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[30009] 闘神都市ⅢR
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4
Date: 2011/10/04 02:22
闘神都市Ⅲの再構成ものです。
エロや残虐シーンは闘神都市Ⅱベースを予定しており、つまりかなり混じる可能性がありますが、4話時点ではエロ要素はありません。予定では6~7話までない予定です。

この作品は3年ほど前に自分のHPで3話まで公開しておりました。どうしても続きが書きたくなったのですが、移転後HPのCGIが動かず直せないこと、18禁になる可能性が高いことから、今後こちらにて投稿させていただければと思います。
以前のSSや他作品を読まれたかた、感想いただけた方がいらっしゃいましたら、この場にて御礼申し上げます。

現在、4話まで書き上げています。

written by 六本 2011/10/4



[30009] 1話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4
Date: 2011/10/04 01:22
 闘神都市の中央には巨大なコロシアムが建っている。いったい何万人を収容できるのか計算するのも億劫なこの馬鹿でかい建築物は、たった一つの目的のために使用されるのだ。
 闘神大会。都市の名前を冠したその大会は、強さを求める男の夢と欲望を一手に引き受ける大会だ。一対一の決闘によるトーナメント、勝者には栄誉を。敗者には無を。一ヶ月にも満たぬ大会期間の間に、幾多の英雄と名勝負、そして伝説が生まれていく。

 その闘神大会の受付窓口で、僕は面食らっていた。
「パートナー?」
「ええ。知らない? 見目麗しい女子がパートナーとして必要なのよ」
 受付の活発そうな女性――シュリさんというらしい――が、そんなことを言った。
「知らなかった」
 父さんからの手紙の中には、そんなことは一言も書いていなかった。とまどう僕を見てシュリさんは得意げに胸を張り、説明を続ける。楽しそうだ。ひょっとすると、説明できる相手がいて嬉しいのかもしれない。
「試合の勝者には相応の賞品が授与されるの。まずお金。次に高級な武器に防具。それから最後に、敗者のパートナーを二十四時間の間自由にする権利」
「自由に、って」
「たいていは、えっちのことね」
「うわ、うわ」
「あら、君にはまだ早かったかな? でもいい機会よー?」
 ふふふ、とシュリさんは口に手を当てて笑う。そして、説明を続けた。
「こんなところよ」
 シュリさんは一通り説明を終えると、ふうと満足そうに息をついてのびをした。
 規約を要約すると、どうも負けたペナルティはすべてパートナーが背負うらしい。出場者に対するペナルティは、試合の中でのことを除き一切無い。なんて大会だ。
 それと出場条件。毎年あまりに出場希望者が多いので、今年から予選を行うことになったのだそうだ。予選迷宮というところで資格印とを手に入れてくる必要がある。それに、もちろんパートナーも必要だ。
「どう? わからないところはあるかしら?」
「よくわかりました」
「そう、嬉しいわ!」
 ぱん、と両手をあわせてシュリさんは満面の笑顔で笑う。さっきも笑っていたのに、ほんとによく笑う人だ。
「みんななかなか真面目に聞いてくれないのよ、途中で打ち切られたりしてね」
 シュリさんは、あはは、とほがらかに笑った。
「応援してるわ、頑張ってね」
 シュリさんに礼を言ってから、僕は受付を後にした。

 歩きながら、僕は考え事をしていた。
「資格印に、パートナーかあ」
 大会で勝つどころか出場資格の段階であまりに高い壁がそびえたっている。しかも二枚も。資格印はしょうがないとしても、問題はパートナーだ。
 僕が知っている年頃の女の子といえば、羽純ぐらいしかいない。でも、羽純に今更あんなことを頼めるわけがない。かといって他の誰も思いつかない。牧場のおばさんじゃだめだよな。
 あるいは僕が女装するという手もあるだろうか。
「そんなわけないか」
 僕はもう一度ため息をついた。
 とはいえ、この程度であきらめるつもりは毛頭ない。とりあえずもう片方の条件を満たせば、なんとかなるかもしれない。そう楽観的に考えることにした。

 受付からは、都市の入り口にまで大通りが延びている。
 来る時は巨大なコロシアムに目を奪われていて気がつかなかったが、この大通りは尋常ではない広さだ。馬車が十台も並んで通れそうなほどだ。そんな道を何百人、いや、ひょっとしたら何千人という人が行き交いしている。
 僕はしばらく立ち止まって、人の流れに目を向ける。女の人もたくさんいる。こんなにいっぱいいるんだから、一人ぐらい僕のパートナーになってくれる人がいないだろうか。いないだろうな。
 と考え込んでいたところで、ドンと背中に鈍い衝撃を受けた。
「おっと、ごめんよ」
 ぶつかってきたのは暗い青のマントを羽織った、僕と同じぐらいの背の男だった。男は僕に謝ると、何か用事でもあるのか、返事も待たずすぐに人ごみの中へと消えていった。
 そうだ。僕もこうしている場合じゃない。大会で勝つ為、というかその前の大会に出場するために。資格印を手に入れなければ。僕は歩き出す。が、その前に背中から呼び止める声があった。
「そこいく兄さん! ひょっとして宿屋をお探し?」
 振り返ると、女の人。僕は驚く。長い髪の妙齢の女性。更にスタイルのいい美人さんだ。でも驚きなのはそんなことじゃなくて、その頭、というか耳。なぜか頭のてっぺん近辺で、キツネのような耳がぴょこんと存在を主張している。変だな。
 でも僕は自慢じゃないけど世間知らずだし、変なのは僕のほうかもしれない。突っ込まないほうがいいだろう。
「別に……あ、いや、探してはいるのか」
 僕は断りかけてから言い直す。確かに宿屋は必要だ。よく考えたら大荷物を持ったまま戦うわけにはいかないし、休める場所は先に確保しておきたい。夜になって疲れてから探し回るのもきついだろう。
「それは好都合!」
 女の人はパンと手を叩いて、両耳をピンと勢いよく立てた。
 そして、早口で宣伝文句をしゃべり出す。コロシアムに近いし安いし綺麗だし歴史があるし飯は美味しいし女将は美人だしで、闘神都市で宿を探すならこのマルデさんのお宿で決まり! ということらしい。
「わかりました」
 値段を聞くと、そんなに安くはないけど払えないこともない。案内してほしい、と頼むと、マルデさんは満面の笑顔で僕の手を引いた。

 宿屋の一階は、十人ほどが入れそうなホールになっていた。宿泊は二階で、一階は食堂や宴会場として使うらしい。内装はとてもお洒落で清潔な感じで、好感が持てる。ただ、二階に繋がる階段は重厚な木製のもので、宿の年季を感じさせる。マルデさんが歴史ある、と言っていたのは嘘ではないらしい。
 部屋の場所を聞こうとしたところで、ぐーと音がした。もちろん発生元は僕のおなかだ。
「先に飯だね」
「いいんですか?」
 まだ中途半端な時間だ。ホールに他に人はいないし、迷惑ではないだろうか。
「もちろん。ここのサービスは町一番よっ」
 マルデさんは楽しそうに言うと、脇の狸を椅子に置いて、踊るような手つきで壁にかけてあったエプロンを羽織った。そして奥のキッチンへと消えていく。
 数分もすると、すぐに香ばしいにおいが漂ってきた。

 たった七分で出てきた定食は、品数は少なかったけどとても美味しかった。特に肉料理については、香辛料がとてもよく利いていて刺激的だった。きっとこれが都会の味というものなのだろう。
「ごちそうさまです」
「礼儀正しいね。じゃ、お代」
 マルデさんが手を差し出す。僕はポケットを探り、財布を捜した。なかった。って、なんでさ。
「お代」
「ちょ、ちょっと待って」
 催促の声に、もう一度ポケットをひっくり返す。でも何度手を突っ込んでも、そこにはむなしい空白の感触。
「お 代」
 マルデさんの声が怖い。
 横目で見ると、そのこめかみがぴくぴくと震えている。
「えーと」
 とりあえず素直に告白してみることにした。
「ないです」
「……」
「ごめんなさい」
 マルデさんは静かに言った。
「ごめんで」
 両のこぶしを振り上げて、振り下ろす。ドンと机を叩いてマルデさんは叫んだ。
「すむかーいっ!」
 マルデさんの絶叫が、ホールにこだました。

 マルデさんの脅迫的な命令のもと、僕はポケットを裏返して何度もジャンプをする。が、どこをどう探したって銅貨の一枚も出てこない。出てくるわけがない。五分ほどそんなことを繰り返して、マルデさんはようやく悟ったらしく、投げやりな口調で言った。
「なーんてこったい!」
 マルデさんはカウンターに上半身を逆向きに投げ出して体勢を崩し、天を仰いでいた。大きな胸がゆさゆさと揺れている。
「このマルデさんともあろうものが、無一文を捕まえるなんて!」
「いえ、その、お金は持ってたはずなんですけど」
「はいはい。スリ盗られたとでも言うつもりかい?」
 唐突に、さっきぶつかったマントの男の姿が脳裏に浮かんだ。
「……あ。そうかも」
 明らかに怪しい。きっとあの人がスリだったんだろう。
 と、落ち着いてる場合じゃない。僕は文無しになってしまっているのだ。慌ててリュックサックをひっくり返しても、出てくるのはボロい着替えとわずかな消耗品のみ。お金は1ゴールドたりとも見当たらない。
 僕は途方に暮れる。しかしより途方に暮れているのはマルデさんのようだった。
「はあっ。一体どうしてくれるのさ!?」
「あの……ええと、ごめんなさい」
「謝る暇があったら――ん?」
 マルデさんはそこで言葉を止め、体を起こす。
 値踏みするような視線を僕に向けた。
「おや」
 マルデさんが僕に近寄ってきた、と思った次の瞬間。腰に下げた剣が、ひったくられていった。速い、反応する暇すらなかった。マルデさんは剣を鞘から抜いて、刀身をゆっくりと眺める。窓から差す日を反射して、刃が美しくきらめいた。ロングソード。そこらの店売りのものとは比べものにならない、光の輝きを見せている。
「おやおや、いい剣を持ってるじゃないか。これ、預かっとくよ」
 それはまずい。レメディアからの贈り物で、大切なものだし、それよりも何よりも――
「困ります」
「知らないね。おゼゼがないと、こっちはもっと困るんだよ」
「でもその剣がないとマルデさんに払う宿代が稼げません」
 マルデさんはびっくりしたように目を丸くして僕を見つめた。沈黙の時が流れる。マルデさんは腕組みをしている。僕とマルデさんの視線が衝突する。
 やがてマルデさんは大きく首を振り、そして呟いた。
「仕方ないね」
 耳をぴこぴこと揺らしてから、マルデさんが動いた。
 僕の剣を返してくれるのかと思ったけど、そうではなかった。
「よっと」
 マルデさんはいきなり腰を落とし、床に手をついた。四つんばいになったマルデさんは床板をべりっと引っ剥がす。そして開いた穴に首を突っ込んで、ごそごそと手を動かし始めた。どうもそこは倉庫になっていたようだ。
 と、そこで僕は重大なことに気がついた。
「うわ」
 僕は思わず目を背けた。マルデさんのスカートのスリットから、まぶしい肌色が覗いていた。どうしてあんなスカートがあるんだろう。羽純なら絶対に恥ずかしがる。伝えてあげるべきかな、と僕は数秒迷うが、その前にマルデさんが上体を上げた。
「あったあった。けほっ」
 咳き込むマルデさんの両手には、何かの布包みが重そうに収まっていた。マルデさんはそれを隣の床にごとりと置くと、床板を閉めた。そして、僕の方に向き直る。
「ん? どしたの?」
 マルデさんは首をかしげて僕の様子を問う。きっと顔が赤くなっているせいだろう。僕はあわてて首を振り、ごまかした。
「い、いえ、なんでも」
「そう? ま、いっか。ほれ受け取りな」
 差し出されたものを、僕は受け取る。布の包みを開けると、中から出てきたのは、古びた鞘と、抜き放たれた剣。それはレメディアの剣よりもやや短めのショートソードだった。ほこりを被っているがずいぶん使い込まれているように見える。
「剣が必要だってんなら、しばらくはそれを使いなさい。あんたにゃこっちの方がお似合いだよ」
「もらっていいんですか?」
「貸すだけだよ。なくなっても困りはしないけどさ。引き取り手もいないようなボロ剣だしね」
 それでもありがたいことだ。僕は頭を下げて礼を言った。
「ありがとうございます」
「礼を言う暇があるなら、さっさと稼いでくること。いーわね」
「はい」
 僕はショートソードを握ってみる。握りは悪くない。威力は低そうだが、確かに使いやすそうだ。僕はマルデさんにもう一度ぺこりと頭を下げて、宿屋を後にした。
 はやくお金を稼いで、ご飯代を払って、レメディアの剣を返してもらって、宿代を払わないといけない。

 でも宿屋を出て四歩目で、僕ははたと気付く。
「どうしよう」
 シュリさんに資格迷宮の場所を聞き忘れていた。まずいなあ。
 いまさら戻って聞きなおすのも格好悪い。こんな時、父さんならどうしただろうか。確か冒険者の情報収集の基本は酒場だ、と言っていた気がする。おぼろげな記憶を頼りに、あたりを見回す。コロシアムに戻ろうと通りの向かい側、レンガの壁に看板が立てかけられている。看板には泡の溢れるジョッキの絵が描かれていた。
 そのすぐ横で、大きな木扉が開け放たれている。僕は迷わずそこに入っていった。
 中は予想通り酒場だった。まだ昼間だけど、大会前のせいかかなり混んでいて、喧騒に包まれていている。内装は小奇麗な大人の雰囲気が漂っていて、正直言って僕はかなり浮いていた。
 元気なウェイトレスさんが、せわしなく注文を取りまわっているが、僕は案内を待つこともなく、一直線にカウンターに向かう。こういう時の情報屋は、カウンターの向こう側にいる人間だと相場が決まっている。又聞きだけどさ。
「あの」
「……」
 声をかけると、バーテンは無言でこちらをじろりと睨む。そのバーテンは、人間ではなかった。スーツを着込んだハニーだ。さすがに都会だ。さっきのマルデさんといい、いろんな人が働いているなあ……と感心しつつ、僕は話を切り出す。
「教えてほしいことがあるんだけど」
「注文が先だ」
 バーテンが無感動に言った。僕は答えた。
「じゃあミルクを……あ」
 言ってから、僕は無一文だったことを思い出す。これ以上食い逃げを繰り返してはたまらないので、僕は正直に言った。
「……お金、ないや」
「帰りな」
 即座かつ無情にバーテンが言った。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。僕はバーテンに食い下がる。
「お金なら後で払います。今、教えてほしいことがあるんです」
 酒場が一瞬、静まり返った。辺りの人間の視線が、僕に集中していた。なんだろう。そんなに変なことを言っただろうか。
「はっはっは」
 沈黙を破ったのは、やけに低く野太い笑い声だった。僕は声に振り向く。笑い声を発したのは、大きな剣を背中に背負う戦士だ。腕を組んで豪快に笑っている。椅子が声に合わせて大きく揺れていた。
「いい度胸してるじゃねーか、坊主。いきなりツケとはな」
「あなたは?」
「俺か? 俺はボーダー・ガロア。大会出場者だ」
 僕はボーダーさんを観察する。古傷の刻み込まれた上半身。盛り上がった筋肉。見かけだしではなく、この人は強いと感じる。体格だけじゃない。態度からにじみ出てくる自信と余裕は、ボーダーさんが歴戦の戦士だと教えてくれる。
 その雰囲気は、あえて言えば――とても失礼かもしれないが――レメディアに近い。体格も態度も性別すらも異なっているが、風格だけは似通っているのだ。
 ボーダーさんは楽しそうに笑いながら、バーテンに言った。
「おい、答えてやってくれないか。代金は俺のツケに回してかまわんぞ」
「お前のツケも溜まっているが」
「いいだろ。ケチだとアリサちゃんに嫌われるぜ」
「……今回だけだぞ」
 ハニワのバーテンは渋い声でそう言うと、手を棚に伸ばした。
 そして、僕にミルクを差し出して、バーテンは言った。
「質問は何だ」
「予選迷宮の場所を教えてください」
 酒場が、一瞬静まり返る。そしてもう一度、どっと笑いに包まれた。僕に向けられた笑い声だった。そんな中ボーダーさんだけは、面食らったように僕の方を見つめている。その視線は、腰に下げた剣――レメディアの剣ではなく、マルデさんから貰った剣だ――に向いていた。呆れたような口調で、ボーダーさんが言った。
「坊主。まさか、お前も出場者なのか?」
「はい。あ、まだ決まってはいないんですけど」
「世も末だな。いったい何だって、大会に出場する気になった」
 僕は名乗り、この大会に出場する目的を話す。するとボーダーさんはぴくりと肩を動かした。意表を突かれたような様子だった。ボーダーさんはしばらく品定めをするような視線を僕に向けていたが、やがてグラスのお酒を一気に飲み干す。そして言った。
「予選迷宮なら南西の森の中だ。岩場になっているから、すぐにわかる。中は結構広いが、迷う構造じゃない」
「え」
「死ぬなよ、坊主。お前と戦える日を楽しみにしてるぜ」
「どうして……」
 急に気に入られたようだけど、その理由がわからない。少なくとも今の僕は、ボーダーさんに認められるほどの戦士ではないだろう。
「すぐにわかるさ」
 ボーダーさんはカウンターに向き直り、グラスの氷をからりと揺らした。どうも、それ以上話すつもりはないようだ。
「ありがとうございました」
 礼を言ってから、僕は席を立った。場所がわかった以上、こうしてはいられない。
「ああ、ひとつ聞いていいか」
 背後から、呼びかける声がした。
 振り向いた僕に、ボーダーさんが問いかけてくる。
「お前のパートナーは、どんな奴だ?」
「これから探します」
 ボーダーさんはにやりと笑った。
「はっ! 上等だ。いい奴が見つかるといいな」
 僕は頭を下げて礼を言い、ボーダーさんに背を向けた。


 町外れの迷宮の入口前で、僕は準備を整えていた。
 薬と帰り木を、すぐに使えるようにベルトにはさんでおく。白紙の地図とペンを用意して、マッピングができるようにする。剣を腰に差し、うまく抜けることを確認しておく。
 その途中で、僕はふと考える。この迷宮の中にはきっと、モンスターが大量に潜んでいる。実際のところ、そいつらを相手に僕はどの程度戦えるだろうか?

 村に、戦闘訓練を受けた大人はいなかった。僕にとって戦いとは唯一、レメディアとの訓練の記憶だけだ。たった三日間の思い出だが、鮮烈だった。
 切る、突く、払う。その三動作を最初に叩き込まれて、あとの二日間はひたすらレメディアと剣を合わせた。もちろん最初から最後まで、勝つどころか体に触れることすら適わなかった。

 僕は手の指をじっと見つめる。剣だこが出来ている。でも相変わらず小さな手だ。

 レメディアのたった三日間の教えを頼りにして、僕はその後も修練を続けてきた。教えてもらった基礎訓練を五年間、それこそ何百万回と繰り返してきた。しかし、今でも――レメディアに、指一本さえ触れることができるとは思えない。

 僕は視線を上に上げた。ごつごつとした岩に覆われた迷宮が、ぽっかりとその入口を開けている。この中に潜むモンスターが、僕よりも弱いとは限らない。

『死ぬなよ、坊主』

 ボーダーさんの言葉を思い出す。
 意味の無い無茶をするつもりはない。レメディアは言った。敵と対峙したとき『勝てる』と感じてもその感覚が正しいとは限らない。だけど『勝てない』その感覚だけは、常に正しい。勝てない相手に会ったなら、教えどおり逃げるつもりだ。
 でも、逃げることすらできず殺されてしまうかもしれない。死の危険が常に身近に潜んでいることを、僕はあの日思い知らされた。
「……よし」
 それでも僕は、最初の一歩を踏み出す。行くしかないのだ。僕が守るべきものを、この手で守り抜くために。

 僕は左足をゆっくりと前に出して石の地面を踏みしめた。しっかりと体重をかけ足場を確認する。次に二歩目。そして三歩。七歩目を踏み出すころには、前を見る余裕が生まれていた。
 薄暗い通路に目を凝らす。鉱山のように木の骨組みで補強されたトンネルが何十メートルと続いていて、先で二つに又別れしている。そこで僕は気付く。分岐点に何かの影が怪しくゆらめいている。モンスターだ。
 僕はごくりと唾を飲み込み、剣を抜いて歩を進めた。



[30009] 2話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4
Date: 2011/10/04 01:27
 人目につかない路地裏に入り込んで、僕はあたりを見回す。
「いいみたい」
「……りょーかい。戻れ」
 彼女が一言唱えると、とたんに彼女の体は純白の光に包まれる。数秒間の後、そこに立っていたのは別人だった。
 胸を申し訳なさげに覆うだけの、おなかを大きく露出させる紫色の服。魔法使いのローブにも似ていて、その証拠として手には大きな白い杖を持っている。全体的に華やかな格好で踊り子のように色気に溢れているけど、いやらしはくない。それどころか、大きなウェーブのかかった明るいブロンドの髪の毛は、なんとなく清楚さを感じさせた。
 僕は彼女の名前を知っていた。ナミール・ハムサンド。僕のパートナーだ。

 なぜ彼女が僕のパートナーなのかというと、話は半日ほど遡る。
「ひのふのみの、確かに」
 宿屋のロビー。マルデさんが一枚一枚丁寧に数えてから、にっこりと微笑んだ。
「期待以上ねー。今日中に返してくれるなんて」
 資格迷宮からようやくメダルを持ち帰った僕は、マルデさんの宿に戻ってきていた。迷宮にあった財宝のおかげで、都市滞在中の宿泊料ぐらいはまかなえるようになった。
「ところで、パートナーは見つかった?」
 痛いところを突いてきたマルデさんの言葉に、僕は首を振る。横に。
「それは残念」
「大丈夫だぽん? もう締め切りが近いぽん」
 と、マルデさんが脇に抱える狸が言った。名前はトコトン。マルデさんの夫なんだそうだ。つくづく都会は広い。とりあえずそう納得していた。さまざまな事柄について、理解の及ばぬ場合は理解を放棄する。そうでなければ頭が沸騰して死んでしまうと冗談抜きで考えていた。この都市は不可解な出来事が多すぎる。
 さてそれはともかく。
「はは……」
 僕は苦笑いを浮かべる。パートナーは、いまだ見つかっていないのだ。
「あたしは人妻だからパートナーになれないしねー。困ったわねー」
 と、マルデさんは歌うように言った。他人事だからかあんまり困ってる風には見えないが、確かに僕は困っていた。あれから数人の女性に声をかけてみたけれど、やはり無理だった。数万Gを要求されるか、にべもなく断られるかのどちらかだ。そんな大金、僕が数日で稼げるわけがない。どだい負ければ重大なペナルティの課せられるパートナー、しかも僕のような子供のパートナーに無料でなりたがる人などいるわけがないのだ。
「まずいよなあ」
 シュリさんに聞いたところ、もう出場枠はほとんど埋まっているらしい。いくら資格を持っていても、パートナーがいないと出場できない。リミットは刻一刻と迫っている。
「とりあえず、これから探してきます」
「じゃあ剣はかえすぽん」
 僕はうなずくと机の上の剣を取り、目の前にかざす。照明の光を反射して、刀身が美しくきらめいた。念入りな装飾の施されたその剣を握ると、なんとなく勇気が沸いてくる。
「……ん?」
 と、その刀身に見慣れぬものが写っていた。僕の背後に、階段を下りてくる女の子。宿泊客だろうか。大きな白い杖を右手にして、ゆるやかな足取りでこちらに近づいている。僕は振り返る。長い髪の綺麗な女の子が、そこにいた。
「あら、ナミールさん」
「……む」
 ナミールと呼ばれた女の子は、マルデさんの声に反応せずじっとこちらを見つめている。その間もつかつかとこちらに近づいてくる。近づいてくる。というか迫ってくる。
 思わず後ずさる僕だが、後ろは机だ。
「……むむ」
 女の子は僕のすぐそばにまで近寄ってきた。そして見つめる。僕ではなく、僕の剣を。
「じいーーーーーー」
 なぜかそんな声を出しつつ、女の子は剣に息が吹きかかりそうなほどに近寄り、目を凝らして剣をじっと見つめていた。美しい刀身に反射する女の子は、とても整った顔立ちをしていた。なんだかどきどきしてくる。
 と、女の子が無表情のままつぶやいた。
「……やっぱり……みつけた……」
 いきなり顔を上げ、僕と視線を合わせる。
「こっちこい」
 僕の襟首をぐいと掴み、ずるずると引っ張る。
 向かう先は階段のようだ。
「ちょ、なに?」
「ぽやぽや……説明はあと、なのです」
 ずるずるずる。女の子はどんどん進んでいく。
 というか僕、拉致られてる? えー!?
「いやよいやよも好きのうち……ですよ?」
「わけがわからないからっ」
「おたっしゃでー」
「マルデさん!? たすけてー!」
 僕の悲鳴をものともせず、片手で僕を引っ張っていく女の子。乱暴に抵抗するわけにもいかず、僕は女の子に引きずられていく。そうこうしているうちに、女の子は最初の扉の前で立ち止まった。そしてノックもせずに扉を開ける。
「はいるがよい」
 言葉と同時に背中を押され、僕はドアの中に叩き込まれた。
「へ!?」
 中には、女の子がいた。二人目。僕をこの部屋まで引っ張ってきた女の子とまったく同じ格好。衣服も髪型も顔もまったく同じ、踊り子のいでたちをしたかわいい女の子。
 その女の子は、ベッドにあおむけに決まり悪そうに倒れこんでいた。が、僕と背後の女の子の姿を見て取るとすぐに跳ね起きる。びっくりした顔で、その子は言った。
「お姉ちゃん?」
「……ぱんぱかぱーん」
 気の抜けたファンファーレが背後から聞こえる。
「妹の失敗を華麗に取り返すため、剣を探して三十七秒と二分の一。ついに剣二号はっけん」
 そう言うと、女の子は袖に隠れていた手を腰にやり、得意げに胸を張った。胸が紫の覆いごと突き出された。かなり大きいなあ。ってそんなことどうでもいいんだ。
「ど、どーゆーこと?」
 正直言って、展開にまったくついていけない。
「正直言って展開についていけないという顔をしている少年よ」
「わかるの!?」
「わかるよ? なので……」
 僕を連れてきた方の女の子が両手をぱっと広げた。
「説明しよーう」
「いや、なにがなんだか」
「ぽやぽや……いいから黙って聞くのですチェリーボーイ」
「んなっ」
 いきなりの信じがたい毒舌に絶句する僕。
「ふふふ」
 それを目にして得意げに笑うと、女の子は棒読みで説明を始めた。

 彼女たちの名前はナミール・ハムサンドと、ルミーナ・ハムサンド。杖を持った方がナミールで、寝転んでた方がルミーナ。ルミーナは僕と同じ闘神大会の出場者。既に予選は通過済みらしい。
 ルミーナは凄腕の二刀流の剣士で、それでもって大会で勝ち進むつもりだったんだけど――切り札である一双の剣のうち一本が盗まれてしまったのだそうだ。
「道端に置き忘れたところを置き引き」
「ぽっぷこーんを持ちきれるだけくれるって……剣が邪魔で……」
 ばつが悪そうに呟くルミーナ。
 泥棒を探してみたけど見つからない。お金は豊富に持っているので、代わりの剣を探してもみたけれど、元の剣ほど付与スロットの付いた強力な物は闘神都市にすら売っていなかった。
 ルミーナは剣に特定の素材を付与しなければ、真価を発揮できないのだそうだ。そこで目をつけたのが僕の剣。魔法使いとしてのナミールの目で見たところ、僕の剣は付与素材として最高なのだという。

「ふーん……」
 ところどころであいまいな部分はあったものの、事情は理解できた。でもだからといって――
「だからその剣。ゆずってもらいます」
「えーと」
 どう断ろうかなと迷っている僕に対し、ナミールは更に話を進めていく。
「もちろんただとは言いません。ただより高いものはなし。聞くところによるとあなたはパートナーに不足しているもよう」
「はあ」
 どこで聞いたの――ってロビーでマルデさんと話してたもんな。
「貸すのです」
「は」
「わたしを、パートナーとして」
「へ」
「ただし剣と引き換えです」
 いきなりとんでもないことを言い出した。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」
「妹。今は大事な話をしてます」
「でも! 二人分もゴールド持ってきてないし!」
「ふふふのふ。その点はぬかりなし。こんなこともあろうかと、なのです」
 ちょいちょい。と、ナミールは妹を手招いて、部屋の角を指差した。
「こっち」
 ナミールは自身、部屋の角に近寄ると妹をこいこいと手招く。不思議そうな顔をしながらも、ルミーナはそれに従う。ナミールが僕に振り返って言った。
「今から内緒話をするので、聞かないようにするのです」
「は?」
「聞くと呪いが降りかかります。ぼうけんのしょが消えますよ。三番ぜんぶ」
「う、うん」
 なにがなんだかわからないが、とにかく頷く。
 二人は僕に背を向けて身をかがめ、薄暗い部屋の角で密談をはじめた。悪巧みでもしているかのようだ。というか実際している。
「……ごしょごしょ……だから……で……」
「うん?」
「……最後に……もしも…………すれば…………信用も……」
「ええっ!?」
 妹の方が不安げにこちらをちらちらと覗き見る。なんだろう?
「どうしました?」
「できないよそんなの……いくらなんでも……」
 ちらちらとこちらを見ながら、ルミーナは小さな声で抗議をする。話が断片的に聞こえてくるんだけど、まずいんじゃないか。それともわざと聞かせてるんだろうか? 何のために?
 とうい僕の思いをよそに、ナミールは話を進めていった。
「妹よ。いくらあなたの脳みそが胸なみに小さいとはいえ手段を選んでいる場合ではないことは理解していると思っていましたが」
 ナミールがいきなり流暢にひどいことを言い出す。
 妹さん――ルミーナは、別に胸は小さくないと思うんだけど。
「で、でもさすがに外道すぎ……」
 なおも食い下がる妹に対し、ナミールはやれやれと手を返して呆れのポーズを取った。
「そうですか。ルミーナは二年油でギトギトに煮込みきったくどくどカツにおはようのコーヒーを口移しで飲ませたいのですね」
「え゛」
「そうですか。ルミーナは悪臭ふりまく腐りきったカツとたらこのアンサンブルに唇を捧げ吸い寄せられさながらカービィのごとく淫猥にまるごとインサートされたいのですね」
「うわああ! ごめんなさいごめんなさい!」
 実姉が遠慮なくぐさぐさと突き立てた言葉の刃に耐え切れなかったのか、ルミーナはがくりと崩れ落ちた。
「……ぶい」
「ボクが何をしたって言うのさ……」
「食にかまけて剣を盗まれやがりました」
「うあっ!」
 追い討ちをかけるナミール。ナミールは妹にあわせてしゃがみこむと、口調を変えずに言った。
「ほむ。このとおり。あなたもわたしもこの人も、かぞえきれない理不尽に晒されて生きています。ならば理不尽を覆して生きましょう。それが世界の選択です。決定事項なのです」
「……お姉ちゃん……」
 うるうると瞳に涙を溜めて姉を見上げるルミーナ。ナミールは妹と目線を合わせ、わずかに微笑むと、ゆっくりと頭をなでた。ルミーナはなんとなく気持ちよさそうだ。
 なんだか感動的な光景だけど、にもかかわらず僕が背筋に冷や汗が伝うのを感じるのは、いったいどういうわけだろう。
「ふう……」
 ナミールが立ち上がる。
「さあ交渉は成立しました。剣をいただくのです」
「いやいや」
 成立もなにも僕はなにも返事をしていない。パートナーとして立候補してくれるのはもちろんありがたい。でもレメディアの剣をもう一度手放すのはとても抵抗がある。はっきり言って、不安だ。
「これは大切な人からもらったんだ」
 ただ思い出の品というだけではない。この剣はいわば、僕の心の拠り所なのだ。
 ――父さんもレメディアも超えて、誰にも負けない戦士になるために。無力だった僕と羽純を守ってくれた二人を、逆に守れるようになるために。
 果てしなく困難だろう。僕が一生かかっても、二人の足元にも及ばないかもしれない。むしろ及ばない可能性のほうが高い。でもこの剣を持っていると、それがなんとなく不可能ではないように思えるのだ。僕は父さんの息子でレメディアに認められた剣士だという自信が沸いてくるのだ。
 そのことをかいつまんで説明してみたけども、ナミールはゆっくりと首を横に振った。
「猫に小判的な意味で、あなたと妹ではまだ妹の方が剣が達者に見えます。価値あるものはあるべき場所に。当然の摂理です」
「で、でもさ」
「てごわいですね……ぽやぽや……」
 食い下がる僕に対し、ナミールは頬に手をあて考え込む仕草を見せる。そして言った。
「うん。このように考えるのです。まずは剣に頼らず剣に負けない戦士に、剣に恥ずかしくない戦士になるのが先と。もちろんそのためなら私たちは協力を惜しまないのです」
 ナミールは畳み掛けるように言うと、妹の肩をひっつかみぐいと前に押し出した。
「特にこの妹が協力します」
「へ」
「剣技はこの妹が教えられますので」
「へえっ?」
 聞いてないよ、と言い出しそうなルミーナに対し、ナミールは言葉を繰り返す。
「教えられますので」
 はかない印象を受けるぽやぽやな声なのに、やけに強制力を感じる。
「わ、わかったよ」
 答えたのは僕ではなくルミーナだ。この姉妹の力関係はとてもわかりやすい。ナミールは妹の返事に満足げに頷くと、僕に振り向いて言葉を続けた。
「大会が終われば剣は返しますし、代わりは買ってあげます。悪いようにはしないのです」
「……」
 その言葉にうそは無い、とは感じる。だけど――
「ぽやぽや……。あなたは、わたしたち姉妹を信じるべきです。……大会が終わったころには、きっとあなたはたくましく成長している筈なのです。……いろいろな意味で、です」

 ――結局僕は彼女の条件を飲んだ。パートナーと剣術の教師、二人と引き換えに剣を貸す。パートナーが必要だったのはもちろんだけど。ぽやんぽやんな口調ではあっても、ナミールの言うことはもっともだと思った。
 資格迷宮では何人もの出場者とすれ違った。一番モンスターに苦戦していたのは僕だった。強くならなければならない、剣の力だけに頼るのではなく、あらゆる意味で強くならねばならない。
 そうでなければ父さんやレメディアに追いつくなど夢物語なのだろう。

 僕の気を知ってか知らずか、ルミーナ達は剣を手にはしゃいでいる。
「お姉ちゃんて、口先の魔術師だったんだねえ」
「しっけーです」
 なんとなく丸め込まれたような気はしたけど……。
 納得はした。僕自身が強くなるためだ。剣に負けないように。

 魔法で変装したナミールを連れ登録を済ませてから、僕達は宿屋に戻った。そして三人で部屋に集まり魔法ビジョンを囲む。マルデさんが作ってくれた美味しい料理を夜食にしながら、番組を見ることにしたのだ。どうも闘神ダイジェストという番組が、この大会の目玉の一つでもあるらしい。
「はむはむ、もぐもぐ」
 でも画面を見ずひたすらに食べ続けてる女の子が一人。ベッドの上に座り込んで、何枚もの皿をそのへんに置いて料理をほお張っている。ルミーナだ。
「……太らないのかな」
「食に関して、あれを人類と見るべきでない……のです」
「お姉ちゃんこれおいしいよー?」
 骨付き肉をナミールに差し出すルミーナ。その間も豆のスープを飲み続けている。すごい食欲だ。
『ぱうぱう、闘神ダイジェストのお時間でーす』
 と、そうこうしているうちに、番組が始まったようだ。

『この番組は司会のクリちゃんと、助手の切り裂き君でお送りしまーす』
『助手じゃねえ解説だ!』
『でも「切り裂き君はつっこみばかりであんまり解説してない」って聞いたよ?』
『誰から』
『酒場のポポリテさん』
『ほおう』
『今大会犠牲者一号さんなーむーなの。さて! 今日は開会式とトーナメント表の発表がありました。今大会の開会式は、闘神様四人による開会宣言。でも闘神様ってボルト様以外はあんまりトーク慣れしてなくてつまんないんで、ぶっちゃけボルト様以外のときはクリちゃん寝てました』
『うおい! いきなり何ほざいてんだこのアマ!』
『うー、正直に言っただけだもん』
『……また局長のクビが飛ぶんじゃねーだろーな……』
『開会宣言のあとは選手宣誓! 今年は予選トップ通過だったアルス選手が宣誓しました。正義と名誉と誇りを持ち、パートナーのためせーせーどーどーとスポーツマンシップにのっとって戦うそうです』
『正統派だな。このアルスって奴は有名な魔法戦士で、実力的には優勝候補の一角なんだが……闘神大会で正義にスポーツマンシップ、ねえ』
『ぱうぱう、死亡フラグ満載の宣言でした』
『……言ってやるなよ……』
『それでは続いてトーナメント表のはっぴょー!』
『予選通過者三十名とシード一人。熱い戦いになりそうだぜ』
『ぱうぱう。シュリさん情報によると、今回の出場選手はおおむね五つのタイプに分かれるそーです。戦士系、魔法系、ビーム系、変態系、ドラゴン系』
『なんだよビームと変態て』
『しかも変態系の中には、二段変身ができる人が三人もいるんだって。たのしみだねー』
『変態ってそっちのかよ!?』
『こうご期待! それではまたあした~』
『……真面目な大会になってくれよ、頼むから』

「三回戦」
 ナミールが言った。姉の名前で登録してるけど、ルミーナの名前は僕のすぐ下にあった。もしも二人とも順調に勝ち進んだ場合、僕とルミーナは三戦目で当たることになる。
「意外と近くなっちゃったねぇ」
 確かに近いけど、今の僕が初戦以降のことを気にしている余裕はない。名前は魔法一号。
 魔法一号って明らかに人間の名前じゃない。ルミーナと同じように偽名なのかな。それともすごい魔法を使うモンスターなんだろうか……。
「まほー……このピンキーには荷が重そうな相手かも」
 ちょ、それはないんじゃ。しかもその場合危ないのはパートナーのナミールの筈なんだけど。
「さ、先のことはわからないよ。ただ」
 僕は気を引き締めて言った。
「……僕は誰にも負けない。そのためにここに来たんだ」
「む。ボクだって負けないよ」
「じゃあライバルだ」
「うん、そーだね!」
「このさわやか僕っ子どもが……なのです」
 言葉とは裏腹に、ナミールは薄く微笑んでいた。感情は微笑みの奥底に沈んでいて見えないけれど、なんとなく満足げに見えた。それは僕の気のせいではないと信じたかった。たとえ経緯がどうであったとしても、彼女はいまや僕のパートナーなのだから。



[30009] 3話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4
Date: 2011/10/04 01:32
 剣を三度合わせたところで、僕は耐え切れず地面に激しく叩きつけられた。その上に飛び乗ってくるのはブロンドの髪をした美少女。踊るような動作で僕の腹に乗ると、首筋にぴたりと剣を突きつける。
「はい、ぶー」
 ルミーナは一声言ってから、僕から飛びのく。戦いの終了の合図だ。
「……はあっ!」
 また負けだ。
 合図と同時に僕は息を一気に吐き出す。打ち合っている間は息をする間もなかった。
 
 僕のパートナーであるナミール・ハムサンドの提案で、ルミーナと僕は早朝に宿の裏庭で模擬戦をすることになった。いわば練習試合だ。怪我に備えて薬を常備し、剣は刃を丸めた模造刀。
 ルミーナの訓練は、はっきり言って非常に厳しい。
「はい、そろそろ立つ!」
 ルミーナは僕の手を引いて立ち上がらせると再び距離を取る。そして笑って言った。
「もいっちょ! いくよー!」
「くっ!」
 そして訓練が再開される。鋭く華麗なステップで、予想のつかぬ軌道の連撃をルミーナは繰り出してくる。僕はそれを受け続ける。さっきよりは耐えられたけどそれでも十秒と持たなかった。
「よっ」
「うわ!」
 いきなり、右足を払われた。
 体勢を崩された僕は、反撃の間もなく地面に叩きつけられた。
「ボクの勝ちいー。これで八勝0敗だね」
 ルミーナは僕の喉に剣をつけつけて言う。
 動けない。彼女には隙がない。普段のだらけた生活からは想像もできないほどだ。ルミーナはあごに指を当て、空を見上げている。そんな彼女にすら剣を当てられる光景が想像できなかった。
「んー」
 首をかしげてルミーナが言う。こんこん、と地面を靴で叩きながら。
「なんか、甘いんだよね」
 ルミーナは僕を引き起こしながら、講釈を続けた。
「動き一つ一つはいいのに、判断がぜんぶあまちゃん。ソフトクリームみたいに」
 返す言葉がない。力も技もルミーナの方が上だけど、致命的に劣っているわけではない。本当に致命的なのは、僕がルミーナの動きにどう反応していいかわからない、ということだ。
「主導権を握らなきゃ。合わせて勝てるのはそういう技術を持ってる人だけ。今のキミじゃ、攻めて攻めて、チャンスを逃がさないようにしないと。でなきゃすぐ押し切られる。同等の相手にも絶対に勝てない」
 ルミーナは一気に言うと、ふう、とため息をついた。
「だいたいキミには殺気が感じられない」
「殺気……」
「訓練でもなんでも本気でやらないとね。お姉ちゃんなんて『とっくんです』の一言でボクに本気の白色破壊光線撃つんだから」
「そ、それは少しやりすぎのような」
「本気力が足りないなあ。ボクは強くなるためにいろいろなことをしたものだよ」
 ルミーナは語る。金にあかせて超高額の魔法鎧を買っただとか、師範の先生を雇ってひたすら訓練してきただとか、腕試しに盗賊退治に赴いて罠を潜り抜けて全滅させたとか。金の力が五割を占めてるのは気のせいだろうか。いや、言ったら叩かれるから言わないけど。
「とにかくもっと実戦を積まないと話にならないかな」
「戦ってないわけじゃないんだけど……」
「絶対勝てる相手としかやってないでしょ?」
「う」
 確かに。
 僕は相手を選んでいる。資格迷宮で戦ってきたのは、小さくて弱そうなイカマンとか、傷ついたるろんたとかそういう相手だけだ。そうでない相手からは片っ端から逃げてきた。勝つ確証が持てなかったからだ。
 ルミーナはそれみたことか、と得意げに胸を張った。
「マビル迷宮に行ってみれば? ガイドさんがいるから、適当なとこ選んでくれるよ」
 マビル迷宮。正確に言えばそこは迷宮ではなく、単に転送魔方陣が組み込まれただけの特異点だ。転送陣からは世界各地のダンジョンに繋がっており、望めばどのようなところでも実戦をつむことができるという。
「強くなりたいんでしょ」
「……なんで?」
「弱いくせに諦めないから。何か、やりたいことあるの?」
 その言葉。かつて聞いたことがあった。
 だから、答えは既に決まっていた。
「僕は……」
 大切なものを守ってくれた彼女を、今度は自分が守るために。僕は力強く頷いて言った。こんなところでつまづいてなんかいられないんだ。
 僕が答えると、ルミーナは満足げにうなずく。
「うん。そうでなくちゃ。お姉ちゃんを預けるからには、最低でもボクと当たるまで勝ち進んでもらうからね」
 ぐーっと伸びをしながらルミーナは言った。その口元に、くふりと笑みが浮かぶ。可愛いけれどなんとなく小悪魔的だ。なぜかいやな予感がした。ぱちぱちとウインクをして、ルミーナは言った。
「続けるよ。とりあえず技を一つ教えたげる。迷宮で野たれ死んで棄権、なんて絶対に許さないよ」
 ルミーナは僕にそう言い渡すと、特訓の開始を宣言した。

「つ……つかれた……」
 予感どおり特訓は更に厳しさを増して、それから更に三時間続いた。なにせ成功するまでルミーナは離してくれないのだ。
 特訓を終えた僕は、昼ごはんを食べてからマビル迷宮横の小屋に来ていた。薬のおかげで傷は取れているが、正直疲労は残っている。ルミーナはかなりスパルタな先生だ。それでもなんとなく満足感があるのは、多少は強くなった実感が沸いてくるからだ。
 でも、と僕は心を戒める。訓練だけでは駄目だとルミーナは言った。実戦で死の淵を潜り抜けてみろと。そうすることで訓練の効果は本物に変わると。
 僕はルミーナの言葉に従い、小屋に入る。
「ごめんくださーい」
 小屋には、僕より三、四つ年上の女の子が住んでいた。ルミーナから名前は聞いている。御前夏さん。半年前から闘神都市で働き始めたのだそうだ。ルミーナに貰ったシールを手に夏さんに話しかけると、なんとなく頼りなさげな声で夏さんは答えた。
「こ、こんにちは。承認ですか?」
「はい」
 胸を挟むように腕を組んで夏さんは言った。ぶるん、と大きく揺れた。何がっておっぱいがだ。大きい。ほんとに大きい。ナミールやルミーナのそれをはるかに超越して、マルデさんより更に大きい。って何考えてるんだ僕は。
「希望のエリアはありますか?」
「えーと、僕と同じぐらいの強さのモンスターがいっぱいいるエリアって、ある?」
「はい、ありますよ」
 かなりアバウトな指定だと思ったけど、ホントにあるらしい。好都合だ。

 夏さんに承認してもらった(少々ひと悶着はあったが)僕は、転移魔法陣に乗ってその洞窟にたどり着いていた。テレポートした先は、洞窟の袋小路。
 僕はあたりを見回す。足元の転移魔法円は硬そうな土の地面に描かれている。壁は青みがかった大きな岩で構成されている。天井はかなり高く、ゆうに五メートルはあるだろう。天井から降りるつららのような岩から時折水滴が伝っている。
 ここは地下洞窟のようだ。ところどころに灯りが配置されているので人の手は加わっているが、元は自然の洞窟だろう。
「よし……行こう」
 僕は足を踏み出した。モンスターを見つけて、狩る。
 生死を賭けて戦ってこそ、得られるものがあるはずだ。

 しばらく一本道の洞窟を進と、突風が下方から駆け抜けてくる。その突風に幻聴めいたうなり声が乗っている。不審に思って岩壁に聞き耳を立ててみると、声が響いてきた。
『グオオオウ』
 どうやらうなり声は想像だけのものではないようだ。
 僕のいる通路はらせん状だ。下から声が聞こえるということは、下に、モンスターがいる。奇襲できるか。いや、むずかしいだろう。今のところ道は一本だ。避けて通るわけにはいかない。
(いや)
 避けるんじゃない。僕の目的はただ生き残ることや、迷宮を進むことではない。この大会に勝ち残り、優勝するのだ。僕はぐっと剣の柄を握り締めて、迷宮を慎重に歩いていく。背後に気を払いながら通路を進む。
 そして僕は一体のモンスターと遭遇する。
『グ?』
 思ったとおり、下には怪物がいた。古びた槍を右手にしていて、左手には割れた木の盾を持っている。僕より遥かに体格が良く、動きのひとつひとつが力強い。本で見たことがある、こいつは豚バンバラだ。僕の乏しい知識にも含まれるぐらい有名なモンスターで、こいつに殺された駆け出しの戦士は何百人もいるらしい。
 それでも僕は勝つ。必ず勝つ。
 レメディアの教えに従い、自分に念を言い聞かせ平静を保つ。
「……いくぞ!」
「ニンゲン!」
 僕は殺気立つそいつを死に物狂いで観察する。視線で射抜かんばかりににらみつける。隙だ。隙を見つけろ。どんな強力な奴でも、急所を刺せば死ぬんだ。ぎぎりと歯を噛み絞る。じりじりと間合いを詰めようとするそいつから、僕は視線を離さない。
「グウ!」
「くっ!」
 一閃。
 僕は間一髪で槍をかわす。切っ先が頬を掠めて痛みが走った。
 反撃は、できない。試みようとした時には、槍は既にもとの位置に戻っていた。まずい。攻撃に隙が見当たらない。なら、どうすればいい。
『主導権を握らなきゃ』
 ルミーナの教えを反芻する。その通りだ。隙が無ければ作り出そう。その方法を彼女は教えてくれた。方法を実行に移す基礎をレメディアは教えてくれた。今の僕が持つ武器で、道を切り開くのだ。
「グアァウ!」
 痺れを切らしたモンスターが槍を引く。それに合わせ僕は正面から飛び込む――という動作だけを見せて、直後、横に飛ぶ。今朝ルミーナに教えてもらったフェイントだ。豚鬼は驚いた風な顔で槍を突き出していた。槍は僕の鎧を軽い金属音を立てて掠めていた。成功した!
『チャンスを逃がさないように』
「おおおおっ!」
 ルミーナの教えどおり、今度こそ僕は飛び込む。無防備な豚鬼の肩を狙い、剣を渾身の力で振り下ろす。皮の硬い感触。だがそこで止めず、僕は全体重を剣に乗せる。一度のチャンスで敵を仕留めろ。やり損なえば、その分反撃を許すことになる。
 ずばさぁ、と鈍い振動が手に響いた。返り血が辺りに散った。

「はあっ!」
 勝った。
 と考えた瞬間に、気が緩む。実戦の緊張感は訓練の比ではない。正直、この都市に来てから一番緊張した。ぼくはふうっとため息をついて、剣を鞘に収める。これから何回も、何十回も、いや何千回とこんなことを繰り返していかなければならないのだろうか? 強くなるためには。
 と、そんなことを考えていた僕の耳に、乱暴な足音がとどろいて来る。
「……え?」
 どすどすと床が揺れる音に振り向くと、そこには緑色のハニーに、豚の怪物。さらには大量のるろんたの姿があった。僕の来た道に数体の怪物が溢れていた。
「い、いつのまに!?」
 戦いのせいで、気づくのが遅れていたのだろうか。七体のモンスターが僕の数メートル背後まで押し寄せてきていた。みな目を血走らせせている。僕に荒い息を吐く怪物たちの視線が集中している。
「ま、まずっ」
 僕は即座に決断する。逃げないと。帰り木を取り出そうとポシェットに手を伸ばすが、その前にモンスター達がこちらに走り出してきた。間に合わない。僕は振り返り、一目散に逃げ出した。
 曲がり角を曲がって曲がって曲がったあとは一直線。僕は走り続ける。なんとか時間を稼ぐのだ。でも後ろから押し寄せる怒涛の足音はいっこうに小さくならないどころか、更に迫ってきている。戦うしかないのか?
「うあ!」
 そう考えたところで、僕は急ブレーキをかけて止まる。前方の曲がり角から人影が現れたからだ。まずい、モンスターなら――
「ちっ」
 僕は舌打ちをして剣を抜く。挟み撃ちにされないためには、一撃で切り抜くほかない。僕は剣を抜き、そいつに奇襲の一撃を加えようとして――そして、止まった。人影はモンスターのものではなかった。
 最初に目に入ったのは、透き通った水色の髪。青空のように澄んだ色に僕は目を奪われる。ひときわ目立つ、額でひそやかにきらめく赤色のクリスタル。クリスタルの下に誰の目から見ても美人と言える整った顔。
 そのとき、どくんと勢いよく心臓が跳ねた。僕はこのカラーの女性の名前を知っている。僕の心の根幹に、彼女の美しい名は深く刻みこまれている。彼女の容姿は思い出からくり抜いたようにあの日のままだ。ブルーの瞳に湛える例えようもなく純粋な光を、僕は絶対に忘れない。
「レメディア!」
 叫ぶと、レメディアは声にはじかれたように動いた。
 僕の声を聞いて彼女は驚愕する。
「ナクトっ?」
 レメディア。憧れの剣士。僕に剣を与え、戦士の心を教えてくれた人。その人が目の前にいた。
 五年ぶりに見たレメディアの姿は、あのころのままだった。変わらず綺麗だった。容姿に不釣合いに大きな剣を腰に吊っているところまで、あの日のままだ。レメディアはあの大剣を苦も無く片手で振り回し、迷宮で迷った僕と羽純を守ってくれた。
「どうしてここにっ……」
 レメディアも驚きを隠せないようだ。
「闘神大会に、ってそんな場合じゃっ!」
『グオオウ!』
 野性に満ちたうなり声が耳に轟いた。しまった。モンスターの大群がすぐそこに迫っていた。モンスター達は互いに目配せをしつつ、僕とレメディアを中心に円状に広がる。取り囲んでしまうつもりだろう。
「レメディア、いっしょに……!?」
 戦おう、とは続けられなかった。ぞくぞくと背筋が震えていた。間近にあるレメディアの眼が、凄みすら感じるオーラを放っていたからだ。
「……大丈夫。下がって」
 レメディアが、かつてと同じ言葉を紡ぐ。答える前に、体が勝手に下がる。僕が下がったのを確認すると、レメディアは中腰になって剣の柄に手をかけた。
「……」
 モンスターの一体がレメディアに飛び掛る。
 その直後だった。ギィィン、と鋭く重厚な音が迷宮に響いた。
「っ!?」
 首筋にびりびりと戦慄が走る。その音は単純な金属音ではなかった。単音が幾百重にも重なって厚みを生み出す、これまで聞いたことも無い音だった。音と共に突風が吹き荒れていて、その風にはなぜか血の匂いが乗っていた。
 かちりと、音がした。
 レメディアの刀身が鞘にはまった音だった。
 ……変だ。抜いてもいない剣をなぜ鞘に収められる?
 レメディアはすべてを終えたと言わんばかりに抜刀の体制を崩している。モンスター達も、時が止まったかのように静止している。
 ふいに変化が訪れた。ドスンと地面が揺れた。レメディアを囲んでいたモンスター全員が床に倒れた音だった。七体のモンスターの上半身と下半身が、衝突のはずみであっさりと分かれた。
 ――死んでいた。
 土に染み込みきらぬモンスターの血が川を作っている。その川はレメディアの足元で収束していた。夥しい血痕の中央でレメディアは静かに佇んでいる。白い服には一滴の返り血が飛び散っている。……なぜか、綺麗だと思った。

「すごい……」
 僕はレメディアに見とれていた。レメディアはかつてのレベルを完全に超越していた。動きが完璧に見えなかった。動いたことすらわからなかった。
「ナクト……なのね」
 レメディアが振り返り、僕の名前を呼んだ。声で僕は我に帰る。
「こんなに、大きくなって……」
 レメディアの周囲の空気が弛緩したように思えた。白い頬が緩んでいるように見えた。再開に喜んでくれている。レメディアは僕を覚えていたようだ。そのことを、たまらなく嬉しく思えた。
 でも、それはつかの間のことだった。
「……っ」
 レメディアは言葉を途中で切って僕から視線を逸らした。何かに耐えるように。顔を落としており、影に隠れて表情が見えない。
 沈黙の間の後、レメディアはもう一度顔を上げた。レメディアの顔がたいまつでぽうっと照らされる。その表情は、氷のように無感情なものに戻っていた。今のレメディアからは、逃げ出したくなるほど圧迫感を感じる。その圧迫感はさきほどの戦闘の時の比ではないように思える。
 周囲の空気が冷えていくのが肌で感じられる。背筋が凍りそうだ。僕はレメディアに近寄れない。声すら出せない。
「ナクト」
 レメディアはもう一度僕の名を呼び、続けて何かの言葉を口に出そうとして、止める。きり、と小さな音がレメディアの顔のあたりから聞こえる。歯を噛み締める音だろうか。
 そして、レメディアは言葉を発することをやめた。
 剣を鞘からすっと抜くと、流れるような動作で僕に向ける。
「レメ、ディア……?」
 僕はレメディアの意思を図ろうと視線を合わせる。
 剣を向けるということは、明確な意思を向けることと同じだ。意思が敵意なら僕は即座に死んでいただろう。しかし敵意ではなかった。瞳から代わりに伝わってくるのは、圧倒的な拒否の意思。レメディアの眼は他人との関わりを絶とうとする者の眼だった。
 長い沈黙の時の後、レメディアはふたたび口を開いた。
「闘神大会に、出場、しているの?」
 レメディアは文節を区切って、余計な感情を交えないようにしていた。有無を言わさぬ口調だった。僕はなにかに導かれたように、こくりと頷く。
 するとレメディアは悲しそうに首を振った。
「棄権して」
「……え?」
「闘神大会に、優勝してはいけない。闘神に、なってはいけない。絶対に」
 それだけ言うと、彼女は僕に背を向けた。洞窟の深部に向かって、こつこつと歩いていく。
 僕は知っている。彼女がそんな風に口を聞くときは、何かを隠している時だと。
 レメディアを追って洞窟の坂を下る。ホールのように大きく開いた部屋に着いた。壁に出口は無いが、部屋の中央に奇妙な装飾の施された扉がぽつんと置かれている。あれは召還ドアだ。異世界、時や次元を超えた世界に繋がっていると噂される扉。レメディアがその前に立つと、扉は開け放たれた。きらきらと光る虹色の膜が内と外の境目に張られていた。レメディアは躊躇無くその中に入ろうとする。
「レメディア! 待って!」
「……」
 僕の叫びに反応し、レメディアは一瞬だけ立ち止まる。でも一瞬だけだった。レメディアは振り返らなかった。僕の声を振り切って歩みを再開し扉のむこう側、虹の輝きの中へと消えていった。
「っ!」
 追わなければならない。わけを聞かなければならない。でも僕がたどり着く前に扉は無情に閉じてしまう。慌てて取り付いてノブを回しても、びくとも動かない。
 ――取り残された。
 
「……なんで……」
 僕は呆然と呟く。答えは返ってこない。
 扉の前で、疑問が次々と浮かんでくる。レメディアは何をしている。なぜ闘神都市にいて、なぜ優勝するななどと言う。いくつもの可能性を思いつくが、どれも根拠に乏しく確信には至らない。
(なら僕は――どうすればいい)
 それさえも答えはない。袋小路の奥で僕は我を忘れて立ち尽くす。レメディアの去っていった宝石の扉は、僕の前で悠然と聳え立っていて、何も教えてはくれなかった。

 数分が過ぎただろうか。
 やがて僕は振り返る。扉に背を向けて再び迷宮の深部へと向かう。
「……レメディア」
 考えた結果、今僕に残された選択肢は二つだけだ。レメディアの忠告に従い、すべてを諦めて村に帰るか。それともレメディアの言葉の意味を知るために、この都市に留まるか。答えは決まっている。
 レメディアがあんな悲しそうな表情をする理由を僕は知りたかった。そして願わくば、もう一度笑ってほしかった。



[30009] 4話
Name: 六本◆de35b85d ID:0918cfc4
Date: 2011/10/06 21:57
 闘神都市の裏路地は、昼もなお不気味に薄暗い。
 ルミーナに頼まれたおみやげを買うためとはいえ、あまり長居はしたくない場所だ。僕は周囲に気を配りながら、足早に路地を歩いていく。と、更に奥まった家々の隙間から、はっきりとした乱暴な声が漏れてきた。
「おう、ガンつけてんのかぁ!?」
 僕は反射的に剣に手をかけつつ、声の方向に目をやる。するとそこにいたのは、三人組の男たち。手にナイフと棍棒を持ち、服装も眼つきも荒れていて、みるからに裏路地の強盗だ。そして彼らと相対しているのが、二人の女の子。
「はううぅ、そ、そうじゃないんだす~。こ、この子は~」
 手をばたばたと上下に振りながら言い訳する、腰の低い女の子。服装はひとことで言うとメイドだ。セミロングの髪の毛のてっぺんに純白のラインプリムをつけて、黒と白のふりふりのロングスカートを履いている。うわ、ほんとにメイドさんだ。さすが闘神都市だなあ。
「……」
 もう一人は、フードを奥深く被り、風に揺らぐ大きなマントを羽織った細身の人。顔も体型も伺えないけど、動作はなめらかで隙は無い。僕はなんとなく不気味なぬめりを背中に感じる。なぜだろうと考えてすぐに結論に至る。動きが画一的すぎるのだ。ふつう人間は、いやモンスターもだが、生命の脈を打つものは不確定なところがある。息をしている生物である以上なんらかのぶれがあるのだ。この人にはそれがない、まるで人形みたいだ。
「あんたにゃ聞いてねーんだよ嬢ちゃん」
「とにかくうちのジムショに来てもらおうか」
 女の子達に近寄るちんぴら。そして僕は思案する。関わるべきか、それとも逃げるべきか。ルミーナに鍛えてもらった僕は、闘神大会の優勝候補のような連中ならともかく、そこいらのちんぴらならば相手にできる自信はある。でも油断大敵とも言う。伝説の魔神のような結界なんか持ってないから、斬られれば死ぬんだ。
 だからなるべくこっそりと、斬られなさそうな手段で助けることにした。僕は臆病だから、奇襲が戦いの基本なのだ。
 僕は剣のさやを腰から外して左手に持つと、ちんぴら達の死角からゆっくりと近づいていく。
「はっ!」
 あと三歩のところで僕は行動を起こした。いちばん背の高い奴を背後から思いっきり叩いた。剣は抜かず、鞘のままだ。理由はみっつで、抜くと音がする、返り血を浴びたくない、殺して恨みを買いたくない。要するにぜんぶ臆病者の理屈である。ぼかり、という暴力的な音と同時に、ちんぴらは前のめりにどうと倒れる。僕の最初の一撃は十分な手応えがあった。気絶したとみていいだろう。
「な、なんだあっ!?」
「や!」
 そして次に近くにいた男を、振り向いた瞬間に横殴りに叩きのめす。ごぎ、と鈍いイヤな音がした。僕は両手に力を込めて、全力で鞘を振りぬく。男は数メートル吹っ飛び、がらがらがっしゃん、と豪快な音を立ててゴミ捨て場に突っ込んでいった。
「あぶないだっ!」
「死ねやああっ!」
 怯えた声に、僕は振り向く。最後の男が棍棒を振り上げ、いままさに僕を叩こうとしていた。早い、避けられない。僕は覚悟して身を固める。幸い鎧は着込んでいるから、棍棒の一撃程度なら致命傷にはならない。耐えて反撃に転じるんだ。
 だけどその覚悟は、マントの女の子の一言でかき消された。
「スノー」
 路地裏のこもった空気が一瞬静寂に包まれ、音のすべてがマントの中に吸い込まれたように思えた。明らかに超常的な現象だった。その異常さを僕が認識した瞬間、マントの中から美しい旋律が漏れ出た。女性の声、魔法の詠唱だ。
「レーザー」
 最後の音節と同時に、マントの女の子の指から三条のからみあう光線が射出された。光と音。ぎらぎらと輝くブルーの光線が円形の輪を残像のように何重にも残して、一直線に男に向かってほとばしった。可聴域の天井をがりがりと削るような凄まじい音が僕の耳をつんざいた。
「……な」
 光が男に衝突した瞬間、ごう、と恐れを感じさせる魔力の振動が僕の全身を貫く。
 そして、僕の目の前に男の氷像ができあがっていた。表情は僕に襲いかかろうとしたときのままだ。
 僕は呆然とする。氷像から漂うひやりとした冷気が肌を突き刺す。
「だ、だだだ大丈夫だすかっ!?」
 と、メイド服の女の子が僕にてとてとと駆け寄ってくる。路地裏の暗さもさることながら、前髪を深く下ろしていて瞳は見えないけど、頬と口元からして本当に心配そうだ。僕は鞘を腰に納めて答える。
「うん、大丈夫だよ。……それにしても、すごかったね」
 僕はマントの女の子を見てつぶやく。助けなんか最初からいらなかったようだ。この人は強い。スノーレーザーといえば相当なレベルの魔法使いにしかコントロール出来ない高度な魔法だ。それをこともなげに詠唱する実力とは。
「そんなことなかとです! ほんま、ありがとうごぜえますだ」
 メイドの子がぺこぺこと頭を下げる。
「う、うん」
 僕はすごい方言に面食らいつつ、興味本位で尋ねた。
「それより、あの人の名前は? すごい魔法使いなんだね」
「あ……」
 メイドの子は困ったように口を閉じて僕の顔を見上げると動作を止めた。何度か顔を左右にきょろきょろと振り考える仕草を見せるが、やがて意を決したのか、顔を上げて言った。
「ほ、ほんとは秘密なんだすけど……恩人に隠し事はいけねえです」
「いや、無理なら」
「いえっ! 知っていただくだ! わたすの名前はスエ・オサンドンだす。そして」
 スエと名乗った女の子は、ちょっと背伸びをしてマントの子の頭に手をやる。すると顔を覆っていたフードがふぁさりと取れて、その子の顔があらわになった。きりっとした目。レメディアとはまた違った、深い色の青く長い髪。そして無機質な、生命を感じさせない瞳と、土気色をした肌。
 僕の驚いた様子を見て、スエは言った。
「この子は人間じゃなくて、わたすの作ったゴーレムです」
 ゴーレム。人の作った泥人形だとスエは説明した。僕はにわかには信じられなかったが、間近で見ると土の鈍い輝きをした瞳が照り帰っていて、それでようやく理解した。この子は人間ではない。スエは口の前で両手を合わせると、愛しいものに語りかけるようにつぶやいた。
「名前は、みんなには、魔法一号と呼ばれとっとですが」
 そこで言葉を切る。そして、狭い路地裏に、なんとなく誇りが伝わる声が響いた。
「この子の本当の名前はプルマ・エトシバ。わたすの故郷に伝わる、悲しい悲しい伝説の魔法使い……そのレプリカなのです」
 びゅおうと風が吹いた。プルマと呼ばれた女の子、いや人形は、青く長い髪を悠然と風に流しながら、重い瞳で無表情に僕を見つめていた。


 宿屋のロビーに帰った僕は考える。
 魔法一号、真の名前をプルマ・エトシバ。スノーレーザーを使いこなす高レベルの魔法使い……の、泥人形。人形にも関わらず、あの魔法の威力はすごかった。相手がちんぴらとはいえ一瞬で人間を凍らせてしまうなんてダンジョンのモンスターとは比べ物にならない魔力だ。ということは、僕だってかちんかちんに凍らせられてしまうだろう。
 あの後名乗った僕に対し、スエは頭をかかえて『ああ~、絶対に、絶対に内緒にしてけろ~!』と困っていた様子だった。対戦相手に知られたからではなくて、出場者が人間ではないと知られたら出場停止になるのではないかという心配のようだった。ドラゴンやら宇宙帝王やらが出場してるらしいぐらいだから、べつにまったく心配はいらないと思うんだけど。
 で、困ったのは僕だ。どうしよう。正直あのレーザーを受けて生き残れる自信がない。
「うーん」
「どうしましたしょうねん」
 と、いつもどおりぽやぽやしたナミールが話しかけてきた。探索を終えて帰ってきたらしく、冒険の服装のままだ。腰にポーチ、手には長い杖。
 そうだ、ナミールも魔法使いなのだ。それもルミーナの話を伺うに、かなりの高レベルの。
「ナミール、相談があるんだけど」
「……チェリー卒業のおねがいならわがいもうとでがまんしなさい」
 いきなり妹の貞操を明け渡した。いや、そういえば3回戦に勝てばそのとおりになるのか……。
 と思考があぶない方向に行きかけたところで、僕はぶんぶんと首を横に振る。考えちゃダメだ。
 だってこの二人、すごい美人でスタイルもよくて、そういうことを意識しだすと、僕は正直プレッシャーで戦える自信がない。
「ま、魔法使いへの質問なんだけど」
「ほう」
 えらそうに腕を組むナミールに、僕はさきほどのできごとを説明する。魔法一号さんのスノーレーザーのくだりのあたりで、ナミールはぴくぴくと眉毛を動かしていた。魔法使いとしてやっぱり気になるのかなあ。
 僕が話し終えるとナミールはしばらく腕を組んだり、机に難しい計算式を書いたり、魔法の威力を根掘り葉掘り聞いてきたりしていたけど、その表情は終始暗そうだった。
 やがてナミールは立ち上がって言った。
「はなしはわかりました……マルデさん、ほーたい」
「はいよ、50ゴールドね」
「つけで」
 すごいコンビネーションで一瞬で白い円柱が飛んでくる。ナミールはそれを器用にも後ろ手で受け取ると、無言で杖に包帯をまきまきと巻き始めた。待つ。待つ。……まだ巻いてる。ぺたぺたと張り合わされていく包帯が、杖に沿って棒を白い何かに変えていく。ナミールは無表情のままものすごい速度で包帯を巻いていく。
 って、いきなり何を何を作っているんだろうか。
「ユー・ザ・ヘタレのための練習用です」
 僕が聞くと、ナミールは眼を僕に向けないまま答えた。
「意味がわからないから」
 ナミールはちょっとむっとした。ルミーナに比べ、この双子の姉の感情表現はとてつもなくわかりにくい。今もほんの少し鼻を上に向け、僕に視線を向けただけだ。でも僕は学んでいる。この動作は機嫌が悪くなった証拠だ。なにを言ってるんだこのアホは、とでも言いたげだ。
 ナミールは言った。
「この世界に意味のある行為など、一パーセント程度しか存在しないのですよ」
「じゃあそれ、特に意味はないんだね」
「あります。意味もなくこんな面倒なことをするのはただのアホです。本当にどうしようもないアホですねナクトは」
 やっぱりアホ呼ばわりされた。
 ナミールの不思議な雰囲気のせいか、怒る気はしないけどとにかくさっぱりだ。
「で、結局なにしてるのさ」
「アホのナクトには説明してもムダなのでいいません」
 なぜか拗ねてる。つーんとそっぽを向いて、鼻からふうとため息をつく。その間も作業は止めない。
 橫顏のナミールは、そんな仕草をしててもすごく画になるんだけど、さりとてこうなると取り付く島もない。
 結局、僕は諦めてマルデさんの美味しい夕食を堪能することにした。

 翌朝のこと。
 カテナイ亭で朝食を食べたあと、僕とルミーナはナミールに連れられて街はずれの林にやってきていた。ちゅんちゅんと泣くすずめ、緑の匂い、葉と葉の間から漏れる心地よい朝の日差し。いつもは訓練の時間に当ててる良い時間帯だけど、ナミールは今日に限って理由もいわず僕らを強引に引っ張ってきた。
 僕とルミーナは顔を見合わせて意思疎通をはかる。
 ――なに?
 ――逃げたほうがいいみたい。
 ――なにそれ!?
 ――わかんないけど、今日のお姉ちゃんヤバいって、目が!
 そんなこと言われたって逃げ出せるわけがない。
 ナミールは僕とルミーナと距離を取る。そして昨日作っていた包帯まきまきの杖を取り出して言った。
「ぽやぽや……これから、ひみつとっくんです」
「え゛」
 ルミーナがものすごく嫌そうに顔をゆがめた。どのぐらい嫌そうかと言うと、僕がピーマンを皿の上に出されたときの十倍は嫌そうだった。
「な、なんでボクも一緒なの?」
「お手本を見せてあげなさい」
「なんのさ」
「魔法抵抗」
 ルミーナが顔を青ざめさせた。怯えたように全身を震わせ、一歩一歩後ずさっていく。
「お、お姉ちゃん? あの、今は大会中だからね?」
「さてナクト」
 ナミールはおびえるルミーナを無視して杖の先端を僕に向けた。ナミールは言う。
「ナクトの相手は強力な魔法使いです。遠距離からの魔法で倒れてしまうようでは話になりません。一撃。一撃だけしのぎなさい。よけるか耐えるかして、とにかく近づく。そのための特訓です」
 筋は通っている。でも、じゃあそのための特訓てなんだろう。
「これからこの世界一偉大な魔法使いが魔法を撃ちます。ぼぼーんと。抵抗しなさい」
「ええーっ!?」
 それ訓練かな。訓練と言うかただの攻撃なんじゃ。
「お、お姉ちゃん。じゃ、じゃ、じゃあボクは帰っていいよね?」
「あなたもです。復習しなさい」
「っ!」
 ルミーナがばっと走りだすが、1歩目でびったんとこける。足元に視線をやると、草が結ばれていた。
 どうもナミールが用意周到に罠を張り巡らせていたらしい。それともこういう魔法だろうか?
「や、やだっ、やだっ! お姉ちゃん、なんとかなるよ! そんなことしなくたって!」
「ルミーナ」
 ぴたり、と、杖の先端がルミーナの眼前で止まった。ルミーナの動きが止まる。ナミールは真剣な面持ちでルミーナを見つめている。杖の先端からゆらゆらと揺らめくオーラが、ナミールの言葉の度に揺れて、そのたびに心が直接揺さぶられるような感覚がした。普段のおちゃらけた雰囲気とは全然違う、張り詰めた空気が周囲を緊張させていた。
 僕は知っている。これは魔力の高まりだ。感覚が昨日の泥人形のそれに酷似している。
「あなたもわかっているはずです。これしか手段はないのです」
 ナミールは言った。
「ナクトが十年も二十年かけてじっくりと鍛えていくつもりだ、というのなら、のんびりと迷宮を潜ってレベルを上げるなり、魔法の鎧を見つけるなりすればよいでしょう。それが正道です。でもあなたとナクトの生きる世界は、闘神大会というものは、そんな悠長な成長を待ってはくれないのです」
 ナミールは続けた。瞳が僕とルミーナを交互に捉えていた。瞳が発する光の鋭さに、僕はナミールが真剣に、僕達のために言っていることを心の底で理解した。
「だから、きけんなほーほーでみつけます」
 ナミールが言った。
 確かに。大会は一ヶ月にも満たない期間で、そのうえプルマとの対戦はもう明後日に迫っているのだ。
 その程度の期間で大会の優勝を勝ち取るほどに強くなるためには、危険もいとわぬ特訓が必要なのだろう。
「……わかった。なんとか、抵抗してみせるよ。最初はうまくいかないかもしれないけど」
「ばかたり」
 すごいナチュラルに怒られた。
「ええっ、違うの!?」
「あなたは少し勘違いしているもよう」
 くい、と杖を振ってナミールは言う。相変わらずの棒読み口調だ。
「才能の限界が今のあなたではないことを見せる、できるのはそれだけです。ナクトよ、身体の奥底に眠るものを引きずり出しなさい。生き残るためにはどうすればよいかを、あなたは知っているはずです。あなたにはきっと眠っている才能があるはずなのです。戦士としての体力、抵抗力、あるいはほかの何かまだ見ぬ才能を。知らないならば死に物狂いで思い出しなさい。そして、それができなければ」
 ナミールはぶつぶつと呟くと、無機質な声で言った。
「――ここで死ね」
 そしてナミールは詠唱を開始する。背筋にぞくりと冷ややかなものが走る。
 なんだ、これ。これがナミールの本気なのか。杖の先端に漂っていたオーラはいまやその根源をナミールの全身に移し、彼女の服から紫色のオーラでゆらゆらと揺れていた。ナミールの足元の草がざわめき、風もないのに揺れ、最も近い葉は何やら赤くなっていた。いや、違う。燃えている。ナミールの魔力で草が燃えている。それの瞬間、僕は肌で彼女の魔力の熱を感じた。
「だ、だめだよっ!? 死ぬよ、本当に死んじゃうよっ?」
 ルミーナもものすごく真剣な顔をしていた。魔法を使うモンスターもなかにはいた。確かによけにくいし厄介だけど、剣や斧で切られることにくらべれば威力はそうでもないし怖くも無い。でも今のナミールは、そんな奴らとはケタが違う。
「に、逃げようよ! お姉ちゃんて手加減できないタイプなんだから! 性格がじゃなくて、いや性格もだけど、魔法の才能的にっ」
 ルミーナは倒れこんだままがたがたと震えていた。本気でおびえているようだ。僕はおびえるどころじゃなくて、というかルミーナで危ないなら僕だと即死だ。
「ナミール! ちょ、ちょっと待―ー!」
 僕はナミールを止め――ようとしたところで、全身が総毛立った。生存本能が全開で警告を発していた。ナミールがぶつぶつと何やらつぶやく音が不吉に響いて、それが終わった。僕はとっさに横っ飛びする。ルミーナがほんの少し遅れて反応し、逆方向に転がる。
 だがどっちにしろ遅すぎた。無邪気で無慈悲な言霊が背後から聞こえてきた。
「しね、ひばくはー」
 ずばどぼーんと、遠いところで爆発音がした。実際は近かったのだろう。その証拠に僕は全身に熱気と痛みを感じ、それと同時に5メートルほどぶっ飛んでいた。
「ぐっはあああぁぁああああ!?」
 全身がとんでもなく熱くて痛い。痛いというレベルではない。ごろごろと転がって火を消す。きっと今僕はすごい涙目になっている。
 でも、動ける。
 ごろごろと身体を振って、なんとか身を起こす。振り返る。そこにはナミールがいた。ナミールは包帯の杖を僕たちに向けて満足げに頷いていた。
「わはははは。実験は成功ー、なのです」
「ひどい! お姉ちゃんひどいー!」
 ルミーナが言った。ルミーナはさすがに肌は無事なものの、服はところどころ焼け焦げていて、まるで火事で焼きだされたネコみたいな格好をしていた。というか普段でさえものすごく露出の多い格好なのに胸の布地が焦げ落ちているため、とても目のやり場にこまる。
「愛のむちですよ?」
「でもさっき死ねって言った! ぜったい言った!」
 うん、僕も聞いた。
「それは単なるこころがまえです。包帯で魔力を抑えましたし、手加減できるとしんじてました」
 なるほど、包帯はそのためか。それに心構えだったのか。なら安心だなあ。
 ――ちょっと待った。それはやっぱり殺意じゃなかろうか。
「しょうねんよ、深く考えてはだめなこともありますよ? 世の中には裏と表しかないわけではありません。どちらかが本当だ、それでいいじゃありませんか。白黒つけてとくなことはあまりないのです」
「ごまかされないから」
「ちっ」
 ナミールは舌打ちをしたけど、ぜんぜん困ったふうには見えなかった。というかとても嬉しそうだった。それはきっと、僕がナミールの絶望的な試験に合格したことだと考えていいのだろう。その証拠にナミールの口元はほんの少しの笑みを浮かべていて、そして、その唇が『よかった』の形になっていたからだ。
「さあ、つづけましょう」
 うれしそうな表情のまま、ナミールは言った。
「あなたは才能をみせました。あとは、それをきたえるだけです」
 そしてナミールは杖をもう一度僕に向けた。それからは、地獄だった。
 
 三十七回の火爆破と仕上げのファイアーレーザーを受け、僕は明らかに生命の臨界を迎えていた。
 服はずたぼろだし世色癌じゃ済まない傷がしだいに増えていてひたすらに痛む。要するに死にかけなのだ。
 あと一撃まともにもらえば確実に死ぬ、そう確信した所でナミールはやっと訓練を切り上げてくれた。焦げ焦げになった草原に仰向けに倒れこむ。動く気力がまったくない。今生きていることが不思議なくらいなのだ。
「よくいきのこりましたねえ。なでなで」
 ナミールは相変わらずの無表情で倒れたまんまの僕に近づくと、僕の顔を胸に抱き寄せて頭をなでなでしてきた。
「うあ」
 とても恥ずかしいけどナミールは気にした様子もない。本当に嬉しそうだ。撫でる手のひらがとても暖かくて、母さんを思い出させて、とても先ほどの魔力の嵐を生み出した手とは思えなかった。ナミールは膝に僕の頭をちょこんと乗せると、頭のてっぺんを撫で続ける。
「よしよし」
「……むー」
「おや、ルミーナもしてほしいですか」
「い、いらないよっ!?」
 言葉とは裏腹に凄く羨ましそうだった。たしかに。凄く気持ちいい。安心が頭から伝わって、とても癒される。ナミールは僕の傷の痛みが引くまで、ずうっとそうしてくれていた。パートナーとして僕を認めたからか、あるいは単なる母性なのか。どっちにしても、僕は心地よい痛さを感じながら、眠りに落ちていった。
 
 
 そして、その夜のこと。
 恒例の闘神ダイジェストの時間だ。僕とルミーナ、ナミールは夕食を終えると3人で部屋に集まり、番組を見るために待機していた。
「たっのしみだねー」
 布団に寝そべるルミーナのパジャマは紫色のひらひらがいっぱい付いたエキゾチックなパジャマを着ていて、普段着よりもよほど重装備なように見える。
「夜食もすんごい美味しいし! 闘神都市もうサイコーだよねっ! もぐもぐ」
 マルデさんが作ったごちそうが机に並んでいた。甘いお菓子とジュースが並んでいる。夕食に5人前食べてまだ食べるつもりなのか。相変わらずのすごさだこの人。
「なんだこのいもーと」
 偉そうに答えたナミールに僕は目をやって、そしてすぐに顔をそらす。下着だった。ピンクのブラウス、それだけ。お腹から下は下着だけだ。大事な部分は隠れてはいるんだけど、毛布と白い布団の間からのぞく太ももが明らかに誘惑的で、僕は正直平静でいる自信がない。
「ぽやぽや……どーてーくんには刺激が強すぎますか」
 明らかにからかってるよこの人。
 僕はふうとため息をつくと、ナミールの挑発にのらないように魔法ビジョンに集中することにした。


『ぱうぱう、こんばんわ! 闘神ダイジェストのお時間だよ!』
『ついに始まった1回戦。最初の試合からして凄まじかったぞ。さっさと解説しよう』
『ぶうぶう、切り裂き君クリちゃんのお仕事取っちゃいやだー!』
『ほう。じゃあ司会やってみろや』
『もっちろん。さあ1回戦はシード・カシマ選手対アウラバトレス選手。シード選手は二刀流なんですけどなんかフツーでどこにでもいそうなつまんない戦士で正直クリちゃん絶対こっちが負けると思ってました』
『てめえもう司会のコメントじゃねえよ!』
『対するアウラバトレス選手はなんかムッキムキーのやっぱり戦士』
『だが武器は持ってねえんだよな』
『さて結果です。アウラバトレス選手、試合開始と同時に宝石を天高くかかげたかと思うと、全長十メートルもあるドラゴンに変身! 切り裂き君、闘神大会ってドラゴンが出てもいいんだね』
『そりゃまあ、ドラゴンだしな』
『ドラゴンすごいの。それでアウラバトレス選手、3秒後にファイアブレスでどぼずばーん! 試合場を消し炭と瓦礫の山にしてしまいました。シード選手も一撃で消し炭になった、かと思われましたが!』
『ここからだな』
『シード選手、なんと無傷! 爆風の中から飛び出てじゃーんぷ、ドラゴンに両手の剣でびしばしびしと切りかかって鱗をえぐる剥ぐブチ破る! アウラバトレス選手の爪の反撃もかわすかわすかわしてまた斬る! ニ十ニ秒で決着がつきました、シード選手の勝利です。ぱふぱふー』
『ドラゴンの炎が通用せんとはな。火炎絶対防御というヤツか』
『一気に優勝候補になっちゃったの。フツーの戦士さんの希望の星だね、シードさん』
『けっ、強いやさ男かよ』
『はいはい次いくよー。イケメン忍者十六夜幻一郎選手と、イケメン剣士フジマ・セイギさんの対決です! きゃーきゃー、どんどんどんどんぱふぱふー!』
『うるせえ。試合はどうだったんだ、試合は!』
『えーと、フジマ・セイギさんが幻一郎選手の一撃で倒れて死んで終わりました。享年17歳、イケメン薄命なの……』
『虚弱ってレベルじゃねーな』
『はい、最後ー! 光の使者さん対ドギ・マギさん。ドギさんが勝ちました。光の使者の正体は女の子モンスターでペットなパルッコさんとその飼い主だったんですけど、じゅーはっさいみまんとのえっちなこと禁止の闘神都市条例により逮捕されちゃいました』
『全裸に首輪はいかがわしいだろうが、モンスターに年齢があるのか』
『はい、では今日はこのへんで。また明日、ばいばーい』


 番組を見終わって、僕はベッドに仰向けに倒れ込んだ。やっぱり闘神大会だ。すごい人ばかりだなあ。しかも、もしルミーナに勝って3回戦に勝ち進んだ場合、僕はこの人達の誰かと戦わなければならないのだ。
「ドラゴンって倒せるものなんだねえ」
「……」
 お気楽そうなルミーナに対して、ナミールはなにやら真剣なぽやぽやした顔で思いなやんでいる。どんな顔だと言われてもとにかくそういう表情なのだ。
 ひょっとして、気にしているのは1試合目の人のことだろうか。あの試合を見てからずっとナミールは考え事をしているようだ。
「火炎絶対防御かあ。僕もそんなのがあればいいのに」
「やめておくことです」
 ナミールがめずらしくぴしゃりと言った。
「人をやめないとそんな能力はもてません。人をやめたら、いろいろ捨てることになりますよ」
「そうなんだ?」
「人を捨てればいろいろ手に入るのです。魔法使いはそういう伝説が多いのですが……ぽやぽや……」
 ナミールはしばらく視線を空中に泳がせていたが、やがて僕と目をあわせて言った。
「ナクト。心配しなくても、あなたには才能があります。あなたはあなたの才能で、強くなりなさい」
 そしてナミールはくすりと微笑む。その仕草は余裕があるけど憎らしくなくて、なんだかとても大人っぽくて、僕は子供の頃に見たレメディアをなんとなく思い出していた。何が似ているかと考えて、僕を見るその瞳の優しさであることに気づいた。
 僕はナミールの言葉に照れ隠しで笑うと、それからこくりと頷く。
 一人前の戦士には程遠いと思うけど、ナミールに認められ、期待されることはとても嬉しく誇らしいことだった。僕は心のなかでこっそりと誓った。明日の探索に、明後日の試合に、そしてこの大会に。すべてに勝って、ナミールとルミーナの期待に応えてみせる。そうしていった先にきっと、レメディアに追いつき、彼女を守ることが可能となるだろう。僕は、ナミールが信じた自分を信じることにした。


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