「どうやら成功したみたいですね」
「うわー!!家の前に大きな湖があるよ!!ねねっ、お姉様も見て見て!!」
「はいはい、フラン落ち着きなさい。スカーレット家として恥ずかしくない佇まいを常に心掛ける事。お姉様との約束でしょ?」
「まぁまぁレミリア様。フラン様も悪気があって言ってるんじゃ無いんですから」
窓の方から楽しく話を弾ませている妹達に美鈴と咲夜さんの声が聞こえて来る。ごめんなさい。お兄ちゃんはちょっと……この席から立てそうにありません。え?何あの揺れ?地震ってレベルじゃなかったよ。身体がフワッと浮いたね。というかここ謁見室だから俺以外の椅子が無くて皆立っていたのに、どうして平然としてるの?妹達や妖怪である美鈴はまだ分かるけど、咲夜さんって人間だった筈じゃ……。恐ろしい、これが選ばれし者達の力か。
「お兄様も早く早くー!!」
「あぁ。少し落ち着いてから見させて貰うよ。」
ごめんねフラン。今お兄ちゃん嘘付きました。見たくても見れません。せめて風景だけでもと思い、首を動かすも20度くらいが限度だったね。うん、動かないね。生命の危機に身体が反応しちゃったんだね。仕方ないね。
それにしてもガッチガチだな。せめて立てるくらいにはならないと。幾らなんでも腰が抜けた等と妹達にバレる訳にはいかない。吸血鬼とはプライドの塊のような生き物なのだ。万が一、妹達にバレようものなら何をされるか分かった物では無い。最悪お兄ちゃんという存在自体が無かった事にすらなりかねん。クッ!!立て!!立つんだ俺ぇぇーー!!
「フラン、お客様よ。ご挨拶なさい」
「えっ?……あ、うん。行こう、お姉様」
え?何?突然妹達と従者二人が俺の側に帰って来たかと思いきや、俺の両隣のやや後ろに控える様にして立ちましたよ?いつもながらの謁見スタイル。客?何処に居るの?
気が付いたら部屋の真ん中に傘を差した女の人が居ました。いやいやいや、おかしいし。さっきまでこんな人居なかったじゃん。何?咲夜さん並のチート能力の持ち主ですか。となると早く挨拶した方が良いな。少しでも機嫌を損ねたら俺の命が持たん。
「ようこそ、紅魔館へ」
「あら、無断で侵入して来た私を歓迎して下さいますの?初めまして吸血鬼さん。私は八雲紫と申しますわ。一応これでもここの管理をしておりますの」
良し、これで今回の危機も乗り切った。後は適当に威厳っぽい台詞を並べておけば大丈夫だな。にしても管理人……?あぁ、なるほど。ここの土地の所有者か。そうと分かれば話は早いな。
「これはどうもご親切に。私の名前はアルフォンツ・スカーレット。ここの当主をさせて貰っている。……にしても申し訳無い。ここに来る前に土地の持ち主を探したのだが見付からなくてね。やむなく無断で来させて貰った。一応結界魔法で封鎖してから来たので人的な被害は無い筈だが……ここの土地の借用金は幾らかね?」
「お金だなんてそんな物は必要ありません。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ」
え?無料で良いの?やったー!!いい人ってのは居るもんだね。
「ただ……一つルールというか守って頂きたいお願いが御座いまして」
「お願い?」
「スペルカード……人によっては弾幕ごっこと呼ぶ者もおりますが、それを守って頂きたい」
その後、ツラツラとスペルカードなる物の概要を説明してもらったが、簡単に纏めてしまうと、非殺傷モードの戦いで楽しみましょうというような物だった。
……素晴らしい!!!!まさに平和の為に産み出されたようなこの概念!!力無き者でも力有る者に勝利出来る可能性があるシステム!!勝っても負けても遺恨を残さない後腐れの無さ!!何処を取っても俺に損は無いぞ!!
生まれてこの方、吸血鬼なのに魔力の魔の字も無く、唯一の希望であった能力は「吸血鬼である程度の能力」って何じゃそりゃ!!能力に後押しされないと俺は吸血鬼ですら無いのか!!恥ずかしくて誰にも言えんわ!!唯一の取柄は力がちょっと強いという事くらいだが、吸血鬼なら誰でも力強いんだよね。俺の力っていうか種族の力でした。しかも権威を重視する吸血鬼は、安易に種族の力で他を圧倒するのではなく、自分の力でもって華麗に敵を迎撃すべし、みたいな気心を持っているようで俺がちょっとでも力を使う度に「うわっ、個の優劣じゃなくて種族の優劣に頼ってるよ。ダサーイ」みたいな感じで苦笑されちゃうんだよね。おまけに能力のせいか吸血鬼以上に吸血鬼ならしく、弱点が物凄いです。人の三倍はダメージ受けます。十字架とか触れなくても翳(かざ)されただけで気分が悪くなる始末。こんな八方塞がりな中で一体どうしろってんだ……
そして俺の自慢の可愛い妹二人は「運命を操る程度の能力」と「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」ですよ。何そのイカサマ能力。とても同じ血族とは思えない……。そんな中毎日毎日吸血鬼としての外聞を守りつつ、お兄ちゃんは強いんですよ~頑張ってますよ~と周りからの信頼に答え、尚且つ危なくなったら自分は直接手を下さず守ってもらうというサーカス団もビックリな綱渡り生活を送り続けて来たのだ。このチャンス、逃がす訳には行かない……ッ!!
しかし……問題が有るとすれば俺の後ろに控えている人達だな。まぁこれが一番の問題なのだが。先程も言った通り吸血鬼とはプライドの塊のような生き物なのだ。力無き者が力有る者に勝利するというこのルール、言うなれば力有る者が、力無き者のレベルにまで下がってやるとも言い換えられる。「この選ばれし吸血鬼である気高きスカーレット家に属する私達が何でそんな面倒くさい事をしなくちゃいけないの?ヘタレなお兄様なんて死んじゃえ(きゅっ)」なんて可能性も全然考えられるのだ。……説得せねばなるまい。養生のつもりで来た東方の地だったが、まさかこんな桃源郷だったとは。俺はたった今この地を永住の地とする事に決めた。
つまりアレだな。こちらとしてはどちらでも良いが、心優しき我々は慈愛の精神をもってそちらの条件を飲んでやる。感謝するが良い。という方向性に持って行けば良いのだ。これならばスペルカードというのを取り入れつつ、吸血鬼としての誇りは失われない。むしろ相手は涙を流して感謝してもおかしくないのだ。尊厳は十分に保たれるだろう。となれば話は早い。最初は渋りつつ、頃合いを見て譲歩するという形で行くしかないな。あくまでも最初は拒否では無く渋り。いきなり拒否して「じゃぁ良いです」なんて言われても困るし。良し、じゃぁお兄ちゃんは頑張るよ!!
「…………ふむ。色々考えてはみたのだが……我々にそれを守るメリットは無いように感じるが……」
椅子の肘掛けに肘を置き、頬を乗せて脚もついでに組んでリラックスムード。あくまでもこちらが上で相手は下なのだという事を周りにアピールしておかないと後が怖いからな。管理人さんは相変わらずニコニコしているが、良く考えたらさっき俺が考えている間もずっと立ちっぱなしで待っててくれたんだな。良い人だ。
「……そうですか。それはそれは大変残念なお返事ですわ。私としましても今回のお話は―――」
そう言いながら両手で持っていた傘から片手を離し、服の中へ手を入れようとする管理人さん。良く考えたらこの人室内なのに傘差してるんだよな。まぁ服装も西洋風のドレスに人民服の前掛け?の様な物を着込んでいる人なので、余り気にしない方が良いのかもしれない。まぁ似合ってるけどさ。……って、おぉ!!服の中へ手を入れた事によって、服がズレて胸の形が!!ハッキリと!!
と思った所で部屋の周りに並べてあった彫像の一つが崩れ去りました。ていうか音で意識が戻ったけど、おっぱいのせいで俺少し前のめりになってるじゃねぇか。流石に椅子から立ち上がってる程では無かったが。良く見たら管理人さんもちょっと引いてるね。ていうか、うっ、後ろからの視線が痛い。何してんだこのエロ当主、ブチ殺すぞという無言の圧力がビシビシと伝わって来るよ。更に客人を招いてる中で彫像が崩れ去るというアクシデント。常に優雅で華麗で美しくのスカーレット家においてこれは拙かったかもしれん。いやでも彫像は俺のせいじゃないよね?さっきの地震みたいなワープのせいだよ。きっとそうだよ。
と思っても口には出せないのがお兄ちゃんの悲しさか。館内でのヒエラルキーの低さが如実に現れてますね。ここは下手に口を挟むよりも、全責任を全て被った方が結果的に被害が少なくなる事を、俺は長年の経験から知っているのだ。
「咲夜、後片付けを頼む」
「はい、ご主人様」
と聞こえた時には彫刻の残骸は綺麗サッパリ無くなりました。やはりチート。今俺瞬きしなかったんだぜ?管理人さんの方に顔を戻すと、ビクッと身体を震わせて一歩後退されました。はいオワター。管理人さんの中で俺の地位がヘンタイエロエロ当主野郎になったようです。クソッ!!これもおっぱいが……おっぱいが悪いんや!!この紅魔館には慎ましやかな女性が多いから、つい見てしまったんや!!悪気は無いんや!!と言った所で時既に遅し。むしろ逆にこんな事を言おう物なら未だに後ろから物凄いプレッシャーを掛けて来る人達に襲われてしまう……俺はアレはアレで有りだと思うんだけどなぁ。まぁ今目を奪われてしまった俺が何を言っても説得力は無いんですけどね。
と、とりあえず管理人さんをどうするか……まずは敵意が無い事を証明する為に笑い掛けてみるか。
ニ、ニコッ
駄目だ。笑い掛けた瞬間、身体こそ動かなかった物の、更に警戒された気がしたので即座に止めました。弱ったな。俺の桃源郷計画が初っ端から頓挫したぞ。ここは一度時間を開ける事が肝要だな。今は何を言っても無駄な気がする。紅茶だ。紅茶とケーキを食してリラックスした所で会話を再開するんだ。そうと決まればさっそく客室へと…………し、しまったぁぁぁぁーー!!!俺は今腰が抜けているんだった!!いやもしかしたら、もう治っているのかもしれないが、先程のおっぱいも前のめりになるだけで立ち上がっては居なかったからな。どうなるか分からん。「客室へご案内しましょう」立てない。「死んじゃえ」の黄金パターンが完成する可能性がある以上、先に提案を出すのでは無く、立ち上がって安全を確認してから語り出した方が懸命だ。良し……気合を入れて……行くぞ。1……2の……3ッ!!
漫画ならガバァ!!という擬音が付いててもおかしくないような勢いで立ち上がってしまいました。うん、思いっきり治ってたね。しかも腰が抜けてても大丈夫な様にと脚に無理やり力を入れていたお陰で、何か凄い不自然な立ち上がりになりました。上体がブレずにそのまま立ち上がったというか……。まぁ過ぎた事は仕方が無い。とりあえず管理人さんを客室へとご案内するか。
「どうですか、八雲さんという大事な賓客をここで立ちっ放しというのもスカーレット家としての名折れ。もしよろしければご一緒に軽い茶会でも如何でしょう?」
そう言いながら管理人さんをエスコートする為にスッ、スッと近付いて行く。しかし急がずあくまで優雅にゆったりと。博識そうな客人である管理人さんが、こちらの好意を無駄にする事は多分まず無いと思ったので、特に返事も聞かずに近付いて行く。あ、でも俺が近付いてしまって良かったかな。今一応警戒されている訳だし。エスコートは美鈴にでも任せた方が良かったかもしれないな、と思っていた所で突然視界がブレました。
気付いたら地面とキスをしている俺。何も無い所でコケた。前を見る。目の前には管理人さんの脚。上を見る。破れた服の間から覗く綺麗なおっぱいが二つ。自分の手を見る。破れた服の切れ端。つまりアレか……俺がコケる。倒れた時に無意識で手が当たった管理人さんの服を掴む。ビリビリ。という訳ですね、分かります。謝らないと、と思った時には管理人さんは目の前から消えていました。終わったな……
静まり返った室内。後ろに控えている筈の四人が何も言って来ないのが逆に怖いです。これが嵐の前の静けさという物なのか。ゆっくりと後ろに振り向く俺。全員がこっちをガン見です。当然だよね。引越し早々、土地の管理者を相手に失礼な態度を二回も取った挙句、相手を怒らせて帰らせてしまうという許されぬ失態。あれ?俺死ぬの?ここで死ぬの?一人でも勝てないのに四人に囲まれたこの状況。儚い人生だった……と思いを寄せていたがいつまで経っても、きゅっ、ってならない。全員がこっちを見てるだけ。ギリ……セーフか?結局この後、皆の気が変わらない内に自室に戻ろうと思って「てへ♪失敗失敗☆」みたいな事を言って急いで部屋を出ました。余りにも慌てていたのか威厳モードも忘れていたよ。ついでに部屋を出た瞬間、館をワープする為に地下の魔方陣へと行っていたパチュリーと小悪魔も居ました。彼女達も何も言わずにこちらをガン見です。パッチェさんなら魔法か何かで先程のシーンを見ていてもおかしくはない。これで紅魔館内での俺の仲間は居なくなったのか……と肩を落としながら部屋に帰って不貞寝しました。明日からどうしよう。