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[30378] 【習作】青に帰せず【HxH トリップ 女オリ主】
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2012/01/16 18:20
青に帰せず


この作品は、

HxH 女オリ主 退行トリップ 原作前スタート
周囲が最強 おじさまと少女 わんこと少女
元が夢小説 SSに改変 フラグは気のせい

だいたいこんな感じです。
少女が可愛がられていればいいと思います。

しばらくは原作前が続きます。お付き合い頂ければ、嬉しく思います。

以下、追記だったりコメント返しだったり。
個人あて表記しませんが、感想板でのツッコミとか疑問点とか、心あたりあれば覗いて見てください。
新しいものが上に来ます。定期的に掃除しますね。
ネタバレしてるので、ご注意を。

____________________
20120116
ゴシック体で書いてるのが仇になりましたorz
今回更新分から、きちんとダッシュで表記するよう気をつけます。
修正はキリのいいところまでいったら纏めてやります。
しばらくの間は目を瞑って頂けると助かります。
そういえばミルキなんですが、あの写真を見るに、すでに子豚ちゃんと思われます。
美意識の高いハイド氏はそういった点に厳しいと思われます。

____________________
20120101
あけましておめでとうございます!
学士試験終わったんですよーやったー( ´ ▽ ` )
卒業制作おわってないじゃないですかーやだーッ/(^o^)\
あと一ヶ月はノイローゼ気味生活です。
番外編もポチポチやっておりますので、そのうちお目にかけることができればと思います。
今年もよろしくお願いします。
____________________
20111117
 書いておく予定だった注意書き忘れていました。
 5から、時間軸戻って修行編をまとめてやります。
 削ったり組み替えたりして、順番がおかしくなってしまいましたね。
 ごめんなさい。追記しておきました。

 あと、月とか擬人化とか……がっかりさせてしまうかもです。
 ルクのモチーフは、犬神とワイルドハーフなんです。察して頂ければ幸いです。

20111116
犬系チートなはずなんですけど、しばらくは無理そうですね。
保護者チートのターンが続くかと思います。
唯一無二で、存在を分け合っているような、けれど絶対的な優劣や上下関係があって、一緒にいることが当然な存在に萌えます。
そんな存在なはずなんですけど、あまりの空気っぷりがひどいですね。いや、今後、ちゃんと……!

年内にプロット分とか、自身過剰もいいとこでした。
手直ししたいところがありすぎて。
のんびりめに見てくださると助かります。

____________________

20111111
今まで夢小説を書いてはフォルダの肥やしにしていたばかりで、公開してなかったんですよね。
自分の書いているものだと、全てオリキャラ落ちになり、夢小説にならないじゃん? て気付いて、SS用に手を加え投下しています。
だもんで、幼児化トリップっていうジャンル(?)がSSに無いっぽいことに考えが至りませんでした! すいません!
リノが子どもになるのは、作者の趣味でしかありません。
理由をつけるなら、子どもであることが保護される理由になり、柔軟に成長することができる。とか。
……趣味です! 少女幼女がおじさまに庇護されるとかまじ萌える! でっかい犬と子どもとか、まじ萌える!!
あと、私が美術科なもんで、慣れ親しんだ表現をしてしまうかと思います。分かりにくかったら、指摘してもらえると助かります。

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20111108
ルクについてご意見があったので、さっさとバラしてしまいますが、ルールークウルフにはモデルとしている漫画があります。
外薗さんの犬神という、割と古いやつです。それには人語で会話し、角を出し入れして、体から鞭を伸ばして戦う犬がいて、超かっこいいな! と、いつまでも印象に残っていました。
更にA美U子のワイルドハーフ。喋って変身して戦うわんこやらにゃんこやら……しかも主従。パートナー!
あともののけ姫の山犬。乗れるわ喋るわ。白いしもふもふだし。いいですねあれ。
そんなこんなで出来上がっておりますので、ルクは喋る仕様となっています。リノとパートナーとなる存在でもあるので。
俺TUEEEでは無いんですが、犬TUEEEEEする気です。犬チートです。
骨が集まれば、ルクも成長するので、幼い喋り方は今だけです。おじさまと幼女。青年と少女。むふふ。

止まらないので黙ります。
ご感想ありがとうございます。



______________________




[30378] 青に帰せず 1 はじめまして、おめでとう
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/16 01:26

hxh 青に帰せず 1


  私が怒られるときに言われる言葉で、もっとも多いのは「ぼさっとするな」である。
  そして口汚く言うなら、「ぼさっとしてんじゃねーこのボケ!」となる。もちろんよく言われる。

  その時も、他人からすれば、ぼさっとしていたのだろう。そうでなければ、突然、別の世界に迷い込むなんてことは無かったかもしれない。

  肝心の時になぜ、ぼさっとしていた、なんて言われそうな状態にいたか。最近、思い出した。
   交差点の向こう側に、ものすごくもふもふしていてふわふわとした、真っ白な毛並みの大型犬がいたからだ。ついつい観察してしまった。

  四本の足への体重のかかり方。骨格と、それに沿うような筋肉。もふっとした毛の内側の体躯。
  3DCGで作られたモデリングをぐるぐると回すみたいに、私の頭の中にもふっとしてふわふわな犬を作っていたのだ。
  実際に彫刻作品として作るなら素材はウレタン樹脂だな、とか、サイズは3サイズくらい作って並べて展示したいとかまで考えていた。
  観察と脳内デッサンと妄想で、頭が一杯だった。いくら美大だからといって、もう卒業を半年後に控えている成人としては、確かに注意力散漫というか、盲目的過ぎたと思う。
  でも美大生の性ですと言い張るよ、私は。

  白くてもふっとしていてふわふわな犬が不意にいなくなったと思ったら、あれはたぶん、いなくなったのは私だった。

  脳裏にちらちらと真白いワンコが映る中で、あれ? とか、おや? とか、比較的冷静に驚いていた。
  そしてあまりにも早くにハイドさんが登場したので、脳内比率はもちろん、美形のおじさま>白いわんこ>ここはどこ? に成り代わった。仕方がない。素敵に美形で紳士っぽいおじさまが出現したら仕方がない。

  まだ名前を知らなかったハイドさんに問われるままに、あれこれと私は喋った。私の目はハイドさんに釘付けだったので、その時何を聞かれたかはよく覚えていない。
  ただ、しばらくのあとに、ふっとハイドさんが微笑んで(それはもう眼福でした)子供を育てるのも面白いかもしれないと言ったのは覚えている。
  ずいぶん背の高いおじさまだと思っていたから、子供と言われて驚いた。けれども確かに私は子供になっていたのだ。成人していたというのに、つるぺたぷにぷにになっているとは驚きだ。アンチエイジングもほどほどにすべきである。

  つるぺたとは言え、およそ10歳ほどの子供になった私をハイドさんは苦もなく抱き上げた。大人になってから萌えシチュになるために、体験することは非常に難しい子供抱っこだった。紳士が幼女(自分であることは目をつむる)を子供抱っこ。
  もちろん私が得意のぼさっとした状態になるのも仕方が無い。めくるめく幸せワールドだったことは断言する。

  そんな私だったせいで、あれよあれよという間に、ハイドさんことハイドレンジ・ブルーバック、40歳独身男性で美術商を営む素敵紳士の養女になった。
  戸籍はなにやら電話一本で作っていた。よく分からない世界だったように思う。



  さて、養女な幼女になって一年。この世界の常識と文字の読み書きをようやく覚えた頃だ。
  ハイドさんが一年経ったから誕生日プレゼントをやろうと言って、普段は入れて貰えない地下倉庫に連れて行ってくれた。ここにある物を一つだけ私にくれるのだと言う。
  よく選べと一言残して、ハイドさんは倉庫を出て行った。


  興奮した。

  そこにある物は全てがキラキラしていて、本物の芸術品だけが持つ圧倒的な存在感を放っていた。
  誇り高く鎮座する日本刀や、異様な空気を吐き出す謎の彫刻があった。全てが仄かにライトアップされていて、湿度と温度が適正に保たれた、彼らのためだけの空間だった。
  のめり込むように見て回っていた中で、それを目にした時、私の意識が丸ごと攫われた。

  それは真白く漂白された、何かの頭骨だった。上顎と下顎がセットになっていて、歯の間には丁寧に布地が挟まれていた。
  歯並びから考えるに、肉食動物のようだ。
  夜の海を思わせる濡れた黒色をした布団に載ったその頭骨は、モチーフとして見慣れたどの頭骨とも違う箇所があった。

  角だ。

  それはもう長く鋭く、ぞくぞくするほど美しい刃物のような真っ白な角だ。
  私の知っている頭骨は、骨と角との分かれ目がはっきりとしていて、決してなだらかな流れはなく、骨と同じ白さを持ってはいなかった。
  作り物のような不自然さと、失われた生命の残り香を同時に感じた。矛盾だ。けれど、同時に魅力だった。
  ふぅ、と微かに息をついた時、私は自分が呼吸を止めていたことに気付いた。ばくばくと心臓がうるさく鳴り響く。深呼吸を繰り返して、体を落ち着けようとする。

  ーーそれでも目は離さなかった。





  どれほどの時間を見つめ続けたのか。
  いつの間にか背後に立っていたハイドさんに声をかけられた時、足が棒のように固まり、握りしめていた手が冷たくなっていた。
  それが欲しいのかと聞かれた。息を詰めていた喉ではすぐに声を出せず、掠れた声で欲しいと言った。
  これがいい。そう、確かに伝えた。

  肩越しに伸ばされた手が、黒色の布団を柔らかく持ち上げた。光の角度が変わり、まろやかな光が反射する。
  目で追っていた私の手元に下ろされて、お前の物だと囁かれた。体が震えた。
  手のひらが汗ばんでいたから、ぎゅっぎゅっとズボンで拭ったのを覚えている。とてつもなく神聖なものを受け取る気持ちだった。
  手に取った布団は柔らかくて、そして軽やかだった。頭骨の重みを仄かに感じられた。
  捧げ持つようにして、真っ白に穴のあいた眼窩と見つめ合う。
  地下倉庫の片隅ではあったけれど、洗礼を受けるような厳かな雰囲気を感じていた。頭骨から受ける圧力は穏やかに私を包み込み、とても安らかだった。


  それからの私は、生活のほとんど全てを頭骨のために使った。
  ハイドさんに何という名前の生き物だったのかを聞くと、既に絶滅していると前置きして教えてくれた。

  もう脈動する姿を見れないということに、絶望にも似た気持ちだった。
  それでもその生き物について知りたくて、街の図書館や書店を回り、インターネットで注文してまで関連書籍を手に入れた。
  ハイドさんは私の執着に何も言わず、必要なものを先んじて用意してくれたことが有難かった。

  毎日、リス毛のブラシで手入れしたあと、頭骨を必ず視界に入れながら読んだ。離れたくなかった。寝る時は枕元に置いた。
  図鑑や研究書を読んではそれをノートにまとめ、読む本が無くなればひたすらにデッサンした。
  上顎と下顎を個別に描き、あらゆる方向から観察した。想像上の断面図も描いた。研究書を参考に生きていた状態を思い浮かべて描いた。

  模型も作った。木彫でも塑像でも石膏でも作った。針金でも作った。ペーパークラフトも自分で展開図を作って、自分で組み立てた。
  夢にまで詳細に出てくるほど、観察し理解し、作った。それでも息遣いは無かったし、脈を打つことも大地を駆けることも無かった。
  ーーそして、この種族の最たる特徴が輝かなかった。
  体組織を自在に操り、角や鞭のような触手を出し入れできたという。イヌ科の最強種であり、魔獣として誇り高く君臨していた姿。

  見てみたかった。触りたかった。体を変形させるメカニズムを知りたかった。
  それは恋だった。叶うことなど望むべくもない、焦がれるばかりの恋だった。

  真っ白な獣へ馳せていた想いは存外に強く、日に日に形を成していくようだった。頭骨を撫でれば柔らかな毛並みを感じ、枕元では微かな呼吸音が聞こえる。幻覚、幻聴が続いた。
  さすがに良くないかと思いハイドさんに相談したら、片眉を上げただけで、大丈夫だ不安がることは無い、と言われた。
  ついでに頭を撫でられた。





  ある朝目が覚めて、癖になっていた、頭骨を撫でようと伸ばした手が、もふっとしてふわふわで、指通りのいい温もりに触れた。びっくりして手元を見ると、私の顔なんて一飲みできそうなオオカミがいた。
  真っ白な被毛に覆われた、精悍な顔立ちのように思う。きらきらとこちらを見つめる黒い瞳。宝石のような輝きは虹彩だろうか。
  目を合わせて、理解した。
  これは、あの頭骨である。あの美しい頭骨を持つ生き物が、今まさに目の前で、息づいている。
  
  起き上がって、その耳のあたりをぐしぐしと撫でながら疑問が浮かんだ。意味のないことだけれど、つい口に出してオオカミに問いかけてしまう。

「お前、角は?」

  問いかけを理解したとでも言うように、撫でていた私の手から離れていく。
  ぶるりと体を震わせるような動きをした後、大きく首を振った。たぶんその瞬間だったんだろう。
  頭骨だった時よりも更に長く、攻撃性を増したような、真っ白な角が眉間から生えていた。
  刀とでも言うべきその角は滑らかな石膏のような輝きを見せる。きっと軽く振るうだけで、私を袈裟斬りにできる。
  美しい恐怖だった。

「体組織を操るってやつ?」
「うん」

ーーうん?

「喋った?」
「喋るよ?」
「何で?」
「何でって何で?」
「え?」
「え?」

  何やら食い違っている気がする。もしかしたら夢を見ているのかもしれない。
  もやもやとした思いを抱え、けれど夢ではないことには気づいている。とりあえずは、ハイドさんに報告せねばならないだろうと思う。

  角を納めた真白いオオカミの頭をするりと撫でて立ち上がる。普段着のワンピースに着替えて、リビングへと階段を降りる。
  オオカミは尻尾を振りながらついてきた。150cmほどの身長の私の、腰あたりに頭があるオオカミだ。ぶんぶんと振られる尻尾は壁に当たり、軽快な音を立てている。
  微笑ましいやら苦笑すべきやら。

「おはよう、リノ」
「おはようございます、ハイドさん」
「後ろのは……ルールークウルフだね?」
「やっぱり、そうですよね? 朝起きたら……」
「混乱しているか。ーーちゃんと説明しよう」

  食卓へ促されて、自分の席に座った。オオカミがするりと私の横に腰を降ろした。
  胸の高さにある鼻先を撫でてやったら、満足そうな鼻息が私の髪先を揺らす。

「食べながらでいい。聞きなさい」

 ほこほことしたベーコンエッグと、蜂蜜のかかったフレンチトースト。そして茹でられたブロッコリーが乗ったお皿が並ぶ。
  ハイドさんはコーヒーの入ったマグだけを持ち、私の正面に座った。

 とてもリラックスした、いつも通りの朝だった。突然肉体を持った頭骨の存在は、その日常を壊すようなものではなかったのだ。
  大丈夫なことなんだと感じた安心が、ふわりと体を温める。緊張していたんだなとそこで気付いた。
  
「いただきます」

  朝食を食べながら聞いた話は、あまりにもファンタジーが過ぎていて、逆にしっくりきてしまった。

  念という技術の存在を知り、傍らに座るルールークウルフが私の能力であることを理解した。具現化系と呼ばれる一系統の、天然物と呼ばれる能力者。
  念の篭った頭骨を得て、元々素質のあったらしい私の能力が開花したのだそうな。

  頭骨が持っていた残留オーラと、私自身のオーラが混ざり合い、ルールークウルフの具現化が成り立っているらしい。
  それにより通常では難しい、自立した意識、自我を持つ生物の具現化を成し得ている。僥倖だ。
  私のオーラは、頭骨の残留オーラの影響を受けて目覚めたようで、どこか獣じみているとハイドさんは笑った。
  私は笑えない。念能力者と出会ったとき、何だこの野生児と思われるなんて悲しいじゃないか。
  これを機に念の修行をつけてくれるらしいので、そこで矯正していこうと思う。

「今のお前なら見えるはずだ。指先をよく観察してみなさい」

  そう言ってハイドさんは、one for allとでも示すように人差し指を立てる。
  よく分からないながらもじっと集中してその指先を見つめると、もやもやとしたものが花丸を描いているのが見えた。
  そして、何故今まで見えなかったのか驚くほど、あちこちにその湯気が見える。

  ハイドさんの体はもちろん、私自身の体を包み込み、手に持っている銀食器にも、壁にかかった絵のサインにも、店に繋がるドアノブにも、その湯気がくっついていた。

「その湯気のようなものがオーラだ。能力者の体を包み、非能力者は垂れ流している。才能のある者が無意識にオーラを込めている場合もある」

  オーラの篭った作品が、逸品の芸術品であることが多いらしい。
  部屋に戻ったら自分の作品にオーラが宿ってないか見てみようかな。

「具現化されたルールークウルフはリノの能力だ。名前をつけてやるといい」
「名前、ですか? ペットみたいに?」
「それでもいいが、確固たる存在にするという意思を持って考えなさい。それがそいつの名前になり、能力としての名前になる」

  無意識にオオカミと目を合わせていた。
  この強くて美しい、気高い獣が私のものなのだという。私が作った生き物。私と一つの命を分け合っている存在。たった一つの命。
  オーラの存在を感じ取れる今なら、確かにオオカミと私が繋がっていることが分かる。

  この湧き上がる感情は何だろう?
  優越感? 独占欲? 充足感?
  何にせよ、歓喜だ! 間違うこともないほどの喜び!
  畏怖とも思慕ともとれるこの感情が呼び起こした閃きを、私はそのまま口に出した。

「ルク。お前の名前はルクだよ」
「なまえ? ルクのなまえ、ルク?」
「そう、お前の名前」
「わかった、ルクの名前!」

  私よりも大きそうな体躯だと言うのに、言動は幼く。ルクは、千切れんばかりに尻尾を振り、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
  ふふっと笑い声を上げながらその頭を撫でてやった。

「神話からか?」
「はい。大袈裟でした?」
「いや、よく合っているんじゃないかな」

  微笑んでくれたハイドさんに、照れ笑いのままありがとうを告げる。


  慈しんでくれるハイドさんがいる。
  そして、唯一無二、私が居なければ成り立たない、愛おしい存在のルクがいる。

  今、私は幸せだ。




_____________________


大神(ルク)
具現化系能力者、リノ・ブルーバックの能力。
絶滅したルールークウルフの頭骨を媒介に具現化する。
頭骨の残留オーラ(死者の念に近い)も取り込んでいるため、確立した自我を持っている。
リノとは深層心理、もしくは第六感に近い部分で意識を共有しており、無意識下での意思疎通が出来ている。
誓約と制約:唯一無二と決めたため、この能力以外の発を持てない。


____________________


hxhが再熱したので、発掘したものに手を加えました。
わんこもふもふと、庇護者に依存気味少女がやりたい。
のんびりいきます。

20111103


誤字修正しました。
ご指摘ありがとうございます^^*

20111104



[30378] 青に帰せず 2 カルシウム摂取の方法
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/16 01:13
hxh 青に帰せず 2


ハイドさんの営む店舗兼自宅は、訪れる客層が特殊なため、市街地から少し離れた所にある。歩いて30分くらいの距離だ。

ルクと出会って以来、ハイドさんは私を伴って街まで出かけることが減った。この地域は女子供が一人で出歩くには、多少の危険があるらしい。
そんな中でルクは、威嚇にも実力でも最適な護衛だった。

ルクと出かけるようになってから、私はあるものを作った。一頭引き荷車(御者台付き)である。
ノーパンクタイヤを四輪付け、薄い鉄板と合板を組み合わせた作りだ。
見た目はフランダースの犬に出てくるものを弄くって、手すりと足場を付けた感じ。
リアカーよりは重いけれど、さすがはルールークウルフとでも言えばいいのか、ルクにとって荷車を引くのは何の苦でもないらしい。散歩感覚で引いてくれる。

今日もルクに引いてもらっての買い物に出ていた。
最近は料理を任せてもらっていて、食料の買い出しは私の仕事になっている。
ルクに引かれて20分ほど、木々に囲まれた家が見えてきた辺りで、私とルクが同時にそれを感じた。

「リノ、どうする?」
「ちょっと怖いね。でもハイドさん居るし、大丈夫だと思う」
「うん、わかった」

店舗から、とても大きくて力強いオーラが三つ、隠す気を感じられないくらい放たれている。
私はルクの鼻を通してオーラを感じ取れるようになった。初めて"円"で探知するのと近い効果を得た時、ハイドさんのオーラの"匂い"を覚えた。柔らかくても圧倒されるようなオーラだ。

今、店から感じられるのは、ハイドさん以外のオーラは、理知的でありながらも暴力の片鱗を見せていて、少し怖い。
大丈夫とは言ったものの、ルクは警戒を緩めない。
自我はあるけれど、私の無意識とリンクしているようで、きっと今も私の怖いという気持ちに反応しているのだろう。

荷車を自宅側の裏口に止め、ルクを繋ぎから外す。荷物を手に玄関に行くと、中からハイドさんが開けてくれた。
まだ店舗に客のオーラがあるのに。

「おかえり、リノ」
「ありがとうハイドさん。ただいま」
「今、客が来ているんだが、お前に見せたいものがある。荷物を置いてからでいいから、店側に来てくれ」
「はーい…?」
「奴ら、バカみたいなオーラだが、俺の領域内での一方的な暴力行為は禁止させてる。安心していい」
「なるほど、分かりました。すぐ行きます」

今までならば、客がいる時は自室か書斎にいるようにと言い含められていて、普段からも店側には近づかないようにしていた。
来いと言われたからにはもちろん行くけれど、それでも戸惑いはある。
ハイドさんがいる限りはほとんど絶対的に安心しているので、店から感じる激烈なオーラにもさほど怖がっているわけではなかった。
けれどハイドさんは私の戸惑いを不安と捉えたらしく、去り際に柔らかく頭を撫でて行った。
ちょっとだけ店側へ続く戸を見つめ、溜息を吐いた。ハイドさんは私を子供扱いしすぎる。
頭ぽんぽんされて落ち着いてしまう私も私だけど、精神年齢が成人してることを伝えたはずなのに、どうもちびっことしか思っていなさそうだ。

荷物を改めて持ち上げて、冷蔵庫の横の作業台に乗せる。
後ろを着いて来ていたルクが咥えていた袋も乗せ、卵やら牛乳やら、痛みやすいものだけさっさと冷蔵庫にしまう。

「ありがとね、ルク。行こうか」

ルクの返事は、するりと頭を擦りつけるだけだった。まだまだ私の中には不安が燻ぶっているらしい。
そっと戸を開けて、向こうを覗き込む。カウンターの後ろの棚裏に繋がるので、すぐにハイドさんの背が見えた。

振り向いたハイドさんに手招かれた。近くまで行くと、カウンター向こうにお客さんが見える。
男二人と女一人で、全員が素晴らしいオーラの持ち主だ。
姿が見えないうちは恐ろしいほどの圧迫感だったのに、いざ目の前にすると、洗練されたオーラが満ちていて圧倒的な強者に膝を折りたくなる。
ルールークウルフのイヌとしての感覚のようだ。

「ハイドレンジ、この子供は?」
「俺の子だ。拾った子だが、戸籍は実子として登録してもらった」
「もしかしてシャルに依頼したのってそれかよ」
「そうだ。よく覚えてるな」
「そりゃあな。あんたが名指しで、しかも興味の無さそうな分野で頼んでたしよ」
「なるほどな」

じっとこちらを見つめる理知的な男の隣に立っている、髪の長い痩身の男が、真っ先に私のことをハイドさんに尋ねた。
いつもハイドさんと呼んでいたせいか、ハイドレンジと呼び捨てられた名前が新鮮だ。
後ろの方で棚の商品を眺めていた女性も、ちらりと目を向けてきた。きっと彼らはハイドさんと長い付き合いなんだろう。
そして私のことは知らされておらず、興味があるといった様子。

「これはリノという。才能がありそうだったんでお膳立てしたら、半年ほど前に精孔が開いた。同時に能力にも目覚めたんだが、まださほどの鍛錬はさせていない。身体も出来てないしな」

あまり饒舌ではないハイドさんが、私の念について話し始めた。
念については、ほぼ他言無用と教えてもらったのに、いったいどういうことなのか、想像がつかない。

「それを俺たちに言って、何がしたいんだ?」
「前提を知らせた上で、依頼したいことがある。特にクロロの場合、必要以上の興味を持たせたくないからな」
「……念か」
「そうだ。他言できない」
「厄介な能力だな」
「褒め言葉だな。ーーそれで? 話は聞いてくれるのか?」
「いいだろう。だが、依頼を受けるかは聞いてからだ」

クロロと呼ばれた男は、カリスマと知性を感じさせるオーラを持っていて、信仰してしまいたくなるような魅力がある。
厄介だと呟いた時のピリピリとした殺気が心地良かった。
どうしようもない程の実力差が明白で、イヌの本性が、支配されている感覚に喜びを感じている。
ルクを見ると、神妙な顔で彼を見上げていた。

「リノの能力である"大神(ルク)"は、絶滅したルールークウルフの頭骨と残留オーラを元に、消滅した体躯を再現し具現化する。そのオオカミがそれだ」
「ほぉ……魔獣の中でも最強種だな。具現化してるとはいえ、自我はあるのか?」
「ある。おそらく残留オーラを使っているからだろうな。具現化系の中でも特質に近い。ーー制約は"この能力しか持てない"、だ。分かったなクロロ」
「そうか、残念だな」
「ここからは俺の想像だ。ーーおそらくリノは、ルールークウルフの骨を使って、能力を底上げできる。これはルールークウルフの細胞操作を考えてのことでもあるんだが、残留オーラを持つルールークウルフの骨であれば、ルクに取り込めるだろう」

静かな声が解説し、仮定する話は、私でさえぼんやりとしか感じていなかった事だ。ルクについていくつも質問された覚えがあるので、それらを受けてハイドさんが考えたんだろう。
落ち着かない様子のルクが、掌に頭を擦り寄せる。そのままゆるゆると撫でれば落ち着いていった。
私とルクは、精神的に繋がっている。お互いでお互いを癒す。

ーー落ち着いたのは、私だ。

「ノブナガ、それを貸してくれ。うまくいったら買い取る」
「だからこれは後で交渉するっつったのか。……ほらよ」

ロン毛男はノブナガと言うらしい。ホトトギスの姿が頭に浮かんだけれど、まあ関係ないんだろうな。
ノブナガがカウンターに置いた物は、濃い紫色の上等な布で包まれていた。
細長く、置いた時の音からすれば、それなりの重さがありそうだ。
ハイドさんがその布に手をかけ、丁寧に中身を取り出した。包まれていたのは、日本刀だ。
ざわっと背筋が粟立つ。ルクは毛が膨らみ、警戒しているような戸惑うような様子を見せている。
私たちの困惑を余所に、刀を手に取ったハイドさんはゆっくりと鞘から刀身を引き出した。

その真っ白な刃に見覚えがある。
脳裏にちらつくのは、ルクが伸ばした角。まさしくアレと似通っている。

じっと刀を見つめていた私は、周囲の人間から観察されていることになかなか気付かなかった。
むしろ、刀に囚われるあまり、人がいることを忘れていた。

ハイドさんが刀を渡してくれたことでようやく我に返り、はっと周りを見れば、お客さん各々が私を興味深そうに見ていることに気付いた。
気恥ずかしくて、すぐに刀に目を向ける。

「その様子なら、取り込めそうだな」
「……たぶん、できると思います。でも、この、刃の部分以外が邪魔というか、やりにくいような気がします」
「外してやるよ。寄越しな」
「お願いしますノブナガさん」
「……お、おぉ」

一瞬、ノブナガさんが戸惑うような空気があった。それでもすぐに差し出した刀を手に取り、何やら弄り始めた。

「紹介が遅れたな。リノ、こいつらは幻影旅団のメンバーで、リーダーのクロロとノブナガ、後ろのがマチだ。うちは盗品も歓迎してるから、上客中の上客だ。これから会う機会も多いだろうから覚えておけ」
「はい。私はリノ・ブルーバックです。どうぞよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」

クロロさんを始め、ノブナガさんもマチさんも言葉少なに挨拶をしてくれた。
幻影旅団といえば、相当ランクの高い指名手配だった気がするので、ハイドさんの意外な後ろ暗さに驚いた。
テレビやら新聞やらからの社会勉強で、この世界が危険で、犯罪が溢れ、裏の世界が広いようだと知っていて良かった。忌避感はそれほどない。

「契約に、これにも手を出さないことを加えるがいいか?」
「いいだろう。面白そうだ」
「助かる。マチ、他の奴らにも伝えておいてくれるか」
「ああ、いいよ。伝えておく」

何かを手に取っていたマチさんが、ひらりと手を振った。メンバー間の情報の伝達を任されているのだろうか。
ふっと意識が引かれた。
ノブナガさんが刀身を柄から外したところだった。
ふわりとした、暖かい匂いが流れてくる。いい匂いだ。

「ほらよ。気をつけて持て」
「ありがとうございます」

そっと手に取り、刃に手を滑らせる。
おい、と誰かの声がするけれど、もう私の意識はルクに向いていた。
すっぱりと切れた掌からポタポタと血が滴り、真っ白な刃を赤く伝う。
不思議と心落ち着く光景だった。
無意識に念を使ったのか、血は滴ること無く刃を赤く包み、染め上げられていた。
その真っ赤な刃をルクに向ける。
何の指示もしていないのに、私を見上げていたルクが口を開けた。喉の奥に向けて、ゆっくりと刃を差し込む。
赤い刃が赤い咥内へ侵入していく様は妙に綺麗で、高揚にも似た興奮が湧き上がる。少し、気持ちがいい。
ルクが刃の全てを飲み込んだとき、不意に身体が熱を帯びた。関節が痛む。
顔を顰めつつもルクの様子を見れば、ぐっと身体を縮め、何かに耐えていた。ルクもまた痛むのだろうか。
そっと頭を撫でてやり、お互い詰めていた息を吐き出した。ぶるりと大きく身体を震わせたルクが、ぐぐぐと力強く伸びをした。
背中の毛が大きく膨らんでいる。
そして深呼吸をするように、穏やかに力を抜いた。

「リノ、僕、ちょっと大きくなったよ」

ルクが私を見上げて、嬉しそうに言った。
え、と驚いて見てみれば、確かに少しだけ大きい。お座りしている状態で頭に手を置くと、さっきよりもちょっとだけ背が高いのが分かる。

「ほんとだ。ちょっとだけ大きくなってる……」
「予想通りだな。良くやったリノ、ルク」
「なんか……嬉しい」
「嬉しいね!」

ハイドさんのお褒めの言葉が嬉しい。
ルクがちょっと大きくなって嬉しい。
私の能力が成長できて嬉しい。
嬉しい嬉しい。
にへら、と顔が緩んだ。

「あんた、手ぇ痛くないのかい?」

凛とした声に引きずられるようにして、掌の痛みを思い出した。紙で切るようにすっぱりと切ったため、背筋がぞわぞわするような痛みだ。

「え、あ……ぅ、うわあああい、い、痛いよー! いたーい!」
「手、出しな」
「治してくれるのか?」
「面白いもの見たからね。ちょっと興味出てきた。ほら、手、貸して」
「う、う、いたい」
「分かったから。そして、こっち見るんじゃないよ」
「いたい、こわい、ハイドさぁん」
「大丈夫だ、信用していい」
「ははっ、蜘蛛を"信用していい"なんて、ここでしか言えない言葉だぜ」
「確かにな。ハイドレンジの恐ろしいところだ」
「う、う、」

ハイドさんの胸元に頭を寄せて、軽く抱き締められた状態で聞く軽口の応酬に、彼らとの付き合いの長さを感じた。
ピリピリと強いオーラが密集してるわりに、この空間はリラックスしている。旧知の仲とはこのことか。
切った左手を握るマチの手はほんのりと冷えていて、じくじくと熱を持っている手には気持ちいい。
何かがシュッシュッと音を立てていて、その度に止血されたり、掌を掠められたりしている。
きっと念能力なんだろうとは思うけれど、他人の能力を積極的に知りたいとは思わないので見ないようにする。
ぎゅっとハイドさんの胸に顔を押し付け、右手はルクの首に回す。痛いけれど、二人の体温と頭上の軽口に意識を逸らしていれば、耐えられないことは無かった。

「もういいよ。手を拭える物、借りれないかい?」
「持ってこよう」

マチさんの声に応えたハイドさんは、私の肩を撫でて、家へと続く戸へと向かった。
そぅ、とマチさんの方を向けば、切れ長な目が私を見ていた。

「今日中は痛むだろうけど、二三日もすればすぐに治るよ。そういう風に縫ったし、切れ方も綺麗だったからね」
「あ、ありがとうございます。さっきより痛くないです。すごい」
「動かないようにしておきな。動かすと痛いよ」
「うっ、う、動かしません!」


痛いよ、と言った時のマチさんの顔が怖かった。
でも、にやりと笑った顔はかっこよかった。姉御だ。

「もうあの刀のオーラが感じられない。溶け込んだのか。リノのオーラも上昇してるし、全く興味深いな」
「あ、ほんとだ。気が付きませんでした。クロロさんすごい」
「お前、刃を飲み込ませるまでの手順は、何か元があるのか?」
「いえ、刀を見て、手に取った時になんとなく……えっと、無意識です」
「直感か。ーーやはり念能力だからな。だが、今後も同じ様なやり方では駄目だ。次が来る前に、もっと効率的な取り込み方を考えておけ」
「次、ですか? というか、あれは何だったんでしょう? 話の流れからすると、ルールークウルフの遺骨だとは思ったんですけど」
「その通りだ。ーーあれは半月ほど前に、パルム公国の美術館から盗んだ物の一つで、ルールークウルフの骨から作ったものらしい。刀を踏襲した形状だったんで、ノブナガが持ち出したんだがな。使えなかった」
「ちっげえよ! 使えなかったんじゃなくて、相性が悪かったんだよ!」
「相性なんてあるんですか?」
「ある。特にオーラを持つ物に関しては、強い影響がある。おそらくルールークウルフは特質系の能力を持つんだろうな。具現化系と操作系のメンバーはある程度の斬れ味を出せたんだが、強化系の連中はてんで使いこなせなかった」
「盗んだのも、刀使うのも俺しかいねぇからよ。俺が使えないなら売っちまうことになったわけだ。ま、面白いもん見れたし、盗んで正解だったな」
「自分が使えないって分かった時は折ろうとしてなかったっけ?」
「うるせえよマチ! いいじゃねえか!」

ノブナガのぶわりと膨れたオーラが肌を撫でていく。
ざわざわと自分のオーラが乱れたのが分かる。ルクを見れば、大人しく座ってはいるものの、全身の毛がもわりと膨らんでいた。

「うるさいのはお前だノブナガ。リノが怯える」
「え、あ、ハイドさん。いや、怯えてなんか……」
「過保護だねえハイドレンジ。わざわざタオルあっためてさ。ついでに私のもあっためてくれちゃって」
「治療してくれたからな」
「過保護だなあ、おい」
「猫可愛がりというやつか」

温めたタオルを持ってきてくれたハイドさんにお礼を言う間もなく、そうなんですよ過保護なんですよとマチさんに同意する間もなく、にやにやとした大人たちの楽しげな雰囲気に閉口した。
それにハイドさんが優しく血を拭ってくれている手前、気恥ずかしくて何も言えない。

念能力を使いこなすための鍛錬を始めてから分かったけれど、始めて会った時の"子供育てるのも面白いか"というのは、犬猫を拾って飼ってみるのも楽しそうだというようなニュアンスだった。
静物の美しさに魅了されていたハイドさんが、成長し動き回るものへ興味を持っただけのことに過ぎなかった。
それが今では立派な親バカである。子は恥ずかしいのです。(嬉しいけど)(言わない)








「依頼したいことは分かるな?」
「ああ、ルールークウルフの骨は優先的に盗ろう」
「骨に限定しない。ルールークウルフに関する物なら何でもいい」
「そうか。……いくつか、本ならあるが必要か?」
「タイトルは?」
「"魔獣は居住を移住する"、"かの国の王、統べる獣"、"大いなる神に屈する歓びと畏怖"だな。あとは、レッドデータシリーズの初版で、まだ絶滅危惧種だった時のものがある」

ハイドさんが尋ねたというのに、私に目を向けるクロロさん。
どうだ、と問うような目線を受けて、今まで読んだタイトルを思い出して言った。

「"大いなる神に屈する歓びと畏怖"は読んだこと無いです。レッドデータシリーズも」
「そうか。それなら、今度貸してやろう。俺のお気に入りだから、汚すなよ」
「ありがとうございます! 楽しみです!」
「お前が貸すだなんて珍しいな」
「俺は長いこと、ルールークウルフが気になっていたんだ。魔獣の中でも特に強く、知性と暴力を併せ持ち、念能力としか思えない伝承が多く残っている。それがどんな能力だったか、知りたいと思うのは当然だろう?」
「強欲だな。まあ、いい。クロロたちがルールークウルフに関するものを集めれば集めるほど、リノの能力で本物が復活する。興味があるなら、頑張ってくれよ」
「楽しみだ」

クロロさんの不敵な笑い方が、少しばかり怖かった。
これはもう死ぬ気でルクの強化、引いては念能力の鍛錬に勤しまなければならない。頑張ろう。

ルールークウルフの骨の収集と提供、そして関連する書籍の貸与という内容で契約を結ぶらしい。
いちいち文書にしたためて念字での署名をするなんて、面倒臭そうだけど仕方ないのだろう。

ハイドさんの念能力は、端的に言えば嘘をつかないこと、つかせないことだ。
それによっての利益は両者に存在し、デメリットは少ない。
その分ハイドさん自身の制約がいろいろあるらしいけれど、あまり苦にはなっていないようだ。

「リノ」

念書を書き終えたクロロさんが、不意に私を呼んだ。

「今度来るまでに3週間はあるだろう。それまでに今現在でいいからルクの生態のレポートを書いておけ」
「宿題ですね! 頑張ります!」
「ふむ、宿題か。ならば採点しなければな」
「ーーえ、」
「ちゃんと書けよ。俺は辛口だぞ」
「はははっ墓穴掘ったなぁ、リノ」
「う、ううぅ頑張りますぅー……」

まさか宿題なんて単語にここまで反応されるとは思ってもみなかった。
ハイドさんも文字の練習になると言って、止めようとしない。どうせ読み書きできても幼児レベルですよ……。
楽しげに帰っていくお三方を見送ったあと、すぐに自室で机に向かったのは言うまでもない。
まずは、クロロさんの目を汚さないような字を書かねばならないのだ。


不肖リノ・ブルーバック、頑張ります。




____________________


「閻魔の御前(ラライラライラライ)」
ハイドレンジ・ブルーバックの念能力。特質系。
指定した領域内で「嘘」をつけなくなる。口に出すことも、行動で示すこともできない。
最大領域はハイドレンジの円の範囲内で、基本的には店兼自宅の敷地内。念書による契約を結んでいなければ、敷地に入った時点で「絶」になる。
誓約と制約:能力に関係なく、言動全てにおいて"嘘"をつけない。破った場合、能力は消える。

誠実に、信念のもと、偽ることのない行動が必要とされるため、精神的に強い制約となる。
ゆえに、引きこもり気味である。


____________________


旅団とフラグは立てたんですけど、リノの最愛はハイドさんなのでオリキャラxオリキャラかよとか思ったら正解です。たぶん。
夢小説的なご都合主義展開をするつもりですが、恋愛フラグは立ちません! リノには無理です! わんこですから!

感想&誤字報告ありがとうございます!
のんびり行きますが、お付き合い頂ければ嬉しいです^^*
とりあえず年内にプロットの出来上がっている分(原作直前まで)だけでも、お目にかけられればと思っています。

20111104



[30378] 青に帰せず 3 恐怖のおつかい編 (前)
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/16 01:14


hxh 青に帰せず 3



クロロさんへの何度目かの宿題となるレポートを仕上げたある日。
夕食の席でハイドさんが私に声をかけた。

「明日、おつかいに行って欲しい」
「急に改まって、なんです? 今までおつかいなんていっぱいやってきたのに」
「修行も兼ねて、レベルアップだ」

口端をニヤリと上げた意地悪な(それでいて眼福な)顔で、おつかい内容を教えてくれた。

お得意様のご自宅に、注文の入っていた品を届けに行くこと。届けた先で代金を受け取って帰ってくること。
そして、移動手段はルクの足のみ。期限は行って帰ってくるまでで三週間。

聞くだけならとても簡単そうだったけれど、夕食の後、自室で地図を確認してからは、とてもじゃないけれどそうは思えなかった。
山を一つ超え、大河を渡り、国を二つ超え、辿り着く街の外れの山。
本当に行って帰ってくるので精一杯の距離だ。それも、日のある間ずっと、ルクの全速力で走り続けてようやく、だ。
そんな無茶な、なんて思ったけれど、やれなくはない。やってやれなくはないなら、とりあえずやってみようと、念の修行やらで身についた根性が勝った。

ハイドさんは明日と言ったので、早速準備に取り掛かる。
床にごろりと寝そべったルクを踏まないように、あれこれと動き回った。
防寒を重視した着替え。マッチとライター。使い慣れたナイフ。水筒。買い置きの保存食あれこれ。調味料少々。小さな自由帳と鉛筆と消しゴム。
未熟な動きの邪魔にならない、小さなリュックに詰め込んだ。
台所の棚に見知らぬ保存食が用意されていたあたり、ハイドさんは思いつきだとかでおつかいを言い出した訳ではなさそうだ。
勉強机にリュックを置き、もう一度、地図を確認する。まっすぐまっすぐ、南へ向かえばいい。日の出を左に、夕焼けを右に。

「ルク、明日から頑張ってもらうね」
「もちろん! リノの今のオーラ量なら、きっと大丈夫だよ」
「ありがとうルク。頑張ろうね、頼りにしてるよ」

長距離の移動、しかもスピードも求められる今回のおつかい。
何の修行になるかというと、予想するに、オーラの運用精度の向上だろうか。

オートで具現化され、残留オーラによって一個の生命体のように存在するルクは、その生命活動のためにオーラを必要とする。
リノのオーラが枯渇すると、ルクも同様に飢える。逆に、リノが十分にオーラを持っていると、ルクは本来のルールークウルフとしての能力を見せることができる。
ルクが体組織を操作し、念能力を用いた動きをするためには、リノのオーラ=栄養が必要なのだ。

それに気付いたのは、やはりハイドとクロロだった。
リノはまだぼんやりとした感覚を持っていたに過ぎないが、レポートを読んだクロロがハイドと話し、いくつかの実験の結果、確定したことだった。

真っ先にリノの修行に組み込まれたのは、寝る前の練。意識を失うまで練を続け、それを繰り返すことでオーラの総量を増やすことだった。
すでに15分の堅が可能となり、これを続ければ、数年後には年齢に見合わぬオーラ量になるだろう。
リノのオーラ量が増えるほど、ルクは魔獣の最強種たる力を発揮する。ルクという獣が、強大な力を持つことになるのだ。

これは、リノが既に四大行をマスターしているために可能となった修行内容である。
別にリノが才能溢れる希少な人間な訳ではない。具現化系としては抜群の素質を持っていたけれど、所詮、天然物として目覚める可能性があった程度だ。

幸運だったのは、ルールークウルフという種が高いレベルで念能力を使っていたこと。
そして、その頭骨を媒介にしたこと。

この二つの点によって、リノは驚異的な早さで念能力をマスターしていっている。
頭骨の残留オーラには記憶が残されていた。
自身のオーラと残留オーラが混ざってしまっているリノは、経験したこともない念能力の記憶を、感覚として得ることができたのだ。
感覚を知っていれば、あとはそれをなぞるだけ。簡単なことだった。

とは言え、頭でっかちであることは否めない。
ゆえに、今回のおつかいで実践としての経験を積ませるつもりなんだろう。

そんな展望を掲げる修行なので、今回のおつかいはおそらく、効率よく、無駄無く、不足無く、オーラをコントロールする術を身に付けるのが目的だ。
身に付けるまでいかなくとも、せめて感覚を正しく理解するまではいきたい。

目標が分かればやる気も出るというもの。
むん、と気合を入れて、今日の練を始める。いつ倒れてもいいように、ベッドの上に胡座をかいてやっている。
美しいフォルムを描けるように、練りこんだオーラを放出するイメージ。思い描くのは、憤怒の表情の仏像の後ろのアレ。
私の集中力は、基本的に興味のあることにしか向かない。主に美術とか芸術とか制作とか鑑賞とか、まあ、その辺り。
ハイドさんもそこは分かってくれていて、修行方法やら、その教え方やらがとっても分かりやすい。本当に良い人に拾われたものだ。

散漫に考えことをしていても、私のオーラは憤怒の形で噴き出している。







気付いたら、朝になっていた。
練の修行を始めてからはいつものことである。記憶はないけれど、きちんと肩まで布団に入っているあたりがステキだと思う。

暖かい季節ではあるものの、山中を猛スピードで進むことを考慮し、服装を選ぶ。

黒いタートルネックは丈夫で暖かく、着替えにも用意したものだ。
青いラインの入った、これまた黒いショートパンツにサスペンダーを付ける。パッチンではなく、きらきらした青いリングで留めるお洒落サスペンダーなのがお気に入り。
そして黒タイツ。肌が透けないくらいの厚みがちょうど良くて、これも替えを持った。
更にオシャレ感アップなアイテム。ルールークウルフの毛皮とやらを使って作ってもらった、オーダーメイドのブーツをはく。ルクとお揃いの足元だ。
ライダースジャケットも同じくオーダーメイド。襟元と袖口にファーがついていて、真っ黒くろすけな格好をしても、真白いファーが目立って可愛いという、グッドアイテムである。

ジャケットとリュックを持って一階に降りる。
食卓にほこほこと湯気を立てるパンケーキが用意されていた。とろけるバターとメープルシロップ! 大好き!

「おはよう、リノ。ルク」
「おはようハイドさん! パンケーキ嬉しい!」
「僕も骨付肉嬉しい! おはよう!」
「元気に出かけられるようにと思ったんだが……まあ、喜んでもらえて何より」

私は席についてテーブルでパンケーキ。ルクはその足元に座って骨付肉。向かいには相変わらず一杯のコーヒーをすするハイドさん。
この幸せな朝ご飯が3週間も頂けないという現実は見ないふりをして、パンケーキで飲み込んでしまおう。
修行は修行。朝ご飯は朝ご飯。
この美味しさに集中して、英気を養う朝でした。

「じゃあいってきます!」
「ああ、気をつけて」

ルクに特製の鞍をつけ、背負ったリュックと、その中のお届けものをしっかり確認して、ハイドさんに挨拶をした。
見送りの言葉に笑顔で応え、いざ出発。
ひらりとルクに跨って、すぐにトップスピードに乗せた。ゴーグル越しの風景は3倍速なんて目じゃない速度で流れていく。



山を超えて隣の国へ、川を渡ってもう一つ国を超え、パドキア共和国へ入った。
ここまでの距離を10日かけて走り抜いてきた。途中、宿に泊まるのと野宿は半々。
ルクがいれば肉と魚には困らなかったし、山菜や果物も見つけられた。実に快適な野宿だ。
今日は一つ二つ街を超えて、夕方には、目的のククルーマウンテンに到着できると思う。ハイドさんに電話でそう伝え、先方にも連絡しておいてもらうようお願いした。

ククルーマウンテンにはお得意様のゾルディックさんのお宅しか無いらしい。
門から家まで遠いぞーとハイドさんが笑っていたけれど、美術商でお得意様になるようなお金持ちということだ。
ちょっとでもきちんとした格好をすべきかと思って、今日はキュロットをはいてみた。和風テイストで可愛いやつ。

風を切って走り、けもの道を通ること半日。
ゾルディックさん家の門前に到着した。
ぐっと見上げなければ全体が目に入らないような門があり、ちょうどその門扉が開くくらいの広さの空間で草地になっていた。
物々しい雰囲気にちょっとだけ気圧されそうになる。
ルクから降りて鞍を外す。袋に入れて片付け、代わりに、リュックからお届けもののケースを取り出した。
パチリと開けて中身を確認し、手提げの袋に入れ直す。身だしなみをチェックして、いざ参らん!

見上げるほど大きな門の横の、こじんまりとした守衛室に声をかけた。

「こんにちはー。ハイドレンジ・ブルーバックの使いで、リノ・ブルーバックです。ハイドレンジからシルバ様にご連絡がいってるかと思うんですが、お邪魔しても宜しいですか?」
「……えっ!? シルバ様、ですか? お嬢さんが?」
「はい、そうですが?」
「えええええと、ちょっと、本邸と連絡を取りますので、お待ち下さい」
「お願いします」

守衛さんは面白いほど挙動不審だった。
一応11才ということになっていて、まあ見た目もそのくらいなので、おつかいなんて珍しいものでも無いだろうに。
電話であれこれと確認を取っているらしい守衛さんは、ちらちらと私を見ているようだった。
素知らぬふりでルクを撫でて待っていると、そんなに時間をおかずに声がかかる。

「お待たせしました、リノ・ブルーバック様。本邸にて旦那様がお会いになるそうです。道なりに少し行ったところで執事の者がおりますので、その者がご案内いたします。どうぞ、門より、お入りください」

丁寧な案内に、家の格を見た気がする。
ありがとうございますと声をかけてから門へ向かった。

「1」と彫られた扉に手をかけ、とりあえず素で押してみる。私の足が滑っていくだけだった。
半笑いになりながらも、今度はハイドさんに教わった通り練を行い、力一杯押してみた。
びっくりするほど簡単に開いてしまい、驚いて手を離してしまった。ギギギと音を立てて戻る扉。

「リノ、2の扉まで開いたよー」
「ほんとに? わーい、ハイドさんに教えてあげようねー」

何トンだったか聞いたけれど忘れてしまったので、家に戻ったらまた教えてもらおう。

「じゃあもっかい開けるから、ルク、先に入ってね」
「わかったー」

もう一度開けた扉から、スルリと入っていくルク。続くように私も中へと滑り込んだ。
重たい音を響かせて閉まった扉が、砂埃を立てる。

鬱蒼とした森。遠くの山に豪勢なお屋敷が見えた。
眺めていられたのはほんの少しの時間だった。
ルクがサッと身を伏せて戦闘用の警戒を見せ、続けて自分もその気配を捉えた。

なんて恐ろしい気配なんだろう。
強烈な暴力を秘めていながらも、無機物のように静かな生き物だ。念獣たるルクよりも、もっと作り物のように感じる。
音の無い歩きで近寄ってきたその生き物は、私とルクの前でゆっくりと腰を下ろした。

大きな大きな、ハウンドドッグ。

真っ黒な瞳が私たちを捉え、二回、深く息を吸った。

「ーーリノ、たぶん、大丈夫」
「ルク……?」

不意にルクが臨戦体勢を解いた。
まだ警戒はしているようだけれど、それは目の前の恐ろしい生き物への本能的なもの。

「今、リノの匂いを覚えてた。きっと番犬なんだよ。僕らはゲストだって覚えたんだ。……だから、進んでも大丈夫だと思う」
「これが、番犬……?」
「うん。このお家は怖いね」
「そうだね。ーー怖いね」

こちらを見つめる真っ黒な瞳から目を逸らし、そっと足を進める。
道は、森の中へ。

ルクの嗅覚を利用した、広範囲をカバーできる簡易的な円を展開。更に、目一杯の円を広げながら歩く。
ひどく緊張してる。掌にじっとりと汗をかいているのが分かった。
その極度の警戒が功を奏したのか、普段なら感知できない距離に立つ存在に気付いた。
背筋を伸ばし、両手を前で重ねた立ち姿は、どこにも隙を感じない。

敵か、味方か。
おそらくは案内役の執事だろうけれど、思い出すのも恐ろしい番犬を用意している家だ。
何が起こるか、何をされるか分からない。
きっと、私は試されている。
恐慌に陥って無謀な攻撃をしないか、恐怖に逃げ出さないか。
今度はいったい何だ。

目視できる距離まで来た時、小さなゲートの向こうで執事が深くお辞儀をした。
その動きに思わず反応してしまい、ルクの額から角が伸びた。身を守るために攻撃する意思を乗せる。
そんな私たちの警戒など取るに足らないとでもいうように、執事は頭を上げて背筋を正す。

「お待ちしておりました、リノ・ブルーバッグ様。本邸までご案内致しますので、どうぞこちらへ」

奥へと誘う執事はどこまでも静かで、柔らかく微笑んでいる。
けれど、凝をしていれば分かる。
引いた右手と、手前の左足にオーラが集まっている。それはつまり、一歩の踏み出しでその暴力が届くということ。

「私は、正統な、ハイドレンジ・ブルーバックの使いです」
「はい、存じております」
「……では、何故、その右手にオーラを集中させているんですか」
「はい、そちらの念獣からの攻撃に備えてのことです」

震える声で問いかけたというのに、執事は淀みなく返答した。
まだ恐ろしいけれど、こちらの攻撃体制を解かない限り、あちらも迎撃の用意をし続けるのだろう。
ひとつ、深呼吸。

「ルク」

額の角が消える。同時に、執事のオーラも纏に戻った。
彼は本当に執事なんだろうか。
不動の攻防があったというのに、一切の乱れなく収まっている。
重く静かな纏は、クロロさんに近い。

「では、どうぞこちらへ」

執事は私に背を向けて歩き始めた。
先へ、進まなければならない。

試されている緊張と、自棄になった時の最悪の予想が私の胸を潰してしまいそうだ。




______________________


プロットの段落名では「リノとルクの掘り下げ、ゾルにフラグ」でした。前後編。
別にシリアスな展開にしたいわけじゃないです。
残留オーラと混ざっていたから、イヌの本能がリノにも影響しているよー、ビビりだよーっていうつもり。
ダンディー叔父様になでなでわしわしされる予定なので、一気に台無しになりますすいません。



20111108



[30378] 青に帰せず 4 恐怖のおつかい編 (後)
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:4af22e2c
Date: 2011/11/16 01:10



青に帰せず 4


本邸ですと案内された門扉を前にした時、もはや疲労はピークを迎えていた。
森の中のゲートから、およそ15分ほど。
その間中ずっと、鬱蒼とした木々の中で、たくさんの気配がこちらを見ていた。

そのほとんどは、あわよくば獲って喰ってやろうという視線だった。
隙を見せたら喰われる。
強迫観念に囚われた自覚があったとしても、たとえルクがいる限りそうなることは無いと分かっていても。
ほんの一年ほど前は大学生だったのだ。ちょっとのスポーツとも縁が無い、美大生。
念を覚えたことで知った気配、殺気に踊らされるばかりでも仕方がないだろう。

執事を襲うことは無いようで、それもまた恐ろしかった。
黙々と前を行く執事の男が、自分よりもはるかに強者なんだと思い知るから。

その男は今、出迎えるように重厚な扉を開いて待っている。

「どうぞ、リノ・ブルーバック様」
「ーー……はい、お邪魔します」

美しい玄関マットで土を落とし、玄関ホールへと足を進める。
ルクもまたマットの上で足踏みをしていた。
体組織を操作することで泥を落とし、ついでに土埃まで振るい落としたらしい。綺麗な真っ白い毛並みになっていた。

執事が扉を閉める音を背に、ホールの展示物に目を走らせる。
驚くことに、展示された全てのものにオーラが宿っていた。ここまで本物が揃っていると、きっと下手な美術館よりも上等だ。
さっきまでの警戒などさっぱり忘れてしまい、散漫にあれこれと目移りしてしまう。

「口開いてるよ」
「ーーッ!」
「っと、ずいぶんなご挨拶だね。リノ・ブルーバック?」

心臓がバクバクと音を立てている。
気付かなかった。ルクの反応が間に合わないなんて、どういうこと!

真横に現れた人物に、一拍遅れて振るわれたルクの角は空を切った。
危な気なく躱しきった人影。その顔は涼やかに無表情。そして、見慣れた顔。

「……え、イルミさん? どうして」
「どうしてって……あれ? 言ってなかったっけ?」
「何をです?」

たまにハイドさんの元に個人的にやってくるお兄さんは、私の訓練に付き合ってくれる風変わりなその人は、けろりと言い放った。

「ここ、俺の家だよ」




何も知らないで来たんだはははははと抑揚のない笑いが廊下に響く。

「そんなに笑わないでくださいよー」
「リノがあんなに怯えてた理由が分かったよ。うちがどういうものか、知らなかったなら仕方ないよね」
「私は知っていても怖かったと思います」

むしろ知ってたらあんなに快くおつかいを引き受けたりしなかっただろう。
世界有数の暗殺者一家の自宅に、子ども一人でお届けものだなんて!
ハイドさんは時々、無自覚に意地悪だ。ステキおじさまだからって許されると思わないで欲しい。許しちゃうんだけどね。

白皙に、ぱっちり猫目とさらさらな黒髪が映えるお兄さんは、思い返せば、確かに血の匂いが染み付いていたし、異常に優れた戦闘能力を持っていた。
イルミのことは、強くてかっこよくて、いつも構ってくれる人で、ハイドの個人的な友人の家族、としか思ってなかった。
絶賛売り出し中の極悪集団と親しい時点で、ハイドの交友関係なんて推し量れるだろうに、さすが私だ。ぼさっとしてる。

「あんなに強いのに、訳ありだって考えなかったのが悪かったんですね」
「リノは頭弱いから考えようなんて思わなかったでしょ」

イルミからの貶し文句に、リノはほいほいと釣られた。

「ひどい! 頭悪い方じゃないんですよ、これでもおおおおおおうわあああああ!!」
「あ、ごめん。言い忘れてたけどこの家、あちこち罠があるから、歩く時は気をつけてね」
「うっうっうっ……もっとはやく、言って欲しかった……」

その結果、足元で鳴った微かな音を聞き逃し、真横から射出された矢の雨に反応できなかった。
瞬時に反応したルクが全てを叩き落とし、猫の子を持つようにイルミに首筋を掴まれていなければ、リノは死んでいた。
ちょっぴり鼻先がちりちりしているのは何だろう。

「はい、じゃあしばらく凝ね。罠のとこはオーラがついてるから分かるでしょ」
「無理ですもうオーラなんて残ってません無理です」
「出来なかったら死ぬだけだよ?」
「……ルクに乗ってもいいですか?」
「まあ仕方ないか。許してあげるよ」

ルクを維持する分のオーラは、自動的に確保される。それ以外での念を使用するためのオーラ残量の把握も、優先的に修行している分野だ。
オーラ総量とオーラ残量の把握。
これはルク以外の発を持てないリノにとって、とても重要だ。ルクにどれだけの動作をさせられるか。
余剰分のオーラが無ければ、ルクはただの大きなオオカミに過ぎない。それでは身を守ることも、逃げ出すことさえ出来ない。

長く続いた緊張が、リノのオーラを限界まで削っていた。
たたでさえ続かない集中力は、疲労により通常時の半分以下に落ちている。

イルミには、散々情けないところを見られているので、早々に諦めた。
幾度となくリノの訓練に付き合い、おおよそ正確にそのオーラ残量を把握しているため、イルミはリノの判断を高評価した。
迷わず安全を取ったことだ。無理をして死んでしまうような、誤った判断をしなかった。

そう、イルミに褒められても、リノはがっくりとうなだれるだけだった。
ルクのもふもふとした背中に顔を埋めて癒しを求める。

「もう試すのは終わりにしてくださぁい……疲れましたよもう……」
「うん、もうしない。あとは本当に親父の部屋に行くだけだから」

音もなく歩くイルミから、どことなく機嫌が良さそうな雰囲気を感じる。
感情のほとんどを表さない人だったけれど、ルクの鼻にはほんのりと届いていた。

つやつやに磨かれた廊下。点々と灯される灯りが、見事な反射を見せている。
完全に自身での凝を諦めたリノには見えないが、石材のタイルの中にはオーラを放つものがある。
それらは踏めば罠が発動する仕組みとなっているが、ルクは鼻で察知し避けて歩いてる。
ルクの爪が立てる音ばかりが響き、イルミからは全く音が発生しない。
暗殺者というのも、技術職なんだなあと妙に感心してしまった。

「リノって11才にしては判断力あるよね。ムラがあるから一概にとは言えないけど」
「色々とありまして、ね」

ここと違う場所で大学生やってましたーなんて説明のめんどくさいことは、濁して流してしまうようにハイドに言い含められている。
そもそも本当は年齢が20代だなんて、リノを知っていれば誰も信じない。その上、リノ本人が、精神年齢の向上を諦めてしまっているのがどうしようもない。

「さ、親父と対面する準備はいい?」
「え! 早い!」
「親父、リノ・ブルーバック連れてきたよ」
「え!」

重みのある扉を前にするや否や、イルミが即座に声をかけて扉を開けてしまった。
リノのある意味神経質なマイペースと違い、本気でマイペースな人間だった。

「それがハイドレンジの娘っ子か、小さいのぉ」
「ミルよりも下らしい」

開けられた扉の正面に、銀色の獅子を見た気がした。
乗っかったままのルクの背中が少し膨らんだ。

「ハイドには育て始めと聞いたが、それなりに出来てるようだな。ここまで無傷で来られるなら大したものだ」

その部屋にいたのは獅子ではなく、でっかいおじさんと、ちっさいおじいさんだった。
ただ、どちらも気迫に満ちていて、目を合わせるだけで膝を折ってしまいそうになるほどの強者だ。

ハッと気付いてルクの背から降り立ち、お届けものの紙袋を手にする。

「は、はじめまして! リノ・ブルーバックです!こちらがお届けものです!」
「確かに受け取った。ーー俺がシルバだ。代金を持ってくるまで、そこに座って待っていなさい」
「はい、分かりました!」
「いい子だ」

ソファー(?)に座っていたでっかいおじさんがどうやらシルバさんだったようで、差し出した紙袋を受け取ってくれた。
立ち上がったその人は、リノの二倍を軽く越す体躯だったけれど、どこかネコ科っぽさがあるのが愛嬌だろうか。
紙袋を受け取った逆の手で、なぜか頭を撫でられて、スツールに座るおじいさんの向かいの椅子に座らされた。
大きな手が頭を包み込んで、わしわしと撫でられてしまい、ちょっとした衝撃だった。

「わしはゼノ・ゾルディックじゃ。ハイドレンジとは旧知の仲でな。お前さんのこともよく聞いているよ」
「リノです。よろしくお願いします」

群れのボスへ腹を見せるように、リノは二人の強者に対して従順だった。
ハイドへの絶対的な信頼や、クロロたち凶悪犯に対しての好感度は全て、イヌの本質が影響を及ぼしてることにある。
ゾルディック家の者に無条件で好意を示していることも同じだ。リノはまだ弱く、強いものに気に入られるように行動することで、生存率を上げる。

ハイドの庇護下にあることもまた、リノの生存に一役買っている。
幻影旅団も、ゾルディックも、リノがハイドに拾われた事実が無ければ、ほんの少し興味を持っただけで終わっただろう。

「ずいぶん緊張しとったようじゃな。茶でも飲むとどうだ?」
「頂きます、ありがとうございます」

青磁の美しい器に注がれたお茶が、とても良い香りを立てていた。
釉薬の発色が鮮やかで、この茶器一セットのお値段はとてもじゃないが想像したくないものだ。

口に含んだお茶は中国茶のような味がした。少しだけ、漢方、のような……?

「ルク、ちょっと舐めて」
「うん、いいよ」

お行儀なんて気にしてはいられない。それに向かいのゼノの顔は楽しげだ。
足元に寝そべっているルクが体を起こし、器の底に残ったお茶を舐める。ごくりと喉を通った。

「眠り薬だと思うよ。でもリノに効くような量じゃないから大丈夫」

けろりとルクが報告したけれど、そんなものを飲んだと知ったリノは、がっくりとテーブルに伏せてしまう。

「もうやだこのお家怖いよ帰りたいよ」
「ははははそう言うな、どれほどハイドが育てたのかを見たかっただけじゃ。寝たら寝たで、それで構わんかったさ」
「ううううぅぅぅ……」

泊まる部屋はもう用意がある。
そう聞かされても、ゾルディック家の敷地に踏み入れてから散々な目にあっている。どうせ、何か仕掛けられているんだろうと思わざるを得ない。

さめざめと我が身の不幸を嘆きながらも、こういった事態を予測して、一年と少し、育ててくれたハイドに感謝した。
関わりがなかった戦闘技術を教え、微量の毒を摂取し続け体を慣れさせたり、知識を身につけさせてくれた。
面白半分、興味半分で学んでいたことだったけれど、今日、初めてその大切さを知った。
それはハイドに拾われなければ縁が無かった危険だったかもしれない。しかし拾ってくれたのがハイドだったから。
ハイドと共に過ごすために必要なことならば、身につけることだって苦じゃないのだ。

「待たせたな」

もう、音も立てずにシルバが戻ってきてたり、あげくに頭を撫でられるまで気配に気付かなかったりしても、この人たちはそういうものなんだと諦めることにする。
ルクが成長すれば、また違うのだろうか。

「ーー代金だ」

そう言ったシルバさんがテーブルに置いたのは、

「骨……後脚?」
「そうだ。うちの壁掛に取り付けられていた骨で、ハイドがこれを代金としてお前に渡せと言っていた」
「ルク、ルク、おいで」

この感覚は、なかなか慣れないものだ。ルールークウルフの骨は、抗えない魅力を持って、リノの目を捉えて離さない。
全ての意識を持っていかれて、どこにいて、立っているのか座っているのか、誰かいるのか、フィルター越しのように曖昧になる。

そっと手に取った骨はおそらく大腿骨だ。リノの腕よりも長く、生前の大きさはルクの何倍にもなるだろう。
とろりとオーラで骨を包む。クロロに言われて考えた、改善した骨の取り込み方だ。
鋭い牙が見える口内に差し入れてゆく。骨が溶け込むように、ルクの細胞に変わっていくのが分かる。
毛並みが一度逆立ち、ぶわりと波打ったあと、ルクは一回り大きくなっていた。
以前、クロロに貰った刀を取り込んだ時よりも、大きくなったということが分かりやすい。

「大っきくなったね、ルク」
「そうだね、きっと、保存状態が良かったんじゃないかな」
「そっか。ーー……シルバさん、代金、確かに頂きました。良い物をくださって、どうもありがとうございます」

椅子に腰を下ろしていたシルバさんに、きちんと姿勢を正した上で、頭を下げた。
獰猛なネコ科の顔つきがほんのりと柔らかくなり、配達ご苦労だったなと労ってくれる。
大きな手が頭を撫で、再三のそれが気恥ずかしくも嬉しいものだった。

「話には聞いてたけど、本当に成長するんだね。面白い。俺もルールークウルフの骨、探してあげるよ」
「ほんとですか、イルミさん! やったぁ!」
「うん。お代は、俺の仕事手伝ってくれれば、それでいいよ」
「えっ」

飄々としたきょとん顔だというのに、イルミはさりげなく無理難題を申しつけた。
今のリノの力量では、とてもじゃないが、業界屈指の暗殺業のお手伝いなんて出きやしない。

無理です無理です、あしでまといにしかなりませんから、お代は別に用意しますから、ほんと、暗殺とか、お手伝いとか、無理ですから!

おおよそこんな事を手を替え品を替え、言葉を尽くして、訴えたというのに、別所から返ってきたのは、追い打ち同然の台詞だった。

「なに、ハイドの元で3年も修行すれば、そこそこの使い手にはなるじゃろ。何なら、うちで修行つけてやってもよいぞ」
「えぇー……人を殺すのはなぁ、ちょっとなぁ……」
「なんじゃ、殺しの経験は無いのか」
「ありませんよー。一般人でしたからね」
「ーー念を覚えてしまったら、殺すか、殺されるかの選択は必須じゃぞ」

不意に真剣な眼差しで、ゼノが言う。
念能力者はそれだけで、同じ能力者に攻撃される可能性が跳ね上がる。危険視するのはお互いなのだ。
強ければ問題ない。けれど弱ければ、一直線に死に繋がる。

ハイドもまた、似たことを言っていた。
まず逃げろ。隠れて身を守れ。己の強さを違わず自覚しろ。相手の強さをより正確に把握しろ。
殺さずとも、無力化すればいい。何よりも生きることを優先しなさい。

殺されるくらいなら、殺しなさい。

「たぶん、ですけど」

切り出した声に、三人分の視線が集まった。
それが見守るような色を含んでいるのが面白い。イルミはともかく、お二人には今日初めて会ったというのに。

リノが子犬のように育てられてるのは、なにも、ハイドがそうしてるからだけではないらしい。
興味深いことは熱心に、嫌なことでもハイドが言うならばと取り組み、よく言うことを聞くわりには自由に行動する。
ハイドへの忠犬っぷりは、すっかりゾルディック家に伝わってしまっていた。

「生きるために殺しちゃうと思います。ハイドさんも、そう言ってましたし。でも、積極的に殺せるほど、まだこの世界に馴染んでないんです」
「ま、そういうものじゃろ。我々とて、殺したくて殺してるわけじゃない。仕事だと割り切っておる。お前さんも、割り切るための信条を作ればいい」
「だが、リノ。その信条を人に頼るなよ。全てでなくていいから、ちゃんと自分で背負いなさい」

ゼノは穏やかな語り口で認めてくれる。シルバが方向性に釘を刺してくれる。
ほんの少し、リノは将来への道筋を見た気がした。

「リノならハイドが許すって言えば、何でもやっちゃいそう」
「そっんなこと、ない、ですよ?」
「え、心当たりでもあるの?」
「……無いです。でも自分でもやっちゃいそうって思っちゃいました」

そんな中、テーブルのそばで一人立っていたイルミが、ぼそりと核心を突くような発言をした。
綺麗に動揺を見せたリノだが、軽口のようなその言葉を否定できない。
リノにとってこの異世界の常識は、全てハイドに寄るものだから。

「ま、殺す殺さないで辛い思いでもしたら、うちに来ればいいよ。なんとでもしてあげるさ。ミルか、キルあたりの相手にも良さそうだしね」
「おお、それはいいの。あやつら共々、鍛えてやるわい」
「え、えーっと、その節はお手柔らかに?」

わいわいとリノの鍛錬について話すゾルディック家の面々は、ひとしきり話して満足した後、リノに夕食を勧め、泊まる部屋に案内した。
毒入りではなかった夕食に安心して舌鼓を打ち、ふかふかの布団とシルクの手触りにストンと眠りに落ちた。

翌朝、たいそう美味しい朝食を頂き、あれこれと便宜を測ってくれたゾルディック家に、一礼して帰宅の途についた。
帰りの道中は、行きに比べればずいぶんと楽になっていた。
ルクの成長は旅程を短くし、ゾルディック家が持たせてくれた食料は美味しかった。

もう間もなく、ハイドの家がある街に入るといった所で、ルクが言う。

「リノ、僕はリノが危なくなったら、絶対に殺しちゃうよ。本能だから止められない。だから、リノが人を殺すことなんて無いよ」

それは、ルクの頭骨がもたらす、紛れもないルクの本心だろう。
心の底で繋がっていて、リノの念能力によって復活しているとはいえ、ルクはもはや確固たる生命体だ。
自身の思考を持ち、行動に移せる。
その結果の責任は、リノにもある。あるが、既にリノのポテンシャルを圧倒的に越しているルクを制御しきれない。
天然ものとして目覚めた能力ゆえの、メリットであり、デメリットであった。

リノはルクを能力だと知ってはいるが、唯一無二の友であり、分身だと思っている。
ルクが殺すというのなら、殺されるよりは殺すという、リノの思いが反映されているのだろうと考えた。
けれど、人を殺してしまっても、ルクがいれば立っていられると、そう感じた。

「うん。分かった」

リノが返す言葉はそれだけだ。



「ハイドさん、ただいま」
「ーーおかえり。あぁ、ちゃんと代金を受け取ったようだな」

短い旅で、リノは成長した。
この世界で生きるということを知った。

覚悟は、できた。





_____________________

纏まらなくて、やりたいとこやって、あとは駆け足にしました。
ハイドありき、ルクありきで、交友関係を築き、リノは生きていきます。
リノの特殊性は、芸術家独特の価値観かと思います。

ご感想など、ありがとうございます。たいへん嬉しいです^^*


20111111



[30378] 青に帰せず 5 イメージトレーニングは得意なんです
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/16 23:56


修行関連をまとめて何話かやります。
今回はちょっと時間軸が戻っています。

___________



HxH 青に帰せず 5


リノの修行はゆっくりとしたペースで行われている。
それは、ハイドが一ヶ月ほどかけて、ルクという能力について調べた結果だった。
知識として念能力について教えられているが、リノはそれをルクと結びつけ、理解するまでには至っていなかった。
ルクの存在は、頭で思い描いてきたまま、ポッと産まれた生命体だという認識が強い。

天然ものの念能力者の多くは、発だけが存在し、オーラを視認さえできない者が多い。
その事実に基づいて、ゆっくりと精孔を開いた者と同じような修行プランとなった。

ルクが生活に加わって一ヶ月過ぎた頃。夕食後のお茶の時間、ハイドは修行について初めて口にした。
まずオーラについて、感覚と肉体によく馴染むことを優先し、技術は追々教えていくこと。
その技術もオーラを上手に扱うことを目標とした、非戦闘的なものであること。
念能力者であるだけで、否が応でも戦闘は避けられない。
けれどそれは、元来そういった能力を持つルクに任せ、リノは身を守ることを第一にするという方針だ。

「オーラは見えているな?」

そう言って人差し指を立てるハイドに頷き返し、指先でくるくると回る星の形のオーラを見る。

「では、今リノのオーラがどういう状態か。分かるか?」
「状態? えっと、纏で身体を包んでます」
「そうだ。だが、俺とリノのオーラの状態が違うのは?」

目の前に座る、ハイドの身体を包み込んでいるオーラは、ちっとも動かず静かに留まっている。
対して。リノのオーラは絶えず波打ち、あっちこっちに偏りを見せる。
比べてみて初めて、落ち着かない自分のオーラを恥かしく思った。

「私のオーラ、ざわざわしてます。ハイドさんみたいに静かじゃない」
「その通りだ。だからまず、纏の質を向上させて、オーラを落ち着かせることをしよう。ーーリノの場合、おそらくルクの影響だろうが、無意識に五感に合わせてオーラが動く。匂いを嗅ぐと鼻に、観察する時は目に、オーラが集まる。それは改善しようとしなくていい」
「前に獣っぽいって言ってたやつですか?」
「そうだ。無意識的に五感を強化してる。悪いことでは無いから、本当に気にしなくていい」
「分かりました」

ここのところ、デッサンしている時に、細かいところまでよく気が付いて、視力が上がったのかと思っていた。
オーラ、ひいては念能力とはすごいものだ。
この間、ハイドさんの年齢が還暦をとうに超えていると聞いた時も思った。強化系ならもっと老化が遅れるらしい。
世の女性たちに教えてあげたい。こんなに完璧なアンチエイジングも無いだろうに。

「リノは、オーラの存在をどう捉えている? どこから生まれ、どうして身体から放出するか」

ハイドの質問を受け、リノは考える。
初めてオーラを見たのは、ルクが産まれた朝にハイドさんが示してくれた時だ。
その時に、自分の身体を包み込んでいるオーラの存在を知った。
ごく自然に留まっていて、普通の垂れ流し状態を見たのは、街に出てそこの住民を見た時。

オーラは、知った時から身体を包み込んでいた。
空気のように自然に、けれど血液のように大切なもの。

「血液みたいに必要量生まれて、身体を循環しているように思います。作っているのは、たぶん心臓じゃなくて、身体の中心みたいなところ。そこからにじみ出てるような感じです」

やんわりと温かいオーラと、一ヶ月付き合ってきて感じていたことを纏めた。
空気感とか、雰囲気とかいうものが目に見えれば、きっとオーラのようなものなんじゃないか。そう考えた時もある。
リノのオーラは揺らめいていて、ハイドは静かに重く、腰を据えているような安定感がある。
頭骨の持っていたオーラそのままのルクは、澄んだ鋭さがある。

「よく感じ取っているようだ。では、そのオーラを滑らかに循環させようか。ーー掌を耳に押し付けてごらん」
「……血が流れている音がします」
「心臓から始まり、身体を順繰り巡っていく音だ。肺を通り、脳を通り、指先へ向かい戻ってくる。臓器を巡り、足先へ行って、心臓に帰ってくる。イメージはできるな?」
「はい、分かります」

医療大学の人の好意で、人体解剖に立ち会わせてもらったことがある。
丁寧に学生に指導していく中、リノもまたよく話を聞き、そしてデッサンに写し取った。
体内の様子は、なにか別の生き物を見ているような気持ちだったけれど、リノの内側と変わらないのだ。

「ではオーラはどこから発するか。俺は東洋の気の考えが近いと思っている。丹田というものだ。へその辺り、体の中心から、湧き水のようにオーラが生まれる」
「へそのあたり……あぁ、なんとなく分かります」
「そこから始まり、身体の隅々までオーラが満ちるんだ。リノという湖に湧き水が溜まっていく」

目を閉じてイメージする。湖に浮かぶような気持ちだ。
リノが浮かんだ湖は、中心の深いところから滾々と水が湧き出ていて、湖岸ではルクがその水を飲んでいる。
身体から染み出していくオーラ。湖を見たしている水。

「さて、水面の様子だ。湧き出る水に影響されず、鏡のような湖面が望ましい」

リノの湖は、ゆらゆらと光を反射している。

「その水はとろりとしていて、静かに留めようと思えばできるはずだ。ルクの影響もささやかなものになる」

そうだ。温かな水は柔らかく、リノの身体を包むのだ。
イメージは綺麗にその様子を成し、湖面が滑らかに整ってゆく。
喉を鳴らすルクからは、少しの漣が起きるけれど、それもすぐに溶けていった。

「目を開けて、自分のオーラを見てごらん」
「ーー大人しくなってる」
「その状態を維持しなさい。何をしていても。寝る時もだ。いいね?」
「はい」
「意識しなくても維持できるようになったら、次のステップだ。リノなら、10日ほどで出来るだろうな」
「うわぁ、頑張りますね。ーールク、ざわついたら教えてくれる?」
「うん、いいよ」
「そうだな。二人で協力するのがいいだろう」

そう言ってハイドは笑った。

結果として、ハイドの言ったとおりに、リノは完璧な纏をマスターした。
驚いたり、緊張したりすると、もわりと少し膨らむけれど、それは反射のようなもので仕方がないとされた。
本能と無意識が影響しているのは明らかで、性質上、直すようなものでも無い。

次のステップとして練を教えられた。
リノはイメージが上手くいき、ほんの一週間で練さえもマスターした。
そのイメージのせいで、轟々と燃え盛る炎のような形になるが、まあいいだろうということだった。

この二つを覚えたことで、オーラを扱う感覚を理解し始めていた。

毎夜、寝る前の練でオーラを出し切り、オーラの総量を増やす訓練が始まった。
それは、あの恐怖のおつかいの前のこと。

その日、ルクとお散歩兼お買い物から帰ってきた時だった。
普段通り、玄関から中に入った。すぐ右手の洗面所で手洗いうがいを済ませ、ハイドさんの気配がある居間へ向かう。
ただいまーと声をかけて、テーブルに今日の戦利品を並べようと思った時だ。

「あぁ、おかえり。ーーついでに、いらっしゃい」

え、何に向かっていらっしゃい? もしや何か憑いてる……とか? やだ怖い。

そんな思いが駆け巡ったけれど、背後からかかった声に、どこかに飛んでいってしまった。
リノも飛び上がっていた。

「や、久しぶりだね。ハイドに娘ができたって聞いて、お祝いを届けに来たんだけど」
「馬鹿を言うな。お前たちのお祝いなんざ、不吉すぎる」
「酷いなあ。とりあえずこれ、爺ちゃんから」

ハイドと軽やかに話す男は、さらさらと流れる黒髪で、猫のような能面のような、不思議な人だった。
いつのまに家に入ったのか。そもそも、いつからリノの後ろにいたのか。なぜルクが気付かなかったのか。
なぜ、目の前にいながら、気配が分からないのか。

呆然と立ちすくむリノをよそに、その男はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろし、悠々と足を組んだ。

「きみ、リノって言うんでしょ?」
「……あ、はい。リノです」
「ふぅん。本当に天然物なんだ。発があるのに、他の基礎なんかが出来てないね」
「あ、すいません」
「別に謝るようなことじゃないよ。俺としては、天然物って珍しいから、ちょっと興味深いかな」
「あ、そうですか」

この時既にハイドには知られていたが、リノが「あ、」と一拍入れて喋る時は、ろくに話を聞いていない証拠であった。
何かを集中して観察してたり、頭の中で一人忙しくしている時なんかがそうだ。
今はこの男の観察と考察に忙しく、ルクに至っては、男の足元に寄って熱心に匂いを嗅いでいる。

「珍しく良い物だったな。イルミ、ゼノに礼を言っておいてくれ」
「分かった。不吉だって言ってたことも、一緒に伝えとくよ」
「……イルミ?」
「なに、リノ・ブルーバック?」
「あ、名前か。あ、何でもないです」

リノの頭がぐるぐるしていることに、ハイドは苦笑をもらし、ようやく男を紹介してくれる。

「リノ。この男はイルミといって、俺の古い友人の孫に当たる。よく顔を出すから覚えておきなさい」
「はい、ハイドさん。ーーえっと、リノ・ブルーバックです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく」

イルミにお茶を手渡したハイドは、リノにもまたカップを渡し、席につくよう背を押す。
促されるままテーブルに向かい椅子に腰を落ち着ける。ミルクティーを一口飲むと、ぐるぐるしていた頭も少し落ち着いた。
ハイドが正面に着席し、お客様とのお茶会といった体になる。

熱心にイルミの匂いを嗅いでいたルクが、不満気にリノの足元に戻る。
どうしたのと聞いたら、匂いがしないと言って耳を垂らした。

大体どんな物でも、ルクは匂いを覚えてきた。
だというのに、匂いがしないとはどういうことなのか。

落ち着いた頭で改めてイルミを観察する。
足を組んで座り、静かにカップに口をつける姿は、若々しくも洗練された雰囲気だ。
顔の造形も、無表情なのを抜かせば良い方だ。ただ、絵に描いて美しいかというと、そうではないタイプ。
絵にするなら断然ハイドの方が良い絵になる。
そもそも、こんなにじっくり見ているのに、存在感が薄すぎて、魅力を感じないのが欠点だ。

じっくりと見つめていたら、見開いたような黒目と目があった。

「何か用?」
「失礼かもしれないんですけど、ずいぶん、気配が薄いなーって」

素直に答えたというのに、イルミは片眉を跳ねさせて、ハイドの方へ顔を向けた。

「……ハイド、この子にどこまで教えてるの?」
「まだ纏と練だけだ。自分のオーラの感覚を掴むことを優先させた。知識もほとんど教えていない」
「やっぱり天然物だと育て方は変わってくるのか」
「それにまだ若い。時間をかけてでも、上手なオーラの運用を覚えた方がいいだろう」
「なるほど。発が一つしかないなら、その方がいいだろうね。ーーリノ。絶といって、オーラを体内に留める技術があるんだよね。俺の気配が薄いのはそのせい」

無表情で、ぐるりとこちらに向き直ったイルミに驚いて、肩が跳ねた。

「俺をよく見てて。集中して」

注視すればいいなら、得意分野だ。
広い範囲を意識するために、イルミの眉間あたりに目を向ける。けれど、見るものはアウトライン。
一部を知るためには、周囲を知る必要がある。
経験から身についた観察の仕方だったが、この時、それは最適なものであった。

イルミを縁取る、霞んでしまいそうなカタチが、少しずつ明確な線を持っていった。

ハッと気付いた時には、イルミの身体はオーラに包まれていて、きちんとした存在感をもってその場にあった。
ルクも、今ならきちんと匂いを嗅ぎとれたらしく、満足そうに鼻を鳴らしている。

「さっきまで俺は、絶っていう、オーラを体外に出さないことをしていたわけ。今は普通に纏の状態。違い、分かったよね?」
「はい、分かりました! すごいんですね。オーラの有る無しで、こんなに変わるなんて」
「……ミルより才能あるかも。リノ、嫁ぎ先が見つからなかったら、うちに来ればいいよ」
「え、ええ? イルミさん、ちょっと今のはよくわかんなかったです」

急に何の話だ。
妙に焦ってしまって、助けを求めるように視線を正面に送ると、そこには眉間に深いシワが刻まれたハイドがいた。

「リノが嫁に欲しければ、少なくともミルキはダメだ。あいつは絶対太る。ダメだ。お前かキルアなら、許してやってもいい」
「えっ、あの、ハイドさんっ?」
「分かった。親父たちにそう伝えておくよ」
「ちょ、あの……え? えっ?」
「大丈夫だ。向こう十年は嫁に行かせるつもりはない」
「いや、そうではなくて。あれ? そういうことかな? あれ? え?」

すぐに絶の修行について話が始まってしまい、リノの頭に一連の話が残ることはなかった。
しかも、混乱のあまり真っ白になったせいか、妙に絶も上手くいってしまい、感覚を掴むことは簡単にできてしまった。
イルミが滞在したのは、お茶会程度の時間だっったというのに、リノにとってはとても濃い時間だったと言える。




____________________

時間軸とか
@現在まで
1992 本編開始 リノがトリップし拾われる。 リノ10歳に退行する
1993 ルク誕生 クロロ20歳、イルミ17歳と出会う。
@未来
1999 原作開始 リノ17歳 ゴン11歳 クロロ26歳 イルミ24歳

以上で考えています。
情報サイトさん参照してます。

____________________


目次ページ(?)作りました。
感想返し系はそちらに書きますね。
路線変更書き直しをしていたら、伏線削っちゃってました。てへぺろ。
どうにか繋げようとアレコレやりましたが、大丈夫でしょうかね。以降、気をつけます。

20111116



[30378] 青に帰せず 6 まだまだ補助輪付き
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2011/11/26 17:46


青に帰せず 6



纏が穏やかなものを常態化できるようになり、絶のほうも、おおよそ様になってきた頃。
新たな技術を教わることになった。

あらゆる授業は、夕食後のお茶の時間に行われている。
ハイドは一杯のコーヒー、リノにはミルクで溶いたココアが渡された。
リビングのテーブルで向かい合って座り、お喋りをするように話が進む。
その中で、ハイドの目にふっとオーラが集中した。

「凝、という。ーー分かるか?」
「オーラを目に集めればいんですか?」
「まあ、そうだな。目にオーラを集めることで、より他人のオーラを視認しやすくなる。ーー凝とは、身体の一部にオーラを集める技術だ。目に集めるのが一般的とでも言おうか。オーラを隠す、陰という技術を見破るためでもある」

ハイドは更に言葉を続け、リノが集中して観察や制作をしている時には、自然と凝ができていると教えた。

手鏡を渡され、写り込んだ自分の顔を観察する。
元の年齢の半分くらいになってしまった顔。小学生の高学年くらいだろうか。
猫っ毛の黒髪は、街にある小さな美容室で、ショートヘアに整えてもらっている。
鼻がツンとしていて、利かん気に見えることがちょっとだけ好きじゃない。
でも、転がるように並んだ、目元の黒子はお気に入りだ。泣き黒子の位置じゃないけれど、アクセントだと思う。
そうやって観察している自分を意識したまま、鏡の中の自分と目を合わせる。
まだまだ子供っぽさが残る黒目がちな目が、ほわほわとしたオーラに厚く覆われていた。

「なんとなく、この感覚は分かりやすいです」

そうハイドに報告しながら、スイッチを切り替えるように凝と纏を繰り返してみせた。
これは簡単だなあと、ちょっと得意な気持ちになる。

「向いているようで何より。他の部分に集中させられるか?」
「右手、とかですか?」
「そうだ。やってみなさい」

目で行っていた凝を、もう何度かパチパチと切り替え、その感覚を右手にトレースする。
パッと手袋のようにオーラが厚みを増した。
それも何度か切り替え、肘、肩、首と場所を移し、左手の先までオーラの集中を動かした。

「本当に凝は得意のようだな。ーー今、オーラの集中部位を動かしていったが、それをよりスムーズに、より正確な比率で動かせれば、流という技術にもなる」

そう言ってハイドは、カップを置いた手で拳を作り、リノに見せる。
そして真横にヒュッと伸ばされた腕は、その僅かな時間でオーラが拳へと集まっていた。

「これでおおよそ、オーラ全体の40%を右手に集めた状態だな。あまり流は得意じゃない。イルミならもっと正確な比率でできるだろうな。今度見せてもらうといい」
「分かりました」
「まずは凝で、パーセンテージを決めて集中させることを訓練しなさい。動作に合わせての移動はそれからでいい」

ランニング中は常に凝をするように、と鍛錬メニューに加えられて、その夜の授業は終わった。



大きめの値から始めようと、翌日のランニングはオーラ全体の80%を凝に使ってみた。
その結果、80%のオーラのコントロールを維持することに体力を奪われ、いつもより疲れてしまった。
あれこれとパーセンテージを変えてみたところ、60%ほどの集中がやりやすいことに気付く。
それは、比率を意識せずに凝をした時と近い数字で、オーラの移動には60%を基準にすることにした。

ハイドが言うには、本来の凝の修行は、反射的な凝で相手のオーラを見定めることらしかった。
けれど、観察グセのある私は、それを無意識のうちにやっていたので、知識も得た今となっては、観察=凝というのが日常となった。
そうやって自然と凝をするようになって、ハイドの家のあちこちに、オーラの篭った文字や小物が置いてあることに気づく。
更に、敷地に入る門のところに、ハイドのオーラによるラインが引かれていることにも気づいた。
そのラインはどうやら、ぐるりと敷地を囲んでいるらしい。ルクがハイドの匂いを辿って、家を一周して戻ってきた。

その日のお茶の時間、リノは家を囲むラインについてハイドに質問した。

「ハイドさん、お家の周りをオーラで囲っているのは、何か意味があるんですか?」

意味が無い訳は無いと思いながらも、リノは控えめな質問に留めた。
オーラがあるということは、念能力が関わっている可能性が高い。であれば、気軽にその深くを知ろうとするものではない。

けれど、質問を受けたハイドはというと、リノに知らせてなかったことを驚くかのような反応で、ごく自然とその答えを与えた。

「あれは、俺の能力を補佐、底上げするための小細工だ。閻魔の御前(ラライラライラライ)は、俺の円の範囲内で効果を発揮するんだが、神字やオーラを込めた念具を使うことで、その効果範囲を固定している。ーーつまりは、俺がそのラインの中にいる限り、この敷地内全てが効果範囲になる」

そもそものハイドの円だけでも、敷地を覆う程度はできる。
しかし、精神状況によって増減してしまうため、補助を用いることで一定の範囲を確保しているらしい。

「円、って、前に説明してもらった、オーラを薄く伸ばすやつですよね」
「そうだ。ーーそうだな、リノもそろそろやってみるか? オーラ量も少し増えたようだしな」

以前、拾ってもらった日のことをハイドに尋ねたことがあった。
敷地内は全て、ハイドの念が覆っている。そのため、敷地内の出来事でハイドが把握できないことなど、ほぼ、存在しない。
だというのに、あの日、侵入の気配さえなく、庭にリノが存在していた。
混乱していたリノが落ち着くよりも早く、ハイドがやってきたのは、その異常を感知したためだった。
その把握力の説明に、円という技術も含まれていたのだ。

「身体を覆っているオーラを、纏のまま、面積を増やしていく感じだな。風船を膨らませるような、と俺の師匠は言っていた。オーラ量があれば、その分面積は増える。もしくは、オーラをごく薄く広げることで増やすこともできる。俺は後者だな」
「えーっと、たくさんの絵の具だと広く塗れて、少ない絵の具でも、薄めれば同じくらい塗れるっていう感じですか?」
「まあそうだな。絵の具を大量に使えば色濃く見えるし、薄めればやはり色も薄い。円の把握力もそれに準じるな」
「おー、わかりやすいですハイドさん」
「それはなにより。ーー薄めていいからやってごらん」

微笑んだハイドさんを眼福に思いながら、そっと目を閉じ、頭の中でイメージを始める。

絵の具というのは、リノのオーラだ。薄めるには空気を使えばいいだろう。
外側からじっくり滲ませていくように、オーラを空気に溶け込ませていく。
満遍なくゆっくりと、リノを中心にグラデーションを作る気持ちで、オーラを広げる。
丁寧に伸ばしていった結果、これ以上オーラを薄められないと感じるポイントに行きあたった。
広げたオーラが均一に伸ばされているか確認した時、自分のオーラの範囲を知った。
テーブルの向こうまでは届かない。かろうじてテーブルの下に、ハイドの足があることが分かる程度だ。
薄めたオーラ同様に、感知できる像も輪郭がぼんやりとしていた。
足下にいるルクの尻尾が揺れている。

「半径1m弱といったところか。上々だ」

ハイドの声に目を開く。
知覚していた像と、視認した像が交わり、なにやら不思議な感覚を得た。
3Dモデルの骨組みだけを透過しているような、吹抜屋台の絵を見ているような。

「このくらいの広さで上々なんですか?」
「修行を始めて半年過ぎた程度でコレなら、ズバ抜けてると言ってもいい。まだどれも実用レベルじゃないが、それはこれからだろう。ルクもいるし、リノは優秀な念能力者になれるよ」
「そ、そうなんですか? なんか、ハイドさんとかイルミさんとか、全然近付いた気がしないんですけど」

リノの円が1m弱で、ハイドは敷地を覆えるレベルで、リノの絶がくしゃみで消し飛ぶようなものなら、イルミの絶は何をしようと揺るがないものだ。
本当に褒められるような出来なのか、リノには判断できなかった。

「俺が念の修行を始めたのは半世紀くらい前で、イルミはエリート一家の長男坊だ。比べることがまず間違ってる。ーー普通、リノくらいの年齢の念能力はいない。確固たる能力を持ち、センスもあるとくれば、優秀すぎるさ」

だから、修行はゆっくりでいいんだとハイドは続けた。
柔らかな声は、本当にそう思っていることがよく伝わってきた。

ハイドがいる限り、リノは進む道を間違えることはないだろうと、心の深いところで安心していた。
元の世界を忘れたわけでもなく、現場を疑問に思わないわけでもない。
見知らぬ場所、あり得ない技術に不安を覚えていることを、気付かないことにしているだけ。
ここにいる限り、隣にはいつもルクがいて、後ろからハイドが道を照らしてくれている。
その狭い世界が暖かくて、リノの心は柔らかくあり続けられた。
ルクとハイド。
二人がいれば、リノは歩いてゆける。

まずは一歩ずつ丁寧に、鍛錬を続けていく。
体を鍛え、念能力を学ぶことで、どこにたどり着くのか知らないけれど、きっと悪いようにはならない。

「ハイドさん、」

片眉を上げたハイドに向かって言葉を続けた。

「私、頑張りますね。そして、いつかきちんと、恩返しをします」
「返されるような恩なんてあったかな」
「はい。いっぱい」
「恩返しが終わったら、どうするつもりだ?」
「そうしたら、一人前だって認めてください。そして、それからも、こうやって一緒にお茶をしてください」

何を言われると思ったのかは知らないけれど、一方的に恩返しをして一人前になるだなんて妙なことを言ったというのに、ハイドは微笑んで、もちろんと一言だけリノに返した。

その夜ハイドは、おやすみなさいと言うリノを見送りながら、ルクにだけ、リビングに残るよう言った。
何があるのか疑問に思ったものの、リノはルクを置いて自室に上がる。
いつものように簡単な筋力トレーニングをして、寝間着に着替えたところでルクが部屋に入ってきた。
前足でドアを開け、入ったあとはちゃんと閉める。器用なことをすると日々感心してしまう。

「おかえり。ハイドさん、何だって?」
「んー。いっぱい質問されたよー。あと、僕、リノより念が上手だって
「おおー、さすがルールークウルフだね。頼りにしてるよー」

得意気に胸を張るルクにかきついて、ぎゅうぎゅうわしわしと思う存分じゃれる。
ルールークウルフは、念能力を理解したうえで使用し、能力に向いた進化を遂げた魔獣である。
まだ幼体に近いとはいえ、ルクの方が数段リノよりも上に立っている。
リノはそれが当然だと思っているし、むしろ修行中は、ハイドより、いつも一緒にいるルクによく質問している。

「リノは僕が守るんだよ」
「わぁ、なに? かっこいいね」

ルクは喉の奥で笑い、黙ってリノに擦り寄った。
膝立ちのリノとおすわりしたルクでは、少しだけルクの方が大きい。
首筋に抱きついているリノは、もはやルクに埋もれていると言ってもいい。

命を分け合って育っていくことになる二人。
じっくりと時間をかけた修行により、その絆は深まるばかり。



____________________


二つに分けたのが問題だったように思いました。
修行初期の頃ですが、こんな感じののんびりペースで、ずっと修行してます。
リノは器用貧乏タイプで、一通り覚えるのは早いけど、実践レベルに持っていくには、ちゃんと時間をかける必要がある感じ。

別視点メモが増えすぎてやばいんですけど、書いてもいいですか?
一人称視点がぶれないことを目標にやってるので、別視点を挟むのってどうなのかと。
番外とか、息抜きでやってもいいですか?

ちょっと学士試験がありまして、当初の予定通り、のんびり更新です。

20111126



[30378] 青に帰せず 7 敷かれたレールに従います
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:b2869156
Date: 2012/01/01 23:08


青に帰せず 7


右手からナイフ状に変化させたオーラを伸ばし、まな板の上のベーコンを切る。
変化系は得意な部類ではあるけれど、一定の変化を維持しなければならず、けっこうな集中を必要とした。
この修行を始めてから2週間。まな板は4代目になっている。

「あっ!」
「まな板も切ったか?」
「違います! 見てくださいハイドさん! 切れ目もついてない!」
「ああ、本当だ。一つ目のステップクリアだな」
「やったー!」

ナイフ状のオーラを保てなかったり、切れ味が鈍かったりと苦労した修行も、少しずつ身になってきているようだ。
にっこりと笑ったハイドに、頭をわしわしされていい気分だ。

「次のステップは、そうだな……この前あげた動物図鑑、あれに載っている動物をオーラで作ってごらん。立体的に、塑像のようにね。作れたら、それを保ったまま、俺に見せなさい」
「好きな動物でいいですか?」
「ああ、構わないよ。リノのやりやすいようにやってごらん」
「はい、わかりました」

変化系の修行はモノ作りに似ていて楽しい。
オーラが無限の可能性を持った素材に思えて、ついつい言われたことよりも余計なこともしてしまう。
ナイフ状のオーラならば、どんな柄でどんな装飾なのか考えてしまい、それをオーラに反映させてしまう。
それはそれで、具現化系の修行と言えるらしいのだけれど、制約がある分、実体化させようと考えてはいけないと言われている。

自分のオーラですっぱりと切り落としたベーコンを、フォーク状にしたオーラでフライパンに移し、火にかける。
ある意味手を使わずにベーコンをいいように扱え、まるで魔法使いにでもなったみたいだ。
隣に立つハイドが卵を片手にベーコンを炒め始めた。
家事能力抜群のハイドは、片手で卵を割り、パラパラの炒飯を作り、とろとろのオムレツも上手だ。
こうやって修行の一貫でもなければ、リノが台所に立つ必要も無いし、なによりハイドが好きにやっているので断られる始末だった。
覗いているうちにもベーコンはカリカリに焼かれ、卵が二つ割り入れられる。
水を入れ、じゅわっと音を立てるところに蓋をした。

リノがサラダをお皿に盛り、一緒に二人分のオレンジジュースをテーブルへ運ぶ。
その間にハイドがドレッシングを作り、トースターに角食を入れた。

「ジャムは何がいい?」
「キウイのコンフィチュール!」
「お気に入りだな」

苦笑して冷蔵庫からビンを取り出し、受け取ったリノがスプーンと一緒にテーブルへ持っていく。
チン、と鳴ったトースターから、ハイドが1枚ずつお皿に移し、それをリノが運ぶ。
最近の、リノが寝坊しなかった場合の日課である。

「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」

席に着いて、美味しい朝食を頬張る。
今日もハッピーな一日になりそうだ。





食後のデザートに、ヨーグルトがけの桃とミルクティーを頂いている中、ふと思い出したようにハイドが告げる。

「そういえば、今日の夕方ごろ、イルミが来るそうだ。リノと話があるそうだから、3時くらいには手が空いているようにしておきなさい」
「はい、3時ごろですね。ーーイルミさんが私に話って、何でしょうね?」
「たぶん、修行についてだろうな。ーーイルミには弟たちが4人いてな、すぐ下の弟がそろそろ念の修行を始めるはずだ。おおかたイルミが教育係にでもなったんだろう」
「なるほど、私を参考にしたいんですね」
「おそらくな。まあ、聞かれたことに素直に答えればいい。リノの能力は特異だ。不利になるようなことはない」

ハイドがゆったりと断言したことで、リノの緊張は解かれた。
何度か話をしたけれど、あの独特な雰囲気にはまだまだ慣れないものがある。

「じゃあ、今日はずっと部屋に居ますね」
「わかった。あまり根を詰めて修行しなくていいからな」
「はぁい、気をつけます」

先日、熱中するあまりオーラを使い果たし、ルクが慌ててハイドに知らせに走ったことがある。
からかうような声音に、照れ笑いを返した。

リノの修行は、ハイドがリノに合わせてメニューを組んでいる。
竹串で鉄板にデッサンさせたり、可動式の針金細工にオーラを込めて動かさせたりだ。
アーティストの卵たるリノにとっては、提示された新たな素材による、新たな手法。
わくわくとした気持ちを抑えられないで、熱心に修行に取り組まずにはいられない。

飴ばかりの修行のように思ったが、設けた課題に対して厳しく採点されるため、数日でそんな思いも消え去った。

竹串デッサンは一回3時間と決められている。
ひとパック100本入りの竹串が全て折れてしまったなら、それを買いにいくことも含まれていた。
ルクに乗っての全速力だとしても、往復30分強。
モチーフはその都度ハイドが選び決めているが、リンゴ一つから始まった。
やり直しのきかない、銅版画のような手法には集中力が必要で、一度でも買出しに出れば、大きなロスになった。
出来上がったデッサンはハイドに提出し、出来栄えを評価される。
薄い鉄板に穴が空いていたら夕飯のデザート抜きとなり、デッサンの出来が悪ければ、次回の買い物でルクに荷物を持たせることが禁止される。

そして、一回の修行時間は決められているものの、自己鍛錬は禁止されておらず、リノはあれこれとチャレンジしていた。

昨日から取り組んでいるのは、オーラを彫刻刀の代用として木像を作ること。
削れ過ぎたり、意図した効果にオーラを変化されられなかったりと、なかなか難しい。
それでも試行錯誤を繰り返し、研究を重ねることが楽しく、好きこそ物の上手なれを体現していた。



モデルにしている、大人しく座り続けていたルクが、来たよ、と突然口にした。
集中していたせいで理解までに少し時間がかかった。

「え、っと……?」
「イルミさんがさっき門をくぐったよ」
「ーー……あ、あ、うわわ時間見てなかった!」
「2時半だよ。きっとはやく来ちゃったんだね」

のほほんとしたルクがそう言うのを聞きながら、額の汗を拭い、木屑のついた手をタオルに突っ込んだ。
机の上の木屑をクズカゴに捨て、エプロンを外したら、ルクを伴って一階に向かう。

居間では、すでにお茶を手に寛いだ様子のイルミがいた。

「や、リノ」
「こんにちは、イルミさん」
「ハイドから話は聞いてる?」
「私に話があるって聞きましたよ」
「そうそう。念の修行について、参考にしたいから話を聞かせてよ」

まさしくハイドの予想はドンピシャリと当たっていたらしい。
居間のソファーにイルミと並んで座った。
ローテーブルにはミルクティーの入ったカップとクッキーの盛られた皿、そして足元にはルクが寝そべるという、なんともまったりとした空気の中でお話が始まった。

「リノは念の修行を始めてどれくらいだっけ?」
「そろそろ半年くらいですね。基礎の四大行と応用をちょっぴり、あと系統別っていうのを最近始めたばかりです」
「系統別についてもっと詳しく教えて」

あぁ、具現化系について聞きたいんだな、とその時リノは気付いた。
きっと、それは口出してはいけない事柄だろうと、念能力者のタブーを思い出し、けれど、できるだけイルミの望む情報を出せるよう、頭の中を整理していく。

「えっと、私の場合は、下手に具現化ができてしまって"能力"となってしまうことが、一番避けなければならないって、ハイドさんから言われているので、あんまり具現化系の修行はしてません。変化系が中心です」

オーラの形状を始め、それに伴う性質、質感を変化させる。
けれど、あくまでもそれは"オーラを変化させている"域を出ないようにする。
実体化しない、ギリギリのラインまでのオーラ変化を目標にした修行だ。

仕方のないこととは言え、操作系、放出系が苦手分野であるため、それらの修行は本当に少なく、かつ遅々として成長しない。

「ルクを具現化した時のことって覚えてる?」
「はい、よく覚えてますよ」
「その時のことも教えて」

自分がもともと美術的な下地があったことを前置きし、半年ほど前のことを思い出す。
ルールークウルフの頭骨が好きで好きで仕方がなかったこと、生きている姿が見たいと強く思い、その様子をたくさん想像したこと。
そして、骨格を知れば筋肉が、筋肉を知れば造形が分かると思い、資料を集め、デッサンし、たくさんの模型を作ったこと。
そうしていくうちに、頭骨を透かすように幻覚が見えるようになり、夢に見るようになり、いつしか現実に現れたこと。

「私の中の、ルールークウルフへの理解と愛情が、形になったんだと思ってます。その時は念なんて知りませんでしたしね」
「ふぅん。知らずに具現化の手順を踏んだってことか。ーーうーん、どうしようかな……」
「んー、えーと、あっそうだ! その時のデッサンとか彫刻とか残ってるものお見せしますか?」
「うん、見せて」
「はい! ちょっと待ってて下さい!」

駆け足で二階に上がり、自室からスケッチブックとポートフォリオ、素材様々な小さいルクがいっぱい入ったカゴを持ってきた。
どうぞ、とイルミに渡す。
イルミがそれらを見ている間、手持ち無沙汰な上に落ち着かなく、そわそわとルクと戯れていた。

お皿のクッキーを半分ほどに減らした頃、ようやくイルミが、カゴに入っていた小さなルクの模型を見終わった。

「リノ、いくつだっけ?」
「いくつ、とは……?」
「この前、11歳って聞いたと思ったんだけど」
「ああ、はい、そうですね」

いったい何が疑問なのかさっぱり分からず、首を傾げてイルミを伺う。

「このレベルの作品って、11歳やそこらで作れるものなの?」
「あー……えぇっと……」
「この家の中で嘘はつけない。リノが11歳なのは嘘では無いんだろうけど、真実では無い可能性はあるんだよね」

追及するような鋭い目線がリノを捉えた。

「ねえ、キミは何を隠してるの?」

緊迫した空気にも感じるけれど、リノの表情はむしろ困惑に近い。
別に遵守しなければならない秘密ではないとはいえ、軽々しく口にするのは悩ましい。
どうしようかな、と半ば情けない顔になりながら考えてると、キッチンの方から助け舟たるハイドがゆっくりと歩いてきた。

「お前の言っていることはあっているよ、イルミ。確かに偽っていないし、話していないこともある。だが、人の耳に入れるには憚られる事情があるということも分かってくれ」
「ーーハイドさん」
「リノ、あと5、6年くらい待ちなさい。そのくらいの年齢になれば、さほどの問題でもなくなるだろう」
「それは、5年後なら俺も知ることができるってこと?」
「まぁそうだな。それでいいか、イルミ?」
「うん、いいよ。別にそこまで怪しんでるわけじゃないしね」

先ほどの鋭さは消え、あっけらかんとした声音でイルミは受け入れた。

ハイドが言った5、6年後なら、というのはきっと、リノが元の年齢に近づき、退行したことをすでに過去のこととして話せるからだろう。
予防線を張れる年頃まで待て、そんな感じのことを言われたことがある。
いやぁ実は精神年齢20歳だったんですよ、なんて与太話として受け取ることができる。

「しばらくは天才少女とでも思っててください」
「ははは」
「なんで笑うんですか!」
「だって、天才ってほどじゃないよね?」
「ひどいイルミさん!」





ハイドも加わってのお茶会となり、リノの修行あれこれをネタにしばらくのお喋りが続いた。
リノは、自分の成長速度がどれほどのものかを知らなかったけれど、二人の話から察するに、可もなく不可もなく、なレベルのようだ。
すでに強力な発を持ち、変化系に関してもなかなかのレベル。しかしそれ以外は標準か、下手をすれば以下。

「ハイドはリノを戦力とは考えていないの?」
「戦力、か。そうだな……少なくとも自衛できるくらいにはさせようと思ってはいるが、それ以上はリノ次第だな」
「リノは? 強くなりたい?」
「えーっと、強いって、つまり、暴力的な意味ですよね?」
「そう。殺すこと含めて」
「それって必要なんですか? 私はとりあえず、せっかく覚えたので上手な念能力者になりたいとは思ってますけど」

念能力が、そういった暴力的な、言ってみれば戦闘のための技術であろうことは、ハイドの説明や訓練しているうちに理解している。
けれど、好き好んでそれを奮いたいと思うような性癖ではないし、平和ボケ代表の日本人として生きた経歴もあって、あまり想像もつかない。

芸術家というのは学生も含めて、熱心に取り組む人ほど、どこか精神的に歪な部分を持つものだとリノは知っている。
それが恋愛観であったり死生観であったり、精神病のようなものであったりと多岐に渡るけれど、ほぼ例外なく、どこかが一般とズレている。

かくいうリノはどうか。

すでに両親は無く、保護者の叔母夫婦は芸術に理解が無かった。
早々に叔母夫婦の元を離れ、奨学金、特待生をフル活用した上で、公募展の賞金や作品の販売で収入を作り、ひたすらのモノ作り。
やりたいことをやるために尽力し、努力を重ねてやりたいことをやる。
非現実的ともいえる現状に順応しているのは、ひとえに、モノづくりをするにあたって充実しているから。

「念能力者でありたいなら戦闘は避けられないと思うけどね」
「必要とか以前の問題なんですね」
「俺はルクがその役目を果たすだろうと思っている。だからリノに積極的な戦闘能力を身につけさせようとは思っていない」
「僕、戦えるよー」
「ーーま、ルールークウルフの戦闘力を疑ってるわけじゃないけどね。うちの嫁候補なら、それなりの戦闘力が欲しいと思っただけで」
「またその話ですか……」

どうやらイルミの"嫁候補"発言は本気のようで、ことあるごとにリノの成長に意見を挟もうとする。
それは方向性を度外視すれば、確かにリノの成長に繋がるので、ハイドも吟味はすれど、基本的に拒否はしなかった。

「身のこなし云々については身体の成長に合わせる必要もあるから、今のところは体力作りと筋力トレーニングが中心になってもしょうがないけど、武器の扱いも一つくらい覚えた方がいいんじゃない?」
「理想は遠距離だな。ルクの補助と、接近戦に持ち込ませない牽制が必要だろう」
「それなら銃器だね。提供しようか?」
「借りは作らん。俺が用意する」

リノが口を挟まないうちに、修行プランが決められていく。
ガンアクションは映画の影響か、どういった動きになるのかイメージはできるが、自覚しているほどに筋力が足りなかった。
ある程度は念でカバーできるとハイドは言うが、資本となる身体能力はあってしかるべきとイルミが言う。
ランニングやら筋トレやら、更にレベルを上げたものにプランを修正された。

「リノがある程度動けるようになったら、弟の修行に付き合ってよ。非念能力者の上級者と、それなりの念能力者の素人なら、まあまあ釣り合うと思うんだよね」
「どっちだ、キルアか?」
「そう。今は天空闘技場なんだよね。帰ってくる頃には、リノもそれなりになるんじゃない?」

ミルキは駄目だ、あいつには出来るだけ近寄らせるなと、ハイドが念を押しているけれど、イルミはのらりくらりと断言をしない。

「そういえばリノ、このデッサンとかって借りて行ってもいい?」
「どうぞー。参考になればいいんですけど」
「……そういう対応もできる辺りが、ね」
「あー……」
「まあ5年後にでもちゃんと喋ってもらうよ」
「はい、ちゃんとお話します」

用意した紙袋にデッサンの束と、壊れにくい模型をいくつか入れてイルミに手渡した。
それを受け取ったらそのまま帰宅するらしく、修行プランを一度確認してから立ち上がった。
玄関先まで見送りに立ち、ではまたと挨拶した次の瞬間にはイルミの姿が消えていた。
ルクの鼻で移動したルートに匂いが残留してないか探してもらったものの、一切の痕跡もなく、ただ純粋にイルミの身体能力に感心するだけで終わってしまう。

居間へ戻れば、さっそくハイドに拳銃を手渡され、弾薬の入った木箱も貰った。
とりあえずは現状の修行の合間に、庭木につけた的に射撃訓練を行うことになる。
拳銃の手入れを教えてもらい、その内部構造の機能美にときめいたりもした。
モノづくり、筋トレ、念の修行、射撃訓練に明け暮れる日々の始まりだ。




____________________


お茶の間な修行風景ですいません。
筋トレ中も筋肉の動きとか関節とか骨格とかを悶々と考えているので、まったく苦ではない感じ。
プロテイン酸素なので、地道にやってればなんとかなるはず!
この後あたりにたぶんクロロ襲来、ルク成長が来る感じの時系列です。

次ちょっとお遊びというか、ご都合かと思いますすいません。

20120101



[30378] 青に帰せず 8 リボルバーという響き
Name: 小椋◆a2b54c60 ID:1abf5a64
Date: 2012/01/16 18:24


青に帰せず 8


ハイドの住む町は、特別栄えているわけではないけれど、名産の時計が一大ブランドになっているおかげで、活気のある住みやすい町だ。
町の人は、郊外に怪しげな店を構えるとはいえ、紳士的なハイドとも良く付き合い、リノが来てからは、一層親しげに交流している。

町の真ん中にとても背の高い時計塔がある。一番の観光名所であり、最も賑やかでもある場所だ。
時計塔広場にはたくさんのワゴンがあり、食べ歩きできるものを売っていた。
粗挽きのソーセージを挟んだホットドッグの匂い、近くの丘一帯で生産しているチェリーが乗ったパイの甘い香り。

リノとルクは混ざり合った匂いの中を潜り抜けていく。
大きな真白い犬にぎょっと目を見張った人々は、次にその隣を歩く小柄な少女を見て頬を緩める。
そんな周囲の視線を気にせず向かう先は、いつものパン屋さん。
ワゴンの輪を突っ切り、メインストリートから一本東に入り込んだところにその店はあった。

看板のぶら下がる軒下にルクを座らせ、リノは一人で店に入る。ドアに着いた木製のベルがガラリと鳴った。

「こんにちは、レディマリア」
「いらっしゃい。今日はブランデー漬けの美味しいのがあるよ」
「わぁ、頂きます!」
「ハイドレンジさんによろしくね」

カウンターの向こうからパチリとウィンクを送る女性店主は、きらきらとしたブルーの瞳が美しい人だ。
ハイドと馴染みがあり、聞いた話、美食ハンターとやららしい。パンを愛し、焼き菓子も研究している。

レディマリアの作る堅焼きの穀物パンと、どこからか仕入れてくるブランデー漬けのチェリーは、ハイドの好物だ。
ふわふわの白パンと、ドライフルーツがぎっしりと詰まったパウンドケーキ、そして、レディマリア特製のコンフィチュールを、リノは好んで買っていく。
今日のお使いも、まさしくそれらの品々だ。
大きな紙袋いっぱいに入れてもらい、レシートだけを貰う。
町での買い物は、基本的にハイドのカード払いになっていて、リノはお小遣い程度にしかお金を持ち歩いていない。
リノからレシートを受け取ったハイドが、後日まとめて振り込んでいるらしいけれど、そんな支払い方ができるほどに信頼を得ているということだ。
ありがとうと声をかけ、紙袋を持ち上げようとした時、レディマリアが更に一つ、小袋をくれた。

「これ、ダシをとった残りなの。ルクちゃんにあげるわ」
「こんなにいいんですか? うわぁ、けっこうお肉も付いてる」
「いいのいいの。どうぞ貰ってちょうだい。これからメニューに加えるつもりだから、いつでもあげるわよ」
「とっても嬉しいです。ありがとうレディマリア!」
「はい、どういたしまして。リノちゃんもいっぱい食べなさいね。修行もいいけど、食べて遊んで寝ることも大事よ?」

たまにはハイドにどこか連れて行ってもらいなさいな、そう笑って見送ってくれた。
店を出るとすぐに、ルクが立ち上がった。

「おやつくれたの?」
「そうなの。良かったね、ルク」
「わーい! 早くお家帰ろう! 乗って乗って!」
「わ、わ、待って!」

ふさふさの尻尾が目一杯に振られ、脇の下に頭を突っ込んでせがまれる。
押し倒さんばかりの勢いに負けそうになりながら、ルクの背にかけられた左右の鞄に荷物をいれる。
ハイドさんのコレクションの一つで、馬用の鞄だったものだ。念がかかっているらしく、汚れない傷つかない壊れない、素敵な鞄。
あまり量の多くない買い物は、荷車を使わずに、これだけで済ませてしまえる。

「まだコーヒー豆を買ってないんだから。ラントンさんのお店に寄ってからね!」
「ちぇッ、じゃあ早く行こうよ」

そっぽを向いて少し不貞腐れた風なルクが前を行き、ラントン珈琲煎房に向かう。
レディマリアのパン屋から5分ほどのところにあるラントン珈琲煎房は、重厚で歴史を感じる、石造りの店舗だ。
この町が出来た頃からあるという噂で、店主のアルバート=ラントンは5代目店主らしい。
心優しい森のクマさんだとか、縁の下の力持ちだとか、そういった言葉がよく似合う風体で、厚い掌で格別に美味しいコーヒー豆を提供してくれる。
住民御用達のお店ではあるけれど、旅行者のお土産にも好まれていて、とても繁盛しているらしい。

店がある通りに入れば、すぐにコーヒーのいい香りが鼻をくすぐる。
ルクはコーヒーを飲まないけれど、十分にいい香りらしく、スンスンと鼻を鳴らしては、気持ち良さそうに目を細める。

「こんにちはリノちゃん」
「こんにちは、ヴィッキーさん」

店の前でプランターに水やりをしていたヴィッキーが、いち早くリノたちに気付いた。
素朴な可愛らしさのある女性で、朴訥としたアルバート=ラントンの奥さんだ。
二人が並ぶと、なんだかほのぼのとした空気になり、仲良し夫婦として有名だ。

犬好きなヴィッキーにルクのリードを渡して、リノは店内に足を運ぶ。
ガラスケースいっぱいにコーヒー豆があり、それぞれプレートが付けられ、味の目安が書かれている。
ハイドの好みはシナモンローストだ。苦味より酸味が強く、豊かな香りが堪らないと言っていた。

店内には数人のお客さんがいて、アルバート=ラントンはお会計をしていた。
吟味しているお客さんもいるので、とりあえずケースのプレートを眺めて待とうかと思った時、アルバート=ラントンに声をかけられた。

「やあリノちゃん。いいところに来たね」

まだお会計は終わっていないようなので、どうしたのかと思いつつも、素直にカウンターの方へ向かった。
そこで気づいた。お会計をしているお客さんのオーラが、ぴたりと収まっている。
セクシー秘書みたいな格好のお姉さんで、知的な雰囲気が好ましい。

「こんにちはラントンさん」
「いらっしゃい。今日もいつものかな?」
「はい。お願いします」
「じゃあちょっと、このお姉さんと待っててね」
「はーい?」

この、と手で示されたセクシーお姉さんは、リノを見てにっこりと笑った。

「お客さん、この子がブルーバックさんとこの子ですよ」
「聞いてたよりもずっと可愛らしいわ」

品物の用意に離れたアルバート=ラントンから目を離し、セクシーお姉さんに体を向けた。
セクシーお姉さんは背が高く、ヒールもあって、見上げなければならないほどだ。
ぐっと顔を上向けていたのに気づいたのか、しゃがんでくれた。セクシーで知的で、優しいお姉さんだなんて完璧なレディーじゃないか。

「はじめまして、私はパクノダよ。クロロたちの仲間、って言えば、分かってもらえるかしら?」
「あ、クロロさんの。ーー私はリノ・ブルーバックです。よろしくお願いします」
「よろしく。ーー店長さんに観光かって聞かれてね、ハイドレンジのところへ行くって話してたところなのよ」

本当にいいタイミングだったわね、そう笑って頭を撫でられた。

アルバート=ラントンが品物を持ってくるまで、あれこれとパクノダとお喋りをして待った。
どうやらクロロと一緒に来ているらしく、すでにクロロは、もう一人を連れて店へと向かったらしい。
帰ったら宿題を渡さねばならないのかと、ちょっとだけしょんぼりとした気持ちになる。
ちゃんとしたレポートになっているし、ハイドにも一度読んでもらっている。
けれど予期せぬクロロの来訪は、突然の小テストのような気分だ。

コーヒー豆が入ったオイルペーパーの袋を受け取り、パクノダと一緒に店を出る。
パンを入れたものとは逆側の鞄にコーヒー豆を収めて、にこにことしているヴィッキーからリードを受け取った。
ではまたと手を振って、家路についた。




「もしかしてリノちゃん、銃を使うの?」

そんな言葉をかけられたのは、街を出て少ししたあたり。

「さっきまでは屋台の匂いで分からなかったんだけど、ね」
「パクノダさんすごい! ちゃんと匂い消すようにしてるんですよ」
「まぁ、慣れみたいなものよ。私も使うの」

右手を銃の形にして見せる姿はよく似合っていて、なるほどあのクロロたちの仲間なんだなと、あらためて感心する。
すらりと長い指先がとても美しかった。

「ルクは匂い分かってた?」
「うん、ちょっとだけ、リノと同じ匂いがしてた」
「うわぁー……私、まだまだなんだぁ」

それからの道のりは、ずっと銃の扱いについてを話した。
ハイドたちからの手ほどきは受けているけれど、同性からのアドバイスは些細なことまでに及んで、とても参考になる。
反動の流し方や実射時のコツに始まり、必要な筋肉を鍛えるためにどういったトレーニングが効率的かといった話にまで及んだ。
にこにことお喋りを続けていたら、家に着くまでなんてあっと言う間だった。



パクノダを店側の入り口まで案内したあと、急いで裏へ回り、ルクに持たせていた荷物を片付ける。
レディマリアから頂いたおやつ骨を皿に3本ほど出してやり、それにルクががっつくのを見てから、急いで店の方へと扉をくぐった。

「おかえり」
「ただいま、ハイドさん。ーーいらっしゃいませ、クロロさん、マチさん、パクノダさんも」
「あぁ」
「パクと一緒だったんだって?」
「はい、お使い先でお会いして、ここまで一緒に」
「しっかりしてるって聞いてたけど、思ってたよりずっと大人だわ。ハイドったらとんだ秘蔵っ子がいたものね」

カウンターの向こうには見慣れた二人と、すでに憧れの人になったパクノダがいた。
クロロとハイドは何やら商談をしているようで、二人が挟んだ大きな机には、両手で持てるくらいの陶器が置かれている。

「俺の娘だからな」
「ハイドの口からそんな言葉が聞ける日がくるとは思わなかったわ。一年会わないでたら、すっかり親バカになっちゃって」

なんとでも言えとばかりに、ハイドが口端を上げた。
最近すっかり"お父さん"であることが自然になり、それを楽しんでいるふしがある。
楽しげな二人を見ていたら、その向こうの真っ黒な瞳がリノを見ていることに気付いた。

「リノ、レポートは?」
「今持ってきて大丈夫ですか? 様子見てからと思ったんですけど」
「もう終わった。前回のレポートで気になったところがあったから、はやく今回の分を持ってこい」
「わかりました、持ってきます」

リノの修行に関して、クロロもずいぶんと関心を持っているようで、積極的にあれこれとアドバイスをくれる。
理論的な鬼教師たるクロロと、遊びついでに鍛えてくれるお兄さんのイルミがいて、ハイドが全般的に基礎と底上げを担当しているような、豪華な教師陣だ。
ハイド曰く、これで一流の念能力者になれないなら、よっぽど才能が無い奴だそうだ。
日々成長を感じるリノとしては、天性のものは無いけれど、堅実な能力者にはなれる手応えがある。
はやく及第点を貰いたいと思いつつ、レポートにトレーニングに修行に、精を出す。

子どもになった当初は、走って登ったらちょっと疲れていた階段が、今となっては3段飛ばしで一瞬だ。
軽やかに駆け抜け、自室からホチキス止めのレポートを持ち出した。
階段最後の5段を一気に飛び降り、スタンと軽い音を立てて着地に成功。
すっかり骨を平らげて毛繕い中のルクとすれ違いざまに、背中を逆立てるように撫でて通り過ぎる。
店への扉の前でようやく立ち止まって一呼吸置き、息の乱れの一つもないことを確認する。
なんとなく楽しくなって、上機嫌で扉を開けた。

「持ってきましたー」
「よし。次の時は足音を立てないで動いてみろ」
「えっ」
「いい音で着地してたわね」
「えっ?」
「こいつらはお前に興味津々なんだ。気配を追って聞き耳くらいたてるさ」
「えー!」

うわぁ恥ずかしいと思うのと、顔の熱を感じるのは、ほとんど同時くらいだった。
赤面している自覚があるまま、一流の人たち相手では仕方のないことだと諦めて、持ってきたレポートをクロロに渡す。
すぐに目を通し始めたので、リノは女性陣の元へと、カウンターを越えて近づいた。

「少し背が伸びたかい?」
「そうですね。この前マチさんに会った時から2センチくらいですけど」
「今150センチくらいかしら」
「はい。あと何年かで163センチまでは伸びる予定です」
「ずいぶん細かいね」
「うふふー」

ちょっと見上げるマチと、だいぶ見上げるパクノダに挟まれて 、ほんのりガールズトークを繰り広げる。
その途中でマチから紙袋を渡された。
裁縫が趣味だというマチが、暇を見つけてはリノの服を作ってくれたらしい。
着まわしを重視してくれたらしく、シャツやショートパンツがいくつか入っていた。

「今度リノを連れてショッピングにでも行きたいわ。まだ中性的だから何でも似合うわね」
「いいね、行こうか。ーーハイド、私たちがリノを連れ出してもいいかい?」
「あぁ、構わない。せいぜい可愛がってやってくれ」
「わーい、楽しみにしてますね!」

保護者の許可が出たので、どうやらショッピングの約束は決定事項になったようだ。
なんだかんだとこちらに来て以来、女の子的な交流も無く、衣服に至っては、いつのまにかハイドが手に入れてくるという始末。
これは気合を入れてお小遣いを貯めなければと意気込んだ。

そんなほのぼのとした空気に一石を投じたのは、レポートを読み終えたクロロだった。

「ハイド、あんたはどう思う?」

強く鋭い声で問われたハイドは、反して、非常に穏やかな声音でクロロに返す。

「おそらくはクロロの予想は当たりだな。パクノダもいることだし、今やらせるか?」
「あぁ、この目で見たい」

レポートを読んでの言葉とくれば、それはリノに関わることに他ならない。
何をさせられるのか、うっすらと予想がつきつつも、そっとハイドに近寄った。
名前の上がったパクノダもクロロの元へ歩み寄り、真面目な表情で佇んだ。

「リノ、よく聞け。前回のレポートと合わせて、お前は能力についての考察を続けたな。その結論として、ルクの存在は"完成した作品"とした。それに対して、変化系の修行でのオーラの塊を"研究作品"、オーラを材料にしたモノ作りの一つとした。そうだな?」
「はい、そうです。ルクは出来上がってしまったモノであって、もう一度作ることはできないと思います」

それは、サインを入れて公募展に出品することができるような"作品"と、日々の研究の中で生まれた"習作"との違いのようなもの。
人からすれば分からないような違いでも、作者の中では明確な違いがある。

「ハイドとも話したが、おそらく、お前は具現化するだけならば、ルク以外にもいくらでも出来るだろう。具現化したモノが、能力として、確立してしまうような特殊性さえ無ければ」

レポートにはその手応えがあることを書いてあった。
射撃訓練の中には、その整備も含まれている。
毎日、訓練の前に分解して点検し、訓練が終わったなら、パーツずつの清掃をする。
そうして触れているうちに構造を覚え、仕組みも理解し始めたころ、面白がって木製の模造拳銃を作ってみた。
パーツの一つ一つを正確に削り出し、強度や重量の違いを木材を変えて再現し、最終的に実射こそ出来ないものの、完璧なコピーを作った。
その時、これをオーラで作ることができるのではないかと、予感にも似た発想が浮かんだ。
ただその時は、それが制約に抵触する可能性を思い出し、ハイドに相談し、レポートの形でクロロへ質問するに留めた。

今、念能力者として大先輩であるクロロが、その答えを出してくれる。

「あぁ、なんとなく私が呼ばれた理由が分かったわ」

不意にパクノダが声を上げた。

「こんな目的で能力を見せるなんて初めてよ。まあ、詳細は秘密にさせてもらうけどね」

カツカツとヒールの音を立てながらリノに近づき、ウィンクと共に、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
道すがらに見たものと同じように、パクノダの右手がピストルを象る。
その意図に、あっと気付いた時には、すでにその右手に拳銃が握られていた。

「パクノダさん、具現化系だったんですか?」
「ふふ、秘密。でもこの銃は確かに私のオーラで作ったものよ」
「あーごめんなさい。つい聞いちゃいました。ーー私が持つことってできますか?」
「ええ、どうぞ」

手渡された銃は、訓練で使うものより軽く、けれどしっかりとした感触だ。

「あんまり長く手放していると消えちゃうから、それまでよく観察しておくといいわ。これがオーラで作った銃だ、って」
「ありがとうございます、パクノダさん」

周りの大人たちの会話をBGMに、パクノダの念銃を弄ぶように観察する。
ほいほいと他人に渡せるということは、能力の主体が銃本体にあるわけではないだろう。
空っぽのシリンダーを確認し、射撃の一連の動きをなぞってみる。
使い慣れた物ではないせいか、それとも他人のオーラで出来ているせいか、いまいち手に馴染んでこない。

そうこうしてる間に、手の中にあった銃が消えてしまった。
消える間際に、まるで纏が乱れるような様子で、オーラが揺らいだ。

「どうだ、やれそうか?」

クロロの声がかかり、頭の中を切り替える。
広げた右手を見ながら、今朝も使った拳銃のことを思い出す。
外装、内部機構、その構造の一つずつを形作るもののディテール、材質の違い。
それらが組み立てられて、凶弾を放つ重みが手に馴染む。
グリップに刻まれたお気に入りの紋章は、獲物を狙う鷹の図案。
本物そっくりの模造品。
レディメイドを芸術だなんて言わせない。
だからこれは、作品にはなり得ない。

「あぁ、上出来だ」
「弾も出来るの?」
「でき……ます、できました」
「撃ってみろ」

オーラで具現化された拳銃はしっくりと手に馴染んだ。
左手に具現化した銃弾を一つずつ、振り出した弾倉に込める。

「どこに撃ちますか?」
「俺を狙え」
「え、」
「お前程度のオーラで傷つけられると思うなよ」

鼻で笑うようなクロロに向かって、容赦なく撃った。
甲高い音と共に射出された銃弾は急所を逸れ、クロロの右肩に着弾する。

「……実弾の方がまだマシだな」
「えー……そんなに弱かったですか?」
「これからは強化と放出の訓練を増やせ。銃弾の強度と飛距離を稼げるようにな」
「私のしてた修行の仕方、教えてあげるわ」

念能力者としての差から、さほどのダメージを与えることはないだろうとは思って撃ったけれど、全力で走った時に虫がぶつかった程度とは、さすがにショックだ。
一般人ならまだしも、能力者相手では、初弾での脅しにさえなるかどうか。
とはいえ、新たな課題が見つかったので良い結果だ。
これを磨いていけば、出し入れ自由、弾込め弾切れ無しの銃が手に入る。
ハイドも、ルクとのコンビプレイを考えれば最良だろうと、お墨付きをくれた。

後日、常時具現化していろというクロロのメモと一緒に、マチお手製のガンベルトが届いた。


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20120116
具現化系の定義がいまいち把握しきれてないんですが、付加能力なしで作るだけなら、固有能力じゃないということで一つ、お願いします。
拳銃は弾倉振出式のリボルバーですが、特にドレとかはイメージしてないです。
ハイドが持っていたくらいなので、芸術的価値が出るような装飾のある素敵拳銃です。


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