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[30022] 【DQⅢ】レベル1勇者の救世物語
Name: 祐茂◆4a7d20f2 ID:53690dd9
Date: 2011/10/05 10:03
[前書き]

★内容・注意事項
 本作は『ドラゴンクエストⅢ』の二次創作となります。SFC版を軸に据えて舞台設定しています。
 原作未プレイの方でも普通に読めるように書いてはいますが、やはり原作知識をほんの少しだけでも持っていれば、より楽しめる……はず。

 独自解釈あり。オリジナル設定あり。原作を基準にしつつも、展開や攻略順序を変えたりすっ飛ばしたりすることも間々あります。

 かなりの長編になる予定なので気長にやっていきます。


 では、拙作『レベル1勇者の救世物語』をお楽しみくださいませ。
              (記;10/5)



[30022] Exp1:Lv1ゆうしゃのあるきかた -アリアハン平原- (0~2)
Name: 祐茂◆4a7d20f2 ID:53690dd9
Date: 2011/10/05 10:09
[0]

 陽光に煌めく湖を西に湛え、東に険しい山々が連なるアリアハン平原。
 アリアハン王城にほど近いその場所で、一人の少年が一匹の生き物を前に精神を研ぎ澄ませていた。

 ――敵は強大だ。

 少年は冷静に相手を観察する。
 そいつは人間の顔程度の大きさで、滴り落ちる雫のような奇妙な形をしていた。幼児が青い絵の具で描いた落書きのようなそれだけが全身で、手足となるようなものはない。ただ“つぶら”と言えなくもない目と、弓なりに引き伸ばされた赫い口だけがその身に張り付いている。
 どのような進化を経たのか全く見当もつかず、弾力性のある身体をただもぞもぞと動かしている様子は、まず生物らしい思考を持っているのかすら疑問である。
 いや、生物か否かはこの際関係ない。重要なのは、そいつが人類に仇成す存在……〈魔物〉の一種であるということ。

 ――敵は強大だ。

 それに対峙している少年はというと、いささか心もとない外見と言わざるを得ない。
 年齢に対して体格は悪くはないが、まだまだ発展途上の少年らしい線の細さが見え隠れし、顔立ちにもあどけなさが随所に残っている。くたびれた外套は長年の経験を思わせるよりも、ただ薄汚れた格好をしているという印象しか抱けない。
 しかし、天を貫かんとばかりに逆立てられた黒い髪の下には、悪戯小僧のような不敵な笑みを浮かばせており、魔物を傲然と見下ろすその様は不思議な雰囲気を纏って少年の存在感を際立たせていた。

 ――敵は、強大だ。しかし!

 さわさわと草原を吹き抜ける風に目を細め、少年は心の中で強く念じる。

 大丈夫。大丈夫だ。〈ひのきの棒〉しかなかった前回とは違う。なんせ今回は〈銅の剣〉があるんだからな!

 目の前に構えた切れ味の鈍そうな剣を見て、少年は自信を持った笑みを浮かべる。

 銅の剣で攻撃力の上がった今なら、一撃で相手を降せるはずだ。

「っしゃあ! 行くぜぇっ!」

 気迫を込めるついでにわざわざ相手に宣言し、吶喊。
 魔物に肉薄するやいなや、少年は全力を込めて剣を振り下ろした!

 ――ミス! まものにダメージを与えられない!

「……へっ?」

 なぜか敵を切り裂いた感触がなく、少年は茫然と自分の手の平を見る。だが、そこに握られていたはずの銅の剣がない。
 辺りを見渡すと、少し離れたところに深々と地に突き刺さった剣がある。どうやら振りかぶる途中ですっぽ抜けてしまったらしい。

「ふ、ふふふ……。なかなかやるじゃないか、貴様……!」

 空手を振りかぶった間抜けな態勢のまま不気味に笑う少年。
 ちなみに魔物は最初から一歩も動いていない。というか鼻もないのに器用に鼻提灯(?)を膨らませて寝ていた。完全に少年を脅威とみなしていない様子だ。普通の野兎を相手にしてもここまで油断しないだろうと思えるほど無防備だった。

 少年の口上は続いていた。

「こうなっては俺の必殺技を見せねばなるまい!」

 しかし まもの は ねむっている!

「ふふふ……この技を受けてなお俺の前に立ちふさがったやつはいない……」

 しかし まもの は ねむっている!

「我が技をその身に受けられること、光栄に思うがいい」

 しかし まもの は ねむっている!

「さあ、刮目せよ!」

 しかし まもの は ねむっている!

 そして少年が取った行動とは――――

「ふっははははは! これぞ勇者のみが使える究極奥義〈逃げる〉だ! また会おう、魔物よ!」

 熟睡している“世界最弱”の魔物・スライムから、人類の希望である〈勇者〉リドルは背を向けて逃げ出した。
 後には馬鹿馬鹿しい高笑いの残響と、全身をコロンとさせて寝返りを打つスライムだけが残された…………。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そもそもがおかしい話だったのだ。

 齢十六にして〈勇者〉の少年・リドルは考える。
 そのことに対して最初に思い知らされたのは…………そう、あれは父オルテガがまだ行方をくらます前のことだ。

 当時六歳のリドルは、オルテガに連れられて魔物相手に実戦を繰り返していた。
 実戦とはいっても傍に熟練の〈勇者〉である父がついているために危険は少なく、言うなれば単なる〈経験値〉稼ぎだった。たとえ本人の攻撃が全然当たらなくとも――極論を言えばただ自分の身を守っているだけでも――パーティを組んだ者が魔物を倒せば経験値はいくらか入ってくる。そのシステムを逆手にとった鍛練方法だ。(こうして一流冒険者に寄生する形で子供に経験を積ませるのは決して珍しいことではない。花形冒険者になるための英才教育の一環とも言える)

 そんなわけでリドルを早く一人前の〈勇者〉にすべく、もう何か月もアリアハン平原で経験値稼ぎをしている父子だったが、不思議なことが一つあった。

 リドルに、〈レベル〉が上がった様子が一向に見られないのだ。

 〈レベル〉。そして〈経験値〉。

 これらは〈職業〉を司る神・ダーマによって管理されているもので、単純に魔物を倒すなどの〈経験〉を積むことにより〈レベル〉が上昇し、ダーマ神の加護が与えられることによって、その人物の能力が上昇する仕組みだと思えばいい。
 レベルアップするための必要経験値量は〈職業〉によって違い、また同職業同士で比べても才能の差などによって異なりを見せる。実際、勇者という職業は最も成長が遅く、そして剣の扱いなどを鑑みるとリドルは才能に乏しいようだった。だが、それらの差は熟練と呼べるまで育った場合にようやく目に見えて分かるものであって、低レベル帯では必要経験値の違いなんて誤差程度のもののはずだった。

 いくら魔物が弱く、少ない経験値しか手に入らないアリアハン平原とはいえ、数ヶ月間も通い詰めてひとつもレベルが上がらないのはおかしい。オルテガの感覚ではレベルが5以上になってもおかしくないほどの経験を積んでいた。
 しかし、当の息子には成長の兆しが欠片も見当たらない。それどころか未だに、手に持った小さな木剣を敵にろくすっぽ当てることもできない有様だった。

 もしややり方がなにか間違っていたのではないか。息子に経験値が入っていないのではないか。

 そう考えたオルテガはある日、リドルの経験値を計測することに決めた。

 ダーマ神を崇める世界的な宗教・ダーマ教から洗礼を受けた者は、目の前にいる者が今までどれだけの経験を積み、あとどのくらいの経験を積めばレベルアップするのかがわかる。
 そして、オルテガ親子の住むアリアハンの国王も、そんな〈経験値〉を見極められる者のひとりだった。

 オルテガがまだ幼いリドルをわざわざ王城に連れてきたのは、経験値を見てもらうこともあったが、おそらく次代の勇者を国王に顔見せすることも兼ねていたのだろう。
 謁見の間、玉座の上で勇者親子を出迎えたアリアハン国王の態度は柔らかなものだった。

「おお、勇者オルテガよ。久しいな、元気にしておったか?」
「はい。国王陛下もご機嫌麗しゅう――」

 父が挨拶を交わしている横で、リドルは落ち着きなく辺りを見回していた。謁見の間は数年前に魔物の大規模侵攻があったとは思えないほど豪華絢爛で、普段は城下町の一角で普通の庶民の生活を送っているリドルにとっては、『きらびやかですごい部屋だ』と思うよりもまず『自分は場違いじゃないだろうか』という認識だった。貴族のものとは比べるのもおこがましいような平服のままに、王と平然と会話する父の姿がやたらと大きく見えた。
 そうしていると、ふと王の傍に控えていたひげもじゃの大臣と目が合い、リドルは慌てて目を伏せた。なんだか値踏みされているような目を向けられていた気がして、少し怖かった。

「――ル? リドル!」

 父に呼ばれ、リドルは反射的に顔を上げる。すると目の前に国王の顔があるではないか。
 びっくりして身を固まらせたリドルをあやすようにして、王は微笑みを浮かべる。強面で厳しい表情ばかりのオルテガを見慣れていたリドルにとって、王のそれはごく優しい神様のような笑顔に見えた。

 力が幾分か抜けたリドルを見つめ、王はゆっくりと、そして優しくも厳かに告げた。

「幼き勇者リドルよ。今からそなたの〈経験〉を読み取る。……なに、何も怖いことはない。ただじっとしておればすぐに終わるゆえ、大人しくするのだぞ」

 リドルは素直に頷く。もしかしたら父と対面するときよりもリラックスしているのかもしれなかった。その様子に父であるオルテガはどことなく不満そうにしていたが。

 そして王はリドルの頭に触れるか触れないかの位置に手を翳し、これまでの〈経験値〉と次のステップへの〈必要経験値〉を無事に読み取ることに成功し――――アリアハン国王は笑みを固まらせた。

「……陛下? どうかなされましたか」

 訝しむオルテガに、王はしどろもどろに答えた。

「う、うむ、まあ、こういうこともあろうな……」
「と、仰いますと……?」

 王は柔和だった表情を真剣なものに変え、気を取り直すようにオルテガに訊ね返した。

「念のため訊くが、この子のレベルが上がった様子は一度もないのだな?」
「ええ。レベルが低い時期はたったひとつレベルが上がるだけでも動きが見違えるようになりますし、いくら子供でも自分で分かるはずです」

 レベルが上がると脳裡に祝福のファンファーレが鳴り響く――などという滑稽なことは起こらないが、感覚的にレベルが上がったということはまず間違いなく認識することができる。

「そうか……ということはまだレベル1……。これはレベル2になるのに必要な経験値ということか」
「陛下……? ……一体、我が息子はあとどれくらいの経験を積めばよいと出たのですか?」

 オルテガもさすがに不安になって来たらしく、顔を曇らせて王を伺う。
 王は勇者親子を交互に見つめ、そして胸の奥から絞り出すようにして呟いた。

「百……」
「百? あれだけ闘ったというのに、まだあと百も必要ですか。とんでもない晩成型だ……。しかしまあ、これでようやく目処が付きました。一か月以内にはレベルが上がりましょう。レベルの上りが遅い分、一気に成長すれば良いのですが」
「違う、そうではない」

 王は背を向け、再び玉座に腰かける。そしてオルテガを見下ろながら口を開いた。

「――百万だ」
「…………はっ?」

 思わず声を裏返して聞き返すオルテガ。
 王はその無礼を咎めることもなく、もう一度、聞き間違えなどないように丁寧に言った。

「そなたの息子が次のレベルに成長するには、あと百万もの経験値を手に入れねばならん、と言っておる。正確には、残り999021の経験値だがな」

 言い直された数値はなんの気休めにもならない。

「……失礼ながら。誤って、私の現在までに積んだ経験値を読み取ってしまったのでは?」

 そう言うオルテガだったが、歴戦の勇者である彼でさえ、その半数にようやく手が届くか、といった程度の経験値しかない。アリアハン周辺の雑魚とは比べ物にならない、凶悪な魔物と幾度も死闘を繰り広げてようやく“それ”である。百万などという数字がいかに馬鹿げたものであるか、推察できるだろう。
 そしてやはり、王は黙って首を横に振ったのだった。

 勇者リドル。
 レベル1。

 次のレベルまでに必要な経験値――――百万。

 それは、永遠にレベル1のままであることを約束されたようなものだった。
 息子も今はこんな体たらくだが、レベルが上がれば剣の腕もまともになるであろう、きっと一気に化けるのだろう。そう考えていたオルテガの胸を襲ったのは、果たしてどのような感情だったのだろうか。

 ただ、幼いリドルの目には、いつも厳しかった父の目に暗い闇が浮かんだのがわかった。にこやかだった王もまた、なんとも言いがたい表情で押し黙っていた。
 話の具体的な内容が理解できなくとも、子供ながらに空気は読める。自分のせいで二人が落ち込んでいると気付いたリドルは、おろおろと周囲を見回すしかなかった。

 期待されていたのは知っている。
 父は厳しくも丁寧に冒険の心構えを説き、戦い方を教えてくれた。
 それらは全てリドルを一人前の勇者にするためだ。
 いつか、父と共に魔王を打倒するために。

 だから――――まさか、父からこんな言葉が飛び出すなんて、夢にも思っていなかった。

「お前は……勇者になるべきではなかったかもしれん」

 喉の奥から絞り出された声は、幼いリドルの心を深く抉った。

 手を取って剣の振り方を教わったこと――
 ろくに敵を倒せない自分を厳しい眼差しで見据えていたこと――
 初めて一人で魔物を倒すことができたときに不器用な言葉で褒めてくれたこと――
 小動物の狩猟だけは器用にこなす自分を苦笑しながら見ていたこと――
 初めて野外で作った料理が馬鹿みたいに不味くて、それでも残さず食べてくれたこと――
 口癖のように、一人前の勇者になれと言われ続けていたこと――――

 それまで親子が培ってきたすべてを否定された気分だった。
 勇者オルテガと国王の会話は続いていたが、リドルの耳に内容は入って来なかった。
 ただただ父の言葉が悲しくて、わけがわからなくて、ひたすらに涙を堪えて固まっていた。



 王とオルテガの間にどんなやり取りがあったのか、数日後、オルテガはアリアハンを旅立った。単身、〈魔王バラモス〉討伐の旅に向かったのだ。
 ――そしてその約三年後。彼が活火山の火口に魔物と共に落ちたとの報告が上がることとなる。
 それ以来、勇者オルテガの行方はようとして知れない。まず間違いなく、彼は灼熱のマグマに焼かれて死したのだろうと誰もが噂した。



 もしも自分が真の勇者の才能を持っていれば。
 もしも自分が父と肩を並べるまで成長できたなら。
 父は、無理を押して独りで魔王討伐に向かったりはしなかったのではないか。
 行方不明になどならなかったのではないか。
 父を殺した遠因は、自分にあるのではないか。


『お前は……勇者になるべきではなかったかもしれん』


 父の言葉は何度も何度も、ふとした拍子に頭の中に再生される。
 それは幼いリドルの心に根を張り、今もまだ病魔のように巣食い続けている。



 ――俺は本当に勇者なのだろうか…………。

 そもそもがおかしな話だ。才能のない、永遠にレベル1の自分が勇者などと。
 仮に自分が勇者だとして、半永久的レベル1でどうやって活躍すればいい?
 人々の希望になるなど、魔王を倒すなど、夢のまた夢だ。
 リドル少年の、自身の存在に対する疑念が尽きることはない。






[1]

 勇者リドルは街の人気者である。
 ここ、アリアハン城下町の大通りをひとたび歩けばほら、すぐに声をかけられる。

「おう、リドル。おれっちの家のタンスに直し込んでた〈毒消し草〉がなくなったんだが、なにか知らねえか?」

 声を掛けてきたのは口ひげを蓄えた中年の男。町人Aだ。

「さあ、知らないなぁ。おやっさんが自分で使ったの忘れてんじゃないの?」
「そうかい……」

 リドルが平然と答えると、町人Aはうなるようにして頷いた。

「ところでリドル。おめえさん、この間、アテムんとこの道具屋で毒消し草を買い取ってもらったそうじゃねえか?」
「あー、そんなこともあったっけなあ。あれは魔物からの戦利品で、別に必要なかったから買い取ってもらったんだけど……なに、俺を疑ってんの?」
「いやいや、まさか勇者サマを疑うなんてとんでもない! ……話は変わるが、おれっちの持ってた毒消し草はかなり良質なものでなあ。ちゃんとしたところに持っていけば30G《ゴールド》は堅い――」
「んだとぉ!? アテムの野郎、わかっていながらたった7Gで買いたたきやがったな……! って、あ……」

 しまった、と言いたげな表情になる勇者。
 それを見て、町人Aはこめかみに青筋を浮かべる。

「ほほぅ? アテムが、おめえさんから、なにを、買いたたいたって?」
「いやあ、そこはほら、アレだよ、なぁ?」
「リドル。おめえがオルテガさんの息子だってんで今までの悪戯にも目を瞑っていたが、今回こそは許さんぞ――――って、こら待て!」
「んじゃ、そういうことで!」

 ゆうしゃ は まちびとAから にげだした!



 勇者リドルは街の人気者だ。
 路地を歩いていてもほら、すぐに声をかけられる。

「あ、ゆうしゃだーっ! ゆうしゃが来たぞー!」

 舌足らずな声を上げたのは前歯の抜けた男の子。町人Bの登場だ。

「なんだ、クソガキ。勇者様になにか用か?」

 リドルが高圧的に問い掛けると、町人Bはもう一度声を張り上げた。

「ゆうしゃだー、ゆうしゃが来たぞーっ、みんな出て来ーい!!」

 町人Bは仲間を呼んだ。町人C(金髪おさげの女の子)、D(ひょろ長い男の子)、E(ふとっちょな男の子)が現れた。

「ぼうけんの前のぜんしょうせんだー! やっちまえー!」
「おおぉっ? なんだなんだ!?」

 町人の群れは突然襲いかかってきた!

「おりゃっ」町人Bの石つぶて攻撃。「おおっと!」勇者はすばやく身をかわした!
「え、えいぃっ」町人Cの石つぶて攻撃。「どこ投げてんだ……」ミス!
「隙あり~」町人Dの石つぶて攻撃。「いてっ」勇者に1ポイントのダメージ!
「ぶほほぉーぅ」町人Eの体当たり。「ぐふぇ!?」痛恨の一撃! 勇者は倒れた!

「おおっ、ゆうしゃをやっつけたぞー!」
「おーっ!」

 地に伏せった勇者を囲み、口々に喝采を叫ぶ子どもたち。

 リドルは鳩尾に喰らったショルダータックルにしばらく悶えていたが、やがて回復して立ち上がり、子どもたちを睨みつけた。

「……き~さ~ま~ら~……。この俺が誰だかわかっていての狼藉かぁ!!」
「うわ、ゆうしゃがおこったぞー!」
「にげろ~」
「ぶほほぉーぅ」
「え、あ、あのあの、ごめんなさいでしたぁ!」
「待てーい! 勇者様から逃げられると思うてかー!!」

 軽く追いかける振りをすると、子どもたちは好き勝手にきゃっきゃと叫びながら一目散に逃げ出してしまった。

「……ったく」

 ゆうしゃ は まちびとのむれを おいはらった! 1のけいけんちを かくとく!

「こんなので経験値もらえたら苦労しねえんだけどなー……っと?」
「…………」

 頭の中で下らないことを考えて自分でツッコミを入れていると、ふと視線を感じた気がして周囲を軽く見回す。すると路地の更に細い横道から一人の子供が顔を覗かせていた。先程の集団と同年代の少年だったが、身なりは随分と貧相で薄汚れており、浅黒い顔に少し怯えたような表情を上書きしてリドルの顔をうかがっていた。

「おぅ、なんだガキ。お前はさっきのやつらとは遊ばねえの?」
「…………」

 子供はリドルの問いかけを無視し、無言で懐からなにかを取り出した。

「なんだ、“今度は”〈薬草〉か」

 リドルに差し出されたのはなんの変哲もなさそうな緑色の葉っぱ。鼻を近づけると、つん、と微かに鼻腔を刺激するそれは冒険者の必需品と呼べるものだ。体力の回復と傷の治癒の効能を持つ、そのまま噛んでよし、煎じて飲んでよし、傷口に塗り込んでよしというある意味万能な〈薬草〉である。効果はそう高いものではないが。

「ほらよ、8Gでいいな」

 薬草を受け取り、代わりに子供の手の平に何枚かの硬貨を乗せてやる。
 子供の暗かった顔に少しだけ嬉しさが表れ、彼は手に持ったお金を大事そうに握りしめて路地裏へと消えて行った。



 勇者リドルは街の人気者なのだ。
 酒場に行けばほら、すぐに目を逸らされる。

 ……なぜだ。

「なあ、ルイーダさん。なんでみんな俺のこと避けるんだろうな?」
「あんた、それ本気で言ってんのかい?」

 カウンター席に座りながらリドルが訊ねると、酒場の“文字通り”の看板娘・ルイーダが蓮っ葉な口調でそう返してきた。

 アリアハンの城下町入ってすぐにあるここ〈ルイーダの酒場〉は、ダーマ神殿【魔物対策議会】協賛、アリアハン王国国営の酒場だ。世界を席巻する宗教と一大国が出資するこの酒場はもちろん、ただ飲み食いして騒ぐだけの場所ではない。

 〈ルイーダの酒場〉での、飲食店としての営業を除いた主な業務は四つ。
 冒険者の登録。
 冒険者の紹介・斡旋・派遣。
 冒険者もしくはその予備生の訓練・指導。
 そして、魔物の情報収集・情報開示。

 言わば国営の冒険者互助組織のようなもので、特に魔物についての情報交換は、魔物退治を生業とする冒険者にとって非常に重要だ。

 そんな酒場は真昼間だというのに今日も盛況である。パーティに誘われるのを待っている者、情報のやり取りや他愛もない雑談を楽しむ者、ひとときの休息を求める者、ただ飲んだくれている者、ルイーダにセクハラを敢行して叩きのめされている者など、その内訳はさまざまである。
 そんな種々雑多な目的や思惑を持つ人間がいるにもかかわらず、全員が全員ともリドルを避けるというのは異様な光景だ。

「え~、本気もなにも、俺、なにも悪いことした覚えはないけど」

 リドルがとぼけた口調でいうと、今度は酒場中から鋭い視線が集まった。しかしその中心点にいる彼は顔色一つ変えない。
 ルイーダは琥珀色の液体の入ったグラスを差し出しつつ、眉根を寄せて言う。

「あんたね。――勇者の仲間になる際に出る補助金目当てに適当に仲間にして、そして補助金だけもらって即解散、なんてことを何度も繰り返されたら、そりゃ嫌われるのも当たり前ってもんさ。勇者リドルは相当がめついって噂が冒険者中に広まってるわよ?」
「でもその補助金制度って、国がちゃんと認めてるやつじゃん。その法制度を逆手に取った素晴らしい金策だろ? 俺はなんにも悪いことしてないと思うけどなあ。悪いとすれば、そんな意味不明で杜撰な制度を作った国のお偉いさんのほうだ」

 あっけらかんと言う勇者に、ルイーダは豊満な胸を押さえつけるように腕を組んだ。

「……あんた、もしかして勇者より詐欺師とかのほうが向いてるんじゃない?」
「ありがとう」
「褒めてないから。即答しないで」

 そもそもこんな勇者特待制度ができたのは、リドルの父オルテガが原因だ。一向にパーティを作らず、単独で旅を続ける彼にどうにか仲間をつけようと画策したアリアハン国が、少しでもオルテガの気を引き付けるようとしたのか、勇者が誰かを仲間にする際に補助金が出るようにしたのだ。
 結局オルテガは誰も仲間にすることなく行方不明となってしまったが、その制度だけは残っていた。リドルはそれに目をつけ、仲間を募集しては即解散、また募集して解散……という手法を取ることにより、国から補助金を何度もせしめることに成功したのだった。
 国にとって唯一の救いは、勇者の〈レベル〉によって捻出する補助金の額が増減するという制度にしたことだ。レベル1のリドルに出る補助金は僅かなもので、おかげで〈銅の剣〉一本を買える程度の金額で済んだ。

 しかし、このリドルという少年、悪びれもしなければまったく懲りもしないのである。
 彼は爽やかな笑顔を作って口を開いた。

「それで、いま空いてる人います? パーティ組みたいんですけど」

 勇者特待制度の一環として、勇者から誘われた者は優先的にパーティを組むことが義務付けられていた。既にパーティを組んでいたりしない限り、リドルが誘った相手は絶対に仲間にならなければならないということだ。(ちなみに、冒険者を無駄死にさせるような、レベルのあっていない場所に連れていく等の理由があれば当然断ることができる。ただし、リドルの場合、彼が行ける場所など駆けだし冒険者でも余裕で戦えるような所しかないので、結局誰も断ることはできないのだった)

 だが、返ってきたのは深々とした溜息と、愚者を見るような白けた目だった。

「……補助金狙いならもう無駄よ。今朝方に触れが出てね。補助金を渡す等、勇者を特別待遇する法令のほとんどは一時的に凍結するってさ。あんたの悪行は王城にまで届いたみたいね」
「げ、マジかよ」

 呻くリドル。せっかく〈皮の鎧〉と〈皮の盾〉も買い揃えようと思ったのに。

「まったく、いきなり襲いかかってきたガキどもといい、理不尽な世の中になっちまったもんだぜ」
「一番理不尽なのはあんたという存在だと思うけどね……」

 ルイーダがカウンターの向こうで再び溜息を吐く。この少年と話していると、どうにも呆れかえることが多い。同時にそれは、心配で見ていられないということでもあるのだが。

 昼間の経営担当であるルイーダは、酒場の運営から冒険者の相手まで一手に引き受け、うまく切り盛りしている。胸元の大きく開いたドレスと滑らかな群青の髪を翻し、年齢不詳の色香を振りまきながら店内を廻る様は、それ自体を目当てに来る一般客もいる程度には集客力がある。
 そんな彼女を独り占めにしている現状もまた、リドルが鋭い視線を向けられる原因の一端を担っているのかもしれない。

 と、そこでルイーダがふとなにかに気付いたようにリドルの全身を見回した。

「ところで、そうまでして買った銅の剣はどこにあるんだい?」
「――えっ?」
「えっ?」

 呆然と呟いたリドルに、釣られてルイーダも声を上げる。
 そして恐る恐るといった様子でルイーダが声を掛けてきた。

「あんたまさか……失くしたんじゃあ、ないわよね?」
「…………あ、あっはっは! やだなあ、そんなわけあるわけないわけないじゃないでしょう!?」
「めちゃくちゃ動揺してんじゃないのさ。なに? その様子だと魔物に折られたとかとかじゃなくて、どこかに置き忘れたとか?」
「どこかにって……」

 心当たりは、ある。めちゃくちゃある。
 リドルはつい先日、アリアハン平原にて戦ったときのことを〈思い出す〉。

『ふっははははは! これぞ勇者のみが使える究極奥義〈逃げる〉だ! また会おう、魔物よ!』

 そんな捨て台詞を吐いたとき、自分は手になにか持っていただろうか?
 否。
 銅の剣を振るってすっぽ抜けた以来、何も持っていなかった。そしてそのまま一目散に逃げた。
 よって、銅の剣は地面に突き刺さったまま放置されている。

 なるほど。つまり、こういうことだ。

「大地に突き刺さるひと振りのボロっちい剣か……。なんかロマンを感じるぜ……!」

 こう、選ばれし者のみが抜けるとか、抜いた瞬間に光り輝く剣に変わるとか、そういうロマン溢れるいわくが付きそうな、非常に素晴らしい剣に成り変わったんだろう、あの銅の剣は。リドルはそう思うことにした。

「馬鹿なこと言ってる暇があったら探しに行ったらどう?」
「えー、今からぁ~? もう昼過ぎじゃん」
「“まだ”、昼過ぎよ。っていうか昼間っから酒飲んでんじゃないわよ。もう成人してんだからちゃんと働きなさい」
「酒出したのはルイーダさんでしょーが」

 言いつつ、リドルはグラスを呷って空にした。喉を通る熱い液体が脳に心地よい刺激を与えるが、それは一瞬のことだ。成人したばかりのリドルだが、酒には滅法強かった。この程度でふらつくようなことはまずありえない。

「ごちそーさん。まあ、気が向いたら適当に探してくるよ」

 立ち去るその背にルイーダの声がかけられる。その声音は、呆れたような、諦めたような、心配したような……複雑なものだ。

「あんたさ、もうちょっとしっかりしなよ。オルテガさんがいなくなって、ルチアさんが“あんなこと”になったのは同情するけど――――」
「邪魔したね、ルイーダさん」
「あっ……」

 ルイーダの言葉を強く遮り、リドルは笑顔を張り付けたまま酒場を後にした。

「……リドル……」

 後には、気まずそうに押し殺した声を上げるルイーダだけが残された。

「あんた、また金払ってないよ……!」

 訂正。
 怒りによって押し殺された声だった。






[2]

「うおおおおぉぉぉぉ!」

 ルイーダの酒場を出たリドルは、その足でアリアハン平原に訪れていた。目的はもちろん、先の戦闘(逃走)で失った銅の剣の回収だ。

「ふぅぅぅううおおおおぉぉぉぉぉ!」

 しかし今、リドルは走っていた。旅人用の簡素な服の裾をはためかせ、革手袋をはめた手を必死で動かし、それはそれは見事な全力疾走だ。アリアハンを出るときには逆上がらせてばっちりキメていた黒髪も、振り乱されて情けない有様になっている。

 走ることになった原因はその背後。
 一羽の兎がリドルを追いかけまわしていた。
 草食動物であるただの野兎に追いかけまわされて逃げの一手を打つほど、さしものリドルも人間をやめていない……はずだ。とすると当然、それはただの兎ではないということになる。

 目につくのは、額にそそり立つ一本の角。
 体長自体は普通の兎よりも一回り大きい程度だが、角の長さはその半分以上もある。鋭くとがった先端は下手な剣よりも切れ味が良さそうで、それを主な武器として獲物を狩っていることは想像に難くない。よく見れば微かに血痕のようなものもついていた。
 全身を覆う灰色の体毛、血をにじませたような紅い瞳。肉食性の獰猛なその兎の名は――――

「〈一角兎《いっかくうさぎ》〉とか勝てるかヴぉけええええぇぇぇぇぇ!!」

 最弱モンスターのスライムにもなめられるリドルが、アリアハン平原の中ではそれなりに強い部類である〈一角兎〉に敵うはずもない。しかも武器は、銅の剣を買う前に使っていた〈ひのきの棒〉一本のみ。リドルの〈力〉では、一体何度敵に叩きこめば倒せるか分かったものではない。それ以前にまともに当てることもできそうにないが。

 二本足で器用に地を跳ね追いすがる兎に、二本足を必死に振って遁走する勇者。
 こうなった経緯は実に簡単。リドルが銅の剣を落とした場所に行くと、なぜかこの兎がすぐ傍で昼寝をしていた。慎重に近づいたが、誤って音を立てて起こしてしまい、追いかけられ、逃げた。それだけのこと。

 しかし、そうやって数分間続いた逃走劇もそろそろ終わりを迎えようとしているようだ。リドルの息が上がってきている。

 段々と失速してきた獲物を見て好機と判断したか、一角兎は大きく地に身体を沈める。後ろ足の筋繊維を十分に収縮させ、そして一気に爆発。エネルギーを存分に溜めこんだ跳躍は宙を駆けると言っても過言でないほど速く、レベル1の人間ごときに到底避けられるものではない。

 そして自慢の角はそのまま獲物に突き刺――――

「うおぁ!?」

 いきなり獲物がこけた。全くの偶然で標的を突然見失った角は空を貫き、勢い余って大地に突き刺さってしまった。結構深々と食い込んでしまったらしく、角が抜けずに一角兎は三点倒立のような珍妙な態勢でじたばたとあがいていた。

 その滑稽な光景に、勇者は高笑いを上げた。

「ふ……ふふ、ふわぁーはっは! 見たか、この見事な身のこなし!」

 重ねて言うが、単に下草に足を取られて転んだだけである。彼の身のこなしは最悪だ。
 この隙に逃げればいいのに、あろうことか、リドルはひのきの棒を不格好に構えて一角兎に近づく。

「くらえぃ!」

 勇者の攻撃。
 ぽこっ
 一角兎に1のダメージ!
 一角兎は角が抜けずにもがいている!

「でいっ!」

 こんっ
 一角兎に2のダメージ!
 一角兎は角が抜けずにもがいている!

「おらっ! ――あ」

 ミス!
 勇者の振り下ろしたひのきの棒は一角兎の前の地面――丁度、角が埋まっていたところにヒット!
 地面が少し抉れ、おかげで一角兎は角が抜けた!

「……あ……あれ? もしかして、ヤバい……?」

 もしかしなくても結構ヤバい。
 自分の犯した過ちに気付いたリドルは引き攣った笑みを浮かべる。

 一方的に殴られていた一角兎は怒り心頭に発している様子だ。興奮気味に息を漏らして、愚かな獲物を睨みつけた。
 両者の距離はほんの数歩もない。今更背を向けて逃げ出しても、次の瞬間にはリドルの胸に立派な一本角が生えてくることになるだろう。

 リドルは覚悟を決めた表情で――――なぜかひのきの棒をその場に放り投げた。降参、ではないようだ。

「ちっ……仕方があるまい。今こそこの右手の封印を解くときが来たようだな……!」

 そう言って手をかけたのは左手の革手袋。
 封印は右手じゃないのかよ。というツッコミは、残念ながら人語を解さない一角兎にはできなかったが、代わりに角を突きだすことでその戦意を示す。鋭い角が陽光を照り返してきらりと光った、ような気がした。

 しばしの間、睨みあう両者。己の最大の攻撃を放つのに呼吸の読み合いなどという高度な戦術は必要なく(少なくともリドルにはそもそも不可能だろう)、ただただ自分のタイミングのみをそれぞれ見計らっている。

 そして偶然にも、行動を開始したのはまったくの同時。

 片や地を跳び、
 片や革手袋を外し、

 角をまっすぐに突き出し、
 左手を水平に伸ばして相手に向け、




 ――――メラ!!




 “両者の横手から”張りのある声と共に突然火の玉が飛んできた!

 拳大のそれは、寸分たがわず空中にいた一角兎の角の根元に命中し、灰色の羽毛を燃えあがらせながら吹き飛ばした。
 痛みのせいか火を消そうとしていたのか、一角兎はしばらく地を転がっていたが、やがてピクリと微かな痙攣を残し――――あまりにもあっけなくその命を終えた。

 天寿を迎えた魔物はいずこかへ消滅する。細かな燐光を散らせながらうっすらと身体が消失していく様は見方によっては幻想的で、一種の神聖な儀式のように思うものもいるほどだ。

 ちなみにその間、間抜けな勇者は手をかすめた火の粉を「あちちっ」と悲鳴を上げながら振り払っていた。愛嬌がない分、三点倒立していた兎よりもダサい。
 それからふーっ、ふーっ、と手に息を吹きかけたところで、ようやくリドルは状況を理解したらしい。一角兎が完全に消滅する様子を見届け、汗だくの額を拭った。

「ふっ……。さすが封印されし我が右手。他愛もないわ」
「なに意味不明なこと言ってるの。それより助けてあげたんだからお礼ぐらい言ったらどう?」
「ありがとう、一角兎」
「そっちじゃない。なんで敵に礼を言うのあなたは」
「俺の糧になってくれた感謝とか、そういう感じのアレだよ」
「糧と言っても、残念ながらパーティ組んでないから、あなたには〈経験値〉は入ってないでしょうけれど」
「なんと!? これは誰の陰謀だ……!」
「少なくとも私じゃないことは確かよ。……っていうかいい加減こっち向きなさい、リドル」

 名を呼ばれ、さっきから合いの手を入れていた声の主の方を振り向く。

 そこにいたのはリドルよりも幾分か年上に見える少女だった。

 涼やかな印象を持つ切れ長の目に、よく通った鼻筋、そして若干薄くはあるが充分に魅力的なピンクチェリーの唇。明るい紅茶色の髪には鍔の広い三角形の帽子を乗せ、風に揺れるそれをたおやかな手で抑えつけている。

 リドルはそんな美少女の姿を視界に収めると、わざとらしく目を見開いた。

「おお! 誰かと思えば、我が幼馴染にして一週間前に十六歳の誕生日つまり成人を迎えて〈魔法使い〉になったばかりのフゥラじゃないか!」
「なにそれ」

 まるで誰かに説明しているかのように滔々と声を張り上げるリドルに、マント姿の少女・フゥラは白けた視線を向けた。もともと切れ長な目をさらに細めるのだから、睨んでいるようにも見える。
 怜悧な氷の美貌といえばいいのか、目つきだけでなく雰囲気からも冷たい印象が滲み出ている少女だ。リドルと同い年のはずなのに年上に見られがちなのはそのせいだろう。

 リドルよりも彼女の方が上背があるように見えるのも、きっとその雰囲気のせいだ。そうに違いない。そういうことにしておいてあげましょう。年頃の少年の心情を勘案してあげて。だから、リドルが髪を逆立てているのは平均よりも若干低い身長を水増しするためではないのかという追求はご法度である。

「で、フゥはこんなとこでなにやってんだ」
「見てわからない?」

 ふむ。と顎に手を当て、リドルがフゥラの全身を嘗めまわすように見てくる。

 前合わせの茶色いマントが膝下まで覆っていて彼女の身体を隠し、その下は丈夫そうなブーツで、やはり彼女の生足は拝めない。
 しかしながら、それはそれでプロポーションについて妄想が掻き立てられるというものだ。きっとこのまま街を歩けば、道行く男性は皆そのマントの下にそれぞれ自分の好みの凹凸を妄想し、時折ちらりと覗かせる白くたおやかな手足に満足して帰って行くことだろう。

 そんな妄想はともかくとして、彼女の出で立ちは極力露出を減らした装備と言えた。

 なるほど。つまり、こういうことか。リドルは結論を出したようだ。

「隠し芸の練習か!」
「どこをどう見たらそう思えるの」

 素晴らしい名推理に、フゥラは冷たい声と視線を送ることで正当な評価を下した。
 しかし勇者はめげない、諦めない、撤回しない。

「帽子から鳩を出すとか」
「発想が貧困ね」
「マントから鳩を出す」
「まず鳩から離れなさい」
「火の玉を出す!」
「〈魔法使い〉なんだから、種も仕掛けもなく普通に出せるわよ。というかさっきそれで助けてあげたでしょう? なんならもう一度出してあげましょうか、あなたに向かって」
「遠慮しときます。じゃあ……実はそのマントの下は素っ裸とか!?」
「それはもう隠し芸というよりただの変態にしか思えないわ」
「……ああもう!」

 フゥラがどこまでも冷めた反応を返していると、リドルは突然逆ギレした。

「この芸人殺しめ! ツッコミはもっと元気よくやらねえとボケが活きねえだろうが!」
「あなたの相方になった覚えはないし、芸人にも〈遊び人〉にもなった覚えがない。そもそも合いの手を入れたところで、ギャグかどうかも分からないほどつまらないあなたの発言が面白くなるとも思えないわね」
「くっ……! 言いたい放題言いやがって……!」

 容赦なく振りかかる攻撃に、リドルは歯噛みして耐えるしかなかった。何を反論したところで冷たい言葉が返ってくるだけなのだ。

 フゥラはそんな勇者に気を使うことなく、質問する。

「リドル、あなたの方こそそんな棒切れ一本でなにやってるの? “いつもの道具袋”も持ってないじゃない」
「縛りプレイ中だ」
「は?」

 冷たくあしらわれた仕返しなのか、無駄にふんぞり返って言われた返答に、フゥラは思わず声を上げてしまう。発言の意図も内容もわけがわからなかった。
 説明を求める視線を投げてみるも、彼は答える気がないようだ。そっぽを向いて口笛を吹き始めた。無駄にうまいのがまた癪にさわる。魔物を呼んでしまって囲まれればいいのに。

 フゥラは肩を竦めて諦めの意を示し、しかし言うべきことは言っておくことにした。

「あなたのことだからなにか考えがあるんでしょうけど、醜態を晒すのもほどほどにしておきなさいよ。ここ最近、『雑魚モンスターから全力疾走で逃げる勇者』の目撃情報が冒険者の間で飛び交ってるわよ?」
「そうなのか?」

 リドルが問い返してくるが、言葉ほど興味を持った様子がないように思えた。いや、興味がないというより、まるで既に予想済みで、問い返したのはあくまでも確認のためといった風情だ。フゥラは内心で首を傾げるが、特に追及はしない。

「他にも、人の家に勝手に入り込んでタンスを漁ってるとか、子供相手に剣を抜いて追いかけまわしたとか、王城の宝物庫に忍び込んで財宝を奪ったとか……我がアリアハンの勇者様は噂に事欠かない状況よ。どれが本当なのかも分からないほどにね」
「ほほう。いろんな噂があって、俺ってば人気者だな」
「悪い噂しか聞かないけどね」
「嫌よ嫌よも好きのうち、だ」
「それは使いどころが間違ってると思う」
「人の噂に戸口を立てたら七十五日だ」
「それは言葉自体が色々と間違ってる」
「言葉って、難しいな」
「そうね。ところでさっきからまったく会話になってないのは気のせいかしら」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」
「そう」
「うむ」
「…………」
「…………」

 打てば響くような(奏でられるのは不協和音だったが)下らない会話はそこで一度打ち切られ、二人の間にしばしの沈黙が訪れる。といっても、十六年間も幼馴染でいる仲だ、特に気まずげな様子は双方ともにない。

「……少し、休むわ」

 そう言ってフゥラはここまでに消費した分の魔力を回復するために、その場に座り込んで精神を休める。リドルは何を考えているのか、「おー」と適当な返事を返した後はただぼうっと平原を見渡していた。

 フゥラは目を閉じると、雑草や低木が風にそよぐ音に集中する。まばらに生えた雑草や低木が立てる音はそう大きくなく、精神を休めるのには最適だ。

 季節が存在せず、年中温暖な気候を持つアリアハン地方の植生は本来、もっと緑豊かなものだ。ただ、アリアハン城に近い場所では大規模な除草が定期的におこなわれているのである。これは魔物の発見を早くするため、あるいはそもそも魔物を出現させにくくするため(魔物は森や山などを始め、人の手が加わっていない場所に多く出現する傾向にある)だ。
 いま彼女らがいる場所は、除草区域とそうでない場所の境界。魔物がそれなりに生息し、しかし強さも数もたいした魔物が出ないような位置だ。こういう場所には駆けだし冒険者がよく訪れ、〈経験値〉を稼ぐために日々魔物としのぎを削っている。

 実際、フゥラがここにいる目的もそれだ。今日は朝からずっとここで魔物を狩り続けていた。
 しかし、昼をとうに過ぎた頃、手ごろな魔物を探しながら“境界”付近を歩き回っていると、髪を逆立てた少年が一角兎に追い立てられているではないか。どこかで見覚えのあるその髪型と人づてに聞いた『全力疾走で逃げる勇者』という噂を思い出して溜息をつき、少年が割と近くで立ち止まった(というか転んだ)のを見てフゥラは彼を助けるのを決意。対峙する一人と一匹に静かに近づき、頃合いを見計らって、火の玉を放つ呪文――火球呪文《メラ》を唱えたというわけである。

 まったく、〈道具〉も持たずただの棒切れ一本でどうするつもりだったのやら。フゥラは心の中で苛立ち混じりに呟き、そのせいで集中が乱れた。一度途切れた集中は取り戻すのが難しく、フゥラは溜息をつきながら立ち上がる。長くない時間とはいえ、魔力はそれなりに回復したので問題はない。

 土に汚れたマントの裾を払っていると、背を向けていたリドルが振り返った。

「フゥ? もういいのか?」
「ええ。警戒ありがと」

 魔力回復の間は基本的に無防備になりがちだ。フゥラはリドルの適当な返答を「周囲の警戒は任せろ」というふうに解釈していた。
 それに対してリドルは、ふん、と鼻を鳴らして嘯いた。

「別に。ぼうっとしてただけだしな」
「あらそう。ならお礼を言ったのは撤回させてもらうわ。せっかく借りにしてあげようと思ったのに」
「……やっぱりちゃんと見張ってたから、存分に感謝するといいぞ」
「もう遅いわよ。貸し借りは無しね」
「ひっでえ」

 リドルは顔を歪める。“貸し借り無し”ということは、先程フゥラに助けられた借りもなしになるとは気付いていないらしい。まあ、そもそもあれが借りであるとは最初から思っていないのだろうが。フゥラ自身もそんなしみったれたことを今後引き合いに出すつもりはない。

 危なかったので助けた。必要そうだったので周囲の警戒を買って出た。(軽口で言うことはあっても)そこに貸し借りなど最初から存在せず、二人はずっとそんな関係だ。

 とはいえ、それは遠慮も憚られるものもないという意味ではなく、フゥラが次に口にしたのもそんな話題だった。

「ところで、ね。あなたのお母さん、ルチアさんは……元気?」
「んー?」

 フゥラが言葉に一瞬迷いながらも言いきると、幼馴染からはとぼけたような返事が返ってくる。窺うような視線も感じたが、フゥラはなんとなく目を逸らし続け、なんでもない風を装った。
 無表情でいる彼女にどう思ったのか。それから少しの間をおいて、リドルが答える。

「ま、いつも通りだな」
「……そう」

 ルチアという人物の事情を知っているフゥラは、それは良かった、とも、お大事に、とも言えず、ただ頷くに止めた。

「じゃあ、ルチアさんによろしく言っておいて」
「おー。まあ、“覚えてるとき”に言うよ」
「ええ、お願い」

 リドルの奇妙な言い回しにもフゥラは疑問を挟むことはなく、「それじゃあ」と言って背中を見せた。

「私はそろそろ行くわ。少ししたら日も暮れるし、すぐに帰ることになると思うけれど。あなたも遅くならない内に帰りなさいよ」
「なんだそりゃ。お前は俺の母ちゃんかっつーの」
「……ほどほどのところで切りあげなさいって言ってるの。逃げ回って噂されるのは別にいいけど、死ぬのだけは駄目よ」
「へいへい、お前もな。帰るまでが遠足だぜ」
「ええ」

 最後に表情を少し緩めてみせて、フゥラは再び魔物狩りへと向かって行くのだった。



「笑えば可愛いのによー」

 無表情とまではいかないものの、彼女はいつも澄ました顔をしている。まあそれがクールビューティーな感じでイイってやつも多いけど、もう少し愛想をよくして愛嬌をふりまけばさらにモテるだろうに。もったいない。
 幼馴染が去り際に見せた微かな笑みを思い浮かべ、リドルはそんな感想を漏らす。

「さーて、と。そんじゃ、銅の剣を取り戻しに行きますか」

 フゥラの背が見えなくなるまで見送りとリドルは歩き始める。魔物に見つからないよう〈忍び足〉で周囲を警戒しながら。

 そうして無事に例の場所に再び戻ったリドルだったが――――待っていたのは大地に穿たれた穴だけ。
 既に銅の剣は何者かによって抜き去られた後だった。

「…………ふっ、無事に選ばれし者を見つけたようだな……さすが伝説の剣だ……!」

 リドルは成長した我が子を見守るような面持ちでしみじみと呟き、天を仰いだ。
 見上げた空は、やけに白く思えた。






   ==================

~なんとなく適当に補足説明を入れてみるコーナー~
※完全に読み飛ばしても支障ありません。読むとしても無駄に長いので流し読み推奨※

・息子に稽古をつけるオルテガ
 さっそく原作改変です。原作では、オルテガは息子が赤ん坊の頃に旅立ちます(ムオルなどでその話を聞ける)。
 そうするのはちょっと色々と不都合があったので改変させていただきました。

・一か月で経験値100
 ゲーム中でのスライム一匹の経験値は4(一人パーティの場合)ですが、この作品内の世界観では、通常、モンスターを倒して手に入る経験値はゲーム中の十分の一~百分の一くらいを想定しています。経験値100と聞いて「一カ月以内には」というオルテガの言はそういうことです。
 まあ、ゲーム中設定のままで行くと、アリアハン近辺ですらも数年間ぐらい経験値稼ぎに明け暮れていれば経験値百万を余裕で越えられるでしょうからね……。あえて効率を低めに設定しているというわけです。
 ちなみに経験値が百万あれば、普通ならレベル44くらいです。四人パーティなら全クリを狙えるレベルで、勇者一人旅でもバラモス相手に互角に戦えます(自動回復のせいで倒すのは厳しいが)。
 〈レベル〉やら〈職業〉やらについての詳細は後々語られる予定です。

・ダーマ神殿【魔物対策議会】協賛、アリアハン王国国営〈ルイーダの酒場〉
 冒険者を囲っている唯一の施設であることの納得のいく説明が、国営であることしか思いつかなかった。そしたらなんかダーマ神殿がしゃしゃり出ることになった。そんな感じで生まれた設定。
 魔物対策うんちゃらとかいうのが関わってくるのはだいぶ後になるので今は気にせんといてください。

・勇者の仲間への補助金
 ゲーム中だと、新規の仲間は〈ぬののふく〉を一着装備していて、それを売って(7G)また新しい仲間に代えてぬののふくを売って……と繰り返すことで序盤の金策とするという手法があります。
 しかし、さすがに熟練の冒険者がぬののふくなんて持ってないだろうし、新米から身ぐるみ剥ぐとか鬼畜すぎるので、『勇者の仲間には国から補助金が出る』ということにしてみました。なんとなく。
 これが後々の伏線になるとは…………なるのか?

・火球呪文《メラ》
 拳大の火の玉を放って敵にダメージを与える呪文。
 “火球を生成する”という過程はなく、呪文が発動すると同時に火球が生まれて敵に向かって飛んでいく。そのため、たいまつに火をつける等はできるが、メラで生み出した火球を保持して明かりにする、などの手段は取れない。
※ちなみに作中で“火球呪文《メラ》”と表記する場合があるが、これは一見して読者に伝わりやすくするため(つまり筆記上の都合)であり、実際にはそれは読まないもの(「火球呪文メラ」と唱えるのではなく、単に「メラ」とだけ唱える。後に出る他の呪文も同様)だと思ってください。

・呪文(魔法)
 長ったらしい詠唱みたいなものは必要なく、意識を集中して標的を定めて「メラ」と唱えるだけで発動する。メラ以外の呪文も同様。もちろん、〈魔法使い〉などの職に就いている(いた)ことが前提で、魔力(MP)も必要だが。


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