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[30130] TAKERUちゃん、SES!!(ALの並行世界モノ)
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/12/26 09:53
【前書き】

皆様へ。閲覧、ありがとうございます。

本作品は、オリジナル設定優先で、オリキャラ有りの不定期更新ですのでよろしくお願いしいたします。

感想を書いていただける場合、規約違反の書き込みはご遠慮ください。
管理人様ご多忙のようですので、皆様の自制をお願いするしかない現状みたいです。

作中の内容について、原作あるいはメカ本のどこからもってきたのか、あるいはそれをどう解釈したのか、どこらへんが全くオリジナルかは、いちいち解説いたしません。
展開上、わざとぼかしている要素もあります。

描かれたものは、この作品内だけのお話です。

(前書きはここまでです)

-------------------------------------------------------------------





「だいたい、アメリカがいい子ちゃんぶり過ぎるんですよ。この世界の苦境の原因はそれだといっていい」

 俺は、グラスを傾けながら言い放った。

「今は非常時ですよ、非常時。BETAとかいう呼ばれもしない連中が宇宙から侵略してきて、こうしてる間にも支配地を広げている。
なのに、アメリカはくだらない建前にこだわってるでしょ?」

 Beings of the
 Extra
 Terrestrial origin which is
 Adversary of human race。

 これらの頭をとって、通称BETA。
 地球生物の頂点から、人類を蹴落としつつある彼方からの生命体。

「だが、例えどんな小国であろうと、主権は尊重されねばならない。アメリカの理念にも反する」

 落ち着いた雰囲気の初老の軍人が、やんわりと指摘した。襟元には、星の並ぶ階級章がある。

「それがくだらない建前ですよ。アメリカ以外、宇宙からの落着ユニットを継続して迎撃できる能力持った国がほかにありますか?
もしアメリカがアサバスカ落着ユニットに、カナダや自国への放射能汚染省みずに核をたっぷりとぶち込まなければ? 世界は数十年前に終わっていたはずです。
ところが世界はアメリカの献身と決断に感謝するどころか、やっかみと妨害ばかりじゃないですか。
で、アメリカはアメリカで堂々とせず、ちまちませこい陰謀をめぐらせては自爆ばかり」

「……まぁ、そうだ。G弾使用案を国連に飲ませるのに失敗した挙句、ロビー活動は却って反発を招いた」

 夜景のよくみえる窓を背後にした将軍が、嫌そうに顔をしかめた。

「今必要なのは、覇権奪取と世界からの支持を両立させようっていう甘い考えを捨てることです。
世界史を紐解けば、英雄と賞賛される人間だって実情は虐殺者で詐欺師ですよ。それでも最終的に功績が害悪を上回れば讃えられる。それが現実です」

「目標を仮に立てるとしたら?」

「アメリカを唯一無二の最高司令部とした、全人類の一個の軍組織化。反対する奴らは、見せしめを作って抹殺。そして、全人類の資源と人材を使っての、BETA殲滅」

「……まるで世界規模のファシズムだな。『全体主義は民主主義に勝る』と外務大臣が豪語した時代の日本帝国は、さて民主国家のアメリカに勝てたかね?」

「アメリカが覇権を取る過程と、その果実の取得について日本やドイツと同じ失敗を繰り返すのなら、そうなるでしょうね」

「で、見せしめ相手は?」

「アメリカの軍事独裁権確立に徹底反対するのが明白で、かつ『こいつが叩き潰されたのなら、従うしかない』という恐怖を世界に与える程度には強い国。
できれば、後方国家のほうが適任ですね」

「――日本帝国しかないではないか、その条件では。大丈夫かね? あの天然チート国家に、公然と手をだす案など」

 チートというのは、本来は不正するとかだます・インチキとかのネガティヴな意味がある。
 が、ある特定の界隈では単純に神様やらの超越的存在から、棚ぼた的に力を貰ったボーナスの事を差す。
 日本帝国のそれがどっちであるかは、あえて言うまい。
 ちなみに、本来的じゃない用法を将軍に教えたのは、俺だ。

「勝つだけなら簡単ですよ。チート国家といっても、全方位で理不尽に強いわけじゃない。ある面じゃ、猿並に弱点をもっているのでそこを突く。
馬鹿正直に、相手の強いところにぶつかっていくから無駄に消耗する。戦いは、卑怯かつ外道であるべきです」

 日本帝国のチートぶりだが、これはかなり実戦能力に偏っている。『ある原因』で別種のチートしている俺でも、正面から戦うとなると不安を覚えるほどだ。
 これに比べると門地(家柄)を今時軍隊に持ち込む時代錯誤の斯衛軍とか。
 CIAがいかに有能とはいえ目の前にハイヴがある状況であっさり煽られ、同胞虐殺も遠慮なくやるキ印の連中が中核精鋭部隊に多数いるとか、それ以外の軍人・軍組織の成熟度はお粗末の一言だ。
 生産性や整備性が悪いくせにさらにバージョン違いが乱立している武御雷なぞ、補給をある程度妨害してやれば短期間で無力化するだろう。

 ……あ、この世界の現時点――1996年じゃ武御雷はまだできていないし、完成する確率分岐世界とも限らないか?

 と、俺は普通のこの世界の人間なら、どうやっても考えない前提を織り込んだ思考を自然に行う。

「……君は、日本人ではないのかね?」

 俺の遠慮のない物言いに、話し相手――在日アメリカ軍の将軍――はさすがに引きつった顔になる。それを笑いながら、グラスの残りをあおる。
 ちなみに、中身はミネラルウォーターだ。年齢は未だ十代後半の俺が酒をあおるのは、法的にも肉体的にもまずい。

「見た目や人種の上では、そうですね。でも、日本に特別な思い入れはありませんよ」

「愛国心もないと?」

「どっかの文学者がいってましたよ。『愛国心は、悪党の最後の拠りどころである』ってね」

「それを言われると、合衆国に忠誠を誓った我らの米国将兵の立つ瀬がないな」

「あいにく、俺は形式上も国連軍所属です。建前だけでいうのなら、一国家に拘って大局を見失う事こそ誓約に反しますからね。
一時的とはいえ、国連軍指揮権に服する義務のあるあなた方にも、それは言えるのでは?」

「政治的活動に関与せず、の一項は?」

 俺がぐっと詰まると、将軍は愉快そうに笑った。
 将軍は宣誓など口先だけだ、とわかっている。そんなものが遵守されるのなら、歴史上軍人の暴発暴走事件は桁をもっと減らしているだろう。
 ただ、口数の減らない年少の兵をからかっただけだ。
 それがわかっているから、俺は降参というように両手を上げて見せた。

「――では、私の『お友達』に君の意見は伝えておく」

「ありがとうございます」

「まあ……案ずるより産むがやすし、という。世界があっさりと君に同調してくれるかもしれんし、な」

 恐らく気休めであろう将軍の一言に一礼してから、俺は在日国連軍――実体は米軍司令官の執務室を辞した。



 俺の名は、白銀武。この世界に生きる、何億人か数を減らした人類という種の一個体。
 しかし、はっきりいっておく。
 俺は恐らく、確率時空の中で無数に分岐する世界の『白銀武』の中でも、突出して変わった性格をしているだろう。
 なぜそんなことがわかるか、というと、俺の脳味噌には時空を越えた因果情報が流入してくるからだ。

 1995年の正月あたりだった。
 前触れもなく奇妙な映像や音声がリアルに脳内であふれ出したのだから、最初は悪質な頭の病気にかかったかと思ったぜ。
 あまりの情報量に、頭痛や吐き気は当たり前。主に『わかる』情報も、

「こんなの俺じゃねえ!」

 と叫びたくなるぐらい、甘ちゃんな『白銀武』の見聞きしたものだったからだ。
 正直、よくこの武で『桜花作戦』までを乗り切れたものだと思ってしまう。
 周囲の助けがちょっと少なかったら、あるいはサイコロの目の転がり方ひとつが違ったら、アウトだっただろうな。

 どうもこの甘ちゃん武は普通の(?)確率分岐世界の、俺と似て異なる存在ではなく。俺はじめとする無数の世界の『白銀武』から、いろいろと『かき集めて』できた存在だったらしい。

 そのためか、俺に『世界をとりあえずでも救えるにまで成長した力と知恵、あと他の分岐世界の情報のいくらか』の『払い戻し』があった。
 それが正確な表現かどうかはわからないが、俺は自分の中に生まれた『力』と『知識・知恵』の出所をそう考えた。

 仮に、桜花作戦を成功させた世界の武をオリジナルと呼ぼう。
 俺とオリジナルの違いは、まず恋愛関連の性格だ。
 オリジナルは、はっきりいって鈍感だが、それに輪をかけて恐ろしく純情な面がある。
 一人の女に決めたら一直線、たとえハーレムが可能だと自覚しようが、そんな不実な事はそれこそ死んでもしないような奴だ――選ばれなかった女達に同情する。いや、むしろすっぱり諦めがついていいのか?
 対して俺は、別に鈍感でも純情クンでもない。
 ……確率分岐の俺の中には、それこそゲームにかこつけて女をお子様お断りの意味で食いまくるのもいるらしいから、それに比べれば大人しいぞ?
 が、さる界隈ではローマ字で表記され、こんなの武ちゃんじゃなーい、という批判を喰らっても仕方ない程度には、欲望に忠実だ。現在は保留中だが。

 次に、思考様式。
 これもかなり違う。
 オリジナルは、どっちかというと戦術的……というか目先の事にすぐ思考を囚われがちで、他人の行動言動にも影響を受けやすい。
 そのせいで、ある時期までは香月夕呼にいいように利用されたりしたな。

 対して俺は、因果情報による知識増強という要素もあって、もっとでかい規模で考えを巡らせたくなる。暗い陰謀だって、辞さない。

 俺は因果情報を自覚した時、将来ほぼ確実に自分の身に降りかかる災厄を悟り、慄然とした。『この世界』はオリジナルがループした世界と、ほとんど誤差が見られないぐらいそっくりだ、と気づいたのだ。
 これまでは日本帝国の魔術的といえる情報統制の作り出した話を何気なく信じ、日本は大丈夫だろと漫然と思っていた。
 BETAの脅威だって、全く知らなかった。人類大勝利、を連日の政府発表は伝えていたからな。
 だが、勝っているはずなのに戦線が後退して難民が増大しているあたりで、欺瞞に気づいてもおかしくなかったはずだ。
 それなのに……

 と、内省している暇さえ惜しみ、当時の俺は、すぐさま行動を開始した。
 ただの一少年にできることなど、たかが知れていたが、無理を通さなければ悲惨な死に方をするのはほぼ確定、とわかっていればやるしかない。

 できるかどうかじゃなく、やるかやらないか――という、よくお説教に出てくるあの理屈だ。

 まず、在日国連軍に志願した。
 ただし国連軍に開放されたばかりの横浜・白陵基地にではなく、在日米軍が看板をかけかえただけ、と白い目で見られている東京・横田基地に、だ。
 このあたりの話は、めんどくさい手続きの連続だった。
 周囲の大人――両親や親戚、学校の教師達は大反対。理由は、志願自体に否定的あるいは反米反国連感情ゆえと様々だが。
 友人達(筆頭はこの世界でも、もう呪いレベルの腐れ縁・鑑純夏だ)も、めいめいにやめるよう言ってきた。

 だが、俺はそういった邪魔……そう、たとえ本心から俺の事を心配しての事だろうと、今は邪魔でしかない……を振り切り、実質米軍の国連軍に若年志願兵として入隊した。
 この世界を最小の犠牲で救うには、最大の国家であるアメリカの中に食い込むのがベターだ、と判断したからだ。
 本当はアメリカ軍に直接入隊する事も考えたのだが、日米間の国籍関連の法律だの、国民を徴兵する権利だのが壁になり、時間のロスが惜しくて断念した。

 別に、アメリカが好きなわけじゃない。それこそ感情的にいえば、日本人の多くのように未だに占領軍同然の兵力を置く連中が大嫌いだ。
 が、アメリカ抜きでは人類は一年ももたないだろう、というのが現実だ。
 アメリカを世界の最高指導部として、この非常時から目を背けるように抗争や陰謀に明け暮れる人類社会を一応にでも統制し、BETAを叩き潰す。
 アメリカがその貢献にふさわしい利益や権利を要求するなら、くれてやればいい。貢献に報いないよりは、よっぽど公平というもんだ。
 ……まぁ、BETAを排除した後に、功績や献身に見合わないモノを要求してきたら、また話は変わるがな。
 そこまで上手くいった上で、さらに俺が生き残っていれば、だが。
 ――これが、俺の目論見だ。

 入隊した後、適性検査でやはり衛士訓練兵となった俺は、かなり気張った。
 この年代の平均値をすっとばす体力を見せつけ、座学に励み、教官らはもちろん司令部クラスの連中さえ目を剥くような成績を叩き出し続けた。
 これは注目を集めるのと同時に俺自身の能力を鍛錬し、高める目的もあった。

 因果情報によるチートは、所詮は付け焼刃。

 本当に土壇場で頼りになる力が欲しければ、血と汗と涙を代償にして入手しなければ、いざって時に頼りにならない。
 それは、ループによる強化を続けたオリジナル武ですら、実戦に入ればあれだけ苦労したことを見れば、予想がつく。

 恵まれた力を捨てるほど殊勝ではないが、それに頼り切るのは情けないという思いも確かにある。
 天才訓練兵、という名声を欲しいままにする裏で、俺は同期訓練兵の皆が休んでいる間にランニングし、ちょっとした隙間時間を見つけては新たな知識を脳に叩き込んだ。
 血反吐をこっそりぶちまけたことも一度や二度ではないが、悲惨な未来を回避するためには、やるしかないと自分を鼓舞し続けた。
 結果、俺の力は訓練兵として入営半年で、精鋭の正規兵さえ回れ右で勝負を避けるほどになった。

 このあたりで、ようやく待望の特別なアクションが起こる。
 俺の存在がきっかけになり、国連軍から委託を受ける形でアメリカ軍のある極秘計画が発動したのだ。

 スーパー・エリート・ソルジャー計画。通称、『SES』計画。

 そう、世界を救う段階に達しないオリジナル武が、明らかな自分の異常性を誤魔化すために言ったでまかせが、この世界では本当になったのだ。
 BETA大戦の切り札となる、超人兵士を養成するための訓練法の研究から、『手足』となる戦術機開発まで含んだ、包括的プロジェクト。
 ――現在は掛け声が先行して、ろくな体勢もできていないがな。
 ただし実施地はアメリカ本土のエリア51ではなく、横田基地となった。
 形の上では、あくまでも俺は在日国連軍の所属だからだ。それへの配慮をしたのだ。

 ……こういう建前による足かせが、アメリカの全力発揮を阻んでいるんだろうな、と改めて実感する。

 そのくせ(因果情報どおりなら)無通告でのG弾投下とか、クーデター煽りとか政威大将軍の抹殺とか、自滅的な暴発はするんだから始末に悪い。
 チートの反対語(さすがにそれは因果情報にも無かった)を体現しているってレベルだ。

 このアメリカや世界を丸ごと洗濯するのは、大変そうだ。
 前途の遼遠さにめまいを覚えながら、俺は少しずつ上層部への働きかけを活発化させた。
 最初は珍獣を見物する気分で俺に会いに来た国連軍幹部、特にアメリカ軍が実質的な所属先であることを隠しもしない連中を選んで、いろいろとコネを作った。

 俺が、因果情報に加えてこの世界でしっかり学んだ事を元に、兵站や後方支援に関する地に足の着いた意見をいってやると、『才能に溺れたうすっぺらいガキ』を想像していた米軍将校らは、すぐに態度を改めた。
 このあたりの反応のよさは、さすが世界最強軍隊の幹部連だけはある。
 国力におんぶだっこするだけでトップを張れるほど、世の中は甘くない。まして今は、人類の天敵・BETAさんがいるのだ。質においても相対的には他国を優越しているからこそだ。
 出自や身分とかに異常に拘る斯衛軍あたりでは、こうはいかないだろう。

 俺はSES計画のデータサンプル取りにかこつけて、アメリカや国連の方針を建前無視に変更するほうが好ましいという論文を書き、各所に送り続けた。
 コネを得たアメリカの将軍と、先ほどのようなきわどい会話も頻繁にかわした。
 将来的には、大統領府はもちろんラングレー(CIA)の方々とも接触したい。

 ――近頃、露骨に軍のMPその他、諜報組織の皆様らしき視線を感じるようになった。目立つ動きをしているのだから、仕方ない

 すぐ襲撃や拘束を喰らう危険性は小さいだろうが、流れ次第ではそれも覚悟しなきゃならないだろう。

 俺の脳裏に、ちらりとテンガロンハットを被ったスーツ姿の中年男の映像がちらついた。
 日本絡みの陰謀を仕掛ける場合、一番厄介なのはあの男だろう。

「ま、やるだけやるさ」

 俺はそうつぶやいて、着込んだ国連軍訓練兵用の軍服を揺すりながら基地の冷たい廊下を歩いた。
 行き交う将兵達に、俺はいちいち敬礼する。
 自身の力で潜り込んだ私的な場所ならともかく公の場所では、だいたいこんな態度だ。最下級の訓練兵の辛いところ。
 が、答礼する者達の表情は、普通の訓練兵に対するにしては戸惑い気味だ。俺の特異な噂が広まりつつあるのだろう。

 女性将兵からは、ちょっと色っぽい視線を向けられることがある。
 大したきっかけもないのに異性をひきつけてしまう謎体質(別世界においては恋愛原子核、という仮説さえある)のせいなのか、それとも超エリート男性に対する自然な反応なのかはわからない。

 だが最低限足場を固めるまでは、人らしい楽しみは先送りと決めている俺は、気づかないふりして表面上だけ完璧な儀礼を保ち、訓練兵用の宿舎へ帰るのだった。

 もうすぐ、SESに選抜されたほかのメンバーとの顔合わせ、そして訓練兵から正規兵に昇進するための試験前倒しがある。
 それに集中しなければ。

 そう思っていた俺だったのだが、寝床に入って翌朝の四時前に叩き起こされた。

「防衛基準体制2、発令! 防衛基準体制2、発令! これは訓練にあらず。繰り返す、これは訓練にあらず!」

 という、基地内放送の狂ったような連呼によって。

 ……え? なんだよこれ、予定にないぞ! そう毒づきながら、俺は慌てて毛布を跳ねのけた。



[30130] 第二話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/10/16 18:12
 日本帝国の防空識別圏に、無数のアンノウンが進入。帝国軍のスクランブルを振り切り、第二帝都・東京に接近している。

 それが、俺に与えられた状況情報だった。
 日本帝国軍はもちろん、在日米・国連軍もその注意力のほとんどはBETAの足音迫る大陸側に向けられていたから、見事に虚を突かれた形だ。
 BETAの本土奇襲ではなかったのは、幸い――といっていいのかどうか……。

 間の悪いことに、元からいた帝国軍・在日米軍と新たに編成された在日国連軍の連絡や役割分担における調整は完了しておらず、それが混乱を呼んだ。
 仕方なく、各基地は個別レベルでの警戒を余儀なくされている。

 訓練兵も、防衛要員に組み込まれた。
 既に戦術機の実物を動かす訓練課程に入っており、かつ常に記録を塗り替えながら応用課程を終えようとしている俺は、未だ基礎動作段階の同期達とは別行動を命じられた。

 F-5 フリーダムファイターが、臨時に俺に与えられた機体だった。
 衛士教育の実機課程で使っているT-38 タロン練習機の、兄弟機だ。
 人類がBETAの侵攻を受けた初期に、それまで航空機に乗っていた空軍パイロットを新概念兵器・戦術機の衛士に転換させるために作られたT-38を、前線の戦術機不足に答えるため最低限の装備で送り出したロースペック機体。
 これだけ聞くといかにも泥縄の酷い話だが、意外な事に実際の戦場では名機として好評を得た。

 余計な装備を持たないゆえの軽量からくる運動性、経験の浅い兵にも使いやすい元練習機らしい良好な操作性、そして整備がしやすくコストも安いという実用面で優れていたからだ。
 戦術機という新たなジャンルに十分対応する暇もなくBETAとの死闘に放り込まれた前線にとっては、まさに救い主。
 基本設計にも優れていたため、多くの改良型が派生し、欧州次世代機の祖先ともなった。
 本来の用途である練習機としても多くの衛士を育てた事を考えると、人類への貢献度は最初の実用戦術機・F-4 ファントムと並ぶ双璧だ。

「兵器の優劣や価値は、スペックのみでは決まらない」

 という好例。
 どこぞのスペック至上主義……っていうかスペック信仰レベルにはいっているサムライの方々にも、しっかり学んで欲しいものだ。

 本来、特定国駐留の国連軍の装備はその誘致国(この場合はもちろん日本帝国だ)が負担するのが慣例(軍事的にも、装備を共有したほうが何かと有利)だが、過渡期ゆえに米軍保有の機体が書類上は国連軍に横滑りしているのだ。

 命令を受けた俺は、単機で横田基地管轄の、戦術機用演習場に移動した。
 戦術機が軍の主力となってから、住民に立ち退きを求めて米軍が確保した広大な敷地。帝国軍とも共有であり、在日国連軍にも開放されている。
 俺の目に、ところどころに転がされた瓦礫や大岩が見えた。それら障害物は、実践的な訓練のために外部からわざわざ運び込んだものだ。

 ――アンノウンの性質、規模が判明しないのでいざとなったら非戦闘員や基地近隣の住民を避難させる必要がある。その避難場所候補である演習場に移動し、安全確保に当たれ

 それが、俺に下された任務だ。
 訓練兵を使うのなら、適当な仕事だろう。

 俺は、演習場に到達すると手順どおりF-5のセンサーやレーダーを最大稼動にして、丹念にチェックしはじめた。
 天候は、夜明けの太陽が目に染みるほどの晴れ。風速、気温は日本の晩夏の平常値内。
 基地とのデータリンクは、正常だが。このF-5は、本来はスクラップになるか旧式機でも欲しがる国に輸出される番を倉庫で待っていたものを、急遽引っ張り出したものだ。
 出撃前に応急メンテナンスを受けて、きちんと動く事は整備兵が太鼓判を押してくれたが、やはり反応――特にアビオニクス関係の処理速度が物足りない。センサーがカバーしてくれる半径も狭い。
 因果情報内にある、最新鋭機の不知火と比べるほうが間違っているのはわかっちゃいるが……。

「ん?」

 サーチを続ける俺の網膜投影画面が、一瞬ノイズに満たされた。
 オリジナル武からの『払い戻し』に、自分で鍛えまくった動体視力を加えた目の良さがなければ、気づかなかったぐらい短いものだが……?

「気のせい……じゃないな」

 俺は、機体に自己診断プログラムを走らせようとした。

 途端に、首筋に針を突き立てられたような悪寒を感じた。
 それこそ錯覚かもしれないが、誰かに視線を向けられた気がしたのだ。
 俺は直感に従い、機体をすぐ傍にあった戦術機より大きな岩の陰に滑り込ませる。

 勘違いなら、非常に恥ずかしい行為だが……。
 次の刹那、俺の戦術機の肩があった場所を、太い火線が走り抜けた!

「っ!?」

 見慣れた戦術機の36ミリのものより、やや細い攻撃だった。
 俺の心臓が、タップダンスを踊り始める。
 いきなりかよ!?

 横田基地はじめとする、帝国軍やアメリカ軍の防衛線がこうも早くすり抜けられた、とは信じられなかったが。
 センサーが、IFF(敵味方識別装置)に反応しない存在を、今頃探知したのだ。

 岩陰からそっと頭部を出して、未確認存在を網膜投影画面に捉える。
 震動センサーにも感あり……地上あるいは地中から、ではなく。もっと上――空からだ。

「せ、戦闘ヘリ!?」

 ヒューイ・コブラ。
 アメリカ製の人類初の本格戦闘ヘリで、世界中で対BETAへの航空支援に活用されている(出撃はまず光線属種が排除されてから、だが)。対人戦でも手強い相手だ。
 こいつがさっきの攻撃をかけてきたのか? 武装を20ミリガトリング砲に換装した後期型っぽいが。
 つまり、テロリストだかなんだかに奪われたヘリってことか? それとも、日本を攻撃したいどこかの外国の?
 いずれにせよ、アメリカに日本攻撃をそそのかすような話を口にしていた俺にとっては、皮肉な展開になったな。
 とりあえずヘリを攻撃して……。

 いや、感じる視線はこいつからだけじゃねえ! 俺は、ヘリに囚われそうになる意識を、四方へ散らした。

 対人戦・対BETA戦に共通する戦闘の鉄則。目の前の敵が全てだと思うな。

「……ちっ、やっぱりか」

 ヘリが出現したのとは、方位が六十度ほど外れた場所の地上に、巨大な人型の影が二つ出現した。ファントムタイプの戦術機、それも突撃砲を両腕持ちした完全武装だ。これも、IFFに無反応。

「おいおい、まさか……」

 いつの間にか、基地とのデータリンクも切断されている。何度繋ぎなおしても、駄目だ。
 横田基地が、いくらなんでもこう短時間で壊滅するはずがない、とは思うが……。
 はずがない、という思い込みも戦いじゃ通用しない。と、いうかまともに知能がある奴が相手なら、こちらの盲点を狙ってくるものだ。

「――やるしかねえ!」

 俺は、汗ばむ手でレバーを握りなおした。非戦闘員及び民間人避難場所の、安全確保任務。なら、最低でもヘリと戦術機を無力化しないと駄目だ。
 F-5の装備は、対人用のC装備。推進剤と弾薬は、たっぷりとある。米軍装備だから、長刀はないが。

 ヘリが、機体を傾けるようにしてこちらへ曲線を描くように接近してきた。岩の裏側に回りこむつもりだ。
 高度は相手のほうがあるから、射撃戦になれば不利。かといって、ブーストジャンプで飛び上がれば、恐らくファントム二機がカモ撃ちを仕掛けてくるだろう。

「…………よし」

 この場で、あっさりと殺されるかもしれない。ろくに何もできないうちから……。
 そんな恐怖が湧き上がるが、同時に「負けてたまるか」という気持ちも出てくる。
 地獄のような修羅場をくぐってきたオリジナル武の戦いに比べたら、お遊びみたいなもんだ。

 ヘリのローター音が、急速に近づいてくる。だが、俺は機体を動かさなかった。
 風防ガラス越しにヘリパイロットのシルエットさえ伺える距離になっても、まだ俺の指先は静止したまま。

 ヘリがけん制のためか20ミリ機関砲を放ってくるが、俺は無視した。有効射程外だ。
 着弾は、かなり離れた箇所で、せいぜい跳ね上げた土が外装を汚す程度。
 こちらは36ミリ突撃砲をもっている。20ミリの必中距離より、こちらのそれのほうが長いことはヘリパイロットも承知しているはずだ。
 と、なれば次の手は。

 俺は、頭の中で敵の動きを想像し、自分の行動をイメージする。

「動き回るだけが、能じゃねえだろ……!」

 自分に言い聞かせながら、唇を舐めた。
 それこそオリジナル武が駆った吹雪や不知火ように第三世代機と最新CPU及び新型OSの組み合わせ、というのなら格別だろうが。
 ヘリに頭を抑えられ、こちらと同等かそれ以上の性能を持つファントムが最低二機はいる、となると迂闊な動きは即アウトだ。

 業を煮やしたヘリが、空中で静止状態に入る。そして、機体の左右に搭載された、四発のロケット弾を一斉に放った。
 ロケット弾は機関砲より射程が長く、威力も大きい。戦術機の比較的薄い装甲はもちろん、当たり所によっては重装甲の戦車ですら一発だ。

 だが、この攻撃こそ俺が待ち構えていたものだった。
 俺は、ロケット弾が放たれた瞬間にフットペダルを蹴り込んでF-5のジャンプユニット出力を全開にする。
 同時に、戦術機の足で背にしていた大岩を蹴りつける。
 ジャンプユニットの推力と、蹴る力の反動を合成させ、スペック以上の鋭さで宙に跳ね飛んだ。

「ぐううううううっ!」

 管制ユニットと衛士強化装備の保護機能をもってしても、全身が捻じ曲がるような重圧がかかる。鍛えぬいた俺の体でさえ、痛みという悲鳴を猛烈に上げるほどだ。
 直後、ロケット弾が炸裂した。背後で、爆風と炎が一緒くたになって吹き上がる。
 機体性能の限界を超えて逃れた俺の機体にダメージはなかったが、これで敵のセンサーは数秒は妨害されるはず。
 上昇途中で、突撃砲を発砲。36ミリをフルオートでヘリに叩き込む。
 こちらが激しく動いているため、全弾命中とはいかないが、無装甲に等しいヘリなら至近弾でも戦闘不能になる。手ごたえはあった。
 ヘリの撃破を確認する暇も惜しんで、手足の筋肉を酷使し姿勢制御操作に入る。

 今度は、ジャンプユニットの噴射口を空に向けて、全力噴射だ。
 噴射跳躍プラス、反転降下。
 戦術機機動の中では比較的ポピュラーだが、衛士や機体にかかる負担が大きいため、実戦で使う者は余り多くない。

 アメリカ軍が第二世代機開発の前提として行ったBETA研究の成果の一つに、

『光線属種のレーザー照射の、その初期照射から本格照射に入るまでのタイムラグや、一回照射を終えてからの再照射までの間隔』

 を利用することで、光速で飛んでくるレーザーも回避できる、という概念がある。
 この場合の回避というのは、破壊力ある照射を避けるという意味で、初期照射はさすがにどうやってもかわせないがな。
 これに従い数秒だけ空中に浮かび上がり、光線属種が狙いをつけた途端に地上に逃げ、空撃ちさせるのだ。
 今回俺が使った機動は、それと同じものだ。外したいのは、レーザーではなく待ち構えているファントムの狙いだが。

 ファントム二機は、俺が降下を始めた時には、左右に散開していた。
 爆炎を背にした俺の機体は、熱探知他のセンサーからは消えた状態になっているはずだが、確認できるまで待ったりする様子はない。

「ちっ!」

 俺は舌打ちした。
 馬鹿みたいに棒立ちになってくれることを期待したんだが、どうやら敵の戦術機乗りは相応に手練らしい。判断はええ!
 だが、混乱しているのは確かなようだ。特に右手側の奴は、動き自体は直線的だ。

 俺は、着地した機体の制御が戻る(この時期のOSは、余計なお世話と思えるほど自動操縦が働く割合が多い。恐らく衛士の世界的な訓練状況悪化への対策なんだろうが)のと同時に、右手側に逃げたファントムに照準を合わせた。
 網膜投影画面にインサートしたターゲットから、少し外れた場所に120ミリ砲弾を発射する。未来位置を予測した射撃だ。
 狙い通り、ファントムは自分から砲弾にぶつかるような形で、直撃を受けてくれた。
 目を一瞬、強い閃光が焼く。
 いくら重装甲のファントムでも、大型の装弾筒付翼安定徹甲弾を喰らっては耐えられない。爆発がやけに綺麗な真円を描く。

 撃破の余韻に浸る間もなく、俺はF-5を短距離跳躍で飛ばした。関節各部の駆動音が、肌に響く。
 最後の敵――ファントムが、復讐の念を現すようにセンサーを光らせてこちらへ突進してくる。

「マジか!?」

 俺は、思わず『白銀語』をわめいてしまった。
 オリジナルがループした世界では、発生しなかったか、それとも歴史の流れのなかで消えてしまったかして、『武』しか口にしなかった言葉だ。

 追跡してくるファントムは、転倒しそうなほど体全体を前傾させていた。
 直立状態からわざと極端にバランスを崩し、その位置エネルギーを前進力に転化する――第三世代機あたりなら、自動補助でOSが当たり前にやってくれる行動だが、元が重装甲のファントムだとかなり難易度が高くなる機動制御。
 少なくともOSは最新レベルにまでアップグレードしたものなのか、それとも衛士の腕か。
 単なる運動性なら相手に勝っているはずのF-5に、あっさりと追いついてくる。被ロックオン警告音が、俺の鼓膜を乱暴に叩いた。

 俺は咄嗟に、右ジャンプユニットだけを吹かして跳躍した。横ロールした機体のすぐそばを、36ミリ砲弾が走り抜ける。

 ――ただのテロリストじゃねえ……教官か、教導隊クラスか?

 回る視界の中で、俺は戦慄を覚えながら思考する。同時に、ちりちりとした違和感も湧き上がってきた。
 機体の平衡を取り戻して足から着地すると、俺は兵器担架に指示を送った。
 第三あるいは第四の腕といわれる背中の兵器担架は、搭載した突撃砲を独立・自律で扱う事が可能だ。戦術機にとって、背後をとられるチェックシックスは、必ずしも不利を意味しない。

 が、相手は当然のようにそれを承知しているらしい。深追いを避けるように手近な瓦礫の陰に飛び込んだ。
 ファントムが視界から消える際、その背中の兵器担架の装備を、辛うじて目視できた。
 俺は機体を旋回させ、瓦礫に向かって突進する。
 右あるいは左から出てくるのか、それとも陰でこちらを待ち伏せか?
 相手の行動を予測する俺の脳裏に、電流にも似た直感からの忠告が走る。それに従い、ある命令を機体に送り込んだ。
 次の瞬間、センサーが敵影を捉え直す。

 ――上だ!

 ファントムの重いはずの機体が、瓦礫を飛び越え鋭く跳躍していた。そして、背中の長刀――つまり、純正のF-4ではなく前線国家向け改修機だったのだ――を抜きながら、俺目掛けて落下してくる。
 俺は、むしろ自分から相手にぶつかっていくようにブーストジャンプをかけた。
 F-5の腕に今までもっていた突撃砲は先ほどの操作で既に排除し、両手には膝から引き抜いたばかりのナイフを持たせてある。

 長刀とナイフ。斬り合いになれば、こちらが圧倒的に不利だ……まともに遣り合えば。
 だが、長刀は意外と取り回しが難しく、銃より射程が圧倒的に短い・懐に飛び込まれれば却って威力の発揮しようがない、という武器なのだ。
 臆せず突っ込めば、むしろナイフのほうが有効な場合もある。

 さっきちらっと見えた長刀を相手が使ってくるとは限らなかったが、賭けに勝った!
 そう確信しながら、俺は空中で右のナイフを突き出して相手の長刀振り下ろしを妨害しつつ、左のナイフを胸部と胴体の装甲の隙間に叩き込んだ。



「――状況、終了。全機、支援車両到着まで、その場で待機せよ。白銀武訓練兵に対する『最終試験』は、これまでとする」

 ファントムを空中で仕留め、着地した俺は、すぐさま新手がいないか警戒に入った。それから十秒ほどたって、こんな通信が入った。

「やっぱりそうか……」

 俺は、体に溜まった緊張と疲労を吐き出すように、深呼吸した。
 網膜投影画面が、一瞬ブレる。視界に、『無傷』のファントム二機とホバリングするヘリが映る。音声情報その他も、『正常』に戻った。

 途中から機体情報が全て、リアルに仮想情報を衛士に送り込む統合仮想情報演習システム――JIVES(ジャイブス)からの偽情報を加えたもの摩り替わっていたのだ。

 敵機の爆発があまりに綺麗過ぎたことあたりが、違和感の正体だった。普通なら、弾薬の誘爆や可燃物への引火で、いびつな形になるはずだ。
 それに後から考えると、敵から俗に言う殺気みたいな、ぎらついたものが全く感じられなかった。日本帝国に侵入するほど気合の入った相手にしては、不自然だ。

 ほどなく、網膜投影画面中央に、俺の訓練教官の顔が映る。
 横浜基地のように、(恐らく機密保持の必要もあって)一人の軍曹が全部仕切る方式ではなく、米軍から国連軍に横滑りした教官らの分業型だから戦術機課程の専門教官だ。
 ちなみに、難民としてアメリカ軍に入った現場叩き上げの苦労人……の、割りに見た目は金髪碧眼と白磁のような肌、果実のようなけっこうなお胸をお持ちの二十代後半の北欧美人だ。
 俺と戦ったファントムのどちらか――恐らく手強いほうに乗っていたのだろう。衛士強化装備姿。
 禁欲モードが長いせいもあって、思わず生唾を飲み込みかける俺だが、なんとか殊勝な顔を作って見せる。

「いきなりの戦闘、しかもヘリ含みの変則的な敵を相手に、無傷で圧勝か。もう少し、苦戦してくれると思ったのだがな。可愛げのない奴だな、スーパー・エリート・ソルジャー殿?」

「はっ!」

 いろいろ言いたい事はあるが、軍隊ってのは基本的に理不尽を兵に要求する。これぐらい、可愛い部類だ。
 ……正直、見た目の結果ほど楽な戦いじゃなかったけどな。オリジナルからの払い戻しに加えて、きちんと実力をつけていなかったら、どうなっていたか……。

「詳しい講評は後だが、結論だけ先にいっておく。白銀武訓練兵」

「…………」

「もう、我々が貴様に教えることは何も無い。訓練部隊中、一人だけ前倒し、というのは異例の事だが、貴様は三日後に正式に少尉任官が認められる」

 俺は、思わず頬を緩めた。
 遠い目標への第一歩を、やっと踏み出せたのだ。
 私的なコネによる『提案』など、所詮は物好きな将軍の好意に甘えた与太話に過ぎない。
 俺自身が、れっきとした地位を築かなければ、大勢の人間など動かせないのが、世の中だ。

 思わず、目頭が熱くなる。俺なりに、相応に苦心を重ねてやってきた鍛錬が見える形で実を結んだのだから。

「貴様でも、人前で泣く事があるんだな」

 教官が、からかった。思えば、俺はいつも隙を見せないようにしていたから、軽口を向けられるのも始めてだったのかもしれない。
 ……ってか、人前「以外では」孤独と辛さに泣いていたことお見通しだったのか。

 俺は、涙を拭うと通信画面越しに教官に敬礼した。



[30130] 第三話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/10/25 17:35
 日本帝国にアンノウン侵入、という話は嘘だった。俺一人を試すためだけではなく、在日米軍及び国連軍全体の訓練を兼ねた大芝居だ。
 小耳に挟んだ所によると、在日国連軍の連中は一部を除けば右往左往するばかりで、無能さを露呈して精鋭兵士や米軍将兵にケツを蹴られる状態だったらしい。

 ……考えてみれば、一時貸し出しならともかく長期間国連に移籍させる人員なんて、各国とも渋るに決まっているよな。
 優秀な人材は一人でも多く囲い込み、祖国のためにまず働いて欲しいというのは国家として自然な反応だ。
 難有りの人員ばかりを回された在日国連軍は、たまったものではなかろう。

 だからって、因果情報内の通称『横浜事件』にあるように、『味方に活を入れるために、捕獲されたBETAをわざと逃がして味方に損害を与える』という本末転倒を支持する気にはなれないがな。
 俺が、香月夕呼と接触し直接協力関係を築く、という選択肢を早々に捨てた理由のひとつが、これだ。

 巌谷大尉による、F-4改修機の瑞鶴がF-15C イーグルを撃破した模擬戦は、帝国の国産機開発路線を加速させるほどの衝撃があった結果だ。
 ところが、横浜基地の国連軍エースチームは、さらに凄かった。
 衛士が慣熟していないとはいえXM3を搭載したF-15J 陽炎を、旧式OSのファントムで撃破しまくっていたのだ。
 彼らに勝てたのが、オリジナル武ら『吹雪+新型OS、しかも短いとはいえその組み合わせでの実戦経験あり』の207Bチームだけだったことを考えると、すげぇ、としか言いようが無い。
 あと、オリジナル武の腕と新型OSの価値を、わだかまりなく認めた度量の広さも、だ。

 が、その凄腕……そして神宮司まりも軍曹は、基地を引き締めさせたいという理由で永遠に命を絶たれた。他の将兵達も、だ。

 道徳的な話を言うつもりはねえ。俺だって、『見せしめ』を前提とした世界統一案を考えているぐらいだからな。が、それを抜きにした利害面から見ても、悪手だ。
 下手すれば、実験用BETA管理の不手際を理由にオルタネイティヴ4計画への中止命令が出てもおかしくない事態。
 ホストである日本帝国だって、顔を青ざめさせ支援を打ち切ったって不思議じゃない。逃した個体が少数でも帝都や難民キャンプへ乱入したら、地獄絵図だからな。

 俺は、香月夕呼は純粋な技術者としてはともかく、運命を共有するパートナーとしちゃ失格、と断じる他なかった。
 ほかにもいろいろと事件を起こしたり、利用した香月だが、とかくやることがリスキーすぎる。俺から見ると、代替手段がある危険さえ犯していると思えるような……。
 純技術面以外のことを全て俺に委任してくれ、と頼んだって無理だろう。そこまでの強力なカードはこっちにはない(あっても素直に聞いてくれるとは思えんが)。
 接触するにしても、彼女の暴走を押さえ込めるぐらいの足場を固めてからだ。

 だから、俺は今の道を選んだ。
 まぁ、現在はやっとその一歩を踏み出し、降ろせたかという段階だがな……。

 少尉任官の内示があってから任官までの間、俺は暇が増えたので、前祝いを名目に私的なコネを作った幹部軍人達と極力会うようにした。
 これは、俺の考えを相手に伝える意図もあったが、同じぐらい重要な目的が別にあった。

 情報収集だ。

 この世界は、オリジナル武がループし続けた世界と、本当にそっくりだ。
 だが、オリジナル武という一個人の視点から見た情報というのは、主観が混じった不完全なものだと思わなければならない。
 特に国家レベルの機密に絡む話や、今の俺じゃどう頑張っても確認に必要な材料を得られないBETA関連の情報が、そのまま通じる保障はない。

 もし、外見上は同じに見えてもBETAの習性や命令系統、その思考様式が少しでもズレていたら?
 話は全く変わってしまう。

 俺が、因果情報で得た知識を、具体的なカードとして中々切れない理由は、まさにここにあった。
 未来はこうなります、という怪しい話を信じてもらうだけでも大変なのに、いざその時が来てズレがあった場合は言い訳など効かない。そこで終わりだろう。
 よって、会話の時間の半分は、俺が聞き役に回る場合が多い。
 そうやって使える因果情報とそうじゃないものを、俺の中で選別していかなければならない。

 今のところ、世界全体の対BETA戦の状況、各国の政治制度、戦術機の出現スピードなどは、差異はなかった。むしろ、薄ら寒くなるぐらい一致している。

 そして今、俺は整備ハンガーの隅に積まれた木箱に腰を下ろし、ある曹長と会話していた。

 幹部軍人なのに曹長、というのはおかしい――と、いうのはまさに日本帝国や斯衛あたりを基準にした常識だ。
 アメリカ軍においては、下士官といえど高い待遇を受ける(むろん、それほどの経験と技能があると認められた場合だが)。
 米本国には軍全体の最先任上級曹長という、下士官階級のボスとして将官並の待遇を受け、米軍最高幹部の会議に出席し意見を言うポストさえ存在するぐらいだ。
 そういった米軍特有の制度を抜きにしても、叩き上げの専門屋のほうが実務に強いのは万国共通。
 もっとも、俺だって横田基地に飛び込んで生活するまでは、知らなかった話だがな。勉強して仕入れた知識だ。

 話す内容によっては、将校相手より有益な場合がある。

「――難しいな。CPUをデュアルコア……複数くっつけて並列で処理を分担するよう改良したって、恐らくフリーズの危険がつきまとうぜ、そりゃ?」

「そう、ですか」

 赤ら顔で中年のがっちりした体格の曹長(より正確には、横田基地司令部付最先任曹長、という長い肩書きを持つ)の前で、俺は神妙な表情を作りながら心の中で落胆した。
 因果情報内にある、新概念OS『XM3』あるいはそれに類似したものを前倒しで作って、量産できないか。
 そう考えた俺は、因果情報云々は抜かして、概念を大雑把に曹長に伝え意見を聞いたのだ。

「なあ、坊主。俺は整備出で、衛士じゃねえから、新しい戦術機動の良し悪しはわかんねえ」

 前置きして、曹長は続ける。
 SESだろうと、この道ウン十年のベテランにかかっちゃあ、俺はただのヒヨコだ。

「だけどな、兵器の基本ってやつはわかる。兵器ってのにはな、適度な無駄や遊びが必要なんだ」

「無駄、ですか?」

「ああ。考えても見ろ、お前みたいな天才が、いたれりつくせりの場所で一人だけ使うマシンならともかく、大抵の兵器は素質も練度もばらばらな連中が、劣悪な環境で使うんだ。
十分な訓練を受けてもいねえ兵士が操るなんざ、前線じゃ日常茶飯事さ。
今お前がいったような新概念OSを、CPUをマルチコアにしていくつも無理に並べて実現できたとしても、恐ろしく不安定なモンになる。並の兵士が使えば、事故るのは確実だ」

「……」

「限界をぶっちぎる操作を入力しても、CPUの処理能力にはまだ余裕があって、その分で不測のトラブルに備えるぐらいのレベルがなきゃ、量産普及は上がよっぽど馬鹿か楽天的じゃなきゃゴーサインなんてでねえ」

「要求性能を実現できるレベルの、さらにワンランク上が求められるんですね」

「そうだ。まして、兵器に使われる精密機器は、信頼性が第一だからな。性能にある程度目をつぶってでも、堅実に動く奴を使うのが相場だ。同時期の民生向け高級品より、スペック自体は下ってのも当たり前だ。
『無事是(これ)名馬』っていう諺が日本にはあっただろう? かなり厳しいぜ……部品数が増えれば、まず比例してトラブルが増えて整備の手間もかかるしな」

 駐留が長いだけあって、日本語が上手な曹長だ。
 俺は、思った以上にXM3再現のハードルが高い事を知り、愕然とした。
 因果情報内では、短期間で横浜基地の戦術機に充足していった代物だから、と簡単に考えすぎていたらしい。裏では、超大作ドラマが作れるほどの技術者や整備兵の苦悩とかがあったのかも……。
 香月が、一般人向けの常識的な配慮をしてくれたとは思えないしな。
 ……迂闊といえば迂闊だが、彼女自身のポテンシャルや性格のみに判断材料がいっていて、地位に付随する物を軽視しすぎていたかもしれねえ、と冷や汗が出た。

「だが、アイデア全てを捨てる事もないか?」

 そんな俺をよそに、曹長は腕組みした。

「はい?」

「要は、増大する情報処理量をどう安定してさばくか、だ。キャンセルだのコンボだの、在来の戦術機機動に全く違う概念をプラスしていくのなら、ハード側にも新しい概念を加えていくって手がある」

「新しい……ハード、機体側の概念、ですか?」

「ああ。旧来の機体構造を変えないなら、今いったようにかなり厳しい。無理な改良が新造よりトータルで見れば高くつくってのは、これも兵器じゃ良くある。
もしその新型OSとやらの価値が、新規構造の部品を作るコストに見合うものだって証明できるのなら……」

「つまり、最初から新概念OSに最適化した機体を設計してもらうっていうことですね?」

「そうだ。だが、そのためには優位性証明が絶対に不可欠だが、これがまた――」

 俺は熱心にうなずきながら、メモを取った。
 こうやって集めた情報やアイデアを俺なりにまとめたものは、SES計画の試案という形で上申される。
 国連やアメリカの上層部が、どこまで本気で注意を払ってくれるかは謎だが……まあ、一訓練兵の身分でこういう行為が許される事自体、常識から見れば破格の扱いだからな。
 今は、やるだけのことをやってみるだけだ。




 俺、白銀武の少尉任官は、

『日本帝国人が、実質的にアメリカ軍の訓練を受けて、特別待遇で国連軍の士官になる』

 というかなりややこしいものだ。まるで蝙蝠。
 眉をひそめる者は多いだろう。

 が、日米同盟の強固さだの、国家の枠組みを超えた人類の団結だのをアピールしたい側から見ると、それなりにプラスの価値が見出せる。
 そんなわけで、任官式自体はささやかだったものの、米軍や在日国連軍の広報誌に小さな記事として名前が出ることになった。

 いくら訓練で新記録をたたき出し続けたとはいえ、実戦経験もない新人が持ち上げられれば、先任の士官達は面白くないだろう。
 彼らの中には、大陸の過酷な戦線で死ぬ思いをした者達が多い。不平感を覚えないのは、度量が広いんじゃなくてただの鈍感だ。

 現在、国連軍横田基地の兵員組成はアメリカ軍の看板かけかえただけが六割、残り四割が帝国軍等からの出向という状態だが、いずれからもいい視線は向けられていない。

 オリジナル武のXM3トライアルのように、実力を現場の将兵にも周知させるイベントが欲しいところだ、と俺は思ったが。

 その前の段階として、SES計画自体に暗雲が立ち込めはじめた。
 原因は、国連を舞台にした外交合戦だ。

 国連秘密計画採択レースで日本帝国案が採択されたため、別案を出していた国やその支持国、そして計画がぶっ潰れて面目を失ったソ連が、国連軍……特に日本帝国がもろに絡んでいる在日国連軍に厳しい視線を向け始めた。

 具体的には、SES計画候補として挙げられていた者の国連軍移籍を、今更にしぶってきたのだ。
 そして国連とアメリカは、ガス抜きのためこれを容認した。

 ……まあ、仕方ないだろう。国連から見れば、発動したばかりのオルタネイティヴ4への人材提供を優先させたいはずだ。
 因果情報内にある人物……例えば社霞(ソ連で『作られた』)や、イリーナ=ピアティフ(東欧社会主義国の一つポーランド出身)ら基幹要員を引き上げられたら、たまったものじゃないだろうからな。

 アメリカとしても、現行オルタネイティヴ計画の予備という形で、一度は駄目だと烙印を押された自案をねじ込むために必死な時期だ。

 SES計画は現在の所は無数に立案されてはろくに戦史本にも載らずに消えていく、泡沫プロジェクトレベルに過ぎない。
 本命計画のとばっちりも甘受するしかなかった。

 そんなわけで、SES計画直属の実働部隊の正式所属衛士は、任官したての俺一人という情けない状態になった。

 ――普通に任官するより状況悪くねえか、これ……?

 空きスペースばかりがやたら目立つSES計画部隊用の事務室に一人座りながら、俺は大きなため息をついた。
 目の前に机においてある書類を、暇つぶしにめくる。
 紙同士がかすれる音が、白い壁に反射してやけにわびしいぜ……。

 少尉に任官したことで、俺に対して開示される情報のレベルが上がったため、まっとうな手段でいくらかの世界の動きが入手できるようになった。
 例えば……。

 日本帝国政府、国内の反対を押し切って在日国連軍に最新第三世代機・不知火の供与を決定。ただし、機密漏えいを懸念する反対派に配慮して横浜基地限定で、しかも日本人以外をタッチさせずという条件付。

 東南アジア諸国、先年のスワラージ作戦のために強引な指揮権を発動した国連(そしてソ連)への不信感を露わにする。
 冷戦時代から、東西対立とは一歩引いた『第三世界』を目指していた国々は、自分たちの主権領土内でG弾なる未知の兵器を使いたがるアメリカともある種の緊張が生まれていた事もあって、地域連合を形成して独自勢力になることを模索。
 大国の思惑に振り回されないための、中小国家連合だ。
 亡命政府となったインドや中央アジア諸国、次は我が身の恐れがあるベトナム・韓国等もこれに同調する気配が濃い。
 国連の引きとめ工作(国土を失った国家の軍隊を直轄軍にするのは、国連の常套手段だった)は、あまり効果を挙げていない。

 BETA大戦勃発以来の総計として、全人類人口の半減がほぼ確実となる。人類以外の生命体の減少、生態系への打撃も深刻。
 国連も世界各国も憂慮しているが、抜本的対策は打ち出せていない。

 ……俺が利用できそうな話は無い。どっちかといえば思惑とズレる話ばかりだ。

「このまま飼い殺し状態になるぐらいなら、どっかの部隊にねじ込んでもらって前線に出るか……?」

 いい骨休みだ、という怠けた考えがちらっと脳裏をよぎるが。それを打ち消すようにつぶやいた。
 功績、特に実戦で誰もが目を見張るような成果が欲しい。
 一般的な昇進を待っていては、俺が理想とする権力を持てるまでに、どれだけかかるやら。

 頭を抱えたくなった俺の耳に、扉が開く音が響いた。

「TAKERU、いるか!」

 顔を出したのは、俺より五つほど年上の、ロディ=ストール中尉だった。
 オーストラリア軍からの出向組で、SES計画の管理要員として付けられた人物だが、暇なのは俺と同じ。
 金髪に赤みがかった目、日焼けした肌を持つストール中尉は、

「喜べ! お前用の戦術機の配備が急遽決定したぞ!」

 と、叫んだ。今にも俺に抱きついてきそうなほど、喜んでいる。

「……え?」

 いきなりの発言に、俺は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。



 俺は、ストール中尉に連れられて、戦術機ハンガーの一角に移動した。

「政治バランスってやつかね、これも?」

 中尉のつぶやきに、俺はうなずきながらも視線は運び込まれたばかりの戦術機に釘付けになる。

 大国間のものほど大掛かりではないが、SES計画についても各勢力の思惑や均衡というものが存在する。
 予定されていた人員が回ってこなかった代わりというわけか、機材だけが驚くほどの速さで運ばれてきたのだ。

 メンテナンス用ベッドで沈黙している巨大な人型の兵器は、外見だけなら世界中でお馴染みのF-15Cと同じだ。
 帝国軍でも長刀戦闘に適応した改良を行った陽炎が配備されているから、一般人だったころの俺でもニュースで何度か見たことがある。

 だが、外見は同じだが中身は別モンだった。

「F-15E ストライクイーグル。まさか、去年配備されはじめたばかりの新型を拝めるとはなあ……」

 そんな中尉の言葉に、俺も全く同感だった。
 SES計画の実質的な執行役はアメリカ軍とはいえ、やはり本国軍に比べれば扱いが悪いのは当然だろう、と思っていたのだ。

 現在アメリカはG弾という新兵器を主軸した戦略を打ち出しているが、実のところけっこうアメリカ軍内にも反対や懸念は多い。
 おおざっぱに分けて、反対される理由はふたつ。

 ひとつはG弾自体が実戦証明がなく基礎データ把握さえ怪しい、未知の兵器だということ。
 俺から見ても、これに一点がけするような危うい路線の採用は、例の『チートの逆』現象かと疑ったぐらいだ。

 もうひとつは戦術機はじめとする通常兵器予算が、G弾のためにかなりのペースで削られていっている事だ。
 役人や企業の既得権益が侵される、という生臭い話は置いておくとしても、実際にBETAと戦っている部隊にとってこれはたまったものではない。
 特に防御戦闘においては、G弾のような大規模破壊兵器は使うタイミングが難しく、結局頼りになるのは今までの相棒達、という状況は変わっていないのだから。
 期待の新型・F-22 ラプターの配備が遅れに遅れている、という形で煽りを食っているのだから尚更だ。

 こういった状況への妥協案として産声を上げたのが、F-15Eだ。

 在来機の改良だが、小手先レベルではなくかなり抜本的な強化が為されている。
 F-15は元々拡張性と基本設計双方に優れた機体だったから、比較的短期間かつ低コストでパワーアップができたのだ。

 国連宇宙軍は、F-15Eの優秀性に目をつけ、先年のスワラージ作戦でまずまずの結果を出した新戦術――

『宇宙からの直接降下により、最小限の消耗で兵力をハイヴ内に突入させる』

 ために編成された、ハイヴ攻略の切り札たる軌道降下兵団に、是非こいつを欲しいとかなり強烈にラブコールを送っていた。
 実戦化されたものを含め、第三世代機が配備されつつあるのにそれらを差し置いて、だ。
(まあ第三世代機は保有国がどう見ても出し渋る、という面もあるんだろうが)

 アメリカとしても、G弾がらみのロビー活動で発生した国連との亀裂を修復したい思惑があったのだろう。早々に、F-15Eに降下用装備等の追加を施したタイプの提供を開始すると表明した。

 以上の情報から、生産配備はアメリカ軍自身が使う分と国連軍軌道降下兵団向けが優先で、俺のような外様には当分は回ってくることはないと諦めていたから、これはうれしい計算違いだった。

 早速乗りたいところだったが、さすがに送られてきたばかりの機体を動かすことは、整備兵達が許可しなかった。
 初期トラブル検出と潰しに、最低でも三日ほどかかるという。
 さらに俺が出していたアイデアのいくつかを、試験的に組み込むらしいから、実働状態にするには約一週間は待たなければならないとか。
 着座調整等は、その後の話だ。

 露骨に肩を落とす俺だったが、ストール中尉は陽気に笑う。

「いいじゃないか。精鋭中の精鋭が集まる軌道降下兵団と同じぐらい、お前に期待している偉いさんがいるって証拠だぜ?」

 その言葉をありがたくいただいて、俺は名残惜しさを感じながらもハンガーを去る事にした。
 機体に夢中で、自分に向けられる冷たい無数の視線にも、気がつけなかった……。




「あれが噂のスーパー・エリート殿か? くそっ、こっちは中古の撃震だってのによぉ……」

「どうやって上に取り入ったんだか。いっちょ、揉んでやるか?」

「やめとけやめとけ。本当に戦況を変えるほどの天才君なら、ルーキーだろうが大歓迎だぜ。
逆にゴマすり上手なだけの無能なら、相手にするだけ時間の無駄だ」

「でも、このままじゃあ先任の面子ってやつがねえ。模擬戦でも仕掛けるかい?」

「馬鹿、相手はストライクイーグルだぜ? C以前のとは基本性能が違うんだ。
あれとまともにやりあおうと思ったら、同型機かおたくら帝国自慢のTYPE-94(不知火)がいるだろうに」

「そんな上物が回ってくるのなら、新米にいちいち嫉妬する必要もないんだけどねえ……」

「F-15をF-4あたりで何とかできそうな連中は、横浜に引き抜かれちまったしな」

「――いいこと思いついたぜ」

「……おい、いっておくがリンチはいくらなんでも反対するぞ? ばれたら恥ってレベルじゃねえ」

「違う! 何も俺らが直接に腕試しをする必要はないってことさ。ほら、次の定期演習は『あいつら』との合同演習だろ? うまく誘導して――」

「なるほど……それなら……」



[30130] 第四話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/10/31 07:40
 SES計画の第一目的は、超がつくほどの精鋭兵士を養成し、それにふさわしい戦術機の改良あるいは新造を行うことだ。
 だが孤立した精鋭を作ってそれで良し、というものではない。それだけでは、対費用効果が悪すぎる。
 その成果を一般の国連軍やアメリカ軍……さらには世界各国の軍隊にフィードバックする事が、最終目標だ。

 オリジナル武が自分の操縦ログを他の207B分隊の隊員に見せて、彼女らの急速な成長を助けたようなのをシステム化し何十倍にも規模を拡大したようなもの、といえばわかりやすいだろうか?

 XM3が再現できれば手っ取りはやいのだが、それは現行技術の壁があって難しい。そこで――

「白銀少尉、データリンクは正常。記録装置も問題なし……出撃準備整いました」

「了解。内部からも確認、オールグリーン」

 管制ユニットの座席に身を沈めた俺は、国連軍制式カラーの衛士強化装備に包まれた手を忙しく動かしていた。
 F-15Eの搬入からきっちり一週間後、実働状態となった機体のチェックだ。
 これまで何度かシミュレーター上で動かしてきたが、本格的な機動テストは今日の演習に合わせて行う。
 さらに、機動データをより高い精度で収集する装置が機体各部に設置されたので、それも確認している。

 戦術機の操縦は、大雑把にわけて三つのものから成り立っている。
 衛士による直接操作、衛士の脳波や血圧等のバイタルデータを機体のコンピュータが読み取っての間接制御、そしてOSによる自律化された補助システムだ。

 このうち、もっとも重要なのは直接操作だ。コンピュータが発展しているとはいえ、最後の判断は人間がやる必要がある。同じ機体でも、乗り手の腕によって大きな差が発生するのだ。

 間接制御は、実は一番厄介な部分になる。生きている人間というのは、精神状態やその日の体調によってバイタルデータに変動が生じるのだから、敏感に設定すると誤作動を起こしやすい。
 膨大なデータの蓄積から、汎用として通じる部分を抽出してコンピュータに覚えこませるのだが、データ記録容量などに制約があるからなかなか弄りにくい。

 最後のOSによる補助・補正部分は、地味だかかなり重要だ。
 なぜかって?

 人間の技量というのは、一度鍛え上げても落ちるからだ。どんな凄腕でも、ブランクがあれば操縦カンを鈍らせてしまう。

 衛士に限らず兵士には、腕を上げるための費用・手間と同じかそれ以上に、技量を維持させるコストがかかるのだ。
 だが、機械は正常に動く限り、ど忘れというものとは無縁だ。
 因果情報においてXM3搭載機と非搭載機の間に大きな差が発生した一番の原因は、ここかも知れないと俺は考えている。
 機動データの共有により、OSの補助を受けて、衛士本来の技術以上の動きを機体にさせることが出来る。この機能自体は、従来型OS(つまり俺にとっては現行)の時代からあったものだが、OSとそれを動かすCPUの性能が上がっているため、より効果が顕著になったのだろう。
 さらに、OSの補助が不適当だった場合は、任意にキャンセルできるしな。

 だが、現状でXM3級の性能を持ったOSとそれに必要な機材を揃えるのは難しい。
 多少でも現行のOSをマシにするために、俺が提案したのが、

『自動補助の手本・参考となる機動データを、より精密に収集する』

 という、ある意味で工夫もへったくれもない手だ。
 だが、それゆえに上に受け入れられ易かったらしく、俺用のF-15Eには記録装置や内部向けセンサーが追加増強されている。

「最終チェック終了。異常なし……少尉、お気をつけて!」

 元気のよい言葉とともに、それまでポップアップウィンドウに映っていた整備兵の顔が消える。
 基本的に軍内部では微妙な(さらには嫉妬を含んだ)視線を向けられることが多い俺だが、整備兵達からは『最新機材に公然と触れられる』余禄のお陰かあまり隔意をもたれていない。
 正直、ありがたい。整備に手を抜かれたら、衛士なんぞ何もできないからな……。

 俺は、網膜投影画面や通信系を整備用のモードから、いつでも出撃可能なように外部モードに切り返る。
 目に映ったハンガーの光景は、かなり慌しいものだ。
 一個連隊(108機)規模もの戦術機が出撃準備に入っており、一部は誘導を受けて外へ向かっている。
 横田基地のハンガーはここだけではないが、他の場所でも似たような状況が展開されていることだろう。

 1996年現在、日本帝国はついに学徒全面動員に等しい、徴兵年齢引き下げ案を国会で可決した。また、九州を対象に避難勧告が出た。

 ――因果情報通りならば、あと二年ほどで日本も直接BETAの攻撃を受け、記録的な大損害を出すことになる。
 故郷の横浜や、そこに住んでいる人々も、かなりの犠牲を受けるのだ。
 俺は内心、かなり焦っているのだが、現実は中々思い通りにいってくれない。
 在日国連軍や米軍、それに帝国軍と斯衛軍は一応、合同訓練や演習を繰り返してはいるが……それは、協調のためというより面子をかけた競争、という面が強い。

 オリジナル武の記憶によると各軍は、2001年下旬においてもかなりの強大な戦力を残している。にも拘らず、国民は大損害を受け国土は関東以西は壊滅状態。
 普通なら、軍が壊滅して防衛力を喪失してから民間人が……となるはずだ。何かおかしな力が働いている、とかでなければ、まともな戦力運用ができず軍事上でいう『遊兵(戦闘に寄与しない無駄な兵力)』を多数作ってしまったのだろう、と考えられる。
 現状、その最大原因と俺が予想しているのが滅茶苦茶な指揮系統だ。最上位指揮権がどこにあるのか、さえ不明確。

 ……非効率な迎撃で戦力を浪費するよりは、と軍が戦力の維持を優先して民間人を見捨てたケースもかなりあったかもな。
 歴史に例が山ほどあるように、軍事的視点から見た必要性っていうのは、人道や「軍はこうあってほしい」という理想としばしば反するもんだ。

 本日行われる定期演習も、はるばる他地方から部隊がやってきて参加する大規模なものだが、果たして実効的な能力向上に繋がるかどうか……?

 国連軍のブルーカラーと、米軍のグリーン系統色が混在する、この基地らしい戦術機部隊が順次出発していくのを、俺はしばらく眺めていた。

 俺は、部隊編成上はたった一人だし、機体も横田基地唯一のF-15Eだ。エレメントを構成する相方もおらず、戦力的には使いづらいことこの上ない。

 F-15EのジャンプユニットはF-22等の先進第三世代機開発で培われた技術の恩恵を受けており、低燃費高速巡航を可能とする。
 これはいいのだが、他の機体と連携を維持するのに苦労するのは明白だからだ。
 俺の側が遅い機体に合わせれば、こっちの燃費が悪くなるし、相手が無理して出力を上げても同じ。何より、衛士にいらぬ疲労を強いる。
 基本的に、同一機種かせめて似た性能の機体で部隊を編成するのが常道ってものだ。

 さて今回の演習では、どんな任務を振り分けられるのやら……?

「――白銀少尉」

 しばらく待っていると、HQから通信が入った。事務的な表情を作ったオペレーターと画像越しに目をあわせる。

「はい」

「出撃準備はよろしいか?」

「はっ」

「では、本演習における貴官の任務を転送する。送信パッケージ21、キーコードはN3」

「了解……受信しました。任務、確認」

 送られてきた圧縮データを、あらかじめ決められた暗号キーで解錠する。面倒な手続きだし、BETAには無意味なのだが、対人戦で通信が傍受される可能性を完全に排除するわけにもいかないしな。

「命令を受領。白銀少尉、出撃します」

 手早く命令内容を頭に叩き込むと、俺はレバーを握り直しフットペダルの感触を確認した。
 誘導灯を振る要員の指示に従い、固定具から解き放たれたF-15Eを前進させる。機体各関節が、戦術機独特の駆動音を発っする。
 俺は唇を舐めながら、ゆっくりとハンガーの出口へと向かった。




 かつて『卒業試験』が行われた演習場に入った俺は、機体のレスポンスを確かめるための小刻みな動きを行いながら、指定ポイントに移動する。
 ショートジャンプ、サーフィシング、咄嗟射撃動作、急旋回……一通り試す。
 秋の晴天の下、F-15Eは力強くイメージ通りに動いてくれた。

「……いいな」

 俺は、レバーから伝わってくるきびきびとした手ごたえに、自然と笑みをこぼす。
 今まで使っていた練習機や、予備機のF-5とはあらゆる面で次元が違う。
 特に、馬力に余裕があるのはありがたい。運動性なら、模擬戦で教官がやったようにある程度は腕や工夫で何とかなるが、パワーは機能以上に出すのは無理だからな。
 ただ空力制御概念を大胆に取り入れた不知火に比べると、小回りという点では不満が残るが……これは開発の元になったドクトリンや思想の違いだからな……。

 実の所、F-15Eは不知火とは技術的には近しい。どちらも、ベースは傑作戦術機F-15Cだ。兄弟……とはいかないまでも、従兄弟機と呼べるぐらいの関係にある。
 が、作り手が違うとかなり差異のある操作を要求されるのだ。
 あえていえば、不知火は達人好みで、F-15Eは比較的万人向けってところか?
 俺の不知火に対する経験は、オリジナル武を経由した間接的なものだから、間違っているかもしれないが。

 そんな事を考えながら、目標ポイントに到達した。

「――あれか」

 俺の視界に、一両の大型兵員輸送車が映った。そのボディには、衛生兵科を示すマークが塗ってある。

 ……BETA相手では、対人戦ならお互いが人道上条約を守るという前提の元で辛うじて期待できるような人命救助さえ無理であることは、いうまでもない。
 だから、戦地で自力行動不能に陥った兵士を助けに入る場合は、例外なく戦闘救助(コンバットレスキュー)になる。
 衛生科が、戦闘専門の兵士並に武装するのは、対BETA戦じゃ珍しいことじゃない。
 過酷な任務をこなす衛生兵の中には、レンジャークラスの訓練を受けたつわものも多い。
 が、そんな兵力があれば最初から普通の戦力として投入したい、というのが指揮官クラスの本音だ。
 ある程度余力があって、かつ建前に過ぎなくても兵士一人一人の命を大事にする軍隊……アメリカ軍などでもない限り、専門の戦闘救助部隊を常設するのは稀なのが人類の現実だ。

 そして、米軍を多数含みかつ後方地域である帝国駐留の在日国連軍には、一応、専門の隊が編成されている。

 大型兵員輸送車は、内部に救急治療用の設備が積み込まれているタイプ。その周辺には、護衛らしい戦術機(国連軍カラーの撃震)が三機ほど警戒姿勢で立っていた。
 ある程度接近した所で通信を開いた。

「こちら、白銀武国連軍少尉であります。コールサインは、ホワイト1」

 いかにも適当にとってつけたようなサインだが、俺が決めたわけじゃない。司令部の指示だ。

「ボーグ=ブレイザー国連軍少佐だ。貴官が、増援か?」

「はっ。本『作戦』において、貴隊の指揮下に入るよう指令を受けました」

 網膜投影画面に映ったのは、三十半ばを越えたぐらいの男性衛士だった。この時代の衛士としては、かなり高齢と見て良い。
 白人系の彫りの深い顔と、細い目が印象的なそのブレイザー少佐に、俺は軽い違和感を覚える。いや、違和感の元は少佐本人というよりは……。
 疑問を頭の隅に浮かべながらも、規定のやり取りを済ませる。

 ブレイザー少佐のコールサインは、ホルス1。他の二人の衛士(いずれも俺より先任だ)がそれぞれホルス2と3。
 護衛対象の兵員輸送車のコールがエンジェル。これを守るのが、俺達の任務だ。

(……ん?)

 俺は、ふと眉をひそめた。何機もの戦術機が専任の護衛につく、というのはいくらなんで贅沢すぎる。通常ならせいぜい機械化歩兵ぐらいまでだ。米軍ですら、ここまでは滅多にしないだろう。

 広域データリンクを参照すると、既に各部隊は対人あるいは対BETAを想定した訓練を開始している。

 俺達も、早速訓練に入った。まずは、機体自身の出す音を極力抑えての、静粛警戒。
 周囲には瓦礫や岩が無数に転がっているが、今のところ敵性反応はなし。JIVESの仮想敵を相手にしているらしい戦術機が飛び回っているのが、遠くに望めるぐらいだ。

 HQからは特段の指示が入ることもなく、じんわりとした時間が流れていく。
 いい加減、集中力が薄れてきたタイミングを見計らったように、ブレイザー少佐が通信を入れてきた。

「その新型の乗り心地はどうかね?」

 自分たちは撃震なのに、新米の若造が新鋭。そういう妬みの類は全く感じさせない、落ち着いた声だった。

「はっ。良好であります」

 だから俺は素直に答える。
 と、少佐の口元がほころんだ。

「そんな機体を存分に乗り回せたら、楽しいだろうな……私達にはもう無理だが」

「……」

 俺は、思わず首を傾げてしまった。確かに新型は充足が遅いが、機会があれば無理ってものでも……。
 すると、少佐はまた口元の形を変えた。今度は、自嘲を示している。

「そうか、君は私達の事を知らないのだな。ほら」

 画面の中で少佐は、自分の右手を振る。その動きが、どこか不自然だ――作り物っぽい。
 まさか……。

「そう、我々は戦傷兵なのだよ。幸い、生体義肢との接続では衛士適性基準を満たしたが……それがぎりぎりでね。
短期ならともかく、長期戦になればまともな働きができなくなる。こうして、お情けで撃震に乗せて貰っているだけでありがたいぐらいだ」

「……は、はあ」

 重い……重すぎる!
 俺は、どんな表情をしていいのかわからなかった。

 そうだ、戦争になれば人間は傷つく。戦闘以外の訓練中にだって。
 仮に擬似生体の手当てがついたって、全く元通りになるって例は少ない。かけがえの無いモノは、一度失えば戻ってこないのだ。
 因果情報内の涼宮遥中尉のように、完全に衛士適性を失ったのも辛いだろうが、なまじ戦術機に乗れる力がある、というのも……。

 つまり、俺を含めた厄介者が、臨時に護衛小隊に編成されたわけか。

「この撃震も、実は操縦系統が少し改造してあるものでね。前線の兵站を考えると、この点からもよろしくない」

 俺が感じた違和感の正体は、少佐らの周囲に映る管制ユニットの仕様の違いだったらしい。
 このとき、俺はかなり微妙な表情をしていたのかもしれない。
 少佐と、その部下二人が愉快そうに笑い声を上げた。

「おいおい、そう深刻になるな。こういうお情けで軍に残っている老兵もいる、ということさ。もっとも――」

 俺は、一瞬ぞくりとした。少佐達の目に歴戦の兵士以外何者も出せない、強烈な光を見たのだ。

「我々のようなポンコツ兵士でも、人類に対する義務を果たさねばならない時には、身を惜しむつもりはないがね」

 だが、俺の見た『光』は嘘のようにすぐかききえた。
 温和な声で、少佐は話を変える。

「……それにしても、白銀少尉は若いな。まだ十八にもなるまい? 十三歳になる私の息子よりは、さすがに年上だと思うが……」

 若年志願兵として入隊し、スピード記録で任官した俺は、少尉としては驚くほど若い。
 鍛えまくった体のせいで、ひとつふたつ年上に見られる事もあるが。

「あ、はい。今年で」

 答えようとした俺の言葉を、耳障りな警告音が遮った。
 咄嗟にレーダーを見ると、IFFで味方識別信号を発してない動体が接近してくる。
 これは、戦術機……
 F-15Eのレーダーは、最新鋭のものだからこのあたりの探知範囲は広い。その情報は、データリンクで少佐達にも伝わる。

「全機、警戒態勢! 前進し、正体不明存在を確認する」

 少佐の指示に従い、俺達は兵員輸送車を守るべく機体をショートジャンプさせた。戦闘になった場合、すぐ後ろに護衛対象というのはかなりまずいからだ。
 直援の機体を残したいところだが、接近する謎の戦術機は一個中隊ほどの数が捉えられている。こっちは四機だから、出し惜しみする余裕が無い。

「――見えた!」

 数回、ショートジャンプして着地した後、俺の網膜投影画面に映ったのは――

 肩装甲に映えるのは、赤い星のマーク。全身を彩っているのは、ソ連軍……ロシアンカラーといわれる、かつての帝国最大の仮想敵国でよく使われる塗装。
 だが、在日国連軍にはソ連軍は参加していない。
 何より、不知火をソ連軍は装備していない!

 つまりこいつらは。

「富士……教導団!? 演習に参加してたのかよ!」

 思わず驚きが口をついてでる。
 開発部隊を含んだ、帝国の最精鋭。装備の良さを考えると斯衛軍より上の、文字通り最強集団……の、はずだ。

 どういうことだ? 富士教導団が訓練に参加しているのは……ありえない事じゃない。在日国連軍は実質的な帝国軍の分派を含んでいるからな。それを訓練することもあるだろう。
 だが、態度がよくわからねえ。攻撃してくる様子は今のところないが、こちらを遠巻きにする動きはどうみても好意とは逆だ。

 そのうち、富士教導団の不知火の一機から、通信が入った。

「――白銀武っていうのは、どいつだ?」

 冷たい敵意が滲むような声。他所属軍人に対する、最低限の前置きさえない。
 名指しされた俺は、嫌な予感にかすかに身を震わせた。





「では、発動予定のプロミネンス計画に帝国は不参加、ですか?」

 あからさまな落胆の声が、暗いハンガーに響いた。

「ああ……軍や議会の馬鹿どもめ、何を考えているのやら」

 答える側も苦々しい思いを隠さない。

 プロミネンス計画。
 一度は却下したはずのアメリカのG弾使用路線を、国連が予備計画という名目で容認しようという態度に反発する諸外国が、対案的な意味を持って出したプロジェクト。
 国家や東西冷戦の名残という垣根を越えて、世界規模で戦術機開発技術の交流を行い、現状を打破する高性能戦術機を並行して開発しようという野心的なものだ。
 日本帝国も、G弾に反対する立場からこれに乗るのが当然だと思われたのだが……。

「国粋主義……あいつら自身に言わせれば愛国主義……によれば、不知火などで培った国産技術を他国に見せるのは、国賊的行為らしい」

「そんな馬鹿な」

 うめいたのは、ある著名な帝国の軍需産業の人間だった。着込んだ作業服は、油で汚れている。
 元々、技術屋というのは国粋主義とは縁が薄い存在だ。
 どこの国の何人が作ったものだろうが、良いものは良い。駄目なものは駄目。失格品に、愛国的だから仕方ないとかの誤魔化しが入る余地はない。

 まして、戦術機技術においては開示がむしろ世界のスタンダードだ。
 もし、1970年代にアメリカが『愛国的』に自国開発技術は他国に渡さん、とやったら……人類はとっくに滅亡していただろう。
 潜在敵国である旧東側諸国にさえ、様々なルートで技術を提供したからこそ、日本は国産技術を研究する時間を得られたのだ。

 日本自身も、F-15の最新技術徹底研究が可能という恩恵を受けている。

 それに、技術者としては愛国主義とかよりダメージがある話だが、現行の国産技術は残念ながらアメリカ製品の模倣レベルを脱していない。
 まがりなりにも一級品になっているのは、現場の生産者や将兵の献身によるものだ。そんな現場の過重負担に頼ったやり方が、いつまでも通じるとは思えない。 

「軍の中にも、わかっている者はいる……だが、残念ながらそういった者達は窓際族だ」

 技術者と話しているのは、軍服を着た壮年の軍人だった。彼の視線が、暗いハンガーの中に納められた戦術機を見上げる。

 94式戦術機・不知火。それを改良するため、内部をばらしている最中の機体だった。

「この不知火は、異様に高い要求性能を満たすため、兵器に本来必要な拡張性を犠牲にしている。戦術機として、大問題だ」

 戦術機は、不確定要素の塊であるBETAを主敵としているため、急にBETAの行動や性質が変わってもそれに対処できるだけの柔軟性を必要とされる。
 F-4 ファントム以来、多くの戦術機に改造の余地がある部分が多目に残されたのは、そのためだ。
 この意味では、不知火は自ら望んで袋小路に入り込んでしまっている。

 にもかかわらず、帝国軍は異常なスペックを要求したのと同じ口で、不知火をさらに改良しろと命じてきた。
 この全体的な視点を欠いた要求に、軍需産業が頭を抱えたのは言うまでも無い。

 帝国軍人や役人の多くは、企業を言った事を実現する道具ぐらいにしか見ていないのだ。平然と無茶を言う。
 一応、不知火の改良に取り掛かりはしたものの、予想通り難航している。
 フレーム材質に関してはコストを無視すればアメリカを上回るものさえ作れるのだが、主機や駆動系パーツ……特に高出力低燃費の効率的なユニットについては、全くお手上げだ。

 その軍需産業が、打開の望みとしたのがプロミネンス計画への参加だ。
 アメリカは、G弾路線の邪魔になりかねないこの計画を妨害するどころか、自国最新技術を持つ企業の参画を認めるという、太っ腹で度量のある態度を示唆している。
 恐らく国内企業救済という要求、そしてさすがにこれは開示しないと思われるステルス技術のアドバンテージに自信を持っているゆえだろうが、何にせよこの一貫性の無さは帝国にとってはチャンスだ。

 だが、プロミネンス計画参加は見送られた。

 帝国戦術機の現状を正確に把握し危機感を持つ企業人や軍人などの心ある人々は、落胆せずにはいられなかった。
 不知火の抜本的な問題解決は先延ばしになるとしても、せめて今後予想される日本本土防衛戦には、全軍に供給できる改良型を間に合わせたい。
 陽炎を改良してアメリカでいうE型基準に引き上げるような案もあったのだが、機体自体の調達が絞られた後だから無理なのだ。

「そこで、私なりになんとか打開策を探ってみた。これを見てくれ」

 落胆する作業服の男に軍人が差し出したのは、在日国連軍の広報誌だった。開かれたページには、新品の制服に身を包んだ黄色人種の少年の写真が載っている。

「……これは、日本人ですね」

「ああ。実はこの少年、国連そしてアメリカが発動させている、あるプロジェクトに関わっている。その中には、新型戦術機開発も視野に入れられているらしい」

「それは」

「国連軍所属とはいえ、日本人が国連やアメリカにエリートとして認められて関われるのなら、馬鹿どもの拒否反応を抑える糸口になるだろう。
この計画に、不知火の改良案をなんとかねじ込めないか動いてみるつもりだが。どうかね?」

「SES……計画?」

 帝国の反主流派軍人と企業人の密談を、カバーが外されて丸出しになったセンサーで、不知火が静かに見つめていた。



[30130] 第五話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/11/15 18:31
 俺は、アメリカや国連に帝国攻撃を示唆するような事を、論文にしたり口にしたりしている。もちろん、外に出れば舌禍事件になることだから、こっそりとだ。
 それでも、どこからか話が漏れた可能性は否定できず、そうなると特段愛国屋を気取っていない日本人でも、俺を裏切り者とみなすだろう。

 いつかは帝国人から指弾される、あるいは喧嘩を売られることは覚悟していた。
 だが、こんなにも早くこういう形で、というのはちょっと予定外だ、と思わざるを得ない。

 いや……所詮は、遅いか早いかだ。俺は、腹をくくって通信に応じた。

「自分ですが」

 こちらを向いた不知火のセンサーアイには、不穏な光が宿っているように思えた。
 俺は、半ば無意識に機体装備を確認する。右腕には突撃砲、左腕は空いている。いざとなったら、砲を両腕でもって安定性を増す……。
 と、ここまで考えて装備は背中の突撃砲、膝装甲内のナイフ含めて全部模擬戦用装備だと思い出した。

「――貴様か、不知火を欠陥機だと言いふらしている不埒者というのは!」

「…………は?」

 俺は、思わず馬鹿みたいに口を開けた。

 いや、いろいろ言ってきたりしたが、それは知らねえぞ!?
 武御雷みたいなのを内心で批判したことはあるが、現物がこの世界のこの時点では存在しないモノだから、密談の席でさえ口に出してはいない。

 俺の反応が遅れたのをどう取ったのか。富士教導団の衛士達は、激しい口調で責め立ててくる。

「とぼけるな! 証人がいるのだ!」

「ストライクイーグルに比べれば、玩具同然だと――」

「『俺が本気になれば、一個中隊の不知火だって蹴散らせる』とまでほざいたそうだな!?」

 俺は、顔を引きつらせながら負けないよう声を張り上げた。

「ちょ、ちょっとまってください! それは言っていませんよ!」

 そう口にしてから、ひやりとした。

『じゃあそれ以外は何か言ったんだな?』

 と、ツッコまれると思ったからだ。
 しかし、富士衛士の皆様は、

「聞けば、最初から米軍同然の国連軍に志願したそうではないか! 帝国軍への入隊を忌避するとは、貴様それでも日本人か!?」

「日本の民たる誇りをどこへやった!? 恥ずかしくはないのか?」

「お前のような者は、国賊だ!」

 と、たたみかけて来た。
 俺は口を閉じた。別に恐れ入ったわけではない。

 ……そういえば因果情報内じゃあ富士教導団って例の『12・5事件』に深く噛んでたっけ。
 こういう気質が元からなければ、そりゃ他国の謀略に踊らされたっていってもあそこまではやれないよなぁ……。

 BETAがいつ攻めて来るかわからない状況で、クーデター。
 日本は佐渡島だけじゃなく、鉄源等のほか複数のハイヴとも対峙していたから、BETAが来なかったのは、運命の神様に贔屓されているレベルの幸運にすぎない。
(1998年に日本を半壊させたBETAの進軍は重慶ハイヴからはるばる、だ。あいつらの行動力は人類の予想を簡単に超える)
 それは当然、まともな軍人ならわかっていたはずだ。
 でもやったところを見ると、自分たちの『愛国的』な理想どおりの日本でないのなら、滅んだほうがいいとか本気で思っていそうだ。

 うん、なんつーか。ついていけないものを感じる。
 俺自身、たしかにかなりひねくれた性格だからなぁ……。因果情報を受け取る前から、こういうノリには悪寒を覚える性質だったし。

 さてどうしよう。

 内心の問題でいえば、俺は真っ黒だ。
 将来実行したら確かに売国奴呼ばわりされても仕方ない事、いろいろ考えているしなあ。
 この意味じゃ、不知火に関する件はともかく、後ろの非難は的外れでもないし……。

 だが、俺が口にする言葉を決めるより早く、ホルス1――ブレイザー少佐が、割って入ってきた。

「そこまでにしていただこう」

「っ! なんだ貴様は!?」

 落ち着いた声と表情のブレイザー少佐に対して、むっとした表情を見せるのは富士衛士の一人だった。

「ボーグ=ブレイザー国連軍少佐だ」

「これは、日本人同士の話だ! 外国人は引っ込んでいてもらおう!」

 ……おいおい、相手は所属違いとはいえ少佐だぞ?

「それはできない。白銀少尉は、私の指揮下にある……私は、貴官らの言う白銀少尉の言動が事実なのかどうか、把握する情報をもっていない。
だが、仮にそのような発言が事実だったといっても、このような場で責め立てるのは筋違いというものだ。
我が隊は訓練中であり、それを阻害する行為は慎んでいただきたい」

「…………」

 ――大人の態度だ。
 俺は、黙り込んだ。富士衛士達も、気まずい沈黙に入った。
 が、そのうちの一人……大尉の階級章をつけた男が、すぐに口を開く。

「失礼だが、少佐どのの御国はいずこか?」

 その言葉に、少佐の顔が曇る。おい、これって……。

「……ベルギーだが」

 ベルギー。
 陥落して久しい、西欧の国家のひとつ、か。

「ほう、祖国が滅亡したにも関わらず、少佐どのは極東でアメリカに寄生し、国連風情の小間使いか」

 なっ……!?

「我々日本人なら、祖国滅びるならともに滅ぶのみ、だ。その誇りを忘れた愚か者を教育しているのに、敗残兵は口を出さないでいただこう!」

 こ……こいつ!?

 思案段階とはいえ、確かに祖国日本を平然とないがしろにできる俺なら、何を言われても仕方ないかもしれない。
 だが、場を納めるために意見した人間に対して、ここまで腐った態度を取るのか!?
 それがこいつらのいう、誇りある日本人の姿かよ!?

 胃がかっと灼熱するほどの怒りを感じて、俺は不知火をにらみつけた。半ば無意識にフットペダルにかけた足に力が篭る。

「おい、てめぇらが喧嘩を売ってきた相手は俺だろうが……! いいぜ、かかってこいよ!」

 ジャンプユニットが唸りを上げはじめる俺のF-15Eを、少佐の撃震が片手に持った追加装甲を挙げて制した。

「落ち着け、少尉。私が祖国と運命を共にしなかったのは事実であり、また敗残兵であるのも事実だ。ゆえに、侮辱には当たらない」

 少佐の目と声色は、どこまでも冷静であった。
 ぐぅ……大人すぎるだろいくらなんでも。俺はぐっと唇を噛み締めて、機体の動きを止めた。

「――そして、私の身の上がどうであろうと、祖国からみて非国民であろうと、貴官らの言動や行動の正当不当とは何の関係もないはず。
もう一度通告する。訓練を阻害する行為は慎んでいただきたい」

 うわ……俺のほうが自分の子供っぷりに恥辱を感じるよ。こういうのを分別っていうんだろうな。
 相手に落ち度や問題があるとしても、それに対抗するのに違法行為や不当な行動を取っていいって理屈にはならないよな。

 俺自身、痛いところがありすぎる……。頬が怒りとは別の原因で赤くなっていることだろう。

 少佐の前じゃ、俺も富士の連中も等しく『若造』ってやつか。

 富士の大尉は、今度こそぐっと詰まった。富士衛士の何人かからも、さすがに冷たい視線が飛んでいる……全員が全員、キ印じみた国粋主義者ってわけでもないみたいだな。
 が、味方からさえ批判的な目を向けられたのが、逆に大尉の引っ込みをつかなくしたらしい。

「……よろしい。ならば、我らと貴隊で訓練――模擬戦を行いましょう。それなら、問題ありますまい?
――おっと、失礼。そのお体では、口は動いても手のほうは……」

 と、言い放った。少佐らが戦傷兵であることに気づき、露骨に揶揄している。
 暴力勝負なら絶対に勝てるという傲慢さが、不知火の装甲からさえ染み出ているようだ。

 ――ぶち

 俺は、今度こそ切れた。
 所詮は、十代のガキだ。自制心にも限界があるってもんだ!

 ……湧き上がる怒りは、単純なものでもなかった。因果情報内で富士教導団に殺された米軍衛士達の事を思い出していた。
 アメリカの陰謀に事態の原因のひとつがあったのは確かだが……あの衛士達は、オリジナル武らを守るために戦死したことに違いはない。
 富士は直接手を下していないかもしれないが、207Bへの追撃を防いで全滅した『まともな』帝国軍部隊の衛士や、A-01などの国連軍の犠牲者も、だ。
 並行世界の出来事ゆえ、かなり非論理的かつ無意味なのだが、敵討ち気分が俺に生まれたのは否定できない。

 少佐らが止める間もなく、大尉の不知火をロックオン。即座に、36ミリ突撃砲のトリガーを引く。
 放ったのは訓練用ペイント弾だ。

 だが、大尉の不知火は咄嗟の後退機動で火線を外した。ペイント弾が、むなしく背後にあった瓦礫に当たってオレンジの塗料をぶちまける。

「っ!? 貴様!」

 くそっ、性格は最悪だが反応はいいじゃねえか! 今の不意打ちをかわすのかよっ!
 人格の高潔さと、軍人としての技量は一致しない(むしろ、優秀な軍人ほど一個の人間としてはやばい連中が多いのは、歴史でよくある)もんだとはわかっちゃいるが……。腐っても教導団か。

「ぐちゃぐちゃうるせえ! 模擬戦!? 上等だ! 『国賊』の腕がどんなもんか、見せてやるよ!」

 俺は怒鳴り声を上げながら、JIVESの設定画面を呼び出した。
 そして、限りなく実戦に近い仮想情報が加わるモードにする。着弾すれば、ペイント弾でも実弾直撃を受けたような衝撃を衛士が受ける設定だ。
 この情報は相手方にも伝わっている。一種の挑戦状だ。
 相手も、即座に同じレベルに設定した、という信号が返ってきた。

 レーダー上で、不知火のマーカーが敵性を示す赤に変わる。
 一個中隊12機いる不知火だが、敵対信号を発したのはうち8機。残りの衛士は、「アホらしい、ついていけん」と考えたのか、それとも見届け役なのか。

「白銀少尉!?」

 制止の気配を含んだ少佐の声をかきけすように、俺と『敵』の不知火をあわせた合計九対のジャンプユニットが、激しい咆哮をぶつけあう。

 こうして、到底褒められるものではない形で、俺と富士教導団の戦いのゴングは鳴った。

「馬鹿が! これだけの数の精鋭と不知火相手に、勝負になると思ったか!」

 開いたままの回線から、嘲りが流れ込んでくる。
 ブーストジャンプして距離をとろうとした俺のF-15Eを追いかけて、不知火の群れも大地を蹴る。
 急加速に、左右の光景が歪んで後ろに流れる中、ぴったりと背後に敵意がついてくる。

 ……確かに、教導衛士クラスが乗った、不知火の二個小隊を単機で相手にするなど、自殺行為だ。
 一分もたせただけでも、凄いなと褒められるほどの困難な条件だろう、普通なら。

 だが、あいにくこっちはいろいろと普通じゃねえんだ!

 F-15Eの背後に迫った不知火が、一斉砲撃を仕掛けてくる気配を感じた瞬間に俺はフットペダルを蹴りこんだ。
 ブーストジャンプ上の軌道スレスレにあった大岩を蹴りつけ、強引に方向転換。
 体に、常人なら押し潰されそうなGがかかるが、かまわず俺はさらにジャンプユニットを噴かした。

「なっ!?」

 爆発的な加速で宙をかけるF-15Eは、不知火を振り切ってロックオンをことごとく外した。

「ば、馬鹿な!?」

 富士衛士が漏らした馬鹿、は今度は驚愕を示すものだ。

「――衛士の体がもつのか、あんな動きをして!?」

「米軍新型の性能!? いや、管制ユニット周りはこっちと同レベルのはず――」

 Gで引きつる口元で、俺はわずかに笑った。
 俺の衛士適性は常人離れしている。オリジナル武と同じように、だ。
 これに『払い戻し』と自己鍛錬分を加えているから、対G能力は人間離れしたものとなっている。
 鍛えられた衛士でも失神するような強引な加速や機動も、無理じゃない。

 派手な土煙を上げて着地すると、俺は現行OS性能限界ぎりぎりの速度で機体を振り向かせる。
 酷使された関節各部が、悲鳴じみた音を上げた。

「ひとつ!」

 俺は、慌てて着地しようとする一番近い距離の不知火に向けて、突撃砲を放った。
 ペイント弾は、露軍迷彩の胸部装甲に吸い込まれるように命中した。
 ぱっと鮮やかな色の塗料が飛び散り、一部は霧となって流れる。
 JIVESの機能が働き、その不知火は安全確保ための自律機動以外が全てカットされ、大地に足をつけたあとがっくりと崩れ落ちる。

 さらに俺は、もう一機の不知火に視線を送った。
 そいつは、同僚の二の舞を避けようと退避運動に入ったが――

「ふたつ!」

「な、何!?」

 俺がほとんど狙いをつける動作をいれず撃った120ミリ模擬砲弾は、不知火が逃げた空間に先回りするように飛翔し、胴体部に着弾。

 ……不知火そして同系列の練習機・吹雪は、空力制御のためのパーツを多く持つという機体性質上、ジャンプユニットに頼った強引な方向転換は、空力がマイナスに働く場合が多い。
 不知火の癖を把握している者なら、旋回機動を選択する。

 俺は、それを良く知っていた。
 オリジナル武経由の因果情報で、だ。だから、動きが手に取るように読めた。

 対して、富士教導団といえども日本にほとんど姿を見せないこちらのF-15Eについては、ろくにデータが無いはずだ。
 せいぜい、原型機の改良である陽炎の性能をベースに、予測値をだすのが関の山だろう。

 8対1。はるかに不公平な条件だが、こっちにも有利な要素はいくつもあるのだ。

 ――これまでの模擬戦では、どこか『ズル』しているという後ろめたさがあったが……大きなハンデがある今は、気兼ねする必要はどこにもねぇ!
 まして相手がこいつらならな!

 俺の気合に(正確にはそれによって変化した脳波や血圧に)呼応して、F-15Eのセンサーアイが明滅する。機体を駆け巡る電圧が、次の全力機動に備えて上がっているのだ。
 それが、相手側には何か化け物が眼を光らせたように見えたらしい。

 散開しつつ着陸した残り6機の不知火から、息を飲む気配が伝わってくる。

「っ……!?」

 驚愕と恐怖で、彼らが鍛え抜かれた精鋭衛士から『ただの人』に戻った刹那を、俺は見逃さなかった。
 一機の不知火に狙いをつけて、突進する。視界の中で、ぐんぐんと敵影が大写しになっていく。突撃砲を保持してないほうの手に、ナイフを抜かせる。

「調子にのるな!」

 はっとなった不知火の衛士は、突撃砲を捨て、背中の兵器担架から長刀を引き抜く。
 突撃砲の狙いを定める暇はない、と判断したのだ。それは、間違った判断ではないが――今回ばかりは、俺の予想のうちであり狙い通りだった。

 斬りかかって来た不知火が邪魔になり、他の連中は俺に砲撃を加えることができない。

 風を巻いて切り下ろされる長刀の切っ先を、俺は急制動をかけてぎりぎりのところでかわした。
 人間でいえば、一寸の見切り。

「!? 長刀の間合いも知って……!?」

 米式訓練を受けてきた衛士は、主要装備ではない長刀には疎いはず。その常識が俺には通じないと、相手が悟った時には、

「みっつ!」

 長刀を切り返す暇を与えず、ナイフを胸部装甲の継ぎ目に叩きつけていた。
 力を失った不知火を盾にするようにしながら、俺はさらに別の奴に狙いを定めるべく、視線を忙しく動かした。
 富士衛士達は一種のパニックに陥り、それぞれがばらばらな行動をとり始めている。なおも攻撃に入ろうとする奴、距離をとろうとする奴。

 富士衛士と一口にいっても、やはりいざとなった場合の精神の建て直しの早さには個人差がある。
 集団を相手にする場合は、頭を潰すか……逆に一番弱そうな奴を叩いて、着実に追い込むか――今回は、後者だ!

 鋭くも単純な機動でバックジャンプしようとする不知火に向かって、俺のF-15Eが飛ぶ。
 苦し紛れに撃ってくる砲撃を避けるため、F-15Eの両足を大きく後方に振りその勢いを殺さないまま、空中で倒立。
 視界がひっくり返る中、俺は不知火を頭上から照準レティクル内に捉えた。

「こんな機動が戦術機に出来るのか……!?」

「よっつめぇ!」

 富士衛士の驚愕を遮るように、軽快な音を立てて吐き出される36ミリ突撃砲弾は、また一機、露軍迷彩をオレンジに染めた。
 撃破した直後の不知火の背中側に、一回転しながら降り立った俺に、他の不知火が開いた距離を詰めて、攻撃をかけてこようとするが。
 先ほどと同じように、機動不能に陥った味方が障害物と化して射線を塞ぐ。もちろん、計算してやっている。

 これで半分!

 なんとか回りこんでこようと横ジャンプをかける一機に気づいた俺は、そいつの動きに合わせるように同じ方向に横ジャンプした。
 二つのジャンプユニットが、競うような高い音を上げる――が、ジャンプユニットの出力自体はF-22譲りのこっちが上だ。不知火の頭を抑えた形となる。
 不知火の砲撃を機体の横に流しながら、カウンター気味に120ミリ砲弾を叩き込んだ。

 よし、まだこっちの機体データは取りきられてないな。
 解析されていたら、わざわざ不利なパワー勝負には出てこない。
 不知火の長所である、小刻みな近接格闘機動を仕掛けてくるはずだ。そうなれば苦しい事になるが……。
 俺は、汗塗れの顔で笑った。
 冷静になる暇は、与えない!

「いつつめ……!」

 次の獲物に狙いを定めると、俺はレバーを握りなおした。

「な……何なんだこいつは……!?」

 残りの富士衛士達の声は、完全に裏返っていた。




「TAKERU=SHIROGANE……。日本人か」

 アメリカ・ワシントンDC。
 とあるオフィスビルの一角で、一人の老境にさしかかったアメリカ軍人が手にした書類を眺めていた。
 軍人の襟には、『中将』という高位を現す徽章が、窓から差し込む夕日を受けて輝いている。
 引き締まった顔立ちに、鋭くも理知的な目。

『戦術機の父』の異名をとる、バンデンブルグ中将だった。

 その名を聞けば、たとえ反米国家の嫌米派であろうと一定の敬意を払うだろう。

 開発当時は、空想的だのロボット遊びだの、考えつく限りの否定と罵倒を浴びせられた新概念兵器・戦術機を実用化するために奔走し、その運用理論を確立した。

 つまりは、全人類の恩人といえる。

 だが、最近は『楽観論者』のレッテルを貼られ、功績に見合わない閑職に回されていた。
 彼は、『生粋の対BETA兵器たる第二世代戦術機の登場で、BETA大戦は人類が勝利しえる』と主張していた。
 現実に苦戦しているのは、せっかくの戦術機を使う側の軍人が、宝の持ち腐れ状態にしているためだ、と。
 戦術機を中心とした、通常戦力の質を伴った拡充を常に要求していた。

 当然ながら、この主張はG弾使用を訴える者達が主流を占めるアメリカでは少数意見に過ぎない。
 いや、表向きは戦術機を主軸とする通常戦力での戦略を訴える前線国家群からさえ、全面的に受け入れられているとは言い難い……。

 そのバンデンブルグ中将が、立ち上がりながら静かに視線を向けた先にいたのは、やはり白人系のアメリカ人だった。
 だが、中将とはかなり印象が違う。
 やせぎすで眼鏡をかけ、額は禿げているせいか広がっていた。印象からして、軍人ではなかった。

「彼は、『戦術機の神様』フランク=ハイネマンの足を止めさせるほどの少年である、と?」

 アメリカ屈指の軍需産業・ボーニングにその人ありと知られたハイネマンは、技術面における戦術機の確立者だった。

「私ごときが、そのように評価されるに値するかは甚だ疑問ですが……彼が非常にユニークであることに間違いはありません」

 スーツ姿のハイネマンは、本来ならアラスカ州・ユーコンで発動されるプロミネンス計画の協力者として、既にこの地を発っているはずだった。
 ボーニングは国連軍に委託する形で、会社戦術機部門の未来をかけたF-15強化案『フェニックス計画』を行うつもりであり、またいくつもの国から技術協力の要請を受けている。
 ハイネマンも、殺人的に多忙であるはず。だが、わざわざ時間を作って中将に会いに来たのだ。

 一人の、日本人少尉の情報に接したために。

「我々は今まで戦術機を人がかぶる動力付鎧の延長、と捉えておりました。つまり、人型であることを過剰に意識していたのです。
もちろん、この捉え方にも正当性とメリットはありますが……」

「ふむ……」

「しかし、TAKERU少尉は、戦術機をもっと自由かつ柔軟な視点で捉えております。
例えるなら……そう、今までの戦術機戦闘理論が、投げ技が一部ある立ち技格闘技程度なら、彼が考えているのは何でもありのバーリ・トゥード、とでも申しましょうか」

 穏やかな笑みを崩さないハイネマンだが、言葉の端々が弾んでいる。

「確かに。コンボや先行入力などという発想は、これまでは出てこなかった。廃案になったアイデアの山を探れば、多少似たものはでてくるかもしれないが……」

 戦術機をまるで遊戯の駒のように見立て、発想に制限のない機動概念を提案している。
 それが、日本からSES計画の試案として提出された論文を読んだ中将の感想だった。

「ええ。まだまだ荒削りで、技術面からみて問題ある点が多いのですが。
もしこれらが実現できれば、中将の提唱されている『戦術機の通常攻撃によるハイヴ攻略』の大きな力になるでしょう。
……実は、すでに国防総省と国連軍総司令部の知り合いに頼み、彼にF-15Eを一機、手配済みです。一体どんなデータを出してくれるか、年甲斐もなく胸が躍って仕方がありません」

 ハイネマンはさらりといったが、明らかに一介の技術者の範囲を超えた行動だ。
 彼は、ただの企業経営者あるいは技術屋ではなかった。腹の底には、中将さえうかがえないモノを抱えている。

「ですが、残念ながら私はしばらくアラスカの仕事に専念しなければなりません。そこで……」

「私に、この少尉を陰ながら支援し、『確保』しておいてほしい、ということか」

「中将閣下ならば、彼の価値を理解していただけるものと」

 今のままではSES計画を統括する無理解な高官達により、SHIROGANE少尉が若すぎる、あるいは実戦経験がない事――はなはだしい場合には、日本人だからという理由で飼い殺しにされるかもしれない。
 それは、アメリカにとっても大きな損失になりかねない、とハイネマンは力説した。

 バンデンブルグ中将は、長時間考え込む必要もなく、答えを決める。

「……わかった。どうせ、このまま退役を待ってつまらない仕事で時間を潰す身だ。若い可能性に賭けてみるのも、悪くはない」



[30130] 第六話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/11/16 07:16
 前衛に立つ二機のF-15J 陽炎(国連軍塗装)が、突撃砲を乱射しながらバックジャンプする。スイッチするように前にでた後衛の同型機二機が、やはり砲撃を仕掛ける。
 流れるような小隊連携によって、濃密な弾幕が形成された。いい加減に弾をばら撒いているように見えて、一射一射はかなり正確な狙いだ。
 日本の戦国期を題材にした講談でいう、『車懸かり』のように隙がない。

「――やるな」

 四機の集中砲撃を急速横転で回避する不知火の中で、その女性衛士は口の中でつぶやく。
 失速して制御を失いかけるのを、機体の下半身をカウンターウェイトとして振る事で、バランスを滑らかに戻す。
 露軍迷彩の機体にダメージはないが、それは訓練用の弾をお互いが使っているからだ。120ミリ砲弾が近接信管付の実戦用なら、至近弾だけで甚大なダメージを受けているだろう。

 帝国軍人の中には、国連軍や米軍を侮る者が多い。
 が、彼らは1970年代よりBETAと第一線で戦い続けている。実戦ノウハウの蓄積は、帝国軍の比ではない。
 いや、世界水準で見ても、近年ようやく大陸派遣と言う形でデータを得始めたに過ぎない帝国軍は、前線・準前線国家というカテゴリーの中では下から数えたほうが早い『BETA戦争初心者』だ。
 戦場を経験したベテランは決して多くなく、

『訓練校卒業仕立ての新米だけで、中隊を編成する』

 という、軍事常識からすれば無謀としか言いようが無い行為も、大陸派遣軍はその場しのぎのためにやらねばならなかった。
 そんな現実を、彼女は『身をもって』知っていた。

 驕兵(=きょうへい。おごり高ぶった兵のこと)気質は、戒めなければならない。
 米軍や帝国系以外の国連軍を潜在敵とみなすのなら、尚更偏見なく実力を知っておかなければ……。

 目前の戦闘に対処するために頭脳と肉体を激しく酷使しつつ、意識の一隅では別の事を思考する。
 ひとつ間違えば注意力散漫に陥る愚行だが、指揮官クラスには必須の技術だ。

「――碓氷、ついてきているな! ダメージは?」

 瓦礫の陰に飛び込んで、さらなる砲撃をやり過ごしながら彼女はエレメントの不知火を呼んだ。

「はい、大尉。被弾なしで、今二百メートルばかり後ろの大岩を盾にしています。
……いい動きしますね。それに引き換え、さっきの部隊は新兵並でしたが」

 網膜投影画面に映るのは、ショートカットの女性衛士だった。碓氷中尉は、片目を常につぶっているが、これは癖で視力に問題があるわけではない。
 彼女らは、午前中に既にいくつかの部隊と演習メニューである模擬戦をこなしてきた。

「……組織の混乱がある。やむをえないだろう」

 在日国連軍は本格的な体制を整えはじめた所だ。
 国連軍の駐留は、帝国軍または在日米軍基地に施設を開放して受け入れる形で為されている……あるいは共同管理であったり、基地そのものの指揮権を丸ごと帝国から国連に渡す等様々だ。
 過渡期にありがちな、管理責任を誰が持つかはっきりしないというような問題が絶えず、それは実戦部隊にも悪影響を及ぼす。
 彼女達にとっても他人事ではなかった。

「事情を差し引いても、かなりだらしなかったみたいですが……」

「それを鍛え直してやるのが、我々の任務だ」

 彼女は、碓氷が不満をこぼすのをたしなめつつも、その内心を思いやった。

 碓氷中尉は、彼女が教導任務についてはじめて得た『教え子』だ。まもなく国連軍・岩国基地の教導隊に移籍することが内定している。
 碓氷が望んだことではなく、帝国政府と国連との取り決めによる人材供与によって、だ。
 帝国軍内では、国連軍移籍は左遷あるいは島流しと同視されている。
 特に出世欲が強い人物ではないが、ストレスは溜まるだろう。

 彼女自身もまた、国連軍兵士として横浜に赴く。
 彼女の場合は、学者である旧友の伝手というやや特殊な事情はあるが……周囲からは、かなり引き止められた。
 一年ほどの準備期間を費やし、資質ある候補生を選抜、最新設備を用意した国連の最高機密計画直属・衛士訓練学校の教官として招聘された――といえば聞こえばかりはいいが、階級は軍曹に一時的とはいえ降格するもの。

『尉官を下士官に落とすとは、国連は非常識にもほどがある』

『教官が軍曹であるべき、とは戦争映画でも見すぎたのか?』

 と、彼女よりも富士の上官達が憤慨した。
 だが、階級に拘るつもりはないし、何より招聘を決めた人物を良く知っていた。その人物なら、軍事組織の常識など、一顧だにしないだろうと納得したぐらいだ。

「――B小隊が配置についた。挟み込むぞ」

 一個小隊同士の模擬戦。
 彼女らは、部隊を二手に分けて挟撃を狙った。対する陽炎小隊は、分散した一方の不知火に戦力を集中して各個撃破にかかった。
 だが、彼女と碓氷は射撃を回避でかわしてのけた。この時点で、勝ちは決まったも同然だ。
 それでも、彼女は全力で敵を叩くつもりで、レバーをしっかりと握りなおした。

 ……ここまで相手にした国連軍(特に本国が健在な国家からの出向組)の部隊はだらしない動きをする者が多い。
 技術はともかく闘志のほどが、なんとも物足りない。いたぶっていたぶって、ようやく必死に反撃する姿勢を引き出してから、撃破した。
 安全な日本の、さらに後方配置である第二帝都周辺の基地群に配属されて腐っているのかもしれないが、そんな気分では実戦で泣きを見るのは彼らだ。
 少しでも危機感を取り戻させるのも、教導の仕事だった。

 が、この小隊は判断が早く、動きも良い。
 各個撃破が失敗、と見ると素早く防御陣形を取っていた。前線帰り特有の『匂い』がする――たかが訓練、とおろそかにせず必死だ。
 ならば、全力で叩き潰すのが一番の教育になる。そうすれば、勝手に学ぶのが死地をくぐった人間の、良い意味での貪欲さというものだ……。

「いくぞ、碓――」

 回り込んだ不知火と、呼吸を合わせて突撃しようとした彼女の網膜投影画面の中で、突然、通信画面が開いた。
 富士から帯同してきたオペレーターの血相を変えた顔が、大写しになる。

「大尉! 演習中申し訳ありません!」

「どうした?」

 いきなりのことにも落ち着いた声で答えながら、彼女は手早く「訓練一時停止」の信号を僚機と仮想敵に送った。
 肩透かしをくらって、陽炎の何機かがつんのめるように止まる。

「一個中隊分の不知火が予定外の行動を取り、国連軍の部隊と無断で接触しています」

「何?」

 本演習の訓練区域・時間内では実戦的な教導を施すため、ある程度の自由裁量権が富士衛士に与えられている。
 が、それを考慮してもきな臭さを感じる行動だ。

「通信は?」

「それが、元々この基地にいた衛士やオペレーター達が、談合してその一角を孤立させているようです」

 オペレーターの気弱な発言に、彼女は舌打ちした。
 『悪さ』をするときだけは、妙に所属を超えた連帯がいい――

「大尉、これは……」

 さらに続くオペレーターの報告を傍受する碓氷の表情に、頭痛をこらえるような苦さが走った。
 妙な行動を取った者達と、彼女や碓氷はウマがあわなかった。あちらが多数派だ。

 第二次世界大戦における敗戦の始末をつけるため、宥和的な外交政策を取らざるを得なかった世代の苦労と忍耐に甘え、米国が同盟国に与えた恩恵の塊である戦術機に乗りながら、反米を吐くおかしさに気づかない連中。
 我らこそ忠君愛国の権化・諸外国なにするものぞ、という気概は結構だが。その発露の仕方が他国他民族の蔑視であり、自分たちに同意しない日本人への排撃態度では……。

 だが、今日日の帝国軍ではそういった手合いが、憂国の烈士などと自称して主流派閥を形成しているのが、偽らざる実態だった。
 軍の上層部は、視野の狭い馬鹿のほうが『余計な事』を考えてくれなくて扱い易い、と思ってこの風潮を黙認している節がある。

 帝国軍に限らず、軍事組織がその構成員に愚民化というべき教育を施す一面があることを、元来軍人志望ではない『醒めた』目を持つ彼女はとうの昔に察知していた。
 あいつは有害な敵だ殺せ、と言われれば女子供だろうが丸腰の相手だろうが容赦なく殺害し、そのためには自分の命さえないがしろにできる兵士が理想なのだ。
 緊急時に、いちいち「本当に攻撃していいのか」「排除するにしても、他に方法はないのか」「自分の命が惜しい」などの疑問を呈するような将兵は、命令側からすれば邪魔以外何者でもない。
 そして、宿命的にそこまでの非情さや残酷さを要求されるのが軍という存在であるのも、また否定できない事実だった。

 その軍に主導される現在の日本帝国では、一般義務教育でさえ……。

「わかった。模擬戦を中断、現場に急行し状況を確認する」

 湧き上がる苦い思いを噛み潰しながら、彼女はオペレーターに言った。
 話が「訓練」の範囲におさまってくれていればいいが――。





 俺は、地面に落ちた長刀を、F-15Eのマニュピレーターに掴ませた。
 撃破した不知火が取り落としたものだ。
 元々もっていた突撃砲は、既に排除済み。

 BETAによる滅亡の危機にあっても、人類同士の争いや陰謀をやめないこの世界だが。
 わずかとはいえ、協力しあっている分野は確かに存在する。
 代表的なのが、戦術機に使用される武器弾薬の規格だ。

 マッチングやチューニングの問題はあるが、アメリカ軍製の武器を日本機が使おうと、その逆だろうと基本動作させるのに不自由はない。
 BETA相手だと、湯水のようにという比喩が生ぬるいほど武器(特に砲弾類)を消費するからな……。あいつらは基本的にミンチにするまで油断できない。
 その現実の前に、世界各国は国連規格での統一に応じている。

 帝国軍機の特徴的な装備である74式長刀も、F-15Eで使用できる。
(さらにいえば、もともとの製作元はアメリカのメーカーだ)
 戦術機黎明期から基本仕様が変わっていない古い武器だが、逆にいえばそれだけ信頼性が最初から完成されていた、ということ。

 俺は、乱れた呼吸を整えながら、周囲を警戒する。
 富士教導団衛士との間で展開された、模擬戦という名の実質的な喧嘩。

 敵の不知火8機のうち、これまで7機(少佐に暴言を吐いた大尉を含む)を撃破判定に追い込んでいた。
 が、そこにこぎつけるまでに、予備弾倉含めて手持ちの突撃砲弾を撃ち尽くしてしまった。俺の動きにそれなりに慣れてきた奴を落とすために、弾幕を張ったせいだ。
 さすがにナイフだけじゃあな……できれば突撃砲も奪いたかったが、手近にあるものはみなJIVESが使用不能判定を下したものばかりだ。
 ジャンプユニットの推進剤残量も、そろそろ心もとなくなっている。

 常識外れのGに晒され続けた俺自身の肉体や神経にも、ずんとした重みのある疲労が溜まっている。

 どんな凄腕だろうが高性能な機体だろうが、消耗を零にすることは不可能だ。
 多数が少数に絶対的に優越する理由のひとつ。
 覆すには、奇襲か速攻による各個撃破ぐらいしかなく、今のところそれは上手くいっていたのだが……。

「……どこにいきやがった?」

 苛立ちまぎれに、俺はつぶやいた。
 網膜投影画面越しに確認できるのは、機能を停止した不知火、荒れた表面を晒す岩、元はどこぞのビルだったらしい瓦礫――

 最後の露軍迷彩不知火の姿は、見当たらない。途中までは、確かにレーダーに捉えていたのだが。

 ステルス機能がない戦術機でも、廃熱や震動を抑え遮蔽物を利用することにより、隠蔽状態に入る事は可能だ。
 が、この状況で、というのが不気味だった。
 味方を全て失った以上、俺を焦らすぐらいしかメリットがない。むしろ、今のように休憩と武器補給の間を与えてくれるだけ、ということは承知しているはず。

 今更逃げた、という事も考えにくい。そんな真似をすれば、軍人としての面子は丸つぶれだろう。

 と、いきなり秘匿通信回線にコールがあった。
 相手の表示を見て、俺は絶句した。最後の敵の一機からだったからだ。
 いぶかしげに思いながらも、回線を開く。同時に、通信の発信位置を探るのも忘れない。

「君、強いな」

 相手の第一声は、それだった。
 ポップアップした画像に映し出されたのは、衛士というイメージとは程遠い細面の青年だった。
 階級章は中尉で……俺より六つか七つぐらい年上か? 警戒しながら、用事は何だという意志を込めて睨みつけてやる。

「――おっと。さっきは国賊とかいって、悪かったな。あれ、本心じゃないから」

 酷く軽薄な言葉に、俺は顔をしかめた。
 罵倒に参加した衛士の一人に間違いはなかったはずだ。

「じゃあ、なんであんな真似を?」

「だって、空気読まないと周りから村八分にされるし。みんながやってたしなぁ……泣く子と上官には勝てないし」

「でも、少佐には……」

「所属が違う相手は別だろう」

 今度こそ俺は絶句した。
 よく外国人に「日本人ジョーク」として笑われる付和雷同や封建根性まんまじゃねーか!

 中尉の態度のあまりの軽さに、俺は思いっきり脱力感を味わう。

「それに、お前さんについて悪い話を聞いたのも本当だぞ? この基地に出向している帝国軍の将兵から、直接だ」

 ……どうやら、俺を良く思っていない連中が火種を撒いたらしい。
 今になって気づいたが、これだけ大立ち回りをして横槍が入らないのはそのためか?

 特別扱いに対する反感は、米系将兵だって共有しているだろうしなぁ……。

 複数の原因で発生した頭痛をこらえながら、俺は、

「……で、何の用で秘匿回線を?」

 と、聞いた。

「ん~……実は、最初は上官や同僚への手前、適当に戦って終わろうと思ってたんだけどな。
ここまでの力を見せ付けられたら――本気でやりあいたくなった。それも、五分の条件で」

「!?」

 不知火が、ゆっくりとある瓦礫の陰から姿を見せた。
 通信を入れている中尉の機体だが、そいつは持っていた突撃砲を見せ付けるように地面に置き、背中の長刀をゆっくりと引き抜いた。

 ――おいおい、国粋主義も大概だが、もっと古いのが出てきたよ! 今時、戦術機で……しかも長刀限定で一騎打ちか!?

「まあ、戦術的には無意味な行動だから、受けるかどうかはお前さん次第だ」

 衛士の顔から、軽薄な気配が消えた。
 いい加減な態度は、処世術ってやつか?

 受けるべきか、受けざるべきか……悩む俺は、だからF-15Eの背後で起こる異変に気づけなかった。

「! おい、後ろ!!」

 中尉が声を上げるのと、俺の視界がひっくり返るのは同時だった。

「うぐっ!?」

 視界が回り、全身に衝撃が走る。
 何かに足元をすくわれた乗機が転倒したのだ、と理解がおいついた時には、さらなる衝撃がきた。

 全身をペイントと泥に塗れさせた富士の不知火が、F-15Eの胸部装甲を足で抑えていた。

 ……撃破して行動不能に追い込んだ奴が、何で!?

 俺は、必死で頭を働かせてある結論に辿り着いた。

 ――いわゆる教導団というのは、精鋭の集団と言われるものの軍全体から見れば嫌われ者だ。
 訓練相手の練度を上げるため、という正当性の元、かなりえぐい手段を模擬戦等で使うことが常態化しているからだ。
 例えば、やられたはずなのに訓練管制プログラムに介入して復活する『ゾンビ』のような。

「調子に乗りおって……この国賊が!」

 だが、一般通信から入ってきたゾンビ不知火の衛士――あの、暴言を吐いた大尉その人だ――の声は、どう聞いても教導のために泣く泣く……というものではなかった。
 ぞっとするような負の感情を覚える言葉に、俺は咄嗟に長刀で不知火の足を払おうとしたが。
 刀は、不知火の足を揺するだけだった。

 ……相手の機体にJIVESの効果がもう働いておらず、『長刀』は殺傷力のない訓練用模擬刀に戻っていやがる!

 俺は、完全に相手が『切れて』いることを悟った。
 もうこれは、仮初にも訓練と呼べるような事態ではない。

「罪にふさわしい罰をくれてやるぞ、あの世で後悔するがいい!」

 不知火が、ぐっと重圧をかけてきた。さしものF-15Eの複合装甲も、ぎしりという悲鳴を上げる。

「た、大尉!? やりすぎです、落ち着いてください!」

 俺に一騎打ちを申し込んだ中尉が、呆然とした様子から立ち直り制止の声を一般回線につなげるが。

「うるさい! 貴様も非国民の与党か!?」

 と、一喝された。
 ……中尉は、青白い顔で黙り込んだ。

 いや、本当に上官の権威に弱いな! と、こんな状況にも関わらず俺は内心でツッコんだ。
 そうしている間にも、F-15Eのフレームが不気味な悲鳴を上げる。

 フレームは、かならずしも硬ければいいというものではない。
 硬すぎる作りは、かえって衝撃や震動に対して脆くなるからだ。生産性や整備性も悪くなる。
 まして機動砲撃戦を重視している米軍機は、Gや砲撃反動を吸収し続ける事を重視し、こういった継続的にかけられる物理的な圧力への耐性は決して高くない。

 やばい――俺は、生まれてはじめてリアルな死の危険を喉元に感じ、ひっという呼吸を漏らした。
 因果情報経由のものとは違った、生々しい感覚。
 脱出する方法は、大事故の危険を承知でジャンプユニットを全開に吹かして、不知火を振り払うしかない。

 こんなところで、こんな馬鹿な事で死んでたまるかよ……!

 俺は、どうしようもなく震えだす腕を叱咤し、操作を入力しようとした。

 その時、別の機影が俺の視界の隅に映った。
 ずんぐりしたシルエット――国連軍塗装の撃震だ。ブレイザー少佐機だった。
 置き去りにしたままだったが、ようやく追いついてきたらしい。

「貴様ら! おふざけはそこまでだ!」

 状況を見て取った少佐の、先ほどとは別人のように厳しい叱責が通信回線から響く。
 大人の忍耐というものも限界がきたようだ。当然か……。

「ここまでは、多少派手すぎた訓練で済ませてやるが……現場の最上位者として、命じる。これ以上、勝手な行動は許さん!」

 撃震の装甲が、膨らんだように見えた――もちろん、俺の目の錯覚だ。
 それほど少佐の怒気は凄まじいもので、俺は死の恐怖を忘れて動きを止める。
 少佐の撃震から、機体を踏みつける不知火より威圧感を受けた。これは、修羅場を幾度もくぐった兵にしか出せない『気』って奴か?

 だが、俺のせいでプライドがずたずたになり逆上している大尉は、機体を少佐のほうに向けて攻撃態勢を取った。

 ――駄目だ、完全に頭に血が上ってやがる!

 もう罵倒をする言葉にさえ意識が回らないのか、大尉の不知火は俺の機体を蹴飛ばすようにして撃震に突進しはじめた。

 まずい、まずい!
 少佐の機体は訓練用装備しかもっておらず、大尉がJIVESを切っているから無力だ。
 国連軍とは指揮系統が違うから、機体管制権に介入する手段が使えるかは不明だし、できるとしても到底操作が間に合わねぇ!
 それほど、大尉の動きは鋭かった。
 対して、少佐の撃震は動かない……戦傷の後遺症のためかもしれないが、どのみち撃震では本気になった不知火から逃走できない。
 高度な技量を暴走する私情に委ねた衛士の意を受け、不知火は突撃砲を振り上げる。弾はともかく突撃砲自体は、実戦用と同仕様だ。勢いをつけてぶん殴られれば、ただでは済まない。

 俺は機体を強引に立ち上がらせざま、不知火の背中に向けて長刀を投擲した。殺傷力はないが、脚の間にでも挟まってくれれば動きを妨害できる、という望みを託して。

 次の瞬間、脳味噌をかき乱すような轟音が、センサーを震わせた。





 戦術機は、正式には戦術歩行戦闘機と呼称される。
 慣習的にかつての『航空機である戦闘機』の命名規則が継承されている等、航空機の影響を受けているのだが、やはり実体は別物。

 そのひとつの例が、改修バージョン……制式採用機としての記録に残らない、ローカルな機体が多数存在することだ。
 物資不足の前線では、戦車の装甲を転用して防御力を向上させたり、高射機関砲を固定武装として無理矢理くっつけたりといったタイプが見られる。
 航空機でやるのなら、一から機体構造や強度の再計算が必要な無茶な改造も、対BETA戦兵器の宿命として短時間での改修に耐える拡張性を担保された戦術機なら、ある程度可能だ。

 これらは、製造したメーカーからすれば保証外のものであり、建前上は禁止されているのだが……。

 少しでも生存率と戦果を上げる、という人類共通の大義があるから、実質的には野放し状態だ。

 このあたりの事情は、お堅い面が多い日本帝国軍とて例外ではない。
 頭のかちこちな上層部や国防省のお役人の目を盗む形で、大陸派遣軍は帳簿外の改修機をいくつか保持していた。

 日本帝国大陸派遣軍の主力は、撃震だ。
 最新鋭機の不知火は、(陳腐化によるコスト高騰を危惧する声を無視して)順調に量産が進んでいるものの。
 その配備は、教導団や本土防衛軍のエリート部隊……あるいは、政治的理由から国連に提供される分が優先され、派遣軍にはあまり出回っていない。
 結果、補給や整備に用いる予備パーツも慢性的な不足に陥っていた。母機となったF-15譲りの優秀な整備性も、これでは発揮しづらい。
 さらに、機体や部品自体が少ないということは、データやノウハウを蓄積するための『教材』が乏しい事にも直結したため、派遣軍の不知火評価は、

『安全な内地(日本国内)の、演習場での名機』

 という皮肉に満ちたものだった。
 最前線からの安全な後方に対する不信……「フロントライン・シンドローム」と、新造機ゆえの充足不足に起因するもので、必ずしも公正な評価ではない。
 が、まったく根拠のない中傷とも言えなかった。
(余談だが、もっとも派遣軍内で評価が高いのは調達が減じられているF-15J 陽炎だ。
機体自体の優秀さに加え、その気になれば同じF-15系列機を装備する国連及び他国軍とのパーツや整備リソースの共有が利く、使い勝手の良さによる)

 加えて、中国・韓国軍が共同し帝国軍が側面支援に入った大規模迎撃作戦『九‐六』の失敗(最後には、核兵器を投入することで辛うじて全面崩壊を防いだ)以来、大陸派遣軍は防戦一方であり、扱いづらい新型といえど遊ばせる余裕は全くなくなっている。

 以上のような要素があったため、大陸派遣軍に送られた不知火のうち何機かは、破損ないし整備不良に陥ると早々に現地改修の洗礼を受ける事になった。

 もとより、発展性を削り取った不知火である。改造は、かなり乱暴なもの。

 そんな『元』不知火のうちの一機が、隠密裏に本国へ送り返された事を知るのは、一握りの軍人と企業家だけであった。

「うわあ……」

 少し前に、プロミネンス計画への日本不参加を嘆く密談が行われた、あるハンガー。
 そこに新たに納められた機体を見て、作業服姿の企業人は頭を抱えた。

「最前線の事情はわかりますが……ここまで弄られるとさすがに涙が出てきそうです」

 その不知火は、外見からして元とは別物となっていた。
 恐らく防御力を優先したのだろう、予備武器庫を兼ねている複雑な構造の腰部装甲は単純な装甲板に交換され、頭部の特徴的な二本角センサーも一本角にされている。
 両腕の前腕部がやけに膨らんでいるのは、A-6系列の固定武装ユニットを強引に組み込んだため。投射火力は増強されているのだろうが、取り回しは悪そうだ。
 戦車級にたかられやすい下腿部には、統一中華のF-16改修機・殲撃10型のものと思しきスーパーカーボン製のブレードが見られた。
 他国もしくは海軍から分捕ってきたのか、それとも裏取引で融通させたのか? いずれにせよ、これだけで並の技術将校なら卒倒するだろう。

 ほかにも細かい点を上げればきりがないほど『最前線好み』に弄られ、バランスは滅茶苦茶になっていた。
 こいつを保有していた部隊では、『動かないよりはマシ』という割り切った扱いをされていた……。

「一応、基本フレームなどの部分は手付かずのはずだが……」

 隣で見上げる軍人も、さすがに汗をかいている。
 だが、この書類上は存在しないはずの機体こそが、彼らには必要だ。
 公式ルートを通さず、それこそ裏取引で不知火の改良に必要なカネとデータを国連及びアメリカに出してもらおう、というのだから……。

「前線では、もう不知火とさえ呼ばれていなかったらしい。いわば、名無しの戦術機というわけだ」

 軍人がため息まじりにそう零す。

「この……『ごたまぜ』をSES計画とやらに流すわけですね……」

 応じる声が、ハンガーの冷たい空気の中でやけに大きく木霊した。



[30130] 第七話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/11/23 20:20
 国連軍塗装に彩られた撃震の肩部装甲に、空間を割るような勢いで不知火の突撃砲の砲身が叩き込まれた。
 雷鳴にも似た響きとともに、衝撃を引き受けた装甲が紙のようにへしゃげる。突撃砲の側もまた、限界を超えた激突に耐久力の限界を迎えて砕け散った。
 耳障りな音を立てながら、装甲板が大地に転がって土煙を上げる。
 お互いの戦術機本体も無事では済むまい。
 特に、ブレイザー少佐の撃震は――

 俺が投げた模擬戦用長刀は、露軍迷彩不知火の腰部にあたり、空しく地面に落ちただけだった。
 F-15Eのフレームが歪み、思い通りに投げつけることが出来なかった、当然の結果。

 少佐がやられた。その認識が俺の真っ白になった脳裏をぐるぐると駆け回る。

 俺は、自分がやった喧嘩じみた模擬戦が原因で、こんな事になった現実の重みに、数秒、呼吸を忘れた。
 と、富士の大尉の不知火が、突撃砲を振りぬいた姿勢を崩し、二三歩後ずさりした。

 今更、しでかした行為に慄いているのか?
 後先考えず、大尉の不知火に殴りかかりたい衝動に襲われた俺だが、再び息を詰めた。

「……やれやれ。困ったものだ」

 通信回線から、ブレイザー少佐の、苦痛の類を一切感じさせない声が流れたのだ。

「!?」

 慌てて目を凝らす俺の視線の先――露軍迷彩不知火が退いた分、見えた場所に撃震が立っていた。
 撃震の装甲は、確かに叩き潰されたはずだ。なのに……。

 俺と同じように、撃震を凝視していたらしい富士の中尉の呟きが聞こえてきた。

「肩部装甲を、直前で強制排除して身代わりにした……?」

 その言葉に、俺は何が起きたかを理解した。

 少佐の撃震は、持っている武器は追加装甲含めて訓練用だが、機体に取り付けられた装甲は実戦時と同仕様だ。
 が、それでも不知火のパワーを注ぎ込まれて鈍器と化した突撃砲の直撃を受ければ、ただではすまない。

 だが、戦術機には装甲を任意に排除する機能がある。
 これは本来、敵の攻撃を受け、外装の防御機能が劣化しただの重石となった場合に、機体を軽くするための手段だ。
(光線属種のレーザーの場合、対レーザー蒸散塗幕の効果が切れた後、再度の照射を受けた部分は、致命的なプラズマ爆発を起こしてしまう恐れがある)
 ……実の所、俺は(オリジナル武の因果情報経由を含めて)この装甲排除を使用した例を知らない。
 理由のひとつは、実戦の最中にいちいち装甲を外す操作をする暇がないこと。
 もうひとつは、重い装甲を外すとOS等での補正が追いつかないほど機体バランスが崩れてしまい、操縦感覚に誤差が生じるのを多くの衛士が嫌うためだ。

 少佐は、ぶん殴られる直前で肩部装甲(右側だ)を不知火の前に放るように排除して、それだけを攻撃させたのだ。
 タイミングをちょっとでも間違えれば、装甲を外し無防備になった部分に打撃を受けるか、あるいは外れた装甲ごと叩かれるか……。

 急速回避機動などと違い、戦傷兵である少佐の体にも負担はかからないだろうが……不知火の鋭い動きを完璧に見切っていなければ、まず出来ない芸当だ。

「あ……しょ、少佐……こ、これは、その……」

 富士の大尉の狼狽しきった声が、オープン回線を通じて響いてくる。
 頭に上った血が収まれば、言い訳しようもない失態だと気づくのは当然だ。訓練でした、と流せるものではなかった。

「――まったく最近の若造どもは……傾注!」

 いきなりトーンが跳ね上がった少佐の声に、俺は思わず管制ユニット内で背筋を伸ばした。

「実戦の場において、敵は自分より戦力が上! こちらの武器は全て役立たず! ベイルアウトしての逃走もまず不可能! このような場合、どうする?
目をつぶり、都合よく援軍がやってくるのを待つか? 否! 諦めて天国へ行けるよう神に祈るか? 否!」

 撃震が、左の肩……まだ外れていない分厚い装甲を、大尉の不知火に向けて身をかがめた。
 まさか――

「戦術機には、機体が動く限り頼るべき武器がある。すなわち、機体自体の出力及び推力、重量、質量……。
これらを生かした戦い方。近接格闘戦よりさらに近い間合い――すなわち、文字通りの格闘戦だ!」

 撃震のジャンプユニットが、腹の底に響く轟音を立てはじめる。ノズルから噴き出した炎の光が、殺気じみたオーラのように機体の縁を照らした。

「マニュピレーターは、繊細すぎる構造ゆえに敵を叩くのには向かない。よって、使うべきは追加装甲か、もっとも頑丈な肩部、もしくは着地時の対衝撃を考慮された脚部!
激突のダメージは、仕掛けた側にも及ぶため内部機器の保護機能確認を忘れるな!」

 撃震のセンサーアイが、ぶんっと明滅して機体を駆け巡るパワーの高まりを伝える。
 プレッシャーに晒されたのか、大尉の不知火は棒立ち状態。

 ……聞いたことはある。
 BETA大戦において、戦術機の運用や性能が未熟で混戦を余儀なくされた初期の激戦では、しばしば追加装甲等を利用したど突き合いが行われた、と。
 だが、昨今の高機動戦の発展により、盾自体持たなかったり、敵との物理的接触そのものを避ける戦法が広まったりして、廃れつつある戦術。

 次の瞬間、全身を砲弾と化した撃震が不知火に体当たりをかける光景を、俺は脳裏にリアルに想像してしまう。
 あの距離では、第一世代機と第三世代機の速度差は意味を持たない。必中だ。
 撃震の重装甲と頑強さを打撃力に転化した突進の破壊力は、先ほどの不知火の突撃砲での殴りつけの比ではないだろう。

 不知火はばらばらに砕け、中の大尉は管制ユニットや衛士強化装備の許容を超えた衝撃に晒され……。

 ひっ、という悲鳴を上げたのは、俺か中尉か、それとも当の大尉か?
 それを合図にしたように、撃震が動き――

 こつん、という破壊音とは全く言えない、軽い音がやけに大きく響いた。
 撃震のマニュピレーターに保持されたままの模擬戦用追加装甲が、軽く……本当に軽く不知火の胸部装甲に触れたのだ。

「……なんて、な。日本のエリート君、あまり年寄りをいじめんでくれ。ここまで歩いてくるだけで、昔の傷が悲鳴を上げているのだ」

 撃震が攻撃姿勢を解き、ジャンプユニットも静まる。
 大尉の不知火が、その場にへたり込むように膝をついた。
 鋼のようにぎりぎりまで張り詰めていた一帯の空気が、一気に緩む。

 俺は、肺が空になるほど大きな息を吐き出した。

 ……いや、殺そうと思えば富士の大尉を殺せただろ、あれ……。

 知らず知らず頬に垂れた汗を拭う俺に、少佐が個別通信を入れてきた。その表情は――厳しい。

「さて、白銀少尉!」

「は、はい!」

「上位指揮官たる私の命令に従わず、さらに私闘に等しい行動を取った事は見過ごせん。異議はあるか?」

「ありません!」

 改めて事態を確認し、俺は顔から血の気が引くのを自覚した。
 やばいどころの騒ぎじゃねえ。実戦でやったら間違いなく重罰ものだ。いや、訓練でだって十分すぎるほどの……。

 ちらっと視界の隅で戦域画面を確認すると、少佐の部下二人はしっかりと衛生科の兵員輸送車の守りを固めていた。本来の護衛任務を、遂行している。

 ――これまで俺は、オリジナル武からの『払い戻し』などもあって、いくら気分を引き締めても引き締めきれない甘えや、自分が特別だという意識があった。
 しかし今回の事で、いかにそれが……。

 と、俺の内省を中断するように、新たな露軍迷彩不知火が二機、匍匐飛行でやってきてすぐ傍に着地した。

「こ、これは……」

 オープン回線から、どこか聞き覚えのある女性の声が漏れた。

 ――あ、まだ周囲には撃破判定喰らったままの不知火が無数にいたっけ。あと、破壊された装甲や突撃砲の残骸も。
 機体からして、間違いなく富士の関係者だ。目を疑って当然だろう。

「富士教導団の、神宮司まりも大尉だ。状況の説明を求める。この場の、最上位者は誰か?」

 少佐に負けず劣らずの、肌をひりつかせるような雰囲気をまとった声に、俺は思わず叫びを上げかけた。
 網膜投影画面に、張り詰めた気配を持つ女性の顔がポップアップする。茶色の髪に、元々はやさしげだろうと思える面差し。

「まっ……」

 まりもちゃん!? と口にしかけた言葉を止められたのは、奇跡に近い。
 『俺自身』はともかく、オリジナル武にとっては絶対忘れられない相手。
 やはり彼女は、この世界にも存在した――

 ――当然ながらオリジナル武経由の記憶にあるより、ずっと若かった……



 ……俺と、富士衛士とのトラブル。
 話がここまで大きくなっては、いくら現場の衛士やオペレーターが談合しようが隠しきれるものではない。
 国連軍の撃震の装甲や、富士教団不知火の突撃砲が、物理的に破損している。
 富士の大尉が暴走する前後の、『派手すぎる訓練』レベルですら、出る所に出れば懲罰モノなのだ。
 ほどなく駆けつけた国連軍と帝国軍の演習監督要員によって、俺達は機体から降ろされた。
 特に、模擬戦にかこつけた喧嘩を行った俺と富士衛士8人は、それぞれが所属する軍のMP(憲兵)に拘束され、法務官の取調べを受ける事になる。

 教導団をけしかけた横田基地の連中の思惑では、俺がこてんぱんにされるか、侘びをいれるか……。
 せいぜい、模擬戦にもつれ込んでも多少善戦するか、ぐらいでの隠蔽できる決着を予想していたらしいが。
 そんなものすっとばす騒ぎとなってしまい、彼らの中からも取調べを受ける者が無数に出ることになる。

 一連の後始末で、俺と富士との模擬戦データも国連・米軍・帝国軍に調査のための参考として広く拡散することとなった。
 拘禁所にぶちこまれ、ひたすら反省しきりの俺は、この事件がもたらす意外な結果に想像をめぐらす余裕など、全く無かった。





 ――帝国政府の首都・京都にある国防省の一角。
 その食堂に、一服する軍人達が集っている。
 予算獲得のため政府や議会などと折衝を行う、陸海軍のエリート達だった。
 窓から差し込む晩秋の夕日の光が、彼らの顔を照らしている。

 かつての帝国軍は、軍政機能は陸軍省・海軍省・城内省の三つに分割されていた。

『帝国の三軍互いに争い、その余力で外国と戦う』

 と揶揄された非効率なシステムが、長らく続いてきた。

 具体的には、同じ用途同じ能力を要求される装備の研究や調達さえ、三省はばらばらに行い、貴重な国費と時間を浪費した。
 戦略の不一致、情報の共有のまずさ等、戦史書に記録されるデメリットは数知れない。
 大東亜戦争敗戦後、帝国軍は内外の圧力を受けて様々な改革を行ったが、その目玉のひとつが陸軍省と海軍省を統一した国防省の設置だ。
 武家という現代でも帝国に残存する封建的特権階級への配慮から、城内省の独立にはメスを入れられなかったが。

 ナプキンで口元を拭きながら、あるテーブルを囲む陸軍の少佐が発言した。

「では、海軍さんは空母機動部隊の新設見送りを飲む、と?」

「はい。何しろ、先年ようやく紀伊級戦艦の近代化及び、対BETA戦向け改修が終了したところです。
次は、大和及び改大和級に同様の改修を施さねばなりません。戦時特別会計分を加味しても、とてもとても……」

 帝国海軍は、1992年にインド方面戦線支援のため、予備艦扱いとなっていた戦艦群を現役復帰させて送り込んだ。
 排水量と砲の巨大さにおいて世界最強の連合艦隊戦艦群復活は、当時の海軍にとっては慶事であり、意気揚々と南半球まで出て行ったのだが――

 結果は、悲惨なものだった。

 時代遅れの艦隊及び個艦統制システムしか持たない日本戦艦は、敵情が異常に掴みにくいBETA戦のテンポについていけず。
 対レーザー装甲を持たない、装甲の厚みに頼った防御は、光線属種の攻撃に脆く。
 戦艦が沈没に追い込まれなかったのが奇跡と思えるような、大苦戦を強いられた。

 このことを重く見た海軍は、派遣前は時間を食いすぎる、として見送っていた大改修を決断し、割り当てられた資源と予算の多くを投入した。
 多くの犠牲を払って得たネガティヴデータを最大活用した改修は、危惧されたとおり一年半もの時間を費やしたものの、それに見合った結果を残す。

 再び大陸戦線支援に投入された紀伊級は、データリンクで戦況をリアルタイムで把握し、本来の大火力を生かした対地支援能力と、いざとなったら光線属種の群れと正面から殴りあえる耐久性を発揮。

 これに気を良くした海軍は、保有する全ての戦艦を大規模改修する方針を固めて、その旨を関係各所に伝達していた。

「現在の帝国の戦略方針及び戦況から見ると、本格空母や海軍戦術機はコストの割りに使い道がありません。
……機動部隊それ自体を玩具のように欲しがる者はいますが、少数派ですよ」

 戦術機全般の技術発展による軽量化とジャンプユニット出力向上は、特に海軍向けではない機体でも優れた短距離離着陸能力を持つに至っている。
 甲板を強化した輸送船やタンカーを割り当てれば、簡易揚陸艦ないし母艦として運用できる事は、陸海軍合同の研究で立証されていた。
 これが、空母不要論の後押しをしている事情もある。

 白い軍服の海軍少佐の発言が終わると、同じテーブルを囲んでいた陸軍関係者からため息が漏れた。

「そうですか……では、F-14ないしF-18の試験導入も見送りですか……」

「ええ、申し訳ありませんが」

 予算をいかに多く分捕るか、どう配分するかは軍にとって――それが国防の担い手たる重責に応えようとするものか、利益確保を至上とするお役所としての本能かはともかく――死活問題だ。
 BETA大戦激化により、軍予算は大幅な増額が見られるとはいえ、全てを満たすのには程遠い。
 まして昨今は、国連と日本帝国の急接近により、軍装備供与など間接的な形でカネが削られているのだ。

 陸軍が、自分達の役割と予算を奪いかねない海軍戦術機部隊新設について、決して否定的ではないのには、微妙な諸条件の絡み合いが存在した。
 旧式化した撃震、あるいは陳腐化が確実視されはじめた不知火の代替となる戦術機の試験準備ぐらいはしたいが、そのための予算名目が立たない。

 不知火の問題が表面化すれば、関係する軍人や役人の首が、いくつとぶかわかったものではないからだ。

 世界初の実戦第三世代機を目指す、という錦の御旗を掲げ、そのために無理を通し予算をかなり分捕った。
 海外のデータを得るため、外務省や情報省に無理難題を押し付けた事も、一度や二度ではない。
 それが、スペックについて欲張り過ぎた為に、先行き不透明になりました、などと……。
 しかも、過大すぎるスペックを要求したのは、開発当初からだ。修正しようと思えばできる時間的余裕はあったのに、それを浪費した。
 いくら軍に対して及び腰の政府といえど、これを聞けば激怒するだろう。国産機開発の支援をしてくれた国防族議員の面子も、丸つぶれだ。
 明確になりつつある問題を無視しても、不知火増産しか陸軍に残された道はない。
 困難を承知での不知火改修試験も、既にスタートしている。もう後には引けなかった。

 抜け道として、海軍が新戦術機を導入するのならそのデータを貰おう、と目論んで根回ししていたのだ。
(代わりに、陸軍が蓄積した運用ノウハウを提供する腹積もりだった)

「仮に新設するにしても、F-14は難しいでしょうな。あれはアメリカでさえ高コストに音を上げた代物です。
まして国産機開発ができた今、外国産機をわざわざ買うといっても、納税者が納得しますまい」

 海軍側の付け加えた言葉に、微妙な沈黙が下りた。

 日本帝国が、F-15を獲得した際に、採用競争のライバル機と目されたのがF-14 トムキャット。

 F-14は、高性能の専用ミサイル フェニックスを備えた海軍機だ。
 一個中隊で、光属属種を含むBETA一個旅団に大打撃を与えることが可能な、戦術機としては破格の面制圧能力を持つ。
 加えて、ただのミサイル発射専門機ではない。
 可変翼を備えたジャンプユニットを持ち、その機動性や近接格闘戦能力は、より新しい『最強の第二世代機』F-15より勝る。
(米軍の模擬格闘戦では、F-14がF-15をたびたび圧倒していた。スペックはF-15が上のはずなのだが、可変翼によって任意に空力特性を切り替えできるなど、数字に出ない長所があった)
 遠近双方を合算した対BETA戦総合戦闘力においては、第三世代機をもはるかに凌駕すると言えた。

 だが、兵器の価値は単体の孤立した性能で決まるものではない。
 『最強』という評価を得るのに影を落とすほど、製造費や維持費が高いのだ。
 専用のミサイル、可変翼ジャンプユニット。これらにかかる費用は、高い性能や実績を持ってしてもアメリカが頭を抱えるレベルであり……。
 結果、米政府はF-14を評価し信頼する現場の反対を押し切る形で、調達中止と順次退役を決定した。
 コストパフォーマンスに優れ必要十分な性能を持つF-18や、どの機体でも運用できる汎用性を持ったレーダーとワンセットのミサイルコンテナシステム(帝国軍も、92式として採用)が出現したからだ。
 帝国海軍の戦術機部隊創設を望む者達からは、この退役F-14の払い下げを受けられないか? という意見があった。

 一方で帝国陸軍は、このF-14を近接戦能力の不足を理由に不採用にした。
 大型の海軍機という面のデメリットばかりを見て、ミサイルや可変翼等の価値を理解しなかったから――ではない。
 国産戦術機の叩き台(より露骨にいえば踏み台)として、基本設計からより新しく汎用的な技術を使ったF-15のほうが相応しい、という本音を隠すためだ。
 そして日本はアメリカのG弾傾倒につけこむ形で、本来ブラックボックスである部分の解析についてさえ黙認を勝ち取り、まんまとF-15の技術を入手したのだが……。
 まっとうな理由で落とされたのならともかく、本来は優れている要素を口実にされたF-14の製造元からは、かなり反発を買っていた。

『今後、保有戦術機のデータはコミュニスト(共産主義者)に流しても日本陸軍には流さない』

 という不文律さえあちらでは生まれた、とかいう不穏な噂もある……。
 BETAのために衰えたとはいえ帝国最大の仮想敵たるソ連に、F-14/F-18の技術が合法・非合法問わず入っている現状を見ると、中々冗談では済まされない。
(流されたデータを使い、ソ連はSu-27シリーズを開発、実戦投入していた。
特に、初期型でのトラブルを改修によって解決し「F-15に勝るとも劣らない」と評価されるSu-27SMの存在は不気味だった)

「……しかし、いま少し城内省にはオープンになっていただきたいものですな。
伝統とやらを盾に、あくまで戦術機独自調達にこだわるのは勝手ですが、予算審議に必要な情報さえ出し渋るのは……」

 陸軍省の佐官が、煙草を吹かしながら露骨に話を変えた。
 海軍側は苦笑したが、城内省への微妙な感情の共有があるため、相槌を打つ。

 幕藩体制時代の、公的な税収が武士階級の私財に直結した時代の感覚を引きずり、コストや国民負担を考えない軍運用を行うきらいがある斯衛軍。
 政威大将軍はじめとするかつての大名の威光は、現在でも健在であるため、議会でもよほど気骨ある議員しか『聖域』である城内省関連予算には厳しい目を向けない。

 企業経由で漏れ出る情報によると、斯衛は次期戦術機に技師達が唖然とするような、時代錯誤な仕様を突きつけているとか……。
 そのせいで、他軍の予算までが削られてはたまらない。

「お侍様の道楽も、配分予算内に収まるならあちらの専権です。国産技術向上に多大な功績のある82式(瑞鶴)の開発のように、瓢箪から駒となる可能性もありますからな。
『お上』の話ならばむしろ、陸軍内の元気過ぎる連中の声が大きいのが気になるのですが」

 国防省に統一されたとはいえ、陸海軍の溝が完全に消えたわけではない。
 比較的若い海軍士官が、冷たい光を目に宿す。

「――例の、将軍実権回復を訴える一派ですな? 大丈夫、海軍さんの危惧はわかっておりますよ」

「だといいのですが……」

 陸軍側の軽い返答に、懐疑的な色をますます深める海軍士官。

 第二次大戦敗戦後の民主化改革によって名誉職化した将軍権限の扱いは、軍部全体にとって微妙な問題だ。
 陸軍の中には、国粋主義気風とあいまって実権回復を怒号する者達が多いが……。
 海軍は、どちらかといえば懐疑的だった。

 戦前、海軍は陸軍や政府に対する発言力を得るため、皇帝一族出身者を高位職につけた。
 ところがこの『宮様』は、がちがちの対外強硬・軍拡派であり、意向に迎合しない人材はたとえ有能だろうと次々と軍から放逐し、あるいは閑職に左遷した。
 また、日露戦争で大功績を挙げたある著名な提督を、海軍の『神様』として長年に渡り尊崇してきたが。
 『神様』もまた、対外宥和論に否定的であり、これに反した軍要職者が実質的に罷免されるという事態が発生した。
 この暴走が、あの無謀な大東亜戦争への突入と敗戦の一因となった、といわれている。

 以上の自業自得といえる苦い経験から、

『余計な権威を背負った者に、実権や影響力を持たせてはいけない』

 という考えが海軍の主流となる。
(最近は、海軍の中にも忠君愛国を自任する連中がいて、陸軍過激派の影響を受け始めているが)

 これは、政治に対するスタンスにも影響を与えていた。

 もし、将軍殿下に権限が戻った場合どうなるか?
 大過なく済めばいいが、失政があった場合に素直に将軍を批判すれば、その者は事の理非によらず『不忠』の名を背負うリスクを犯す。
 政策上などで将軍と対立するものは、悪者になる。たとえ客観的に将軍側に非があろうと、周りがそう仕立ててしまう。
 まさに武家の諺にあるように、

『諌言は、一番槍より難しい』

 のだ。
 戦場の一番槍なら、失敗しようが名誉の討ち死に。しかし、殿様への意見によって手打ちにでもされたら、家門や名誉さえ地に落ちる。
 それが、現代で再現される。

 行き着くところは、現実と政府のアナウンスの乖離。
 苦しむ国民を無視し、「殿下の御威光により世は泰平であります」という偽りが横行するようになる。
 日本のみならず世界史でもこのような現象は、特に君主の権威権力が絶対化した政権の中でしばしば見られた。

 歴史的経緯はいろいろだが、まともな政治(権力が監視され、その適正な行使が常にチェックされる)が行われている国々で君主が形式化したのは、伝統と現実をすり合わせようという知恵だ。

 理念の話は別にしても、予算や兵器を獲得するために納得させねばならない相手が増えるのは、陸海軍共通の利益にそぐわない。

 ……ちなみに航空宇宙軍予算担当者は、宇宙ステーションを共有する他国や国連とのすり合せも重要なため、外務省に出ずっぱりだ。頭痛薬が手放せない事だろう。

「……確かに、我が陸軍は海軍さんや宇宙軍さんに比べて意識改革がやや遅れている面がありますからな。
ことに、外国不信は身内の事ながら困ったものです」

 渋い顔をしたのは、大陸派遣軍向けの予算を預かる陸軍士官だった。

 陸軍においては、かなりの人格者や知性ある人物と目される将校ですら、海外勢力――特に国連とアメリカに相当なレベルでの偏見と不信感を持っている。
 協議を重ねるべき問題についてでさえ、どうせあいつらに話は通じないから、と強引な手段で独走解決しようと考えるのだ。
(彼らは知る由もないが、別の並行世界でこれが『光州事件』として最悪の形で露呈した)
 日本が一方的に悪いわけではないが、ソ連とさえそれなりに上手く付き合っている海軍などと比べて、陸軍側の意思疎通努力が不足しているのは確かだった。
 一国の軍人として、友好国であろうと油断しないのは当然――という常識を越えた風潮。
 それによって蒙る損害を補填するのにも、カネが必要になる。

 食堂のあちこちで、ため息やぼやきが漏れた。
 予算担当者というのは、総じて現実主義者で悲観論者だ。
 一旦与えられた金は、怒鳴ろうが喚こうが精神主義に走ろうが、増えはしない。
(戦前のように、軍が勝手に特務機関を通して習慣性薬物や物資を売りさばいて資金調達する方法は、当然現代では許されない)
 出費は当初の取り決めよりかさむことはあっても、節減できた例はほとんどなかった。
 それぞれの省の財布を握る立場は、官僚秩序からすればかなりの花形で軍最高幹部への近道。軍の本当のボスとさえいえるかもしれない。
 だが、勤務実態は苦労と忍耐と妥協の連続だ。
 身内を含めた関係者への愚痴も、自然と多くなる。

『中央エリートポストなんかいらん! 波をかぶる艦隊勤務に戻りたい! 汗と埃に塗れる野戦任務に帰りたい!』

 という発言さえしばしば飛び出るのは、謙遜でも嫌味でもなんでもなく本音だ。

 黄金と宝石でできた玉座は、傍目にはまぶしく憧れるかもしれないが。いざ座ってみると、冷たくて硬くて居心地が悪いものなのだ……。

 その時、食堂の扉が荒々しく開き、血相を変えた陸軍士官が飛び込んできた。
 不躾を咎める各軍の幹部クラスの視線がからみつくのを振り切り、その士官は陸軍のこの場の最上位者(少将)に駆け寄ると、慌しく耳打ちした。

「……何!? し、不知火二個小隊が……たった一機のF-15Eに叩きのめされた、だと!」

 伝えられた情報に衝撃を受けた少将は、思わず秘密にしておくべき報告を口に出してしまう。
 途端、全員の目が丸くなった。



 ――当時から最強の呼び声が高かったF-15C イーグルを、せいぜい準第二世代機にすぎない瑞鶴が模擬戦で破った事により、帝国の国産戦術機路線が加速した『瑞鶴ショック』。
 これを遥かに上回る衝撃を関係者に与えることになる『(ストライク)イーグル・ショック』が広まるのに、さして時間はかからなかった。

 厳密には撃破された不知火は二個小隊に一機満たない7機であり、また『瑞鶴ショック』時以上に、操縦する衛士の個人能力に依存する面が大きい結果だったのだが……。
 結果があまりに強烈過ぎたため、仔細な事実よりも、印象が先行して話が急速に流布してしまう。

 議会では、外国産機推進派、国産派だが第三世代機への一足飛びは無謀と反対していた者達が、一斉に騒ぎ出す。
 F-15J 陽炎の調達数削減を決めたのは、不知火が開発される二年も前。つまり、見切り発車だった。
 当時の軍は、未完成の国産機のほうがF-15より上だと大見得を切ったのに、その米軍機の改修版に不知火がのされたのだ。
 問題視されないわけがなかった。

 特別扱いの国連軍一少尉に対する、他愛ない嫉妬から出たトラブルが、このような波紋を広げる。当事者達にも、まったく予想できない事だった。



[30130] 第八話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/12/23 10:46
 不知火の通常量産型は、書類上は甲型と称される。特に注釈をつけず不知火、といわれる場合にはこのタイプを指す。

 これに対し、乙型と呼ばれる特殊仕様機が存在する。
 基本構造などには手をつけず、装甲や関節部に用いられる素材を頑強だが量産の利かないものに代えた機体だ。
 防御力は向上したものの、他の性能は甲型とかわりなく、それでいて生産コストは二倍近くに跳ね上がったため、総生産数はわずか十機。
 生存性の高さは確かなので、戦地での貴重なデータを取り、持ち帰るために大陸派遣軍に配備されたが、1996年末の時点では役目を終えて全機が戦地損失もしくは廃棄された。
 乙型はかなりマイナーな機体であり、戦術機畑の軍人ですらその存在を知らない者も多いほどだ。

 現在、メーカーに命じて前線の意見を入れた改修に取り掛かっているのが丙型で、まだ試作機も組みあがっていない。
(不知火甲型をもってしてもなお、大陸の激戦にある衛士から見るとパワー不足であり、さらなる高出力・重武装化が要求されたのは、関係者を愕然とさせていた)

 これらとは別に、不知火の原型となった機体を再設計し、高等練習機仕様とした仮称『吹雪』が存在する。
 第三世代機に衛士を慣れさせる役目を負うが、いざというときは補助戦力として投入することも視野に入れたため、実戦機に近い性能を持たされてる。
 それゆえ、コストはこの種の機体としては割高。

 以上の『不知火ファミリー』には、拡張性や発展性と呼ばれる改修余地がほとんど無いという共通点がある。

 帝国軍は、当初から不知火の輸出は考慮していなかった。
 あくまでも日本一国で生産し運用することを前提にしていたため、生産費が高騰するのは明白。
 このため、当面の機能に寄与しない部分はなるべく削り落とし、生産及び維持費を節減した。
 ハイスペック要求と並び、機体として袋小路に陥った理由のひとつだ。

 戦術機の拡張性は、機体の基本設計の段階でほぼ確定してしまう。
 単純にパーツを入れ替えればいい、というだけで話は済まないからだ。
 アビオニクスを交換する場合ひとつをとっても、

 新型パーツを設置できるスペースがあるのか。
 アビオニクスが発する熱を冷却ないし排出できる機能が用意できるのか。
 そもそもアビオニクスに必要なだけの電力が供給可能なのか。
 システム一式の機材が、重量許容の範囲内におさまったのか。

 そういった諸条件をひとつでも満たせなければ、実用は困難なのだ。
 無理に改修しようとするのなら、かなりの費用と時間を投じて再設計もしくは新技術開発が必要であり、

『一から別の戦術機を新規開発したほうが安くつき、かつ無理に改修しても性能は到底コストに釣り合わないモノにしかならない』

 という結論になってしまう。
 狙い通り新技術開発ができなければ、当然そこで頭打ちだ。

 戦術機は基本単価が高く十年、二十年と改良しつつ使い続けなければ国家財政が到底耐えられないのだから、この問題は軽視しえない。
 BETAが、既存機能内で対処不能なほど行動や戦法を変えてきた場合にはお手上げ、という点でも常に爆弾を抱えていることになる。
 にもかかわらず、帝国軍が不知火の量産を強行し続けたのには、軍事の範囲に留まらない複雑な事情があるのだが。

 一番の理由は、目先の事だけを考えれば、不知火が素晴らしい機体だったことだろう。性能はもちろん、生産性や整備性も良好であった。
 技術畑の帝国軍人や企業の技術者は、不知火を『所詮、ほとんどがアメリカ技術の模倣品に過ぎない』と自嘲するが。
 逆に言えば、ベースとしたF-15Cの完成度の高さを継承した、ということであり。
 通常なら、新造機につきものの予期せぬ欠陥や初期トラブル発生が、最低限に抑えられた利点がある。

 外交的にも、たとえ実像は『国産モドキ』と言えるようなものだろうと、第三世代機を独自開発できる力があると示した事は、大きな意味を持つ。
 これはソ連等の他国が、悪化する条件の中でも独自開発路線を止めないのと同一の理由だ。

 ――広い視点でみれば、この人類存亡の危機にも関わらず、仮初の団結さえ怪しい人類の業の証明なのかもしれないが……。

 ともあれ、帝国陸軍は1997年度予算で不知火のさらなる量産と、吹雪の制式採用を要求していた。
 公開の場での議論より、事前の密室での根回しがものを言う日本特有の『しゃんしゃん国会』で、それは承認されるはずだった。

 だが、国連軍横田基地で行われたある模擬戦が、波乱を呼んだ。
 富士教導団という日本最高の精鋭の駆る不知火が8機でかかって、新米国連軍少尉の乗った単独のF-15Eを落とせなかった――それどころか、ほとんどが返り討ちにされたのだ。

 『模擬戦と実戦は違う』という弁解は、通じなかった。
 なにせ国産機推進の御旗が、その模擬戦(瑞鶴対F-15Cの結果)だったのだから。

 改めて不知火について念入りな調査を行えば、例の発展性の件を隠し通す事はできない。
 戦術機についての知識がある者なら、『純国産の不知火』という美名の陰にある、国防の根幹を揺るがしかねない危機を察知し、青ざめる。

 不知火は、その場凌ぎの急造兵器ではなく、帝国軍の戦力中核を担う主力戦術機だ。
 事前に情報があれば、不採用――は、さすがに無いとしても少数生産に留め、より総合バランスの取れた次を開発する選択肢もあったのだ。
 その選択肢が、恐らく関係者の保身や面子のために潰れた。

 帝国議会は連日紛糾し、軍と議員の板ばさみとなった内閣は大混乱に陥った。
 久々にヒートアップした議会の予算審議委員会では、普段は肩で風切る高級士官や国防省官僚が、ほとんど吊るし上げに近い質問攻めにあっている光景が、連日展開された。
 委員会が、国防機密を扱う場合があるゆえの秘密会でなければ、さぞニュースや新聞を賑わせたことだろう。

 陸軍内部でも、論争があちこちで勃発した。
 非常時を名目に当初要求案で押し切るか、それとも別の方策を考えるか、で一致できなかった。

 不知火の成功によって肩身の狭い思いをしていた者達が、追及の急先鋒に立ったのは当然のことだった。
 もっとも苛烈な態度をとったのは、国産派であっても開発方針に異論があった連中だ。
 彼らは帝国技術の限界をよく知悉しており、まずは警備・拠点防衛・迎撃などの比較的軽任務に当てる戦術機を作って『習作』としてから主力クラスに取り掛かるべき、という意見を持っていた。
 さらに不知火系列に見られる操縦性の悪さも、隠れた問題として指摘していた。
 不知火はもとより、吹雪ですら外国の同レベル機と比べると操作がピーキーで、熟練するのに時間と訓練費用がかかるきらいがある。
 帝国軍の衛士育成環境は、今は恵まれたものを用意できているが、将来的な消耗戦を考えると、練度の低い衛士であっても十分な性能が引き出せるような配慮が望ましい、と。
 なまじ国産という点では一致していただけに、『スペック至上の不知火推進派』の勝利によってポストを追われたり、などの実害が発生していただけに、ここぞとばかりに反攻に出たのだ。

 この混乱は、容易に収拾できそうもなかった……。





 太平洋の青い波濤を蹴立てて、一隻の大型艦が進み行く。
 強い日光を受け止めるのは、長く伸びた飛行甲板。

 HMS クイーン・エリザベス。

 イギリス海軍が持つ、大型戦術機母艦の一隻だ。
 英国海軍より国連海軍に貸し出され、普段はアフリカ・東南アジア間の戦力輸送あるいは非常時の緊急戦力投射に用いられていたが。
 現在は、イギリスに一時指揮権が返還され、日本へと舳先を向けている。

 その艦内にある貴賓室では、英国人にとっては何より大切な午後のティータイムが楽しまれていた。

「イギリスは、ちっぽけな島国だ。資源は乏しく、地勢的には常に大陸との緊張を余儀なくされてきた。
にもかかわらず、世界の覇権を長年維持していた。落ち目の現在でさえ、世界屈指の大国の地位を維持している。なぜかわかるかね?」

 テーブルの上座につく一人の老人が、世間話のようにそう口にした。身に着けているのは、黒を基調としたフロックコート。

「節操がないからです」

 答えたのは、英国陸軍の制服をまとった精悍な中佐だった。
 他国人が見たら、目を剥くような言葉だ。

 だが、老人は咎めるどころか満足げにうなずいた。

「そう。我が英国は、いくつもの顔と何枚もの舌を使い分けてきた。
第一次大戦では、かつての植民地だったアメリカに頭を下げた。
第二次大戦の折、ナチスに勝つためにはソ連とさえ手を結んだ。
1985年の対BETA本土防衛戦の際には、アメリカ軍や国連軍はもちろん、西欧各国軍、社会主義を堅持したまま亡命してきた旧東側諸国軍。
彼ら全てを戦わせ、そして途中脱落させなかった」

 老人は、一息ついてからさらに言葉を紡ぐ。

 彼の名は、サー・アーサー・ダウディング英国陸軍予備役大将。
 現在は、イギリス上院(貴族院)議員。

 欧州の対BETA戦屈指の激戦であり、また人類が勝利を収めた数少ない戦い・英本土防衛戦において、欧州連合総司令官を務めた古強者であった。
 だが、その風貌はむしろどこかの古い大学の教授、といった印象だ。
 貴族の称号たる『サー』を持つが、代々の名家の出ではない。
 人類と英国への貢献を賞賛され、個人の力量によって貴族の地位を与えられた者――いわゆる、一代貴族だ。

 イギリス議会の上院は現代の貴族で構成されるが、この中で世襲貴族の席は人数に制限がかけられている。
 そして、『もっとも上質な議論が見たければ、イギリス上院へ行け』と政治の世界では言われていた。
 個人の信条から貴族の地位を受けない者達を除けば、名実ともにイギリスの選良が一代貴族層であった。
 その代表の一人、といわれるダウディングは、居並ぶ陸海軍の士官達に、諭すように続けた。

「国家危急存亡の時に、国民に『誇りをもって理想的に、潔く死ね』というのは英国の取る道ではない。
『悪魔と手を結んででも、希望を用意するから全力を尽くせ』と示すのが、我々のやり方だ。常にそのことを心得えねばならない」

 世に、『グレートブリテン防衛の七英雄』と呼ばれる者達が存在する。
 彼らの多くが、イギリス人で無いことは酷く象徴的であった。
 つまりは、イギリス人以外がそこまで熱心に戦う――戦わざるを得ないように、環境を整えたのだ。
 名誉を得た少人数の生存者と引き換えに、どれほどの『外国人』がイギリス国民の代わりに血を流したか。
 無邪気に英雄の名声を信奉し、憧れるような人間……あるいは、自国民以外が持ち上げられる事に耐えられない狭量な者には、理解が及ぶまい。
 称号ひとつとっても、その裏には生臭い打算の匂いがあるのだ。

 無論、イギリス人が遊んでいたとか怠けていた、という話ではない。
 他国軍をそこまで使った上で、英軍もまた多大な犠牲を払い最善を尽くしたからこそ、一時はロンドンまで汚い足を伸ばしてきたBETAを英本土から叩き出す歴史的勝利をもぎ取れた。

 共産主義思想こそが絶対の聖典であり誤りは欠片もない、という妄念にとりつかれたゆえに多くの国民に犠牲を強いた挙句、地上から本国が消えうせた東欧国家群。
 アメリカや国連にイニシアティヴをとられるのが嫌だから、とその助力を半端に拒み続けるアジア諸国。
 ソ連はそろそろ『赤い夢想』から覚めてアメリカに泣きついたが……判断が遅れたゆえ、却っていいようにアメリカの盾にされている。
 いずれも、イギリス的視点から見れば笑い話にさえ値しない。

 イギリスのこの歴史的態度のせいで、現代まで尾を引く紛争の火種が世界に撒かれているのも確かであるが……。

 女王陛下を頂点とする封建時代の気配を色濃く残しながら、同時に近代民主主義の手本の一つとなった国家。
 ある時はアジアやアフリカに対する容赦ない侵略者として、ある時は自由主義を掲げ粘り強くナチズム・ファシズムと戦う正義の国として、豹変を続けてきた。

 そのイギリスが打った次なる手が、戦術機開発だ。
 元々は国際共同開発であった欧州製戦術機は、戦況や開発環境の悪化から参加国が次々と手を引きあるいは資金と人材を渋るようになった。
 だが、その中で実質的に単独開発となっても尚、イギリスは諦めなかった。
 そして、1994年にはESFP(Experimental Surface Fighter Program)実証機の試作、という形で成果が世に出た。
 これは、制式採用機並の実戦使用に十分耐える完成度を持ったものであり、全身に装備されたスーパーカーボン製ブレード(空力制御装置を兼ねる)が特徴的な、れっきとした第三世代機だ。

 名を、EF-2000 タイフーン。

 イギリスは、

『実質単独開発になったのだから、イギリスが独占する』

 などと言うことは言わず、実戦デモンストレーションの良好な結果に興味を示した欧州各国に情報を開示、数年後の本格増産体制を目指した。
 既に独自第三世代機(後のラファール)実用化の目処が立ったフランスは呼び戻せなかったが、西ドイツやイタリア等の国々とは、話がまとまりつつある。
 将来の欧州奪還作戦――イギリスから見れば、自国への脅威を遠ざける――を睨んだ戦略だ。
 雑多な機種を各国が使っているために、兵站上の無駄がある欧州連合軍の現状を改善する意味でも、タイフーンは成功させねばならない。

 だが……無視しえない情報が地球の裏側から発信された。

 日本帝国の不知火が、アメリカのF-15Eに言い訳のきかない大敗を、模擬戦で喫したというのだ。

 F-15シリーズは、欧州第三世代機にとっては、先行しかつ成功したライバルであり注意が必要な相手だ。
 不知火については日本帝国の方針もあって、欧州にはほとんど影響を持たないはずだが……

『欧州の第三世代機開発には、日本帝国からの水面下での技術提供がある』

 という『無責任な噂』の存在から、思わぬところで飛び火しかねない。
(欧州から見て、安全な開発環境がある日本の技術。
そして日本からみて、欧州の豊富な実戦証明が為された技術・データが、お互いにとって大きな価値を持つであろうことは事実だ。
戦術機開発市場における、アメリカの一強を嫌うという利害の一致も……。
これについて、イギリスの態度は『提供』については否定、『交流』についてはノーコメントという曖昧な態度を取っていた)

 F-15Eに、せっかく確保した顧客を持っていかれてはたまらない。

 イギリスは、タイフーンの実戦試験を国連軍に任せているように、国連との関係は良好でありパイプも太い。
 下手な当事者達よりも豊富な情報をキャッチし、分析した結果。
 日本帝国に人を出し、実地的な調査を行う必要有りと認めた。もちろん、表向きは別の口実をつけて。

 日本に向かうのは、人類の団結を示すセレモニーの一つであり、歴史的な友情を確かめる使節団を送り届けるため、ということになっている。

 陸軍の中佐――実は、情報部所属――は、馥郁たる紅茶の香りを楽しみながら、

「で、今回の事件の中心人物……TAKERU=SHIROGANE国連軍少尉は、さてどんな処分を受けるでしょうな?」

 と、口にした。
 『イーグル・ショック』を演出した少尉は、現在は処罰が決まるのを待って拘禁されている最中だ。

「厳格に軍法を適用するなら、重罰が下されてもおかしくはないでしょう。が、まずそれはありませんね」

 応じたのは、帝国の皇帝などを表敬訪問するために来た上院議員だった。ダウディングと同年代の女性だが、スーツをきっちりと着こなし背筋も若々しく伸びている。

「第一に、あまりに強く処罰すると、もう一方の当事者である帝国軍、監督責任を持つ米軍も身内に厳しくする必要が出ます。
国際関係上、亀裂が大きくなるのはよろしくない。
第二に、これほどの能力を示した人材を放逐できるほど、在日国連軍の駒は豊富では無いでしょう。
もっとも、除隊になったのなら、おおっぴらに英国軍入隊を誘えるのですが、ね」

 難有りであろうと、優れた衛士技能を持つ兵士は貴重なご時勢だ。
 叩かれた帝国軍を含めて、いくつもの軍がかつてのスポーツの有力選手獲得競争のような動きを見せても不思議はない。
 アメリカが、市民権付与を餌として外国人や難民から大規模に兵を募っていることは有名だが、同様の事は多かれ少なかれどの国もやっている。やらざるを得ない。

「……在日国連軍に、F-15Eがある。
この時点で、日本側からすればアメリカへの邪推をしようと思えば、いくらでもできる余地がありますからな。
そして、ボーニング社の影があるのは確かです。あるいは、そちらから事態を穏当に収めるよう動きがあるかもしれません。
さる米軍の大物が、すでに日本に到着したようですし……」

 中佐はさらりと言ったが、表面には出ない事情を把握してなければ、出ない台詞だった。

 ダウディングが、ゆっくりとカップを取り上げながら言った。

「ついでに日本帝国軍の実力も、とくと見せて貰うこととしよう」

 この場合の実力とは、単純な兵力とか兵器の性能ではない。軍組織の体質や、軍事をバックアップする政治や国民の志向等を含めた、国家としての総体的な力の事だ。
 その事を理解できない者は、この場にはいなかった。

 彼らイギリスの『親善使節』の目的は、情報収集が基本だ。だが、場合によっては事態に対して何らかのアクションを起こす準備と覚悟はしていた。
 それを示す物は、格納庫で静かに眠っている……。





 俺、白銀武への拘禁が解かれたのは、もう空気が身を切るような寒さを帯びる冬の季節に入った頃だった。
 模擬戦直後から二週間ほど、基地内の、牢屋よりはマシ程度の部屋に閉じ込められていた。

 因果情報通りなら、約二年後には日本は地獄と化す。関東以西が、壊滅するのだ。住まう人々の命も、数千万人分失われる。
 俺の故郷・横浜や家族友人達も、まず逃れられない。
 それを思えば、冷たい壁に囲まれた中でも焦燥の炎は俺の胸の中で燃え上がるのだが……。
 自業自得、いかんともしがたかった。

 いっそ、厳罰でもいいからひと思いに処分を下してくれ、と願った事は一度や二度ではない。

 最初の数日は、顔に『秩序の番人です』と大書しているようなしかめっ面の法務官がやってきて、戦術機の記録装置から抜いた情報を細かい所まで提示し、俺に事実と違いないか確認を取った。
 信頼性からいえば、人間のあやふやな記憶よりもずっと機械のほうが上のはずなのだが、これも手順というものだった。

 だが、一週間ぐらいたつと法務官は来なくなり、部屋を訪れるのは食事を配膳する係員だけになった。
 事件の処分が、国連軍以外にも絡む事なので紛糾している、ということは予想がついた。

 仕方なく俺は、焦りを紛らわす意味もあって狭い室内で体力トレーニングや、戦術機操縦のイメージトレーニングに没頭した。
 まだ受刑者と確定した立場ではないため、頼めば雑誌や新聞の類は取り寄せられた(費用を払う必要があるが)のだが、興味は全くわかなかった。
 申請すれば、面会を誰かに求める自由ぐらいはあるのだが、これにも気分が向かない。

 だから、処罰が下るとわかっていても拘禁室から出られた時には、安心を覚えたぐらいだ。

 俺がMPに付き添われて向かった先は、覚悟していた軍法会議の場ではなかった。
 入れ、と言われた時にはえっと声を上げたぐらいだ。

 その部屋――SES計画にあてがわれた事務室の扉を仕方なく開くと、ロディ=ストール中尉が出迎えてくれた。

「TAKERU!」

「中尉。このたびは、ご迷惑を……」

 恐縮して頭を下げようとする俺の肩を、ストール中尉は軽く叩いた。

「気にするな。それより、いきなりやってくれたなおい! 今、基地中……いや、在日国連軍全体が、お前の噂で持ちきりだ!
凄い奴だってな! 青っ白いエリートどころか、とんでもない暴れ馬だとさ!」

 何がそんなに楽しいのか、というほど笑顔の中尉の態度に、俺はちょっと引いた。
 これは、励ましてくれているのだろうか? 外国人のアクションは、未だによくわからんところがある。

「あの、俺への処罰は、どうなったんでしょう? それに、計画全体は……?」

 これまで俺が私的に作った人脈は、まだまだ細いモノだ。その証拠に、俺を助けようと接触してくる高官は一人もいなかった。
 だから、どれほどの影響を与えているか不明だった。

 中尉は、表情を引き締めると何枚かの書類を渡した。
 受け取って目を通すと、それは懲戒処分としての注意と半年の減俸処分を命じるものだった。

「……え。こ、これだけ!?」

 軽いか重いか、といえば新米少尉の懐を考えるとかなりきついものだ。軍歴に汚点として残り続ける。
 が、これはいわゆる軍法による処分ではなく、基地司令官の裁量に属する簡易処罰だ。
 やったことに見合うものとは思えない。

「今回の一件で下された処分は皆そんなものらしい。国連軍や米軍で懲戒・減俸はかなりの人数に下されたが、軍法会議にかけられた者は一人もいないそうだ。
……帝国軍がどう処理したか、はまだ俺は知らないが」

 ストール中尉は、処分が軽く済まされたのを普通に喜んでいる。

 俺は、腹の中に鉛を詰め込まれたような不安を覚えた。これは……どういうことだ? 誰が、何の目的でその程度に抑えた?
 身に覚えのない借金を、知らぬ間に背負わされていたような感覚に、背筋を軽く震わせた。

「で、SES計画のほうなんだが……まぁ、これはハンガーにいって自分の目で見てきたほうが早いだろうな」

 中尉の悪戯っぽい物言いに、俺は小首を傾げる。

 ……とりあえず、考えたり情報を集めたりするのは後だ。
 まずは、今回迷惑をかけた先――整備班や、ブレイザー少佐の隊――に義理は通さないといけない。
 ほかにもいろいろ気になったり考えるべきことはあるが、ひとつひとつ片付けていこう。鈍った操縦カンも戻さないといけないし……。
 そう思考を切り替えると、俺はひとつ息を整えた。





 ――『イーグル・ショック』において、もっとも得をしたのはボーニング社であった。
 貴重な……限界までF-15Eを使いこなしたデータが入り、同時に大きな商品としての宣伝材料を手に入れたのだ。
 アラスカのフランク=ハイネマンは、普段の彼からは想像もつかないような大笑いを堪えることができなかった、という。

 損をしたのは、日本帝国だ。
 不知火……ひいては戦術機開発・調達体制そのものの現状を問題視する声は大きくなり、富士教導団(彼らに教導されている帝国軍戦術機部隊全体)の面目も丸潰れ。

 ブレイザー少佐や白銀少尉に、命に関わりかねない行為を行った富士の大尉は、辞表を提出し即日受理された。
 軍エリート達の習性ともいえる、いわゆる『身内庇い』の行動をもってしても誤魔化しきれない失態であることは明白だったのだ。
 事態を収拾した者の一人が、神宮司まりもという堅物と評される士官だったことも、うやむやな扱いを難しくした。

 大尉が自ら引責したことで、国連軍や米軍とのバランスからほかの者達は比較的軽微な罰で済まされたものの……。
 周囲の冷視線に耐えかね、次々と転属願いを出しているという。

 帝国軍人の多くは、突如勃発した戦術機装備を巡る混乱に意識を奪われていたが。
 一部の衛士達は、白銀武という名を胸に刻み、密かに含む物を覚えていた――。



[30130] 第九話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/12/16 15:39
 ハンガーを訪れた俺は、ストール中尉の言葉――模擬戦の計画への影響については『見てきたほうが早い』という意味を知った。
 不知火に踏みつけられ、フレームに歪みが生じたためにメーカーの工場に送り返され、本格修理を余儀なくされたF-15E。
 それに代わる新たなF-15Eが、丸々一機送りつけられていたのだ。ボーニング社の口利きらしい。

 しかも、ハンガーに納められたSES計画用の機体は……増えていた。
 F-15Eの隣のメンテナンスベッドに横たわる、一機の異形の戦術機。
 ストール中尉によると、帝国系国連軍の兵站部を通じて裏ルートで回ってきたという――

「不知火だ……」

 別機体と思えるほど弄り倒されているものの、間違いなくオリジナル武の実質的な愛機だった、日本帝国機に間違いなかった。
 そいつを見上げながら、俺は眩暈に近い感覚を覚えていた。
 不祥事を起こしたのに、逆に装備が良くなっている? いや、改造しまくられたらしい不知火は、良い機体とはいえないかもしれないが……。

 ハンガーの照明の下、改造不知火……『ごたまぜ』などと呼ばれている機体に整備兵達が無数に取り付き、口々に何か言い合いながら剥き出しになった内部パーツに手を加えていた。
 鼻につく機械油と鋼の匂い、耳には金属の擦れあるいはぶつかる音がひっきりなしに飛び込んでくる。

「ああ、元は確かに不知火ってやつらしい。……重武装と、密集格闘での生存能力。こいつを改造した帝国軍の部隊はこの二つを欲しがったんだろうな。
機動性を生かしたくても生かせない、防御戦闘が多かったんだろう」

 隣に立つのは、髭面でがっちりとした体格の、整備班長だ。
 整備班はあっさりした態度で俺の謝罪を笑って受け入れてくれて、後腐れなくそれで終わり。
 ……まぁ、代用のF-15Eだのがどこかから提供されなければ、こうも鷹揚な対応はされなかっただろうが。

 俺は相槌を打ちながら、中国製のパーツと思しき『ごたまぜ』下腿部のスーパーカーボン製ブレードに視線をやった。

 突撃級あるいは要撃級の打突、あるいは戦車級の噛みつきは、光線属種のレーザーと並ぶ人類の苦悩の源泉だった。
 レーザーへの対処は、第二世代機で実現した高機動性と、新式の対レーザー防御(耐熱装甲とレーザー蒸散塗幕の組み合わせ)で一応目処がついたが……。
 近接格闘あるいは密集戦闘における損害は、BETAの攻撃が原始的であるがゆえに却って有効な対策が打ち出せず、右肩上がりの一途だった。

 アメリカは、BETAとの近接格闘戦は衛士にとってあまりに過酷である、としてこれを極力避けて戦う方法にシフトした。
(さすがに完全に避けることは無理なので、A-6やA-10のような戦術攻撃機系列には、接近戦への備えが見られる)
 『ファストルック・ファストキル』能力の向上させ。接近を余儀なくされた場合は、動き回りつつ射撃を浴びせる近接機動砲撃戦に。

 その完成型が、F-22 ラプターだ。

 ステルス等の対人戦機能ばかりが注目されるが(オリジナル武も同じような印象を抱いていた)、同時に戦術機としての基本性能を高めた事により、野戦での理想的対BETA戦術実施を可能とした。
 アクティヴ電子走査レーダーのような高性能な探知システムで、遠くの敵を正確に捕捉。
 高出力低燃費ジャンプユニットが生み出す圧倒的速度で常に有利な間合いを維持し、敵の攻撃が届く距離に入る前に撃破して無傷で勝つわけだ。
 ――まあ、そんな高性能を実現するためにコストが跳ね上がり、G弾重視の予算組み替えもあって実戦配備が遅れに遅れているが。
(これでもYF-23よりコストパフォーマンスはいいらしい。高性能戦術機開発に、いかに金と時間がかかるかという好例だ)

 だが、多くの前線国家においては、密集格闘戦は不可避だった。
 仮に米軍機並みの各種装備が用意できたとしても、やはり同じだっただろう。
 ハイヴという閉鎖空間への突入・制圧戦を前提とせざるをえないため、あるいは動き回りたくてもそれができない過酷な防御戦が多いためだ。
 回答として考え出された手段のひとつが、近接戦用固定武装だ。
 機体各部に取り付けられた、あるいは装甲と一体化したブレード等。
 これらは能動的な武器として使えるものの、本質的には生存性向上のための『攻撃的な装甲』に近い。
 固定武装をつけると生産・整備コストが跳ね上がり、デッドウェイトになりやすいなどのデメリットも多いため、前線国家でも扱いの意見は分かれている。

 長刀戦闘という間合い――砲撃戦に比べ圧倒的に敵と近いが、密集戦よりはまだ余裕を持たせている――を重視する帝国軍機にとっては、近接戦用固定武装は微妙な存在だ。
 現在の所は、デメリットを重視して固定武装を装備しないのが不文律となっている。
 それを、不正規な手段で取り付けた。かなり差し込まれるような戦いを続けているのだろう、大陸に渡った日本帝国軍将兵は……。

「――この二機は、どれぐらい経てば動かせますか?」

 前線への想像を断ち切り、俺は整備班長に聞いた。
 現在、SES計画における衛士は俺一人。
 特性の違う二機使いまわしなど御免蒙りたいのだが、ほかに人がいないんだから仕方ねえ。

「F-15Eは、すぐにでも出せるが。
『ごたまぜ』のほうは、かなりの時間見ないと難しいな……何しろ、純正不知火の予備パーツなんぞまともな手段じゃ俺達には手に入らない」

 裏取引的にどこかから送られてきたのは、『ごたまぜ』と若干の不知火用パーツのみ。
 不知火について、自分なりに情報を集めたという整備班長が、はっきりした事を言えないのは、仕方なかった。

 もっとも、整備兵達は基地配備機の余剰パーツを流用してのさらなる改造に、嬉々として取り組んでいるが――
 ああ、そうだよ。迷惑かけた負い目があるから「やめて」って言えないんだよちくしょう!
 加えて『ごたまぜ』を流してきた側の交換条件は、不知火を改良するために必要なデータだとかで、この点からも試行錯誤を止める事はできない。
 ……まともに歩行できるかも怪しいモンに仕上がりかねん。

「日本人の技術者達は、いい仕事をしすぎたな。なまじ無茶な要求性能をまとめる腕があっただけに、ぎゅうぎゅう詰めだ。
こういう遊びのない機体は、先がないのは仕方ない――正直、改良は無茶だ。新造か、それに近い改設計をしたほうが早いだろう」

「…………」

 俺は、なんとも返せなかった。

 因果情報通りに歴史が動いているのなら、実はすでに整備班長が言ったような動きはある。

 武御雷だ。

 不知火の上位互換機であり、オリジナル武にとっては浅からぬ因縁のある機体。
 発展性を削った不知火系列に位置しながら、不知火より数段上の性能を誇った。
 その理由は、まさに新造に近い改設計を行ったからだ。しかも、コストや生産・整備性を度外視して。
 外装部分はほぼ別物といっていいほど新規に設計され、パワーや耐久性から見るとジェネレーター周りもかなり手を加えてあったのだろう。

 ……感情的な思い入れが無い俺の意見からすれば、武御雷は無駄が多すぎる。
 特に、衛士の家格によって性能にまで差を出すというのは、何を考えているのか真剣に理解不能だった。生産性、整備性の悪さの何割かは、恐らくこのせいだろう。
 ジャンプユニットの出力や関節強度に違いをつければ、燃費や強度計算はそれぞれの分を取り直さなければならない。当然、技術者の手が塞がる。
 BETAの日本本土上陸が現実味を帯びた時期に、わざわざ金と人的資源に無駄が多い仕様としたあたりは、庶民出の俺からすれば怒りさえ覚える。
(身分制度にあわせた武御雷の各型熟成のため制式化が遅れ、日本国民がもっとも犠牲を強いられた1998年から2000年までの時間を浪費した、という情報を知っているから尚更に)

 開発中であろう武御雷の衛士身分向けのタイプ乱立をやめて一つにまとめ、同時に帝国軍で採用して量産効果を求めれば……。
 本土防衛戦に間に合うかもしれない。

 だが、まさに滅茶苦茶な戦術機開発を通したことが象徴する通り、斯衛軍や城内省は軍事的合理性よりも伝統とやらを重んじるだろう。
 帝国軍の不知火改良あるいは代替する新型開発とリンクしてくれるとは、とても思えねえ。
 せいぜい、請け負った企業経由で間接的にデータが回るぐらいか?

 かといって、俺にも不知火を改良する妙案なんて思い浮かばない。
 うまく結果を出せば、国連・アメリカの力を借りるとかの黒い手段じゃなく、まっとうに帝国軍への発言力を確保することもできるんだろうが。
 ここは、不自然なほどこちらに好意的なボーニングに話を持ちかけてみるしかないか? が、これも相手の好意の理由が見えないだけに、迂闊な動きは危険かもなぁ……?

 ひとつ頭を振って、『ごたまぜ』から俺は目を逸らした。

「……それじゃあ、操縦の感覚を取り戻したいんでF-15Eをちょっと動かします」

「了解だ――ああ、この前の模擬戦で得た機動データのフィードバックは終わっている。
……少尉の操縦は、関節疲労の溜まりが並の衛士より激しい。アラートには注意してくれよ」

 俺は、ひとつ頭を下げる。

 米軍の影響が強いここの国連軍部隊では、衛士に強いて消耗を抑えろ、とは言わない。
 機体に負担をかけず、かつ敵を倒し生存を続けるような機動は、その繊細さゆえに衛士の神経と体力をすり減らすからだ。
 それぐらいなら限界がきそうなら後退させ、整備を受けるか予備機と交換したほうがいい、と指示されるのだ。
 衛士はじめとする訓練された人員こそが、『消耗品』の中で一番高価で替えが利かない、という発想による。

 ……衛士としちゃ、負担が軽いのはありがたいが、こういうのに慣れすぎるのもまずいかもしれない。

 様々な思考を弄びながら、俺は着替え室を目指して駆け出した。
 途中、無数の兵士達とすれ違うのだが……どうも、彼らの向けてくる視線が明らかに前と違っていた。
 敬礼と答礼を交わすのさえ、早く済ませたいという態度が多くの者達から感じ取れるのだ。

 ――なんというか、恐れられている?

 まあ、あんだけの事をやったら、引かれるのも無理ないか。
 と、肩を落とす俺の前を塞ぐように、十人……いや、二十人近くの兵士が立ちふさがった。
 いずれも若い……若年志願兵の俺よりは年上だが、それでも最年長で二十歳ぐらいか? いずれも衛士徽章を制服の胸につけている。

「……なんです?」

 俺は、咄嗟に身構えた。模擬戦絡みの、意趣返しか何かかと思った。

「あの、白銀少尉ですね……? 少し、お話とお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 進み出てきた若い女性少尉が、俺に向かって頭を下げた。
 おずおずと、こちらの機嫌を伺うような態度だ。敵意とか害意は感じられず、俺は小首を傾げた。





 白銀武・国連軍少尉に大恥をかかされた、帝国の衛士達。
 彼らが名誉回復を考えたのは、自然なことだった。
 今度こそまっとうな手順で模擬戦でも申し込んで、挫く。そうしなければ、いい笑い者だという認識は、軍全体に広まっていた。

 だが……いざ、誰が再戦を挑むのか? というと、まったく当てがないのが実情だった。
 帝国最高の富士教導団衛士が、あれほど有利な条件でも蹴散らされた相手だ。
 勝算を弾き出す事はできなかった。
(これは、武が因果情報を通じて不知火の特性を知っていた、といった常識外の要素は見抜けない事にもよる)

 辛うじて名が挙がったのは、国連軍移籍準備に追われる神宮司まりも大尉であった。
 が、彼女は厳しい態度で断わりを入れた。

「模擬戦は、実戦に役立てるために国費を使って行うものだ。くだらない喧嘩の後始末には付き合えない」

 と、言い切る。
 生真面目な神宮司からすれば、一人前の衛士達が争いを起こした事自体が失態そのものであった。

 もっとも、神宮司大尉には、決して口外はしない別の気になる点があった。
 彼女のまた、あの模擬戦の記録を閲覧していたのだが……。
 白銀武という少尉の機動に、どこか覚えがあるのだ。
 武道において、師匠と弟子の動きや呼吸が似通うように――幾度か考え込み、そして自分の動きに似ている箇所がある、と思い至る。
 ぱっと目にはわからない。
 神宮司には、あんなGに耐える体力はさすがにないし、極端に変則的な機動を使うわけでもない。
 それでもふとしたタイミング……機動と機動の『間』の繋ぎ方などに、通じる点がいくつもあるのだ。
 あんな教え子を持った記憶はないし、また自分が教導した衛士が国連軍に移って誰かに教えた、という話はまだないはず。
 神宮司大尉は、密かな疑問を抱えることになった。

 また別の候補として名が挙がった、大陸派遣軍に所属し実戦を経験した衛士は、

「我々の敵は、BETAだ」

 の一言で、人類間の見栄だの面子だのに汲々とする同僚達を切って捨てた。
 大陸での死闘においては、やれ愛国だの面子だのなんだのを演説している暇はない。
 どこの何人だろうが、どんな考えをもっていようが、軍人の価値を分ける基準はひとつ。

『BETAとの戦いに役に立つか、立たないか』

 それだけだ。
 亡国の下級軍人だろうと、BETAを倒し人々を守る力を持つ者が尊敬される。
 そういった人物には、人種・身分・思想・国籍など関係なく、多くの兵がついていく。

 大国の高級軍人であっても、無能なものは相手にもされない世界が、海の向こうでは既に展開されているのだ。

 『遊び』のために潰す機材があるのなら、実戦に備えよ――それが、『大陸派(思想傾向というより、過酷なBETA戦を経験したかどうかを共通項とする、軍内の少数派)』の総意だった。



「帝国軍には、今のところTAKERU=SHIROGANE少尉に積極的に復仇しよう、という動きはありません……意志はあるが、成算が無しというところですか」

 横田基地の米軍管轄区域を管理する、基地司令官の少将が言った。
 日本駐留が長い彼は、それなりに人脈をもっており(個人の内心までは、当然分からないが)、帝国軍の動きをある程度知っていた。
 対面するソファーに座り、ひとつうなずくのは米軍の中将――バンデンブルグ将軍だった。
 バンデンブルグは、上層部に話をつけて在日米軍に移籍した。本土のお偉いさん達は、厄介払いができたとばかりに迅速に手続きを行った。
 日本へ入った中将は、まず『イーグル・ショック』の後始末を軟着陸させてから、情報収集に入っている。

「少将、帝国内のもうひとつの軍――斯衛軍の動きはどうか?」

「現代のサムライ達は、名誉を重んじますが……逆にいえば、名誉が傷つくのを何よりも恐れます。
恥を晒したのは帝国軍であって、我々とは無関係という態度ですね」

「ズイカクがイーグルを倒した模擬戦の例は、日本国内ではかなり持ち上げられているそうだが……?
二匹目のドジョウ……だったか、それを狙って名を挙げようという気配は?」

「あれこそ、まともな頭を持った衛士なら一度切りの奇策ゆえ、と理解します。カタナの刀身をシールド代わりに……知っていれば、通じるはずもありません。
また120ミリ砲弾が、防御用としての使い道を考慮しないカタナで受け止められた事象自体が、訓練用弾だからこそ起こりえたのです。
EIJI=IWAYA大尉の機転と技術は尊敬に値しますが……結論については、国産を求める者達の方便というやつですよ」

「ふむ……確かに、その模擬戦からは『アメリカ軍機をベースに買取り、独自改修したものこそ最高』と純国産路線否定の答えを導き出すことも、可能なわけだからな」

 二人が話し込む司令室の窓の向こうでは、冷たい空気を透かして落ちる日光を受けながら、無数の戦術機や戦車あるいは航空機が行き交っている。
 大陸の前線へ送り出す兵器もあれば、その大陸から帰って来て修理補修を受ける物もある。
 と、その中に一際大きな影が動いた。
 バンデンブルグ中将がアメリカ本土から呼び寄せた大型輸送機から、戦術機が立ち上がったのだ。

 それに気づいた司令官は、ほうと目を細めてそちらを見やる。

「……あれが、閣下の切り札の一つ、ですか?」

「ああ。あちこちから予算を都合させて、なんとか形になった試作機だ」

 たまたま近くを移動している戦術機――F-15Cと比べても、頭二つほど大きい機体だった。
 ただ大きいだけではなく、頭部・両肩・両大腿部には丸い膨らみ状のパーツがつき、太いフォルムとなっている。
 背中には、ハイヴ攻略時の輸送戦術機のようなコンテナじみたユニットを背負っていた。

「未だ訓練場での実証さえ済んでいない代物だ、ついでにテストして貰おうと思ってね」

 BETAの侵攻を受けるまで、人類の戦闘兵器は――不正規戦争や低強度紛争に使われる歩兵装備などを別として――高性能化・少数化の道を辿っていた。
 主力兵器……航空機や戦車は、仮想敵を質で圧倒すべく高度な技術が投入され、それを操る兵士もエリート中のエリートが選抜される。
 核兵器の運用能力さえもたされた戦闘機が出現し、宇宙開発が進むとSFの産物であった『宇宙戦艦』さえ構想されるようになり……。
 必然的に、兵器ひとつにかかるコストは膨大というのも愚かなほど跳ね上がった。

『大国が一年分の予算で、数個の兵器しか買えなくなる時代がくる』

 とさえ言われていた。
 それが、BETAという脅威が人類の歴史を強引に切断しうる存在として出現し、立ちはだかったことで一変する。

 人類の戦史上、もっとも大量の砲弾や兵器が投入され、多くの人命と共に消費されたのは第二次世界大戦だが。
 対BETA戦における人類側物資の消耗は、短期間でそれに迫るものとなった。

 そんな中、人類の主力兵器に対する考えは、大雑把にいって二つに分かれた。

 ひとつは、圧倒的な個別性能によって物量を蹴散らす、質至上主義。
 アメリカが事実上失敗し凍結させた、戦略航空機動要塞計画(宇宙戦艦構想を重力圏内で実現、一機でハイヴ制圧が可能なほどの超兵器を目指した)などはその最たるものだろう。
 ここまで極端ではなくても、一機の戦術機に過剰とも思える多機能・高性能を付与する動きは、それなりに多い。
 アメリカのF-22や、帝国の不知火のようなハイスペック志向機だ。
 高い技術力を持つ軍需企業の中には、旧来の戦術機の概念を越えた機動兵器を開発しよう、という構想があるようだが……こちらは、形になった例は知られていない。

 もうひとつは、単機のスペックは一定レベルに留め、代わりに生産性・整備性・操縦性などの実用面を向上させ、人類側に用意しうる限りの物量を備えようという考え方だ。
 もちろん、無尽蔵と思えるほど湧いてくるBETAと同数の戦術機等を用意など困難だが。
 数の差が狭まればそれだけ一機あたりにかかる負担は減り、結果的に相手の物量を破ることが可能だ、と。
 ……さすがに、戦術機の生産力自体が未熟だったBETA大戦初期を除き、質を落とすという選択肢はとりにくい。人的資源の枯渇が凄まじい以上、兵士達の生存性を低くする事は自殺行為だ。
 F-16あるいはF-18のように新技術導入で良好な性能を持ちながら、コストパフォーマンスに配慮した戦術機群が存在する。
 これらは、実戦投入されるとかなりの国々が採用し、生産数を延ばしつつある。
 その集大成として、アメリカ・欧州連合・アフリカ連合がかつてない規模での国際共同開発戦術機計画を実施すべく、協議を開始していた(後のF-35)。

 だが、中将が持ち込んだ戦術機は、いささかこれらの発展ルートからは外れたタイプであった。

「さて、この極東の地で、私の望む成果が挙げられるかどうか……」

 中将は、独白にも似た呟きをこぼした。

 アメリカ政府そして軍は、G弾使用路線に邁進しており、そのためにかなり強引な手段を用いている。
 その動きを、バンデンブルグは否定することができない。
 BETA支配地域……特にハイヴは、ガン細胞のようなものだ。根治を為さない限り、健康な地球という命の細胞を侵蝕していく。
 際限なく。

 現状、唯一そのハイヴを排除し得る可能性があるのは、G弾の使用のみだ。
 核やS-11といった大量破壊兵器の投入さえ、光線属種の迎撃によって無力化される恐れがある。

 バンデンブルグは自分の案に成算をもっていたが、客観的な説得力に欠ける事を認めざるを得ない。

「早速、あの機体の実働テストを開始します。丁度、訓練中の隊がありますので」

 少将の言葉に、バンデンブルグはうなずいた。





 帝国国防省の、地下会議室。
 巨大な円卓を囲むように、年代も格好もばらばらな人々が席についていた。
 軍人であったり、軍需企業関係者であったり、文民の官僚であったりと様々な肩書きをもっている者達だが。
 帝国の戦術機行政に関わる立場にある、という共通点があった。

 ……実は、前回の会議とはかなり顔ぶれが代わっている。
 不知火開発推進者のうち、問題点の情報隠蔽に関わったり、それについての監督責任を問われた者達の多くが、罷免ないし左遷されたからだ。
 出自がやんごとなき筋であるとか、組織が必死で庇うエリートなどの中には席を守った者もいるが……そういう手合いは、事実上発言権を失っていた。

 議題は、新しい戦術機開発・調達方針について。

 声を上げたのは、空いたポストを埋めるために急遽開発畑に入った軍人だった。

「例えば、だ。不知火の改修においては、外装レイアウトを変えないという考えに拘らず、外付け式の装甲を新型に交換・追加したりなど、手段はあるだろう?」

 戦術機に関連する部署の軍人が、全て技術に詳しいわけではない。それがわかっているとはいえ、説明の労を要する企業側の担当者の顔色は冴えない。

「確かに、肩部装甲を補助スラスターと一体化する等の改良は、西側のみならず東側でも米企業の協力を受けて行われております。
ですが……」

 敵攻撃を受け止めるべき部分に別機能を持たせる、というのは本来の役目である防御自体の低下をもたらす。
 機関部や推進剤の誘爆・炎上等の二次被害を防止する機構も必要だ。
 そういった新規部分に要求される出力・電力は、結局の所は本体の許容内に制限される。
 また、多機能化したパーツを制御するためには、より高度な演算システムに交換する必要もあった。
 OS用CPUとはまた別の、機体全般を制御するセントラルコンピューターを丸ごと入れ替えなければならない場合も考えられた。
 連鎖的に、さらなる電力増強、廃熱能力が求められるのだ。

 機体の一部を改設計したり新規設計する場合も、同じような制約がかかる。

 発展性を限界まで削った不知火は、新規パーツに回す諸々の余力が無いのだ。
 まず根本的改修からはじめて、余力を生んでから……という手間が必須となる。

 既存のジェネレーターとサイズや重量等がほとんど変わらず、それでいて出力が割り増し。
 あるいは、既存部品と同じ出力を持ちながら、省電力で動く高効率ユニット。
 そんな、技術的に困難な新世代部品の手配でもつかない限り、ハードルは高いままだった。

「ジャンプユニットの交換も簡単にはいきません。機体への負荷、空力、燃費の再計算が必要ですし」

 戦術機のジャンプユニットは、空陸両用の活動能力と機動性を保証する最重要部分の一つであるのと同時に、泣き所だ。
 構造上、装甲するのが難しく、被弾すれば簡単に脱落あるいは機能を停止してしまう。特にBETA戦においては、ジャンプユニットの機能停止は破滅に直結する。
 機体とジャンプユニットの間にあるアームは、強度と可動性を両立させねばならない。一朝一夕に、より出力の高いユニットに適応した改修は難しい。
 当たり前の話だが、それ以前の段階として新型ジャンプユニット自体の開発にもコストを要する。

 企業担当者の、長い説明が終わる。

 そこかしこで、不規則な議論が交わされはじめた。

「事ここに至っては、外国産機の導入も考えねば……」

「馬鹿な事をいうな! 国産こそが我が帝国の取る道、というのは既に決められた――」

「その国産路線を続けるのに必要な情報を隠し、目先の事だけ辻褄を合わせれば良し、とする態度が今日の事態を生んだのだろうが!」

「……現在、河崎重工を中心に進行中の実験改修(不知火・丙)も、早速滞っているとか。
大型化したジェネレーターを組み込んだ無理な改修で機体バランスが悪化し、稼動時間や操縦性の低下は、かなりのレベルになるという予測値が出ている」

「――新規に国産戦術機を開発する。これしかあるまい? 幸い、不知火に用いられている個々の技術は優れた物だ。実戦証明も順調に蓄積されていたはずだが?」

「斯衛軍向けの次期主力機開発のため、富嶽重工と遠田技研は手が塞がっております。光菱重工は撃震のアップグレード中ですし……」

「新開発のために、どれぐらいの資金が必要になるか……議会、国民が納得しますか?」

「カネよりも問題なのは、時間だ。新規となると、実戦化まで何年かかるのか不透明……」

「大陸の戦況を勘案するに、楽観的に見てもあと三年ほどで日本本土へのBETA襲来が有り得ると思われる……陸軍の面子と日本帝国全体の防衛。いずれが大事かは、明白だ。
斯衛に頭を下げて、開発中の機体のデータを開示してもらい、良い戦術機ならば帝国軍でも採用。それが無理なら、外国産機導入もやむなし」

「開発を管理する城内省の連中は秘密主義で、普段からまったく話が通じないのだぞ? 頭を下げたぐらいではとてもとても……」

 それぞれ背負う利害や考えは違うが、共通しているのは時間に対する不安だった。
 今更ながら、開発初期にスペック至上主義に囚われた者達が恨めしい。
 不知火ほどではないにせよ余剰に乏しいと言われていたアメリカの軽量戦術機・F-16がいくつもの強化・改修機を生んでいるように、時間と明確な問題意識があれば打開策はあったかもしれないのに――

 軍の内外においては、外国産機……特に、F-15Eの導入を求める声は日増しに高まっていた。
 元々F-15Cのバリエーションである陽炎は、高性能と実用性を両立させた機体として、前線将兵から好評だった。
 一部では反米感情や、『瑞鶴に負けた戦術機』という印象を原因とするネガティヴなイメージがあるが……。
 実際に接してみれば、アメリカ兵が血を流して得た戦訓が随所に生かされた、優れた機体であることは何者にも否定できなかった。
 その発展強化型が、模擬戦で見せた実力は、魅力的に映ったのだ。

 しかし、政府は既に『世界初の実戦第三世代機を、自力で開発した日本帝国』というブランドを作り上げ、外交カードとして利用してきた。
 外国産しかも2.5世代機をわざわざ買うというのは、何か国連が絡んだ秘密計画に熱心らしい政府が首を縦に振らないだろう。
 今回の場合、軍の不実が先にあるのだから、政府を非常時を名目に押し切るのは困難だ。

 最低でも第三世代機――新規開発にせよ、外国から買うにせよ、この基準は満たさなければならない……。

 が、外国の第三世代機はスウェーデンのJAS-39 グリペンを除き、いずれも実戦試験段階あたりがせいぜいだ。
 そのグリペンも、導入経験のない欧州機に対する不安感があり、厳しい。しかも、パーツ換装を前提として各種任務をこなすよう設計された機体だ。
 欧州機としても特殊で、帝国に馴染ませるのは恐らく難しい。

 今はショック状態の国粋主義勢力も、いつ声のでかさを回復させるか。

 そんな議論に加わらず、末席近くで一人腕組みする士官がいた。

(まさに泥縄だな。これが、本土の実態か……。既に大陸戦線は、日本にとっての正念場になっているのだぞ。
本土防衛戦などという夢を、未だに見ているのか)

 つい先ごろまで、大陸派遣軍に所属し血反吐を吐く思いで戦っていた、前線帰りだった。

 極東戦線の焦点は既に中韓国境から遼東半島部に入っている。
 その一帯では、中国(統一中華の中共軍系)・韓国(大東亜連合に参加)・日本そして国連軍(過半数は米軍)が戦っていた。
 本国から追い出されるかどうかの瀬戸際である中国軍、次はいよいよ本土が戦場になる韓国軍は、文字通り死兵となっている。

 国連軍・米軍もまた、軍事的理由から死守の決意を固めていた。
 もし、BETAがユーラシア東海岸まで完全制圧すれば、これまで安全地帯だった日本・台湾・フィリピン等が直接脅威に晒される。
 BETAの渡海能力次第では、さらに後方――資源地帯として貴重な、東南アジアの太平洋島嶼群までが戦闘地域となる。それは、人類側の生命線である海運兵站が破綻する事を意味していた。
 このあたりは、欧州地中海戦線のシチリアに匹敵する緊要度であった。

 動機の比重が感情にあるか、利害計算にあるかはともかく、珍しく人類軍の共通認識が通じている戦場だった。

 戦術的にも、海上戦力の支援が受け易いこの一帯は、人類がBETAに対してバックハンドブローを浴びせられる可能性が残った、数少ない地域である。
 だが、日本帝国は陸軍の有力諸隊の多くを本土防衛軍に移管させるなど、その意図は戦力保全にシフトしつつある。
 派遣軍前線指揮官層からは、まさにこの地を決戦場として、帝国の精鋭戦力をBETAに叩きつけるべし、と主張されていたが、本国からは黙殺されていた。

 何かとぎくしゃくする関係にあるアメリカ頼みの本土決戦など、妄想も甚だしい。
 諸国の利害が奇跡的に一致するあの茫漠たるユーラシア東端こそ、帝国の天王山だ。余裕は、そこでBETAを殲滅することで搾り出すべきであり、諸国軍を盾にする形では外交上も、拙い。
 もし、朝鮮半島まで陥落することになれば、統一中華・大東亜連合や米軍は、まさに日本がとりつつある態度のように、自勢力領域の専守第一にシフトするだろう。
 にもかかわらず……

 『ありえない奇跡』でも発生しない限り、本土防衛戦イコール日本必敗。それが、この士官の実感だった。
 それもただの敗戦では済まない。ただでさえ、山がちで狭い国土に人口が密集している日本だ。民間人の避難は困難であり、その被害は……。

(こいつらに任せていては、日本は滅びる。かといって、まともな手段では考えを改めるような連中でもない。
いっそ、軍の刷新を求めて非常手段――)

 浮かびかけた危険な考えを、士官は慌てて頭を振って追い出した。前線から戻ってきたばかりで、気が立っているのだと自分に言い聞かせる。
 新型どころか撃震の数さえ不足し、それこそ本来なら違法・道義に反する手段を用いても戦力をかき集めなければならないあの戦場と、本土との空気の違いに戸惑っているのだ、と。

 会議は踊る、されど進まず。
 泡のように生まれては消える、議論という名の空しい言葉のやり取りを聞き流しながら、士官はこっそり溜息をついた。



[30130] 第十話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:70e25a94
Date: 2011/12/12 09:37
 シャンデリアの煌煌たる明かりは、窓から人々の目に忍び寄る夜の闇を駆逐し、素晴らしい料理の芳香が鼻を楽しませる。
 ドレス、あるいは着物で美しく身を飾る女性達が笑い声を上げ、胸に無数の勲章をつけた軍人達が歓談に興じている。
 日本帝国・京都の迎賓館において、英国からの使節を歓迎する宴が繰り広げられていた。
 出席者は、皆一定以上の社会ステータスを持つ者、もしくはその家族係累だ。

 BETA大戦など別世界の出来事のような光景。これでも、往時に比べれば料理の質は悪く、規模も小さかった。

 そんな中で、英国陸軍軍人の正装をした情報部の中佐(表向きの肩書きは、技術士官)が、タキシードを着込んだ四十代ぐらいの帝国軍需企業幹部と会話を交わしている。

「斯衛軍の次期主力選定開始が1991年。そして、国産機開発計画『飛鳥』として動き出したのは1992年。
つまり、不知火が制式化される前なのです。そして、試作機完成目標とされたのが1997年――」

 幹部が、記憶を探るように指を折りながら言った。

「確か、TYPE-94開発計画も同時期だったように記憶しておりますが?」

 中佐は、片手でグラスを揺らしながら小さく首を傾げて見せる。

「はい。帝国軍次期主力選定開始が、1983年。実用化目標は1988年に設定されておりました。
ご存知の通り、こちらは予定よりさらに6年超過して完成、1994年に制式化して大陸に運び実戦投入という慌しさで……。
しかも、帝国国内では単独で新型機を仕上げられる企業は無く、仕事の軽重の違いはあれど、掛け持ち作業は当然でした」

 同時に、F-15J 陽炎のライセンス生産と、その技術の解析。1991年から始まった大陸派兵で得られた戦訓の研究。
 技術者が過労で倒れたりする話は当然のように聞かれる、過酷な時期だった。
 そういった事情を、既に事前に承知しながらも中佐はさも初耳、という顔で聞く。

 兵器……特に複雑な技術の塊である戦術機や航空機・戦車というのは、制式レベルに達しても思わぬトラブルが続出するものだ。
 お国柄や、諸条件によって異なるが、制式化後数年は実用に近い条件で現場部隊がテスト、判明したネガティヴ面を潰してようやく実戦投入というのが理想だ。

 兵器を開発する部門に属する衛士や整備兵は、どこの国でも技量優秀なエリートだが。
 実際に兵器を使う隊は、概ね彼らより劣る一般兵、という側面もあるので、試作段階では出なかった問題が判明、というのは良くあった。

 が、昨今はそんな余裕を取れる国家は少ない……畢竟、マシントラブルは増大傾向にある。
 目立った問題が発生しない機体は、それだけで奇跡的存在だ。
 衛士が新鋭機より旧式機を好む傾向にあるのは、こういった背景も存在した。

 ソ連軍の機体などは、欠陥是正改修がほとんど恒例となっている。
(欠陥判明機を応急処置だけで安価に他国に売りつける、という資本主義者顔負けの商魂も見せているが。
安かろう悪かろう市場はソ連の一強状態という、なんともいえない結果を呼んでいる)

「不知火を制式化にこぎつけ、一息つけました。が、城内省の注文は未完成で、しかもスケジュールより遅れる気配があります……おっと、今のは……」

「わかっておりますよ……我が国も、苦労しております。国際共同開発で戦術機を共通規格化し、コストと兵站の無駄を削減しよう、という理想は良かったのですが。
まず要求仕様の取りまとめや、主機メーカー選定で揉めに揉め、ついにはフランスのように撤退した国まで出る始末で……。
むしろ、実質的な我が国の単独開発になった後のほうが、進行が順調になったぐらいです」

 酒が入ったためか、つい機密をこぼしてしまった幹部に笑いかけながら、中佐は話を変えた。

 EF-2000 タイフーンの事だ。

 国際共同開発において、F-5E/G/I IDS トーネード(第一世代機改修)の成功例を持つ欧州諸国ですら、戦術機開発・改修には四苦八苦していた。
 しかも、BETAとの激烈な戦闘を交えつつであるから、その辛苦は想像を絶する。

 英本土防衛戦には、トーネードのイギリス向け強化型で、さらなる能力を付与されたF-5E ADVが米軍の最新鋭第二世代機と並んで参戦、名を挙げたが。
 本命と目されていたECTSF計画機(当時は、第二世代機開発計画だった)は、防衛戦終結まで間に合わずじまい。
 存在しない高性能(の、はずの)機体より、隣で友軍が使っている機体のほう――しかも高性能だ――が頼りに思えるのは当然で、計画中止と米軍機導入は何度も取り沙汰された。

 イギリスの政治家達は、ECTSFの開発継続――さらに、目標を第三世代機への変更を決断したが、もし英本土が陥落していたら拭えない不名誉を背負ったことだろう。
 外交戦略によって計画機を欠いても防衛を完遂できる戦力をかき集めた、また当座はADV増産でなんとかできる、という計算が裏にあったのだろうが……。

「日本には、『船頭多くして、船山に登る』という諺がありましたな? まさにその通りで……しかし、金と技術だけ出して口は出すな、などと他国に言えるはずも無いですし」

 実質的な単独開発になって開発速度が加速したとはいえ、当初より時間と金を食っている事に違いはない。
 その遅れを取り戻すため、また離れかける他国を引き戻すため、技術実証機による試験を兼ねた実戦デモンストレーションという荒業をやっている。
 兵器開発において、邪道というべき綱渡りだった。

「――その、EF-2000についてなのですが。現場の評判などは、どんなものでしょう?」

 幹部はさりげなく聞いた様子を装っていたが、目は真剣そのものだ。

 おいでなすった、と内心でつぶやくと、中佐はわざとらしく首を傾げた。

「……実戦戦績においては良好で、トラブル潰しも順調だとは聞きますが。具体的な実施は、国連軍に任せておりますので」

「そうですか……」

「先ほども申し上げたように、あくまでも国際共同開発機ですからな。オプション兵装を、計画当初からの出資各国向けにそれぞれ製造し、実験してみなければならず……。
機体自体の共通化によるコスト削減効果が、周辺装備で打ち消されるのではないか、という不安を個人的に持っておりますが……今は、なんとも」

 出資国というあたりを強調してやると、相手の顔色がかすかに曇る。

 ――どうやら、帝国の戦術機行政の混乱はかなりのものだな。

 中佐は、頭の隅で思考を巡らせる。

 これまでの帝国側関係者なら、自国の成果を自慢するばかりで、苦労話や他国戦術機への興味は薄い傾向にあった。
 それが今や、弱気が透けて見えてさえいる。
 『イーグル・ショック』後の混乱を収めきれていないことがうかがえた。
 せっかく国内で複数の戦術機開発計画を並列させておきながら、国防省と城内省の縦割りゆえ、一方が一方のリザーブにならない状況にも苛立っている気配だ。
 欧州でいえば、ECTSF計画の遅れを補ったトーネード強化型のような機体が無いのは、かなり不安だろう。

(帝国の城内省は、国防省があまり興味を示さない近接戦用固定武装のデータを、我が国を含む欧州諸国からしきりに集めていた。
恐らくソ連からも……。と、なると斯衛軍新型と帝国軍機との運用思想の差は、TYPE-77 ゲキシンとTYPE-82 ズイカクの違い程度では収まらないか?)

 中佐の予想では、城内省が新型機を外部に公開するのは、早くても実物が組み上がった後……下手をすると、評価試験が一段落して、

『城内省の面子を潰さないレベルの機体だ』

 と、実証できるまでは出さないかもしれない。
 日本帝国がとる賢明な手段の一つとして予想していた、危機をチャンスに変えての戦術機開発・調達の一元化という大逆転の一手は、どうやら打たない(打てない、か?)模様だ。

 この一元化というのは、一機種のみに装備戦術機を絞る、という意味ではない。
 複数機種運用というやり方自体は、世界的に見れば珍しくない。むしろ多数派といえた。
 もちろん、ただ漫然と種類を揃えているだけでは無駄が多すぎる。
 財政負担を軽くするためのハイローミックス(高価格機と廉価機の混用)、さらにこの考えを進めたフォースミックス(それぞれの能力の長短を補い合う)という概念を基盤とした、機種間連携が緊密であることが前提だ。
 が、帝国全般では、これらの方式もあまり浸透していないらしい。

 帝国陸軍やそちらに近しい企業内勢力が、斯衛軍の次期主力を無視する形で、急場凌ぎとして外国産機導入を考えているのは、まず間違いなかった。

(戦術機販売権を管轄する商社に伝えれば、商機といきり立つだろうな)

 タイフーンは、出資国以外にも輸出して開発費を回収することを視野に入れていた。
 計画から脱退したフランスが独自に開発している次期主力機もまた、輸出前提であり競合する恐れが高い。
 ソ連機、アメリカ機が強力なライバルなのはいうまでもない。

 だが、イギリスが日本の戦術機市場に打って出るのが、利益に繋がるかは不透明だ。
 本国配備さえ始まってもいない『未保証』の品を、運用環境が違う日本に売り付けて思わぬ問題でも起こしたら、目も当てられない。

 タイフーンについての会話を続けながら、中佐は視界の端でダウディング退役大将を探した。
 比類なき功績を打ち立てた人物だけあって、無数の人々――やはり軍人が多い――に囲まれていた。

 歓談も一区切りついた頃、中佐とダウディングは人ごみから抜け出して、近くに人がいない壁際に揃って寄った。

「……どうも、いかんね」

 絵に書いたような英国紳士スタイルのダウディングは、もっていたグラスの水で唇を湿らすと中佐に囁くように言った。

「戦術機の性能や、部隊指揮、活躍した衛士の事ばかりを聞かれたよ……」

 退役将軍の愚痴に、中佐は思わずにやりと笑ってしまった。
 英本土防衛戦中、ダウディングの苦労はむしろ戦場以外にあった事を知っているからだ。
 政治や外交との折衝、軍と民間の協調体制確立、非戦闘員や難民の円滑な避難誘導、他国軍将兵との意思疎通などなど。

 国籍、国内身分によって兵士の連帯感が崩れるのを防止するため、戦功による勲章授与資格から階級・出自・国籍要件を撤廃したり(この傾向自体は第二次大戦以前からあったが)。
 逆に兵それぞれの思想や信仰にあわせて給養を多様化させたり……(例えばイギリス兵は、嗜好品として不可欠と思うほど紅茶を好む。逆にまったく飲めない他国兵士もいる)。
 難民の代表者と、不眠不休で会談しその不満をなだめた事もある。

 特に苦労したのが、兵站の維持だ。

 戦場指揮の巧拙、兵士の心理もまた、兵站に依存する。
 当たり前の話だが、食い物が無ければどんな名将も兵を働かせようが無く、いかなる精鋭もまともに動く武器が無ければ戦えない。
 ましてBETAへの対処は、小型種相手でも素手でやれというのは自殺しろというのと同義だ。これで戦う気力が湧く兵士がいるとしたら、それは勇敢ではなく異常だ。
 かなり重要な要素として、対人戦では当たり前だった『敵からの鹵獲物資を使う』という手段が取れない。

 ダウディングは当時の英国首相に、軍事機密漏洩を覚悟で外国企業に兵器のライセンス生産を行って貰うよう要請し、日本でいう国粋主義派から睨まれた事もある。
 そこまでして兵器をかき集め、前線に送り続けた。

 戦場の進退、勇士の活躍、兵の鼓舞。

 これらはすべて、武器と食い物を供給してからの話だ。

 現代戦の本当の『英雄』は、後方にいて地味で煩雑な裏方を確実にこなす者のことだ。
 かつてのような戦場の名指揮官をイメージされれば、ダウディングもさぞ困ったことだろう。

「むしろ中佐のほうが、彼らの好む話ができたのではないかね?」

「ははは、それはわかりませんよ……護衛屋という仕事は、陣頭に立つ事を最上とするサムライ気質に合わないでしょう」

 英本土防衛戦末期において、劇的な働きをした衛士達は様々な異名を奉られ賞賛されている。
 が、そんな『表』の英雄達も、最低限の機材と燃料がなければ、やられるのを待つしかなかった。
 BETAの群れを突破し、彼らに最後の補給を行った輸送隊――それを守りきったのが、中佐(当時は若き尉官だった)の指揮した機械化歩兵部隊だった。

 だが、衛士ではない上に、後に情報部へ移籍したこともあり、中佐の名はほとんど知られていない……。

「……あまり好ましい状態とは思えんね、支援任務を軽く見る傾向は」

 ダウディングの唇が歪む。
 兵站の限界を無視し、我先にと突撃したがる騎士気取りの兵達――いや、本当に騎士貴族の爵位持ちもいたし、戦意が無いよりはマシだが――に、悩まされた時期を思い出しているのだろう、と中佐は思った。
 彼らは、補給という「楽な任務」はできて当たり前、と思っている節があった。

「帝国軍は、対BETA戦経験が浅いですからね。大陸からの戦訓が上層部にまで浸透すれば、改善するのでしょう。
……その時間があれば」

 中佐の言葉の語尾に、皮肉というには苦すぎる危惧が篭った。
 ダウンディングは、まずい紅茶を飲んだような表情でうなずいてから、話を戻す。

「意識改革が為されるのなら、日本にとっては結構なことだ。だが、それがアメリカ依存を進める形で、では我が方にとって少しばかり具合が悪い」

 何もアメリカを排除しよう、とか打倒しようという話ではない。それは、人類全体の見地からありえない選択だ。
 極端にいえば、イギリスや日本が破滅してもまだ人類は抵抗力を残せる。だが、世界的補給センターといえるアメリカが壊滅すれば、人類滅亡。
 感情的には無論、面白くない事だが、それが現実であった。

 必要なのは、アメリカにイギリスがいかに価値ある国であるか、と知らしめ続けることだ。
 そうすれば、肩肘張ってアメリカの覇権許さぬと叫ぶまでもなく、アメリカから自制と譲歩を引き出せる余地が生まれる。

 が、帝国がアメリカ一辺倒に陥れば、苦労してとっているバランスが一気に崩れる恐れがあった。

 イギリス政府の意識を、あえて株式会社に例えてみると、
 アメリカが経営難に陥った人類という会社における、筆頭株主。多く出資しているのだから、リターンや発言権が大きいのは当然だ。
 だが、中小のほかの株主まで蔑ろにし、無視されては困る。だから、一方的提案がでた場合に否決できるぐらいは、こちらも株を確保したい。
 現在のところ、それは上手くいっていた。
 国連という統合事業部門において、アメリカが意外と言い分を通せないのが、絶妙な力関係の現れのひとつだ。

 いま少し、日本にはアメリカと微妙な関係でいてもらいたい……。

 妙齢の日本女性のまとう、ひらひらと蝶のように踊る着物の袖を目で追いながら、中佐は次の情報収集方法を選ぶべく思案を巡らせた。





 訓練兵時代から、何度も駆けた横田基地管轄の演習場。
 俺、白銀武は再び戦術機F-15E ストライクイーグルの体内に納まって、この地にいた。

 網膜投影画面のレーダーに表示される敵影数は、ざっと十二機。丸々、一個中隊を形成するに足る。
 頭数だけでいえば、富士教導団との模擬戦の時より不利だ。
 だが。

「――何をしている! 未来位置を予測して撃つんだ!」

 俺は、胸に湧き上がる苛立ちをそのまま言語に変え、怒鳴った。
 大地に不規則な航跡を刻みながら、F-15Eを噴射滑走させている。その俺の機体の周囲に、火線が散るが……いずれも、的外れもいい所で当たる気配はない。
 俺に今向けられているのは、あきれるほど下手な砲撃だった。
 悪天候で小雪がちらつき、やや見晴らしが悪い条件を差し引いても、命中率は目を覆わんばかり。

「撃ったらすぐ移動! ほら、早く!」

 俺の視界の先で、一個中隊分の戦術機――撃震、F-4、あるいはF-16などの混成部隊――が、右往左往していた。
 F-15Eの右腕に保持した突撃砲を、俺は無造作に発砲した。
 動きの鈍い撃震とF-4がまとめて三機、36ミリ砲弾(模擬弾だ)でできた火網に絡め取られる。小爆発に包まれた撃震らは、揃ってあっさりと動きを止めてしまった。

「あきらめんなよ! なんのための重装甲だよ! まだ致命的損害じゃないだろ、離脱離脱!」

 通信機がぶっ壊れてもかまわない、と思いながら俺はさらに声を上げた。
 これらの台詞は、全部相手側へ筒抜けだ。返ってくるのは、悲鳴や悔しげな呻きばかり。

 ――とろい、とろすぎる! いくらなんでもこれは……!

 俺は、視線を上げた。迫るF-15Eの圧力に押されたように、F-16が大袈裟なブーストジャンプで後退しようとしていたが。

「直線機動って馬鹿か!? 訓練校からやり直せ! 俺が光線級ならもう丸焦げだ!」

 俺は、ついにいくら怒っても言うまいと自戒していた罵倒を吐き出しながら、空中で無防備になったF-16に、120ミリ砲弾を叩き込んだ。

「きゃあ!?」

 という女性衛士の悲鳴が聞こえる。普段なら、艶っぽさの欠片ぐらいは感じるかもしれないが、今は神経に障るだけだ。
 訓練を管理するオペレーターが、無慈悲なまでに事務的な声で、

「B11(今撃ったF-16のコールサイン)。動力部に致命的損害」

 と、報じた。今回は、きちんと届出をしてから行っている模擬戦だからだ。これはいいのだが……。

 俺は、羊の群れのような抵抗しかしてこない戦術機群を追いたてながら、頭痛を堪えていた。

 ……戦術機操縦の感覚を取り戻そうと、訓練に入りかけた俺の前に顔を揃えたのは、この基地に駐留する各軍の衛士達だった。
 ただし、技量劣悪の、とつく。自分達でそう言ったのだ。

 なんでも、衛士には辛うじてなれたものの、能力が低いので国連軍にトバされたり。
 滅亡した国出身で、促成訓練で形ばかりの衛士資格が与えられたものの、実態は訓練兵同然だったり。
 技量向上の壁にぶち当たり、所属隊から見捨てられそうだったり。

 とにかく、横田基地の駐留衛士中、実力において下から数えたほうが早い者達だった。
 衛士は、世間的にはなれるだけでエリートなんだが。そのエリートってカテゴリー内でもかなりの上下があるんだな……。

 彼女らは、自分達の技術の拙さに危機感を持っており……その焦りから、模擬戦で奇跡的といえる結果を出した俺に教導を求めてきたのだ。
 俺は、びっくりした。
 最初は断ろうと思ったが、集まった衛士達の態度が、まさに捨てられかける子犬のようで。つい、「少しなら」と言っちまった。
 そして、実際に模擬戦に入ったのだが――腕まで、子犬という表現にぴったりなほど弱弱しいとは思わなかったよ!

 いや、最低限の操縦技術はあるのだが。自分達に自信が持てないせいか、判断が遅く動きにも迷いがある。
 追い詰められてから最悪に近い行動を選択し続けるのを見せられて、ついに俺は何度目かの模擬戦で敬語さえ投げ捨てた。
 相手は総じて俺より年上で、かつ先任にもかかわらず、だ。

 捨て鉢になったように、一機の撃震が長刀を引き抜いて、かなり勢い良く地を蹴って俺に向かってきた。
 今度は、気迫はだいぶ感じるのだが。

「だからっ! どんなにジャンプユニットを吹かしても、単純な機動なら簡単に先を読まれるって!
角度をつけて連続跳躍するなり、遮蔽物を利用するなり……ああ、もう!」

 別の面が、まったく疎かになっている! 俺は、F-15Eの機体軸を傾がせて長刀の一撃に空を切らせながら、カウンターを撃ち込むべく引き金を引いた。



「…………」

 俺は、演習場の傍に建てられた施設の一つ・衛士用の休憩室の椅子に身を沈めながら、大きく長い息を吐いた。

 つ、疲れた……。
 他人を訓練するって、こんなに苦労するのか。
 体はほとんど疲れていない(限界機動どころか、F-15Eの本来の性能の七割程度で十分だった)のだが。
 相手の動きを見て、その問題点を指摘する言葉の選択の難しさ。
 ともすれば、感情的を通り越して激情にかられそうな自身の統制。
 そういった要素が、頭と神経を責め立ててくれた。

 女性衛士に涙目になられた時には、こっちが泣きたくなった……。
 教官達の苦しみがちらっとだけ理解できたよ。

「――お疲れだ、少尉」

 ぐったりしていた俺に、軽い笑いを含んだ声がかかる。
 はっとなって顔を上げると、ジャケットを羽織ったボーグ=ブレイザー少佐が立っていた。
 慌てて立ち上がり敬礼しようとする俺を視線で制すると、少佐はスポーツドリンク入りのコップを手渡してきた。
 ありがとうございます、と言って俺は口をつける。
 隣に座った少佐も、ドリンクを喉に流し込みはじめた。

 少佐達にも、俺は釈放後に謝りにいった。やはり整備班の人達のように、笑って許してくれた。
 ――まあ、少佐の笑みは『二度とやるなよ』という意味を含んだ、下手な怒声より怖いものだったが。

 ……同じ機体でも、乗り手が違うと印象はがらりと変わるものだな、と俺はふと思った。
 少佐の操った撃震は、本気で怖かった。
 『弘法筆を選ばず』というが……。
 特殊作戦に従事するか、特別待遇を受ける立場でもない限り、エースだのと呼ばれる衛士でも規格品に乗るのが普通なんだろうが。

 しばらく、休憩室には空調の音だけが低く流れていたが。少佐が、やがて神妙な気配とともに口を開いた。

「……あんなものだぞ、BETA大戦の現場では。いや、もっと酷いケースも珍しくない」

「え?」

 先程の、模擬戦の相手達の事を言っているのだと気づく。どうやら、どこかでモニターしていたらしい。

「衛士は全員が恵まれた才能を持ち、練度十分で気力充実。装備や補給にも恵まれた精鋭。
そんな、戦意高揚ニュースに出てくるような部隊は、前線にはほとんど存在しない。
多くの部隊は、兵員にまともな訓練を施せたかも怪しく資質も基準ぎりぎり、必要な装備さえ欠く」

 少佐は、生体義手のほうである自分の腕に、静かに視線を落とす。

「『鎖の強度は、それを構成する環の一番弱い箇所で決まる』という言葉がある。
弱い環といえる戦力不十分な部隊は、本来なら補強してから鎖の一部――実戦配置にするのが好ましい。
だが、一定水準の質を持った隊だけで作戦に必要な頭数を揃えるのは、不可能とはいわないまでも困難だ」

 特に、BETAに主導権を握られている防衛戦においては、と続けてから少佐は言葉を一旦切る。

 俺は、ドリンクを飲み干しながら考えを巡らせた。
 戦史の授業や自主勉強で得た知識を引っ張り出す。

 第二次大戦のフランスのマジノ線や、日本の絶対防衛圏構想の破綻のように、敵は防衛線の脆い所を探してつけこんでくる。
 BETAに戦術は無い、といわれるが、弱い部隊から崩れそこから連中が雪崩れ込めば、同じ事だ。
 それがわかっていながら、BETAの動向が予測できないゆえに、結局は広く防衛兵力と、一つ間違えば役立たずになる予備兵力を配置せざるを得ないのが、人類の現状だった。
 防御施設を利用した戦いなら、練度や士気が低い兵でも、相応の成果を挙げられるかもという計算があるから尚更に。
(対人戦時代では、精鋭部隊が正面攻撃した場合は、要塞に篭ったあまり質のよくない相手に苦戦する、というのが頻繁に起こった)
 柔軟な防御戦術……例えば機動防御を実施できる部隊には要求される装備や練度のハードル高く、それに応えられる兵はあまりに少ない。

「実戦における将兵の実像は、ほとんどが弱兵と呼ばれるものである、と学んでおいたほうがいい。彼らの無数の犠牲の上に、戦いは成り立っている。
『上』を目指すのなら、そういった者達をいかに統制し、戦わせ生き残らせるか……せめて、その可能性を見出せるかどうかが、鍵になるだろう」

 少佐の口ぶりは淡々としていたが、言葉を挟めずにいる俺の胸に迫るものがあった。
 実体験に基づいた話なのだ、と感じたのだ。
 直接の所属先に先任衛士がいない俺には、ありがたい話だったが……重い、本当に重い話だ。
 そういう過酷な戦いの中で、少佐は消えない傷を負ったのだろう。

 思えば、俺が接してきた衛士達は(良好な関係であったかはともかく)ほとんどが優れた技量と精神力をもっていた。
 オリジナル武経由の情報でも、天才や凄腕クラスと出会った確率が高いように思えたが……それは、衛士構成全体から見ると、かなりの少数例になるのだろう。
 207B分隊の面々も、世間様の基準でいえば何百人に一人って天才ばかりだろうしな。一ヶ月かそこらの実戦経験で、あそこまでいったんだ。
 ヴァルキリーズの先任や帝都守備師団、斯衛軍は言うまでもない。

「ここの基地の『弱兵』衛士達は、まだ訓練してみようという気力があるだけマシだ。本当に己や世界に絶望した人は、ただ惰性で死ぬ順番を待っているだけになる」

 ……考えてみれば、後任に頭を下げるっていうのはかなり屈辱的だろう。そうさせるだけの何かが、あったのだ。

 ――そういえば、米軍系の部隊を中心に、大陸戦線梃入れのために大規模な出撃が近々あるとか。それ絡みか?
 前線、現場という言葉が、俺の胸の中でぐっと膨らんだ。

 もし、俺が下手を打っていたら、あの衛士達は絶望に陥ったまま戦場へ……? 背筋に、冷たいものが流れる。
 一連の訓練が終了した時、彼女らは疲労を表に滲ませていたが、もっと深刻なものが内心に生まれていたのかもしれない。

「その……そういう衛士達を奮い立たせ、鍛えるのに適当な方法っていうのは、あるのでしょうか?」

 ためらいがちな俺の問いに、少佐は真剣な表情で考え込む。
 俺は、馬鹿な質問をしたかと後悔する。そんな手段があるのなら、既に全軍で採用されているだろう。
 が、俺がいいです、と止める前に少佐が、

「今回の場合なら――真剣にぶつかってみることだ。余計な事は考えず、無心で、全霊で。教官の真似事をしよう、と思わないほうがいいだろう」

 と、言った。

「……真剣に?」

「人間が絶望する時は、おおよそ『自分がくだらない、誰からも相手にされる価値の無い人間だ』と自己規定してしまう場合だ。
だが、一人でも違うと示してくれる者がいれば、案外簡単に踏みとどまれるものさ」



 ――1997年の年明けを、世界は暗い雰囲気の中で迎えた。
 激化し、敗勢がさらに濃くなるBETA大戦の気配は後方の安全な国家群の間にさえ、じんわりと浸透していき……新年の祝いも、自粛ムードが漂っていた。

 そんな中、俺は新年休みを返上して、横田基地に詰めていた。
 ……まあ、減俸処分のために懐が寂しいって事情もあるがな。実家に帰らない理由はそれだけじゃない。
 いろいろ考えたい事があったし、やらなければならない仕事も山積みだった。
 その上に、技量劣悪と自嘲した衛士達に今度はこっちから訓練を申し入れたりしたのだ。かなり吃驚されたがな。

 本土防衛戦を待つのではなく、自分から大陸の実戦に出たい。俺の中で、その意志がはっきり固まったのは、この頃だった。





 新年早々、仕事に追われているのは、白銀武だけではなかった。
 横田より西に位置する静岡・富士駐屯地の教導団団長室でもまた――

「国連軍に左遷……いや、移籍ですか」

 帝国陸軍中尉は、辞令を受け取った。その表情には無念そうな様子は欠片もない。何しろ、針の筵に耐えかねて転属願いを出していたのは、本人なのだから。
 辞令を渡した側――富士教導団の団長のほうが、渋い顔をしていた。
 団長は、ただでさえこの頃の騒動の監督責任を問われる立場であり、国連への人材流出にも頭を痛めていた。

「惜しい、実に惜しい。生身において団でも一、二を争う剣術の達人、戦術機機動にそれを応用する技量においても屈指の君までが、こんな事で……」

「いえいえ、ついていく相手を間違えた自業自得です。軍内政治なんてものに関わるべきではありませんでした」

 上官に対して不敬ぎりぎりの軽い雰囲気を漂わせながら笑った中尉は、『イーグル・ショック』の模擬戦時、白銀武に長刀の一騎打ちを挑み、果たせなかった人物だ。
 名を、池之端(いけのはた)亨(とおる)と言う。

「……城内省は、何か言っているかね? 中尉」

 団長の探るような言葉。それが示すとおり、池之端は元々、斯衛軍からの移籍者だった。
 問われた側は、肩をすくめてみせる。

「我が家は武家といっても成りあがりで……その上、自分は勘当状態ですからね。勝手にしろという態度です」

 武家としての中尉の家の祖は、維新時に日本帝国が形成される時、財政改革に功績があった役人だ。
 幕藩体制下においては、地方独立国家的な各藩による米穀での年貢が税の基本であり、流通する貨幣も小判(金貨)・銅銭といったものだった。
 これを近代的な中央国家財政へ一元化し、金銭納税体制へと移行させ、国家の保証によって通貨に価値を持たせる改革の実務を担当した。
 そして、伝統的武家ではないにもかかわらず、有力武家である『山吹』の位を頂くほどに成りあがった。

 だが……。
 武家には銭勘定を卑しむ気風があった。「利を争うのは、下賎な商人のやること」というような。

 最初からそうだったわけではない。
 戦国時代の著名な大名・武将などは、下手な商人が裸足で逃げ出す程の経済感覚をもっていた。でなければ、激動の時代に領国を経営し兵を集め、大量の鉄砲を調達運用することはできない。
 平和になった後、長く続いた鎖国的な経済のため、武士が権力者でありながら経済的弱者に転落した事に対して開き直る意地と、利を軽んじ義を重んじる観念的な武士道が形成された結果だ。

 斯衛軍のコスト意識の欠如した(あるいは理解しつつも、目をつぶって『伝統』を優先した)独自の兵器調達が示すように、利を嫌う考えは色濃く残っている。
 新参の上、理財で立身した池之端家は、周りから蔑まれる存在だった。
 経済にまだ理解のあった代の皇帝・将軍が引退すると、すぐに扱いは実質的に『白(れっきとした武家だがその中では下位)』以下にされたりと。

 そんな環境に生まれ、周囲を見返すべく誰よりも『理想的な』武家らしくあろう、と剣に精進し斯衛軍人を目指したのが十代。
 いくら頑張っても、斯衛にいる限り生まれから解放されないと悟り、張りを失って帝国軍に移籍し、処世第一と過ごしたのがつい先頃まで。
 挙句に、問題行動を起こした連中に惰性で付き合った結果、トバされることになったのが、今。

 それが池之端中尉のこれまでの人生であった。

「そうか。だが、よりにもよって国連軍の数ある基地の中でも、騒動が起こった横田基地行きとは。人事も何を考えているのか……」

「……これも縁と言うやつです。お世話になりました」

 池之端は、態度を軍人らしいものに改めると、敬礼する。

 ――横田基地か。じゃあ、あの坊やと今度こそ勝負できるかも、な

 不覚にも『青春の血』を蘇らせてしまった模擬戦を思い出し、胸中で中尉はつぶやいた。



[30130] 第十一話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:25840607
Date: 2011/12/23 11:46
 BETA大戦が激化するにつれて、全人類的視野で深刻となったのは、人的資源と生産力の減少だ。
 消耗に補充が到底追いつかず、練度不十分な兵士や、トラブル解消が終わっていない兵器をなし崩しに投入しては、戦況がさらに苦しくなるという悪循環。

 このため、練度の低い兵士でも十分扱えて、かつ落ちた生産力でも大量製造が可能な装備が必要とされた。
 戦術機も、同様だった。

 そんな中で生産数を伸ばし、ついには世界でもっとも生産されているF-4シリーズに次ぐようになったのが、F-15だ。

 F-15は、当初は単価が高く大国・アメリカですら予定調達数を大幅に割り込むほどだった。
 にもかかわらず、世界中の国々から輸出・ライセンス生産の要請が殺到したため、量産効果によるコスト削減が可能となったのだ。
 発展性、拡張性が高いので、一旦基本部分が消化できれば、各国の実情に合わせた改修の自由度が高い点なども、大量配備を後押しした。
 ユーザーが多いということは、それだけ実用データも集め易い、ということであり、OSのアップグレードや生産ラインの効率化も顕著であった。
 この意味では、F-15を開発したのはアメリカだが、完成された兵器としていったのは世界の共同作業といえる。

 第三世代機の登場で、既にスペック面ではF-15を超える戦術機が何機種かあるにも関わらず、戦地からの評価と信頼は他を引き離している。

 しかしながら、基本的な価格が高い、という面はいかんともしがたく……。
 政治あるいは外交上の理由も絡んで、欧州主要国のように採用を見送る国々、日本のように見切りをつけ調達を削減した国も出てきていた。

 F-15の販売元であるマクダエル・ドグラム社が経営に行き詰まり、ボーニングに吸収合併されたのは、象徴的だった。
 そのボーニングでも、やはり戦術機部門は先行き不透明であり。
 1996年に発動された国連のプロミネンス計画――実は、アメリカのG弾使用に反対する諸国の主導で決定という、反米的要素がある計画――に参加する等、なりふりかまわない行為を余儀なくされている。

 そんな事情のあるF-15ファミリーの姿を、しきりに横田基地で見かけるな、と俺が気づいたのは、1997年の2月上旬あたりからだ。
 多くが、ジャンプユニットを最新の物に換装したC型の近代化改修機だった。
 旧バージョン機も、日本の陽炎生産経験メーカーまで動員して、整備や改修が行われているらしい。
 まだまだ少ないはずの、俺の今の愛機と同じEもある。

「アジア戦線の補強のために、アメリカ本土や後方国家駐留のF-15をかき集めているんだろうな。
半数は、大東亜連合加盟国あたりへのリースないし輸出、残りが極東米軍や国連軍の戦力向上用ってところか」

 とは、ストール中尉の弁だ。

 これまでは、政治・軍事バランスへの配慮、あるいは欧州・中東戦線のほうが緊要度が高かった事もあり、東アジア圏への米国の支援は後回しにされがちだった。
 が、戦況がここまで悪化すると、今までと同じではいられない。

 『極東戦線死守』という言葉がしきりに言われるほど、気合が入っていた。
 国連軍もまた、アメリカに同調する形で兵力の増派準備を行っているらしい。
 ――ただし、帝国軍系国連部隊の動きは鈍い。
 これは、日本政府が在日国連軍を誘致した理由の一つが、『本土防衛力の強化』なのだから仕方ないだろう。

 戦術機だけではなく、戦車等も見受けられるようになる。これらも、戦力強化ないし輸出用だ。
 M60 スーパー・パットン(WW2直後に開発された戦車・M46 パットンの最終改良型。第二世代戦車として、西側諸国で広く使われていた)のように、普段の日本では見かけない兵器さえあった。
 既に米軍自体からは退役している戦車だから、倉庫から引っ張り出してきたのかもしれない。

 戦気が高まる基地のPXで、俺はストール中尉を含む、十人ほどの顔見知りと一つのテーブルを占拠し、昼食を取っていた。
 多くは、このところ合同訓練を繰り返すようになった、『練度劣悪』の衛士達だ。

「正直、日本帝国軍機ってあんまり好きじゃないんだよ。いや、性能とかへの不満はないんだが」

 そう口にしたのは、ボラン=ユン少尉だ。中央アジア出身の青年で、資質はあるのだが祖国崩壊のためにまともな訓練を受けられなかった。国連軍所属。

「ほら、日本には偉い人達専用の戦術機があるじゃないか。
俺達に回ってくる機体って、日本人の中でさえ『偉い人達が命を預けるに値しない機体だ』って思われたやつのような気がして」

「……あー。そういう見方もあるのか」

 俺は、箸を止めてうなずいた。
 最初は敬語が当たり前だったのだが、それなりに打ち解けた結果、プライベートが許される時間は肩から力を抜いて話すことにしたのだ。

「私達は、選り好みできる立場ではないのですけれどね」

 苦笑いを浮かべるのは、マリー=レイカー米国陸軍少尉。着ている軍服がいまいち似合っていない、金髪碧眼の女性だ。
 軍人であるのが不思議なぐらい、おっとりした印象のある人だが、衛士。技量は最低ランク。それでもこのところは、改善が見られているか?

「まぁ、機体に振り回されているうちは、何に乗っても同じだからなあ」

 他人事のようにのたまわってお茶をすするのは、秋月正春少尉だった。日本帝国軍から無能として追い出され、国連軍に来た人物……と、いうのが自己紹介だ。
 俺は、秋月少尉の細面にちらと視線を向けたが、口に出しては何も言わなかった。

 あきれているのだが……それだけではない。

 何回か合同訓練を重ねるうちに気づいたのだが、この秋月少尉、どうも『匂う』のだ。
 なんというか――こう、やれる適切な作戦行動をわざとやらない、というような挙動が見られた。
 俺の気のせいかもしれないが……。

「いやいや、みんな動きは良くなってるぜ? 多分、模擬戦でTAKERUのトンデモ機動に付き合っているからだろうな」

 ストール中尉がにっと白い歯を見せる。

「トンデモって……」

 あまりの物言いに、俺は半眼になる。

 ちょっと人よりGに強くて、ほんのわずかに今までの教本とは違う機動を使っているだけなのに……。

 確かに、模擬戦ではブレイザー少佐のアドバイスに従い、手加減無しでユン少尉らを叩きのめして回っている。
 それが何回も続けば、相手も慣れてきて少しは梃子摺らされるようになってはいるのだが。

「真面目な話だよ。多分、高速道路効果……っていってもわからないか?」

 表情を引き締めると、ストール中尉は説明した。

 高速道路を車でかっ飛ばしてから、街中の速度制限ある道路に入ると、周りが異様に遅く見えて仕方なくなることがある。
 つまり、感覚が高速に慣れているため、普段ならそれなりに早く感じる状況が、さほどとは思えなくなるのだ。

「常人なら気絶するGも無視で、変則もいいところのTAKERUの機動を相手にして、少しは反応できるようになっているから。
今、対BETA戦や他の衛士相手の演習をしたら、けっこういい線いくんじゃないか?」

 と、いうのがストール中尉の結論だった。

 うさんくさい……高速道路効果なんて言葉、聞いた事ないぞ。
 俺は首を傾げたが、他の衛士達には納得できる部分があったらしい。皆、しきりにうなずいていた。

「確かに、TAKERU級BETAを相手にできるのなら、他のBETAでも……おっと、失礼」

 酷すぎる表現に気づいたのか、ユン少尉がすまなそうに首を竦めた。

 いや、さすがに人類の天敵扱いは、なぁ……。
 表向き「いいよ」と言いながらも、俺は胸の中でちょっとだけ泣く。

「だけど、本当に私達の腕が上がっているのか、確かめたい気持ちはあります」

 レイカー少尉が、胸の前で両手を組み合わせてつぶやいた。彼女は米軍所属で、ほどなく戦地へ向かう可能性は高い。

 俺は、気持ちを引き締めた。
 既に俺自身、前線への参加を要望する上申を出しているのだが……どうにも、反応が鈍い。
 『イーグル・ショック』と呼ばれているあの騒動での態度で、前線に出るのは不適格とされてしまったのか、それとも別の理由があるのか……?

 そんな思考を破ったのは、入り口から駆け込んできた一人の米軍士官が張り上げた声だった。
 俺達の隣のテーブルを囲んでいた、米軍衛士のグループに駆け込むと、

「おい、聞いたか! 『グリフォン』が『ローグ』に模擬戦で負けたらしいぞ! それも二回連続で、だ!」

 と、興奮した声でまくしたてたのだ。
 米軍将兵達から、どよめきが湧き上がる。

「……何をあんなに驚いているんだ?」

 秋月が、レイカーら同席する米軍関係者に視線を向ける。
 自身も驚いた顔をしていたレイカーが、一つ呼吸を整えてから解説を始める。

「『グリフォン』というのは、横田基地所属の米軍戦術機甲隊の中で、最強といわれる精鋭小隊のコールサインです。
対して、『ローグ』は練度が低いとされる隊であり、普通なら負ける側です」

 ローグ隊でも、私達よりは上ですけど、と控えめに付け加える言葉を聞き、俺も興味が湧いて耳を澄ます。
 米兵達は、思い思いに口を開いている。

「どうやって勝ったんだ、ローグの連中? 食い物に薬でも仕込んだ、とかか?」

「特殊な条件下の模擬戦なら、番狂わせもあるだろうが……」

「まさか、ローグにラプターが配備された、とかいうオチじゃないだろうな?」

 F-22 ラプターが、この状況で日本に来るとはちょっと考えられない。まだ、米本土でテスト中のはずだ。
 が、もし来たのなら力関係が逆転する可能性はある。
 レーダー、電子戦装備、ステルス……こういった性能要素の違いは、衛士の個人技量じゃどうにもならない部類だ。
 エスパーならぬ普通の人の身では、索敵範囲外からずどんとやられれば、それまで。

『敵の存在に気づいたのは、やられた時でした』

 と、いうのは兵士にとって悪夢だ。
 できるだけ遠くから、正確に、一方的に相手を撃破する――これが望ましいのはBETA戦にも通じる、戦闘の鉄則だ。

 F-22なら……。技量が並でも、熟練衛士を十分撃破できるだろう。
 そこまで極端ではなくても、コストが高いゆえに大量使用が現実的ではないミサイルをふんだんに使い、アウトレンジから飽和攻撃できる条件での戦いなら……。

 だが、より詳しい話を聞き取ることはできなかった。

 壁に据えつけられたスピーカーから、俺を呼び出す声が流れだしたからだ。





 軍人は政治に関わらず、世論に迷わないべきだ……これは正しい。
 しかし、一般論としての正しさが、あらゆる場面で通じるわけではない。

 軍事が政治及び外交と不可分である以上は、どうしても関わりを持たざるをえない。
 大事なのは、軍人がその武力をもって政治や外交に不当な圧力をかけないことだ。
 そもそも、丸腰の文民に武器をもって迫るなど、ヤクザかゴロツキの所業。
 どうしても政治などがやりたいのなら、軍服を脱いでからにすべきだ……実際、元軍人の政治家や学者は珍しくない。

 軍人が政治や外交の場に出るときは、必ず文民に従属する専門家としての規範を超えてはならない。
 内部において自由な議論や提案はしても、命令や強要は絶対にしてはいけない。
 特に、外部から政治と軍事の対立、などと取られるような言動は決して漏らしてはならない。

 何々「すべき」、あるいは「ならない」尽くしになるが、国家最強の暴力を預かる軍人の言葉は、それほど重い。

 ましてかつての日本においては、口出しだけでは済まず、軍に都合の悪い姿勢を取る政治家へのテロを行った。
 その行き着いた先が、軍の横暴を追認し続ける態度によって国際社会から不信を買い、必要最低限の輸入さえままならなくなり……遂に武力で資源を奪おうとして起こした大東亜戦争だ。
 聞こえの良い大義名分を掲げても、実相はどす黒いのが戦争の常だが――国にしまりが無いために仕掛けた戦争というのは、日本史上唯一であろう。

 原因は、紛れも無く軍人の不当な政治介入にあった。
(降伏時は、帝国軍の解体が現実味をもって語られていた。そんな中、『最後の陸軍大臣』が国会で述べた、謝罪の演説は有名だ。
結局、冷戦の影響もあって、帝国軍は軍政機能を国防省に一元化する、総理の文民統制に入るなどの改革を行うことで生き残ったが)

 日本帝国における文民統制は、単なるお題目ではなく、多大な痛みと血であがなわれた教訓である……。
 昨今の軍部の増長を見れば、その戒めはすっかり忘れられたように見えるが。
 心ある軍人達は、出来る限り己を律しようとしていた。

 とはいえ、あまりに政治や他分野の担当者が分からず屋であると、怒りあるいはぼやきたくなることがあった。
 特に、本土防衛計画策定という、それこそ国家国民全体に関わる作戦を預かる部署においては。

「……では、間違いないのだな? 皇帝陛下及び五摂家の方々が、帝都からの疎開を拒まれてた、というのは」

 苛立ちを抑えるために出席者達によって吹かされ続けた煙草の煙。それをかき乱しながら、一人の士官が悲鳴寸前の叫びを上げた。
 参謀本部・大会議室の席を埋める二十人ほどの面々は、いずれも帝国軍実戦部門最高の頭脳を自負する、本土防衛軍総司令部の幹部達だ。
 その将校達の顔は、今揃って青ざめている。

「は、はい。帝国が国難を迎えるのならば、尊き方々が真っ先に敵に背を向けるわけにはいかないと……」

 内閣からの連絡を読み上げた兵が、首を竦めた。その目に、自分が決めたことではない、と言いたげな光がある。

「馬鹿が! どこの官僚の作文だ、それは!?」

 日本帝国においてタブーとされる、上位身分者達の行動に対する公然とした批判が、空気を震わせた。
 椅子を蹴飛ばすように立ち上がったのは、衛士徽章をつけた壮年の少佐だった。

「その旨は政府及び元枢府、ならびに城内省と事前の申し合わせがあったはずだ! あの時は、色よい返事をよこしていた! なぜ今になって!」

 本土防衛計画――北九州において、水際決戦でBETAを殲滅する――は既に決まっていたが。
 大陸から入ってくるBETA猛攻の情報は、その計画への自信を揺らがせるに足りた。
 そこで、予備計画が立案されることとなった。
 大枠は、第二帝都(東京)あるいは第三帝都(仙台)まで国家主要機能を後退させ、西日本全体を縦深陣地とする体勢の構築。
 第一帝都(京都)からの第二帝都への首都機能のあらかじめの移転は、真っ先に出て政府に上げた案件だ。

 が、政府は、これを拒否してきた。
 しかも、いざとなった場合も、皇帝・将軍一族は京都と命運を共にする覚悟である、という宮中からの御言葉とともに――

「最悪だ……」

 今にも目から火を吹きそうなほど怒りを露わにする衛士少佐の隣で、民間との折衝を担当する大佐が死人寸前の弱弱しさでつぶやいた。

「陛下や摂家の方々が京都に留まる、となれば……先に避難しようとする者達は『不忠者』となる。
これでは……」

 建前上は立憲政治・近代民主国家たる形を整えたとはいえ、大勢の日本人にとって、摂家以上の方々は主筋という意識がある。
 たとえ理由の上では正当であろうと、主を見捨てて逃げると謗られる可能性のある行為を平然とやれる人間は、少数派だろう。
 武家階級の者達や軍人役人はもとより、一般臣民ですら反射的に後ろめたさを感じるに違いない。

『勇敢な日本の高貴なる階級は、BETAを迎え撃つが如く京都に留まりました』

 そんな、後世の無責任な連中が喜びそうな一文を歴史書に付け加えるために、多くの軍民が悪影響を蒙る(後世があれば、だが)。
 民間人疎開の鈍化を覚悟しなければならない。

 敵に対して退いて批判されるのは、軍人の領分だ。
 いや、軍人ですら抗戦より撤退のほうがメリットがあると見れば、後退する。
 古来から名将は引き際を心得え、撤退戦も上手いものだ。

 防衛戦に適しない地勢の京都を特別扱いしたままならば、本来は不要な守備兵力を貼り付け続けなければならず、必然的に他方が手薄になる。
 帝都防衛師団や斯衛軍などは、任務の性質からいって行動の自由を喪失したも同然だ。
 それが分かっているからこそ、事前に莫大な国費を投じて予備の首都候補を、主戦場から外れると思われる関東・東北の二箇所にこしらえているのに……。

「この際、どこの馬鹿がどんな意図で陛下・殿下らを惑わせたかは、重要ではない。
詔勅同然の決定が下った以上は、我々にはどうすることもできん話だ」

 参謀の一人が吐き捨てる。失望と絶望がないまぜになった、恐ろしく冷たい声で。

「一部の将兵や、国民は大喜びするでしょうな――万が一、言うべからざるべき事態が起こった際の事など、考えもせずに」

 言うべからざるべき事態……すなわち、BETAに皇帝や将軍が食い殺される、最悪のケースを指す。

「榊首相なら分かってくださると思っていたが……。
威信が揺らぐ、というのなら軍職にある一門から御名代を立てて残し、他の方々は避難していただく程度の知恵、思いつかないはずあるまいに」

 怒りを吐き出した衛士少佐が、椅子を直し腰を下ろした。
 参謀が、首を横に振る。

「首相は、世間や若い将校の無責任な物言いと違い、武家階級からは『殿下の忠臣』であると見られている。
……この場合は、元枢府や城内省の時代錯誤にメスを入れられない、守旧派ということだ。
御意志とあれば、言いたい事を飲み込んだのだろうさ」

 知性ある良識的な人々が、こと『御上』が関わることだと硬直化、思考停止に陥る日本帝国の風土を思い出し、全員がまとめて押し黙る。
 内閣から独立した城内省、独立武装組織・斯衛軍などというものが、民主化が促進された今でも残っているのは、よく知られた例。
 彼ら将校もまた同様の根っこが自分にある、と自覚している。
 高貴な方々の浮世離れした行動に対して表向きは万歳しつつも、陰で泣くのだ。

 ここで文句を述べても、皇帝らに改めて翻意を促そうと言い出す者が存在しないことが、その証だった。

 本来、好ましいことではない。
 軍人――特に指揮官クラスにとって重要な資質の一つは、冷徹なまでの現状把握だ。
 感情面においては、どれほど気に入らないこと(逆に尊重し美化したいこと)であろうと、現実は現実と切り離して直視し、それに応じた行動を選択するのが望ましい。
 自国・自軍や敵の能力を過大評価しても、過小評価してもいけない。

 が、残念ながらこの理想と程遠い軍人達の有り様こそが、『現実』そのものであった。

 彼らの中には、今まで苦々しく思っていた者達――政治に介入し、元枢府の実権を削り取っている士官――に賛同したくなる思いを抑えられない者もいた。
 政威大将軍の復権? 冗談ではない。
 そんな事をされたら、こういう例はますます増える事だろう。

 武力を持つ軍人の他部門への介入がタブーなら、権威とさらに斯衛軍という武力を同時に握った者達の行動は限界まで制限されるべきだ……。

「……とにかく、ただでさえ不足がちな手駒が動かせなくなった。参謀本部に、大陸派遣軍の引き上げをせっつかねば」

 それまで口を閉じていた、本土防衛軍司令官が重々しく腕組みしながら、ことさらゆっくりと言った。
 部下達にくすぶった不穏な気配を察したのだ。
 まず司令部トップが上の判断に従う姿勢を見せなければ、更にややこしいことになる。

「大陸派遣軍は、他国と共同しての決戦をやりたがっておりますが……」

 気を取り直した参謀が、異議を唱えた。

 大陸に総力を挙げて打って出るべきか、それとも本土防衛に傾注すべきか。軍内意見は、外国不信もあり後者寄りであった。
 それでも、派遣軍の意見に理を認め、国連軍や米軍に歩調を合わせて帝国の精鋭を送ろう、という声も存在する。

「言いたいことはわかる。だが、帝国軍には今後、ユーラシア東側及び朝鮮半島での撤退支援の役目も国際社会から期待されるはずだ。
戦力が足りない以上、もっとも損耗が大きいと見込まれる方針は取れんよ。少なくとも、本土防衛軍の意見としては」

 決戦で損害少なく勝てれば、それで良い。だが、負け――あるいは、勝ってもBETAの次の攻勢までに回復不能な損害を蒙ってしまえば?
 瓦解は一気に来る。
 面子が立つぎりぎりで外へ出す兵力は抑え、本土防衛に集中するよう政府には決断して欲しい。それが、司令官の本音であった。

「次の議題に移ろう。海軍部の方々、お願いする」

 司令官が、会議室の空気を変えるように、今まで黙っていた白い軍服の一団に視線を向けた。
 本土防衛軍は陸軍が主力ではあるが、日本の地形、海軍の支援は必須だ。
 うなずいた海軍からの出席者達は、口々に報告した。大陸で行われた、戦時量産型の火力支援艦運用について、だ。

「海上からの打撃はやはり有効です。特に、水平線に顔を出さずに砲撃できる場合、光線属種から反撃を受ける恐れもない」

「陸軍用のMLRS(多連装ロケットシステム)とランチャーポッドの規格を共有化した、艦載用対地ロケット砲の採用は正解でした。
ロケット弾の大量生産が可能な上に、他国でも採用されている兵器ゆえ、いざとなったら緊急輸入も利きます」

「採用決定時は、仲間から散々叩かれたものですよ。『陸軍のコピー品など使いたくない!』とね。
陸海軍の対立は利権のみならず、感情面もありましたから……。
皮肉にも急な軍拡で集められた新兵達のほうが、海軍兵器はこうあるべし、という固定観念が無く早く馴染んでおります」

 あけすけな台詞に、陸軍所属者達から笑いが漏れ、先程の暗い雰囲気が完全に消え去った。

 国防省の一元管理の元、軍装備をなるべく共通規格化させ、限りある生産設備と資源を有効活用する。
 原料を輸入する先が次々と陥落し、やりくりが難しくなった帝国では必須の方策だった。

「未熟練兵でも、とりあえず安全圏から砲撃させる分には、使えますから。
海軍の兵は、元々高水準を要求される分、人材層が薄くなりがちでしたが……」

「旧式の輸送船でも、突貫工事でロケット砲を載せれば戦力化できる……しかもかなり有効とは、かつての冷戦時代には想像も及ばなかった事態です」

 対馬級支援艦などと分類される急造ロケット砲搭載艦艇の泣き所は、単艦での索敵・射撃管制システムの能力不足だった。
 通常の戦闘艦艇に装備されている、高価かつ高度な、自己完結した探知・戦闘統制システムがないからだ。
(これらを載せるのなら、コストは跳ね上がり専門技能を持った兵士を配置しなければならない)
 それを解決したのが、データリンクシステムの普及だ。
 友軍――高い探知能力を持つ戦艦や、支援目標戦場で戦っている戦術機等――からリアルタイムでデータを得る事で、単独では狙えない位置にいるBETAを打撃可能。
 軍の高度情報化の、目に見える形での成果のひとつ。

 満足そうにうなずいた参謀長が、テーブルに広げた日本地図に目をやった。

「――本土防衛戦が成るかどうかは、迅速かつ正確な火力の集中が鍵だ。そして、BETAの物量に対抗できる鉄量の用意……」

 戦場で目立つのは戦術機だが、もっとも多くBETAを倒しているのはやはり『戦場の女王』とされる砲兵達。
 戦術機部隊は、キルゾーンに連中を誘い込む囮……あるいは勢子。
 そう割り切っているから、国防省が大騒動の『イーグル・ショック』があっても方針は揺らいでいない。
 戦術機の個別性能が良いに越した事はないが、殲滅まで求めないゆえに撃震でも(計算上は)十分遂行可能な役目だ。
 ……民間人への誤爆や巻き添えを気にせず、遠慮なく母国の土に砲弾を叩き込める状況にあるのなら。

 問題は、砲兵の打たれ弱さだ。
 一旦、接近戦になれば陸の砲兵はBETAの餌になるしかない。
 その点、海という比較的安全な場にいる支援艦にかける期待は大きかった。

「データリンクシステムの前線部隊への普及率百パーセント達成と、砲弾備蓄量のさらなる増加を求めたいところだな」

 最終防衛ラインを京都以東に下げる選択肢はとれなくなったのだし、という続きを飲み込んだ司令官の言葉に、列席者達がうなずいた。





 ――日本帝国・某所

 国連軍に出向した経験がある、帝国軍の中将が集会所の演台に立ち、淡々と言葉を紡いでいた。
 初老の中将の前には、三百人ほどの聞き手が整然と並べられた椅子に座って。いずれも比較的若手の帝国軍人や官僚だ。

「かつて日本人は、国に帰属する意識は薄いか全く無関心であり、自分達の住まう村や氏族に根本を置いていた。幕藩体制下なら、地方政権たる藩がまず第一。
国家というものを神聖視するようになったのは、幕末ぐらいからである。日本史上の尺度で見れば酷く最近」

 世界情勢そして国情が動揺する昨今、私的な勉強会や研究会と称した集まりが頻繁に開かれるようになっていた。
 多くが、他愛も無い持論や愚痴を言い合いながら、酒を飲むような憂さ晴らしの場だが。
 ごく少数、名声ある人物を招いて真剣に世界や国家を論じる会も、確かに存在する。

「現在の国家群が、藩のように過去の遺物となる――そこまでいかなくても、いずれ世界における絶対的な単位ではなくなる可能性がある」

 聴衆達はざわついた。中には、明らかに不快感を示す顔もある。
 だが、中将は気づかないふりをして話を続ける。

 祖国は偉大であり、永遠に不滅である……そう教えられて育った者達だから当然の反発だ。
 だからこそ、話す価値がある。

「皮肉にも、BETAという外敵の出現により、人類は国家・人種・民族・宗教・思想・慣習といった違いが、所詮は同じ種の内輪揉めにすぎない、と肌で感じる機会を得た。
これにより、人類の次のステージを見定め、国家の連合体あるいは国家を超える意思決定機能……EUや中東、アフリカ、大東亜の各連合……そして国連に可能性を見出す者が増え始めた」

 世界を見て回った目からすると、帝国の国粋主義風潮は、あまりにも閉塞的だった。
 何かから視線をそむけるように、内向きになっている。

「帝国内の価値観では、配属されるのは島流しに等しいと見られるのが国連。そして、そう言われても仕方ないほどまだまだ組織として未熟で、だらしない面が多い。
が、新たな時代を予感し、希望や目的をもって自発的に国連に参加する人々も、確かに存在する」

 祖国にいては、身分や人種といった理由によって世に出る事が難しい者。
 自国の制度に不満はあるが、是正する術が無い者。
 彼らにとって、国連傘下の組織は、魅力的な行き先だった。形の上では、円満に国から出られるゆえに。

 BETAによって祖国を失い、亡命先の外国を確保できなかった者達にとっては、最後の寄る辺でもあった。

 そして、世界全体という視野で何かを動かしたい者らには、理想を実現する最短手段となりつつある。

「国連が、人類の共同体の新たな形になるのか。それとも、非常時が過ぎればまた諸国が意見を言い合う場に過ぎない程度になるのか。
それはまだ、誰にもわからない」

 人類の歴史そのものが、終焉を迎える可能性もあるが。

「しかし、人類の総力を結集する事が必要とされる現時点において、国連の果たす役目は大きい……大きくならざるをえない。
バンクーバー協定及びその補則条項を根拠に、世界レベルでの指揮権を発動するのが不可能ではないほどの権限が、国連軍に与えられているのはその象徴。
協定は、一部有力国の意志から出たものではあるが、その運用は決して偏った物ではない……国連が、しばしば大国の提案を跳ねつけているように」

 ユーラシア大陸に巣食う、BETA支配地域の外周にある全ハイヴを対象とした同時攻撃。
 安全保障理事会と、各地の戦線を支える主要国の同意さえ取り付ければ、そういった空前の大作戦さえ実施可能だ。
(そんな作戦を発動した所で、ハイヴを攻略できる見込みも確たる目標もないことから、シミュレーションで予備案が練られている段階だが)

「この、BETAが出現しなければまずありえなかったであろう事態を前に、我々はどうすべきか? 在日国連軍誘致成功、という機会を何に使うか?
今後、日本『人』の行く末を占う上で、大きな曲がり角になるかもしれぬ、と私は考える」

 日本『国』ではなく、あえて日本人と言った。
 この意味を、果たして何人が正確に受け取るだろうか?

 中将が講演を終えると、たちまちあちこちから不規則な議論が聞こえるようになった。
 反応は、おおむね否定的だ。
 彼らにとっては、帝国こそが絶対であり、己の足場だという事以外、まず考えられないのだから。
 が、中には深く考え込む素振りの者もいる。

 中将が講演依頼に応じたのは、若い者達にあることを示したかったからだ。
 どうにも帝国人の若者気質というのは、自分の理想の貫徹か、それが無理なら玉砕か、という極端に走り易い傾向がある。
 それは時に強さになるが、弱味になりいらぬ軋轢を起こす可能性もまた、高い。

 帝国の現状に不満がある場合、暴発じみた行為以外にも別の道がある。

 そして、一見前置きに過ぎなかった、藩のたとえ。
 この意味も、明敏な若者ならいずれ気づく。

 かつての藩に君臨した大名達は、有力家臣ともども(それが本当に日本のために良かったのかはともかく)近代国家の特権階級へと横滑りした。

 政府が主導する国連への接近は、感情的な連中がいうような売国ではなく、より大きな布石になり得る。
 『世界政府たる国連の、上層部の一角である日本』という絵図も、描けないわけではない。

 あのアメリカが、ぎりぎりのバランスの結果ではあるが、国連を尊重し立てる姿勢を崩さないのは、この将来の旨味に気づいている者が政府にいるからだろう。

(――既に、最初から国連軍に志願する日本の若者達が、ごくわずかだがいる。中には、世界を驚かせるほどの動きをした少年さえ……)

 既に大きな歴史の流れの中に漕ぎ出した日本人は出始めている。その意味する所を、はっきりと全員が自覚しているわけではないだろうが。
 そういった先駆者達は、果たして……。

 若手軍人や官僚達の間から立ち上る、議論の声と熱気に身を浸しながら、中将は瞑目した。



[30130] 第十二話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:25840607
Date: 2011/12/27 08:57
「日本帝国は、このままではもたんぞ」

 サー・アーサー・ダウディング英国陸軍予備役大将は、落ち着いた声で、だがはっきりと断言した。
 片手にグラスを持った姿勢で、テーブルを挟んで向い側に座る軍服姿の日本人を見つめて。

「……その口ぶりだと、あちこちを嗅ぎ回ったようだな?」

 応じた日本人は、ダウディングと同じ初老の男だった。
 栗橋芳次郎・帝国陸軍中将。現在は、榊内閣において国防省次官を務めている。
 親内閣軍人のトップ、といっていい。

 ここは、ダウディングが日本の名所めぐりのために私的に取ったホテルの一室。
 窓辺からは、開鑿が進む滋賀県・琵琶湖運河の広大な水量を眺めることができた。日の光が湖面に反射して、まるで万華鏡のようだった。

「ああ。たっぷりと。帝国の元枢府や軍部の動向、国内の言論状況……本来の目的のついでだが、な」

 在日英大使館が行っている日頃からの情報収集、そして人脈を駆使した裏取り。
 イギリス王室と日本皇帝家は、昔から関係は良好だから、その伝手も最大活用した。

「ついででそれか。我が国の情報管理の甘さを嘆くべきか、それともお前の所の仕事の速さを褒めるべきか?」

「茶化すな。日本が落ちれば、影響は欧州まで及ぶ」

 ダウディングが視線を鋭くすると、栗橋は肩を竦めた。
 栗橋はごく若い頃、イギリスに軍事留学していた。二人はそれ以来、立場を超えた親交を結んでいる。
 自然、二人の言葉は『俺、お前』の青春時代に帰っていた。

 が、久闊を叙する、というような雰囲気はどこにもない。
 当初はそれなりに和やかだったのだが、この時代……一国の重責を担う人物同士の会話は、自然と舌鋒が鋭くなる。

「――外国人の目から見ても、やはりそうか」

「把握はしているのだな」

「BETAはこうしている間にも、我が国に迫ってきている。にもかかわらず、元枢府……城内省も議会も軍もばらばらだ。
これで勝てる相手なら、人類はこうも追い込まれてはいないさ」

 誰もが国、そして世界が一つにまとまる事を望んでいた……ただし、自分の主導で。
 そう他人事のように付け加える栗橋の髭を蓄えた口元を見て、ダウディングが眉間に皺を寄せる。

「分かっているのなら、手を打たんか。なりふり構っている場合ではないだろう?」

「……ここは、イギリスではないし。俺は、ダウディングではない。
今の帝国の内閣は、軍も城内省も統制しきれず、議会さえ抑えられん有様だ」

「方法はあるはずだ。まさか、諦めて運を天に任せる、とでも言う気ではあるまいな?」

「では、お前が帝国内閣の一員なら、どんな動きをする?」

 栗橋の挑発的な言葉に、ダウディングは即座に答える。

「まず、武家を分断する――武家社会全体はともかく、内閣と武家のトップである五摂家の関係は、良好だったな?」

 ダウディングは、かつて英本土防衛戦で辣腕をふるった時のように、早口で説明した。

 五摂家にお墨付きを貰い、『内閣の政策に同意する武家には、優先的な叙勲を与える』などの恩賞を用意してもらう。
 そして、城内省と斯衛軍を改めて内閣の傘下に入れる法案を出す。
 武家達は、二つに割れるだろう。一致団結を防ぎ、ある程度の数を味方につければ、あとは一気に押しきる。
 武家階級を抑えることにより、内閣の指導力を見せつければ、他の勢力の説得もしやすくなる。
 既得権益にこだわる武家には恨まれるだろうが、所詮は帝国全体から見れば少数派の特権階級の、そのさらに分派だ。
 大多数を占める軍や、平民を敵にするよりはマシになる。

「さすがイギリス人はえげつないことを考える……いや、確か、似たような事を既にやっていたな?」

 聞き終えた栗橋が、にやりと笑う。

 第一次大戦前、イギリスは特権を濫用する貴族に悩まされていた。
 軍事費と社会保障費を、富裕層への増税法案で賄いたい内閣を、損をする貴族(議会の貴族院)が邪魔をしたのだ。
 当時のイギリス内閣は、国王の賛意を得る事で貴族達を分断、法案を通して今日の内閣及び下院(庶民院)優越の基礎を作った。

 平等を叫び、貴族を武力で打ち倒すだけが改革の方法ではない。

 とかく保守的で利己的になりがちな特権階級を、血を流さず政治的に無力化した手法。
 軍人畑であるダウディングの独創ではなく、自国の歴史から学んだやり口だ。

「だが、我が内閣ではできんよ」

 すぐに笑みを消し、力なく首を振る栗橋。

「なぜだ。見せしめを作るのが気に入らんのか? 今のままでは敵を作り続けるだけだぞ?
武家に対して日本人の伝統から腰が引ける、というのなら対象は他でもいい」

 『敵』に利を喰らわせて味方にすれば、相手の力を一引いて、こちらの力は一増す。結果、差は二になる。
 一見乱暴に見えて、もっとも無理が小さい、古来からの政治手段の定番だ。

 混迷の時代を切り開くには、非情にならなければならない。

 BETAという大敵を前に、自国さえまとめきれない政権に、どこの外国が本気の信を寄せるというのか。
 その頼りなさは、他国にとっては害ですらあり、内政干渉や謀略を用いてでも除きたくなるだろう。

「すまんな。いくら友が相手でも……お前が、本心から俺の身を案じてくれていることがわかっていても、言えない事があるのだ」

「それは――」

 若き日の血の気を取り戻しつつあったダウディングの顔が、強張った。

 思い当たる節はあった。
 イギリスの諜報力をもってしても鬼門であり、正規ルートからの情報以外はろくに入手できない国連秘密計画――オルタネイティヴ4。
 帝国の内閣の、非効率的な動きの根っこは、そこにあるのか?

 軍部が一国防衛主義に走るように宮中の意志が発せられたような不可解な動きも、国内にあるオルタネイティヴ4の拠点をより確実に防御するため……?

 例えば、軍部の政治介入を容認する代わりに、帝国軍自体の軍備更新が滞るほど、在日国連軍に兵器を回させるよう仕向ける。
(国連に提出された予定表では、ある国連軍基地には三個戦術機甲連隊分もの戦術機が帝国から提供される。質はともかく量的には帝都防衛師団並の大盤振る舞いだ)

 こう考えると、城内省の税金無駄遣い、危機感欠如としか思えない独自軍備を放置しているあたりも、伝統にひれ伏しただけではない可能性がある。

 宮中・武家や軍あるいは議会に対し、切るべきカードを切らない代わりに、あるいは切ってはいけないカードを切ることで、『何か』を計画のために通す。
 取引をした相手方以外からは、不信と不満……敵意を買うのを承知で。

 そういった行為を内外で繰り返した結果が、今の日本なのか?

 一国と、そこに住まう者達の命運をチップにするほど、内閣は国連秘密計画に賭けているのか?
 いかに秘密計画のリターンに期待していたとて、あまりにもハイリスクだ。
 自国の不合理・時代遅れの部分をあえて是正せず、日本の発案といえど国連の計画にそこまで肩入れするなど、およそまともなやり口ではない……。

 だとすれば、プライベートな場といえど、踏み込めない。

 ダウディングの予想が正解ならば、一部で囁かれている国連を世界の中心としたがる思想――超国家主義どころの騒ぎではない。
 内閣が、自国を半ば捨て石扱いなど、政治の道義や責任もあったものではないのだが……。

 もし追及すれば、長年の友情が終わるだけでは済まない、とダウディングは相手の気配から悟る。

 しばらく、空気にタールを混ぜ込んだような沈黙が降りた。

「……そういえば、アラスカで国連が行っているプロミネンス計画。あれに、欧州連合はEF-2000を出さんそうだな?」

 栗橋が、テーブルの上に置かれたチーズの皿に手を伸ばしながら、話を変える。

「ああ。トーネードADVを送った。欧州連合としては、スウェーデンのグリペンと合わせて二個実験小隊」

 EF-2000 タイフーンは、ステルス性を除けばアメリカの第三世代機に迫る性能を持つ、と軍事関係者の間で言われていた。
(実際には、アクティヴ電子走査レーダーの開発が遅延し、旧方式レーダーを装備しているなど、他にも見劣りしている点はあるのだが)
 プロミネンス計画でアメリカ企業の支援を受けても、恩恵はさほど見込めない。

 国連の顔を立てるという意味で、二線級になりつつあるトーネードADVを出すのがせいぜいだ。

「我が国こそが、不知火を送るべきなのだが……難しい」

 あえて話題を振ってきた、ということはオルタネイティヴ絡みではない、ここで言っても差し支えない理由で不参加姿勢のままなのだろう。
 そう察したダウディングは、自分もチーズを一つまみしてから、

「アメリカの極東における姿勢が転換したからな。それに、帝国内の国粋主義勢力もまだまだ手強いのだな?」

 と、言った。

 これまで、アメリカがソ連や日本の技術盗用、というべき行為を黙認していたのは、極東戦線でのアジア諸国による自主防衛を期待していたからだ。
 が、その思惑ほど両国は力をつけてくれず、ソ連は残存する自領防衛に手一杯。日本もまた、本土防衛に気をとられている。
 結局はアメリカ軍本体が出撃し、多大な犠牲を払って防衛線を支えねばならなくなった。
 まだまだ弱体な大東亜連合構成国を補強するための兵器供与、軍事指導の負担も、馬鹿にならない。

 アメリカからすれば、これほど業腹な話もあるまい。
 日本国内をまとめてプロミネンス計画に不知火を送り、強化に成功したとしても、その改修部分のライセンス生産許可を出してくれるかは、不透明だ。
 それどころか、これまで黙認された話を蒸し返すきっかけを与えかねない。

「お陰で八方塞りだ」

 栗橋の肩が大きく落ちる。
 『イーグル・ショック』により、帝国の戦術機行政は袋小路に陥った。それは、確定のようだ。

「……なんなら、タイフーンを買うか? 今はまだ未完成品だが、それだけに先物買いのチャンスだぞ?
仲介ルートの心当たりはある」

 友人の態度があまりに気の毒で、ダウディングは思わずそう口にしていた。

「それは魅力的な提案だな。だが、試供品さえ無い物を、検討はできんぞ?」

 力なく笑った栗橋に、しかしダウディングは人の悪い笑みを返す。

「試供品なら、ある」

「……何?」

「乗ってきた空母の船腹に、一個分隊のタイフーン技術実証機・ESFP(Experimental Surface Fighter Program)があるのだよ。
本来は、帝国がストライクイーグルあたりを買ってのアメリカ依存に戻る気配が見えた場合に、牽制に出すつもりだったものが、な」

 先程とは種類の違う沈黙が、二人の間を支配する。
 やがて、低く喉を震わせた倉橋が、白い歯を見せる。

「用意周到な事だ……そういう手管でイギリスは長年、他国への侵略を続けてきたわけか?」

「なに、他国に侵略呼ばわりされるほど憎まれるのは、強者の特権だ。憎まれた挙句、短期間で敗北した国もあったようだがな」

 二人以外が交わせば、即喧嘩になってもおかしくない毒舌を向け合った後。
 ダウディングは英国上院議員の、栗橋は帝国国防省次官の表情をそれぞれ取り戻し、探るような視線を交わすのだった。





 PXで雑談に興じていた俺を呼び出したのは、SES計画付の整備班長だった。
 二人で、ある通信室のひとつに入る。
 ドアをロックした後に、整備班長は一つの端末画面の前に俺を導いた。

 例の不知火の改修問題はじめとする、いくつかの技術的な事について話があるという。

「まず、TYPE-94のほうから……。思いっきり乱暴にまとめれば、改良・改修に耐えられるだけの出力や電力の余力をどう都合つけるか、がポイントになる」

 整備班長の太い指が、意外な滑らかさで備え付けられたキーボードを叩く。

「幸い、TYPE-94の内部パーツの大半は、F-15Cのそれと近似している。アメリカ製の新型を小改造で組み入れる事は難しくない。これが第一案」

 画面に、いくつかの機体パーツのデータ図が浮かび上がった。

「こいつは、ボーニングが社内プロジェクトとして進めている『フェニックス計画』で試作されたパーツだ。
規格は旧来のF-15C用とほぼ同じだが、省電力化されている」

 次いで、ジャンプユニットの概念図が表示される。機体に接続するアーム込みで、だ。

「で、こっちがF-22開発技術のスピンオフである、ジャンプユニット。
既に、F-15Eや近代化改修を受けたF-15Cに使われている、高出力低燃費なやつだ。
これらを組み込めば、機体バランスの崩れを最小限にして、性能向上が可能になる」

 不知火のベースは、F-15J 陽炎のライセンス生産技術だ。親和性が高いのは、不自然な話じゃない。

「ただ、こういうパーツは、アメリカの軍や企業が知的財産権や特許を持つモンだ。
俺達はSES計画権限でアクセスしているが、日本に流すのはいろいろとまずい」

 ぶっちゃけ最新技術泥棒だ。
 帝国軍は大喜びかもしれないが、アメリカは怒るだろう。
 特に、省エネルギー部品のほうは、米軍機でもまだ試作機レベルでしか使われていない代物だ。
 プロミネンス計画に帝国が正面から参加して、払うものを払っていれば、問題はなかったんだろうが……。

「で、こっちが第二案だ。改修・強化用の外付けパーツ側に、サブの燃料電池やジェネレーターをワンセットで組み込む」

 新たに表示されたCGによる機体想像図に、俺の目は吸い寄せられた。
 不知火の上半身にかぶせるように、ブロック状のサポートモジュールが取り付けられている。
 素の不知火と比べ、逞しい印象になっていた。

 サポートモジュールは、サブジェネレーターとスラスター(あるいは36ミリチェーンガン)を一まとめにしたもの。
 兵站を考えて、極力規格品の組み合わせで構成されるようになっている。
 追加装備に必要とされるパワーを、追加装備自体が賄う方式だ。

「逆転の発想、ですか? 内側からの供給が無理なら、外側からにすればいいじゃないっていう……」

「そこまで上等なもんじゃないがな。ただ、こっちはこっちでかなり難しい。
ジェネレーターや燃料電池っていう弱点部分が露出……せいぜい軽装甲でしか防護できなくなる。
被弾に弱くなっちまうし、機体バランスも悪くなりそうだ。無理に内部を弄るよりはマシだろうが」

 見た目に反して、防御面は脆弱化しているわけか……。

「うーん……」

 俺は腕組みした。険しい顔つきにどうしてもなってしまう。

 米国製最新パーツ組み込みは、アメリカ政府や企業の許可が要る。
 進んだ技術の恩恵により、比較的無難に性能向上が可能な点は魅力的だが……帝国の現状を考えると難しそうだ。
 おおっぴらにアメリカに頼めるのなら、俺達みたいにまだまだ微妙な存在に裏取引など持ち掛けないだろう。

 サポートモジュール追加は、言われた通り防御力に不安が出るのが痛い。
 かといってモジュールを重装甲化すれば、せっかく外側からの動力補助で上がった出力が打ち消されかねず、結局は不知火そのままのほうがマシ、となる。
 出力にモノをいわせた一撃離脱の強襲型として使うのなら、防御不安もさほど気にしなくてもいいのかもしれないが。
 やっぱり、汎用性は落ちるしなぁ……。

「今のところ、『ごたまぜ』を弄ったデータを元にした改良試案で出たのはこの二つだな」

 困難な仕事だ、と改めて確認する。

 俺は因果情報で、

『少なくとも2001年末までは、拡張性の無さが致命的になるほどの、BETAの大幅な変質は起こらない』

 確率が高い事を知っている。
 不知火は不知火のままが一番バランスが良いのだから、この情報をいっそ帝国軍に流すか、という誘惑に駆られてしまう。

 ……いや、やっぱり駄目だな。表面上は大差ないように見えても、内実が『この世界』では全く違う可能性を捨てきれない以上、禁じ手に近い。

「で、その話とは別に面白い物が回ってきた。戦術機用の、試作演算装置だ」

 整備班長が話題を変えたので、俺はひとつ息を吐いて気持ちを切り替える。

「面白い物?」

「バイオコンピュータって知っているか?」

「…………はい? あの次世代コンピュータって言われているのですか?」

 ぎょっとして目を瞬かせる俺に、整備班長ははっきりとうなずいた。

 人間はじめとする生物の細胞の設計図――遺伝子は、四つの塩基から成る。
 塩基は、特定の対となる塩基としか結びつかない、という特徴があった。
 これを利用し塩基の配列をナノレベルでコントロールすることにより、現在の主流であるシリコン製の物よりも、はるかに微細・高度・複雑な集積回路を作る事が可能、と言われていた。
 生体素子による、バイオチップ。
 このバイオチップを集積して作られるのが、バイオコンピュータ。

 仮にこの技術が実用化された場合、現在のスーパーコンピュータの何倍もの演算能力を持ち、さらにエネルギー消費は小さい物を作成可能だという予想がある。

 構造が人間の脳細胞や神経系統に近いため、従来のコンピュータでは不可能だった、生物的な『並列処理』や『直感』さえ弾き出す事もできるらしい。

 バイオコンピューターが兵器の演算装置として実用化できるのなら、悩みの種だったXM3のための処理能力不足は、あっさりとクリアできる……。
 いや、もっと進んだOSさえ夢ではないかもしれない!

「お、大まかな概要ぐらいは」

 勢い込んで続きを促す俺に、整備班長は「まだ不完全もいいところのレベルだからな」と釘を刺すように言った。

「ハード上の問題は、こっちや物の送り元が担当するとして。お前さんに覚えておいて欲しいのは、ソフト面の問題だ」

 バイオコンピュータを提供してきたのは、米軍高等技術研究所の支援を受けた、あるアメリカのベンチャー企業だという。

「……?」

「在来のコンピュータとソフトウェアの概念からして違う事から、戦術機制御用情報の蓄積が無いに等しいんだよ。
つまり、機動データを覚えこませようと思ったら、ほぼ一からやり直し」

「そ、それは」

 浮かれた気分が吹っ飛び、俺は考え込んだ。
 いくらハードの性能が上がっても、ソフトが追いつかないのでは、宝の持ち腐れもいいところだ。

 それに、BETAがバイオチップに対して何か特別な反応を示す可能性もある。

 ……ああ、だから俺達なんかに、そんな世界を変えてしまいかねないコンピュータが回ってきたわけか。
 所詮、試作品は試作品、か。

「理論上、最低限の『学習』が済めば、あとはまさに生物的に『自習』して成長し、教えられた事以外も『直感』でやれるようになるはず、なんだが」

「その『はず』が本当にそうなるか、を実験するのが俺達ってことですね」

「そういうことだ」

 体のいいモルモットだな……。
 まあデータの収集自体は、今でもやっていることだから手間は同じだろうな。

 そこではたと気づいたのが、オリジナル武がいた並行世界との違いについて、だ。

 因果情報経由の記憶では、バイオコンピュータに関する話はなかったはず。
 00ユニットは、量子電導脳ってやつだった。
 XM3実用化と同時に用いられた、オルタネイティヴ計画スピンオフの画期的なCPUがバイオチップ利用だった可能性はあるが……。

 これがオリジナル武の世界と、俺がいるこの世界の顕著な違いと断定するには早いか。

 それにしても……仕事量がまた増えそうだ。
 SES計画所属衛士が俺一人って状況、本気でなんとかなってくれないだろうか?

 俺は、なおも続く説明を聞きながら、意識の隅で疲労を覚えていた。

 整備班長との話が終わった後は、またまた訓練がある。
 米軍との模擬戦だ。楽に終わるとは思えない。何しろ、出撃必至の部隊ばかりでかなり気合入っているし。

 今日は、日付が変わる前に寝たい。
 そう思いながら、俺は必死でバイオコンピュータに関する情報を頭に叩き込んだ。



[30130] 第十三話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:25840607
Date: 2012/01/01 17:17
 俺と米軍との模擬戦は、機体を演習場に出す直前になっていきなり条件が変更された。
 突発事態への対処能力を養うために、良くある事だ。

 国連軍と米軍の混成中隊同士による集団戦方式が、新たに示された条件。
 相手方の戦力については、一切知らされていない。戦いの中で自分達で探らなければならないのだ。

 夕刻に差し掛かり、落ち行く太陽が朱色に染まる時間。俺の網膜投影画面に映る演習場の光景も、影を長く伸ばしつつある。
 不規則に配置された瓦礫や大岩は、戦術機に匹敵する高さであり、遮蔽物には事欠かないフィールド。

 その中を、無数の巨人が行く。

 俺を含む臨時編成のA中隊は、索敵移動を行っていた。

 一個分隊ずつに分かれた二個小隊・八機のF-15Cが、横一列に広がって主脚走行で前進する。
 分散しているのは、索敵範囲を広げるのと、待ち伏せされた場合に一挙に殲滅されるのを防ぐため。

 俺が編入された残り一個小隊分・四機のF-15E(うち二機は、ミサイルコンテナを装備した制圧支援用装備)は、後衛として突発時に備える。
 俺の役目は、中隊長機のエレメントだ。

 今回、中隊長役を務めるアメリカ軍の大尉は、いたってオーソドックスな戦術を採用した。
 データリンク機能は正常に働いている設定だから、味方間の距離がやや離れていても連携に不自由はない。

 俺は、戦域画面に注意を向けながら、中隊全体に合わせて乗機を移動させる。
 レーダー、赤外線センサー、震度探知装置を組み合わせた戦術機の索敵システムは、意外と探知範囲が狭いし死角も多い。
 センサーの集中した頭部を動かすことで、あるいは僚機同士でカバーしあうことで、隙を小さくするのは基本的な行動だ。

 近接格闘戦は、敵に差し込まれた場合の緊急避難。
 情報を迅速かつ正確に集め、先手先手を打って叩くのが、戦闘の基本。
 引き金を引いた時には、既に勝利を決しているのが理想――訓練兵時代、そう教え込まれた。
 このほうが、衛士の疲労度も機体の消耗も小さい。
 大事なのは索敵。
 古来から、地味ながら戦場を……しばしば戦争そのものを左右してきたのは、『目』と『耳』の優劣だ。

 しかし、もっとも広い索敵範囲を得られる飛行偵察は、BETA相手には機能しにくい。光線属種の存在があるからだ。
 あらかじめ戦闘が予期される地域にセンサーをばら撒いておくなど、事前準備ができているのでも無い限り、どうしても遭遇戦や咄嗟戦闘が多くなる。

 戦術機同士の戦闘でも、相手が何もできないうちに攻撃、というのは理想であるがゆえに難しい。
 これは、戦術機の兵装が基本的に横並びで、長距離ミサイルでも装備していない限り、ある程度接近しなければ有効射程に入れないからだ。
 突撃砲の120ミリ砲弾は、単に飛ばすだけなら3000メートル以上いくが、動体目標に当てようと思ったら、1000メートルを切るぐらいに近づかなければならない。
 旧式戦術機だろうと、流石にそこまで寄ってきた相手を見落とすような質の悪いセンサーは装備していない。大抵、回避運動に入る。
 自分が高速で動き、敵も動いている状況では、火器管制システムの補助を受けても命中弾を出すのは大変な作業だ。

 いきおい、機体をぶつけ合うような距離での撃ち合いになってしまうケースが多い。
 だが。

「……出てこないなぁ」

 俺は、半ば無意識にそうつぶやいていた。
 敵――B中隊が、中々こちらの警戒に引っかかってくれない。

 待ち伏せ戦術を取っていたのだが、こちらの分散気味の隊形を見て手出しをしかねている、という事だろうか?
 考えを巡らせようとした矢先、網膜投影画面中に警告マークが表示された。

 レーダー照射警報! 俺のF-15Eではなく、前衛のF-15Cの機体が電波を浴びせられたのだ。
 が、警告はすぐ消える。

 これは……。

 たちまち、中隊通信系は緊迫した。

「A6よりオールA。敵性と思われる電波を探知」

「AリーダーよりA6。逆探知はできるか?」

 中隊長と、最前衛の衛士のやり取りを聞き取りながら、俺は機体に警戒態勢を取らせる。

「――駄目だ、照射間隔が短い」

 通常、照射を受けた戦術機は、統合防御システムが自動的に立ち上がる。
 BETAのレーザー照射を受けた場合は自律回避モードに入り、人工的な電波ならば妨害装置が働くのだ。
 また、照射元を逆探知して、そのデータに基づき味方が援護を入れるのだが。

「……AESAレーダーか」

 アクティブ電子走査アレイレーダーの略称を、誰かが口にした。
 新時代のレーダーであるAESAには様々な利点があるが、今考慮しなければならないのは逆探知リスクの小ささ。
 短い時間のレーダー照射でも、正確に探知対象の位置が掴める。

 現時点で、実用レベルに達したAESAレーダーを装備している機種は、限られている。
 新型機が相手かもしれない。俺は、唾を飲み込んで気を引き締める。

「っ……!? 敵機発見! 十二時の方角、距離約2800!」

 A6のエレメントであるA5が、警告を発した。その音声が伝わるより早く、データリンクが情報を伝達してくる。
 音より、光や電波のほうが早いからこうなるのだ。
 それでもデータリンク故障や見落としを考えて、極力言葉でも連絡を取るように衛士は教育される。

 十二時……中隊の正面、距離はまだ有効射程外。
 レーダー上の敵影は、F-4タイプと思われるものが二、四、六……どんどん数を増やしてくる。
 隠蔽をやめて、そこかしこの瓦礫から飛び出してきているのだ。

「痺れを切らしたか……中隊前進! 全兵器使用自由! エレメントを崩さず、集中攻撃で確実に落とせ!」

 中隊長は、即断した。
 F-15主体のこちらに対して、相手がF-4なら普通に戦っても圧倒的有利だ、という判断は俺にも妥当に思えた。

 が、俺達が本格的に動き出すより早く、視界のあちこちに発砲炎が閃く。
 敵のF-4が、砲撃を開始したのだ。

 舐められている? まだ当たる距離じゃない。素人みたいに慌てて反応すれば、陣形が崩れてしまう。
 俺はそう判断して、逆に動きを止めた。他の味方も同じ判断をしたらしく、急制動をかける。

 だが、次の瞬間に俺は目を疑った。

 敵に近い位置――と、いっても2000メートル以上の距離は保っていた――の味方前衛四機が、JIVESの作り出した至近弾の炎に包まれたのだ。

「何っ!?」

 俺が漏らした驚きの声にかぶせるように、さらに遠間に瞬く閃光。
 先程より激しい震動が、前衛のF-15を打ちのめすのが見えた。

「――A5、コクピットブロックに致命的損害。A9、動力系に致命的損害」

 模擬戦を管理するオペレーターが、淡々と被害を告げる。

「この距離で……!?」

 俺は、自分の顔が強張るのを感じた。
 有効射程外から、これだけの命中弾を出すとは……狙撃特性が異常に高い衛士ばかりが敵役だったってことか!?

「全力回避だ、急げ!」

 そう切羽詰った叫びを上げたのは、俺よりやや後方にいた制圧支援装備機の味方衛士だった。
 その指示に従い、俺はフットペダルを蹴り飛ばして短距離跳躍。視界の端を、直撃しかけた砲弾の影が飛び去っていく。
 有効射程まで詰められたかのような、精度の良い砲撃だと直感的に悟った。

「どうなっていやがるっ……!?」

 追いすがる砲撃をかわしながら後退してきたF-15Cから、焦った通信が入ってくる。
 F-15Cの生き残りの何機かが、お返しとばかりに反撃の砲火を開くが……こちらの砲撃は、相手機からかなり離れた土を空しく耕すのみだ。
 反撃のために動きが鈍った機体に、敵の攻撃が殺到。やはり目を剥くような精度で、味方が落とされていった。
 JIVESが作り出す仮想情報だとわかっていても、味方機のマニュピレーターが千切れ飛んでいく光景は、見ていて気分が悪くなる。

「全機、後退だ! 体勢を立て直す!」

 中隊長がそう声を張り上げた時には、こちらは半数の六機まで撃ち減らされていた。
 俺のF-15Eも、右肩に至近弾の破片を貰ってしまった。
 ジャンプユニットを吹かし、乱数回避をまじえながら俺達は、はるか遠くの敵から逃げ惑う。

 敵は……嵩にかかっての追撃はしてこない。比較的高所にある瓦礫を足場にして、射撃姿勢を取ったままだ。

 物理的に砲撃が届かない距離をとり、さらに大きな岩の陰に集結した俺達の中隊は、青ざめた顔を通信越しに向け合う。

 オリジナル武の記憶内にある、たま……珠瀬美姫並と思われる遠距離狙撃だった。
 それを、最低でも二個小隊分に仕掛けられたのだ。

「……どうにもおかしい。あんな遠距離砲撃の名手が何人もいるなど、聞いた事が無いぞ。
機体もほとんどがF-4だった。レーダーも火器管制システムも、こっちより劣るはずだ」

 米軍衛士の一人が、額に浮かぶ汗を拭いながら言った。

 完全にアウトレンジされている。
 俺は、F-4とは明らかに違う、見慣れないシルエットの奴を敵の中に見た気がしたが、逃げ回りながらだったので確証は持てなかった。

「このままでは、やられるのを待つだけだ。幸い、制圧支援は二機とも生き残っている」

 やや青ざめた顔で、中隊長が語気を強める。
 俺とは初顔合わせで、臨時に指揮下に入った際は例の『イーグル・ショック』にまつわる噂のせいで嫌な顔をされたのだが……。
 今は、そんな余裕もなさそうだ。

「ミサイルを全弾発射、それを援護にして突撃する。あれだけの狙撃が出来る衛士達だ、近接戦闘でもかなりやるだろうが……このまま七面鳥撃ちになるよりはマシだ」

 中隊長の指示に、俺を含む全員がうなずいた。
 衛士は自分の得意分野だけを訓練しているわけではないから、一芸に秀でた人物は、他の戦法もそこそこ習熟しているものだ。
 とにかく、こっちが確実に弾を的に叩き込める距離まで詰めないと、土俵にも上がれず蹴落とされ続けることになる。

 俺個人としても、インファイトで引っかき回して死中に活を求めるやり方が、性に合っていた。
 混戦になれば、異常な狙撃能力も発揮しづらいはずだ。

 模擬戦における久々の苦戦であり、しかもはじめて味わうアウトレンジの脅威。
 俺は、汗ばむ手を包んだグローブで操縦レバーを握り直しながら、突撃の合図を待ち呼吸を整えた。





 荒れに荒れた帝国議会の、1997年度軍事関連予算審議。

 質疑応答を交わす声は熱気を帯び、軍部を庇う側と糾弾する側は、真っ向から対立。
 『イーグル・ショック』をきっかけとした軍需産業へのメスで、不透明な国防装備品の価格設定が判明したりと、問題はどんどん大きくなっていく。
 それでも、予算成立と執行が遅れれば、国家全体を危険に晒すということは議員や関係者も承知していた。
 結果、2月下旬には妥協案が成立した。

 まず、高等練習機・吹雪は本採用が確定。
 第三世代機がどう転ぼうと、衛士の訓練を円滑に進めるこの種の機体は必要、と判断されたからだ。

 不知火も、ひとまず生産と配備続行が決まる。
 不知火に疑問を呈してきた勢力、また『イーグル・ショック』を重視する一派も、(政治的・外交的な要件を含めて)代替しうる機体を早急に用意できないといわれれば、納得するしかなかった。
 ただし、調達数は削減され、浮いた予算は改修用技術研究費に回された。

 また、対外的に面子が立つよう名目をつけながら、いくつかの外国産機を緊急戦力増強輸入の候補として試験する事も、申し合わせがされる。

 不知火の問題を抜本解決すべく、次期主力国産戦術機開発を予定より前倒しで盛り込む案も、一時は取り沙汰されたのだが。
 肝心の主力戦術機メーカーが、斯衛軍向け次期主力開発等の既存の仕事に追われその余力が無く、見送られた。

 斯衛の次期主力開発を帝国軍のそれと一本化させようという案は、独自調達の伝統を主張する城内省によって拒否される。
 元々、武家が未だに国富の何割かを当たり前の顔をしてもっていく状況を良く思っていなかった少数派の議員は、激しく追及する構えを見せたが、大きな声とはならなかった。
 内閣や与党議員が、不可解なまでの必死さで城内省を庇ったからだ。

 それでもこの事は、改めて二元化された軍備による国力浪費ぶりを、多くの者達に印象付けた……。

 他の軍――海軍等への予算については、比較的波乱なく議会を通過。
 激務の日々が続いた軍政畑の軍人や、官僚達はほっと一息をついた。

「……やはり、陽炎の再主力化案は却下された。分からず屋どもめ!」

 だが、中には自分の意見が通らず、無念を噛み締める者達もいる。
 予算案の可決があった昨日と比べれば、閑散としている国防省の食堂。
 そこで腹ごしらえをしている陸軍大佐も、不満を滲ませる一人だった。
 対面した位置に座り、同じように食事を取っていた同僚の士官が顔を上げた。

「仕方ないだろうな。今更、外国産の第二世代機を増産しても……という声は大きい」

 なだめる同僚に、大佐は顔をしかめて見せる。

「それだ! その発想がまず良くない。戦術機のそんな視点での区分けに、どれほど意味がある?
大事なのは、将兵や国家の命運を託すに足るかどうか、だ」

「そんな事をいうから、親米派だのと言われるんだ。
気をつけろ、最近の若手将校や国粋主義者は、簡単に暴発するぞ……それに、陽炎は単価の問題がある」

「馬鹿言うな。それこそいいがかりだ。陽炎の開発元がソ連や中国であったとしても、俺は同じ事を主張したさ」

 なだめ、あるいは忠告しようとする同僚の言葉は、逆効果になった。
 大佐は、中年の容貌を真っ赤にする。

「航空機や戦車が陸軍の主力だった時代から、スペック上で『最強』の兵器と、戦場での『最良』の兵器は違うものだ。
今、帝国に必要なのは後者だ! 斯衛軍とも統一して調達すれば、量産効果でコストは下がる!」

 大陸派遣軍から伝わってくる、対BETA戦の凄まじい消耗ぶりは、実戦部隊に近い位置にいる将校達にとっては精神的重圧であった。
 二個大隊もの戦術機が、わずか数機を残して一日の戦いで地上から消え去る――そんな、目を疑うような戦いが、何度も発生しているのだ。

 損害は、前線部隊だけに留まらない。
 後方支援集団も、BETAの早い浸透や地中奇襲で大損害を受ける事は珍しくない。
 十分な訓練を受けた、選抜された将兵達ですら苦戦に陥っているのだ。
 空いた穴を埋めるのは、近年の軍拡でかき集めた資質・訓練水準の低下した兵達。彼らが、激闘に投げ込まれたらどうなるか……。

 後が無い本土防衛戦を考えるなら、帝国は徹底して無駄を切り詰めた、効率的な国防体制を敷かなければならない。
 いや、敷けたとしても勝算は甘く見て三分。
 それが、大佐の常々公言していた予測だった。

「まあ……大きな声じゃ言えないが、斯衛軍は当てにできんしな。企業ルートからは、悲鳴ばかりが聞こえてくる」

 同僚は、長く嘆息した。

 斯衛軍は、次期主力機の開発において、ベースとして不知火(正確には、その原型となった技術実証機)を採用した。

 これは、まったく一からの新造ではコストがいくらなんでもかかりすぎる、という意見を受けての方針だ。
 斯衛軍を統括する城内省と微妙な関係にある国防省(正確には、その傘下の国産次世代機研究開発機構)が、そう提言したのだ。
 あわせて、国産次世代機研究開発機構は不知火開発のために培った技術を全面開示する、という決断を下す。

 潜在的な競合相手である城内省への、破格というべき国防省の歩み寄りには、両省の対立を危惧する者達による仲介があった、と推測される。

 実戦部隊の斯衛軍と帝国軍は、お役所的対立に汲々としがちな上層部に比べればそれなりの柔軟性をもっており、互いの部隊を指揮下に入れたり、人材交流を図ったりという動きは見られた。
 そこで問題になるのが、斯衛軍と帝国軍の行動基準や装備の不一致。
 斯衛軍から帝国軍に移籍した衛士は、いちいち機種転換訓練に時間を割かねばならなかった。
 瑞鶴と撃震なら、まだ基本特性は似通っていたが、陽炎あたりは文字通り世代が違うからだ。

 また、急に斯衛の部隊を指揮に入れる事になった帝国軍士官は、普段の部下達と規範や装備が違う斯衛部隊を扱いかねる、という問題が平時の訓練レベルでさえ発生していた(逆もしかり)。
 斯衛軍はその性質上、上級武家などの身分ある将兵を生かすことを第一とする。それこそ、他の兵士が全滅しても、だ。
 これに対して帝国軍は、部隊全体としての戦闘効率を重視し、特定身分出身者の兵を特別扱いなどしない。
 一秒を争う作戦行動中、これらの齟齬は致命傷になりかねなかった。
 また、軍全体としての指揮系統を事前に一本化しておき、調整や話し合いにかける労力を少なくすることも、現場から要請されていた。

 兵站のロスも、無視できない。
 BETAの日本本土侵攻が現実味を帯びている時期だ。

『この非常時に、身内の間に壁を作る愚を犯すべきではない』

 という声は、日増しに強くなっている。

 国防省を動かした者達の思惑は、不知火との間で融通が利く(パーツのみならず運用上においても)機種を城内省に採用して欲しい、というものだったと思われる。

 しかしながら、城内省が斯衛軍次期主力機に要求したスペックは、不知火をさらに上回るもの。
 不知火の要求性能実現ですら、兵器として本来必要な発展性を切り詰めてようやく……というレベルだった帝国の技術者が、卒倒しかねない厳しさであった。
 加えて、帝国軍機には不採用が不文律となっていた近接格闘戦装備の標準化を指示するなど、あくまでも独自色を出そうという姿勢を崩さなかった。

 一応、城内省は他の要素……生産性や整備性、操縦性などはかなりの緩和を認めたが、これもまた技師達を喜ばせはしなかった。
 本来なら技術者の良心として、いくら注文元が言った条件であっても、実用上の重要要素を最初から軽視した機体など出せない。

 特に、整備性や操縦性への配慮の欠如は、軍事上の危険を孕んでいた。
 斯衛軍は将兵の質の高さを自認しているが、本格的な戦闘というのは消耗戦であり、個人の力量に頼る少数精鋭の軍は、すぐに弱体化する。
 一人の兵の行動不能によって受けるダメージが、並の部隊より大きく響くからだ。
 生産性や整備性が低ければ、機材の補充が滞り、やはり波状攻撃によって潰される。

 将来的な技術改良によって、こういった問題は順次解決できるかもしれないが……そのような時間や余裕を、BETAが与えてくれる可能性は恐ろしく低い。

 技術者に頭を抱えさせるような態度だったが、政威大将軍の威光や、武家社会の伝統をバックにする城内省の注文を請負企業は蹴る事ができない。
 権威による圧迫無しで自由な議論をさせれば文句・否定百出であろう仕様のまま、膨大な費用を投じて斯衛次期主力開発は進んでいたのだが……。

「お武家様方には、何を言っても無駄だろう。あいつらは所詮、贅沢こそ高貴な証と思い込んでいる連中だ。
浪費の方向性が暖衣飽食ではなく、武に向いているだけまだマシ、と思うしかない」

 大佐は、日本人特有の武家への畏れからやや声を低めつつも、はっきりと言い切った。

 大陸派遣軍には、斯衛から移籍してきた将兵達(主に衛士や整備兵)が含まれていたが、彼らもまた苦戦の外ではいられなかった。
 特に『死の八分』といわれる初陣の壁は厚い。暴走するならまだマシなほうで、思考停止や味方撃ちも当たり前だ。
 このあたりは、帝国軍生え抜きの精鋭とて同じ。
 初陣で重度催眠や、薬物処置のお世話にならないような衛士は、一個師団分送り込んだうちでも数人程度。
 BETAが与えてくる恐怖・圧迫感に未経験で対抗できるような人間は、もうBETA同様に常識外というほかない。

 そんな将兵達を一人でも多く生き残らせるためには、結局は軍としての基礎体力を向上させる以外に方法はない。
 すなわち、十分な兵站を与え、装備に不自由をさせないで戦いに向かわせる事。
 戦術機部門においては、質低下が見込まれる将兵達の手に負えて、かつ大量供給が可能な機体を用意するべきだ。その条件下で、もっとも高性能なものを選ぶ。
 この条件に現状当てはまるのは、陽炎しかない。
 いざとなれば、外国のF-15Cのパーツを輸入して使う事が可能な点もプラスだ。
 少なくとも、大佐はそう信じていた。

「…………内閣や議会の態度は不可解だが、城内省はもっとも謎だ。俺達の若い頃は、もうちょっと融通が利いたはずなんだが」

 同僚は、大佐をなだめるのを諦めて自分も愚痴をこぼした。

「例の噂が流れてから、だな。ここまで酷くなったのは……」

 大佐が、あたりをうかがうようにしながらつぶやいた。

 ――今から、十数年前に異様な風説が流布したことがあった。通称、『帝都城某事件』。

 摂家の筆頭格である煌武院家に、『唯一人の』世継ぎである女児・悠陽殿下が誕生した前後。
 本来なら、武家社会……いや、帝国全体の祝い事になるはずなのに、どうにも帝都城や武家周辺の気配が不穏になったのだ。
 具体的に何が起こったのかは、部外者には伺い知れず、そのうち平穏さを取り戻したのだが……。
 武家社会を二分するほどの問題が起こり、その結果、ある一派が破れて帝都城から放逐された――そんな噂がまことしやかに囁かれた。

 事実、斯衛軍や城内省では大規模な人事異動が行われ、帝国軍からも評価されていた人材が何人も隠居し……あるいは消息不明となった。
 武家の位階を返上し、平民に下ったり外国へ出た家も、いくつも出た。
 あの時以降、斯衛軍あたりの伝統固執は、一層頑なに……。

 元々、城内省とそれを支える武家社会にとっては、改革を求める声というのは、忌々しい話であった。
 近代国家だの民主主義だのが存在する前から、将軍家と武家は存在しこの国に君臨してきた。
 尊い身分について、卑しい者達が口を挟む事自体が不届き千万である、というのが本音だ。
 武家のような特権身分は、支配する事に慣れてはいても、異議を申し立てられる事に慣れてはいない。

 平民に上からの目線で情けをかける者は多数いるが、平民と同じ地平に立とうと考えるのはよほどの変わり者だ。
 斯衛軍が、軍服レベルですら身分差別を平然と続けられるのは、この意識が根底にある。

 それでも、武家社会をより開かれた、新しい時代に即したものにしようという動きは根強くあったはずだ。
 が、帝都城某事件の後では、上層部からその声は完全に断ち切られた。

「…………」

 大佐らは、薄ら寒いものを感じてしかめた顔を向け合う。

 予算への不満というのは、結局のところどんな決定が出ようと、必ず出るものだ。
 帝国の国力が限られている以上、全ての意見を満足させることなど、できるはずがない。

 だが、話が城内省や武家に関わると……どうも、そんな話とは次元が違う、帝国の影の部分がちらつく。
 現内閣が、国連との関係を深めるようになって以来、その影は薄まるどころか濃さを増していた。



 ――BETAの猛攻により、これまで善戦していたアラビア半島防衛線が、陥落寸前に

 ――誰もが失敗とみなし、忘却していた米欧共同の系外惑星探査プロジェクト『ダイダロス計画』による、外宇宙に存在する地球型惑星発見の一報

 これら、帝国のみならず世界全体を震撼させる情報が矢継ぎ早に飛び込んで来たのは、予算案通過から一週間も経たないうちだった。



[30130] 第十四話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:25840607
Date: 2012/01/12 19:36
 日本帝国においては、92式多目的自律誘導弾という名称で採用された、戦術機用のミサイル。
 戦術機の肩部ハードポイントに装備するコンテナに納められている、という構造上、一発あたりのサイズは小さく必然的に射程は短い。
 それでも、突撃砲弾よりは飛翔距離が長い。
 何より、ミサイル一発一発にレーダーと誘導システムが内蔵されているため、自動的に敵を識別・追跡して飛んでいくから、命中精度は非常に高かった。
 ……その分、コストも高く製造にも高度な技術を要するがな。

 俺は、F-15Eの管制ユニットの中で呼吸を整えながら、そのミサイルの発射体制に入った僚機からの合図を待つ。

「A11、フォックス1!」

 制圧支援装備のF-15E。その両肩が、ジェット噴射の白煙を上げる。
 コンテナから飛び出した数十発のミサイルが、夕闇迫る演習場の空へと躍り上がったのだ。
 ――実際には、安価な演習用ミサイルであるのだが、JIVESの効果で実弾同様の迫力。
 まず、A11が全弾発射。数秒の時間をおいて、残り最後の制圧支援機・A12がミサイルを発射する。

「Aリーダーより全機、突撃せよ!」

 中隊長の、実戦と遜色ないほど気合の入った命令に従い、俺はフットペダルを踏み込んだ。
 これまで盾にしていた岩の陰から飛び出し、ミサイル群を追いかけるようにF-15Eがサーフェイシングに入る。
 残りの仲間……全弾撃ち尽くして不要になったコンテナを捨てた制圧支援機を含めた全機が、同様に動く。

 俺達が相談し準備を整えている間、敵の中隊は慎重に前進してきたらしく、やや距離は詰まっていた。
 その頭上に向けて、ミサイルが不規則な軌道を描きながら殺到する。

 敵の戦術機の反応は、あの神業的な遠距離砲撃をやった連中にしてはやや鈍かった。
 それでも、無様に棒立ちでミサイルを喰らう奴はいない。ジャンプユニットの炎を吹き上げながら、重装甲のF-4が後方に、あるいは左右に飛び退る。
 中には、ミサイルに向けて突撃砲弾を撒き散らす機体もあった。

 弾幕に絡め取られたミサイルが、空中で大きく爆ぜる。爆音と衝撃波が、空気を激しく震動させた。
 ミサイルの中には、あらぬ方向へ飛んでいくものもある。相手からの妨害電波を受けた奴だ。

 大盤振る舞いしたミサイルで、撃破できた相手はゼロ。
 だが、最初からそれは計算のうち――俺は、全身にのしかかるGを受け止めながら、一機のF-4に急接近した。
 網膜投影画面中の、彼我の距離を示す数字がどんどん小さくなり、1000メートルを切った。

 墜落した誘導ミサイルが上げた黒煙が流れる先にいる敵影をロックオン。
 俺は、120ミリ砲弾を武装選択すると、迷わずトリガーを引いた。
 こちらに気づいたF-4は、ジャンプユニットを吹かして横転回避に入る。その機動に、見覚えがあるような気がした。

 だが、避けられるのは予想の内だ。
 敵のジャンプユニットが残した噴射炎を空しく貫く、と見えた120ミリ砲弾が、爆ぜた。弾種は散弾弾頭だから、ばらまかれた子弾がF-4に殺到する。
 重装甲のF-4系列機に本来なら効果は薄い攻撃だが、それでもセンサーや関節部などの脆弱箇所に被害が及べば、動きは鈍る。
 回避されることを見越して打った一手だったのだが、狙いにはまったようだ。
 俺は、F-4の回避機動が一瞬停滞した隙を逃さず、ペダルを蹴りこんでさらに距離を詰め、36ミリ砲弾を乱射した。

 攻撃が外れても、とにかく距離を詰めて乱戦・混戦に持ち込む。それが、俺達の作戦だ。
 俺の視界の中心で、全身を36ミリ砲弾に乱打されたF-4が、糸が切れた人形のように倒れこむ。
 ようやく一矢報いた、撃破だ!

 よし、とつぶやく俺に別のF-4……いや、国連軍カラーの撃震が横合いから突っかかってきた。
 悪くない動きだが、一呼吸遅い。
 こちらは既に体勢を整えなおしていた。

 撃破され機能を停止したF-4の頭上を飛び越えるように、ショートジャンプ。着地直前にジャンプユニットの左側だけを吹かして、垂直軸旋回。
 急激な重圧の連続だが、俺にとっては十分許容範囲だ。
 撃震が一瞬俺のF-15Eを見失ったらしく、あらぬ方向に突撃砲を向けていた。

 そこにつけこんで、至近距離から120ミリ砲弾を叩き込む。今度は徹甲弾。
 発砲した瞬間に、確かな手ごたえを感じた一撃を喰らい、撃震が爆炎と化す。仮想空間でなければ、相手を粉々にしていたであろう、会心の攻撃だった。

 ――どうにも違和感があるな。
 俺は、心の中で呟いた。
 あの遠距離戦での砲撃に比べると、近距離戦の対応能力はさほどでもない。せいぜい、水準ってレベルだ。
 距離を詰めても、相応に苦戦する事を予期していた身としては、つい首を傾げたくなってしまう。

 そう油断したのがいけなかったのかもしれない。
 いきなり、被ロックオン警告が網膜画面の中心に表示された。
 咄嗟にF-15Eを沈み込ませる回避アクションを取れたのは、これまでの訓練と、オリジナル武からの『払い戻し』のお陰だった。

 普通なら、完全に俺の機体の頭部を撃砕していたであろう一撃が、頭上を通り過ぎていく。

 死角を取られた!
 訓練であることを完全に忘れるような衝撃が、俺の意識を駆け抜ける。

 いつの間にか、敵中隊のF-16(恐らく、今までは後衛にいたのだろう)が俺の斜め後ろ――兵器担架による後方射撃でも、射線が取れない位置――に忍び寄っていたのだ。

「なんだよこれは!?」

 俺は思わず喚いていた。
 死角あるいは体構造上、敵が反応しづらい方向から攻撃、というのは相手が人間だろうがBETAだろうが有効な、必勝戦術。
 とはいえ、不断に動きながら警戒している戦術機に対して、『ここしかない』という絶妙のポイントを取るのは、至難。
 下手をすれば、A級のアクロバチックな機動制御をするより高度な技術といえる。
 天の高みから、他人事のように戦場を俯瞰するような冷静さと状況判断能力が必要だ。

 俺はF-15Eの運動性を最大限に生かし、乱数回避を開始した。
 それにあわせてF-16が、こちらのセンサーの影にするりと入り込むように動いてくる。
 ……冷静に観察すれば、機動自体はさして鋭いとも見えないが――それでも、こちらの動きを把握しきっているように、嫌らしい位置に回り込もうとしていた。
 しかも、決して一定以上距離を詰めてこようとしない。
 近接格闘に巻き込んでやりたい俺の狙いを、読んでいるかのようだ。

 どんな手品を使っている!?

 まず俺が疑ったのは、敵の指揮車両の存在だ。
 戦域管制能力に優れた指揮車なら、こちらの動きを解析し弱点となるポジションを判別、誘導することができるはず。
 だが……俺はすぐにその可能性を捨てた。
 自衛能力が無きに等しい指揮車が、戦闘区域に入るのは自殺行為だ。
(対BETA戦においても、指揮車が本来の能力を生かす前に撃破される、というケースはしばしばあった)
 何より、俺達は敵も含めて時速数百キロの世界で移動している。車両の速力(整地でも時速百キロも出ない)では、到底ついてこられない。

 苛立った俺は、富士教導団を相手にした時のような、限界をぶっちぎる機動を決断しようとした。
 別に今までの訓練で、手を抜いていたわけじゃない。
 ただ、限界を攻める動きをさせると、機体の関節部が追随しきれず逆に危機を呼ぶ可能性があるから、ある程度はセーブしていたのだ。

 自分の中のリミッターを外すため、俺は腹の底に力を篭め……ようとした時、めまぐるしく動く視界の隅に妙な影を見つけた。

「!?」

 俺は、F-16をいなしながら、そちらに注意を向ける。

 ……激戦の渦中からやや離れた場所で、追尾してくる戦術機がいた。
 間違いない……最初にアウトレンジ砲撃を喰らった際にかろうじて見えた、俺の知識には無いシルエットを持った奴だ。
 大型の機体の各部に取り付けられた瘤状のパーツが、しきりに動いている。

「センサーポット……?」

 機体全体はともかく、『瘤』には辛うじて覚えがあった。
 『偵察戦術機』と呼ばれる、ごく少数の機体に装備されるパーツにそっくりだ。
 戦術機特有の機動性や生存性を生かし、航空機等では不可能な索敵や綿密な情報収集を担う機種。
 レーダー、センサーにペイロードを多く裂いた分、戦闘力は通常型戦術機より劣る存在が、なんでこんな場所に?

 IFFは、その大型機が敵側所属であると判断していた。

「――こいつか!?」

 相手中隊の異様な能力、動きの大元は!

 俺は思索を進める暇を惜しみ、直感に従ってレバーを操作した。
 ジャンプユニットの出力を緊急レベルに叩き込み、大型機のほうへホライゾナルブースト(水平跳躍)をかける。
 慌てたようにF-16が追随し、けん制するようにこちらに火の玉のような砲弾を放ってくるが、俺はそれをパワーに任せて引き離す。

 大型機も手に突撃砲をもっており、その砲口をこちらに向けてきた。F-15Eの装甲がみしみしと軋むほど加速した俺の機体に、ぴったりと狙いをつけてくるが――機体全体の挙動は鈍い。
 模擬戦の最初に喰らったのと同じような、恐ろしい精度の砲撃が、大型機から放たれる。
 俺のF-15Eの手に持った突撃砲が直撃を貰い、使用不能に。持っていた右腕にもダメージ。
 が、俺はかまわず突進を続けた。
 突撃砲を捨て、まだ無事な左腕にナイフを引き抜かせつつ、数秒の間に大写しになる大型機を睨みつける。

 俺のナイフが、大型機の胸部を鋭く横一文字に切り裂いた。
 同時に、攻撃の反動ではない衝撃が、俺の体を襲う。
 追撃してきたF-16の砲撃が、ついに命中したのだ。

 網膜画面に、久々に見る『致命的損害』の文字が点滅する。

 撃破判定を受けたF-15Eが、自律的に着地シークエンスに入るのを感じながら、俺は深く溜息をついた。

 ――タチの悪いペテンに引っかかった。それが、俺の偽らざる気分だった。



 模擬戦の戦況推移は、恐ろしく変則的なものだった。

 まず、俺の所属するA中隊はアウトレンジからの砲撃で半数に撃ち減らされた。
 その後に、中隊長の指示でミサイルを煙幕代わりに接近戦。それなりにいい勝負になったものの、敵が体勢を立て直すとあっという間にまた劣勢に。
 しかし、A中隊が残り三機になったところで、俺が謎の大型機を相討ちの形で撃破した。
 すると生き残っていたB中隊の連中は、まるで魔法が解けたかのように動きがばらばらになり……。
 A中隊の生き残ったF-15E二機が、残りのB中隊を全機を、それなりに梃子摺りながらも各個撃破。

 訓練が終わった後にようやく知らされたのだが、A中隊は米軍や国連軍のF-15乗り、いわゆる『イーグル・ドライバー』の中でも練度上位者が集められたエース部隊編成だった。
 そして、敵役だったB中隊の大半は――

「……ああ、やっと念願のTAKERU少尉撃破がかなったのに、結局こちらの全滅で負け、か」

 大袈裟に肩を落としたのは、ボラン=ユン少尉だ。
 その左右には、ここ二ヶ月ほど訓練を共にした『技量劣悪』の衛士達が、無念そうな顔を揃えている。
 彼らもまた、模擬戦に参加していたのだ。相手の挙動に見覚えがあるはずだよ。
 ストール中尉の言う所の、高速道路効果のお陰か、彼らの技術は長足の進歩を遂げているようだった。
 もう技量劣悪の看板は外しても大丈夫だろう。
 ブレイザー少佐は、こうなることを見越して俺にとにかく全力で訓練の相手をしてやれ、とアドバイスしてくれたのかもしれない。
 ……それはいいのだが。
 遠距離砲撃戦はじめ、いくつかの戦術行動は、彼らの向上した技量でも為せる業じゃなかった。

 ユン少尉らと対面する位置に椅子を置いて腰掛けているのは、俺を含むA中隊の衛士達。
 こちらは、最終的に勝った側ではあるが……釈然としない表情なのは全員共通。
 あまりにも不可解な模擬戦の推移、そして結果だった。

 ここは、横田基地の衛士用ブリーフィングルーム。訓練後の反省、検討、総評を行う場所だ。

「――そろそろ、種明かしをお願いできませんか?」

 A中隊全員の意志を代表して、リーダーだった米軍大尉が鋭い視線を訓練監督役の中佐に向けた。

「そう睨むな。別に、諸君らに含む所があるわけではないし、この期に及んで隠しもしないさ」

 軍人というより技術者、という風情の細面の中佐は、手元の端末を操作する。
 壁に取り付けられた大画面に、一機の戦術機が映し出される。俺が撃破した、大型機だ。

「この機体は、試作型早期警戒管制戦術機・XE-10だ。
B中隊は、この支援を受けていた」

 あまりに長い機種の肩書きに、はぁ? という声がA中隊の衛士の中から上がった。
 俺も、思わず首を捻った一人だ。

「端的にいえば、戦術機版のAWACSだな」

 AWACS――airborne warning and control systemの略称だ。
 大型の航空機に高性能のレーダーと電子戦装備、さらに指揮管制装置とそれを操る人員を乗せて運用する、空飛ぶレーダーサイト兼前線指揮所。
 1970年代に登場したこの機種は、圧倒的な索敵能力と航空機ならではの行動力で、将来の高度情報化した戦闘を左右する、といわれていた。
 敵をいち早く発見し、データリンクによって味方に通報。さらに、複数の脅威を同時処理して、味方機を有利に戦わせるように戦闘行動を管制できる。
 その支援効果は、戦闘機のみで戦う場合と比べて圧倒的に戦力価値を増大させる、と試算されているほど。

 だが、BETAの登場によって航空戦自体がまずありえない物になったため、れっきとした軍人ですらほとんど忘れ去っているものでもあった。

 確か、アメリカ空軍が南米の政情不安国家を監視するために、数機を細々と運用しているのみだ。
 高性能のレーダー類を装備するため、一機あたりにかかるコストは恐ろしく高い、等の原因に拠る。
 その早期警戒管制機は、他の電子戦機とともに『E』の任務記号が振られていたはずだ。

「諸君らも知ってのとおり、既に偵察機仕様の戦術機というものは、存在する。
偵察戦術機が、簡易ながら戦域管制を担っていた時代があることも、承知している者はいるだろう。
それを、より進めた物と思ってもらえばまず間違いは無い」

 滅多にお目にかからないだけで、概念自体は既に人類にとって当たり前の機体ということか。
 だが、機能は説明を受けるにつれて、より革新的なものだと思わされた。

 この機体は、新式の索敵システムと統合された火器管制コンピュータにより、高い遠距離戦能力を持つ。
(ちなみに純正航空機のほうのAWACSは、基本的に非武装だ)
 そしてデータリンクによって指揮下にある戦術機に、その能力を擬似的に付与できる。指揮下の戦術機は、送られてきた数字に従い、引き金を引くだけで命中率の高い遠距離砲撃が可能。
 旧式のF-4だろうと、データリンクが正常ならば、最新機並かそれ以上のアウトレンジ砲撃がやれるようになる。
 しかも、ただ一方的にデータを与えるだけじゃない。指揮下の機体のセンサーが捉えた情報もやはりデータリンクで吸い上げ、集積・分析するのだ。
 A中隊を苦しめたのは、まさにそれだった。

 俺はここで、陸海の支援砲撃部隊の事を思い出す。
 あれも、砲や支援艦にいちいち高度なレーダーや統制装置を装備させず、データリンクで射撃諸元を得ることで、個別の有効射程を超えた攻撃を可能にしていたな……。

 しかも、中距離戦においては味方を有利なポジションに誘導する機能も備える。
 指揮車と違い、戦術機戦に密着したタイムラグが短い指揮統制が可能だからだ。
 さすがに近距離格闘戦に入ると、分析と指示が追いつかずに無力化してしまうが。
 これも、敵にしたらどれほど厄介かは、先程体験した。
 ただでさえ戦闘中は視野狭窄に陥りがちで、冷静な時ならわかることもわからず、見落とさない事も見落としやすい。
 そこを突かれたら……。

 F-4主体のB中隊がXE-10を加えることで、F-15ファミリーとエースクラスという組み合わせのA中隊に善戦した。
 この結果は、瞠目に値する。

 かなりの割合で対BETA戦にも転用が利く能力だ。

 だが、メリットだけならとっくにどこかの前線で採用されているだろうな。
 恐らく、実戦化に二の足を踏むような問題があるんだろう。

 考えられるのは、やはりコストか?
 索敵装置と戦域管制機材っていうのは、ただでさえ高価だ。高性能なら、尚更に。
 いくら通常の戦術機に比べて大型とはいえ、限られた積載量しか持たない機体に組み入れられるほど小型化するのも、技術的に大変だろう。

『一機あれば、戦域にある戦術機隊の戦闘力を底上げできます・ただし、戦術機全機を新型にするよりコストがかかりますから』

 じゃあ、冗談の種にもなりはしない。

 それに、操作する人材の用意も大変だな。
 恐らく複座……もしかしたら三座型かもしれないが、衛士適性を持ちながら戦域オペレートができる技能を持った人材が必要だ。
(なぜかこの場には、XE-10の搭乗者はいなかった)
 そんな多芸なプロが、そうそういるとは思えない。

 戦った感触では、戦術機単体としての戦闘力は低そうだし。
 野戦なら、いちいち高精度狙撃するよりも、弾幕を張ったほうが確実だ。

 コストの割りに、意外と使い道がないのかもなぁ……。
 指揮車じゃ突入は自殺行為のハイヴ内で、戦術機部隊で完結した情報収集・指揮統制能力が要求されるような状況でもないと。
 あるいは、後方からの指揮が無理なほど、ひっちゃかめっちゃかな負け戦で司令部の臨時代役を務めるとか……?

 ……ここまで思考を進めて、俺はようやく気づいた。
 こいつは――それこそ、ハイヴ攻略用の戦術機なのか?
 一発一発の砲弾さえ無駄にできないような、兵站が厳しい戦いの場ならば、精度底上げにコストをかける意義が生まれる。
 戦術機と同等のスピードで動ける司令部の有用性は、言うまでもない。
 これまでは、いちいち進軍するたびに地上と繋がる有線通信網を敷かなければ、前後の連絡さえ覚束なかったのだから。
(ハイヴの構造材には、電波を遮断する物質が含まれているらしく、内側に入っての長距離無線通信は無理なのだ)

 だが、中佐のXE-10に対する説明は機能的なもののみで終わり、後はごく普通の訓練講評に入った。

 俺は、講評に意識を向けながら、頭の隅で考える。
 G弾を嫌っている者達は、戦術機によるハイヴ攻略を訴えている。
 が、具体的にどう攻略するか、についてはたいした事を言っていない。従来型の、何度も失敗した手順を頭数だけ増やして繰り返そう、とするだけだ。
 もし俺の予想が正しいのなら、そういった惰性的な話とは何か一線を画す動きがあるのかもしれない――しかも、ハイヴ攻略をG弾使用にシフトしたはずの、アメリカ軍側に。



 ――この時期の俺は、ある意味で『だれて』いた。
 かつては世界レベルの戦略について、訓練兵の身で上申までしたこともあったが。
 近頃は、一衛士に毛の生えた程度の仕事や訓練をこなすことに、すっかり慣れていた。
 国連軍の将兵としては好ましいかもしれないが、世界が……そして日本が陥る未来を(恐らく)知っている身としては、怠けていたと断じられるかもしれない。

 その事を自覚させられたのは、この模擬戦後に耳にするようになった、急激な国際社会の動きを知った時だった。





 帝都にある総理官邸の、次官級に割り当てられた事務連絡室は、厳重な盗聴対策が取られている以外はいたって質素であった。
 実用一点張りの執務机と通信設備、そして清潔なだけが取り得のソファー。
 そのソファーで、内閣の実務を担う各省庁の次官や、大臣補佐官が顔をつき合わせていた。

 城内省との連絡を担当する補佐官が、大きな息を吐く。

「……やっと、城内省は首を縦に振りました。『あの娘』はしかるべき時期を選び、在日国連軍の兵として召集されます。
その前に本人が帝国軍……まずありえないでしょうが斯衛軍に志願したとしても、名目をつけて国連軍に配属されるようにする手筈も、整っております」

 その存在や出生の秘密が表沙汰になれば、日本を数百年に渡り支配した武家の『闇』が白日の下に晒される娘。

 名を、御剣冥夜という。

 五摂家筆頭・煌武院家の直系に生まれながら、『世を分ける』として伝統的に忌まれた、双子の妹であったというだけで摂家から抹消された、悲運の娘。
 ただ古臭い伝統に従って家から追い出されただけなら、まだ『間引き』されなかっただけマシかもしれないが……。
 本家に残された姉の影武者として養育され、一生を束縛されることが確定している。
 むごい仕打ちであった。

 今の一般庶民が知れば、まず冥夜に同情したくなるような話だ。
 要するに、生まれによる差別をやめればいい。一定の確率で双子が生まれるのは当たり前の話で、呪いや凶兆などではないのだ。
 継承権の問題なら、姉妹の序列をはっきりとつければ済む。
 いくら五摂家筆頭とはいえ、昔ほどの権勢はなく、万が一家督争いが起こっても世の中を大乱に落とし込んだりはしない。
 実質的な国家統治権を持った政権の交代さえ、無血の選挙で済むのが現代の日本帝国。
 せいぜい、こんな時代でもしぶとく生き残っている三流ゴシップ誌の紙面を豊かにする程度だろう。

 が、価値観が幕藩時代で止まったままの武家達にとっては、血を流しかねないほどの大事だったのだ。

 実際に、冥夜を煌武院家から出す際に、

『迷信のために、暖かな家族の腕から目も開かぬ赤子を引き離すとは何事か』

 と考える武家は反発した。彼らと、保守的な武家の間で争いまで起こった。
 中には、冥夜の命を取れば争いの種にならぬ、と思い込み暗殺を企てる武家さえいた(さすがにこれは阻止されたが)。

 そんな、使い方次第では、時代の流れにしぶとく抗ってきた武家社会全体が吹っ飛びかねないジョーカー。
 本来なら完全に秘匿しておきたいはずの冥夜を、あろうことか国連軍に――より正確には、その中の日本発案秘密計画を担当する勢力に渡す。
 政治的効果は絶大であり、国連は日本帝国の『誠意』に疑いを挟む事はまずなくなるだろう。

 この一手のために、内閣は城内省に様々な譲歩を行った。
 元来、城内省は内閣の下部組織ではなく、名目上の帝国最高執政機関・元枢府の下で並立する存在。
 思い通りにするには、高くついた。
 冥夜の身の扱い以外にも、武家や城内省に求める工作がいくつもあり、それらにいちいち代価を払っているのだから、総計すれば凄まじい事になる。

 加えて、日本帝国の重鎮と呼べる層の娘達も、在日国連軍へ訓練兵という名目で差し出す。
 予定される『人質』の中には、内閣総理大臣の娘らも含まれていた。

 親の決断、あるいは立場のツケを何の責任もない(そして何も知らされていない)子供に回す、という意味では武家社会の悪しき慣習を笑えない態度だ。

 まさに背水の陣であった。

 オルタネイティヴ4の根幹は、乱暴にまとめてしまえば対BETA用諜報員の『製造』。
 日本案が、いわゆる軍事的パワーによるBETAへの大打撃、といった分かり易い困難打破に傾かなかったのは、『敵を知る』という要素を重大視したためだ。

 恐怖の根源は、無知である。破滅を呼ぶのもまた、無知だ。

 1973年のカシュガルへのBETA着陸ユニット落下の際、東側諸国が最初から国土を汚すのも厭わず、核飽和攻撃を仕掛けていたら?
 中国は世界中から賞賛されるどころか、国内外から『小心者』の批判と嘲笑の対象になっただろう。
 そして、着陸ユニットを早期処理しなければどうなるか、という教訓は得られず、カナダ・アサバスカにオリジナルハイヴが出現した可能性が高い。
 さらには、宇宙空間でのユニット迎撃システムの構築が遅れ、各地に次々とユニットが根を張り――人類はとっくに滅亡していた。
 カシュガルの時点で二次被害を省みない手を使っておけば……というのは、後から初めて言える事。

 未知の要素による判断ミスによるダメージを許容できるだけの力があれば、このように痛みを教訓に最悪の事態を回避できる。
 だが、今の人類には、同じレベルでの失敗をリカバーできる余地はほとんどない……。

 オルタネイティヴ4推進派の背中を、転倒寸前になるほど押しているのは、そんな危機感だった。

 強引に例えるのなら、病気の元や感染ルートを調べるようなもの。
 何もわからなければ、人はただ恐れて神仏やまじないに縋るしかない。
 が、原因がわかれば治療法は考案できるし、感染源を絶てる。
 そのようにして、人類は死病と呼ばれた多くの病を克服してきた。

 BETAとは本当は何者で、何を考え、どんな目的や行動規範をもっているのか? その背景は?
 正確なデータが確保できれば、もはやBETAは恐怖の存在ではなくなる。

 だが。
 環境を整えたとしても、オルタネイティヴ4を成功させるためにクリアしなければならないハードルは、あまりに高い。
 根幹理論自体が、まだまだ実証がされていない、オカルトじみたものである。
 野心的な試みにつきもののリスク、というにはあまりに過大な犠牲者を出さねばならない試算は、既に弾き出されていた。

 ――何の因果か、国連に対して政治的人質に差し出しす予定の者達の何割かは、オルタネイティヴ4が求める『実験体』としての資質も兼ね備えていた。
 ただの人質では済まない可能性は大きい……。

 第三者がもし全体像を把握すれば、オルタネイティヴ4推進派がそこまで思い切った事に、決断力よりも狂気を嗅ぎ取るだろう。
 特に、日本帝国あるいは世界各国を正攻法で纏め上げて効率的な体制へと刷新、人類の総力戦によってBETAに打ち勝とうと考えている者達にとっては、背信行為というべき部分さえあるのだ。
 いや……内閣や、内閣に繋がった協力者達自身が、事あるごとに、

『本当にここまでするしかないのか?』

 と自問するほどだ。

 世界を相手にする技量を備えた日本最高の政治・頭脳集団とはいえ、所詮は人間である。
 迷いもするし、過ちも犯す。徹頭徹尾、信念を持ち続けられる保証など、どこにもない。
 ここまで賭け金を張っておきながら失敗した時のリスクを想像すれば、揺らがないはずがないのだ。

 特に、思わぬ情報が飛び込んできた場合などには。

「……あれは本当かね? 地球外に、人類がそのまま移住できる可能性が高い惑星が発見された、という話は?」

 不安な面持ちを隠さず、話を変えたのは栗橋芳次郎・国防省次官だった。
 予算が成立するや否や、臨時戦力増強機候補としてEF-2000 タイフーンの試作機を『信じ難いほど迅速に』実験部隊向けに調達し、軍内で面目を施している栗橋だが、その顔色は冴えない。

 まだ人類がBETAの脅威に晒される前に実施された、ギリシア神話における神の名を冠した系外惑星探査計画『プロメテウス』。
 スタートは、1950年。
 それによって無限の宇宙の深奥に向けて放たれた、大型探査機イカロスⅠ。
 計画途上で通信が絶え、数十年前に行方知れずになったイカロスⅠから、数光年の距離を貫いて突如NASAに届いた信号。
 示されたのは、蛇遣い座バーナード星系に適合度AAの地球型系外惑星あり、というデータ。

 「帝国のCIA」といえる情報省から出向した補佐官が、厳しい表情でうなずいた。

 大東亜戦争以前、日本の情報機関は各省・各軍レベルで分割されており、めいめいが勝手な情報収集や工作を行っていた。
 結果、一部が己の都合のみで騒動を起こし、日本全体としての国際社会への外交戦略が破綻する、というような事態を何度も引き起こした。
 ある軍の情報機関が、アメリカの暗号を解読しながら、政府・他軍にまともに伝えぬ、という状況が当たり前だった。
 日本が、勝ち目の無い戦争に自ら突入した理由のひとつ。
 その反省から敗戦後の改革で、諜報関係の機能を情報省として一元化したのだ。
 これにより情報力と、国内外工作における戦略的統一性は飛躍的向上を見せており、地味ながら戦後日本帝国の大きな強みとなっていた。
(本家CIAのように、実像以上に能力を過大視され恐れられる、というおまけがついているが)

「はい。アメリカが都合よく発表の時期をずらした可能性はありますが……情報自体の信憑性はかなり高いかと。
このデータが示す物は、あまりに重大です。虚言だった場合に受けるダメージが大きすぎ、リスクに釣り合いません」

 これまで人類が必死の防戦を地球上で続けてきたのは、言うまでも無く逃げる場所などどこにも無いからだ。
 人種、イデオロギー、宗教対立……そういったものが、不十分にせよ棚上げできている理由。

 中東では、かつて何度も砲火を交わした事があるイスラエルとイスラム諸国軍が互いに背中を任せあい、スエズ運河へ決死の退却戦を戦っている最中だ。

 だが、人類移住が可能な星が他に存在する、となれば全人類レベルでの戦略が根本から変わる。
 それがデタラメであると判明したら、アメリカは袋叩きにあう。親米国家だろうと、容赦はしまい。
 アメリカ国内的にも、政権がもたない。
 あの国は、良くも悪くも民主主義国家の典型だ。
 最高権力者の大統領といえど不可侵の存在ではなく、国民の怒りには勝てない。選挙という鉄槌で、地べたに叩き落とされる。

 探査船からの信号は本物でも、発見という事自体は機材の故障だった、という可能性のほうがまだ高い。
 そして、地球型系外惑星の存在の真偽を追加調査する余力は、今の人類にはない……。

「この情報が民間レベルにまで広がれば、世界は大混乱に陥るでしょう。
今のところは、BETA情報と同等の機密レベルで情報統制がかけられておりますが」

 情報省補佐官の言葉に、列席する者達は一様に黙り込む。

 平和な時代であっても、驚天動地の出来事。
 今の世界に知られれば、大パニックに繋がるかもしれない。

 権力者や一部の富裕層だけが、BETAに侵蝕されつつあるこの星を見捨てて逃げ出すのではないか?
 そんな三文陰謀論雑誌に載る程度の疑心暗鬼ですら、笑って済ませられなくなる。

 あのイギリスですら、この情報はろくに掴んでいなかったらしく……ダウディング退役大将らが、泡を食って帰国の途についたのはつい先日だ。

 現実には、地球脱出計画を本気で考えるにしても、人間の尺度からすれば無限といっていい星の海をどう渡るのか? などの問題が厚く立ちふさがるのだが……。

「この情報を利用しようとするアクションは、必ず起こるはずだ。諸外国……特に、米国への諜報を強化しよう」

 内閣の要である官房実務を束ねる、官房副長官の一言で、この場は散開となった。

 ……実の所、その根拠や手段はともかく、精神的な境地において帝国のオルタネイティヴ4推進派と一番近しいのは、アメリカのG弾推進派だ。
 彼らは、気づいている。
 人類が練り上げてきた合理性というのは、所詮は同じ地球に生まれた身内を敵にしてきたもの。
 未曾有の危機に対処するには、やはり未曾有の手段を講じねばならない。
 良識、責任、誇り……そして大勢の命。それらを供物に捧げ、奇跡をこの現実に招喚する事が、人類生存の道である。

 既に、オルタネイティヴ3において人類は、生命の尊厳を踏みにじるに等しい行為に及んだ。
 人工的にESP発現を促した、遺伝操作された人間を生み出すという形で。
 発案と実行はソ連だが、支援や容認……最低でも黙認を与えたという面では、国連加盟国全てが共犯者だ。
 そこまでしても、BETAから勝利をもぎ取ることはできなかった。

 人類に残された余力からみて、今回のオルタネイティヴ4が、時間的に許された最後の打開策だ……。





 ――だが、オルタネイティヴ4派が、外部からは予想もつかない非情な手際で準備を整え、実施しているように。
 アメリカのG弾推進派の動きの素早さもまた、帝国側の推測を上回るものだった。

 各国首脳が、地球型系外惑星が実在する可能性に衝撃を受けている間に、G弾使用を根幹とするアメリカ発オルタネイティヴ計画案を国連に再提出。
 恒星間移民宇宙船の建造と、それによる人類の地球脱出の具体的実現性を伴ったプランを追加して、だ。

 これまで地道に研究されながらも使い道がなかった、BETAからの鹵獲技術(長距離宇宙航行分野)の利用により、現在の人類の力でも十分に恒星間移民は可能である、と。

 人類という種の生存の可能性を広げる地球脱出計画は、普遍的な説得力を持っていた。
 G弾の大量投入という、一度は却下された戦略との抱き合わせ、という点を差し引いても、だ。

 元々、現行の日本帝国案もまた、採用されたのが奇跡といえるほど極端な要素を持った計画であり……他国が出した競合案に打ち勝ったのは、国際社会の奇妙なパワーゲームの結果。
 荒唐無稽な日本案に、『他の案よりは、自国の負担が少ないであろうから』『日本帝国やその友好国についたほうが、利益が見込めるから』程度で賛同、あるいは黙認した国が大半。
 未知の爆弾であるG弾を使われるよりは、失敗時のリスクが小さいという理由のみで、日本案を支持した国も多い。
 本気で日本案に世界の命運を託したい国など――つまり、国連から割り振られた義務以上の援助を申し出る国など、ほとんどいないのだ。
 それゆえ日本帝国の内閣は、自国を弱体化させかねない手段まで使い、身を削ってオルタネイティヴ4に必要な状況を用意していた。

 ……アメリカ案を検討する国連本部の安全保障理事会、そして世界の代表が集う本会議で要した検討の時間は、事の重要性に比べて酷く短かった。

 一ヶ月強の議論の末、次期国連秘密計画・オルタネイティヴ5予備案に、アメリカ案を採用。

 名目こそ、現在進行中であるオルタネイティヴ4の顔を立てて予備とついているが、地球脱出用宇宙船建造の開始は即時ゴーサインが出た。
 事実上のオルタネイティヴ計画並立という異常事態になったのは、明白であった。



[30130] 第十五話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:25840607
Date: 2012/01/10 22:51
「日本帝国軍内に不穏な動きあり? この時期に、かね?」

「はい、大統領閣下」

 ホワイトハウス――恐らく世界で最も有名な権力者・アメリカ合衆国大統領の住む場所。その一角の、ウエストウイングにある大統領執務室に、緊張を含んだ声が流れた。
 現在、アメリカの上層部は長年の悲願であった、オルタネイティヴ5成立を祝い、我が世の春を謳歌……してはいなかった。

 これからが大変であるということを理解できない者に、大統領府のポストは与えられない。
 窓から差し込む穏やかな初春の陽光も、室内に横たわる緊張を溶かせはしなかった。

 そんな中に持ち込まれた懸案。安全保障担当補佐官のうちの、アジア担当者の説明はこうだった。

 在日国連軍及び米軍と帝国軍との合同演習の際に引き起こされた『イーグル・ショック』。
 その影響で、帝国軍の戦術機行政に軍内の注目が集まった。普段は、まったく見向きもしない者達も、主装備絡みといえば注意を引かれる。
 そして、連鎖的に軍に留まらない広い範囲での、これまで隠されていた問題が次々と露呈した。
 特に、政府及び軍上層部と軍需大企業の不透明な関係は、若手将校達の疑惑の視線に晒される。
 だが……帝国の内閣や議会は、予算成立を優先して噴出した問題を棚上げ、あるいは先送りしてしまった。
 この事に、潜在的な不満――戦略方針の対立、軍内派閥の軋轢――が刺激され、かなり過激な言辞を吐く将校が増えている、という。

 予算に注目した将兵達の疑惑を目立って呼んでいるのは、在日国連軍やその『付属研究機関』に様々なルートで流れ込んでいる、莫大な資金や人材。
 これが『秘密計画』に対する知識が無い、一般的な日本兵には「日本国民の血税を、アメリカの傀儡である国連に献上し続けている」と見える。

 事態をややこしくしているのは、『秘密計画』やそれにまつわる工作の性質上、事実を公にして理解を求めることが出来ない点。
 疑惑を膨らませるな、というほうが無理だ。

「……しかし、いくら国家に不満があるとはいえ、具体的な行動に出る可能性は低いのではないのですか?」

 疑問を口にしたのは、大統領の事務補佐官の一人だ。主に米国内の仕事を担当しており、日本の事情には疎い。
 安全保障担当補佐官は、自分より若く席次も下の事務補佐官に、静かな視線を向けた。

「――仮に、我がアメリカ軍の将兵が……仮に、だぞ? クーデターまがいの行動に出たら、どうなる?」

 不吉といえば、これ以上はない不吉な質問であったが。
 安全保障担当補佐官は、意味無くこのような台詞を吐く人物ではない。
 事務補佐官は即座に、

「無論、法によって即座に反乱と認定され、全軍が鎮圧にかかるでしょう」

 と、断言した。

 常にいくつもの非常事態を想定し、あらかじめプランを用意してあるのがアメリカだ。
 その中には、対外戦争勃発以外に、国内の騒乱に備えたものもあった。
 仮に大統領が何者かに殺害されようと、すぐさま副大統領らに権限が委譲され、反乱者は討伐されるシステムが出来上がっている。
 このような非常事態用の備えは、多くの国にも存在するはずだ。

「日本帝国では、違う」

 安全保障担当補佐官は、そう重々しく告げる。

「……何ですと?」

「日本帝国の場合、皇帝もしくは将軍の名で認定がされぬ限り、反乱軍とはならない。
たとえ、総理大臣が殺されようと、国民が何人も害されようと、だ」

「馬鹿な……いかに高位とはいえ、個人の判断が法に優先するなど……」

「無論、皇帝や将軍が英明ならば、違法な活動は間髪いれず反乱と断じるだろう。だが、そうならない可能性も十分ある。
このために、クーデターはじめとする違法行為に対する日本帝国軍人の心理的ハードルは、外から予想するよりはるかに低い」

「…………なぜ、そんな国家が民主主義陣営の先進国の一つとされているのですか?」

「決まっている。その方が、我が国はじめとする西側の利益になったからだ。
日本帝国と同じように遅れた体制を持ち、実際の統治面ではより酷い国家でも、親米であれば友好国として容認している現実を、思い出せ」

 事務補佐官は、黙り込んだ。その目には、納得があった。

 反米の、国家制度がしっかりしていて国民が福利を得ている国家より。
 親米の、国民を泣かせている独裁国家を重んじる。

 それが偽らざる現実であった。

「日本帝国に通報しても……逆効果になるね」

 大統領の口調は、ほろにがい。
 オルタネイティヴ計画の並立で、米日は微妙な間柄となった。

 ただでさえ、日本帝国には反米感情の土壌がある。
 憎まれる行為ばかりをしてそうなったのならともかく、最新兵器のライセンス生産許可・その技術の解析黙認などの好意的な動きをしても、なのだ。
 アメリカが一方的に損害を受けたような事件ですら、『何か別の目的があっての、アメリカの自作自演だ』と決めてかかる言説が流れるほど。

 忠告しても、アメリカが工作のアリバイ作りにそんな事を言ってきた、と捉えられかねない。

 感情的な問題には、計算された政略や外交術は通じない。
 手を打てば打つほど逆効果になるため、対日外交担当らは辟易していた。

 アメリカ人は日本人の情けを乞い、ご機嫌伺いをする立場ではないから、自然とアメリカの側の潜在的な反日感情が刺激される。
 本来は両国の関係に何の責任もない、在野の日系人または日本からの移住者に対する嫌がらせの件数が年々微増しており、これも大統領府としては軽視できなかった。
 日本人からすれば、アメリカこそ理不尽な反日感情をもっている、と見るのだろうが。

「いっそ、我々が日本の不穏分子を支援し、利用しますか?」

 大統領に向き直った安全保障担当補佐官の言葉は、大統領自身より周りにいた側近達をぎょっとさせた。

 露骨なまでの、背信行為の示唆だ。
 米日は、ごたごたが間にあるとはいえ、同盟国だ。安全保障条約が存在する。
 自ら『守る』と約束した事を破れば、相応のデメリットやリスクを負う。
 弱肉強食の風が今でもある国際社会だが、だからこそ国家間の信頼という無形の『力』は重いのだ。軽視すれば、大国といえど足元を掬われるのは、歴史が証明している。

「駄目だ。金が無い」

 平然と応じた大統領の台詞は、短かったがそれだけに本音を吐露している。
 善悪、理非、成功率……そういった話より前の、アメリカ自身の問題を指摘したのだ。

 アメリカ合衆国の財政は、赤字だらけだ。

 世界の兵站センターとして、大量の物資を前線諸国に供給し続けている。
 多くは有償援助だが、払うものを本当に払っている国家は少数。国土を失った国家などは、完全に踏み倒し状態だ。
 流入してくる難民のための金もまた、馬鹿にならない額になっていた。

 これに、オルタネイティヴ5実施の負担が重なる。
 空気さえない宇宙空間で、大規模な船団を建造するというのは、人類初の試みだ。
 作業に要する費用と時間がどれほどの物になるのか……一応、試算は出ているが、まず予定をオーバーするだろう。
 また、BETAが宇宙戦闘を仕掛けてきた事例はないが、その危険性を排除する事はできない。護衛用の戦闘部隊を、宇宙軍より派遣する経費もかかる。
 国連からの支援は出るが、予備計画であるから微々たるもの。
 将来の地球脱出船団に搭乗出来る権利を、オークションにかけて資金集めしようか、と冗談でも何でもなく検討されるほど、厳しい懐事情があった。

 既に、極東戦線強化のために部隊の抽出を続けて、弱体化しつつある在日米軍への戦力補充を見合わせる案が出ている。
 経費削減のためだ。
 他の地域においても、激戦中の前線地域は別として、後方待機兵力は削減する方向になっている。
 いざとなったら、G弾や核兵器といった大量破壊兵器で、通常戦力の低下を補わなければならなくなるが、やむを得ない。
(早々にG弾を実戦で試したい連中は、むしろ渡りに船と考えるだろうが。そのG弾を造り、落とすにもやはり金がかかるのだ)

 日本帝国に手を出すにも予算がいるが、そのあてが全くない。
 最低でもあと三、四年は待ち、オルタネイティヴ5が軌道に乗るまでは、大掛かりな出費を要する行動はなるべく控えたい。
(もっとも、その頃には選挙でアメリカの政権が変わり、戦略もまた変更されている可能性もあるが)
 皮肉なことに、財政安定のための条件の一つが、競合相手でもある日本帝国の安定だ。

 軍事行動費以外も支出は削れるだけ削っているが、どうしても手をつけられない分野がある以上、限界が存在した。
 特に、星条旗の下で倒れた無数の将兵達の遺族への年金、傷病兵への恩給。このあたりは削ることができない。

「そうですな」

 安全保障担当補佐官は、あっさり提言を引っ込めた。その口元は、笑っている。
 大統領を試した感があった。

 謀略は万能薬では決して無い。使いどころが難しく、副作用が大きい劇薬。
 これを自国の状況を省みず行使しよう、というのは愚者の業だ。

「……そうだ、国連本部経由でこの情報が日本に流れるようにしよう。
日本に工作を行う可能性があるのは、我々だけではないからな」

 大統領は、そう結論づけた。

 ワンクッション置けば、印象が大分違うものになる。
 ……国連内部にいる超国家主義者達が、妙な事を考える可能性もあるが。
 彼らは、機会を捉えては既存の国家の枠組みに収まりきらない不満と力を吸い上げようとしている。
 国連軍に出向した善意の日本人将校に、『国家に反逆するよりは、国連に行こう』という論法を吹き込むぐらいは、やっている連中だ。
 これ自体は決して批判される意見ではないにせよ、根っこにあるのは国連独自の戦力を持とうという動きの一環。
 理屈を教えた者が悪意の存在であっても、底意のない善人の口を通せば、その意見は違った響きを持つ。逆もまた、ありえた。

 が、いちいちそこまで気を回していては、一歩も動けなくなる。何事も、見切り割り切りが肝心だ――特に、政治や外交の世界では。

「利益が見込めれば、唾棄すべき馬鹿にも支援をやろう。尊敬すべき人物さえ、罠に嵌めよう。
だが、それは今ではない……」

 そんな大統領の呟きを潮に、補佐官達は次の議題へと移っていった。





 現代の人類の宇宙開発分野は、他の方面がそうであるように、対BETA戦を重視した軍事に偏っている。
 1950年代と比べると、軍事利用に転用できない技術を抱えた企業は、軒並み倒産か他業種への転換を余儀なくされていた。
 宇宙軍に食い込む仕事を取れるかどうか、が企業盛衰の分水嶺。

 ところが、だ。
 ここ数週間で変化が起こっているのに俺は気づいた。
 ストール中尉に勧められた習慣で毎日目を通している新聞の、ある企業の株価上昇を伝えるベタ記事によって。

 その企業は、人型の宇宙船外活動装置(機械化歩兵装甲、さらには戦術機の祖先といえる存在だ)の日本におけるパイオニア的企業であったが。
 BETA大戦勃発以降は、倒産しないのが奇跡と言われるほど経営が悪化していた。
 純然たる宇宙作業に適した機材ばかりを開発し、戦闘用技術の研究が遅れたためだ。

『宇宙を戦争の場にするな』

 という企業理念のためだそうだが……それが今日の世情に合わないのは言うまでも無い。
 人類同士なら正論だろうが、今の戦争相手はBETAなのだ。

 にもかかわらず、紙切れ寸前を行き来していた株価が、急速に跳ね上がった。
 某国と大口の契約が結ばれている、と言う情報を経済アナリスト達がキャッチしたためだ。

「…………」

 俺は、事務室のデスクに座りながら、端末のキーボードを引き寄せた。
 TAKERU=SHIROGANEと打ち込み、パスワード認証をクリア……ああ、防諜のためとはいえめんどくさい……。
 国連のデータベースにアクセスし、世界経済の情報を画面に映し出す。

 あちこちの地域で、広く人材の募集がかけられていた。
 ターゲットは、宇宙開発競争が華やかだった時代に、実際に虚空の中で作業を体験した人々。インストラクターとして、宇宙での作業員を育成する仕事が提示されていた。
 破格の待遇でだ。
 さらに、今日の状況では使い道があまり無いと思われる、倉庫で埃を被っていたような中古の宇宙作業機材も、高値でリサイクル業者がかき集めている。

 いずれも、米系の企業が主だ。

「はじまったのか……」

 宇宙空間でモノを作る、というのは大変な作業だ。
 まず、人員や資材を地上から打ち上げるだけで、莫大な費用がかかる。
 人を生かすための酸素や水、食糧は全て人工的に供給しなければならない。
 一人分の計算ミスも許されない、シビアな世界だ。
 作業を行う者は、高度な技能と資質を求められる。

 だから、どんな国家でも宇宙に関わる人材というのは、選抜された精鋭だ。それが使う装備も。
 まして宇宙の対BETA戦争行動を行うとなれば、人類の存亡そのものを握っているといっても過言ではない。

 こんな時代に、一般人の目にも隠せないような大規模な宇宙開発関連の人員・機材調達が必要と思われるのは……。

 オルタネイティヴ5の準備が始まった事以外、俺には考えられなかった。
 つまり、一部人類の惑星間移民とワンセットになった、G弾による全面攻撃――

「どうする……?」

 空調の響きに掠め取られそうな小さな俺の呟きが漏れる。
 自分でも、声が震えている自覚があった。

 『イーグル・ショック』以来、俺は訓練兵時代から作り上げた、ささやかな人脈の手入れを怠っていた。
 やはり、心のどこかでは庇ってくれなかった高官達に対する恨みがあったのかもしれない。
 明らかに筋違いの嫌悪とわかっていても、人間の心は自分のものでさえ自由にならない……。

 が、時間は容赦なく進んでいく。
 このままいけば、来年には日本帝国に住まう人々のうち、約四千万の命が失われる。
 生き残った者達にも、茨だらけの道が残される。国土の過半が戦場になり、農業工業の区別無く一切の生産力が破壊されるからだ。
 俺に出来るのは、在日国連軍の一兵士として戦うのみ――それで、いいのか?

 因果情報と言うアドバンテージを持ちながら、今までに俺がやった人類勝利への貢献は、ほとんど無い。
 せいぜい、現行OSのアップグレードに必要なデータをささやかに出したぐらいだ。
 SES計画、という過大な名前に相応しい成果は、お世辞にも上げられていない。
 不知火改修案のほうは、整備班の尽力に拠る所が大きいしな。一応、試案の内容は帝国軍に流したそうだが、さてどんな反応を呼ぶか……?

 希望があるとすれば、例のバイオコンピュータ。
 俺が模擬戦で動かしたデータを収集した結果、研究にそれなりの進歩があったらしい。
 開発を担当した企業からいい話が聞こえてきていた。

 バイオチップの自己学習能力を利用した、新時代の制御システム開発だ。

 Intelligent Fight Control System。略称、IFCS。

 日本語に訳せば、『知的戦闘制御システム』ってあたりか。
 リアルタイムで機体及び衛士を監視し、トラブルを認識すると自動的に対処してくれる操縦システムだ。
 例えば、装備や装甲の排除で機体の重量バランスが変わった際には、衛士の指示を待たずに補正を加えてくれる。
 衛士が負傷したり急な体調不良に見舞われた場合、操縦補助や自律行動を最適化する。
 在来の制御系では、事前にプログラミングされていたトラブル対応能力しかないのに対し、これはあらゆる状況に即応可能だという。
 衛士の負担が減れば、その分生存率は上がる。
 本来なら、ニューラルネットワークという専門のソフトウェアとそれを動かす機材が必要な機能だが。
 このソフトとハードを代替できるバイオチップを実用化させられれば、簡単な改修で既存機に組み込めるらしい。

 XM3が衛士の操作・戦術的自由度を向上させるプラスのものなら、こちらはマイナスを打ち消すシステムだ。

 話を聞いて、俺が真っ先に考えたのが、ブレイザー少佐ら戦傷兵の助けにならないか、という事だ。
 傷病の後遺症ゆえに、高い技能と得がたいキャリアを持ちながら、衛士適性に低下を見た者でも、このシステムの支援があればまた一線に立てるかもしれない。
 ――酷い目にあった衛士達を地獄に送り返す、という事になってしまうかもしれないが。

 もちろん、それほどの物を開発するために必要なデータを、俺だけが出しているわけじゃない。
 アメリカ本土には、IFCSの実験・実証専門に改修したF-15 IFCSという機体もあり、そちらでも研究が進んでいた。

 先日見たXE-10もそうだが、概念の方向性は『既存機や衛士の能力を最大限発揮させるための支援・補助を行う』というものだ。
 最近、この手の技術を見聞する率が高くなっている気がする。
 新型戦術機開発や配備が、予算制約や戦略方針のために停滞している影響か? 戦術機以外の兵器にも活用できそうだからな。

 因果情報による記憶を探る限り、オリジナル武の世界でこういった技術が実用化され活躍した話は、思い当たらない。
 この世界では、俺という要素が加わったために加速した――と、考えるのは自己憐憫って奴だろうか……?

 俺の黙考を破ったのは、昼を告げる壁掛け時計のチャイムだった。

 ひとつ息をつくと、PXに向かうべく部屋を出る。

『食事時に、それまでのわだかまりを全て流せないなら、人生は地獄だ』

 と、あるドイツ軍人はいったそうだ。それに習い、気分を切り替えよう……。

「……ん?」

 PXへ移動する途中、普段は格闘技訓練などに使われている、室内運動場に差しかかる。
 何気なく中に視線を送った俺は、思わず足を止めた。

 二人の男が、対峙していた。
 一人は、老人といっても差し支えない年齢の、白人風の米国軍人。
 もう一方は、国連軍の制服に身を包んだ、日本人らしい青年。
 いずれの顔にもどこか見覚えがあったが、咄嗟には思い出せなかった。

 ……格闘技訓練としては、妙な取り合わせだ。お世辞にも、友好的な雰囲気は感じられない。

 俺の視線が、青年の肩口を流れ、その手先に吸い寄せられる。
 青年の手には、木刀があった。それも、かなり太い赤樫のような材質でできたものだ。

 木刀の先端が、すいと上に上がった。青年が、上段の構えを取る。
 その構えは、木刀の切っ先から爪先まで一本の筋が通ったような、均整の取れたものだった。

 米国軍人は、無手だ。
 青年の口から、気合の声が迸った。離れた位置にいる俺の腹にもびりびりと来るような、強烈な気迫が空気を震撼させる。

 俺は、背筋にさっと寒気が走るのを感じた。

「っ! やめ……!」

 上げかけた俺の声が合図になったかのように、木刀は重い風切り音を伴い、振り下ろされた。



[30130] 第十六話
Name: PN未定式◆a56f9296 ID:1f11eee4
Date: 2012/02/11 11:42
 木刀が、老齢の米国軍人の頭を無慈悲に、卵の殻のように砕く――という俺が予想した未来図は、目の前に出現しなかった。

 寸止め――ぎりぎりの所で青年軍人の振り下ろした木刀は止まった。
 米国軍人の髪が、風圧で揺れる。

 驚くべきことに、米国軍人は眉一つ動かさなかった。
 国連軍服の青年のほうは、額に汗を流しながら、ぎりぎりの所で止めた木刀を引く。

 ……どうやら、最初から木刀は寸止めするつもりだったらしいが。一つ間違えば、惨事だぞ。
 寸止めして見せた青年も青年だが、平然としている老人も老人。どんな肝っ玉をしてるんだ。
 この人達は一体?

「このようにして振り下ろされる剣は、純粋な暴力です。剣を振り下ろす者が、正義のために振るおうが私心邪心のために振るおうが、ただの一撃。
また、受ける側が何を考えていようと、聖人であろうと悪人であろうと、頭部が割られれば死有るのみ――」

 青年が、緊張をみなぎらせた顔でそう口にした。

「ふむ」

 目に思慮深い光を灯し、老人がうなずく。

「一刀の前では、人間の持つ価値観・善悪心など、何の意味もありません。身分や貧富の差も、儚い卑小な妄執。
刀を振るう時というものの前では、全てが無慈悲なまでに平等となるのです。それに気づいた者は、一切の心の迷い苦しみから自由になります」

「なるほど」

「これは、己の欲望や執着全てから離れよう、とする禅に通じるものがあります。
古来より、剣の達人は腕を上げれば上げるほど、却って優劣勝敗を争う『畜生心』から自由になった、といいます」

「それが『剣禅一如』の心か。剣を学ぶものは、その境地を目指すわけだな」

 老人の声には、感嘆の響きがあった。

「ええ、ウチの流派じゃそう教えてます。剣禅一如の解釈は、いろいろありますがね。
……まあ、こう偉そうに言っている俺自身、その境地に全く達していないんです。今のは全て師匠だった人の、受け売りで。
俺自身は、欲望に塗れた俗物で……お陰で、帝国軍を出るハメになりました」

 青年の口元が、羞恥を含んだ笑みの形になる。

「だが、お陰でこうして私は面白い体験ができたわけだ。君のその俗物心が施した徳といえるだろう」

「恐縮です」

 ……なんだこれは。何か、凄い難しいことを話しているらしいが。
 禅って言葉が聞こえたが、まさにやりとりが禅問答だ。

 室内訓練室の入り口で立ち尽くし、内心で首を捻る俺。

「――しかし、閣下の胆力も大したものです。いや、昔からの流儀っていうやつで、入門式じゃ師範が寸止めをやって見せるんですがね。
相手方に選ばれた者は、大抵恐怖に耐えられず逃げるか、最低でも目をつぶっちまうんですが……」

 しみじみと青年が言う。

 ……どこの流派だ。
 額に貼り付けた米粒を、真剣で切って見せるから動くな、とかよりはマシだろうが……?

「頭が真っ白になっていただけだよ。ほら、手にはこんなに汗が……ん?」

 朗らかに答えようとした老人と、俺の視線がふと合った。
 老人の顔立ちは、年齢の割りに引き締まっており、眼光にも力があった。やっぱりどこか記憶に引っかかる。

「お?」

 ついで、青年とも。
 太い木刀を軽々と操る姿と似合わない、細面。こちらも、確かに覚えが……。

「あー! やっと会えたぜ!」

 はっとなって敬礼する俺に、青年が木刀を下げながら近づいてきた。
 それをきっかけに、青年の事を思い出す。
 あの富士教導団との模擬戦で、一騎打ちを仕掛けてきた衛士だ!

「俺の事、覚えているよな?」

 飴玉を見つけた子供のような顔で詰め寄られ、俺は仰け反りながらもうなずいた。
 かつての模擬戦を思い出し、心の中で身構える俺の気持ちなどどこ吹く風、にっと笑って青年は敬礼した。

「池之端亨・国連軍中尉だ。今は、同僚って事になるな」

「……ええ!?」

 俺の叫びが、訓練室の天井に突き刺さる。

 ――国連軍に左遷されたのか? その割には、やたらと軽くて悲壮感がないが……。

 池之端中尉は、聞かれもしないのに自分の事情って奴を説明してくれた。
 『イーグル・ショック』で富士教導団にいづらくなり、移籍を希望した事。
 希望がかなったのはいいのだが、在日国連軍も『札付き』である中尉をもてあましているらしく、中々所属が決まらない事。
 仕方なく、本部付士官という名ばかりの肩書きで雑務をしたり、日本文化に興味がある外国人軍人相手の……まぁ、一種の接待役をしているという。

 池之端中尉が閣下と呼んだ老人も、ゆっくりとやってくる。足取りは、年齢を感じさせないしっかりしたものだった。

「中尉、その少年と知り合いかね?」

 老人――いや、近くで見るとそう呼称するのは憚られる。背筋は伸びているし、軍服の下の体もやせ衰えている印象は無い。

「ああ、前にお話したTAKERU=SHIROGANE少尉です。SHIROGANE少尉、こちらはアメリカ陸軍の――」

 池之端中尉の紹介を待たず、老人が俺に向けて口を開いた。

「アメリカ合衆国陸軍中将・ジョージ=バンデンブルグだ……ああ、今日は私は非番なのだよ。楽にしたまえ、少尉」

 名乗ったバンデンブルク中将は、思わず背筋を伸ばした俺の肩を軽く叩く。

「……はっ」

 俺は、どう反応していいか迷い、小さく答えることしかできなかった。
 背中に、緊張から来る汗がじわりと滲む。

 戦術機史を学べば、嫌でもその名前を覚えることになる超有名人じゃねーか!
 在日米軍に赴任している、というニュースは聞いていた覚えがあったような……記憶にひっかかっていたのはそのためか。

 ……この中将が既に、俺の周辺にいろいろ手を回していた相手――つまり、かなり食えない爺さんである事に俺が気づくには、まだいくばくかの時間が必要だった。



「そんなにおかしいことかね? 剣のレクチャーを受ける事が……いや、我ながら年寄りの冷や水だと思わない事もないが……?」

 俺の正面の位置に座るバンデンブルグ中将が、小首を傾げた。
 ここはPX。
 俺が食事を取るので、と訓練室を辞そうとしたら、『では一緒に』と池之端中尉とともについてきたのだ。

 ……はっきりいって、気疲れする。何しろ、相手は大物中の大物だ。
 たまたま通りかかる連中が、場違いな階級章に目を剥き、慌てて敬礼してはそそくさと去っていく――そんな光景を何度も見た……。
 将官クラスは普通、雑多なPXになんか顔を出さないからな。

「いえいえ、年齢がいってから剣を学ぶっていうのは珍しくないですよ。戦国時代の、七十歳超えた高名な武将が書いた弟子入りの誓紙とか、残ってますし。
仇討ちで有名な荒木という剣客も、年下の先生に弟子入りしたそうです。こっちは史実的には怪しいらしいですがね」

 俺の隣で、調子よく話を合わせるのが池之端中尉。
 まさに太鼓持ち、という表現がある態度だが……。
 さっき垣間見たように、剣腕は確かなようだ。それに意外と教養があるのか?

 そんな二人と同席し、最低限の相槌を打ちながら食事に専念する俺の内心は、『食がすすまねぇ……』の一言だ。

 特に、池之端中尉の、中将には届かない呟きが聞こえてくるのが……。

『アメリカのお偉いさんと伝手ができるとはなぁ』『これで日本から追い出されても、アメリカに行けるな』とか。

 周りに合わせての自称だけ烈士だっていう、模擬戦での嫌な自白は、嘘でも何でもなかったのか。
 ここまですっぱりきっぱり割り切っている様子を見せられると、ちょっと戦慄を覚える……。
 お陰で、俺と関わったために帝国軍を追い出されたんだな、という罪悪感は欠片も感じずに済んでいるが。

 中将に遠慮して、音を立てないように味噌汁を啜りながら、俺は思案を巡らせる。
 ここは、中将に積極的に話しかけて、上層部へのコネクションを再構築すべきか?
 それとも黙っているほうが吉、なんだろうか。
 この人、確かアメリカ軍内ではその声望と功績の割りに、冷や飯を食わされているはず。
 判断が難しいぜ……。

 だが……今の停滞した状況を打開するためには、小さな機会も生かしたほうが良いかも知れない。
 俺は、景気良くしゃべり続ける中尉の勢いからそっと身を離しながら、どう中将に言葉をかけるか思案を巡らせた。

 そんな俺の視界の端に、新たな人影が立った。
 元『技量劣悪』組で、手抜きしている印象があった秋月正春少尉だ。
 恐らく、いつものように食事を取ろうとしてこの席にやってきたのだろう。

 また中将の存在に気づいて、緊張して逃げていく若手が一人……と、思いきや。
 秋月の視線の先は、中将ではなく俺の隣――池之端に釘付けになっていた。

「……ん? んん!?」

 中将相手におしゃべりしていた池之端も、自分を見つめる国連軍少尉に顔を向け。同時に、表情を厳しくした。
 彼ら二人の間の空気が、一気に硬化したように俺には感じられる。

「し、失礼しました!」

 秋月が、そう言い残して踵を返す。その顔つきは、まるで幽霊でも見たかのように、蒼白となっていた。
 その背中が見えなくなるまで、池之端は鋭い視線を向け続け、小さく何か呟いていた。

 急に雰囲気が変わった池之端の様子に、バンデンブルク中将は目を瞬かせている。

「……あ、なんでもないっす」

 俺達の様子に気づいた池之端が、雰囲気を払うように軽く手を振って見せる。
 だが。
 俺は、池之端の呟きをしっかりと聞き取ってしまった。

『密偵野郎……』

 と、いう内容のそれを。





 中国東北部・河北省の承徳は、かつて清王朝時代の離宮があった地だ。
 背後には渤海湾を控え、北側には万里の長城の東端が伺えた。
 日本帝国・大陸派遣軍の一部は、繰り返された戦いですっかり往時の面影をなくしたこの地に戦陣を敷き、対BETA防衛線の一翼を担っていた。

 氷でできた針を含んだような冷たい空気。それを裂くのはスーパーカーボンの刃、飛び散るのは異星由来生物の血肉。
 94式歩行戦術機・不知火の振るった長刀が、要撃級の胴体を正面から両断する。
 返り血を浴びた装甲の塗装に反射する太陽の光は鈍い。AL砲弾が迎撃され、発生した重金属が空を汚し日を遮っているためだ。

 斬撃のために崩れた姿勢を立て直そうとする不知火に、右側から別の要撃級が襲いかかった。天を突くように前腕を振り上げ、死の一撃を見舞おうとする。
 が、それより早く、要撃級の白い横腹に無数の衝撃が叩きつけられた。
 後方にいた不知火が、戦術機の基本運用である二機連携を忠実に実行して36ミリ砲弾を撃ち込んだのだ。
 味方がフォローしてくれるのを確信していたかのように、長刀装備の不知火は別の要撃級に斬りかかる。鋭い太刀風の下、BETAは体液を撒き散らして両断された。
 重なるように倒れた二体の要撃級を尻目に、二機の不知火は新たな目標を探す。

「ふんっ!」

 不知火のセンサーアイが、鋭く輝く。
 搭乗衛士が通信網に乗せて吐いた気合とともに、BETAの体液を散らして閃いた長刀が、要撃級の死骸の陰から飛び出してきた戦車級をその切っ先で串刺しにした。

 直後、短距離跳躍で位置を変えた僚機が、さらに湧き出す戦車級の群れを、まとめて120ミリ砲弾で吹き飛ばす。
 その間にも、不知火の長刀は縦横に走り、寄ってくるBETAを両断し続ける。
 不知火の装甲に、BETA特有の濁った色をした体液が飛び散るが、戦車級の歯は一度たりとも届かない。

 激しいが短い戦闘の末、戦車級は数十体の骸を晒して全滅する。

 長刀を構えた不知火の管制ユニットには、二十代半ばの若い衛士が搭乗していた。
 やや細面だが、ひ弱という印象はない。鋭すぎる眼光と、戦陣にあるゆえの無精髭が、甘さを消し飛ばしているのだ。
 その衛士――津崎護(まもる)帝国陸軍中尉は、近くのBETA全てを動かぬ炭素に変えた、と確認するとゆっくりと息を吐いた。

 緑の装甲殻に大穴を作った突撃級、赤黒い液体の池としか見えないほど砕かれた戦車級。
 ユーラシアの大地にBETAが晒しているのは、そんな敗北の姿ばかりだった。
 今現在は、だ。ほどなく、また新手がやって来るだろう。

「ヒリュウ01より各機へ。状況を知らせ」

 津崎の声には、ぶっきらぼうな響きがある。
 それに答えて、指揮下各機が報告を入れる。

 この日、まだ朝靄も晴れないうちに攻め寄せてきたBETA群を、帝国陸軍第16戦術機甲連隊を基幹とする大陸派遣軍が迎撃。
 支援の砲兵や他国軍と共同し、合計七千体に及ぶ敵の攻勢を粉砕していた。
 だが、衛士達の顔色は晴れない。

 これが、孤立した局地防衛戦における勝利に過ぎない、と知っているからだ。

 可能なら、BETAの圧力が減じた今をもって逆侵攻し、ハイヴにより近い位置で効果的な『間引き』等の積極行動を行いたい。
 しかし、各国軍の足並みが揃わないため、不可能なのだ。
 BETAに食い尽くされ、度重なる戦闘で荒れたユーラシアの広大な地で大軍を機動させるには、入念な兵站計画の策定と実施が必要だ。

 東アジア死守。
 東アジア失陥を前提とした遅滞戦闘・戦力温存と難民脱出優先。
 いずれの戦略方針を採ろうと、各国がばらばらのままではろくなことにならないのは、誰でもわかることだ。

 BETAというおぞましい化け物に立ち向かう勇士は、各国に大勢いる。彼等を率いる、優れた前線指揮官も、だ。
 だが、より大局的なレベルで、利害・意見を対立させる者達を説き伏せあるいは宥めすかし、政治側と呼吸を合わせて一つの戦略目標に向かわせる指導者が欠如している。
 一応、国連軍司令部に最高指揮権があることになっているが、名目上のものにすぎず、各国の勝手な動きを統御できていない。
 いわゆる交渉や調整で駄目ならば、強権的に統制を取るしかないのだが、それを為せる規律がないのだ。
(明白かつ重大な命令違反を犯した士官――例えば個人的な意図をもって、友軍に大損害を与えた場合など――の処罰一つ、国連軍司令部独自の権限では実質的に不可能。
士官の所属国の同意を得て引き渡しを受け、国際軍事法廷をわざわざ開かなければならない。方針や命令に、強制力など持たせようがない)

 これでは、勝てるほうが不思議であった。

『まるで自ら負けを求めているような体制』『過去の人類同士の戦争時代のほうが、まだマシな多国籍軍を形成できていた』

 と、酷評される程度なのが、人類軍の偽らざる実態。

 そして、現時点において独自の戦略を優先させている国の筆頭が、日本帝国だ。

「ヒリュウ09よりヒリュウ01。損害無しですが、砲弾消費が激しいです」

「ホウオウ04よりヒリュウ01。左腕損傷なれど、他に異常なし。戦闘継続可能」

 津崎に答えた声の数は、計34。一中尉が指揮下に入れる数としては、あまりに多かった。
 正式な津崎の役職は、一介の小隊長に過ぎない。本来なら、部下は4機のはずだった。

 だが、これが実戦の場では当たり前の光景であった。
 表向きは、より高位の士官が『適当と認む』として指揮権を一時預けている形をとっているが……。
 位階年齢に関わらず、もっとも指揮に優れた衛士がトップを取る。それが、勝利と生存の追及を第一とする、前線の不文律だった。

 やがて津崎機の周囲に、無数の戦術機が集結してくる。
 不知火・陽炎・撃震……中には、明らかに違法な改修を受けた戦地特有の戦術機も見受けられた。

「――CPよりヒリュウ01。司令部より、重ねて後退命令が出ております。これ以上、支援砲撃の割当てもありません。
戦車隊、機械化歩兵隊の後退も完了しました」

 損耗の激しい『部下』に下がるよう指示を出した津崎の網膜投影画面に、若い女性オペレーターの顔画像が映った。
 既に派遣軍司令部は、万里の長城の終着点といえる山海関まで後退している。

「……少なくとも友邦国の軍が後退するまでは、退けぬ。せめて、補給を回してくれ」

 津崎のどこか時代がかった言葉は、そっけなかった。
 女性オペレーターの顔に、困惑の色が浮かぶ。

 大陸派遣軍において、津崎という士官は頼りがいがある反面、困り者であった。
 自分なりの視点と判断基準をもつゆえ、しばしば上層部と対立するのだ。

 しかし、強いて外せない事情もある。
 技量面で見て、津崎やその部下達は精鋭であった。
 死神が獲物を常に狙う戦場において、敵味方の屍骸を積み上げた生存競争を勝ち抜いた者のみが達せるレベル。
 世界水準でエースと呼ばれる、大規模対BETA戦経験が二十回を超える者が揃っている。
 内地(帝国本土)での、斯衛軍や帝都守備連隊のような『安全な演習場での精鋭』など問題にもならない、つわもの揃いであった。

 まともな補給が来る保証もなく、いつ化け物の餌食となるか分からない戦地で、結果を出し続ける――そんな試練は、どんな訓練環境を用意しようが、再現できるものではない。
 これを乗り越えた兵は、内地で訓練成績を競っている間は決してかなわなかった相手を、鼻歌交じりで蹴散らす。
 同時に、生存率は恐ろしく低いから、狙って出来る養成法ではない。

 このようにして生まれるアクの強い兵は、司令部からすると頼りがいのあるのと同時に、非常に扱いづらい。

「しかし……」

「重ねて上申する。今、ここで友軍を弊履(破れた履物)の如く見捨てれば、明日、友軍から見捨てられるのは我が日本だ。
後退しないとは言っておらん。ただ、後退の手順を任せよ、と言っているのだ」

 能面のようだった津崎の顔に、苛立ちが浮かぶ。

 1997年に入って以来、大陸派遣軍は本土防衛重視にシフトした本国の意向を受けて、退嬰的な戦闘を行っていた。
 戦力保全を第一とし、口実をつけては早々と戦線から後退、また所属部隊を内地に引き上げさせているのだ。

 津崎のような実戦に出る士官にとっては、眉を潜める態度である。
 彼らの思考範囲は、あくまでも現場の将兵のものであり、天下国家全体を見ているとは言いがたい。『国連秘密計画』のような事情など、知る由もない。
 だからこそ、一面で真実を突く時があった。

 諸外国軍や避難してくる民間人からの、帝国への不信の気配がある。

 死守の覚悟を固めている他国軍(統一中華、大東亜連合、国連そして米軍)からすれば、帝国軍の態度は裏切りとさえ見える。
(ただ、大東亜連合の一部からは、東アジア死守は不可として遅滞戦闘と非戦闘員・民間人脱出を優先すべし、という声が上がりつつある)
 帝国が手を抜いた分の負担をカバーするアメリカ兵の中からは、罵倒混じりに日米安保破棄を主張する声さえ聞こえていた。
 今はまだ、前線部隊間の不協和音程度だが……その声が米本土に届き、より大きな政治を動かさないと、誰が言い切れるだろうか?
 同じ不満を、他国の兵が持たない保証もない。
 立場が逆なら、帝国人だって怒りはじめるだろう――人間、自分が他人にやった事の重大さには鈍感で、被害にあった事には過敏なのは万国共通だ。

 安全な日本の、さらに後方で実像以上に自国を美化し、やはり実像以下に他国を貶めていい気になっている自称『愛国の烈士』などと違い、まさに食うか食われるかの世界にいる。
 そんな最前線の兵の思考は、危険に対して野生の獣並みに敏感であった。
 アメリカなどの諸外国に見下され、あるいは踏み台にされたくなければ、まず自分達から攻撃の口実を与えるな――それが、前線士官の共通認識だ。

 例え一部なりとも、今左右の戦線で戦っている他国籍の兵とともに、最後の最後まで戦場で踏ん張って見せる帝国の兵士がいる――津崎は、そう言い続けて来た。
 ありていにいえば、他国の信頼を繋ぎとめるための生贄だが、その役目は、自分が背負うとも。

 激しい戦争は、人間から虚飾を容赦なく剥ぎ取る。
 まして、他国の土地での戦いだ。
 日本国内では絶対の、皇帝陛下や将軍殿下の権威を持ち出しても、何の意味もない。むしろ、実績のない肩書きは無用の反感を買う。
 まだ泥臭く戦っている帝国軍の二等兵のほうが、他国人の敬意を勝ち取れるだろう。

 だが……。

「中尉、お願いです。これ以上は……無理です。このままでは、軍令違反に問われます」

「……っ!」

 上層部からすれば、とんでもない話であった。
 本国の方針が決した以上、大陸派遣軍の貴重な実戦経験者は、生きて本土に戻って貰わなければならない。
 死地を潜り抜けたプロフェッショナルが要所にいるかいないか、だけで同じような練度・装備の部隊でも全く戦果と生存率が違ってくる。
 本物の精鋭を必要とする部隊や、教官職に配置するためのソロバンを、既に人事部は弾いているのだ。

 教官職へあてる人材は、特に無事戻ってきて欲しいと国防省は願っている。
 どんな精鋭も、いつかは衰えて軍を去っていく。得た技術や戦訓の継承は、戦闘力を維持・向上させるためには絶対に必要だからだ。

 城内省も、鵜の目鷹の目で斯衛軍への引抜きをかける人材を探している事だろう。
 ……いかに腕が立とうと『ある理由』から、津崎は決して斯衛軍に誘われることはないのだが。

 強権をもってでも、後退をさせる気配がある――オペレーターは、そう目で訴えていた。

 沈黙する津崎の視界に、新たな画面がポップアップする。

「――若」

 そう場違いな、奇妙な呼びかけをしてきたのは、衛士ではなかった。作業帽を頭に載せた、中年の整備兵だ。
 後方の野戦整備地からの通信であった。

「若はよせ」

 心底嫌そうに顔をしかめる津崎に、整備兵は悪びれたようすもなく「すいませんね」と答えた。

「女子を泣かすものではありませんぞ、津崎中尉……兵站を確保できぬ戦は、部下を無闇に死なせるだけです。
そのような愚戦では、他国の不信を解くことはかないますまい」

「……」

 整備兵が、帽子を取ると見事なまでに剃り上がった頭が覗いた。軍人というより、どこぞのお寺の温和な和尚さん、といった風情になる。
 それに、津崎は弱かった。
 何しろこの整備兵――熊谷三郎曹長は、津崎の機付整備長であると同時に、私的な顔なじみでもあるのだ。

 いろいろな意味で、頭が上がらない相手であった。
 それでも、津崎は抗弁する。

「帝国軍に対する他国の悪感情を肌で感じているのは、曹長も同じであろう!?
このままでは、拙すぎる!」

 津崎はなおも続けた。

「国連軍や他国軍の方針に不同意であるのなら、あるいは問題があって付き合えぬ、と思うのなら正面から意見を公然と申し入れるべきだ。
このように話し合いもろくにもたないまま、手抜きじみた戦いをするのは、退き方の中でも――」

「……腰の据わらぬ本国の態度の影響、でしょうな。ですが、これ以上はいけません。前線に許された裁量を超えます。
一旦、正式な命令が下った以上は、不本意であろうが服従する――この原則を崩しては、他国との関係がどうのという前に、帝国軍が揺らぎますぞ」

 熊谷の目にも、上層部への不満が閃いたが……口に出しては、きっぱりと撤退を再度勧めた。
 数秒、画面越しに二人の視線がぶつかり合う。
 先に逸らされたのは、若いほうの目だった。

「――わかった、撤退する。だが、予言しておく。このままでは将来、帝国は、他国から煮え湯を飲まされるが如き扱いをされるようになる。
それは、自業自得ぞ……」

 苦虫を噛み潰すような表情で、津崎の口から無念の言葉が漏れた。


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