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[29891] 【習作】協専ハンターの小規模な生活(HxH)
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2012/04/08 13:42
この作品は少年漫画「ハンター×ハンター」の二次創作です。
コンセプトとして
「ハンター協会にスポットをあててみよう」
というものがあります。

原作の設定に拡大解釈や捏造を加えた世界で、協専のハンターを主人公としたものを書いてみようと思います。
せっかくの二次創作なので出来るだけ原作のキャラや土地を出していきたいですが、世界は救いませんし、原作にも影響を与えない程度のこっそりとしか関わりません。
それでもよろしければどうか皆さんのお時間をいただきたく存じます。


以下諸注意

・原作開始の3年前からスタートします。原作にかかわるのは当分先になりそうです。
・現代日本からの転生はありません。登場人物はすべてハンタ世界に生きる人々です。
・作中の文明レベルがよく分からないので、基本的には現代を基準に書いています。
・人物、地域ともにかなりの部分がオリジナルになってしまいます。
・原作を読んでいなくても楽しめるように書くつもりではありますが、説明不足なこともあるかもしれません。


――――
2011/10/03 ジャンプ本誌で新展開。前提崩壊につき、一時停止。
2012/04/08 再開。誤字修正。




[29891] 1話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/09/30 19:15
瞼に光を感じ、意識が上昇してくる。愛用のふとんから感じる無限の愛を振り切って体を起こす。
深呼吸を一つ、二つ。最後に限界まで息を吐いた後、すっと吸い込んで意識は完全にクリアになった。
骨よし、筋よし、目、耳よし。オーラの流れも滞りない。今日の体調は七五点といったところか。ここしばらく調子がいい。高い金を払ってマッサージをわざわざ受けたかいがあるというものだ。
悪友の引きこもりからの、押しの強い勧めだったから試してみたが、流石は一流のハンターであり、有能な施術師でもある人物の仕事ということか。

「まあ、効果が素晴らしい分だけ金もたっぷりとられてしまったけどな……」

資産に余裕はあるが、だからと言って散財ばかりしているわけにもいくまい。
今日から確か弟子をとることになっていたはずだ。他人の教育なんて面倒だが、しっかり育てていると定期的に報告するだけで長期にわたって収入が確保できる。
是非とも自立心が強くて長生きする奴にあたりたいものだ。
まずは適当に朝の諸々をおえて出勤するとしよう。


ハンター協会―――民間団体でありながら中小の国家を軽く凌駕する影響力をもつ破格の組織―――その本部が今日の俺の出勤先だ。
組織の規模が異常なら、そこに集う人もひと癖もふた癖もあるやつばかりなのだが、その本部ビルは驚くほどにまともな外観をしている。まるでオフィスビルだ。しいて特徴をあげればハンター協会のマークが大きく掲げられていることくらいだろうか。
入り口を抜けると、エントランスホールは雑多な人間で溢れていて、やはりまともなのは外観だけだ、と再認識する。どこの世界に堂々と槍をもった人間がいるオフィスビルがあるというのか。受付にライセンスを提示してさっさと目的を告げる。あまりここには居たくない。

「アレックス=シューミーだ。呼び出しを受けて出頭した」
「はい。ライセンスの確認が取れました。4階の第八多目的室に向かってください。こちらは、鍵と資料になります」


受付を過ぎて、エントランスホールの最奥にある、ライセンスか協会員証の必要な改札を通り抜けると、ぐっと人が減る。
金額の交渉をしている依頼者もいなければ、割のいい仕事にありつけないかとうろついているアマチュアハンターも入ってこれないからだ。とは言え、奇人変人の割合はもしかしたらあがっているかもしれない。
いつものように正面の通路を右に曲がって喫煙室脇の自販機でコーヒーを買い、指示された部屋に向かう。目的の部屋に入るとまだ誰もいなかった。机と椅子にホワイトボード、それと申し訳程度に観葉植物の置いてある殺風景な部屋だ。
こんな場所ではすることもないので手元の資料に目を落とす。どうやら相手が呼び出された時間はあと30分ほど先のことのようだ。
俺は昼までという以上の指示を覚えていなかったので適当に来たのだが早すぎたみたいだ。別に問題はない。コーヒーをすすりつつ資料をパラパラとめくることにする。いつものことながら、流石はグルメハンターこだわりの品らしく自販機のものとは思えないほど実にうまい。

「名前はカロリナ=シードランド、年は17、女性。つい先日、第284期ハンター試験を合格したばかりの新人ハンター。てっとり早くハンターという職業を金にするために協専ハンターになることを志望する、ねぇ」

指導員制度の適応を希望したため、それに俺が選ばれたようだ。どんな基準で選ばれたんだか。
念も知らない新米ハンターで、そっちの指導もしなきゃならんらしい。なんとも面倒くさいことだ。だが、だからこその高い報酬ともいえる。
協会はハンターの育成になかなか高い意欲をもっている。特に協専ハンターになりそうだとなれば丁寧に育てるために金も払うということだ。
それでも、実際に選ばれたハンターが熱心に指導するかどうかはまた別の問題ではある。俺は熱心に後進を指導するような人間だと評価されているということか。
だらだら資料をまくっていると、ノックの音が聞こえた。

「カロリナ=シードランドです。入ってもよろしいでしょうか?」
「許可する。入ってこい」

まだ10分以上も指定の時間まではある。どうやら早く来たみたいだ。この時間に来るってことは、少なくとも真面目そうではあるな。指導は楽なものになるかもしれない。
緊張した面持ちで、そろそろと部屋へ入ってきたのは、少し癖のある明るいセミロングの髪を後ろでひとくくりにした、大きな目が特徴的な女だった。
思ったことが顔に出易いのか、普段は明るい印象を与えそうなその顔は、わかりやすく眉が下がっており、申し訳なさそうな雰囲気が醸し出されている。

「申し訳ありません!受付の方にもう結構前からお待たせしてしまってるって聞いて。わたし、時間を間違えましたでしょうか?」
「いや、お前は遅刻してない。単に俺が早く来ただけだ」

カロリナはあからさまにほっとした様子を見せながらも、すみません、ともう一度謝ってきてから近寄ってきた。

「まあ、座れ。これから協専ハンターと指導員について説明と契約を行う。契約書にはよく考えてサインしろよ?」

自分の座っている椅子の対面の席をおざなりに示しす。俺が師匠についたときはどうだったかな……
カロリナが、失礼します、といって座るのを待って説明を始める。

「まずは、自己紹介でもするとしようか。俺はアレックス=シューミー。協専ハンターだ。今日、もし契約したならお前の指導員になる。そっちは?」
「カロリナ=シードランドです!このたび、第284期ハンター試験を合格してハンターになりました。今日からよろしくお願いします!」
「はい、よろしく。だがその挨拶はちょっとばかりまだ気が早いな。まずはこれからについて説明するとしよう」

受付で受け取っていた資料のうち、カロリアの分の資料と契約書を渡しながら概要をまとめて話す。


曰く、協専ハンターの仕事とは、協会が国や企業から受けた依頼の達成が主であり、各人の能力にあった依頼が複数振り分けられその中から希望のものを選ぶ。

曰く、協専ハンターの契約を結んだものは規定の期間内に協会からの依頼を一定数以上受けなければならない。また、協会から直接指名された依頼については最優先で受けなければならない。

曰く、協専ハンターは依頼の達成、失敗にかかわらず難度に応じた報酬を得ることができる。失敗が続いた場合は受けられる依頼の難度は低いものとなる。

曰く、協専ハンターは望むのならば協会から様々な支援を受けることができる。貸住居や訓練施設の無料開放、金銭の貸出や情報開示の優遇、指導員制度などはそのひとつである。

曰く、協専ハンターは指導員を望んだ場合、協会から指導員を派遣され、師事することができる。原則として3年間は協会から指導員に対し報酬が支払われ、指導員は被指導者に対し教育の義務を負う。



「要はハンター協会に飼われるなら優遇してやるよって話だな」
「……ちょっと率直すぎません?確かに分かりやすくはありますけど」
「気にするな。分かりやすいならいいだろう。ああ、別に協会からの依頼は協専ハンターにならなくても受けられるぞ。あと指導員の変更は、はっきりとした理由があれば可能だ」
「なるほど。あのー、考えを整理したいので、少し時間をくれませんか?」
「いいだろう。よく考えることだ」

俺の一言で表した説明に困った様な顔をして笑ったカロリナは、手元の契約書に目を通しながら考え始めた。やはり真面目なのだろう。汚い話に軽い忌避感を持っているらしい。
ただ待つのもつまらないので、改めてカロリナを観察してみることにする。160センチ後半くらいだろうか。すらりと長い手足のせいか、実際よりも背が高く見えているかもしれない。
服装は袖をロールアップしたジャケットにインナー、ホットパンツ、編み上げブーツと、ごく普通に街中で買い物でもしていそうなものだ。別に特別動きにくそうでもないのでハンターの格好として相応しいかは気にしない。
ハンターをやってる連中には、どうしてそんな格好をしているのかまるで理解できないやつらなんていくらでもいる。普通の恰好、大いに結構だ。
なにせ、これからしばらく共に行動することになるかもしれないのだから。人の背丈ほどもあるキセルを担いだグラサン男とか、常に何かのお面をかぶった奇人よりはましだろう。
益体無いことをつらつらと考えていると、あちらも考えがまとまったのか勢いよく契約書に名前を書いて印を押すと、顔をあげて手渡してくる。

「わたし、協専ハンターになります!ご指導、よろしくお願いします」
「そうか、わかった。――そうだな、これは純粋な好奇心なんだが、参考までに決めた理由を聞いてもいいか?」
「あー、えっと。その、わたし、お金をあんまりもってないんですよ。それで、そのうえ収入もちょっと……」

少し口ごもりながらも、しっかりと答えてくれるカロリナの話を聞きながら、手早く渡された契約書に不備が無いかを確認して、自分も必要箇所に署名と捺印を済ます。

「で、ですね。ハンターになれたはいいけれど、ちゃんとした訓練をした事がないんで、どんなハントするかも決めてなかったですし、それが一遍に手に入るならば、ということです」
「……なるほどな。答えてくれてありがとう。お礼に、さっそく真面目に指導するとしようかね。ちょっとそこへ立ってみてくれ」
「?――分かりました」


カロリナの様子に少し何かを隠すような気配を感じたが、まったくの嘘を言っているわけでもなさそうなのでひとまず好奇心を満足させておく。会ったばかりの人間に語れることばかりでもないだろう。
椅子から立ち上がり指定した場所に立つカロリナ。早速の指導ということだが、こんな場所でいったい何をするのか、と不思議に思ってそうな表情だ。

「なに、今からやるのは簡単なことだ。何が起こっているのか、お前はそれを見極めるだけでいい」

椅子に座ったまま、そう語る俺にますます訝しげな表情になるカロリナ。ではいくぞ、そう呟いて俺は念を発動させる。
瞬間、カロリナは見事にすっ転んだ。

「きゃっ、なん、え、え、え?」

転んでも即座に体勢を立て直し、状況を把握しようとしたのは、流石にハンター試験を合格しただけのことはある。ただ当然の事ながら周囲には椅子に座った俺以外誰もいないし、糸などの仕掛けも見えない。
それなりに危機察知に自信があったのか余計に混乱してしまったようだ。だが、たったこれだけでは終わらせてはあまり意味がない。かがんで警戒体勢をとりながら周囲を探していたカロリナもう一度転ばす。
今度は一応可能性としては考えていたのか、先ほどよりもさらに速やかに体勢をととのえ、動揺も少しは抑え込んでいた。未知の攻撃を受けたというのに随分と順応が早い。どうやら優秀な弟子になりそうだ。
驚愕の眼差しでこちらを見やるカロリナに笑みをかえしながら、もう一度転ばしてやる。
その後、部屋の中を逃げ回るカロリナを何度か転がすと、今度は対処するよりも見極めることを優先したのか、カロリナは受け身もとらずなすがままにされたが、当然、非念能力者にはなにも見えない。
とうとう完全に諦めたのか、そのまま起き上がらないカロリナに声をかけてやる。


「どうだ?お前にはなにがわかった?」
「はぁ、ふう。えと、目に見えない何かで転ばされていたことと、どんなに頑張っても掴めなかったこと、ですね。糸にしては、部屋中走り周って一度も、ひっかからなかったし、正直お手上げです。落第、ですか?」
「いいや、いい線だ。」

二度目に転ばせた時にも思ったが、どうやらカロリナは未知なものを未知なものとして認めて、その上で対処を考えることができるようだ。実に柔軟で素晴らしい。ありえないことがありえない念能力者同士の戦いではその思考は大いに役立つだろう。
そんなこと考えつつ、今度は息を整えていたカロリナの全身を念で支え浮かび上がらせる。別にそこまで難しい事ではない。具現化系の系統別修行である、オーラに質量を持たせ、物質に作用させるという基本を応用しているだけだ。
具現化系は具現化する物を決めると案外あっさりと具現化してしまう能力者が多いが、その能力を使い続ける以外にも、きちんとこういった基礎能力の向上法は確立されている。
そうでなければ変化系や操作系の能力者が困ることであるし。先ほどまで散々カロリナを転ばせたのもこの技術によってだ。
もはや言葉もないカロリナの様子を見て満足に頷く。

「これは、俺たちハンターなら誰もが持つことになる力だ。もちろんお前も例外では無い。名を念という」
「念……これを、わたしも?」

茫然としつつ何か呟いているカロリナをしっかりと床に下ろし、説明を続ける。

「まあ、ハンターを続けるには必須技能だな。まずはこれをお前に叩き込む。実を言うとこれが指導員の重要な仕事の一つなんだ」
「はい!あの、わたし、こんなとんでも能力、欠片でも自分に感じたことないんですけど……」

どこかの学生のように挙手をしたカロリナが自信なさそうに言い返してくる。

「大丈夫だ。問題ない。とりあえずハンター協会が保有する訓練場で一か月ほどサバイバルをしながらゆっくりと能力の基礎を教えたいんだが。いつなら予定を一か月空けられる?」
「ハンター試験の先には予定を入れていなかったので明日からでも大丈夫です。同期の合格者のみんなとはもう打ち上げもしましたし」
「なら、三日後にもう一度ここに来い。必要なものはこっちで用意するから、お前は英気を養っておくだけでいい。三日で家と往復するのが面倒なら本部内の宿泊施設が無料で使えるから、そこを利用するといいだろう」
「はい。わかりました。あとで使用許可を申請してみようと思います」


三日後と言った瞬間ほんの少し表情のかわったカロリナだったが、宿泊施設のことを話す時には既に痕跡は消えていた。ただの気のせいだったのかもしれない。
カロリナに渡していなかった書類の内、ある一枚の書類にサインしてカロリナに差し出す。

「これは、念修行に専念させるための協会からのおこずかい。といったとこだな。半年間の依頼免除と金一封だ。受付でこれも一緒に申請するといい」
「そんなことまで……。本当に念って重要なんですねー。金額もいち、じゅう、ひゃく――あのぉ、これ絶対間違ってますよ?修行するだけで逆に一千万ジェニーなんて、そんな」
「いや、間違いじゃない。ま、それだけ協会が力を入れているってことだ」
「そんな!だって、一千万ジェニーっていったらチョコロボくんが、あの、あー、すっごいたくさん買えちゃえますよ!?」
「俺にはお前の中の通貨価値基準のほうがよっぽど理解できん」

予想外の臨時収入に驚いたのか錯乱気味に興奮しているカロリナにため息をつく。簡単な計算もできなくなるほどの金額でもあるまいに。ハンターなんだからこの程度で驚かないでほしい。
というか、先ほど念で初めて転ばした時よりもおどろいていないか?若干傷つくものがある。少し落ち着くのをみはからって声をかける。今日はもう終わらせてしまおう。

「これで説明、契約、及び今後の指示まで終わったわけだが、なんか質問はあるか?」

カロリナは真剣な顔で俯いた。今までのことを反すうしているのだろう。七面倒くさい文言がならんだ契約書。念という未知の能力との出会い。思い返すのに少しくらい時間がかかるのは仕方あるまい。待ってやるとしよう。
やがて、聞きたいことが決まったのか、カロリナは短く躊躇を見せた後、勢いよく顔を上げ



「この近くでチョコロボくんが売ってるところはどこですか?」

「知るか」



あー、もう面倒くさい。金一封でさっそく買いに行くつもりなのか?次はサバイバルに持ってきていいかとか聞くんじゃあないだろうな。優秀そうな弟子の姿は虚像でただのアホだったようだ。
本当に残念そうに顔を伏せるカロリナがうっとうしい。

「以上だな。じゃあ三日後に会おう」

さっさと席を立って出口へと向かう。もう昼飯の時間はとっくに来ているのだ。アホにかまっている時間はない。

「あの、今日はありがとうございました!改めて、これからよろしくお願いします、師匠!」

……まあ、礼儀を忘れない心はあるらしい。俺は下がりきっていたカロリナの評価を少しだけ上げなおした。






――――
早速の拡大解釈として、協専ハンターを協会の斡旋を専門に受けるハンターというものから、協会専任のハンターとしてハンター協会と契約した職業としております。もちろん協専ハンターとして契約せずとも依頼をうけることはできますが多くの優遇措置があるという設定で。
原作の人物らも5巻で説明されたでしょうが、明確な目的を持っていたり、そもそも興味を持ちそうな人がいません。しいて言えば金の面でレオリオですが、彼は医者になる夢があるので。



[29891] 2話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2012/04/08 02:00
ザバン市街から230kmほど離れた郊外にはこの地方最大の湿原地帯が広がっている。
特異な進化を遂げたこの湿原地帯特有の珍奇な生物たちは、その多くが人間をもあざむいて食糧にしようとする狡猾さと貪欲さを併せ持っている。
ヌメーレ湿原と名付けられたこの湿原は、その実、正式な名を呼ばれることはほとんどない。国にこの湿原の生態調査を依頼されたとあるハンターがここを評した言葉があまりにも的確で有名だからだ。

「まったくひどい所だった、動物は純粋で自然のままに生きているなんていう愛護団体共に見せてやりたいものだね!あそこの生き物相手に少しだって気を抜いちゃいけない。まるで”詐欺師の塒”さ!」

当時、魔獣以外には人間を騙すほどの知能をもった生き物はあまり確認されておらず、一度にそんな生態を持つものたちが多数発見されたことは世間をおおいに驚愕させ、以降ヌメーレ湿原をそのインパクトとわかりやすさから”詐欺師の塒”と呼びならわすことになった。
物好きな観光客の死亡事故が続発し、国がハンター協会に環境の保護としかるべき安全対策を依頼したのはもう、ずいぶんと昔の話である。

環境の保護と、いくつかの観光ルートの案内役派遣を無償で引き受けたハンター協会は、かわりに常人には過酷なその環境をいかして湿原全体を訓練場がわりに使用することの許可を国に求め、生態系を狂わさない事を絶対条件とした上で許可された。
今では、もともとの環境に加え、ハンター協会が趣向をこらしたことでハンターに最低限必要な生存能力、洞察力、そして念能力を一度に訓練できるようになっている。


俺がカロリナを連れてきたのは、つまるところそういう場所だった。

「いいか、よく聞け。今から一か月ここでサバイバル生活をする。自分の飯は自分でとるんだ。俺に見せれば食えるかどうかぐらいは判断してやる」
「分かりました!まずは、何をしたらいいですか?」

初めて訪れた環境がめずらしいのか、きょろきょろとあちこちに視線をやりながらあとをついてきていたカロリナは、やる気に満ちた表情をしている。
ちゃんとした訓練を受けたことがないと言っていたし、少し興奮しているのかもしれない。

「普通に考えれば拠点の設置だな。近くで水と食料が確保できて、急な雨や敵襲にも対処できる場所ならベストだ。口出ししないからやってみろ」
「はい。拠点ですね」


どこがよさそうかなー?そう呟きながらカロリナはふらふらと歩き出していく。
湿原は平坦な地形が多く、大型の樹木が少ない。その上そこかしこにコケで隠された沼地が天然のトラップとして存在するので、素人は拠点の場所を選定するのになかなか難儀することだろう。
ハンター試験はその試験内容に簡単な生存能力テストを含むので、まったくの素人ではないんだろうが、ずんずんと前を歩くカロリナの後ろ姿からはそのあたりのことを分かっているのかどうか、うかがい知れない。

「師匠は―――あ、師匠って呼んでもいいですかね?」
「好きに呼べ。それで、なんだ?ヒントはとりあえず無しだぞ」
「ありがとうございます。え、と。ヒントじゃなくて、なにか話ながら歩きたいなー、と思いまして。師匠がなんで協専やってるかとか昔の依頼の話とか聞いていいですか?」
「探索の手は抜くなよ?そうだな、よくある理由だよ。お前と同じ、俺も金のためってやつだ。てっとり早いからな」

なにせ仕事の成否を問わず金が入る。そう言って、おどけてみせる。なにか劇的な動機でも期待していたのかカロリナは少々残念そうだ。

「仕事のほうは何でも屋だな。貴重なサンプルの入手、危険な試作品のテスター、新商品の情報を商品発表まで保護、新種の動植物発見、危険な犯罪者の逮捕代行、護衛への訓練、会社の経営建て直しとかな」
「え!そんなにいっぱい出来るんですか!?師匠って実はすごい人?」
「単に依頼をこなしてたらできるようになっただけだ。一つ一つの仕事をみれば、単一の仕事だけをしているハンターにはかなわない」
「それでもそれだけ出来れば十分すごいと思いますけど。依頼されたからって出来るようになる事ばかりじゃないと思いますし……」
「協専ハンターの基本はどんな依頼にも対応できるように広く浅くだ。お前も続けるなら何でもできるようになっておけ」
「うーん。探索系はともかく、経営とか情報統制は自信ないですね。あと出来そうなのは荒事くらいです」

想像以上に広いハンターの仕事範囲に驚いたのか、カロリナは乾いた笑いをあげている。ハンターになったとはいえ、これから得ていかなければならないスキルの多さに気が遠くなったのかもしれない。
俺もハンターになった時は何も知らない小僧だったのだ。カロリナもいずれできるようになっていくだろう。


カロリナは道中、地面の下にかくれた巨大な蛙のような姿のマチボッケに食べられかけたり、催眠にかけられた様子もないのに元気よく催眠蝶をおいかけていったりしたが、今日のところの拠点製作地点を決めたようだ。
なだらかな丘になっているところで見晴らしがいい。周囲には沼が少なく、比較的地盤が安定している。細く、大きさもあまりないがそれでも樹木が生えてはいるのでシェルターを作ることもできるだろう。
大雨が降ったら危険かもしれないが、まずまずといった場所だ。明日以降も使うかは今日の使い心地次第だろうか。カロリナは、防水布とザイルを使い簡易シェルターを設置し、ナイフ、燃料、ポリタンク、毛布などを手際よく配置していく。
やはりそれなりのサバイバル知識はあったらしい。指導が楽でいいことだ。

「よし、十分だ。なかなか良い拠点だな。問題がなさそうなら明日以降はここを拠点に食糧調達をしつつ、身体能力の向上と、念の修行に入る」
「ついに念ですか。わたしも超能力者の仲間入りですね」
「ひとまず今日の飯はさっきとっておいたマチボッケの足でいいだろう。あとは水を用意しとけ」

むん、と気合いをいれるカロリナに先にやっておくことを指示する。日の光は有限なのだ。特別な理由がなければ日が暮れるまでにできるだけ探索は終わらせておくべきだ。
20Lのポリタンクに2つ、比較的きれいな水をくむついでに食べられる水草をとり、夕食の準備が終わった時点で気づけば日が沈みかけていた。
カロリナは他の地方にも存在する食べられる水草を摘んできたのだが、同じ水草に擬態したこの湿原固有の水蛇におどろいていた。

「師匠、この湿原ってほんとに擬態してたりする生き物が多いんですね」
「今日見たここの固有種はマチボッケに、催眠蝶、オモダカモドキくらいか。まだまだこんなもんじゃないな。もっと奥深くまで入っていけばより珍奇な生物がいるぞ」
「マチボッケなんかはかなり強烈でしたけど。明日以降が怖いような、楽しみなような……」


今日とった食材と、持ってきた鍋、調味料でつくったスープを食べながら話す。マチボッケの肉は淡白で癖も少なく、悪くない味だ。
使った道具をかるく水で洗って片付けた後、二人でシェルターのなかに入る。周囲にはすっかりと夜の帳が落ちているのでランプをつける。

「あー、そういえば師匠もこの中で寝る、ですよね?」
「それがどうかしたか?」

カロリナはうーん、と歯切れ悪く唸っている。ああ、そういうことか。

「安心しろ。小さなガキに欲情する趣味はない」
「小さくないっ!……もう、いいです」

せっかく気を使って身の安全を保障してやったのに理不尽に怒られた。というか胸の前で合わせた腕はなんなんだ?だれもそこの事を揶揄したわけじゃないんだが……
まあいい、気にせず話を変えよう。

「納得したなら明日以降のために念について、少し話をするとしよう」



―――念とは、体からあふれ出すオーラと呼ばれる生命エネルギーを自在に操る能力のこと。
生命エネルギーは誰もが微量ながら放出しているが、そのほとんどは垂れ流しになっている。
体中にある精孔という穴を開くことでオーラを巡らし、これを肉体にとどめ、増幅、あるいは絶つことで目的に適う効果を得ることができる。
念は簡単に紙きれを刃とかし、また自らの体を鋼につつみこみ守ることもできる。
通常、瞑想や禅などで自分のオーラを感じ取り、体中をオーラが包んでいることを実感した上で、すこしづつ精孔を開いていく。

念の修行に、意志を鍛える「燃」という修行法がある。燃の四大行とは意志を強くする過程の修行。即ち、


「点」によって心を一つに集中し自己を見つめ目標を定め

「舌」でその思いを言葉にする

「錬」でその意思を高め

「発」でそれを行動に移す

シンを高め、シンを鍛えるすべての格闘技に通じる基本でもある。



今回、カロリナに念を覚えさせるにあたっては、身体能力を鍛えることで生命エネルギーを底上げし、燃によってオーラを感じとらせ、精孔には近くで錬をすることで少しづつ刺激を与えることにする。
怒りをおさめ、真剣に話を聞いていたカロリナは、ふと手をあげる。

「はい。師匠はさっき通常、って言ってましたけど通常じゃない方法もあるんですか?」
「たしかに別の方法もあるが俺はやらんぞ。お前なら2週間もあれば精孔をひらけるだろうしな」
「2週間……。そうですか、分かりました。あ、あと近くで錬をするってなんです?師匠が意志を高めてくれるとわたしの精孔が開くんですか?」
「ははっ、いや、悪い。説明不足だったな。レンはレンでも念のほうの四大行の「練」だ。念のほうの四大行はお前が念に目覚めたらまた教えるとして―――感じるか?」
「はい!急に、師匠からの圧迫感が強くなりました。不思議と息苦しさとかいやな感じはしませんけど。これが、練」

俺が錬をするとカロリナはしっかりと感じ取ることができたようだ。コクコクと頷いている。体の周囲のオーラがなだらかに流れているから、そこそこの才能はありそうだと踏んでいたが間違いではなさそうだ。

「他人のオーラを感じることで自分のオーラを感じ取り易くなるし、精孔への刺激にもなる。このサバイバル期間中、不定期に練をするからしっかりと感じ取れ」
「分かりました。出来るだけ早く念に目覚められるようにがんばるのでご指導お願いします!」


翌日から朝晩の「点」と、その日の分の狩りの他には、ひたすら走り込みなどで体力を消費し尽すことで体の内側に眠るオーラを感じ取りやすい状態になるように指導した。
カロリナは、2日ほどで俺が練をすると即座に気づく程度には念に対する感覚が鋭敏になり、一週間で体全体の6割ほどの精孔が開き、目の精孔がある程度開いたことでオーラを目視できるようになった。

「師匠、師匠。体の周りから湯気みたいなものが見えます。これが念ですか?」
「そうだ。今、お前からはオーラをとどめきれていなくて少しずつ霧散してしまってるが、それをしっかりと体に留めるのが「纏」という念能力の基本技だ。纏を覚えれば常人よりも力強く、はるかに若さを保てるようになる。お前の場合はある程度とどめているとはいえ、すでに常人よりも精孔が開いているから今は逆に疲れやすいだろう?オーラは生命エネルギーそのものだからな。早くに纏を覚えなきゃ老けてくぞ」
「ええ!?聞いてませんよそんなの!纏ってどうすればできますか?」

若さを保てるといったあたりで多少うれしそうにしていたカロリナだが、それ以上にこのままではどんどん老けていってしまうということに恐怖を覚えたのか、あわてて聞いてくる。
まだ若いとはいえ、女性であるからその辺りに関する感情は男の俺にはわからないほど強いものなのかもしれない。

「オーラが血液のように全身を巡って、その流れが次第にとまり、体のまわりでゆらいでいる様子をイメージするんだ。変に力を入れないことがコツだな」

あせってオーラの乱れていたカロリナだが、もともと綺麗なオーラの流れをしていただけあってすぐにコツをつかみ、ひとまず纏と言えるような状態になった。
初めて意識的にオーラを操作し、体にまとったことで違和感を感じているのだろう。カロリナは不思議そうにしげしげと自分の体を見回している。

「よし、そんなもんだ。あとは意識的に纏を続けていくだけで残りの精孔も開いていくだろう。オーラを見えるようになったところで、念の四大行を説明するとするか」



「念」の四大行とは―――テンを知り、ゼツを覚え、レンを経て、ハツに至る道。即ち、


「テン」とは「纏」。オーラを体にとどめる全ての念能力の基礎の基礎

「ゼツ」とは「絶」。文字通りオーラを絶ち、気配を消したり、極度の疲労を癒す

「レン」とは「練」。通常以上のオーラを生み出し操る術

「ハツ」とは「発」。個人の資質によってオーラを使いさまざまな能力を発揮しうる。それこそ、世に言う超能力や奇跡のようなことでも


これら四つの技法をもって四大行と呼び、念能力の基本にして真髄でもある。



実際にカロリナの前でやって見せながら説明する。錬をした状態で少し力を入れて地面を殴って見せると簡単に小さなクレーターを形成してカロリナを驚かせた。

「いいか、念ってもんは簡単に常人と超人を隔てる壁を超えさせてしまう力だ。力に振るわれないようにな」

改めて目の前で念の直接的な力を見たことで、以前何度も転ばせた時とはまた違った思いを持ったのだろう。真剣な顔で頷いている。

「はい。ところで、以前の見えない手みたいな、糸みたいなものは師匠の発ですか?」
「いや、似たようなものだが俺固有のものじゃあない。まあ、その辺はおいおいな。先ずは纏、絶、練を自分のものにすることだ」


これまでの一週間で、カロリナの念を使わない生存能力や洞察力は新人ハンターとして十分合格ラインにあることがわかった。
不完全ながら精孔も開いて纏モドキも出来るようになったことだし、あと数日待って完全に精孔が開いたら、ここを修行場にえらんだもう一つの理由である念の修行がし易い場所に移るとしよう。


「師匠!わたし、戦闘なんかは今見せてもらった練とかで十分そうですし、成長を操る能力が欲しいです!どうしたら覚えられますか?」

念を纏ったからか、やる気ゆえにか、いつもより幾分キラキラしたカロリナは勢いこんでいる。そして人の話を聞いていない。
それにしても別に戦闘用の能力を持てとは言わんが、成長用の能力とは……。完璧に予想外の質問だった。
ふと、ここに来た初日の夜の事を思い出す。あれはコンプレックスだったんだろうか。
まあ、女性には重要な問題なのかもしれんが、げんなりする気持ちは抑えようがない。こんなにも感性の違うイキモノを指導していけるんだろうか?

「……ま、修行だ」

がんばりますよー!と気合いをいれるカロリナを横目に見ながら、答える声に溜息の色が混じってしまわなかっただろうか、とそんなことを思った。





[29891] 3話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2012/04/08 02:03
「今日からの修行は、この山を掘りぬくことだ」
「山を掘るって、これをですか?」
「そうだ、自分で掘ってトンネルを開通させろ」

そんな無茶な……。と呟くカロリナの前には大きな茶色い壁が立ちはだかっている。山というよりは巨大な円柱で、左右を見渡せば壁面は緩やかなカーブを描いているがその角度から察せられる規模は人一人が簡単に掘りぬけるほど小さなものではない。



ヌメーレ湿原に入って十日が過ぎた。カロリナの精孔も全て開き切り、纏を睡眠中でもほとんど切らさずにいられるようになっている。
そろそろ次の段階の修行をするために移動してきたのが、ここ、ヌメーレ湿原内にある人工の双子山だ。いま俺達が立っているのはそのちょうど挟まれた真ん中である。近くには大きなコンテナと設置式の大型クレーン、宿泊所がある。

「一日につき一本までならシャベルを支給してやる。掘った土はリアカーにいれて運び出して、あそこにあるコンテナに入れるように」
「えーと、ほんとに人力でトンネル掘れって言ってますか、もしかして?」
「当然本気だ。なに、車や列車が通れるものでなくていいんだ。大したことはない」
「う、分かりました。がんばります」

眼前に広がる巨大な質量から感じる威圧感のためか、カロリナは始める前からあまりやる気を感じられない。困ったものだ。一度トンネルを開通させることなど始まりにすぎないというのに。
俺はここで修行する者のための宿泊所から椅子を引っ張り出して座り、ジャーキーをかじりながら、作業を進めるカロリナをぼーっと眺める。これまでは精孔の開き具合をみたり、錬で精孔を刺激して、念能力発現を早めたりとやることはあったが今はそれもない。
カロリナのサバイバル能力はもうみたので、これからはこの双子山を中心に修行するにあたってここの宿泊所を拠点にするし、必要物資ももう運び込ませてある。
ジャーキーをかじることだけが俺の仕事なのかもしれない。それもありだ。


「師匠ー!この山、硬すぎるんですけど!!」

俺がジャーキーを歯だけでどれだけ裂けるかに挑戦していると、カロリナが先端のすっかり潰れてもはやシャベルとは言えなさそうな物体をもってやってきた。

「あ、しかも自分だけなんかおいしそうなもの食べてる!わたしも欲しいです!」
「夜まで我慢しろ。言い忘れたが最低でも四分の一は進めないと夕飯はなしだ。だいたいコンテナに3杯半くらいか」
「そんな!ここの土って本当に硬くてシャベルも全然歯が立たないんですよ。四分の一なんてむりです!ほら、もうシャベル壊れちゃってますし!」
「シャベルが壊れたなら、素手で掘るんだな。いいからさっさと行け」
「うぅ……」

まだ何かを言いつのるカロリナにぞんざいに手を振りながら、少しの害意とともに練で高めた念を放つと、すぐに口をつぐみ冷汗をかきながら作業にもどっていった。
念を覚えたとは言え、まだやっと精孔が開いたばかりのひよっこだ。強大な敵意のオーラに触れれば恐怖もするのだろう。こういった念も味あわせておくべきだ。


二時間をかけて数メートルほどしか掘り進められていない作業地点に戻ってカロリナは泣きそうな顔をしている。確か山の直径は300メートルほど。四分の一堀りおおせるにははあまりにも遠い。
カロリナは棒の先に変な鉄塊がついただけのものとなったシャベルをじっと見つめた後、放りすてると、纏のオーラを精いっぱい漲らせて拳を突き出し―――陥没した。
予想していたよりもはるかに反発がなかったためだろう、大きくバランスを崩して体ごと山にぶつかっていき、大きく周りを崩壊させてそのなかにそのまま飲み込まれていったのだ。
さすがに窒息したら少々まずいので山に突っ込んだカロリナを引っ張りだす。体中泥だらけの有様だ。

「おい、生きてるか?」
「うえーぺっぺっ。何が起きたんですか?」

口の中にまで入ってしまったらしい土を吐きながらカロリナが復帰する。混乱はしているだろうが大したことはなさそうだ。

「今まで纏しててもあんなに威力出たことなかったんですけど。それにほとんど衝撃も感じられなかったし」
「これも念だ。ただしお前の念でも俺の念でもない。この山に念がかけられてるんだ」
「それってどんなのですか?っていうか念って生命エネルギーを操るものでは?」
「それはまだ秘密だ。ま、とりあえずいまの一撃をヒントに残りを掘ってこい」

釈然としない顔をしながらもカロリナは素直に作業に戻っていく。あるいは、夕食がかかっているので細かいことはどうでもいいのかもしれない。
しかし、今のは驚いた。シャベルが使い物にならなくなっていたからそろそろ手で掘ってからくりに気付くかと思ったら、まさかあんなに思いっきり自爆するとは。
まあ、おそらくこれで随分進めるようになっただろう。夕食までにはノルマが終わるかどうかはまだわからないな。



「おおー、久しぶりのパン!」
「このなかで一番注目するのがパンなのか?」
「だってもう10日も食べてなかったんですよ?ビバ、炭水化物!」
「まあ人それぞれか」
「いやいや、パンって言ったら主食じゃないですか!主食っていうくらいですからいつもは主にそれを食べてるわけで、それがないとやっぱ力がでなかったというかですね!」
「わかったわかった」


ときどきクレーンを動かしてコンテナの中身を反対側の山の上へ移すほかに、宿泊所からひっぱった電源を繋げたランプをカロリナの掘ったトンネルに設置していく程度で、後はビール片手につまみをかじりながら見てた俺によほど思うところがあったのか、例の一撃以降素手ならば山が掘れると気づいたカロリナは猛然と掘り続け、見事にノルマを達成していた。
とはいえ、香草のよく効いた青魚のリエット、熱々のとろけるチーズが魅力的な茄子と鶏肉のグラタン、鮮やかな彩りをみせる旬の野菜のコンソメスープと、久しぶりに文化的な飯を前にまさか一番の感想がパンにくるとは思わなかったが。

「はい。ところで師匠、あの山にかかった念ってなんですか?シャベルでは全然掘れなかったのに素手だとプリンみたいに簡単に掘れましたよ?」
「教えてもいいが、まずはお前の考えを言ってみろ」
「んー、あの山には金属に耐性があるとか、あるいは単純に素手じゃないと掘れないようになってるとかですかね。正直、念でできることの範囲がよくわからないのでこのくらいしか浮かばないです」
「まあまあだな。あの山はある技術によって物理的衝撃に対する大きな耐性とオーラに対する脆弱性をもっている。念は奥が深い。念でできることの範囲はとても広いがその限界は俺にもわからんよ。念能力は基本的なもの以外扱う個人によって千差万別だ。誰かにとっていともたやすく作ることのできる能力が、別の誰かには一生かかってもできないこともある。未来視や徐霊、飛行能力に瞬間転移だって出来る者には出来る。その人の個性が念能力を形成するんだ」

手を挙げ質問してくるカロリナに、ワインを飲みながらそう語り、指先からオーラを形状変化させて文字を描いた。

『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』




場所を双子山に移して三日目、ひたすら山を掘っていたカロリナだが今日は前日までに比べ劇的にスピードが速い。手で前方の壁を打ち壊し、崩した土をシャベルでリアカーにつめ、コンテナまで運ぶという作業だったのが、シャベルをオーラで覆うことで直接壁を壊してリアカーにつめるようになったからだ。
これは纏の応用技で「周」という。体以外のものにまで自身のオーラを纏わせる技術だ。一工程減り、壁を崩すにも手であったときよりもシャベルの方が当然簡単に大きくできるので、効果は瞭然としている。
だが応用技は基本技とはケタ違いに体力と気力を消費する。まして、カロリナは纏以外の基本技も満足にできない段階だ。消耗は激しいだろう。おまけに土を掘るという行為自体が激しい全身運動だ。ひたすら掘り続けるというのも精神的、肉体的に持久力を問われることになるだろう。
この訓練で全身の筋力、持久力、精神力、オーラの総量、それを操る技術力、そのすべてが向上する。


「今日は随分と早く終わったな」
「そう!師匠、すごいんですよ。シャベルにオーラを纏わせたら土がさっくさくです!毎日シャベルを渡してくれたのはこういう事だったんですね」
「そういうことだ。それは「周」という纏の応用技だ。体以外のものにオーラを纏わせる技術だな。よく気付いた」
「えへへ、あの土はオーラであれば掘れるっていってたのと、毎日もらえるシャベル、あとは師匠がオーラの形を変えてたのとか、よく考えたら纏のときはオーラで服の上まで普通に纏ってるんだしできるかなー、と」
「上出来だ。これからは毎日のノルマが終わったら1時間の休憩を挟んで「練」の訓練にはいる。ついでに休憩中は「絶」の訓練もしておけ、その方が回復も早い」
「あー、休憩はありがたいです。速く掘れるのはいいけどなんでかすごくつかれちゃいまして。最後の方はなかなかうまくシャベルにオーラを纏わせられなく……」

カロリナはテーブルの上にぐてーと倒れ込みたれている。まあ纏を覚えて一週間足らずの初心者がこの修行をやればそうなるだろう。
とはいえ、カロリナがそうだったように基本的に纏さえできればなんとか形にはなるのだし、オーラの総量が多くなった方が練も覚えやすい。促成でひよっこのカラを外すにはこれでいいと思う。

「べつに絶は完璧でなくともいいから、瞑想で精孔を開いていった時のことを思い出して、今度はそれを閉じてオーラが出ないようにすればいい。極度の疲労やオーラ不足に効果がある。あとは完璧に近づくほど、気配を遮断できる」
「おおー、一気に影が薄くなりましたね」
「わかったら自分で試しとけ。休憩時間はもう始まっているんだぞ?」

「絶」を実践して見せ、それに対し失礼な感想をいってきたカロリナの発言は黙殺する。カロリナの「絶」はまあまあといったところか。一般の動物やちょっとした武人までには使えるだろうが、鋭敏な感覚を持った野生動物を相手にするには少し心もとない。
現状の目的にはこの程度の錬度でも問題ないだろう。どうせ、後々いやでも上達することになる。



「体内にエネルギーをためるイメージ。細胞の一つ一つから少しずつパワーを集めどんどんどんどん増えていく……たくわえたその力を一気に―――外へ!」
「まだオーラに力強さが足りない。もう少し、練ったオーラを纏でとどめるんだ。もう一度」
「はい!体内に……」

休憩時間が終わり、練のコツを教えた後はカロリナが実践するのを見ている。
やはり休憩を挟んだとはいえ、基本の纏にくらべオーラを大量に消費する応用技を使った後だけあって、オーラが枯渇気味なのかカロリナの錬は精彩を欠いたものになっている。
これ以上、無理にやらせてもあまり意味はないかもしれない。一応、短時間とはいえ纏よりはほんの少し強いオーラを纏えているので良しとしよう。

「そこまで。後は寝るまで絶と錬を一時間ごとに交互に繰り返しておけ」
「はい。指導ありがとうございました」

俺がそう伝えると早々にカロリナは絶に切り替えてぐったりと座り込んだ。初めてオーラを限界まで振り絞ったことで生命エネルギーそのものの枯渇という経験したことのない感覚にまいっているのだろう。

「師匠ー。体に力が入らないので甘いものが食べたいです。具体的にはチョコロボくんだとなおグットです!」
「宿泊所に砂糖ならたっぷりあるな」
「冷たい……。師匠はビールとかワインとか飲んでるじゃないですか。わたしにも嗜好品が欲しいです」
「――そうだな。一日で300m山を掘ることができたら考えよう。菓子の手配はしておく。「チョコロボくん」だったな?」
「本気ですか?ほんとですか!?やっほー!!今、わたしのやる気は当社比で3倍にはなりましたね。超がんばります!」

さっそく山にむかったカロリナだが、テンションで一時的にオーラは復活してもすぐにガス欠をおこして倒れることになった。だから絶と練の訓練をしろといっていたのに。
俺は気絶するまでオーラをだして山を掘っていたカロリナを宿泊所に引きずって行きながら、菓子程度でこんなに発奮する安いプロハンターがあるか、とため息をついた。



翌日からカロリナの生活は、朝は錬の修行、二時間ほど続けた後は休憩を挟みつつひたすら山を掘り続け、夜は絶と練を繰り返すというものになった。
少々詰め込みすぎかとも思ったが、朝晩が練で時間がとられるので山を掘れないのに不満を漏らす以外には真面目に取り組んでいた。
驚いたことに、気絶した日から五日目には見事に一日で300mを堀きり、念願の菓子を手に入れたのだ。これは、オーラに脆弱性を持つ山の性質と、練で分かるようにオーラには強弱をつけられることをもとに、少ないオーラを限界までケチって運用した結果だ。
なにやら望んでいた方向とは少し違う育ち方で課題をクリアされてしまったが、これでもオーラの総量は伸びてきている。問題はないだろう。それにしても念能力を覚えたばかりなのに随分とうまくオーラを操るもんだ。オーラの形状変化に適性のある変化系に系統が近いのかもしれないな。
そうしてカロリナは順調に一日で掘り進める距離を伸ばしていっている。

俺はというと、たまにアドバイスする以外には一本トンネルが開通するごとにこの山に特殊な性質を与えているもの――山の下に隙間なく書き込まれている神字――にオーラを通してトンネルを崩壊させてまた穴のない山に戻したり、クレーン車を動かしたりと退屈な補助をしていた。
山を掘り始めて十二日、暇つぶしに読んでいたシリーズものの小説も読みつくしてしまったし、ライスの粒にカロリナの訓練風景やこの湿原にいる珍奇な生物を描くのにも飽きた。カロリナの錬も少しは力強くなり、オーラ量の方も一日にトンネルを三本開通させるまでに至っている。次の段階に進んでもいいだろう。


「今日からは午前中のメニューを変更する。まずは練をしてみろ」
「はい!」
「そのオーラをすべて眼に集中するんだ」
「……っはい」

カロリナは、纏の時とは比べ物にならない、練で高めたオーラを操ることに初めは少し手間取ったようだが、毎日「周」を使った山掘りをしていただけあって少し不安定ながらもうまくオーラを集中できていた。

「それが「凝」という錬の応用技だ。オーラに対する感受性が上がって隠されたオーラを見ることができるようになる。念能力者同士の戦いでは必須の技法だな。この指の先に何が見える?」
「ハンター協会のマーク、ですか?」
「見えているようだな。十分だ。今は全力で凝をしているが、慣れたらカメラのズームのように自在に加減できるようになっておけ。少しでも違和感を感じたら凝!目を凝らすのと同じぐらい自然にできるようになること」

かるく隠をかけたオーラで描いたマークはしっかりと見えているらしい。準備は整った、では課題を与えるとしよう。

「このヌメーレ湿原には明らかに他と違ったオーラをもった生物がいる。そいつらをその凝で探し出して捕獲してこい」
「はい。他と違ったオーラってどんなのですか?」
「見ればわかる。最低でも写真に収めなければ今日の飯は無しだ」
「ええ!こことっても広いんですよ!?もうちょっとせめてヒントを!」
「なせば成る。ほら、行って来い」


言って、カロリナにポラロイドカメラを手渡して追い払う。モチベーションを保つためだとはいえ、功罪に報いるのが食糧関係ばかりというのも芸がないかもしれない。次回は何か別のものを考えるとしよう。
まあ、今回は特に変える必要もないだろう。無事に「キリヒトノセガメ」と「ホラガラス」の写真を撮ってくるはずだ。


―――なにせ昨日、念能力者に頼んでおいたのだから。


キリヒトノセガメもホラガラスもヌメーレ湿原の固有種として登録されている生物だ。それは間違いない。
ただそれはハンターの修行のために動かされていたそれらが偶然、観光客のカメラにとらえられてしまったため登録されているにすぎない。そもそもこんな人間の少ないところで、ほとんど人間相手に特化しているような生き物がいるわけはないだろう。

「キリヒトノセガメ」は具現化系念能力者の念獣で、霧の中でだけ活動できるという制約をもった大型のカメに見える存在だ。ただしそれはフェイクで、実際には背中に生えた人のシルエットをした「ヒトニイチゴ」の一つが本体だ。
無差別に人間大のオーラを感知して霧の奥に誘導し、襲いかかる。正確に本体のイチゴを攻撃しなければ次々に別のイチゴに本体が移り、キリヒトノセガメの力も上がっていくというやっかいなもの。「凝」でわずかなオーラの違いを感知して本体を見極めながら戦わなければならない。

「ホラガラス」は操作系念能力者の端末で、実際には他の地域にもいるハシビカラスとかわらない。念の恩恵を受けたホラガラスは人語を操り、嘘八百を並べ立てヌメーレ湿原各地へ人間を誘い、罠にはめる。
特に「ジライタケ」の群生地帯につれて行かれれば厄介だろう。ジライタケは微妙な模様のパターンの違いによって、オーラに反応して爆発するもの、オーラのないものに反応して爆発するものの2種類があるキノコだ。ホラガラスを捕まえるには、多くの罠やジライタケを切り抜けるための鋭い洞察力と素早く纏と絶を切り替える技術、そしてさらに空を飛ぶ、念で強化されたホラガラスを追うスピードが必要だ。


どちらの能力者も別にここでなくとも活動できるハンターだが、安全、安定に金が入るためもっぱらこの仕事を請け負っているらしい。羨ましいことだ。
今のカロリナでは残りの日数全てを使ったとしても両方捕まえることは難しいだろう。よくてキリヒトノセガメを捕らえられるくらいか。

「師匠―。でっかいカメいましたけど強すぎです。練でなぐったのにびくともしませんでしたよ……。もの凄くパワフルだったんで逆に逃げてきました」
「キリヒトノセガメだな。写真もよく撮れている。今日のところはいいだろう。一か月が終わるまでには捕まえろ」
「うぐ……。はい。でもまるで歯が立ちそうにないんですよね。なにか必殺技みたいの念にないんですか?すっごいビームとか」
「ハントは力押しだけじゃない。よく見て、よく考えて、うまくやるんだな」
「はい……」


少しよれた格好で帰ってきたカロリナは必殺技を望む。俺の弟子は脳筋だったようだ。まあ、念能力を得て自分が飛躍的に成長したことには気づいていただろうし、また壁があった時に同じように一気に強くなる術を求める気持ちはわからないでもない。
だが今は基礎を固めることこそが一番の近道だ。じっくりやっていくとしよう。





[29891] 4話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2012/04/08 02:05
眼前には化け物がいる。

黒く滑るように光るキチン質の外殻と尖った爪を持つ十二本の多脚、人間など容易く十人は入りそうな大きく膨らんだ腹、口元にはギチギチと耳触りな音を立てる鋏角。全長8メートル、全高3メートルはありそうな異形の蜘蛛だ。
化け物は上体を大きく伸びあがらせると左右から2本ずつ4本の脚を同時にふるってくる。人よりも関節の多い脚は滑らかな挙動を可能とし、鞭のような素早さとしなやかさで伸びてくる。
まるで触れるものすべての命を奪う魔風だ。その脚に漲っている淀んだオーラの量をみても当たればただでは済まないとわかる。

既にあたりは化け物によって破壊し尽くされ、残っているのは死体か瓦礫で、賑やかだった通りは見るかげもない。
周囲に人がいなくなったことだけは好都合だと言えるだろう。後日この件はガス爆発と集団幻覚とでもされてもみ消されるだろうから念を隠す必要はない。

距離をとって物陰に隠れ、愛用の獲物を確認してからもう一度化け物を覗う。イミテーションのような――事実、本来の蜘蛛と同じようには機能をなしていないだろう――ただ丸く八つ並んだ冷たく硬質な眼が不気味に紫紺の輝きを放っている。
厄介な事になったもんだ。俺は、深呼吸を二つ繰り返した後、大きく息をはききって気持ちを切り替えながら事の発端を思い出していた。




「よし、この一か月半である程度のことは詰め込んだな。しばらく俺は本来の仕事に戻るからお前は基礎修行を続けておけ。これが俺の携帯の番号とホームコードだ。「堅」が三十分を超えたら連絡してこい」
「はい。一か月半ありがとうございました!これ、わたしの携帯とホームコードです。修行で何か疑問ができた時も質問いいですか?」
「いいだろう。それと、この修行場は申請すればこのまま使えるし、他にも訓練施設はある。自由に選んで修行しておけ。ただしサボってあまり時間をかけるようなら俺もそれなりの指導しかしない。あと、分かってるとは思うが、念法は一般人に対して漏らすなよ?」
「はい!師匠をがっかりさせないためにも頑張ります!あと、成長する能力のため!」
「その能力本気でつくるだったのか……。まあいい、だが発をつくるのはもう少し基礎が身に付いてからにしておけ」
「う、はい。小さなことからこつこつと、ですね。あ、わたしは小さくないですけどもっ!」


予定していた期間を半月ほどオーバーして、カロリナは何とかキリヒトノセガメとホラガラスを捕らえた。無論のこと、手加減された結果ではあるのだが。
「練」を長時間維持する技術である「堅」の存在を教えたあとは、相変わらずよくわからないこだわりをみせるカロリナと別れ、俺は久しぶりに文明社会に復帰した。今のカロリナの全力の堅は調子の良い時でさえ一分程度しかもたないが、こればっかりは地道に伸ばすしかなく、その間に依頼をこなそうというのだ。
修行場にいた間にも確認したホームコードには緊急の依頼はない。メールも同様だった。テレビをつけ適当にザッピングしながら電脳ネットでここ一か月の主な出来事をさらう。
協専ハンターの仕事は多岐にわたる。仕事前に協会側からある程度の情報は渡されるため、単一の仕事をしているハンターに比べれば自分の仕事をするために必要な情報の秘匿度はぐっと低いが、かわりにその情報を理解するために様々な知識を入れておく必要がある。
まあ、しばらく仕事はおいて体を休めるとしよう。実際には修行といってもほとんど俺は疲れていないのだけれど……



街に戻り、息抜きをして過ごして一週間ほどたったので、俺はハンター協会本部を訪れている。相変わらず雑多な人間が溢れていて、ぱっと見ではここにいる人間の目的が読めない場所だ。

「こっちよ、アレックス君」
「……わかりました」

メールを見ても振り分けられている依頼の中にピンとくるものがなかったので、適当に受付で依頼を見つくろってもらおうと考えていたんだが、その判断は間違いだったかもしれない。目の前の受付嬢を見てそう思う。
切れ長の眼差しにすっと通った鼻梁、にこやかな笑みを浮かべる桜色の口元。見た目20代中盤程の美女で、多くの依頼者をリピーターにしていると噂の人気受付嬢だ。たまたま彼女の前が空いていたために呼ばれてしまった。休憩からあけたばかりなのかもしれない。

「話すのは久しぶりね。ここによった時には声を掛けてくれればいいのに」
「すみませんね。生憎と俺が来るときにはいつもラーシャさんの前は順番待ちの列があったので」
「ふぅん……」

俺の目の前の受付嬢、ラーシャが意味ありげに目を細める。この人の前に立つといつも妙な威圧感を感じる。原因はわかっているが慣れるものではない。
嫌いではないが、苦手だ。手早く用事を済ましてしまおう。

「今日は依頼を探しに来ました。俺が受けられる依頼で、あまり期間のかからないものをいくつか提示してください」
「分かったわ。……条件に合うので良さそうなのはこの三つかしら」

一つ目、とある富豪が最近発見された魔獣を飼いたいらしい。傷つけず、それでいて人に従順に従うように調教してからの引き渡しを希望している。

二つ目、有名企業が新製品テストのため強力な念能力をもつハンターの派遣を希望している。

三つ目、協会が某国で活動していたブラックリストハンターの排除を要請している。

一つ目の依頼、魔獣の捕獲はともかく、新種の調教は専門外だ。パス。
二つ目の依頼、念能力者指定のテストなんて絶対にろくなものじゃない。ある程度以上の社会的地位をもった者は念能力者の存在を知っているとはいえ、その理解はごく表面的なものだ。何をされるかわからない。パス。
三つ目の依頼、消去法でこれしかないわけだが、さて今回はどんな事情なんだかな……

「三つ目の依頼の詳細を下さい」
「はい、これ。期限は一か月以内。できるだけはやくの達成が望まれているわ」

ライセンスを提示して依頼の受諾手続きをすませると、折よく俺の後ろに別のハンターが来たので資料を受け取って早々に離れることにする。
またね、アレックス君、と背中に声をかけられた瞬間に周囲の人間から睨まれた。わざとに違いない。だからあの人は苦手なんだ。詳しい情報は別の人間に聞くことにしよう。



ハンター協会本部六階には情報局電脳部第三課第二分室という名のついた部屋がある。
いつものコーヒーと受け取った資料を片手に、扉の前に設置されているインターホンを押して待つことしばし。小さな電子音と共にロックが解除された。
なかに入ると途中にいくつかの扉がある短い廊下があり、そこを抜けると栄養剤の箱や、地方の名産品のパッケージ、アルコール度数のバカ高い酒、通販の領収書など様々な物が溢れた空間にでる。

「久しぶりだな、引きこもり。今日は依頼がある」
「やあ!歓迎するよ、骨なし。丁度いま仕入れた高級チョコを試していてね、君もどうだい?きっとそのコーヒーにもあう」

部屋の奥、無数のモニターに向かい合うように設置された大きな椅子に話しかけると軽薄な声が返ってくる。
この部屋の主、ロント=ミトニックのものだ。目の前に差し出された、右手の手首から先だけに握られた箱からありがたくチョコを貰うことにする。

【部屋の中の半実在住人(シュレディンガー・コンプレックス)】

ロントの能力で、詳しいことは知らないがこの部屋のなかならば自身を含む物体の部分/完全転移を行えるらしい。
この部屋の中という制約や、この奇妙に生活感溢れる空間からも分かるとおり、こいつはこのハンター協会本部のなかに住んでいる。正確に言うならば、情報局電脳部第三課第二分室の中から一歩も出ずにだ。
口さがない連中はこの部屋のことを「ロントの巣」といってはばからない。

「なかなかイケるだろう?ショコラトリー・ドラップスという会社のものだよ。どうやら今回はあたりを引いたみたいだ」
「確かに、うまい。で、依頼としてはこの男の所在を調べて欲しい」
「おいおい、少しは友人との会話を楽しもうとは思わないのか?おいしチョコとコーヒーがあるんだ、コーヒーブレイクとしゃれこむべきだと思うね。さあ、そこのソファーに座りなよ」
「お前に思うままにしゃべらせておくと時間がかかる。それにソファーには座る場所なんて無いな」
「あー、オリガ樹海の珍生物コレクション・ガムのフィギアかぁ……。なかなか全部そろわなくてむきになっちゃたんだよねえ。もういらないから適当にどかしていいよ」

どうせ情報を調べてもらう間は待つことになるのだし、仕方がないからソファーに山積みされた小さな模型をどかして腰かける。模型の無駄にリアルな感触が気持ち悪い。だいたいなんで樹海にサメがいるんだ?

「よかったら持って帰ってよ。最近の食玩はあなどれないものがあるね。なかなかの完成度だよ」
「こんなものはいらん。いいから依頼を受けるか受けないか決めてくれ」
「せっかちだねえ……。人生は無駄をこそ楽しむものだよ?受けてあげるけどもう少し待ってくれよ。今僕が抜けるとみんなが死んじゃうんだ」

ロントは話している間もキーボードを叩き続けている。ネットゲームを楽しんでいるらしい。
こいつの電脳ネット好きは相当なものがあり、念能力も椅子から一歩も動かずに食事、歯磨き、排泄等を行うために使用しているほどだ。満足するまで依頼に動くことはないだろう。
溜息を一つついて、受付で受け取った今回の依頼の資料を読み直す。読み終わってもまだ戯言を吐いているようなら別の情報屋をあたるとしよう。


ターゲットの男の名前はディーク=パコウスキー。
アイジエン大陸を中心に活動していたプロの中堅ブラックリストハンター。具現化したナイフを武器として扱う。
主にソロでハントを行う、腕も人格も問題ない人物だったらしいが、現在はなぜか行く先々の街で一般人に多くの死者を出しているらしい。
なんでこんなまねを始めたのかは分からないが、協会からの指示はライセンスの強奪とハンター資格の剥奪ではなく、抹殺ないしは強制収容所への収監だ。
どうやらこの男は派手にやりすぎたらしい。

ハンター資格を持っていると人を殺しても免責になることが多い。これは、事実だ。
多くの国家で、ハンターが殺人を犯した場合その責を問わないことがある。専門知識のあるハンターが未然に犯罪を防ぐため、やむを得ず手を下したためだ。と、表向きはされる。
これは正確ではない。ハンターがなんの理由もなく人を殺したときも同じように許されるからだ。いや、許される、というのは少々語弊があるか。ただ見なかったふりをされる。
ハンターの個人戦闘能力は国家が保有する警察力を凌駕する。端的に言って捕らえようとすれば被害が大きすぎるのだ。衆を圧する個人というのはこの世界では珍しくない。
こういった犯罪者相手に対抗するために賞金首システムがあるし、今回のように派手にやれば協会から追手がかかる。協会側も風評のためには必死になるわけだ。もちろん協会がとらえた場合は国に無料で引き渡す。


「さて、さて、さて。君からの依頼はなんだったかな?」
「ディーク=パコウスキーの現在地の探索だ」

俺がディークの過去に受けた依頼を流し読みしているところで、先ほどまで奇声を上げながらガチャガチャとなにやら作業をしていたロントから声がかかった。
どうやらさっきまでやっていたゲームの結果は上々だったらしい。実にすがすがしそうな声だ。無駄なことを聞けば自分の武勇伝を延々と語りだすだろうから端的に要件だけを伝える。
なるほど、そう呟いたロントの前のモニターは凄い勢いで映し出すものが変わっていっている。こいつが真面目に仕事を始めたのならすぐに終わるだろう。風呂、トイレ、キッチン、寝室をふくむこの部屋を協会本部内に一部署ごと与えられているのは、それだけの価値があるからだ。


待つことしばし、キーボードを打鍵する音がおさまった。

「ディーク=パコウスキー。ある賞金首を追っていたところ偶然、A級首の幻影旅団メンバーと遭遇戦に。逃げ出すのがやっとだったらしい。それ以来は世界を転々としているね。今はペプシスにいるらしいよ?」
「蜘蛛とやりあって生きていたのか。厄介だな」
「たまたま逃亡に適した能力をもっていただけだろう?悪い経歴じゃないけど蜘蛛相手はきつそうだ」

蜘蛛、つまり幻影旅団のことだ。プロのハンターはおろか、ハンターを志すものならば誰でも耳にした事があるだろう、十二本の脚をもつ蜘蛛をトレードマークとした、史上最凶との悪名高い盗賊団。所属する全員が強力な念能力者であり、仕事の際に目的のものを強引に奪っていくためには、残忍な殺しも辞さない危険な連中だ。
旅団を相手にするのと同じような依頼ならいまからでも変更したいところだが、ディークの実際の実力は不明だ。まあ、やるだけやってみよう。無理そうならひいて失敗の報告をすればいい。

「わかった。またどこかへ高跳びされないうちに俺もたつとしよう。今回の報酬はどうする?」
「君のもらう報酬の2割でいいよ。あとはペプシスでラベイリルのリンデンはちみつを買ってきておくれ!」
「それでいい。じゃあ、もう行く」
「お土産と君の無事な姿を待っているよ」

結局一度もお互いに顔を見ずに情報局電脳部第三課第二分室をあとにする。別にいつものことだ。やつは部屋の中に設置されているカメラからの映像を受け取ったモニターでこちらの事が見えているし、俺はわざわざ椅子の前に回り込んでまでやつの顔を見ようとは思わない。どうせやつの視線はモニターから動くことはないしな。
ともあれ、ターゲットの居場所はわれた。さっそく向かうとしよう。労働は人を自由にするのだ。




アイジエン大陸に存在する、一地方都市・ペプシス。もともとは片田舎のあまり栄えていない街だったが、今では当時から盛んだった養蜂事業を全面的におしたて、街の区画割りも六角形をいくつも束ねたような蜂の巣状のものにし、はちみつ色のやわらかな色合いをした町並みがひろがる観光都市になっている。
ちなみにロントが土産に頼んできたラベイリルは、この街のはちみつ業界の中でもトップの業者だ。当然値段も相応にする。やつは完全な引きこもりなので逆にこういった地方の名産を好むようだ。


ペプシスに到着して三日、未だにディークは見つからない。ロントのやつは飛行船の搭乗記録なんかを頼りに居場所を割り出したんだろうが、実際に会おうとなると地道に足をつかうしかない。
電脳ネットのこの街に住む住人がよく目にしそうな掲示板にディークの写真を貼れば情報は集まるかもしれないが、相手は腐ってもハンターだ。自分が探されている気配を感じれば姿をくらますだろう。気付かないくらいにもう狂っている可能性も否定できないが……
そんなわけでこの街をまわっているんだが、どうにも探しにくい。街の開発方針上仕方がないことではあるが、同じような光景がどの角を曲がっても広がっているのだ。確かに上空からのこの街の景色は素晴しかったが、探し物をするには向かない。

観光都市でそれは問題ではないか、というと実はあまり問題がない。歴史遺産を目玉にした観光都市ではなく、街全体を観光用に整えられた新興の観光都市であるし、そこかしこから漂う甘い匂いから分かるように、街のいたる所に特産のはちみつを使った菓子をだす喫茶店がある。
道に迷って疲れた足を休めるため、たまたま入った店の味を楽しむのもこの街の醍醐味の一つとなっているらしい。それに住人の多くは自分たちの街が今は観光客が落とす金で栄えていることを理解しているため、道を聞けば親切に教えてくれる。
実際にここ三日間、食事はなんとなく目についた店に入ってとったのだが、どこもそこそこ以上の味を提供してくれた。

とはいえ、いくら美味かろうと何かにつけてはちみつを絡めてくる料理ばかりだと飽きも来る。もちろんはちみつにまったく関係のない料理も売っているが、はちみつに関係ある料理のほうが圧倒的に多い。おまけにはちみつの絡まない料理は妙に無難な味だ。
俺はディークの手がかりと新たな味を求めるため、観光客用のきらびやかなものでは無い、昔からある地元民のためのもののような少し薄汚れた酒場に入ることにした。


「上等な赤の辛いやつと肉料理をくれ」
「かしこまりました」

扉を開けると、観光客で賑わう店とはまた違った雰囲気で騒がしい店内が出迎えた。飴色に変色した木材からは確かな年期を感じさせられる。
カウンターに座り、大雑把な注文を済ませると、まずは落ち着いた深い色合いの赤ワインとチーズ、カットされたパンがでてきた。芳醇な匂いのなかにほのかにスパイシーな香りのする、なかなかの味のワインに満足しつつ改めて店内を見まわす。
テーブルで新聞を読んでいる老人、馬鹿話で盛り上がっている若い男たち、自分の子供をちゃんと見ているのか怪しいものがある主婦たちの集まり。実に一般的な、どこの街にでもありそうな光景だ。
だが、よく見るとその光景のなかに妙に淀んだオーラが混じっている。ついていることに、どうやら本来の目的も果たせそうだ。店員に席を移動することを告げ、奇妙にそこだけ人がいない一角に向かう。

「やあ、あんた見たことがあるな。相席失礼するよ」
「なんだのことだ?」

ロントの軽薄な口調を思い出しつつ、友好的に声をかけて、人のいない一角の中心にいた男の対面に座る。随分と写真のものとは人相が違っているが、ディーク=パコウスキーに間違いはなさそうだ。男は訝しげにしているが、もちろん面識があるなんて嘘だ。思い当たるはずもない。

「なんだ、薄情だな。あの、あれだよ、たしかー、そう!2年前のベーシィだ。アイジエン大陸北西の。サリア=コロラビ。一緒に捕まえたろう?」
「……ああ、そんなことがあったかもしれないな」

実際にディークが受けた依頼の中で人数を多く集めて達成されたものの話をして誤認させる。別に本人だと確認できるまでの時間だけでいい。ほぼ確定はしているけどな。
店員から新しいグラスを受け取って男にワインをついでやる。

「この店で一番いい赤を頼んだんだ。まあ、飲んでくれ。再開に乾杯!」
「……乾杯」

口からは適当な事を話しつつ、じっくりと男を観察する。先ほど一度ちらりとこちらを見ただけで、ほとんど目を合わせようともしない男は、頭髪は禿げあがり、目も落ちくぼんではいたが、やはり確かに随所からディーク=パコウスキーの面影がうかがえる。
酒を飲みながら落ち着きなく視線をあちこちへさまよわせている男に最後の確認をとる。

「なあ、ディーク。あんた今何してるんだ?優秀なあんたのことだ。さぞかし大物を追っているんだろうな。たとえば――――蜘蛛とか」


瞬間、男の落ち着きなく動き続けていた眼球がぴたりと止まり、まっすぐ俺をみつめる。限界まで見開かれた眼球は、みるみるとその白目の端から毛細血管を破裂させ、赤く染まっていく。

「く、く、く、蜘蛛を追っている?追っているかだって!?そうじゃない、逃げたんだ。そう!!おれは確かに逃げた!逃げたはずなんだ!それでも蜘蛛はおれを追ってくる。先ぶれに虫蜘蛛を遣わして!おれが必死に逃げ隠れするのを楽しんでいやがるのさ!あまりの恐怖におれが気絶するとやつらは周りだけ壊して去っていく!!何度も!何度も!!何度も!!!」

今まではぼそぼそと反応するだけだった男は急にテーブルを蹴倒して立ち上がると、大声で叫びだした。際限なく高まっていくその金切り声はもはや絶叫じみている。これは、まずいな。

「ああ!!窓に!床に!天井に!!蜘蛛が這い出してきておれを見ている!十二本の脚をもった蜘蛛を連れてくる!!やつらが!やつらがもうそこに!ひゃ、ひゃああ、あああああああああああああああああああ」
「プロのハンターだ!全員、早くここから逃げろ!死にたくなければ急ぐんだ!何をしている!行け!!」

男はついにはのども裂けたのか、血を吐きだしつつ頭を掻き毟り絶叫する。嫌な気配がする淀んだオーラは爆発的に膨れ上がっており、一般の客も本能的な恐怖を感じたのか、すくんで動けなくなっている者以外、ライセンスを示した俺の指示にしたがって我先に出口へと向かう。
その間にも嫌な気配は高まり続ける。俺は慎重に距離をとりつつ凝をして状況を見極める。


【反転衝動(アラクノフォビア/フィリア)】

最初に生えたのは脚だった。
もはや白目をむいているディークの背中から、ずるり、と、明らかに人体に入りきらない大きさの黒く艶めく蟲の脚が生えた。
脚は次々、次々と生えていき、六対十二本の脚が生えた時には、ディークのもといた場所は目の前の化け物―――異形の蜘蛛の腹の中だった。

変態を終えた脱皮したての昆虫のように、化け物はギシギシと体をゆすると

「ふせっ――――」

その巨体を回転させながら脚を振るった。








[29891] 5話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/10/03 21:54
状況は最悪だ。

既に酒場にいた人間、通りに溢れていた観光客と、多くの死者が出てしまった。

状況は最悪だ。

試しに床に転がっていた食事用ナイフに周をかけて投げつけたが、見事にはじかれてしまった。やはり俺よりも化け物の纏っているオーラの方が大きい。

状況は最悪だ。

今日は確認だけのつもりだったから、この街の警察機構との連絡が取れていない。一時の混乱は周囲の人間が死に絶えたことで逆におさまったが、もたもたしていると今度は警察が大挙してやってきかねない。



改めて状況を認識し、結論を出す。―――楽勝だ、と。

念能力者同士の戦いで重要な物は確信だ。歓喜、狂気、悲哀、恐怖、憎悪、油断、忠義、激昂、疑心、愉悦、羞恥、覚悟。ありとあらゆる心の動きが作用して念を加減する。
己の勝利を確信できないものに、最初から勝ち目などない。

化け物の纏うオーラは天に向って喘ぐように増減を繰り返している。恐らく狂気に囚われたディークが、一時的にその限界以上のオーラを出しているためだろう。
淀み、安定しないオーラは不吉な気配を纏っている。

狂気とはとても強い感情だ。なにしろ、日常ではありえない、その人物の根底を揺るがすほどのものなのだから。
その狂気に囚われたディークのオーラは確かに強いが、それこそが弱点でもある。やつ自身がいっていた、周りだけ壊して去っていく、という言葉からもわかるように、規程外の力を出した限界は遠からずやってくるだろう。


酒場を破壊しつくした大蜘蛛の化け物は、動くもの全てが気に障るのだと言わんばかりに通りに飛び出し、周囲の人間を虐殺した。
辺りには新鮮な死体が散乱し、街に漂うはちみつの甘い匂いに混じった血臭がよりいっそう吐き気を誘う。

硬い外殻に覆われた脚を振るう化け物に対し、俺は、いや、俺も外殻に全身を包んで挑みかかり、動き回って攪乱することでなんとか化け物をこの場に留め、これ以上の被害拡大を防いでいた。

【鎧う石の茨(マラネロ)】

俺の念能力だ。生物的な外見を残す化け物の脚に比べ、より直線的で人工的なフォルムの、鋭角な人型の外殻でもって自分を纏う能力。
襲いかかる化け物の脚をかいくぐり、やわらかなその脇腹に拳を叩きこむ。しかし、異形の蜘蛛が持つ十二本の多脚は伊達ではなく、たった数メートルを滑るだけでうまく衝撃を殺され、大した痛痒を感じているようには見えない。

再び、化け物と向き合う。十二本の多脚がたわめられ、力を蓄えたそれを一気に伸ばすことで信じられない速さの突撃が来た。
全長8メートルの巨体は、もはやその質量だけで脅威であり、そこに速さと強大なオーラが加わるのだ。マラネロを展開していても、まともに食らえばただでは済まないだろう。

その巨体の範囲からは逃げれないと判断した俺は、こちらに向かってくる化け物に向って飛ぶ。
身をひねり、回転しながら自分の足で化け物の顔面を踏み切って、衝撃を受け流すために何度も空中で回転しつつ化け物の背の上を通過した。

俺の代わりに化け物の突撃を受けた建物は轟音を立てて崩れ落ち、通りにはちみつと埃のにおいをまき散らした。
破壊をもたらした化け物自身はいささかの問題も生じていないようで、粉塵の中からゆっくりと姿を現した。どれだけ再現された念獣か知らないが、動きの緩急も実際の蜘蛛じみている。

化け物は、硬く、強く、速い。まったく、いやになる。このまま避け続けて相手のガス欠をまってもいいのだが、その場合、人的被害はともかく、物的被害がシャレにならないものになるだろう。
既に、観光都市としてはかなりの痛手を負っているだろうが、致命傷になる前になんとかしてやりたい。しかたがない、とっておきを出すとしよう。



俺の愛用の獲物。名を「大喰い」という。
バレル長16インチ。.50口径。装弾数7+1。全重量5,715グラム。
特殊な鋼材をつかって補強されたフレームに、銃身には加速、直進、保護の意味をもった神字が、それ自体が優美な曲線を持つデザインでもって描かれている。
特注の、発射薬を増強され、これも神字の描かれた12.7mm弾を使用する。今回使用するのは、単純に念を集中しやすくなる効果が描かれたものだ。一発十万ジェニー。
IWI社が製作した「ハンドキャノン」の異名を持つ大人気自動拳銃をもとにオーダーメイドしたものだが、もはや並の軍人にさえ扱えないものとなっている。女子供が撃てば間違いなく反動で腕が折れる一品だ。


「ワインだけじゃなんだからな。これも、俺の奢りだ」

ガンッ、ガンッ、ガンッ!
もはや銃声というよりも砲声と表現するのが妥当な轟音を響かせながら弾丸が化け物に殺到する。
念によって加速され、初速800m/sを優に超えるそのどれもが、目的地点にあやまたず命中した。

先ずはどの地点ならば効果があるのかを知るためにあえて散らしたそれは、ディーク本体がいると思われる腹部、実際の生物ならば急所となる頭部、そしてもっとも脆弱であろう脚の関節部だ。


腹部にあたった弾丸は、大喰いの名のままに、銃痕というにはあまりにも大きく周囲を抉りながら内部へと潜っていったが、ディークの場所までは届かなかったのだろう、直ぐ周りの肉がせり出して穴はふさがれてしまった。

頭部の中でも眼を狙った弾丸は、硬質なそれを粉砕し、しかしそれ以上進まずに、その役目を終えた。砕け散った眼球には再生する様子はない。

十二本の多脚のうち、一本の関節を襲った弾丸は、軽々とそれを千切り飛ばし、その先にあった建物にも大穴を開けてしまった。千切れ飛んだ脚は、具現化系能力らしく体から離れたことで急速にその物質的結束を失い、オーラとなって空間に溶けた。


どうやら大喰いならダメージが通るようだ。妙に硬い頭部も気になったが、本命の腹部に残りの弾丸を集中させる。
化け物に変化してから初めての危機に恐怖したのか、痛覚も無いだろうに猛り狂って襲いかかってきている為、狙いが厳しい。

2発を同じ場所に命中させたところで、勢いよく回転しながら脚を伸ばして鋭い爪を振るってきたので、地面に伏せて回避する。
元が具現化系念能力者だけあって、硬さと力強さは大したものだが精度が足りないので、速くとも回避することができる。


いつのまにか再生している十二本の多脚をかわし終わり、再び距離をとる。
先ほどよりも深く傷つけた腹部ももう再生し終わってしまっていた。

「随分欲張りだな。俺の相棒とどちらが大喰いだ?」

化け物の攻撃は避けることができるとはいえ、こちらの攻撃も多少のダメージは与えてはいても有効打足り得ていない。そもそも目の前の化け物は具現化された念能力が暴走しているものなのだから、生物の常識が通じるはずもない。
どうにも千日手だ。どう状況を打開したものか。

改めて凝で化け物を観察する。
少なくとも脚一本分のオーラを消費したはずの巨体はいささかも小さくならず、むしろ纏うオーラの量を増しているように見える。
その姿に顕現した時と違いがあるとすれば、それは相変わらず砕けたままの眼球だけだ。それが単に必要がないから再生しないだけなのか、それとも増えたオーラに関係があるのかは判断がつかない。迂闊に手を出すべきではない……か?


焦れていたのは化け物も同じだったのか、十二本の多脚のうち半数を超える八本の脚と巨大な侠角を攻撃に振り分け、高速で息もつかせぬ連撃を放ってきた。
上下左右前後。あらゆる方向から、あらゆる速度とタイミングで別々に襲い掛かってくるそれを避けるために全神経を集中せねばならず、とてもこちらから攻めに転じる余裕はない。
その攻撃に巧さはなかったが、押しつぶすような過剰な数がある。

―――避けきれない一撃が来る。

紙一重の回避を繰り返していた俺は、しかし、身を滑り込ませた空間が相手の攻撃軌道線上に囲まれていることを悟った。
一撃を受ける事を覚悟し、左手を差し出す。


ゴギリ、と何度体験しても嫌な感触を味わって左腕が人体の構造では不可能な方向に捻じれる。
代償に、何とか化け物の攻撃を利用して故意に吹き飛ばされたため、死の刃圏から逃れることができた。

「ちぃっ……。ムシケラが」

キチキチ、キチキチ。化け物は外殻を擦り合わせて音を立てる。
今は人間とは似ても似つかない外見だが、その動作からは確かに弱者をいたぶるような人間的な昏い愉悦が感じられた。

牽制に銃弾を撃ち込むが、化け物を傷つけた唯一の攻撃手段である大喰いを警戒していたのか、密集させた脚に弾かれてしまう。
数本の脚は千切れたが、それだけだ。化け物の損傷はすぐに回復してしまった。


状況ははっきりと悪い。風に乗ってパトカーのサイレンも聞こえている。もうここにたどり着くまで幾許の猶予もないだろう。厄介だ。
俺は素早く流を行い、オーラを足に集中させるとまだ形を残す建物のうちで一番高いものを登り始める。僅かな段差を蹴り飛ばして壁面を上に駆け続けることなど造作もない。

壁面を駆けるうちに片手でマガジンのリロードを済ますと、屋上の床を踏みきって飛び上り―――跳躍の頂点で、近づきつつあった先頭パトカーのタイヤを狙撃する。


もともと対物狙撃ライフル並の初速と直進性を与えられているのだ。不可能ではない。
この通りに繋がる道のうち3本からきていたパトカーに放った銃弾は、タイヤをホイールごと破壊、バンパーを撃ち抜いた、横面にあたり吹き飛ばしたなど、誤差はあったがいずれも動きを止めることができた。恐らく中の人間も死んではいないだろう。
パトカーで道は塞がれたはずだし、現場はどこから狙撃されたかで混乱し、ここに来るどころではなくなるだろう。あと一つの道ではパトカーがおらず、残念ながら車もちょうどいなかったので道路に走行を阻害するクレーターを作る程度、撃ち込んでおいた。
ともかくこれで多少の時間は稼げたと見ていいだろう。


化け物は俺が逃げるとでも思ったのか、猛然と建物に突撃し、破壊しながらその十二本の多脚を突き立て登ってくる。この好機を逃す手はない。
俺は、再びリロードすると崩壊する建物から崩れ落ちる瓦礫を蹴って宙へ飛び出し、化け物のガラ空きの背中に全弾を叩きこむ。

「はちみつシロップで召し上がれ!」

連続して放った弾丸は一点に集中して命中し、見事に突き抜け、盛大に化け物のハラワタをぶちまけた。
大量の肉片が吹き飛び、空間に溶ける。化け物自体はまだ崩壊の予兆が見られない。

やはり堅く守られていた頭部にディークがいたのかもしれないし、死者の念となってさらなる暴走を続けるのかもしれない。
どちらにせよ大人しく見守ってやる必要はない。続けて左側の脚全てを吹き飛ばす。

大量のオーラを一度に失った影響か、化け物に再生する様子は無い。このまま止めを刺す。


俺がオーラを高めていると、ずるり、と脚が残った側が沈んだ。
やっと崩壊するのか。――いや、違う、崩れ落ちて上体が沈んだのではなく、事実として化け物の体が地面に沈み込んでいる!


【浸潤する蟻の牙(ダイバーズエッジ)】か!!


化け物の素体となっているディーク=パコウスキーがもともと使用していた能力だ。
蟻の牙を模した二振りのナイフを突き刺した物体の隙間に、液体が浸潤するようにオーラを流し込むことで物体を液状化させる能力。
液状化させた地面に自ら潜んでの暗殺も得意としていたらしい。

通常、ハンターの能力の詳細は協会も秘匿する。当たり前だ。誰も自分の手札は知られたくないだろうから。今回は排除対象の抹殺指令だったので特別に知ることができていたが、化け物になる能力に全てメモリを食われたと思って油断した。
恐らく死の恐怖を間近に感じたことで狂気の中にも一分の理性を取り戻し、能力の発動に至ったのだろう。化け物が完全に沈み込む前に放った弾丸は眼球の一つを砕いただけに終わった。すこし動揺してしまったか。

素早く近くの瓦礫の山に上り地面から避難して、隠と凝を同時に行って気配を隠しつつ、化け物の居場所を探るがオーラは感じれれない。
地面の下に深く潜り込んだか、あるいはまさかやつも隠を使っているのか。もしも隠を使っているとしたら厄介だ。ある程度の戦術思考を取り戻したということになる。


動けず、神経を張りつめさせて気配を探っていると、ついに警官の一団がこの場にもやってきた。
警告する間もなく、口元以外を外殻に覆われている俺を危険人物と判断したのか、大声で降服するようにと叫びながら近寄ってくる。

警官の一団の後ろに、片翼を広げた悪魔か、あるいは天使のような影が伸びあがり、その場で九つの球体が宙に舞った。

支えるべき頭部を失った警官達の体はゆっくりとくずおれ、時間が経ち、屍体のすえた臭いを発し始めていた通りに再び新鮮な血臭を放つ。


「けひっ、けひひひひ、ひっははははははははは!!ふふ、ははははははははっははっはははははっ!」

狂笑をあげるそれは、恐らくディーク、なのだろう。俺のマラネロを参考にしたのか、先ほどまでの巨大な異形の蜘蛛の姿ではなく、人間大のサイズに縮んだものだ。
人間の体をベースに、二つ潰れた八つの眼球が並ぶ奇妙に大きな頭部と、背中から右側だけに生える六本の蜘蛛脚がついていて、左腕はよくわからない筒状のものになっている。

すかさず発砲するも、殺意を感知したのか、頭を狙って放った弾丸は重要部分の軌道上に置かれた脚によって防がれ、ディーク本体の頭部のある場所以外を削るだけだ。

「ひゃはははははははっ」

弾丸を受けた反動できりもみ回転しながらも、笑いをとめないディークの左腕が、回転とともにピタリ、と止まりこちらを向いた。


強烈に湧き上がる厭な予感に突き動かされ、全力でその場を飛び退く。

瞬間、ディークの左腕から大きな杭のようなものが飛び出し、俺が寸前までいた場所に突き刺さると瓦礫を液状化した泥のようなものに変えた。
よく見ると杭には細い念の糸がついており、杭が瓦礫を溶かすと千切れ、杭ともども宙に溶ける。糸は恐らく念を体から離さずに遠距離まで届かせるためのものだろう。
それにしても……

「猿まねが上手にできて満足か?ど三流」

最後のマガジンを大喰いに叩き込んで、弾丸をディークへ放つ。
しかし、こちらに杭を撃った瞬間からまた地面へ潜り始めていたディークには有効打を与えられず、再び地下に逃げられる。



そろそろ、けりを付ける必要がある。
俺は、右手に4発だけ銃弾が残った大喰いをぶら下げ、今度は隠も凝も使わずに3メートルだけの円を張って静かに待つ。


すっかり風通しの良くなった通りに、一陣風が吹くとともに新たな警官団が大声をあげてやってきた。
一瞬だけそちらに目をやった瞬間、地面から現れた六本の蜘蛛脚がマラネロを突きぬけて俺の右腕に突き刺さり、そのうちの一本が手から大喰いを弾き飛ばす。


俺は、右腕を突き刺されながら振り向かず、後ろに向って踏み込み、



―――弾丸を握り込んだ、左腕を、背中越しに振りきった。



外殻より展開したスラスターからオーラを吹き出して加速した左手に握られた、攻防力を90以上集めた、念を集中する効果の神字を描かれた弾丸は、衝撃で雷管から生じた火花によって、増強された発射薬に引火し、その爆発力とオーラの破壊力をあますことなく発揮してディークの脇腹をごっそりと抉り取った。
死に瀕したためか、それとも単純に実力以上なオーラを放出し続けた限界がちょうど来たのだろうか、体を覆う人外の部分をひび割れさせ始めたディークは驚愕の眼差しでこちらを見ている。

「ひひ、ひひひ。あんで、なぁああんでお前の腕がうご、うごく?」
「俺が”骨なし”だからだ」

ほんの少しの正気を取り戻したディークに正直に答えてやる。



そもそも俺は具現化系の念能力者、ではない。操作系の念能力者だ。
【鎧う石の茨(マラネロ)】の装甲としての防御力は具現化系の能力者に比べれば劣る。では、何故この能力を選んだのか。それは汎用性の問題だ。

操作系の念能力は物質にオーラを直接作用させてそれを操作するものだが、自分を操るか直接触れるのでない限り、放出系との複合能力になる。
自分自身を操作すれば、基本的に他の操作系能力を受け付けなくなるという利点があるとはいえ、操作中の自分の自由が利かないぐらいの制約にしても、強化系の力強さにはかなわない。ただ触れるだけの制約では大したものは操れない上に離れたら意味がない。素直に放出系との複合能力にすると折角の操作性が距離が開くごとに落ちていく。

マラネロの真髄はその初動の速さと動作の精密さにある。
人間は、感覚器から受け取った情報をもとに脳で判断した指令を効果器へと送って動作を起こすのだが、俺は、具現化した外部装甲を操ることで効果器まで指令がいく時間を短縮している。
いうなれば、脳を通らず脊髄で折り返して効果器へと指令がいく反射のようなものだ。神経経路が半分で済むために全ての動作の初動が反射に近い域にある。意志を決定した時には行動を終えているのだ。筋肉疲労も外部から無理やり動かしているので関係がなく、操作系能力の為し得る最高の精密さをもって望んだ通りの一定のパフォーマンスを常に発揮する。
纏う装甲は、はなから砕けない頑丈さや、力の強化を期待したものではない。体を動かすためのツールであり、攻撃を受け止めるのではなく、せいぜい受け流すための補助程度だ。
装甲を纏うという能力は、具現化系念能力者の操作系能力適正では人間のような複雑なものを動かすことが困難なことを踏まえると、むしろ操作系にこそあった能力だと言える。

決定力の無さは、神字という事前の準備が使える大喰いを利用して補い、奥の手としては、今回は最後に左手だけを展開してみせたように、全身の外殻から展開したスラスターを吹かして、一撃の威力と速度を大幅に上げた高速機動戦闘が短時間ならば可能だ。これも装甲を纏う理由と言える。

一番に操作系の要素を置いているとはいえ、この操作、具現、放出の3系統を万遍無く使う戦闘スタイルをなにによって実現しているか。


それは、軸骨格80を除く、全身126の骨格すべての関節の破壊を誓約として、だ。



これをもって俺は、内部に骨を持つ獣ではなく、外部の装甲で駆動する機械となる。もともと骨に頼らず動いていたのだから、骨が折れた程度が問題になるはずもない。異形の蜘蛛の状態だったディークが俺の左腕を折った時みせた余裕と大喰いに対する警戒を狙い打つために、あえて左腕は動かないふりをしていたに過ぎない。
そもそも最後の攻撃は踏み込んだ足も、振り切った左手も間接と逆向きに動かしている。体を直接人間の構造に従って操作しているわけではないので、間接がないことを活かし、通常のそれを無視した動きができるのだ。

日常から俺は隠で隠した簡易のマラネロを纏って生活している。だからこその”骨なし”。カロリナの凝ではまだ見破られていない。


俺はそこまでは語らず、ディークに弾き飛ばされた大喰いを拾って作動を確認し、

「悪夢はこれで終わらせてやる」―――ガンッガンッガンッガンッ

引き金を引いた。



こうして、幻影旅団に追い回される悪夢に囚われ、自らがクモとなりかわり、周りに災厄を振りまいていた一人の元ブラックリストハンターの一生は、幕を閉じた。
俺は、最後に俺が襲われてからディークを殺すまでの一部始終を見ていて、明らかに俺を逮捕しようと、拳銃を構えて距離を詰めてきている警官をみながら、さて、これからどうしたものか、とため息をつき、
……ひとまずはスライドの下がりきった大喰いをよく見えるようにトリガーから離して持ち、両手を挙げることにした。






[29891] 6話
Name: おんどり◆0d01a232 ID:f5dba046
Date: 2011/10/03 21:42
おおよそ、5億ジェニー。
それが、今回の依頼でかかった経費だ。

叩き込んだ銃弾がマガジン6本、420万ジェニー。
盛大に破壊しまくった街に8000万ジェニー。
治療費に1億7000万ジェニー。
情報料が2億4000万ジェニー。
さらに諸々の移動費や滞在費など雑費に300万ジェニー。

12億の報酬のうち、半分近くがあっという間に消し飛んだのだ。
まったく、割に合わない仕事だった。




あの後、ディークとの戦闘を終えた俺は、連れて行かれた警察署で「危険生物を発見したので排除した」と、簡単な説明をし、ライセンスを見せてから、ペプシスに一番近いハンター協会の支部に連絡を取って事後処理を丸投げした。


ハンター協会に現在認められているプロのハンターは、たった600人近くしかいない。
そんな人数では当然のことながら全ての依頼をさばき切れるわけがないので沢山の自称・ハンター、いわゆるアマチュアハンターが職業として成り立っているのだ。
そして、そんなアマチュアハンター達の他に、プロのハンターの仕事を手伝う者がいる。

それが、協会員だ。

協会員は、プロのハンター以外にハンター協会に所属している者のことで、アマチュアハンターが自分で出来る仕事をプロのハンターと同じように受けるのとは違い、より、直接的にプロのハンターを補助する役割を持っている。
例えば今回の件のような場合には、事件が収束した後に念について知識を持っている協会員達が派遣され、その情報を隠すような事後処理をおこなう。プロのハンターにしかできないことを、それだけをやればいいように根回しするのだ。
ハンター協会は、簡単な事務から、ハンターの正確な仕事の周知、情報の統合、訓練施設などの維持管理、依頼者との折衝など様々な分野で協会員に支えられている。


今回の件は、翌日の新聞では「過激派のテロリストによる犯行」として報道されていた。観光客に頼る経済など自国の文化を切り売りするような売国的行為に等しい、という主張の設定のようだ。政府は、

「我々はテロリズムには絶対に屈しない。既にハンター協会に犯人グループの特定と今後の防犯対策を依頼してある。市民のみなさんは是非とも恐れずに安心して普段の生活を続けてほしい。他国の方にもただ感情的にテロリストの陰を恐れるのではなく、理性的に考えて妥当な判断と理解を求める。」

と発表していた。

正体不明の生物が突然現れて街を破壊していったというよりも、ハンター協会のお墨付きで安全が保障されたほうが後々観光客を呼び戻すのに都合がいいということだろう。誰だって原因不明の解決されたかどうかも分からない事態よりは、自分が解決したとはっきり理解できるものの方が安心できるというものだ。
テロリスト役には後日、適当な死刑囚をつかってでっちあげられた集団が逮捕されて改めて処刑でもされるのだろう。巨大な異形の蜘蛛の話は、集団幻覚事件として具体的にどんな幻覚かも記されず、紙面の片隅にひっそりと載っていた。
どうやら今回も協会員の事後処理班はいい仕事をしたらしい。俺は、事件の解決につくしたことを街の代表者から感謝されはしたが、ディークと一緒になって街を壊しまくったのと、特にパトカーを壊したのが良くなかったらしく街の被害額の数パーセントを「篤志」として払うはめになった。



プロのハンター達は、そのほとんどが金も力も持った強力な個人だが、個人がそこまでの大きな力を持つことが国際社会で不穏分子として圧力をかけられるでもなく許されいるのは、それが「世界平和や新境地開拓など多くの分野で国際社会に大いに貢献しているハンター協会」に所属しているハンターだからだ。
プロのハンター達が、民間人が入国禁止の国の役90%と、立入禁止地域の75%まで入ることができたり、公的施設の95%をタダで使用できるのもこれが理由だ。

そして、そのハンター協会の評判を保っているのはプロのハンターの活動であり、協会員たちの努力であり、――――そしてハンター協会にとって不都合なハンターを消している俺のような協専ハンターの存在だ。
もちろんただ犯罪をおこした程度ではプロのハンターが排除されることはない。それどころか、聞いた噂ではA級首の賞金首でさえもライセンスを所持していることがあるそうだ。
重要なのは、プロのハンターとして広く知られているかどうか、だ。ライセンスの恩恵をつかってあからさまな犯罪を繰り返すようなら、それが軽犯罪であっても即座にライセンスを強奪に向かわされるし、重犯罪者であったとしてもハンターとして世間に知られていなければ協会は積極的には動かない。そして、今回のディークのように名の知れたハンターが大きな事件を起こせば密かに消されるということだ。
今回の件が緊急の指名依頼でなかったのは、目撃者の不足から、化け物に変化していたなどの目立つ情報がなかったからだろう。


まあ、協専ハンターといっても腕のほうはピンキリであるし、実力がたりていても性格的に同じ組織に属するものを殺すのに向かないものもいる。依頼でライセンスの強奪に向かうハンターはともかく、殺しをやっているものは一握りだ。
協会は、協専ハンターにそんな存在がいる事を表向き隠してはいるが、仲間の仇打ちだったり、暴走した仲間を自分の手で打つつもりだったとかの理由で情に厚いプロのハンターに探り出されたりすることもある。そんなわけで常に万全の状態でいる必要があるのだ。




ハンター協会本部に程近い街のなか、小ぢんまりとした診療所がある。
あまり繁盛していなさそうな見かけの割に、市内の一等地に建っている、妙な診療院だ。

俺がドアを開けて院内に入ると、ヘヴィメタルの爆音が出迎える。耳をつんざく轟音だ。

「治療ですね?少々お待ちください」

左側の目には瞼がなく、耳と舌にはピアス、片側だけを刈り上げ、ピンク色に染めた中にハート型にのこる地毛、残りは金髪の長髪を結いあげているという髪形の、実にアレな感じをした、普通のナース服を着た女が意外なほどに丁寧に対応する。
この診療院は常連か紹介を受けたものしか診ることがなく、常連は決まったタイミングで定期健診として頻繁にここを訪れるので、受付をする彼女も分かっているのだ。

大人しく待合室の安っぽいソファーに座って順番を待つ。今日は3人しかいないので大して待つことはないだろう。
ほどなく俺の名が呼ばれ、診察室に入る。さきほどからずっと聞こえていた爆音の発信源はここで、すでに耳が痛くて頭にまで響く。

「おうおう、今日はどうしたってんだい!」

俺の前に座る、細長の四角いメガネをかけ、白衣を着た上で首からごつい鎖に髑髏をぶら下げ、まくった袖から刺青がのぞく、白髪をドレッドヘアに編んだ小柄な爺さんが周囲の爆音に負けないこえで叫ぶように声をかけてくる。


スティーブン=アンダーソン。「最上の藪医者」だ。

患者の治療に、ようは元に戻ればいいんだろ、という実に単純な考えのもと、実際に患者を怪我や病気の前の状態にほぼ正確に戻すという複雑なことを達成した強化系念能力者の男。この男にかかれば創傷だろうが、ケロイドだろうが、あるいはごっそりと失った臓器ですらもあとも残さず元に戻る。
俺の体は単純に全部治してしまうと誓約に触れるため、治療系能力に適性のある他の強化系念能力者にありがちな、単純にただ治癒力をあげて傷を治すといった手段はまずいのでこの男を頼っている。

実はこの男は医師の資格を持っておらず、白衣やメガネも、っぽいから、という理由でつけてるに過ぎない。能力を使わなければちょっとした突き指さえ対処する仕方を知らないとか。
能力を発動するには、対象の健康な状態を3か月以内に診ておかねばならず、対象の損傷ないし疾患が2週間以内に発生したものでなくてはならず、対象を治療できるのは一年に一度だけで、治療時に対象の現有オーラ総量がスティーブンよりも低くなければならず、一度でもスティーブンに危害を加えたものは治療できない。

この男が公言している、実に面倒な制約のせいで3か月に一回は1000万ジェニーも払ってただ顔を見せに来なければいけないし、治療を受ける時にはオーラをほとんど使いきっていなければならないし、一見の患者はどんな軽傷であっても治療できないほどの藪な上、気に入った相手しか治療しない気分屋だが、能力をつかった時の仕事は完璧だ。


「両腕をやられた。治療をたのむ」

そう言って、包帯をとき、ディークに折られた左腕と、最期に蜘蛛の脚で刺され、半ば溶かされた右腕をみせる。

「ん、ん~?なんでぇ、その右腕は?アソコにでも突っ込んだか?肩までずっぽりたぁ、おめえさんも激しいプレイするもんだなあ!おい!とろっとろに溶けるのが男のほうなんて、ひでえ毒壺女もいたもんだ!!」

カカカッ、と藪医者は自らの下品な言葉を上機嫌に笑う。

「なかなかのじゃじゃ馬でな、左腕も複雑骨折している」
「ほぅ?なかなか熱烈に愛し合ったみてぇじゃねえか!あやかりたいねぇ。……ま、左腕7000万、右腕1憶ってとこだな」
「それで頼む」

しわだらけの手で実に適当に診察され、能力が発動される。

【かつて私たちの昨日の時(レアンデルセン)】

効果は劇的で、いままでがなりたてるように存在を主張していた両腕の痛みがすうっと引いた。
俺の【鎧う石の茨(マラネロ)】は、時に人体の構造を強引に無視して動かすため、そのたびに全身が痛んでいく。そのため、たびたびこの藪医者の能力には世話になっている。今回は腕の治療のついでに治るので金もかからない。いいことだ。

「おう、終わったぞ!金はしっかり振り込んでおけよ?でなきゃおまえさんは明日からへそで糞をひり出すことになるぜ!?」

ケツの穴は俺が縫合してやるからな!、という藪医者。まったく、能力以外ほんとうにろくでもない爺さんだ。

「世話になった。金はすぐにでも振り込んでおく。縫合されるのは怖いからな」
「おう!銭をためたらまた来な!」

徹頭徹尾、医者には向いていないように思える爺さんに別れを告げて診察室を出ると、そのまま診療院をあとにする。受付は基本的に順番に患者を呼ぶだけだ。そもそも診察代が簡単に持って歩ける額じゃないからな。
俺はとっくにバカになっている耳を叩きながらもう一度だけ診療院を振り返った。




治療を終えて2週間。
簡単な依頼で達成数を稼ぐために、俺は再びハンター協会本部に訪れていた。


ハンターに依頼をしたいと願った人間がいたとして、その彼や彼女が政府や大企業に属しているか、あるいは大富豪であれば話は簡単だ。億を超える依頼料を払って、ハンター協会に頼めば依頼を達成する能力を持ったハンターを派遣してもらえる。
では、そんな金の無い一般人であったらどうか?偶然、ハンターと繋がるコネがあり、また、そのハンターが正規の依頼にくらべ低い金額の報酬で動いてくれる良心的な人物であれば問題は解決するだろう。とはいえ、ハンターに依頼したい案件を持った全ての人がそのような幸運にありつけるはずもない。
電脳ネットで幾許かの報酬とともに呼びかけた場合は、小金目当ての自称・ハンターを名乗るゴロツキ連中に騙されることを覚悟しなければならない。

コネも金もなく、騙されることも望まない彼、彼女は、やはりハンター協会に赴く。
プロのハンターを雇う為の依頼料を用意できなかったとしても、信頼できるアマチュアハンターに依頼したり、あるいは金銭以外の報酬でもってプロハンターを雇うためだ。

ハンター協会は1階から3階がハンター協会の関係者でなくとも立ち入りできるようになっており、4階以上へは、1階エントランス奥の改札を抜けた先のエレベーターでしか行けない作りとなっている。
億以上の金を用意できなかったり、実際に自分の依頼をこなすハンターを見て雇いたいと願うものは、協会に小額の場代を払うことで1階エントランスにある依頼者用ブースを貸し与えられ、プロ・アマ問わず、その場のハンターと直接の交渉ができる。
また、場代に払う金額に応じて2階、3階にある個室も与えられ、2階の部屋では実績あるアマチュアハンター達が、3階の部屋ではそれに加え最低でも一人のプロハンターが依頼の交渉を聞くために部屋を訪れることを約束されている。

もちろん、実際にその場のハンター達がどの依頼を受けるかは自己判断なので、場所を借りたからといって絶対に依頼を受けてもらえるわけではないが、ハンター協会ではアマチュアハンターを名乗って軽犯罪を犯したものは把握しているし、特殊な門番もいる。依頼を受けてもらえたとすれば電脳ネットで依頼するよりも破格の信頼感がある。


そんな訳で協会は、3階の依頼交渉用部屋に派遣するプロハンターを待機させておく必要があるのだ。
そして、そんな退屈な依頼をうけるハンターはあまりいない。そこで協専ハンターの出番になる。大抵の協専ハンターは金が好きでリスクが嫌いなものばかりだからな。ノルマの依頼数稼ぎにもなる。


「おっと、あんたが先客か」
「小金が欲しくてな。受ける気はないから真剣に依頼を聞くのはまかせる」
「そうかい。いや、俺も有望な子分を探しにきてるだけなんだ。近々でかいヤマがあってな」
「……今日の依頼人は可哀そうなことだ」
「あんたが言うなよう。ま、顔だけは真面目に聞くさ」

今日何度目かの交渉部屋であったのは旧知の男だった。シークアントといって、大量の子分を使った人海戦術で賞金首を打ち取る山賊の頭みたいな男だ。
依頼人とこの部屋に呼ばれた他のアマチュアハンターが集まるまで用意されている茶菓子を食べつつ話をする。ハンター協会の本部だけあって、出されている茶菓子も珍しく、そして美味いものだ。
最近、新進の「痴女と野獣」と呼ばれる二人組のプロの美食ハンターが精力的に活動しているらしいから、その二人の成果なのかもしれない。こんなに美味いものをたくさん知っているなら是非教えてもらいたいのだが、通り名からするとあまり関わり合いにならない方がよさそうだ。なんとかメール等の連絡だけで知り合いになれないものか……

部屋に来るべき全ての人間が集まって、依頼人の話が始まった。俺は概要を適当に聞き流し、依頼を受けるものだけに詳細を告げるというのでシークアントとともに部屋から出た。特に珍しくもない無難な依頼だったしな。

「これはただの好奇心なんだが、でかいヤマってなにをするんだ?」
「そいつは、言えないなあ。商売敵には」
「聞いたとして、そのヤマには関わらないと誓う」
「……ほんとだな?まあ、あんたはブラックリストハンターじゃないからいいか。ゾルディックだよ。ゾルディック。やつらにでかい依頼が入ったらしくてな、頭首以下、実働部隊が屋敷からいなくなるらしい。やつらの嫁もガキも残してな」
「ゾルディックは伝説の殺し屋一家だ。住処を知られて堂々とすんでる賞金首の屋敷なんだから警備の厚さは尋常じゃないぞ?」
「伝説は俺が終わらせるのさ!いいか、だれにもこの話をするんじゃないぞ。今日一日で使えそうな子分も何人か見つくろったしな。あとは時を待つだけだ」
「……幸運を。情報料のかわりだ、今夜奢ろう」
「前祝いか!気が利くな!遠慮なく飲ませてもらうぜ」

自分の手に入れた情報の素晴らしさを誰かに話したかったのだろうか、意外にもシークアントは隠さずに話てくれた。とはいえ、相手はゾルディックだ。自分の成功を信じているようだから説得も無理だろうし、ことによっては、会うのは今夜が最後となるかもしれない。無事を祈りながら、今日は精々高い酒を奢ってやるとしよう。








[29891] 番外・届かなかった人
Name: おんどり◆0d01a232 ID:e0610c6a
Date: 2012/04/08 02:04
確かにあった。
何よりも大事だと思っていたそれ。
気づいた時にはどうして大切だったのかさえ思い出せなくなっていた。
過ぎた時はもう戻らなくて。
それでも日常はどうしようもない早さで進んでいく。
こんな人生もいいか、と思えたのは、さて何時からだったろうか。




番外・届かなかった人



ゆっくりと時間をかけて熱いハーブティーを飲む。
ベランダで自家栽培しているハーブを適当に組み合わせたそれは、野趣が強く、市販のものより味は劣るが、それも含めて目覚ましにしかめっ面をして飲むことを私は気に入っていた。
大した手入れも要らず、ほとんど生えるに任せたなんちゃって家庭農園はちょっとした癒しをあたえてくれている。
太陽の光で動くらしい植物の芽のようなオモチャのゆらゆらとした動きを見ながらぼーっと、そんなことを改めて思った。きっと、昼には忘れているだろうけど。

わざわざゆっくりした時間をとるために早起きをしているんだ。これ以上だらだらしているとまた時間がなくなってしまう。
最低限、眉と目の周りくらいは何とかしないといけない。
ドライフルーツの入った最近お気に入りのレーションで手早く朝食をかたずけ、戦闘準備に向かう。
職場のお局はハンターに愛想を振るか、部下をいびることにしか興味がないに違いないから。誰だってターゲットにはなりたくないものだ。

きっちりかっちりスーツに身を包んで、最後に玄関でさらっとチェックしたら出勤しよう。



今日からの私の仕事はしばらくの間、協会内のトレーニングジムの受付兼サポート。
協会ビルの地下には認可制のスポーツジムがある。プロハンターと協会員、それと一部のアマチュアハンターなどが利用可能になっている。
ぱっと見た限りではあまり特別な施設はないけれど、ウェイトが謎物質でできているせいなのか、普通の重さの100倍はある。当然、それを支える器具も相応の強化が施してあるらしい。
そもそも解放してもまともに器具を利用できる人が少ないって理由もあっての認可制みたい。

ほとんどが事務方としての仕事で、たまに近くで念能力関連の事件が起きた時の火消し役をやっていた私がここに配属されるのは初めてのことになる。



念、という力の存在を知ったのは、私が協会員になって2年後の春だった。
なんでも、「高い能力と資質、何よりも協会に対する真摯な勤務態度」がよかったらしい。
ただそれは、私に言わせると3回に渡ってあと少しの所でハンター試験を落ち、親からはごく潰し扱い、彼氏には振られる、友達は離れていくでさんざんな状況からついついスカウトに言われるまま協会に入って仕事に逃げていただけだ。
2年間意識せずに働きづめだったことがお眼鏡にかなったらしい。ほっといてくれ、と思ったのを覚えている。わけのわかんない宗教の押し付けはやめてくれとも。

プロハンターという存在がしばしば非常識な力を発揮するのはもちろん知っていたし、それが念によるものだという話は納得はしなくとも理解はできた。
でも、それを自分が使えるようになるかというと、話はまったくの別だ。
なにしろ、私にはプロハンターになれなかったという確固とした実績がある。親に見放されるほどのものだ。太鼓判を押してくれていい。
プロハンターが使えるからと言って、はいそうですかと自分も使えるようになるとは到底思えなかった。

率直に言って、この時の私は折れていたんだ。
ハンターに憧れて、努力して、挫折した。
未練がましくハンターに関わる仕事はしていたけれど、試験の時に幾人かに感じた格の差のようなものは覚えているし、それはいまの仕事で有名なハンターを見かけるようになってからはより強く感じていた。

とはいえ、家を出ていて、自前の稼ぎで生活しなければならない私は、社会人で、勤め人だった。
上からの善意を無碍にした後にどんな事態がまっているかなんて想像もしたくない。答えは私の意志以外の場所でもう決まっているようなものだった。


仕事を続けながら一年間。半信半疑で、その実、仕事を失わないように必死に。続けた努力は私にとって予想外なことに実をつけた。
もっともそれは初歩も初歩、纏という第一歩に過ぎないと知ったのはそのすぐ後だったけれど。

そんなこんなでもう5年。念能力関連に従事する多数のスタッフの立派な一員となった私がいるわけだ。
念能力について知らされた協会員は、遅くとも2年後くらいからは念能力関連の仕事に従事させられるから、きちんと念能力を開花できた私は幸運だ。
なにしろ、念能力がなくとも仕事はくる。そして損耗率は当然ながら非念能力者のほうが高いから。とはいえ、今回の仕事にはそんな心配もないから気楽なものだ。



外面はにこにこと愛想良く、内面は退屈な仕事に過去へと意識を逆行させていた私の前に、きょろきょろと周りを見回しながら、そのたびに後ろで揺れるポニーテールが可愛い女の子がやってきた。

「カロリナ=シードランドです!今日はここを使わせてもらいたくて来ました」
「はい。確認しました。こちらの施設はご自由に使ってくださって結構です。ライセンスの確認は毎回行いますので、お手数ですがご了承願います」
「わかりました!しばらくお世話になりますね」
「がんばってください。なにかあったら気軽に声をかけてね」

最後、意図的に態度を崩して友好的に声をかけると、うれしそうに、はい!と返事した彼女は、とびきりの笑顔でロッカールームに向かっていった。
笑顔で元気よく、礼儀正しい子だ。ぱっと見では躾のなった、よくできたお嬢さんにしか見えない。
とはいえ、此処に来る事を許される時点で見た目通りな存在でないことは明らかだ。
そして、実のところ私がここに配属されたのは彼女のためなのだ。

指導員のハンターが他の仕事に出ているらしいから、その依頼で修行状況の把握とモチベーション維持のために比較的若く、同性のわたしがここで陰ながらサポートするというわけ。
さっきのような純粋な彼女の反応に心が痛まないでもないが、胸糞の悪い任務なんて他にいくらでもあった。今回は気に病むくらいなら、本当に仲良くなってしまえばいいだけ楽だと思う。
なにしろ”若い”自分が選ばれたというのだ。そろそろ結婚適齢期とやらが気になってきた私としては”若さ”を期待された以上がんばらざるを得ない!
向こうがなれてきたら愚痴でも吐き出させつつ励ましていくとしよう。




カロリナは、ほとんど騙したような自分を棚に上げて心配になるような人懐っこい、いい子だった。
彼女がジムに通うようになって何日か経ったとき、毎日黙々とトレーニングを続け、昼もどこかで買ってきたらしい携帯食を一人でもそもそと食べる彼女に、ついつい私は食事に誘ってしまった。
拙速、だったと思う。その時の私たちは、ジムに来た時と帰るときに少しの会話をする時もある程度の、よくいっても知人でしかなかったから。
指導員のハンターの方針で、彼女自身のやる気を見るために、表だって支援の用意があることを知らすわけにもいかなかったのがもどかしかった。
仕事の達成だけを考えればゆっくり仲良くなるべきだったかもしれないけど、結果としては成功だった。
職場の仲間と行った時に評判の良かった、創作料理をだす小料理屋に疑いもせず着いてきた彼女は、ひとつひとつの料理に目を輝かせ、よく食べ、よく話した。


この土地には来たばかりでひとりだったと。

毎日声をかける私の存在がありがたく、仲良くなりたいと思っていたと。

そう、照れながらその日の別れ際に話した彼女にうまく笑顔を返せたかは自信がない。


無邪気な彼女の言葉が、私の心にまだ残っていたやわらかい部分に棘を刺したその日から、私は彼女が望んでくれる限りは友達でいよう、とそう思った。




「カロリナってハンター試験合格からまだ3か月たってないのよね?」
「そうですよー?」

カロリナがジムに通い始めてもうすぐ1か月。
私は、頻繁にカロリナと夕食を共にするようになっている。
眼の前にはラムしゃぶに夢中で、私の話に上の空な様子の幸せそうな子がいる。見た目はアホの子だ。
しかし、その身に纏うオーラは滑らかで、どこにも不自然な様子がない。自分がこの域に達したのはいつだったのか比較するのもばかばかしいほどに、念能力に馴染んでる。
カロリナに限った事ではないが、やはり、プロハンターとは常人とはかけ離れた存在だ。

「すっごい勢いで努力してるけど、お師匠さんに期限でも決められているの?」
「むー、いや、そういう訳でもないんですけど……」
「だけど?」

そう言って、彼女は先ほどまで鍋につけていた肉をタレにつけて、そのまま口に運ぶと、うんうん唸りだす。
傍目には肉を味わってるのか、質問の答えを探しているのかはわからない。会話の最中にものを食べ出すのは失礼だと思わないでもないが、どうせこの子は無意識だろうから気にしない。私も野菜をとって食べながら待つ。

「あのですね、師匠はすごいんですよ」
「すごい?」
「直接見ててもらったのはまだ1か月半くらいなものなんですけど、その間も色々ノルマとかありまして。で、それがかなり本気で頑張ってやっとギリギリってのばっかなんです」
「それで、今回は期限はないんですけど、真面目にやらなかったら自分も手を抜くって言うんです。指導者が堂々と手を抜くって発言はおかしいと思いません!?しかも今回は期限がないからどのくらいがんばればいいか分かんないし!」
「それは大変ね~」

ぽつぽつと話し始めたカロリナは、話しているうちに何やら胸の内から沸々とわいてくるものでもあったのか、声を大にしていきり立つ。

「でも、それはきっとあなたの事をちゃんと見ているってことよ」
「それは、そう、なんでしょうけど。私が頑張ってる横でお酒飲んでたりした師匠にこれ以上手を抜くとか言われたらちょっと、ですね……」

自分の報告書をあげる時に、指導員があげたカロリナ指導の経過報告書を頼んで見せてもらった私としては、カロリナが指導員の予測を超えて成果をあげていた事を知っているので、指導員がカロリナの限界を見切っているという話には疑念があったがフォローはしておく。
もちろん、よく知りもしないアレックス何某のためではなく、カロリナがやる気を失わないためだ。もっとも、カロリナの口調は本気で怒ったそれではなく、充分にその怒りの対象に対する親愛も感じるものだったから不要だったかもしれないけれど。

「それで今の課題は堅の時間延長なんですけど、ここの前にいた修行場は生活の便が悪いし、同年代が一人もいないしで変えてもらったら、今度はオーラ切れてる間は筋トレして重量挙げ2トン目指せとか、もう、むちゃくちゃです!いぢめです!」
「あら、でも重量挙げの方はもうできてるじゃない」
「そうなんですよねー。自分でも恐ろしいですけど。それにその隣でかるがる10トンくらいあげてるひといますしねー」


この辺りもプロハンターの恐ろしいところだ。見た目に細く、かよわい女性にしかみえないカロリナでさえ、そこらの筋肉ダルマなど一山いくらで放り投げられるほどの力をもっている。私は少し筋張ってしまう程に鍛えて200キロが精々だった。練をしていればもう少しはいくだろうけど。
本格的に同じ人類か疑うような人外だけが真のハンターたれるということなんだろう。
念法を修めた私は、ハンターを目指していたころよりもずっと強くなったが、よりはっきりと本物と自分の生命の格の差ようなものを感じている。


それに私はカロリナの堅も、もうすぐ目標時間に達する事を知っていた。

協会のジムの一角にあるマットを引かれた広めの柔軟スペース。そこで用意されているバンドを決まった順番で5つ自分の手で付けると、マットの上にいる間だけ、他者から念が感知されにくくなる。ほとんど消えると言っていいほどに。
ただし固有の能力も使えなくなるため悪さはできず、基礎能力の修行くらいしかできないけれど。誰かの念なのか神字の効果なのかは知らない。
ハンター協会という安全が保障された場所で、他者に自分の実力を知られないように出しきる修行をするための配慮だ。
そして”あの副会長”が準備したもの故に当然、と言うべきか、協会側の人間は柔軟スペースに用意されているものとは別のバンドをつけることでその念を感知することができるようになる。
本来、有能な者をプロアマ問わずに把握しておくための措置だが、今回は私がカロリナの成長過程を観察して報告するのにも役立っている。


「まあ、たくさん食べて頑張って成長しなさいな」
「いつもお姉さんにはゴハン連れて行ってもらって感謝してます!」
「ほとんど割り勘だけどね~」
「私、これでもプロハンターだから大丈夫です!ほんとは感謝の気持ちに私のほうこそ奢りたいんですけど……」
「年長者としてそれは遠慮しておくわ。ま、この話はいつものことだからこれでおしまい」
「ですね。あ、でも、もしかしたらもうすぐこの場所を離れるかもしれないんでその時には絶対奢らせてくださいね!」
「考えておくわ」

ひらひら手を振る私を上目づかいに睨むカロリナを見ながら考える。

カロリナがいなくなれば私も元の部署に戻って事務三昧になるかもしれない。
この仕事は、ほとんど同僚がいなくて――なにしろ、トン単位の器具を扱う利用者をサポートできる者など、そうはいない――暇な時間も多かったが、お局様の厭味から解放されていたのは嬉しかったし、年の離れた友人との会話は楽しかった。
彼女は私が監視者であったことを知るかもしれないし、知らされないかもしれない。その時に彼女が何を思うかは分からないけれど、彼女に嫌われるまでは私は彼女の友達でいたい。
たとえ今日の約束が守られなくて、彼女から与えられるのが温かい食事の機会ではなく、冷たい視線と侮蔑の言葉であったとしても、全部を受け止めよう。
その上で謝罪して、また友達になってください、と頼むんだ。
大人になるにつれて、いろいろと諦め上手になってしまった私だけど、今回はせめてカロリナの傷にならないように許してくれるまでがんばろう。




「じゃあ、また明日!です」
「ええ、また明日」

店を出て、駅の改札で別れる。
人目を気にせず、ぶんぶんと笑顔で手を振ってくれるのは恥ずかしいけど、うれしい。
協会員の、特に念能力関係に従事する私たちの仕事は、馬鹿なプロハンターの殺人の後始末だのなんだのと、永遠とドブ攫いをさせられているような気の滅入る仕事も少なくない。
それでも、そんな私の仕事だったとしても、一人の少女の孤独をわずかなりとも癒すことができたのだ。きっと一年もすれば何一つ彼女に敵わなくなる私だけれど、多数の支えがあればこそ彼女らも全力をハントに注ぎ込めるはずだ。
彼女みたいなプロハンターを支えるためならば裏方稼業も悪くはないかもしれない。

電車の窓の外には、小望月が昨日までよりもいっそう、輝いて見えた。




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