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[30591] 【完結済み】 転生NEXT
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2014/06/25 21:22
【あらすじ】
 真っ暗な世界から神様の導きでやって来た場所は、テレビアニメ『魔法少女リリカルなのは』の世界。
 転生者となった男は、原作に介入して悲しい運命に立ち向かう。
「俺の名前は、砕城院聖刃だ! 合言葉は、絶対原作介入主義!」

【備考】
※この作品は、にじファンにも投稿しています。



[30591] NEXT1:転生者、誕生
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/11/20 05:06
 悲しい運命なんてまっぴらごめんだ。
 お前の考えた生き方なんて。
 お前の作りだした道なんて。
 お前の決めた運命だなんて。
 俺は絶対に認めない。
 そうだ、運命ってやつは自分自身の手で切り開いていくものなんだ。だって皆もそう言っているじゃないか。
 幸せになる権利は誰もが持っているものだ。
 でも、不幸になる義務は誰にもない。
 だから、“俺はここにいる”。
「俺は…………」
 意識が覚醒した瞬間に解ったことは、俺に形が無いということだった。
 今俺がいる場所、というよりも俺の意識が存在する場所は、端から端まで真っ黒な場所。上下が分からないとか、どこまでも広がっているとか、そういう三次元的感覚さえも感じられない。
 見渡せないし、澄ます耳も探る手足も無い。呼吸することさえも忘れてしまっているかのよう。
 だから俺は、自分に形が無いのだと思った。
「俺は、何?」
「あのぉ……聞いていただけますか?」
「はい?」
 突然の声。耳なんて無いはずなのに、確かに聞こえた。
 そう思っていたら、無いはずの目で見ているみたいに、声の主がそこにいた。
「こんにちは」
「うおぉっ! いつの間にぃ!?」
 無造作に波打つ金色の天然パーマを右手で掻きながら、頬を赤らめた少年がそこにいた。真っ黒な世界なのに不自然なほどはっきりと見える素肌は色白。身に纏う衣服だって本当の意味での純白だ。まあ、衣服と言っても一枚布をすっぽりと被っているだけのような簡素なものだけど。
「驚かせてすみません」
「え、ちょっと……あんた誰?」
 少年は俺の質問を聞いていないのか、なにやらモジモジとした様子で、だけど真っ直ぐに俺のことを見ながら言った。
「実はですね、あなたには『転生』していただきたいなと思いまして」
「…………はい?」
 用件を言うより先に、言うことってのがいっぱいあるんじゃないのか。そう思いながらも、彼の言葉が俺に届いた瞬間、何か妙な温かさを感じた。
 それは体の無い俺の隅々を駆け巡る、波紋のように広がっていく何か。それを感じ取ると、俺はある変化に気が付いた。
 動いた。
 無いはずの体が動いた気がして、俺は自分を見ようとした。
 そう、形が無いはずだったのに、俺は自分自身を目で見ようとしたのだ。
「どういうことだ……これ? 俺、どうなってるんだ?」
「今、あなたには転生するための準備が始まっています。もうすぐで転生が完了しますから」
「テンセイって一体なんだ?」
「転生が完了すれば自然と分かるかと思いますが――――」
 少年は続けた。
「――――あなたには、これから『魔法少女リリカルなのは』の世界に誕生していただきます」
 その言葉を聞くのと同時に、全身を駆け巡っていた異変が更に慌しさを増した。
 広がっていた波紋はやがて、命を感じさせる脈となり、肉体を描く輪郭となり、存在を示す色となって、俺を完成させていく。
「…………転生? …………リリカルなのは?」
「はい。また向こうの世界でご案内しますので、もう少しお待ちください」
 少年の言葉を聞きながら、俺はどんどん完成していく自分の体に意識が繋がっていくのを感じ取った。
 そして、最初に抱いていた気持ちを思い出していた。
 悲しい運命なんてまっぴらごめんだ。
 お前の考えた生き方なんて。
 お前の作りだした道なんて。
 お前の決めた運命だなんて。
「お前って…………誰だ?」
 次の瞬間、真っ黒だった世界は無数のヒビにまみれ、そして音も無く割れて砕けた。



 目が覚めた。という表現は正確なのだろうか。
 俺は、部屋の真ん中に立っていた。
 フローリングの床から伝わる冷たさ。開け放たれたカーテンの向こうには青空。壁に掛けられているものは、黒い学ラン。 
 ここが誰の部屋なのか。そんな思いが一瞬だけ浮かんだが、それをすぐに忘れるようなことに気が付いた。
 体がある。あの真っ黒な場所で徐々に出来上がっていた自分の体が、実在しているのだ。両手で顔や胸や腿を触ってみると、確かに温かさがあった。
 しかし、何故か全裸だ。
「転生は無事に済んだようですね」
 声のした方向に振り向くと、ベッドの上に腰掛ける人物がいた。
 その声も、姿も、あの真っ黒な場所で出会った彼そのものだった。
 だけど、彼の名前が分からない。
 いや、というよりも何故少年がこの部屋に?
 とりあえず俺は、股間を両手で隠した。
「あの、どうなってんの?」
「徐々に頭で認識し始めるはずですよ。間もなく事情を飲み込めると思います」
 その言葉がきっかけだったのかは分からないが、何だか頭の中の更に奥の方から、じわりじわりと滲むように広がるものがやって来た。
 俺は一体誰なのか。俺がこの世界にどうやって降り立ったのか。俺の今いる世界がどういった場所なのか。
「ここは……リリカルなのはの世界?」
「あ、そうですそうです! 良かったぁ、ちゃんと転生出来てるぅ!」
 『魔法少女リリカルなのは』と言えば、とらいあんぐるなんちゃらとか言うゲームのファンディスクが元となっている、脚本家都築真紀の代表作とも言えるテレビアニメ作品だ。 
 主人公は高町なのは。優しくて一途な女の子である彼女が魔法の力と出会うことから始まる、ハートフルでガチガチバトルもあってとにかく可愛い子がいっぱい出てくるアニメだろ。
 俺は知っている。全十三話の第一期放送を皮切りに今でも続いているこのシリーズ作品は、様々なメディア展開を繰り広げている奥深さがあることを。そして、多くの二次創作作品が生まれるほどたくさんの人に愛されていることを。通称『SS』と呼ばれる二次創作小説が数え切れないほどあるのも、このシリーズの人気を物語っている。
 そんな、現実ではない世界の中に、今、俺はいる。
 そして先程から聞いている言葉、『転生』。
 ということは?
「ま、まさか俺は…………転生オリ主と言うやつか!」
「はぁい! 理解していただけて嬉しいですぅ!」
 やっぱり。さっきこいつが言っていたみたいに、時間が経つにつれて、自分の現状を理解出来た。
 転生オリ主と言えば、二次創作作品において目にすることの出来る設定で、もはや“ジャンル”と言っても良いぐらいメジャーなもの。
 オリ主というのはオリジナル主人公の略、だと思う。
 よくあるパターンとしては、神様の手違いで死亡した現実の人間が、お詫びということで神様に好きな世界へ生まれ変わらせてもらう。そうしてアニメ世界に転生した人物が主人公となって物語を紡ぐから、転生オリ主と呼ばれるわけだ。
 これらの設定はよくSSに使われているが、まさか自分がその転生オリ主になるとは。
 いや、そんなことよりも思ったのは。
「こんなことって本当にあるんだな」
「まだ信じられませんか? ってか、服着ませんか?」
「いやぁー、正直SSでしかこういうのって知らなかったからさ。まさか俺の身にこんなことが起こるなんて…………あ、ってことは、あんたが神様か? なあ、神様だろう?」
「いえいえ、僕が神様だなんてそんな」
「全くテメエ様の不手際で俺を殺すだなんてとんでもない話だよ」
「え、殺すって……あの」
「でもま、俺は許しちゃうよ。うん…………だってさ、転生オリ主と神様ってきたらさ、アレしかないじゃん? ましてやここはリリカルなのはの世界。もうアレしかないじゃん!? なっ!」
「うわぁ……絡みづらいなぁ、このキャラ」
 正直に言って、俺は胸をときめかせていた。
 だって転生オリ主と神様の邂逅と来たら、次の展開は既に読めているのだから。
 神様の不手際で俺は死に、お詫びとして新たなる命を授かった。
 しかし、人の死をそんな簡単に償おうだなんて虫が良すぎる。失った命には、俺の人生があったはず。生まれてから死ぬまでに積み重ねた歴史があったはず。それをたかが新しい命一つで賄おうなんて、そんな話があってたまるか。
 そうだ。俺にはもっと多くを要求する権利がある。
 俺がこの世界にやって来たということは、すなわち、それなりの生き方をしなければならない。
「神様」
「あの、だから僕は」
「俺に」
「はい?」
「俺に、チート能力を寄こせ」
「…………くるとは思っていましたが、本当にきた」
 当然の要求だ。
 ここはリリカルなのはの世界だぞ。魔導師達が活躍する世界だぞ。そんな世界にやって来たからには、俺だって魔法が使いたい。
 そして、俺が主人公となるに相応しいほどの力が欲しい。反則(チート)と呼ばれるような、恐ろしいまでに圧倒的で高性能で都合の良い能力が、俺には必要だ。
 主人公って言うのは、誰よりも優れていなくちゃ駄目なんだ。
「さあ、寄こすんだ」
「実はですね」
「まあ、魔導師ランクSSSってのは当たり前だよね。そんでもって俺の相棒となるデバイスは、やっぱり剣タイプってのがオーソドックスなのかな。それとは別に何かもう一種類あってもいいけど、そっちは神様に任せるよ。センスいいの頼むぜー。あとバリアジャケットって言ったら見た目が」
 そこまで言って気になった。
 見た目? そうだ、俺自身の容姿って大事じゃないか?
 すぐさま部屋の中を見渡して、俺は鏡を探した。姿見らしきものは見当たらないが、机の引き出しとかには手鏡くらいあるだろう。
 やっぱりオリ主と言ったら中性的な顔立ちがデフォルトだろう。整った目鼻口は当たり前、髪はさらさらストレートで、ワンポイントとして目立つような色だと良い。鏡が無くても体は見ることが出来るが、俺が思う限りではとりあえず太っていない体型。しかし、実は超人的な力を秘めていたりするものだ。
「あの……実はですね。ちょっと言い難いんですけど」
「なんだよ、早く言ってくれ。もしくは能力をくれ」
「本当に申し訳ないんですけどぉ」
 あった、鏡。
 俺は一度深呼吸をしてから鏡を覗き込んだ。
 すると、そこには。
「ふ、普通だなぁ。ちょっと普通過ぎるっていうか、もろに日本人だな」
「ま、まあここも、なのはの世界での日本ですから」
「ちょっと目ぇ細くないか? それに髪も黒だし…………ってか何でメガネなんだよ?」
「メガネは外してもいいから、服着ませんか?」
 あれ、何で俺って全裸なんだっけ?
 その時だった。
「ちょっと、起きてるの?」
 部屋の外で声がした。
 誰の声だ? 女の人? しかし、この家には俺と神様以外に一体誰が?
「ひろしぃ? 起きてるのかって訊いてるのよ?」
 ひろしって誰だ? いや、それよりも待て。
 女の声が近づいてきているが、このままでは間違いなくこの部屋にたどり着くだろう。
 誰なのかは分からずとも、俺の今の状況は人に見せられるものではない。だって全裸だぞ。赤の他人にこんな姿を見られたらまずいだろ。
 ベッドに潜り込んで隠れるか。
 しかし、そこで俺は立ち止まった。
「ちょ、ちょっとぉ! どうしたんですかって、それより服! 服!」
 ベッドには神様がいるが、彼の容姿と言ったらよく見てみれば美少年。絵画に描かれる天使が抜け出てきたような、それこそ俺が憧れた中性的な顔立ちをしていて、しかも金髪碧眼。日本人離れしている。
 そんな少年と共に裸でベッドインとか、そっちの方が変態的じゃないか。むしろ犯罪的だ。
「まずい! どうすればいい!?」
「え! だから服着れば良かったのに!」
「さっきから何騒いでるのよ、まったく! 開けるわよ!?」
 そしてドアが開かれた瞬間、俺の視界には中年の女性が映っていた。
 時間にして約コンマ数秒と言ったところ。しかし、女性の硬直した姿がやたらと長く目に映っていたのは気のせいだろうか。俺の出来上がったばかりの心臓は、早くも止まりそうになっていた。
 俺の全裸を見た彼女は短く悲鳴を上げた後、慌ててドアを閉めながら、「そういうのは一人の時にしなさいよっ!」と言って立ち去っていった。
 全身に鳥肌が立ち、股間もきゅーっと縮まった。
 それを見て一言。
「ちっちゃ…………」
 そして俺は続けた。
「神様、これは一体」
「ぼ、僕はあなたにしか見えませんから、大丈夫です」
「あっそ…………じゃあ、あの人は?」
「お母さん、ですね。この世界における、あなたの」
 じゃあ、今夜は出会ったばかりのマイファミリーで家族会議かな。
 俺はパンツを探し出し、そっと穿いた。



「どうしてそういうことは早く言ってくれないんだよ!」
「僕は言おうとしたんですよ? で、でもひろしさんが」
「ひろしって呼ぶな! 俺はもっとイカした名前がいいんだよ!」
 部屋に掛けられていた学ランに着替え、俺は神様と一緒に家を出ていた。
 家を出たと言っても、家出をしてきたという意味ではない。気まずい空気のままではあったが、母さんの用意した朝食をおいしく食べて、俺は学校に向かうため家を出たのだ。
 俺以外の人には姿が見えないという神様を引き連れて、俺は晴れ空の下をイライラしながら歩いていた。
「俺を転生させるんだったら、もっと気の利いた境遇にしてくれなくちゃ駄目だろ!?」
 激しい口調で責め立てると、神様は目を潤ませて鼻頭を赤くしながらも反論してきた。
「だ、だって! 僕だっていろいろ考えたんですよ! ご飯の心配も要らない、社会人みたいに忙しさに時間を取られることもない、だけど親の躾や拘束にもそれほど縛られない、人生の中でも最も自由ではないかと思われる時期にあなたを転生させたんです! そう、十五歳に!」
「十五歳って言ったら受験生じゃねえかよ! めちゃくちゃ忙しいよ! 原作介入どころじゃねえよ!」
 本当に気の利かない神様で困る。
 俺が望んだ転生オリ主ってのは、両親は既にいないか離れて暮らしているかで、身を寄せる場所や安息の無い悲しい宿命を背負った男だ。しかも過去に、決して人には言えない秘密があったりして、それ故に全てを悟っていて、しかし、なのは達原作キャラと出会うことで大切な人を守るためという目標を見つけて。笑いかけたらポ、頭撫でたらポ。そんな素敵でダンディーでクールでギャグもやっちゃってそんでもって俺のために原作キャラがニコニコホロリで。
「あ、あの」
「何だよ!? 今良いとこなんだよ!」
「僕、素敵だと思いますよ、ひろしって名前」
「フォローはいいんだよ!」
「確かご両親は、心の広い人に育ってほしいという想いを込めて」
「だからいいんだよ! …………それより、今って原作で言うとどの辺なんだ?」
「何がです?」
「時代って言うか時期、時間って言うか…………要するに、原作はどこまで進んでるの?」
 そこは肝心だ。とにかく、俺の身の回りに対する不満はこの際無視するとして、原作介入が出来るかどうかが大切なんだ。
 俺が神様の答えを待っていると、彼は「えーっと」と言いながら視線を宙に泳がせた。
「確か、高町なのはは現在九歳で、私立聖祥大附属小学校の三年生です」
「じゃあ原作で言うと一期か二期ってわけだ。それにしてもなぁ、なんで俺となのはを同級生にしないかなーこの神様は」
「予定では今日の夕方、なのはは塾に行く途中の公園でユーノと出会いますね」
「じゃあ一期か…………って今日かよ!?」
 なんだなんだ、この慌しさは。
 転生オリ主の初原作介入っていうのは、タイミングが大事なんだよ。間が悪くてなのは達といつまでも出会えずに、気が付いたら放送終了してましたじゃ意味ねーだろうが。
 これから起きる事柄としては、シリーズ一期の第一話において要とも言える展開。なのはが初めてユーノに出会う場面。
 何としてでも、ここに俺という存在をねじ込まなくてはならない。
 そして魔導師としての俺も初お披露目というわけだ。
「こうしちゃいられんな。さっさと公園に行って張り込みだ」
「え、学校は行かないんですか?」
「アホか。おとなしく学校で受験勉強するオリ主なんて聞いたことねえよ。何事も早め早めが肝心だ。今のうちに公園と周辺地理を把握して、俺となのはの邂逅を絶妙のタイミングでクリアするんだ」
「でもひろしさん」
「ひろしってゆーな。俺の名は…………そうだな、『砕城院聖刃(さいじょういんせいば)』とでも名乗っておこうか」
「…………いいんですか、それで」
 何故か顔を引き攣らせている神様。圧倒されているって感じだな。
 しかし、そんなものに構っている暇も無い。とにかくリリカルなのは一期の世界にやって来た以上、この物語の舞台となる海鳴市についてよく知っておかなくてはいけない。まずは一番肝心な、なのはとユーノの出会いの場所だ。
 幸いなことに、市内に点在する地域マップを見つけることが出来た。海鳴市はかなりでかい市ではあるが、俺の家から公園までは歩いていけない距離でもないことが判明。その点だけに関しては、神様を褒めてやってもいいなと思う。
 走り続けること二分ほど、息が上がってしまった。
 なんだこの体。チート能力で空とか飛べるといいのにな。ま、そういった能力のお披露目も後にとっておくか。
 時間もたっぷりあるし、歩いていこう。
 ただ歩くだけというのも退屈なので、俺は神様に言った。
「なあ、何で俺を転生させるって時に、俺の家族までも用意する必要があったんだよ?」
「またその話ですか…………まあ、一言で言えば、原作内にごく自然な形であなたを転生させるため、平凡な設定を用意したからです」
 平凡な設定? その言葉の意味が分からなくて、俺は首を傾げて神様の方に顔を向けた。
 すると、神様は俺の顔を見て理解したのか、真顔で言ってきた。
「要するに、あなたには原作に影響が出ない程度の人物として、この世界に入り込んでいただきました」
「それっておかしくないか? 俺、原作介入目指しちゃってるんだけど。神様の言い分だと、俺は原作に影響を与えちゃいけないみたいじゃん」
「スムーズなスタートを切るためですよ。あなたが原作介入をするにしても、出だしからぶっ飛んだ介入をしてしまうと、もはやそれは原作介入ではなく、オリジナルになってしまうからです。なるべく原作に沿った展開で、でも、あなたには介入していただく、と」
「なんかピンと来ないなぁ。最初っから設定改変済みで始まるSSだってあるくらいだぞ? 何でそんなに気を遣うんだよ?」
 そこまで言うと、神様の顔が更に真剣さを増していることに気が付いた。その気迫に押された俺は、思わず歩みを止めてしまう。
 そんな状態の俺を待っていたかのように、神様は更に一歩、俺に近づいて言った。
「あなたにお願いがあるんです」
「な、何?」
「救ってほしいんです」
「は?」
「救ってほしいんです。この作品に待ち構えている、悲しい展開を。あなたの手で助けてほしいんです」
 それは、俺にそうしろと頼んでいるのか?
 無論、原作介入をするからには、俺はなのはの物語を公式とは違う方向に持っていくつもりだ。
 原作介入だぞ? しかも俺が主人公。自分の望む展開にならないでどうする。
 そんなことを改めて言われても、俺は頷くさ。
 いや、違う。頷くことしかできなかった。
 そうすることしか出来なかったのは、神様の言うことが当たり前過ぎて言葉が出なかったからじゃない。
 怖かった。神様の切羽詰まった顔が、俺に有無を言わせないくらいの、余計な言葉を発するなと言わんばかりの、それほどまでの気迫に満ちていたからだ。
 一体なんだと言うのだろう。神様の望みを俺が叶えるということが、俺の目的みたいに言われている。
 これではまるで、神様のために俺が転生させられたみたいじゃないか。
 いや、本当にそうだろうか。
 俺は湧き起こる記憶の波を感じ取った。
 そして思い出してきた。あの、真っ黒な世界で俺が抱いていた気持ちを。
 俺だって神様と同じで、悲しい結末を望んでなんかいない。
 ハッピーエンドこそが至高。誰もが悲しまない終幕こそ、物語には相応しい。
 お前の思い通りには、絶対させない。
 お前?
「あ、ひろしさん。公園が見えてきました」
「ひろしじゃねーって。セイバと呼んでくれていいぞ」
 辿り着いた公園は、緑が豊かで遊歩道があちこちに伸びている穏やかな場所だった。今はまだ陽が高い時間帯ということもあって、あちこちで見られる公園の利用者はお年寄りがほとんど。ストレッチをしたり、ベンチに腰掛けてお喋りをしていたり、公園内の池で釣りに興じる人もいる。
 ふと思い出した。確かなのは達は、塾の帰りにこの公園の中で、近道をしようとしてユーノを見つけるんじゃなかったっけ。
 更に、アニメの放送内容を振り返る限りでは、ユーノは既に小動物状態で横たわっているはず。
 ならば、その場所をきっちりと正確に把握しておかないといけない。
 俺は遊歩道から外れて、草を掻き分けながら傷ついたユーノを探した。
 そうすること一時間以上。腹が減ってきて力も出なくなっていた時、ようやく俺の目の前に、希望の光が見えてきた。
「おお、見つけたぞ!」
 草に身を隠しながら、俺は小さな声で神様に告げた。
「あそこにフェレットモードのユーノがいるぞ」
「本当だ。うわぁ、結構傷だらけなんですね」
 神様の言う通り、そして原作の通り、ユーノは体の至るところが傷ついていた。見ているだけでもなかなか痛々しい。
「どうしましょう?」
「どうするも何も、場所も把握出来たし、今はとりあえず無視だよ」
「え! あのまま放っておくんですか!?」
 神様がそんなことを言うので、俺は小さくため息をつきながら言い返した。
「スムーズなスタートで介入するって言ったのはあんただぞ? それに、ユーノだって男の子なんだし、どうせ夕方には助けが来るんだ。ちょっとぐらい我慢させといても大丈夫だ」
「なんかシビアっすねぇ…………」
 俺は神様と共に、そっとその場から離れた。
 少し離れたところまで行き、低くしていた姿勢を起こすと、体のあちこちに付いた葉を払い落とす。
 ユーノの倒れている位置は確認できた。あとは時が来るのを待つだけだ。
 その時に俺は、『魔法少女リリカルなのは』の物語に介入する転生者としての人生をスタートさせるわけだ。
 待っていろ。必ずや原作の悲しい結末を変えてみせる。
 砕城院聖刃の名にかけて。
「ちょっと君ぃ」
「え?」
 突然声を掛けられて、視線をくるりと変えると、そこには正義を守る日本のおまわりさんが立っていた。
「学生だろ、君。こんなところで何しているんだ?」
「あ、いや、俺は別に怪しくなんてないぞ」
「もうとっくに授業が始まっている時間だろう? それなのにこんなところで堂々とサボりかい? 君、名前は?」
「さ、砕城院! 砕城院聖刃だ!」
「……本当の名前は?」
「山田ひろしだよ!」 
 ちくしょう、本当に原作介入してやるんだから。
 俺は、背後から注がれる神様の刺々しい視線を浴びながら、固く誓った。

 See you next time.



[30591] NEXT2:魔法少女、変身
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/11/27 17:52
 公園でおまわりさんに補導されてしまった俺は、家に帰り着くとすぐに母さんから呼び出しを受けた。
 どうやら、あのおまわりさんは俺の家にまで連絡を入れてしまったらしい。
「ひろし! ちょっとそこに座りなさい!」
「え、なんで?」
「なんでじゃないでしょう!? あんた、学校サボって補導されるだなんて、何してんのよ!?」
 普通に怒られている。
 だがしかし、ちょっと待ってくれ。はっきり言うが、今の俺って、転生オリ主としてのあるべき姿なのだろうか。お母さんに怒られるオリ主なんて聞いたことがないぞ。
「母さん、あんたをそんな子に育てた覚えなんてないわよ!?」
「そりゃそうさ、俺は転生オリ主なんだから! 俺だって育てられた覚えなんかないよ!」
 本当にもう、ちょっと待ってくれ。はっきり言うが、俺のように怒られているキャラってリリカルなのはの世界観に合ってないだろ。ってか浮いていないだろうか。
「今夜は父さんにも怒ってもらうからね!」
「おかしいだろう! 何で転生オリ主なのにこんなに怒られなくちゃいけないんだよ!」
「さっきから言ってるテンセイナントカって何なのよ!? だいたい、あんたが怒られるようなことするからいけないんでしょうが!」
「ずっりー! 他所の転生オリ主はそんなに怒られてないのに!」
「あっそう! じゃあ他所の子になっちゃえば!?」
「他所の子? …………そうか、それは俺が高町家に居候するフラグか」
 なるほど、そういうことか。これは何とも、意外なところから原作介入のチャンスを得たものだ。
 “棚から牡丹餅”とはまさにこのこと。これで俺は、“今日から高町”だ。
 原作介入のチャンスを手にした俺は、思わず神様に向かって微笑んでいた。
 しかし、神様は何も言わないままため息をついて俯いている。何故だ、俺の原作介入が嬉しくないみたいじゃないか。
 まあ、何はともあれ、これで俺もオリ主らしくなれるというわけだ。
「怒られてるのに、何をニヤニヤしてるのよ!?」
「母さん、ありがとう! 今日から他所の子になる!」
「なっ…………」
 俺は部屋に戻ると、クローゼットの奥にしまってあったボストンバッグを見つけ出して、荷造りを始めた。
 さあて、せっかくのチャンスを無駄には出来ないな。
 肝心なのはどうやって高町家の一員になるきっかけを得るか,、だ。まあ、これに関しては神様にも一緒に考えてもらうとしよう。
 俺の心はまるで遠足に行く子供のようだった。荷造りがこんなにも楽しいとは驚きだ。
「待てよ…………高町家に行くんだったら、木刀とか必要かもな。士郎や恭也と戦うことになりかねんからな」
 高町家の男共は戦闘民族だ。なのはの父である士郎と、兄の恭也は剣術御神流を操る強敵。転生オリ主である俺でさえ、少しばかり気合いを入れないといけない程度には手強いはず。
 木刀って何処で買えるんだろう?
 俺はバッグを肩に下げてから、玄関に向かっていった。
「ひろし、あんた」
「じゃあ母さん、元気でね」
 顔を見たら別れが辛くなるかも知れない。特に母さんが。
 俺は精一杯の優しさを捧ぐつもりで、あえて後ろを振り返ることなく玄関を出た。
 さようなら、俺の家。



「ひろしさーん」 
 公園の草むらの中、ユーノの様子が窺える位置に身を潜めていた俺は、横で話しかけてくる神様の方を向いた。
「だから、俺のことはセイバと呼べって」
「お母さんに謝ったほうがいいですよー」
「何言ってるんだ。これはチャンスなんだぞ? それを手放す理由なんてないだろう」
 もうすぐなのは達の通う小学校は下校時刻になるのではないか。アニメの描写通り、公園にはだんだんと傾いた陽の、オレンジ色の光が掛かり始めていた。
 事が起こる前に予習をしておこう。俺は、頭の中にある原作知識を掘り起こした。
 なのはと、同級生のすずか、アリサの三人は、塾に向かうため近道としてこの公園を抜けようとする。そして、ユーノが発する念話をキャッチしたなのはは、傷ついたユーノを保護し、槙原動物病院に連れて行くのだ。
 ここまでの流れの中で、俺が介入出来る隙を見つけられるかは分からない。しかし、たとえこの場ではそれほど大きな介入を果たせなかったとしても、チャンスはまだあるから大丈夫。
 原作通りに行くならば、なのはは今夜、ユーノから魔法の力を授かることとなっているのだから。むしろ、俺が介入する上で最も重要な場面は今夜だと言っても過言ではない。
 そうだ、俺が今までユーノに対して何もしなかったのは、なのはがユーノと出会って魔法少女になるきっかけを無くさないため。いくら原作介入がしたいからと言って、なのはが魔法少女にならなければ、俺の求める展開にはならないからだ。
「ねえ、ひろしさんってばぁ」
「くどいぞ、神様。もう少しでなのは達がやって来るはずだから、おとなしく待てって」
 その時だった。
「たぶん、こっちの方から!」
 夕暮れ時の公園を走ってくる足音と共に、聞き覚えのある子供の声が聞こえてきた。
 会ったことがあるわけではない。しかし、俺はこの声が誰なのかを知っている。
 聞き間違うはずなどない。俺は、この声の主が紡ぐ物語に介入するため、転生してきたのだから。
 ついに来た。
 ついに時がやって来たのだ。
「神様!」
「き、来ましたね!」
 傷だらけのユーノに近づいていく、学生鞄を背負った女の子。
 白いワンピースタイプの制服を揺らし、頭の上のツインテールを跳ねさせ、不安げな視線でユーノを見ながら走ってくる。
 満身創痍のユーノが必死に送った救難信号を受け取ったから、彼女はここへやってきた。
 そう、彼女の名は。
「あれが……“高町なのは”」
 なのはは、ユーノを優しく抱きかかえた。
 どうする。
 どうする、俺。
 何かするべきじゃないのか。
 原作主人公が今、俺の目の前にいる。物語の始まりとも言える重要な場面に遭遇している。
 ここで俺が何かして、原作に介入するべきじゃないのか。
 何をするべきなのだろうか。
「神様、俺は何をしたらいい?」
「ええ! そういうの考えてなかったんですか!?」
「何て言って飛び出したらいいのかな!? 台詞が分からないぞ!」
「台詞なんて決められてるわけないじゃないですか!? あなたは原作キャラじゃないんだし!」
 くそ、くそう!
 このままでは俺の存在など無いかのように、物語が進んでしまう。
 一体どうしたらいい。
 その頃、肝心のなのは達はと言うと、ユーノの容態を心配していろいろと意見を出し合っているようだ。
「あっ、見て……動物…………怪我してるみたい」
「う、うん、どうしよう?」
「ど、どうしようって…………とりあえず病院!?」
「獣医さんだよぉ!」
 いよいよまずい。
 このままでは、このままでは物語が進んでしまう。
 三人が焦っている時、俺は別の理由で焦っていた。
 刻々とタイムリミットが近づいてくる。
「この近くに獣医さんってあったっけ?」
「ああえっとぉ…………この辺りだと確かぁ…………」
「待って! 家に電話してみる!」
 ええい、ここでもたもたしていたら出遅れる!
 俺は、意を決して草むらから飛び出した。
「ちょ、ちょっと待たんかぁ!」
「えっ!」
「ひ、ひろしさん! どうするんですか!? どうするんですかぁ!?」
 ここで、何が何でも俺の存在をアピールしておかなくてはいけない。
 俺が何故ここにいるのかを示さなくてはいけない。
 気付け、高町なのは。今、この瞬間の俺とお前の出会いは、今後のなのはシリーズにおいて紡がれる新たな物語の原点となるのだ。
 俺は、転生オリ主。
「ま、まき! まきひゃ!」
「まき?」
「槙原動物病院ってのが…………あ、あるんじゃないのかなぁ?」
 それだけ言うと、俺の頭は真っ白になっていた。
 次に言うべき言葉が出てこない。何を言ったらいいのかも分からずに立ち尽くしている俺の膝は、面白いぐらいに震えていた。
 しばらく沈黙が続いた後、すずかが携帯電話を取り出しながら、なのはとアリサに言った。
「とにかく! 槙原動物病院ってのがあるのかどうか、家に電話してみる!」
 その言葉を合図にして、なのは達は電話を掛けながら走り去っていった。
 三人がいなくなった後も、俺はしばらく動けなかった。
 顔がやたらと熱い。緊張のせいもあるだろうが、今の自分を振り返ってみると凄く恥ずかしくなってしまったのだ。
 何か出来たのか、俺。
 名前は名乗れなかった。印象付けられるような強烈な台詞も吐けなかった。それどころか、緊張し過ぎてなのは達と全然目を合わせなかった。
 何やってるんだ、俺。
「…………すずか、結局電話してましたね。原作どおりに」
「うん、そうだね」
「どうしますか?」
「…………そういや、この後確か、アイキャッチが入るんだっけ?」
「ひろしさんの出る幕じゃないですよ」
「あっそ…………」
 今出来ることなんて、夜を待つこと以外に無い。



 そうして俺と神様は、夜が訪れるのをひたすら待った。
 一応周辺地域の地図を確認して、槙原動物病院が何処にあるのかは確認済みだ。この病院の場所が分からなければ意味がないのだから。
 しかし、俺達が進められる段取りと言ったら、その程度しかない。
 町が夜闇に包まれるまで、それほど時間は掛からなかったはず。だが、何もすることの無い、ただ時が流れるのを待つだけの俺達にとっては、あまりにも退屈な時間だった。
「今更家に帰るわけにもいかねえしなー」
「完璧に家出のノリで出てきちゃいましたからねー」
「腹減ったー。そういや今日は朝飯しか食べてないや」
「お小遣いも充分持ってるわけではないですからねー」
 まあ、これも俺が物語の主要人物として原作介入するためだと思えば、まだ耐えられる。
 リリカルなのはへの介入をするにあたって、最も物語に密接に関わることが出来るポジションは何処か。それを考えた時、俺は高町家への居候がベストだろうという結論に達した。
 そうすれば、原作主人公であるなのはに四六時中張り付いていられるし、必然的に俺も魔法絡みの事件に関われるからだ。
 だからというわけではないが、神様が俺をなのはの家族に、せめて同級生にでも転生させなかったことが悔やまれる。本当にこいつ、解ってないんだから。
「あ、ひろしさん。そろそろなのはが槙原動物病院に向かう頃ですよ」
「何!? それじゃあ俺達も移動するか」
 ようやく時が来たようだ。
 今はおそらく、異世界の住人であるユーノが、魔法の石ジュエルシードの暴走体に襲われようとしているところ。そしてユーノの救難信号を受けたなのはが、槙原動物病院でユーノに魔法の力を授かり、暴走体と対決するという展開が待っているはず。
 ここで介入しない手はない。しかも、転生オリ主である俺の反則(チート)能力をお披露目する絶好の機会でもあるわけだ。
 何としてでも間に合わなくては。
 空腹であることも忘れ、俺は精一杯走り続けた。
 全ては原作介入のため。全ては物語を新たなる道へと誘うため。
 そうだ、全ては“俺”という主人公のため。
 繁華街を抜け、人通りもめっきりと減った住宅地にやって来た俺は、事前に確認しておいた地図を思い出しながら幾つもの曲がり角を抜けた。
 相変わらず体力の無い体だ。既に息があがっている。
 だが、目標はすぐ目の前。止まれるわけがない。
「ひろしさん! もうすぐです! あの角を曲がれば病院が見えますよ!」
 返事をする余裕も無く、俺は前だけを見ていた。
 その時、周囲の空気がいつの間にか変わっていることに気付いた。
 先程から見ていたはずの光景。誰の姿も見えない、静かで暗い、住宅地。
 そのはずなのに。
「何か……違う世界みたいだ」
「ジュエルシードの暴走体がいるんです。分かりますか? なのはが戦う時にも、こんな風になったはずです」
 そうだ。ジュエルシードの暴走体と戦う時、まるで町の中から人が消えてしまったみたいに、景色だけを残して他の気配が消え去っていた。“見慣れた未知の世界”が、そこに広がっていた。
「ってことは……」
 次に起こる展開を予想していた時、すぐ近くの場所で爆発音にも似た轟音が鳴り響いた。
「ひろしさん! 来ましたよ!」
 神様の指差す方を見ると、砂煙が高々と舞い上がる建物の敷地から、小さな小動物を抱えた少女が飛び出してこちらに向かってきた。
 高町なのはと、フェレット状態のユーノだ。
 どうやら、魔法の力はまだ手にしていないらしい。
「か、神様! どうしたらいい!?」
「だからそういうのは考えといてくださいよ!」
 駆けてくるなのは。どうやら彼女は暴走体から逃げることに必死のようで、前方にいる俺を見ているのかどうかも怪しいくらいに緊迫した表情を浮かべていた。
 ええい、今はもたもた考えていられるか。
「き、君ぃ!」
「あ、あなたは!?」
「何、何、何をそんなにあわわわてているのかね!?」
 後ろで神様が「白々しい……」と呟いた。
「早く逃げてください! 今、あっちから変なオバケみたいなのが!」
「オバケだって!? そいつは大変だ! ああ大変だ! ところで、俺に出来ることはないですか!?」
 今、俺ってすごく一生懸命に介入しようとしている。
 あれだな、カッコイイ台詞って咄嗟には出てこないんだな。
「無いです! 早く逃げて!」
「本当に無いですか!? なんか、なんか無いですか!?」
 今、俺ってすごく鬱陶しいんじゃないのかな。
 思わずそんなことを考えてしまうほど、俺はテンパっていた。
「ああ、もうそんなこと言ってる場合じゃあ」
 その時、ふと、頭上に嫌な気配を感じ取った。
 空が夜闇よりも黒い。アレは、雲なんかじゃない。
 揺らめく輪郭を寄せ集めて、そいつは一つの巨躯を形成していった。
 出た。ジュエルシードの暴走体。真っ黒な巨大マリモにも見える体の中ほどで、目を二つ真っ赤に光らせているそいつは、俺達を見つけたと思った瞬間、上空から急降下してきた。
「あぶね!」
 すぐさま横に飛んで回避すると、暴走体が地面を揺らしながらコンクリートに身を沈めていた。爆風が俺の髪の毛を全て逆立たせるほどにぶつかってきて、思わず尻餅をつく。
 怖い。こいつって確か、なのはが最初に倒す敵のはず。それがこんなにおっかない奴だったなんて。
 なのは? 
「そ、そうだ、なのはは!?」
 見渡すと、電柱の影でユーノを抱えたままの彼女が、ユーノから小さくて赤い宝玉を差し出されているところだった。
 それはまさしく、俺が望んだ展開。
 高町なのはが、レイジングハートを受け取って魔法少女に変身する瞬間だ。
「神様!」
「何ですか!?」
「録画とか出来るか!?」
「無理!」
 実に惜しい。魔法少女の変身シーンなんてそうそう見れるものでもないのに。
 しかし、そんなやましいことを考えている場合ではない。
 なのはがとうとう魔法少女に変身するのだから、俺ももういいだろう。
 原作キャラの誰もが持ち得ない、唯一無二の絶対能力。全てを蹂躙する無敵の魔法。
 転生オリ主、砕城院聖刃のチート能力。
 それを解き放つ時が来た。
「ついに」
 そう、ついに。
「ついにこの時が来たか」
 それっぽいポーズをとってみた。たぶん要らないんだろうけれど、カッコイイだろうし。
 ユーノに教えられるまま、変身の呪文を唱えるなのは。そんな彼女の隣で、俺は同じ呪文を口にした。
 ――我、使命を受けし者也――
 瞼を閉じ、心を澄まし、全身の血流を感じ取るように集中する。
 ――契約のもと、その力を解き放て――
 祈れ。抱いた願いを叶えるために。
 覚ませ。眠った力を呼び起こせ。
 唱え。魂より囁く、魔法の言葉。
 ――風は空に、星は天に――
「ひろしさん!」
 ――そして、不屈の心は…………この胸に!――
 見ていろ。
 これが転生オリ主、砕城院聖刃の、魔法の力!
 ――この手に魔法を! セットアァーップ!――
 唱え終えたのと同時に、とてつもない力の波が俺の全身を打った。
「うおおおおおおおおおおっ!」
 風ではない。熱とも違う。しかし、爽やかで温かい。
 そんな力が、桜色の閃光となって俺の。
「お、俺の…………隣から!」
 俺にはなんの変化も訪れていなかった。
 桜色の魔力は柱となって、なのはの全身からほとばしっていた。
 しかし、俺には何も起きていない。
 もう一度言う。何も起きていない。
「か、神様!」
「説明しなくちゃと思っていたんですが! ひろしさんには…………魔力がありません!」
「なん……だと…………」
 なんか知らんが、ものすごく裏切られた気分だった。
 俺は一歩も動けなくなっていて、その場で立ち尽くしてしまった。 
「あぶない! 逃げて!」
「…………へ?」
 声に反応して振り向くと、そこには魔法陣のシールドを開いた魔導師姿のなのはが、暴走体の攻撃から俺を助けてくれている姿があった。 
 これが、魔法の力。
 すごく羨ましかった。
「ひろしさん! ここはもう退きましょう!」
 その言葉を聞いて、少しだけ我に帰ることが出来た。
 と言うより、湧き起こる怒りを思い出したみたいな。
「ば……ばかやろう! ここまできて退けるか! 大体なんで俺に魔力がないんだよ!?」
「最初に説明しようとしたんですけど、すみません! あの…………すみません!」
「なに謝ってるんだよぉ! くそぉっ!」
「でも! 一応原作とは違う展開になってるでしょ!?」
「だからってこれじゃあ、エンドロールで『襲われる少年』くらいにしか名前付かねえよ!」
 これじゃあ俺があまりにも哀れだ。
 ふざけるな。こんなんで原作介入とか、情けなくて仕方が無い。
 ジュエルシードの封印呪文だってちゃんと考えていたのに。
 ちくしょう。
 そんなことを考えていると、俺の苦悩なんかに気付くことも無く、なのはとユーノが物語を進めていた。
「心を澄ませて。心の中に、あなたの呪文が浮かぶはずです」
 ユーノがそう言っているのを聞いた。
 その台詞が出てきたってことは、まさにこれからなのはが、暴走するジュエルシードを封印しようとしているところじゃないか。
 俺の、俺の役目だと思っていたのにぃ!
「くそう!」
「ひろしさん! まだチャンスはありますから! 退きましょう!」
「駄目だ! せめて……せめて呪文を唱えるだけでも一緒に!」
 俺となのはの方向に、暴走体が突っ込んできた。
 そして、なのはが魔法の杖、レイジングハートを構える。
 封印魔法、発動の合図。
 よし、行くぞ。俺の考えたワードを付け足して、一緒に封印しよう!
「リリカル……マジカル…………」
「ポテンシャルゥ!」
 次の瞬間、レイジングハートから放たれた光が暴走体を捕らえると、暴走体は苦しそうな呻き声を上げながら徐々にその体を消滅させていった。
 この後、高町なのはは転がるジュエルシードを回収し、ユーノと共に家に戻っていくはず。
 しかし、俺は何故だか、これ以上彼女の側にいるのが辛くなった。だから、なのはが初めての封印をこなしている最中に走り出した。



 疲れも忘れたまま随分と走ってきた時、後ろから神様が言った。
「あの…………リリカル、マジカル、ポテンシャルって」
「うるせえ! 俺だって……俺だって魔法が使いたかったんだから! 別に呪文くらい一緒にいいだろうがよ!」
 酷く凹んだ夜だ。魔法は使えないし。高町家に居候という計画どころか、原作介入すらまともに出来なかったし。それに、お腹が空いた。
「俺だって、俺だって魔法が使いたかったんだもん」
「…………おうち、帰りましょうか?」
「…………うん」
 その後、俺は父さんと母さんの待つ家に戻り、こっぴどく叱られた。
 でもその後で出された晩御飯の温かさに、「転生先の家族もいいもんだ」としみじみ思ったりした。

 See you next time.



[30591] NEXT3:僕らは皆、生きている
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/11/27 17:50
 『魔法少女リリカルなのは』は、平凡な小学三年生だった少女から始まる物語だ。
 きっかけは、異世界の住人であるユーノ・スクライアが地球にやって来たこと。彼は、自身で発掘した古代遺物(ロストロギア)である、“ジュエルシード”という名の願いを叶える石がこの世界に飛散してしまったことに責任を感じて、石の回収をしに来た。
 そして、回収作業中に危機的状況に見舞われた彼を助けたのが、物語の主人公である高町なのは。
 ユーノは彼女に魔法の力を授け、なのはが魔法少女に変身することで危機は去る。
 そしてなのはもまた、ユーノのジュエルシード集めを手伝っていくことにした。
 物語が大きく動きを見せるのは、ジュエルシード集めが中盤に差し掛かったころ。ジュエルシードを集めているのが、なのは達だけではないことが判明するのだ。
 そう、なのはとユーノに対抗する魔法少女、フェイト・テスタロッサの登場である。
 フェイトは、ジュエルシードを必要とする母の命令に従って、この世界にやって来た。
 そして衝突を繰り返すなのはとフェイトの間に、時空管理局という組織までもが介入してくる。
 時空管理局は、幾つも存在する次元世界を文字通り管理しているという巨大組織。ちなみに地球も、そんな次元世界の一つ。
 ジュエルシードによって引き起こされる、次元世界の危機を止めたいと言う管理局。
 狂気に塗れてしまった母のため、傷つきながらもジュエルシードを集めるフェイト。
 ユーノのため、自分のため、平穏のため。そして、瞳に悲しい光を宿したフェイトのために奮闘するなのは。
 これは、彼女達の成長と絆と勇気の物語なのだ。
「…………以上が、『魔法少女リリカルなのは』という物語のあらすじだ」
 語り終えた俺は腕を組み、ゆっくりと目を閉じて余韻に浸っていた。あらすじを話してから改めて思ったが、これ、やっぱり介入したいなぁ。
 そんな俺の前には、黒い学ランに身を包んだ同年代の男二人が、俺と向かい合ったままじっと耳を傾けていた。
「で? そのリリカルなんとかってのに、お前が関わってるわけ?」 
「その通り! 俺はこの物語に介入し、本来は歩むことの無かった道へ物語を誘(いざな)うためにやって来た転生オリ主、砕城院聖刃なのだ」
 一つの机を囲み、俺達はそれぞれの給食を箸でつまんだ。
 なのはとのファーストコンタクトが散々な結果に終わってしまった昨日。色々と考えてみた結果、少し落ち着いてみようということになったのだ。とりあえず、介入行動を起こす時以外はおとなしく日常生活を営んでいくことを決めた。
 まあ、家出の件で両親にコテンパンに、ボロクソに、メッタメタに怒られたのが堪えた、というのも理由の一つだが。
 そういうわけで、俺は学校にやって来ていた。
 校門を潜ったときは、見覚えの無い奴等から挨拶をされて少し困惑した。俺自身には転生してからの意識しかないが、この体にはリリカルなのはの世界に組み込まれるための、十五年間の人生設定があるから仕方が無い。
 正直な話、一時限目から四時限目までの授業はやったことがあるようなないような、中学生ってこんな難しいことやってたっけ? と、首を傾げたくなる内容だった。
 それにしても昼飯が給食かよ。なのは達は屋上でお弁当とか優雅な学校生活を送っているのに。俺のいる中学って公立なんだな。何度も思うが、俺はなのは達と同じ学校の同級生にしてほしかったんだよなぁ。
 教室の片隅に佇んでいる神様を睨んでみた。すると彼は、慌てた様子で視線を逸らして口笛を吹き出す。
「サイジョウインセイバって、お前の名前?」
「そうだ。これからはそう呼んでくれ、絶対にな!」
「あれか? 難しい苗字とか書けない名前に憧れてるみたいなもんか? まあ気持ちは分かるけどな」
 そう言ったのは、友人の小島だ。こいつも普通の名前だよな。
「あー俺もちょっと憧れるなー」
 と、同意したのは淀橋だ。こいつはちょっと珍しいな。
「違うっつーの。憧れとかじゃなくて、本来はそういうもんなんだよ。頼むぞ、ちゃんと俺のことはセイバって呼んでくれよ?」
 転生オリ主って言ったら、やっぱりかっこよくてインパクトある名前ってのが定番なんだよ。
 神様が、俺を在り来たりな少年として転生させてしまった以上は仕方が無い。呼ばれたい名前、辛い過去設定、チート能力の有無。そういった俺の叶わなかった願望は、もう後付け設定としてこれから徐々に修正していくしかない。
 名前はこれから呼ばせればいいし、過去設定は捏造出来るし、チート能力に関しては少しだけ考えがある。
 勝負はこれからだ。俺は、自分の理想を自分の力で作り上げていくことにした。
 そうだ、諦めてたまるか。
 昨日のことで懲りるわけなどない。こうなったら、何が何でも原作介入を果たしてやる。
「…………でも参ったよなぁ。転生オリ主ともあろう俺の敵が、まさか原作とは」
「あ、ところで山田さぁ」
「その名前で呼ぶなっつーの!」
 先はまだまだ長そうだ。



 学校の授業が終わると、俺はすぐに教室を出た。俺という人物は、幸いなことに部活動はしていないし、仮にしていたとしても受験生であるから引退が近かっただろう。
 ということで、気兼ねなく海鳴市散策が出来るわけだ。
「神様、俺が今どこに向かっているか、分かるか?」
「えーっと、神社ですかね? ほら、原作でジュエルシードに取り込まれた子犬となのはが戦うでしょう?」
「ピンポーン。今日こそは、なのはに俺の存在を認識させる」
「どうやるんですか?」
 計画としてはこうだ。
 まず原作を振り返ってみると、子犬と飼い主のお姉さんが神社に散歩に来た際、暴走したジュエルシードが子犬を取り込んだらしい描写であった。
 それが分かっているならば話は簡単。
 俺が先回りして、子犬が取り込まれる前にジュエルシードを回収してしまえばいいんだ。
 そして、神社にはなのはとユーノがやって来る。当然ジュエルシードを手にした俺と対面。
 あなたは、誰? その手にあるものは?
 君の探し物はこの石だろう。危ないところだったよ。もう少しで暴走しそうだった。
 ジュエルシードを知ってるの? あなたは一体……。
 俺の名前か…………砕城院聖刃だ。ニッコリ。
 惚れました。
「っておっしゃぁぁぁぁっ! これで決まったあぁぁぁぁぁっ!」
「大丈夫なんですか!? 本当にそれで上手くいくんですか!?」
 そうと決まればさっそく神社へ向かおう。
 今頃、学校から帰ったなのはは、ユーノと手分けしながら町中を走り回ってジュエルシード探しをしているはず。
 そして気が付くはず。神社にあるジュエルシードを察知して、駆けつけてくるんだ。
 先回りをするのは簡単だ。何故なら、俺は転生オリ主だから。
 原作キャラであるなのは達と、転生者である俺との明確な違いは何か。
 それは原作知識の有無。この先何が起こるのかを把握している俺は、未来が見えているのも同然のような存在。
 そう、俺の持っているこの原作知識こそが、俺のチート能力と言える。
 もう仕方が無いから、そういうことにしておこう。
 あとは舞台となるこの町を、如何にして効率よく立ち回るかだけの問題。
 大丈夫、今度こそ上手くいく。
「よし、神様! 神社へ向かうぞ!」
 俺と神様は、神社へ向かおうと駆け出した。
 しかし、十数メートルも進まないうちに俺は、自分の視界に映ったものに注意を奪われて、足を止めてしまった。
「ん? ひろしさん、どうしました?」
「なんでだ?」
「はい?」
 見てしまったのだ。俺の目は、決して見過ごせないものを見てしまった。
 しかし、何でこんなところで?
 町の中を行き交う人ごみの中だったから、一瞬、見間違いかとも思った。何故なら、その人物の特徴的な部分が隠されていたから。
 しかし、その考えもすぐに拭い去った。
 “あいつら”だ。俺の直感が、頭の中にある遠くの記憶が、そう言っている。
 一般人と同じ服装を身に纏い、帽子を深く被って頭を隠してはいるけれど、間違いない。
 俺は体の向きを変えて再び走りだした。後ろには、慌てた様子で追いかけてくる神様の姿。
 向こうは気が付いていないのか、こちらを振り向くことも無く歩き続けていたので、すぐに追いつけた。
 突発的に駆け出してきた勢いのまま、俺は二人の目の前に立ち塞がった。
「待て!」
「…………あんたは?」
 目の前にいるのは二人の少女。小さな鼻も、瞳の色も、二人の幼い表情は瓜二つ。互いの体で違うところと言えば、髪の長さぐらいなもの。
「リーゼアリアと、リーゼロッテだな?」
 俺の言葉を聞いた二人の表情には、隠し切れない動揺が窺えた。
 やっぱり、間違いない。
 この二人は、原作アニメ第二期『魔法少女リリカルなのはA's』に登場する、ギル・グレアム提督の使い魔であるリーゼ姉妹だ。
 深く被った帽子の下には猫耳を隠しているはず。その帽子を取って確認してみるべきだろうか。
 考えを巡らせていると、ロングヘアーの少女、リーゼアリアが言った。
「誰かと間違えているんじゃないか? 私達はそのような名前ではないのだが」
「とぼけるな。だったらその帽子を取ってみろ」
 こいつらは原作二期に登場するキャラクター達。時空管理局員でありながら、二期で起こる事件の原因を作ったギル・グレアムの共謀者。
 なぜこのタイミングで二人に出会うことになったんだ?
 とにかく、ここで見過ごすわけにはいかない。
 神様が言っていた。悲しい展開を救ってほしいと。ならば、こいつらの謀を食い止めるのも、俺の役目ではないのか。
「初対面で人違いの上に、いきなり帽子を取れとは失礼な奴だなぁ。何者だ?」
「俺は、砕城院聖刃だ」
 今度はショートヘアーのリーゼロッテが言う。目付きは、素体となった猫のごとく鋭い。
「悪いが、私達は陽射しが苦手なんだ。帽子は取れない」
「だったら尻尾を出してみせてもいいぞ。その服の下に隠しているんだろう?」
 俺は二人の穿いているミニスカートを指差した。
 ミニスカートを。
 その生足覗かせるミニスカートを。
「ん? この下のか?」
「ははぁ、こんな白昼の中で、私達にスカートを脱げと言うのか?」
 リーゼ姉妹の生足ミニスカート。
 良い。実際に目の前にしてみてもすごく良い。
 それを脱ぐ、だと?
「ひろしさん! 気を確かに!」
 脱ぐのか!? そんなことをしたら人の目というものが!
 しかし、ここでこいつ等を見逃すわけにはいかない。
 そのためにも、こいつ等がリーゼ姉妹である確かな証拠を掴まなくてはいけない。
 どうしたらいい。どうしたらいいんだ。
「それとも――――」
 ロッテが意地悪く微笑んだ。
 その笑みには明らかな悪意が込められていた。こいつらは使い魔だ。元が動物なだけあって、野生的な面は人間よりも色濃いのだろう。それはそれで納得のいく話。
 そんな彼女が俺に向けた視線は、まさに狩る者の目。本当ならば恐怖するべき目。
 それなのに。
 俺は何かを期待していた。
 彼女の「それとも」という言葉の先にある、もしかしたら情欲を駆り立てるかも知れない選択肢に、大きな期待を寄せていた。
 来い。その先は何だ。
 来い。早く教えてくれ。
 来い。俺に何をさせるつもりだ。
「――――お前が直接確かめてみるか?」
 き、来た! そういうのを待っていた! 
「何だったら、お前が自分の手で脱がして確かめてもいいんだぞ?」
 そうだろう! 
 転生オリ主なんだし、ハーレムとかセクシーハプニングとか。
 エ、エロ展開とかあってもいいだろう! 
 主に原作キャラとの絡みで!
「ひろしさん! 駄目ですよ!」
「黙れ神様! ここでこいつらを逃がすわけにはいかないんだ!」
「でも! 絶対に罠ですよ!」
「確かに罠かも知れない! しかし男って生き物には、罠だと解っていても、あえてその中に飛び込んでいかなきゃならない場面ってのがあるんだ!」
「こ、今回は明らかにそんな場面じゃない!」
「さっきからお前、誰と喋ってるんだ? 神様とか何とか、危ない奴だなぁ」
 神様が何と言おうと、俺は罠に飛び込んでいく。
 いいぜ、覚悟は出来ている。
 やってやる。
 俺は、転生オリ主。
 そして俺は。
「俺は……男だぁ!」
 爪先で地面を蹴り、リーゼロッテの方に向かってジャンプした俺は、両腕を思いっきり伸ばして彼女の腰に手をやった。
 その瞬間。
「きゃあああああああああっ!」
「え?」
「この人が! この人が突然私のお尻をー!」
「ええええ!?」
 ロッテが、彼女らしくも無い声を出して悲鳴を響かせると、周辺にいた人々が俺の方を向いた。
 ひょっとして俺の現状って、非常にアレなのでは?
「そこの、砕城院聖刃という男が私のお尻をー!」
 こいつ、名前までわざわざ叫びやがって!
「神様! 一旦退くぞ!」
 俺は一目散に駆け出すと、リーゼ姉妹を振り返ることもしないまま、すぐに別の路地へと入って逃げた。
 たいした距離も走っていないのに、汗が噴き出てくる。顔がやたらと熱くて、心臓が爆発しそうなくらいに大きく脈打っていた。
「やはり罠だったか!」
「目に見えてたじゃないですか! …………それにしても、このままリーゼ姉妹は放っておくんですか?」
 神様が不安そうに尋ねてきた。俺同様に原作知識のある彼も、やはり二人のことは気がかりみたいだ。
「ああ。とりあえず原作一期には、奴等が介入する余地は無い。まだ当分の間は放っておいて大丈夫だろう」
「そんなに言い切るなら、最初っから手ぇ出さなきゃ良かったのに!」
「お尻、柔らかかったなぁ」
 今日は手を洗うのを止めよう。
 俺と神様は、進路を神社に変えたまま、ひたすらに走り続けた。



 神社に辿り着いた俺と神様。
 俺は肩を大きく上下させて息を切らしながら、石段を上りきって周囲を見渡した。
 お姉さんと子犬は、まだやって来ていないようだ。
 その代わり、随分とあっけなく見つけてしまった。
「ひろしさん、ほら。ジュエルシードです」
 鳥居の脇に、草木に隠れるようにして転がっているのは、蒼い光を放つ魔法の石だった。
「こんなところに落ちてたんじゃあ、子犬も拾っちゃうよなぁ」
 などと言いつつ、俺はジュエルシードを拾い上げた。
 まあ、何はともあれ目的は達成した。子犬を取り込んで暴走するよりも早く、俺が回収出来たのだ。あとはなのはとユーノが、このジュエルシードを察知して神社にやって来るのを待つだけ。
 そうすれば、俺はジュエルシードを手にした謎の少年として、堂々と原作介入が出来るというもの。
 途中、トラブルに見舞われることもあったが、何だか今日は順調じゃないか。
 神様の方を向くと、彼も小さく頷きながら「やりましたね!」と言っている。
「やっと原作介入が出来るぜ。まあ、後は俺の辛い過去を考えとかないとな」
「そんなに辛い過去設定は必要ですか? 別に無いなら無いでも」
「アホか。主人公と言ったら辛い過去は王道だろう。まあ、なのは達が来るまでの間で適当に考えとくさ」
 そう言って俺は、ジュエルシードを覗き込んだ。
 早くなのはとユーノ、来ないかなぁ。
 ん?
「あれ、神様?」
「はい?」
「このジュエルシード、暴走しないとなのは達に察知されないんじゃね?」
「あ」
 冷たい風が、俺達の足元を吹き抜けていった。
 そうだよ。原作では、なのはとユーノはジュエルシードの暴走を察知して駆けつけるんだよ。
 ジュエルシードがおとなしくしていたら、ここに来るわけないじゃん。
 まずいな。だからと言って故意に暴走させるのは何だか気が退ける。
「参ったなぁ。なあ神様、どうしたらいいんだ?」
 俺はそう言いながら、石段に腰掛けた。
「そんな、僕だってどうしたらいいのかなんて…………」
 すると、石段を誰かが上ってきた。
 それはスパッツとジャージ姿の女性。頭にはヘアバンドをつけていて、ランニングシューズを履いたその姿には、見覚えがあった。
 確か、原作で子犬を連れて散歩していたお姉さん。
「神様にお願いごとをしているのかな? 受験生みたいだね」
「えっと…………」
「どうしたらいいんだって、声が聞こえてきたからさ」
 原作では台詞が無いキャラクターだったから印象も薄かったけれど、声を聞いてみると大人っぽい人だなと思った。
 ってか綺麗だな、おい。
 ちらりと神様を見ると、彼もどう対処したらいいのか分からずにおどおどしていた。
 まあ、ジュエルシードは既に俺が持っているし、なのは達がここに来ないのなら、後日会えばいいだけだ。ここは普通に接しておくべきだろうな。
「ま、まあ、受験前の神頼みってやつですよ」
「そっか。頑張ってね」
 そう言えばさっき、リーゼ姉妹に会った時も思ったんだけれど、改めて俺は転生してきたんだということを思い知った。
 テレビアニメで放映されていた部分ってのは、視聴者からすれば確かにその作品の世界そのものなんだけれど、こうしてアニメの世界に入ってみると、画面には映らない奥深さを感じ取ることになる。
 テレビ画面に放映されていないところでも、やっぱりこの世界には生きる人達がいて、生活をしていて、営みがあるんだ。
 だからこのお姉さんだって、放送時には台詞なんてなかったのにこうして俺に話し掛けてくるし、リーゼ姉妹も原作一期の時から存在しているんだ。
 映っていないからと言って、無いわけではない。
 考えてみたら当たり前のことなのかも知れないけれど、それに気が付くことが出来て、何だか物語の深さを垣間見た気がした。
「でも、神様にお願いし終えたら、早くおうちに帰って勉強したほうがいいんじゃない?」
「え、ええ。そうですよね」
 もうちょっと、この人と話をしていたいな。
 下心とかじゃなくて、俺がこの世界にやって来たという事実を噛み締めたいと思った。
「よ、よければお姉さんのお名前が知りたいっす」
「あら、なあに? ナンパ?」
 お姉さんが笑っていた。
「そういう時は、自分から名乗ってくれると嬉しいかな?」
「あ、すいません。俺は砕城院せい」
 その時、石段の下を通りかかったパトカーが、拡声器で何かを報じているのが聞こえてきた。
『この付近で痴漢被害が発生しております。サイジョウインセイバと言う名前にお心当たりのある方は、ご連絡をお願いいたします』
 おのれリーゼ姉妹。俺の名前を明かしやがって。
「俺、山田ひろしって言います!」
 神様が呆然として口を開け放した。
「良い名前ね」
 そんな神様を無視して俺とお姉さんが一緒に笑っていると、突然、足元から大きな鳴き声が聞こえて驚いた。
 お姉さんの子犬が吼えたみたいだ。近くで見ると、もこもこしていて可愛らしい。
 俺は身を屈めて撫でていると、子犬は尻尾を振って手を舐めてきた。 
 本当に可愛いな。こいつがジュエルシードに取り込まれると、あんな凶暴な姿になるのか。
 俺は原作を思いながら、手の平を差し出した。
「よーしよしよし。お手、お手をしてごらーん?」
 そう言うと、子犬は右足を持ち上げて俺の手の平に乗せた。
 よしよし、賢い賢い。
 ん? 
「ひ、ひろしさん!」
 俺が差し出した手の平には、さっき拾ったジュエルシードが乗ったままだった。
 ひょっとすると、これは非常にアレなのでは? 
 子犬の体はジュエルシードと共に光を放ち始めた。
「あ、あれ?」
 そして次の瞬間、体を真っ黒に染め上げて子牛ほどの大きさにまでなった子犬が目の前に現れた。ってか子犬じゃねえ。背中や頭から生える角のような突起は禍々しく、四つの眼は俺とお姉さんをを睨み、胴より長い尾が石畳を度々打つ。
「きゃあああっ!」
 お姉さんが、原作通りに子犬の変わり果てた姿を見て気絶してしまった。
「ひろしさん! 逃げましょう!」
「しかし、お姉さんが!」
「原作通りになのはが来るんだから、大丈夫ですよ!」
 そうだ。原作では、なのはがやって来てこの犬の暴走を止めて、お姉さんと子犬は夢を見ていたとでも思って無事帰る。
 だが、だからと言ってここで、俺だけ逃げるのか?
 さっき思い知ったじゃないか。
 この世界にだって、テレビアニメでは分からない奥行きがあることを。
 この世界にも人々が生きていることを。
 この世界だって間違いなく営みがあることを。
 そんな中において、この場面で何もせずに逃げるのか?
「ちょ」
 そうだ。
「ちょっとそれは出来ないだろ!」
「ひろしさん!?」
 俺はお姉さんを庇うようにして、犬の前に立ち塞がった。
 何が出来る? 今の俺に何が出来る? 
 魔力も無い。体力も無い。
 そんな俺に、何が出来る?
 頭をフル回転させていると、突然目の前に何かが迫ってきているのが見えた。
 なんだ、これ? 
 鞭? 違う、犬の尻尾だ。
 それが?
 何?
 次の瞬間、視界が真っ暗になって、意識も遠のいていった。
 神様が名前を叫ぶ声は聞いた気がするけれど、正直そんなことはどうでもいい。余裕がなかった。
 とりあえず、メガネが壊れたなぁ、ということだけは分かった。



 そして、気が付くと俺は夕暮れの神社の石畳に寝転がったまま、誰かに肩を揺すられていた。
「ひろし君、起きて」
「はれ?」
 体を起き上がらせると、顔面がひりひりと痛むことに気が付いた。
「顔、大丈夫?」
「ええ、まあ」
 俺、どうなったんだっけ?
「何だか、二人してここで寝ちゃってたみたい。転んだのかな?」
「寝てた? 転んだ?」
「不思議だね。君が神様に無茶なお願いでもしたんでしょう? バチがあたったんじゃない?」
 そう言うと、お姉さんが笑いながら立ち上がった。
「すっかり陽が暮れちゃったし、もう帰りましょう」
「は、はい」
 手を貸してもらい、俺は立ち上がった。
 足元にはあの子犬が、何食わぬ顔で擦り寄ってきていた。
 もう一度周囲を見渡して、神様の方に視線を向ける。
 すると、彼は俺の姿を見てから安心したように微笑んで、そっと言った。
「原作どおり、なのはとユーノが来て、ジュエルシードを回収していきました」
「…………ってことは、また介入失敗か」
「何か言った?」
 お姉さんに尋ねられたので、俺は慌てて首を横に振った。
 まあ、今回は悔しいという気持ちよりも、ほっとした気持ちが大きかった。
 何故なら、奥行きがあることを知った世界の中で、そこで知り合ったお姉さんが無事でいてくれたのだから。
 原作どおりなら、助かることは解っていたはずだ。
 でも、そういう視聴者からの視点じゃなくて、同じ世界にいる者としての視点から湧き起こる感情が、俺の悔しさを少し癒してくれたみたいだ。
 仕方ない。原作介入はまた次回だな。
 俺はお姉さんと並んで、石段を降りていった。

 See you next time.



[30591] NEXT4:早過ぎる登場
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/03 11:49
 ベッドに体を横たえて、俺は天井をじっと見つめていた。
 日光を遮るカーテンの隙間から光が漏れ、薄暗い中に真っ直ぐな閃が描かれている俺の部屋。外から微かに伝わる雑音以外、耳に届くものは無い。
 静寂に満たされた空間の中、俺はそっと自分の右腕を天井に向けて伸ばし、手の平を翳してみる。
 目の前にあるのは俺自身の腕。それは間違いなく自分の一部であるはずなのに、何故か違うものに見えた。
 おぞましくて、とても邪悪で、酷く冷たい手。
 そんな自分の手に、力に、俺は問いかけた。
 この手は一体何を掴むことが出来るのだろう。
 この手は一体誰を救うことが出来るのだろう。
 この手は一体。
「…………俺に、こんな能力があるだなんて」
 自然と笑みがこぼれる。
 それは明らかに自嘲の笑いだった。
 苦しかった。憎悪に塗れた俺の思いとは裏腹に、この能力は大切な“あいつ”を救う力となる。
 捨て去りたいという願いと、守ってみせるという誓いが俺の中で激しくぶつかり合い、心を削る。
 一体どうしたらいいのか。そんなことを考えることも苦痛。本当に苦しくて、痛くて。
 今なら誰もいない。ここにいるのはたった一人。俺だけ。
 そう思った瞬間、抑えきれなくなった感情が静かに溢れた。
 雫は、きらきらと光る通り道を示しながら、そっと枕を濡らしたのだ。
 今だけ、少しだけ、俺は安らげる。
「何で泣いているんですか?」
「…………練習」
 部屋の片隅にひっそりと立っていた神様が質問してきたので、俺はぽつりと呟いた。
「練習って、なんの?」
「シリアスシーンの」
 神様が大きくため息をついている。なんだその反応は。
 俺は上半身を起き上がらせると、神様の方を向いて訊いた。
「どうだった? 今のは結構ぐっときたろ?」
「いや、その…………能力って言ってもひろしさんには」
「解ってるよ! 俺に能力が無いってのはもう知ってるよ! でも一応さ! いざって時に必要になるかも知れないじゃん!」
「何ですか、そのいざって時というのは」
 最初は部屋の中で原作介入の方法を考えていたのだが、途中、自分の背負う辛い過去設定を練りこむことに没頭し始めた。そうしたらだんだん雰囲気が出てきたので、孤独に耐えながら葛藤する自分というものを練習することにしたのだった。
 それにしても今のは良い出来だったな。涙が出るくらいまで入り込めるなんて、俺って役者でもやっていけるんじゃないか?
 しかし、だからと言って喜んでばかりもいられない。
 こういった努力も俺がきちんと原作介入を果たさなければ、結局無駄な努力に終わってしまうのだ。いくら宿命に泣く孤高の戦士になりきれても、リリカルなのはの物語に関わらなければ没設定(ムダスキル)で終わってしまうのだから。
「やっぱり、なのは達に関わるためのきっかけが必要か」
「でも、どうやって関わるんですか?」
 そこだよなぁ。一体どこに原作介入の余地があると言うのか。
 リリカルなのはの世界に転生して初日。なのはが初めて魔法少女になった時、魔力が無い俺は、なのはの姿に羨望の眼差しを向けることしか出来なかった。
 翌日の神社だってそうだ。なのはよりも先にジュエルシードを見つけておいたにも関わらず、ちょっとした手違いから展開はやはり原作どおりに。あれは大きなチャンスだったと思っていたので、非常に悔やまれる。
 だが、実はその後も失敗の連続だった。なのは達がプールに行った時も、夜の学校でひっそりと行われていたジュエルシードの封印劇も、結局俺は介入することが出来なかった。
 極めつけは、海鳴市を襲った巨大樹木の回。原作の第三話に相当する話。ジュエルシードの暴走によって人の願いが形を成し、巨木となって町を襲った事件の時だ。なのはが自分の甘さと油断を悔いるという、物語としても一つの節目であった回なのに。
 そんな大事な時だと言うのに、俺は一切関わることが出来なかった。何故ならその日、連日の介入行動によって疲弊しきっていた俺は、うっかり居眠りをしてしまっていたのだ。
 どうして起こさなかったのかと神様に問いただしても、「あれほど大きな被害が出てしまうようでは、ひろしさんの身が危ない思ったから」と、言い訳をするばかり。
 まったく、こんなんじゃあ本当に、俺が介入するよりも先に物語が終わっちゃうよ。
「仕方ない、ちょっと町に出てみるか」
「出てどうするんですか?」
 神様が不思議そうに訊いてきた。
 俺はクローゼットから適当に私服を取り出して、着替えながら返事をした。
「リーゼ姉妹と会ったみたいに、何か介入のきっかけを得ることが出来るかもしれないだろ?」
「…………またリーゼ姉妹に見つかったらどうするんですか?」
 着替えの手を一瞬だけ止めて、俺は考えた。確かにまた痴漢扱いされてしまっては困るな。
「ま、まあ今度こそ気をつけるさ」
「大丈夫なんでしょうね?」
 ものすごく疑わしいような視線を向ける神様。俺はその目に気が付かないフリをしながら、着替えを済ませた。
 それでもまだ見てくるので、違う話題を振ることにした。
「そ、それにしてもあの時、リーゼ姉妹って何してたんだろうな?」
 そう言うと、神様はようやく視線を天井に逸らしてから言った。
「んー。たぶん、八神はやての様子を監視してたとかじゃないですか?」
「はやての? だってはやての登場は二期からだぞ?」
 八神はやてというのは、アニメ第二期『魔法少女リリカルなのはA's』から登場する主要登場人物だ。
 『闇の書』と呼ばれるデバイスが巻き起こす事件において、最も重要なポジションにいる車椅子の少女。俺の会ったリーゼ姉妹やその主も、時空管理局と共に動くなのは達も、新キャラクターとして登場する四人の守護騎士達も、全てははやてを中心として動くことになる。
 そんな八神はやてだが、現在の一期には全くもって関わらない人物。それなのに、リーゼ姉妹がこんな早くから動くというのはおかしくないのだろうか。
「二期からの登場と言っても、彼女達が一期終了まで存在しないわけではないですから。たとえアニメの世界と言っても、ここにはここの時間が存在します。きっとリーゼ姉妹は、二期における自分達の役割のため、既に準備を進めていたってことでしょう」
「そうか。いくらアニメとは言え、こうしてこの世界が存在する以上は、テレビじゃ分からないところにもそれぞれの動きがあるってことか」
「そういうことです。こないだの神社の時にも思い知ったじゃないですか」
 言われれば納得出来ない話ではないんだけどなぁ。俺は腕を組みながら小さく唸り声を上げた。
 まあ、そのうち慣れてくる感覚なのだろうか。
「ところで神様」
「はい?」
 俺は気を取り直して、もう一つ訊いた。
「大事なことを確認しておきたいのだが」
「何でしょうか?」
「フェイトって、何時頃出るんだ?」
 フェイト・テスタロッサ。一期シリーズから登場する、リリカルなのはには欠かせないキャラクターの一人である。
 なのはやユーノとは別に、ジュエルシードを集めるもう一人の魔法少女として登場する彼女は、実に悲しい運命を背負った美少女だ。
 自身の研究のためにジュエルシードを必要とするプレシア・テスタロッサに命じられ、酷い仕打ちを受けながらも健気に頑張る彼女。リリカルなのは第一期は、ある意味でフェイトが主役とも言える物語である。
 そう、フェイトは悲しい運命の元に生まれた少女だ。
 それはつまり、俺が救うべき存在ではないか。神様にも言われた通り、悲しい運命を変えて救うのだとすれば、フェイトが思い浮かぶ。
 そんなフェイトは、原作の第四話で初登場。なのはと敵対する立場で現れる。
 俺が原作介入を果たすのであれば、必然的にフェイトとも関わることになる。だからなのはとフェイトが一緒にいる場面こそ、介入するにはもってこいの場面なのだ。
「えっとぉ、確かなのはがすずかの家でお茶会をする回に登場だからぁ…………」
 神様の視線が宙を泳ぐ。
「いつだ?」
「あ」
「何だよ?」
「…………うっかりしてました。今日です」
「今日って……またそういうタイミングかよ!」
 初めて介入行動を起こした時もそんなタイミングだったな。いきなり当日ってのは慌しいから止めてほしいものだ。
 とにかく、今はっきりしているのは、もたもたしていられないということだ。
「ごめんなさい!」
「謝るのはいいから、すぐにすずかの家へ向かうぞ!」
 俺は急いで自分の部屋を出た。
 玄関へと駆け足で向かい、靴を履いて外に飛び出ると、後ろから神様が慌てて言ってきた。
「す、すずかの家に行くんですか!?」
「そりゃあそうだろう! じゃなきゃフェイトに会えない!」
「だって、お茶会に呼ばれるどころか、すずかとの接点なんて何もないのにどうやって!?」
「口実なんて何でもいいんだよ! 入っちまえばこっちのもんだっつーの!」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
 何が無茶苦茶なもんか。
 俺は転生オリ主だぞ。主人公って言うのは、ぼーっと突っ立ってたって事件に巻き込まれるものだと相場が決まってるんだよ。
 よーし、待っていろよ。フェイトを救うのはこの俺だ。
 熱い想いを胸に抱き、俺は勢いよく玄関を出ていった。



 高町なのはの親友の一人、月村すずか。
 彼女の実家は所謂超大金持ちであり、なのはの家が何個も入ってしまうような敷地の中に建てられた欧州風建築の家に住んでいる。その家には月村家に仕えるメイドさんだっている。
 まさに、絵に描いたようなお嬢様なのだ。
 今日は、高町なのはとアリサ・バニングスがすずかの家でお茶会を開いている日。
 そして、発動したジュエルシードに導かれてフェイトがやってくる日。
 つまり、なのはとフェイトが初めての邂逅を果たす日。
 これは介入しないわけにはいかない。介入しなくてはいけないのだ。
「…………ひろしさん?」
 と、思っていたのだが。
「…………すずかの家って、何処だ?」
 勇んで出てきたのはいいが、肝心なことを俺は知らなかった。
 何てことだ。そりゃあ、各キャラクターの住んでいる住所なんてアニメ本編じゃ語るわけないよな。 放送された部分に関しては丸分かりだが、それ以外のこととなるとさっぱり分からん。原作知識を持つことこそが俺のチート能力だなんて思っていたけれど、それだけだとやはり苦しいな。
「あーあ、空でも飛べたら楽に探せるのになぁ」
 ちらりと神様を見ると、彼は慌てて視線を逸らしながら鼻歌を歌い始めた。
 それにしても参ったな。この後、どう動けばなのは達に追いつけるんだろう。
「アニメだと、月村家に向かうなのはと恭也はバスに乗っていくんだよな」
「ってことは、結構遠いんですかね」
「かも知れな」
 そこまで言いかけた時、俺は道路を走る一台のバスに視線を奪われた。
 おそらく市内を走り回っているであろう巡回バス。その中ほどの座席に、前後に分かれて座っている二人の人影を見た。
「神様! あれ!」
「え? ……あっ! ウソ!」
 高町なのはと、兄の恭也だ。
 そんなまさか、こんな偶然があるだろうか。今、俺と神様の目の前を走り去っていくバスに、なのは達が乗り込んでいる。
 迷いなどしなかった。俺はすぐさま駆け出して、バスを懸命に追いかける。
 次のバス停に先回りしなくては。乗り込むチャンスはその時だ。
「すごい偶然ですね!」
「偶然なもんか! こういうのを神様のおしめぼしって言うんだ!」
「おぼしめしですね!」
 このチャンスは絶対に逃すわけにはいかないぞ。
 なかなか都合の良い展開になってきたじゃないか。オリ主なんだし、少しくらいこういうのもいいだろう。
 ってか、今までが報われなさ過ぎるんだ。
 道路を走るバスはなかなか止まらない。途中、赤信号にでも引っ掛かってくれればいいのだが、こういう時に限って信号がタイミングよく青になりやがる。
 ちくしょう。なんて流れの良いバスなんだ。
「ひろしさん頑張って! バス停が見えてきました!」
 よっしゃあ! チャンス!
 俺は返事が出来ないほどに息を荒げながら、必死の形相で前を見つめ続けた。
 やはり車と人間の足。互いの距離差は開いていくばかりで、決して縮まることはない。
「もうすぐです! ファイトォッ!」
 前から気になってたんだけど、神様って俺にぴったりついてくるんだよなぁ。軽く走っている様子でも速度は俺と一緒だし、でも疲れてないし、俺以外の人には見られないから自由だし。正直なところ、彼こそが一番のチート能力者なのではと思ってしまう。
「がんばれ! がんばれ! ひ、ろ、し!」
 うるさい。涼しい顔して言いやがる。
 そうこうしている内にも、バス停がどんどん近づいてきた。
 よし、ようやく追いつける!
 しかし。
「…………なっ!?」
「ええ!?」
 そのバス停には乗車待ちをしている人がいなかったことに加え、降車する人もいなかったのだろう。バスはそれほど速度を落とすこともなく、バス停をすんなりと通過していった。
「俺が走ってるのが見えてねえのかよ!」
 間違いない。あのバスの運転手こそがオリ主の敵だ。悪意を感じる。
 絶対許さん。追いついて乗り込んだら、すぐにでも説教してやるのに。
 真後ろから砲撃魔法をぶちかましてやりたい気分に駆られながら、俺は尚も足を動かし続けた。しかし、だんだんと足の動きが鈍ってきて、腿の辺りの感覚が薄れてくる。
 ちくしょう、止まれ! 止まれ! 止まれ!
「止まれええええええええっ!」
 その時だった。
 バスのブレーキランプが光るのを見た。
 まさか、俺の叫びが届いたのか。
「ひろしさん! 信号が赤ですよ!」
「うおおおおおっ!」
 最後の力を振り絞り、俺は全速力で駆け出した。
 バス通りからは海が近く、潮の香りが俺の疲れを少しだけ癒してくれるようだ。風向きも俺に味方してくれているみたいだし。
 今度こそ。
 そして俺は、遂にバスの乗降口に辿り着いた。
 がくがくと震える膝を押さえつけながら、俺は乗降口のガラスを叩く。車内を覗き込めば、なのはと恭也が何事かとこちらを見ていることにも気が付いた。
 バスの運転手が俺の方を向く。
 早く、早く開けてくれ。
 しかし、運転手は白い手袋を嵌めた手で前方を指し示し、届かぬ声を発しながら口を動かしていた。
「……バス停から……乗ってください?」
 信号が青になり、三百メートル先にあるバス停へ向けて、無情にもバスは発進した。
 間違いない。あのバスの運転手こそが俺の宿敵だ。敵意を感じる。
 絶対許さん。俺に力があるのならば、今すぐにでも断罪してやるのに。
 真後ろから大型集束魔法をぶちかましてやりたい気分に駆られながら、俺はその場で呆然としてしまった。すると、先のバス停で停車していたバスも動き出して行ってしまった。
「ひろしさん……お、お疲れ様です」
「お、おお、おおおおお…………」



 家の近くの公園。空はすっかりと夕暮れ模様だ。
「今日という日が、終わった…………」
「切ないっすねぇ」
 ベンチに座りながら、砂場に残された遊具を見つめる俺。
 もしかして俺って、原作介入をしてはいけないんだろうか。ここまで原作に拒絶されるとは。
 今頃、なのははフェイトとの初バトルを終えて、傷ついた体を介抱されているところなのだろう。
「ひろしさん、次のなのはとフェイトのバトルなんですけど」
「いいよ、もう。俺、しばらく休もうかな」
 そんなに原作に嫌われているなら、いっそのこともう、この世界で普通の人間として生活しちゃおうかな。
 普通に学校行って、普通に進学して、普通に就職して、普通に年老いて。
 彼女とか出来るかな。出来るといいなぁ。
 フェイトに似た子がいいなぁ。金髪のツインテールで、綺麗な瞳に悲しさを抱いていて。
 母親と上手くいってなくて。でも、俺が相談に乗ってあげて、その子のお母さんに頭下げて、交際を認めてもらって。
 お互いに名前で呼び合っちゃったりして。
 フェイトちゃん。
 セイバくん。
 結婚して。
 子供も出来て。
 とりあえず、嫁は九歳で。
「えっへへへぇ」
「ひろしさん! しっかり!」
「ぼぉくぅのなーまえをよーんーでぇー」
 神様に肩を揺さぶられながら、俺はベンチの上で妄言を漏らしていた。
 そんな時だった。
「サイジョウインセイバ、だね?」
 え? 誰だ、その名前で呼ぶのは?
 俺は驚いていた。いきなり声を掛けられたことにではない。俺が呼んでほしい名前で呼んでくれたことに、動揺を隠せないでいた。
 神様も信じられないと言わんばかりの表情で、周囲を見渡した。
 そして俺と神様の視線が、公園の入り口で止まる。
 誰だ。誰かがこちらに歩いてくる。
「いきなり声を掛けてごめん。でも、君にはいくつか訊きたいことがあるんだ」
 夕日を背に受けているせいで、顔はまだよく見えない。
 しかし、俺は知っていた。神様だって気が付いている。
 あの声。あの背丈。あの口調。
 間違いない。
「ま、まさか」
「何でこのタイミングで?」
 それに、彼の右手に握られた杖状デバイスと、威圧感が凛々しくもある立ち振る舞い。
「僕のこと、知っているかい?」
 そいつは言った。
 知っているさ。知っているとも。
 だが、何でお前が俺を知っている?
「まあ、一応こちらから自己紹介をさせてもらおう…………時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」
 黒いロングコートの裾を靡かせて、俺達の位置から数メートル離れた場所で彼は止まった。しかし、夕日が作る彼の影は、俺達の足元を確実に捕らえていた。
 クロノ・ハラオウン。数ある次元世界を管理する巨大組織、時空管理局の局員である。弱冠十四歳でありながら、管理局内でも比較的高位職であるらしい執務官を務める男。
 アニメ第一期では、なのはとフェイトの四戦目に割って入る形で物語に関わるようになるキャラクターのはずだ。彼の登場を皮切りに、物語には時空管理局が関わってくるようになる。
 なのに、何故、今になって登場するんだ。
「早過ぎるだろう! 今日はフェイト初登場のはずだし、第一なんで俺のことを知っている!? 神様!?」
「わ、分かりません!」
「君は神様と話が出来るのかい? 誰もいないみたいだけど……まあいい」
 そう言ってから、クロノは更に数歩こちらに近づいてきた。
 本物のクロノを前にして、俺は思わず後ずさりしそうになった。
「君に訊きたいことについてなんだが、返答次第では、君の身柄を一時的に僕達で預からなければならない」
「身柄を?」
 今、こいつは自分が何と言ったのか、解っているのだろうか。
 身柄を預かるだと。それはつまり、早い話が俺を捕らえようということか。
「はっ」
「何がおかしいんだい?」
「はははっ」
 こりゃあたまげた。時空管理局は、やはり思ったとおりの悪徳組織だったか。
 時空管理局なんて、次元世界の治安維持を唱えてはいるけれど、実のところ極悪集団であることは知っていたさ。
 魔力資質のあるものを半ば強引な手口で自分達の仲間に引き込む姿は、まさに誘拐犯。自分達の組織が慢性的な人員不足に陥っているからと言って、そういったことを平然とするんだ。高町なのはがいい例だ。物語としてはまだ先の展開になるが、彼女の素質を見て使い物になると判断した途端、一般人であるはずのなのはを戦闘に駆り出す。そして自分達の組織に来いと誘う。
 そんな真似を平然とするような組織。そしてそこに属するクロノ・ハラオウンをはじめ、時空管理局の面々。
「腐りに腐った管理局様のお出まし、ってか?」 
「なに?」
「ひ、ひろしさん!?」
「俺が一体何をしたと言うんだ? 理不尽かつ、貴様等の自分勝手な理由でこの俺を拉致しようとするその悪行…………ふざけるのも大概にしろよ」
 そうだ。俺は転生オリ主。
 悲しい運命を変えるためにやってきた男。
 ならば、シリーズを通して悪事を働く時空管理局を成敗するのも、俺の務めじゃないか。
 待ち構える第二期も、第三期も、貴様等管理局が根本から腐っているからいけないんだ。
「変えてやる……そうさ、貴様等の曲がった根性から、叩き直してやるよ」
「どうやら、穏便にはいかないというわけか」
 クロノが僅かに身構えると、神様が慌てて言ってきた。
「ひ、ひろしさん! どうしたら管理局が悪者になるんですか!?」
「黙れ」
「クロノが身構えちゃってますよ! ひろしさんには何も力がないのに!」
「黙れ。ってかそんなにバッサリ言うな」
「でも!」
「大丈夫、俺には力がある」
「え!?」
 そう、俺には力がある。それは、クロノの登場が物語っている。
 奴等管理局は、資質のある人間を自分達の組織に取り込もうとするんだ。
 と言うことは、俺を攫いにクロノが登場した時点で、答えは明白だ。
 俺には、資質がある。
 魔力が無いだなんて間違っていたんだ。俺には、奴等が欲しがる力が隠されているってことだ。 
 そしてその力が目覚めるとしたら、おそらくこの戦いにおいて。
「信じていて良かった。俺だって、原作介入に相応しいだけの力が隠されていたんだ」
「信じてなかったでしょう! さっき思いっきり休むとか言ってたでしょう!」
 喚く神様を横目に見ながら、俺は数歩前に進み出て、クロノと向かいあった。
 見ていろよクロノ。お前をコテンパンにしてやるぜ。
「話し合いで済むならばそうしたい。僕は幾つか訊きたいことがあるだけだ」
「お前の話なんてお見通しだ。しかし残念だが、俺はお前達に連れ去られたくはないし、連れ去られる理由も無い」
 その通りだ。
 そして、俺はビシッと言ってやる。
「俺は、自分の意思にしか従うつもりは無い」
 俺とクロノの間を、長い風が吹き抜けた。砂埃が舞い上がり、激突の瞬間を待つ。
 奴はどう来る? 正面からか。いきなり魔法攻撃か。それとも近接戦闘(クロスレンジ)で攻めてくるか。
 そして、俺の力はいつ解放される? 戦闘中か。いきなり発動するのか。それとも封印解除(リミットブレイク)には時間が必要か。
 心臓の高鳴りが何故か心地良く感じるのは、きっとこの瞬間が俺の待ち望んでいた時だから。
 転生者、砕城院聖刃。
 参るぞ。
「…………理由が無い、か」
 クロノが微笑んでから、鋭い眼光を向けて言ってきた。
「リーゼ姉妹に、痴漢行為を働いたそうだが?」
「なっ!?」
「ひろしさん!?」
 その件でしたか。
 しかし、ちょっと待て。それならば俺にも言い分がある。
「ち、痴漢行為か。ふん……待て、アレには事情があって、アレだ。誤解というやつだ。触ったと言っても、俺は触るつもりは無かった」
「君は、自分の意思にしか従わないんだろう?」
「ふん…………たまには、他人の意思にも従う」
 く、苦しい。どうすればいいんだ。
 俺は神様の方を見ると、彼は地面に膝を突いて四つん這いになっていた。
 愕然としていないで、助けろ。
 どうなる、俺。

 See you next time.



[30591] NEXT5:嗚呼、我が転生人生よ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/07 02:42
 視線は前方へ真っ直ぐに。背筋もピンと真っ直ぐに。周りの空気は張り詰めていて。
 俺は今、非常に息苦しかった。
 硬めのクッション。無機質なデザインのソファーに座って、“奴等”が来るのを待っていた。
 頭上を見上げてみたって、目に映るのは四角い天井に張り付く眩しい照明。余計なもののない、おそらく客人を招く時に使われる応接室みたいな場所なんだと思う。そういう場所なものだから、余計に緊張感が増してきた。
「ひろしさん、落ち着いていれば大丈夫ですからね」
 何が大丈夫なんだよ。神様は俺以外の奴には見えないから、完全に傍観者じゃないか。だからそんな気楽なことが言えるんだっつーの。
 一言だけでも文句を言ってやろうかと思った時、壁と同じ硬質素材で造られたスライドドアが開いた。
 扉から入ってきたのは、クロノ・ハラオウン。
 それと、女性が一人。
 その女性が言った。
「突然呼びつけてしまってごめんなさい。でも、あなたにはどうしても確認しておかなきゃいけないことがあって」
 口調は明るかった。敵意が無いことをアピールするためなのだろうか。
 俺が突然招かれたここは、時空管理局が所有する次元空間航行艦船の中だ。
 そう、原作アニメにおいて、クロノ達管理局員が地球にやって来るために使用していた船、『次元航行艦アースラ』である。
 公園でクロノと出会った俺は、痴漢疑惑を突っ込まれているうちにあたふたとしてしまい、思わずクロノの誘いを承諾してしまったのだ。
 原作介入をすればいずれは乗ることになると思っていたが、本当にいきなりだったものだから、心の準備が追いつかない。本物のアースラに乗り込んだという事実だけで、俺は酷く動揺していた。
「お、お、俺は別にリーゼ姉妹のお尻が触りたかったわけではなくて!」
「僕達が知りたいのはそんなことじゃない」
 俺が座るソファーの前にはローテーブル。そして向かい側には同じソファーが対となって並んでいるが、そこに座ったのは女性だけだった。クロノは部屋の入り口に背を預け、腕組みをしたまま立っている。
「まあ、そんなに固くならないで。そうね、まずは自己紹介をしましょう」
 女性は続けた。
「私はこのアースラの艦長を務める、リンディ・ハラオウンです。提督とも呼ばれてまぁす」
 知ってるよ。時空管理局の次元航行部隊に所属する原作キャラで、アースラの艦長である一面とは別に、クロノの母親でもある女性だろう。俺の原作知識にあるとおり、ポニーテールのロングヘアーとボンキュッボンな熟れたボディー。額に見える四つ星の特徴も一致する。
「えーっと…………砕城院聖刃です」
 目の前にいるのがクロノとリンディであることは紛れもない事実。
 しかし、何故このタイミングなんだ?
 クロノ達時空管理局が登場するのは、原作アニメの第七話。なのはとフェイトが三度目の戦いをした際、暴走しかけたジュエルシードのエネルギーを察知したからだ。そして四度目の戦いにクロノが割って入ることで、なのは達と出会うことになるキャラクター達のはず。
 それが何故、今なんだ? しかも目当てが俺って、どういうことだ?
「あ、あの……なんで俺のこと……を?」
 公園でクロノと向き合った時はあんなに闘志が漲っていたけれど、こうして落ち着いてから改めて対面してみると、どうも萎縮してしまう。まあ、いきなり危害を加えようとか、そういうつもりではないみたいだから、俺もおとなしくしておいてやる。
「ええ。ちゃんと説明させてもらうわ」
 リンディは続けた。
「単刀直入に言ってしまうと、あなたが何者なのかってことについて知りたいのよ」
「…………え?」
 今度はクロノが口を開く。
「数日前に君が痴漢したリーゼ姉妹だが」
「あれは誤解だ!」
「あの二人は僕の師匠なんだが、二人から連絡をもらった。第九十七管理外世界、現地名『地球』に、管理局の存在を知っている者がいる、とね」
 リーゼ姉妹が俺の存在をクロノ達に知らせただと?
 俺は思わず顔を顰めてしまった。あの二人、なんだか知らんが妙なことをしてくれちゃったみたいだな。
「地球の人達は、魔法や次元空間の存在を知らない人がほとんどだ。それなのに、全く魔力を持たない民間人である君が、何故あの二人を、そして管理局の存在を知っているのか。それが知りたい」
「なに?」
 俺の一言に、クロノとリンディがきょとんとした顔で俺を見てきた。
 まあ、そういう顔をしたくなるのも分かる気はするが、今一度俺に確認させてほしい。
 今、クロノは何と言った?
「…………俺に、魔力がない?」
「え? あ、ああ。君には魔力が無いだろう」
 ちょっと待て。それは本当なのだろうか。
 神様の方を見ると、彼は「だから言ったじゃないですか!」と返してきた。
 確かに、クロノが俺の前に現れた理由は、リーゼ姉妹からの報告があったからだ。ってことは、魔力を持つ俺を魔導師としてスカウトしにきたという、一縷の望みは儚く消え去ったわけだが。
 クロノが俺を連れて行こうとするから、もしかしたらと思っていたのに。
 俺には、管理局が欲しがるほどの力が眠っているんだと思っていたのに。
 これでようやく、砕城院聖刃の最強伝説が始まるのだと思っていたのに。
「ほ、本当に無いのか?」
 頼む、嘘だと言ってくれ。
「無い」
「ちょっとよく調べてみたらどうだ?」
「無い」
「ちょ、ちょっとぐらい……ちょーっとぐらい何かあるだろ?」
 クロノは一度だけ大きなため息をついて、それから静かに話を始めた。
「魔力を保有する人や生物には、魔力の源となる器官がある。これを『リンカーコア』と言うんだけれど、ここ、第九十七管理外世界には、リンカーコアを保有している者は極めて少ないんだ」
 そんなことだって知ってるよ。俺は転生者なんだから。原作知識があるんだから。
 なのはみたいに、魔導師としての素質がある奴なんて、地球じゃ滅多にいない。だから地球人は、魔法が使えないんだ。
 だが、俺は転生者だぞ? 転生オリ主だぞ?
 魔法が使えなくちゃ、リリカルなのはの世界に絡み辛いじゃないか。
 何のためにこの世界に転生してきたのか、分からないっつーの。
「お、俺にはリンカーコアは…………」
「無い。計測器で測ったわけではないけれど、でも、君と魔力的な接触(コンタクト)をとろうとしても一切反応が無いから、おそらくそういうことなんだと思う」
「そんな…………それじゃあ、俺って本当にただの一般人じゃん」
「そういうことだな」
「こんな報われない転生オリ主なんて、はじめてだよ!」
 何だかボディーブローを喰らって頭が下がったところで、トドメのアッパーをぶち込まれた気分だ。俺はソファーの背もたれにへたり込んで、天井を見上げた。
 そんな状態でも、リンディは相変わらずの明るい声で言ってきた。
「そう。あなたはただの一般人」
「がぁっふぅっ!」
「なのに、私達管理局の存在を知っている。これって、一体どういうことなのかしら?」
 ぼろぼろな俺の精神は、リンディの投げかけてきた質問によって少しだけ回復を遂げた。
 もう仕方が無い。この際、魔導師としての聖刃は諦めよう。
 考えを改めてみる。現状をよく見てみると、原作ではまだ出てくるはずの無いクロノやリンディが俺と出会っている。リーゼ姉妹に出会ったことも踏まえて考えれば、あの猫姉妹は俺の存在を意識しているということで、第二期シリーズ介入への布石もばっちり出来ている。
 これはこれで、一つの原作介入と捉えるべきじゃないのか。
 そうだ。ちょっとポジティブになろう。原作に関われるんだったら、転生者らしくなれるんだったら、もうなんだっていいや。どうせ転生オリ主としてやって来た以上、悪の組織である時空管理局も俺が根性叩き直してやろうかと思っていたし、ちょうどいいじゃないか。
 そう思ったら、だんだん元気が出てきた。
 よし、だったらここから介入しよう。
 おめでとう、俺! 今日から念願叶って原作介入開始だ!
「…………俺が何故管理局を知っているかだって?」
 含み笑いと共に言い放つと、クロノとリンディが明らかに緊迫したのが伝わった。
「どうやら、俺の正体を明かさなくてはならないみたいだな」
「正体、だって?」
「そう。俺の正体…………それは、転生者だ」
「テンセイシャ? 一体それは何かしら?」
 リンディの声を聞き終えた後、俺はソファーから立ち上がって不敵に微笑んだ。
 転生者とは、お前達原作キャラを新世界へと誘う運命の導き手。
 俺がいるからにはもう大丈夫。お前達を、本来の運命よりもずっと清く、正しく、美しい行く末へと連れて行ってやろう。
「お前達の運命を変える者、とだけ言っておこう」
「どういうことかしら? はっきりと教えてくれない?」
 そんなことをする必要などない。お前達は、俺の手によって真(まこと)の道へと導かれていればいい。
「訳が分からないぞ。転生者ってのは、一体何が出来るんだ?」
 生意気な口だな、クロノ。
 まあ、お前のような頭でっかちで堅物で悪の手先である輩を黙らせるには、その身に俺の凄さを刻み込むしかない。
「お二人さん」
「なんだ?」
「良い事を教えてやろう…………近々、地球で小規模な次元震が起こるだろう」
 そう言うと、部屋の中には更なる緊張が張り詰めた。
「次元震ですって? いや、それよりもあなた…………」
「回避したければ、俺を嘗めないほうがいいぞ。ふっふっふ」
「…………まさか自分を預言者だとでも?」
「転生者だ」
 そうだ。俺は転生者なんだ。
 持ち得た原作知識を駆使し、この先に待ち受ける出来事を把握し、それを俺の強さとして利用する。
 そして俺が正しいと思った道へ、皆を導いてやればいいんだ。
 プレシアの言いなりになっているフェイトの目を覚まさせてやるのもいい。
 なのは達を利用する外道管理局のクロノとリンディ。この二人に本当の正義を教え説くのもいいだろう。
 起こるべき惨事を事前に防ぐことで、自分を周囲に認めさせるのもきっと楽しい。
 やりたいことは、やるべきことは盛りだくさんだ。
 嗚呼、ようやく俺にも運が回ってきた。
「…………君は」
 クロノが険しい顔で言った。
 ふん、そんな顔が出来るのも今のうちさ。
 俺はこれから、転生者としての務めを思う存分堪能させてもらう。
「艦長!」
 クロノがリンディを呼んだ。
 なんだなんだ? 大好きなママにたちゅけてほしいのか?
 外道管理局員は、俺にへりくだれ!
「…………そうねぇ。確かに、放っておくわけにはいかないかもね」
「え?」
 二人の視線が、俺に注がれていた。
 その視線から感じることが出来る気持ちは、敵意に近いものがあった。
「な、なんだ?」
「公園でも言ったとおりだ…………砕城院聖刃、君を自由にさせるわけにはいかない」
「は?」
 どういうことだ?
「管理局の存在を知っていることだけならまだしも、次元震の発生予告までされてしまったんだ。次元震は、たとえ小規模でも大きな危険を孕んでいる。だから君を放っておくわけにはいかない」
 なんかマズくないか? まるでこの会話の流れ、俺が次元震を引き起こすみたいじゃないか。さっきのは犯行予告じゃないんだぞ。
 その時、クロノが公園で言っていた一言を思い出した。
 “君の身柄を一時的に僕達で預からなければならない”。
 ちょっと待て。待ってくれ。
 こいつらに捕まったままじゃあ、俺はなのは達に絡むことが出来ないじゃないか。
 何故そうなる?
「ひろしさん!」
 突然、神様が俺に向かって声を上げた。
「そうか! こういうことだったんですよ! リーゼ姉妹の狙い!」
「え?」
「朝言っていたじゃないですか! リーゼ姉妹は何をしていたんだろうって!」
 だからそれは、第二期シリーズでの企みの下準備だって。
「下準備だったんですよ! 二期での企みをスムーズに進めるための下準備中だったんです! だけど、そこにひろしさんが現れた! 知られてはいけない自分達の存在を知っているあなたが現れた! だからあの二人は!」
「あっ!」
「あなたに企みを邪魔させないため、クロノ達へあなたの存在を知らせたんです! あなたが邪魔さえしなければ、彼女達は原作どおりに裏で糸を引くことになる!」
 要するに、彼女達自身は知らずとも、リーゼ姉妹は結果的に俺の原作介入を妨害しているってことか。
 俺って、もしかしたらあの二人に余計なことをした?
 これはまずい。非常にまずい。
 クロノ達と接触することで、原作介入できました。やっほー!
 なんて言ってる場合じゃない。このままでは、介入と同時にオリ主ライフが終了する。
 どうしたらいい? どうしたらいいんだ!?
「艦長、やはりしばらくの間彼の身柄を」
「ちょっと待ってください!」
 自然と、気持ちは下手(したて)に出ていた。
「俺には家族がいるんです! 生活もあるんです! 学校にも行かなくちゃいけないし、この歳でお父さんお母さんを泣かせたくはありません!」
 へりくだれ、俺!
「しかし艦長! 彼から目を離すわけには」
「お願いですリンディ提督! 何卒ご慈悲を、ご慈悲をぉぉぉぉぉっ!」
「あらあらー。これは一体どうしましょうかねぇ」 
 右手を頬に当てながら、リンディ提督がにこやかに言った。
 


 と、言うわけで。
 翌日の俺は、なんとか無事に学校に通うことが出来ている。今はちょうど、朝のホームルームの時間だ。
 昨日、アースラ艦内において、クロノとリンディ提督と俺の三人で話しあった結果、俺の身柄拘束の話は一応回避出来た。
 次元震の発生予告だって、俺自身が引き起こすわけではないことを説明したところ、リンディ提督はとりあえず納得してくれた。意外と話の分かる人で助かった。
 それでもクロノからの疑いが晴れることはなく、俺は通常の生活を送ることが許される代わりに、一日のほとんどを監視されることとなった。
 その監視役が誰かと言うと。
「今日は転校生を紹介します」
「…………ク、クロノ・ハラオウンです」
 黒い学ランがお似合いだこと。
 顔を引き攣らせながら教壇に立つクロノを見やりつつ、俺は露骨にうんざりした表情を浮かべた。
 この“学生クロノ”というのも、リンディ提督の考え出したことだ。証拠不十分によって身柄拘束にまで至らない俺を、この地球上においてごく自然な形で監視をするためという、至極全うなようでもしかしたら面白半分なんじゃないかというアイディア。
 クロノも案外大変なのかもしれないな。
 俺の隣に立つ神様が、微妙に困惑しているような顔を浮かべていた。
「なんだか、妙な展開になってきましたね」
「本当だよ。このままだと原作とかけ離れていくんじゃねーの?」
「僕としては、そういうのはちょっと嫌なんですけど」
「嫌って何だよ…………そんなこと言ったら、俺だって四六時中監視されるんだから嫌だよ」
 こうして、転生オリ主である俺、砕城院聖刃の妙な原作介入がスタートした。
 学校内では、何処へ行くにしても、何をするにしても、クロノが俺のことをじっと見てくるのでげんなりしてしまう。しかし、周りの先生や友人達には、どうやら“転校生の面倒を見る山田”という風に映っているらしい。
 監視されてばかりというのも癪なので、俺は逆にクロノの様子を監視してやることにした。
 数学の時間。弱冠十四歳でありながら執務官を務めるクロノは、やはりお勉強が出来るみたいで、教師の出題する難問もスラスラと解いて、クラス中を驚かせた。
 歴史の時間。地球の歴史はさすがに知らないことだらけだったようだが、お利口さんよろしく、休み時間に予習をこなすことで、授業にはばっちりついてきていた。
 自習の時間。落ち着いた雰囲気と女受けのいい顔立ち。だけど小柄な体格というギャップが良いらしく、クラスの女子生徒に取り囲まれていた。正直に言って羨ましい。
 体育の時間。分かってるよ。こいつは戦闘もこなせる魔導師なんだから、分かってるっつーの。だから女子生徒もいちいち黄色い声飛ばしてんじゃねーよ。
「まったく、艦長の思い付きにも困ったものだよ。こんな僕の状況を見て、絶対に楽しんでるからな」
「はいはい、そうですかそうですか。モテる男は辛いですか」
 こいつだけは許さねえ。お前は出来過ぎ君かっつーの。なにやらせても完璧で、外見にも恵まれていて、魔導師としても優秀で、お前は何処のオリ主だよ。
 放課後になると、俺とクロノは並んで校門を出た。
 それにしても妙な感覚だ。なのは達の原作キャラと一緒に登下校することへ憧れを抱いている俺だが、いくら原作キャラとは言えクロノと一緒に登下校するとは夢にも思わなかった。
「さて、じゃあこれからは、約束どおり」
「分かってるよ、分かってますよ! アースラに行けばいいんでしょう!?」
 俺の監視はまだまだ終わらない。
 学校生活はクロノがこちらの生活圏に介入していたが、放課後は逆で、極力こいつ等の目の届く範囲内にいるという約束を交わしたのだ。その結果、自宅には晩飯と寝泊りだけで帰るようなものになってしまった。まあ、アースラとの行き来は転移魔法で送り迎えしてくれるということだから、移動時間はあっという間なんだけど。
 俺がリンディ提督に弱みを見せてしまったことも悪いのだが、彼女にはすっかり頭が上がらなくなってしまった。
 艦内にやって来ると、さっそく彼女が出迎えてくれたことに対して、俺は深く頭(こうべ)を垂れた。
 アースラ内にいる間は、目の届く範囲であれば特に厳しい制限もなく、自由に動けることになっている。だが、ぶっちゃけ何もすることがない。
 そうしていると、リンディ提督に呼び出された。
「ちょっと付き合ってもらえないかしら?」
「なんでしょうか?」
 彼女は艦内のとある一室に俺を招き入れた。
「これこれ。地球のお茶なんだけれど、一緒に飲んでみない?」
 やばい。
 彼女が用意したもの。それは、抹茶だった。
 日本の伝統的な茶室を模したそこには、茶を点てる準備が整っていた。
 そう言えばこの人、苦い抹茶にミルクと砂糖をたっぷり入れて飲めるんだよな。
 嫌な予感がする。
 体が自然と嫌がっているのにも関わらず、リンディ提督は楽しそうに笑いながら俺を導いた。
「真似事だけれど、楽しそうでしょう?」
 そう言って彼女は、茶を点てた。
 彼女なりの味付けも、もちろん行われた。
 抹茶の入った茶碗に、角砂糖が放り込まれる度に、俺は心の中で「真似じゃねえだろう。それはお前のオリジナルだろう」と呟いた。
「どうぞ」
 差し出されたそれを、俺は飲みたくない。
 しかし、頭が上がらない俺には、選択肢は一つしかなかった。
 嗚呼、こんな形での原作介入を、誰が想像しただろうか。
「けっ……ごふぉうっ! 結構な、お手前で…………」
 俺はこのお茶の味こそ、俺の転生ライフそのものではないかと思ったのだ。

 See you next time.



[30591] NEXT6:彼等の矛盾
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/10 03:07
「なあ、頼むよぉ」
「駄目ったら駄目だ」
 俺は両手の平を合わせ、顔の前に立てた。
 それなのにクロノは俺と目を合わせることもしないまま、机の上に広げた教科書とノートを使って、次の授業の予習をしていた。
 俺が朝から一生懸命頼み込んでいるというのに、クロノは一向に首を縦に振ってくれない。
「いくら俺の監視をしなくちゃいけないからって、何で学校が無い日までお前と一緒に過ごさなくちゃいけないんだよ」
「僕だって本当ならこんなことはしたくないんだ。でも、君の素性がはっきりとするまでは、こうして監視をするべきだ。最初にそういう約束で落ち着いたじゃないか」
「俺は別に監視されるほど怪しい奴じゃないって。だから今度の連休くらいは俺を解放してくれよ」
 俺がさっきから何を頼み込んでいるのかと言うと、それは数日後に控えている連休のことだった。
 学校でもクロノの目があり、学校が終わればアースラに顔を出さなくてはならない。今の俺にはのんびりと気を休めることの出来る時間が少な過ぎるので、今度の連休期間ぐらいは監視を外してくれと頼んでいるのだ。
 だって今度の連休と言えば、そう、“アレ”が待っているのだから。
「お前だってたまには休みたいだろ? いっつもそんなカチカチ頭でお仕事ばっかりしてたら疲れるだろ? だからゆっくり羽を伸ばしてこいって」
「今、僕の悪口を言っただろ?」
 今度の連休は本当に大事なんだ。少なくとも、管理局に動きを制限されたままでいるわけにはいかないんだ。
 と言うのも、これには転生オリ主らしい理由がある。
 実は数日後に待ち構えている連休は、原作における第五話の話が繰り広げられるタイミング。温泉に行った高町なのはと、ジュエルシード探しをするフェイトが二回目の戦闘を繰り広げるのだ。
 それを事前に知っていながら、転生者が動かない理由なんぞあるものか。
 いや、それよりも何よりも、俺には絶対になのは達についていかなくちゃいけない理由がある。
「さっきからやたらと連休に拘っているけれど、何かあるのかい?」
 ようやく顔を上げたクロノが、俺に訊いてきた。
 あるんだよ。あるから言っているんだよ。
「…………温泉があるんだよ」
「はぁ?」
「温泉に行きたいんだよ!」
 そうだよ、なのは達と一緒に温泉に入りたいんだよ!
 原作知識があると言うのは、時として転生者に恐ろしいまでの苦悩を与えてくる。
 君は知っているか? リリカルなのはシリーズにおいて地味ながらも受け継がれる“お風呂エピソード”の伝統を。
 君は知っているか? 第一期の温泉エピソードには、なのはとすずかとアリサの幼女三人があられもない姿で湯に浸かるということを。
 君は知っているか? 幼女ばかりか、なのはの姉やすずかの姉、それに月村家のメイド二人もお風呂でポヨヨンムフフだということを。
「いいか、クロノ。よく聞け…………アニメの世界にやって来た転生オリ主ともあろう俺が、そういう極めて重要かつビッグなイベントに参加しないなんて有り得ないんだよ。『主人公』と『美少女』と『温泉』。こんな要素が揃ったら、もういくしかないんだよ。それがオリ主だろ? いや、男だろ? 主人公がロマンを追わないなんて、そんな物語がこの世にあって良いわけがないんだよ。そんなことをしてみろ。俺は、“シナリオ殺しのセイバ”となってしまう」
「…………君」
「掴めるチャンスはこぼさず掴めよ! 拾える幸運は逃さず拾えよ! 望める願いは余さず叶えろ! それが転生オリ主、砕城院聖刃なんだよ!」
 クラス中の誰もが、こちらに視線を注いでいた。
 ちょっと待てよ。今の台詞、すげえ良かったな。主人公っぽいゲキアツワード満載だったじゃないか。見てみろよ、クラスの誰もが俺の言葉に胸を打たれているみたいだぞ。
 なんかもう一回ぐらい熱弁したいな。今の台詞は家に帰ったら復唱して覚えとこう。絶対にいつか使える。
「あのなぁ…………アニメとか、主人公とか、オンセンとか、君が何を言っているのか、僕には全然分からないんだけど」
 なんだよー。確かに事情を知らない奴には説明するのも難しい話ではあるんだけどさぁ。ちょっとぐらい解ってくれたっていいだろーがよぉ。
 だからお前は「空気読め!」って言われるんだろーが。
 ああ、それにしてもさっきの台詞やっぱり良かったな。俺ってばようやくオリ主らしさが出てきたんじゃねーの? 
「とにかく! 俺は温泉に行かなくちゃいけないんだ!」
「許可は出来ない」
 こいつは! 
 その時、予鈴が鳴り、教師が教室に入ってきた。
 仕方ない。この話は次の休み時間にもう一回するしかないな。
 席に座り、机の引き出しから教科書を取り出していると、神様が近づいてきて言った。
「なかなかクロノもオーケーしてくれませんね」
「んー、もういっそのこと、あいつも一緒に温泉に連れて行こうかと思ったんだけどさ」
「あ、考えてたんですか? そんなこと」
「まあな。でも、神様は嫌なんだろ?」
「え」
「原作が大きく改変されること」
 そう言ってから神様の顔を見ると、しばらくポーっとしたまま固まっていた神様の表情が、徐々に明るくなっていった。
「ひろしさん……」
 俺に気遣われるのがそんなに嬉しいのか? 変な神様。
 もちろん俺にだって、原作に介入して存分に自分の人生を堪能したいという欲求がある。 
 けれど、転生した俺には原作キャラを圧倒できるような力があるわけでもないし、今までのことを振り返ってみても、原作に嫌われているとしか思えないくらいに、俺の思惑はことごとく失敗している。
 もしかしたら原作そのものには、本来の流れ通りに進もうとする意志があったりするのかなと思ってしまうほどだ。
 それに、神様の言う「極力原作の流れを崩したくない」という考えも、分からなくはないのだ。
 矛盾しているということは自覚している。原作介入を熱烈希望する一方で、原作改変に対して抵抗を感じている自分自身はおかしいだろう。
 実を言うと、何故そんな抵抗感があるのかはよく分からない。
 不思議な感覚だった。改めて考えてみても訳の分からないことなのだが、俺はこの“原作尊重主義”とも言えるような考えを、失いたくない。
 心ではなく、もっと根幹の部分に。まるで細胞一つ一つに刻まれた記憶であるかのように、原作尊重という想いが俺の中にあることを自覚していた。
 そして俺は、そんな自分に似ている人物を知っている。
 それは、今、目の前にいる神様本人だ。
 原作の流れが大きく変わることを嫌い、そのために俺を凡人として転生させた神様。
 しかし、彼は言った。物語に待ち受ける悲しい運命を変えてくれ、と。俺に原作介入をするように促す彼の言葉は間違いなく矛盾している。
 だからだろう。なんだか俺と神様は似ている。最近、そう思ったりするのだ。
 この不思議な感覚は、一体なんだろう。
 あれ? 不思議な感覚と言えば、もう一つ。
 俺の中のずっと奥にいる、真っ暗な世界の先にいる、もう一人。
 お前って…………誰だっけ?
「山田!」
「あ、はい! え? あれ!?」
 既に始まっていた授業。
 俺は、教師に指名されていたらしい。
「何ぼーっとしてるんだ? 答えられんのか?」
 なんてこった。まさか問題を出題されているとは気が付かなかった。
 先生の出した問題って何だ?
 俺は思わずクロノの方を見てしまった。
 すると彼は、呆れ顔を浮かべたまま、こっそりとノートを広げて俺に向けてくれた。
 まさかそれは回答か? ナイス、クロノ! 
「ほら、松尾芭蕉の代表的な句を一つ、言ってみろ」
「掴めるチャンスはこぼさず掴めよ! 拾える幸運は逃さず拾えよ! 望める願いは余さず叶えろ!」
「芭蕉はそんなこと言わねーよぉ、山田。廊下に立っとれ」
 教室中から笑い声が聞こえ、俺は唖然としてしまった。
 そんな中でクロノを見ると、奴は肩をヒクヒクさせながらずっと俯いていた。
 あんの野郎。
 隣を見ると、神様までもがそっぽを向いて腹を抱えていた。



 放課後、いつも通りに俺とクロノはアースラ内にやって来た。
「お前は俺のことをバカにしてるのか!?」
「い、いやあ……くっくっく! ま、まさか本当にノートの通りに答えるなんてふくぐっははは!」
 いつまで笑ってるんだコノヤロウ。横を見れば神様もいまだに笑い続けている。
 それにしても、クロノがあんな冗談をかます奴だとは思わなかった。いつもは冷静で堅物人間のくせに、いきなりあんな一面を見せるなんて不意打ちにもほどがあるだろう。
 クロノは俺の顔を見る度に笑いがこみ上げてくるようで、授業が終わってからずっと、こちらをあまり見てこない。
 そして今でも視線は真っ直ぐと、廊下の先に固定されたままだ。
 そんな状態のまま、クロノは言った。
「あれ? …………どうやら艦長に呼ばれたみたいだ。ちょっと行ってくる」
「あっそ! とっとと行ってこいよ!」
 クロノが立ち去って行くのを見届けた後、俺はアースラ内にある食堂へと向かった。
 ここ、アースラ内にある艦内食堂は、毎日の監視に疲れた俺にとっては憩いの場であったりするのだ。
 アースラ内って退屈なんだよな。やることないんだもん。それにリンディ提督がお茶に誘ってくれることはあるけれど、基本的にこの船の中にいる人達は皆仕事中だからな。やることなくてフラフラしている奴なんて、俺くらいなものだろう。
 そういう時、俺は大抵食堂に行くことが多い。原作アニメでもアースラ内の食堂は何度か出てきたけれど、実際に食べてみると意外と美味いんだよな、ここの料理。
 今日も食欲をそそられる料理に手を伸ばし、次々とトレーに乗せてから席に着いた。
 俺以外に食事をしている管理局員がいないので、俺は黙々と食事を始めた。一人だと退屈ですぐに食べ終わってしまうのだが、神様を話し相手にするわけにもいかない。だって人目を気にせずに神様と話してると、独り言をぶつぶつと言っている風にしか見えないから。だから学校などでも、神様と話すときはわりと気を遣っているのだ。
 そんなわけで、俺はいつも通りの静かな食事を楽しんでいた。
 すると。
「ここの席、いい?」
 突然声を掛けられた。
 前を見ると、そこにはコーヒーと茶菓子を持った管理局員が一人立っていた。
 誰だ? 周りの皆は一生懸命働いているというのに、暢気に茶をしばこうなどとしている輩は。
 俺は眉間に皺を寄せ、思いっきり睨みをきかせながら「てめえ、仕事しろ!」とでも言いたげな顔を上げた。
 その視線の先には、若い女性局員がにっこりと笑いながら立っていた。
「ちょっとお邪魔するね」
 それは、エイミィ・リミエッタ。
 彼女はクロノよりも背が高く、そしてそれなりに成長を遂げている若いボディーが“年上の女”を感じさせる。かと思えば、短い髪と眩しいくらいに晴れやかな笑顔には幼さがあって、見ているこっちの胸を温かくしてくれるようだ。管理局員制服の姿というのも、働く女性をイメージさせてくれるのでなかなか良い。
「皆が一生懸命働いてるのに、私はちょっとお茶でもしばこうかなーなんて!」
「息抜きは誰にでも必要でしょう。全然オッケーっすよー。むしろ働いてばかりいたら、いざって時に疲れちゃっていい仕事出来ませんよ」
「さっすがひろし君! 解ってるねー」
 エイミィは可愛い。
 実はこのアースラに乗ってみて、その事実に気が付いた。
 エイミィは、それほど魅力的にも感じなかった女性のサブキャラクターだったのだが、今、こうして同じ世界の住人として接してみるとこれがまた可愛いんだよなぁ。それこそフェイトにも引けをとらないくらい。
 そもそも、アニメの世界は最高すぎるだろう。
 リンディ提督は、子持ちとは思えない色気ムンムンの美人キャラだし。エイミィだって絶対に幼馴染で欲しいと思える人柄だし、そればかりか、神社で出会ったあのお姉さんでさえハーレム要員に加えたくなるほどの美貌だぞ。
 おいおい、この世界はどうなってるんだよ、リリカルなのは。
 って、ちょっと待て。
「…………ひろし、君?」
 俺が訊くと、彼女はコーヒーカップを唇に近づけながら言った。
「そ! 君、本名は山田ひろし君なんでしょ? クロノ君が言ってたよ。学校で出欠確認をしている時、山田ひろしって呼ばれたら君が返事していたって」
 さすがは執務官。素晴らしい洞察力だよ、まったく。
 しかし、それを認めてやるのは悔しい。
「山田ひろしってのは、偽名ですよ」
「でも、君の家の表札には山田って書かれていたみたいだけど」
 さすがは執務官。目ざといくらいの観察力だよ、あの野郎。
「そ、そう言えばクロノのやつ、一体どんな話でリンディ提督に呼ばれたんですかね?」
「ああ、あれ? それだったらたぶん、クロノ君も今頃話を終えて、私達の方に向かってきてるんじゃないかな?」
 彼女がそんなことを言うと、まるで申し合わせたかのようなタイミングで、クロノが食堂に入ってきた。
 クロノはいつもよりも険しさの増したような真面目な顔つきで、俺とエイミィの側まで近づいてきた。
 どうしたんだ? 機嫌でも悪いのか?
 そう思った矢先にクロノが大きなため息をつくものだから、ますますその憂鬱の理由が気になった。
「何だよ? どうした?」
 一言だけ投げかけると、彼はそれを合図としたのか一度だけ深呼吸をして、次の瞬間には表情から暗い影をきれいさっぱり消し飛ばしていた。
「今度の連休は、温泉だ」
「何!? ようやく俺の頼みをきいてくれるのか!?」
 思わず舞い上がった。
「そういうわけじゃない…………」
「何!? じゃあ何なんだよ!」
「…………僕と君とエイミィの三人で、温泉へ行くことになった」
 三人? どういうことだかよく分からないな。
 俺はエイミィの方を見ると、彼女はまたもやにっこりと微笑んだ。
「えっとー…………どういうことですか?」
「実はね」
 クロノとエイミィの二人から聞かされた話の流れとしては、次のようなものだった。
 まず、次元航行艦アースラは、諸事情により現在いる領域から一度離れなけらばならないということ。離れなくてはいけない理由を尋ねたところ、別の次元空間において調査任務があるのだと言う。
 しかし、俺の監視を中断することも出来ないらしい。リンディ提督は、俺に対してそれほど大きな危険を感じていないのだが、かと言って目を離しても大丈夫だと判断するには時期尚早ということで、俺への監視行動は継続されることとなった。これに関しては、クロノの意向も強く出ているのだと思う。
 そして出された結論が、監視役を地球に残したまま、アースラは一度この領域を離れて調査任務に向かうということだそうだ。
 監視役は引き続きクロノ・ハラオウンが担当。更に、執務官補佐であるエイミィが地球に残ることで、話は決着したらしい。
 クロノはもちろんだが、原作におけるエイミィと言えば、アースラ乗組員の中でも要(かなめ)として位置づけられている登場人物だ。
 そんなクロノとエイミィを欠いたアースラが、果たして任務をこなせるのかと気になるところではあったが、クロノやエイミィから言わせれば、「自分達がいないだけで何も出来なくなるのだとしたら、アースラクルーは次元航行部隊として存在する価値が無い」そうだ。
 二人が地球に残ることは決定事項であるとして、何故温泉なのか。
 それに答えたのは、クロノだった。
「実は、僕とエイミィの宿泊先が用意出来ていない」
「そんな理由かよ!?」
 困った表情を浮かべながら、クロノは頷いた。
「地球での停泊準備は必要ないと思っていたからね。そもそも、今回の調査任務自体が急な話なんだよ」
「私達の生活空間としては、アースラがあるもんね」
「君は連休を利用して温泉に行くんだろう? 宿泊施設があるのなら、僕達もそこを利用してしまおうというわけだ」
「ちょっと待て。アースラはいつ帰ってくるんだよ?」
「連休明け」
 見計らったようなタイミングだな。そういうのをご都合主義って言うんだぞ。お前は何処のオリ主だよって話だ。そういうポジションは本来俺の場所なんだっつーの。
 心の中でそうツッコミを入れながら、同時にほっとした。
 何はともあれ、これで温泉エピソードへの介入チャンスが訪れる。クロノとエイミィが加わってしまうという点は予想外だったが、まあ仕方が無いだろう。
 エイミィがお茶を飲み終えると、二人は揃って業務へと戻っていった。
 食堂に残った俺は、食べかけの料理に手を付けながら、神様の方に視線を送った。
 せっかく神様に気を遣っていこうと思ったんだけどなぁ。
「神様、平気なの? 原作とは違う流れで温泉エピソードに突入しちゃうけど」
「ま、仕方ないですよね」
 彼は本当に仕方が無いといった様子で、小さく笑った。
 その笑顔を見て、俺は改めて思った。
 やっぱり、なんか妙なんだよなぁ。
 俺がじっと神様の顔を見ているせいだろうか、神様はそわそわしながら、尋ねてきた。
「あ、あの……なにか?」
「あのさぁ、原作の流れを崩したくないって言うわりには、今回みたいな事態も仕方が無いで済ませちゃうし、そもそも俺を転生させたことだって…………神様の言うことやること、全部が矛盾してるなぁって思うわけよ」
 日中、学校でふと考えていたことを、俺は口にしていた。
 だが、それは俺自身も同じはず。俺だって、原作介入を目指して動いているくせに、密かに原作尊重の考えに賛同している。
 この、言い様の無い矛盾に明確な答えが見出せない。
 そのせいだろうか。
 自分に似た存在である神様が、何か答えを持っているのだとしたら、それを自分自身の答えとして当て嵌めたい。そんな風に思っているから、俺は神様にこんなことを訊いているのかな。
「えっとぉ…………」
 神様は、そっと俺の隣に腰を下ろした。
「好きだから、でしょうか?」
「へ?」
「原作が好きだから、それが改変されるということにある種の恐怖を感じているのかも知れません」
「…………自分が好きなものはそのままであってほしい、ってこと?」
「そうですね。そういうことです。原作の、本来の流れそのものに納得をしているから、それが否定されることを恐れている…………でも、原作が好きであるからこそ、自分が悲しいと思う展開を変えたい、救ってあげたい。そういう思いもあります」
「えーっと」
 結局それは、ワガママでしかないわけだ。好きなものは好きなんだけど、だからこそ、こうあってほしかった部分を無理矢理自分の思い通りにしようというワガママ。
 それは見方を変えれば、好きなものへの反逆とも考えられるじゃないか。
 愛するが故の対立、か。
 けれどそれは。
「それは、すごく勇気のいる、大変なことだと思うんです」
「…………そうかも、な」
「僕があなたを転生させたのは、きっと一人じゃ怖いからです。勇気が足りない、と言うべきでしょうか」
 隣に座っていた神様は、きちんと座り直して、改まった態度を見せた。
 そんな彼の様子に少し動揺した俺は、神様の目から視線を逸らせずに固まってしまった。
「だからお願いです…………僕に出来ることは少ないかも知れないけれど、この物語に待ち構えている悲しい展開を一緒に救ってほしいんです。お願いします」
 それは、彼に初めて会った時にも見たことのある、真剣な眼差しだった。そう、神様が初めて、俺に原作を変えてほしいと頼んだ時の眼差し。
 成し遂げようとしていることは、自分勝手なワガママだ。結局神様の矛盾に対しても、自分自身の矛盾に対しても、答えなんて見つかっていない。
 だけど、俺は不思議なほど自然に、頷いていた。
 俺が神様の話に理解を示してしまうのは、俺達が似ているからなのだろうか。
 いや、似ているなんていう単純なことではないのかも知れない。
 ただ、今はいくら考えたってさっぱり分からない。
 一つ確かなのは、俺も神様も、原作が好きなんだということ。
 今は、それだけでもいいだろうか。
 

 See you next time.



[30591] NEXT7:差し伸べられる救済
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/11 21:33
 えイミィさんの柔らかくて優しい手の温もりが、俺の体を滑っていった。
「う、くぁ……!」
 思わず背筋が震えた。脊髄を駆け上がって伝わるその感触に、脳が麻痺してしまいそうだ。
「ねえ、もうすぐで出そう?」
 意識を保つことさえも難しい。
 息が掛かるほど近いところから、甘い香りと共に彼女の囁きが耳に届く。それがまた新しい刺激となって、俺の体を更に沸き立たせる。
 呼吸が荒くなってきた。恥ずかしいほどに大きい呼吸音は断続的で、彼女の手が絶え間なく動き続けることによって、その間隔を徐々に縮めていった。
「はぁ……は……はぁあっ!」
「早く出しちゃったほうがいいよ。すっきりするから」
 待ってくれ。それ以上されたら、本当にもう止められない。
「エ、エイミィさん……俺、もう…………」
 何かが俺の奥底から込み上げてくるのが分かった。
 解放感を求めて、爽快感を目指して、細くて暗い道を駆け上がってくる“それ”が、ゴールを目指して一直線に俺の体を突き抜けてゆく。
 止まらない、止められない、極限まで堪えた先にある楽園を目指して。
「早く出してスッキリして。ねえ、ひろし君」
「だめだ……出る! で、出るぅっ! あ、ああああっ!」
 俺は、口にあてがっていたビニール袋の中へ、盛大に“それ”を吐き出した。
「うお! うおごぉっ!」
「どう? 全部出た? まだ出る?」
「まったく君ってやつは…………酔い止めの薬は飲まなかったのか?」
 エイミィさんに背中をさすられる俺の隣で、クロノは呆れたような声でそう言った。
 酔い止め薬だって? そんなものは飲んでいないよ、チクショウ。
 俺とエイミィさんとクロノの三人は、温泉に向かうバスの中にいた。
 先日決まった予定どおり、リンディ提督率いるアースラ一向は任務のために地球を離れていき、俺の監視役としてクロノとエイミィさんだけが地球に残った。そしてアースラが戻ってくるまでの間、俺達三人は海鳴市にある温泉宿へ泊まることとなったのだ。
 父さんと母さんには、「友人と一緒に受験前の旅行に行く」と言い訳をして出てきている。その際に両親から突っ込まれたのが温泉の宿泊費だったのだが、それに関しては時空管理局が全額支出してくれたので問題はない。
 しかし、アニメの世界も実際に来てみるとシビアだなぁ。旅費の心配されるとか、そんなオリ主聞いたことねえよ。
 そんなことよりも、クロノやエイミィさんという予想外のメンバーを加えることになってしまったのは確かだが、何とか原作介入のチャンスにありつけたのは素直に嬉しい。
 それに原作介入の話は別にして、エイミィさんのような可愛い女性と一緒に温泉旅行に来れたというだけでも、俺としては満足している。
 それなのに、まさかバスの中で乗り物酔いを起こして嘔吐するとは、俺の転生人生最大の不覚になり得るやも知れんな。やっぱり浮かれ過ぎていたのが原因か。山道を走るバスの中で、海鳴名産塩大福なんぞをパクパク食べたのがいけなかった。
「…………クロノ、余った大福食べていいぞ」
「そんなもの見せられて、食べられるわけがないだろ」
 エイミィさんは苦笑しながらも、まだ背中を擦ってくれていた。
 嗚呼、こんなマーライオンみたいな転生者にも優しいエイミィさんとか、どんだけ女子力(じょしりょく)高いんだよ。
「あ、あとどれくらいで到着なんだ?」
「あと一時間くらいって話だけど」
「じゃあもう一回吐いとこ」
「君、バスを降りてくれないか?」
 俺は袋を再び口にあてがった。
 そうして出るものもすっかりと無くなった頃、遂にバスは目的の温泉宿へ到着した。
 やって来たその旅館は、建物の外観こそ年季を感じさせる古さがあるものの、丁寧な造り込みと隅々まで行き届いた手入れがよく分かる、高い品格を感じさせる場所だった。
 入り口を潜ると、仲居さん達が爽やかな笑顔と共に迎えてくれた。
 エイミィさんが受付手続きをしている間、俺は旅館内をぐるりと見渡してみた。
 他の客は少ないのか、それとも外へ出ているのか、あまり人の姿はない。
 そして、高町なのは一向の姿も。
 しかし待てよ。俺は原作アニメの内容をよく思い出してみた。思い出してみたと言っても、入浴シーンばかりがはっきりと浮かんでくるだけで、あいつらが他に何をしていたのかなんてどうでもよくなってきた。
 そうだな、うん。まずは風呂だろう。たまには俺もゆっくりしないとな。
「部屋はこっちだってよぉ」
 エイミィさんと仲居さんが先頭を歩き、俺とクロノはその後ろに続いて、肩を並べて歩いた。
 ちらりと後方を見ると、ちゃんと神様もついてきている。神様はにこにこと笑いながら、旅館の様子にすっかり心を弾ませている様子だ。
 その時だ。ある部屋の前を通りかかった時、襖の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 足を止め、耳を澄ませてみると、小さな女の子の声が複数。
「ん? ひろし、どうした?」
 何を喋っているのかは聞き取れないが、声質の聞き分けには確かな自信を持つことが出来る。
「ひろし?」
「この声、間違いない」
 しかし、もう一つくらい決定打があってもいいな。
「…………この匂い、なのはかも知れんな」
「よく分からないけれど、なんか気持ち悪いな、君」
 よし、なのは達がどの部屋にいるのかは分かった。とりあえず今は、この場を去ることとしよう。
 宿泊する部屋へと辿り着いた俺達はそれぞれの荷物を部屋に入れた。と言っても、エイミィさんだけは部屋が別室だった。
 何故かとクロノに尋ねたところ、「当たり前だ」と返された。
 くそっ。何が悲しくてコイツと同室なんだっつーの。
 まあいい。せっかくの温泉なんだし、とにかくまずは風呂を堪能することから始めよう。
 俺が荷物を開けて風呂の支度をしていると、クロノとエイミィが不思議そうに見てきた。
「え、なに?」
「これからシャワーを浴びるのか?」
 そうか。もしかして、異世界出身だと温泉っていうものに馴染みがないのか。
「シャワーって言うか、温泉だよ。日本の大衆浴場だ。こういうところに来たら、まずやることって言ったら風呂だろ」
「へぇー」
 すると、俺に倣って二人も風呂の支度をし始めた。
 待てよ? 二人ともこの文化に馴染みがないんだよな?
 これは使えるぞ。日頃の恨みを晴らすチャンスだ。見ていろクロノ。貴様には絶望を食らわせてやる。
 俺は、自分でも分かるほどに意地の悪い笑みを浮かべていた。
 支度を終えた俺達三人は、さっそく温泉へと向かって歩く。そして辿り着いたのは、男女に分かれた暖簾が掛かっている、大浴場への入り口。
「じゃあ私こっちだから」
 俺達はそれぞれ暖簾を潜り、脱衣場へと向かった。
 やっぱり、旅館の入り口で感じたとおり、宿泊客は少ないのかな。脱衣場には俺達以外の客の荷物が見当たらない。
 さっそく服を脱ぐと、クロノも俺に倣って服を脱ぎ始めた。初めて触れる異文化での習慣に戸惑いを隠せないのか、ボタンを外す手が何だかぎこちないみたいだ。
 こうしてみると、貴様もまだまだ子供よのう。
 俺はパンツを脱ぎ捨て、ポコチャン全開状態で大浴場の入り口を開いた。
 ふと振り返ると、俺の後ろに続くクロノは、腰にタオルを巻いていた。
「みっともない奴だなぁ! タオルは外せ!」
「そ、そういうものなのか?」
「当たり前だろ! 男がポコチャンに自信を持たなくてどうする!」
 渋々と言った様子でクロノはタオルを外した。
 どれどれ。ほう、なかなかのデバイスをお持ちじゃないか。俺は自分のデバイスと見比べながら、クロノに対する復讐の方法を考えていた。
 どうしてやろうかなぁ? 真面目でクールだというクロノのイメージを完膚なきまでに打ち砕く良い方法は何かないだろうか。俺の希望としては、クロノを知る周りの連中が、「えー! クロノ君ってそんな人だったのー!?」とか思うような方法がいい。考えとしては、女湯に聞こえるくらいの声で「おいクロノ! 風呂の中でションベンすんなよー!」と叫ぶのが、何気にダメージのでかい方法だと思う。
 あれこれと考えを巡らせていると、クロノがさっさと露天風呂の方に向かっていくのが見えた。
「へぇー、屋外にも風呂があるのか」
 これはチャンス。飛んで火に入る執務官とはよく言ったものだ。
 俺はすぐさまクロノの後に続き、外へと出て行った。
 すると、俺が声を上げるよりも早く、男湯と女湯を分ける仕切りの向こうから、エイミィさんの声が聞こえてきた。
「クロノ君、ロテンブロってすっごく気持ちいいねー!」
「僕もこれから入るところだよ。でも確かに、青空の下で風呂というのもいいな」
 向こうにはエイミィさんか。よっしゃ。舞台も役者も揃ったぜ。
 では、元気よく。
 と、その時だった。
 声を上げようとした俺は、露天風呂の片隅にある、“禁忌の園”へと続く道に気が付いてしまった。
 なんと、仕切りの末端が岩壁になっているのだ。人口素材で出来た仕切りが二分する露天スペース。しかし、その仕切りの末端に天然の巨大な岩で作られた壁がある。
 まさか、こんなにも無防備な造りにお目に掛かれるとは思わなかった。
 ひょっとして、登れるんじゃね? そんでもって覗けるんじゃね?
 いや、だが待て。さすがに女湯覗きはまずいんじゃないだろうか。ただでさえ俺は、リーゼ姉妹の策略によって痴漢者扱いされてしまったことがある。
 そんな俺の勘が言うのだ。登ってはいけない。登ってしまったら、あの岩壁を越えてしまったら、今度こそ、ただでは済まない状況になるぞ。
 嗚呼、だがしかし。
 向こうにはあのエイミィさんが。
 ふと、横を見ると、神様が表情を引き攣らせていた。
「あ、あの……つかぬことをお伺いしますが、まさか何か企んでますか?」
「ふっ…………いや」
 そうだ。リーゼ姉妹の時だって、そうだったじゃないか。
 俺は神様の制止を振りきってしまったが故に、リーゼ姉妹の罠にかかってしまったんだ。
 それなのにまた同じ失敗を繰り返すというのか? 
 そんなことになったら、本当のバカだ。
「なあ、クロノ」
「え?」
 そうだよ。そんな愚かな行為、俺には出来ないよ。
「あのさ…………」
 そうだ。女湯覗きなんて、愚かで下衆だ。
「あの岩壁の向こうに、もっと良い風呂があるんだよ」
 だから貴様が行けぇ! 貴様がエイミィに嫌われてしまえぇ!
「あんなところを登るのか?」
「日本は昔からな、“働かざる者食うべからず”と言って、苦労をしなくちゃ、良い思いは出来ないのさ」
「なるほど、良い言葉だな」
 俺がしつこく勧めると、クロノもだんだんその気になってきたのか、遂に岩壁に足をかけた。
 よっしゃあ! これでクロノも痴漢の仲間入りだ! 『覗き魔クロノ ~淫欲の執務官~』と題してからかってやる!
 疑いもしないまま、クロノは岩壁を登っていき、ついに頂上付近まで辿り着いた。
「ひ、ひろしさん! あんまりですよ!」
 神様の声なんぞ聞いてられるか。今は、覗かれたエイミィさんの悲鳴を聞き取るので忙しいんだ。
 期待を胸に、俺はじっと耳を済ませていた。
 すると。
「え!? うわわわ! クロノ君何してるの!?」
「え? あ……う、うわああああっ!」
 エイミィの存在に気が付いたクロノは、慌てて岩壁を降りてきた。
 ざまーみろだぜ。
「ご、ごめんエイミィ! まさかそんな! …………あ、あの……これはその!」
 困ってる困ってる。
「びっくりしたぁ…………なんだ、クロノ君もやっぱり男の子なんだねぇ」
 え、何? その軽いノリ。
「だからそんなんじゃないってば! もう出る!」
 クロノは、俺を睨むこともしないまま浴室を出て行ってしまった。どうやら相当テンパっているみたいだな。俺の監視任務なんて、全然頭にないんだろうな。
 いい気味だぜ、と、言いたいところだが。
 エイミィさんの反応が思いのほかアッサリとしていて、こちらがびっくりした。確かに普段から明るい人ではあるけれど、裸を覗かれた女の反応って、ああいうもんなのか? それともクロノだから?
 いや、後者は違うと思う。違っていてほしい。
 そうだ。
 きっと、俺が覗いても、同じだ。
「ひ、ひろしさん? …………ひろしさん!?」
 俺はすぐさま岩壁に飛びついた。
「駄目ですよ! ひろしさん! 何してるんですか!?」
 これだ、これだよ。転生オリ主なんだし、こういうのがあってもいいだろうがよ。
 こういうのを待っていたんだよ。こういうのを望んでいたんだよ。
 温泉、来て良かったなぁ。
 さあ、いざ行かん。禁忌の園へ!
 岩壁の頂上に辿り着いた俺は、ひょっこりと顔を覗かせた。思ったよりも湯煙が濃くて、視界が悪い。
 くそ。エイミィさんは何処にいるんだ? あのプリンのようなスベスベプルプルの体は何処に隠れているんだ? 
 思いっきり身を乗り出した。ギリギリまで。この体が伸びる限界まで。
 その時。
「ひろしさん! それ以上は危ないですよ!」
「え?」
 湯煙で岩壁の輪郭が見えなくなっていた。欲張って更に体を乗り出そうとした瞬間、支えにしていたはずの俺の腕は、何も無い場所を掴もうとして、そして。
「うおぉ!」
 こんな展開になるとは思わなかった。
 たった四メートルほどの高さからの落下。だが、それでも死に繋がるかも知れないと思った瞬間、全てがスローモーションに見えた。
 体が真っ逆さまになって、全裸のまま風を切って落下するなんて。これで頭でも打って死んじゃったらどうしよう。転生オリ主なのに、こんな物語序盤で人生を終えてしまうのか。いや、それよりも、死に様が女湯を覗こうとして墜落だなんて。しかも全裸。
 情欲と死の恐怖を同時に味わうなどとは、夢にも思わなかったぜ。
 調子に乗っていた。悪かった。謝るから。
 誰か。
 誰か助けてくれ。
「うあっ!」
 突然、背中が何かに当たるのを感じた。
 露天風呂の床じゃないな。すごく柔らかい。それに、何だか浮いている感じがする。まだ着地すらしていない。
 助かったのか?
 目を閉じてしまっていたから、自分が誰かの腕の中にいるのだと気付くまで、少し時間が掛かった。
 視界に映ったその人は、俺の顔をじっと覗き込んでいた。
「あんた、一体何してんだい?」
 俺はすぐに周囲を見渡したが、そこにエイミィさんの姿はなかった。なんだ、もう風呂を出ていたのか。
 じゃあ、今目の前にいるこの人は。
 赤毛の中に隠された、獣のような耳。それと、鋭い両目の真ん中で光る、額に埋め込まれた宝石のようなもの。半開きの口から微かに見えるのは、鋭い犬歯。
「マ、マジっすか…………」
 彼女の顔を見て、俺の背中に当たっているものにも見当がついた。
 大きくて、柔らかくて。
「もしかして、アルフさんでいらっしゃいますか?」
「な、何であたしの名前を知ってるのさ?」
 彼女が驚くのも無理は無い。だが、原作知識を有する俺には、分かってしまうんだよ。
 フェイト・テスタロッサの使い魔である彼女の名は、アルフ。狼を素体としており、人型と獣型という二つの姿を持つ原作キャラだ。温泉に入っている今のアルフは人型。ピチピチムチムチな、ナイスバディーのお姉さんである。
「あんた一体、何者だい?」
 まさかこんな形で原作キャラに出会うとは。
 確かに原作第五話において、アルフは温泉宿に姿を現している。それは、なのはの様子を窺うためだったはず。
 では、今のアルフはどっちだ? なのはに会う前か? それとも後か?
 くそう、時間軸が分からん。
 いや、この際時間軸はどうでもいい。なのはとフェイトが対決するのは、今夜の話なのだから。
 むしろこれはチャンスだ。そう考えるんだ。
 今、俺はアルフと出会ってしまった。と言うことは、このままアルフと一緒にいればフェイトにも出会える。
 よし、原作介入のお膳たてが揃う。なのはサイドからの介入を考えていたが、こうなってしまったからにはフェイトサイドからの方が楽に介入出来そうだ。
 それに、今ならクロノ達の目も届いていない。
 決めた。俺はアルフについて行く。
「…………お、俺は、転生者だ」
「テンセイシャ?」
「そう、お前達を救うためにやってきた」
 その通りだ。リリカルなのは第一期において、救うべきキャラクターと言ったらやっぱりフェイトだろう。
 悲惨な運命に見舞われた彼女を救うことこそが、転生オリ主である砕城院聖刃の役目。
「救うためって…………あんた、何を知ってるんだい?」
 アルフの目に凶暴な光が宿っていった。
 まずい。思いっきり怪しまれている。
 ここは俺の無害さをアピールしなくては。
「俺を見てみろ。敵に見えるか?」
 アルフが俺の全身を見回し始めた。
 それにしても、こうしてみるとやっぱりアルフも可愛いな。スタイル抜群だし、獣耳だし、尻尾あるし。
 それよりも、裸の男女がこんなに密着していていいのかな。
「…………どうだ、怪しいか? 俺を倒してみるか?」
「“それ”をどうにかしないと、ぶっ倒すよ?」
 とりあえず、大きくなり始めていたデバイスは隠しておいた。
「救うって、一体どういうことだい?」
 なんて答えるべきだろうか。
 そもそも、フェイトがこの物語の中で救われなくてはいけない理由、それは彼女の人生そのものにある。
 大魔導師プレシア・テスタロッサは、過去に一人娘のアリシアを事故で亡くしてしまった。その哀しみ故に、アリシアを蘇らせようと苦心する日々を送る。
 その過程で生まれたのがフェイト。アリシアのクローンである彼女は、プレシアのもとでアリシアとなる予定だった。
 しかし、クローンのはずなのに、アリシアとは違う。外見と記憶以外のあらゆる面において、フェイトはアリシアと違っていた。
 プレシアは、そんなフェイトを「ただの人形である」と言い、やがて自身の手駒として利用し、ジュエルシードを集めるのだ。
 そんなフェイトは、原作第一期の終盤で全ての事実を知り、それでも母を想い、最後は母と永遠の別れを遂げてしまう。
 そんな彼女の運命は、まさに悲劇だ。
 これを救わずして、転生オリ主が一体何を救うと言うのか。
 そうだ。俺の救うべき運命はこれしかない。
 俺は、フェイトを大切に想う使い魔アルフの、心を揺り動かす最も強力な魔法の言葉を発した。
「プレシアの呪縛から、フェイトを救い出してやる」
 この言葉に、お前は求めてもいいんだぞ。
 救済か。悲しい主人に笑顔を捧げるための救いか。
 希望か。優しい主人に安息を捧げるための願いか。
 幸福か。愛しい主人に未来を捧げるための誓いか。
 どれを望んだっていいんだぞ。
 俺は、そのために転生してきたのだから。
「あんた…………」
「どうする?」
 さっきまではあんなに猛々しく俺を見ていた彼女の視線が、少しだけ弱くなった。
「救ってくれるって?」
「ああ。なんてったって俺は、転生オリ主だからな」
「ど、どこでそんな事を知ったんだい? 白状しないと喉を噛み切るよ?」
 正直に言って、今までのパターンから言っても、俺みたいな初対面の奴に素性を知られていたら、絶対に怪しんで敵視してくると思っていた。リーゼ姉妹だってクロノだってそうだったから、今回もてっきりそうなると思っていたんだ。
 しかし、彼女は疑いこそしているけれど、心が揺れている。
 それはつまり、アルフが本当に、心底フェイトを救いたいと願っていた気持ちの表れじゃないだろうか。それこそ藁にも縋る思いでいたのかも知れない。
 そんなに追い詰められていたんだ。
 こりゃあ助けてやるしかないんじゃねーの?
「いろいろな事情の件も含めて、一度話がしたいんだ」
「そ、そんなこと言ったって」
「実を言うと、俺は今、時空管理局に監視されている」
「なんだって?」
 アルフが周囲を睨み回した。
「今は大丈夫だ。管理局も、お前とフェイトの存在に気が付いていない。だが、今ここで俺を逃したら、もう俺と協力関係を結ぶのは難しくなるぞ?」
 その言葉が決め手になったのだろう。
 突然目の前に現れた正体不明の男が、自分達の素性を知っている上で助けてやると言っている。
 しかし、男には時間が無い。
 ならばどちらを取る。
 答えは、決まっているだろう。
「ま、まあ、あんたがどうしてあたし達のことを知っているのかってのも分からないからさ、信用したわけじゃないけれど」
 そうは言っても、突然現れた救済の可能性を、易々と見逃すつもりもないのだろう。そういう本音が見えた気がした。
「とりあえず、怪しいから一度フェイトにも相談してみないと」
「そうだな。それがいいだろう」
「じゃあ、まずはフェイトに会ってもらって話をするか」
 やった。なんかすげえ上手くいった。
 これでフェイトとの接点が出来る。
 ようし、これからが踏ん張りどころだ。
 原作にバシっと介入して、フェイトちゃんをガシっと助けてあげようじゃないか。
「よし、そうと決まればすぐにでも」
「あ、アルフ? 俺の服が脱衣場にあるん」
「フェイトは……向こうの方角だ。よし、すぐにいくよ!」
 俺を抱えたまま、アルフは地面を蹴って飛び上がった。まだ湿った体に当たる風の感触は、全身を刃物で切りつけられるみたいだった。
「ちょっと! あの!」
 俺の悲鳴が聞こえていないのか、それとも無視を決め込んでいるのか、アルフはずっと前を見据えたまま、俺を抱えて海鳴の空を飛んだ。

 See you next time.



[30591] NEXT8:説教
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/17 17:19
 俺を抱えたままのアルフは、しばらくの間空を飛び続けてから高度を下げ始めた。
 どうやら辿り着いたようだ。これでようやく、フェイトと接点を持って本格的な原作介入を果たすことが出来る。
 今までが長かったようにも感じるが、これから訪れる喜びを思えば、ガチガチと音を立てている歯や濁流のように流れ出てくる鼻水も、なんら気になることではない。
 いや、嘘だ。気になるよ。寒いよ。湯冷めした体が重たく感じて、動くのが辛いんだよ。いくら季節的には暖かいと言ったって、風呂上りのまま全裸で空を飛ぶとか、どうかしてるだろう。
 それなのにアルフはずるいよなぁ。こいつだって露天風呂を出発した時はほぼ全裸だったくせに、魔力ですぐさま自分の服を形成して身に着けちゃうんだから。
 俺とアルフがやって来たのは、温泉宿から少し離れた森だった。空から見てみると本当に緑一色となる山中へ、俺達は身を隠すように、静かに降り立った。
「ちょっとフェイトを呼んでくる。あんたはここで待ってな」
 言われなくても、寒すぎて動けねえんだよ。
 そう言ってやりたかったが、俺の口は喋ることすらままならなくなっていた。
 だが、もうすぐで俺の前に現れる。やっと現れてくれるんだ。
 フェイト・テスタロッサ。
 全裸のまま地面の上で凍えている状態ではあるが、フェイトとの出会いを思うと元気が湧き出てくる。
「ふふ…………ふふっふっふふ…………」
「ひろしさん……こ、怖いですよ」
 神様が表情を思いっきり引き攣らせていた。つーか、いたんだ。
「それにしても、いよいよフェイトとの出会いですね!」
 俺は頷いた。
「まずは第一印象だと思うんですよね。ただでさえ第一期のフェイトは、プレシアのためにジュエルシードを集めようと必死な上、アルフ以外の誰にも心を開こうとしない子ですから。こちらが敵意を見せたりしたら、確実に仲良くはなれません」
 もう一度頷いた。
 が、そこで気が付いてしまった。
 第一印象が大事だと? 俺は、もしかしたら今、すごく怪しいんじゃないのか? フェイトに敵意を抱かせてしまうんじゃないのか?
 そう思ったのは、俺が転生者だからとか、突然現れて救ってやるなどと言っているからではない。
 第一印象が大事だと言うのに、俺は今、生まれたままの姿でいるのだ。
 そのことを懸命に、神様に伝えようとした。しかし、すっかり冷え切った体はもう俺のものではないようにさえ感じる。
「あ、ひろしさん!」
 神様がそう言いながら、ある方向に視線を向けた。
 まさか、もう来たのか?
 まずい、まずいぞ。まずいって。向こうから来られたら、俺の現在の姿勢から考えると間違いなく肛門で挨拶することになるぞ。
 そんなことを考えている間にも、フェイト達は近づいてくる。
「頼むよフェイト、一度でいいから話を聞いてみなって」
「でもアルフ、私達を救うって言ったって、私は別に誰の助けも要らないよ。それに、妙に事情を知っている人なんて、怪しくて信用できない」
 どうしようどうしよう。見られちゃうよ。見られちゃうってばぁ。
「まあいいからさ、一度見てみてって…………ああああ! だめだめ! まだ見ないで!」
「え? なあにアルフ? ちょ、ちょっと?」
「絶対こっち見ちゃ駄目だからね! いいって言うまでは後ろ向いてて! あとマント貸して!」
 何だ? もしかして見られずに済んだのか?
 そう思っていると、突然俺の体の上に、一枚のマントが掛けられた。そのマントには少しだけ温もりが残っていて、俺の冷たい体にはありがたいものだった。
 マントを掛けてくれたのはアルフ。おそらく、フェイトよりも先に全裸の俺が目に入ったのだろう。機転を利かせた彼女は、フェイトのマントを俺に被せてくれたのだ。
 俺はすぐさまマントで体を包み、僅かに感じられるフェイトの温もりに身を寄せた。
「あ、あの、ひろしさん?」
 そう、フェイトのマントに。フェイトの脱ぎたてマントに。
 そしてこれが、フェイトの匂い。
 そうこうしているうちに、俺の前にはフェイトとアルフがやって来ていた。
 マントの中から顔を覗かせ、二人を見上げる俺。
 目に映ったのは、間違いなく本物のフェイト・テスタロッサ。レオタードのような衣装と白いスカートを合わせて着る少女がそこに立っていた。トレードマークの黒いリボンと金髪のツインテールだって彼女の証。本来ならば黒のマントも羽織っているはずだが、それは現在俺が拝借しているから、付けていない。
 そして彼女の手に握られているのは、彼女の身長と同じくらい長さがある戦斧。それこそ、フェイトが操る魔導補助機(デバイス)、『バルディッシュ』だ。メタリックブラックを基調としたシャープなフォルムと、先端に埋め込まれた黄色い宝玉が不気味に光っている。
 遂に、遂にフェイトとの初対面。
 俺は感極まって震えていた。しかし、感動しているだけでは、物語は動かない。まずは第一印象を良くしないと。
 俺は、そっと笑顔を浮かべていた。
「…………私のマントを着て笑ってる?」
「ご! ごっ! ごめんよフェイト! まさかこいつがこんな変態だったなんて思わなくて!」
 今、アルフの目が殺意に満ちた瞬間を、俺ははっきりと見た。
 第一印象って、大事だなぁ。



「というわけで、俺はフェイトを助けたいと思って、やって来ました」
 マントを腰に巻いただけの半裸男。それが俺だ。さすがは魔力で構築されたフェイトのマント。これ一枚だけでも、魔力による防護機能が働いているおかげで幾分か温かい。
 フェイトには、俺とアルフが出会った経緯を話した後で、俺自身の目的をはっきりと伝えた。
 しかし、伝えてはみたものの、正直に言ってフェイトが俺の言葉に耳を貸すとは思えなかった。
「悪いけど、あなたの助けなんて要らない」
 ほらやっぱり。まあ、そう言われるのもおかしな話ではないのだ。
 いくら俺に原作知識があると言っても、何でもかんでも話していいとは思っていない。たとえばそれは、フェイトの出生に関しての話だ。
 実はプレシアが作り出したアリシアのクローンであるなんて、フェイト本人に知らせることは出来ない。プレシアは本当の母で、昔はお互いに毎日笑いあえていた親子だった、そんな記憶を埋め込まれたフェイトに、いきなり真実を伝えることはあまりにも酷だ。それ以前に、そんなことを今の彼女が信じるとは思えない。
 そこで俺が選んだのは、アルフと同じ立場をとることだ。アルフだって真実を知っているわけではないが、アルフは、フェイトに冷たい態度を取るプレシアを嫌っている。これは原作設定なのだ。
 だから俺は、そんなアルフと同じポジションに立つことを思いついた。
 フェイトの幸せを願い、プレシアの呪縛から彼女を何とか助けてやりたいと思う存在。
 そういった立ち位置ならば、わざわざ彼女の秘密を語ることもなく味方につけるし、何よりアルフという同志を得ることが出来る。フェイトに取り入ろうとするならば、この辺りから始めるのが妥当だろう。
「なあフェイト」
「アルフがどうしてもって言うから、話だけは聞いた。でも、私は得体の知れないあなたの言うことなんて信じないし、そもそも何から私を助けると言っているのかが分からない。だから、あなたとの話はこれで終わり。帰って」
「だから、お前がプレシアの言いなりになるのは間違っているってことだよ。お前はプレシアに、言い様に操られているんだ」
「母さんの言いなりって? 私は自分の意思で、母さんの望みを叶えてあげたいって思っているんだ。母さんに笑ってほしいから」
「お前がどんなに頑張ってジュエルシードを集めたって、プレシアは絶対に笑ったりしないぞ?」
「何でそんなことがあなたに分かるの? 母さんのことを悪く言わないで」
「お前はプレシアに虐待を受けていて、それでもあの女がいいのか? もっと普通に考えろって。何でそんなに依存するんだ?」
「悪く言わないで」
 なかなかしぶといな。何か、フェイトの心を打つような言葉が思い浮かべばいいのだが。
 彼女のハートをガツンと叩くような、良い台詞が。
「フェイト! 君はもっと自分を大切にしたらどうだ!?」
「あなたに言われることじゃない」
 確かにな。俺のこんな格好を見れば、そう思いたくもなるだろう。
 しかし、諦めない。
 彼女の心を揺さぶるような、良い台詞を。
「フェイト、いい加減に目を覚ましたらどうだ? 自分の過ちに気付くんだ」
「私の母さんに対する想いは、過ちなんかじゃない。あなたこそ目を覚ましたら?」
 言いたいことは分かる。だが、こんな無様な格好ではあるけれど、俺は正気だよ。
 まだまだ、諦めない。
 彼女の目を覚まさせるような、良い台詞を。
「フェイト、君の気持ちはよく分かるよ。俺にも辛い過去があるから」
「嘘でしょう? あなたと一緒にされたくない。それに、私はちっとも辛くない」
 信じてくれないのか。まあ、辛い過去なんて俺にはないんだけど。
 どうしたらいいんだ。チクショウ。良い台詞って、難しいな。
 その時だった。今までじっとしていたアルフが、突然声を上げた。
「それこそ嘘だよぉ! フェイトは、あの女にちっとも想われてないじゃないか!」
「…………アルフ」
「あたしゃ嫌なんだよぉ! なんでフェイトの背中には痣があるのさ! こんなに良い子のフェイトが何をしたって言うのさ! それに…………それに何でフェイトはあの女をそんなにぃ!」
 とうとう泣き出してしまったアルフが、その場に膝を突いて崩れた。
 子供みたいに大きな泣き声を上げながら、顔をくしゃくしゃにして何度も何度も涙を拭う。拭った回数は彼女の悲しみの大きさを表していて、その回数は止め処なく増えていった。
 フェイトはアルフの隣に屈むと、そっと彼女の頭を撫でた。やはり、撫でる回数はフェイトの気持ちの分だけ。いつまでも、何度でも撫でていた。
「アルフ、泣かないで」
「だってぇ!」
「アルフが泣いていると、私も悲しくなっちゃうよ。きっとジュエルシードが全部集まったら、母さんと私とアルフの三人で、皆で笑える日が来るから。それまできっと頑張るから。ね?」
「フェイトォ…………」
 身を寄せ合う二人の隣で、俺はただ立ち尽くしていた。
 しかし、しばらくそのまま動かない二人を見ていたら、俺はいつの間にか踵を返して、背中を向けていた。
 真っ直ぐ歩き続け、目の前に立つ一本の樹と向き合っていた。
 そんな俺を気にしてか、神様がそっと話しかけてくる。
「ひろしさん? どうしました?」
「…………なんでだろう?」
 本当に、何故だろうか。
「今、すっげえ自分がムカつくんだ」
「ムカつく、ですか」
「なんで俺、フェイトにあんな説教垂れてんだ?」
 それは、行き場の無い怒りだった。
 自分の言葉が彼女を動かせなかったということではなく、フェイトに向けて一生懸命に話をしていた自分自身に、突然激しい憤りを感じたのだ。
 こんな想いをしたのは何故だ? 俺は一体、何をしたんだ?
 そんな疑問が湧き起こって、その答えが分からなくて。だから、更に怒りが増していった。
 すると、神様が言うのだ。
「…………人を動かす台詞とか、説教とか、それって、言う人の人生そのものが語るから力があるんじゃないでしょうか?」
「人生?」
「どんなに強力な能力を持っていても、どんなに的確なアドバイスだとしても、どんなにその人を想っていても、言う人に何も積み上げたものが無ければ、それはただ空っぽなだけなのかも知れません…………なんて言ったらいいのかは僕もよく分かりませんが、あの二人を見ていたら、そう思いました」
 俺は、もう一度二人の方に視線を送った。
 まだ泣いてはいるが、ようやく落ち着いたアルフと、彼女をまだずっと抱き締めているフェイト。
 あの二人が交わした言葉。「あたしは嫌だ」、「泣かないで」、「きっと頑張るから」。
 これらの言葉は第三者からすれば、何のことを言っているのかなんて分からない。俺には原作知識があって、彼女達のことを知っているから理解出来るだけで、あの二人の心が読めるわけでもない。
 だけど、端的であった彼女達の交わした言葉には、確かな絆を感じることが出来たし、人の心を揺さぶるような力があったと思う。少なくとも、俺には衝撃的だった。何故なら、自分の過ちを思い知ったのだから。
 俺の知らない、いや、あの二人以外誰も知らない場所で、知らない時間で、あの二人には積み重ねてきたものがある。
 だから互いの言葉は、とても強かった。
 神様が言ったとおり、偉い言葉や説教とかってのは、きっとその人が積み重ねた人生で語るものなんだ。だから人は動くんだ。
 誰よりも優れていたって、決して間違いではないとしたって、どんなに想いが強くたって、それだけでは無力だ。
 俺が自分に対して怒っている理由は、たぶん、自分が無力だから。
「神様…………」
「はい」
「ありがとう」
 俺は決めた。
 本気でフェイトを救ってやろう。
 そのために積み重ねよう。



 時間は過ぎ、空はすっかりと暗くなった。雲に隠れたり、かと思えば顔を出したり。月の無邪気さが窺える夜だ。
 温泉宿から少し離れたところ。流れる小川に小さな橋が掛けられた場所へ、俺達三人はやって来た。
 ここは、原作第五話でなのはとフェイトがぶつかり合う場所。
 とうとう、ジュエルシードを賭けたなのはとフェイトの戦い、第二回戦が始まろうとしている。
 俺達三人は橋の手すりに身を預けながら、小川の中で蒼い光を放っているジュエルシードと向き合っていた。
 ここにやって来るまでの間、俺はフェイトに散々帰るよう言われたのだが、頼んで頼んでひたすら頼み込んで、ようやく仲間に加えてもらった。
 仲間になる条件は、“邪魔をしないこと”、“なるべく近づかないこと”、“極力干渉しないこと”の三つである。
 あれ、なんかそれって仲間じゃない気がする。
 まあいい。とにかく俺は、今、こうしてフェイトと肩を並べているのだ。
「うっはぁ! すごいねこりゃあ。これがロストロギアのパワーってやつ?」
「ずいぶん不完全で、不安定な状態だけどね」
 フェイトとアルフが言葉を交わしている間、俺は周囲を見渡した。
 たぶん、そろそろなのは達がやってくるんじゃないかと思う。
 バルディッシュをジュエルシードに向けたフェイトは、封印の準備に入る。アルフもサポートの態勢をとり始めた。
 さて、これからどうしたものか。
 おそらくなのはとユーのが、間もなくここにやって来る。そして原作どおりに展開するのであれば、なのはとフェイトの戦いは、フェイトの勝利で幕を閉じるはず。戦いの後、なのはに対してフェイトが名乗り、両者は互いの存在を一層強く意識するのだ。
 ならば、転生者である俺の出る幕は? 
 はっきり言って、今回俺の出番は全く無いだろう。介入する余地が無いのだ。
 今後のためにも、少しくらい彼女から信頼を得ておきたいとは思ったが、今は我慢の時。あえて出来ることがあるとすれば、掛け声で応援するくらいだろうか。
 うん、それでいこう。
 まばゆい金色の光を放ちながら、バルディッシュが唸りを上げた。
 いよいよ封印の時。
「封印するよ。アルフ、サポートして」
「へいへい」
「よっしゃあ気張っていきましょ! 二人ともアイトアイトーッ!」
「…………黙ってて」
 バルディッシュからの光がジュエルシードを包み込み、しばらくの間けたたましい音が轟いた。
 しかし、それも徐々に収まると、空中には穏やかで怪しい光を放つジュエルシードが、不気味なほど静かに浮いていた。
 それを細い指でキャッチしたフェイトが、ぽつりと一言。
「…………二つ目」
 その時だった。
 駆け足の音が聞こえたので、俺達は視線を移した。
 するとそこには、白いバリアジャケットに身を包んだ高町なのはと、フェレット姿のユーノがいた。
 遂にお出ましだ。
「それを……ジュエルシードをどうする気だ!? それは、危険なものなんだ!」
 ユーノの勇ましい台詞が聞こえてくる。
 しかし。
「さあねぇ。答える理由が見当たらないよ」
 沈黙するフェイトに代わり、アルフが不敵に返事をする。
 そして言い終えた後、アルフはなのは達を鋭く睨み付け、殺気を発しながら肉体を狼形態に変身させて、夜空に向かって吼えた。
 ここまで原作どおり。ではこちらも予定に沿って、なのはとフェイトが戦い終えるのを待つとしよう。
 フェイトとアルフの邪魔にならないよう、俺は橋の片隅に寄って身を縮めた。
 しかし、その時だった。
「待て!」
「え?」
「なに?」
 なのはとユーノの更に後方から、予想もしていなかった人物がやって来てしまったのだ。
「まさか…………クロノ!?」
 何故奴がここに? しかし、そんな疑問もすぐに解けた。
 今思い返してみれば、クロノもこの温泉に参加していたのだ。ジュエルシードの放つ力と、フェイト達の魔力に気が付かないわけがない。
 しかもクロノは、黒のロングコートタイプのバリアジャケットを身に纏い、銀の篭手に包んだ手で自身のデバイス『S2U』を握り締めていた。思いっきりやる気マンマンじゃないか。
「君達、武器を捨てておとなしくしてもらおうか!?」
 まずい。非常にまずい。
 何がまずいって、あいつの登場というだけでも充分原作とはかけ離れた展開だと言うのに、このまま三つ巴の戦いが始まってしまっては、リリカルなのはという物語自体が終わってしまうかも知れない。
 クロノ・ハラオウン執務官は、非常に優秀な魔導師だ。
 桁外れに魔力値が高い高町なのはと、大魔導師プレシアによって生み出されたフェイト・テスタロッサ。
 クロノはこの二人に魔力量こそ劣るものの、それを補って尚余るほどの技術と経験を持っている。実質、総合的な戦闘力で言えば、なのはもフェイトも、クロノには敵わない。
 それなのに、ここで三人がぶつかり合ってしまえば、クロノが勝利してしまう可能性は高い。
 そうしたらリリカルなのはは今夜が最終回だ。
 だから非常にまずいのだ。
「神様! どうしよう!」
「ど、どうしようって…………とにかく、ここは逃げないと!」
 それは俺だって真っ先に思いついたけれど。
 フェイト達の方を見ると、バリバリ戦闘態勢なんですよね。
「と、とにかく! このままゴチャゴチャの状態で乱闘はまずいと思うんだ! クロノは誰かに狙いをつけているわけじゃなく、この場の鎮圧が目的なんだから! 好き勝手に動かせたら、まとめて一気に仕掛けてきそうだろ!」
「ってことは、この場は分散しなくちゃ!」
 だったらこうするしかない。
「アルフッ!」
 俺はアルフに声を掛けた。
 彼女は視線こそなのは達から外さないものの、尻尾を一度振って反応を示した。
 それを確認した後、すぐさまアルフの隣に駆け寄り、耳元で囁いた。
「アルフ、聞いてくれ!」
「一体何なのさ。戦えない奴は下がってなよ」
「目の前の白い魔導師はフェイトが目的だ。だから、彼女はフェイトに相手をさせよう」
「あんた、何勝手に仕切ってるんだい?」
「聞けって! そんでもってあっちの黒くてチビで偉そうでリア充でオリ主みたいな奴は手強い。フェイトなら接戦も出来るだろうが、白いのと二人同時に相手をさせるのは厳しいだろう。だからあいつはお前が食い止めろ」
 アルフがクロノに勝てるとは思えない。しかし、アルフだってフェイトのためなら意地を見せてくれるだろう。
「…………で、あんたは?」 
 アルフが俺の方をちらりと見た。
「俺は――――」
 そう、俺にも役割があるんだよ。
「――――あのフェレットを完膚なきまでに潰してやるさ」
 クールな口調でそう言い放つと、アルフの鋭い視線がますますきつくなった。
「人間のあんたが、あんなちっちゃい奴を、完膚なきまでに」
「え、いや! 別に相手を見て選んだわけじゃねえよ! 第一あのフェレットは魔法を使うんだぞ! 俺からしたらすげえ強いんだよ!」
「ふーん」
 チクショウ。俺にチート能力の一つでもありゃあ、ここで無双して解決なのに。
 しかし、無い物ねだりをしている場合でもないだろう。
 やるしかないんだ。
 根性だ、俺!
「まあ、様子を見る限りじゃあ、あんたの言う通りにしたほうがいいだろうねぇ…………フェイトにはあたしから念話を送っておくよ」
「おう、よろしく!」
 それから俺がフェイトの方に視線を送ると、アルフからの念話を受け取ったフェイトが頷いて合図した。
「じゃあいきますか!」
「ふん、しっかりとやりなよ。“フェレット相手に”ね」
 何とでも言え。
 緊張で汗が溢れてくる額を一度拭うと、俺の隣で心配そうに見ている神様の姿が目に入った。
 怖いよ。俺だって魔導師相手に戦うのは怖いよ。ましてや俺には魔力が無いんだから。
 だが、やるしかない。
 この三局の戦い、きっちり終わらせてやる。

 See you next time.



[30591] NEXT9:転生オリ主として
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/23 06:06
 静かな森の中。穏やかな月光が降り注ぐ空の下。
 そんな中で俺達が放つ場違いな雰囲気は、明らかに異質だった。
 敵意。殺気。困惑。正義。そして願望。
 それら全てが、この場にいる者達から強く溢れ出ている。
 先に動いたのは、殺気を放つ者だった。
「あたし達の邪魔をするなら、ガブッといくよっ!」
 そう言ったアルフは、身を屈めて両腕を地に着け、四つん這いの姿勢をとった。それと同時に、彼女の体がみるみるうちに変化を見せていく。
 赤い体毛に覆われた四足の身体は猛々しく奮い立ち、白く鋭い歯は山脈のように並び、鋭い眼と眉間の宝玉が月明かりに照らされて怪しく光った。
 狼の姿になったアルフは、爪を食い込ませながら地面を蹴って突き進んでいく。
 それを迎え撃つのは、正義を掲げる者、クロノ。
 クロノは前方にデバイスを構えると、アルフの猛進を正面から受け止めた。
「どうして君達がひろしと一緒にいる!? 彼はこちらの関係者だぞ!」
「なるほど、あんたがあいつを監視している管理局員かい。仕事熱心なところ申し訳ないけどね…………この場はおとなしくオネンネしてな!」
 アルフは咄嗟にクロノのデバイスを咥え、彼の身体ごとデバイスを大きく振り回した。
 浮き上がった体を空中で捻り、デバイスを無理矢理振りほどくクロノ。そして着地と同時に、デバイスの先端でアルフに狙いを定めた。
 間を置くことなくクロノから放たれた魔法弾は、短い風切り音を奏でながら宙を飛ぶ。
 しかし、その魔法弾が彼女に届くよりも早く、オレンジ色の魔法陣がアルフの目の前で壁となり、魔法弾を弾いた。その隙にアルフは再び地を蹴り、獣特有の、獰猛で俊敏で迷いの無い足捌きを見せた。
 喉が鳴り、牙が光る。瞬間的な助走からいきなりトップスピードへと切り替わる身のこなしを見せたアルフは、クロノの喉目掛けて、顎に並ぶ無数の刃をぎらつかせた。
 その時。
 クロノは片膝をたたむと、左掌を地面にあてがって足元に魔法陣を展開。すると、飛び掛かってくるアルフの真下から、青色に発光する鎖がまるで飛翔する龍のように伸びた。
 喉、左前足、右前足、左後ろ足、胴を鎖が捕らえ、アルフを宙に吊り下げる。
「んぐっ!」
「観念しろ。君では僕に勝てない」
 デバイスの先端に魔力光を集めながら、クロノはアルフに狙いを定めながら言った。
「アルフ!」
 思わずアルフのもとに駆け寄ろうと、俺は足を踏み出していた。
 しかしそこへ立ち塞がったのは、この状況に困惑しながらも自らの使命を全うしようとする魔法使いだった。
「君達はジュエルシードが一体なんなのかを知っているのか!?」
 自分達以外にジュエルシードを集める者の存在に、困惑を隠せない彼の名は、ユーノ・スクライアだ。
 高町なのはに魔法の力を与えた人物で、地球内では利便性を考えて小動物のフェレットに変身している、少年魔法使い。
 彼は高い戦闘力を持っているわけではないが、それでも魔力の無い俺からすれば、充分脅威になり得る男だ。 
 そんな彼を前にして、俺は逃げるわけにはいかない状況であった。
「答えろ! あのジュエルシードは危険なものだと分からないのか!?」
「うるさい! 全部知ってるよ! だけどこっちにはこっちの都合があるんだよ!」
 俺が一気に駆け出していくと、フェレットユーノは自分の真下に緑色の魔法陣を開いた。
 さっそく魔法攻撃を仕掛けてくるらしい。丸腰同然の俺相手に、よくもまあ容赦無くやって来るもんだと思う。
 まあ、向こうからしてみたら、俺の素性を知らないのだから当然なのだろうけれど。
 とにかく、明らかに俺が不利である事実だけは変わらないのだから、戦い方の体裁を気にしている余裕は無い。
 魔力の無い俺に勝機を見出す方法があるとしたら、まずは奴に魔法を使わせないことだ。
 俺は声を張り上げて言った。
「ユーノ・スクライアッ!」
「な、何で僕の名前を!?」
「貴様! なのはと一緒にお風呂に入ったな!?」
 そう言い放った瞬間、ユーノが口をあんぐりと開けたまま固まった。しかし、すぐに慌てた様子で弁解を始めた。
「ち、違……! い、いや、何でそんなことまで! あ、いや! あれは不可抗力という奴で! それは!」
「自分がフェレットであることを良い事に、正体が男の子であることを隠して、なのはやすずか、アリサ達の裸を見たな!?」
「きょ、極力見ない努力はしたさ!」
「美由紀や忍の裸も見たな!?」
「あっ! えっ! いや、ああああののそそそれはぁ!」
 ユーノがますます動揺し始めた。
 原作におけるユーノは、なのはと一緒に暮らすことによって様々な面で非常に恵まれているキャラクターだ。
 そして、数ある幸運の中でも、とりわけユーノが恵まれていると思われるシーンがある。リリカルなのはシリーズファンにとって、最も羨ましいと思えるシーンに部類される、「俺と代われ!」と言いたくなるほどのラッキー。
 そう、この温泉エピソードにおける、ユーノの女湯入浴シーンである。
 ユーノはこの温泉エピソードにおいて、原作第一期に登場する女性キャラクターの約七割の人物と共にお風呂に入っているのだ。
「純朴で真面目そうなキャラクターの割には、やることがえげつないな! いやらしい奴め!」
「僕は決していやらしくなんか」
「黙れ! この…………エッチィッ!」
「う、うああああっ!」
 足元の魔法陣を消失させながら、ユーノはがっくりと項垂れた。
 その様子を見ていた神様が、ぽつりと呟く。
「ま、まさかユーノを無力化するなんて…………」
「精神的に追い込むことで動きを封じる。名づけて精神捕縛(スピリチュアルバインド)だ」
 ちょっと前までの俺ならば、このままユーノをボッコボコにしてやりたいと思うところだ。だが、生憎と今は、戦力を失った敵に構っている場合ではない。それよりもアルフのもとに急がなければ。
 自責の念に体の自由を奪われたユーノを尻目にしながら、俺は再びアルフの方を見た。と、その瞬間、腰に巻いたマントが大きく靡いた。
 何かが俺の横をものすごいスピードで飛んでいったようだ。
 大きく捲れたマントを押さえながら、その“何か”を追うようにして視線を動かすと、その先にはバルディッシュを大きく振りかぶっているフェイトの姿があった。
 先ほどまでなのはと対峙していたはずの彼女は、大切な友達に危機をもたらしているクロノへの、敵意に満ち溢れていた。
「アルフを助けに行ったのか!? なのはは!?」
 フェイトとは逆の方に視線を向けると、バリアジャケットのあちこちに傷を付けた状態のなのはが、ふわふわとユーノに近寄っていた。
 なるほど。なのはとの勝負を投げ出して、アルフ救出に向かったわけか。
 間もなくして夜空に甲高く響いたのは、フェイトのバルディッシュとクロノのS2Uがぶつかり合う音。両者のデバイスは、その細身を残像としてだけ残し、驚くべき速度で何度も振り回されていた。
 フェイトの猛攻はまるで木枯らしのように吹き荒ぶ。身を切りつけるように冷たくて鋭い一閃は、あらゆる角度から容赦なく相手の体を狙っていった。
 一撃が届かぬならば、連撃。それでも逃げるのならば更なる追撃。
 対するクロノの攻防はまさに隙間風。たとえどんなに分厚い壁が立ちはだかっていようとも、僅かにある小さな隙を逃さず突く。ぶつかってくるものを流麗な動きで受け流し、確かな道から着実に攻め上げる。
 流れる風に乗る蝶のように。そして、仕留めるための一発を重んじる蜂のように。
 魔法じゃない、純粋な体術による戦いを繰り広げる二人に、俺は心底驚いた。
 特にクロノだ。原作知識の一端として、あいつが“強い”という情報だけは持っていたが、まさかここまでとは。
 しかし、クロノの優勢をのんびりと眺めていられるほどの余裕が俺にあるのか?
 答えは否だ。
 フェイトを助けようと決めたんだ。原作知識を持つオリ主として、この先の運命を知る者として、この先の悲運を救いたいと願う者として、胸を張って彼女を助けることが出来るように。俺は、自分に無いものを積み重ねていこうと決めたんだ。
 そう、フェイトを助けるための、悲しい運命を変えるための、精一杯の尽力を。
 そんな時、フェイトとの激しい攻防を繰り返しながらも、クロノが俺の方をちらりと見ながら言って来た。
「ひろし! どうして君がこの子達と一緒にいるんだ!? 彼女達は何者だ!?」
「クロノ! 聞いてくれ! 彼女達は決してお前の敵じゃない! だから攻撃をやめろ!」
 そうは言ってみたものの、フェイトに攻撃の手を緩める様子が無いので、必然的にクロノの動きも変わらない。
 それでも、徐々に戦況は変化を見せてきている。
 フェイトが押され始めた。いつまで経っても埒の明かない事態を、クロノは何とか抑えたいと考えているはずだ。
 だから、少しずつ戦況を変え始めているんだ。
 そう、あいつはまだ本気じゃない。
「クロノ! 頼むから話を聞いてくれ!」
「もちろん聞きたいが、そうさせてくれないのは彼女達の方だ!」
 まずい。クロノが本気を出したら、いよいよフェイト達がここで捕まってしまう。
 このままフェイトが、誰にも心を打ち明けないまま捕まってしまったら、彼女は原作どおりの救いにすらありつけなくなるじゃないか。
 それだけは駄目だ。彼女の運命を救いたくてやって来たのに、バッドエンドではどうしようもない。
 俺は駆け出した。そして、地面に伏しているアルフに駆け寄った。
 アルフ対クロノの戦いがどうなったのかは分からない。俺は見ていなかったが、たぶんクロノに捕縛された後で魔法弾を撃ち込まれたのだろう。苦しそうに目を閉じながら、アルフは半開きの口から弱々しい息を吐いていた。
「おい! 起きろ、アルフ!」
 体を何度か揺すり、アルフの反応を窺った。
 クロノとフェイトの戦いも長期化させるわけにはいかない。そうなれば、まずフェイトに勝ちはないのだから。
 今一番必要な行動は、この場の脱出だ。そのためにも、アルフにはもう少しだけ頑張ってもらわないと。
「アルフ! 起きろ! 逃げるんだよ!」
「う、うう…………」
 何度か呼びかけていると、なのはとユーノが徐々に近づいてくるのが見えた。
 まずい。俺と今のアルフでは、なのはとユーノに抵抗するのも厳しいかも。
 そう考えていると、なのはが突然言ってきた。
「あ、あの!」
 何だ?
「…………ど、どうしてジュエルシードを集めているの?」
 なのはが、そう訊いてきたのだ。
 そうだよ、そうだったんだ。
「私、どうしてあなた達がジュエルシードを集めているのかが知りたいの。お互い何もお話出来ないままぶつかり合うんじゃなくて、ちゃんと事情を知りたい」
 そうだよ、高町なのははこういう子なんだよ。彼女は、フェイトと分かち合いたいという願望を抱いた少女なんだよ。無防備な俺達を見たって、いきなり攻めてくるような子じゃないんだ。
 助かった。非力な俺達が無理矢理戦うことにはならないみたいだ。
 しかし。
「…………くそっ」
「話を聞かせて。お願い」
 駄目なんだよ。今ここで落ち着いてしまうわけにはいかないんだよ。
 あの時から、俺はずっと考えていたんだ。
 アルフに連れられてフェイトと対面した。俺の口から出る説教の安さを思い知り、一体どういったものが人を動かすのか、どういったものが人を救えるだけの力になるのかも思い知った。
 そしてそれから、ずっと考えていたんだ。
 原作どおりにいけば、なのはとフェイトが分かり合えるだって?
 原作どおりに?
 原作どおりに進めたら、俺なんて要らないじゃないか。
 何のために俺は転生してきたんだ。悲しい運命を救うためだろう。
 フェイトの悲しい運命って、何だ? 彼女が救われていない部分って、何だ?
 フェイトとアルフの絆をこの目で見た後、彼女のために本気で尽力しようとした俺は、一体何をするべきなんだって。漠然としていた俺の役割を、俺は初めて真面目に考えた。
 原作どおりに進めば、確かにフェイトは救われるのかも知れない。母の呪縛から解放されて、笑えるようになって。
 何よりも、高町なのはという友達が出来て。
 でも、それは彼女が最初から望んだ展開なのだろうか。
 違う。原作どおりの展開は、たまたまフェイトにとって良い方向に向かったという結果論に過ぎない。
 フェイトは、もっといろんなことを望んでも良かったんじゃないのか。そしてそれらが叶えられても良かったんじゃないのか。
 彼女が本当に望むこと。
 大好きな人に傷つけられたいわけがない。
 大好きな人に嫌われたくなんてない。
 大好きな人にいなくなってほしいわけがない。
 そう、原作どおりに進むってことは、フェイトが本当に望んでいることを見離すってことじゃないか。
 俺がいるのに。原作にわざわざ介入しようとしている俺がいるのに、そんなこと出来るわけないだろう。
 そう思った瞬間、少し前から感じていた俺の中の矛盾が、とてもちっぽけに見えた。
 なにが原作尊重だ。神様に気を遣って、理由も分からない自意識を大事にして、原作の流れをいちいち気にしていたことが馬鹿馬鹿しい。
 やるべきことが見つかった。転生オリ主としての、本当の役割が見つかった。
 フェイトが幸せになるならば、俺は何だってしてやろう。
 そうだよ。
「…………プレシアだよ」
「え?」
「フェイトを救うってことは、プレシアを救うことなんだよ」
 そう、だから。
 ここでフェイトがクロノ達管理局に捕まるわけにはいかないんだ。もうここまで来ると、この後なのはとクロノはすぐにでも協力態勢に入ってしまう可能性が高い。
 そんな状況でフェイトが向こう側に行ってしまったら、管理局はその立場上、フェイトを捕まえなくてはいけない。
 そうなったら、フェイトが望む幸せを作るのは難しくなってしまう。
 それを思うと、俺は、なのはの問いに答える気にはなれなかった。
 こんなところでなのはとフェイトをどうこうしようなんて考えている場合じゃない。
 プレシアさえ救えれば、きっとフェイトを救える。
 そんな中で俺は、果たしてなのはに絡む必要があるのかという疑問が浮かぶ。
 確かに原作第一期は、フェイトとなのはの物語だけど。しかし、何をするべきかという最終目標が明確なのだから、そこに向かうための道のりは、これから築いていってもいいはずだ。
 そして、その道のりの中に、なのはとの接点は絶対に必要なのだろうか。
「アルフ!」
「なんだい!?」
「逃げるぞ! フェイトと一緒にこの場から離れる!」
 選んだ道は、原作の形を大きく崩すためへの第一歩だった。
 アニメの世界にやって来たから特別だとか、俺が主人公だったらこうしてやるとか、原作に介入して自分の力を見せ付けたいだとか。
 俺は、甘かった。
 ようやくアルフが起き上がると、彼女はさっそく足元に魔法陣を開いて、魔法発動の準備に入った。
「ここから離れられる程度の場所まで転移するよ!」
「よし、それでいい!」
 すぐにフェイトにも知らせないと。俺はフェイトに向かって叫ぼうとした。
 しかし。
「そうはさせない!」
 その声と共に、突然上空から魔法弾が降り注いできた。
 思わず頭を低くしてしまったので、叫んでいられない。
 空を見上げてみると、そこには魔法弾を放った人物が険しい表情で俺達を見下ろしていた。
「ひろし! それに君達全員、この場から逃がすわけにはいかない!」
 まあ予想はしていたが、あの男がそう簡単に俺達を逃がすはずがないよな。
 クロノの動向に意識を向けながら、俺はアルフに言った。
「フェイトに念話で伝えてくれ」
「なんて?」
 赤毛に覆われた三角耳の近くに顔を寄せ、そっと囁く。
 それを聞いたアルフは僅かに首を傾げながらも、小さく頷いてからフェイトの方を見た。
 そしてフェイトが小さな反応を見せた。それは、念話の指示を了解した合図。
 合図を返した後、未だ止まらない攻防の中で、フェイトがクロノに言った。
「あそこにいる白い魔導師は、ロストロギアを持っている」
「なに?」
「あなたは、ひろしに予言されたでしょう? ――――」
 そうだ。クロノならば覚えているだろう、俺が言ったことを。
「――――次元震が起きるって」
「なっ!」
 クロノの立場から考えても、あいつが最も恐れていること、そして最も食い止めたいことは、目に見えている。
 俺からの予言も合わせて考えさせれば、あいつは、自分がやるべき優先事項をすぐに決めるはずだ。
 案の定、フェイトの攻撃を防ぎながらも、クロノの視線がちらちらとなのはに向けられ始めた。
「よしアルフ、今だ」
「了解!」
 体の周囲に魔法弾を作り出したアルフは、それらの照準をなのはに定めてすぐさま発射した。
「止めろっ!」
 そう叫んで飛び出したのは、俺の予想通り、クロノだった。
 不吉なキーワードに頭を埋め尽くされたクロノにしてみたら、なのははまさに破裂寸前のダイナマイトと同じなのだろう。
 なのはの前まで猛スピードで飛び、彼女を庇うようにして魔法陣を展開するクロノ。
 そして、その隙にフェイトが俺達のもとへと降り立つ。
「そんじゃ、いくよっ!」
 アルフの合図と共に、俺達は転移魔法の光に体を包んだ。
「待て! ひろし!」
 悪いな、クロノ。
 エイミィさんによろしく言っておいてくれ。



 転移魔法を抜けてから、俺達三人は少し休憩を取った後で、フェイトの家へと向かうことにした。
 と言っても、空を飛べる二人に付いていけるはずもない俺は、狼状態のアルフに運んでもらうばかりなのだが。
 しかしアレだな。狼の背中に跨るというのは初めての経験だが、何と言うか、その。
「ケツとかアソコが、チクチクするな」
「何か言ったかい?」
「いや、何も」
 アルフに気付かれたら、ソッコーで突き落とされるな。とりあえず、落ち着いたら服が着たいと思う。
「あの」
 突然、アルフと並行して飛んでいるフェイトが話しかけてきた。
「え、な、なんでございましょ?」
 初めてフェイトから話しかけられた気がする。ちょっと緊張してしまう。
「えっと……」
「あ、名前? 教えてなかったっけ? 俺は砕城院聖刃。セイバって呼んでくれればいいよ」
「でも、あの管理局員が“ひろし”って」
 本当に、クロノと接点を持ったのは失敗だったみたいだな。
「じゃあひろし」
 結局そっちかよ。
 まあ、この際どうでもいいか。
 それよりもフェイトが何かを言い掛けているようだが、俺には彼女の言いたいことが何となく分かった。
 そりゃあな。いくら俺が魔力の無い、戦力外の男だとしてもだ。あの場を逃れたのは、この俺の機転があってのことなわけで。
 でも別に俺は、それを鼻に掛けたりはしないのだ。別に感謝されることぐらい、いくらでもしてやるさ。
 気にするなって、フェイト。
 でも、もしかしたらここで優しく笑いながら「いいよ、別に」とかって言っちゃうと、フェイトが俺に惚れちゃったりとか? マジか、そうなのか!
「あの白い子」
「気にするなって、別に!」
「気にするよ。大事なことだもの」
 ああ、そうですよね。
 フェイトは気を取り直したように、再び口を開いた。
「あの白い子も、ジュエルシードを集めているんだよね?」
「あ、ああ。まあね」
「…………また、ぶつからなくちゃいけないんだ」
 そう言ったフェイトの顔は、悲しげだった。
 原作アニメでは、避けられない衝突を愁うのは、いつだってなのはだった。それは当然だ、なのはが主人公なのだから、彼女の視点がメインだったわけだし。
 だけど、やっぱりフェイトも。
「立ち塞がるなら、仕方が無いけど」
 口ではそう言っていても、フェイトが思っていることなんて丸分かりだ。
 フェイトの側に付くことを選んだということは、フェイトの、原作には映らなかった顔だって見なくちゃいけないってことだ。
 そういう顔を見る度に、きっと俺は改めて誓うんだ。
 この子を、フェイト・テスタロッサを助けたいって。
 長い一日がもうすぐ終わる。
 今日という日を俺は、いつかきっと振り返るんだろうな。
 その時は必ず、笑って思い出せるようにしよう。

 See you next time.



[30591] NEXT10:未知なる道へ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2011/12/31 02:02
 フェイトとアルフに連れられてやってきた場所は、街中に聳え立つ、とある高層マンションの中だった。
 このマンションは、地球にやって来たフェイトとアルフが住処として使っている場所。しかし、何だか様子がおかしい。いわゆる街の喧騒ってやつが、全くと言っていいほど届いてこないのだ。
 フェイトの暮らす階層がもの凄く高い所だから、音が届かないのだと言われればそれまでなのだけれど、そうじゃなくて、もっと根本的な部分でおかしな雰囲気が感じられる。
 マンションには他の住人がいないのだろうか。フェイトの部屋をはじめ、この建物に足を踏み入れた瞬間から、ここに満ちている空気が普通のそれとは違うものだと分かった。
 この感じ、どこか別の場所でも。そう、それは、俺がはじめてなのはとの接触を試みた時だ。槙原動物病院でジュエルシードの暴走体が暴れていた時、民間人に気付かれないための結界が張られていたっけ。あの結界の中で感じた、まさしく異世界の中に放り込まれたような雰囲気が、このマンションにも満ちていた。
「フェイト、このマンションって?」
「こういう魔法なの。普通じゃまず気付かれないから」
 案の定そうみたいだ。
 俺の質問に対してフェイトは、短く答えただけで話を終わらせた。
「ま、まあな。それぐらいはしないと回覧板が回ってきたりとか、受信料の請求とかがくるかも知れないしな」
 笑いながらそう言うと、フェイトは一度だけ俺を見て、少し首を傾げてからそそくさと部屋の奥に入っていった。あれ、俺の言っていることは難しかったかな。
 そんなところへ、アルフがそっと近づいてきた。
「あんた、本当にフェイトを救ってくれるんだろうね?」
 向けられる視線はまだまだ疑念に満ちている。
 だが、二人のアジトまで連れて来てもらえたということは、疑われてばかりというわけでもないのだろう。
 俺は大きく頷きながら、しっかりとアルフの目を見返してやった。
「大丈夫だ、俺に任せろ。フェイトはプレシアに対して盲目的なまでに尽くしている。しかし、今のプレシアはフェイトをただの道具としか思っていないんだ。そんなプレシアを俺が変えてやろう。そうすれば、必然的にフェイトは救われる」
 はっきりとした口調でそう言い切ると、アルフは視線を少しだけ和らげた。
 そしてそっと声を漏らしたのだ。「うん」、と。
 返事をしたアルフは、テーブルの隅に置いてあったドッグフードの箱を抱え込み、ベッドの上であぐらをかいた。
「でも本当に分からないねぇ。あんた、何でプレシアのことまでもそんなに詳しいんだい?」
 手の平いっぱいに掴んだドッグフードを頬張りながら、アルフが訊いてきた。
 まあ、彼女達からすれば当然の疑問だと思う。
「俺は…………そうだな。救われるべき者達を救うためにやって来た、運命の神に選ばれし者、とだけ言っておこうか」
 嘘ではないはずだ。神様に選ばれた者ってのは、間違いじゃないんだろう?
 堂々と言い切った後で、そっと神様の方に視線を向けてみた。すると、神様は顔を赤くしながらそっぽを向いて「よくそんなこと恥ずかしい台詞が」と呟いていた。え、何? その反応は。
「運命の神様に選らばれた、ねぇ…………だったら、その神様に直接フェイトを助けてって言った方が早そうだね」
 ごもっともなご意見で。俺がもう一度神様を見ると、神様は顔を引き攣らせながら壁の方を向いて「何も出来なくてすいません」と呟いていた。え、もしかして傷ついてる?
 しばらくすると、部屋の奥からフェイトが再び姿を現した。彼女は、黒一色のワンピースに小さな体を潜らせている。
 そうか、隣の部屋で着替えていたのか。くそ、俺としたことが。何でこんなところでアルフと喋っちまってるんだ。うっかりを装って隣の部屋にでも入ってくれば良かった。
 まあいい。あのフェイトと一つ屋根の下にいることだけは変わりないのだから、そういうラッキーに出会えるかどうかは今後に期待するとしよう。
「私服似合うな! かわいいよ!」
「ひろしの服を調達してくる。アルフ、ちょっと留守番をお願い」
 無視ですか。原作フェイトってこんなに冷たい娘だったっけ?
 フェイトが玄関を出て行き、室内にはアルフの食事する音だけが響き渡った。
 リビングを見渡してみても、家具らしい家具は見当たらない。アルフが座っているソファーとその前にあるローテーブルぐらいだ。その他に目に付くものは特に無い。
 寝室を覗いてみたが、ベッドがあるだけ。フェイトの香りに飛びつきたい気持ちはあるが、アルフに怒られるかもしれないから今は我慢。同様の理由で風呂場も我慢。
 窓から外を見てみたが、夜闇を照らす町の鮮やかさが延々と見えるだけで、綺麗だけどずっと見てるだけってのもきつい。
 正直なところ、やることが無い。アルフと何を喋っていいのかも分からない。
 俺はふらふらと部屋の中を彷徨い始めた。と言っても、狭いわけではないが馬鹿みたいに広いわけでもない。ぐるりと歩き回ったってものの数十秒で同じ場所へ戻ってこれてしまう。
「落ち着きの無い奴だね。じっとしてなよ」
 やっと話しかけてくれたアルフは、そんなことしか言わない。俺は彼女の言葉を無視して部屋の中をあちこち見渡していた。
 そんな時だ。部屋の天井をふと見上げてみると、ロフトを上がった先にある簡素なデスクを見つけた。
 そしてその上で、デスクのスタンドライトに照らされている写真立てが目に入る。
 アレは、もしかして。
「あ、こら! 勝手に何してるんだよ!?」
 俺はロフトを上がっていき、目に付いた写真立てを手にした。
 やっぱり。そこに挟まれている写真は、原作のアニメにも幾度か登場していた一枚の写真だ。
 プレシアと、その愛娘が写っている写真。二人とも幸せを絵に描いたような笑顔だ。
「それ」
 俺の後を追ってきたアルフが、俺の手の中にある写真を見て言った。
「フェイトと一緒に写っている女が、プレシアだよ」
「知ってるよ。本当に幸せそうに笑ってるんだな。フェイトをただの道具扱いしている人には見えない」
 本当にそうだった。
 そこに写っているプレシアの笑顔は、本当に幸せそうなものだった。
 こんな顔をすることが出来るプレシア。だが、彼女がこの笑顔を見せたのは、フェイトではなくアリシアだ。アリシアのクローンとして作られたフェイトのことは、ジュエルシードを集める道具としか思っていない。姿だけしか似ることのないフェイトを、彼女は娘と思わなかった。
 それは、ある意味で真理を突いているのかも知れない。姿ではなく、形ではなく、その中身にこそ価値を見出すプレシアの想いは、もしかしたら正しいのかも知れない。
 しかし、フェイトにとっては間違いなくプレシアが母親なのだ。ましてやアリシアの記憶までも転写されている彼女にとって、プレシアに抱いた愛情は紛れも無く本物。
 姿も中身もプレシアの娘であると信じているフェイト。
 姿ではなく中身でフェイトを拒絶するプレシア。
 原作第一期において、最も悲劇的な点はここだと、俺は思っている。
 それを一体どう救うべきか。
 俺の視線はじっと、写真の中にいる笑顔のプレシアに向けられていた。
「…………どうしたもんかね」
 改めて考えてみると、原作って本当に絶妙な具合でやるせない設定だな。俺は写真の中のプレシアを通り越して、原作者に直接問いかけるつもりで呟いていた。
 愛する我が子を失った母親の気持ちって、どれぐらいのものなのだろう。プレシアは、自分が失くしたものの大きさをよく知っていて、だからこそその事実が受け入れられなかった。受け入れたくなかったんだ。
 だからあんなにも盲目的になって、藁にも縋るような思いで小さな可能性に賭けて、ジュエルシードを集めたんだろう。
 原作中で、彼女はジュエルシードを集めることがアリシア蘇生に繋がると信じていた。
 だけど、本当に信じていたのかな。彼女だって解っていたんじゃないのかな。それに関しては、原作クライマックスでもクロノが指摘していたはずだ。
 そういうことならば、彼女がフェイトを娘だと思えなかったことは間違っていなかったのか。
 もしそうだとしたら、どうやってプレシアを、そしてフェイトを救う? どうすることが彼女達を救う答えとなるんだ?
 それはもちろん、これしかない。
 フェイトは、彼女の娘であると信じたままでもいい。たとえ真相を知らされても、彼女はちゃんとそれを受け入れて、なおもプレシアを母であると信じ続けられたのだから。
 そしてプレシアは、フェイトをアリシアだと思う必要なんてない。全てを受け入れてもなお、娘だと言い張るフェイトに、笑いかけてくれればいいんだ。フェイトをアリシアの代わりとする必要なんてないから、せめて彼女の頑張りを認めてあげてほしい。彼女の強さを褒めてあげてほしい。彼女の愛に報いてあげてほしい。
 たったそれだけ。言葉では簡単なようで、でも、二人にとってはとても難しいこと。
 だけど、二人が救われる展開として俺が思い描くのは、こうなんだ。
 やっぱり、これは彼女達の気持ちが一番重要となる問題だよな。俺がどんなに強力な能力を持っていたとしても、どんなに良い言葉を言えたとしても、たぶんそれだけじゃ解決はしない。  
 二人の気持ちを繋ぐポジションでいようとするのならば、やはり両者を深く知らなくちゃ駄目だ。原作知識としての“知っている”ではなくて、フェイトとプレシアの気持ちを深く、深く読み取った上で、絶妙のタイミングを作り出してやらなくちゃいけない。
 それが、俺に出来る二人の救済法だと思うのだ。
 だからそのためにも、俺は早い内にプレシアとも接触しておかなくちゃいけない。
「なあ、アルフ」
「ん?」
「『時の庭園』に……プレシアのいる場所に行きたいんだけど」
 俺がそう言うと、彼女は少し難しそうな顔をしてから返事をした。
「あたしでも頑張れば行けるんだけどねぇ…………あそこは次元空間の中でも強力なエネルギーが渦巻くところにあるから、そうそう簡単に転移出来るわけじゃないんだよ」
「そうなのか」
「一番確実で安全な方法は、フェイトに連れて行ってもらうことだね」
 俺もそうじゃないかとは思っていたが、おそらくフェイトは俺がプレシアに会うことを簡単に了解はしないだろうな。
 とすると、フェイトが回収したジュエルシードを持ってプレシアに中途報告する時か。
 しかしそれまで待てるか? 温泉エピソードにクロノが加わったせいで、なのはサイドの動きはもう俺にも読めない。そんな状態でフェイトとなのはの三度目の接触を待つのは、不確定要素が多くて不安だ。
 物語をハッピーエンドに持っていくならば、やっぱり行動は早いほうがいい。 
「近いうちにプレシアのところに戻る予定は無いのか?」
「んー、あと一個ぐらいジュエルシードを獲得したら、一旦報告に戻るとか言ってたかねぇ?」
 ということはやっぱり、なのはとフェイトの三度目の衝突となる、市外地内での戦いに出るということじゃないか。
 だからそれは危険なんだ。今原作どおりに進んでも、向こうにはクロノがいる可能性が高い。
「んあー、どうしよう」
 俺が頭を掻いていると、後ろからアルフに肩を叩かれた。
「ん、何?」
「あのさぁ、あんたは何故かいろいろと知ってるから、ちょっと訊きたいんだけど」
 なんだろう、改まって。
「プレシアは、ジュエルシードを集めて一体どうしようってんだい? 管理局員まで関わってきたとなるとマズイと思うんだ。この場所だっていつバレるかも分からない。それなのに、フェイトに危ない思いをさせるのは嫌なんだよ…………一体ジュエルシードを集めて、プレシアは何をするつもりなんだ? どうしても集めなきゃダメなのかな?」
「いや、集めなくちゃいけない理由は…………」
 言っていいものだろうか。
 フェイトとアルフは知らないことだが、プレシアは集めたジュエルシードの力を使って、過去に失われた地『アルハザード』の秘術を手に入れようとしている。そしてその術で、死んだアリシアを蘇らせようとしているんだ。
 しかし、彼女の目的を伝えるということは、フェイトがアリシアのクローンであることを明かすことに繋がる。
 そんな残酷なことを今教えるなんて、やっぱり出来ない。
 俺が答えに困っている、その時。
「集める理由はあるよ」
 突然フェイトの声が聞こえて、俺は写真立てを慌てて元に戻した。
「フェイト、おかえり」
「…………ジュエルシードを集める理由は、母さんがそれを望んでいるから。そうすれば母さんが喜ぶから。理由はそれだけで充分だ」
 それだけ言ったフェイトは、紙袋に入った男物の着替えをソファーの上に置いてから、寝室の方に消えていった。
 アルフがその後を追っていく。
 残された俺は、もう一度だけ写真の方を見た。そして写真の中の人に、恨めしさを込めて言った。
「分かっちゃいたけど、やっぱり簡単にはいかないよなぁ」



 それから数日が過ぎたある日。遂にその時がやって来た。
 夜、街中にジュエルシードの気配を感知したフェイトとアルフに連れられて、ビルの屋上へと上がっている俺。
 眼下には海鳴市の町並み。そう、ここは原作第六話の舞台となる場所。なのはとフェイトが三度目の戦いを繰り広げる街の中だ。
 ジュエルシードの場所が大まかなところまでしか特定出来ないということで、フェイトはジュエルシードを強制的に暴走させようと準備を整えた。
 アルフがフェイトを気遣い、フェイトがそれに応える。
 そんな二人のやり取りの横で、俺は心臓を高鳴らせていた。
 結局、なのは達の動きもどうなったのか分からないまま、この展開を迎えてしまった。クロノはどのように動いてくるだろう? おそらくリンディ提督率いるアースラチームも戻ってきているし、なのはとユーノがどのような立ち位置となったのかも気になる。
 気のせいだろうか、何だか嫌な予感がするな。
「な、なあフェイト、アルフ。今日はジュエルシードの回収、止めとかないか?」
「そんな気は無いから。あの白い子に先を越されちゃう前に、私達が回収しないと」
 俺の意見を却下したフェイトに、今度はアルフが言う。
「フェイト、本当に無理は止めとくれよ。あの白い奴ならまだしも、管理局まで動いているんだからね」
「大丈夫だよ。私は強いから」
 俺の中の嫌な予感が、また大きくなった気がした。
 しかし、そんなことを知る由も無いフェイトは、遂に行動を起こした。
 空に暗雲が立ち込める。夜の闇を更に濃い黒が覆い始め、海鳴の町を飲み込みそうな勢いで雲が広がっていく。
 この暗黒の下では、背の高いビルが立ち並ぶ姿も禍々しい魔城の様相へと変わってしまうみたいだ。
 そしてそんな景色の中、目の覚めるような蒼い光が空に上っていき、雲さえも貫いた。その様子はまるで、天から垂れる蜘蛛の糸。
 ジュエルシードの光だ。
 そして、その糸を我先にと掴もうとするのは俺達と、なのは達。
「見つけた」
 ジュエルシードの位置を特定したフェイトは身構えた。俺も急いで、狼形態のアルフにしがみ付く。
 だがフェイト、気をつけてくれ。欲望のままに蜘蛛の糸を求める者達は、結局落とされてしまうんだよ。
 俺達は一斉にビルの屋上から飛び降りていく。
 ビルからビルへ。屋根から屋根へ。風となった俺達は、蒼い光の光源へと近づいていった。
 そして。
「フェイト! 向こうに!」
「うん、見えてる」
 なのはとユーノがいた。なのははレイジングハートを前方に構えて、暴走するジュエルシードを抑えようと砲撃態勢に入った。
 そしてフェイトも同じように、魔力を練りながらバルディッシュを構える。
 挟まれた宝石は、不気味なほど静かで冷たい光を放ちながらも、成す術もないまま宙に浮き続けていた。
「撃ち抜け、轟雷――――」
 フェイトの口から紡がれるのは、開戦の合図。
「――――サンダースマッシャー!」
 バルディッシュから黄色の閃光が放たれるのと同時、遠くにいるなのはからも桜色の光線が伸びてくるのが見えた。
 そしてお互いの魔法は、全く同じタイミングでジュエルシードに辿り着いた。
 歯を食いしばるフェイトが、バルディッシュを更に強く握り締める。おそらく、魔力を遠慮なく注ぎ込んでいるのだろう。
 誰もが眼下のジュエルシードに視線を注ぐ中、アルフの背中にいる俺は、ふと思いついたように空を見上げた。
 それは、嫌な予感が強まったからだ。
 何で、この場にクロノがいない?
 しばらく空を見上げ続けると、ついつい声を漏らしてしまった。
「あ」
 その声を聞いたアルフも、上空に視線を向けた。
 そして、俺とアルフはほぼ同時に目を大きく見開いた。
「フェイト! ダメだ!」
「逃げて! フェイト!」
 俺達の声を聞いても、フェイトはこちらを見なかった。何故なら、ちょうどジュエルシードが沈静化したからだった。
 その瞬間。
「捕まえたぞ」
 クロノがそう言った気がした。
 上空でずっと魔法陣を開いていたクロノ。その姿を俺とアルフが確認してから間もなくして、フェイトの両腕両足首に、青色の魔力光を放つ捕縛魔法(バインド)が掛けられた。
「フェイトォッ!」
 そして、アルフの四足と、俺の胴にも。
 やっぱり、何もしてこないわけが無かった。
「悪いが、君達を拘束させてもらう」
 上空から降りてきたクロノは鋭い視線で俺達をじっと見た。
「クロノ、お前……」
「ひろし、君のご両親が心配していたぞ。それに学校の皆もだ」
 動けない俺達の下で、こちらをちらちらと気にするようにしながら、なのはがジュエルシードの封印を始めた。
「くっ!」
 無理矢理動き出そうとするフェイト。しかし、手足を縛るバインドは、ピクリともしない。
「無駄な抵抗は止めるんだ。君たち三人を、このままアースラに連行させてもらう」
 そう言うのとほぼ同時、俺達の真下に大きな魔法陣が展開されていった。魔法陣は白い光を放ち始め、それは徐々に強くなっていき、目を開けることすら困難なほどになった。
 耐え切れずにぎゅっと目を閉じると、体が少しだけ冷えていく違和感に襲われた。
 しかしそれも一瞬の出来事で、違和感はすぐに消え去っていく。そして、それと同時に足の裏が固い何かに触れていることが分かった。これは、床の上?
 少しずつ目を開いていくと、そこはいつの間にか、次元空間航行艦船アースラのブリッジだった。
 動き出そうとしたが、バインドがまだ外されていない。隣のフェイトやアルフも同様だった。
「放せ! 放せぇっ!」
 アルフが吼える。フェイトも必死の形相で動こうともがく。
 そんな中、一緒に転送されてきたクロノとなのはとユーノが目に入り、俺は一応訊いてみた。
「クロノ、これ、解いてもらえないか?」
「それは出来ない」
 そりゃそうだよな、やっぱり。
 フェイトとアルフは一生懸命体を動かしていたが、俺は諦めておとなしく立ち尽くしていた。
 すると後方から足音が聞こえたので視線を向けてみると、そこにはリンディ提督とエイミィさんが立っていた。
 エイミィさんの表情は少し戸惑っているようにも見える。俺もなんだか顔を合わせづらいな。
「さて、訊きたいことは山ほどあるのだけれど…………とりあえず、三人には部屋を用意したわ。しばらくはそこに入ってもらいます」
 監禁というわけか?
 バインドで動けない俺達は、そのまま運ばれ始めた。
 されるがままの俺は、リンディ提督の目を訴えかけるように凝視した。
 初めて会った頃の不審な俺に良心的な理解を示してくれたリンディ提督なら、何とかしてくれるかも。そんな期待を抱いていた。
 だが。
「リンディ提督……」
 彼女は固い表情を微動だにすることなく、連れて行かれる俺達をじっと見つめ続けていた。
「あ、あの! 話を聞いてほしいんだ! 頼む!」
 俺の叫びに答える者はなかった。
 そう、フェイトを目の当たりにしている高町なのはでさえも、何も言わない。
 何故喋りかけない。
 なのは、フェイトがそこにいるんだぞ。彼女と話をしたがっていただろう。
 嫌な汗が額を伝った。
 焦っているか。どうしようもない俺は情けないことに、いつの間にか神様へ視線を送っていた。
 しかし。
「ごめんなさい、ひろしさん。僕は干渉出来ないんです」
 俺と同じような表情で、彼は俺を見て言った。
 何故こうなった? 俺が原作尊重の意思を破棄して、なりふり構わずにフェイトを救おうとしたからか?
 原作を壊す俺に対する罰か? 報復か? 
 今までも何度か思ってきたが、改めて感じた。
 本当に、原作は俺の敵となって立ちはだかるんだな。
 出来ることならば時間を巻き戻したい。しかし、それは叶わない。一度踏み外した道はもう引き返せないんだ。
 物語は、誰も知らない道を踏み出し始めてしまったんだ。

 See you next time.



[30591] NEXT11:腐れ外道のお前達に告ぐ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/01/10 00:39
 俺達を拘束するためにアースラ内に用意された部屋は、極めて質素なものだった。硬いシングルベッド以外には何もなく、見ていると退屈になってしまうほど無個性な照明器具が、だんまりと室内を照らし続ける。狭いわけではないが、本当に閉じ込めておく“だけ”の部屋なんだなというのが、率直な感想だ。
 まあ、現在の自分の立場を考えれば、こういう部屋に閉じ込められるのも仕方が無いと言える。
 ただ一つ、どうしても納得出来ないことがあった。
 それは。
「どうして俺だけ部屋が別なんだ!?」
 俺は神様に向かって言った。それは明らかに八つ当たりだ。
「ど、どうしてでしょう? フェイトとアルフは同室なのに、ひろしさんだけ……ね?」
「本当だよ! どうせ閉じ込めるなら三人同室でいいだろう!」
「やっぱり男女は分けるものなんですかね?」
「そんなの差別だ! ああ、今頃フェイトは、俺が傍にいないから不安で怖くて寂しくて泣いているかもしれないのに!」
「えっと…………そ、そうですよ! うんうん!」
「寂しがるフェイトの肩をそっと抱き寄せて、肌と肌を摺り寄せちゃったりなんかして、そんでもって俺がいるから安心しろとかなんとか言ったらその後はもう二人見つめあっちゃって世界は誰にも邪魔されないところへキャー!」
「…………やっぱ別々で正解かも」
 フェイトとのラブチュッチュなイメージに悶々としていると、神様が少し間を空けてから再び口を開いた。
「あの、ひろしさん?」
「ん? 何?」
「えっと、その…………」
 突然どうしたというのだろうか。やたらと改まった様子で声を発した神様は、しかし、なかなか続きを言おうとしない。きょろきょろして視線があちこちを泳ぐ様は、何かを探している風でもあった。
 いや、実際に探しているのだろう。言いたいことがあるのだけれど何て切り出そうかと考える時、彼はああして周囲を見回して、最初の一言を探し出す。
「ああもう! 何だよ神様、言いたいことはスパッと言えって!」
「は、はぁ、それじゃあ…………」
 意を決するかのように、神様は一度だけ深く息を吸い込み、視線を真っ直ぐと俺に定めて言った。
「正直なところ、心配なんです。本当にひろしさんが、その……目的を達することが出来るのかなって」
 これは痛いところを突いてくるな。
 確かに俺はこんな状況だ。フェイトの運命を救ってやると言いながら、今、俺やフェイトはまずい状況に立たされている。
 頭の硬いクロノ達のことだ。いかなる理由があろうとも、フェイトを捕まえたら間違いなく、然るべき処遇を宣告するに違いない。そうなればなのはとフェイトが分かり合う間もなく、二人は離れ離れとなってしまいかねない。それじゃあ救うも何もあったものじゃない。
 目的を達することが出来るのか。その問い掛けに、俺は即答出来ないでいた。
 そして、なおも神様の言葉は続く。
「ひろしさんのことを信じていないわけではないんですよ。ただ、何と言ったらいいか…………」
「…………この展開、詰んだっぽいってこと?」
「はい、あ! いえ! …………はい」
 結局「はい」かよ。
 まあ、確かにせっかく原作介入を始めたのに、その途端この状況では、そう言われるのも仕方が無い。
 少し気まずい雰囲気に包まれる中、俺は声のトーンを若干落としながら言った。
「でもさ、考えてみたらこれは、管理局が腐ってるからいけないんだよ」
「何でです?」
「そもそもあいつ等が地球にやって来るのが早過ぎるんだよ」
「いや、それはリーゼ姉妹にひろしさんのことを通報されちゃったから…………あ、お尻のことじゃないですよ。次元世界に詳し過ぎる現地住民がいるってことで」
「そこだよ、問題は。何でそんなことで俺が通報されなくちゃいけないんだ。あいつ等の暮らす世界とは全く違う世界の人間なんだぞ。ましてやここは管理“外”世界。それなのに、何であいつ等はいちいち首を突っ込んでくるんだろうな」
「それが管理局のお仕事だからでしょう?」
「だーかーらー! なんで生意気に管理なんてしてんだろうって。しかもアレだぜ。この世界に来てジュエルシードの実情を知った途端、あいつ等は自分達で回収すると言っておきながら、ちゃっかりなのはの能力を利用しようと、仲間に引き込んでやがる。最低だと思わないか? なのははまだ九歳だぞ。そんな子を戦わせること自体が、常識ある大人のすることじゃないよ」
「なんかそれはちょっと筋の違う話ではないかと」
「そうだよな! やっぱり管理局のやってることは筋が通ってないよな! あいつ等、自分達の私利私欲のために動くケダモノみたいな連中だよ!」
「いや、僕が言ったのは」
「だいたいフェイトを捕まえることだって意味が分からねえよ。何でジェルシードを集めているだけのフェイトを捕まえて、なのはは自分達の仲間に迎え入れているんだ? プレシアの指示とは言え、やってることはなのはと変わらないはずなのに、ああいう扱いだ。しかも、原作終了後にはこれまたキッチリと、フェイトも自分達側に取り込んでいるんだぞ。どこまで意地汚い連中だよ」
 なんだか言葉にしたせいでだんだん怒りが込み上げてきたな。俺やフェイトの置かれたこの理不尽な状況が、無性に許せなくなってきてしまった。
 神様は何か言いたそうな顔をしているが、たぶん俺と同じことだろう。
 そうだ。腐った管理局がしゃしゃり出てくるから話がこんな状況になったんだ。だから詰んだとか思われるんだよ。
 くそ。やり場のないこの怒りをどうするべきだろうか。目の前にクロノやリンディ提督が現れたとしたら、俺は即噛み付くことだろう。
 それぐらい俺の気持ちは今、昂ぶっていた。
「そんなに管理局は信用ならないか?」
「ああ、もちろんだとも!」
 投げかけられた質問に俺は力強く答えた。
 しかし、誰が質問を投げかけた?
 答えてから一瞬だけ動きを止めて、声のした方向へ視線を向ける。
 そしてその先にいた人物達を確認して、俺はたじろいだ。リンディ提督とクロノだった。
 いつから部屋の中に? 俺に尋問でもしようというのだろうか。
 神様に視線を向けると、彼もこちらの方を見ながら、はわはわと両手を震えさせていた。ってか気が付いた時に教えろっつーの。
 ベッドに座り直し、尚も二人に視線を向けていると、クロノは部屋の片隅で壁に寄りかかり、リンディ提督は俺の隣に腰を下ろした。
「さて、と…………ひろしさん、少しだけお久しぶりかしら?」
「そ、そうですね」
 リンディ提督の表情は、不気味なほどに優しい微笑だった。そういう時の笑顔ってのはどうにも嫌なものである。これは世の常だと思う。
 案の定、改めて見てみればリンディ提督が笑っているのは口元だけ。目はまったく違う感情を映し出していた。
 これはまずい。直感的にそう思ったのは、おそらく間違いではないだろうな。
 下手な言い訳はしないほうがいい。誤魔化し笑いで流せる雰囲気でもない。
「まず単刀直入に言わせてもらうと、あなたのやったことは、あなた自身にとって非常に悪い結果をもたらすものです」
「それは、フェイトの手助けをしてクロノを敵に回したこと、ですよね?」
「それ以前に」
「ク、クロノの監視下から勝手に逃げ出しましたもんね?」
「それ以前に」
「…………リーゼ姉妹のお尻?」
 リンディ提督は、大きなため息を一つだけついてから言った。
「…………あなたは、私達を裏切ったのよ?」
「裏切った、ですか」
「そうよ。そもそもあなたは、次元の壁を越えた私達の存在や、魔導師という地球上では特別異端である存在に関わる要素が無いはずの人。それなのに、あなたはいろいろなことについて詳し過ぎる。本来であれば、あなたのような人は私達からしてみれば、厳重に注意をするべき対象なの」
 俺は返事をすることなく、黙りこくったまま下を俯いた。
 そして、彼女の言葉を受け取った。
「でも、私はあなたを信じて、現在の生活を続けさせながらも一時的な観察対象とする程度に留めた…………その判断は間違いだったということかしら?」
 リンディ提督の表情からは、いつの間にか笑みが消えていた。
 なるほど。彼女の言いたいこともそこか。
 リンディ提督の話が終わったのを確認してから、俺は俯かせていた顔を上げて真っ直ぐに彼女の目を見た。それから、次にクロノの方にも視線を向けた。クロノは相変わらず壁に背をもたれかけさせたまま、腕を組んでじっと俺の方を見ている。
 その視線から分かるのは、あいつもリンディ提督と同じ考えなのだなということだ。
 二人の表情を見て、俺の中には再びあの感情が広がり始めていた。
 この二人がどこから俺の話を聞いていたのかは分からないが、俺の意見は全く揺らいでいない。ちょうど神様とその話をしていたところだし、この際だから言ってやろう。
「こうなってしまった以上は仕方がありません。やはりあなたのことを自由にすることは出来ません」
 やっぱりこいつらは、腐れ組織の時空管理局員なんだな。その認識を確かなものとした時、呆れるあまり今度は俺が笑ってしまった。
 何もない部屋の中、誰一人として動きを見せないまま、俺の笑い声だけが響いている。
「何がおかしいんだ?」
 最初に沈黙を破ったのは、クロノの静かな声だった。
 その質問を俺に投げかけるか? 本当に、どこまでもめでたい連中だな。管理局員というのは。
「お前達は、一体何様のつもりだ?」
 そう言ってやった時、クロノやリンディ提督から確かに驚きを感じ取ることが出来た。
「俺を信じただと? 俺があんた達を裏切っただと? 随分と勝手な言い草じゃないか。俺はいつからあんた達の仲間になったんだ?」
「ひろし。君は」
「黙れクロノ。俺の話をよく聞けよ…………まず一つ、リンディ提督」
「何かしら?」
「高町なのはとユーノ・スクライア、彼女達の処遇はどうなったんだ?」
 俺が尋ねると、リンディ提督はクロノと顔を見合わせた。しかし、二人はしばらく視線を重ねてから、リンディ提督だけが小さく頷いてから言い始めた。
「…………温泉宿でクロノ執務官が出会った両名には、ジュエルシードに関する話と、魔法との出会いから今に至るまでの経緯を聞いたわ。その後、一度はこの事件から手を引くことを勧めたのだけれど、本人達の強い希望もあって、私達の補佐としてジュエルシード集めに協力してもらうこととなりました」
 つまり、原作どおりというわけだ。手順は違えど、なのは達に関しては今のところ、シナリオどおりの展開を歩んでいるということになる。
 ならば、俺の考えはやはり間違っていないということだ。
「やっぱりな……だからお前達は何様だと訊いたんだ」
「どういうこと?」
「俺は管理外世界の人間だぞ。それなのに、何故お前達は管理外の世界に首を突っ込んでくるんだ? しかもなのは達を自分達の戦力として抱え込み、挙句、フェイトに関しても事情を知りもしないうちから捕まえる。そして極めつけはさっきも言ったことだ。俺を信じたとか、俺が裏切ったとか、お前達の気持ちばかり押し付けやがって。本当に腐ってるな! お前達は『独裁』と書いて『正義』と読んでいるだけに過ぎないんだぞ!」
 言いたいことを一気に吐き出していたら、俺はいつの間にか立ち上がっていた。
 視線の高くなった俺を、リンディ提督はじっと見上げていた。そしてクロノは、腕を組んだ姿勢は変わらないまま目を閉じて俯いていた。
 こいつらのこういう、すました態度がますます苛立ちを強くする。
 俺にまくし立てられて何も言えなくなるのなら、最初から口を出してこなければいいのに。
「まったく、愚かだよ。お前達は」
 最後に、口の中に入った砂をを吐き捨てるように言うと、部屋には沈黙が訪れた。
 それからあまり間を置くこともなく、クロノが動き始めた。
 何か反論があるのならぶつけてくればいいさ。俺は真っ向からぶつかってやる。
 そしてお前達の腐れ具合を徹底的に指摘してやる。
 壁から背を離し、歩き始めたクロノ。
 俺は身構えた。
 しかし。
「お、おい…………」
 クロノは、何も言わないまま部屋を出て行ってしまった。
 何だ? 図星を突かれて戦意喪失でもしたのか?
 俺は拍子抜けしたまま、立ち去っていくクロノの背中をじっと見ていた。
 ふと横を見ると、リンディ提督も同様に、クロノの背中へ視線を送っていた。
 意外だな。案外クロノはガキンチョだったみたいだ。逃げずに残っているリンディ提督の方が肝が据わっているじゃないか。
 ってことは、俺のこの怒りは彼女にぶつければ?
「…………ねえ、ひろしさん?」
 クロノの背中を見つめたまま、リンディ提督はそっと言った。
「あなたは本当に、管理局をそんな風に思っているの?」
 リンディ提督の声は、何故か優しげだった。
 どうしたというのだろう。俺に図星を突かれて、参っているんじゃないのか。
「お、思っているも何も、事実だろう!」
「そう…………分かりました」
 リンディ提督は、俺と視線を合わせることもないまま立ち上がり、部屋の出口に向かっていった。
「な、何だよ! あんたも逃げるのか!? 自分達の非を認めて、改めて、新しく進んでいこうって気はないのか!? おいっ!」
 しかし、いくら声を掛けてもリンディ提督は戻ってくることなく、俺の視界から消えていった。
 それでも俺は、閉ざされた扉を何度も叩きながら、遠くにいる二人へ向けて声を張り上げた。
「おい! 話を聞け! こらぁ!」
 一生懸命騒いでいるのだけれど、やたらと静かに感じてしまうのは何故だろう。
「ひろしさん…………」
 神様の声を聞いても、どんなに俺が叫んでも、扉を叩いても、部屋の中は空虚のままだった。



 やがて声を出すことにも疲れた俺は、ベッドの上で寝転がったまま目を閉じていた。
 なんだかもやもやとした気持ちが嫌で、いっそのこと眠ってしまいたかったのだが、どうにも寝付けない。
 フェイトは今頃どうしているのだろうか。リンディ提督とクロノに尋問でもされているのかな。まあ、今のフェイトは事情を素直に話すとは思えないけどな。
 神様もさっきからずっと黙ったままだ。何か退屈しのぎに話しかけてくれないかと思っているのだが、彼の表情は何故かどんよりと暗くて、そんな雰囲気ではなかった。
 退屈で死にそう。何度も寝返りを打ちながら、時間が過ぎていくのをじっと待っていた。
 そんな時だった。
 部屋の扉が開く音がして、誰かの足音が聞こえてきた。
 またクロノかリンディ提督だろうか。
「なんだぁ? さっきの続きでもしようってか?」
 そう思って目を開けながら体を起き上がらせると、そこには意外な人物がいたのだ。
「エ、エイミィさん!?」
「あっははは……なんか、お久しぃ」
 ちょっとだけ緊張したような硬い笑顔を浮かべて、エイミィさんは俺を見ながら手を上げた。
 俺にも緊張が走る。なんてこった。この狭い部屋、しかもベッドしかないこの部屋に、若い男女が二人きり。
 だめだ。理性を保てよ、俺。いくら今の体勢が、
「ヘイヘイカモン」
 な状態だからと言って、手順も踏まずにそんなハレンチな。
「何? ヘイヘイカモンって?」
 バカだ。声に出てるよ、俺。
「あ、あの! エイミィさんは、い、いか、いか! いかがなさってここに参られらました!?」
「あ、うん。えっとね…………クロノ君からさっき話を聞いてさ」
 話と言うと、さっきのことしかないと思うんだが。
「ひろし君が、管理局を信じられないって言っていたことなんだけど」
 やっぱりそれか。
 その話は、たとえエイミィさんに訊かれても変わらない考えだ。
 まあ、確かにさっきみたいな激しい感情はだいぶ収まったけれど、でもやっぱり俺の中にある考えは、変わっていない。
 やっぱり管理局は、外道組織だと思う。
「もちろんそう思っています…………エイミィさんもそう思いませんか? クロノとリンディ提督は俺に痛いところを突かれたからって、反論もしないままどっかに逃げて行っちゃいましたけど」
 そこまで言うと、エイミィさんが少しだけ悲しそうな顔を浮かべた。
 何だよ、その顔は。自分の居場所が悪く言われるのは確かに嫌かも知れないけれど、本当のことなんだから仕方が無いじゃないか。
 こういう時って女の子はずるいよな。そんな顔して男の心をものすごく不安定にするんだから。
「クロノ君、すごく不機嫌だった」
「そりゃあそうでしょう。俺に事実を激しく批判されて、その上それは自業自得なものなんだから、怒りのやり場がなくてイラついてるんだ」
 しかし、エイミィさんは小さく頷きながらそっと言った。
「そんなんじゃないよ。クロノ君が不機嫌なのは、ひろし君に裏切られたから」
「だからそれは、あいつの勝手な言い分であって、俺を貶めたいだけの理由で」
「違うよ。クロノ君は、ひろし君ならきっと悪いことをしないだろうって思っていたから…………ショックだったんだと思うよ」
 何だそれ? 俺のことを信じていたって?
 そんなはずあるわけないじゃないか。
 あいつは、クロノ・ハラオウンは、真面目な性格だから迂闊に信じることなんてしないだろうし、頭が良いからあらゆる事態にも対応すべく入念な手配を怠らないだろう。
 そんな奴が、出会ってまだ間もない俺の言うことなんて信じているわけがないじゃないか。
 ましてや俺は、クロノやリンディ提督の前で、魔導師の存在や次元震の発生予告など、いろいろと注目されてしまう発言を繰り返してきている。
 あいつ等からしてみたら、間違いなく俺は危険人物だ。
 そんな奴を信じるだなんて、クロノにしてはあまりにもお粗末な心情だ。
「時空管理局って、次元世界を管理するためにあるんじゃないんだよ…………って言ったら、嘘だと思う?」
「え?」
 突然のエイミィさんの言葉に、俺は目を丸くした。
「『管理世界』とか『管理外世界』っていうのは、あくまでも区別するための呼称ってだけ。私達は、各々の次元世界が皆仲良くやっていけるようにって言う体制を管理しているから、『時空管理局』って言うの。それが本来の意味」
 そんな。それじゃあ、あいつ等が管理外世界に首を突っ込むのも認められちゃうじゃないか。
「だから次元世界を消し去りかねないロストロギアは、私達がきちんと見張りましょうってわけ」
「で、でも! なのはやユーノみたいな少年少女を戦わせるような真似は非道でしょう!?」
「文化の違い? って、それだけじゃ乱暴か…………たぶん、なのはちゃんやユーノ君達の、誰かのために一生懸命頑張りたいっていう熱意に負けちゃったのかもね」
「そんな! 大人のくせに!」
「リンディ提督の旦那さん、つまりクロノ君のお父さんが、そういう志の強い人だったみたいだから。たぶん、無碍には出来ない想いだったのかな」
 クロノの父親は、原作第二期で語られる、今は亡き人だ。確かに彼は、自分を省みることなく、他人のためを想って命を落としていった。
「フェイトを…………捕まえる必要は?」
「こうでもしないと話が出来ないだろうって。別に処罰が決まっているわけじゃないよ…………なのはちゃんが彼女のことをすごく気に掛けてたから。クロノ君はその想いに協力しようとして、今、彼女達の部屋で一生懸命事情を聞き出そうとしている。何だかんだで優しいんだよ、クロノ君は」
 なんだよ。なんだよ、それ。
 次第に、額には変な汗が張り付いていた。
 心臓がバクバク音を立てている。
 なんだろう。この、体が押し潰されそうなほどの空気は。
 罪悪感? ふざけるな。
「俺を…………俺を信じた理由は?」
 そうだ。そんな簡単に俺を信じるな。
 俺は、お前達にとって危険な人物なんだろう?
 俺が間違っているかどうか、半信半疑ではあった。エイミィさんの口車に乗せられているだけなんじゃないかと疑った。
 自分が間違っていることを認めたくない。今更認められるか。俺が抱いている原作へのイメージは、間違ってなんていないだろう。
「だって同じ学校に通ってる友達なんでしょ?」
「や! あいつは俺を監視するために!」
「でも、学校帰りのクロノ君はいつも楽しそうだったよ?」
 なんだ? クロノってそんなにお子様思考なのか? いつもすまし顔で大人ぶってる割には、俺と学生ごっこしたのが楽しいってか。そういやあいつにはからかわれて恥を掻かされたもんな。まだまだ年相応ってわけなのかよ。
 そして勝手な思い込みで、クロノを捻くれた見方で見ていた俺自身も、なんだか馬鹿馬鹿しく思えた。
 打ちのめされた俺の心から、零れた言葉が一つ。
 それは、腐れ外道と罵った奴等に向けて。
「…………ご、ごめんなさい」

 See you next time.



[30591] NEXT12:クロノ・ハラオウン
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/01/16 23:59
「ひろしさん、元気出してくださいよ」
「無理。俺、もう何もしたくない」
 そりゃあ部屋の隅で蹲りたくもなるさ。膝を抱えて自己嫌悪したくもなるさ。
 俺は転生オリ主なのに。この世界にやって来た時から原作の知識があって、リリカルなのはの世界に住む誰よりも登場人物達のことを知っているつもりだったのに。
 それを根底から覆されたんだ。しかも、俺がよく知っていると思い込んでいたはずの原作キャラから、直接面と向かって。
 なんだかもう、誰にも合わせる顔が無いよなぁ。
「イタい、イタいよ……俺」
「あ、あんまり自分を責めないでくださいよ! これからでも全然うまくやっていけますから! きっと!」
「はぁ…………いっそのこと、どっかの無人世界にでも俺を置き去りにしてくれないだろうか」
「…………重症だなぁ」
 なんかもう、穴があったら入って蓋して踏み固めて埋めてほしい。口から出るのはため息ばかりだった。
 ああ、俺、これから何をしていったらいいのかしら。むしろ何もしないほうがいいのかな。でも、今更俺が手を引いたところで、フェイトは原作から大きく逸れた道を進んでしまっている。
 本当に、俺は余計なことをしたんだなぁ。
 その時、背を向けている部屋の出入り口から、誰かが入ってくる気配を感じた。
 もしかして飯か。捕らわれの身である俺に、ブタ箱の冷えた飯が運ばれてきたってわけか。まあいいや、そんな生活も。
 俺は自嘲気味な表情を浮かべたまま、ゆっくりと振り向いた。
「せめて、飯にはのり玉も付けてくれぇ」
「何を言っているんだ君は?」
 そこに立っていたのは、手ぶらのクロノだった。
 あれ、飯は?
「訊きたいことがあってきた。今度はちゃんと答えてくれるな?」
 相変わらずの厳しい顔つきで、クロノはそう言った。
 だが、俺はその質問に答えることなんかよりも、今のクロノがどんな気持ちでいるのか、そればかりが気になって仕方が無い。目を合わせることは出来ないけど。
 あんなこと言っちゃった俺のことなんか、軽蔑の目で見てるのかな。すんげえボロクソに言っちゃったもんな。やっぱり怒ってるんだろうな。エイミィさんと話している時は、わりとすんなり謝罪の言葉が出てきたけれど、いざクロノの目の前となるとどうにも口が動かない。
「ひろし?」
 どうしよう。謝ったほうがいいのかな。今更な気もするし、謝らなくても平気かな。
 いや、でもエイミィさんが言うには、クロノは優しい奴だって言うし。許してくれるかも。
 いや、でもあんなにメタメタに言ってやっちゃったからなぁ。
「おい!」
 たぶん、今、この場は許したフリをして、陰では俺のことを。
 嗚呼。 
 と、その時、大きな衝撃が降って来て俺の頭を揺らした。同時に熱いほどの激痛が頭の一部から広がってくる。
「い……ったあぁぁぁぁぁっ!」
「僕の話を聞けって」
 クロノが拳を握り締めながら言った。
 そして話を続ける。
「これから幾つか質問をするから、正直に答えるんだ」
「クロノ…………」
「なんだ?」
「痛い――――」
「当たり前だろう」
 いや、まあ確かに痛いが、本当に言いたいことはそれじゃない。
「――――いや、怒ってるか?」
「正直に答えてくれれば、別に怒りはしないさ」
「そうじゃなくって、俺のこと、嫌いになった?」
 クロノが少しだけ身を引いた。
「き、気持ち悪い訊き方だな。悪いけど、僕にそっちの気はないぞ…………それと、別に君の事は最初っから信用していなかったから」
 今、俺は情けないくらいに弱々しい顔を浮かべている。虫がいいのは解っているつもりだが、見捨ててほしくないという気持ちを前面に押し出していた。
 手を引くことも出来なくなった今となっては、誰かに縋りつきたくて仕方が無い。
 そんな本心丸出しの俺を見て、クロノはますます身を引いた。
 だけど、少しだけ頬を赤く染めながら、こんなことも言った。
「ま、まあ、君を信用していなかったにも関わらず、簡単に目を離した僕にも責任はある」
「……え?」
 あれ、何か今のクロノ、ちょっぴり優しかったな。というよりも、こいつって考えが大人だなぁ。
 これがエイミィさんの言っていた、クロノの優しさってやつなのだろうか。
「ひろし。君の事は今でも怪しいし、また何かロクでもないことをしでかすんじゃないかと疑っている。だから僕は、君の言動に対して細心の注意を払うつもりだ」
「ま、まあ、そうだよな」
「だから」
「だから?」
「君はこれからの態度で示すんだ」
 そう言った時のクロノの表情はやっぱり硬かった。厳しかった。
 だが、そこには俺に対する怒りとか憎しみがあるわけではなく、ただ、真っ直ぐな目があった。
 そしてその目は、確かに光っていた。
「僕は管理局員であることに誇りを持っている。自分の属する組織が悪だとは思わない。僕達がいることによって、救われている人達がいると、自信を持って言える…………詭弁に聞こえるか? 身勝手で傲慢な意見だと思うか?」
 理屈っぽいと思っていたクロノは、こんなにも感情的な目をする奴だったのか。
 もっと謙虚な奴だと思っていた。でも、その実、胸の奥にはこんなにも真剣に訴えるほどの思いがあったんだ。
「君みたいな一般人に、悪の組織だなんて、そんな風に思われていたのは酷くショックだよ。だから、僕は君を信じさせてみせる。君と話をして、君をよく知って、その上で管理局員としての正義を見せてやる。君に、管理局を悪の組織だなんて言わせない。君の抱く認識は間違いだったって、信じさせてみせる」
「…………おまえ」
 その目の光から、俺は重みを感じ取った。そしてその重みは、クロノの言葉に説得力を持たせていた。
 そうか。こういうのが、積み重ねてきたものに裏打ちされた、人を動かす言葉ってやつなんだ。
「だからひろし。君も僕を信じさせてみせろ。今度こそ真剣に僕と付き合え。態度で示すんだ。そうすれば僕は君をもう一度信じる」
 “もう一度”か。やっぱり、こいつは俺を一度、信じてくれていたんだ。
 エイミィさんの言葉が、俺の頭の中を過ぎっていった。
 ふと、クロノが背を向けている部屋の出入り口に、エイミィさんがこっそりと立っていた。
 俺が彼女に気付くと、彼女もまた俺の視線に気付き、右手でオッケーサインを作って突き出しながら微笑んだ。
 エイミィさん、まじで天使だな。今の笑顔ははっきり言ってチートレベルの破壊力だろう。俺のハートは狙い撃ちだよ。
 あ、いや、まあそういうのは置いといて。
 こんなにも痛くて、危うくて、得体の知れない俺を信じてくれるというのなら、俺も差し出すべきか。
 力を貸してほしいんだ。俺一人じゃあ出来ないことが多いから。
 助けるために、助けてほしいんだ。
「分かった…………今度こそ、真剣に付き合うよ」
「ひろし……」
「だから、その…………力を貸してほしいんだ。きちんと謝るから、頼むよ。協力してくれ」
「もちろんだ。僕達管理局は、そういう存在だ」
 本当に、目に見えるだけでは分からないことってあるんだな。いや、もしかしたら俺が見なかっただけで、ちゃんと原作にはそういう風に描かれていたのかもしれないけれど。いや、どっちか分からないけど。
 とにかく、今回のことを通して、俺はクロノという奴を原作知識以上に知ることが出来た気がした。
 今度こそ馬鹿な真似はよそう。
「じゃあ、質問に入るぞ」
「え? あ、うん。いいぞ、ドンとこい」
 自分でも驚くくらい胸がすぅっとして、返事も軽やかに出てくる。
「まず、君の目的だ。何故彼女と行動を共にした? 以前から面識があったのか?」
「いや、フェイトのことは知っていたが、顔を合わせたのは初めてだ。まあ、俺が一方的に彼女を知っていると言うべきか」
「君ってやつは…………本当に捕まるぞ?」
「ストーカーじゃねえっつーの、勘違いするな。俺の目的は、彼女、フェイト・テスタロッサを救ってやることだ」
 俺がそう答えると、クロノの顔が僅かに反応を示した。
 なんだ? 何に反応したんだ?
「君が彼女を知っている理由は未だによく分からない。だが、彼女の名前が聞けて、ようやくヒントを得ることが出来た気分だ」
 クロノはそう言うと、胸の前で腕を組みながら右手を自分の顎に当てて、視線をどこかに向けた。
 俺はクロノの、次の質問を待った。
 フェイトを救うと言いながら、ちっとも上手くいかない。このままじゃあ本当に洒落にならないくらいかっこ悪い結末しか迎えない。
 フェイトを救おうと誓った時に、俺は自分自身に足りないものを積み重ねて、強くなろうと決めたんだ。
 それなのに、今のところ積み重ねているものは痛々しい失敗ばかり。
 はっきり言ってマズイだろう。これじゃあ本当に詰んじまうよ。
 クロノ達管理局に対する認識も改まったことだし、今度こそ、何としてでも俺の望む展開へと。
「実は、こちらから何を聞いても彼女達は黙秘を続けていて、名前すら聞き出せなかったんだ」
「そ、そうなのか」
 フェイトらしいな。たぶん、クロノが質問を繰り返すだけじゃあ話は進展しないだろう。
「でも、ひろしが彼女の名前を教えてくれたおかげで、この件の背後にいる人物が浮かび上がった――――」
 クロノは両腕を下ろしてから、少し間を空けて言った。
「――――プレシア・テスタロッサだ」
 あ、そうか。ここでクロノ達とプレシアが結びつく展開となるのか。
「君はいろいろと詳しいわけだが、もしかしてプレシアについても知っているのか?」 
 クロノがそう訊いてきたので、俺はあっさりと首を縦に振った。
「おう。何でも知ってるぞ」
「彼女は、この一件に関わっているのか?」
「関わっている」
 クロノは再び考え込んだ。
 たぶん、俺の言葉の信憑性を踏まえて、今後どう動くのかを考えているのだろう。
 クロノが口を閉ざしている間、俺も考えていた。
 フェイトをどうするべきか。どう救ってやるべきか。
 ここまで来ると、クロノ達アースラ組の目的はほぼ定まったも同然だ。俺の言葉が信じるに値するものだと判断された場合、十中八九クロノ達はプレシアとの接触を試みるだろう。
 そんな中で俺に出来ることは何か。
 たぶん、俺も今のままでは進めない。クロノ達の力を借りてでも、物語を進めないと。 
 出来ることなら、やっぱりプレシアとの接触をするべきか。
「ひろしは、プレシアの居場所も知っているのか?」
「いや、居場所までは…………」
 そこまで言いかけて、ふと思い出した。
 そうだよ。意識して考えてみたら、俺はプレシアの居場所を知ってるよ。
「ひろし、どうなんだ?」
「わ、分かるぞ。生憎と転移魔法は使えないが、居場所なら分かる」
 まさかこういった形で原作知識が役立つとは思わなかった。
 俺ってば、さすが転生オリ主!
「教えようか?」
「ああ、頼む」
 そう言うとクロノは、踵を返して部屋の出口に向かった。



 アースラのブリッジに連れて来られた俺は、艦長席に座るリンディ提督から少し離れたところに立っていた。
 クロノとは何とか上手くいったけど、リンディ提督は俺のことを許してくれるだろうか。
 艦長席から立ち上がったリンディ提督は、右手に湯呑みを持ったままこちらを振り向いて言った。
「さて、ひろしさん?」
「は、はい!」
「プレシア女史の居場所を知っているそうですね」
 俺が小さく頷くと、隣に立つクロノが俺の方をちらりと見た。
 そして反対側の少し離れたところにいるなのはとユーノも、俺に視線を向けている。
 なんというか、仕方がないことなんだけど、ちょっと肩身が狭いように感じる。まあ、そんな雰囲気を作ってしまったのは、俺がクロノを裏切ったからであるわけで。
「プレシア女史とファミリーネームが同じだという彼女、フェイトさん。彼女を知るためにも、一度プレシア女史には会っておいたほうがいいかも知れませんね」
 何と言うタイミング。ようやく俺にも運が回ってきた。
 ちょうどプレシアとの接触の必要性を感じていたところだ。そこでこの見計らったようなタイミングでのチャンス。 
 来てる! 俺に、転生オリ主としての何かかが来てる!
「あ、会っていいのか!?」
 俺が尋ねると、リンディ提督に代わってクロノが答えた。
「フェイトが黙秘を続ける以上、君から得た情報にひとまず頼る他ない。別にプレシアを捕まえるわけではないし、単なる聞き込み調査だよ」
 クロノが説明を終えると、リンディ提督は先ほどまでの厳しい表情を崩して少し笑った。
 たぶん、クロノのああいった頼もしさは仲間を安心させるのだろう。
 再びリンディ提督が言う。
「フェイトさんに対する事情聴取は私達の方で続けます。ですから、クロノ執務官にはプレシア女史の方をお願いします」
「了解しました、艦長」
「と、いうわけで」 
 リンディ提督が足を踏み出し、だんだんと俺の方に近づいてきた。
 表情は相変わらずにこやかだが、それが妙に怖く感じられて、俺は後退したくなった。
「あ、あの? え?」
「ひろしさん、態度で示していただきましょう」
 リンディ提督がそう言った。
 別に脅されているわけではないよな、これって。
 しかし状況が状況なだけに、威圧的なものを感じるのも無理はないだろう。
「た、態度、ですか…………」
「そうです。プレシア女史の居場所、教えてくださいね」
 あ、そういうことか。
 少しほっとした。リンディ提督が態度で示せって言うから、とんでもないことを言われるんじゃないかとハラハラしちゃったよ。
「お安い御用ですよーリンディ提督。で、いつお教えしましょうか? 出発は何時頃になりますか?」
 少しばかり調子にのって、敬礼の真似事をしながらそう言うと、リンディ提督はにこやかに言った。
 だが浮かれてしまっても仕方が無いんだよ。物語は静かに、だが確実に動き始めている。
「今です」
「…………はい?」
「今からクロノ執務官に出発してもらいます」
 急だな、おい。
 しかし、それならそれで構わないさ。
 善は急げと言うしな。
「わ、分かりました。じゃあさっそく」
「その前に、ひろしさんにも準備をしてもらわないと」
「準備、ですか?」
 何だか妙な予感がした。
 ああ、たぶん俺、今オリ主っぽいフラグが立ってる。来てる、来てるよ、これ!
 突然、横からエイミィさんがやって来た。手には小さな巻尺を持っている。
 何それ? 何に使うの?
「はいはーい、ひろし君、両腕を広げてぇ」
 言われるがまま、訳も分からぬまま、俺は両腕を水平に伸ばして直立した。
 するとエイミィさんは、俺の肩幅や腕の長さ等を巻尺で計り、それを紙にメモしていった。
「オッケー! ランディー君、サイズはこの紙に書いてあるやつね!」
「了解!」
 エイミィさんがアースラクルーの一人にメモを渡すと、メモを受け取った局員は小走りで何処かへ行ってしまった。
「あの、何を?」
「プレシア女史への訪問は、ひろしさんにも行ってもらいます」
 おお? なんて積極的な運命!
「態度で示していただきましょう」
 よっしゃぁ! こんなにもトントン拍子でチャンスが転がり込んでくるなんて!
 俺には今、運命の女神が味方しているとしか思えない。
 行ってやる、行ってやるよぉ!
「万が一のことを想定して、武装局員も数名同行させますから」
 リンディ提督がそう言った瞬間、俺の昂ぶった気持ちが一瞬で冷めていった。
 何故、武装局員? 戦闘があるってことか? 話をしにいくだけだろう?
「万が一って…………俺、魔力ないし、一般人だし、もっと穏便な」
「仮に彼女がフェイトさんを使ってジュエルシードを集めているとしましょう。あんな乱暴な回収をさせている様子からして、プレシア女史も自分のやっていることの重大さは理解しているのかも…………それでも手を出してくる人って、一体何考えてるのかしらね?」
 いや、そんな人ってヤバいこと考えてるに決まってるでしょう。実際問題、この事件にプレシアが絡んでいるのは間違いなくて、あの人は切羽詰ってるわけだから。
 よくよく考えてみたら、本当に何しでかすか分からないよ。
 確かに俺はプレシアとの接触を望んでいるけれども、そんないきなりドンパチは望んでいません。
 フェイトを救うため、プレシアを改心させる必要があるわけで、それには俺という存在を彼女の意識に刷り込ませることが大切なわけで。
 魔力も体力も無い俺だけど、だからこそ俺なりに、フェイト達を救う手筈ってのはいろいろと考えていた。そして今後のことを考えても、クロノ達の協力は必要だと思っていた。
 しかし、それらの考えは決して、非力な俺が危険地帯へ入り込むことを良しとするものではない。
 なのに、何故?
 リンディ提督って、ひょっとして俺のこと恨んでるんじゃないか? 常識的に考えて、俺みたいな奴を危険な場所にあっさりと送り込んじゃダメだろう。
 リンディ提督って普段は優しいキャラだけど、本当に怒らせたらいけない人ってことか。
 ここでもまた、原作キャラの意外な一面を見た気がした。
「持ってきました!」
 先ほどどこかへ行ってしまったランディーが戻ってくると、彼は何処かから持ってきた衣装一式を俺に手渡した。
 これって、もしかして。
「武装局員の指定バリアジャケットを模した服と、量産型デバイスのレプリカよ。非魔導師による実働部隊用なの。魔力コーティングが施されているから、多少はバリア機能を有しているわ」
「あ、あの……別に戦いに行くわけではない、ですよね?」
「念のためよ。それに、調査にやって来た人間が身元も分からない格好をしていたら、向こうも答えてくれないでしょう?」
 だが、もしこれで戦闘にでもなったら、俺は見かけだけで何も出来ない野郎だぞ。真っ先にやられる名も無きモブキャラ同然だよ。
「出発は十分後です。さあひろしさん、準備を急いで!」
 嫌がる体をクロノに引っ張られ、俺は男子更衣室に放り込まれた。
 なんだ、この展開。
 失った信用を取り戻すということは、確かに安くなどないのだろう。
 だが、その教訓を学んだ受講料として差し出されるのが俺の命ってのは、あまりにも高すぎないだろうか?
 


 着替えを済ませた俺は、マントを翻しながらデバイスのレプリカを右手に持って、アースラのブリッジに戻ってきた。
 俺の武装局員姿、と言ってもコスプレみたいなものだが。それを見たリンディ提督は、よく似合うと笑顔で褒めた。
 エイミィさんも「かっこいいじゃん!」と言ってくれた。ちょっと照れるな。
 しかし、皆の前に出てきてしまった今でこそ諦めがついたようなものだが、更衣室で着替えている時は、いっそのこと閉じ篭ってやろうかと思った。
 しかし、それはクロノによって阻止された。バリアジャケットの着方が分からないだろうから教えてやるという名目で、俺をじっと監視し、着替えを急かしていたのだから。
 お前達管理局に対する認識は、確かに改まった。しかし、その上であえて言わせてもらおう。
 お前らは鬼か!
「リンディ提督は、俺のことが嫌いなんだ」
「ん? 何故だ?」
 クロノがとぼけた顔で訊いてきた。コノヤロウ、人の気も知らないで!
「俺にこんな無茶苦茶なことを言うからだよ!」
「ああ、それは……ごめん」
 クロノが謝った。
 何でこいつが謝るんだ? その理由が分からず、思わず思考も動きも停止させてしまう。
 すると、クロノが珍しくヘラヘラとしながら言った。
「実は、僕がひろしを連れて行くと決めたんだ」
「なっ……」
「君には、僕達管理局の姿を見せてやりたいと思ってね。最初は反対されたけど、僕がワガママを言った」
 予想外の答えに、俺は言葉を失った。
 俺が思い描いていたクロノだったら、俺が管理局員の任務に同行することを真っ先に反対しそうじゃないか。いや、間違いなく反対していただろう。
 しかし、今、俺の目の前にいるクロノは、何だかやけに取っ付き易い、変な言い方をすれば親しみやすい男だった。
 こいつ、そんなに軽い奴だったっけ?
「で、でも、リンディ提督も結構ノリノリで俺に行ってこいって言ってたぞ?」
「まあ、あれはたぶん、艦長なりの君に対する嫌がらせだろ」
 やっぱり恨まれてるんじゃねえかよ。
 そうこう話している内に、いつの間にかアースラの転送装置が準備を終えていた。
 クロノが俺の肩を叩き、「行くぞ」と言って目の前を歩き始める。
 生きて帰ってこれるのだろうか。そんな不安が頭から離れない。それは、リンディ提督が散々俺のことをビビらせたせいだ。
 ただの聞き取り調査のはず。しかし、本当にそんなので済むのか? 何で武装してるんだよ?
「ひろし、早く」
「…………無事に帰ってこれますように」
 俺は顔の前で両手の平を合わせながら、クロノの背中を追いかけるようにして歩き出す。
 ブリッジの片隅にある転送装置。円形の床と天井は淡い光を放っていて、上下から照らされる空間は何処と無くひんやりとした空気に満ちているみたいだった。
 俺とクロノ、そして俺と同じ格好をした武装局員二名が転送装置に入ると、クロノがリンディ提督に向けて声を上げた。
「準備オッケーです」
「そう……では、ひろしさん?」
「あ、は、はい!」
 遂に出発の時が来てしまったか。
 俺は、頭の中にある原作知識を掻き分けて、プレシアの居場所を思い出していた。
「えっと…………次元座標876C、4419、3312、D699、3583、A、1460、779、F、3125…………です」
 艦内に、ちょっとしたざわめきが起きた。
 もしかして、今、俺ってちょっとカッコイイ? 原作第七話でフェイトが詠唱していた座標だが、俺はばっちりとそれを記憶していたのだ。
「あってるのか、その座標は?」
 クロノが心配そうに訊いてきた。
「間違っていたら洒落にならないぞ」
「お、俺もそう思う」
 しばらくすると、エイミィさんの声がブリッジに響いた。
「座標指定完了! いつでも転送できます!」
 その言葉を聞き、リンディ提督が一度頷いた。 
 すると、俺達がいる転送装置の上と下から放たれる光が強まってきた。
 いよいよみたいだ。
「では、クロノ執務官…………それにひろしさんも」
 不安な気持ちが顔に表れているだろうか。かっこ悪いな。
 でも、ここまで来てしまったならば仕方が無い。
 覚悟を決めろ、俺。
「よろしくね!」
 リンディ提督の言葉に、俺は全力で敬礼を返して声を張り上げた。
「砕城院聖刃! 行ってまいります!」
「がんばって! ひろし君!」
 エイミィさん、俺、ひろしじゃないっす。
 しかしそんなことを言うよりも早く、強まる転送装置からの光に、俺達は飲み込まれていった。

 See you next time.



[30591] NEXT13:悪女
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/01/30 23:49
 眼前の光景に圧倒されていた。
 俺が今目の当たりにしているこの光景は、実を言うと初めて見たわけではない。と言うよりも、原作知識を持つ者であれば知っているはずの光景だ。
 そのはずなのに、驚かずにはいられなかった。
 外観が、空気が、そう思わせるのだ。“ここ”はそういう場所だった。
 草一本すら生えていない、まるで根を張ることが許されないかのような黒い大地。そして見上げた先で禍々しいシルエットを浮かべているのは、巨大な動力炉を備えた岩の要塞。高圧エネルギーが渦巻く、次元空間の毒々しい模様を背景とする“ここ”は、本当に庭園と呼んでいいのかと疑わせる。
 『時の庭園』。プレシア・テスタロッサの住まう移動庭園は、そういう名が付けられている。
「ここに、プレシアが」
 唾を飲んだ俺は、右手のレプリカデバイスを握り締めた。
 あまりにも“悪の巣窟”という感じ丸出しなデザインだな。こんなところに住んでいたら、まさに「私が黒幕です」って言っているようなものだろう。
 立ち止まったまま見上げてばかりいる俺の横で、クロノは少し笑いながら言った。
「なんで君は、ここに辿り着いたのが信じられないと言うような顔をしているんだ? ここの座標を教えてくれたのは君だぞ」
「べ、別にそんなんじゃねーし!」
 言い返してみても、クロノは鼻で笑いながら腕組みをした。
 こいつ生意気!
「まあいいさ。じゃあ、さっそくプレシア・テスタロッサに会いに行こうか?」
 そう言ったクロノの表情は、何処となく楽しそうでもあった。
 何故だろう、何がそんなにこいつの心を楽しませているのだろう。
 不思議に思いながらも、俺はクロノと武装局員二人の後に続いて、最後尾を歩いていった。
 一歩ずつ、プレシアのいる場所へと近づいていく感覚。これがたまらなく緊張する。
 額に汗を掻いていることに気付き、思わずマントを手繰り寄せてハンカチ代わりに。顔を拭っている時、クロノがちらりとこちらを見ていたことに気付いたが、恥ずかしくて知らないフリをした。
 ふと隣を見ると、いつの間にか神様が俺と肩を並べて歩いていた。
「いたの?」
 クロノ達に気付かれないよう、視線を前に向けながら、俺はそっと尋ねた。
「はい。ひろしさんが行くところには常に僕がいます」
 本当、いつもいつもどういうわけだか、俺から離れることはないんだよな。
 まあいいんだけど。
「いよいよですね!」
 神様もやっぱり緊張していた。両手を握り締めて胸に引き寄せながら、強張った顔で俺にそう言う。
「ああ。遂にプレシアとの対面だ」
「ひろしさん、作戦は?」
「作戦も何も、戦闘なんかは絶対無理なんだから、俺が出来ることって言ったらプレシアの説得しかねえよ」
「説得ですか……あの、また説教で?」
 少しだけ、いや、だいぶ不安そうな表情を浮かべて、神様が訊いてきた。
 まあ、そういう顔をしたくなるのも分かるよ。俺は以前、フェイトに対して偉そうに説教をかまそうとして、あえなく失敗したのだから。
 だが、以前に失敗したからと言って、言葉以外でプレシアを止める術はあるのか?
 俺には魔力が無いから、まともな戦いは出来やしない。ましてやプレシアは、自他共に認める大魔導師。しかもここは時の庭園。そう、プレシアのテリトリーだ。
 そんな奴が相手なのだから、平和的解決方法で丸く収まるのならばそれに越したことはない。
 そして、転生オリ主でありながらチート能力などを持ち合わせていない俺には、平和的解決方法こそが唯一の対抗手段とも言えるのだ。
 もちろん、以前やらかしたような口先だけの説教なんて通じるとは思っていない。そういうわけだから、俺には勝算なんて無いし、プレシアを説得出来る自信も無い。
 だけど、出来ることはたとえ望み薄だとしてもやっておきたいのだ。
 フェイトの時みたいに空っぽな自分が許せなくなるかもしれないけれど、例えば俺のやることが無駄であるとしても、この体が動くうちは、虱(しらみ)潰しのように一つ残らずやってやろうと思う。
 小さなことからコツコツと。消去法みたいな手段でかっこ悪いかもしれないけれど、それでも構わない。
 とにかく、ここは絶対に外せないところ。
 俺の喉からは、他人を説き伏せる程の重みがある言葉なんて吐き出せないかも知れない。
 でも、それでも何とかしたい。
 そんな俺は、甘いだろうか。
「まあ、なんとかしてみせるさ」
 俺がそういうと、ちょっとだけ間を置いてから「期待してますね」という声が聞こえてきた。
 俺達四人は、程なくして庭園内へと続く入り口に辿り着いた。岩壁を刳り抜いた中に扉を押し込めたような、まさしく“いかにも”な雰囲気のある扉。
 鍵は掛けられておらず、クロノを先頭にして俺達は、扉を開いて中に足を踏み入れた。 
 広い玄関ホールには灯りがなく、開かれた出入り口から差し込む僅かな光が俺達の足元を照らす。音すらないので、足音や衣擦れの音がやけに響いた。
 誰もいないのか? いや、そんなはずはない。分かっているはずじゃないか。
 ここ、時の庭園には、プレシア・テスタロッサが間違いなくいる。そして、彼女の行動理由でもある“アリシア・テスタロッサの遺体”がある。
 俺達は更に奥深くへと足を踏み入れていった。
 原作知識では、プレシアのいる部屋まであっという間という感じだったが、実際に歩いてみると結構広い。
 気が付けば、十分近く庭園内部を歩き回っていた。
 その間、俺達に会話はない。それがまた妙に緊張感を高めて、いつの間にか額には汗が浮かび上がっていた。俺は再びマントを手繰り寄せた。
 そして、汗を拭っていたマントの染みが大きくなった頃、ようやくクロノが足を止めた。
「な、なに?」
 最後尾から前方を覗き込んで確認すると、俺達四人が歩いていた廊下は、いつの間にか大広間へと突き当たっていた。
 そして、アースラのブリッジほどもありそうな大広間の最奥に、一人の女性が座っていたのだ。
 その姿が、俺の体を震えさせる。
「…………何をしに来たの?」
 静かで、しかし激しい気迫を纏ったその声は、俺達を足止めさせるには充分なものだった。
「プレシア・テスタロッサ、ですね」
 無反応の彼女は、椅子からゆっくりと立ち上がった。
 腰まで伸びる黒髪と、所々にスリットの入った妖艶なバリアジャケットのマントを揺らし、冷たい眼差しで刺すようにこちらを睨みつけてくる。
 そして、数歩だけ前に進み出て言った。
「あなた達、管理局かしら?」
「時空管理局次元航行部隊所属、クロノ・ハラオウン執務官です。突然お訪ねして申し訳ありません。少しお伺いしたいことがあるのですが」
 プレシアの高圧的な雰囲気にも、クロノは動じることなく応対していた。一緒に来ている局員二人も、クロノ同様に毅然とした態度を変えることはなかった。
「話? 見たところ後ろにいるのは武装局員のようだけれど、突然の訪問でその身構え方は不躾じゃないかしら? 話をしに来たとはとても思えないわね」
 言ってることはもっともなのだが、原作知識を持つ俺からしてみると、プレシアの何食わぬ顔が歯痒くて仕方がない。
「失礼しました。実は、ある事件の重要参考人を同行させているため、彼の監視役として武装局員を連れてきています」
「重要参考人を同行? 一体なんの事件かしら?」
 クロノのやつ、よくもまあ口が回るものだ。真実を霞ませているが、言葉には偽りがない。
 そんなクロノが、更に続けた。
「とある次元世界で、ロストロギアに関わる事件が起こっています。そしてその事件に関係する少女と出会いました…………彼女の名は、フェイト・テスタロッサ」
 クロノがそう言うと、プレシアは眉間に皺を寄せてから酷く不機嫌そうな表情を浮かべた。
 そりゃあ、そんな顔をしたくもなるだろう。彼女が裏で糸を引く企みは、今、白日の下に晒されてしまったのだから。フェイトを捕らえられてしまったプレシアは、もはやこの企みを諦めざるを得ない。
 そして、プレシアの口から発せられた言葉は、これだ。
「…………一体誰かしら? 私の、テスタロッサの姓を無断で名乗る愚か者は」
 そう言ったんだ。
 ほんの一瞬、時間にしてみたら瞬きをするかしないかという程度の時間ではあるが、空気も思考も感情も、何もかもが止まったような沈黙が訪れた。
 正直に言う。
 俺は、この庭園にやって来た瞬間から怯えていた。フェイトやプレシアを救ってやりたいと大きなことを言っていたが、いざここまでやって来てみると、想像以上のプレッシャーや現実味のある恐怖に、気持ちが押し潰されそうだった。
 救いたいという気持ちは嘘ではない。しかし、その気持ちが軟弱であったことも事実だ。
 しかし、そんな俺が、今ではちっとも怯えていない。
 その代わりに湧き上がるのは、激しいまでの憤りだった。
 今、あのプレシアはなんと言ったのか。
「今、なんて言った?」
 クロノ達やプレシアの視線が、一気にこちらへ注がれる。
「今、あんたはなんて言ったんだよ?」
 おそらく誰が聞いてもはっきりと伝わる怒気が、言葉に乗って空気を伝い、その場にいる全員の耳へと届いていた。
「ひろし?」
「てめえ! 今なんて言ったんだ!?」
「なに? いきなり」
 まさかプレシアからそんな答えが返ってくるなんて。
 クロノに問い詰められたプレシアは、悪態をつきながらフェイトの失敗に怒りを示すのだろうと思っていた。その後で戦闘が始まるようであれば、俺に出来ることはないから逃げるつもりでもいた。
 しかし、彼女から返ってきた言葉は、俺の予想に反してあまりにも残酷なものだ。自分の企みがばれた瞬間から、フェイトを要らないとでも判断したのか。
 そんなのは、そんな言い方はあんまりじゃないか。
「フェイトとの関係を無いものにしようとするなんて、思わなかった」
 そうだ。
 プレシアは、フェイトのことを顔も知らない他人のように言ったんだ。
 自分で命令しておきながら、フェイトの想いを知っていながら、それなのにあっさりとフェイトを切り捨てようとする。顔色なんか微塵も変えることなく。
 いや、もしかしたら俺は、原作知識持ちとしてプレシアのそんな反応を心のどこかで予想していたかも知れない。
 しかし、それでもだ。
 この、時の庭園に足を踏み入れた時、姿形を知っているにも関わらず、現実の迫力に足が竦んだのと同じ。
 プレシアの冷酷さを知っていたにも関わらず、現実として彼女の非道さに触れた時、俺は言いようのない怒りに駆られてしまった。
「フェイトが……フェイトがどれだけあんたのために一生懸命なのか知ってるのか!?」
「ひろしっ!」
「あんたが道具程度にしか思っていない女の子は、傷だらけになっても一生懸命ジュエルシードを集めようとしてたんだぞ! あんたのために!」
「ひろし! よせって!」
「そうだ! 傷だらけになってでも頑張ってるんだ! 痛い目にあって苦しいのに頑張ってるんだ! 道具は頑張ったりしないぞ! 無理したらすぐに動かなくなるぞ! それなのに!」
 そうだ。
 フェイトは、
「フェイトはずっとずっと一生懸命なんだぞ!」
 道具なんかじゃないんだ。
「一体何を言っているのかわからない。迷惑だからお引取り願えないかしら?」
 表情に僅かな変化も見せないまま、プレシアはじっと俺達を睨みつけて立っていた。
「とぼけるなよプレシア! フェイトはあんたのために! あんたのためにぃっ!」
「だから、フェイトなんて子は知らないわ」
「知らないで済むか!? あんたの娘だよ!」
「私の娘はアリシアだけよ」
 くそ。フェイトは、彼女にとっては娘じゃないってことか。
 本当にフェイトを道具だと思っているのか。たとえ道具が悲鳴を上げても、持ち主はそんなものに耳を傾けないと、そういうことなのか。
 自分の無力さに嫌気がさしてくる。俺の中にある怒りはちっとも解消されないってのに、プレシアにぶつける言葉はもう出てこない。弾切れだ。
 きっと俺以外のオリ主達は、もっと重たい、かっこいい言葉を言うのかな。一体なんて言えばプレシアは改心してくれるのかな。
 軽い。
 俺の言葉が、そして俺自身が薄っぺらくて軽い。
 力も武器も無い俺にあるのは、いまいち役に立たない原作知識と、やり場のない怒りだけ。
「ひろし、落ち着くんだ」
 クロノが俺の両肩を押さえつけながら、声を小さくして言ってきた。
「プレシアが本当に関与しているかどうかは、まだはっきりとしていない。残念だけど、君の言葉だけでは判断材料としては不十分過ぎるんだ。だから、それを補うためにここへやって来た。わかるか?」
 だから、プレシアが関与していることは間違いないんだよ。なんで伝わってくれないんだ。
 俺の持つ原作知識なんて、本当に役立たずだ。
「君が彼女のことを知っていると言い張っても、周囲がそれを信じなければ、見え透いた嘘と変わらない」
 俺はクロノを信じさせることすら出来ないのか。
 この、やり場のないまま膨れ上がる怒りは、決してプレシアに対するものだけじゃない。
 俺自身の薄っぺらさに対するものでもある。
「だけどよく聞くんだ…………プレシアの関与を君が訴えた時、それが保身のための“見え透いた嘘”ではないのなら、例えばそれが“ただの勘違い”であったとしても…………僕は君を信じることに後悔なんてしない」
 悔しい。
 こんなにも、何も出来ないなんて。
「態度で示せと言ったはずだ。僕を信じさせてみせろと言ったはずだ。僕が信じるならば、君の言葉は嘘じゃなくなる」
「…………クロノ」
「手が届くならば、フェイトだって、君だって、誰だって救ってみせたいんだ。それが時空管理局だ」
「ああ」
「それを君に知ってほしくて、君を連れて来たんだろう。だから今は落ち着いて、僕に任せてくれないか?」
 俺はゆっくりと頷いた。こいつの真剣な表情を見ていたら、なんだか本当に落ち着けてきた。
 クロノって、良い奴なんだな。今更かも知れないけれど、そんな風に思った。
 俺の持つ原作知識は、どうしてこうも歪な見方をしたものなんだ。クロノはこんなに良い奴じゃないか。
 どこで間違ったんだろう。一体彼の何を見て、俺はこいつに、時空管理局に悪いイメージを持っていたんだろう。
 何か、クロノの力になれることはないだろうか。僅かでもいいんだ。俺のためにも動いてくれているクロノを、少しだけでも助けられるように。
 俺の想いを、託すように。
 何か。
「クロノ、一つだけいいか?」
「ん? なんだ?」
 プレシアに対する聞き込みは、この先クロノに全て任せる。それはもちろん、納得が出来た。
 だから、少しでも捜査の助けになればいいと思って、俺は持っている原作知識から使えそうな情報をクロノに教えておこうと思った。
「『プロジェクトF.A.T.E』って、知ってるか?」
 その言葉を聞いたクロノは、しばらく視線を宙に泳がせながら、小さく頷いた。
「聞いたことはある。確か、人造生命の生成に関する研究の総称だ。倫理的な問題などから、違法とされていたはずだけど…………待てよ? “フェイト”って、もしかして」
「…………プレシアは、今回の事件の裏でその研究に手を染めている。俺は、お前の捜査に役立てばと思ってこの話をした。その真偽はお前がさっき言ったとおり、きっちりと捜査して判断してくれればいいが、よく調べてみてくれ。そして、あのプレシアを何としてでも止めてやってくれ…………頼む」
 頭を下げた。両肩はクロノに押さえられていたが、その姿勢のまま出来る限り深く、俺は頭を下げてお願いした。
 すると、クロノは納得したように再び頷いて、小さく微笑んだ。
「参考として聞かせてもらったよ。出来る限りやってみる」
 クロノが見せた微笑は、ここにやって来た直後に見せていた表情と同じだった。何故か楽しそうな、そんな顔。
 あの時は一体何が楽しいのかと思っていたけれど、今になってようやく分かった。
 それは、俺に本当の管理局を教えてやりたいという昂ぶりだったんだ。
 そして、そうまでして俺の考えを改めさせたいと、一生懸命になるクロノの気持ちは、何だか俺にとっても嬉しいものだった。
「私の話を聞いていたかしら? 帰ってと言ったのよ」
「もう少し、お話を聞かせてもらえないでしょうか?」
 クロノがプレシアの方に向き直り、数歩だけ彼女に近づいた。
「話すことなんて何もないわ。帰ってちょうだい」
「少しだけで結構です…………そう、フェイト・テスタロッサという少女が、人造生命であるかも知れないという可能性について」
 その言葉を聞いた途端のプレシアは、再び表情を歪ませた。
 明らかに見て分かる動揺。もしかしたら彼女は、あまり感情を隠すことが上手くはないのだろうか。
「私に、そんなことを聞く理由は?」
「ええ。こちらも捜査が行き詰っていまして、優秀な研究者でもあったあなたのご意見を参考に出来ないかと」
 鋭い視線はそのままに、プレシアが鼻でゆっくりと深呼吸をした。
 それから、とうとう彼女は口を開いた。
「こちらへどうぞ。お話をしましょう」
 プレシアが折れた。
 そのことに驚きを隠せないでいるのは俺だけ。当然だ。原作知識を持っていなくては、今のやり取りに秘められている真実なんて分かりっこない。
 プレシアが、徐々に逃げ道を失っていく様子が分かる。
 アリシアを失って失意のどん底にいるプレシアを思えば、同情の余地がないわけでもない。だが、病んでいるとさえ言えるプレシアを救うためには、あらゆる手を使ってでも、彼女を止めなくてはいけないんだ。
 とにかく、これでプレシアが自供するなりフェイトの存在を認めるなりしてくれれば、悲しい運命は少しずつ変化を見せているということだ。
 上手くいっている。そう、予感した。
「ひろしさん!」
 神様がいつにも増して明るい声で呼んできた。
「やった、やりましたよ! プレシアがもしかしたら変わるかも知れない! もし彼女が変われば、きっとフェイトだって!」
 武装局員に気付かれるわけにもいかないので、俺は無言のまま、しかし微笑を携えて頷いた。
 よし、それではプレシア改心の瞬間に立ち会おうじゃないか。
 俺は、プレシアの方へと歩み寄るクロノの後に続いていこうと足を踏み出した。
 しかし。
「お話は、執務官の彼だけで結構よ」
 俺と、残された局員二人は口を開け放したまま固まった。
「あなた達は先に帰っていただけないかしら? とても大事な話なの。いいでしょう?」
 プレシアはクロノに同意を求めると、俺達とプレシアの方を交互に見やったクロノが頷いた。
「悪いが、三人は先に戻っていてくれ」
「お、おい! だって……大丈夫なのかよ!?」
「平気だ。それよりも、アースラに戻って艦長に事情を伝えてきてくれないか?」
 そう言われても、しばらくの間戸惑って足を止める俺達だったが、クロノがそう言うのならばと、二人いるうちの局員一人が、動き始めた。
 なんだか拍子抜けしたような気持ちだ。
 そんな思いのまま、俺達は来た道を歩いていき、アースラと繋がる転送場所へと戻ってきた。
 クロノは平気なのかな。
 俺達はすぐに転送することをせず、少しの間転送地点から動かずに待機をした。
 しかし、そうこうしている内に、エイミィさんからの通信を受けて、俺達は一旦アースラへと戻ることにしたのだ。



 アースラ内に戻ってきた俺達は、さっそくブリッジ上のリンディ提督に事情を説明しようとしていた。
 クロノがいないことに最初は不安そうな顔を見せたリンディ提督だったが、俺達の説明を聞き始めると、言葉を一つ一つ細かく理解するように、何度か頷いて返事をした。
 そして説明が終わる頃には、いつもの穏やかな笑顔を浮かべながら、「分かりました」と締め括る。
 なんともあっさりした言葉に、少々驚いた。
「あ、あの、心配ではないんですか?」
 そう尋ねると、リンディ提督はちょっとだけ眉尻を下げた。
「そうね、心配だわ」
「え、でも」
「でも、彼はこのアースラの切り札、優秀な執務官ですもの。信頼もしている…………それに」
 その続きを、俺はじっと待った。
「それに、たぶん今回のことは一生懸命やりたいのよ。ひろしさん、あなたのためにもね」
 そんなものなのかな。
 嬉しくて、気恥ずかしくて、、俺は顔を無理に顰めさせた。
 しかし、すぐに言葉を返す。
「でも、もし何かあったら。たとえば危険な目に遭うとか」
「そうね。もしそうなったら」
 もちろん、助けに行くのだろう。
 そう考えていた時、突然、アースラブリッジ内にエイミィさんの声がこだました。
「艦長! 外部から通信です! 相手は…………プレシア・テスタロッサから!」
「何ですって?」
 言いようのない緊張感が走り、俺達は艦内前方の大型スクリーンに視線を向ける。
 何だ? まさかプレシアがクロノに諭されて自首でもするのか?
 誰もが言葉を発しないまま、通信は繋がれた。
 そこに映ったものは。
「あ…………」
「……うそ」
 両手足を縛られたままつるし上げられた、傷だらけのクロノの姿だった。
 信じられない光景に絶句する中、今度はプレシアが映りこみ、言葉を紡ぐ。
『時空管理局のあなた達にお願いがあるの』
 お願い? こんなことをしておいて、あいつは何を言っているんだ?
『…………ジュエルシードを集めてきてちょうだい。二十一個、全て』
「プレシア! あなたは!」
 リンディ提督が声を荒げても、プレシアは決して動じなかった。
『後ろにいる坊やは、二十一個のジュエルシードと引き換えにしましょう。それと、今すぐその場にフェイトを連れて来てちょうだい』
 取り引きだと? 誰もが予想もしていなかった展開に驚き、動けないでいた。
 しかし、プレシアは「早くしなさい」と、俺達を急かした。
「リ、リンディ提督?」
 俺が彼女に視線を向けると、隠せない動揺で唇を震わせているリンディ提督が言った。
「…………誰か、フェイトさんを連れて来てくれる?」
 その言葉を聞いて、エイミィさんがしばらく席を離れる。
 そしてものの数分で戻ってきた彼女は、フェイトと、その後ろに付いて歩くアルフとなのはを連れて来た。
 なのは、何をしていたんだ?
 やって来たフェイトの姿を見たプレシアは、声を震わせて言った。
「ああ、私のフェイト。かわいそうに」
「母さん…………ごめんなさい、心配をかけて」
 フェイト、ダメだ。なんでそんな穏やかな声で話しかけるんだ。
 俺は心の中で必死にフェイトへ訴えかけた。
「気にしなくてもいいのよ、フェイト。それより、一つ話を聞いてほしいの」
「なに? 母さん」
「あなたをそこから助け出すためにも必要なことなの。だから言うことを聞いてちょうだい」
 プレシアの目は、どこか不安定なものだった。
 その目に秘められた想いはなんだ? もしかしたら彼女は、フェイトを心配するように演じることが我慢ならないのかも知れない。
 何故なら、彼女の瞳からはどうしてもどす黒い感情しか感じられないからだ。
「ジュエルシード探しはその船にいる管理局員達に任せることにしたわ。だからあなたは、管理局員達を監視しなさい。仕事をさぼらないように、救援を呼ばないように、反抗しないように」
 こいつ、どこまで外道なんだ。
「いいわね、フェイト。母さんのためにも、お願いよ」
「はい、母さん」
 フェイトは何も迷うことなく返事をした。
 そして、フェイトはすかさずバリアジャケットを装着し、バルディッシュを握り締めて俺達にその切っ先を向けたのだ。
「お願いね、フェイト。母さんを悲しませないで」

 See you next time.



[30591] NEXT14:遅刻
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/03/02 01:06
「さあ、今すぐにジュエルシードを探して」
 その声は、とても冷たいものだった。だけど、そのはずなんだけど。
 ちょっとだけ、弾んでいるようにも聞こえたのだ。
「フェ、フェイト…………」
「ひろしは黙ってて」
 たぶん、フェイトは今、大好きなプレシアに身を案じられて、大事な仕事も任されて、少しだけ浮かれているのだろう。だからあんなにも嬉しさを押し殺した冷たい声で言うんだ。
 だけどフェイト、お前の言っていることがどんなことなのか、ちゃんと理解しているのか?
「ま、待ってくれ! なあフェイト、何を言っているのか、解ってるのか?」
「解ってる。私は母さんのためにジュエルシードを集めなくちゃいけない。でも、私だけでは時間が掛かるから、あなた達に手伝ってもらう。そういうことだよ」
「だけど、クロノが……」
「うん。それも解ってる。あなた達がジュエルシードを全て集めてくれたら、それと引き換えであなた達の仲間を返す。そういうことでしょう?」
 俺はフェイトから視線を外し、アースラのメインモニターに映っているプレシアを睨みつけた。
 あの女。なんてことを。食いしばった歯が音を立てそうだった。
 誰も、この何とも言えない状況に困惑し、恐怖していた。
 エイミィさんがリンディ提督の方を見た。その目は、遠くからでも分かるほどに怯えきっている。
 当たり前だろう。だって、クロノがあんな状況なのに。
 そしてリンディ提督は、下さなければならない決断を迷うかのように、唇を震えさせながらモニターをじっと見つめていた。
 モニターの中のプレシアは、まるで蝋人形のようだ。笑顔というものを忘れてしまっているかのよう。表情を微動だにさせることなく、ただ真っ直ぐと、俺達をじっと見下ろしている。その視線が、この場の空気や時間を硬直させていることは明らかだった。
 モニターから視線を外せない。あんな目、まるで魔法じゃないか。
 その時だ。
『…………まて』
 大きなどよめきがアースラブリッジ内に巻き起こり、同時にフェイトとプレシアの視線が動く。
 その視線は、プレシアの後方に突っ伏しているクロノへと注がれた。
 彼が、動いたのだ。
『艦長……プレシアの、言うことに……従う必要なんて、無い』
 その声は途切れ途切れだった。それがとても痛々しくて、思わずこちらがむせ返ってしまいそう。
『僕のことよりも、するべきことがあるはずだ。それが…………僕達管理局員でしょう?』
 なんだ、あいつは何を言っているんだ。
 そこまでしなくちゃいけないものなのか、時空管理局って。
「クロノ! 喋らないで!」
 リンディ提督が声を張り上げた。それは上官としての命令ではなく、母親としての願望に思える。
 しかし遅かった。クロノの声に不快感を示したプレシアが、手にしていた鞭を振ったのだ。
 生々しい乾いた音が響き、プレシアの奥で横たえるクロノの体が跳ねた。鞭打ちは一度では終わらず、数回繰り返された。
 エイミィさんが顔を両手で覆い隠す。
 見てられない。
「やめろ! プレシア!」
 俺も思わず叫んでしまったが、プレシアには聞こえていない様子だ。しかし、ちょうど同じタイミングで、プレシアは鞭を再びおとなしくさせた。
『偉いのね。苦しくても泣き言一つ言わないなんて』
 そう、プレシアは言った。確かに彼女の言う通り、クロノは、鞭を受けても声を上げずにずっと耐えていた。それはたぶん、俺達の判断を鈍らせないため。
 プレシアの視線がモニター越しでフェイトに向けられた。
 フェイトが身を強張らせているのが分かる。
『本当に、この坊やは良い子ね』
 そんなの、追い討ちだ。俺はますます歯を食いしばった。
 そんなことを言われたフェイトは、言いなりになるしかないじゃないか。
 案の定、モニターから視線を注がれたフェイトは、さっきよりも気を引き締めたように目を吊り上げて俺達に言った。
「早く! ジュエルシードを集めて!」
『やっぱりフェイト、あなたもいい子だわ。母さんのために一生懸命働いてくれて…………じゃあ、ジュエルシードが全部集まったら連絡をちょうだい』
 その言葉が終わると、時の庭園との通信は一方的に切断された。
 そして次なる展開は、リンディ提督の決断に委ねられる。
 あまりにも酷だ。
 クロノがあそこまで必死になって管理局員であろうとしたのに、俺達の気持ちはこんなにもぐらついてしまっている。どちらを取るかなんて、選べるわけがない。
 ここでクロノの言う通り、フェイトを取り押さえるべきか。アースラ内には武装局員も多数いるし、リンディ提督もいる。それになのはやユーノも。魔導師はクロノだけじゃないんだ。通信連絡を使えば、すぐにでも管理局本局に連絡を取る事だって可能。フェイトとアルフが邪魔するかも知れないが、さすがにこの状況は彼女達にも不利なはず。
 だが、クロノの安否は?
 では、プレシアの指示に従ってジュエルシード探しを始めるか。フェイト達の監視下のもと、各地に散らばったジュエルシードを可能な限り早く見つけ出す。フェイトが言っていた通り、彼女一人では時間が掛かるのに比べ、俺達には人手がある。そして集めたジュエルシードと引き換えに、クロノを返してもらう。
 だが、素直に返す保障は?
 こんな話があるか。あってたまるか。
 自分じゃ判断出来ない。実際、判断をするのは俺ではないけれど、俺や他の皆だってそれぞれの想いを重ねて、それぞれの決断を模索していると思う。
 だけど、どうしても決められない。どちらを選ぶべきなのか、ちっとも答えが見つからないんだ。
 そしてそれはたぶん、他の皆も同じ。顔を見れば分かる。
 そんな中、一人、決断を指示として口に出さなければならないリンディ提督は、あまりにも不憫だった。
「私は……私達、アースラは――――」
 本当に、不憫な人だ。
 集団の中の長として、最良の選択をしなくちゃいけない立場なのだろう。
 そしてその選択は、私情に簡単に流されてはいけないものなんだと思う。
 でも、人質として掴まっているのは彼女の息子で。
 大切な一人息子で。
 彼女の決断こそ。
「艦長……」
「リンディ提督……」
「――――ジュエルシードの捜索を…………開始しましょう」
 それこそ、母親ってものじゃないのかな。
 俺はフェイトをそっと見た。
 少しだけ悲しそうな視線をリンディ提督に向けている彼女は、構えていたバルディッシュを持ち替えて、自分の脇に立てた。相変わらず警戒の視線は解いていないが、ピリピリした感じは僅かに和らいだように思える。
 リンディ提督の判断は、間違っているのかも知れない。
 だけどクロノの母にとっては、きっと唯一の道だったのかも知れない。
「エイミィさん、センサーの出力を最大にしてジュエルシードの位置を出来る限り特定して。それから実働部隊は、グループに分かれていつでも出られる準備を」
「あの…………」
 なのはとユーノが、声を上げた。
「あなた達にも協力をお願いしたいの。また暴走体が出た時には、今までのように対処してくれないかしら…………お願い」
 なのははまだ何かを言いたげで、しかし、その視線はフェイトに切り替わった。
「あ、あのね、フェイトちゃん」
「早く、探しに行って」
 冷たい返事に再び黙ってしまったなのは。そんな彼女を、ユーノがゆっくりと連れ出す。
「あ、あの、リンディ提督」
 俺も動き出した。リンディ提督の判断がどんなものであれ、委ねてしまった俺達には、今は従うことしか出来ないのだから。
「ひろしさん、あなたは――――」
 何が出来る。
 俺に一体、何が出来る。
 クロノを助けるために。予想外の道を歩き始めた物語のために。悲運を救うために。
 俺に、何が出来る。
「――――帰りなさい」
「…………え?」
 リンディ提督の指示が、理解出来なかった。
「家に帰りなさい。そして、もうアースラに乗る必要も無いわ」
「そんな! このまま帰るなんて出来るわけが無いだろ!?」
「もう、いいのよ」
「だって俺を監視するんでしょ!? 怪しい俺を見張ってないとダメなんでしょ!?」
「…………もう、それどころじゃないの」
 まさにその通りだとは思う。しかし。
 次にフェイトを見た。
 俺を逃がすつもりなのか? 関係者だぞ? リンディ提督の指示を見過ごすのか?
「ひろし、あなたは帰ってもいいよ。魔力が無いから捜索も封印も無理だし、もちろん抵抗も出来ない。それにこの次元世界では魔法なんてちっとも浸透していないから、あなたの発言は絵空事にしかならないから無害だし」
「…………ちょっと待ってくれよ」
「あなたに出来ることは無いの」
 いつか、自分の無力を恨んだことがあったのを思い出した。
 今はあの時の何倍も、何十倍も、何百倍も悔しい。


 
 目覚まし時計の音がして、俺は目を覚ました。
 今俺がいる場所は、自宅のベッドの上。カーテンの隙間から漏れる朝日が目に入って、眩しかった。
 酷く気分の冴えない目覚めだが、今に始まったことじゃない。これで何日目だろう。
 決して悪夢を見たわけではない。寝床に着くのが遅かったわけでもない。
 それでもこんなに気が重いのは、どうしようもないくらいに気掛かりなことがあるからだ。
 俺の気持ちは、あの時から止まったままとなっている。
 そう、プレシアの魔法が掛かったままみたいに。
「ひろしさん」
 神様の声がした。
「解ってるよ。ちゃんと起きる。ジュエルシード探しにも出るさ」
 アースラから降ろされたあの日、俺達は決めたのだ。
 リンディ提督とフェイトに帰るよう命じられた俺は、アルフの見送りによって海浜公園で身柄を解放された。
 あの時、アルフは複雑な表情を浮かべていた。
 あれだけ「フェイトを助けてやる」と大口を叩いていた俺は、何も成さないままアースラを降りることになったのだ。フェイトを救ってほしいと願っていたアルフからしてみたら、俺なんて口先だけのほら吹きだったに違いない。
 そう思っていたのだが、あの時アルフは、別れ際にこう言った。
「なんか……悪いことをしたね。あたしだってフェイトを助けたいと思っているのに、あの子に従うことも同じくらい大事なんだ…………半端者なんだよ、あたしは。でもあんたは、最後までフェイトを救おうって気持ちでいてくれたんだよね。嬉しいよ…………だから、ごめん」
 俺の言葉を待つことなく、アルフは去っていった。
 その後で、俺は神様と話し合った。
 何も出来ないなんて、何もしないままでいるなんて。それだけは嫌だった。
 ここまで関わったんだ。俺はもう、無関係ではないんだ。
 たしかに最初は、転生オリ主という自分の立場に浮かれて舞い上がっていた。『魔法少女リリカルなのは』という世界は俺のために用意された遊園地のようなものだとさえ思っていたのかも知れない。
 でも、幾度となく失敗して、思い通りにいかなくて、じれったくて仕方が無くて。
 なのはに気付かれなくて、ユーノに相手にされなくて、クロノに疑われて、エイミィさんに説き伏せられて、アルフに謝られて、フェイトの力になれなくて。
 この世界の本当の姿を知って、自分の立ち位置を理解し始めて。
 悔しくて。
 情けなくて。
 だけど、それでも。
「力になりてえ」
 そう望んだ俺は、たった一人日常に帰された今でも、学校に行くこともしないでジェルシード探しを続けていた。
 あれから数日過ぎたが、原作キャラの姿はちっとも見かけていない。なのはの両親が働く喫茶店へ足を伸ばしてみても、なのはの両親は見かけたが、なのは本人を見ることはなかった。
 喫茶店を覗いた帰り、なのはの親友であるアリサとすずかなら見た。アリサは原作どおり、悩みを一人で抱え込むなのはに向けた愚痴を吐き捨て、すずかはそんな彼女を宥めていた。
 孤独にジュエルシード探しをする俺の姿は、もちろん両親にはよく映っていなかった。
 久しぶりに帰ってきた俺を見るなり、母さんはヒステリックなほどに怒声を撒き散らし、父さんには拳で殴られた。
 勝手な行動を取った当然の報いとして、俺はその痛みを無抵抗のまま受け入れることにした。
 しかし、学校に行かない日々を止めるわけにはいかなかった。 
 毎日怒られたけれど、これだけは止められなかった。
 止めたくなかった。
 何もしなければ、何も成さないまま物語が終わってしまう。 
 原作とは違う展開を歩み始めた物語。その結末は一体どうなるのだろう。
 俺が介入をしなくても、原作とは違った形でハッピーエンドを向かえるのか? それは神様にも分からないところだから。
 分からないのなら、まだチャンスはある。
 そう信じて、毎日町の中を駆けずり回った。
 そして今日も、同じように家を出て行った。
 朝飯を食わないまま家を出て、俺はよく晴れ渡った空の下を、あちこち動き回っていた。
「なあ、神様」
「なんですか?」
「俺には魔力無くても、神様には何かないの? 魔力を感知するとかさ」
「ごめんなさい。僕は本当に何も出来ないんです」
 別に謝らなくてもいい。簡単に見つからないのなら、その分俺が歩き回って汗を流せばいいだけだ。
 そうしないといけないんだ。
 ジュエルシードを探して歩き回ることは、俺に唯一出来ることなのだから、簡単に発見できてしまっては困る。
 そんな風に考えさえする。
 俺は、何やってるんだろう。
「あ、あの!」
 当ても無く、挙動不審な様子で街中を彷徨う俺に、声が掛けられた。
 誰の声だろう。考えることさえ煩わしくて、瞬間的に振り向いた。
「あ」
 そこにいたのは、高町なのはだった。
 白いワンピース風の学校制服に身を包み、トレードマークのツインテールを揺らしているなのはは、学校の鞄を背負ったまま、俺と向かい合うように立っていた。
「な、なのは!? なんでここに?」
 何故なのはがここにいるのだろう。ジュエルシード探しをしているはずではないのか。
「あの、えっと…………アースラの中にいた人、ですよね?」
 今更だが、名前を覚えられていないことがいささかショックではある。
 しかし、今となってはそれも些末な問題だ。
「な、なんでお前がここにいるんだ? ジュエルシードは?」
 行き交う人々は、男子中学生と女子小学生が、とっくに授業が始まっている時間の街中でお喋りをしている光景に、訝しげな視線を送っている。
 しかし、今はそんなことなどどうでもいい。
 今俺に起こっている出来事は、物語の新たなページを捲る出来事なのだから。
「もちろん、今でもユーノ君や管理局の人達が一生懸命探しています。既に幾つかは見つけましたよ」
「そ、そうか。でも、なのは、お前はいいのか?」
 たぶん、今まで顔を合わせたことはあってもまともに会話したことが無いせいだろう。俺が「なのは」と呼ぶと、彼女は少し恥ずかしそうな、困惑したような、そんな表情を浮かべる。
「えっと、その…………リンディさんが、学校にはちゃんと行きなさいって」
「フェイトがよく許したな」
「ううん、黙って出てきちゃいました。リンディさんが説得しといてくれるって言うから」
 そんなことになっていたのか。
 俺は、その他にも気になっていたことがたくさんあったので、物語に関する情報を少しでも多く欲しいと思った。
 だが、それよりもまず気になることを、なのはに尋ねてみた。
「リンディ提督のおかげで学校に行けるのはいいとして…………今、もうとっくに授業中だと思うんだけど」
 朝飯を食べずに出てきたので当てになる腹時計ではないが、昼飯時まであと一時間半くらいではないだろうか。
「その…………何と言いますか」
「もしかして、サボリ?」
「えへへへっ」
 意外だ。なのはが学校をサボるとは。
 どういう心境なのだろう。
「何だか、皆が一生懸命ジュエルシードを探しているのに、私だけ学校に行っててもいいのかなって。それで、一人でジュエルシード探しを」
 正直に言って、俺は少し驚いた。
 なのはが学校に行かない理由は、俺と大して変わらないんだ。
 今まで原作への上手な介入が出来ないまま、原作キャラ達とどことなくずれたポイントに俺は立っていると思っていた。
 だが今、原作キャラが、そしてこの『魔法少女リリカルなのは』という物語が、とても身近に感じられた。
 初めて、まともな原作介入が出来た気がする。
「で、でもなぁ。だからって学校をさぼっちゃいけないだろう。まだ小学生なんだし」
「で、でもでも! お兄さんだって中学生でしょ!?」
「小学校は義務教育だろう?」
「中学校もです!」
 俺は久しぶりに笑った。
 そしてそれは、たぶん高町なのはも同じなのだろう。
 こうして事件に関わる人物に出会えたことで、俺の気持ちに纏わり付いていた真っ黒なモヤが、少しだけ晴れた気がした。
 プレシアに掛けられた魔法。俺の中で止まり続けていた時間が、何だか動き出す気配を見せ始めた。
「あの、お兄さん?」
「ん?」
「やっぱり…………学校に行ったほうがいいかな?」
 なのはが、しょぼくれたような顔で言った。
「どうしてそう思うんだ?」
「迷ってるの…………あのね、たぶん両親にはすぐばれちゃうと思う。学校に連絡も入れてないし。それに、私が学校をサボってジュエルシードを集めたって、リンディさんは喜ぶのかな?」
「それってどういう意味だ?」
「私に学校へ行きなさいって、リンディさんは、すごく優しい笑顔で言ってくれた。私のお母さんもそうだけど、私を見送る時、いつも笑顔でいってらっしゃいって言ってくれる。そんなリンディさんの笑顔に嘘ついて、私は学校をサボってる」
 その時俺は気が付いた気がした。
 なんであの日以降の俺は、いつも目が覚めると気が重かったんだろう。
 それは、自分の無力さに愕然としたからってだけではない。
 そう、俺はここでも、なのはと同じだ。
「リンディさんの笑顔を裏切ることは、本当にいいことなのかなって、考えちゃって…………いざ学校をサボってみても、気持ちが吹っ切れなくて、ジュエルシード探しどころじゃないの」
 なあなのは。本当にありがとう。
 俺は、大切なことに気付かされた。
 フェイトを救いたいと思っていた俺は、どうするべきだと思ったのか。それを思い出した。
 フェイトを救うことは、プレシアを救うことだ。笑顔を忘れてしまったプレシアに、再び笑顔を取り戻させることが出来たなら、きっと俺の転生人生は成功だ。
 そしてフェイトに、母親の愛情を知ってほしいと思うんだ。
 それなのに、俺は今、一体何をしているんだろう。自問自答してみたら、馬鹿馬鹿しいくらいに自分が愚かだと思えて、胸が苦しい。
 なのは、よく聞いてくれ。
 君の疑問に対する答えは、こうだ。
「学校に……行くべきだ」
「お兄さん?」
「ちゃんと学校に行って、お母さんにも、リンディ提督にも、ただいまって言ってあげたらいいんじゃないかな。母親は、たぶんそういうのを喜んでくれる人だよ」
 きっとそうだ。
 そして、フェイトにもそんな想いを味わってほしいと思うんだ。
 だったら、俺自身もちゃんとそういうことが出来なくちゃダメだ。
「なのは」
 俺は、少しばかり照れくさくなりながら、それでも何とか彼女の目を見て言った。
「いってらっしゃい」
「うん…………いってきます!」
 そう言うと、なのははすぐに踵を返して、遅い登校を始めた。
「あ、ちょっと待って!」
 俺はなのはを呼び止め、少しだけ彼女の顔に近寄って言った。
「なあに?」
「一つだけ、頼まれてくれ」
 きょとんとするなのはにメモ用紙とペンを借り、汚い字で短い手紙を書いた。そしてそれを彼女に渡す。
 届けてくれるように頼んだ。なのはとの再会をチャンスとばかりに、俺に出来ることをやり残さないよう、手を打ったのだ。
 宛先を聞いて不思議がるなのはだったが、快く了承してくれた。
 そして彼女の背中が見えなくなった後、俺も進むべき方向を変えた。
 それは、魔法が解けて時間が動き出した、確かな証。
 歩きながら、小さく言った。
「神様」
「はい」
「ごめん、予定変更するわ」
「いいですよ」
 彼の返事も快諾だった。 
 その後、俺は一旦家に戻り、制服に着替えなおしてから再び家を出た。
 久しぶりの学校だ。
 そして、家に帰ったらきちんと両親に頭を下げよう。
 すぐに許してくれなくてもいい。時間が掛かってもいい。とことんぶん殴られてもいい。
 笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれる、微笑みかけてくれる人達を大切にしたいと思う。
 なあフェイト、お前にもそんな幸せがきっと来る。
 俺が手助けしてやる。
 諦めないから。

 See you next time.



[30591] NEXT15:手に入れろ、ジュエルシード
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/03/10 01:03
 それは、三時限目の数学の授業中に起きた出来事だった。
「ん? あれ? …………ぬおおおっ!」
 教室中に叫び声が響いた。と言っても、俺の声だけど。
 クラスメイトの視線を一斉に集めてしまった俺は、悲鳴を上げる直前まで窓の外に向けていた顔で、素早く皆を見返した。
 まさかとは思うが、俺が目撃した“あれ”を、他のやつも見つけてしまったりしていないだろうな。
 しかし、誰もがきょとんとした顔や俺に対する驚きの表情だったので、胸を撫で下ろす。
「何だ山田! 急に変な声出して!」
「あ、いや! すいません!」
「トイレか?」
「いえ……あ、はい、はい! そうです!」
 とりあえず、すぐにでも教室を抜け出して、“あれ”のもとへ。
「ちょっとトイレ行っていいですか!?」
「いいけど、まさかさっきの悲鳴…………出ちゃったのか?」
 数学担当の教師が、顔を険しくしながら小声で言った。クラス中の視線が一気に白くなる。出ちゃってねえよコノヤロー。
 静まり返った教室を抜け出した俺は、出入り口の扉を閉めた瞬間に、廊下を猛スピードで駆け出した。
 そして廊下を曲がり、階段を一気に駆け上がる。目指すのは屋上だ。
 あっという間に屋上へ辿り付くと、気持ちが良いくらいに晴れ渡った青空を頭上に見ることが出来た。スカイブルーを突き破るように一点だけ白く光る太陽が、体に心地良い熱を送る。
 それを全身に浴びながら、俺は空へ向かって声を上げた。
「アルフゥゥゥッ!」
 俺が教室の窓から見たもの。それは、空中に浮きながら俺のいる教室をじっと見つめている赤毛の狼だったのだ。
 そう、アルフが俺のもとにやってきたんだ。この間なのはに託した手紙は、無事に届けられたということだろう。
 何度か呼びかけると、遠くの空に赤い点が確認できた。そしてその点が、徐々に大きくなってゆく。
 こちらに近づいてきている。
「ひろし! 久しぶりだね!」
「おおアルフゥッ! 来てくれたのか!?」
 両腕を広げて、飛んでくるアルフを受け止めようと構えていると、彼女は俺の数メートル先で止まった。
 あ、再会の抱擁とかは要らない?
「元気だったかい、ひろし」
「ああ、もうバッチシ大丈夫だ!」
 なおも腕を広げて待ったが、一向にアルフは飛び込んでこない。目の前で揺れる巨乳に向けて、俺は小さく舌打ちをする。
 しかしすぐに、笑顔を向けてアルフに言った。
「なのはから手紙は受け取ってくれたんだな?」
「立場上、あのなのはって子と仲良くするわけにはいかないけどね。あんたから『話がしたい』って内容の手紙を貰ったときは、正直ちょっと嬉しかったよ」
 じゃあ抱擁くらいいいだろうがよ。
 とにかく、こうしてアルフが来てくれたということは、俺の作戦は第一段階をクリアしたということだろう。
 俺は、全うに学校へ通いだしてからもジュエルシードを探し続けていた。部活動をしていないから、放課後の時間を利用して海鳴市を探索する事が出来る。
 一日のうちに回れるエリアは限られてくるけれど、だからと言って何もしないわけにはいかない。やっぱり、出来ることは全てやり尽くしておかないと。
 原作に再び介入するためという点においても、ジュエルシードの捜索、そして発見は有効な手段であると考えていた。
 ただ、それを成し遂げるためには、協力者が必要だった。
 だから俺は、アルフに向けて手紙を出したのだ。
 内容はアルフとの再会を求めるもの。
 現実問題として、フェイトの言いなりにならざるを得ないリンディ提督や、管理局員ではないなのは達に接触をしたところで、状況を動かすのはとても難しいと思った。
 その点、アルフはフェイト側の存在でありながら、どちらかと言えば俺に協力的な立場である。
 温泉で彼女と出会うことが出来て、つくづく良かったと思えた。
「で? 話ってのはなんだい?」
「まあ、本題は追って話そう。とりあえずはみんなの近況が知りたい。どういう状況なのか詳しく教えてくれ」
 俺の頼みを、アルフは快く承諾してくれた。
 俺はアルフから話を聞き、原作を感じ取り、自分が転生オリ主であることを噛み締めた。
 あれからアースラクルー達は、睡眠時間以外に安息が無いほど働きっぱなしらしい。もちろんその労働とは、ジュエルシード探しである。
 しかし、ジュエルシード捜索の指揮を執っているフェイトは、彼等以上に疲弊してきているというのだ。それは、プレシアの喜ぶ顔を一刻も早く見たいがために、アースラ内では二十四時間常に気を張っているから。
 そんなフェイトは、おそらく体が極限状態まできていることだろう。武装局員が反旗を翻そうものなら、案外それはあっさりと上手くいくのかもしれない。
 しかし、そういった動きが一切無いのは、局員達がリンディ提督の心境を思ってのことだ。下手に動けば、人質のクロノが危ないのだから。
 もう一度言う。俺は、転生オリ主であることを噛み締めた。
 俺が介入しなければ、原作は本来の運命を辿っていた。
 俺が高望みをしたから、原作は本来の道から逸れてしまった。
 俺が救わなければ、この物語は本来の結果よりも酷い結末を迎えてしまう。
 責任だ。これは、浅はかな気持ちで原作を引っ掻き回した自分が背負うべきものだ。
 転生オリ主だから介入したいんじゃない。
 介入しなければいけなくなった。
 そう思って自分自身を追い詰めることが、今の俺に力をくれるような気がするのだ。少しばかり皮肉なことだとは思うが。
 覚悟を決めよう。
 話が終わったのと同時に、俺はアルフの目を真っ直ぐと見た。
「アルフ、この際だから、お願い事をしてもいいか?」
「なんだい?」
「俺の原作介入を手伝ってくれ」
 今までもそうだったが、“原作介入”と言ったところで彼女等に伝わるとは思っていない。
「ゲンサク……なんだって?」
「俺に、悲劇を救わせてほしいんだ」
 しばらく考え込むようにしながら、アルフは苦笑するような顔で言った。
「そりゃあ、あんたには前にも同じようなことを言われたからさ。出来ることならそうしてほしいけど…………具体的には何をするんだい?」
「俺をプレシアに引き合わせることは出来ないか?」
 俺の選んだ、悲運救済の手段はやはりこれだった。
 クロノと共に時の庭園へ乗り込んだときは、彼女の心を揺さぶることなんて出来なかった。
 しかし、それでも他の方法が思いつかないんだ。
 信じるしかない。可能性なんて感じ取れなくても構わない。
 この世界が単なるアニメ作品ではなく、プレシアが今の俺と同じ世界に存在する“人”であるというのなら。
 強く願う心に応えてくれることを信じたい。
 俺が真剣な眼差しでアルフを見つめていると、彼女は困ったように視線を逸らした。
「難しいよ…………あたしだけじゃあ、あんたを連れて行くことは出来ない。プレシアはあの日以降、外部への警戒を強めたしね」
「でも、プレシアとコンタクトを取ることはできないのか?」
「フェイトがすごくやる気になっててね。たぶん、次にあの子がプレシアと話すのは、ジュエルシードが全て集まった時さ」
「だったら、集めよう」
「なんだって?」
 そう、だから俺には協力者が必要なんだ。
 ジュエルシードを集めて、それを手土産とすることで、プレシアに会うための正当な理由を手にするんだ。
 時の庭園に乗り込んだことで、今まで以上にプレシアとの接触が難しくなったことは予想が出来た。ただの一般人に過ぎない俺は、ますます介入の余地がない状態。
 そんな俺がこの原作に介入する手段は、やはりジュエルシードしかない。介入せざるを得ない理由が必要だ。
 改めてはっきりさせておこう。
 俺にはジュエルシードが必要なんだ。
「頼む。一つだけでもいいんだ。俺に、誰よりも先にジュエルシードを発見させてほしい。それを鍵として、俺はプレシアにもう一度接近する」
 アルフはなかなか答えを言わない。困惑しているのは当たり前だと思う。
 彼女が口を閉ざしている間、俺は何度も何度も同じ頼みを言い続けた。
 ずっと続けるつもりだった。彼女が首を縦に振ってくれるまで。
「んー…………でもなぁ」
「本当に一つだけでいいんだ! 頼む! 俺が一つ手にする時まで協力してくれ!」
 どれだけの時間そうしたのかは分からないが、アルフは長いこと困ったように唸り声を上げていた。
 そして、数学の授業がもう終わりを迎えるぐらいの頃、ようやくアルフが首を縦に振った。
「…………まあ、何とかやってみようか」
「ほ、本当か!?」
「管理局員が掴んだ位置情報を密告(リーク)してあげるよ。でも、あんたは念話も通じないから、誰よりも先に手に入れるってのは相当難しいと思う。先を越されるのは目に見えてる」
「やってみなくちゃ分かんねえよ。よっしゃあ、ありがとう!」
 今の段階で発見されたジュエルシードは七つ。やはり人手がある分、回収は原作よりもずっと早い。
 もはや残りのジュエルシードが全て見つかるのも時間の問題だった。
 急がなくちゃ。



 アルフとの再会から更に数日が過ぎ去った日の夜、俺は海鳴の街を駆けずり回っていた。
「ど、どこだっ! アルフ!」
「もたもたしない! こっちだよ!」
 約束通り、アルフは探知したジュエルシードの情報を持って、俺のところにやって来てくれた。
 情報を得た俺はすぐさまアルフと共に現場へ向かう。
 しかし。
「くぉんにゃろー!」
「遅い! 早くしな!」
 発見された場所が、俺の家から遠いようで近いような微妙な場所だった。走るにしてはちょっと離れているが、乗り物を捕まえている猶予もなく、迷う時間すら惜しくて結局疾走するはめになっている。 
 決めた。まずは自転車を買おう。
 とにかく、今は目の前のジュエルシードだ。
 走れ。
 俺は自分の腿を一度叩いて喝を入れた。ハーフパンツから覗く腿はやたらと熱っぽくて、汗でベタベタしている。
「アルフ! の、乗せてくれても! いいんじゃなはいか!?」
「汗だくじゃなければね!」
 もっと優しくして。
 俺は歯を食いしばって走った。
 そしてやって来たのは、なのはの学校にほど近い森林公園の中。
 既に雑木林の中では、青白い光の柱が空を貫く光景が広がっていた。
「始まってんじゃねえか!」
「急ぎな!」
 あの光はジュエルシードの暴走か。草木を掻き分けて雑木林を抜けていくと、光源が近づいてくるのが分かった。
 緊張が走る。疲労だけではない要因が、俺の心臓を更に高鳴らせた。
 ようやくチャンスが訪れたんだ。
 念願のジュエルシード。フェイト達を救うための、鍵となる魔法の石。
 それは、この物語の運命さえも決める力を秘めている。
 必ず救う。
 だから。
 だからそれを。
「俺が手に入れてやるぅ!」
 勢い良く植木を飛び越えて、林が開けた場所にやって来た。
 俺の眼前には、誰かが立っている。
「ええ!? お兄さん!? なんでここに!?」
 なのはに先を越されていたか。しかし、まだ封印はしていないな。
 なのはの向こう側に見える景色を、俺は身を捩って確認した。
「ジュエルシードは!?」
 青白い光の源をちらりと確認した俺は、言葉を失った。
 そこには、七つの首をもたげた巨大な大蛇が立ち塞がっていたのだ。
 先の割れた舌をちろちろと見せびらかす頭。冷たい目でじっと見下ろしてくる頭。威嚇をするように空へと持ち上がる頭。
 公園の照明と月明かりが照らし出す大蛇の体は、血のような赤に染められた鱗を纏う、大木のような太さ。
 これは、反則だ。
「こ、こいつはまた、何とも…………」
「お、お兄さん! どうしよう! ヘビさんだよぉ!」
「な、何うろたえてるんだ! なのは、いつもみたいにガツンといってやりなさい!」
「ふぇええええっ! ああいう系はちょっとぉ!」
 その時、大蛇が大きく動きを見せた。
 地響きさえ感じさせる大音量の摩擦音を立てながら、その巨体をずるずると引きずって俺達の方に向かってきたのだ。
「ひとまず退却っ!」
「りょ、了解!」
 なのはは大地を蹴り、空へと舞い上がっていった。そうか、あいつは空を飛べるんだ。
 すると、今の俺は格好の囮じゃないか。
「じょ、冗談じゃねえ!」
 俺は再び脚に鞭打って走り出した。
 生い茂る木々が大蛇の動きをいくらか妨げているため、辛うじて俺は逃げ続けることが出来ている。
 しかし、走り辛い地形であることは俺にとっても同じだ。
 くそ! なんで俺だけこんな目に!
 アルフは何処へ行ったのだろう。おそらく、ジュエルシードはなのはに任せて早々に帰っていったのかも知れない。俺に対しては、本当に情報を持ってきただけのようだ。
 息が切れて苦しい。呼吸なんてしているのかどうかも分からない。
 それでも地面を蹴り続けた。
 しかし。
「うあっ!」
 雑草に隠れた空き缶を踏みつけたのか、俺はその場に転げた。
 まずい。
 痛みなんかよりも、危機感が神経を駆け上っていく。
 後ろを振り返ると、月明かりを背にした七つの巨大な影が、俺のすぐ側まで迫っていた。
 蛇に睨まれた蛙の如く、俺は微動だに出来ない。
 終わった。転生人生は終了だ。
「捕縛開始!」
 突然、どこからともなく大声が聞こえてきた。
 誰の声だ? 
 周囲を見渡すと、空に、地上に、何人もの武装局員の姿を確認することが出来た。
 そして、グリーンの光を放つ少年の姿も。
「ユ、ユーノ!?」 
 周辺で構えるユーノ達は、各々の魔力で光の鎖を具現化し、それを大蛇に向けて解き放つ。
 そして何本もの鎖が大蛇の各所に巻きつき、その動きをしっかりと押さえつけた。
 七つの頭はそれぞれ別々の方向に逃げようとするが、なにぶん体が一つであるため、そのちぐはぐな動きは更に動きを押さえつけてしまっているようだった。
「なのはぁ! 今だ!」
 ユーノが空に向かって叫ぶ。
 俺も上空を見上げると、そこには杖を大蛇に向けて突き出したなのはの姿があった。桜色の魔法陣を大きく広げ、更に無数の光を杖の先端に集束していく。
 その姿は、まさに主人公。
「ディバイィィィィン――――」
 ああいうの、いいなぁ。
 心底羨ましい。俺は咄嗟に体を起こし、態勢を整えた。
「――――バスタアァァァァァッ!」
 夜空が、鮮やかな少女の色に染め上げられた。
 そして放たれた極大の光線は、大蛇を容易く丸呑みにする。
 巻き起こる爆風の中、俺は髪の毛やシャツを靡かせながら勇ましさを表すポーズを取った。
 そしてここで決め台詞。
「眠るがいい、哀れな宝石よ…………慈愛の光に包まれて…………」
「あの、何を言っているんですか?」
 おめえには言ってねえよ。ヘビに言ったんだよ。とりあえず、ユーノのツッコミは無視しておいた。
 なのはの砲撃魔法が消えると、大蛇の姿もきれいさっぱり消えていた。
 息を整えながら、俺は呆然と立ち尽くす。
 なんてあっという間なんだ。
「…………こんなペースでやってたら、ジュエルシードなんてすぐに集まっちまうぞ」
 自分がどれほど不利な状況に置かれているのか、それを痛感した。
 駆けつけてから、戦闘、決着、決め台詞までの一連の流れが、こんなにもあっという間に感じるとは。
 それは俺にとって危機感だった。この調子でいくとジュエルシードの回収はあと二週間、いや、下手したら一週間程度で終わってしまう。
 管理局側も本気というわけだ。
 それは、俺が原作介入するチャンスのタイムリミットでもあるわけで、いつまでもモタモタしているわけにはいかないということだ。
 ふと、大蛇が消えていった場所に目をやると、魔力の落ち着いたジュエルシードが浮いていた。
 そしてその場所に、なのはがふわりと降り立つ。
 俺が足を踏み出すと、目の前にユーノが立ち塞がった。
「今は落ち着いているけれど、下手に手を出せば再び暴走するかも」
 しかし、その石が俺には必要なんだ。未練たらしい視線でジュエルシードを見つめる俺の前で、ユーノは頑なに通せんぼをしていた。
 やがてジュエルシードは、なのはの持つデバイス、レイジングハートの中へと吸い込まれていった。
 封印が完了した。
 こんなにも歯痒い。
「あの、お兄さん」
 バリアジャケットを解除したなのはが、俺とユーノの方に歩み寄ってきた。
「どうしてここにいるの?」
「…………ジュエルシードを、探してたんだ」
 恨めしいような、切ないような。そんな俺の視線が、なのはの首からぶら下がる赤い宝玉に自然と注がれる。
「そう…………でも、お兄さんはその…………危ないから」
「うん。僕達に任せてくれませんか?」
 なのはとユーノの言葉が、まるで俺を追い払う言葉のように聞こえてしまう。いや、実際遠回しにそう言っているようなものだ。
 だけど、俺だって何とかして力になりたいんだ。
「俺だって」
「お兄さん?」
「俺だって、お前達みたいになりたいんだ。そして、フェイトを、悲しい運命を救ってやりたい」
 年下の子供にこんなこと。どっちが子供なのか分からなくなるような本音が思わず飛び出て、急に顔が熱くなった。
 恥ずかしいな、俺。
 しかし、二人は俺を笑わなかった。
 そして言った。
「あのね、今日、アースラの中でちょっとだけ、フェイトちゃんとお話が出来たの」
「フェイトと?」
「そう。本当にちょっとだけ。だけど、お話が出来たの。どうしてそこまでするのって訊いたら、“母さんのためだから”って…………それだけだけど、私嬉しかった。だから、明日はもう少しお話したい。明後日はまたもう少し」
 俺の胸の中で、切なさが少しだけ強くなった。
「そうやって、きちんとフェイトちゃんとお話出来る時が来る。そんな気がするの」
「そうか…………」
 その切なさの正体は、おそらく嫉妬なのだろう。
 俺は静かに拳を握り締めた。



 それから、なのはとユーノ、それに武装局員達は帰っていった。
 一人、夜道を歩いている途中、神様の声がした。
「なんだか、なのはとフェイトは上手くいくのかもしれませんね」
「そうだな」
「このままだと、結果は原作どおりになるのでしょうか?」
 原作どおりに、か。
 でもそれは、俺の求める結果じゃない。
 フェイトには、それ以上の救済をもたらしてあげたい。
「…………明日も、ジュエルシード探しは続けるからな」
「はい。アルフにも引き続き協力してもらわないと、ですね」
 その時の俺には、神様の声がよく聞こえていなかった。
「探し続けるから…………」

 See you next time.



[30591] NEXT16:魔法少女リリカルなのは 前編
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/03/13 00:54
 それは私、高町なのはに起こった物語。
 きっかけは不思議な出会い。手にしたのは魔法の力。
 これは、普通の小学三年生だった私の身に巻き起こる、ちょっと切なくて、少しだけ悲しくて。
 でも、とても思いやりに満ちたお話。
 きっと、私という名の物語になるお話。
 はじまります。



 私は今、ジュエルシードという石を中心に巻き起こる事件に関わっている。
 だけど、正直に言って私には、ジュエルシードよりもずっと気掛かりなことがあった。
 その気掛かりなこととは、とても綺麗な、でも、とても悲しい目をしたフェイトちゃんのこと。
 お母さんのために、フェイトちゃんはものすごく一生懸命で。でも、その一生懸命はなんだかとても虚しい気がした。そんな思いが私の中にずっと渦巻いている。
「ジュエルシードの場所が特定できたよ」
 エイミィさんがフェイトちゃんに向けて言った。
 クロノ君がフェイトちゃんのお母さんに捕まってから、エイミィさんの声は何処と無く覇気が無い。そしてそれを必死に隠そうと強がっている風でもある。
 そんな彼女の声でジュエルシードの発見を告げられるのは、これでもう何度目になるだろう。
 私達がジュエルシードを探し始めてから二週間。二十一個ある内の十六個が、既に私達の手元にあった。
「これで十七個目……もう少し」
 フェイトちゃんの口が、そう言ったように動いた。フェイトちゃんはいつも囁くように、自分に言い聞かせるように喋るから、声は聞こえ辛い。
「場所が分かったのなら、早く探しに行って」
 でも、指示を飛ばす声ははっきりと、アースラ艦内に響き渡っていた。
 私は隣のユーノ君と顔を見合わせながら、リンディさんに言った。
「リンディさん、私達が行ってきます」
 そう言うと、リンディ提督は酷くやつれた顔で微笑んだ。
「いいえ。もう地球では夜になってるわ。なのはさんはおうちに帰りなさい。ユーノさん、あなたもいいわ」
「で、でも!」
「僕達ならまだ平気です!」
 しかし、リンディさんは首を横に振った。
「ご家族を心配させてはダメ。早く帰りなさい」
 彼女がそんなことを言うと、なんだか胸の奥にもやもやとしたものが湧き起こってきて、酷く苦しい。
 私達の会話に、フェイトちゃんが口を挟んできた。
「帰らないで。今回発見したジュエルシードは、既に暴走状態に入って時間が長いから力の練度が高い。たぶん、手強い」
 フェイトちゃんの視線は、じっと私を捕らえていた。
 分かっている。彼女が言いたいことは、きっと。
「フェイトさん、それがなのはさん達の帰宅と関係が?」
「その子は魔導師としてはまだ未熟なところもあるけれど、それでも潜在能力は高いから。今回のジュエルシード封印は適任だと判断したの」
 そう、フェイトちゃんが言いたいことは、私にジュエルシードを回収してこいということなのだ。
 しかし、リンディさんも食い下がる。
「ダメよ。彼女は元々管理局員ではないのだし、本来の生活を尊重してあげて」
「でも、それじゃあ誰があの強力なジュエルシードを封印するの?」
「では私が行きます。それでいいでしょう?」
 リンディさんが艦長席から立ち上がると、フェイトちゃんはしばらく彼女のことを睨みつけた。
 ううん、睨みつけているのかな? なんだかそうではないような。
 なんとなくだけど、気遣って心配するような視線に感じられる。
 それは私の気のせいなのかもしれないけれど。
「…………駄目だ。あなたはここにいて」
「でも! それこそ一体誰が封印をするっていうのかしら?」
「…………だったら、私が行く」
 少しだけ皆が沈黙した。
 フェイトちゃん自らが、ジュエルシードの回収に?
「アルフ、引き続き艦内の監視をお願いね」
「フェイトォ! あんた、一人で平気なのかい!? そんなのこいつ等にやらせとけば」
「“そんなの”って、そんな風に呼べるような仕事じゃないよ。母さんのためだから」
 アルフさんはそう言われると、ずっと押し黙ってしまった。
 それからフェイトちゃんは、マントを翻しながらアースラの転送装置に向かって歩き出した。
 そして私とすれ違う瞬間、ちらりとだけ視線を向けて「あなたは帰ってもいいよ」と言ったのだ。
 どうして私を行かせなかったのか。どうしてリンディさんを行かせなかったのか。
 その答えとなるフェイトちゃんの思惑は、誰にも分からない。
 どうして私を帰らせるのか。どうしてリンディさんにあんな視線を向けたのか。
 その答えとなるフェイトちゃんの思惑が、私はどうしても知りたい。
 ううん。もっと前から私はフェイトちゃんとお話がしてみたかった。彼女の胸の内にはどんな想いがあるのだろうか。そんなことを気にしていたのは、今に始まったことじゃない。
 初めてフェイトちゃんと出会ったのは、お兄ちゃんと一緒にすずかちゃんの家へ遊びに行った時。
 あの時から私は、彼女の寂しげな視線に、そして気持ちに気が付いていたんだ。
 そして訊きたかったはずだ。
 どうしてジュエルシードを探しているの? どうして敵対しなくちゃいけないの? どうしてそんな目をしているの? 何を思っているの?
 私の疑問に対する彼女の答えは、この事件においてとても大切なものじゃないかと思う。それに、私に一体何が出来るのかということにも繋がる、大事な答えだと思うのだ。
 ジュエルシード回収のために転送されたフェイトちゃんに続き、私とユーノ君も、アースラの転送装置で家の近くまで送り届けられた。
 すっかり暗くなった空の下、家の玄関を前にしたまま、私はぽつりと呟いた。
「フェイトちゃん、一人で大丈夫かな?」
 フェレットモードのユーノ君が、私の肩の上で首をもたげながら優しく言った。
「魔力量だけならなのはの方が上かも知れないけれど、あのフェイトって子は相当の実力者だと思うよ。だから、上手くやるとは思うけど」
「違うの。そういうんじゃなくて」
 以前からユーノ君には、私がフェイトちゃんのことを気にかけていることは話していた。だから私の言いたいことを察してくれたユーノ君は、一生懸命言葉を探してくれているようだった。
「…………行ってみようか」
「ユーノ君? あの、行くってどこに?」
「話をしに行ってみない? なのは、言っていたじゃないか。きちんとお話がしたいんだって」
 フェイトちゃんのところに?
 それは私を後押ししてくれている言葉であるのは間違いない。私だって、フェイトちゃんのもとに行きたい。
 でも、私に帰るよう促したリンディさんの言葉は、気遣いという意味ともう一つ、命令でもあったように思う。つまりは私の家族の気持ちを考えてくれたのだろう。クロノ君が気になって仕方が無い自分自身を省みて言ってくれた言葉のはずだ。
 それに背いてでも、私はフェイトちゃんに会いに行くの?
「いいのかな?」
「たぶんリンディさんには怒られるだろうね」
 そう言ってユーノ君は微笑んだ。
 その微笑には、彼の思いやりが込められていた。何故なら、「後で一緒に謝ろう」と言ってくれたから。
 そう、私はいろんな人に思いやってもらっている。そうやって支えられて、今の私がいる。
 もちろん、私だってきっかけはユーノ君のお手伝いとしてジュエルシード集めをしたのだし、アースラの皆はクロノ君のことを思って必死になっている。
 誰かの思いやりがあって。誰かを思いやって。
 そんな日常の当たり前を、寂しそうな目をしたあの子にだって。
 そう思った私は、心の中でリンディさんに謝りながら、家の門を飛び出していった。



 広域結界で覆われた、海鳴市内にある高台の公園。
 その真上に、黒服のバリアジャケットを身に纏ったフェイトちゃんが浮いていた。手にしたデバイスは臨戦態勢だ。
 眼下の公園は冷えた芝生が敷き詰められている。
 しかしその中に、直径一・五メートルほどの真っ黒い円がいくつもあった。
 それは穴だ。だいぶ深くて、月明かりさえも吸い込まれてしまうような。まるでブラックホールみたいな穴。
 再び視線をフェイトちゃんに向けてみると、彼女は肩で息をしていた。それに風が揺らすマントは、端の部分が乱雑に引き裂かれている。
 フェイトちゃんがデバイスを真下に向けると、彼女の周囲に黄色い光弾が出現した。
 そして電気を帯びたその光弾が、フェイトちゃんの小さな手の仕草を合図として、穴目掛けて突進を開始した。
 まさかジュエルシードは、穴の底に?
 そう思った瞬間、光弾が飛び込んだ穴とは違う穴の中から、何か大きな影が飛び出していった。
「くっ!」
 影はフェイトちゃんの脇を掠めていくと、今度は彼女のスカートに切れ込みを入れてから、再び穴の中へと入っていく。
「フェイトちゃん!」
 私は居ても立ってもいられなくなって、草陰から飛び出していった。
 彼女の様子がおかしいのは明らかだった。私と戦ったときのフェイトちゃんなら、あんなに反応が遅いはずないのに。
 私の姿を見たフェイトちゃんは、驚いたような顔を一瞬だけ浮かべたものの、すぐに険しい表情へと切り替える。
 てっきり怒られるのかと思ったが、彼女から発せられた言葉はそんなものではなかった。
「危ない!」
「え?
 その時、私の真下の地面がひび割れて、新たな大穴へと変わった。
 何かが地中にいる。
 次の瞬間、ロケットのように何かが飛び出してきた。
「きゃあっ!」
「Protection」
 レイジングハートの素早い防御により、突っ込んできた“何か”は私に辿り着くことなく、桜色のシールドと拮抗した。
 シールドの裏側から見たその巨体は、尖った鼻先と裂けた口を突きつけながら、両手の大きな爪で獲物を引き裂こうとする土竜型の暴走体だった。
 私に狙いを定めていた暴走体に隙を見出したのか、フェイトちゃんがすかさず大鎌型デバイスを振りかざして突っ込んでくる。
 雄叫びと共に大鎌を降り抜くと、しかし、暴走体は素早い動作でそれを弾いた。
「くっ!」
 暴走体が地面に帰っていくと、芝生が細かく震えた。暴走体が地中で這いずり回っているのだろうか。
「フェイトちゃん、平気!?」
「何しに来たの? 帰れって言ったのに」
「だってフェイトちゃん! ちゃんと休んでないでしょう、そんなふらふらの体で」
 彼女は、アースラ内にいる誰よりも疲弊していたのだ。そんな彼女一人で、しかも強力な暴走体を相手にするのが危険だったのは言うまでもない。
「ほっといて」
「どうしてそんなことを言うの? 私達二人で一緒にやっちゃダメ?」
「…………二人で?」
 そう、私はそのために来たんだ。
 フェイトちゃんと話をして、きちんと分かり合って、二人で力を合わせて。
 そう思って、ここまでやって来た。
「二人でって、何故? 私はあなたにとって敵じゃないの?」
「敵とかそうじゃないとか、それ以前の問題だよ」
 風が少しだけ吹いた。私達二人の髪は、仲良くじゃれあうように、同じ方向へと流れる。
「お話がしたいの。どうしてフェイトちゃんのお母さんはジュエルシードを集めているの? どうして戦わなくちゃいけないの?」
「それは」
「それが分からなくちゃ、敵とか味方とか、そんなの無いよ。もしかしたら私達はこんな形じゃなくて、もっと別の形で協力してジュエルシードを探せるかも知れない。そういうのがうやむやなまま、お互いを見たくない」
 それは私の願いだった。
 寂しい、でも綺麗な目をした女の子に向けた、私の気持ちだった。
 しばらくフェイトちゃんが黙っていると、地面の震えが少しだけ大きくなった。
「来る!」
 フェイトちゃんの声と同時、穴から再び暴走体が飛び出してきた。
 攻撃の前に地面が揺れるという予兆があるから、警戒をするのは容易い。でも、思いのほか勢いが強くて、真正面から動きを止めるのは難しい。
 フェイトちゃんが突進をかわすのと同時に大鎌を振ったが、暴走体の動きは巨体に似合わず俊敏で、紙一重で避けられた。
 見れば地面には新しい穴が開いている。穴の数が増えればその分、暴走体の動きが読みづらくなることに気が付いた。
「またっ!」
「これじゃあ埒が開かない!」
「なのはぁ!」
 その時、地上からユーノ君の声が聞こえた。
「穴を出来る限り塞ぐんだ! 中がトンネルで繋がっているのなら、出口を絞り込んで誘い出して!」
 でも、その後は?
 私が考えている間に、フェイトちゃんは再び魔法弾の準備を始めた。
「フェイトちゃん?」
「穴を塞ぐなんて、これしかない。でも、数が多すぎる」
 今のフェイトちゃんが操れる誘導弾の数に対し、暴走体の開けた穴の方が数で勝っていた。
 でも、二人なら。
「私も!」
 フェイトちゃんが四発。私が四発。これで塞げる数が増えた。
「いけぇ!」
 八つの魔法弾はそれぞれ違う穴に飛び込んでいく。出来ることならトンネル内で暴走体を追いかけられればいいけれど、生憎と中のルートが分からない。
 だけど、暴走体を誘い出すには充分だった。
 案の定、塞げなかった穴から暴走体が飛び出してくる。
 そしてその猛進は、確実に私達二人を捕らえることの出来る直線上。
 回避は間に合わない。
 シールドが展開し、暴走体の体を受け止める。
 しかし、衝撃は先程よりも強くなかった。
「え?」
 桜色のシールドに重なるように、黄色のシールドが広がっていた。
「フェイト、ちゃん」
「たまたま! それより、こいつを!」
「う、うん!」
 突撃を諦めた暴走体が、またしても地中に帰ろうとする。
 その時だ。
「逃がさない!」
 ユーノ君の魔法が輝き、緑色の鎖が全ての穴に網をかけた。
 逃げ場を失った暴走体は、土煙を巻き起こしながら激しく着地をする。
 そして爆発にも似た声で鳴いた。悔しがっているようだ。
「二人とも、今だ!」
 反撃のチャンス。フェイトちゃんだって見逃すはずがない。
 私達二人は、それぞれ攻撃魔法に転じた。
 暗闇が晴れ渡るように、黄金(こがね)の閃光がまばゆく光って空中を突き抜ける。
 漆黒を喰らうように、桜色の星光がきらめいて風となる。
 二つの砲撃魔法は、一瞬で暴走体の姿を打ち消した。
 これが、初めての協力。
 私は少しだけ、彼女に近づけたような気がした。



 先の戦いがきっかけとなったのかどうかは分からない。
 十七個目以降に見つかったジュエルシードがどれもこれも強力な暴走をしたせいかも知れないが、十八個目、十九個目、二十個目と立て続けに、私とフェイトちゃんの共同作業で封印していったのだ。
 その度に、私はもっと彼女に近づこうと、話をした。
 そして、最初は必ず素っ気無いフェイトちゃんが、徐々に、だが確実に、私の話を聞いてくれるようになっていた。
 まだ笑顔を見たことはない。フェイトちゃんが自分から話を振ってくれることもない。だからフェイトちゃんのお母さんがジュエルシードを集める理由だって分からないまま。
 それでも、私がフェイトちゃんと一緒にいる時間は増えていった。
 それはとても良い傾向だと、リンディさんも言ってくれた。戦略的な意味かも知れないし、彼女もフェイトちゃんの寂しさに気が付いていたのかも知れないし、どちらの意味なのかは分からないけれど。なんにせよ、勝手にフェイトちゃんを助けにいったことは咎められなかった。
 そんな中、とうとうこの時がやって来た。
「…………最後のジュエルシード、発見」
 エイミィさんの声の後、艦内の空気が変わった。
 これが最後。このジュエルシードを手にすれば、クロノ君を助けることが出来る。
 艦内にいる管理局員の人達の一部には、久しぶりとなる明るい笑顔が浮かんでいた。
 でも、リンディさんの表情は強張ったままだ。
「場所は?」
「臨海公園のすぐ近く。状態も暴走していないよ」
 私もユーノ君と顔を見合わせて、微笑んだ。
「やっと、最後」
 フェイトちゃんが小さくため息をついていた。
 本当に大事なのは集めた後だと分かっているつもりだけれど、それでもやっぱり感慨深いものがあるのだろう。
 私も同じ気持ちだから。
「じゃあ、私が回収に行ってきます!」
 私は勢いよく手を挙げると、フェイトちゃんが前に進み出た。
「いい。私が行く」
 フェイトちゃんが早々に転送装置へと入ると、すぐに光が彼女を包んで、その姿を消した。
 アースラ内のモニターには、臨海公園に姿を現すフェイトちゃんが映し出された。
「これでようやく、二十一個全部集まったわね」
 ここにきて、ようやくリンディさんの声も緩んだようだった。
 モニターに映るのは、公園から少し離れた海岸の上で、貝殻のように転がっているジュエルシード。そしてそこに近づくフェイトちゃん。
 と、もう一人。
「あれ? 誰?」
 モニターの映像が、クローズアップしていく。
「…………ひろしさん?」
「お兄さん?」
 そこには、お兄さんがいた。
 今までもジュエルシード発見の際に、度々姿を見せていた彼。まだ一人で、ずっとジュエルシード探しをしていたんだ。
 でも彼が姿を見せる時は、大抵ジュエルシードは回収済みで、その度にお兄さんは肩を落として帰っていった。走り回って疲れていたのかも知れない。
 しかし、それももう終わるだろう。何故なら、探し物はここにあるのが最後の一つだから。
 モニターから、フェイトちゃんの声が聞こえてくる。
『ひろし? 何しに来たの?』
『救いたいんだ。俺にも出来ること、してあげたいんだよ』
 お兄さんはずっとそんなことを言っていたっけ。
 ふと、何か嫌な予感がした。
 隣のユーノ君の顔を見ると、彼も顔に皺を作っていた。
 様子がおかしい。
『…………探していたんだ。それは、きっとお前達を救うための鍵になる』
『ひろし、聞いて。もうこれでジュエルシードは全て集まるの。母さんも笑ってくれる。私も嬉しい。あなたが救う人なんて、どこにもいないよ』
『違う』
『え?』
『違うんだ、そうじゃない…………そうじゃないんだよ!』
 その時、お兄さんが走り出した。
 見知った顔の突然の奇行に、フェイトちゃんが一瞬戸惑ったようにも見えた。加えて、やはり蓄積した疲労のせいかも知れない。はっと気が付いて動いたフェイトちゃんの足は遅かった。
 砂粒を撒き散らしながら、お兄さんが広げた右手で砂ごとジュエルシードを掴み取った。
『ひろし!?』
『俺にはこれが必要なんだよ! 一つでもいいから必要なんだよ! 悲運を救ってあげたいんだ、分かってくれよ…………分かってくれ』 
 その時、リンディさんが大声を出した。
「いけない! 彼の精神状態が危ない!」
 それは私にも予測可能なことだった。
 ジュエルシードは願いを叶えると言われる、不思議な力を秘めた古代の遺産。しかし、使い方の問題なのか、不完全で不安定な力ゆえか、願いを叶えたことなどほとんどない。
 多くは、手にした者の欲望を肥大化させ、暴走させてきただけだ。
 あそこまで強く願いを抱いたお兄さんが、ジュエルシードを手にしたら。
「レイジングハート!」
「All right!」
 私は反射的にバリアジャケットを身に纏った。
 変身が完了するのと同時に、お兄さんの姿もモニターには映っていなかった。
 映っているのは、バリアジャケットを身に着けてデバイスを構えるフェイトちゃんと。
「ひろし……さん…………」
 人の姿を無くした暗黒の願い人が、そこにいた。

 See you next time.



[30591] NEXT17:魔法少女リリカルなのは 後半
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/03/18 12:17
 アースラから送り出されて砂浜に到着すると、そこにフェイトちゃん達の姿は無かった。
「二人は何処に!?」
「なのはっ! 上だ!」
 ユーノ君が指し示す方を見ると、冷たい灰色の雲で埋め尽くされた空の中に、二つの黒点が見えた。
 その点は縦横無尽に動き回り、時折互いをぶつけ合っている。二つの点がぶつかる度に、黄色い小さな光が飛び交っていた。
 私はユーノ君と共にその場から飛びあがり、二つの黒点へと向かっていく。
 近づいていくと、その黒点に少しずつ輪郭が浮かび上がってきた。
 一つは金色のツインテールを振り回し、手にした戦斧を猛々しく唸らせている少女だ。所々に傷を負いながらも、消えない闘志を悲しげな瞳に宿らせた彼女の名は、フェイト・テスタロッサ。
 そして、対するもう一つの点は。
「あれが、お兄さん?」
「なんて魔力だ……おそらく、望む力がとても大きかったんだと思う」
 ジュエルシードは願いを叶える魔法の石。
 その邪気に取り込まれてしまったお兄さんは、一体どんな願いを抱いていたのだろうか。
 空を飛びたかったのかな? 背中から突き出た翼は、ツノのように滑らかで、鋭利で、大きかった。
 力が欲しかったのかも。人と比べると異様に長い四肢はよく引き締まっていて、滑空を繰り返す動作の中から、鋭い攻撃を仕掛けてくる。長く伸びた爪も、巻きつくような指も、何かを掴み取りたかった名残なのだろうか。
 もしかして魔導師になりたかったんじゃないかな。時折真っ黒な円環を出現させては、その中央から魔法弾らしきものを撃ち放っている。模様こそ無いけれど、そう、その円環はまるで私達の魔法陣のよう。
 でも、お兄さんが本当に欲しかったものは、もっと違うもののような気がした。
 何故なら。
「くっ!」
 フェイトちゃんが顔を顰める。私も思わず耳を塞いだ。
 何故なら、その洞窟のような口から飛び出す咆哮は、言葉ではないけれど、聞いたことも無い声だけど、身の毛もよだつような音だけど。
 なんだか、フェイトちゃんの名前を叫んでいるような気がしたのだ。
 怖い。とても必死な思いが伝わってくるようで、その雰囲気に私は圧倒されてしまっていた。
 肩を竦ませていると、突然真っ黒な魔法弾が飛び交った。
「なのは! じっとしていたら君も危ない!」
「う、うん! 分かった!」
 分かったけれど、どうしたらいいんだろう。
 最後のジュエルシードは、あのお兄さんが持っている。それを封印するには、どうしたらいいんだろう。
「なのは!」
「分かってる! でも、でもどうしたらいいの!?」
「何しに来たの!?」
 突然フェイトちゃんの怒鳴り声が響いた。
 はっとして顔を上げると、戦いながらもフェイトちゃんが私を見ていた。
「ジュエルシードを封印するんでしょう! 今までどおりにやるしかないでしょう!」
「で、でも」
「うろたえないで! そんなんじゃあ勝てない! こいつっ!」
 強い。
 それは解っている。
 私は、レイジングハートを握り締めて歯を食いしばった。
 フェイトちゃんが言ったとおり、今までどおりにやるしかない。お兄さんを元に戻すのも、それしか方法が無い。
「ユーノ君! サポートお願い!」
「なのは、気をつけて!」
 空を蹴り、風を踏み台にして更に舞い上がった私は、素早くレイジングハートを前方に突き出した。
「レイジングハート! お願い!」
 急速に集まる桜色の光が、チャージをそこそこにして牽制を一発。真っ直ぐに駆け抜ける砲撃は、暴走体のすぐ脇を掠めていった。
 暴走体の赤い瞳が私を睨む。
 その視線に怯える暇すらない。次なる手を考えて、相手の出方を予測して、窺って、そして回避だ。黒い魔法弾の雨を私は回避して、すぐさま反撃の態勢を取った。
「あれ?」
 反撃をしようとした瞬間、先ほどまでいたはずの暴走体が姿を消していた。
「どこに!?」
「下っ!」
 どこからか聞こえてきたフェイトちゃんの声が、私の耳に飛び込んで頭の中に直接警鐘を鳴らす。
 直感的に、危険だと思った。
 背面飛びでその場を離れると、私の真下から真っ黒な砲撃魔法が駆け上がっていった。その邪悪な光の軌跡は、全てを押し流す氾濫した川のよう。もし呑み込まれていたらと思うと、鳥肌が立った。
 姿勢をそのままに、三発の魔法弾を形成した私は、振り向きざまに一斉発射した。
 同時に、対角位置からはフェイトちゃんの放った魔法弾も迫ってきている。
 これなら直撃は免れないはず。
 しかし、暴走体は両手からそれぞれ別方向に黒いシールドを展開し、魔法弾を打ち消した。
「だめかっ!」
 暴走体がフェイトちゃんの方へと体を向ける。
 そして突進。彼女を捕らえようとでもいうのか、長くて太い腕を真っ直ぐに伸ばし、両手を大きく広げていた。
 そしてあの咆哮だ。
 やっぱり、狙いはフェイトちゃん?
「行かせない!」
 ユーノ君が素早く捕縛魔法(バインド)を繰り出し、暴走体の体を捕らえた。
「くらえ!」
 ユーノ君の仕掛けたバインドが強く光り出すと、捕らえられていた暴走体の体に衝撃が走り出す。決定打にはならないまでも、あの強力な暴走体が力を抑えられている。
 チャンスだ。
 すると、暴走体の隙を突いて、フェイトちゃんが戦斧を振った。
 掛け声と共に振られた戦斧が、暴走体の漆黒の胴に打ち付けられる。
 しかし。
「硬い!?」
 もはや暴走体は、人のようであって人ではないのだ。全身を黒く染め上げたその体は、まるで鉛の塊にも見えた。
 受けた一撃に顔色一つ変える様子もなく、暴走体はその長い腕を回してバインドを外し、同時にフェイトちゃんの体を叩く。
 呻き声を漏らしながら弾かれたフェイトちゃんは、風に飛ばされる落ち葉のように数秒間宙を舞った。
「フェイトちゃん!」
 しかし、彼女の側に行っている場合ではない。むしろこの瞬間を好機として、暴走体に有効技を決めないと。
 足元に魔法陣を開き、周囲に桜色の光弾を複数用意する。
「シュートッ!」
 放った玉数は六発。そのどれもが縦横無尽に飛びまわり、電光石火の如く迫る。予測不能の複雑軌道は、暴走体の体目掛けて一心不乱に駆け抜ける。
 止まれない。
 視線を泳がせる暴走体に向けて、更なる追撃の用意。
「なのは!?」
「一気に決めるから! 早くお兄さんを元に戻さないと!」
 誘導弾六発を制御しながらの大型砲撃魔法。
 そんなマルチコントロール、練習でもしたことがない。
 でも、ここで決めたい。
「ユーノ君! もう一度協力して!」
「分かった!」
 ユーノ君の魔法陣が広がると、そこから再びバインドが飛び出して暴走体を縛り付けた。
 悔しいのか、焦っているのか、それともまだフェイトちゃんを呼んでいるのか。暴走体の口から、あの咆哮がこだました。
 一発目と二発目の誘導弾が、暴走体の背と腹を挟み撃ちにする。咆哮が止み、私は更に魔法をチャージした。
 三発目と四発目が更に暴走体を叩く。咆哮は呻きへと変わり、真っ赤な目は恨めしさに満ちる。
 五発目、六発目が決まり、私の準備が整った。
「なのは、今ならいける!」
 その合図を了解し、私は砲撃発射までの最終プロセスへと移る。
 それは、周囲に散っていった星の欠片を集めて解き放つ、ディバインバスターのバリエーション。
「目を覚まして!」
 あなたの邪気を打ち砕き、あなたの願いを取り戻す。
 全力全開の流れ星。
「スターライト…………ブレイカァァァァァァァッ!」
 敵に引けを取らぬほどの咆哮だった。
 暴走体の禍々しささえも打ち消すほどの轟音は、全身全霊を込めた最大級の大型砲撃魔法。
 ほとばしるエネルギーがレイジングハートを振動させる。それを小さな両手でしっかりと押さえつけ、私は力の限り踏ん張った。
 海が荒れ、空気が震え、空に広がる分厚い雲は砲撃の反動によってぽっかりと穴を開けて、陽光を迎え入れた。
 しかし。
「来るよ!」
「そんなっ!?」
 桜色の魔法に完全に飲み込まれていたはずなのに、暴走体はその中から長い腕を突き出して、必死にもがいていた。
 突き出した腕の周囲に魔法弾が出現し、私に目掛けて撃ち放たれる。
 だめ。避け切れない。
 思わず目を瞑り、ダメージを覚悟した。
 だが、爆発音は聞こえるものの、体に衝撃は無い。どうして?
 目を開けて前を見ると、そこにはフェイトちゃんともう一人、アルフさんがいたのだ。
「見ちゃいらんないよ、なあフェイト?」
「そんな大技があるのなら、もっと準備を整えて撃たないと」
 私を庇ったのは、オレンジと黄色の魔法障壁。つまり二人のシールドだった。
「あ、あの」
「フェイトがやばそうだったから駆けつけたのに、まさかあんたまで守っちまうとはね」
 煙が晴れていくと、暴走体の姿が確認できた。
 一見無傷のようにも見えるが、口から零れる声は少しだけ弱々しくなっていた。それに動きもひどくゆっくりで、全身の痛みを堪えながらも動こうとしているようだ。
 そうだ、効いていないわけがない。暴走体にもダメージは確かにある。
 今がチャンス。
 次こそ。
「次こそ決めて」
「え?」
 フェイトちゃんが、私にそう言った。
 その時の彼女の目を見たら、私には分かった。
 ジュエルシードを集めているフェイトちゃんは、お母さんに笑ってほしいから、ずっと自分の心を殺しているような気がしていた。冷静で淡々とした彼女の態度に、時々見られる陰りがそれを物語っていたんだ。
 そしてアースラを乗っ取った彼女は、容赦の無い指示を飛ばし、その姿はまさに冷徹だったかもしれないと思う。だが、そんな中でもやはり陰りがあったのだ。
 更に、高圧的に指示を出す冷酷な自分自身を蔑むような、そんな視線を見せることが彼女にはあった。
 だけど、今の目は何かが違う。
 フェイトちゃんが私に「次こそ決めて」と言った。
 命令ではなく、無理強いでもない。「あなたなら出来る」と信じてくれた人が見せる、強い眼差しだった。
 冷静で冷徹で冷酷な自分自身を許せない目じゃない。
 ただ、そこにいる誰かを信頼することが出来た、そんな目だ。
 そう、今までのフェイトちゃんとは少しだけ目が違う。フェイトちゃんとの距離が、また縮まったような気がするんだ。
 だったら、このまま一気に隣まで近づこう。
「フェイトちゃん!」
「な、何?」
 突然声を掛けたから、彼女は驚いていた。
「私、さっきの魔法でほとんどの魔力を使っちゃったの」
「それじゃあ、もう撃てない?」
「一緒にやらない?」
 その言葉を発した時、彼女は、そして彼女の隣にいたアルフさんまでもが、目を点にしていた。
「協力してほしいの。一緒に暴走体を止めよう」
「そ、そんなの!?」
「サポートはアルフさんとユーノ君に任せて、私達二人で一緒に決めよう!」
「…………何を言っているの? 私はジュエルシードが欲しいだけで、あなたとも敵同士。今は特殊な状況だからこうしてい」
「そんなことない。私はフェイトちゃんと敵同士になった覚えなんてないよ」
 いつの間にかユーノ君も近くにいて、じっと見守っていてくれた。
「私はジュエルシードが欲しいわけじゃないし、フェイトちゃんと敵同士でも無い。今みたいな特殊な状況じゃなくたって、分かり合えることが出来たらいつでも協力したい! 仲良くしたい!」
「…………だって」
「お話がしたいの!」
 暴走体の動きに、少しだけ回復の兆しが見える。時間が無い。
「フェイトちゃんっ!」
「…………そんなことより、今はジュエルシードを。最後の一つ、確実に手に入れなくちゃ」
 彼女の目から、寂しさが少しだけ消えた気がしたのは私の気のせい?
 ううん、そんなことはない。
 きっと。
「フェイトちゃん…………」
「ダメージはあると言っても、次にどんな動きを見せるか分からない。叩くなら今のうちだ」
 彼女だってきっと変わってくれる。
 私達は分かり合えるはずだから。
「ねえフェイトちゃん、きい」
「早く準備して! あいつは今まで以上に強力だから、チャンスは逃せない!」
「…………う、うん」
「分かってくれればいいの」
 私はレイジングハートを構えた。
 そして、隣にはフェイトちゃんが、同じように構えていた。
「あれ? え?」
「言ったでしょう? 確実に決めたいの――――」
 やっぱり、私達は、私達の関係は変われるんだ。
「――――二人でなら、きっと」
「…………うんっ! きっと!」
 分かり合えた気がした。
 ほんの少しだけ。
 でも、とても満ち溢れた“少し”。
「アルフ!」
「ユーノ君!」
 私とフェイトちゃんの声を合図に、二人が暴走体を左右から挟むようにして飛んでいった。
 しかし、暴走体も態勢を整え終えたようで、その場から高く飛翔する。
 それを追うユーノ君とアルフさん。
 ユーノ君の放つ光の鎖が、暴走体を追いかけて走る。
 暴走体はそれに対抗して魔法弾を発射。それが空から流星群のように降り注いだ。
 アルフさんもオレンジの魔法弾を頭上に展開。それは、彼女の渾身の力を込めた魔力障壁で、その大きさは直径数十メートルにも及んだ。
 巨大な障壁と無数の魔法弾がぶつかり合い、空と海に挟まれた場所で爆煙が雲のように立ち込めた。
 私達のいるところからは、三人の姿がまるで見えなくなってしまったけれど、あの煙はおそらく、ユーノ君とアルフさんの計算に含まれたもの。
 上空にいたのであろう暴走体が、煙を突き抜けて姿を現した。
 その時だ。
 煙の中からオレンジと緑の鎖が伸びてきて、暴走体をがんじがらめに捕らえる。
 縛られた暴走体は、その場から動けなくなった。
「フェイトちゃん!」
「うん、今だ!」
 私達二人は、同時に魔力を高めて、同時に力をデバイスへと注ぎ込み、同時に姿勢を整えた。
 鎖を軋ませながら、暴走体が空に向かって雄叫びを上げる。その声以外、周囲には波の音しか聞こえなくて。
 それは、決着の時にふさわしい舞台だ。
 暴走体となったお兄さんとの決着。
 散らばったジュエルシードとの決着。
 そして。
「やっと」
「最後だね」
 ようやっと隣に並べた、私とフェイトちゃんとの決着。
 私とフェイトちゃんは、雄叫びをあげながら同時に砲撃魔法を発射した。
 桜色と黄色の魔法が、互いの身を寄り添うようにしながら、同じ道を突き進んでいく。
 近づけば、声が聞こえる。
 近づけば、届けられる。
 近づけば、こんなにも強い。頼もしい。嬉しい。優しい。
「フェイトちゃん!」
「うん!」
 私達は声を揃えた。
「せぇーのっ!」
 最後の一押し。
 二つの光線は交じり合って一つとなり、真っ白な巨星となって暴走体を呑み込んだ。
 その後も止まることなく空を突き抜けて。
 どこまでも。
 ずっと遠くまで。
 いつまでも、二つは寄り添って。
 まるでその軌跡は、始まったばかりの私達二人を導いているようだった。



 最後のジュエルシードを持った私達は、アースラ艦内に戻っていった。
 誇らしげにするアルフさんと、その隣に並ぶユーノ君。
 ちょっぴり恥ずかしい私と、晴れない表情をするフェイトちゃん。
 そして私達に担がれている、気を失ったお兄さん。
 五人で帰ってきた。
「お疲れ様」
 そう言ったリンディさんの顔は、とても優しい笑顔だった。
「これで全てのジュエルシードが集まりましたね」
「やっと、これでやっとクロノ君が帰ってくるんだ」
 エイミィさんも嬉しそうだった。
 私も嬉しかった。
 でも、隣を見ると、フェイトちゃんの表情はやっぱり晴れていなかった。
 それもそうだろう。さっきは協力して、お互い少し仲良くなれたけれど、フェイトちゃんの立場が変わったわけではないのだから。
「フェイトさん、さっそくですけれど」
 リンディさんが一歩進み出た。
 そう、今まで集めたジュエルシードは、全てフェイトちゃんが持っている。それにフェイトちゃんがいなければ、プレシア・テスタロッサのもとに行くことも出来ない。
 クロノ君を返してもらうために、私達はどこまでも彼女の思うように動かなければならない。
 その認識が、アースラ内の管理局員にはしっかりと残っていた。
 正直に言って、私は複雑な心境で仕方が無い。
 そんな時だ。俯いていたフェイトちゃんが、勢いよく顔を上げて、担いでいたお兄さんを離し、前に進み出た。
 私一人では担げないお兄さんが、ごろりと床に転がる。
「私はこれから、母さんのもとにジュエルシードを持っていきます」
「そうね。当然そうなるでしょうね」
「皆さん…………今まで、ありがとう」
 誰もが言葉を失った。その言葉が、彼女から聞けるとは思っていなかったのかも知れない。
 でも、私は分かっていたつもり。彼女はきっと、こういう子なんだって。
「本当にありがとう。そして、酷いことをしてごめんなさい」
 フェイトちゃんがお辞儀をした。
 それに倣うように、アルフさんもフェイトちゃんの隣に並び、同じように頭を下げた。
「フェイトさん…………」
「あなた達の仲間は必ず連れ帰る。約束します」
 しばらくの間沈黙が流れた。
 その言葉にどれほどの信用を置くべきか。おそらく、目の前にいるのが昨日までのフェイトちゃんだったら、誰一人として彼女のことを信じようとはしなかっただろう。
 でも、今は違う。
 沈黙している。きっと、一生懸命に考えている。
 そして、リンディさんの下した決断はこれだ。
「ええ、いってらっしゃい。クロノのこと、よろしくお願いするわ」
「はい」
「でも、一つお願いがあるの。私達の立場や状況から言っても、あなたを完全に信用していいのかどうかは悩みどころ。悪い子ではなさそうというのは分かったわ。でも、ね」
「監視をつけたい、と?」
「そうさせていただけると嬉しいわ。こちら側からもクロノの引取り人として少人数でも同行させたいのよ。了解してくれないかしら?」
 しばらく考え込んだフェイトちゃんは、じっと私の方を見た。
「…………え?」
 艦内の視線が、全て私に注がれた。
「えぇぇぇっ!?」
「あの子なら」
 フェイトちゃんの決定に、皆が驚いた。
「こ、こういうのって、管理局の人じゃなくてもいいんですか!?」
 リンディさんに尋ねると、彼女も困惑した表情を浮かべながら返事をする。
「いや、あの、私達はあまり強く言える立場ではないから、フェイトさんがそうしろと言うのならそうするしか…………でも、いいの?」
「何が?」
「私が心配しているのは、彼女が局員じゃないとかの問題ではなく、非常に強い力を持ったこの子が同行者でいいのかということです。反撃とかは、心配していないの?」
 何だか私がとんでもない人みたいな言い方。フェイトちゃんと一緒に行けるのは嬉しいけれど、素直に喜べるような言葉ではなかった。
 それに対してフェイトちゃんは言った。
「彼女はそんなことしないと思う」
 それは、私を信じてくれている証。
 やっぱり、私達も彼女を信じて正解のようだ。
「僕もいいかな?」
 ユーノ君がそう言ってくれた。なんだか心強い。
 それに対しても、フェイトちゃんは一度頷いて了承してくれた。
 その時だ。
「お、俺も!」
 床に転がっていたはずのお兄さんが、勢いよく言った。
「ひろしも?」
「いいだろ?」
「別に来なくてもいいけど」
「頼んます! 本当にお願いします!」
 さっきまでボロボロだったのに、元気なお兄さんだ。
「まあ、どうせ魔力がないから、戦力にはならないだろうし」
 フェイトちゃんがそう言うと、お兄さんは小さくガッツポーズをしていた。
 ところで、お兄さんって“ひろしさん”って言うんだ。
「じゃあ行こう」
 フェイトちゃんとアルフさんがアースラの転送装置に入り、私達三人もそれに続いた。
 いよいよ、この事件も終盤に近づいているのだろう。
 ちょっと長かった気もするし、きっとジュエルシードを渡してクロノ君が戻ってきても、管理局とフェイトちゃんのお母さんとの戦いは終わらない。
 でも、フェイトちゃんと分かり合えることが出来たし、私という名の物語はもうすぐでクライマックスを迎えるみたいだ。
 さあ、行ってこよう。

 See you next time.



[30591] NEXT18:褒めてください
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/03/27 00:21
 なんだかしばらく夢を見ていたような気分だ。俺自身は覚えていないのだが、どういうわけか、俺はジュエルシードに取り込まれて暴走状態にあったという。
 その事実を聞かされたのは、つい数分前。どうやら俺は、暴走状態から救出されて気絶したまま、アースラ内に運ばれきたらしい。
 いつの間にかお互いの距離を縮めていたフェイトとなのはがプレシアのもとに行く。端的ではあるが、そんな情報を聞きとり、とっさに「俺も!」と名乗りを上げた俺。懇願してフェイトから了承は得たものの、リンディ提督達は呆れたように俺を見た。俺が覚えていない部分の話を聞いたのは、その後のことだ。
 俺の体のことや、またとんでもないことをやらかすのではという心配から、リンディ提督達には、フェイトと共に行くことを止めるよう言われた。
 しかし、行かないわけにはいかないだろう。ジュエルシードは全て揃い、フェイトは目的を果たしている。
 そして原作とは辿った道こそ違えど、フェイトはなのはに対して心を開いているみたいじゃないか。
 もはや物語はクライマックス。
 転生してきたばかりの頃に思い描いていたシナリオとはだいぶ違ってしまったが、この『魔法少女リリカルなのは』ももうすぐでクライマックスだ。
 リンディ提督達の声を背に受け、引く手も振り切り、俺は無理矢理フェイト達に付いてきた。
 そうして再びやって来た。
 ここは、プレシア・テスタロッサのいる場所。
 『時の庭園』。
 やって来たのは俺とフェイト、なのは。それにユーノとアルフだ。
 いくらかフェイトの顔に緊張が見られる。
 母親と会うというのに、フェイトの顔は酷く険しかった。本人はそんな自分の表情を分かっているのだろうか。
「ひろしさん、もう体は平気なんですか?」
 ふと、そんな言葉を掛けられた。
 声の主はなのは。この子は本当に優しいな。
「ああ、平気だよ…………なんか、迷惑を掛けちゃったみたいで悪いな」
「ちょっとびっくりしたけどね。でも、そのおかげでフェイトちゃんとも分かり合えたというか」
「そ、そうか! 俺は役に立ったのか!」
「いいえ、迷惑」
 最後の一言はフェイトの言葉だ。同時にアルフも頷いている。
 庭園内を進みながら、フェイトが続けて言った。
「ひろしのせいで、最後の一つはとても手間が掛かった。邪魔をしないでって言ったことなかったっけ?」
「おまえ…………ザクザク来るね」
「だって本当のことだから」
 フェイトはこんなにも毒舌だったか? 俺は原作介入こそ果たしているけれど、改変までは望んでないぞ。フェイトはそんな意地悪を言う子じゃないはずなのに!
 しかし、そこまで言われると、一つの疑問が浮かび上がった。
「フェイト、そんなにまで俺を邪魔だと思うなら、何で俺を連れて来てくれたんだ?」
 フェイトはこちらを振り返ることなく、真っ直ぐと前を見据えて歩きながら言った。
「艦船の中でも言ったでしょう? 魔力も無いあなたには何も出来ないから、別に一緒でも構わないって」
「それは俺を連れて行くこと前提での理由だろう? そうじゃなくって、連れていこうと思ったそもそもの理由は何だって訊いてるんだよ」
 しつこく訊くと、前を向いたままのフェイトからため息が一つ聞こえた。
 え、なんだよそれ。余計気になるじゃん。
 しばらく何も言わなかったフェイトだが、やがて、仕方がないと言わんばかりに再びため息を吐いてから言った。
「アルフが、念話で連れて行けって」
「アルフが?」
 俺は素早く彼女を見ると、アルフは困ったような笑みを浮かべて頬を掻いていた。それからチラリと俺に目配せをして、一度だけウインク。
 やっぱり、アルフと仲良くなっておいてよかった。
 自然と踏み出す足に力が入る。
 これは勇み足だ。俺は今、転生オリ主としての人生において、大きな勝負に出ようとしているのだ。
 何だかんだで、この物語も良い方向に向かっていってるじゃないか。おそらくこのままでいけば、俺が介入せずとも原作と同等の結末には落ち着くのではないかと思ってしまう。
 一つだけ不服があるとするならば、それは俺自身に対してだ。結局ここに辿り着くまでの間、俺は何一つ成し遂げていないような気がする。
 ちょっとぐらいは転生オリ主らしくしなければ。
 いや、そんな甘っちょろい考えは捨てろ。
 成し遂げるんだ。こうして俺が居合わせることにはきっと意味があると信じろ。
 物語を悲劇から救う。俺はそのことだけに全ての力を注ぎ込めばいい。
「クロノ君、大丈夫かな?」
 なのはが言った。
 そう。忘れてないっすよ。うん、ちゃんと憶えてましたよ。
 待ってろよ、クロノ。
 今度はユーノが口を開いた。
「フェイト、君はその…………本当にジュエルシードをプレシアに渡すつもりなのかい?」
 フェイトは力強く頷いた。
 そりゃあそうだろうが、ユーノの気持ちも分からなくは無い。何せユーノは、自責の念からずっとジュエルシードを探してきたのだ。それがようやく全て揃ったというのに、悲しいかな、それらを全て他人の野望のために献上しなくてはならないのだから。
 しかし、それでもクロノの無事には変えられないことを解っているのだろう。ユーノは、それ以上何も言わなかった。
 このことに関しては、なのはだってユーノの気持ちに近しい思いがあるはずだ。だが、なのはも口をきつく閉じたまま何も言おうとしない。
 きっと複雑な心境なのだろう。ユーノというパートナーと共に、確固たる想いを抱いてジュエルシードを探してきた。しかし、それを全て手にしているフェイトは、苦労の末にようやく分かり合えたばかりの友達。
 なのはからしてみたら、自分自身をどちらつかずの半端な存在だと感じているのかも知れない。
 ユーノの問い掛けに対するフェイトの返答は、明らかに躊躇っていると分かるような、元気の無い声で返された。
「ごめん…………これだけはどうしても譲れないの」
 本当に、お前ってやつは。
 全てを知っている俺にとって、フェイトのその一途な想いは、耳にするだけでも酷く胸が痛むものだった。
 庭園の建物内をある程度進んでいくと、見覚えのある大きな両開きの扉に辿り着いた。
 この扉の向こうはプレシアの部屋となっている。俺が前回やって来た時もこの部屋に入ったし、アースラ内のモニターで見た、クロノが捕らえられている部屋もここだった。
 ようやく、俺達はここまで来たのだ。大きな音を立てて唾を飲み込む。
 緊張感が俺達に纏わりついてきて、なんだかちょっと息苦しさを感じる。それはきっと俺だけではなく、なのはやユーノ、もしかしたらフェイトとアルフも同じかも知れない。もちろん、モニター越しに確認しているアースラクルーも同じだろう。
 フェイトが一歩進み出て、扉に右手の平を押し当てた。すると、それに反応するように、扉は勝手に開き始めた。
 少しずつ、俺達のいる廊下とプレシアのいる部屋との境界が消えていく。細く見えている扉の向こうがどんどん大きくなっていき、室内の温度が俺達のいるところまで伝わった。
 少し寒い。
 先に歩き出したフェイトに続き、俺達は敷居をまたいで部屋の中に踏み入った。
 最奥の椅子に、肘掛に乗せた腕で顎を押さえた姿勢のプレシアがいた。
 彼女の視線は前回見た時同様、酷く冷たいように感じられる。だが、前回と違って口には緩やかな曲線が描かれていた。
「フェイト、ようやくジュエルシードを集めたのね」
「はい、母さん」
 彼女の言葉に返事をしたフェイトの声は、少しだけトーンが上がっていた。
 フェイト、お前は嬉しいのか? プレシアの口元に浮かんでいるものは、お前の望んだものなのか? 
「偉いわぁ。母さん、本当に嬉しい」
 フェイトが少しだけ顔を俯かせて、耳まで真っ赤にしながら目を細めて、歯を見せた。
 フェイト、本当にお前は嬉しいのか? 
「さあフェイト、ジュエルシードを全て渡してちょうだい」
 無言のまま、しかし嬉々としてフェイトは自分のデバイスを前に差し出した。
 フェイトのデバイス、バルディッシュから、小さな光が二十一個吐き出され、それらは互いに一定の距離を保ちながら宙を舞った。
 椅子から立ち上がったプレシアが前に進み出ると、ジュエルシードは彼女に付き従う騎士(ナイト)の如く、彼女の周囲をぐるりと囲って静止した。
 青黒い小さな輝きが二十一個。中央のプレシアをライトアップするその様は、どことなく不気味さを感じさせた。
 プレシアの口から、笑い声が聞こえた。そして彼女は言う。
「やっと……やっと準備が整ったのね」
 二十一個の宝石を従えて、プレシアは部屋の奥へと向かい始めた。
「ま、待て!」
「何かしら?」
 プレシアの足は止まらない。俺は前に進み出て言った。
「クロノだ! クロノを返せ!」
「クロノ? あのお利口な坊やのことかしら?」
「どこにいるんだ!? 約束したはずだ! ジュエルシードと引き換えに返すって!」
 部屋の奥に姿を消しかけていたプレシアは、気だるそうにちらりと俺達を見やった。
 プレシアの返答を待つ俺達。そんな中、フェイトは何か拍子抜けしたような顔で立ち尽くしていることに、俺は気付いた。
「地下室にいるわ。どうぞ勝手に連れて行ってちょうだい」
 それだけ言い残したプレシアは、またすぐに歩き出して部屋の奥へと姿を消していった。
 フェイトの顔を見続ける。彼女の表情は、相変わらずだ。
 その顔に秘められた想いが何か。俺はもちろん、原作キャラであるなのは達でさえも気が付いていた。
「フェイト?」
 呼びかけたアルフの声は、明らかに彼女を気遣っていた。
「かあさん、喜んでくれてたよね?」
「あ、ああ。もちろんじゃないか」
「そっか…………母さん、もしかして恥ずかしがってたりするのかな? もうちょっとだけ、褒めて欲しかったのに」
 フェイトがゆっくりと足を動かし、プレシアの進んだ道を辿り始めた。
「フェイトちゃん?」
「フェイトってば!?」
 なのはとアルフの声すらも届かない。フェイトはただ真っ直ぐに、部屋の奥を目指して進んでいた。
 アルフがフェイトの後に続き、なのはとユーノも動こうとしたところで、俺は二人を引き止めた。
「なのはとユーノは、クロノの方をお願いできないか?」
「で、でも」
「気持ちは分かるが、あいつをいつまでも放っておくことは出来ない。フェイトのことは任せてくれ、な?」
 少しだけ困惑した表情を浮かべつつも、なのはとユーノは俺の言うことを了承してくれた。
 さて、二人が部屋を出て行った後で、俺が取る行動はもう決まっていた。
 フェイトが何故あんな風になったのか。理由は至って単純だ。
 彼女は、ジュエルシードを全て集めればプレシアが喜び、また笑いかけてくれると信じていたのだ。
 しかし、プレシアはフェイトを言葉でこそ褒めたけれど、彼女が本当に望むものを与えていない。それなのにあの素っ気無い態度。フェイトが肩透かしを食らったように感じるのは当然だった。
 確かにプレシアは、集められたジュエルシードを見て喜んだ様子ではあった。しかし、彼女の本来の目的は、ジュエルシードを集めるということではない。
 そのジュエルシードは彼女にとって、目的を果たすための手段でしかないのだ。死んだ娘、“アリシア”を取り戻すため。その蘇生技術があるとされる、失われた世界『アルハザード』へ行くための切符として、ジュエルシードが必要であるとしていただけだ。
 そう、プレシアの目的は全て、アリシアのため。
 彼女が本当に笑顔を取り戻すことが出来るとしたら、現時点ではアリシアの蘇生以外に方法が無い。
 しかし、それはすなわち、プレシアを母と慕うフェイトに厳しい現実が突きつけられることと同じ。
 そんな運命を救うことが、俺の成すべきこと。最も望むことだ。
 出来るかな。改めて整理してみても、何だかすごく難しい気がしてきた。
 いや、やってやるしかない。
 駆け足で部屋の奥へと入っていくと、間もなくしてフェイトとアルフに追いついた。
「二人とも!」
「ああ、ひろし。あんたからも言ってやってくれよ。フェイトは頑張ったって。ちゃんとあの女の言うことを聞いて、喜ばれることもしたんだって」
 呆然としたままプレシアの後を追うフェイトに向かって、「よくやった」と褒めてやるのか? 俺の口から? 
 冗談じゃない。そんな言葉、フェイトに届くはずが無い。
 彼女に届く言葉は一つ。彼女に届く気持ちは一つ。
 その一つ以外、あるものか。
 そう、プレシアの愛情以外。
「それにしても、あの女は一体ジュエルシードを何に使うんだろうね?」
 そうか。アルフ達はまだ知らないんだよな。出来ることならこのまま二人には真実を知らせないで、プレシアを説き伏せて家族として暮らすように促せればベストなんだけど。
「この奥の部屋に、何かあるのかね?」
 アルフがそんな言葉を漏らした瞬間、俺は一人足を止めてしまった。
 この奥の部屋?
 何があったのか、俺は知っているぞ。原作アニメでも映されていたはずだ。
 確か、この奥には。
「アリシア」
「は?」
 ダメだ。この先にあるものはフェイトに見せてはいけない。
 直感的にそう思った俺は、素早くフェイトの前に回りこんで彼女の肩を掴んだ。
「進むな! これ以上は!」
「どいて」
 その時だった。
 通路に、もの凄い悲鳴がこだました。
「母さんっ!?」
 母の悲鳴を受けて、フェイトは咄嗟に通路を駆け出した。俺とアルフもそれに続く。
 プレシアの身に何かあったのか? あの悲鳴、ただごとじゃ無いのは間違いない。まさか、俺の時みたいにジュエルシードが暴走でも起こしたか?
 あれこれと想像しながら通路を進み、俺達は遂に最奥の部屋へと辿り着いた。
 そこにあった光景を見て、フェイトとアルフはますます首を傾げながら、疑問に包まれている。
 しかし、俺には何があったのかが一目で分かった。
「アリシア…………アリシアは、どこ?」
 いなかった。
 この部屋にいるはずの、カプセルに保存されたままのアリシアの遺体が、プレシアの娘であるアリシアがどこにも居なかった。
 フェイトとアルフが困惑している中、プレシアも狂乱したような顔でその場に膝を付き、頭を両手で抱えて震えていた。
「アリシア、アリシアァッ!」
「アリシア? 母さん、アリシアって、誰?」
 フェイトがそう尋ねた。
 その瞬間、プレシアの顔に貼りついた鬼のような形相を、俺は真正面から見た。思わず息を呑む。
「…………いないのよ」
「だ、誰が?」
「アリシアよ」
「アリシア? それは……一体だれ?」
「アリシアは…………」
 やめろ。
「アリシアはねぇ」
 やめろ! それ以上は言うな!
「プレシア黙れ!」
「アリシアは! 私の大切なむす」
 その時、今度は建物内を凄まじい轟音が駆け抜けた。同時に足元が激しく揺れ、俺やフェイト達は思わずその場に尻餅をついた。プレシアも身をよろけさせて、近くに壁に縋りつく。
「これは」
 激しい揺れの原因が、そこに現れた。
 プレシアの周りに、光を纏ったジュエルシードが再び姿を現した。
 光っている。音楽を奏でるかのように、言葉を交わすかのように、互いの光を確認しながら自身を光らせて歌っていた。
 発動している?
「かあさん!」
 それ以外に考えられなかった。
 そもそも、原作を思い返してみれば納得もいく話だ。原作では二十一個全てが集めるよりも早く、プレシアはジュエルシードを発動させた。そう、待ちきれずに早ってしまうほど、プレシアには時間が残されていなかったはずだ。
 加えて、今はジュエルシードが全て揃い、その力は一触即発の状態であっただろう。
 彼女がこの部屋に辿り着く前から、既に発動準備を整えていたとしたら。
 アリシアの行方不明というトラブルなど知る由もなく、ジュエルシードはその力を解き放つのは至極当然の話。
 地鳴りは更に少し大きくなった。天井のあちこちから砂煙が落ちてきて、この場にいることの危険性を訴えている。
「アリシアを探さないと!」
 突然プレシアが走り出し、部屋を飛び出していった。
「かあさん! 待って!」
 何も事情を知らないフェイトが、悲痛な叫びを吐き出す。
 今、この場所及び俺達に襲いかかろうとしている事態は非常にまずいものだが、フェイトがアリシアの事実を知ることは避けられた。
 時間は稼げたということか。そういう風に前向きに捉えるしかない。
 揺れがまた少し強くなり、立ち上がりかけていたフェイトが再び転んだ。
 今だ。
「アルフ! フェイトを頼むぞ!」
「ひろし! あんたは!?」
「プレシアに用がある!」
「今はそれどころじゃないよ! ここはなんかマズイ気がしてきた!」
「でももう今しかないんだよ!」
 こんな状況でプレシアを説得なんて出来るのか? こんな状況で、原作に待ち構えている悲劇を救うことなんて出来るのか?
 だけど、今動かないとダメな気がした。
 俺は四つん這いのまま部屋を脱出し、廊下に出た。壁に寄りかかりながら、可能な限りの全力疾走をする。
「プレシアァ! どこだぁ!?」
 俺は叫んだ。
 救いたいその人の名前を。
「プレシアァ! お願いです! 出てきてください!」
 隣からも、俺と同じようにプレシアを探す声が聞こえた。
「神様?」
「プレシアァ!」
 何やってるんだろう、こいつ。神様の声は原作キャラには届かないのに。
「プレシアどこですか!?」
「神様、あんたじゃあ声は」
「でも! 何も出来なくてもじっとしていられないんです!」
 なんで神様はそんなに必死なんだ? 初めて会った時から、神様は原作の救済にやたらと執心していた。
 物語に介入できない。声も、手も、何もかもが届かない場所にいる神様は、それでも一生懸命にプレシアの名前を呼んでいた。
 こいつ、本当は何者なんだろう?
 その疑問は解けないが、一つだけはっきりとしていることはある。
 それは、神様の想いが俺と一緒であることだ。
 前にも感じた違和感。原作介入を望みながらも、原作を尊重したいという不思議な気持ち。
 それを共有する俺と神様は、こんなにも強くプレシアを救いたいと思っている。
 だから、俺も負けじとめいっぱいの声で叫んだ。
 そうやって声を張り上げながら建物内を駆け回ったが、なかなかプレシアを見つけることが出来ない。
 息が切れてきて、声量が少しだけ減ってきた時、神様が俺の肩を叩くような素振りで呼んだ。
「ひろしさん! 向こうに誰かいます!」
「何!?」
 神様の視線を追うように俺も見ると、激しく揺れ動く視界の中で、大きな影が動いているのを確認した。
 プレシアか? しかし、あの大きさは、もしや。
「アリシアの入ったカプセル? 持ち出した奴がいるのか?」
 俺はその影を追いかけた。この地鳴りの中にありながら、ゆったりとした挙動で安定した動きを見せる影。
 何者だろう。
 影が廊下を曲がっていったので、俺は慌てて追いかけた。
「待て!」
 そして廊下の曲がり角に飛び出していくと、そこには金色の鎧を纏った巨躯で大斧を担いだ鎧騎士がいた。
「…………あ」
 まずい。こいつは時の庭園内に配備されているプレシアの手駒、傀儡兵だ。
 当然ながら、こんなのを相手にして俺に勝ち目があるわけない。
 傀儡兵は俺に気付くと、まるでそうしたかったかのように素早い動作で、ごく自然な動きで、俺に向けて斧を振りかぶった。
「ひろしさん!」
「うわああああやべえええええっ!」
 あまりにも自然に狙われたものだから、俺は動けずに見守ってしまった。両腕を頭上でクロスさせ、無駄であると解っている防御態勢をとる。
 次の瞬間には、八つ裂きになった俺の出来上がりだ。
 くそ!
「ひろし!」
 名前を呼ばれた。と、思った瞬間、俺の体は誰かに抱えられて後方に飛んでいた。傀儡兵の大斧が俺の靴先を掠めていく。
 少し細い腕で、しかししっかりと俺を抱えるその腕は、黒いバリアジャケットに包まれていた。
「お前」
「大丈夫か!?」
 クロノだった。おびただしい傷と少しだけ細ったようにも見える頬のせいで、あまり元気そうには見えないが、真っ直ぐで力強い瞳はちっとも変わっていない。
「無事だったのか!?」
「無事なもんか。死にそうだ」
 そう言いながら魔法陣を開いたクロノは、ブルーの光をデバイスの先端に集めると、そこから魔法弾を高速で連射した。
 そして次の瞬間には、あのいかつい傀儡兵が爆煙に包まれておとなしくなっていた。
「君がいるってことは、まさかジュエルシードを持ってやって来たんじゃあるまいな」
「あ、ああその通りだ。あれ? なのは達には会ってないのか?」
「彼女もこっちに来てるのか? 全く、奴等の言いなりになるなと言ったのに」
 クロノの態度に不満を抱きながらも、彼らしい言動に思わず安心感がこみ上げる。
「一人で脱出したのか?」
「つい数時間前のことだけどね。逃げ出そうにも、僕一人ではこの庭園からアースラに行くことは出来ない。それに、調べ上げたいこともあったから」
 こんな状況でも執務官の任務を優先か。本当にこいつらしいと、俺は苦笑した。
 そんな俺を横目で見つつ、クロノが顎である方向を指し示しながら言った。
「君に以前聞いた話について、調べていたんだ」
 視線を動かした俺は、今度こそ自分の心臓が止まると思った。
「お前、これ…………」
「少し前に見つけた。君は以前、“プロジェクトF”のことを僕に話しただろう…………動かぬ証拠となりそうだな」
「ってお前……動かしてきちゃったじゃん?」
 俺とクロノの前にあるそれは、淡い光を放つ液体で満たされたカプセルだ。
 そして、その中に全裸の少女が一人、身を丸くして浮いている。
 そう、彼女の名前は、アリシア・テスタロッサ。

 See you next time.



[30591] NEXT19:ひろしvsプレシア
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/04/18 01:42
「まさかこれ、プレシアの目を盗んで持ってきたのか」
 驚きを通り越して、俺はこいつの大胆な行動に半ば呆れていた。
「『プロジェクトF・A・T・E』。この名前がやっぱり気になっていたんだ。プレシアの娘というフェイト・テスタロッサの正体については、僕なりにいろいろと憶測を立ててみたんだが」
「…………憶測を立ててたって、掴まってる間ずっとそんなこと考えてたのか?」
「ああ」
 なんか、こいつ一人くらい放っておいても問題は無かったんじゃないかと思える。しかし、それではクロノのために一生懸命やった皆の気持ちが惨めだ。こんな考えはすぐに捨てたほうがいい。
 苦笑いを浮かべながら、クロノに話の続きをするよう促した。
「このカプセルを見つけた時点で確信が持てたよ…………フェイトは、プレシアの娘ではないんだな?」
 クロノにプロジェクトF・A・T・Eのことを伝えたのは俺だ。だから彼は、俺がフェイトの正体を知っている可能性というのも当然抱いていたのだろう。
 俺に向けたクロノの口調は、まさに自分の憶測が正しかったという同意を求めているものだった。
 そんなクロノに対して、俺は胸が締め付けられるようだった。
 こいつの言っているそれは、簡単に頷けるほど軽いことじゃない。
「フェイトは…………間違いなくプレシアの娘だよ」
 そんな風に答えた理由は一つしかない。
 俺が、そういうことにしてみせるからだ。
 俺の返事を聞いたクロノは、意味深な顔で俺を見つめながら、それでも「そうか」と納得したふりをしてくれた。
「で、この後はどうするんだ?」
 クロノの気遣いに恥ずかしさを感じて、話題をそれとなく逸らそうとする俺。
「そうだな。持ち出したカプセルに入ってるこの少女を、アースラに連れて行こうと思う」
「お前、それは」
「分かってるよ。生体反応が無いし、彼女はもう生きてはいない。死者に手荒な真似をすることはしないさ。ただ、プレシアの所業を立件するための重要な証拠でもあるからね。この子をプレシアに渡すつもりはない」
 どうやらクロノは、自分が人質だったという事実など既に頭には無く、とことん管理局員としての務めを全うしようというわけらしい。
 さて、アリシアがプレシアの手から離れたことで、この後の展開はどうなろうのだろう。
 既にジュエルシードは暴走状態に入っていることを考えても、時の庭園が崩壊するのは時間の問題だ。
 そうなった場合、プレシアに待ち構えている結末はどんなものだろうか。
 愛娘を探しあぐねたまま、庭園の崩壊に巻き込まれるか。自分を追いかけるフェイトに対して、八つ当たりでもするのか。
 ふと、プレシアのことを思ってみた。
 言い方としては悪いかも知れないが、アリシアがプレシアを狂わせた要因であることは間違いない。もちろんアリシア本人が望んでいたことではないだろうが、それでもプレシアが起こしたこの事件には、悲しい動機としてアリシアの存在があるのは動かぬ事実だ。
 待てよ。逆の捉え方をするとこうだ。
 少し突いただけでも崩れてしまいそうなプレシアを支えているのは、やはりアリシアだ。彼女という存在があるからこそ、プレシアは確固たる信念を持つことが出来た。
 そんな信念を矯正するならば、アリシアを失って情緒不安定な今のプレシアにこそ付け入る隙があるんじゃないか? 
 卑怯だとか、ずるいとか、そんなことを言われても構わない。何とでも罵るがいい。
 だがこれは、力の無い俺に唯一残されている勝算だ。
「よし、決めた」
 俺はカプセルを見つめるクロノに向き合って言った。
「クロノ」
「ん? なんだ?」
「アリシアを連れてアースラに戻るんだ。今ならアースラも転送可能範囲内だろうから、お前が表に出て無事を伝えれば、迎え入れてくれるだろう」
「まあ、そうするつもりではあるけれど…………君は? 行かないのか?」
「俺には、やらなきゃならないことがある」
 そう言うと、クロノの表情が険しくなる。
「許可できないな。庭園内にはさっきのように傀儡兵がうろついているし、君は無力すぎる。アースラに戻ったほうがいい」
 そうだ。
「確かに、お前の言う通りだ」
 そうだよ。
 俺は、とことん無力だよ。
「じゃあひろし、庭園から出るぞ」
「…………だけどさ」
 俺は確かに力が無いし、今まで何もしてきていない。
「ひろし?」
「だけどさ」
 だけど、諦めたくないんだ。
 自分自身で何かしたいと決めたんだ。
 神様にも大口叩いたし、俺自身も強く望んでいるし、「出来ませんでした」なんて言うつもりはさらさら無い。
 そしてそれ以前に、出来るか出来ないかを考える前に動かなくちゃいけないと思っているんだ。
「最後まで…………やらせてほしいんだ」
「ひろし、それは一体…………」
「頼む」
 困惑するクロノが、俺の胸のうちを知ろうと懸命に思考している隙を突いて、俺は一気に背を向けて走り出した。
 後ろからクロノの声が聞こえる。背を向けていても俺を呼び止めようとしている彼の姿は瞬時にイメージ出来た。しかし、カプセルがあるから挙動が鈍いのだろう。声はどんどん遠くなっていく。
「悪いな、クロノ」
 俺はプレシアの弱さに付け込んで、勝ちを取ってくるよ。


 
 広い庭園内は既にところどころで崩壊を始めていて、足元に気をつけていないと虚数空間まで真っ逆さまに落ちてしまうような道ばかりだった。
 なのは達は今頃どうしているだろう。クロノの救出に向かわせたのは、余計な手間を掛けさせただけだった。まあ、クロノにはなのは達の行動を伝えておいたので、あいつがそれをほったらかしにするとは思えないが。
 あいつらを信じて、とにかく俺はプレシアを見つけないと。
 こうして庭園内を走り回っていると、何だかプレシアの必死さがちょっと伝わってくる気がした。あの人もアリシアを想って、こんな風に危険な道を右往左往しているのだろうか。
「プレシア! どこだ!?」
 俺が叫んだところで答えてくれるかどうかなんて分からないが、何かしらの反応や手掛かりが返ってくることを期待して、俺は声を張り上げた。
 その時だった。
「ひろしさん!」
 こんなところで俺を呼ぶ声。プレシア探しに必死だったせいで、聞き覚えがあるはずの声に向けて、俺は「誰だ!?」と叫んでいた。
「ひろしさん! 今すぐアースラに戻りなさい!」
 そこにはリンディ提督がいた。
 どうして? そんな疑問が浮かんだが、考えてみれば別に別に不思議がることでもないだろう。俺達を送り込んだ後で待機をしていたら、突然ジュエルシードが暴走して次元空間が不安定になったのだ。おとなしく待機をしていられるわけがない。
「あなたは何をしているの!? どういうつもり!?」
「プレシアを、プレシアを探してるんだ。どこかで見てないですか!?」
「それは、今の状況下においてあなたが気にすべき問題ではありません。今すぐアースラに戻りなさい」
 無事だったクロノから話を聞いたのか、あるいはクロノに会わないまま乗り込んできたのか、どちらなのかは分からない。しかし、どちらにせよ、言うことはあいつと同じのようだ。
 またクロノに言ったときのような反論をぶつけるか? いや、今はそれどころじゃない。一秒すらも惜しい。
「ひろしさん! 言うことをききなさい!」
「無理!」
「ちょっとっ!」
 俺が背を向けて走り出そうとした瞬間、一際大きな地鳴りがした。
 リンディ提督の短い悲鳴と、俺のみっともない声が同時に出た瞬間、俺とリンディ提督の間を繋ぐ廊下の床がごっそりと抜け落ち、次元空間の真っ暗な闇に飲まれていった。
 あとわずか、俺の立ち位置がずれていたら。そう思った瞬間、全身から血の気が引いた。
「ひろしさん、大丈夫!?」
「あ、ああ。なんとか」
 膝が震えている。
 しかし、それでも前に進まなくちゃと、俺は壁伝いに立ち上がった。
 ふと、リンディ提督の足元から淡い光が生まれた。
 リンディ提督が魔法陣を開き、自身の背中に透き通った羽を広げていた。
「私が次元震をしばらく抑えます。あなたは早く、アースラに戻りなさい」
 彼女が次元震を抑える? 言われてみれば、確かに今は地鳴りが収まっているような気がする。
「早く! 戻りなさい!」
 しかし、その指示に従うつもりもない俺は、声を無視したまま、リンディ提督のいる方向とは逆に向かって歩き始めた。
「あなたって人はっ!」
 その時だった。
 俺の進行方向から言いようのないくらいに大きな存在が近づいてきた。
 傀儡兵か? いや、そういう意味での“大きい”じゃない。
 伝わってくるのは気配。誰かが大きな念を持ち、その念が気配となって滲み出ている。それを感じとった。
「……アリシア…………どこ?」
 来た。捜し求めていた人物だ。
「プレシア」
「アリシアは、どこなの?」
 やっぱりだ。アリシアが側にいなくなったことで、不安と恐怖と怒りに包まれている。青ざめた顔をしわくちゃにして、鬼のような形相で娘の名を呼び、声を震わせていた。
 傍から見れば哀れなほどに弱った姿。思わず手を差し伸べたくなるくらいに、彼女は押し潰される寸前だった。
 俺の一メートル前までやって来たプレシア。彼女の目はとても普通と呼べる状態ではなかった。
 だからこそ、今がチャンス。
「ひろしさん! 危険よ!」
「黙っててくれ!」
 リンディ提督の声を止め、俺はプレシアと真っ直ぐに見つめあった。
 終わりのない洞穴のように暗く落ち込んだ彼女の瞳に、俺は自分の身を沈めるぐらいの気持ちで視線を重ねた。
 ふと、膝を折って俺よりも視線を低くするプレシア。
 疲れたか。ひたすら探し回って、それでも見つからなくて、絶望したのだろうか。
「アリシア…………」
 その名を何度呼んだかなんて分からないけれど、俺は彼女を見下ろしたまま言った。
「プレシア、単刀直入に言おう。頼みがあるんだ」
 これは、転生オリ主という立場の俺から原作キャラへの説教だ。
 本来の運命には現れるはずの無かった、勝手にしゃしゃり出てきた異分子である俺からの願い。
 信じられないくらいの確固たる信念で動いているお前たちに向けた、俺からの願い。
「ほんとに些細な――――」
 そう、本当に単純な。
 プレシアからしてみれば安っぽくて重みも無い言葉かもしれないけれど、それでも今の俺がありったけの想いを詰めた、説教をする。
「――――頼みごとをする」
 どうか聞き入れてくれ。
 本当に自分勝手かもしれないが、お前達を救うための願いなんだ。
「きいてくれ」
 プレシアが俺をじっと見上げた。背後では、リンディ提督の声さえも聞こえてこない。
「俺からの頼みごと…………それは、フェイトが娘であると認めてほしいってことだ」
 それだけ言い放ち、しばらく様子を見てみることにした。
 だが彼女の答えなど解っている。
 俺を見上げていたプレシアは、当然のように立ち上がって、俺の胸倉を掴んだ。
「何を言っているの? そんなことより、アリシアは何処にいるの?」
「ひろしさん! 逃げなさい!」 
 逃げられるか。少しだけ喉が絞まり、それでも俺は表情を変えないようにと耐えた。
「アリシアはもういない。解っているだろう、プレシア」
「アリシアは何処なの?」
「もう、いないんだよ。アリシアはもういない。事故で死んだんだ」
「アリシアは何処なの!?」
「聞けっ! いいかげん目を覚ませ! アリシアはもう死んだんだよ! 分かるだろう!」
 掴まれていた胸倉が突き放された。よろけてしまった俺は、もう少しで地割れに落ちるところで態勢を立て直した。
 プレシアの目が、更に追い詰められてきている。思わず目を背けたくなるくらいに怖い。
 何か言わなくちゃ。なんとしてでもプレシアの目を覚まさせなくちゃいけない。
 何が言える? 一体どんな気の利いた言葉が言える?
 そんなものは分からない。何も積み重ねてきていない俺からは、気の利いた言葉なんて出てくるわけが無い。
 でも、この想いだけは本物だ。この想いの強さだけは確かに本物なんだ。
 だから、それを精一杯声に、空気に乗せてぶつけるしかないんだ。
 それが、俺からの魔法だ。
「アリシアはもう死んだんだ!」
「どこ!?」
「だけど、あんたには」
「アリシア!」
「アリシアと同じくらいに」
「アリシアはどこなの!?」
「あんたを大切に想ってくれる人がいるだろう!」
「いない! そんな子はいないわ!」
「いるだろう! あんたには」
「黙れ!」
「フェイトがいるだろう!」
「違う!」
「娘だろう!」
「違う! アリシアじゃない!」
「そうだ! アリシアじゃない! でも、あんたの血を引いてる!」
「黙れっ!」
「あんたを慕ってる! 想ってる!」
「黙れぇぇぇぇっ!」
「フェイトはアリシアじゃねえよ! でも…………間違いなくあんたが母親なんだよ!」
 プレシアが頭を掻き毟りながらその場に膝を着いた。そして白い歯をむき出しにしたまま食いしばり、地面に額をこすりつけて唸った。
 アリシアがいないことで相当追い詰められている。
 そこに突きつけられる俺の言葉は、どれだけの威力を発揮しているんだろう。俺の言葉なんて、本当に届いていないのか?
 だけど、この苦しみ方は、明らかに崖っぷちまで追い込まれている様子じゃないか。
 折れ。もっと攻め込めば、きっとプレシアの心は折れる。
 生半可な説教で勝てるとは思っていない。
 彼女の強固な執念を矯正するならば、一度完膚なきまでに砕いてやれ。
 迷うな。
 責め立てろ。
 砕いてやれ。
 そして、助けてやれ。
「…………いいかげん、気が付いてくれ。頼むから」
 俺は言葉を続けた。叫びすぎて喉が痛かったが、それでも声は止められなかった。
「フェイトは、あんたの娘だよ。間違いない。だって、アリシアと違って当たり前だよ。あんたの二人目の子なんだから」
「あの子は…………お人形なの」
「違うよ。確かにフェイトの持つ記憶はアリシアのものかもしれない。でも、あんたを呼ぶ声にはアリシアじゃない、彼女自身の想いが詰まってると思うんだ。そこに気付いてあげてよ」
 『魔法少女リリカルなのは』という物語から伝わったフェイトの想いは、俺が転生オリ主としてこの世界に立った瞬間から、形を持った。
 確かにテレビアニメだった。
 でも、今は違う。フェイトは実在するし、プレシアにも形がある。
 こうしてやりたかった。こうすれば、きっと運命は変わった。結末は変わった。
 運命はここから切り開けばいいじゃないか。
 原作者に用意された運命じゃないんだ。今まさに、一瞬一瞬に綴られている運命なんだ。
 だから、もっと幸せになってもいいんだよ。
「プレシア…………フェイトは、あんたとアリシアが並んで写っている写真を部屋に飾っていたぞ」
「…………写真?」
「あの中で見せているような笑顔を、フェイトにも見せてあげてほしいんだ」
「…………笑顔?」
「可愛そうじゃないか。なんであの子は、あんたの笑顔をいつまでも見られないんだ」
 そこまで言ったとき、プレシアが驚くほど冷静になった。
 まさか、通じたのか? 俺の言葉は、気持ちは彼女に通じたのか?
「フェイトに、笑顔?」
「そうだよ。見せてあげてほしいんだよ。それだけで、あんたもフェイトも救われる。悲しい運命なんて覆るんだよ」
 胸が高鳴った。
 プレシアが、復活する。
 フェイトの母親として、彼女は新しく生まれ変わろうとしている。
 そう、まさにこれこそ“転生”というんだ。
「プレシア……」
「私は…………」
 次の瞬間、俺は信じられないものを見た。
 それは、プレシアの顔に張り付く、未だに溶けない冷たい笑顔。
「…………え?」
「何を言っているの?」
 それは俺の台詞だと思った。
 何で彼女は、まだこんな顔をしているんだ?
「私があの子に笑顔を? 写真? 冗談じゃないわ」
「そんな」
「その写真、思い出したわよ。あなたいろいろ知っているようだけれど、写真については知らないみたいね」
「ど、どういうことだよ?」
 俺の言葉に対して、プレシアは冷たく甲高い笑い声で応えた。
 そして、言い放つ。
「その写真に写っているのは、フェイトよ?」
「は?」
「…………写真に写っている子はアリシアじゃなく、フェイトだと言っているのよ」
 その答えが、俺の体を一気に冷却した。動かなくなった足は、ただ真っ直ぐに俺の体を支えていた。
支える以外に動けなかった。
「フェイトが生まれてから、私だって努力したのよ。アリシアとの違いが日に日に大きくなっていって、でも、それでも頑張って愛してあげようとしたの…………でも、駄目なの。どうしてもアリシアを求めてしまうの。どう頑張っても駄目なの」
 まさか、そんな事実があったなんて、俺の原作知識には無い。
 もしかしたら俺の知らない設定? いや、そんな馬鹿な。
 原作とは違う?
 何にせよ、俺はその事実に酷く驚いた。
 だってそれが事実だと言うのなら、プレシアの絶望や執念なんて、矯正のしようが無いじゃないか。
 彼女はフェイトを愛そうとしたんだ。ほんの少しだとしても、フェイトを娘として認めようとしたんだ。
 しかし、それでも彼女の心はアリシアに捕らわれたままだった。
 それほどまでに、娘を失った母親の気持ちは重い。
 それほどまでに、プレシアのアリシアに対する想いは強い。
 俺は膝を着いた。
 何が、俺からの精一杯の説教、だ。そんなもの通用するわけが無い。
 付け込む隙が無い。
 プレシアは、折れない。
「あなたには何も解らないわ」
 その言葉が、俺の心を折りかけた。
 待ってくれ。まだ、行かないでくれ。
「お願いします」
 俺は、その場にひれ伏して、額を地面にこすりつけた。
「お願いします……フェ、フェイトを、娘だと認めてください」
 もう何も出来なかった。
 彼女に向ける強気な言葉なんて無い。
 出来ることは余さずやろう。そんな自分の言葉がとても惨めに思えて、俺はそんな自分を削って誰にも見えなくしてやろうと、更に強く額を擦りつけた。
「無様ね。一体どういうつもり?」
「お、お願いします…………フェイトを、娘だと」
「だから、どうしても出来ないのよ」
「お願い、します。フェイトを、救いたい」
「駄目だったのよ」
「俺に…………」
 この願いは、一体どれほどのものを捧げたら届くのだろうか。
「俺に、悲しい運命を救わせてください。フェイトを、プレシアを助けたいんです」
 プレシアの足音が遠ざかっていった。
 それでも、俺は頭を上げることが出来なかった。

 See you next time.



[30591] NEXT20:foolish starter
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/04/26 01:33
「ひろしさん、もう顔をあげましょう」
 後ろからリンディ提督の声がした。
 固い廊下の上に折りたたんでいた足はとうに痺れていて、爪先に感覚が無い。それと地に着けた額は擦り傷を負っていた。
 プレシアは完全に目の前からいなくなっていた。なのに俺はずっと土下座をしていたんだ。
 でも、仕方が無いじゃないか。それが俺に出来ることだったんだから。
 いつまでも動かない俺の隣から、もう一人の視線を感じた。
 そこには、ただずっと暗い目をして事を見守っていた神様がいる。
 俺が頭を上げない理由は、一度は立ち去ったプレシアが戻ってきてくれるんじゃないかという期待や、自分に出来ることを最後までやり抜くことで役目を全うしてやろうという意地なんかじゃない。
 顔向け出来なかった。
 幾つもの勘違いや失敗を繰り返して、その度に反省を繰り返して、ここまで来て、ここまでして。
 それでも、俺は何も成せないのか。
 神様と顔を合わせたくなくて、俺は顔を上げられないでいた。
 頭の中で神様との約束がぐるぐると回り続けている。
 怖いのかと訊かれれば確かに怖い。神様が怒っているのならばその顔を見るのが怖いし、とことん無力な自分を認めるのも怖い。
 だが、それ以上に神様の顔を見たくない理由があった。
 神様は決して怒っているわけではない。
 絶望に染まった目をしているんだ。一縷の望みも、一片の可能性も、一掴みの期待も残っていないこの状況に、彼は心の底から絶望している。そんな目をしているからだ。
 詰んだ。俺に出来ることなんて、もう。
「ひろしさん、いい加減に顔を上げなさい」
「ごめんなさい。無理です…………知らなかったんだ、プレシアがあんなに、俺の想像をはるかに上回る絶望の淵にいたなんて。助けられなかった。プレシアも、フェイトも」
 その言葉はリンディ提督に向けて返した答えのはずだったが、なんだか神様に向けている言い訳みたいだ。
 神様、あんたも気が付いているだろう。今度こそ俺は、本当に諦めてしまったみたいだ。
「神様…………ごめんな」
 気が付いたらそう呟いていた。しかし、それに対する返事は無い。
 その沈黙はなんだ? 気になってしまった。
 諦めた俺に呆れているのか。怒りのあまり言葉にならないのか。あるいはそのどちらもか。
 だが彼の返事を期待しているというわけでもない。このままそっとしておいてほしいというのが、本音だ。
 ただ、本当に静かだったから。
「ひろしさん、誰と話しているの?」
「…………いえ、なんでもありません」
「ひろしさん、あのね……あなたがそうまでしてプレシア女史に何かを訴える理由はよく分からないけれど、彼女はきっと、止まれないと思うわ」
 リンディ提督の言葉に対し、俺は地に伏せたまま言った。
「俺には、プレシア達の運命が分かっていたから。彼女はこのままじゃいけないと思って動いていたんです。でもリンディ提督には他人の運命なんて分からない。あまり簡単に“止まれない”なんて言うものじゃないですよ…………俺は、止められるだけのものがあったんだ」
 そう、原作知識というものが。
「そうね。私の言葉は軽率かも知れないわね…………でもね、分かるかも知れないのだって本当よ。だから言うの」
 分かる? そんなわけが無い。原作知識を持ち合わせている俺だからこそ、プレシアの運命が見えているからこうして必死になって、彼女を救おうとしているんだ。
 それなのに。リンディ提督には分かるわけが無いのに。
「適当なことを言わないでください」
「いいえ、適当な気持ちでは言ってないわ。実はね、私が出てくる本当にちょっと前、クロノがアースラに戻ってきたのよ」
「え?」
 クロノ、無事アースラに戻れたのか。一瞬だけだが、安心感が胸に生まれた。
「あの子が持ってきたカプセルと、彼の持ち帰った調査報告も見ました。それを踏まえた上で私からの意見としては、フェイトさんとプレシア女史の関係についてクロノと同意見だわ」
「そう、ですか」
 だからってリンディ提督に、本当にプレシアの気持ちが分かったりするのか?
 彼女は自分の最愛の娘を亡くし、その悲しみと戦ってそれでも打ち勝てなくて、彼女に代わる子を生み出し、その代わりの子を娘として愛そうと覚悟を決めた。
 しかし、それも駄目だった。やはり自分の知る娘とは、姿形が一緒でも別人であると気付いてしまった。
 こんなにも手を尽くして、何もかもやり尽くした彼女の絶望なんて、リンディ提督どころか誰にだって分かるわけが無いじゃないか。
 だから、俺なんかが勝てるはずもなかったんだ。
 思い返すと、悔しさが再び込み上げてきた。
「やっぱり分かるわけないですよ」
「そうなのかしら?」
「そうです。大切な人を失って、どんなに手を尽くしても取り戻せなくて、それでも諦めきれないプレシアの強さなんて、誰にも」
 そこまで言って俺は気が付いた。
 そんな悲しい運命に見舞われた人の気持ちなんて、分かるはずが無い。うん、俺には想像もつかない。同じ目に遭ったわけでもないのだから。
 でも、リンディ提督は。
「ひろしさんは知らなくて当然でしょうけれど、私は夫を、クロノは父親を亡くしているの」
 そうだった。大切な人を亡くしたという立場で言えば、この人もそうなんだ。
「とってもショックだったわ。クロノもまだ小さかったけれど、あの子なりに大きな悲しみを抱えたはず」
 何も言い返せない。
「遺体は無いから、もしかしたらなんて言う淡い期待を抱いたりもしたし、この身が枯れてしまうくらいに泣いたし、本当に辛かったのよ」
 そうだろうな。俺には、そんな経験すらも無いから、本当に解ってやれないんだ。
 浅はかなんだよ、いつもいつも。
「でもね、私にはまだクロノがいたから…………大きくなるにつれて夫に似てきた彼の成長が楽しみでもあるし、私達は二人で共に支えあってこられたから今の私達でいられるの。きっとプレシアには、そういう支えが無かった」 
 そうだ、その通りだ。
「あの人と私達は、実は似ているのかも知れないわね。ただちょっと、傍にあるものが違っただけ。それなのに、彼女はこんなにも悲しい…………」
 悲しい。本当に悲しい。
 その悲しみは、たかが原作知識ごときで自信を語った俺なんかが知る由もないほどに。
 始めから、彼女を止めることなんて出来なかったんだ。
 そうだ。この物語は、『魔法少女リリカルなのは』という物語は、原作の姿そのものこそが最良の結末だったんだ。
 それなのに俺は、転生オリ主などと言って物語に関わり、引っ掻き回して場を乱した。
 救いたかった人を救えないどころか、俺は本来のエンディングを奪ってしまったんだ。
 ますます顔が上げられない。
 その時、徐々に次元震が激しさを取り戻しつつあった。リンディ提督の力さえもはね返そうとしているかのようだ。
 ちょうどいい。もう、このまま次元震に呑みこまれて消えてしまおうか。 
「ひろしさん! 私だっていつまでも抑えていられないわ! 早く逃げて!」
 駄目だ。立ち上がれない。
 俺は、このまま消えてしまいたい。
「立ち上がらないんですか?」
 耳元で聞こえた声。その瞬間、俺は全身をびくつかせた。
「どうして顔を上げて、プレシアのもとに行かないんですか?」
 その声は俺に何をさせようって言うんだ? 責めているのか? 急かしているのか?
 お前は、誰だ?
「ひろしさん、このままでいいんですか?」
「…………神様」
 いいとは思っていない。
 だけど、何か出来るとも思っていない。
 どうしろって言うんだよ。これからの俺に、何を求めているんだよ。
「今、リンディ提督は一つ間違ったことを言っていましたよ」
「間違い?」
「そうです。リンディ提督が、あなたを思わず奮い立たせてしまうような発言をしました。聞こえていませんでしたか?」
 何て言ったんだ? 彼女の発言の中に、何か間違いがあったのか。
 リンディ提督はプレシアの悲痛な心の叫びを、おそらく一番理解出来る人のはず。それなのに、彼女が一体何を間違ったと言うんだ。
 俺はさきほどまでの会話を懸命に思い出し、頭の中で繰り返した。
 それと同時に、こんなことを言う神様の意図も考えた。
 相変わらず顔を見ることは出来ないけれど。
「あなたは誰ですか?」
「山田……ひろし…………?」
「違うでしょう?」
 違うって、じゃあ俺は誰だ。
「何とかしてくれるって約束したじゃないですか」
「俺は」
「僕はこのままだなんて許せない。お願いです。僕達は、何のためにこの世界にやってきたんですか?」
「…………でも、俺が原作に介入したせいで、物語は最良の結末を失って」
「ふざけないでください。こんなにも悲しい運命を救いたいと思っているのに、それを叶えるためにやって来たのに…………僕達が最良の結末を失くした? 僕達は最良なんて求めてませんよ」
「なんだって?」
「僕達が求めたものは、“救済”でしょう? それの前には、最良のエンディングなんてつまらない慰めでしかないんです」
 そうだったかな。
 確かに俺は勝手な勘違いばかりして、失敗ばかり繰り返して、その度に反省して。
 何か成長出来たのかな。重みの無い言葉を吐き出して、力の無い体でがむしゃらに走り回って、積み重ねの無い自分に愕然として。
 でも、フェイトやプレシアを救いたいと思ったことは本当なんだ。それだけは間違いなく本物の気持ちなんだ。
だから俺は、転生した直後から馬鹿みたいに自信を持っていたし、何度だって突っ込んでいけた。
 じゃあ、やっぱり俺の求めたものは、神様の言う通り“救済”だ。
 悲しい運命にある者を救い出すために、今までやって来たんだ。
「あなたがプレシアに訴えたかったことは何ですか?」
 フェイトを娘だと認めてほしいんだ。
 そうすれば、フェイトが救われる。
「あなたがフェイトに与えたかったものは何ですか?」
 プレシアから贈る優しい笑顔だ。
 それが叶えば、プレシアも救われる。
「僕とあなた、二人がずっと望んだものは何ですか?」
 悲しい運命なんてまっぴらごめんだ。
 お前の考えた生き方なんて。
 お前の作りだした道なんて。
 お前の決めた運命だなんて。
 俺は絶対に認めない。
 そう、絶対にだ。
「…………俺は」
「いいんですよ、間違ったって。失敗したって、精一杯やって原作を変えましょう。確かに僕達は、原作崩壊に対する抵抗感を話し合ったこともあります。でも、それ以前にあなたは――――」
 そうだ、俺達は。
「――――転生オリ主でしょう?」
 俺達は、運命を変えるためにやって来たんだ。
 元より原作の良さに打ちひしがれるつもりなんて無い。
 どんなに原作の良さに気付いても、それでも納得が出来なくて、救い出したくて、ここまできたんだ。
「あなたは」
「そうだ」
「あなたは!」
「そうだ!」
 立ち上がっていた。
 諦めない。諦めきれない。だから今までも失敗したって、しつこく原作に介入しようと動いてきたんだ。
 まだ終わりを見たわけではない。未知なるエンディングはまだやって来ていない。 
「ちょっと! ひろしさん!?」
 リンディ提督の声が聞こえた。
 俺は、彼女の方に振り返った。先程神様が言っていた彼女の失言を正してやろうじゃないか。
「リンディ提督」
「な、何?」
「あなたがプレシアの気持ちを理解出来るというのは、もしかしたら間違っていないのかも知れない」
「どうしたの?」
「でも、あなたは自分とプレシアが違うと言った。しかしそれこそが間違いだ」
「なぜ?」
「あなたの傍にはクロノがいたから、今のあなたがある。だけどプレシアにだって、傍にはフェイトがいる」
「…………でも、フェイトさんは」
 いいや、“でも”なんて言葉は要らない。
 傍にあるものが違ったなんて事は無い。傍にあったものは、間違いなくリンディ提督もプレシアも同じ。
 そう、支えてくれる人は傍にいるんだ。
 ならば、プレシアだってあなたのように、悲しみを乗り越えることは可能なんだ。
「フェイトさんはアリシアではないのよ? 彼女の娘だとは」
「いいや…………」
 そんなことはない。
 何故なら。
「フェイトは、間違いなくプレシアの娘だよ」
「何故!?」
 俺がそう答える理由は一つしかない。
「何故なら、俺がそういうことにして見せるからだ」
 何故なら、俺はそのために転生してきたんだから。
 言い終えた後、俺はリンディ提督に再び背を向けて、崩壊寸前の廊下を進みだした。
「待ちなさい! ひろしさん!」
「すんません。もう少しだけ庭園を抑えといてください。それと」
 俺は誰なのか。
 俺のことは、こう呼んでくれ。
「俺の名は砕城院聖刃……転生者だ」



 崩壊まで、いよいよ余裕がなくなって来たようだ。
 足元の亀裂から覗く虚数空間がやけに恐ろしく見えて、俺は唾を呑んだ。
 庭園内は既に通れなくなっている通路があちこちにあって、俺の進んでいる道が一体どこに向かっているのかなんて考えている余裕が無い。
 ただ、プレシアとフェイトの救済だけのために、俺はひたすら進んでいった。
 隣に並ぶ神様の顔はもう見ることが出来る。残念ながら、暗い影は消えていないけれど、それでも神様の目だってまだ死んじゃいない。
 最後に笑ってやろう。全てが終わって、プレシアもフェイトも助かった時、俺達二人は仲良く肩でも組んで、原作崩壊を喜んで迎えてやろう。
 何がしたくて転生してきたのか。
 魔力が欲しくて来たわけじゃない。ド派手な魔法で存分に戦いたいから転生したわけじゃないんだ。
 妙な下心だって二の次だ。そんなことのために転生するなんて、なんだかみっともないじゃないか。
 本当に望んだものは、もっと違うことだ。
 あの暗闇の中で、素性も知らない誰かに向けた怒りを持って、俺は誓った。
 悲しい運命を変えてみせる、と。
 そのためにやって来た俺は、転生オリ主。
 強く望んだそのためならば、間違いも失敗も反省も何もかも、甘んじて受け入れたい。
 そんな強い望みこそが、きっと本当の勝利をもたらしてくれる。
 プレシア、フェイト、何処にいる。
 俺がお前達を救ってやる。
「ひろしさん! あそこ!」
「セイバと呼べ!」
 走るその先、前方十数メートルぐらいのところに、大広間へと通じる入り口を発見した。
 所々に転がる傀儡兵達の姿が、誰かが既にこの道を通ったのだと物語っていた。
 全速力で入り口を駆け抜けると、そこには俺以外の皆が揃っていた。
 真っ直ぐに佇む鬼の形相のプレシア。
 彼女と向かい合ったまま、両膝を突いて愕然とした表情で固まるフェイト。そして彼女を支えるアルフ。
 フェイト達の後方で驚きを隠せないまま困惑するなのは、ユーノ、クロノ。
 この状況、何があった?
 その疑問には、プレシアがすぐに答えをくれた。
「分かったでしょう? あなたは、ただのお人形なの。アリシアの代わりにもならない、役立たずのお人形」
 状況はすぐに把握した。プレシアのカミングアウトタイムか。しかし、原作とは状況もタイミングも違う。
 そして、フェイトも違っているはずだ。
「ひろしさん!」
「セイバな! ああ、でも解ってるよ! 今のフェイトならきっと立ち直れるさ。だから、きっかけを作ってやろう!」
 俺は、大広間を駆けて皆の前に姿を現した。
 足音を響かせて、全員の視線を一気に浴びながら仁王立ちすると、クロノが更に驚いた様子で俺を呼んだ。
 彼の声を聞き流しながら、俺は膝を突くフェイトとアルフに向かって声を張り上げた。
「フェイト! 助けにきたぞ!」
「ひ、ひろし! 今更何を言ってるのさ!?」
 アルフが叫ぶ。フェイトの目には生気が感じられない。
 大丈夫、今のお前はきっと立ち直れるよ。なのはと分かり合えただろう。そして学んだだろう。
「フェイト! プレシアが母さんじゃないって、本当に思っているのか!?」
 フェイトの顔が、ゆっくりと俺に向く。
「お前の大事にしている写真は、間違いなくプレシアとお前だぞ! アリシアの記憶に塗れたお前の思い出の中にも、確かにプレシアの笑顔があるんだ! 可能性があるんだ! だったらどうしたらいいんだ!?」
 そう叫ぶと、今度はなのはの声が響いた。
「そうだよ! フェイトちゃん、諦めないで! 私達がぶつかり合って分かり合えたみたいに、今度はフェイトちゃんのお母さんとぶつかり合って! そしてこれから分かり合えればいいだよ!」
 フェイトの生きてきた時間は無駄ではない。
「その通りだフェイト! お前はアリシアじゃない! でもそれでいいんだよ! アリシアの知らない母親の姿を知っていて、アリシアには無い強さを持っていて、アリシアとは違う友達もいて、そんなお前自身の気持ちを、プレシアにぶつけてやればいいんだ!」
 俺の言葉なんてまた薄っぺらいかも知れないし、なのはの言葉だって通じているかは分からないけれど、それでもいいんだ。
 お前は俺の言葉なんかで、他人の言葉なんかで立ち直るような弱い子じゃないはずだ。
 自分の強さに気が付いて、立ち直るんだ。
 そう、運命は、自分の手で切り開くものだ。誰だってそんな風に言うじゃないか。
 だからフェイト、立ち上がれ。
 自分の足で立ち上がった瞬間から、お前は救われる。
「…………母さん」
 フェイトの小さな口が、そう言った。
「母さんなんて……呼ばないで」
 プレシアの切ない声が、そう言った。
「アリシアとは違うけれど、私はやっぱり、あなたを母さんと呼びたい」
 全てを打ち明けても尚、自分を慕うフェイトの姿に、プレシアは何を思ったのだろう。原作アニメでは、画面越しに見る彼女の表情からしか、その真意は読み取れなかった。それに彼女は最後まで、フェイトに対する本当の気持ちを言葉にしなかった。
 だけど、何故か安心してこの光景を見ていられた。
 プレシアの本音が、原作知識から想像出来るもの以上に、イメージとしてはっきりと浮かび上がってくるんだ。
 見せてくれ、誰も知らないハッピーエンドを。

 See you next time.



[30591] NEXT21:物語とは
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2012/05/03 17:53
 フェイトの絶望する姿を目の当たりにしながらも、俺自身はこの状況に対してちっとも悲観的な雰囲気を感じていなかった。
 それはフェイトの先に明るい未来が待っていることを感じていたからだ。
 本来の歩むべき道とは似つかない、違う軌跡を残してきたこの物語も、ついにクライマックスを迎えようとしている。
 アリシアを見失ったプレシアは、その精神をすっかり疲弊させてしまいながら、フェイトに“彼女の誕生の秘密”という最大の衝撃をぶつけたところだ。
 そしてフェイトは、自分自身に秘められた悲しい真実を聞かされて、その衝撃の大きさを受け止めきれずにいる。
 こんな状況でありながらも、フェイトの今後に明るい未来があると感じている。
 そんな俺は変だろうか。普通に考えてみれば確かにおかしな話だ。
 しかし、俺には確信があった。
 フェイトがこの物語を通して得たものは、ハッピーエンドを迎えるために必要なものばかり。
 母への愛情は間違いなく本物で、なのはという気持ちを分かち合える友人に出会い、厳しい現実も知らされた。
 そう、たとえ辿った道は違っても、彼女がここまで積み重ねてきたものは原作と同じもの。ならば彼女に待ち構える運命はこの先に続く原作と同じように、笑いあえる日々だ。
 そして最後に、原作とは違う展開を贈ることが出来れば。
 それこそが、転生オリ主である俺の望み。
「さあフェイト、踏ん張りどころだぜ」
 愕然とした様子で膝を着くフェイトの傍に駆け寄り、俺はアルフと共に彼女の肩を抱えた。
「ああ、ひろし! あの、あの女が! フェイトのことをっ!」
「落ち着けアルフ。フェイトならきっと大丈夫だ」
「だ、大丈夫って! 何言ってるんだよ!? 一体フェイトのどこが大丈夫だって言うのさ!」
 アルフは、プレシアのフェイトに対する仕打ちを目の当たりにして激しい怒りに満ちており、錯乱気味だった。
 だがそれでも、俺には分かる。
 フェイトはきっと立ち上がれる。
「大丈夫なんだよ、絶対。俺にはフェイトの未来が分かるから」
「何馬鹿なこと言ってるのさ!」
 フェイトの肩を抱く腕に力を入れ、彼女を少しだけ起こしてやった。
 フェイトの瞳は虚ろで、閉じきらない唇は震えるように、微かに動いていた。
 何かを言っているような。
 何を言っている。その言葉は、自分の運命を呪う言葉だろうか。それとも、母に対する怒りか
。真実に対する問いかけか。
 いいや、違う。
 彼女が求めているものは、まさに救済だ。
 だから、俺がいるんだろう。
「フェイト…………」
 腕の中で横たわるフェイトの目を覗き込んだ。
 フェイトがいくら救済を求めたところで、本当に立ち上がらなければいけない時は、自分の足に頼るしかない。
 だから俺からの救済とは、立ち上がろうとするフェイトを励ますことしか出来ない。
 本当に微力であることは分かっている。
 でも、必要ないとは思っていない。
 説教じゃなく、原作知識を持ち得る者だからこその助言。原作でフェイトが気付くべき真理に、近づくための近道を開ける鍵となればいい。
「フェイト、聞いてくれ」
「母さん…………」
「今でもプレシアが、母さんが好きか?」
 彼女は答えなかった。俺の声なんて届いてないんだと思う。
 しかし、それでも話しかけ続けた。
「彼女はまだお前に笑いかけていないけれど、お前はそれでもまだ母さんが好きか?」
 背を向けてしまっているけれど、こうしている間のプレシアはどんな顔をしているのだろう。
 プレシアがずっと隠してきた絶望を知った時、彼女を救うことは出来ないと思った。
 死んだアリシアを生き返らせるための、失った時間を取り戻すための、悲しい運命を乗り越えるための、彼女の努力が報われなかったことを知った時、俺はプレシアを救うことを諦めた。
 だけどフェイトと一緒なら、きっと助けられる気がするんだ。だってプレシアは、一度はフェイトを認めようとしていたんだから。
「フェイト、プレシアにはっきりと捨てられて、でも、今のお前の気持ちはどうなんだ? 正直な気持ちは?」
「…………私の、気持ちは」
 応えた。
 大丈夫。きっとお前なら立ち上がれる。
「プレシアに笑ってもらうことがお前の全てだったんだろう? たとえどんなに嫌われたって、お前の想いはそんな簡単には折れないはずだろう?」
「母さん」
「そうだ、もう一度呼んでやれ」
「母さん」
「そうだ、何度でも呼んでやれ」
「……かあ、さん」
 その時、背後から甲高い笑い声が響いた。
 それはプレシアの笑い。こんな姿のフェイトを前にしても、彼女の声は、冷たいままだった。
「どういう茶番のつもりかしら? そんなお人形に何度呼ばれても、私には響かないの。私が本当に呼んで欲しい子は…………アリシアだけなのよ」
「ああ、そうだろうな」
 でも。
「さあ、アリシアを返しなさい。あの子はどこなの?」
 でも、フェイトが本当に思っていることは、そんなことじゃないんだ。
「プレシア、黙って見ていろ。フェイトはきっとお前のために立ち上がるから」
「立ち上がる? だから何だと言うの? 私がもう一度動いて欲しいのは、アリシアだけだと何度も」
「いいから見てろよ! お前が自らの手で生み出し、育てた女の子が、お前のことを想って一生懸命になってる姿だ。アリシアじゃない、“フェイト・テスタロッサ”のそんな姿だ。娘として認めろなんてもう言わないから、フェイトの気持ちを知ってくれ」
 俺はフェイトの体を更に抱き起こし、彼女の虚ろな瞳に自分の顔を映した。
 そんな俺の様子を、隣から神様が見下ろしていた。彼は何かを言いたげに、しかし言い出せないまま俺とフェイトに視線を向けている。差し出しかけた手は、固まったまま動いていない。
「なあ、俺はお前たちを救いたいと思ってやって来たんだ」
 その言葉は、目の前のフェイトに、後方のプレシアに、そして傍にいるなのは達に向けて言っているつもりだった。
 だけど、まだ聞いてほしい人がいる。
 神様。
 そして、暗闇の中の“あいつ”。
「俺がこの世界に降り立った理由なんて、それしかないんだ。ちゃんとした手順で生まれてきたわけでもなくて、お前たちのことを以前から知っている奴として、勝手にお前たちの運命に介入したんだ」
「ひろし?」
「今まで散々、自分の望みだけを声高に語ってきたけれど、何度も失敗して、自分の介入こそが最大の妨げなんじゃないかと思うくらい、運命の救済が難しいことを知った」
 でも、だからこそ気付けたことがある。
「でも、難しくて当然なんだよな。お前たちは、本来あるべき姿だった運命の中でさえも、誰一人として自分だけの力で変わっている奴なんていなかった」
 高町なのはには、魔法の力を与えてくれたユーノや、悲しい瞳のフェイトがいた。
 ユーノには、傷ついていたところを助けてくれたなのはや、協力してくれるクロノ達がいた。
 フェイトには、傍でずっと支えてくれるアルフがいたし、名前を呼んでくれるなのはがいた。
 俺が原作に介入するためのきっかけは、俺だけの気持ちでは叶わなかった。
 クロノ達時空管理局に対する認識を考え直すことになったのは、クロノ達と味方になって、敵になって、互いを知ったから。
 フェイトとなのはが分かり合えたのは、数々のぶつかり合いと、共に戦う出来事があったから。
 全ての運命は、いくつもの交差と平行線と、接近と乖離が折り重なっている。
 それはまるで綾取りのように、運命の糸は複雑に絡みあっていて、そうして形作られるものを、『物語』と言うんだ。
 この『魔法少女リリカルなのは』という物語は、どんなに違う道を歩もうとも、決して変わらないものが根底にあった。
 それこそが運命を変えてきた。
 そう、運命を変えるのは、俺だけじゃない。転生オリ主だけが物語の結末を変える存在なんかじゃないんだ。
「俺一人の力で運命なんて変わるはずが無いんだ。俺はプレシアを救いたい。フェイトも救いたい。そのためには、皆の力が必要なんだ。そうやって皆で力を合わせれば…………フェイト、お前に明るい未来が待っているのは、必然だ」
「…………母さんにも?」
「もちろんだ」
 それは、胸を張って間違いないと主張出来る真理だ。そう信じている。
 だから俺は、フェイト達に救われた運命が待ち構えていることを確信出来るんだ。
 しばらく固まっていたフェイトが、自らの手で体を完全に起き上がらせた。
 そして、俺の腕を離れて、自分の足で立った。
「母さん」
 力強く言い放ったフェイトの言葉の、なんと頼もしいことだろう。
「私は、母さんに笑ってもらうことだけを生き甲斐にしてきました」
「だから、何?」
「アリシアではないけれど、真っ向からあなたに捨てられてしまったけれど、それでも私の気持ちは今でも変わりません」
「…………くだらないわ」
「あなたにはそうでも、私には大事なことなんです…………いいんです。あなたが私を娘を認めてくれなくても、私にとっての母さんはあなただから。それこそが大事なんです」
 静かにそう言った。
 誰もが口を閉ざした中、庭園を揺らす地鳴りだけがやかましく響いていた。
 たぶん、プレシアはこれしきのことで考えを変えることはない。彼女の気持ちがそれほどまでに強いことを、俺は思い知っている。
 だが、それも時間が経てばどうなるかは分からない。
 フェイトの想いはしっかりと伝えたはずだ。それをどう受け取るかはプレシア次第。フェイトは出来る限りのことを精一杯やったのだ。
 次に物語の結末を変える鍵は、そう、プレシアだ。
「プレシア、とにかくこの場は諦めろ。アリシアの体は俺達が保護しているから」
 俺はクロノと顔を見合わせながらそう言った。
 そんな俺達を見て、プレシアは鋭い睨みをきかせながらも、口元に笑みを浮かべた。
「諦める? ジュエルシードも全て揃い、アルハザードへの道が開かれようとしているのに?」
「プレシア!」
「諦めきれるものですか。いいわ、見せてあげましょう。あなた達ごとアルハザードに連れて行ってあげるわ」
 そう言ったプレシアが、足元に魔法陣を展開した。
 地鳴りは更に大きくなり、俺達は皆体を大きく揺らした。
「まさか、本格的に発動させる気か!?」
 クロノがデバイスを突き立てながら体を支えている。しかし、次の一手に移る準備が整わないようだ。
 待てよ。俺は最悪の展開を思い浮かべた。
 原作にもこれと似た状況があったはずだ。
 魔法陣の展開。大きな地鳴り。庭園の崩壊。
 まさか。
「プレシア!」
 俺はふらつきながらも必死に駆け出した。
「おい! ひろし!」
 駄目だ。それだけは避けなくちゃいけない。
 プレシアを救うためにも、フェイトを救うためにも、俺の目的を達成するためにも、プレシアを原作どおりにするわけにはいかない。
「ひろし! 何をしているん」
 クロノの呼び声を背に受けた時、突然地面に亀裂が入り、プレシアの足元が歪み始めた。
「母さん!」
 崩壊する床の上で、身を捩らせながら倒れこむプレシア。
 この床の下には、落ちたら二度と戻ることの出来ない歪み、“虚数空間”がある。
 プレシアが原作どおりにそこへ落ちてしまったら、残されたフェイトには原作以上のエンディングがやってこないじゃないか。
 それにプレシアだって、アリシアと離れ離れのまま永遠に暗闇の中へと消えてしまう。
 そんなのは駄目だ。
 絶対に駄目だ。
「プレシアアァァァァ!」
 俺が伸ばした腕は、落下しかけていたプレシアの腕と結び合った。
「うおおおおおっ!」
 プレシアの足元はがらんどうになり、彼女の体が引き込まれるように床よりも下へと落ちる。
 間一髪、俺は落下したプレシアの体を繋ぎ止めていた。
 しかし、床下まで腕を伸ばしている俺の体は、地面を引きずられるようにしながら床穴の淵までやって来ていた。寝そべった態勢で、全身を使って落ちないようにと床に張り付いてはいるものの、それ以上動くことは出来ない。
「ひろし!」
「母さん!」
 フェイト達の声が聞こえてきた。
 助けてほしいところだが、ちょうど向こう側では天井の崩壊も始まっていて、大きな岩と岩がぶつかり合う音を立てながら色濃い土煙が舞い上がっていた。
「ちっくしょー! 放さねえぞおぉぉぉっ!」
 重たい。人間一人って、こんなに重たいのか。テレビ画面からは伝わらないリアルな重量が、俺の片腕にぶら下がっていた。
「プ、プレシア! もう一本の腕も伸ばせ! 早く!」
 しかし、彼女は動かなかった。それどころか、俺は彼女の腕を掴んでいるのに対し、プレシアは俺の腕に指を絡めることすらしていない。
「プレシアアァッ!」
「…………もういいの」
 今、こいつはなんて言った?
「諦めるのか!?」
「アリシアは、やはり戻ってこないのね」
 腕が限界に近かった。引き上げるなんてできっこない。こうしているだけでも精一杯なんだ。
 歯を食いしばって必死に腕を伸ばしていると、隣に神様がしゃがみ込んで、俺の腕に手を添えた。
「ひろしさん! お願いだ! 彼女を助けて! お願いだから絶対に放さないで!」
 神様の両手は、俺の腕を掴むことはなかった。必死に腕を掴もうとしても、手指が全て俺の体をすり抜ける。
「放すもんかぁ! プレシア! 頼むから!」
「フェイトには悪いことをしたなんて、思ってないわよ」
「今はどうでもいいよ! 手を早くっ!」
「私にとっては、やはりアリシアが全てなの」
「構わないよ! フェイトはそれを受け止められるくらい強い!」
「…………そんな強さが、私も欲しいのよ」
 プレシアの手が更に脱力していく。
「頼むよ! 助かってくれよ! 救われてくれよ! 何でだよ! ちくしょう!」
「ひろしさん! お願いだから手を放さないで! 助けてください! 助けてくださいっ!」
 そんな中で、プレシアが笑顔を浮かべていた。
 俺達に見せていたような、冷たい微笑みではなかった。
 あの写真の中で見たような、愛しい者に向けて精一杯の愛情を注ぎ込むような、優しい笑顔だ。
 その笑顔は何だ? 今更そんな顔をするのか? 誰に向かって笑ってやがるんだ? 
 面と向かって笑ってやればいいだろう。
 その顔を必要としている人は、もう近くまで来ているのに。
「ふ……ふざけるなぁっ!」
 その時、俺の手の中にあったものが一気に引き抜かれていった。
 もうこれ以上は伸びない腕で、それでももう一度掴もうとしたのに。
「プレシアアァァァァッ!」
 


 アースラ内の暗い個室。そのベッドの上で、俺は座ったままじっと動かないでいた。
 時の庭園は原作どおりに崩壊した。中にいた俺達は、クロノとリンディ提督の誘導のもと、無事にアースラへと帰りついた。
 そして原作とは違い、アリシアをここに残したまま、プレシアは一人で虚数空間の中に落ちていった。
 今いるこの部屋にどんな道を通って戻ってきたのか、俺はさっぱり覚えていない。そう言えば、アースラ内に戻ってきてから誰とも会話すらしていない。
 ずっと思い出していた。プレシアが最後に見せた笑顔を。
 何であの時笑ったんだろう。
 俺はその答えばかりを探して、自分の行動を記憶している余裕なんて無かった。
「ひろしさん」
 神様の声がした。そう言えば、あの時にプレシアの手を放した瞬間から神様の声すらも聞いていないな。
 ただ、彼が愕然とした様子で落ち込んでいた姿はちらりとだけ見たけれど。
「神様」
「どうして、プレシアの手を放したんですか?」
「俺も訊きたいんだ。何でプレシアは笑ったのかな?」
 お互いに沈黙が続いた。
 それぞれに答えが思いつかなかったのだろうか。その沈黙はずっと長かった。
 あの笑顔は、フェイトがずっと望んでいたものじゃないか。
 なんであんな状況で、あんな笑顔を見せたんだ。
 その答えは、今となってはプレシアしか知らなくて。でも、俺はどうしてもその答えが知りたくて。
 ふと、神様が小さな声で言った。
「…………プレシアは、アルハザードのこともアリシアのことも、諦めていたんですかね?」
「さあな。原作だって、それに関してはどっちつかずな展開だったし」
「あの笑顔はもしかしたら…………少なくともフェイトに対する認識は変わっていた証なのかも、なんて」
「それって一体どんな風に捉えればいいんだ? 結末は変わらなかったけれど、気持ち的にはプレシアも、ちょっとぐらい救われたのか?」
 そう言った瞬間、神様が実体を感じさせないその両手で、俺の肩を掴むように迫ってきた。
「…………あれで、救われたと思いますか?」
 その目は怒りに満ちていて、悲しみに溢れていて、俺に対する憎悪で陰っていた。
 救われたかだって? 
 そんなはずあるもんか。あんな結末は、俺達が望んだものじゃない。
 救えなかったんだ。
「神様、ごめん」
「こちらこそごめんなさい。でも、僕はあなたに失望してしまいました。何も出来ないくせに自分勝手な僕で申し訳ないですが、少しだけそっとしておいてください」
 神様は俺の傍から離れていくと、部屋の隅に消えた。
 俺って、何のために転生してきたんだろう。
「ひろし、開けてもいいか?」
 突然、扉の向こうからクロノの声がした。
 俺が何も言わずにいると、それを了承の合図と捉えたクロノが部屋の扉を開いた。
「話し声が聞こえたが、また例の独り言か?」
 彼の言葉を聞き流しながら、俺は再びプレシアの笑顔を思い出していた。
「大丈夫か?」
「救えなかった」
「君のせいじゃない」
「でも、救えなかったんだ」
 何でだ。何のために転生してきたんだ。最初から俺の目的は明確だったはずなのに、俺は、その目的を果たすことが出来なかった。
 神様に失望されるのも当然だ。
 何やってるんだ、俺。
「フェイト・テスタロッサの今後の処遇などを報せておこうと思ってきたんだが、今はやめるか?」
「…………だいたい見当はついてるよ」
 何故なら物語の結末は、結局原作と大差ないままで終わりを迎えたのだから。たぶん、フェイトやなのは達の今後も、原作と大きく変わらないものとなるだろう。
「それより、本当に悔しいよ」
「ひろし…………」
「前からずっと言ってきただろう? 俺は悲しい運命を救いに来たんだって。それなのに、この結末…………情けねえ」
「君の事情をよく知らないままで気にするなとは言えないが、君一人で何でも出来るわけではなかっただろう。どんなに落ち込んだって、これからの運命とは向き合っていかなくちゃならない。落ち込んで下を向いていては、次に繋がらないんじゃないか?」
「そうだな」
 いちいち言うことがかっこいい奴だな。俺は自嘲気味に笑った。
 でも、何かいまひとつ気持ちが晴れないんだ。
 こんな時にやっておきたいことは、何かあるだろうか。
「フェイトはどうしている?」
「今は別室でアルフと一緒だ。一応拘束という形でな。でも、彼女は強いな」
 クロノが言った。
「母親を失ったばかりでさすがに気落ちもしているが、涙を見せることなく、アルフと一緒になって今後の話などをしている」
 そりゃそうだ。フェイトが強いのは、既に庭園内で証明済みじゃないか。
 そしてそんな強さは、プレシアにも必要であったものだ。
 プレシアにもこんな強さがあれば、きっとあの時の、虚数空間に消え去っていくような運命も変わっていたと思う。もしかしたらもっと過去の時点から、彼女は救われたかも知れない。
 それを思うと、また胸が痛んだ。
 悔やんでも悔やみきれないことばかりだ。
 こんな時にやれることは、何かあるだろうか。
「なあ、クロノ」
 俺はため息と共に、クロノに言った。
「なんでだろうな。俺がやって来たからには、彼女等の運命はこうなるはずじゃないと思ったんだ。そう、こんなはずじゃなかったんだよ」
 すると、クロノが言った。
「…………世界はいつだって――――」
 その言葉がいけなかった。
「――――こんなはずじゃないことばかりだよ」
「ク、クロノ…………」
「ずっと昔から、いつだって誰だって、そうなんだ」
 その言葉を聞いた瞬間、俺はベッドから飛び起きて、クロノの胸倉を思いっきり掴んでいた。
「な、なんだ!?」
 なんで、なんでその言葉を言うんだよ。
 プレシアの笑顔だってそうだ。お前の言葉だってそうだ。
 それは、それは。
「それはっ! その言葉はっ!」
「ひろし?」
「それは…………俺のためのものじゃないだろう」
 クロノの胸倉に両手を掛けたまま。それでもクロノは、そっと俺の両肩に手を置いて支えてくれていた。
 そして俺は、恥ずかしげもなく大声で泣いていた。
 今、俺に出来ることは、これしかなかった。

 See you next time.



[30591] NEXT22:「ありがとう」
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/05/08 01:29
 時の庭園が崩壊したあの日から数日が過ぎた今、物語のラストはやはり原作と同じような流れを迎えている。
 抵抗する様子なども見せないフェイトとアルフは、事実上時空管理局側に拘束された状態となり、彼女らの処遇についてはクロノが懸命な働きをしていることだろう。
 なのはとユーノは高町家に戻っており、平穏な日常を過ごしつつも、フェイト達のことを気にかけているようだ。おそらく、近いうちにクロノからの連絡を受けたなのはとフェイトは再会し、原作の最終話に相当する別れの挨拶を交わすことになると思う。
 そして俺はと言うと。
「ひろしぃ、起きてるの? 朝ごはーん」
「起きてるよぉ。今行く」
 母さんの声がした。
 そう、こちらも平穏な日常というやつを送らせてもらっている。
 現在は俺もなのはと同じような状況でいるのだが、彼女と違うところがあるとすれば、この後のことだろう。
 今後のなのはは、フェイトと海の見える公園で別れの挨拶を済ませるのだが。
「おおおお……俺って、呼んでもらえるのかなぁ?」
 頭を抱えてしまうところだ。
 一応俺も原作に深く関わったつもりではあるのだけれど、なにせ特にこれと言った働きを見せていないのだ。それどころかジュエルシードに取り込まれたり、プレシアに完敗したり、いいところなんて一つも無かったぞ。
 着替えも中途半端なまま、俺は部屋の真ん中で唸り声を上げた。
 まさかこのまま寂しくフェードアウトしていくのかな。悲しすぎだろ、それ。最終回でよくある、“登場人物総出演のためにとりあえず顔見せしておくキャラクター”とか切なくて嫌過ぎる。
 だからと言って、ではまた海鳴市を駆け回って、なのはとフェイトの別れに無理矢理介入するのか。
 正直に言って、そんな気分にはなれないのだ。
 幾らかは気持ちの整理もついて、俺はプレシアを救えなかった後悔からも立ち直ろうとしている。
 ただ、やっぱりフェイトに顔を合わせるのがちょっと辛かった。俺がもうちょっと頑張っていれば、もしかしたらフェイトに、もっと最高のエンディングを迎えさせることが出来たのかなと思うのだ。
 このままフェードアウト。原作の第一期も終わりを迎えることだし、俺の転生オリ主ライフもこの辺で終わりを迎えてみるのも一つの道、か。
 あれ? 最終回に呼んでほしいのか呼んでほしくないのか分からないな。俺は自分の中で渦巻く矛盾した心情にかき回されていた。
 ちょっと、誰か相談に乗ってよ。
 こんな時、一番話しやすいのが神様なのだが、実はあの事件以降神様と会話を交わしていない。いや、それどころか姿すら見ていない。
 俺は神様にも見捨てられたってことか?
 いや、でも今更そんなことでくよくよするのは、それこそおかしな話だ。俺と神様は確かにいつも一緒に行動していたが、彼はこの世界に干渉することが出来ない存在。だから原作に介入しようとする俺の働きは、全て俺自身の意思でやったことじゃないか。
 俺は最初から自分で動いてきたんだ。神様の力で原作キャラクターに取り入ったわけでもないし、神様がいようがいまいが、戦うことが出来たわけでもない。
 全ては俺がそうしたいからしてきたことだ。
 だから、もっと早い段階で神様に見捨てられていたとしても、俺自身の気持ちが変わらなければ辿る運命は一緒だったはず。
 じゃあ、今更見捨てられたところで、今後の俺も自分次第ってわけだ。
 だが、やはり一人っきりで悩むってのは不安だな。結局どうしたらいいんだ。
 その時だった。
 俺は一瞬だけ固まると、素早く部屋の一角に視線を移した。
 そこには、じぃっと俺のことを射抜くように見る目が二つ。
「ひゃあああああ!」
「ひろしさん、僕です」
 驚いて大声をあげてしまった俺は、その視線が神様であることに気づく。
「か、神様!」
「驚かせてすみません」
「本当だよもう! てっきりこの世のものじゃないものを見たかと思ったよ!」
「あの、一応転生者も厳密にはこの世の者じゃないような」
「屁理屈はいいんだよ!」
 いや、本当に心臓が口から飛び出てしまうかと思った。しばらく姿を隠していたんだから、再び出てくる時は何かしら合図を送っておいてほしいものだ。
 背中に変な汗が滲み出てきたので、着替えたばかりのシャツは脱ぎ捨てた。洋服箪笥を開いて新しいシャツを取り出す。
 改めて着替えを済ませながら、俺は神様に言った。
「そういや、今までどこ行ってたのさ? 久しぶりじゃん?」
「別にどこにも行ってません。僕はひろしさんと行動を共にする存在ですから、姿を見えないようにしていただけです」
「あっそ……でもなんで?」
「それは」
 神様が、それ以上は言い辛そうな表情で俺を見ていた。
 まあ、気持ちは分からなくも無い。
 俺はあえて気にしていない風を装って、神様に話しかけた。
「別に神様が気にかける必要なんて無いよ。俺がプレシアを救えなかったのは事実だしな」
「…………僕は、ひろしさんがきっと助けてくれると信じていたから」
「ああ。だからそれが出来なくて失望したんだろ?」
 また顔を暗くさせる神様。
 彼がそんな顔をする理由だって、本当は俺にも分かっている。
 神様だって、この世界に干渉出来ない自分を恨めしく思っているのだ。俺がプレシアの腕を掴んだ時だって、彼は必死に俺を手伝おうとしていた。でも、それが出来なかった。
 あの時、俺の隣で一緒にプレシアを掴もうとした神様の顔を、俺はちらりと見ていた。
 そしたら分かったんだ。俺と一緒にプレシアを引き上げようとしても、腕がすり抜けて何も掴めない自分の手を見た神様は、“あの時の俺”にそっくりな顔をしていた。
 フェイトに初めて会った時の俺が、自分の無力を恨めしく思っていた時の俺の顔。
 そんな顔を見せられては、失望されたことに対して反論も言い訳も出来ない。まるで自分に言い訳をしているみたいだし、プレシアを救えなかった自分自身をあれ以上責めることが怖くもあったからだ。
 だから、俺は神様にどんな風に思われようが何も言えない。
「なんか不思議だよな」
「え? 何がです?」
「いやあ、前々から思っていたことではあるけど、改めて思ったのさ。俺と神様って、なんか似てるなって」
 笑いながら俺がそう言うと、神様は視線を合わせないで言い返した。
「似てますか」
「ああ、似てる。だから神様がそこまで失望する気持ちも分からなくないぜ。俺だって本気でプレシアを助けたいと思っていたんだから」
「…………別に疑っているわけではありませんが」
 もじもじと指先をせわしなく動かす神様の横で、俺はさっさと着替えを済ませた。
 すると、部屋の外から再び母さんの声がした。
「ちょっとひろし?」
「だからもう起きてるって。今行くから」
「そうじゃなくって、クラスのお友達が来てるわよ」
 クラスのお友達?
 まだもじもじとしている神様に声をかけないまま、俺は部屋を出て玄関へ向かった。
 一体誰が来ているのかと、知っている顔ぶれを頭の中で順々に思い浮かべているうちに、玄関前までやって来ていた。
 誰が来たのか予想するよりも早く、俺は答えを求めて玄関を開く。するとそこにいたのは、意外な人物だった。
「クロノ?」
「やあ、おはよう」
 彼の登場に驚いた俺は、いつの間にか後方に神様が付いて来ていることにも気がついた。彼も驚いている。
 クラスのお友達って。そういえばクロノは、俺を監視するという役回りのために俺と同じ学校へ転校生としてやって来たのだった。学校に通った期間が短かったせいもあって、こいつとクラスメートであるという設定を忘れていたな。
 ってか、依然としてこいつは俺のクラスメートのままなのか。
「難儀だな、お前も」
「顔を合わした途端、君は何を言っているんだ?」
「ところで、今日はどうした?」
 俺が尋ねると、クロノは少しだけ顔を引き締めてから、俺の目を真っ直ぐに見た。
「とりあえず、今後の処遇が決まったので伝えに来たんだ」
 やはり、決まったか。
 クロノから話を聞かずとも、俺には分かっている。あの状況から考えても、おそらくフェイト達の今後は原作と大差ないものになるだろう。
 原作でも、今この時でも、クロノはクロノだ。フェイト達の置かれた立場や事件の真相を深く考慮した上で、最善の選択をしてくれる。
 クロノは結局、彼らしい姿を見せてくれるのだ。
「知ってるよ」
「え?」
「分かるんだ、俺には」
 クロノが不思議そうな目で俺を見た。
「ひろし……」
「お前がいろいろと動いてくれたんだろう? フェイトとアルフは保護観察処分、ってところじゃないかな?」
 ちょっと得意げな表情を浮かべて俺が言うと、案の定クロノは少しだけ目を丸くしていた。
 まあ、原作知識があればこんなこともチョロイものだ。
「なのはにはもう伝えたのか?」
「え? あ、ああ、既に連絡を入れたから、フェイトとの挨拶をさせるつもりだが」
 ほらやっぱり。
 ってことは、クロノが俺の家にやって来た理由は、やはり原作第一期の最終回に俺も立ち合わせてくれるということなのだろうか。
 よかった。ちゃんと呼んでもらえた。影の薄いチョイ役で終わらなくてよかったぁ。
 だがしかし、フェイトにはどんな顔をして会えばいい。俺はついさっきまで、そのことで頭を抱えていたはずだ。
 背後に立つ神様をちらりと見ると、彼も俺と同じような顔をしていた。似たもの同士ってのも、ちょっと考えものだな。違う視点ってものが見えづらい。
 よし、とりあえず、影からこっそりと見守る程度にしておこう。
「着替えてくるから待っててくれ」
「え? あ、ああ。え?」
 俺はすぐさま部屋へと逆戻りしていった。



「一体どういうことだ!?」
 今、俺はアースラの中にいる。
 いや、もちろんなのはとフェイトの別れの場には立ち合わせてもらった。フェイトやアルフに話しかけられたらどうしようかと思っていたが、二人とも別れの挨拶や涙を流すことに忙しくて、俺のことは見えていないも同然のような状態だった。そのほうが都合が良いとは思いつつも、複雑な心境である。
 とにかく、原作とほぼ同じ、しかし何度見ても良い感動的なシーンだった。俺だって彼女達と共に涙も流したさ。
 そして挨拶を終えた後、クロノとフェイトとアルフがアースラに転送され、なのはの前から姿を消してゆく。
 だがその時に、なぜか俺も一緒に転送されていた。
「何で俺まで連れてきた!? クロノ!」
「え、いや。君は分かっていたんじゃないのか?」
「何を!?」
「僕が、“処遇が決まった”と伝えに言ったとき、てっきり」
「処遇って、お、俺のか!?」
「ああ」
 まさかそうくるとは。俺はアースラ内の食堂に連れてこられ、促されるままテーブル席に着いていた。
 俺ってまだこいつらの観察対象だったのか。確かに思い返してみても、リンディ提督に「もういいわ」と言われて帰されたのは、プレシアの言いなりにならざるを得ないという異常事態だったわけだし。
 ってことは、俺はてっきりなのはと同じような立場だなんて考えていたけれど、ひょっとしたらフェイトと似たような立場にいるんじゃ。
 すると俺も保護観察対象? このままミッドチルダに連行? じゃあ半年後に控えている原作第二期への介入はどうなる?
 いや、待てよ。そもそも、俺はこのままフェードアウトするべきなのか?
 結局この疑問に戻ってくるのだ。神様に相談を持ちかけることも出来ないまま、俺の悩みは一向に解決の兆しが見えない。
 どうしたらいいのだろうか。いや、それどころか、どうこう出来る状況なのだろうか。
「ク、クロノ……俺って一体」
 俺と向かい合うように座るクロノが口を開きかけた時、食堂の入り口から誰かが歩いてくるのが見えた。
 それはリンディ提督とエイミィさん。
 そしてその背後には、フェイトとアルフまでいた。
「げっ」
「ひろしさん、急に呼びつけてしまってごめんなさい」
 俺は小さく頷きながら、フェイト達と目が合わないように下を向いた。
「実はね、あなたの処遇が決まったので、お知らせしておかなくちゃと思って」
 こちらの処遇に関してはまったく予想が立たない。原作知識がまったく役立たない領域だ。
 緊張によって肩を震わせていると、リンディ提督がクロノの隣に、そしてフェイトとアルフが俺の右隣に並んで座った。
 余計に体が強張る。
「さて、ひろしさんの今後についてだけれど」
「ま、まさか本局行きですか? 拘置所に入れられるとか?」
 想像しただけでも背筋が震える。
 しかし、そんな俺を見てリンディ提督は笑った。
「あらやだ、またそんな先走った妄想を繰り広げちゃって」
 やけに軽い口調でリンディ提督がそんなことを言った。
 こちらとしては、自分がどうなってしまうのかを考えると気が気ではない状態なのだが、彼女はなぜそんなに明るく振舞っていられるのだろうか。
「あ、あの…………どうなるんでしょうか?」
「そうね。知っているはずのないことをいろいろと知っていたり、危険な行動をとったり、私の指示を無視したり、いろいろと放っておけないというのは事実だわ」
 口から魂が抜けそうだ。
「まあでも、今までのあなたを振り返ってみて、決して悪いものを感じないというのも事実ね。ちょっと空回りだったり、間違ってしまっていたり、先走ってしまったり…………でも一生懸命で、全力疾走で、何より“救いたい”という強い想いが感じられたところとか、嫌いではないかな」
 リンディ提督は明るい笑みを浮かべながら、「何を救うのかは未だによく分からないけれど」と付け足した。
 エイミィさんが、お茶を持ってきてくれた。出されたそれを俺はすぐさま口に含み、リンディ提督の言葉の続きを待った。
 ここまでの話を聞いた感触としては、それほど悪い状況に立たされているわけではないみたいだな。
「もちろん、そんな感情論だけで決めたわけではないのよ。では結論を言います…………ひろしさんについてはもう少し監視を続けていこうと思うの」
「保護観察?」
 フェイトと一緒ということか?
「ううん。そんなものではなくて、ただ、もう少し目を光らさせていただきましょうということ。今までどおり、あなたは自分の世界で生活を送っていてちょうだい。ただし、また監視役を付けさせていただきます」
「まさか、クロノか?」
 それはまずいな。クロノが俺に付きっ切りになってしまったら、フェイトの裁判などで働きかけをしてくれるのは誰だ?
 重要なところで原作との相違が発生してしまっては、今後の展開に影響が及びそうだ。
 しかし、俺の問いに対してはクロノが答えた。
「悪いが、僕達は本局に戻らなければならない。監視役は別の人物だ」
「誰?」
「そのうち分かる」
 もったいぶるなよな。
 とにかく、俺に関してはそういうことで話が決まったそうだ。
 クロノ達は、もうすぐにでも本局に向けて出発しなければならないらしく、俺には早く帰るように言った。
 しかし、家に帰ろうかと席を立ち上がった俺を、ある人が引きとめた。
「待って」
 その声を聞いた俺は、一瞬だけ足を止めながらも、そそくさとその場を離れ始めた。
「待って、ひろし」
 だめだ。止まらざるを得ない。
 俺は背を向けたままその場に止まると、彼女の次の言葉を待った。
「あの、ちょっと言いたいことがあって」
「フェ、フェイト…………俺さ、早いところ帰らないと」
 ここに来てまさかフェイトから話しかけられるとは。
 なんて顔をしたらいいのだろう。それが分からなくて、俺は振り向けないでいる。
 いいや、やっぱりだめだ。こんな、フェイトと顔も合わせられないようでは、俺には運命の救済なんてこの先も無理だ。
 やはり原作二期への介入は諦めるべきか。管理局から下された観察処分をおとなしく受け入れ、静かに消えていったほうがいいのかも知れない。
 普通の中学生としてこの世界で生きたとしたって、それでもひょんなことから再び物語に関わってしまうかも知れないから、いっそのことこの人生自体を終わらせてしまうのはどうだ。自害とかは怖くて出来そうもないが、神様に頼めば転生の取り消しとかはしてもらえるんじゃないだろうか。
 そんなことばかりを考えていると、背後から聞こえてきたのは信じられない言葉だった。
「ひろし、その…………ありがとう」
 自分の耳を疑うあまり、俺は振り返りそうになった。
 プレシアだって。クロノだって。どいつもこいつも、この運命に導かれた奴らは本当に理解出来ない。
 そういうお礼の言葉は、俺が受け取るようなものじゃないだろう。
「お、俺は何もしてないよ。何も出来なかったんだ」
「ううん。違う」
「何が違うんだよ?」
 だが、はっきりとした答えは返ってこなかった。
 ただ、本当に少しだけだけど。
 聞こえたんだ。
「…………ありがとう」
 フェイトの笑う声が。



 家に帰り着いた俺は、自分の部屋に入るなり、神様を呼び出した。
 神様は俺のすぐ隣にいて、姿を現すのと同時に、ベッドの上に腰掛けた。
 フェイトはあの「ありがとう」以降何も言わなかったが、果たして彼女はどんなことを思っていたのだろうか。
 素直に言葉の意味通り、俺に対して感謝してくれていたのだろうか。
 その答えを直接聞く事もしないまま、俺は家まで戻ってきてしまった。
 ただ、家を出る頃よりも気持ちがすぅっと楽になったような気がするのだ。
 そんな言葉が欲しくてフェイト達を助けようとしたんじゃない。結果から見れば、俺は今回の原作介入を失敗という形で終えている。
 原作にあるような本来の運命と比べて、今回の結末が彼女達にどれだけの違いを与えたのかはよく分からない。
 原作以上。以下。それを知ることが出来ないのは何だかもどかしいな。
 だが、俺個人としては既に答えが出ているようなもので、それについての大事な問題がある。
 俺は今後も物語に介入するべきだろうか。
「次に救うとしたら、たぶんリインフォースだよな」
「そうなりますね」
 リインフォース。原作第二期の物語において、新キャラクター『八神はやて』と共に中核を担うキャラクターだ。
 彼女もまた、プレシアのように永遠の別れという結末を携えたキャラクターだ。
 しかし、その救済は。
「俺に救えるかな?」
「分からないです」
 神様が自信無さ気に答えた。
 またあの時のように、強い眼差しで俺を見て、「救ってください」とは言わないんだな。
 ならば俺は、もう用無しなのかも知れない。
 だったら選ぶ答えも決まっている。
「あのさ、俺はもう」
「でも」
 俺の言葉を遮って、神様が言った。
 神様はベッドの上で膝を抱え、その膝に顎を乗せて真っ直ぐ前を見ていた。
「フェイトはひろしさんにありがとうって言いました」
「あ、ああ。そうだな」
「フェイトは、やっぱり救われたのかな?」
 神様は本当に分からない様子でぽつりとそう呟いた。
 俺だってそのことは気になる。だが確かめようが無い。もうフェイト達はミッドチルダに向けて出発してしまったのだから。
 どうしても確かめたいのなら。その方法があるとするならば。
「もっかい会ってみないとわかんねえな」
「そうですね」
「…………もっかいだけ会ってみるか」
「そして確かめましょうか」
「じゃあ、半年後だな」
 どっちにしろ、俺はもうしばらくの間管理局から監視を受ける身なのだ。当分は魔法世界の連中と関わることになる。
 ならば、せめてそれまでの間くらいは、もう少し転生オリ主でいようか。

 See you next time.



[30591] NEXT23:クラスメート、クロノ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/05/16 02:04
 フェイトとアルフを連れてクロノ達がミッドチルダに帰っていってから、一日が過ぎた。
 俺は学校の制服に身を包んで、家の玄関を出る。
 よく晴れた朝。天気予報では午後から雨だと言っていたが、どうにも疑わしいな。こんなに晴れているのに。
 学校へ向かう道の途中、俺は何度も周囲を見回した。
 どこからか人の視線が感じられるようなことはないか。誰かが俺を監視していないだろうか。昨日聞かされた話が気になってしまって、何度も周囲を確認する。
 クロノ達から聞かされた、俺を監視する存在についてなのだが、実を言うと未だにそいつの情報を何も教えられていない。監視役の名前や顔すらも知らされていないのだ。俺が監視対象となってしまったことは仕方が無いとしても、せめて挨拶ぐらいするのが礼儀ではないかと思う。一体どこのどいつが俺の監視役だと言うのだ。
 通学路の途中でも、そいつが現れることは無かった。そのまま何事も無く学校に到着し、校門を潜り抜ける。ここまでで、俺に接触してこようという奴は一人もいなかった。
 まさかこのまま俺に姿を見せないで、監視を続けるというつもりなのだろうか。それは何だか気色悪い話なのでやめてほしい。
 下駄箱で上履きに履き替えながら、俺はなおも周囲に目を光らせた。
 教室にたどり着き、自分の席に向かいながらも気を抜かずにいると、後ろからクラスメートが話しかけてきた。
「おいひろし、おはよー!」
「おう、おはよ」
「最近ちょくちょく学校休んでたな。さぼりぃ?」
 何も知らないから仕方が無いとは言え、ずいぶんと軽い口ぶりで言ってくれちゃってるじゃないの。言えるわけがないし、言っても信じてもらえないだろうけれど、いろいろとやっていたんだよ。その辺を理解してくれる誰かがいてくれれば、それだけでも救われるのに。
 俺は曖昧な返事と笑顔でやり過ごそうとした。
 しかし、笑みを浮かべるよりも早く、友人の次の言葉が俺を石に変えた。
「そういや、クロノももうずいぶん見ないな」
 そうだった。あいつも俺のクラスメートになっているんだ。
 そう言えばあいつ、ミッドチルダに戻るより前に、ちゃんと学校には挨拶をしたのだろうか。やむを得ずとはいえ、管理外世界に入り込んだのだからそのまま放置とかはしないだろう。
 たぶんそんなことはしない、はずだ。
「あ、あのさ…………クロノって、何か言ってたりしなかったか?」
 クロノがきっちりと挨拶を済ませているとしたら、何かピンとくるような答えが返ってくるはずだ。
「何かって何だよ? …………え? も、もしかして引っ越しちゃったのか?」
 あいつ、本当に何も言わないまま帰っていったのか。信じられん。確かに忙しくばたばたしていたようではあるが、管理局員が異世界に多少なりとも干渉していったのだから、その痕跡を消すぐらいのフォローを忘れてしまっていいのか。いいわけねえだろ。
「とんでもねえな!」
「え、いや、だからクロノって引っ越したの?」
 友人達とそんな話をしていると、教室に先生が入ってきた。俺は話を切り上げると椅子に座り直し、友人も自分の席に戻っていった。
 生徒が全員席に着いたのを確認するように、教師がぐるりと教室内を見渡す。そしてクロノの座っていた空席に目を止めると、きょとんとした表情を浮かべながら言った。
「あれ? クロノがいないぞ?」
 やっぱり。あいつは教師にすら何も伝えていないのか。
「先生! クロノって引っ越したんですか?」
 先ほどまで俺と話していた友人が、挙手をしながらそう言った。すると、彼の発言を聞いたクラスの皆が騒ぎ出した。
 誰もがクロノの引越しという突拍子も無い話題に驚いていた。特にクロノは、転校初日から女子の人気を掻っ攫っていたので、女子生徒からは悲鳴のような声が沸き起こる。
 しかし、騒ぎ立てる俺達をぽかんとした様子で見ながら、先生が言った。
「おいおい、そんなことあるわけないだろう」
「だって、ひろしが言ってたからさ。クロノからお別れの挨拶をされたかって」
 ちょっと待て。なんか微妙に発言が改竄されているな。
「俺はそうは言ってないだろ!?」
「え、だって言ってたじゃん!」
「あれはそういう意味じゃなくて」
「ええええ! マジでクロノ君いなくなっちゃったの!?」
「女子はちょっと黙ってろよ!」
「うわ暴言! 山田サイテー!」
 気がつけば、俺一人が事情を知っていて隠しているかのような雰囲気が教室内に満ちていた。あちらこちらから飛んでくるのは、困惑や疑念、白い目だらけだ。
 なんて説明するべきだろうか。クロノの素性を話したところで、俺の発言なんて所詮は夢物語のようなものにしか聞こえないだろうし。
 こうなるんだったら、最初から余計なことを訊いたりしなければよかったんだ。皆と同じような顔で、教室にいないクロノを不思議に思っていればよかった。
 そうこう考えていると、思いもよらないところから助け舟が入った。
「いや、山田にそんな問い詰めたって仕方ないよ」
 それは先生だった。
「何でですか?」
「だって、今朝校門でクロノに会ったから」
 何?
「それって、登校してきたんですか?」
「うん。普通に挨拶してきたぞ」
 どういうことだ。あいつはミッドチルダに帰ったんじゃないのか?
 その時だった。
「遅くなりましたぁ!」
 教室の扉が音を立てて開き、その向こう側から一人の少年が歩いて入ってきた。
 誰もが彼に視線を釘付けた。噂をすれば何とやら、だ。まさか話題の人物が現れるとは。驚かされた。
 しかもこいつときたら、皆が一体何故唖然としているのかを知っているかのように、その上で惚けているかのように、何食わぬ顔で自分の席に着いた。
 そう、クロノ・ハラオウンが俺達の目の前に現れたのだ。
「ク、クロノ…………」
「ん? なんだ?」
「何しにきた? ってかお前、ここで何してるんだ?」
 俺が尋ねると、クロノはさらりと言い放った。
「何って、授業を受けにきたんだけど」
 そんなクロノの言葉を聞いたクラスメート達は、「なぁーんだ」という声と共に笑い声や俺に対する文句を好き放題言いながら、落ち着きを取り戻していった。
 しかし、俺一人はこの事態に納得できていない。
 何故クロノがここにいるんだ? お前はここにいていいはずが無い。ミッドチルダに戻って、フェイトとアルフの裁判をこなさなくてはいけないだろう。
 だが、クロノだってそのことが分からないほど馬鹿ではないはず。もしかしたらこの状況は、何か彼なりの意図があるのか、はたまた止むを得ない事情があるのか。
 突然目の前に現れたクロノ・ハラオウンに不信感を抱いた俺は、休み時間になってもあえてクロノに話しかけることはせず、離れた場所からじぃっと奴を監視することにした。
 そして分かったことは、やはりクロノの様子がおかしいことだ。
 俺を監視するために地球に残留したくせに、あいつが俺のことを監視している様子がまったくない。それどころか、逆に俺から監視されていることをまるで知っているかのように、意図的ではないかと思うほどに無防備で隙だらけの姿を晒しているのだ。
 授業に関しては相変わらずの秀才っぷりを見せているが、休み時間も積極的にクラスの連中と交流をしている。
 ちょっと前までのクロノは、俺の監視という任務に従事するあまり、俺以外のクラスメートと話をすることは少なかった。生真面目というか、堅苦しいというか。
 だが、今のクロノはちょっと雰囲気が違う。
 一体なんなんだ、今日のクロノは。
 このまま今日という一日を終わらせてなるものか。必ずクロノがおかしい理由を突き止めてやる。



 放課後、いつの間にか降り出していた雨のせいで、俺は下駄箱前で靴に履き替えたまま、校舎を出ることが出来ずにいた。天気予報はばっちし当たっていたな。
 いや、今はそんなことよりも、クロノのことだ。
 終始変わることなく隙だらけだったクロノは、結局満面の笑みで学校生活を過ごしきった。ってか俺を監視しろよ。
 今日一日、俺があいつを監視してみて分かったことは、なんかクロノっぽくないということだ。それ以外はよく分からん。
 今後をどうするか。腕を組んだまま唸り声を上げていると。
「何をしているんだ?」
 背後からは例の声だ。
 俺はすぐには振り返らず、顔を引き締めてからゆっくりと背後を見た。
「クロノ」
「まさか傘を忘れたのか? 予報でも言っていたのに。仕方が無い、入れてやるよ」
 俺を追い越して先に校舎を出たクロノは、少し大きめの黒い傘を開いて待ち構えていた。
 緊張感を張り詰めながら、俺は問いかけた。
「…………お前、クロノじゃないな?」
 すると、傘の下でクロノが僅かに微笑んだように見えた。しかし、彼はすぐに傘を傾けると、その顔を完全に隠した。
 雨粒を散りばめた傘を挟んで、俺とクロノが向かい合う。
 いや、こいつは、クロノじゃない。
「なかなか鋭いじゃないか? 魔力は無くとも、“クロスケ”達と共にいたせいで魔法に対して敏感になったかな?」
 クロスケ? こいつ今、そう言ったのか。
 クロノのことをクロスケと呼ぶ奴は、原作キャラクターの中に一人だけいる。
 つまりこいつは。
 俺がこいつの正体を思い浮かべるのと同時、目の前で傾けられていた傘が起き上がると、その向こう側にいた人物が顔を見せた。
「あ! やっぱり!」
「やあひろし。いや、砕城院聖刃とも言ったか?」
 そいつの名はリーゼロッテ。猫耳と色素の薄いショートヘアーが特徴の、クロノの師匠でもある時空管理局員だ。
 だがそれだけではない。こいつとリーゼアリア。更に二人を使役する地球出身の管理局員ギル・グレアム提督は、原作第二期において私的企みを密かに実行していた黒幕でもあるのだ。
 原作第二期における運命の救済において、俺の前に立ち塞がるとしたら間違いなくこいつらだろう。
 思いもよらぬ形で敵を前にして、俺は固まってしまった。
「な、何しにきた!?」
「何って、監視役さ」
「お前が?」
 そう言うと、ロッテは俺のほうに向かって数歩歩み寄り、右腕を伸ばしてきた。
 何をするのかと思った矢先、彼女の右手は俺の頬を信じられないくらいの力でつねりだした。
「ほおおおおおおおっ!」
「“お前”じゃない。ロッテ様だ。分かったか? ひろし」
 痛さに耐え切れず俺が膝を崩したところで、俺の頬はようやく解放された。
 なんだこいつ。ってか様付けで呼べってのかよ。
「クロスケに是が非でもと頼まれてな。仕方が無いから、アリアと交代でお前を監視する任務に就いたわけだ」
 こいつ、都合のいいこと言いやがって。
 こいつとアリアにとって、地球での滞在任務は実に都合がいいはずだ。俺の監視役などと隠れ蓑を着ているつもりだろうが、こいつらの目的は原作第二期のキーパーソンとなる少女、『八神はやて』の監視とそれに伴う細工だ。
 原作本編内では、クロノに対して自分達が忙しいと偽るシーンがあったが、俺の監視役を引き受けた今となってはそんな嘘もつかなくて済むのだろうな。何せずっとここにいるのだから。
 ちくしょう。知らず知らずにこいつらのやりたい放題な展開になってしまった。
「どうした? 傘に入らないか?」
「誰が入るか。俺は一人で帰る」
「そういうわけにもいかない。お前を監視するのが任務だからな」
「ふざけんな。俺はお前に良くされても困る立場なんだよ」
 屈するわけにはいかないな。こいつらにしてみたら訳の分からないことかも知れないが、俺にとってはこいつ等との接触に対してもっと慎重にならないといけないんだ。
 だから、絶対にお前の言いなりにはならない。
「言うことをきけ。さもないと貴様に痴漢されたことを穿り返して警察呼ぶぞ」
「仕方が無いから傘に入ってやる! 感謝しろよこら!」
 こいつ、自分から仕掛けたくせになんて卑怯な女だ。あの時の手の平に感じたロッテのお尻の感触を思い出しながら、俺はロッテの尻を睨み付けた。
 俺がロッテの言うとおり、彼女の持つ傘に入ると、ロッテは俺と肩を並べて歩き出した。
「アリアと交代ってのはどういうことだ?」
「そのまんまの意味さ。明日はアリアがクロスケ役」
「そんな紛らわしいことしないで、どっちか一人が俺に付きっきりでいればいいじゃないか」
 だが、そんなことを言ったところでこいつらはそうしないだろう。そりゃあ、俺だけじゃなく八神はやてと闇の書の展開にも目を見張っていなくちゃいけないのだからな。
 そんなことは分かっているのだが、俺は何だか悔しくて、ロッテを困らせるつもりでネチネチと言い続けた。
「ほら、どうなんだよ? 俺ごときを見張るなら一人でいいだろ? さっさともう一人はミッドチルダに帰っちゃえよ」
「うるさい奴だな。交代でやるって言ってるだろ?」
「なんだよ。一人じゃダメな理由があるのか? 都合が悪いのか? どうなんだよ、え? 言ってみろよ、その理由をよぉ」
「お前に話す必要は無い」
 お? 遂にボロを出し始めたか? 愚か者め!
「あーやっぱ理由があるんだぁ。何かやましいことしてるんだぁ。うーわーこれはすごい情報を手に入れてしまったかなフォフォフォフォフォォ!」
 次の瞬間、俺の顔の上を何か熱いものが駆け抜けていった気がした。そしてじわりじわりと、右頬がひりひりと痛み始めている。
 引っ掻かれた。
「い、痛……痛い」
「ふん!」
 ロッテの猫耳がピンと立っていた。こういうのを『怒髪、天を衝く』と言うのか。あ、怒髪じゃなくて猫耳か。
 しばらく黙って歩いていく俺とリーゼロッテ。
 二人のうち、傘を持っているのはロッテだった。一応傘に入れてもらっている身ではあるが、なんか肩が傘からはみ出てしまって冷たい。
 なんか風当たりが冷てーなー。
 改めて確認するが、課すぉ持っているのはロッテだ。一応傘に入れてもらっている身であるわけで、自然と進行ルートを選択する主導権は彼女にあった。
 今更気がついたと言うべきか、俺の家に向かっている様子が無い。
 これ、どこに連れて行かれるんだ?
「あ、あの」
「ん?」
「俺んち、反対方向なんですけど」
「知ってるよ」
 やっぱり、俺を帰す気がないのか。
「あたし達は監視役だからね。いちいちあんたを追いかけて見張るのもめんどいし、どっかに閉じ込めておけばいいかと」
 いやいやいやいや、露骨に本心出してんじゃねえよ。ちっとは包んで隠して疑わせろよ。
 第一管理局員がそんなことをしていいわけが無い。
 俺は彼女の笑顔に向けて言った。
「冗談じゃないでしょ。まったく勘弁してくださいよーロッテさんったらぁ」
 しかし、俺がそう言う間も彼女はにこにこと微笑んでいるだけだった。
 ダメだ。目が本気だ。
「や、やだなぁ! 俺ってば別に何もしでかすような奴じゃないですよ? それとも何? 俺とそんなに一緒にいたい? あ! まさか俺を食べちゃうとか!? でへへへっ!」
「いや、お前は食べない。なんか、その」
 何だその“生理的に受け付けません”的な苦笑いは。
 しかしまずいな。このリーゼ姉妹は、クロノの師匠である割にクロノとはまったくタイプの違う人格だ。
 アリアはまだ話が通じる奴だとは思うが、ロッテは少々素行の悪さが目立つ。俺が下手な真似をすれば、おそらく容赦の無い動きを見せてくるだろう。ましてや二人に監視される身であり続けながら、原作二期に介入しようとあれこれ自由に動き回るのは無理だ。絶対に怪しまれるし、邪魔されるのは目に見えている。
「まあ、閉じ込めるってのは半分冗談だとして」
「半分、ね」
「実はちょっと話がしたくて寄り道をしているんだ」
「話?」
 連れてこられるままに歩いていると、だんだんと周りの景色が見覚えのあるものになっていると気がついた。
 何か嫌な予感がしてならないな。
 こいつ、俺をどこに連れて行く気だ?
「ひろし、あんた私達に初めて会った時のことを覚えているか?」
「覚えているとも」
 良い尻だったからな。
「あの時、何故あんたは私達のことを知っていた?」
「それは……」
「それだけじゃない。こないだ起こったプレシア・テスタロッサによる事件の話もクロスケから聞いたが…………あんた、やっぱり怪しいよね」
 いつもの俺であれば、恥ずかし気も無く「転生者だからな!」とか言っているところなのだろうが、どうもロッテの表情と声にすさまじい真剣さを感じられて、言葉を詰まらせてしまった。
 何故だろう。俺の素性を信じてもらえるかどうかなんて分からないが、何だか下手に喋らないほうがいい気がする。
 俺が沈黙を続けていると、ロッテは口角の片側だけをきゅっと引きつりながら、鋭い視線を向けて言った。
「落ち着いて話せる場所に行こうか? この辺りにおいしい喫茶店があるんだ」
「…………ちょっと待て」
 そう言ったところで、ロッテが足を止めた。俺も彼女に倣って歩行を止めると、周りの景色は俺の思い描いていた場所とぴったり重なってしまった。
 ここは。
「ここは…………」
「さあ、お茶でもしていこうか?」
 喫茶翠屋。なのはのご両親が働いているところじゃないか。
「な、何故?」
「もうアリアが中で待っているからね。ゆっくりと、あんたのことについて聞かせてもらおうじゃないか」
 こいつら、この店がどういった場所なのか知っているのか? 
 まさか俺となのはを意図的に接触させて、何か企んでいるんじゃないだろうな。
 別に翠屋に入ったからと言って、都合が悪いわけではない。それはそうなのだが、こうして他人の手によっていきなり原作キャラクターに引き合わせられると、妙な緊張感が生まれてしまう。
 リーゼ姉妹の胸の内を勝手に思い描き、疑念を抱いてしまうのだ。
 何が望みなのか? 何が狙いなのか? 何が起こるのか?
 俺はこの世界に転生してきて、プレシアを救えなかったという敗北を味わってから、少しだけ臆病になったのかも知れないな。
 その気持ちが俺の足をガチガチに固めるのだが、ロッテは構わず俺の手を引いた。
 このまま翠屋に入っても大丈夫なのだろうか。
 俺の心配をよそに、ロッテが扉を開く。
 額から汗を噴き出させながら、俺は店の扉に合わせて揺れる釣鐘の音を聞いた。

 See you next time.



[30591] NEXT24:ひろしからのお願い
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/05/31 01:40
 喫茶翠屋。その店内にいる客は、大半が若い女性客である。特に下校時刻とも重なる今の時間帯だと、店内にあるテーブル席の半分は、制服姿のうら若き少女達で埋められていた。
 なんてこった。こりゃあまさしく花園だな。なのはのパパはこんなにも素晴らしい環境でお仕事をしているのか。そりゃあいつまでも外見を若く保てるわけだ。
 俺は、店内に満ちていると思われるギャル達の生気を、鼻から口から思いっきり吸い込むように深呼吸をした。
 ああ、清涼なる空気が俺の体に染み入ってくる。少し、あったかい。
「何をしている?」
「え? ……ああ! いや、別に!」
 いつの間にやら俺の顔を覗き込んでいたロッテ。
 ってかこいつ、クロノへの変身を解いているというのに、堂々としていちゃまずいだろ。地球にはネコ耳の女の子なんていないぞ。
「今更だけどお前! 耳! 耳!」
「おお、忘れてた」
 のんきにそんなことを言うロッテの頭上に、突然帽子が振ってきた。
「まったく…………“忘れてた”じゃないだろ? ロッテ」
 ロッテとよく似た声。
 ロッテの背後に視線を送ってみれば、彼女と同じ顔を持つロングヘアーの少女が、帽子を目深に被って立っていた。
「来るのが遅い」
 少しだけ目を吊り上げてそう言った彼女。ロッテと同じ顔を持つ彼女の名は、間違いなくリーゼアリアだ。
 アリアとロッテは双子の姉妹。そして、時空管理局員ギル・グレアム提督が使役する使い魔である。
 互いに笑いあうリーゼ姉妹。
 だが、彼女達がここに俺を呼んだ理由を思えば、これっぽっちも笑えなかった。
 彼女達にこれから問われるであろう質問は一つ。
 何故俺が魔法や管理局についてあれこれ知っているのかと言うこと。要は、転生者である俺という存在を訝しく思っているわけだ。まあ、クロノやリンディ提督もそうであったように、彼女達が不思議がるのも無理のない話ではあるのだが。
 それにしても、めんどくさい連中に捕まったものだ。原作知識を持つが故に思うのだが、彼女達はなんというか、間違いなくクロノよりは性質が悪いだろうな。冷静沈着でいつだって正確と誠実を追い求めているようなクロノよりはだいぶフランクな性格だし。
 公務を理由に、クロノ達よりももっと直接的で強引な手段に出てきそうな気がするのだが。
 魔導師クロノの師匠である二人は、原作を見る限りだと弟子であったクロノをいたずらに食べちゃったりしていたらしい。しかも後に出会うこととなるユーノすらも、食べちゃおうと企む始末だ。
 ちなみに食べちゃうって、やっぱり、性的なアレなのか。
「くそっ! 俺も食べられてしまうのか!?」
「それはない」
 ロッテが直球で即答した。男としての自信が砕けていく。
 くそう。これも転生したときにめっちゃイケメンの顔でこの世界に現れなかったせいだ。
 そこへ、店のパティシエを務める高町なのはの母親、高町桃子が声をかけてきた。
「あなた達、よかったらお話の続きはこちらでどうぞ」
 俺達三人は、店の奥にあるテーブル席へと案内された。
 原作第二期における重要人物である、リーゼ姉妹との会合。俺のこんな姿をなのは達に見られでもしたらまずいと最初は思っていたのだが。今ではそんな気持ちも落ち着いていた。
 よく考えてみれば、なのはは店の手伝いをしているわけでもなさそうだし、この店にはたまにお茶をしに来ている程度のようだ。そうなれば、俺と出会う確率も決して高いわけではない。
 万が一会ってしまったとしても、今の彼女はリーゼ姉妹のことを知らないのだし、特に何かまずい展開となるわけではなさそうだ。
 よし、ならばここは落ち着こう。
 原作二期に突入し始めている今、俺のやるべきことと言えば、監視されている身でありながら実はこいつらの行動を監視することではないだろうか。つまりは俺自身も二人の動向に注意を向ける必要があるのだ。
 この二人は、原作二期の中心人物である八神はやてを、自分達の狙い通りに陥れるため暗躍する。
 しかし、そこで俺と言う存在が原作介入することによって、 八神はやての運命を変えようとすれば。リーゼ姉妹の動きをよく知っておくことで、俺は二人の企みに対しても常に優位な立場でいられるんじゃないだろうか。
 俺が考え事に耽っている間、リーゼ姉妹は早くもメニューを開きながら桃子さんに注文をしていた。
「私は季節のケーキセット」
「私は特製パフェを」
 早っ! 俺はメニュー表すら見ていないのに。
「あなたはどうする?」
 桃子さんが微笑みながら訊いてきた。
「えっと、俺は…………」
「彼には抹茶をお願いしよう」
「え!?」
「砂糖とミルクもつけてほしい」
 それはリンディ茶だろテメエ。しかし、桃子さんは首を傾げながらも了解して離れていった。ってか抹茶があるのかよ。その前に注文を聞きなおせと。
 俺が呼び止めようとすると、リーゼアリアが急に声を出して俺を制した。
「さて、君をここに呼んだ理由は、ロッテから聞いているな?」
「あ?」
「何故君は、この第九十七管理外世界に暮らす魔力資質も何も無い平々凡々な一般人でありながら、私達のことに詳しい?」
 改めて俺が普通であることを指摘されると、なんか切ねえな。
「それは、だな」
 ふと考えた。果たしてここで正直に話していいものだろうか、と。
 詳しい意味自体は伝わっていないにしても、クロノ達には度々転生者であることを明言してきた。まあ、隠すという気が無かったので別に構わないことだ。しかし、それが俺の転生人生に何か影響を与えたことは無い。
 そこで思うんだ。あれこれまどろっこしい説明を聞かせて、転生者であることを打ち明けるメリットってなんだ?
 正直に言って、原作知識っていうのは俺一人が知っていれば問題ないことだ。俺一人が未来を先読み出来る存在であるならば、立ち回りだってうまくいくような気がする。
「おい! ひろし!」
 気がつけば、目の前にはゆらゆらと湯気の立った抹茶が置かれていた。ご丁寧にミルクと角砂糖が添えられている。
 向かいの席に座るアリアとロッテも、注文していたスイーツを前にしてスプーンとフォークを構えながら俺のことを見ていた。
「早く答えないか。お茶が来ちゃっただろ」
「あ、ああ」
「さあ、答えろ」
「そうだな……えーっと…………」
 何か気の利いた答えを。
 答えを急かされる中で、俺が思い浮かべたこと。それは、ある一つのことだった。
 ふむ、原作知識の価値、か。
「実は、俺さ」
「ん?」
 原作知識ってやつは、きちんと上手に使えば本当にチート能力となりうるんじゃないか?
 俺は考えていた。原作一期をなぞっていた時にも原作知識の価値に気付きそうではあったが、今度こそ上手に使うべきかも知れない。
「俺…………未来予知が出来るんだよ」
「未来予知? お前は予言者だとでも言うのか?」
「まあ、そんな感じかな? 予知できる出来事に関しては結構限定的だけど」
 八神はやてを救うため、俺は自分を予言者だとすることにした。
 その意図は、結論から言うと俺に出来ないことを成すための手段。
 俺に未来予知が出来るというのは本当だ。厳密にはちょっと違うが、俺は原作知識というものがあることによって、この物語の運命があらかじめ分かっている。
 最初はその物語の結末を見据えて、悲劇に見舞われる八神はやて達を助けてやろうと思った。それに伴い、ギル・グレアム及びリーゼ姉妹の企みを邪魔してやろうかと思った。
 しかし、俺一人に何が出来るというのか。プレシアを救えなかった俺は、今度こそ完膚なきまでに無力感を味わったのだ。
 そこで考えたんだ。俺に出来ないことは、誰かにやってもらうしかない、と。
 そしてその役目を与える人物として俺が選んだ者こそ、今、目の前でスイーツを食べている二人だ。
 彼女達だって、決して悪意があって八神はやてを陥れるわけではない。それは俺がよく知っている。
 気持ちは一緒のはずなんだ。誰かを助けたいという思いは、俺だってリーゼ姉妹達だって一緒のはずなんだ。
 だから、俺の転生者としての役割を果たすために、彼女達を利用することも止むを得ない。
「馬鹿げたことを言うな…………と言ってやりたいところだが、お前の行動は確かに不可解な点が多い」
「限定的とは言っていたけれど、今この場で何か未来を読めるのか?」
 俺の発言を証明しろときたか。まあ、そう言うのも当然ではある。
 だが、はっきり言ってこの店の中では証明出来るようなものがない。俺が読めるのは原作第二期のストーリーに関してだ。
 仕方が無い。出来る限り刺激したくないと思い、最初から核心に迫る発言は避けたいと思っていたが、彼女達に信じてもらうためにも今だけはこれしかない。
「闇の書の覚醒は、八神はやての誕生日、六月四日となるであろう」
 何が“なるであろう”だよ。ノストラダムスにでもなったつもりか。急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
 しかし、そんな俺をよそに、彼女達二人は咥えたスプーンやケーキに突き立てたフォークをぴたりと止めた。
 効いてるな、予想以上だ。
「な、何で闇の書のことを? それに、その少女の名前まで」
「予言者だからであーる」
 だから何が“あーる”だよ、俺! 変なキャラ作るなよ!
 動揺した様子のアリアが、俺に訊いてきた。
「お前は、その、まさか私達が何をしているのかも知っているわけか」
「八神はやてに関することであれば。たとえば、ギル・グレアム提督の狙いも分かっている」
「そ、そうか…………それは非常にまずいな」
 アリアとロッテの動揺がピークを迎えそうになっていた。
 しかし、ここで彼女達を追い詰めないことが重要なのだ。
「まずいだろうな。だが、俺はなにもお前達の企みを暴こうだなんて思っていない」
「何?」
「確かにお前達のやろうとしていることは関心出来ないことだ。だが、それしか手が無いのだというお前たちの主張も俺は知っている」
 彼女達は更に驚いていた。
「そこでだ――――」
 上手くいくだろうか。正直なところ、俺にだって物語をハッピーエンドに運ぶ最良の手段が思いついているわけではない。なにせ闇の書の悲劇を救うのは、おそらく全リリカルなのはシリーズ中において最も難易度が高いと思われるからだ。
 プレシアを救うためには、俺に腕力が必要だった。単純な話だった。引き上げた後ならばいくらでも他の手があったはずだ。
 だが、闇の書の悲劇は違う。完璧なまでに隙の無い闇の書のプログラムは、思いつく限りの手段をことごとく潰せるほどの、まさに難攻不落の要塞なのだ。
 原作二期の結末は、確かにはやても明るい未来を歩んでいる描写ではあった。だが、あの結末に至るまでには一つの大きな犠牲を伴っている。
 それは、闇の書の化身であるリインフォースの消失。
 これを救わずして、二期の完全救済はありえない。
 それを成すためには、俺には力が必要なんだ。
「――――俺と手を組まないか?」
 そう持ちかけると、二人は三度目の驚きを見せた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。俺はこの先に待ち受けている運命を知っている。俺の予知は必ず役に立つぞ」
「何のために?」
「闇の書の主となる八神はやての救済…………そしてそれは、闇の書の救済ともなる」
 俺の言葉が完全に理解出来なかったのか、二人はお互いの顔を見合わせたまま固まってしまった。



 アリアとロッテに協力の要請を持ち掛けてから数日が過ぎた今日、リーゼ姉妹が拠点とする彼女らのマンションに、俺はやって来ていた。
 応接用のソファーに腰を掛け、出されたリンディ茶を啜る。
 何故俺がここにいるのかと言うと、それは、ここである人物と待ち合わせているからだ。
「ちょっと遅いかな」
 アリアが心配そうに言うと、ロッテが俺の向かい側に座りながら答えた。
「まあ、普通なら簡単に本局を離れられる身じゃないんだ。私達だってそうだろ? だけど今回はひろしのこともあるし、止むを得ずってね」
 そんな言い方をされると、リーゼ姉妹が忙しい中地球に留まるのは、まるで俺のせいみたいじゃないか。まあそうなんだけど。
 そして今日、俺は三人目の多忙なお方と対面することになっている。
 その人とは。
「お? 念話が来たよ。もう玄関に着くみたい」
 唾を飲む音が大きく響き、俺はまだ見ぬ“彼”に向けて背筋を伸ばした。
 アリアが玄関へと向かい姿を消すと、廊下の向こうから誰かを招き入れる音が聞こえてきた。
 こうしてついに対面ともなると、さすがに緊張するな。ちゃんとうまくいくだろうか。彼は、俺の話に耳を傾けてくれるのだろうか。
 そんな不安に見舞われていると、間もなくして“彼”がやってきた。
「やあ。君が?」
「あ、は! はい! 砕城院聖刃です!」
「…………ああ、山田ひろし君だね」
 その朗らかな笑みにツッコミたい! しかし、俺は緊張のあまり、踏み出すタイミングを逃した。
 今、俺の名前を呼んだ初老の男こそ、リーゼ姉妹のマスターである時空管理局員のギル・グレアム提督だ。
 なのはと同じ第九十七管理外世界出身、つまり地球人でありながら、時空管理局員を務める稀有な存在。
 そして彼こそが、覚醒した闇の書を葬り去るため、八神はやてを生贄にしようという計画の指導者である男だ。
 彼を目の前にして、原作二期の内容を思い返してみると、やはり俺は何とかして原作介入がしたいという想いに駆られる。
「私のことは知っているらしいね。だが、一応自己紹介をしておこう。時空管理局次元航行部隊所属の、ギル・グレアムだ」
 握手を求めてきた。俺はその手を握り返した。ごつごつした手の平が、わりと強い力で応えてきたので少し怖い。
「ど、どうも」
「話を聞くと、君が知っているのは私の名前だけではないようだね」
 握手をした手が未だに開放されていないことを、俺は不安に思ってもいいだろうか? 迂闊だっただろうか。俺は何か悪かっただろうか。
 いや、原作二期を救うために、リーゼ姉妹やグレアム提督達を協力者として取り込むアイディア自体は悪いと思わない。むしろこれは、自分自身でも名案だとはっきり思っている。
 だが、コンタクトの取り方が少々強引過ぎたかな? 思いっきり警戒心を抱かれているんじゃないだろうか。
 まさかな。グレアム提督は紳士だ。ジェントルマンだ。なんてったってイギリス人なんだし。いろいろと知り過ぎている俺を消すだなんてことは、ない。
 と、思うんだけど。
「はぁ…………それにしても困ったものだよ」
「いや! いや! あの! 俺は協力を申し出ているだけでですね!」
「君もそう思わないか? 方法が思いつかないとは言え、確かに私のやろうとしていることは許されることではない」
 突然、握手が放された。
 グレアム提督は再びため息をつきながら、俺の向かいの席、ロッテの隣に座った。彼を案内してきたアリアは、俺の隣に。
 グレアム提督の表情は、ひどく暗かった。
「分かってもらえるとは思っていないし、分かってもらおうとも思っていない…………だがね、たとえ許されないことだとしても、誰かがやらなければ、闇の書がもたらす不幸の連鎖は断ち切れない。私はそう思うんだよ」
 彼は本当に辛そうな表情でそう言った。
 グレアム提督は、八神はやてを犠牲とする自分の計画にひどく罪悪感を感じている。それは間違いないのだ。
 だが、それでもやらねばという強い意志があることもよく分かる。
 ならば、さっきから言っている言葉は誰への弁明だろうか。それとも自身を戒めているのか。
 どちらにせよはっきりしていることは、現在のところ彼は通常の原作どおりであるといったことだ。
 おそらくこのまま俺が何もしなければ、物語は通常のストーリーをなぞって進むこととなる。
「ひろし君」
「は、はい」
「君が私の計画を知っているというのなら、おそらく君の中には私に対する軽蔑や侮辱といった情があるのだろう…………率直に聞こう。君の目的は何かな?」
 リーゼ姉妹には事前に伝えておいた。
 俺はグレアム提督たちに力を貸してほしいのだ、と。
 しかし、今の質問にはもっと根本を問う意味が込められていると知った。
「俺の目的は原作の……八神はやてと闇の書の救済です」
 はっきりそう言ってやると、グレアム提督が驚いたように顔を固めてから、聞き返してきた。
「八神はやての救済と…………闇の書の?」
「救済です」
 グレアム提督はしばらく周囲を見渡した。
 その様子を見たアリアが席を立つと、台所のほうへと小走りで駆けていく。
 その間にグレアムは、咳払いを一つしてから俺に言った。
「それは、私の計画を阻止したいという意味では?」
「なんつーか、微妙なところですね。あなたのやろうとしていることを阻止したところで、それでは俺の目的に近づけないというか」
「そうか……いや、あらかじめこの娘達から一度は話を聞いていたが、それでも私は信じていなかったんだ。私の企てる下劣な計画を知る君は、てっきり私のことを止めたいのだと思って疑わなかったんだが」
 やっぱり、計画の阻止ではなく協力を求める俺は、不審に思われているらしい。
 だが、さっきも彼に言ったとおり、本当に微妙なところなんだよなぁ。グレアムの計画は結果的にはやてを苦しめることであるわけだし、かと言ってその計画を阻止したとしても、はやてやリインフォースを救うことには繋がらない。
 そう、原作二期って難しいんだよ。なんでこんなにも付け入る隙が無いのか。
 とにかく、俺が原作二期の運命を変えるためには、俺には無い力を持つ人たちの協力が必要となるのだ。
 だからここで、確実にグレアム提督とリーゼ姉妹を俺の味方に引き込んでおかなくちゃいけない。
「俺は、この先に待ち受けている闇の書の運命すらも知っています」
「それは、簡単に信じていいものなのだろうか。不安なんだ」
「徐々に分かってくれればいい。でも、一つだけ今ここで信じてください。俺は、八神はやてを、そして闇の書の運命を救ってやりたい」
 アリアがお茶を持って戻ってきた。ぬるくなった俺のお茶も取り替えてくれた。
 グレアム提督は出されたお茶をさっそく口に含んだ。彼もおそらく緊張していたのかも知れない。喉を潤したかったようだ。
 その緊張は、やはり自分自身に後ろめたさがあるからなのだろうか。
「分かった。君への監視は今後も継続し、その上で君の言葉の真偽を確かめよう。ところで、現時点での君は、私達に何かを求めているのかな?」
 話してみて思ったが、グレアム提督って大人だよなぁ。なんで俺みたいな訳の分からない奴の話を、こんなにも聞いてくれるんだろう?
 決してクロノやリンディ提督達が未熟であるとかを言うつもりはないが、それでもあいつらは、転生者である俺を最初から警戒の目で見ていた。むしろそれこそが正常な反応のはずだろう。
 なのに、この人は。
「君が言うには、六月四日になった時、八神はやてが闇の書の主人として目覚めるという。基本的に、私共は闇の書の覚醒以降も、必要以上の干渉を避けるつもりだ。君が私達の計画を阻止することが目的だとしても、当の私達は特にすることが無い」
 それは知っている。当分はそれでもいいのだ。
「構わないですよ。それは俺にも分かっていますから」
 大事なのは、それよりも先のことなのだ。
 俺は、彼らの協力をどうしても得て、今よりもずっと大きな力で悲運に立ち向かう必要があるのだ。
 そのために必要なのは、作戦だ。
「今から俺は、これから起こるであろういくつかの出来事を予言します」
「予言者、か」
「出し惜しみはしません。俺の持つ未来予知の力を利用してもらって、皆さんと一緒に悲しい運命を救いたいんです。是非とも皆さんの力を貸してほしいんです」
 頭を下げた。
 プレシアに土下座をした時は、少し遅かったんだ。
 だから、あんな思いを二度としないように、俺は先に頭を下げておこうと思った。
「お願いします。力を貸してください」
 さあ、やってやろう。
 『魔法少女リリカルなのはA's』のはじまりだ。

 See you next time.



[30591] NEXT25:一日早いけれど
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/06/17 22:40
 六月三日。運命の日が近づいてきた。
 この日、俺は学校の授業も頭に入らなかったし、昼飯もあまり喉を通らなかった。
 それに引き換え、クロノの姿で登校してきているリーゼ姉妹。今日はアリアの方だが、彼女はいつも通りにクロノを演じきっていた。
 よくあんなに冷静でいられるな。今夜一体何が起こるのか、まさか分かってないわけじゃないだろ。
 俺は数日前の、グレアム提督との対談を思い出していた。
 あの日、グレアム提督とリーゼ姉妹に、正式に協力を要請したわけだが。結果としてはやはり、俺のことを、そして俺の言う未来予知という能力を信用するには時期尚早だということで、ひとまずは最初の予言がどうなるかを見定めるということになった。
 つまりは、俺が彼らに言った「六月四日の午前零時に、八神はやてが闇の書の主として覚醒する」ということが本当かどうかを確かめる、ということだ。
 それなのに、だ。
 グレアム提督って、俺のことを完全に信用するには早いとか言いつつも、何だかんだで協力的っつーか良心的に接してくるよな。ほぼ信じてもらえているような反応だったし。警戒心で言ったらリーゼ姉妹のほうが強いけれど、あの二人も基本的にグレアム提督には服従だから、同じようなものだ。
 妙に感じるところはあるけれど、必要となる協力者と良い関係を築けたのは幸先の良い話だった。
 ああ、だからこそ今ものすごく気になることは、ただ一つ。
 ついにこの時がやってきたのだ。八神はやてが、闇の書の主として覚醒する。
 放課後、下校のチャイムが鳴る。帰り支度をする俺を待ち受けていたのは、クロノの姿をしたアリアだった。
「さあひろし、帰ろう」
「りょーかい」
 俺と偽クロノは、肩を並べて教室を出た。
 校門を抜けてしばらく歩き、やがて賑やかな商店街へと入っていく。ちなみにこの道は俺の家とは方向が違う道だ。こいつらと一緒に帰ると、まっすぐ家には還れないのが通例となった。 
「ちょっと買い物をしたいんだけれど」
「またかよ! お前ら一体毎日毎日そんなに何を買うんだよぉ!?」
 リーゼ姉妹が俺の監視任務という名目で地球にやって来てから、彼女達は毎日のように商店街を歩き回っては、欲しいものを物色して購入するのだ。
 何故だ?
 彼女達のマスターであるギル・グレアム提督は、今俺達のいる場所、すなわち第九十七管理外世界出身の人間だ。原作本編で詳しい描写などを見たわけではないが、おそらくリーゼ姉妹だって、地球の文化に馴染みがないわけではないと思っている。
 だからこんなにも地球での買い物にはしゃぐ彼女達の姿が、とても不思議だった。
「な、なあ」
「ん?」
「何でそんなに買い物するわけ? 何か鬱憤でも溜まってるのか?」
 俺が尋ねると、偽クロノは何も答えないまま笑顔をその顔に貼り付けて俺のことをじっと見た。
「いや、だから、何かストレスでも」
 まだ俺のことを見ていた。
「も、もしもーし?」
 まだ俺を。
「お……俺かぁ」
 そんなに俺の監視は嫌なのかぁ。かわいい女の子に監視される身でありながら、ラッキースケベが訪れないのはそういうことかぁ。
 ものすごい勢いで気が滅入ってきて、俺はうなだれた。
 そんな俺の前を歩く偽クロノから、「別にぃ」という声が届いてきたのに、俺はしばらく膝に力が入らなかった。
 先を行く偽クロノ。過去の経験から、どうしても尻をちらちらと見てしまう。いかん、鎮まれ。今は男の尻だ。
 そのことに関しては気付かれないようにしながら、俺は彼女に尋ねた。
「な、なあ」
「ん?」
「今夜のことだけどさ、俺達は」
 俺がそう尋ねると、偽クロノは細めた目でこちらを振り返った。何というか、あれは軽蔑の眼差しだ。
「俺達って…………今夜はひろしと過ごせ。そういうことか?」
 イヤそうだなテメエはよぉ。
 いやいや、そんな疚しい気持ちで話しかけたんじゃなくて、俺ははやてのことについて訊きたかったのだ。
「だから! 八神はやてに関してお前達はどうするんだってことを知りたいわけよ!」
「ああ。別にぃ。私達は特に何もしないけど?」
「へ」
 間抜けな声が漏れ出た。
 何もしない、のか?
「だって、ひろしの言うとおりだとするならば、今夜あの子は闇の書の主として覚醒するんだろ? それは私達が目的を達するためにも必要なプロセスだからね」
 そ、そりゃあそうか。気持ちばかりが早ってしまって忘れていたが、このまま原作どおりの流れで出来事が進むのは、こいつらにとって都合のいい展開なんだ。
 では、もし彼女らを困らせるような展開があるとすれば、それは何だ?
 それは、高町なのはの存在。そして彼女に続くフェイトやユーノ、クロノ達の存在だ。彼女達が闇の書の存在に感づき、“八神はやてに付き従う者達”の邪魔をすることこそが、グレアム提督達にとって都合の悪いこととなる。
 ならば、俺は一体どうする?
 ここにきて、俺の役割が本当は何なのかを考えてみた。
 俺がグレアム提督の側についたのは何故だ?
 それは、八神はやてとリインフォースを救うという目的のためだ。そしてその目的のためにも、俺はあえてグレアム提督達に協力することを申し出たはずだ。
 仕方が無いのか。これも転生オリ主に課せられた悲しい運命というやつか。
 なのは達を、敵に回す。
 そんな想いを胸の内で燃やしていた時、前方を行く偽クロノから話しかけられた。
「ひろしは、別に私達と同じ罪を背負う必要なんてないんだよ?」
「おい、そんな別に」
「ひろしのことを心配して言っているわけじゃない。ただ、私達はこれからやろうとしていることを決して良しとは思っていない。はっきり言ってひどい大罪だよ。それを、いきなり現れたあんたが背負うだけの根性を持っているのか、それが知りたいんだ」
 覚悟か。なかなか言ってくれるじゃないか。 
 確かに彼女達の罪の片棒を担ぐということは、なのは達と築き上げてきた関係を壊しかねないわけで。
 しかし、そんなことに臆している場合ではないのだ。
 俺の目標は、間違いなくそのもっと先にあるのだから。
「俺はさ、救いたい人がいるからここにやって来たんだ。目的のために手段を選んでいられないっていう点では、あんた達と同じだと思うし、だからいいんじゃねーの?」
「ずっと以前から、こうなることは分かっていたというわけか。でも未来が見えるなら、自分の運命をもっと安全に変えることも出来たんじゃ」
「まあ、お前達には予言者だなんて名乗ったほどだし、こういう展開を避ける道もあっただろうさ。でも、約束でもあるんだ」
「約束?」
「救われない運命を救ってやろう、てね」
 俺は、ちらりと自分の横に視線を送った。
 そういえば、最近神様の姿を見ないな。
 アリアは、俺のことを横目で見ながら足を止めることなく進んでいった。
 しかし、俺の目の前に映る彼女の後ろ姿から、「なら、いいんだ」という声がぽつりと聞こえた。
 ほら、やっぱり。彼女もグレアム提督も、得体の知れない俺のことを既に受け入れているみたいだ。
 その理由を知らない俺は、黙って偽クロノの後をついていった。
 そしてしばらく行ったところで、たどり着いたのは一軒の喫茶店だった。
「って、翠屋じゃねーか!」
「こないだ入った時にすごくおいしかったから、ちょっと注文をお願いしていたんだよ」
 何? 予約注文? 翠屋がそんなサービスを日ごろからやっているのかどうかは知らないが、偽クロノは何かをあらかじめ頼んでおいたのだろうな。
 店の奥に消えていく偽クロノを追って、俺も店内に入ろうとした。
 その時だ。
「あ、おにいさん?」
 あれ、その声は?
「こんにちは」
 そこには、狭い肩の上に胴長の小動物を乗せた高町なのはがいた。当然ながら、小動物っていうのはユーノのことだ。
「うお! な、なのはっ!?」
 俺は思わず飛び退いてしまった。こんなに驚く必要も無いはずだが、グレアム提督の協力者となったことで、自然と後ろめたさを感じてしまうのだ。
「なんでここにいるんだ!?」
「えっと、今日はお友達とここで待ち合わせをしていて」
 子供らしい無垢な笑顔を浮かべてなのはが言うので、その可愛さのおかげで俺の気持ちがすぅっと落ち着いていった。
「おにいさんも翠屋でお茶するんですか?」
「いや、お茶って言うかなんつーか…………連れがここで買い物を」
 そこまで言った時、俺は気がついてしまった。
 今、ここで店から偽クロノが出てきたら? それってまずくないか?
 なのは達は、クロノはフェイトの裁判のために地球を離れているという認識でいるわけだ。だからここでなのはとクロノが鉢合わせるのは何かと不都合。もしかしたら、クロノが偽者であることを見抜かれるかもしれない。そうなれば、当然ながら偽クロノの正体にまで食いついてくるだろう。
 リーゼ姉妹となのは達を、今引き合わせるのはやっぱりまずいか。
 俺はとっさになのはの右手を掴んでいた。
「ふぇ?」
「ちょっとこっち来て!」
 困惑するなのはの悲鳴を残しながら、俺は彼女を連れて商店街を走り抜けていった。



 肩で息をする俺となのは。それに、なのはの肩にしがみついていただけのユーノまでもが息を切らしている。
 商店街を離れ、なおもしばらくの間走り続けて。そうしてたどり着いたのは、閑静な住宅地の中にある緑地公園だった。
 ちょうど公園内には、元気にはしゃぎ回る子供達のグループがいくつもあって、そんなところにやって来た十五歳と九歳の男女ペアは少しだけ異質だった。
「お、おにいさん…………どうしたの、急に」
 なのははまだ息を荒くしながら、俺に訊いてきた。
 なんて答えたものだろうか。目的なんて、なのはをあの場所にいさせたくなかっただけなのだから、公園に連れてきたことでで既に俺の目的は果たされてしまった。
 これ以上、なのはに用事は無い。
「い、いやあ…………そ、そうだなー。まあ、ちょっとなぁ…………言いにくいことなんだがな」
 言いにくいことどころか、言うべきことすら無い。
 何かないか。なのはやユーノに言いにくいこと。答えてしまった手前、何かしら言っておかないと完全に怪しい奴確定じゃないか、俺。
 お、なのはぁ。もしかしてちょっと太ったか? いやいや背がちょっと伸びたのか? ガハハハ!
 って何言ってるんだ俺は。親戚のおじさんか。
 な、なのは。あのさ、今、好きな人って、いるのかな?
 って、そういうのはたしかに望んじゃいたけど、現実を見ろ。今を見据えろ。俺は十五歳、なのはは九歳。
 なのは。急にこんなこと訊いて悪いとは思うんだけど、パ。
「おにいさん?」
「パンツの色って…………訊けるかボケ」
「パーツの色?」
 なんか口に出しちゃっていた。
「い、いや! パーツ? そう! パーツ!」
「えっと、どういうこと?」
「レイジングハートのパーツ! もっとこう、シックでダークでノスタルジックでも素敵かなーなんて!」
 そこまで言って俺は見てしまった。
 なのはの肩に乗る、フェレットモードのユーノから送られる冷たい眼差しを。
 あ、聞こえていらっしゃったみたいで。
 ユーノから送られる視線の横で、なのはも何やら哀れむような視線を向けてきていた。
「おにいさん、嘘をついてるでしょ?」
 まさかなのはにまで変態だと思われてしまうのか。
 そう思っていたが、どうやら彼女は違うみたいだった。
「おにいさんが気にしてることって、本当はこの間のこと…………フェイトちゃんのことだよね」
「へ?」
 いつの間にか、ユーノの視線もなのはと同じようなものに変わっていた。
「実はクロノ君に聞いたの。おにいさんが、フェイトちゃんのお母さんを助けられなかったことですごく落ち込んでいるって」
 俺は、クロノに支えられながら泣いた時のことを思い出していた。
 大泣きしたなんてみっともないから、誰にも言うなときつく口止めしたはずなのだが、あいつはまさか約束を破ったのだろうか。
「いや、あの時は泣いたって言うか、そんなんじゃなくて」
「泣いた? おにいさんが?」
 約束は守られていたみたいだ。そりゃねーだろ。
 しばらく俺の返事を待っていたなのは達だったが、俺が沈黙をしていると、何かを理解したように表情を引き締めて、話を続けた。
「あ、あのね……私がこういうことを言うのはどうかとも思うんだけど…………おにいさんが落ち込む必要は無いと思うの。だって、フェイトちゃんのために一生懸命やったんでしょ? それで自分を責めたり追い込んだりするのは、何か違うかなって。その、うまくは言えないんだけど」
「あ、うん…………まあ、でも結果としては助けられなかったことに変わりないんだし」
 そう返した俺に向けて、今度はユーノが言った。
「いや、僕もなのはと同意見です。結果ばかりを理由にして何もかもを決めてしまったら、それこそ何も得られないと思う。結果っていうのは、そこにたどり着くまでの“過程”によって価値が決まると思うんです。あなたが必死に伸ばした腕は、望む結果を掴めなかったけれど、あなたの新しい力となったはず。そんな気がします」
 俺は少しだけ顔を俯かせて、閉ざした唇の裏側で歯を食いしばっていた。
 分かっているよ。
 そうさ、俺は魔力も体力も無いけれど、自分なりに精一杯走ったつもりではいる。
 “自分なり”とか“つもり”という言葉を甘えだと思ったりもするけれど、それでも、プレシアを救いたかったことは、心底願ったことなんだ。
 そしてその願いを叶えるために動いた今の俺は、確かに新たな力を手に入れている。
 失敗から学んだことを糧として、次なる目的のために、俺はグレアム提督達と手を組むことにした。それこそが新しい力だ。
 プレシアを救えなかったことは、たぶん完全に吹っ切ることなんて出来ない。どこの誰かにどれだけ励まされたとしても、俺の手から彼女の腕がすり抜けていく感覚が今でも鮮明に残っているのだから。
 だから、俺は自分を許せないと思う。
 だが、いつまでも落ち込んでいるわけではない。原作に介入しようとする転生オリ主っていう奴は、図々しいものなんだ。
 そこまで思っていた俺ではあるが、まさかなのはやユーノにもそんな風に言ってもらえるとは思わなかった。
 しかも俺を気遣ってくれて、そんなことを言ってくれるのか。
 以前、こんな風に考えたことがあった。それは、なかなか介入行動が上手くいかなくて、俺の敵は原作自体なんじゃないかと思ったことだ。
 しかし、それは間違いだったのかも知れないな。
 なぜなら、なのはやユーノがこうやって励ましてくれたから。
 たとえば俺が、自分自身で立ち直れなかったとしよう。そうしたら、俺はどうなっていた?
 きっと、今この瞬間のように、二人が俺を励ましてくれて、俺は元気になれた気がする。
 二人によって、俺は新しい道へと動かされていたに違いない。
 それってまるで、物語のキャラクターじゃないか。
 二人が俺を励ましてくれた瞬間、俺は自分自身が原作に認められたような気がして、嬉しさが溢れ出そうになった。
 それが無性に恥ずかしいから、俺は歯を食いしばって堪えたのだ。
「…………二人とも、ありがとう」
 何とか返した言葉は、たったのそれだけ。
 でも、二人は何か安心したように、お互いの顔を見合わせて微笑んだ。
 本当にありがとう。また一つ、新しい力をもらった気がした。
 原作に認められたなんておこがましいかも知れないが、そういう些細なことが、俺を前に前にと突き動かしてくれる。
 そして、プレシアを救えなかった俺自身を、許そうとしてくれているようでもある。



 そう、罪悪感に苛まれている奴ってのは、どうしたって許しを乞うているんじゃないだろうか。
 許されない覚悟とか、一生罪を背負うとか、そんな風に思っていても心のどこかには、許して欲しいという切なる望みがあるんだと思う。
 日がすっかり落ちて、月が煌々と照りつける夜の住宅街の中、俺とロッテは電柱の影に身を潜めてアリアの動向を伺っていた。
 アリアは今、お得意の変身魔法を使って、宅配業者に成りすましている。
 ふと、ロッテの顔を見た。
 彼女の横顔に浮かぶ目は悲しげに見えたが、本当は悲しさなんかよりも、ずっと大きい気持ちで満たされている。
 そしてその気持ちが何なのかを、俺は知っている。
 宅配業者に姿を変えたアリアが、小脇に荷物を抱えながら一軒の家に向かっていった。そして呼び鈴を鳴らす。
 何かロッテに声を掛けるべきだろうか。いや、止めておこう。どんなことを言っても、彼女の気持ちが晴れることなどない。
「はーい」
 玄関の向こうから、少女の声が聞こえた。
 そしてゆっくりと開いた扉の向こうには、車椅子に座った女の子。
「夜分にすいません。お荷物をお届けに参りました」
「ありがとうございます。でも、誰からやろ?」
 荷物を受け取り、伝票を確かめる彼女の名前は、八神はやて。
「ああ、グレアムおじさんや」
「ご依頼主様からの伝言で、“六月四日になったら開けてください”だそうです」
「ふふっ。分かりやす過ぎるわぁ。六月四日、つまり明日は、私の誕生日なんですよ。そんなん、当日送ってくれればええのになぁ」
「そうでしたかぁ」
 アリアとはやてが笑いあった。
 その光景を、俺達はただ黙って見守る。
 アリア、ロッテ。お前達は、毎日毎日買い物で気を紛らわせようとしても、やっぱり駄目だったんだな。
 グレアム提督。重たい罪悪感を少しでも軽く出来るならばと、俺の未来予知に期待を寄せているんだろう。
 そして俺自身も、はやてに対してさっそく罪悪感を抱いてしまった。なぜなら、お前の誕生日に闇の書が覚醒することをグレアム提督達に教えてしまったからだよ。
 その宅配便に入った翠屋の特製ケーキは、本当は誕生日を祝うものではない。
 覚醒を控えたお前に対して、何も出来ない俺達からの、ささやかな償いなんだ。
「ちょっと早いですが、お誕生日おめでとうございます」
 アリアの声が、震えていたような気がした。
 俺は決心した。
 今度こそ救ってやる。
 八神はやて、リインフォース。それにグレアム提督、アリア、ロッテ。
 まとめてお前達を救ってみせるから。
 六月四日は、もうすぐだ。

 See you next time.



[30591] NEXT26:ある夏の日の出来事
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/07/15 00:25
 数日前、八神はやては、闇の書の主としての覚醒を果たした。
 それはきっと望んだ者など誰一人としていない不幸だとしか言えない。そのせいで彼女は、これから始まる大きな事件の渦中で辛い思いをしなければならないからだ。
 物語が正常な道を歩んでいけば、最終的にははやてが笑顔を取り戻すことは分かっている。
 しかし、それでも俺は欲張ってしまう。追い求めてしまうのだ。
 本来の運命を上回るほどの、彼女達の幸せを。
 この気持ちはおそらく、原作知識を持ち合わせている者だからこその願望ではないかと思う。彼女達のまだ知らない未来を知っているからこそ、やってくる結末を最上だと認められない。
 だから俺の頭の中で常に渦巻いている気持ちは、“はやてを必ず救ってやる”という意気込みなのだ。
 八神はやての覚醒が確認出来てからの数日間、グレアム提督やリーゼ姉妹に目立った動きは見られなかった。現状では特にやることが無いのだ。
「もうそろそろ夏休みかぁー」
 下校途中、俺の隣を歩く偽クロノからそんな一言が漏れ出た。
「宿題出すならちょっとだけにしてほしいなぁ」
「あのさ」
「暑くなってきたし、また翠屋で涼んでいこうか」
「ちょっといいか」
 優しげな微笑を浮かべて、偽クロノは俺のほうを向いた。
 そんな彼、いや、その正体である彼女、リーゼロッテに俺は言う。
「馴染みすぎじゃね? たぶんクロノもそんなこと言わないぞ」
 こいつ、完全に生徒になりきっちゃってるよ。
「ひろしは夏休みが楽しみじゃないのか?」
「いや、楽しみっつーかさ、俺の場合はどうせ原作介入に費やすつもりだから…………って、俺の話はどうでもいいんだよ! お前達のことだよ!」
「馴染んじゃダメ、と?」
「ダメとは言わないけどさ、なんか、もうちょっと緊張感ってないの? 俺達に待ち受けているのは激動の日々だぜ?」
「でもひろしの予言によれば、八神はやてに仕える守護騎士達が動きを見せるのは、秋ごろだって話だ」
「まあ、確かに夏の間は落ち着いてるはずだよ」
「じゃあ問題ない」
 この気楽さ。どうにかして。
 呆れる俺をよそに、彼女は視線を前に戻した。しかしすぐに、偽クロノの視線がある一点に集中した。
 そこは商店街の中にある本屋。
 店頭に並んだ雑誌の一冊を手に取り、偽クロノは目を輝かせた。
「何? 何を見つけたの?」
 偽クロノが差し出してきた雑誌は、一冊の旅行案内誌。表紙を飾るのは眩しい太陽に照らされて光る、海と砂浜。そしてビキニ姿のグラビアアイドルだった。
 本当にこいつらって能天気だな。
「やっぱり夏といったら海だろうなぁ」
 リーゼ姉妹の能天気ぶりには、時々心底物申したくなる。
 こいつらは自分達の立場が分かっているのだろうか。いくら事情を知っている俺であっても、苦悩も涙も見せない彼女達を見ていると、差別的で理不尽な運命のなんたるかを徹底的にガツンと説教してやらねばと思ってしまうのだ。
 よし決めた。もう決めた。
 俺は今日、今、こいつに、てめえらがいかに愚かで下衆であるかを説いてやる。説き伏せてやる。
 転生オリ主、砕城院聖刃。今、断罪の刃を言葉に変えて貴様の脳天に直撃させてやる。
「ぐぉらぁっ! 貴様ちょっとそこになお」
「水着、買おうかな?」
「その話、ちょっと詳しく」
 リーゼ姉妹の水着かぁ。これは外したらダメな気がするなぁ。
 そもそも原作にそんなおいしいシーンってあったか? いや、ないだろう。
 リーゼ姉妹の水着とか貴重すぎる。ビキニか、ワンピースか。しかもこいつらは双子。加えて使い魔であるがゆえに、オプションでネコ耳尻尾がついてくるときたもんだ。
 これは間違いなくハーレムフラグ。美少女二人と共に海だなんて、そんなの食べてくださいニャンご主人様とか言ってるようなものじゃないのか。違うか。いやでも、僅かな可能性に賭けてみたい!
 ふと、ロッテの尻を触ったときの感触が手の中に蘇ってきた。
 ああ、あの夢のような感覚が、水着越しとなって俺の手中に再び。
 ロッテから雑誌を受け取り、表紙の中でたわわな乳房を弾ませるグラビアアイドルに彼女の姿を重ねた。
 これはいい。
「ひろし、表情が危険人物になってるぞ」
 ふと顔を上げると、本屋の前を行き交う人々が俺に白い目を向けながら立ち去っていった。
 これは恥ずかしい。
 その時、偽クロノが訊いてきた。
「ひろしは海に行きたくない?」
「とっても行きたいです」
「よし、じゃあ一緒に行こう」
「うん!」
 光の速さで返事をすると、俺は再び顔がにやけてしまうのを堪え切れなかった。



 そうして日はあっという間に過ぎていき、夏休みに突入した俺達の日常は、ついに一大イベントの日を迎えることとなった。
 待ち合わせは市内の駅。さすがは海鳴市というだけあって、ほんのちょっと電車に揺られるだけで海水浴場に辿り着けるときたもんだ。
 世の学生達が夏休みに突入しているということもあって、電車内は決してのんびり出来るような場所ではなかった。人は多いし肩身は狭いし、ようやく席に座れただけでも運が良い。
 しかし、それでも俺の心は弾んでいた。
 転生オリ主だというのに何だかいまいちぱっとしない転生人生を歩んでいる俺のことだ。駅での待ち合わせにやってくるのが、クロノとグレアム提督の姿になった二人かも知れない。俺よりはるかにイケメンな奴と、中年のおっさんと海水浴だなんて。
 そんな心配もあったのだ。俺の弱みを握るリーゼ姉妹だ。やりかねん。
 しかし、現実はそんなことなかった。
「早く新しい水着が着たいなぁ」
 ロッテの言葉を聞いて、俺の中に生まれた不安は一気に消し飛んだ。
 やっぱり二人とも女の子だなぁ。どんな水着なんだろう。
「ど、どんなの買ったんだ!? ちょっと教えてくれよ!」
 そう訊くと、アリアとロッテが顔を見合わせてニンマリと笑いあった。
「すっごく大胆なやつ」
「ちょっとひろしには刺激が強いかも」
 これたまんねえな。マジこれたまんねえわな。
 俺は車両内の天井を見上げて鼻息を大きく噴き出した。
 いやいや、油断は出来ない。もしかしたら「下しか穿いてないのぉ」とか言ってクロノとグレアム提督姿でやってくるかも知れない。俺より確実にイケメンな奴と、中年のおっさんの乳首に反応出来るものか。
 そんな疑念はちょこっとだけ残しつつも、俺の期待を煽りまくるリーゼ姉妹を信じる気持ちはやはり大きかった。
「ああ、苦節、転生生活ウン十日…………ようやく俺にも、桃色の転生ライフがやってくるのか」
「ひろしは何を言っているんだ?」
「さあ?」
 ふと、俺は電車内をぐるりと見回した。
 ここはなのは達の生活圏でもあるのだから、もしかしたらどこかでばったり会うことになるかも知れないな。
 やはりなのは達とリーゼ姉妹を早い段階で出会わせてしまうのは、避けるべきだろうか。これについては何とも言えないところだ。俺の原作知識の力が及ばないところだし。
 だが、この問題についても俺は固い決意を抱いていた。
 仕方が無いのさ。出会ってしまったとしても、それは彼女達の運命。だから仕方が無い。
 むしろ出会え。ってか俺の前に現れてくれ、なのは。
 お前の水着が見たいんだ!
「ひろし、顔が危険人物になってるぞ」
 そしてお前の連れてくるお友達やお姉さん方の水着も!
「ひろし、そろそろ通報されるぞ」
「お? ああ、すまん」
 電車内のあちこちから白い目が俺に向けられていた。
 そんな状況に見舞われても俺の心は弾んだままで、ついに電車は目的の駅へと到着した。
 人混みに巻き込まれたまま狭い改札口から次々と吐き出された俺達は、すぐ近くから漂ってくる強い潮の香りに頬を緩ませた。
 空高く昇った太陽は容赦の無い熱視線で俺達を見下ろしてくる。ならば見せ付けてやろうかと、更衣室を探す俺達の足はいつの間にか駆け足になっていた。
 着替えを済ませ、男子更衣室から飛び出した俺は、熱い砂の上に裸足で踏み出す。
「あっちぃー!」
「ひろし、お待たせ」
 背後から聞こえた声の方に顔を向けた俺は、その瞬間に心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。
 そして一言。
「来てよかった」
 白と黒のチェック模様を全体にあしらったビキニの水着。それに包まれた。ぷっくりとした小山二つを隠すように腕を組むのは、リーゼアリア。
 すらりと伸びた白い足を砂浜に突き立てるその姿に目を奪われる。ってか紐パン解きてぇ。自慢の長い髪を後頭部で結わいたポニーテール姿も高ポイントだ。
 そして赤と黒のアシンメトリーカラーで決めたビキニ姿を晒すのは、リーゼロッテ。魅惑の猫目で挑発するかのように見てくる表情に、俺は生唾を飲んだ。
 手の平に尻の感触が蘇り、俺の視線は彼女の下腹部に向かう。するとロッテは、両手の指をパンツと皮膚の間に滑り込ませて水着を弾いた。
 さすがにネコ耳尻尾は出すわけにもいかないが、それでもこの光景は網膜に焼き付けるべきだと思うほどに魅力があった。
「本当に、来て良かった」
 もうなのはの水着とかもどうだっていいや。俺はこの二人と愛の逃避行でもしてしまいたい。
 ああ、神様。こんな転生人生をありがとう。
 神様?
 ふと、俺は周囲を見渡した。
 やっぱり姿が見えないな。
「さあひろし、今日は思いっきり遊ぼう!」
「あ、ああ……よし、行くか!」
 ビーチボールを抱えたアリアとロッテが走り出したので、俺は彼女達の後に続いた。
 細かいことは後回しだ。原作第二期の展開が起きるまではまだ日があるし、その間に大きな事件なんて起こらない。原作のドラマCDに該当するエピソードだって、わざわざ俺が介入するようなエピソードではないはずだ。
 今は束の間の休息というやつなのだろう。転生オリ主だって、たまには息抜きをしないとな。
 今日は遊びまくってやる。
 そう決めてからの時間は、驚くほどあっという間に過ぎていった。
 クロノの師匠と言うリーゼ姉妹ですら、炎天下に広がる楽園の中では無邪気な美少女。ビーチボールをトスする姿は愛らしく、飛沫を上げながら海に飛び込む様子は可憐で眩しい。
 まるで天使のような二人に倣って、俺も自分の転生人生のことなんて全てを忘れ、ただただ目の前の悦楽をむさぼった。
 ひとしきり遊びまくった俺達は、そろそろ頃合だと思い、帰ることにした。
 更衣室に入って濡れた水着を脱ぐ俺。頭の中では、今日一日の楽しかった出来事が早くも思い出と化して、映画を見ているかのように再生されていた。
 あ、着替え用の下着を持ってくるの忘れた。
 駅から帰り方面の電車に乗り込み、夕日の差す車両内でシートに腰を下ろした瞬間、一気に疲労感がこみ上げてきて、眠気を誘った。
 今眠ったら、たぶん降車駅を過ぎてしまうだろうな。起きていないとダメだ。
 そう思って、半分だけの意識で電車内を見渡していたら、突然俺の意識は弾けるように覚醒した。
 俺達の乗っている車両とは違う、隣の車両。一枚の窓付き扉を挟んだ向こう側に、奴らの姿を見た。
「八神はやてと、守護騎士達…………」
 すぐに俺は自分の隣へと目をやると、リーゼ姉妹はすっかりと眠りこけてしまっている。そのおかげでこちらの魔力とかが感じ取られずに済んでいるのか。それとも単に向こうが気を抜いているだけか。手荷物がある様子から、おそらく買い物帰りなのだろう。楽しそうに談笑している以外、向こうは動きを見せていなかった。
 とにかく、俺達とはやて達は接触をすることは無かった。



「ひろし! どうして起こさなかったんだ!?」
 俺達は、降りるべきはずの駅を乗り過ごし、三つほど先の駅でようやく電車を降りた。
「ずっと起きていたんだろう? だったら気付くはずじゃないか」
 そういうわけにもいかなかったのだ。なぜなら八神はやて達も、同じ駅で降りる予定だったのだから。
 俺はわざと二人を起こさなかった。今後の展開を考えても、はやて達と俺達は今出会うべきはないから。
「起こしてやるわけにはいかなかったんだよ」
「何で?」
「それは…………」
 少し言いにくい雰囲気ではあったが、別に隠すことでもないような気がして、俺は先ほど見た光景のことを二人に話して聞かせた。
 すると、先ほどまで目を吊り上げていたロッテの方が、急に肩を落としてしょぼくれた。
「あ、ああ、ごめん。そういうことだったのか」
「やっぱ、起こさないでよかっただろう?」
 頷くロッテに続いて、アリアが言った。
「今回はひろしの機転に助けられた、かな?」
 しばらく沈黙が続いた。
 今回はお互いに接触することも無いまま済んだが、別の展開を見せる可能性もあった。そしてそれは、当然ながら予想が出来た展開のはずだ。
 遊びに夢中で俺達の気が抜けていたのだろうか。いや、これはリーゼ姉妹の買い物癖や、はやてに送った誕生日ケーキと同じだ。
 俺達は、少しでも自分達の罪悪感を忘れたくて、現実から目を背けようとしていただけだ。海に行こうなんて気晴らしを企画したのも、怯えて震える自分達から目を背けるため。
 だが、電車の中で八神はやてと守護騎士達の姿を見せられたということは、何だか一つの事実を突きつけられたような衝撃だった。
 “お前達はもう逃げられない”。
 俺が介入してしまった原作二期は、むしろ原作の方から俺達を捕らえて放さないということだろうか。気を休めることさえも許されないようで、なんだか悪寒が走る。
 そんな時だった。
 ふと、俺は自分の向かいの席から送られてくる視線に気が付いた。
 そこにいたのは、久しく姿を見ていなかった神様だった。
「…………あ、えっと」
「ん? どうした、ひろし」
「い、いや……なんでもない」
 俺は神様と視線を重ねたまま、それ以上何も言わなかった。
 すると神様は、俺にしか聞こえない声で言った。
「ひろしさん、今度こそ……運命を救ってくれませんか?」
 それは、俺が以前に交わした彼との約束だったはずだ。
「目を背けたくなるかも知れません。原作に介入することで、リーゼ姉妹やグレアム提督の気持ちが痛いほど分かってしまったひろしさんを気の毒にも思います」
 彼の縋るような目は、いつだって俺の心を突き動かしてきた。
 放っておけないんだ。どうしてなのかは分からない。
 ただ、彼の意志は、俺の意志であるような気がするのだ。
「辛いでしょうね。きっと悲しいでしょうね…………でも、やっぱり僕には何も出来ないんです。だから」
 ああ、神様。分かってるよ。
 俺と違って、この世界に干渉することの出来ないあんたは、プレシアの時だって何もすることが出来なかった。
 だけど、あんたはそれをとても悔やんでいるのだろう。“ひろし”にしか出来ないということが、ものすごく辛くて、悲しいのだろう。
 だから俺はあんたを恨んじゃいない。きっと俺と神様は、二人で一つの意志なんじゃないかな。そんな気がするんだ。
 そんな風にかっこつけて考えてみたが、実際そうかも知れないと、俺は思っている。
 だから神様の言葉は、いつだって俺を突き動かす。
「ひろしさん、力を貸してください」
 分かってるよ。
「今度こそ」
 分かってるさ。
「救ってほしいんです」
「もちろんだ」
 一言そう呟いた瞬間、リーゼ姉妹が揃って顔を上げた。
「ひろし、何が“もちろん”なんだ?」
 俺は神様から視線を外し、二人の方に向き直った。
「あのさ、俺…………さっきはやて達の姿を思って、改めて思ったんだ」
「何を?」
「やっぱり、目を背けてちゃいけない。正直言うと不安でいっぱいだし、後ろめたさが苦しいけれど、でも逃げちゃいけない気がするんだ」
 二人の視線が俺の目に、俺の気持ちに突き刺さった。
「…………俺、八神はやてを救うために、今からでも出来ることをしたい」
「で、出来ることって?」
「まだよく分かんねえけど、とにかく少しでも力が欲しい」
「力?」
「そうだ。具体的にしたいことがあるわけじゃないけれど、予知だけやって後はお前達に任せるのはイヤなんだ。少しでも、お前達の力になれるような力が欲しい」
 リーゼ姉妹が顔を見合わせている。
 この車両には他の人が乗り合わせていなくて良かったなぁ。
 俺は頭を下げて、二人に言った。
「俺を、鍛えてくれないか?」
「…………え?」
「俺の師匠になって、俺を鍛えてくれないか?」
 電車は、間もなく降車駅へと着こうとしていた。

 See you next time.



[30591] NEXT27:バタフライ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/10/25 00:30
 夏休みはとっくに終わって、それどころか秋もすっかり深まって、間もなく冬がやってこようとしている。
 季節の移り変わりってやつは、どんな世界でも共通らしい。気が付けばあっという間なのだ。それはもちろん、俺がやって来たこの『魔法少女リリカルなのは』の世界も例外ではない。
 木枯らしが吹きぬける林の中を、俺は半袖短パンで猛進していた。ボロボロになったスニーカーが、一面に散らばる枯葉を踏みつけ、地面を突き破る木の根を蹴った。
 呼吸はしているのかしていないのか、俺自身でも分からないほどに過呼吸気味だ。
 しかし、それでも俺は足を止めなかった。
 否、止められなかった。
「ほらほらぁ、ひろし。 そんなんじゃあ追いついちゃうぞー」
 背後から聞こえるのはリーゼロッテの意地悪い声。
 彼女と俺がやっているのはまさしく鬼ごっこ。言わずもがな、鬼はロッテのほうなのだが。
「あーあ、あんまり遅いなら、もう捕まえちゃおうかなぁ?」
 明らかに手を抜いて俺をいたぶっているのがよく分かる。こんなアンフェアな鬼ごっこ、あってたまるか。
 どうしてこういうことをしているのかと言うと、それは夏休み中に彼女達と行った海の帰り道でのことだった。
 八神はやて達の姿を見て、自分自身の目的を再認識した俺は、少しでも力が欲しいと思った。
 リリカルなのはの世界に転生オリ主として降り立った俺だが、はっきり言って全然オリ主としての働きをしていない。力は無いし、魔法も無い。悲しい運命をゆく者達にとって、俺がしてやれることはなく、救済などとても無謀な話でしかない。
 だが、そんな自分を知りつつも、それでも目的を達するために動くことしか出来ない俺。
 そう、微力でもいいから、何かこの原作に干渉できるような力が欲しかった。
 虚数空間に落ち行くプレシアを救えなかったのは、単純に俺の腕力の問題でもあった。心がどうとか、気持ちがどうとかそういうことではなく、本当に悔しい結果を招いてしまったのだ。
 だから少しでも、どんなことでも、ほんの僅かでも。俺は、原作を変える力が欲しいと思った。
 そんな気持ちが溢れ出て、リーゼ姉妹に修行をつけてくれと頼んだのは、既に二ヶ月ほど前のこととなる。
 今では、正直に言って少しばかり後悔している。
 俺の気持ちを汲んでくれたのか、リーゼ姉妹は俺の頼みを了承してくれた。と言っても、リーゼアリアのほうはどちらかと言うと魔法戦を得意としているため、魔法が使えない俺にはあまり教えることが無いという。
 そうなると必然的に、俺はロッテとの修行ばかりになるのだが。
「はぁい捕まえたー。ひろし、捕まっちゃったねー」
「かはっ……か、勘弁しれくふぁはい! ホンホ、ホントに…………ホントに痛いんれす!」
「んー、じゃあ十発のところ今回は五発にしてやろう」
 何が痛いって、捕まったときのペナルティーであるお尻ペンペンが死ぬほど痛い。人体の中でも脂肪がたんまりとある肉厚の部位をただ単に叩くという行為なのだが、彼女がやると皮膚が裂けてしまいそうなほどに痛いのだ。もともと割れている尻ではあるが、今度は横に割れてしまいそうになる。
「毎晩毎晩小便が赤いって…………やばいだろ!」
「叩いてるのはお尻でしょ? 関係ないのでは?」
 ないわけないだろ。こんな過酷なトレーニングをさせられているんだから。
 この鬼ごっこは基礎体力作りである。本日のトレーニングも始まったばかり。まだまだこんなものでは終わらない。
 二ヶ月前、つまり修行を始めた頃のほうが、よっぽど耐えられた。それはたぶん、強くなりたいという気持ちが強すぎて、脳みそがアドレナリン漬けにでもなっていたからかも知れない。 
 だが、徐々に現実を見ていて分かったことがある。
 はっきり言ってきつい。正直しんどい。
 このきついトレーニングを続けて手に入れた成果と言えば、俺の体が引き締められたことと、食欲が増したこと。小便が赤いことと、Tシャツが似合うようになったこと。最近では、体育祭でリレーの選手に選ばれたことか。
 それって一般人じゃん。
 確かに強くはなっているのだが、なんかすっごく地味なのだ。
 転生オリ主などに時折見受けられる、いわゆる修行タイム。俺は今、ちょうどその時期に差し掛かっているわけだが、なんで知らない間に強くなっていてはいけないんだ。なんで俺には超人的能力が与えられてはいけないんだ。
 転生人生ってやつは思ったよりも大変だ。改めてそう思った。
 アニメの世界だろうと、ここに居場所を決めてしまった以上は、その世界の流れに乗るしかない。
 前にも気付いたことはあったけれど、その大変さはいろんな場面でも幾度となく思い知らされてきた。
 運命を変えるって、すんごい重労働なのだ。
「なあ、ロッテ」
「え?」
 そんな自分を労わるように思い、俺は訊いてしまった。
「俺は、このままで八神はやてを救うことが出来ると思うか?」
「んー。ムリかなぁ」
 早いなオイ。
「いいかい? あんたがどういうつもりなのか、私達は今だに理解出来ないところもあるけれど、私達は私達の目的を達するために動く。これは変わらないからね」
「ん…………まあ、そうだな…………何が言いたいんだ?」
 俺の返答を聞いて、ロッテは眉間にしわを寄せながら低く唸った。
 そして言った。
「あんたが言う、“八神はやてを救う”ってのを聞くと、どうしても気になっちゃうんだよね。だってそれは、私達の目的とはズレている思考だ。そうでしょ?」
 言い返す言葉はない。まさにその通りだから。
 俺は上を向いて目を閉じた。別に考え事をしているわけではないのだが、悩ましいのもまた事実。
「こうして鍛えるのは構わないけれど、私達の邪魔になるようなことをするのは止めてほしい。いいね?」
 俺は姿勢を変えないまま、ただ無言を貫いた。
 そうなんだよなぁ。俺が強くなったところで、このままの方法では何も変わらないんだよなぁ。
 と、思ってはみるものの、こうして物思いに耽るのだって初めてではない。しかし、考えたところで良い案が浮かぶわけでもなく。まあ、結局途中で考えを打ち切ってしまうのだ。
 ところで、今日はアリアの姿がどこにも見えなかった。いつもは俺とロッテのトレーニング風景を、のんびりと眺めたり野次を飛ばしたりしているのだが。
「なあ、アリアは?」
「ああ、それなら」
 ロッテはその質問に対して、隠し事などをする素振りも見せないまま、しれっと言ってのけた。
「闇の書完成計画に」
「…………なに?」
「だから、闇の書の完成がスムーズにいくための行動をしているよ」
 まさか。それってアレか。
 俺の頭の中には、原作第二期の様子が早送りで流されていた。
 原作本編内における、リーゼアリアとロッテの仕事と言えば、あれしかないだろう。
 そう、“仮面の戦士”だ。
「なっ! なんでそれを早く教えない!?」
 怪訝そうに首を傾げるロッテ。しかし、俺はそんな彼女からすぐに視線を背け、雑木林の出口へと真っ直ぐに駆け出した。
 リーゼアリアが仮面の男として動いているだと? 今は原作の時間軸的にどういう状況なのかと気になったが、その考えはすぐに捨てた。俺の存在自体がイレギュラーなのだし、現にアリアやロッテ達の行動にも既に差異は生じている。今更かも知れないが、原作知識ばかりをあてにしては駄目だ。
 先ほどまでの鬼ごっこによる疲労が若干足に来ていた。しかし、そんなものを気にしている場合ではない。
 そもそも俺が何のために鍛えているのかを考えれば、今こそ力を発揮しないでどうするというのだ。
 それを思えば、俺はまだまだ走れた。
「ひろし! 一体どこにいくのさ!?」
「何って! アリアが今仮面の戦士に化けて動いているんだろう!?」
「…………仮面の戦士?」
 ロッテの表情が不可解なものに変わった。
「そうだよ! お前達が仮面の戦士になって、ヴォルケンリッターの蒐集活動を補助す」
 そこまで言っておいてなんだが、自分で気が付いた。
 ヴォルケンリッターの活動を補助する必要って、現時点であるのか? なのは達が立ちはだかるようになったのなら、もちろんその必要性も出てくるのだろうが。
「ロッテ。アリアのやってることって、具体的になんだ?」
「まあ、基本的には監視かなー。管理局をあまり嘗めないでほしいんだけど、蒐集活動が始まれば、いずれ管理局も気付くと思う。守護騎士達だって並の腕ではないからあまり心配もしていないけれど、万が一蒐集活動の妨げになるようなことがあったら、私達が動くことも止むを得ないからね」
 ということは、だ。
 彼女達は気持ちこそ原作どおりかも知れないが、現時点では仮面の戦士に化けてなのは達を止めるということを思いついていない。もしかしたら、あの仮面の戦士という原作設定は、なのは達の存在を知ったことによって急遽立てられた苦肉の策だったのかも知れない。彼女達は、あくまでもヴォルケンリッター達のみにやらせようとしているのだ。
 ふと思う。俺の今の立ち位置は、もしかしたらすごく有利なのかも知れないな。
 原作を変えるなら、今なのか。
 そんな時だった。
 背後から追いかけてきていたはずのロッテが、突然姿をくらませた。
「な、なんだ!?」
 そう思ったのも束の間、再び前を見た俺は、慌てて足裏で急ブレーキをかけた。
「危ない危ない!」
「え? ええ!? ふえええええっ!」
 高町なのはの出現だった。
 砂煙を巻き上げながら、俺は彼女にぶつかる寸前で停止した。ちょうど坂道だったこともあったので、本当に危なかったな。
「お……お兄さん?」
「な、なんでなのはこそ」
「えっと……私は、レイジングハートと一緒に魔法の練習を」
 そうか。そういやなのはは、原作でもそんなことをしていたな。
 息を切らしながらも、俺は笑みを浮かべて「そっか」と返す。
 そんな俺を、なのはが不思議そうな表情を浮かべながらまじまじと見てきた。
 まあ、無理もないだろう。
 女の子らしく赤いミニスカートなんか穿いて、ニーソックスが作り出す絶対領域をちらつかせてはいるけれど、上半身は首まで隠れる黒のタートルネックセーターを着込んでいる。明らかに季節を意識した至極全うな格好をしているなのは。
 それに対して俺はというと、学校指定の体操服、しかも半袖短パンという小学生のような健康的姿なのだ。加えて、別に学校行事というわけでもなく、完全に個人的な理由でこんな格好をしている。
 不審とまではいかなくとも、ちょっと珍しいかも知れない。
「お兄さんは…………何かトレーニングですか?」
「え? ああ、うん……まあそんな感じ」
 嘘ではないからいいだろう。
 トレーニングがばれること自体はそれほど問題ではないのだが、なのはにロッテ達の存在を知られるのはやはり避けたかった。そういう意味でも、ロッテが早々に姿を隠したのはナイス判断だと思った。
 その時、なのはの首から下げられている赤い宝玉が点滅を繰り返した。
「どうしたの? レイジングハート」
 もしかして周辺に探りを入れているのか。なのはがトレーニングをするからか、それとも。
「なんだか、レイジングハートが近くに魔力反応を感じるって」
 なのはが笑いながら言った。
 鋭いな、こいつ。
「いやあ、ははは。まいったなぁ」
 俺はなのはに釣られるようにして、笑顔を浮かべた。
「もしかしたら俺からその魔力を感じてるとか?」
「え? お兄さんから?」
「ちょっと修行してみたら、俺にもリンカーコアが生まれつつあるとか? はっはっは!」
「そんなことってあるんですか?」
「まあ本来は無いのかも知れないけど、俺って転生オリ主、砕城院聖刃だし!」
 そう言いながらそれらしい決めポーズをとってみると、なのははぽかんとした顔で見た後、くすくすと笑い始めた。
 俺も、「何がおかしい!」と言いながら一緒に笑った。なのははすっかり俺の冗談に気をとられて、魔力反応のことを気にしていない。
 そしてレイジングハートも、何も反応をしていない。
 ひとしきり笑った後、なのはは俺に向けて言った。
「じゃあ、私これから魔法の特訓してきます」
「おう! 気をつけてな! そのうち俺も参戦してやるから!」
「楽しみにしてますね!」
 なのはが手を振りながら駆けていった。
 手を振り返しながら、しばらく俺はその場に留まった。そして、なのはの姿が見えなくなった頃。
「あの子、手強そうだね」
 ロッテが姿を現した。
「ああ。相棒のデバイスだって賢いぜ」
「あの子は、闇の書の完成に障害となるのかな」
 ロッテがそんなことを言った。そこまで危険予知を働かせるのか。
「俺の未来予知によれば、ふかーく関わるよ。もしも闇の書の完成を邪魔させたくないなら、あの子と闇の書を接触させないほうがいい。これは警告だよ」
 俺がそう言うと、ロッテは鋭い眼光で遠くのなのは達を睨みながら唸った。
 俺は「警告だ」と付け加えて彼女の危険予知を煽ったが、実のところ、真意は別のところにある。
 闇の書の完成を急ぐなら、むしろ闇の書に接触させるべきだ。なぜなら、なのはのリンカーコアを蒐集することで、闇の書は相当数の蒐集成果を上げるのだから。
 俺が闇の書となのはを近づけないようにと言ったのは、ずばり時間稼ぎだ。現在のところ、はやてを救う確かな方法が分からないでいる。そんな状況で闇の書を早々に完成させられては困るのだ。
 そう、原作を変えるなら“今”なのだ。
 冷静を装っているが、俺は内心で自分の行動を褒め称えた。
 いいじゃないか。こうして原作を操っているかのような今の俺、なんだかオリ主っぽい。
 とにかく今は、こういう小さなことの積み重ねで“オリ主力”を高めていこう。
「そうだ、ひろし」
「あん?」
「アリアのことを気に掛けていたけれど、いいのか?」
 ああ、そういやそうだったな。
 しかし、なのはの存在に警戒心を持たせておいたので、少なくとも原作よりかはなのはが事件に絡みにくくなるだろう。
 ならば、なのはのリンカーコア蒐集という出来事もなくなるかも知れない。
 焦る必要もないか。
「いいや、やっぱ」
「変な奴だな」
 俺が笑いながらゆっくりと歩き始めると、ロッテが俺の肩を叩いた。
「え、何だよ? 帰るだろ?」
「いや、アリアに用がないのなら、修行の続きだ」
 思いっきりクールダウンしていたところなんだけど。



「本局を離れるというのは、実は少々面倒なのだが」
 リーゼ姉妹のアジトに集まったのは、俺とグレアム提督とリーゼ姉妹の四人。
 地球での活動はリーゼ姉妹に任せているが故、グレアムは本局での業務が少しばかり大変になったらしい。頻繁に地球への外出をすると、周囲に何か気付かれる恐れがあると言いたいのだろう。
「すみません」
 頭を下げたのは、リーゼロッテだった。
 まあ、実のところ、俺はグレアム提督に会えて感謝している。彼は通常本局にいるわけだし、なかなか会う機会が無い。だから伝えたいことがある時もなにかと不便だ。
 かと言って、ただの地球人どころか、現在では管理局からの監視対象となっている俺がそう易々と本局に乗り込むことも出来ないため、こういう形をとるしかないのだ。
「で、私を呼び出したのはロッテ。君だな」
 ロッテが神妙な顔つきで頷いた。
 ロッテの用件というのは俺もまだ聞かされていないが、ちょうどいいから俺の口から、アリアとグレアム提督にも伝えておこう。
 俺の伝えたいこととは、すなわち高町なのはとフェイト・テスタロッサの存在について。そして、彼女達が闇の書の完成において大きな障害となること。
 要するに、ロッテに持たせた危機感を、こちらの二人にも植えつけておこうと言う考えだ。
 高町なのはの存在はアリアとロッテにも認識させておいて、マークを付ければいい。本局にいるグレアム提督には、フェイトの監視もしてもらえるといいだろう。
 理想を言えば、彼らが危機感を働かせて、なのはもフェイトも本局で預かってくれるような展開になればいい。そうすれば、俺が気にするべきは八神はやてと守護騎士達だけとなる。
 我ながら今回のアイディアは冴えていると思う。
「父さまに来てもらったのは、提案したいことがあるからです」
 そうだよ。俺って魔力も力もないけれど、こうして原作を陰で操る参謀的ポジションにいればいいんだよ。
「父さま。それにアリアも。実は闇の書を完成させる件についての提案なんだけれど…………この地球には、ちょっと手強そうな魔導師がいるんだ」
 やっぱり今の時代、力でごり押しとかチート能力で無双とか流行らないんだよ。
 人間生きていくならココを使わなくちゃダメでしょ、ココ。
 やっぱり賢いやつが最後には笑うんだよ。
「その手強そうな魔導師を、闇の書に蒐集させて完成を急ぐというのはどうかな?」
「ちょっと待てぇーい」
 まるで打ち合わせていたかのようなタイミングで、俺はロッテの言葉を遮った。
 お前は今何を言ってくれちゃったんだよ。
「それってまさか、高町なのはのこと?」
 夕方会った女の子のことだよと付け加えると、ロッテが大きく頷いた。
「その魔導師が秘める魔力は相当強力なものだったように思う。敵に回せば手強いかもしれないけれど、守護騎士達と、こっそり私達も手を下せば…………」
「その魔導師の子に仲間はいないんだね? 仮にいても、一人のところを狙うことが出来れば、手数的に見てもそんなに難しいことではないね。効率よく闇の書のページを稼げるかも」
 アリアもノリ気であるようなことを言い出した。
 俺はすかさず反論をする。
「ちょっと待てって! そんな、現地人のなのはを襲ったりしたら、それこそ本局に気付かれるのも早まるぞ!」
 そう言い終えると、俺の意見に対して同意を示すようにグレアム提督が頷いた。
 良かった。このおっさんは賢くて冷静でジェントルメンだ。
「確かに。彼の言うとおり、本局が気付くのは早まるな。そして、魔導師襲撃という事態なだけに、腕の立つ局員もやって来るかも知れない」
 グレアムこそ本当に頭がいい人だったんだな。
 マジでこのおっさんクールだわ。
「…………飛んで火に入るなんとやら、か」
 グレアムこいつまじ頭がぶっ飛んでるのかな。
 マジでこのおっさん狂ってるわ。
「根こそぎ食うつもりかよ! そんなむちゃくちゃに動いたら、それこそあっという間に俺達が身動きできなくなるだけだろ!」
「もちろん。今のはあくまでも、効率のみを求めた場合での、我々に都合の良い仮定の話だ。今言ったことをそのまま実行に移すことは出来んが…………少し煮詰めてみるのも面白いとは思う」
 アリアとロッテも同じ気持ちのようだ。
 まさか、原作を変えるためにとった俺の些細な行動が、こんな事態を招くとは。
 なのはが早々に蒐集されてしまったらどうなる?
 フェイトがやって来て同じような目に遭わされたらどうなる?
 そうなった時、あいつなら。クロノならどう動く?
 俺は徐々に回り始めている物語の渦に、飲まれ始めていた。

 See you next time.



[30591] NEXT28:今、出来ること
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/10/26 00:42
「高町なのは。現在九歳。私立聖祥大付属小学校に通う三年生。魔法に出会ったのは約半年ほど前…………この世界に落ちたジュエルシードをめぐる事件ってのは、これはもちろん知ってるよ。プロジェクトFによって生まれた少女の保護観察は、父さまが担当していたしね」
 なのはの略歴を読み上げながら、アリアはソファーの上で特濃牛乳を飲んでいた。しかもストローで飲んでいた。
 そんな彼女の向かい側に腰掛けていた俺は、露骨に不愉快な表情を浮かべた。視線はアリアのほうに向けないようにと、逸らしている。
 アリアが言った。
「さて、未来を知るひろしに聞きたいのだが、この“なのは”という少女は今後、どういう風に動くのかな?」
「さあて、どうだったっけねぇ」
 白々しい態度は承知の上だ。俺は教えるつもりなどなかった。
 どうしてこうなった。頭の中にはさっきから、そんな疑問が渦巻いている。
 いや、確かになのはとヴォルケンリッターが接触をすれば、当然なのはを蒐集しようとする動きは発生したはずだ。それは原作どおりの展開なのだから。
 だが、こんなにも早い段階でその計画が立てられることは想定していなかった。
 これから起こるであろう“闇の書事件”に、なのはは運命のいたずらで巻き込まれるわけではない。
 最初から獲物として狙われる。
 俺は確かに原作を変えることを望んだ。しかし、今回のこの展開はなんだか、ちょっと気が乗らないのだ。
 なのはという人物をよく知っているからかもしれない。悪であるはずのない彼女を、そんな生贄のように扱うのは嫌だった。
「ひろし、迅速に答えを」
「俺は言わねえよ。そう簡単に仲間を売るような真似は出来ない」
 言い切ると、アリアが呆れたように天井を見上げる。実はこの押し問答、これで三回目になる。
「仲間って…………ひろし、あんたはどっちの味方なの?」
 そう呟いたアリアは、なのはの情報を聞き出すことを諦めたのか、席を立った。
「俺はな……」
 どちらの味方でもあるつもりだ。
 俺は転生オリ主として、この物語に関わる全ての人たちを救いたいと思っているんだ。
 だからアリアの質問には答えなかった。というよりも、うまく答えられなかった。
 アリアが席を立ったのは、牛乳のおかわりのためだった。冷蔵庫を開きながら、彼女は独り言のように、誰に向けるでもない様子でぽつりと呟く。
「ひろしは、結局のところ何がしたいのか分からないなぁ」
「え、何だよ? だから俺は悲しい運命を救いたいって」
「もしそんなことが出来るとしたら、それはきっと神様さ。どんな理不尽も、どんな幸運も、誰に訪れるのかも、いつやってくるのかも。そんなものを操れる人は神様しかいないじゃないか」
 返せる言葉はなかった。
 彼女の言うことは至極全うな意見で、正論で、一般的だ。同じ思想を持つ人ってのは、おそらく世界中にたくさんいるのだろう。
 そして、運命を救ってみせると言い続けてきた俺が、未だ誰一人として救えていないことも、答えられない要因の一つである。所詮は俺の言葉など、周囲にはその程度にしか聞こえていない。
「そもそも、ひろしにとって運命って何さ?」
「…………それはぁ、そいつが歩むはずの道っつーか。逆らえない流れっつーか。そんな感じか?」
「歩むはずの道。逆らえない流れ…………ひろしはそんなものを変えようとしているの? 変えなくちゃいけない理由は何?」
「理由って、そりゃあお前!」
 理由は、なんだろう?
 かわいそうだから。そいつに待ち受けているものが残酷だから。そいつが辛そうな顔をしていたから。
 でもそう思うのは、なんでだろう?
 俺には原作知識があるから。何とかしてあげたいなと思ったから。俺だったらこうしたい、という理想があるから。
 だけどその気持ちって。俺の言っていることって。
「ひろしの話を聞いているとさ。それってただのワガママじゃない? 自分が思うとおりにいかないことをすごく嫌っているから、力ずくでも思い通りにしてやろうっていうのと一緒だよ」
 なんだか、真理を突かれた気がした。
 そういえば今まで、俺に助けを求めた人なんていただろうか。
 なのははこの物語の主人公だから、彼女が自分で動くのは当然だと思っていた。フェイトは紆余曲折を経て、それでも強く立ち直っていく。
 ユーノが最初に助けを求めたのは俺じゃないし。クロノは俺がいてもいなくても、たぶんしっかり者なのだろう。
 そしてプレシアは、俺が差し伸べた手を取ることはなかった。
 俺の気持ちは間違っているのかな。不幸になることがあらかじめ分かっている人を目の前にして、何もしないより力になってあげたいと思う気持ちは、間違っているのだろうか。
 そんなことはないと思う。
 でも、誰も縋ってきたり求めてきたりはしない。
 何故なんだろう。
 アリアの言葉が気になって仕方が無い。生まれた疑問が気になって仕方が無い。
 だけど答えは、どこにも見当たらない。
「運命って言うのはさ」
 アリアが続けた。
「運命って、自分の手で切り開いていくものだって、よく言うでしょ」 
 俺は頷いた。
 そうだ。それは間違いなく正解だ。
 誰かの用意した生き方なんて。
 誰かが作りだした道なんて。
 誰かに決められた運命だなんて。
 俺は絶対に認めない。
 運命ってやつは自分自身の手で切り開いていくものなんだ。だって皆もそう言っているじゃないか。
 だから、アリアの言葉には同感だった。
「もちろん、自分で切り開いてこそだ」
 そう答えると、アリアは呆れたように微笑んだ。
「じゃあ、なんで構うのさ?」
「えーっと…………」
「運命を切り開くって、どういうことなのかなって思う時があるよ」
 アリアは牛乳の入ったカップを持って、再び俺の前に戻ってきた。
「そんで思うのさ。運命を切り開くってのは、結局のところ自己責任だなぁーって」
 それは、俺にはいまいちピンと来なかった。深い意味が分からなかったと言ったほうが正しいかも知れない。
 眉間に皺を寄せて考えていると、アリアが言った。
「周りからどんな期待を寄せられようが、どんなにお願いされようが…………どんな目に遭おうが、それは全て自分自身の選択。誰のせいにも出来ない、自業自得な結末ってこと」
「何でそう思う?」
「…………ひろしは知ってる? 今よりも一つ前に起こった闇の書の事件を」
 もちろん知っていた。原作知識としてもそうだし、リンディさんがその話を少しだけ聞かせてくれたこともあった。
 前回の闇の書事件。それは、今から十一年前に起こった悲劇。
 ギル・グレアムが指揮を執っていたこの闇の書事件の結末は、クロノの父親、クライド・ハラオウンの死を招くものとなってしまった。
 俺が頷いて返事をすると、アリアも了解したと頷く。
「父さまはクライド提督を死なせてしまったことで、クロノやリンディ提督に負い目を感じているみたい。でも、私はそれがちょっと分からない。だって、クライド提督が死んだのは」
「そうだな。あの人の決断だったよな」
 そう。クロノの父親が死んでしまった原因の詳細は、闇の書に制御を奪われた艦に乗っていたクライドが、自らの命よりも暴走した闇の書の鎮圧を優先して、自らが乗る艦をグレアムに破壊させたことだ。
 クロノからこの話を直接聞いたことはないが、それでもクロノはグレアム提督を恨んだりなどしていないのは分かる。それにリンディ提督も、このことに関してはもうふっきれている様子だった。
「クライド提督の最後は確かに悲しい運命の終焉だったかも知れない。けれど、その道に踏み込んだのは、誰がなんと言おうと彼自身の選択だ。どうやっても助からないという状況だったとしても、“死ぬその直前までをどう生き抜くか”。それを選択できたはずなのは間違いない。そんな選択肢の中で、彼はあの道を選んだんだ」
「だからクライド提督は、運命を切り開いた、と」
 アリアはまた頷いた。
「そもそも“切り開く”って言葉自体、なんだか的外れだよ。だって“切り開く”って、何も見えない真っ暗な暗闇から抜け出すみたいな印象を受けるでしょ?」
 言われてみればそうだな。
「それって、運命は元々暗いものだと言っているみたいだ。だから私は、その言葉があまり好きじゃない…………運命って、今生きている瞬間こそが、既に自分で選択して突き進んでいるようなものじゃないの?」
 そこまで話を聞いて、俺達の話は最初のレベルまで戻る。
 運命を救う理由とは。
 俺のやっていることって、その人が運命を切り開こうとしている横から、しゃしゃり出ているだけなのか。
 フェイトが母を失ったことも。プレシアが俺の手を拒んだことも。なのはが魔法を手にしたことも。
 全ては各々に必要だったこと。必然だったのだろうか。
 もしそうだとするならば、俺がこの原作内において成すべき事はなんだ。
 原作がその運命どおりに動くのを傍観すること。それしかないように思える。
 しかし、それをすんなりと納得出来るというわけでもなかった。
 揺れていたのだ。本当に俺はその結論にたどり着いていいのかどうか。
 これから待ち受けているのは、難攻不落の如く、どうしようもない、まったく救いようのないほどにスキの無い闇の書。そしてその呪縛に囚われた一人の少女と、守護騎士達だ。
 彼女らがどうなるのか。俺は知っている。完璧ではないにしても、原作どおりならばハッピーエンドが待っている。
 俺が手を下さなくても、全ての出来事はその因果関係に従って落ち着いたところにたどり着く。
 俺のワガママで救うべきか。各々の選択を見守るべきか。
 今の俺には、答えが出せそうになかった。
 そう言えば、前にもこんな風に悩んだことがあったっけ。あれは何の時だったか。
 俺って学習能力がないのかな。繰り返し同じ事で悩んで、同じ場所を行ったりきたりして、そんなことをしていたら、俺は前に進めないじゃないか。
「さあ、ひろし」
 アリアは、改めて俺のほうを向いて言った。
「もう一度訊くよ。あんたは、私達の味方なのか、違うのか。はっきりさせてほしいんだ」
 この質問にどう答えるのか。
 その選択すらも、一つの運命なんだろうな。



 闇の書が行使する防御プログラムの一つ、守護騎士(ヴォルケンリッター)。
 それは、魔導師タイプのプログラム体四人を、闇の書の主に仕えさせ、守護するのが通常の役割となっている。
 しかし、歴代の闇の書の主達とは違い、八神はやては彼女らを騎士とは呼ばなかった。
 “家族”と呼んだ。
 そして接し方さえも違っていた。闇の書完成のために奔走させるのではなく、一つ屋根の下で暮らし、共に食し、互いに親しくあることを命じたのだ。
 そんな主に最初は面食らっていた守護騎士たちも、今ではすっかりとその生活を日常としている。
 だからこそ、守護騎士達は、闇の書の完成を急いでいた。
 闇の書の悪魔的機能がそれだ。
 長期間、闇の書完成の行動を起こさないと、持ち主のリンカーコアを侵食し、害を及ぼす。
 もちろん、八神はやても例に漏れることなく、原因不明の下半身不随生活を余儀なくされていた。
 そして、その侵食は下半身だけに留まることなく、現在では加速し始めている。
 だから守護騎士達は焦っていた。
 主に命じられて禁じてきた蒐集活動。その禁を破ってでも闇の書を完成させ、主はやてを救おうとしているのだ。
 彼らが胸に宿した決意は、主従関係の間に結ばれた誓いよりも固くて重いものだった。
「…………動き出したね」
 夜天の下。
 俺とリーゼ姉妹は、市内に聳え立つ高層ビルの屋上にいた。
 季節のせいもあるが、こんなに高い場所だと吹き付ける風がおそろしく冷たい。厚着はしてきたつもりだが、それでも俺は肩を震わせた。
 お揃いの黒いコートに黒のニット帽を被ったリーゼ姉妹は、額に手の平を当てながら遠くを見据える。
 彼女らの視力が恐ろしく良いのは、素体となった野生の力か。はたまた魔法による補正か。どちらにせよ、十キロ以上離れた場所に視線を向けながら、ロッテが言葉を続ける。
「魔法陣を開いている。そろそろ転移するよ」
「オッケー。あちらさんの転送先座標がもうすぐ割り出せるよ、と…………ほら来たぁ」
 アリアがそう言うのと同時に、足元が明るく輝いた。
「では、こちらも行こう」
 その言葉を聞いて、俺とロッテはアリアに近づく。
「な、なあ。向こうに着いて、守護騎士達に見つかったりしたらどうする?」
 俺が聞くと、アリアがにこやかに笑いながら言った。
「まあ、とりあえずは逃げだねぇ」
「逃げっすか」
「私達の目的は、あくまでも守護騎士達を監視すること。闇の書は是が非でも完成してもらわなくちゃ困るんだ。可能性は低いけれど、彼女達が蒐集活動に出向いた先でやられたとしたら、効率が落ちる。そうならないように見張るだけだからね」
「そうそう。不必要にこちらが姿を晒す必要なんてないんだよ」
 俺に言い聞かせるように二人が言うので、とりあえず頷いておく。
 今回、俺は二人の行動に同行させてもらえることになった。
 その理由は、俺がアリアに対して宣言したから。
 “俺は、お前達の味方だ”、と。
 考えに考えた挙句、一旦救済活動はお休みとして、俺は周囲の人々の運命を見つめなおしてみようと思ったのだ。
 俺が運命を救えない理由は何か。俺が介入する余地の無い運命を、今一度しっかりと見てみようと思い、俺はここにいる。
 同時に、守護騎士達にもっと接近してみるチャンスだとも思った。原作第二期に入ってからというもの、俺はすっかりリーゼ姉妹と過ごすことが多くなり、肝心の原作本筋に関しては、皮肉にも今のところは概ね運命どおりだからな。
 アリアの足元にある転移魔法が、少しずつ光を強めていった。
「なあ。もう出発か?」
 俺が訊くと、ロッテが「ビビってるのかぁ?」と茶化してきた。
 そんなわけないのだが、一応トイレに行っておいて良かったな。
「もうちょいだね。向こうが出発するのとほぼ同時じゃないと、転移魔法の痕跡を紛れさせることが出来ないから気付かれちゃうと思う」
「気付かれるって…………こんなに離れてるんだぞ?」
 俺はそう言ったが、アリアはちょっとだけ微笑んでから、目を閉じて魔法に集中した。
 その隣でロッテが言う。
「ほーい、ちょっと提案」
「なに?」
「向こうに着いたら、まずは身を隠して様子を伺うのはそのままでいいんだけど。万が一見つかった時ってのを想定して、逃げる手順を決めておくべきだと思いまーす」
 なんだロッテ。お前今日は満点だな。普段クロノに化けている時のお前は、学校じゃ居眠りばっかりで先生に怒られているというのに。
 まあ、それでも勉強が出来ているから不思議なんだけどね。
「俺もそのほうがいいと思う!」
 彼女の意見に同意をすると、アリアは一人、集中力を絶やさないようにしながら「続けて」と促した。
 そしてロッテ。
「三人一緒に行くからって、三人一緒に発見される必要は無いと思うんだよね」
「ほうほう」
「ということで、万が一発見された場合でも、出来る限りこちら側は少数であることを訴えるべき。そして囮を使うことによって、確実に帰り道を用意できたほうがいい」
 なるほど。なかなか考えているな。
 俺は腕組みをして唸った。
「そこで、ひろし! あんたのアイディアをいただくとしよう!」
「え?」
 わけが分からず、俺はポカンと口を開け放した。
「“仮面の戦士”だよ。三人とも同じ格好をしていれば、こちらの人数を誤魔化しやすくなるだろう?」
 なんてこった。原作に登場するあの仮面の戦士達は、俺発祥ということになっちまうじゃねーか。
「あの、えっとぉ…………その」
「大丈夫! ひろしにもちゃんと変身魔法を掛けてあげるからさ」
 ロッテが笑った。こいつ、絶対楽しんでるな。
「さあ、いくよ!」
 アリアが言った。
 まさかこの俺自身が仮面の戦士になるとは想定外だったが、この物語に登場する人物になりすませるということは、最も近い場所で運命を見ることが出来るということだ。
 ならば俺は、この特等席から見届けてやる。そして見極めてやる。
 悲しい運命に翻弄される者達を。
 運命を切り開いていく者達が抱く覚悟を。
 そして転生オリ主として、本当に俺が出来ることってやつを。
 遠くのビルから白い光が空に伸びた頃、ほぼ同時のタイミングで、俺達は光に包まれた。

 See you next time.



[30591] NEXT29:守護騎士
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/11/08 01:01
 しばらく何も感じることの無いまま、しかし、数秒後には再び足元に広がる光を認識する。
 転移魔法完了の合図だった。
 うっすらと目を明けると、周囲には白い霧が広がっていた。
 草の匂い。鳥の鳴き声。揺らめく緑の世界。どうやらここは、森の中らしい。
「守護騎士達はここに?」
「アリアの転移座標が間違いでなければね」
 俺とロッテがそんなやりとりをしていると、背後からアリアの声で、「失礼だな!」と聞こえてきた。
「森の中というのは好都合だったね。物陰に隠れながら監視するにはもってこいの環境だ」
 俺は周囲をぐるりと見回した。前後左右、似たような景色が俺達三人を取り囲んでいて、方向感覚が狂ってしまいそうな異様さが少しだけ不気味だ。
 続いて空を見上げた。木の葉が重なり合って遮っているせいか、空は狭かった。しかし、隙間から覗く色は気持ちがいいくらいに澄んだ青。
 見渡せる限りでは、守護騎士達の姿が確認できない。
「魔力探知はなるべく避けたいね。こちらの場所を教えてしまうようなものだし」
「そうなのか?」
「ま、共鳴反応するのを待つようなものだからね。あちらさんが別のことに意識を集中させていたりしなければ、こちらから発するものにも気付くと思う」
 そういうもんなのか。
 だが、それだったら今は、気付かれることのほうが可能性としては少ないんじゃないだろうか。
 だって守護騎士達は、この世界に“狩り”をしにきているのだから。他のことに気を取られている場合ではないはずだ。
「まあ、だからと言ってここでボーっとしてたって見つけられそうも無いし、探してみますか」
 そう言うと、アリアが耳を澄ますようにしながら目を閉じた。
 その時だった。
 突然響き渡る爆音。遠くで鳥達が一斉に飛び立つ音と、何かが無数に折れていくような破裂音。大木が倒れているのか。
「探す手間、省けたね」
 ロッテがアリアに言った。
 狭い空の間から懸命に上を見る。リーゼ姉妹も鼻をひくつかせて匂いを確かめる。
「見えた! 向こうに砂煙が巻き上がってるぞ!」
「たしかに、砂塵と湿気に満ちた土のにおい…………それに、血だ」
 俺達三人は駆け出した。森の中は地面が凸凹していて走りづらかったが、俺の先頭をロッテが駆けていって、導いてくれていた。
 そして、密かに鍛えていた俺の体も、こんな足場の悪い森の中をいとも簡単に突き進んでいく。林の中の鬼ごっこはわりと役に立っていた。
「近づいてる! そろそろ止まろうか!」
 ロッテが足を止めると、俺とアリアもそれに倣った。走っている間に時折、甲高い金属音のようなものが聞こえてきていたのだが、その音はすぐそこまで迫っていた。
 腰を低くして、俺達は静かに音のほうへと近づいていく。
 そしてそっと音のほうに目をやった瞬間、俺はその光景に驚いて、思わず声を出しそうになった。
 巨大な生き物が目の前にいた。軽自動車ほどもありそうな足が四本。長い尻尾は揺れ動くたびに、重量感ある音を撒き散らす。
 白銀の体毛に包まれたその体は家一軒分もありそうだ。とがった三角耳と血走った目、それに突き出た顎からのぞく白い歯は、まさに強さの証。
 なんちゅーサイズの狼だ。俺は開いた口が塞がらなかった。
 そしてその次に見た光景も、これまた信じがたいものだ。
 巨大狼と対峙しているのは、一人の女性だった。長いロングテールの髪を靡かせ、体の各所に甲冑を備えた姿。凛とした瞳の奥には、確かな覚悟を宿した者が有する炎が見えた気がした。
 シグナムだった。
 相棒のデバイス、“魔剣レバンティン”を引っさげて、威風堂々と佇むその姿は鬼のようだった。
「あれ、奥見て!」
 ロッテがこっそりと指差した。
 その先には、目の前の狼と同じ体毛の巨体が転がっている。乾いた地面に染みているものは、あの巨体が流す血か。
「す、既に一頭倒してやがったのか」
「やるねぇ」
 最初に聞こえた轟音の正体は、やはりこれだったのか。
 その時、シグナムが動きを見せた。右手の剣を身構え、何かを呟いている。
 あいつ、何を言っているんだろう。
 アリアが自分のネコ耳に手をあてがい、声を拾った。
「す、ま、な、い…………すまない、か」
「謝ってるの?」
「たぶんね」
 シグナムらしい、義理堅い行動だなと思った。自分があまりにも理不尽に襲い掛かったことを、シグナム自身も悔いているみたいだ。
 そして、シグナムが力強い一歩を踏み出して、狼へと急接近していく。
 狼はその動きにすかさず反応を示し、回避の行動を取る。真正面から突進してくるシグナムの一撃を見切ったかのように、狼はその鋭い爪を大地に突き立て、巨体に似合わぬ俊敏な動きでサイドステップへと移る。
 しかし。
「決まったな」
 ロッテの言葉と同時に、シグナムは急激に動いた。真横九十度への方向転換。突進していたはずのエネルギーは強引にその進路を変えられた。その証として、地面には彼女の足跡が刻み込まれている。
 シグナムの動きに慌てて、再度回避行動を取る狼。しかし、それさえも同じ手口で塞がれてしまう。
 しばらく、狼とシグナムの鬼ごっこが続いた。
 しつこく続く展開に痺れを切らしたのか、狼が突然回避を止めて、大口を開けたままシグナムに飛び掛かる。
 完全に不意を突かれたようなタイミングだった。確実に“食われた”と思った。
 しかし、俺の思いとは裏腹に、それはシグナムにとっての好機でしかなく。
「レバンティン!」
「Jawohl !」
 シグナムが振った剣は、鍔付近で大きな音を発しながら薬莢を吐き捨て、その直後に刀身を炎で包んだ。
 そのまま剣を振るうシグナム。彼女は雄々しく叫び声を上げていた。
 そして両者の戦いに終止符が打たれるまでの時間は刹那。
 瞬きをしたわけではない。しかし、俺の目に映っている光景は、何か大事な瞬間を見落としているかのようだった。
 地に伏せる狼。
 その傍らで敵を睨むシグナム。
 既に決着を迎えていたようだ。
「…………つ、強いな」
「ああ。ベルカの騎士は伊達じゃないってことだね」
 俺達は身動きを取らないまま、シグナムのことを凝視していた。
 リーゼ姉妹はどうなのか分からないが、正直な話、俺はあまりの凄さに驚いて、動けないでいた。
 あんな巨大な、バケモノのような狼をたったの一撃で。しかも倒した獲物の数は二頭。対してシグナムは、確かに長身ではあるが、スマートな女性体。
 この、両者の体格差を考えれば、普通は結果が逆となることを誰もが想像するだろう。信じられないことであるのは間違いない。
 だが、俺が驚いたのはそれだけではない。
 剣を振るったシグナムの目に、畏怖の念すら抱かせるような強い光を見た。
 あれはきっと、覚悟の光だった。
 彼女達主語騎士が胸に秘めた誓いの強さは、十分認識しているつもりだった。
 だが、それでも本物を見るまでは、結局何も分かっていなかったのだと気が付いた。
 あんなにも必死な、あんなにも残忍な、あんなにも怯えた、そんな目だった。
 何に必死なのかなんて、言わなくとも分かる。
 その必死さを思えば、残忍にもなる。
 それぐらい彼女は、主の行く末に怯えている。
 そう、今ならよく分かるんだ。
「あれ、見て」
 ロッテが指差した。俺達は揃って視線を定める。
 その先には、倒れ伏した狼の巨躯に近づくシグナムがいた。右手にはいつの間にか、分厚いこげ茶色の書物を手にしている。
 あれか。八神はやてに宿り、書物自身の意思を無視して宿主を蝕む、壊れた本。
 闇の書。
 シグナムは狼の隣に佇むと、闇の書をそっとかざした。すると、狼の体から小さな光球が抜け出てきた。
「あれが“リンカーコア”か」
「そう。体内にある魔力の源。私達魔導師や使い魔のみならず、魔力を有する生命は皆持っている器官だよ」
 狼から抜け出たリンカーコアは、その光を細かい粒子に変えて、そよ風に吹かれたかのようにふわりと流れ出した。
 そしてその光は、ページを開いて待ち構える闇の書へと飛び込んでいく。まるでオキアミを根こそぎ食らうクジラみたいに、闇の書は光を飲み込みながら次々とページを変えていった。
 一頭の狼からリンカーコアを吸い尽くすと、シグナムは闇の書の向きを変え、今度はもう一頭から同じように光を吸い出した。
 そうして二頭の狼からリンカーコアを蒐集し終えると、シグナムがくるりと向きを変えて、違う方向へと歩き出す。
「次の獲物を見つけに行くのかな」
「かも知れないね。この森には、まだ魔獣がいそうだ」
 そう思っていると、突然甲高い鳴き声が聞こえた。
 何だ? 俺は少しだけ身を乗り出す。
「あ」
 そこには、先ほど倒された狼よりも色素の薄い体毛の塊が三つあった。
 子供達だった。そうか、あの二頭は夫婦で、近くに子供がいたのか。
「ちょ、ちょっと可哀想だな。あの子供達」
「まあ、リンカーコアの蒐集をするためにも殺しているはずはないから。あの二頭も直に目を覚ますとおも」
 アリアがそこまで言った時だった。
「すまないな」
 そう、シグナムがそっと言った。
 そして、彼女は子供の狼達に向かって闇の書を向ける。
「まさかっ!」
 俺は思わず立ち上がっていた。と、同時に、アリアがとっさに変身魔法を俺に施す。小声で「バカタレ!」とも聞こえた。
「何者だ?」
 シグナムと俺の視線があった。闇の書は、親に比べたらあまりにも脆弱な子供達三頭から、僅かな魔力を蒐集し終えた後だった。
「その子供達からも蒐集するのか」
「貴様、この書が何なのか、知っているのか」
 シグナムは闇の書をしまうと、腰から下げていたレバンティンの柄に手をかけた。
 そして言う。
「仮面を外せ。何者だ?」
 言われてようやく気が付いた。そうだ、俺はリーゼ姉妹と事前に打ち合わせていたとおり、仮面の戦士として姿を現しているんだ。
 無機質で冷たい仮面で顔を隠し、白いジャケットを着た長身の男。鍛え込んだようなしっかりとした体格で、本来の俺よりも若干高い視線からシグナムを見ていた。
「聞こえないのか? 仮面を外せ」
 シグナムが一歩ずつ近づいてくる。
 俺は、この世界にやって来る前にリーゼ姉妹と行った打ち合わせを思い出していた。
 守護騎士達には極力姿を見せないように行動すること。もしも姿を現すような自体になったら、仮面をつけた男性体の姿となり、正体を伏せること。
 敵ではないことをアピールし、戦闘を避けること。
 そして最後。これは、俺としては断固拒否したいルールなのだが。
 “機会があれば、高町なのはという強力なリンカーコアを所有する人物がいると伝えること”。
「か、仮面は外せない」
「そうか。ならばここで倒れるか」
「そういうわけにもいかない」
「では、何をしに来た」
 何をって、そりゃあ。
「お、応援しにきた!」
「…………応援?」
 とっさに出た言葉がこれだった。
 俺は顔の向きを変えないまま、視線を草むらに向ける。そこではアリアがぽかんと口を開け放して放心しており、ロッテは目を吊り上げながら声なき声で「バカヤロウ!」と言っていた。
「意味が分からないのだが」
 シグナムの言葉は至極当然だった。
「ふっ…………俺もだ」
 俺の言葉は更に意味不明だった。
「ふざけているのか?」
「ち、違う! …………その、あれだ。俺は、お前達に闇の書を完成させてほしい者、とでも言っておこうか」
 そう言うと、シグナムが再び歩を進め、レバンティンの柄を握る手に力をこめた。
「…………貴様、我々と我が主との事情を知っているとでも言うのか?」
 シグナムが怒るのも無理ない話だ。
 俺はとっさにこんなことを言ったわけだが、彼女達が闇の書の完成を目指すのは、止むを得ない重たい事情があるからで、本当ならば不本意なことなのだ。
 突然現れた訳の分からない男に「頑張って完成させてくれ!」と言われたところで、そんなのは彼女達の気持ちを無視した軽はずみな発言でしかない。
 俺の言葉は失敗だったか。アドリブ弱いんだよなぁ。
「ちょっと待ってくれ!」
 しかし、シグナムの足は止まらない。
 俺は次第に後ずさりを始めていた。
 どうする? 極力こちらの素性を明かしたくないので、リーゼ姉妹がこの場に姿を現すことも避けたい展開だ。
 だからと言って、俺の発言を許してもらおうなどと、都合の良い話じゃないか。何て言って誤魔化せばいいんだ。 
「我々の覚悟など知りもしないくせに」
 いや、そうではないんだ。
「我々がどんな思いでこんなことをしているかも知らないくせに」
 いいや、知っているんだよ。
「我々の…………我々の主がどれほど苦しんでいるのかも知らないくせにっ!」
 そんなこと。
「貴様! その身を滅ぼして償え!」
「そんなことないぞ! 俺は知っている!」
 仮面の内側から、精一杯叫んだ。
 シグナムの、振り上げた剣が空中で止まっていた。
「知ってる! 全部知っているんだ! お前達がはやてに嘘をついて蒐集活動をしていることも! お前達が本当はこんなことをしたくないってことも! 全部知っているんだ!」
「主の名を…………なぜ知っている?」
「全部知っているんだ…………お前達の未来だって」
「何者だ、貴様」
 シグナムは未だに剣を下ろさない。警戒心は解いていない。
 しかし、先ほどまでとは明らかに目の色が違っていた。
「俺は、お前達の運命を救いに来た者だ」
「未来を知り、我々を救う……だと?」
 疑っている。間違いなく半信半疑だ。
 しかし、それでも“半信半疑”だ。完全に怪しい俺を見て、俺の発言を聞いて、彼女は揺れている。
 この目、どこかで見たことがあるな。
 思い出した。温泉でアルフに出会った時の、あいつの目だ。
「救うだと?」
「ああ」
「気安く言うな。信じられるものか」
「だが、疑いきれないだろう?」
「…………信じられる要素が無い」
「だが、藁にも縋りたい思いだろう?」
 アルフだってそうだった。フェイトを救ってあげたくて、助けてやりたくて。
 そんなだったから、得体の知れない俺なんかの話に耳を傾けたのだ。
 お前達は、大切な人を守りたいお前達は、いつもいつも、俺が現れた時にはギリギリなんだよな。
 そんな姿を見せるから、俺だってついつい言ってやりたくなるんだ。そして少しでもお前達を安心させてやりたくなるんだ。
「救うよ。お前達の大事なご主人様も。かけがえの無い仲間も」
 しばらく沈黙が続くと、シグナムはそっと剣を下ろした。
 そして腰に下げた鞘へしまうと、彼女は踵を返して言った。
「信じられるわけがない。それに、これは我々守護騎士達の問題だ。何者かは知らんが、もう現れるな」
 そう言って立ち去ろうとするシグナム。
 なんとか収まったみたいだ。
 が、ここで彼女との接触を終わらせるわけにもいかないだろう。どのみち、俺達はまだまだ関わるつもりでいるのだから。
 次に繋がる道を残さないと。
「俺の名前ぐらい聞いていったらどうだ?」
 仮面の戦士に名前か。原作ではそんな設定なかったし、俺のオリジナルとなるわけだ。ただ、残念ながら砕城院聖刃は使えないな。
 横では、リーゼ姉妹が「余計なこと言うな!」と合図を送っていた。しかし、今更引けるわけが無い。
「もう現れるなと言ったはずだが?」
「後悔するぞ」
「…………聞いておこう」 
 シグナムもああ言っていることだし。
 というわけで、俺は息を吸い込んだ。
「セイバー・R・アルトゥールだ」
 決まったな。久しくなかったオリ主らしさ。
「分かった。覚えておこう」
 シグナムが立ち去った後、俺はリーゼ姉妹の二人から執拗に頭を叩かれた。
 しかし、これでいいのだ。守護騎士達と繋がりがあったほうが、仮面の戦士という立場的にも絶対に良いはずだ。それに、俺の目的のためにも。
 まあとにかく、今はそんなことどうでもいい。
 今の俺は、ちょっぴり気分が良かった。

 See you next time.



[30591] NEXT30:公園での一戦
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/11/29 00:04
 緑豊かだった次元世界から一転。シグナムと別れた後、俺達は地球に帰ってきた。今は出発地点と同じビルの屋上に立っている。
 空はまだ暗いまま。おそらくシグナム達はまだこちらに戻ってきていないだろう。彼女達は使える時間をめいいっぱい使って、リンカーコアを集めているはずだ。
「ふぅ。ま、なんとかなったな」
 そう言って俺は、リーゼ姉妹のいる方向に顔を向けた。
 その瞬間。
「がへっ!」
 殴られた。グーだよ。ロッテちゃんがグーで殴ったよ。
 そして彼女は大きなため息を吐き出す。
「お前…………」
「な、なに?」
「あれほど注意をしておきながら、結局あっさり姿見られちゃうし! しかもかっこつけながら言っていたあの変テコな名前は何!?」
「変てこ? “セイバー・R・アルトゥール”とは名乗ったが、変てこな名前など身に覚えがないぞ」
「言うなああぁぁぁぁ! むかつくうぅぅぅぅぅ!」
 俺とロッテが言い合う隣で、アリアが頭を抱えながら言った。
「ロッテ、もういいよ」
 何か諦めたような脱力感を漂わせ、アリアもため息を吐く。
「よくない!」
「もういいってば。それよりも、変装した姿とは言え、こちらの存在は認識されてしまったんだ。もう私達のやることは決まったね」
 そう言ったアリアが、表情を引き締めた。
「…………こちらの存在が知れてしまった以上、私達が何故存在しているのかという理由が必要になる。意味もなく姿を現しましたなんて、逆に怪しいもんだよ」
「だから目的は俺が示してきただろ? 闇の書の完成を望んでいるって」
「違う違う」
 首を振るアリア。彼女の長い髪が、首の動きと風に煽られて大きく揺れた。
「示したのはあくまでも“目的”だよ。“存在理由”にはもっと具体的な内容がほしいところだ」
「つまり?」
「目的のために、私達が成すべき事。それは当然、闇の書完成のための近道を示すことだよ」
 ああ、そういうことか。
 彼女の言う存在理由とは、俺が心の中では猛反対していること。すなわち、高町なのはという極上の餌を彼女達に教えてやることだ。
 なのはだけじゃない。この先、間違いなくクロノやフェイト達がこちらの世界にやってくる。
 そして、無慈悲で強大な未来を回避したいグレアム達からすれば、場合によってはどんな手段を使ってでも闇の書の完成を目指すかもしれない。
「のんびりとしていられなくなったかな」
 アリアが呟いた。
 今日は、途中までは予定通りだったはずだ。俺が姿を晒すこと以外は。
 早い段階で高町なのはという大型魔力保有者が襲われると、地球での異変に管理局が気付く時期を早めてしまうだろう。ましてや、なのはは現役の管理局員と親しい間柄にある。
 それだったら、まだ守護騎士達に注意が集まっていない段階である程度の蒐集活動をさせ、最後の大物としてなのはを差し出す。
 リーゼ姉妹の思い描く計画は、だいたいこんな感じだった。
 しかし、俺が姿を晒してしまったことにより、その計画は少し慌しくなったようだ。
 え、それって俺のせいか?
 先ほどまで浮かれ気分だったのに、なんだか急激に焦りが湧き上がってきた。
「何日も待ってられないね。早いところ、あの女の子のことを守護騎士達にリークしちゃおうか」
「ちょっと待ったぁ!」
 俺は声を上げた。
 自分で撒いた種だ。なんとかしなければいけない。
「出た。また出たよ」
「え?」
「ひろしのお得意、“首突っ込ませろ病”が」
 こいつら、陰で俺のことをそんな風に!
 いや、今はそれどころではない。なんとしてでも、俺に物語をいじらせろ!
「高町なのはのことをヴォルケンに教える役目だが」
「却下」
 まだ最後まで言ってねえ。
「もうだめ。あんたには金輪際余計な手出しはさせない。いいね?」
 こいつらは俺の言わんとしていることが分かっているようだった。まあ、何だかんだで似たような場面は何度もあったし、当然と言えば当然だろうか。
「お! 俺にヴォルケ」
「絶対ダメ」
「たの」
「諦めて」
「こ」
「うっさい!」
 とことんダメみたいだ。俺は軽くショックだった。
 くそ。こ、こんなことがあってたまるか。こんなにも真正面から原作介入を拒否されてたまるか。
 なんとしてでも、なんとしてでも俺はこの物語に介入しないと。



 と、いうことで。
 翌日の放課後、俺はすぐさま、ある場所に向かって走っていた。
 そうだ。別にリーゼ姉妹に許可をもらわなくたっていいじゃないか。勝手に会いに行ってしまおう。
 大丈夫。あいつらの味方である気持ちは変わらない。原作の運命をしばらく見届けると決めた以上、下手に救済活動をするつもりも無い。
 ただ、もっと近くで八神はやて達を見届けたいだけだ。
 閑静な住宅街の中を駆け抜けて、誰もいない公園の前を通る。そして目の前に見えてきた曲がり角を曲がれば、そこに目的の場所があるはずだ。
 迷うことなく八神家の前まで行こうとする俺。
 しかし、そうはならなかった。こういう時ってのは決まって邪魔が入るもの。そう、そこに大きな壁が立ちはだかったのも、必然というやつだろうか。
「ひーろしくん」
「どこに行くのかなー?」
 お見通しですか。膝が折れる。
 立ちはだかったのは、言わずもがなリーゼ姉妹であった。
「いつも一緒に帰っているのに、置いていくなんて酷いじゃないか」
 一瞬だけクロノに変身したロッテが、不敵な笑みを浮かべながら言った。
 くそ。偽クロノが掃除当番だった今日は、まさに絶好のチャンスだったはずなのに。
「ちょ、ちょっと待て。俺はただ、もっと近くでヴォルケンの連中を監視しようと思ってるだけだ。決して変な真似はしない」
「今の私達は、それを信じてしまうような隙はないよ」
「そうそう。あんたは勢いでとんでもないことをしでかすからね。何だかんだで、どっかしら信用に足らないんだ」
 けっこう、ハートにグサリとくるな……。
 だが負けていられない。たしかに俺はあの二人が言うような男かもしれないが、それでも止まれないのがセイバー・R・アルトゥールなのだよ。
 彼女達二人を前にして、俺は緊張で肩を震わせながらも口を動かした。
「 それならば、お、俺と…………」
 その言葉は、落ち着いて考えてみれば自分自身でも信じられないような一言だった。
 こんなことを口にするなんて、この時の俺はどうかしていたとしか思えない。
 しかし、言ったのだ。
「俺と……勝負しろ」
「なに?」
「俺と勝負しろ。それで、俺が勝ったら、先に進ませてもらうぞ」
 そう言い切った後のリーゼ姉妹は、驚いたように目を合わせつつも、徐々に面白おかしく笑い始めた。
 分かってるさ。俺が勝てるはずなどないと、そう思っているんだろう。
「あ、あんた! 私達に勝てるはずないじゃん! そんなこと言っていいの!?」
 あ、やっぱりそう思ってるんだ。ムカツク。
 まだ笑いが収まらない二人。
 確かに、俺が勝てる見込みなんてないかもしれない。ロッテにちょっと修行をつけてもらったからと言って、つけあがって勘違いするほど自分を過信しているわけでもない。
 だが、俺はそれでもこんな無茶な条件を掲げてしまったのだ。
 それは何故だろうか。そこまでして原作に介入したいか。ゼロに等しい可能性に賭けられる何かを感じているのか。八神はやて達を思う気持ちに突き動かされたか。
「ひろし、あんた何考えてるのさ?」
 いいや違う。
 実はこれっぽっちも考えなんてない。なんか、もうあれこれやる度に考えるのが面倒になってきたのだ。
 原作知識があったって、俺は今、この世界で俺の人生を歩んでいるのだから、好き勝手に動くことも出来るわけだ。
 そして、なのは達の運命が既に決められているのだとしても、それを知らない彼女達本人にしてみれば、歩んでいる運命は自分達が選んだ道の上に成り立っている。
 この点こそが、運命というやつの明らかな矛盾点だ。
 最初から決まっているはずなのに、なのは達は深く悩んだし、大きな選択をしていた。そんな彼女達の葛藤さえも決められていたことなのか。もしそうだとしたら、運命なんて本当に変えようが無い。
 だが、もし運命が変えようのないものだとするならば、俺が転生してきたこと自体がありえないことだ。
 何かがきっかけで、きっと運命は変わる。そう信じて今まで原作介入をしてきた。
 なのはと知り合った。フェイトとも知り合った。クロノを原作よりも早く呼び出した。落ち行くプレシアに手を伸ばした。
 物語のキャラクター達が歩む運命に、俺という痕跡を残してきた。それでも、物語は依然として変わっていない。
 そんな中で、俺がまだしていないことは何だ。
 それは、俺自身の運命を歩むということ。誰かの運命に介入しようとするのではなく、原作知識などを考慮することもなく、俺自身の思いで動くこと。
 もっと、この世界に存在する自分の運命ってやつを切り開いてみようじゃないか。
 先を見ようとするのではなく、今この瞬間の選択に身を委ねてみる。
 俺は決めたはずだ。しばらく運命を見届けてやろう、と。
 そう、あれはなのはやフェイト、はやて達だけに向けて思ったことではない。
 俺自身にも言えることなのだ。俺自身に敷かれた運命とやらも、この機会に見届けてみようじゃないか。
「俺の言ってることが分かるか?」
「馬鹿げたことにしか聞こえないけど?」
 二人から笑顔が消えた。
「馬鹿で結構だ。聞こえてくれたのならそれで充分」
「…………なるほど」
 自然と、俺達の足は近くの公園に向かっていた。
 なんとも都合の良いことに、周囲には人の気配も視線も無い。まあ、そんな微かな機微を感じ取れるほどの能力も無いが。
 敵の強さを考えてみれば、確かに無謀なことをしているかもしれない。だが、その点を除いて考えてみれば、俺って今、まさに自分の運命を切り開いていこうとしているだろう。
 それはなんて心地が良いものなんだ。
 まさに自分自身のための戦いってやつだな。そうだよ、やっぱり運命ってのはこうでなくっちゃ。
 ようし、やってやるぜ。俺の持つ力全てを引き出して、真っ向からぶつかってやる。出来ないことなんてない。死ぬ気でいけば、何かしらの活路が見えてくるはずだ。
「っしゃあぁ! やってやらぁ!」
 その瞬間だった。本当に一瞬の時が経った後、俺の目の前には星が飛び交っていた。
 なんだ。何があった!?
「ふぅ」
「ロッテ! き、きさま! 今殴ったな!」 
「だって、やってやらぁって、始めの合図が掛かったから」
 いきなりだよこの女。くっそーマジでソッコーで仕掛けてきやがった。
 だが、こういう先の読めない展開こそ、まさに自分の運命を生きてるって感じがするな。
 ふっ。いいさ、やってやるぜ。
「いくぜロッテ!」
 しかし次の瞬間、突如額を穿つ鋭い衝撃がやって来た。俺はその勢いに負け、仰向けに倒れる。
「アリア! き、きさま! デコピンだと!?」
「まあ、凡人のあんたに負ける気はしないね」
 実力差があるのは認めるが、しかし女子(おなご)に指一本であしらわれるのはさすがにキツイものがある。
 ってか、二対一だと。そんな状況も読めないなんて。
「俺はバカか…………」
「え……さっきそう言ったはずだけど…………」
 しかし、今更後には引けない。かっこ悪くてそれだけは出来ない。
 ああ、こうやって勢いだけで動く自分、どうにかなんねえかなぁ。
 そんなことを思いつつも、俺はとりあえず立ち上がって二人の方に向き直った。
 ロッテのパンチ。アリアのデコピン。はっきり言って、俺がこうして立ち上がっていられるのは、二人が手を抜いたからだ。本気でやられていたら一発でノックアウトだったに違いない。
 今度こそもらうわけにはいかないようだ。
「なるようになれだコノヤロウ!」
 両腕を広げて走り出す。相手は女の子。しかもネコ耳。まさにオニャノコ。
 しかし、リーゼ姉妹だ。クロノの師匠である、腕の立つ魔導師二人。
 悪いが、全力でいかせてもらう。容赦なく攻めてやる。
「くらえ!」
 俺は大きく振りかぶった。自称神の左手がロッテに襲い掛かる。自在に動く五指は迷うことなく彼女の胸へと向かい、その小山を掴むべく伸びた。
 しかし、僅かな距離を残してロッテに払われる。
 だがまだ諦めるものか。自称悪魔の右手は、アリアの腰に爪を立てようとした。先端が僅かでも引っかかった瞬間、一気に捲りあげてやる。
 しかし、これも僅かな距離を残して、アリアにかわされる。
「惜しい!」
「ひろし! あんたどこ狙ってるんだぁ!」
 え、俺は一体どこを狙っているんだ? 手のひらに、いつかの尻の感触が蘇る。
 俺はアホか。あの時の思い出を追いかけて。
 次の瞬間、意識が数秒間だけどこかに飛んでいったような気がした。
 今度は上段回し蹴りか。さすがはロッテ。
 目の前がチカチカと点滅していたが、飛び去ろうとしていた意識は何とか繋ぎ留めた。この辺の打たれ強さは修行の成果と言ってもいい。
 そして再び間合いを取りつつ、俺は二人の出方を伺った。しかし、二人はその場から全く動く様子を見せない。
 今度こそ、闇雲に突っ込んでいったらそれこそ相手の思うつぼ。
「来ないのかい?」
 ロッテの挑発じみた言葉が聞こえた。
「それとも、動けないのかい?」
 続いて聞こえたのはアリアの嘲笑。
 こいつら本当にむかつくな! 完全にバカにしてるだろ!
「お、お前らの隙を伺ってるに決まってんだろ! ここぞっていうチャンスを掴むためには、耐え忍ぶことも重要なんだよ!」
 そう言うと、リーゼ姉妹がまたくすくすと笑い始めた。
「そこ笑うな! むかつくから!」
 怒鳴り声を上げる俺。すると、リーゼ姉妹は急に静かになった。
 ん? どうしたんだ?
「確かに。兵法としては間違っていないな」
 ふと、突然背後から声が聞こえてきた。そして驚いたまま俺は固まってしまった。
 その声は聞き覚えのあるもので、目の前のリーゼ姉妹達ですら、先ほどまでの笑顔を打ち消してすっかり動揺している。
「まあ、男一人が女二人に対して腰引けてるってのも妙なんだけどな」
 続いて聞こえた声は、なのは達よりも幼く聞こえる子供の声。しかし、その台詞には重厚な雰囲気があった。
 稼動範囲いっぱいに首を回して背後を見る。すると、俺の後ろに立っていたのは思ったとおりの人物達だった。
 長いポニーテールという髪型はそのままに、以前見た騎士甲冑とは異なる、落ち着いた雰囲気の女性服を纏ったシグナム。
 そして、二本のおさげを揺らしながら、子供サイズのPコートとハーフパンツを合わせて着ている少女。ヴォルケンリッターの一人、ヴィータがそこにいた。
 二人の手からは、スーパーの買い物袋がぶら下がっており、おそらくはこれから八神家に帰るところだったのだろう。
 まさかとは思ったが、考えてみればこの公園は八神家のすぐ近く。こうして出会うこともいたって不思議ではないのだ。
 驚く俺達三人を見ながら、シグナムが言った。
「状況から見ると、痴話喧嘩というやつか? 少し場所をわきまえたほうがいい。こんな公園では、小さい子供も訪れたりするのだから」
「なあシグナム、“チワ”って何だ? 普通の喧嘩じゃねえのか?」
「ヴィータ、少し黙っていろ」
 彼女の言葉から察するに、俺達が色恋沙汰で揉め事を起こしていると勘違いしているみたいだ。双子の姉妹相手に、二股を掛けてしまった色男の惨事みたいなのを想像しているに違いない。
 ところでその設定、わりといいな!
「ロッテ、ここは引こう」
「でも……」
 そう言いつつ、二人は渋々と後ずさり、すぐに背を向けて立ち去ってしまった。 
 な、何とか助かったのか。しかも、彼女達に接触するという俺の目標までも達成できてしまった。なんてラッキーなんだ。
 俺はこのラッキーに感謝すべく、シグナムのほうに向いて言った。
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
 頭を下げると、俺の後頭部に向かって彼女の言葉が降り注いだ。相変わらず威厳のある声だ。
「好色家も度を過ぎると困ったことになる。あなたも考えを見直したほうがいいな」
「おいシグナム、“コウショクカ”ってなんなんだよ?」
「ヴィータ、先に帰っていてくれないか?」
 そう言うと、シグナムはヴィータに自分の荷物を預けようとした。
「な、なんだよそれ! やだよ。シグナム、ズルしないで運べ」
「ちょっとだけ用事があるのだ」
「だまされねーぞ」
 しばらく、シグナムとヴィータが互いの荷物を押し付け合い始めた。
 なんだ、この状況。なんでこんなことしてんだ、こいつら。
 ってか、シグナムの用事ってなんだ?
 まるで埒が開かない状況となり、俺はおそるおそる声をかけてみた。
「あ、あの…………お礼も兼ねて、俺が運びましょうか?」
 そう言うと、ヴィータはすかさず荷物を差し出してきた。
「おう、いい心がけじゃねーか」
「ど、どもっす」
 ついついお辞儀をしてしまう。
 続いてシグナムを見ると、彼女は少し考えるようにしながら、踵を返した。
「そうだな。そうしてもらうといい」
 と言って、彼女は俺に荷物を渡さないまま、公園を出ようと歩き出した。やっぱり義を重んじるシグナムらしさがあるな。
 ともかく、きっかけはどうあれ、俺と八神家のファーストコンタクトが始まった。
「さあ歩け」
 ヴィータに小突かれ、俺はシグナムの後を追うのだった。

 See you next time.



[30591] NEXT31:戦いと夕飯と星空の下
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2012/12/14 01:41
「ここだ」
 ヴィータに後ろから突かれ、シグナムに導かれ、辿りついたのは八神家の玄関前。
 俺やリーゼ姉妹はずいぶん前から彼女達をマークしてきたので、今更家の場所を教えてもらわなくても分かっていたのだが。
「へ、へえ! “はじめて見ますが”ご立派なおうちですね!」
「なんでカタコトなんだよ。本心じゃそんなこと思ってねーんだろ。まさかオンボロとかでも言うつもりか?」
 ヴィータは方向性こそ違うが鋭いな。
 そりゃあ、見知った家だとしても、住人達には気付かれないようにとマークしてきたのだ。こんなところで「前から知ってましたぁ!」なんて言えるものか。
 ただ突っ立っているだけの俺から、ヴィータが荷物を奪い取る。そして玄関を開けた彼女は、背中を向けたまま言った。
「荷物あんがとよ! ただいまー!」
 なんだか呪縛から解放された気分でほっとした。
 俺はシグナムのほうを向き、軽く頭を下げた。
「いやー、今日はありがとうございました」
「ああ」
 リーゼ姉妹と一悶着あったわけだが、結果として、こうして俺は八神家の一員と僅かながらも接触をすることに成功した。
 これをきっかけに、もうちょっと近くで彼女達を見ることだって出来るかも知れない。
 そう、俺はこういう小さなきっかけが欲しかっただけなのだ。
 別にリーゼ姉妹達の邪魔になるようなことをしようと言うわけではなく、ただ単純に、八神家に自然と近づける下準備を済ませたかっただけなのだ。
「んじゃ、これで!」
「待て」
 俺は別れの挨拶を済ませたつもりだった。顔の前で真っ直ぐ立てた手の平だって、明らかにそういう意味での挙動だっただろう。
 しかし、シグナムは俺を引き止めた。
 そして。
「少し、あがっていかないか?」
「…………え?」
 ポカンと口を開けてしまった。
 あがっていかないかだって? 俺を家に招いているのか?
「あ、の…………」
「礼も兼ねて、な」
 これは、まったくもって予想もつかなかった願ったり叶ったりの展開ではある。八神家との親交を深めたいという思いはあったが、まさか俺から仕掛けることなくそんなことになるとは。
 だが、なぜ。
 せっかくのチャンスだ。こういう時こそ、転生オリ主ヤッフォーとか言いながら自分の身に降りかかる幸運を喜んでもいいのだが。
 今まで失敗続きで上手くいかなかった自分の転生ライフを振り返ると、いきなり転がり込んできたこの好機はものすごく怪しい。
 俺らしくないかもしれないが、何か悪い予感がしてならないのだ。
「い、いえ、用も済んだので、これで失礼しようかと」
「夕飯でも食べていったらいい」
「いえいえ、家族団欒を邪魔しては悪いので」
「まあそう言うな」
 明らかに怪しい。
 こんなのはおかしい。たとえここがアニメの世界だとしても、初対面の、しかもさっき公園で会ったばかりで、ちょっぴり荷物を運んできただけの男を、自分達の食卓に加えようとするだろうか。
 いや、なのはの世界ならあり得るか。
 ならばこの誘いは、乗っていいのか。
 いやいやしかし。こんなの、餌の先に釣り糸が見えているようなものじゃないのか。
 どうしたらいい。
 どっちを選択するべきなのか。
「迷っているんですか?」
 なんだか、懐かしい声が聞こえた。
 ふと隣を見ると、そこには金髪の美少年がいつの間にか立っていた。
「神様…………」
「神様?」
 まずい。シグナムに聞こえたようだ。俺は苦笑いを浮かべながら、一言断りの挨拶を入れて、彼女に背を向ける。
 そして声を潜めて神様に話しかけた。
「なんつーか…………すごくあんたのことを忘れていた気がする」
「まあ、僕がいない間のひろしさんは、自分であれこれ考えて、自分で決めて行動していたし、僕の出る幕じゃなかったですから」
 出る幕? すると神様は、俺が心底迷った時に出てくるというのか? でも、今までを振り返ってもそんな法則に縛られている感じすらしなかったのだが。
 ある意味一番の謎は、神様本人であることを思い知る。
「それよりも、今この場をどうするかのほうが」
「んっ。そうだな。どうしよう?」
 神様と向き合ったところで、特別な考えが浮かぶこともなく。
「おい、どうしたんだ?」
 シグナムに肩を叩かれてしまい、否応無しに振り向くこととなった。
「いや、あの」
「別に構わないだろう。さあ、あがってくれ」
 俺が返事をするよりも早く、シグナムは俺の手を引いて玄関へと導いた。
 巨乳女騎士の手の平。意外とやーらかい。
 いきなり手を繋がれて鼻の下を伸ばしているうちに、俺は玄関の扉を潜り抜けていた。なんという巧妙な罠だろうか。
 ええい、もうここまで来てしまったら引き下がれるはずもない!
 俺は気持ちを切り替え、元気よく挨拶をした。
「うぉじゃましまあぁぁっしゅ!」
「え!? お前、何しにきたの!? 帰ってないの!?」
 ヴィータがちょっと引いている。
 何て顔しやがる。お前さん達のリーダー格にお呼ばれされたんだっつーの。もっと奉らんかい。
「なになに? お客様?」
 ヴィータの声で気が付いたのか、居間へと通じているであろう廊下の向こうから、顔を覗かせる美女が一人。
 俺と目が合うと、金髪のボブをゆさゆさと揺らしてその姿を現したのは、ヴォルケンリッターの一人、シャマルだった。
 淡いクリーム色のロングワンピースと、若草色のラインを走らせたフリル付きカーディガンを重ね着ているその姿は、彼女の可愛らしい顔立ちと相まって、大人のおしとやかさと幼いあどけなさを兼ね備えているようなそんな気がしないでもないようなまあとりあえず今すぐ抱きしめたい。
「シャマル、こちらは客人だ。私が呼んだ」
「ええ! シグナムが!? 一体どうしちゃったの!?」
 シャマルが少々困惑しながらも驚く。その横では、ヴィータが「何で!? ねえ、何で!?」と騒いでいた。
 家に入った早々、玄関でよくもまあこんだけ騒げるものだな。まあ、嫌になる喧しさではないか。
 これだけ賑やかになってしまえば当然と言えば当然なのだが、居間のほうからはもう一つの音が聞こえてきた。
 フローリングの床を何かが滑っているような、転がっているような。静かなその音は、たぶん、“彼女”の接近を示している。
 ようやく会えるのか。そして、彼女と言葉を交わすことが出来るのか。
 俺は、何か一つの到達点に達したような気がした。
「みんなしてそんなに騒いだら寂しいやん。お客様が来たなら居間に通して差し上げんと」
 ああ、この瞬間を待っていたのだ。
 ついに原作第二期に本格介入か。
「こちらへどーぞー」
 シャマルに促され、俺は八神家の廊下を歩いた。
 少し冷えた空気の廊下とは違い、扉一枚を潜り抜けた先には、ほんわかとした暖気が満ちた空間。テレビの前にはシンプルなローテーブルとL字並びのソファーが置かれている。
 そのソファーの横には、空っぽの車椅子。
 そしてソファーに腰掛けながら、青い毛並みの狼を撫でている少女こそ、俺が会いたかった少女、八神はやてだった。
「いらっしゃい。シグナムのお友達やろか? ゆっくりしてってくださいね」
 どこかおっとりとした方言と、年齢不相応に落ち着いた雰囲気。そして俺に向けてくれている柔和な笑顔は、頭の中にある原作知識とは雲泥の差であった。本物のほうが何千倍も可愛い。
「八神はやてです。よろしくお願いします」
 俺に顔を向けて、彼女は軽く会釈をした。
「あ、え、えっと…………は、はじめまして。俺はセイ」
 危ねえ! 今、普通にセイバーって名乗ろうとしていた。
 もうその名前は知られているのだから、ここでその名を口にしたら、ヴォルケンのやつらに敵視されてしまう。
「せい?」
 ヴィータが続きを言えと促すように、言葉を発した。
「せ、せい……」
「…………なんだよ」
「せ…………姓は山田! 名はひろしろう! 人呼んで、フーテンのひろしと発します!」
 恥ずかしがる余裕もないほどテンパッた俺は、歌舞伎役者になりきるつもりで見得を切り、頭の中からとっさに出てきた決め台詞を吐いていた。
 フーテンって。俺は学生だっつーの。
 小さな拍手が、はやてとシャマルから起こった。
「何してんだ? お前」
 ヴィータは辛(から)いなぁ。
「トラさんが好きなんや」
 はやては知っていたのか。
「い、以上で自己紹介を終わります」
 かっこ悪い締めだ。
 顔が熱いのを感じながら、俺はその場に正座する。
 顔を俯かせて床の一点だけをじっと見ていると、周囲から次々に声が聞こえてきた。
「じゃあひろしだな」
「ひろしね」
「うん、ひろしさんや」
「さあひろし、夕飯にしよう」
 やっぱり俺は“ひろし”としか呼ばれない運命なのか。



 料理のほうは既に下準備が済んでいて、シグナムとヴィータが買ってきた食材は最後の一品と仕上げ程度に使われた。
 自宅に連絡し、友人と夕飯を済ませることを伝えた俺は、しばらくソファーに座ったまま固まっていた。
 一人分のスペースを空けたところに腰掛けているシグナムは、買い物ついでに買ってきたらしい新聞を開いて読み耽っている。
 ヴィータはソファーに座らず、床の上でテレビゲームに興じていた。そして、俺がいるせいで喋ることが出来ないザフィーラは、ヴィータのゲームテクニックをじっと眺めている。
 なんか、こいつら普通に家族してんだなぁ。
「なあ、ひろし。それにシグナムも」
「ん?」
「なんだ?」
 ヴィータは、視線をゲームに向けたまま言った。
「お前ら呼んだ張本人と呼ばれた客だろ? なんで何も喋ってないの?」
 たしかに。
 そうだよ、なんで俺、さっきからこいつのゲームを見てばっかりで何も喋ってないんだ。なんかすげえ浮いてるじゃねえか。場違いだって言われても反論できねーよ。
 こんな謎の訪問者に飯を用意しているはやてとシャマルも、内心何を思っているか分からないな。
 ってか、ただ黙ってゲーム見てるんじゃ、ザフィーラと変わらないっつーの。
 シグナム、何か喋ろうぜ! 俺、今すごく声が出したい!
「な、何を読んでいるんですか?」
「新聞、というものだ」
 分かるよ! 俺が訊いたのは媒体じゃなくて記事の内容だよ!
「面白いですか?」
「普通、かな」
 あーそうですか! それはようござんした!
「ヴィータ! 俺と一緒にゲームやろう!」
「すっこんでろ」
 ヴイィィィタアァァァァァッ!
 何しに来たんだ、俺。ってかシグナム、どういうつもりで俺を夕飯に呼んだんだ。
「暇なら、食事でも手伝ってきたらどうだ?」
 そう提案したのはシグナムだった。
 そう、新聞を読んでいるだけのシグナムが言ったのだ。じゃあお前もやれ!
 思わずツッコミたい衝動に駆られつつも、繰り出そうとしたツッコミの右手を震えさせながら、俺はなんとか堪えた。ふとヴィータを見ると、彼女も同じように右手を震えさせながら堪えていた。俺と同じ気持ちみたいだ。
 まあ、今の俺には何だかんだでありがたい提案だ。八神家と交流を深めなくては。
「あ、あの! お食事の用意、手伝います!」
 台所には、シャマルとはやてが並んで立っていた。
 二人は声を揃えて「お願いしまーす」と微笑みかけてくれた。
 天使だ。台所に天使が二人いる。
 俺が近づくと、はやてが「これ、頼みます」と言いながら、人数分の食器を差し出した。
 きっちり六枚。一枚だけ、他よりも一回り大きくて平たい皿は、ザフィーラ用らしい。食べやすいようにという気遣いだ。
 食器やグラスを並べ終えると、いよいよお出ましだ。
 シャマルとはやてのお手製料理。はっきり言って、これを心底羨ましがる原作ファンがどれほどいることか。俺は今、ものすごく幸せだといえる。
 メインは寒い季節によく合うキムチ鍋。豚肉、シラタキ、白菜、しいたけ、エリンギなど。鍋の横には買ってきた惣菜がある。買い物パックのまま並んでいるあたりに、妙な生活感があった。サラダもある。こちらは緑黄色野菜の中央にパスタが盛られていて、ミニトマトの赤が映える。これらを白飯でいただくのだ。
 たぶん、特別珍しくもないごく普通の、一般家庭の夕飯。
 実はとんでもなく高価な食材を使っていたり、グルメをも唸らせるほどの味がするというわけでもなく、ただ、本当においしい。
 そういった夕飯だった。
 その味はきっと、この面子で食べるからおいしいのだろう。それはすぐに分かった。
 だってはやてもシグナムもヴィータも、シャマルや犬顔のザフィーラだって、本当に幸せそうだったから。
 原作知識でも分かっていたとおり、八神家は主従関係という体を成していながら、実はそれよりも家族としての繋がりが強い集団だ。
 俺の原作知識には、車椅子生活を送るはやてが一人で食事をしている姿など無い。主の望むとおりに動く、道具としてのヴォルケンリッターの姿だって、ほんの断片でしか思い浮かばない。
 それでも彼女達の繋がりの深さが伝わってくる。
 他愛も無い会話。ちょっとした世間話。シグナムの気遣い、シャマルの笑顔、ヴィータが欲しがっているゲーム、ザフィーラの温もり。
 そして、それらを心の底から愛おしく見守っているはやて。 
 なのはとフェイトの間にある絆とはちょっとだけ違う、八神家ならではの幸せというやつに気が付いた。
 汁だけになったキムチ鍋でのオジヤを締めとして、八神家の食事は終わった。
 俺は洗い物まで手伝うと、少しだけゆっくりとしてから帰ろうと思った。
 そうして時間は過ぎていき、時計の針は既に九時を回っている。楽しい時間はあっという間だ。
 ソファーではなく、床に座り込んで、ヴィータと対戦ゲームで遊んでいた俺は、立ち上がって帰り支度を始めた。
「帰るのか」
 シグナムが新聞を折りたたんで、立ち上がった。
「ええ、ごちそうさまです」
 俺が礼を言うと、シャマルとはやては玄関まで見送ってくれると言った。
「途中まで送ろう」
 シグナムが上着を着始めたので、俺は慌てて断った。
「いや、いいっすよ。そんな」
「構うな。買い物ついでだ」
 少しだけ妙な気がしつつも、俺とシグナムは揃って八神家の玄関を出た。外に出ると、やはり身に染みる寒さを感じたが、見送ってくれた彼女達の笑顔がやけに温かかった。
 空には雲が少なく、星がよく見えた。
 シグナムと俺が横並びになって歩いていると、ずっと黙っていたシグナムが口を開いた。
「どうだった?」
「え?」
「私達の夕飯だ」
「ああ! すげー美味かったです! 特にシャマルさんって料理全然下手じゃないですよね! むしろ手慣れた感じがすごいしたし」
「まるで下手だと思っていたような言い方だな」
 少しだけ彼女が笑った。
 そして、次の言葉がこれだった。
「守りたいと、思うだろう」
 俺は返事が出来なかった。
 しばらく沈黙が続く中でも、星は相変わらず光り輝いていた。
「セイバー・R・アルトゥールは、そんな私達を救いたいと、そう言ってくれたな?」
「あ……え、ええ?」
「私達が救いたいと思うもの。お前が救いたいと言ったもの。あんなにも眩しくて温かい、私達が守りたいものの価値は、少しでも伝わってくれただろうか?」
 シグナムは、最初から気が付いていたのか。
 俺が、仮面の戦士だということに。

 See you next time.



[30591] NEXT32:罪の十字架
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:58
 シグナムは、仮面の戦士の正体が俺であるということに気が付いていた。まあ、その理由を聞いてみたら、それはもっともな話だったのだが。
 あの大狼と戦った次元世界で俺がシグナムの前に姿を現した時、俺の体から微量の魔力を感じ取ったらしい。そして公園で俺とリーゼ姉妹が対峙している時にも、同じ魔力反応を感じ取った。
 そうなれば、どんなやつでも仮面の戦士と俺が同一人物であることを想像するのは自然な流れだ。
 シグナムが一つ気付いていない点を挙げるとすれば、本当は俺に魔力などないということ。
 仮面の戦士になっていた時、俺はリーゼ姉妹の変身魔法によって姿を変えていた。そして公園でシグナム達と出会った時も、リーゼ姉妹は俺のすぐ側にいた。
 つまり彼女が感じ取った魔力とは、俺のものではなくリーゼ姉妹のものだったのだ。
 シグナムはそこまで気付いているわけではなく、八神家で夕飯を共にしている俺から魔力反応が無いことを不思議に思っていた。しかし、「隠すのが上手いんだな」という一言で片付けられた。
 俺はそういうことにしておいた。リーゼ姉妹達の存在を知らせるよりはいいはずだから。
 シグナムが仮面の戦士のことを他の守護騎士達に話しているのかどうかは分からない。だが、シグナムを除いた守護騎士達は、俺のことをただの人間であるという認識しか抱いていないそうだ。
 シグナムは、俺が仮面の戦士であることを他の連中に話すつもりはないと言った。
「俺のこと、皆に言わなくていいのか?」
「言ってほしいのか?」
 どちらがいいんだろうな。事情を知ってもらっておいたほうがいいのは、後々の介入行動が取り易かったりするのかも知れないし、またはその逆の可能性もある。
 ちょっと今の段階ではなんとも言えない。
「先が読めないからわかんね」
「変なやつだな。全てを見透かしているようであり、しかし先が読めないという」
 シグナムが少しだけ笑った。
「なんで俺を夕飯に誘ったんだ?」
「ん?」
「俺の正体に気がついたなら、もっと警戒してもよさそうなのに」
 シグナムは気構えるでもなく、遠くから聞こえる車の騒音が止むのを待って、静かに言った。
「公園で会ったばかりの者に対して、強い警戒心を丸出しにしていては逆に不自然だろう」
「あ、そうか」
「…………というのも理由の一つだが、本当のことを言うと、見てほしかったのだ」
「え?」
 いつの間にか、彼女は視線をこちらに向けていた。
「お前を信用しているわけではない。それに、突然救いたいと言われても、こちらは困惑することしか出来ない。何故私達を救いたいのか、よく知りもしないのにお前を信じるわけにはいかないのだ。だから、私達が何を背負って、何を賭して、何をしようとしているのか。それをよく知ってもらい、その上でお前を判断したいと思った」
 シグナムの言う理由は分からないものではなかった。
 でも、それだけの理由で俺みたいなのと接触を図るのは、少々危険な気もした。
 シグナムは守護騎士達のリーダー的存在だし、初対面のやつがベラベラと喋ったところで、そんな口車に乗るような性格ではないだろう。
 そんな彼女が、こうして俺と深く接触するのは何でだ?
「リーダーなのに、ちょっと無用心じゃないか?」
「ああ、そうかもな」
 また笑った。
「それに、はやてには何も知らせてないんだろう? 蒐集活動は、お前達守護騎士達が覚悟を決めて取り組んでいることだ。それを知っている俺なんかを主に近づけるのは、危ないと思うじゃないか」
 介入を望んでいる俺が何でこんなことを言っているんだと思うが。
 シグナムの真意はなんだ? とにかくそこが知りたかった。
「確かに、な。でも、だからこそ知ってもらいたかった。お前はきっと、もっと前から我々や主のことについて知っていたはずだ」
「うっ! えっと……」
「お前が我々の邪魔をしようとしたり、主に危害を加えようとするのであれば、容赦なく叩くつもりでいた…………しかし、それならばもっと良い機会があったはずだ。我々が蒐集活動のために単独行動をしていた時や、家を留守にして主を残していた時」
「まあ、そうだね」
「なぜお前が私達に近づくのか。それを確かめたくて、お前には一度、私達の現実を見て欲しいと思ったのだ。その上で、私達を救いたいと思っているのかどうかの是非を問いたかった」
 シグナムは、俺が思っていた以上に情で動くタイプなのだろうか。元々礼節を重んじるような印象はあったし、理屈っぽいのとはちょっと違う。
「どの道、私達は主との約束を破って蒐集活動をしているのだ。もう後には引けないし、引くつもりも無い。もし邪魔をされたとしても、手を止める理由は無い。立ち塞がるのならば、真っ向から叩き伏せるのみ…………今更お前が敵だったと分かっても、私達に変化は無いのだ」
 だから、俺の真意を知るために今夜のような思い切ったことをするのか。
 そこには、彼女達の焦りや覚悟が感じられた。
 何よりも優先すべきは、八神はやてのため。彼女のために、蒐集活動を完了させること。
 だから守護騎士達にとって、俺のような怪しい人物の動向なんて二の次だったのだ。構っている余裕がない。仮面の戦士なんかのことを思考するぐらいなら、彼女達は次の獲物を仕留める一手に集中するのだろう。 
 そう、決断を急いでいるんだ。頭の中にある余計な考えを排するために。
「改めて答えてもらう。セイバー・R・アルトゥール、貴様は私達のなんだ? 何が目的なんだ?」
「俺は…………」
 急いでいるんだ。
 俺が彼女達の関係に対してどんな風に首をつっこもうかと考えている間にも、彼女達に残された時間は刻一刻と過ぎていく。
 たとえば俺が彼女達にとって都合の良い存在だろうと悪い存在だろうと、彼女達のやることや消費する時間に差は生じない。
 この場で真実を語ったって嘘をついたって、彼女達のやること成すことに予定変更は一切無いのだ。
 それだけ、追い詰められているんだ。
 それが分かった途端、俺は彼女達に介入することを諦めかけていた。
 俺には変えられないもの。原作知識があったって、転生オリ主だからって、どうにも出来ない壁の高さを感じた。
「…………俺は、あんた達のファン、としか言えないよ」
「ファン?」
 怪訝そうな顔を浮かべるシグナム。
「救いたい。そう思っている気持ちは本物だ。だけどなんつーか、あんた達のやり方を手伝える気もしないし、俺が介入する余地は無いと思う…………お手上げなんだ」
「ひろし……」
「八神はやてを、そして闇の書を救ってやりたいけど、上手い方法を知っているわけでもない。応援するしか、出来ない」
 自然と肩が落ちた。
 今まで自分の無力感を呪う経験はあったが、八神はやての悲運と守護騎士達の健気な姿勢、そして両者の間で繋がる想いを前にした途端、自分の居場所を見失ってしまった。本当に一片の悔いも無いくらい、諦めようという思いが湧き上がった。
 俺はこの原作第二期において、自分というキャラクターの運命を見てみようと思った。
 しかし、この『魔法少女リリカルなのはA's』という物語には、俺というキャラクターが入り込める余地はなかったのだ。
 それが俺、山田ひろしの運命だった。
 俺の様子を見て、ひどく落胆していると思ったのだろう。
 シグナムは口元をそっと微笑ませ、俺の肩に手の平を乗せた。
 その手の平は優しく、そっと乗せられた。
 しかし重い。彼女が背負っているものを感じさせるように。
「気持ちだけ受け取っておこう。大丈夫だ、必ず主はやてを救ってみせる」
「ごめん。何も出来ない」
「そんなことは無い。私達は今後の蒐集活動において、主はやてに気を遣わせることになるやも知れん。主に心配はかけたくないのだ。こうして食事を共にした縁もあるのだから、よければ我々の主に元気を届けてやってはくれないか?」
 またシグナムは、そんなことを言う。本当に無防備だな。
 だが、短いながらも俺のことを見て、その上で託してくれたのだと思う。
 今俺が出来ることは、そんな彼女の頼みに対して首を縦に振ることだけだった。



 次の日から、俺は学校の帰りに八神家を訪れるようになっていた。
 毎日顔を出す俺に対して、はやてとシャマルは愛想良く応対してくれて、ヴィータはなんだか気に食わない様子で目を吊り上げ、シグナムは何も言わなかった。ザフィーラは犬顔なのでイマイチ分からん。
 はやてに元気を届ける。具体的な方法なんて考えてもいなかったが、はやての散歩や買い物、暇つぶしのお喋りに付き合っているだけで、なんとなくこれが正しいのだろうと思えるようになってきた。
 俺の行動に対して、リーゼ姉妹はやはり不快感を示していた。学校でも、俺を睨みつけるように厳しい視線を送ってくる。
 だが、手を出すことはしてこなかった。彼女達は彼女達で、守護騎士達の蒐集活動を監視しているのだろうが、俺は俺ではやての監視という役割を結果的に果たしているのだと認識しているみたいだった。確かに、現状では当初の俺達の行動目的に反していない。
 この日も、俺は八神はやての乗る車椅子を押しながら、夕飯の買い物に付き合っていた。
「ホンマに、毎日毎日ごめんなさい、ひろしさん」
「え? い、いやぁ別に気にしなくていいよ」
 本当は、こうしてはやてと買い物をする役目はシャマルである場合が多い。しかし、俺が八神家に出入りするようになってからは、シャマルも蒐集活動のサポートに力を注いでおり、家ではぐったりしていることも多い。
 そんな守護騎士達を見ている俺は、自分の出来ることがこれしかないという現実にあまり失望することもなく、ただ精一杯のフォローをしていこうと熱心になっていた。
「なあ、ひろしさん」
「ん?」
 車椅子を押しながら、俺とはやてはスーパー内の鮮魚コーナーにやって来た。
「最近、みんなの様子がおかしいんよ」
「へえ、どんな風に?」
 正直に言って、ドキっとした。まさかはやては全てを知っているんじゃないかと、そんなことも思った。
「なんだか、すごく疲れてるような……シグナムやザフィーラも、私が見ている時に寝入っていることが多いし、ヴィータもちょっと元気が無いような気がする」
「そうかなー? ヴィータなんか昨日は、はやてと一緒にテレビ観て笑ってたじゃんか」
「でも、何だか無理して笑ってるような気がしたんや」
 そりゃあ、無理して笑ってたのさ。疲弊した体に鞭打って、一生懸命取り繕っていたに違いない。
 シグナムの話では、蒐集活動において一番の稼ぎ頭はヴィータであると言っていた。彼女は、四人の中でも特にはやてに対する思い入れが強いのだという。
「皆、何か私に隠し事でもしとるんかなぁ」
 まるで俺が責められいるみたいだった。何か知っているんだったら、正直に言ってほしいって、はやてに頼まれているみたいだった。
 無言でいる俺の顔を、はやてはいつの間にか見上げていた。その視線が余計に鋭く感じられて、思わず目を逸らしてしまう。これじゃあ怪しい奴丸出しじゃないか。
 はやては少しずつ、守護騎士達の変化を感じ取っているんだ。しかも、俺にまでカマをかけるようなことを言う。恐ろしい子。
「ひろしさんは、シグナムと特に仲ええなぁ」
「そ、そうだな。なんつーか、シグナムさんはかっこいいし、美人だしな」
 白々しい誤魔化し笑いを浮かべながら俺はそう言った。はやての言葉に対して、若干ピントのずれたような返事。俺ってば本当にアドリブきかねーな。
「そうなんよぉ。シグナムは美人やし、かっこいいし…………でも外見だけやないんよ。思いやりがあって、冷静で、頭も良くて、みんなのことをよう見とる。“出来る女”やね!」
 そんなこと、俺は知っているよ。
 彼女の言うとおり、本当に良い奴だと思う。
 普段は無口で静かだが、いざと言う時には頼もしく動く。明るくて元気なシャマルと釣り合いが取れている気もするし、少々荒っぽいヴィータの舵取りだってこなす。ザフィーラと共にヴォルケンリッターを導いている。
 そして、誰にも負けない忠誠心を持ち、だからこそはやてのために、約束を破ってはやてを救う決断を下したのだ。
 はやてに対する想いを一番強く持っているのがヴィータならば、はやて達の先を見据えてもっとも勇気ある行動が取れる存在こそ、シグナムだ。
 まだ付き合いは短いが、俺はシグナムという人物に対して、尊敬の念を覚えた。
 そう、俺は彼女達の一生懸命をずっと前から知っているつもりだった。
 しかし、それは本当の意味で知っているわけではなかった。
 ようやく分かったんだ。まだ八神家との付き合いが短いが、こうして同じ世界に立ってみて、向き合ってみて改めて分かった。
 彼女達の力になりたい。
 運命を救うとか大それたこと以前に、もっと単純な気持ちが沸き起こっていた。
 シグナム達を応援してやりたい。力になってやりたい。
 はやてが座る車椅子を押しながら、俺は静かに決意を固めていた。
 


 はやてとの買い物を終わらせた俺は、いつもより早く八神家を出た。
 そして、リーゼ姉妹の暮らすマンションの一室へと向かった。
 今日、俺は一つの決断をした。それは以前、提案してきたリーゼ姉妹達に俺が猛反対したことだった。
 守護騎士達に高町なのはという存在の情報をリークすること。
 なのはを裏切るようなことで申し訳ないが、どの道、なのはが守護騎士とぶつかり合ってリンカーコアを蒐集されるのは原作通りの展開だ。
 それに奇しくも今日は、原作第二期第一話において、高町なのはがヴィータと戦う日だった。神様が教えてくれた。日付を確認しても間違いなさそうだ。
 リーゼ姉妹の暮らす部屋へとたどり着き、呼び鈴を鳴らすと、中からは不機嫌そうな声で返事をしながら扉を開くロッテがいた。
「何しにきたの?」
「あ、あのさ、今夜なんだけど、もちろん守護騎士達の監視をするんだろ?」
「まあね」
「それ、俺も行きたい…………ってか、仮面の戦士として参加させてくれない?」
 玄関が閉じられた。
 ええええー。俺ってそんなに嫌われてる?
 再び呼び鈴を鳴らす。
 するとすぐにロッテが顔を出した。奥にはアリアもいる。
「話を聞いてくれって!」
「えー。別に監視は私達でやるからいいよ。ひろしははやての監視でしょ?」
「そんな役割分担決めてないじゃん!」
「でもそんな感じだったじゃん」
 まあ、そうなんだけどね。
「いや、実はちょっと俺にやらせてほしいことがあってさ」
「仮面の戦士になって? 何をするつもりだい?」
「守護騎士達に…………高町なのはの存在を教えてやろうかと」
 そう言った瞬間、ロッテの顔が明らかに不機嫌さを増した。
 まあ怒るのも無理は無い。俺があれだけ強情になって反対し続けていた意見だ。しかも彼女達は、俺の訴えを無視することもなく今までちゃんと聞いていてくれたのだから。
 それなのに俺がこんなことを言えば、「何だこいつ自分勝手なことを言いやがって」と思うのは当然だと思う。
「何だこいつ自分勝手なことを言いやがって!」
「あ、もうまさにその通りですよね」
 読まれたとしか思えないほどのタイミングでそんなことを言われたもんだから、俺はただただ平謝りするしかなかった。
 ただ、それでも食い下がるしかない。
「いや、僕が深く反省した次第でございましてね。ここは一つ、私にお仕事をさせていただけないかと思いやしてね」
「おとといきやがれ!」
 ロッテが怒鳴ると、その後ろからずっと見ているだけだったアリアがついに口を開いた。
「まあまあ。それはそれで闇の書の完成に近づくんだし、仮面の戦士として一度を姿を晒しているひろしにその役を任せるのも、一応筋は通っている。私達は私達で、自分達のプランをこなせるわけだし、別に問題はないんだよ」
 アリアが宥めるようにロッテの頭を撫でた。
 ロッテはと言うと、檻から放たれた野獣よろしく、歯をむき出しにして俺を睨みつけていた。鼻息が荒いっす。
「でもひろし、一体どういう風の吹き回しだい? そんなことを自分から言ってくるなんて」
「ええっと、まあ、なんと言いますか」
 答えに詰まる俺を見て、アリアは表情を変えることなくじっと俺を見続けていた。
 たぶん、大方の見当はついているんだろうな。
「要するに、八神はやて達を近くで見ているうちに、あの子たちに情が移ったんだろう?」
「簡単に言えば、そんな感じっすね」
 苦笑いしか浮かばないな。俺はかっこ悪く頭を掻いた。
 しかし、ヘラヘラと笑う俺とは違い、アリアは真剣な表情を浮かべて俺に言った。
「情が移ったのなら、むしろこれ以上はおとなしくしておいた方がいいんじゃないのかい?」
「アリア?」
「オススメはしないよ。だってこの先、彼女達は間違いなく酷い目に遭う。そして私達は、結果的にそうなってもらわなくちゃ困る側なんだよ」
 思わず唾を飲み込んだ。その音がやたらとでかく感じる。
 確かにその通りだ。
「それでもあんたは、高町なのはを彼女達に捧げて、闇の書の完成を急ごうっていうのかい?」
 本当に、原作二期は救いようの無い物語だな。どちらについても、俺は彼女達を救えるのかどうか分からない。
「だからと言って、俺は何もしないでなんていられない」
「あっそう。じゃあ、好きにしたらいいよ」
 アリアは、あっさりと俺の頼みを了承してくれた。
 しかし、その反応こそが、一番俺の心を深く抉るようで痛かったし、怖かった。
 原作二期が救いようの無い物語である最大の要因は、闇の書の完成を待ち構える登場人物達の誰一人として、闇の書の完成を快く思っていないことにある。
 ヴォルケンリッター達だって仕方なく蒐集活動をしているし、グレアムやリーゼ姉妹も未来の犠牲をなくすために、はやてを犠牲にしようとしているのだ。
 誰もが重い罪悪感を背負っていて、出来ることならばその責任を下ろしてしまいたい。誰かに預けてしまいたい。そう、どこかで思っている。
 だから、ロッテのように俺を止めてくれる存在は、俺の罪悪感を共に支えてくれているようなものだ。変な言い方だけれど、一緒に考えてくれているということが、俺の罪を軽くするようにさえ思える。
 しかし、アリアの言うとおり、「好きにしたらいい」という言葉通りに動くということは。
 それは、全ての選択や行動が俺一人の責任だというようなもの。
 自分の罪は自分のもの。そこには理解者も、共犯者もいない。ただ、自分の招いた選択や結果に後悔をしたり、罪の十字架を更に背負ったりするという問題があるのみ。
 背負えるだろうか。俺は。
「さあひろし、準備をしよう」
 アリアの声を聞いた。
 『魔法少女リリカルなのはA's』は、ここから始まる。

 See you next time.



[30591] NEXT33:高町なのは、襲撃!
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:59
○なのは

 その日も、私は近所の公園まで出掛けていって、レイジングハートと一緒に魔法の練習をしていた。
 人気の無い時間を狙って来ているせいか、冬はこれからだって言うのに、足元から伝わる底冷えしそうな寒さに思わず身が震える。
 でも、きっと練習を始めてしまえば、寒さなんて忘れるよね。
「じゃあさっそく始めよう、レイジングハート」
「All right」
 桜色の魔力を身に纏い、溢れ出る力を抑え、練り、放って、操る。
 初歩的な手順とオーソドックスな運用。魔法を手にして間もないころにも、ユーノ君に教わりながら繰り返した練習だ。
 基本中の基本。でも、だからこそ今でも大事。
 真っ白で大きなキャンパスのような空に、私は桜色でサインを描いた。
 そのサインは、一人の友人を思い浮かべて描いたもの。
 届いているはずはないけれど。
 ううん、もしかしたら。
 いやきっと、届いていると思う。
 私は待っているよ。あなたが戻ってくる日を。そして、二人が再会出来る日を。
 十二月一日。フェイトちゃんの裁判に判決が下される日の前日。
 もうすぐで、私と彼女との新しい日々がはじまります。



 その日までに、もうちょっとだけ魔法が上手に使えるようにと思って続けてきた早朝トレーニング。今朝は、八十点というまずまずの得点をレイジングハートにもらって終了した。
 少し火照った体を冷やさないよう、ベンチに置いてあるコートに袖を通す。これから家に帰って、学校に行く支度をしないと。
 胸から下げたレイジングハートを、感謝の意を込めてそっと握りながら、私は公園を後にした。
 ずっと魔法の練習を続けてきたけれど、だいぶ上達したのかな。レイジングハートってけっこう採点が辛口で、最初は六十点をもらえれば良い方だったんだけど、今日は八十点だ。
 フェイトちゃんが裁判を終えて、うちに遊びに来てくれたら、特訓の成果を見てもらおうっと。
 家へと続く道を歩いていると、向こうから誰かが走ってくるのが見えた。
「あれ? お兄さん?」
 なんだか久しぶりに会った気がする。彼は、私とフェイトちゃんの出会いの物語に関係する人達の中でも、とりわけ珍しいタイプの人、山田ひろしさんだ。
 魔力を持たない生粋の地球人らしく、そんな人がどうして時空管理局員のクロノ君とお友達なのか、私は前から不思議に思っていた。どうやって知り合ったんだろうかと、きっかけを訊いてみたことはあったけれど、言いたがるクロノ君の隣でいつもお兄さんは「知らなくていい!」と騒いでいた。
 私はすっかり『お兄さん』という呼び方が板についてしまって、今ではもう呼び方を変えることのほうが恥ずかしく思えてしまう。
「な、なのはじゃん! 良かった! まだ無事か!」
「おはようございます。お久しぶりですね。あの、何が良かったんですか?」
 お兄さんは中学三年生なのだけれど、もしかして夜通し受験勉強とかをしていたのかな。すると今は、気晴らしの散歩とか?
 私服姿のお兄さんは、なんだか額を汗でベトベトにしながら、硬い笑顔を浮かべていた。
「い、いやあ! 久しぶりに会うなのはが元気そうで良かったなー…………って」
「はい。ちょっと公園に行ってたんです」
「そうか! 良い事だよな、早起きはサーモンの如くってな! それよりなのは、ちょっと聞いてくれるか!?」
「へ?」
 きょとんとする私に向かって、お兄さんは何かを言おうとした。
 しかし。
「…………いや、やっぱいい。お前はいつもどおりに過ごすんだ」
「あ、あの?」
「俺がなんとかする。ほら、早く家に帰れ」
 お兄さんは本当に慌てているようだった。私が言葉を返すよりも早く、駆け足でその場を離れていく。
「どうしちゃったんだろう?」
 そんなことを気にしながら、私は再び家路を歩き始めた。
 家に着いてからも、私はいつも通り。
 制服に着替えて、朝食の支度を手伝って、通学バスの中ではアリサちゃんとすずかちゃんに挨拶。そこで二人に、フェイトちゃんからビデオレターが届いたことを報告した。
 もうすぐ。もうすぐでフェイトちゃんにまた会える。
 それがとても楽しみだった。



○ひろし

 話が違うじゃないか。シグナム。
 俺は昨晩から海鳴市を走り抜けていた。家を出た時は底冷えしそうな空気に満ちていたはずだが、そんな寒さを気にしている場合じゃなかった。それにずっと走り続けていたら、今ではすっかり汗だくだ。
 それにしてもなのはに会うとは思わなかった。あれには驚いたな。
 そしてあそこで俺が取った行動は、果たして正しかったのだろうか。
 彼女に話してしまったほうが良かったんじゃないか。かっこつけて「俺がなんとかする」なんて言ってしまったけれど、俺がこんな風に駆けずり回るよりかは、なのはが自分の実力でぶつかったほうがはるかに良い方向へと転がる気がする。
 しかし、それではあまりにも許せないのだ。
 実は数日前、シグナムに、高町なのはという上等な魔導師がいることを告げた。
 そう、俺はあれほど嫌がっていたなのはの情報提供を、やってしまったのだ。
 最低だと思う。自覚はしている。
 でも八神家の、ヴォルケンリッターの面々が日に日に疲弊していく姿を見ていたら、いてもたってもいられなくなったのだ。
 俺に出来ること。彼女達のためになること。そんな手助けを何でもいいからしたかった。
 当然、シグナムは闇の書の蒐集対象としてなのはを狙うことを宣言する。
 だから俺は、なのは襲撃の日取りを十二月二日の夜にするよう提案した。その日は原作第二期でも、なのはがヴィータから襲撃を受けることになっているからだ。
 それならば安心だった。なのははとりあえず原作通りに動いてくれても不都合がないと思ったから。むしろ、そういうきっかけがないと、レイジングハートやバルディッシュが“カートリッジシステム”の導入をしないかもしれないと思ったからだ。両デバイスとも、これから先を考えれば絶対パワーアップは必要だからな。
 しかし、俺という存在が介入していることで、小さなイレギュラーが発生した。それがまずかった。
 リーゼ姉妹だ。彼女達に、上からの連絡が届いてしまったのだ。
 ヴォルケンリッター達の、別次元世界での蒐集活動が管理局に知られ始めていた。調査が開始され、地球にも管理局員が数名送り込まれたらしい。
 それでもまだ足りぬと、万全を期すような意味合いで、リーゼ姉妹にも調査任務が下ってしまったのだ。
 地球に送り込まれた局員数名というのは、原作に描かれている通り第一話で、ヴィータにコテンパンにされて蒐集されてしまう彼等のことだと思う。
 しかし、そんな中でリーゼ姉妹が何もしないわけにはいかないだろう。しかも、クロノの師匠であるという時点で、彼女達はこの物語に登場する人物達の中でもトップクラスの強さであることは言うまでも無い。
 そんな二人が、仲間のやられ行く姿を見ているだけなんて不自然だ。むしろ相手がヴィータ一人だけであれば、リーゼ姉妹の勝利は間違いないと言える。
 だが、ヴィータを捕らえて蒐集活動を妨げるのは、リーゼ姉妹達の本来の目的とは真逆のことだ。
 そんな状況下で彼女達が管理局の意向にそぐわない行動を取るということも、極めて危険だ。彼女達らしくない行動がかえって目立ってしまい、違う意味でもこの地球は大注目されてしまう。
 それでもし地球に、原作で投入された以上の戦力が送り込まれたりしたら、蒐集が完了するよりも早くヴォルケンリッター達が敗北する可能性だってあるのだ。
 蒐集活動の停滞は、八神はやての危険に直結する。
 そう思った俺は、管理局に動きがあることをシグナムに知らせてしまった。
 それを聞いたシグナムはなんと、
「ならば、早いほうがいいだろう…………高町なのはという魔導師を、狩る」
 そう言出だし、八神家を飛び出していったのだ。しかも昨晩のことだ。
 まさかそんなトンデモ展開になるとは思わなかったよ。即決しすぎだろシグナム!
 フェイト達が駆けつけてくれるのは明日の夜だ。
 それよりも前になのはがやられてしまったらどうなる? 展開的には一日早まっただけとなるかも知れない? 
 冗談じゃねえ。ただでさえリーゼ姉妹が本職のお勤めを果たしてしまうかも知れないとハラハラしているのに、そんな展開を急くようなことをされてたまるか。
 リーゼ姉妹を出しゃばらせないプランは既に用意してある。俺を監視するという任務もある彼女達に、監視任務を強行させればいいわけだ。
 そう、俺が犠牲になれば、リーゼ姉妹がヴォルケンリッターの騒ぎに駆けつけられなくても言い訳が出来る。
 そうすれば原作どおりだ。
 八神はやてと闇の書を救う手立てが思いつかない以上は、はやての体調を優先しておくしかない。だから蒐集活動は止められない。
 だが、それならばせめて原作どおりの展開でいてほしい。
 原作知識がある俺にとって、先は当然読めたほうがいい。
 なのにシグナムの奴。先走りやがって!
 まだなのはが襲われていないのは本当に良かった。昨晩のうちに動き出していたのなら、もうとっくに襲われていてもおかしくなかったのに。
 とにかく、まだ間に合うという事実だけが唯一の救いだ。
 なんとしてでもシグナムを見つけ出さないと。



○なのは2

 学校での授業中のことだった。
 先生の言葉を聞きながら、黒板の内容をノートに書き写していると、制服の中に隠しているレイジングハートが熱く点滅をした。
 ――どうしたの? レイジングハート――
 その時だった。
 窓の外で晴れ渡っていたはずの空が、突然暗くなった。これは、雲のせいじゃない。
 世界が大きな蚊帳に閉じ込められてしまったような閉塞感。
 そして教室の中にいたアリサちゃんやすずかちゃん。それのクラスの皆や先生の姿も、消えてしまっていた。おそらく、部外者は一時的に不干渉な状態へと変えられてしまっている。
 間違いなく、魔法による結界特有の現象。
 私は戸惑うことなく決断をした。
「レイジングハート!」
「Ready」
「セットアーップ!」
 私は自身を桜色の光に包みこみ、魔法の杖を手にして白い装束を身に纏った。
 変身を終えると、教室の窓を開けてすぐさま不吉な空へと舞い上がる。
 学校を足元にして、結界に飲み込まれた海鳴市をぐるりと見渡した。
 どこかにいるはず。結界を張った人物が。
「それにしても、この結界」
 とても質がいい。
 半年ほど前、まだフェイトちゃんと敵対していた頃。フェイトちゃんが結界を張ったこともあったけれど、あの時に見た結界よりも色濃くて、安定していて、硬い。
「どこに?」
 もっと高度を上げようと上を見上げた途端、僅かに熱気を感じた。
「Protection!」
「きゃっ!」
 レイジングハートが展開したシールドの向こうで、強力な衝撃と共に真っ赤な炎が飛来してきた。
 シールド越しでも伝わる手痛い一撃。私は後方に飛ばされて、校舎の屋上へと墜落した。
 痛みに耐えながら巻き上がる埃の向こうを見ると、一振りの剣を握った、ポニーテールの人影を見た。
「あ、あなたは……だれ?」
「すまぬ。恨みは無いが、その力を貰い受けに来た」
「私の、力?」
 彼女の言葉が良く分からないまま、私は立ち上がってレイジングハートを構えた。
 追撃に備えつつも、やっぱりどこか納得出来ない私は、魔力を高めることも練ることもしないまま、彼女に問いかけた。
「どういうこと? 私はあなたと戦う気なんて無い」
「戦わなくていい。ただ、その力を差し出せばそれでいい」
「そんなむちゃくちゃな!」
 私の言葉を待たずして、彼女が空中からこちらに突進してくる。
 ならば迎え撃とう。話はそれからだ。
 レイジングハートの先端に魔力を収束し、巨大な魔力の塊を作り出す。
「何!?」
「お話を聞かせてくれなきゃ――――」
 弱みを見せたら、こちらの話なんて聞いてくれる訳が無い。つけこまれるだけ。
 こっちにだってあなたを黙らせる手があることを知らしめて、話す価値があることをしっかりと伝えなくちゃ。
 そのための、
「――――分からないんだからあぁぁぁぁあっ!」
 一撃。
 辺りの空気を掻き消しながら、私の魔法は直球ど真ん中ストレートで飛んでいった。
 真正面に捉えているのは赤毛の女性剣士。
 私からのご挨拶は、彼女に“待った”を掛けられるだろうか。
「レバンティンッ!」
 女性剣士は、手にした剣を体の前に構えて、私の法撃魔法にぶつかっていった。
「おおおおおおおおっ!」
 剣とぶつかりあった桜色の砲撃は、彼女のバリアジャケットの両肩辺りを掠り、傷つけながら、真っ二つに裂けていった。
 そんな。法撃魔法を斬っている。
 止まれない。今砲撃を止めたら、彼女の鋭い刃が私のところへ一瞬で届いてしまう。
 出力を、もっと!
 その時。
「カートリジロード!」
「Exprosion!」
 剣から、何か小さいものが排出された。
 それと同時に、
「うそ!?」
「Master!?」
 向こうの出力が跳ね上がった。
「おおおあああああっ!」
 そして私の砲撃は根元まで斬られた後に消え失せ、
「紫電っ…………一閃っ!」
 彼女の放つ横一文字がレイジングハートの柄を鋭く打ち付ける。
「きゃあっ!」
 今度は地面と平行に飛ばされた。
 しかし、屋上の端に設けられているフェンスにぶつかる直前、強引に足で地面を蹴り、進行方向を九十度曲げてみせた。
 そして整えた。私の周囲には四つの誘導弾。
「シュートッ!」
 変則軌道を描きながら、四つの弾丸は女性剣士との距離を縮める。
 彼女は再び剣を持ち替え、居合いの構えを取る。
 そして目を閉じた彼女を見た時、その姿に、私は自分の兄と同じ空気を感じ取った。
 ゆっくりと吐き出される息は熱く、うっすらと開かれた目は鋭く、ふわりと揺れた後ろ髪は靡く。
 この人は、強い。
「破ァッ!」
 かろうじて見えた四本の軌跡。
 それは私の放った魔法弾を全て叩き伏せていた。
「ゆくぞ!」
 踏み込んだ地面にひび割れを残し、彼女の体が屋上から高く舞い上がった。
 そして私は。
「だったらこれは!?」
 間一髪、飛び込み際で放たれた彼女の一撃をかわすのと同時に、急速上昇をして空を飛んだ。
 速度は出来うる限りの最高を出し、彼女から遠ざかるように飛ぶ。
「逃がさんっ!」
 彼女がすぐさま後を追いかけてきた。
 私は、今度は高度を下げ、アスファルトの上を舐めるように滑空する。後ろを振り返ると、彼女も高度を合わせてきていた。
 よし。
 手の平に小さな光の玉をいくつも浮かべ、畑に種を蒔くようにそれを散らばらせる。
 そしてすぐさま急ブレーキをかけ、振り向きざま、彼女の方へ向けてデバイスを構えた。
 短時間で魔力を練り、細い砲撃を解き放った。
 彼女は再び剣を構え、砲撃をばっさりと切り捨てた。
 しかし、切り捨てた時に踏ん張った両足と、剣を構えるために胸の前で固めた両手首に、いつの間にか桜色の拘束魔法が嵌められている。
「バインド!? いつの間に!」
 蒔いた種は、あなたが姿勢を作るのを待っていたの。
「レジングハート!」
「All right!」
 この砲撃こそが大本命。さっきとは比べられないくらいによく練り、よく練り、練り上げる。
 そうして肥大化した魔力は、杖の先端で力の放出を今か今かと待ち望んでいる。
 必死にその力を抑えつけている私の体は震え、両足はアスファルトを踏み抜き、ツインテールはリボンと共に暴れ狂う。
 久しぶりの全力全開。
「ディバイィィィン――――」
 女性剣士はもがき、バインドを解こうとした。
 でも、そう簡単には外れない。
「――――バスタアァァァァァァァッ!」
 放たれた巨砲。その勢いは、軌跡の通りにアスファルトを抉り、確かな爪痕を残している。
 これで倒れないはずはない。
 私は確信を持っていた。
 しかし、その時だ。
 砲撃の前に誰かが飛び出して、そして魔法陣を開いた。
「そんな!?」
 私の魔法が、誰かのシールドによって拡散されていってしまう。
 誰が?
 やがて勢いを失くした法撃魔法は、その場から消えていった。
 シールドの発生源は、一体誰?
 砂煙が巻き起こる中、私はじっと前方を見た。
 すると、バインドから解放されて膝を突く女性剣士の前に、不気味な仮面をつけた男が立っていた。
「あ、あなたは?」
 私が訊いても、彼は何も答えなかった。
 しかし、今度は私の背後から。
「そこまでだ!」
 女性の声がした。
 振り返るとそこには、見知らぬ女性が二人。
「そこの剣士と仮面の男に告ぐ! 今すぐ投降しなさい!」
 綺麗な銀髪の中から尖った獣耳を覗かせた二人の女性は、顔が同じだった。
「どういうこと? ねえ!?」
 私は、困惑するしかなかった。

 See you next time.



[30591] NEXT34:蒐集
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:59
 なのはがひどく困惑している様子で俺の目の前にいる。
 だけど、俺だって心臓が口から飛び出しそうなんだ。自分の変身がばれてしまうんじゃないかと思うだけで、膝が震える。
 レバンティンを片手に握りしめ、いつでも攻撃出来るようにと構えているシグナム。気丈な彼女もまた、今の状況に困惑している様子だった。
「だ、誰なの?」
 なのはが、自分の十八番である砲撃魔法を止めた仮面の戦士に向けて問う。
 しかし、そんなことに答えてやる義理はない。
 今俺がしなくてはいけないこと。それは、この狂い始めた運命を少しでも原作に近づけることだ。今先走った行動を起こしては、はやてを救うどころの展開ではなくなってしまう。
 闇の書の完成を急ぎたいシグナムやリーゼ姉妹だが、リーゼ姉妹には管理局からの命令が下されてしまっているため、シグナムを止めないわけにはいかないという事情がある。
 本当は闇の書の完成を待ちわびているリーゼ姉妹。
 主のために闇の書を完成させたいが、管理局に目を付けられているシグナム。
 はやてと闇の書を救いたいくせに、なのはを売った挙句、今度は彼女を守りたい俺。
 正直言って、俺は自分のやっていることが一体なんなのか、よく分からなくなっていた。自分の立ち位置がものすごくあやふやじゃないか。
「シグナム、ここは一旦引け」
 仮面の戦士こと、セイバー・R・アルトゥールに言われたシグナムだが、レバンティンの構えを解くことはしなかった。
「ひろ…………いや、今はセイバーか。手を貸してくれたことには感謝するが、私はここで引くわけにはいかないのだ」
 危うく俺の名前を出しかけたシグナム。
 勘弁してくれ。なのはに聞かれるようなことがあれば間違いなく正体はばれるし、ただでさえ俺の頭は混乱状態だっつーのに、更にややこしい問題を起こすな。
 心の中でそんなことを思いつつ、俺はシグナムの顔を見つめた。
「しかし、今は分が悪い。あちらは高魔力の地球人が一人に、管理局の女が二人ついている。お前の実力を疑うわけではないが、さすがに勝てる見込みはない」
 それでもシグナムは、構えを解こうとしなかった。
 彼女はバカではない。たとえどんな事情があろうとも、自分を見失うことなく冷静に物事を見極めることが出来るはずだ。そう、俺は信じている。
 だが、それならばなぜ彼女はこんなにも食い下がるのか。
 そんなになのはの魔力は魅力的だということか。
 …………まあ、そりゃそうだろうな。原作でも言っているシーンがあったが、なのはのリンカーコアを蒐集することで、闇の書の完成までの道のりは、明らかに大きく前進するのだから。
 ああ、でも今はダメなんだ。頼むシグナム、落ち着いてくれ。
 お前が無茶してここで敗北してしまっては、闇の書の呪縛に縛られたはやては更に危険な状態となるんだよ。
 八神はやてとリインフォースを救う手立てなんてまだ何も思いついていないのに、闇の書がいかなる形であろうとも最期を迎えてしまってはだめなんだ。
 なんとか彼女を宥めることが出来ればいい。今日と言う日を乗り越えることが出来ればそれでいい。
「教えて! あなた達は一体誰なの!?」
 ふと、なのはの声が響き渡る。先ほどの質問がスルーされたのだと気が付いて、しつこく訊いてきたのだ。
 そして彼女の疑問は、砲撃魔法を止めた仮面の戦士ことセイバーだけに向けられたものではない。
 セイバーが庇う剣の騎士と、背後から駆けつけた謎の猫耳姉妹だ。
「一体何が起こっているの!? お話を聞かせて!」
 なのはは懸命にそう叫ぶが、放っておいてもいずれ分かることだろう。
「シグナム、いけ」
 しかし、彼女はこの機を逃がすつもりなのか、退く姿勢を微塵も見せない。
「何をしている? シグナム」
「…………すまんな。セイバー」
 シグナムがそう言った。
 こいつ、何を謝っているんだ?
 それは、原作を守ろうと意気込んでいたまさにその時のことだった。
 俺は信じられないものを見た。
 シグナムの左手には。
「や、闇の書? …………いつの間に」
 その瞬間、彼女を庇うように佇んでいたセイバーの体が反り返り、もがき苦しみだした。
 そしてセイバーの胸から、一粒の光が現れる。
「なっ!」
「き、貴様あああああっ!」
 “俺の隣にいた”リーゼアリアが、唖然とするなのはを通り越し、シグナムとセイバーのいる方へと飛び出していった。
 そう、シグナムを助けたセイバーの正体は、変身魔法を使ったリーゼロッテなのだ。
 セイバー・R・アルトゥールという人物の正体が、魔力の無い俺や管理局のリーゼ姉妹であるという可能性を隠すために、俺とリーゼ姉妹はこの三角関係を思いついた。アリアは本人。そしてセイバーがロッテならば、今この場にいるロッテは俺の変身ということになる。
 いつ管理局の連中から目をつけられるか分からない中、仮面の戦士をどうやってこの事件に絡めていくのかを考えた策であったのだ。
 しかし。
「ロッテを放せえっ!」
 飛び出していったアリア。突き出した爪と研いだ刃のように鋭く光る眼は、彼女の素体となった動物の本能を引き出しているかのようだった。
 シグナムに届くまでの僅かな距離。伸ばした爪が彼女の体に届く寸前、アリアの前に新たな壁が立ちはだかる。
「邪魔してんじゃねえよ…………」
 真紅のゴシックロリータファッションと、長く垂れ下がるおさげの髪。蒸気を立ち上らせながら、アリアの突進を受け止める鉄(くろがね)の伯爵。
「鉄槌の騎士、ヴィータ…………邪魔する奴は容赦しねえ」
 アリアの一撃を真っ向から受け止めたヴィータは、その場から一歩も動くことなく、ただひたすらに盾としての役割を担っていた。
 アリアの毛が逆立つ。
「ふうううううああああああああっ!」
 アリアの足元に魔法陣が出現すると、彼女らの頭上に白銀の巨大な棘が数本出現した。
 その矛先はもちろんヴィータとシグナムを狙っている。
「容赦しない? …………じゃあ、止めてみなっ!」
 巨大な棘が、なんの躊躇いも見せることなく動き始めた。
 そして俺となのはが声を上げた瞬間には、全ての棘が目標へと接触。更に深く食い込もうと猛進し、その身を砕いて散りゆくところだった。
 やったのか?
 だが、そんなわけがなかった。
 そう、もっと早く気が付くべきだった。
「盾の守護獣より先など、何ものも通ることは叶わん」
 こいつらが来ないなんてこと、あり得るはずもなかった。
「悪いけれど、彼のリンカーコアはいただきます」
 シャマルとザフィーラが、ヴィータとシグナムを棘から守っていた。
 そして棘が全て砕けて崩れ落ちると、シャマルはゆっくりとセイバーに近づいていった。
「やめろ!」
「…………ごめんなさい」
 シグナムから闇の書を受け取ったシャマルは、セイバーの側に闇の書を翳した。
 セイバーの胸から出てきた一粒の光、リンカーコア。魔力を持つ者全てが所有する、魔力の源となる器官だ。
 これをシャマルは、少しずつ、嬲るように、闇の書へと吸収させていった。
 セイバーの姿を生み出していたのはアリアの変身魔法だったが、セイバーのリンカーコアが闇の書に吸収されていくことで、その変身は効力を失ってしまった。
 逞しい体躯の男性であるセイバーは、いつの間にやら猫耳とショートヘアーの少女へと姿を変えていった。
「…………女?」
 シグナムが怪訝な表情を浮かべる。
 まずい。セイバーの正体が俺ではないと知られてしまった。
「蒐集完了。すごいわ、こんなにページが埋まった」
 ぐったりするロッテの傍らで、シャマルは驚いたように書物のページをめくった。
「確かに悪くはない。ということは、この仮面の戦士に成りすましていた娘と同じ顔を持つあいつも」
 シグナムとシャマルの視線が、アリアへと向かう。アリアと拮抗するヴィータとザフィーラもまた、彼女の方に鋭い視線を向けている。
 そして、俺にも視線が向けられている。
「あ」
 やばい。非常にヤバイ。
 この状況をどう脱するべきかと考えていると。
「アンタは逃げな! 私が食い止めるっ!」
 アリアの声だった。
 そんな無茶だ。あいつ一人でヴォルケンリッター四人を同時に相手出来るわけがない。
 しかし、アリアの声には逆らうことを躊躇わせるほどの気迫があった。
 逃げてもいいのか。俺は選ばなければならない。
 先ほどまでの意気込みはあっという間に委縮してしまった。
 あいつらは凄腕の魔導師だ。同じ地球人であるにも関わらず魔法の才を発揮するなのはとも違う俺は、ここに居合わせている登場人物達の中で最も脆弱な存在だ。
 逃げたいよ。逃げたいさ。
 でも、だけど。
 あんな連中を相手に鬼ごっこで勝てる気はしないが、俺だって一応リーゼ姉妹に特訓を積んでもらった身だ。何も出来ないままで終われるはずがない。
 そして何より、こんな状況を何とかしたいと思ってここに来たんじゃないか。
 ロッテのリンカーコアが蒐集された。しかも戦力的な問題から、アリアが勝てるとは思わない。リーゼ姉妹をこの場で蒐集されてしまっては、闇の書の完成なんてあっという間じゃないか。
 更にもっと悪い要素がある。
 今、この場には高町なのはもいるんだよ。
 三人が蒐集されたら、もうこの物語は詰んだも同然じゃないか。
 それだけはダメだ。今の俺でははやてを救うこともリインフォースを救うことも出来ない。そんな状態で闇の書を完成させてしまってはダメだ。
 何もおかしいことなんて無いのに、膝は笑いっぱなしだった。
 何もせず一歩も動いていないのに、喉は渇きっぱなしだった。
 何もかもが俺のせいだというのに、頭は真っ白のままだった。
 どこかで俺がいけなかったのは確かだ。『魔法少女リリカルなのはA’s』という物語がくるってしまったのは、俺が何かをしたからなのだ。
 今考えることではない。今はそれどころではない。
 でも、思考が止まらない。
「どこだ?」
 八神家に取り入ろうとしたのが引き金になったのか?
 シグナム達と接触してはいけなかったのか?
「早く逃げろ!」
「どこで間違った?」
 リーゼ姉妹達をけしかけて、運命の救済をしようとしたからいけなかったのか?
 誰かをあてにして動いたことが原因なのか?
「あ、あの! お姉さん!? どうしたんですか!?」
「何がいけなかったんだ?」
 その時、突然轟音が響いた。
 立ち込める砂煙を纏いながら、リーゼアリアが空高く飛び上がる。
 そしてその後を、シグナムとヴィータが追った。
 アリアが足元に巨大な魔法陣を開き、その中央で眉間に皺を寄せながら目を閉じた。一見隙だらけに見えたが、シグナムとヴィータが両翼に散開して魔法陣から距離を取ったので、何か警戒をしているのだと気づく。
 アリアが両手の平を魔法陣の中心に乗せ、閉じていた目を見開く。すると、彼女を中心にして数百を超える魔法弾が出現し、アリアを庇うようにして巨大なドームを形作る。
「そんな! あんなたくさんの制御弾を…………」
 アリアの魔法の特質を見極めたなのはが言い終わるのと同時に、その魔法弾が動きを見せた。
 そして次に見たものは。
「…………な、なんだよありゃ」
 ヴィータがそう言ったみたいに口を動かしていた。
 アリアを取り囲んだまま動き続ける魔法弾は、その一つ一つが手を取り合うかのように連なり、数珠状の巨大な蛇となり、空を泳いだ。
 数十メートルにもなる魔法弾の蛇は、突然素早い動きを見せて、ヴィータを追いかけた。
「なんだこいつ!?」
「ヴィータ!」
 シグナムが駆けつけて、レバンティンを一閃。
 しかし。
「こいつっ!」
 切られるよりも早く、身を二つに切った蛇は、頭の数発を切り離してシグナムに突撃させた。青い空の一点を白い煙が汚した。
 シグナムを気遣うヴィータにも、蛇は尾から数発の魔法弾を切り離して撃ち放つ。
 急旋回と最大加速を駆使してヴィータが逃げ回る。しかし、執拗なまでに追跡をする蛇は、ヴィータを食らおうと飛び回り続ける。
「いつまでも逃げられないよ」
 アリアが視線でヴィータを追いながら、両手の平を大きく広げて頭上に掲げる。
 そして、その手の平の上に魔力を集束させ始めた。
「まだ撃つ気か!?」
 空中の蛇はその身を弾けさせ、青い空いっぱいに広がった。
 一メートル先に移動することさえも困難になったヴィータは、いつ飛んでくるかも分からない魔法弾の群れに囲まれたまま、空の真ん中で立ち往生してしまった。
 上手い。あれじゃあ絶好の標的だ。
 アリアが魔力の集束を終えるのと同時に、空いっぱいの魔法弾は全体集合をするかのようにヴィータへ向けて動く。
 更に逃げ場を無くしたヴィータ。そんな彼女に向けて、アリアから特大の砲撃が撃ち込まれる…………はずだった。
「忘れてもらっては困るぞ」
 魔法を放つよりも早く、アリアの前にシグナムが現れた。
「なっ!」
「紫電――――」
 構えは居合。薬莢を吐き出したレバンティンが、その身を炎に包んで主の合図を待っていた。
「――――一閃」
 青い空に、紅蓮の一文字が描かれた。
 炎の軌跡を残した空に、意識を完全に失ったアリアが舞った。
 そして彼女の体を捕えたシグナムは、ヴィータと共に地上へと降り立つ。
「蒐集させてもらう」
「アリア…………そんな」
 これで、シグナム達は王手にまた一歩近づくこととなる。

 See you next time.



[30591] NEXT35:無力転生者
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:59
「お、お前ら…………」
 リーゼロッテから魔力を蒐集したヴォルケンリッターの面々は、次にリーゼアリアの魔力を奪おうとしている。
 アリアまで蒐集されてしまったら、一体闇の書のページはどれぐらい埋まってしまうというんだ。
 ロッテの蒐集を終えただけでも、シャマルはそのページの捗りに驚いていた。これでアリアの蒐集もしてしまったら、闇の書の完成はおそらくもう目前へと迫ってしまうだろう。
 そんな早い展開を迎えられてしまっては、俺が何も出来ないまま物語は終わってしまう。
 しかし、現時点においても大した働きをすることが出来ないでいる俺に、このピンチを覆すことなんか出来るのか?
 それに心配事は、リーゼ姉妹二人のことだけではない。
 今この場には、リーゼ姉妹よりも上等と言えるかも知れない魔力量を保有する少女、高町なのはがいるのだ。
 彼女がいくら優れた魔導師だとしても、勢ぞろいした守護騎士相手にどこまで戦えるだろうか。善戦するどころか、間違いなく完膚なきまでにやられてしまうだろう。ただでさえなのはは、原作で初めてヴィータと交戦した時に痛手を負っているじゃないか。
 そんな時だった。ぐったりとしたアリアを抱えるシグナムが、シャマルの側に近寄っていった。そしてシャマルの手には、闇の書が。
「ま、待て! それはダメだ!」
 俺は思わず声を上げる。
 すると、シグナムが動きを止めて、鋭い眼光を更に光らせながら俺を見た。
「蒐集はするな」
「その頼みを我々が飲めるとでも思うか?」
「無理だとは思うが、それでもちょっと待て!」
 むちゃくちゃなことを言っているのは重々承知なのだが、今アリアのリンカーコアを 抜かれるのはいろいろとまずいのだ。
 闇の書の完成がいよいよ迫ってしまうこともそうだし、今アリアのリンカーコアを抜かれると、彼女の魔力で変身していられる俺の正体がバレてしまうという問題もある。
 なんとか彼女達を説得して、アリアを守らなければならない。
 そう思っていると、隣で様子をずっと見守っていたなのはが口を開いた。
「あ、あの…………」
「ああ? なんだ白いチビ。あんたもあたしたちの邪魔をしようってのか? 次に蒐集するのはお前なんだから、そこでおとなしくしてろ」
 ヴィータの粗悪な物言いが、ちょっとだけなのはの気持ちに火を点けたらしい。
「チビじゃない! 私、高町なのは。あなた達は一体誰なの? 戦うんじゃなくて、お話を聞かせてほしいってのはダメ?」
 なのはらしいファーストコンタクト。
 しかし、切羽詰まっているヴォルケンリッターにそんな説得は通じるはずもなく。
「ごちゃごちゃうるせえ! やっぱ今すぐにでもぶっ潰してや」
「よせ、ヴィータ…………高町と言ったか。すまぬが、我々のしていることは決して褒められることではなく、話したところでおとなしく見過ごしてもらえるようなことでもないのだ」
 シグナムの直球な返答は、なのはを警戒させるには十分だった。
 アリアをシャマルに預け、シグナムがレバンティンを構え直す。
 一歩前に歩み出るシグナム。
 しかし、彼女を片手で遮り、最前列へと立つ少女がいた。
「こいつはあたしがやる。シグナムは下がっててくれよ」
「しかし、あの魔導師もなかなかの手練れのようだが」
 その言葉に、ヴィータは不敵な笑みを返すだけだった。
 そして、立ち尽くすなのはに向かって言う。
「おい、白チビ」
「だから白チビじゃないってば! なのはだよ!」
「どうでもいいよ。それよりも、もっと広い場所に行こうぜ。案内しろ」
 ヴィータの生意気な口ぶりに、さすがに機嫌を損ねたのか、なのはは唇を尖らせていた。
 そしてゆっくりと空に浮かび上がると、海の方へと向かって移動を始める。
 行ってしまう。ヴィータ一人ならなんとかなるだろうか。いや、そうは考えづらい。原作でも彼女は、ヴィータとの初戦闘で負けているのだ。原作通り、ヴィータに負けてしまう可能性は捨てきれない。
 どこかへ飛んで行ってしまうなのはとヴィータをしばらく目で追っていたシグナムは、シャマルから再びアリアを受け取ると、シャマルとザフィーラに向かって言った。
「すまぬが、ヴィータの様子を見てきてくれないか?」
「え? でも、それだったら早く蒐集を済ませてシグナムも一緒に」
「蒐集は私が行っておく。それよりも、頭に血が上ったヴィータが心配だ。あの白い魔導師は手ごわい」
 怪訝そうな目でシグナムを見るシャマル達。
 シグナムの様子に違和感を覚えたのか、ザフィーラは少しだけ間を置いてから言った。
「…………一人にして平気なのか?」
「頼む、行ってくれ」
 最後の一言が、ザフィーラにある程度のことを悟らせたのかも知れない。その会話を最後にして、シャマルとザフィーラはその場から離れていった。
 残された俺とシグナム。そしてぐったりとしているアリア。
 これは、もしかして俺とシグナムの一騎打ちということか?
 しかし、彼女の思惑は違っていたみたいだ。
「貴様、ひろしだろう?」
「えっ!?」
 ば、ばれてる?
「ち、違うわよん! あた、あたしは! リーゼロッテリアと言う名の」
「今更隠すこともないだろう。ヴィータは気が付いていなかったが、仮面の戦士の正体だった娘と、私が抱えている娘。この二人の使い魔は、おまえに初めて会った時、公園でおまえと対峙していた者達じゃないか…………どういう事情であのようなことになっていたのかは知らないが、三人で徒党を組んでいたことは分かる話だ」
 ああ、くそ。なんかもう余計にややこしくなってきたな。
 なんでシグナムはそのことに気が付いていながら、シャマルやザフィーラを追い払ったんだ?
 俺の正体に気付き、リーゼ姉妹ともグルであったことに気付き、ひっそりと八神家に取り入ろうとしていた俺を前にして、なぜ彼女は騒ぎ立てるようなことをしないんだ?
「訊きたいことがある」
 シグナムが言った。
「この使い魔達は何者だ? お前の使い魔なのか?」
「いや、違う。そいつらのマスターは時空管理局にいる」
「では、私達を最初から捕まえるつもりで、おまえはこの二人と手を組んで私達に近づいたのか?」
「えっとぉ、どっから話したらいいのか…………この二人と手を組んでいたのは確かだ。でも、お前達を捕まえるつもりはなかった」
「だが、私達を止めようとする者がいずれ現れることは予想していたが?」
「たしかに、管理局はお前達のやっていることを危険だと判断しているし、止めるための命令もこの二人に出していた。でも、俺達がしたかったのはそういうことじゃないんだ」
 なんだ俺? 何を言っているんだ?
 改めて、自分の立ち位置がとても不安定であることに気が付いた。
 シグナムが深くため息を吐くと、疲れた様子で俺に訊いてきた。
「ひろし、お前は一体何がしたいんだ?」
「俺は」
「お前は私達を止める側の人物と手を組んでいた。しかし、この娘達と三人揃って、私達を止めるつもりが無いと言う。更にお前はあの白い魔導師の存在を教えてきた。どちらの側にいるんだ、おまえは」
「俺は! 俺はただ」
「ひろし、もう一度訊く。お前は一体何がしたいんだ?」
 俺は一体、何がしたいんだ?
「す、救いたいんだ」
 まるでバカの一つ覚えだった。
 俺はこのリリカルなのはの世界にやって来てから、ずっとそれしか言っていないのだと気が付いた。
 フェイトと出会った時もそう。
 プレシアの手を掴んだ時もそう。
 はやて達と知り合った時もそう。
 他人の運命を救いたいという願望だけを口にして、俺はここまでやって来た。
 だって俺は転生オリ主だから。多くのオリ主達がそうだったように、俺はこの物語に待ち構えている悲しい運命を変えてやりたいと思ってきた。
「どういう風に救いたいんだ?」
「どういう風にって…………そりゃあ、皆が幸せになるように」
 そう言ってはみたものの、俺はその言葉を最後まで自信を持って言うことが出来なかった。
 どういう風に?
 そりゃあ、原作第二期の悲劇と言えば、ラストに待ち構えているはやてとリインフォースの悲しい別れであって。
 はやてを想う者達の、苦悩と葛藤に満ちた辛い立場であって。
 それらの根本的な原因となっている、闇の書の悪質なシステムがあって。
 そんなものに立ち向かおうとする俺の、最終的な着地点って、一体どんなものなのだろうか。
 ただ「救いたい」とか、「介入したい」「俺だったらこうしたい」という気持ちは、強くて真っ直ぐな信念に支えられて、原作をより良い物語へと塗り替えるのだと信じていた。
 でも、それは具体的にどういった形で原作を変えるのか、俺には分からない。
「ひろし、お前の言う“皆が幸せになる”救いとは、具体的にどんなものだ?」
「具体的に?」
「そうだ。お前が私達を、そして主を救ってくれるというのなら、その方法を示してくれ。信頼に足るものであれば、私達はきっとお前の言うとおりに出来る。主が救うことが何よりなのだから」
「具体的な方法っていうのは…………」
「あるのか?」
 言葉を続けることが出来なかった。
 無いんだ。そんな方法が思いつかないんだ。
 もちろん忘れていたわけではない。ずっと、どうすることがこの物語の救いになるのかを考えていた。そう、ちゃんと考えてはいたんだ。
 でも、俺は何も思いつかなかったし、何も準備が出来ていない。
 はやてを救う方法なんて、闇の書を救う方法なんて、ちっとも分からない。
「私たちには時間が無いんだ、ひろし。理想論を語るだけで救えるはずもないだろう。私達は何をしたらいい?」
 バカだった。やっぱり俺ってバカだった。 
 シグナムが俺を受け入れてくれたり、ある程度の信頼を置いてくれたりしたのは、やっぱりはやてのためだった。
 何かしらの可能性や見返りや奇跡を見出そうとして、俺に付き合ってくれていたのだ。
 当たり前じゃないか。それぐらい追い詰められていなければ、俺みたいなやつを信じるはずがない。
 しかし、今の俺にそういったリターンを期待出来るはずもなく、彼女達は現状でもっとも現実的かつ迅速な方法を選択しているのだ。
 プレシアを救おうとした時は、今よりもはっきりとした目的があった。
 プレシアがフェイトのことを娘だと認めてくれれば良かったし、虚数空間に落ち行く彼女を引き上げることが出来ればよかった。結果として俺の思い通りにはならなかったけれど、やるべきことは明確だった。着地点がはっきりとしていたんだ。
 だけど、今回はどうだ?
 リーゼ姉妹やグレアムに介入してみた。ヴォルケンリッターにも取り入ってみた。俺自身の身体を鍛えてもみた。
 でも、それははやてと闇の書を救う直接的な手段には結びつかない。
 この数か月間、俺は原作に介入していたわけではなかった。
 流れゆく原作の時間を追いかけ回していただけなんだ。
 情けない。また、何もしていない。
 俺は、また失敗してしまうのか。
「ああ…………」
「ひろし、悪いが、私達は進まなければならない。お前に何もすることが出来ないのならば、私達は私達だけで出来ることをするまでなのだ」
 シグナムが、アリアを抱えている腕とは反対側の手を開いて、アリアの胸の前に翳した。
「待って!」
「許せ」
 そしてアリアのリンカーコアが、抜き取られていく。
 同時に、ロッテの姿をしていた俺の身体が白い光に包まれ始めて、女性らしいしなやかなボディーラインがただの中学三年生へと戻っていった。
「蒐集完了」
 成すすべもないまま、俺はその場に膝を突いていた。
 そして、事態は更に深刻な方へと進む。
「…………たった今、ヴィータから連絡が入った。あの白い魔導師からの蒐集を終えたそうだ」
 そんな。結局原作通りの展開を迎えてしまった。
 いや、俺が追いかけ回した原作は、更に悪い方向へと向かい始めてしまった。
 闇の書完成まで、あとわずか。
 もはや俺に出来ることなど、何も残っていなかった。

 See you next time.



[30591] NEXT36:クロノの御用
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:59
 目の前でアリアとロッテのリンカーコアが蒐集された後、俺は倒れたまま動かない二人を介抱してやることしか出来ず、近くの公園に運んでベンチに寝かせた。
 なのはの蒐集も終わったと言われたこともあり、すぐになのはを探しに行きたい衝動に駆られたが、二人を放っておくことも出来なかった。第一、ヴィータとなのはがどこで戦ったのかも分からないし。
 二人が目を覚ましたのは、公園に運び込んでから十五分ほどが経った頃だった。
「…………ここは」
 ロッテの声に、俺は何も言わないまま彼女と目を合わせた。
「ひろし、私は?」
 顔を横に振った。それが精いっぱいの返事だ。
 変身の解けた自分の姿に気付き、ロッテは何も言わないまま立ち上がって突っ立っていた。たぶん、魔法を使ってみようとしたんだと思う。無表情のまま目を閉じた顔が印象的だった。
 そしてロッテと同じ表情を浮かべて、アリアはその様子を見ていた。
 掛ける言葉が見つからないまま、俺は二人を少し見てから顔を俯かせていると、アリアがぽつりと言ったのだ。
「ま、闇の書を早く完成させたいなら、他人が蒐集されるのを待つよりも、私たちが差し出しちゃえば早いのかもね」
 そうなのかな。そうかもしれないけれどさ。でも。
 ロッテも頷きながら「仕方ないね」なんて笑っていたけれど、彼女たちが本当にそう思っていたのかは、俺には分からなかった。
「ただ、早いところリンカーコアの回復はしておかないとね」
「あ、あの…………」
 俺の発言に、二人が同時に視線を向けてきた。
「悪い。ちょっと行っていいかな?」
 俺がそう言うと、なんのことなのかを理解したように、アリアが頷いた。
「自分が蒐集されてみて分かったよ。案外辛いね…………早く見つけて、助けてあげな」
 その言葉を聞いて、俺も頷いた。ロッテはなんのことだか察しがついていないようだったが。
 二人の身体が大丈夫そうだということを確かめてから、俺はすぐになのはを探しに行った。ヴィータとなのはが周りを気にせず戦えるような場所を思い浮かべて海鳴市内を駆け回る。
 そこで真っ先に思いついたのは、やはりと言うべきか、海鳴海浜公園だった。
 あそこならド派手に戦えるだけの広いスペースがある。
 そして、俺の予想は当たっていた。
 公園の敷地内に入っていくと、白く乾いた石畳を黒く濡らす、なのはの身体があった。
「なのは!」
 気を失っているのか、彼女は動かない。
 うつ伏せで倒れているなのはに駆け寄り、俺は彼女を仰向けにさせた。
 その時、胸元で赤い宝石がコロリと転がった。
 それはひびの入ったレイジングハートの待機形態。やはり、ヴィータのカートリッジシステムを前にして、彼女は敗北してしまったんだ。
「なのは! しっかりしろ! 目を覚ましてくれぇ!」
 遠慮がちに肩を揺すると、なのはがゆっくりと目を開けた。びっしょりと湿った彼女の服が、ぱたぱたと小さな滴を降らす。
「お、おにい……さん?」
 ごめん、なのは。俺がシグナム達にお前のことを話したから。
 そう言いたい気持ちは、臆病な気持ちにあっさりと負けて俺の内から出ることはなかった。
 助けられたのかと勘違いしたなのはは、一言だけ「ありがとう」と言った。
 そんな言葉を受け取る資格なんて、俺にはない。彼女は力なく微笑んでみせる。
「私、一体どうしたの?」
「リンカーコアを抜き取られたんだ。魔法が使えなくなっていると思う」
「…………魔法が? うそ、本当に?」
 なのはは疲弊しきった身体を無理矢理起き上がらせ、何かを念じるように目を閉じた。それは、少し前に見たロッテの様子と同じものだった。
 ただ彼女と違うところは、本当に魔法が使えなくなっている事実を知って困惑している様子が明らかである点だ。
「ど、どうしよう。なんで魔法が使えなくなっちゃったんだろう?」
「だから、リンカーコアを抜かれたからだよ」
「リンカーコア?」
「ああ、魔力を生み出す器官だ。あいつらはそれをなのはから抜き取った」
「どうしてそんなことを?」
「それは…………」
 言葉に詰まっていると、レイジングハートが弱々しい光で点滅をしている。
 その様子に気が付いた俺となのはは、しばらく訳が分からないままレイジングハートの光を見つめていたが、俺よりも先になのはがその意味を知った。
「レイジングハートが…………お兄さんを敵視してる」
「お、俺を?」
「うん、 今は力が出なくて何も出来ないけれど、お兄さんのことをとても警戒していて、その…………攻撃さえしようとしてる」
 なるほど。なのはの相棒は、本当に賢いんだ。
 俺はその場から立ち上がると、見上げてくるなのはに対して言葉を放った。
「もうしばらく休んだら動けそうか?」
「うん。すごくだるいけれど、なんとか」
「そうか…………大丈夫だよ。リンカーコアは時間と共に少しずつ回復するから」
「そうなの?」
 頷いた俺は、踵を返して歩き始めた。
「お兄さん?」
「ごめん、なのは。もう俺は邪魔をしない」
「え?」
「今さらなのかも知れないけれど、俺はお前達に関わっちゃいけなかったんだって思い知った。もうこれからはおとなしくしているから…………レイジングハートにもそう伝えてくれ。本当にごめん」
 その後、何度かなのはは俺の名前を呼んで事情を聞き出そうとしていたが、俺はその言葉を無視して歩き続けた。
 そう、もう原作介入はしちゃいけない。転生オリ主なんて無理だ。何もしちゃいけなかったんだ。
 本当にごめん。



 そして翌日。俺は自分の部屋に篭ったまま、いつまでもベッドの上で布団にくるまっていた。
 不貞寝というつもりでもないが、何もする気が起きなくて動かないのだから似たようなものだろう。何度か母さんが起こしにきたけれど、それすらも無視していたら、呆れられて何も言われなくなった。
 天気の良い外を見ることもなく、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、俺はじっとしていた。
 なのははどうしているだろうか。リーゼ姉妹はどうしているだろうか。否応なしに過る考えも、時間と共に消えては思い出すことを繰り返す。そのサイクルさえ我慢すれば、忘れているのと同じになれる。
 俺は、完全に逃げていた。
 でも、それを分かっていながら、俺は自分を簡単に許していた。
 昼になり、それでも動かないでいると、突然家の中に呼び鈴の音が鳴り響いた。
 俺が気にすることでもない。母さんが応対してくれるだろう。
 しかし、呼び鈴が再び聞こえてくる。更に三度目。どうやら母さんは出かけたようだ。じゃあ居留守を使うしかない。
 と、思っていたら、今度はノックが聞こえてきた。
 しつこいな。
 そう思ったのだが、ノックの音が変だ。遠く玄関から聞こえてくるものとは違う。なんだか、すぐ近くから聞こえてくるような。
 ってか、窓からじゃん。
 なんだか急に怖くなってきたが、俺はそっと腕を伸ばしてカーテンを開いた。
 するとそこには。
「お、お前ぇ!?」
「やあ、久しぶりだな」
 白昼の陽射しが作る影よりも黒いバリアジャケットを身に纏った、執務官クロノ・ハラオウンがいた。ってか、俺の部屋は地面からだいぶ離れた高さにあるんだけれど。
「飛んでる姿が誰かに見られたらどうするんだ!?」
 ガラス越しに言う声は、クロノにはよく聞こえなかったらしい。彼は片手を耳に当てながら、窓ガラスに顔を近づける。
 素早く窓を開くと、クロノは迷うことなく窓サッシに足を掛け、土足のままで俺の部屋に上がりこんできた。
 一体どういうことだ? クロノが突然やってくるなんて。
 ふとカレンダーを見ると、今日の日付には「フェイトの裁判」という文字が書かれていて、数字には大きな赤丸が記されていた。
 そうか。本当なら今日、なのはが襲われて、フェイトとユーノが助けにくるはずだったんだ。
「お前、いきなり窓から登場だなんてエキセントリック過ぎるだろ」
「相変わらず君は訳の分からないことを言う奴だな」
「…………まさかアリアかロッテの変身なんてオチじゃないよな」
「それは無いな。君も知っているだろう?」
 クロノの口ぶりが急にきつくなった。
 そう、そんなはずがない。彼女達は今、変身魔法どころか、魔力を微塵も使うことが出来ない状態なのだから。
 そしてそれをクロノが知っているということは、昨日何があったのかは既に伝わっているということだろう。
 しかし、俺がリーゼ姉妹と組んで仮面の戦士を演じていたことまでは分かっていないはずだ。
「リ、リーゼ姉妹の様子はどうだ?」
 白々しく訊いてみると、クロノは厳しい口調をそのままにして答えた。
「なのは同様、今は安静にしてリンカーコアの回復に専念する時だ」
「そうか」
「それより心配なのは、なのはがやられたことでフェイトの頭に血が上ってしまっているということだ。地球に到着してなのはの状態を見た途端に、全身の毛を逆立てて事の犯人を探し回っているよ」
 フェイトらしいなと思いつつ、俺は小さく頷きながら「そうか」と呟いた。
 そんな時、クロノの口から不意を突くような言葉が飛び出した。
「なあひろし、君は、なのはのリンカーコアを奪った連中について何か知っているんだろう?」
「は、はぁ!?」
 な、なんでいきなりそんな鋭いところを突いてくるんだ?
「なのはが、リンカーコアを奪われて魔力が使えなくなったと言っていた。僕たちの方から調べたわけではなく、自分からそういう状態だと説明してきたんだ。そしてその原因を教えてくれたのは君だと言うじゃないか…………ひろし、君はどうしてそんなことを詳しく知っているんだ?」
「いや、えっとそれは」
「またあれか? 転生オリ主とかってやつだから、という理由なのか?」
 まあ、以前の俺だったらそういう理由で答えただろうけれど、今の心境としては複雑なところだった。
 答えに困って沈黙している俺を見たクロノは、更に話を続ける。
「少し前から、いくつかの次元世界で魔力保有生物が襲われるという事件が起こっていることは分かっていた。そのことについて、君は無関係じゃないな?」
 答えようのない質問をぶつけてばかり来るクロノに対して、俺は沈黙するしかなかった。
 この耐え難い沈黙をどうにかしてくれ。クロノは一体何を思ってそんな質問をしてくるのか。
「答えられないのか?」
「いや、その…………なんというか」
 いつまでも答えを言わない俺に痺れを切らしたのか、クロノは目を吊り上げて言った。
「ひろし!」
「な! なんだよ、急にでかい声だして…………」
 そして大きなため息を一つ。
 この時のクロノの表情を見た瞬間、俺は事態が予想以上に大きな問題となっていることを悟った。
「ひろし…………僕は、こんな形を望んじゃいなかった」
「は?」
「事前連絡もなく、空を飛んでまで、君のもとへとやって来た意味…………納得してくれ」
 今までにないくらい、俺は転生オリ主としての自分に憤慨し、落胆し、後悔した。
 しかし、俺はもう手遅れだったのだ。
「悪いな、ひろし」
「…………ちょ、ちょっと待てよ!」
 いつの間にか、窓の外には結界が張られていた。家の中にも、街にも、この世のどこにも俺とクロノの邪魔をする者はいない。
 そんな時、窓の外に広がる海鳴市の景色が突然何かに遮られて見えなくなった。
 高層マンションの上層階に位置する俺の部屋。窓の外。何もないはずのそこから、“黒い何か”が浮上してきていた。
「なっ! 何してんだよ! 何しに来たんだよ! クロノォ!」
 本当に、俺は手遅れだったんだ。
「僕は執務官として、君を逮捕しに来たんだ」
 突如として海鳴市の上空に姿を現した、次元空間航行艦船アースラを背景(バック)にして、クロノが鋭く冷たい声で、俺にそう言ったのだ。
 See you next time.



[30591] NEXT37:神様
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:59
 静まり返ったアースラの中を、俺はクロノに連行される形で歩いていた。
 両手首を繋ぎとめるようにブルーのバインド魔法が掛けられている。一言も喋らないクロノの背中は、やけに大きく見える気がして怖かった。
 いつも、どんなにまずい状況に陥っても、俺は転生オリ主だから大丈夫だと、それよりも原作介入するチャンスはないのかと、どこか気が抜けたような考えでいた。
 だが、今のこの状況は正直に言ってまずい。
 物語的にではない。俺個人の問題として。
 なんで俺はこんな目に遭っているんだろう。もちろん自業自得であることは分かっているんだけれど、それでも、それでもこれはまずいだろ。
 俺、何しに転生してきたんだろう?
「なあ……」
 俺は、大きくて怖い背中に声を掛けた。
「俺はどうなるんだ?」
「…………とりあえず、しばらくはアースラで拘留させてもらう。でも、詳細についてはまだ何も決まっていない。取り調べはこれからだからね」
「そうか」
「だけど、もし君がこの件に関して重い罪を背負っているというのなら…………」
 ただでは済まないわけだ。それはもちろん分かっている。
 そして俺は、背負ってしまっている。
 だって、ヴォルケンリッターの蒐集活動に加担していたのだ。なのはを騎士たちに売ったのも俺だ。
 もしも今、この場で全てを吐けば罪は軽くなるのだろうか。
「クロノ…………お前は」
「ひろし」
 俺の言葉を遮って飛び出した彼の言葉は、もしかしたら俺の気持ちを全て見透かした上でのものなのか。
 そんなはずはないけれど、そう思えてしまうような口ぶりだった。
「僕は…………君のことを信じられるやつだと思っていた。だが、今は君に掛かっている容疑以外信じられない…………非常に残念だ」
「ク、クロノ」
「僕は、執務官としての務めを手抜きなどしないつもりだ」
 彼らしい、しかし俺にとってはあまりにも絶望的な通告だった。
 俺のやったこと、やらかしてしまったことを、知りたがっている人は大勢いる。クロノはもちろんだし、なのはやフェイトも事情を聞かされていたならば、俺の裏切りに不信感を抱くのは当然だろう。
 そして、俺を逮捕するために戦艦アースラが出動しているということは、あの人が今回の事件調査を手引きしているに違いない。
 リンディ・ハラオウン提督。彼女を裏切ったこともまた、紛れもない事実である。
「なあ、クロノ…………」
 俺が再び声を掛けると、彼は歩みを止めないまま、そして背を向けたまま言い放った。
「もし弁解をしようとしているのなら、この後に控えている事情聴取の時にしてくれないか?」
 一分ほど歩いたところで、クロノはある部屋の前までやって来て足を止めた。
 クロノが扉の隣にあるタッチパネルのようなものに右手を翳すと、何かを認証したかのようにグリーンランプが点灯し、扉が開く。
「入るんだ」
 言われるがままに部屋の中へと足を踏み入れると、そこには薄いマットが敷かれただけのベッドと、簡易トイレが備え付けられている。
 これじゃあまるで、いや、まさしくそうなのだ。
「牢屋、か」
 こんな部屋がアースラにあるとは知らなかったが、次元航行艦船の性質を考えてみればあっても不思議ではない装備だ。
 重い足取りで部屋の中央まで行くと、両手を捕えていたバインドが外れた。
 後ろを振り返ると、クロノは扉の外側に立って言った。
「事情聴取の段取りが出来たら呼びに来る。それまではここでおとなしくしていてくれ」
 言葉を聞けば、まだかろうじてクロノの気遣いが伺えた。「呼びに来る」とか「おとなしくしていてくれ」とか。わざとなのか、つい言ってしまったのかは分からないが、まだ親しみを感じることが出来る言葉。
 しかし、現実の状況はそうではない。俺は誰かが呼びに来てくれないとここから出ることも出来ないし、おとなしくしていたって暴れていたって、どうにもならない。
 牢屋ってのは、そういう場所なんだ。
 クロノは次の言葉を発することもなく、牢屋の扉を閉めてしまった。姿が見えなくなった彼の足音が遠ざかる。
 俺の選んだ道は、一体どこで間違ったというのだろう。
 原作に介入しようとしただけだ。それも物語をひっちゃかめっちゃかにひっくり返すつもりなど全くなかった。
 ただ、俺が望む通りのエンディングを迎えられるように事が運べばそれで良かったんだ。
 だけど、そうはならなかった。
そして俺はついに詰んでしまった。何度も何度も原作の物語に挑んできたわけだが、その結果がこれだ。
 もはや取り返しのつかない状況であることは既に分かっている。
 俺はベッドの上に腰かけて項垂れた。気落ちはしているが、わりと落ち着いている自分に驚く。
「何してるんだろうなぁ……おれ」
 思わず零した本音は、自分を責める自分の声だった。
 もうこの先どうなるのかなんて、ちっとも分からない。
 それにこの先どうしたらいいのかさえも、考えたくない。
 深いため息を漏らした後、ゆっくりと顔を上げた。
 その瞬間だった。
「あ?」
視界の片隅に懐かしいものを見た気がして、俺は瞬きを何度か繰り返す。すると、今度ははっきりと“彼”を捉えたのだ。
「か、神様!?」
 ベッドの上の俺をじっと見つめるその人は、中性的な顔立ちと眩しくさえある金髪を持った人形のような美少年。
 俺をこの世界に連れてきた張本人。
 神様だった。
「あ、えっと…………随分久しぶりじゃないか?」
 プレシアとの一件以来、彼は俺の前に以前ほど姿を現さなくなっていた。
 それは、俺にこの世界での働きを期待することが出来なくなったという理由から、俺を避けていたからだ。それを思い出すだけでも、プレシアを救えなかった俺の罪は重い。
 クロノやフェイトやなのはが、どんなに慰めの言葉をかけてくれたって、俺がプレシアを救えなかったことは、それだけ重大な失敗だったんだ。
 転生オリ主として、この世界に目的をもってやって来た者として、プレシアを救えなかったことはそれだけ大きな失敗だったと言える。
俺に失望してしまった神様の気持ちは、必然なのだ。
 そんな神様が再び俺の前に姿を現したというのは、一体どういうことなんだろうか?
 未だに何も言わないまま、悲しそうな目で俺を見ている神様は、一体どういうつもりでいるのだろう。
「なあ神様、俺、また何か失敗しちゃったのかな?」
「…………失敗だなんて、そんな簡単に諦めないでください」
「だけど、なんか俺、もう詰んだっぽいんだ。もうここからの逆転なんて思いつかない!」
 少し興奮気味にそう言うと、神様は悲しそうな視線を変えないまま、ぼそりと言った。
「物語は、徐々に原作通りへの軌道修正に向かっています」
「なに? どういうことだ?」
「なのはの仇を取ろうと躍起になっているフェイトが、ヴォルケンリッターのデバイスにあるカートリッジシステムに着目しました。同時にレイジングハートも、そのシステムによる自身の強化を訴えています」
「そ、それじゃあ!」
「おそらく、なのはとフェイトの再始動は近いと思います。リーゼ姉妹が蒐集されたことによって仮面の戦士が早期退場してしまったのでまだ何とも言えませんが、今後はヴォルケンリッター対なのはとフェイト、という図式が繰り広げられることは間違いないみたいです」
 前々から思っていたのだが、神様は時々変だ。俺と同じように原作通りの物語を把握していることは当たり前なのだが、なのはやフェイト達の行動が分かっているかのように、現在の動きを把握していたりする。たとえばフェイト初登場の日を当日になって俺に知らせたり、今のように牢屋の外での動きを知らせたり。
 神様だから当然なのか? いや、でも。もし何もかもを見透かしているのだとしたら、プレシアを救えなかった俺の行動が読めなかったのはどういうことなんだ?
「神様、あんたは何者なんだ?」
 俺が問いかけると、彼は首を横に振った。
「僕には未来が見えていません。分かっているのは、“本来訪れるべきだった運命”と、“今まさに綴られている運命”だけです。僕が見渡せる範囲は、今この瞬間の世界までなんです」
「それってどういうことなんだ?」
「…………ひろしさん、物語は、このままでは結局原作と同じような結果に落ち着いてしまう。それは決してバッドエンドではないけれど、でも…………」
 彼の言葉は重く俺に圧し掛かった。まるで俺の体たらくを責め立てているみたいだ。いや、責めているのか。
「お願いです。こんなことばかりしか言えないけれど、それでも悲劇を救ってあげてほしいんです」
「お、俺だってそうしたいさ! だから、神様も一緒に何か考えてくれよ!」
 しかし、神様は黙ったまま何も言わない。
「俺は一体どうしたらいいんだよ!? なあ神様! この世界に干渉できなくたって、あんたもこの物語を見ているんだろう!? 俺に何が出来るのか、どうしたらいいのか、頼むから一緒に考えてくれよ!」
「…………む、無理なんです」
「そんなこと言わずに頼むよ!」
「ごめんなさい…………」
「なあっ! なあってば! …………頼むよぉ、神様ぁ」
 掴めもしない彼の身体を、俺は手繰り寄せるようにして引っ掻いた。
 それでも、彼はただそこに佇むだけ。
「ごめんなさい、ひろしさん…………僕は、あなたが進む道を一緒に見ることしか出来ない」
「な、なんなんだ、それ」
 なあ、神様。
「ごめんなさい」
「もういいよ…………謝るな」
「はい」
 あんたは一体、何者なんだよ?
 俺を頼る。厳しく責める。必死に懇願する。だけど、何も出来ない。俺の進む道を共に見ることしか出来ないと言う。
 何のためにいるのだろう。何のために俺を転生させたのだろう。
 俺の道を見守ることしか出来ないのなら、俺がこの後どんなに悲惨な目に遭おうともあんたは見ているだけなのか。
 そんなのは、あんまりだ。
「…………分かった、もういいよ神様」
「ひろしさん」
「しばらく、一人にしてくれ」
「あの、本当にごめんなさ」
「謝るなっ!」
 俺は背を向けたまま怒鳴りつけた。
「謝るな! 姿を見せるな! もう何も言うな! 救ってくれだなんて頼むな!」
 一体どこまで言った時に神様が消えたのかは分からないが、もう彼の視線は感じなくなっていた。
「もう、俺に頼るな」
 無力であることを今まで散々恨んできたが、それでも何とかしようと俺は頑張った。そう、そのはずだ。
 そんな可哀そうな俺を、俺自身の運命を救う方法は、“諦める”ことだったのだろう。
 神様に毒ついて、自分に圧し掛かるプレッシャーを払いのけたと実感した時、俺の胸は少しだけすっきりとした。
 ほっとしたようなため息を一つつきながら、俺は一人、胸の中で言った。
 最低の転生者だ。

See you next time.



[30591] NEXT38:やるべきだったこと
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 02:59
 物語は、概ね原作通りの流れを辿っているようだ。
 “ようだ”という程度しか分からないのは、俺がこの目で確認出来ないから。アースラ内に拘留されている間、俺には断片的な情報がクロノから届けられるだけだ。僅かでも情報が得られるというのは、クロノの気遣いによるものだが。
 囚われの身となった俺は、何度かリンディ提督とクロノによる取り調べを受けていた。訊かれることは当然ながら、『闇の書事件』に俺がどのように関与しているのかという点。
 洗いざらい喋ってしまった。
もう何も出来ない自分、何もしたくない自分を罰するため。慰めるため。許された気分に浸るため。
 リーゼ姉妹とのことや、グレアム提督の思惑さえも俺は喋ってしまっていた。
「やっぱり……そういうことだったのか…………」
 事件の真相を掴んだという風にクロノが言った。本当はショックだったに違いない。彼が慕うグレアム提督が俺と繋がっていて、この事件の裏で糸を引いていたと知ったのだから当然だと思う。
「ただの人間である君がこうも深いところまで事件に関われる理由は、きっと協力者がいるからだと思っていた。そこで一番怪しいのは、ずっと側にいたアリアとロッテだ。こういう展開は予想していなかったわけではない…………けれど」
 嘘であってほしかったんだと思う。彼の立場上、あらゆる可能性を想像し、それに対するベストアンサーを常に用意して行動することを心掛けているのは分かるのだが、この事件に関して言えば、かなり辛い想像が現実のものとなってしまっているようだ。
 自分が慕う者の裏切り。自分の師が重ねる罪。
 俺は思い悩むかのような表情を時折見せるクロノに、どんな顔を向けたらいいのかが分からなかった。
 アースラに拘束されている間は、俺は地球では行方不明者扱い…………となってはいないようだった。
 滅多なことではやらない措置だが、俺に関わる人々の記憶に一時的な改竄を施す魔法があるらしく、それによって俺のいない日常は潤滑に回っているという。
 そう、つまりこの『魔法少女リリカルなのは』という世界には、俺の居場所が本当の意味でなくなったというわけだ。
 悲しみを通り越して笑いそうになってしまった。実際、口角は微妙に吊り上っていた。
 なんともあっけない人生だった。役割を無くした俺の転生人生なんて、これから先続ける意味はない。
 現時点でこの世界に何も残せないでいる俺は、これから先もきっと、何も残すことなく過ごしていくのだろう。
 そんな転生オリ主なんて見たくもない。必要ない。
「生きている価値が、見いだせない…………」
 独り言のつもりだった。誰にも聞こえていないとばかり。
「…………何を言っているんだ、ひろし」
 目の前に座り込んでいたクロノは、小さくため息を吐いてからそう言った。
 そう、俺は今、何度目かの取り調べを受けている最中だったのだ。
「そういうことは口にするな」
「だってさ。お前は俺がこの先も生き続けて、何かを成すとでも思うか?」
 不意に聞かれてしまった独り言も、退屈な牢屋生活では当たり前過ぎて恥ずかしさなんて感じない。
「俺はこの世界に転生してきたんだ。それは悲しい運命を変えるためだった。それなのに、こんなことになってしまって俺の人生はお先真っ暗じゃないか。救いようがねえよ。おしまいだ」
「この先何を成すのかなんて、誰にも分かるわけがない。何かを成す人ってのは、誰にも分からない“先を”、諦めずに進み続けた人達なんだから」
「ああ、そうだろうよ。お前はそう言うだろうよ。そしてそれはきっと正しい。間違いじゃない…………でも、俺はそうじゃないんだ。悲観的な意味じゃなく、自分の人生を蔑んでいるわけじゃなく、ただ単純に俺の運命はそういうんじゃないんだよ」
「またその話か」
「俺は転生オリ主。この世界に使命をもってやって来た存在なんだ。努力してとか、諦めずに進んでとか、そういうのはどうだっていいんだ。とにかく残さなくちゃいけないんだ、結果を! 悲しい運命の救済を! 俺という存在の証明を!」
 何を熱く語っているんだろう、俺。今更じゃないか。
 言い終えた後で空しくなったから、俺は深く項垂れた。
 そんな俺を見るクロノの目は、何かを言おうとしているようだった。憐れんでいるようでもあるし、厳しく責め立てるようでもあるし。
 だけど、温かみさえ感じる目だった。
 そうだよ、クロノ。お前はいつだって正しいし、優しい。
「ひろし、こう言うとまた君には反論があるかも知れないが」
 クロノが言いかけたその時だった。アースラ内に緊急警報がけたたましく鳴り響く。
「くそっ! またか!」
 そう吐き捨てると、クロノはすぐに立ち上がって牢を飛び出していった。
「続きは僕が戻ってからだ! ひろし!」
 ここのところ頻繁に、ああして緊急出動をしている。
 その理由はもちろんアレしかない。
 ヴォルケンリッターの蒐集活動を察知したからだ。
 クロノの話によれば、なのはもフェイトも既にカートリッジシステムを搭載したデバイスを手に、ヴォルケンリッターと何度か戦っているという。そしてなのはに続き、フェイトも一度魔力の蒐集を受けてしまった。完成がいよいよ目前に迫った闇の書と守護騎士達は、あと僅かな蒐集を掛けて、日夜なのは達との戦いが続いているそうだ。
原作の運命は、俺の見ていない間にもうそんなところまでやって来ているということだ。そして日に日に激しさを増していくヴォルケンリッターとなのは達の戦いは着実に、元々待ち構えていた運命のレールを辿っている。 
 もうこのまま、止まることはないのか。
 ベッドに寝転がりながら、俺は平らで何もない天井に焦点を合わせようとした。
「…………はぁ」
 そんな時、突然牢の扉が開く音がした。クロノが戻ってきたのか? 
 俺が音の方に声を向けると、そこには意外な人物がいた。
「あ」
「お久しぶり」
「フェイ、ト……」
 まさかの再会だった。PT事件の終結からずっと会うことはなく、俺個人の気持ちとしては再会を楽しみにしていた人物の一人であった。
 まあ、今のこんなザマは見られたくなかったが。
 でもなんで彼女がここにいるんだ? クロノが緊急出動をしたということは、フェイトだってこんなところにいていいはずがないのに。
 俺がそのことを問おうとした。問うために立ち上がってフェイトへと近づいた瞬間。
 ものすごく大きな、炸裂音にも似た音が室内にこだました。そして俺の頬が熱くて痛い。
 張り手を食らわされた。フェイトの白くて小さな手から、信じられないほどの一撃が放たれたのだった。
「なっ…………」
 痛みよりも驚きが強かった。
 どうして、俺は打たれたんだ。
「フェイト、一体」
「あなたは、なのはをヴォルケンリッターに売った」
 ああ、そういうことか。
 もう一つ、張り手が俺の顔を揺さぶった。
「あなたは、なのは以外の人達の信頼も裏切った」
 責められて当然の道理だ。きっとなのはも同じように俺のことを軽蔑しているのだろう。
「おそらくあなたは、もう誰にも信じてもらえない」
 分かってはいることだけれど、深く突き刺さってくるその言葉はやっぱり痛い。
「ごめん。本当に、ごめん」
「その言葉さえも、私達は信じられない」
 そりゃあ俺にだって分かっている。でも、だ。
「ごめん」
 フェイトは口を閉ざした。
 そして、彼女は三回目の張り手を俺に食らわせた。
 鏡を見なくたって頬が真っ赤になっていることが分かる。
「あなたはもう一つ、大きな裏切りをしている」
 そう言ったフェイトの表情は、俺に対する怒りよりも悲しんでいるようなものだった。
 彼女が悲しんでいる理由は、一体なんだ?
「あなたは八神はやてを、そしてヴォルケンリッター達を裏切っているんだ」
「俺が、はやて達を?」
「あなたは仮面の戦士を名乗り、なのはや私達を裏切った。そればかりか、はやてに課せられた闇の書の呪縛を知っていたし、シグナム達の抱える問題さえも早くから気づいていた。それなのに…………あなたはそれを誰にも告げることがなかった」
「俺が、黙っていたことが罪なのか」
 フェイト達も全員が知ったのだろう。闇の書の完成を目指さなければ、八神はやての命が危険であることを。そして、そのために守護騎士達が苦悩していることを。原作はそこまで進んでいるということだ。
 なのはやフェイト達は、そんなはやて達の辛い運命を知った自分達が何をするべきなのか、何をしてやれるべきなのか、そのことで悩んでいるのかもしれない。
 そうだとするならば、俺は確かにとんでもないことをしたのだ。
「あなたがもっと早く…………ううん、最初から。はやて達のことをこちらに伝えていてくれれば、何か別の方法があったのかもしれないのに」
 いや、闇の書の運命を回避する方法は、絶望的なほどまでに何もない。
 そうと分かっていたから、俺は余計なことを何も言わずに運命を救おうとしてきたのだ。
 いや、分かっていたのに、俺はやみくもに理想を吠え続け運命を救うつもりでいたのだ。
 たとえ方法がないと分かっていても、俺はもっと早く、なのは達に助けを求めるべきだったのかも知れない。
 そうすれば、なのは達はもっと早い段階で八神はやてとの接触を果たしただろう。ヴォルケンリッターとの溝も発生したのかどうか分からないし、両者が協力して解決の道を探したかも知れない。グレアムやリーゼ姉妹の行動も抑止出来たし、クロノに辛い現実を突きつけるような出来事もなかった。
 確実に、未来は変えられていた。
 こんなにも簡単なことだったのか。原作第二期を救えるかどうかは分からないが、少なくとも原作よりもっとましな展開を導けたかも知れなかった。そのきっかけは、こんなにも簡単なことで掴めたというのか。
 だがもう、今では取り返しのつかないことになってしまった。
 時間は戻せないのだ。
 転生オリ主としての俺が、原作二期において何をするべきだったのか。何をしなくてはいけなかったのか。
 俺は、“転生者”などというものを全く理解していないフェイトから、その答えを得ることとなった。
 俺は、なんてことをしてしまったのだ。
「ねえひろし。私は、あなたが私の母さんを一生懸命救おうとしてくれたことに感謝している」
 フェイトは、責め立てるような声から少し表情を変えた声で、そっと話し始めた。
「だから、きっとあなたは最初からはやてのことを救おうとしてくれたんだと思う…………でも、だったらどうして私達の力をもっと利用してくれなかったの?」
「フェイト?」
「あなたには魔法が無い。特別な力も無い。ただの一般人。それでも、こんなにたくさんの味方を持っていたはず。どうして、自分の力だけで助けようとしたの?」
 俺は思い出していた。
 原作第二期の時間軸に入り始めた頃。その頃の俺は、確か自分自身に言い聞かせていたはずだ。何度かそんな場面があったはずだ。
 俺は、力の無い自分が悲しき運命を救うために、仲間たちを頼ろうと。
 それなのに、どうして俺は自分だけで全てを解決しようとしていたのだろう。
 いつもそうだ。俺のやることは、同じことを言って同じことを繰り返しているだけ。
 こんな間抜けた話があるものか。どうしてそうなのだ。
 俺がバカなのか。それとも何か理由があったのか。
「フェイト、俺はお前達と協力して」
「もう遅い。もう遅いよ、ひろし」
 そう、もう遅かった。
 何もかも、全ては手遅れなのだ。
「明日、私となのはは、はやてのお見舞いに行くんだ」
「お見舞い? …………なんで」
 そう、原作では、そのお見舞いの時になのはとフェイトが、ヴォルケンリッターとはやての関係を知ることとなり、最終戦へともつれこんでいくはずだった。
 しかし、俺が取り調べにて全ての事情を話しているせいで、今のフェイト達ははやての傍にヴォルケンリッター達がいることを知っている。
 ならば、なぜお見舞いに行くのだろうか。
「明日、シグナム達に直接交渉をしてみる。力じゃない解決を持ちかけてみるんだ。乱暴な方法じゃない、もっとお互いのためになるような解決方法。どうなるかは分からないけれど…………」
 そう、分からない。だが、なんとなく目に見えている。
「たぶん、説得は無理だぞ」
「私もそんな風に思う。だって」
 そう、無理だ。
 なぜならそれは。
「説得するには、遅すぎた。もっと時間をかけられれば、私達は分かりあえたかも知れない」
「そうだな。でも、俺がずっと黙っていたから」
 分かりきったことを口にすると、フェイトは一度俺を睨みつけてから、そっと部屋を出て行った。
 何をしているんだ、山田ひろし。
 このままでは、明日、全ての決着がついてしまうじゃないか。
 カレンダーに記された明日の日付は、地球における暦で十二月二十四日だ。
 それは、最終決戦の日だった。

 See you next time.



[30591] NEXT:39 ひろしとグレアム
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:52ea1ab2
Date: 2014/06/04 03:00
 運命の日がやって来た。
 俺は一睡も出来ないまま、空の見えないアースラの中で十二月二十四日を迎えた。
 アースラ内の物静かな様子から見ても、地球ではまだなのは達の最終決戦が始まってはいないみたいだ。
 たぶん、なのはとフェイトがはやて達の元へと行くのは夕方。学校が終わった後のことだろう。
 俺は何とかして八神はやてを救いたい。原作通りでは救われることのないリインフォースだって救ってやりたい。
 だけど、今の俺には何も出来ない。何も出来ない。何も出来ない。
 胸の中で繰り返している言葉は、いつの間にか声になって口から漏れ出ている。それでも止まらない。 だって本当にその通りだから。
 俺は、何も出来ない。
「ひろし、入るぞ」
 クロノの声がした。開かれた扉の方を見ると、首だけを覗かせている彼がこちらを見ていた。何やらうんざりしたような顔だ。
「またそんな辛気臭いことを言っているのか?」
「うるさいぞ、クロノ。俺は事実を呟いているだけだ。文句があるのか?」
 彼は表情をそのままにして、少し間を置いてから言った。
「…………僕はもう何も言わないよ。ただ、もう君だけの部屋ではなくなるので、少しだけ気を遣っていただけると嬉しいんだけどね」
「は? それは一体」
 俺だけの部屋ではなくなるという言葉に反応して、その意味を尋ねようと上体を起こした時、俺はその意味が分かった。
 クロノに続いて部屋に入ってきたのは、大きな肩幅を若干丸めたようにして立つひげ面の男、グレアム提督だった。
「やあ」
「やあってアンタ!」
 俺が声を上げる中、クロノは何食わぬ顔でグレアム提督を部屋の奥に案内すると、彼を残して自分は部屋を出ようとする。
「ちょ、ちょっと待てクロノ! これは一体どういうことだよ!?」
「君から得られる証言では証拠不十分で逮捕が出来なかったのだけれど、事前に拘束していたリーゼ姉妹からようやく自供が取れた。加えて捜査チームの方からも、彼が今回の件について不正に関わっていることがはっきりと証明された」
「だからってアースラで俺と一緒に拘留するつもりか!?」
「いや、そんなつもりは無かったんだが…………彼の方からこちらに乗り込んできたんだ」
「何しに!?」
 クロノは少し困ったように唇を歪ませていた。言いたくないことなのだろうか。
「これは私の勝手なワガママなんだ」
 グレアム提督がそう言うと、クロノは俺に顔を見られたくないかのようにそっと後ろを振り返った。
「私は、クロノの手によって逮捕されたかったんだ」
「…………えっと、よくわかんね」
「今回、アリアとロッテが仮面の男として暗躍していたことがばれてしまった以上、私の逮捕ももはや免れないことだった。証拠が揃った時点で私はすぐさま拘束されることだったろう。しかし、クロノはそんな私にもなんとか弁明が出来るようにと様々な働きかけをしようとしてくれた。しかし、私が掴まることは正直に言って、もうどうにも言い逃れの出来ないことだ。それならばせめて、クロノの手で掴まることを私は望み、こうしてアースラに自首しにきたんだ」
 どことなく脱力感の漂う、肩を丸くして威厳を消し去った姿勢のグレアム。しかし、その口ぶりにはなんだか清々しさもあるようだった。
 そんなグレアムに対してクロノが背を向け、顔を隠している理由は何か。
 まさかこいつ、感傷に浸って泣いたりなんかしているんじゃないのか。
 俺はクロノの前面へと回り込もうと腰を上げた。そしてそっと彼の表情を覗き見ると、なんとも言い難い、予想外な表情を浮かべていたのだ。
 鋭い眼光と真一文字に結んだ口元。しかし、眉尻は下がり、どうにも困っているような顔をしていた。
「お前、何つー顔してるの?」
 そう言うと、彼は不意に見られた表情を隠そうともしないまま、グレアム提督のほうに再び向き直って言った。
「グレアム提督…………僕は、あなたの気持ちが嘘だとは思っていない。こうなってしまったことに対しても、あなたなりの理由があり、考えがあり、強い意思があったからこそ行動を起こしたのだと思っている」
 そこまで一気に言い切ると、続きは少しだけ間を置いてから話し始めた。
「…………しかし、どうにも引っ掛かるんだ。何故僕に捕まるために、わざわざアースラまでやってきたのでしょうか?」
「それは、お前が地球の方へ出ずっぱりで忙しい身だから、呼び寄せることは出来ないと思ったからだよ」
 平然とした様子で言ってのけるグレアム提督。声色は変わらず覇気が感じられないまま、静かに言い放った。
 その姿は良く言えば諦めがよいというか、潔いというか。
 しかし、俺にはどことなく腹黒いものが見えたようだった。
 クロノだってその様子には気が付いたはずだ。俺が気付いていることを、こいつが見逃すなんてありえない。
「私が怪しいか? クロノ」
「はい…………しかし、何を考えているのか、僕には分からない」
「そうか」
 グレアム提督は少しだけ微笑むと、室内の中をぐるりと見渡しながら言った。
「急に押しかけてきて悪かったね」
「…………それも何かの策略なのですか? 本当は別々に拘留しておくべきなのだけれど、あいにくと使える部屋がここしかない」
 クロノが訝しげな視線をグレアム提督に注ぐと、彼は困ったように笑った。
「もちろん、アースラの現在の状況では、ひろし君と同室になるかもとは考えていた。この艦の間取りはクライド……君の父親が乗っていた船エスティアとほぼ同じだからね」
 その言葉を言い終えた瞬間の、グレアム提督の悲しそうな表情を俺は見た。逆にクロノの方が顔色一つ変えていないことに驚く。
「グレアム提督、あなたは何故このようなことを?」
 父親の記憶を目の当たりにしても顔色を変えることがないクロノは、そのまま執務官クロノ・ハラオウンとなってグレアム提督に問いかけた。
 こいつは原作でもそうだった。真相を確かめるためにグレアム提督のもとを訪れた時も、法を犯してでも止みの書の悲劇を止めようとしたグレアム提督を見逃さなかった。
 それは、自分の親しい者達を前にしてもぶれることのない、クロノの清く正しく逞しい精神を讃えるべきなのか。冷酷であると蔑むべきなのか。
 クロノの静かな問いかけに対し、グレアム提督は視線を落としたまま言った。
「アリアとロッテはなんと言っていたのかね?」
「発案は自分たちがしたことだと言っていました。あなたはただ、彼女達に協力させられただけだと」
「君は、それを信じるのかい?」
 少し悩んだように、クロノが言う。
「…………いいえ。僕が思うところでは、闇の書の永久封印の方法を見つけたあなたが指揮を執り、三人で画策していたのではと考えています」
 やはり原作どおりか。クロノは、既に真実へと辿りついているみたいだ。
 その言葉を受けたグレアム提督は、言葉を返すことなく、しかし何度も頷きながら視線を更に落とした。
 クロノが続けた。
「闇の書を止める方法としては、おそらく主ごと永久凍結して、次元の狭間か氷結世界に閉じ込める。そんなところですね」
「ああ、その通りだ。完成前の闇の書と主を押さえても、それは無駄なことだ。しかし、闇の書が完成してからの数分間なら、闇の書の転生機能は働かない」
「でも、その時点での八神はやてには、永久凍結されるような罪はない」
「八神はやてのことは気の毒に思うが、闇の書が巻き起こす悲劇の連鎖を止めるには、これしかないと思ったんだ」
「八神はやての生活援助を行っていたのは、この先に控える罪滅ぼしのつもりですか?」
「永久に眠りにつくまでは、幸せでいてほしかったんだ」
「それは」
「そう、偽善だ」
 口を挟むことなど出来なかった。
 二人の会話は原作どおりで、時間こそ僅かにずれていても、この先の展開は俺には分かっている。
 しかし、原作介入を諦め、運命を救うことを諦めた俺には、ただテレビの前で原作の放映を眺めるかのように、分かりきった展開を待つだけだ。
 この後はおそらく、グレアム提督がクロノにデュランダルを託して彼の役目は終わるのだろう。そして今夜、最終決戦の末に闇の書は一時的な救済をなされ、闇の書の防御プログラムを破壊。束の間の安息の後、リインフォースは八神はやてに想いを託して散る。
 原作どおり。ベストではないにしても、物語はハッピーエンドを迎えることとなる。
 俺は、何もすることがないのだ。
「グレアム提督」
 クロノが言った。
「法以外にも、あなた達のやろうとしていた手段には問題があります。永久凍結を解くのはそんなに難しいことでhない。たとえ永久凍結したとしても、どんなに遠くへ追いやったとしても、いつかまた闇の書は誰かの手に渡ります」
「そうかも知れないな」
「僕や母さんは、一時の気休めで父さんの無念を晴らされたとしても喜びません」
「…………そう、だな」
「そして」
 クロノが部屋の出口へと向かっていった。
 そして、扉の前に立ってから一度、言い放った。
「あなたにこんなことをしてほしいとも思っていません」
 原作よりも冷たい態度のように感じていると、クロノはそのまま部屋を出て行った。
 扉が閉じられ、鍵が掛けられた時、俺は大事なことが一つ抜けていると気が付いた。
 デュランダルは、いつ渡すんだ?
「な、なあグレアム提督」
 俺が声を掛けてみるが、彼は深くうな垂れたまま何も言わずにいた。
「ちょっと待ってくれよ。これで終わりか? 大丈夫なのか?」
 クロノがデュランダルを持たないまま行ってしまった。
 いや、最終決戦まではまだ時間がある。そう、もしかしたらこの先でまた運命の軌道修正がなされ、クロノがデュランダルを手にするのかも知れない。
 が、もしこのままデュランダルが彼の手に渡らなかったらどうする?
 最終決戦の行方はどうなる? なのはやフェイトの活躍によって闇の書が防御プログラムと分離したとしても、その後はどうなる?
 全員の一斉攻撃で防御プログラムを叩いても、凍結できなくては再び再生してしまう。
 そうなったら、アルカンシェルでトドメをさすことができない。
 そうなったら、八神はやては。リインフォースは。
 じわりと嫌な汗が浮かんできた。
「グレアム提督!」
 俺が声を張り上げると、彼は自嘲しながら呟いた。
「あの子は優秀だな。クライドも立派な息子を持ったものだ」
「おい! 何しょぼくれているんだ! 聞け!」
 俺が肩を揺さぶると、グレアム提督はようやく顔を上げた。
「デュランダルはどこにある!? あれをクロノに託さなくていいのか!?」
「君は、本当になんでも知っているんだな。デュランダルならアリアに持たせているが」
 ってことはここにはないのか? クロノはちゃんと彼女からデュランダルを受け取るのか?
 一人焦っている俺を前にして、グレアム提督はむかつくぐらい落ち着いた様子で言った。
「なあ、ひろし君」
「あ? なんだよ! 今それどころじゃねえだろ!?」
「…………君は、この先の運命を知っているんだったね」
「ああ、そうだよ!」
 ムカつきながら乱暴に答えるものの、彼はちっとも動じなかった。 
 なんだか、こんなしょぼくれたじじいを見ていると更にムカついてくる。
「教えてくれないか?」
「え? 何を?」
「私は、間違っていたのか。私はどうしたらよかったのか」
 こいつ、そんなことを聞いてどうするんだ?
 第一今更じゃないか。もうこの物語は、彼を必要としていないんだぞ。
「そ、そんなの知るか!?」
「何をなせば良かったのだろうか。クロノを裏切るような真似をすることなく、今回の事件の解決を図ることは出来たのだろうか。私のやり方が正しいとは思わない。でも、じゃあどうすればよかったのか。もし君が知っているなら教えてほしいんだ」
 グレアム提督ってのは、こんなにもかっこ悪い男だったのか。原作知識を持つ俺の印象としては、悲しくももっと渋いやつだと思っていたのに。クロノの前では原作どおりでいたくせに、最後の最後で役目を果たすことなく、こんなウジウジしている。
 本当にかっこ悪い。
「うるさいな! そんなこと知るか! アンタが悩んで悩んで選んだ道じゃないのかよ! そんなことが正しいかどうかなんて俺が知るわけないだろう! かっこわりーな!」
「そうか、かっこ悪いか」
「ああ、そうだよ! 自分のやったことに今更自信が持てなくなって、のこのこ掴まった挙句に自分が可哀想な奴だとか思ってんのか!? そんなに知りたきゃ自分で確かめるために動いたらどうなんだよ!」
 そこまで言い切った時、俺は気が付いた。
 あれ。俺、今誰に説教垂れてんだ?
 そして部屋の片隅を見た時、そこには亡霊のように立ち尽くしている神様の姿があった。
 彼は、その端正な顔で小さく呟いたのだ。
「自分のやったことに自信が持てない上に、こんなところに掴まって、自分は何も出来ないのだと嘆く姿はそんなにかっこ悪いですか?」
 頷けるか? だってそれは、俺のことじゃないか。
「俺は…………」
「ひろしさん。僕も一緒なんです。こうしてひろしさんと一緒にこの世界へとやってきて、でも、僕はこの世界に干渉できないからと、あなたの影で自分の無力さを哀れだと思い嘆いていました。僕は、かっこ悪いやつです」
「神様、あの…………俺は」
「そんな僕ですが、今更かも知れませんが」
 俺は、一体今まで何をしてきたんだ?
 こんなところに閉じ篭って、何もなさないまま終わるのか? 
 このまま物語の最終回を待つつもりだったのか?
 それでいいのか?
「何も出来ませんが、それでも原作を救いたいと思った末に、この世界がどうなるのかを見届けたいと思っています。それは、許されますか?」
 俺は、一体なんでこんなところにいるんだ?
 こんなところをぶち破ってでも何かをなしてみないのか?
 これまでの自分がやってきたことが、原作に何を残すのか確かめないのか?
 これじゃダメだろ?
「グレアム提督…………あんたは?」
 俺は彼に問いかけた。
「私は…………」
「神様、あんたは?」
 俺は彼に問いかけた。
「僕は」
「私は」
「俺は?」
 俺は俺に問いかけた。
「確かめたい」
 何もかもが俺の行いだ。
 プレシアだって俺は救おうとした。あと一歩のところまでいった。それでも原作どおりになった。
 でも、今度は本当にそうなるのか?
 確かめたい。
「そうだな、ひろし君の言う通りだ。私にはまだ出来ることがある」
 グレアム提督が立ち上がった。
「実は、アースラにわざわざ来た理由は君に会うためだったんだ」
「お、俺に?」
 彼の意外な言葉に驚かされていると、グレアム提督は俺の肩を掴んで言った。
「本当は私の運命の良し悪しを君に突きつけてほしかった。未来が分かるという転生者の君に…………でも、私が間違っていたよ」
「グレアム、提督」
「君は闇の書と八神はやての運命を救うためにきたんだったね。そんな君が、もし本当に彼女達を救ったとしたら、私の運命の良し悪しなんて決まったようなものだ」
「俺が、彼女達を救えたら?」
「そうだ。彼女達を救えたら、それは私にとっても最高のことじゃないか。私は、君に救われることになる。だったら自分のためにも、彼女達のためにも、そして君のためにも、私は今動かなくてはいけない」
 そうか。俺がはやてを、そしてリインフォースを救えたら、グレアムやリーゼ姉妹も救えるのか。
 神様の方を見ると、彼も瞳に猛々しい光を宿していた。
「私に出来ることはまだある。一つはクロノの力になることだ。そしてもう一つは、君の力になることだ」
 いける。いや、いってみせる。
 俺はまだ諦めない。
 転生者、山田ひろしは諦めないのだ。
「行こう。ひろし君」
「ああ」
 こんなに力強く声を出したのは、久しぶりに感じた。
 とても心地が良かった。

 See you next time.



[30591] NEXT40:クライド・ハラオウン
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:a1c43a62
Date: 2014/06/04 03:00
 時間は刻々と過ぎていく。俺とグレアム提督は、この牢の中で何も出来ないまま原作の最終回を逃してしまうのだろうか。
 いや、そんなことさせるわけにはいかない。
 何としてでも原作介入を果たし、この物語の結末を見届けてやらないとだめだ。
 この物語は、そして登場人物達の運命は、確実に原作の流れを取り戻そうとしている。それなのに、別の牢に捕まっているリーゼアリアは、あろうことか最終決戦に必要となるデュランダルを今もなお所持しているのだ。
 本当ならばクロノが持ち、このデバイスを使うことで事件はひとまずの決着を迎えるはずなのに。
 そんな重要なアイテムがここにあるというのは非常にまずい。このままクロノにデュランダルを渡せなかったとしたら、原作は本当に救われなくなってしまうんじゃないのか?
 そう、俺は使命感にも似た気持ちを持っていた。
 今の俺にははやて達を救うことが出来ない。結局、こんな土壇場になったって原作以上の救済を迎える方法が思いつかないのだ。
 それならばいっそ、狂いかけているこの運命を、本来の運命どおりに修正してやろうと思うのだ。
 転生オリ主としてこの世界にやって来た俺だ。最初は原作の流れを捻じ曲げて、俺が夢見た運命へと皆を引っ張っていくつもりだった。
 しかし、俺にはそれが出来なかった。今となっては俺の求めた理想的救済なんて、決して叶うことのない絵空事だ。
 しかし、それならば今できることをするまでだ。
 というわけで、まずしなければならないことは、何としてでもこの牢から脱出することなのだが。早いところクロノにデュランダルを渡さないと、本当に運命が変わっちまう。
「グレアム提督、何か案はないのか!?」
 俺の問いかけに対し、彼は手を顎に当てながら長い唸り声を上げた。
「難しいな。やはりここを出るには、外側から開けられるのを待つ以外に方法は無い」
「そんな! あんたは元々艦隊司令だってやってたんだろう!? この船のことだって詳しいはずだろ!?」
 しかし、やはり彼は首を横に振ったのだ。
「君の言うとおりだ。だからこそ、ここからの脱出が難しいことを重々承知している。たとえばここから、魔法を駆使した強引な方法で脱出を試みるとしよう。すると、センサーが私の魔力反応を感知した途端、艦内の該当ブロックに対して魔力を無効化する電波を発するようになっている。私の魔法は発動するよりも早く、封じられてしまうというわけだ」
 まったくもって厄介なものだ。だが、そんなことで「はいそうですか」と引き下がるわけにもいかない。
 何とか脱出方法を考えないと。
 その時だった。
 俺達が閉じ込められている牢の扉が、誰かにノックされて音を立てた。
「僕だ」
 クロノだ!
「あ! お、おい! ちょっと待てちょっと待て!」
「君とグレアム提督に、一言だけ言いに来た」
 チャンスだ! クロノに何とかデュランダルを渡すことが出来れば、物語が本来の最終回を迎えるためのお膳立てが揃う。何としてでもここでクロノに、アリアの持っているデュランダルを受け取らせる必要があるんだ。
 しかし、牢の扉が開くことはなかった。固く閉ざされた扉の向こうから、淡々とクロノの声が聞こえるだけだった。
「これから地球に降りる」
「何?」
「なのはとフェイトが、八神はやての入院している病院に向かっている。彼女達はヴォルケンリッターに争わない方法を提案するつもりみたいだけれど、正直なところ、僕はその交渉が成功するとは思っていない」
「あ、相変わらず良い読みだな」
「闇の書を知る者ほど、彼女たちの交渉が決して上手くいかないであろうことは簡単に想像がつくはずだ…………そうですね、グレアム提督」
 クロノの静かな問いかけに、グレアム提督はしばらく間を空けてから「ああ」と頷いた。
 クロノが続けた。
「おそらく戦いになる。そして、過去は繰り返されることになる」
 繰り返す? それはつまり、どういうことを言っているのだ?
「クロノ……君は」
「勘違いしないでください。僕は、父さんのように自分を犠牲にしてでも闇の書を破壊しようとは思わない」
 あまりにも唐突に出たクロノの言葉。俺は、その言葉を聞いた瞬間部屋の扉に飛びついて、拳を思いっきり叩きつけながら怒鳴った。
「クロノてめえ! お前はそういうことを言うキャラじゃねえだろ! 自分の父親のやったことをそんな」
「ひろし!」
「なんだバカヤロウ! 言い訳できんのか!?」
「…………僕は、父さんがやったことを愚かだとも思っていないよ」
 いつの間にか、俺の両肩を抑えて引っ込めようとするグレアム提督が側にいた。彼の顔を見ると、目を閉じたまま静かに顔を振る。
 俺は鈍いみたいだ。クロノがどういう意図でそんな発言をしたのかが分からない。
「あの時は仕方がなかったんだと思う。それに、アルカンシェルならきっと闇の書を消滅出来ると思っていたんだろう。でも、そうならなかっただけだ。父さんの行動では闇の書を消せないと分かった以上、同じ道を歩むことは無駄だと思ったから今みたいな言い方をしたんだ」
 そうか、そうだったのか。
 なんだかおかしい。クロノの性格を考えれば、そんな嫌なことを言う奴でもないし、非効率な悪いことは言わないはずだ。ちょっと考えれば分かることじゃないか。
 それでも、つい自分勝手に逸った解釈をして怒鳴ってしまったのは、たぶん俺が苛立っているからだ。
 苛立っている理由は…………やっぱりクロノ、お前だ。
「お前、そんなことを話すためにここまで来たのか?」
 デュランダルを渡すチャンスだと思ったのだが、牢の扉は一向に開く気配がない。
 扉の向こうはしばらく無音が続き、その時間が経過する度に俺の怒りもますます膨らんでいった。
 我慢が出来なくなった俺は、再び扉に近づいた。
「クロノ、話を聞いてくれ。お前が絶対に受け取らなくちゃいけないものをアリアが持っているんだ。」
 しかし、扉は開かなかった。
「開けてくれ! お前に絶対必要になるものなんだ」
「こんなにも僅かな間に、僕はこんなにもたくさんの裏切りを受けた。ひろし、グレアム提督」
 俺とクロノとの付き合いなんて短いかも知れないけれど、それでもはっきりと分かる。
こいつ、調子がおかしい。いつものクロノじゃないみたいだ。
 でも、奴の口ぶりから言って、原因は俺達にある。だからこそ俺は必死だった。なんとかしてクロノに原作通りの道を歩ませないと。
「頼む、もう一度信じてくれと虫のいいことを言うつもりはない。ただ一つだけ、それだけはお前が受け取ってくれ」
 扉の向こうには未だ沈黙が続いている。
 いや、微かに息遣いが聞こえる。それは間違いなくクロノのものなのだけれど、どこか、やっぱり様子がおかしかった。
 クロノ、お前は一体どうしたっていうんだ。
「クロノ!」
「呼ぶな!」
 はね返ってきた怒声は、俺が初めて聞くクロノの声だった。
「もう、君の言葉には耳を傾けない」
「おい!」
「グレアム提督、あなたにも失望した」
「聞けよ!」
「アリアとロッテの顔さえも、見たくない」
 なんだ、どうしてこんなにもクロノは弱く、脆くなっているんだ?
 原作でも確かに、グレアム提督達の企みを知ってがっかりしているようではあった。でも、こんなにも暗い様子でもないと思った。ただ実直に執務官としての務めをこなし、彼らからデュランダルを託される時もすんなりと受け取っていた。
 それなのに、俺の目の前にいるクロノはこんなにも落ち込んでいる。
 何が違う。何が原作と違うんだ。
 たくさんの裏切り? だけど原作でも裏切られているはずだ。じゃあ一体何に裏切られた?
 そこまで考えて、俺は初めて自分のバカさ加減を引っ張り出した。
「…………俺か」
 俺の裏切りが、こいつの最後の壁を壊しちまったんだ。
 突然原作に紛れ込んできた俺なんかの裏切り一つで、クロノは原作とは大きく変わってしまった。
 そんな、何も出来ない俺のはずなのに、こういう時だけ原作を壊しやがる。つくづく……つくづく俺は。
「神様! どうして何もかもが俺の思惑通りにいかない!」
 何のことだと目を丸くするグレアム提督を無視し、俺は部屋の片隅を見た。
 そしてそこに立っている神様の碧眼を睨むと、彼は表情を歪ませて言う。
「そんな…………原作は、本来の流れを取り戻そうとしているはずです。僕たちはその流れに逆らってまでも原作を変えようとしているはず。なんでこんな土壇場で原作が変わるんだ?」
「神様! どういうことなんだ!? どうしたら原作は元に戻る!?」
「この展開…………こんな、こんなめちゃくちゃな展開…………」
「神様っ!」
 その時、遠ざかる足音を聞いた。
「クロノ! 行くな!」
 しかし、足音は止まらない。
「お前がデュランダルを持っていかなくちゃ、バッドエンドになるんだぞ! おいクロノ!」
 足音が聞こえ続ける限り、俺はずっと叫んでいるつもりだった。
 しかし、一分と経たぬうちに扉の向こう側が静まると、途端に力が抜けた。
 まずい。何とかしてクロノを、なのは達を、この物語を救わないと。
 思い立ったように立ち上がった俺は、めいっぱい助走をつけてから、思いっきり扉に体当たりをした。
「や、やめるんだひろし君! そんなことしても扉は開かない!」
 グレアム提督に押さえつけられても、なんとかその手を振り切り、再び体当たりをかます。
 肩や腕がズキズキと痛みながらも、止めるつもりは無かった。
 だって、だって俺のせいでこの物語は。
「ちくしょおおおおおっ!」



 数時間が経っただろうか。すっかり青あざだらけになった自分の身体を横たえながらも、俺は何とかこのアースラから脱出する方法を考えてみた。
 グレアム提督に魔法を使わせてもみた。ダメだと知っていても、試しておきたかったのだ。だが結果は彼が最初に話した通り、案の定といったものだった。
 通気口なんかが無いかと探してみたが、映画や漫画のようにそうそう上手くいくものでもなかった。テレビアニメのくせに。
 時刻はもうとっくに夕方となっていた。今頃はなのは達とヴォルケンリッターが顔を合わせ、しかし交渉は上手くいかず、最終決戦へと突入しているころではないだろうか。
 当然、クロノだって参戦しているのだろう。
 しかし、デュランダルを持たない奴は、たとえヴォルケンリッターに勝てても最後を乗り越えることが出来ないだろう。
 その時、牢の扉の外に誰かの気配を感じた。
「誰かいるのか?」
 俺の声にグレアム提督も意外そうな顔をして、顔を上げた。
「私、エイミィだよ」
 扉の向こうから聞こえたのは、クロノの将来の嫁である女性、エイミィさんだった。
「あ、えっと、え? なんでここに!?」
 実を言うと、彼女に会うことだけは避けたかったのだ。なんでと訊かれると、それはただ一言、“気まずいから”というだけの理由だ。
 しかし、俺にとっては結構な理由なのだ。
 俺を勘違い転生オリ主の道から正してくれた最初の人であり、それ故になんとなく俺が気になってしまう女性でもあるから。
 そんな彼女に、裏切者として俺なんか見てほしくなかった。しかも今は檻の中。
 かっこ悪いったらありゃしない。
「エイミィさん、もう戻った方がいい。たぶんそろそろ、クロノやなのは達はヴォルケンリッター達とぶつかり合うころだ」
 しかし、彼女の口からは意外な一言が飛び出した。
「ううん、もう戦いは始まってるよ」
「じゃ、じゃあ!」
 その時だった。俺とグレアム提督の見守る中、牢の扉がすっと開き、そこには牢の鍵を手にしているエイミィさんの姿があった。
 あれ、えっと? この人は何しに来たんだろう?
「あのね、ひろし君」
「は、はい?」
「その、私からこんなことを言うのはおかしいんだけれどさ…………その、クロノ君を助けてほしいの」
 何? 俺がクロノを助ける?
 それは本当に冗談にしか聞こえなかった。だってあいつは、俺なんかが助けてやるような弱い奴ではなく、むしろ逆の立ち場こそがふさわしく自然なはずだからだ。
 そんな俺に、一体何を助けろと言っているのだろうか。
「クロノ君、なんかおかしかった」
 それは俺も知っている。相槌を打つように頷くと、彼女は更に続けた。
「あんなクロノ君じゃ、きっとすぐにやられちゃうよ」
「ごめん、エイミィさん。あいつがそんな風におかしくなったのは、もしかしたら俺の」
「ううん! もしかしたらじゃない! 間違いなくひろし君だよ!」
 言葉が出ない。間違いなくって…………あいつにとって俺って。
「クロノ君言ってたよ! プレシアを助けられなくてひろし君が泣いた時、こいつなら次こそは、何かとんでもないことをやらかすような気がするって!」
 言葉が出ない。次こそはって…………俺はそんなに大した奴では。
「それなのに、今回のひろし君は誰かを救うどころか、運命をめちゃくちゃにしているみたいだって。それに、自分自身の運命さえもめちゃくちゃにしているって」
 言葉が出ない。転生とかオリ主とか、そういうのを一切理解していないはずのクロノなのに、ちゃんと見てやがったんだ。
「それがショックだったんだよ! だれかのために一生懸命で、自分の運命よりも他人の運命を何とかしようと体を張ってる姿に、クロノ君は憧れていたから!」
「そ、そんな大げさな…………」
 その時、俺の背中を押す人物がいた。
 グレアム提督だった。彼は言った。
「私は君との付き合いは決して長くないが、君の姿勢はよく見てきたよ。自分の運命を顧みず、他人のためにという姿勢。そんな姿にクロノが憧れるのは、もしかしたら必然かも知れないな」
「あ、あんたまで何言ってんだ!?」
「そんなむちゃくちゃな男を、私は一人知っているよ」
 それは、誰だ?
「その男の名は、かつての私の部下だった男だ」
「…………あ」
震えた。
「そん、な」
「ひろし君!」
 エイミィさんが俺に縋り付く。その重みは、俺の責任の重みだった。
 救わなくちゃいけないものが多すぎる。
 運命を。原作を。自分自身を。グレアムを。リーゼ姉妹を。はやてを。リインフォースを。
そしてクロノを。
 また震えた。拳も、肩も、脳みそも魂も何もかもが。
「お願い、ひろし君」
「エイミィさん」
「クロノ君を…………助けて」
 その言葉を聞いた俺の中で、何かがはじけ飛んだ。
 そして次にとった俺の行動は、エイミィさんの首を乱暴に抱え込んだのだ。
「な、何をするんだ!?」
「悪いエイミィさん! あんたは今人質だ!」
「え?」
「俺をここから出せ! そしてリーゼアリアの元に連れていけ! その後は地球に転送しろ!」
「ひ、ひろし君!?」
「早くしないとどうなっても知らねえぞ! こっち来い!」
 そう言って牢から俺は出た。すぐに他の魔導師たちが俺を見つけるものの、エイミィさんを人質にしているから彼らは手が出せないでいる。
 エイミィさん、俺を逃がすつもりで来たんだろうけれど、それは間違いだ。そんなことをしたら、あなたが罪人になっちまう。
 それじゃあダメなんだ。
 だって俺は。
「救ってやる」
「あ、あの」
「救わなくちゃいけないものが多すぎる…………でも、だからって何だ! 何もかも全部救ってやるよばかやろー!」
 全てを救う大ばか者の転生オリ主だ。
「…………うん!」
 俺の腕の中で、エイミィさんが涙を流しながら頷いた。
 そして、俺の腕をぎゅっと握ったのだ。

 See you next time.



[30591] NEXT:41 託す者、託される者
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:7f20f3ac
Date: 2014/06/04 03:00
「なんということをしているの…………ひろしさん?」
 艦長席から立ちあがったリンディ提督が、エイミィさんを捕えて離さない俺に言葉を投げかけた。
「あなたは自分のしていることが」
「もちろん分かっているさ」
「…………本当に分かっているとでも言うの?」
 ああ、もちろん分かっている。
 俺は今、アースラ内にある転送装置の中にいた。転送先として設定しているのは第九十七管理外世界。そう、地球だ。
 エイミィさんのことは離さないまま、俺は転送装置の外で困惑した様子のリーゼ姉妹に目を向けた。
 エイミィさんを盾にして、リーゼ姉妹をここまで連れてきた。その目的は当然ながら、アリアからデュランダルを受け取るため。
 不安で満ちた目をするリーゼ姉妹。彼女達は揃って、傍らに佇むグレアム提督を見た。
「こうするしかない。渡してやりなさい」
 グレアム提督の静かな声に、アリアが一度頷いてから、俺のほうへと近づいてきた。そしてポケットから待機状態のデュランダルを取り出すと、唇をそっと動かしたのだ。
「ひろし、あんたは一体」
 俺はそのデュランダルを受け取ると、自分のポケットにしまいながら笑顔を浮かべた。
 本当は笑っていられるほど冷静ではなく、心臓がぶっ壊れそうなくらい脈を打っている。だけど、それでも俺は力任せに笑ってやった。
「こいつはありがたくいただいていく」
「でも、あんたは魔法が使えないじゃないか」
「俺じゃねえ。こいつを必要としているのは、俺じゃないんだ」
 彼女から取り上げた力は、全てを凍てつかせる氷結の杖。こいつを使うのは俺ではない。強いて“俺が使う”と表現するならば、その使い方は、とっくにオーバーヒートしているクロノの頭を冷やすためだ。
 完全に言葉を失っているリンディ提督は、深く項垂れていた。垂れ下がる長い髪のせいで表情は読み取れないが、相当な衝撃を受けているのだろう。
「リンディ提督! 俺がこんなこと言うのもふざけてるかもしれないけどさ」
「…………ええ、本当に」
 うっ、その反論は聞こえているよ。あっさり肯定してやがる。
 だが、俺は続けた。
「クロノも、次元世界も、はやても、きっちり救ってくるから!」
 返事はなかった。まあ、そりゃそうか。客観的に見たら今の俺は、いくとこまでいっちまった犯罪者だ。
 俺は視線を変えてロッテに言った。
「わりぃロッテ。俺のことを地球まで送ってくれ」
「…………あんた、これが最後の帰郷になるかもね」
 そうかもしれないな。PT事件の時は寛容だった待遇も、今回ばかりはさすがにどうしようもないだろう。
 この転送装置で送られた瞬間から、俺には僅かな時間しか残されていないというわけだ。
 だが、それでもまだチャンスがあることに感謝だ。
「よし、行ってくるぜ」
 転送が始まった。タイミングを見計らい、抱えていたエイミィさんの身体を転送装置の外へと押しやる。
 前につんのめったエイミィさんが俺の方を振り返ると、俺の身体は既に消えかかっていた。



 そうして降り立った場所は、不気味な黒さを帯びた空の下。
 辺りには人っ子一人いない。背筋が凍るほどの静寂が支配する中で、俺は視線を空中で泳がせた。
 いるはずだ。どこかにいるはずなんだ。
 その時、右手側に続く大通りの空が、一瞬だけ眩しく光った。
 すぐにそちらへ視線を向けると、黒い空に静止する一人の男がいる。
 見つけた。
「おい! クロ」
 その瞬間、クロノに向けて赤い光球が真っ直ぐ飛んできた。
それは明らかにクロノを打ち抜こうとする勢いを纏っていて、その手法を見ただけで何が起こっているのかを把握することが出来る。
「ヴィータかっ!?」
 光球がクロノの目の前まで迫った時、激しい閃光と共に、クロノの前には光の壁が出来ていた。
 間一髪で間に合ったクロノのシールドだが、赤い光球が激しくスピンをしてシールドを貫こうとする。しかし、それも長く続くことなく、光球は弾けて消えた。
「うっとおしい野郎だなぁっ!」
 光球に続いて現れたのは、ジェット噴射の尾を引く鉄槌と、それを駆る赤いバリアジャケットの少女。手にした鉄槌は、シールドを消したクロノ目掛けて更に加速して突っ込む。
 一瞬の出来事だった。グラーフアイゼンの先端がクロノの身体を捉えるよりも早く、クロノの手にするデバイス、S2Uがその猛進を食い止めた。
 しかし。
「貫けぇ! アイゼンッ!」
 キラリと光る小さなものが火花のように見えた。破片だろうか。
 遠目からでも分かる、悪い予感。
 俺の足は自然と駆け出し、眼球はクロノの行く末を見つめ続け、喉はとっさに息を吐き出した。
「クロノッ!」
 振り抜かれたグラーフアイゼンに弾かれて、黒い塊が地上に激しく叩きつけられる。
クロノだ。足元が震えたかと思うほどの衝撃が灰色の粉塵を空に舞いあげた。
 そんなまさか。クロノが負けたとでもいうのか。
「クロノ! 大丈夫か!?」
 彼が叩きつけられた場所へと近づいていくと、辺りは砕けたアスファルトの粉で視界が悪くなっていた。
 少しだけむせながら、それでももう一度クロノの名前を呼んだ。口を開くたびに、口内がざらつく。
「しっかりしろ!」
 アスファルトに半分めり込んだクロノを見つけると、その痛々しさに俺は驚きを隠せなかった。
 クロノがそんな。こんなザマだなんて。
「おい! 大丈夫かクロノ! しっかりしてくれよっ!」
 彼の顔を見ると、声は発していないものの、唇と瞼が小刻みに震えていた。よかった、生きている。
 その時、白煙の中からジャリッという足音が聞こえた。
「執務官って言っても、大したことねーんだな」
 グラーフアイゼンを肩に乗せて、ヴィータがそう言いながら姿を現した。近づく彼女から感じる熱は、おそらく蒸気を燻らせるアイゼンと気迫に満ちたヴィータの身体から発せられているもの。
「なんで……こんな」
 クロノの敗北を信じられなかったが故に呟いた言葉だったが、ヴィータには別の意味に聞こえたらしい。
 彼女は言った。
「なんでかはそいつに聞いてくれ。どうにも正気とは思えねーくらい直情的な戦法だったからさ。あたしにはやりやすい相手だったけどよ」
 横たわるクロノを見てみると、彼は相変わらず苦しそうに表情を歪めていた。
 クロノは、そんなバカ正直に一直線の戦い方をするような奴じゃないはずだ。
 やっぱり、こいつおかしい。
「それよりひろし…………何しにきたんだ?」
 ヴィータの言葉が鋭利に俺へと突き刺さる。
「何って…………」
「ふん、はやてを救いにってか?」
 俺の目的は、八神家ではシグナムにしか打ち明けていなかったはずだ。しかし、彼女が俺の目的を知っているということは、シグナムから俺に関する話を既に聞いているということだろう。
 俺が救いたいと言っていることも、八神家に介入したのは偶然ではなかったことも、仮面の騎士の正体も。
「はやてと闇の書を救いに、だよ。それにお前達守護騎士もだ」
 俺が言い終わるのと同時に、俺の眼前にはグラーフアイゼンの先端が向けられていた。鼻先から十センチも離れていない場所に、アイゼンがある。
 寒気が走る全身は小刻みに震えていたが、それでも表情だけは強気で構えていた。たぶん。
 正直に言って、自分がどんな表情をしているのか分からない。
「なんて顔してるんだ? ひろし」
 ヴィータが嘲笑するように言った。
 だが、本当に嘲笑するかのように言っただけだった。彼女は笑わない。
 よくよく見れば、ヴィータも全身ボロボロになっていた。グラーフアイゼンを突きつける姿は威圧的で逞しいけれど、肩を上下させて荒い呼吸をしている様子からして、彼女も相当消耗しているようだった。
 当然か。ヴィータがつい先ほどまで相手していた奴は、このクロノ・ハラオウンなのだから。
「この期に及んでまだそんなこと言ってるのか?」
 俺の前からグラーフアイゼンが離れていくと、ヴィータはぐったりとした様子でため息を吐き捨て、俺のことを見下ろした。
「……俺は最初からそのつもりだったんだよ」
「最初から、はやてを救いたいって?」
「そうだ。俺がするべきことをしようとするだけだ」
 一瞬だけ、ヴィータの視線が恐ろしいくらいの光を宿して俺を見た。思わず息をのむ。
「…………それだよ」
「え? え?」
 彼女の言い放った言葉の意味が分からず、思わず訊き返してしまう。
「その! 中途半端に首を突っ込んでるだけのくせに自分のしたいことをしようとするのが許せないんだよっ!」
 ヴィータの言葉が胸に突き刺さった。
「なんでお前はそうなんだ!? なんでもかんでも知ってるみたいな顔をしているくせに、何も出来ないじゃないか! 何がはやてを救うだ!? そんなに言うなら早く救ってくれよ! あたし達だってこんなことしたくない! あんたが早く救ってくれれば、こんなことしなくて済むんだ! いい加減にしろ! この……役立たずっ!」
 ヴィータの言葉が次々と俺の胸に突き刺さる。
 役立たずか。確かにその通り、彼女の言うとおりだ。
 俺は、この世界に来てから首を突っ込むだけ突っ込んで、でも何もしないままこいつらの周りをうろちょろしているだけ。
 だけど、それでも何とかしたいと思っているから、俺はいつまでも出しゃばり続けるんだ。
 そう言ってやりたかったが、今そんなことを言ったところで、ヴィータには何も聞き入れてもらえないだろう。それどころか、彼女の神経を逆撫でするのが目に見えている。
 何も言わぬ俺を、鋭さの増した視線で更に睨みつけるヴィータ。
 そしてため息とともに、ぽつりと呟いた。
「全部聞いたよ…………お前、はやてのこともあたし達のことも、全部知っていたんだってな」
 やっぱりな。
そして、改めてそのことを再認識すると、ひどく気が重たくなった。
 これがどういうことだか分かるだろうか。
 隠していたことが知られているというこの状況。そして完成を目前としている闇の書。登場人物達は最終決戦を始めている。
 物語は、もはやクライマックスに向けて突き進んでいる。
 それなのに、俺が広げた風呂敷というものは、自分以外の誰かに、乱雑に丸められてしまっているようなものだ。
 俺が秘密にしてきたことは、きっと最後に明かされるのだと思っていた。最終決戦には、俺の登場が何かを導くのではないかと思った。クライマックスは、原作以上の幸福を運ぶのだと信じていた。
 そういうことになるはずだった。
 なのに。
「ひろし、今更のこのこと何しに来たんだよ?」
 俺の隠していたことは既に誰もが知るところとなり、最後の戦いに必要不可欠なクロノはボロボロにやられており、何も出来ないまま、準備の整わないまま俺はここにやってきた。
 知らぬ間に、俺が介入する隙も無いままに、終焉が近づいている。本当に彼女の言うとおりだった。
「もうお前は来るな! 何もするな! 出る幕じゃねえんだよ!」
「お、俺はな、ヴィータ…………」
「言うなっ!」
 その時、ここから少し離れたところで、光の柱が天空に立ち昇っていくのが見えた。
「なんだ、あの光?」
 白い巨大な柱にも見えるその光からは、異様な気配を感じた。
 全身の毛が逆立つ。まさか、あの魔力光は。
 ヴィータの目が完全に動揺していた。
「ま、まさか…………まだ完成までは、少しだけ足りないはずだ。あたしはまだこの執務官野郎から蒐集はしてないぞ!」
 誰だ? 誰の魔力を吸収したんだ?
 闇の書は、一度蒐集した人物から再度魔力を奪うことは出来ない。
 とすると、なのはじゃない。クロノは今ここにいる。
「ヴィータ! 他の守護騎士達は!? フェイトは! どこにいる!?」
「シ、シグナムとあの金髪野郎は別のところで戦ってるはずだ…………あの方角は、まさか」
 そこまで言うと、ヴィータはすぐさま光の方角へと飛び去って行った。
 俺も後を追うべきか。でも、クロノをこのまま放っておけないし、俺はクロノにデュランダルを渡さなくちゃいけない。
 ちくしょう! どう動けばいい!?
「…………ひろしか」
 突然背後から聞こえた声。俺は素早く振り返った。
 そこには、満身創痍のシグナムがいた。
「シ、シグナム…………お前だけか?」
 ということは、フェイトは敗けたのか?
 しかし、俺の心配をよそに、フェイトが遅れてシグナムの隣に降り立った。彼女もひどく傷だらけだった。
 そしてちらりと俺を見た後、すぐに視線を変えて光の柱を眺めた。
「あの光は?」
「おそらく、闇の書が完成した」
 やっぱり。
「シャマルとザフィーラが応答しない…………残りのページを二人で補ったのか」
「まさか、アルフとユーノも」
「いや、それほど蒐集出来るほどの余白もなかったはずだ」
「たとえ蒐集の心配が無くても、なのは達が心配だ。シグナム、悪いけれど行くよ」
 フェイトが飛び上がろうとした瞬間、再び俺の方を見た。
「ひろし」
「お、おう…………あの!」
「クロノを、返して」
 そう言ったフェイトは、俺の腕から強引にクロノを奪って肩にかけた。
 決して俺がクロノを捕まえていたわけでもないし、彼女だってそれは分かっていただろう。
 だが、あえて「返して」と言われた。フェイトにとって俺は、完全に信用できない奴となっていたのだ。
「ま、待ってくれ! クロノに渡さなくちゃいけないものが」
「必要ない」
 俺がデュランダルを取り出すよりも早く、フェイトはクロノを抱えたまま飛び上がって行ってしまった。
 駄目だ。俺もこんなところにいられない。すぐに追いかけなくちゃ。
 走り出そうとすると、いきなり腕を掴まれた。
「…………シグナム?」
 もう当たり前だとは思っていたが、久しぶりに顔を見る奴らが揃いも揃って冷たい視線を向けてくるのはやはり耐え難いものがある。
 だが、シグナムだけはどうにも違うように見えた。
「何しに戻ってきたのだ?」
「…………俺は、俺は!」
 この台詞を一体どれだけ言ってきたのだろう。俺は、さっきヴィータに向けて言おうとしていた言葉を思い出していた。
 俺が走り回った日々は、おそらく無駄なことだったのだと思う。修行をしてみたって、肉体を鍛えたところで一体魔導師相手にどう立ち向かおうというのか。
 要領も悪かった。何もかもが後手に回り、気が付けば物語は原作と大差のないまま、ここまでやってきてしまっている。唯一違うことは、終焉が原作どおりのラストさえも迎えられるかどうか分からないということ。
 首を突っ込んで、引っ掻き回して、後始末さえ出来ずに、俺はここにいる。
 ヴィータが言っていた通り、俺の出る幕なんてもはや無いのかも知れない。
 だけど、それでも。
「俺は、救いたい」
「呆れた男だな。まだ言うのか」
「どうしても諦められないんだ。だって、俺はそのために転生したんだし。なんか上手く言えないけれど、救いたいとか運命を変えたいとか、そう言い続けることが俺の役目じゃないかとさえ思うんだ」
「言うだけで何もしない、出来ないのでは、随分とお粗末な話じゃないか」
 その通りだ。全くもってお粗末な話だ。俺の転生という物語は失敗に等しい。
 だけど、物語ってやつには目的があるはずだ。それが消えた時、物語は物語じゃなくなる。
 これは、リリカルなのはという物語であるのと同時に、転生オリ主である俺の物語だ。
 目的だけは、見失っちゃいけない。
 いや、見失いたくない。目的が無くなれば、それこそ本当に何もかもが終わる。
 この世界で生きる以上、汗を流さなくちゃいけない。目的に向かわなくちゃいけない。
「俺はどうしても救いたいんだ! こればっかりだけど、言わせてくれ! 言わなくちゃこの物語が終わっちまうんだ!」
 俺が転生してきた意味が見つけられないのなら、今からでも見出さなくちゃいけないんだ。そうしないと、俺がいる意味ってやつが無くなる。
「ひろし……いや、セイバーと名乗っていたかな?」
 シグナムの目が、今はどういうわけかちょっとだけ穏やかになっている。
 そんなシグナムの目が、今度は俺を通り越して、闇の書の光を見つめていた。
「あの光の中に、我々守護騎士が最も大切にする人がいる」
「…………知っているよ」
「そして、闇の書はいつの頃からか、完成しても主を壊すようになってしまった」
「それも知っている。だけど、完成させなくてもダメなんだ」
 シグナムが頷いた。
「私達は、結局主を不幸にすることしか出来なかった」
「そんなことはない! お前達に出会ったはやては間違いなく幸せだ! そして、必ずこの先も幸せになる!」
 もちろん、最低でも原作通りのクライマックスを迎えればの話だが。ポケットの中にあるデュランダルを、俺は服の上から握りしめていた。
 そんな俺を見て、シグナムが少しだけ笑った。こんな時に、笑ったんだ。
「未来が分かると言ったな? そんなお前の言葉はいつだって断定的だ」
「何度でも言ってやるよ。俺には分かるからな」
「ならば、お前の望む未来にしてくれないか?」
 彼女はそう言った。意味としては、さっき俺のことを罵倒したヴィータと、同じことを言っている。
 だけど、彼女の言葉は罵倒ではなかった。
 こいつ、この期に及んでまだそんな目をするのか?
「俺に…………まだ頼んでいるのか? 期待しているのか?」
「いや、期待などしていない。信じているわけでもない」
 シグナム。お前は、本当に。
「ただ、我々守護騎士と同じ気持ちを持つ者が…………一人でも多くいてほしい。あの高町という魔導師やテスタロッサ、その仲間たち。我々以外にも、主を想ってくれている者がいることは分かった。それでも我々はやり方を変えることが出来なかったが、主を救おうとしてくれる者が多ければ、それだけ別の未来があるように思える」
 お前は、本当に立派なリーダーだよ。
「我々が主を救えなくても、別の者が救ってくれるかも知れないのなら…………各々のやり方に任せてでも、守護騎士全員が消えてしまっても、主が助かるのなら」
 自分達の手で助けることに固執するのではなく、あらゆる方面から、手段を選ばず、なりふり構わず、はやてが助かる道を模索する。
 だからこそ、俺にもまだそんな目を向ける。
「俺が…………俺がはやてを救っちゃうぜ。いいんだな?」
「出来るものならな」
 そう言って彼女は空へと飛びあがり、光へと向かっていった。

See you next time.



[30591] NEXT:42 あなたの味方
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:7f20f3ac
Date: 2014/06/04 03:00
 シグナムからあんなことを言われたら、何もしないわけにはいかない。
 いや、救わないわけにはいかないじゃないか。
 俺は光の見えた方角へと走っていた。光の柱は既に消えていたのだが、時々桜色の閃光などが見え隠れしていて、なのは達が応戦しているのだと分かる。
 かなり出遅れた感じはするが、ようやくリインフォースとご対面になるわけだ。
 まずやることは、クロノにデュランダルを渡すこと。そうしないと、原作通りの結末を迎えるための準備が整わない。そのためにはフェイトに連れられたクロノを探さなくては。
「クロノッ! どこにいる!?」
 叫んだって返事をするとは思えない。ひょっこりと顔を出すなんてあり得ない。
 それでも、何度か声を張り上げた。
「返事をしてくれ! クロノ!」
 暗い空にこだます俺の声。どこからも返事が無い。
 そう思っていた。
「そこをどいて!」
 その声は、空からだった。
 見上げると、俺に向かって何かが落下してきていた。何か白い。羽にも見える見慣れた光もある。
 俺は必死になって後方へと跳ぶと、その白いものは俺のわずか二メートル程手前に、耳をつんざくような音を立てて着地した。
 白煙にまみれて顔を覆っていた俺は、煙が晴れていくのに合わせて少しずつ視界を取り戻していく。
 そして目の前に現れた少女の姿を確認した。
 砕けたアスファルトを打ち鳴らす金属音。デバイスを杖のように突き立てて、体をふらふらとさせながら立つ少女が一人。
 その姿は、白のバリアジャケットに赤茶色のツインテールを揺らした少女。彼女の両足首からは、淡く光る翼が生えていた。
「なのは…………」
「お、お兄さん、大丈夫だったの?」
 彼女が落下してきた原因はなんだ? 俺が上空を見上げると、そこには猛獣のような殺気を纏ったヴィータがいた。
「お兄さん、こんなところで何を!?」
「だって、お前」
 なのはの言葉を聞きながらもう一度空を見上げると、ヴィータのいる位置から少し離れたところで、金色の閃光が見えた。そして閃光に続き、シグナムとフェイトが激しく打ち合いながら空を飛びまわっている姿も確認出来る。
 リインフォースは既に暴走を開始しているはず。はやてはとっくに闇の書と融合しているはず。
 なのに、こいつらはまだこんなところで戦っているのか。
「フェイトォ! シグナム! お前ら戦ってる場合か!?」
 俺が叫んでいると、なのはが一瞬動きを止めてから、緊迫した面持ちで顔を上げた。
「二人が戦っているわけではないの」
「え?」
 じゃあ、あの二人は何をしているんだ。どう見たって戦っているじゃないか。
「シグナムさんとヴィータちゃんは、闇の書さんには逆らえないから」
 そうか。そういうことか。
 守護騎士達はそれぞれ独立した感情を持って動いているけれど、でも根本的には闇の書の一部。管制プログラムからの絶対命令があったとするならば、逆らうことは出来ないのか。
 その時だった。
「そんな、ウソ……」
「なんだ? なのは、どうした!?」
「今、アースラから連絡が! 巨大な魔力の集束反応が出てるって!」
「魔力の集束反応?」
 俺の持つ原作知識の中から、この場面で考えうる魔力の集束を思い起こす。すると、一つのヴィジョンが見えてきた。
 アリサとすずかを狙った、リインフォースの放つスターライトブレイカー。
 それは、なのはとフェイトが友人二人に自分たちの正体を明かしてしまう場面でもあったはずだ。
 ということは、原作の流れを概ね辿っている? であれば、やはり急ぐべきは、クロノへデュランダルを託すことだ。
 しかし、俺の予想に反して、なのはがこんなことを言った。
「闇の書さんが、こっちに向かって構えているって!」
 こっち? アリサ達ではなく?
 ということは、この流れの中で、スターライトブレイカーに狙われる一般人は俺だったのか。
「なのは! 離れろ!」
「え!?」
「俺に向かって大型集束魔法が飛んでくるかも知れない! 逃げるんだ!」
「お兄さんは?」
 もし、俺がアリサとすずかの代役としてここにいるのだったら、リインフォースは俺目掛けて撃ってくるはずだ。
 だとしたら、俺の近くにいる者を危険に晒すことになる。
 しかも、原作ではアリサとすずかをなのは達が救ったわけだが、標的が俺と言う時点で原作同様に救われるとは限らない。そしてクライマックスを迎えるためには、なのはもフェイトも欠かせない存在のはずだ。
ならば、彼女達の消耗が予期出来ておきながら、その通りにさせるわけにはいかない。
「俺は、いけない」
「な、なんで?」
「こいつを頼む」
 俺はポケットからデュランダルを取り出すと、それをなのはに渡した。
「こいつをクロノに渡してくれ」
「お兄さん!」
「絶対に必要になる。せめて原作通りの結末だけは迎えてくれ、頼む!」
「ちょっと! どういうこと!?」
 俺の目的ははやてとリインフォースを救うこと。
 だけど、俺の手で救いたいからと言って、最後の最後まで俺が救われる理由はない。
 託せばいい。シグナムもそう覚悟を決めていたじゃないか。
 自分達が救えなくても、たとえ敵対する者達だとしても、はやてを救いたいという志が一緒であれば、託せばいいのだと。
 なのはやフェイト達がこんなに戦って、クロノの気持ちを裏切って、シグナム達の覚悟を見せつけられて。
 俺が何もしないわけにはいかない。
 命の一つくらい賭けられなくて、何が救いたいだ。
「頼んだぞ!」
 俺は走り出した。なのはから離れるように。
 後ろでなのはが俺を呼んだが、振り返ることなく走ってその場所を離れていく。
 きっと俺の動きに合わせて、リインフォースは照準を動かしているはずだ。そういう妙な自信があった。
 なのはが俺を追ってきているかも知れないと思い、俺はあえて細い路地に入り込むことを繰り返して逃げた。
 いつ、闇の書は魔法を放つんだ?
 そう考えながらいくつ目かの大通りに出た時、遠くから気配を感じた。
 通りの真ん中で止まり、気配の方に視線を移すと、全身の毛穴が一気に開いていくのを感じた。
 数キロ先が真っ白な光に染まっていて、まるで朝日のようだった。
 どんどんこちらに向かってくる光。徐々に轟音と地鳴りが大きくなり、俺は歯を震わせた。
 こんなものまともに食らったら、俺なんて一瞬でいなくなっちまうんだろうな。
 涙が出てきた。鼻水も垂れていた。魔力なんてないのに、俺は両腕を前方に伸ばして自分の目の前にシールドをイメージした。
 何も出来ない人生だった。何一つ救えない転生者だった。
 ただ裏切りを重ね、敵を作るだけで終わった。
 そんな俺にふさわしい最後なのかも知れない。自業自得、因果応報ってやつなのかも知れない。
「す…………!」
 救えなかった。
「すく……!」
 救えなくてごめん。
 救ってやるだなんて期待させてごめん。
 救いたかったんだ、本当に。
 出てくる気持ちは、俺からこの物語に送る謝罪の言葉ばかり。
 それが俺の、最後の言葉になる。
「救ってやるぞ! 必ずだ!」
 視界全てが光に包まれ、もうこの肉体が消え失せる寸前、俺は結局諦められずに、また同じことを叫んでいた。往生際の悪い野郎だ。
 だけど、そうしたら肉体は消え失せたりなどしなかった。
「あ、あれ」
「信じるぞ! その言葉!」
 紫色のシールド。そこには、長いポニーテールを靡かせた女剣士が一人いた。
「シグナム」
 しかし、シールドは既にひび割れていて、今にも壊れそうだ。
「くっ!」
 その時。
「おいシグナム! なんでこんな奴助けるんだよ!? どうかしちまったんじゃねーのか!?」
 ヴィータがどこからともなく現れて、シグナムのシールドに重ねるようにして、彼女もシールドを張った。
 本当だ。なんでシグナムは、俺を助けたんだ。
「同じ志を持つ者だからだ」
 シグナムは言った。
「我々の主を、我々同様に大切に想い、守ろうとしているからだ」
「だってこいつは! 管理局の連中とグルだぞ!?」
「だが、闇の書の完成に手を貸してくれたこともある」
「そんな、どっちの味方なのかも分からねえ奴を信じるのか!?」
 ヴィータの言うとおりだ。どうして俺を信じるんだ?
「それは…………どちらの味方でもないから」
「は?」
「常に、主の味方でいたからだ」
 俺の心臓が強く脈を打った。
 俺は今までクロノ達を裏切ったし、守護騎士達も裏切った。
 それは、悲しい運命を救うため。
 今まで言い訳のように、そう言い続けてきた。救うために、たくさん裏切った。だけど、目的はいつだって一つだった。
 俺は、常に悲しい運命の味方でいた。それを、初めて理解してくれた奴がシグナムだった。
 何も言えないままシグナムを見ていると、いつの間にかなのはとフェイトもやって来て、シールドを張った。
「白チビ! 何しにきやがった!? 引っ込んでろ!」
 ヴィータの言葉に、なのはとフェイトが答える。
「そうは行かないよ! だって、お兄さんを守ってくれているんだから!」
「それに、後ろの建物に仲間がいるからね」
 仲間? 振り返ると、俺の背後には小さな公園があった。
 フェイトの言う仲間って、もしかして。
 四人分のシールドがひびだらけになったところで、闇の書の砲撃はようやく止んだ。
「み、みんな…………ありがとう」
 笑顔で頷いたのは、なのはとシグナム。あとの二人は不満そうな顔で俺を見ていた。
 転生してきた俺は、自分に魔法が無いことを嘆いていたはずなのに、実はとんでもない力を手にしていたみたいだ。
 熱くなってきた目頭をとっさに擦る。そんな俺の仕草を見て、なのはがこっそりと笑っていた。
「おい、白いの。何笑ってやがるんだよ?」
 ヴィータが悪態をつくと、未だ笑顔を絶やさないなのはが声を弾ませた。
「…………ねえ、私の名前はなのは。高町なのはだよ」
「あぁ?」
「なんで私達は戦ってるのかな? ヴィータちゃんと私、シグナムさんとフェイトちゃん。もう争う理由なんてないよね?」
 その言葉に、シグナムとフェイトは顔を見合わせて沈黙し、ヴィータは顔を赤くして「ヴィータちゃんとか呼ぶんじゃねえ!」と吠えていた。
「闇の書に逆らえない我々ではあるが、私個人としては確かに争う理由などない」
 フェイトが頷く。
「でも、私となのはにはやることがある」
「うん、そうだね」
 沈黙するヴィータに向かって、なのはとフェイトが同時に声を上げた。
「はやてを助けなくちゃ」
「はやてちゃんを助けないと」
 その言葉を聞いて、ヴィータがほんの少しだけ笑った。いや、笑ったかどうかははっきりと分からないけれど、俺にはそう見えたのだ。
「お前たちも、ひろしと同じようなことを言うのだな」
「ふふふっ! でも、シグナムさん達はずっと前からはやてちゃんを助けようとしてきたんでしょ?」
 その言葉にシグナムは頷き、ヴィータは舌打ちをして、「シャマルとザフィーラも忘れんなよ」と付け加えた。
 ああ、なんてことだろう。
 はやてと闇の書を救う名案があるわけでもない。原作どおりのクライマックスを迎えられるかどうかさえ分からない。
 それなのに、俺は今この戦いに、この運命に明るい光を見た気がした。
「ん? お兄さん、なんで笑ってるの?」
「え? いやあ……」
 笑っていたのか、俺。そりゃあ仕方がないさ。
 だって。
「お前たちがいれば、この物語は決して不幸にはならないんだろうなって」
 そんな気がしたのだ。
「お前たち四人がいれば、絶対にはやては助かる。そんな気がするよ。だって、さっきまで戦ってたはずのお前たちは、気が付いたら目的が一致してるんだもんな」
「ふふっ、そうだね」
 なのはが笑った。そして言った。
「でも、四人じゃないよ」
「ああ、シャマルやザフィーラ。ユーノ、アルフ、それにこの戦いを見守っているアースラの皆…………クロノだって本当は同じなはずだ」
「そう。そして、ずっと同じことを言い続けている人が、もう一人」
「…………ああ」
 自信を持って答えられた。
 こいつらがいれば。間違いない、こいつらがいれば、この運命は救える。
「俺だって、はやてを救いたい」
 そして、闇の書を。
 俺達の志が一つに固まった瞬間だった。
 そして、そのタイミングに合わせて、俺達の目の前にあいつが現れた。
 雪のように白い肌と、雲のように輝く銀髪。宿命に縛られた鋭い眼光と、本音を秘めた悲しい涙。禍々しき運命の色をした衣装。
 闇の書の意志が、いつの間にか俺達のすぐそばまで近づいてきていた。
「もはや救うことは叶わぬ。ならば残された時間で、主の望みを叶えるまで」
 闇の書の意志がそう呟くと、シグナムとヴィータの表情に明らかな動揺が見て取れた。
それでもなのはとフェイトが距離をとって身構えると、俺も同じように体を強張らせた。
「お前たちは、何故に奴らを助けるのだ?」
「わ、私達は…………」
 闇の書の意志の問いかけにシグナムが言葉を詰まらせた時、ヴィータがぽつりと呟いた。
「なあ、あたし達の望みって…………はやての望みって、何かな?」
 その言葉に、俺は胸が締め付けられる思いだった。
 守護騎士達の望み、はやての望み。そしてなのはとフェイトの望み。俺の望み。
 この場にいる誰もが、たった一つの望みを抱いている。
 同じ望みを持つ者同士で違うところは、ただ一つだった。
 諦めた者と、諦めない者。
 俺やなのは、フェイトは後者。闇の書の意志は前者。
 では、シグナムとヴィータは?
 諦めたくない。しかし、プログラムの限界に縛られ、闇の書をよく知るものだからこそ、諦めざるを得ない。
 どちらでも無い場所で、彼女達は揺れ動いていた。
「主はやての望み、そして我らの望み…………それは、自らの呪われた運命を、全てを消してしまいたい、ということ。お前たちならばよく分かっていよう」
 口を閉ざしたヴィータが、なのはを見た。
 その目は、さっきまで剥き出しにしていた敵意など微塵も感じないほどの弱々しいものだった。
 そしてなのはは、その目を見逃さなかった。
「違うよ! はやてちゃんの望みは、そしてヴィータちゃん達の望みはそんなことじゃない!」
「お前に分かるはずもない」
「分かるよ! ねえヴィータちゃん! はっきり言って!」
 フェイトも分かっていた。
「シグナムッ!」
 そうだ。守護騎士達は皆、本当は諦めたくない。
 はやてを救うことを、諦めたくない。
 諦めたくないんだ。
「あっ!」
 その時だった。
 闇の書の意志が、右手をそっと掲げて、ヴィータとシグナムに向ける。
「お前たちの望み、必ず叶えよう」
 その言葉と同時に、二人の身体が細かな粒子となって徐々に薄れていく。
「シグナム! ヴィータ!」
「なのはっ! 行こう!」
「うん!」
 消えゆく二人が闇の書の意志に吸い込まれていく。
 それを止めるため、フェイトとなのはが両サイドから挟み撃ちで突撃していった。
 しかし、闇の書の意志を中心として、ドーム状のバリアがなのは達の攻撃を全方位から防いだ。
「やめろってば!」
 叫ぶ俺に向かって、泣き出しそうな顔のヴィータが手を伸ばした。しかし、彼女の声は聞こえる間もなく吸い込まれ、そして体も消え去る。
 シグナムは、もうすっかり見えなくなった体をくるりと振り向かせ、やはり手を伸ばして俺に言った。
「ひろし、託してもいいか?」
 そして消えた体は、完全に闇の書の意志と一つになってしまった。
「騎士達よ、内にて眠れ」
「この…………分からず屋!」
 フェイトの振るうバルディッシュが、その鎌の刃を横一線に滑らせて、バリアを打つ。
「フェイトちゃん、離れて!」
 少し距離をとったなのはは、足元に魔法陣を開きながら、レイジングハートを前方に突き出して魔力を溜め始めた。
 そして俺は、三人に背を向けて走り出していた。
 託されたのだ。シグナムに、後のことを託された。ならば俺も、じっとしているわけにはいかない。
 さっき、闇の書の意志が放った集束魔法を四人がバリアで防いだ時の会話を思い出す。
 そう、クロノがこの近くにいるのだ。
 あいつを起こして、このデュランダルを使わせなくてはいけない。俺の当面の目的を必ず成し遂げることが、この物語において重要になるのだから。
 三人が戦っているところから少し離れた公園に駆け込むと、そこには横たわるクロノと、彼に治癒魔法を施しているユーノとアルフがいた。
「あんた! 何しに来たんだよ!」
 怒りに震えるアルフの目。そして、ユーノも驚いた視線を遠慮も無しに向けてくる。
 しかし、二人のそんな視線にはもうすっかり慣れた。今はそれどころじゃない。
 倒れているクロノに駆け寄って行くと、俺はクロノの胸倉を掴んで強引に引き上げた。
「何するのさっ!」
「こいつは今寝てる場合じゃねえんだよ!」
「でも、相当ひどくやられている」
「こいつが本当に立ち上がれない理由は俺だ。俺が起こしてやる…………さあクロノ、起きるんだ」
 上半身を起こそうとすると、クロノは痛みに顔を歪めながら、うっすらと目を開けた。
「ひ、ひろしか……?」
「ああ、そうだよ、お前の大嫌いなひろし様だよ」
 俺は歯を見せて笑いながら言った。その様子がよほど奇妙だったのか、ユーノもアルフも気味悪そうな表情を浮かべて立っていた。
「ようクロノ。お前らしくもないな、こんな無様な恰好」
「…………随分な言い草じゃないか」
「そうだろ? お前のこと散々裏切って、自分勝手に手当たり次第、原作を引っ掻き回して…………そんな俺を相手にして疲れちまったお前を、こうして無理矢理起こして偉そうな態度。本当に、何様だろうな?」
 クロノの表情が怪訝そうに俺を見た。
「何を言っているんだ?」
「へへへっ」
 次の瞬間、俺はクロノの目の前で膝を折り、そのままの勢いで額を地面に打ち付けた。頭蓋が土を打つ重たい音が一発響く。
「なっ……」
「ひ、ひろし?」
 なんだってこんな。
「一体、君は何をしているんだ?」
 なんだってこんなにも俺は、謝ってばかりなのだろうか。

See you next time.



[30591] NEXT:43 憧れのかっこいいあいつ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:7f20f3ac
Date: 2014/06/04 03:00
「すまない、クロノ」
「…………君は」
 こうして土下座をしたのは、確かつい最近にもあった気がするな。
 そう、プレシアにも土下座をしたことがあった。それでも俺の気持ちは届かず、原作を変えることは出来なかったけれど。
 フェイトにも謝らなくちゃいけないんだよな。やっぱり土下座ぐらいの深い謝罪が必要なのだろうか。
 そして守護騎士達。お前たちに近づいたせいで、お前たちの気持ちを肌で感じてしまったせいで、何も出来ないことの罪は大きくなったんだよな。ごめん。
 そして俺は今、目の前にいる男に言った。
「まったく、嫌になっちゃうぜ。俺が裏切ったり、余計なことをやらかしたり、何もできなかったり、お前らの邪魔ばかりしたり…………そんなのはいつものことだろうが。今までだってそうだったはずだろ?」
 俺の頭は未だに地面を打ち鳴らしたまま。
「それなのに今回のお前ときたら。俺とグレアム提督がグルだったのもショックみたいだし、グレアム提督とリーゼ姉妹のやっていたこともショックだし、そんなもんだから自暴自棄になって頭に血が昇って、突っ込んでみたらあっさりとやられてこのザマだよ! みっともねえよな! クロノ!」
 俺の頭は未だに地面を擦り続けていた。
「お前は常に冷静沈着で、だけどしっかりと熱いものを持っていて、周りの奴らをしっかりと引っ張って安心させてくれなくちゃダメだろうがよ! それなのになんだこのザマはよ! てめえらしくもねえ! なあクロノ!」
 俺の頭は…………まだまだ、足りないんだよ。
「ひろし、もう頭を上げろ」
「足りねえんだよ! いくらやっても足りない!」
 そう、足りないのだ。
 クロノのことをみっともないと思ったことは本音だった。どんなに上から目線でも決して言うのを止めない。
 俺は、クロノの体たらくぶりに心底頭に来たし、がっかりしたし、悲しさを感じた。
 それはなぜか。
 それは、クロノこそ、俺が求めた姿だったからだ。
 常に冷静沈着で、だけどしっかりと熱いものを持っていて、周りの奴らをしっかりと引っ張って安心させてくれる存在。
 そんな頼もしい存在こそ、俺がずっと求めてきた姿。転生オリ主の理想像と言ってもよい。
 そんなクロノが自暴自棄になる姿なんて見たくもなかった。戦闘でコテンパンにやられる姿なんて見たくもなかった。
 そして、そんな姿になってしまうきっかけを作ったのは、何を隠そう俺自身。それがとても許せなかった。
 俺は、自分が求めた理想を俺自身の手で貶めてしまったのだ。
「ひろし、僕がこんな目にあったのは何も君の」
「いいや、取り繕うな。大なり小なり関係はあったはずだ…………それよりも、俺は最初に一言言った謝罪以外、一切お前には謝らねえ」
 なぜだか分かるか、クロノ。
「もう、俺の言葉は信じられないからだ」
「自分で言うのか?」
 ああ、そうだ。そして続けた。
「許されていいことだとも思ってない。だから、開き直ってもう謝らない。でも、最後にもう一度だけ…………」
それは、全てを捨ててでもこの物語の終わりを見届けたい俺からの願いだった。
図々しいことは百も承知だけれど、最後に一つ。
「俺の憧れを、信じさせてくれ」
 理想の転生オリ主を。
「俺が喉から手が出るほど欲しいと思った、かっこいい姿ってやつを、もう一度見せてくれないか?」
 もう一度、額を地面に強く打ちつけた。
 誰も、何も言わなかった。
 部屋の外ではなのはとフェイトが、闇の書の意志を相手に激闘を繰り広げていることだろう。その様子が伺えるほどの音が聞こえているはずなのに、俺の頭にはそんな音なんて一切届かない。
 クロノの返事を聞きたいがために、頭の中は空っぽにしてあるのだ。
 そして待ち望んだ答え。
「君が」
「ああ」
「君が僕を信じるのは勝手だ。好きにすればいいさ。僕には関係ないからね」
「ああ」
「ただ、僕は君のことを信じない…………もう、信じない」
「ああ」
 そう言ってクロノが立ち上がった。体のダメージを感じさせるように、少しだけ毛だるそうだったが、それでも立ち上がってから、勇ましく一歩を踏み出した。
「君は邪魔にならないところへ引っ込んでいてくれ…………これは、僕たちで解決する」
「…………ありがとう」
 クロノの復活だ。


○クロノ・ハラオウン
 右手のS2Uを強く握りしめ、僕は漆黒の夜空へと飛び上がった。
「なのは、フェイト、どこにいるんだ?」
 周囲を見渡していると、アースラからの通信が入った。
「エイミィか?」
『うん……うん、そうだよ! 良かった、元気になったんだね!』
 泣き入りそうな彼女の声に、少し気恥ずかしさを感じる。ひろしの言葉を借りるわけじゃないが、確かに僕はどうかしていた。あんな無様な姿を晒していたのかと思うと顔が熱くなる。
 赤面した表情を誤魔化すように咳払いをしてから、僕は少し大きな声を出して言った。
「悪い、なのはとフェイトの居場所を知りたい。調べてくれないか?」
『あ、そうだね! 今座標を送るから。そんなに遠くないから早く行ってあげて。二人で頑張ってるよ』
「ああ、たの…………いや」
 前方に光を見た。
 それは、ビルとビルの合間に広がる星空のようだった。
 あれは、知っている。
「フェイトの技じゃないのか?」
 稲妻を纏った無数の魔法弾が空中に待機しているその様子は、フェイトの繰り出す大技を彷彿とさせた。
 しかし、大きく感じる魔力の反応は、フェイトのものではない。
 早く行ったほうがいいな。
 マントを靡かせて、その光の群れへと向かい、飛んでいく。
まさにその瞬間だった。誰かが地面を懸命に走っている姿がちらりと視界に映りこんだ。
 あいつ、まだ首を突っ込んでくるのか。
 そう言えば、アースラにいる時からずっと、何かを渡そうとしていたな。
 それは重要なものなのだろうか。まあいいさ。僕はあいつからの施しなんて受けない。
 ひろしは、信用してはいけないのだ。
 再び前方を見ると、一足遅かったことに気付いた。
「しまった!」
 無数の魔法弾は、今、無限の軌道を描いていく。まるで海中を大移動する小魚の群れのように、魔法弾は一点に向けて突進していった。
 その一点にいる者は。
「なのはっ!」
「クロノ君! 来ちゃダメ!」
 来るなと言われても、あれを一人で受けきるのは不可能だ。だけど二人でなら、無傷は無理でもなんとかしのげるかも知れない。
 だけど、何故なのは一人なのだろう。フェイトの姿を探してみるが、見当たらない。
 まさかやられたのか? いや、あいつはそう簡単にやられるタマでもない。何故なら自分も、彼女の実力をよく知る人物の一人なのだから。
 そんなことを考えながら、なのはの元に辿り着くと、僕はすぐさまシールドを展開して、なのはの背後をガードする。
「来ちゃダメって言ったのに!」
 そう言いながらも、僕の行動を素早く察知して合わせてくるなのは。
 なのはは僕の背中を。僕は彼女の背中を。
 僕たち二人は、お互い向き合った状態で体をほぼ零距離まで寄せ合い、互いの身を守ることに徹した。
 前後上下左右、あらゆる方向から襲い掛かってくる魔法弾を受け止めつつ、僕はなのはに訊いた。
「フェイトはどうした!?」
「フェイトちゃんはっ……」
 なのはがじっと、闇の書の意志を見つめた。
 まさか、本当にやられたのか? 
 僕は黙ったまま、なのはの視線の先に何があるのかを見るため、目を凝らした。
 その視線の先、闇の書の意志は、更なる追撃を加えようと身構える。
「来るぞ、なのは!」
 素早くシールドを張ると、彼女も集束魔法の用意に入った。
「クロノ君、そのまま私を守って!」
 承知。
 僕は魔力によるシールドの強度を、上げられるだけ上げた。
「愚かな。張り合うつもりか」
 闇の書の意志が翳す右手の平上に、身震いするほどの圧縮魔力が真なる球を成していく。
 僕の役目は、敵の攻撃を完全に防ぎ切り、すぐさまなのはに反撃の機会を与えること。
「こい!」
 その時だった。僕は闇の書の意志の方を向いたまま、気が付いた。
 いや、正確には闇の書の意志の“向こう”。
 漆黒の空に月が出ている。ここは結界の中のはず。外界の夜空が映りこむことなんて。
「そんな…………まさか」
 よく見れば、月の中央に黒点が一つ。
「フェイトか」
 それはあまりに強大なフェイトの集束砲。なのはのそれに、勝るとも劣らない。
 なるほど。挟み込むつもりか。
「僕が受け止めてみせる! さあ、来い!」
「…………小賢しい。貴様一人で“二人を”守れるとでも?」
 なに?
 闇の書の意志の言葉に、僕は動揺した。姿は見えないが、なのはも同じように焦りを覚えていた。
 フェイトの存在に気付かれている。そう思った直後には、闇の書の意志がフェイトに向けて左腕を伸ばしていた。
 まずい。どうする。今ここを動けば、なのはがやられる。だが、ここに留まればフェイトがやられる。
「クロノ君! フェイトちゃんの方に!」
「ダメだ! 君がやられる!」
「大丈夫だから! なんとかするよ!」
「今下手に動けばどちらもやら」
 そこまで言いかけた時、足元の地上から慌ただしい足音が聞こえてきた。
 ちらりとそちらに視線を送ると、そこにいたのは例のあいつだ。
「お兄さん!?」
「なのは、構うな! 今は魔法に集中するんだ!」
 しかし、気にするなという方が無理か。こんなところにまで出しゃばって来て、何を考えているんだ。今でさえなのはとフェイトの危機だと言うのに、あいつまで守ってやる余裕は無い。
 ひろし、君には何も出来ない。来るんじゃない。
「おーい! 闇の書よぅ!」
 宙に浮く闇の書に向かって、地上からひろしが声を張り上げた。
「お前はちゃんと主の言うことを聞いているのか!?」
「何?」
 あいつ、何を言い出すんだ?
「主はやては、お前にこんなことをしてほしいと思ってるわけないだろー!」
「いいや、主は望んだ。まるで呪いのような自分の悲しい運命と、それによって生まれる悲しい出来事など全て無くなってしまえと」
 その言葉を言った闇の書の意志は、その瞳から一筋の涙を零した。
「いずれは主の身体さえも消してしまう私。ならば、残された時だけは主の幸せのために」
「だから! それが本当に主の幸せなのかって話をしてるんだ!」
 ひろしの怒声が飛ぶ。
 ふと、なのはの方を向くと、彼女が小さく頷いた。
 そうか。この時こそチャンスだ。
 僕は敵越しにフェイトをもう一度見ると、彼女の方も集束魔法を依然として構えていた。
 いける。
 瞬間的にシールドを解除した僕は、なのはの正面から素早く身を引く。それと同時に、なのはのデバイス、レイジングハートが前に突き出された。
 それと同時に闇の書の意志が視線をこちらに向ける。しかし、それでは遅いのだ。
 ペースは間違いなく僕たちが握っていた。
 噴出された桜色の閃光と、上空から一直線に猛進してくる金色の閃光。
 二つの強大な魔力が、一点を目指してほぼ同時に着弾。その衝撃と言ったら、あまりにも大きすぎて思わず背筋が凍った。
 二つの砲撃が拮抗する中心に、闇の書の意志がいる。周囲に飛散する魔力の残滓はまるで火花のようだ。
 これで完全にノックアウトのはずだ。もしこれでダメだとしたら、もはや僕たちに残された手は。
「クロノ君」
「…………バケモノか」
 正直、愕然とした。だが、だからと言って逃げるわけにもいかないのだが。
 まるで無傷の状態で、闇の書の意志がこちらに向けて砲撃魔法を構えている姿がそこにあった。
「撃ってくる!?」
「受ける必要はない! よけるぞ!」
 掛け声に合わせて、僕となのははそれぞれ違う方向に動いた。どちらを狙って撃ってくるだろうか。それを確かめようと視線を動かすと、闇の書の意志は思いがけない方向に照準を合わせていた。
「ひろしかっ!?」
 上空に浮いている闇の書の意志へ少しでも近づこうとしたのか、いつの間にか付近のビルを昇って屋上に出ているひろしの姿があった。
 そこにいたら逃げ道なんてないじゃないか。
「おい闇の書! もう止めろ!」
 あいつ、また出しゃばるのか。
「暴走はもはや止まらぬ! このまま主を呑み込んでしまうのは、避けられないことなのだ!」
「八神はやてはきっと助かる! 助かるんだ!」
「何を根拠に!」
「俺には未来が見える。俺の知っている未来では…………お前はどうしても救えなかった。だけど、八神はやてなら大丈夫なんだよ! だから、こんなことは止めて、もうちょっとだけ未来を変えよう! その方法を考えよう!」
「未来を変えるだと!?」
「そうだ! …………お前が助かる方法だよ」
 ひろしは、まだそう言い続けている。きっとあいつは、いつまでも言い続けるのだろう。全く、ある意味で関心してしまう図太さだ。
 だが、この様子では闇の書の意志がひろしの説得に応じることはないだろう。あと二言三言でも会話をすれば、集束魔法がひろしを撃ち抜くかもしれない。
 ひろしをあの場所から逃がさなければ。
 僕は魔法弾を作りだし、闇の書の意志へ向けて発射した。当然と言うべきか、その魔法弾は彼女に当たる直前で、シールドにかき消される。
 しかし、時間は充分だった。闇の書の意志に魔法弾がかき消されている隙を突いて、僕は素早くひろしのいるビルの屋上に降り立った。
「ひろし! こっちに来い!」
 叫び声に合わせてひろしがこちらに駆けてくる。
 それと同時に、闇の書の意志が集束魔法を改めてこちらに向けてきた。
「うるさい男だ。消えてなくなれ」
 放たれた砲撃魔法。
 僕はひろしを自分の背後に回し、素早くシールドを張った。
「くっ!」
 すると横からなのはとフェイトが飛んできた。二人はひろしの両肩をそれぞれ自分の肩に背負うようにして、浮き上がった。
「クロノ! 行こう!」
「クロノ君!」
「よし!」
 その場から瞬時に撤退すると、闇の書の意志が放った砲撃魔法は容易くビルを砕いた。
 間一髪、上空へと退避した僕達だったが、そう簡単に休ませてはもらえない。
「気を付けろ! 来るぞ!」
 闇の書の意志が猛スピードでこちらへ突っ込んでくる。
 僕となのはとフェイトは、ひろしを抱えたまま空中を飛びまわって逃げた。後方からは次々と魔法弾が飛んできて、それを避けながらひろしを抱えて飛ぶのは、非常に困難だった。このままでは四人とも撃ち落とされる。
 ふと下方を見れば、海上に出ていた。
「なのは! フェイト! ひろしを下の海に落とすんだ!」
「えっ!? でも!」
「死ぬことはない! それに闇の書の追撃は僕が防ぐ! ひろしを落としたら、二人は素早く反撃の準備だ!」
 返事はなかったが、それは了承したという意味。
 タイミングを見計らい、なのはとフェイトが、抱えていたひろしを落とす。短い悲鳴を上げながら、ひろしが空中でもがくように手足をばたつかせた。
 そして僕は、落下するひろしを追うように飛び、同時に闇の書の意志の方へ視線を向けた。
 しかし。
「…………いない?」
「クロノ君! 後ろ!」
 振り返ると、僕とひろしよりもずっと下方、海面すれすれのところに、闇の書の意志がいつの間にか待機していた。
「そんな!」
 闇の書の意志が言った。
「荷物を抱えていては飛び辛かろう。その荷物、私が受け取ろうか」
 闇の書の意志が手を翳すと、落下するひろしがその手の平に触れる直前で、空中に静止した。
「なっ、なにをするんだよ!?」
「ひろし、お前が主を救いたいと思っていた気持ちだけは本物だと、私も知っている。それについては感謝しているのだ」
「闇の書! てめえ何をするつもりだ!?」
「貴様を守護騎士として認めよう。我らとともに運命を辿るがいい」
 そう言い切った瞬間、ひろしの身体が足元から粒子状になって消えて行った。
「ひろし!」
「なんだこれ!? おい! やめろ!」
 まさか、闇の書の意志に吸収されているのか?
 僕となのはとフェイトが成す術もないままでいると、ひろしの身体は全て闇の書の中に吸い込まれていった。
「…………そ、そんな」
「お兄さん…………」
「…………ひろし」
 一体どうしたらいいのだろうか。ひろしを助ける術はあるのだろうか。
「ひろしよ。終焉への残された時を、我が内にて見届けるがいい」

See you next time.



[30591] NEXT:44 憧れの君
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:7f20f3ac
Date: 2014/06/04 03:00
 ひろしが闇の書の意志に吸収された。
 その事実を目の当たりにした僕は、自分でも驚くほど冷静にその事態を受け入れていた。
 どうしようとか、もうだめだとか、そういった悲観的な感情は一切湧き上がってこない。これはどういうことなんだろうか? 僕は、薄情な男なのだろうか?
「お兄さんが…………」
「なのはっ!」
 フェイトの叫び声のおかげで、僕も我に返ることが出来た。なのはの目の前に、闇の書の意志がいつの間にか急接近していたのだ。
「貴様も眠れ」
 闇の書の意志が振りかざした右手を、なのはは素早くレイジングハートで弾くと、ほぼ落下に近いような形で緊急回避を図った。
 そして、闇の書の意志が意表を突かれたかのようになのはを目で追っている最中、フェイトの鋭い一撃が闇の書の意志の首元を狙う。
 振り抜かれた大鎌の一閃はしかし、その首を捉えることなく空気を切り裂く。
「ちぃっ!」
 僕は右手のS2Uに魔力を注ぎ、足元に魔法陣を展開した。
「グリップバインド!」
 詠唱と同時に、闇の書の意志を挟み込むようにしてブルーのバインドが彼女を締め上げる。
 表情一つ崩さない闇の書の意志が、バインドを引きちぎろうと両腕でもがく
「なのは! フェイト!」
「うん!」
 なのはが再び魔力を溜めこむと、フェイトもそれに合わせて自身の周囲を無数の魔法弾で覆った。
 僕は更にバインドを重ねてかけ、闇の書の意志を徹底的に封じることにした。
 動きを止めることが出来れば。防御をする隙など与えなければ。そういった小賢しい方法が通用するとは思えない。だけど、今は出来ることや思いつくことを全てやらなくちゃいけない気がした。
「今だ! 撃てぇ!」
 なのはとフェイトの同時攻撃。二度目となるこのダブルアタックは果たして。
「浅はかだな」
 一言聞こえた闇の書の意志の声。
 その姿はすぐに爆炎で見えなくなったが、僕はすぐに次の一手を用意していた。
「クロノ君!?」
「奴はこれぐらいじゃ収まらない! すぐに追撃の用意だ!」
 突き出したS2Uの先端から、ブルーの光弾がマシンガンのように放たれる。
 まだだ。これでも足りない。
「クロノ君ってば!」
「クロノ! 煙で敵が見えない! 危ないよ!」
「止まっちゃいけない! きっとまだそこにいるはずだ! 撃ち続けるんだ!」
 僕の攻撃は止まらなかった。
 なのは達の声は聞こえていた。だけど、手を止めちゃいけない気がしたんだ。
 それは何故なんだろう?
「クロノ!」
 ふと、頬に激しい一撃が叩き込まれた。叩かれた箇所がどんどん熱を持っていくのが分かる。
「フェイ……ト?」
「クロノ! いい加減にして!」
 何故、僕は叩かれたんだ?
「どうして」
 叩かれた頬を手で擦った時、僕は初めて自分の異変に気が付いた。
 指先が、温かく湿っている。濡れているんだ。
 そう、泣いていた。
「あ、れ?」
 それから、なのはとフェイトがとても悲しそうな眼差しでこちらを見ていた。
 僕の泣き顔を見ているのか。じゃあ、僕はなんで泣いているんだ?
「とにかくこっちに来て!」
 煙が晴れるよりも早く、僕はフェイトに手を引かれて空を飛んだ。後ろにはなのはが付いてきている。
「…………すまない。どうかしていたみたいだ」
「謝らなくてもいいよ…………きっと、自然なことだから」
 自然なこと? あれが?
 その意味が分からないでいると、少し速度を上げて追いついてきたなのはが言った。
「大丈夫だよ。お兄さんはきっと助かるから。ね、クロノ君」
 ひろし、か。
 僕は、ひろしが闇の書の意志によって吸収され、消滅してしまったことに悲しんでいたのだ。
 それは、ちょっと不思議な感覚だった。
 彼からひどい裏切りを受けた僕は、もう彼を信じないと決めたはずだ。それに、邪魔にならない場所にいてくれとも警告をしたはずだ。
 それでもなお、勝手にしゃしゃり出てきて消されてしまったひろしは、自業自得と言える。
 僕が気に病むことではない。一般人の救出を怠るつもりはないが、あくまでもその程度だ。僕は、彼の存在によって気持ちを揺さぶられることはない。
 そう思っていた。
 だけど、ひろしが目の前で消えて行った時、自分の中にはあるはずもない記憶が見えたのだ。
 それは記憶と呼んでいいようなはっきりとしたものではない。誰かから伝え聞いた、言葉による思い出。想像による幻影。
 クライド・ハラオウンの姿を見た。
 容姿が似ているとは思えないし、歳もずっと離れているはずだ。積み重ねてきた功績や魔力の有無だって、ひろしとは似ても似つかない。
 だけれど、ほんの一瞬だけ、ひろしが彼の姿に見えた気がした。
 そして闇の書の意志に吸収されていった時、父の最後を見た気がした。
 誰もかれもを救いたいと願い、自己犠牲を顧みることなく闇の書の前に立ちはだかる姿。
 それは、僕が密かに思い描いていた姿でもあった。
 目の前で父を失ったかのように、ひろしの消失がとても印象的だった。
 事態を目の当たりにした僕は、自分でも驚くほど冷静にその事態を受け入れていた。どうしようとか、もうだめだとか、そういった悲観的な感情は一切湧き上がってこない。
 だけどそれは、知っていたからだ。父はもう戻ってくることが無いのだと知っていたから、ひろしの消失も同等に捉えた。
 もう、戻ってこない。
 だから僕は攻撃の手を止めなかった。出来ること全てをやりたかったんだ。
 僕が大事に想う人を、憧れを抱く人を、二回も奪った闇の書が許せなかったんだ。
 そうでもしないと、とてもじゃないが耐えられなかった。
「くぅっ……!」
「クロノ君…………」
 嗚咽を噛み殺した僕は、二人の顔を見ないまま真っ直ぐに飛び続けた。
 すると、僕の腕を掴む者がいた。
 高町なのは。
 僕は泣き顔を見られないように俯いたまま、暗い海の上で停止した。
「こういう顔を見られるのは慣れていないんだ。見ないでくれるか?」
 苦し紛れに言った言葉。しかし、返事はない。
 代わりに、少し遅れてなのはの優しい声がこう言った。
「私、救いたいの」
「なのは?」
「私、はやてちゃんを救いたい。それに闇の書さんも救いたい。消えてしまった守護騎士さん達や、お兄さんも救いたいの」
 彼女は微笑んでいた。
 自分の泣き顔のことも忘れて呆気にとられていると、隣でフェイトも突然頷く。
「そうだね。私も救いたい」
「ふ、二人とも何を言っているんだ?」
 彼女達が軽々しく言う“救いたい”という言葉は、まるでひろしみたいじゃないか。
「あいつの真似みたいなことを言って、今はふざけてる時じゃない!」
 怒鳴り声を上げても、二人は微笑むことを止めなかった。
「ふざけてなんかないよ」
 なのはの顔はまだ笑顔を絶やさなくて、でも、確かに真面目な話をしている時の目だ。
「本当にそう思っているの。救いたい。誰もかれも」
「だからって、じゃあどうやって…………」
「私、お兄さんに裏切られたなんて思ってないよ?」
 なのはがそう言った。でも、守護騎士達になのはの魔力を売ったのは紛れもなくひろしだ。
 どうして彼女はそんなことが言えるんだ? だってあいつのせいでなのはは。
「お兄さんは、最初からずっと救いたい救いたいって、そればっかり…………最初から救うべき人が分かってたんだよ。そして、そのために手段を選ばなかった。それってすごいことじゃない?」
「そりゃあ…………彼の馬鹿馬鹿しさは確かにすごいとは思うけど」
 すごい。確かに僕は彼に対して、そう思ったことがある。
「魔力も無い。空も飛べない。何か武術をやっていたり、ものすごい特技があるわけでもない。ただの、本当に普通の人…………でも、そんな人がそこまで誰かのためにって考えられるって、とってもすごいことだと思うの」
 それは、確かにそうだ。
 フェイトを見ると、彼女も口を開いた。
「私は、ひろしがなのはを売ったことがやっぱり腹ただしいよ。でも、さっき闇の書の攻撃からひろしを守った時、シグナムが言ったんだ。ひろしは誰の味方でもなく、ただ、八神はやての味方だったんだって。それは、母さんの時も一緒だった。ひろしは、ずっと母さんや私を助けようとしてくれていた。無謀だよね」
「でもお兄さんみたいに、本当に一生懸命救おうとすると、救えるかも知れないって思うんだ」
「ただの凡人であるひろしがここまで出来るのなら、魔法がある私達だったら尚更ね」
 こんな状況から何かをしようとする二人のバイタリティーを、ひろしが生み出したとでも言うのか。
 なのはとフェイトの性格を考えれば、ひろしがいなかったとしても諦めることはしないと思う。
 だが、今の二人のモチベーションを生み出したのは、やっぱりひろしなのか。
 これは、やはりひろしの魔法なのか。
「泣くのは早いよ、クロノ。ひろしは、母さんが救えなかった時もずっと我慢して、私達には泣き顔を見せなかった」
 そうだったな。そう言えば、そんなこともあった。僕ばかり情けないことは出来ないか。
「これ」
 なのはがポケットから一枚のカードを取り出した。
「お兄さんからクロノ君にって預かっていたの。このデバイス」
「…………氷結の杖、デュランダル」
 なのはからそれを受け取ると、カード状態のデュランダルを杖状に変化させて、S2Uを持ち替えた。
 この杖は、元々グレアム提督が持っていたはずだ。そして彼の想いはひろしに託され、ひろしが僕に。
 託されているんだ。
「分かった。やれるだけのことはやろう」
 二人がもう一度頷いたのを確認すると、僕は闇の書の意志がいる方向へと向き直った。
 デュランダルを握った瞬間、なんだか僕は、なんでも出来るような気がしてきた。この戦いに、明るい終わりが見える気さえした。
 不思議だな。この安心感みたいなものは何なのだろう。
 ひろしは未来が分かると言っていたっけ。あいつは、いつもこんなに明るい先を見据えていたのだろうか。
「クロノ君!」
「闇の書の意志が来たよ!」
 前方から高速で突っ込んでくる闇の書の意志を捉えながら、僕はデュランダルを振る。
 先端から噴き出した光の粒子はまるで粉雪のように、闇の書の意志の進行方向に降り注ぐ。
 粒子の一つ一つが巨大な雪の結晶と化し、壁となる。そして隣り合う結晶同士が手を取り合うように繋がり、一本のチェーンとなる。
 続けてデバイスを振ると、結晶で出来たチェーンが闇の書の意志を縛り上げた。
「ん!?」
「ひろしを返せ!」
 動きを封じた敵に向けて、僕は円錐型の氷を作りだし、自分の両脇に並べてみせる。そして僕の合図と同時に、それらの氷塊はミサイルのように飛び出していった。
「二人とも! 合わせるんだ!」
 遠くでなのはとフェイトの声がする。
 結晶のチェーンをいつの間にか引きちぎった闇の書の意志が、右手の上にある闇の書のページを捲る。すると彼女の身の回りには、黒い炎が燃え盛った。
 氷塊は炎に触れた途端、一瞬で蒸発して消えていく。
 しかし、闇の書の意志がそうして防御をする数秒間に、なのはとフェイトが砲撃の用意を取った。
「ふん、またその戦法か?」
 確かにさっきと一緒ではある。準備段階までは。
 フェイトが砲撃を放つと、闇の書の意志がそれを難なくさける。
 しかし、避けられた砲撃魔法はそのままその場を退場するのではなく、僕が作り上げた氷の六角形に直撃し、反射して進行方向を変えた。
「なに?」
 同じように六角形をいくつも作り上げると、それらにぶつかる度に砲撃は向きを変え、闇の書の意志の周囲を縦横無尽に飛び回った。
 すかさずフェイトが、複数の魔法弾を追加した。
 闇の書の意志の回避行動が速度を増してきた。余裕を少しずつ削り落としていく。
「そろそろ戯れも飽きたな」
 闇の書の意志が両手を天に翳すと、頭上に巨大な魔法陣が出現し、そこから雨のごとく魔法弾が降り注ぐ。
 氷の鏡も雷を纏う魔法弾も、全てが鋭い雨に撃ち抜かれて消え去った。破片が散らばるその様はとても幻想的で、思わず見とれてしまいそうになる。
 事実、闇の書の意志は、その降りしきる氷の破片の中心に身を置いて、天を仰いでいた。
「なかなか乙なものを見せてくれるな」
「不意打ちでごめんなさい!」
 彼女がよそ見をしている最中、十分に魔力を溜めていたなのはが、散らばり降る氷の破片や魔力の残滓を、一点に集結させた。
「スターライトォ…………」
「フェイト!」
「うん!」
 僕とフェイトのダブルバインド。闇の書の足を締め、腕を取り、胴を縛り、顔を覆う。
「ブレイカァァァァァァッ!」
「だから、いくら繰り返そうとも無駄だと…………」
 無駄でも構わない。
 僕達は諦めない。
 ひろしが諦めなかったように。
「救うまでは…………諦めない!」



○山田ひろし
 意識が覚醒した瞬間に解ったことは、俺に形が無いということだった。
 今俺がいる場所、というよりも俺の意識が存在する場所は、端から端まで真っ黒な場所。上下が分からないとか、どこまでも広がっているとか、そういう三次元的感覚さえも感じられない。
 見渡せないし、澄ます耳も探る手足も無い。呼吸することさえも忘れてしまっているかのよう。
 だから俺は、自分に形が無いのだと思った。
 あれ? この感覚、どこかで感じたことがある。
「俺は、何?」
「あのぉ……聞いていただけますか?」
「はい?」
 突然の声。耳なんて無いはずなのに、確かに聞こえた。
 そう思っていたら、無いはずの目で見ているみたいに、声の主がそこにいた。
「こんにちは」
「うおぉっ! いつの間にぃ!?」
 無造作に波打つ金色の天然パーマを右手で掻きながら、頬を赤らめた少年がそこにいた。真っ黒な世界なのに不自然なほどはっきりと見える素肌は色白。身に纏う衣服だって本当の意味での純白だ。まあ、衣服と言っても一枚布をすっぽりと被っているだけのような簡素なものだけど。
「驚かせてすみません」
「え、ちょっと……あんた」
「はい」
「神様」
 目の前に現れたその人を、俺ははっきりと認識している。
「ちょ、ちょっと! なんでこんなところにいるんだ? ってか俺はなんでこんなところにいるんだ?」
 完全に動揺する俺を見て、神様は少し困惑したように言った。
「あ、あの、覚えてませんか?」
「え?」
 覚えてませんかって、俺。何していたんだっけ?
「確か、海に落ちる直前に闇の書が目の前に…………んで、なんか体がちょっとずつ消えていく気がして、気が付いたら」
 ここにいた。
 この、真っ暗で何もない世界に俺がいた。
「そうだ。原作ではフェイトが闇の書の中に吸い込まれるはずだったけれど、それを俺が吸い込まれてきちまったんだ!」
「そうです! 思い出しましたね!」
 だが、それならばますますこの状況がおかしいということになる。
 確か原作では、吸い込まれたフェイトは彼女が憧れた夢のような世界に迷い込むはずだ。そしてその夢の世界を幸せに思いつつも、捨てられない現実を選んで過去の呪縛を断ち切るはずだった。
 ならば俺にもそんなイベントがあるんじゃないのか?
「な、なんで俺は夢の世界にいないんだ?」
 俺の憧れる夢の世界は、強大な魔力だったり、原作キャラ達と築くハーレムだったり、分かりやすいくらいにあるはずなのに。
 なんで俺に訪れるのはこんな真っ暗な世界なのだろうか。
 全く、こんなイベントに巡り合っても俺の転生人生は、どこか腑に落ちない。
 一体なんでこうなのか。
 何か俺の運命を握って好き勝手にしている輩がいるとでも言うのか?
 だとしたら、俺はそいつを許さない。決して許さない。原作キャラどころか、俺自身も悲しい運命に遭わなくちゃいけないのか。
 悲しい運命なんてまっぴらごめんだ。
 お前の考えた生き方なんて。
 お前の作りだした道なんて。
 お前の決めた運命だなんて。
「お前って…………誰だ?」
 次の瞬間、真っ黒だった世界は無数のヒビにまみれ、そして音も無く割れて砕けた。
「こ、これは?」
 そして、真っ黒な世界に代わって現れたのは、真っ白な世界だった。
 ふと、気配を感じて振り返る。無いはずの身体で振り返る。
「…………だから、お前は誰だって?」
 神様ではない。
 もう一人、そこにいた。

 See you next time.



[30591] NEXT:45 転生NEXT
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:7f20f3ac
Date: 2014/06/04 03:01
 上も下も前後も左右もない。真っ白な世界。
 自分の身体さえも見えない。触れない。
 だけれど、俺は確かにここにいて。隣にはいつものごとく、突然現れた神様がいて。
 そして、少し離れたところに、もう一人いた。
「お前は誰だ?」
 俺が問いかけると、彼はそっと微笑んだ。
 いや? 微笑んだのかな? よく分からない。なぜなら彼にも、姿が無かったからだ。
 じゃあなぜそこにいると分かったのか。
 そんなの、俺の方が訊きたいくらいだ。
「答えろよ! 誰だ!?」
 無いはずの口が開いた気がした。
「分からないか?」
「見覚えがねえよ。ってか、そもそも見えねえ」
 男であることは間違いない。そいつが、また少し笑った。なんで見えないのに、あいつの表情や一挙手一同が分かるんだ?
「なあ神様。あんたはあいつを知っているのか?」
 そう尋ねてから神様の方を向くと。
「あれ?」
 神様の姿が無かった。
 しかし。
「僕は、あの人を知っている気がします」
 確かにそこにいた。声が聞こえたのではなく、でも、神様はそこにいた。
「神様。あんたの姿が見えないんだけど、今姿を消しているのか?」
「いいえ。僕はずっと何もしていませんよ?」
 どうなっているんだ?
 すると、謎の男が大きく笑った。
「そんなに動揺することはないよ。私達は今、お互い誰の姿も見えていない。なぜなら、体が無くなっているからね」
「え!? 体が無いって、どういうことだよ!?」
「えーと、山田ひろし君だっけ? そう名乗っているんだよね?」
 なんだこいつ。俺のことを知っているのか? いや、それだけじゃなく、ここがどこなのかも知っているのか?
「名乗っているっつーか、俺は」
「砕城院聖刃、だよね? またはセイバー・R・アルトゥール」
「なんでそれを?」
「君のことなら何でも知っているよ。だって、ずっと見てきたからね」
 闇の書に吸収されるというイベントフラグを立てておきながら、夢の世界に迷い込むわけでもなく、こんなわけの分からないやつと一緒にいなくてはならないのなら、俺はさっさとここから立ち去りたい。
 それなのに、こいつのことが気になって仕方がないのも事実だ。
 俺はいつまでもこんなところにいられないというのに、なんだってまたこんな変な奴が出てくるんだ。
「なあ、おい! ここから出る方法を知っていたら、早急に教えてくれ!」
 しかし、彼は首を横に振った。
「無駄だよ。今君が帰ったところで、何も出来やしない」
 俺は鼻で笑ってやった。
「おあいにく様だな。そういうのはもう散々悩んだ。そんでもう開き直った。何も出来ないかどうかじゃない。俺は、何が何でもはやてとリインフォースを救うと決めたんだ。そのために動く。それだけだ」
 しかし、返ってきた答えは俺の決意をことごとく否定するものだった。
「そういう問題じゃない。この物語は、結局のところ原作通りへと軌道修正される」
「…………なに?」
 今、こいつは何と言った?
 原作だと? 軌道修正されるだと? こいつ、俺や神様と同様に、これがアニメ世界の物語だと知っているとでも?
「お前、本当に何者だ? まさか…………」
 こいつも転生者か? そんな、一つの世界に複数の転生者がいるとでも言うのか?
 俺は周囲を見渡すようにして、声を張り上げた。
「神様!」
「は、はい!」
「俺以外にも転生者がいるのか?」
「え!? いいえ、いないと思いますけど!」
「だがあいつは」
 そこまで言った時、見えない奴がこちらにぐっと近づいてきた気がした。
「神様なんて、いないよ」
「…………は?」
 いや、何を言っているんだ。神様はさっきからここにいるじゃないか。今は俺にも見えていないが、でも会話が通じているんだぞ。そうか。だって神様は、今までもずっと俺にしか姿が見えていなかったんだから、こいつが神様の存在に気が付けなくても不思議ではない。
 そう思った。しかし、それは違った。
「君が神様と呼んでいるのは、神様じゃない」
 その言葉を聞いて、俺は神様を見たつもりでいた。
「どういうことだ?」
「…………分からないです」
「本当に分からないのか?」
「僕は…………」
 男が口を挟む。
「君は神様じゃない。だって、私は」
 待てよ? 俺は?
 僕は? 私は? 俺は?
 一体誰だ。俺自身の姿が見えないのは、関係しているのか? 
いや、本当に知らないのか? 知っているんじゃないのか?
 さっきからそんな気がしてならない。
「なんだ、俺は?」
 その時だった。
「もう充分分かっただろう」
「な、何をだ!?」
「原作は、原作通りこそが最良の道なんだ」
「なんだと?」
「悲しい運命ってやつも、救えないことも、それら全てがあってこそ物語なんだ。完結した物語を変えようだなんて無理なんだよ。いや、しちゃいけないんだ。なぜなら、物語ってやつはなるべくしてそうなっているんだから」
 それは、一体誰に言っているんだ? 俺か? いや、自分か?
 自分って、俺か?
「ある時考えた。この物語は、本当にこの結末以外は無かったのかって。こうなることが運命なのだろうかって。完全なハッピーエンドではない。救われなかった命がある…………でも、それらがあって、大きな感動や深い愛が生まれた。全ては繋がって、重なって、積みあがって出来ている。完成された物語ってやつは、そうやって出来ているんだ。だから、どれの一つでも欠けてはいけない」
 お前の言っていることは、もっともだ。
「フェイトが過去の呪縛を断ち切ることが出来たのも、はやてが困難を乗り越えて、悲しい別れを経て成長することも、なのはが主人公でいることも…………全てはいろんなことの積み重ねがあってこそだ。それは、下手に崩していいものではない。それは分かっているんだ。だけど」
「だけど?」
 男は話を続けた。
「…………だけど、ふと考えた。もしあの時、こうだったら? もしあのシーンで、こんな風になったら? そういった気持ちが少しずつ大きくなった。一度大きくなり始めると、もう止まらなかった。どこまでも、どこまでも大きくなった…………そして、たくさんの“もしも”を見つけた」
「“もしも”って…………なんだよ?」
「可能性だ。こうなったかも知れない。こうしたらこうなるかも知れない。こんな風だったら、こうしたい。そういったたくさんの可能性を見つけた」
 それは一体、どこで?
「二次創作だった。そこには、私が選ばなかった道がたくさんあった」
 選ばなかっただと?
「もしこれらのような道を選んだら、物語はどうなっただろうかと考え、その気持ちは極限まで大きくなった。その時だ…………別れたんだよ」
「悪いんだけどさ、いまいち本筋が掴めない。別れたって何のことだよ。あんたが誰かと別れたってか?」
「君もだよ、ひろし…………分かりやすく説明しよう。人が何かを完成させる時、成し遂げる時、特にその道の熟練者であれば、よく鍛えられた“心技体”が必要不可欠だ。これはスポーツでも創作活動でも何においても同じだよ…………そして、完成された物語の新しい可能性を見出そうとするのなら、それ相応に高い水準の“心技体”が必要となる」
「待て。なんだか聞きたくない。それを聞いたら俺は!」
 しかし、そいつは容赦なく続きを言い放った。
「転生者…………そうだよ。物語を変えるためには、完成された物語を後天的に変えようとするためには、物語の中で動く体が必要だ」
 体? それは今、俺も神様も、こいつも持っていないもの。
 しかし、ここに吸い込まれる前までは、確実に持っていた。物語の中に。確かに持っていた。
 そう、物語を変えるためにあったはずだ。
 体は。その体は。
「君が“体”だよ、ひろし」
「う……あ、あの…………」
「高い水準の心技体は、ついに奇跡を起こし、物語の変革を企てた。実際に行動を起こす“体”。そして悲しい運命を救ってくれと、原作の結末を変えてくれと切に願った“心”は、物語の中へと入っていった」
 俺は、神様を見た。
 いや、彼は神様じゃない。
 原作に干渉することが出来なかったのは、“体”じゃないからだ。
 しつこいぐらいに救済を願ったのは、その願いそのもの、“心”だったからだ。
 じゃあ、こいつは。
「だけど、原作は変えられなかった。だって、“技”はここにあるのだから」
 今、俺はこいつの正体を知った。理解した。
 お前の考えた生き方なんだ。
 お前の作りだした道なんだ。
 お前の決めた運命なんだ。
「お前が…………」
 そして俺が。
「ひろし、君は本当に原作を変えたいと思うか? “技”である私はこう言うよ。原作は、その完成された物語こそベストだ。それ以上の展開は野暮だよ」
 確かにそうかも知れない。物語ってやつは、一度完成した時点で、それこそがベストの結末になるのかも知れない。
 だって一つの物語を創るってことは、ラストに至るまで色々な想いや行動があるはずだ。そのどれか一つが欠けたりしたら、それは矛盾となり、物語の辻褄が合わなくなる。
 綺麗にまとまった原作こそ最高であり、それ以外の展開は所詮偽物だ。
 原作通りでも決して悪い結末ではなかった。ならば、それも一つの運命として受け入れるべきか。
 俺は、俺が今までやろうとしていたことに疑問を覚えた。
 間違っていたのかもしれない、と。
 そんな時だ。
「でも、あなただって一度は望んだから、こうして僕たちが分かれたわけでしょう?」
 それは神様もとい、“心”の叫びだった。
「確かに原作は綺麗に収まった。でも、悔やまれることでもあった。あれ以上のハッピーエンドを望んだって良いでしょう!?」
 確かにそうだ。
「だが、私だって物語を完成させる上で、何も考えていないわけじゃない。ああいうギミックがあってこそ、大きな感動や感慨深さが生まれるし、 “死ぬことによって生きる”登場人物だっているんだ」
 その“技”の主張も、確かにそうだ。
「君はどう思う?」
「ひろしさんは?」
 二人の声が重なって聞こえた。
 ここで俺に振るか。すげー重要だ。俺の選択によって、物語が大きく変わる気さえする。
「俺は…………」
 そう、俺は。
 ずっと“体”として物語に関わってきた。この中で、誰よりも原作を近くで見たと言ってもよい。
 そんな俺が思う、物語の結末。
 俺は最初、原作を変えてやろうと躍起になっていた。でも、やればやるほど上手くいかず、原作介入を果たしたって物語が変わっていくのをイマイチ感じられなかった。
 むしろ原作の邪魔をする敵は俺自身のような気さえした。
 それでも、彼ら原作キャラに触れることで分かったことがある。
 登場人物達は、人だ。
 空想でも、誰かの創作でも、それでも間違いなく生きているんだ。
 幸せになりたい。美味いもんも食いたいだろう。悲しい目には出来れば遭いたくない。どうして私だけと思うようなことは避けたい。
 決められた運命かもしれないけれど、誰もが決められているとは思っていない。
 そんな皆の姿を見た俺は、どうしたい?
 今、この世界の向こうでは、闇の書の意志となのは達が一生懸命戦っているのだろう。
 俺がこのまま戻らなくても、物語は原作通りへと向かって軌道修正が掛かっているのだろう。
 ならば、戻らなくても。
「ひろし」
「ひろしさん?」
「…………でもさ、俺、あいつらと顔見知りになっちゃったんだよね」
 そうだった。
 なのはが、フェイトが、クロノが何を想って戦っているのか。
 原作通りに軌道修正をしたとしても、一度俺は奴らと知り合っちまった。そんな俺が、もう原作通りでいいよーなんて途中リタイアしたら、あいつらは俺のことをどう思うかな。
 悲しんでくれるかな。寂しがってくれるかな。
 また会いたいって思ってくれるかな。
「俺は、あいつらに約束しちまったんだ」
「約束?」
「ああ、はやても、闇の書も、なにもかも全部救ってやるって…………シグナムにも託されたしな。その約束は、これからもあいつらの中に残るんだろう?」
 そうだ。だから、諦められるわけがないじゃないか。
「だからさ」
 そうだ。だから。
「だから、俺は…………やっぱり救いたいんだ」
 この気持ちは分かってもらえるだろうか。俺の単なるワガママなんだけど、押し通るだろうか。
 そんな心配をしていると、二人の表情が見えた気がした。
 ああ、そういう顔するんだ。
「そんなに見たいかい? 原作とは違う未来を」
「ひろしさん」
 こいつらって、元々は俺達一緒だったんだから、この気持ちが分からないわけなんてないよな。
 俺は微笑んだ。
 その瞬間、俺の身体がどんどん構築されていくような気がした。
 無いはずの体が動いた気がして、俺は自分を見ようとした。
 そう、形が無いはずだったのに、俺は自分自身を目で見ようとしたのだ。
 これは、真っ暗な世界から『魔法少女リリカルなのは』の世界に行くときにも味わった感覚。
 体が出来ていくんだ。これで、向こうに戻れる。そう確信した。
「必ずリインフォースまで救ってやるよ」
 方法も分からないくせに、俺は自信たっぷりに言って、出来立ての胸を叩いた。
 すると、こんなことを言われた。
「そのまま帰っても、何も出来ないって」
 そう言って、“技”が俺の手を握る。
「なんだ、これ?」
「技だよ。運命を変えるんだろ?」
 この光る手は。
 俺は、自分の身体がどんどん出来上がっていくのと同時に、真っ白な世界を侵食する真っ黒なひびを見た。
 割れろ。この世界は、殻を破って新しい世界へと生まれ変わる。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 雄叫びを上げていた。
 降り立ったのは、一面に広がる銀の氷上だった。この氷の大地は一体なんだ?」
「ひろしっ!」
「お兄さん!?」
「嘘! ひろし!?」
 空からクロノがやって来た。なるほど。この大地は、クロノが海を凍らせたものか。
「ぶ、無事だったのか?」
 満身創痍のクロノが表情を歪ませている。そして離れたところでは、デバイスを構えながらも驚愕しているなのはとフェイトがいた。二人もボロボロにやられていて、ダメージは相当なものだ。
「言っただろう! 何もかも救ってやるって!」
 その瞬間、クロノの両腕が、俺の首を強く締めていた。
「ば、ばかやろう! 男キャラに抱き着かれたって気持ち悪いだけなんだよ!」
「すまない。だけど、本当に良かった」
 恥ずかしい奴め。こいつ、原作よりもちょっと性格が変わってしまったんじゃないか?
 だが、そう感じても責めることなんて出来ない。なぜならクロノがこうなった理由は、やっぱり俺だからだろう。
 それより戦況は?
 もう一度見渡すと、上空から俺を睨みつける闇の書の意志がいた。
 何が原作通りに軌道修正しているだ。この状況、まるで変わっていないじゃないか。
「やっぱ俺じゃないと駄目か!?」
 そう言って俺が一歩踏み出すと、クロノが俺の右手を見て言った。
「ひろし、それは…………何だ?」
 つられて見ると、俺の右手は金色に輝いていた。手の平の輪郭さえもはっきりしないほどに、眩しく輝いている。
 改めて見て、夢ではなかったことに感謝した。こいつがあれば、今度こそ俺は、全てを救える。
「これはな…………俺の魔法だ」
「なんだって?」
 そう、最初で最後の魔法だ。
「お兄さんが、魔法を?」
「一体、なんで?」
 俺は空に向かって叫んだ。
「なのは! フェイト! フォローしてくれるか!?」
 すると、クロノが怪訝そうに言う。
「なんだ? 一体何を言っているんだ?」
「なあクロノ、今更だけどよ。俺を手伝ってくれ」
「何をする気なんだ?」
「もちろん、全てを救うんだ」
 そう、この右手の魔法があれば、俺は全てを救える。
 今までダメだったけれど、今度こそ。どうしても叶わなかったことが、今度こそ。
「なあクロノ! 頼む!」
「君は…………」
「この右手で闇の書の意志に触れるだけでいい! それだけで全てを変えられる!」
 そう、この右手は全てを変える光だ。
「君は一体、何者なんだ」
「俺は、都築」
「ツヅキ?」
 全てを生み出し、そして作り変える者。
「そう、都築……つづき……」
 定められた運命に新しい“続き”を描く者。
 悲しい運命に“次の未来”を与える者。
「都築……つづき……続き…………」
「ツヅキ?」
「…………ネクスト」
 俺は、自分の名を名乗った。
「転生者、ネクスト…………そう呼べ」
 今、全ての運命(シナリオ)を書き変えるべく、俺は転生してきたのだ。

 See you next time.



[30591] NEXT:END 新しい運命へ
Name: 虹鮫連牙◆f102f39d ID:7f20f3ac
Date: 2014/06/04 02:55
「クロノ! 俺をもう一度だけ、最後に一度だけ、信じてくれ」
 クロノに言われたはずだった。お前はもう信じられない、と。
 そんな俺がまたこんなことを言うなんて、図々しいことは百も承知だ。
 だが、今だけはもう一度信じてほしい。全てを救える力がここにある。最初で最後のチャンスがここにある。
「君は…………よくもぬけぬけとそんなことが言えたもんだ」
 クロノの言葉には、怒気が籠っていた。
 だが、少しだけこいつが笑っているようにも見えた。
「な、なに笑ってんだ? クロノ?」
 言葉にして言ってやると、彼はますます笑みを強めた。
「君みたいな男を信じられるわけがない。いつも大層なことを言うくせに、裏切ってばかりだからな」
 くっ! 言い返せない。
「うるせえ! どうすんだよ!」
「ラストチャンスだ」
「なに?」
「…………今度こそ見せてくれ。僕が憧れた姿を、今度こそ見せてほしい!」
 こいつ、原作よりもバカになったな。今度は俺が笑っていた。
「君の図々しさにはもう慣れた。それに、僕となのは、フェイトも、ちょうど全てを救いたいと思っていたところなんだ。だから、君の魔法とやらも今なら信じられる!」
 ああ、いいさ。見せてやる。
 運命ってやつは、こうやって救うんだ!
 俺がクロノの背中に飛びつくと、それを合図としてクロノが飛び立った。
「お兄さん? クロノ君!?」
「なのは! フェイト! 僕はひろしを闇の書まで連れて行く! 協力してくれないか!?」
 少しの間があって、なのはとフェイトから大きな返事が聞こえてきた。
 そして、尚も上昇し続けクロノの背中で、俺は右手を構え直した。
「目標まで!」
「一直線だよ!」
 その掛け声を合図にして動き始めたのは、闇の書の意志も一緒だった。
「来てみよ! 来れるものならな!」
 闇の書のページが素早く捲られると、彼女の足元に魔法陣が出現した。
 そしてその魔法陣からは、黒い外骨格と白銀の体毛に身を包んだ、見たこともない四足歩行の獣がぞろぞろと出現した。召喚魔法だった。
「散開!」
「了解!」
 一頭の雄叫びを合図にして、獣は一斉に俺たちの方へと飛びかかってくる。
 ばらばらに回避した俺達は、各々で防御の体勢を取った。なのはは高速移動を、フェイトは迎撃を、そしてクロノは。
「くらえ!」
 デュランダルの軌跡から噴き出す氷結の息吹によって、獣たちはその身を石のように固める。
 しかし。
「きゃあ!」
 なのはの悲鳴に振り向くと、獣をやり過ごしたなのはの目前に、闇の書の意志が渾身の一撃を放ったのだ。
「なのはぁ!」
 なのはが海に落下していく様子を見ながら、俺とクロノは闇の書の意志の動向を追った。
「来るぞぉぉぉっ!」
 なのはを落とした闇の書は、一気に俺達の方への距離を縮めてきた。
 そして広げた両手の平に、指と同じ数だけの光の刃を出現させる。
 両側より迫りくる刃の猛攻を、クロノは“俺”というハンディを背負いながらも全て受け切っていた。
 そればかりか、さっきから数発ずつではあるが、反撃の魔法弾を放っている。
 こいつ、やっぱりすごい。
「クロノ! どいて!」
 フェイトの声。その方向に振り向くと、彼女は大剣形態へと変形したバルディッシュを天高く振り上げていた。
「くらえぇぇぇっ!」
 雷を纏った金色の刃が、闇の書目掛けて一直線に振りおろされた。
 それを見事、真剣白羽取りで受け取った闇の書。
 しかし、その隙を見逃さなかった少女が一人
 落下したと思われたなのはが、レイジングハートを形態変化させ、こちらに切っ先を向けていた。
「通るものか」
「押し通す! レイジングハート!」
「All right!」
 一角獣のごとき猛進。一本の角は、全てを裂いてゆくように。
 更にクロノがデュランダルを駆り、巨大な氷塊を空中に出現させた。こいつを、なのはのアタックとは逆方向から突進させると、闇の書がバルディッシュの刃を退けて、すぐさまそれぞれの攻撃を、片方ずつの腕で受け止めた。
 この瞬間しかない。
「クロノ!」
「ああ!」
 俺はクロノの背中をよじ登り、闇の書目掛けて大空へと飛びこもうとする。
 しかし、先に反応した闇の書が、とっさに魔法弾を放った。
 くる!
「させない!」
 クロノが両腕を広げ、魔法弾を真っ向から受けた。
「バカ! 何やってんだ!」
 俺の罵声をよそに、彼は爆風によろめいて額から血を流しながらも、言った。
「僕に構うな! 今だ行け!」
 クロノ、お前って最高にかっこいい奴だ。
「行けぇ! ネクストォォォォォォッ!」
「おおおおおおおおおおおッ!」
 闇の書目掛けて飛びかかった俺は、光る右手を前方に突き出したまま、なのはと氷塊を受け止める闇の書に抱き着いた。
「離れろ! ひろし!」
「ネクストと呼べ! お前に、未来をくれてやる!」
 俺が右手を振りかざし、勢いよく彼女の胸目掛けて振り下ろす。
 すると、光に包まれた右腕は、そのまますり抜けていくかのように、彼女の胸の中へ深く沈んでいった。
「う、ああ! こ、これは……!」
 運命(シナリオ)を、変えてやる。
「変われ! 悲しい運命よっ!」
「ああああああああああああああああっ!」
 闇の書の悲鳴を、俺は抱きしめるように聞いた。
 苦しいか? 我慢しろ。今、お前の運命を新しいものに変えてやる。
 こうしたかったんだ。原作通りに進んで、はやてや他の守護騎士達を残して、お前だけが消えてしまう運命なんて、変えたかったんだ。
 どうしようもないと、そう思うしかないような運命だった。闇の書なんて、原作者のいじわるかと思うくらいに酷く悲しい設定だった。
 そんなものから完全にお前を救うには、こういうチート能力しかなかったんだ。
 やっと救える。
 やっと、救うことが出来るんだ。
 その時、闇の書の内側から、聞き覚えのある声を聞いた。
――ひろしさん?――
 この声。ああ、聞こえているよ。お前も、お前のことも救いにきたんだ。
 俺は、そのためにやって来たんだ。
――この子のこと、救って――
 八神はやて。君のことも、そしてこいつのことも。
「必ず…………必ず救って見せる! 必ずだ!」
 俺は泣いていた。
 何も出来なかった俺。プレシアを救えず、二期の物語さえも結局ここまで原作通りに進めてしまった俺。力の無い俺。
 それでも、最後の最後に救えるんだ。
 お前のことが救えるんだ。
 あとは何も要らない。
 ただ、この瞬間を!
「ひろしぃ!」
 闇の書の声が止み、俺の右手が彼女から抜け、そして。
 脱力した闇の書を抱きしめたまま、俺は暗い海へと落ちて行った。



○エピローグ
 目が覚めたのは、アースラの医務室だった。
 ベッドの上に寝かされていた俺は、少しずつ覚醒する意識の中で、なのはとフェイトの声を聞いた。
「お兄さん」
「良かった、ひろし」
 声の方に視線を向けると、二人だけではない。
 アルフもユーノも、リンディ提督もエイミィさんも、皆がいた。
 そして。
「ひろしさん、おはよう」
 車椅子に座った八神はやてと、彼女を取り囲む守護騎士たちが“五人”。
「ひろし」
 穏やかな表情を浮かべる守護騎士達の中、代表してシグナムが言った。
「お前には、深く礼を言わなくてはいけない」
「礼だって?」
 俺は、礼を言われるようなことが成し遂げられたのか。
 実はまだ不安だった。また、俺は大したこともできていないんじゃないかと。
 しかし、今度は彼女が声を掛けてくれた。
「ひろし」
「お前…………大丈夫なのか?」
 彼女は、幸せそうな笑顔でこう言った。
「主より名をもらった。幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース、と」
 その笑顔が、全てを物語っていた。
 ああ、やったんだ。
 エイミィさんが補足的に付け加えた。
「不思議なことにね、どうしようもないほどまでに改悪されていた闇の書のプログラムが、なぜか全て新しく上書きされていたんだ。しかも百パーセントばっちり、無害なものにね」
「本来ならばあり得ないことだ。しかし、そんな奇跡を起こしてくれたのは、やはり」
 リインフォースが俺の手を取った。そして、そのまま自分の胸元に引き寄せて、祈るように目を閉じた。
 しばらく、そのままで沈黙が流れた。
 そしてその後は、みんなから激励の言葉を散々浴びせられた。八神はやてや守護騎士達からの礼はもちろん、なのはとフェイトにも「あの魔法は一体なんだったんだ」などと、しつこく質問攻めを受けた。
 リンディ提督には今度こそ呆れられたと思っていた。まあ、実際彼女は完全に気を許してはくれなかったが、それでも最後には、「無事で良かったわ」と言ってくれた。それにエイミィさんも、俺の帰還を泣いて喜んでくれた。
 そうして一通り交流をした後、皆は医務室を出て行った。
そう言えばクロノがいなかったなと思っていると、突然扉が開いて、クロノが顔を出した。
「やあ、皆はもう行ったかい?」
「ああ……何やってんだ? 入れよ」
 俺がそう言うと、クロノに連れられて数人の人影が見えた。
「あ」
 それは、グレアム提督とリーゼ姉妹だった。
「三人も、君にお礼が言いたいそうだ」
「お礼って…………でも」
「ひろし君」
 グレアム提督が口を開くと、俺は何も言えなくなっていた。
「君は不思議な男だな。本当に全てを救ってしまったんだね」
「へへっ。まあ、約束だったんで」
 リーゼ姉妹を見ると、彼女たちは柄にもなく泣いていた。こうして見ると、随分と女の子らしくてかわいいものだ。
「何泣いてんだよ?」
「…………うるさいよぉ」
 三人からも礼を言われた後、クロノがグレアム提督達の処遇について教えてくれた。
 彼らの企みが一度公に出てしまった以上、法的措置は免れることが出来ない。しかし、闇の書という極めて危険なものへの対処という特殊な条件下においては情状酌量の余地があることと、未遂で終わっていること。何よりも、俺が全てを終わらせてしまったので、彼らに追及するべきものは比較的軽微であることから、それほど酷いことにはならないらしい。
 そしてグレアム提督達本人から言わせれば、「戒めてもらえることで、我々にとっては逆に救いとなる」とのことだった。
 つくづく真面目な人達だなと思いつつ、彼ららしい姿勢に、俺は感心した。
 そしてグレアム提督達も去った後、医務室には俺とクロノの二人が残った。
「なあ、ひろし」
 クロノの声に、俺は少し動揺した。
「な、なんだよ?」
「君はこれからどうしたい?」
 いきなりの質問で、俺は答えに困った。
 なぜならば、俺の今後は既に決まっているからだ。
「質問の意図がわからねえよ。どうなるのかは、俺の方が聞きたい」
「そりゃあ、あそこまで身勝手に振舞われたんだから、それなりの処罰はあると思うけど…………」
「ああそうですか。せっかくヒーローになったっつーのによ」
 笑ってみせた。これは、俺の強がりだった。
「君さえよければだな…………その、処罰の後は、管理局に来てみないか?」
「え?」
 魔法もない。ただの凡人である俺が、管理局員に?
「魔力がなくたって、管理局では働き口がたくさんあるし、君の誰かを救おうとする勇ましさは、きっと活かせるはずだ…………正直に言って、君とは同じ志を持つ者として、お互いを良き目標として、これからも共に戦っていけたらと思っている」
「クロノ、お前…………」
「君の友であることを、嬉しく思うんだ」
 俺は歯を食いしばった。零れそうなものを懸命に堪えた。
 そして、言った。
「ありがとう」
「うん」
 その返事を聞いたクロノは、満足そうに微笑んでから立ち上がると、医務室の出口へと向かった。
「体力が戻ったらデッキに来てくれ。皆でささやかながら、腹ごしらえでもしようじゃないか」
「ああ、行くよ」
 クロノの姿が見えなくなった後、俺は膝を抱えて顔を埋めた。
 そして、あの真っ白な世界の中で交わした、あいつとの会話を思い出していた。
「なあ、神様」
「はい」
 いつの間にか横に姿を現した神様へ向かって、俺は真っ赤に腫らした目を向けた。
「この世界に、いつまでも居続けることって出来ないかな?」
「…………そんな風に思える転生人生なんて、素敵じゃないですか」
「…………うん」
 あの真っ白な世界の中で言われたんだ。
 俺が運命を変える力を手にして、その力を使った時、この『魔法少女リリカルなのは』という物語は原作者の手を離れるということ。
 原作者の手を離れる物語は、もはや誰のものでもない新しい物語となる。原作者でさえ先を知ることが出来ない。つまり原作者不在の物語。
 その世界には、本来の登場人物以外が留まることは出来ないのだと言う。
 俺は、この世界に残ることが出来ない。登場人物達の記憶からも、いずれ消えてしまうという。
 俺がいたことは、誰も知らなくなる。
 あの魔法を使う条件だった。
「ああ…………」
「ひろしさん」
「ひろしじゃねえよ」
 神様が微笑んだ。
 帰るんだ。俺達は再び一つの心技体となって、これからも新しい物語を創っていくのだろう。
 もう二度と会うことは出来ないが、俺はこの世界の幸せな運命を祈った。
「まったく、いい転生人生だった…………」
 俺がいたベッドの上には、少しの間だけ、温もりが名残惜しそうに残ったのだった。

 Fin.


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