<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

スクエニSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[31001] ノアニール事件の真相(ドラクエ3)
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2011/12/28 23:22
 どもっ、シウスです。
 ―――という書き出しを何回したのか忘れましたが、これってタイガー&バニーの予告で、虎徹が最初に口にするセリフに似てますよね。特に考えてませんでしたけど。
 
 さて、年末も近くなった今日この頃、何となくキーボードを打っているうちに、また変な小説が出来上がってしまったので、とりあえず投稿しようかと思います。
 
 
 
 
 
 この小説には、タイトルのごとくドラクエ3に登場した、『村人全員が何年も眠っていた』というあのノアニール村が登場します。
 ただし部分的にゲーム本編の設定―――ノアニール村の青年と、エルフ女王の娘との駆け落ちに関する設定を忘れたまま作ってしまったため、例えばその青年が宿屋の息子だった―――などといった設定が消えてしまっています。
 それでも良いのであればどうぞ。
 
 ―――ぶっちゃけ、かなりブッ飛んだエンディングを迎えますが。



[31001]  プロローグ
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2011/12/28 15:06
 後に勇者が手に入れる世界地図には、全ての町や村は描かれていない。その地図が作られた時代では、まだそれほど多くの町や村が存在しなかったからだ。世界一大きな土地と軍事力を持つロマリア王国も、王都を含め100近い町や村を持っているが、その世界地図に描かれているのは最南端の『王都ロマリア』、最北端の『ノアニール村』、前者二つの中間点であるカザーブ町の3つだけだ。それ以上、ロマリア領土の南北には、町も村も無い。
 そしてカザーブ町とノアニール村の間には『町』と呼べる居住区は無いため、ロマリアの人々には、『カザーブより北は辺境』という偏見が根付いてしまっていた。
 そんなカザーブ町にある、とある貴族の館に急報が入った。
「伯爵! 伯爵ーっ!!」
「何だ? 騒々しい……」
 青年の兵士が叫びに、細身の初老の男が顔を顰める。
 普段なら一番に伯爵の機嫌を伺うはずの青年は、そんな伯爵の様子に構うことなく、
「ノアニール村の住人達が目を覚ましましたっ!!」
 青年の態度を咎める気が、一瞬にして霧散した。
「……っ!! それは真かっ!?」
 十数年前に、その村の青年がエルフ族の姫と駆け落ちし、しかもその姫は一族の秘宝までをも持ち逃げしたという事件があって以来、エルフの女王は激怒し、ノアニール村の住人全員を永遠の眠りに就く呪いをかけたという。確認のために兵士が赴き、エルフ達に確認したのだ。
 もしも呪いがかけられたのが王都ロマリアやカザーブ町ならば、ロマリアとエルフ族の間で戦争が起こってもおかしくはない事件であるが、いかんせん『よそ者嫌い』の風習の強い、ロマリア最北端の村なだけあって、その村に身内が眠っている―――という生別的なこともなく、この問題は長らく放置されていた。―――ノアニール村から徴税できないことを領主が嘆いたが。
 伯爵は問う。
「それで村の者達は何と!? 長い眠りに就く前に一体何があったのか、詳しく訊いたか!?」
 すると青年兵士は困ったような顔をして、
「それが―――全員、何も知らないんだそうです。『目が覚めたから朝が来たと思った』だそうです。確認しに行った兵士が、『何があって十数年も眠ってた?』と訊いたところ、長く眠ってたことすら気づいていなかった村人から馬鹿にされたそうです」
 伯爵の顔が、痴呆症のように呆けた顔になった。
 青年は続ける。
「それと村から七人の青年が消えているそうなんですが、彼らは『旅に出る』という書置きを残していたみたいでして、しかも全員が家族や親戚が居ない境遇だから、誰も行き先に心当たりが無いみたいでして……」
 ひとつの謎が解けると、また別の謎が浮上した。
 誰とはなしに、伯爵は呟いた。
「一体……何がどうなっているんだ……? 七人の内、一人はエルフの姫と駆け落ちしたとして、後の六人はどこへ……」
 結局、後日に兵士達がエルフの女王に確認に向かい、『なぜノアニール村の呪いを解いたのか?』の理由が判明した後になっても、その疑問が解決することはなかった。
 
 
 
 
 
 
―――――――――――
 十数年前。
 二人の出逢いは、やや運命じみたものがあった。
 
 
 
 
 
 辺境の村・ノアニールに住む10歳前後くらいの少年少女が集まり、ある時に変わった事を思いついた。
「なあ、俺たちも大人の真似して、『狩り』に行ってみないか?」
 この時代の田舎者なら、ウサギや鳥、食用カエルなどは子供でも捕まえる事はできるし、それを捌いて調理できる子供も少なくはない。
 だが『狩り』となると、もっと大型の動物を相手にすることとなる。
 ある動物は食用のため、またある動物は爪や牙、分泌物を売るため、村の16歳以上の者たちは狩りに出かけることが多い。
 そんな大人たちに憧れた子供が行動を起こすということは、決して珍しいことではない。―――無論、後で親達から大目玉をくらうことになるが。
 彼らは握りやすいヒノキ棒だけを装備し、ぞろぞろと村から出て、近場にある森へと入った。
 
 
 
 
 
 そんな少年少女の中に、やや仲間外れにされがちな少年がいた。
 彼の名はソロン。ブラウンの髪と瞳が特徴の、ロマリア国の城下町から引っ越してきたよそ者である。
 仲間外れとは言っても、ここには20人近い少年少女が集まっており、全員が互いに仲良しというわけではない。あくまで村の中で同年代の子供たち全員が集まってこの人数であり、幼い頃から無意識にこの集団で鬼ごっこなどに興じることが多かっただけだ。
 だからこそソロン一人だけを除け者にせず、彼らと一緒に村の外へと出たのだ。
 村から出て、森へと入る。
 森には様々な動物が棲んでおり、村の大人たちもここで狩りをしている。
 遭難という可能性を欠片も感じていない子供たちは、どんどん森の奥へと、それこそ大人たちでさえ踏み込まないような奥地へと入っていった。
 その奥地で、誰かが言った。
「さっきから思ってたんだけど、ここって色んな果物とかあっただろ? みんなで手分けして食いまくろうぜ」
 というわけで、誰もが思い思いに別行動へと移り、ソロンは誰かとつるむこともなく、一人で森の奥へと足を運んだ。
 どれくらい歩いただろうか?
 突然、女の子の悲鳴が聞こえ、ソロンは駆け出した。
 そして森の中の開けた場所に出ると、そこには自分と同年代の、自分と同じブラウンの髪と瞳の少女(不思議なことに、耳が尖ってて長い)が地面に座り込んでいた。
 そしてその少女に襲い掛かろうとしている―――正体不明の影。
「…………え? なんで影だけが空中で動いてるの?」
 第一声は、そんな常識外れの存在に対する疑問だった。
 影の上半身は、頭部に角があることと、爪の生えた腕があるということだけが分かった。下半身はヘビの尾のように細くなっている。―――後になってから分かったことだが、目の前の影は魔王バラモスが放ったとされる魔物だった。
 少女が恐怖に怯える目で少年を振り向き、小さな声で呟いた。
 
「……た、助けて……」
 
 この一言で、雷に打たれたような衝撃を感じた。
 生まれてからずっと、両親以外の人間から頼られたことがないソロンの頭の中で、何かが弾けた。
 気が付いたら雄叫びを上げて、自分の身長ほどのヒノキ棒で刺突を放っていた。
 棒は、まるで空気を切るように、一切の手応えが無いまま影の中を通り抜けた。
 ソロンの頭の片隅で、『もしかしたら効かないのか?』という疑問が生まれると同時、影が身もだえした。すぐさま少女が叫ぶ。
「大丈夫! ちゃんと効いてるから! その影は魔法だけじゃなく、普通に叩いてもやっつけられるらしいの! 強ければ強いほど、叩く数が多ければ多いほど、ダメージがあるってお母様が言ってた!!」
 すぐさま距離を取って影と対峙し、右手の指だけでヒノキ棒を8の字に振り回し、回転させたまま背中で左手に持ち替え、再び指だけで8の字を描く。次に両手で握って頭上で回転させ、そしてようやく構え、影に向かって言い放つ。
「……来いよ。ヒノキ棒の正しい使い方ってのを教えてやる」
 影が反応するまでに、ソロンは突進し、ヒノキ棒の両端を交互に叩きつけ、あるいは突く。―――世間よく『ヒノキ棒で剣の練習』と言ったりするが、これは棍術の打法と槍術の突きを組み合わせた戦法である。
 戦い方―――いくつもの武器の扱い方や格闘術を、かつてロマリア城の近衛兵を務めていた両親(父だけでなく母も)から学んでいたため、子供ながらもそれなりには戦えるのだ。
 影は身悶えしながらも、ソロンに腕を叩きつけてきた。
 どうせすり抜ける―――と油断した瞬間には、彼の体がとっさに受け止めたヒノキ棒ごと殴り飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。
 少女が再び悲鳴を上げるが、彼は立った。普通の子供ならこの辺りで心が折れるところだが、ソロンは違った。むしろ僅かではあるが、可能性を見出した。折れたのは、半分の長さになってしまったヒノキ棒だけである。
「痛ってて……でも死んだ父ちゃんのゲンコツほどじゃないな……」
 ニヤリと笑みを浮かべる。初めて見る“魔物”ではあるが、驚かせるのは体の構造と存在そのものだけで、思ったほど恐ろしい敵ではない。
 それを眺めていた少女は、そんな少年の力強い笑みに触発され、抜けていた腰に力を入れて立ち上がった。
 そして両手の平を前方へ突き出し、意識を集中する。その間、影は少女に背を向けたまま、ソロンに向かって拳を放ちつづけていた。それらを巧に避けながら、ソロンは二本になったヒノキ棒を二刀流で、打撃を放ちつづけている。恐らく影は、少女のしていることに気付いていないだろう。
 やがて少女の手に直径20センチくらいの火球が生まれると同時、少女とソロンの視線が絡み合った。互いにさっきと同じニヤリとした笑みを浮かべる。
「はあぁっ……!!」
 少女が可愛らしい気合の声と共に、火球を放った。
 影が振り返ると同時、火球は影の胸に当たり、そしてすり抜ける。それがソロンに当たると思ったのか、少女が顔を青ざめさせるが、ソロンは二本の棒をクロスさせ、火球を受け止めた。
 火球は受け止めた空中(影の胸の内部で)でしばらく棒とせめぎ合い、やがて木の棒の上の部分に燃え移った。棒が松明へと化す。
 今一度、ソロンは松明を二刀流で嵐のように叩きつけた。
 最初は腕を振り回して抵抗していた影も、だんだんと弱った動きになり、最後には風船の空気が抜けたかのように萎んで消滅した。
 
 
 
 
 
「本当にありがとうございました。お陰で助かりました」
 少女が礼儀正しく、深々と頭を下げた。
 今まで両親以外から礼を言われた事の無いソロンは、戸惑い半分ながらも、胸の中に暖かいものを感じ、照れ笑いを浮かべる。
「えっと……君の耳、なんで長いの?」
 とりあえず最初に感じた疑問を投げかけてみる。
 すると少女はあっさりと答えた。
「ああ。私、エルフなんです。見るのは初めてですか? 私も人間を見るのは初めてですけど、噂に聞いてたほど野蛮には見えませんね」
 やや失礼な物言いではあるが、ソロン自身が失礼な物言いに慣れていたため、特に気にならなかった。
 ただ気になっていたことがあったので、とりあえず訊いてみる。
「エルフって……母ちゃんが言ってたけど、人間の2倍は長生きするって本当なの?」
 すると少女は驚いた顔になり、
「え? じゃあ人間は長生きしても60歳までしか生きられないんですか?」
「いや、長生きすれば、何とか100歳までは生きられるけど?」
「こっちは120歳までです。……長生きできればの話ですが」
 どうやら長生きの噂は、いつの間にか雪だるま式に大きく膨れ上がっていたみたいである。
 ソロンは軽く笑って言った。
「俺、ソロンっていうんだ。君は?」
「アンジェリナです。皆からは『アン』って呼ばれてますので、気軽にアンって呼んでください」
「じゃあアン、さっきの影は何なの? ひょっとして、あれが世間一般に言う『お化け』なの?」
 するとアンジェリナは俯き、静かに言った。
「あれは……魔物です。悪魔の王―――魔王が世界中に放ったとされる魔物。……あれでも最弱だってお母様は言ってましたけど、中には単身で城を落とせるような怪物も何体かは放たれているみたいなんです」
「……マジで?」
 さっきまでの影が『最弱』というのは、まだ受け入れられる。何しろ子供である自分ですら勝てたのだ。そういうところのソロンの理解力は、子供ながら優れていた。
 彼を驚かせたのは、この世に魔王―――いや、悪魔という存在と、城を落とすほどの怪物が実在するという点だ。
 一応は世界中に広がっている宗教では、神だけでなく、幽霊や精霊、天使や悪魔などが存在すると教えられてきた。
 だがそれらの存在は神と同じく、人間の目には見えないものであり、彼らが起こす奇跡や災厄にしても、物理的な怪奇現象ではなく、自然な流れで戦争が起こったり、あるいは戦争が終わったり、はたまた病気に罹ったり治ったりというものだと思っていた。よもやさっきの影のような、自然界の動物とはあからさまに異なる怪物として現れるなど、思ってもみなかったのだ。
 アンジェリナは続ける。
「ただお母様が言うには、あと十数年すれば、魔王を倒す勇者がこの世界に現れるみたいなんです。それも人間の。だからそれまで出来るだけ村の外へは出ないようにしようって……」
「………で、外に出たらアレに襲われたと?」
「し……仕方ないじゃないですか! 私だって、お外で遊びたかったんだもん!」
 突然の逆ギレをさらりと流し、ソロンは言った。
「それともう一つ気になってたんだけどさ、さっきの火の球を飛ばすの、あれって魔法なの?」
 アンジェリナは小首を傾げる。
「魔法って……人間だって使えるんでしょ? 何を今さら……」
「いや、人間だって誰もが扱えるわけじゃない。限られた才能と、それなりの教育を受けた人間じゃないの使えないんだ。その……もし良かったら俺にも魔法を教えてくれないかな? 正直、憧れてるんだ……」
 真剣な表情で、初めて人に頼み事をするソロンに、アンジェリナはパチクリと瞬きし、続いて悪戯な笑みを浮かべた。
「別に良いけど、ひとつだけ条件があります」
「条件? 一体何を……」
「さっきのソロン、凄く格好良かったです。ただ棒切れを振り回すにしても、何かこう……普通に振り回すのとは少し違うような感じでした」
「ああ、それは親から剣術と格闘術を習ってたからね。だから俺は、同年代の人間と比べると、少しだけケンカに自信があるんだ」
 こんなふうに自分のことを得意げに話したのは初めてだった。
 アンジェリナが言う。
「なるほど……あれが剣術とか格闘術というものなんですね。お母様が野蛮だから習わなくて良いと言ってましたけど、私は好きです。だから私にもそれを教えてください。そうすれば私も魔法を教えて差し上げます」
「え? そんなのでいいの?」
「そんなのとは何ですか。とても素晴らしいじゃないですか。ただ自衛のために魔法だけの練習をひたすらこなすより、私は身体を動かすほうが好きなんです」
「あ、そう……じゃあ、これからは僕が君の師匠であって、同時に弟子になるんだね」
「まぁ! 面白い表現ですこと」
 
 
 
 
 
 そして数年の時が流れた。



[31001]  前編
Name: シウス◆60293ed9 ID:91986318
Date: 2012/02/08 22:33
 ソロンは今年で19歳になる。現在は両親が他界しているため、一人暮らしだ。
 子供の頃から除け者として受けてきた差別は、残念な事に今も続いている。
 エスカレートした部分もあれば、それでも頼られる部分もある。彼は戦士として、相当な強さを持っていたからだ。
 体格が良く、かなりの剛力でありながら、動きが速く、持久力もある。それでいて武器の扱いに長けており、サバイバル技能もあるので、村の近くに凶暴な魔物や猛獣が現れると一人で討伐に向かい、何日も野宿してから帰ってくることも日常茶飯だった。
 そしてどこで覚えたのか、あらゆる魔法を使いこなす。特に治癒の魔法を使える人間というのは、それだけで村の医者よりも頼られることが多くなる。……主にに農具や包丁で怪我をした村人などに。
 ただ、やはり村人たちは一度彼を嫌おうとした以上、彼に世話になっているにも関わらず、差別をやめることは無かった。内心、申し訳ないと思いつつ、嫌がらせなどはしないものの、多くの人間が彼をボイコットした。
 もっとも、ボイコットは村人全員が行っているわけではない。
 今日も彼が自宅の裏にある畑を耕していると、金髪と青瞳の、彼と同い年の女が尋ねてきた。
「おっはよー、ソロン。また村の厄介ごとを頼みに来たよ」
 彼女の名はリディア。この村一番の美人である。
 ソロンは鍬を振るのをやめ、彼女に向き直って言った。
「ああ? 厄介って、また魔物か猛獣か? ここいらの魔物や猛獣は、俺が狩り尽くしたから、もうほとんど残ってないだろ?」
 ある意味、彼は討伐や治癒呪文などによって、村での差別がボイコット程度で収まっているのである。
 こうした活動によって、彼の今の生活は成り立っている。
 リディアは軽く笑って言った。
「ふふん。今回はもっと厄介な事だよ」
「……もっと厄介って?」
「そろそろアタシにも中級呪文を教えろって話」
「帰れ」
 にべもなく即答するソロン。彼女は頬を膨らませ、
「ちょっと……! まだ初級呪文しか教えてくれてないじゃん! あたしももっとデカい魔法を使えるようになりたいのッ!!」
 このご時世、魔法を使える人間というのは、戦士や武闘家よりも憧れの的となっていた。当然である。手から炎や風を出すなど、決して進化の過程で得られなかった能力であり、いつの時代でも人々を魅了する。
 ソロンは突き放すように言った。
「この村に住んでいる限り、そんな大きな呪文なんて使えなくても不自由はしない。それに魔法ばっかりに極めたって仕方が無い。あれは精神力を消耗する。体力と同じく時間がたてば回復するが、お前の回復速度はそんなに速いもんじゃない。魔法っていうのは戦士職と平行して訓練しないと意味なんてないんだよ。だから世間の魔法使いってのはヘタレやすい―――」
「あたしだって、ちゃんと身体も鍛えてるじゃない!!」
 やや本気で怒っているように、彼女は叫んだ。
 確かに彼女の言う通りだ。
 彼女は周囲の青年たちと一緒に、食肉を得るための狩りに同行―――いや、率先して青年たちを導いている。すでに彼女は村の青年たちのちょっとしたリーダーなのだ。
 だがソロンに言わせれば、それでも彼女は弱い。
 この世界に『魔法戦士』や、武器と格闘術を使いこなす『バトルマスター』という職業は存在しないが、すでに彼女はその両方を備えた存在と化している。そうと分かっているからこそ、今の彼女の戦闘力では、攻撃・補助・治癒を問わず、中級呪文はまだ早いと思っている。
 もっとも、彼女には素質があるようで、またソロンにも人に物を教える素質があったようで、その気になれば上級呪文どころか、最上級呪文さえも教えられる自信があった。……もっとも、今のリディアが上級呪文を唱えようものならば、彼女は呪文を唱えた瞬間に衰弱し、命を落とす事になるが。
 ソロンは彼女に背を向けるが、しばらくして恐る恐る後ろを向くと、腰に手を当てたリディアがじっと睨んできているのが分かった。
「……分かったよ。中級呪文だけだぞ?」
「ありがとう! ソロン、愛してるよ!!」
 と、彼の両手を掴んで上下に振っていたところに、
「ちょっと待った―――ッ!!」
 野太い声と共に、赤い髪と瞳の、がっしりした青年が走ってきた。
 リディアが呟く。
「ガレス! あんた何でここに!?」
「へっ……抜け駆けたぁ、いけねぇなぁ、リディア? 俺も魔法とやらを極めたくてなぁ……」
「あんた初級呪文使えるんだから我慢しなさい!」
「「その言葉、そっくりそのまま返してやるッ!!」」
 ソロンとガレスの声がハモる。
 彼の名前はガレス。この村の青年の中で二人いるボス格の不良で、リディアと同じく魔法戦士とバトルマスターの素質を持つ男であり、同時にソロンに特に突っかかる性格の持ち主である。本当ならガレスにとって、ソロンはすぐにでも殺してやりたい存在なのだろうが、残念なことにそれだけはできない。
 実力的にソロンに対して手も足も出ないというのもあるが、それ以前にガレスはリディアに心底惚れており、そのリディアはソロンに心底惚れているからだ。だから彼は、決してソロンに理不尽な暴行を加えたりはしない。
 それらの事情を正確に理解しているソロンとしては、複雑な思いであった。
(………もう、こいつら付き合っちゃえばいいのに………)
 個人的には、友達(師弟?)関係から始まったアンジェリナとは、今も“恋人”という関係が続いている。
 出会った頃のアンジェリナは、互いの技能を磨き合う以外の場面でも、たくさんの時間を過ごしてきた。―――しょっちゅうノアニール村に遊びに来たのである。そして同年代の子供達と共に、鬼ごっこなどの遊びに興じてきた。ソロンだけでな、リディアやガレスにとっても幼馴染みの関係だった。
 そしてソロンとアンジェリナの間柄を知りつつも、こうしてリディアはアンジェリナに対抗心を見せ、ガレスは彼女にアプローチを続けている。
 ガレスも根っからの悪人ではない。リディアに振り向いてもらおうと、取り巻きと共に不良であることをやめているし、彼女を無理やり自分のものにせず、自分の実力でソロンから奪い取ってみせようとするところもあり、それなりに男らしさのある人間なのだ。
 ソロンは頭を掻きながら言った。
「あー、もう。分かったよ、俺の負けだ。二人には中級呪文を徹底的に教え込んでやるから覚悟しおけ」
 思わぬ邪魔者が入って肩を落とすリディアと、彼女と一緒に過ごせることに小さくガッツポーズをするガレス。
 そんな二人の内、ガレスに対し、いま持ってるのとは別の鍬(くわ)を差し出して言った。
「じゃ、手伝えな。畑仕事が終わってから教えてやる」
「はぁ!? なんで俺が……」
「俺のプライベートの時間を潰すんだから当然だろ?」
 するとリディアが調子にのって、
「そうそう。人に弟子入りするんなら、やっぱり対価として働かないとねぇ……」
 そんな彼女に、ソロンは冷たく告げた。
「……で、お前はそこに干してある洗濯物を取り込んで畳め。下着もな」
「ええー!?」
「………嫌とは言わねぇよな?」
「うぅ……」
 しばらくは三人で家事に取り組んだ。
 
 
 
 
 
 そして夕方。
「ぐぬぬぬぬ……ベギラマ!」
 突き出した両手から、大きな炎が津波のように放たれ、森の中の開けた場所の地面を焦がす。
 ―――ちなみにだが魔法を使う際に詠唱はおろか、術名を口にする必要は無い。ただあえて術名を言うことにより、瞬間的に集中力が発揮されやすく、結果としてそれが魔法の威力を左右する。
 しばし真剣な顔で深呼吸し、しかしすぐに表情を一変、したり顔になってガレスはリディアへと顔を向け、
「どうだ!? 一発もミスらずに全ての中級呪文を使えるようになったぜ!」
 ―――果たして数十億人の人間が住むこの世界で、中級呪文を使える人間が、一体どのくらい居るのだろうか?
 リディアはというと、同じく両手を前方に突き出し、
「メラミ!」
 ボッ、ボッと、左右の手から一発ずつ巨大な火球が放たれ、その内の一発が太い木に激突、爆発して木をへし折った。
 唖然とした顔になるガレスに、リディアは汗まみれになりながらも、すまし顔で髪を掻きあげて言った。
「あら、私もよ?」
 途中から恋愛うんぬんを忘れ、二人は競い合っていた。どちらも負けず嫌いであった。
 ソロンは二人に向けて静かに告げる。
「もう中級呪文に関しては、教える事は無さそうだな。完璧にマスターできてる。ただ初級呪文に比べるとMPの消費が激しい。だから前に教えた『MPの上限を上げる鍛錬』と『MPの消費を大幅に減らす精神統一法』、『MPの自然回復を早める呼吸法』をしっかり押さえておけば、後は中級の『応用呪文』が使えるようになる」
 リディアと同様、汗まみれになって荒い息をしていたガレスが疑問の声を上げる。
「応用呪文だぁ? 中級呪文にもあったのかよ……」
 よほど疲労しているのか、そのままガレスとリディアは、近場にあった切り株に腰掛けた。それを見てソロンも適当な切り株に腰掛ける。
「ああ。最上級呪文にだって存在する」
 応用呪文とは、二種類の魔法を組み合わせ、融合したような呪文である。
 例えば一番MP消費の低いメラ(火球)と、ヒャド(吹雪)を混ぜるようにして放てば、メドローアという特殊な現象を起こし、中級呪文に匹敵する爆発を起こす。
 またバギ(竜巻)とギラ(火炎放射)を組み合わせれば、そのまま炎の竜巻になり、これまた強烈なダメージとなる。
 ソロンの言っているのは、それらの呪文の格が『初級』→『中級』→『上級』→『最上級』というように上がっていくにつれ、『メラとヒャド』→『メラミとヒャダルコ』→『メラゾーマとマヒャド』→『メラガイアーとマヒャドデス』という組み合わせで放てるということである。
「………そこまで辿り付くのにどのくらいかかるかしらねぇ」
 夕日に染まる空を見上げながらリディアが呟くと、すかさずソロンが突っ込みを入れる。
「お前ら中級呪文までで充分だろ? それ以上のが使えるようになりたかったら、もっと強くなってHP・MPを上げろ。あと呪文だって自分で悟れよ。魔法使いってのは、強くなるたびに上位の呪文が頭に浮かぶんだぞ? 俺もそうだったし―――」
「ねぇ……ソロン」
 彼の言葉を遮り、リディアは口を開いた。
 
 
「どうしてあんた……そんなに強くなれたの?」
 
 
 しばし沈黙が降りる。
 ガレスにとっても、それは気になっていたことだ。
 どう考えても、ソロンの魔法の習得レベルは常軌を逸しているし、身体能力も、魔法と同じくらいの超人レベルに達している。
「どうしてって……アンに魔法を教えてもらって、俺があいつに武器の扱い方や格闘術なんかを教えた。そんでもって互いに競うようにして手合わせしてるうちに、気付いたら俺もアンも、魔法は最上級呪文を放てるようになってたし、身体は馬よりも速く、長い時間走れるようになってた」
 つまりはこの常識外れな戦闘力は、アンジェリナも持っているということになる。
 思わずガレスが突っ込む。
「おいおい……いくらなんでも、そんな簡単に強くなれるわけないだろ?」
「そうでもないさ。……例えば難しい学問の本がここにあったとして、それを読んでみようって思うか?」
 ガレスは静かに首を横に振った。
「……無理に決まってる」
「ああ、俺も無理だ。……でもその本に載っていることが自分にとって得意分野であり、何よりも読むだけで『楽しい』と思える本だったら―――夢中になって読むだろ? それこそ本がそばに無いときは、常にその本を妄想するくらい。俺にとってはアンと過ごす時間がそうだったのさ」
 リディアが視線を逸らして俯き、ガレスがソロンを睨みつけるが、ソロンはそれを涼しい顔で受け流す。
 しばらく無言で過ごしていると、リディアがぼんやりと空を見上げ、そして呟いた。
「そーいえば最近、アンの奴、ぜんぜんこっちの村に来ないね」
 よそ者をあまり良く思わない村であるが、それは引っ越してきた者にだけであり、宿屋に泊まる客などには特に敵意は向けられない。しかしその泊り客がエルフだった場合、やはり『引っ越してきたよそ者』と同じような対応をとられる。
 ほんの数年前までは平気で宿屋に泊まっていたアンジェリナであるが、だんだんと風当たりが厳しくなるにつれ、宿屋の前すら通らなくなった。―――リディアやガレスは知らないことだが、実はソロンの家に泊まりに来たりもする。
 ガレスが茶化すように言った。
「そりゃあれだろ? 年頃の娘を抱える親御さんが『人間の村になんて近づいてはいけません!!』的なことでも言って、家に閉じ込めてるんじゃねーの?」
 ソロンが暗く、低い声で言った。
「ああ。前にも何度かそれをされたって言ってた」
「……すまん」
 珍しくガレスは素直に謝った。
 
 
 
 
 
 帰る道すがら、一人で歩くガレスの前に、立ちはだかる四つの影があった。
 ガレスは気さくに声を掛ける。
「よう、カッちゃんじゃねーか。最近、ずっと悪さしてねーと思ってたけどよ、俺みたいにワルから足を洗ったのか?」
 カッちゃんと呼ばれた男は苛立たしげに肩を振るわせ、
「その呼び方はやめろっつってんだろ。俺の名前は―――」
「あー、はいはい、どうでもいいよ。どーせ聞いても三歩あるけば忘れるしな」
 カッちゃんは額に青筋を浮かべながらも堪える。この男こそ、この村でガレスと並ぶボス格かつ不良のもう一人なのである。特に目の前にいる三人の取り巻きは、カッちゃんの舎弟として、村中で威張り散らしている。それに体格が良く、全身鎧を身に付けて暴れられると豪語しているような連中だ。―――もちろん、カッちゃんほどの怪力の持ち主ではないが。
 カッちゃんが口を開く。
「……名前はいい。それに俺はワルから足を洗う気は無ぇ……。ワルってのは美学だ。どこまでも極めて、いずれは盗賊にでもなってやる。それに村で騒ぎを起こさねぇのは慈悲さ。一応は同じテリトリーに住む『仲間』だからな」
「ほぉ? 格好良いじゃねーか。ワルを格好良いなんて考えてるお前を、心底尊敬するぜ」
「う……うるせぇ!! お前こそ女なんかにうつつを抜かしてワルから足洗ったんだろ!?」
 非常に残念なことに、彼とその取り巻きは女嫌いだったりする。
 ガレスはシニカルな笑みを浮かべて言ってやった。
「お前こそ、惚れた女の魅力ってのを知らねーからそんなことが言えるんだ。良いもんだぜ? 恋愛ってのは。人生観が変わる」
 今度はカッちゃんが、相手を馬鹿にする笑みを浮かべて言った。
「へっ……その惚れた女は、ソロンに惚れててもか?」
 ガレスの額に青筋が入る。
 カッちゃんの嘲笑は続く。
「おー、おー、怖い怖い。こちとら怖くてちびりそうだぜ」
 恐怖を一欠けらも感じていないような物言い。カッちゃん達は、ガレスやリディア、ソロンが魔法戦士としてかなり高い戦闘力を持っていることを―――いや、そもそも治癒以外の魔法を使えるを知らないのだ。
 カッちゃんは続ける。
「そんなお前に耳寄りな話さ。ソロンの野郎を―――合法的に殺してみないか?」
 ――――いつの間にか、カッちゃんの口元に張り付いたような笑みが浮かんでいた。
 驚きつつも、ガレスは心のどこかで呆れるのを感じていた。
 カッちゃんと三人の取り巻きは、村の中でも乱暴者で、よそ者でもないのに村中からボイコットされている存在だ。そのくせ自分たちは『誰かに頼られたい』という性格の持ち主である。無論、それは『誰かの役に立ちたい』ではなく、『俺たちがいなきゃ、お前らは困るだろう?』という自尊心の現れである。
 だからこそ、よそ者として疎まれながらも、何かと人から頼られているソロンが妬ましいのだろう。
 実際、何度かカッちゃんがソロンに突っかかるのを見たことがあったが、ソロンが彼に殴りかかるわけでもないので、特に悪い関係には見えない。
 ガレスは問いかける。
「殺すって……またか?」
「またって言うな! 今度こそだ!!」
 何を隠そう、ソロンが危険な魔物や猛獣の討伐に単独ででかけるようになったキッカケは、カッちゃんがそう仕向けたことが原因だったのだ。誰かが魔物や猛獣を見かけたり、もしくは村の近くに現れたという噂が入ったりすると、カッちゃんが村人たちを煽り、ソロンが単独で討伐に出るように仕向ける。
 もしソロンが死んだら、村の嫌われ者が一人減るだけであるし、討伐が成功して帰ってきたら、それはそれで村への脅威が無くなる。村人たちにとって、どっちに転んでも都合の良い話だった。
(所詮はこの程度か……)
 ガレスは、目の前のカッちゃん達を冷めた目で眺めながら、内心でぼやき、ついでに声を掛けてやる。
「……ま、せいぜい頑張れよ」
「あ、おい……待てって! 今度のは普通の魔物や猛獣じゃない。魔王だ」
「――――は?」
 間の抜けた声が、ガレスの口から漏れた。
「お前……ついに頭がおかしくなったか?」
「違ぇよ!! ……こないだな、俺とこいつらとで西の森に向かったのさ。ちょうどエルフどもの里と、この村の真ん中くらいのとこな。で、その森の中の開けた場所で休憩してたらよ―――地面から2メートルくらい上の空中がいきなり揺らめきだしたんだよ。こう……大人用の棺桶くらいのサイズの揺らめきが」
 話を聞きながら、ガレスは首を傾げる。確かに聞いたことの無い現象である。何かの魔法のようなものだろうか? はたまた魔王バラモスが世界中に放ったとされる『魔物』の一種なのだろうか?
 カッちゃんの言葉は続く。
「俺も不思議に思いながら眺めてっとさ、今度はその揺らめきから―――上半身が人間のような身体と竜の頭、腰から下は二匹の大蛇の胴体に分かれていて、その胴体の先端にはヘビの頭が付いた怪物が現れたんだ。おまけに全身が宙に浮いてた。たしか『邪竜戦士』とか名乗ってたな。そんなヤバそうな魔物を見て、『さすがにヤバいな……』って思ってたら、今度はその邪竜戦士が呼びかけてきたんだよ」
 
 
 ―――カッちゃんの語った事は、本当に恐ろしいことだった。
 邪竜戦士いわく、この世界は魔王バラモス―――いや、そのバラモスの親分である大魔王ゾーマという魔の手が迫っているという。そして自分はバラモスやゾーマとは無関係の、ゾーマよりも更に強大な大魔王の部下である魔王―――の近衛兵のような存在だという。
 この世界に来た目的は、いずれ大魔王を討伐すべく現れる勇者が、なぜかこの世界の、この場所から半径数百キロ以内にいることを知り、これを討つためだという。
 そして邪竜戦士が言うには、カッちゃん達は凡人にしてはなかなかに邪念が強い人間なため、勇者とは自然と仲が悪くなるだろうと踏んだらしい。なので『身近に居る、強くて気に食わない人間をここに連れてこい。そうすれば私の直属の上司である魔王様が、直々に相手してやる』とだけ告げた。
 
 
 ガレスは青ざめた顔で問い掛けた。
「お、お前……そいつにソロンを売ろうってのか?」
「おうよ。決まってんじゃん。あとはいつものように魔物だとか猛獣だとかの討伐を依頼して、奴を単身で向かわせれば済む話だ」
 当然のように答え、取り巻き達と一緒にヘラヘラと笑う。
 しばらくは開いた口が塞がらなかった。
(ソロンが……死ぬ……?)
 リディアに好意を寄せられるソロンを、ずっと妬んでいた。
 リディアの好意を平然と受け流し、彼女の前で堂々とアンジェリナのことを楽しそうに語るソロンに、殺意を覚えた事もある。
 それでもリディアはソロンを追いかけ続け、自分はリディアを―――そして宿敵としてのソロンの背を追いかけ続けてきた。
 今も続く青春時代の大半を、ソロンとアンジェリナ、そしてリディアと過ごしてきた。
 ソロンとケンカする事など、日常茶飯だった。
 そんなソロンが死んだら、もうケンカはできない。それどころか―――
(それじゃリディアが悲しむだろうがッ……!! それにテメェに勝ち逃げなんてさせるかよッ……!!)
 気付いたらソロンの家を目指し、カッちゃんの制止も聞かずに駆け出していた。
 
 
 
 
 
 ノックもせず、ソロン宅のドアを開く。
 ……思えばカギがかかっていた可能性もあったが、幸いにもカギはかかってなかった。
 そのまま部屋の奥まで駆け込むと―――ソロンとリディア、そしてアンジェリナの姿があった。
「……アン? それにリディア? どうしてここに……それにアンが持ってるその赤い宝玉―――なんか光ってっけど、何なんだ? ヤバい奴なのか、それ?」
 しばらく会わなかった女が、目の前で直径15センチほどの赤い宝玉を持っている。それも光っているものをだ。
 ソロンとアンジェリナとリディアは顔を見合わせて頷き合い、ソロンが口火を切った。
「なぁガレス、落ち着いて聞いてくれ。この世界に魔王がいて、世界を支配しようとしているのは知ってるよな? アンジェリナから聞いたのもあるし、世間の噂でもそうなっている」
 ガレスはその先の台詞が分かった気がしたので、一気に知っていることを捲くし立てた。
「知ってるって! 魔王バラモスと、その親分の大魔王ゾーマだろ! そんでもって、そいつらとは無関係の魔王の手下が、いつかは自分を倒しに来る勇者を抹殺するためにこの世界に来てるって話だろ!?」
 すると三人は目を見開き、
「ガレス……どこでそのことを……?」
 アンジェリナが呟いた。
 さっきのカッちゃんとのやり取りを、ガレスは隠さず話した。
 当然ながら驚愕する三人。
 アンジェリナが口を開いた。
「今日、私がここに来たのは、今のガレスと同じ話をするためなの。エルフ一族に代々伝わる秘宝―――この『夢見るルビー』が、私に見せてくれたから」
 そう言って手に持った赤い宝玉を掲げた。すると宝玉は輝きを増し、しばしの間、ガレスは幻覚を見せられた。それは見たことも無い怪物たち―――なぜかそれが大魔王と、その部下である複数の魔王達だと分かった―――が見えた。そしてそれに立ち向かう八人の人影。こちらもなぜか、魔王達を滅するために神に選ばれた勇者だと分かった。だが顔などがぼやけて、誰なのかは判らなかった。
 ガレスは呟く。
「もしかして……その勇者ってのは、ソロンとアンジェリナなのか?」
 ソロンはしばし沈黙し、やがて重々しく口を開いた。
「自分の力を自慢するつもりは無いけど、たぶん俺たちだろうな……。この村の近くで、異様に強い力を持った存在ってのに、他に心当たりは無い。―――ってか、自分でも不思議に思ってたんだ。いくら才能と努力があっても、今の俺やアンの強さは普通じゃない。誰かに―――例えば神か何かに仕組まれでもしたような違和感は、前から感じてたんだ」
 例えば最上級呪文―――メラガイアー、ギラグレイド、マヒャドデス、バギムーチョ、イオグランデ、ジゴデイン、ドルマドン(むしろドルマ系そのもの)などは、そもそもこの世界に存在しないどころか、何百とある異世界の中でも指折りの数の世界にしか存在しない呪文なのである。
 それらを全て使いこなすソロンとアンジェリナは、本人たちは気付いていないものの、もはや大魔王ゾーマくらい単独で撃破できる力を持っている。
 リディアが疑問の声を上げる。
「……そんなに強いんだったら、この世界の魔王を倒す事はできないの?」
 その問いに、アンジェリナは首を横に振った。
「魔王を倒すため、この世界の神様が必要な人間をすでに用意しているの。夢見るルビーが教えてくれる限り、今はオルテガって人が勇者が通るための道を作って、一旦死去する。その後にオルテガの息子とその親友たちが勇者となって、バラモスとゾーマを討つ―――神様はそういう筋書きを作っているって」
 すぐさまリディアが激昂する。
「ちょ―――神様って酷くない!? そのオルテガさんが死ぬのは確定事項なの!?」
 アンジェリナは悲しげな顔になって続ける。
「神様は残酷だよ。……そして正しい。世間ではオルテガこそが神に選ばれた勇者として騒がれている。だからゾーマはオルテガを殺せば、人間たちの希望は潰えると勘違いを起こし、油断したところを本物の勇者たちがトドメを刺す―――それしか勝つ方法が無いから、そうしているんだよ」
「糞くらえだな、精霊ルビス……」
 ガレスが吐き捨てる。
 アンジェリナは続けた。
「話を戻すけど、私とソロンも、大魔王を欺くためにわざわざ彼らにとっての異世界―――つまりこの世界に生まれたと思うの。ちなみにそれを仕組んだのは精霊ルビスじゃなく、異世界の神様ね。……結局、魔族達にはバレちゃったみたいだけど、夢見るルビーが教えてくれるには八人の勇者の内、四人はこの世界に住んでるみたいなの。で、その四人の勇者たちの戦う力は、本来の理想の半分は蓄えられているみたいなの。つまりソロンと私は、今の2倍くらい強くなるのかな? ちょっと想像できないけど……でも充分戦えると思うわ」
 最後の台詞に、ガレスは強烈な不安を感じた。
「『充分戦える』って……もしかしてアレか? カッちゃんたちの作戦に従って、邪竜戦士が言ってた魔王を倒しに行くってのか!?」
「ああ、勝算はある。敵は勇者を一人ずつ殺すつもりらしいけど、こっちは俺とアンがいる」
 と、ソロン。
 確かに反論はできなかった。
 正直、ソロンとアンジェリナが魔王と戦い、そして負けるという光景が全く思い浮かばない。
 アンジェリナは静かにガレスを見据えて言った。
「魔王には絶対に勝つよ。だから安心して。そして魔王を倒してすぐ、夢見るルビーに従って―――」
 彼女はそこで言葉を切り、その続きをソロンが口にした。
 
 
「―――俺とアンは異世界に旅立つ」
 
 
 
 
 
 ソロンの家に、長老と数人の村人たちがやってきたのは、リディアやガレス、アンジェリナと話し合った翌朝のことだった。まだソロンが寝ているところを、村長のノックで起こされ、寝巻きのまま玄関へと向かう。
 わりと村人たちから疎まれているソロンではあるが、リディアとガレス以外で、ソロンに対してまともな対応をするのはこの長老だけだった。ゆえに魔物や猛獣が村の近くに現れたりすると、まずこの男が討伐の依頼に来るのである。
「ソロン、すまんがまた魔物が現れたようだ。昨日、ディランのとこのせがれが―――」
「ああ、カッちゃんのことですか?」
 ソロンが言うと、長老はやや驚いた顔をする。
「ほう? もう話が行っていたか……」
「ええ。なんか噂になってましたからね。それでどんな奴なんです?」
 さっそくカッちゃんの罠がやってきたのだ。一応はその魔物―――魔王は倒すつもりではあるものの、とりあえずカッちゃんがどんな嘘の情報を流しているのかに興味が湧いた。
 長老はやや困ったような顔になり、
「それなんだが……姿は見てないと言っておった。ただ森の木々の間から無数の火球や風の刃などが飛んできて、同時にエコーのかかった声で『美味そうな人間だ。俺みたいな美食家の魔族には打ってつけだぜ』と聞こえてきたそうだ」
「…………ぷっ」
「笑いたい気持ちも分かる。そもそも、あんな小僧など、食ったところで腹を壊しかねん。いや、それ以前に不味いだろう」
 長老も遠慮無く毒を吐く。
 ソロンは軽く笑って頭を掻き、
「まぁ、いいじゃないですか。とりあえず今日中にでも討伐に向かいますんで、気長に待っててください」
 長老が頭を下げる。
「いつもすまんな……」
 
 
 
 
 
 長老たちを見送ってから、ソロンは家に入り、寝室のドアを開けて、ベッドに腰掛ける。
 その時の振動で目が覚めたのか、同じベッドで寝ていたアンジェリナが目を覚まし、欠伸をしながら上体を起こした。そこへソロンが声を掛ける。
「おはよう、アン。たった今、長老たちが来たよ。西にある森に魔物が現れたから退治してくれってさ」
 シャツ一枚の彼女は、寝ぼけ眼をこすりながら答える。
「えー、いつ行くのぉ……?」
 可愛らしい無防備な姿に、ソロンは微笑みながら答える。
「今日の昼には行くよ。カッちゃんが言ってたっていう蛇竜戦士さんだっけ? そいつが言っていた『魔王様』とやらを倒しに行くよ」
 まるで鹿を狩りに行くみたいに軽い調子だった。
 アンジェリナは軽く目を瞬かせて、
「それにしても……魔王が相手かぁ……」
 これから二人は魔王を倒しに行く―――勝っても負けても、おそらくはこの世界にそんな魔王が現れるということを知るのは数人でしかないであろう。そしてその異世界から来るであろう魔王には、『勇者を殺す』という目的以外は無いため、他の人間には一切迷惑はかからない。
 これから決して歴史には残らない戦いが起こる。それも自分達の生死を賭けた戦いが。―――なのに、不思議と落ち着いた気分だった。
 アンジェリナは問う。
「ねぇ……いいの?」
「何が?」
「ガレスとリディアに別れを告げなくて良いのかって、訊いてるのよ。勝つに越した事は無いけど、勝てる勝算だって無いじゃない。だから昨日、『魔王を倒してすぐに異世界に行く』なんて言ったんでしょ? 例え魔王に敗れても、あたし達の死体さえ残らなければ、リディアやガレスから見れば『ああ、無事に異世界に行ったんだな……』って思えるから……」
 ソロンは切なそうな目になり、カーテンの隙間から外の景色を眺める。
「……別れは告げるべきかもしれない。せめて出かける前にいつもみたいに笑って『行ってくるぜ』とでも言ってやりゃいいのかもしれない。―――でも、今あいつらに会ったら、俺が冷静さを保てないと思うんだ。リディアも、ガレスも……俺にとってはアンと同じくらい大切な……かけがえのない親友なんだよ。だから! ―――っ」
 背中から柔らかいものに包み込まれるのを感じた。―――アンジェリナが抱きついてきたのだ。
 沈黙が降りる。しばらくは窓から差し込む朝日に照らされる二人だったが、やがてアンジェリナが口を開いた。
「……朝ご飯、作るね」
「いや結構だ」
 即答だった。彼女が頬を膨らます。
「どうしてよ? 酷くない?」
「お前の激甘トーストのセンスの方が酷い」
 
 
 
 
 
 その魔王は、直属の部下―――というよりは、自身の『右腕』と呼んでも良いくらいの、最高の腹心である蛇竜戦士と話し合っていた。
 蛇竜戦士が言う。
「偶然とはいえ、よもやこれほど早くに、勇者を発見できるとは思いませんでしたね」
 魔王は笑って答える。
「何を言う……そなたの発想のお陰で、勇者が異世界にいることが分かったのではないか」
 勇者―――各世界に必最低でも一柱は存在する神が、自身が統べる世界に侵略者が現れたときに、それを守るため、自身に宿る力の根源となる“何か”を持たせたまま、人の世に生まれた人間を指すのである。そもそも神は魔王や悪魔と異なり、肉体を持たない者が多いので、神自身が侵略者に戦いを挑むこと自体、稀にしかない。
 そしてこの世界に現れた大魔王は、様々な異世界に現れた魔王や邪神、破壊神や暗黒神などに比べると、遥かに強大な力を秘めており、またそれに敵対する神々(この世界の神は複数存在する)も、それに負けじと強大な力を秘めていた。当然、そんな神々が生み出す勇者というのも、必然的に強大な力を持つことになる。
 魔王という存在にとって勇者は、弱いうちから駆除すべき、最悪の存在と言えることだろう。もちろん神とて簡単に勇者を死なせるわけにもいかず、無事に強くなるよう、勇者の人生に上手く干渉しようとする。
 魔王は言う。
「いくら勇者を探し出す術を用いても見つけられないと思えば、よもや異世界に勇者が生まれていようとは……」
「おそらくは我々が『勇者を探し出す術』を持っていることを、神々がすでに知っていたのでしょう。先手を打たれたということになりますな……」
「だが蛇竜戦士よ、そなたの発想のお陰で、私は異界に住む勇者を見つけることができたばかりか、更なる力をも手に入れることができた。これを使えば、我らが盟主である大魔王を倒し、その座を奪うことも容易かろう……」
 異世界では大魔王ゾーマと魔王バラモスが上下関係で繋がっているように、ここの魔王たちは一人の大魔王の元に八人の魔王が集まってできた集団である。だがこの魔王は、そんな集団の中で謀反を企てている。
「この大魔王城の中央エントランスの大黒柱。……あの忌まわしい大魔王が隠していた最大級の秘宝―――異世界へのゲートを対価も無しに容易く、それでいて無限に開くことができる宝具だとは思わなかった。それを偶然にも発見し、秘密裏に乱用させてもらったが―――他の異世界にはこれほどまでに面白い魔法技術が溢れていたとはな。しかもそれらを編み出したのが人間だったというのも面白い。それら全てを我らの手に収めることによって、これほどまでに強くなれたというのだから、もはや笑いが止まらぬ……」
 クックック……と笑う魔王と蛇竜戦士。
「八人の勇者の内、あの世界には四人の勇者しか居ないらしいが、残りもいずれは見つけられるだろう。それらを全て屠った暁には、あの大魔王を滅し、この私が大魔王に、そなたは魔王の座に付く。全く……待ち遠しくて夜も眠れぬとは、我ながら人間じみてきたものよ……」
 そこで蛇竜戦士が口を開く。
「では早速、その勇者殺しに参りましょう。あの世界で最初に見かけたあの男―――なかなか見所のある悪人の素質を持ったあの男が、勇者に心当たりがあると言っていた者を、今日あの場所に誘き出すそうです。予言ではこの世界に大魔王を倒すほどの勇者が現れるのは3年後。それまでに勇者を根絶やしにしなければ、勇者はどんどん力を付けていきます」
「おお、そうであったな……。では蛇竜戦士よ、そなたはその勇者の住まう村に赴き、“存在詮索の術”を掛けて参れ。検索に掛からなければ、村人は皆殺しにしても構わん。それと部下のライオネック中将と、雑兵のリザードマン二匹を連れて行って良い」
「はっ……!」
 『存在詮索の術』とは、『勇者を探し出す術』と似た特殊な術である。『勇者を探し出す術』が、半径十数キロ以内に勇者が居たら正確な位置を知ることができる術なのに対し、『存在詮索の術』は、例えば『勇者に心当たりは無いか?』と心の中で問いかけながら術を発動させると、半径数キロ以内の人間の心に自動的にその質問が成され、しかも自動的に術者の心にその答えが返ってくる術である。
 いささか動かせる部下の数が心細いが、それでも上司である大魔王や、他の魔王達に動きを悟られぬよう、最小限の人員だけで事に当たるしかない。
 魔王は襟の位置を直し、気合を入れなおすように、大きな声で言った。
「さて……勇者を狩りに行くぞ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――――――――
 あとがき
 
 元々は『ダイの大冒険』にて登場したメドローア。
 後になってから様々なドラクエシリーズのゲームにも登場するようになった呪文ですが、あれはメラゾーマとマヒャドを合わせることで発動する呪文でしたが、ここではメラ系とヒャド系が合わされば自動的に発動するようになっています。つまり作中のように『メラ+ヒャド』でも『メラガイアー+マヒャドデス』でも発動する設定です。
 
 またドラクエ3には登場しない呪文も多く出ており、私が個人的に思いついた用語も登場するので、簡単に説明させていただきます。
 
 ・初級呪文→中級呪文→上級呪文→最上級呪文
 これはゲーム中で、同じ系統の呪文でも、レベルアップに従って、より強い呪文を覚えたりしますよね?
 なので各系統ごとに初級呪文→中級呪文→上級呪文→最上級呪文を書いてみると、以下のようになります。(※最上級呪文とドルマ系に関しては、ドラクエ3には登場しません)
 
 ・メラ系
 メラ→メラミ→メラゾーマ→メラガイアー
 
 ・ギラ系
 ギラ→ベギラマ→ベギラゴン→ギラグレイド
 
 ・ヒャド系
 ヒャド→ヒャダルコ→マヒャド→マヒャドデス
 
 ・バギ系
 バギ→バギマ→バギクロス→バギムーチョ
 
 ・イオ系
 イオ→イオラ→イオナズン→イオグランデ
 
 ・デイン系
 デイン→ライデイン→ギガデイン→ジゴデイン
 
 ドルマ系
 ドルマ→ドルクマ→ドルモーア→ドルマドン
 
 とまぁ、こんなもんです。ゲーム中では初級呪文や上級呪文などといった表現は使われてませんが、何となく分かりやすいように魔法名を区分してみました。



[31001]  中編
Name: シウス◆60293ed9 ID:91986318
Date: 2011/12/31 01:40
 時刻は午前10:00。
 ノアニール村の西側入り口より、更に西へ1キロ地点。
「一応はこっそり付いてきたけど……二人とも無事に帰ってくるかな?」
 不安げに呟くリディアに、ガレスは腕組したまま答える。
「ソロンの野郎が、そんなすぐにくたばるタマかよ? あいつ自身―――いや、アンもか。とにかくあいつらだって、ある意味では怪物だ。きっと魔王なんざ軽く捻ってくるっての」
 とガレスは言いつつ、やはり不安も感じる。なんといっても相手は魔王で、こちらは人間とエルフだ。不安を感じない方がおかしい―――というより、常識的に考えれば、戦いを挑む時点で敗北を確信していなければおかしい相手である。
 リディアが口を開く。
「もし……もしもの話だよ? ソロンもアンも死んじゃったら、やっぱりあたし達がノアニールを守らなきゃいけないんだよね?」
「なに言ってんだよ。前から守ってたじゃねぇか」
「全然守ってなんかいないよ……。ちょっと危険な猛獣や魔物くらいなら、あたし達みたいな若い人達だけで狩りに行ったけど、本当に危ないのが相手だったら、いつも村の人達、ソロンに丸投げしてたよね? ……確かにソロンでないと勝てないような相手だったかもしれないけど、本当は村の人たち、ソロンに死んで欲しかったんだと思うよ」
 ガレスはフンと鼻息を吐き、
「だろうな。だがあいつはそんな動物や魔物ごときに遅れをとったりなんかしない。でも見てろ? 今に俺があいつを超えるくらい強くなって……」
「それで私を惚れさせるって?」
「おうよ」
 迷いの無い即答。
「そう……」
 しばらくは会話も無いまま、ソロンたちが向かった方角を眺めている二人。
 沈黙を破ったのは、第三者の声だった。
「よお、ガレスにリディアじゃねぇか。朝からデートか?」
 下卑た声で笑いながらカッちゃんと、三人の取り巻き達が現れた。
 カッちゃんが笑いながら言う。
「お前、あれだろ? まさかソロンのことをダチとか思ってたのかよ?」
 昨日、カッちゃんが森で起きたことを伝えたときの、ガレスの慌てようを言っているのだ。
 カッちゃんは笑いながら続けた。
「悪りぃ、悪りぃ。でもあんな奴、死んだって何も困ることなんて―――」
「お前ら、悪魔に魂を売ったんだな……」
「………へ?」
 冷え切ったガレスの声に、カッちゃんは後頭部を掻いたままのポーズで凍りついた。取り巻き達も動揺している。
 慌てて弁明しようと試みる。
「ちょ……ちょっと待ってくれよ! 俺はだな、村の鼻つまみ者に居なくなってもらおうと―――」
「この人殺し」
 今度はリディアが冷たく吐き捨てた。
 ガレスが口を挟む。
「いや、人殺しなんて軽いもんじゃないさ。勇者が死ねば、大勢の人間が命を落とす。こいつらは間接的ながらも、“殺戮”ってのをやっちまったんだよ」
 カッちゃん達の顔が、目に見えて青ざめてくる。―――人に言われ、ようやく自分達がしでかした事の重大さに気が付いたようだ。
 ガレスは続けた。
「もう何年も前、まだガキだった俺たちだけで、森の奥まで狩りの真似事をしに行こうってカッちゃんが言ったの、覚えてるか? あれ以来、村につばの広い帽子を被った同年代の女が頻繁に現れようになったよな? その子やソロンも含めたみんなで鬼ごっことかしたよな? あの女の子、実はその森の奥で魔物に襲われてたエルフの子で、ソロンが助けた事で知り合ったんだ。その時からソロンが女の子に魔法を教えてもらったりして少しずつ強くなって、今みたいな最上級魔法をも使いこなす怪物戦士になっちまった」
 ソロンが攻撃魔法を使える―――それすら知らなかったカッちゃん達は、痴呆症のような顔をして呆けている。
「昨日のカッちゃんから聞いたこと、ソロンの奴にチクりに行ったんだ。普通、そんな話を聞かされたら、お前のことを恨むだろ? でもソロンの奴、なんて言ったと思う? 『カッちゃんが昔、みんなで森の奥に行こうって言ったから、俺はアンに会えたんだ。今でも礼が言いたいくらいだ』って、言ったんだ。ああ、アンってのはエルフ女の名前な? あいつ、あんなに村からはじき者にされてるってのに、同じ嫌われ者であるお前を―――あいつの事を殺したがってるお前を、あいつは恨んでないんだとよ」
 しばしの間、誰もが沈黙する。風が木々を鳴らした。
 力が抜けたのか、カッちゃんが地面に膝と手を付く。
 そして呆然としたままの声で呟く。
「あいつは―――ソロンはどこに……?」
 ガレスは淡々と応える。
「お前が言った魔王を倒しに行ったさ。そのエルフの女と一緒にな」
 カッちゃんが顔を勢い良く上げ、叫ぶ。
「ば……馬鹿な!? 嘘だろ!? 勝てもしない相手と知って、何でわざわざ死にに行くんだよ!?」
 今度はリディアが淡々と告げる。
「勝てると思ったからに決まってるじゃない」
 またもや呆けるカッちゃん達。
 ガレスが続けた。
「お前らが少しでも悪い事をしたって思ってんなら、あいつが帰ってきたときに謝ってやるんだな」
 その言葉を聞いた瞬間、カッちゃんは泣き崩れた。
 しばらくはカッちゃんの慟哭を聞いていたガレス達だが、森の向こうから変わった気配―――魔力を感じた。
 
 
 
 
 
 森の中を、一匹の魔物が歩いていた。ライオネック中将である。
 彼自身、上司である蛇竜戦士や魔王が謀反を働いてるなどとは知らず、ただ勇者発見の名誉を自分たちだけで独り占めできるとしか聞いていない。しかし事実、この世界に勇者がいるということが分かった今、上司の言っていることを疑う余地などなくなってしまった。
 ライオネック自身は村の西側から接近し、リザードマン二匹は東側から接近する―――そういう予定である。
 と、目の前で低木の枝が揺れたかと思うと、コウモリの羽が生えたようなシルエットの影が現れた。―――影だけである。
「この世界の魔物か―――私はそなたの敵ではない。探し物があってこの世界を訪れただけだ」
 それだけを伝えると、影は一礼して去っていった。
 そもそも今の影の魔物が使える魔王と、ライオネックが使えている魔王は別の存在であり、一方の魔王が攻め込んでいる世界に、別の魔王の眷属が攻め込むなど、悪魔の業界ではマナー違反である。ライオネックも最低限の礼儀を備えている。
 村を目指して歩くライオネックの足取りに、迷いは無い。ライオネックほどの上級悪魔となると、自らが持つ魔力が強大なため、人間などのような弱小生物の気配を掴めない。よって村がある方角など、知りようわけがない。ただ足元に今まで多くの旅人などが通ってできた足跡があったがゆえ、こうして迷わずに村に向かえるのである。
「しかし平和であるな。森に緊迫感が無い。我らが居城のあるあの世界の森など、どこもピリピリとした緊迫感があったというのに……」
 不意に、目の前の木々が揺れた。注意力を前方に向けた瞬間、背後から小声かつ早口で、
「ルカニ、ルカニ」
「ルカニ、ルカニ」
 二人同時に連続で守備力減少の呪文をかけられたと気づく前に、ダガーを握った左腕を右目に、同じくダガーを握った右腕を左目に、それぞれ視界に収めた瞬間には、二つの刃物は物凄い怪力をもってして、ライオネックの目に振り下ろされ、後頭部頭蓋骨に当たるまで深々と刺さった。
 数多の戦場を駆け抜けてきた魔物の英雄―――ライオネック中将は即死した。
 
 
 
 
 
「不思議な感覚だな」
 ガレスは呟く。
 自分達が殺したライオネックの屍が光りだしたかと思った瞬間、白い光の帯となってその身体が消滅し、光の帯はガレスとリディアの身体に吸い込まれていった。猛獣相手では絶対にありえない、反自然現象である。
 ガレスは続ける。
「これが前に書物で読んだ『経験値』って奴か」
「経験値? 何よ、それ?」
 リディアが首を傾げる。
「経験値ってのは、生き物を殺したときに手に入る数値だよ。ハエを叩き落しても、雑草を一本引き抜いても手に入る。そしてこの経験値が一定数溜まると、レベルが上がり、それと同時に身体能力が上昇し、誰かに教わらなくても魔法などを覚えたりする。……普段の筋トレとは違った能力上昇方法だな。ちなみに悪魔系は殺すと身体が消滅し、その悪魔が今までに溜め込んだ経験値が丸ごと手に入るから、かなり得だそうだ」
 ガレスの博識ぶりに、リディアは驚く。
「あんたって……意外と何でも知ってるのね」
「意外は余計だ。―――ところで、こいつが蛇竜戦士か?」
「……違うんじゃない? だって『竜』って感じがしないし」
 すると意外なところから声が掛かった。
「そやつはライオネック中将。私の部下だ」
「「………っ!?」」
 二人の背後から聞こえてきた声に反応し、瞬時に跳んで距離を取る。そして驚愕する。“それ”はいつの間にか、すぐ背後に立っていたのだった。
 上半身は筋肉質な人間の男性に似ているが、首から上が竜になっており、そして肌の色は鮮やかなくらい赤かった。
 下半身は、二頭の緑色の大蛇の胴体に分かれており、その先端には鋭い牙を持って威嚇するヘビの頭があった。
 そして何よりも、体長2.5メートルはありそうな巨体は、地面から30センチほど宙に浮いているのである。これでは真後ろに立たれるまで気配が掴めないはずである。そもそも気配というのは五感を介して感じ取れるものであり、足音や臭い、息づかいなどを指す。よって宙に浮いている存在が、足音など立てようはずがない。
「…………あんたが蛇竜戦士さんかい?」
 見た目だけで確信しつつも、とりあえずガレスは問いかける。
「いかにも」
 低い男性の声が応える。意外にも初老の男性のような声だったが、そこに含まれる威圧と闘いへの自信に、ガレスとリディアは緊張を高める。
 蛇竜戦士が口を開く。
「ほう……私の殺気を受けても腰を抜かさぬどころか、気を引き締めるだけに留めるとはな」
 ある程度は見抜かれているらしい。人間―――いや魔物もそうであるが、知性を持つ生物というのは、自分よりも遥かに強い者と敵対するとき、腰を抜かさないまでも、身体が強張ることがある。無論、そうなれば満足に身体を動かせないまま、実力を出しきれないことも起こりうる。
 リディアは真っ直ぐに睨み返しながら、腰から長剣を抜き放ち、答える。
「生憎ね。あたしたちの師匠、殺気による恐怖や緊張を教えてくれる方法として、そのまま生の殺気をぶつけてくるの。―――あなたとは比べ物にならないくらいのね」
 隣でガレスも同じく長剣を抜き放って構える。
「なるほど。人間風情がライオネック中将をなぜ倒せたか不思議だったが……察するにそなたらの師匠とやらが、勇者だな?」
「ご名答。あんたら異世界の魔王を倒すための勇者らしいぜ?」
「……すでにこちらの事情が筒抜けとはな。しかし生まれた時より知っているわけでもなかろう? 情報源はどこからだね?」
「答える義理はねぇな」
 迷わずに即答。蛇竜戦士が笑った。
「そうかそうか。確かにその通りだ。ならば私も用件を済まそう―――ん?」
 蛇竜戦士は不思議そうな顔をし、遠くへ意識を向ける。
「リザードマン達が誰かと交戦をしているな……。我々の動きを感知したか?」
「ああ。あんたからは気配どころか魔力すら感じないが、他のは強烈に魔力を感じたからな。全部で3匹だろ? さっきのライオ何たらみたいな子分は。だからこっちの強い方には俺たちが。弱いほうにはカッちゃん―――ダチを向かわせた」
 蛇竜戦士の口が、ただでさえ横に裂けた形なのに、更に裂けた―――笑ったのだ。ニヤリと。
「なるほど……村人に特殊な術をかける任務があるが、それまでにそなた達の相手をしたくなったな。……久々に楽しめそうなツワモノだ。魔物にも、魔王様を除けばそうはおるまい。―――強き人間よ、名を何と言う?」
 人間を見下す習性のある魔物なのに、同等の戦士として認めた上で問われ、二人は即答する。
「ガレスだ」
「あたしはリディア。勇者がこの世界から消えた後、この村を守りつづける者の名よ」
 すかさずガレスが口を挟む。
「あいつが居なくなるの、認めるんだ?」
「あんたに乗りかえてやるっつってんの! 感謝しなさい!!」
 唇の端を歪め、先程の蛇竜戦士と同じくガレスが笑った。
「ならここで負けるわけにはいかないな。俺もお前も」
 それらの様子を見て、蛇竜戦士が全てを理解し、言葉を紡ぐ。
「なるほど……互いに負けられぬ理由があるということか……面白い。ならば全力でぶつかり合おうぞ! 来いッ!!」
 
 
 
 
 
 そこから1~2時間後の、遠く離れた場所。
 ソロンとアンジェリナは、村から西へ数キロ、休憩を挟んで歩いていた。
 この先に魔王が現れる。ガレスがカッちゃんから聞いてきた話と、夢見るルビーの表面に映し出された簡易地図を見て、おおよその見当は付いていた。
 幼い頃からソロンとアンジェリナが格闘術や武器の扱い方、魔法などを教え合い、修業した場所。そしてソロンとアンジェリナが初めて出会った場所でもある。
 やがて前方に開けた場所―――ソロンやアンジェリナにとって全ての原点となった場所へと出た。
 地図で見た場所は、ここを示している。
 陽光に照らされ、柔らかな風が木々を鳴らすのどかな場所は、今は何の気配も無い、森林浴をするのに最も適した雰囲気を醸し出している。そして今になってソロンは気づいた。
「なぁ、カッちゃんが見たっていう邪竜戦士が現れたのがこの場所で、魔王が現れるっていうのもこの場所なんだよな? それってある意味、“ここ”でないとこの世界に来られない―――とかの理由があるかと思うんだ」
 アンジェリナはやや考え込み、
「たぶん、そうだと思う。自然界に気流や海流があるように、魔力の流れや、気の流れみたいなのがあるの。もしかするとそういうのが“ここ”に集中しているのかもしれないわ」
「……俺とアンが出逢ったのもそれか?」
「それはきっと運命じゃない? ……少なくとも、気や魔力の流れは、人の運命には関係ないはずよ。いくら気や魔力が集まったところで、そこに住む生物に何の影響も無いもの」
「なるほど」
 何気ない会話を交わして時間を過ごしていると―――何の前触れも無く心臓が大きく跳ねた。
 のどかな風景の中で、最初に木々から鳥たちが一斉に飛び立ち、二人の心を極度の緊張状態へと変える。
 次の瞬間、劇的な変化―――超常現象が現れた。
 
 
 目の前の空間に、“波紋”が現れた。
 
 
 ただし水溜りに浮かぶ波紋と異なり、スピードがやや遅い。
 宙の一点から波が一つ、二つ、三つ、四つ―――四つ目の波が広がった瞬間、漆黒の指先が、中央から押し出されてきた。指先に続いて右手が現れ、次に左手が現れる。それらはまるで両開きの門を開くかのごとく、左右へと大きく振られ、その両手の真ん中から―――漆黒の鬼のような顔が現れた。
「これが……魔王………」
 アンジェリナが呟く。
 
 
 やがて顔に続いて全身が現れ、空間に空いた大穴を背に、一人の魔王が姿を現した。
 
 
 魔王が口を開く。途方も無く威厳のある、中年男性の声で。
「その様子、私がここに来る事を見越して待っていたと察する。それも二人もいることから、どちらも勇者であり、二人がかりなのを強みとして、私の前に立っているのだろう。―――違うか?」
 見る人が見れば、目の前の魔王は、今はまた別の異世界を侵略している大魔王ゾーマとそっくりと感じただろう。事実、彼の容姿はゾーマそのものである。しかし実力はゾーマより遥かに高い。
 二人して剣を抜き放って構え、ソロンが答える。
「全くもってその通りだ。さすがは魔王ともなれば、頭の良さも常識外れだな」
 この現状―――昨日にここで蛇竜戦士に会ったというカッちゃんに案内され、のこのこと現れる筋書きだった勇者が、この場にカッちゃんがおらず、代わりにエルフの女が居るというこの状況を見て、この魔王は一瞬で状況を把握したのである。
 魔王は口を開く。
「先に放っておいたリザードマン2匹とライオネック中将、蛇竜戦士はどうした?」
 ソロンが答える。
「ああ。多分、今ごろ俺の仲間と戦ってるか、すでに倒されてるかだな……」
「ほう? この世界には勇者が四人もいることが分かっているのだが、その仲間というのも勇者なのか?」
「いや。俺の親友であり、弟子みたいな奴らさ。そいつらも勇者だってんなら、とっくにこの場に連れてきてるぜ。それに俺達はとある情報源から異世界の勇者と魔王のことを知っただけで、まだ俺たち自身が100%本物の勇者だっていう証拠があるわけじゃない。―――ま、きっとそうだろうという確信はあるんだがな」
 魔王は感心したふうに口を開く。
「なるほど。幼少の頃から人よりも身体能力が異様なまでに優れていたりと、思い当たる節でもあるのだな」
 言いながら魔王は、右手の人差し指を空高く掲げた。同時に魔力の流れを感じ、咄嗟に身構える二人だったが、魔王の指先が光っただけで、他に何の変化も現れなかった。
「……何をしたの?」
 アンジェリナが問うと、魔王は答えた。
「今、『勇者を探し出す術』を威力を落として放った。これは発動した場所から数百キロ以内に勇者が居れば、その場所を正確に知ることができる術だ。今は数メートル以内だけでやってみたが、そなた達が勇者なのは間違いない」
 不覚にも、魔王に勇者として認められ、本当は平穏で幸せな人生を歩みたかった二人の胸に、諦めと『吹っ切れた』という清々しい想いが去来した。
「ま、こういう人生ってのも、世の中にはあるんだな……」
「いいじゃない、別に。エルフと人間、あたし達が互いを想うようになったあの時から、ある程度は波乱な人生ってのは覚悟してたし」
「波乱過ぎるだろ? ま、もう諦めてるけど」
 臨戦体勢に入る二人を見て、魔王は笑った。
「ずいぶんと余裕のありそうな表情だな。よほど腕に自信があると見える。―――が、勝つのはこの私、魔王ザーラだ」
 戦いの火蓋が、気って落とされた。
 
 
 
 
 
 リザードマン2匹が、ノアニール村へと東から接近していた。
 決してこの世界には存在しない魔物―――大魔王ゾーマの眷属には1匹も居ない姿の魔物である。
 彼らが所属する魔王軍では、リザードマンは数種類ある“雑兵”―――つまり最弱級のカテゴリーにはなっているものの、それは軍の中の上級の悪魔たちが勝手にそう呼んでいるだけである。
 古今東西の魔王軍―――別の世界のデスピサロの眷属、魔界の王ミルドラースの眷属など、あまたの眷属の中でのリザードマンというのは、軍の中では『中ぐらい』の実力の持ち主であり、そんなリザードマンを雑兵と呼ぶ彼らの軍が、いかに強大な組織であるかが分かるだろう。
 リザードマンという名前ではあるものの、決して彼らはトカゲではない。ドラゴンである。世の中にはトカゲやヘビの魔物でもドラゴン系に属するが、彼らは正真正銘、人型に進化したドラゴンである。だから翼を持っているのだ―――飛べず、滑空と滞空しかできないが。
 そんな彼らが歩を進めていると、前方に数人の、人間の男達が現れた。予定外の事態にリザードマン達は『目撃者は消せ』と命令されているゆえ、鞘から三日月刀を抜いて構えるが、男たちの中心に立っていた者が笑顔で揉み手しながら声を掛けてきた。
「あ、どうも。蛇竜戦士様から伺ってます。何でも勇者を討伐に魔王様が来られるんですよね?」
 などと言ってきた。
 2匹のリザードマンは互いに顔を見合わせ、刀を鞘に収め、言葉を放つ。
「なるほど。お前たちが蛇竜戦士様が言っていた、人間の協力者か。勇者を平然と売り渡すとは、なかなかに見所のある悪人じゃないか」
 彼らは人間という存在を、決して見下してはいない。なぜならば彼らが攻め込んでいる世界―――こことは別の異世界では、そこに住する神々や精霊、猛獣だけでなく、その世界の人間までもが半端なく強靭な肉体と魔力を有しているからである。ゆえに人間を『脆弱な存在』などとは思わず、魔王軍の構成員と同じく『ピンからキリまで』と考えている。
 無論、それはあくまでも異世界での話であり、この世界の住人であるカッちゃん達には、目の前の彼らが人間を見下すような目をしないのが不思議なくらいであり、リザードマン達も目の前の彼らの事情など知るはずもない。
 リザードマンの片方が口を開く。
「勇者はどうした? 魔王様が現れるのは、村の西側だったはずだが……」
「ええ。あの男でしたら、いつもの反吐が出るような偽善から、村の近くに現れたりする猛獣や魔物を退治しに向かう事が多いので、俺が『新手の魔物が出た。退治しに行ってくれ』と伝えたら、あっという間に向かいましたよ。その魔王様が現れる場所へ」
「そうか」
「それはそうと……あなた方は何をしにこちらへ? あなた方の魔力を感じたのでここに向かってきたのですが、何か他にご用件でもありましたかね?」
 カッちゃんが揉み手をしながら疑問をぶつける。―――ちなみにリザードマンの魔力を察知したのはガレスとリディアであり、その二人の指示で、カッちゃん達はここに来たのであって、カッちゃん達に魔力を感知する能力は無い。
 リザードマンのもう片方が答えた。
「俺たちには『勇者を探し出す術』があってな。この世界にその勇者が四人もいることを知ったゆえ、もしかするとお前達の村か、あるいは近隣の村に他の勇者が居ないか確かめよ―――と命令されているのだ」
 そう言って、リザードマン達は、背中の翼の間に隠れて見えなくなっていた大きめのカバンを、地面に下ろした。
 カッちゃんの取り巻きの誰かが驚いた声を上げる。
「か……カバンなんて持ってたんすか?」
 カバンというと、人間達が最もよく使う日用品というイメージがある。近所に買い物に行くとき、森へ木の実を拾いに行くとき、狩りに行くとき、旅をするときなど、様々な用途によってはサイズや形は異なるものの、人間の生活の基盤となっている物を出されては、カッちゃん達も興味をそそられるものの、笑いを堪えなければならない。
 リザードマン達は言った。
「魔物とはいえ、便利な道具に頼るのは当然だ。我らとて知性を持った生物だからな。ゆえに使える道具は何でも利用するし、日用品なども、技術の進歩と共に進化する」
 言ってから、大きめの荷物の中から四角く折りたたまれた紙を取り出し、それを広げた。サイズは縦横1メートルもあり、複雑な魔法陣がきめ細かに描かれている。リザードマン達はそれを落ち葉が敷き詰められた地面に置き、再びカバンの中を漁りだし、大きな四角い木箱を取り出した。
 フタを開けると三段重ねになっており、それぞれの段に色とりどりの牙、爪、毛、石、葉、木片、実、枯草などが四角く区切られた枠の中に、各種かなりの数が納められていた。あたかもそれは宝石箱のようで、一つ一つに何かしらの魔力のようなものが含まれているのだと、カッちゃん達は確信する。―――実際、その通りだった。
 別のカッちゃんの子分が尋ねる。
「なんかきれいっすね……何なんです、これ?」
「ああ。これは配給品だ。まぁ、中には遠征先の森や荒野で採取した物、人間の町や兵士から略奪したものもあるがな」
 この宝石箱のような物を、どうやらリザードマン全員に配給しているらしい。何とも贅沢な魔王軍である。
 リザードマン達は、その箱の中から『ももんじゃの尻尾』を1個、『グリズリーの毛』を一つまみ、『キメラの翼』を1個、他にも様々な動植物の断片や、砂利のような鉱物を複数取り出し、広げた魔法陣の中で一箇所だけ何も描かれてない、半径15センチくらいの円の中に、それらを置いた。カッちゃん達は知る由も無いが、これは魔法陣の魔法を起動するための動力源―――つまり電池の役割があるのだ。
 そして聞いたことすらない言語の呪文を唱える。
 すると魔法陣の上に、直径10センチほどの光の球が生まれ、ゆっくりと上へ昇っていき、地面から5メートルほど昇ったとたん、何の前触れも無くいきなり弾け、その場にいたリザードマン達とカッちゃん達全員を包み込んだ。
 
 
 
 
 
 それから数分後、リザードマンの片方がゆっくりと口を開く。
「なるほど、やはり勇者は近くに居たか」
 魔法によって、ここにいる全員の脳裏に、勇者がいる正確な位置が浮かび上がっていた。
 リザードマン達は慣れた手付きで魔法陣の上に置いた動植物の断片や小粒の鉱物を箱に片付け始める。これらの物品も、まだ使えるのだ。そして魔法陣を折りたたんでカバンに戻したところで―――カッちゃんが声を上げる。
「なるほど……となるとソロン―――最初に売り渡した勇者の名前なんすけど、そいつ以外の勇者のところまで案内しましょう。何も今日中に殺さなくても、ソロンは『何日もかけて魔物を探し、討伐してくる』って言ってたみたいなんで、急ぐことはないでしょうな。下見として覚えておいた方が良いでしょう」
「ほう、気が利くな」
「人間の協力者というのがこれほどまでに便利なものとはな……」
 リザードマンは口々に言う。
 するとカッちゃんの取り巻き達が、
「ささ。それでしたら重たい荷物も俺らがお持ちしましょう」
「じゃ、カバンは俺とこいつがお持ちします」
「俺は剣と盾を持ちましょう」
 あからさま過ぎるくらい、わざとらしく申し出る。本来ならば怪しむべきところを、普段から魔王や上級悪魔などから見下された態度をされていたリザードマン達は調子に乗ってしまい、
「おっ、悪いな」
「本当に気が利くじゃないか」
 などと『お客様』な待遇に気を良くしてしまい、だらしない笑みを浮かべたまま、道具だけでなく武器や防具まで、全て彼らに渡してしまった。
 それが彼らの運命を決定付けてしまうとも知らずに。
 
 
 
 
 
 やがて村まで1キロというところの森の中にて、それは起こった。
 突然、何の前触れも無く、リザードマンの片方の足にロープが巻きつき、勢い良く逆さ吊りになった。
「なっ!? どうし―――」
 相方の異変に驚いたもう片方のリザードマンは、台詞の途中で地面に吸い込まれた。こちらはかなり深い落とし穴であり―――穴の底には鋭い槍が何本も上を向いていた。
 声無き絶叫と共に、リザードマン1匹が絶命する。
「……まずは1匹だ」
 カッちゃんが低い声で呟いた。
 木の上―――というにはやや低い、地上3メートルの位置にで逆さ吊りになったリザードマンは、それだけで全てを理解し、己のうかつさを呪った。
「……やってくれたな。だが―――この程度の拘束で動きを封じた気になるなよッ!!」
 殺意と気迫と自信に満ちたその言葉に、カッちゃん達は本能的に『ロープを引き千切られる』と警戒するが、頭のどこかで『絶対に不可能だ』とも感じていた。
 
 しかし、その予想は外れた。
 
 武器や防具を一切身につけてない丸裸のリザードマンは、さすがに自身の筋力だけではロープを切れないと悟ったのか、大きく息を吸い込み、自身の足と木を密着させるように巻きついているロープ目掛けて―――口から思い切り火を吹きつけた。
「グ……ルルァアッ!!」
 自らの足を焼く苦しみに絶叫しつつ、ついにはロープは炭化し、弱くなったところで引き千切り、翼を広げて落下の衝撃を和らげる。そして唖然としているカッちゃん達に向けて叫んだ。
「貴様ら小悪党とは違い、こっちは下っ端とはいえ、戦いに対する覚悟が違うのだッ!!」
 カッちゃんの取り巻き達が、怯えたようにカッちゃんの後ろに隠れる。
 カッちゃんは震えながらも、静かに言った。
「怖いなら逃げても良い。でもちょっとでも勇気があるってんなら、手ェ貸してくれないか? あいつは今まで戦ったことのある『あやしい影』や『さまよう鎧』、『バリイドドッグ』なんかよりかなり強いと思う。でも決してダメージが与えられない相手じゃないし、奴は武器も防具も無ければ、怪我までしてる。倒すなら今しかない」
 その言葉にどのような魔力がこもっていたのか、取り巻き達から震えが消えた。顔からも怯えの表情が消え、必死に隙をうかがっている。そんな取り巻き達を見て、カッちゃんは一人一人に声を掛けていった。
「ディック、俺たち四人は、村で一番の嫌われ者で、どうしようもない小悪党だと思う。―――それでも今だけは格好良いか?」
「あたりめぇじゃねぇか、カッちゃん……!」
 呼ばれた青年が言葉を返す。
「ありがとよ。レニー、奴が一番嫌がる攻め方は何だと思う?」
「決まってんじゃないっすか。全包囲からタコ殴り―――と見せかけて、翼の骨を叩き折るっす。そうすれば足を怪我してるんですし、本当に寄ってたかってタコ殴りにできるっす」
 別の青年が、冷静に分析する。―――しかしそれはリザードマンが飛んで逃げることを考えた理論であり、本当は飛べないということを、カッちゃん達は知らない。
「そーか。その手があったな。……んじゃ、ロック。闘いの基本は―――」
「また『目を潰せ』かよ? いい加減、聞き飽きたぜ」
「すまん……」
 言葉を交わし合い、笑い出す。そして一斉に突撃した。
 
 
 
 
 
  右手の拳を引き、左手は半開きにして前方へと突き出し、アゴを引いて足を開く。
 そして浅く息を吸い、
「ふっ―――!」
 短い呼吸と同時に、数メートルの距離を脚力と翼力だけで詰め、リザードマンは右ストレートを、そして間髪入れず左ストレートを放ち、カッちゃんとディックの手に握られた、本来はリザードマン達が所有していた三日月刀を弾き飛ばした。
 ニヤリとリザードマンが笑う。
「―――丸腰の俺に挑みたいってんなら……まずは得物を捨てなッ!!」
 すぐさま強烈な回し蹴りが襲ってきた。慌ててカッちゃんとディックがしゃがむと、彼らの頭上を物凄い物理エネルギーが通過していくのを、僅かな風から感じ、ぞっとする。
「うおおおおぉぉっ!!!」
 離れた所からレニーが、ランスを手に突進してきた。リザードマンは、ランスの刃よりもやや奥の柄の部分を素手で掴み、
「ぐる……るるぁあああッ!!」
 ランスを握ったレニーごと投げ飛ばした。
 しかし投げ飛ばす際に大きく胸を反らした隙に、
「うりゃっ……!」
 ロックがロングボウで放った矢が、リザードマンの脇腹を掠める。
 顔をしかめるリザードマンに、カッちゃんとディックは二手に分かれ、同時に地面から拳大の石を拾い、左右からリザードマンの脇腹に殴りかかる。
「ぐ……がぁッ……!!」
 人間なら悶絶ている攻撃であるが、リザードマンは歯を食いしばって堪え、再び回し蹴りを放つ。今度はカッちゃんとディックの胸に直撃したが、リザードマンも痛みに勝てなかったのか、さっきよりもかなり威力が落ちていた。
「てやあああああッ!!」
 投げ飛ばされ、背中から木に叩きつけられてうめいていたレニーが復活し、今度は背後からリザードマンに襲い掛かる。
 同時に矢が尽きたロックが、大振りのナイフを二刀流で構え、正面から突進した。
「ふんっ……!」
 雄叫びを上げながら突進したのが災いし、リザードマンは振り返って落ち着いてレニーの槍を避けて足払いを掛け、ロックの肩を掴んで、彼の鳩尾(みぞおち)に膝をめり込ませた。
 そこでディックが右後方から駆け寄り正拳突きを放つのと、それに気づいて振り返ったリザードマンが拳を放つのが重なり、互いの頬にめり込ませ合う。
「まだやられるわけにゃいかねェんだよッ……!!」
 カッちゃんが立ち上がり、リザードマンに突進する。そして放たれた拳を、リザードマンはひょいと避けるが、そのまま掴みかかられるよりも先に、カッちゃんは逃げ出した。
「テメェ……この俺に背を向けるってのかッ!!」
 瞬間的に熱くなり、リザードマンが駆け出し―――数秒で足に縄が絡みついてこけた。
「今だァ! 袋叩きにすっぞぉっ!!」
「「「うおおおおおッ!!!!」」」
 寄ってたかって石を拾って振り下ろそうとし―――なぜかリザードマンが口を大きく開いているのが目に付いた。心なしかその人間より何倍も大きな口の奥から、オレンジ色の炎のようなものが……。
 考えるよりも早く、一同がリザードマンから距離を取ると、リザードマンは周囲180度に火の息を吹きつけた。
 彼らが距離を取ったのを確認すると、リザードマンは落ち着いた動作で足に絡みついた縄を解き、ゆっくりと立ち上がった。そして一同と対峙する。
 互いに戦闘でボロボロになり、全身が生傷だらけになっていた。全員の唇の端から血が流れている。
 リザードマンが口を開く。
「驚いたぞ……この世界の人間が、兵士職ではないとはいえ、これほどまでに弱かったとはな……」
 カッちゃんは荒い呼吸を繰り返しながら言い返す。
「そんなに……ボロボロになって……それなのに俺たちを弱いってか? 面白い冗談じゃねぇか」
「冗談ではない。俺一人と、お前たちの一人―――比べれば俺のほうが『やや強い程度』だと思っていたが、四人がかりでこの程度とは、拍子抜けする。……俺たちが攻め込んでいた世界は、神々も猛獣も、精霊も妖精も、そして人間も―――もっと種族全体が強い存在だったぞ。なのに俺の仲間がさっき殺され、決死の覚悟でお前たちに挑んでみれば、何なんだ、この弱さは? 確かに四人がかりでなら、この俺を殺す事はできるかもしれん。だがあまり誇れたものではないな」
 あからさまな嘲笑だった。
 カッちゃんの取り巻き達が憤怒の表情を浮かべる中、カッちゃんは片手で仲間達を制し、落ち着いた声で言った。
「―――俺がガキの頃、まだ親が生きてた頃に読んでもらった童話がある。架空の世界に、小人が住んでいる物語りだ」
 突然、この場にそぐわない内容を挙げられ、とりあえずは全員が耳を済ませる。
 カッちゃんは続けた。
「主人公は身長5ミリしかない、小人の青年:ピート。……で、これが童話の割に戦ってる描写が多くてな。襲い来る敵は、体長1~2センチくらいの虫なんだ。虫だぞ? あんな小さい生き物に対して、これがまたかなり白熱した戦いを繰り広げるんだ」
「ほう……? 興味深いな」
 リザードマンが頷き、その『魔族が童話に興味を持つ』という光景に驚愕する取り巻き達。しかしカッちゃんは構うことなく続ける。
「小人たちには、ある掟があった。―――人間には、決してその存在を知られないことだ。ある日、幼馴染みの恋人:シャルと散歩中に、人間の青年:ユリウスに見つかってしまい、そのまま二人は掟を破って、こっそりユリウスと友達になった。―――まぁ話せば長くなるから要所だけ言うが―――」
 カッちゃんの紡ぐ物語はこうだ。
 
 
 ある時にユリウスは、ピートやシャルと話していて疑問に思ったことを問い掛けた。
『どうして君たち小人は、自分達の村にやってきたゴキブリやカマキリを退治したりしただけで、祭り騒ぎなんかするんだい?』と。
 それに対してピートとシャルは答えた。
「だって僕達は小さいから、人間みたいに片手で虫を殺したり、キャンディーを持ち上げたりなんかできないんだ。もし人間の君から見て、家が4つ並んだくらいの大きさのゴキブリが現れたらどうする? 僕らはそれでも村や仲間を守るため、男も女も子供も老人も、束になって突撃するさ。それが勇気ってもんだし、それで命がけで仲間を守りきれたら、そりゃ少しは祭り気分だって味わいたくもなる。―――君にはそういう勇気や、守りたいものはあるかい?」
 この一言でユリウスは、自分にとっては何気ないことでも、他人から見ればどれだけの価値があるか、あるいはどれだけ勇気が必要なのか、それらは決して自分と同じ価値観ではないと悟ったという。
 
 
 カッちゃんは頭を掻きながら、
「つまり俺が言いたいのはアレだ。お前らが攻め込んでいる世界の人間に比べりゃ、この世界の人間は軟弱だというんだろ? 確かにそうかもしれねぇ。でもこの世界の人間全体が弱いわけじゃねぇ……“最初からこれくらい”なんだよ。さっきの話で言うところの、小人みたいなもんだ。だからお前一人を寄ってたかって袋叩きにしても、小人である俺たちには『大物に勝った』って誇りで満たされるのさ」
 人間離れした身体能力と魔力を持つ勇者が、同じ力量を持つ魔王と激戦を繰り広げて勝つのと、平凡なる村人が、自分と同じくらいの力量の悪魔や猛獣と激戦して勝つのとでは、実質的に同じくらいの難易度―――つまり同じ偉業に相当する。要はどれだけの勇気や努力が出せるかということである。
 と、そこでカッちゃんは言葉を切り―――急に顔から表情を消した。
 そして続ける。
「……そうでなくてもお前、ノアニール村を壊滅させる気なんだろ?」
 今度はリザードマンから、元々分かりにくい表情らしものが消え、冷たい殺気を纏わせ始めた。
「―――参考までに聞こう。なぜ分かった?」
 カッちゃんが淡々と答える。
「だって魔王の手先―――悪魔やその仲間が、人間を仲間に引き込むと思うか? どうせ勇者を殺した後に、俺たちの村を燃やすか何かするんだろ? たぶんお前一人じゃ、どれだけ暴れ回っても村を壊滅させることはできないだろうけど、さっきの『勇者を探し出す術』が描かれた紙と、同じ大きさの紙がカバンの中にいくつも入ってるのが見えた。俺の予想が正しければ―――あれは大破壊か何かを起こす魔法陣なんだろ?」
 リザードマンが、唇の端を釣り上げて笑う。
「パーフェクトだ。これで生かして帰す理由が無くなった」
 その台詞を聞き、カッちゃん達一同は一斉に武器を構えた。
 カッちゃんが口を開く。
「だったらさっきの誇りとかの話だけどよ……。テメェがウチの村に手ェ出そうってんなら、例え誇りを捨て、どれだけの恥や汚名に塗れても―――テメェを殺すのに容赦なんてしねぇんだよッ!!」
 再び戦闘の第二幕が開こうとしたその瞬間、
「ぐぁっ……」
 リザードマンは前のめりになって倒れた。その背中には、大きな斧が刺さっていた。血溜まりが地面に広がり、それがリザードマンが即死していることを如実に物語っていた。
「な……何が起こった?」
 訝しむカッちゃん達の目に、リザードマンの背後からゆっくり歩いてくる大男の姿が映った。
 やがて大男が至近距離にまでやってきた。格好からして、旅人のようだ。大男が口を開く。
「大丈夫だったか、お前ら……それにしても見慣れない魔物だな。これも魔王の手先なのか?」
 しゃがみ込んで、リザードマンの死骸を観察する大男。カッちゃんが恐る恐る声を掛ける。
「な……なぁ。あんた誰だよ?」
 大男は振り向き、何か悪戯を思いついたような笑みを浮かべて、ゆっくりと名乗った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――
 あとがき
 
 この中編の、魔王が現れるシーンについて参考にしたものがあります。
 ―――とは言っても、今から下に記すことは、大抵の人には嘘っぱちにしか思えないでしょうし、逆に私が嘘を言っていないと思う方には、私が薬中毒に罹っているとしか思えないでしょう。
 しかし、私は本当に嘘は言ってませんし、薬物にも手を出したりはしていません。それだけは神に誓えます。
 
 本作で魔王が登場するシーン―――空間に波紋が現れるところから、黒い鬼のような顔が現れるまでのシーンは、かつて私が見た心霊現象です。
 個人的には、“それ”は幽霊よりも、妖怪か悪魔かの類かと思います。それに後から思うと、あれは鬼にも見えるけど、ひょっとしたら竜の首だったのかもしれません。ドラクエモンスターズ2の隠しキャラである『次元竜』にも似ていた気がしました。
 
 
 
 
 
 “あれ”を見かけたのは、私が中学生の頃でした。
 その日、休日の昼下がり、ある宗教(ウチの宗教)の徳の高い人が我が家にやってきました。
 母はその人と知り合いで親しい間柄だったのですが、私は個人的にその人が苦手で、2階の自室のベッドの上で寝っ転がり、その人が帰るのを待っていました。
 すると開け放たれた自室のドアの外を眺めていると、トイレ(我が家には2階にもトイレがある)のドアの前の空間に、いきなり波紋が現れたんです。
 後から聞いた話では、そのトイレは鬼門の方角にあったそうです。そう、風水では絶対にトイレを配置してはいけない方角だったそうです。私は風水に詳しくないですけどね。なんでも神様がいらっしゃる方角だそうです。
 そしてその波紋をぼんやりと眺めていると、この小説の描写の通り、波紋の中央から漆黒の指先が現れ、次に両手が現れて、空間を左右に押し開き、漆黒の鬼か竜のような顔が現れたのでした。
 本当に真っ黒の顔でした。眼球のところだけ、黄色の蛍光ペンのような色のビー玉を押し込んだ目をしていました。白目の部分は存在しません。真ん丸なレモンイエローの目でした。
 
 
 
 そして不思議なことに、私は恐怖を感じず、次の瞬間には私は悪魔のような声で『失せろ……』と口に出していました。
 その鬼(竜?)はしばらくじっとしていた後、やがて再び波紋の向こうに帰っていきました。
 今でもあれが何だったのか分かりません。
 正直、心霊体験らしいのは、これが2回目であり、今のところそれが最後でした。―――ちなみに1回目は、幼少期に木造の神仏の像が黄金の像に見えたことでした。しかも同じような幻視をしたのは、私で2人目だったそうです。
 ひょっとして私って霊感が強いんでしょうか?



[31001]  後編
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/01/01 15:24
「……ぬぅんっ!」
 蛇竜戦士が両手を突き出し、そこに特大の火球が発生し、弾丸のような速度でガレスとリディア目掛けて飛来した。
 タイミングを見切り、二人は跳ぶように左右に分かれ、視界の端で火球が巨大な火柱になるのを気づきつつも振り返らず、二手に分かれて突進する。
 蛇竜戦士は、わずかに後ろに下がって左前から振り下ろされるリディアの剣を避け、身体を捻ってガレスの刺突を避けると同時に、剣を突き出したままのガレスの腕を掴んで引き寄せる。そしてそのまま空いた方の腕で拳を叩き込もうと―――
「……メラミ」
 ―――する前に腕を放し、蛇竜戦士もメラミを放って、ガレスの呪文を相殺する。蛇竜戦士は目の前の人間が見せる反射神経と、戦技・魔法の両方を絶妙に使いこなす力量に驚く。人間・魔物を問わず、誰もが両方をマスターしたいと思うものの、大抵はどちらかに限界を感じ、挫折するのが普通である。
(ピオラとバイキルト……スカラも使っているな?)
 身体能力を上昇させる魔法は、戦士職に強大な力を与える。……が、開戦してから呪文を唱えていては隙だらけになってしまう。ゆえに二人とも、最初から―――“ライオネックに近づく前”から呪文をかけているのである。
 メラミとメラミがぶつかり合い、軽く砂煙が舞う。
 その砂煙が消える前から、二人と一匹は走り出し、ぶつかり合っていた。
 蛇竜戦士がメラにイメージの力を上乗せして威力を増したものを、右手と左手を交互に、嵐のように繰り出した。
 ガレスとリディアはジグザグに走りながら避け、蛇竜戦士と同じく初級呪文のメラを嵐のように撒き散らす。そして蛇竜戦士もまた宙に浮いたまま、滑るように駆け抜けつつ、また呪文を返す。
 一見するとMPの無駄使いにしか見えないが、彼らは特殊な呼吸法や集中方法によって呪文の威力を上げるだけでなく、MPの消費量を極低にまで落し、またかなりのスピードで自然回復させながら魔法を放っているのである。
 蛇竜戦士が叫ぶ。
「はぁーはっはっは!! 楽しいぞ、人間たちよ! 私をここまで楽しませた人間は、そなた達が初めてだ!!」
 そんな様子の蛇竜戦士に、ガレスが負けじと言葉を返す。
「そいつは光栄だな! 俺も楽しいぜ!!」
 と、言いつつ内心で、
(くっそ……。あのバケモノ、あの状態で笑ってられるってこたぁ、まだ余裕があんのかよ……?)
 蛇竜戦士が今よりも強くなる可能性はあるものの、戦いながら悟ったところ、
(こいつ……ソロンより遥かに弱い!!)
 そう。たとえこの蛇竜戦士が何らかの隠し技などを持っていたとしても、ソロンを敵に回して戦えば、いかに隠し技・不意打ちなどを合わせたとしても、10秒以内に剣でバラバラか、あるいは呪文で原形を留めない姿を晒していることだろう。
 ゆえに不安などに動きを左右されずに戦えた。
 走りながら火球を発射・回避しつつリディアが、ガレスにしか聞こえない声で話し掛けてきた。
「ねえ、昨日習った中級呪文……あれを二回連続で唱えられる?」
 連続で呪文を唱えるのはかなり高度な技であり、呪文のランクが上がるほど、その難易度は跳ね上がる。事実、いま連続で放ち“続けて”いるメラは簡単であるが、これがメラミになるとそうはいかない。しかし、さっきライオンネックに二連続で掛けた補助呪文は、間違いなく中級呪文である。
 ガレスは何の誇張も逡巡もなく、ただ事実だけを即答する。
「楽勝だ」
「オーケイ。ちょっと作戦よ」
 リディアが思いついたことを告げると、ガレスは驚愕の表情を浮かべ、やがて獰猛な笑みを浮かべた。
「何か面白いことでも思いついたか?」
 蛇竜戦士が愉しげに問いかけてくるのに対し、
「ええ。とっても面白いわ。私たち、最近になってようやく中級呪文を覚えたの。さっきの火柱みたいな呪文、あれってあなたにとって一番強い呪文でしょ? 二人掛りで呪文を唱えれば、あの火柱にだって、正面からぶつかって勝てるつもりだもの」
 蛇竜戦士は一瞬だけ沈黙し、訝しげに問い掛けてきた。
「……そなた、その火柱の呪文が何なのか知らないのか?」
「知ってるわよ。上級呪文でしょ? でも単体攻撃の上級呪文が一発と、広範囲攻撃の中級呪文が複数と―――ぶつかって勝つのはどっちかしら?」
 リディアがより険のある笑みを深くする。ガレスもそれに習う。
 ……が、蛇竜戦士は反対に哀れむような表情を浮かべていた。
(こやつら……メラゾーマの威力を知らなんだか……)
 初級呪文の中で、単体攻撃のメラと、広範囲攻撃のギラを比較すると、メラの方が威力が低い。しかし上級呪文のメラゾーマとベギラゴンを比べると、単体攻撃のメラゾーマの方が圧倒的に威力が高い。
 蛇竜戦士は、さっき開戦と同時に避けられることを前提とした牽制として、わざとメラゾーマを極低の威力で放ったことを悔いた。―――が、だからといってそれを教えてやる義理も無い。恐らく今から互いの『魔法をただぶつけ合うだけ』という、決闘じみたことをすることになるが、そこで二人が魔法で負けたとしても、きっと体勢を立て直した上で、再びこの楽しい戦いを再開してくれると信じ、口を開く。
「良いだろう……ならば私の一番の呪文―――ではないが、あえてさっきの呪文に全てを込めてやろうではないか!!」
 両手を前に突き出し、ブツブツと何かを小声で唱え始める。同時に突き出した両手の前に巨大な火球が生まれ、サイズはそのまま、だんだんと色濃く、光量を上げ、密度を上げていく。
 ガレスとリディアは並んで立ち、互いに正面の蛇竜戦士を見据えたまま、ガレスはリディアに向けて右腕を、リディアはガレスに向けて左腕を突き出す。
 そしてイメージの力で、最大限にまで威力を上乗せした呪文を唱える。
「ヒャダルコ、ヒャダルコ」
「ヒャダルコ、ヒャダルコ」
 二人の間に蒼氷色の巨大な光の球が現れる。4発分のヒャダルコの呪文発動前に起きる現象だ。本来ならば次の瞬間にでも魔法が発動するのだが、この時ばかりは発動しなかった。二人がイメージの力により、発動をわざと遅らせているのだ。
 蛇竜戦士は、そんな二人の行動の意味に気づき、しかし笑みを深めて更に火球に力を注ぎ込む。
 ガレスとリディアは呪文を唱えたことで上がった息を整え、蒼氷色の光を二人の間に挟んだまま、蛇竜戦士に向かって走り出した。そして叫ぶ。
「ヒャダルコ、ヒャダルコ!」
「ヒャダルコ、ヒャダルコ!」
 蛇竜戦士の読みは当たった。あえて発動を遅らせることで、同じ呪文を更に複数分重ね掛けし、威力を高めて自分のメラゾーマを打ち破るのだろうと。
 しかし残念ながら、蛇竜戦士の魔力は尋常ではなく、またメラゾーマに上乗せした威力も生半可ではない。更に言えば、蛇竜戦士は“一度に二つの上級呪文を唱えられる”魔物であり、今も2発分のメラゾーマを1発に融合させて放とうとしている。これがもし人間の放つメラゾーマであれば、目の前の二人にはまだ勝機があったかもしれないのに。
 火球と吹雪の呪文がぶつかり合う寸前―――蛇竜戦士までの距離で、二人はまたもや叫んだ。
「ヒャダルコ、ヒャダルコ!!」
「ヒャダルコ、ヒャダルコ!!」
「なに……ッ!?」
 これで12発分のヒャダルコが圧縮されたことになる。しかし何と二人は、発動前の巨大な蒼氷色の光の球をその場に置き去りにし、左右に駆け去った。呪文の巻き添えにならないために逃げたと、蛇竜戦士が二人から注意を逸らしたとたん、二人は蛇竜戦士の左右真横を、長剣を一閃させながら駆け抜けた。
「ぐあッ……!?」
 突き出した両手の先に不発のメラゾーマを留めたまま苦鳴をあげる蛇竜戦士に、二人は蒼白な顔を向けて更に叫ぶ。
「ヒャダルコ、ヒャダルコっ!!!」
「ヒャダルコ、ヒャダルコっ!!!」
 今度こそタイムラグ無しに放たれた呪文は、今しがた宙に放置した蒼氷色の光の球と融合し、そのまま蛇竜戦士に向かい、16発分のヒャダルコとなって襲い掛かっていった。蛇竜戦士は防御は不可と悟り、とっさにメラゾーマを放ち、威力の相殺を試みる。
 ―――放ってから、かつて魔王が言っていたことをすぐに思い出した。
『メラ系とヒャド系―――この二つの呪文を掛け合わせることにより、メドローアと呼ばれる特殊な応用呪文が発動するのだ。しかもその威力は、二つの呪文を足したものではなく、掛け算したかのような高威力になる』と。
 ヒャダルコは中級呪文であり、この呪文が上級になるとマヒャドとなる。しかし16発分のヒャダルコは、メラゾーマ2発分に値するほどの威力を秘めていたようだ。
(……っ!! しまっ―――!!?)
 最初の安い挑発に乗った、自らの浅はかさを呪う。
 とっさにガレスとリディアが木の陰に隠れると同時、メドローアが発生し、蛇竜戦士は巨大な爆発に飲み込まれた。
 
 
 
 
 
 魔王―――という存在に対する偏見だけを言えば、人間を見下したかのような態度と、いざ人間が挑みかかってもわざと攻撃の集中砲火を浴び、それでいてダメージを一切受け付けないことをアピールして絶望を植え付け、そして強大な魔法攻撃で一度に敵を殲滅せず、じわじわと片っ端から殺し、それによって『次は俺が殺される番だ……』という更なる絶望を植え付ける―――少なくともソロンもアンジェリナも、御伽噺(おとぎばなし)や神話などから、そういうものだと信じて生きてきた。
 ―――しかし今日、その妄想は砕け散った。
 魔王は地面から数メートルの高さまで浮き上がり、両腕を突き出し、次々に最上級呪文を連発してきた。
「小手調べだ」
 聞き取れないくらい小さな声で、長々しい呪文を唱える。しかし魔法には『詠唱』というものが存在しないので、これは高速で呪文名を複数唱えていることになる。
 そして全ての指先から1発、手の平からも1発―――合計12発の巨大な火球が、ホーミング性能を備えて高速で突進してきた。本能的にそれがら、メラ系最上級呪文のメラガイアーだと悟る。
 ソロンとアンジェリナは左右に分かれ、人間やエルフではありえないくらいの脚力により、矢のような速さで魔王ザーラに突進、ジャンプ一つで魔王のいる高さまで飛び上がり、左右から同時に魔王に斬りかかる。それを魔王は、
「ふんっ……!」
 まるで十字架に磔にされるかのように、両拳を左右に突き出し、ソロンとアンジェリナの剣を弾いた―――が、二人は構わず、その弾かれた衝撃を利用して更に数メートル、上へと飛び上がる。
 そして下からホーミングしてきた12発のメラガイアーに向けて、
「マヒャデドス、マヒャデドス、マヒャデドス、マヒャデドス!!」
「マヒャデドス、マヒャデドス、マヒャデドス、マヒャデドス!!」
 高速で脅威の四連続呪文―――それもヒャド系最上級のマヒャデドスにイメージの力を最大限にまで乗せて放っていた。いかなる高名な魔法使いといえども、一瞬で衰弱死してもおかしくないものの、二人の顔に疲労の色は無い。むしろ長すぎる呪文名を連続したことにより、肺の中の空気が無くなった事が苦しかったくらいだ。
 魔王と二人との中間で、さっきどこかでガレスとリディアが起こしたメドローアより、数十倍もの威力のメドローアが発生する。
 爆心地周囲の宙域に漂う水蒸気による煙が、風によって遠ざけられる。
 そこにはイメージの力で攻撃力を消したバギマ(竜巻系呪文)を全身に纏って防御する、ソロンとアンジェリナ、そして魔王の姿があった。すぐさま魔王は、身動きが取れない二人目掛けて、
「ライデイン」
 極太柱型の雷を落とした。二人は空中で器用に互いの足裏を合わせ、強烈な脚力で互いに離れ、二人の間を雷が通り過ぎる。すると魔王は、
「ジゴデイン、イオグランデ!」
 二人目掛けて広範囲攻撃の最上級呪文を二つ同時に放った。空中で手榴弾を散布・爆破したような宙域を、特大の雷が拡散するかのように広がるのを、ソロンとアンジェリナは身に纏ったバギマの竜巻にイメージを注ぎ、竜巻を砲身に見立て、自身を魔王目掛けて発射させることで回避・攻撃に転ずる。
「うおおおお!!」
 高速で飛来しながら、ソロンは長剣を振る。その数メートル後方にはアンジェリナが片手で長剣を構えつつ、もう片手で魔法を打ち出す姿勢のまま、同じく高速で飛来してくる。
「ふんっ………!!」
 魔王は油断が一切見えない表情で長剣を殴り飛ばそうとし、
(―――稲妻斬り!!)
 青い稲光を帯びた刀身を殴ってしまい、瞬時に全身に痺れが走った。次の瞬間にはソロンが左手を突き出し、
「マヒャデドス、マヒャデドス!」
 二連続で放った術が発動するよりも先に、ソロンはバギマを纏って落下・着地し、続けてアンジェリナが飛来する勢いを利用して斬りつけ、そして擦れ違いざまに、
「メラガイアー、メラガイアー!」
 こちらも二連続で放つ。次の瞬間、再びメドローアによる大爆発が起こり、煙が晴れるよりも先に二人は叫んだ。
「ギラグレイド、バギムーチョ!!」
 アンジェリナが放った極炎と極風が絡み合い、互いに威力を高め合いながら空へと舞い上がり、
「ジゴデイン、イオグランデ!!」
 さっきのお返しとばかりに、ソロンが魔王にされた術を真似て返す。
 すると今度は爆煙を突き破り、高速で魔王が飛来してきた。
「くっ……!」
 とっさにソロンが剣で魔王の拳を受け止めると、彼の足元の地面が数センチ陥没した。
 と、今度は魔王の姿が、まるでテレポートでもしたかのように消え―――ソロンが本能的に剣を後ろに向けて振ると同時、魔王の手刀に当たって火花を散らす。超速移動したのだ。そのままソロンと魔王は、常人の目には見えない速度で、剣と手刀を嵐のようにぶつけ合い続ける。
 が、今度は魔王の背後に、魔王と同じく超速移動してきたアンジェリナが現れ、
(紅蓮―――空裂斬ッ!!)
 魔力も気配もゼロの一撃は、しかし“僅か1メートルの距離から放たれた風を切る音”だけで気付かれ、振り向きざまに魔王が右手で手刀を―――
「余所見してるヒマ、あんのかよ……?」
 その魔王の背後から長剣に稲光を纏ったソロンが、正面からは炎を長剣に纏ったアンジェリナが、同時に剣を叩きつけようとし―――
「な……めるなァ―――ッ!!!」
 魔王らしからぬ雄叫びと共に、二刀流の手刀で二人の長剣を叩き折った。瞬時に魔王は頭の中で、これで目の前の二人の攻撃手段は魔法だけになったと確信する。
 皮肉がてら口を開く。
「……安物の剣だな」
 すぐさまソロンが、
「全くだ」
 顔色一つ変えず肯定し、両手に魔力を込めた。
「メラガイアー!」
 同時に背後のアンジェリナから、
「マヒャデドス!」
 魔王は大きく真上に跳び、その真下で二つの呪文がメドローアを引き起こす。そのまま自身を魔力で宙に固定しながら、爆煙が立ち込める地上に目を向ける。彼の目に煙幕など効果は無い。魔力と気配を察知する能力に長けているからだ。だからソロン達の位置も、彼にはハッキリと分かる。きっとまた挟み撃ちにするかのように飛び出してくるのだろう―――などと考えていたら。
(ほら来た―――ッ!!)
 足元に漂っている爆煙の下から、ちょうど左右から挟み撃ちにするかのように真っ直ぐ飛来してくる二人の気配と魔力があった。すぐさまカウンターを加えようと魔力を両手に込め始め―――そして二人が飛び出してきた。
「――――なッ!!?」
 飛び出してきた二人の手には、紫の雷光のような光が凝縮された、実体無き『長剣』のようなものが握られていた。それも二刀流で。
 予想外の展開に驚き、次の一手が打てない魔王に、二人は最大の好機と悟り、
 ソロンが、
「ギガ―――」
 アンジェリナが、
「ブレイク―――」
 そして声を合わせ、自分達が編み出した最強の技にして、最大の切り札の名の続きを叫んだ。
「「ストリームッ!!!!」」
 左右から二人して二刀流で、エネルギー体で構成された長剣を嵐のように叩きつけた。
 その超高速の剣戟は1~2秒で終わり、二人は一瞬で離脱する。ワンテンポ遅れ、剣が通った軌道全てが大爆発した。
 瞬時に地面に降り立った二人は、爆煙が立ち込める空の一点を見上げる。
 
 
 そして煙が晴れると―――姿形が全く異なる異形が空に浮いていた。
 
 
「お前は―――誰だ?」
 “それ”は、まるで風呂上りの男性が腰にタオルを巻くような物を下半身に身に付けていた。上半身は裸で、皮膚は全て青。顔には口と鼻があるまでは良いが、目は一つしかない。―――片目に眼帯をしているという意味ではなく、人間で言うところの左右の目の中間点に、大きな一つ目があるのだ。
 “彼”が口を開いた。
「私の名はザーラ。闇の力を操る悪魔の王。そして真の力を解放したこの姿―――アスラザーラという」
 
 
 
 
 
 メドローアが発動した場所から、約10メートルほど離れた場所に、ガレスとリディアは倒れていた。
 まだ覚えたばかりのヒャダルコを、一人につき8発も短時間の間に打ち出したのだから、その疲労は半端ではない。なのに瞬時にメドローア発動までにここまで退避できたこと自体、よく身体を動かせたものだと思う。
 上体を起こして見上げると、倒れた大木が目に付いた。どうやらこれが、二人を爆風から守ってくれたらしい。
 そして倒れた大木の向こう側を見ると―――そこは空爆でもあったかのような、悲惨な光景になっていた。
 周囲の木々は根こそぎ倒れ、爆心地には直径2メートル近いクレーターが出来上がっていた。
 そしてうつ伏せに倒れている赤い魔物―――蛇竜戦士の姿。これほどまでの破壊エネルギーを受けてもなお、五体満足なのに、二人は驚く。―――そして更に驚くべきことに、蛇竜戦士は動いた。
 右腕がクレーターの底をゆっくりと引っ掻き、やがて上体を起こした。そして二人へと振り向く。その身体には、所々に火傷や切り傷はあるものの、骨折でもしていない限り、戦いに支障の出る傷は無さそうだった。
 蛇竜戦士が口を開く。
「今のがそなた達の切り札か……。ただの不意打ちだけでなく、私のメラゾーマすら利用し、更に爆発から逃れた手際、見事だ。メラゾーマにイメージの力を注ぎ、真上へと移動させるのが少しでも遅れていれば、私は死んでいただろう―――だが、どうやら私の勝ちのようだな……」
 蛇竜戦士は両腕を上げた。まるで“降参”のように見えるが、魔力を集めているのだ。だんだんと蛇竜戦士の周囲に魔力が集まり、空間が陽炎のように揺らめいて見え始める。
「今度は私が切り札を見せる番だな。私と魔王様が異世界を点々と渡り歩き、それらの世界で人間達が編み出した様々な魔法技術を習得し、そして極めたものだ」
 次の瞬間、周囲の空間がビリビリと振動した―――かのような錯覚を覚えた。辺り一帯の空間に膨大な魔力が満ちているのだ。
「なっ……!?」
「まだこんな切り札を持ってたの!?」
 みるみるうちに蛇竜戦士の周りに魔力が満ち溢れる。
 蛇竜戦士が得意げに言う。
「魔法の威力をブーストするのはイメージの力だけではない。特殊なアクセサリーを用いることにより、威力を上げることもできるし、呪文を一度唱えただけで同じ呪文を二発以上も放つこともできる」
 
 
 
 
 
 遠く離れた場所で、ソロンは驚愕しながら、魔王の言葉をオウム返しする。
「一度の呪文で複数分も放てるだとっ!?」
 空中でアスラザーラが得意げに言う。そして彼の周辺を膨大な魔力が包み込んでいく。
「力を強化する方法はそれだけではない。魔法攻撃でいうところの『会心の一撃』に相当する『魔力暴走』を意図的に発生させる方法。また全ての攻撃の威力を何十倍にも増幅させる『テンション』と呼ばれる隠しパラメータ。そして我が主である大魔王を謀反によって亡き者にするための切り札―――『触れた相手の魔力・生命力を全て吸い取り、動力源にして威力を増す』という、魔法に対する究極のエンチャント能力」
 だんだんと声に、堪えきれない笑みが混じりだす。そして声高々に、
「実に素晴らしい! しかもそれらを編み出したのは全て人間だということが面白い! そして私は、そんな人間達が大好きだ! 人間を見下す魔族も多いが、これほど利用価値のある生き物も、そうはおるまい!? だから私が世界の王となろう! 実質的には他の魔族が人間達を支配するのと変わらんが、少なくとも優秀な技術者や研究者には富も名誉も地位も与えてやろう! そのためにも私の上に立つ存在―――いや、私と並ぶ存在など、誰一人として許さぬ! 大魔王も、貴様ら勇者もだ!!」
 そして魔王アスラザーラは、両手を突き出し、早口で呪文を唱えた。
「メラガイアー・ギラグレイド・マヒャデドス・バギムーチョ・イオグランデ・ジゴデイン・ドルマドン」
 全ての最上級呪文を一度に唱える。するとアスラザーラの、突き出された手の前に七色の魔法の光が現れた。それぞれの色は、各種の呪文が発動する予兆となる光だ。しかしそれらは攻撃魔法として発動せず、全ての光が同時に“混ざり”、バスケットボールくらいの純白の光球へと変貌する。―――見ているだけで恐ろしくなるほどに魔力が圧縮された“それ”は、皮肉にもその輝きが聖なる力の象徴にも見えてしまう。
 アスラザーラは言った。
「これだけではただの呪文だ。さっき言った『一度に複数の呪文を放つ』を応用したとしても―――」
 光球の周辺に、まるで霧が集まって出来上がったかのように、6つの光球が現れた。最初の光球と合わせると7個だ。彼は一度に7発分の魔法を放てるらしい。
 そしてそれらの光球は―――いきなり融合し、巨大化した。
「ここまでを『1セット』と私は数えている。せっかくなので私の魔力が尽きるまで―――つまり97セットまでを融合させるとどうなるか? そして更に『テンション』を最大限にまで引き上げ、そこに『魔力暴走』を意図的に引き起こすとどうなるか!? 『相手の魔力・生命力を全て動力にして威力を増す』というエンチャントをすればどうなるかッ!!?」
 だんだんと口調に熱と陶酔が増していく。
 それに対してソロンとアンジェリナは、何かしらの隙を見出そうと考え―――しかし何一つとして手が打てないでいた。
 その間にも目の前の光球は、恐るべきスピードで巨大化・高密度化し、その威力を高めていく。やがて城さえも一瞬で飲み込み、蒸発させられるくらいになった、次の瞬間。
「ソロン! アン!」
「俺たちも混ぜろや!!」
 リディアとガレスがやってきた。
 
 
 
 
 
「バカっ! 何しに来やがった!?」
 ソロンが怒鳴る。彼の頭の中での計算では、仮に自分やアンジェリナがここで死んだとしても、目の前の魔王が、この世界に住する人間には何一つ手出しはしないだろうと踏んでいた。―――いや、正確にはこの世界に存在する、残り二人の勇者を見つけた後は、もう誰にも迷惑をかけないと思っていた。
 なのに―――よりによって一番死なせたくない連中が、最悪の場面に出てきた。
「早く逃げて! 居たって足手まといにしかならない!!」
 怒鳴るアンジェリナに、リディアは軽口を叩く。
「そんな強がり言っちゃって……。もう『トドメを刺される寸前』にしか見えないよ、この状況」
 今度はソロンが怒鳴った。
「だとしても仕方ないだろ!! だいたい俺が死んだところで、あの村で悲しむ奴なんてどこに居るって―――」
「「俺(あたし)たちが居んだろ(でしょ)ッ!!」」
 条件反射のように、悲しげな顔になったガレスとリディアが叫び返した。その気迫に、変身後にトドメの必殺技を放とうとしているアスラザーラにすら立ち向かえるはずのソロンは―――気圧された。実に数年ぶりの経験である。
「あたしはソロンが好きっ!! さっきあんたの事を諦めたけど、でもあたしにとっては大切な仲間なんだよぉっ!! それにアンも、ただの恋敵じゃない! あたし達、親友だよ!!」
 と、ついに涙を堪えきれなくなったリディアが叫ぶ。その言葉に、一度は死を覚悟したアンジェリナが息を呑み、やがてその眼から滂沱(ぼうだ)の涙となって溢れ出た。
 続いてガレスが、
「ソロン! テメェには言ってやりてぇ事が山ほどある! ずっとリディアの好意にイエス・ノーを言わずに知らんぷりしたこと! あいつの想いを、無下にすんじゃねぇよっ!! あと、村で嫌われ者とか言ったが―――何も嫌われているのはテメェだけじゃねぇんだよッ!!」
 ノアニール村は、ひねくれ者の集まりだった。
 
 
 ・よそ者を嫌う風習から、ソロンが嫌われる。
 ・幼い頃はともかく、エルフという種族を嫌い、たびたび村を訪れるアンジェリナが村人から嫌われる(そうでなくともアンジェリナはエルフの中で王族なので、同世代から差別される)。
 ・村一番の美人として名を馳せたリディアが、同世代の女性全員から嫌われる。
 ・今は足を洗ったとはいえ、不良のボスをやっていたガレスが嫌われる。
 ・現在進行形で不良のボスをやっているカッちゃんと、その取り巻き達も嫌われる。
 
 
 この場に居る一同以外にも、ひょっとしたら数え切れないほど『嫌われ者』がいるのかもしれない。
 ガレスは続ける。
「んでもって何より―――誰も悲しむ奴が居ねェだぁ!? 今まで俺たちと過ごしてきて、何を見てきたんだ、コラァ!! リディアがテメェに惚れてるっつってんだろッ!? そうでなくても俺が悲しいじゃねぇか、この野郎!! それにさっきカッちゃんに、テメェが『カッちゃんを恨んでない、感謝してる』って言ってたことを伝えたら、あいつどうしたと思う!? 土下座して号泣しながら『謝りたい』って言ったんだぞッ!! こんなにも仲間が居んじゃねぇかよっ!!」
 全ての人間から嫌われているわけでもない。嫌われ者同士、仲良くなることもできたし、ソロンにとっては死んだ両親や村長、他にも何人も気さくに話せる人間が居たような気がする。
「は…はは……俺、皆から愛されてんじゃん……」
 号泣するアンジェリナとは違い、こちらは笑いながらも、その両頬に一筋の涙を流す。
 そしてガレスも、ずっと言いたくても言えなかった小っ恥ずかしい台詞がようやく言え、しかも相手の心に届いたことを悟り、無意識に涙を流していた。
 不意に魔王アスラザーラが口を開く。
「美しき友情か。反吐が出る―――と普通の魔族なら言うだろうが、私は否定しないさ」
 魔王の脳裏を蛇竜戦士の姿がかすめる。彼にとって絶対的信頼を寄せられる部下であり、上級悪魔から上の位の悪魔は友人を持たない風習の業界で―――正真正銘の“親友”と呼べる唯一の存在。
「ところで聞きたいことがある」
 と、アスラザーラ。彼は今まで目の前の勇者たちのやりとりを、ただ眺めていただけではない。97セット分の魔法を唱えるのに時間が掛かっていただけである。彼自身、それを唱えている間が一番の隙だと気づいており、その間に勇者たちの気をどうやって逸らそうかと考えていたところに、ガレス達の登場である。そして四人が長話に花を咲かせたのだから、その隙を利用しない手は無い。
 アスラザーラは続けた。
「そなた達は、そこの勇者たちの仲間か? だとしたら私が放っておいた蛇竜戦士と、ライオネック中将、そしてリザードマン二匹が居たはずだが、そなた達が戦っていたのではないのか?」
 一拍置いて、ガレスが答える。
「リザードマンとやらは、たぶんカッちゃん達―――友達なんだが、そいつらが面倒を見てるはずだ。あとライオネックとやらと蛇竜戦士は、俺たちが殺した」
「――――そうか」
 アスラザーラは声を荒げず、怒りや悲しみを冷静さに注ぎ込み、復讐心を魔力に注ぎ込んだ。97セット分の融合魔法が完成した。
「これより私が持つ最大級の呪文を放つ。そなた達の攻撃で破ることはもちろん、防御することも、避けることも不可能だ。いま全てを終わらせよう。言い残すことは無いな?」
 ガレスと、リディアが一歩前へと踏み出す。ソロンとアンジェリナが呼び止めようとし―――、
「心配すんなよ。俺たちにも切り札がある」
「蛇竜戦士も強かった。それにあの魔王と同じ切り札を出してきたよ。でもライオネックを倒した経験値でレベルアップしたあたし達は、新しい呪文を覚えたの。それこそが最強の切り札になるよ」
 ガレスとリディアが並んでソロン達の前に立ち、硬く手を繋ぎあった。
「これで最後だ―――――ッ!!!!」
 アスラザーラが巨大な光球を上空から地上の一同目掛けて投げつけてくる。そこでガレスとリディアは毅然と叫んだ。
「「マホカンタ!!!!」」
 いかなる異世界にもありふれた魔法―――しかしアスラザーラ達の世界には存在せず、またいくつもの異世界を渡っても見つけられなかった魔法だ。もちろんソロンやアンジェリナだって知らない。その魔法は巨大な光球が触れた瞬間にせめぎ合い、そしてアスラザーラへと弾き返した。
「ぬぅおおおおおおぉぉぉッ!!!??」
 尋常ならぬ出来事に絶叫しながら魔王アスラザーラが両手で光を受け止めるが、だんだんと全身が押されると同時に、光球に触れている手が少しずつ削れていく。
 不意にアンジェリナはポケットの中に違和感をだし、そこから『夢見るルビー』を取り出した。赤く光っていた。
 それを覗き込むと、そこには『四人の勇者が集結』という文字が表示されていた。―――つまりソロンとアンジェリナに背を向けて立っているガレスとリディアこそが、この世界に居る残り二人の勇者なのだった。
 そして魔王はというと、いきなり魔王の背後の空間に波紋が入り、そして空間が開いた。そこは見たことも無い城のような内装になっており、そこからアスラザーラと似たような気配を発する、そっくりな外見の魔物―――大魔王が姿を現していた。
 大魔王が口を開く。
「ザーラよ。そなたはなぜに無許可で異界へ渡り―――」
「だ…大魔王様、危ない……ッ!!」
 背後を振り返って何かを言いかけたアスラザーラは、振り返ったとたんに力が抜けたのか、物凄い勢いで光球に押されて大魔王に激突―――そして開いた空間の穴の向こう側へと弾き飛ばし、ついでに巨大な光球も宙に開いた穴へと吸い込まれ、大爆発が起こる。
 不意にアスラザーラの言葉が思い浮かぶ。
『触れた相手の魔力・生命力を全て吸い取り、動力源にして威力を増す』というエンチャント。つまりそれが機能していれば―――、
 空間に空いた穴の向こうから大爆発の音が聞こえ、続けて、
「だ、大魔王様―――ッ!!?」
「大魔王様が消滅したぞ!?」
「魔王ザーラ様もです!」
「他にも魔王シルラ様、魔王フェルク様も消滅しました!!」
「いかん! 大黒柱が壊れた! 城が崩れるぞぉ!!?」
「うわああああっ!?」
 空間に空いた穴は、そこで霞みのように消えた。
 不意に静寂が訪れ、柔らかな風が木々を鳴らす。
 最初に口を開いたのはソロンだった。
「…………終わったの……か?」
 次の瞬間、
「きゃっ……!!」
 アンジェリナが悲鳴を上げ、彼女のポケットから紅く光る宝玉―――『夢見るルビー』が飛び出し、宙に浮いた。そして光量を増し、人の形へと変わっていき、ついには見知らぬ民族衣装のようなものを纏った美青年へと変化する。……しかし美青年の姿は半透明であり、向こう側が透けていた。
 その美青年が口を開く。
「初めまして―――と言うべきかな? 私の名は―――いや、まぁいい。『とある神々の一柱』とでも名乗っておこう。初めに言っておくが、ここに居る私は実体ではなく、この『夢見るルビー』を通して意識を顕現(けんげん)させているだけだ」
 
 
 
 
 
 突然現れ、自らを神と名乗った青年に、ガレスが問い掛けた。
「あんたが勇者をこの世界に生まれさせた神か?」
 青年が頷く。
「ご名答。ついでに言うと、君達は気づいてないみたいだが、君―――ガレスとリディアも勇者だよ。そこのソロンとアンジェリナも含め、この世界に四人の勇者を用意したのだ」
 ガレスとリディアが目を見張るが、神は続けた。
「我々の世界に魔王軍が攻め込んで被害を出す前に―――と思い、数百年も前から様々な準備をしてきた。しかし、いくら先読みの能力に長けた我ら神の眷属ですら、未来を予知することは難しかったよ。君たちが『村の近くに現れた魔物・猛獣を退治に行く』と言うことを予想して、あえて私が異世界からグレイトドラゴンやウイングタイガー、Sキラーマシーンにタイラントワームなど、強力な魔物や猛獣を召喚しておき、それを倒させる事でレベルを上げさせようとしたが、いつも退治に向かうのはソロンと、それを後ろからこっそりと追いかけて行ったアンジェリナだけだった。だから彼らだけ、ガレスとリディアの分まで経験値を溜め込み、不必要なまでに強くなってしまった」
 まるで文句を言っているかのような物言いだが、その表情は穏やかなものだった。
 神は続ける。
「しかし予想外だったのは魔王軍の側も同じだろう。あの魔王や大魔王がマホカンタを知らなかったこと、また“それ”をいつの間にかガレスとリディアが習得していたこと、そして最大の好機となるタイミングで、あの魔王と大魔王に向けて使ったことだ。あれのお陰で、かの魔王軍に八人の魔王が居る内、五人の魔王と、それから大魔王。そして百万の軍勢の7割が消滅したようだ。特に軍勢が消えたことは、大魔王の討滅よりも大きい。おかげで残った軍勢の対処も、人間の軍勢だけで対処しやすくなった。それにさっきのマホカンタがきっかけで倒せたのだから、ガレスとリディアに莫大な経験値が流れ込んでいる。レベルもソロンやアンジェリナと同じくらいにまで上がっているはずだ」
 言われて、ガレスとリディアは、自分達の内側から今までに感じたことが無いくらい大きな力が湧いてきているのを、今更ながら感じた。
 更に神は続ける。
「とはいえど、我々の世界に、まだ勇者が必要なのも確かだ。君達はこれからこの世界に別れを告げ、我々の世界に来て欲しい。未練はあるだろうけど、それほど拘ることもないだろう? ―――そうなるように君たちの人生に私が干渉したのだから」
 最後の台詞にムッとくるのを一同は感じた。ようするに一同が村で嫌われ者という立場の人生を歩むことになった原因が、目の前の神の仕組んだことだというのだから。しかし、かといって彼の意見に反対し、ノアニール村に暮らしつづけたとしても、それほど明るい未来は無いようにも思えた。
 アンジェリナが神に問いかける。
「行くのは構わない。……でも対価くらい欲しいわ。今後の人生が幸せなものであるようにしてくれる?」
 神は微笑んで頷いた。
「承知した」
 今度はソロンが口を開いた。
「いや、待ってくれ。俺の両親の墓はどうする? この世界の宗教的には、遺族である俺が供養を怠るわけには―――」
「『供養を怠れば生まれ変れない』というのを心配しているのだろう? 安心しなさい。君の両親は、我の権限によって転生させたよ。今のアンジェリナが言ったように、最高に幸せな人生を送れることを約束する。もちろん君たち全員の両親や親戚の魂もだ」
 そこまで言われて、全ての未練は無くなった。
 ガレスが呟く。
「―――ま、いっか。じゃあその異世界とやらに行くか」
 と、そこで遠くから、
「おーい!」
 カッちゃん達だった。それともう一人、見知らぬ大男がいた。
 彼ら(大男以外)は駆けつけてくるや、即座にソロンに向かって土下座した。カッちゃんがその場を代表して叫ぶ。
「すまねぇ、ソロン! お前を売るような真似して……許してくれ、ソロン!!」
 他の取り巻き達も口々に『許してくれ!』と言う。
 ソロンはカッちゃんの前まで行き、しゃがんで目線を合わせてから、
「ガレスから聞いたんだろ? カッちゃんのお陰で俺はアンに会えたんだ。だからお前には礼を言いたいくらいだって。それに今までお前とケンカしたことは何度もあったけど、何度も水に流してきたじゃん。また水に流そうぜ? だって―――」
 そこで言葉を切り、否定されるかもという不安と共に続けた。
「―――だって友達だろ?」
 カッちゃんがぶわっと涙を流し、抱きついてきた。
 男に抱きつかれてもなぁ―――内心でそう思いながらも、不思議と心が満たされていく気がした。
 と、そこでカッちゃんが、ソロン達の背後に佇む半透明の青年に気づいた。
「そ、ソロン、こいつがまさか魔王―――」
「いや違う。魔王はもう倒した」
 即座に否定すると、案の定、カッちゃんは目を見開いた。
「あー、でも説明すると長くなるな。先にそっちの背の高い人を紹介してくれないか?」
 カッちゃん達の背後に立つ大男を示す。するとその大男が口を開いた。
「はっはっは。俺の名はオルテガ。魔王バラモスの脅威から人々を守るため、神に使わされた勇者だ」
『――――ッ!!?』
 驚く一同。ソロン、アンジェリナ、リディア、ガレスの四人は、昨日の時点で彼の存在を知っている。世界を守護すべく、この世界の神が遣わせた勇者のダミーであり、真の勇者の父親でもある彼が魔族から敵視されることで、真の勇者が危険に晒されないための措置であり、死ぬことがすでに既定事項となっている哀れな男。
「おっと。そこの小僧(カッちゃん)どもから聞いたんだが、お前ら別の世界の勇者らしいな。強いのか?」
 一同に代わって答えたのは神だった。
「ああ、強い。異世界の神であるこの私が用意したのだからな。すでにこの者達は、数体の異世界の魔王を討滅している」
 目の前にいる青年が神と名乗ったことに、オルテガが目を見開く。
「神……? この場で嘘を言っているようには思えないな。じゃ、じゃあ神様。俺はバラモス退治に成功するのか? 俺の息子はちゃんと幸せに育つのか?」
 神は首を横に振って答えた。
「神とて未来を予知することなど不可能だ。できても精度の高い『予想』が限度だ。そしてそれ以上に、時と場合にもよるが、人間に未来を告げるのは基本的に許されてはいない。ましてや私は異世界の神だ。そういうことはこの世界の神にでも聞くがよい」
 やや落胆するオルテガを眺めながら、勇者たち一同は内心で『うまく誤魔化しやがった……』と呟く。
 神は続けて口を開いた。
「時にオルテガよ。未来を告げるわけにはいかぬと申したばかりで何だが、君は何日もノアニール村に滞在し、今日にでも出発するのだろう?」
「は、はぁ……。さっき村を出たばかりなんですが」
 すっかり敬語になっていた。神は続ける。
「ではしばらくの間、ノアニール村には近づかないでくれないか? これからあの村を保護するため、とある怪異を起こすことになる。その怪異に巻き込まれては、君も迷惑だろう? だから早急に村を離れるんだ」
 それだけを伝えると、神は右手を持ち上げ、『パチン!』と指を鳴らした。
 瞬間、その場からオルテガ以外の全員が消えた。
 一瞬、オルテガは自分が夢でも見ていたのかという錯覚に陥ったが、周囲に大勢の足跡が刻まれているのを見て、すぐに夢ではないと確信した。そして次の街に着いたら、今の出来事を必ず日記に書こうと心に決め、旅を続けるべく歩き出す。
 
(変わった奴らに出会った。でもあいつらは友人でも仲間でもない『他人』だ。あいつらにはあいつらの、俺には俺の人生がある。いつの日か、また会えたら酒でも飲み交わそう―――)
 
 ―――そう心に決めて。
 



[31001]  エピローグ
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/01/01 21:08
 神が一同をテレポート同然に連れてきたのは、かつて何度か訪れたことのある場所―――ノアニール村より西に半日ほど行った洞窟の、最深部だった。
 基本的には人の手が入っていない自然洞窟なのだが、最深部の地底湖の周辺だけは、白い大理石で石畳や石柱が作られており、昔からここを『何かの遺跡』と呼んでいた。
 その白い石畳の上で一同が立ち尽くしていると、神が口を開いた。
「これより異世界へと渡るための、『旅の扉』を開く。通常の『旅の扉』は長距離―――大陸間を瞬時に渡るだけのものだが、この『旅の扉』はそのまま異世界へと続く事になる。察しはついていると思うが、異世界に渡れば、もうこの世界へは帰ってこれなくなる。構わないな?」
 すぐさまガレスが、
「構わない―――って言うように仕組んだんだろ? お前が」
 続いてソロンが、
「この四人でいられるんなら、どこへだって行くさ」
 するとリディアが口を尖らせ、
「あー! それあたしの台詞だし!!」
 最後にアンジェリナが、
「だったら何度だって同じこと言えばいいじゃない。あたしだって、みんなと一緒に居られるなら、どこだって行ける気がするわ」
 それぞれが口々に言うと、カッちゃんとその取り巻き達が、
「なんなら俺たちも―――」
 しかし、その言葉を遮るように神が、
「悪いが勇者以外は連れて行けない。あの世界は特別でな……この世界の常人が行くだけで衰弱死することすらある。君達はここに残ってくれ」
 カッちゃん達が絶望的な顔をするが、神は続けた。
「君達にも大事な役目がある。まず―――今年のノアニール村は、もうすぐ収穫の時期だというのに凶作だったろう? そしてこれは予測の段階だが、この先の何年かに渡って、あの村の上空を魔王バラモスの配下である軍勢が通過する可能性がある。それも夜中にだ。なので人々が生活していると、必ず上空から『灯り』が見えることになる。そうなれば村が強襲されるだろう。それらを防ぐために―――村人全員に永い眠りに就く魔法を掛けようと思う」
 全員が度肝を抜かされた。
「その魔法を掛けるのは、アンジェリナの母君だ。そのためにここで残される君達にはエルフの里へ向かってもらい、彼女の母君に『ソロンとアンジェリナが駆け落ちした』と嘘の申告をしてほしい。それによって母君は怒り狂い、人間を永い眠りに就く魔法を掛けることになる。そこから先は私が手を加えよう」
 神は一同を見渡し、続ける。
「皆が寝ている間は衰弱もしないし、歳も取らない―――ここまでは手を加えなくても良い。そこからは魔物や猛獣が近づかないよう結界―――物理的なものではなく、『何となく近づこうという気が起きない』という結界を張る。それから村の保存食や衣服などが腐らないよう、専用の魔法を掛けておく。また村人たちが目覚めてから保存食以外の食料に困らないよう、村の全ての植物の時間はそのまま流れつづけるようにしておく。そうする事で今から十数年後に目覚めた際、畑には様々な野菜が満ち溢れていることになる。特に最近、様々な果物の苗木も植えていただろう? あれなんかはきっと大木になり、実を多く成らしているはずだ」
 最後にアンジェリナへと目を向け、
「そして十数年後にこの世界の勇者がノアニール村の人々を目覚めさせる際、この洞窟に来る。その時に君がここに『ソロンとここで入水自殺―――つまり心中する』とでも書いた遺書を置いておけば、勇者はその遺書を君の母君に見せ、怒りをおさめて村人たちを目覚めさせる―――という計画だ」
「……つまりお母様に嘘をつけと? それもかなりヘビーな」
「仕方ないだろう。君とてこのままでは、ソロンとの仲を認めてもらえず、遅かれ早かれ駆け落ちするのは分かりきっていたはずだ。それにこの計画を成功させてノアニール村の住人を眠らせなければ、いずれは食糧不足か魔族の襲撃で大きな被害をこうむるか―――最悪の場合は壊滅する。そして残念なことに、村人たちを眠らせる以外の手段を、私は知らない」
 一切臆することなく罪を犯せと言えるのは、やはり神であるゆえか。
 アンジェリナはそれ以上反論する気も無く、手荷物の中から紙と書くものを取り出し、偽の遺書を書き始める。
 やがて書き終わると、それを地面に置き、その上から『夢見るルビー』を乗せて動かなくする。それらを見守った上で、神は言った。
「これより異世界への扉を開く」
 右手を地底湖の水面に向けると、水面が蒼く輝きだした。その蒼く清浄な光は渦を巻き始める。
 神が言う。
「これが『旅の扉』だ。見た目は普通の『旅の扉』と全く同じだが―――いや、そなた達は『旅の扉』を知ってはいても、見るのは初めてだったな。数分しか『旅の扉』を維持できないから、早くそこの者たちに別れを告げて、『旅の扉』に飛び込みなさい」
 勇者四人と、カッちゃん達四人。
 互いにしばし見詰め合い、やがてリディアが、
「じゃ、行ってくる!」
 アンジェリナが、
「元気でね!」
 ガレスが半泣きになって、
「もう悪さは―――いや、『するな』とは言わねぇ。でも危ねぇ事だけはすんじゃねぇぞッ!!」
 負けじとロックが、
「お前もなっ!」
 レニーが、
「健闘を祈るっす!!」
 ディックが、
「魔物に負けそうになったら目玉を狙えよ!? 敵に容赦なんかしてたら、命がいくつあっても足りないんだからなッ!!」
 そして最後にソロンとカッちゃんが向き合って、
「じゃ、カッちゃん。後のことは頼めるよな?」
「おう、任せろってんだっ! ……って、最後まで俺の呼び名は『カッちゃん』かよぉ……」
 するとリディアが茶化すように、
「だって最高に似合ってるあだ名じゃん。ねー?」
 すると全員が一斉に頷き、笑いの花が咲く。ガレスが呟く。
「そーいや誰が『カッちゃん』っての考えたんだ?」
 意外にもアンジェリナが挙手する。
「ごめん。名前の方は発音しにくかったから……」
 ソロンとカッちゃんは小さく笑い、そして互いに拳をぶつけ、ニカッと笑い合い、ソロンは背を向けた。
「行こう……みんなッ!!」
 全員が頷き、『旅の扉』へと身を躍らせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 とある異世界の昼下がり。
「教会の鐘って、この世界でも同じなんだな……。いくつか宗教色がぜんぜん違う国もあったけど……」
 鳴らされる鐘の音を聞き、それを見上げながら、ソロンはしみじみと呟いた。
 あれから3年。全ての魔王は討滅され、魔王軍も全て滅んだ。
 横からアンジェリナが口を挟む。
「いいじゃない。エルフの文化には、ああいう芸術品は存在しないの。特に今みたいな時に鳴らされると、なんだか祝福されてるみたいじゃない。あたし、こーいうの夢見てたのよ?」
 肘まで純白の手袋のようなものに覆われた腕を絡ませてきたので、ソロンも顔を綻ばせる。そして二人が共に歩を進め、教会を出ると―――
「ソロン、おめでとーっ!」
「この抜け駆け2号ッ!!」
「アン、最高にきれいだよっ!」
「あたしより先に結婚すんじゃねーよ!!」
 この世界に来てから仲間になった勇者たち(全部で勇者は八人いる)が、婚礼の主役であるソロンとアンジェリナに、交互に賛辞と罵倒を投げかける。続いて彼らの向こうに立っていたガレスとリディア―――勇者たちの中で、一番最初に結婚式を挙げた夫婦が、
「よっ! 今日のお前ら最高に決まってるぜ」
「おめでとう。アン、ソロン」
「ふふ……ありがとう。嬉しいわ」
「ありがとな。二人とも……」
 ふとアンジェリナが言う。
「もう3年も経つのね。……ノアニール村と里を行き来してた時に、本当に駆け落ちしようか悩んでたのが嘘みたい。なんだか最近、幸せ過ぎて時々怖いって思うわ」
 その言葉に、その場に居る勇者全員が沈黙する。誰もが不幸な人生―――とまではいかないものの、それなりに苦しみのある人生を送っており、アンジェリナが今言ったように、最近になって全員が『幸せ過ぎて怖い』と思うようになっていたのだ。
 アンジェリナは続ける。
「ずっと思い悩むことを続けてきたのに、この世界に来てから悩みが吹き飛んで、魔王を倒せば元に戻るかなって思ってたけど、それも無くて………あたし達、こんなに幸せでいいのかなって思うの」
 ソロンは、そんな彼女の肩にそっと手を置き、優しく語りかける。
「たぶん……あの時の神様が手を出してるんだろうな。―――だからもう、慣れるしかないさ。だっていつまでも不安になってても損だろ? そりゃいつかは不幸ってのはやってくるかもしれないけど、それまでは今の『幸せ』ってのを噛みしめなきゃな……」
 そして屈託の無い笑みを浮かべる。
 アンジェリナは、そんな愛しい人の笑みを見て微笑み、話題を変える。
「そういえば故郷のみんなは―――今頃どうしてるのかな?」
 誰もが空を見上げ、故郷に残してきた者達へと思いを馳せた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 秋の午後とはいえ、最近ではやや暑い日が続いていた。
 そんな暑い時間帯に、カッちゃん達は木造の大きな荷車を4つ―――つまり人数分だけ用意し、その上にリザードマンから奪ったカバンと、村の畑で取れた野菜や果物を可能な限り乗せていた。凶作とはいえ、村の全員が食べるには足りないだけなので、ノアニール村で眠っていないのがカッちゃん達だけとなった今、作物は無駄に溢れていた。無論、それらは拝借し、隣町で売り払う事で旅の資金にするつもりである。
 そう。彼らはこの村から旅立つのだ。
 レニーがぼんやりと言った。
「あれから二週間か……早いもんっすね」
 ソロン達が異世界に旅立つのを見送った後、カッちゃん達はエルフの里に向かい、殺気立ったエルフたちに震えながら、ソロンとアンジェリナが駆け落ちしたという偽の報告をした。それからのエルフの女王の怒り方は―――凄まじいの一言に尽きた。
 半ば殺されそうになりながら逃げ出し、村へと帰ってみれば、すでに全ての村人たちが畑や道端で倒れるようにして眠っていた。
 カッちゃん達は、村人たちをそれぞれの家のベッドに横たえさせ、旅立つ事を決意した。
 しかし先立つものが必要になると判断し、全ての畑から作物を拝借することにした。どうせ村人たちは十年以上も眠りつづけるのだ。目が覚めれば畑は野菜塗れになっているはずなので、良心の呵責は無い。―――ただ長距離を運ぶのに荷車が必要になり、誰かの家から荷車という財産を盗むわけにもいかないので、一から作ることにした。
 そして作物を収穫し終え、今日になって出発するのだ。
「……これからどうする?」
 ディックが不安げに言った。カッちゃんは迷い無く答える。
「これから盗賊になる」
 ロックが呆れた調子で、
「結局、ワルはやめられなかったか……」
「おっと。勘違いすんなよ? 一流の悪党ってのはカタギには手ェ出さねぇんだからな? もしくは人に迷惑をかけたりしない程度の悪さだ。例えば―――そうだな。ロマリア国王の王冠を盗んでみたりとか、一度やってみてぇな」
 それを聞き、仲間達が小さく吹き出した。
「カッちゃんらしいな……。じゃあ今日から『お頭』とか『親分』って呼べばいいのかよ?」
「そうなるな。……いや、待てよ? だとすればお前らは俺の子分ってことになるな」
「げー! それだけは嫌っすよぉ」
 またもゲラゲラと笑いだす一同。カッちゃんが口を開いた。
「一応、俺たち盗賊団の名前は決めてるんだ」
「へぇ? どんな名前だ?」
 興味津々といった一同に対し、カッちゃんはニヤリと笑い、そして堂々と言った。
 
 
 
「聞いて驚け……俺の名前をそのまま使って―――『カンダタ盗賊団』。これっきゃねぇだろ?」
 
 
 
 そして時間は凍りついた。
 
 しばらくして一同は歩き出した。
 それは次の町へ向かうためであり―――この世界からすれば、これから起こる大きな伝説の一部となるために。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――――――
 あとがき
 これにて『ノアニール村の真相』は最終回です。
 自分で言うのも何ですが、なぜこうもゲーム本編の主人公や仲間キャラとは関係のないストーリーを思いつくのか、まったくもって謎です。
 
 ちなみに登場人物についてですが、前に別の小説を投稿した際に『キャラの顔がイメージし難い』というコメントがあったので、軽く説明します。
 ―――とは言っても、残念なことにソロンとアンジェリナの顔しかイメージが無いんですけどね。
 
 ・ソロン
 Bleachの黒崎一護のそっくりさんだと思ってください。
 
 ・アンジェリナ
 同じくBleachの、井上織姫みたいな顔です。―――これをイメージして執筆していたら、『前編』にもあったように、彼女が甘党だという設定になってしまいました。
 あげく、Bleach本編で戦闘力がゼロに近い彼女が『後編』で大暴れするシーンに至っては、もはや私の中でもイメージができなかったですね(笑)



[31001]  前にエピローグで最終回って言ったけど、やっぱ続編作ります
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/05/08 22:27
 すみません、題名の通りです。
 なんとなく、という理由だけで続編を作ってしまったので、それを投稿させていただきます。
 
 続編―――とはいっても、登場するのはカンダタ盗賊団(親分以外)と、新キャラばっかりですけどね。それにゲーム本編ではありえないくらい、彼らは強くなってます。
 
 思えば前にどこかのサイトで『ネット上のドラクエ3の小説の特徴』というのが挙げられてました。『人を生き返らせるザオリクの扱いに悩む』とか『カンダタが覆面パンツの変態か、金髪のイケメンになっている』とか。
 一応、この小説でのカンダタは、イケメンとまではいかずとも、そこそこ顔立ちの整った大柄な金髪の青年という設定です。―――いくら何でも覆面パンツだけはナシでしょ?(笑)



[31001]  プロローグ その後のカンダタ盗賊団
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/05/23 22:26

「よっ……と」
 世界一大きな土地と軍事力を持つロマリア―――の王宮。
 その中の、深夜の王室ともなれば、限られた人間しか出入りの許されない、宗教施設の聖域にも似た特殊な空間である。その『限られた人間』というのは当然、国王の家族と、少々の無礼にはなるが、緊急事態を告げに来る人間か、あるいは緊急事態に飛び込んでくる衛兵であろう。
 そんな王宮の一室に、一人の男が侵入した。
(……今ごろカッちゃんが国王の寝室を漁っているだろうな。―――でも城の間取りの情報は何とか手に入ったが、他の部屋は何の用途があんのか分かんねー……ぞ……?)
 内心の呟きは、だんだんと疑問形になっていった。
 彼の侵入口は至って簡単だ。―――秘密の脱出通路を通って、ここまで来たのだ。
 さすがにこれを調べるのは難しかったが、これさえあれば侵入は簡単である。
 そして壁の隠し穴から飛び出し、床に着地して初めて気づく。
 
 
 
 ―――部屋の中央に、それはそれは豪華なベッドが鎮座し、ベッドの主が毛布を深々と被って熟睡していた。呼吸の度に毛布が上下しているのが良く分かる。
 
 
 
(……誰だ? 国王の部屋は別のところだったはず……)
 ちなみにその国王の部屋は、仲間であるカッちゃん―――カンダタが物色する予定である。
 内心で、もしかすると手に入れた秘密通路の間取りは偽情報だったのでは? という考えが過ぎるが、こうして侵入に成功した以上、偽物であるはずがない。恐らくこのベッドの主は国王で、きっと気分転換に部屋を変えてみただけなのだろう―――と結論付け、彼は部屋を物色し始める。
 狙いはロマリア王の王冠だった。
 それを狙うこと事体、何の得にもならない。売り払って金にするにも、見る人が見れば、裏ルートで出回った王冠が本物のロマリア王の物だとバレ、ロマリア国そのものが世界の笑い者にされかねない。盗賊である彼とその仲間もまた、愛国心は無いものの、腐ってもロマリア人なので、それだけは絶対に避けたい。
 ただ単に『今の自分たちには、こんな凄いことができる』という実績と、強烈なスリルを求めるだけの盗難事件。正直なところ、自分達が愉快犯だということを自覚していたし、これで世界に名立たるロマリア国の王冠を盗み出す事ができれば、ある意味で世界最高の盗賊団ということになる。
(―――ま、いくら最高の盗賊になれたとしても、世間にバラすわけにゃいかねぇから、誰からも尊敬されたりはしないんだけどな……)
 ついでにカンダタ盗賊団って名前もダサいし―――と、胸中で付け加える。
 先日、ボスであるカンダタに『俺たちの盗賊団の名前がダサい』と言ってみたところ、カンダタは少し考え、見たことも無いくらいのドヤ顔で『カンダタと愉快な仲間た―――』とまで言いかけたのを拳で黙らせたのは記憶に新しい。あの男にネーミングセンスを期待するのは間違いだ。
 彼は壁際にあるタンスや机よりも先に、ベッドの下を覗き込んだ。ベッドから垂れ下がっている毛布を持ち上げ、カーテンの隙間から差し込む僅かな月光で内部を照らす。いくつかの刀剣類や魔法の杖が出てきたが、それらはこのベッドの主が護身用として隠しているのだろう。王冠は見当たらない。
 まさか枕元に置いてたりして……と思いながらベッドの主の寝顔を覗き込み―――
「~~~~~~っ!!!?」
 どうしてこの人物の存在を忘れていたのか。驚きのあまり、危うく大声で叫んでしまうところだった。そうなれば味方ではなく衛兵が大挙し、あっという間に彼は串刺しにされてしまっただろう。
 そこに眠っていたのは、ロマリア国の国王ジュリアスの一人娘、シーナ姫だった。
 王妃は数年前に他界しているため、現在の王族は、事実上この二人と、そして姫の弟の三人だけである。
 ―――ちなみにこの世界に『男女差別』や『男尊女卑』という考えは一欠けらも存在せず、レベルや能力さえあれば誰でも有能になれる世界であり、つまりシーナが王位第一継承者であり、その弟が第二継承者になる。
 彼は焦った。
(どうしよう……女の部屋を物色するなんて……)
 男女差別の考えは存在しない世界であるが、紳士・淑女という単語は当たり前のように存在する。
 彼自身、盗賊ではあるが、それでも一応、男として最低限のモラルは守りたいと思う。
 ノアニールを旅立つまでは、彼やその仲間たちは女嫌いだった。
 ―――実は過去に、隣村までノアニールで収穫した野菜を売りに行った際、そこで旅人がやっていた演劇を目にし、その中の主人公が『女の誘いには一切乗らないクールな男』という、当時では斬新な設定の殺し屋であり、それに憧れたゆえに、あの頃は女嫌いを名乗っていた。
 この世界には存在しない言葉ではあるが―――それは単に中二病であった。
 村を出て3ヶ月が過ぎた頃には、村に何人も居た同年代の異性を思い出し、『失って初めて気付く大切な物……』という存在を知り、激しく後悔した。かつて異世界へと旅立った親友ガレスの『良いもんだぜ? 恋愛ってのは。人生観が変わる』という言葉を笑ってしまった過去の自分を殴ってやりたくなるほどに。
 そして彼とその仲間たちは変わった。―――過去の自分を抹殺するかのように。
 とりあえず『ナンパ』から始めるようになった。
 最初のうちは全然慣れず、声を掛けた女から警戒されるくらいだった。この王都ロマリアに着いてからは、仲間のレニーがメンバーで初めてナンパに成功したかと思えば、いつの間にかその女にサイフを抜き取られ、代わりに『サイフは頂いた。ジョセフィーヌより』と書かれた紙がポケットに入っていた。その事を街の警備兵にレニーが泣きながら訴えると、警備兵は遠くを見るような目をし、
『お前も……この街の洗礼を受けたんだな……』
 と呟かれた。『お前“も”』と言ったからには、きっと前例がいくつもあるのだろう。
 ……どうやら都会というのは、自分たちのような駆け出しの盗賊よりも凶悪なところらしい。死んだ両親が『都会ってなァ、危ねーとこなんだ』と言ってたのが、今になって分かるくらいに。
 ―――などと過去を振り返っている間に、
「うーん……あれ? あなたは―――侵入者?」
 なんと起きてしまった! 声と顔から判断するに、彼女の年齢は、彼とほぼ変わらないと見て間違いないだろう。
「あ、いえ、俺は―――すみません。新入りの下働きの者です。なんか寝ぼけて部屋を間違えてしまいまして、ついついシーナ姫の部屋に入ってしまったようなんです……」
「そうだったのですか。部屋を間違えるほど疲れておられたとは、それは大変ですねぇ」
 するとシーナは、彼の両手を自分の両手でギュッと握り、民衆に向ける営業スマイルを浮かべながら問いかける。
「……寝ぼけて一階の使用人の寝室から、二階、三階の巡回兵に気付かれず、挙句の果てに王族の寝室があるこの四階唯一の階段前で見張っている衛兵にすら気付かれずにここまで? それはそれは類い稀なる運の持ち主ですわ。―――って言うとでも思ってんのかテメェ」
 彼は内心の緊張を押し殺し、無理やりに不敵に笑って言った。
「ふっ……バレてしまっては仕方が無いな……。こちとら愉快犯でねぇ……ロマリア国王の王冠を盗みに来たんだよ。大人しく王冠のありかを言えば、危害は加えないぜ?」
「―――状況、理解してる?」
「…………だよね」
 彼は改めて状況を確認する。自分の両手は、シーナ姫が大事そうに両手で握り締めているため、動かす事はできない。
 シーナ姫が、にっこりと笑う。社交界で多くの名門貴族の青年を骨抜きにしてきた、しかし裏側にドSを忍ばせた、最高の笑顔。やがて彼女は言った。
「じゃあ衛兵呼ぶね? 生きてここを逃げられる運と実力があったら、その時はあんたを部下にしてあげる♪」
 彼は青ざめ、握られた手を振り解こうと暴れるが、意外と力強いシーナは決して離さず、満面の笑みを浮かべたまま、
「地獄で会いましょう」
 などと呟き、聖歌で息継ぎをするかのように、優雅かつ大きく息を吸い込む。
 それを見た瞬間、焦りと混乱がピークに達した彼は、とっさに両手を握られたままバンザイのポーズにして彼女をベッドに押し倒し、息をチャージし終えた直後のシーナの唇に、自らの唇を90度ずらした角度で強く押し当てた。
 シーナが目を見開き、
「むごぅ、むごごご――――ッ!!!?」
 と喚くが、その度に彼女の息が、そのまま口移しで彼の肺へと流れ込む。シーナも何とか声を上げようと首を横に振ろうとするが、ベッドに押さえつけられているため、頭は動かせない。……かといって唇を何度も開閉し、また舌をねじ込ませて何とか声を上げようと試みるも、彼も負けじと唇を開閉させて舌をねじ込み―――本人たちに自覚は無いが、それはディープ・キスそのものであった。
 しばらくそのまま無音の格闘が続き、しかし十分くらいして、互いに力尽きたのか、ベッドに寝転がったまま並び、荒い息をしながら体力を回復させる。
 しばらくの間、二人はぼんやりと無言で天井を見つめ、先ほどのやり取りを冷静に振り返る―――何となく、互いに頭痛がしてきた。
 シーナが天井を見つめたまま口を開いた。
「……あんた、名前は?」
 彼も天井を見つめたまま答える。
「ディックだ。最近、盗賊になったばっかりだよ」
 シーナが呆れた声で言う。
「新米盗賊が、この巨城の、しかもあたしの部屋に侵入できると?」
「……運があったのさ。秘密の脱出通路の見取り図が手に入った」
「マジかよ……。じゃ、王冠を狙ってるってのは?」
「信じられねぇとは思うがマジだ。ただの愉快犯さ」
 シーナはしばし呆然とし、そして声を押し殺して笑い出した。
 不意に笑いが込み上げ、ディックも釣られて笑い出す。
 シーナが笑いを堪えながら言う。
「ま…前に演劇とかでそーいうキャラ見たことあったけど……ぷぷ、本当にやろうとする奴が居たなんて……ッ!」
 盗む事にデメリットしかないのに、名声(?)とスリルだけのために危険を冒す―――アホである。
 ずいぶんと素直な笑い方をする彼女が気に入ったのか、ディックは自分の素性を話した。
 
 ―――自分はカンダタ盗賊団の一員であり、今はメンバー全員でこの城に乗り込み、一人一部屋を担当して王冠を探していること。
 
 ―――城の隠し通路などの見取り図を見つけたまでは良かったものの、この四階の国王の寝室以外までは、何があるか全く把握していないこと。
 
 ―――自分たちは一応ロマリア人なので、盗んだ王冠を売り払ったり、また『盗んだ』という情報をみだりに流したりは絶対にしないということ。
 
 ―――カンダタ盗賊団は、ノアニール出身だということ。
 
「ノアニールの出身? 10年前から村人全員が眠りつづけている、あの呪われた村の?」
 いかにも胡散臭そうな顔をするシーナであるが、ディックの次の言葉で一変する。、
「ああ、そうだ。さすがにロマリア領内での事件は知ってるよな。じゃあ七人の若者が『旅に出る』という書置きだけを残して村から消えたという情報は?」
「…………ッ!?」
 思わず息を呑んだシーナの顔を見て、ディックはニヤニヤとしたドヤ顔になった。
 シーナは、目の前の男の言葉が真実だと確信する。
『ノアニールの青年が、エルフの姫君と駆け落ちしたのが原因で、エルフ女王が村に呪いを掛けた』と、世間ではそれがノアニール事件の真相となっている。
 ―――しかし実際には、より大きな謎がある。
 まず消えた七人の青年だ。
 いくら村人全員が眠りに着いているとはいえ、ロマリア王室から何人もの優秀な調査員が派遣されているのだ。村人に聞き込みをすることこそできないものの、それなりの手がかりとして、『旅に出る』という書置きくらいは発見している。―――そしてそこには『いつ書いたか、旅に出るの7人の名前―――そして“なぜ旅に出るのか”』というのが全て記載されていたのだ。
 異界の大魔王と八人の魔王、それを討滅する四人の勇者、またその勇者たちをひそかにこの世界で鍛えていた異界の神の存在に、その協力者である四人の青年。―――挙句の果てに、なぜノアニールに呪いを掛けたのかと、呪いが解かれる日時、それを実行するこの世界の真の勇者(それがオルテガの息子という情報も込み)についての情報。
 その事実をロマリア王室が掴んだとき、ノアニール事件の隠蔽を図ったのだ。現在、その真相を掴んでいるのは、ロマリア国王とシーナ姫、その弟である王子に、大臣を筆頭とする数人の大貴族と、当時ノアニールまで調査に赴いた兵士数人だけである。―――後に、7人の行方不明者が存在するという情報がカザーブ町の伯爵に知られてしまうのだが、彼とて真相には辿り着けない。
 シーナは震える声で問う。
「じゃあアンタは―――四人の勇者や異界の神に協力したという、四人の青年の一人?」
「おうよ。ついでに言うなら、その四人の協力者ってのは全員カンダタ盗賊団だぜ?」
「―――かつて神に協力したとされるほどの人間が盗賊で、しかも愉快犯?」
「それを言われると痛いな。でもその通りさ。んでもって親分のカンダタが『一流の悪党ってなァ、カタギには手を出さない』んだってよ」
「まぁ、王族―――というよりは、政治に関わる人間って、ある意味でカタギじゃないしね」
「だろ? ま、盗んでも迷惑にならない、それでいて困難なことに挑戦したかったってワケさ。……あと一応は言っておくけど、神に協力したって言っても、大した事はしてないぞ? 四人の勇者が旅立った日、魔王が一人と、最上級と上級の魔物が一人ずつ、並みの魔物―――あんなバケモノでも雑兵らしいんだが―――とにかく雑兵が二人やって来たんだ。俺たち盗賊団がやったことは、その雑兵と激戦したことと、エルフ女王のところに、『エルフ姫が駆け落ちした』という偽情報を流しに行ったこと、あとは村のいたるところで眠りこけてる村人を、それぞれの自宅のベッドに寝かせたことくらいだ」
 それらを裏付ける情報ならあった。ノアニール付近の森にて、身も凍るような激戦の跡が発見された。恐らくは勇者が魔王と戦った跡なのだろう。
 シーナは、『開いた口が塞がらない』という言葉を現在進行形で体感した。
 何とか放心状態を脱し、ディックに問い掛ける。
「……さっきから驚かされてばっかだけど、よーするにあんた達、そんなに大したことなんてしてないよね?」
「ああ。村に残した書置きには、ちょっとばかし誇張して書いておいたからな」
 堂々と胸を張って断言する。
 そのふてぶてしい態度に思わず笑みを零すが、ふとシーナはあることに気付いた。
「そういえばあんた―――」
「ディックだ」
「あ、そう。あたしはシーナ。呼び捨てで良いわ。―――とにかくディック、ノアニール事件が起こったのは10年前よね? あんたいま歳いくつなの? 今年で19歳になるあたしと、そんなに変わらないように見えるけど……」
 一瞬、ディックは悪戯な笑みを浮かべて答えた。
「俺も今年で19だぜ? ―――ネタばらしだ。あの異界の神の意識体を顕現させる『夢見るルビー』を使って、またあの神を呼び出して頼んだのさ。俺たちを10年後の―――ノアニールの村人が目を覚ます、数ヶ月前までタイムスリップさせてくれってな」
「…………ッ!」
「ま、結論から言えばタイムスリップは不可能だったさ。そればっかりは可能でも、神の意志でやってはいけないことだそうだ。だから異空間にて10年間、ノアニール村と同じように眠りに着く魔法を掛けられたんだ。お陰でこの通り、歳も取らずにこの世界に帰ってきたわけだ」
 シーナは呆然と呟く。
「どうして―――どうして10年後に行きたいって思ったの?」
 するとディックは気まずそうに頭を掻き、
「いや、だってさ……怖いじゃん。もし何らかのキッカケで、俺たちの盗賊団がノアニール村に帰ることがあったとする。するとそこには知り合い達がたくさんいて、でも俺たちの方が10年分も年をとってたらさ、姿が変わらない村の連中を見るのも怖いし、逆に連中の『なんでこいつらだけ老けてるんだ?』っていう目で見られるのも怖い。だからこの時代に来たいって思ったんだ」
 それを聞き、シーナは納得した。確かに彼と同じ立場に自分が立つとすれば、似たようなことを望み、行動するだろう。またノアニール村というのは、よそ者嫌いの風習が激しいところなので、ディック達からすれば、村以外での知り合いなど居るはずもない。
 ディックは、ふと気が付いたように口を開いた。
「おっと、そーいや王冠を探してるんだったな。……シーナ、あんたと話してるとほんと楽しいぜ。また会う機会があれば、もう少しゆっくり話でもしようぜ。……もう大声なんて上げようとしないでくれよ。じゃあな」
「あ、ちょっと待って」
 ベッドから起き上がろうとするディックの手首を、シーナは掴んで引いた。
 そして声をひそめて耳打ちする。
「あんたのこと、気に入ったわ。だから王冠のありかを教えてあげる。―――父上が普段頭に乗せてるのと違って、戴冠式とか宗教行事に使う、本物の国宝の王冠の隠し場所を」
 一瞬、ディックの頭の中が真っ白になった。
「え? 王様が普段被ってるのって、偽物なのか?」
「ええ。メッキとガラス球だけで作った、ただの鉄の王冠なの。よく出来てるでしょ?」
「いやいや! それ以前に本物のありかを―――いや、『本物が存在する』なんて情報、俺なんかに教えて良いのかよ?」
「言ったじゃん、“気に入った”って。個人的にあの事件の関係者に興味があるけど、それ以上にこんな要塞みたいに警備の厳しいとこに、わざわざ王冠盗みに来るなんていうのが最高に面白いの。それに―――」
 シーナは悪戯っぽく、かつ妖艶に微笑み、左手の指先を自分の唇に這わせ、右手でディックの唇を怪しげな手つきで撫でる。―――不覚にも、ディックは背中をゾワッと来るものを感じた。
「―――それにあたしのファースト・キスを奪っていった人が、こんなところで下手をして捕まってもつまらないしね……」
 彼女はディックの手を引き、廊下へと出た。
 さすがに警備兵も、部屋の外に控えることはしない。最も近くにいる警備兵は、この階の階段付近にしか居ないからだ。
 そのまま彼女は、この階の男女兼用トイレの、端から三番目の個室トイレまでディックを連れ込んだ。扉を閉めると、そこはもう完全密室である。
「実はここに隠されてるの」
 彼女は便座の蓋を閉め、その上に登ってから、天井へと手を伸ばした。そして軽く上に押すと、天井が持ち上がり、その奥に空洞があるのが見えた。―――そして暗闇の中でも分かるくらい豪奢な王冠も。
 シーナは王冠を片手で無造作に掴み、天井にもう片手を着いたまま、そのまま王冠をディックに向けて突き出した。
「はい、あげる」
「―――本当に良いのか? 俺なんかが貰っても……」
「何よ、女の貢ぎ物を受け取れないっての?」
 ―――どう考えても王位を継承してない彼女にとって、これは彼女の持ち物ではないはずであるし、そもそもこんな『高い棚の上の物を掴んで渡すような仕草』で渡されて『貢ぎ物』という表現はないだろう。
 何となく腑に落ちないものを感じながらも、ディックは王冠を受け取り、二人はトイレを出た。
 ―――次の瞬間、遠くからどたどたという足音が聞こえてきた。
 同時に叫び声も。
 
 
『侵入者だ―――ッ!!!!』
 
 
 ディックがうめく。
「しまった……ここまでか……」
 ところが、これまた次の瞬間、トイレの前まで走ってくる複数の人影があった。―――なんとレニーとロック、そしてカンダタだった。これで仲間全員が揃ったことになる。
 駆けつけてきた彼らは、ディックの隣に佇むシーナに目をやり、驚愕しながら声を上げる。
「お、おい! そいつこの城の人間なんじゃ―――」
 ディックは最後まで言わせずに畳み掛けた。
「こいつはシーナ。ロマリア城のお姫様で、俺たちのことを気に入ったみたいだ。だから協力してくれたお陰で、王冠もこの通り」
 掲げて見せると、『おお……』と、仲間たちは驚いた声を上げる。
 今度はディックが質問した。
「ったく、誰だよ? 衛兵に見つかっちまったのは?」
 その返答が来る前に、再び衛兵の叫び声が聞こえてきた。
『中庭だ! 中庭に逃げたぞぉっ!!!』
 その声が聞こえた瞬間、シーナがディックの手を引いて自室に駆け込み、バルコニーには出ずに、窓から外の様子を覗う。遅ればせながら、カンダタ達もそれに続く。
 窓から中庭を見下ろすと、そこには月明かりに照らされた複数の人影と、それを追いかける大勢の屈強な兵士たちの姿があった。
 やがて人影―――何となくゴロツキに見える―――が追いつかれ、次々と兵士たちに組み伏せられる。
『ちくしょ―――っ! 離しやがれ!!』
『暴れるんじゃない! 宝物狙いの不届きもんが!!』
 などという展開を見て、ディック達は無出を撫で下ろす。
 カンダタが口を開いた。
「何でい、俺たちじゃねぇのかよ……」
 しかし中庭から、
『他にもまだ居るはずだ! 探せぇっ!! 俺が見た奴は、身長2メートルくらいの、金髪の奴だった!!』
 次の瞬間、カンダタは凍りついた。
 続けてディック、レニー、ロック、そしてシーナまでもが、カンダタへと視線を向ける。身長2メートルで金髪―――どう見ても彼は、その特徴を満たしている。
 中庭では、組み伏せられたゴロツキ達が、不思議そうに顔を見合わせていた。彼らとて、まさか他に侵入者がいるなど、夢にも思わなかっただろう。
「カッちゃん、見つかってんじゃねーか!」
「どーすんスか!?」
 ロックとレニーが、廊下にまで響かない程度に声を押さえて怒鳴る。
「仕方ねぇ……逃げるぞ!!」
 カンダタがそう叫ぶや否や、彼はディックが壁に作られた隠し通路の入り口を開いた。
 仲間たち全員が隠し通路へ飛び込むのを見届け、ディックはシーナに向き直り、
「じゃあな。……何となく、あんたとはまた会いそうな気がする」
「こっちだって同じさね。さ、早く行った行った。衛兵がくるぞ」
「おう、あばよ」
 ディックは彼女に背を向け、そして隠し通路に身を躍らせた。
 
 稀有な出会いと別れ――――この時、次に再開するときにどんな大騒ぎが起こるかなど、彼らは知る由もなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 数日後。
 カンダタ盗賊団は、ロマリア城から盗み出した王冠を、取り戻しにきた勇者アレルとその仲間達に、あっさりと渡した。―――その際、多少の戦闘になったものの、カンダタ達が『今のこいつらは弱いけど、いずれ強くなるだろう』と確信し、安心して世界を任せられると思ったがため、王冠を渡したのだ。
 そして更に数日後―――勇者アレルたちは、ノアニール村に掛けられた呪いを解いた。エルフ女王の元に、10年前にアンジェリナが書いた偽の遺書を見せ、納得してもらったからだ。
 村の呪いが解かれる瞬間を、森の木々の間からこっそりと眺め、カンダタ盗賊団の者たちは、自分達の―――もとい神が描いた筋書き通りに事が運んだのを確信する。
 そこから3ヵ月後、再び勇者たちと激突し、高レベルの賢者や、魔法が使える武道家や戦士などと刃を交え、カンダタ盗賊団よりやや弱かったものの、短期間でのレベルの上がりっぷりに、改めて勇者たちの戦闘力の成長速度というものを思い知らされた。
 その時の戦闘を、カンダタ盗賊団は、こう評価している。
「あの時の勇者のギガデインは危なかったっすね」
「苦し紛れに……あの時に初めて発動することができたって感じだったな」
「それ以外で言えば……まだまだじゃね? 確かに腕力だけでなく、剣や格闘技の腕も上がってたけど、まだまだ俺たちほどじゃねぇだろ?」
「……でもアレだな。3ヶ月であれほど伸びたんだから、1年経つ頃には、俺らなんて足元にも及ばないんじゃね?」
「あー、分かる分かる。ありゃ半端なく強くなるぞ。―――ソロン達ほどじゃないだろうけど」
「ってか俺、ソロン達の強さって分からないけど?」
「でもあの異界の神が言ってたじゃん。異界には大魔王と、その部下の8人の魔王がいるって。……で、その魔王一人と、この世界に攻め込んで来ようとしてる大魔王ゾーマとでは、異界の魔王のほうが圧倒的に強いって。ソロン達がそれを倒せる勇者なんだから、あのアレルよりも強いのは当然だろ?」
「居ねぇ奴の話をしても仕方ないだろ。俺達は俺達で強くなろうじゃねぇか」
「良いっすね、カッちゃん」
「まずは世界中を旅してみてぇな。そうだ! 世界中の海を股にかける海賊って知ってっか? しかもその船長が、とびっきりの美女なんだとよ。そいつらに仲間にしてもらえりゃ、船で色んな国へ連れてってもらえるんじゃないか?」
「じゃあ探すか、その船を……」
 
 
 
 彼らは世界を股にかけ、旅をすることにした。
 
 
 
 



[31001]  1話 ロマリア王国、乗っ取られる
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/05/23 22:26
 それから更に数ヵ月後―――前にロマリアを訪れてから一年後のこと、ディック、レニー、ロックはロマリア王都を訪れていた。
 地下のカジノにある、小規模なバーの丸テーブルに着き、時々、闘技場で戦うモンスターに目を向けつつ、目の前に置かれたジョッキに手をつけず、三人は俯いていた。
 そんな陰気なテーブルに、遠慮無く近づく女がいた。
 服装は至って普通なのだが、その顔の右半分には刺青が成されていた。何本もの黒い茨が右のこめかみから生え、そのまま右半分の顔を覆っている形の刺青だ。それでいて目つきはそこそこ鋭く、長い金髪を一括りにして隙無く歩く様子は、どこから見ても腕利きの盗賊にしか見えない。
 そのまま彼女はディックたちのテーブルに近づき、遠慮無く椅子を引いて腰掛けた。
 あまりにも堂々かつナチュラルな行いに、彼らは女に目を向け―――
 次の瞬間、ディックが目を見開く。
「おまっ…シーもがが……!?」
 しかし口まで開かせてはくれなかった。彼女―――パッと見ただけでは分からないくらいの変装を遂げたシーナが、右手だけでディックの口を覆ったからだ。
 そのまま彼女は堂々と、
「おう、おめーら元気そうじゃん!」
 久しぶりに会う盗賊仲間と出合ったかのように口を開いた。―――ある意味ではほとんど正解であるが。
 続けて彼女は、
「このイザベラ姐さんに会いに来てくれるとは嬉しいねぇ」
 ―――つまり彼女の事はイザベラと呼べという意味らしい。
 レニーが会釈する。
「あ、どうもイザベラさん。一年前の王冠のときはお世話になったっす」
 続いてディックが、
「シー……イザベラ、何の用だ? ってか何なんだ、その格好?」
 シーナはしばし俯き、左右を見渡して誰も聞いてないことを確認し、下手に身を乗り出したりせず、まるで世間話でもするかのようなリラックスした体勢で、しかし声を潜めて語りだした。
 
 
「ロマリア城の国王を筆頭とする何人かの重鎮たちが、人間に化けた魔族に乗っ取られた」
 
 
『――――は?』
 言われた事の意味が、しばしの間、分からなかった。
 レニーがおずおずと問いかける。
「え? いや、あの……半年前のサマンオサ王国みたいに、ボストロールみたいなゴツい魔物が化けてるって言うんすか?」
「ああ。何の魔物かは分からないけど、魔物なのは間違いない」
 国の重鎮に化ける―――やり方次第では、魔物でなくてもできる。変装に自信のある人間だけでなく、変化の杖や、この世界には存在しない変身呪文モシャスを使えば、妖精だろうが精霊だろうが化けることは可能だ。
 しかし彼女の言い分では、どうやら相手は確実に魔物だそうだ。
 ロックが口を開いた。
「なぜ魔物だと断定できるのかはどうでもいい。……俺達は何をすれば良い?」
 シーナの目が、すぅっと細められる。
「……協力してくれるんだね?」
「内容を確かめてからだ。……でないと、こっちもまた仲間を失うことになるからな……」
 その瞬間、シーナはずっと疑問だったことの真相に気付いた。
「あんた達のボス―――カンダタは死んだのかい?」
 ロックは頷いた。
「ああ。ギアガの大穴から転落した。遺体すら取りにいけないところだから、墓すら作れなかった」
 その言葉で、テーブルの空気がまた重くなる。
 ギアガの大穴というのは、魔王バラモスが討滅された直後、地面から空へと禍々しい力の波動が噴出した際にできた大穴のことである。
 シーナは目を閉じ、ほんの数秒だけ黙祷し、しかし彼らに声を掛けた目的を遂行するべく、口を開いた。
「あたしの目的は、敵を全員、大勢の民衆の前で元の魔物の姿に戻すこと。それには一ヵ月後の、国王誕生祭で事件を起こすしかない。その時に敵の変身を解く方法に心当たりがあるの。ただそれを行うには、世界各地を回って材料を集めないといけないから、あんた達には私の護衛をしてほしいの。報酬は弾むわ」
「……乗った」
 ディックが即答し、レニーとロックも無言で頷く。正直、これは報酬に目が眩んだというよりも、今の彼女が表情に出さない、壮絶な覚悟に心惹かれたという理由だ。恐らくは城を抜け出すための変装の一環だろうが、彼女の顔には見ての通り大きな茨の刺青がある。婚約前の一女性が、消せない落書きを顔に描いてまで動いているのだ。今のディック達にとって、彼女を見捨てることなどできなかった。
 シーナは唇の端を吊り上げて笑う。―――実に悪人っぽい笑い方である。顔に刺青を彫らなければならなかった境遇を悲しんでいるようには、とてもじゃないが思えない。むしろ趣味で彫ったのではと疑いたくなる。
「そうこなくっちゃ……。そんじゃ無事に任務を終えて帰って来れることを祈願して、軽く飲んでこうか。あたしの奢りだ。ハーイ・マスター!」
 手を上げ、すぐ近くの闘技場の歓声に負けないくらいの大声で、バーのマスターに声を掛け、席を立って歩み寄る。
 中年男性のマスターは、そんなシーナ姫―――とは分かってないイザベラに目を向ける。するとシーナはポケットから黒い皮に包まれた手帳のようなものを取り出し、それを開いてマスターに見せた。次の瞬間、マスターは血相を変える。ディックたちには聞こえないが、シーナはディックを親指で示して会話している。
 やがて話がついたのか、シーナは席に戻るなりニヤついた笑みを浮かべたまま言った。
「ディック、あんた今だけはロマリア王子ってことになったから」
「―――は?」
 見たことも無いくらい、彼とその仲間の顔が間抜けなものになった。構わずにシーナは続ける。
「いやー、ここのカジノってお父様が何度も通ってる行きつけの店なのよね。だからツケがきくのは当然だし、さっきマスターに見せた物を出せば、それだけで国王の友人や身内だって証明ができて、一回分のツケができるの。……ちなみに今のあたしは、そのロマリア王子―――あたしの弟のティールが手を出した娼婦ってことになってるわ。つまりディック、あんたがそのティール役なの」
 ディックは口をパクパクさせ、恐る恐る口を開いた。
「……なぁ、イザベラ。お前の弟さんって―――」
「大丈夫、生きてるわ。今はイシスに留学してるし、こっそり伝書鳩で今のロマリアの状況も伝えてある。だからこそ今度の誕生祭で、魔物たちが大衆の前で元の姿をさらけ出した瞬間、客人として招かれてる各国の王族が連れてる“いつも以上に不自然に多い護衛兵士”や、ロマリア全軍3万人によって一気に袋叩きにできるはずよ」
「それよりもイザベラさん、いくら刺青で変装してても、あのマスターに顔でバレませんでした?」
「ああ、それ? 大丈夫! ティール様は姉に振り向いてもらえない代わりに、姉に似たような顔の女性が好みになった―――って、さっきのマスターに話しておいたから」
 いつの間にか弟はシスコンで、娼婦に手を出す変態―――という噂が広められるのだと思うと、ディックたちはまだ見ぬティール王子に深い同情を禁じ得なかった。
 シーナは構わずに続けた。
「ま……今は飲んで騒ぎましょ。―――またいつか勝利の美酒を酌み交わすために……」
 景気付けなのだろうけども、そのセリフがどれだけヘビーな意味を持つのかを知らぬまま、彼女は運ばれてきたご馳走と高価な酒に手を伸ばした。
 
 
 
 
 
 
 翌朝には、シーナを始めとするディックたちは、ロマリアを旅立って草原を歩いていた。
 シーナが口を開く。
「あたしらは今、お忍びの王族なのよ」
「―――あたし“ら”って……王族なのはあんただけだって」
 すかさずロックが突っ込む。一瞬、この場の全員が王族だったらと妄想したディックが目を逸らす。
 レニーが問う。
「まずはどこに行くんすか?」
 シーナはしばし沈黙し、ゆっくりと語りだした。
「変化する魔法を解く方法にはいくつかあるわ。一番有名なのは、サマンオサ国王に化けたボストロールを見破るのに使った『ラーの鏡』。……でもラーの鏡は勇者アレルが所有してるし、仮に手元にあったとしても、複数の魔物が化けてる状態で、一匹ずつ鏡に映してなんかいられないと思うの。それから過去にこの世界から絶滅した『アバキ草』の煮汁をかけて変化を解くという方法もあるけど、これもラーの鏡と同じで、全ての魔物の変化を解く事はできない」
 ディックが静かに問う。
「……他には?」
「あらゆる補助系魔法―――攻撃力や守備力、素早さなどを一時的に向上させる魔法を、大勢の敵を相手に一斉に消し去る『凍てつく波動』という術があるの。……でもこれを体得した人間なんて聞いたこともないし、居たとしてもどこの誰かまでは分からないわ。……でもさっき言ったアバキ草と同じで、掛けるだけで悪魔系の正体を暴き、なおかつ悪魔やゾンビにダメージを与える液体が存在するの。―――分かるでしょ?」
 ロックが答える。
「―――聖水だな」
「その通りよ」
 聖なる水を掛けられることにより、悪魔やゾンビにはダメージを与える事ができ、変身も解ける。しかし、それには大きなハードルがあった。
 ディックが言う。
「それはアバキ草と同じで、一人一人に掛けてる余裕なんてないんじゃないのか?」
「ところがどっこい。一ヵ月後の国王誕生祭には『発泡酒を掛け合う』っていう、民衆から大きな反感を買うイベントがあるの。ついでに言うなら、あたしが様子を見てた限り、お父様や他の重鎮に化けてる魔物と食事したとき、彼らは酒というのを凄く気に入ってた節があったわ。……中には人間よりも小量で酔っ払っているのも居たくらい。だから発泡酒を掛け合うなんてイベント、奴らは絶対に食いつくわ。そこから一気に発泡酒に見せかけた聖水をぶちまけるの。ロマリアの兵士―――部隊長の中にも魔物が紛れてるとダメだから、一般兵だけに限るけど、魔物が重鎮に化けてることをあらかじめ知らせて回れば、兵士たちを使って聖水を一斉に掛けて回ることもできるし」
「―――ちょっと待てよ。それだと俺らって必要なくないか? 聖水なんて自宅で簡単に作れるものだろ? そりゃ作る人間の人格や善行の度合いによって効力に差があるのは確かだし、材料となる水や他の物質が良質であればあるほど効力が違うのは分かるけど、大量生産だって簡単なもんだろ? 今のあんたがするべきなのは、ロマリアで聖水の大量生産に力を入れるのと、誕生祭に訪れる外国の首脳陣に今のロマリア王の情報を報告するくらいなんじゃ……」
 ロックがまっとうなことを言う。
 シーナは笑って答えた。
「さっき言った作戦―――残念ながら穴だらけなのよ」
「はぁ?」
 ディックが首を傾げる。
 シーナは続けた。
「聖水の効力には、聖水を作る人間の人格や、あるいは材料の質によって差が大きい。―――そして上級の魔物ほど、生半可な聖水では変化を解けないばかりか、変化してることに気付かれて、逆に聖水を掛けに行くあたし達に何らかの疑い―――下手をすれば国王暗殺を企てる不届き者の疑いが掛けられるわ。そうなったら作戦は失敗し、あたし達は死ぬしかない。……そうならないためにも、一定以上の強力な聖水を作る必要があるわけよ。それに必要なのは―――特定の人間と、そして最上質の聖水の材料と、それを作る場所。それを探すのよ。そしてそれらを一ヵ月後の誕生祭までに全部揃え、しかも最高のタイミングで重鎮たちに掛けて回るように計らうためにも、三週間以内にこの旅を終えなければならない。……ぶっちゃけ、長いようで、かなり短い期間よ。それにあたしが強い兵を何人か勝手に動かしたら、魔物たちに怪しまれるもの。だからあんた達に依頼するの」
 ディックはうめく。
「三週間を短いってか……行き先にもよるが、短いと言うからには、相当な遠くなんだろうな」
 シーナは頷く。
「ええ。……でも一つだけ切り札がある。ロマリア城に伝わる禁呪の本を盗み出してきたのさ。その中に一つだけ戦闘では使わない、特殊な魔法があった。天井の無い場所でしか使えないけど、一度でも行ったことのある場所へ瞬間移動できるルーラという魔法よ。あの超貴重品として高値がつく『キメラの翼』と同じ効果があるの」
 瞬間移動という単語に、ディックたちは僅かに反応する。いつぞや異界の神がやってみせた光景が脳裏を過ぎる。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない。でもそれがあれば、時間なんて余りすぎるはずじゃないのか?」
「そうでもないよ。言ったでしょ? 一度でも行ったことのある場所にしか使えないって。逆に言えば、一度も行ったことのない場所へは行けないの。これから行くのはそういう場所よ。だからルーラで目的地の近くまで行って、そこから徒歩で目的地を目指す。それに禁呪であるルーラを街中で使うのも得策じゃないから、こうして人気が絶対に無い場所まで来てるの」
 つまりここからルーラで、遠く離れた地へ一瞬で行くらしい。ディック達はまだ見ぬ地に期待を抱いた。
 ふとレニーが疑問を挟む。
「そういえば重鎮や国王が魔物と入れ替わってるって言ってたっすけど、シーナさんは大丈夫だったんスか? 追っ手とか居ないと良いんスけど……」
「ええ、大丈夫。あの日は縁談があってね。いつものように見合いしたいって言うから、相手の貴族の屋敷まで赴いて、いつも通りにさんざん罵倒して帰ってきたら、なぜかお父様たちが魔物と入れ替わってたの。あたしはあえて気付かない振りして、自室でイシスの弟へ伝書鳩を飛ばした後、偽の書置きをしたわ。『実は私は、エルフの男性と密会を繰り返しており、互いの両親に婚約を反対されることを覚悟したため、盗んだ夢見るルビーを資金代わりに駆け落ちします』っていう文書を部屋に残してきたの」
「「「何の嫌がらせだよっ!?」」」
 ディックたち盗賊団三人の突っ込みが、見事なまでにハモる。
 もしその文面をそのまま受け取るとしたら、ノアニール事件の真相を知らない者ならば、確実に自分達の住む街の住人が、エルフ女王の手によって眠らされると判断するだろう。―――今度はロマリア王都という、前代未聞の巨大スケールで。
 シーナは嗜虐的な笑みを浮かべながら続ける。
「今ごろ偽のお父様たち……ククッ……真っ青になって、エルフ族のとこまで赴いて、スライディング土下座してるとこかしら? ああっ! そんな面白い光景が見れないなんて、なんて残念なの!?」
 ―――悪魔はここにも居た。
 ちなみにエルフ女王には、前もって伝書鳩を使って、この偽の駆け落ち劇の真相を伝えてある。そこには『もしエルフ女王の元へ偽ロマリア王が謝罪に来たならば、容赦無く理不尽な取り引きを結んでくれ』という文書まで書かれていたりする。
 それによくよく考えれば、ルーラを使って世界中を逃げ回れば、例え追っ手が居たとしても、絶対に追いつけないはずである。
 シーナは言った。
「まずはジパングに向かうわ」
 ロックが不思議そうに言う。
「ジパング? なんたって、あんな異文化んとこに行くんだ? 何かしら聖水の材料でもあるってのか?」
 この世界で異色の文化を持つ地域が三つだけある。八百万の神々の国『ジパング』と、インディオの村『スー』、砂漠の国『イシス』である。
 シーナは人差し指を立て、チッチッチッと振って答える。
「確かにあの国の湧き水は、それだけで天然の聖水って呼んでも良いくらい強力だし、それだけでも作戦遂行に使えるかもしれない。……でも聖水材料だけならば、もっと強力なのもある。……ジパングで手に入れたいのは、聖水を作る人材」
 ディックは驚いて声を上げる。
「はぁっ!? いや、だってあいつら異教徒だろ!? そりゃ俺達だってろくに神様を信じてねぇし、ご利益さえあればどんな宗教にでも宗旨代えするけど―――」
 しかしシーナは、彼の言葉を遮って口を開いた。
「―――言霊(ことだま)法」
 それだけで、辺りに不気味な沈黙が降りた。
 彼女は続ける。
「それは呪文のような魔法を起動させるために必要なプロセスとは違って、口にした言葉そのものに重たい意味を乗せる術。彼らが『清めたまえ』と言えば本当に水や物質は清まるし、『祓(はら)いたまえ』と言えば、ある程度の呪いや悪魔憑依だって祓える。―――その言霊法の、できるだけ強い使い手である巫女を仲間に入れる。聖水作りには特別な祝詞(のりと)が必要だから、言霊法が使える人間の方が向いてるの。それからジパングには、こっちの宗教の聖水とは別の『清め水』というものを作る技術がある。それも一緒に持ち出して、最高の素材を使って清め水と聖水の合成物を作るつもりよ。ある意味では人類史上、最強の聖水作りになるわ」
「……びっくりするくらい強力な聖水になりそうだな」
 ディックがしみじみと呟くと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「本当に驚くのはこれからよ。確かに“言霊法”を使えば、理論上は今までの聖水よりずっと強力な聖水が作れるわ。……でも言霊法だけじゃない。言霊法と同等の価値のあるものを複数使うの。具体的には―――まだ内緒ね。説明するのも面倒臭いし、旅をしながら少しずつ驚きなさい。そして本当に“聞くだけで恐れおののく”というのがどういうものかを身を持って知るが良いわ」
 聞けば聞くほど、彼女の作戦は完璧に聞こえる。魔物にとって聖水がどれほど恐ろしい物なのかは分からないものの、それほどの強力な聖水を掛けられればと思うと、勝算は非常に高いと見積もっても良いだろう。
「じゃ、今からルーラを使うわ。全員で手を繋いで一列になって」
 言われるがままに、右からディック、シーナ、レニー、ロックという順に手を繋ぐ。
 レニーがぼやいた。
「なんかこれ、子供の頃にやった遊びに似てないっすか? 『はないちもんめ』みたいな」
「……言うな」
 シーナが苦々しい顔をしながら言う。そして―――
「ルーラ!!」
 一同の姿が、草原から掻き消えた。
 
 
 
 
 
 八百万の神々の国、ジパング。
 勇者アレルが持っている、大昔に作られた魔法の地図には載っていない(地図が作られた当時に存在した居住区しか載ってない)、大きな町や村がいくつもある島国。
「オー、サムラーイ!!」
「うるせぇッ!!」
 彼らの町に入ってすぐ、カタナという刃物をぶら下げた青年を目撃し、レニーが物珍しそうな声を上げたとたんに殴られた。
 レニーを殴った青年は、
「こちとらテメェらガイジンにそー呼ばれるのは百回目なんだよっ!!」
 と叫び、肩を怒らせながら去っていった。
 シーナが呟く。
「今のはお前が悪い」
 ディックとロックが、うんうんと頷く。
「ちょ……そりゃないっすよ! だって珍しいもの見たら、誰だって騒ぎたくなるじゃないっすか!?」
 シーナはにべも無く、
「無いな。……だったら訊くが、もしも世界中がジパングのような文化で、ノアニールだけが今みたいな文化だったらどうする? お前の金髪が、世界的に珍しく、それでいて馬鹿にされる色だとしたら? それをジパングの人間から面白半分な目で見られ続けたらどう思う? ……今のお前がやっているのは、そういうことだ」
 レニーが言葉に詰まる。
 そこでディックが口を挟んだ。
「それにしてもジパングにこんなにも大きな町があったとは驚きだな。通貨とかは使えるのか?」
 シーナは頷く。―――つくづく何でも知ってる姫君である。
「ああ。文化の違いに戸惑う事を抜きにすれば、なかなかに住み良い町だ。食事の方も、どれもあたし達のような大陸人には見慣れないものばかりでな、いくつかは大陸人の口に合わないものがある。……主に漬物やウメボシなどといった発酵食品と、生魚を使った刺身やスシ、それからワサビとかいう調味料だ。逆に言えば、それさえ避ければ大抵の物は旨い。―――そうそう、前から一度は行ってみたかったんだが、この町の武器屋は特別でな、ジパングの文化が非常に強く表われていて、特に刃物の質に関しては世界最高峰だ」
「…………」
 ディックは、町に着いてすぐに武器屋の特色を楽しそうに語る女というのもどうかと思ったが、あえて口には出さないでおいた。一応、ディックだけでなくレニーやロックでさえ、この町の武器というのに興味があるからだ。……刃物を振るう者としての性である。
 
 
 
 
 
「へい、らっしゃい! ……おお、これはこれは、大陸からのお客さんかい?」
「ああ、そうさね……」
 シーナが微笑みながら答える。しかし元々目つきが悪いのと、顔にある刺青のせいで、非常に恐ろしい顔になっていた。
 初老の武器屋の店長が、直球で質問する。
「あんたの目―――カタギじゃないね。しかも盗賊なんてチンケなもんでもない」
「おや、分かるのかい?」
「この商売、結構長いんでな」
 それらのやり取りを聞き流しつつ、ディック達は店に並べられている武具に目をやった。
 防具に関しては、美術品としてはそれなりに価値があるのかもしれないが、あまり魅力は無かった。
 しかし武器に関しては違った。
(……刃の輝きが違う!?)
 ディックは手近なところにあったナイフ(……実はクナイ)を掲げ、
「爺さん! こりゃあ、どんな金属を使ってるんだ!? 何か伝説の金属でも―――」
 老人店長は即答した。
「鉄と僅かな炭―――それしか入っとらん」
 愕然とするディック。そこでシーナが口を挟んだ。
「鉄に1%の炭を加えると強力な鋼になる。……でもここにある刃物には、それ以上に職人の技術と魂が込められてるんだ。ただでさえ職人魂の熱い国なのに、しかも刃物を『鍛える・研ぐ』という技術に特化し過ぎてるんだ。見ろよ、この刃の輝き―――心が吸い込まれそうになるだろ? まぁ、本当にそれで心が吸い込まれて、辻斬りになったりする人間もいるんだけどな」
 彼女が恍惚とした笑みを浮かべ、手にした商品の刀身を見つめていると、老人の鋭い眼光がシーナを見据えた。
「ほぅ……あんたは大陸人なのに見る目があるな。それにこの国に博識とお見受けする」
「誉めても何も出ないよ?」
「ふっ……そうだな」
 それきり老人は口を閉ざし、シーナもディック達に混じって物色する。
 シーナは気前良く言った。
「さぁ、好きなのを買いな! あたしの―――家のおごりだよ!!」
 つまり税金で買い物という意味である。後になってから判ったことだが、彼女は莫大な国費を―――それこそ豪邸が数件建つくらいの金銭を城から盗み出している上、もしその資金が尽きたら、またルーラを使って城から盗み出す計画を立てていた。
 
 
 
 
 
 一同は宿屋に一泊した。この町に着いた時にシーナが言っていた『いくつか口に合わない物もあるが、それさえ避ければ大抵は旨い』というのは本当で、また外国人向けの宿屋に泊まったのが幸いだったため、『茶碗蒸(ちゃわんむし)』や『海山の幸の天ぷら』など、見たことが無いながらも非常に旨い食事に恵まれてた。
 中でもロックが一番馴染んだらしく、興味半分で『大陸人の口には合わない』とされていた料理を2~3品ほど注文し、これまた彼の舌を満足させた。
「……俺、ここで暮らしたくなったな」
 と言った彼の言葉は、おそらく冗談ではないだろう。もし彼がこのままジパングに住むことになったとしても、元が黒髪・黒瞳なので、服装さえ合わせれば、ごく自然に町に溶け込めることだろう。
 その後に待ってたのは風呂で、風呂に入る習慣の無い暮らしをしていたディック達は、初めて見る露天風呂というものに仰天し、木の壁の隙間から隣の女湯を覗けば屈伸している老婆の姿を目にして嘔吐しかけたり、その背後から引戸が開いて『あ、こっちは男湯か』というシーナの声が聞こえて振り向いた瞬間には引戸が閉まっていたいたりと中々に愉快な時間を過ごした。
 そして翌朝、一同は町を東へと出た。
 草原を進みながら、シーナが説明する。
「ジパングは地図上では確かに小さい島だけど、意外と広いもんだ。さっきまで居たような規模の町が7つ、村に至っては数え切れないくらいある。これから向かうのは森を越えたところにある、この島で最も神聖な村だ。そこに巫女―――ヒミコがいる。ここから結構離れてるけど、何とか夕方には向こうに着くつもりだから、野宿の心配は無いよ」
 野宿しないで済むのはありがたいが、魔物の襲撃があった。
「きめんどうし……だな」
 シーナが呟く。木で出来た杖を振るう、魔法使いに特化した魔物だ。
 森に入ったとたん、前方に密集したきめんどうしが現れ、シーナよりもディック達の方が速く反応した。あっという間にきめんどうしの集団との距離を詰め、そのまま密集した間を三人が高速で駆け抜ける。きめんどうしと擦れ違いざま、大量の血液が宙を舞った。―――シーナが後になって知った話だが、擦れ違う瞬間、ディック達はきめんどうしを二撃ずつ斬り付けていたらしい。
 ものの数秒で終わった戦闘―――いや虐殺劇に、シーナは言葉を失う。
「凄ぇな、ジパングの剣! こんな切れ味の刃物、初めて見たぜ!!」
 ロックが昨日購入した得物の使い心地を口にすると、ディックやレニーまでもが晴々とした表情で同意している。
 シーナは思わず口を開いた。
「…………あんた達、どっかの国で特殊部隊でもやってたの?」
 瞬時に切り込んで、たったの三人で敵の部隊を混乱させる間もなく殲滅する―――きめんどうしごときには大げさな評価だが、彼らの動きは本物だった。ディックがきょとんとした顔で答える。
「いや、だって……俺ら魔法使えないから回復なんてできねぇし、薬草だって大量には買えないだろ? だったら怪我しないように気を付けるのと、怪我する前に敵を倒すしかないじゃん?」
「いやいやいや! だからってあの動きは無いでしょ!? それにそんだけ強いんならMPだって結構高いはずでしょ? 戦闘には役立たないレベルの魔法でも、使えるようになれば今以上に強くなれるんじゃ―――」
「あー、無理無理。俺ら魔法の才能無ぇし」
 それでもシーナは反論しかけ―――しかし黙った。王族や貴族というのは、ある程度は世間への見栄のために武術や魔法を学ぶ。シーナも習っており、武術・魔法ともに並みの兵士を超えている。
 しかし弟のティールには才能が無かった。
 才能は無くとも努力で―――世間には確かにそういった表現があるし、どんな民間人だって一定の英才教育を施せば、立派な魔法使いにもなれる。
 しかし両腕が無い人間に、例え戦うすべがあったとしても、パンチだけは出来ないのと同様、ティール王子には生まれつき『魔法使いに必要な何か』が欠落していた。よってどれだけ英才教育を施したとしても、ロウソクの火すら魔法では生み出せない。
 ディック達には、そんなティール王子ほどではなくとも、凡人以下の才能しか無いらしい。―――そうでなくとも魔物・人間を問わず、誰だって魔法と肉弾戦を極めようとして、そのほとんどがどちらかに限界を感じて諦めるのだ。シーナ自身も、たまたま両方に才能があっただけで、しかしどちらも『達人』とは呼べない実力でしかない。
「……まぁ良いわ。その調子で護衛の方を頼むわね。それにあたし、治癒魔法使えるから、どんどん怪我しても大丈夫だから」
「やだなぁ~、怪我なんて一度もしないっすよぉ~」
 レニーが『冗談はよしてくれ』と言わんばかりに笑いながら答えるが、その軽い返答の内容がどれほど重いかを考えると、彼らの実力は相当なものと判断できる。
 シーナは内心で、
(……こいつらに護衛を任せて正解だったわね)
 と呟いた。
 
 
 
 直後だった。
 
 
 
 死屍累々と転がっているきめんどうしの一体が、残る力を振り絞って杖を振るった。―――次の瞬間、全てのきめんどうしの死体が消え、死体が転がっていた一帯が炎に包まれ、そして地面が赤熱しながら盛り上がり、そこに二つの目が現れ、同時に巨大な口と右腕が現れた。
「よ……溶岩魔人!?」
 シーナが焦った声で叫ぶ。
 その溶岩魔人が口を開いた。
「自らの命と死にかけた仲間の命を生贄とし、我を召喚せし者よ。契約に従い、我は汝らの無念を晴らそうぞ……」
 吹き付けてくる強烈な熱気と気迫に、ディックが緊張を隠そうともせずに叫ぶ。
「何なんだよ、こいつはっ!? これもバラモスやゾーマが放った魔物なのか!?」
 シーナは背筋に寒気を覚えながらも、淡々と答える。
「この島国の溶岩の洞窟に割とたくさん棲む、超危険な魔物だよ。特定の儀式で召喚できる。……魔物なんて呼ばれ方してるけど、悪魔系やゾンビ系じゃなく、物質系だから聖水とかは効かない、超高熱の怪物だ。―――間違っても触れるなよ」
 すると溶岩魔人が口を開いた。
「……勘違いするでない。全ての魔物が、かの魔王の眷属ではない。我と、我を召喚せしきめんどうしは、太古よりこの島にて妖怪として君臨してきた存在なり。……他に言い残すことは無いな? いざ―――参る」
 ディックはちらりとシーナに目を向けると、彼女は目を閉じ、真剣な表情でブツブツと何かを言っていた。とっさにそれが呪文の詠唱だと理解する。本来、魔法には詠唱や魔法名を口にするといった行為は必要無いのだが、それをする事により集中力が上がり、発動させる瞬間の威力を左右するのだ。……今回、よほど強力な魔法を放つつもりなのか、長く掛かりそうだとディックは判断し、時間稼ぎを試みた。
「な……なぁ、溶岩魔人さんよぉ? 勘違いしないでくれよ、俺達はきめんどうしの仲間なんだ」
 溶岩魔人の動きが止まった。ディックや仲間達が媚びるような笑みを浮かべて、口々に言った。
「そ、そうなんすよ! さっきまで魔王の配下を名乗る怪物が攻めて来てたんで、旅人ながら、きめんどうしの助太刀に入ったんすよ!!」
「あ、ああ、そうさ! でも皆殺されちまってよ、どうしたもんかと話し合ってたら、いきなりあんたが現れたもんだから、てっきり魔王の配下がまた現れたのかって思ってたんだ!!」
 溶岩魔人は目を閉じ、威厳のある声で問うた。
「……汝ら、それは真であると、汝らの神に誓えるか?」
「「「誓えますッ!!!」」」
 溶岩魔人は『くわっ!』と目を開いて。
「よくぞ真っ直ぐな目で言い切ったな、たわけ者どもッ!!! 我は召喚される際、数分間前のこの地の光景が見えるのだ!!!」
 大喝したその巨大な口を目掛け、シーナは右手を伸ばした。
 ―――そして叫ぶ。
「ヒャダルコっ!!」
 ありったけの魔力を込めて威力を上乗せしたそれは、青白い光の球体となって、溶岩魔人の口へと吸い込まれ―――内部で爆発的な吹雪を起こした。
「ゴオオオオオオオオオアアアアアアアアアアッ!!!??」
 この世のものとは思えない声で、溶岩魔人が絶叫する―――が、全身の赤熱の度合いが低下しただけで、倒すには至らなかった。
「……シーナ、さっきのもう一発撃てるか?」
「何回でも撃てるけど、撃つまでに時間がかかる」
「分かった―――野郎共! 逃げっぞ!!」
 一斉に走り出した。
 しかし溶岩魔人も追いかけてくる。それも巨体と、半分溶けかかった外見とは裏腹に、意外と速いスピードで。
「待たぬか、この卑怯者どもおおおぉぉ!!!」
 待てといわれて待つ者などいない。全力疾走で森の中を逃げながら、少しずつ距離を引き離しつつあるものの、人間の全力疾走というのは200メートル以上は持たない。ある意味、追いつかれるのは時間の問題だった。
「何か手は……おい、あれっ!!」
 ロックが遠くを指差す。そこには吊り橋―――それも下の川まで2メートルくらいしかない割に、幅が10メートルほどもある橋だ。
 背後を振り返る。溶岩魔人がこの橋の端(←ややこしい)に触れれば、確実に橋は焼けて落ちる。それまでに橋を渡り終えていれば良いのだが、いかんせん橋が長すぎる。
 しかし迷っている時間は無かった。一同はとにかく走り、橋を渡り始める。そして橋の中ごろまで来たその時、背後の茂みが徐々に枯れ始め、やがてその茂みを粉砕しながら溶岩魔人が飛び出してきた。
 さしもの溶岩魔人も、自分が吊り橋を渡れない存在だということに気付いてはいたものの、彼とて全力疾走していたため、急には止まれなかった。吊り橋に乗っかかり、そのまま2~3メートル進んだところで橋が焼け落ち、溶岩魔人と―――ディック達四人は、意外と水深が深くて流れの速い水に飲み込まれ、そして滝から投げ出された。
「うわあああぁぁぁっ!」
「っきゃあああぁぁぁっ!」
「ひええええぇぇぇっ!」
「うおああああぁぁっ!」
 それぞれに絶叫しながら、巨大な滝壷に水柱を立てて落ちた。幸い、深かったため打撲は無かった。
 死に物狂いに水面を目指して浮上し、泳いで岸辺に生える“何か”を掴み、ロックは荒い呼吸を繰り返しながら顔を上げ―――凍りついた。
 目の前に見知らぬ長い黒髪の女が立っており、しかも全裸だった。全身から滝のように水を滴らせ、冷たい目でロックを見下ろしている。ロックが右手で掴んでいたのは、そんな女性の足首だった。そして彼女の背後で、薙刀で武装した着物姿の女兵士と思しき数人が、唖然とした表情で凍り付いていた。
 その女性兵士の一人が口を開いた。
「貴様ら……ヒミコ様の水浴びを堂々と覗くとは、よほど良い度胸だなッ!? 八つ裂きにしてくれる!!」
「待てっ!」
 ヒミコ―――と呼ばれた女が制し、未だに飲み込んだ水にむせているシーナへと歩み寄った。
 その堂々とした全裸での立ち振る舞いに、女性兵士は慌てて叫ぶ。
「お、お主ら目をつぶれ! さもなくば目玉を潰すぞ!?」
 かなり過激な女性らしい。
 シーナは何とか呼吸を保ち、口を開く。
「久しぶりね、ヒミコ。……でも今はそれどころじゃないわ」
 言った瞬間、背後に大質量が降って来た。―――溶岩魔人だ。彼は水面に浮くことができず、水底でもがくように腕を振るっていたが、やがて自ら動いて滝壷の淵へとやって来た。滝壷の温度が急上昇するのに慌て、ディック達は慌てて水から這い上がる。直後、滝壷の水が沸騰した。
 溶岩魔人は水から上がるなり、大量の熱湯を吐き出して噎せ返り、全身から大量の湯気を放つ。
 女性兵士が取ってきた浴衣を一枚だけ羽織ったヒミコが口を開く。
「……こやつ、どこから連れてきおった?」
 すぐさまロックが答える。
「きめんどうしとかいう魔物の集団を蹴散らしたら、なんか自分達の命を生贄に、このバケモンを召喚しやがった」
「ほぅ……溶岩魔人を召喚するとは、それはそれは余程の腕利きなきめんどうしだったのだろう」
 ヒミコが感心する中、ディックとレニーが密かに言葉を交わす。
「こいつ、赤熱の度合いがかなり下がったけど、今なら物理攻撃だけで勝てるんじゃないか?」
「いや無理っすよ……。だってほら、まだ全身が赤いし、それに元が岩で出来た身体なんすから、刃物なんて使ったら、一発で刃こぼれしちゃうっす」
「なら打撃だな。棍棒―――は無いが、その辺から拾った岩で殴りかかるぞ」
「待ちな」
 シーナが突然口を開いた。
「もう一発、ヒャダルコをぶち込んでやってからだ―――ヒャダルコっ!!」
 彼女が呪文を唱えた瞬間、溶岩魔人は反射的に口を閉じたが、彼女の狙いは内部からの攻撃ではなく、外部を冷やすことだった。全身を吹雪が襲い、溶岩魔人は薄っすらと霜を乗せた状態で固まった。続けて彼女は叫ぶ。
「今だ! 中はまだ熱いんだから、固まってる内にブッ叩けェ―――ッ!!!」
 ディック達だけでなく、シーナやヒミコ、女性兵士たちが一斉に大きな石を拾って殴りかかった。そしてものの数秒で、溶岩魔人はバラバラに砕け散った。シーナの言ったとおり、表面には霜が降りてたのに、内部は薄っすらと赤熱し、オレンジ色になっていた。
 
 
 
 
 
 
 約一時間後。一同はとある巨大な建物の前にいた。
「これは―――見たことのない建築物だな。でも聖なる系の雰囲気が漂ってる。神殿か教会みてぇなもんだろ?」
「当たりだ。この地で言うところの『神社』とかいうらしい。ここに巫女―――ヒミコがいる」
 ディックの問いに、シーナが答える。続けて、
「まず奥の部屋に入ったらまずは片膝を着くこと。ここまでは世界共通での、王族や貴族に対しての礼儀でしょ? そっから先はあたしに合わせな。この国は変わった文化で、しかも特に礼儀作法にうるさいんだから……」
 そう言って彼女は神社の入り口に立ち―――なんと靴を脱いだ。
「靴を脱いでから入るんすか?」
「ジパングは、そういう文化なのさ。民家だろうが、何らかの施設だろうが、『建物』なら全て靴を脱いで入る。……まぁ廊下とかに多少なりとも埃だってあるし、少しは靴下だって汚れるかもしれないけど、大陸人であるあたし達と比べると、信じられないくらい清潔な住まいね。特に宗教施設―――つまりここなんかは、世界一清潔な空間かもしれないわ」
 説明しながら、シーナはどんどん奥へと進む。
 そして一番奥の引戸へと辿り着いた。不思議なことに、何らかの絵が描かれた紙が貼り付けられた扉だ。ディック達は知らないが、描かれているその花はスイセンという花である。
 ディック達が片膝を着いて頭を下げる中、シーナは引戸を軽くノックし、横にスライドした。
 そして中にヒミコ以外誰も居ないのを確認したとたん、シーナの態度は急変した。
「ロマリアの姫様だ。邪魔するよ」
 ―――傍若無人という言葉は彼女のためにある言葉だろう。それを受けて立ったのもまた、部屋の奥で座布団の上でふんぞり返っている、シーナと同い年くらいの、黒髪のストレートヘアが似合う女性だった。見た目の年齢からして、一同とほぼ同じくらいだろう。
 シーナは久しぶりに会う親友に、遠慮無く言う。
「久しぶりだな、ヒミコ。ヤマタノオロチとかいうバケモノに監禁されて、偽物に成り代わられてたそうだな」
 ヤマタノオロチとは、この島国に棲む魔物の親玉である。決して魔王バラモスや大魔王ゾーマの配下ではない。
 対するヒミコもまた、座布団の上であぐらをかいたまま獰猛な笑みを浮かべ、
「おうよ。わらわも監禁中は大変だったぞ? ま、過ぎたことだけどな。……お前がここに来たということは、世間話をしに来ただけじゃないだろう。父君の姿も見えんとなると、さては厄介ごとじゃな?」
「話が早くて助かる」
 シーナは手短に事情を説明した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき
 
 これまたキャラの顔とかロクにイメージしてないんですけど、今のところレニーと、シーナの顔だけ何となく決まっています。
 レニーはFF10のティーダ、シーナはブレイブ10のアナスタシアのそっくりさんだと思ってください。



[31001]  2話 聖水の作り方
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/05/23 22:27
「次はルーラでインディオの村……スーに向かうわ。そこから歩いて、北西にある精霊の泉を目指す」
 ヒミコを説得し、彼女を仲間にして、シーナは次の目的地を口にした。
 ヒミコが口を挟む。
「噂で聞く限り、あそこにはインディオ達が崇拝する湖の精霊が住んでおる―――なるほど。つまり精霊が住んでるだけあって、ジパングの湧き水よりも、聖水の素材として使えるわけか」
「その通り」
 シーナとヒミコの会話に付いていけないディック達。
 ロックが口を開く。
「その……素材とやらが変われば、どれくらい聖水の出来に差が出るんだ?」
 シーナは顎に手を当て、少し考えて、
「んー……普通の聖水と比べて、ジパングなら10倍、これから行く湖なら15倍くらいか」
 どうやら相当優れた聖水が出来上がりそうだ。
 
 
 
 
 
 
 スーの集落に入ると、真っ先に村の中央広場に、まるで火をつける前のキャンプ・ファイヤーのようなオブジェクトがあった。物珍しげに一同が眺めていると、通りすがりのインディオの青年が、
「珍しいかい? あれは今夜の祭りで燃やすものなんだ」
「ほぅ、今宵は祭りだったか。……して祭りで燃やすとな? 祭りとは神への感謝を捧げる儀式だろう? あれほどの焚き木を燃やすのならば、それは『祭り』ではなく、『祈祷』なのでは?」
 ジパングで巫女をやっているヒミコが問うと、青年はカラカラと笑い、
「そりゃアンタ、その格好からしてジパングから来たんだろ? お互いに世界から『異文化』と認められた者同士、『祭り』の定義が違うのは当たり前じゃん。俺達は普段からこうして頭に羽を差してるし、祭りの時には狂ったように羽飾りを差しまくる。けど世間じゃ、こーいう格好は、頭がおかしい人間と見られてるだろ? ……たまに格好良いとか言われるけど」
「それもそうだな」
 すんなりと納得するヒミコ。
 レニーが口を開いた。
「なんか服装とかが幻想的な集落っすね」
 ロックが疑問の声を上げる。
「そうかぁ? 俺的にはジパングの方が好みだが……」
「それこそ、あんた達の好みでしょ? どっちも変わった文化が好きなんじゃない?」
 シーナが言うと、レニーは複雑な顔をしながら、
「今夜、ここで祭りをするんスよね? だったら夜まで待たないっすか? 俺、なんかこの村、気に入ったみたいっす」
 珍しく意見を強調したレニーに、一同は同意した。
 
 
 
 
 
 そして、その夜。
「見ろよ! あの子、最近やって来た異国の人間だけど、今じゃこの村の一員さ!!」
 さっき村についての説明をしてくれた青年が、焚き火の前で踊り狂っている、やたらと肌の白い、銀色のロングヘアをした女を指差した。嬉しそうに指差す青年の顔には、どこか自慢の家族を紹介するかのような雰囲気があった。―――実際、彼女は今、この青年の家に泊めてもらっている。
 火を囲って大勢の人間があぐらをかき、数人の若い男女が舞を披露している。
 その中の一人―――さっき青年が指した女が、なぜかシーナと目が合った。
「え―――?」
 シーナが素っ頓狂な声を上げるより先に、彼女の方は慌てて目を逸らした。
 
 
 
 
 
 
 更に数時間後―――祭りは終わり、皆それぞれの家に戻ろうとしている中、シーナ達は予約を入れておいた村の宿には戻らず、さっきの女性を追いかけた。
 そしてシーナが開口一番に叫ぶ。
「サーシャっ!」
 肌が白いことを除けば、どこからどう見ても生粋のインディオにしか見えない彼女は、呼ばれた瞬間に肩をビクッと震わせ、振り返ることなく言葉を返す。
「わ…私、サーシャなんて名前の人なんか知らな―――」
 最後まで言わせることなくシーナは、彼女の剥き出しの肩甲骨の辺りを指差しながら、
「やっぱり! その背中の変わった形のホクロ、サーシャじゃん!!」
「はぁっ!?」
 実際、そんなホクロなど無かった。しかしサーシャと呼ばれた女は驚いて背中を見ようとして首を後ろへと向け―――してやったり、という笑みを浮かべたシーナと目が合った。
 シーナが笑いを堪えながら言う。
「サーシャ、似合ってんじゃん。その民族衣装……」
 言われてサーシャは、夜でも分かるくらい、露出した白い肌と顔を真っ赤にした。……状況から察するに、サーシャという女はシーナの知り合いであり、何の因果かこの村に住んでおり、あまり知り合いには見られたくない衣装を身に付けていたのだろう。
 しかしサーシャは、シーナの背後に立っていたレニーに向いたとたん、驚愕に目を見開いた。
「お父さんっ!?」
「落ち着け、サーシャ!!」
 レニーに向かって飛びつこうとしたサーシャを、シーナは羽交い絞めにした。
 その束縛から逃れようと暴れる彼女に、シーナは叫ぶ。
「そいつは顔が似てるだけだ!! あんたの親父の勇者サイモンの亡骸は、勇者アレルが発見したって前に言ったろ!!」
 それを聞き、サーシャは暴れるのをやめた。シーナが手を離すと、そのまま地面に崩れ落ちる。
 しばらく彼女は声を上げて泣き続けた。その間にシーナは、仲間達に説明する。
「こいつはサーシャ。大国サマンオサに住む、勇者サイモンの一人娘だよ。サイモンはオルテガと並ぶ、世界を代表するほどの戦士だった。でもサイモンはある時を境に目撃情報が消え―――魔王バラモスが討滅される数ヶ月前に、勇者アレルが亡骸を監獄島で発見した。今頃はロマリア軍の手で回収され、サマンオサ王国の墓地に埋葬されたと聞く。そしてサイモンを監獄島に送り込んで餓死させたのは、サマンオサ国王に化けていたボストロールという魔物で、その魔物自身は勇者アレルとの戦闘中、不利を悟ってキメラの翼を使って逃走した―――サーシャは、サイモンの仇であるボストロールを探して旅をしてるんだよ……」
 ヒミコがボソリと言う。
「……少しばかり邪道かもしれんが、父君の魂を冥界から呼び、生きている人間に憑依させる術ならあるぞ?」
 サーシャの泣き声が止んだ。しかしヒミコは、サーシャに過剰な期待をされても困るので、早口で畳みかけた。
「とは言っても、あれだぞ? まず『一人の魂につき、一度しか誰かに憑依させる事はできない』。……おまけに憑依させられる時間には個人差がある。よほど魂の力が強い人間―――勇者サイモンほどの者ならば長く持つだろうが、それでも十数分しか持たないだろう。だからこそ今ではなく、それ相応の時期を見計らって行うべきだと思うぞ? それから憑依させられる人間にも条件がある。生前、似たような容姿であるほど、長時間の憑依が可能だ」
 瞬間、全員の目がレニーを捉える。
「え? ……お、俺っすか!?」
 サーシャは目を逸らし、
「なんかヤダ。この人、軟弱そうだし……」
 するとシーナが反論した。
「一見すると弱そうだし、事実、こいつは気が弱い。……でもな、こいつや他の仲間も気付いてないが、こいつらカンダタ盗賊団は、半端なく強い戦士だぞ? 本人たちに全く自覚が無いだけでな」
 サーシャが驚いたような目でレニーを眺める。ついでにヒミコも、今のシーナの言葉を聞き、ロックに訊ねる。
「そなたら、そんなに強いのか?」
 それに対し、全く戦闘力に自覚の無いロックは、
「いや、多分それほどでは……」
 と言葉を濁した。
 
 
 
 
 
 
 シーナは、旅をしている目的をサーシャに話すと、彼女は自発的に『仲間にしてっ!』と言ってきた。事実、彼女はシーナと同レベル―――いや、かなり上の魔法戦士であるので、断る理由は無かった。彼女としても、ロマリアで国王成り代わり事件が起こっているならば、あのボストロールが関わっていると踏んでいるのだろう。
 翌朝、泉に向かって森の中を歩きながら、ロックが問う。
「そういえばサーシャ。あんた、えらくスーの文化に馴染んでたように見えたけど?」
 すると彼女は振り返りもせず、
「一度見て、何となく心の琴線に触れる物があってね……。なんていうか、もし敵討ちが終わったら、あの村に骨を埋めたいと思うようになったの」
「あー、何となく分かる気がするな。俺もジパングに行ったとき、真っ先に町並み心を奪われたし、その後に神社のある田舎を見たとたん、もうここに住むっきゃねぇって思ったさ」
 今度はヒミコが口を開いた。
「気に入ってもらえて嬉しい限りだな。わらわも、そなたのような若者が村に来るのはやぶさかではない」
 続いてレニーが、
「俺もサーシャさんの気持ち、分かるッス! なんか俺的にはスーの村の雰囲気や文化、ストライクゾーンっすもん!」
 しかしサーシャは取り合わない。
「ふん。お前がどれほど強いのかは分からんが、少なくとも心が軟弱な人間は、インディオには必要無い。それでもスーに住みたいのなら、まずは私に力を見せるのだな。―――お? 丁度良い、あれを仕留めてみろ」
 森が終わり、そこから先は草原になっていた。サーシャは森が途切れる手前の茂みに身を隠し、仲間たちもそれに習う。
 サーシャが見つめる先には、最大まで成長した牛よりも更に一回り大きな獣―――マッドオックスという、凶暴な羊が草を食んでいた。スーの付近での自然界ではトップに君臨する猛獣で、前に魔王バラモスが放ったシャーマンという魔物や、そのシャーマンが操るゾンビですら、時々この猛獣の被害に遭っている。
 サーシャは挑戦的な笑みを浮かべながら、
「私になら容易いが、さすがに一人で狩れとは言わん。お前の仲間の盗賊とやらと行っても良いぞ? ……ま、無理にとは言わんがな」
 彼女としては、いくら勇気を示すからといって、さすがにこの猛獣の相手をさせようとは思ってない。サーシャ自身なら単身で狩ることもできるが、それを多少は非凡な戦士とはいえ、あまりに相手が悪すぎるからだ。
 レニーは眉をひそめ、その表情だけでサーシャは、彼が弱音を吐くものと確信する。
 だがしかし、彼の口から出てきた言葉は、
「え? あんなので良いんスか? それも仲間まで連れて?」
 そして仲間と顔を見合わせるものの、互いに『何であんなザコを使って試す?』と顔に書いてあった。
「ま、いっか。……じゃ、行ってきまっす」
 瞬間、サラブレッドが憑依したのかと思うような速さで三人が茂みを飛び出し、駆け去っていく。その動きを初めて見るヒミコとサーシャが唖然とする中、まず先頭を走るレニーがマッドオックスの正面に回りこみ、全く同じタイミングでマッドオックスの右後方にディック、左後方にロックが立つ。
 マッドオックスは人や魔物を見ると突進する性質を持っているが、いきなりの登場に戸惑い、何のリアクションも取れずにいた。―――それが彼自身の寿命を、数秒だけ縮めることになるとも知らず。
 次の瞬間には、三人はジパングで購入した刀(一人につき、刀を一振りと、ダガー代わりの小太刀を二振りをシーナに買ってもらった)を抜き、ディックとロックは左右からマッドオックスの太腿に深々と突き刺し、そのまま左右を駆け抜けながら首元まで切り裂いていった。そしてレニーはというと、二人と同じタイミングでマッドオックスの真下に潜り込んで喉元に刀を刺し、そのまま腹部、そして股へと通り抜けていった。レニーが下を潜り抜けると同時、マッドオックスの内蔵が全て、地面に吐き出される。
 しかし三人の連撃はまだ終わらない。
 三人が切り裂きながら通り抜けると同時、瞬時にマッドオックスへと振り向き、刀を二度振るって左右の首、そしてレニーが後足の腿の動脈目掛けて斬り付けた。
 そして最後、接近した時と同じくらいの手際でマッドオックスから離れると、猛獣は全身から鮮血と絶叫を上げ、数秒で絶命した。
 
 
 
 
 
 シーナは、未だに呆然としているサーシャとヒミコに向けて口を開いた。
「あいつらの腕は、これで分かっただろ? 特にサーシャ。あんたはレニーに何かと突っかかってるけど、それは親父さんと顔が似てるのと、それでいて気が弱いところに苛立ってるからだ。……でも今の見ただろ? あいつだけ、マッドオックスの正面から特攻したんだ。ある意味で一番危ない斬り込み役をやってのけたんだよ。それにあいつ―――いや、あいつらの武器は戦闘力だけじゃない。生半可じゃないチームワークさ。こればっかりはどんだけ身体鍛えても中々手に入るもんじゃない。」
 サーシャは何も言えず、未だにマッドオックスの死骸と、それを囲うレニー達を見つめていた。
 シーナは続ける。
「そんなレニーがスーに住みたいって言ってんだ。住ませてやるよう、族長に言ってみろよ。あんな気弱なヘタレでも、見所のある男だぞ? おまけに気が弱いから、将来的には尻に敷きやすいし」
「ああ、それは良いかも……って、何言ってんのっ!?」
 シーナがニシシと悪戯っぽい笑みを浮かべていると、レニー達が帰ってきた。
「ふー、良い感じに身体動かしたっす」
 自慢でも誇張でもなく、本心から出てきた彼の言葉を吟味し、サーシャは思う。
(こいつ……私と互角だ……)
 中級魔法全部(この世界にドルマ系呪文は存在しないので、それ以外)と、いくつかの上級魔法を、強靭な身体能力から繰り出す剣術と交えて扱うサーシャと互角―――レニー自身は魔法を一切使えないことを考えると、身体能力や剣術だけならば、すでに彼の方が上ということになる。
(……何となく、こいつのこと知りたくなったかも……)
 と、そこで今まで沈黙を通していたヒミコが口を開いた。
「ほぉ? 紅くなりおって……。そなた、わらわと同じ二十歳であろう? 歳のわりには、中々にウブではないか?」
「な……何おう!? そーいうヒミコだって、その歳で未婚なのは、あんたの国では生き遅れなのだろう!?」
「まぁの。確かに16歳くらいが婚期という文化だが、世間では女性が最も輝くのは二十代後半と聞くぞ? わらわも早よう次の世代に巫女の座を代わって、所帯を持ちたいものよのぅ」
 ヒミコがすっとぼけた対応をすると、サーシャはいよいよ照れが隠せないくらい紅くなっていった。
 
 
 
 
 
 
「ここが精霊の泉か……池と呼ぶには大きいが、思ったほどではないな」
 辿り着いたのは、スーの集落から徒歩で二日も離れた泉だった。サーシャが口を開く。
「とある木こりが斧を泉に落とした。すると泉から女神様が現れて、『あなたが落としたのは、この金の斧ですか?』と質問される昔話―――あれはこの泉を題材にして作られたんだ。……って、言ってるそばから物を投げ入れようとするなッ!?」
 ディックとシーナが武器である刀を放り込もうとしているのを、慌てて止める。
「ったく、これから私が精霊オルレラ様を呼び出すから、ちょっと待ってな」
 言ってから、サーシャは泉の前まで歩き、片膝をつき、両手を組んで目を閉じ、口を開いた。
「オルレラ様、オルレラ様、スーのサーシャでございます」
 すると泉の中央の水面が光だし、やがて水中から目を閉じた美しい女性が現れ、水面より数センチ上の空間に浮いた。
 精霊オルレラが目を開き、サーシャの姿を捉える。
「久しぶりですね、サーシャ。スーの民となれたこと、心から祝福するわ」
 慈母のような笑みを湛えて言われ、サーシャは平伏する。
「勿体無きお言葉、痛み入ります」
「して今日は何用で? 祭りの日ではないはずですし、あなたの後ろの方々のことも気になりますね」
 するとシーナが一歩前へと踏み出して跪き、口を開いた。
「初めまして、精霊オルレラ様。このような姿をしておりますが、私はロマリアの第一王位継承者であるシーナ・ウィズ・ゼルフォースと申します。我らがロマリア王国、存亡の危機に瀕し、精霊オルレラ様のお力―――いえ、この泉の水を頂きたく参上いたしました」
 そこからシーナは、長々とした事情を説明した。
 
 
 
 
 
 しばらくの間、シーナの話をじっと聞きつづけ、オルレラは俯いた。そして顔を上げ、残念そうに口を開いた。
「そうですか……。それほど強力な聖水があれば、魔物の変化を解くだけでなく、上級の悪魔に致命傷すら与えることもできるかもしれませんね。……しかしそれには大量の水が必要となる。おそらくはこの泉も枯れてしまうことでしょう。それだけは私だけでなく、スーの人々まで困ってしまいます。自縛霊のようにこの地を離れられない私としては、あなた方にはお引取り願うしか―――」
 そこでヒミコが口を挟んだ。
「この地を離れ、別の池や沼に移り住む方法ならば、私が存じております」
「え……?」
 オルレラは驚く。それどころかヒミコ以外の全員が驚き、彼女を注目する。
 誰かが疑問の声を挟む前にと、ヒミコは続ける。
「八百万の神々の中には『龍神』というのがありましてね。森の中で一際古い木、あるいは大きな木には『木龍』が、古い池や井戸、沼などには『水龍』が住まわれているのです。なので無闇に木を切り倒したり、井戸や池などを埋めたりすれば、龍神は住まいを壊された事に怒り、祟るのです。……それを避けるためにも、『木龍』ならば似通える苗木を、『水龍』であれば、水瓶のような物に水を入れ、そして神酒―――まぁ供え物などを供え、そこに引っ越していただくよう龍神に願うのです。精霊オルレラ様であれば、水瓶に移っていただいた後、指定された池や川へと住まいを移しましょう」
 オルレラを含む一同はポカンとした顔になる。オルレラは、恐る恐る口を開いた。
「私は龍神ではありません。しかし龍神とは、確か執着の権化たる存在……。その執着の権化でさえ、己の住まいをそれほどにも簡単に変えるのであれば、恐らくは私にも同様のことは可能なのでしょう。……分かりました、あなた方に協力しましょう」
「本当ですかっ!?」
 シーナが初めて見せる、素直な笑顔を浮かべて立ち上がり、ヒミコを除く他の仲間達が『よっしゃぁッ!!』などと叫んで飛び上がる。
「―――ただし」
 突然オルレラが厳しい顔になって口を開く。瞬間、何とも言えない沈黙が降りる。しかしオルレラは、今度は柔らかな笑みを浮かべて、
「次の住まいは、できるだけスーの集落の近くにお願いね? あの里を、できるだけ近くで守りたいから……」
 再び歓声が上がった。
 
 
 
 
 
 
 一同は、とりあえず精霊オルレラを水瓶に入れた水に移し、それをスーの集落へとルーラを使って持ち帰り、村人たちの前でオルレラを実体化(水面に浮いた姿で現れること)してみせた。そして驚く村人たちに、オルレラは『村の近くの池に引っ越す』と告げた。
 そしてシーナが言う。
「聖水作りに必要なものは全部揃ったわ。ここからは各自で別行動よ。ヒミコ、さっき教えてあげたルーラの使い方はマスターしたね?」
「ああ、完璧さね」
 胸を張って答える。
 シーナは満足気に頷き、
「これからあたしとディックは、ロマリアで秘密裏にあたしの指示通りに動いてくれるよう、ロマリア軍に手を回してくる。それまで残ったメンバーは、ヒミコのルーラを使って、スーの集落の人と協力し、ヒミコが作る大量の聖水のタル詰めをお願いするわ」
 それだけを言うと、シーナはディックを連れ、ルーラを使って消えた。
 残されたのはレニーとロック、サーシャとヒミコの四人だけである。
 ヒミコが口を開いた。
「ちょっとばかり、儀式が必要さね。とりあえず家(ジパングの)に戻って着替えてくる」
 とだけ言って、ルーラを使って消えた。
 するとレニーとサーシャが、
「あ、だったら俺、スーの村を散策してみたいっす」
「なら私が案内してやろう」
 と口々に言い、ロックを置いて歩き出した。
 ロックが慌てる。
「お、おい……! だったらヒミコが聖水作ってる間、誰があいつを守るんだよ!?」
 二人は振り返り、不思議そうに顔を見合わせ、
「だって、この辺には危ない魔物や猛獣なんていないっすよ?」
 ―――それは強者だから言えるセリフであるし、ロックもその強者である。
 続いてサーシャが、
「いいじゃない。そんな何人も集まって着いて行かなくても。あんただって充分強いんだし」
 とだけ言って、本当に去っていった。
 すると背後から、
「待たせたな」
 とヒミコの声が聞こえ、後ろを振り向いてロックは驚いた。
 彼女は悪戯っぽく微笑む。
「どうじゃ? 見違えたろう?」
 上半身はウエディングドレスのような純白の着物、下半身は紅蓮のロングスカートのような異装。
 巫女装束―――ロックが気に入ったジパング文化の中で、初めて見る衣装である。
 ヒミコは不思議そうに辺りを見渡し、
「レニーとサーシャはどこに行った?」
「ああ、あいつらならデートだとよ……」
「ふむ。ま、皆で行くこともあるまいか」
 とだけ呟き、右手を振り上げて、
「ルーラ」
 次の瞬間、スーの集落だった景色が一変し、再び泉にまで戻ってきた。
「さて……まずは清め水から作るか」
 ヒミコが聞いたことの無い呪文を、泉に向かって唱える。するとただでさえ清浄なる水は、まるで宝石であるかのように輝きだした。
「……これが清め水だ。魔を祓うのが聖水であるのに対し、清め水は物体をより清くするものだ」
 ヒミコが今ひとつ分かりにくい例えを出すが、ロックには理解できなかった。
 構わずにヒミコは続ける。
「さて、ここからが聖水作りだ。……時にロック、そなたら大陸人はルビスやガイアという神を信奉するのが盛ん―――むしろ絶対神のようになっておるそうだが、当然ながら聖水の作り方というのも心得ているのだろう?」
 どこか挑戦的な問い方だった。
 ロックは毅然として答えた。
「全くもって覚えてない」
 真っ直ぐな眼だった。ヒミコはずっこけかける。
「お、覚えてないということは、少なくとも一度は教わったのだな?」
「ああ。ガキの頃から教会で何度かな。たしか綺麗な水と、小量の塩が必要なのは覚えてるんだが……」
 ヒミコは頭痛を覚えたのか、眉間を指で押さえる。
「……仕方あるまい。わらわが言霊法(ことだまほう)を用いて手本を見せてやろう」
 と、そこでロックは、ずっと気になっていたとある質問をした。
「その言霊法ってのは、本当に口にした言葉の通りの現象が起こせるのか? 魔法みたいに火が出たり、雷が出たり……」
 するとヒミコは目をパチクリと瞬かせ、次いで腹を抱えて笑い出した。
「ふ、ふふふはははははっ!! た、たまに大陸人がそういう勘違いをすることはあるな。……実際には限られた力しかない。足元に転がる小石に向かって『動け』と命じたところで、毛の横幅ほども動きはせぬ。あくまでも精神的な―――物理的・魔力的なもの以外にしか干渉できぬ。主に『清める』、『祓う』、あとは……元気付けるとか、慰めの言葉を紡ぐくらいさね」
 意外な返答に、ロックはしばし唖然とし、やがて納得する。どうやら世の中には、こういう能力もあるらしい、と。
 
 
 ヒミコは彼に背を向け、懐からやや大きめの瓶―――ジパング製の『清めの塩』を取り出した。その瓶を左手で持って掲げ、右手の人差し指と中指をピンと伸ばし、
「我は汝、地の被造物生ける神によりて―――」
 伸ばした右手の二本指を、左手に持った塩の瓶の前で十字を切る。
「聖なる神によりて―――」
 十字を切る。
「全能の神によりて―――」
 十字を切る。
「祓い清め、精霊と人の子の主なる神の御名によりて、地の被造物よ、造り主を崇めよ。子なる我らが救い主、ガイア神と精霊ルビスの名によりて……」
 今度は右手の二本指で泉を示し、
「水の表に大空を造られし、全能の父なるガイア神の御名において、子なる救い主精霊ルビスの御名において、我は汝を神に仕えるよう清める」
 十字を切る。
「父と子と精霊の御名において……」
 ヒミコは瓶の蓋を開け、それを泉の端に立って、ゆっくりと振りかけながら、泉を一周する。やがて全ての塩を撒き終えると、再び朗々と祝詞を唱え始める。
「おお神よ、天地の主よ、天地の万物の主よ。目に見え、また目に見えぬ主よ、我は御身に祈らん。力ある御右手を、これらのエレメントの上に差しのべ、聖なる御名によりて、これらを清められんことを。願わくわこの塩が肉体の健康に役立ち、この水が魂の健康に役立つように。これらが用いられるところから、あらゆる不幸の力、あらゆる悪の迷妄と手管が追い払われるように。我らが救い主、ガイア神と精霊ルビスの為に……!!」
 
 
 泉が、魔力とは異なる特殊な力―――『呪い』とも『気功術』とも異なる未知の力により、文字通り発光しだした。
 ―――本来、聖水というのは、完成する瞬間に発光するものであり、幼い頃のロックの記憶の中で、ノアニール村の神父が作って見せた聖水も、確かにコップ(そのときはコップ一杯の聖水しか作らなかった)の中の聖水が光ったのを覚えている。
 しかし目の前にある泉は、まるで目が焼けない程度に光量が押さえられた太陽のように光っている。
「これは……我ながら会心の出来だな」
 ヒミコが呟くと、泉は光を失った。光るのは完成してから数秒間だけである。
 後には清らかな―――それはそれは清らかな水だけが残された。
「さてと……聖水も完成したことだし、そろそろスーの連中も呼んで来ようかの。―――時にロック」
 それまで聖水を作っていたヒミコの姿と、その後に完成した聖水の神々しさに見惚れていたロックは、呼ばれて、ようやく正気に返った。ヒミコは苦笑しながら、
「無理もなかろう。人とは極端な聖なる存在や邪(よこしま)なる存在に心が奪われやすい生き物だしの。……してロック、お主に問いたい事柄がある」
「な……何だよ?」
 ヒミコの目が、すぅっと細められた。無表情なのに、無音の圧力を、ロックは確かに感じた。
「……そなた、前にジパングに住みたいと言っていたな? 町を見ただけで心を奪われ、その後にわらわの住む村を見て、もうここに住むしかないと感じてしまうほどに、と申しておったな? ……茶化さず、真面目に答えて欲しい。それは本心か? それとも実は軽口叩いただけで、ロマリアの問題を解決すれば、また仲間と共に盗賊に戻るのか?」
 ロックは、彼女の言葉を真剣に考える。彼女の無表情から、その胸中を察する事はできなかった。
(この女、俺に惚れてるのか? それとも別の意味があるのか―――)
 自問自答する彼の胸中を逆に悟ったのか、ヒミコの方から口を開いた。
「なに、気にするでない。わらわはジパングの……そなた達で言う、宗教の最高指導者だ。夢見やお告げを通して、何らかの指示を神から得ることもある。そなたへの問いは別段、国の行方を左右する物ではない。わらわの村の、ある者の幸・不幸に関わる―――とだけ言っておこう」
 自分の発言次第で、その人物の人生が決まる―――可能性だけならば様々だが、一番ありがちな可能性を挙げるならば一つしか無い。―――その村の誰かと結婚するのだろう、自分が。
 ロックは覚悟を決め、本音を言った。
「俺はジパングに―――あの村に住みたい。例えよそ者嫌いな村だとしても、あんたの口添えがあれば邪険にされることもないだろう? 俺も見た目だけならジパング人だしな。今の盗賊仲間は―――たぶん離散するな。たまに会うかもしれないが、レニーは俺と同じようにスーに住みたいって本気で言ってたし、ディックに関しては―――正直、どうなるか分からん。ただ期待はしたいな。あいつとシーナの関係に……」
 それを聞いて、ヒミコは柔らかに微笑んだ。
 そして彼に背を向け、
「そなたへの質問―――わらわにとても良い返答だった。礼として、ある物を渡そう。―――数日後になるがな。ま、ロマリアでの決戦までには間に合うであろう。これらの聖水を使って鍛え直さなければならぬのでな」
 ロックは、自分の予想が当たっているだろうと悟る。しかも幸せになるという意味で。そして今の彼女の雰囲気からして、おそらくは彼女と―――
 その先へと思考が辿り着き、彼は頭を振って、
「……ある物って何だよ?」
「聞いて驚くが良い。草薙の剣だ」
「クサナ―――何だって?」
「ふふ……案外、そなたの運命を左右する切り札となるかもしれぬぞ?」
「俺の運命をって……さっきの問いへの答えで、誰かの運命が決まるんだろ? だったら俺の運命も決まったようなもんじゃ―――」
 しかしヒミコは急に真剣な顔になり、
「宿命と異なり、運命は変わる可能性がある。……当然ながら、悪い方向に変わることなど、運命通りに進むよりも遥かに多い」
 ―――ちなみに宿命と運命を同じものと考える人間は多いが、実は別物である。宿命は『人間はいつか必ず死ぬ』というように回避不能の未来であるに反し、運命は運や行いの良し悪しによって変化することなどザラである。
 ヒミコはゆっくりとロックへと振り返り、
「だから―――死ぬな、ロック」
 彼女の目は、未だかつて見たことも無いほど、切ない目をしていた。
 
 
 
 
 
 
「お父さんは立派なだけじゃなく、強くて頼れる人で……優しかったんだ」
 サーシャは、レニーに村を案内しながら呟いた。
「元々は傭兵でね、サマンオサのお姫様の近衛兵をしていたお母さんと結婚して、そのままサマンオサ軍の騎士になったんだ。……私が生まれてすぐ、お母さんは死んでしまったから、家族と呼べるのはお父さんだけだった」
「家族―――か。羨ましいな」
 レニーの呟きに、サーシャは目を見開き、そして目を逸らして言った。
「そうか。それは済まない……」
「いや、いいんすよ。物心ついた頃には村の孤児を預かる教会で暮らしてたし、そこに居た全員が家族―――ってほどでもないか。その中でも家族みたいに仲が良かったのは、ディックとロック、あと数年経ってから親を失ったカッちゃん―――カンダタっていう、今は死んでしまった仲間だけっす。だから本物の家族ってのがどういうものか、今一つ分からないっすね」
 レニーのあっけらかんとした答えに、サーシャは苦笑する。
「―――ねぇサーシャ、もしロマリア城で人間に化けてる魔物が仇のボストロールで、それを討ったら、君はこの村に住むの?」
「ああ、もちろん」
 迷いの無い即答だった。
「でも同時に、仇を討つまでは定住するつもりは無いね。―――って、もしかして不可能とか思ってない?」
「……まあ、な。だって世界中のどこに居るのかも分からない魔物っしょ? 俺も魔物とか、そいつらがやって来るという魔界っていう異世界の事とか、あまり詳しくはないけど、もしかしたらそのボストロールって魔界にいるかもしれないっすよ?」
 サーシャは、ゆっくりと首を横に振った。
「それだけはないよ。そもそも魔物ってのは、『溶岩魔人』みたいに、この世界に元から棲息しているのと、魔王軍のように魔界からやって来るのがある。そして魔界から来る場合、ただの異世界を渡るのと違って、膨大な魔力を消耗することになるの。だからこそ魔王軍の全員が魔力を出し合い、軍の全員で一斉にこの世界へと渡ってくることになるし、おまけに魔界へ帰る手段は存在しない。―――無論、ただの異世界へと渡ることも並大抵じゃない魔力が必要になる。つまりボストロールは、この世界のどこかに居ることになるわ」
 ―――正直なところ、彼女の推測には穴がある。実際には大魔王ゾーマがこの世界と、異世界アレフガルドを繋いでいるため、ルーラやキメラの翼で簡単にアレフガルドとを行き来できる状況にある。
 そのことを知らないまま、彼女の説明を聞き、レニーは質問した。
「……でも誰かに討滅されてる可能性あるんじゃないの? そりゃ人間の力なんてたかが知れてるけど、中には怪物じみた人間ってのもいるじゃん。勇者アレルだって前に2回も戦ったことあったけど、1回目に戦ったときよりも、2回目の方が遥かに強くなってたよ? たった数ヶ月しか経ってないのに。あれなんか今頃、魔王以上に強くなってるはずっすね。なんたって魔王を倒したんだし」
 サーシャは驚いた。
「レニー……あんた勇者アレルに会ったの?」
「え? うん、一応ね。サーシャこそ知り合い?」
「まさか。……ただボストロールと渡り合ったほどの人間なんだから、話だけでもしてみたかったんだけどね。……あ、そうそう。ボストロールは今でも生きてるよ。異世界に行けないならこの世界に留まるしかない。そしてあれほどデカい怪物が、簡単に姿を隠せるはずがないんだよ。地域は別々なのに、世界中で目撃情報が相次いでる。……たぶん、前みたいに人に化けるなんてのは、簡単にできることじゃないと思うよ。だからこそボストロールは、いまロマリアで他の魔物と一緒に化けているはずなんだ。自分にとっての平穏を手に入れるために……」
 遠くを見つめながら、彼女は拳を強く握った。
 と、その時だった。
「おーい、お前さん達!」
 少し離れた所から、頭に羽飾りを村で一番多く付けた、初老の男がやって来た。
「長老! どうしたんですか?」
 サーシャが問う。どうやら彼がスーの長老らしい。
「さっきヒミコさんとシーナさんが戻ってきなすってな。これから村人総出で、作った聖水を樽詰にするそうだ。……してサーシャ、お前さんはシーナさんやその仲間と共に、聖水以外にロマリアでの作戦に必要な物を揃える旅に着いてきてほしいそうじゃ」
「聖水以外に必要なもの?」
 レニーが首を傾げるが、いくら考えても答えは出なかった。もっとも、策を練れば練るほど、作戦の成功率は高くなるし、効率良く戦えるようにはなるだろう。今はただ、シーナの指示通りに動けば良いだろう。
 すると長老が、
「時にサーシャや。そなたはこれから仇を討つ旅に出るのであろう? だったらぜひとも持っていってもらいたい物がある」
 と言って、マントの下から二振りのやや大きな片手斧を取り出した。
 瞬間、サーシャが驚愕する。
「そ…それは神器のトマホーク! ちょ、長老、いくらなんでもそれは受け取れませんっ!」
 トマホーク―――かつてインディオ達が生み出した投げ斧だ。中でもこのトマホークは神器として儀式に使われる、豪奢で、とてつもない威力と魔力を持った斧でもある。決して二刀流で振り回すのには向いてない。……一応は片手・両手で振れるバスターソードのような利点はあるものの、長時間ずっと片手で振り回せるような重さではない。儀式でも、このトマホークは一組の男女が振り回すようになっている。
 長老は穏やかな顔で言った。
「お前さんの仇であるボストロールとやらがロマリアに居て、そ奴を討つ、あるいはロマリアにおらなんだら、またスーに返しに来ればええ。……もしボストロールを討つことができれば、そこの小僧や、お前さんが泊まってる家の小僧と、このトマホーク持って踊ってもええんやぞ?」
 『そこの小僧』でレニーを視線だけで示し、次いでサーシャが泊まってる家を顎で示した。レニーは知らないことだが、その家にはシーナ達がこの村に来て最初に会った青年が住んでおり、その青年はサーシャに恋している。
 ―――そしてこの村で神器である二振りのトマホークを男女で持って踊るというのは、婚姻の儀式でもある。
 サーシャは元から白い肌を真っ赤に染めて叫んだ。
「ちょ、長老っ!!」
 長老はカッカッカッと笑うだけで、何も答えない。レニーだけが不思議そうな顔をして首を傾げる。
 ふと長老は思い出したかのように口を開いた。
「時にお前さん達、そのトマホークを持ってジパングに向かいなさい」
 すぐさま、二人はその意味を察した。
「……鍛えるんすね?」
「ああ。今回は特別に、強力な聖水がある。塩が混じってるとはいえ、その濃度も低いから、サビなどの問題も無いだろう。刃物の鍛え方は知っておろう? 赤熱するまで焼いて、叩いて、冷水に突っ込む。―――人生にも似た鍛え方をして、刃物は強くなる。ましてや聖水を使って鍛えた刃物は『聖なる刃物』シリーズとして、大陸では名を馳せているのだろう?」
 レニーは頷く。
 もっとも、聖なる刃物というのは、実はそれほど人々から神聖視も特別視もされてないが……。
 サーシャは長老の前で気をつけの姿勢になり、表情を引き締めて言った。
「では……行って参ります」
 深々と頭を下げるのを見て、レニーもそれに倣うと、長老はやや寂しそうな笑みを浮かべ、
「必ずだ。……必ず帰って来い、二人とも」
 とだけ言った。
 
 
 
 
 
 
 冒険の日々は、まだまだ続いた。
 強力な聖水を大量生産し、それを樽詰めし、ルーラを使ってロマリアに戻り、シーナの息が掛かった兵士達(小隊長以下の兵士しか居ない)に、聖水を樽から瓶に詰め直すように指示し、何人か腹心の参謀にそれらの作業を任せ、シーナはディック達盗賊団や、ヒミコやサーシャと共に再び旅に出たのだ。
 正直なところ、『聖水で魔物の変化を解く』という作戦は、100%成功するという確証が無い。となるとせっかく用意した聖水は無駄になるのかというと、決してそうではない。これほど強力な聖水ともなれば、相当な武器ともなる。よって聖水を掛けても変化を解く事が出来なかった場合、次なる作戦にて聖水を武器として使うことになる。
 いま彼女が旅をしている目的は、その『次なる作戦』の協力者と、その後に絶対不可避でもある『変化の解けた魔物との戦闘』で戦力を集める事である。
 シーナ姫しか持ってない印鑑を押した秘密文書を送り、ロマリア国王の誕生祭に出席する各国の国王に事情を説明し、『護衛の兵を不自然にならない程度に増やし、なおかつ選りすぐりの兵士や騎士のみを連れてくるように』と知らせて回った。無論、国内各地に住む、誕生祭に出席する貴族にも同じ事を伝える。
 またこれはシーナしか知りえない情報であるが、彼女が個人的に所有するマジック・アクセサリーには、魔物が人に化けているのを見破る力があり、今のロマリア城には魔族の中でもトップクラスの魔物達が人間に化けてひしめいているのを知っている。いかに魔物とて人間と同じように兵士の数で押されればある程度は丸め込めるものの、やはり大きな犠牲を生む事になり、同時にそれらの魔物の活躍により、混戦状態の中で魔族側が起死回生する可能性もあった。
 それを防ぐためにも、今は特殊かつ強大な力を持った仲間が必要だった。
 そしてシーナは思う。
 これほどものツワモノ魔族が揃っているということは、魔族側にとって最後の足掻きなのでは? と。
 
 
 シーナ―――いや、ロマリアの一握りの人間は知っている。ノアニール事件の真相を。
 
 
 あの村に残されていた文書の中には、異世界の魔王だけでなく、この世界の魔王についても書かれていた。魔王バラモスだけでなく、この世界の一握りの人間しか知らない大魔王ゾーマなるものの存在を。そしてそのゾーマをも討滅する、勇者アレルの存在を。
 もしゾーマがまだ健在だとすれば、今ここでこの世界の軍事力を集中させる作戦を練るのは危険だ。兵力は温存しなければならない。しかし魔族側がロマリア城を内側から乗っ取る―――それもトップクラスの魔物まで居るともなれば、魔族側は大魔王を失って焦っているということになる。
 それを確かめるため、シーナ達はアリアハン王国の―――勇者アレルの自宅へと向かった。
 この勇者こそ、この世界の神が遣わした、大魔王ゾーマを倒すための切り札なのである。―――無論、100%ゾーマを倒せるという保証は無い。あくまでも神にとって、魔王を討滅する唯一の手段であり、同時にそれを成功させるため、神は勇者やその身の回りの人間の人生に上手く干渉しようとする。
 もしゾーマが討滅されているとすれば、残された魔族は生き残りをかけて人間社会に溶け込もうとするだろう。そのための隠れ家として、ロマリアという大国の城を内側から乗っ取るという作戦に出る―――それなりに筋の通った作戦である。
 きっと勇者アレルの母、エミリアならばゾーマの存在を知っているはずだ。ならばアレルから、現在の旅の進捗状況を聞いていても不思議ではない。
 
 
 
 
 
 一同は王都アリアハンに着き、人づてに聞き込みながら、勇者アレルの家を見つけ出した。―――ちなみにだが、異文化のヒミコは目立たないよう、大陸人として平凡な衣服を身に着けている。
 様子見のつもりで窓から家の中を覗き込み、即座に反応したのはディックとレニー、ロックの盗賊だけだった。
「家の中がもぬけの殻だ! なんか知らねぇが家財を売っ払ってやがる!!」
 この家に辿り着くまでの間、一つの噂を聞いた。

『この家の老人(アレルの母方の祖父)が、最近亡くなられた』―――と。
 
 それがこの現状に何の関係があるのか分からなかったが、何かが起きてるのは分かる。家の主が引っ越したという可能性は無い。この世界の宗教上、亡くなった血縁者の供養をしなければ生まれ変れない、とされているからだ。……災害や戦争で一族郎党が死滅した場合は、教会関係者の供養によって生まれ変るとされているらしいが。
 シーナ達一同は、一斉に玄関から屋内へと駆け込んだ。
 建てられてからそれなりの年月を経ているにも関わらず、家財全てが無いというのは、いささか真新しさを感じさせるものの、どこか不気味だった。
 シーナは叫んだ。
「何でも良い! 何か手がかりを探せっ!!」
「待て!!」
 すぐさまヒミコが引き止める。
 そして何も無い中空を指差し、
「この家で亡くなったっていう老人に聞いた方が早い」
 仲間達は彼女の言葉の意味を、すぐには理解できなかった。しかしヒミコは構うことなく、ミニスカートのポケットから御幣(ごへい:巫女さんが祈祷に使う道具)を取り出し、右手で振りながら聞き慣れない言語で祝詞を唱える。
 ―――次の瞬間、何も無かったはずの空間に半透明な老人の姿が現れ、一同は彼女の言葉の意味をようやく理解した。
 しかし誰も幽霊という存在に怯えたりはしない。シーナは人種差別―――いや、種族差別すらしない性格の持ち主であるし、ディック達盗賊団は過去に異界の神にすら会っているので、今さら気にはならない。巫女であるヒミコは言うに及ばず、サーシャに至っては父サイモンの幽霊に会いたいとすら思っている。
 シーナは老人の幽霊を視界に収めるなり、すぐに口を開いた。
「爺さん。あんたアレルの祖父だね?」
 老人は静かに頷いた。
 ヒミコがしみじみと呟く。
「ま、死んでから49日以上経ってなくて良かったね。それ以上すると霊界に召されるから、呼ぶのに時間がかかるし……」
 すると老人は、肉声ではなく、頭に直接響いてくるような声で口を開いた。
『そなた達はこの家に何をしに来た? 引き払っているとはいえ、かつての我が家を他人に蹂躙されるのは不本意なのだが……』
 わりと不快な色が混じる言葉に、しかしシーナは屈せず、
「悪いとは思ってる。でもあたしは一国の姫として―――そして世界の運命を左右する立場に立ってしまった者として、どうしてもエミリアさんに聞きたい事があったんだ。爺さん、エミリアさんの居る場所に心当たりは無い?」
 老人は中空に佇んだまま目を閉じた。
 そしてゆっくりと開き、
『ワシは死ぬ一ヶ月前から、妙な予知夢を見た。最初は道端で小銭を拾うたり、馬車に轢かれた野良犬の死骸なりを、やたらと鮮明で正確に再現した夢だった。……しかし日を経るごとに内容はエスカレートし、ワシは悟ったんじゃ。神がワシに予知夢を与えた事を気付かせ、その上で重大な“何か”知らせようとしてるのだと。―――そして最後に見た予知夢は、次の6月3日に勇者アレルと、死んだとされていた記憶喪失の勇者オルテガが別々にパーティを組み、互いの生存を知らないまま大魔王ゾーマの城に乗り込もうとしている―――というものだった。これをエミリアに伝えてから数日後、エミリアは家や家財を全て売り払い、旅に出た。……恐らくはあの子も、この大戦の礎となる定めだったのだろう。あれでも相当な賢者であるからな……』
 それだけを聞き、シーナは思案する。
(……作戦は決行ね。世界中から戦力を集めないと……)
 彼女がすぐさま戦術を立てる横で、ディックは問い掛けた。
「なぁ、爺さん。オルテガさんは今、どこに居るんだ?」
『この世界の隣にある異世界―――アレフガルドに居る』
 アレフガルド―――聞いたことの無い単語だった。老人の返答から察するに、異世界そのものの名であるらしい。
 続けてロックが質問する。
「6月3日にゾーマの城を勇者たちが襲撃するんだよな? 俺たちはちょっとしたツテから、アレルがゾーマを倒すために神が用意した真の勇者だと知った。爺さんが見たのが予知夢だってんなら、勇者が勝ったのかどうかは分からないのか?」
 すると老人の幽霊は、ハンと鼻で笑い、
『いかに先読みに優れた神ですら、未来は分からない―――世間一般の常識だろう? 結末は神にすら分からない事だ。しかし6月3日という未来を夢で見せたということは、神が予想したこの日付の勇者の行動は、もはや外れようが無いと確信されてのことだろう。そしてその事実を誰かに伝えるべく、神はワシに夢を見せた。最初はエミリアをオルテガやアレルの元に向かわせるつもりだと思っておったが―――いま確信した。そなた達にも伝達するよう、神は計画したのだろう』
 シーナは静かに目を閉じ、そしてゆっくりと答えた。
 
 
 
「ああ、間違い無くそうだ。6月3日はロマリア国王の誕生祭―――つまり決戦の日だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき。
 文化ネタや宗教ネタが飛び交っているので、少しだけ説明させていただきます。
 
 
 トマホークという、投げることに特化した斧は、インディアン(ポルトガル語やスペイン語ではインディオ)が作り出したものです。ただ作中にあるように、それを振り回したりする儀式は存在しません。……そもそもインディアンの儀式って、どんなのがあるのかという情報自体、ぜんぜん見つからなかったので、その辺りは適当に作りました。
 
 
 あとインディアンの髪型は、男女ともども三つ編みとのことでした。なんでも彼らは髪に霊力のようなものが宿るという考えがあるらしく、髪を長くする風習があり、その風習がどういう経緯をたどったのか、三つ編みになったのです。
 
 
 サイモンの娘、サーシャについて。ゲーム本編にサイモンの家族が登場したのかどうかは覚えてないので、とりあえずオリジナルキャラを出してみました。
 『デュラララ』という小説でサイモンというロシア人が登場していたので、サイモンという個人名はおそらくはロシア人系なんでしょう。なのでロシア人風の女性名をと考え、『とある魔術の禁書目録』に登場したサーシャという名前を用いました。
 
 
 宗教ネタについて。
 龍神というのが神道なのか、それとも別系統の宗教なのかは分かりませんが、一応はうちの宗教でも存在を認めています。(龍神は崇拝してませんけどね)
 作中にあったとおり、大きな木を切り倒したり、池や井戸、沼などを埋め立てたりすると祟るとのことです。ぶっちゃけ、そういった祟られそうな職業には就きたくないですね。作中のような方法で引っ越ししてもらえれば問題ないでしょうけど、面倒ですし……。
 
 
 聖水の作り方。
 インターネットにて、キリスト教での聖水の作り方を見つけたので、そのまま使いました。所々に出てくる『イエスズ・キリスト』という単語を消し、代わりにガイア神と精霊ルビスという単語に変えただけで、あとはそのままです。
 聖水は自宅で簡単に作れるものらしく、教会で貰ったりするものではないみたいです。―――ゲームの中の村人は、大してレベルも高そうにないのに、どうして村の外まで出かけられるのかと不思議に思ってたのですが、これでやっとその謎が解決しましたね。まさか自宅で作ってたとは……。そしてまさかネットで、お手軽な聖水の作り方が検索されるとは……。
 
 
 以上で今回の細かい設定の説明は終わりです。
 ぶっちゃけ、次回辺りで私の好きな戦闘シーンが出てきます。これまできめんどうしや溶岩魔人、マッドオックスしか登場してませんしね。
 ……あと一応は言っておきますが、私が書くドラクエ小説では、全てのモンスターが魔王の手下というわけではありません。そもそも魔物と猛獣とを区別しています。
 魔物とは生物的に“ありえない存在”であり、悪魔系や物質系、そして一部のゾンビ系ということにしています。なぜゾンビ系は一部だけかというと、これはこの小説の後の方の展開で説明します。―――前にリザードマンを登場させた際、彼らを『魔物』と表記してしまいましたが、それは私のミスです。私の中ではドラゴン系は動物であり、魔王の眷属であるから『魔族』という区分になってます。ちなみにドラクエ3に登場するドラゴン系は全て魔族ですね。
 またそれとは別に猛獣というのが存在し、たまに魔族が猛獣に襲われたりします。
 
 
 だったらスライム系は?
 ―――知りません。あれだけは私のイメージの世界を完膚なきまでに叩き壊してしまうので、あまり考えたくありません。




[31001]  3話 決戦開始
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/06/11 22:32
 はじめに。
 
 この物語は前回の『2話 聖水の作り方』から、かなり時間が経ってます。その間、新たな協力者が増えていたり、レニーやロックに続き、ディックも新たな武器を手に入れたりしてます。








 6月1日の夕方。
 国王の誕生祭を翌々日に控え、街中が浮かれた空気になりつつある中、偽ロマリア王は街外れの刑務所を訪れていた。
 この刑務所は表向き、極悪犯を収容する高等刑務所を増設するという名目で新設されたものだが、実際は違った。本物のロマリア王を始め、大勢のロマリア城に住む重鎮たちを閉じ込めるための施設である。
 偽ロマリア王は門をくぐり、地下へと続く階段を下りた。そこには個室の牢屋が並んでおり、その中の一室の前で、彼は足を止めた。
「久しぶりだな、本物」
 その牢屋の中の人物―――本物のロマリア王は、牢屋の外にいる人物の姿を認め、
「ずいぶんと痩せたな、偽物」
 と答えた。
 偽物が笑いながら口を開く。
「こんなジメジメした牢屋で激痩せしてるお前には言われたくないな。どうだ本物? 聞いた噂では、お前は戯れで国王の座を部下や客人に譲ってるそうじゃないか。その間のお前は民間人を装ってるそうだが―――牢に入る犯罪者の気分は初めてだろう?」
「ああ、斬新な感覚だな。そういう貴様こそ、ずいぶん苦労してるみたいじゃないか。サマンオサで魔物が国王に成り代わる事件があって以来、各国で人間に化けてる魔物が検挙され、処刑されることが相次いでいる。ましてや貴様は一国の王だ。下手な振る舞いは、化けの皮を剥ぐことになる。その上で訊こう。―――どうだ? 国王になった気分は」
 偽物の顔が、僅かに顰められた。
「…………想像以上に苦しい立ち位置だな。こちらとて変化が使える人材は無限ではない―――城内の全ての人間を魔物と入れ替えることはできなかった。よってお前が行ってた仕事というものを学ぶ必要があった。しかしそれでも城内の者たちは、私の働き振りを快くは思ってないようだな。魔物かと疑われることはないが、最近では『国王もついにボケた』とか『あいつ、実は無能だったんだ』などと蔑まれつつある。それにお前の娘―――シーナ姫がエルフと駆け落ちしたせいで、想像以上に苦労させられたぞ」
 本物はしてやったりという笑みを浮かべながら、
「そうだろう? 私とてずいぶんと苦労してきたのだからな。ましてや兵を扱う時なんぞは大変だった。戦うことが好きであの職に就く人間だ。目立った命令違反は無いものの、あまり頭を使う任務には向かず、ただ暴れるしか能が無い。―――少しだけ魔王に同情した」
「ああ。私もお前や大魔王様の気持ちが分かる気がした。だがこれはこれで勉強にもなる。それに私ほど長く、お前から王の座を譲ってもらった者も居ないだろう。感謝するぞ」
 偽物は続けて、
「そうそう、一番感謝したいことがあったな。……お前がベッドの下に隠していた年代物の超高級ワイン、美味かったぞ?」
「貴様ッ……!!!」
 本物が憤怒で顔をゆがめていく様を眺め、偽者は愉悦の表情を浮かべる。
「あれが金で買えるではないと知ってのことかっ!? イシス国の女王と会談した際、土産として持ってきたウン十年ものの最高級品なんだぞっ!! 食卓で他の重鎮たちと分け合うのが嫌で、こっそり部屋に隠したというのに―――ここに投獄されてから、あの味を想像しながら生還することだけを考えてたというのに……よくも…よくも――――――――ッッッ!!!!!」
 ―――大国ロマリアの王は、実に腐りきった人柄であった。
 本物が号泣しながら叫ぶのに対し、偽物はいよいよ高笑いし、また他の牢屋に入っていた重鎮たちは今の本物の王の言葉を聞いて『酷いです!』、『なんで俺に言ってくれなかったんですか!?』、『知ってたら私が自分の部屋に隠したのに……ッ!!』などと叫びだす。ロマリア国の王室は、どうやら腐った死体以上に腐りきっているようだ。
 偽物は笑い声を潜め、再び口を開いた。
「私がお前に成り代わっている間、酒だけが楽しみでなぁ。仕事が忙しいから毎日は飲みに行けないが、お前がサイフに常備している『酒場でツケにしてもらえる券』はかなり役立ってるぞ? 仕事柄、小遣いというものが存在しないから、月に一度は貰えるあの券の束だけが私の財産さ。その飲み代も、城にしか請求されないしな」
 と言いながら、偽物は今日もらったばかりの券の束を全て収めた財布を取り出そうと、懐に手を入れ―――そこに自分では入れた記憶の無い紙が入っていることに気付いた。不思議に思いながら取り出してみると、それは割と豪奢な装飾が成された封筒だった。
 本物がそれを見た瞬間、
「何だ……貴様もこの街の洗礼を受けたんだな……」
 とだけ呟き、先程までの怒りを忘れたかのように笑い出した。
 偽物は『洗礼』と『貴様“も”』の辺りに首を傾げつつも封筒を開き、中の手紙に書かれた文章に目を通す。そこには簡潔に一行だけ、こう書かれていた。
 
 
 『サイフは頂いた。ジョセフィーヌより』
 
 
 
 
 
 
 
 
 6月3日の朝、数日前から立ち並ぶ出店などで、街はごった返していた。
 誰もが浮かれた雰囲気で、油断しきっている。
 そんな中、ロマリア兵だけは緊張した空気を纏っていた。
 直立した兵士たちに、ダニエル小隊長は言った。
「いいか? 偽の国王が祝辞を終え、発泡酒の掛け合いが始まると同時に、俺たちは近くの中隊長以上の人間に聖水をかける。それで変化が解けたら『魔物だ!』と騒ぎ立てながら攻撃し、もし変わらなければ様子見だ。聖水をかけても変化が解けない可能性があるとシーナ様が言っていたしな」
 彼らはシーナの息が掛かった兵士である。
 すると、彼らに向かって近づいてくる人影があった。―――フェリックス中隊長である。彼は直立する部下たちを見て感動したのか、
「おお! ずいぶんと気合が入ってるじゃないか! 式典の最中も、その気合で警備を頼むぞ」
 彼は気を良くして去っていった。
 その後姿を眺めつつ、一般兵はダニエル小隊長に問う。
「あれも………魔物なんすかね?」
「……まだ何とも言えん」
 式典が始まる15時まで、あと6時間だった。
 
 
 
 
 
 
 式典まで、あと1時間になった。
 その時、偽ロマリア王は自室で身だしなみを整え終え、紅茶をすすりながらくつろいでいた。時間が来れば、大臣に化けた仲間の魔物が知らせに来て、そこで国王はベランダへと何人かの重鎮と護衛兵を連れて出て、そこから中庭に集まった大勢の民間人に長々と祝辞を述べる―――そういう手はずになっている。
 それまでの間の、一番リラックスしている時間に、扉をノックする者がいた。
「失礼します」
 かなりの高齢な男性だった。右手には見ただけで高級品と分かる木の杖を持っているが、背筋は真っ直ぐに伸びている。どうやらその杖は松葉杖ではなく、魔法使いとしての杖なのだろう。宮廷魔法使いだろうか? しかし偽ロマリア王は首を傾げる。このような顔の者が、果たしてこの城のどこかに居ただろうか。
 すると老人は片膝を着き、頭を垂れながら口を開いた。
「魔物の陛下。わたくしはジパング地方に太古より住まう、妖怪―――魔物の『きめんどうし』と申します。先日、故郷を人間どもに追われ、さまよっていたところを、この城の魔物の方々に拾って頂きました。この御恩を返すべく、今後ともこき使って頂きたく存じます」
 どうやらただの挨拶回りのようだ。
(しかし世知辛い世になったな。この世界の魔物が人間から迫害され、故郷をも追われるようになるとは……)
 元来、きめんどうしを始めとする、彼らの色違いの魔物は大した戦闘能力をもってはいない。唯一の武器は魔法で、しかしMPが低いため、強力な魔法を扱える者が少なく、仮に使えたとしても連発できないのが実情だ。当然、魔物という存在に恨みを持った人間や、単に名声欲しさに『魔物ハンター』と名乗る冒険者から一方的に殺戮されるのは、彼らのような弱小の魔物ばかりだ。
 彼の生い立ちに軽く同情し、そして口を開いた。
「そうか、そなたも大変であったな。同胞として、今後ともそなたの活躍に期待するぞ」
「ははぁ! ありがたき幸せ!」
 老人は立ち上がり、礼儀正しく一礼してから背を向け―――唇の端を吊り上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして15時―――式が始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 広々としたロマリア城の2階ベランダに城の重鎮たちが並び、3階のベランダに各国の国王が護衛と共に並び、4階のベランダに偽ロマリア王が護衛を伴って姿を現す。
 彼の姿が現れたことにより、城の前の大広場に集まった民衆が沸き立ち、城の重鎮や各国の客人達が拍手をもって歓迎する。
 偽ロマリア王が左腕を挙げると、それまで騒いでいた民衆は、みな揃って口を閉ざす。沈黙せよ、という意味の合図だった。拍手と歓声が完全に途絶えたのを確認し、偽ロマリア王は口を開いた。
「各国の客人方、そして我が国民たちよ! 今日という日を神々も歓迎してか、このような快晴をもって、私は48歳となった! 建国より299年……そう、来年にはいよいよ建国300年記念を迎えることになる! ―――というと建国500年のアリアハン国王や、建国2000年の歴史を持つイシス女王からは笑われるかもしれんがな! 先月、魔王バラモスが討伐され―――」
 軽い冗談を交えて民衆を笑わせつつ、彼は朗々と言葉を紡ぎつづけた。
 
 
 
 
 その様子を城内2階の待機室で、ずっと耳にしていた人影があった。右手に木の杖を持った老人で、式典が始まる1時間前に偽ロマリア王に会っていた人物である。
 偽物の演説は、やがて終盤にさしかかり、
「よって国民の皆にはロマリア人としての誇りと自覚を持ち、他国に恥じない人間として―――」
 この演説の後、偽ロマリア王は2階のベランダに移動し、発泡酒を掛け合うという、民間人から見て極めて顰蹙を買う行事をすることになる。その際には酒を掛け合うだけでなく、各自でグラスを持って飲みながら行われる。
「また他国の方々にも、これからもロマリアと末永く―――」
 その際に偽の国王や重鎮たちにグラスや酒を配る役に、この老人も含まれている。
「以上を持って、この誕生祭の式典を終了とする。国民たちはこの後の祭り騒ぎを、客人の方々は大広間での宴会を、平等に楽しもうではありませんか!!」
 大広場の民衆が再び沸き立つのを耳にしつつ、老人は用意されたグラスの内側に透明な液体を塗りつけ、その上から酒を注いでいく。
 偽ロマリア王が4階のベランダから室内に戻り、2階のベランダへと移動を開始する。3階の客人は、この酒の掛け合いには参加しない。―――参加は自由なのだが、基本的に他国からはこの行事を快くは思われてないからだ。
 やがて偽ロマリア王が2階のベランダに姿を現した。そこには30名もの重鎮と、60名以上の近衛兵が集まっていた。これら全員と、城前に整列する200名近くの近衛兵たちが、ロマリア城で人間に化けている魔物の全員である。
 偽ロマリア王が現れたことで、老人が声を上げた。
「この度は国賓として招かれたヒミコ様より、ジパングの銘酒を頂いております。まずはそちらを召し上がられてから、酒の掛け合いをされてはいかがですかな?」
 そう言いながら、白ワインのような色の液体が満たされたワイングラスをワゴンに乗せ、偽ロマリア王や偽の重鎮たちの前まで運んだ。それを見て、重鎮たちが口々に語る。
「ほう? ジパングの酒ですかな? 噂は聞いたことがありますが、飲むのは初めてですな」
「わしは……苦手ですな。どちらかといえばインディオ達が作るバーボンの方が好みでして……」
「これはこれは執政官どの、好き嫌いはいけませんなぁ? わたくしはジパングの酒が大好きでして……陛下はいかがです?」
「いや、私も初めてだ。しかし変わった香りだな。発酵臭が強い……これは好みの分かれる酒だ。……よし、私も頂こう!」
 一部、ジパングの酒が苦手な者を除き、偽ロマリア王を含む大半がグラスを受け取り、それを掲げる。
 偽ロマリア王が叫んだ。
「それではロマリア王国の発展を願って―――乾杯っ!!」
『かんぱーいッ!!!』
 それぞれが一斉にグラスを呷った。―――シーナ達によって作られた聖水を原料として作った、ジパング製の『神酒』を。しかし―――
「ぷはーっ!」
「これは素晴らしい!」
 と口々に重鎮たちが騒ぐ。聖水によるダメージどころか、誰も聖水が混じっていることすら気付いてない様子である。
 それでも護衛としてこの場に集められてる人間の兵士達や、3階ベランダで眺める国賓達は動じない。彼らは第一段階の作戦が失敗したことにより、第二段階の、よりえげつない作戦が実行されるのを悟り、口元に笑みを浮かべてすらいる。
 続いて発泡酒の掛け合い―――発泡酒の中の半分を聖水に変えたものを掛け合い、全員がほろ酔い気分になってきた。
 
 
 
 ―――まさにその瞬間、ジパング出身の魔物を名乗った老人が、木の杖を右手で掲げた。
 
 
 
 老人が右手に持つ杖の名は『変化の杖』。
 その効果は『使用者とその仲間を一定時間、化けさせることができる』というもの。
 もっとも制限が多く、この場合で言う『仲間』というのは、自分だけでなく相手からも仲間と認められないといけない。―――だが上手く相手を騙し、敵から『仲間』と思われさえすれば、一度にどれだけ多くの者でも一斉に変化させることができる。
 かつて勇者アレルから変化の杖を譲り受けたこの老人―――賢者デューマが持つ杖が極光を放ち、それが止んだ瞬間、賢者デューマと偽ロマリア王や他の重鎮たちの姿は、本来の魔物の姿でも、はたまた先程までの人間の姿でもなかった。見たことがないくらい醜く、トロールのように巨大な怪物の姿をしていた。
 城前の大広場にいた人々が、一斉に騒ぎ出す。
「うわあああぁぁ!?」
「魔物だ! 魔物が出たぞ―――ッ!!」
 今回の騒ぎに限って、彼ら民衆だけが何も知らされてないのだ。皆、一目散に逃げていく。
 更に3階ベランダの国賓達や、その護衛にしては不自然なまでに多い兵士たちが、
「我らの女王様を護れ―――ッ!!」
「よくも我らの前に堂々と現れたな、この魔物ども! 成敗してくれる!!」
 などと言って騒ぎ出す。―――こちらは棒読みの演技であった。
 魔物の姿に変えられてしまった元・魔物たちはポカンとした顔になり、慌てて両手を振りながら弁明する。
「ち…違う! いや、ある意味で違わないけど、なんか姿を変えられてしまったんだ!」
「本当だ! 信じてくれェ―――ぐはっ!?」
 誰かが叫んでいる途中で、喉に矢を受け、絶命した。
 賢者デューマが、偽ロマリア王に向けて言う。
「済まんな、魔物さん。おぬしらが使っておるのは、この世界には存在しないはずの『モシャス』という、相手に化ける呪文だろう? あれは相手に化けるだけでなく、身体の構造や身体能力、使える呪文まで相手になりきる魔法だ。それに対し、この変化の杖は見た目だけを変える呪文でな。身体の大きさは変わっているが、それでも身体能力や体重は変わらん。だからそろそろ―――」
 と、デューマがそこまで言った瞬間、
「うげぇああっ!!?」
「あぐあああっ!!!」
 何人もの怪物達が、噴水のような勢いで血を吐き出し始めた。偽ロマリア王は驚愕し、そして自分の胃に違和感を感じると共に、それが激痛へと変化していった。
「き……貴様、まさか毒を……っ!?」
 デューマは涼しい顔をしながら、淡々と返す。
「身体の構造まで人間に化けていたのだろう? だったら致死性の毒とて効くはず、と思うてな……」
「なぜだ……なぜ我々が魔物だと判った!?」
「―――シーナ姫だよ」
 偽ロマリア王の顔が、過去最高の驚愕に染まる。
「彼女は人間に化けた魔物を見破るマジック・アクセサリーを持っておる。これはシーナ姫から聞いた話だが、彼女が見合いを終えてこの城に帰ってきたら、すでにお前さん達が城を占領していたそうじゃないか。彼女は伝書鳩で弟にその事実を伝え、『エルフの男と駆け落ちする』という偽の手紙を残し、エルフ女王にそのことを伝書鳩で伝え、城から逃げ出したのだよ。それもロマリア城の隠し宝物庫に保管された禁呪―――長距離瞬間移動魔法ルーラが書かれた本を持ち出してな。後はここに招かれる世界中の国賓に根まわしし、今日という日にこの作戦を実行しただけのこと。……それと言い忘れていたが、本物の国王や重鎮たちが収容されていた刑務所、あそこの看守も魔物だったようだが、そ奴ら全員をここに連れてきたのは間違いだったな。今ごろ全員が救出されているはずだ」
 偽ロマリア王はギリッと歯軋りし、自分達の全ての作戦が水の泡になることを覚悟の上で、大声で叫んだ。
「全ての魔王軍に命ずる! 今すぐ変化を解かねば、人間の脆弱な身体のまま殺されるか、毒で死ぬ事になる! 変化作戦は失敗だ! 撤退作戦に移行する!! 総員、ゾンビ兵を召喚しろッ……!!」
 ゾンビ兵―――アニマルゾンビから骸骨戦士まで、様々な姿がある。世間一般にゾンビそのものが魔物だと思われがちだが、より正確には彼らは魔物ではなく、骨や死体を操られるゴーレムのような存在であり、本物の魔物というのは悪魔系全般と、溶岩魔人などの物質系、シャドーなどの“一部のゾンビ系”のみを魔物と呼ぶのが正しいのだ。
 またゾンビ兵は基本的にはロボットのような存在なので、心そのものが存在せず、あまり正確な判断力を要する任務には向かないが、『人間を攻撃せよ』や、上級なのになれば『特定の格闘技や剣技で戦え』といった命令を忠実にを引き受けるため、魔族側にとって戦力の8割を占めている。
 偽ロマリア王の命令が下された次の瞬間、変化の杖で醜い姿に変えられていた魔物たちは、次々に本来の姿―――サラマンダーやマクロベータ、ラゴンヌやバルログ、サタンパピーやメイジキメラ、トロールにドラゴンなど、大魔王ゾーマの眷族の中でも上級の魔族へと変貌しだした。
 ―――そして同時に、彼らは更なる悲劇を受けることになった。
「があああああぁぁぁっ!?」
「身体がっ、身体がああぁぁっ!!」
「痛い痛い痛い痛いいいぃぃぃッ!!」
 全身に超強力な聖水を浴び、同時にその聖水を神酒という更なる神聖なものに変えて飲んでいるため、身体の内外をこの世のものとは思えない苦しみに彼らは晒されている。しかも酒に混ぜられた毒とて消えたわけではなく、『魔族の巨体ゆえ、致死量に至らない』というだけで、そのダメージも相当残っている。
 偽ロマリア王は本来の姿に変化―――はせず、変化の杖と同じく『見た目だけ人間の姿になる』という人化の術で、毒と聖水のダメージに耐えていた。彼と同じ耐え方をする魔物も何体かいる。サラマンダーやマクロベータ達が上級魔族とすれば、彼ら人の姿を保とうとしているのは、魔族の中でも個体数が極端に少ない最上級魔族だからだ。彼らが真の姿を現さないのは、やがて訪れるであろう人類との最終決戦にて、『魔族にはあんなバケモノが居たなんて……』と戦慄させるため、今は存在を知られるわけにはいかないからだ。
 偽ロマリア王は、城中に響き渡るような声で叫ぶ。
「キメラの翼だ! あれを使って本国に帰還―――」
 彼が喋っている中、すでにそれを実行に移し始める者さえいた。しかしキメラの翼で空高く舞った次の瞬間、
「がぁっ……!!」
「ぐべっ……!?」
「ぎゃああ!!」
 高空にて見えない壁のような物に、物凄い勢いで頭をぶつけ、失神したまま大勢の魔族たちが墜落し、地面に叩きつけられて潰れていく。彼らとて高所落下は死に直結するのだ。
 その光景を眺めていた、人の姿を留めていた大男―――の最上級魔族は、呆然と呟いた。
「一体……何が起きているんだ!?」
 その言葉に、背後から現れた人影が答えた。
「ちょっと仕掛けといたんだ。ルーラやキメラの翼を使用できる者を逃がさず、あわよくばそのまま墜死させる特殊な魔法―――っていうと凄い技術に思えるが、実際は透明度の高い分厚い氷の板を、常に融けないようにヒャド系の魔法を掛けながら浮かせているだけさ。このロマリア城を中心に、半径1キロメートルをね」
 大男は、背後に敵が現れたという事実よりも、いま聞いた内容のほうに驚愕し、
「バカな! そんな大質量を持ちあげるのに、どれだけ物理エネルギーが必要だと思ってるのだ!? ましてやそれを空中に維持しつつ、氷魔法で融けないようにするだと!? そんな大魔王さまにしかできないことを、なぜ人間なんかに―――……ッッッ!!!??」
 振り返り、恐怖に声すら出せなくなる大男に化けた魔物。それまで喋っていた人影の女は、銀髪の合い間から覗くこめかみに青筋を浮かべ、しかしそれでも笑みを絶やさずに言う。
「ええ、それができるのよ。あの魔法を操っている人間の身体はシーナ姫だけど、その魔法に必要なMP―――もとい発動させている人間は、ヒミコの術で霊界から呼んで、シーナに憑依させたオリビアという貴族の死者。―――自殺してとある海峡に呪いをかけた女よ」
 呪いとは、魔法とは異なる異能の力。軽いものならば、とある老人が思い出のアクセサリーを誰にも取られたくないという想いから、その老人の死後、そのアクセサリーを装備した誰かに災いが訪れるというものや、大きくなれば大災害を引き起こすものまである。
 しかし呪いにも物理的な限界というものがあり、例えば呪いの掛かった木造の『開かずの扉』があったとし、それを猛牛の突進などの物理エネルギーによって、無理やりに破ることは可能なのだ。
 オリビアという女性は、かつて平民の男と恋仲になり、しかし父親はそれを許さず、恋人であったエリックに無実の罪を着せて奴隷船に送り込んだ。その事にオリビアは嘆き悲しみ、とある海峡に身を投げ、自殺した。
 以来、その海峡を通る船は、風でも海流でもない未知の力により、絶対に通れないように押し戻されるという呪いが発動するようになったのだ。そう……例え“何百トンという超重量の複数の貨物帆船”が、“海流と嵐の暴風の力を借りて凄まじい物理エネルギーすら得た”にも関わらず、この海峡から“押し戻された”のである。
 これがどれだけ凄まじい物理エネルギーを持つか。
 シーナに憑依したオリビアは、街中の人目に付かない場所から両腕を上げ、超高空に巨大な氷の板を滞空させつつある。その呪いの力によって。
 大男は彼女の顔から目を逸らさず、少しずつ後ずさるが、彼女―――サーシャと、その後ろに立つレニーの方も一歩ずつ距離を詰めていく。サーシャが不意に口を開いた。
 
 
「あたしの顔見てビビるってことは間違いない―――やっと見つけたぞ、ボストロール。前に会ったのはお父さんが即席の旅の扉で監獄島へ飛ばされる、数日前だったっけ?」
 
 
 その眼力に込められた敵意と殺意、そして無造作に右手で持ち上げられたトマホークの刃に宿る超高圧の聖なる力と魔力に、ボストロールは勇者アレルに殺されかけたときにすら感じなかった“戦慄”というものを感じた。
 そして視線を彼女の後ろに向ければ、見慣れた雰囲気の男が立っていた。
「さ……サイモン!?」
 大男―――ボストロールの脳裏に、自分の力が及ばず、遠回りな殺し方しかできなかった男の姿が浮かび上がる。……しかし記憶していた姿より、遥かに若い気がする。
 サーシャが説明する。
「こいつはレニーっていう奴でね。仲間に死霊を憑依させるプロがいるんで、そいつにお父さんの霊を憑依させてるんだ。……お父さん、世話になったボストロール国王陛下だよ?」
 ニヤニヤと皮肉めいた笑みを浮かべながらレニーの手を握ると、彼に憑依したサイモンは凄惨な笑みを浮かべて、
「これはこれは久しぶりですなァ、偽のサマンオサ国王陛下。まさか陛下が魔物だったなんて、びっくりですぜ? 旅の扉で俺を監獄島に送り込み、一方的に扉を消滅されたお陰で餓死するなんて―――あん時の俺は生き延びるのに必死で、泳いで魚を捕ったり、泳ぐだけでどっかの島に流れ着かないかと試しては元の監獄島に流れ着いたりと、かなり苦労したんすけどねぇ……? お陰で家宝の神剣『ガイアの剣』すら手元に無くなって、ほんとマジでムカついてんすわ、陛下」
 と言いながら、彼もトマホークを振り上げると同時に、凄まじい脚力をもって高く飛び上がった。
「ひっ……ひいぃっ!?」
 慌てて人化を解き、ボストロール本来の姿に戻り、振り下ろされたトマホークの刃を両手で白刃取りする。
 ボストロールの姿を目にした周囲の兵士達が、他の魔物と交戦しつつも色めき立った。それもそうだろう。普通の上級魔族であるトロールの身長が3メートルなのに対し、こちらは6メートルもあり、それでいて体格は通常トロールと同じ寸法のままなので、前後左右から見て、とてつもなく巨大に見えるのだ。
 しかしその怪物の顔に浮かんでいるのは弱者を見下ろすものでも、戦場で幅を利かせるものでもない。―――それは紛れも無く『恐怖』そのものだった。
 白刃取りされ、しばしトマホークを振り下ろした体勢のまま滞空していたレニー……もといサイモンは、
「ほぅ? 陛下に化ける前に、お前とは何度かやり合ったが……相変わらず図体のわりに器用な真似すんじゃねェか」
 決して焦らず、一見すると不利にしか見えないこの体勢で、まるで相手を嘲るかのように言った。
 その不遜なサイモンの様子にボストロールの方が焦り、慌てて彼を上空へと投げ飛ばし、バックステップを踏む。次の瞬間、今しがたボストロールが立っていた位置に、極太の柱のような形をした雷―――ライデインが落ち、なんと強固なレンガの足元を数センチほど抉った。決して民家に使われるレンガではありえないほどの、特殊な強固さを持つレンガをだ。
「ちっ……俺を投げ、とっさに逃げたのは正解だ。器用さと素早さ、それに冷静さも健在か」
 紫電がわずかに纏わりつく右手を突き出したまま、サイモンが初めて顔を顰める。
 ボストロールの武器は、その並外れた巨体が持つ怪力―――と見せかけ、トロール族としては珍しい、曲芸じみた器用さや素早さ、そして明晰な頭脳を持っている。
 サイモンのライデインを避けつつ、ボストロールは油断せず彼から目を離さない―――“それ”が油断となった。
「―――メラミ」
 それが背後から聞こえた瞬間、ボストロールは振り返りもせずに横に飛び―――着地した瞬間を火球に襲われた。呪文名をつぶやいたのは、どうやらハッタリだったらしい。
 複数の巨大な火球が全身に直撃して爆発し、ボストロールの巨体が横倒しになる。
「……っらぁ!!」
 鋭い女の声と共に、振るわれたトマホークがボストロールの横腹を深く切り裂いた。紫色の血が霧吹きのように噴出す。
 そしてサイモンとサーシャが同時に手を突き出し、じっくりと精神を集中させてから、同時に上級魔法でトドメを刺す。
「「メラゾーマっ!!!」」
 巨大な火球がボストロールを前後から飲み込み、更に巨大な火柱となった。
「っがあああああああああぁぁぁああッ!!?」
 絶叫しながら、醜く悶え苦しむ。部下たちが逃げ惑いながらも見ていると分かりつつ、彼は恥も外聞もなくのた打ち回る。―――それが部下達の士気をどれだけ低下させるかなど、もはや今の彼の頭では考える余裕がない。
 やがて彼は炎に包まれたまま力尽き、全身を消し炭にされたまま動かなくなり、死骸が白い光の帯―――つまり経験値となってサイモンとサーシャの身体に取り込まれ、ボストロールという魔物の痕跡がこの世から消滅していく。
 そんな魔物の結末には目もくれず、サイモンはサーシャに優しげな目を向けた。
「強くなったな、サーシャ」
 はにかんだような笑みを浮かべ、彼女は答える。
「当たり前だよ。お父さんの娘なんだから」
「それもそうだな。……と、時間切れか。まさかこうして会うことができるとは思わなかったが、もう時間みたいだな。あー、その……最後に何か言いたい事とかあるか?」
 歯切れの悪い問いに、しかしサーシャは目を閉じ、穏やかに微笑みながら首を横に振った。
 むしろショックを受けたのはサイモンのようで、
「え? いや、あるだろう? 『お父さん、逝かないで!』とか『お父さんがいないと寂しい!』とか、色々と―――」
「寂しくはないよ、お父さん。あたし、立派な彼氏いるし」
 サイモンは一瞬だけ寂しそうな目をし、そして苦笑した。どうやら娘の心は、いつの間にか自分の手の届かないところに行ってしまったようだ。彼は愛娘の肩の上に手を置き、
「なら父さんも安心して天国に帰れるな」
「お父さんなんかが天国に行けるの?」
「確かめれば良いじゃないか。何十年も先にな」
「うん、楽しみにしてる」
「……じゃあな、サーシャ」
「またね、お父さん……」
 サイモンが目を閉じると、すぐさま全身が黄色に輝きだし、レニーの身体を離れた黄色のモヤとなって真っ直ぐに空へと昇って行った。同時に彼の全身から、さっきまでのワイルドな雰囲気が消える。
 すぐさまサーシャがレニーを抱きしめ、彼の胸に顔をうずめる。
 レニーは目を開き、今しがたまで憑依されてた記憶を持ったまま、サーシャに問いかける。
「お父さん、君が幸せなのを知って、もうこの世には何の未練も無くなってたっす」
「……うん…」
 涙声の返事。
「今ならば本当の家族の温もりってのが分かる気がするっす。サーシャがお父さんを思う気持ちも、何となく……。大切な……本当に大切な家族だったんすね」
「……うんっ!」
 レニーは彼女の背中に手を回し、そっと抱きしめた。
 二人は周囲で魔族や兵士達が戦う声すら耳に入れず、しばらく抱き合っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 一般兵のジャックは、目の前で怪物に変化させられたフェリックス中隊長が、本来の魔族の姿へと変貌していく様を見届けもせず、猛毒と聖水に苦しむ魔族の群れに、仲間達と共にダニエル小隊長の突撃に続いた。
 いかに脆弱な人間といえど、今日この城には割と強い人間兵ばかりが集められており、また魔族側はいくら上級魔族とはいえ、猛毒と聖水で極端に衰弱し、混乱もしている。そんな中にランスと全身鎧で武装した人間達が奇襲のごとく突撃すればどうなるか?
 彼らは横一列に広がり、左手に盾を、右手にランスを持ったまま激突し、一気に魔族側の集団へと押し寄せ、あっという間に魔物達を屍の山にしていく。―――が、奇襲は一度しか許されなかったらしい。魔族側とて簡単にやられるわけにはいかないようで、彼らは全身で感じる激痛を堪えながらも応戦してきた。
 そんな中、魔族側の誰かが叫ぶ。
「道を開けろ! ドラゴンが突撃をかますぞ――ッ!!」
 名前の頭に○○ドラゴンと名の付くものは多いが、普通にドラゴンといえば、翼を持たずに四足で大地を駆け抜ける怪物である。彼らは魔族側でも地位と体格が非常に大きく、それに見合うだけの戦力を有している。
 一般兵の誰かが叫ぶ。
「全員回避! 巻き込まれるなァ!!」
(―――ッ! あンの馬鹿……!!)
 ジャックが内心で悪態をつくと同時、同じ事に気付いたダニエル小隊長が叫んだ。
「馬鹿者! 今のはハッタリだ! 陣形を崩すな!!」
 しかし誰かが『回避』と言ってしまったせいで、陣形は崩れ、そこから魔族たちが雪崩れ込んできた。こうなると簡単には陣形は立て直せない。
 と、そこへ『ピィ―――ッ!』という笛の音が聞こえ、同時に魔族の押しが弱くなった。これ幸いと前に出ようとする一般兵を、ダニエル小隊長がどやす。
「馬鹿っ、下がれ! 今のは本物のドラゴンへの突撃合図だ!!」
 少し離れた所から地響きを立て、二頭の深緑色のドラゴンが走ってくるのが見えた。瞬間、ジャックは凍りつき、もう自分が助からないのだと悟る。一般兵が相手するには、ドラゴンはあまりにも部が悪い。
 魔族側が嘲笑する。
「はっはっは! お前らなんざこの毒と聖水のハンデがあるくらいで、充分なんだよ!!」
「弱いクソ虫どもが調子乗ってんじゃねぇッ!!」
「悔しかったら騎馬兵でも連れて来いよ! こんな城の中でも走ってくれるお馬さんがいるんならなァ!!」
 
 
「―――じゃ、いっちょ城の中を走ってやろうか」
 
 
 という男の声が響いた瞬間、今しがた嘲笑した魔族の首が宙を舞い、そのまま馬のような速さで正面から一頭のドラゴンに接近し、擦れ違いざまに首を落とした。
 もう一頭が驚いて首を巡らせて相棒の死を確認すると、その後頭部から、
「こっちよ……」
 やや妖艶な女の声で呼ばれ、慌ててそちらを振り向こうとする。だがそこには誰も居ない。
「こっちよ」
「こっちこっち」
「こっちだってば」
 声は四方八方から聞こえるのに、首を巡らせても姿は見えない。―――ドラゴンとて、相手が透明になってるわけではないと気付いている。何しろさっきから足音と、そして時々自分の身体に着地する何かを感じているのだから。
「ったく、遅いわねぇ……」
 瞬間、ドラゴンは魔力を帯びたローズピンク色の刀身を視界に収め、首からスプレーのような勢いで血の霧が吹くのを感じながら絶命した。
 それら一連の動作を眺めていた一般兵たちは唖然とする。
 いきなり助太刀に現れた一組の男女。男は馬のような速さで駆け、女は猫のような俊敏さで跳び回り、互いに剣を振るう。
 女の方がドラゴンの死骸から飛び降り、ローズピンクの刀身をした剣を振って血を払い、鞘に収める。―――それを見て、ダニエル小隊長が口を震わせながら呟く。
「誘惑の剣……男女の剣士……あんたら傭兵カップルの異名を持つ、ポルトガ出身の―――」
 その男女は顔を見合わせて笑い合い、
「やっほー! 見惚れる間もなく切り刻んでしまうサブリナでーす!」
「カルロスだ。よろしくな」
 一般兵たちがどよめく。かつて魔王バラモス討伐を各国の識者が決めた際、アリアハンからはオルテガ、サマンオサからはサイモンが輩出されたが―――実はもう二人、ポルトガ国王に命じられて旅に出た傭兵が居たのだ。
 実力的にはオルテガやサイモンに及ばず、彼らの名声に隠れてしまっているが、それでもこの二人は超が付くほどの一流の傭兵である。
 ダニエル小隊長は頭を下げた。
「協力、感謝する! 共に魔王軍の野望をくじ―――」
 最後まで聞こうとはせず、二人の傭兵は、ダニエル小隊長の背後から降下急襲しようと爪を突き出しながら降って来たバルログに斬りかかった。
「お礼なんかいらないってば!」
「俺達は過去に、魔物の呪いのせいで動物の姿に変えられてしまってな。その呪いを掛けた奴をブチ殺しに来ただけだ」
 二人がほの暗いオーラを放っていることに、今さらながらダニエル小隊長と一般兵たちが気付く。
「あたしは猫にされてたから、気を抜けば人前で毛繕いするクセが付いちゃってね……」
「俺は馬にされてた名残か、青々とした雑草を眺めてると、気が付いたら食い始めてたりする……」
「お陰で猫みたいに俊敏に跳び回れるけど……」
「馬みたいな速さとスタミナで走れるが……」
 そこで二人は沈黙し、不可視なはずのドス黒いオーラがマックスになり、兵士達は一歩後ずさる。
「「あのアークマージとかいう、呪いを掛けやがった魔物だけは絶対にブッ殺す!!!」」
 そう叫んでから、魔物の群れへと突進していく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  城前の大広場は、一番の主戦場と化していた。
 何しろ人間に化けた魔物が一番多くひしめいていたのである。その分だけ激戦区となっていた。
 次々と城の高いところから放たれる矢、絶え間なく全包囲から槍と矢で攻めるロマリア・他国の兵士達、そしてそれらを押し返す魔王の軍勢。
 中でも魔物側で一際活躍しているのが、ついさっき人化を解いて真の姿を現した最上級魔族であるヒドラだ。個体数が極端に少なく、今この世界にいるヒドラは彼だけで、残りはアレフガルドにいくつかある要所の警護に就いている。
「ヒドラ様が火炎を吐かれるぞ―――ッ!!」
「ヒドラ様の正面120度から離れろぉっ!!」
 魔族達がわらわらと退避し、人間達が青ざめる。まさにその瞬間、
「ヒドラと申したか。ヤマタノオロチと似ておるな。面白い……わらわが相手してしんぜよう」
 何らかの魔力でも使っているのか、ヒドラの正面10メートルほど先に、異文化の装束に身を包んだ女―――ヒミコが宙に浮いて現れ、ゆっくりと地面に降り立った。
 一般兵達が色めき立つ。
「ヒミコ様、お下がりください!!」
「客人であるあなた様に万が一のことがあれば、ジパングとの戦争にすら発展しかねません!!」
 しかし彼女は聞く耳を持たない。そのくせ勝手に大きな声で喋り始め、
「ジパングでわらわは、ヤマタノオロチという太古からこの世界に住まう魔物の王に監禁され、そ奴に成り代わられたことがあった」
 ―――不思議にもその声は辺りに静寂をもたらせ、
「しかしそ奴は初め、わらわに成り代わるのではなく、わらわに憑依して操ろうと企て、わらわは何度も抵抗した」
 ―――その場に居合わせた人間・魔族の両軍の耳に届いた。
「その甲斐があってか、わらわは面白い力を得た。この世界の魔法使いの間で、伝説とまでされていた強大なる呪文―――ドラゴラムの亜種とも言える魔法を使えるようになった」
 ―――人間・魔族はしばし沈黙し、やがてヒドラが中央の頭の口を使って問い掛けた。
「そなたに問う。ドラゴラムとは何だ?」
 残念な事に、それはヒミコ以外、この場に居合わせた全ての人間と魔物が思っていたことだ。強大かつ使い手が誰も居ないため、歴史から忘れ去られようとしてる呪文でもある。だがヒミコ自身も、この反応を予想していたのか、薄ら笑いを浮かべながら正直に答える。
「巨大な……それこそ、そなたと同じかそれ以上の大きさの―――――龍に化ける魔法だ。無論、見た目だけでなく、中身もな」
「なっ……!?」
 ヒドラが驚愕すると同時、ヒミコの足元から紫色の炎が沸きあがる。その炎はどこか神聖で、ヒミコを包み込んで更に巨大になり―――唐突に霧散する。そこにはヒドラと色は異なるが全く同じ形・大きさの、深緑色の鱗に包まれ、五つの龍の頭を持つ四足歩行の怪物―――ヤマタノオロチが立っていた。
 誰もが言葉を失う中、ヒミコは言った。
「我ながら驚くべき術を体得したと思うておる。だが……これでそなたとも戦えるであろう?」
 言うや否や、彼女は突進した。
 その進路上で呆然としていた魔物達は、ある者は慌てて横に跳んだり転がるなどして避け、またある者は放心したまま大型トレーラーにでも跳ねられたかのように宙を舞い、あるいは踏み潰された。
 ヒドラの五つの頭が一斉に唇の端を吊り上げ、久しぶりに人間相手に熱く戦えることに喜びを示し、牙を剥き出しヤマタノオロチへと突進する。
 ―――轟音。
 二つの巨大質量が激突し、ロマリア城が揺れる。
 続けてヒドラとヤマタノオロチは、互いに五つずつ持つ巨大な龍の首を絡ませあい、噛み付き・頭突き・火炎の息で応酬し、時々、数歩後ろに下がってタックル―――を繰り返す。
 その間、残された一般兵と他の魔物達は、最初の内は見惚れていたものの、すぐさま2体の巨大怪獣の戦いに巻き込まれないように逃げながら、再び混戦を繰り広げる。
 両者の実力だけなら互角だった――――両者だけならば。
「ぐあぁっ……!?」
 ヒドラの頭の一つが苦鳴を上げ、残りの頭が痛みに顔を顰める。
 悲鳴を上げた龍の首は、首から鮮血を霧状に吹き、悶えるものの首の切傷が気道にまで届いているため、空気を吸うことすらできなくなっていた。
 その傷をつけた張本人は、ヒドラの背中に着地し、手にした神剣を振るって付着した血液を払った。ヤマタノオロチが叫ぶ。
「でかしたぞ、ロック!!」
 彼女は五つの巨大な口を開け、目一杯に空気を吸い込んだ。
(ブレスが来る―――ッ!?)
 慌ててヒドラは、ヤマタノオロチのブレスを相殺すべく、息を大きく吸い込む。しかし次の瞬間、ヤマタノオロチは予想外の行動に出た。五つの口が同時に呪文を唱える。
「「「「「ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ!!!!!」」」」」
 とたんにヒドラの周囲に青白い光の球が無数現れ、それら一つ一つが巨大な複数の氷柱へと変貌し、一斉に氷柱が嵐のように放たれる。
 大勢の魔族が一気に氷柱に貫かれ、しかしヒドラの盾になることすら叶わず、一気にヒドラの全身に突き刺さる。
「な……何が起こって―――」
 ヒドラは信じられない現象でも見たかのように放心していた。そんな彼の耳元に聞きなれない青年の声が響く。
「頭が五つもあるから、一回の魔法の発動で五発も放てるんだよ。それに肉体が人間に比べて強靭になった分、精神やMPも高くなってる。だから同じ魔法を連続であんなに唱えても、一切疲れないんだ」
 言ってから青年―――ロックは、鍛えなおされ、異様なまでに研ぎ澄まされた神剣・草薙の剣を振り下ろした。その刀身がヒドラの目に映った刹那、
(ああ……綺麗だ……)
 彼は心を奪われたまま、残り全ての首をはねられた。
 
 
 
 
 
 
 偽ロマリア王は、離れたところでボストロールが人化を解いたのと、その反対方向の離れた場所で、同じくヒドラが人化を解いたのを同時に目撃した。―――そして彼らが倒されるところも。
 賢者デューマは変化の杖で元の老人の姿に戻り、偽ロマリア王に向けて言う。
「あの姫様は中々に有能なようだな。これほどものツワモノを集め、また多くの識者や兵を動かしておる。末恐ろしい娘だ」
 ―――今日という一日で、魔族側が計画していたものは全て破綻し、今では撤退すら困難になっている。この上ない失態である。
 偽ロマリア王は歯軋りし、怨嗟のこもった声で言った。
 
 

「……良いだろう、我々の負けだ。この状況ではもう、一人として兵を帰還させることもできず、我々は全滅するだろう。それによって魔王軍の戦力は大幅に落ちることになる。―――ならば私は同胞たちを守るため、、自ら殿(しんがり)となり、更には貴様ら人間たちの戦力を削らせてもらうとするッ!!」



[31001]  4話 大空に戦う
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/06/19 18:25
 言った瞬間、彼の身体が足元から現れた真っ黒の炎に包まれ、今のヤマタノオロチにも負けないほどに巨大化していく。……そして同時に街中を包み込む息苦しくなるほどに濃密な、瘴気にも似た魔力。
 それまで余裕を保っていた賢者デューマは、想定外の出来事に目を見張る中、人化を解いた偽ロマリア王は国中の人間の頭の中に聞こえるよう、特殊な魔法を用いて話し掛けた。
『わが名はブロス。―――魔王バラモスの兄、魔王ブロスにして、魔王キングヒドラと並ぶ、大魔王ゾーマ様の三魔将の一角。人間達よ、今日この場所に居合わせた者達よ……。我を屠れることを誇りに思うが良い。だが……ただでは死なんッ!! この街に世界中の戦力を集めた事、感謝するぞ! 我が直々に貴様ら人類の戦力を削ってくれる!!!』
 そして右手を真上に振り上げ、
『―――イオナズン』
 瞬間、高空にて巨大な氷の板が粉々に砕けた。
 しかし破片は降ってこない。それで街を破壊できれば一石二鳥と思っていたが、あれだけの大質量を浮かべる術者がいるのだ。おそらくは破片を上空に留め―――
『やはり一点に降って来たか!』
 魔王ブロス目掛けて、巨大な破片が降ってきた。魔王ブロスは巨大な両手から交互に、強力なベギラゴンを放ち続け、同時に大きく息を吸い込み、激しい炎を氷に吐きつける。一分近くにも及ぶ攻防の後、降り注いでくる膨大な量の氷片を全て蒸発させた。
 そして魔王ブロスは空高く舞い上がり、
『我が同胞たちよ! 我が時間を稼ぐ! 速やかに撤退せよ!!』
 魔物達は互いに顔を見合わせ、すぐさまキメラの翼を空に投げた。―――誰も魔王ブロスの共につかないのは、彼らが決して冷たいからではなく、いつか訪れる人類との最終決戦に臨むため、一人でも多く生き残るためである。もっとも、彼ら魔族が使役していたゾンビ兵1000体だけは、この場に置いてきぼりにされ、人間の一般兵と交戦し続けることになるが。
 その間、魔王ブロスはどんどん宙に上っていき、やがて矢や魔法の届かないほど高空に達した。夕日に照らされながら、彼は両手をロマリアの街並みに向ける。魔力が尽きるまで、城と街を魔法で蹂躙するつもりなのだ。
 しかしブロスの耳に風を切る音と、
「――――させるかあああぁぁッ!!!」
 という叫び声が届いた。振り向くと、遠く離れた所から物凄い速さで飛翔する美しき巨鳥―――伝説の神鳥ラーミアが突進してくるのが見えた。
 魔王ブロスがとっさに両腕で顔をガードすると、その頭上をラーミアが通り過ぎ―――なんと呪われし伝説の『諸刃の剣』を握ったディックが降ってきた。
 しかしただの諸刃の剣ではない。特殊な形状かつ刃の部分が巨大なこの剣は、振るっただけで自分を傷つけやすい。それを見越してか、ディックが握っている柄の部分は、まるで槍のような長さをしている。特殊な製法で継ぎ足したのだろう。よってこの呪いの掛かった剣の柄を『握る』―――つまり装備することにはならないので、自らが呪われることはない、諸刃の槍とでもいうべき存在である。
 ディック達一同が聖水を作ってからも世界中を旅し、何人もの力ある者を仲間として引き込んだ。それは賢者デューマや、サブリナやカルロスのような傭兵だけでなく、諸刃の剣などといった伝説の剣や、勇者アレルが乗っていた(……乗り捨てた?)ラーミアなども含まれる。
 すぐさま魔王ブロスが拳に魔力を込め、振り下ろされた諸刃の槍とぶつかり合う。
 一瞬だけ拮抗し、しかしディックは自分から後ろに跳んで―――何も無い虚空に着地した。続けてラーミアが、今度は何人もの人影を背中に乗せ、空へと戻ってくる。
 その中の一人に、ディックは声を掛ける。
「ナイスだ、オリビアさん。あんたの力に、こーいう使い方があったなんてな」
 何も無い虚空に立っていられることについて言っているのだ。今のシーナの身体には、オリビアとシーナの意識が溶け合い、交互に人格が顔を出している状態にある。
 続いてレニー、サーシャ、ロック、人の姿に戻ったヒミコ、賢者デューマがラーミアの背中から降り、何も無い虚空へと降り立った。
 まずサーシャが口を開く。
「ってかシーナ、あんたの憑依はまだ解けないの?」
「ええ。さっきヒミコが言ってたけど、オリビアの霊は、普通の人間霊とは違うから……」
 続けてデューマが、
「ワシはもう歳だからな……。軽く手伝いだけして、離れた所から見物させてもらおう」
 そう言って仲間達全員にバイキルト、スクルト、ピオリム、フバーハ、マホカンタを掛け―――何気ない動作で魔王ブロスを振り向き、
「ルカニ、ボミエ、ギガデイン!!」
 早口かつ汚い不意打ちで弱体化呪文と攻撃呪文を唱え、すぐさまルーラで姿を消した。
 ギガデインを放たれたことで、魔王ブロスの姿は煙に飲み込まれ、そして煙が消える。
『人間とは正々堂々とした者もおれば、こうも汚い手を使う手合いもおったとはな………』
 シーナが薄ら笑いを浮かべながら答える。
「ええ。だって彼、“賢者”ですもの。知ってるかしら? 『頭が良い人間』は、いかにして戦に勝つかを考える。それに対して『賢い人間』は、いかに戦をせずに済むかを考える、ってね」
 ディックは半眼になって言う。
「……一見すると『賢い人間』は善人に聞こえるけど、あんたとデューマさんがやってんのは、要は『やられる前にやれ』じゃねぇか。それも超が付くほどド汚い手で」
「そりゃそうよ。だって勝ちゃ良いんだもの。……それに人間は絶対個数が多いし、魔族と違って性格に統一性が無いもの。だから単一種族の集合体なのに、強者や弱者が存在する……。また一人一人が異質だからこそ、力を合わせれば強大にもなるわ」
『……認めよう。人間とは実に強く、逞しい生き物だ。だからこそ今! ここで削らなければならん!!』
 魔王ブロスは宣告し、両手を振り上げて魔力を練りだした。
 
 
 
 
 
 
 
 夕日が輝く大空に舞いながら、シーナ以外は武器を構えた。
「まさか俺達が魔王なんてもんに挑むたァな……」
 ディックがしみじみと呟き、過去に思いを馳せる。一体どこで運命が狂いだしたのか、辺境の村にある孤児院のような教会で育った自分は、何を間違えて今ここに立っているのか。これでは盗賊ではなく、まるで―――、
 と、そこでヒミコが、
「わらわやそなた達がこの戦いの中核を担っていることなど、幼子の頃から予知おったが?」
「そりゃ、あんたはな。……ってか、ヤマタノオロチに化けたままの方が、あんた戦力になるんじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。あんな図体だけがデカい奴など、魔王ブロスの殺傷性が高い魔法を避けれないではないか。それにヤマタノオロチに化ける力も、半化けで使った方が応用が利く」
「半化け? 何だそれは―――」
「「「「「つまり頭―――いや、口が五つあると思えばよい」」」」」
「――――ッ!?」
 見た目はそのままのヒミコなのに、同じ声が複数も聞こえた。そして意味を悟る。どういう仕組みかは分からないが、彼女が魔法を唱えれば、ヤマタノオロチの頭の数だけ魔法の数が倍加するのだろう。
 そうこう話している内に、魔王ブロスが動いた。
 両手を空高く掲げ、その手の先の一点から、不可視の衝撃波が発せられた。シーナが驚愕する。
「これは……凍てつく波動!?」
 名前から察すると氷系の魔法に思えるが、実際は違う。ディック達も一ヶ月前の時点で説明を受けていた術―――補助系魔法の効果を全て消し去る術である。……ブロスに掛けられたルカニ(守備力減退)とボミエ(素早さ減退)までは無効化できなかったが。
 ロックが草薙の剣を構え、吹っ切れた笑みを浮かべて口を開く。
「じゃ、こっからは正々堂々とぶつかり合えって事だな?」
「一対多数なのに正々堂々かの?」
 ヒミコが笑いながらも突っ込みを入れる。
 一同は一斉に駆け出した。
 ブロスが右手を振り上げ、そこに巨大な黄色の光球が現れる―――イオナズンだ。
『はぁっ……!!』
 放たれた光球が一同目掛けて飛来する。瞬間、シーナに憑依するオリビアが叫んだ。
「……任せて下さいッ!」
 両腕を上げ、いつ爆発するかも分からない光球に意識を集中させる。次の瞬間、光球は打ち返されたテニスボールのようにブロス目掛けて逆戻りし、大爆発を連鎖させる。
『っがあああぁぁぁッ!?』
 苦痛に絶叫するが、常人なら今ので軽く100人も屠れるところ、本人の身体に焦げ跡がついただけに留まっていた。さすがは魔王である。
 続けて四方向からディック、レニー、サーシャ、ロックが一斉に魔王ブロスの身体に飛びつき、各所を斬り付けながら登り始める。
『小ざかしい虫けらがぁッ!!』
 魔王ブロスが両腕を振り回すと、運悪くディックが右腕に絡め捕られる。幸い、ぶつかる瞬間に諸刃の槍でガードしたが、物凄い勢いで地上に向けて落下し―――すんでのところでラーミアの背中が受け止めた。
「ありがとよ、ラーミア!」
 神鳥は短く鳴いて応え、彼を再び大空の戦場へと連れ戻す。その際、ラーミアが一際甲高い声で鳴いた。瞬間、いくつものライデインが魔王ブロスの頭上へと降り注ぐ。ラーミア自身の魔法である。
「「「「「メラゾーマ!!」」」」」
 ヒミコが上級呪文を叫ぶと、彼女の周囲に五つの巨大な火球が現れ、一斉に発射され、魔王ブロスの腹にめり込んで尻餅をつかせ、続けて巨体が業火に包まれた。しかし彼女の猛攻はまだ続く。
「「「「「ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ!!!!!」」」」」
 いくつもの氷柱が生み出され、全身を滅多刺しにしようとする―――が、さすがは魔王。魔王としての守備力か魔法耐性か、打撲としてのダメージはあるようだが、氷柱は決して『刺さり』はしなかった。
 続けてレニーとサーシャが、魔王ブロスの左右で高く飛び上がり、互いに左手を突き出して叫ぶ。
「「メラゾーマっ!!」」
 魔王ブロスの身体が、再び業火に飲み込まれる。
 『……なぜレニーが魔法を?』と仲間たちの脳裏に疑問が過ぎるが、すぐに『後で考えよう』と思い直す。ネタ晴らしをすれば、彼はサイモンが憑依させられている間の記憶を持っており、その際に魔法を使っていたため、自らの体を通して学んだのである。
 火柱が消えると同時、上空からラーミアによる複数のライデインが降り注ぎ、続けてラーミアの背中から飛び降りたディックとロックが得物を突き出し、ディックが正面から、ロックが背後から、それぞれ深々と袈裟切りにする。
『ごおおおおおあああああぁぁっっっ!!!!』
 絶叫が響き渡り、魔王ブロスは前のめりに倒れた。
『ぬぅ……よもやたった数人の人間に敗れるとはな。そなたらは勇者か? 神が遣わした勇者なのか?』
 敗北を宣言するということは、彼はもう戦えないのだろうか。ディックが問いに答える。
「勇者のダチだよ。……ゾーマを倒す方のじゃねぇぞ? それとは別の、ゾーマより遥かに強大な複数の魔王が群れを成している異世界がある。その魔王の目を逃れるため、わざわざ異界の神がこの世界に複数の勇者を生まれさせ、育つように仕組んだんだ。ソロンもアンジェリナもガレスもリディアも……もうこの世界には居ねぇけど、あいつらの戦いに少しだけ手も貸したし、その異界の神とは、その後も何度か呼び出して話し合ったりもした。常人ではありえない体験をしてはいるが―――それでも凡人なんだよ、俺らは」
 魔王ブロスはその言葉を聞き、目を閉じてゆっくりと首を横に振る。
『いかに鍛錬を積み重ね、修羅場を潜り抜けてきた猛者であろうと、魔王を倒せるはずがなかろう……』
 すると今度はロックが口を開く。
「だったら俺らは神から何らかの役目と力を与えられた―――えーと、何だ? 代行? そう、勇者の短期的な代行か何かじゃねぇの?」
 ―――そんなアホな。
 仲間たちが同時に同じ事を思う。
 魔王ブロスはしばし沈黙し、やがて重々しく口を開け、大声で笑った。
『く…くくくくく……はぁーはっはっはっ!!! 何を言い出すかと思えば! それならば勇者が複数いて、そなたらもその一味とでも名乗った方がまだ真実味もあろう!? そなたらが勇者の力を持っているかどうか、これで試してくれるわッ!!!』
 魔王ブロスがよろよろと立ち上がり、血まみれの両腕を掲げる。彼の失血量を体積的に考えれば、人間であればとうに失血死していえも不思議ではないが、彼の目は死んではいなかった。
 次の瞬間、上空に干からびた巨大な人型の死体が、光に包まれて現れた。不思議と悪臭は無い。やや乾燥はしているが、その死体は魔王ブロスに酷似していた。魔王ブロスは、今までに無い、優しげな声で死体に語りかける。
『我が弟、バラモスよ……志し半ばで倒れる兄を許しておくれ。そしてかつて取り決めた力を、今、使おうではないか……』
 魔王バラモスと魔王ブロスの身体が、何の前触れも、ましてや煙や炎などすら無く、いきなり爆砕した。
 肉片は燃え上がって一瞬で消滅し、しかし骨は重力の影響を受けず、二体の骨の断片は、やがて一つに収束し、骨組みだけの有翼ドラゴンへと変貌をとげる。魔王軍との戦闘経験が豊富な人間が見れば、それはゾンビ兵の中で一番―――いや、最上級魔族にすら匹敵する力を持つドラゴンゾンビと酷似していることに気付くだろう。
 サーシャが口を開く。
「自らゾンビになるなんて……ゾンビになれば自我が消えてしまうのに……」
『いや、これはゾンビを操る術の中で、自我を失わない、最も高度な術なのだよ……』
 いきなり巨大な骨が口を開き、一同は度肝を抜かれた。
 構わずに巨大な骨は続ける。
『今の私はバラモスと融合した特殊なゾンビ―――仮にバラモスブロスとでも名乗らせてもらおう。小さきながらも強き人間たちよ……、そなた達の勇者にも似た力―――試させてもらおうッ!!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 何の予備動作も無く、バラモスブロスは右腕を突き出した。
 猛スピードで迫り来る龍の三本爪に、その直線上に立っていたヒミコはとっさに呪文を唱える。
「「「「「メラゾーマっ……!!」」」」」
 五つの巨大な火球が現れ、迫り来る骨の拳に向けて飛来する。だがロックの動体視力が、その拳に込められた物理エネルギーを見抜いたのか、
「危ねぇッ……!!」
 ヒミコを横から抱え、転がった。瞬間、バラモスブロスの拳は、強力な熱エネルギーを内包するメラゾーマの火球を正面からブチ抜き、今しがたヒミコが立っていた虚空を通り抜ける。
「なっ……!?」
「なんて攻撃力だ……ッ!!」
 レニーが驚愕し、ディックが悪態を吐く。するとサーシャが冷静にバラモスブロスの右腕を指し、
「あれ見て! 焦げてる!! ゾンビだから痛みに鈍感なんだろうけど、守備力までは変わってないみたい!!」
 バラモスブロスが、骨身の口を開けて答える。
『早い話が、我が身体が朽ちるか、そなた達が力尽きるかの戦いだ。……分かりやすいであろう?』
 もはやそれ以上の言葉は必要無いとばかりに、彼は暴れだす。
 それはディック達も同じだったらしく、
「うぉおおおおぉぉッ!!」
「はあああああぁぁっ!!」
 レニーとサーシャが、左右からトマホークを叩きつける。バラモスブロスの足骨の表面が、クモの巣のようなひび割れが入るが、あくまでも表面だけだ。こんな常識はずれの頑丈さを持ち合わせる怪物とはいえ、このダメージこの程度のダメージは通るらしい。レニーが持ってるトマホークにはドラゴンキラーの力、サーシャのそれにはゾンビキラーの力が、それぞれ付与されているのが幸いしているようだ。
「おるるぅあぁッ!!」
 ロックが草薙の剣を振るい、
「「「「「ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ!!!!!」」」」」
 バラモスブロスの真下に潜り込んだヒミコが、エコーのかかった声で大絶叫する。
 その巨体が僅かに止まった瞬間、ディックは骨身の各所を踏み台にしながら、一気に頭部より上へと踊り出た。そのまま諸刃の槍を振り下ろす―――寸前、バラモスブロスの頭骨が、バネのような速さで空に舞い上がった。
「う……そだろォ!?」
 そして落ちてくるのも勢いが良く、放心するディックの真上へと落ちてくる。
「させないよッ!!」
 シーナの叫びが聞こえたかと思うと、彼女は落ちてくる頭骨に両手を向け、念力だけで頭骨の落下を止めた。が、ただでさえ足元の虚空に力場を作っているのに、それとは別の念力を使うのはかなりの労力らしい。顔面に脂汗を浮かべる彼女のため、ディックは頭骨の下から逃れ、横合いから頭骨に諸刃の槍で刺突する。
 
 ―――ボゴッ!!
 
 バラモスブロスの側頭部に、諸刃の槍の先端が突き刺さり、辺りにクモの巣のようなひび割れが走る。今度は内部までしっかりと割れているだろう。ディックが続けざま、二発、三発と刺突する。バラモスブロスはまるで蚊を叩くような動作で自分の頭を平手で叩くが、ディックは飛び降りて避け、落下の勢いを利用して背骨にも刺突する。
 続けてロックが、左右の足骨を狙って何度も草薙の剣で打ち据える。このメンバーの中で彼の武器が一番、神聖かつ攻撃力が高い。あっという間に、足首、脛、太腿がひび割れだらけになる。そして―――
「「メラゾーマっ!!!」」
 レニーとサーシャが並び、正面から巨大な火球を打ち込み、バラモスブロスの後方からヒミコが、
「「「「「ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ、ヒャダルコ!!!!!」」」」」
 息が続く限りに氷系の魔法を連発させる。
 ―――次の瞬間、この世界の魔法技術ではまだ存在しない、『メドローア』という現象が発動し、凄まじい大爆発がバラモスブロスを包み込む。
 と、そこまで暴れたところで、レニーとサーシャ、そしてヒミコが息を切らして片膝を着いた。
 続けてディックとロックも、重い武器を振りつづけて疲弊したところを、バラモスブロスの尻尾に打ち据えられ、虚空を這いつくばる。
 何も無い虚空にて、立っているのはシーナと、全身をひび割れだらけにしたバラモスブロスだけになっていた。
『認めてやろう、そなた達も勇者だ。―――だが勝負あったな、ロマリアの姫君よ』
 シーナは全身から滝のような汗を流しつつ、不敵に微笑んだ。
『……何がおかしい?』
「確かに勝負あったわ、バラモスブロス。あたし達の―――勝ちね」
 一瞬、バラモスブロスは言われた事の意味が理解できなかった。しかし今さらハッタリを使っているとは思えない。戦闘中、この女は戦いもせず、空中にこの奇妙な足場を作りつづけていたからこそ、ここまで汗を掻いているのではなかったのか?
 だんだんと呼吸が荒くなってきたシーナは、それでも不敵な笑みを絶やさずに続ける。
「あんたには弱点がある。―――魔法が使えないことよ。骨身になってから、攻撃魔法を一度も使わなくなった。だからこの必勝法を思いつき、今に至る」
「……ハッタリじゃ、ねぇよな……?」
 弱々しく、ディックが這いつくばったまま顔を上げて言う。
 彼女は答えずに続ける。
「その骨身が動いているのには、何らかの魔法を使ってると思うけど、それ以外は何もできない。―――あたしの能力は知ってる? オリビアという特殊な呪い使いを憑依させて、超念力が使えるの。それを使って、こうして虚空に目に見えない足場を作り出すことができる」
『だからそれがどうしたと言うのだっ!?』
 バラモスブロスが激昂するのに対し、彼女の笑みは、いよいよ凄惨なものへと変貌していく。
「―――いつまであたしが作った足場に乗ってやがんだよ、自分じゃ空も飛べないクセに……」
 その言葉に、他の仲間たちはポカンとした顔になり、続けてサーシャが、
「あっ……!? よく見たら、地上の街があんなに小さくなってる!!」
 眼下に広がっているはずの街並みは、とても小さく見えた。―――つまりこの虚空の足場は、知らない間に上昇していたということである。ゆえに空気が薄くなり、仲間たちは倒れたのだ。
 シーナは問い掛けた。
「さってと、魔王様? これはロマリア貴族が受ける教育の、物理の授業で習うことなんだけど……この高さから自由落下すればどうなるかお分かりかしら、ひび割れだらけの骨の塊さん?」
『よ…よせっ……!!』
 次の瞬間、バラモスブロスの巨体とシーナ達は、まるでトランポリンに飛び乗ったかのように、更に空高く舞い上がった。直後、誰もが自由落下を開始するが、すぐさまラーミアがシーナ達を背中で受け止める。―――ただ一人、バラモスブロスのみが、骨身の腕をラーミアへと伸ばしたまま落ちていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 魔王ブロスが殿(しんがり)を務めたことにより、魔族の姿は一つも無かった。……ただし、残されたゾンビ兵の数はおびただしく、地上では未だに激戦が繰り広げられていた。
 ゾンビ兵―――それも今回は飛び切りの強者を、魔王軍は連れてきたようだ。
 魔王軍にとってゾンビ兵というのは主戦力のようなものである。何しろ彼らは死体さえあれば量産が可能であり、彼らが戦うことにより、魔王軍の構成員が危険に晒されることがないからだ。
 この場に集まっているゾンビ兵の数は1000体。それも八本の腕に剣を持った怪力の人型骸骨であるソードイドや、上空でディック達が戦っていたバラモスブロスに似た形状のスカルゴンなどの上級ゾンビが大半で、それ以外はドラゴンゾンビ(スカルゴンよりかなり大きく、骨身がやや赤っぽい)という最上級ゾンビが数十体という状況である。
 しかし今日この街には、世界中の国王が集まっており、それらの護衛兵、並びにロマリア全軍が集結している。その数は数万にも及んでいる。
「陣形を崩すなァ!! 数は我々が上だ、敵一体には必ず十人以上で囲うように攻撃しろォ!!」
 ゾンビ兵は城の敷地内だけでなく、街中にまで出ている。
 そんな街の、大広場にて奮戦する者がいた。
 大きめのカトラスを振る、わりと軽装なのはイシス王国の騎士だ。暑い国なだけに、鎧を着込むという考えが無いため、このような装備になっているが、剣の腕と回避力だけは他軍を上回っている。
 そんな彼の背中から、一体のソードイドが駆け寄り、八本の剣を同時に突き出す。
「助太刀すっぞ!!」
 そう叫んで飛び出してきたのは、鎖かたびらを黒装束の下に着込んだ、異装の男だ。彼はクナイと呼ばれる武器を二刀流で振るい、高速で八本の剣を叩き落とす。
 イシスの騎士は振り向きもせず、背中を任せた男に向けて叫ぶ。
「助かったぜ、サムラーイ!」
「……またそれかよ? 前にジパングで言われたときは殴っちまったが、それ言われると腹立つからやめろ。……それに俺は侍じゃなくて忍者だ、忍者」
「え? マジで? 本物のニンジャー!?」
 心底驚いているイシス騎士に対し、心底苛立った表情になる忍者。
「ああもう、うるせぇっての。……兄貴が居ればもうちょっと楽に戦えるんだがな」
「……兄貴だァ? 他にもニンジャーがいるってのかよ?」
「ヤマタノオロチの事件は知ってんだろ? あいつは自分の女が生贄にされると知ったとたん、その女連れて逃げちまったよ。『世界の果てだろうが異界だろうが、どこまでも逃げてやる』んだとよ」
「へぇ? お熱いこった。……でも案外、本当に異界にまで行っちまってるかもしれねぇぞ?」
「だったら良いけどな。……きっと向こうで、副業の鍛治屋でもやってるだろうよ」
「そうだと良いな。俺の姉貴なんて、アッサラームのベリーダンス屋でスーパースターやってたのに、勝手に姿眩ませちまってな。どこで何やってんだか……なッ!!」
 二人同時に、前後の敵に踊りかかり、斬り伏せる。
 すると近くにいた誰かが―――ローズピンクの刀身をした剣を振り回す女が、隣で戦う恋人と思しき男性の袖を引っ張りつつ、真上を指差して叫んだ。
「落ちてくる! なんか落ちてくるよっ!?」
 言われて、二人が視線を上に向けると、あまりにも巨大すぎるスカルゴン(ドラゴンゾンビ?)のような怪物が、二人が立っている街の広場へと落ちてきた。
「危ないッ……!!」
 なぜか空から老人のような声が聞こえたと思った瞬間、風の魔法が広場の人間のみを全て包み込み、強制的に近くの路地へと放り込んでいく。その際、一瞬だけ視界の端に、宙に浮く老人が杖を掲げているのが見えた気がする。
 落ちてきた怪物―――バラモスブロスは、広場に居合わせたゾンビ兵の集団と共に粉々に砕け散った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 激戦は終わらないが、それでも空から降って来た怪物が何なのか、それを見ていた全ての人間が瞬時に理解する。
「魔王ブロスだ!」
「討たれたんだ……ッ!」
「見ろっ! 討たれたとたん、きっと骨になっちまったんだ!!」
「俺たちの勝ちだぁッ!!」
 士気がぐんぐんと上がっていく中、空から美しき巨鳥が舞い降りた。それだけで人々は、その鳥をモンスターではなく、何か神聖な存在なのだと解し、一斉に口を閉じる。―――無論、ゾンビ兵の残党との戦闘までは終わらないが。
 巨鳥が広場に降り立つと、その背中に乗っていた何人かの人間が地面へと降りる。―――そこにヒミコが混ざっていたことに、周囲がどよめく。よもや国賓である彼女が魔王討滅に参加していたとは誰も思わなかった。
 ふとシーナが足を止める。
「……どうした?」
 ディックが声を掛けた瞬間、彼女の身体から、半透明な金髪の女性が頭部から抜け出し、呆気にとられるディック達や周囲の兵士達の前で振り返り、頭を下げた。そして頭の中に響いてくる声で、
『あの……お役に立てて嬉しかったです。まさか私の力が魔王まで倒してしまうなんて……本当はあたし、勇者か何かなんですか? 生前は何の力にも目覚めず、この世を去ったんですけど……』
 その問いに、ヒミコが答える。
「そなたは勇者ではない。そもそも勇者とは、その世界を守護する神が、己の力の根源を人間に与えてこの世に生まれさせた存在をいう。かつてこの世界の……この世に君臨していた神々―――オリビア殿、そなたはその中の一柱だったのだ」
 
『――――――はぁっ!!?』
 
 シーナとヒミコ以外―――つまりディック達も、辺りで様子を見ていた兵士達も、いきなりすぎるヒミコの発言に度肝を抜かされた。
 ただ一人、オリビアだけが儚げに微笑み、
『なるほど……良い冥土の土産話ができました』
 ヒミコも軽く笑って答える。
「馬鹿者。それはとどめを刺す人間が言う言葉だ」
『それもそうですね。……それとシーナ、あなたにも言わせてね? ―――身体を貸してくれて、本当にありがとう』
 彼女がシーナの名を口にしたことにより、周囲で見ていたロマリア兵が色めき立った。
 それはそうだろう。何しろ今の彼女は髪形も違えば、顔の右半分を黒い茨のような刺青が覆っているからだ。これで即座に正体を見抜ける人間の方が少ないだろう。
 そしてシーナは、右手で顔の右半分を鷲づかみにし―――なんと刺青だけをシールのように剥がした!!
 再び度肝を抜かれる兵士達と、ディック達。ヒミコとオリビアだけが、その光景に何のリアクションも示さない。シーナが説明する。
「……これは呪われた物品や力を相殺する国宝。―――オリビア、あんたがいくら神様だっていっても、あんたの力の本質は呪いだった。そりゃ神様だった頃は海だったか空だったかの神様だけど、基本的にはあんたを人間に憑依させれば死んでたの。だから今後、どっかの祈祷師か何かに降霊されても、絶対に取り憑かないこと。分かった?」
『ええ、約束するわ』
 シーナは珍しく悲しげな顔になり、ロマリア貴族であり、シーナにとって幼馴染みでもある彼女に向けて、
「……本当はあんたに、生きてこの戦いに参加して欲しかったよ、オリビア。あんたが平民と恋に落ちてたのを知ったのは、あんたが海峡で呪いを引き起こしてたのを知った時だった。―――その時まで、あんたがもう、この世に居ないことを知らなかったんだ。……本当にゴメンね。知ってたらあたしの権限で、エリックさんとの事も叶えてあげられたのに……」
『そんな悲しそうな顔しないで、シーナ。あなたに迷惑を掛けたくなかったのもあるけど、それ以上に私は臆病だった。恋人のエリックが奴隷船に送られたと聞かされた時、初めて後悔したの。“ああ、彼と駆け落ちしとけば良かった”ってね。前から思ってはいたけど、世界を旅する勇気なんてなかったから、あんな後悔したと思うの。―――シーナ。私が言いたいこと、分かるよね?』
 シーナが頷くと、オリビアはもう一度だけ頭を下げ、空へと昇っていった。
 
 
 誰もがその光景に目を奪われる中、ゾンビ兵の破片の山が動いた。―――そして巨大な頭骨だけが姿を現す。
 呆気に取られる人々の前で、バラモスブロスは言った。
『ぬううぅぅ、人間めェ……。これで終わったと思うでない。大魔王ゾーマ様と魔王キングヒドラという術者がいる限り、魔王軍の戦力の8割を担うゾンビ兵は無限に量産される……。我も自我を失うことになるが、喜んでこの身体、材料として捧げよう―――』
 しかし彼の言葉が最後まで紡がれることはなかった。
 
 
 ――――ビシィッ!!
 
 
 たったそれだけの音が響き渡った。
 次の瞬間、街中に散らばっていた全てのゾンビ兵が、全身を細やかなひび割れに包まれ、砂粒レベルの破片となって爆砕し、その破片が光の粒となって大気へと溶けていく。
『は……え? ゾンビ兵を動かす魔力の供給が途切れた? 魔王キングヒドラが討たれたのか? 大魔王様に次ぐ実力の持ち主であるそなたがなぜ……いや、そもそもなぜ全てのゾンビ兵が砕けた? 魔王キングヒドラだけでなく、大魔王様も力を供給して下さってるというのに―――って、大魔王様ッ!!!??』
 独り言の内容から、何となく予想がついた。
 ふとシーナが思い出したことを口にする。
「そういえば予知夢の力を得た爺さんが言ってたな。勇者アレルのパーティと、実は生きてた勇者オルテガのパーティが、互いの生存を知らないまま、今日、大魔王の城を襲撃するって。―――なんだ、やっぱ人間が勝ったんじゃないか」
 その言葉は、バラモスブロスには届かなかった。
 彼の頭骨に、四方八方からひび割れが入り、同時にひびの内側から虹色の光が溢れ出し、頭頂部から少しずつ頭骨が砕け、大気へと溶けるようにして消えていく。
『ぬうううううぅぅうぅおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっ…………』
 長い断末魔が終わると、後には何も残らなかった。
 断末魔に代わって、この戦いを生き延びた人間達の歓声が爆発した。
 ―――瞬間、頭の中にだけ響くような女の声が聞こえてきた。
『よくやりました、戦士たちよ』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 誰もが唖然として空を眺める。ディック達も、ロマリア兵も、国賓やその護衛兵。そしてロマリア王都の住民たちも。
 
 ―――空には巨大な女神のような女性が浮かんでいた。
 
『私の名はルビス。この世界出身の元・人間にして、異世界アレフガルドを創造せし神です。かのアレフガルドに大魔王ゾーマなる者が現れ、私はそれを阻止すべく、私の力の根源であるものを人間に埋め込み、この世に生まれさせました。―――勇者アレルのことです』
 誰もが口を開かず、その言葉に聞き入っていた。
『しかし先読みに長けた神とて未来を予知しきれないのも事実。あれこれと運命を改変してみたものの、大魔王の部下である三体の魔王を勇者が順番に討滅する、という運命に導くことができず、ついにはブロスとキングヒドラという魔王を野放しにしたまま、勇者が大魔王を倒しに行くという運命を辿ってしまいました』
 女神は、人間であるディック達に頭を下げた。
 そのことが周囲の人間たちの度肝を抜かさせる。“神が人に頭を下げた”のだから……。
『いかに勇者とて、魔王を一体倒したところにもう一体の魔王を倒す、という荒業は不可能。勇者は魔王キングヒドラの存在を知らぬまま大魔王の城に踏み込み、またブロスという魔王はこの世界にて大きな騒ぎを起こそうとした。―――勇者の力を持たないあなた達と、そしてオリビアという元・神である娘に礼を言います。よくぞ魔王ブロスを倒してくださいました』
 それまで口を閉ざしていたレニーが口を開く。
「あ…あのっ……! 勇者アレルはどうなったんスか!? キングヒドラの相手をしてすぐにゾーマを倒すなんて無理なんスよね!? アレルとはその……知り合いっすから、気になるんす!!」
 精霊ルビスは微笑み、答える。
『安心してください。勇者オルテガと、その仲間たちもまた、勇者アレルの存在を知らないまま大魔王の城に踏み込み、彼らがキングヒドラを討滅してくださいました。彼ら全員、この世界の出身者でもあります。残念ながらアレフガルドとこの世界の繋がりは消えてしまったので、もう二度と会うことはできませんが、どうか彼らを後世まで英雄として語ってあげてください。まずアリアハン出身の戦士オルテガ。本来、彼は志半ばで息絶える運命だったのですが、彼は仲間との出会いによって生き残りました。次にその妻である賢者エミリア、それからアッサラーム出身の踊り子剣士レナ―――』
「ええっ、姉貴!?」
 イシスの騎士が素っ頓狂な声を上げる。
『ジパング出身の忍び、ハンゾウとヤヨイ―――』
「兄貴っ!?」
「あの時の生贄か……っ!!」
 忍者の青年とヒミコが、同時に声を上げる。
『ギアガの大穴が開く寸前まで洞窟から城を見張る仕事に就いていたロマリア兵士、レックス。そして―――ノアニール出身の盗賊カンダタ』
「「「あっ…………!!!!」」」
 ディック、レニー、ロックの三人が驚き、無意識の内に涙を流す。
「カッちゃん……」
「生きてたんだ……」
「あいつ生きてたんだ……!!」
 精霊ルビスは締めくくる。
『以上7名です。彼らの知り合いも、今日ここに集っているようですね。それと魔王ブロスを倒したオリビア以外の6名、あなた達も後世に語り継がれるべき立派な英雄です。あなた達の名もこの場で―――』
「待って下さいッ!!」
 毅然と叫び、広場の中央に出てきた人物がいた。シーナである。
「……姫様?」
「シーナ様だよな?」
「姫様っ……!」
「何で姫様があそこに?」
 ロマリア兵たちが騒ぎ出すのを尻目に、彼女は精霊ルビスに向かって叫んだ。
「あたし達は愛する者と共に静かな暮らしを望んでいる。名誉に塗れては、それすらもままなりません!」
 精霊ルビスは、やや困った顔になって言った。
『あなた以外の仲間達であれば、それも可能だったでしょう。……しかし、あなたは一国の姫。人々から今日という日の出来事を記憶から消すなど、私の能力的にはできません。よってあなたの望みは、土台無理な話でしか―――』
「―――分かってて言ってますよね、それ?」
 精霊ルビスは―――何と悪戯っぽく笑った。
『人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて何とやら―――私には、あなたの恋路を邪魔する資格も、手助けする義理もありません。でもせめて時々、親に顔を見せに行くくらいはしなさい』
 街中の人間は、半数がポカンとした顔になり、もう半数がその意味を察してニヤニヤしたり、うんうんと頷いたりした。
 ―――その後者の方で、遠くから走ってくる人影があった。
 汚れた囚人服を身に纏い、やせ細った顔に髭をたくわえた男―――本物のロマリア王が。
「―――ちょっと待ったああぁぁぁッ!!!」
「お父様っ!?」
 ロマリア王は息を切らせながら、シーナの前で足を止め、呼吸を整える。
 そんな父親の肩に手を置く青年の姿があった。
「テュール……」
 シーナの弟、テュール王子である。
 しばらく肩で息をし、ようやく整ってきたところで―――世界最高の軍事力を誇る国の帝は、過去最大級に自分勝手な命令を口にした。
「―――孫が生まれたら抱っこさせに来い。それだけだ」
「姉上、どうかお幸せに」
 三人の親子は互いに拳をぶつけ合い、ニカッと笑った。広場がかつてないほどの歓声に包まれる。
 
 
 
 
 ――――ロマリア建国以来、もっとも美しい夕日に照らされながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき。
 
 『バカとテストと召喚獣』という小説を読みました。
 その中で、とある英文を翻訳する問題が登場し、ヒロインの優等生は『ジョンは奥さんの手作り弁当を持ち、日本行きの飛行機に乗ろうとしたが、途中でパスポートを忘れていることに気付いた』と、正しく翻訳しました。
 
 それに対し、劣等生である主人公は『ジョンは手作りパスポートを持って、日本行きの飛行機に乗った』という珍回答をしました。
 
 ―――この場面を読み、呼吸困難になるかと思うくらい大笑いした私でしたが、思えば自分にも、英語翻訳にて珍回答をした経験がありました。高校生の頃、英語の授業中、先生が『今から15分だけ時間をやる。その間に○○ページの問題集を解け。後で一人ずつ当てて答えさせるからな』と言い、みんなが問題に取り組みました。
 
 
 その日の私は、当時発売したばかりの電子辞書を両親が買ったこともあり、両親に頼んで電子辞書を借りてきてました。それを得意げになって使い、とある英文の翻訳に取り掛かったのです。
 
 
(ふむふむ。……このハンドは―――『手』か。この○○(←どんな単語か忘れました)は―――『楽しむ』か。そしてこの文体は『何々をして欲しい』という意味で……)
 
 
 ……後になって知ったのは、ハンドと○○(楽しむ)を繋げると『手品』という意味になり、正しく文章を訳せば『あなたの手品を私に見せてください』になるそうなんですが、当時の私は気付かずに翻訳し、しかもその問題を先生に当てられたため、教室中に聞こえるほどの大声(しかも自信満々に)で珍回答をしてしまいました。
 
 
 
「あなたのその手で、私を楽しませてください」
 
 
 
 シーン―――――という沈黙。近くで友人が「あ…あみ……?」と私を呼ぶ声が聞こえた瞬間、教室は爆笑に包まれました。




[31001]  エピローグ その後の勇者達
Name: シウス◆60293ed9 ID:11df283b
Date: 2012/06/24 19:48
 
 
 
 
 
「また来よったか、人間……。今度は何の用だ?」
 不機嫌もあらわに、エルフの女王は言った。そんな彼女の前に立つ人影が二つ。―――ディックとシーナである。
 ディックは頭を掻きながら口を開いた。
「ちょっと考え直させられる事件があってね。俺はシーナ姫と―――つまり、こいつと駆け落ちすることになった」
 女王、並びに取り巻きのエルフ達は目を見開き、続けて爆笑した。女王は言う。
「それは面白い! またそなたの村人が眠らされなければ良いがな……!」
 女王の言葉に、取り巻き達は更に笑いのツボにはまっていく。
 しかしディック達は笑わず、
「こないだロマリア王都でな、魔王が現れたんだ。……魔王バラモスじゃないぞ? あいつは大魔王ゾーマの部下であって、奴はバラモス以外に魔王を二体飼ってる。その内の一体を俺達が討滅したんだ」
 エルフ達は顔を凍りつかせた。そもそも彼女たちはゾーマという大魔王の存在すら知らなかったのだ。同時にバラモス以外の魔王の存在も知らない。
 構わずにディックは続ける。
「その日、その時間に、大魔王ゾーマと、残る一体の魔王が異世界で滅ぼされたんだそうだ。俺達が魔王を倒した際、精霊ルビスがロマリア王都の上空に現れて、ベラベラと喋ってくれたんでね。そん時にシーナが俺との駆け落ち宣言しちまったんだ。そしたら王様が許してくれてね。たまに顔を見せに行くだけで良いんだそうだ」
 女王は彼の言葉を最後まで聞き、やがて口を開いた。
「一国の主の娘との婚姻を認められて良かったな、人間。―――して、私に何が言いたい?」
「あんたにも、娘と会わせてやりたいのさ」
「――――ッ!!」
「例え物理的にここに来ることができずとも、幻か何かを使って呼び出せる奴に心当たりがあってね……」
「そんなこと……いや、良い。娘は―――アンは冥界の住人なのだ。死者を呼ぶなど―――」
「ごめん。勇者アレルが持ってきたあの手紙、全くの嘘っぱちなんだ。アレル達は気付いてないけどな」
『『『――――はぁっ!!?』』』
 誰もが皆、何とも形容しがたい表情になる中、ディックは視線を、女王が持っている『夢見るルビー』に向け、そして叫んだ。
「なぁ、異界の神様! 久しぶりに会って何だけど、ちょっと姿見せてくれないかなッ!?」
 瞬間、夢見るルビーから美青年の姿をした、半透明の何かが虚空へと現れた。―――エルフ達は女王も含め、金魚のように口をパクパクさせている。『夢見るルビー』はエルフにとっての宝であるが、どちらかといえば宗教的な象徴のようなもので、何かしら特殊な力を持っているなど、エルフの誰も気付いてはいなかったのだ。
 異界の神は、まるで世間話でもするかのようにフランクな口調で、
「久しぶりだな、ディック。他の仲間はこの場には居ないようだが?」
「ああ。あいつらは今、ちょっと野暮用でね。……いきなりで悪いんだが、アンやソロンをここに呼べないか? できれば実物が良いんだが、無理なら幻や、声だけとか―――」
「幻像だけを呼んで会話するのなら可能だ。しかし、なぜ?」
「それはこれから説明するさ。……と、神様。この人はアンの母ちゃんな? まずはこの人に謝って、あのノアニール事件の真相を語ってくれないか? 心苦しいとは思うが、あんたは異世界の魔王を倒すため、この人の娘さんを手が届かないところへ連れて行ったんだからな」
 やや怒った口調で、ディックは言った。
 この日、エルフの女王とその取り巻きもまた、ノアニール事件の真相を知る者となった。女王達は異界の神の説明により、最初の内は驚いていたものの、やがてその神によって召喚された四人の勇者、そして彼らの子の幻像に会い、ディックと女王は涙ながらに再会を喜んだ。取り巻きのエルフも、何人かもらい泣きしていた。
 
 
 
 
 
 
 
「へ―――っくしょいッ!!」
 滝に打たれながら、ロックは特大のクシャミを連発していた。
「な……なんだって俺が滝に打たれにゃなんねーんだよ!?」
 その問いに、ヒミコは腕を組んだまま、彼の正面に立って答える。
「わらわの夫となるからには、そなたにも神職に就いてもらわんとな。ましてやそなたは元盗賊―――みっちりと罪穢れを落とさねばならぬ……」
「ひ…ヒミコ様―――ッ!!」
 着物と薙刀を装備した女性兵士がヒミコに駆けより、彼女に何かを話した。大して声を潜めていたわけではないが、滝の音に遮られ、ロックの耳には届かない。
「ロック! 今日の修業はそこまでだ。近くの山に施していた封印が解け、百鬼夜行と呼ばれる妖怪集団が町に向けて山の中を移動中だそうだ。かなりの大物である『一つ目入道』や『一目連』などの集団だ。忍びや侍、巫女たちを呼んで派手に暴れるぞ」
 一つ目入道とは、異世界に住むサイクロプスやギガンテスが、このジパングに住み着いた存在だ。本来ならば原始人のような服装をしている彼らは、この国では白い着物姿に紺の袴を穿いている。
 そして一目連とは、巨大な雲の中心に、巨大な一つの目玉が浮かんだ、嵐を呼び起こす怪物である。ギズモの突然変異らしい。
「……ありがてぇぜ、全く。魔物様々だ」
 ヒミコには聞こえないくらいの小声で、ロックは呟いた。何とかこれで修業を免除されたのだから……。
 
 
 
 
 
 
 スーの長老宅。
 二人の青年が姿勢正しく直立して並んでいる。
 片やレニー。片やトール―――というと誰だか分からないかもしれないが、ディック達がこの村を訪れて最初に出会ったのが彼であり、サーシャに横恋慕しており、レニーが現れるまでは彼の家にサーシャは泊まっていた。
「さぁ、サーシャ。トールとレニー、どちらかを婿に選びなさい」
 即座に彼女は叫んだ。
「いやいやいや、待ってください長老ッ! 百歩譲ってどちらかを選ぶとしても、普通こーいうのは当事者同士で話をつけるものであって、なんであんたが立ち会ってんですか!!」
(あ、俺も同じこと思ってた……)
 と密かにレニーは直立不動のまま思う。
 長老は不思議そうに首を傾げ、
「はて? 普通は婚姻を申し込む場に長老は立ち会うものだが? この集落付近にもいくつか集落があるが、どこも同じだぞ?」
 その集落というのは、スーと似たような文化のところもあれば、全く異なる文化もある。スーとの共通点を挙げるとすれば発展途上、悪く言えば蛮族と呼ばれる集落である。
 サーシャは激しく抗議する。
「確かに郷に入れば郷に従えとは言いますけど! 確かにここの風習が私の心の琴線に触れましたけど! そこだけは譲れないんですよ!!」
「あー……長老、確かに彼女の言葉には一理あるっすよ?」
 と、レニー。元が同じ文化―――もとい同じ文明人として、彼女の言葉には全面的に賛成である。
 続けてトールも、ここで彼女の気を惹くべきと考え、
「だよなぁ。いくら郷に従うにしても、人生で一度きりの場面なんだぜ? だったら後悔が残らねーように決めないとな」
「ふむ……仕方ないのぅ。そこまで言うのなら席を外さなくもないが、なるべく早い目に決めるようにな」
 
 
 
「ありがとう、二人ともっ!!」
 長老宅から出て、三人は家路に着く。―――この時ばかりは、サーシャはトールの家には泊まらない。近所のおばさんの家に泊めてもらっている。ちなみにレニーは宿屋に泊まっている。
「良いって事よ!」
「お安い御用っす!」
 言ってから、二人は笑顔で火花を散らし合う。そんな朗らかなようで険悪な空気を読まず、サーシャは頬を染めながら口を開いた。
「あのね……さっき言えなかったこと、いま言うよ」
「「え? 今ぁっ!?」」
 驚く青年に構わず、サーシャは口を開いた。
「私が結婚したいのは―――」
 
 
 
 泉の精霊オルレラは、泉に繋がる全てが身体の一部のようなもの。よってその身体の一部の近くで話し掛けられれば、いつだってその声は届いているのだ。―――例え泉に繋がる水が“村全体の土壌に染み込んでいたとしても”、今の精霊オルレラには立派な身体の一部である。
 精霊オルレラが息を潜めて見守っていると、一人の青年が涙を流しながら駆け去っていき、それを見送った上で、もう一人の青年がサーシャを抱きしめる。
「あらあら、なんて悲しいことかしら。……でも今の泣いてた方に恋慕していた娘も村にいたことですし、そっちと結びつくよう計らいましょう……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「勇者アレル様がいなくなったぞォ―――ッ!!」
 異世界アレフガルドの、ラダトーム城下街。大魔王ゾーマが滅ぼされ、数年ぶりに空に太陽が現れ、街は完全にお祭りモードとなっていた。人々は大魔王を討ち滅ぼした勇者を称え、街を上げての祭り騒ぎを行っていた。
 ―――なのにいつの間にか、主賓である勇者アレルは姿を消していた。
 街中が大騒ぎになっているのを尻目に、ちょっとしたオープンカフェに腰掛けていた勇者アレルの仲間たちは、やや控えた声で語り合っている。
 若くして賢者を名乗る、勇者アレルの恋人でもある、童顔のリザは、
「ねぇ……本当にこれで良かったのかな?」
 それに答えたのは、同じく青年賢者であるモハレだ。リザがドラゴラムで龍に化けて暴れるのに対し、モハレは魔法のみで攻撃から補助、回復に至るまでをこなす。
「良かった―――かどうかは分からないな。でも互いの利害を考えた上で、あの人と意見が一致したから良いと思うんだ」
 すると今度は魔法戦士クリスが、紫色の髪を掻き上げながら答える。
「だったら気にするこたないでしょ? あたし達は魔王をやっつけた名声なんて捨てて、のんびりとした生活をする。あいつはゾーマが張ったバリアの外へ旅に出るから、面倒な名声を全部背負って、誰も勇者の顔を知らない土地へと行く」
 ―――優雅な割に、その足元には『破壊の剣』という、強力な呪いが掛かってるが最強クラスな剣が椅子に立てかけてある。不思議な事に、彼女は呪いの影響を受けずに振り回せるのだ。
 最後に僧侶系の魔法を駆使する武道家カーンが、腕組みしたまま瞑想するかのように目を閉じ、
「クリスの言う通りだな。リザ、君とて最愛のアレルとは夫婦として穏やかに暮らしていきたいだろう? そのためにゾーマを倒した際、ラダトーム王の前で『俺が勇者だ! ゾーマは一人で倒したぞ!!』と、“あの男”に言わせたんじゃないか。それに見ろよ。あいつも案外、ノリノリではないか」
 カーンが顎で指し示す先には、大勢の民衆に混じって『勇者アレル様がいないぞー!』と騒いでいる“黒髪の青年”がいた。布の服しか身につけてないが、近くから見ても分かるくらい筋骨隆々としており、魔力感知に優れている者が近づけば、彼の放つ見えない圧力に呼吸困難を起こしてもおかしくはないだろう。
 ふとリザ達のすぐそばを歩いていた少女が、その騒いでいる青年を指差し、
「ねー、ママぁ。あの人、前にうちの宿屋に泊まったとき、名簿にアレルって名前で書いてなかったぁー?」
 
『――――ぶふぉあッッッ!!!??』
 
 リザ達は揃って紅茶を噴出した。しかも全員が鼻から。あまりにもタイミングが揃い過ぎてたので、通りすがりの何人かがパフォーマーかと思い、足を止めて眺めている。
 少女は少し離れたところで立ち話している母親に気付いてもらえないからか、やや膨れた様子で、
「ねぇ、ママ―――」
 その口がいきなり塞がれ、首筋に尖ったものが押し当てられる。―――リザだった。
 彼女は見た目の可愛らしさからは想像もできないくらい冷たい声で、しかも鼻から紅茶を滴らせながら、
「―――忘れなさい。命が惜しかったら……」
 少女が涙を浮かべながらも、生存本能からか何度も大きく頷くと、リザは彼女を解放し、左手に持った毒針を素早くしまう。そして営業スマイルを浮かべて、鼻から紅茶を滴らせながら手を振った。少女は何度も転びそうになりながらも、その場から駆け去っていく。
「……おっかねぇ女」
 クリスの呟きは、誰の耳にも届くことなく消えていった。
 
 
 
 
 
 
 
 船に揺られながら、カンダタは甲板の手すりに体重を預け、遠くなっていく大陸を眺める。
「あーあ。盗賊のカンダタ、今度はとうとう王様と民衆を騙しちまったか……」
 大魔王を一人で倒したと、ラダトーム王の前で叫んだ勇者アレル―――の正体はカンダタだった。
 かつてないくらいの詐称事件だった。
 緊張と冷や汗と後ろめたさで、喝采を浴びながら失禁するかとすら思った。
「くっくっく……だぁーはっはっはっ!!」
 だんだんとあの時の緊張が『してやったり』という気持ちに変わり、彼は大声で笑った。
「そーだよな! カンダタ盗賊団は人様の迷惑にならないくらいの悪さしかしない。それでいてデケェことがしてぇんだっての」
 ―――勇者アレルを称える宴には相当な国家予算が動いており、元々が税金であることを考えれば大迷惑な話であるが、学の無い彼にそこまでのことは判らない。
 ふと視線を変える。今まで見ていたのが、ゾーマが張ったバリアに包まれていた大陸。そして反対側に目を向ければ、バリアの外の大陸である。
「新しい旅……か」
 共に魔王キングヒドラを倒した仲間たちは、今ではそれぞれの道を歩んでいる。
 ジパングから来たハンゾウとヤヨイという忍者は、マイラという温泉村で道具屋を営んでいる。パーティ解散時に結婚すると宣言していた。
 オルテガとエミリアの夫婦は、ラダトームに住むそうだ。ロマリア兵だったレックスも同じである。
 アッサラーム出身の踊り子剣士レナは、今ではメルキドという街で働いている。たまに踊ったりもするそうだが、基本的には商人と変わらないことをやっているらしい。
「そして俺は、新しい土地を求めて大冒険か。………一人ってのも寂しいもんだな」
 脳裏に蘇るのは、かつて子分だった三人の仲間達の顔。
 カンダタ達が魔王キングヒドラを退治したとき、向こうの世界のディック達と同じく、カンダタ達の前にも精霊ルビスは姿を現した。そして子分たちが魔王ブロスを倒したということも、その時に知った。
「ま……なるようになれってんだ。 ―――お?」
 ふと視線を転ずる。ここはかなり広い船の上であり、ゾーマのバリアが消えた事でようやく開通した定期船でもある。カンダタの目には、ここから少し離れたところで、悲しげな顔をしたまま、スカートが捲れるのも構わず手すりを跨ぎ、海へと身を投げようとする、自分くらいの年頃の女がいた。
 カンダタは辺りを見渡す。船乗りだけでなく、大勢の客が乗っているはずなのに、この瞬間に限って甲板には自分とその女しかいない。
「―――って、ちょっと待ったああぁぁっ!?」
 慌ててカンダタが駆け寄り、女性を羽交い絞めにすると、彼女はじたばたと暴れながら、
「は……離して下さいっ! 人間同士の戦で滅びたデルコンダル王国の再建は、やっぱり私のような小娘には無理だったんですっ! 私みたいな姫なんて、何の役にも立たないんですっ!!」
「事情は分からんが、あんたを死なせるわけにはいかねぇんだよッ!!」
「放っておいてくださ―――きゃっ!」
「うぉああっ!?」
 カンダタが引っ張る力が勝ったのか、二人は勢い良く甲板に引き戻され、妙な絡まり方をした挙句、カンダタが女性を押し倒すような形で止まった。―――そして最悪のタイミングで、騒ぎを聞きつけた船乗り達が駆けつけてきた。
 何とか女性が口裏を合わせてくれたのでカンダタの名誉は守られたが、直後に女性が、
「あなたは私に借りを作りました。なのであなたには借りを返す義務があります」
 などと妙な脅迫をされ、彼女としばらく旅を共にすることとなった。
 
 
 
 ふとカンダタは思う。
 11年前、異世界の魔王と勇者の戦いに、僅かではあるが巻き込まれ、異界の神により、魔王バラモスとその上の大魔王ゾーマの存在を知った。
 当時のカンダタ個人としては、自分達の世界の魔王や勇者よりも、親友であったソロン達の旅の行方の方が気になっていた。
 しかし自分達の世界の勇者であるアレルやオルテガなど、多くのカギとなる人間達と関わってきたため、今では少しだけ自分が成してきたことが、世界をどれだけ変えたのかと、最近思うようになってきた。
 
 
 
 歴史上の物語は終わった。あとはそれを語り継ぐだけだ。……一部、ラダトームの住人はカンダタの事を勇者アレルだと思い込んでいるが。
 大魔王ゾーマが討たれたことも、旅の途中で勇者アレルが、魔王軍に封印されてしまった精霊ルビスを開放したことも、そして魔王が滅びた時、精霊ルビスが人前に現れたことも、全て語り継がれていくことだろう。
 いくつもの形となって、終わってしまった物語りは、『伝説』へと姿を変えて始まる。
 
 子供たちのわらべ歌として。
 
 子守唄として。
 
 演劇などのネタとして。
 
 
 
 
 
 ―――そして伝説は始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 平和な朝だった。空は爽やか過ぎるくらいに澄みきっており、僅かに残った雲が、朝焼けに照らされて寂寥感すら醸し出していた。
「お父さん、お母さん! 大変なの! ラーミアが!!」
 拙い声で叫ぶのは、今年で7歳になる娘である。母親の血を濃く継いだためか、柔らかな長い髪は、金色の光を放っているかのようだった。
 父親は欠伸混じりに玄関から出てきた。
「なんだよ、もう……今日は久しぶりにみんなに会いに行くからって、何も今からはしゃぐこたねぇだろ?」
 彼の言う『みんな』とは、かつて魔王ブロスを倒した仲間のことである。全員、今では子持ちだ。仲間にルーラという禁呪を使える者が二人もいるため、その際は泊りがけで全員がジパングかスー、もしくはここノアニールに押しかけることとなる。面白い事には、ジパングとスーは世界との文化が異なるため、3つの村のうちどこに行くかによって、全員の服装が変わる。ジパングなら着物、スーなら妙な民族衣装、そしてノアニールならば普通の服と。
 彼がこのノアニールに再び住むに当たって、さして村人からの差別は無かった。
 元々がカンダタの舎弟という程度の認識であり、今では妻を連れてこの村に住みたいと言っているだけの無害な身内という認識だったからだ。それに魔王ブロスをも倒してしまうその力を使い、時々、かつてソロンがやっていたように猛獣の討伐を繰り返せば、村に溶け込むのは容易だった。
 すると娘はやや膨れたように、
「違うの! 確かにサスケ君やシンバ君と会いたいのもあるけど!」
 それらの名前は、ジパングやスーへと移り住んだ、彼にとって幼馴染みである友の息子である。サスケはジパングに、シンバはスーに住み、特にシンバの方は、母親の血を濃く継いでいるためか、どこへ行っても銀髪が目立っている。
 続いて母親も玄関から姿を現す。
「何よ、こんな朝早くから―――」
『おはようございます、皆さん』
 頭の中に語りかけるのは、玄関の前に降り立った神鳥ラーミアである。彼はこの家に住み始めてから一年くらいで、言葉が話せるようになっていた。
 父親は問い掛ける。
「おはようさん、ラーミア。……で、何が大変だって?」
 ラーミアは視線を逸らし、遠くを見つめる目をしながら口を開く。
『私は神によって作られた特異なる存在。そして役目を持って生まれました』
 すぐさま母親が、
「確かに役目はあったわね。大魔王ゾーマや、その部下の魔王を討滅すること。―――もう終わったんでしょ?」
 神鳥は首を横に振る。
『確かにそれは終わりましたが、この世界やアレフガルドとは別の、更なる異世界にて、別の魔の手が迫っているのを感知しました。―――ゆえに私は旅立ち、かの世界へ行かねばなりません』
 父親は呆気に取られ、娘は涙を堪える。いきなりすぎる別れだった。
 ただ一人、母親だけがある程度の事情を知っていたらしく、
「……なるほど。それがあなた達、『神の鳥』の存在意義だもの。仕方ないわ。―――仲間を呼ぶから、みんなでお別れ会をしましょう」
 その言葉に耳を疑う父親と娘であるが、ラーミアはまたもや首を横に振った。
『いえ……。いかに私とて異世界を渡るのは容易ではなく、特殊な自然界のエネルギーが集まった場所におもむかねばなりません。その場所というのも、常にそのエネルギーが満ちているわけではなく、数十年に一度くらいしか現れないものです。―――あと数分もすれば、この玄関から先にある“それ”も自然消滅することでしょう』
 父親は固く目を閉じ、娘の頭に手を乗せ、そして言った。
「……お別れの時だって。爺ちゃんの時みたいに突然だけど、別れの挨拶ができるだけでも幸せなんだぞ?」
 娘はポロポロと涙を零しながらも、かつて何も言わずにこの世を去った、この世界の王にして優しい祖父を思い出し、
「あのね、ありがとね。いっぱい…もっといっぱい皆と遊びたかったのに、ゴメンね……」
 続いて母親も、
「ありがとう、ラーミア。あなたに何度命を救われたか分からないけど、共に死ぬまで一緒に居たかったと思うよ」
 そして父親の番になった。
「俺も……お前には世話になってばっかだったな。最後の別れだ。何か欲しい物とかあるか? 食いたい物でも良いぞ?」
 ラーミアは首を横に振りかけ―――ふと思い出したかのように頭を上げた。
『そうですね……聞いた話では、ラーミアという単語は種族名のようなもの。あなた方でいうところの『人間』という呼ばれ方をされるようなものだと、最近になって知りました。もし良ければ、私にも名前というものが欲しい』
 気持ちは分からなくも無いが、時間が無いというこの瞬間に言われると困る要求でもあった。
 すると娘が口を開いた。
「あの、あのね……あたしが決めても良い?」
『ええ。構いませんよ?』
「えっとね、それじゃあ―――」
 少女は両親を振り向き、最高の笑顔を浮かべてこう言った。
 
 
 
 
「あたしの名前をそのまま付けてあげたいの。良いでしょ?」
 
 
 ―――俺の名前をそのまま使って『カンダタ盗賊団』。これっきゃねぇだろ?
 
 
 
 
 不意にかつての親友の言葉が蘇り、父親は目頭に熱いものが込み上げるのを感じた。
「お父さん、どうしたの? 泣いてるの?」
 心配そうに覗き込む娘に、父親は笑いかけ、そして正面から強く抱きしめる。
「ああ、良い名前だ。そうしてやりなさい」
「うんッ……!」
 自分と同じ名前を付けるという感性は相当残念だが、娘には例え親バカと罵られようと、最高と思う名前を付けたつもりだ。思えば狭い村の教会で育った自分とカンダタだ。よくよく考えれば、あの男と自分は親戚だったのかもしれない。だから娘と似たような考え方をすることがあるのだろう。
 娘はラーミアに抱きつき、そして言った。
 
 
 
「あなたの名前は、今日からレティス! もう一人のあたしなのっ!!」
 
 
 
 ――――そして新しい物語りは始まった。
 ――――やがて次なる伝説となるために。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき。
 
 ・上記のレティスとは、ドラクエ8に登場する神鳥の名前であり、かつて異世界からやってきたという存在でした。しかもその異世界では『ラーミアと呼ばれていた』と、エンディング前にレティス自身が語っていたことから、ストーリーをつなげてみました。
 
 ・カンダタに関してですが、どうもネットで検索していると、彼はドラクエ2に登場したデルコンダルという国の王の祖先という設定があったので、意外な出会いというのを書いてみました。
 
 ・勇者アレルのパーティについては、書籍版のドラクエ3に登場するパーティにカーンを加え、さらにゲームや書籍版には登場しない職業名にしてみました。―――ややパロディも混ぜてましたが、書籍版でアレルとリザが生き別れになるエンディングを思うと、こういう『微笑ましい最後』になってほしいですね。
 
 
 
 さて、今度こそ『ノアニール事件の真相』は最終回のつもりですが、もしも気が向いたらば続編や番外編でも作ろうかと思います。―――個人的にはソロン達の物語より、やや物足りない気もしますけどね。それにディック達の物語と並行してカンダタ達の物語も考えていたのに、途中でネタ切れになって諦めてしまったのが悔しいところですね。
 
 今のところ、他に投稿しようと思っている小説のストックが切れており、作りかけの小説も途中から全く進まなくなってしまいました。次に投稿できるのがいつになるのかは分かりませんが、小説を書く楽しさを忘れたわけではないので、いつかはまた投稿します。
 
 
 
 
 
 
 ―――時に読者の皆様方。
 ネットとは世界中のどこからでもアクセスすることができる代物であり、理論上では北海道から投稿した小説を、沖縄の人が読むことも可能です。そうした『世界とのつながり』を感じてみたいと思ったので、もし感想を投稿して頂けるのであれば、都道府県名と年齢(いくつぐらいの人間が読むのか知りたいため)だけでも添えていただいて良いでしょうか? 強制はしませんので。
 
 ちなみに私は滋賀県に住んでいる26歳です。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.1323549747467