成果を嘲笑うかのように。

「めずーるの、めだる、かえせ!」

彼の異形の名は……ガメル。
灰色のコアメダルから成る人造生命体にして、重量動物の王。
そして、現代世界にて初めて『完全態』にまで復活を遂げた、グリードであった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十二話:完全態



後藤慎太郎の出動は、迅速であった。
ライドベンダーの内蔵監視カメラから情報を得て、瞬時に走り出したのである。
バースバスターを片手に、現場まで駆け付けたという訳だ。
……ところが。

「やっぱりダメか」

後藤の頼りであったバースバスターは、全く効力を見せなかった。
後藤自身が仰け反る事も省みずに撃ってみたのだが、てんでダメだったのだ。

「おまえ、じゃま!」

見るからに身体の色彩が濃いガメルは、おそらく完全態まで復活しているだろう。
しかも、ベンダーの映像を見た限りでは、物体をセルメダルへ返してしまう能力は人間相手にも有効らしい。
つまり、触られたら一撃死が有り得る。
にもかかわらず、後藤側は今のところは防御手段が存在しない。
バースのベルトは現在、研究所に残されたまま後藤のパソコンと優先接続されている有様なのだ。
修理が間に合わなかったためである。

「こうなったら……」

となれば、後藤に出来る事は一つしかない。
すなわち、人気のない方角へガメルを誘導する事だけである。
バースバスターのセルバースト機能を使えば有効打の一発ぐらいは放てるかもしれないが、後が続かないので実行しない方が良いだろう。
撃ったとしても、反動で後藤さんがヤバい。

もし伊達さんが居たらどうしていただろうか、なんて思うものの、それも益体のない事であった。
伊達明は脳に埋まった弾丸を摘出するために、既に出国を終えてしまっているのだ。
したがって、後藤が腹に力を入れて何とかするしかない。

という訳で後藤が選んだのは……未だ復旧が進んでいない、見滝原公園の跡地であった。
かつてロストアンクが暴走して荒らしまわった、曰くつきの土地である。
世間にはガス爆発事件地だと公表されているあの公園跡の周囲には、おそらく民間人は居ない筈だ。
あそこに散乱する瓦礫ならば、いくらセルメダルに練成されても悪い事は一つも無いだろう、という算段もあったりするが。

「ここ、きたことある、きが、する……?」

小首と呼ぶには強靭すぎる首を傾げているガメルを、何とか公園跡地まで誘導した後藤は。
後は……自分の体力との勝負を残すのみであった。
バースバスターの燃料であるセルメダルは、ガメルが生産してくれるものを適当に拾えば良い。
ならば、残った問題は後藤の忍耐力と体力だけなのだ。
カンドロイドを放って増援は呼んであるので、彼らが到着するのを待つしか、すべきことが無い。

セルメダルを人間の体力に変換する手段は無いものか、なんて益体も無い事を考えながら。
後藤慎太郎は……今までにないシンプルな作業に、その身を没頭させることとしたのであった。



タカのカンドロイドに導かれて、クスクシエに集っていた火野映司と魔法少女2名が駆け付けた場所は……更地であった。
そして、当然のようにマミや映司は首を捻らざるを得ない。
何故なら、その場所にはロストアンク暴走態が暴れた際に生み出された大量の瓦礫が未処理のまま残っているはずなのだから。
所々に、踏みつぶされた電話ボックスやら捩じ切られたガードレールやらが見受けられるために、辛うじてこの場所が見滝原公園跡地だということは分かるが。

「よく来てくれた。あと少しで、隠れる場所が無くなるところだった」
「あ! おまえ、めずーるのめだる、もってるやつだ!」

どうやら、映司に気付いて息巻いている灰色のグリードが、この荒地を均していた犯人らしい。
今もまた、ガメルが振り回した腕が、電柱の残骸をセルメダルへと練成していて。
駆け付けた面々は、一発で理解出来ていた。
ガメルに触ったらゲームセット……という可能性が有り得る、と。

大地を踏み割ってこちらに走り寄ろうとしたガメルに対して、ほむらとマミが抜き打ちの炎弾と銃弾を浴びせてみるものの、効果は思わしくなかった。
ガメルの走行速度を少しばかり鈍らせる事は出来ても、突進自体を止める事は出来なかったのだ。
思い思いに横跳びの回避を行う人間達は……誰もが、状況の悪さを感じ取っていた。
ガメルに触れられないとすれば、一体どうやって戦えば良いというのか。

なので、とりあえずマミが、地に落ちた銃弾から魔力紐を伸ばしてガメルの腕に巻きつけてみた。
すると、

「じゃま!」

あっさり引きちぎられた。
……セルメダルに変えられるのではなく、腕力によって千切られたのだ。

「もしかして……?」

マミの呟きは、人間達の希望的観測を代弁したそれで。
ガメルの突進を二度三度と回避しながら同様の実験を行ってみれば、やはり同じ結果が得られた。
つまり、それが意味するところは。

「魔力があれば、セルメダルにされずに済むという事か……?」

そう言葉に出しながら、後藤は少しだけ状況に希望を見出していた。
後藤の身は依然として危険だが、魔法少女達が即死攻撃を受けないとなれば、一安心である。
後は……オーズもガメルに触れるのか、という疑問だけであった。
まぁ、オーズシステム自体が対グリード戦を想定して作られた経緯があるので、その辺りの抵抗力はありそうだが。

「変身!」
『シャチ ウナギ タコ』

……と後藤が思っていたら、映司がおもむろに変身を始めた。
しかも、青メダル三枚を使って、シャウタコンボへと。
何か考えがあるのだろうか?
コンボの火力を使って、とにかく必殺技を連打する方針でも採用するつもりなのか?

そんな後藤の予想を裏切り、オーズは足元のアスファルトを叩き割って、罅の中から紫の大斧を取り出していた。
よく見れば、黄色く光っていた筈のオーズの眼部が紫に明滅しており、おそらく体内の恐竜メダルの力を使って紫の武装を具現化したのだろう。
紫のコンボであるプトティラ形態にて使う筈の戦斧……メダガブリューを、実体化したのだ。
そして次の瞬間には……

「セイヤァッ!」

……投げた。
唖然とする後藤や魔法少女たちをよそに、大斧が風を切って飛んでいったのだ。
オーズが投擲した斧斤は、甲高い音を奏でながらガメルの身体に激突するも、弾かれてしまっていて。
しかし、セルメダルには変換されなかった。
弾かれて地面に突き刺さったメダガブリューは、形を保ったままだったのである。

「実験成功……かな」

ウナギを模した鞭で遠方のガブリューを拾っている映司の意図は……そういう事らしい。
念には念を入れて、オーズにも抵抗力があることを確認した訳だ。
武器であるガブリューとオーズ本体では判定が違う可能性も微細に残っていたが、これ以上は気にしていても仕方が無い。

ここまでの検証は、ガメルと戦ううえで必要最低限のものだと言える。
だが、ガメルの圧倒的な攻防力に対抗する方法は、未だ見えては来なかった。
オーズが液状化を駆使して四方八方からガメルに斬りかかるものの、有効打らしき当たりが見られないのだ。
散発的に炎の弾丸を打ち出している暁美ほむらの攻撃も、殆ど効いていないように思える。

そして、魔法少女にとって、持久戦は望むところでは無いからして。

「ティロ・フィナーレッ!!」

マミが早急に大技を使ったのも、無理も無い話であった。
当然のように音を置き去りにした弾丸は、ガメルに直撃していて。
送れて響いた着弾音と粉塵を巻き上げながら、爆炎が立ち上った。
大地を震わす威力の砲弾が、ガメルの巨躯に突き立てられたのである。

……しかし、人間の誰もが、楽観など抱いては居なかった。
完全態であるガメルの圧倒的な存在感は、粉塵の中に紛れても消える事など有り得なかったのだ。

「みえ、ない……」

どうやらガメルの側は人間達を見失っているらしく、突撃する先を探して足を止めてしまっていると思われた。
だが人間達は、事態が好転する兆しなど決して嗅ぎ取れなかった。
このまま持久戦を続けても、人間勢に勝利の目は無い。
それどころか、他のグリードが駆け付ける可能性まで有り得る。
というか、そもそも現状においてガメルが孤立している理由も、気になる所ではあった。

「以前に貴方達は、ここで巨大グリードを倒した事があったそうね。その時にとった方法を聞きたい」

そんな中で口を開いた暁美ほむらの指摘は……ごもっともであった。
おそらく、ガラを倒した後の魔法少女達の祝勝会にて、美樹さやか辺りから事件のあらましを聞いたのだろう。

「美樹さんが無限の魔力で巨大剣を作って刺して、」
「俺がその傷をメダジャリバーの遠距離攻撃でひたすら抉ったんだっけ」
「俺もそう聞いているな。だが、もう美樹は戦えないし、トーリの奴も何処に行ったか分からない。しかも、メダジャリバーはその戦いで折れたんじゃなかったか」

まだ10日も過ぎていないというのに嫌に懐かしく思える、例の戦いの記憶である。
だが、それを思い出したところで、事態は転がらなかった。
攻略の再現性が全く無いのだから、当然である。
一応トーリだけはまだ使い物になる筈だが、奴も奴で何処をほっつき歩いているのやら。

「そこ、か!」

一方、粉塵が晴れれば、ガメルの突進攻撃も再開される訳で。
単調な突撃技といえども、その重量と筋力から生まれる運動エネルギーは、脅威以外の何物でも無い。
グリードのスタミナがどの程度のものかは不明だが、人間より先に底をつくとも思い難い。
今もまた、跳んだり液状化したりした人間達に突進を回避されたガメルが、民家跡に突っ込んで行ったところだった。

「やっぱり俺が紫のコンボで行ってみます!」
「……それしか無さそうね」

ここまで来れば、やはりプトティラが最終兵器なのだろう。
かつてトーリや美樹さやかが何かを恐れていたのが気になるものの、使わない訳にもいかない。
即座に身体の中から紫の3枚を浮かび上がらせたオーズが、すかさずその恐竜コアをベルトにセットしていて。
流れるようにオースキャナーを滑らせて、上位の形態へと姿を変えていた。

『プテラ トリケラ ティラノ』

白銀の外皮に紫の鎧を輝かせたオーズの最恐コンボが、久々に日の目を見たのである。
理性の光を思わせる緑の眼からは、以前のような暴走の危機は読み取れない。
更に、プトティラコンボの鋭い爪を備えた指は……迷うことなく、戦斧メダガブリューに備え付けられた口へとセルメダルを飲み込ませていた。

『ゴックン』
「……とかげ? だれの、こあめだる?」

そして、セルメダルの塊となった元民家から出てきたガメルが……オーズと視線を交錯させたように、後藤には思えた。
加えて、大地を踏み鳴らす豪獣の足音が、再び響き始めていて。
ただ、その振動が今までと決定的に違ったのは……音源が、二体に増えたという事であった。

「おー、ず!」

巨体から発せられた存在感を纏ったままに走り寄るガメルへと、紫のオーズ自身も突撃したのである。
考えたものだ、と後藤は思った。
ガメルが走ってくる勢いをも利用したカウンター攻撃が、オーズの狙いなのだろう。
単純な身の熟しの速さならば圧倒的にプトティラの方に軍配が上がるのだから、決して分の悪い賭けでは無い。
案の定、速度を増しながら迫る両者の勢いは……オーズの方が優れているように思えた。

「セイヤァッ!!」

半透明の刃部を煌めかせ、オーズは一思いに戦斧を振り降ろしていた。
互いに常識外れの攻撃力を持っている事は、もはや説明するまでも無くて。
確実にプトティラが競り勝つだろうと確信できた人間は、居なかった。
だが、メダガブリューによるコア破壊が効かなかったら人間に打つ手は無いのだから、これが効かなかったら困る訳で……。

「うわっ……!?」
「いたく、ない!」

つまり、後藤達は本格的に困り始めたという事だった。
巨斧による一撃を弾き返されたオーズは、ガメルの突進を受けて宙を舞ってしまっていて。
紫の翼を広げて空中で態勢を立て直して地面に降り立ったオーズには、而して多少のふらつきが見られた。
むしろ、あのガメルの突撃を受けて、良くぞその程度の被害で済んだものである。
オーズ側からの攻撃によってガメルの突進の威力が軽減されていたためだろう。
でなければ、最恐コンボのオーズといえど、ガメルの強靭な角にて一突きにされていたに違いない。

コア破壊攻撃には相手の防御力を無視できるなどという都合の良い設定は、付いていなかったらしい。
……あと、残された手段とは何だっただろうか。

「時間停止魔法で何とかならないか?」

先程から散発的に炎弾を放っている暁美ほむらさんに、とびっきりの魔法を使ってもらえば良いに違いない。
いつもの銃器を使わないのは、普通の弾丸ではガメルに当たった瞬間にセルメダルへと変換されてしまうからなのだろう。
市販の銃弾でも魔力を込めればガメルに当てる事は出来るのだろうが、小さな弾丸の一発ずつに魔力を込めるのは効率が悪いのかもしれない。
しかし、虎の子の時間停止攻撃が効くならば、頼もしいことこの上ない訳で。

「……実は、先程あのグリードが砂埃に包まれた時に、使ってみたわ」

……が、ダメだったらしい。
ほむらが時間停止を試してみたというのに、現在ガメルは生きている。
それだけで、判断材料は十分だった。
つまり、ガメルは時間魔法に対する抵抗力を持っているという事だ。
おそらく、他のグリードから措置を施されているのだろう。

紫のオーズによる凍結攻撃とマミによる拘束紐でさえ、ガメルはまるで砂の城でも崩すかのように蹴散らしていて。
後藤慎太郎と暁美ほむらの後衛組が思わず顔を見合わせてしまったのも、無理の無いことであった。
何せ後衛二人の共通認識としては、現在前衛としてガメルの一つ覚えな突進攻撃を凌いでいるオーズとマミは、共に人類最強の一角と呼んで差支えない戦力なのだ。
火野映司も巴マミも、暁美ほむらの時間停止のように突出した一芸に秀でている訳では無いものの、手札の数はピカイチの筈だと言えた。
古めかしく言えば、潰しが利く、というヤツである。

その二人が揃っていて……尚且つ、攻めあぐねているともなれば。
単純な攻撃力では、おそらく後藤達に仕事など無い。

「そもそも、奴らはどうやって時間魔法に対処しているんだ? その抵抗力を無効化する事は出来ないのか?」

視界の隅に、メダガブリューを銃形態に変形させて砲撃を試みているオーズを収めつつ。
後藤は、必死に思考を回していた。
この場の面々がガメルから逃げること自体は難しくは無いだろうが、ガメルを野に放てば、現代文明は一夜にてセルメダルの山へと変えられてしまうだろう。
であるからして、悪足掻きだと半ば自覚しつつも、後藤はほむらへと話を振ってみた。

「彼らが抵抗力を得ている方法は分かっているけれど……グリードの体内から『それ』を摘出する方法は無いと思うわ」

すると、微妙に言葉を濁しながら、ほむらさんが答えを返してくれた。
どうやら、その件に関してはあまり多くを語りたく無いらしい。
詳しく言及すれば、暁美ほむらのアキレス腱とも言える時間停止魔術の攻略法が露見してしまうためだろう。
その口ぶりから察するに、何か実態があるモノが、時間停止への対抗処置としてガメルの体内にて機能しているようだが。

「俺を信じろ、なんて大袈裟なことは言えない。でも、グリードを止められなかったら世界は終わりだ」

歯止めが利かないままにガメルが暴れ回れば、文明崩壊は時間の問題だと言えた。
ましてや、それが最終的に5体に増えるともなれば、その結果は口にするまでもない。

「だから……今グリードと戦っている『あいつら』を信じてやってくれないか。グリードの身体に傷を作るぐらいはやってくれる、ってな」

というよりは、あの二人でそれぐらいの事も出来なかったら、人類は既に詰んでいると言っても過言では無い。
物は言いよう、というヤツである。
そして、後藤へと返ってきた暁美ほむらからの視線には……未だ、少しばかりの不安が根付いていて。
やはり、どこか時間停止魔法の弱点を口外する事に抵抗感を拭い切れていない様子であった。
……だが、しかし。

「……私の身体の一部を持っていれば、時間魔術を潜り抜けられるわ。おそらく、グリードの身体のどこかに、私の毛髪が埋め込まれている」

渋々と、暁美ほむらは自身の弱点を打ち明けてくれていた。
ほむらと後藤の会話の傍らで、オーズの砲撃とマミの必殺技を同時に食らって耐えてしまったガメルの姿があったから……だろうか。
まさか、ほむらがいきなり後藤達の事を信頼する気になった訳ではないだろうが。

「一応聞いておくが……グリードの身体のどこに暁美の毛髪が仕込まれているか、分かるか?」
「…………魔法少女が起こせる不条理にも、限界は存在する」

無理らしい。
さすがにコレばかりは無理かもしれない、と後藤も薄々気づいては居た。
むしろ、自身の落とした全ての髪の毛の位置を逐一把握出来たら、色々怖すぎる。
気になるあの子に髪の毛入りのお守りをプレゼント……なんて行為が、実用的なGPS機能を持つ呪いのアイテムの授与に成り果ててしまう。
そんな魔法少女は奇跡もマホーもありゃしない。

「グリードの身体に傷を作るだけなら、私達で何とかしてみせます!」
「俺も、探し物に手を伸ばすのは苦手じゃないです!」

……が、前衛組から飛んできた返事が頼もしすぎた。
どうやら既に、ガメル攻略の算段が立ってしまったらしい。
いくら後藤さんが変身できないとはいえ、蚊帳の外も良いところである。

ガメルの剛腕にて繰り出された拳を絶対に受けないように戦っている前衛両名からは、現状が決して人間側に有利でない事を窺わせる筈なのに。
もちろん、ガメルの振り回した腕から繰り出されるものは、技術に裏付けられた拳撃ではなく駄々っ子パンチとでも呼ぶべき代物であった。
それでも、時折ガメルが足踏みにて放つ地響きの中にて敵の攻撃を的確に回避するのは、困難を極めるに違いない。
現在のオーズやマミが立っている場所にもし後藤がバースとして戦っていたら……既に満身創痍の有様となっていたかもしれない。

そして……前衛達がガメルの突進攻撃を回避して、直後の事であった。
巴マミの魔力紐にて、紫のオーズが球状に包み込まれたのは。
一体何を始めたのか、と後藤が思う間もなく、朱の紐は瞬く間にその外見を変化させていて。
出来上がったものは、マミや映司の身の丈を超えた大きさの砲身を輝かせた巨大火器であった。
まぁ、オーズを内部に包んでいるのだから、砲自体が映司より大きいのは当然だが。

更に、いつものティロフィナーレと思いきや……その砲台には、明確に普段と違う部分が見られた。
砲自体の巨大さに反して、発射口が辛うじて目視できる程度の直径しか持っていないのだ。
後藤としては、オーズを弾丸にでもするのだろうとばかり思っていたが、あの発射口がオーズ発射用である筈も……。

「いきます、火野さん!」

すると、間髪入れずに巴マミが発射の掛け声をあげてくれた。
いつもの必殺技名を叫ばなかった事から察するに、本人的にもティロフィナーレとは別物らしい。
そんな中、砲身から放たれたものは……透明な液体であった。
重力による落下を感じさせない程の威力を以て放たれた極細の水流が、ガメルの胴体の一点を穿っていたのだ。

なるほど、と後藤は感心せざるを得ない。
確かに水鉄砲を武器として使うならば、発射口が小さければ小さいほど威力は高まる。
そのためにオーズを砲身内に取り込んだのだろう。
つまり、現在ガメルに向かって放たれている水の正体も、予想をつけるのは大して難しい代物では無かった。
すなわち、

「おー、ず!?」

ガメルから弾かれて散った筈の水分が集まり、半液体状に戻ったオーズが姿を現していたのだ。
おそらく、マミの砲身の中に収められた時点で、青のコンボであるシャウタへと姿を変えていたのだろう。
そして、シャウタコンボの特性にて液状化したオーズを、いわゆるウォータージェット切断の発想にてガメルへ放ったに違いない。

『ゴックン』
「セイヤァッ!!」

加えて、オーズの攻撃は止まらなかった。
未だ水流攻撃を受け続けて怯んでいるガメルに対して、身体の半分を液状化させたままのオーズは、紫の大戦斧を振りかぶっていた。
斧の刃上部に取り付けられた挿入口から青のコアメダル三枚を飲み込ませ、威力を上乗せしながら……一思いに、紫の閃を振り抜く。
狙いは当然、ただ一点であった。
マミの放った圧水が当たっている一点へと、オーズの斬撃は吸い込まれるように的中していて。

同時に、誰の耳にも届いていた。
固いものに亀裂が入る時に特有の、甲高い音が。
すなわち……ガメルの鋼鉄をも凌ぐ強度の体皮に、特大の裂傷が走っていたのである。
遅れてセルメダルが零れる耳慣れた音も響き、誰もが作戦の成功を感じ取っていた。

さらに、オーズの猛攻は終わらなかった。
身体を再び液体の状態へと変化させたオーズは……ガメルに刻まれた亀裂から、内部へと潜り込んでいたのだ。

「きもち、わるい……!」

丸太のような腕をぶんまわして暴れているガメルの苦言は、もっとも過ぎた。
ガメルが異形の怪人だからこそ絵的に問題では無いものの、ガメルが人間型だったら間違いなく放映規制がかかるレベルである。
というか、グリードの身体感覚が鈍いために『気持ち悪い』というコメントだけで済んでいるとも言える。
もしまともな痛覚を持つ生物が身体の中に侵入されようものなら、瞬く間にショック死を遂げることだろう。

「でて、いけ!」
「うわっ……!」

そうする事、数秒の後に。
ガメルは、ゴリラのように自身の胸部の強打をはじめていて。
そのドラミング運動によって内部の圧力を急上昇させ、強引にオーズを追い出すという荒業に出ていた。
喉に食べ物を詰まらせた人間にも有効な処置であるため、ガメルにしては意外な頭脳プレーであったのかもしれない。

叩き出された映司は、衝撃にて変身を解除させられてしまっていて。
地面に打ち付けられてしまった映司は……しかし、簡潔なジェスチャーにて周囲にその成果を伝えていた。
親指を立てるという簡素なメッセージは、オーズが作戦を遂行した事を何よりも雄弁に語っていたのだ。
……と同時に、足元に倒れている映司へと、ガメルが極太の腕を振り降ろそうとしていて。

「火野!」
「火野さん!?」

後藤の銃弾もマミの魔力紐も、火野映司の救出には間に合わない。
間に合うとすれば、それは。

「……心配には及ばないわ」
「ありがとう、ほむらちゃん。助かったよ」

時間停止魔法による優位性を取り戻した暁美ほむら以外に、有り得ない。
案の定、ガメルが振り降ろした腕が砕いたものは、アスファルトの地面だけで。
後藤達からは、ほむらの側へと映司が瞬間移動を遂げたように見えていた。
おそらく、ほむらが時間を止めて映司を回収したという事なのだろうが。

ついでにガメルのメダルも抜き取って来られれば良かったんだけど、なんて零す映司をよそに。
暁美ほむらは……何処からともなく、途轍もなく物騒な武器を取り出していた。
むしろ、武器というよりも兵器と呼ぶべきオブジェクトであったのかもしれない。
2メートルを超えるガメルに匹敵するサイズの誘導飛翔体が、いつの間にか暁美ほむらの手元に十数本ばかり召喚されていたのだ。
いつもの四次元円盾から取り出したにしては出入口の大きさが足りないような気もするものの、その辺りは全部『魔法』の一言で解決しておけば良いのだろう。おそらく。

「……巴マミ。彼らの防御を任せるわ」

それが、後藤の聞いた最後の言葉であった。
次の瞬間には、マミが魔力リボンにて編み上げた球体状の防御シェルターにて、後藤慎太郎と火野映司の視界は塞がれてしまっていて。
完全な暗闇と化した球体隔壁の中にまで轟いたものは、ただ一つの瞬間に集中した巨大な振動と、その後の継続的な爆破音だけであった。

間違いなく、暁美ほむらがガメルに対して数多のミサイルを同時に打ち込んだ音である。
時間停止魔法を使って着弾時間を調整して、複数のミサイルが同時に着弾するように仕組んだに違いない。
後藤がかつて真木博士の研究所で見つけた戦闘データによれば、暁美ほむらは過去にトライドベンダーに襲われた際に、同様の手口による反撃を行っている筈だ。
もちろん大規模破壊兵器も普通に撃ったらガメルの能力でセルメダルへと変換されてしまうだろうから、ミサイル自体にほむらの魔力を少しだけ纏わせたのかもしれない。

かくして、ようやく映司と後藤の周囲に張られた防御壁が解かれた時。
周囲は一面の火の海と化していて。
グリードの気配は、既にその場から失われていたのだった。

……倒せた、かもしれない。
そう、その場に居た誰もが、期待した。
そして実際に、一同がいくら警戒心を強めてもガメルがその場に再び姿を現す事は無かった。



だが……しばらくの後にようやく鎮火されたその場所からは、灰色のメダルは発見されなかった。
更に、その場から消えていたものが、一つ。
オーズがマミによって打ち出された直後に使用した、戦斧メダガブリューであった。
武器自体は紫のメダルの力によって再生成出来るために、紛失は問題では無い。
しかし、そこに呑み込まれていた筈の青いコアメダルも、結局行方知れずのものとなってしまっていて。

灰色のコアメダルが砕け散ったとしても、青色のコアメダルが消える道理など無い。
初めての完全態との戦闘を経験した面々は、例外なく感じ取っていた。
これが……終わりであるはずが無い、と。


来たるワルプルギスの夜に備えて盛大な歓迎会を催さなければならない、この時期だというのに。
……狂いに狂った世界の歯車は、世界を巻き込んで砕くまで止まらない。
歯車自体を破壊しない、限り。



・今回のNG大賞

「ファンタジーにありがちな手だけれど、暁美さんの炎と火野さんの氷を交互に使って、ガメルを脆くするというのは?」

……果たして、セルメダルは熱膨張するのだろうか?
その辺りが不安だったので結局ボツに。

・公開プロットシリーズNo.132
→強いガメルを描くのが予想外に難しい。かと言って、あんまり頭を使って戦うとガメルっぽくない……。



[29586] 第百三十三話:死を解する獣
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/04/13 21:37
郊外にひっそりと佇む、一邸宅を目指して。
ガメルは……ただ、足を進めていた。
オーズから手に入れた青いコアメダルを、最愛の人へと届けるために。
従来のガメルならば喜び勇んで駆け足に帰還を遂げた筈なのだが……不思議と、今のガメルの歩みは鈍かった。

脚だけに限らず、身体全体の動きが重い。
普段からガメルの動作が鈍重である事を考慮に入れても、尚不自然なほどに。
重要な何かが……ガメルの腹の傷から溢れるセルメダルよりも大事な代物が、半数近くも抜け落ちてしまっているからであった。

当たり前というべきか、いくらガメルが完全態とはいえ、巴マミやオーズの大技を幾度も受けて損壊が皆無であったはずも無い。
ガメルが負った傷は……既に、修復不可能なものとなっていたのだ。
普段から不鮮明な情報しか齎してくれない五感は、もはや半ば世界を中継する作業を放棄しつつあって。

それでも、ガメルには見えていた。
たった今ガメルが開けた扉の向こう側に、ガメルの愛しい人が居るという光景が。

「めず、うる」

と同時に、ガメルの四肢はその機能を失ってしまっていた。
どちらの方向に地面があるのか、それさえも判断できなかった。
重力を操るグリードである筈のガメルが……もはや、大地の力を感じることも叶わなかったのだ。

既に周囲の何もかもが分からなくて。
そんな中でもガメルは、メズールがガメルの傍に駆け寄ってきたように思えた。
……彼女が何を言っているのか、全く耳に入って来ない。

「めだる、とって、きた」

青のコアメダルを手渡されたメズールは、きっと喜んでいるに決まっている。
そして、いつものようにガメルを愛でてくれる。
そう、ガメルは信じて疑わなかった。


――ありがとう……ガメル。今は、ゆっくり眠りなさい。


メズールの膝の上に倒れ込んでいるそれは、既にグリードでは無くメダルの塊だった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十三話:死を解する獣



「戦争でもしたのかよ……?」

佐倉杏子が現場へと辿り着いての第一声が、それであった。
この夢見公園が閑静な住宅街の一角であったのは既に一週間以上前の過去の話ではあるが、それを踏まえても、この土地は荒れ過ぎていた。
具体的に言うと、火の海が広がっている程度には。

いつものように立ち食いに励んでいた杏子には、特に連絡は入っていなかった。
念話は大体の相手の位置が分からないと通じないため、所在地不定の杏子にはマミの放った救援要請は届かなかったのだ。
それでも、爆炎と地響きがあがれば、そこに戦闘が発生している事は明らかな訳で。
特に、暁美ほむらさんが時間魔法を駆使して十数本のミサイルを打ち込んだりすれば、悪目立ちするのも当然と言えた。

「ある意味、戦争よりタチが悪いかもしれないわ……」

そして、佐倉杏子の呟きへと応答をみせてくれたのは、頼れる先輩魔法少女であった。
際立った外傷こそ負っていないものの、所々に瓦礫や爆炎を浴びたと思しき跡が見られる辺り、敵は余程のつわものであったらしい。
他の男二人も、似たような状況と見える。
……暁美ほむらさんだけは、何事も無かったかのように髪を梳きあげていたが。

「今日だけで何人死んだか……」

後藤によると、公園へ誘導される前に暴れ回っていたガメルによって、相当数の犠牲者が出たのだという。
冷たいセルメダルの山へと練成されてしまった人間達は、元には戻らない。
ガメルに触れるという、たったそれだけの過程で、人間達は物言わぬ無機物へと変えられてしまったのだ。

「今回は私の時間魔術が効いたけれど、こんな事が何回も成功するとは思えないわ」

ガメル攻略の鍵は、ほむらの時間魔法であったらしい。
マミとオーズが力技でガメルから抵抗力を失わせて、ほむらの魔法と兵器にて一気に勝負を決めたのだとか。
だが、それも一回こっきりの手でしか無いだろう。
今回の作戦はガメルが鈍重で頭脳もあまり発達していなかったからこそ通じたのだ。
カザリやアンクならば、むざむざと身体の中に侵入されるような隙を見せる筈も無い。

「……俺達から仕掛けるしか無い」

したがって……まず、グリードが完全態になることを許してはいけない。
誰もが、映司の言葉の意味を理解していた。
グリード完全態がもたらす被害を鑑みれば、尚更である。
ガメルの及ぼした被害は甚大であり、アンクも人間達に致命傷となり兼ねない炎を浴びせた経緯が既にあるのだ。
加えて、普段からヤミーを作って人命を脅かしているカザリ達なら、更なる悲劇を生み出す事は想像に難くない。

かつてアンクを始末されそうになった時には悲嘆を見せた映司だが、今回ばかりは状況が状況だった。
というよりも、一時的にでもアンクを保護していた過去を持つ映司だからこそ、グリードを止めなければならないという思いも強いのかもしれない。

「あのアンクってのは、アタシ達に攻撃してきた時はコア7枚だっけ? あのレベルの怪物が集まってる所に踏み込むよりも、何とか一体ずつ引き剥がして今回みたいに袋叩きにした方が良いんじゃないの?」

……一方、杏子の口から飛び出した言葉は、現実主義者ここに在りといった具合であった。
杏子自身はガメルの完全態を見損ねてしまったが、赤コア7枚の状態でも恐るべき威力の炎を生み出したアンクを、杏子は目撃したことがあるのだ。
そんな怪物が3体も集っているアジトへ突入するよりは、もっと良い方法があるに違いない。
更に言えば、この場の人間達は未だ与り知らぬことだが実はウヴァが復活しているので、屋敷に常駐している怪物は3体では無く4体である。

「アンクやカザリ相手だと難しいでしょうね。メズールも無理そう……残ったグリードは皆、力だけじゃない相手ばかりよ」

ところが、マミからの人物評を聞く限りだと、グリードの中にも頭脳格差があるのだろうか?
杏子はメズールというグリードには心当たりが無いのだが、マミはグリード達の性格を把握する程度の付き合いはあるらしい。
尚、クドいようだが人間達はウヴァさんの復活を知らないので、悪意をもって会話からウヴァさんを省いている訳では無い。

「通信の魔法で一人ずつ誘き出すのは? 『一人で来い。さもなきゃ、お前のメダル割るぞ!』ってな具合にさ」
「……何だかセコいな、佐倉。まるでトーリの奴のようだ」

もし杏子が悪の組織の怪人だったら、多分その念話を繋げた時点で手元のコアは砕き終えているに違いない。
後藤さんの呆れたような突っ込みに若干の居心地の悪さを感じながら。
しかし杏子は、提案して良かったと思えていた。

というのも、この場の面々が頭突き合わせて考えても、精々敵のアジトに奇襲を仕掛けるぐらいが関の山だろう、と感じられたからである。
頭の出来という問題では無く、素直さという観点からの発想であった。
騎士道精神と言えば格好がつくのかもしれないが、おそらくマミや後藤はあまり卑怯な手を率先して使おうと思考できる人間では無い。
むしろ、マミさんが嬉々として相手に脅迫念話を送りつけ始めたら、それはそれで杏子としては嫌なものがある。
例えるならば、戦隊ヒーローのレッドが敵幹部をボコりながら『どうした! それで終わりかァ!?』と叫んでいる光景に通ずるものがあるだろう。

兎にも角にも、そういった汚れ役的な提案を出すのは自分が適任だ、と杏子は思えるようになっていたのだ。
強いて言うならば火野映司という男も割と搦め手に精通している印象を与えるが、卑怯な手をあまり使いたがらないマミや後藤の前では、映司も提案を躊躇ってしまうのだろう。
そして、正攻法気味のパーティの中だからこそ、杏子はその中に居場所を見出しつつあって。

杏子がそんなふうに思えるようになった原因は……ひょっとすると、頼り無い後輩にあったのかもしれない。
あの蝙蝠娘は、奴自身が戦闘において殆ど役に立たないという事を知っていた。
それでも、その場その場にて『出来る事』を見つけて、結果的には錬金術師騒動や美樹さやかの一件を乗り切ったのだ。
自分だからこそ出来る事があれば、集団の中でも不安を感じずに済む。
真っ直ぐに輝いている面々の中に居るから、違う視点で物を見られる自分自身に自信が持てる。

「今俺の持ってるメダルは黄色と緑だけだから、呼び出すならカザリしか居ないか……」
「私の中の赤いコアは摘出方法が不明だから、仕方が無いわ」

いざ作戦を固めようと思ったら予想外に材料が足りなかった、という状況の一団を眺めながら。
この場に居ない後輩について、杏子は考えを巡らせていた。
……そういえばトーリの奴は何処にいるんだろう、と。





……ガメルの残したメダルを手に屋敷を後にしたメズールを、よそに。

「で、白饅頭どもはガメルに、『願い』を使った攻撃はしたのか?」

情報交換を始めたのは、この邸宅に住まう4名で。
いわずもがな、家主の真木博士と、赤黄緑のタトバグリード3体である。
人間の姿を借りた怪人達が、世界を滅ぼす狂科学者の元に集っているのだ。
最初に口を開いたアンクに対して、返事を見せたのは……黄色のグリードのカザリであった。

「奴らは動いてないみたいだね。あのままだと、この星ごと滅びそうな勢いだったのに」

正直に言って、人間達がガメルを倒せるとは、カザリも想像していなかった。
ましてや、白い宇宙人たちがそれを見越して沈黙を決め込んだ、なんて事が有り得るのだろうか。
こうなれば、『願い』による完全態グリードへの攻撃に現実的な可能性は無いと見た方が良さそうだ。

「どうも、お前達のやり方はまどろっこしい。こういう事は、本人に直接聞けば良いだろう?」

そして、神聖なるタトバの順を守っている訳では無いだろうが、カザリに続いてウヴァも意見を発してくれていた。
アンクやカザリとしては、それが出来れば苦労は無いだろう、と突っ込まざるを得ない。
というか、突っ込もうとした。

「やぁ」

……ウヴァがその手に吊り下げた一体の白猫モドキを目の当たりにするまでは。

「……えっ?」
「……あァ?」

不覚にも、時間が止まったように感じてしまったカザリとアンクであった。
ウヴァがしたり顔で吊し上げているのは、話題の中心人物に他ならない。
白い猫のような身体に、耳から溢れた無駄毛が邪魔臭そうなその風貌は、間違いなくインキュベーターそのものである。
いったい、ウヴァは今までどこにキュゥべえを隠し持っていたのというのか。

「……私に相談も無く部外者を入れるのは感心しませんね。重要な情報を聞かれたらどうするつもりですか」

そういう問題では無い筈だ、真木博士。
もちろん情報や技術の漏洩は、世界中の悪の組織がそろって頭を痛めている問題には違いないが。
真木自身の肩に乗った不気味な人形へと視線を戻す前に、もっと何か突っ込むべき点があるのではないか。

「それがインキュベーター? 初めて見たよ。どうやって捕まえたのさ?」
「俺が、奴からヤミーを作ったからな。気配で分かる」

具体的に言うと、ヤミーのセルメダルが増えた時に、その気配によって位置情報も判明するという具合である。
ガメルが人間達と戦っている間は、魔法少女達が継続的に魔法を使っていた筈だ。
当然、それに伴って蝙蝠ヤミーのセルメダルも増えている訳で。
その時間を狙って、ウヴァはキュゥべえを捕獲したということなのだろう。

「いや、ヤミーを作るにしても、まずそいつらを見つける方法が無いとダメでしょ?」
「それは……企業秘密だ!」
「なるほどなァ……」

ドヤァ! という擬音が聞こえそうなイイ顔で答えたウヴァに対して、アンクとカザリは的確に情報を読み取っていた。
要するに最初は偶然見つけただけなんだろうな、と。
全くの大正解であることは、言うまでも無い。

「では、単刀直入に聞きましょう。インキュベーター君。グリードの完全態を『願い』によって倒すためには、どの程度の人的資源が必要なのですか?」

真木清人の眼鏡に映る白色の宇宙人は……一欠けらたりとも、動揺など見せない。
質問の内容を予期していたか、そもそも驚くという感情自体が存在しないのか。

「平均的な契約者がおおよそ八千人ぐらい居れば、その因果を束ねて『願い』を使うことで、君達の完全態の一体を倒せるぐらいかな」

つまり、ほぼ不可能と考えて差し支えないという事だろうか。
魔法少女の資質を持つ人間がどの程度の割合で存在するかは不明だが、それだけの人数の統率をとるのは並大抵のことでは無い。
しかも、面子の大半は思春期の少女達である。
そんな集団を束ねるなど、容易な筈も無い。

「……嘘を吐いてるんじゃないの?」
「僕にはそんな機能は無いよ? 日常的に嘘を吐く君達の生態を、興味深いとさえ思っているぐらいだからね」

キュゥべえが話を盛っているのではないか、とカザリが探りを入れてみるものの、成果は芳しいものでは無かった。
どうも、この宇宙人の考える事は推し測り辛いところがあるのだ。
全体的に可愛げのあるフォルムをとっている筈なのに、その深紅の瞳はどこか無機質なガラス玉のような印象を与えるのである。
まるで……真木博士の肩に座している色白の人形のように。

「彼が嘘を言っていないと仮定しても……彼は『平均的な契約者』が八千人としか言っていませんよ」
「ドクター、どういう事だ?」

眼鏡の奥に光を見せながら、真木清人が相も変わらず淡々と突っ込みを入れていて。
真木の言葉の意味が分からずに質問を発したのは……やはりと言うべきか、ウヴァであった。
物怖じの一つも見せずに知識を欲する姿勢は、評価に値するのだろう。おそらく。

「つまり、『平均的』じゃない契約者なら、一人でもグリードに対抗できるかもしれないって事だろ」
「なるほど。油断ならない奴だな。インキュベーターというのは……!」

インキュベーター相手に油断している奴なんてお前ぐらいだ、とは言わないのが、グリードのなけなしの優しさに違いない。
単に放置されているだけかもしれないが。
まぁ、一応説明してくれたあたり、アンクには同盟者の立場を尊重する意思はあるらしい。

「でも、そんな素質を持った人間が居るなら、ガメルが完全態になった時に使ってる筈じゃないの?」
「そいつを使えない理由があったか、本当にそんな素質を持った人間は居ないのか。まぁ、その白饅頭が聞かれて素直に答えるとも思えないがなァ」

確かに、カザリの言うことはもっともである。
キュゥべえさんはこの地球に資源採集に来ているのだから、人類が滅んだらキュゥべえも困るはずだ。
にもかかわらず、ガメルが暴れた際にはキュゥべえはそんな人材は使われなかった。
という事は、やはり魔法少女の願いを使ってグリードの完全態に対処するのは不可能なのだろうか?

ところが、カザリは何となしに、アンクの言葉から別の意図を感じ取っていた。
アンクが規格外な因果を持った人間の存在を知りつつ、他のグリードがその情報を得ることを懸念しているのではないか、と。
そのために、『聞いても無駄だろう』という予防線を張っているのではないか、と思えてしまったのだ。

「で、そんな規格外な人間は居るのか?」
「ボクが今まで契約した中には、そんな前例は一人も見た事が無いね。未来の事は分からないけど」

……まぁ、そんなカザリの疑問など知る素振りも見せないウヴァが、堂々とキュゥべえに尋ねた訳だが。
そして、結果は……カザリの疑念を拭い去るものではなかった。
むしろ、キュゥべえの言葉の意味は露骨だと、カザリには思えたからだ。
すなわち、キュゥべえは既に資質を持った人間を見つけているのではないか、という事である。
さらに、アンクがその事を隠さなければならないとすれば……

「じゃあさ、インキュベーター。例えばアンクが使ってるその子が契約したら、僕達は最大でどれぐらいの損失を被るの?」

有り得る可能性は……アンクが憑代として使っている一人の子供の存在に違いない。
カザリとて、不自然に思ったことが無かったわけでは無かった。
どうしてアンクは不便な人間の身体を使っているのか、と。
しかし、アンクが鹿目まどかの素質を知っていたのだとすれば……話は繋がる。
おそらく、鹿目まどかの存在自体がアンクの切り札なのだ。

「分からない。ボクもこんな大きな因果を持った子を見たのは初めてだ。何が起こっても不思議じゃない」
「へぇ……?」

まさか、たまたまアンクが憑いた少女が規格外の素質を持っていたという事も、あるとは思えない。
八千人分以上の因果を持った逸材を見つけるなどという偶然を、信じられる筈も無い。
どうやら、メダルの枚数ばかりでなく情報という面においても、アンクは他のグリード達に先んじていたらしい。
もちろん、カザリとしてはその状況を快く思える訳が無かった。
すぐさまアンクの排除に走る訳でも無いものの、不信感は拭い切れない。

「アンクが操った状態で、その人間をお前と契約させる事は出来るのか?」
「無理だよ。魂が同意してくれないと、どうにもならない」

魂が同意するという発言の意味は、グリードとしては若干測りかねるところではあった。
まぁ、アンクが自由に願いの力を使える訳では無いと分かっただけでも収穫だったのだろうが。

「……もう、良いでしょう。完全態のグリードを『願い』の力によって倒すのは不可能です。むしろ……単純な相手の能力と戦力で対処される方が問題だと言えます」

そして、話の内容の修正を促したのは、やはりというべきか真木清人であった。
自身の肩に乗せた不気味な人形から視線を外しつつ、グリードの面々へと注意を喚起したのだ。

「はッ。ガメルは、盾のガキの能力を理解してなかっただけだろ。俺達が同じ失敗をするかよ」
「仲間の命を簡単に捨てるなんて、酷いね」

おそらくガメルは、メズールから暁美ほむらの毛髪を分け与えられていたのだろう。
だが、ガメルはその意味を理解できていなかったに違いない。
若しくは、ガメルの頭脳の出来を理解していたメズールが説明を端折った可能性もあるが。
……そこに苦言を呈したのがキュゥべえさんだったというのが、色々と救いが無いところなのかもしれない。

「彼は良き終わりを迎えたのですよ。この世界を美しいうちに終末へと導くための、ね」
「終末思想も、そこまで突き詰めるのは珍しいよ。ボク達は、生物の本質は種の維持にあると思うんだけどなぁ。その辺りは価値観の相違だね」

種の維持のために同胞を犠牲にする、というのならば、おそらくキュゥべえも理解が及ぶところなのだろう。
現に、暁美ほむらに射殺される危険が大きくとも、キュゥべえは見滝原周辺の監視人員を強化したことがあった。
結果的に見滝原近辺のキュゥべえの死亡数は跳ね上がったが、それは必要な犠牲と割り切る他無い。
全ては、宇宙のエントロピーが極大となるのを防ぐための、やむを得ない犠牲なのである。

「でも、さっきのメズールっていうグリードは、仲間の死を納得できていないんじゃないかい? だから君達も、ガメルを使った今回の実験を事前にメズールに教えなかったんだろう?」

……そのキュゥべえの言葉を聞いて、アンクが少しだけ目を細めた。
そう、真木清人には思えた。
それが意味するところにも、当然のように真木の理解は及んだ。
そんな中、他のグリード二体は、キュゥべえへと言葉を返していて。

「情や愛っていうのは、生き物が子孫を残すためのシステムだよ。グリードのアレは人間の真似事……お遊びみたいなものさ」
「メズールに教えなかったのは、その必要が無かったからだ」

グリードに、愛は無い。
自分自身にとって得になるかどうか、それだけだ。
アンクとて、そんな事は分かっている筈なのだが……どうも、彼は人間に馴染み過ぎたのかもしれない。
真木清人の眼鏡からは、そう見えた。

「インキュベーター君。グリードは……『死ぬ』のではなく『消える』のですよ」
「どっちも大して変わらないと思うけどなぁ。変なところに拘るんだね」

真木博士は、相変わらず視線を人形へと向けていた。
そして言葉のうえでは、インキュベーターに話しかけていた。
しかし、真木の眼が見ているものは、人形と宇宙人のどちらでも無かった。
メダルの器となって世界を滅ぼす可能性をもった存在へと、その眼差しは注がれていたのだ。

真木達にとって重要なのは、完全態以上のグリードはインキュベーターによる妨害を受けないという事。
その一点でしか無いのだ。
かくして……人の皮を被った異形達の会合は、収束を見せた。
各々に情報と確信と、えも言われぬ感覚を残しながら。



「そういえば、真木。お前、その白饅頭が見えんのか?」



・今回のNG大賞

「それがインキュベーター? 初めて見たよ」
「そうだよ! ボクは銀河系イチのセールスマン、QQキュゥべえ! 魔女を使ってチーキュを花火にしにきたんだ!」

・公開プロットシリーズNo.133
→ガメルは漢だった。



[29586] 第百三十四話:獣愛ずる姫君
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/04/27 18:30
とある、橋の上から。
人間の少女の姿を模した偽りの姿にて、メズールは視線を泳がせていた。
真木邸を後にした時分にはまだ日は高かったはずなのに、既に辺りは薄暗さに彩られつつあった。

何をしよう、と明確に決めて屋敷を出てきた訳では無い。
ただ、物言わぬメダルの山へと還っていったガメルの姿を思い出すと、心の内は穏やかでは居られなかった。

……メズール自身の一番の目的は完全態になって世界を喰らい尽くす事であり、ガメルはそのための犠牲になった。
そんな事は、分かっている。
ならば……メズールの胸に巣食う言い様の無い感覚は、一体何だというのか。

メズールを慕っていた一体のグリードは、既に居ない。
その事実に、どれほどの価値があるのか。
思えば、以前にもガメルがオーズによって倒されたことがあった。
その時にメズールは……何を、考えていたのだったか。

――オーズ。『ガメル』はどうなったか知らないかしら?

なぜ、メズールはあの時、オーズにガメルの行方を尋ねたのか。
ガメルが消えたものの、メズール自身はガメルの取って来た青コアを得て、損をするどころか大幅な得をしている筈なのに。
……満たされない。
何とも言えない喪失感は、増すばかりだった。

「メズール君。ガメル君のコアメダルは……何枚が残っていましたか?」
「……6枚も、やられたわ」

背後から唐突にかけられた声に、何か感情を返すでもなく。
メズールは振り返る素振りさえ見せずに、ただありのままを告げた。
即ち、9枚あったガメルのコアメダルはその内6枚もが砕かれてしまったという事実を。
しかも、下手をすれば残りのメダルにも、目に見えないダメージが入っている可能性は否めなかった。
どちらかと言えば、会話の相手にとって重要なのは、砕かれたコアよりも残ったコアの方らしかったが。

「残ったコアメダルからガメル君を復活させるつもりですか」

相も変わらず背中越しにメズールへとかけられた言葉は、どこまでも淡々としていた。
きっと真木も、メズールの方など見ていないのだろう。
いつもの不気味な人形に目を向けているに、決まっている。

「グリードの復活には最低でも5枚のコアが必要よ、ドクターの坊や。意識の入ったコアはあるけれど、残り3枚じゃぁ、どうしようも無いわ」

発言してみてから、思った。
メズール自身の言葉は……まるで、灰色のコアが5枚残っていたらガメルを復活させたかった、というような響きを含んでいたのだ。

ガメルは……メズールの傍らに居るのが当たり前のグリードだった。
ガラの兵隊に襲われた時には、ガメルが灰色コアを奪われながらも、身を呈してメズールを守り抜いた。
今回だって、ガメルはその存在を失ってまでメズールのメダルを取り返してくれた。

「バカな、子。私が居ないと、ダメなんだから……」

もしメズールが先に消えていたら、ガメルも今のメズールのような喪失感を味わっていたのだろうか。
それよりも、ガメルはメズールを復活させるためにまず足を動かすだろう、とメズールは不思議と確信出来ていた。

「足りない2枚の代替物は、用意出来るのではありませんか。『今から完全態になる貴女』なら」

……現在のメズールは8枚まで青コアを揃えているものの、あと1枚は行方不明の筈だが。
そんな指摘を入れようと、メズールがようやく真木博士に向き直ったとき。
メズールの頭から、数多の疑念が吹き飛んだ。
こちらへ顔を向けている一体の青白い人形と視線を交差させつつ……メズールは確かに、その存在を感じ取っていた。
真木博士の肩に座った人形が胸に抱いている一枚のコアメダルの存在感は、メズールにとってあまりに大きかったのだ。

「どう、して」
「……退職金代わりに、財団から頂いたんですよ」

完全態に、なれる。
一体のグリードとしての思考は、現在の状況を至高のものであると訴えていた。
だが同時に、メズールの中の冷静な何者かが、状況の理解を促してもいた。

真木博士が何故、メズールを完全態に導かねばならないのか、と。
彼の目的は世界に良き終わりを迎えさせることであって、その道具がグリードとコアメダルである。
完全態のグリードに大量のコアメダルを取り込ませて暴走態を作り出し、世界を完全な『無』へと到達させるというのが、真木清人の計画の筈だ。
そして、現在殆どのコアメダルが真木邸に揃っているにもかかわらず、真木清人がそれを実行しない理由とは?

決して愚鈍では無いメズールの頭脳は、簡単に正解へと行き着く事が出来ていた。
真木が目的を達成するためには、完全態グリードの一体を残して他のグリードを解体する必要がある。
しかし、実際にグリードの誰かが真木に消されたら、その時点で残りのグリードが逃亡を図るのは必然と言える。
都合よく全員を真木の手にかけることが理想的なのだろうが、逃亡されるリスクも相応のものとなってしまうのだろう。
だからこそ、グリードの数がもう少し減るまでは、真木が直接手を下す事は出来ない。

……完全態になったグリードが勝手に暴れて、人間に倒されでもしない限りは。

つまり、そういう事だった。
この人間モドキは、メズールが人間に倒される事を予期している。
早く完全態になって暴れて、人間達に始末されて来い、と。
それが、真木清人の意図に違いない。
きっとメズールの次はカザリが、真木の隠し持っていた9枚目を渡されて完全態になって、人間に処分されるのだ。
だったら。

「そう、ね。完全態になるのは、私達の悲願だったわね」

乗ってやろう、とメズールは決めた。
どこまでやれるのか、分からない。
それでも……この虚ろな感覚から解放されるのなら。
悪くは、ない。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十四話:獣愛ずる姫君



メズールは、まず動物を攫った。
陸上動物を見世物にする巨大な展示施設から、サイやゾウを頂いた。

ガメルのコアメダルの代替品として使えそうだったからだ。
だが、圧倒的に数が足りない。
錬金術師達がコアメダルを作る時にどれだけの贄を使ったのかは分からないが、とても一桁で足りる量では無い筈だ。
初めて見る動物園というものに、800年前の王が初めて作った獣の庭園に似た気味の悪さを感じながら。
メズールは、必要なモノを集めた。

動物園の檻の中には、瞬く間に材料が集められていった。
同時に、動物園は阿鼻叫喚のコンサートホールと化した。
歌っているオーケストラは、声と涙を枯らした子供達だった。
ガメルのメンタルに最も近い年齢層であると考えて、メズールは近隣の民家から児童をかき集めたのだ。
完全態の出力による激流噴射を以てすれば、民家の防御壁など脆弱そのものだった。

メズールは、その一人一人を薄皮のタマゴに閉じ込めた。
手間を考えれば2~3人を一つのタマゴに入れた方が早かったが、手を抜いたことによって子供達が安心してしまっては、元も子もない。
親の助けを強く求める欲望を強く抱いてもらわなければ、困るのだ。
その欲望を魂が枯渇するまで搾り取れば……新たなコアメダルを作り出すまでは出来なくても、ガメルを復活させる際の不足コアの代替品には足りるかもしれない。
残ったガメルの意識コアに、自前のコアが5枚あるのだと誤認させれば良いのである。
完全態にまで戻ったメズールが行うならば、成功の目は充分にあった。

最後に、動物園の中央付近に聳える監視塔の一室に灰色のコアメダルを安置して。
ガメルを構成していたセルメダルに加えて、メズールが持っていたセルメダルも、相当量を積み上げた。
後は、材料達から養分を抽出するだけだった。

……もっとも、そう時間も経たないうちに、妨害者も姿を見せた。
闇夜の中でも色を失わない、黄なる魔法少女が。
物騒な筒を手に、メズールを恫喝したのだ。
子供達を離しなさい、と。
もちろん、そんな程度の言葉で引き下がるような怪人も居る訳が無い。

飛来する銃弾を、完全態になって甦った液状化能力によってスリ抜けながら。
メズールは、散弾銃のように水の弾丸を黄の魔法少女に浴びせた。
戦いが続くにつれて地面を染めていく朱は、しかし、どこか薄かった。
魔法少女から毀れた命の雫はメズールの発した水と混ざり合い、紅と呼ぶには色が足りない。

戦いの最中、魔法少女が尋ねて来た。
親から引き離された子が何を感じるのか分かるか、と。
どうでも良い、とメズールは思った。
この大筒使いの魔法少女が過去に何を経験してそんな言葉を発しているのか、そんな事はメズールの知るところでは無い。

むしろ、ガメルを失ったメズールの何を、こいつは分かっているというのだろう。
メズール本人でさえも、分かっていないというのに。
そんな事は、メズールはおくびにも出さないが。

思い出してみれば、メズールが剣の魔法少女を捕えて弄っていた際に。
銃使いの魔法少女は、メズールに対して怒りを露わにしたことがあった。
もしあのままメズールが青いソウルジェムを砕いていたら、眼前の魔法少女は、今のメズールのような心境に陥っていたのだろうか。
……これも、どうでも良いことだった。

少し経つと、銀の鎧を纏った青年が増援にやってきた。
だが彼も液状化したメズールに対して有効打を持っていなかった。
厳つい装飾銃も、右腕に追加された巨大なクレーンアームも、水を叩き潰す事は適わない。
メズールの水の弾丸を受けても削れる程度で済む装甲は、人間が作ったものにしては上出来なのかもしれない、という次元でしか無くて。
……人間どもを地に転がしても、何の感慨も湧かなかった。

粘る人間達にとどめを刺そうとしていると、上空からの砲撃にて身体を半分ほど消し飛ばされた。
液状化しているので損壊はさほど大きくないものの、この攻撃を受け続けると危険である。
頭上遥か高くには、紫の恐獣が翼を広げながら、いつもの大斧を砲撃形態に展開している様子が確認できた。
……それが、どうしたというのだ。

メズールはもうじき、儀式を終える。
この動物園の中央に突き立った塔では、あと幾許も無いうちにガメルの復活の準備が整う。
あそこに安置された灰色達が、メズールの帰りを待っている。

空中の紫のオーズを撃ち落そうと、メズールは水撃の矛先を上方へと向けた。
それを隙と見た地上のバースと魔法少女が、同時に最大威力の砲撃を試みたようだが、どのみち液状化しているメズールには効果は無い筈だ。
人間達の弾丸はメズールの身体をすり抜けて終わる。
そう、思った。

その射線の一つがメズールの帰るべき塔に重なっている事に、気付くまでは。
必殺技級の砲撃とはいえ、灰色のコアが砕かれると直感した訳では無い。
目に見えないレベルの損傷が灰色のコアに残っていれば大きな衝撃によって灰色コアは破壊されるかもしれない、と事前に思っては居たものの、それも確信では無かった。
それでも、メズールは。

……考える前に、行動していた。
人間達の驚く声が、この街に馴染んだメダルの落下音に塗り潰された。
回避できる筈の攻撃を、メズールは回避しなかった。
液状化を解いて実態を取り戻したメズールの身体には、人間達の砲撃によって抉られた傷口が確かに開いていて。
そこから、濡れに濡れた大地へとセルメダルが零れ落ちていった。

直後、上空から降り注いだ冷たい一撃が、全てを砕いた。
グリードの鈍い感覚でも分かるほどの肌寒さが、メズールの身体を貫いていて。
紫のオーズの放った最後の光芒が、終わりを告げた。
メズールというグリードが、終わる。
そう、分かった。

薄れ行く意識の中、メズールは最後に思った。
もしガメルが居てくれたら、オーズの砲撃からメズールを庇ってくれただろうか、と。

……貴方が居ないとダメだったのは、私の方だったのかもしれない、わね。

断末魔の悲鳴をあげる間も惜しんでメズールが考えたのは、そんな些細なことだった。




「……マミちゃん。何だか、妙にセルメダルが少ないような気がしない?」
「言われてみると、確かにそうですね……」

地上に降り立った映司が変身を解きもせずに言い放ったのが、そんな言葉であった。
どうも、映司がざっと見たところによると……グリード一体を解体した割には、随分セルメダルが少なく思えたらしい。
映司は過去にも不完全態だったウヴァとガメルを倒した事があるというが、その時よりも明らかに、現在動物園に飛び散っているメダルは少ないそうだ。
それが、映司が不審に思った点だという。

メズールが完全態だった割にあっさりと逝ってしまったのも、セルメダル不足に依るところがあったのかもしれない。
何か、セルメダルを消費する用事でもあったのだろうか。
まさか、何処かに置き忘れてきた訳でもあるまいが。

最悪の想定として、飛び散った残骸の他にメズール本体が何らかの形で生き延びているというのが、一番厄介なケースである。
人質の方に足を向けたりメダルを回収に行ったりした時に背後からぐっさりと殺られるとなれば、笑いごとでは無い。
しかし、飛び散ったメダル達の中には、ちらほらと青い輝きが散見された。
なので、メズールが完全態で再び襲ってくる可能性は、おそらく既に潰えていると見るべきだろう。

財団に報告を入れている後藤を尻目に、マミと映司はそれとなく言葉を交わしながら、他にも共通の疑問を抱えていた。
液状化していたメズールが最後の最後でマミと後藤の砲撃を食らってしまったのは何故だったのか、と。
ひょっとすると、液状化能力には使用制限があって、それがたまたまあの時に発動してしまったのもしれない。
都合の良すぎる仮説だが、それが一番ありそうかもしれないとも思えてしまう辺り、この考察には答えは無いと見た方が良いのだろうが。

「様子見を続けても仕方ないね。俺が残ったコアを回収してくるよ」

そうしないと、オチオチ捕虜たちの救出にも行けないので。
冷たいアスファルトの床に散らばったセルメダルを踏み分けつつ、紫のオーズは足を踏み出していた。
周囲に警戒を回して、ゆっくりと前進しているオーズは、今のところ危険分子を発見できていないらしい。

当然、マミも警戒は怠らなかった。
もしメズールも魔女を取り込んでいたりすると、オーズの感知器官では出遅れてしまう危険もあるからだ。
だが……緩慢な速度にて歩くオーズの進路の先を見た瞬間。

「…………えっ?」

……巴マミの背中が、鳥肌に染まった。
歩いているオーズの目と鼻の先、10メートル程前方に、人の形をしたものがあったのだから。
黄色の格子模様のジャケットと銀髪を目立たせた青年が、いつしか閑散とした動物園の中に現れていたのだ。

しかし、人間が居ること自体は、マミを恐怖させる材料となった筈も無い。
マミ達が警戒しているのは敵襲を退けるためなのだから、当たり前である。
問題は、そこではない。

「火野……さん……?」

そう。
マミの理解を超えていたのは、いつの間にかそこに突っ立っている闖入者の存在ではない。
紫のオーズが、未だに臨戦態勢に入らず、前進を続けていることだった。

まるで、オーズの進路上には誰も居ないと言わんばかりに、辺りを見回しながらオーズはゆっくりと歩みを進めているのだ。
巴マミには、まったく事態が呑み込めなかった。
メダルの取り込みに伴って火野映司の視覚が損なわれているのかとも考えたが、それも原因としては弱いと思えた。
先程まで戦闘まで熟していた程度には視力は残っているのだから、さすがに目前の不審者の存在を見落とす筈も無い。

この異常を感知しているのは、マミだけなのだろうか。
そう考えて後藤の反応を観察してみると……。
通信機片手にオーズの様子に目を割いている後藤も、無反応であった。

もはや、あの人影はマミだけに見えている幻なのではないか、という可能性の検証を巴マミの頭は始めていた。
幾らなんでも、おかし過ぎる。
もしマミの捉えた視覚情報通りにオーズの進路に見知らぬ人間が立っているのなら、映司や後藤が何らかの反応を見せない訳が無い。

相手が映司達の知り合いなのかもしれないが、この状況で人間が現れたら、怪しまれて然るべきである。
にもかかわらず、もはや相手が腕を伸ばせば触れられるところまでオーズは進んでしまっているのに、映司も後藤も銀髪青年の存在にすら気付いていないのだ。
状況に、現実感が足りない。

おもむろに、青年がオーズへと手を伸ばした。
……オーズは、やはり無反応のままに辺りを見回して、意味の無い警戒を続けていた。
青年が掴んだものは、オーズの中枢機関であるオーズドライバーで。
それを剥ぎ取られた映司は、人間の姿に戻ってしまっていた。

「あれ……?」

疑問気な声を漏らしている映司の様子は……出来の悪いコントのような気味の悪さを、巴マミに感じさせていた。
何かが、狂っている。

銀髪の青年が掏り取ったオーズドライバーからは、紫のメダルが飛び出して映司の体内へと帰還していた。
しかし、紫のコアメダル以外のオブジェクトは、一向に平常運行には戻らなかった。
ようやく、巴マミが全てを理解したのは……銀髪の青年であった姿が反転して、怪人が本来の形へと戻った時であった。

しなやかな細身に猫科動物の独特な鉤爪を輝かせ、ドレッドのような毛を頭から垂らした、一体の獰猛な怪物。
それが……人間に擬態していた不審者の、正体だったのだ。
どう見ても、お馴染みの黄色グリードのカザリだった。
そんなカザリの姿を目の当たりにして、マミは全ての不自然な事象に関する答えを手にしていた。

と同時に、マミは一足飛びに、カザリと映司が立ち尽くす場へと踏み出していた。
カザリが振るおうとした凶刃から、映司を守るために。
映司の自衛を期待しようという思考は、ことこの場面において、既に巴マミの頭からは抜け落ちていた。

「危ないっ!!」

カザリの爪が映司の腹を裂くのと、巴マミが映司を突き飛ばしたのは……殆ど、同時のことだった。
お蔭で、映司の足と胴体が泣き別れになる事も無かったが。
精々、腹の表面の数センチから出血しているという程度だろう。

だが、カザリの手には、たった今映司の懐から掠め取られた黄と緑のコアメダルが握られていて。
事態の最悪さ加減に、拍車をかけていた。

「マミちゃん……?」
「巴……?」

地面に突き倒されて、起き上がろうとしている映司は……状況を把握できていないに決まっている。
先程までマミが立っていた場所に居る後藤も、当然理解できていない。

かく言うマミも、今の今まで理解できていなかった。
映司と後藤が、何故眼前のカザリの存在に気付かなかったのか。

答えは、『感知する事が出来なかった』から。

「カザリ……貴方、キュゥべえを、食べたの……?」

マミの目が真っ先に向いたのは、カザリの耳から長く垂れた白い無駄毛で。
白から桃色へのグラデーションが美しいその耳毛には、どういう理屈か、宙に浮くように金環が備わっていたのだ。
言うまでも無く、マミの良く知る生物の身体的特徴に他ならなかった。
そして、白い宇宙人の生態を誰よりも知るマミだからこそ、カザリが怪人態を現した瞬間に答えへと辿り着いた。
すなわち、カザリは……キュゥべえを体内に取り込んだことによって特性を引き継ぎ、普通の人間から目視されることが無くなったのだ。

「カザリだと? 一体どこから攻撃したんだ……!?」

驚愕顔の後藤さんの反応も、マミの言葉から全てを察した様子の映司も。
現在進行形で、カザリのことが全く見えていないのである。

これは、あまりにも過酷な状況であった。
先程まで紫のオーズであった映司も見えていなかった事から察するに、おそらくカザリの纏う迷彩は物理的なものでは無い。
多種多様な感知器官を備えているオーズが警戒心を高めていたのなら、高々光学迷彩程度の偽装を見破れない筈も無いからである。
間違いなくキュゥべえの不可視化機能の流用なのだが、そうだとすれば、かなりの確率で『観測者の持つ因果の量』に依存するシステムだと見るべきだ。
おそらく、キュゥべえを目視できること自体が、魔法少女候補生としての資質を量る基準の一つなのだろう。

今までキュゥべえを当たり前のように見てきたマミは気が付かなかったが、魔女とキュゥべえの不可視化機能の間には歴然たる格の違いがあったに違いない。
普通の人間でも、メダルを持っていれば、魔女を見られる程度の因果を手にすることは出来る。
だが今思えば、メダルを持っているだけの人間がキュゥべえを見たという話は、マミは聞いたことが無いのだ。
現に映司等は、キュゥべえを取り込んだグリードを見ることが出来ていない。

しかも、そんな驚異的な迷彩能力を得てしまったのが悪辣なカザリであるというのが、最大の難点であった。
身体の色合いを黄に深めたカザリは、おそらく先程映司から奪った最後のコアを以て、完全態へと復活を遂げたと思われる。
縮れ毛のようだった髪は、いまや神話のヘビ女のそれのように、うねりながら空中を漂っていて。
その形態変化は、メズールが液状化能力を得たのと何処か似た雰囲気をマミに感じさせていた。

直感的に、分かった。
カザリもまた、失われていた完全な力を取り戻したのだ、と。

一方、人間側の置かれた状況は、最悪もひとしおだった。
映司と後藤はカザリを目視することも適わず、実質的に戦えるのはマミ一人。
先程の騒動を聞きつけて佐倉杏子か暁美ほむらも駆け付けるかもしれないが、それだけの人員でカザリを退けられるものなのか。



……絶望の足音は、刻一刻と存在感を増していた。



・今回のNG大賞

「よし、火野! 俺達も今からキュゥべえを食べるぞ!」

多分、人間には無理だと思います。
良い子の皆は絶対にカザリさんの真似をしないでください。

「どうやって探すんですか、後藤さん……」

そういう問題でも無い筈だ、映司……。

「佐倉さんが、キュゥべえは筋張ってて不味いって言ってたわよ」


・公開プロットシリーズNo.134
→カザリ×キュゥべえ



[29586] 第百三十五話:Double-Action ――二律背反
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/04/27 18:49
火野映司と後藤慎太郎には、どうする事も出来なかった。
巴マミがカザリと戦っている事ぐらいは分かっていても、それだけで。
一体カザリが何処にいるのか、見る事も適わない。
白猫キュゥべえを取り込んだという猫怪人カザリの前には、人間など猫の手程の役にも立たないのである。

さらに……カザリの展開した結界に逃げ場を塞がれては、増援を呼ぶことも出来ない。
外では未だに動物園の檻に捕らわれた子供達が泣き叫んでいる筈なのだから、それを聞きつけた魔法少女が来る可能性はゼロでは無いが。
しかし、そんな悠長な事を言っていられる状況では無かった。
……結界の中に、グリードでも魔法少女でも人間でも無い、新たな影の群れが現れたのだ。

髪の毛が両足と繋がった円環のような身体で這っている異形が居た。
信号機のような3つの目から血涙を撒き散らした異形が居た。
両胸から能面のような一対の頭部を生やした異形が居た。
左腕だけを異様に発達させた蟹のような異形が居た。

両手の指を折ってようやく数えきれる程の数の異形達は、統一性など欠片たりとも持っていなかった。
強いて言うならば、それらは皆立体である事を感じさせない平面的な印象を与えていて。
それでいて、何処か人間の意匠を残した気味の悪さを振り撒いていた。
映司達は……この存在達が何と呼ばれているのか、知っている。

「魔女……!?」

後藤の呟きを耳に挟みながら、映司は同時に当然の疑問へと思い至っていた。
この魔女の一団は、どういう経緯でカザリの結界の中に居るのだろうか、と。
ベテランの魔法少女ですら魔女探しには手間をとられるというのに、カザリは一体どうやってこの魔女軍団を集めたのか。
ひょっとすると、カザリに取り込まれたキュゥべえが魔女の位置を正確に探知する機能を持っていために、カザリは簡単に魔女を探し出せたのかもしれない。

だが、火野映司の頭は……最悪のシナリオを想定してしまっていた。
もし魔女の群れが、カザリに捕まえられたのでは無かったとしたら。

「来るぞ、火野!」
「はい!」

触手のような腕を伸ばしたり翠の鮮血を飛ばしたりと様々な攻撃を仕掛けてくる魔女達を、あしらいながら。
映司は、魔女軍団の一体一体の戦闘能力があまり高くないという事に気付いていた。
どうも、あれらの内の任意の一体を取り出したとして、過去に映司が見てきた魔女と同格とは思い難いのである。
というか、映司が過去に魔女を倒した際には全てコンボを用いており、唯一亜種で勝負を挑んだ洋菓子の魔女からは映司は敗退しているのだ。
しかし、眼前の魔女軍団は、バースを纏っている現在の後藤さんならばタイマンでも何とか勝てるレベルに思える。

そして……弱小魔女をカザリが大量に抱え込んでいる理由は、やはり一つしかない。
すなわち、カザリが『魔女を見つけ出した』のではない、という可能性が非常に色濃い。

「まさか……魔女を、造り出したのか……!?」

映司の紡いだ声に、答えは返ってこなかった。
カザリが因果迷彩を纏っているのならば、カザリの返事が映司に届く道理も無いが。
それでも、カザリと戦っているマミが奥歯を砕かんばかりに噛みしめたのが、映司にとっては十分すぎる回答だった。

カザリがキュゥべえの能力を使えるのならば、キュゥべえの主たる機能を使えるのもまた、道理である。
魔女を作り出してエネルギーを回収するのがキュゥべえの目的である以上、カザリが同じことを実行できたとしても、何ら不思議では無い。
……当然、魔女やグリーフシードの『原材料』も、説明するまでも無い。

更に言うならば、魔女を作り出す際にカザリはセルメダルの形でエネルギーを回収している筈だ。
さやかが犠牲になったスミロドンヤミーの例では、カザリはヤミーを介してセルメダルの形でエネルギーを得ようとしていた。
そして、キュゥべえを取り込んだ今のカザリは、ヤミー作成という面倒なプロセスを飛ばして直接魔女からエネルギーを回収できるに違いない。
そうでなければ、流石にこの短期間で10体もの魔女を作るメリットは、カザリには無いのだから。
戦闘員が欲しいのならばヤミーや使い魔の数で補った方が確実だ。

つまるところ……カザリの結界の中で髪を飛ばしたり這い回ったりしている魔女達もまた、被害者だった。
カザリがどんな言葉や動作で彼女達を『使った』のか、映司は簡単に想像する事が出来た。
キュゥべえと違って嘘を吐くことが出来るカザリが契約者を増やすのは、さして難しいことでは無かったに違いない。

……映司の中で、何かが傾いた。
錆びついた歯車を回すように、心が軋んだ。
強酸を吐いたり顔を掻き毟ったりしている魔女達の声が、人間に助けを求めているそれに思えた。
身体の芯が凍り付くような鼓動が、映司を駆り立てた。

視界が紫に染まって、ぼやける。
衝動のままに緑色のルーズリーフの床を叩き割り、中から紫の大戦斧を取り出していた。
カザリによってオーズドライバーを奪われているにもかかわらず、オーズが紫のメダルの力を使って創り出す筈のメダガブリューを具現化したのだ。
どうしてか、実行する前から『出来る』と確信できていた。

「火野、それは……」

後藤慎太郎の声も、聞かずに。
映司は紫の凶器を振るった。
魔女の返り血を浴びた身体から、何かが焼け爛れる音が聞こえたような気がしたが、不思議と痛みは感じなかった。

同じことを10回ほど繰り返した時。
映司の掌には、同じ数の漆黒の卵が握られていて。
それが、この場で起こったことの証拠品だった。
エスニック風だった筈の映司の服は、いつしか黒々と彩られていた。

「後藤さんは彼女達を、お願いします」

通常のものよりも随分小さく思えるグリーフシードを、残った理性に従って後藤に握らせながら。
火野映司は既に、次の標的を『見て』いた。
この惨劇を生み出した元凶を、一刻も早く討たねばならない。
そして、魔女達が奪われたエネルギーをグリーフシードへと戻してやらなければ。

「お前、まさかカザリが見えるようになったのか……?」

映司は、気付いていた。
カザリがキュゥべえを捕食出来たのならば、グリードはキュゥべえを目視できるのだという事だと。
ならば……紫のメダルに浸食されつつある映司は、どうするべきか。
答えは、明白だった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十五話:Double-Action ――二律背反



Count the medals 現在オーズの使えるメダルは……

プテラ×2
トリケラ×1
ティラノ×2



巴マミに、さしたる余裕があった訳では無かった。
ガメルに続いてメズールの完全態まで相手にしたマミは、既にグリーフシードを切らせてしまっていたのだ。
そんな連戦の上で完全態を超えたカザリを止めるとなれば、状況は絶望的も良いところだった。

流れ出る血液の量は、魔法少女の身体なら死因には直結しない。
しかし、魔力は違う。
もちろん、呉キリカの事例を見れば、ある程度ならば精神的な要因によって魔法少女として踏み止まる事は出来るのかもしれない。
それでも、やはり魔力を切らした魔法少女の末路は決まっているのである。

死への恐怖は、失われる事など無かった。
奇跡の復活を遂げた美樹さやかの様子を目の当たりにしても、それは消えない。
魔法少女として戦い始める前から、巴マミは命の危機というものの恐ろしさが身に染みているのだから。

だが、怖いと思いながらも、巴マミは戦い続けるしか無かった。
カザリが結界を使える以上、人間側に逃亡の選択肢は無い。
しかも、カザリが不可視の存在となってしまった今となっては、オーズもバースも頼りにならない。
唯一の希望は、飛び入りで暁美ほむらや佐倉杏子が顔を見せる事ぐらいだったが、それもどこまで期待して良いものかは不明瞭であった。

自分が戦わなければ、生き残れない。
自分が戦っても、全滅する危険の方が大きい。

そんな、真綿で首を捩じ切るような絶望の中で。
マミを貫こうとしていたカザリの頭から伸びる無数の針が……甲高い音と共に弾き返されていて。

反射的に、マミは思った。
紫の大戦斧を以てカザリの凶槍からマミを守ったそれが、『救いの手』だと。
そして次の瞬間には、息を詰まらせた。
……メダガブリューを振るっている彼の手は、人間のそれでは無かった。
光沢の無い鎧のような鱗に覆われた腕は……どこか、無機質な冷たさを印象付けていて。

マミの脳裏に真っ先に浮かんだ言葉は、『化け物』だった。
もちろん、彼がカザリの凶刃からマミを守ってくれたという事は分かっていた。
それでも、感謝や安堵の感情よりも、恐怖の方が遥かに大きなウェイトを占めていたのだ。

「火野、さん……?」

一瞬前まで人の形をしていたものは、既に人では無くなっていた。
紫の鱗に覆われた四肢は、異形の怪物そのもので。
戦斧を握る手からは捕食者を連想させる爪が伸び、白く固まった頭部には濃紅色の目が一つだけ輝いていた。

……悍ましい。
そう、マミは本能的に思ってしまっていた。
目の前でカザリと切り結び始めた紫の異形が火野映司である事など、分かっている筈だった。
映司が今まで幾度も人間を救ってきた男だという事も、覚えていた。
そのはず、なのに。

「巴! こっちに来て回復するんだ! 急げ!」

掌の中に溢れんばかりのグリーフシードを抱えた後藤さんがマミに指示した内容は……撤退、だった。
量産魔女からドロップした小型グリーフシードでマミを回復させようという訳なのだろう。
事実として、マミの魔力は既に魔女化の一歩手前まで減少していた。
なので、後藤の言葉に従って、マミは後方へと下がって回復に回らざるを得ない。

……無機質な紫の鱗で身を覆った映司を、前線に置いて。
その恐竜の怪物の挙動には、どこかマミ達を守ろうとする意志は垣間見られた。
しかし、それ以上に……それが人間である事を感じさせない、敵を滅ぼすための本能のようなものが伝わってきていた。
完全態を超えたカザリを相手に、食い下がれる程度には。

事実として、紫の怪物の振るった爪や戦斧は、カザリの身体からセルメダルを少しずつ散らす事が出来ていた。
……同時に、カザリの反撃によって紫の鱗も所々切り裂かれ、その異形が人間である証として深紅の雫が零れ落ちていたが。
そして、真赤な液体に紛れて……映司の身体からも、セルメダルが振り撒かれつつあった。

まさか、人間の皮膚を裂いてセルメダルが出て来るなどという事は、有り得ない。
紫のメダルを使い続けることによって映司の感覚器官に不具合が生じている事は聞いていたものの、映司の身に起こっている事態はマミの想像を遥かに超えていたらしい。

ここに来てようやく、トーリやさやかの危惧していた内容が、マミには実感として理解出来つつあった。
あの後輩二人が紫のメダルを危険視していたのは、こういう事だったのだ。
おそらく、映司が人間から離れていくという具体的な未来を予想していた訳では無いだろうが。
マミは、映司がプトティラコンボを使いこなせるようになった後の様子しか知らなかったために、心の何処かで後輩達の懸念を杞憂だろうと思ってしまっていたのである。

しかし、カザリと共に爪を交差させ、身体を削り合っている紫の恐獣の姿は……どこか、マミの手の届かない所に居るように思えた。
今すぐに助太刀に戻らなければ、という思考は当然のように顔をのぞかせた。
そして、その判断が生む結果も分かり切っていた。

結論から言ってしまうと、マミがこれから戦いに戻れば人類が滅びる可能性は大幅に下がるが、代わりに小型グリーフシード達が元に戻れなくなる可能性も上がるのである。

マミが魔力を使えば、またグリーフシードからの魔力供給が必要になる。
そんな事をすれば、犠牲者達は……元の人間に戻れなくなるかもしれない。
マミが戦わずに静観していれば、映司がカザリを倒してきて、カザリから奪ったセルメダルをトーリに使わせれば犠牲者達を復活させられる可能性は残っている。

ところが、マミが動いて魔力を必要とすれば、その分の魔力はグリーフシードから捻出されなければならない。
当然、犠牲者達の復活は遠のく。
場合によっては、マミのせいで小型グリーフシード達が元に戻れなくなる可能性だって、有り得た。

あるいは、マミが沈黙を決め込んだ場合には?
ひょっとしたら、今のところ少しばかり劣勢に見える映司が、逆転の目を見せるのかもしれない。
だが……その逆転の手とは、映司の完全なグリード化の事では無いだろうか。
彼ならば、人間に戻れなくなってでもカザリ達を止めるだろう。
そう、マミは火野映司という男を評価していた。

――アンタ……それでも、人間なワケ?
――当然、違うよ。君たちもね。

今思うと、あの時の呉キリカの言葉に含まれていた違和感は……やはり『君たち』という言葉の中に映司も含まれていたからなのだろう。
今となっては確かめる術も無いが、おそらくキリカは映司の身体がどうなるか知っていたのだ。
そうなると益々、映司の現状が危ういものに思えた。

そして……マミは、第三の選択肢を持っている。
グリーフシードからこれ以上の魔力を供給せずに映司を助けに行くという手段は、無いわけでは無いのだ。
即ち……魔力を補給せずに、マミ自身の魔女化を覚悟して戦えば良い。

「……っ」
「どうした、巴!?」

膝から崩れ落ちることこそ無かったが、目の前が揺らいだように思った。
そんなマミの異常は、後藤にさえ感づかれてしまっていたらしい。
だが、後藤の反応を観察している余裕など、今の巴マミには欠片も無かった。

魔女化することが……死ぬことが、怖い。
考えれば考えるほど、ただただ恐ろしかった。
かつての交通事故の時の臨死体験では無い、本当の死が待っているという事が。

だが、怖いと思う反面で、マミの聡明な頭脳は理解してしまっていた。
魔女化を覚悟して戦うというのは、結局のところ、グリード化を目前に戦い続けている映司と同じ土俵に立つだけに過ぎないのだ、と。
巴マミは今まで、戦う者としてオーズと同等であると、心の何処かで思っていた。
もちろん、オーズの一部のコンボの超人的な火力は真似できないと思っていたが、それでも総合的な戦闘能力ではマミも劣っていないと考えていたのだ。

「私、火野さんと、一緒に戦ってるって……そう……思ってたのに」

それでも……目の前にある現実として、血を撒き散らしながらカザリと斬り合っている紫の影の隣には、誰も一緒に戦っていなかった。
既に傷口から流れているモノは、赤よりも銀の比率の方が高くなりつつあるというのに。
……火野映司と巴マミは、対等などでは無かったのだ。

悔しい。
そう思っている筈なのに、魔女化の恐怖に押しつぶされて、マミは動けなかった。
マミは、トーリや美樹さやか達のことと同じぐらいに、映司の事も大切に思っている……と思っていた。
そのはず、なのに。

心が、折れそうだった。
自分自身が最前線で戦えないという事実は、それだけでマミの精神を揺るがせた。
戦えないぐらいなら、最後の力をカザリにぶつけて潔く魔女化してしまえれば良いのに、と思えるぐらいには。

「……俺だって、本音を言ったらカザリと戦えないのは悔しい」

すると、後藤が聞かれもしない本音を吐露してくれた。
否、世界を救うと豪語する後藤ならそう思っていても全く不思議では無かったが、マミの認識がそこまで回っていなかったのである。
しかしマミにとって、後藤慎太郎と巴マミの立ち位置は異なるものに思えた。

「でも……私は、本当は、戦えるはずなんです。火野さんと同じように、覚悟を決めれば……っ」

魔女になる覚悟さえ決めれば。
マミは、映司も小型グリーフシード達も救える筈なのだ。
逆立ちしてもカザリを見る事さえかなわない後藤とは違って、マミは選択肢を持っている。

「伊達さんや美樹も、自分の命を捨ててまで戦う事はしないと言っていた。……だがな、巴。俺は、そんな事で伊達さん達を情けないと思ったりはしない」

……だが、巴マミの抱く惨めさを理解してか、後藤は言葉を継いでくれた。
同じように自分自身の命を大切に考えた伊達明や美樹さやかを引き合いに出して、後藤はマミへと語りかけていた。
少なくとも後藤は、魔女化を恐れて戦わないマミに対して否定的な立場は取らない、と。

「もし伊達さんや美樹が死んでいたら俺が救われなかった、というのもある」

後藤慎太郎が守りたい世界には、伊達明も美樹さやかも含まれているに違いない。
そして……現在カザリの結界の中に捕らわれている火野映司や巴マミも、後藤の世界には居るのだろう。

「だが、自分を大切にすることと世界を守ることは、決して両立できない事じゃない。まず自分が生き残って、その後で自分が救えるだけ救えば良いんだ」

後藤の言っている事を……巴マミの聡明な頭は、すぐさま噛み砕いていた。
たしかに、我が身を犠牲にしてでも市井の人々を守る姿は、いわゆる「正義の味方」の究極的な理想と言えるかもしれない。
現実に、なかばグリードと化してでも戦い続けている火野映司という男が、そうであるように。

「だから、お前が自分の命を大切に思う事が、悪い訳が無い」

……思えば、マミは心の何処かで、自分の命自体に罪悪感を抱えていたのかもしれない。
かつての交通事故の際に、一人だけ魔法の使者に見初められて生き延びたことが、負い目となっていて。
だからだろうか。
後藤の言葉が、マミの心を落ち着かせたのは。

「……すみません。恥ずかしいところをお見せしました。後藤さんって意外と頼りになるんですね」
「半分近くは、伊達さんの受け売りだ。いつかは、自分の力と言葉で誰かを助けられるようになるつもりだが」

この後藤慎太郎という男なら、遠くない未来には理想を遂げられる。
そう、マミには思えた。
そして……自分自身も。

火野映司に自己犠牲なんて、させてやらない。
血とセルメダルを振り撒いているカザリと映司の戦いを、一刻も早く終わらせる。
魔力は節約するに越したことは無いが、まずマミや映司が生き残る事を前提に考える。

「方針は決まったが、どうすれば……」
「あります」

策を捻り出そうと考え込んでいた後藤に対して……マミは静かに、応えた。
枷が外れたように廻り出したマミの頭が、現状の全てを利用した作戦を囁いていたのだ。

「次のティロ・フィナーレを確実に当てるための『魔法』を、もう私達は持っているんですよ」




カザリは……舌を巻いていた。
まさか火野映司が認識阻害を潜れるとは思わなかった、というだけでは無い。
人間がグリードへと変わりつつあるという事実にも驚愕していたが、それだけでも無い。
純粋に、目の前の紫の怪物の戦闘能力に、驚きを隠せなかった。

もちろん、総合的な戦闘能力では、ほぼ全てにおいてカザリが優勢と言えた。
完全態の名は伊達では無いのだ。
カザリが髪を槍のように使えることも理由となって、手数の面においてもカザリの優位は揺るがない。
互いの身体を削りながらも、カザリは確信していた。
このままダメージレースが続けば勝者はカザリとなるだろう、と。

紫メダルの特性であるコア破壊が厄介なために、完全な攻勢には出られないのが面倒なところではあったが。

『ゴックン』

紫の怪物が、手に持った大斧の先端部に取り付けられた口から、セルメダルを飲み込ませた。
という事は、一撃必殺のコア破壊攻撃を狙っているに違いない。
さらに、カザリの認識はもう一つの要素を見逃さなかった。
恐獣の遥か後方にて、黄の魔法少女が巨大な砲身を構えている事に、カザリは当然のように気付いていた。

そして……火野映司が一度たりとも、砲台の方に視線を向けていないという事も。
つまり、紫グリードの一撃をカザリが回避する事を前提に、カザリの動きを予測したマミが砲撃をかまそうという作戦なのだろう。
というか、それ以外に有り得ない。
もし砲撃の方を先に放ってしまうと、砲台の存在に気付いていない映司は追撃を合わせる事が出来ない筈だ。
むしろ、同士討ちの危険が高まるだけである。

「ティロ・フィナーレっ!!」

だからこそ、カザリは先に放たれた砲撃を、連係ミスの産物だと考えてしまっていた。
砲弾の発射と同時に掛け声こそ放たれたものの、それまで援護砲の方向を一度たりとも見なかった恐獣は、追撃を合わせるなど出来るはずが無い、と。
まだ着弾まで遠い砲撃の射線から、後ろ跳びに身体を外しながら……そう、思ってしまったのだ。

……だからこそ、信じられなかった。
射線が歪曲して、カザリの胸に突き刺さったことなど。
まさか、想定できたはずも無い。

ましてや、砲弾が曲がった理由に納得など出来なかった。
恐獣が刃を立てないように振り抜いた大戦斧の一撃が……砲弾に横殴り衝撃を加えて、強引に射線をカザリの方向へとズラしたのである。

「なん、で」

カザリの声は、既に音になっていなかった。
身体に走った紫電が、カザリに唐突な終わりの時を告げていたのだ。
おそらく、紫の斧にて砲弾を殴った際に、コアメダル破壊の力が加わったのだろう。
それ以前にも紫のグリードとの死闘を繰り広げていたカザリは……その一撃に耐えるには損傷を負い過ぎていた。

カザリには、自分を負かした人間達の考えが、まるで理解出来なかった。
恐獣は、一度も砲台に気付いた素振りは見せなかった筈だ。
それなのに最後の恐獣の砲弾ハジキは、明らかにマミの援護を前提としたものであった。
しかも、たまたま息が合ったなんてレベルでは無い、示し合わせた者同士の狙い澄ました連携だとしか思えない。

あるいは、カザリと切り結んでいたのが魔法少女であったのなら、説明は簡単であった。
魔法少女同士ならば通信の魔法が使えるので、アイコンタクトの一つさえとらなくても、簡単に連携は可能だ。
だが、魔法の素質を持たない火野映司という男に念話が通じる筈は……

「……ああ、そうか」

そこまで考えて、ようやくカザリは思い至った。
念話は……『通じていた』のだ。

「君は……もう、僕達の領域に踏み込んでいたんだっけ」

どうしてカザリは、最後の最後までそんな簡単な事に気付かなかったのか。
そう自問して……自分自身の導いた答えに、胸の中でカザリは小さく嗤った。
目の前で紫の醜い怪物になって戦った火野映司の姿を目の当たりにして尚、カザリは信じ切ることが出来ていなかったのだ。

――人間が『グリードなんか』になる訳が無いって、思ってたからか。

『ゴックン』
「セイヤァッ!!」

身体が、動かない。
カザリ最期の言葉は……恐獣の駄目押しの一閃に、塗り潰された。




・今回のNG大賞

「ついにカザリを倒した! やったな、火野! 巴!」
「……あら? いつの間にか周りにキュゥべえの群れが集まってきているわね……?」
「キュゥべえってあんな外見だったのか……」

「やぁ、マミ。久しぶりだね。僕達の身体の機密保持のために『彼』の残骸を処分しようと思って来たんだ」

ムシャムシャ
モグモグ
ジャリジャリ

「……きゅっぷい」

本編でやろうと思っていたんですが、書いてから作者本人でさえドン引いたので、あえなくNG送りに。


・公開プロットシリーズNo.135
→カザリさんは、下手をしたらこのSSの裏主人公だったかもしれない……。



[29586] 第百三十六話:羽のような重さ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/05/04 20:57
トーリは両腕に紙袋を抱えながら、真木邸を目指していた。
アンク用のアイスやらガメル用の駄菓子やらを買い込んで、帰る途中だったのである。
店の位置が分からずに大分時間を食ってしまったために、既に日は落ちてしまっていたが。
使いっ走り感が否めないものの、そもそもヤミーはグリードの手下なので間違ってはいないのかもしれない。

ところが、屋敷を目前にして、トーリは足を止めてしまっていた。
アイスが溶けてしまうので早く帰投しなければならないのだが、そうも言っていられないモノを見つけたのである。
具体名を挙げてしまうと、佐倉杏子という魔法少女一名だった。
杏子が小型の双眼鏡を用いて、屋敷の様子を窺っているのだ。

「お、トーリじゃんか。アタシの場所が分かったって事は、多分後藤あたりから事情は聞いたんだろ? その紙袋は、差し入れか?」
「えっ……? は、はい。そうなんですよ」

しかも、相手にはトーリの存在を既に気付かれてしまっていたようなので、逃げも隠れも出来ない。
そして、流れるような手つきで食料品の紙袋の中身を物色している杏子をよそに、トーリは必死に頭を回していたりする。
何故杏子が真木邸の偵察をしているのか、と。
ましてや、後藤までもが絡んでいるとなれば、人間勢が何らかの陰謀を企てている事は想像に難くない。

「それで……様子はどうですか?」

なので、トーリの為すべきことは、いつも通りの情報収集である。
杏子の反応から察するに、幸いにしてトーリが裏切り者だという情報は人間達には回っていないようなので。

「それなんだけどさ……あの屋敷、意外と大きくてな。出口もいくつあるんだか……。一応アタシも観測地点は何回か変えたんだけど、まだ誰の出入りも見てないよ」

確かに、真木邸はそれなりに大きい。
下手な教会よりは立派な建物かもしれない。
そんな状況で、杏子は人の出入りを見ようとしていたらしい。
もっとも、杏子は未だに誰の姿も確認できていないようだが。

「杏子さんが見張りを始めて、どれぐらい経ってます?」
「多分、半日ぐらい?」

足の早そうなアイスバーを咥えながら、杏子が答えてくれた。
とうに日も落ちて肌寒くなっているというのに、よくアイスなんて口にできるものである。
そして、トーリは明確に、杏子の言葉に潜む不自然さを嗅ぎ取っていた。
トーリが買い出しに出かけたのは日が傾きかけた頃であった筈だが、杏子にはトーリの姿は見られていないのか、と。

屋敷が大きいので、たまたま杏子の観察地点とは別の方向にある扉からトーリは出かけたのかもしれない。
しかし、トーリは屋敷を出る直前に真木博士から使用する出入り口についての指示を受けたような気がする。
たしか、「今は裏口から行ってください」というような事を言われた記憶がある。

……どうやら、真木博士は既に、杏子の監視に気付いていたらしい。
しかも、何回か観測地点を変えている筈の杏子の現在位置を正確に把握している可能性が濃厚である。
だが、博士は一体どうやって監視役の存在に気付いたというのか。

まぁ、それよりもトーリとしては、杏子が真木邸を見張っている意図の方が気になる訳だが。
それを一体、どうやって聞き出したら良いものか。
もっと言うと、夜も更けてしまったしまった今から、どうやって買い出しをやり直すべきか。

まさかグリードが既に3体も消えようとしているなんて思いもしない、能天気な蝙蝠娘たちの背中を。
一台の自販機型兵器ことライドベンダーが、視ていた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十六話:羽のような重さ



いったいどうして、想像できただろう。
……佐倉杏子の持参した双眼鏡が、何の役にも立たなかったなどという事は。

実際に起こった事件は、爆発の一言に尽きる。
即ち、真木邸の壁一つを吹き飛ばす爆発が、遠目に見ている二人から観測されたのだ。
正直なところとして、遠眼鏡など無くても観測できる規模のモノが。

「まさか、杏子さんがほむらさんみたいなマネをするなんて!?」
「いやいや!? アタシじゃねーから!?」

……トーリは反射的に杏子へと疑いの目を向けてしまったが、どうやら冤罪であったらしい。
だが、だとすると一体何故爆発が?
もくもくと煙をあげている真木邸の様子は、ただ事では無いと見える。

トーリとしては、こんなことをする人間は暁美ほむらさんぐらいしか居ないだろうとは思っていた。
ところが、まどか大好き人間のほむらさんが鹿目まどかに危険が及ぶような爆破テロに走るだろうかと考え始めると、それも違う気がしてくる。
ならば、マッドサイエンティストなドクター真木が何らかのお約束で爆発を起こしたとでも言うのか。
何だかその場合には、ウヴァさんも爆発に巻き込まれて黒焦げにされているような気がする。

そして……粉塵の中から転がるように跳び出てきた人影に、トーリと杏子は見覚えがあった。

「くそッ……!」

悪態を吐いているその人物は、150センチに満たない背の丈を起こしながら、屋敷の方へと注意を払っていて。
どう見ても、そいつは鳥類グリードのアンクと憑代の鹿目まどかだった。
一見、アンク達が攻撃を受けた側で、おそらく加害者は未だに立ち上る煙の中に居ると見える。
しかし、一体誰が?

手に汗を握りながらトーリ達が様子を窺っていると……ようやく、煙の中から犯人の姿が浮かび上がって来た。

「……どうやら、私の思惑に気付いていたようですね。アンク君」

……驚くべきことに、トーリの妄想も半分ぐらいは正解であったらしい。
アンクを屋敷の外まで吹き飛ばした下手人は……不気味な白い人形を肩に乗せた、不審な博士であったのだ。
もっとも、どうして真木博士とアンクが睨み合っているのか、トーリには想像も出来ないが。

ついでに言えば、アンクと真木博士のどちらに味方すれば良いのかも分からない。
困惑しているトーリの隣にて事態を見守っている杏子が案外落ち着いているようなのが、流石といえば流石なのだろうか。

……と思っていたら、アンクが全身を怪人態へと変化させていた。
真赤な肌に所々色鮮やかな羽毛を輝かせた鳥の怪人が、瞬く間に真木博士へと斬りかかったのである。
その鋭利な爪は、人間一人を引き裂くには、あまりに強すぎる凶器の筈で。

にもかかわらず、アンクの凶爪は……真木清人に触れる事さえ出来なかった。
アンクの胴に吸い込まれるように放たれた真木の拳が、アンクを退けていたのだ。
羽虫でも掃うかのように、という定型句は、きっとこんな時に使うのだろう。
それほどまでに真木の動作は……自然な、それであった。

「オイオイ……真木って奴まで人間やめてるなんて、聞いてねーぞ」

そんなものは、トーリも今初めて知ったことである。
真木博士の腕から立ち上る紫の揺らぎとでも言うべき代物は……明らかに、人間の扱える力では無かった。
物陰に隠れて遠目に見ているトーリ等からは少しばかり判別が難しいが、どうも真木博士の腕自体が、人間のそれから逸脱してしまっているようにも思えた。
肘から先が、紫の硬質な何かで覆われているように見えるのである。

アンクが炎を放ってみせるも、やはり真木の腕にて振り払われてしまっていて。
トーリとしては、もはや何が何やらである。
ウヴァさんの姿が見えないのも、地味に気にかかったりして。
まさか、アンクに先んじて真木博士に消されてしまった、なんてことは無いと信じたいところだが。

「……君達も、こそこそと隠れていないで、出てきたらどうですか」

そして……やはりと言うべきか、隠れて様子を窺っている杏子達の存在は、真木にはバレていたらしい。
どうやって察知したのかは、さっぱり分からないが。
しかも、『君達』と複数形を使ったところから察するに、こちらの人数も把握していると見るべきだろう。
ここまでは、トーリでも理解出来た。
ここまでは。

……つまり、この先はトーリには予測できなかった。

「まー、待ちなって。まずは事情話してみな。場合に依っちゃ、あんたの方に加勢するかもよ?」

特に緊張感も見せずに物陰から歩み出た杏子が、そんな事を口にするとは。

『何やってるんですか、杏子さん!? 大体、こういう時は敵が共倒れになるまで待った方が良いんじゃぁ……』
『それは、敵さん達がアタシ等に気付いてない時限定の話だよ。アタシ達の存在に気付かれてるなら、どっちもそんなボロボロになるまで戦わずに引き上げるだろ』

まぁ、念話で聞いてみたら、なるほどとも思わされたが。
確かに、いかにも頭を使えそうなアンクと博士ならば、有り得る話である。
どちらかが重めの傷を負った時点で、彼らは勝負を降りて撤退を選ぶこととなるだろう。
たとえその後に逆転の一手をかましても、魔法少女との連戦になる確率が高いのならば、真木やアンクは無理を通してまで戦わないに違いない。

「……結構です。3対1でも、問題は何もありませんからね」

……尚、さり気なくトーリにとって聞き逃せないくだりが、真木の言葉には含まれていたりして。
具体的に言うと、既に真木博士の抹殺リストにトーリも入っているような気がする件について、である。
真木本人としては「とりあえず殺しておけ」ぐらいの感覚なのかもしれないが、笑いごとでは済まされない。
何が悲しくて、トーリがチャンプブロックをせねばならないのか。

「トーリ! 合体だ!」
「分かりました!」

一方、危機感を高めていたのは杏子も同じであったらしい。
トーリを身体に合体させて一気に空中へと飛びあがった杏子には……二つの選択肢があった。
すなわち、このまま飛んで逃げるか、もしくは攻撃を仕掛けるか。

『どうしましょうか。とりあえず一番オススメなのは、このまま飛んで逃げる作戦だと思います!』

どう考えても、飛んで逃げた方が安全なのは間違いない。
先程の手短な攻防を見るだけでも、真木は既に人間を辞めているとしか思えない。
トーリと合体している状態とはいえ、今の真木は楽に戦える相手では有り得ないだろう。

――アタシは乗りかかった船だろうが、沈むと解ったらさっさと降りちまう女なんだよ。カルネアデスの板は、他人を犠牲にすれば自分は生き延びられるって話なんだ。

たしか、ガラの一件の最中に伊達明から協力を求められた杏子は、そう言い放った筈だった。
ならば、今回も杏子はさっさと引き上げるのが順当ではないのか。
というか、後輩魔法少女は杏子にその判断を期待しているとしか思えない。

『まぁ、無限の魔力と飛行能力があれば、逃げるのは後でも出来る。ちょっとだけ……敵さんの手の内を見ておいたって、バチは当たんねーだろ』
『……この間さやかさんを治した反動でワタシはあまり調子が良くないので、防御にはあんまり期待しないでくださいね』

……魔がさした、のだろうか。
もしくは、後輩の前で少し格好をつけてみたくなったのか。
はたまた、逃げる事を推奨されて、捻くれ者の本領を発揮してしまったのかもしれない。

「置き土産に一発、遠慮せずに貰っていきなっ!」

空から真木博士を見下ろしながら言い放った杏子は……次の瞬間には、天を裂くような巨大槍を取り出していた。
言うまでもなく、無限の魔力を最大限活用することによって生み出した代物である。
時計塔のような大きさを誇るその槍は、万にも及ぶセルメダルを抱えたスミロドンヤミーを倒した実績も持っていた。
そんな、人型の敵を押し潰すには充分すぎる質量を持った武具が……一思いに振り降ろされたのだ。

であるからして、さすがに杏子といえど、予測することは適わなかった。

「これは……中々の脅威ですね」

淡々と感想を述べている真木博士の声が届くことなど、まさか想定出来た筈も無い。
両腕を用いて巨大槍の先端を掴み取っている真木博士の姿なんて、悪い夢のようでさえあった。
真木清人は、両足こそ膝近くまで地面に埋まってしまっているものの、本人には殆どダメージが無い様子で。
汗一つかかない真木の有様は、平時のそれと何ら変わりが無いものだった。
さやかを倒した時のような電磁石を用意出来なかったので単純比較は出来ないが、どうやら真木はスミロドンヤミーとは比べ物にならない程の戦闘能力を持っているらしい。

……と、トーリと杏子が判断を下している間に。

「俺を……忘れんなッ!」

右腕に炎の力を貯めたアンクが、真木へと迫っていた。
翼を広げて地面スレスレを飛行しながら、速さと腕力と炎熱の力を込めた一撃を振るったのである。
杏子の巨大槍を受け止めている真木を、横合いにぶん殴ったのだ。

巨大武器が邪魔で、杏子とトーリから直接は見えなかったが、それでもアンクの攻撃の威力を推し測る事は出来た。
槍の柄に返ってきた手応えとして、おそらくアンクの攻撃の余波によって槍の先端が溶解もしくは蒸発させられてしまっているのだろう、といぐらいには。

時計塔のようなサイズの槍を、魔力の粒へと還しながら。
杏子とトーリは、本格的に危機感を募らせていた。
爆炎に包まれた筈の真木が何事も無かったように立っているのを確認した時点で、既に相手の次元が違うという事は明白で。

「よし、逃げよう!」
『待ってましたっ!』

さすがにそこまで判明しているのに、杏子が戦闘を続ける道理も無い。
杏子の決断に心の底から喜びの声をあげているトーリは……まぁ、平常運行なのだろう。
ともかくとして、杏子とトーリは、高度を上げて飛び去る判断を下した。
……それ自体が既に困難な道程であるとも、気付かずに。

「遠慮することはありません。君達も……ここで『終わって』良いんですよ」
「……っ!?」
『後ろです! 杏子さんっ!』

全くの、想定外だった。
つい先程まで地上から杏子達を見上げていた筈の真木清人の声が……杏子の耳元への囁きとして響いたことなど。
とっさに空中で反転しながら、殆ど反射的に両腕で槍を構えようとして。

「ちっ!」

次の瞬間には、真木が無造作に振るった腕によって、防御に用いられた槍の腹は拉げてしまっていた。
それだけでは、無い。
空中を戦場としているために踏ん張りが利かないのだ。
大きく弾き飛ばされつつも、何とか地面への激突を避けながら……杏子は、ようやく自身の眼にて事態を理解していた。

一瞬の攻防の間には疑問に思う暇さえ無かったが、今の真木の一撃には根本的に不自然な箇所があった筈だ。
空中に飛びあがっていた筈の杏子達に対して、真木は如何にして肉薄したというのか。
答えは……真木がその全身の姿を以て示唆していた。
すなわち真木の姿は、「空を飛ぶ」という行為を納得させるだけの物へと変化していたのだ。

身体の至る部分が、光沢を持たない紫の鱗で覆われていて。
首元から伸びた襟は、どこかの恐竜か爬虫類を思わせるそれで。
顔の中心で一つに繋がった紅の瞳は、彼が人間という種から外れている事をありありと主張していたのだ。

……そして、杏子の頭は飽く迄冷静に、状況の悪さを測り取っていた。
先程までの真木博士は、腕を怪人化させただけで無限の魔力による攻撃を防いでみせた筈だ。
更に今現在において、真木は全身を怪人化させている。

いったい、何をすれば真木に対抗できるというのか。

「……やっぱ、見滝原は人外魔境の巣窟だったか」

杏子がぽつりと吐き出した言葉は……杏子が見滝原を訪れて間もない頃に吐いたものと似通った、科白であった。




……物音が消えた、動物園にて。
ようやく、人間の一味は戦いからの解放を許されていた。
カザリの消滅という形において、ようやく今宵の争い事は終わりを告げたのだ。

「なんとか……なって……良かった……」
「それより、火野! お前の身体は大丈夫なのか!?」

肩で息をしている火野映司の姿は、既に人間のそれに戻っていて。
しかし、そんな映司に駆け寄ったマミと後藤は、不安に思わずには居られなかった。
つい先刻まで、この火野映司という男は、紫のグリードへと姿を変えて戦っていたのだ。
感覚器官が鈍っているという話も事前に聞いていたが、事態は本格的に悪化の一途を辿っているのではないか。

「大丈夫、です。後藤、さん。心配、かけました」
「……お前の『大丈夫』は、どうも信用に欠けるな」

後藤と映司の会話を、傍らにて聞きながら。
巴マミが思い出していたのは、今は亡き一人の魔法少女の事だった。
橙色のメダルを取り込んで火野映司や美樹さやかを圧倒し、しかし最期には魔女と化して何処かへ走り去った、呉キリカの事である。

――オーズには、紫のメダルになるべく慣れて欲しいのさ。それが、ワルプルギスの夜の攻略糸口になるらしくてね。

マミ自身が直接聞いた言葉では無い。
後から人伝に聞いた、呉キリカの言葉である。
当時は意味の釈然としない言い草であったが、今のマミにはその意味が分かるように思えた。

映司が変化した紫のグリードは、不完全な状態であっても凄まじい戦闘能力を発揮したからだ。
それこそ、完全態のカザリにさえ匹敵するほどに。
つまるところとして、呉キリカが火野映司に接触したのは、特大魔女に対抗するための純粋な戦闘能力を持つ者を求めての事だったのではないか。

もちろん、ワルプルギスの夜という魔女がどれだけ規格外の怪物なのかは、マミには分からない。
しかし、紫のグリードが完成すれば、もはや映司と肩を並べられる魔女が居るとは思えない。
今思うと、呉キリカの不自然な行動も、納得できるような気がした。

――オーズが紫のメダルとの同調率を上げれば、私の防御を無視してコアを破壊できるよ。

呉キリカは、戦闘中に自身の弱点を教えるという不可解な言動を零していた。
ところが、弱点を教えられたオーズが紫の戦斧を振るっても、キリカは幾度もそれを回避して見せた筈だ。
橙コアを破壊させる事が目的ならば、何故キリカは自分の血肉を削られる痛みを負ってまで粘ったのだろうか。

……橙色のコアメダルを破壊させる事が、キリカにとって目的では無く、手段に過ぎなかったのだとしたら。
オーズに何度も紫の力を行使させることによって、紫のメダルと火野映司の身体を馴染ませるための、練習試合のようなつもりだったのではないか。

――ああ、やられてしまったよ。まぁ紫もそれだけ『馴染んだ』みたいだし、これで私の出番も終わりかな。

恐ろしい、と心の底から思った。
マミは、自分の命を落としてまで戦えない。
なのに、呉キリカは……ワルプルギスの夜を倒せる戦力を用意するために、自らの命を捨てたというのか。

キリカの空々しい嗤い声が、耳元に蘇った気がした。
火野映司もそうだが、どうしてそんなに簡単に自身の命を捨てられるというのか。
まるで、増えすぎたネズミが種の保存のために自ら死を選ぶという都市伝説のようでさえある。

「火野さんは……そうして、そんなになってまで、戦えるんですか」

……口をついて、そんな言葉が飛び出してしまっていた。
だが、聞かずには居られなかった。
マミが引き止めなければ……映司が文字通り、『人間』というステータスを捨て去ってしまうように思えたのだ。

「『後悔するから』とか、そんな事が聞きたいんじゃないんです。火野さんは、どうして……自分の命がそんなに『軽い』んですか」

つい先程までの戦いぶりだって、そうだ。
グリードになりかけているというのに、映司は戦い続けた。
カザリを倒すために必要だと割り切った……とだけ言うのは簡単だろう。

しかし、マミはとても、それを真似できるとは思えなかった。
巴マミとて、危険を背負って人命を救ってきた、歴戦の魔法少女である。
それでも、自分の命を投げ捨ててまで戦えるかと言われれば、否でしかない。
なにか、火野映司という男からは、人間として大切なものが抜け落ちているのではないのか。

「……俺は」

一方、火野映司の反応は……彼にしては珍しく、歯切れの悪いものに思われた。
おそらく、本音としては、映司はその理由を口にしたくないのだろう。
だが、マミと後藤が映司から明らかな不自然さを嗅ぎ取っているという事実を、映司は理解しているに違いない。

だからこそ、火野映司は重い口を開いた。
開こうと、した。
……空気の冷え切った舞台に、新たな役者が現れるまでは。

「見違えましたよ。火野君。まさかそこまで『進んでいる』とは」

まるで影から現れ出でたように、何処からともなく。
高い背丈と身体の細さのアンバランスを伴ったシルエットが、いつの間にか姿をあらわしていたのである。
世界を良き終末へと導くことを謳う、その科学者を……この場の誰もが、知っていた。

真木、清人。
先日鴻上財団と袂を分かち、現在は潜伏中である筈の人物である。
しかし、それが一体なぜ、この場に居るというのか。

「簡単な事ですよ。メダルを砕かれるペースが予想外に早いもので……これ以上手を拱いて見ている訳にはいかなくなっただけのことです」

まったく誰のせいだか、なんて言葉を続けた真木清人のボヤキは……その答えを既に持っている者のそれに思える。
おそらく、火野映司と紫コアの同調を手伝った存在が居た事に、真木は既に気付いているのだろう。
当然、それが呉キリカと名乗った魔法少女であることも。

そして、コアメダルがあまりに短期間のうちに砕かれ続けたために、真木自らが人間達のもとへと赴いたに違いない
既に『橙』『青』『黄』のコアは、3枚ずつを残して砕かれてしまっているのだ。
人間達のまだ握っていない情報では、『灰』のメダルも実は半分以上が破壊されている。
真木博士が世界を滅ぼすのに何枚のコアが必要なのかは不明だが、現在以上にコアを砕かれると、真木の目的に支障をきたす可能性が高いという事なのだろう。

……と、真木からの説明こそ無かったものの、聞き手の人間3名はそれぐらいの事は理解していた。
聞き手側の中にトーリや美樹さやかが居たら、もう少し真木博士に口頭で説明してもらう必要があったかもしれないが。
幸運にも、その場に集っていた火野映司や巴マミ等は、いずれも察しの良い面々であったのだ。

「……つまり、貴方はオーズのコアメダルを奪いに来た、という事で良いのかしら?」

巴マミとしては、ソウルジェムに魔力を通わせて戦闘の準備を整えつつも、疑問を解消できずにいた。
十中八九、真木の目的については、マミの察した通りだろう。
しかし、それを為すための手段を、真木清人は持っているのだろうか。
よしんば科学者である真木がバースのような武装を持っていれば、魔力不足の魔法少女一人を倒すことは出来るかもしれない。
だが、さすがの真木といえど、紫の怪物形態という切り札を持った火野映司に対抗する術があるとは思えない。

「そのつもりで居たのですが、火野君の状態がそこまで進んでいるのならば、今の私では力尽くという訳にはいかなくなりました」

……どうやら、マミ達の見積もりは、半分当たりで半分外れといったところらしい。
しかし、真木も人間達の前に姿を現したという事は、何かしらの勝算を持っているに違いない。
いったい真木博士は、どんな隠し玉を抱えているというのか。

「ですから……交換といきましょう。『彼女達』と、火野君達が今夜手に入れたコアメダルの全てを」

色の指定こそ無かったものの、おそらく黄色と青の6族6枚全てのコアを求められているのだろう。
それ以外のメダルは、今のところノータッチということらしい。
だが……それ以上に人間達の気を引いたのは、『彼女達』という真木の言葉であった。

真木が沈黙のままに視線を肩の人形から外していて。
人間達は……ようやく、真木の背後に積み上げられているものの存在に気付いていた。
無造作に地面に置かれている物体が人の形をしている事を理解するまで、さしたる時間は要らなかったのだ。

「トーリさん、佐倉さん……。それに……!」

積み上げられていたのは、3つの人体であった。
誰もが身体中に生傷をつくり、全員が意識を失っているらしい。
傷だらけの少女等へと落とされた真木の瞳は、やはり冷え切ったそれで。
そして、そんな怪我人たちの様子を見せつけられれば、映司達が真木の意図を理解できない筈も無い。
つまり、3名の人質と6枚のメダルを交換せよ、と。

最上段に重ねられている鹿目まどかは、内部にアンクがまだ居るのかどうかは不明だが、非戦闘員という意味では一番人質らしいと言えた。
中段に居る杏子は、昼に真木邸の偵察に行った筈だが、どうやら発見されてしまったらしい。
最下段に潰れているトーリは……どういう経緯で捕まったのか分からないが、どうせ運悪く通りかかったという程度なのだろう。
その子供達が捕えられた経緯はともかくとして、彼女達に人質としての価値があるのは、説明するまでもなかった。

もちろん、真木博士の最終的な目標は世界の終末であるのだから、人間達はそれを阻止せねばならない。
それでも……後藤やマミでさえ、人質を見捨てるという選択肢は選べなかった。
今まで時間を共有してきた人間を見殺しにするという選択は、あまりに重かったのだ。

ましてや目の前の人命を取りこぼす事にトラウマ染みた強迫観念を抱いている一人の男の答えなど……最初から、決まりきっていたのだろう。


「分かりました、真木博士。交換には……応じます」



……事態は、転がり落ちる。


・今回のNG大賞

「交換といきましょう。『彼女達』と、火野君達が持っている3色7枚のコアメダルを」
「すみません。さっき真木博士が来る前に話し合って、手持ちのコア全部砕いちゃったところなんです」
「」

ドクター真木は泣いて良い。


・公開プロットシリーズNo.136
→ドクターが立った



[29586] 第百三十七話:獅子身中の蟲
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/05/11 21:16
「……で、素直に交換に応じちまったワケか」

真木博士が立ち去ってしばらくの後に。
意識を取り戻した女子3名に施された説明は、そんなところだった。

そして、マミ達の話したこれまでの経緯を耳にしてもっとも顔色を青くしたのは……蝙蝠ヤミーだったりする。
トーリ等が3人がかりで戦っても真木グリードは倒せなかったというのに、その真木は映司グリードに現状では勝てないと踏んだらしいのだ。
というか、そうでなくとも、映司グリードは色々と魔改造済みのカザリを倒した存在なのである。

ぶっちゃけると、ウヴァさんがヤバい。
既にグリードが3体も倒されているというのだから、今更ウヴァが完全態になったとしても、人間に勝てる見込みは無い。
しかも、映司グリードはまだ進化の先がある可能性が濃厚であった。
幸いにしてトーリの正体はまだ人間勢に知れ渡っていないらしいのだが……果たして、その要素がどれだけ今後の展望に繋がるというのか。

一応、トーリにとってもう一つ幸運だと言えるのは……何となく周囲の視線が、トーリでも杏子でもなく鹿目まどかの方へと集まっていることだろう。
おそらく、人間達が聞きたい事は一つに集約される筈だ。
すなわち、鹿目まどかの体内にまだアンクは居るのか、と。
周囲から注意が集まっている事に自覚的らしい鹿目まどか様は、どことなく居心地が悪そうに思えた。

「まどかちゃん。アンクは……どうなったのか、聞かせてもらっても良いかな」

であるからして、口火を切ったのが火野映司であったのは、何よりも自然な流れだったのだろう。
誰も先陣を切りたがらないからこそ、この男は先頭を走ってしまうのである。
まぁ、誰かが尋ねなければ話が始まらないのだから、必要な役には違いないが。

「アンクちゃんは、真木博士に負けて、赤いメダルも沢山取られて……今は私の中で休んでます」

鹿目まどかの意識が表に出ているという事は、アンクの負ったダメージがそれなりに大きかったからなのだろうか。
だが、まどかの言葉を聞いた誰もが疑問に思っていた。
何故鹿目まどかは未だに体内にアンクを飼い続けているのか、と。
いずれアンクが回復すれば、再び鹿目まどかの身体は制御を奪われる危険は大きい。
にもかかわらず、宿主様の説明によれば、まだアンクは鹿目まどかの身体の中に納まっているという事なのだ。
……情報の整理が、必要なのかもしれない。

「そもそも、どうしてアンクさんと博士さんが戦っていたんですか?」
「ああ、アタシもそれは気になってたな」

とりあえず、トーリが口火を切って疑問を差し込んでみた。
今まで気にする余裕も無かったが、元はといえば杏子とトーリは、真木とアンクの戦いに巻き込まれたのである。
しかし、それぞれの目的のために手を組んでいた筈の彼らが、一体なぜ袂を分かつこととなったのか。

少し長くなっちゃいます、なんて前置きをしながら。
鹿目まどかの口からは……人間達の知りえなかった情報が、あふれ出していた。
ウヴァが復活したなんて聞いても、この場の面々の半数近くはウヴァさんの名前さえ知らなかったが。

真木博士の目的は、完全態のグリードに他色のコアを取り込ませて、出来上がった暴走態を使って世界を無に帰すことで。
そのためには完全態グリード一体を残して残りの個体からコアメダルを回収する必要があった。
ところが、真木が一度にその作業を敢行しようとすれば、一部のグリードには逃亡を許してしまうかもしれない。
そうなれば、真木の目的は達せられない。

なので、真木は隠し持っていたコアメダルを小分けに表舞台へ出す事によって、メズールやカザリを完全態にしてやった。
……人間達にグリードを始末させるために。
さらに、グリードの完全態を連続して人間勢と戦わせる事によって、真木には複数のメリットが発生する。

まず一つ目は、単純に人間側の疲弊である。
恐竜コアによるグリード化が残されている映司はともかくとして、バースや魔法少女のスタミナは無限ではない。
おそらく真木の初期プランでは、今夜コアメダルを回収する際に、そのまま人間勢をまとめて始末する手筈だったのではないだろうか。
映司が紫コアとの同調率を高めたことが、結果的に吉とでたという事である。
さすがに、カザリがキュゥべえを取り込む事は真木にとっても想定外だったのだろう。

二つ目の利点は、残ったグリードに逃げ出す隙を与えないことだった。
カザリやアンクは、残りのグリードが2体になった時点で真木に見切りをつけて逃げ出すぐらいの知能は持っている。
であるからして真木には、グリードの数が残り2体になるタイミングを、生き残ったグリードに感知させないための工夫が必要だったのだ。
そのために有用であったのがカザリの結界であり、結界を張って戦ったカザリの気配はアンクからは感知されなかった。
その結果としてアンクは真木からの奇襲を許してしまい、コアの殆どを奪われてしまったという訳である。

「まぁ、小難しい話は置いといてさ。そのアンクってのを身体の外に出せるか? 出せるなら、とっとと倒しちゃおうよ」

そんな中……誰よりも先にアンクの扱いについて提案を示したのは、杏子であった。
この場の面々において最もアンクとの付き合いが短い杏子だからこそ、さっさと言いのけることが出来たのである。

そして、杏子の言葉を聞いて一番顔を蒼くしているのは……やっぱり、蝙蝠ヤミーだったりする。
何といっても、アンクにはトーリの正体がバレているのである。
鹿目まどかがトーリの正体を口外しない理由も気になるところだが、それは脇に置いておくとして。
性格の悪いアンクならば、倒される間際にトーリの正体を暴露して道連れを増やすなんて事を仕出かしても、なんら不思議では無い。

だが、トーリにはアンクを庇いだてする術が何も思いつかない。

「そう、よね。アンクが人間に牙をむいたのは事実だもの……」

マミさんも、心残りが無いわけでは無いようだが、割り切りは終えているらしい。
何も言わない映司も、アンクを始末する事に抵抗は感じているのだろうが、『やる』か『やらない』かで言ったら『殺る』人間である事は間違いが無い。

「それは、違うんです! 悪いのはアンクちゃんじゃなくて……全部私なんです!」

……ところが、助け舟は思わぬ場所から飛び出ることとなった。
まさか、人質が誘拐犯を庇うなどという事が有り得るのだろうか。
案の定、マミや杏子も驚愕に顔を染めている様子が、トーリからは見て取れた。

「鹿目……ストックホルム症候群という言葉があるんだ。お前は、過度の緊張によって、誘拐犯に同情してしまっている状態なんじゃないのか」

そんな中、驚きながらも真顔で華麗なマジレスをかます後藤さんは一味違った。
もちろん、後藤なりに鹿目まどかの精神を案じた結果としての言葉なのだろうが。
この場でアンクを殺されると色々面倒事が生じるトーリとしては、後藤は余計な事を言うなよ、と思わずには居られない。

「もしかしたら、って思ってたけど……。もしかしてアンクの力が戻る前から、まどかちゃんは真木博士に興味を持ってたんじゃない?」

すると、映司までもが意味の不鮮明な事を言い出した。
いわゆる、「お前は何を言っているんだ」というヤツである。
というか、内容的にも不自然だった。
そもそもトーリとしては、鹿目まどかと真木清人の間には接点が無いように思える。
せいぜい、真木博士の宣戦布告映像を、伊達明の病室で見たことぐらいだろう。

「……そこまで、バレてたんですね」

……が、鹿目まどかの返答内容は、肯定以外のなにものでも無かった。
おそらく、鹿目まどかと火野映司の両名の間では、今のやりとりは一連の会話として成立しているのだろう。
傍から聞いているトーリからは、そうは思えないが。
案の定、マミや杏子に加えて後藤さんも、顔を見合わせている様子であった。

ならば、トーリが解説を要求したとしても、白い目で見られる事は無い筈だ。
……たぶん。

「……すみません。出来れば今の話を、ワタシでも理解出来るようにお願いします」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十七話:獅子身中の蟲



そもそもの話の発端はガラの一件の最中だった、とは鹿目まどかの言であった。
真木博士の使いであるバッタのカンドロイドが、連絡役としてアンクの元へと派遣されてきたのだ。
その時には、事件からのアンクの撤退が推奨されただけに過ぎなかった。

しかし、その三日ほど後に……人知れず、再度の使いがアンクと鹿目まどかの元へと現れたのだという。
おそらく、トーリがグリーフシードから能力を引き出す実験をしていた日だろう。
さやかが一度カザリに殺された日であり、呉キリカが死んだ翌日であって、人魚の魔女が倒された夜の前日である。

夜分遅くに鹿目宅へと現れた真木のカンドロイドは、アンクが人間と手を切る時のために、幾つかの助言を残していったらしい。
おそらく、鹿目まどかにも聞かれてしまう事を承知のうえで、アンクへと言葉を伝えに来たのだろう。
その助言の一つとして、暁美ほむらの能力の破り方も含まれていたのだそうだ。
すなわち、暁美ほむらの身体の一部を手に入れれば時間停止の影響を受けない、と。

「んん? それっておかしくねーか?」

……そんな中、最初に説明に突っ込みを入れたのは佐倉杏子であった。
トーリとしては、「アンクが時間停止を知らないのではないか」という説を過去に提唱したことがあるため、それを指摘されるのではないかと背筋を冷やしていたりするが。

「確かに、変よね。アンクが時間停止の魔法に気付いていたとして……一体いつ、暁美さんの身体の一部を手に入れたのかしら?」

……矛盾である。
言われてみると、その通りだった。
アンクが時間停止魔法の存在を知っていたのならば、人間を裏切る前にアンクがほむらの一部を入手するのは当然だと言える。

ところが、アンクがほむらの毛髪を入手するのは不可能なのである。
アンクが鹿目まどかの身体を優先的に操作できるようになったのは、人魚の魔女の一件の後なのだ。
つまり、力を取り戻す以前のアンクは鹿目まどかによって監視されている筈であり、暁美ほむらの毛髪を手に入れる機会など無かったに違いない。

つまり、どういうことなのか?

「さっぱり、ワケが解らないです……」

トーリがざっと見たところによると、後藤も解らない組らしい。
なんとなく、映司だけは理解できているように思えるが。
したがって、トーリに出来る事は話の先を促すことぐらいである。
しかし、まさかその先は想像できなかった。


「私が、ほむらちゃんの髪の毛を抜いたんです」


……一同の脳内に駆け巡った驚愕は、一通りのものでは無かった。
ある者は高岩成二という男に匹敵するような二度見を行い、別の者は目を見開くという芸の無いリアクションを見せていて。
もしお茶会の途中だったら、ティーカップを落としたり紅茶を噴き出したりする愉快な人員が居たことだろう。

なんというべきか。
番組を見ていたら主人公の正体が大ショッカーの大首領である事が明かされた時の、視聴者の気分である。
もしくは、「それも私だ」的な。

確かに、鹿目まどかに阻止される限りにおいて、アンクは暁美ほむらの毛髪を手に入れられない。
加えて、鹿目まどかが暁美ほむらの毛髪を抜き取るのは不可能では無い。
だが、何故まどかがほむらを裏切るような事をしたのか。
幸いにして暁美ほむらはこの場に居ないものの、当人が知れば何を言うやらである。

「ええと、世界を終わらせたい真木博士っていう人の事がどうしても気になって……私も一緒に真木博士の所に行きたいって、アンクちゃんにお願いしたんです」

ほむらさんが聞いたら卒倒しそうな発言であった。
下手をすれば、ヤンデレにジョブチェンジして、まどかの監禁を始めるのではないかというレベルである。

「……つまり、アンクが真木博士の側についたのは鹿目からアンクへの提案であって、アンクに罪は無い、という事か?」
「そう、です」

後藤の要約によって、ようやくトーリの頭も追い付いていたりして。
まさか、である。
裏切り者はアンクではなく、鹿目まどかであったということか。
トーリとしては、何となく鹿目まどかは「良い人」の典型例のような人物だと思っていたのだが、これには流石に驚かざるを得ない。

「アタシ達に炎を浴びせたのは、さすがにシャレにならねーだろ……?」
「それは私も思ったんだけど……アンクちゃんが『映司の奴なら死んでも防ぐだろ』って言うから、つい……。ごめんなさい」

たしかに、アンクが裏切り際に人間達へ放った炎は、冗談では済まない威力を持っていた。
それこそ、戦闘能力を失った美樹さやかならば致命傷を受ける程度には。
しかし、小さな頭を下げて謝っている鹿目まどかの姿を目の当たりにすれば、これ以上糾弾しようと思える人間が居ないのも確かであった。
というか、鹿目まどかの決死の潜入捜査によって、人間達が入手できる筈も無い情報を手に入れられたのも事実なのだ。
もちろん、結果が良ければ全て良しという訳でも無いが。

「……そこは実際に火野さんが防げた訳だから、置いておきましょう。でも、今後に差し迫った問題は消えていないわよね?」

もっとも、現状一番の問題であるアンクの処遇は、別の話である。
今回の裏切り事件においては、アンクの動向は鹿目まどかの依頼によるものであった。
だが、今後アンクがグリードとして世界を喰らう事を目指すのならば、問題は目と鼻の先に居座ったままである。
すなわち、

「今は真木博士の攻撃で弱っているけれど、アンクが力を取り戻したら、また鹿目さんの制御を外れるんでしょう? その可能性が高いなら、アンクはこの場で対処した方が良いわ」

アンクが鹿目まどかの身体を自由に出来るという点である。
というよりも、鹿目まどかのアンクに対する制御が完璧では無い点、というべきか。
ともかくとして、アンクに鹿目まどかによる束縛が効かないとなれば、結局アンクを倒すしか無いのだ。
身体全体を怪人態に戻せるアンクは自らヤミーを生み出せるまでに回復している筈であり、そうなればアンクがオーズと手を組む理由も無いのである。

「実は……アンクちゃんは、私を支配なんて出来てないんです。力が凄くたくさん戻ったのは本当なんですけど……」

……なんと?
確かに、鹿目まどかが真木博士と言葉を交わしたという事は、まどかの人格が表面に出る機会はあったのだろう。
だが、まさかアンクが身体の操作権限を奪えていなかったとは、トーリは考えもしなかった。

言われてみれば、人間を裏切った後もアンクがヤミーを作らないのは、不自然ではあったのだ。
それも、実権を握っている鹿目まどかが認めなかったからなのだろう。
出演の機会を永遠に失った鳥ヤミー達が平行世界から怨嗟の念を送ってきているような気がするのは、多分気のせいである。

「という事は、アンクさんを倒さなくても大丈夫ってことですよね」

そして、ここまで来ればトーリも一安心である。
アンクが始末される心配が無くなれば、トーリの正体をバラされる危険も目減りするのだからして。
その結論に納得している面々の様子を見れば、胸を撫で下ろす思いであった。

『……ねぇ、トーリさん』
『何でしょう?』

ところが、トーリへと個人的に繋がった念話に、少しだけドキリとさせられたりして。
何の脈絡も無くトーリへとメッセージを送って来たのは……頼りになる魔法少女の先輩様に他ならない。
映司や後藤によって危険な行動を嗜められている鹿目まどかの様子をよそに、マミはトーリに言いたい事があるらしい。
……心当たりとしては、トーリが持っていた筈の灰色メダルがいつの間にかガメルの手に渡っていた事あたりが、突っ込まれると面倒臭い事象の筆頭である。

『火野さんの様子って……おかしいと思わない?』

もっとも、トーリの懸念はてんで的外れだった訳だが。
どうやらマミさんは、火野映司の様子に違和感を抱いている模様である。
しかし、トーリが思い起こせる限りの記憶では、映司の反応に不審な点は見当たらなかった筈だ。
鹿目まどかの衝撃発言にも動揺を見せず、平常運行であったように思える。

『特に驚いても居ませんし、どこか不自然でしたっけ……?』
『ここまで徹底して驚かない事が、逆に人間として不自然なのよ。相手の事情を察する能力が高いという事なんだけれど、火野さんの場合はちょっと行きすぎを感じない?』

……平常運行の映司が、既に人間としておかしいということか。
確かに、トーリが事態をどんなに奇天烈だと思っても、映司はあまり驚かない。
鹿目まどかが危険を冒して敵地に潜入したなんて衝撃の事実を聞かされても、映司は優しく鹿目まどかを諭してやるに留まっているぐらいだ。
それどころか、呉キリカが自身の手足をかなぐり捨てた時だって、映司は目に見えるほどには動揺していなかったように思える。

『まるで機械仕掛けの神様みたいに、察しが良すぎるのよ。それに、今回のグリード化の一件でも思ったの。火野さんが本当に人間離れしてるのは肉体の方じゃなくて、むしろ精神性の方なんじゃないか、って』

巴マミの呈した疑問は……トーリにとっても他人事では無かった。
タダでさえグリード陣営にとっての脅威である映司が、肉体的な力以外にも超人的な精神を持っているとなれば、本格的にグリード組に勝機は無い。
しかし、だからといってトーリに何が出来るのだろう。
紫メダルの力を捨てるように説得したとして、成功するとも思えない。
かといって、紫メダルを用いずにグリードを倒す新たな方法を提唱しようものならば、グリードの首を絞めることにも成りかねない。
ついでに言うと、そんな新手段を提唱できる程トーリは聡明では無い。

……既に、詰んでいる気配が濃厚だった。
というか、現状でグリード組の戦力はウヴァさんと真木博士だけであり、真木博士は現状では映司に勝てない事を宣言してしまっている。
もしかしたら、紫のメダルを取り込んでいる真木博士が今後に映司より強くなるのかもしれないが。

『たしかに、映司さんが人間の範疇から外れて行ってしまうのは、何だか嫌な物がありますね……』
『でも、火野さんの力以外にグリードの完全態に対抗する手段が無いから、正面切って火野さんを止める方法が無いのよね……。何か、思いつかない?』

そう言われても、頭脳労働適正に欠けるトーリとしては、何が何やらである。
火野映司の行動を阻めば人類が滅びるのだから、人間勢は何をさしおいても映司を戦わせる他無い。
しかし、その過程で映司が人間離れしていく事を、マミは良しとしないという事だ。
つまり、映司にコアを砕かせる作戦の代替となる案が求められていると言える。

ちなみに、マミが杏子では無くトーリに相談を持ちかけた理由は……おそらく、杏子と映司の関係が薄いからだろう。
映司が自身の意思でグリード化を選ぶというのならば、杏子は率先して映司を止めるモチベーションを持っていないだろう、という判断からに違いない。

『いっそのこと、映司さんの負担を軽減するために、緑のグリードを戦力として人間側に引き入れてしまうのはどうでしょう? グリード側も積極的に暴走したいとは思わないでしょうから、乗ってくるかもしれませんよ?』

……が、一応トーリの伏せられた正体は蝙蝠ヤミーな訳で。
とりあえず、ウヴァさんが生き残る確率がもっとも高そうな提案を示してみた。
というか、他のルートだとウヴァさんの死亡フラグがマッハ過ぎる。
真木博士とグリードの同盟を維持すれば、ウヴァさんはいずれメダルの器として暴走させられてしまうだろう。
かといって、ウヴァさんが我武者羅にオーズに殴りかかっても、虫けらのように屠られてしまうこと請け合いである。

どのみち、人間に協力して真木博士を追い詰めつつ土壇場で裏切ってオーズもろとも真木を倒すぐらいの一発逆転を狙わなければ、ウヴァに勝利の目は無いのだ。
なおその場合、アンクや魔法少女勢はどさくさに紛れて死ぬ、という希望的観測が期待される。
そこまでしても、映司達に作戦を見切られて返り討ちにされる気配が濃厚な辺り、やっぱり詰んでいる気がしないでも無い。

『……トーリさんの思考の柔軟性って、たまに凄いと思う事があるわね。確かに、完全に有り得ない作戦とも言い切れないけれど』

マミさんも、姿を見た事も無いグリードを信じるのは大分不安らしい。
どうもカザリやアンクのせいで、グリードは狡猾で悪賢いというイメージが強いのだろう。
グリードの中にはガメルやウヴァのように素直な個体も居るというのに、風評被害も甚だしいところである。

まぁ、それでもマミに然程選択肢が残っている訳でも無いのだ。
映司を助けるためなら已む無し、とも思ってくれるかもしれない。
どうせなら、その時不思議な事が起こったレベルの奇跡が発生してくれても良いのに。
例えば、人間態ウヴァさんの爽やかなイケメンスマイルによってマミさんがニコポされるとか。

……現実逃避である。

ともかくとして、トーリの方針は固まりつつあった。
というか、真木邸に居るであろうウヴァさんを放置する選択肢は存在しないのだ。
真木博士の帰宅次第、ウヴァさんがそのまま暴走態の器にされてしまう危険が高いためである。

なので、ウヴァさんには『偶然映司達の近くを通り掛かって』もらえばいいのだ。
もちろん、トーリがグリードと手を組む提案をした後に都合よくウヴァさんが通りかかるのも、不自然なのは間違いない。
しかし、ウヴァさんの命運が懸かっているのだから、トーリにも選択肢は残っていないのだ。
という訳で、屋敷に残っている筈のウヴァさんに通信を繋げてみた。

『ウヴァさん、聞こえますか?』
『俺のヤミーか? どうやって喋ってる?』

……そういえば、念話で話しかけられるのも初めてだったんですね、ウヴァさん。
一応通信魔法の存在自体はトーリが教えた筈だが、実体験が伴わなかったために頭の中で連想が起こらなかったらしい。
そんな事は脇に置いて、トーリは状況を吹き込む作業にとりかかったわけだが。

『……という訳なんですよ。今から、市内の動物園に来てください』

赫々云々、というヤツである。
正直に言ってグリード側からも分の悪い賭けに思えるだろうが、他に生存ルートが見当たらないのだ。
まぁ、マミをして発想が柔軟だと言わしめたトーリよりも、ウヴァさんの方が頭が柔らかい可能性もあるが。
捻らない素直さを持ったウヴァの頭は、時に見る者の度肝を抜くアイデアを見せてくれるのだから。

案の定、

『そんな面倒な事をしなくても、カザリや真木と戦ったせいで人間達は疲れ切っているんだろう? 今から俺が行って一網打尽にしてやるッ!』
『 ! ? 』

虫怪人の勇猛果敢な叫び声は、『飛んで火に入る夏の虫』そのものであった……



・今回のNG大賞

『ここまで徹底して驚かない事が、逆に人間として不自然なのよ』
『何にでも「ハッピーバースデイッ!!」って返してしまう鴻上会長の方が人間として不自然な気がしますよ……?』

会長は……会長だから会長なんだよ!


・公開プロットシリーズNo.137
→俺に任せろォーッ!!



[29586] 第百三十八話:蝙蝠女は選べない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/05/19 00:17
『人間達は疲れ切っているんだろう? 今から俺が行って一網打尽にしてやるッ!』

それが出来たらトーリはそんなに悩んでいない。
どう考えても、戦力の計算ミスを仕出かしているとしか思えない。
26連マキシマムドライブの音声にスイーツメモリの起動音が紛れ込んでいたミスに匹敵するレベルである。
絶対に許されない!

『真木博士でも無理だって言ったんですよ!? 来るなら穏便に来てください! お願いしますから!』
『だが、聞くところによると、オーズはまだ紫の力を進化させる可能性があるんだろう? 早いうちに潰しておかないと危険は大きくなる一方だ』

……確かに、近い未来において映司が紫のコアを増やしたりすると、その進化は恐ろしいものとなるだろう。
グリード完全態の噂を聞く限りだと、どうもコア9枚の完全態とコア8枚状態の不完全態との間では、歴然たる戦力的差があるようなのだ。
同じように、映司がグリードとして完成した場合にも、その急激な戦闘能力の上昇が起こるかもしれない。
不完全な映司グリードでさえ、完全態のカザリと互角の戦いを繰り広げたぐらいである。
映司の今後の紫メダルの使用状況次第では、たとえウヴァさんが完全態になったとしても、映司に手も足も出なくなる可能性は否めない。

とすれば、現在疲弊している人間勢を叩いてしまった方が、実はまだグリード組の勝率は高く見込めるのだろうか。
だが、その作戦には幾つかの根本的な穴がるようにも思えた。
トーリ達の現在地である動物園へとウヴァさんは近付いている真っ最中なのだろうが、このまま突貫して来ても返り討ちが関の山だろう。

『よしんばその作戦でオーズ達を倒せたとして、その後の真木博士はどうするんですか?』

映司達がウヴァに倒されてしまった場合、おそらく真木博士は暫く身を隠すこととなるだろう。
紫のメダルが真木の身体に馴染むのを待って、最高の状態になってからウヴァを狩りに来るに違いない。
真木がアンクを攻撃した事からも分かるように、真木は決してグリードの味方という訳では無いのだ。
結局のところ、真木の目指す世界の良き終わりのためにグリードを利用していただけに過ぎない。
したがって今となっては、真木はオーズや魔法少女と並ぶぐらいに厄介な敵なのである。

『大丈夫だ。俺に良い作戦がある!』

……不安過ぎる。
もちろん、ウヴァさんが自信をもって言い放ったのは分かるのだが。
何となく、碌な提案では無いような気がしてしまうのは、一体何故だというのか。

『あまり気は進まないが……オーズを倒した後に紫のコアを手に入れて、俺が取り込む! そうすれば真木だって一捻りだッ!』

言われてみればそれなりに筋が通っているようにも思える作戦だったのが、逆に反応に困る要因だったりして。
確かに、真木の取り込んでいる恐竜メダルは映司と同じく5枚であり、ウヴァさんが5枚の紫メダルを吸収できれば、真木の持つアドバンテージは覆る。
5枚の紫コアを持った人間と5枚の紫コアを持った完全態グリードならば、流石に勝負にならないはずだ。

しかし、紫コアを他色と混ぜる事は可能なのだろうか?
なんだか、他色のコアを粉砕できるというだけで、紫だけはコアメダルの中でも異質な存在のように思えるのだ。おそらく。
まぁ、その辺りに不確実性があるからこそ、ウヴァもあまり気が進まないと言っているのだろうが。おそらく。
まさか他色のコアを取り込むこと自体が怖い訳では無いだろうが、紫が別格だというのは何となく肌で感じ取っているに違いない。おそらく。
流石のウヴァさんというべきか、察しの良さは一流である。おそらく。

そして……ウヴァさんの作戦の大前提となる条件の一つを、言われずともトーリは理解出来ていた。
すなわち、映司の持つバッタコア一枚の奪還である。
いくらウヴァといえど、完全態にならずに現在の人間達と戦えるとは思っていないだろう。
きっと、初撃の不意打ちにて映司から最後のコアメダルを奪い取って、まず完全態になる算段に違いない。

……ところが。

「……グリードだ」

瞳を紫に輝かせた映司が、何故か反応を見せていた。
存在を感じた、というべきなのだろうか。
ともかく、まだ視界にも入っていないウヴァの気配を、映司は掴み取ってしまっているらしかった。
ウヴァさんが怪人態で猛ダッシュを敢行しているのが原因だと思われる。

これでは、不意打ちなど成功する筈も無い。
存在を捕捉されてしまっている以上、今からウヴァさんを逃がす事も難しくなってしまった。

人間等が火野映司へと視線を集めた、中。
誰かが映司に聞き返すよりも早く……一人の少女が、映司の元へと足早に歩み寄っていて。
この場で誰よりも背丈の低い鹿目まどかが、映司に何か物申したいことがあるのかもしれない。

……と、思っていたら、その場に木霊したのは鹿目まどかの高い声では無かった。
各々の耳には届いたのは、いわゆる肉と骨がぶつかる音と呼ばれる代物で。
具体的に言うならば、鹿目まどかの右拳が火野映司の頬に突き刺さる音であった。

さすがに体重差が大きいために、映司も地面を転がされるような事は無かったが、それでも周囲の面々は驚かずには居られない。
鹿目まどかの右腕を見れば赤い腕だけの怪人態が具現化している辺り、おそらく映司を殴ったのはアンクの意思なのだろうが。

「……何するんだよ」
「お前こそ、何やってんだ! 映司ッ!!」

冗談めかした雰囲気を一切纏っていない映司からの抗議が、アンクの声に遮られる。
と同時に、アンクから二発目の拳が飛んだ。
もっとも、今の映司に明確なダメージを与えるような威力のものでは無かったが。
……どうやら、映司がグリードの気配を察したのが、アンクのお気に召さなかったらしい。
しかし、映司の異変が何故アンクの怒りを買ったのだろうか。
というか、アンクが激昂したとしても、鹿目まどかが歯止めとなってくれても良さそうなものなのに。

怒気に染まった鹿目まどかの顔を見るに、おそらくアンクは手加減など考えてはいないのだろう。
だが、現状のアンクは先程真木博士にボロ負けしてコアメダルを奪われた直後であり、大きく弱体化してしまっている。
一方、映司はグリード化が進行の一途を辿り、その力は増すばかりなのだ。
しかも、純粋に火野映司と鹿目まどかの身体能力の差も大きいため、現在のアンクが全力の拳を振るっても映司を仰け反らせる事も出来ないのだろう。

それが、周囲が止めに入るのを躊躇わせている原因でもあった。
もしアンクの拳によって映司が殴り倒されていたのなら、マミさん辺りが拘束魔法でアンクを縛り上げたのかもしれない。
しかし、どうも映司に実害が殆ど無いようなので、介入すべきなのか否かという判断が怪しいのである。

「何やってるも何も、グリードが暴れたら放っておくわけにはいかないだろ!」

……すると、アンクから3発目の拳が放たれた。
もっとも、赤い右腕はあまりにも簡単に、映司の片手にて受け止められてしまっていたが。
だが、そんな映司の動作を目の当たりにした時、誰もが異変に気付いていた。
アンクの右腕を受け止めた映司の左手が……紫の硬質な鱗に覆われた、怪人のものへと姿を変えていたのだから。

先程までの映司のノーダメージぶりから判断するに、映司は必要に駆られて左腕を怪人化させた訳では無いのだろう。
つまり……少々の力を込めただけで怪人化してしまう程に、映司の身体は末期だという事だった。

「ふざけんな! 何にも欲しくないような顔しやがって! お前みたいなグリードが居てたまるかッ!!」
「それでも俺は、真木博士たちを止める! 例えグリードになっても!!」

映司の言葉を耳に入れたアンクは、反射的に更なる追撃を求めた。
だが、そんな怒りの衝動とは裏腹に……アンクは、4発目の拳を繰り出す事さえ出来なかった。
怪人化した映司の掌にて掴まれたアンクの右腕を、セルメダル一枚分さえも動かす事が出来なかったのだ。

「グリードになる、だと!? 気安く言うなッ! お前にグリードの何が分かる!?」
「もう……グリードの見てる世界なら、半分ぐらいは分かるよ」

食いかかるように言葉を吐き散らしたアンクに対して……映司の言葉は、何処か静かなものに戻りつつあった。
逆に、周囲の聞き手の面々は、心穏やかでは居られなかったが。
映司の言葉の意味を素直に解釈するのならば、おそらく映司の感覚器官の半分程度がグリード並に鈍くなっていると考えるのが妥当だろう。

視覚。聴覚。味覚。嗅覚。触覚。
その5つの感覚のうち、2つから3つが不能となっているという事だ。
もしくは、緩やかに全ての感覚が機能を失いつつあるのかもしれない。
火野映司という男ならば、聴覚が無くても相手の言葉を予測して会話を成立させられそうなのが、恐ろしいところである。

「お前は何も解っちゃいない! 世界を確かに味わえる『命』を持ってるってのに、ゴミみたいに捨てやがって! 目障りなんだよ!!」
「……そっか。それが……お前が欲しいものだったんだな」

……そして、どこか腑に落ちたような顔をしている映司の様子が、トーリとマミにとっては奇妙な光景であったりして。
映司はまるで都合の良い神様のように全てを見通しているという印象を振り撒いていたのだが、そんな映司でも分からない事があったのだ、と。
やはり、映司は仏様などでは無く、まだ一人の人間なのだろう。

「……何だ。何一人で納得してんだ」

目を細めて映司を睨みつけているアンクの疑問は……その場の全員の疑問の代弁でもあった。
杏子も、マミも、後藤も、トーリも、そして恐らく鹿目まどかも。
映司を除く誰しもが、映司が納得した理由が解せなかった。
アンクの最も望むものが『命』であるという判断の材料を、映司は持っていたのだろうか?

「アンク。命が欲しいなら、命を大切にしなくちゃいけない。そして……少しずつだけど、お前はそれが出来るようになってる、って思ってたんだ」
「なんだそりゃァ」

語気の強い言葉を返していた映司からは、いつのまにか棘が抜け落ちていて。
紫の指にて掴み取っていたアンクの拳を解放してしまっていたのだ。
相も変わらず、アンクは不機嫌そうな視線を映司に突き刺していたが。

「例えまどかちゃんに逆らえなかったとしてもさ、お前ならまどかちゃんを陥れて身体を奪うぐらい、いくらでも出来たんじゃないのか?」
「……何が言いたい」

……そして、ようやく周囲の面々も、映司の言わんとするところを理解できていた。
確かに、アンクが鹿目まどかの支配下に置かれていたのは事実である。
だが、アンクの悪賢さがあれば、鹿目まどかに致命傷を負わせて再び支配権を奪うぐらいの事は出来たのではないか。
具体的には、単純なウヴァを怒らせて攻撃させたり、頭脳チートな真木博士に暗号気味の台詞を聞かせてみたり、などなど。
実際に身体を動かす権限が無くとも、幼気な中学生を陥れることぐらい、アンクなら朝飯前だった筈なのに。
美樹さやかの回復魔法が失われている現状を省みれば、尚更である。

「お前は、少しずつだけど、他の人の命を大切にすることを覚え始めてる。それが直接的な損得に繋がるかは分からないけど、アンクの欲しいものを手に入れる足掛かりになる気がするんだ」
「はッ。そこまで言って結局、『気がする』か。気休めにしても、もっとマシなのがあんだろ」

映司が……さらっと重要な事を言い放ったように、トーリには思えた。
だがそれ以上に、トーリに残された時間は乏しかった。
ウヴァさんが、まもなく人間達の元へと到着してしまう。
後藤は然程脅威では無いとしても、映司とマミとアンクと杏子の4名が居たら、明らかにオーバーキルである。
完全態ですらないウヴァさんの存在など、風前の灯火でしか無い。

せめてウヴァの手に9枚目のコアメダルが渡らなければ、勝負にさえならない。
であるからして……トーリに許された選択肢は、一つしか無かった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十八話:蝙蝠女は選べない



「来た!」
「ウヴァか。まぁ、奴以外に残ったグリードは居ないからなァ」
「初めて見るグリードね……」
「……なんか、あんまり強く無さそうじゃねーか?」
「油断するな! 前にタトバコンボに倒されたとはいえ、奴は一応グリードだぞ!」

駆けつけたウヴァさんへと人間達の視線が釘付けになっている、一瞬のうちに。
トーリは、手を伸ばしていた。
映司の懐に秘められた、最後の緑コアへと。
空いている方の手で映司を突き飛ばしつつ、ウヴァに欠けた最後の一枚を奪い取ったのだ。

誰かが、トーリの名前を叫んだ気がした。
マミだったのかもしれないし、後藤だったのかもしれない。
だが、そんな声などお構いなしに、トーリは緑の一枚を力の限りにウヴァへと投げ込んだ。

「さっきのは……俺のコアか! これで俺も完全態だッ!!」

そして、身体に力を漲らせながら嬉々として雷撃を振り撒き始めたウヴァさんを、尻目に。
トーリは、天へと飛びあがっていた。
蝙蝠の、漆黒の羽をはばたかせて。

人間達がトーリへ向ける視線を、トーリは直視したいとは思えなかった。
だから、すぐに結界を張って、人間達とウヴァを閉じ込めた。
完全態という脅威から逃げられない状況を作り出す事で、人間達の注目をウヴァに集めるために。
縦長のホール状の結界を張って、外界との接触を裁ち切ったのである。
もっとも、この憧憬の魔女の結界は、実は内部からの出口が存在するタイプの空間だったりするのだが。

「身体に力が漲る! こんな気分で戦うのは久々だ! これでもう何も怖く無いぞッ!!」

しかし、効果は覿面であった。
狭い空間においては、回避に利用できる空間も当然限られる。
そんな中、完全態から溢れ出る緑の稲妻を、ウヴァは迸らせていて。
結界が壊れるのではないかと思うような暴力が、無差別に撒き散らされていたのだ。

おかげで、人間達は回避や防御に気をとられて、トーリの方を見上げる余裕さえ持てていない。
その事に少しばかり安堵しつつ……しかし、トーリは空恐ろしく思わずには居られなかった。

ウヴァさんが負けたら、トーリは人間達に狩られる。
もはやトーリは、明確な裏切り行為を働いてしまった後なのだ。
人間達に捕まれば正体もバレて、後は処分される一択である。

だが……ウヴァさんが勝ったとしても。
胸の中で、何かがざわついた。
ウヴァさんが映司やマミを倒せば、万事解決のハズなのに。
戦力的な勘定以外の思考で、トーリはウヴァの勝利に疑問を抱いていたのだ。

トーリの脳裏には、さやかが死んだと聞かされた時と似通った、何とも言えない感覚が蘇っていた。
冷たく響くようで静かに心を苛む痛みが、じわりと頭の奥に滲んだ。
あんな肌寒さを味わうのは、二度と嫌だった。

しかし、主たるグリードを再び失うのも、有り得ない。
グリードへメダルを献上するのは、ヤミーの存在意義である。
現在も魔法少女達の行動に伴ってトーリのセルメダルは増えているが、それもウヴァへと差し出すためのものなのだ。
人間達と行動を共にしていたのも、ウヴァの復活のために利用していたに過ぎない。
……筈だ。

人間なんて、グリードがセルメダルを増やすための苗床でしかない。
…………そうに、決まっているのに。

焦りのような、恐怖のような、悲しみのような。
何とも言えない胸の中の泡は、影を潜める気配さえ掴ませない。
否。
分かってしまったらトーリの中で何かが崩れてしまう、と分かっていたのだ。

――上手く言えませんけど……『大切な人』が死んだ後の人間って、何だか話しかけ辛いんです。

さやかが死んだ直後の作戦会議において、その場の面々は戦略以外の内容をほとんど話さなかったと、トーリは記憶している。
会議の最中、トーリは人間達に話しかけなかったし、人間達はトーリに話しかけてこなかった。
トーリには、人間達に話しかけ辛いという思いが巣食っていた。
人間達は……トーリに話しかけ辛いと思ったのだろうか?

結界の最上部を旋回している蝙蝠ヤミーの眼下には、闘争を続ける人間とグリードの姿が未だに残っていた。
とはいえ、戦況はあまりに一方的であった。
ひとたびウヴァが右腕の小鎌を振るえば、人間達からはセルメダルや深紅の雫が零れ落ちた。
常に撒き散らされる雷神の如き閃きは、前衛の肉を焦がし、後衛からの炎弾や銃弾を一切通さない。

唯一、紫のオーズと化した映司の攻撃だけは、ウヴァに対抗する手段となりえた筈なのだが……。

「そんな玩具で、この俺が倒せるかッ!!」

上手い具合にカウンターを合わせてみせるウヴァに渾身の一撃を入れることは、困難を極めるらしい。
映司も紫メダルとの同調率は増しているのだろうが、それ以上に体力が不足していると見える。

……他のグリードと比べた時に、おそらくウヴァには飛び抜けた長所は存在しない。
トーリは他の完全態グリードを見たことが無いのであまり明確な事は言えないが、何となくそう思えた。

上空から見ている限りだと、確かにウヴァの身のこなしは優れている。
雷撃を潜って来たマミの銃弾を片手間で撃ち落としながら他の面々への警戒も全く怠っていない辺り、特に。
しかし、それも速さという一芸をもって考えるのならば、おそらくカザリには敵わない。
絶えず撒き散らされる雷撃も、アンクが完全態になれば出力負けするような気がした。

確かに、ウヴァが造作も無く振るった爪は、いとも簡単に杏子の槍を両断してしまっていた。
それでも、腕力という観点ならばガメルに勝るとも思えない。
後藤がバースバスターから放った弾丸など、回避する意味も無いとばかりに無視して受けても、ウヴァには傷一つつかない。
だが、メズールの完全態ならば、回避や防御を考えなくてもそんな攻撃は無意味だろう。

ところが、決して最強では無い一つ一つの長所も、数が揃えば脅威となる。
人間達を蹴散らしているウヴァの真骨頂が、そこには在った。
ウヴァの強さは飛び抜けた一芸などではなく、その総合力なのだ。

「カザリ達はこんな奴らに苦戦していたのか! まぁ、所詮は俺以外のグリードなど取り巻きに過ぎなかったという事だッ!!」

……人間達はグリードとの連戦による疲労を溜めているので、そのせいもあるのだろうが。
トーリの感覚は、敏感に人間達の危機を察知していた。
インキュベーターを親に生まれた蝙蝠ヤミーは、魔法少女が魔女に近付くたびにセルメダルを増やすはずなのだが、その増加分が少ないと思えるのだ。
どうやら、魔法少女組は消耗が激しすぎて、既にまともに魔法を使えない状況と見える。
トーリは戦力的な問題を気にしていたものだったが、結果的にはウヴァの読みの方が的確であったらしい。


と、なれば。
トーリの思考は、当然のように人間達の次なる戦法へと思い至っていた。
そしてそんなトーリの耳元を、小さな火炎弾が通り過ぎていった。

「思ってました。ワタシのところに来るならアンクさんだ、って」

人間達がこの場を切り抜けられるとすれば、一旦ウヴァから逃げて体勢を立て直す以外に無い。
しかし、それを妨害しているのが、トーリの張っている結界である。
一応時間をかければ内部からでも出口を探せるタイプの結界なのだが、そんな事をしていたら人間達はウヴァに倒されてしまう。
であるからして、結界の主であるトーリを処理するのが、現状における人間組の最善策という訳だ。

加えて、メンツの中で飛行能力を持っているのがアンクとオーズだけである以上、そのどちらかが上空のトーリの元へと飛びあがって来なければならない。
オーズが戦線から抜けたら地上の面々が苦しくなるからして、トーリを倒しに来るのはアンクしか居ない。

「はッ。随分頭が回るようになったなァ」

案の定、トーリに近い高度に浮かんでこちらを見上げているのは、アンクだった。
だが、現在のアンクの姿は……不完全そのもので。
何とか翼と右腕だけは怪人態を保っているものの、おそらくそれが現在のアンクの限界なのだろう。

「何となく……マミさん達には来てほしくなかったですから」

右腕を振りかぶって飛びかかってくるアンクの攻撃を、何とか回避しながら。
トーリは……他の誰にも声を聞かれない上空にて、言葉を漏らしていた。

「あいつらだと、情に流されて手が鈍るだろうな。だから俺が来た」

胸の奥で、何かが痛んだ。
アンクからの攻撃によるダメージでは無い。
今も、アンクが放った炎弾を漆黒の翼によって防ぎきったばかりだ。

トーリは、考えてもみなかった。
自分自身が人間達に対しての非情さを失っている事は理解していたが、その逆になど思い至らなかったのだ。
人間達が、情に流されて手を鈍らせるぐらいには、トーリの事を大切に思ってくれている。
アンクが言ったのは……そういう事だった。

嬉しい、と心の中の素直な部分が声をあげた。
同じぐらいに、辛い、とも思った。

既にトーリは、人間達に対して明確な反旗を翻した。
思えば、さやかやマミさんは何度もトーリを危機から救ってくれたのに。
マミさん達の好意を、トーリは裏切ってしまった。

「アンクさんは……どうなんですか」
「俺が、お前を消すのを躊躇うほどの御人好しに見えるか?」

アンクなら、トーリを始末するのに迷いなど無いだろう。
そもそもグリードがヤミーを収穫するのは当然である。
親違いのヤミーを処理するにはそれなりに手間はかかるものの、さほど問題にはならない。
しかし……トーリが聞きたいのは、そういうことでは無い。

「ワタシのことじゃありません。もしアンクさんが本当に人間達を裏切ったら、人間達は情に流されてくれると……思いますか?」
「はッ。何を言い出すかと思えば、そんな下らないことか。ガキ共は知らないが、映司の奴は必ず俺を消すだろうな。アイツの命にかえても」

――俺の手で止められてるうちは、あいつには殺される理由なんて何もないんだよ。
アンクがマミによって倒された、あの時。
映司は……どんな顔をしていただろうか。

「マミさんがアンクさんを殺した事を、映司さんは……悲しんでいましたよ」
「……それでも、映司は俺を『殺す』だろ」

燃え盛る数多の羽を飛ばして来るアンクの攻撃を、暴風によって逸らしながら。
トーリは、アンクの口調に敵意以外の何らかの感情が含まれているように感じる事が出来ていた。
喜びだか、悲しみだか。
アンクが一体何によって心を揺さぶられたのかは、定かでは無いが。

「お前こそ、どうなんだ。お前が消えたら、悲しむ奴が居ると思うか」

……今度は、アンクからの質問返しだった。
そしてトーリは、その問いの答えを持つことが出来ずに居た。
トーリを魔法少女だと思ったままのマミさん達だったら、トーリが消えたら悲しんでくれたかもしれない。
だが、人間達を欺いて立ち回っていた蝙蝠ヤミーの正体を知って尚悲しんでくれる人間は、果たして居るのだろうか。

「居る……と思うのは、高望みですよね」
「居て欲しい、ってか。虫の良い話だ」

舞い散る火の粉を払い続けて。
トーリは思った。
このまま回避行動を続けていればウヴァの勝利は確実だ、と。

「分かってます」

トーリがこのまま時間を稼げば、結界内の人間達は全滅する。
アンクも空中戦に長けているはずなのだが、やはり真木博士と戦った時の損壊が重かったのだろうか。
仮にトーリを大切に思う人間が居たとしても……もう、手遅れだ。

「……いや、お前は何も分かっちゃいない」
「……?」

アンクの声が少しだけ、低くなった。
そんな気がした。
こちらを睨む眼光にも、鋭さが増したように思えた。

「結局お前も……何かを本気で欲しがった事が無いから、そんな事が言えんだよ!」
「そんな事は無いです! ワタシは、ウヴァさんを助ける事が……」

トーリは、口をついて飛び出た反論を、而して続けることが出来なかった。
アンクが次にどう返して来るか分かっていたうえに、自身が抱える問題にも気付きつつあったからだ。

「だったら、何でお前はそんなに迷ってんだ」

顔に出ていた……のだろうか?
人間達の命とグリードの覇権が両天秤に乗っている今の状況において、確かにトーリは心を揺さぶられていた。
ウヴァを補佐する事がヤミーの行動原理であるはずなのに、トーリはそんな根本的な本能に疑問を抱いてしまっているのだ。

もちろん、トーリはアンクの問いの意図を見抜くことが出来ていた。
アンクは……トーリに、揺さぶりをかけているのだ。
現在のアンクには力尽くでトーリを撃破する手段が無いから、心理戦に持ち込もうとしているのだろう。
すなわち、マミ達が死ぬのが嫌なら結界を解け、と。

加えて、トーリの理解度ぐらいはアンクも見抜いている筈だ。
つまり、トーリがアンクの意図に気付いているという事に、アンクは気付いている。
それでも尚この戦法をアンクが選んだのは……正真正銘、それしか人間達が生き延びる道が無いからなのだろう。
一応、飛行能力を持つプトティラが上空へ向かって来れば結界の解除とオーズの逃亡の確実性は上がるのだろうが、その場合にしても魔法少女達は御陀仏である。
さやかを失った時のような痛みを味わうのは……トーリは、もう嫌だった。




……刹那。
結界の床面にて悪戦苦闘を重ねていた人間達の頭上から、かすかな銀色の欠片が降り注いでいて。
燃え盛る腕を伸ばしたアンクが、蝙蝠娘の腑から漆黒の卵を抉り出していた。



・今回のNG大賞

『オーズを倒した後に紫のコアを手に入れて、俺が取り込む! そうすれば真木だって一捻りだッ!』
『むしろ、博士さんに他色のメダルを突っ込まれて暴走させられるのが早まるだけなんじゃぁ……』


トーリが原作知識持ちだったら命を賭けてウヴァさんを止めてたと思います。


・公開プロットシリーズNo.138
→何だかんだでアンクの方が一枚上手だった?



[29586] 第百三十九話:魔法と約束と最後の希望
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/05/25 21:56
「結界が消えた……。これで……!」
「舐められたものだな! 簡単に逃がすと思うかッ!!」

希望の声をあげようとしたオーズの……その腕に握られた大戦斧を弾き飛ばしながら。
オーズに追撃を加えようとしたウヴァの爪が、閃いた。
直後、横入りした深紅の槍がウヴァの斬撃の軌道を逸らした。
人間達の希望は、まだ途切れては居なかったのだ。

だが、状況は最悪から一歩手前まで戻ったというレベルでしか無かった。
フィニッシュブローと成り得たウヴァの攻撃を幸いにも処理出来たものの、人間達は既に傷を負い過ぎていて。
一方、絶えず手を打ち続けるウヴァの猛攻は、息継ぎの気配さえ見せない。
そもそもグリードに呼吸は必要ないのかもしれないが、それにしてもウヴァの攻撃はまさに『怒涛』の一言が似合い過ぎていた。

結界が消えても……ウヴァの嵐のような攻撃は変わらず。
もちろん人間達の逃げ場は増えているのだが、それだけではウヴァは止まらない。
絶えず撒き散らされる高圧電流が、あたり一面を更地へ変えようとしていて。
あまりに圧倒的な暴力に曝されて、人間達が無事でいられる筈も無かった。

そんな、戦場に。
空高くから、二つの人影が落ちてきた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百三十九話:魔法と約束と最後の希望



火野映司の判断は、迅速だった。
突如として、全速をもって後退を始めたのだ。
周囲の仲間を置き去りにするほどの速さで撤退を開始したのである。

そして、人間達は誰しもがオーズの行動の意味を理解していた。
プトティラコンボを使っているオーズが本気で敵前逃亡を図るならばまず飛行するのが最善手である筈なのに、映司は未だ地を駆けている。
すなわち、映司の意図は戦線離脱ではない。

「逃がさん! 地の果てまでも追ってやるッ!!」

案の定、灯に釣られた夏の虫のようにウヴァはオーズを追って走り出していて。
それが、映司の狙いだったのだろう。
戦闘続きでパフォーマンスの低下した人間達をウヴァの脅威から引き離すために、オーズは囮となったのだ。
既に魔力が不足している魔法少女も、バースを纏う事が出来なくなっている後藤も、もはや完全態ウヴァと戦うに足る力など残していなかったからだろう。

加えて言うならば、上空から落ちてくる仲間を受け止めるために、多少の人員は残さなければならない。
平時であればマミさんが魔力紐で網を編んでくれたのだろうが、今は深刻な魔力不足に悩まされているために素手で受け止めざるを得ない。
翼をはためかせる事もせずに落下してくる様子を見るに、おそらく空中の二人は意識が無いのだろう。
マミと杏子で、それぞれ落下してきたトーリとアンクを抱き止めたのだ。

ちなみには後藤がキャッチしたのは、少し遅れて落ちてきた箱の魔女のグリーフシードだった。
高所から落下してくる人体を受け止めるのは、いかに後藤といえども生身ではハードルが高すぎたのだろう。
いくらアンクが借りている少女の身体が小柄とはいえ、身長1.5メートル弱の人体ならば最低でも40キログラム以上の質量を持っているものなのだ。
落下の速度も考えれば、下手にライダーのキックを受けるよりも余程危険である。
まぁ、先程のウヴァとの戦いの最中で一人だけ生身に戻っても生き延びられた後藤さんなら、あるいは何とかなったのかもしれないが。

……などと現実逃避をしている余裕は、事態のどこにも残っていなかった。
杏子に受け止められたアンクはともかく、マミに抱き止められたトーリの上に問題が山積みになっていることは、疑う余地も無い。
炎熱によって抉られた蝙蝠娘の腹から、セルメダルが零れ落ちる傷が開いていたのだ。
言わずもがな、それはトーリがメダルで構成された生命体であることの証明な訳で。
トーリが裏切ったのが何かの間違いだ、という希望的観測は、既に打ち砕かれていた。

後藤は、読めない。
魔法少女達が、どう出るのか。

トーリを地面に下ろした巴マミの顔が険しいことぐらいは分かるのだが、マミが次に何を言い出すのか予想がつかないのだ。
かつて後藤自身がまとめた『魔法少女5名の簡易資料』の内容を思い出してみても、決してマミとトーリの関わりは浅いとは言えなかった。
もちろん現実的な時間としては、マミとトーリの付き合いは1か月にも満たない。
だが、ロストアンク暴走態や再生キリカとの戦いなどでは、互いの命を預け合った仲なのだ。
というか、魔法少女同士という事もあって、後藤よりもトーリの方がマミの信頼を勝ち取れていたのではないかとさえ思えた。

それなのに、トーリは背信者だった。
魔法少女達の最後の希望である無限の魔力が使えなくなるという危険性を棚に上げても、信頼していた仲間が裏切り者だったというだけで、多感な少女達の心を揺らがせるには充分なのだろう。
後藤だって、会長秘書の里中さんの正体が時計の魔女だなんて唐突に言われたら、酷く困惑するに違いない。

意識を失っている様子のトーリには……今後マミ達と和解する見込みはあるのだろうか。
現在残っているグリードはアンクとウヴァしか居ないのだから、おそらくトーリがガメルやカザリのヤミーだという線は無い。
というか、先程のウヴァへのサポートぶりから判断するに、間違いなくウヴァが創生者だろう。

さらに、後藤はトーリの仕業と思しき事例に見当をつけていた。
具体的に言うと、ガメルやウヴァが復活した件についてである。
真木博士が何か手を回したのだろうと後藤は思っていたが……実は獅子身中の虫であったトーリが暗躍していたのかもしれない。
そして、和解が不可能ならば結果は決まりきっている。
トーリが気を失っているうちに、全てに決着をつけるべきだ。

「巴。佐倉。俺がけじめをつける。しばらく……目を閉じていてくれないか」

後藤は、バースバスターに詰められるだけのセルメダルを装填しながら、静かに言い放った。
もちろん、後藤とてトーリに対して情が無いわけでも無い。
なんといっても、後藤が初めて共闘した魔法少女がトーリだったのだ。
バラの魔女の結界の中で使い魔1匹に負けたトーリの姿を、後藤は一生忘れる事は無いだろう。

それでも。
マミや杏子に始末をつけさせるのは、躊躇われた。
彼女達にそんな事をさせて後追い自殺なんてされた日には、後味が悪すぎる。
なので、後藤は自らが汚れ役を引き受けるべきだろうという思考を進めていた。
結果的に、魔法少女達から恨まれる事になるかもしれない。
だが、子供達がここで潰れてしまうよりはマシに違いない。

未だ意識を失ったままの蝙蝠ヤミーを、この場で撃ってしまうべきだ。
一回のセルバーストだけで終わる、単純な作業である。
ところが、そんな後藤の手を……巴マミの言葉が、遮った。

「……トーリさん。実は起きている、わよね?」

……なん、だと?
昏倒しているトーリへとマミが静かに語りかけた内容は、後藤を驚かせるのには充分すぎた。
身じろぎ一つ見せないトーリが実はタヌキ寝入りを決め込んでいる、と。
マミが看破したのはそういう事なのだが、本当なのだろうか。
というか、何を根拠にそんな事を言い出したのだろう。

後藤が杏子と顔を見合わせてみるも、杏子もマミの言葉が予想外だったらしい。
こうなれば、もはや二人はマミの次の言葉を待つしかない。
一方、二人分の視線を浴びている当人は……いつの間にかティーカップを手にしていた。
湯気が立った紅茶の入っている、ティーカップである。
マミが戦闘後に時たま収納魔法から引っ張ってくる、例のお茶だった。

何故そこでお茶を出したのだろう。
まさか、文字通りお茶を濁そうという訳でも無いだろうが、果たして?

……と思っていた二人は、次のマミの行動に度肝を抜かれた。
具体的に言うと、マミがティーカップの中身をトーリの頭部にぶっかけた。
たった今までカップの中で湯気をたてていた熱々の紅茶を、トーリの顔面へと放ったのだ。

「げほっ!! 熱っ!? 顔がぁっ!!?」

当然、被害者の蝙蝠娘は地面を転がり回り始めた。
鼻に紅茶が入ったらしく、咽返ってもいるらしい。
相手が人間だったら絶対に真似をしてはいけない起床方法である。

「なんだ。トーリの奴、本当にタヌキ寝入りだったのかよ」
「本当に気絶していても、あれをやられたら起きるだろう」

傍らで呟いた杏子へと、後藤は真面目な突っ込みを怠らなかった。
それとも、魔法少女は本当に寝ていたら、沸き立った紅茶を顔面にぶっかけられても起きないのだろうか。
美樹さやかが魔法少女であった内に試してみるべきだったに違いない。
……そんなことは、さておき。

「……どうして、分かったんですか」

渋々といった様子で緩慢な調子のままに、蝙蝠娘が上半身を起こしていた。
ばつの悪そうな顔をして人間達を見上げる視線からは、表立った敵意は感じられなかった。
立ち上がらない辺り、逃亡の意思も見られない。
もっとも、トーリには翼があるので、逃亡に関しては人間の常識で考えてはいけないのだろうが。
むしろ、逃げる事を諦めた振りをする、という逃げるためのブラフを張っていると見た方が良いかもしれない。
あと、その第一声が後藤の現在抱える疑問と同じ内容である事は、トーリと後藤の頭の出来が同程度である事を意味している訳では無い筈である。おそらく。

「なんとなく、よ。確信は無かった。でも、トーリさんなら、逃げ出すための隙を作り出す努力は惜しまないと思ったから」

……確信は無かったらしい。
しかし、結果的にはマミが鎌をかけてみたのは正解だったのだろう。
もし後藤がそのままトーリの頭を打ち抜こうとしたら、発射の瞬間に弾丸を回避されて、その後のどさくさに紛れてトーリが逃げおおせた可能性は否めない。
トーリならば、逃亡のために後藤さんの急所に蹴りを入れて怯ませるぐらいは平然と実行するだろう。
まぁ、全力の蹴りが入ったとしても後藤さんが転ぶ程度で済むのが、トーリの身体能力の良心的なところなのかもしれないが。

「ワタシを、倒さないんですか」

トーリの言葉に恐怖は感じられなかったのが、不思議だった。
今まで後藤は、トーリを臆病な魔法少女だと思っていたのに。
そしてその理由を、トーリ自身の命を惜しんでいるからだと考えて来た。
だが……本当に、そうだったのだろうか。

本当は、トーリ自身の命さえ目的のための道具にすぎなかったのかもしれない。
その目的を果たしてしまったがために、命が要らなくなってしまったのではないか。
何となく後藤は、そんな事を思った。

「人間とグリードに……共生の道は無いの?」

マミの言葉は、どこか空々しかった。
おそらく、言っている本人が一番良く分かっているのだろう。
後藤の記憶では、かつて巴マミと美樹さやかはアンクを始末しようとしたことがあった。
しかも、最近続けざまに完全態になったグリードとの戦闘には、マミは全て参加している。
それなのに今更共生など、虫が良すぎる話だった。
冷静であるように努めようとしているのは後藤にも伝わってくるが、やはり心穏やかでは居られないのだろう。

「無理だと思います」

一方、問いかけられた側のトーリは、やけに落ち着いているように思える。
もっと困惑しても良さそうなものだが、意外に頭が回っているのかもしれない。

「どうして」
「子孫を残す必要がある人間は、無限の時を生きるグリードとは違い過ぎるからです」

案の定、トーリの言っている内容は、普段のトーリの3割増しぐらいに知的なものに聞こえた。
もちろん、普段意図的に間抜けなフリをしていた訳では無いのだろう。
しかし、思っていても言えなかった事は多いに違いない。
グリードの回し者ともなれば、尚更である。

「さやかさんは、恋愛について悩んでいました。自分の理想の相手を得るためです」

恋愛に悩む美樹さやかの姿を誰よりも近くから見ていたのは、さやかの親友である鹿目まどかだろう。
だが、それに並ぶぐらいに、トーリもまた美樹さやかの恋路を見ていた筈だ。
結局さやかは恋愛には失敗したが、その出来事はトーリに何らかの教訓を与えたのかもしれない。

「杏子さんから聞きました。男には経済力が必要だそうです。家族を養うためです」

後藤は、自身が編集した『魔法少女5名の簡易資料』の内容を思い出していた。
杏子の実家の経済事情を鑑みれば、杏子がそんな事を言っても不思議ではないだろう。
父親のことは尊敬していたのだろうが、それと家庭の貧乏は別問題だったという事だ。

「映司さんや後藤さんみたいに他人を助けるのも……人間を減らさないためです」

まぁ、その通りではある。
正義の味方という職業の最終的な目標は、人間という種の存続にあると言えるだろう。
後藤らの助けた人間が、未来にて無限の樹形図を形作っていくのだ。

「でも、グリードは子孫を残す必要も機能もありません。自分だけで無限の時を生きられるから、他人に何かを与えようっていう発想が無いんです」

ヤミーはグリードの子のようなものだが、それにしてもグリードに利益を還元するための鵜でしか無い。
つまるところ、グリードは究極的には他者を必要としないのだ。
もちろん、人間が居なければ活動に必要最低限のセルメダルを補給することも出来なくなってしまう。
だが、それは他人から勝手に創り出せば良いだけの話であって、他者の働きを要求する訳では無い。

「でも、少なくともヤミーには、グリードにメダルを与えようっていう意思があるのよね。なら、コアメダルを全て砕いた後なら、トーリさんは……私達と一緒に生きていけない?」

マミの言葉に、後藤は苦しいという率直な感想を禁じ得なかった。
傍らで聞いている杏子も、後藤と同意見だと見受けられた。
当のトーリだけは、驚愕に顔を染めていたが。

「ヤミーがグリードに献身するのは、近い将来にメダルの山に戻るのが決まっているからです。グリードが居なくなったら寿命も無くなるので……いつかはワタシも、今のグリードみたいな思考になると思います」

しかし、少し悩んだ末にトーリが出した答えは、理に適い過ぎていた。
確かに、ヤミーには生物としての寿命は無いが、グリードに収穫されるという意味において事実上の寿命は存在するのだ。
ところが、その上限が取り払われてしまえば、今度はヤミーもグリードのような思考を育むこととなるだろう。

「それは差し迫った問題じゃないわ」
「確かに、『いつか』は今じゃありません。でも、ヤミーの寿命が無限であるかぎり、必ず直面する問題なんです」

だから、メダルの怪人と人間の共存は無理だ。
つまる所として、トーリが言っているのはそういう事だった。

……後藤は、気付いていた。
トーリの返しに対して、マミが言葉を詰まらせた事に。
おそらくマミは、怪人と人間の共存が不可能である事を、頭の中では納得させられてしまっているのだ。
それでも、何か反論の言葉を紡ぎ出そうと必死に考えている。
そう、思えた。

だが、後藤の予想は裏切られた。
マミが、唐突に行動に出たのだ。
言葉では無く、態度でもって次の対話手段を見せたのである。

「がっ!?」

具体的に言うと、流れるような手つきでトーリの首を掴みつつ地面に押し倒して、もう片方の手でマスケットの銃口をトーリの額に固定したのだ。
あまりに突然のことに、後藤はコメントを残す暇も無かった。

「……そんなことが聞きたいんじゃないわ」

マミの声は……湿っていた。
トーリを地面に縫い付けたまま、銃口を震わせながら。
体勢の優位とは裏腹に、その声色は縋りつくような響きを隠し切れていなかった。

「遠い未来の事なんて後から考えれば良いのよ! だから、私達と一緒に『今』を生きたいって言って! 言ってよ!!」

マミは、トーリを組み伏せて銃を向けている、相対的な強者の筈なのに。
言葉の内容だって、命令に近い……ハズなのに。
その声音は、懇願する者のそれであった。

「ワタシだって……死に別れたくなんて、無いです。さやかさんが死んだ時、凄く嫌な感じがしました。マミさんが死んでも……きっと、同じです」

確かに、と後藤は思う。
人魚の魔女の攻略作戦会議の席にて、トーリはマミと同じかそれ以上にショックを受けているように見えた。
さやかの死を突き付けられたトーリの反応は、親しい友人を失った人間の心の動きを再現していたといって差し支えないぐらいだった。
特に声を荒げたり突飛な言動を発したりした訳では無かったが、呼びかけに対する反応が鈍かったり目が泳いでいたりといった挙動が見受けられた。

後藤には……トーリの言葉が嘘だとは思えなかった。
あの時のトーリの様子は、人間に溶け込むために演技をしている、という範疇を超えてしまっていた。
それに、美樹さやかを蘇生するためにセルメダルを注ぎ込む作業は、トーリがやらなければ成功した保証は無い。
しかも、あの時トーリは自ら奇跡の担い手を買って出た筈だ。
黙っていれば大量のセルメダルをがめる事が出来ただろうに、そのチャンスを棒に振ってまで一人の少女を助ける事をトーリは選んだ。

……ひょっとすると、がむしゃらな美樹さやかの生き様が、トーリに強く影響を与えたのかもしれない。
さやかは、決して周囲と比べて秀でたところがある人間では無かった。
もちろん回復魔法に希少価値はあったが、残念なところが際立ち過ぎていたように思われた。

だが、そんな美樹さやかの姿が……いつの間にか、裏切り者の蝙蝠女の心を動かしていたのだろうか。
さやかは、変態ストーカー野郎と呼ばれた後藤の魔の手から、トーリを守ろうとしたものだった。
誰よりも迷って、それでも足掻き続けたさやかの心が、トーリの何かを変えたのだろう。
伊達さんが後藤へと残していったものがあるように、さやかもまたトーリへと置き土産を残していったに違いない。

「それなら、私達と一緒に……!」
「でも」

しかし……多分に心を動かされている様子であったトーリは、逆説をもって応えた。
マミの言葉は届いているが、それでもトーリは何か思うところがあるのだ、と。

「ワタシを作ってくれたウヴァさんに恩を返さなくちゃいけない、っていうのも、やっぱりあるんです」

そもそも、なぜヤミーはグリードに従うのか。
グリードの命令を受けて働いても、最後はセルメダルの山へと還ってグリードに収穫される運命なのに。
……きっと、そこにはさしたる理屈など無いのだろう。
最初にグリードに尽くすための存在として定義されて生み出されたからこそ、それを目指して行動するのがヤミーなのだ。

「それに、思うんです。この先、マミさん達の事を大切に思えなくなる時が来るなら……今のまま死んだ方が、ワタシは幸せなんじゃないかって」

この、行き詰った状況で。
トーリに残された選択肢が、二つから三つに増えた。
今の今まで、トーリが握っている選択肢は二つしか無かった筈なのだ。
すなわち、グリードの補助に行くためにマミ達と戦う道と、降参して人間等の捕虜になる道であった。
ところが、トーリが言い出した『自ら死を受け入れる』という道は、全く別の選択肢として口を開いていた。

傍らにて聞いている後藤からは、マミが顔を歪めたのが分かった。
トーリの今までの行動原理を、マミも理解できてしまったからなのだろう。
そもそも、トーリは臆病で逃げ腰な魔法少女だと思われていた。
そして、その根底にあるものは適度な自己愛である、と理解されていたのだ。

だが……トーリの死を受け入れようとする言葉を聞いて、マミは気付いてしまったのだろう。
トーリが今まで死を回避してきたのはグリードに仕えるという目的があったからで、トーリ自身の命を案じてのことでは無かったのだ、と。
つまり、人間が自分自身の命を大切にするのと同じぐらいに、トーリはウヴァの復活を心待ちにしていたということだった。

マスケットを握るマミの指に少しだけ力が入ったのが、後藤の目からは判別出来た。
というより、マミが『見せた』のだろう。
トーリにも分かるように銃を構え直して、マミの要求が単なる脅しでは無いことをアピールしようとしたに違いない。
……それでも、トーリは言葉を撤回する気配など微塵も見せなかった。

おそらく、トーリもトーリで先程の言葉は本気だったのだろう。
グリードに仕えるという存在意義と人間達への情を天秤にかけて考えた末の結論なのかもしれない。
今死んだ方が幸せかもしれない、と真剣に思っているのだ。
それが自分自身の抱える矛盾に押し潰された蝙蝠女の末路……なのだろうか。


「……そんなの、おかしいよ」

そんな硬直した議論に異議を挟んだ声は……魔法少女のものでは無かった。
魔法少女とヤミーという人外二名の対話に口を出したのは、人間だったのだ。
当然、後藤ではない。

「真木博士も、人間は美しいうちに良き終末を迎えるべきだって言ってた。ちょっとだけ、私もそうかもって思った」

意識を失っていた筈の鹿目まどかが、いつしか起きていたらしい。
どうやら……真木博士の目的を聞き出した際に、色々と思うところがあったと見える。
後藤にはよく分からないが、真木博士の言葉には部分的に賛同できる面もあったという事なのだろう。

「でも、やっぱり私は……さやかちゃんが元に戻った時の希望を、忘れたくない。さやかちゃんが魔女になった時には、魔女になるぐらいなら魔法少女で居たうちに死なせた方が良かったって思ったけど、それは間違いだったんだって……思いたい」

目を丸くしている巴マミは、たった今鹿目まどかの意思を理解したらしかった。後藤と同じく。
確かに、まどかの親友であった一人の魔法少女の末路を目の当たりにすれば、魔女になる前に死なせてやりたかったと思ってしまうのも無理は無い。
というか、後藤等の与り知らぬところだが、数あるループ時空の中には鹿目まどか自身が魔女化を前に暁美ほむらに介錯を頼んだ世界もあったりする程である。

だが、美樹さやかは奇跡の生還を遂げた。
それも鹿目まどかの目の前で。
結果的に全ての力を失って魔女を見る事さえかなわなくなった美樹さやかは、而して『普通の人間』としての幸せを取り戻しつつある。
その光が、破滅へと進む鹿目まどかの心を繋ぎ止めているのだ。

「私に最後の希望をくれたのは、トーリちゃんなんだよ」

トーリは、人類の希望を一身に背負うなんて柄ではない。
むしろ、最初にやられて目を回して、後から真打が現れるための前座役がトーリだ。
しかし、人間にもグリードにも良い顔をして間を飛びまわっていた蝙蝠女のトーリを、それでも大切に思ってくれる人間が……ここに居る。

「だからトーリちゃんも信じて。もしいつかトーリちゃんがおかしくなっても、トーリちゃんを元に戻してくれる人は絶対に居るって。もし誰も居なかったら、私がなる。約束するよ」


鹿目まどかの言葉をよそに、後藤は意外な事実に気付いていた。
それは……実は後藤は今まで一度もトーリの零す涙を見た事が無いという事だった。
確かにトーリが涙目になったり声を震わせたりした事は数えきれないが、この臆病な蝙蝠娘は結局一度も人前で泣いた事が無かった筈だ。

……今日までは。



「ずっと、言おうと思ってたんだ。さやかちゃんを助けてくれて、ありがとう」



・今回のNG大賞


「グリードの命は、無限なんです」
「なるほど。グリードの感覚が鈍いのも、長く生きているせいで目新しい刺激が無くなっていくせいだったということか!」
「それは違います」

作者も書き始めた当初はその解釈を取り入れる気だったけれど、小説版で否定されたから結局差し替えですよ。ええ……。
グリードは、グリードとして目覚めた時点で既に身体感覚は鈍いそうです。


・公開プロットシリーズNo.139
→まどかさんの主人公補正が目覚め始めた……?



[29586] 第百四十話:Regret nothing ――後悔なんて、あるわけない
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/06/01 22:37
「……佐倉杏子。貴女は何故、私の隣で黍団子を食べているのかしら?」
「あんたも食うかい?」

暁美ほむらは、とある物陰から鹿目まどか等の様子を一人で窺っていた筈だった。
ちょうどオーズがウヴァを引き連れて戦線を離脱したのと同じタイミングにて、ほむらも壊滅状態の動物園に足を運んでいたのだ。
そこで、鹿目まどかが蝙蝠女を懐柔する1シーンを目撃したという訳である。

……が、先程まで会話メンバーに居た筈の杏子が、いつの間にか傍観者席であるほむらの隣に座って黍団子を食っていた。
そして、別にほむらは甘味を寄越せと言いたいのではない。
なので、ほむらの視線に冷たいモノが混じり始めたのは、下手にとぼけた杏子が全面的に悪い。間違いない。

「……」
「……あー、その、なんだ。ああいうの聞いてると、背中が痒くなってくるっていうかさ。そんなんだよ」

居辛くなった杏子が逃げ場を探していたら、偶然にも潜伏中の暁美ほむらを見つけてしまった、と。
そういう事らしい。
あと、杏子から貰った黍団子の味は悪くなかった。
杏子なら、黍団子を使って犬や猿を懐柔できるかもしれない。

「貴女は……鹿目まどかの言うような救いを、貴女に齎してくれる人間も居ると思う?」

あんな薄汚い蝙蝠ヤミーにまで手を差し伸べる鹿目まどかは聖女のようだが、そんな人材がほいほいと見つかるとは思い難い。
というか、まどかは他人のために身を切り売りしすぎなのだというのが暁美ほむらの本音であった。

「アタシは、もう充分救われてるさ。それよか、あんたはどうなんだよ?」

佐倉杏子が、既に救われている?
確かに、佐倉杏子からは一匹狼気取りの刺々しさが大分失われていてしまっていると見える。
しかし、一体誰によって救われたというのだろう。
さやかが生き返った一件によってか、はたまたマミ辺りと腹を割って話し合ったのか。
……一つだけ確実に言えるのは、他の人間との繋がりを手に入れた佐倉杏子は、今まで暁美ほむらが見てきたどの『杏子』よりも生き生きとしているという事だった。
一方、暁美ほむらにとっての救いとは……何だっただろう?

「……私を救ってくれた人を救う事が、私にとっての救いよ」

何を犠牲にしても。
どんなに繰り返す事になっても。
……そう、思っていた。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十話:Regret nothing ――後悔なんて、あるわけない



夜明け前の、静けさの中で。
人間達は、奇妙な空間へと集っていた。
真っ白な背景の中に、時計盤のように周状に配置された椅子とテーブルが目立った部屋だった。
部屋の中に影を落とすものは吊り下げられた振り子のみで、光源もどこにあるのか不明瞭な、そんな不気味な空間こそが……会議場だったのだ。

言わずもがな、暁美ほむらの秘密基地である。
そんな知られざる秘境に、人間等は招かれたのだった。
とはいえ、客人の中に純粋な人間は後藤慎太郎だけだったりする訳だが。
杏子とマミは白い宇宙人によって改造人間にされてしまったし、トーリに至っては生まれながらの怪人である。
アンクは、飛行能力を活かして映司を回収してくるつもりらしく、席を外していた。

「……魔女の結界に似ているな」
「あんたには『デリカシー』ってモンが無いのかよ。アタシ等、今週魔女の正体知ったばっかりだってのに」
「まさか佐倉さんの口から『デリカシー』なんて言葉が出るなんて……」

後藤のボヤキや杏子のキャラ崩壊に突っ込みが入ったようだが、それはともかく。
トーリは……どことなく、居心地の悪さを感じていた。
ヤミーとしてのトーリが人間に受け入れられたとはいえ、やはり以前と同じ関係に戻るという訳でもないのだ。
距離を測りかねている、というのが適切だろうか。

杏子や後藤からも敵意の視線は向かって来ないのだが、それでも何というべきか、壁を感じる。
その原因が人間達を騙してきたトーリの身の振り方だという事は、疑うまでもない。

更に言うと、トーリの様子をちらちらと窺っている暁美ほむらさんは、一体何をお考えなのですか。
色々と物言いたげなのは伝わってくるのだが、よもや言葉の代わりに銃弾が飛んで来やしないだろうか。

……というか、よく考えてみると、暁美ほむらとトーリの関係は何も変化していない筈では?
ほむらは元々トーリの正体を知っていたのだから、今更トーリに対して思う事なんて無いだろうに。
ひょっとすると、魔法少女達がトーリを生かした事に納得がいかないのかもしれない。
当のトーリでさえ先程まで予測していなかったぐらいなのだから、ほむらさんが事態を受け入れがたいという気持ちも分からないでは無い。

何を話せば良いのやら、とトーリが迷っていると、いつの間にかマミさんがほむらの側へと歩み寄っていた。

「暁美さん。前に、折角トーリさんの正体を教えてくれたのに……失礼な事をして、ごめんなさい」
「……気にしていないわ」

マミさんには、ほむらに謝罪すべき過去の行いがあったらしい。
まさかそれが、紅茶を顔面にぶっかけるという肉体言語を用いた対話だなどとは露ほども思わないが。
尚、先程トーリもマミさんに紅茶をぶっかけられたような気もするが、ほむらもトーリも一応マミさんの弟子なので、そういうこともあるのだろう。
問題はその内容ですよ、ほむらさん!

「あれ……? ほむらさん、ワタシの正体は秘密にしてくれるという約束だったのでは……?」

ガラの結界に巻き込まれた際に、トーリとほむらは幾つかの密約を交わした筈なのである。
具体的に言うと、トーリがメダルに関する情報を提供する代わりに、ほむらはトーリの正体を秘匿するという契約だった。
だが、マミさんの謝罪の文面から判断するに、ほむらがトーリの正体を口外したとしか思えないのだ。

「……貴女と約束を交わしたのは、巴マミに貴女の正体を教えた後よ。約束してからは、破っていないわ」

つまり、マミさんは大分前からトーリの正体を聞かされていたという事だろう。
そして、それをはねのけるまでに、マミさんはトーリの事を信頼してくれていたらしい。
トーリとしては、後ろめたいやら、申し訳ないやらである。
まぁ、それにしても暁美ほむらさんの言い分には釈然としないものを感じてしまう訳だが。

「ほむらさん……何だか理屈の展開手法がキュゥべえさんみたいですね」
「……そういう貴女の思考能力は、まるで美樹さやかのようね」

……どうやら、ほむらさんと仲良くできる見込みはあまり無いのかもしれない。
夜な夜なバースドライバーに話しかけている後藤さんの方が、まだ無機物との間の友情成立の見通しが持てるかもしれない、というレベルである。
本当に後藤さんがバースドライバーに話しかけるような残念な人なのかどうか、トーリは知らないが。

「……!」
「……!」

ほむらさんが御冠の模様だったので、トーリも睨み返してみた。
トーリとて、ほむらさんからのあんまりな言い草に、全く腹を立てていない訳でも無いのだ。
いつになく強気に出てみたトーリだが、特に先の展開に見通しがあった訳では無い。
その意味で、ほむらの例えは実は正鵠を射ていたのかもしれない。

「何でも無いです……」
「……分かれば良いのよ」

なんというか、本能的にほむらさんが銃を抜こうとするタイミングが分かったので、結局退いてしまう結末を迎えたりして。
ちなみに、トーリが睨み返してから折れるまで、某宇宙刑事が軽く40回は蒸着出来る程度の時間が過ぎていた。
時間停止攻撃の攻略法はあるのだが、やはり怖いものは怖いのだ。
さすがに、現在地が暁美宅であることを考えれば、そこまでほむらさんが大暴れする心配も無いのだろうが。
結局、トーリはほむらさんには勝てそうに無かった。


「ところで、暁美。俺達がこの部屋に集められた理由は何なんだ?」

各人の力関係の確認を終えたタイミングを見計らった……訳では無いだろうが、後藤が話の先を促してくれた。
まぁ、後藤に限らずこの場の全員が疑問に思っている事なのだが、そもそもこのメンツは何のために暁美宅に集められたのか?
何か重要な話をするために集められたというのは分かるし、映司とアンクが到着してから一度に話した方が効率的だというのも分かるのだが。
やはり、退屈は猫をも殺すのである。

「人員が揃ってから始めるつもりだったけれど……始めてしまってもかまわないわ」

映司がウヴァさんから逃げ切れば、すぐに始められるのだろうが、意外に映司も苦労しているのだろう。
おそらく、プトティラ形態を維持したオーズが飛行能力を用いれば、ウヴァから逃げること自体は不可能では無い。
しかし、地上を走るウヴァさんがオーズを見失わない限りは、オーズは着地出来ない訳で。
たぶん、雲の中に隠れるとか富士山の周囲を旋回するとか、諸々の戦略によって映司はウヴァを撒こうとしているに違いない。
未だにウヴァへの情を捨て切れていないトーリとしては、申し訳なく思うところもあったりするのだが、口には出さなかった。

「まどろっこしいのは性に合わねーな。始めちゃいなよ」

何時の間にかカップ麺を作っていた杏子も、どうやら話を急かす側らしい。
どこかでお湯を沸かした様子は無かったので、収納魔法で予め持ち歩いていたに違いない。
マミさんが用意してくれた紅茶の匂いとカップ麺の臭いが混じって、何とも奇妙な香りが部屋に充満していたりして。
芳香剤の香るトイレの前でマーライオンの物真似をした時の匂いに、よく似ているかもしれない。

「この中の何人かは既に聞いた事があると思うけれど、4日後、この見滝原に『ワルプルギスの夜』が訪れるわ」
「何だか、聞いたことがある名前のような……?」
「ここが祭りの場所なのか……?」

どうやら、コメントを特に発さない杏子とマミは、既にワルプルギスの夜とやらの存在を知っているらしい。
後藤も単語自体に聞き覚えはあるようなのだが、何だか別のものを想像している気がしないでも無い。
あと、実はトーリは過去にワルプルギスの夜の名を聞いたことがあったりするのだが……意味までは把握していなかった。
かつて暁美ほむらと巴マミの会話を盗み聞きした時にも耳にした名前であり、呉キリカも同じ名を出していた筈だ。

「ワルプルギスの夜は、桁外れの力を持った巨大魔女の名前よ。放っておけば、この一帯は焦土になる」
「暁美さんの時間魔術を使っても、倒せないのかしら?」

確かに、マミに限らずトーリや他の面々も疑問に思った内容であった。
ほむらさんのマジックコンボを使えば簡単に倒せるのでは、と。
そう思ってしまうものの、ほむら自身が強敵と言うからには、巨大魔女は何らかの抵抗力でも持っているのかもしれない。

「個としての能力が単純に高すぎて、ダメージを与える事自体が難しいわ」

……と思ったら、ゴリ押しされるとのこと。
ミサイルを用いた一人軍隊攻撃が出来る暁美ほむらの火力をもってしても、どうにもならないらしい。
いったいどんな願いを叶えて貰えば、そんな物騒な魔女が出来上がるのだろうか。

「アタシとしては、その魔女に関する作戦会議を何で『今』やってるのか、ってトコも気になってんだけど」

そして、対策会議が本格的に始まる前に、杏子も鋭い突っ込みを放っていた。
言われてみれば、その通りである。
完全態ウヴァさんへの対処が人間達の目下の課題であり、逆に超弩級魔女は襲来まで『4日近くもある』とも言えるのだ。
なのに、何故今からワルプルギスの夜の対策を講じねばならないのか。

「今の私達にとって最も危険視しなければならない事態が、『真木清人による人類滅亡』と『ワルプルギスの夜の襲来』が同時に起こる事だからよ」
「……そもそも、真木博士は巨大魔女の出現日程を知っているのか?」

さらに、後藤からも指摘が入った。
その内容はもっともで、メダル界隈の住人である真木博士が、一体なぜ巨大魔女の訪問日時を把握しているのだろうか。
真木博士が上手くワルプルギスの夜の存在を活かすのなら、同時に事を起こして人間勢の戦力を分断するぐらいは考えてしかるべきだ。
ちょうどその時期にウヴァを暴走させて、世界の終末劇を始めることだろう。
しかし、そもそも真木博士がワルプルギスの夜の出現日時を知らなければ、ほむらの想定に意味は無い。

「インキュベーターの短期目標は、魔法少女を魔女にする事と契約者を増やす事よ。そのために有用ならば、真木清人への情報提供は予想できるわ」

確かに、真木と巨大魔女が同時に行動を起こした場合、手が足りなくなった人間達の穴を補うために鹿目まどかが契約せざるを得ないという展開は充分に有りえる。
ワルプルギスの夜との戦闘が始まってしまうと、マミや杏子といった普段死にそうも無い魔法少女も、力尽きるかもしれない。
そうなれば、長期目標として宇宙全体の熱量的死の回避を掲げるキュゥべえは、多大なエネルギーを回収できて万々歳という訳だ。

「……根本的な事ですけど、ほむらさんはどうしてワルプルギスの夜が来る場所と時期を知っているんですか?」
「統計よ」

マミ、後藤、杏子に続いて、トーリもおずおずと質問を放ってみた。
……なんだか回答が嫌にそっけない気がするのは、気のせいだろうか。
他の3人に対してはもっと丁寧に答えていたように思えるのだが、やはりほむらさんの心証は宜しくないらしい。

「サンプルの採取方法について詳しく頼む」

まぁ、頭の固い後藤さんが、堅実なマジレスを入れてくれた訳だが。
が、後藤の疑問も当然だった。
サンプルが十体や百体でも統計と言えなくはないが、それにしても複数の出現情報が必要である。
ところが、地域一つを丸々壊滅させるような魔女の出現例など、誰も聞いたことが無いのだ。
というか、そんな迷惑な魔女が何回も出たら地球がヤバい。

「一か月ほど時間を巻き戻して、複数回にわたって観測したわ」

……またまた御冗談を、なんて口走ったら撃たれるのだろうか。

ほむらさんがさらっと口にしてしまった情報は、実は結構な問題発言だった。
そもそも、時間を巻き戻すという魔法の難易度について、トーリは想像もつかない。
ガラが江戸と東京を繋いだ一件と比べれば大したことが無いような気もするが、杏子や後藤さんが驚いているところを見れば、おそらく常識的に考えて有り得ないのだろう。
もしくは、本来信じられない筈の一大情報が、ガラによってハードルが上がり過ぎてしまったためにその程度の反応で済まされている可能性もあるが。

もし暁美ほむらが時間を巻き戻せるとなれば、単純なビートダウン戦法でほむらを倒すのはほぼ不可能と言って良い。
こちらが「やったか!」と叫んだ瞬間に時間を戻されては、対抗策のとりようが無いのだから。
不意打ちで意識を刈り取るか、ソウルジェム破壊による一撃必殺戦法ぐらいしか通じないという事である。

……そこまで考えてから、トーリは気付いた。
なんでほむらさんと戦う前提で考えているんだろう、と。
人間側に寝返ったトーリは、ほむらさんと戦う事なんて基本的には無い筈なのに。
どうやら……トーリ自身には、まだウヴァさんの手下であった時代に未練があったらしい。

もっとも、トーリが今更ウヴァのもとへ戻っても、既に殆ど手遅れである。
ウヴァさんがあれだけ無双出来ていたのは、人間達に極度の疲労が圧し掛かっていたという要因が大きかったからであって。
現在ウヴァを撒こうとしているオーズが帰還すれば、あとは人間達が体力や魔力を備えるだけで、ウヴァを倒すことは然程難しく無くなってしまう。

もしウヴァが生き残れる道があったとすれば、ウヴァさんにトーリが加勢して飛行能力をウヴァさんに付けられたなら或いは、というレベルであった。
どの道、トーリがマミさん達に取り囲まれて脱出不可能になった時点で、ウヴァさんは詰んでいたのだろう。
……そんな後の祭りな思考は、口に出す事も無いが。

「お約束のタイムパラドックスはどうなの?」
「私の時間遡行は主観的なものとして完結しているから、矛盾は生じない」

ガラの時間移動では、タイムパラドックスが生じていたのだろうか。
まさか、映司がナイト兵を相手にプトティラ無双したという竹林に行けば、地中に埋まったセルメダルが見つかるとでも?
密かに儲け話を掴んだとほくそ笑んでいるトーリは……ガラの魔術が時間移動では無く平行世界移動である事を知らないので、おそらく無駄足を踏む事となるのだろうが。

「でも、能力自体に何か重い制約があるんだろ?」

一方、ほむらさんのトンデモ発言に次の反応を示したのは、杏子だった。
その口調は特に険しいものでも無かったが、誰もが杏子の心の底にある言葉を汲み取っていた。
すなわち、そんな便利でチートな能力があるなら美樹さやかが死んだ時点で使えよ、と。
まぁ、杏子の態度にほむらを責めるイントネーションが全く見当たらない辺り、ほむらにも何か事情があるのだろうとは思っているらしい。

「ええ。きっちり一ヶ月分しか時間は戻せないわ。そして、一回巻き戻してから一ヶ月間は遡行能力は使えなくなる」

聞いてみれば、そんなに重い制約でも無かったが。
それでいて、さやかの死の直後に使用不可能だった理由にもなっていた。
ほむらの能力を使っても遡れる時間が有限であるというのは、そこそこ大きな縛りではある。

しかし、トーリが気になったのは、その巻き戻しの起点が一体いつなのかということであった。
どうも、トーリの記憶によれば、グリードの復活から現在までに一ヶ月分の日数は経過していないように思えるのだ。
ならば、ひょっとすると暁美ほむらは、グリードの復活自体を『無かった事に出来る』可能性が存在する……?

ウヴァさんを裏切っておいて今更だが、事はグリードだけに留まらない。
当然、蝙蝠ヤミーもまだ生後一ヶ月以内なのだから。
最悪の場合、ほむらが時間遡行を使った瞬間にトーリの存在自体が消えてしまう可能性は否めない。

同時にトーリは、普段の間抜けな蝙蝠女らしからぬ勘をもって、暁美ほむらに纏わり付く違和感を嗅ぎ取っていた。

――今ここで、貴女と戦いたくは無い。

ほむらさんがCDショップのあるビルの上階でマミと初めて会った時の言葉が、それだった。
今思えば、ほむらの発言は巴マミという魔法少女の力量を知っている者しか口に出来ないものだった筈だ。
マミはほむらを知らなかったが、ほむらはマミを知っていたに違いない。
そこだけを見れば、ほむらが逆行者であるという情報の確からしさを高める根拠となるだろう。
ところが、それに反する状況証拠も、トーリは既に持っているのだ。

――貴女は、キュゥべえと契約した魔法少女?
――情報は渡してもらうわ。メダルに関しての情報を全て吐いて行きなさい。

過去に暁美ほむらと会った時の言い草を思い返してみると、ほむらの言い草がどうも奇妙に思えるのである。
違和感の元は、やはり暁美ほむらが情報を求めてきたという一点なのだろう。
もし暁美ほむらが無数のループを経験しているのならば、情報など余る程に持っている筈なのに。

ひょっとすると、『何故それを知っているんだ!』と言われないために、既知の情報に関しても確認をとっていたのかもしれない。
だが、トーリは考えるのも恐ろしいような原因に思い至りつつあった。
もっと根本的に……暁美ほむらがトーリという存在を知らなかったのだとすれば?

「ほむらさんが繰り返してきた一ヶ月の中に、『ワタシ』は……緑のヤミーのトーリは、居ましたか?」

トーリが生まれてから一ヶ月も経っていないのだから、可能性としては充分に有り得た。
そもそもトーリが作り出されたのは、たまたまウヴァがキュゥべえを見つけたからである。
もしその偶然が起こらなければ……更に言うなら、グリードが復活しなければ、トーリは日の目を見る事も無い。

「居なかったわ。私は、これまで一度も貴女の存在を観測した事は無い」

それを聞いたトーリは、金槌で頭を殴られるような衝撃を味わうという事も無かった。
眼の前が真っ白になった訳でも無く、足元から崩れ落ちるという訳でも無く。
ただ純粋に、怖いと思った。
なんといってもトーリの見ている世界は、まだ一ヶ月にも満たない短い時間に集約されているのだ。
……その全てが、途方もなく広がった確率の海に浮かぶ泥船かもしれない。

グリードもヤミーの命を握っていたものだったが、それよりもずっと性質が悪い束縛だと言える。
多少なりとも自分自身の命も大事に思えるようになったトーリだが、まだ気になるのは他人の方だった。
せっかく、トーリの事を大事に思ってくれる人が出来たのに、その繋がりさえ無くなってしまうかもしれないのだ。
思い出を残して死んでいくよりも、更に救いが無い末路である。

「もし次の巻き戻しが起きたら、マミさん達は……ワタシの事は全部、忘れてしまうんでしょうか」
「ワルプルギスの夜を倒せば、問題ないわ」

……それが出来ないから、ほむらは何度も時間を巻き戻しているのではないのか。
その割には、暁美ほむらの言い方にはどこか勝算があるような響きが含まれているように思えた。
何か良い作戦でもあるのだろうか。

「一応聞くけどさ。あんた、ワルプルギスの夜を倒せたことってあんのか?」
「一人で倒した事は無いけれど、多大な犠牲を出しながらも、仲間と一緒に倒したことならあるわ。だから、判断できる。魔法少女5人に仮面ライダー2名も居れば、確実にワルプルギスの夜に対処できるわ」

トーリとアンクの怪人組は、一応居なくても平気らしい。
というか、戦力として数えるのが不安なのだろう。
アンクの憑代である鹿目まどかの心配もしているのかもしれない。
……トーリが折角手に入れた人間の想いは、無に帰されずに済むのか。

「だが、真木博士が同時に事を起こしたら、勝算は落ちる。その時のための作戦を立てるのが、今日集まった理由だということか」
「そうなるわね」

「暁美さんは、真木博士が完全態グリードを暴走させるとどうなるのか、知っているの? それも話して欲しいわ」
「……真木清人の行動も、前例の無かった事よ。私も彼の目指す先は知らない」
「でも、世界を滅ぼすっていうからには、ワルプルギスの夜よりも大ゴトだろーな」

ならば、どちらも放置する訳にはいかないだろう。
戦力を分散するしか無さそうである。
というか後藤も指摘した通り、その割り振りを決めるのが、この会議の意義に違いない。
真木一味の蜂起が今の周回限りのイベントだというのも気になるものの、トーリの全てがかかっているともなれば、細かい事は気にして居られない。
ほむらが結末に納得しなければ、トーリの存在は誰の記憶にも残らない次元の果てへと消えてしまう。

「戦力の分散はあまり感心できないが……仕方ないか」

確かに、全員で真木か魔女を倒した後で残りの一方を叩くのが、最も味方の損害が少なくて済む方策なのだろう。
だが、放置された方の脅威は、容赦なく見滝原という街を荒らして回ることとなる。
そうなればおそらく、暁美ほむらは時間遡行を使うだろう。
ほむらが以前にワルプルギスの夜を倒せた事があるにもかかわらず時間を巻き戻したという事は、ワルプルギスの夜を倒すだけが暁美ほむらの目的では無い事を意味している。
『多大な被害』という言葉はやや不明瞭だが、出来るだけ被害を抑えるに越したことは無さそうである。

そして……トーリは、思い至っていた。
一筋の成功の可能性を孕んだ、一世一代の大博打に。

「ワルプルギスの夜の方はワタシ一人で当たって、他の皆さんで博士さん達と戦う……というのはダメでしょうか」

……マミさんが、紅茶のカップを取り落した。
杏子の鼻からカップ麺の伸びた麺の端が飛び出した。
後藤さんに握られたボールペンが、メモ帳を貫通していた。
ほむらさんの円盾から、銃火器や爆発物がゴミのように零れ落ちた。

他の全員にとって、トーリの提案した作戦は予想外だったらしい。
トーリ自身でさえ、成功率はあまり高く見積もれない事ぐらい、分かり切っていた。
それでも、ほむらが巻き戻しを使うこと自体がトーリにとって最大のリスクである事を考慮に入れれば……最善の策だと思えた。
全てを無かった事にされるのだけは死んでもゴメンだと、心から思ったからこそだった。



「皆さんが博士さんを倒して駆け付けるまでの間、ワタシが命を賭けて……ワルプルギスの夜を引きつけながら逃げ回ってみせます!」



・今回のNG大賞


「……そんな事を言って、本当はあのウヴァというグリードの暴走態と戦うのが後ろめたいだけなんでしょう?」
「それは否定できませんねぇ……」

たまには格好つけたって良いじゃないですか……。


・公開プロットシリーズNo.140
→お前は今まで一つでも、自分で決めて何かをした事があるか?



[29586] 第百四十一話:信頼
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/06/08 22:22
結論から言えば、トーリの申し出は満場一致で却下された。

マミは、まだトーリが死を望んでいるんじゃないかと不安を抱いた様子で。
後藤も、トーリがあっさり殺られた場合の損害を考えると賛同できない、と反論した。
杏子は、魔女を人間に戻せるトーリに死なれたら困るんだよ、なんて彼女らしいフォローをしてくれた。
ほむらさんは……そもそも、そんな大役を任せる程トーリを信用していないのだろう。

だが、ワルプルギスの夜に応対する人員を最小限に留めるという作戦自体は有用であると判断された模様で。
さらに、ワルプルギスの夜を足止めする者が倒れれば被害は甚大となるのだから、当然戦闘に秀でた人員が担当すべきだというのは自明だった。
であるからして。

「火野映司をワルプルギスの夜にぶつけて、残りの人員で真木清人に対処しましょう」

そう提案した暁美ほむらの言葉に反論を示した者は、一人として居なかった。
確かにコア破壊攻撃はオーズにしか行えないが、グリードとの戦いにおいては、別にコアの破壊が必須という訳では無いのだ。
適度な作戦と火力があればグリードを分解して無力化することは可能であるため、グリード戦におけるオーズの登板は必ずしも求められる訳でない。
まぁ、映司がワルプルギスの夜を降してグリード退治の方に加勢してくる可能性の方が大きいような気もするが。

「それに……ワルプルギスの夜と火野映司の間には、互いを引き合う因果がある。彼以上にワルプルギスの夜と相性の良い人間は居ないわ」

もっとも、ほむらが続けた説明には、一同は合わせて首を捻ったが。
火野映司はメダル界隈の住人だというのに、魔女との因縁があるとは一体どういう事なのか。

「コアメダルが、それ自身と似た性質の人間や魔女と引力によって結ばれている事は、知っているでしょう?」

そう言われれば、トーリも思い当たる事はあった。
何といっても、ガラの一件においてトーリが拉致された原因が、その引力にあったのだ。
憤怒を司る鳥籠の魔女が緑のコアメダルを引き寄せ、ウヴァのコアを持ったトーリを捕えて離さなかったのである。

更に言えば、人魚の魔女ことオクタヴィアとの一戦においても、その現象は見られたらしい。
情愛の塊たる青いコアメダルに反応した魔女が挙動を変化させたという事を、トーリ達は聞いていた。
紫メダルが映司から離れようとしないのも、何かしらの相互作用が働いている可能性が高い。
ということは、紫メダルが持っている性質と同じ性質を、ワルプルギスの夜も持っているのだろうか。

「実際にワルプルギスの夜を見てみれば分かるけれど、魔法少女の感覚なら、紫のオーズの力とワルプルギスの夜の魔力の波長が似通っているのを感じる事が出来るわ」

トーリ自身は魔女の魔力を感じる事は出来ないために、おそらく暁美ほむらの言った事を確認するのは無理だろう。
とりあえず、魔法少女であるほむらさんが言うのならばそうなのだろうが。

……しかし、何となく胸の内にもやもやとしたものが残ったのは、一体なぜだろう。
身体からコアメダルを抜かれてしまった時のような、何か大事なものが抜けているような感覚は、もどかしいとしか言い様が無かった。
だが、トーリ自身もその違和感の正体が何なのか、皆目見当もつかない。
ほむらの言葉に矛盾があったのかと思って考えてみるものの、明白な突っ込みどころも見当たらない。

「魔力を感じ取れない俺にも分かるように頼む」
「あらゆる力を捻じ伏せるワルプルギスの夜は、いわば『無力』の魔女。それに対して紫のメダルは全ての欲望を亡きものにする『無』の力。厳密には同じものとは言えないけれど、方向性としては近しいもの同士なのよ」

トーリには、分からない。
自らの脳裏に巣食っている不安の由来が。
ただ、何となくトーリは思った。
暁美ほむらの解説が……まるで、火野映司をワルプルギスの夜にぶつけるための理由を、トーリが奇策を出す前から用意していたようではないか、と。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十一話:信頼



火野映司は、東の空が明るみ始めた頃になってようやく地面に降り立つことが出来ていた。
結局、房総半島の先端までウヴァを誘導した後に、プトティラの飛行能力で東京湾を突っ切るという作戦が敢行されたのである。
つまり、ウヴァさんを東京湾に捨ててきたという事だった。

泳げないウヴァは二度と地上に戻る事は出来ず、永遠に大洋の狭間をさまようのだ。
そして死にたいと思っても死ねないので――そのうちウヴァは考えることをやめた。

……などという事は無く。
おそらく、数時間も経過すれば泳いで東京近辺に上陸する事だろう。
色々と酷いような気もするが、さすがのウヴァさんといえども、まさかそのまま溺死するような事は無い……筈だ。おそらく。
日本海溝辺りに落ちて戻って来られないなんてヘマを、ウヴァさんが犯す訳も無い。
余談だが、オーズTV最終編で海に投げ捨てられて行方不明になったというキヨちゃん(小道具)は、多分今頃水底で待つことと考えることをやめているのだろう。

そんな事はともかく。
時間的にまだ人気のない廃棄物埋め立て場に降り立った映司は……そこに待っている人影の存在に気付いていた。
150センチにも満たない身長からこちらを見上げる、一人の少女の姿があったのだ。
もちろん、その中身は少女どころか人間でも無いが。

……アンクは、わざわざ映司を迎えに来てくれるような殊勝な奴だっただろうか。
だが、アンクの隣には、埋め立て場に似つかわしくない自販機が立っていた。
いわずもがな、鴻上財団謹製の不思議バイクであるライドベンダーだった。

「アンク……まさか、乗って来たのか?」

アンクが借りている身体では、足の長さが足りなかったり無免許運転を咎められたりといった問題が発生しそうなものだが。

「そんなわけあるかよ」

まぁ、映司とて一応聞いてみただけで、正解には既に気付いていたりする。
アンクが空を飛んで、ライドベンダーを運んできたのだろう。
映司もアンクも空を飛べるのだから地上の足は不要かというと、実はそんな事は無いのだ。
グリードが力を使えば他のグリードに位置を悟られてしまうのだから、コアメダルの力を使って隠れ家まで移動するという選択肢は存在しないのである。
したがって、この場合はライドベンダーが非常に有用な移動手段と成り得る。

「皆は、どこに集まってる?」
「あの盾のガキの隠れ家だ」

ライドベンダーにセルメダルを投入して、バイク形態へと変形させながら。
映司は、アンクに言っておかなければならない言葉を、思い浮かべていた。

――ふざけんな! 何にも欲しくないような顔しやがって! お前みたいなグリードが居てたまるかッ!!

ウヴァから逃げ回りながら、ずっと考えていた。
確かに火野映司は、あまり物欲の強い方では無い。
だから、アンクからは映司が何も欲しくない人間のように見えたのではないか、と。

しかし、映司から言わせてもらえば、それは誤解だった。
火野映司という男の『人助け』は、アンクのアイスや美樹さやかの恋愛と同じぐらいに、『一つの欲望』なのだから。
そして、その欲望を実現するための手段は既に映司の手の中にある。
かつて一体の腕怪人によってもたらされた超常の力は、映司に何処までも届く手を与えてくれた。

ライドベンダーの後部座席に小柄な同乗者が座っているのを確認して。
風に当たり始めてから適当な時期を見計らってアンクに言葉を伝えようと、映司は考えていた。

――俺に力をくれて、ありがとう。


3人は、未だ知らない。
ワルプルギスの夜が襲来するとき、彼らに何が起こるのかを。




……結局、映司とアンクとまどかも合流して大方の話し合いに決着がついたのは、昼過ぎのことだった。
ほむらや後藤さんがワルプルギスの夜の出現場所に関する議論を重ねていた辺りから、トーリが突っ込みを入れられる次元の話では無くなっていったような気がする。
何やら、期待値の取り方だの再現性だのといった難しい話が飛び交っていたようだが、正直に言ってトーリには何が何やらだったのだ。
なまじ真面目に話し合っている分、ここではリントの言葉を話せ、というようなギャグ方向に持って行くことも出来ずじまいで。
もちろん、ワルプルギスの夜の襲来に向けたモチベーションは高いトーリだが、それと頭の出来は別問題なのである。

「……何だか、日の光が恋しいです」
「夜通しだったもんな……。アタシも途中から結構眠かった……」

数字が絡んだ話に置いていかれたのは、どうやらトーリと杏子だけだったらしい。
だが、他のメンツも多かれ少なかれ、疲労は貯まっている筈だった。
何せ、昨日はトーリ以外の全員が、一度以上グリードの完全態と戦っているのだ。
それで疲れていない方がおかしい。
というか、その疲労が無かったら、完全態ウヴァを相手にしてももう少し善戦出来ていたに違いない。

とにかく、今は休まなければ。
その思いは、全員に共通のものであった。
クスクシエやら河原やら、それぞれの居住地に帰ろうとする面々であったが……

「誰が帰って良いと言ったのかしら。トーリ」
「……えっ?」

ほむらさんが直々に御指名をいれてくださいました。
というか、ほむらがトーリを名前で呼ぶのが結構新鮮な響きだったりして。
前例がないわけでも無いが、何とも言えない違和感は抜ける気配を見せない。
しかし、他の人間達は荷物を纏めたり腰を上げたりしているというのに、何故トーリだけが呼び止められねばならないのか。

「作戦をグリードに伝える可能性が残っている貴女を、外には出せないわ」

それなら、なんで作戦会議に呼んだんですか!?
……と突っ込みそうになったトーリだが、ほむらの言いたい事も分からないでは無かった。
まだ信頼が勝ち取れていないのは仕方が無い。
むしろ、作戦会議に招いて貰える程度の信頼は勝ち取れているのだと見る方が、建設的に違いない。

とりあえず視線を回して、格好良くて頼りになる先輩魔法少女に助けを求めてみた。

「私個人としてはトーリさんを信じたいけれど……こればっかりは、仕方ないわね」

ダメらしい。
さらに言えば、映司までもが苦笑いを漏らしていた。
杏子や後藤さんも同意見らしい。
アンクに至っては、死ぬほどどうでも良さそうだった。

トーリは、ワルプルギスの夜が来る日までこの部屋に監禁される運命なのだろうか。
……むっつりの暁美ほむらさんと二人っきりで、あと4日も過ごせと?
それは一体、どんな罰ゲームだというのか。
まず共通の話題が無いとか趣味が合わないとか、そんなレベルでは無いのだ。

軽くトーリのストレスがマッハである。
ひょっとすると、ほむらはマミさんの心証を悪化させる危険を恐れて手を出してこないかもしれない。
それでも、トーリにとって暁美ほむらという生物は、天敵そのものなのだ。
野生の蝙蝠は野良猫にジャンピングキャッチされて食われることがあるというが、トーリの目からは暁美ほむらが爪を研ぐ猫のように見えて仕方が無かった。

「た、待遇の改善を要求します! 会長さんでも錬金術師さんでも良いですから、誰かまともな話し相手を呼んでくださいっ!」

後から思うと、トーリも大分参っていたのかもしれない。
鴻上会長はともかく、ガラは既に故人だというのに。
というか、鴻上会長がまともな話し相手かどうか、トーリの頭でも少し考えれば分かるはずなのだが。
もっと言えば、人類として最大級の侮辱を受けた暁美ほむらの額に青筋がたつことぐらい、予想出来てしかるべきである。

「放課後ぐらいに、さやかちゃんを呼ぶ? 私は、結構眠くて……一緒に来られないと思うけど」
「まどかさんの優しさが凄く眩しいです」

まどかさんが救済の聖母に見えた。貴女が神か。
QBしっているか だてさんは おでんしかたべない!

生来のムードメーカーである美樹さやかが召喚されるとなれば、トーリのストレスも大分緩和されることだろう。
尚、当の鹿目まどかは帰宅すればまた無断外泊を親に怒られる事となる……かと思いきや、きちんと真木邸から自宅に電話を入れて両親に許可をとっていたそうな。
友人の家に泊まってくる、とでも言ったのだろう。
つまり、まどかはこの後下校時刻まで適当に時間を潰して、何食わぬ顔で帰宅するつもりだという訳だ。
ちゃっかりしているというか、何というか。
何となく鹿目まどかに似つかわしくないズルさな気もするが、まどかもまどかで少しずつ変わってきているのかもしれない。

「それなら、俺からも暇潰しの種を提供しよう。昨日付で伊達さんから文書データが届いたんだが、バースの修理が忙しくて中を見る暇が無いんだ。刷ってあるから内容を要約しておいてくれ」

何その自習課題。
自然な手付きでA4用紙の束を手渡してくれた後藤さんは、トーリを中学生か何かだと思ってやしないだろうか。
トーリの外見が人間の女子を模っていることを考えれば、あながち間違いでも無いのかもしれないが。
というか、後藤は昨晩遅くまで戦闘をしていたというのに、その紙束を一体どこに持っていたのだろう。
まぁ、ヒーローがどこからともなく武器を取り出すような現象に違いない。

……そんなこんなで、疲労がたまっていると思しき人間達は、次々に暁美宅を後にしたのだった。
トーリもそれなりに疲れている筈なのだが、今は妙に目が冴えてしまっていた。
ほむらや映司が難しい話をしている間に、うつらうつらとしていたせいだろうか。
例えるなら、徹夜明けで学校に行くと授業中は眠いが、放課後になった途端に不思議と眠気が飛んでしまうようなものなのかもしれない。

「……」
「……」

そして、ほむらさんと話すべき内容が、びっくりするほど何も無い。
トーリとしては、出来ればワルプル戦における暁美ほむらの勝利条件を詳しく聞いてみたいという思いはあった。
ほむらがワルプルギスの夜を倒した事があるにもかかわらず巻き戻しを行ったのならば、単純に巨大魔女を倒すだけでは不十分である事は間違いないからである。
しかし、先程の作戦会議ですら口にしなかった重大な秘密を、まさか裏切り者のトーリが教えてもらえるとも思えない。
というか、実際にガラの一件の最中にも質問してみた事があるが、答えてもらえなかった。

したがって、部屋の中に響く音の種類は限られ過ぎている。
一つは、部屋の主たる暁美ほむらが、兵装の点検を行っている音だった。
案の定、物騒な弾頭やら謎の黒い箱やらのメンテナンスをしていると見える暁美ほむらは、トーリとのコミュニケーションにキュゥべえ一匹分の価値さえ見出していないと思われる。
そして、それ以外の音源といえば……

「なんですか、コレ……」

紙束をめくる音とトーリの溜息ぐらいしか無い。
後藤さんから渡された課題を素直に進めるぐらいしか、トーリはすることが無いのである。
だがその内容も、仕様も無さ過ぎた。

伊達さんが送ってきたデータの内容というのが……いわゆる、創作小説と呼ばれるジャンルの文書だったのである。
しかも、その内容がまた反応に困るもので。
やれカンドロイド同士が友情をはぐくんでいるだの、後藤さんがバースドライバーを風呂に持ち込もうとしただの、何ともコメントしづらい読み物であったのだ。
これは、伊達さんの脳手術は失敗したと見た方が良いのかもしれない。

……というか、開始10ページ目辺りから、トーリは早々に後藤の意図を理解しはじめていた。
ぶっちゃけ、後藤はコレを読むのが面倒臭くなったのだろう。
おそらく後藤も最初の数ページはめくってみたのだろうが、自分にはもっと他にやるべきことがあると悟ったに違いない。
俗に言う、『私の戦場はここじゃない』理論である。

しかし、一体この内容をどう要約せよというのか。
特に学校に行って感想文の練習をしたことがある訳でも無いトーリには、ハードルが高すぎた。
というか、真面目に勉強している学生でも、伊達さんのハイセンスな文章を要約するのは困難を極めることだろう。
下手をすれば、2000種の特技を持っていたとしても手を焼くかもしれない。

「ワケが解らないです……」

……トーリが諦念の声をあげてしまったのも、無理の無からぬことだった。
もし暁美ほむらさんともう少し友好的な関係を築けていれば、二人で愚痴りながら作業を分担するなんて選択肢もあったのかもしれないが。
否、今からでも遅くはないのでは?
この眠気を催す退屈に抗うため、今こそ因縁の相手と手を取り合うべきなのだ!

「ほむらさん! この読書感想文を手伝ってくだ……」
「面倒なら後書きから読みなさい」

実用的な助言ありがとうございましたー。
でも、ほむらの態度が現在のトーリと同じぐらいに面倒臭そうだったのは、アレですか。
もしかして、伊達さんの手慰みの文字羅列と、トーリの存在価値が同じぐらいだという……。
まぁ、トーリも今更ほむらさんに何を言われたところで、肩を落とす事もないのだが。
ただ、プラス思考を無理矢理叩き起こすなら、一応アドバイスをくれるところまでは好感度が溜まっていると見る事も可能なのかもしれない。

ほむらのアドバイスが妥当かどうか考えながらも、このまま伊達御大の本を素直に読みたいかと言われたらNOなわけで。
結局、紙束をお尻からめくりはじめたトーリであったが、

――PS:ところで、火野の奴に関して、少し思い出した事があるんだが……

「……んん?」

意外なメッセージに、またもや微妙に頭を悩ませる羽目になったりして……。



一方、その頃の巴マミはといえば。
暁美ほむらの隠れ家を後にしてから少しだけ映司等と話しおえて、たった今散り散りになったところだった。
クスクシエへの帰路をたどりながら……マミはずっと考え続けていた。

――『後悔するから』とか、そんな事が聞きたいんじゃないんです。火野さんは、どうして……自分の命がそんなに『軽い』んですか。

昨晩は真木博士が横入りしたために中断してしまった話の続きを聞くために、暁美宅からの帰り際に映司の重い口を開かせた訳なのだが、その内容が嫌に救いの無いものだったのだ。

曰く、映司が内戦に巻き込まれた際に一人だけ生き残れたのは、政界の大物である父親が多額の釈放金を支払ったからで。
しかも、一人だけ生き延びた映司は、村を救おうとした悲劇の英雄として大々的に宣伝されたのだという。
当時未成年であった映司は、顔写真こそ公表されることは無かったものの、一躍時の人となったのだ。
そして、その事件が禍根となって映司は実家と袂を分かち、母方の苗字である火野姓を名乗りつつ放浪生活を送って現在に至る、という訳である。

マミは、終始映司の語り草に対して言葉を返せずに終わってしまっていた。

――私、火野さんと、一緒に戦ってるって……そう……思ってたのに。

聞けば聞くほど、火野映司と巴マミの立ち位置は同じでは無いと思い知らされたのだ。
マミはそれまで、火野映司に対して共感らしきものを抱いていたはずだった。
火野映司が内戦に巻き込まれて親しい人を失ったのと同じように、マミも不慮の事故で家族を失ったのだ、と。
自分だけ生き残ってしまった罪悪感に悩まされて自身の命の使い方に迷っていたマミは、火野映司の同類だと思っていた。
それどころか、血の繋がっている家族を亡くした分だけ自分の方が悲劇的だ、とさえ心の何処かで思っていたのかも知れない。

だが……映司は、家族から愛されてさえいなかった。
果たして、マミの両親が愛娘を置き去りにしてこの世を去ってしまったのと、どちらが悲惨なのだろう。
少なくともマミの胸の中には、在りし日の暖かな家族が今でも座している。
火野映司の中にあるものは……凍て付くような、『無』のメダルだ。

正直に言って、マミは自分のすべきことが分からなかった。
もちろん、共に戦闘に出て映司の負担を減らす事は当然と言える。
しかし、そんな関係を続けていても、映司の精神性が変化するとは考え辛かった。
むしろ、真木や巨大魔女の件が片付く前に映司が本物の恐竜グリードになってしまう可能性の方が高いように思える始末である。

戦闘面における補助は、決して無意味では無い。
なのだが、映司の意思の有り方を変えないと、事態は何も変わらない。
というのも、映司の欲望の向かう先には、到達点が存在しないためである。

多くの欲望というものは、多少不明確でも目標を持っているのが普通だと言える。
例えば美樹さやかなら、上条恭介を志筑仁美から寝取るのが現在の目標なのだろう。
それが可能かどうかはともかくとして、一応の到達地点は設定されている。

ところが火野映司の場合には、人助けのために命を使う事自体が目的となってしまっている節があるのだ。
そして、その到達点は……映司自身の終末以外に有り得ない。
ほとんどの欲望は突き詰めれば死に辿り着くという末期的論法も分からないでも無いが、それでも。
マミは、映司に死んで欲しくなかった。人間を捨ててほしく無かった。

そのための道筋が全く見えないのが、一番の難点な訳だが。
強いて言うならば、トーリの心を動かしてみせた鹿目まどかの言葉が参考になる……のだろうか?

――トーリちゃんも信じて。もしいつかトーリちゃんがおかしくなっても、トーリちゃんを元に戻してくれる人は絶対に居るって。もし誰も居なかったら、私がなる。約束するよ。

……もし都合よくグリードを人間に戻す方法が見つかっても、映司はまた捨て身を繰り返すことだろう。
やっぱり根本的な解決にはならないらしい。
かといって、マミが映司を言い負かせるとも思えない。
ましてや力尽くなど、試す以前の問題だろう。

今後4日以内に、マミは答えを出すことが出来るのだろうか。
自信は、無かった。
そして、先見の明も無かった。



マミは、思いもしなかったのだ。
……真木清人には、大人しく4日間も待つ予定なんてさらさら無いのだということなど。



・今回のNG大賞

久々の鹿目宅にて。

「ただいまー」
「まどか! 何処行ってたんだ! 早乙女先生から学校に来てないって連絡があって、私達みんな心配してたんだよ!?」
「」

バレたぁッ!!?


・公開プロットシリーズNo.141
→後は決戦あるのみ! 閉じられた世界を回る因縁の行方とは!? 次回『ウヴァ死す』! お楽しみに!



[29586] 第百四十二話:ウヴァ死す
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/06/16 08:43
真木清人が終の隠れ家として選んだ場所は、薄暗い地下通路であった。
人通りも少なく、音が響きやすいために通行人の接近を察知し易い、そんな場所で。
自らの腕を紫色の鱗で覆いながら、鋭い爪を顕現させて。

真木は、自身の腹を掻っ捌いた。
鮮血に紛れて銀色の鈍い輝きが、撒き散らされた。
そんな中、腹の内容物は真木に現在の自分自身の完成度を教えてくれていた。
すなわち、傷口から毀れるセルメダルの割合から考えて、火野映司との力量差は決して小さくないものだ、と。
切り開かれた腹から赤い色が見えるということは、まだ真木が人間に近い生物であるという事象の表れでもあったのだ。
真木が完成に近づけば傷口から漏れ出る紅は影を潜めるだろうし、途中からは血の色を見る事すらできなくなるだろうから。

そして……真木は、自身の状態を測るためだけに自傷行為に及んだ訳では無かった。
さすがの真木といえども、ステータス画面を開くのと同じ感覚で自身の腹を開ける訳では無いのだ。
次の瞬間、まるで薬でも飲むような仕草で、真木博士は掌に握り込んでいた鬼札を飲み下した。
……百薬にも勝る、究極の生命力を司る未知の物質を、その身体へと取り入れたのだ。
すなわち、異世界の江戸の町からもたらされた、橙色のコアメダルを。
先日アンクを襲った際に奪い取っていた切り札を、一思いに呑み込んだのである。

たちどころに塞がっていく傷口へと、無感動に視線を落としながら。
真木は、自身の研究成果の一つを思い出していた。
紫のコアメダルは何故持ち主の体力を大幅に消耗させるのか、と。
恐竜コアの目指す先が『無』であるのなら、宿主の体力をいたずらに削っては目的から遠ざかってしまうのではないか。

……そんな些細な不審点に、真木は光明を見出していた。
疑問の答えが、『持ち主のグリード化を促進するため』であるという結論に行き着いたためである。
人間の体細胞は常に新陳代謝を繰り返し、傷付いた細胞ほど新しい細胞に置き換わり易くなる。
その性質を利用して、紫コアは宿主の細胞を破壊しつつ、新しい細胞に紛れて身体にグリードの成分を割り込ませていくのだ。

つまるところ、消耗と回復を繰り返すたびに、宿主はグリードへと近づく。
であるからして、真木が自身の腑を晒した理由も、そこにあった。
橙メダルによる回復能力をもってすれば、傷は癒える。
その性質を利用して……一気に自分自身をグリードとして成長させようというのが、真木の目論みだった。

もちろん、一回の自傷行為だけでは、現在の火野映司を超える事は出来ない。
……ならば、数をこなせば良いだけの話だ。

瞬く間に、地下通路は血の海と化した。
肉を裂く音を響かせて、銀貨を撒き散らしながら。
その音色の中から、有機的な響きが消えるまで。



「この世界に……良き終末を」

真木の肩に座る白人形が、血の涙を流した。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十二話:ウヴァ死す



自室のベッドの中で、つかの間の休息をとりながら。
鹿目まどかは、漠然と今までの出来事を思い起こしていた。

その記憶によると……物語の始まりは、やはりキュゥべえに会った一件なのだろうか。
偶然飛来したスチール缶から暁美ほむらを庇って、病院に運ばれた先で。
まどかは白猫と白兎を足したような地球外生命体と出会い、それを目の前で惨殺されたのだ。

下手人がまどか自身であると思い込まされ、強迫観念に追われて、次の日に見つけた小動物の命を助けた。
それが、当時掌怪人だったアンクだ。

後にも憧憬の魔女の結界やらロストアンク暴走騒動やら、幾多の事件に巻き込まれて。
そんな奇天烈なイベント群の中でも鹿目まどかの人生を大きく変えたのが、大親友である美樹さやかの死だった。
魔法少女が魔女になるぐらいなら魔法少女で居るうちに死なせた方が良いのではないか、と本気で思ってしまう程に、さやかの存在は大きかったのだ。
そして、美樹さやかは奇跡的に助かることとなり、まどかは恩人たるトーリに大見得を切ってしまった。

――トーリちゃんも信じて。もしいつかトーリちゃんがおかしくなっても、トーリちゃんを元に戻してくれる人は絶対に居るって。もし誰も居なかったら、私がなる。約束するよ。

見栄を張ったこと自体は問題では無い。
というか、まどかにとってもトーリは普通に友人なので、奴を助けるという方針自体は間違っていない筈だ。
問題は……そのための手段を、全く考えつけないということなのである。

一番安直なのは、キュゥべえへの願いを使ってトーリを人間にでも変えてしまうことだろう。
だが、トーリを人間にする代わりに鹿目まどかが人間を辞めるのも、何かが違うように思えた。

――分かったんだ。誰かの幸せを願った分、誰かを呪わずには居られない、って。

さやかが、身をもって教訓を示してくれたのだ。
自分の身を犠牲にして誰かを助けても、負の連鎖に陥る可能性がある、と。
つまり、鹿目まどか自身を犠牲にせずに、トーリを正気に戻す手立てを考えなければならない。
であるからして、安易にキュゥべえに頼るのは間違いである。

「やぁ、鹿目まどか。僕と契約して魔法少女になってくれる決心はついたかい?」

……もちろん、いつの間にか部屋の中に上がり込んだ珍獣の言うことも、特に気にしなくて良いだろう。
思考を戻すと、まどかにはトーリを正気に戻すための手段が必要なのである。
もし鹿目まどかがオーズに変身出来たりすれば、物理的説得によって簡単にトーリを説き伏せる事が可能なのだろうが、現実はそう甘くないのだ。
後藤さんがバースを手に入れた際のような拳を交えた話し合いも、やはりまどかには難しそうだった。
ましてや、マミさんのように銃口を向けてOHANASHIできる訳でもない。
……この街には肉体言語話者が多すぎやしないだろうか。

まぁ、まどかも魔法少女になれば戦闘能力を得るだろうから、魔法(物理)を用いた対話をすることも出来るようになるだろう。
その場合、魔法少女になるために必要な『願い』は、やはり自分自身のためのものであった方が良い筈だ。
飽く迄、鹿目まどかが願いを叶えて魔法少女になったついでにトーリを助ける、という方向が正しいように思えた。

「ねぇ、アンクちゃんはどう思う?」
「自分の力が足りないなら、他の奴を利用すれば良いだろ」
「自分の腕に話しかける子は割と居たけど、明確に会話が出来ているのは君が初めてだよ」

そういえば、アンクは使えるものは使う主義だった。
グリードであるにもかかわらずオーズと手を組むぐらいには、アンクは何でもアリなのだ。
確かに、トーリがおかしくなったら、マミさんや杏子は戦力として心強い味方となってくれることだろう。

――もし誰も居なかったら、私がなる。約束するよ。

……ところが、まどかはあの場の雰囲気に流されて余計な一言を口走ったような気がする。
あんな大口を叩いてしまったというのに結局他力本願では、何とも情けない。
それならキュゥべえを利用するのマズいんじゃないかという気もするが、そこは『契約』だから問題無い。
キュゥべえにも得がある『取引』ならばセーフだろう。たぶん。

「キュゥべえ。もし私が『過去・現在・未来の全ての魔女とグリードをこの手で人間に戻したい』ぐらい欲張っても、願いって叶う?」
「それは……いくら君が規格外な素質を持っていたとしても、さすがに無理だと思うよ」
「そもそも、未来の自分も対象にしてる時点で、どの道お前自身の存在が無くなる問題は残るだろうが」

無理らしい。
というか、トーリが行った魔女の蘇生法的に考えて、魔女を人間に戻すために消費されるエネルギーはバカにならない。
どう考えても、『全ての魔女をこの手で倒したい』以上の因果の力が必要である。
そして、アンクの見立てでは結局自己矛盾によって鹿目まどかは存在を失う可能性が高いらしい。
『倒す』というキーワードを意図的に抜いてみたのだが、結局無限ループへの突入が回避できないのだろう。

X=魔女まどかを人間に戻すためには、魔法少女まどかが相応の力を消費しなければならない。
Y=魔法少女まどかが力を消費する分だけ、魔女まどかは強化される。

この二つの堂々巡りが起こってしまい、結果として矛盾を解消するために鹿目まどかという存在自体が無かった事にされると推測できる。

「……気になっていたんだけど、鹿目まどか。君は、自分自身の思考で存在の崩壊という結論にいきついたのかい?」
「お前は黙ってろ。鬱陶しい」

思考の過程も結果も堂々巡りというドツボに嵌っていたまどかに、意外にもキュゥべえの方から質問がかかっていたりして。
しかも、微妙に回答に困る問いだったりする。
鹿目まどかには、因果崩壊という結論を誰かから教わった記憶は無いのだ。

――未来の自分自身を倒す願いとなれば、その矛盾から人としての存在を保てなくなりますからね。

確かに真木博士に確認はとったものの、その時には既に自分自身の消滅についても見当が及んでいたように思う。
ところが、キュゥべえの聞きたいことも、もっともだった。

「君ぐらいの年の子供が因果律についてそこまで理解を深めているのは、有り得ないとは言わないけれど、不自然だ。でも、僕の監視した限りでは、君にそれらしい入れ知恵をした人間は居なかった」
「はッ……知ってるか。人間の言葉では、お前みたいなのを『ストーカー』って呼ぶ」

おそらく、キュゥべえ側の予想としては、犯人の第一候補はアンクなのだろう。
他人に聞かれない体内会話を使って、鹿目まどかを教え導いたのではないか、と疑われているに違いない。
しかし、当の鹿目まどかには、そんな記憶は無かった。
というか、つい最近までアンクにも、自らの『願い』を教えてさえいなかったぐらいである。

ならば、一体どうやって鹿目まどかは因果崩壊の未来を悟ったのであったか?

「……言われてみれば、何でだろう? アンクちゃんは、私の記憶を見た時に何か怪しいモノ見つけた?」
「お前の記憶の中で一番怪しい物体は、間違いなく目の前に居るその白饅頭だ」
「こういう時、人間達は『お前が言うな』って言うんだよね。ワケが解らないけど」

マスコットの座をかけて、くだらない戦いが始まっている気がしないでも無い。
人造人間と宇宙人なんて、目糞鼻糞も良いトコロだった。
ホムンクルスとエイリアンと言い換えれば、更に胡散臭いことこの上ない。
グリードとキュゥべえの交差点であった自称記憶喪失な蝙蝠娘も、それなりの成績を残していた模様である。
奴をサラブレッドと見るか雑種と見るかは、意見が分かれるところだろうが。
尚、キュゥべえとグリードの良いところ取りをしようとすると、最盛期のカザリのような簡易悲劇製造機が生まれるのだろう。おそらく。

「ほむらちゃんが時間を巻き戻してるって聞いたけど、その影響で私の頭に未来の知識が入って来てるってことは無い?」
「初めからお前が存在しなかった世界に一度でもなったなら、いくら時間を巻き戻してもお前は存在出来る訳が無い」
「暁美ほむらが無意識に漏らした通信魔法を傍受するぐらいなら有り得なくも無いけど、彼女でさえ見た事が無い情報を受信するのは難しいだろうね」

珍しく、アンクとキュゥべえの意見が一致していたりして。
それだけ、まどかの立てた想像が的外れだったという事なのだろう。
かと言って、何か代わりの仮説が立つ訳でも無いのが困りどころである。

まさか、誰かに記憶を隠蔽されている訳でもあるまい。
ある意味ではこの世界の全員が暁美ほむらによって記憶を隠蔽されているとも言えるが。

「そういえば、キュゥべえと初めて会った日の夜に、変な夢を見たような気がする。あんまりはっきり覚えてないけど、私が消えた後の世界を覗いて見てる、みたいな……」

白い宇宙人が鹿目まどかの掌の上で惨殺死体になった日の夜。
鹿目まどかは……悪夢に苛まれた。
人外と化した自分自身が嬉々として魔法少女を殺し続ける、そんな夢だったように思う。
今思うと、その夢を見た辺りから、漠然と願いに関する鹿目まどかのスタイルが固まり始めたような気がしてくる。

「人間の夢は、脳内情報の整理機能の一部だから、一時的にそれぐらいの発想力を見せても不自然とまでは言えないね」

結局、微妙に釈然としないものの、それ以上の推論も立てられずに。
いつしか眠りに落ちて行った鹿目まどかは、思いもしなかった。
まさか、日も落ち切らないうちに安眠が打ち破られることなんて。




戌の刻を回った頃。
それは、既に脅威を露わにしていた。

風は荒れ、山は啼き喚いた。
雲が集い、波は怒り狂った。
闇夜に響いた拡声器ごしの音響が、町中に非常事態を宣告していた。
本日の日没頃より突如として観測された異常気象は、見滝原市の気象観測施設によってスーパーセルだと認定されたのだ。
付近の住人には避難が勧告され、人間達はただ避難所にて天災が過ぎるのを待つ他無い。


……だが、避難など毛頭考えていない異形もまた、確かにこの世界には存在した。
ざぶん、なんてお約束な音を立てながら東京湾より陸地に上がったグリードが、一体。
海水に濡らした翠の身体を鮮やかに輝かせながら、昆虫の王が首都へと再来していた。
いわずもがな、最強のグリード(自称)のウヴァさんである。

「……ここまで来れば、もう安心だ!」

大分上陸に時間がかかったようにも思われるかもしれないが、それも致し方ないことであった。
突如として現れたワルプルギスの夜の影響で暴風が発生したため、ウヴァの遠泳は困難を極めたのだ。
当然のように襲い来る高波の前には、流石の完全態グリードといえど進路を見定めることが難しかったという理由があった。
決して、無計画に泳ぎながら同じところをグルグルと回っていたりした訳では無いのである。断じて無い。

北の方向を示す7つの星を使って進路を確認しながら泳いでいたのに、天候が変わったせいで目印を失ってしまい、少し手こずっただけなのだ。
その後に幸運にも灯台の光を見つけることが出来たため、何とか上陸できたという訳だった。
なぜかウヴァが陸地に上がる直前に灯台の光が消えてしまったが、電球でも切れたのだろうか。

そんな中、ウヴァは自身の周囲に広がった不自然さに気づきつつあった。
海が荒れていたのと関係があるのかは不明だが、どうにも付近に生物の気配が全く無いのだ。
……おかしい。静かすぎるぞ。

周囲に注意を向けると、ウヴァの視界は細長いシルエットを捉えていた。
こんな時間に誰かいるようだ。
半日ぶりにようやく陸地に上がったウヴァを待ち構えていたのは……

「ドクター……なぜこんなところに居る?」

一体の、紫色の怪物だった。
哺乳類の体温を感じさせない冷たいウロコで身体を覆った一体の異形が、ただ立っていたのである。
ウヴァとしては、真木の計画を知っているため、既に真木を仲間だと認識してはいなかった。
残りのグリードがウヴァとアンクしか居ないのならば、真木はウヴァを暴走態の器に選ぶつもりに違いない。

しかし、ここで『ここがお前の墓場だァーッ!』などと叫んで襲い掛かろうものなら、手痛い反撃をくらう事は目に見えていた。
全身を紫のグリードの姿に変えてしまっている真木は、おそらくグリードの完全態と同等以上の力をもっているだろう。
奴がこんなに大きな力を持っていたとは……早く他のグリードに知らせなければ!

「簡単なことです。『無力』の魔女の襲来が近づいていると聞きましてね。『無』のメダルの力を活性化させて、あれを早めに呼び寄せました」

真木博士が『あれ』と呼ぶものの詳細を、ウヴァは知らない。
だが、グリードの愚鈍な感覚器官をもってしても、その脅威を察知する事はできた。
遠く、見滝原市の上空に浮かんだ巨大なヒトガタは、世の中の理不尽を体現したような規模の魔女で。
天から吊り下げられた愚者は、暴風と雷雨を引き連れて、文明の産物を打ち砕き続けていた。

「その割には、あの場所から魔女が動こうとしないようだぞ? 何か失敗したんじゃないのか?」
「おそらく、あの巨大魔女の直下で火野君が紫のメダルの力を使い始めたのでしょう。途中から、魔女の関心を完全にあちらに持っていかれてしまいました」

ウヴァは、感覚的に理解していた。
真木はオーズと同等以上に紫の力に馴染んでいる、と。
推測するに、巨大魔女が火野映司の方へとヘイトを稼がれているのは、ひとえに魔女との距離の問題だろう。
オーズと巨大魔女の距離のほうが、真木と巨大魔女の距離に比べて小さいからに違いない。

にもかかわらず、真木はワルプルギスの夜を放置している。
それはつまり……ワルプルギスの夜が多少真木の誘導を外れてしまったという悪状況に甘んじてでも、真木には遂行すべき目的があるという事なわけで。
ウヴァが上陸する現場に真木が待っていたという状況は……すべてをウヴァに理解させるに、充分すぎた。

「……ウヴァ君」
「と、ところで、ドクター! 俺は海底に忘れ物をしたんだ。先にオーズのところに行っていてくれないか?」

ドクターが、ウヴァへと一歩を踏み出した。
静かな圧力の前に……ウヴァは、思わず後ずさってしまっていて。

俺に構わず先に行け、と格好良く言い放ったウヴァの台詞に従う気配など、真木は微塵も見せなかった。
先に行けよ……心配しなくても、すぐに追いついてやるからさ……。
なんなら、ドクターが先に行ってオーズを倒してしまっても構わん!

「君に」
「そうだ、すぐそこで物音がしたんだ! 少し様子を見てくる!」

何とか真木から離れようとしたウヴァは……而してそれが不可能であることに、ようやく気付いていた。
じりじりと距離を詰めるドクターを前に、ウヴァは完全に呑み込まれてしまっていたのだ。
もはや自分自身に退路が無い事を、ウヴァはこの時になって初めて悟った。
……背を向けて逃げ出せば、その瞬間にやられる。
言われずとも、そう分かった。

こんな化物と一緒の土地に居られるか! 俺は海中に戻るぞッ!!
もし陸地に帰ってくる事があったら土産話を持って来てやるから、待っていてくれ!

「良き終わりが訪れんことを」
「やめてくれ……ッ! 俺は、嫌だァァァァッ!!!」

直後、真木の腕から放たれた数多の輝きが……ウヴァに襲い掛かった。
赤、黄、青、灰、橙。
20枚にも近い数の光芒は次々とウヴァの身体へと吸い込まれていって。
まるで身体をばらばらのセルメダルへと吹き崩すような剥き出しの暴力が、内側から襲い来た。

ウヴァは、身体の中に荒れ狂う指向性の無い力によって、息を吐く間もなく食いつくされていった。
800年の昔に錬金術師が生み出した、欲望の輝石が。
ウヴァという器を食い破って、その真価を発揮しようとしていた。

瞬く間に、ウヴァは自身の身体が四肢を失ったのを感じ取っていた。
元々鈍かった身体感覚はさらに衰え、辛うじて自分自身の身体が空高く浮かび上がっていることだけが分かった。
その姿は……すでに生物の意匠を帯びた怪人ですらなく、ただ幾何学的な八面体となっていた。
巨大魔女に匹敵するほどの巨体に成長した外見とは裏腹に、ウヴァの意識は限りなく希薄になってしまっていて。

数秒の後、それは完全に『物』になった。
周囲の物体を無機有機にかかわらず欲望の結晶たるセルメダルへ還してしまう、その終末兵器は。
先程までウヴァだったものの、末路だった。



「光栄に思う事です。この世界に良き終末をもたらす、担い手となることを」



・今回のNG大賞

――俺は誰なんだ? ――とウヴァは思った。
真木は、ウヴァに更なるコアメダルを投げ込んだ。なんの痛みも感じなかった。

――これは俺じゃない――
八面体の姿にされているせいで、咳をすることも出来ない。
ぼろぼろと、ゴミのように屑ヤミーが地表に零れ落ちていく。


……以下略。


・公開プロットシリーズNo.142
→あの日見た巨大魔女の名前をウヴァさんはまだ知らない。



[29586] 第百四十三話:光もたらす者
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/06/29 22:08
銀の雨が、降り続ける。
天よりで無く、地上から。
天かける龍のごとく空へと昇った銀色の河は、一つの物体へと吸い込まれていった。
黒い八面体を水色の幾何学模様にて彩った、終焉の担い手へと。
無機物も有機物も関係無く、周囲の物体はゆっくりと、しかし無差別に分解され、吸収されつつあったのだ。

破壊する、などという生易しい現象では無かった。
民家も森林も舗装路も、区別なく崩壊してセルメダルへと還ってしまって。
唯一の救いと言って良いのは……真木がウヴァを暴走させた場所が海沿いであったため、付近の数少ない住民の避難にあまり時間がかからなかったことぐらいだろうか。


巴マミが現場に駆け付けた時、周囲に人間の気配は既に無かった。
セルメダルに変えられてしまったせいなのか、それとも非難が完了したお蔭なのか。
何にしても……あの巨大暴走態は、放置していて良い相手では無い。
幸いにして、ガメル完全態のケースと同様に魔法少女にはセルメダル変換攻撃への耐性があるようだが、地球そのものが全てセルメダルにされてしまえば流石に詰んでしまうことだろう。
現在は固形物を主に対象としているようだが、海水をも少しずつ分解していることを考えれば、最終的には気体や暗黒物質まで効果対象にとれるようになるのかもしれない。

「ティロ……」

であるからして、まず巴マミが暴走態を処理しようと考えたのは、決して間違った判断では無かった。
手慣れた調子でいつもの固定砲台を創りだして、

「……させませんよ」

……次の瞬間には、砲台自体が暴発によって粉微塵となった。
瞬く間に飛来した紫の光弾が、マミの大筒へと直撃したのである。
そして、地上に注意を回せば……いつの間にやら現れていた敵の姿を、確認することが出来た。
言わずと知れた、終末主義者の真木清人であった。

外見に人間の肌の質感が欠片たりとも存在しない、その男は。
もはや、恐竜のグリードという呼称が最も適切な状態にまで進んでしまっていた。

だが、真木の行動から得られた情報は……マミに確かな希望を与えていた。
具体的に言えば、真木がマミ本体を狙うのではなく砲撃の阻止に出たことが、重要な意味を持っていたのだ。
すなわち真木の判断では、ティロ・フィナーレが暴走態に直撃したら暴走態の身が危険であるという訳で。
そこに勝ち筋があると言っても過言では無いという程に、明確な光が見えていた。

加えて、マミが有利な点を挙げるとすれば……。

「……後藤君ですか」

たった今、真木のすぐ足元から、右腕のドリルアームをかざしてバースが襲い掛かったことだろう。
数の利を活かすための死角からの攻撃にバースの地中移動ギミックを利用して、奇襲性を高めたのだ。
もっとも、バースが繰り出したドリルは恐竜グリードの外殻を砕く事もできずに、すぐさま真木の振るった腕によってバース本体ごと足元に叩き伏せられてしまった訳だが。

「なるほど。火野君にワルプルギスの夜の関心を集中させ、他の人間達が私の元へ集まっているという訳ですね」

……それにしてもこの博士、状況理解が早すぎる。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十三話:光もたらす者



確かに、事前に人間達はそういう計画を立てていた。
ほむらの秘密基地で話し合った結果として、映司を単独行動させることとなったのだ。
しかし、こうもあっさり作戦を見抜かれると、真木は何処まで読んでいるのかと勘ぐってしまうものである。
こちらの手の内を読み切ったうえで誰も思いつかないような方法で裏をかかれたりすれば、たった一手の読み違いで人間勢が全滅してしまう可能性も否めない。

だが、それでも。
人間達は、攻め手を打ち続けるしかないのだ。
あまり悠長にしていると、暴走態による被害は広がるばかりなのである。

真木が紫に輝く爪を足元に倒れ伏すバースへと突き立てようとするものの、その腕へと突然巻き付いた鎖によって強引に軌道をそらされてしまって。
鎖の先には龍を模った刃が重石として備わっており、鎖のもう一方は……バースが通って来た穴へと通じていた。
……バースが開通させた穴の中に、杏子も居たのである。

『ショベル アーム』

素早く右腕のドリル装備を解除したバースが、左腕に出現させた巨大爪を突きだして、真木の空いている方の腕を掴み取った。
一瞬のうちに、真木は両腕を封じられた形となる。
もちろん、その拘束が長くもつ筈も無い事など、人間達は承知の上である。
力任せに拘束を破ることぐらい、紫のグリードならば朝飯前なのだ。

だからこそ、人間達の行動には迅速性が求められた。
後藤がショベルアームを使用したのと同時に……マミは、新たな巨大砲台を組み終えていたのだ。
再度のティロ・フィナーレを完成させ、その砲台の矛先は紫のグリードであった。

『ブレスト キャノン』

加えて、胸部装甲からブレストキャノンを伸ばしている後藤さんも、殺る気満々である。
真木博士を拘束するだけに留まらず、自らも火力役になろうというのだから。

だが、真木博士も流石と言うべきか。
マミが必殺の一撃を放とうとしたのと同時に、真木はショベルアームごと後藤の腕を捻っていた。
後藤の胸部砲台を明後日の方向に向かせつつ、バースをティロ・フィナーレに対する盾としてかざしたのである。

……直後、真木の顔に驚きが浮かんだのが、見て取れた。
バースシステムの開発者である真木だからこそ、全く予期できなかったのだろう。
本来何も追加武装が装着されないバース膝スフィアから……有り得ない筈のもう一本のブレストキャノンが生えている事など。

『セルバースト』
「シュートッ!!」

超至近距離からの膝キャノンが、火を噴いた。
なまじ後藤と組み合っているだけに衝撃を逃がす事も出来ず、真木の腹には砲撃の一閃がありありと突き刺さっていて。

「ティロ・フィナーレッ!」

間髪おかずに、マミもまた後藤と同じ場所へと照準を合わせて、音を置き去りにした必殺の弾丸を打ち込んでいた。
後藤が接触砲撃を仕掛けたことによって真木達の位置がズレて、ティロ・フィナーレのための射線が開けていたのである。
更に……攻撃は、続く。
真木の腕に巻き付いた鎖を巻き取って勢いをつけた杏子が、目を疑うような勢いで地中から飛び出したのだ。

そして、勢いと腕力に任せて、真木の身体の中へと手を突っ込んでいた。
いくら紫のグリードの身体が強靭といえども、その硬度はガメル完全態には劣るのだろう。
さすがにブレストキャノンとティロ・フィナーレを同じ場所に受けて無傷という事は有り得ない。

杏子の突き出した腕は、恐竜グリードの鉄壁の鱗の奥へと忍び込み……掴み取った。
真木博士がグリードとしての存在を保つために必要な、鍵を。
すなわち……真木を人外足らしめている証のコアメダルへと手をかけたのである。

「少々……君達を侮っていたようです。ですが」

それでも、真木は……揺るがない。
紫の凍て付くような波動を全身から繰り出し、真木に組み付いていた杏子とバースを引き剥がしながら。
真木は、まず杏子へと終末の一撃を振り降ろそうとしていた。
紫に燃える掌で、杏子の胴を引き裂こうと腕を構えたのである。
おそらく、バースと杏子ならば杏子の方が脅威であると判断したのだろう。

地面に転がった杏子が身を起こすのは、真木の攻撃よりも少しばかり遅い……と、マミからは見えた。
……が。

「コレでもくらえっ!」

杏子が、懐に持っていたキュゥべえ大の白い物体を、盾にするように真木へと見せつけていた。
真木の腕の速度が緩んだのは、ほんの一瞬のことだったが、それは杏子が地面を蹴って逃げ出すには充分すぎる時間で。
身代わりにされた白い物体は真木の手によって引き裂かれてしまったが、その間にバースも一旦撤退に成功し、人間達は体勢を立て直すのに成功していた。

さらに、追撃の光弾を放とうとした真木の頭上には、十余の影が集まっていて。
それが対物ミサイルであることを判別するための時間など、既に残されては居なかった。
この場に戦う面々の知覚外の距離から、暁美ほむらが攻撃を仕掛けたのである。

まさしく戦略爆撃と呼ぶべき攻撃から生み出された爆炎と轟音が、戦場を支配した。
たちまちの内に空気は歪み、音は駆逐され、大地は揺らいだ。
素早く離脱してマミのリボン製シェルターに駈け込んで来た杏子は、ちゃっかりしているというか、なんというか。
後藤さんも再びドリルアームを取り出す事で地面に潜って事なきを得ているだろうが、問題は真木博士である。
爆炎が晴れない事には、その生死を確認する事も出来ない。

「ところで、佐倉さん。さっき盾にした白い物は何だったの?」

紫の二枚のコアメダルを掌の内に確認している杏子へと、マミは周囲への警戒を怠らずに尋ねてみた。
先程真木の攻撃の手が鈍ったのは、一体なぜだったのか、と。

「ああ。昼間のうちに、あの真木って奴の隠れ家だった屋敷に入ってさ。目ぼしいものを物色して来た」

……人はそれを、空き巣と呼ぶ。
既にバレている隠れ家に真木が戻ってこないだろうという読みから杏子は行動に出たのだろうが、普通に危険行為である。
まぁ、先程真木が1テンポ分だけでも攻撃を躊躇ったことを考えれば、ファインプレーなのかもしれないが。

「あの気味悪い人形が、何か大事そうに飾ってあったからな。人質になるかもしれないと思って、ついでにかっぱらっといて良かったよ」

そこまで言われれば、マミにも先程の白い物体の正体が理解出来た。
アレは、真木博士が普段腕の上に乗せていた不気味な白人形こと『キヨちゃん』だったのだ。
先程身代わりにされて紫の力によって打ち砕かれてしまった訳だが、一応役には立ったのだろう。
真木博士が一瞬ためらった末に攻撃を続行したという事は、人質的な使い道は元々出来なかったに違いない。
一回真木の手を鈍らせただけで、上々の成果だったと言える。


「……無駄な事です」

だが……人間達が最善手を打ち続けても、尚。
爆炎の中から、それは聞こえてきた。
飽く迄淡々とした声が、炎に包まれた爆心地から確かに響いていたのだ。
防御力に秀でたガメルを倒したのと同等の攻撃を、撃ち込まれた筈なのに。

そして、その生存劇の種は、一目瞭然であった。
真木の頭上に浮かんでいる暴走八面体から、真木へと薄緑の光線が降り注いでいたのである。
セルメダルを零していた真木の傷が薄緑の光線を浴びて癒えていく様子を、窺う事が出来た。
おそらく、巨大暴走態にはグリードの受けたダメージを修復するためのエネルギー供給をする力があるのだろう。
しかも、真木に供給されるエネルギーは、現在進行形で暴走態が周囲の物体を吸収して稼いでいるのだろうから、事実上無限と言って良い。
既に5枚の内2枚のコアメダルを抜いたとはいえ、無限に回復するグリードを相手にするのは困難を極めるに違いない。

『クレーン アーム』

……状況判断と同時に、フックの付いたワイヤーが真木へと襲い掛かった。
地中から抜け出していたバースが、右肩から伸ばしたクレーンアームで真木博士に強襲をかけたのだ。
杏子も再び、真木への距離を詰めていて。
さらに、マミも畳み掛けるように3度目のティロ・フィナーレを構え終えていた。

当然、真木はマミの妨害のために腕から光弾を打ち出そうとするが、

『クレーン アーム』

真木が回避したクレーンとは別の……『二本目のクレーンアーム』が波状攻撃として真木に襲い掛かった。
これには真木も驚いたのか、マミの方へと飛来する筈だった妨害光弾攻撃は中断された模様で。

「ティロ・フィナーレッ!!」

マミは、本日3発目の最大砲撃を撃ちだしていた。
その標的は当然、空に浮かぶ巨大暴走態である。
真木をいくら叩いても復活してしまう以上、その回復元を絶たなければ意味は無いのだ。
重力に逆らった軌道であるために威力の減退は仕方ないが、暴走態にダメージを与えられれば、勝利は目前である。

そう、思った。
……巨大暴走態から、ぼろぼろと人型の物体が毀れはじめるまでは。

「……えっ?」

渇いた白い包帯のような布を漆黒の体躯に纏った怪人が、雨霰のように巨大暴走態から降り注ぎ始めたのである。
言わずもがな、グリードの忠実なる配下の屑ヤミー軍団だった。
もちろん、屑ヤミーは一体だけなら生身の人間であっても割とタイマンで勝てたりするのだが、やはり数は力であるというべきか。
いわゆる、『人は盾、人は石垣』というヤツなのだろう。
マミのティロ・フィナーレは、屑ヤミー十数体を砕いた辺りで勢いを止められてしまっていて。

「なっ!?」
「危ねっ!?」

しかも、地上での真木の足止めも、雲行は怪しくなりつつあった。
紫グリードが無造作に振るったように見えた腕が、後藤の放った二本目のクレーンの重石を弾き飛ばしていて。
それが、死角からの一撃を狙っていた筈の杏子の方向へと的確にいなされていたのだ。
幸いにして杏子が槍の腹を使っての防御へと思考を切り替えるのが間に合ったお蔭で大事には至らなかったものの、一歩判断を誤れば人間達は瞬く間に全滅させられてしまっていたに違いない。

……おそらく、後藤の手の内は最初の攻防の内に読まれていたと考えた方が良いのだろう。
有り得ない筈の『二本目のブレストキャノン』は確かに不意打ちとして機能したが、『二本目のクレーンアーム』は奇襲に成り得なかった。
そもそも何故後藤の装備が増えているかというと、どうやらバースの試作品を真木の元研究所から発掘したらしいのだ。
追加武装自体はブレストキャノンとクレーンアームしか無かったものの、部品の規格が同じである正規品バースと組み合わせる事によって一台の機体として組み上げたという事らしい。
というか、本家バースの破損状況が予想外に酷かったらしく、実質的に本家と試作品のパーツ使用割合は半々ぐらいなのだとか。

「プロトバースを使うとは、考えましたね」
「……やっぱり、バレていたのか」

案の定、真木の言葉はどんぴしゃりだった。

「そもそも、あれだけ壊れたバースシステムを一日で直すなど、私でも不可能ですから」
「それ、胸張って言う事なのかよ?」

その発言が暗に『真木に無理なら人類には不可能だ』という響きを伴っている辺りが、流石過ぎた。
まぁ、里中秘書がもう暫く前からプロトバースの調整を行ってくれていたという事までは、想定の範囲外だったようだが。
そのせいで一発目の膝キャノンに関してだけでも読み違えてくれたと考えれば、御の字と言えるのかもしれない。

それでも、状況は悪くなる一方であった。
人間達の策は次々に打ち破られていくうえに、空からは次々と敵戦力が投下されていた。
クズヤミー軍団が、ペースを緩める気配も見せずに増加を重ねているのだ。
さすがのマミとて、敵に囲まれてしまえば固定砲台係という訳にもいかない。

……もっとも、どちらかと言えば、マミは対多数の戦闘向けの戦い方が得意であるため、大して苦にはならない。
いかに屑ヤミーの耐久力に定評があるとはいえ、少し意識して強めの打撃や銃弾を撃ち込めば、一撃一殺で片づけられる程度の相手なのだ。
クズヤミー自体は動きも遅く、恐ろしいのは精々噛み付き攻撃ぐらいのもので、むしろ見た目の方が破壊力があるかもしれないというレベルである。
それでも、無尽蔵に生み出される圧倒的な雑兵と時折音も無く襲い来る紫グリードの布陣を破るのは、困難を極めた。

まず、遠距離砲弾を放とうものならば、射線上に居る屑ヤミーに遮られてまともな威力も残らない。
ところが、真木に接近戦を挑もうにも、やはり屑ヤミーが邪魔過ぎて移動が難しい。
一方、移動に差障るのは真木も同じかと思いきや、どうやらクズヤミーの攻撃対象になっていない真木は屑ヤミーの樹海の間を縫って自在に移動できるらしい。
酷いアウェー戦である。

迫りくる紫グリードの無比なる一撃は、その威力とは裏腹に、至極堅実に撃ち込まれていった。
手始めにバースの膝と胸のオーブを破壊して砲撃を封じたかと思いきや、杏子とマミを同一射線上に巻き込んだ光弾を放ってきて。
さらには、屑ヤミーを盾にして反撃を逸らし、マミの銃弾を弾いてバースをも牽制しながら立ち回る真木は……化物染みていた。
紫グリードのスペックならば純粋なパワーファイターとしても十二分に動けるはずなのに、その戦力に溺れずに頭脳を遺憾無く活用している真木は、手強いという他無い。


しかも……真木が不自然な現象に気付いているという事実に、人間達は気付いていた。
というのも、一部の屑ヤミーが地面を掘り返すという意味不明な行動に走り始めていたのだ。
屑ヤミーが沢山いれば、一体ぐらいは奇行種が出ても不思議では無いのかもしれないが、残念ながら地面を掘り返している屑ヤミーは正常な個体であった。
すなわち。

「痛いです! 羽を噛まないでくださいっ!?」

後藤や杏子に倣って地中に潜んでいた蝙蝠女が、発掘されてしまったのである。
バースのように削岩機があれば地中を移動して逃げ遂せたのだろうが、残念ながらトーリはドリルアームによって掘られた狭い穴に身を隠していただけなのだ。
マミ達としては、とにかく隠しておくに越したことは無いだろうと思って地中に待機させた訳だが、その判断は間違いだったかもしれない。

というか、そもそも真木の頭脳を考えれば、トーリによる奇襲も現実的でなかった可能性は否めない。
バースの作った通路から杏子が出てきた時点で、既に真木はモグラ作戦の全容を理解していたが、地中のトーリを脅威と感じなかったために放置したのではないだろうか。
その筈が、本能のままに人間を襲う屑ヤミーの感覚に引っかかって、トーリは掘り起こされる事となってしまったのだろう。

とはいえ、屑ヤミーの海に溺れて目を回しているトーリを、人間達も率先して助けに行ったりはしないが。
本人の羽を使った防御力自体は低くないので放っておいても問題無さそうだという理由が主だが、騙されていた事による鬱憤が原因として少なからず有ったり無かったり。
むしろ、電撃を適度に撒き散らして屑ヤミーにダメージを与えている分、戦力になっていると言えない事も無いので、ここは放置一択である、

「無限の魔力を使われると、厄介ですね」

一方……案の定というべきか、真木の判断はトーリの早期処分であった。
明確にトーリを目標に見定めて、急接近を遂げたのである。
確かに、屑ヤミーを利用した長丁場戦術をとっている真木にとって、魔法少女の魔力使用上限を失くすトーリの能力は厄介には違いない。

そして、真木がトーリの間近まで迫った、その時。
真木の腕が、振るわれた。
……トーリに向かってでは無く、トーリの間際の足元に向かって。

「ええっ!?」
「やはり、そういうことでしたか」

真木は、確かに切り裂いた。
トーリ本人では無く、その足元に口を開けていたモノを。
魔力の残滓を闇色に散らせながら消えて行くそれは……『結界』と呼ばれるものに他ならなかった。
紫グリードがあと一歩だけでも無警戒に歩みを進めていれば、落とし穴として張られた結界の底へと落ちて行った筈だったのに。

ひょっとすると、トーリが魔法少女に合体せずに居るという状況から不自然さを察していたのかもしれない。
魔法少女が無限の魔力を使わずに大技を連発しているのは何故か、と論理的に考えた結果なのだろう。
すなわち、トーリが真木を誘導するための餌であることぐらい、とうに真木は理解していたという訳だ。

「おおかた、私を結界に落とした後にトーリ君ごと外から時間を止めて、結界自体を破壊不可能にでもするつもりだったんでしょう」

……何故そこまで分かるし。
もはや、最初に紫コアを抜かれたのも故意だったのかもしれないというレベルである。
暴走態からの回復光線を見せて戦意を削ぐという意図のもとに、敢えて攻撃を受けたのかもしれない。
この博士の頭脳ならば、それぐらいの事は考えていても不思議では無い。

『キャタピラ レッグ』
『ショベル アーム』

もちろん、真木が結界破壊の一手を放っている間に、人間達も真木へと詰め寄っていた。
極限の鋭さを備えた杏子の刺突と、屑ヤミーを弾き飛ばしながらのバースの剛腕が、恐竜グリードを交差点として閃いた。
奇しくも、一度目の攻防の際と同じく、杏子とバースによって真木を挟み撃ちにする形となったのだ。
ただし、

「動けない……!?」
「あんたも大概、何でもアリだな……!」

襲い掛かった二人は、真木の両の腕を封じながら、足元から氷漬けにされ始めていた。
いつのまにか、足首を浸す程度の海水が周囲をぬかるませていたのである。
ウヴァの最期の地が海沿いだったことに加えて、モグラ作戦や大規模爆撃によって地面が抉られてしまったせいなのだろう。
純水に比べて遥かに氷結難易度の高い海水を見る間に凍らせてしまう真木の力は……まさに、宇宙の熱量的死を連想させるそれだった。

マミの援護も、間に合わない。
杏子や後藤の動きも封じられており、トーリには火力が無いのだから、人間勢に打つ手は無い。
……真木博士も、そう思ってくれたのだろう。

『セルバースト』
「やぁっ!!」

トーリがおもむろに取り出したバースバスターが、火を噴くまでは。
ヤミーの体内収納能力を使って、バースバスターを手早く取り出したトーリは、一思いに最大威力の砲撃をぶちかましていた。
この一発のために後藤が改造を施したバースバスターの威力は、半端なものでは無かった。
火力が足りなければ、補えば良いのだ。
バースバスターを使うための踏ん張りも、本来は足りない筈なのだが……なまじ足元を氷漬けにされているため、威力が減退する事も無くなっていた。

それ、でも。
後藤と杏子の拘束から、真木は抜け出していた。
バースバスターによる砲撃を受けながらも、真木は自身の両腕を捨てる事で身の自由を得たのだ。
セルメダルへと崩壊させた両腕を置き捨てて、真木は着弾の衝撃に従って弾き飛ばされた。
……つまり、衝撃を逃がした。
弾丸自体を受け流すことも不可能では無かったのだろうが、衝撃を利用して一同から距離をとることを計算して、砲撃を正面から受けたに違いない。
多少ダメージを受けても、暴走態からの回復光線があれば影響はすぐに無くなる。
加えて、後藤が威力を上げ過ぎて砲身がひしゃげたバースバスターには、既に2発目を撃つ余力は残っていなかった。

……それでも、人間達は攻める他ない。
次の一瞬には、杏子が伸ばした槍にてトーリの足元の氷は切り裂かれていて。
バースがショベルアームを迷うことなく振り抜き、トーリをぶん投げた。
投擲の標的は……真木博士では無かった。

「そう来ましたか」

放り投げられたトーリが描いた軌道は、真木博士がぶっ飛ばされた軌跡よりも少し高く位置取られたそれで。
直後、真木を狙って暴走態より放たれた回復光線が……真木ではなく、トーリへと直撃した。
真木の少し上方へとトーリを放ることによって、回復光線に対する遮蔽物として使用した訳である。
黒い翼を広げて回復光線を遮っている蝙蝠女のせいで、真木は両腕の回復も為せない。

さらに、バースバスターの一撃によって小さな傷が開いている真木の懐へと、トーリが右手を伸ばしていた。
先程の杏子と同様に、恐竜グリードの傷口から紫コアを抉り出そうという訳だ。

「ですが……詰めが甘いようですね」

が、真木の両腕が使えなかったとしても。
グリードとヤミーの差は、一朝一夕で埋まるものではない。
真木の口から放たれた強烈な冷気が、トーリの突き出した腕をたちまちに氷漬けにしていた。
あとは、攻撃力皆無のトーリを適当に引き剥がした後に、今一度回復光線を使えば真木の勝利は盤石なものとなる筈だ。
……そう、真木は思ったのだろう。

刹那、紅蓮の炎が爆ぜた。
氷漬けにされようとしていたトーリの身体全体から、灼熱が溢れ出したのだ。
生きとし生けるもの全てを凍て付かせる真木の冷気さえも塗り潰す程の、圧倒的な炎熱だった。

さすがの真木といえども、目の前の光景を予想だにしていなかったに違いない。
今の今まで蝙蝠ヤミーであった生物が、瞬刻のうちに……深紅の鳥人へと変容を遂げたのだから。
撒き散らされた火炎は、邪魔に入ろうとした屑ヤミーを悉く蹴散らしていて。
トーリが突き出していた右腕は、鳥類の翼を纏ったグリードの形となって、そのまま真木へと襲いかかる。
烈火の如く真木の傷へと差し込まれた右腕は、セルメダルと少量の血液を散らしながら……真木の最後の礎を、奪い取った。




自らの力が急速に失われていくのを、真木は感じ取っていた。
真木の能力の源たる恐竜コアを全て抜き取られてしまったからに違いない。
せっかく橙コアによる能力促成をしたというのに。
なぜ、こうなってしまったのか。
急速に色を取り戻していく世界を認識しながら、真木は漠然と考えを巡らせていた。

そもそも、真木は今回の戦いにおいて、アンクを戦力として認識していなかった。
昨日の戦いで真木はアンクから殆ど全ての力を奪い取っており、先程のような強大な炎を使えるような力はアンクには残っていない筈なのだ。
それに、人間を憑代に使うならばともかく、ヤミーの自意識を失わせずグリード具現化の媒体として使用することなど出来るのだろうか。
衝撃にて未だに宙を舞っている真木の思考速度は、平時にも増して高まっていた。

そんな思考迷路の中……地面に背中から倒れようとする真木の腕を、小さな手が掴み取ったのを感じた。
人間の暖かさをもったそれは、トーリの掌でもアンクの腕でもなかった。
先程トーリからアンクへと姿を変えたモノが、小柄な少女へと更に容姿を変更してみせたのである。
その子供は……真木と類似した願いを持った魔法少女候補生の、鹿目まどかであった。

そして、ようやく真木は自らが敗北した理由を察することが出来ていた。
真木の氷気を打ち破った時の変容は、『トーリがアンクへと姿を変えた』訳では無かったのだ。
戦いが始まる前から、鹿目まどかという器にアンクとトーリの二体を纏めて放り込んであったのだろう。
人間達が赤コアを得る機会があれば、アンクを強化して戦わせることを見込んでいたといったところか。

トーリのヤミーとしての収納機能を用いて鹿目まどかとアンクを体内に収めていたのかとも考えたが、その場合だと収納されたアンクへと回復光線が届くかどうか、怪しい。
アンクが回復光線を受けていなければ、真木の冷気を打ち破る炎など出せる筈が無いのだ。
であるからして……おそらく、トーリは地面から掘り返された時には既に、まどか達を収納していたのではなく、鹿目まどかを軸に合体を遂げていたに違いない。
アンクが鹿目まどかを憑代に怪人態を形作れるように、鹿目まどかと合体したトーリが怪人態として平時の蝙蝠娘の姿をとれたとしても、不思議では無い。

……思えば、真木が人間達の作戦を見破れる可能性は、あったのかもしれない。
具体的に言えば、怪人である筈のトーリが屑ヤミーに襲われていた一件だ。
考え直してみると、真木が屑ヤミーに襲われないのは極限まで人間としての存在感を失っていたから、としか説明できない。
にもかかわらず、生粋の怪人であるトーリが襲われたという事は。
実は、屑ヤミーの感知器官に引っかかっていたのは、トーリでは無く中の鹿目まどかだったに違いない。

おそらく人間達も、幾つもの偶然を積み重ねてきたのだろう。
特に、暴走態の回復光線を逆手にとる作戦など、事前に立てられる筈も無いのだから。
だが、それだけではない。
なによりの真木の敗因は、真木自身が一番よく分かっていた。
アンクが戦闘に赴く筈が無いと真木が思い込んでいた理由は、疑うべくも無かった。

――私が考えている『願い』が……真木博士の『終末』に近い気がしたから、です。

無意識のうちに、真木は敵戦力から『鹿目まどか』の存在を排除して考えていたのだ。
真木と同じく終末に美しさを見る彼女が、真木に牙を剥くはずが無い。
……というよりも、彼女と戦うという思考を、知らず知らずのうちに忌避していたのかもしれない。
人間達ががむしゃらに打ち続けた攻め手の一つが、たまたま真木の思考の空白を突いた……ということなのだろう。

「ごめんなさい。真木博士」
「鹿目君……君は、終末を美しいと感じられるうちに、良き終わりを迎えるべきでした」

やっぱり、だ。
結局、人間は変わっていってしまうのだ。
真木清人の姉が……かつて真木少年を見捨てたように。
紫のメダルを抜かれて尚、真木清人の胸の内には、砕けることの無い氷壁が座していた。
謝罪など、真木にとって何の慰めにもならない。

「確かに、全ての魔女を滅ぼす願いを叶えたいって思っていた『私』は、もう居ません」

それでも……心を閉ざそうとした真木の手を、小さな掌は離そうとしなかった。

「でも、新しい、今の『私』は……真木さんを恐ろしい怪物の姿のままで終わらせずに済みました。元の『人間』に戻せました」

みんなと力を合わせたからですけど、なんて続けながら。
鹿目まどかは……まっすぐに、真木清人の瞳を見ていた。
そして、全てのコアメダルを抜かれて人間としての身体に戻りつつある真木は、より鮮明に相手の姿を見ることが出来ていた。

「だから、真木さんにも信じてもらうことは……出来ませんか。もし人間が醜く変わっていっても、そこに手を差し伸べてくれる『誰か』が居るかもしれない、って」

鹿目まどか自身、『信じている』というよりは『信じたい』という方が適切な思いなのかもしれない。
だが……そんな未完成の彼女の姿でも。
真木は、不思議と美しいと思えた。
魔法少女に良き終末をもたらす事を願っていた時の鹿目まどかと比べても、遥かに。

その理由は……頭脳明晰な真木にしては少しばかり時間がかかり過ぎていたが、それでも解明されることとなった。
鹿目まどかが、真木の絶望を超えた先の希望を見据えているからだ。
年端もいかない子供であるにもかかわらず……彼女は既に、次のステップへと足を踏み出していたのである。
人間の醜い末路に諦めを抱いていた真木よりも、さらに次の段階へと。

そんな彼女の在り方が……真木には、どうしようも無く眩しいものに思えた。



「私の、負けのようです」







このとき。
鹿目まどかの真っ直ぐな視線を観察する真木は、人類最高峰の頭脳を持っているにもかかわらず……完全に失念していた。
普段真木が他人と会話をするときに必要としている白人形が無くても、話し相手と目を合わせることが出来るようになっていた、という簡単な事実に。



・今回のNG大賞


「みんなで包帯を巻いて屑ヤミーに変装すれば、有利に戦えると思います!」
「それもそうね! 今から屑ヤミーの包帯を剥ぎ取るわ!」

シリアス場面じゃなかったら許されたかもしれない。侍戦隊的に考えて。

「なるほど。ならば、私も屑ヤミーに扮するとしましょうか……!」
「しまった! こっちの同士討ちの危険が高まることを考えると、むしろ真木博士が一方的に有利になるのか!」
「アタシら魔法少女はともかく、鎧着てるあんた等は包帯巻いてもバレバレだろーがっ!」


・公開プロットシリーズNo.143
→良き終末の先にあるものとは?



[29586] 第百四十四話:絆の鎖
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2014/01/23 21:03
「よし、じゃぁ、あの四角いのをぶっ壊すか」

敗北して倒れている真木を見下ろしていた面々の中で。
先んじて口を開いたのは、佐倉杏子であった。
しかし、他の人間達が目を奪われたのは、発言者が誰かなどといった些細な疑問では無かった。

『ゴックン』

杏子が操作を加えている武器が、どう見てもこの状況にそぐわないとしか思えないのである。
具体的に言うと、大戦斧メダガブリューが、杏子の手の中にあった。
……それは、紫のオーズのみに創造を許された武器では無かっただろうか。

「ん? ああ、あの屋敷に空き巣に入った時、落ちてたから拾ってきたんだよ」

さらっと犯罪歴をさらしながら杏子が言い放った一言に、一同は呆れるばかりだった。
確かに、キヨちゃんが盗み出されていたのは判明していたが、まさかそんなモノまで盗んでいようとは。
ガメルがメズールへと青コアを届けた時に、ガメルが一緒に持っていた品だったりする。

「さっきの戦いで使わなかったのは、そっちのメガネおじさんには読まれてると思ったからだけど」
「ええ、読んでいましたよ」

そんな武器があるならさっきの戦いで使えよ、という突っ込みを、杏子は華麗なる先回りにて回避していた。
そして、真木の回答は先程の杏子の発言と同じぐらいに人間達を呆れさせたのだとか。

とにもかくにも、巨大暴走態の耐久能力は、ティロ・フィナーレを受けたら危険だという程度でしか無いのだ。
紫のコアメダルを五枚も呑み込んだメダガブリューは、充分すぎるほどの紫の力を纏っていて。

「よいせっ!!」

直後、力の限りに投擲された紫の斧が巨大暴走態へと突き刺さり……あっさりと、銀の雨を降らせた。
あまりにもあっけない結末を、惜別の念を込めて見上げていたのは、蝙蝠ヤミーただ一人だった。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十四話:絆の鎖



『ゴックン』
「セイヤァッ!」

星の光も見えない暗闇の中に、紫の波紋が閃く。
仮面ライダーオーズこと火野映司が、戦斧メダガブリューを力の限り振るう音を響かせた。
全ての欲望を否定する無の衝撃は、使い魔たちを両断しつつ舞台装置の魔女へと容赦なく襲い掛かった。

『kyyyyyhhhhhhhhh!!』

それでも、魔女の笑い声を掻き消すことは、まるで出来ない。
のっぺらぼうの白い顔の中にただ一つだけ存在を主張している真紅の唇は、笑い声を紡ぐことをやめない。
空間斬撃が本日何度目になったのか、映司自身も覚えていなかった

今日の午後に鴻上会長から授けられた『10枚目のコアメダル』達も、既に砕け散ってから時間が経っていた。
火野映司は、本日昼頃までの作戦会議が終わった後に、人知れず鴻上財団の隠し部屋へと招待されて、特別なコアメダルと大量のセルメダルを譲り受けていたのだ。
初代のオーズであった残忍なる王が最初の変身に使ったという、タカ・トラ・バッタのコンボ用コアメダルを。
そして、数えるのも億劫になるほどの膨大な量を誇るセルメダルをも。

……そんな最高コンディションのオーズをもってしても、ワルプルギスの夜を倒し切ることは出来ずにいたのだ。
折角の真なるタトバコンボも、映司の中で膨れ上がる紫の力によって押し潰され、ベルトの中で砕け散ってしまったという訳だった。

もちろん、映司に不利な事ばかりでも無かった。
というのも、紫のメダルがワルプルギスの夜と相性が良いという意味を、映司は実感する事が出来ていたのだ。
人魚の魔女や鳥籠の魔女がコアメダルに過度の関心を示したように。
ワルプルギスの夜もまた、紫のオーズとなった映司に、並々ならぬ関心を抱いているように思えた。

変化は歴然であり、タトバコンボが失われた辺りから、町への被害が殆ど無くなったのである。
タトバコンボを使っていた時から魔女の関心は映司に向いていたのだが、それがより顕著になったというべきか。
……終いには使い魔の攻撃までもが、全て紫のオーズへと向かい始めたのであった。

確かに、被害を最小限に留めるという意味において、この舞台に立つ役者としてオーズ以上に相応しい人材は居ないだろう。
更に言えば、映司は魔女や使い魔の攻撃にて殆どダメージを受けていなかった。
黒紫の半液体状の鞭を受けても、人間を模った使い魔に斬りかかられても。
完全に損壊が皆無という訳でも無いが、実質的に単純なパワーゲームでオーズが倒される可能性はゼロと言って良い範囲でしか無い。

『ゴックン』

念動力によって飛来した巨大ビルの残骸を、紫の大戦斧にて粉砕しながら。
オーズは、来たる結末を半ば確信しつつあった。
おそらく町の被害は、現在オーズが戦っている地点の周囲だけで済むだろう。
当然、避難所に被害は及ばず、人的犠牲も出さずに事態を収拾することが出来るに違いない。
……ただ一人を、除いて。




真木清人と巨大暴走態を降した人間達は、当然の思考に行き着いていた。
すなわち、遠方にて巨大魔女と戦っているオーズの助太刀に行くべきだ、と。
というよりも、暁美ほむらの隠れ家にて立てた作戦の結論がそれなのだから、当たり前である。

『カッター ウィング』
「佐倉、巴。どちらか、俺に捕まれ」

そして、この場の6人のうち半数が飛行能力を有しているのだから、3組に分かれて空を移動するのが効率的である。
アンクを鹿目まどか以外に憑かせるのも憚られるので、ここはトーリと後藤で、マミと杏子の二人を分担して運ぶしかないのだ。
何気なく気遣いが出来るようになっている辺り、後藤さんも徐々に人間的に大きくなっているのかもしれない。
だが……一同は、まさか想像もしなかった。

「ぐ、ああああああっ!!?」
「後藤さん!?」
「オイ、どうした!?」

よもや、突如として後藤さんが火達磨になるなどということは。
もちろん、バースとて並々ならぬ耐熱性能を持っているはずなのだが、今回ばかりはタイミングが悪かったというべきか。
先程真木によって氷漬けにされたばかりのバースの装甲は、突発的に熱せられたことによって、古びたレンガのように砕けてしまっていたのだ。

杏子とマミが驚きながらも消化を行おうとする中……まどかは、自身の見たものを信じられずにいた。
鹿目まどかは、後藤を襲った炎の正体を確かに見ていたのだ。
どこからともなく飛来した火炎弾が、バースを襲った様子を。

炎を扱える人間は、この場に『二人』しか居ない。
一名は、考えるまでも無く、鹿目まどかの体内に居るアンクである。
そして、もう一名は?

次の瞬間には……世界から、音が失われていた。
鹿目まどかは、目の前の現実を理解することが出来ない。
まるで、頭の回転が止まってしまったようだった。
時間停止の魔術は、まどかには何ら影響を与えていない筈なのに。

「ほむら、ちゃん……?」

なぜ。
どうして、姿を現した暁美ほむらは、赤と黄のソウルジェムを魔法少女達から奪い取っているか。
再び時が動き出し、巴マミと佐倉杏子の躰が地に伏した。
バースの装甲を失った後藤さんは、海水へと力なく倒れ込んで、ようやく身を包む炎から解放されていた。

「なん、で……? 私たち、これから、火野さんを助けに行くんじゃ……?」
「それには及ばないわ」

……そんなの、話が違う。
いったい、何のために作戦会議をしたというのか。
現実問題として、ワルプルギスの夜は未だ見滝原上空に浮かび続けているのだ。
あの巨大魔女を放置すれば被害は拡大する一方だというのに。

「ほむらちゃん! どうしちゃったの!? ワルプルギスの夜を早く倒さないと、町が大変なことになっちゃうよ!?」

戦禍が広がれば、避難所にいるまどかの家族や、友人の美樹さやか達にだって危険が及ぶに違いない。

「心配にも及ばないわ。今以上に町が破壊される事なんて、無いもの」

まどかは、ほむらの言っていることを即座に理解することが出来なかった。
だって、現にワルプルギスの夜は街を破壊しているはずなのに。
ところが、ほむらの言葉を念頭において、遠方に浮かぶワルプルギスの夜を観察してみると……意外な事実に気付くことが出来た。

「あれ……? もしかして、全然移動してない?」

真木との戦闘を始めた時と比べて、全く魔女の位置が変わっていないのである。
ワルプルギスの夜が念動力を用いた飛び道具として高層ビルを消費してしまっているので比較物が不足しているが、おそらくそうだろう。
巨大魔女の現在地を中心に一定の範囲内しか、ビルが失われていないように見える。

「むしろ、大勢で戦ってワルプルギスの夜の注意をいたずらに逸らす方が、街や避難所への危険は大きくなるでしょうね」

そう言われれば、もっともだと頷ける道理も確かにあった。
住民への危険を出来る限り減らすのは、決して間違った指針では無いのだから。
それに、紫のコアメダルのお蔭でワルプルギスの夜と相性の良いオーズならば、確実にワルプルギスの夜を倒せることだろう。
映司一人に重荷を背負わせるのは釈然としないが、足手纏いになるぐらいならば増援は要らないのかもしれない。

……本当に?

鹿目まどかの頭の中で、何かが引っかかっていた。
何かが、違っている。
一見すれば筋が通っているようで、暁美ほむらの言っている事には、何か落とし穴があるように思えて仕方が無い。

――オーズには、紫のメダルになるべく慣れて欲しいのさ。それが、ワルプルギスの夜の攻略糸口になるらしくてね。

呉キリカも、ワルプルギスの夜に対するプトティラの優位性を語っていたらしい。
まどか自身が直接聞いたわけでは無いうえに、敵の発言を正面から信じるのもどうかと思うが。
それでも、キリカ自身の魔女化をコストにしてでも、映司を紫の力に慣れさせる事には意味があったのだろう。

――ワルプルギスの夜と火野映司の間には、互いを引き合う因果がある。彼以上にワルプルギスの夜と相性の良い人間は居ないわ。

ほむらの言葉にしても、実際にワルプルギスの夜が空中の一点に留まっている様子を見れば、真実である事は疑う余地は無い。
だが、明確に不自然だと思える思考要素が、既に存在していた。

オーズとワルプルギスの夜の戦闘継続時間が、長すぎるのだ。
つまり、オーズは巨大魔女を倒せていない。
そして、ここに来て鹿目まどかは、自身が抱いていた壊滅的な勘違いの存在に行きあたっていた。

「もしかして、ワルプルギスの夜は……倒せないの?」

……一体いつから、オーズがワルプルギスの夜を『倒せる』と思っていた?

攻略するだの相性が良いだのといった言葉は聞いて来たが……鹿目まどかは一度たりとも、オーズが巨大魔女を『倒せる』とは聞いたことが無い。
というか、むしろ倒せない。
考えてみれば、気付かなかったことが不思議だった。
グリードが自分自身の炎熱や電撃で傷付かないように、性質の似通ったオーズと巨大魔女の間にはダメージが殆ど発生しないはずなのだ。
高層ビルを投げつけるような攻撃は流石に当たればタダでは済まないだろうが、オーズの空間斬撃や巨大魔女の紫ヘドロ攻撃は、おそらく互いへの有効打とはならない。

「ワルプルギスの夜は、ダメージを受けなくても夜明けになれば消えるわ。それで、全てが解決するのよ」
「でも、そんなことしたら……火野さんがグリードになっちゃうよ!?」

冷たく放たれたほむらの言葉は、しかし問題点を残しているように思われた。
ただでさえ、火野映司は紫コアとの同調率を上げ過ぎているのだ。
特にガラの一件における対ナイト兵無双や、キリカとの長時間戦闘は、確実に映司の身体に悪影響を残していることだろう。
完全態カザリと戦った時など、映司はキュゥべえを目視できるほどにグリードに近付いてしまっていた。
そのうえで夜明けまで続く戦闘をこなすとなれば、火野映司のグリード化は避けられない。

「……そうする以外に、無いわ」
「私、ほむらちゃんの言ってること、全然分からないよ」

いざとなったら鹿目まどかの『願い』だって残っているということぐらい、ほむらも分かっている筈なのだ。
もちろん、暁美ほむらが鹿目まどかの魔法少女化を阻止したいと思っている事は、まどかもほむら本人から聞いたことがあった。
だが、まどかの言葉に対して黙り込んでしまったほむらは、既に気持ちが固まっていると見えた。
おそらく、まどかがトーリやアンクの翼を使って映司の元に向かおうとしても、阻止されてしまうことだろう。

『アンクちゃん、トーリちゃん。どうしよう』

困った時のための隣人達である。
真木博士との戦闘から続けて、二人は体内に留まっていたのだ。

『ここをトーリの奴一人で足止めさせて、俺達で飛べば良いだろうが』

……ほむらを始末して行くと言わなかっただけ、アンクも丸くなっていると見れば良いのだろうか。
だが、トーリは身を守ることと逃げることには向いていても、相手を足止めできるような能力など持っていないように思える。
強いて言うならば結界だが、それも先程真木博士によって破壊されてしまっており、再構成には暫く時間がかかりそうであった。

『もう少し、ほむらさんと話してみた方が良いかもしれません』

一方、こちらも意外と言えば意外な返答であった。
ほむらと反りの合わなかった筈のトーリが、まさかの対話を勧めてきたのだ。
トーリこそ、ほむらとケンカを始めてもおかしくない人材なのに。

『ほむらちゃんを説得できる? トーリちゃんが良かったら、私のふりをして喋ってくれても良いよ?』
『それは、ほむらさん相手だとすぐにバレそうなのでやめておきますが……揺さぶりをかけることなら、出来るかもしれません』

精神攻撃を狙うということか。
微妙に手が汚い気もするが、鹿目まどかには手段を選んでいる余裕は無いのだ。

『ずっと気になっていたんです。ちょっと、ほむらさんが無のメダルと無力の魔女の関係を説明したときのことを、思い出してみてください』

――実際にワルプルギスの夜を見てみれば分かるけれど、魔法少女の感覚なら、紫のオーズの力とワルプルギスの夜の魔力の波長が似通っているのを感じる事が出来るわ。

確か、そんな感じだった筈だ。
実際にオーズが巨大魔女を釘付けにできていることから考えても、ほむらの言葉に嘘は無かったように思う。
だが。

『ワタシの思い違いかもしれないんですが……ほむらさんがプトティラコンボを見た事って、ありましたっけ?』

……あれ?
鹿目まどかがプトティラコンボを見たのは、全部で何回だっただろうか。
確か、ロストアンク暴走態の騒動の時に初めて見た筈だ。
アンクに身体を委ねている最中には、プトティラが杏子とトーリに襲い掛かっている光景も視界に収めていた。
そして、昨晩ウヴァと交戦した際にも目にしたはずだ。

さすがに、合計3回しかプトティラになっていない筈も無い。
当然、まどかが見ていないところでも変身しているに違いない。

『そういや、そうだなァ。……あの盾のガキは、おそらく過去の巻き戻しの中ではメダルを見たことが無いってのに、おかしなこともあるもんだ』

もちろん、まどか一人だけならば、ほむらのメタ認識を充分に捉えていない可能性が高かっただろう。
だが、トーリとアンクが口を揃えて言うならば……疑惑は、膨れ上がる一方だった。
しかも、ほむらのこれまでの発言を総合して考えるに、過去のループ世界の中ではほむらはメダルを見た事が無いと推測される。
だとすれば、ほむらは……一体なぜ、紫のオーズから溢れ出る波長なんてものを知っているのか?

『たぶん誰か、ほむらさんに入れ知恵した人が居ますよ』
『ええと、つまりどういうこと?』
『盾のガキが黒幕の情報を信じた理由を聞き出して、その理由を否定してやれば良いってことだよ』
『ほむらさんが何か報酬を貰って協力しているなら、それ以上の対価で買収出来る可能性もあると思います!』

3人寄れば文殊の知恵というのは、きっとこういう事なのだろう。
確かに、ほむらが誰かに説得された結果として映司の見殺し作戦を提唱しているのならば、そこに至った理屈の全てにほむら自身が納得しているとは限らない。
むしろ、その辺りを重点的に攻めれば、説得に成功するかもしれない。
キュゥべえに乗せられて契約した魔法少女達が紆余曲折を経て後悔に至るのと、大体同じようなものである。

「その作戦……ほむらちゃんが考えたんじゃないよね?」

意を決して、まどかはほむらへと追及を始めていた。
出来るだけ強気を装って、質問というより確認のニュアンスを込めて、ほむらへと声をかけたのだ。
そして……効果は、覿面だった。
ほむらが、無表情を少しだけ崩して、少しばかりたじろいだように見えたのである。

「……よく分かったわね」

特に隠すつもりも無かったのだろう。
というか、むしろ話したいとさえ思っていたのかもしれない。
マミや後藤を問答無用でぶっ倒したということは、その作戦が周囲から否定されるものだと多少なりとも理解している訳で。
むしろ、そんな酷い作戦を考えたのは自分じゃない、と申し開きをしたいぐらいなんじゃないかという線まで有り得た。

「鹿目まどか。貴女の運命が、自らの願いによって貴女自身の存在を失ってしまう可能性を内包している事は、知っているわね?」
「えっ? どうして、そんなことまで知ってるの……?」

今度の情報もまた、明確に不自然だった。
ほむらがいくらループを重ねてきたとしても、まどかが存在を失った場面を見た事は無い筈なのだ。

――初めからお前が存在しなかった世界に一度でもなったなら、いくら時間を巻き戻してもお前は存在出来る訳が無い。

アンクも言っていた通り、まどかが一度でも因果崩壊を起こせば、ほむらが時間を巻き戻してもまどかは存在できない。
ほむら自身が理屈で考えて地力で答えに行き着いたという可能性もゼロではないものの、やはり中学生レベルの問題では無いと言わざるを得ない。
まどか本人でさえ、キュゥべえに会った夜にとある夢を見なければ、想像だにしなかった事柄なのだ。
ならば、まどかが存在消滅の結末を知っているという情報を、暁美ほむらは何故知っているというのか。

「貴女に『その夢』を見せた存在から……直接聞いたわ。未来を見通せる、白い魔法少女に」

白い魔法少女。
それは、呉キリカを動かしていた黒幕に他ならなかった。
確かに未来を見通せるとなれば、暁美ほむらの知りえない情報を得ていたとしても不思議では無い。
しかし、まさかまどかの夢が他の魔法少女によって見せられたものだったとは、思いもよらぬことであった。
ただ、ほむらがこちらの問いに素直に答えてくれると分かったのは前進であったと言えるので、この先の展望には期待できるかもしれない。

「……ほむらちゃんに今回の作戦を教えたのも、その魔法少女?」
「……ええ、そうよ」

何故だか、まどかはほむらの表情に潜む感情が読めたような気がした。
なんとなくだが……ほむらは、その白い魔法少女に良いように使われることを、良しとしていない。
むしろ、彼女の駒として使われることに悔しささえ感じているのではないか。
ならば、白い魔法少女の悪口を言う感覚でぼろぼろと情報が零れてくることに期待できるかもしれない。

「白い魔法少女の目的って、結局何だったの?」
「……」

……と思っていたら、調子に乗って地雷を踏んだかもしれない。
どうも、ほむらの沈黙は黙秘というよりは言葉を選ぶ時間をとっているように思えた。

「…………彼女の願いは、呉キリカと共に生きていく、ただそれだけのことよ」

お前は何を言っているんだ。
呉キリカは、死んで魔女になったのではないか。
もっとも、まどかの困惑はほむらも予期していたようで、言葉を継いでくれていた。

「呉キリカは魔女になったけれど、死んだわけでは無いわ。今も、白い魔法少女の側で共に在り続けている」

確かに、オーズ等と戦った末に魔女になったキリカは、途端に撤退を決め込んで逃げ出してしまったはずだ。
だが、待ってほしい。
そもそも、魔女と共に暮らすなんてことが可能なのか?
鹿目まどかは美樹さやかを親友だと思っているが、それでも人魚の魔女と共に暮らせるかと言われればNO一択でしかありえない。

――私達は、例え愛する人が魔女になろうがグリードになろうが、共に生を過ごしたいと願っている。君には……そう思ってくれる人が居ると思うかい?

意思疎通が図れない以上、相手を知的生命体と思ってはいけないはずだ。
しかし、生前から自身の魔女化を覚悟していた節のあるキリカなら……あるいは、何とかなるのだろうか。

「そんなこと、出来るの……?」
「私にもその理屈はよく分からないわ。本人たちは『愛』だと言っていたけれど、何にせよ特例としか言えない」

そして、ここまで来れば全体像が見えてきたように思えた。
白い魔法少女の目的が、相棒と共に生きていくことだとするのならば。
確かに、鹿目まどかの契約を阻止する理由としては充分だろう。
全ての魔女を滅ぼす願いを叶えるかもしれない鹿目まどかの存在は、キリカ達にとっては邪魔者以外の何物でも無い。

「その人達の目的は分かったよ。でも……なんで、ほむらちゃんはそれに従ってるの?」
「……貴女に、消えて欲しくないからよ」

まどかは、段々とほむらの感情が高ぶっているのを感じ取っていた。
何となく声の震えかたがおかしくなりはじめたというか、言葉に感情が乗り始めたというか。

「それに、まどかだけじゃない……!」

せきを切ったように、ほむらの口から言葉が毀れた。
溜まっていた何かが溢れ出るように、ほむらは言葉を紡いだ。

「美樹さんや志筑さんとバカな話をして、巴さんや杏子ともまた仲良くなれて……なのに……!」

……血を吐きながら走り続けていた筈のほむらは、一時の息抜きも悪くない、と思うようになっていた。
何の変哲も無い友人達と、特に実用的でも無い話をして。
そうやって足を止めているうちに……いつしか、もう走り出す事が出来なくなってしまっていたのだ。

「私は、もう……! もう、やり直したくない! もう、巻き戻したくない! だから、これ以上私にやり直しをさせないで……。お願い……!」

もう誰にも頼らない、と言っていた頃の暁美ほむらならば、失敗を反省しつつ次の回に進めたかもしれない。
だが……冷え切っていた筈のほむらの心は、調子を狂わせ始めてしまったのだろう。
いつしか暁美ほむらは、美樹さやかのボケに苛烈な突っ込みを入れたり、魔法少女のお茶会を楽しんだりするようになってしまっていて。
とうの昔に、冷徹で冷酷で冷血な暁美ほむらというキャラクターは崩壊していた。
結局のところ……この一月弱の間にほむらの心に溜まった荷物は、捨てるにはいささか暖か過ぎたのだ。

ほむらの顔は……泣き崩れる一歩手前のように見えた。
おそらく、今のほむらを支えているのは、あと少しで努力が報われるという希望だろう。

そして、その思いを白い魔法少女に利用された。
ほむらが時間の巻き戻すための気力を削がれていることを理解したうえで、舞台裏の住人達はほむらへと囁いたのだ。
……青年をたった一人犠牲にするだけで、もう暁美ほむらは繰り返さなくても良くなるのだ、と。
いくら暁美ほむらと火野映司の接点が乏しいからといっても、ほむらも二つ返事で頷いた訳では無いに決まっている。
それでもほむらは……利用されることを選んでしまったのだろう。


『自分で言っておいてなんですが……この方向性には無理があったかもしれません』
『攻め方を変えてみろ。不確実な情報を何か突け。お前が本当に消滅するのか、とかな』

まどかも、説得の難易度には気付いていた。
おそらく、まどかが『私のために戦わないで!』なんて言っても、ほむらは聞き入れてくれないだろう。
ならば……『私が戦っても大丈夫だよ!』の方向ならば、どうだろうか?
理論武装が不十分である感は否めないものの、それでも映司の方のタイムリミットが分からないのだから、急ぐに越したことは無い。


「いまさら私が言うのも何だかおかしい気がするけど、過去と未来の矛盾が起こっても私が生き残る可能性って、本当に無いの?」

ぶっちゃけ、真木とキュゥべえが口を揃えて存在崩壊現象を示唆している以上、まどかの台詞は苦しすぎた。
自己矛盾が生じれば、確定的に鹿目まどかは消滅してしまうだろう。
だが、伝聞でしか因果消滅を知らない暁美ほむらに揺さぶりをかけるだけならば、あるいは?
少なくとも前例は存在しない思考実験なのだから、良く分からない何かが起こってハッピーエンド、という可能性も無いとは言えない筈だ。

「見て」

……まどかが慣れない口八丁を使ってほむらを言い包めようとした、そんな時だった。
ほむらが、簡潔な返事を発したのは。
直後、鹿目まどかの頭に、直接映像が流れ込んできた。
おそらく、白い魔法少女がまどかに夢を見せたのと同じように、念話の応用で画像も送れるのだろう。
話の流れから察するに、鹿目まどかが消滅する証拠を見せてくれるのだろう、と予測することは然して難しくなかった。


――逝ってしまったわ。円環の理に導かれて……。

――『まどか』ってさ、貴女も知ってるの? アニメか何かのキャラとか?

――確かに君の話は、一つの仮説としては成り立つね。だとしても、証明しようがないよ。

――仮説じゃなくて、本当のことよ。


だが、その内容を目の当たりにして……鹿目まどかは、その小さな心臓が止まりそうになった。
ノイズやラグがてんこ盛りのその映像は、明らかに不自然なものだったのだ。
その映像が、というよりも、その映像が存在していること自体が有り得ない。有り得るはずが無い。
ひとたび円環の理を生み出してしまったのなら、ほむらが時間を巻き戻すことなど関係が無いというのが、思考実験の結果だったというのに。

確かに、情報として鹿目まどかが消えてしまうという説の補強には成り得るが、ほむらは一体どうやってこの映像を入手したというのか。
白い魔法少女の未来予知の転載ならば、証拠としては決定力に欠ける筈だ。

そう思いかけたところで、ようやく鹿目まどかは気付いた。
いつの間にか暁美ほむらの掌の上に積み重ねられていた漆黒の結晶板の存在に。
呪を吸い込んだ小石たちこそが……今の映像を記憶として『見た』張本人だということも。
ほむらは念話を上手く使って、手の中の黒塊を映像記憶装置として利用したのだろう。

その物質は、決してこの時間に存在して良い代物では無かった。
確かに、鹿目まどかはかつて見せられた夢の中で、その闇色を見た事がある。
しかし現実には、その物体が在って良い訳が無いのだ。
だって、人間達の負の感情を集めて怪物を生み出す機能を持った、瘴気に塗れた黒結晶の正体は……。



「ほむらちゃん……なんで、『魔獣の卵』が、存在してるの……!?」




・今回のNG大賞

「火野映司の元に行ってはいけないわ」
「ほむらちゃん……グリードと合体してる私とガチバトルして、勝てると思う? ウェヒヒヒww」

壁があったら殴って壊す!
……別にほむらさんの体型のことじゃありませんよ。


・公開プロットシリーズNo.144
→暁美ほむらは許さない。



[29586] 第百四十五話:Finger on the trigger ――世界に弓引く意思
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/07/06 23:24
「ほむらちゃん……なんで、『魔獣の卵』が、存在してるの……!?」

有り得ない。
あるわけが無い。
ほむらが何らかの方法で未来から物体を持ち帰ることが出来たとしても、おかしい。
円環の理が生まれることによって生まれる歪みを解消するための存在が魔獣であり、円環の理なくして魔獣は存在しえないのだ。
そして、一旦円環の理が生まれてしまえば、ほむらが時間を巻き戻しても鹿目まどかと会う事は出来ない。

「この魔獣は、私達の世界の物ではないわ。この世界と限りなく似た歴史をもった、別の世界の産物よ」

別世界?
ほむらの魔法は異世界移動じゃなくて時間移動だろうに……と思ってしまったが、言われてみると心当たりがあった。
確かに、まどかはその概念に聞き覚えがるのだ。

――あの江戸は私達の居た世界の過去では無いわよ?

実は、ガラの魔術で裏返った江戸の町も過去の世界のものでは無く、この世界と限りなく近い歴史を辿った平行世界の一部だったはずだ。
しかし、ほむらが江戸において魔獣の卵を入手したのだろうかといえば、そんなことは無いだろう。
魔獣の記憶に映っていた光景が現代のものであった以上、ほむらの持つ魔獣の卵は江戸から持ち込まれたものでは有り得ないに決まっている。
では、ほむらは一体どこから魔獣の卵を手に入れたのか。

「火野映司は錬金術師ガラとの戦いの最中、白い仮面ライダーと会ったそうね。彼は、ガラが最後の土地反転魔術にて繋げた世界の住人よ。『この世界の一年後』に近似した、円環の理の存在する世界の、ね」

つまり、先程の映像に映っていた暁美ほむらや巴マミは、こちら側の世界の住人では無いということだった。
ガラの一件の最中の暁美ほむらにフォーゼの故郷を訪問するほどの余裕があったとも思えないので、白い魔法少女辺りが自ら動いて回収してきたのだろう。
更に、記録されていた映像が都合よくほむらの周囲のものであったことを判断材料とすれば、白い魔法少女は……十中八九、『異世界の暁美ほむら』から魔獣の卵を譲り受けたと考えられる。
そして、母親であるはずの鹿目順子でさえ、鹿目まどかの存在を認知していないのだとすれば……?

「やっぱり、矛盾した願いを叶えると私が消えちゃうのは間違いないってこと?」
「……ええ」

どうやら、暁美ほむらは予想外に手強い相手だったらしい。
全く、説得できる気配が無い。
物的証拠まで持っているとなれば、口八丁で揺さぶりをかけることなど出来そうになかった。

「それなら、私が自分自身を消さないような願いを使った後で魔法少女として火野さんを助けに行くのは、ダメかな……?」
「ワルプルギスの夜を倒すほどの力を使えば、その後に残るのは、ワルプルギスの夜を超える魔女となった貴女自身よ」

どうしろと。
街に被害を出さずに火野映司を助けるためには、鹿目まどかの契約もしくは魔法少女能力が必要である。
だが、まどかが契約をすれば、まどか自身が消滅するか、もしくは史上最悪の魔女が地球を滅ぼすことになる。

感情的には納得出来なくても、まどかは理屈としてほむらの言い分が分かってしまっていた。
火野映司という青年一人を『都合の良い神様』にすれば、他の万事が上手くいくのだ。
それこそ、鹿目まどかが最悪の魔女を残して消えるよりも、遥かに。

選択肢など……あって無いようなものだった。



『その欲望を解放して魔法少女になってよ』
第百四十五話:Finger on the trigger ――世界に弓引く意思



「うおおおおっ!!」
「なっ……!?」

事態は……唐突に転がり始めた。
身体の半分ほどをぬかるんだ土に浸していたハズの後藤が、死力を振り絞って暁美ほむらにタックルをかましたのである。
ほむらの胴に抱きつくような形で、強引にほむらの動きを阻害しようとしたのだ。

「行け、鹿目っ! お前なら絶対に……!」

もっとも、昨日の連戦の疲労も抜けきらず、先程も火達磨になったばかりの後藤は満身創痍を絵に描いたような状態で。
曲がりなりにも魔法少女としての身体能力を誇るほむらの脅威となる相手では無かった。

「邪魔をしないで」
「がはッ……!」

次の瞬間には後藤は、ほむらの振り降ろした手刀によって首筋を的確に打ち据えられてしまっていた。
本当にタックル一回分の体力を振り絞るのが、今の後藤の限度だったらしい。

再び潮気の香る泥へと後藤を沈めつつ……しかし、ほむらは後藤の渾身の行動が無駄に終わらなかったことを、認めざるを得なかった。
ほむらが後藤へと注意を奪われてしまった隙を突いて、まどかが暁美ほむらの視界から消えてしまったのだから。

空を見る限りでは不審な飛行物体は存在しないので、まどか等がまだ近くに隠れている事は間違いが無いのだが、一旦距離を取られてしまうと厄介ではある。
もっとも、暁美ほむらには然程焦りは無かった。
相手が飛びあがる瞬間に狙撃すれば割かし何とかなるだろう、という見通しが立っているからである。
中にある鹿目まどかの身体は若干心配だが、グリードやヤミーも憑いていることだし、致命傷にはならないと思いたいところだった。

愛用の狙撃銃を取り出しつつ、ほむらは……待ちに回る。
闇夜へと人影が飛び立つ、その時を待つ。




一方、鹿目まどかはと言えば。

(むぐー!?)

口を押えられて、物陰に連れ込まれていたりする。
後藤がほむらの注意を引いた一瞬の隙をついて、まどかをほむらの死角へと引き込んだ人間がいたのだ。

……いったい、誰が?

マミと杏子は、依然としてほむらの足元に転がっている。
後藤さんも、水を吸ってワカメのようになった髪を垂らして気絶中である。
トーリとアンクは、未だにまどかの体内に居るままだ。

つまり、まどかの手助けをした人間は……ある一名以外に、有り得ない。

「真木、博士……?」
「静粛に」

薄暗い物陰にメガネを輝かせた、真木清人だった。
真木清人が、まっすぐに鹿目まどかへと視線を返していたのだ。
……たったそれだけの事が、えらく新鮮に思えてしまったりして。
対人コミュニケーションに人形を必要としていた真木の中で、何かが変わったのかもしれない。
まぁそれはそれとして、悩めるまどかにとって、真木の頭脳は非常に頼りになる訳だが。

「鹿目君……。私に助言を求めようとしていますね?」

頭の良い人は話が早くて助かります。本当に。
エスパーかと疑うレベルである。
よく思い出してみると、キヨちゃんを連れていた時期の方がエスパー度は高かった気もするが。
それはともかく、助言してくれるのならば、心強い事この上無い。
だが。

「確かに、私は『答えらしきもの』を幾つか思いついています。しかし……それを先入観という形で君に植え付けてしまえば、鹿目君がそれ以上の答えを出す可能性を阻害してしまうでしょう」

なんだか婉曲なような。
つまり、真木博士は何が言いたいんですか。

「私から答えを教えるつもりはありません。私を破った貴女方なら、ワルプルギスの夜を退け、火野君を救い出す手段程度、導けて当然でしょう」

……追伸は、微妙に意地悪だった。
もしくは、先程撃破されたことを根に持っているという線も有り得た。
真木清人とは、こんな人間だっただろうか。
ひょっとすると、世界の終末を目指す前の真木少年は、こんな性格だったのかもしれない。
それでも……人形に話しかけ続けるよりは、ずっと人間らしく思われた。

「君が見てきた世界の中に……必ず、答えは在る筈です」

それに、何となく鹿目まどかは、真木博士の言いたい事が見えたような気がしていた。
美しい終末の先にあるものを掴もうとする鹿目まどかならば、必ず答えに行きつけるはずだ、と真木は期待しているのではないか。

「ですが……鹿目君を勝負の舞台へ送る程度でしたら、手を貸しても構いませんよ」

……直接的に答えを教えてくれなくても、何だかんだで力を貸してくれるあたり、特に。




鹿目まどかが姿を隠して、数分ののち。
油断無く周囲を警戒していた暁美ほむらは、突如として起こった異変にも瞬時に対応することが出来た。
物陰から唐突に起こった火柱が、風雲急を告げていたのだ。

そして、暁美ほむらは見逃さなかった。
爆風に乗って、黒い翼をはためかせたトーリが勢いよく空へと飛び出したのを。
即座に銃器を構えたほむらは……そのまま引き金を引けば、トーリを撃墜する事ができた筈だった。

だが、暁美ほむらはそれを見逃した。
なぜなら、鹿目まどかが火野映司の元に向かったのではない、と分かっていたからである。
遠目に見えるトーリは人間一人を抱えているようだが、その黒い羽の合間から窺える黒スーツは、同行者が真木博士であることを意味していた。
もっとも、それだけならばトーリと融合した鹿目まどかが、怪人態としてのトーリの姿をとっているのかもしれない。
しかし暁美ほむらは、鹿目まどかが飛び去った可能性を否定する材料を持っていた。

「……どういうつもりかしら?」

具体的に言うと、深紅の鳥人が地上に残っていたのである。
アンクが全身の怪人態を維持するためには芯となる人体が必要であり、つまり憑代として鹿目まどかがまだ暁美ほむらの眼前に残っていることを意味していた。
ほむらとしては、最悪でも鹿目まどかが無事に生き残ってくれれば良いので、さほど状況に問題があるとは思えなかった。

「さァ……どういうつもりだろうな」

それでも、相手の意図が読めないのは不安要素ではあった。
トーリと真木を行かせた事に意味があったのか、アンクとまどかを残した事に意味があったのか。
まさか、真木がどこぞの研究所から3体目のバースをひっぱり出して戻ってくるという訳でもあるまい。
もしくは、真木をオーズの元に行かせる事で、ほむらの予想もつかないような結末を導くという可能性も有り得た。

ただ、何にしても妙な焦燥感は影を潜めなかった。
眼前のアンクというグリードが妙に落ち着いているように思えるのも、不自然さを醸していた。
火野映司が犠牲になるのならば、このグリードはもう少し不安な様子を見せても良さそうなものなのに。
ほむらは、何かを見落としているのかもしれない。

「全てが終わるまで、このまま大人しくしているつもりは……無さそうね」
「ああ。そのつもりは、無い」

言葉と同時に、火の玉が飛んできた。
左腕の円盾で攻撃を防ぎながら、ほむらは思考を回し続ける。
相手が攻撃してきたことから察するに、まどか達の目的は、やはりほむらの意にそぐわないものなのだろう。
ということは、真木とトーリを先に行かせた事に決定的な意味があった訳では無さそうだ。
もし飛んで行った二人の加勢だけでオーズの方の問題が解決してしまうのならば、アンクが暁美ほむらに攻撃を仕掛ける意味も無い。

「久しぶりだなァ。これだけ力が使えるのは……!」

アンクが、燃え盛る翼を背中から広げた。
そして、翼から抜け落ちた羽の一枚一枚が、夜の闇を切り裂く刃となって暁美ほむらに襲い掛かった。
おそらく、グリードを回復させる光線の影響がまだ残っているために、コアメダルが少なくても一時的に力が戻っているのだろう。
夥しい数の刃に囲まれ、ほむらに退路は無かった。
いくらほむらが赤コアを取り込んで炎に対する抵抗力を多少なりとも得ていたとしても、無数の燃え盛る羽に貫かれては、行動に支障をきたすことは想像に難くない。

したがって、ほむらは迅速な判断の元に円盾を回転させて時間を止めた。
当然、辺りから音が失われ、小剣のごとき羽も全てが動きを失ってしまっていた。
残念ながらほむらの毛髪を保持しているアンクの時間を止めることは出来ないが、飛び道具の時間は止まるのだ。
その辺りは、ほむらが自分で放った銃弾にも同様のことが起こるので、普段は不便な仕様なのだが……今回ばかりは役にたったと言わざるを得ない。

弾幕が止まって見えるシューティングゲームほど温い遊びも無い。
ほむらは、自身を包み込むように放たれていた羽の隙間を、いともたやすく掻い潜った。
そして当然のように、気付いていた。
暁美ほむらが誘導された先に、アンクが突っ込んできたことに。

考えてみれば、当たり前のことである。
いくら魔法少女が超人的な力を持っているとはいえ、その腕力はグリードに敵うものではない。
したがって、接近戦ならば基本的にグリードの独壇場なのである。
であるからして、アンクがほむらへと急接近を図ったのも、当然の帰結であった。

もちろん、ほむらがそれを良しとするはずも無いが。
慣れた手付きでショットガンを取り出したほむらは、流れるような動作の元に銃口をアンクへと向けていた。
グリードに致命傷を負わせることは出来なくても、接近を拒むことは出来る筈だと踏んだうえで。

「なっ……!?」

だが、まさか予想も出来なかった。
ほむらが踏ん張ろうとした足が、そのまま泥濘を踏み抜いてしまうなどという事は。
バースが地中のあちこちに開通させた穴が、泥に紛れて見えなくなっていたのである。
アンクが持ち前の狡猾さを発揮して、穴がある地点へと弾幕の抜け道を作ったに違いない。
必中の意を以て放たれた筈の弾丸は、明後日の方向へと消えてしまっていて。

直後、アンクが……その深紅の両腕を回して、暁美ほむらを拘束した。
そして次の瞬間には、ほむらは足を泥の穴から抜くことを許されていた。
ほむらを抱きかかえたままのアンクが、そのまま翼を広げて夜空へと飛び立ったのである。

「何を……?」

ほむらを掴んで焼き殺すでも無く、絞め殺すでもなく。
アンクは、ただ高度を上げ続けていた。
暁美ほむらには、アンクと鹿目まどかの考えていることが、全く分からなかった。
このまま高度を上げて、一体何をしようというのか。
時間をかければかけるほど、火野映司の生存率は下がっていくというのに。

ふと、ほむらは気付いた。
ほむらを拘束している腕の力が、段々弱まっているという事に。
同時に、既に馴染み深くなった、セルメダルの零れ落ちる音にも。
……飛び続けるアンクの航路をなぞるように、銀色の煌めきが尾を引いていた。
アンクが本日の戦いでダメージを受けた様子は無かったので、おそらく昨日の真木博士との戦闘の際に負った傷が響いてきたのかもしれない。

なぜ、という言葉が脳裏をよぎる。
もはや比喩表現など用いるまでも無く、今のアンクの行為は『時間稼ぎ』だ。
訳が解らない。

遥か遠方に、局地的な大嵐の影が見えた。
もはや、巨大魔女の形を認識することさえ出来ないほどに、アンクは大きな距離を飛んでしまっていた。
セルメダルを零し続けるアンクは、それ以上に大切な何かが抜け落ちつつあるような印象を振り撒いていて。

「……これは!?」

そんな中、ほむらは自身の視界が捉えた情報を、すぐさま噛み砕くことが出来なかった。
アンクの真紅の肌がセルメダルとなって崩れ落ちすぎて、中の人間の腕が姿を覗かせていたのだ。
ほむらの手よりも遥かに大きいその掌は……鹿目まどかのものでは、有り得なかった。

「ハッ……今更気付いたか。そういうことだ」




一方、一目散に暁美ほむらから逃げ出したトーリ組はといえば。

「本当に騙されてくれたんでしょうか……?」
「真木博士が考えた作戦なんだから、絶対大丈夫だよ」

風を切って飛行を続けつつも、不思議と剣呑な気配は漂っていなかった。
トーリとしては、いつほむらさんに背中を撃たれるか心配で仕方がなかったのだが、幸いにして暁美ほむらはこちらの作戦に気付かなかったらしい。

真木がまどか達に提案した作戦は、至極シンプルなものだった。
まどかに真木の黒スーツを着せ、遠目には鹿目まどかだと分からないように偽装したうえで、トーリを使って空輸するというだけの話である。
アンクの憑代が鹿目まどかに違いないという先入観に、ほむらは見事に騙されてくれたらしい。

「ほむらちゃんを騙すことになっちゃったのは、何だか気が引けるけど……」
「全部真木博士の仕業ですから。絶対大丈夫ですよ」

トーリのせいだという結論に至らなければ、特に問題は無い。
なお、万が一にも真木博士とまどかが裏切った場合、血の雨ならぬセルメダルの雨が降ることとなるだろう。
まぁ、鹿目まどか大好き人間のほむらさんならば、まどかが謝ったら許してくれるような気もするが。

「……まどかさん。アンクさんの様子、何か変じゃありませんでしたか?」

そして……トーリは、胸の内に抱えていた疑問を口に出してみせていた。
どうもアンクの振る舞いが妙だったと思えてしまうのだ。
暴走態を倒したあの場にはアンクの9枚の赤コアが全て揃っているはずであり、それに興味を示さなかったアンクの様子は、明らかにおかしい。

「もしかしてアンクさんは、もう……」

完全態という目標がグリードの眼中に無いなんてことは有り得ない。
たとえアンクの本当に欲するものが『命』という良く分からない代物だったとしても、完全態になることには心惹かれるはずなのだ。
だがアンクが、もう完全態になれないのだとすれば?
先日真木博士の屋敷にて、トーリと杏子が参戦する前に、既にアンクは……真木の紫の力によって、取り返しのつかない傷を負っていたのではないか。

今思えば、アンクの行動は未明辺りにも不自然だった。
暁美ほむらの隠れ家へと映司を案内する役を、アンクは自ら買って出た。
普段のアンクならば『面倒だ』の一言で切って捨てそうなものなのに、わざわざ重たいライドベンダーを引っさげて海岸沿いまで映司を迎えに行った。
それに、そもそも真木を倒して人類を守る理由も、アンクには無かったはずなのだ。

――グリードは子孫を残す必要も機能もありません。自分だけで無限の時を生きられるから、他人に何かを与えようっていう発想が無いんです。

かつてトーリは、グリードと人間の思考形態の違いを、そう結論付けたことがあった。
そして、その論が正しいとするのならば……他人に何かを残そうと動いているアンクは、自身の存在の有限性を感じ取っているのではないか。
それこそ、完全態としての力を振るおうものならば自意識の宿ったコアが壊れてしまうと自覚できる程度には。
実は、真木の氷気を打ち破った炎も、アンクの身に多大なる負担を強いていたのかもしれない。

「アンクちゃんのことは、私が一番よく分かってるよ……っ!」

……絞り出すような、声だった。
誰よりもアンクと共に居た鹿目まどかが、アンクの異変に気付かない訳が無い。
考えずとも、当然のことだった。

「でも……何も言わずに真木博士の身体に移ったアンクちゃんを見てたら、私、何も言えなかった。アンクちゃんが、火野さんや私が助かるのを一番に願ってるって、分かっちゃったから……!」

アンクは……自身の延命を、鹿目まどかに求めなかったのだろう。
それどころか、アンクの本体コアにダメージが入っていることさえ、鹿目まどかには告げなかったに違いない。
だからこそ、まどかはアンクに何も言わずに袂を分かった。
アンクが本当にやりたいことを……叶えてやるために。

トーリは、それ以上つっこむ事が出来なかった。
何となくだが、アンクの末路に関しては、トーリが何を言っても意味を持たないように思えた。


「……まどかさん。映司さんを助けて、まどかさん自身も助かるような都合の良い願いなんて本当にあるんですか?」

ワルプルギスの夜に近付くにつれて、その大きさを段々と実感できるようになってきた。
もちろん、魔女と使い魔の関心は全てオーズへと向いているため、トーリ達に流れ弾以外の危険は皆無だが。

「無いよ」
「…………えっ?」

思わず潰れた蛙のような声を出してしまったトーリだったが、その驚きは一通りのものでは無かった。
あれだけ真木博士の期待を背負って送り出されたというのに、まさか鹿目まどかが正解を手にしていないなどという事は予測できたはずも無い。
そうもあっけらかんと言い放ってしまうとは、一体どういう了見なのか。

「いくら私の背負ってる因果が強大でも、私に出来るのは全ての時間の魔女を消し去るぐらいが限界みたい」

それを願ったら鹿目まどか自身も消えてしまう訳だが。
不思議と鹿目まどかの声は、今から死にに行く人間のものには聞こえなかった。
鹿目まどかの背中を支えるトーリにはその表情は見えないが……きっと、その両眼は未来を視ているのだろう。

「でも世界の土台をひっくり返しちゃえば、私も火野さんも皆も助かる方法はあるよ。……多分」
「ワケが解らないですよ?」

お前は何を言っているんだ。
電波女はほむらさん一名でお腹いっぱいだというのに、ご覧の有様である。
まどかさんまで会話のスーパー大切断を始めたら、トーリは何処に心のオアシスを求めれば良いというのか。
鹿目まどかがこの世界の良心だと思っていたが、そんな事は無かったらしい。

「真木博士がね。助言はしないって言いながら、ちゃんとヒントはくれたんだ」
「博士さんが……?」

真木博士が、何か実用的な助言をしていただろうか。
確かに、暁美ほむらから鹿目まどかを逃がすための作戦は、真木から授けられたものである。
しかし、それ以外に何らかのメッセージを受け取った記憶が、トーリには一切無いのだ。
真木を破ったまどか達ならば、今までの経験の中から答えを導き出せる、とだけしか聞いていない。

「それはね……『私』には無理でも、『私達』なら出来るってことだよ」




「なんて、バカな事を……っ!」

暁美ほむらは、呼吸の不自由さを感じながらも、悪態を吐かずには居られなかった。
ぼろぼろに崩れたアンクの怪人態は既に全快時の半分も残っておらず、その燃え盛る翼も、もはや風前の灯火で。
それなのに、アンクは飛ぶことをやめようとしなかった。

「ふん。巨大な欲望を見つけた時、グリードは皆言うんだよ。『その欲望、解放しろ』ってな。あのガキの欲望の先を見てみたくなった。それだけだ」
「それ以上続けたら……貴方は、まどかの行く末を見ることなんて出来なくなるのよ!?」

高度は、既に上がっていなかった。
グリードが飛びあがれる限界高度まで達してしまったのか……もしくは、アンクに既に上昇のための力が残っていないのか。
欠けに欠けて随分と頼り無くなった翼を使って、アンクはただ滑降するばかりだった。

「俺に残された時間がどれだけだとしても、俺の時間は俺のモンだ。どう使おうが、俺の勝手だ」
「貴方が死んだら……まどかは、悲しむわ」

お互いの会話は、もはや意地の張り合いでしか無かった。
ほむらは、既にアンクと真木の狙いに気付いていたのだ。
眼下に町の明かりが消えた事が、全てを暁美ほむらに教えてくれていた。
いまさら強引にアンクの腕の中から脱出しても、もはやどうにもならない。

「俺が、『死ぬ』と思うか」
「見れば分かるわ。今まで見たどのグリードより、貴方は死にそうよ」

このまま落下すれば、暁美ほむらは太平洋の沖合へと放り出されることになる。
そうなれば……鹿目まどか達へ追い付くのは、絶望的となってしまう。
ほむらが自身と接している物の時間は止められない都合上、静止した海面の上を走るなんて芸当は不可能である。
だが、泳いで陸地まで戻るとなれば、魔法少女の身体能力を駆使しても主観的時間で数十分はかかってしまう。
残念ながら、それだけの時を止めるためのグリーフシードなど、暁美ほむらのストックには存在しなかった。

「このままだと、どのみち鹿目まどかと火野映司のどちらかが犠牲になるのは避けられないわ」
「それは、お前が片方しか救えないって話だろうが。だが……俺にはバカの命を二人分も買える価値があるってことになるなァ」

人間が人間を二人殺したら死刑になる、という約束事をアンクは泉刑事の記憶あたりから知っていたのかもしれない。
ならば、人間の命を二つも拾えるのならば……その赤い貨幣一枚には、人間の生命と同じ価値があると言えるのだろうか。

「貴方は、どこまで……!」

アンクから応えは、返ってこなかった。
既に半分以上が失われた顔で……アンクが、鼻で笑ったような気がした。


直後。
末期に虹色の輝きを放った翼は、崩壊した。



・今回のNG大賞



「世界の土台を引っくり返すって、どうやるんですか?」
「『この世界を浦沢脚本で全部やりなおしたい』」



・公開プロットシリーズNo.145
→命って何だ。



[29586] 第百四十六話:コネクト ――全てを繋げ
Name: カードは慎重に選ぶ男◆e9b07b89 ID:ab888f41
Date: 2013/07/13 21:09
太平洋の沖合に、特大の水柱が立ちあがった。
銀の尾を引きながら、二つの人体が真夜中の大洋に放り出されたのである。
真木清人と暁美ほむらが、ワルプルギスの夜から程遠い海へ落下したのだ。
むろん、生身の真木清人が海面に激突したら大惨事は避けられないのだが……ほむらが撃墜寸前で円盾から放出した紫の障壁に、真木も便乗して事無きを得たのだった。

「真木、清人……。どうして、貴方……?」

海面へと顔をあげつつ、暁美ほむらが尋ねてきた。
その心境を察するに、『信じられない』というよりは『理不尽だ』と感じているのだろう。
そして、真木はほむらの質問の意味を複数通りに解釈することができていた。

真っ先に真木が思い当たったのは、今日初めてアンクと合体した真木清人が、どうしてここまでアンクの力を引き出すことが出来たのか、という問題である。
答えとしては、真木が紫メダルに身体を馴染ませていたことで他のメダルに対する親和性も引き上がっていた、と考えるのが最も単純明快だろうか。
恐竜コアを抜いたことによって身体感覚が戻った後も、コアメダルへと一度適応した体質は簡単には失われないという事なのだろう。

だが……何となく、真木は思った。
暁美ほむらは、真木清人の能力では無く意思を問いただしているのだろう、と。
良き終わりを目指していたはずの真木清人が、なぜ鹿目まどかを手伝おうと思い立ったのか、というのが暁美ほむらの質問の意図に違いない。

確かに、以前の真木清人と鹿目まどかの関係であったのなら、真木がまどかの背を推すのも道理だった。
全ての魔法少女に良き終末をもたらそうとしていた時の鹿目まどかを前提とするならば、真木は何のためらいも無く彼女を後押ししたことだろう。

しかし、終末の使者となった真木清人を、人間等は打ち破ってみせた。
そしてその決まり手となった鹿目まどかは……真木には見えないものを、彼女なりの方法で見ようとしていた。
そんな少女の姿に、真木は惹かれたのかもしれない。

「単純な事です。この世界が、良き終末を迎えるにはまだ早かったというだけの事ですよ」

鹿目まどかが成功するにせよ、失敗するにせよ。
真木は、見届けてみたいと思えるようになっていた。
彼女が……本当にこの世界をひっくり返して、希望を創り出せるのか否か。



「それと……貴方は、どうして服を着ていないのかしら?」
「鹿目君を偽装するために、私の着ていた服を進呈したからですよ」


まどかに比べて真木の方が遥かに大柄であるため、まどかが黒スーツを着る分には問題無かった。
しかし、真木がまどかの服を着るのは物理的に不可能なのである。

……暁美ほむらに、この世で一番の愚か者を見るような顔をされたのは何故だろう。
まさか、真木が鹿目まどかの服を着る展開を期待した訳でもあるまい。
ほむらが万が一にもそんな事を願っているのだとすれば、ただちに精神保健福祉士を呼んでやるべきに違いない。
キュゥべえでも、迷わずに『極めて稀な精神疾患』呼ばわりするレベルである。

口をきいてくれなくなったほむらを余所に、真木は陸へ向かっての遠泳を続けた。
残念な事に片方の掌を開くことが出来ないので、泳ぎにくいことこの上ない。
だが、真木はその手に掴んだものを、鹿目まどかや火野映司の元へ届けたいと思った。
陸まで泳ぐための効率性を確保する目的も兼ねて全ての装備品を放棄した真木が、それでも手放せないものがあったのだ。

――バカが。陸についたら、映司の奴に明日のパンツでも恵んでもらえ。

真木が確かに握った拳の中で、二つに割れている真紅の宝玉が笑った気がした。



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十六話:コネクト ――全てを繋げ



雷鳴が、戦嵐を切り裂いた。
巨大魔女に手傷を負わせる威力こそ持たないものの、その巨体を弾き飛ばす程の雷が降り注いだ。
暗雲の切れ目から、月の光が差し込む。
もう三晩ほどで新月となって消えてしまうような、か細い光芒が……一筋の希望の道となって、膝をついている愚者へと繋がった。

周囲の使い魔を切り払った紫の恐獣は、既に光の強弱さえ判別することは適わなかった。
にもかかわらず、そのグリードもどきは、顔を上げた。
雲の合間より迫る存在感を、確かに嗅ぎ取ったのだ。

一人の子供が翼をはためかせながら、オーズのもとへと降り立った。
恐竜コアの力に犯された火野映司の視力は、その翼の色を見極めることも許さない。
だが、根拠も無く……その羽は赤くは無いと思えた。
加えて、先程の電撃が一人の力にて為されたものではないということも。

「火野さん」

映司に残された聴覚は、辛うじて声の主を特定できていた。
かつてアンクを体内に住まわせていた少女、すなわち鹿目まどかだった。
……その身体の中には、すでにアンクの存在は感じられない。

「私、分かったんです」

視界の遠方にてゆっくりと起き上がっているワルプルギスの夜の動向を掴みながら。
映司は、言葉を待った。
目の前の子供の紡いだ答えを聞いてやらなければならない。
そう、思った。

「人間は、一人だけの力じゃ……大きなことなんて何も出来ないって」

火野映司が一人でワルプルギスの夜を相手取れば、災厄をやり過ごすために映司自身の命を失う羽目になる。
鹿目まどかがワルプルギスの夜を倒そうとしても、やはりまどか自身の存在を代償にしなければならない。
だが、その前提を変えれば。

「でも、私が火野さんを助けて、火野さんが私を助けてくれたら、全部うまく――はずなんだ。――を――って――すれば――」

……どうやら、残された聴覚も既に不能となりつつあるらしい。
鹿目まどかの言葉は、もはや半分も映司には聞こえていなかった。

それでも。
映司は、鹿目まどかがこちらへと差し出した右手の意味を、理解できていた。
そこには既に、かつての赤い腕怪人は居ない。
まどかの身体の中どころか……既に、あの赤いグリードがこの世界のどこにもいなくなってしまったように思った。
思考や理解といった理屈によるものだけではなく、超感覚的にも感じ取っていた。

――世界を確かに味わえる『命』を持ってるってのに、ゴミみたいに捨てやがって!

アンクは、真木博士の屋敷から帰ってきてから、何かがおかしかった。
本当にアンクが望むものを口走ってしまったことも、ウヴァから逃げ遂せた映司のためにライドベンダーを運んできたのも。
アンクに何らかの理由によって死期が近づいていたのだとすれば、納得できるものに思えた。

それに……古ぼけたフィルム映画のようにぼろぼろの映像しか見せてくれない映司の視界の中で。
少女の目に、涙の跡があったような気がした。
証拠とさえ言えなかったが、映司が事の顛末を理解するには充分だった。

そして、在りし日にまどかの行動力を補っていた赤い右腕が存在せずとも、鹿目まどかはその手を映司へと伸ばしていた。
映司の前に突き出しつつ、決して映司に指先を届かせずに。

掴め、と言っているに違いない。
映司へと差しのべられた手を掴んでほしい、と。
しかし……映司は、その腕に縋ることはしなかった。
出来なかった。
目の前の少女がキュゥべえと契約しないで済むならその方が良い、と心の底から思い切っていたから。

――オイ、映司ッ! 何やってんだッ!!

……不意打ちだった。
オーズは、小さな拳に殴り倒されてしまっていて。
物理的なダメージは皆無と言って良いほどだった筈なのに……紫の恐獣の姿は解かれ、そこには火野映司というただ一人の人間が倒れていた。
現実的な損壊こそ無くとも、火野映司はイメージしてしまったのだ。
いつもの赤い腕が、映司を殴ろうとする様を。
聞こえない筈の罵倒まで連想して、地面へと仰向けに倒れ込んだ。

世界が……少しだけ、鮮やかさを取り戻した。

「やっぱり……アンクちゃんの、代わりは、私には……無理です……!」

色を蘇らせた世界のなかで、映司は確たる証拠とともに理解していた。
鹿目まどかが、明確に泣いていたということを。
加えて、アンクが本当に、もうこの世に存在していないのだということも。

「でも……! アンクちゃんは、私を信じて送り出してくれたんです。何も、言わないで……!」

命を二つ救える価値があるのならば、アンク自身は命と等価になる……とでも、考えたのだろうか。
もしくは、死にゆく自身の命運を悟って、生者へと何かを残そうと考えたのかもしれない。
本人に聞く術は、もう残っていない。

「私達は、どっちも、絶対に死んじゃいけないんです……! アンクちゃんが最後に信じた希望を、絶望なんかで終わらせたくない!」

みたび、鹿目まどかは映司に手を差し伸べていた。
地に這いつくばる映司を見下ろして、火野映司へと真っ直ぐに視線を注ぎながら。

「だから、私を信じて、頼ってください。私も、火野さんを頼りますから」


……映司の、負けだった。
アンクの最後の願いを叶えてやりたい、と映司は思ってしまっていた。
火野映司に先んじてアンクの希望を理解した鹿目まどかに、心を動かされてしまった。
同時に、この少女の心がアンクに『命』を与えたのだ、と確信させられたのだ。

自分でも驚くほどに自然な動作のままに。
映司は、紫の瘴気の失われた手を伸ばして……鹿目まどかの腕を掴んだ。
低い握力とは裏腹に彼女の掌には、なるほどと思わせる力強さが確かに秘められていた。

居るんでしょ、インキュベーター! なんて当たり前のように声をかければ、やはり当たり前のように白い獣が何処からともなく現れて。
全ての御膳立ては、整った。
世界を引っくり返すための鍵は、全て揃っていた。
既に決断は、終わっている。

「願いは決まったかい? 正直に言って、君自身の存在を消してしまうような願いは、あまり感心できないんだけど……」

……契約中毒のはずのキュゥべえの言い草は、どこか歯切れが悪かった。
まぁ、魔法少女が魔女になる瞬間に発生するエネルギーを目的物とするキュゥべえにとっては、まどかからエネルギーを回収できなくなったら残念には違いない。
それでも鹿目まどかの前に出てきたのは、おそらくキュゥべえ側には契約を断るという機能が備わっていないためだろう。
最近初めてキュゥべえを見た映司には馴染みの無い感覚だが、まどか達は無意識的にキュゥべえという生物の仕組みを理解しているらしい。
おそらく、インキュベーターというシステムを動かしているアルゴリズムは、人間ほど複雑なものではないのだ。

ならば、何とかなる……のだろうか。

「私達を心配してくれたみんなの思いは、絶対に無駄にしないよ」

キュゥべえに言ったようで、映司にも投げかけられた言葉だったのかもしれない。
そして……「みんな」の中には、映司の身を案じた鹿目まどか自身も入っているのだろう。
もちろん、鹿目まどかを大切に思う友達や家族も。

後は……ただ、願うのみ。



「私……全ての魔女を、人間に戻すチャンスが欲しい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で」

「……やっぱり、因果律そのものへの反逆を願うんだね。本当に君は、『神』になってしまうよ?」



鹿目まどかの身体が、眩いばかりの光に包まれたのが分かった。
半ばグリードと化していた映司の視覚をも染め上げるほどに、漏れ出した因果の力は壮大に輝いた。
同時にその身を包む装飾を様変わりさせ、鹿目まどかが思い描いた魔法少女としての姿を形と成した。

火野映司は、鹿目まどかがノートに魔法少女衣装を書いてイメージを練っていたことなど、欠片も知らない。
だが、それでも。
まどか自身も意図していないだろう、と思われる意匠が、目の前の魔法少女には存在していた。
具体的に言うと、髪を後ろで一本に纏めていた。
アンクが憑いていた時の印象と、『強い自分』というイメージが重なった結果なのかもしれない。

そして……花に飾られた弓を取り出した鹿目まどかは、唐突にその力を解き放った。
再び浮かびあがろうとしていたワルプルギスの夜へと、無数の矢が襲い掛かったのだ。
一切周囲の物体を破壊することなく、まるで当たる事が決まっていたと言わんばかりに、夥しい数の矢が巨大魔女へと吸い込まれていく。
闇を散らし、押し寄せた暗雲を祓って。
オーズが力の同質性ゆえに倒せなかったワルプルギスの夜を……瞬く間に退けてしまった。

それだけでは、無い。
ワルプルギスの夜の巨体を散らして、中から排出されたグリーフシードが……見る間に、人間の形へと戻っていった。
空からゆっくりと落下してくる女の子を、まどかは確と抱き止めていて。

さらに、空が明るくなったかと思えば、昼も夜も無くなった。
未来も過去さえもが、曖昧だった。
ただ、鹿目まどかという魔法少女が、他の魔女達を人間へと戻していく光景が絶え間なく認識され続けた。

映司の感覚器官が鈍っていることなどお構いなしに、それらの作業は情報として映司から観測された。
機械仕掛けの神様のように無限に魔法少女を掬い続ける彼女の姿は、もはや概念的ですらあった。

だが、ふと映司は疑問に思った。
火野映司はどうやって鹿目まどかの所作を観測しているのか、と。
過去や未来が改変されているというのならば、火野映司の記憶も改変されねば不自然だ。
にもかかわらず、映司は目の前で歴史が改変されているという状況を認識出来ている。

映司の疑問をよそに……無限とも言える作業を終えた鹿目まどかが、こちらへ視線をよこしたように思えた。
周囲は、先程まで映司が戦っていた、壊れた街並みそのもので。
どうやら、映司が無限に感じた魔女の救済劇の上演時間は、現実世界では大した長さでは無かったらしい。
……まどかの口元が、少しばかり動いたのが見えた。

直後、眩いばかりの光を放っていた筈の鹿目まどかから……世界の悪意を視覚化したような圧倒的な闇色が噴出した。
ソウルジェムが潰れる音とともに、ワルプルギスの夜をも上回る規模の怪異が現実のものとなる。
世界をあらゆるしがらみから解き放つ、救済の魔女の誕生だった。

そんな世界を終わらせる超巨大魔女の脅威を……映司は、確かに感じ取っていた。
人間という分類から大分に外れた火野映司だからこそ、慈悲を司る魔女の危険性を誰よりも正確に把握することが出来たのだ。
この魔女は、あらゆる知的生命体から『何か』を吸い取っている、と。
その『何か』が欲望なのか生命エネルギーなのかは映司には分からないが、自身のやるべきことなら映司は分かり切っていた。

――私を、頼んだよ。

鹿目まどかが最後に映司を振り返ったとき、そう口にしたように思えた。
つまり……そういうことだった。

「ワルプルギスの夜より大きいな……けど」

まどかの願いは、全ての魔女を人間に戻す機会を得ることだ。
全ての魔女を人間に戻すこと、ではない。
機会を得るということは、すなわち機会を自らの意思で棒に振ることも出来る。
ならば、意図的に特定の魔女を『倒さない』ことも出来るのだ。
したがって、故意に自己矛盾を回避することだって不可能では無い。

現在の火野映司の眼前に聳え立つ一体の影は……この世界に残された、最後の魔女なのだろう。
世界の再構築が終わった今となっては、おそらく他の魔女は一体たりとも存在していない。
全ての魔女を倒すだけの力を使い、膨大な呪いを溜めこんだ鹿目まどかの成れの果てこそが、正真正銘唯一の魔女に違いない。
そして映司には、自身が何を頼まれたのかが分かり切っていた。
あらゆる欲望を否定する無の力ならば……無限の絶望だって切り裂けるはずだ、と。
絶対的な戦闘能力で言えばワルプルギスの夜よりも救済の魔女の方が強いだろうが、紫の力を扱う映司にとって戦いやすいのは救済の魔女なのだ。

オーズが救済の魔女からグリーフシードを抉り出して、その魂を鹿目まどかに戻せば……アンクの最期の願いも、達成される。
火野映司の代わりにワルプルギスの夜を倒した鹿目まどかが、今度は火野映司へと頼る番だという訳だ。
幸いにして……鴻上会長の言う『真のオーズ』になるために、映司は体内に膨大なセルメダルを抱えたままであった。
ワルプルギスの夜との戦いにて少しばかり消費してしまったが、美樹さやかの例にならって鹿目まどか一人を救うには充分だろう。

「倒すしかない、でしょ」

火野映司は、迷うはずも無かった。
アンクの希望を叶えてやりたいという鹿目まどかを信じた時点で、映司は既に他の選択肢を捨てているのだ。
映司の命も拾わなければダメだと言い放った彼女の手をとって、映司は力添えを求めた。

自分自身の命を捨てることでしか幸福な結末を導くことが出来なかった映司よりも、まどかの作った未来の方が……きっと、幸せになる人間は多いのだ。
あとは、映司が勝つだけで全てが解決する。
あまりにもシンプルで、しかしベターな結末が導き出される。

紫のメダルを体内から取り出して、いつも通りのベルトの3つの窪みにセットして。
映司がもう一度だけ顔を上げて確認した相手の姿は、オーズの最後の戦いに相応しい難敵そのものであるにもかかわらず……負ける気は微塵もしない。
腰部からオースキャナーを掴み取った右腕の手首には、鹿目まどかの朱の髪留め紐が、いつのまにか結ばれていた。

「変身!」
『プテラ トリケラ ティラノ』




『トーリちゃんのこと、結局道連れにしちゃったね』
「……ええと?」

自身の姿さえ認識できない、闇の中にて。
トーリは、何処からともなく伝わってくる鹿目まどかの声を聞いて、意識を取り戻していた。
上も下も無い、時間が流れているのかさえ怪しい空間が、トーリを囲っていたのだ。
……一体何故、トーリはこんな空間に居るのだったか。

『でも私、謝らないよ。絶対に助けが来るって信じてるから』
「謝罪は脇に置いて、まず何が起こったのか説明してもらえませんか……?」

まどかの声らしきものを聴きながら、トーリは意識を失う直前のことを、ぼんやりと思い出していた。
たしか、まどかと合体した状態で渾身の雷を落として、ワルプルギスの夜を弾き飛ばして。
その後、まどかの願いをキュゥべえに伝えて……。

『私の願いが正しく叶った結果だよ』
「……あれ? まどかさんの願いだと、全ての魔女を滅ぼすぐらいが精一杯だって言ってませんでしたっけ……?」

一緒に飛んでいた際には、トーリは間違いなく聞いた筈だ。
全ての時間の魔女を滅ぼすぐらいまでしか鹿目まどかの願いでは叶わない、と。
だが実際に鹿目まどかは、それ以上の願いを叶えている。
魔女を浄化する作業に加えて、彼女達を人間に戻すだけのエネルギーなど、一体どこから引き出したというのか。

『それなんだけど……「私達なら出来る」って言ったの、覚えてる?』

――『私』には無理でも、『私達』なら出来るってことだよ。
いや、その理屈はトーリにも分かるのだ。
まどかが自身以外の全ての魔女を始末して、映司が魔女まどかを退治すれば魔法少女の悲劇は完璧に打ち消される。
しかし、そもそも鹿目まどかの願いが叶っていること自体が不自然だとトーリは言いたい訳で。

「映司さんとまどかさんが力を合わせるにしても、どのみち因果の力が足りないのは変わらないんじゃ……」
『私と映司さんだけじゃなくて、トーリちゃんもだよ?』

なんだか不穏な気配がしてきた、ような?
トーリとしては特に鹿目まどかの願いに関連するような力添えをした覚えは無いのだが、それが逆に不安である。
タダよりも高いものは無い、という言葉は、実は計り知れない対価を払っているかもしれないという教訓を示しているのだ。

『トーリちゃんは途中で頭がパンクしたみたいだけど、私達は全ての時間の魔女の誕生に立ちあったんだ』

トーリ自身は殆ど覚えていないが、おそらく鹿目まどかの契約時に合体していたトーリも、その果てし無い旅路に巻き込まれたのだろう。
嫌な予感しかしない。
済まなそうな声なのに、後悔が微塵も含まれていないように感じられるあたり、特に。

『魔女が生まれると、キュゥべえの欲望が満たされてトーリちゃんのセルメダルが増えるでしょ? そのメダルの力をグリーフシード一つずつに還元して、足りない因果の力の足しに使っちゃった』

言われてみると、魔女が生まれればトーリのセルメダルは増える訳で。
さやかが魔女化した時はカザリにエネルギーを横取りされたから例外だっただけで、本来はそういう仕様なのだ。

「……まさか?」
『たぶん、そのまさかだと思うよ?』

果てし無く嫌な予感が頭の中を駆け巡った。
できれば否定して欲しかったのだが……まどかさんからは逃げられなかった。
というか、トーリが口に出していない思考まで伝わってしまっているあたり、実は音波でコミュニケーションをとっている訳ではないのかもしれない。

「もしかして……ワタシが過去未来において得る可能性のあるセルメダルを、全部奪われたんでしょうか……?」
『それであってる、かな』

……肯定された。
つまり、トーリは今後どんなに魔法少女の戦闘に立ちあっても、セルメダルを増やす事は出来ない。
それらの可能性を、まどかの願いのために全て費やしてしまったのだから。
当然、もう二度と無限の魔力も使えない。
合体だけなら可能かもしれないが、せいぜい飛行能力の付与と防御性能の向上ぐらいしか利点も無い。

「……なんだか、あっさり存在意義を奪われた気がします」

もはや、溜息を吐くしかない。
盛大に叫んでツッコミを入れる選択肢も無いでは無かったが、もう色々と疲れていた。
そういう大切なことは事前告知して欲しかった、と漏らしたとしても、言い返される内容は目に見えている。
まどかさんだって、無限の魔力の仕様を契約前から理解していた訳ではないのだろう。

どうしてまどかが無限の魔力の仕組みを知っているんだ、という疑問から辿ってみると分かる。
おおかた、まどかはトーリの能力背景など知らずに、単純に無限の魔力を願いの足しにしようとしただけなのだろう。
実はトーリの力が条件を満たして発動するMPリジェネ能力だったなどという事は、まどかが願いを叶えて時間を跳び回り始めた後に知ったと思われる。

「ところで、今更なんですが……この空間って何なんですか?」

何も無い真っ黒な空間に関して、今更ながら突っ込みを入れてみた。
こればかりは、意味不明だった。
まどかの願いが正しく叶ったのは良いとして、何故トーリがこんな何もない場所に放り出されているというのか。

『私のグリーフシードの中だよ?』

まどかが魔法少女から魔女へと転じた際に、まどかと合体していたトーリも一緒に魔女の中へ取り込まれてしまった、と。
そういう事らしい。

「……という事は、映司さんが助けに来られなかったら、ワタシは永遠にこの場所に居るわけですか?」

鹿目まどかの残留思念がグリーフシードの中に一応存在しているとはいえ、話相手の不足は深刻な問題である。
さすがにそれではトーリが廃人になってしまうのではなかろうか。

『大丈夫。絶対何とかなるよ』
「その楽観は一体どこから来るんですか……」

あっけらかんと言い放った鹿目まどかの声に、不思議と悲観は感じられなかった。
今さら嘆いても仕方ない、と開き直っているのかもしれない。
もしくは、トーリを脱出させてくれる手段に心当たりがあるのだろうか。
果たして、どこか陽気を嗅ぎ取らせてくれる鹿目まどかの、根拠とは。



『だって、捕らわれのお姫様って、何だか憧れない?』



・今回のNG大賞


「まどかさん……さり気なく、『ハイパーアルティメットまどか』を無かった事にしましたね?」
「もうちょっと他に命名なかったもんかと忸怩たるモノがなくも、ない」
「……あれ、トーリちゃん? コメントしてるこのオジサマは誰? 一体どこから出てきたの??」


余談だがこのオジサマ、うめ先生にアルティメットまどかのデザインを依頼する際に「なんか小林幸子みたいな感じでヨロシク」などと口走った模様。


・公開プロットシリーズNo.146
→主人公vs主人公



[29586] 第百四十七話:また あした ――俺たちの 私たちの
Name: カードは慎重に選ぶ男◆87497f72 ID:ab888f41
Date: 2013/07/21 18:29
「変身!」
『プテラ トリケラ ティラノ』

紫のコンボ形態へと変身を遂げた映司が、翼竜の翼を広げて飛び立とうとした……そんな時だった。
一つのエンジン音が、オーズへと迫ってきたのは。

現在は紫の力をそれほど活性化させていないとは言っても、映司の聴覚はそれなりに鈍っている筈なのに。
それでもなお映司の耳へとバイクの駆動音を届けられるという事は、接近者は余程の速度で走っているのだろう。
そして、その来客達を待ってみると……何とも、意外な人物の組み合わせであった。

真木博士が運転するバイクの後部座席に、暁美ほむらが乗っていた。
この時点で既に、色々と突っ込みどころが満載過ぎた。
片時たりともキヨちゃんを手放せなかった真木が、一体どうやって免許をとったのだろう?
というか、マミ組の方のラスボスが真木だった筈なのに、その真木がどうしてピンピンしたままライドベンダーを運転して駆け付けねばならないのか。
更に言うと、マミや後藤の命運は?

「御心配なく。誰も、終わりを迎えた人間は居ませんよ」
「それは……安心しました」

オーズを目前にバイクを停めた真木が、淡々と言葉を綴ってくれた。
確かに、仲間の安否は映司の危惧していた内容の一つなので、それを教えてくれたこと自体は嬉しい。
どういう心境の変化なのかと真木に聞いてみたいところでもあるのだが……映司の関心は、どちらかと言えばベンダー後部座席の暁美ほむらの方に置かれていた。
というのも、ほむらの表情にはありありと不安が満ちていたからだ。
魔女まどかが居るのだから世界滅亡の危機に置かれているというのも間違いでは無いのだが、それにしても様子がおかしいと思われた。

……と、そこまで考えてから、映司は気付いた。
そもそも、真木やほむらが覚えている過去と映司の記憶は、全く別のものである可能性があるのだ。
世界の過去が丸ごと改変されてしまっている都合上、映司の記憶を元に話しても会話として成立しないのが道理ではないのか。
その割には、映司は真木博士とは正常に会話を交わせているが。
ということは、真木博士は改変前の記憶を持っているのか?

「時間系能力者である暁美君には、歴史改変への抵抗力がありますよ。その身体の一部を保持している私も、少なからず恩恵に与っています。完璧にとは言えませんが、ね」

真木博士の説明によると、どうやら時間停止回避と同じ理屈が適用されたらしい。
つまり、暁美ほむらも映司と同様に改変前の記憶を保持していると見て間違いない。
ならば、ほむらが不安がっている理由とは……。

「ほむらちゃんは……魔女になったまどかちゃんを見たことがあるんだね?」
「……ええ」

主に、救済の魔女の恐るべき力を知っているからなのだろう。
そして映司は、ほむらが絶対に視線を落とさないようにしている対象にも、気付いていた。
具体的に言うと、先程から暁美ほむらが、彼女自身の左手に備わった円盾から意図的に視線を外しているように思えた。
注視するのとは別の意味で、分かりやすいと言える。

映司が衰えた目を凝らしてみると、うっすらと円盾の両脇に和弓のような半透明な物質が見えた。
おそらく今のほむらの盾の異常こそが、歴史改変への抵抗力が完璧では無い、と真木博士が言っていた一例なのだろう。
魔法少女の武器は原則として固定品であるからして、それが形を変えようとしているということは、願いや因果自体が置き換えられつつあるに違いない。

「ほむらちゃんに、頼みがある。俺が死ぬまでで良いから……巻き戻しを、待ってほしいんだ」

ほむらは既に時間を巻き戻す用意が出来ているのだろう。
本来であれば、ほむらが再度の巻き戻しを行うためには、あと三日のインターバルが必要のはずだ。
しかし映司は何となく、ほむらが迷っている理由が能力を使うか否かという二択だと思った。
さすがの映司といえど、能力の変質に伴って盾の中の『時の砂』の総量が減った副作用で巻き戻しが出来るようになってしまったという理屈までは、読み切れていない。
だが、能力の変質が進み過ぎると逆行魔法の使用自体が不可能になる危険が高まるということぐらいは、容易に想像できた。

もっとも、大規模な時間改変が行われてしまった今となっては、ほむらの時間逆行も成功は怪しいという事も考慮に入れているのだろうが。
そのうえで……巻き戻すべきかどうか、ほむらは態度を決めかねているに違いない。
暁美ほむらがどの程度世界改変の内容を理解しているのか不明瞭ではあるものの、魔女まどかを倒して人間に戻すことが出来ればハッピーエンドであることは分かっているらしい。
したがって、ほむらが迷っている最後の内容は……戦力としてのオーズを信じられるのか否か、という事に決まっている。

「俺は、命を失う一歩前でまどかちゃんに助けを求めた。求めることが、出来たんだ。自分が生き残るべきだって、思えた。だから……あの最後の魔女と戦っても、絶対に負ける気は無いよ」

おそらく、下手に理屈をこねまわしても、暁美ほむらを安心させることは出来ない。
この場面で必要なのは、理性による『説得』ではなく感情による『納得』なのだ。
紫メダルの力が他の全ての欲望に対して優位に立てるのだということぐらい、ほむらも承知しているハズなわけで。
能力の関係を知って尚ほむらが不安に思っているのだから、もはや理屈ではダメだろう。

「私は……もう、本当に……巻き戻さなくても良いの……?」

本当に、という言い回しも、映司としては気になるところではあった。
他の誰かが、巻き戻しを用いないハッピーエンドの導き方でも暁美ほむらに教えたことがあるのだろうか。
しかも、その手法は既に失敗した可能性が濃厚である。
だが、全ては後回しにすべき些事だった。
重要なのは、暁美ほむらが『巻き戻したくない』という思いを根本に秘めてくれていたということなのだ。

「……ごめんなさい。一度は貴方のことを犠牲にしようとした私が言うのは、身勝手だけれど……」

ほむらの意図ぐらい、映司はワルプルギスの夜との戦闘中に気付いていた。
それでも映司は、構わないと思った。
誰かを助けて死ぬならそれで良いと、かつて映司は本気で思っていた。

だが……それも、映司に大切な物を気付かせてくれる結果を導いた。
もちろん人助けも重要だが、映司自身も犠牲になる訳にはいかないと思えるようになったのだ。
だからだろうか。
映司が暁美ほむらへと怒りを抱くことは、やはり無かった。

「まどかを……私の友達を助けてください。仮面ライダー、オーズ」

火野映司が鹿目まどかを頼って、鹿目まどかが火野映司を頼った。
それ以外にも数えきれない程の人々の想いが、巨大な円環のように繋がっている。
そうやって人間同士が繋がって、力を合わせ続ければ。
きっと、どんな苦難の中でも何とかなる。
映司がまどかから教えられたのは、そういう事だった。

「必ず、この手で掴み取ってみせるよ」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十七話:また あした ――俺たちの 私たちの



ほむらと真木から幾つかの餞別を受け取って、紫のコンボの翼を用いて飛び立ったオーズは、決して振り返らなかった。
背後で人間が地面に倒れる音が響いた気がしたが、絶対に地上に目を落とすことは無い。
最後の魔女が人間から生命力を吸い取るというのならば、地上の二人に何が起こったのかなど、確認するまでも無かった。
それよりも、映司の為すべきことは……鹿目まどかのグリーフシードの奪取だ。

映司には、魔女の中のグリーフシードの位置を感知するような都合の良い能力は備わっていない。
しかし、体積を東京ドーム単位で換算するのがバカバカしく思えるほど巨大な魔女の身体の中を逐一散策する訳にもいかない。
なので、映司は一応の目的地として……頭か腹だろうという目途を立てた。

『ゴックン』

次の瞬間には、砲撃形態となったメダガブリューが火を噴いた。
既に巨大魔女の腹部付近まで飛びあがっていたオーズが、突入のための風穴を魔女の漆黒の体皮へと拵えたのだ。
基礎的な出力の桁が違っても、やはり欲望を否定する無の力は救済の魔女に対して有効らしい。

さらに、オーズは一寸の迷いもなく孔へと飛び込んだ。
瞬く間に闇が押し寄せ、オーズの退路を押し潰していった。
絶望で出来た泥のような物体が、紫のオーズを飲み込もうとした。
世界そのものを変えた代償としての闇の力をもってすれば、外界からの光を絶つことなど至極容易な所業に違いない。

『ゴックン』

だが、そんな魔女の巨体を、一筋の紫電が駆け抜ける。
メダガブリューを大戦斧形態へと変化させたオーズは……空間斬撃にて、その巨体を切り裂いていた。
もちろん、救済の魔女が巨大過ぎるという理由もあり、魔女の胴を両断するほどの攻撃範囲を確保することは出来ない。
……ならば、数を重ねれば良い。

二撃、三撃、四撃。
ひたすらに腕を振るって、オーズはただ魔女を斬り続けた。
まるで世界中の怨念を物質化したようなヘドロが、継続的にオーズへと降り注ぐ。
恐るべき粘性を持った漆黒は、映司の幾分か退化しているはずの痛覚にさえ、焼けつくような痛みを通した。

それでも、オーズは止まらない。
押し寄せた闇を振り払って、求めるものを探し続けた。
そのたびに、魔女の巨体からは呪いの暗黒が零れ落ちた。
刃を重ねに重ね、無の斬撃は絶えず漆黒を切り裂く。

「……!」

……映司の運が、良い方に傾いたらしい。
がむしゃらに放ち続けた空間斬撃の一つの通りが悪かったのを、オーズは見逃さなかった。
その方向に魔女の核たるグリーフシードが存在することは、間違いないだろう。

『ゴックン』

再び砲撃形態へと変化させたメダガブリューに、セルメダルを飲み込ませて。
オーズは、一点突破を目論んだ砲撃を仕掛けた。
薄く広く切り裂く空間斬撃よりも、一か所に集中させた力のほうが有効打になると踏んだのである。
紫の波動は、一陣の閃きとなって闇の中の一点へと襲い掛かる。


……が、それで終わるはずもなかった。
小さな円盾を構えた黒い影が魔女の核の前に現れ、砲撃を凌いだのだ。
漆黒の泥を固めて人間の形を模したそのシルエットに、映司は見覚えがあった。

「おっと!」

次の瞬間には、別の方角から超音速の弾丸がオーズを貫こうとした。
とっさに翼を動かして回避行動をとったオーズは、やはり既視感を抱いていた。
この鋭い狙撃を、どこかで見たことがある筈だ。

さらに、サーベルを握りしめて突撃を仕掛けてくる影が新たに現れたものの、オーズは振り向きざまにその接近者を両断した。
胴より下と泣き別れになった泥人形が、笑った……ように思えた。
同時に、オーズの胸に漆黒の闇で出来たサーベルが付きたてられ、焦げ付くような痛みが映司を襲った。

「ぐっ……あ……!」

とっさに左腕の爪をつかって、泥人形に残された上半身を引き裂く。
それでも……オーズに出来たのは敵との距離をとることだけであり、サーベルを握った影は再び元の五体満足な状態へと回復してしまっていて。

ようやく、映司は敵達の像を把握することが出来ていた。
モノトーンの泥人形は人間の質感を帯びてこそいないものの、その造形は……どこかで見たことのあるものばかりだ。
細長い銃器を持った影とサーベルを持った影がオーズへと襲い掛かる隙を窺い、円盾を装備した影は魔女の核を守ったまま動かなかった。

戦い方といい、得物といい、3体の影人形たちの振る舞いは……どこかの魔法少女達そのもので。
映司は、直感的に理解することが出来た。
鹿目まどかの印象に最も強く残った数名の魔法少女達が、魔女の核を守る最後の守護者たちのモチーフとなっているのだろう。

……映司は、彼女達の厄介さを知っていた。
時間停止の無い暁美ほむらは脇に置くとしても、回復して何度も襲い来る美樹さやかと多彩な技が持ち味の巴マミは、敵に回すと一筋縄ではいかない相手なのである。

『スキャニングチャージ』

オーズはスキャナーにて再びベルトの紫コアを読み取らせていて。
再び剣を構えて突進攻撃を企てたさやかの影を……オーズの肩から伸ばされた黄金の角が、貫く。
もちろん、痛みなど感じない影が、その程度の攻撃で止まる訳も無い。
依然としてサーベルを振りかざしたまま、影は腹の穴が広がるのも構わずに、オーズへと前進を続けた。

だが、ようやくオーズの間際まで接近できた影は……その腕を振り抜くことが出来なかった。
さやかの影が叩きつけようとしたサーベルは、オーズの鼻先三寸のところで動きを封じられた。
影人形の全身が、オーズの角より伝えられた激烈な冷気によって内側から氷漬けにされてしまっていたのだ。

間をおかずに、オーズの背部には紫の鱗に覆われた強靭な尾が具現化されていて。
長く伸ばした尾を振るって、オーズは氷漬けの影を打ち据えた。
ただし、影を砕いてしまわないように手心を加えながら。

なまじさやかの影を砕いてしまうと、また回復して襲ってくる恐れがあるので、こういう手合いは遠くに弾き飛ばして放置するのが一番である。
別に、映司の目的はこの影人形たちと戦う事では無いのだ。
闇の底へと落ちて消えていくさやかの影に一瞥をくれてやりながら、しかしオーズの意識は既に次の行動へと移っていた。

――まず、一体。

マミの影が、大量のマスケットを空中に浮かべながら圧倒的な数の暴力を用いた弾幕を創り出したのである。
尾を振り回して弾丸を叩き落とすオーズを嘲笑うように、影の放った弾丸は容赦なく紫の鱗を食い破り、オーズの尾を引き千切った。
オーズの胸部の円環装甲にも、肩の角にも、区別なく泥の弾丸が突き刺さった。

弾幕の合間から……マミの影がティロ・フィナーレのための巨大砲台を創り出しているのが、見えた。
と同時に、オーズもまた、メダガブリューを砲撃形態へと変化させていて。
しかし、オーズがガブリューの喉へと押し込んだ輝きは……銀色では無かった。
迷うことなくオーズは、黄のソウルジェムをメダガブリューへと呑み込ませたのだ。
暁美ほむらから授かった、魔法少女たちの形見の一つだった。

『ゴックン』
「ハァッ!!」

砲撃を放ったのは、一瞬だけ影人形の方が早かった。
紙一重でかわそうとしたオーズは、闇色の弾丸によって紫の翼を消し飛ばされたが……大した問題では無かった。
オーズの翠色の瞳は、既にマミの影へと照準を定め終えていて。
メダガブリューから放たれた黄金色の輝きがマミの影を貫いたのは、オーズの遥か後方にて闇色の弾丸が巨大魔女の体皮を突き破るのと同時だった。

――これで、二体。

紫の翼の片方を失って、オーズは体勢を崩しつつあった。
それでも、最も骨の折れる相手であるマミの影を倒せたのなら、損では無い。
案の定というべきか、回復を繰り返していたさやかの影とは違って、マミの影は再起する気配を見せなかった。
様々な平行世界を目の当たりにした鹿目まどかの印象として、マミは強烈な攻撃をくらうとあっさり死んでしまうというイメージが強かったのかもしれない。

映司の掌の中には……既に、次の手があった。
失った紫の翼をも凌駕する、切り札が。

「最後の力を……俺に貸してくれ! アンクッ!!」

いつもの小気味良い音が、三連続で木霊する。
ベルトへと三枚セットのメダルをセットする音色は、映司が何よりも聞き慣れた響きで。
ただし、そのうち一つだけは、少しばかり大人しかった。
二つに割れてしまっているタカのメダルを、無理やりオーズドライバーの溝へと収めたためだ。

『タ カ クジャク コンドル』

先程の黄金色以上の光輝が、周囲の闇を塗り潰した。
降りかかる漆黒の泥を焼き払いながら、虹色に輝く翼を広げて。
真紅のオーズ……タジャドルコンボが、その姿を現す。
片手にこそ紫の砲を握ったままであったが、立ち上る炎熱をまとった姿は、その全てが光に彩られていた。

左腕のスピナーも陽炎のようなゆらめきを放っており、どこか通常のタジャドルコンボよりも大きな力が湧いてくるように思えた。
なまじタカのコアメダルに異常が出ているせいで、出力の箍が外れてしまっているのかもしれない。

さらに、オーズは二つ目のソウルジェムをガブリューの喉に通して、三体目の影へと急接近を遂げた。
瞬く間に、大戦斧へと姿を変えたガブリューをオーズは振るった。
ほむらの影が円盾をかざしての防御を試みたようだったが、そんなものは意味が無い。
まるで空気を薙ぐように、あっさりとオーズはその腕の刃を振り抜く事が出来た。

そして、ほむらの影の後ろに隠れていた四体目の影が繰り出した槍によって、深紅の体躯の中央を貫かれた。

「……ッ!」

息が、漏れる。
考えてみれば、杏子の使いそうな手である。
無駄な力は使わずに、相手が油断したところを一突きで仕留めるという、それだけのことだ。
案の定、紅のオーズが受けた傷は、明らかに致命的であった。


……映司の、読み通りに。


刹那、杏子の影の放った槍にて貫かれていた筈のオーズの姿が……虚空へと消えた。
元から居なかったかのように、という比喩は不適切だった。
事実として、杏子の影に刺し貫かれたオーズなど、初めから居なかったのだ。

『ゴックン』

呑み込み音が届くよりも早く、紫の魔力に彩られた極大砲撃が杏子の影を死角から消し飛ばした。
ほむらの影に斬りかかって杏子の影に打ち取られたオーズは……幻であったのだ。
赤いソウルジェムをメダガブリューへと呑ませて、オーズの分身を作り出したうえで、槍使いの影を誘き出すためのフェイントとして使ったのである。
杏子の影の死角に突如としてオーズが出現したのは、紫のソウルジェムも密かにメダガブリューに呑み込ませたからだった。

――三体目。

残った一体の影は、攻撃してくる気配を見せなかった。
外敵の排除よりも、あくまで魔女の核を守ることを念頭に置いた存在なのだろう。
それが、幾つもの過去と未来を視た鹿目まどかが抱いた、最終的な暁美ほむら像に違いない。
……ゆえに、生半可な攻撃では最後の影を突破することは出来ないに決まっている。
というか、杏子の影を倒した砲撃にはほむらの影も巻き込まれていた筈なのだが、全くダメージが通っているようには見えなかった。

最後の影人形へとオーズが接近するものの、影人形は円盾を構えたまま動かない。
オーズがゆっくりと左手を伸ばせば、影人形の構えた円盾に掌を宛がうことができた。
それでも尚、ほむらの影は動かない。

「大丈夫。ほむらちゃんの友達は、君を泣かせたりしないよ。絶対に」

映司の左手のバックラーには、いつの間にか7枚のコアメダルが収まっていた。
不思議と、映司自身にはタジャスピナーを操作した記憶が無かったが……現実にスピナーの7つの窪みは全て満たされていたのだ。
ひょっとすると、いつだったか初めてタジャドルコンボを使った時のように、映司に認識されない誰かが『手』を貸してくれたのかもしれない。

『クジャク コンドル プテラ トリケラ ティラノ プテラ』

円環を描いて盾の中を回り始めた赤と紫の光芒を束ねる。
もはや、周囲に暗闇など無かった。
オーズは溢れんばかりの輝きを撒き散らしながら、ただスピナーへと炎を集め続けた。

タジャスピナーを装備した左手を、ほむらの影へとかざしながら。
映司は、炎の発射口を開かなかった。
高まり過ぎた灼熱によって、内側からスピナーにヒビが広がっていった。

目の前の影を消し去るには、どのぐらいの火力を用いれば良いのだろうか。
超至近距離からの一撃とはいえ、映司には判断がつかなかった。
密着状態からの最大火力を用いれば映司自身もただでは済まないはずだが……なぜだか、映司は死ぬ気がしなかった。
ベルトの中にたった一枚だけ残したタカのメダルが、映司のことを守ってくれるように思えたから。

「……セイヤァッ!!」


最後に世界を覆い尽くした、眩いばかりの光の最中で。
映司は、確かに見た。
もう居ないはずの『あいつ』が、笑った顔を。





……分かったよ。お前は死んじゃったけど、だから、お前の欲しかった物は手に入ったんだって。

――知ったような口をききやがって。お前こそ、手に入れたのか。

ああ、俺はまどかちゃんに頼ったから生き残れたし……それに、魔法少女のみんなの魔法にも頼って、今もお前に頼れた。
こんな簡単なことが、俺が本当に求めていた『世界のどこまでも届く手』だったんだ。

――ハッ。そんなことも分からないほどに、お前はバカだったんだ。

お前だって、俺のこと言えないだろ?
アンクが本当に欲しいものを手に入れる方法に気付いたのだって、昨日とか今日のくせに。
……って、どこに行くんだよ、アンク。

――分かってんだろ? お前の掴む腕は、もう俺じゃないってことだ。

そうかもしれないな。
でも、お前の手を掴んだのも、絶対に間違いじゃなかった。
だから……俺はお前の腕も、また掴んでみせるよ。
俺一人じゃ無理でも、他の誰かの手を借りれば……やれないことなんて、あるわけない。
そう、教えてもらったからな。


――そうか。そうだなァ。その答え、お前にしては……上出来だ。



映司の握りしめた拳の中には……最後の魔女の卵が、二つに割れたコアメダルと共に眠っていた。




・今回のNG大賞


救済の魔女のもとへ飛び立とうとした映司のもとへ、真木博士と暁美ほむらが駆け付けた!

「あれ? 真木博士……? なんだか、博士の服装がおかしいように見えるんですけど……?」
「火野君。どうやら、紫のコアメダルの影響で視力が大分弱っているようですね。私は、不自然な服など何も着ていませんよ」

そうだよね。
まさか全裸でライドベンダー運転して来たりしないよね!


・公開プロットシリーズNo.147
→未来の、いつかの明日に! 次週、最終回!



[29586] 第百四十八話:Anything Goes! ――選んだ明日
Name: カードは慎重に選ぶ男◆87497f72 ID:ab888f41
Date: 2013/07/27 22:26
薄暗い、森の中。
ヨーロッパ中部に位置する国に鬱蒼と茂る樹海を、身の丈2メートルにも届きそうな大男が、ただ進む。
いかにも探検家が着るような抹茶色のブーツや帽子を着込んだ巨漢は……しかし、その両腕に抱えた物体によって全ての雰囲気をぶち壊していた。

――HAPPY BIRTHDAY!

純白のバースデイケーキが、まさか密林という風景の中に馴染むはずもない。
それでも、男は進み続ける。
生誕を祝う歌を歌いながら、満面の笑顔を張り付けたまま。
この男の名は……言わずと知れた財団の名物会長こと、鴻上光生だった。

「ハッピー・バースデイッ!!」
「よもや、また貴様の顔を見ることになるとは。なんと忌々しい……!」

そして、鴻上が探索の末に見つけた対象は、女の子だった。
見滝原の魔法少女軍団よりは少しばかり年上に思える、くすんだブロンドの髪が特徴的な西洋人が、森の奥地に座り込んでいたのだ。
鴻上光生は、目の前の少女の顔に見覚えが無い。
だが、彼女の名前は知っていたし、議論をかわしたこともあった。

「なぁに! 魔女が人間に戻ったと聞いてね! 君の新たな誕生日を祝いに来たんだよッ!!」
「我が魂の輝石を隠していた事に気付いていたか。だが、誕生を祝うなどとは酔狂なことだ。どのみち、人間はその欲望によって滅びる運命にあるというのに」

両者ともに改変前の記憶が残っているあたり、互いに抜け目が無いというべきか。
当然、二人はともに暁美ほむらの時間魔術への対策をとっていたに違いない。
暑苦しい笑顔を崩さない鴻上も、尊大な態度を崩さない少女も、そのレベルで先見の明をもった存在なのだ。
……そのはずなのに、二人の見た未来は正反対で。

「その時には新たな欲望が生まれて、滅びを打ち負かすさッ! 今回のようにねッ!!」
「白々しい奴だ。この時代にグリードが蘇ったのも、おおかた貴様に仕業であろう? 全てが予定通りに運んで、満足か」

元錬金術師は、人間の浅はかな謀を看破して、冷たく言い放った。
……と、彼女本人は思ったのだろう。

「グリードを復活させる予定があったのは事実だが! 残念ながら、それを為したのは私ではないよッ! とある魔法少女の横槍によって、私のプランの全てが一ヶ月ばかり前倒しになってしまってねッ!」
「それは……こう言っておこう。ザマを見ろ、とな。貴様が煮え湯を飲んだというだけで、胸がすくというものだ」

まぁ、煮え湯を飲んだのは鴻上光生では無かったりする訳だが。
具体的に言うと、新兵器の開発スケジュールを詰められすぎて過労死寸前だった真木博士が、実は一番の被害者なのかもしれない。
鴻上会長も箱詰めの栄養ドリンクを真木博士の研究室に送ったりしていたのだが、やはり真木清人も人間であるからして、疲労が溜まっていたに違いない。

「もちろん、それでもグリードの再誕は祝福されるべきだがねッ!!」
「どこまでも、めでたい奴だ。もはやコアメダルも多くが失われた。この先の未来に、人間達は未だ見ぬ脅威にどう立ち向かうというのだ」

全てのコアメダルが失われた訳では、無い。
むしろ、ウヴァ暴走態のコアメダルが結局一枚も壊れなかったことを踏まえれば、全体の半数近くが残っているとも言える。
それでも……人類の切り札たるオーズの力が目減りしてしまったのは事実な訳で。

だからこそ。

「そういう訳だ! 生まれ変わったドクター真木と協力して、新たなコアメダルを作ってくれたまえ! 新しい君の誕生だよッ! ハッピィ、バァァスデェィッ! マスター、ガラッ!!」
「…………なんと?」



『その欲望を開放して魔法少女になってよ』
第百四十八話:Anything Goes! ――選んだ明日



多国籍料理店、クスクシエ。
そこが、祝勝会の会場だった。
Xデーから一週間が過ぎて、ようやくそれぞれが落ち着いた日曜日に。
朱に染まった夕日が目に優しい時分に、若者達は集ったのだ。
主な名目はもちろん、二つの巨大な危機を退けたことを祝うというもので。

「あ゛ー、マイクのテスト中ーっ! 本日は御日柄もよくー、以下全部略で! とにかく騒ぐぞー! カンパイっ!!」

……最終決戦に全く関わっていなかった筈の美樹さやかが、何故か音頭をとっていたりする。
お調子者のさやかにこそ相応しい役回りだと誰もが納得しているからなのだろう。
変に後藤さんやマミさんに任せると、どこぞの著名人のスピーチあたりからの引用を混ぜての長話を始めるのが容易に想像出来てしまう。
そんな誰得な演説が始まるぐらいなら、さやかで良いや……というのが、この集団の総意な訳だ。
まぁ後藤慎太郎に関しては、本日帰国する伊達明と合流してから来るとのことで、少し遅れるらしかったが。

そして、宴会には……当事者中の当事者たる真木清人も出席していた。
仮にもメダル騒動のラスボスであった真木が祝勝会に参加するのはどうなのか、と真木自身ですら思わずには居られなかった。
というか、誰が好き好んで事態の元凶へ話しかけてくるというのか。
一応乾杯には参加してみたものの、どことなく余所余所しさを感じてしまうのも当然だった。
いうなれば、孤高と書いてぼっちと読むような人種が20年ぶりの同窓会に出席した時のような。

だが、捨てる神があれば、拾う神もある訳で。

「ドクターさんよ。その……なんだ。あんたの家、物色して悪かったな」

佐倉杏子が一体何用なのかと思いきや、渋々といった様子のまま謝ってきた。
どういう訳かと考えて少しばかり周囲に注意を回してみると、顔に笑顔を張り付けたまま杏子の背中へと視線を注いでいるマミの姿が目に入った。
その笑顔がどこか威圧的なあたり、色々とお察しである。
どう見ても、マミは杏子の挙動を監視しているとしか思えない。
おおかた、佐倉杏子が真木に謝ってきたのも……おっかない巴マミに叱られたからなのだろう。
巴君。君は佐倉君の母親か何かなんですか。

「……ええ。あの人形は、私の家族の唯一の形見の品でしたからね」
「うっ……ゴメンナサイ……」

杏子が、露骨に気まずそうに目をそらしてきた。
……この反応が、真木としては地味に予想外だったりして。
そもそも、真木もさほど杏子を糾弾するつもりがある訳でも無かった。
世界を滅ぼす悪事に比べれば、まだ杏子の所業は酌量の余地があると言えるだろう。
であるからして、恨みがましい言い方をしておければ、佐倉杏子という少女は逆に開き直るだろうと踏んだのだが……。

どういう訳だか、杏子はバツの悪そうな顔をしている。
良心にリボルケインでも突き刺されたような顔である。

「ですが、アレは……もう、今の私には必要が無くなったものです。気に病むことはありません」

真木は……かつて、真木少年を見捨てようとした姉を殺した。
そして、自らの行いを正当化するために姉を使うようになった。
自身が姉を殺したのは私怨などではなく、醜く変わっていくものを美しいうちに終わらせるという使命のためだったのだ、と。

そうやって自分に言い聞かせ続けなければ、真木は生きていけなかった。
壮大なる使命のために姉は犠牲になったのである。
そんなふうに自分を騙して生き続けているうちに、真木は世界自体を滅ぼさずには居られなくなったのだ。

だが……それも終わりだった。
真木には、自身の過ちが何であったか、既に見えていた。
姉と真木清人の仲が戻るまで、何度でも根気強く話し合わなければならなかったのだ。
その答えが、真木清人が世界滅亡騒動の最中にて得たものだった。
証拠が不足しているために、当時の罪を法のもとに償うことは不可能であったが、真木は自分なりの方法で自身の過去を背負う道を歩むことだろう。

「まぁ、恨み負ってないなら良いや。余分な荷物は持たない性分なモンでね」

一本にまとめられた赤毛を揺らして去っていく杏子の背中を目で追いながら。
そういえば、と真木は思い出していた。
たしか、佐倉杏子の家族は、父親による一家心中が原因でこの世を去っていた筈だ。
どこか気まずそうだったのは……杏子自身も、何か家族の形見の品を大事にしているからなのかもしれない。
世界改変の影響でお互いの記憶が食い違っているのかとも思ったが、まどかが願いを使った際には、暁美ほむらが赤と黄のソウルジェムを持っていたように思う。
ならば、完璧にとは言わないまでも、杏子も改変前の記憶を持っていると見るのが妥当だろう。

杏子の進路に待ち構えて、ちゃんと謝れたわね、なんて言いながら杏子の頭を撫でようとしているマミは、既に杏子の家族のようなものなのだろうか。
マミの手を杏子が華麗なフットワークで回避しているあたり、杏子は反抗期なのかもしれない。

一方、真木が杏子と微妙に弾まない会話をかわしていたのと同時進行で、さやかがそれなりに笑いをとるリアクション芸を連発していたのだとか。
人魚の魔女のモノマネを披露したかと思えば、トーリの正体を今更教えられてウソダドンドコドーンを始めたり、ワルプルギスの夜対策の作戦を聞いて怒り出したり、などなど。
というか、今までさやかがトーリの正体を知らなかったのが驚きである。
決戦の日から一週間が経過しているのだから、鹿目まどか辺りが美樹さやかへと情報を提供していても良さそうなものなのに。

むしろ、まどかが情報を伝えたにもかかわらず、『何をおっしゃるうさぎさんー?』みたいにさやかが信じなかった可能性の方が濃厚である。
まどかの健気な努力を無に帰すとは、やはりさやかは良き終わりを迎えておいた方が良かったのかもしれない。

「何だよ何だよー……。あたしだけ除け者かぁ……。世界を変えたついでに、恭介のあたしに対する好感度上げてくれたりとか出来なかったの?」
「さやかさん……。著しく条理を超えた願いは反動で願い主を滅ぼすって、さやかさんが身をもって証明したじゃないですか……」
「ごめんね、さやかちゃん。無限の魔力と因果があっても、それだけは無理だったんだ……」

……相変わらず、美樹さやかは生粋のムードメーカーらしかった。
その代わりに何か大切なものが欠けている気がするのは、おそらく気のせいだろう。

「こうなったら……伝統的少女漫画戦法だ! まずリーゼントに短ラン装備のパンツマンが仁美に襲い掛かって、後藤がそれを助ける。すると、仁美は後藤に惚れて、あたしが恭介を……!」
「ごめん。俺、無理。今は生活費が底を尽きそうだから、しばらく鴻上さんのところの美術館でバイトする予定なんだよ」
「美樹さやか。志筑仁美が居なければ何とかなると貴女は思っている。その思考が、まるでダメね」

さやか……もういい、休め……!
恋愛沙汰にあまり関心の無い真木でさえ、さやかに救いが無い事だけは分かった。
いっそのこと、別の男を探した方が良いのではないか。
過去に偵察用カンドロイドが仕入れて来た情報によると、後藤慎太郎がさやかに対してプロポーズまがいの発言をしたことがあったらしいので、実は狙い目だと思われる。
まぁ後藤にしても、さやかを『守るべき女性』としてではなく『守るべき子供』として見ている気配は濃厚だが。

「……火野君。その美術館はおそらく、一か月前にグリードが復活した日に倒壊したきりですよ」
「えっ? そうなんですか? なら暫く、このクスクシエで働かせてもらうか……」

あの戦いが終わってから。
火野映司は、また旅をするためのモチベーションを取り戻したのだという。
だが、いざ旅立とうとしてみたら、飛行機に乗る資金も無かったらしい。
この一ヶ月の間にほとんど毎日に近いペースで戦っていた関係上、ろくな貯蓄も無い状態だったというのだ。

「後で会長のところに行ってみてください。火野君の資金の問題は解決されるかもしれません」
「……? わかりました。行ってみます」

鴻上会長が、メダルに関する海外の遺跡を調査する人員を求めているようなので、おそらく映司とは利害が一致するに違いない。
いわゆる、特派員というやつである。
真木の言葉に頷きながら、映司が……少しだけ、視線を真木から外していた。
映司の見ている方を真木も見るべし、ということなのだろう。

視線の誘導に従って真木が目を動かすと、いつの間にか真木の近くまで歩み寄っていたトーリの姿が目に入った。
おそらく真木に用事があるようだが、真木には特に心当たりも無かった。
というか、ぼっち街道を爆進するかと思っていた真木に、話しかけてくる人間は意外と居るものである。

「私に何か用ですか?」
「はい。真木博士なら分かるかと思ったんですが……無限の魔力って、結局何だったんでしょうか」

何だった、と漠然と言われても、真木としては答えようがない。
たしか、魔法少女が魔女に近付くごとにキュゥべえの欲望が満たされ、連動してトーリのセルメダルが増えるという構造があった筈だ。
そのシステムを利用して、トーリに増えたセルメダルをそのまま魔法少女の魔力に再変換することで永久機関とするのが『無限の魔力』であった。
だが、その程度の事はトーリとて分かっているだろう。

「さやかさんがヤミーになった時、スミロドンヤミーのセルメダルは……明らかに、さやかさんを元に戻すための分に足りなかったんです。でも、まどかさんが願いを使った時には、無限の魔力で発生するエネルギーが、魔女達を元に戻すための必要量と釣りあっていたんです。何か変じゃないですか?」

……整理してみよう。
魔法少女の魔女化に伴ってトーリのセルメダルが増えるのは、確認済みだ。
そのセルメダルが、魔法少女を人間に戻すための量と釣りあうのも、特に問題は無いだろう。

一方、さやかの事例はどうだっただろう。
さやかからスミロドンヤミーが剥がされた時、万にも及ぶセルメダルが残ったのだという。
美樹さやかの怨念を材料として、エネルギーがセルメダルの形にて生み出されたのである。
構造としては、キュゥべえの満足が得られなかった代わりに、グリードが横取り出来る形で資源が実体化したという事が出来る。
ところが、いざ人魚の魔女のグリーフシードを戻す時になってみれば、トーリが大分自腹を切らなければセルメダルが足りなかったらしい。

欲望をセルメダルに変換するという仕組みが同じである以上、スミロドンヤミーだろうとコウモリヤミーだろうと、魔法少女の魔女化に際して得られるエネルギーは同じであるべきではないのか?
……という疑問の答えを、トーリは真木に期待しているだろう。

「結論から言ってしまうならば、『親が違うから』だと考えられます」
「さやかさんとキュゥべえさんの違い、ですか?」

一言で「違い」と言われても、むしろ違い過ぎて分からないというのがトーリの本音なのだろう。
というか、さやかとキュゥべえの間には人語を話せることぐらいしか共通点が無いのではないか、とさえトーリは思っているに違いない。

「インキュベーターからヤミーを作り出せる以上、彼らは人間と同じく『欲望』を持った生物です。ここまでは分かりますね」
「大丈夫です」

現に、キュゥべえが宇宙の熱量的死を回避しようとしているのは、欲望の一種である。
鴻上会長ならば、迷いなくキュゥべえの目的を欲望として認定してくれることだろう。

「ですが、彼らには『欲望』の優先順位を上下させるための『感情』がありません」
「感情、ですか?」

欲望は人間を突き動かす原動力ではあるが、一人の人間につき一つだけ存在している類のものではない。
当然のように、人間は自身の抱く無数の欲望に優先順位を付けながら生きている。
だが、時にその優先順位が狂ってしまうことがあるのだ。
……「感情」というファクターによって。

「グリードの復活を求めていたトーリ君は、人間を助けようとも思うようになりましたね。それが『感情』の為せる業です」
「なるほど……」

潜入当初のトーリには、人間を慈しむ理由など無かったのかもしれない。
しかし、最後の最後でヤミーとしての思考を狂わせたのが……「感情」だった。
そこに至るまでの経験も活きていたのだろうが、最終的にトーリは感情に従って目的の優先順位を変えてしまったのだ。

「しかし、インキュベーターには感情がありません。ぶれる事の無い純粋な欲望を持っていると言い換える事ができます。それこそが、完璧なエネルギー変換効率の達成……すなわち、『無限の魔力』の正体だったのではないでしょうか」

もちろん、インキュベーターとて目的の優先順位を変えることはある。
目的の実現可能性や報酬の多寡といった情報に修正を加えることで、合理的に目的を変更することは無いとも言えない。
だが、そこには人間の感情のような理不尽な要素は存在しない。
あくまで理にかなった判断基準のもとに、宇宙の熱量的死の回避という最終目標へ進むのがインキュベーターなのである。

「なんだか、『キュゥべえさんのお蔭で世界は救われた』みたいで釈然としないというか……」
「そう思えるのも、感情を持つ者の特権ですよ」

理屈としてはトーリも理解してくれたようだが、感情としてはあまり納得できていないらしかった。
ただ、感情があるということは、人間が変わり続けられるということでもある。
決して悪いことばかりでは無い。
醜く醜悪な存在へと変貌を遂げることもあれば、現在よりも素晴らしいものへと進化する可能性だって存在するのだから。


「さぁ! みんな注もーく! 世界を救ったMVP鹿目まどか大明神大公からプレゼントのお知らせがあるぞーっ!」

……と、他の全ての会話をぶったぎって、再びさやかがマイクを手に取っていた。
美樹さやかという人間が、姦しいというよりも喧しいと言われる所以である。

「さやかちゃん? 後藤さん達が来てからの方が良いんじゃない……?」
「後藤はともかく、伊達さんが来るとそのままおでん食べるノリになる気がするし、先にやっちゃおう!」
「……伊達明なら、充分に有り得るわね」

ほむらの同意は、何かを諦めた者のそれに見えた。
特にコメントせずに料理を頬張っている杏子も、全く同じ感想らしい。
マミだけは、伊達明という人物をあまり良く知らないのか、ツッコミを入れるタイミングに戸惑っているという顔をしていたが。

「ええと、じゃぁ、まず火野さんと真木さんに……進呈します」

突然さやかから急かされて少しばかり困り顔のまどかが、火野映司と真木清人に、それぞれ紙袋を一つずつ手渡してくれた。
察するに、おそらくプレゼントは市販品の何かだろう。
照れているのか、鹿目まどかの頬に少しばかり朱がさしている様子が見て取れた。
果たして、紙袋の中に大事そうに包装してあるプレゼントの中身とは、一体何なのか?

「開けてみても構いませんか?」
「えええっ! だ、ダメです! あとでこっそり開けてくださいっ!」

……明らかに挙動不審な反応を見せられた。
それはもしや、開けろというフリなのだろうか?

「よし、中身を確認するんだ! 佐倉アン子二等兵っ!」
「なんか食べ物の匂いはしないし、面倒臭いからアタシはいいや。あーマミ、そっちの赤黒いヤツ取って」

さやかが息を吐くようにボケたような気がしたが、杏子には心底どうでも良さそうな態度でスルーされた模様である。
というか、幾重にも丁寧に包まれたプレゼントの匂いなど、杏子はいったいどうやって嗅ぎ分けているのだろう。
むしろ、それだけの嗅覚があるのならば、開ける前から中身の判別ぐらい出来るのではないのか?
もっとも、杏子の嗜好から察するに、嗅ぎ分けられる対象は食料品限定かもしれないが。

「よいではないかー!」
「お願い! お願いだからそれだけはー!!」

映司の紙袋を奪取しようとしているさやかを、まどかが抱きついて足止めしていた。
暁美ほむらがノリを掴めずに視線を泳がせている一方で、マミと映司が微笑ましそうにまどか達を見守っていたりして。
しかし、鹿目まどかがあれだけ恥ずかしがっている贈り物とは、一体何なのか?
そもそも、映司と真木に渡されたプレゼントの中身が同じなのかどうかも分からない。
そう思って、真木清人が手元の紙袋に目を落とすと。

「……」
「……」

影の薄さを利用して密かに真木の紙袋の中身を抜き取っている途中の裏切り者と、目があった。
よく視ると、まどかとじゃれているさやかが、こっそりとトーリへとハンドサインを出している様子が窺えた。
君達……楽しそうですね。

「……トーリ君?」
「……勝手にまどかさんの魔女化に巻き込まれたんですから、これぐらいの意趣返しは許されると思うんです」

そうですか。
そういえば、君の属性は蝙蝠でしたね。
というか、この期に及んでまだ人を裏切れるトーリ君のメンタルには脱帽です。
君が後で暁美君に射殺されないことを祈っていますよ。

「さて、中身はいったい何でしょうか……?」
「えっ? トーリちゃん、いつのまに!?」

直前でまどかもトーリの行動に気付いたようだったが、既に遅かった。
トーリは、プレゼントを開封してしまっていたのだ。

赤、黄、緑、青……などなど。
様々な色を用いて特徴的にデザインされたそのオブジェクトの名前を、この場の誰もが知っていた。


「あ、ああ……っ!」

パンツだった。
新品の男性用下着が、包装紙の中からその雄姿を露わにしたのである。
全員の視線とコメントが停止した。
顔面をゆでだこのように紅潮させている鹿目まどかが、声にならない声を出しているぐらいで。
何というべきか、羞恥心が極まりすぎて、眼に一杯に涙を溜めていた。

「そ、その、あの、これは、火野さんに、プレゼントの、相談して、アドバイス、もらって……!」
「うん。そうだったね。ありがとう、まどかちゃん」

……一人だけ平常運行の火野映司は、もう駄目かもしれない。
というか、幼気な女子中学生に何を用意させているのだろう、この男は。
鹿目まどかが成人男性用の下着を購入する絵面に犯罪の香りがただよっている辺り、色々と自重すべきである。
要するに、全部火野映司が元凶なんじゃないかと。

「感謝します。私も一生肌身離さずに……」
「洗えよ」

謝辞の言葉を言い切るまえに、さやかから珍しく至極真っ当なツッコミが入っていたりして。
一方の映司とマミが、いじけ始めたまどかの頭を撫でたり鼻水を拭ってやったりしている様が、えらく甲斐甲斐しく思えた。
あと、杏子に倣って何食わぬ顔で近くの料理に手を付け始めたトーリには、その背後で黒光りする凶器を抜いている魔法少女が居ることを教えてやった方が良いのだろうか。

その後しばらくの間、多国籍料理店クスクシエの外には、破裂音やら爆発音やらが漏れ出したのだとか。
まさか平和な日本国に銃器がある筈も無いので、パーティ用クラッカーの炸裂音に違いない。
とりあえず、壁に空いた不思議な穴に関しては、後で鴻上財団の経費から修理費が降りる予定である。

「ごめん、まどか。ごめんってば。……っぷ、くくっ」
「こんなのってないよ……あんまりだよぉ……!」



……閑話休題。

「ぐすん……あと、魔法少女のみんなにも持っていて欲しい物があるんだ」

ようやく鹿目まどかが落ち着いたところで、まだ贈り物イベントが終わっていないという事実が告知された。
トーリとしては、話題がリセットされて九死に一生を得る思いだったりする。
久々に死の危険を感じただけに、まどかさんの姿が救済の女神に見えた。
悪代官さやかの手下になって悪事を働いたばかりだというのに、調子の良い奴である。

そんなトーリの安堵はさておき、まどかが何処からか取り出したのは、掌サイズより少しばかり大きめの、巾着袋だった。
そして、まどかは袋に手を入れて、中身を一つずつ引き出しながらテーブルに並べてくれた。

綺麗に横一列に並べられたアイテムは……赤、黄、緑、青などに彩られていた。
断じて、パンツではない。
もちろん、伊達さんや後藤さん用のプレゼントとして用意はしてあるが、そんなものをテーブルに並べる筈も無い。
鹿目まどかが並べたものは……、

「コアメダル、だな」

800年の昔に錬金術師達によって生み出されたという、超常の合金だった。
グリード5種の各色のコアメダルが、一枚ずつ揃えられていたのだ。
そして最後に、鹿目まどかは二つに割れてしまっているタカのメダルを、他の五枚の上段に配置してみせてくれた。
トーリとしては緑の一枚がどうしても気になってしまうものの、やはりまどかにとってはアンクの自我が入っていたコアこそが特別な一枚らしい。

「今日はほむらちゃん達にお願いがあって……グリードの意識の入ったコアメダルを、みんなの身体の中に持っておいてもらえないかな、って」

もちろん身体に異常が出ない程度に、なんて捕捉しながら。
鹿目まどかは魔法少女達への依頼の内容を先んじて話してくれた。
当然、魔法少女達は鹿目まどかの意図が掴めず、顔を見合わせていた様子だった。
……トーリだけは、まどかの意図が分かっていたが。

「魔法少女が力を使い切ると人間に戻るようになったっていうのは、みんな知ってるよね?」

まどかの願いの結果として、魔法少女システムの仕様は変更を余儀なくされた。
そのせいで、人々の悪意の寄せ集めである魔獣と呼ばれる存在が生まれるようになってしまったものの、魔女という概念は失われていた。
魔法少女は魔獣を倒してその卵を手に入れれば魔力を補充できるが、もし魔法の力を使い切ってしまった場合には人間に戻るという仕組みが生み出されたのだ。

ほむらは元々時間改変に対する抵抗力を一定程度持っていたらしく、前の世界の記憶をほぼ完璧に残しているらしい。
マミや杏子に関しても、まどかが願いを使った時に黄色と赤のソウルジェムをほむらが所持していたため、改変前の世界の大まかな記憶は残ったのだとか。
ちなみに美樹さやかと後藤慎太郎は、ほむらの身体の一部を持っていただけだったため、あまり鮮明には改変前の出来事を覚えていないとのこと。

「魔法少女が人間に戻るときに、コアメダルが身体の一部だって判定されれば、グリードも……人間になれるんじゃないかなって思うんだ」
「鹿目さん。さすがにそれはちょっと無茶なんじゃないかしら……?」

マミさんの指摘も、もっともである。
キュゥべえへの願いは、さして都合の良い解釈をできるタイプの代物では無いのだ。
それが出来るのならば、キュゥべえに対して『助けて』と願ったマミさんは、『対象は指定していないんだから家族も一緒に助かっても問題無いわよね?』ぐらいに屁理屈を言えても良いはずなのに。
トーリとて、もし実際に証拠を知らなければ、まどかの提案に疑問を呈していたことだろう。

「でも、私と合体してたトーリちゃんは、人間になったんです」
「……えっ? なにそれ、あたし聞いてない」

……そうなのである。
無限の魔力を毟り取られて、羽と合体能力ぐらいは残るだろうと高を括っていたトーリには……何も残らなかったのだ。
さらに、全ての能力を失ったと思って意気消沈していたトーリを、次なる試練が襲った。
救済の魔女のグリーフシードの中から助け出された翌日、トーリの下腹部が猛烈に痛んだのである。

紆余曲折の末、その痛みはほぼ全ての有機生物に共通する、排泄器官由来の警告信号であったことが判明した。
具体的に何があったのかは、その時一緒にいた後藤さんだけが知っているのだが、後藤の誠意にかけて決して口外されることは無い筈である。
初めてトイレという施設を使ったと呟いたトーリに対して、後藤は『お前は80年代のアイドルか』という有難いコメントを残してくれたのだった。

「それも、どうなんでしょう。まどかさんの一部としてというより、直接ワタシ自身が魔法少女としての判定を受けた可能性もあるんじゃないですか?」

そもそもトーリとしては、まどかが人間に戻る時のプロセスには、まどか自身の願いは力を及ぼせないような気がしてしまうのだ。
強いて言うならば、映司が最後の魔女の卵を鹿目まどかに戻す際に無意識のうちに何かを間違ったのではないか、というのが有り得そうなところである。
まどかの「全ての魔女を人間に戻す」という願いが映司の頭の中に残っていたために、知らず知らずのうちに映司がセルメダルのエネルギーに指向性を持たせてしまったのではないか。
聞くところによると、映司は決戦直前に鴻上光生から膨大な量のセルメダルをもらっていたらしいので、エネルギーの総量的には有り得なくも無い……のだろうか?

「うーん……確かにそれは、試してみるまで分からないね。でも、もし成功したら、この世界で一緒に暮らせるようになるかもしれない。だから、みんな……協力してくれないかな?」

魔法少女達には、アンク以外のグリードをどうこうしてやる理由は無い。
あるとすればそれは……魔女化というシステム自体を変えた、鹿目まどかに対する義理ぐらいだろうか。
だから、魔法少女達がたとえ断ったとしても、まどかは深く頼み込んだりしないのだろう。
この先は、魔法少女各個人に委ねられた判断だった。

「そういう事なら、私は青の……メズールのコアを預かっておきましょう」

先陣を切ったのは、マミさんだった。
思えば、マミはそれなりにメズールとの因縁を持っているのかもしれない。
マミが魔法少女の魂の在処を教えられたのもメズールからだった筈だ。
アンクを別格とすれば、恐らくマミにとって最も印象深いグリードなのだろう。

「じゃ、アタシは猫の奴のをくれ。なんか、気が合いそうなんだよなー」

マミに続いて杏子が選んだのは、カザリのコアメダルだった。
カザリは、現代社会を一番謳歌していたグリードだったに違いない。
インターネットや通信販売をも使いこなし、魔女やキュゥべえを捕食して能力を獲得したカザリの行動は、やりたい放題の一言に尽きる。
その辺りの自由な発想に、杏子はシンパシーを感じたのかもしれない。

「……」

……誰も、ウヴァさんの緑コアを選ぶ気配が無い件について。
トーリとしては、あれだけの雄姿を見せてくれたウヴァさんのコアは、真っ先に誰かが選ぶだろうと思っていたのに。

「私は……既にだいぶ炎の能力を使い慣れているから、コンドルを貰うわ」

ほむらは、ロストアンクの意識が宿っていたコンドルのコアメダルを選択した。
直接的な面識が無い以上、ほむらはロストに思い入れなど無い筈なのだが、ほむらの言葉通り実用性を重視しているのだろう。
その理屈なら二つに割れたアンクのタカコアでも良さそうなものだが、何となく敬遠してしまっているのかもしれない。
アンクの最期を看取った際に、何かあったのだろうか。

そんなこんなで、魔法少女達三名は各々一枚ずつのコアメダルを取り終えていた。
だが、テーブルの上のコアメダルはまだ三枚残っている。
つまり、魔法少女達はもう一枚ずつコアメダルを選べる。

「魔法少女はただでさえメダルを取り込みやすい性質を持っています。二枚以上を取り込むのは控えるべきでしょう」

……良いところで、真木博士による静止の声がかかった。
いわゆる、ドクターストップというヤツである。
ほむらさんを使って人体実験をした真木博士が言うと、非常に説得力のある御言葉ですね。

「トーリ、緑グリードのコアが気になんの? いやぁ、この癒し系魔法美少女さやかちゃんが現役なら、引き取ってやったのに」
「……それはそれで不安なので、謹んで遠慮しておきます」

さやかが何故だか怒り出したようだが、そんなことは脇に置くとして。

「……一人、魔法少女に心当たりがあるわ。最後まで貴方達の前に出てこなかったフィクサー気取りの怠け者が居る。あのすまし顔に一発入れて、ついでに押し付けてこようと思うわ」

何気なく、ほむらさんが物騒な事を口にしながら灰色のコアメダルを懐に仕舞い込んでくれた。
たぶん、一度も姿を現さなかった白い魔法少女さんの事に違いない。
一応呉キリカが鹿目まどかの願いによって人間に戻っているはずなので、奴らも恩恵は受けている筈なのだ。
最後に少しぐらい責務を負ってもらっても、バチはあたるまい。

そして、テーブルの上に残ったコアメダルは、タカとクワガタだけになった。
まさかここまでウヴァさんの人望が無いとは、トーリとしてはあまりに無念な結末である。
ウヴァさんが強すぎて、逆にみんな触り辛いのかもしれない。
いつの世も、人気者は辛いものだ。

……そんな益体も無いことを考えていたら、二つに分かれているタカコアが、摘みあげられた。
魔法少女の手によってではなく、火野映司の手によって。

「俺は、旅に出たらアンクのコアを持ってくれる魔法少女を探そうと思う。……トーリちゃんは、どうする?」

テーブルの上に乗っているコアメダルは、もはやウヴァさんのクワガタコア一つだけだった。
そして、映司はトーリに選択肢を提示している。

トーリは、思った。
本当に自分が、ウヴァのクワガタコアを持っていても良いのか、と。
メダルの器から飛び散ったコアメダルは一枚たりとも割れていなかったため、この世界にはまだ緑のコアは9枚とも健在なのだ。
黄色や灰色のコアメダルはオーズによって4枚以下になってしまっているが、赤と緑に関しては一枚もメダガブリューに砕かれていないので、ほぼ全てが現存しているのである。
したがって、トーリがまた裏切れば……ウヴァさんを復活させることだって出来る筈なのに。

人類の再びの危機の可能性を知って尚、人間達はトーリがウヴァのコアメダルを持つことを許そうと言っている。
そんな仲間達の想いが……どこか、暖かく思えた。

「ワタシも、ウヴァさんのコアメダルを持ってくれる魔法少女を探しに行きたいです」



結局のところとして、昆虫グリードのウヴァを支えようとした蝙蝠ヤミーの物語は、失敗に終わったと言って良い。
一度はウヴァの復活に成功したものの、それも三日天下に終わってしまった。
しかし、それで良かったのかもしれない。
最後にはトーリは、グリードとしてのウヴァを復活させる可能性を、自らの選択によって否定するに至った。
グリードと人間という異なる種の共存が不可能だというところまで、理解するようになったのだ。
そこまで、変わることが出来た。

セルメダルを稼ぐ能力も、空を飛べる翼も、無限の魔力も失ってしまって……それでも、今のトーリの胸の中にはそれ以上の財産が積み上がっている。
当初の目的こそ果たされなかったが、今のトーリに至る全てが、トーリが得たものだったのだ。



「いつかまた、今度は人間同士になって……ちゃんと、ウヴァさんとお話してみたいです」




・今回のNG大賞


「あれ……? あたしだけ、まどかからプレゼントもらってない……?」


最後まで安定のさやかちゃんをありがとぉ!

「ホントは用意してるけど、意地悪するからあげないもん……!」


・公開プロットシリーズNo.148


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
3.3878610134125