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[29654] 【習作・オリジナル】きゅーじゅーきゅー
Name: ひふみよ◆dc9bdb52 ID:873eb4b6
Date: 2011/09/14 01:16
 ○月×日。

 今日の授業は二限だけ。
 学生食堂で昼飯を食べてから帰ろうと思ったけど、あまりの混雑に煩わしさを感じて結局コンビニでおにぎりを買って家で食べることにした。食堂が込み合ってるのは高校でも大学でも変わらない。でもそれ以外は結構違う。大学に入ってからはほとんど宿題もないし、出席もとらない。結果、勉強量もずいぶんと少なくなった。
 でも俺にはそれがいいことなのかどうかはわからない。だって今の暇を持て余した若者がすることなんて、基本的に飲み会かバイトのどっちかなのだから。
 コンビニを出て五分ほど歩くと、二階建ての木造建築が目に入る。この倒壊間近のぼろっちい建物の名前は花祭荘。
 花祭荘は、冒険家という胡散臭い仕事を生業としている根無し草の親父が日本に残していった唯一の遺産(生きてるけど。たぶん)で、書類上は俺のものになっているらしい。といっても敷金含め賃料がただ同然のこのボロ物件で出る利潤なんてほぼ無に等しい。むしろ維持費でマイナスに達する月もあるくらいだ。
 白い塗装が剥がれ、傷口のような赤銅色がのぞく階段を上る。このアパートの中でも最も日当たりの良くないカビ臭い部屋が俺、花祭右京(はなまつり うきょう)の住処だ。
「主(あるじ)、帰ってきたのか」
「おう、今日は大学が午前中で終わりだからな」
 鍵を開け、中で俺を迎え入れてくれたのは一人の少女。
 結い上げられた白い髪の毛にかんざしを挿し、藍色を基調としつつも所々に椿の花が顔を見せている着物を身に包んでいる。その姿は妙に気品があり、このおんぼろアパートには不相応に見えた。
「うわ、窓ぐらい開けろよ。カビ臭いだろ」
 朝、小雨が降っていて部屋の中に洗濯物を干しておいたので、部屋の中は相当湿度が高く、独特のにおいが充満している。じめじめして気持ちが悪い。
「ん? ああ、すまんな。余も今帰ってきたばかりばかりでの」
「ならいいけど。でもホントこの部屋日当たり悪いよな。今度、煎餅の中に入ってるやつばらまいとこう」
「その程度でどうにかできるとは思えないの」
 自分で言っといてなんだが、たしかにその方法では無理だと思う。
「じゃあ今度管理人さんに部屋替えてもらえるように交渉するか。俺ならそんぐらいの融通効くだろうし」
 このアパート自体は俺のものなのだが、学生と管理人の二足の草鞋は無理があるため親父の知り合いを管理人の仕事を頼んでいる。融通が利くというのは、そういった理由もある。
「むむ、余はこの部屋が気に入っているぞ。別の部屋は勘弁願いたい」
 俺的ナイスアイデアなんだけど、こいつは渋い顔。
「おまえはここにいればいいだろうが。俺だけ別の部屋に行けばいいし」
「いや余は立場上、主の部屋にいないとダメじゃし」
「知るかよ」
「でも……」
 わがままだなこいつ。
「わかったわかった。おにぎり一個やるから」
「余が食べ物で懐柔されると思うな」
「で、どれがいい」
「梅干しで」
「オッケー」
 俺はシーチキンと昆布。もちろん飲み物は水道水。
 正直おにぎり二つじゃ足りないけど、給料前なので我慢しなければならない。やっぱり人混みを我慢して学食で食べればよかった。
「……ところで主」
「なんだよ。俺の分はやらないぞ」
「いやそうじゃなくてじゃ。これ本当に握り飯なのか? 妙につるつるしてるのじゃが」
「そりゃそうだろ、開けてないんだから」
「開けてない? よく余には分からん」
「……貸してみ」
「ん」
 フィルムをきれいにはがして返却。後はかぶりつくだけの簡単クッキング。
「す、すごいの。人間めちゃ進化しとる」
 驚くこいつに驚いた。
「おまえ相当古いやつだな。コンビニのおにぎりぐらいで」
「おなごに古いとか言うな。閉経しとる老女じゃあるまいし」
「なにその嫌すぎる表現」
「余は古いのではなく、ただ世間知らずなだけじゃ。それに大体余、身体は十代じゃぞ」
「むしろ一桁?」
「そこまでロリくないわ。胸だってちゃんとあるじゃろ」
「いやなかったら怖いから。授乳器官がないとか少なくともほ乳類じゃねえだろ」
「……そういう意味じゃないのじゃ」
「そういう意味じゃなくても、おまえの胸は膨らんでないから」
「んなことないわ! 膨らんどるわ! ちょっとばっかし小さいだけで!」
「はいはい無乳無乳」
「ぐぬぬ……」
 なんかふてくされてしまった。端っこでうずくまっておにぎりを小さくかじかじ。俺はその場で大きくかじかじ。部屋の中に海苔のパリパリとした音が響く。
「ふぐ」
 俺がシーチキンを食べ終わり、昆布に取りかかろうとしていたとき、なぜかこいつはおにぎり半分ほどで口の動きを一旦停止させた。
「ふぐ? んな高いもん食べれるか」
「そ、そうじゃな」
「ああそうだ。でもそんなに梅干し酸っぱかったのか?」
「き、気づいているのなら気づいていない振りをするべきじゃが」
 なかなか難しいご注文を。
 それにあんだけ涙目になってれば誰だってわかるって。
「つうか梅干し苦手なら選ぶなよ」
「昔はちゃんと食べれたんじゃもん。今は単に刺激物に味覚が慣れてないだけじゃもん」
「よくわからんけど……。俺の昆布と交換するか」
「……うん」
 正三角形を半分に割って直角三角形にしてから渡す。
「うまいか?」
「うむ。これは悪くない。梅干しのように刺激の強いものは苦手じゃ」
「梅干しもうまいけどなぁ」
 こんな感じで昼食終了。今日はバイトがないのでこれから一日ゆっくりできる。サークル? んなもん入ってねえよコミュ障なめんな。
「それでさ、学校から帰ってきてずっと聞きたかったんだけどな」
 ごろごろとマンガを読みながら寝転がる着物少女にそう切り出す。
「なんじゃ、主」
「おまえ誰よ?」
 俺は勝手に家に入り込んでいた少女に尋ねた。


 ◆◆◆


 この十歳(くらい)児は座敷童子。ではなく、俺が住むこの花祭荘の付喪神だという。つまりこいつが俺のことを主(あるじ)と呼ぶ理由は、ここの所有権を俺が持っていることにあるってわけだ。
 それにしても貧窮した生活を送っている俺としては、付喪神よりも座敷童子であって欲しかった。クラスチェンジとかできないんだろうか。
「できるわけないじゃろ」
「なら座敷童子じゃなくて、貧乏神でもいいから」
「? なぜに貧乏神なのじゃ?」
「俺以外の人間皆が貧乏になれば相対的に俺が金持ちになるじゃん」
 人に優しく自分にもっと優しく。無理なら他人を蹴落とせぶっ殺してでも這い上がれ、というのは母の教え。教育者としては最低の部類だと思う。
「……なかなか最低な思考回路をしておるの」
「でもそれが勝利の秘訣だぜ」
「なんの戦いじゃ……」
「人生」
「主は厭世観にまみれまくっておるの」
「これまで色々あったからな。親父はアフリカで死んだし、ジジイもこの前ガンで死んだし」
「…………そうだったのか。そんなことを言わせてしまってすまん」
 そう言って女の子はしゅんとする。
「別にいいぞ。両方ともただの願望だし」
「願望?! なにそれ嘘なのか?!」
「はっはっは、そんな暗い過去が俺にあるはずないだろ。爺なんてもう百歳越えてもピンピンしてるぞ。いやむしろ年甲斐もなくビンビンしてるわ」
「唐突な下ネタはやめい」
 言って少女は呆れ混じりにため息を一つ。こうして幸せが逃げていくのだろうか。
「幸せが逃げていくのはすべて主のせいじゃからな……。それよりも主は驚かんのじゃな」
「ん?」
「余みたいな神がいることにじゃ。それにふつうの人間だったらそんなことを戯言をいう童子などすぐに追い出すじゃろ」
「それどころか知らないガキがいても、さも当然のように会話を繰り広げてたもんな」
「……驚かしてやろうと思ったのに全く動じなくてこっちが驚いたぞ」
「俺も驚いたぞ。まさか昼飯のおにぎりが一つとられることになるとは」
「余の存在ってその程度の驚きなのか……」
「お前が付喪神だったってことも合わせると二個分だな」
 さらにため息。この部屋にまた一つ幸せが増えた。この調子で世界中の人々がため息をついたら、世界中が幸せで満たされたりしないだろうか。
「しないから。……主人に対して言っていいのかと迷うが、主の頭はちょっとおかしいのではないか?」
「まあ伊達に頭に花がついているわけじゃないからな」
 頭にお花畑、「花」祭右京です。
「主は全国の花田さんや花村さんに謝るべきじゃ」
「じゃあ今日からおまえの名はフラワーフェスティバル花祭な」
「唐突に話題を変えるでない。というよりそれ絶対悪意込めてるじゃろ。バカっぽいとかそんなレベルじゃないぞ、どこの芸人じゃ」
「ではフラワーフェスティバルにしよう」
「一番嫌な要素だけ残った?!」
 そして色々検討した結果、この娘の名前は「祭」になった。この面白味のない名前からわかるとおり、俺の意向は完全に無視されてしまったのだ。残念。
「しかし祭か……じゃあ名字は花祭だな」
「断る」
「花祭祭、いいじゃないか。祭が二つもある」
「いらんから。一つでいいわ」
「じゃあ花祭々で」
「余の名前は?! まさか『々』なのか?!」
「ダメか」
「ダメじゃ! そもそも人ですらない余に名字まではいらんじゃろ、呼称があるだけで十分じゃよ」
「でももし俺と結婚したら強制的に花祭祭になるぞ」
「……主とは絶対に結婚せんことにした」
「してくれよ。花祭がイヤなら、俺の名字をフラワーフェスティバルにするからさ」
「せんから。勝手に一人でしておれ」
「了解」
 こうして花祭右京(はなまつり うきょう)改め、フラワーフェスティバル右京が誕生した。
「……それでいいのか、主」
 またため息が一つ。こうして俺は幸せになっていく。

「そんでなに? おまえ今日からここに住む感じ?」
 俺と祭の出会いから三時間。それまでテレビ見たりマンガ読んだり雑誌読んだり――とそれぞれ好き勝手過ごしていたんだけど、俺はふとこいつの処遇について考えなければならないということに思い当たった。
 ラブコメ的お約束展開な冒頭部分だっただけに、このままではこいつと嬉し恥ずかし同居生活が始まりそうな予感。
「うむ。余は主を主と認めておる。つまり余は主の側にいなければならない義務があるのじゃ」
 つまり俺に祭の扶養義務が発生ししてしまう予感。
 さらにそれは、ただでさえ今月厳しいお財布の中身がすっからかんというボーダーラインを超えて、マイナスの向こう側へ行ってしまいそうな予感!
「よしおまえ出ていけ」
「もちろん主は――ってなに?! 名前まで一緒に考えておいて余を追い出す気?! 話の展開的にすんなり受け入れるのが世の常じゃろ?!」
 そんな世の常は糞くらえだ。俺は日々わずかな預金口座で、世界と戦い続けてる聖戦士なんだよ、おまえみたいな貧乏神以下の役立たずに構っている暇は一瞬たりともねぇ。
「いや主今さっきまでテレビ見てたじゃろ! てかさっき結婚するととか言ってた割には冷たすぎないかの!」
「心を読むな。残念ながら俺も生活があるんだ、おにぎり一個ぐらいならともかく、三食毎日食事が必要なペットを飼うのは厳しい」
「神をペットとか言うでない」
「似たようなもんだろ。それともあれか、おまえマネーをクリエイトできるような特殊アビリティ持ってんのか」
「と、とくしゅあびりてぃ?」
「能力のことだよ。神様なんだから空から札束降らしたりできないのか?」
「む、無理じゃ。そんなこと一介の付喪神にはできん」
「じゃあなにができるんだ」
「……えっと、ラ、ラップ音とかなら得意じゃ……よ?」
「そう簡単にラップで金稼げるかコラァ! エミネムかJay-Z並になってから言えや!」
「それ違う、違うラップじゃから」
 まあどっちにしろ役に立たないことは明白なわけで。
「他には? マジな話、とりあえず単純に食い扶持が一人増えるわけだから、金が必要なんだよ」
「むむむ……」
 腕を組んで眉間にしわを寄せる祭。だがすぐにそれは悟ったような、表情へと変わる。
「これも生きる為……仕方ないの」
 そう言って、祭は着物を帯をするすると外していく。着物の帯って自分でははずせないくらいにきつく絞めるって聞いたことあるけど、どうやら神様仕様の着物は違うらしい。
 そうして藍色の着物を脱ぎ捨てた祭は白い長襦袢姿になる。でもティーンエイジャーにも達してるか微妙なラインの襦袢姿ロリータなんて、これっぽっちもエロスを感じなかった。つまり俺はロリコンではない。QED。
「これでどうじゃ!」
「流石に児童売春させるのは……」
「違うわ! 余がそんな貞操観念のない淫らな真似をするか馬鹿者!」
 ものすげー真っ赤になって怒られた。つか急に脱ぎだしたら正常な男子はえろいことすると思うだろ。
「……ったく……ほら主、これを質屋に持っていくがいい。それなりの値段になるじゃろう」
 きれいに折り畳んだ着物と帯を差し出す祭。つまり、これを売ってその金を生活費に入れろ、ということらしい。
「……いいのか? それ結構高そうだけど」
「高価なものでないと生活費になる程の額に至らんじゃろ」
「そうだけどさ……」
 でもここまでされるとなんか心苦しい。どんだけおまえは俺と同居生活を送りたいんだという。そんなフラグ立てた覚えないのに。
「ええぃ煩わしい! 主が金が足りんと言ったのじゃろうが! だから余は主が余を養うための金を用意したわけじゃ! なにがおかしい! さっさと質屋に行ってこんか!」
 そういうわけで祭は正式に花祭荘の住民となった。
 ちなみに着物はゼロが六つ並ぶぐらいの値段で売れ、折角だったのでその金で祭のために、売ったものと似たデザインの新しい着物と帯を買ってやった。本人もそれなりに気に入っているようなのでなによりだ。
「で、生活費は?」
「着物と帯でプラマイゼロ」
「……本当に馬鹿じゃろ」
 結局管理人さんに工面してもらいました。





 ハードディスクの奥底に眠ってたものをちょいと改訂したもの。
 書いた当時の全く記憶がないし、これ以上話を続けることができるのかさえ未定。


2011.09.14 改訂



[29654] 2話 ふるからないか
Name: ひふみよ◆dc9bdb52 ID:873eb4b6
Date: 2011/09/14 01:17
 付喪神とは九十九髪である。
 これは九十九髪が老婆の白髪を指していて(百から一をとると「白」にもなることとも関係していると思われる)、つまるところ、髪だろうと紙だろうと、年月さえ重ねれば超自然的な力を持つということに他ならない。
 時は金なり――はタイムスリップもできないくらいに中途半端な科学技術の発展を遂げた現代社会において、紛うことのない真実である。だが、その一方で、その惜しむべき過ぎ去った時間を積み重ねることで、得られるものもあるってこと。
「結論、白髪はババアの証拠」
「張り倒すぞクソ主(あるじ)」
 所有者に向かって、建築物の付属品風情がクソ主とな。二話目にして早速、付喪神一揆の兆しが見えてきた。
 これは調教という名の性的暴力のお時間が来る――はずもなく(胸をちらりと見てため息)、はいはいごめんなさいと軽く流す。
「……なんじゃその可哀想なモノを見る目は」
「いやー、やっぱり時間は大切だな。と」
 時間と言うよりは成長か。一抹の期待を込めて拝んでおこう。なんまいだーなんまいだー。
 まあ、人間のように、神が時間の経過によって成長するのかは謎なんだけど。
「……なぜ拝む」
「胸のためさ」
「正直でよろしいがそれ以外がよろしくないわ!」
 新しく購入した菖蒲(あやめ)柄の着物の帯が、独りでにしゅるしゅると伸びて、俺の頭をひっぱたいた。
 これが俺の神力初体験である。感想は意外と痛い。


 ◆◆◆


 仕切り直し。とりあえず現状説明から始めよう。
 着物系付喪神ロリっ娘、祭(まつり)が俺の家にきてから三日目。前話で○月×日とか訳の分からない表記をしたが、少しだけ具体的に言うのなら、今日は四月半ばの日曜日ということになる。
 そして、俺たちは初日と同じように部屋でごろごろ。本来なら、昼から骨董屋(店長曰くアンティークショップらしい)のバイトが入る予定だったんだけど、店長の都合により急遽休みとなった。どうせ、よく分からない古書の類を読みあさっているのだろう。割とよくあることなのでそれほど気にはしない。だが店長から踏んでもらえなくなったのは少々残念だった。
「ネタ振り、今日は花粉が多い」
「ネタ振りって……。いや、まあ確かに、いまいちこれは好きになれぬが」
「そりゃそうだ。人間に例えると、ものすっごい数のカップルがゴム無しの野外プレイをやってるようなもんだぞ」
「考えうる限り最悪の例えじゃな」
「それを踏まえるとフラワーフェスティバルって乱交パーティーみたいだよな」
「死ね。余にそんな名字をつけようとした主は死んでしまえ」
「うるせー拝むぞ」
「どんな返しじゃ……」
 にしてもだ。
 部屋からガラス越しに眺める風景はやや黄ばんでいて、もうそれだけで外出する気が失せる。心なしか調子がよくない、っていうかなんかダルいし。祭もどこか気だるいのか、簪(かんざし)を神力で遠隔操作してチャンネル変えている。つかそれ便利だな。
「俺もその簪欲しいんだけど」
「言っとくがこれは余の一部じゃから、余しか自在には扱えぬぞ」
「じゃあ俺はそれを他人に突き刺すことでしか楽しめないのか」
「突き刺すな。というかそれで楽しめるのか」
「ごめん楽しめない」
 人をからかうのは好きだけど、傷つけるのは嫌いです。
 それに、そもそも祭の簪って耳かきがついてるから刺さらないよな。

「……んじゃそろそろ昼飯作るか」
 思う存分ごろごろしたので、そろそろ昼食にしようと思う。別に無趣味でもいいじゃない。天井の染みや畳の目を数えるのだって、結構楽しいんだぜ?
「む、もうそんな時間か。ならば、余も手伝おう」
 テレビを見ていた祭もやる気のようだし、今日はちょっと祭にも活躍してもらおう。そしてゆくゆくは、ウチの飯炊き係に任命しようそうしよう。
「頑張れただ飯食らい」
「うむ頑張るぞ」
「…………」
 あれま。
 どうやら自分の境遇を完全に受け入れているようだ。できれば受け入れないで欲しかったのに。
「――って、ん?」
「どうした主」
 冷蔵庫を開いてみるが、中はほとんどすっからかん。
 あるものと言えば各種調味料と牛乳。そしてブロッコリーがほんの少し。
「……ブロッコリー」
 その微妙さになんとも言えない顔をする祭。いや確かに、微妙な野菜だし、使い道すくないし、一人暮らしの大学生の冷蔵庫の中に入ってなさそうな野菜だしで、わからなくはない。
 ちなみにこれは、偉大なグレートブリテンガールが俺に振る舞っていったパスタのあまりだ。栄養があるのはわかるんだけど、俺あんまりブロッコリー好きじゃないんだよな。
「それちょっと前のやつだな。心配だから捨てとくか」
 ともかくブロッコリーを処分。決して嫌いだからという理由ではないので、そこは間違いのないように。
「これできれいになったな。じゃあ湯を沸かすか」
「うむ。……うむ?」
「今日の昼飯はカップ麺だ」
 ダメ人間の逃げの一手。
「……昨日のアレはイヤじゃ。味が濃い」
「俺も好きじゃないけどな」
 加えて昨晩と、二日連続となると尚更。ただ言い訳をさせてもらうと、昨日はアルバイトで夕食を準備する時間が無かったのだ。今までは、バイト上がりにそのまま店長の家で一緒に食べることがほとんどだったが、一度家に帰るとなると少し遅い時間になってしまう。
「……照る照る坊主を逆さにつるすか」
 雨が降ると空気中の花粉がなくなって少しは楽になるかな、という考え。ほら雨降った後って遠くの景色がきれいに見えるじゃん。
「照る照る坊主は雨をやませるものではなかったか?」
「だから逆につるすんだよ。そしたら雨乞いになるんだ――ってことを聞いたことがある」
 あくまで伝聞。実際に効果があるかは知らない。それは照る照る坊主自体にも言えることだけど、こういうのは叶うことに意味があるのではない。祈ることに意味があるのだ。なんて思ってみる。
「逆につるすと雨乞い、か」
「単純というか、ダジャレっぽいというか。とにかく日本らしいよな」
「じゃがおもしろいではないか。いいの、照る照る坊主」
「いいのか。元ネタは子供に首吊らせる雨乞いの儀式だぞ」
 昔は雨が文字通りライフラインだったわけだし、雨を降らせるためには、子供の一人や二人くらい軽いものだったのかもしれない。
「……ま、まああくまでそれは元ネタじゃし」
「そりゃそうだ。じゃ、作ってみるか」
「うむ」
 作業工程は省略。
 要は、ティッシュを適当に丸めたり捻ったり輪ゴムで止めたりしたってこと。俺も作ろうかと思ったけど、輪ゴムが残念ながら一本しか見あたらなかったため断念した。仕方なく俺はコンビニ袋をはさみで細く裁断して、つるすための紐を作る。
「よし、紐はできたぞ」
「こちらもじゃ」
 祭がドヤ顔で見せつけてきたのは、目と口が可愛らしくついた照る照る坊主。たぶん性別は雌だ。坊主なのに雌とはこれいかに。
「しかしこれを、逆につるすと……」
「……うむ」
 なんかちょっとシュール。ふつうにつるした方がいいような。このままだと坊主ちゃんの頭に血が上ってしまう。
「まあでも、こんなもんだろ」
「こんなものかの」
「にしても、照る照る坊主なんて久々に作ったなー。保育園以来か?」
「最近は子供達も作らんからの。昔は運動会の前日となると、皆こぞって作っていたものじゃが」
 郷愁にかられた表情を浮かべる祭に俺は疑問を感じる。
「昔はって、おまえってつい最近生まれたばかりじゃなかったっけ?」
「余の本体はこの建物自身じゃ。余はここから動けなかった故、外の世界を知ることはできなかった。じゃが、多くの者達がここで過ごしてきた思い出は余の記憶にもちゃんと刻まれておる」
 言いつつ、柔らかいほほえみを浮かべた祭はささくれた柱を軽く叩く。
 俺は戦慄した。
「もしや俺がデリヘルを呼んだこともばれてるのか?!」
「頼むもうちょっと過去に浸らせてくれぬか……」
 そういうわけにもいかない。場合によっては、この花祭荘の独身男性全員の尊厳がかかっているのだ。一人狼にだって寂しい夜はある。
 ――ということを言葉と体でもって全力で表現した。
「……そこまで言うのなら言わせてもらうが、全部ばれとるぞ」
 心が凍り付いた。
「ついでに主の趣味も把握しておる。背が高いくせに乳が小さかったり、逆に体が小さいのに乳だけ大きいとか、そういうのが好きなんじゃろ」
「それをコンプレックスにしている女の子とかもう最高ですぅぅぅぅっ!!」
 凍り付いた心が、かき氷のように細々しく粉砕された。
 ロンリーウルフは絶滅してしまった。ニホンオオカミだったのだ。
「……色々と大変じゃな、主も」
 逆さまに飾られた可愛らしい照る照る坊主は、さめざめと俺の涙を降らせる。雨というのはつまり俺の涙のことなのかもしれない。
「さてと、いつまでも泣いとらんで。食材がないのなら買うしかあるまい、さっさと行くぞ主」
「……ちょっと待って」
 うごめく帯で無理矢理立ち上がれらされた俺は、急いで照る照る坊主を作り、坊主ちゃんの横につるす。
 祭のものと比べてみると、俺が作ったそれはとても不格好だった。輪ゴムの代わりに簡易ビニール紐を代用して縛ったのと、全体的によれよれなのが相まって、本当に絞殺死体みたいだし。ある意味リアリティを追求していた。
「我ながらひどい出来だ」
「気は済んだかの」
「悪い悪い」
 玄関で待たされて、少し機嫌の悪そうな祭の頭にぽんぽんと手を置く。
「……ふん」
 子供扱いされたのか気に食わないのか、それとも単に恥ずかしいのか祭は少しばかり顔を赤らめて、俺を先導するように先へ行ってしまった。どうせ目的地は一昨日一緒に行った近場のスーパーだ。道は祭もわかっているだろう。
「んじゃ行きますか」
 靴を履き終えた俺は財布をジーンズの尻ポケットに突っ込み、祭を追うようにして花祭荘を出る。
 右手にはビニール傘。
 雨が降るといいな、と俺は願う。
 でも、本当に雨が降るかどうかは知らない。




 前話よりは少し短めの話。基本こんな感じの短編連作でいこうかな、と。
 あと更新速度はそんなに早くはないですよ。

2011.09.14 改訂



[29654] 3話 にゃりえーる
Name: ひふみよ◆dc9bdb52 ID:873eb4b6
Date: 2011/09/14 20:20
 その日、一日の折り返し地点まで惰眠を貪ることに費やしていた俺と祭は、昼食後も敷きっぱなしの布団の上でぐうたらしていた。というのも、昨晩はほぼ通しで祭との目合(まぐわい)を楽しんでいたからだ。
 どうもこいつは生理も来てないぐらいの年格好のくせに、発情期の畜生を彷彿とさせるほど貪欲に俺の身体を求めてくるのだから、困る。
 確かに、俺もそういったことには興味のないとは決して言えない年頃なので、悪い気はしない。だが、さすがに連続三日ともなると腰や腕などを中心に、如何ともしがたい痛みが走るのは勘弁してほしい――というのはすべて嘘。ただの行数稼ぎでしかない。
「主」
「今畳の目を数えるのに忙しい」
「それは忙しいとは言わん」
「言うって。今二千越えたところだ」
「本当にやっておったのか……いくらなんでも暇すぎるじゃろ」
「結構楽しいけどなー。そのうち目の数を知ることじゃなくて、数えること自体が目的となってくるんだよ」
「…………」
「で、一日中やってた次の日なんかは、人が畳の目に見えてきてさ。それから数日間はなんかこう……全てがどうでもよくなってくるんだよ。もう畳さえ数えられればいいやーって」
「いくらなんでも洒落にならんわ! そのうち畳に殺されるぞ!」
 畳に殺されるって、なんかすげえ表現だよな。


 ◆◆◆


 そもそも血縁関係もないのに、男子大学生と10歳程度の女児が寝食をともにしているというのは、非常に見栄えが悪い。もしかすると、赤いランプのついたパンダカーが、俺に社会不適合者の烙印を押すためにやってくるかもしれない。
 そんなわけで。
 親父の三人目の愛人のうちにできた隠し子。つまり、俺とは半分しか血の繋がってない妹。
 というのが、花祭荘における祭(まつり)の立場である。
 花祭荘のほかの住民にはそのことを懇切丁寧に説明して、それから気まずそうに「俺の家に転がり込んできたのには、色々と複雑な事情があるのですが……」と切り出せば、それでオッケー。後は向こうが慌てて話題を変えてくるので、その話題に乗ればいい。誰だって面倒なことには関わりたくないのだから。
 それに祭が学校に行っていない理由だって、勝手に頭の中ででっち上げてくれる。白髪なのもドイツ人の遺伝(あれは銀髪だけど)だとか想像してくれる。これは普通ならあり得ないが、親父が海外を旅して回っているというのが良い方向に機能するのだ。
 ……というか、スマン親父。俺のせいで家庭崩壊の可能性が出てきた。母さんにはできるだけバレないようにするから、許してくれ。
「愛人との間の隠し子、というのはまだいいとしても、なぜ愛人が三人いるという設定にしたのかがわからん」
「そりゃあ、ただ面白そうだったからだよ」
「あ、悪魔じゃろ……」
「おまえの為なんだからそう言うなって」
「確かにそうじゃが、もう少しましな言い訳はなかったのかと」
「言っちまったもんは仕方ないだろ」
「余はどうなろうと知らんぞ……」
 四月も終わりに近づいたとある土曜日。俺たちはいつも通りだらだらと意味のない会話を繰り広げ、人生を無駄にしていた。
 ただし、今日はいつもとお送りしている場所が少しだけ違う。
 冒頭部分とはうって変わって、ここは遅咲きの椿に囲まれた花祭荘の庭。というかただの広場。
「……そろそろ、ここら辺はあらかた片づいたか?」
「そうじゃな。雑草も見栄えが悪くない程度には抜き終えたしの」
 立ち上がると、長時間屈んでいたことによる痛みが腰から足にかけてゆっくりと広がっていく。腰を左右にひねると小さな破裂音が二、三連続した。
「あーしんどー、どうせなら働くなら今日はバイトに行っとけばよかったぜ」
 ため息をつく。充実感などは特にない。
 ただ、俺の休日と幸せが逃げていっていることだけが実感できた。

 花祭荘には月に一回、月末の土曜日に住民による清掃活動が恒例行事となっている。これは街をきれいにしましょうというようなボランティア的意味合いではなく、ただ単に人件費を節約するためのアパートの整備活動であり、ほぼ強制参加な行事でしかない。
 言うなれば、「家賃クソ安いんだから、自分でアパートの整備ぐらいしろバカ野郎」ということに尽きる。
 慣習としては一部屋に一人ずつ人身御供を提供すれば良いことになっているので、本来は祭が参加しさえすれば俺はここでこうして汗を流す必要なんて一切無い。のだが、
「余も参加するが、大家である主も参加せねば面目が立たんじゃろうて」
 ということらしい。面目とかクソ食らえ。
「これだから月末は嫌になるんだよ……」
 雑草が山ほど入った袋を軽く足でつつく。おいら雑草!ついさっきまで精一杯生きてたんすよ兄貴!って感じの感触が返ってきた。
「そうぼやくでない。毎日ごろごろしているのじゃから、たまには働く喜びを味わうのも悪くないじゃろ」
 祭は首に巻いたタオルで、汗を拭いながら言う。
 さすがに今日は土仕事ということもあり着物を脱いで、黒いジャージに髪を一本に結ったポニーテールスタイルだ。ジャージのサイズが合わないため、袖を捲って無理矢理ピンで留めているところがマニアック。
「働く喜びって……これでも一応俺バイトしてるんだけどな」
 加えて親からの仕送りが存在してないため、そのバイト代もほとんど生活費に消えているというのが現状。
 俺は趣味を持たず、いつも家でごろごろしているがそれはあまり金を使いたくないという理由もあったりする。
「ま、そう言わんで。たまには同じアパートの住人同士で交流するのも、いいのではないのかの」
「ははっ、交流とかコミュ障にはハードルが高すぎるでござる」
 俺の恥ずかしい交友関係を白状しよう。
 友人は一人しかいない。幼なじみの金髪碧眼ガールだ。
 後は、たまに店長や管理人さんと酒を飲んだり(未成年の飲酒は法律により禁止されています)、こいつとだらだらするぐらいしか時間の潰し方を知らない。
 たまに、サークルに入っとけばよかったなーと思う反面、絶対に浮いてそのうち幽霊部員になっちゃうんだろうなーとも思う。
「……主はコミュニケーション障害というよりは、思考が人より斜め上なだけじゃろ。もう少し地に足を着けた会話をすればいいと思うのじゃが」
「十九年間の俺の生き方を否定された……」
「そこまでは言っとらん。まあ、まだ彼女がいるのじゃから世間一般ではましな方じゃろ」
「……ありがとう、祭。――できたらこのまま俺と結婚してくれない?」
 キメ顔で手を握ってプロポーズしてみたり。
「余じゃないから」
「……え?」
「余は主の彼女じゃないから」
 二度もにべもなく断られた。
 そして衝撃の事実。祭は俺の彼女ではなかったのだ。
「じゃ、じゃあ彼女って誰だよ花祭々ぃぃぃっっ!!」
「ええい、叫ぶでない。それと花祭々言うな」
「わおーんわおーん! 俺は残念な勘違いロンリーウルフでぇーっすぅぅぅっ!」
「だから叫ぶでないと……」
 つか、ホントに彼女って誰のことだ。
「彼女とはあれじゃ、異邦人の」
「違法人? 俺の知り合いには犯罪者はいないぞ、たぶん」
 俺を未成年者略取の犯罪者とするかはおいといて。
「……異邦違いじゃから。異なる邦(くに)で、異邦じゃから」
「なるなる」
 なるほど、の意。
「異邦人ってエタノールの事ね」
 俺は頭の中に幼なじみのパッキン少女を描く。確かあいつが最後にきたのは祭と一緒に住み始めるよりも前だから、おそらく家モードだったときの記憶ではないかと予測。
「エタノール? そんなアルコールっぽい名前じゃったっけ?」
「あ、いや、違う違う。えっと……確か名前は………」
 あれ? なんつったっけあいつ?
「……主まさか」
 祭の軽蔑の眼差し、通称ジト目が突き刺ささった。痛い。
「いや! 待て! 今、胸元まで出てるんだよ! ビキニなんだよ!」
「意味が分からん」
 本当は喉元。
「そう、確か洗剤っぽい名前でー…………思い出した! アリエールだ! そう、アリエール!」
 ふーやべえ。唯一の友達の名前を間違っちまうところだったぜ。
「……まあその調子なら本当に付き合っているわけじゃないようじゃの」
「ああ。あいつはただの幼なじみだぞ」
 ここで説明しておこう。今俺が言ったとおりアリエールは俺の幼なじみで、唯一の友人の女の子だ。
 アリエールが中学生の頃に祖国であるイギリスに引っ越してからは疎遠になっていたが、俺が大学に入ってすぐくらいに偶然再会して、それ以来頻繁に俺の家に世話を焼きに来てくれている。
 どうやら、あいつも日本の大学で勉強しているらしい。しかもこのあたりで一番偏差値の高い国立大学だというのだから、もう低学歴コンプレックスががが。
「しかし好きでもない男のために、わざわざ自宅まで押し掛けて料理を作るもんかの」
「作りにくるもんなんじゃねえの。つっても、最近は来てないけどな」
 大半の大学生がそうであるように、コンパか何かで彼氏でも捕まえたのだろう。あの容姿なら引く手あまただろうし。
「……うーむ」
「まあそんな話はいいからさっさと裏行くぞ。あそこも掃除しねーとだろ」
「む、どうした急に。やる気になったのか?」
「やらないと終わらないからな。ぐだぐだ喋るなら部屋の中にしようぜ」

 アパートの裏はあまり日光が当たらないせいか、庭よりも雑草が少ない。ただ、全く生えていないというわけではないので、草抜きをしなければならないのには変わりがない。
 とはいえ日陰が多く、風の通りも良いため比較的作業がしやすいのは僥幸だった。
「ただどうしてほかの方はいらっしゃられないのでしょうかね。俺ら二人でここをきれいにしろと言うのかー(棒読み)」
「まあ、やるしかないの」
「…………しんど」
 作業開始。
 そしてそれから三十分。
 二人で背を向けあってぶちぶちしていると、祭が背中をとんとんと叩いてきた。
「……主」
「んー?」
 後ろを向くと、猫を抱えた祭ちゃん。
「おお、猫だ」
「にゃーがいたのじゃ」
「何その言い方、超可愛いんだけど」
 猫はつま先まで真っ黒な縁起のいい黒猫さんで、大人しくすっぽりと祭の腕の中に収まっている。
「めっちゃ柔らかいぞ」
「もふもふしてるのか」
「いや、もけもけしとる」
「もけもけ、か」
「うむ、もけもけじゃ」
「もけもけもいいな」
「いいのじゃ」
 なんだかよくわからないテンションになってしまった俺たちだった。
「どこにいたんだ、こいつ」
「その木の陰で眠っておった」
「昼寝の邪魔すんなよ……ほら、剣呑な目つきしてんだろ」
 涼しい木陰で昼寝をしていたところを邪魔されれば、誰だって不快に思うだろう。猫は俺たちをじろりと睨みつけてくきた。
 だがその一方で、祭に大人しく抱かれているのは人に慣れているからなのか。ただ、そういう猫は大抵が飼い猫なんだがこいつは見たところ首輪がない。
 首のあたりをさわさわとさわってやるが、やはり鈴の音もしなければ、金属タグの感触もしない。ただ手が少し毛に埋もれただけだった。
「なんだ。こいつやけに大人しいから飼い猫かと思ったらノラか」
「珍しいの」
「飼い猫じゃないのに人に懐いてるなんてな」
 もしや祭の神様効果だろうかと思って聞いてみたが、祭にそんな力はないらしい。また一つ祭の無力さを思い知った俺だった。もうこいつただの幼女じゃねーか。
「つーか猫ももうちょっと反抗しろよ、睨むだけじゃ自然界で生きていけないだろ。おまえ大丈夫なのか?」
 首をごろごろとさわってやる。だが、猫は相変わらず鋭い視線をこちらに向けているだけで、なすがまま。
「え? もけ君は生きていけないのか?」
 祭は驚いた表情。
「まあ子猫じゃないんだし、野生でここまで生きてこれたなら大丈夫だろ」
「あ、それもそうじゃな」
「つか名前付けるな」
 愛着が湧いてしまうだろ、という意味も込めて。
 花祭荘はペットは原則禁止だ。それを大家が破っては洒落にならない。
 それは祭もわかっているはずだ。なんてったってこいつはこのアパートの付喪神なんだから。
「ほら、もう猫はいいだろ。そろそろ掃除始めるぞ」
「う……そうじゃな」
 祭はゆっくりと猫を地面におろしてやる。それは猫に大切に扱っているようにも見えたが、それ以上に別れを惜しんでいるようにも見えた。
「じゃあの、もけ君」
 祭はゆっくりと地面に猫を下ろそうとするが、猫はなかなか祭の腕の中から降りようとしない。
「どうしたんだろうな」
「……主」
「ん?」
「今気づいたのじゃが……もけ君の足が」
 そう言って、祭は泣きそうで渋いようで苦いようなぐちゃぐちゃの表情を浮かべる。
「足? 足がどうか――」
 よく見ると、猫の足が曲がっていた。それもおそらく間接とは逆の方向に。
「……祭、ちょっとここでもけ君抱えたまま待ってろ。このあたりに動物病院がないかどうか聞いてくる」
「う、うむ」
 やけに人に慣れた野良猫だと思っていたが、それは違っていた。
 あの猫は動かなかったのではなく、動こうとしなかっただけなのだ。剣呑な目つきも、外敵と戦うことのできないあいつにとって唯一の抵抗だったのかもしれない。
 俺は走り、表で掃除していた人たちに声をかける。管理人さんにタクシーを呼んでもらう。もけ君を抱いた祭とともに病院へ向かう。そうして慌ただしく土曜日が過ぎていく。


 ◆◆◆


 結論を言おう。
 我が家の住民が一人、もとい一匹増えた。
 名前はもけ君改め、モケ。全治二ヶ月の骨折による負傷兵だ。なんと驚き、雌だった。
 どうやら猫の骨折というのは、高いところから着地に失敗したときなどに起こりうるらしく、獣医の先生によるとこのまま放っておけば、餌をとれずに餓死していただろうということだ。自然界というのは、給料日前の俺の懐並に厳しいようで。
 で、選択肢は二つ。入院、もしくは自宅療養。
 言うまでもない。金のない俺は即決した。
 これで骨折の問題は、時間が解決してくれる。
 ただそのかわりもう一つの問題が発生したのだが、これは意外にもあっさり解決した。モケを飼う許可を、管理人と各住民の両方からすんなり頂くことができたのだ。モケを見つけたのが、住民の集まっている清掃日だったことが幸いした。俺たちが病院につれていったその場にさえ居れば、同情を誘うことは訳もない。
「モケはおなごだったのじゃな」
 返事をするようにモケはにゃーと鳴く。最初に俺の部屋にきた数日間はそわそわと足を引きずって動いていたのだが、それ以降は妙に大人しく俺か祭の側で寝転がっている。
 もしかしたらこれまでのことを全て理解して食えたのかもしれない。そして俺たちに恩義を感じてくれているのかもしれない。
 もしくは、黙っていれば餌をくれる体のいい手下としか思ってないのかもしれない。
 本当のところは分からない。
 人間同士さえもが解り合えない世界において、人間と猫が解り合えるはずもないからだ。
 まあ、なんにせよ。
 一ヶ月近くでずいぶんとこの部屋もにぎやかになったと思う。まあ、六畳一間に人間と付喪神と猫が一緒にいるのだ。それは仕方がないのかもしれない。


 ◆◆◆


 俺と一般的な大学生の相違点一つに、携帯電話を持っていないというのが挙げられる。
 そんなわけで、わざわざ電話をかけてまで俺と会話したいという特殊な性癖をお持ちの方は固定電話にコールするしかない。
 そしてその変態から電話がかかってきたのは、祭が風呂に入っている午後八時頃のこと。
「花祭もといフラワーフェスティバル右京だ。俺のバリトンボイスがおまえのハンドジョブの役に立つというのなら、いくらでも協力しようではないか」
『いきなり女の子相手に下ネタですか……右京は相変わらずですね』
「ん? おお、アリエールじゃん。久しぶりだな」
 向こうから俺に電話をかけてくれる相手なんて、俺にはグレートブリテンガールぐらいしかいない。つまりアリエールだ。
『……あ、ありえーる?』
「ん? 悪い、違ったのか。誰だ?」
『…………エレアノールですが』
「……………………あ」
 俺は気づく。
 ○エレアノール
 ×アリエール
 ……やべえ名前間違えてた。幼なじみの名前間違えてた!
『誰ですかアリエールって。私の声と間違えたって事は女性ですよね?』
「……そ、それは、だなぁ」
 ど、どうしよう。
 さすがに五年間離れていたといっても、幼なじみに向かって貴女の名前ど忘れしてましたーとは言えないぞ。つか少しの間会ってないだけで名前忘れるか普通。
『急に言葉に詰まるなんて……そのアリエールさんとはどういう関係ですか?』
「ど、どういう関係って言われても……」
『答えてください』
 なんで俺問いつめられてる雰囲気なんですかねー。
『答えることができないなんて、もしや彼女……?』
「ち、違うから」
 勢いでプロポーズしてしまったことを思い出してどもってしまった。
『では、あなたとアリエールの関係を簡潔に述べなさい』
「その高校のテスト問題みたいな口調はなんなの」
『いいから答えなさい』
 怒られた。
「…………ええーっと、その……アリエールは、だなぁ」
『アリエールは?』


「……………………親父の隠し子」







 もう少しで7000字いくところだった。ちょいながい。
 あと微妙に一、二話の改訂とかしてます。でも再読するまでの価値はなかったり。


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