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[30704] (幼女戦記二次)子育て戦記(タイトルからギャグを消します)
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/27 00:43
突発的に書いてしまった。
たぶん続編はない。

十二月二十五日
 タイトルから単発を除去





「ん………」

 朝の日差しで目が覚める。
 目覚まし時計をみると朝六時半前。普段より少し早いか。

「ン…どうしたのお母さん?」

 おや、どうやら一緒に寝ていた癒月(ゆづき)を起こしてしまったようだ。

「もう朝だ。起きるぞ」

 ベッドから降りながら声をかけると、壁に沿っておいてあるベッド、その壁側に寝ていた癒月がねむそうな目をこすりながら起きて来た。

「おはようお母さん…」
「おはよう」

 そのまま癒月の手を引いて、リビングに向かう。
 キッチンに入り手早く牛乳を電子レンジで温め、ホットミルクをつくり癒月に与える。やけどをしない温度にするのが旧式のレンジでは手間だ。夫め、さっさと貢げばいいものを。
 まだうつらうつらしている癒月を子供用の椅子に座らせ、こちらはエプロンをして、一番上の高校生の葉月の弁当と朝食を作る。最新の電気炊飯器は今日もきっちり仕事を果たしていた。
 今日の朝食はベーコンエッグ。我ながら上手く出来ている。もっとも、工夫する余地も少ないオーソドックスな代物だが。
 その時、おいしそうな匂いにひかれたのか、二階からドタバタという足音が聞こえてくる。

「「おはようお母さん!」」

 元気よく挨拶したのは、双子の娘皐月(さつき)と睦月(むつき)だ。
 時計をみると七時ジャスト。ちゃんと我が家の『軍規』を守る、良い娘たちだ。
 そして、

「さて、いつまでたってもルールを理解できない無能には、どうやって教育すればいいやら」

 瞬間、皐月と睦月が笑顔を凍りつかせたような気がしたが、よくわからない。
 この命題は、大戦時も指揮官として頭を悩ました事だ。
 ああ、あの頃は楽だった。無能は最前線の塹壕に放り込めば、勝手に優秀になってくれたし、そうでないなら相手が手際よく抹殺してくれた。上官でも『誤射』すれば済んだのだから。
 しかし、家ではそうもいかない。下手に児童相談所などに駆けこまれては面倒でたまらない。人の家庭に口出しするくらいなら、家出先でも確保しておけばいい物を。連中の善意に溢れていますという顔は、神を名乗る『存在X』の次にこの世から消し去りたい存在だ。
 内心で別の対象への怒りをみなぎらせながら、ターニャは二階でまだ寝ている無能二人の所に向かう。

「さて、まずはバカ息子にするか」

 そのまま階段の正面にあるドアを蹴破る。また夫が補修費に泣くが、馬鹿な種をよこした罰だ。甘んじて受け入れてもらわなくては。

「お、おふくろ!」

 そこには、今まさに飛び起きたという様子の葉月が、ベッドの上で上体を起こしていた。忌々しい事に私に似て中性的な印象の顔を、無残にひきつらせている。

「おふくろだと?お母様と呼べと何度言えば分かる?」

 まさか自分からこれほどの無能が生まれるとは、予想だにしていなかった。手が腰に伸びるが、そこに何も吊っていない事を思い出して舌打ちする。いい加減この癖も直さねば。

「動物の調教は飴と鞭というが、どうやら鞭がぬるかったらしいな」

 指をコキコキ鳴らす。すでに葉月は半泣き状態だが、ここはきっちりやっておかねば。

「己の無能を悔いるがいい」

 四月のすがすがしい朝の空気の中、短い悲鳴が木霊した。





 さて、馬鹿息子の教育を終えたら、次は我が夫だ。まったく、こんな種をよこすと知ったら、いくら戦乱の気配の遠い皇国とはいえ国籍変更などしなかったものを。

「耀(あきら)、朝だぞ」

 まだ仰向けに布団で寝ている夫を、正面から抱きしめる。
 そして、一気にサバ折りに入る。

「ガッ…!」

 腰の激痛で、夫はそのまま睡眠から気絶に直行し、布団に沈む。

「相変わらず軟弱だな」

 まあたまには許してやるか。人間寛容さが大事だというし、今日は夫は代休を取っていたはずだ。仕事にも支障はない。
 そのまま、階段を足を引きずってよたよたと降りている葉月を蹴落として一階に戻る。

「さて、そろそろ食べるか」

 あまり時間がたつと食事が冷める。

「お母さん早く早く!」

 ようやく目が覚めた癒月が、皐月か睦月に前掛けをかけてもらって子供用フォークを持って呼んでいる。

「分かった。もうちょっとだけ待て」

 手際良く拳の返り血を台所で流し、テーブルの指定席につく。癒月の隣だ。
 皐月と睦月も食事を前に目をらんらんと輝かせている。育ち盛りは面倒だ。

「よし、いただきます」
「「「いただきます!」」」

 階段の下では、まだ葉月が気絶しているが、誰も気にとめない。おそらく馬鹿に関わるのが面倒なのだろう。我が娘ながらなかなか冷徹な思考だ。まあ、間違ってもいないので構うまい。有能な人間の足を引っ張る無能は早く死んで肥やしにでもなればいい。
 …とはいえ、朝食なしで高校はきつかろう。
 弁当に魚肉ソーセージの一本でもつけてやるか。
 自分の思考に満足するターニャ。
 私も大分丸くなったものだ。
 ターニャは、葉月が一階に蹴落とされるのを目撃した時の、皐月と睦月の戦慄の表情を見ていなかった。もちろん今も、食事に専念するふりをして冷や汗を隠している事を。
 純粋なのは癒月だけだった。

「お母さん、お口拭いて?」
「しかたない、早くきれいに食べられるようにな」

 ターニャ・デグレチャフ・原野の朝は、今日も平和に始まった。



[30704] 第二話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/01 14:36
またやってしまった。
性格描写が正確か心配(ギャグではない)





「ねえねえお母さん」
「ん、どうした?」

 家でのんびりシチュー(ジャガイモを見るとあの時戦線離脱したタイヤネン准尉を思い出す)をかき混ぜていると、レタスを千切ってサラダを作っていた癒月が話しかけて来た。

「こんどね、お母さんとお父さんの事を、みんなの前で発表するの。だから、お母さんとお父さんの事教えて」
「ふむ」

 つまり、幼稚園でそれぞれの親についてなにか発表するのか。教会の孤児院にいた時はそもそも両親がいないのが前提だったので神への思いを語らされたものだ。神の不在を理論的に説明したらシスターたちが激怒していたが、その理由は今でも謎だ。

「それなら、私と耀の出会いを聞かせてあげよう」

 そう、それは終戦から五年後の事―――





 ターニャは私服で、連邦に東半分を奪われた帝都に来ていた。
 戦争が終わればさっさと恩給だけもらって軍から逃げようと思っていたが、政府の連中が講和会議での影の見せ札として他の部隊と違い編成を解除してくれなかったのだ。あれだけ戦わせておいてふざけるなと思ったが、恩義あるゼートゥーア将軍のお願いだ。断るわけにもいかなかった。
 結局その間、部隊は僻地の基地で拘禁状態。まあその分、訓練なども減って身長が伸びたのは良いが、比例して胸まででかくなるのは勘弁だった。前世で会社のOL共が胸のせいで肩がこるなどと言っていたのは、サボタージュではなかった事を自分の体で実証する事になるとは。
 今日帝都を訪れたのも、合州国へ移民する前に、ゼートゥーア将軍にあいさつするためだ。将軍は帝国に残ってほしいようだったが、こんな事実上の敗戦国に長居する理由はない。合州国でも祖国の地位向上のために努力いたしますと言ったところうなずいて下さった。きっと将軍はこれが名目で、事実上私が退役するという事を理解して下さっただろう。後始末を押し付けるのは心苦しかったが、上司の常としてあきらめてもらうしかない。
 夏も近い晩春の帝都を空港に向けて歩きながら、いい加減伸びて来た髪を払う。そろそろ切るか。
 その時、隣の車道で車が急停車する。
 見ればそのフロントには青地に下半分が欠けた深紅の半円の旗が立っている。
 …なんと、皇国大使館の車ではないか。
 連中は大戦中に連合王国や共和国の植民地に大量に製品を売り込んで大儲けしたはずだ。
 戦後もこうやって足しげく帝国を訪れ、賠償金支払いで汲汲としている帝国から、有用な技術を可能な限り持ち出そうと努力している。もっとも、連中の外交は甘すぎる。ほとんどを合州国と連邦に取られているが(共和国と連合王国は植民地の反乱制圧に血眼だ)。
 そんな事をつらつら考えていると、車から降りて来た男が私に近づいてくる。
 …まさか、暗殺者か?
 以前基地に拘禁されていた頃、連邦所属と思しき魔導師が襲撃を仕掛けて来た事があった。秘密警察のロリヤが失脚してからは収まったが、それまでは何度蒸発させてもこりずに襲って来たものだ。
 ターニャが警戒していると、黄色人種の男はこう言ったのだ。

「あなたはとても美しいです。ぜひ結婚して下さい!」

 瞬間、ターニャは本気で皇国人に同情してしまった。
 こんな馬鹿が外交官をやっているなんて、皇国にはよほど人材が足りないらしい。鎖国などという引きこもり政策をやめてから半世紀も経っていないとはいえ、これはあまりにもひどすぎる。
 だが、と考え方を変える。
 これはむしろ好機ではないか?
 なにしろ今から移住を検討している合州国には、かつての部下達が大挙移住している。そいつらが私のすすめで民間軍事会社を起こしている以上、なんらかの関わりを持たねばならないかもしれない。
 だが、その私が皇国などという東の果ての島国に移住すれば、さすがの戦争狂でもそう簡単には追ってこれまい。しかも皇国は今好景気な上、切迫した戦争の危険もないときている。徴兵も魔導師だろうと女は除外されている。
 …いけるかもしれない。
 いま廃車寸前の帝国という車に乗っているが、これから合州国という持ち主が「いいだろう」と自慢しきりな高級車に乗せてもらうより、「こんな車だけど」と謙遜しながら無自覚に高級車に乗っている奴の方が扱いやすいに決まっている。
 しかも相手はおそらく外務省高官。将来の出世まで予測できる。つまり、パーフェクトな専業主婦という道が開かれている。
 ここまでの思考を数瞬で終えると、ターニャは答えた。

「いいだろう」
「えっ?」

 逆に驚いたのが、男―――原野耀―――の方。まさかの承諾。たしかに一目ぼれしたのは事実だが、まさか相手がそれを承諾してくるとは正直思ってなかった。
 しかも、自分はただの随行員として来たのに、突然車を止めて女を口説いたなんて、大使になんと説明すればいいのか。
 いつの間にか大使館の車は去り、後に残されたのは有望な先物買いに成功したと、無表情に若干上機嫌な様子のターニャと、内心呆然としている耀だけだった。





「こうして、お父さんとお母さんはけっこんしたのでした。めでたしめでたし」

 なぜか昔話風に話の最後をしめると、癒月は満面の笑みで、幼稚園の発表会を用事で行けなくなったターニャに代わり見に来ていた耀を見つめて来た。周囲のお母さんやお父さん方も感動の面持ちで見てきている。耀は顔をひきつらせないようにするのが精いっぱいだった。
 確かに、話だけを聞けば、帝国で一目ぼれした女性と、ひとりの外務省職員が職をかけた大恋愛の末に結ばれたように聞こえるだろう。
 だが、その実際は(後で聞けば)徹底的に実利的な理由からの結婚であり、俺が出世街道から転落したという事を聞くや、凄まじい怒りであり、しかもなぜかターニャは巨額の資産を持っており耀の家での立場は虫以下の状態。しかも親族連中もターニャを敬遠してるため、お前は原野家ではなくデグレチャフ家だと事実上の勘当をされている。
 そして、不定期に時折用事といって姿を消す不思議。

(もしかして、今もどこかで浮気でもしてるんじゃ…)

 原野耀。なんだかかんだで惚れた弱み。どんなにひどい扱いを受けても頭が上がらないす、そして浮気などには嫉妬するのだ。
 その頃ターニャは………





「ゆ、許して…ギャッ………」

 見つけ出したアカの反政府組織のリーダーを、光学術式の一撃で蒸発させていた。
 周囲には、大戦からの歴戦の魔導師である部下達が油断なく哨戒飛行を続けており、すこしでも大きな熱源があれば周囲の植生ごとまとめて吹き飛ばしていた。事実その何割かは逃走を図る武装組織にメンバーか、いまだ抵抗をあきらめない狙撃手なのだ。

「まったく、この程度の仕事でわざわざ呼び出さないでほしいものだな。今日は癒月の発表会だったというのに」

 隣を飛行するヴァイス副社長が、緊張しきった声で謝罪する。

「申し訳ありません。しかし、今回の組織は魔導師まで保有しているという情報があり、ベテランが私とグランツ課長だけでは厳しいと判断しました」

 ふむ、それなら止むおえないか。主力を中東に差し向けているのは私の指示なのだから。正直、連合王国や共和国の方が払いがいいからそちらに主力は派遣している。収益性を考えると、合州国南方のこのエリアは南方大陸に比べてかなり低いのだ。

「だが、今回はひよこ共をまとめて連れて来たのか?」

 周囲を旋回する魔導師は、どいつもこいつも私の知らない新人ばかり。おそらく本土の教習課程か、それを終えたばかりの連中なのだろう。

「はい。今回は魔導師が出るという事でしたので、対魔導師戦術の実地訓練には最適と判断しました。それに、一度は社長の事を見ていただいた方がよいと考えました」

 なるほど。
 最後のはよく理解できないが、新人に実戦を体験させるという意味では有意義だろう。引率のベテランが足りないというのもうなずける。
 まあ、結局魔導師は現れなくてヴァイスの期待外れになったのだが、それは私の労働量が減るのだから歓迎する事なのだろう。
 だが、運命の女神は決してターニャには微笑まない。

「…!観測機から通報、魔導反応探知。数四十強、増強大隊クラスです!」

 観測班と無線交信していた一人が、動揺したように叫び、それが部隊全体に波紋のように広がっている。原因としてはそれを聞いてたちまち不機嫌になったターニャと、それを見て引き攣った表情を浮かべているヴァイスとグランツも含まれる。

「チッ…、おとなしく地上で殲滅されればいい物を」

 大体、こんな規模の武装勢力を国内に野放しにしているとは、現地政府の統治能力はどうなっているのだ。民族問題がなんだというなら、最悪その民族を絶滅させればいい。ナチスのユダヤ人絶滅戦略は、禍根を後に残さないという意味では実に合理的だ。ただ、ユダヤ人が絶滅させるには数が少々多すぎ、そして広く広がり過ぎていたのだろう。
 早くも視界に捉えられるようになった敵魔導師は、どう見ても人質か何かにしか見えない少女を抱えている者たちもいる。

「総員、敵魔導師を殲滅せよ。人質を抱えている連中は私が始末する」

 部下達の何人かが、自分もそれに加えてくれと言ってくるが、もちろん却下。人質を抱えて動きが鈍い敵を相手にしたいのは分かるが、ここは上司の特権として楽な敵を相手させてもらう。

「総員、突撃」

 貴様らには、地獄を担当してもらう。





 始まりは、一人が真っ赤な飛沫になったことだ。
 いつも通りの『徴税』を終えて基地に戻ろうとすると、なにやら煙が上がっている。通信も出来ない。
 これは何かあったと考え、速度を増して帰還しようとした。その時だった。

「長距離狙撃だ!」

 誰かの叫びに全員がバラバラに回避運動を取り始める。所詮は正規の訓練は受けていない盗賊。とても統制の取れた動きとは言えない。
 そして、回避運動にもかかわらず、さらに一人が血飛沫と化して消える。

「政府の討伐部隊か!?」

 これまでは国内の民族問題を刺激したくないという政府の意向で積極的な討伐は行われてこなかった。だからこそ、かれらのような存在が許されていた。本気で国家が討伐に来ればとても対抗できるものではない。

「くそっ!政府の奴ら本気で討伐に来たのか!?」

 気がつけば、見るからに統制のとれた中隊規模の航空魔導師がこちらに向かって急速接近してくる。

「死ね!」

 即座に多数の光学術式が放たれるが、そのほとんどが回避される。一人落ちたが、残りは防郭で耐えきった。

「お前ら、この女がどうなってもいいのか!?」
「キャッ!」

 女の奴隷を連れていた男が、魔力刃を発生させ、人質の首に突き付ける。
 それを見て、さすがに一瞬連中の動きが鈍る。
 いまだ…!

『何をやっている?』

 背筋も震えるような冷徹な声が、全周波数の魔導通信で放たれたのはその時だった。

『私は人質を抱えた敵以外を『殲滅』しろと命じた。今ここで戦闘行動を中止する者は私が撃ち落とす』
「しかし隊長、人質ガッ…!」

 敵の一人が反論するが、次の瞬間はるか高高度から叩きこまれた長距離狙撃で地面に叩きつけられた。
 呆然と見上げると、飛行機雲が発生するような高度を一人の小柄な魔導師が飛行していた。

『私は諸君らに自己判断など求めていない。ただ命令を最低限理解できるだけの脳味噌があればそれでいい』

 さあ、次は誰が落とされたい?
 その瞬間、これまでの敵の動きは蚊トンボではないのかという機動で敵は動きだしたのだ。
 目の前にいると思えば次の瞬間にはそれはダミーで、背後から魔力刃で切り裂かれる。
 誘導射撃を放っても、初期照準の段階で回避されるありさま。
 おまけにこちらの攻撃が届かない高高度からは容赦ない狙撃が降り注ぎ、人質を抱えている奴を集中的に狙っている。しかも救出をついで程度にしか考えていない攻撃だった。なにしろ拾う手間を省くために、わざと外した射撃で高度を落とさせ、その上で撃墜しているのだ。人質は死にさえしなければいいのだろう。
 気がつけば、四十を超えたこちらの戦力は、僅か十二(途中で狙撃で一人落とされたから実質十一)の相手に殲滅されようとしていた。

「あ、悪魔め…!」

 最後に残った一人の目には、はるか上空で賛美歌を歌う女性の姿を捉えていた。そして、彼もまた真っ赤な花を咲かせる事になった。





 ふむ、連中の錬度は思ったより高かったようだ。私とした事が、一撃必殺を狙って頭部に放った狙撃を上手く回避されている。仕留めるまでに低空に下がられては生存者がいる恐れもある。あとで念入りに探査しなくては。
 しかしまさか、上司の指示に楯突く様な無能がこの会社にいたとは。戦場では上の指示が絶対だという原則を理解できていないなんて、うちの娘にも劣るミジンコレベルの脳味噌しかないのだろう。合州国の雇用法だか何だかで、どんな無能でも一定期間は雇用しなければならないが、いくら私でもミジンコに常識を叩きこむ技術は持っていない。どうしたものか?

「大佐殿、敵勢力の殲滅が完了しました。次の指示を」

 その時、ヴァイス副社長から通信が入る。どうやら敵を殲滅したようだ。

「半数に地上の索敵をやらせろ。生存者がいたら拘束。抵抗する場合は射殺しろ。あと、地面に落ちた人質の救助もするように」

 まあ、まず生きてはいないだろうが、一応捜したというアリバイは欲しい。

「残りは私と一緒に戦闘空域哨戒(CAP)任務だ。まずないと思うが増援に備えろ」

 そして付け加える。

「あとヴァイス、私は今大佐ではなく社長だ。間違えないように」
「はっ!申し訳ありませんでした!」

 その答えに満足するターニャ。
 やはり優秀な部下は得難い貴重な存在だ。これからも重宝しなくては。
 さあ、早く仕事を終えて、家に帰らねば。癒月が寂しがっているだろう。



[30704] 第三話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/05 00:42
 きっとターニャも生きて行くうちに人の気持ちが(少しは)理解できるようになるはず。
 この二次は、そういう思いの元に書かれています。



 今回は次回へのつなぎです。





 こんにちは、ターニャ・デグレチャフ・原野三十三歳です。相変わらず外見年齢はハイティーンを維持しています。正直これもあの『存在X』の呪いじゃないかと疑っている次第であります。
 まあ実際は、時たまこういう魔導師がいるそうですが。
 季節は夏、子供達はみな長男の葉月に引率され夫の実家に顔を見せに行っています。ついでに私は行きません。原野家の皆さんは、どうやらこちらを嫌っているようなのでわざわざ顔を見せに行って気分を悪くする必要もないと思います。お互いにとってベストな選択だと確信しています。
 さて、しかし困った事になりました。
 椅子に座ってテーブルの上を睨むようにしているターニャ。
 その視線の先には、一枚の赤い紙が置いてある。
 その内容を要約するとこうだ。

『原野葉月 を九月一日付で陸軍魔導学校に召集する』

 …さて、本格的にどうしたものか。





 皇国軍は徴兵制という非効率的な制度を実施している。対象年齢は十六歳から二十歳まで。その間に最低二年間の兵役が男子に義務付けられている。やる気のない兵士に訓練を施すなど、訓練予算と労働人口の無駄以外の何物でもない。そんなことは戦争大好きの戦争狂にやらせておけばいいのに。
 だが、徴兵制度の実態は、予算の関係などでほとんど行われておらず、近年は志願兵が軍の中心になり、徴兵される事自体がかなり運の悪い事態のはずである。
 ならなぜ、よりにもよってうちの葉月が?魔導反応の検査を受けさせた覚えもないのに。
 …そういえば。
 梅雨ごろに、葉月の奴が学校で軍の身体検査があったと言っていた。ただの体重や身長の測定だけでなく、その時に魔導反応まで調べていたのか。
 まあ、私自身の事ではないし、葉月の健闘を祈って放っておくか。
 そして一人うなずくと、懐から手帳を取り出し今後の予定をチェックする。そして電話をとり、数か所に電話。実に丁寧なお願いをする。受話器の向こうからは唖然とした気配がする。
 しばらくして、全ての作業を終えた時、ターニャは不思議そうな顔をしていた。
 …なぜ、自分はこんな事をしたのだ?





「「「ただいま!」」」
「…ただいま」

 葉月と妹達は、夏休みの八月の頭を利用しての帰省?(父親が同行しないのにそう言っていいのか)を終え、家に帰ってきた。ちなみに、最初の元気な挨拶が妹達で、なんとなく沈んだ調子のあいさつが葉月である。
 葉月が沈んでいる理由は簡単である。少なくとも祖父母の家にいるときは、寝坊したからといって流血の制裁は加えられないし、目障りだという理由で蹴り飛ばされたりは(本当に宙を舞う)しない。

「おかえり」

 それを玄関で迎えたのが、無表情のターニャ。ついでに葉月以外の三人には、微妙な表情の変化が分かった。

「なにかあったのお母さん?」

 癒月が葉月の足にしがみつきながら心配そうに聞く。

「なに、大したことではない。葉月に手紙が来ただけだ」

『手紙』
 その言葉を聞いて猛烈に嫌な予感がする葉月。

「靖国への割引券だ」

 差し出された赤い手紙。
 紛うことなき召集令状だった。

「「お兄ちゃん兵隊になるの!?」」
「へいたいへいたい~!」

 驚いた表情の皐月と睦月。言葉の意味も理解せず、なぜかはしゃぐ癒月。そして呆然と、わずか半年で訪れた、花の高校生活の終わりを感じている葉月。そしてそれを普段と変わらぬ無表情で見ているターニャ。
 葉月は妹達(皐月・睦月)の反応に、うれし泣きしそうだった。ターニャはいつものごとくそれがなんだという態度で、とても息子を軍に送り出す母親には見えない。父に至っては長期出張でそもそも皇国にいないありさま。
 なんだか自分を心配してくれそうな人間がいるだけで、とても感動出来た。
 その時、ターニャが双子の娘に呼びかけた。

「皐月、睦月。食事の用意だ。手洗いを終えて五分後に台所集合だ」
「「はい!」」

 元気のいい返事。

「お兄ちゃんどいて」
「あ、ああ」

 皐月と睦月に邪魔者扱いされて、玄関の隅による葉月。

「癒月、はやく来い。お前はキヌサヤの筋取りだ」
「は~い!」

 ターニャに手を引かれて、さっさと玄関を後にする癒月。

「俺の心配は?」

 ぽつんと取り残される葉月。
 うちの家族は女系だなとつくづく感じた。涙は流さない。どうせ誰も見てくれないから。
 ちょっと悲しい葉月だった。





 九月一日。
 とうとう葉月が皇都にある陸軍魔導学校へ行く日が来た。
 最寄駅には町内会の人が見送りに来ている。葉月は期待していなかったが、妹達と共に無表情のターニャも来ていた。
 見送りは在郷軍人会のおじいさんの話から始まったが、わけのわからない昔話が延々続く。皐月と睦月がターニャをこわごわ見ていた。母が徐々に不機嫌になって行くのが感じられたからだ。

「…である。原野葉月君が祖国に大いなる献身を果たす事を期待している!」

 ようやく話が終わった時、葉月は空の鱗雲を数えていた。いい加減終わりにしたい。

「では最後に、母親として何か」

 町内会のおじさんが、ターニャにこわごわ問いかける。黄色人種ばかりの皇国で、極めて珍しい銀髪紅眼の外国人である。はっきり緊張している。
 ターニャはさっきの退役軍人よりよほど軍人らしい歩調で歩き、自らより若干身長の高い葉月に一言告げる。

「お前が無能でない事を証明してくれると期待している」

 そして

「「えっ!?」」

 そのまま葉月を抱きしめた。

「…安心しろ、どうせすぐに会う事になる…」
「えっ?」

 葉月にだけ聞こえるようにささやかれた言葉。
 葉月が内容を確かめる前に、ターニャはいつもの無表情で葉月から離れた。
 そしてそのまま、万歳三唱に送り出されて葉月は汽車に乗る事になった。



[30704] 第四話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/11 02:04
 今回は、地獄の訓練開始です!
 感想掲示板を見て、一つ反論。

 ターニャは長い時間を経て、あの性格を作ったのだから変わる事はない。

 これなのですが、ターニャの年齢を考えると、現世で死亡した時点で二十代後半から三十代前半と推測されます。悪くても四十には行っていないと想定しています。
 それに、物語での年齢が十歳前後となると、合計してもおそらく四十を少し超えた程度だと考えられます。
 これなら、その後性格が丸くなる可能性は十分ある(むしろこれから丸くなる?)と考え、この二次を書いてみました。





 俺達は、その作戦の成功を確信していた。
 北華国の演習場で行われている航空魔導師部隊による戦術機動演習。内容は、敵が警戒線を張る前線を突破し、戦線後方で再集合。その後敵司令部があると設定されたエリアを攻撃するという実戦的な内容。

(司令部の奴らめ、高い金を払ってわざわざアグレッサーを雇うなんて。そんな金があれば俺達の福利厚生に力を入れろ…!)

 はっきり言って陸軍の飯は豚のエサと何も変わらないレベルだ。塩だけの握り飯が最高の御馳走という時点で間違っている。海軍が人気がある理由がよくわかる。もっとも、そうでなければ艦の上で反乱が起きるのだろうが。
 そして、今回雇ったアグレッサーは見事にこちらの作戦にはまってくれた。味方の主力を敵の警戒の緩そうなエリアから侵入させ後方の敵遊撃戦力主力を誘引。その間に本当の主力があえて敵警戒線の厳重な場所を魔力隠蔽飛行で突破。たとえ相手が気がついても、こちらが分散しているために焦点が絞れず、さらに敵主力は味方が拘束している。これで迎撃は間に合わない!

「向坂(さきさか)、合流地点まであといくつだ!?」
「残り5(五百メートル)!」

 ならば、後数秒で味方部隊と合流できるという事だ。ここまで接敵の報告はない。通信の封鎖も維持されている。こちらのタイムスケジュールが若干遅れいているが誤差の範囲だろう。
 我々の力、見せつけてやる!
 次の瞬間、ここまで身を隠すために利用していた丘陵が途切れた。

「なっ…!」

 そこには、白煙を上げて地に伏せている複数の魔導師の姿があった。いずれも軍服の肩に皇国の国旗を張り付けている。

「馬鹿な…!」

 我々の策が見破られたのか!?なぜ、一体どうして!?
 彼はそこで考えるべきでなかった。周囲に注意をむけるべきだった。
 次の瞬間、長距離狙撃で向坂が叩き落とされる。

「!クソッ!」

 とっさに乱数回避。同時に光学術式を起動。遥か彼方の敵にカウンタースナイプを敢行。
 だが、相手はそれをいっそ優雅とすら思える動きで回避。
 同時に、とんでもない魔力を収束し始める。とても一人で起動できる術式とは思えない。
 次の瞬間、目の前に閃光が…



「………!」

 瞬間、彼は飛び起きた。シャツと寝具は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

「なんでいまさらあの事を…!」

 あれは十年以上前の話、俺がまだ小隊長を務めていた時の話だ。
 すでに戦隊司令まで昇進した今、なぜそんな事を思い出す?

「…疲れているのかもしれないな…」

 なにしろ明日、いや、すでに日が変わっているから今日には、本土から送られてくる秋季徴兵組の魔導師候補生が大挙訪れるのだ。そのための書類仕事はほとんど兵站科の連中がやってくれるが、それでもこちらの仕事も増えている。

「もうひと眠りするか」

 まだ時刻は午前三時。ひと眠りするには十分だ。
 五時間後、彼は基地現れた訓練生を前に凍りつく事になる。
 夢には確かに、なにか神秘的物があるのだ。
 これ以来、彼は熱心に基地の神社に通う事になった。





「………!」
「「「?」」」

 基地に着くなり、葉月は基地の古参兵に怯えを含んだ目で凝視された。葉月としても自分の外見がこの国では浮いているのを理解しているので、あまり気にはならない。そのはずだった。
 だがなぜか、この基地に入ってから、古参の魔導兵に妙な目で見られるのだ。

「なあ、さっきの軍曹殿は、なんで原野の事見てたんだ?」

 一緒に基地に送られた連中が、不思議そうに尋ねて来る。すでに葉月の外見の事はここまでの旅で慣れている。

「いや、うちは親父が外務省に勤めてるだけだから、軍に知り合いなんていないはずなんだけど…」

 葉月としても不思議である。なにしろ、魔王の再来を見たかのような目で見られるのである。はっきり言って落ち着かない。

「コラッ!貴様ら無駄口を叩くな!」

 そこを、地獄の門番もかくやという恐ろしい顔をした軍曹が怒鳴りつける。

「「「ハッ!申し訳ありません軍曹殿!」」」

 息の揃った台詞。
 ここに来るまでの二週間、本土で他の兵科の徴兵組ともども受けた基礎教育の成果である。
 葉月達を睨みつけながら、軍曹は告げる。

「これより、基地司令並びに第十三独立強襲航空魔導戦隊司令殿から貴様らへのお言葉をいただく。心して傾聴するように!」

 その時、すこし離れたところで一人の将校が倒れた。
 周囲の従兵が慌てて介抱するのを、葉月達はぽかんと見ていた。
 ついでに司令からの言葉は、急用で無くなった。葉月達にとってめんどくさい事が一つ減ったと、司令の人気はうなぎ登りだった。





 なぜこんなところに大佐殿が!?
 あの銀髪と紅眼を見た瞬間、彼はそれがデグレチャフ大佐だと確信した。あの悪夢の、砲煙弾雨の中華戦線よりさらに恐ろしい一カ月の訓練。速射砲による対魔導師狙撃への対応。降り注ぐ絨毯爆撃。大安令山脈でのサバイバル。脱落者は大佐殿の砲撃の餌食になった。
 そして、その後のゲリラ掃討戦で…



「司令!しっかりして下さい!司令!」

 呼びかける従兵の声で目が覚めた。

「大丈夫ですか、司令?」
「ああ、大丈夫だ。心配いらない。少し疲れていたようだ」

 まったく、あんな幻覚を見るなんて。デグレチャフ大佐は今、合州国にいるはずだ。こんなところにその影を見るとは、私のトラウマはよほど深いのか。
 そのまま従兵の手を借りずに立ち上がる。
 その時、司令部建屋から、航空魔導大隊時代からの戦友でもある参謀が真っ青な顔で駆け寄ってきた。

「どうした!?」
「北華方面軍、石井参謀長から緊急電です!」

 そう叫んで、手に握っていた通信が走り書きされた紙を渡す。

『本日ヨリ、貴隊ニ臨時教導隊ヲ派遣ス。クレグレモ丁重ニモテナスヨウニ

 追伸 大佐ハ本気。健闘ヲ祈ル』

「………」
「………」
「?」

 上から順に、司令、参謀、従兵である。

「参謀長、確か私の有給休暇が大分たまっていたな」
「そういえば、私も出張の予定が入っているような気が」
「???」

 引き攣った表情で、よくわからない事をしゃべっている二人を、従兵が不思議そうな表情で見つめている。
 もっとも、そんな事を許すような大佐ではなかったが。
 突然、基地にサイレンの音が鳴り響く。

「何事だ!」

 即座に首からかけている演算宝珠に叫ぶ。

『所属不明の航空機が超低空から基地に接近しています!』
「スクランブルだ!」

 そう叫ぶと、自らも演算宝珠を起動。即座に離陸する。本来なら地上で指揮をとるべきだが、この非常時ではしかたない。代わりに参謀長が情勢を把握し続ける。
 そして、離陸の瞬間、彼の表情は凍りつく。
 基地の目と鼻の先。そこでは、低空を這うように飛行してきた輸送機から、機内にいた魔導師達がこぼれおちるように降下していた。
 その中に、白銀のきらめきを見つけた瞬間、彼は絶望した。
 ああ、彼女だ。彼女が来てしまったのだ!
 二度目の地獄の日々。それはすぐそこまで迫っていた。





 ふざけている。イカレている。度しがたい無能どもめ!
 輸送機の機内は、凄まじい緊張感に包まれていた。グランツ達年長組は脂汗を流し、カタカタと途切れなく聞こえる音は新人が奥歯を鳴らしている音だ。
 原因は、向きあうように設けられた長椅子の中、ただ一つだけ機体後方を向くように設置された指揮官席に座って、怒りの空気を隠そうともしていない少女にあった。
 皇海の天気が荒れていて、輸送機が針路変更を余儀なくされたのは良しとしよう。元々そういった事態を勘案に入れて余裕を持ったスケジュールを立てている。
 その後も雲量が多く、地上確認のため頻繁に高度を変えることになり耳に痛みを感じるのも、安全のため止むおえないだろう。
 だが、それだけやっても地文航法に失敗した揚句、間違って民間の農場の滑走路に進入しかけるのは、高いチャーター料を払っているこちらとしては許しがたい失態だ。
 その上、機体が不調でエンジンが息をついているという状態。今も超低空を地面を這うようにガタガタと不穏な音を立てて飛行している。

『安心して下さい!絶対ちゃんと着陸して見せます!』

 若い操縦士が任せろと言ってくるが、そんな緊張しきった声を聞いては、こっちが絶望したくなった。
 しかも予定していた到着時間まで後僅か。時間厳守は社会人の基本だ。
 …仕方ない。

「かまうな。貴機はこのまま基地上空をフライパスしろ」

 それに、飛行機事故の大半は、離着陸寸前に起きるのだ。

「我々は、ここから基地に降下する」

 丁度いい。久しぶりに空挺降下訓練だ。

「貴様らも、さっさとこの機内から出たがっているようだしな?」

 もちろん、こんな危なっかしい飛行機に乗ってなんかいたくないだろう?と笑いながら問いかける。部下の考えを把握するのは上司の重要な仕事だ。
 全員が妙な表情をしているが、おそらく恐怖からの解放を喜んでいるのだろう。

「全員、私に続け。遅れたものは罰則だ」

 さあ、この危険な機体から早く降りてしまおう。
 そのまま、機体の扉を吹き飛ばし、地上に向かって飛び降りる。
 飛行術式を起動しながら背後を見ると、部下達が次々に空中に飛び出して行くのが見える。その速さに、一応の及第点をつける。
 前方を見ると、基地から魔導師達が泡を食らって飛びあがってくる。
 …ふむ。一発かましておくか。
 この後の教導のために、連中の錬度を測るいい機会だ。

「全員、皇国軍の迎撃を振り切って基地の滑走路に着陸しろ。魔法攻撃による反撃は認めん。被弾した者は後で特別訓練を受けてもらう」

 さて、お手並み拝見といこうか。





 葉月達訓練生は、その様子を唖然として眺めていた。
 頭上をかすめるような超低空をフライパスしていく輸送機。
 その輸送機からこぼれ落ちるかのように、空中に身を躍らせる多数の航空魔導師達。装備は統一されておらす、正規軍の物ではないと一発で分かる。
 しかも、

「おい、あいつらこっちに向かってくるぞ!」

 訓練生の一人が、大声で叫ぶ。
 そう、その正体不明の魔導師達は、散発的に放たれる対空砲火や、基地の魔導師が放つ光学狙撃術式をものともせず、一目散に彼らのいる滑走路に向かってきたのだ。
 そして、何よりも衝撃を受けていたのは、葉月だった。
 魔導師特有の強化された視力は、葉月に輸送機から真っ先に飛び出した人物を鮮明に見せつけていた。

「おふくろ!?」

 上空では、葉月の母親であるターニャが、迎撃に上がった皇国軍の魔導師の斬撃をするりとかわし、背後から手刀を首筋に叩きこみ、一撃で意識を刈り取っている。
 周囲の魔導師達も、皇国軍の迎撃を難なくすり抜けて滑走路へと次々に着陸を果たしている。

「信じられん。この程度の襲撃すらまともに切り抜けられないとは。連中は訓練でおままごとでもやっていたのか?」

 着陸したターニャが、肩に担いでいた気絶した皇国軍の将校を虫けらのように地面に放り出す。
 ターニャ以外の魔導師は、ターニャを中心に匍匐姿勢で円陣を組み、臨界状態の光学術式を油断なく周囲に向けている。どう見ても特殊部隊の降下にしか見えない。
 実際、周囲では二十ミリ対魔導師狙撃銃を数人がかりで抱えた連中が、管制塔の影で射撃準備を急いでいるし、整備用の車両の影には小銃を抱えて、慌てて飛び出してきた警備兵がその銃口を向けている。
 そして、いつの間にか、滑走路の上には彼ら謎の魔導師集団と、完全に取り残された訓練生だけが残った。
 沈黙が流れる。

「おふ…母さん!こんなところで何やってるんだよ!?」

 おふくろ、と言いかけて、慌てていいかえる葉月。
 しかし、それを聞いたターニャは、無表情をそれまでとは違う意味のものに変えた。
 激怒である。
 それは葉月だけでなく、周囲にいた全員が感じられた。円陣を組んでいる魔導師達はピクリと震え、葉月と一緒にいた訓練生達は失禁寸前の緊張感の中にある。
 ターニャが一歩踏み出し、訓練生の精神が限界を迎えかけた時、救世主が現れた。

「デグレチャフ大佐相当官殿!ご到着、心より歓迎いたします!」

 飛び出してきたのは、管制塔で指揮統制に当たっていたはずの参謀長だった。
 それを見て、踏みだした足を止めるターニャ。

「安藤少佐、貴様らは教官に対して『おふくろ』などと呼びかける教育を施しているのか?」
「はい、いいえ!そのような事は決してありません!」

 毅然と答える参謀長。だが、それを背後から見ている兵には、参謀長の制服の背中が、晩夏の暑さではないであろう理由で巨大な汗染をつくっている事に気づいていた。

「貴様ら自身もたるんでいるようだな。あの程度の襲撃をしのげないとは」
「はっ、それは…」
「安心しろ。貴様らの訓練も考えてある」

 そして渡されるのは『山登りのしおり』黒い表紙の見るからに禍々しい代物である。
 恐る恐る開く。

『登山の基本は入念な準備です。コンクリートブロックと対魔導師狙撃銃、それの銃弾を二基数は持って行きましょう』
『山には危険がつきもの。凶暴なクマや魔導師に襲われるかもしれません。十分に注意して行動しましょう』

 閉じた。
 これ以上読む勇気が無かった。

「参謀本部からは自由にやっていいと許可を得ている。私の仕事は貴様らを一月でミジンコからサルに、二月で魔導師まで進化させる事だ」

 そこで、ちらりと葉月の方を見て付け加える。

「貴様らが無能でない事を証明する事を願っている」



[30704] 第五話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/25 12:21
 合州国首都ワトンソンDC皇国大使館。
 原野は国務省での会談の結果に危機感を募らせていた。

(最近の合州国はどうにも不穏な気配がする…)

 皇国は、先の大戦で膨大な利潤を得、それを原資に大規模投資を繰り返し戦後世界二番目の大国として君臨している。また、大海洋を挟んで隣り合う合州国とのつながりも強化し、中華派兵でも歩調を合わせる事が出来た。広大な大陸の利権は、皇国一国では確保できないほどの物だからだ。
 だが、その協調姿勢が乱れ始めている。
 先だって合州国は皇国からの移民排除法を電撃的に成立させた。
 さらに、報道では中華で合州国駐留軍に対する攻撃を仕掛けた共産党軍が、皇国製の小銃と魔導宝珠を装備していると報道されている。これ自体は事実だが、その理由は拿捕したこちらの装備を適当に使っているだけ。合州国製の装備も転用されているし、メインは連邦製の代物だ。非難されるいわれはない。
 そして、政府高官の皇国への蔑視発言の連続。
 危機感を覚えない方がおかしいが、大使はこの事態をそれほど深刻には思っていないようだった。

(…本当に、何も起こらないのだろうか…)





 みなさんおはようございます!今朝は北華大安令山脈より、ターニャ・デグレチャフ・原野がお送りします!
 さて、この大安令山脈は、無計画な伐採で視界は最高!二キロ向こうの隣の山頂から対魔導師狙撃銃が余裕でヘッドショットをかませる理想的な環境です。
 さらに、鉄砲遊びが大好きな、大きな子供が多数生息。正直、私のような女性が出歩く土地ではありません。
 今日お送りするのは、そんな山中でピクニックをしている新人兵士の一日です!
 どうそ、ご覧ください!





 ヒュウゥゥゥン――――!
 早朝の晴れ渡った空から聞こえてくる金属的な叫喚を耳にした瞬間、葉月は寝ていた落ち葉の上から飛び起き、飛行術式を起動しただの林にしか見えない野営地を一目散に逃げ出した。
 みると、生き残りの訓練生も一斉に逃げだしている。
 そして次の瞬間、野営地で逃げ遅れた訓練生を図太い砲撃術式の光が吹き飛ばし、同時に上空から襲いかかってきた急降下爆撃機が二百五十キロ爆弾を次々と投下してくる。
 訓練生達は光学ダミーまで生成して、爆撃機の目をそらすと同時に超低空飛行で必死の離脱を図る。
 そこに、

「お前達、同じ方向に逃げるなと何度言えば分かる?無意識に密集しているのでは一発で全滅だ」

 そして、その言葉通りに、同じ方向に逃げだして無意識に密集していた訓練生三人が空間爆撃を食らい『全滅』した。
 もちろん、下手人は彼女だ。
 その氷のような美貌に何の表情も浮かべず、ただ淡々と無能とみなした訓練生を撃墜している。

「状況想定は敵地に浸透突破中、野営地を発見されての逃走戦だ。どんな手段を用いてでも逃げ切って見せろ」

 同時に周囲から、急速接近してくる魔導反応を感知。どうみても戦闘態勢に入っている。

「さあ、今日も楽しいピクニックを始めよう!」

 朝日を背後に背負う神々しいまでの姿で、今日も地獄の始まりを告げるターニャだった。





 ふむ、やはり単調な隊形戦闘訓練より、こちらの方が効率がいいな。
 光学欺瞞術式で、背景の空に完全に溶け込んでいる輸送機。その開け放たれた扉から砲撃術式を地上すれすれを飛ぶ訓練生に叩きこみつつ、自らの訓練方式に満足感を覚えるターニャ。ついでに訓練生に撃たれては面倒なので、遠隔操作の光学ダミーを展開している。朝日を背景にしているからまず気がつかないだろう。
 そして、同乗している北華方面軍の参謀達は、眼下で行われている機動に目を見張っている。

「素晴らしい…!」
「軍の教本に乗せたいくらいだ」

 葉月を含み訓練生の生き残り達は、爆炎に包まれる隠蔽陣地から抜け出すと、一糸乱れぬ動きで四組のロッテをくみ上げ、さらにそこから砲撃で一撃で全滅しない程度の距離を取ってシュバルムを組み上げている。
 周囲から即座に襲いかかる皇国正規軍の魔導師に、捕捉すら許さず逃走を図っている。

「さすがは精鋭の独立強襲航空魔導隊」
「いえ、あれは違います」

 参謀の言葉に、訂正を入れるターニャ。

「あれは一週間前から本格的な訓練に入った訓練生によるものです」
「なんだと…!」

 素人に毛すら生えていないような訓練生が、たった一週間の訓練であれだけの動きを身につけるだと!?
 衝撃を受ける参謀達。
 その時、地上の一角から砲煙が立ち上る。

「独立強襲部隊の連中は、あちらです」

 そこでは、緊密な編隊を組んだ独立強襲魔導戦隊が、降り注ぐ榴散弾の雨の中を三百ノット以上の高速で駆け抜けながら、光学術式で自らへの直撃コースの砲弾だけを迎撃している神がかった光景が繰り広げられていた。
 砲兵の方も、演習とは思えない勢いで速射しており、皇国軍が想定する戦場での消費弾薬量を大きく上回るレベルの砲撃を繰り返している。
 唖然とする参謀達。
 魔導師とは、ここまで出鱈目な存在だったか?

「…なるほど、このために予備砲身を手配していたのか」

 それを見ながら、唯一納得の表情を浮かべるのは、北華方面軍参謀長、石井だ。
 司令部に要求された演習資材はもはや師団レベルの演習に使うべき量であり、野砲一門あたり四千発の『実弾』と予備砲身を二セットというのは常軌を逸していると言っても過言ではなかった。もはや大会戦のレベルである。
 皇国陸軍の砲兵の聖地である大都(おおと)砲兵工廠は、急な予備砲身の払底に、大わらわで増産に取り組んでいる。

「…これが、先の大戦で恐れられた『サラマンダー戦闘団』の訓練かね?」

 ターニャに小声で聞く石井。
 おそらく彼女は自分の素姓が知られているとは思っていないはずだ。実際、自分もこれを調べるのにかなりの時間を費やした。一時は合州国のスパイを疑って特務機関に監視させようと思ったほどだ。
 しかし、石井が精神的奇襲をもくろんで行った発言も、ターニャを動揺させるには至らなかった。

「はい閣下、いいえ。あの時の中核部隊は精鋭を集めたとはいえ、実質的な訓練期間は一月に過ぎませんでした」

 歩兵部隊に至っては、戦線への移動中に僅かの訓練を行っただけです。
 予想を遥かに上回る言葉と、その動じない姿を見て、改めて彼女を欲しいと感じる石井。

(これは、搦め手から行くか…)

 その懐には、原野葉月の配属に関する書類が仕舞い込まれていた。





(くそ、葉月の奴、あの高度では対空機銃の的になるというのに…!)

 ターニャは葉月の訓練を見て、内心はらはらしていた。

(どうせなら地上すれすれで射界から一瞬で消えるか、高度を取って避けるかにしろ!)

 胸元の魔導宝珠に手が伸び掛ける。どうせなら私が撃ち落としてやる。
 だが、葉月の機動が戦術上有効であることを、ターニャは認めざるおえなかった。
 一人が囮になっている隙に、他が対空砲陣地を攻撃するのは十分理にかなっている。
 おまけに演習想定では、ここは敵地のど真ん中。
 高度を上げれば、高射砲が熱烈な歓迎をよこしてくれるだろう。ダンスパートナーの戦闘機も連れてきてくれるかもしれない。
 それを考えれば、この機動も有効なのだろう。
 葉月とは別の訓練生が、配置してあった対空砲の標的を撃破するのを見ながら、本人の気がつかないうちに葉月を心配するターニャ。
 だからこそ、石井が言った重要な言葉を上の空で聞き逃してしまった。
 もっとも、逃れられるほど甘い策を、石井が用意しているはずもなかったが。



[30704] 第六話 剣林弾雨、始まります
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/29 15:19
 感想を見て一言
 確かに参謀が指揮統制を行うのは命令系統上ダメですが、ここでは参謀が全体の状況を把握して、空の指揮官に伝える役目を負っていると考えて下さい。
 大戦中の海軍でも、対空戦闘時、艦長は露天艦橋に上がり陣頭指揮、副長がCICで情勢把握に努めるという事はよくあったそうです。





 中華沿岸都市『上都(しゃんと)』
 列強諸国の居留地が密集するこの地は、今や繁栄を謳歌するのではなく、戦禍にむせび泣いていた。

「国民軍師団、前進再開!やはり目標は我が国の居留地に絞っています!」
「市長との交渉は意味がありません!こちらから打って出るべきです!」
「連合王国、ならびに共和国居留地での民間人の保護要請、拒否されました!」

 居留地保護の皇国軍司令部は、事態の収束に奔走していた。
 とはいっても、彼らには何が何だか分からない。
 最近になって北華と中華の国境地帯で小規模戦闘が頻発している事は聞き及んでいるし、緊張緩和のために皇国中華両政府の閣僚級会談も繰り返されている。
 だというのに、これはなんだ!?
 租界の皇国人居留区には、帝国製の最新兵器を装備した中華国民軍の精鋭の群れ、総数二万以上が迫り、上空からはどう考えてもまともに照準されてない爆撃が、皇国居留区のみならず、他国の居留区にも誤爆の嵐となって降り注いでいる。
 上都周辺二十キロにわたり設定された非武装地帯など、もはや何の意味もない。
 対する皇国側は、海軍陸戦隊が二千ちょっと。重砲は皆無。他国の警備隊は知らぬ存ぜぬを貫き通している。

「本国からの増援はいつ到着するんだ!?」

 司令の叫びが司令部に木霊する。
 その時、満面に喜色を浮かべた通信兵が司令部に駆けこんできた。

「司令、援軍です!すぐそこまで来ています!」
「どこの部隊だ?このあたりには我々以外の部隊はいないはず…」
「陸戦隊が第三艦隊から揚陸されたのか?」

 どちらにしても、重火器を持たない軽装歩兵だろうと思う参謀達。ありがたいが、状況を激変させるだけの威力はないと。
 だが、報告はそのどちらでもなかった。

「いいえ!北華方面軍より派遣された、第十三独立強襲航空魔導戦隊と、臨時編成の増強魔導中隊です!」





 さて、冷静に状況を整理してみよう。
 まず、皇国軍からの部隊訓練支援要請を受けて北華入り。
 そこで部隊訓練開始。大体二カ月かけて訓練生は最低ライン、強襲部隊は及第点までは到達。司令部の奴ら、訓練費をケチりやがった。
 国境紛争は知っていたが、こちらはただの傭兵もどき。命じられた仕事だけして、後はトンズラすればいいと高をくくっていた。
 そして、今。

「…石井参謀長閣下、今何とおっしゃられましたか?」
「すまないが、君には上都に行ってもらう」

 上都、上都ね。今まさに、第二次上海事変らしき紛争の舞台になっている場所。
 そんな所に行けと?
 冗談ではない!
 私は戦争のような非効率的で危険な行為には、二度と関わりたくないのだ!
 無論、それが利益になるのなら、自分に危険が及ばない前提で賛成なのだが。

「申し訳ありませんが、契約内容にはそのような事は…」
「入っていたさ」

 石井はそう言って懐から封筒を取り出し、ターニャに向かって机の上を滑らせる。
 契約内容は必ず隅から隅まで確かめているターニャ。間違っても、石井が言った様な条項は入っていない。かつて会社の秘密保持がらみで、部下の一人がとんでもないミスをやらかしてくれたおかげで、そう言った事を自分で確認する習慣が根付いている(もちろんそいつは首にした)。

「………」

 封筒から出て来たものを、無表情に見つめるターニャ。
 そこに入っていたのは、ターニャ達が訓練していた訓練生と葉月が、このまま臨時編成の増強魔導中隊に改編され、上都に送られるという命令書。
 それをめくる。
 睦月と皐月、癒月の望遠写真があった。
 さらにめくる。
 そこには、契約内容が更新された新しい契約書があった。
 すでにターニャがサインすればそれでいい様に体裁が整えられている。

「契約内容はあっているかね?」

 笑顔で問いかけて来る石井。
 …はっ!笑わせてくれる。



 机の上のペンを手に取る。



 この程度の事で、私が揺れるとでも?



 書類の内容を確認。



 皇国国籍を手に入れるためだけに結婚したというのに、いまさらその程度の事に執着するとでも?



 帝国語の筆記体で、すらすらと自らの名を記す。



 この男は、私を何だと思っているんだろう?



 最後に、これだけは漢字で記された、常に携帯している『原野』の印鑑を押す。

「…これでいいか?」

 殺気の籠った目で、石井を睨みつける。
 …私は一体何をしているのだろう?
 自分の死刑執行命令にサインしているようなものだというのに。
 サインを確認した石井は、満足そうな笑みを浮かべている。

「君とは、いいビジネスパートナーになれそうだね」
「その通りだと思います。参謀長閣下」

 そう、そうだ。ビジネスパートナーだ。
 石井の背後の窓からのぞく司令部庁舎の一つ、その屋上に魔導砲撃を叩きこむ。
 その一撃で、ターニャに照準を合わせて待機していた狙撃兵と観測手を引き金を引く暇も与えずミンチにし、石井と同じ穏やかな笑顔を浮かべて石井に告げる。

「適度な緊張感と狂気に満ちた、素晴らしい関係だと思います」





 急な呼び出しを受けて新都の北華方面軍司令部を訪れているターニャとは違い、『会社』の主力は基地にとどまり部隊の訓練を続けていた。
 もっとも、そこら辺は経験を積んだベテランの采配で、ターニャがいるときに比べてかなり甘い訓練である。軍隊で大切なのは適度な手の抜き方である。これを知らないとあっという間に全滅する。

「それにしても、うちの社長は厳しいですよね…」

 演習場の一角で、待ち伏せ攻撃の訓練をしているグランツに、合州国に来てから入社した魔導師が愚痴を言う。戦後帝国で連邦による魔導師狩りが行われる中、亡命した人間の一人だ。終戦時点でまだ訓練生だったというから、かなり幸運な部類に入る男だ。

「馬鹿を言え。以前に比べれば大分丸くなられたんだぞ」

 それに対し、軽い口調で答えるグランツ。もちろん警戒は怠らない。いつ彼の敬愛すると同時に恐怖の対象でもあるデグレチャフ社長が戻ってくるともしれないからだ。

「あれで丸くなったんですか!?」

 グランツの言葉に唖然とする男。彼にしてみればデグレチャフ社長は、ホラー映画に出て来るチェーンソウを抱えてホッケーマスクをした怪人よりも恐るべき存在だった。

「ああ、そうだ」

 グランツの脳裏に浮かぶのは、自分達を合州国の亡命させる手配を終えて、後はデグレチャフ大佐が来るだけというときに、突然に皇国への移住と、現地での結婚を決めた時の事だった。
 はじめは部隊一同、大佐殿が発狂したのではないかと心配したが、数年間の音信不通の後、皇国からご長男を連れて合州国を訪れられた時、大佐殿はこれまで見た事がないほど柔らかい表情をされておられた。
 合州国で合流した他部隊の者たちにはただの無表情にしか見えなかったかもしれないが、長年の付き合いのある彼らには、その変化が明白だった。
 それ以降、会社では社長の地位に着き、仕事にも参加するようになったが、その給料のほとんどを皇国の学資保険に使っている事を経理を担当しているグランツから耳打ちされている。
 丸くなっている事にご本人は気がついていらっしゃらないようだったが、それが逆に初めて大佐殿に年相応の感情を与えているように見えて、古参の連中全員で支えて行こうと誓いあった。これまでにため込んだ資金と伝手を使って、まっとうな商売だけを行う商社の設立計画も順調に進んでいる。これで体力の衰えた古参の受け皿も出来る。もちろん社長は大佐殿だ。

「…デグレチャフ社長は、もう十分に戦われた。これからは貴様らの時代だぞ」

 会社設立時の目的である、帝国軍の訓練ノウハウの継承は順調に行われている。すでに帝国の再軍備が進みつつある現在、自分達が帝国に戻る日も近いだろう。
 そして、デグレチャフ大佐殿が、それについてくる事はないだろう。
 大佐殿は、すでに自分の幸せを見つけられたのだから。





 三十六時間に及ぶ待ち伏せ攻撃の訓練を終えて、グランツ達『会社』の面々や、他の訓練にあたっていた独立強襲航空魔導隊、それに『会社』の面々による待ち伏せを切りぬけていた訓練生の面々は、隊舎に戻った直後、北華方面軍の参謀を伴ったターニャの、氷のような視線にさらされる事になった。

「任務だ」

 簡潔に告げたターニャの隣で、無表情な参謀が命令を伝達した。

「諸君ら、第十三独立強襲航空魔導師隊は、本日を持って訓練課程を修了する第四十三期、後期訓練生により編成される臨時増強魔導中隊と共に上都に向かってもらう」

 彼の地にて、同胞(はらから)を害さんとする中華の害虫を駆逐せよ。
 命令を受ける彼らの目は、読み上げる参謀よりも、その隣で静かに拳を握りしめているターニャに向けられていた。
 唇を噛みきらんばかりの感情をその無表情に浮かべたターニャは、何も語る事はなかった。



[30704] 第七話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2011/12/29 15:18
 誤字指摘、ありがとうなのです!





「貴様たちは本土に帰還しろ」
「そんな、社長!?」

 基地について命令を伝達すると同時に『会社』の面々には本土への帰還を命じた。もちろん合州国本土だ。

「私のミスでこうなったのだ。貴様らにそれを押し付ける事はしない」

 上司の無能を下がカバーするというのは最悪のケースだ。結局歪みが間に蓄積されて、いつか破綻する。
 それになにより、これから実質的に皇国軍に与する事になる自分の立場を、本土の連中に把握しておいてもらう必要がある。
 …いつか絶対亡命してやる…!

「貴様らには本土で準備を整えてもらいたい」

 もちろん私の亡命準備だ。

「しかし…!」
「指示は下した。私はその実行のみを求める」

 これまで整列している訓練生に向けていた視線をグランツに向ける。
 それを受け、グランツは無言で走り去った。
 ここで再度訓練生に向き直る。
 …ふむ。ここはひとつ、適当に訓示でもたれておくか。

「さて、諸君ら訓練生には、まず一言、祝いの言葉を述べよう。訓練課程修了おめでとう。これで諸君らも国民の血税を食い潰すウジ虫から、皇国軍人に昇格だ」

 そこで、微かに唇を歪める。

「だが、諸君らがその心血を捧げる皇国皇主陛下は、速やかなるリターンをお望みだ。投資分を返せと言ってきている。そこで、諸君らは臨時に独立増強魔導中隊を編成、このまま上都に送られる事になる。指揮官は、原野葉月魔導少尉とし、臨時に私が中隊の『傭人』としてつく事になる」

 そう、『傭人』あくまでも指揮権を持たない、ただの雇われ者。軍属でも最低の位。三等兵にも劣る地位。
 …はっ!石井の奴、人質という首輪だけじゃなく、最低辺の地位という足枷までつけてくれた。笑わずにはいられない。

「諸君らが誤った判断をしない限り、私はただその指示に従おう。だが、もし僅かでもミスをすれば、動揺した私が『誤射』する事は否定できない」

 無能のミスで死ぬのは、まっぴらごめんだ。

「諸君らが、自らの有能を証明する事を期待する」

 かつてなら、ここで訓示を終えただろう。
 だが、ふとした気まぐれから、小さく一言付け加えた。

「…諸君らの、健闘と生還を祈る」

 この瞬間、ターニャの教官としての特権は剥奪され、ただの軍属へと変わった。
 かつて経験した事のない、最低辺の戦いが始まろうとしていた。





「諸君らに、司令部より命令を発する」

 上都皇国軍司令部。
 そこには、激しい中華国民軍部隊の対空砲火を無傷で切りぬけて司令部に到着した、精鋭魔導師部隊が集結していた。
 しかし、その四分の一ほどが、どう見ても実戦経験すら積んでいない新任魔導師にしか見えないのはどうしてだろう。
 そして、その列の末席に紛れ込むようにしている、明らかにこの中の誰よりも戦慣れした雰囲気を漂わせる小柄な外国人の少女は、いったい何者なのか?
 予想を色々と裏切る増援の面々に、司令部から送られた参謀は若干動揺しながらも命令を伝達する。

「到着早々悪いが、諸君らには敵の砲兵陣地と兵站拠点の制圧を行ってもらう」

 連中のこれまでの戦法などを見る限り、戦略予備や兵站への認識は近代軍隊として落第どころか、陸軍大学でこのような事をしたら、確実に在校歴まで抹消されるレベルの惨状を呈している。この作戦に成功しただけで、連中の作戦能力は地の底まで低下すると思われる。
 だが、それを早急になさなければ、数で劣勢に立っている上都守備隊は数日で壊滅するだろう。
 諸君らに、この上都の行く末がかかっている。
 そう言われて、表情を引き締める魔導師達。
 いや、一人だけ眉をひそめているのがいる。

「参謀殿、質問をよろしいいでしょうか?」

 不満げな気配を漏らす少女に、何を言うのか不安に思いながらも参謀は発言を許可する。

「指示にあった敵拠点は、全て海軍の艦砲射撃で殲滅可能な位置にあります。我々がわざわざ出向く必要はないのではないでしょうか?」

 まったくもって正論。だが、彼らにはそれが出来なかった。

「それは出来ん」
「なぜですか?」
「海軍の観測機は、敵の対空砲火に阻まれて満足な観測が行えない。対地砲撃で観測機がいないのは致命的だ。むしろ友軍誤射を招きかねない」

 そう、建前はそうなっているのだ。

「それに、我々は『陸軍』だ。そこまで海軍の世話になるわけにはいかない」

 だが、本音はこれだ。
 ただでさえ地上戦で海軍陸戦隊の多大な支援を受けている現状、これ以上陸軍の威信を汚させるわけにはいかない。少なくともそういう事を言っておかなければ、上都の陸軍部隊は、その全員が本土の土を再び踏む事なく、この中華の大地に倒れ伏す事になるだろう。
 それを聞いて、少女―――デグレチャフ―――は沈黙した。
 それを見て、納得してくれたかと、安堵と共にひどい虚しさを覚える参謀

(我々は敵と戦っているのか、味方と戦っているのか…!)

 だが、少女の沈黙は納得の沈黙ではなかった。

「でしたら、私が観測を行います」

 決然とした表情で、参謀を見る少女。

「我々は『陛下』の軍なのです。陸軍海軍など関係ありません。陛下の赤子を無為に苦しめる事こそ、最大の敵対行為であり、軍法会議の場において、銃殺刑を下すにふさわしい物であると確信するものであります」

 それを聞き、息が詰まる参謀。
 見れば、彼女以外の魔導師達も動揺しているのが感じられた。建前を脱ぎ棄てて、ここまで真実国を思う発言を聞いては、誰も自らのこれまでの行為を思い返さずにはいられなかった。
 だが、それでも彼は決断できない。

「…!だからこそ!私にも陛下の赤子たる部下達を、国に返す義務があるのだ!」

 苦しい戦況にあって、面子に執着する司令部に対する怒りが、悲しみが、爆発した。
 間違っても口にしてはいけない司令への侮蔑の言葉まで、彼はぶちまけてしまった。これで二度と参謀本部の要職などに着く事は無くなっただろう。
 だが、これでいい気がした。

「…海軍との交渉は、私が直接行う。諸君らへの命令は敵兵站拠点と砲兵陣地の破壊だ。その方法まで指示されてはいない」

 つまりそれは、海軍の協力を得て艦砲射撃で破壊しても構わないという事だ。
 これがとんでもない詭弁である事は、誰もが理解している。それどころか、確実に独断専行を責められ、この参謀の将来を閉ざすであろうことも。だが、止めようとはしなかった。

「君の名前は何と言うのかね」

 最後に、この決断を促した少女の、名前を尋ねる。

「はっ!ターニャ・デグレチャフ三等兵相当官であります。参謀殿!」
「分かった。進言、感謝する」

 そのまま彼は司令部へと引き返して行った。
 その背中は、覚悟を決めた男のものだった。





 いやはや、危ないところだった。
 ここに来る際にも、敵の警戒の薄いポイントを選んだというのに、旧式とはいえ帝国製の魔導観測機器を使った猛烈な対空砲火を食らったのだ。とてもではないが警戒厳重な敵拠点に突っ込む気にはなれない。
 それに、地図を見てみれば河口付近に展開している海軍の艦隊の射程に余裕で入っている。これを使わない手はない。弾着観測の危険があると言えばあるが、直接弾幕に突っ込むよりはましだ。
 こんなところでむざむざ死ぬ気は、私には毛頭ないのだ。
 それに私とて、皇国国籍を手に入れた時点で、連中が守るべき『陛下の赤子』の一員なのだ。最低限の安全の追求ぐらい許されるだろう。
 危険を避ける事が出来たと内心胸をなでおろしていると、独強魔導師隊の戦隊長にして、かつてターニャが教導を行った事がある安曇(あずみ)大佐が、真剣な表情でターニャに話しかけた。

「デグレチャフ教官。我々は、あなたの事を誤解しておりました」
「???当然の事をしたまでだ」

 自分が生き残るために、手を尽くすのは当然の事だ。
 それとも、こいつらは私が自分たちと同じ戦争狂だとでも思っていたのだろうか?なんとも心外な思いだ。
 だが、答えを聞いた安曇は、より一層感じ入ったような表情と共に、本来階級差から絶対にあり得ない敬礼までよこした。
 なぜだか背後の魔導師や、我が愚息まで敬礼を捧げてきているではないか。
 …しかたない。軍隊という組織の中で規則に反する事は断固として避けるべきなのだが、この空気を壊すのもおかしいだろう。
 ターニャは無表情で、答礼をした。
 本人は気が付いていないが、あまりに異様で厳粛なその光景に、それを見ていた人間は、自らの周囲の人間にも伝えて行く事になった。





 国民軍は、突如として連携の取れた陸海空の立体攻撃を開始した皇国軍を前に、急速にその戦力を摩耗させていた。

「敵重爆、東方より接近中!第九十七師団司令部を目指していると思われます!」
「味方戦闘機隊、敵空母より出撃した戦闘機に拘束されています。迎撃できません!」
「沿岸に新たな敵艦隊が接近中!海岸防御の第八十二師団、士気極めて低下!統制を維持できません!」

 なぜだ、なぜなのだ!?
 これまで敵は十分な航空、火砲支援を受ける事が出来す、こちらの数で押していたはずだ。
 だが、これまで対地砲撃を控えていた敵艦隊が砲撃を開始してから全てが変わってしまった。地上の重砲に匹敵する重巡の八インチ級の主砲により、海岸線が見えないような内陸十キロ以上の場所まで正確な砲撃が繰り出され、戦線を推し進める原動力になっていた砲兵部隊は半日で壊滅した。
 さらに、遅れて到着した敵母艦航空隊と皇国本土を拠点に出撃していると思しき重爆による猛爆。母艦部隊と共に到着した増援の地上部隊による、側面からの強襲揚陸。
 これらによって、上都を包囲していたはずの国民軍各部隊は次々に各個撃破され、今や戦況の把握すらおぼつかなくなりつつある。
 なぜだ、なぜなのだ!
 連中の陸海軍は犬猿の仲のはず。実際この地でも、途中までは連中はバラバラに戦い、そこにつけ込む隙もあった。
 それが明らかに変化したのは―――

「…!魔導観測より司令部!敵魔導師部隊を捕捉、おそらく増強中隊規模。『奴ら』です!」
「奴らが、奴らが全ての元凶なのだ!」

 半ば恐慌状態で報告をする伝令の声を聞き、恐怖をにじませた声で叫ぶ国民軍将校。
 奴らが出撃してから、連中は何かが変わったのだ!
 正確な着弾観測を弾幕の中で行う冷静さ。それを妨害すべく出撃した魔導師部隊を、あらかじめ伏せておいた別働隊の一撃で葬り去る戦術眼。そして何より、発見した目標に向かって、対空砲火を気にも留めず一目散に突っ込んでくるその狂気に等しい蛮勇。その先頭にはいつも小さな少女の姿があった。

「魔導師どもを出せ!なんとしても殲滅しろ!」

 指示を受け、司令部に隣接した陣地で待機していた魔導師部隊一個大隊が即座に離陸しようとする。
 その時、先の報告を届けた魔導観測班から、今度こそ恐慌そのものの報告がもたらされる。

「敵魔導師、長距離砲撃態勢!この司令部を狙っています!」
「なんだと!?本当なのか!」

 即座にたただす司令官。だが、周囲の人間はすでに我先に司令部から逃げ出している。
 しかし、その努力が報われる事は無かった。
 次の瞬間、司令部を呑みこんだ極太の光線に、離陸を開始した魔導師部隊ごと、司令部は全滅した。





 連中は、中世かなにかの戦争と勘違いしているのだろうか?
 命からがら砲撃を躱した敵魔導師に、中隊が突撃していくのを眺めながら、連中の思考を推察してみる。馬鹿になりそうので嫌なのだが、これも自分が生き残るため。手間暇を惜しんではいけない。
 まず、重爆部隊が爆撃を仕掛ける予定の地域に露払いとして中隊が派遣されてみれば、そこには地方地主の屋敷を借り切ったと思しき家屋に、馬鹿みたいにでかい旗指し物がごっそりと刺されている光景。
 しかも周囲には兵士が寝泊まりしていると思しき天幕に、理解不能な事に屋外に堂々と設置してある魔導観測装置のアンテナ。隣には発電機まで野ざらしで置いてある。
 これで司令部の存在を疑うなという方が間違っている。少なくとも、何か重要な施設である事は子供でも分かる。
 いや、もはやここまで来ると逆に怪しくなってくる。実はダミー施設でした、と言われたら信じそうだ。
 しかも連中、海軍の艦砲射撃がよほど怖かったのか、観測機器のほとんどを海岸に向けていた。こちらが砲撃をチャージし始めて、初めて肉眼で観測しているありさまだ。
 そしてそのまま砲撃。そばの兵舎ごとまとめて粉砕。
 …うん。やっぱりわざわざ考える必要はないな。連中はただの無能だったのだ。
 そして、旗指し物の絵柄から考えて、おそらく師団司令部クラスを殲滅したはず。戦況にも大きな影響を与えるだろう。
 撃ち漏らしがいる可能性は否定できないが…

「後は連中に始末してもらうか」

 視線を向けた先には、緊密な編隊を保ったまま機体の爆弾倉の扉を開きつつある、爆撃機の群れが映っていた。
 地上でも、抵抗を試みる敵魔導師はあらかた始末できたようだ。

「…一応、一人ぐらいは始末しておくか」

 砲撃だけでは、その後サボっていたと判断されかねない。爆撃開始までに速やかに始末しよう。
 それに、さっさと始末して帰還命令を出してもらいたい。
 …今の私はただの一兵卒にも劣る存在なのだから。





(嘘だろ…!なんなんだよあの砲撃は…!)

 突撃する自らの背後から放たれた凄まじい威力の魔導砲撃に、頼もしさ以上に、戦慄を覚える葉月。
 葉月は、今は自らの部下となっている母親に、大きな衝撃を受けていた。
 家では自分の事を虫けらのように扱うのに、この戦場では常に真っ先に敵を発見し、危険な先導の役割を葉月に代わって行った。
 攻撃でも、誰よりも先に敵陣を切り裂き、後方にいる敵を一人でなぎ倒している。
 葉月達は、ターニャがズタズタに引き裂いた後を、子供のようについていく事しか出来なかった。無論戦果はあげているが、それも全てターニャのおかげである事は間違いなかった。
 それに何より、上都に着いて最初に行った、あの参謀との対話。
 普段国家の事など、これっぽちも考えていない。むしろ官僚組織の無能を嘲笑っているような母が、まさかあんな事を考えているなんて思っていなかった。生まれた時から皇国に住んでいる自分より遥かに強い、国家に対する忠義のようなものを感じた。
 間もなく射程に入る敵魔導師に光学術式を準備しながら、脳裏では自らの母親が何なのかを考え続けていた。

(一体どうすれば、あんな人になるんだろう?)

 自らの家族をゴミのように扱い、かと思えば、国家には比類なき忠誠を捧げる。それでいて、自分が危ない場面では、むしろ率先して危険を引き受けてくれている。

(もしかして、すごく不器用な人なのかもな…)

 なんとなく、それは当たっているような気がした。
 同時に、敵魔導師が射程に入る。

「撃て!」

 号令と共に、中隊の全員が光学術式を敵魔導師に向かって叩き込む。何も言わなくても、一小隊四人で、一人の魔導師を確実に仕留めている。陣形もへったくれもない状態の敵魔導師は、孤立した状態で対多数の戦闘を強いられ次々と撃墜されていく。装備は悪くないが、戦術が未熟に過ぎる。これまで二週間の促成教育しか受けていない自分たちにも劣るだろう。
 そのまま殲滅を継続する。

「大体始末できたかな…?」

 そこで一度、全体を見るために空中で静止する。
 その時、

「隊長!」
「!」

 部下となった同期の、悲鳴のような叫び。
 そして背後に微かな気配。
 恐る恐る振り返る。
 そこでは、葉月を奇襲しようと地上から急上昇してきた敵魔導師が、ターニャの魔力刃に串刺しにされていた。
 心臓を一突きされた相手は、悲鳴を上げる事もなく息絶えていた。

「常に背後にも気を配れと言っておいたはずだが?」
「…!申し訳ありません、教官!」

 ついでに今のターニャの地位は部隊で最低だが、教導を受けていた際の習慣によりあいまいに『教官』と呼ばれている。

「…以後、気をつけていただきたい」

 一応は上官に当たるため、息子である葉月にも強く言えないターニャ。
 だが、葉月としては十分以上に強い威圧を感じていた。これで母親が上官だったらどんな事になったか、想像したくもなかった。

「ありがとうございます!」

 その時、ターニャの首筋に流れる、一筋の汗を見つける。
 顔は上気した様子もなく、特に暑がっている様子もない。

(もしかして、冷や汗?)

 自分が危ない目にあって、少しは緊張したのだろうか?
 先ほどの自分の推測を裏付けるような事実に、なんとなく顔がほころぶ葉月。
 それを見て、不審そうなターニャ。

「…?作戦目標は達成されたと判断されます。早急な撤収指示を具申します」

 その眼は、これ以上呆けているのならこの場で射殺すると雄弁に語っている。すでに右手は腰の拳銃(魔導師は全員拳銃携帯。別名『自決ほう助銃』)に伸び掛けている。

「意見具申感謝します!総員、これより帰還する!」

 指示を受け、即座に編隊を組み直した中隊は、そのまま上都の司令部に隣接した基地に帰還していった。
 背後では、重爆部隊が死体もまだ生きている人間も関係なく、細切れにして大地に鋤きこんでいた。
 時を同じくして、本土から輸送された中華派遣軍五個師団、総数十万余名が海軍の戦艦部隊の艦砲射撃と、空母部隊所属の航空機・魔導師のによる精密爆撃の支援下、上都近郊に上陸を果たしつつあった。
 壮絶な攻撃を前に、士気が底辺まで落ち込んでいた国民軍はそのまま壊走しつつあった。
 攻撃目標は、中華首都『南都』
 上都にて主力を喪失した国民軍に、それを阻止する力は残されていなかった。



[30704] 第八話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2012/01/01 12:08
 感想に、本家は第二次世界大戦をモチーフにしているのに、この年代はおかしいとの指摘を受けましたが、そこは自分の独自の判断で、むしろあの戦いは第一次大戦に近いと感じて、この二次で書かれているのが第二次大戦という感じです。
 あの物語でターニャがいない場合を想定すると、西部戦線はいまだに共和国と塹壕を挟んで睨みあい、互いに大出血を強いられながらこう着状態を維持し、そして東部では、先攻した連邦軍の先鋒を討ち果たし、こちらでもまたこう着状態が生まれたように感じます。つまり、むしろ第一次大戦に近い戦況になったように感じるのです。
 また、第二次大戦をモチーフにすると、どうしても太平洋の戦況を考慮する必要(合州国の動きに大きく関わりそう)があり、その点の描写が行われていないことから、主戦場が欧州とその周辺に集中していた第一次大戦に近いと感じられるのです。





「なんて事をしてくれたんだ!?」

 南都、国民軍首脳部。
 そこでは、混迷を極める中華の地において一応の覇権を唱えつつある国民軍の総帥、蒋介雲が会議に列席した将帥に罵声を浴びせていた。

「我々は、上都の日本軍を引きずりだし、南都前面の防御陣地で拘束する。そういう作戦計画だったはずだ」

 そこで机に拳を叩きつける。

「だというのに、主力を上都に強引に突っ込ませたあげく、壊滅状態で壊走中!?ふざけるな!なんのための陣地だ、何のために高価な帝国製の装備だ!?」

 すべてパーだ!
 列席する将帥達は言葉もない。まさにそのとおりであり、引き際を見極める事も出来ずに上都に固執したあげく司令部が全滅して統制を失うなど、擁護のしようが無かった。

「それよりも総帥、ここは南都に迫りつつある皇国への対処を話し合いましょう!」

 この件の責任は、また後で状況に余裕が出来てからにいたしましょう!
 激しい糾弾に耐えきれなくなった一人が、決死の覚悟で怒り狂う蒋介雲にこれからの事を考えましょうと呼びかける。
 その言葉を聞いて、不服そうに言葉を収める蒋介雲。そして、この状況で南都の防衛が可能かどうか問いかける。

「…現状で、防衛は困難かと思われます」

 気まずそうに、言葉を絞り出す将軍。

「…続けたまえ」
「わが軍の主力は、すでに壊滅状態にあります。これから敗残兵を収容して、南都の守備隊と合わせて配備しても五万を超える事はないでしょう。実際には再編の手間を考えて実質三万程度と考えてよいかと」

 少し考えて、蒋介雲から質問が飛ぶ。

「…日本軍の状況は?」
「すでに上都駐留部隊を先頭に、十万以上の戦力で追撃に入っています。先鋒集団だけでおそらく二万は下らないと思われます。すでに陣地線は突破されつつあります」

 そして、蒋介雲は決断を下した。

「…死守を前提に、作戦を組み立ててくれ」
「総帥!?」
「無理です!一刻も早い後退を!」

 だが、居並ぶ将帥は一斉にそれに反対を唱える。
 それを聞き、再び考えた蒋介雲は、

「…少し考えたい。一応死守のための作戦だけは立案してくれ」

 そう言って、会議の席を立った。
 残された将帥は、ただその指示に従って死守作戦を立案するしかなかった。



「蒋介雲総帥。本当に死守なさるおつもりなのですか!?」

 会議室から蒋介雲の居室までの通路。そこでお付きの秘書を兼ねる従兵が、不安げに尋ねる。その眼はすがるようだった。年は十六。まだまだ生きたいのだった。

「まさか。あの無能どもに防げるわけがないだろう」

 それに対し、蒋介雲はいっそすがすがしいまでに、先ほどの会議の席にいた将帥をこき下ろした。先ほどの死守命令とはまったく違う意見だった。

「奴はアカだ。この地で首都を守って戦死するという最高の名誉をくれてやる」

 そう言って、唇を歪める蒋介雲。その眼には、邪魔な自らの敵に名誉と共に死を与えるという事に対する暗い悦びが浮かんでいた。
 それを見て戦慄を覚える従兵。
 翌日、防衛指揮に当たる一部将官を除き、南都国民政府首脳部は一斉に漢都へと脱出。残された部隊には死守が厳命された。
 惨劇の種は、この時蒔かれた。





 こんにちは、ターニャ・デグレチャフ・原野です。
 いやはや、ただの軍属扱いで愚息を指揮官とする魔導中隊に突っ込まれた時はどんな事になるかと絶望しましたが、国民軍の連中は連携という言葉を地の底かお空の上、あるいは自分たちの母親の腹の中に置き忘れて来たようで、実にあっさりと各個撃破されて勝手に後退していきました。艦砲射撃と爆撃機をよこしてくれた海軍には、感謝してもしたりません。
 そしてそこからは、本土からの増援と共に、一気呵成の大進撃!軍全体の先鋒として、まったく敵の見当たらないだだっ広い水稲地帯をひたすらに突き進みます。冬で水が抜かれているので足を取られる事もなく実に快調な進軍です。障害物の一つも見当たりません。飛行手当てが延々加増されて、こちらの懐はほかほかです。
 まったく、全ての戦争がこんな風に楽だったらよかったのに!



 …ここで気を抜いたのがいけなかったのだろう。

「これまで最前線で苦労をかけた君達には、南都攻略の先陣の任を与える」

 武人の名誉だぞ?
 うらやましそうな表情を浮かべて、命令をわざわざ伝えに来た参謀は南都攻略の先陣を命じて来た。
 しまった、戦犯フラグが立ってしまった…。





 中隊は、異様な緊張感に包まれていた。
 すでに南都周辺に構築された国民軍の防衛戦は粉砕され、南都自体も完全包囲。降伏勧告は無視され、今まさに中隊も、独強航空魔導戦隊と共に南都城内への突撃を敢行しようとしていた。
 葉月達にしてみれば、この戦い、どう考えても上都周辺の戦闘より楽だと思えた。
 なにしろ上都周辺では散々迎撃に出撃してきた連中の魔導師は、すでに政府の首脳と共に脱走した後だし、市街戦において、もすでに協力体制を確立しつつある陸海軍の航空集団と、陸にあがった艦隊所属の魔導師による精密爆撃の支援を受けられる。
 近隣の河川にも河川砲艦が展開を終え、命令が下れば即座に砲門を開くことになる。もちろん砲兵は軍直轄砲兵から師団砲兵まで、ありとあらゆる重砲が城内の敵抵抗拠点に照準を合わせている。
 そして敵の士気はすでに地の底。督戦隊を始末すれば、そのまま逃げ散ってくれるだろう。
 はっきり言って、これ以上は望みようがないほど理想的な状況だった。
 だというのに、彼らがこれまでにないほど真剣な表情をしているのは、彼らから若干離れたところで、無表情に自前の魔導宝珠の整備を続けている少女の存在があった。いや、三十歳を超えているのは分かっているが、とてもそんな事は感じさせないほど若々しいからだ。

「気をつけて、進まねば」

 余裕だな、と軽口を叩いていた葉月達に向かて、わざと聞こえるように呟かれた独り言。その一言で、中隊は緊張に包まれた。
 あの教官が気をつけろと言っている。
 その事だけで、中隊の緊張は一気に跳ね上がった。
 中隊の面々は、各小隊でフォーメーションを確認したり、自らの装備に不備がないか入念にチェックしている。
 そして、市街地への突入まで五分という所で、デグレチャフ教官が動いた。

「意見具申があります、中隊長殿」
「…!許可します!」

 ビシッと背筋を伸ばした葉月が、緊張しながら教官であり母親でもある人の言葉を待つ。

「市街戦においては、民間人への誤射等が無いように最大限の配慮が必要であると考えます」
「?」

 あまりにも当然の意見に、むしろ首をかしげそうになる葉月。わざわざ意見具申するようなものだろうか?
 だが、そんな思いを欠片も表には出さず、即座にその場で指示を伝える。

「意見具申感謝いたします。総員、民間人の誤射には十分に注意するように!」
「「「はっ!」」」

 全員が、教官は何をそんなに恐れているのか気になったが、一糸乱れぬ返事を返す。
 直後、司令部から一発の信号弾が打ち上げられる。攻撃開始の合図。あえて南都側を威圧するために無線ではなくこれを使ったのだ。

「総員突撃!」

 号令と共に一斉に飛び立つ。同時に地上からも砲声が木霊する。序列に従いターニャは雁行陣のもっとも端を飛行している。
 部隊の目標は、これまでの偵察で確認された敵魔導観測拠点の殲滅だ。これまでの国民軍と違い、ごく短時間しか索敵波を出さず発見が攻勢開始直前になってしまったものだ。
 作戦は、主力の独強航空魔導戦隊が敵司令部を強襲している間に、こちらは対空拠点を避ける形で蛇行しながら観測拠点に接近。重爆裂術式の集中投射で一気に殲滅だ。
 城壁を超え市街地上空に入ると、南都の状況が見えて来た。

「嘘だろ…連中もう略奪してる…」

 そこはすでに治安など存在せず、味方であるはずの国民軍兵士は民家からの略奪を繰り広げ、逆に民間人の方も、孤立した兵士を見つけると容赦なく襲いかかり銃からなにから全て奪い取りその場で殺している。
 魔導師の強化された視力は、上空を飛びさる一瞬の間にそこまでの事を読み取っていた。

(早くここを解放して、治安を戻さないと…!)

 中隊のほとんどの魔導師が、この光景に自らが錦の御旗を掲げていると確信させる事になった。
 一人、ターニャを除いて。





(…?妙だな…)

 ここまであまり信じていなかったが、あの光景を見る限り連中の統制が崩壊しつつあるのは事実らしい。軍の情報も時には真実を含んでいるという事か。
 だが、それなら、いまだに慎重な索敵を続けている目標の観測施設はなんなんだ?
 首都防衛の精鋭が残っている?いや、連中はすでに南都を脱出しているはずだ。数日前に軍一般情報で魔導師を含む部隊が、なんらかの要人と共に脱出したという物があった。おそらく政府全てが引越しを終えているだろう。精鋭はそれの護衛に引き抜かれているはずだ。
 それに、索敵部隊だけ残す必要があるのか?
 疑念を覚えながらも、超低空での魔導隠蔽飛行は続く。
 すでに城壁の付近では装甲車両の援護下、工兵隊による爆破作業が敢行され歩兵部隊による突撃が開始されている。皇国の戦車は紙装甲で役に立たないが、数ランクは格下の中華軍相手には十分有効なようだ。
 中華の都市は地下の下水などが整備されていない。都市戦は平面の制圧で済む分、先の大戦でのヨセフグラード攻防よりはましな戦いになるだろう。
 城壁とは反対の、南都の中心部でも爆発。おそらく先行した安曇のやつらが司令部を強襲しているのだろう。弾幕に身を晒すのを快感に感じる連中だ。今頃涙を流して喜んでいるだろう。

「目標まで残り百二十秒!」

 副官の少尉が叫ぶ。

「総員、重爆裂術式用意!」

 葉月の号令に従い、私を除く全員が術式の準備を開始する。私はこんな遠くから準備する必要がないので、そのまま魔導隠蔽飛行に集中する。ここまで来て、術式の起動余波でばれるのは嬉しくない。弾幕は、君達に任せた!若干右に編隊から離れる。
 
「…!」

 次の瞬間、右前方から対空砲火。
 とっさに回避機動を行うが、数発が防郭を直撃し、貫通する。
 馬鹿な!?こんな威力の対空砲、国民軍は装備していないはず!どう見ても四十ミリ級以上の大口径対空機銃の射撃だ。
 即座に対人用の爆裂術式を準備、投射し…。

『何をやっている!そこは難民区画だ、攻撃は許可されていない!』

 直前、無線に管制官の叫びが入る。
 慌てて起動を停止し、無線に事情を質す。

「なんだと?私はそのような情報を聞いていない」

 そんな重要な情報が伝わらないとは、軍の情報伝達系統に重大な欠陥があるとしか思えなかった。
 おまけに、いままさにそこから攻撃を受けたのだ!
 再度攻撃しようと術式を再起動させた時、その視界にあるものが飛び込んできた。
 完全に射撃を中止し、固まるターニャ。

『…南都にいる『人道支援団体』が強引にねじ込んできた。司令部もそれを了承している』

 そこに、苦虫をつぶしたような、管制官の声。
 それを意識の片隅で聞きつつ、ターニャの意識は先ほどの対空射撃を行った場所に向いていた。目は大きく開かれている。
 一瞬見えた、対空砲座から立ち去る操作要員の姿。
 それはどう見ても、黄色人種には見えなかった。
 その姿を、散開した防御陣形をとりつつ中隊の面々が不安そうに見つめていた。



 不安を抱えながらも、部隊は目標の観測施設の破壊に成功する。
 すでに人員は立ち去りもぬけの殻となっていた、合州国製の観測機器を装備した施設を。
 その事を知らず任務の成功を喜ぶ葉月達を尻目に、ターニャは無表情のまま思考の海に沈んでいった。





 中華派遣軍司令部は、勝報に沸き立っている…わけではなかった。
 まだ編成されて間もない状況で、緒戦の上都防衛に活躍した上都派遣軍と、現在の南都の後背に進攻中の第十軍、総数十万を優に超える戦力の指揮に当たっているのである。指揮通信系統の確立。兵站線の確保。そして作戦立案とその実行準備。これらの作業全てを、情報漏洩への警戒から限られた人数の司令部要員だけで行わなくてはならないのである。文字通りの激務であった。
 前線の優勢を伝えた伝令などは、目の下に巨大なくまを作りやつれ果てた顔の中、目だけが異様に光り地獄の鬼もかくやという形相の参謀に睨まれ失神寸前の有様だった。

「それで、市街戦の状況はどうなっている?」

 全体を指揮する松岡大将も、ここ最近一日三時間以上の睡眠をとれない日々が続いていた。

「おおよそ予定通りのペースで進んでおります。ですが、難民区域にかなりの数の便衣兵が逃げ込んだ形跡があり、現在周辺を封鎖して封じ込めを行っております」

 参謀の一人が、ペンの握り過ぎで出来た血豆が潰れた赤い痕の残った報告書を読み上げる。目元には大きなクマ。先ほど連絡機で前線司令部から帰還したばかりだった。七十二時間働けますか、を地でいっている。

「それに、いくつか気になる報告も届いています」

 そう言って、同じく血の痕をとどめたいくつかの報告書を手渡す。

「特にこの、前線にて破棄された合州国製魔導観測装置を発見したというのが気になります。場合によっては政府に緊急連絡を入れる必要があるかもしれません」

 それを聞き、眉をひそめる松岡。
 今回の戦役が始まるまでは、大陸では皇国軍と合州国軍が共同で革命軍の掃討を行っている事になっていた。もっとも、実質的には合州国軍は各都市の居留区などの警護にとどまっている。それは皇国軍も同様で、皇国に完全に制圧された北華の地を除けば、中華の地はいまだ誰が主なのかも判然としない戦国状態に突入している(ただし、北華に隣接する地域に対しては皇国による分離工作が進展中)。
 この状況下で、当初は国民軍を味方に引き入れての掃討戦も行われたが、あまりにも効果が上がらないため皇国は支援を打ち切り、合州国も僅かばかりの資金援助しかしていないはずだ。新生帝国はつい最近まで支援を継続しており、その武器が今回の戦闘で使われたと思われた。
 現在は、少なくとも武器の供与は行われていないはずである。

「…以前輸出された旧式機材ではないか?」

 だが、まだ支援の行われている時期に輸出されたものなら、可能性はある。
 その事を松岡は指摘した。

「いえ、現地に合州国製の装備に詳しい者がいたので聞いたのですが、まだ本国軍でも配備の始まっていない試験段階の代物だそうです」

 だが、参謀はその予測を否定する。
 沈黙する松岡。

「…その人物を呼び出してくれ。詳しく話を聞きたい」

 参謀が了解し、踵を返したその時、緊急電を持った伝令が駆け込んできた。
 そのまま許しも得ずに大声で報告を行った。

「南都にて大規模な民間人の虐殺があった模様!現在現地で混乱が広がっています!」
「なんだと!?」

 司令部を、戦慄が駆け巡った。

「どこの部隊だ!?」
「北華軍派遣、臨時編成独立増強魔導中隊です!」



[30704] 第九話
Name: 金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635
Date: 2012/01/06 15:03
 夫が空気だというご指摘を受けましたが、安心して下さい。これから状況によってはターニャ以上に重要になっていきます。
 そして、石井参謀長の狙いは、ターニャよりもそっちにあるのです…!





 とある大学での、歴史学の講義。



 現在に至るも、南都大虐殺については多くの学説があり、実際の死傷者数を含め、それらが中華革命党の政治的な思惑もありまったく確定されない状況にある。
 公式な皇国軍の記録をあさっても、明確に虐殺を命じた物がないのはほぼ確実となっている。すでに該当する公文書等の公開はなされ、研究もされつくしていると言ってもいいだろう。
 だが、前線部隊が独断で虐殺を行った可能性は否定できない。特に、当時の皇国軍は急速な進軍で指揮系統の一部に混乱をきたしていた可能性があり、また、中華国民軍は陸戦法規に違反する便衣兵…つまりゲリラ部隊を市街地の難民区画に潜伏させていた可能性が高い。軍服を捨てて逃げた兵士も多数存在したと思われる。これらの掃討の過程で、言葉が通じない事もあり、不幸な間違いから民間人の虐殺が行われた可能性は高いだろう。
 また、一部の研究者からは、皇国軍の正規ではない部隊が虐殺行動をとった可能性を指摘している。そのために、公文書に残っていないという主張だ。
 まあ、この主張はないだろう。
 なにしろ、証拠として提示した写真が、皇国軍の軍属の服を着た外国人の少女が、銃剣を死体に刺しているなんて物なのだから。





 視界に入ったのは、紅い飛沫だった。

「え………」

 ゆっくりとした時間の中で、紅い飛沫を撒き散らしながら愚息が仰向けに倒れて行く。
 倒れた愚息のその先には、銃を隠しながら群衆の中に逃げ込んでいく一人の男。特に紅い何かをつけているわけでもないが、きっとアカだろうと直感的に思った。
 ならばアカらしく、紅く染めてやらねば。
 連中の掲げる赤旗は、敵の赤以上に、同胞の朱で染められているのだから。





 部隊に与えられた任務は、南都の住民への認定証の配布だった。認定証は、どうも大量の便衣兵が入り込んでいるらしいので急遽発行する事になったものだ。
 司令部としても、この部隊を扱いかねているように葉月は感じていた。当初の上都戦では、戦力が絶対的に不足していたから独強航空魔導戦隊ともども最前線に突っ込んでいたが、戦力に余裕が出て来るに従って正式な指揮系統に組み込まれていないために邪魔になり始めたようだった。
 そこで、本来は後備兵師団などが行うべきである認定証の配布任務に駆り出されたのだ。
 最初は危険な最前線から離れられる事に、内心ほっとした。
 だが、

「並んで、並んで下さい!」
「押さないで、押さないで!」

 …むしろ最前線の方が良かったかもしれない。
 認定証をもらうと食料の配給が受けられるという噂を聞いて、配布を行っている広場に住民が殺到していた。
 もちろん中隊の人員はもみくちゃにされ、応援に駆けつけていた歩兵部隊もいつの間にか人ごみの中に消えていた。唯一統制がとれているのは、歩兵部隊が司令部代わりに設置し、葉月が腰を据えている天幕の周辺だけだった。
 こちらは中華の言葉が分からないため上手く指示が伝わらず、それ以前にこの喧騒の中では、どれほど声を張り上げてもまったく通じないのだった。

「???」

 その時、葉月は妙に統制の取れている一角を見つける。
 どうしてなのか気になり、天幕を出て調べに行く。

「………!」

 そして絶句した。
 そこでは母であるターニャが、小銃を抱えて無言で巡回しているだけだった。
 だが、その小銃の先端の銃剣は赤黒い何かで汚れ、周囲に見せつけるように砲撃術式を臨界状態で住民に向けていた。
 住民は何の術式か分からないものの、それが危険である事ははっきりと認識し、まるで閲兵を受ける兵士のようにびしっとした隊列を作って並んでいた。泣いてる子供も一発で泣きやむ(というか気絶する)恐怖だった。

「かあ…デグレチャフ教官、一体何をやっているんですか!?」

 とっさに駆け寄り何をやっているのかと聞く。
 それに教官は、いぶかしげな表情を浮かべながら答える。もちろん術式と小銃は油断なく住民の列に向けられている。

「群衆の統制だ、少尉殿」

 さも当然の行為をしているという口調で答える教官。

「ですが、他に方法が何かあるでしょう!?」

 だが、いくらなんでも砲撃術式を向けて従わせるというのはやり過ぎだ。

「…我々の任務は、住民と便衣兵を区別することだ。住民の支持を取り付ける事ではない」

 だが、ターニャは平然としている。この状況をまったくおかしいとは思っていないようだった。
 そして小声で付け加える。

「…それに、鞭たる我らが甘い所を見せては、この後の飴の効果が下がる」

 それを聞き、唐突に家を思い出した。
 ああ、そう言えば母さん(ターニャ)は怒ると猛烈に怖かったが、それが時折頭をなでたりしてくれると凄くうれしかったのを覚えている。もっとも、怒っている時の方がはるかに多く、結果として母親恐怖症とでも言うべき状態になってしまったが。

(そっか、我が家の教育方針って飴と鞭オンリーだったんだ…)

 器用に飴ばかり多めに受け取っていた妹達を恨む。睦月と皐月は間違いなくそれを理解していたのだ。
 そして、実体験のおかげで、ターニャの行動が理にかなっている事もわかった。

「…分かりました。ただ、絶対に撃たないでください」

 母は圧倒的な恐怖を与える事はあったが、手だけは滅多に出さなかった。出すのは本当に許されない行為をしてしまったときだけだ(もっとも最近はそうでもないが)。
 ターニャの方も鬱陶しげにあたりまえだという感じにうなずいている。
 これなら大丈夫そ…

 ダンッ!

 唐突に肩を叩かれた。いや、そう感じた。
 母さんが見た事もない表情をしていた。
 それに驚きつつ、なにをされたのか背後を振り返ろうとする。
 だが、急に足から力が抜けてそのまま仰向けに倒れてしまう。
 急速に遠のく意識の中、誰かの悲鳴が聞こえた気がした。





 少女の悲鳴が、広場に木霊した。
 何事かとそちらに駆け付ける中隊の面々。人々は恐怖に駆られ、そちらから逃げだしている。
 そして、彼らは見た。
 元の色が分からないほど血で染め上げられた服を身にまとい、複数の死体に囲まれながら、意識のない隊長の葉月に治療術式を施している教官の姿を。
 表情を見なくとも、その鬼気迫る何かが中隊の面々には伝わってきた。おそらく住民も、この光景とあまりの威圧感に逃げだしたのだろう。

「…諸君…」

 その時、教官が集まってきた中隊と歩兵部隊に語りかけた。この声に、中隊はもちろん、教官の事を知らない歩兵部隊まで、気をつけの姿勢で傾聴している。

「狩りの時間だ」

 そう言って振り向いた教官殿の顔には細かな血飛沫が点々と着き、それでいて無表情は普段と変わらず、それが逆に恐怖を感じさせた。
 そして、葉月隊長を地面に下ろすと、足元に転がっていた血みどろの死体―――いや、いま微かに呻いたから生きているのだろう―――を掴みあげた。小柄な少女が右手一本で血みどろの男の頭を掴んで吊るし上げる。なんとも非現実的で、狂気を感じる光景がそこにはあった。

「さあ、君にはお友達のお家を教えてほしいのだが?」

 ターニャがいっそ朗らかな調子で問いかける。
 だが、相手の男は微かに首を横に振る。

「ふむ、これでもかね?」

 そして突き刺される銃剣。相手の男は声もなく喉をそりかえらせる。
 それを見ていた歩兵部隊のベテラン軍曹は、今ターニャが刺した個所は、人間にとって最も苦痛が激しい場所だと気がつく。よく見ると男の傷は全て焼かれており、簡単に失血死する事がないようになっていた。
 結局、男は口を割る事なく気絶した。

「…こいつも知らない…鉄砲玉か…」

 男を投げ捨てて、ターニャは宣言した。

「アカ狩りだ。この周辺で紛れ込んでいる便衣兵、全て狩り尽くせ。これは軍令に含まれる『治安維持行動』だと愚考するが、大尉殿、いかがですか?」
「あ、ああ。確かにその通りだと思う」

 一瞬反発しようとした歩兵部隊の指揮官は、突き付けられた光学術式を前に屈した。

「でしたら、ご命令を」

 正気と狂気という、戦場において並立しうる天秤が、明らかに狂気に傾いているその眼を前に、逆らえる者はいなかった。










 その頃、皇国本土。

「ほら癒月、背伸び」
「は~い!」

 家に残された皐月と睦月が、まだ小さい癒月の世話をしていた。パジャマを着替えさせている。

「お母さんがいないと、なんだか開放感があるよね」
「そうね」

 皐月と睦月にとってターニャは、怒ると怖いが、ダメな事さえしなければ大抵の事は許してくれる(むしろ無関心?)放任主義な母親だった。
 兄である葉月を、一種の観測気球として利用する事で、何がダメで何がいいのか早くに学ぶ事が出来たのが大きかった。癒月が生まれてからは大分やさしくなってきた感じ(あくまでも感じ)もする。
 ただ、失敗した時のペナルティーが半端ではないので、いくら上手くやっていてもうっすらとした緊張感を感じているのだ。
 だから、今回のようにターニャがいない時はたまの開放感を楽しんでいるのである。癒月の世話くらい余裕だった。
 その時、玄関の扉をたたく音が聞こえた。

「はーい!」

 癒月の世話を皐月に任せ、玄関に走る睦月。

「どちら様ですか?」
「お母様の部下をやっているものなのですが、緊急の用事がありまして」

 扉の向こうから聞こえてくるのは、野太い男性の声。

「はぁ…」

 これまでターニャの仕事など何も聞いていない睦月は、不思議そうな声を出して、チェーンをかけたままの扉を薄く開ける。

「!」

 次の瞬間、薄く開けられた扉に太い指が差し込まれ、伸びきったチェーンがガッと大きな音を立てる。
 さらに、即座にペンチがねじ込まれ、あっという間にチェーンを切断する。

「あ…あ…」

 あまりの事に、腰を抜かす睦月。

「どうしたの睦月!」
「だっこだっこ!」

 そこに、癒月を抱えた皐月が駆け付け、切断されたチェーンに絶句する。
 三人の目の前で、扉がゆっくりと開けられる。
 そして、逆光の中にたたずむ黒い人影が静かに口を開く。

「突然の事で申し訳ないのですが、三人にご同行願いたいのですが?」

 さきほどの行動とは、打って変わって落ち着いた、丁寧な口調。
 だが、睦月と皐月の目は、男の右手にシルエットとなって浮かび上がる、ある物に向いていた。
 漆黒の艶消し塗料で塗られたそれは、下を向いた先端から、紅い雫を垂らしていた。



[30704] 第十話
Name: 金子カズミ◆79c5bb77 ID:be22a0b0
Date: 2012/02/18 11:18
 北華国首都 新都地下
 皇国軍北華方面軍司令部が置かれているその地下に、公式には存在しない地下室があった。扉は二重構造で、片方が開いているときはもう片方が必ず閉鎖される仕組みを持ち、防音を完備。隣室からはマジックミラーでその中の様子を監視できる。
 さらに室内には、その用途を想像したくないような器具が壁に吊るされ、たとえ実際に使われなくとも室内の人間を威圧していた。
 この部屋の用途が真っ当なものでないのは明白だ。
 そして今、そこには一人の少女が床に固定された椅子に縛り付けられていた。
 金髪碧眼の少女の名は、ターニャ・デグレチャフ・原野といった。





(しまった、やってしまった…)

 ここに連行されてから、ターニャは無表情ながらも猛烈に後悔していた。
 なぜ自分は、あんなバカげたことをしてしまったのか!
 ターニャの記憶は葉月が撃たれた瞬間真っ白になり、気がついた時には周囲はアカとゲリラの死体の山と、震えている自分の部隊の魔導師と歩兵部隊、そして緊張した面持ちでこちらに銃の照準を合わせた憲兵隊の姿があった。
 そしてそのまま自分でも何をしたのか分からないうちに、乗り心地最悪の軍用トラックに憲兵どもに押し込まれ、部隊の魔導師達と引き離されて飛行場に直行。準備よく待機していた輸送機に拘束具を付けられた上で乗せられて即離陸。
 この時点で、一緒に押し込まれた部隊の者に自分が何をしたのか遠まわしに尋ねたが要領を得ない答えが返ってくるばかり。
 仕方なく、機関短銃を構えて監視している憲兵に尋ねると、返ってきたのは民間人の虐殺容疑。
 瞬間、目が覚めた時の光景を思い出した。
 まさか、あれは私がやったのか!?いや、そんな馬鹿な行為をするわけがない。これでは格好の戦犯容疑ではないか!まだ戦争の趨勢も定まらない状況でそんな馬鹿をするわけがない。
 だが、それを聞いた部隊の連中は、一斉に自分の行動を支持。あの行動は正当防衛だと声高に叫び始めたのだ。
 はっきり言ってあまりに馬鹿な行動に頭が痛くなった。ここはしらを切り通す場面だろうに!どうせ自分達が犯人だという証拠はないのだ、戦時中なのだから魔導師をそんな不確かな罪で拘束し続けるなどあり得ない。しらぬ存ぜぬを貫けば、それでしりすぼみになって終わるだろうに。
 だが、いまさらそんな事を言っても手遅れだ。裁判で自分だけ違う事を言えばこちらの証言の信用性を失い不利になる。そもそも事前に口裏合わせを出来なかった時点で正面から挑むほか無くなっている。
 憲兵隊との言いあいで騒然とした雰囲気になる機内。しかし、それを無視してターニャは考えていた。
 …しかし、私があんな行為をするか?
 次の瞬間、答えが出た。
 奴だ、あの神を名乗る存在Xの仕業だ!最近出てこないと油断したらこんな場面で出てくるとは。
 内心で存在Xへの殺意を滾らせながら、ターニャは憲兵隊に従って監禁されながら静かに待ち続ける。
 自分をこんな状況に追い込んだ元凶が訪れるのを。





 ターニャが部屋に監禁されてから半日以上たった時、とうとうあの男が現れた。

「やあ、遅くなってすまないね。原野傭人」

 機関短銃を構えた護衛と共に現れたのは、この北華軍を実質的に支配する参謀長、石井だった。
 あいさつに返事も返さないターニャを無視して石井は続ける。

「まったく、君のせいで大変な騒ぎになった。こっちはほとんど不眠不休の状態だよ」

 そう言う石井、口調は飄々としているが、若干しわの目立つ軍服など疲労の色を隠し切れていない。
 そんな石井を、ターニャは無言でジッと見つめている。
 そんなターニャの視線を気にする事もなく、石井はマイペースに進める。

「さて、私の時間もそれほどないので単刀直入に言おうか。君には民間人の虐殺容疑がかかっている」

 そう言って、どこから手に入れたのか軍法会議の起訴状を見せる。紙面にははっきりとターニャの名前とその罪状が書かれている。この罪状ではまず間違いなく銃殺刑以外の選択肢はない。

「だが、私も鬼ではない。君にもう一つの選択肢を上げよう」

 そう言ってもう一枚の紙を取り出す。

「ちょうど南方の特務機関の人出が足りなくてね。魔導師を一個中隊欲しいと言ってきている」

 これに、君と部隊の全員で行ってもらいたい。
 これを聞き、ターニャは脳内で高速で思考を行う。
 これでは軍法会議に出るという選択肢はない。まず間違いなく死刑になるしそうでなくとも公式に記録に残る。そうなると万が一にも敗戦の際戦犯として裁かれる可能性がある。
 だが、南方の特務機関へ行くのなら話は別だ。
 特務機関に配属されるなら通常部隊への在籍記録は可能な限り抹消される。つまり、今回の事件もなかった事になるのだ。しかも石井の目から離れられる。最悪現地で亡命を図る事も出来るという素晴らしい選択肢ではないか!
 だが、ここで即答したら自分が戦地に行きたい戦争馬鹿の烙印を押されかねない。
 ならばここは、

「申し訳ないが、少し考えさせてほしい」

 そう口にした。
 すると石井は大きくうなずいて、答える。

「分かった、半日待とう。私は君の選択を尊重するよ」

 そのまま石井は護衛と共に部屋を出て行った。
 それを確認すると、ターニャは俯いて静かに考えているふりをしながら眠り始める。
 さすがのターニャも、戦闘行動の後丸一日以上寝ていないのは厳しかったのだ。
 その時、一つの事を聞き忘れているのを思い出し呟いた。





 ターニャを監禁している部屋から出た石井は、その手が微かに震えるのを感じた。
 自分の息のかかった憲兵隊の人間の話では、あの少女は連行される輸送機の機内でも部下を気づかうような発言を繰り返していたという。あれだけの事をしでかした後で、息子よりも実質的な部下の事を気づかうとは、根っからの軍人としか思えない。
 しかし、扉がしまる寸前に聞こえた声が石井の心を乱した。

「…葉月」

 それは自分の息子を気づかう声。輸送機の機内でも部下の負傷などには気づかいながらも自分の息子がどうなったかは一切尋ねなかったというターニャの心の声だと思えた。
 原野魔導少尉は、現在新都の陸軍病院で治療を受けている。右肩の銃創は幸運にも貫通しており抗生物質の投与と安静で回復できるとの事だった。特に後遺症も残らないそうだ。

(私は、彼女を見誤っていたかもしれんな…)

 特務機関が調べ上げた彼女の実績は、まさしく悪魔のごとき代物だった。彼女がいなければ先の大戦の収束が二年は早まっただろう。それだけの時間を彼女は帝国に作り出していた。
 今会話した彼女は、まさにその軍人としての彼女だろう。
 そして、考える時間が欲しいというのは実質的な部下である中隊の面々を気づかったせいだろう。このまま裁判になれば彼女と指揮官であった息子の葉月少尉だけが罪に問われる。軍において責任は全て指揮官がとるものだからだ。
 だが、南方に行くとなれば中隊全員を巻き添えにする事になる。彼女はその事で悩んでいるのだろう。本当に部下思いな最高の士官だろう。
 しかし、石井としてはさっさとターニャに南方に行って欲しかった。
 ポケットに突っ込んだ手が握りつぶされた報告書に触れる。
 そこには、こう記されていた。

『H監視班 通信途絶。残留していた双子と妹の消息不明』

 この『H』は原野のHである。つまり、ターニャの家に残っていた家族の監視が破られたという事である。
 石井は嘘をついていた。
 軍事裁判の話は全く存在していない。あの事件は内々に処分されなかった事になっている。第十三独立強襲魔導戦隊には緘口令(かんこうれい)が敷かれ、彼女と共に掃討に当たった歩兵部隊は補給線防備の名目で前線から引き抜かれ編成表からすでに消滅している。予定ではこのまま北華の国境要塞群に配備され、この戦が終わるまで本土に帰還する事は叶わないだろう。
 その状況で偽の裁判への召喚状を見せたのは、一刻も早く彼女を情報の届かない、少なくとも入手を遅らす事が出来る南の地、南海群島に送りこんでいしまいたかったからだった。
 これまで自らを縛っていた手綱がない事を彼女が知ったらどうなるか。

「…計画を早める必要があるかもしれんな」

 小さくつぶやくと、石井は護衛を兼ねた従兵に、大陸から突き出た小半島の突端に位置する極東最大規模の港湾都市、大都から運行される民間長距離飛行艇の予約を命じた。
 せめて葉月少尉だけでも先に南に送ってしまおう。稼げる時間は高がしれているが、それでも構わない。
 こちらの計画は、精々半年もあれば終わるのだから。





 彼らは、自らの住処にて優雅なお茶会を楽しんでいた。
 先の大戦の際は信仰の危機に立ちあがったが、今の世界は穏やかに安定し信仰も緩やかに回復しているからだ。
 すでに彼らは自らの使徒を地上に送りだす意味を認めていない。
 そんな中、かつて使徒のひとりとして活動していた者を偶然にも彼らは目にとめた。

「ほほう、彼女はまだ我らを疑っているようですな」
「なに、彼女一人の問題なら大したことはありますまい。信仰の回復は順調ですぞ」

 それを穏やかな気持ちで受け入れるだけの余裕が彼らにはあった。

「しかし、あの者がこのようになるとは、さすがに信じられませんでしたな」
「まったく。もしやして、あれこそが信仰の行きつく先なのやもしれませんぞ」

 彼女に信仰心を強制する事はもう行っていない。だが、それでも彼女は我らの教えにあるように隣人を大切にし、家族を愛しているではないか。

「これからも、あれが隣人を愛し、我らの信仰を守る事を願いましょう」

 彼らは気がつかない。その信仰の回復が、これまでとは方向を異にしている事実に。
 信仰が日常の生活への感謝から生まれるのではなく、戦塵への不安から拡大しつつある事に。



[30704] 第十一話
Name: 金子カズミ◆69ce15b9 ID:4b59442b
Date: 2012/08/10 00:24
 大変お待たせしました。最近オリジナルの投稿も初めて、本家の作品の終結が予想より早そうなのですこし沈黙していました。
 これから少しずつ、続きを投稿していきます。


 

 南海群島 オーランド植民地ボラニー島
 その密林の中に設けられた豪邸の中から、ドレス姿の少女が窓を突き破って飛び出してきた。
 そのまま首から下げた胸元のネックレスに紛れた魔導宝珠で飛行術式を最低限起動。落下速度を殺しながら着地。即座にスカートの裾を破り捨てると、舗装もされていない地面むき出しの道へと走る。

「急げ!」

 その時、森の中に隠しておいた逃走用の車両から、運転手の男の叫びが聞こえた。
 そんな事言われなくても分かっていると叫びたくなったが、それを堪えて後部座席に飛び乗る。
 それを追って、いままでターニャが潜入していた森の中の豪邸から、赤い国で製造されたライフルを持った連中がわらわらと飛び出してくる。

「逃がすな!」
「撃ち殺せ!」

 頭の弱そうな台詞を吐きながら追いかけて来る連中を尻目に、ターニャが乗った車両の運転手は即座にアクセルをべた踏み。そのまま後輪を空転させながら、舗装もろくにされていない森の中の一本道に飛び出す。
 それを追って、追跡者たちも機銃を積んだトラックで走りだす。
 上空を飛行する魔導師の姿まで確認し、ターニャは深くため息をついた。
 これで七回連続潜入作戦失敗。しかも失敗の度に歓迎してくれる連中は増員傾向。とうとう魔導師まで出て来た。ここまで来ると結論は一つしかない。後部座席に隠してあった二十ミリ対魔導師ライフルを構えつつ呟く。

「…内通者がいるな」

 小さく、だが確信と共に呟かれたその言葉に、運転席の男は険しい顔をして沈黙を返した。
 それは暗に、ターニャの言葉を肯定していた。
 密林に、銃声が木霊した。





 初めてみる南海群島の姿に、葉月達は圧倒されていた。
 ここまでの貨客船での旅の間、葉月達は南海群島は皇国の南西諸島などと同じく、ただ海がきれいな程度の何もない所だと思ってたのだ。
 だが、実際に甲板から見える港の様子は、そんな予想を木端微塵にした。
 気温と湿度の高い港で働く、日に焼けた肌の労働者達。その背後で出港の警笛を鳴らす大型貨物船。入港した船舶が横付けする岸壁には無数の物資が積み上げられ、荷降ろしと並行して積みこみが行われている。
 その港の奥には、この地を保有する列強の本国と見誤らんばかりのレンガ造りの家々が立ち並び、その豊かさを誇示していた。

「…なあ原野。俺はずっと密林の奥に潜んで、どっかの野蛮人みたいに戦うもんだとばっかり思ってたぜ…」
「…俺もだよ…」

 中隊一同、呆然としたまま目の前の光景を眺めている。
 ついでに全員、今回の任務のための変装として洒落たシャツとズボン姿である。最初は完全に服に着られていたが、今では慣れた様子でいかにも育ちがいい青年に見える。特に葉月は外見が白人のため非常によく似合っている。
 その時、船室に繋がる扉が開き、中から一人の少女が姿を現した。
 現れたのはもちろん、彼らの鬼教官ターニャ・デグレチャフ・原野である。薄い黄色のサマードレスを身にまとい自然に微笑んでいる、どこをどう見ても良家の令嬢といった見た目だが、目だけが全く笑っていない。

「…君達はここで何をしているのかね…?」
「!教官ど…!」

 とっさに振り向いて敬礼しそうになった一人の唇に、ターニャが人差し指を突き付ける。傍目にはうるさいから静かにといった風だが、実際には指先に超小型の魔力刃が生成されており彼を凍りつかせていた。
 そのまま少年の胸にもたれかかるようにして、その表情を周囲に見られないようにするターニャ。

「…こんな人目のある所で私に敬礼しようとするなど、何を考えているのだ?」

 用心して他に聞こえないように唇を動かさずに胸元でささやかれる声に、背筋を振るわせる少年。傍目には彼女にすがられている男のようだが、実際は死神の鎌が首元に突き付けられているに等しい。

「…まあいい。間もなく接岸する。各自荷物を整えておけ。魔導宝珠は私に預けろ。下手をうったら私が『事故死』させることになる」

 それに対し、凍り付いて答えられない一同に、朗らかに反応を求めるターニャ。

「どうしたの?しっかりしてよ。返事は?」
「「「はい、姐さん!」」」

 一斉に大声で返事。それを近くの老夫婦がびっくりしたように見つめている。
 やってしまった。
 凍り付くようなターニャの目に、一同が失敗を察した時には、すでに遅かった。
 表情だけはそのままに、静かに船室に戻っていくターニャが、内心激怒していることは明白だった。
 これ以上の失点を重ねないために、葉月たちは空元気を振り絞って、船室へと戻るのだった。



 上陸は、あっさりと成功した。
 葉月たちは、オーランド人のターニャの友人としてここに招かれたことになっており、持ち物も一般的な着替えなどを詰めただけで危険なものは無かった。唯一魔導宝珠だけは持ち歩いていたが、それはターニャが自分のネックレスに擬態することであっさりと突破した。誰だって、可憐な少女が首に物騒な武器をぶら下げているなど想像しない。
 さらに、そこで待ち構える車に、葉月たちは唖然とした。
 合州国製の高級大型車が四台も連なり、実に品のいい白人の初老の男性が運転手を務めている。

「ご苦労様。彼らが私の『親友』よ」
「お待ちしておりました。どうぞ、お乗りください」

 まるで本物のお嬢様のように振る舞うターニャに内心衝撃を受けながら、全員が促されるままに車に乗り込む。もしかして、南方での任務は、それこそスパイ物の映画や小説の中でしか見ないような、優雅な、それでいて刺激的なものになるのではないかと思ったのだ。
 甘かった。まったくもって甘かった。
 車は海岸沿いの傾斜地の邸宅群―――を通り過ぎ、どんどん寂れた方向に走り続ける。その間、車内では一言の会話もない。特にターニャと同乗した連中は、早く目的地に着かないと胃に穴が開きそうな気分だった。
 たどり着いたのは、一軒の古びた屋敷。
 そこに降り立った葉月たちにターニャが放ったのは、どう見ても港湾労働者の作業服だった。

「貴様らは、任務に先だって肌を焼くことすらしなかったらしいな。まったくもって信じがたい。甲板にいるのはそのためだと思っていたが、ただ真新しい服を着たかっただけか」

 完全な無表情で告げるターニャ。服装は船のままだが、まとう空気は完全に教導時のそれだった。

「お前たち、こいつらを連行しろ。死なないのならどんな仕事をさせても構わん。ほどよく焼けるまで叩き込め」

 葉月たちの工作任務は、港湾労働から始まることになったのだった。





 原野輝は一人、合州国首都特別区のポドマック川を見ながら、空調の利いたカフェでお茶を楽しんでいた。
 しかし、その気分は冴えない。
 世界は明らかに、不穏な方向に進んでいた。
 西州では新生帝国と連邦のにらみ合いが激しさを増し、かつては皇国と合州国の協調体制が敷かれていた中華大陸ではその乖離が著しい。かねてより連邦との懸案である北華方面でも両国軍がその動きを増している。
 また各陣営は、その勢力圏の囲い込みを強め、確実に世界を分割しつつあった。
 …戦乱の時は、近いのかもしれない。
 その時、唐突に輝の向かいの席に一人の男が座った。

「失礼します」

 そういうが、まだほかの席も空いている。どうしてここに座るのか?
 一人でリラックスする時間を邪魔された輝は、どいていただこうと考える。
 だが、その前に男が一枚の写真を差し出した。

「…!」
「大きな声を出さないでもらいたい」

 言われなければ出していた。
 そこには、愛すべきわが娘の姿が映っていた。

「…私は皇国の国益を背負う外交官だ。何と言われても、どのような要求であれ、聞くことはない」
「まさか。私たちもそのような事は思っていません」

 強張った声で告げる輝に、どこか嬉しそうな皇国語で答える男。
 この男は今『私たち』と言った…。つまり、何らかの集団という事か…。

「こちらがお願いしたいのは、合州国の方々と親睦を深めていただきたいだけです。そして、そのお手伝いもしたいと」

 …表面上は、何も要求していないに等しい。だが、それだけで終わるはずがない。

「ただ、こちらも『より』親睦を深めたい方々がいらっしゃるので、そういった方々を優先していただきたいと思います」

 ほら来た。

「残念だが、本国の方針以外、私を縛ることは出来ない。どうかお引き取り願いたい」

 そして、固く断ると、相手は小さくため息をついた。

「…いやはや、想像以上にお堅い方だ。わかりました。今回はリストだけお渡しします。お子様の安全は『当面』こちらで確保いたします。またこちらから顔を見せますので、その時はどうかよろしくお願いします」

 そういうと、特徴のない顔をした男は、薄い封筒を差し出し、凍り付いている輝を残し立ち去った。



 二人は気がつかなかった。窓に面したカフェの外。ポドマック川のほとりから、彼らを見つめる一対の目に。

「…これは、報告の必要があるな」

 その目の持ち主は、静かにその場を立ち去った。


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