夢…夢を見ている。
ここはどこだ?
えらい豪勢なところで、親父がイライラモジモジしている。
ションベン我慢してんのか?
と思ったが、親父の前には、とても利発そうで顔立ちの整った可愛らしい赤ちゃんを抱えた、別嬪さんが横になっている。
まさかと思うが、コレは俺と母親だろうか。
……なるほど、これは夢か。
親父がまともな職についていて、きれいなかーちゃんと豪華な家で暮らしていられたら、という俺のささやかな願望がこんな夢を見させてしまったということだろうか。
「名前……名前……」
どうやら親父は俺の名前を考えているようだ。
「名前……名前……うーん、よし、浮かんだぞ。ムスコスというのはどうだろう」
最悪だった。
何だそのずっと自慰行為をしているような名前は。
「まあステキ。賢そうで勇ましそうで…」
マジか。
「目が覚めたか。何?赤ん坊のころの夢で、どこかの城みたいだった?」
言ってねえ。
何も言ってないのに、親父はそんなことを俺に言った。
…というより、俺はそもそもしゃべることができない。
いや、はい、といいえはしゃべれるが、それだけだ。
だが不思議なことに俺が黙っていると、なぜか周りの奴らは全てを好意的に解釈してくれる。
テレパシーでも使えんのか、知りたいこともある程度教えてくれる。
始めは不思議だったが、四歳になったとき、俺は、宇宙に飛んでいった吸血鬼にならい、このことについて考えることを止めた。
寝起きで頭が働かないので、外に出た。
外といっても、ここは船の上だ。
俺と親父は、ずっと母親と天空の勇者を探す旅をしている……と、親父は色々と説明してくれたが、多分俺が子供だと思って適当なことを言っているのだろう。
おそらく真相は、親父は天空の勇者とか言うものを探し出して有名になろうと仕事をせず、お袋は愛想を付かして逃げたのだ。
そしてそれでもいまだに勇者を探して一攫千金を狙いつつ、お袋を探しているのだ。
女々しい野郎である。
しばらく散歩をしていると、船が陸に着いた。
親父を呼んできてくれと船長に言われ、仕方無しに迎えにいく。
「ついたか。村に戻るのも二年ぶりだ」
行った事があるならキメラの翼使えばいいと思うのだが、親父はアホなのでそういうことが思いつかない。
俺がしゃべれるのなら、それを教えてやれたのだが。
親父が船長にお礼を言った後、「たんすの中は調べたか?」とか言って来た。
俺は「はい」と答える。
ぬかりなく薬草は持ってきている。
しかし、あのたんすはよくできていた。
一見何も入っていないようなたんすだが、実は二重底になっていて、
決められた手順を踏まないと発火して中の物が燃え尽きるように仕掛けてあった。
いつか俺も模倣しよう。
港から、北へ向かう。
途中、何匹か魔物が襲ってきたが、親父が蹴散らしてくれた。
アホな親父だが、戦闘だけは尊敬できる。
もっとも、俺の命令通りに闘えば、1ターンで倒せるにも関わらず、ダメージ計算もろくにしないでバーサクしやがるので無駄な動きも多いのだが、まあ、それは脳筋だし仕方ないと諦めている。
寂れた村に着いた。
ココはサンタローズとかいうらしく、親父にいろんな人が声をかけてくる。
「お前とは喧嘩ばかりだが、いなくなると寂しくてよ」
ツンデレか?
「パパスさんがいない間、皆パパスさんの噂ばかりしてたんですよ」
働けよ。
「ワーイ、パパスさんが帰ってきた!うれしいー!わーい!」
アホばっかりだった。
この村でまともな大人がいることを期待してはいけないと思った。
俺の家というところでは、サンチョとか言うビザデブが出迎えてきた。
ビザデブは暑苦しいが、料理がとてもうまいのは好感が持てる。
そこでは、隣町の宿屋の娘だというビアンカとかいう女の子がいた。
「大人たちの話はつまらないから、二階で遊びましょう」
→「いいえ」
「行きましょうよ」
こいつ人の話を聞きやがらねえ。
「ご本読んであげるね。そらに…えっと…くせし…ありきしか」
『空に臭え死、蟻騎士か』
なかなかシュールな物語のようだ。
続きが非常に気になったが、もう時間だということで帰ってしまった。
あとでピザデブに読んでもらおう。
次の日。
どうも、薬を取りに来たビアンカ親子だが、薬をとる親方が帰ってこないとかで、しばらくいるらしい。
暇なので、街の奥にある洞窟に一人出向いてみる。
よどんだ空気。
じめじめとした地面。
最高だ!
俺は、昔からこういうところのほうが居心地がいい。
ポカポカ陽気とか反吐が出るし、教会に入ると、体が痺れる錯覚がする。
きっと邪教なんだろう。
怪しい儀式とかしてデフォルトで呪われてるに違いない。
洞窟では、たまに小動物のような魔物が現れたが、こんなこともあろうかと、その辺にあった竹を鋭く削っておいたものを持っている。
こんな子供にも作れるようなものを、道具屋では宿屋10泊分ほどの値段で売っていた。
売るほうも買うほうもアホだと思う。
スライム、せみもぐら、ドラキー、いい感じの小動物に、俺の竹の槍が突き刺さる。
倒した死骸からは、なぜかゴールドが手に入った。
せみもぐら二匹ほど倒すだけで、安い宿屋なら一泊できるゴールドが手に入る。
レベルが上がれば、もう少し効率がよく倒せるようになるだろうから、一生分の宿代をためるのも難しいことじゃないだろう。
この世界はぬるい、と俺が悟った瞬間だ。
何故か置いてあった宝箱を開けると、50G、皮の盾、旅人の服が手に入る。
どこのアホがおいたのか知らないが、この世界では宝箱に入ってるものは、空けた者がもらっていいという法律がある。
ありがたく使うことにしよう。
魔物の殺戮に飽きたころ、洞窟の奥で寝ているおっさんがいた。
どんなアホだと近づいてみると、俺を見て勝手に話しかけてきた。
「岩が落ちて動けないんで寝てしまった。どけてくれんかね」
本気でアホだコイツ。
ここで見殺しにするのも面白そうだが、ノーリスクで恩を売れるのなら売っておいたほうがいい。
俺は助けてやった。
次の日、いつものように小魔物を殺しに行こうとすると、呼び止められた。
薬ができたので、ビアンカ親子が帰るらしい。
それの護衛にと親父が同行すると言い出した。
キメラの翼を持ってきていないあたり、はじめからあの親子は親父に頼る気だったようだ。
道具屋が存在しないこの村もこの村だが。
「お前も来るか?」
→いいえ
「そういわず、おまえもいかんか」
→いいえ
「そういわず……」
出た。
人の話をはじめから聞く気がないループ問答。
親父はアホなので、思ったとおりに事が進まないとどうしたらいいかわからず同じ質問を繰り返すらしい。
どうせアホな親父一人で、戦闘以外の事ができるようにも思えないので、はいと答える。
アルカパに行く事になった。
アルカパは、サンタローズに比べてそれなりにシティな感じだった。
酒場もそれなりにインモラルで、俺好みである。
初めて知ったのだが、ビアンカはこの村で一番大きな宿屋の娘らしい。
相当儲かってるのか、なかなかいい宿だ。
ビアンカを落として貢がせるのも悪くない。
俺の人生設計はすでにはじまっているのだ。
ビアンカに誘われて遊びに行く。
町外れで、猫をいじめている少年達に出会った。
彼らとは気が合いそうだ。
「みろよ、こいつ変な声で鳴くんだぜ!」
……なるほど、ベビーパンサーか。
HP19、攻撃力もそこそこの立派な「モンスター」を、生かさず殺さず「いじめ」ながらも、自分は怪我をしていない。
その年にしては、かなりできる。
「やめなさいよ、かわいそうでしょ!」
KYなビアンカがそんな事を言い出し、幽霊が出るという噂のレヌール城でお化け退治を条件に、「猫」を譲ってもらえることになった。
俺は同意なんかしていないが、これもいい所を見せて宿屋をいただくためだと、付き合うことにする。
夜になり、ビアンカに起こされる。
準備は万端と、お鍋の蓋や果物ナイフをもっていたが、そんなビアンカに俺は皮のドレス、いばらのむちといった、この街で手に入る最高装備を渡してやった。
当然、俺もブーメラン、皮の鎧といった装備で身を固めている。
なんのことはない。
サンタローズにいたとき、そこら辺にあった竹を失敬し、親父の剣で削り、大量に竹の槍を作って売っぱらっていただけだ。
驚くビアンカ。だが、俺はしゃべれないので説明する事はできない。
ブーメランにより、戦いの効率ははるかに上がった。
ちょっと遠出してサンタローズまで戻り、お化けねずみあたりでレベル上げをする。
そんな中、ホイミを覚えた俺は、生まれて初めて
「はい」
「いいえ」
以外の言葉をしゃべれる喜びにホイミを連発し、ビアンカに殴られた。
ちくしょう、お前にこの俺の喜びがわかってたまるか。
レヌール城。
確かにお化けがいた。
その名前の通り、「ゴースト」というモンスターが出た。
「お化けキャンドル」がいた。
アンデッドにはこれだろ、とホイミをかけてみようとしたが、大いなる大宇宙の意思によって呪文がかき消された。
狂ってる。
大魔王にベホマがかけれた世界だってあったのに。
だが、物理攻撃で倒せてしまった。
殴ってやられるゴーストとか、マジにアホだ。
ビアンカが城の奥に行こうとしたのを、俺が押しとどめる。
しゃべれない俺は、あらかじめ用意しておいたロープを取り出すと、倒したばかりの「ゴースト」とそれを、ビアンカに見せた。
察したようだ。
ビアンカはにやりと笑ってうなずいた。
そして、俺たちはそのうちの一匹を捕まえて半殺しにして、アルカパにつれて帰ることにする。
途中、ゴーストが不安そうに俺たちに聞いてきた。
「ほんとに、僕が『レヌール城に住んでました、貴方達にやられました』、っていったら許してくれるんスか」
→「はい」
あいつらが出した条件は、「レヌール城にいるお化けを退治する事」だ。
だれもレヌール城のモンスターを一掃しろとか言われてないから、これで十分だろう。
それにしても、ビアンカが頭の回転がよくて助かった。
親父なら、絶対に理解せずに
「縄跳びか?しかし、ゴーストははじめから飛んでるぞ」
とかアホなことを言っていただろう。
そして、「ぬわー」とかいって城に突っ込んでいたに違いない。
約束どおり、猫…ではなくベビーパンサーを受け取った。
名前に「ゲレゲレ」とか付けようとするビアンカ。
よかったな親父。お袋。お前らと同レベルが居たよ。
結局、プックルに決まる。
ゲレゲレと名づけられそうになった【猫】が必死にそれがいいとアクションでアピールしてたのには、同情を感じざるを得ない。
もう一つ、理由はムックルに響きが似ているからだ。
ムックルが何かは、大宇宙の大いなる意思としか今はいえない。
そして俺たちが帰ることになると、
「また冒険しようね」と
ビアンカが涙ながらに別れを言う。
……落ちた、な。と、俺は心の中で確信し、ほくそえんだ。
「プックル…そうだわ、私のリボンを付けてあげる」
まて、いつの間に俺が面倒を見ることになってるんだ?
お前が勝手に譲り受けたんだろうが。
「元気でね」
俺がいいえ、と答える間を与えず、親父が俺の手を取ってさくさくと歩き出した。
まて、コレは孔明の罠だ。
慌てる俺。
そんな俺の様子に気付かないアホ親父。
……にやり、と笑うビアンカ。
まさに策士。
しゃべれない俺は、あきらめることにする。
いざとなれば、非常食くらいにはなるだろう。
ブックルが、なぜかびくり、と震えた。
……そして、舞台は再びサンタローズへと移るのだった。
さて、あのアホだらけの村で、いったいどんなアホな事件が起こるのだろうか。
まあ、そんなことはどうでもよく、俺はいつもどおり、たけのやり大量生産&小動物イジメに励み、将来の貯蓄をするだけなのだ。
第一部 完