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[30202] とある未来の運命石の扉(シュタインズゲート) 【とある魔術の禁書目録×Steins;Gate】
Name: 山田太郎◆bb637239 ID:4eec6c50
Date: 2011/11/08 01:59
注意点

シュタゲのキャラは登場しない
魔術勢は登場しない



たぶんシュタゲ知らなくても読めると思うけど、禁書知らないとさすがにキツイかも。



[30202] 始まりと終わりのプロローグ
Name: 山田太郎◆bb637239 ID:4eec6c50
Date: 2011/11/01 23:45
【0.568149】






人間とは基本的には昼行性の生き物である。
朝に起きて、食事によって得られるエネルギーを使って夜まで活動し、夜になったらぐっすりと、できれば昼間の内に干してあったフカフカの布団で寝る。これが理想だろう。

しかし、いつも全員がそういった最良の選択ができるわけではない。
仕事によっては真夜中まで残業と格闘したり、例え学生であっても試験勉強やらレポートの提出やらで睡眠時間を削らなければいけない場合もある。

同時に、人間には個性というものが存在する。
基本的には人間は昼行性であるはずだが、それに反して自ら望んで夜遅くまで活動を続ける者も少なくはない。



現在時刻午前3時。多くの人は寝静まり、街全体が沈黙に包まれる時間帯だ。
それは東京西部を切り拓いて作られたここ学園都市も同じで、むしろ人口の8割を学生で占めているだけあって、静けさはより増しているとも言える。

しかし、たとえ学生であったとしても、当然ながらみんながみんな日付が変わる前に眠るなどといった優等生というわけではなく、自ら昼行性という人間の性質に反している者も当然存在する。
その理由はスリルを求めて夜の街に繰り出したいといったものや、遅くまで深夜アニメ、またはネットを観たいといったものなど様々だ。
ここ、とあるパン屋の二階でPCに張り付いている少年は明らかに後者の人間だが、青い髪にピアスと、その外見的には前者のような不良に見られてもおかしくはない。

「ふむん…………」

青髪の少年は時折そんな声を漏らしながら、真剣な顔で画面に向かっている。
そのPCに表示されているのは、いわゆる「都市伝説」関係のサイトだ。

真夜中の静まり返った部屋にマウスをクリックしたり、キーボードを操作する音だけが響き渡る。
だがこの音も、PCを使っている本人が集中しているとあまり気にならないもので、まるで時計の針の音のように自然と辺りの雰囲気と同化してしまう事も珍しくない。

(…………んん?)

そこで、少年の画面をスクロールしていた指が止まった。その目は画面中央部に表示されている文字に釘付けになっている。
さっきまで響いていたクリック音やキーボードの音が止まる。
すると、一気に辺りは静まり返り、先程まではまったく聞こえなかった時計の針の音がまるで突然動き出したかのように響いてくる。

画面には黒い背景に赤い文字という禍々しさを全面に押し出したページが表示されている。
そして、失礼だが悪趣味と言わざるを得ないそんなページに書かれていたものは――――


「……D……メール…………?」



******************************



5月5日。今日はゴールデンウィーク最終日だ。
学園都市の保有する世界最高のスーパーコンピューター樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)によると、今日一日は晴れる模様で、今も暖かな春の日差しが降り注いでいる。
ちなみにこの予報は百発百中であり、もはや予言といったほうがいいのかもしれない。
とにかくそんな祝日で、しかも降水確率0%で風が適度に吹き、頭上では太陽が優しく微笑んでいるポカポカ日和。多くの学生達は最後の休日を存分に楽しもうと街へ繰り出していた。

しかしそんな中、学校指定の学ランに身を包み、なぜかそこだけ暗く、そして涼し気なオーラをまき散らしながらトボトボと街を歩いている姿が一つ。
好き放題に跳び跳ねたツンツン頭に、見るからに幸薄そうな顔立ち。
その少年の名前は上条当麻。学園都市でも類を見ないほどの不幸少年だ。

「不幸だ……」

上条は私服姿で遊びに出掛ける学生達を見て、もはや口癖になってしまっている言葉を呟く。
今日は補習……いや、今日“も”補習だ。
普通はこんな時期から補習なんてものはないはずなのだが、上条の絶望的なまでの落ちこぼれっぷりに心配して、急遽担任の小萌先生が開講することにしたのだ。
そんな今時珍しい生徒思いの先生に、本来ならば感謝しなければいけないとは思っているのだが、所詮自分はまだ人間のできていない高校一年生だ。
みんなが遊びまくっている中、朝から夕方まで勉強というのは苦痛であることに違いないのだ。




「カミやーん……」

教室についた上条を待っていたのは、そんな地を這うような声だった。
声の主は青髪ピアス。二次元、三次元を問わず女の子なら何にでも興奮できるHENTAIだ。
しかしテンションが低い。確かに朝だし、祝日だし、常人だったら気持ちは分からなくもないが、このHENTAIに限ってはおかしいことだった。

そもそも、本来ならば青髪ピアスは補習を受けなくても良かったのだ。
この補習の対象者は主にこれからの学習に当たって、小萌先生が個人的に不安な生徒だ。
中には勉強熱心な真面目くんが自主的に参加していたりもするが、基本的には落ちこぼれか秀才、どちらかである。
しかし、この青髪ピアスはそのどちらにも属していない。というのも、コイツの目的はただ一つ、この学校の名物ロリ教師、月詠小萌だからだ。

「どうしたんだよ? これから大好きな小萌先生の授業だぞ?」

「あー、早くセンセーが来てくれれば癒されるんやけどなー」

「……? そういやお前、やたらやつれてねえか? 大丈夫かよ」

よく見ると、青髪ピアスの顔色は見るからに疲労がたまりまくっており、残業漬けのリーマンのようだ。
だが、本人はあまり気にしている様子もなく、ただ小さく溜息をつくだけだ。

「いや、ちょっと最近忙しゅうてなぁー」

「忙しい? だってお前はいつも昼には帰ってんじゃねえか」

元々この補習は落ちこぼれの為のものだ。
なので、午後からは秀才達にはお帰りいただいて、先生とみっちり夕方までお勉強、というわけだ。
先生的には、学ぶ意志を持って学校まで来てくれたのに、途中で返すというのは心苦しいものらしい。
だが勉強もいいが、精一杯青春を謳歌して欲しい。そんな願いもあるようだ。

「まぁボクにも色々とあるんやでー。あ、そや、カミやん今日の午後空いてる?」

「ん、あー、そういや今日は最終日って事で午前だけだったか。特に用事はないぜー」

「そんじゃ、その時話すさかい、とりあえずは小萌先生の授業で癒されようやー」

「あれを癒しだと思えるのもお前くらいだろ……」

「まったく、貴様らはまともに授業を受けようとは思わないわけ?」

その時、背後から突然妙に刺々しい声が聞こえてきたので、上条は体はそのままで首だけ捻って後ろを見てみる。
そこに立っていたのは、黒髪を分けて耳にかけ、おでこが大きく見えるようになっている巨乳少女。目は早朝とは思えないほどキリッとしている。
このクラスの仕切り屋、吹寄制理だ。

「おっす、吹寄。お前も偉いよなー」

「うっさい。とにかく、授業中騒いだりしたら引っ張り出すからね」

吹寄は上条の言葉を一言でぶった斬ると、明らかに不機嫌です、といった感じに肩を揺らしながら離れていった。
確か吹寄とは入学初日からこんな感じだった気がするが、勉強のことを聞くと文句を言いながらも丁寧に教えてくれるので、根は親切なやつだ。

「なぁなぁカミやん。ボクは吹寄は実はツンデレだと思うんやけど、どうだろ?」

「あるあ……ねーよ」

上条が青髪ピアスの言葉に溜息をついた時、ガラガラという扉を開ける軽快な音が聞こえてきた。噂の小萌先生の登場だ。
入学からもう一月だが、上条はまだこのどう見ても小学生にしか見えない子が先生だという事実に違和感を覚えてしまう。
ただし、その能力は優秀なものらしく、学会の教授達にも一目置かれる存在らしい。
まさに見た目は子供、頭脳は大人な名探偵的な感じだ。

「はいはーい! それでは張り切って授業始めますよー!」

祝日の早朝に、これ程満面の笑みを浮かべて授業を始める先生というのも珍しいのかもしれない。
この人は本当に授業が好きで、それと同じくらい生徒達の事も好きなんだろう。さすが先生の鑑といった所か。
上条はそんな感じに、密かに感心しながら教科書を広げ、これから来たる苦痛の時間に備えるのだった。




二時間半後、そこには真っ白に燃え尽きた上条当麻を筆頭とする落ちこぼれ組と、満足気に一息ついている秀才たち、そしてなぜかホクホク顔の青髪ピアスがいた。
補習最終日の内容は主に能力開発関連の授業だった。
日々、学生たちが超能力を発現させるために飲んでいる薬の効用、脳に刺激を与える電子機器の原理と機能……などなど。
しかし、能力開発というのはセンスに大分左右されるものであり、こんな知識を持っていても何の役にも立たないんじゃ? というのが上条の率直な感想だった。

授業終盤の、自分だけの現実の仕組みなどは能力に直結するような話だったが、それも聞いているだけではよく分からなかった。
全ての物理現象は「観測」されるまで確定せず、つまり大切なのは「観測者」の主観であり……とかなんとか言っていたが、正直上条は日本語でおk状態だ。

そんなこんなで、口から魂を垂れ流しているような状態の上条だったが、

「せんせーい! ここで何かご褒美とかはー?」

「ふぇ? えっと……うーん…………」

という青髪ピアスの下心丸出しの言葉に意識を取り戻す。
一方小萌はどうしたものかと悩んでいるようだったが、何かを思いついたのか、まさにピコン! と豆電球でも出てきそうな表情になった。

「それでは、みなさんには抜き打ちテストをプレゼントしちゃいますー」

次の瞬間、クラスの雰囲気が氷点下まで下がった気がした。

秀才達はその言葉を聞いた瞬間、一斉にノートを開き始め、復習を始める。
だが当然落ちこぼれ組からはブーイングの嵐だ。
ちなみに、「はぅぅ……!」などと言って、体をくねらせているHENTAIの事は当然スルー。

その一方、そんなクラスの反応に小萌は苦笑いを浮かべている。

「あはは、大丈夫ですよー。別に成績には関係ありません。お遊戯のクイズゲームだと思ってください。その代わりちょこーっと難しいですけどねー」

まるで駄々をこねる子供をあやすように小萌が告げると、とたんにクラスは安堵に包まれた。
考えてもみれば、この生徒想いの先生がそんな事するはずがない、などと笑い合っている。
しかしそんな危機的状況から脱せられたにも関わらず、なぜか訝しげな表情のまま固まっている者が一名。

それはクラスの秀才、吹寄制理…………ではなく、意外にも落ちこぼれ筆頭の上条当麻であった。



(――あれ?)



元の穏やかな雰囲気に戻ったクラスの中で、上条は妙な感覚を覚えていた。
そう、それはまるで――――


この状況と全く同じものを、以前に体験したような。


「デジャヴュ」という言葉が脳裏に浮かぶ。日本語に直すと「既視感」
しかし、「既視感」というのはとりわけ珍しい体験でもない。大学生になるまでに70%以上の人間が体験している、といった統計もあるほどだ。
そんな事を考えながら、上条は一度頭を振って意識を覚醒させる。
これからテストだ。罰がないからといって、酷過ぎる点を取って小萌先生を悲しませる事は避けたい。

「ん、どうしたん、カミやん? せっかくセンセーが罰なしって言ってくれたのに、なんや深刻そうな顔して…………はっ、分かったで!
 もしかしてアレやろ、罰アリで小萌先生にいじめられるのも捨てがたいっちゅーことやね! カミやんも分かってきたやないか!」

「……いや…………」

「カミやん?」

初めはいつもの悪ノリで話していた青髪ピアスだったが、上条の様子を見て心配そうに顔を覗き込む。
上条は大丈夫、と軽く流して教壇の小萌先生に集中するように言った。
あまり好き放題やると、あの先生は泣き出してしまい、そんな事をした日には吹寄の強烈な頭突きが飛んでくるからだ。

「ではでは、みなさん授業でお疲れのようですし、休み時間にするのです。先生はこれからテストを作ってきますねー」

小萌はニコニコと上機嫌にそう言うと、テスト用紙でも取りに行くのか、教室から出ていった。
教室に残された生徒達は、それぞれ近場の奴と話し始めるか、黙々とノートを開き始めるかのどちらかだ。
上条も近くの青髪ピアスに話しかけられたが、ここはテスト前の確認をすることに決めた。
クラスの落ちこぼれ筆頭として、少しでも先生を喜ばせたいというのもあったが、一番の理由はどこからか飛んでくる強烈な視線だった。
視線の主は十中八九、吹寄制理でありその意味は「もし酷い点をとって月詠先生を泣かせたらどうなるか分かってんでしょうね」だろう。

と、そんな威圧感を受けながらノートを開いた上条だったが、そこでケータイのバイブが唸りをあげた。

(メール……もしかして特売情報か?)

上条は己の不幸体質のせいもあってか、常に金欠状態である。
その為に、日々の食費も最低限に抑える必要があり、こういったスーパーの特売情報は欠かさずチェックしていた。
まぁそうやって事前に情報を手に入れ、早めにスーパーへダッシュしても、途中で様々な不幸に見舞われて結局間に合わなかったというケースも少なくないのだが。

それでもやはり特売の情報は気になる上条はケータイを開くと、今着信したメールをチェックする。
卵などはお一人様いくつまでと決まっている場合も多いので、その時は帰りに青髪ピアスにも手伝ってもらおう、そんな事を考えながらメールを読み始めた上条だったが……。

「……んん?」

送り主は今そこに居る青髪ピアスだった。
用があるのなら、何故直接言ってこないのかという疑問もあったが、それ以上に奇妙なのはその内容だった。


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/5 11:34
―――――――――――――――――――――
from:青ピ
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
テストの解答






―――――――――――――――――――――


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/5 11:34
―――――――――――――――――――――
from:青ピ
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
四択暗記よろ






―――――――――――――――――――――


******************************


―――――――――――――――――――――
Time:5/5 11:34
―――――――――――――――――――――
from:青ピ
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
31242






―――――――――――――――――――――


******************************


なぜか短い文章で三つのメールに分けて送信してきている。パッと見るとスパムかとも思う。
だが表示されているアドレスは間違いなく青髪ピアスのものだ。ここに書いてあるテストとはこれから行うものだろうか?
というか、そもそも小萌先生は四択とは一言も言っていないはずだ。

そんな事を考えながら、青髪ピアスにこのイタズラメールについて聞いてやろうとしたが、

「はい、それではみなさん席についてくださいねー」

と小萌先生がテストと思わしき紙の束を抱えて教室に入ってきたので後にすることにした。
周りの生徒達も、一応テストということでいつもよりも休み時間との切り替えが早く、私語はほとんど収まっていた。

「んー、意外と難しくなっちゃいましたー。これはみなさんの点数次第では他のご褒美も考えたほうがいいかもしれませんねー」

「えー、難しいんですかー?」

「あはは、大丈夫ですよー。四択ですから適当に書いても一つくらいは当たるのです」



「えっ、四択……?」



「はい。あっ、二択にしてくれっていう要求は却下ですよー」

そんな小萌の言葉に青髪ピアスは「残念やったなー」とニヤニヤし、吹寄制理は頭を抱えて溜息をついている。
だが、上条はそんな周りの様子は見えていなかった。頭の中にあるのはさっき青髪ピアスから送られてきたメールだ。

あのメールには確かに小萌先生のテストが四択である事を示唆する文章が含まれていた。つまり、青髪ピアスは事前にテストの内容を知っていたと考えることもできる。

だがそれはありえなえないと、即座に否定する。
あのテストはついさっき作られたものだ。そして青髪ピアスは休み時間に席を立つことはなかった。何かの能力の可能性もあるが、そんな都合のいいものは持っていないはずだ。
そもそも…………あのメールは本当に青髪ピアスが送ったものなのだろうか…………?

そこまで考えた瞬間、上条を襲ったのは何か冷たいものが背筋を伝っていくような感覚。
すぐに青髪ピアスに事情を聞こうと手を伸ばすが、途中で思いとどまる。
おそらく、先程のメールは当てずっぽうで書いたのがたまたま当たっただけで、下手に騒ぐと青髪ピアスの思惑通り。そう思ったからだ。

そんな事を考えてる内に、いつの間にか上条の机の上にテストが回ってきた。
内容は先程やったばかりの能力開発についての問題だ。しかし、上条の頭の中は先程のメールで一杯になっており、授業の内容は出てきそうにもない。
……まぁ、あのメールの事がなくても、出来はあまり良くなかっただろうが。


しかし本当に青髪ピアスは当てずっぽうで四択だと送り、それがたまたま当たったのだろうか? やはり上条の頭にはまだその事が引っかかっていた。
だが、テスト全体をざっと読んだ時――――


「ッ!!!」


上条は慌てて息を飲む音を咳で誤魔化した。小萌先生が少し心配そうにこちらを見るが、それを気にかけている余裕はない。
テストは全五問だった。そしてあのメールの最後に書かれていた数字は――――



31242



(ま、さか…………)

思わずゴクリと喉を鳴らす。それはさながら、どこかのホラー映画の主人公のように。
数字は間違っていないはずだ。あのメールは知らず知らずのうちに、上条にそこまでの印象を与えていた。
31242、これが四択問題の答えだとしたら、普通に考えると一問目から順にその数字を書きこめばいいという事になる。

だが上条はそこで躊躇する。


――本当にあのメールを信じてもいいのか?


確かに四択五問という予言じみたものは当たったのかもしれない。
しかしそれだけで、全てをあの怪しいメールに託してもいいのだろうか?
……まぁ問題を見るかぎりは、結局は運任せにエンピツを転がすしかないようだが。


それに……これは科学の進んだ学園都市の生徒としてはあまり相応しくない言い方かもしれないが……………。

何か、嫌な予感がした。それは第六感的な直感、とでも言えばいいのだろうか。

だが……それでも…………。

上条は――――好奇心に勝てなかった。




――テストが終わった。
今は教壇で小萌先生が採点をしている。補習を受けている人間は多くないので、この場ですぐに終わるそうだ。
ちなみに、ご褒美の条件は生徒全体の平均三問以上正解。このテストのレベルから見ると中々難しいのではないかと思う。

他の生徒達は、どうやらこれからどこへ遊びに行こうか話しているようだ。
今日は祝日だ。本来ならば学生という身分を生かして思いっきり遊ぶものだろうし、それが普通なのだろう。
隣の青髪ピアスも、この後は自分の下宿先のパン屋に来てほしいと言っている。何やら見てほしいものがあるんだとか。

しかし、本当のことを言うと、上条はそんな青髪ピアスの話の半分も聞いていなかった。
それ程に先程のテスト……そしてメールが気になった。
もちろんテストが終わった後、青髪ピアスにはテスト前にメールしてこなかったか尋ねてみた。
だが返答はやはりと言うべきか、「そんなものは知らない」というものだった。

それを聞いた上条は、ここであまり追求しても仕方ないと思い、とりあえずテストの結果を待つことにしたのだ。


「採点終わりましたー!」


そんな小萌の言葉に、教室にいた生徒達は一斉に教壇に注目する。
例えどんなものでも、やはりテストの結果というのは何だかんだ気になるものなのだろう。

「いやー、先生ビックリしちゃいましたよ、上条ちゃん!」

まず初めに小萌の口から出てきたのはこんな言葉だった。
その瞬間、クラス全員の目が上条に集まる。その目は皆、純粋な好奇心に満ちていた。
おそらく、四択の問題で今度はどんな事をやらかしたのか、といった興味からだろう。

だが、当の上条はというと、小萌に名前を呼ばれた瞬間、まるでイタズラのバレた子供のように全身をビクッと震わせてしまった。
どうしても頭にはあのメールがちらつく。いや、まさか……でも…………といった思考が無限ループ状態に展開される。

そして次の小萌の言葉。



「見事満点です!! 先生はとっても、とっても感激なのです!!」



それを聞いた瞬間、クラスメイト達の反応は凄かった。
「あの上条が!?」「運で書いても一つ残らず外すような奴が!?」などと言っているようだが、不思議と気にならない。

上条はまるで世界から切り離されたような感覚を覚えていた。
周りの音は雑音のような形で、断片的にしか届かない。
疑問が次から次へと湧いてくる。だがそれを聞ける相手もいない。

気味が悪かった。
テスト開始前に送られた、まるで未来を予知しているかのようなメール。
送り主は青髪ピアスだったが、本人は身に覚えのなく、そして論理的に考えてもあのメールを送ることは不可能だという事実。

そんな考えが頭の中をぐるぐるぐると巡って…………メールの文面が何度もフラッシュバックされた。


(何だよ…………なんなんだよ…………ッ!!!)


上条はたまらず、といった感じで隣の青髪ピアスの方を見る。
しかし、その友人は周りと似たりよったりの表情で驚きながら、「まさかカミやんが……」などと言っていた。
そんな状況に、上条は今すぐ青髪ピアスに掴みかかって、大声で事情を聞きたい衝動に駆られるが、何とか堪える。
今はもうこれ以上この「日常」を壊したくない。そんな防衛本能に似たようなものが働いたのかもしれない。

「でもみなさんも頑張ったのですよー! 見事平均三問達成です!」

「ほ、ほんまですかぁ!? そそそそそれでご褒美というのは!?」

何を期待しているのか、鼻息を荒くして尋ねる青髪ピアス。それに苦笑いをする小萌先生。
吹寄制理は腕を組んでそんな青髪ピアスを睨みつけ、他の者達は笑い合っている。

そんな雰囲気に合わせて、上条も笑顔を作ろうとするが、どうも上手くいかない。
今までどんな感じに笑っていたんだっけ、とふと疑問に感じてしまう。

「ふふふ~、ご褒美はとっておきのものを思いついちゃったんですよー。それはですねー」

小萌はそこまで言うと、一旦止めてクラスの反応を伺う。おそらくテレビ番組などではここでドラムロールが流れていることだろう。
実にありきたりな芝居だが、思いの外クラスの者達はみんな小萌に注目している。青髪ピアスの鼻息がやけに耳に障る。



「明日の先生が出席する学会に、みなさんも連れていってあげますー!!」



「…………えぇ」

そんな感じにテンションマックスで高らかに宣言した小萌だったが、生徒達の反応は今ひとつだった。
確かに教師の学会に生徒を参加させるというのは珍しいのかもしれない。
しかし、落ちこぼれ組の意見としては、貴重な勉学の場よりも、焼肉の驕りやテストの簡易化などの方がずっと嬉しかったりもする。
まぁ、吹寄制理を始めとする秀才組は、小萌の提案を素直に嬉しがっているようだが。

「せんせぇ……もっと青春的なご褒美が欲しいです…………」

そんな青髪ピアスの意見に賛同するのはもっぱら落ちこぼれ組だ。
こんな様子では、おそらく夏休みの補習もこのメンバーで固定される気がする。

だが、次に放った小萌の一言。それでクラスは団結することになる。


「もー、みなさんにはもうちょっと知識欲というものを持ってほしいのですよー。
 でも、確か霧ヶ丘女学院や、常盤台中学といった学校の生徒も参加するようですし、青春的な展開も無きにしもあらずですかねー」

「ッ!!!!!」


途端にガタガタッという音が教室中に響き、落ちこぼれ組が一斉に立ち上がる。吹寄の「貴様ら座れ!!」という言葉は虚しく宙を漂うだけだ。
霧ケ丘女学院、常盤台中学、それはどちらとも能力開発の名門であり、重要なのはどちらも女子校だということだ。
こんな平均以下の高校生とは縁のない、高陵の花的な存在だ。

「うおおおおおおおお!!! すぐ行く!! 走っていくで!!!」

「いやっほぉぉぉぉぉぉう!!! 先生マジ天使!!!」

「おい、今日の予定大幅変更だ!!! 放課後は明日のための作戦会議にあてる!!!」

「罵ってくださいって言えばやってくれんのかな!?」

「ちょ、ちょっとみなさん、言っておきますけど、あくまで勉強に行くのですからねー!?」

そんな小萌の言葉はおそらく落ちこぼれ組の耳には入っていないだろう。
もはや頭の中はどうやってお嬢様とお知り合いになろうか、そんな事で一杯である。

結局、その浮かれまくった雰囲気は、怒涛の吹寄頭突きラッシュが発動するまで続いた。





それから三十分後、学校から帰ってきた上条と青髪ピアスは、とあるパン屋の二階にいた。
ここは青髪ピアスの下宿先であり、部屋は想像以上に凄まじい事になっていた。
壁一面に貼られたアニメのポスター。棚いっぱいに綺麗に陳列されたフィギュア。無造作に積まれたエロゲーの数々。
部屋の真ん中には四角いテーブルがあるが、その上もエロゲやらで占拠されていたので、昼食をとるために全部どける必要があった。

よくもまぁ、ここの家主が許してくれるものだと思ったが、どうやら心よく受け入れられているらしい。

そんなジャパニメーション文化に染まりまくった部屋で、昼食にと下のパン屋の店主から恵んでもらった焼きそばパンを口に運ぶ上条だったが、ふと部屋に妙なものを見つけて食べるのを中断する。
というか、この部屋には変じゃないものの方が少ないのだが、こんな部屋だからこそ余計に変に見える、という事だろうか。

「なぁ、それってブラウン管テレビだよな? お前ってそういう趣味もあるのか?」

「……あー、これね」

上条は単なる好奇心で尋ねたのだが、青髪ピアス的にはあまり触れてほしくない所なのか、歯切れが悪い。
しかしアニメグッズで埋め尽くされた部屋にブラウン管テレビというのは、やはり気になるところである。
そもそもこの学園都市では、こんなものは普通は手に入らないはずだ。

「んー、実はこれからする話っていうのと関係あるんやけど…………」

「あぁ、学校で言ってたやつか?」

「そうや。まぁでもその前にカミやんも話があるんじゃなかったっけ? ボクの話はほとんど愚痴みたいなもんやから、カミやんの先に聞くで?」

上条の話。それはもちろん、今日のあの気味の悪いメールの件だ。
さすがに一人で悩んでいても仕方ないので、ここに来る途中に自分も話があるから聞いてほしいと頼んでいたのだ。

だが、いざ話すとなると、躊躇してしまう。
なぜなら、これから話そうとすることは、学園都市では全く縁のない……ある種オカルトのような話題だからだ。

「そうだな……。あのな、驚かないで聞いてくれねえか?」

「なんや、そないなビックリ話なん? あ、もし彼女ができたとかっちゅーリア充自慢やったら、即刻ここから退去させるんでよろしゅうな」

「はは、それだったらどんなに良かっただろうな」

「…………?」

上条の乾いた笑いを聞いて、青髪ピアスは眉をひそめる。どうやら予想していた反応とは大分違ったようだ。
一方上条は、ここまできたら一気に話してしまおうと、ケータイを取り出すと例のメール画面を呼び出し、青髪ピアスに見るように促す。

「……なんやこれ、妙なメールやな」

「送り主の所、良く見てみろよ」

「へ……あれ、ボク…………?」

青髪ピアスはそれを見て困惑した声を出す。
こうして見ていると、本当に何も知らないように見えるが、これを演技でやっているとしたら大したものだ。

「だから今日のテスト前に、ボクにメールしてないか聞いたんか……」

「でも、お前は送ってない、そうだろ?」

「その通りや。というか、この内容って…………」

「あぁ、今日のテストの事だな。この通りに答えを書いたら満点だった」

上条はそこまで話すと一旦黙りこむ。実を言うと上条自身も混乱していて、まだこの事についてまとめきれていない部分があるのだ。
そして青髪ピアスも、これを受け取った時の上条同様、気味の悪さを感じているのか、黙りこんでしまっている。

「……このメールはあのテスト前に送られてきた。そして四択で五問っていうテストの形式も文面から読み取れる」

「確かあのテストは、小萌先生が即興で作ったもんやったよね? ボクがご褒美をお願いして……」

「あぁ、だからテストの内容を知ることができるとすれば、あの後の休み時間の間って事になる」

「でもボクは席は離れなかったで? それはカミやんも知ってるやろ?」

「あぁ。何かの能力って可能性もあるけど、お前はそんなモン持ってねえし…………」

二人して当時の事を思い浮かべながら、何が起きているのかをまとめていくが、それにより一層不気味な感覚が増してくる。
本当にこのメールは何なのか? 誰が、どんな目的で送ったのか。そして……何故知るはずもない情報を知っていたのか。

「気味わりぃな……これじゃまるで…………」

上条はそこまで言って言葉を切る。
ふと上条の頭の中に浮かんできた可能性、それはこの科学の発達した街においては一際滑稽に感じるような言葉だった。
だが、その言葉を飲み込むことはできない。まるで体の中を駆け巡る毒のように、口から外へ出せばいくらか気持ちが落ち着く、そう感じたからだ。


「――――未来のお前が、メールでもしてきたみたいじゃねえか」


口に出して改めて分かったことだが、それは想像以上に恥ずかしい言葉だったのかもしれない。
未来からのメール、どこかのSF小説などでは良くあるのかもしれないが、それが現実に起こりえると思っている人間はそういない。
許されるのは、夢を持った子供くらいだろうか。それ以外は頭の中がお花畑、もしくは厨二病真っ盛りで、絶賛黒歴史製造中だと思われてもおかしくない。


しかし、慌てて弁明しようと顔を上げた上条の目に飛び込んできたもの。


それは、入学してから一度も見たことがない、青髪ピアスが大きく目を見開いて驚愕している顔だった。



「……あ、青ピ?」

突然の展開に上条は遠慮がちに話しかけるが、どうやら青髪ピアスの耳には届いていないようだ。
そして青髪ピアスは、しばらく硬直していたと思ったら、顔をゆっくりと動かし、なおも目を見開いたままある一点を凝視する。
そこにあったのは、先程も上条が気になっていたブラウン管テレビだった。

「えっと……そのテレビがどうかしたのか…………?」

「……ぁ…………う、うそやろ…………?」

どうやらまだ上条の声は届いていないようだ。
青髪ピアスの視線はまた動き始め、今度は違うものを捉える。
次に青髪ピアスが凝視したもの、それは部屋の片隅に無造作に置かれていた電子レンジだった。

だが、よく見てみれば、普通の電子レンジとはどこか違うようだ。
まず、電子レンジとしては致命的とも言えるが、扉が付いていない。
そして、何かを装着できそうなホルダーが取り付けられているのも確認できる。

「おい青ピ、どうしたんだよ! ちゃんと説明しろって!!」

「………………」

なおも青髪ピアスは上条の言葉には答えずに、しかしここでゆっくりと動き始めた。
行き先は……どうやら自分の机のようだ。
そしてそのまま椅子に座ると、震える指を動かしてPCを起動する。

上条はもはや青髪ピアスの事が心配になっていた。
もしかしたら、精神系統の能力者の仕業じゃないかとも疑うが、わざわざ青髪ピアスを狙う理由もないだろう。

「カミやん、これ見てくれへんか?」

ここでようやく青髪ピアスは口を開く。
上条は素直にその後ろまで歩いて行くと、PCの画面を覗き込んだ。

どうやらそこはありきたりな都市伝説のサイトみたいだった。
上条は、青髪ピアスが指し示す部分を黙々と読んでいく…………が、だんだんとその顔に青髪ピアスと同じく、焦りの色が浮かび上がってくる。

そこに書いてあったのは「Dメール」という都市伝説についてだった。
ケータイでレンジを動かせる、電話レンジなるものの作り方。
そしてそれと一緒に42型ブラウン管テレビを点けて、扉を開けた状態で電話レンジを動作させることで放電現象が発生。
その時に電話レンジに繋がれたケータイにメールを送ると、それは過去へ届くといったものだ。


「自分でもアホやと思ったわ。でもゴールデンウィークの間暇でなぁ。カミやんは夕方まで小萌先生とお勉強だったかもしれへんけど、ボクはいつも昼には帰されてたし…………」

「だから……作ったのか…………? こんな胡散臭いものを信じて…………?」

「そうや。なんや目に止まってなぁ。都市伝説検証ってやつや。でも……途中で熱が下がってな、ボク、何やってるんやろって感じに」

「いや、やる前に気づけよ」

気がつけば、どうやら冷静にツッコミを入れられる程には落ち着いてきたみたいだ。
だが同時に、自分の中で何か別の生き物がドクンドクンと脈打っているような感覚を覚える。

――自分たちは、もしかしたら何かとんでもない事に足を突っ込んでしまったのではないか?


「まぁでも何とか完成させてな。大変やったんやで、42型ブラウン管テレビなんか、学園都市中、ネット中を探しまくったわ。けどどこにでもマニアってのはおるんやねー」

「そ、それで……使ったのか…………?」

「そりゃ一応動かしてみたけどなぁ……」

そこで青髪ピアスは溜息をつきながら首を振る。

「ダメや。ここに書いてある放電現象なんて起きへんし、ましてや過去にメールなんて……」

「失敗……したのかよ?」

「そうや。そのはずやったんけど…………」

そこで青髪ピアスは言葉を切ると、上条の手にあるケータイを真っ直ぐ指差す。

「このタイミングでそのメール。これほんまに偶然やろか?」

「………………」

「もしくはカミやんがボクがこれを作ってるのを知ってて、ボクをからかってるっちゅー考え方もあるんやけど……」

「それはねえよ。俺は今ここでお前がこんなモンを作ってる事を知ったんだ。つかわざわざそんな事する理由もねえだろ」

「それもそうや。というかカミやんの慌てっぷりもガチっぽかったし。それにカミやんの実力じゃあのテストで満点はやっぱ不自然やしね~」

最後はニヤニヤしながらそんな事を言ってきたが、言い返せないのが悲しいところだ。
とにかく、ここまでで分かってきたことは、おそらく青髪ピアスの作った電話レンジというものが関係しているという事だ。
しかしそれでも過去へ送れるメールが本当に存在するかどうかについては、未だに半信半疑なところもある。

「えっと……このサイトによると、その放電現象が起きてる時にセットしたケータイにメールを送るとDメールってのが送れるんだよな?」

「そや。でもさっき言った通り、放電現象なんちゅーもんは……」

「いや、このサイトの情報が間違っている可能性もある。もしかしたら、お前はDメールを送れてたんじゃねえか?」

「そうだとしても、テストの答えなんか送れるはずないやろ? というかそれだと過去じゃなくて未来に送ってるっちゅーことになる」

「……そうだよな」

ここでまた上条達はウーンと唸りながら考え始める。
そもそも情報がこんな胡散臭い都市伝説のサイトだけなので、いい考えも出てこない。

「……なぁ、これの元ネタとか分かんねえのか?」

「元ネタ……? んー、どうやら昔のゲームらしいけどねー」

「ゲーム?」

「詳しくは分からへん。でもそのゲームにこの電話レンジっちゅーのが出てくるらしいんや。名前は……そうそう『Steins;Gate』」

「シュタインズゲート……」

しかし、結局ゲームについては名前とわずかなあらすじくらいしか情報がなかった。
青髪ピアスの話によると、どうやらこのゲームはすぐに発売禁止になったものらしく、今ではまず手に入らない激レアゲームとのことだ。

「主人公が偶然タイムマシンを作って、それを使ってCERNと戦う話みたいやで」

青髪ピアスは前もって調べていたらしく、履歴からそのゲームに関するページを開いて読み上げる。

「CERNって確か……」

「欧州原子核研究機構。世界最大規模の素粒子研究機関や。ほら、世界で二番目にデカイ加速器持っとるやろ」

「あー、LHC……だっけ」

学園都市の超能力の原理は量子力学だ。
なので、この様な高校生でも、そういった事の知識は多少持ち合わせている。

「だから、タイムマシンの原理っちゅーのも、このLHCと関係あるのかねー」

「……だとしても、たぶん俺らには理解出来ないだろ」

「はは、それもそうや」

上条が興味なさげに答えると、青髪ピアスは笑いながら肯定する。

「それよりも、何とかこの訳分かんねえメールについて調べようぜ」

「それもそうやね。じゃあとりあえず、今日からここは未来ガジェット研究所って事でおk?」

「未来ガジェット……はい?」

突然の青髪ピアスの意味不明な言葉に、思わず間抜けな声で聞き返してしまう。
しかし、青髪ピアスの方はすぐには答えずに、PCでとあるサイトを表示させた。

「シュタインズゲートに出てくる主人公が創立した研究所らしいで。なんやゲームの世界に入れた気になってワクワクせーへん?」

「…………別に何でもいいけどさ」

上条としてはここが未来ガジェット研究所だろうがなんだろうかは関係ない。
とにかく、あの奇妙なメールについて調べられればどうでも良かった。

だが、どうやら青髪ピアスには火がついてしまったようで、なおも興奮した様子でまくし立てる。

「よっし、じゃあラボメンNo.001はカミやんや!!!」

そんな事を言ってビシッとこちらを指さす青髪ピアス。
上条は何がなんだか分からなかったが、どうやら未来ガジェット研究所のメンバーはラボメンといって、それぞれナンバーが与えられるらしい。

「ちょっと待て。そのポジションはお前じゃねえのか?」

「ちっちっち。甘いでカミやん。ラボメンNo.001はラボの象徴で、もし何かをやらかした時に真っ先に犠牲に…………」

そこまで言った青髪ピアスを、上条はとりあえずぶっ飛ばす。
だが結局は上条がNo.001で青髪ピアスがNo.002に決まったようだ。
そして003以降は全員女の子希望らしいが、そこらへんは完全に無視する。そもそもこれ以上増えることもないだろう。

しかし、ゲームについての情報はそんなものだった。
仕方ないので、そのゲームの事は一旦置いておいて、今は他の観点から考えて見ることにする。

「でもカミやんに届いたメールが本当にDメールだとしたら、ボクはこれからそれと同じメールを送ることになるんかね?」

「……そう、いう事になるのか? じゃあ意地でも送らないようにしたらどうなるんだ?」

「……そのメールが消える? いや、そもそもカミやんにはそれが届かない事になって…………」

「………………」

「………………」

頭がこんがらがってきた。
上条はとりあえず頭を冷やそうと、青髪ピアスに断って冷蔵庫からドクペを一本貰い、額に当てる。
ひんやりとした感覚が広がり、心地いい。もちろん中身もきちんと飲む。

「とりあえずさ、なんか実験でもしてみねえか?」

「もご?」

上条が、一口飲んだドクペを近くにあったテーブルに置きながらそう切りだすと、青髪ピアスは口にパンを詰めた状態で何とも間抜けな声をあげる。
そんな青髪ピアスに溜息をつくと、上条は電話レンジに近づく。
使い方などは青髪ピアスの話や、例の都市伝説のサイトで大体は理解できたが、それがどうしてDメールなどという不可思議な現象を起こせるかは分からない。
だが、そうやって考えてばかりでも先に進めないと思った上条は、とりあえず適当に動かしてみようと思ったのである。

「この電話レンジ、もう扉は付けられねえのか? 俺、このソーセージパン温めてえんだけどさ」

「……それ、ただカミやんがアツアツのパン食べたいからとちゃう?」

「ん、それが八割だな」

「はは、ちょっとまってーな。確かこの辺に……」

青髪ピアスはそう言うと、ゴミの山……もといアニメグッズをかき分け、電話レンジの扉を探し始める。どうやらまた付けることもできるようだ。
ちなみに、本当は電話レンジではなく、電話レンジ(仮)という名前らしいが、面倒なので上条も青髪ピアスも電話レンジと呼んでいる。

「おっ、あったあった! そんじゃここをこうして……」

青髪ピアスはそう言って、ものの十秒で扉をつける。これで本来のレンジとしての機能が復活した。

「これでパンが過去に飛ばされるなんて事はねえよな?」

「もしそうやったら、行き先はカミやんの頭の上やろな」

「否定できねえのが悲しいな」

そんな事を言い合いながら、上条はケータイを開く。一応実験ということなので、ブラウン管テレビも点けた。
この電話レンジには専用ケータイというものがあり、使用する時はそれをホルダーにはめる。
そして、次にその専用ケータイへ電話をかけると、青髪ピアスの野太い声のガイダンスが始まる。嫌なのはスキップ機能がない事だ。

「なぁ……これ使う時は毎回このガイダンス聞かなきゃいけねーのか?」

「んー、まぁスキップ機能を付けるのは簡単やけど……ボクの生声ガイダンスって需要ないかね?」

「ねーよ」

少しするとガイダンスが終わり、ケータイ画面に温め秒数を入力する。

「90秒でいいよな。温め開始っと」

「……あれ、カミやんやり方まちごうとるで? 90秒温めの時は『#90』や。カミやん『90#』って押したやろ?」

「あ、ホントだ。でもちゃんと動いてんじゃん」

「ほんまや。結構適当なんやねー」

「お前が作ったんだろ……」

と、上条は溜息をつきながら、きちんとレンジが動いているのを確認しながら専用ケータイへメールを送る。
専用ケータイにはメール転送機能が付けられており、今は自動的に青ピのケータイへメールが送られる事になっている。
まぁ、例のDメールを送るには放電現象というものが発生しなければいけないため、まず失敗するだろう。そもそも扉を付けてる時点で条件を無視している。

少しすると、チン!という小気味良い音が響き、温めが終了したことを知らせる。
上条はさっそく扉を開けて、アツアツのソーセージパンにあやかることにする。
しかし――――


「カミやん? もしかして焦がしたってオチかいな」

上条は扉を開けた状態で完全に動きを止めてしまった。
青髪ピアスはそんな上条を笑いながら、後ろからその中を覗き込む。

「…………え?」



そこにはソーセージパンはなかった。

いや、正確には、“ソーセージパンだったもの”があった。




「おい……最近の電子レンジってのはこんな機能もあんのか……?」

「……なんやこれ…………ゼリー、いや、ゲルっちゅーんか…………?」

そこにあったのは緑色の、ドロドロとした物体だった。
しかしその形を見るに、温めようとしたソーセージパンであることには間違いない。

途端に二人の頭には次々と疑問が沸き起こる。
この現象なんだ? 原因は? 一体何に変化したのか?

とにかく、いつまでも放置しているわけにもいかなかったので、上条は恐る恐るといった感じに変わり果てたパンを取り出す。
それは案の定まったく温まってはいなかったが、ゼリーのようにひんやりとしているわけでもなかった。
初めは途中で崩れてしまうのではとも思ったが、そこまで脆くはないようだ。

「それまさか食うん?」

「んなわけあるか」

いつもの金欠生活で多少食べ物の賞味期限が切れても、明らかにヤバイ臭いがしない限りは普通に食べてしまう上条。
それでもさすがにこんな、そもそも食べ物かどうかも分からないものを口に入れようとは思えなかった。

しかし、食べないにしても、これがどんな状態なのかは調べる必要がある。
そう思った上条はおもむろに近くにあった美少女フィギュアに手を伸ばした。

「青ピ、ちょっとこれ借りるぞ」

「いいけど、舐めるのはなしやで。まぁ撫でるくらいなら――――」


――グチャと、そんな音がした。


音源は先程電話レンジから取り出したゲル状に変質したパン。
そこに美少女フィギュアが頭から突っ込まれていた。


「ほむほむぅぅぅぅううううううううううううううう!!!!!」


次の瞬間、おそらくフィギュアの美少女の名前であろうものを叫びながら、身長180もの巨体が突っ込んできた。





数分後、そこには泣きながらフィギュアにこびりついた謎のゲル状物質Xを拭きとる青髪ピアスと、エロゲの山に頭から突っ込んだ上条が居た。
上条の名誉のために弁明しておくと、今の状態は青髪ピアスのタックルを受けて吹っ飛ばされた結果で、決してエロゲ好きゆえの奇行というわけではない。

上条はとにかくこのカオスな状態をなんとかしようと、エロゲの山から這い出る。

「なぁ、悪かったって……。そんな大事なものだとは知らなくてさ…………」

「許さない。絶対にや」

青髪ピアスは完全に拗ねてしまったようなので、とりあえず今はそっとしておくことにした。
上条はエロゲを積み直すと、電話レンジが引き起こした奇妙な現象について考えてみる。

青髪ピアスの反応を見ても、こんな現象は初めてだったはずだ。
それが何故今起きたのか。いつもとは違う条件でもあったのか。

「えっと、青ピ。もうちょい電話レンジ動かしてもいいか?」

「……いいで」

上条は、まだムスッとしている青髪ピアスの了承を得ると、今度は違うパンに変えて実験をしてみる。
食べ物を粗末にするのは正直気が引けるが、今はとにかく先程の現象について知りたいため、できるだけ条件は合わせる。

そして今度はブラウン管テレビを消して、先程と同じように温めてみる。
すると――――

「……ダメ、か」

やはりブラウン管テレビはあの現象と関係があるらしい。電話レンジはレンジとしての機能をまっとうし、パンはきちんと温められた。
という事は、同じくブラウン管テレビが必要なDメールも、あの奇妙な現象と関係がある可能性が高い。つまり、この現象を解明すればDメールも送れるようになるかもしれない。
と、上条がそう考えた時、

「ブラウン管テレビを点けた状態で温めは、ボクが一度やってみたで?」

いつの間にかレンジの前まで来ていた青ピがそんな事を言ってきた。どうやら「ほむほむ」は助かったらしい。
そしてちゃっかり割と重要な事を言ってきた。

「なっ、本当か!?」

「せや。Dメールを送ろうとしてた時にね。何も起こらへんかったけど」

「じゃあその時お前がやらなくて、さっき俺がやった事を見つければ…………」

「んー、カミやんだけがやった事ねー…………あ」

青髪ピアスは顎に手をそえて少し考えると、何か思いついたらしい。
そしてそれは一緒に考えていた上条も同じだった。

「「入力ミス!!!」」

お互いに指差し合いながら声を揃える二人。
やはり二人共真っ先に思い浮かんだのはそれで、『#90』と入力する所を『90#』と入力した事だった。

さっそく、初めのゲル化条件を揃えた後、入力方法の所だけを正しく入力してみると、通常通り温められた。
そして、次はわざと入力ミスをしてみると――――

「ゲル化……したな…………」

「せやな…………」

思わずゴクリと喉を鳴らす二人。
この現象については相変わらず全く理解できないが、発生条件は徐々に分かってきた。

ゲル化に必要なのは電話レンジにブラウン管テレビ、そして入力ミス。
入力ミスについては、回転中のレンジの中を凝視した結果、どうやら中の逆回転を引き起こしているらしい事も分かった。

「けど、何であんな状態になるんだろうな。明日辺り小萌先生にでも聞いてみっか?」

「せやな。さすがに電話レンジ持ってくわけにもいかへんから、そのゲルパン持ってこうや」

「何だよゲルパンって……」

そう言いながらも、上条はゲル化したパン……もといゲルパンを指でつつく。
おそらく小萌先生なら、何かしらの答えは出してくれるはずだ。そこから他にも色々と分かるかもしれない。

「まぁ都市伝説関連の事は黙ってたほうがいいよな。からかってると思われちゃまずいしさ」

「はは、確かにそうやな。ネットに書かれているような事を何でも信じちゃいけませんって説教食らうのがオチや。ボクとしては大歓迎やけど」

「…………ネットの情報はアテにならない」

「ん? どうしたん?」

突然上条の声の調子が変わったので、青髪ピアスは首をかしげて尋ねる。
しかし上条は青髪ピアスの方は向かず、机の上に置いてあるPCをじっと見つめている。

「どうしてここの情報が正しいって分かるんだ? 本当に俺のやった入力方法はミスなのか?」

「カミやん、いったい何を言って…………」

そこまで言いかけて、青髪ピアスも何か気付いたようだ。
そして上条と同様、PCの方へ視線を向けると、微かに震える声で言葉を紡ぎ始める。

「つまり……間違ってるのは、こっちの入力方法って言いたいんか…………?」

「あぁ。これからそのサイトに書いてある条件の、入力方法のところだけ変えてやってみる」

「やってみる価値はあるわ……」

そう言いながら、青髪ピアスは電話レンジの扉を取り去る。その手は興奮のためか、僅かに震えている。

「オッケーや。カミやん、メール頼むで」

「俺が送るのか? 文面はどうする?」

「任せるわ」

「じゃあ『青ピはHENTAI』で」

「ちょ、ボクは変態やなくて、変態という名の紳士なんやで!」

「じゃあ『青ピはHENTAI紳士』で」

「ん、それならいいで」

青髪ピアスは納得したようで、さっそく自分のケータイから電話レンジの専用ケータイへ電話をかける。
通常通り音声ガイダンスが始まり、温め秒数の入力画面に変わった。
そこで、青髪ピアスはわざと入力方法を変えて操作する。そして、後は#ボタンを押すだけ、という所まで入力し、一度上条の方を振り返った。

上条は自分のケータイを握りしめ、電話レンジをじっと見ながら一度だけ確かに頷いた。

「いくで…………!」

青髪ピアスは自分を後押しするように呟くと、最後のボタンを力強く押し込んだ。
それを合図に、レンジが動き始める。そして少しすると――――


「ッ!!! ほ、放電現象……!?」


バチバチと、電撃使い(エレクトロマスター)が使用するような青白い光が部屋を照した。
さらにレンジからはミシミシと不吉な音が響き、部屋全体が大きく振動している。これはかなりマズイのではないか、とさすがに二人も心配になる。

しかし、ここで止めるわけにはいかない。
上条は一瞬怯んでいたが、すぐに電話レンジへと視線を戻し、そして――――


――――力強く、送信ボタンを押し込んだ。



「う、うおおおおおおおおおおおお!?」

次の瞬間、視界は煙によって完全に覆われ、青髪ピアスの悲鳴に近い叫び声が響き渡る。
部屋全体を襲う振動により、棚に並べられたフィギュアや無造作に積まれているエロゲが次々と崩れていく。

そんな、自然災害クラスの状況の中、上条は近くの机に手をついてバランスを取りながら、自分のケータイ画面だけを見ていた。
送信中という文字に紙ヒコーキを飛ばすアニメーションが流れていたが、少しすると送信完了という文字に変わった。
上条はそれを見て、「よし」と小さく呟く。

しかし、気を緩めたその一瞬、近くにあった高い棚の上から恐ろしい数のフィギュアが降り注いできた。




「……収まったかいな?」

「そう、だな…………」

数十秒後、部屋の振動は収まり、煙の方も窓を開けることによって何とか部屋の外へ追い出していた。
上条はゴホゴホと咳き込みながらも、何とかフィギュアの山から這い出る。

「ごめん、カミやん。ボクちょっと下行って、店主さんに謝ってくるわ」

「そうだな……それがいい…………」

おそらく、というかほぼ確実に今の被害は下のパン屋にも出ているだろう。
そもそも青髪ピアスは下宿させてもらっている身であって、下手をすると追い出されてしまう可能性もある。

上条は慌てて出ていく青髪ピアスを見送ると、元凶である電話レンジへ目を向ける。
これだけの事があったので、もしかしたら壊れてしまっているかもと少し心配していたが、どうやら大丈夫そうだ。
だが、そこで妙なものを発見する。

「……なんだ、これ」

電話レンジが床を破壊してめり込んでいた。
これは青髪ピアス死亡のお知らせか? などとぼんやりと考えつつも、恐る恐るといった感じでレンジを少しだけ持ち上げてみる。
さすがに重いが、どう考えても床を破壊する程ではない。

と、その時、下へ謝りに行った青髪ピアスが部屋に戻ってきた。

「いやー、メッチャ怒られてもうたわー。こりゃ、もうここじゃできへん…………ってああああああ!!!」

すっかりテンションが下がった状態で戻ってきた青髪ピアスだったが、床の惨状を目撃して、叫び声をあげる。

「あー、これな。たぶん放電現象の時に何か起こったんだと思う。今は床を壊すほど重くねえし……」

「それより床や!!! どうすんのやこれえええええ!!!」

青髪ピアスはもはや軽く半泣き状態だ。
だが、青髪ピアスには悪いが、上条にはそれよりも重要な事があった。

「それより青ピ、Dメールは?」

「それよりって…………まぁでもそういえば確かめてなかったわ」

青髪ピアスはまだ涙目だったが、やはりDメールの事は気になるのか、ケータイを開いてメール受信画面を呼び出す。上条もそれを後ろから覗き込む。
その画面を見るかぎり、新着メールは届いていない。

しかし、今回送ったのはDメール……過去へ送るメールだ。
つまり、当然新着メールというわけではなく、日付を遡って過去のメールをチェックしなければいけない。

「確か1秒で1時間前へ送れるんやから、90秒だと……」

「3日と18時間前」

「んーと、5月1日の夜中くらいかね」

Dメールが届くであろう、おおよその時間を求めると、青髪ピアスは画面をスクロールし始める。
そして、それはあった。


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―――――――――――――――――――――
Time:5/1 20:23
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From:カミやん
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Sub:
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青ピはHENTAI






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―――――――――――――――――――――
Time:5/1 20:23
―――――――――――――――――――――
from:カミやん
―――――――――――――――――――――
sub:
―――――――――――――――――――――
紳士






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そのメールを見て、二人は思わず黙りこんでしまう。
上条は思わず拳を握りしめる。じわりと、微かに汗ばんだ感触が伝わる。

本当に届いた。
タイムスタンプを何度も見て確認する。どう見ても5月1日……つまり四日前に届いている。
つまりこれが過去へ送れるメール……Dメールだ。

しかし、ここで新たな疑問が浮かび上がった。


「なぁ、お前このメールを受け取った記憶は?」

「そんなのないで……。あったらカミやんに教えてる」

青髪ピアスにはこのメールを受け取った記憶がない。これは今日の上条の場合とは違う。
上条にはきちんとDメールを受け取った記憶があり、それによりテストで満点を取ることができた。

これに二人は困惑した表情で顔を見合わせる。

「どういう事なんやろ……」

「文面の問題か……それとも受け取った人間の問題か…………」

二人とも腕を組んで考えこむが、何も思いつかない。

「まっ、とにかく色々試してみようぜ」

「いやいや、それ無理やっちゅーの」

上条のそんな言葉に、すかさず青髪ピアスのストップがかかる。
さすがにこれ以上やると本当に追い出されるらしい。

そして、さらに運の悪いことにこれから青髪ピアスは下で手伝いがあるとのこと。

上条は、電話レンジとブラウン管テレビをどこかへ運んで、別の場所で実験をすることも考えたが、さすがにそれ二つを運ぶのは重労働だ。
仕方ないので、どうも不完全燃焼感はあったが、今日の所はここでお開きになった。






すっかり日の落ちた夜の街を、上条当麻は一人で歩いていた。最近ではもう随分と暖かくなってきているが、さすがにこの時間は肌寒く、まだまだ学ランは手放せない。
周りはと言うと、やはり平日よりは人が多い気がする。一応は完全下校時刻というのが決められているのだが、今日は祝日。多少は無視してしまう者も少なくないのだろう。

青髪ピアスの下宿先を出たのが、午後三時くらいだった。
その後、上条はそのまま自分の寮へ戻ることはしなかった。理由はもちろん電話レンジについて調べるためだ。
しかし街の図書館へ行き、色々と調べてみたのだが、大したことは分からなかった。

とりあえず分かったのは、どうやらタイムトラベルというのは、想像してた以上に夢物語であるという事だった。
必要なものは地球全体のエネルギーを集めても到底届かないほどの莫大なエネルギーや、宇宙ひも、エキゾチック物質など、さすがの上条も途中で読むのを止めてしまった。

まだ進展があったのは、ゲルパンの方だ。
どうやらゲル化やゼリー化というのは分子の結合が緩くなった結果、という事らしい。
まぁ、それが分かったところで、なぜレンジに入れただけでそんな状態になってしまうかまでは分からなかったのだが。
やはりこちらも明日辺り、小萌先生に調べてもらうのが一番だろう。


と、そんな事を考えながらぼーっと歩いていた上条だったが――――


「…………へ?」


突如鳴り響いたのは、第一級警報(コードレッド)を知らせるサイレン。
その瞬間、周りの楽しげな雰囲気は一変し、大混乱に陥る。
楽しげな会話は悲鳴に変わり、みんながみんな、我先にとここから離れようとしている。

学園都市は決して治安が良いわけではない。能力者による犯罪は絶えないし、スキルアウトなんていう不良集団も存在する。
しかしさすがに第一級警戒なんてものが発令されることは稀だ。それも、第三級(イエロー)や第二級(オレンジ)を飛び越して、いきなり第一級(レッド)ときた。

もちろん上条もこの状況で冷静でいることはできない。
それでも、とにかく風紀委員(ジャッジメント)の指示に従うという最低限の判断はできたので、その誘導に従って速やかに避難しようとする。
しかしみんながみんな、そういった行動をとれるとは限らない。
風紀委員の指示に従っている者と同じか、もしくはそれ以上の人数が完全にパニックに陥ってしまい、好き勝手な方向へ逃げようとする。
その結果、さすがに身動きがとれない程とはいかないものの、まるでスクランブル交差点の中央のように人が入り乱れて進んでいる状態になっている。

そんな様子を見ながら、この調子だとどこかで将棋倒しが起きてしまうのではないかと、心配する上条だったが、ドンッという音と共に誰かとぶつかってしまった。

「す、すみません」

上条からしてみれば、半ばタックルのようにぶつかられたので、思わず呻くような声が出てしまう。
だが相手はそんな事は気にしていなかった。

その相手はなんと、いきなり上条の両腕を掴むと、明らかに切羽詰まったような声で、

「何で……何でアンタがここにいるのよ!!!」

と叫んできたのだ。
思わずその相手の姿をきちんと確かめると、どうやら中学生くらいの女の子で、ベージュのブレザーに、紺系チェック柄のプリーツスカートは確か名門、常盤台中学の制服だ。
肩まである茶髪はサラサラとしており、顔は化粧の必要もないくらい綺麗に整っている。
さすがお嬢様学校の生徒、今日の補習でクラスメイト達があれほど騒ぐのも分かる気がする。

だが、その端正な顔立ちには今は焦りが広がっている。
確かに一刻も早くウチへ逃げたいであろうこの状況で、ぼーっとしてた男とぶつかって時間をとられてしまったのだから、仕方ないのかもしれない。

「えっと、悪かったって。でもさ、こういう時はちゃんと風紀委員の指示に従ったほうがいいと思うぜ?」

「はぁ!? アンタ何言ってんのよ!! だいたいこれじゃ、わざわざ二手に別れた意味がないじゃない!!」

「…………はい?」

思わず上条は何とも間抜けな声を上げてしまう。
二手に別れた? いや、上条は青ピと別れた後はずっと一人だったし、この少女とも初対面だ。

「……もしかして誰かと間違ってない?」

「そんなわけ…………ッ!!!」

完全に困り切った上条の言葉に、すかさず噛み付こうとする少女だったが、突然目を見開いた表情のまま、止まってしまう。
しかしその目は相変わらず近い距離から上条に向けられており、上条は気恥ずかしさから思わずゴクリと喉を鳴らす。

すると、少女はやっと上条の両腕を離した。

「――ごめん。確かに人違いだった」

「……? いや、別にいいけどさ」

上条はツンツン頭をグシャグシャとかきながら、まだ少し困惑した調子で答える。
そんな上条の様子を見た少女は、何か誤魔化すように小さく苦笑すると、クルリと背を向けて走り去ってしまった。

「…………何だったんだ?」

相変わらずパニック状態の周りの雑音の中、上条のそんな一言は本人以外誰にも届かずに消えていってしまった。






5月6日金曜日。連休明けの学校を何とか乗り切った上条は、第十七学区にあるとある会議室にいた。
会議室といっても、パイプ椅子が並べられているような所ではなく、普段は警備員(アンチスキル)が使用するような巨大な部屋である。
それはまるでコンサートホールのようで、一番前の舞台から、段々に席が設置されており、両端へ行くに従ってカーブを描き、どの席からもきちんと舞台が見えるようになっている。

舞台から見て正面、その中段辺りの位置に上条は座っている。
周りには青髪ピアスや吹寄制理を始め、昨日の補習組がいる。

そう、つまり今まさに小萌先生からのご褒美……学会へ出席しているところなのである。

「つまり、このAIM拡散力場は条件を揃えることで――――」

舞台では偉そうな教授らしき人物が、巨大モニターを表示させながら何かを説明している。
だが案の定上条達にはさっぱりで、吹寄ら秀才達も良く分からないような顔をしている。

小萌先生が言うには、能力開発にとても役立つ内容らしいが、そもそも内容を理解できなければ意味もない。

というか青髪ピアスを始め、落ちこぼれ組は初めからこの会議に出席しているお嬢様が目当てであり、無駄にプライドの高そうな教授の話など理解するつもりもないらしい。

「…………ふぁ」

やはり環境が変わっても、こういう話には催眠作用があるらしい。
上条は目を擦りながらそんな事を考えるが、さすがに寝るのは小萌先生に悪いので何とか堪える。

昨日は帰り際に第一級警報発令などという不幸な事があり、帰るのが遅れてしまった。
それに結局昨日のあの警報の真相も良く分からない。いつの間にか解決した事になっていたが、詳しい説明はなかった。

だがそれよりも、今の上条の関心は例のDメールに向いていた。
昨日も帰ってからそれなりに考えてみたが、やはり自分と青髪ピアスの違いが良く分からない。
どちらも同じくDメールを受け取ったはずなのに、なぜ青髪ピアスにはDメールを受け取ったという記憶がないのか。

とにかく、これについて調べるにはもっと実験をする必要があるだろうが、これにも問題がある。
それはもちろんあの自然災害クラスの振動と衝撃だ。
電話レンジが床にめり込む問題はクッションを挟めば何とかなるかもしれないが、さすがに振動はどうしようもない。
つまり、青髪ピアスの下宿先での実験は不可能、という事だ。

(つっても、俺の部屋でやるわけにもいかねえし……)

上条の部屋はとある学生寮の七階にある。
そこであんな振動を起こそうものなら、途端に苦情殺到、強制退去もありえる。
つまり、さしあたっての問題はこの実験場の確保だった。

ちなみに、例のゲルパンの解析は小萌先生に依頼済みだ。
初めこそあの奇妙な物体に驚いていたが、頼み込んだら知り合いの教授さんに調べてもらえることになった。
やはりあの先生は、基本的に生徒の頼みは断れない人みたいだ。

と、舞台の偉そうな教授の話は完全に耳を素通りしていた上条だったが、急に周りがざわざわとし始めたので、ふと近くのクラスメイト達を見渡す。
どうやら、次からは男達が心待ちにしていたお嬢様達の出番らしく、みんな一気に覚醒したようだった。
特に青髪ピアスなんかはカメラを取り出したが、あえなく小萌先生に没収されてしまった。吹寄に破壊されなかっただけまだマシだったのか。


そんな事をぼんやり考えていた上条だったが、突然何かの寒気に襲われる。


「おい上条、頼むから今回だけはそのカミジョー属性発動はやめろよ」

「いや、ダメだ……。おそらくコイツはまた性懲りもなく…………」

「それはそうや、カミやんだからね」

「お前らは一体何を言ってるんだよ」

なぜかいわれの無い憎しみの視線をぶつけられる上条。
だが入学一ヶ月目にして、クラスの女子半数にフラグを立てたという逸話を知っていたら、これも当然の反応だと思われる。

しかしそれらのフラグに全く気が付かないのが上条当麻だ。
上条はとりあえず男共からの嫉妬に満ちあふれた視線を無視して、前の舞台へ意識を集中させることにした。

どうやら今ちょうど舞台へ上がったのは、一人の少女のようだ。
その少女は――――


「――――あれ?」


ベージュのブレザーに、紺系チェック柄のプリーツスカート。肩まである茶髪に、整った顔立ち…………。
それは昨日上条にぶつかって、訳のわからない事を言っておきながらどこかへ行ってしまった常盤台の少女だった。

そしてどうやら、少女の方も上条に気付いたようで、舞台の上から真っ直ぐ上条を見つめてきた。
しかし――――


『う、うそ……なんで…………!!!』


マイクを通して会場に響き渡る声。それははっきりと分かるほど震えていて。
その表情は上条の席からでも分かるほど、青ざめ、驚愕の色に染まっていた。


――――そう、まるで小さな子供が幽霊でも見たかのように。




[30202] 因果連鎖のレールガン
Name: 山田太郎◆bb637239 ID:4eec6c50
Date: 2011/11/08 18:04
 
会場全体がざわめき始める。
理由はもちろん、舞台上の少女だった。

あんな中学生の女の子でも、舞台に上がったということは何かしら発表をするつもりだったのだろう。
しかし、今ではすっかり冷静さを失い、ただ上条の方を向いて固まっている。

周りの人達も、これは早く次の人に回した方がいいのではないか? と口々に呟き始めるが――――


『ッ!!!!!』


パンッと、強烈な音が鳴り響いた。音源は舞台の上。


そしてそこに居るのは、両頬を赤く腫らした少女。
そう、自分で自分を叩いたのだった。スポーツ選手などが気合を入れる時にするあれだ。

その音により、先程までざわついていた人達も一気に静まり返る。
上条も思わず呆然と少女を見ていることしかできない。

だが、少女はそれで何かが吹っ切れたのか、上条から目をそらすとペコリと頭を下げる。


『すみません、この様な雰囲気は慣れていないので、少し緊張してしまいました』


慣れていないと言う割には落ち着いた口調だ。
それに、先程の同様は明らかにこの雰囲気に緊張して、という訳ではなかったはずだ。

こう考えるのは自意識過剰なのかもしれないが、少女は確かにこちらを見ていた。
はたして自分が彼女に何かしてしまったのか?
もしそうなら謝らなくてはいけないが、やはり心当たりがない。

そんな事を考えている内に少女の発表が始まった。
どうやら彼女は学園都市でも七人しかいない超能力者(レベル5)の一人であり、名前は御坂美琴というらしい。
通り名、及び能力名は「超電磁砲(レールガン)」。強大な電気と磁気を操る事ができるらしい。

話の内容は、自分の能力の応用例。そして自身の経験から分かる、能力上昇のコツなどである。
確かにこの手の話は学生からすれば聞いてみたいところであり、いつのまにかお嬢様目当ての落ちこぼれ組も美琴の話に聞き入っている。

しかし、上条はどうも集中して話を聞くことができなかった。
偶然にも、美琴とは昨日も出会ったが、その時の様子は明らかにどこかおかしかった。
あの時はただ単にパニックになっているだけかと思ったが、今たくさんの教授たちの前でどうどうと発表している様子を見るに、そういう事ではない気がする。
そもそも、レベル5の能力者ともなれば、一人で軍隊と戦えるレベルだと言われている。
つまり、第一級警報(コードレッド)が発令されたくらいでパニックになるはずはないのだ。

それに、先程までの美琴が上条を見る目も気になった。あれはどう見ても普通ではなかった。



そんな事を考えているうちに、どうやら美琴の発表が終わったようだ。
会場は拍手で包まれ、教授達は今の話を受けて隣どうしで話し合ったりもしている。

上条は少し呆然としながら舞台を降りていく美琴を見る。
それなりに大きい舞台であったにも関わらず、無事に終わって安心している様子も見せずに淡々としている。やはり中学生らしくはない。

美琴の方は、もう上条の方を見ることはなかった。
舞台から見て左寄りにある、常盤台の生徒が集まっている一角へ真っ直ぐ歩いていくと、自分の席についたようだ。
周りの生徒からはおそらく称賛と思われる声をかけられており、笑顔で答えていた。

「おっ、カミやんはあの子狙いかいな?」

突然そんな事を言ってきたのは、隣に座る青髪ピアスだ。

「ちげーよ。つか、レベル5のお嬢様はこんな平凡な高校生なんか相手にしねえだろ」

「でもそうやって冷たい視線を浴びせられるのも興奮せーへん?」

そんな青髪ピアスのHENTAI発言を軽くスルーする上条。
最近では「ダメだコイツ。早くなんとかしないと……」とも思わなくなってきた。



その後、学会は特に問題なく進んでいった。
常盤台の後は霧ヶ丘女学院、長点上機学園などトップクラスの学校の生徒が、それぞれ能力について発表していた。
教授による理論だらけの話もいいが、実体験を元にした高位能力者の話は説得力があった。
それでも、やはり学生にとってこの舞台というのは緊張するらしく、初めに発表した御坂美琴程落ち着いている者はいなかった。
そこらへんがレベル5との差だったりもするのだろうか。




二時間後、学会は無事終了した。しかし上条はまだ会場の出口近くにいた。
それは一言で言うと青髪ピアスのせいだった。
辺りは薄暗くなっており、遠くに夕焼けも見える。
もうすぐ完全下校時刻だが、上条としてはこの後は例の電話レンジを調べたかったのである。

だが、電話レンジの一応の所有者は青髪ピアスだ。
それにあれ程の振動が発生するとなると、パン屋の二階で実験を続けるのは不可能だという問題もある。
そこの所を二人で話し合いたかったのだが、青髪ピアスにはそれよりも大事な使命があった。


――ずばり、お嬢様をターゲットにしたナンパだ。


「うぐ……やっぱりダメや……。お嬢様はガード固いでぇ……」

そんな事を言いながら肩を落としている青髪ピアスと、落ちこぼれ組の男多数。
上条からしてみれば、本気でうまくいくと思っていた事に驚きである。

正直、上条も健全な男子高校生であり、お嬢様というものにも興味はある。
しかし、長年の不幸人生の影響か、上条は過ぎたものは望まないようになっていた。
どうせうまくいくはずはないし、下手に頑張って不幸な事になるのが嫌だという、何ともヘタレ的な考えだ。

しかし、これは幸運と言ってもいいのか、上条にはとある特性のようなものがあった。


「ねぇ、ちょっと」


上条は、突然学ランの裾を引っ張られるのを感じて振り替える。

そこにいたのは例の常盤台の少女だった。名前は確か御坂美琴といったか。
その表情は、先程の学会で上条を見つけた時の様に動揺こそしていなかったが、今は何やら不信感を抱いているようなものになっていた。

明らかに言いたいことが山程ありそうだったので、とりあえず上条は黙って美琴の言葉を待つことにした。
だがその時――――

「またか!! またなのかカミやん!!!」

「くそぉぉぉぉおおおおおお!!!!! 何でいつも上条なんだよぉぉぉおおおおお!!!」

「ちくしょう! 爆発しろ!!」

そこら中に響き渡る大声は美琴のものではなく、周りの青髪ピアス及び落ちこぼれの男共だった。
どうやらまたもや上条がフラグを立てたと思っているらしく、絶望の声をあげている。

そんな男達に美琴は少し困惑していたが、すぐに気を取り直すと、

「なんか騒がしいわね……。ちょっとこっち来て」

とグイグイ上条を引っ張っていってしまう。
上条としては、特に無理をして抵抗する理由もないので、大人しくついていくことにした。

何やらまだ後ろから青髪ピアス達の呪いの言葉が飛んできているような気がしたが、そこは無視することにした。
しかし、次に学校へ行くときにどんな仕打ちが待っているかを考えると、思わず深い溜め息をついてしまう上条であった。



御坂美琴に引っ張られていった先は、先程の学会会場からそう離れていない、とある人気のない路地裏だった。
もしかしてシメられるのではと、不安になる上条だったが、どうやら静かなところで話したいだけらしい。
自分から男と路地裏で二人きりになるあたり、レベル5としての力には相当の自信があるのだろうか。

そんな事を考えてた上条だったが、突然美琴がこちらを真剣な表情で見てきたので、思わず身を引き締める。
というか、もうほとんど睨まれているような状態だ。

「な、なんで上条さんは睨まれてるんでせう……?」

「別に睨んじゃいないわよ」

そう言って、フンと鼻を鳴らす美琴。
本人は一応こう言っているが、上条から見るとどう考えても自分にたいしてあまり良い印象を持っていないのが分かる。

「それで? 説明してほしいんだけど」

「……なにを?」

「とぼける気? アンタがそうやってピンピンしている理由よ」

「……は?」

思わず間抜けな声を出してしまう上条。
確かに不幸人生を歩んでいる上条当麻は、色々な場面でボロボロになることも多い。
だが、さすがの上条もボロボロな状態がデフォになるほど悲惨な人生を送っているわけでもない。
この少女の言い方だと、まるで自分がこうして無傷でいる状態が珍しい様に言われているようにも思えてくる。

「えーと、別に俺は最近大きなケガとかはしてねえけど? まぁゴールデンウィーク中は、犬に追い回されたり自転車にひかれたりはあったけどさ……」

「何平然と嘘ついてんのよ! 昨日の事でしょうが!!」

「昨日……? あー、そういやお前とぶつかっちまったんだっけか。あのなぁ、俺はあれくらいでまいっちまう程虚弱体質じゃ……」

「ぶつかった……? アンタが血だらけで倒れてただけじゃない!」

「えっ?」

何か話が噛み合わない。
美琴の話によると、昨日上条は血だらけになる程の重傷を負っていたらしい。
しかし、もちろん上条にはそんな記憶はない。

「……確か俺らはセブンスミスト近くの大通りで会ったよな?」

「はい? 路地裏よ路地裏。第七学区の」

またもや食い違いが出てくる。
どうやら二人が昨日出会ったという所まではお互い同じく認識しているらしい。
違うのは場所と状況。しかも美琴の方の認識は、俺が血まみれになっていたという随分と嫌な認識をもっている。

思わず上条は思考放棄して、すぐさまこの場を打ち切りたい気持ちにかられるが、美琴の様子を見るにそれもできない。
どう見ても美琴は嘘を言っているような雰囲気ではない。そもそも、こんな平凡な高校生をからかって楽しむほど、お嬢様も暇ではないだろう。
それにどうやら、美琴は美琴なりに上条のことを心配してわざわざ訪ねに来てくれた可能性もある。
それを無視するのはさすがに気が引けた。

「んー、これってもしかして幻術使い(イリュージョニスト)とかの仕業なんじゃね?」

「……もしかして私がそれで幻覚をみたって言いたいわけ?」

「だってよ、もうそれくらいしか……」

「そんなわけない! 大体私は常に電磁波で身を守ってるから、そういう精神攻撃はきかないわよ。幻覚みてんのはアンタの方じゃないの?」

「それなら俺は血だらけでいなきゃおかしくねえか?」

「そ、それはそうだけど…………!!」

ここで、二人は黙りこんでしまう。
ここのところ、おかしな事が多い気がする。
いきなり未来からだと思われるメールが来るわ、電話レンジなるものを使ったら大変な事になるわ、知らない内に勝手に血まみれにされてるわ。


「…………ったく、意味分かんないわね。さすがに一晩であの傷が元通りになるわけないし」

「…………元通り?」


ワシャワシャと髪を掻き毟りながら美琴が放った一言。
本人は別に深い意味もなく、なんとなく口に出しただけだったのかもしれないが…………。

その言葉を聞いた時、何か気味の悪い悪寒のようなものが上条を襲った。
元通り……元に…………戻す…………。


(……まさか、これもアレに関係が…………?)


上条の脳裏に浮かんだのは例の電話レンジだ。
昨日は一度だけ、確かにDメールを送ることに成功した。
そしてその直後にこんな奇妙な事が起きた。

「ちょっと? なに一人で何か気付いた顔してんのよ」

そんな事を言いながら上条の顔を覗き込んでくる美琴。
しかし、今の上条にはそれに反応するほどの余裕はなかった。
確実におかしな事が起こり始めている。しかも、それは俺が血まみれになっている状況を見たという、何とも不吉なものだ。

なおも何かを問い詰めてくる美琴を無視して、上条はケータイを取り出して電話をかける。
相手は青髪ピアス。どうせ今はナンパの最中だろうし、もしかしたら繋がらないかもと思ったが、予想に反して2コールで繋がった。

『もしもし、カミやん? やっぱ全然ダメだわ、さすがお嬢様や。で、そっちはどんな感じなん? もうほんまに呪うでカミやん…………』

「青ピ、例の電話レンジなんだけどさ、やっぱもうあの部屋じゃ動かせねえよな?」

『へっ? あー、うん、さすがに無理や。ボクもあそこを出て行きたくないし』

「じゃあどこか他の場所探すぞ。今日この後からな」

『いいけど……なんやカミやん、やけに切羽詰まってへん? 何かあったん?』

「後で説明する。とりあえずさっきの会場の入口で合流な」

そこまで伝えると、ケータイを折りたたんでポケットの中にしまう。

「ちょっと、何の話よ? ていうか私の話もまだ終わってないわよ!」

「昨日は確かに血まみれになったな、俺。ちょっと転んだんだ」

「は!? どう転んだらあんなになるのよ!! それに何かに追われてたみたいだったじゃないの!!」

「あー、いや、もうとにかく大丈夫だ。心配してくれてありがとな」

「ちょ、ちょっとちょっと! 何勝手に終わらせようとしてんのよ!!」

上条は美琴との会話を適当に切り上げると、青髪ピアスと合流しようと、元いた会場前まで戻ろうとする。
まだ納得のいっていない美琴がぎゃーぎゃー言っているが、相手にしないことにした。

とにかく、今一番重要なのは例の電話レンジの事を調べる事だ。

しかし、そんな事情を知らない美琴にとっては、面倒になって勝手に会話を打ち切られた様にしか思えない。
そしてやはり美琴はそういう事は許せない性格のようで――――


「だ・か・ら~!!! 待てって言ってんでしょうがァァあああああああああああ!!!!!」


そんな怒声に思わず上条が振り返ると、その目に衝撃的なものが飛び込んできた。
上条の視界全体を覆うのは、バチバチという心臓に悪い音をたてながら真っ直ぐにこちらへ飛んでくる青白い電撃。
思わず昨日の電話レンジの放電現象を思い出して身がすくむ上条だったが、日頃の不幸人生の賜物か、反射的に右手を突き出していた。

美琴の電撃が上条の右手に到達する。

次の瞬間の光景は、誰よりも美琴が想像できた。
もう今まで何発も撃ってきた電撃だ。これで倒れなかった者はいなかった。
しかし、正直少しやりすぎたかとも思う。今の威力は、いつもなら絡んできた不良にお見舞いするそれであり、いくらなんでも強すぎたかもしれない。


だが、美琴のそんな心配は杞憂に終わる。


バチバチッと、確かに電撃が目標に到達した事を告げる音が辺りに鳴り響く。
しかし、上条は倒れなかった。


「ッ!!!」


上条の右手に命中した凄まじい電撃、それはまるで破裂する水風船のように四方八方へ弾かれ、消えてしまう。
そして、青白い光が途切れ、辺りが元の夕暮れ時の暗さに戻った時、そこには傷一つ負っていない上条の姿があった。

そんな華麗に攻撃をいなしたかのように見えた上条だったが、内心心臓が口から飛び出るかと思うくらい焦っていた。
いきなりの奇襲、しかも相手は腕っ節だけが取り柄のスキルアウトではない。
学園都市の頂点に君臨する七人の内の一人。序列第三位の「超電磁砲(レールガン)」だ。

(うおおおおあああああ!!! 死ぬ!!! マジで死ぬ!!!)

レベル5の超能力を受け止めた男の感想はこんなものだった。
そもそも上条は漫画に出てくるようなカッコいいヒーローなんかではない。
街の不良にだって、三人以上が相手ならなすすべもなくフルボッコにされる。

そんなごく平凡な上条だが、一つだけ非凡な力を持っていた。
それは上条の右手に宿る力、「幻想殺し(イマジンブレイカー)」。
学園都市の身体検査(システムスキャン)でも計測できないその力は、その右手に触れた異能の力は例外なく消滅するという変わったものだ。

一見すると、凄い力に見えなくもないが、別にそんな事はない。
まず有効範囲はあくまで右手だけだという事。他の部位に当たったらおしまいだ。
それに効果があるのはあくまで超能力くらいだ。つまり、能力による火の玉は消せても、それによって砕かれた瓦礫などに対してはどうしようもない。
拳銃で撃たれてもダメだし、ナイフもダメ。というか、路地裏の不良たちのパンチを受け止めるだけでも手が痛くなるという、もはや一発芸程度にしかならないものだと上条は考えている。


上条は震える右手を見つめる。
その掌は、今さっき電撃を受け止めたとは思えないほど傷ひとつ無かったが、焦りによりかなり汗ばんでいた。

そして次に上条は恐る恐る美琴の方へ目を向ける。
ちなみにいつ電撃が来てもいいように、しっかりと身構える事は忘れない。


しかし、美琴は上条を追撃するような事はしなかった。
その表情は、学会で見せた時よりも驚愕に染まっており、目を見開いて、完全に上条のことを“得体の知れない何か”と認識しているようだった。

「アンタ……本当に何者…………?」

「えーと、ただのレベル0の高校生ですが…………」

「…………へぇ?」

その瞬間、上条は全身に鳥肌が立つのを感じた。
先程まではただただ驚いているだけの少女が、今では明らかに雰囲気が変わっている。
それはどう見ても怒っているようだった。

「私の電撃ごとき、レベル0でも楽に受け止められる。そう言いたいのね?」

「ち、ちがっ! そうじゃなくてだな……!!」

「いやー、私もなかなか全力ってのを出す機会がないのよね。身体検査の時でさえ手加減しなきゃいけないし。でもアンタならそんな心配しなくてもよさそうね」

「待っ…………!!!」

上条の言葉を待たずに放たれるのは、先程よりも巨大な電撃。
あまりの大きさに、その青白い光は遠くからでも良く目立ち、夕暮れ時の暗闇を照らす。

その後、しばらく路地裏には男の情けない悲鳴と、強烈なスパーク音が響きわたっていた。




「ったく、本当に訳分かんない力ね」

「だからってあんなムチャクチャすんじゃねえよ……」

数分後、そこには端から見れば仲良さげに並んで歩く二つの影があった。
しかし、常盤台の少女、御坂美琴の方には疲労と不満の色が顔全体に広がっており、上条はまさに九死に一生を得たような感じだ。

上条対美琴の勝負はとりあえずは引き分けになった。
美琴は次々と明らかにヤバそうな威力の電撃を撃ちこんできたが、上条はそれらを一つ残らず打ち消した。というか、一つでも消し損ねればこうして歩いていられるはずがないのだが。
それに美琴は大変ご立腹であった。確かにレベル0にこうもあしらわれてはレベル5としてのプライドはズタズタだろう。
しかし、当然上条はそんな事に構っている訳にはいかない。

「まったくよぉ、お前は気に入らねえ事があるとすぐビリビリする初期の黄色い電気ネズミかよ」

「なっ、そんな事ないわよ!!」

そんな感じでギャーギャー騒ぐ二人。
初めはビビりまくりだった上条だったが、こうして話してみると、たとえレベル5であっても普通の女子中学生と変りないという事も分かる。
だが美琴の方はこういった子供扱いに不満なのか、とにかく不機嫌だ。

「それで? アンタこれからどうするのよ、帰るの?」

「別にどうだっていいだろ……」

「帰るっていうなら逃さないって話! アンタ、まだ何も答えてないわよ!」

そうやってビシッと人差し指を突きつける常盤台のお嬢様。
常盤台では人を指差してはいけないなどといった事は教えないのだろうか、と素朴な疑問を持つ上条だったが、そこからまた面倒な事になる気がしたので黙っていることにする。

そうこうしている内に、学会の会場の出入り口付近まで戻ってきた。
そこには既に青髪ピアスが待っており、上条達に気付くとこれ見よがしに盛大な溜息をついた。

「はぁ~、まったく、カミやんはそうやってボクに見せつけにきたんか?」

「何を見せつけるんだよ」

すると、青髪ピアスは上条の言葉は流して美琴の方に身を乗り出す。
美琴の方は反射的に一歩後に下がるが、青髪ピアスはそれに対して何も堪えないらしい。

「こんばんは! ボク、カミやんの友達なんや~」

「ど、どうも……御坂美琴です…………」

と、ぎこちなく頭を下げる美琴。

「……なんで青ピには敬語なんだよ」

「アンタは意味分かんないからいいのよ」

「その言い分の方が意味分かんねえよ」

そして、また自然と言い合いになってしまう二人。
しかし青髪ピアスはそんな二人の様子を、まるで子供の成長を見守る親のようにニコニコと眺めている。

「やっぱカミやん、次学校で処刑やね!」

「いやいやいや、何でそうなるんだよ!」

親指を突き立てて、キラリと白い歯を見せる青髪ピアスに全力でツッコむ上条。
バックの夕焼けと相まって、少し様になっている所がまた悔しい。

「それより、電話レンジの事なんだけどよ……」

「えっ、電話レンジ? なにそれ」

とにかく本題に入ろうとする上条だが、今度は美琴が横から入ってくる。

「都市伝説や都市伝説。でも、これがおもろいことに――――」

「まてまてまて!!」

お気楽に話し始める青髪ピアスを慌てて止める上条。
この電話レンジの事を調べ始めてから、色々と奇妙な事が起こり始めている。
いくらレベル5のお嬢様とはいえ、女子中学生を巻き込むのは気が引けたのだ。

「んー、でもカミやん。美琴ちゃんはレベル5の天才や。もしかしたら電話レンジ解明の助けになってくれるかもしれんよ?」

「確かにそうだけどよ……」

「というか、ボク達だけじゃ無理やって。ガッコの先生には相手にされへんやろうし、下手したら電話レンジごと持ってかれるかもしれへん」

青髪ピアスの言い分はもっともなので、上条も思わず腕を組んで考えこんでしまう。
確かに青髪ピアスの言うとおり、二人だけで調べるのには限界がある。天才の力を借りられるのなら、それは願ってもいない事なのだが…………。

「……とりあえず話してみっか」

「さっすがカミやん! 話が分かるで!」

青髪ピアスはまたもや親指を立ててニカッと笑うと、さっそく美琴に今までの出来事を説明していく。
ついでにその途中で、上条と美琴の記憶の齟齬ついて青髪ピアスに話し、もしかしたらこれも関係あるのかもしれないと付け足す。

上条としては、これは美琴を追い払うチャンスかもしれないと思い始めていた。
実際に奇妙な体験をした上条達はともかく、他の者達からすれば電話レンジ関連の話はあくまで都市伝説にすぎない。
つまり、そんな事にこれだけ真剣に取り組んでいるという事に呆れて、大人しく帰ってくれるのではないかと思ったのだ。


「…………アンタ達、ホント人生楽しそうね」


全てを聞いた後の美琴の一言だ。
どうやら上条の予想は当たったらしく、思いっきり呆れた様子でこちらを見ている。

「はぅぅ……いいで……いいでその目!!」

「……アンタからは黒子と同じ匂いがするわね」

いつの間にか青髪ピアスへの敬語も取れている美琴。基本的に敬語自体が苦手なのかとも思ったが、学会での発表を聞く限りそういう事でもなさそうだ。
まぁとにかく、いくら優秀な人材でも協力してくれないのなら意味はない
正直、これ以上この電撃ビリビリ少女と一緒にいると、いつ感電死という末路を辿ってしまうか分からない状態なので上条としては助かる。

「というわけで、これからその電話レンジの実験とかあるから忙しいんだ」

「ふーん、じゃあ私も手伝うわよ」

「はぁ!?」

あまりにあっさりと、しかし確実に協力するという意思を見せる美琴。
思わずまじまじと美琴の方を見てしまうが、本人は「何か文句ある?」とでも言いたげに睨み返してくるだけだ。

ちなみに青髪ピアスは狂喜乱舞して、「三人目のラボメンやー!」などと叫んでいるがスルーする。

「い、いや、お前明らかにくだらないと思ってたろ!!」

「うん、思ってるわよ。だから一目見るだけ」

「別にいちいち見る必要も……」

「何も見ない内に決めつけたりはしない。私達だって超常現象を『観測』する事で超能力なんてもんを使ってるわけだし」

どうやらこの少女は何でも自分の目で見ないと信じれない代わりに、見ていないものをバッサリと否定したりはしないらしい。
これは思わぬ誤算で、どうにかして大人しく帰せないものかと、上条は考える。
しかし、美琴の様子を見るに、どうやってもそれは不可能な気がする。

だが、電話レンジの機能を見せるにしても、まだ問題がある。

「そういやまだ場所の問題があるんだよな」

「あぁ、そうやった…………」

「場所? どういう事?」

そこの所の事情を知らない美琴に青髪ピアスが説明する。
すると――――

「それなら、前に私が協力してた研究所にでも行く? 頼めば部屋の一つや二つ使わせてもらえると思うけど」

あっさり解決してしまった。
やはり普通の中学生に見えても、違う所に住んでいるんだなーとぼんやり思う上条だった。





「ねぇ、これやっぱりおかしくないかしら」

すっかり日の沈んだ夜の第七学区。
ラボメン三人は一度青髪ピアスの下宿先に寄り、電話レンジ及びブラウン管テレビ持って美琴の言う研究所へ向かっていた。

ここは人気の少ない道路だが、金曜の夜ということでいつもより出歩く人が多いようだ。
そして、すれ違う人達は例外なくこちらを振り返る。

理由は簡単、美琴の近くに42型ブラウン管テレビと電話レンジがフワフワ浮いているからだ。
一応極秘扱いという事で、どちらもタオルを被せて隠しているが、それでも不気味な事に変わりはない。

「でも、これ以外に方法ねーだろ。わざわざその研究所まで配達を頼むのも面倒だしさ」

「そこじゃないわよ! 何で女子中学生一人に力仕事させて、アンタら二人は手ぶらなのよ!!」

もちろんテレビやレンジが浮いているのは磁気を使った美琴の能力だ。
それも、どちらにも影響を与えないように微調整している辺り、さすがレベル5といったところか。

「いやー、悪いね美琴ちゃん。代わりに終わったら何でも言うこと聞いたるから堪忍してーな」

「お前の場合、命令されるってご褒美だろ」

「そういうHENTAI的会話すんな」

上条としても、女子中学生に力仕事を任せるのは気が引けたが、これが最も効率が良いのは事実だ。
電話レンジもブラウン管テレビも、いくら男子高校生だからといって軽々と持っていけるような代物ではなかった。

「それにしても、美琴ちゃんって普通の話し方するんやね? お嬢様はみんな『~ですわ』とかゆうてると思ったわ」

「何よその偏りまくったイメージは。確かにそういう話し方する人も多いけど、基本的に個人の自由よ」

「お前の場合、どっちかってーと不良少女の話し方だよな」

そんな上条の言葉に、美琴は返答代わりの電撃を飛ばす。
上条は慌てて右手を構えて弾くが、一気に嫌な汗が全身から吹き出るのを感じる。

「おい!! そんなツッコミ的なノリで電撃撃つなっての!」

「別に効かないんだからいいじゃないの」

「そういう問題じゃありません!!」

「はは、なんや仲いいね二人」

「「どこがだっ!!!」」

そんな青髪ピアスの言葉に対し、見事にハモる二人。
その瞬間、美琴は上条の方を向いて、まるでスープの中に虫を見つけたような苦い表情を浮かべる。

「ちょ、その『うわぁ……』みたいな顔やめろって!」

「うわぁ……」

「口に出した!?」

まるでコントの様な会話を続ける二人。
端から見れば、仲の良い兄妹のように見えるかもしれない。

だが、こんな性格とはいえ、一応は常盤台のお嬢様だ。
やはり普通の学校とは違うらしく、話を聞いてみるとペルシャ絨毯のほつれの直し方、金絵皿の傷んだ箔の修繕方法なども習うらしい。
そしてヴァイオリンも弾けると聞いた時は、思わず上条は「お前がヴァイオリン!?」と聞き返してしまった。
もちろん次の瞬間、電撃が飛んできたわけだが。

「うはぁ……さすがにお嬢様だな…………」

「そんないいものではないわよ。内部は結構ドロドロしてたりするし」

「あー、女子校って外から見る分には華やかやけどねー」

どうやら常盤台には派閥というものがあるらしい。
といっても、そんな堅苦しいものではなく、ほとんどお遊びグループのようなものらしいが、集まるのが優秀なお嬢様ともなればその意味も変わってくる。
大きな派閥などは、研究分野などで学外まで広く名を残すことが珍しくなく、そういった派閥に所属していることが一種のステータスになっているという。

しかし、そんな事を言われても上条には上手く想像できない。
まぁ上条も青髪ピアス、土御門元春とともに『クラスの三バカ(デルタフォース)』などという不名誉なカテゴリに入れられているわけだが。

「そんじゃ美琴ちゃんくらいになると、やっぱり派閥のリーダー的なもんもやってるん?」

「ううん、私はあんな政権ごっこなんて興味ないし」

「つまりぼっちと」

そんな上条の言葉に、バチンとスパーク音を鳴らして威嚇する美琴。

「わ、悪かったって! そうだよな、別に生き方なんて人それぞれだしな!」

「何で私がぼっち前提で話を進めてんのよ!」

上条としてはフォローしたつもりだったのだが、どうやらあまり効果はなかったらしい。
それにしても、ここまで過剰に反応する所をみると、本当にぼっちなのではと少し心配になる。

しかし、このままではいつビリビリが飛んでくるかも分からなかったので、とりあえず話題を変えることにする。

「そ、そうだ。とりあえず今のうちにどんな実験をするか考えとこうぜ」

「んー、まぁとりあえず最初は昨日と同じ現象が起きるかのテストやろ」

「同じ現象って……放電の事? ホントにそんな事起きたわけ?」

「あぁ。それにすっげー振動もな」

美琴はそこまで聞くと、腕を組んで考えこんでしまう。
こうしていても、浮かんでいるレンジやテレビはピクリとも動かないところはさすがだ。

「普通に考えてありえないのよねー。たかがレンジの電磁波くらいでそんな事が……」

「でも実際に起きちまってんだから仕方ねえだろ。お前はまだ見てないけどさ」

「Dメールもちゃんと遅れたわけやしね。でもそこら辺もよう分からん事があるんやよね」

「そのDメールを受け取った記憶……か」

昨日の実験では、青髪ピアスのケータイにDメールを送ることは成功した。
しかし、青髪ピアスには肝心なそれを受け取ったという記憶がない。
これは上条の時のパターンとは異なるものだった。

「――仮にアンタらの言ってることが全部事実だとしたら」

そうやって切り出したのは美琴だ。
相変わらず腕を組んでしかめっ面をしていたが、その目は真っ直ぐこちらに向いている。

「おかしいのはむしろ、その“Dメールを送った記憶がある事”だと思う」

「……? どういうことだ?」

「今の私達からすれば、過去はもう『確定』しているでしょ? そしてDメールはそれを無理矢理変えるのよ。
 つまり、本当にそれが過去に届いたのなら、送った先の時刻から現在までの記憶が再構成されないとおかしい」

「えーと、今ここにいるボクじゃなくて、Dメールを受け取った記憶があるボクにならないといけないっちゅーこと?」

「アンタだけじゃなくて、周りの人間もね。まぁもっとファンタジー的な考えだと、過去のその時点で世界が分岐してパラレルワールドが形成されるってのもありえるんじゃない?」

「…………えー」

美琴の話を聞いている内に、上条は本当にDメールは過去に届いているのか怪しいと思い始めてきた。
そんな無茶苦茶な話よりかは、ただ単にタイムスタンプがバクッてると考えたほうがずっと現実的だ。
おそらく美琴も同じような事を言いたいのだろう。

しかし、それだけでは説明できない事があるのも確かだ。
たとえば初めに上条に送られてきたテストの内容に関するメール。
そしてその時、ちょうど青髪ピアスが電話レンジを作っていたという事実。

全てを知っている第三者によるイタズラという可能性も考えた。
何とか小萌先生のテストの内容を確認して、送り主が青髪ピアスになるように細工してメールを送る。
まぁそこまでする暇人が果たしているかは分からないが……。

もしくは、青髪ピアス自身が仕掛け人で、小萌先生とグルで上条をからかっているという考えもある。
しかし、それも小萌先生の性格を考えるとおかしい気もする。あの人は相当真面目な人で、たとえ遊び半分でもわざわざテストまで使って生徒一人をからかったりはしないだろう。

そんなこんなで結局答えはでずに、上条はただ悶々と悩むしかなかった。




それから少しして、三人は第七学区にあるとある研究所に着く。
予想していたよりもかなり大きい研究所で、四階建てだ。
辺りはあまり人気もなく、何か怪しい研究でもしているのではないかとも思ってしまう。

そんな研究所を前に、思わず立ち止まってしまう上条と青髪ピアスだったが、美琴はお構いなしにどんどん進んでいってしまう。
こういう所を見ると、やはりこういった研究所は慣れているのだろう。

そして、門の前まで来ると、備え付けられた指紋認証機を使って開ける。

「じゃあ、ちょろっと話しつけてくるから、ここで待ってて」

美琴はそう言うと、テレビとレンジを門の前に置いて中へ入っていってしまった。
当然ながら、上条や青髪ピアスは部外者なのでついていくことはできない。

「あー、ちょっと待った」

「なによ?」

「できれば、俺たちが何をやっているのかはここの人にも内緒にできねえかな……?」

「分かってるわよ。私だってタイムマシンの研究です、なんて言いたくないし」

やはり美琴はDメールの事なんてのはほとんど信じていないようだ。
それでもこうやって手伝ってくれるのは、少しでも昨日自分自身が体験した奇妙な現象の手がかりになればと思っているのだろう。

上条達は門の前で待つことにした。
その間、青髪ピアスは白衣萌えについて語りまくっていたが、上条は全力でスルーした。

その代わり、上条の頭の中は美琴の言葉で埋まっていた。
彼女は「本当に過去にメールが届いたのなら、記憶が再構成されるはず」と言っていた。

上条はそれを聞いて、例のテストの内容に関するメールの事が頭に浮かんだ。
もしもあのメールが本当に未来から来たのだとしたら、記憶が再構成された結果こうして今の自分がいるという事になる。
それは未来で青髪ピアスがDメールを送るまでの自分の記憶がなくなったということで、そう考えるとなんだか虚しくなる。

未来の自分はDメールが送られた後どうなったのだろうか。
もしパラレルワールドというものがあるなら、別の世界で生き続けているのだろう。
しかし記憶が再構成されたのなら、その未来の自分は“なかった事”になった可能性もある。
こうやって、“Dメールを受け取った自分”が生きていくことで、“Dメールを受け取らなかった自分”の人生を塗りつぶしているのだろうか。


「おっ、カミやん、美琴ちゃん出てきたで」

そんな青髪ピアスの言葉で門の奥を見ると、美琴がこちらへ歩いてくるところだった。
そして、門の前で立ち止まるとそれは自動で開いた。

「二人共、通っていいわよ。空いてる部屋を使ってもいいって」

なんかやけに偉そうに感じる一言だが、そこに文句をつけるのは止めておいた。
こんな都市伝説の検証のために研究所を使わせてもらえるのは、一重に美琴のお陰であり感謝しなければいけない。
しかし、それでも女子中学生に頭が上がらないというのは何とも情けないと思ってしまうのだった。




研究所内部はそこそこの広さの廊下が続き、壁には数メートルおきに部屋へ入る自動ドアがついていた。
床や壁の色は白で統一され、一応観賞用の植物が置いてあったりもするが、どうしても人工的なものに見えてしまう。
すれ違う人は皆白衣着用で、まさしく研究員といった感じだ。

美琴は再びタオルで隠したテレビとレンジを浮かして運んでいるが、ここの研究員は特に反応をしない。
ひょっとしたら、このくらいの奇妙な光景にはもう慣れてしまっているのかもしれない。

「やっぱ、すげー本格的なんだな……」

普段はあまり経験しない雰囲気に圧倒されながら、キョロキョロと周りを見渡す上条。
その点では、女性研究員を見ていつも通りハァハァしている青髪ピアスは大したものなのかもしれない。

「そりゃ本気で研究している人達だし。当たり前でしょうが」

「それでそれで? ボクらはどこの部屋を使わせてもらえるん?」

「四階の奥の部屋。元々休憩室みたいね」

そう答えながらも、美琴はツカツカとどんどん先へ進んでいく。
その足取りは、慣れ親しんだ学校を案内している生徒のようで、それだけこの研究室にも出入りしているのだろう。
やはりそういう所は普通の女子中学生とは違うようだ。

上条達は素直に美琴についていくと、かなり大きめのエレベーターが見えてくる。
どうやら機材などを運ぶためにこういった設計になっているらしい。
まぁあまり大きすぎるもののために、機材専用のエレベーターもまた別にあるらしいが。

エレベーターで四階まで上り、廊下をしばらく歩いて行くと美琴の言っていた休憩室が見えてきた。
つい先日までは普通に使用していたらしいが、研究内容が変わったことで四階を使う研究員が減り、あまり需要がなくなったらしい。
今では研究員は三階以下に集中し、ここ四階にはたまに機材を使いに来る程度だという。


美琴がドアを開けると、そこは研究員の休憩室というよりは応接間に近い感じだった。
広さは大体上条の部屋の二倍くらいだろうか? 部屋の中央には見るからにフカフカな大きいソファーが二つ、向かい合わせで置かれ、間には長方形のガラステーブルが置いてある。
奥には液晶テレビがかけられてあり、左右の壁には窓がいくつかついており、壁際は長い棚が占拠している。その棚の上には学園都市からの何かの許可証やら、研究結果に対する賞状などが陳列されている。
床は絨毯がしかれ、天井は高くガラス張りになっているので夜空を見上げることもできる。もはやどこかのホテルの一室のようだ。

「うっわ……ここ使っていいのかよ…………?」

「外に停められてる車見た時も思ったんやけど、やっぱ研究員っていい生活してるんやねー」

そんな庶民の感想を述べる二人。

しかし美琴は二人には構わず、テレビとレンジを宙から下ろすと、コンセントを付けてさっそく準備を始めていた。
そんな美琴の行動を見て、二人もソファーにダイブしたい衝動を抑えて、慌てて手伝うことにする。
コンセントは壁際にあるので、必然的にレンジやテレビは賞状などが置かれた棚に乗せることになる。

しかしこのままでは、昨日の青髪ピアスの部屋の床のように、この棚も壊れてしまうだろう。
そこで、電話レンジの下には前もって用意しておいた大きめのクッションを挟むことにした。

「よし、と。準備はこれでいいのね?」

「そうだな。後は電話レンジを逆回転させてメールを送ればいいはず」

この中で唯一美琴だけ、このDメール実験を一度も見ていない。
ずっと話だけ聞いていただけに、すぐにでも自分の目で見てみたいのだろう。

上条はそんな事を考えながら、自分のケータイから電話レンジを操作する。
今回は青髪ピアス自身が自分にDメールを送ることにする。
とりあえず、一通目はテストなので、文面は適当だ。

「じゃあ電話レンジ動かすぞ?」

「いつでもいいで」

青髪ピアスの言葉を合図に、上条は最後の#ボタンを押し込み、電話レンジを起動する。
美琴はゴクリと喉を鳴らして、どんな小さいことでも見落とさないとばかりに、じっと電話レンジを凝視する。


――――そして数秒後、昨日と同じように放電現象が始まった。


「う、うそ……こんなの…………」

思わず美琴がそう呟くのが聞こえる。
レンジから発せられる青白い放電により、部屋全体が照らされる。
さらに、徐々に放電だけではなく振動も大きくなっていき、下に敷いてあるクッションもどんどん押し潰されていく。
だが、さすがに研究所だけあって耐震強度は高いのか、昨日の青髪ピアスの部屋のように立つのも困難になる程の振動ではない。

「いっくでええ!!!」

そんな状況の中、青髪ピアスはやけにハイテンションに決定ボタンを押し込む。
上条が後ろから覗き込むと、青髪ピアスのケータイの画面に、女の子が手紙を飛ばすアニメーションが映っている。
そしてすぐに送信完了の画面に切り替わった。


それから数十秒後、電話レンジはチンという軽快な音と共に停止した。放電現象も収まっている。

美琴はかなりの衝撃を受けており、呆然と電話レンジを眺めている。
男二人は、美琴に何か声をかけたほうがいいかとも思ったが、とりあえず先にDメールの方を確認することにした。
今回は設定時間を60秒にしてみた。つまり60時間前……2日と半日前に届いたはずだ。

青髪ピアスはすぐに画面をスクロールしてDメールを探す。すると――――



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Time:5/4 7:42
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From:自分
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ルイズ!ルイ








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from:自分
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ズ!ルイズ!









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From:自分
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Sub:
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ルイズぅぅう








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「お前、これルイズコピペだろ」

「おぉ、さすがカミやん!」

メールを見た瞬間、思わず突っ込んでしまう上条だったが、どうやら今回もきちんと送れたらしい。
それに今回のDメールにより、サイトに書かれている情報の検証もすることができた。

それは文字数制限と分割についてだ。
あのサイトによると、確かDメールとして送れる文字数は全角で最大18文字。それ以降の文は消えてしまう。
加えて、それぞれ6文字ごとのメール三つに分割されるということだった。

今回の場合だと、次に続くはずの『うわぁああああああああああああああああああああああん!!!』以降の文字が丸ごと消えてしまった事になる。


「……本当ね」


いつの間にか、後ろから青髪ピアスのケータイを覗き込んでいた美琴がそう呟く。
どうやらさっきまでのショック状態からは回復したらしく、今は腕を組んで何かを考えているようだ。

「それにしても、さっきの放電現象ってどういう事なのよ。たかだか旧式のレンジであんな事が……」

「下に敷いたクッションも凄いことになってるぞ」

「それも変。放電現象でもあんな事にはなんないはず」

そこで、美琴はブラウン管テレビに視線を移す。

「あの放電現象が起こった時、妙な感覚がしたのよね。まるでこのテレビとレンジ、それにケータイが共鳴してるような……」

「共鳴? どういうことや?」

「自分でも良く分かんないわよ。でも、とにかくこれは一度ちゃんとした研究機関で調べたほうが……」

「それはダメや」

「なんでよ?」

「コイツは電話レンジを好き勝手に使いたいんだよ」

上条が溜息をつきながら説明すると、青髪ピアスは堂々と胸を張って大きく頷いた。
まぁしかし、青髪ピアスも苦労して電話レンジを完成させたわけで、そう簡単に手放したくないのは当然の事か。

一方、美琴も上条と同じように呆れて溜息をつきながら髪をワシャワシャとかく。
しかしすぐに真面目な顔に戻ると、電話レンジを様々な角度から眺め始めた。
どうやら、何とか自分で電話レンジの原理を解明しようとしているようだ。

だが、上条や青髪ピアスにとっては原理よりもDメールによってどんな事ができるかが重要だ。
そこで次はどんなメールを送るかを考えていた。

「宝くじとかあったら過去を変えたか分かりやすいんやけどねー」

「まぁ学園都市はそういうのには厳しいからな」

「あのさ、さっきも言ったけど……」

そう切り出したのは美琴だ。
電話レンジから顔を上げると、どう見ても呆れている表情で続ける。

「過去を変えるって事は今を変えるのと同じなの。そのメールを送った先の時点から今までがなかった事になるわけ。
 アンタ達はそのDメールっていうのを昨日も送ったんでしょ? その記憶を持ってるってことはそのメールは過去に届いてないのよ」

「なかった事に……つまり『大嘘憑き(オールフィクション)』が発動するっちゅうことやね」

「ちょっと違うわよ。正しくは上書き。そのなかった事になった期間に別の記憶が上書きされるってわけ」

「……つか普通にそれで通じるんだなお前。西尾さんのファンか?」

「いんや、美琴ちゃんはジャンプ好きと見たで! レールガンっちゅうのも『BLACK CAT』からやろ!!」

「う、うっさいわね! 漫画大好き美琴センセーはジャンプとサンデーとマガジンは押さえてんのよ!
 それにレールガンと黒猫は関係ない! つか随分と懐かしい漫画出してきたわね……」

そこまで言うと、美琴は一度溜息をつく。
どうやら自分のペースを乱されまくって疲れているようだ。

「とにかく、Dメールなんてもんはあくまで都市伝説。以上」

「でも美琴ちゃんはパラレルワールドがどうのこうのとも言ってたやないか!」

「もし仮にそんなのがあるのなら、なおさらDメールに意味はない。例え過去が変わったとしても、そこは別の世界なんだし」

確かに美琴の言っていることはもっともだ。しかし――

「俺が受け取ったメールはどうなる?」

「……テストがどうのこうのっていうの?」

「そ、そうや! あれもDメールに違いないで!」

あれがDメールだった場合、上条がテストで満点を取ったことで過去は変わったはずだ。
もちろん上条にはDメールを送ったという記憶はないので、美琴の言う“再構成”が起きた可能性もある。

「まず一つ考えられるのは、そこの青髪と先生がグルでアンタをからかってる可能性」

「いや、俺もそれは考えたけど、あの先生に限ってそれはない」

「そうやそうや!」

「じゃあ本当にパラレルワールドなんじゃない? この世界はアンタがそのDメールを受け取った世界でさ」

美琴は面倒くさそうに答えると、視線を電話レンジの方に戻してしまった。
どうやら電話レンジについては興味が有るようだが、Dメールについては自分の中で結論が出ているらしく、ほとんど信じていないようだ。

だが、確かにパラレルワールドで説明できるのは事実だ。
まぁ美琴本人もファンタジーと言っていたし、その考えは上条達を黙らせるために使っただけで、本当は誰かのイタズラだとでも思っているのだろう。

「この世がパラレルワールドやっちゅう事は証明できるんかね?」

「無理だな」

「即答かいな……」

あるいは、他の世界に干渉できれば可能性があるとも考えられるが、そんな方法は思いつきそうにもない。

「そ、それなら、ボクが送ったDメールは内容が薄かったのが悪いんや! もっとちゃんと過去を変えられそうなメールなら……」

「何それてきとーすぎ」

今度は美琴がこちらも見ないで答える。
そんな言葉にも「はうっ」などと言って悶える青髪ピアスはいつも通りだ。

「まぁとにかく色々試してみっか。ビリビリ、ちょっと電話レンジ使わせてくれ」

「誰がビリビリよ!!」

口ではそう言いながらも、美琴は電話レンジから離れる。
今回は青髪ピアスの提案どおり、もっと確実に過去が変えられそうな文面にしてみることにした。

そこで、念のため過去改変はできるだけ小さく、なおかつ分かりやすいメールを考えるのだが…………。

「意外と難しいもんやねー」

「ビリビリ、なんかないか?」

「ビリビリ言うな!! つか早くしてよ、そのレンジ調べたいんだから」

どうやら美琴は考える気もないようだ。
仕方ないので、上条と青髪ピアスでもうしばらく悩んでいると…………。

「あー、もう! じゃあこれ!」

イライラが最高潮に達した美琴がまるで銃口のように、自分のケータイを上条の目の前に突き出す。
それは何の変哲もない普通のケータイで、お嬢様のイメージとは少し違かった。
お嬢様の持ち物には何でも宝石がついているというのは、やはり偏見なんだろうが。

「ケータイがどうしたんだよ?」

「私、欲しいケータイの機種があってこの前変えようとしたんだけど、その日に品切れになっちゃったのよ。
 だから過去の私にメールを送って、早く買うように催促させる。それでいいでしょ」

「おぉ! 確かにそれなら、過去が変わったのなら美琴ちゃんのケータイが変わるって事やね!」

それを聞いて上条は思わず感心してしまう。確かにそれなら変化は小さいが、分かりやすいものだ。
さっそく美琴の案を試してみようと、青髪ピアスは電話レンジの設定を始め、上条は美琴へのメールを打ち始めようとするが……。

「そういや、お前のアドレス知らねえや」

「別に私自身で送ってもいいんじゃないの?」

「いや、自分自身からメールが来たら気味わりいだろ」

「知らないアドレスから来るのも気味悪いわよ」

そんな事を言い合いながら、アドレス交換を済ませると、上条は改めて美琴へのメールを打ち始める。
注意しなければいけないのは、全角で18文字までしか送れないことだ。

「えーと、お前の欲しい機種ってどんなのなんだ?」

「…………太」

「はい?」

「ゲ、ゲコ太モデルの機種よ!! 文句ある!?」

なにやら美琴は顔を赤くしているが、上条にはそのゲコ太なるものが何か分からない。
なぜ目の前のレベル5はこんなにもうろたえているのかと、首を傾げる上条だったが、

「ゲコ太っちゅうのは確かカエルのマスコットやなかったか?」

「そ、そうよ!」

「ふーん……カエルが欲しいのかお前」

「何よその目は文句あんのかコラァァあああああああ!!!!!」

上条としては色々とツッコミたいところもあったが、美琴がバチバチと帯電し始めたので止めておくことにした。
とにかく、要はそのカエル機種に急いで変えるように促せばいいというわけだ。
ちなみに、そのゲコ太機種は三日前の五月三日には既に品切れだったようなので、とりあえずその二週間前……四月二十日にDメールを送ることにした。

「『ゲコ太機種、品薄。5/3までに変えろ』……こんなもんか」

「なんか簡潔すぎへん?」

「18文字じゃ書けることなんてたかが知れてるだろ」

「いいから早くやっちゃいなさいよ」

もしも変化が起きなくても、その時は後で色々と文面を変えればいいわけなので、とりあえずこれで送ってみることになる。

青髪ピアスが若干興奮気味に操作を終わらせるとレンジが作動し、再び放電現象が発生する。
一度目と同じく、バチバチと音をたてながら青白い光が部屋を照らす。

初めは腕を組んで早く終わらせてほしいと態度で表現していた美琴も、放電現象に対してはじっと真剣な表情で観察している。

上条はそんな二人の様子をチラリと見ると、電話レンジを睨みつける。
ケータイの画面は、もう決定ボタンを押せばメールを送信できる所まできている。
ここで上条は軽く息を吸い込むと、ボタンに添えた指に力を込め…………。



メールを、送信した。



すぐにケータイの画面は、手紙を飛ばすアニメーションに切り替わり、それもすぐに終わった――――





【0.568102】






世界が、歪んだ。
まず上条はそう思った。

まるで辺り全体が水にでもなってしまったようにグニャリと歪み、カラーだった景色がモノクロに変化する。
地に足がついていないような感覚。自分は今止まっているのか、動いているのか。
目眩が酷い。気分が悪い。


「ちょっと、どうしたのよ?」


美琴のそんな言葉に、上条はやっと今の自分の状態に気づく。
どうやら少しぼーっとしていたらしく、電話レンジの前に突っ立っていた。

しかし、おかしいのは他のものだった。

まず電話レンジが止まっている。
確か上条がメールを送信した時はまだまだ温め秒数は残っていたはずだ。
だが今は完全に停止しており、うんともすんともいわない。

そして青髪ピアスと美琴の位置だ。
さっきまでは近くに居たはずなのに、いつの間にか二人共ソファーに座ってしまっている。
青髪ピアスの方は何かを真剣に考えているようで、美琴も難しそうな本を読んでいる。

「お前ら……何でソファーに…………」

「はい?」

上条は思わずかすれた声で尋ねるが、美琴は質問の意味が分からなかったらしく、本から顔を少し上げて「何言ってんだこいつ」的な表情を見せる。
慌てて青髪ピアスの方も見るが、そっちも同じような表情だった。

上条は何か妙な胸騒ぎを覚え、嫌な汗が頬を伝っていく。
自分はいったい、どれだけの時間ここに立ち尽くしていたのだろう?
そんなに長い時間ではなかったはずだ。あの奇妙な感覚は時間にすれば十秒にも満たなかったはずだ。
しかし、それはあくまで上条の感覚であって、本当はもっと長かった可能性もある。

「なぁ、俺ってどのくらいここに立ってた!?」

「へ? ついさっき電話レンジ調べるゆうたばっかやないの」

「……え? いや、さっきのDメールは…………」

「だからその内容が決まんないって、アンタら悩んでるんでしょうが」

おかしい。話がまったく噛み合っていない。
思わず路地裏で美琴と話した時の事を思い出す。

とにかく、確認する必要がありそうだ。

「ビリビリ、お前ゲコ太ケータイは!?」

「な、なによ、アンタもしかしてゲコ太好きとか?」

「いいから!! 今どんなケータイ持ってる!?」

「……さっきアンタが言ってたやつよ」

そう言いながらポケットから取り出したのは、緑色のケータイだった。
上条はカエルの模様が描かれているようなものを想像していたのだが、どうやらケータイ自体が例のゲコ太の形状をしているらしく、画面の上には目が二つ付いていた。
どう見ても子供用ケータイにしか見えなかったが、おそらくそれを言ったらまた電撃が飛んできそうなので黙っておく。

(過去が……変わった…………? いや、それだと俺にDメールを送った記憶があるのはおかしいんじゃなかったか?)

上条はDメールで本当に過去を変えられたことに一瞬気持ちが昂ぶるが、すぐに疑問がわいてくる。
本当に過去が変わったのならば、上条も記憶が書き換わるのではなかったか。それとも上条はゲコ太機種に関係ないので、記憶はそのままだったのか。
いや、もし過去が変わったのならば、先程送ったDメールは送る必要がなくなる。つまり、こうしてDメールを送ったという記憶を持っているのはやはりおかしい気がする。

それに青髪ピアスや美琴の言葉から、どうやら二人はまだDメールは送っていないという認識を持っている。

「ビリビリ、メールは? えっと……四月二十日に妙なメールがあったろ!?」

「だからビリビリって言うなっての。四月二十日ねぇ……」

どう見ても面倒くさそうにゲコ太ケータイを操作する美琴。すると、

「あっ! あったあった!! つか何でアンタがそれを……」

「内容は『ゲコ太機種、品薄。5/3までに変えろ』。そうだな!?」

「なっ……まさかこれってアンタが送ったわけ!?」

美琴は突然目を丸くしてこちらを見る。
かなり驚いているらしく、口をわずかに開けて呆然としている。

「どうしたん、二人共。てかカミやん、なんやさっきからテンション高くない?」

青髪ピアスもそんな事を言っているが、今は構っていられる程の余裕はなかった。
確かにあのメールは四月二十日に届いた。それによって、美琴はゲコ太機種を手に入れることもできた。

だがやはり上条がDメールを送った記憶を持っているのはおかしい。
上条には思わず、もしかしたら二人で自分をからかっているのではないかという考えも浮かぶが…………。

「ねぇちょっと! 何で私のアドレス知ってたのよ!? てかどうして私がゲコ太を欲しがってる事も……」

「いや、アドレスはお前が教えたんだろ! さっき交換して……」

そう言いながら、上条は自分のケータイのアドレス帳を確認する。だが…………。

「……ない?」

「当たり前よ。いつアドレス交換なんてしたのよ」

「そうやそうや!! 抜け駆けは良くないでカミやん!!」

美琴が呆れたように溜息をつくと、青髪ピアスがブーイングを始める。
しかし上条にはそんな二人の言葉はほとんど耳に入ってなく、なんとか脳をフル稼働させて今の状況を整理していた。

過去が変わった事により、あのDメールを送ったことはなかったことになった。
つまり、上条と美琴がアドレス交換をする必要もなくなり、アドレス帳から美琴のアドレスが消えた。そういう事だろうか。

「まったく、そういえば私があのメールに返信したら、アンタしらばっくれてたけどあれはどういうつもりなのよ?」

「返信……?」

美琴の言葉を受けて、上条はすぐにメールの受信履歴を確認する。
そして、それはあった。


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Time:4/20 20:12
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From:gekota-railgun@atweb.ne.jp
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Sub:
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ありがとうございます、明日にでも買いに行きたいと思い
ます。ですが、どうやらあなたのアドレスは私の方で登録
されていないようなので、お名前を教えてもらえないでし
ょうか?こちらのミスでしたら申し訳ありません。






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まったく覚えのないメールだ。
そして、送信履歴を見るとこのメールに返信もしていた。この記憶も上条にはない。

上条は黙ってケータイを操作して、メールの流れを確認する。
「間違いメール?」→「そんなはずはない」→「でも俺は送ってない」、そんなやりとりがなされたようだ。
最終的には面倒になったのか、上条の方がメールの返信をやめていた。

確かに始めのメールを送ったのはついさっきだ。
それに対しての返信を四月二十日の上条に送ったところで、何も知らないのは当然か。

「……で? どうしてアンタが私のアドレスを知ってたか教えてもらってないんだけど?」

「……ビリビリ、それに青ピ。ちょっと話がある」

とにかく、一人で悩んでいても埒があかない。
そう思った上条は、今起こったことを一つ一つ丁寧に説明することにした。




「何それバカじゃないの?」

上条の話を聞いた後の美琴の第一声だ。
始めの方は真剣に聞いていたのだが、Dメールのくだりから明らかに胡散臭そうになり、終いにはこの感想だ。

だが青髪ピアスの方は全面的に俺の言うことを信じたようで、ものすごくハイテンションになっている。

「つまりや! やっぱDメールで過去を変えるのは可能なんやね!?」

「あぁ。現に今……」

「ちょっとちょっと。そんなのアンタの勝手な妄想でしょ」

すかさず上条の言葉を遮る美琴。
確かにこの状況ではそう思われても仕方なく、逆に信じきっている青髪ピアスの方がおかしいのだろう。

「送られてきたメールは三つに分割されてた。そうだよな?」

「え……あぁ、確かに……。そういえばそれってDメールの特徴なんだっけ」

どうやら美琴はDメールに関してはほとんど何も考えていなかったらしく、今それを思い出したようだ。

「でも、それも全てアンタの工作って考えれば説明がつくじゃない」

「じゃあどうやってお前のアドレスを知ったっていうんだよ!」

「どうせ、犯罪的な方法でも使ったんでしょ。そこは全部吐いてもらうわよ」

「なっ……んなわけねえだろ!! つかなんで俺がそんな事しなきゃいけねえんだ!!」

「そ、それは…………」

いつの間にか犯罪者にされている事に、上条は慌てて抗議する。
上条が美琴のアドレスを知っているのが奇妙だというのは事実であり、風紀委員などが出てきたらまずいと思ったのだ。

しかし上条の言葉を受けて、美琴はなぜか言いにくそうに口ごもっていた。
するとそんな美琴の様子を見て、何かを思いついたのは青髪ピアスだ。

「あー、もしかしてカミやんは美琴ちゃんのストーカーっちゅう事か!」

「はぁ!?」

突然青髪ピアスの口から放たれた言葉に上条は目を丸くする。
しかし、それには美琴も同意見だったらしく、上条の方をじっと睨んでいる。
確かに自分でそれを言うのは自意識過剰と思われてもおかしくなく、だから先程は口ごもっていたのだろう。

上条はそんな美琴や、ニヤニヤしている青髪ピアスを見て、

「ふざけんな!! 何で俺がこんなガサツで暴力的で反抗期も抜けてねえ中学生をストーカーしなきゃいけないんだよ!!
 どうせそんな犯罪犯すんなら、せめてもっとマシなチョイスするっつーの!!」


次の瞬間、部屋が青白い閃光とバチバチという強烈な音に包まれたのは言うまでもない。





「でもさ、やっぱおかしいと思わへん?」

数分後、美琴の電撃によって破壊された棚などの後片付けをしながら、青髪ピアスはそんな事を口にする。電話レンジやブラウン管テレビが無事だったのは奇跡だとも言える。
ちなみに部屋をメチャクチャにした元凶である美琴はすっかり不機嫌になってしまい、こちらをチラリとも見ようとせず、黙々と本を読んでいる。
どうやら先程から読んでいる本は、電磁波関係について詳しく書いてあるものらしく、電話レンジの放電現象を調べるためのものみたいだ。

「そりゃおかしいだろ。俺がストーカーなんてするはずねえって。それによりにもよって、あんな……」

そこまで言って上条は慌てて黙りこむ。
理由はもちろん、例のお嬢様がビリビリと再び帯電し始めたからだ。

「ちゃうちゃう。そうやなくて、美琴ちゃんに届いたメールの内容や。ほら、カミやんがDメールやってゆうてる……」

「いや、だから本当にあれはDメールで……」

「ボク、ちょっと例のゲコ太ケータイの出荷状況を調べてみたんや。そんでな――――」


「例のケータイ、ほんまに5/3に学園都市では在庫が切れとるみたいや。つまりカミやんは二週間も前からそれを知ってたっちゅう事になる」


青髪ピアスのその言葉に、一瞬この部屋の空気が凍りついたようだった。
美琴は顔を上げ、上条達の方を見る。
その表情は先程までの不機嫌なものではなく、驚きが広がっていた。

「で、でも、いつもチェックして売れ行きを調べてれば……」

「それでもドンピシャってのはおかしいで。カミやんがそこまでマーケティングに詳しいっていうのも考えられへん」

美琴は反論しようと口を開くが、何も言えず固まってしまう。
何か、この状況を説明できるものを必死に考えているようだが、どうやら何も浮かんでこないようだ。

「な、んで……分かったの…………?」

「だからさっき説明しただろ。お前が俺に教えたんだよ。それで俺がDメールを送った」

まるですがるような口調で尋ねてくる美琴に上条は真剣な表情で答える。
そんな二人の様子を見ている青髪ピアスも、ゴクリと喉を鳴らしている。

ここで美琴は一度だけ大きく深呼吸をする。

「…………仮にそうだとしても」

再び美琴の口から出てきた言葉は先程と比べて随分と安定していた。
それでもまだ、かすかに震えは聞き取れるのだが。

「アンタは何でDメールを送った事を覚えてんのよ?」

「……それは俺にも分かんねえ」

やはり結局はこの問題に行き着いた。
どうやら、過去から記憶が再構成されるという考えは間違いではなく、それは二人の様子を見ていても分かった。
しかし、上条にはDメールを送ったという記憶がある。その代わり、四月二十日に美琴のメールを受け取ったという記憶はなく、上条の過去だけずれてしまったような感じだ。

「もしかして、カミやんにはそういう能力があるとか……」

「でもアンタはテストに関するDメールは受け取った。そうよね?」

「……あぁ」

本当に青髪ピアスが言うような、記憶を継続させるような能力を持っているのなら、Dメールを受け取るのはおかしいという事になる。
もしそうなら、上条はDメールを送ったという記憶は持っていて、受け取ったという記憶はないはずだからだ。

しかし、そこで上条はある可能性を思い付く。

「もしかしてさ……最初のDメールを送るのはもっと未来の事なんじゃねえか? だから、俺もその時になったら…………」

「…………自分が何言ってるか分かってるの?」

まるで心の底から搾り出したような上条の言葉。それは自分で言っていても恐ろしくなるような事だった。

記憶がなくなる。
美琴の考えが正しいのならば、最初のDメールを受け取ったあの瞬間から先の全ての記憶が消えるということになる。
こうして今の自分が考えていることも、青髪ピアスや美琴との会話も、全て消えてしまう。

美琴はその意味をよく理解している。
だからその表情はとても深刻なもので、声もかすかに震えていた。
そんな二人の様子を見る青髪ピアスもまた、視点を宙に彷徨わせて呆然としている。


現に、今まで青髪ピアス達が接していた“美琴とメールのやりとりをした上条当麻”は消え、“Dメールを送る前の過去の記憶を持った上条当麻”になった。
それならこの上条当麻も、いずれ“最初のDメールを送った上条当麻”に塗り替えられる、そういう事ではないのか。

部屋には重苦しい空気が漂っていた。
今ここにいる上条の過去と他の二人の過去は違うもので、それはまるで別の世界へ来てしまったような感覚だった。
そして、二人と同じ過去を持った上条は消えてしまった。それはつまり、ある意味では“死”と呼んでもいいのかもしれない。
それはまた、いずれ今ここにいる上条自身にも…………。


「…………なんか疲れたな」


しかし、そんな沈黙を破ったのは上条自身のそんな何でもない言葉だった。
そして上条はそのまま部屋の中央にあるふかふかのソファーに腰かける。
その様子は落ち着いていて、先程からは考えられないほどだった。

そんな上条の様子を見て、呆然としている二人。
いつ記憶が消えてもおかしくないという、恐ろしい可能性が出てきた中で、上条がこんなにも冷静に振る舞える事に驚いていた。

だがそんな上条は二人に向かって上条は笑いかける。
そこには影は見られず、普段の生活の中での笑顔にしか見えない。

「ほら、お前らも何そんな沈んだ顔してんだよ。Dメールについてはまだ何も分かっちゃいねえんだしさ」

とにかく上条は、いつ起きるかも分からない記憶の書き換えに怯えてても仕方ないと思えてきたのだ。
今はもっとDメールについて調べる事の方が先で、そうすればこの記憶の問題についても何か分かるかもしれない。

上条の言葉を聞いて、二人もやっと頬を緩める。
記憶が消えるかもしれない本人がこうして前を向こうとしているのに、自分達がいつまでも沈んでいてはいられないと思えたのだ。

「そ、そうやそうや! じゃあさっそくボクは『Steins;Gate』について調べてみるで!」

「それって確か電話レンジが出てくるゲームだったわよね?」

「あぁ、でも販売停止になったらしいけどな」

確かにDメールについて調べるにはそれが一番いいのかもしれない。
青髪ピアスはソファーに座ると、ノートパソコンを持ってきていなかったので、ケータイを取り出してカチカチと操作し始めた。

一方美琴は再び本を開くと、またじっくりと読み始めた。
さすがに専門的な分野になると上条や青髪ピアスはお手上げなので、電話レンジの原理の方は美琴に任せたほうがいいだろう。




「ちょ、カミやん!!」

青髪ピアスの声が響いたのはそれからすぐの事だった。
さっそく何かを掴んだのか、なにやら目を見開いて驚いているようだ。

そんな青髪ピアスの様子に、上条は弾かれるようにソファーから立ち上がり、急いで青髪ピアスの後ろに周りこんでケータイの画面を覗き込む。
そして意外な事に美琴も上条と同じような行動をとり、同じく後ろから青髪ピアスのケータイの画面を覗き込んでいた。

その画面に表示されているのはどうやら大手掲示板サイト「2ちゃんねる」で、そこのニュース速報(VIP)板のようだった。
上条はそれを見て「VIPかよ」と肩透かしを食らったようになり、同時に嫌な予感もしてきた。まさか安価でおっぱいうpなどをしている猛者が居るスレを見つけただけじゃないのか、というものだ。
いつもならそれでも食いつく上条だが、今は隣に美琴がいる。もしそんな真似をすれば即座に黒焦げにされるだろう。

上条はそんな恐怖を感じながら、恐る恐る画面を読み始める。
そこに書いてあったのは――――


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「Steins;Gate」というゲームを探しています


1:Makoto:2XXX/5/6(金) 20:15:18.27 ID:IMRbsCgAT
  私は20年後の未来からやって来ました。
  その私の居た未来では、世界は学園都市によって支配されています。
  なぜなら、学園都市はその驚異的な科学力を駆使して、人類の夢であるタイムマシンを完成させたからです。
  そのタイムマシンによって学園都市は時間を掌握し、完全なる支配社会を創り上げてしまいました。
 
  私はそんな絶望的な未来を変えるため、この時代にやって来ました。
  学園都市によるタイムマシン完成を止める鍵、それが「Steins;Gate」なのです。
  このゲームについて何か知っている方は、どの様な事でもいいので教えてください。
  これからみなさんにも降りかかってくる絶望的な未来。それをみなさん自身で変えましょう。
  ご協力、お待ちしております。


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[30202] 電脳のサーマルハンド
Name: 山田太郎◆bb637239 ID:4eec6c50
Date: 2011/11/08 02:01

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「Steins;Gate」というゲームを探しています


1:Makoto:2XXX/5/6(金) 20:15:18.27 ID:IMRbsCgAT
  私は20年後の未来からやって来ました。
  その私の居た未来では、世界は学園都市によって支配されています。
  なぜなら、学園都市はその驚異的な科学力を駆使して、人類の夢であるタイムマシンを完成させたからです。
  そのタイムマシンによって学園都市は時間を掌握し、完全なる支配社会を創り上げてしまいました。
 
  私はそんな絶望的な未来を変えるため、この時代にやって来ました。
  学園都市によるタイムマシン完成を止める鍵、それが「Steins;Gate」なのです。
  このゲームについて何か知っている方は、どの様な事でもいいので教えてください。
  これからみなさんにも降りかかってくる絶望的な未来。それをみなさん自身で変えましょう。
  ご協力、お待ちしております。

2:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:16:05.53 ID:aGt5LorAT
  何言ってんだこいつ

3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:17:34.24 ID:o13L5V1AT
  コテハンしね

4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:18:59.33 ID:qxE/s7CAT
  未来人()

5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:20:38.17 ID:/0+oWVpAT
  おっぱいまで読んだ

6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:22:51.39 ID:FNt8Bs8AT
  誠死ね

7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:24:28.60 ID:2ItygTOAT
  以下、今日の晩御飯スレ

8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:26:41.38 ID:vpt79FKAT
  わかったわかった。システムスキャンの結果が絶望的だったんだろ? 涙拭けよ

9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:28:56.25 ID:DX4IPg5AT
  豚の角煮

10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2XXX/5/6(金) 20:30:08.11 ID:oW/sgBHAT
   >>8
   てめーは俺を怒らせた


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学園都市第七学区のとある廃墟ビル。
そこは昼間はまるで心霊スポットのように佇んでいるが、夜になると明かりがついて生活感が出てくる。
もちろん、ここはあくまで使われなくなった廃墟なので、元々電気は通っていない。非合法的な手段で無理矢理通しているのだ。

内部はコンクリートむき出しの状態で、部屋には使い古されたソファーが何個か置かれているだけだ。
しかし人はそれなりにいてガヤガヤとしており、まさに不良の溜まり場そのものだ。
そこに居る者はほとんどが10代の若者だが、煙草を吸っている者や仲間で飲み比べをしている者など、完全に無法地帯と化している。

学園都市の抱える問題の一つ、不良集団スキルアウトのアジトである。


「むむぅ……」


そんな溜息に近いような声が発せられたのは、窓際に置かれたソファーからだ。
この様な荒くれ者たちの住まう場所ではやたら浮いているような可憐な声調で、温室育ちのお嬢様のそれである。

「辛気くせえ顔してどうしたよ?」

反応したのは、近くのソファーに座っていた、くすんだ茶髪の少年だ。
上は野暮ったいジャージで下はジーンズ。ジャージの下からは白いシャツがだらしなく出ている。
どう見てもただのチンピラであり、それは大正解である。

「いやー、ネットって冷たいんだなって」

「は?」

声の主はそう答えると、持っていたケータイを閉じて起き上がる。
サラサラとした黒髪のショートヘアで、中性的な顔立ちだ。
服装はワイシャツに黒のカーゴパンツと変わっていて、しかもワイシャツの下は地肌だった。
肌は驚くほど白く、第二ボタンまで開けられたワイシャツから胸元が覗いている。

「た、竜神(たつがみ)……お前…………」

「何だよ浜面、その目は?」

「い、いや……そのカッコじゃさみーだろ。これ着ろよ」

浜面と呼ばれた茶髪の少年は、茶色のパーカーを投げてよこす。
だがどこか動揺しているようで、その顔はそっぽを向いている。

一方、竜神と呼ばれた方はというと、片手でパーカーを受け取るが不審な顔をして浜面を見ている。

「……ハハーン」

「な、なんだよ!」

「つまり、お前は童貞が故にわたくし竜神マコトさんのあられもない姿に反応してしまったわけだ」

「ぶっ!? なななな何言ってやがるテメェ!!!」

そんなニヤニヤしている竜神の言葉を即座に否定する浜面。
だが、顔を真っ赤に動揺しながら言っても説得力は皆無だったりもする。

そんな分り易すぎる浜面の態度をニヤニヤと眺めながら竜神は口を開く。

「だがここで残念なお知らせ。俺は男だ」

「いっ!?」

「って言ったらどうする?」

「………………」

なおもニヤニヤしている竜神だが、浜面は思わず考えこんでしまう。
確かに声は女のものだと思うが、容姿はどちらともとれるものだ。まぁどっちにしたって美男子、もしくは美少女なので何か悔しい気もするが。

しかし、女だと考えるには大きなネックとなるものがある。ズバリ胸だ。
目の前の少女……もしくは少年の胸は微乳どころか、無乳と言ってもいいくらいで、もはや壁だ。
これなら太ってる男の方がまだあるのではと思うくらいなので、これで女の子だったら少し可哀想だ。

竜神はそんな真剣に考えている浜面を見て、可愛らしくウインクする。

「そんなに気になるのなら、いっちょ襲ってみれば? ハズレだったら、男に盛ったホモ野郎になるっていうリスクもあるけどさ」

「ウチはそういうのはノーだっての。つかそんな事すれば、ボコボコにされんのは俺だろうが」

竜神がこのスキルアウトに入ったのはつい昨日の事だ。
その背景には、拳で語り合った熱い物語があって……というわけではなく、ただフラッと現れてちゃっかり仲間入りしていた。
まぁここのリーダーがリーダーなので、行く所のない者を追い返したりはしないわけだが。

そしてその次の日、つまり今日の初仕事で竜神は早くもその実力を示した。
内容は現金輸送車の襲撃だったのだが、昨日入ったばかりの新人のくせに、まるで何年も同じ事をやっているような手際の良さだった。
射撃はもちろん、格闘術も凄まじく、輸送車に乗っていた警備員は銃を使わずに無力化したくらいだ。

「あっはっは、ヘタレだねぇ浜面くん」

「ほっとけ! 負け犬上等!!」

本当に愉快そうに笑う竜神に、開き直って胸を張る浜面。
まるで、もう何年も一緒に居るような感じで、こうやってすぐに溶け込めるのも竜神の力なのかもしれない。

竜神はしばらく満足気に浜面を眺めていたが、ふと真剣な表情になる。
浜面はそんな竜神の様子にキョトンとするが、それを尋ねる前に竜神の方の口が開く。

「……そんじゃ、ちょっと真面目な話。例の頼みごとの方はどんな感じ?」

「おぉ、あれな。『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ってのはさっぱりだけど、『Steins;Gate』ってゲームの方は少し分かってきたぜ。半蔵!」

浜面は若干得意げに答えると、周りの声に負けないように大声で誰かの名前を呼んだ。
それに反応したのは近くで仲間と飲み比べをしていた、頭にバンダナを巻いた少年だった。

このスキルアウト内では、浜面と同じく副リーダー的なポジションにいる半蔵だ。

「ういっすー! どうしたんら、はまづら?」

「酒臭っ!! 飲み過ぎだテメェ!!」

どうやら半蔵は完全に出来上がっているらしく、呂律も上手く回っていないようだ。
そんな超絶ダメ人間と化している状態に、思わず浜面と竜神の溜息が重なる。

「半蔵、『Steins;Gate』について分かった事を教えてほしい」

「おぉ!! そこに居るのは今日のヒーロー……いや、ヒロイン……? まぁどっちでもいいら。とにかくお前も飲めー!!!」

「うおっ、ちょ、やめろって!!」

竜神の質問に対して、半蔵は飲みかけのビール瓶を押し付けるという返答。
いつもはそこそこ頭も切れ、銃器などの扱いや体術にも長けている頼れる存在だが、こうなれば扱いが面倒なただの酔っ払いだ。
これではとても話にならないと感じた竜神は、腰に巻いたベルトから黒く光るゴツイ銃を二丁引き抜いた。

「コイツで頭吹っ飛ばせば酔いも醒めるか?」

「待て待て待て!!」

割とマジな目で半蔵の頭に銃口を突きつける竜神だったが、そこで慌てて浜面が止めに入る。
その間もヘラヘラと笑い続け、軽く命の危険に晒されていた事を全く理解していない半蔵。
これは本気で頬をかすらせるくらいしてやるかと思った竜神は浜面を押しのけて銃を構えるが……。


その時、半蔵を巨大な影が覆った。


「…………飲み過ぎだ、半蔵」


次の瞬間、半蔵の視界はグニャリと歪み、同時に全身を刺すような冷たさが襲う。
頭上からバケツ一杯の水をぶっかけられたのだ。

「つめてえええええええええええええええ!!!!!」

半蔵の背後に立っていた人物、それはここのリーダーである駒場利徳だった。
二メートルはゆうに超えると思われる巨体で、黒いジャケットの上からでもゴツゴツとした筋肉がはっきりと見て取れる。
しかし、そんな見た目に反して口調は暗く、まるでコピー用紙をそのまま吐き出すような無機質なものだ。

ちなみに半蔵はというと、そんな大男の前で無様にゴロゴロとのたうち回っていた。
まぁ五月になって暖かくなってきたとはいえ、まだまだ衣替えも始まっていないくらいの時期に、頭から冷水をぶちまけられた反応としては正常なのだろう。

「うぅ、さみー! いきなりひでーな、駒場のリーダー!」

「……バカは風邪を引かないから大丈夫だ」

「さっすが駒場さん、ナイス!」

半蔵は相変わらずブルブルと震えながら文句をグチグチと呟くが、竜神はにっこりスマイルで駒場に親指を上げる。
一方駒場の方は竜神の方を向いて頷くと、ほとんど表情を変えずに親指で竜神を指すと半蔵に向かって重たそうな口を開く。

「半蔵……竜神の力になってやれ…………」

「わ、分かってるって……」

グショグショになったバンダナを絞ってた半蔵はそう言うと、懐からPDAを取り出した。どうやら防水仕様のようで、無事みたいだ。
そして浜面から投げつけられたタオルで頭をワシャワシャと吹きながら話し始める。

「正直に言うと、具体的な情報はほとんどない」

「役立たず」

「う、うっせえ!」

何とも期待はずれな言葉に、思わず重たい溜息をつく竜神。
その間に半蔵はPDAを操作すると、日本地図が大きく描かれた画面を表示させる。
その地図には四角い色つきの柱がいろいろな地域から伸びていて、天気予報で表示される降水量のグラフに似ていた。

「青い柱が例のゲームの出荷状況。赤い柱が回収状況だ」

「……ほとんど回収されてんじゃん」

ぱっと見るかぎりでは、青い柱と赤い柱はどこも同じ高さで、それは回収率100%を意味している。
それを見てがっくりとうなだれる竜神。

「いや、まだ回収されてないとこもある。例えば京都」

「ホントだ。おい竜神、京都に一個残ってるっぽいぞ!」

「京都中探すのにどんだけかかると思ってんだよバカ面」

「バッ!?」

竜神の冷たい言葉にかなりのダメージを受ける浜面。しかし相手が相手なので、ケンカをしても返り討ちにあうだけだ。
そうやって拳を握ってプルプルしている浜面を完全無視して、竜神の方は腕を組んで何やら真剣に考え込んでいる。

「けどまぁ……情報がそれしかねえんなら、何年かかってでも京都で探したほうがいいんかね……」

「いや、それよりも効率的な方法があるぜ」

竜神の言葉に答えたのは半蔵だ。
表情を暗くする竜神とは正反対で、半蔵はニカッと笑っている。

人事だと思いやがって……と不満気な顔を浮かべて口を開こうとする竜神だったが、それを手で制す。

「まぁ俺達に調べられるのはこんくらいだ。そもそも俺達は浜面が入るまで、鉄板を盗んで資金集めをしてたくらいのアナログ集団だしな」

「威張られても困るんだが」

「つまり、お前はハナから頼る相手間違ってんだよ。そういうのは風紀委員(ジャッジメント)の得意分野だろ」

半蔵はそう言いながら、これから飛んでくるであろう拳やら銃弾に備えた。
おそらく、「やっぱり役立たずじゃねえか!」などとハチャメチャな行動を起こすと予想したのだ。


――しかし、その言葉を受けた竜神は押し黙ってしまった。


思わず「あれ?」と言葉を漏らす半蔵に、キョトンとした浜面と駒場。それは彼らにとって予想外な反応だった。
いつもの威勢のいい様子はどこへやら、俯いて唇をぎゅっと結ぶその様子は過去のトラウマをつかれたような感じで、思わず半蔵も慌てて口を開く。

「あー、いやいや! 別に風紀委員のとこ行けって訳じゃねえんだ!」

「……アイツらは嫌いだ」

竜神の口から小さく漏れた言葉。
それはほとんど聞き取れるかどうかの大きさだったにも関わらず、浜面と半蔵の背筋には何か冷たいものが伝っていったような感覚が襲う。
駒場は黙ってその表情を見つめる。

その声も、その表情も憎しみに満ちていた。
それも、こんなところを居場所にしている浜面や半蔵、それに駒場でさえ見たことがない程の憎しみ。
不良少年が抱く風紀委員への逆恨みなんてものとは比べ物にならなかった。

「……それならむしろ好都合かもな」

少しの間、そんな竜神に圧倒されていた半蔵だったが、ゴクリと喉を鳴らすとニヤリと笑う。

「風紀委員の中に超凄腕ハッカーがいる。『守護神(ゴールキーパー)』って呼ばれてるやつだ」

「…………なるほどね」

半蔵の言葉を聞くと、そこから何を言いたいのかを汲み取った竜神も同じく薄く微笑む。
しかしその微笑は、端正な顔立ちに似合った穏やかなものではない。
それはまるで獲物を見つけた肉食獣のような、純粋ながらも歪んだ微笑だった。

「そいつを拉致って調べさせるって事か。いいじゃんそれ」

「弱者を虐げるのは……ノーだぞ」

「駒場のリーダー、相手は風紀委員だぜ。弱者ではねえだろ」

どうやら浜面もノッてきたようで、テンションが高くなっているようだ。
確かにスキルアウトにとっては、警備員や風紀委員というものには日頃から目の敵にしている存在だ。
逆襲する機会があるのなら、それを躊躇う理由はない。

「風紀委員というのは……皆、己の信念を持っている……。言う事を聞かせるのは簡単ではない」

「そこは大丈夫だ、駒場さん」

自信満々に答える竜神。
その両手ではいつの間にか引き抜いていた2丁拳銃がクルクルと踊っている。

「殺さずに言う事を聞かせる方法なんてのはいくらでも知ってる」

竜神が口の端にギラリと白い歯を覗かせながらそう言うと、浜面と半蔵はヒューと口笛を鳴らす。
しかし、それでも表情を崩さないのは駒場利徳だ。
竜神はまだ何かあるのだろうかと、男なら思わず反応してしまいそうな上目遣いで駒場を見ると、その口が開く。


「……だが、そんな凄腕ハッカーを……どうやって捕まえるんだ…………?」


声自体は大きいこともないのだが、賑やかな部屋の中でも妙に響く無機質な声。
辺りの温度が一気に急降下した。
竜神はとりあえず助けを求めるように、目だけを動かして半蔵を見る……が。

「………………」

目をそらされた。
もちろん浜面にも何か案があるわけではないらしく、駒場も腕を組んで考え込んでいる。


周りでは相変わらずの乱痴気騒ぎが繰り広げられている。
しかしそこだけは、しばらくの間痛い沈黙だけが続いていた。









第七学区のとある研究所の四階休憩室……未来ガジェット研究所のラボにて。
部屋の中央には向かい合わせに置かれた二つの大きなソファー。一つは上条と美琴が使用しているのだが、二人はお互いに端っこを陣取っており、ラブコメ展開などは欠片も望めない。
そしてその向かいのソファーには青髪ピアスが堂々と真ん中を陣取っている。初めは青髪ピアスも美琴と同じソファーを使いたいと鼻息を荒くしながら頼み込んでいたのだが、美琴が断固拒否したので今の状況に至る。

二つのソファーの間に置かれたガラステーブルの上にはカップ麺の容器が三つに、ドクターペッパーが同じ数置かれている。
カップ麺はまだしも、ドクペというチョイスは買い出しに行ったのが青髪ピアスだというのが原因だ。
しかし初めて飲んだという美琴も、どうやら結構いけたらしく文句も言わずに普通に飲んでいた。案外こういう所は庶民っぽいものだ。

「別にまずくはないわよ」

「おぉさすがみこっちゃん! 分かってるねー!」

「みこっちゃんって言うな」

「けど普段は紅茶ばっか飲んでんじゃねえのか?」

「どんな偏見よそれは」

美琴は溜息をつくと、カップ麺をすする。ちなみに本人の要求でシーフードだ。
このカップ麺を青髪ピアスが買ってきた時も、上条としては却下されたらどうしようかとも思ったが、文句ひとつ言わずに食べている。
聞くと、普段はファミレスなども普通に行くらしく、いかに上条の中のお嬢様というイメージが偏見で塗り固められていたのかが分かる。

「いやー、それにしても我が未来ガジェット研究所にまさか御坂美琴ちゃんが入ってくれるとは思わなかったでー」

「……別に私は入った覚えないけど」

「でも電話レンジの事は調べたいんやろ?」

「ぐっ……」

「別に勝手に青ピが付けてるだけだ。気にする必要もねーと思うぞ」

「なっ、ラボメンNo.001がそんな事言うのはあかんで!」

「それもお前が勝手に決めたんだろうが!!」

そんな感じにギャーギャー騒ぐ上条と青髪ピアス。
学校ではここに土御門元春が混ざり、更に騒がしくなるのためこれでもまだマシな方だ。

美琴はそんな二人の様子に呆れた顔で見ながら再びカップ麺をすする。
いつの間にか夕飯時にしては遅い時間帯になっていたので、どうやら腹は減っているらしい。

「ていうか、ゲームの中の名前をそのまま付けちゃうのもどうかと思うわよ。子供っぽいっていうか何ていうか……」

「なっ、中二が厨二を否定するのはなしやでー!」

「つかお前も人のこと言えねえだろ。あんなカエルが好きな時点でさ」

「う、うっさい! ゲコ太はいいのよゲコ太は!! あれはどんな年齢層からも人気があって……!!」

あたふたと言い訳を始めるレベル5。
もはやバレてしまったものを隠すつもりはないらしいが、それでも子供っぽい趣味だと思われるのはお気に召さないらしい。
まぁ上条が今日までまったく知らなかった所を見ると、おそらく人気のある年齢層は偏っていると予想される。おそらく小学生くらいか。

そんな全く信じていない様子の上条に、まるで可愛い小学生を見るような目をしている青髪ピアス。
美琴はそのどちらの態度も気に入らなかったらしく、手にしていたドクペのペットボトルをダンッ! と勢い良くガラステーブルに置く。

「あぁもう! じゃあこの話終わり!! それより今はあの書き込みについてでしょ!!」

「ん、まぁお前が食い終わるのを待ってたんだけどな」

「いちいちうっさいわねアンタは……」

上条と青髪ピアスのカップ麺はとっくに空になっていた。
そもそも男子高校生にとっては、カップラーメンなんてものはおやつにもならず、もう二つくらい食べてやっと腹一杯になるかどうかといった感じだ。
よって食べるのにもそう時間はかからない。もちろんスープも完飲済みだ。

「でもあのスレ、もう落ちてもうたみたいやで」

今から少し前、VIPにて謎の自称未来人の書き込みを見た三人。
あれからずっとそれぞれのケータイでそのスレに注目していたのだが、>>1の書き込みはなかった。
もちろんこちらからも色々と質問を書きこんでみたのだが、>>1からの返答はなし。代わりに外野からは煽られたが。
そもそも、レス大半が煽りか雑談だったので、まともに全てのレスを読んでいるとも思えない。

上条はソファーに深く腰掛けて自分のケータイに表示させた例のスレを眺めながら、真剣な表情で口を開く。

「このタイミングであのゲームの事を聞いてんだ。マジで未来人かもな」

「それは分からないけど、とにかく話を聞く必要はあるわね」

同じソファーの反対側に座っている美琴はそう呟くと、ポケットからPDAを取り出す。
そんな美琴の行動に、頭に疑問符を浮かべる上条。もうあのスレは落ちてしまったと青髪ピアスが言ったばかりだが……。
すると、そんな上条の代わりに向かい側のソファーに座る青髪ピアスが口を開く。

「何する気なん、美琴ちゃん?」

「さっきの掲示板からハッキングして居場所を突き止める」

「は!?」

美琴が平然と言い放った言葉に、思わず上条は大声を上げてしまう。さすがの青髪ピアスも口を開けて呆然としている。
あまりに自然に言うものなので、ハッキングとは思わず子供のイタズラ程度だという錯覚を覚えるが、決してそんな事はない。バレたらゲンコツではなく手錠が飛んでくる。
しかし当の本人はそんな二人の様子は少しも気にかけずに、PDAを手に持った状態で静かに目を閉じる。

「ちょっと集中するから話しかけんじゃないわよ」

「お、おい、大丈夫なのかよ?」

「バレたりはしないわよ」

美琴はそう言うと、前髪からバチンと火花を散らし、目を開ける。
そしてPDAの画面に指を這わせると、そこには膨大な数の文字列が高速でスクロールされていく。
明らかにそれは手動によるものではなく、持ち前の発電能力を応用したものだった。

「なぁ、ハッキングするお嬢様ってどうよ?」

「カミやんにはギャップ萌えっちゅうもんを教えなあかんみたいやね」

「悪い、お前に聞いたのが間違いだったわ」

そんな感じにコソコソ話し込む男二人を完全に無視して、美琴はPDAを操作し続ける。
相変わらず画面には大量の文字列が流れていたが、どうやらなかなか良い所まで来ているらしく、口元にはうっすらと笑みも浮かんできていた。

「もうちょい……!」

PDAに向かってそんな呟く様子は、端から見ればゲームのボスキャラと戦っているようにも見えるかもしれない。
だが実際にはそんな中学生らしいものではなく、立派な犯罪行為だ。

といっても、上条は別段止めようとも思わない。
もしあの自称未来人の言っていることが本当だった場合、そんな事を気にしている場合ではないからだ。

だがその時――――


「ッ!!!」


突然美琴の息を飲む音が聞こえてきた。
何があったのかとその表情を見てみると、先ほどまでの余裕はどこへ行ったのか、目を見開いて焦っている。
PDAを持つ手は僅かに震え、何かをブツブツと呟いているようだ。

「ビリビリ? 大丈夫か?」

「うっさい! 話しかけんなって言ってんでしょうが!!」

さすがに心配になった上条は声をかけてみるが、イライラとした美琴の言葉に一蹴されてしまう。
仕方なしに、黙って様子を見守ることにしたが、どうも事態はなかなか好転しないようだ。

指でPDAの画面を撫でながら、能力で操作しているのは先程と変わりないのだが、その動きが明らかにせわしないものになっている。
他にも時折舌打ちをしたり、ギリギリとこちらまで聞こえるくらい歯ぎしりをしたり、とにかく忙しそうだ。

それでもしばらく美琴は髪の先からバチバチと火花を散らしながら頑張っていたが、


「だあああああああ、ちくしょう!!!」


結局、PDAを放り投げてしまった。


これに焦ったのは上条と青髪ピアスの二人の方だ。
なにせ、今はハッキングの最中であって、それを途中で放棄するということは逆にこちらが捕まる可能性もある。
おそらくレベル5の美琴は学園都市にとっても有益な存在なので、軽い罰程度で済むかもしれない。
だが他の男二人については、実行犯でないにしても確実に第十学区にある少年院にぶち込まれるだろう。

「お、おい! もうすぐ警備員が突入してくるなんてオチじゃねえだろうな!?」

「いややー!! それならせめて幼女に手を出して捕まりたいわー!!」

「アンタらねぇ……」

そんな感じに慌てふためく男二人を冷たい目で見る美琴。
仮にも実行犯なのに、二人とは正反対に落ち着いている。これがレベル5の自信なのか。

「バレちゃいないわよ。その前に撤退したから」

「そ、そうなのか……?」

美琴の言葉に安堵の溜息をつく高校生二人。
もう頭の中では暗い牢獄の中でスキルアウトやらなんやらの荒くれ者たちとの生活まで浮かんできていた。

しかし美琴の方はしかめっ面で腕を組んでおり、明らかに機嫌が悪そうだ。

「ったく、いったい何者かしらね」

「やっぱハッキングを邪魔されたのか?」

「えぇ。ちょっとでも対応が遅れてたら、アンタの言うとおり警備員が押しかけてきたでしょうね」

そんな美琴の言葉にゾッとする上条。
思わず扉を見て、大勢の警備員が突然扉をぶち破って突入してくるイメージする。
もちろんそれは、あくまでマンガやドラマでのイメージであり、上条が実際に体験したことではない。
しかしそんな非日常的な体験が少し迫ってきただけで、ここまで動揺してしまうのかと少し驚いてしまう。

向かい側の青髪ピアスの表情も、そんな上条と似たようなものだったが、何かが引っかかるようでこちらも腕を組んで唸っている。

「でもレベル5の能力を使ったハッキングやで? そんなん簡単に止められるもんやないやろ?」

「私も失敗したのは初めてよ」

「って事は前にもやったことあんのか」

「うっさい」

美琴は上条のツッコミを一言で斬り捨てると、放り出したPDAを拾い上げて再び操作し始めた。
しかし画面は通常のネット画面に戻っており、ハッキングを再開するつもりではないらしい。

「……そういえばさ、例の自称未来人がハッキングを邪魔したっていう可能性もあるんじゃねえか?」

上条はふとそんな事を口にする。
元々ハッキングの対象は書庫(バンク)のようなものではなく、VIPのスレの一つだ。
ああいった場所は、風紀委員や警備員側もさすがに放置とまではいかないだろうが、仕掛けてすぐに対応できるほど重要視もしていないはずだ。

それでも未来人の仕業だと思いつかなかったのは、自然にあの自称未来人はネットに強くないという印象が植えつけられていたからだろう。
本当に「Steins;Gate」の情報が欲しいのならば、普通はVIPなんかは頼らないはずだ。まだヤフー知恵袋の方がまだマシだ。

「相手は感覚的に管理者側だった。それにこれ」

美琴は首を振ってそう答えると、PDAの画面を二人に突きつけてきた。
どうやらニュース関係のページらしく、写真には大勢の警備員が写っている。

「現金輸送車の襲撃……? スキルアウトの仕業か」

「随分と派手にやったもんやねー」

「たぶんこの事件のせいでネットの監視が強まってる。ったく、ハタ迷惑なヤツらね」

ネットも今や誰もが使用している程に普及しており、この様にニュースもネットから見る事が多くなった。新聞が少し可哀想になってくるが、これも時代の流れだと受け止めるしかないだろう。
ちなみにこのネット依存の社会に警報を鳴らす専門家も少なくはないようだが、実際問題すぐにネットを止めろというのは到底無理な話だ。
確かにマイナスな面はいくらでも出てくるだろうが、それがプラスな面を超えるという事はないからである。

しかしそういった便利なものは善人だけが使えるものではない。
どんなに人々の暮らしを便利に豊かにしたものでも、使い方一つで犯罪にも利用できてしまう。
現代社会において、対象の施設のネットワークを掌握することは、物理的に施設自体を制圧することよりも重要だ。
それ故に美琴が行ったハッキングなどは、物理的な侵入と同じか、もしくはそれ以上に厳しい罰を受けることになる。

今回の件で言うと、犯人のスキルアウトはネットで必要な情報を収集した可能性もある。
それで風紀委員や警備員は、その痕跡から逆に犯人の情報を抜き取ろうとネットをくまなく、広範囲にわたって調べているのだろう。

「そんじゃ、その事件が片付くまで手出しはできないってことか?」

「そうよ。普通の相手なら無理矢理侵入できるけど、さっきの奴は絶対無理」

「……もしかして『守護神(ゴールキーパー)』かもしれへんね」

「なにそれ?」

青髪ピアスの口から出てきた意味深な言葉に、キョトンとした表情で聞き返す美琴。
上条も美琴と同じく何の事かは分からなかった。
今の話の流れから、おそらくネットでの有名人だと思うが、頭の中で検索をかけてもサッカーくらいしかでてこない。

「まぁこれも都市伝説なんやけど、どうもハッカーの間で噂になってる凄腕ハッカーが学園都市の治安維持する側にいるっちゅう話やで」

「……電話レンジといい、都市伝説もあながちバカにできないわね」

「まぁ火のないところに煙は立たないっていうしな」

「でも美琴ちゃんは守護神とやり合っても捕まんなかったんや。さすがやで!」

「そりゃどうも」

青髪ピアスは好感度(ステータス)アップのためか、美琴を褒め称えるが本人はどうでも良いようだ。
どうやら美琴はそういった地位や名誉には興味が薄いらしく、上条にはそれが少し意外だった。
常盤台のレベル5なんていったら、プライドがエベレスト級に高いという印象があったからだ。

やはり人というのはこうやって直接関わらない限り、何も見えてこないのかもしれない。

「けど守護神……か。そいつに何とか協力してもらえば『Steins;Gate』の情報もすぐに集まるのかもしんねえな」

「……そうかもしれないけど、都市伝説の検証にそこまでしてくれる物好きだとは限らないじゃない」

「つまり、美琴ちゃんは相当の物好きっちゅう事やね!」

「うっさい」

上条は良い考えだと思ったが、やはり無理があるようだ。
もともと御坂美琴が協力してくれることが相当珍しいだけで、普通は鼻で笑われて終わるのだろう。
青髪ピアスが名付けたラボメンというのも、どうやら003で打ち止めのようだ。



「…………つか、お前時間は大丈夫なのか?」

「え…………あっ!!!」

なんとなく行き詰ってしまった感じが出てきたので、上条はふと時計を眺めながらそんな事を尋ねてみる。
時刻はもう午後九時だ。おそらく一般的な女子中学生の門限は超えているだろう。
それも、常盤台は寮制であるはずで、そんなお嬢様学校の寮の門限がここまで遅いものではないだろうと上条は考えた。

そして、それは美琴の反応を見るかぎりどうやら大正解らしい。
そこには堂々としたレベル5の余裕は一切無く、表情は一気に青ざめ、何かに対する恐怖からか微かに震えているようだ。

「ちょ、何で早く言ってくんないのよ!」

「いや、俺は男子寮だし普段そんなに気にしてねえからさ」

「うぅ……どうすんのよこれ…………」

「どうするもなにも、とりあえず早く帰ったほうがいいとちゃう? 送っていくで!」

そんな下心が透けて見える様な青髪ピアスの言葉に、美琴は大きく頭を振る。
あまりの勢いに、一気に髪がグシャグシャに乱れるが、本人はそんな事を気にしている余裕もないくらいに焦っているらしい。

「今帰ったら確実に刈られる!」

「刈られ……は?」

お嬢様に似合わない物騒な言葉を呟く美琴。
一瞬、上条の頭の中では「かられる」という単語の変換が次々と行われたが、どうも文脈からは「刈られる」というのが一番ふさわしいと思われる。
だがそれは、綺麗で清楚なお姉さんという上条の持つ常盤台の寮の管理人さんのイメージからは連想されない言葉で、少し考えこんでしまう。

一方美琴は腕を組んで、まるでこれから難攻不落の砦に攻め入るかのような険しい表情で解決策を考えている。
常盤台の超電磁砲がここまで必死になるというのは、まさかそれほど恐ろしい管理人なのだろうか。
まぁ全員がレベル3以上で、ホワイトハウスでさえ攻略できると噂される集団だ。そこの寮監も相当の実力を持っていてもおかしくないかもしれない。

「そうだ、黒子!!!」

どうやら何か解決策が浮かんだらしく、急いでケータイを取り出す美琴。
こういった機転はレベル5ゆえのものなのか、それとも不良少女ゆえなのかは分からないが。

上条はそんな大袈裟すぎるような美琴の行動に疑問を持ち、青髪ピアスと目を合わせる。
どうやら向こうも同じような感じらしく、ただ肩をすくめるだけだった。

「あっ、もしもし黒子!? アンタ今部屋!?」

「なっ、支部ですって!? あっ、そっか、例の事件……」

「い、いや何でもない。突然悪かったわね、それじゃ……」

最後の方はテンションだだ下がりになって電話を切る美琴。
別にスピーカーフォンにしているわけではないので、相手の言葉までは聞こえないが、どうやらルームメイトか何かに助けを求めたらしい。
だがガックリと肩を落としているその様子を見るに、どうやら美琴の作戦は上手くいかなかったようだ。

それでもまだ美琴は大人しく帰るという選択肢は取らずにブツブツと何かを呟きながら考えこむ。
上条や青髪ピアスは一応年上のお兄さんとして、ここは帰ったほうがいいとアドバイスしてみるが、見事に無視された。

「……黒子のやつ、どうせ外泊許可取るならついでに私のも取ってくれたって……いや、私は風紀委員じゃないし無理か…………待てよ」

どうやら美琴はまた何かを思いついたのか、ハッとした様子でただ目の前の何もない空間を見つめてぼーっとしている。
流れから、おそらく頭をフル回転させて何かを考えているのだろうという事は分かるが、端から見ればただの電波な危ない人であり、お嬢様的にはアウトだろう。
それにその状態が長い。上条はもしや愉快に現実逃避しているだけではないのかと疑い、何か声をかけたほうがいいのか? などと考え始めるが、

「よっし! この手があった!!」

美琴はバン! とソファーの前のガラステーブル叩いてそんな事を叫ぶと、勢い良く立ち上がった。
その表情は先程までの極度に焦っているようなものではなく、勝ち誇ったようなものになっていた。誰に対してなのかは分からないが。
あまりに唐突だったために、上条や青髪ピアスは思わずビクッと全身を震わせるが、本人は完全に気づいていない。
そして二人が何かを言う前に扉へダッシュ。そのまま出て行ってしまった。

残された男二人は、まるで嵐が通りすぎて行ったかのようにただ呆然とするしか無かった。


数分後、部屋に戻ってきた美琴は笑顔だった。

「私、今日はここに泊まるから」

「はぁ!?」

美琴がさらっと放った言葉に思わず大声で反応してしまう上条。
上条の持っている一般常識的には、女子中学生が外泊というのは余程のことがない限りはダメだという認識だ。
ただ、これは単に自分の常識がバグっている可能性もあるので、青髪ピアスの方を向いて同意を求める。

だが上条はすぐに気付いた。
青髪ピアスの常識なんてものは確認しなくたってバグっている事は明確だった。

「うおおおおおおお!!! じゃあボクも泊まるでえええええ!!!」

「アンタらは帰れっての」

鼻息荒く高々と宣言する青髪ピアスだったが、美琴は冷たい目で一蹴するだけだ。
まぁ上条は元々こんな所に泊まるつもりはないのだが、やはり女子中学生一人をここに残すのは躊躇われる。
まるで美琴の親父みたいだな、と自分でも苦笑したくなってくるが、これが「偽善使い(フォックスワード)」としての生き方だ。

上条が人に向ける善意は、何も全てが相手のためというわけではない。
例え自分のその行動が何の解決にもならなくても、「何かをやった」という慰めがほしいだけだったりもする。
要するに、良からぬことが起こった時、何もしなかった事で罪の意識に苛まされる事を避けるための防衛線だ。

「本当に寮の方の許可は貰ってんだろうな?」

「ふふん、そんなに美琴センセーの天才的な閃きを聞きたいわけ?」

美琴は片目を閉じてニヤリと笑う。
それに対して上条はというと、溜息をつきながら頭をガシガシとかいていた。

もし美琴が標準的な中学生であったのなら、今のセリフはジョーク交じりなものとして受け止められるだろう。
だが、実際は学園都市でも七人しかいないレベル5の第三位。ジョークでも何でもなく、本当に“天才”と呼んでもいいはずだ。
よって、上条にはどう聞いても嫌味にしか聞こえなかったわけだ。

「……で、どうやったんだよ?」

「研究協力の特例を認めてもらって、ファックスで文書を送ってもらったのよ。ウチの寮監は電話でないけど、文書として形が残っていれば大丈夫でしょ」

「研究協力?」

「えぇ、ウチは結構そういうので外泊する子もいるわよ。主に能力関係の研究ね」

「おー、さっすが常盤台! やっぱウチとは違うんやねー」

研究協力での外泊。そんなものは上条の学校では聞いたこともなかった。
だが常盤台中学は全員がレベル3以上の能力者だ。
それはやはり研究者側からしても、重要な被験者であるのだろう。

「そんで、タイムマシン研究をやってますって言ったのか?」

「んな訳あるか。ちゃんとここの研究に協力してる事にしたわよ。下の人達にも口裏を合わせてもらってね」

「なっ、そんな簡単に言うこと聞いてくれんのかよ!?」

「えぇ、あの人達にとってはウチの寮監よりも、私に媚び売っておいた方が得になるだろうし」

確かにその言い分は分かる。
しかし上条は、良い大人たちがそんな自分の利益のためだけに、こんな中学生の言う事を聞くのはどうなんだろうかと疑問に思ってしまう。
たぶんそんな綺麗事だけではやっていけない世界なのかもしれないが、普通の高校生で偽善使いである上条には理解できなかった。

「というわけで、私はここに泊まる。アンタ達は帰る。分かった?」

「んー、まぁ今日のアニメの録画のセットもしてないし、しゃーないなー」

「……まぁどっちにしろ俺は帰るつもりだったしな」

やはり少しは躊躇してしまう上条だったが、どうせこれ以上何を言っても意見は変えないだろうし、ここは大人しく帰ることにした。
それに相手はレベル5であり、そこまで心配する必要もないかと無理矢理結論づけ、何とか自分自身を納得させようともしてみる。
まぁそれでも完全に気持ちが晴れないのはこの性格の厄介な所だが、たまにはこういう日もあってもいいだろう。
人間というのはいつだって少しの不満を持って生きている生物であり、完全に満たされるなんてことはない。上条当麻なんかは特に。



――そう考えながら自分の寮へ戻るために、研究所の門をくぐったのはつい数分前だ。

それでも上条当麻の現在位置はとある学生寮の七階の部屋ではなく、例の研究所の内部であった。
理由は簡単、財布を落としたのだ。

「まぁいつもの事なんですけどね」

そんな感じに、投げやりな口調で乾いた笑みを浮かべる上条。正直今日はもう疲れた。
本当は帰ってシャワーを浴びて、すぐにでもベッドへダイブしたい所なのだが、さすがに財布を見捨てる訳にはいかない。
入ってる額は大した事なかったのだが、一緒に入れてあったカード類は再発行が面倒だ。

ちなみに帰り際に研究所の門の指紋認証システムに登録しておいたお陰で、出たっきり戻れなくなったという事態は回避することができた。
もし締め出されてしまった場合は、美琴に連絡するしかなくなり、延々と文句を言われるはめになっただろう。

「一階にはない……となると」

とりあえず上条は一度通った道をよく探して見ることにしていた。
確か夕飯の買い出し役を決める際に、財布を出して中身を確認したはずなので、そこまではきちんと持っていた。
つまり、落としたとすればその後で、という事はこの研究所以外ありえないのだ。

もう一階で上条が通った道はあらかた探し終えた。研究者にも聞いてみたが、見てないとのことだ。
という事は後可能性があるのは四階であり、おそらく未来ガジェット研究所のラボである例の休憩室だろう。

(うっわー、結局ビリビリに会うはめになるのかよ……)

エレベーターで四階まで昇り、ラボの前まで来た上条。

財布を忘れたといって戻ってきた自分に対して、美琴はどんな反応をするか。上条は容易に想像できた。
まだ呆れた目で見られるくらいならいい。しかしそんな目も見せずに鼻で笑われた日には、上条は軽く三日は立ち直れない自信がある。
もう既に高校生としてのプライドは地の底まで落ちていたが、それでもやはり堪えるものはあるのだ。

とか何とか暗い想像をしたところで、結局美琴に財布を忘れたことがバレるのは避けられない。
そう考えた上条は、いつまでも扉の前で立ち尽くしているわけにもいかないので、一つ大きな溜息をつくとドアノブを回して部屋の中に入った。

「……ありゃ?」

聞こえてきたのはスースーという小さな寝息。身構えていた上条は何だか拍子抜けした感じになる。
まさかと思い、そろそろとソファーに近づいてみると、案の定御坂美琴がぐっすりとお休み中だった。
おそらく本を読んでいる途中で寝てしまったのだろう。その胸元には例の電磁波に関する参考書が乗っかっていて、呼吸に合わせて僅かに上下している。
その表情は起きている時とは比べものにならないほど穏やかなもので、上条があまり知らないものだ。
そもそも、この少女は上条の前ではほとんどしかめっ面しかしていない気がする。

(ん……でもこれってチャンスじゃねえか?)

一応言っておくと、このチャンスというのはこのまま寝込みを襲えるなんていうHENTAI的なものではない。
このまま美琴を起こさずに財布を探し出せれば、鼻で笑われる事もないかもしれないというものだ。

上条はできるだけ足音をたてないようにしながら、部屋のなかを捜索する。
美琴を起こさないように注意を払わなくてはいけないので、まるで何かのゲームのような印象を受ける。
そして、意外な事に財布はすんなりと見つかった。それはソファーの上の、上条が座っていた辺りの位置に落ちていた。
おそらく、ただ単純にポケットから落ちたと思われ、上条は明日にでも財布用のチェーンでも買おうかと考える。

(ビリビリは……よし、起きてねえ)

よくある展開では、こうして目的を達成した瞬間に目が覚めるというのが多い。
そこで恐る恐るといった様子で美琴の方を向いてみるが、先程と変わらない様子でぐっすりと眠り込んでいる。
どうやら上条だけではなく、美琴も今日はかなり疲れているのか、まったく起きる気配はなさそうだ。

上条はそんな幸せそうに眠る美琴を見て、思わず頬が緩むのを感じる。
いくら常盤台だのレベル5の超電磁砲だの言われても、こうして見るとただの女の子にしか見えない。

(……けど鍵開けっぱはやべーだろ)

いくらレベル5だからといって、この状態はおそらく完全無防備なのだろう。まぁ確かめるほどの勇気は上条にはないが。
そんな状態で、鍵もかけていない部屋で眠るのはかなりまずいと思う。おそらく父親なんかが娘のこんな様子を見たら死ぬほど心配するだろう。

(鍵は……あったあった)

とりあえず、鍵だけはかけていこうと、ガラステーブルの上に無造作に置かれたカードキーを手に取る。
鍵をかけた後、必然的にカードキーは上条が持って帰ることになるのだが、それは許して欲しいところだ。

他にも今すぐ美琴を起こすという選択肢もあるが、それは正直あまり気が進まなかった。
理由としては、こんなに気持ちよく眠っているのを起こすのは気が引けるというのもある。
しかし一番の理由は、万が一この少女の目覚めが悪かった場合、おそらく待っているのは電撃だという事からの自己防衛だ。

(そういやコイツ、寒くねーのか?)

そのまま出ていこうとした上条だったが、ふとそんな事を思って少女の方を振り返る。
服装は常盤台中学の冬服で、そこまで薄着をしているわけではない。
しかし、この部屋は特に暖房設備などは動かしていなく、さすがに風邪を引いてしまうのではないかと心配になってきたのだ。

(……しゃーねぇな)

上条は小さく溜息をつくと、下の階へ行って毛布でももらってくることにした。
一応出ていく時に鍵をかけるのは忘れない。

研究者に毛布が欲しいと頼むと、快く貸してもらえた。やはりここに泊まる研究者も多いらしく、毛布も予備がたくさんあるのだろう。
ちなみのその毛布はベージュ色のそこそこ大きいもので、手触りなどから普段上条が寝る時に使っているようなものとはだいぶ違うことが分かる。
まぁ美琴はお嬢様なのでこのくらいの物でちょうどいいだろう。


そうして高級毛布をもってラボに戻った上条。
ソファーで眠る美琴の様子に変化はなく、相変わらずぐっすりと気持ちよさそうだ。
上条はそんな美琴を見て小さく笑うと、俺も早くベッドで寝てー、などと考えながら毛布をかけるためにソファーへ近づいていく。

そして毛布をかけると、満足気に上条は部屋から出ていった。

――――そうなれば良かったのだが。

「うおっ!?」

疲労感からか、毛布をかけるためにソファーへ向かって動く上条の足が絡まり、前のめりにバランスを崩した。
視界が急激にブレて、体が大きく傾くのを感じる。
それに対して上条は反射的に仰け反ってバランスを立てなおそうとするが、人間は二足歩行の生物であるがゆえに、絡まったままの足ではどうすることもできない。

「ごばぁ!!!」

結果、上条は倒れ込むしか無かった。
だが、その先はカーペットのしかれた床ではなく、ついさっきまで向かおうとしていたソファーだった。
そのお陰でダメージは少ない。というかかなりのフカフカさなのでほぼゼロといってもいい。

しかし……それでも上条は床へ顔面を強打したほうがマシだったと本気で思っていた。

「………………」

上条は自分を見ていた。
正確に言うと、目の前の少女の瞳の中に映る自分を至近距離から見ていた。
その瞳に映る自分の顔は絶望に満ちている。例えるのならば、テスト前に徹夜で勉強しようとしたらうっかり寝てしまって、起きたら朝だった時みたいな顔だ。

目の前の少女……美琴はパッチリと開いた目でこちらをじっと見つめる。
彼女から見れば、起きたら高校生の男が自分に覆いかぶさっていた、という状況だ。
さすがのレベル5のお嬢様も、この状況を寝起きで上手く処理できないのか、特にアクションも起こさずにじっとこちらを見ている。

しかし、徐々に今自分がどんな状態なのか、そして目の前の上条はなぜ自分に覆いかぶさっているのかを考え、プルプルと震え始める。

「ア、ンタは…………」

「ちょ、ちょっと待て!! 話を聞いてください!!!」

「何をやってんじゃコラァァあああああああああああああああ!!!!!」

美琴が寝起きとは思えない程の大声をあげると、その前髪から雷撃の槍が飛び出した。
超至近距離から放たれたそれは、バチバチという凄まじい音をたてながら真っ直ぐ上条の顔面へと向かっていく。
普通の者なら、そのまま顔面直撃。そして全身ビリビリであの世逝きコースだ。

しかし、幸か不幸か上条は普通の者ではない。
もはや熱いものに触れたらすぐに手を引っ込めるのと同じように、上条は反射的に右手を顔の前に出していた。
それにより、雷撃の槍は上条の顔面に直撃することはなく、その極めてイレギュラーな右手によって弾かれ、そして消える。

まぁ上条の方も、余程ビックリしたのか思わずソファーから転げ落ちてしまうのだが、完全に自分の攻撃を防がれた美琴としてはわざとやっているようにしか見えない。

「だああああ、ムカツクわね!! 何なのよその能力!!!」

「いや今のは俺が悪かった! けどだからって殺そうとする事ねえだろ!! どう見ても過剰防衛だろうが!!」

「アンタは食らわないんだからいいでしょうが!!」

「何ですかその『防弾チョッキ着てるなら撃ってもいい』的な発言は!!」

ぎゃーっと全身をバチバチと鳴らして騒ぐ美琴に、全身から嫌な汗を吹き出しながら本気で泣きそうになっている上条。
確かに状況だけ見れば明らかに上条が悪い。美琴目線で見れば、寝込みを襲われそうになったと思われても仕方ない。

しかし相手が普通の女の子だったら、パンチやビンタの一発はもらっても、そのあと誤解を解く術がある。
だがこの少女の場合に飛んでくるものはそんな生やさしいものではなく、食らったら割と洒落にならない高圧電流だ。
もしもそれで昇天してしまったら、誤解を解くこともできない。つまり、女子中学生の寝込みを襲おうとして返り討ちにあった男という、不名誉極まりない汚名を残してしまうのだ。

「ったく、一番警戒すべきなのは青髪だと思って油断してたわ」

「ち、違う誤解だっての! 俺は毛布をかけてやろうって思っただけなんだって!」

上条は必死にそう言うと、一連の騒ぎで床に落ちていた高級毛布を拾い上げ、美琴の目の前につきつけた。
美琴はそれを見て一瞬ポカンとして目をパチクリさせていたが、どうやら状況を理解できてきたようで少し驚いた表情に変わっていく。
目の前の毛布と上条の顔を交互に見ているあたり、少しは話を聞くつもりになったらしい。

美琴のその様子を見て、これで何とか誤解は解くことができたかと、上条は少し希望を持ち始める。

「……もしかしてそういう言い訳作りの為に持ってきたんじゃないでしょうね?」

「どこまで疑い深いんだよ! 大体、何でわざわざお前みたいな地雷を狙うんだよ!! どうせそんな事すんならもっと大人なお姉さんにするわ!!」


バチン! と。そんな心臓に悪い音が聞こえてきた。音源はもちろん目の前の少女だ。


もしかしなくても、その音は電気によるものであり、思わず毛布をずらして少女の様子をよく見てみると案の定バチバチと帯電していた。
表情は俯いていて良く分からないが、プルプルと小刻みに震えているのはよくわかる。
この場合女の子なら泣いているか怒っているかの二択だろうが、この少女の場合は完全に一択に絞られる。

とにかく容疑を晴らしたいがために放った上条の一言。
それは確かに、その目的を達するためなら有効な一言なのかもしれない。
しかしそれは同時に目の前の少女の血管をブチ切らせる事に対しても十分すぎるほど効果的だった。

「……よっし分かった。アンタがこの美琴さんを襲おうとしたわけじゃない事は信じてあげよう」

「お、おい……ビリビリ…………?」

「でもさー、さっきの言葉はどう聞いてもケンカ売られてるようにしか聞こえないのよねー」

「いやあのさっきのはですね……ってうおおおおあああああああああ!!!!!」

お怒りのビリビリ少女を何とかなだめようとする上条の言葉も、最後には悲鳴に変わる。
理由は単純、再び目も眩むような高圧電流が上条に向かって放たれたからだ。
なんとかその持ち前の右手で払うことはできたが、それでも心臓がバクバクと嫌な鼓動を刻む。

電撃を防がれたと確認した少女は、ここにきてゆらりとソファーから立ち上がる。
口元にひきつった笑みを浮かべ、体中からバチバチと青白い稲妻を迸らせているその姿は、小さい子供なら大声で泣き出し、スキルアウトなんかでも大急ぎで逃げ出すだろう。


しばらくの間、未来ガジェット研究所のラボが凄まじいほどの閃光やらバチバチというスパーク音やらで一杯になったのは言うまでもない。




数分後、そこにはソファーの上でぐったりとしている上条の姿があった。もちろんビリビリが命中したというわけではなく、極度の緊張と疲労からだ。
疲労というのはあえてもう説明しないが、緊張というのはもちろん、ついさっきまで死と隣り合わせのケンカをやってた事が原因だ。
一方美琴の方もだいぶ疲れたらしく、もう一つの方のソファーで同じようにぐったりとしている。どうやらレベル5といえど、あまり能力を使い過ぎれば疲れるらしい。文字通り電池切れというやつか。

先程の電撃騒動で、人体への被害はなかった。というかあったら救急車を呼ぶはめになっただろう。
しかし物への被害は凄まじかった。
とりあえず、ソファーやガラステーブル、電話レンジなど無いと自分が困るようなものは壊さないように気を付けていたらしいが、その代わり主に壁際の棚がほぼ全滅状態だった。
上に置いてあった賞状やら許可証やらは灰になり、ここの研究者が見たら苦い顔をするかもしれない。まぁ貴重な実験協力者に対してそこまで露骨な態度は取れないとは思うが。

「そんで……アンタは何で戻ってきたのよ」

「それは…………財布忘れたんだよ」

まだ息が整っていない声で美琴が尋ねてきたので、仕方なしに答える上条。
本当は言いたくなかったのだが、それによりまた何か疑われるのは面倒だったのだ。

ちなみに美琴の反応は大体予想通りで、思いっきり呆れた顔をしていた。

「アンタって不幸っていうか、ただドジなだけなんじゃないの」

「う、うぐ…………」

痛い所をつかれて美琴から目をそらす上条。
勝手にドジっ子属性をつけられ、年下の女の子に冷たい目で見られるのは中々に堪えた。
おそらく青髪ピアスなんかは「経験値高いでー」などと言いながら身悶えするのかもしれないが、あいにく上条にはそんな趣味はない。

とにかく、いつまでもそんな状態なのはキツイので、ここは高校生のお兄さんからのアドバイスをしてやることにする。

「それはともかく、鍵を開けっぱで寝るのはやめとけ」

「ん、あー、そういえばいつの間にか寝ちゃってたから鍵かけてなかったわね」

「ったく、お前危機感なさすぎだろ」

「んん? へぇ~、つまりアンタはこの美琴さんが心配で心配でたまんないわけだ」

そんな事を言って、ニヤニヤと笑ってからかってくる美琴。
どうやら高校生としての尊厳などはとうの昔にぶっ壊れてしまったらしく、これ以後もこの少女が上条を年上扱いすることはないだろう。
まぁ正直そこらへんは、ほとんど諦めていたのでどうでも良いのだが。

上条はそんな事を考えながら、頭をガジガジとかいて軽く溜息をつく。
なんだかこの少女と出会ってから溜息が増えた気がする。

「……当たり前だろ」

「………………え?」

からかわれているにしても、さすがに無視するのもアレだったのでとりあえず答える上条。
あの言われようで素直に答えるのは何か癪だったが、あえて嘘をつくのも面倒だった。

だがそれに対しての美琴の反応は意外だった。
上条としては、どうせ「人の心配してる場合?」などと鼻で笑われて終わりだと思った。

目の前の少女はまるで上条が意味不明な言語を使ったかのように、ただ呆然とこちらを見ているだけだ。
今ここには上条と美琴の二人しかいなく、テレビも点けていないので二人が黙ると驚くほどの静寂が辺りを包む。
そんな美琴の様子に、上条は自分が何かおかしな事を言ったのではないかと考え、先程の会話を頭の中で再生するが、どこがおかしかったのか良く分からない。

「……あー、そんなに驚く事か? レベル5の超電磁砲とかいう前に、お前は御坂美琴っつー中学生だろ。あんだけ無防備に寝てたら誰だって心配するっつの」

「…………ふふ」

上条は、「俺、おかしい事言ってないよな?」などと考えながら、慎重に説明したのだが、なぜか笑われてしまった。
しかし、その笑みは不思議と嫌ではなかった。たぶん嘲笑とかそういうのでは無い気がする。
まぁ読心能力(サイコメトリー)などは持っていないので、実のところその笑みがどんな意味を持っているのかは全く分からないのだが。

「まったく、それが強者の余裕ってやつ? アンタから見れば私はただの中学生って言いたいのねー」

「い、いやそういう意味じゃなくてだな……」

「分かった分かった。ちゃんと鍵は閉めて寝るっての。まぁここの人達は私の能力やDNAくらいにしか興味ないと思うけど」

美琴はそう言うと、苦笑する。
口調こそはいつもと変わらないものだ。しかし、その言葉の裏には何か暗いものがあるように思えた。
おそらく美琴は、上条よりもここ学園都市の事をよく知っている。色々なものも見てきただろう。
そんな美琴の様子に、上条は言葉を見失う。

美琴の言い方から察するに、研究者側は美琴のことを貴重な被験者としか見ていないのではないかと推測できる。
上条は所詮無能力者なので、そんな体験をしたことはない。しかし、そんな環境の中で過ごすのはかなりキツイだろうな、などとは何となく想像できる。
ただの被験者としか見られないという事は、見方を変えれば実験用マウスと同じ扱いを受けているとも考えられるからだ。

「……あのさ、何か嫌な事とかあったら話してくれてもいいからな。俺でも青ピでも愚痴くらいなら聞いてやるって」

「はいはい、一応私もラボメンだからねー。でも、愚痴聞いてもらうにしたって、もうちょっと人は選びたいところだわ」

「そこは我慢しろよ」

「ふふ、そうね。…………ほら、じゃあ私はそろそろ休むから出てった出てった」

上条はそれなりに心配だったりもするのだが、美琴は何でもないような笑顔だ。
まぁ強がっているだけだという可能性も十分にあるが、とにかく言いたいことは言った。
あまりズカズカと人の領域に踏み込むのも気がすすまないので、とりあえずこれからは美琴自身に任せていいだろう。

上条は美琴に背中を押される形で部屋を出る。
振り返ると、後ろでは美琴がドアを半開きにした状態で、早く行けと言わんばかりにしっしと手を振っていた。
そんな扱いに少々げんなりする上条だったが、いい加減早く帰って眠りたいところなので、わざわざ食い下がる必要もない。

「んじゃ、ちゃんと鍵はかけろよ」

「分かってるっての。アンタは私のパパか」

「どっちかってーと妹?」

「そりゃおそろしく出来の悪い兄貴がいたもんね」

美琴の毒舌に、グサリと心をえぐられる上条。しかし、悔しい事に否定はできない。
仕方ないのでガックリと肩を落としたまま、トボトボと帰ろうとする上条だったが、

「――――――」

「……ん? 何か言ったか?」

後ろからうっすらと美琴の声が聞こえた気がしたので、思わず立ち止まって振り返る。
そこにはまだ半開きのドアからこちらを見ている美琴の姿があり、何かを言ったのは上条の勘違いではないのかもしれない。
そしてその表情は、どこかほんのりと赤くなっており、どうやら上条が急に振り向いたことに驚いているようだった。

「な、何でもない!!」

「?? 変な奴だな」

「アンタにだけは言われたくない!」

おそらくこれ以上聞いてもまともに答えないだろうし、特に興味もなかった上条は今度こそ寮へ帰るために歩いて行く。
後ろではバタン! という扉を閉める音の後にガチャという鍵を締める音もしたので、今度こそ美琴も部屋に戻ったのだろう。

とにかく、今日は色々とありすぎてかなり疲れた。
せめて研究所から寮までは、不良に絡まれたり車にひかれたりしないでまっすぐ帰りたいなーと願う上条だった。




一方ラボには一人残された美琴が、ドアを背にもたれかかっている状態でぼんやりと天井を見上げていた。
改めて部屋を眺めてみると、今は自分一人しかいないせいか、随分と広く感じる。つい一時間前まではここには三人も居て賑やかだったのが嘘みたいに静かだ。
そんな事を思いながら、ふと美琴の頭の中には先程の上条の言葉が浮かんでくる。

『お前は御坂美琴っつー中学生だろ』

あんな事を言われたのは初めてだった。
まぁ自分の電撃をくらわない相手というのも初めてなので、そのせいなのかもしれないが。

あの言葉で、美琴は何となく両親の事を思い出していた。
自分をレベル5の超電磁砲ではなく、一人の娘として接してくれる両親。そこが被ったのだろうか。
もちろん常盤台での生活が悪いというわけではない。ルームメイトである後輩のことは、普段は色々と残念な所も多いが基本的には信頼している。

しかし、こんな都市伝説を検証するなんていう幼稚なラボにも、美琴は居心地の良さを感じていた。
普段は常盤台のエースとして、他の生徒の模範となるように求められているためか、美琴は中々思う存分自分を素の出すことができないのだ。

「……ありがと」

そんな美琴の小さな言葉は、静かな部屋によく響いていた。





風紀委員一七七支部。
一応は柵川中学の一室なのだが、ここだけは学校と言うよりはオフィスの一室という印象を受ける。
部屋には市役所においてあるようなスチール製のビジネスデスクが並べられ、パソコンが何台も置かれている。
そして奥には黒いソファー、そして液晶テレビがかけられていた。

現在この部屋を使っている者は二名。本来ならば、もうとっくに完全下校時刻は過ぎているので誰もいなはずなのだが。
一人はここ柵川中学の一年生である、初春飾利。背は低く、長袖のセーラー服はまだ少し大きいようだ。
顔はまだ幼さが残っており、黒の髪は短め。しかし、彼女の一番の特徴を表すものはその上にある。

――花だ。
初春の頭の上には牡丹や鈴蘭などの花を模した髪飾りが大量につけられていた。
遠くから見ると、まるで大きな花瓶を頭に乗っけているようにも見えてしまう。

ちなみに初春は今はデスクの一つに座っており、カタカタとキーボードを叩いている。
そのデスクには可愛らしいマグカップの他にPC画面が三つも置かれ、それぞれに違うものが映されていた。


そしてもう一人の風紀委員は、名門常盤台中学の一年生で、御坂美琴のルームメイトでもある白井黒子だ。
背は初春と同じくらいで、艶のある長い茶髪はツインテールにしてある。
服装はもちろん校則で休みの日でも着用するようにと義務付けられている制服で、ベージュのブレザーに紺チェックのスカートだ。
白井はデスクではなくソファーに座っており、その前に置かれたテーブルにはマグカップの他に書類の山が積まれている。

こんな夜中に、学校の一室に女の子二人だけというのは、それなりに危ない気もするが彼女達は風紀委員だ。
花飾りの少女、初春飾利は低能力者(レベル1)であり直接的な力は持たないものの、白井黒子の方は大能力者(レベル4)なので暴漢の一人や二人ひねるのは朝飯前だ。
そもそも、いくらなんでも風紀委員の支部に突撃してくる者なんていう者はそうそう現れないものだ。

「……どうしたのでしょう」

「んん? 誰からの電話だったんです?」

「お姉様ですの。何やら慌てている様子でしたが……」

白井はそう言うと、先程まで通話していたケータイをしまう。
それは超小型の最新鋭ケータイで、大きさは口紅の円筒程度しかない。そこから巻物のように画面を引き出して使用するのだ。
そういったSFチックなものが好きな白井は迷わず購入したわけだが、実際使ってみると画面は操作しづらいわ無くしやすいわで、とても実用性に欠ける事が判明した。

対する初春は、そんな白井の言葉に目を輝かせると、

「おおおお!! それはもしかしなくても、学園都市でも七人しかいない超能力者(レベル5)の第三位、御坂美琴さんの事ですね!?」

「ふふふ、その通りですの!! 学園都市全体に『超電磁砲』としてその名を轟かせる、常盤台のエースですわ!!」

まるで自分のことのように、薄い胸をつきだしてふんぞり返る白井に、初春はさらに目をキラキラと輝かせる。
やはり普通の中学生の少女というものは、そういった有名人やお嬢様に憧れを抱くものであり、お近づきになれるものなら大喜びするものだ。
そんな理由から初春はいつか白井に頼んで美琴に会わせてもらおうとか計画していたり、お嬢様らしい動作などを密かに研究していたりもするのだ。
まぁそれでも白井が何気なく行う、お嬢様らしい動作や言動にいつも打ちのめされてしまうのだが。

「そ、それでそんな最上級お嬢様はどんなお話を!?」

「いえ、それがわたくしが寮にいるかどうかをお尋ねになっただけで……」

白井はそう言いながら首を傾げる。
あの様子は明らかに切羽詰っているようで、これはこちらからも連絡したほうがいいのではないかとも考えるが、かえって迷惑になる可能性もある。
そしてここは頼られるまで余計な事はしない方がいいという結論に達したわけだが、やはりどうもスッキリしない。とにかく、この事は後日聞いてみる必要がありそうだ。

「あっ、ダメですよ白井さんー。まだ書類の山が残っているんですから」

「う、うぐ……まったくスキルアウト相手ですと、こういった間接的な攻撃が一番効きますわね……」

「頑張ってくださいねー。私もそろそろ終わりそうなので、そしたら手伝いますから」

先程から初春が行なっている作業は、今日発生した現金輸送車襲撃事件の犯人の居場所を探るといったものだ。
それがもうすぐ終わるというのは、つまりあと少しで犯人のアジトを突き止められるという事を意味する。

白井は眠気覚ましのコーヒーを飲みながらそんな初春の言葉を聞いていたが、内心舌を巻いてしまっていた。
初春が風紀委員になったのはつい最近の事で、同い年だが白井のほうがだいぶ先輩だ。まぁ白井も実務をこなし始めたのは割と最近なのだが。
そんな新米の風紀委員である初春がこうやって警備員から依頼を受けたりするのは、それなりの理由がある。

初春の強みは情報処理だ。風紀委員の試験も、体力テストは散々だったがこの一点だけで何とか合格することができた。
だがやはり実戦なんてものはできないので、普段は白井と二人一組で初春がサポート役に回っている。
一方情報戦の実力は本物で、普段は学内での治安維持が基本の風紀委員でも、こうやって大きな事件の調査の依頼が来るほどだ。
こうした一点突出型は、常盤台のような万能系を求める学校には厳しいかもしれないが、長点上機学園なんかはもしかしたら興味を示すかもしれない。

「流石ですわね」

「いやぁ、実はちょっと前にハッキングかましちゃってる人がいましてねー」

「ぶっ!? げほっ、ごほっ!!」

まるで近所の子供のイタズラのように話す初春に、白井は思わずコーヒーを吹き出す。
そして次の瞬間、自慢の能力である「空間移動(テレポート)」を発動させ即座に初春の背後に立つと、固く握った拳をその花飾りが乗っかった頭へグリグリと押し付けた。
その表情は子供をしつけるようなもので、ドヨーンと黒いオーラが漂っている。

「な・ん・でそういう大事な事を言わないんですのコノヤロウ」

「いたたたたたたたた!!! す、すみませんー!!!」

どうやら中々に痛いらしく、初春は軽く涙目になりながら謝っている。やはりこの少女はどこか抜けている所もあるようだ。

「それで? もちろん撃退したんですのよね?」

「え、えぇ……。でも相手の居場所までは分かりませんでした」

「あら、珍しいですわね」

「手法からおそらく能力者です。それもかなりの高位能力者ですね」

そう言いながら、初春はその時の事を頭に思い浮かべる。
ここは学園都市なので、能力者によるハッキングというものは珍しくはない。むしろその対処までできなければ、治安を守ることなんてできない。
初春は普段、侵入経路、データの移動パターンなどの目の前で起きている現象から、頭の中で計算式を展開。そこからその現象を引き起こしている、「自分だけの現実(パーソナルリアリティ)」を読み取る。

しかし今回は普通の相手ではなかった。
その侵入経路や手順から電子を操る能力者だという事は分かったのだが、あまりにポピュラーな能力なので、それだけでは犯人を特定することはできない。
さらに使用している計算式も相当高度なもので、初春でもその能力の根幹となっている自分だけの現実まで辿り着くことは出来なかった。

(……あれだけ高度な演算能力は見たことがありません。レベル4……いや…………)

そこで初春の頭に浮かんできたのは、電子を操る能力者の中でも最高位に位置する存在。
初春は一瞬、はっとした顔で思考を停止してしまうが、すぐに頭をぶんぶんと振る。そんな事はありえない。

それはもはや願望に近かったのだが、初春は無理矢理気にしないことにする。

「それで、そのハッカーの狙った先から人物像を推測しようと思ったのですが、どうもその被害者、今回の事件と関係あるみたいなんです」

「ハッキングの被害者のほうが……?」

「はい。アクセス履歴に事件と関係するサイトが大量にありました。確証を得るためにはもう少し調べないといけませんけど」

「……良くわかりませんわね」

白井は腕を組んで考えこむ。
ハッカー側が事件の関係者というのなら話は分かるが、被害者となるとややこしくなってくる。
可能性としては、この事件のことを聞きつけた第三勢力による横取り。もしくは個人的に事件を追っている者など、考えられることははいくつかある。

しかし引っかかるのは、そのハッカーが初春よりも先に犯人にたどり着いている事だ。
初春自身も凄腕ハッカーではあるが、それ以前に風紀委員である。
どうしても情報戦となると、管理者側である風紀委員の方が有利になるものだ。なぜならこちらは捜査を許可された側であり、基本的には大抵の情報なら簡単に閲覧できる。
だがそれが一般人であった場合、自由に調べられる領域は狭まる。そんなハンデの中で初春よりも先に犯人に辿り着くなんて事は到底不可能に思える。

そんな感じに何となく頭にモヤモヤが残ってスッキリしない白井だったが、とにかく書類の山はどうにかしなければいけないので無理矢理といった感じに手を動かす。
しかし、やはり集中しきれていないのかミスもいつもより多い。それによってさらにイライラも追加されてどんどん精神的によろしくないループにはまっていく。
そうやって白井が悪戦苦闘していると、初春は突然大きな伸びを始めた。

「よし、証拠ゲット! 終わりましたー」

「犯人のアジトを見つけましたの?」

「はい、それは結構前から分かってたんですけど、確実に事件に関係しているという証拠がなくてですねー。でもこれで堂々と突撃できますよ!」

初春はにっこりとそんな事を言うと、さっそく警備員へ連絡する。
これで初春にもこの書類の処理を手伝ってもらえるので、ホッと少し息をつく白井だったが、やはり心の引っ掛かりは取れない。
白井は、まだまだ「嫌な予感がする」などといった、ベテランの感が使える程経験豊富というわけではない。
それでも懸命に警報を鳴らしているこの感覚は無視できなかった。

初春の方を見ると、どうやらもう警備員への連絡はすんだようで、さっそく明日にでも一斉検挙が始まるらしい。
それを確認した白井は、ずっと考えていたことを切り出すことにした。

「初春」

「はい? あー、書類の手伝いですね? これだけ飲んじゃったらやりますんでー」

初春は呑気にそんな事を言いながら、自分の机の上に置いてあったカップを掴んで中身を飲む。白井のと違って中身は紅茶だ。
何やら初春はお嬢様っぽい雰囲気がするといった何とも言えない理由から紅茶について学んでいて、最近では専門っぽい香料にも手を出し始めたとか何とか。
しかし白井としては、初春がどうにも少しズレた方向に進み始めている気がしてならない。
そこで外面ばかり整えても意味が無いことや、お嬢様というのもドロドロとしていて良いものではないなどと助言したりしたのだが、あまり効果はないようである。

「これとは関係ありませんわ。まぁもちろん手伝ってはいただきますけど。けれどわたくし、少々真面目な話がありますの」

「……白井さん?」

その言葉にこもった真剣な気持ちに、初春は椅子を回して体ごと白井の方へ向けた。
まだまだ実戦経験は少ないこのコンビだが、やはり根本的な部分ではお互いの事は信頼し分かりきっている。
初春はその一言で、白井が何かを思いつめていて自分を頼ってくれている事も何となく理解できた。

「今回の事件、何か胸騒ぎがしますの。明日はわたくしも出ますわ」

「――また始末書でも書くつもりですか?」

「そうなるかもしれませんわね」

初春はまたか、といった表情で溜息をつく。
風紀委員といっても、学生であることには変わりない。普通ならこういった大規模な事件での実戦などは管轄外だ。
それに、白井がこういった行き過ぎた行為にでるのはこれが初めてではなく、これまでも何度も始末書を書かされた。

そもそも根拠は、白井の言う嫌な予感というものだけだ。どう考えてもここは止めるべき場面なのかもしれない。
しかし初春は、こういった白井の行動の根幹にはこの街を守りたいといった強い意志があることも分かっていた。

「……作戦の中心には行かないでください。あくまでその周辺の見回りまでです」

「止めませんのね」

「止めても聞かないじゃないですか。それと、サポートはしますけど、怒られるのは白井さん一人でお願いしますよ」

「……ふふ、了解ですの」

白井は頬を緩めると、ソファーから立ち上がって思いっきり伸びをする。
何だかんだ長い時間座っていたせいか、ボキボキと気持ちいい音が響く。まぁしかし、この行為はお嬢様としてはどうなのか疑わしい。

そんな事をぼんやりと考えながら、白井は窓際のカーテンを開けて外の景色を眺める。
作業を始めたのは夕暮れ辺りだったが、今ではすっかり真っ暗になっていて、星や月がよく見える。さすがに田舎と比べると劣るだろうが。

人は闇を恐れるものだ。だからこそそんな中での光はより強く見ることができる。
誰もが一日一日を楽しく笑って過ごせる環境を守らなければいけない。一部の間違った人間に笑顔を奪われてはいけない。
そして間違った人間も切り捨ててはいけない。人は誰でも大なり小なり間違いを犯すものであって、重要なのはそこからどうするのかだと思うから。
そう考えながら、白井は太ももに巻きつけたホルダーへ手を伸ばし、そこに収められた鉄矢を指でなぞる。
無機物らしい冷たい感触。明日もできればこれは使いたくないものである。

白井黒子は大能力者(レベル4)の空間移動能力者だ。
それは大きな能力であるがゆえに、一歩間違えれば大きな悲劇も生み出せるようなものだ。
しかし白井はこの力の振り方を間違えない。力があるのなら、それは自分のためではなく人のために使いたい。
自分のこの力で、誰かの光になれるのならば、それはこの上なく嬉しいことだと白井は思う。



「あのー、厨二っぽく浸ってるのはいいんですけど、お仕事まだ残ってるんですからねー?」



突然そんな雰囲気ぶち壊しの言葉を受けて、白井は驚いてビクッとなりながらも振り向いて声の主の方へ顔を向ける。
そこにはジトーとした目でこちらを見ている初春が居た。

「わ、分かってますの! そもそもわたくしは中一ですわ!」

「いや、そういう意味ではなくてですね……」

白井はそんな反論をしているが、彼女の言うことももっともだ。今の白井にとっては闇やら能力者の前に、あの書類の山が倒すべき敵である。
仕方なしに溜息をつくと、カーテンを閉めて元いたソファーまで歩いて行く。その足取りは重い。

結局、全ての書類が片付くのは日付が変わる頃だったという。


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