これは昔、昔のお話である。
悟空がピッコロ大魔王を倒し、神様の宮殿で修行を始めてから1年半が過ぎた頃のことである。
「はっ! はっ!」
神の宮殿で一人突きの稽古を繰り返す悟空。すると瞬間移動したかのように彼の横に黒い肌の男が現れる。神の付き人であるミスター・ポポである。
「悟空、ちょっと来い」
「んっ、何だ、ポポ?」
突然、現れたポポに対し、平然とした表情で振り向く悟空。それに対し、ポポは無言で反転すると神の宮殿の上に立った建物の方へと向かう。
「そっちに何かあんのか?」
ついて行く悟空。そのまま建物の中に入り、更に地下へと進んでいく。それは今まで悟空がいままで入ったことの無い場所だった。黙って歩いて行くポポとその後ろを物珍しげに道の周りを見ながらついて行く悟空。
そして二人が進んだ先、そこには大きなドアがあった。
「この部屋に入る。それが今回の修行」
「えーー!! もしかして、前、入った“精神と時の部屋”みたいなとこなのか!?」
ポポの言葉に思いっきり嫌そうな顔をする悟空。“精神と時の部屋”の辛さは悟空にして音をあげてしまう程のものであり、修行馬鹿、格闘馬鹿の彼ですら1ヶ月と持たず音をあげてしまう程の過酷なものであった。
何せ地球の10倍の重力で昼と夜で砂漠以上の温度差があり、何も無い真っ白な空間が広がっているのだ。普通の人間なら1ヶ月どころか1時間と持たないであろう。それを思い出し、露骨に嫌そうな表情をする悟空であったが、ポポは首を振り、彼の懸念を否定し、この扉の意味と修行の目的を説明しだした。
「心配ない。ここは異世界と繋がった扉。扉をくぐったものの実力に合わせて同じか、少し強い位の者が居る場所へと運んでくれる。悟空はこの2年で神様の修行大体はクリアーした。後は実践で経験を積むのが大切」
「んー、つーことは、この扉の先には強い奴が一杯いて、そいつらと戦ってくればいいってことか?」
「そうだ」
ポポの肯定の言葉を聞いた悟空は目を輝かせ、一気にやる気を見せた。
「そういう事ならオラすっげー楽しみだ。久々にワクワクすんぞ。どんなつぇー奴が居るんだろう!!」
「それはポポにもわからない。それと一つ注意がある。一度中に入ったら3ヶ月は戻って来られない。3ヶ月たったら目の前に扉がでてくる。その扉開ければ戻ってこれる」
「3ヶ月ってーと90日位か。うし、わかった。それじゃあ、行ってくっぞ」
早速、扉を開けようとする悟空。しかし、そこでポポが彼の襟首を掴み、引き止めた。
「悟空待て」
「な、なんだよ。ポポ、オラ早くつええ奴等と会ってみたいんだけど」
「これ、もってけ。異世界どんなところかわからない。食べ物が手に入るかもわからない。空気だけはあるが他はわからない。それに筋斗雲も異世界にまでは呼べない。けど、これあれば悟空ならばきっと生きていける」
不満そうな表情をする悟空にポポが袋を差し出す。どうやら選別のようだった。受け取った悟空がそれをあけると中には如意棒と仙豆が10粒程、それにホイポイカプセルが3つとサイズを合わせた亀仙流の胴着入っていた。
「おっ、サンキュー」
ポポに礼を言うと、早速袋の中から胴着を取りだし、着替える悟空。ブーツとリストバンドを身につけ、準備を整える。
「んじゃ、今度こそ行ってくっから」
「頑張ってこい」
そして悟空はポポの声援を受けると扉をあけ、異世界へと飛ぶのであった。
「んっ、ここが異世界ちゅう奴か。地球とあんま変わんねえな」
扉を潜った悟空は気がつくと見知らぬ場所に居た。どうやら、林の中のようで、周囲には木々が生い茂っている。見た目は元居た世界のものと大きな差異はなく、ついでに匂いも嗅いでみるがその辺りも大きな違いは無いようだった。
「さてと、まずは誰かみつけねえとな」
悟空の目的は強敵との勝負である。まずは強い人間がどこに居るのかを調べなくてはならないと適当に歩きだす。
周囲の景色を楽しみながらのんびりと歩いていると直ぐに林を抜け、道らしき場所へと出る。道は悟空からみて左右両方へと伸びており、よく見ると左側の方が下がっており、右側の方が上がっている。つまり、ここは山か何かで右に行けば山の頂上へ、左へ行けば麓に近付く可能性が高いと言う事。普通に考えれば、左へ行った方が人が居る可能性が高い。
「とりあえず、こっち行ってみっか」
にもかかわらず悟空が選んだのは逆方向であった。
何も考えていないのか、あるいは何かを感じ取ったのか、能天気な表情で歩く彼の表情からその答えは伺えない。
そしてある程度歩き、山頂に近づいた彼は開けた場所に辿りつく。その場所の真ん中には一人の人間が立っていた。白い胴着を着て、黒く長い髪をした女。彼女に向かって、悟空は気安い調子で話しかける。
「オッス。なあ、オラちょっと聞きたいことあるんだけど、この辺に誰かつええ奴がいるとこ、知らねえか?」
悟空の声に反応し、振り返った女は彼を見た瞬間に目を見開き、そして獰猛な笑みを浮かべる。
そしてその表情を隠さないまま悟空の問いに対し、答えると共に質問をする。
「強い奴か。ああ、知っている、知っているが、その前に教えろ。会ってお前はどうするつもりだ?」
「おう、ポポに、オラの師匠みたいな奴につええ奴と戦って鍛えてこいって言われてんだ。それにオラ、戦うの大好きんだからな」
「ふふっ、そうか。だが、そういうことなら随分とつれないじゃないか?」
悟空の言葉を聞いて、女は楽しそうに笑うと。獰猛な笑みに隠しきれない歓喜の感情を加えながら、悟空を睨みつけて言う。
「んっ、どういう意味だ?」
女の言葉に対し、悟空は意味がわからず、キョトンとした表情問い返する。それに対する答えは言葉ではなかった。
「!!……いきなりひでえな」
言葉の代わりに突きつけられたのは女の拳。その拳は今、悟空の眼前で止まっている。女が寸止めしたのではない。悟空の顔面に叩きこまれる勢いで放たれたその一撃を悟空が首を動かして、紙一重でかわしたのである。
その悟空の動きを見て女はますます笑みを強める。
「それはこちらの台詞だな。目の前にこんなに強くて魅力的な美少女が居るっていうのを、それを袖にして他の相手を探そうだなんて、それこそ酷過ぎるってもんじゃないか?」
いきなり殴りかかったことに対し、全く悪びれず言う女に悟空は怒りもせず、寧ろ納得したとでも言うようにニヤリと笑って見せた。互いに感じとっていた目の前の相手が強者であるという直感、先とりのやり取りによって二人の中でそれは確信へと変わっていた。
「そうだな。おめえの言う通りだ。オラもおめえと戦いてえ。久々にワクワクしてきたぞ」
「ワクワクかな。ああ。そうだな、私もワクワクしているよ。こんなに興奮しているのは久しぶりだ。期待を外してくれるなよ!!」
ニヤリとした笑いを浮かべ構える悟空。それを見て、女も歓喜の表情を浮かべ、一旦後ろに下がり構えを取ると名乗りをあげた。
「名を名乗っておこう。私は川神流、川神百代だ」
「オラは悟空、孫悟空だ。流派は亀仙流、あと神様に鍛えてもらってかな」
「神か。ははっ、面白い。ならばその言葉が本物かどうか、試させてもらうぞ!!」
悟空の名乗り返しを笑う。神の弟子など普通に考えれば冗談か何かとしか思えないが、それが真実であるかどうかなど、百代にはどうでもよかった。大切なのはそれを名乗るに相応しい強さを男が持っているかどうか。ずっと感じていた己が餓えを満たしてくれるそんざいであるかどうかであったから。
彼女の全身から闘気が発せられる。それを感じとり、悟空も全身から闘気を発する。
こうして後に宇宙最強になる神の弟子と武神と呼ばれる女の戦いの火蓋は切って落とされるのだった。