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[31506] 俺と鬼と賽の河原と。生生流転(ほのぼのラブコメ)
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0f298e4e
Date: 2012/02/09 22:54
諸注意

これは、俺と鬼と賽の河原と。の3スレ目です。
2スレ目も百五十話を超え、スクロールが辛くなってきたという話もあり、引っ越しました。



[31506] 其の一 俺と家庭。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0f298e4e
Date: 2012/02/09 22:55
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






 もぞもぞと、俺の腹の上を何かが動いている気がして、俺は目を覚ました。

 一体こんな休日になにが……。

 と、目を開きかけた瞬間、それは俺の布団から唐突に顔を出した。


「ばあ!」

「……春奈か」

「うん!」


 日曜の朝から元気なことだ。

 こちとら駄目な大人で休日は寝て過ごしたいというのに。

 しかし一体なに用か。いまいちぼやけた頭で考えていると、春奈はにっこり笑って俺に言った。


「遊ぼ!!」


 うーむ、子供は元気だ。

 むしろ年上の彼女と乳繰り合ってる由壱にも見習ってもらいたい元気さだ。


「……おーう。おー……」

「ねぼすけさんはだめなんだよ?」

「おー、うん、……よし」


 俺が何とか身を起こすと、眼前には俺の太股に跨って、にこにこ笑う春奈がいる。


「遊ぼ」

「おう」

「うち来て」

「おう、着替えるからちょっと待ってろ」


 俺は春奈を抱き上げるようにしながら立ち上がり、着替えを始めた。

 無論いつものスーツだ。他に私服はないのかよと問われれば特にない。着流しにするかスーツかの二択だ。

 こんなスーツだが、下詰の特製品であり、着ているにも理由がある。まあ、陰陽五行において俺が木気だから水気のスーツで強化と弱点防御という話だ。

 まあ、そんな話はさておいて。


「あー、ネクタイむすぶ」

「お?」


 と、まあ、そんな感じで。


「しゃがんで?」

「おう」


 言われるがままにした俺に、春奈はネクタイ片手に鼻歌を歌いながらそれを俺の首に巻いていく。


「えい」

「ぐっ」

「できた!」


 いま一瞬首が絞められかけたが僕は元気です。

 と、意識が遠のきかけるも、うむ? 意外と上手いじゃないか。


「やるな」

「ネクタイむすびはおよめさんのひっすテクなんだって」

「ほう、誰から聞いた?」

「おかあさんところのおねえさん」


 つまり、愛沙の同僚か。

 まあ、こんなことなら可愛いもんか。

 そんなことを思いながら、俺は春奈に連れられて愛沙の家へと向かったのだった。










其の一 俺と家庭。











 春奈の部屋。


「で、なにするんだ?」

「んーとね、手品覚えたの」

「ほう、手品か」


 子供は素敵だ。そのなんでも吸収しようという姿勢は凄まじいものがある。


「えーとね、ここに一枚コインがあるの」

「あるな」


 アホの子と呼ばれた春奈とて、今尚日進月歩で歩みを進め、きっとあっという間に大人になっていくのであろう。


「それで、これをね? 手のなかにいれて……」


 それが子供というものであり、それを寂しくも嬉しく見送るのが大人の役目。


「えい」


 メギョッ。

 そんな音を立てて春奈の手が握りこまれる。


「はい、なくなった!」


 ……しばらくは大丈夫かも知れんな。


「ハルナサン。タネと仕掛けは?」

「ない!」


 はい、元気なお返事だ。

 手品はな、種も仕掛けもあるんだよ!!


「コインは戻ってこないと?」

「うん!」


 コインは塵となって消えたようだ。

 そういや俺も似たようなことやった気がするが……。

 これが俺に似てきたとかだったら嫌だな。確かに関わり合いの深い大人だとは思うが、しかし、春奈には何事も拳で解決する淑女にはなってもらいたくないものだ。

 行為自体は必要ならばどんどんやれと言いたいが、嫁の貰い手がいなくなるだろう。

 自分を一撃で捻り潰すことができる女と付き合う根性の持ち主を捜すのは難しい作業になる。

 その難易度を更にあげるこたないと俺は思う。


「いやー……、お前さんは可愛いな、うん」


 だが、手品を覚えて見せてくれたことに関しては評価だ。

 その健気さはやはりいいものだ。

 俺は彼女の頭をくしゃりと撫でた。

 春奈は、嬉しそうに目を細める。


「……ん、わたし、かわいい?」

「おう」

「やった」


 そう言って笑う春奈から手を離すと、彼女は少し名残惜しそうに俺の手を見るが、しかしいつまでも続けているわけにも行くまい。

 俺は手を戻して、春奈に向かって笑った。


「で、次はどうするんだ?」

「ん! つぎはね!!」


 果たして、何か考えていたのを思い出しているのか、元から何も考えていなかったのか。

 考え込む春奈の頭は誰も理解することはできないだろう。


「かわいくなりたい」

「はい?」


 意味がわからん。


「むねもんで!」


 更に意味わからん!!

 俺を犯罪者にすることがどうしてそう繋がるんだ。

 俺を遠ざけることで真人間の道を歩もうというのか……、いや、よくわからん。

 が、春奈内ではきっちり繋がっているらしく。


「おっきくしたい」


 ……そういえばそんな話もあったな。

 この経験は二度目だよ。一回目の相手は娘だ。


「愛沙ー!! 愛沙ーっ!!」


 俺は逃げた。

 一体誰に聞いたのか、しかし、どう考えても教育に悪影響である。


「春奈の教育がヤバイッ」


 二階の部屋から駆け下りて台所に立つ愛沙に叫ぶ。

 彼女は面食らった顔で戸惑うようにこちらを見ていた。


「……え、っと?」

「いや、すまん、平静を失った。あー、アレだ、突如だな、春奈が胸を揉めとだな……」

「は、春奈が?」


 流石の愛沙も驚いている。そりゃそうだ。


「胸を揉むとだな、大きくなるとか誰に聞いたんだか知らないが」

「胸を揉むと……、大きくなると?」

「まあ、本当か嘘かはわからんが、そこそこ本当っぽい感じではある」

「そ、それは……」


 揉むだのなんだのは、彼氏と呼ばれる人種に任せておけと。

 むしろ、そうではない男にそれをさせるのは些か以上の問題である。

 こう、貞節とか節度とか言ったものが必要というか、春奈がうっかり少女性愛に騙されたりしたら俺はその男の首をねじ切らねばならぬ。


「その件については……」


 愛沙は俺をまっすぐに見て口を開いた。

 うむ、なんだかんだいってやはり母親に任せたほうがいい部分はある。まあ、なんだ、教えるのはいいが、こんな風に相談するのも大事だろう。俺ばかり先走っても良いことにはならんだろう。

 さて、母親の裁定は、と待つ俺に。

 何故か愛沙はその頬を赤く染めた。


「私にもしてくれると、助かるのだけれど……」


 もじもじと、言う。


「はい?」

「大きくなるのなら、できれば私も……」

「いや待てい、何故だ」


 どうなっているんだ一体。

 いや……、愛沙も春奈も結局似たもの同士ということか。

 どこか、世間知らずな空気はある。


「やっぱり、女性は大きい方がいいと思うので」

「いや、十分だろ」


 銀子に謝れよ。銀子に謝れよ。


「で、では、あなたはどう思うので……?」

「……俺か?」


 ふむ……、そりゃあ、世間一般の野郎の境地からすれば大きいのが浪漫……。

 言いかけて、やめる。

 色事について真面目に考えるならば、しっかりと己の答えを返さねばならないだろう。

 俺は顎に手を当て思考する。

 いや、だが別にこだわりはないしな……。


「大きさよりもやっぱり母乳が出るかどうかが問題か……?」

「ぼ、ぼにゅう、なので……?」


 いやしかしよく考えると今の時代粉ミルクというものがあるのか。

 ならばやはり関係ないか。


「それはまた……、ハイレベルな。いえ、でも努力したいと思うのだけれど、どうすればいいので?」


 と、思い直す間もなく、凄い勢いで勘違いされていた。


「いや、すまん。忘れろ」

「いえ、だけれど……」

「そもそも子供が生まれた後の話だから、関係ねー」

「こ、子供……」


 何を想像したのか、赤くなっている愛沙。

 ああもうなんなんだ、こっちが恥ずかしくなってきたぞ。


「ともかくだな……」


 春奈がそうやって胸を揉めだのなんだの言ってくるのは問題……。


「やくしー! なにやってるの?」


 ああもう、元凶が来た。


「いや、愛沙とちょっとだけ話をな」

「そういえば、そんな話だったような気がするので……」


 そう、激しく脱線しているのである、現在進行形で。

 それをどうにか軌道修正しようとして俺は口を開いた。


「そうやって、誰彼構わず胸を揉めと言うのは良くないんじゃないかという話なんだが」

「はぁ……」


 俺としては、そりゃ大変だ、という空気になるかと思われたが、どうも何故か反応が悪い。

 何故だろうか、と思いつつ首を捻っていると、愛沙は当然のように口にした。


「それについてはあなたにしか言わないだろうので問題ないと思うのだけれど」

「へ?」

「でしょう? 春奈」

「うん!!」


 ねー! と春奈と愛沙が微笑みながら頷きあう。

 ……釈然としねー。

 これが乙女心か。


「あー、おかあさんごはん作ってる」

「ええ」

「てつだうー」

「ありがとう、では、そこの野菜の皮むきをしてもらえると助かるのだけれど」

「うん!」


 そこはかとない疎外感を感じている俺を余所に二人は台所に立つ。

 なんともまあ……、楽しそうな背中だ。

 俺はこっそりと溜息を吐いて、二人の下に歩き出した。


「俺も交ぜてくれ」

「おー!」

「どうも。では、あなたは下ごしらえを――」


 三人で立つ台所は広いような狭いような。

 空気はひたすら生温く。


「あれか、家庭持つと、こんな感じなのか」

「家庭?」


 不思議そうに彼女は俺を見た。

 俺は苦笑を返してやる。


「ま、親父役が俺だと申し訳ないがな」

「……そ、そ、そうでもないと思うのだけりぇど」


 ああ、噛んだな。

 そんなことを思いながら、俺は苦笑を深めたのだった。




「まあ、悪くは無いな」



















―――
スレが、スレが変わったからって、用意しておいたネタが変わるわけではない……!


返信

男鹿鰆様

流石に裁縫はちょっと指に触れて痛い位ですかね。昔は彫刻刀が指に突き刺さって立つなんていう状況もありましたが。
しかし、そろそろ薬師は建てたものの回収にでも向かうのかと。ここまで来て遂に。
とりあえず、お引越しは終わりましたが、相変わらずやることは変わらんです。まあ、とりあえず店主編ですかね。
つい先ほど(本当に更新寸前です)オリジナル板に男鹿鰆様の名前を確認しました。更新作業が終わったら拝見させていただきます。しかし、なんだかお恥ずかしい限りです。何かできることがあれば最大限協力しますので、なにかあればお気軽にどうぞ。


リーク様

さあ、お前のチョコを数えろ!! 薬師は吹き飛べ。果たして当日はどうなるのか。
とりあえずチョコの中に爆弾でも交ぜておけばいいんですかね。
あるいは青酸カリとか毒物でも。後は別の人間のものだと言って食べさせれば。
……いや、死なないか。これはやはり閻魔様にチョコを作ってもらうしかないですねわかります。


雪兎様

パソコンクラッシュは辛いですね。自分の場合小説も打てないですから、アナログ作業で右手首爆死でしょう。
……そうか、私は間違えていなかったのか。うん、店主可愛い。
いや、いっそもう間違い続けるコーナーもそれはそれで。BBA方向に間違えなければ。
薬師には感謝の印としてダイナマイトを贈っておきましょう。


1010bag様

最近寒さが緩んできましたが、雪がやたら降るようになって来ました。とは言え、積雪3メートルのところに比べればなんともないですね。
やはりぶきっちょさんが家に一人ほしくはありますが。むしろ先週辺りは封印解除でおいておきたいですが。
さて、今までとは一変して責める薬師。もう、草木一片残らない気がしてきました。
次回はバレンタインです。薬師爆発の予感。


wamer様

果たして速いのか遅いのかわかりませんが、そろそろ三百話くらいなのかなあ、と。
いやあ、藍音さん合流時とか懐かしいですね。あのころは私も若かった。
とか言いつつももう当時の自分なんて良くわからんです。いまいち変わってない気もしますが。
果たしてあの頃から一体何回薬師は爆発しろ、飛び散れ四散しろと言われてきたのか。




最後に。

さっき読み直してて気付いたけど、薬師は藍音さんにたてセタ着せてたわけですか。



[31506] 其の二 俺と爆発的甘味。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:982b2184
Date: 2012/02/14 22:53
俺と鬼と賽の河原と。生生流転




 二月、十四日。

 男共がぴりぴりする日である。

 そんな日に、俺は閻魔宅へと向かっていた。

 なぜかと問われれば、そういや今日閻魔の家に行く日だったような気がしないでもなかったわけで。

 むしろ昨日すっぽかしたような気すらしてだな。まあアレだ。

 閻魔に消滅させられないように気をつけねばなるまい。

 そう思って、俺はふと閻魔の家のマンションを見上げた。

 高級なソレの最上階が閻魔の部屋。

 当然のようにエレベーターで昇らんとならんその部屋が。

 突如として――。


 爆発した。


「ええー……?」


 マジですか、俺今からあそこに行かないといけないんですか。

 本気で帰っていいだろうか。

 俺は、まだ爆発したくないぞ。











其の二 俺と爆発的甘味。












「おーい、閻魔、爆破テロでもあったんかー?」

「あ、薬師さん……、すこし、家事を……」

「今のどこに爆発する要素があった」

「ちょっと待っててください、今、窓の予備を……」

「あるのかよ」


 きっと爆破はこれが初めてではないに違いない。それで由比紀辺りが予備を購入しておいたのだろう。


「まあ、待て、待ちなさい。お前さんにやらすと心配だから」

「え、大丈夫ですよ。窓を嵌めるくらい。こんなときのために窓を嵌めやすいようにしてもらったんですから」


 なんて嫌なこんなこともあろうかとだ……!

 しかし、俺の警告はさておかれ、収納から窓を取り出した閻魔はその窓を窓枠に嵌めこんで、閻魔はこちらを向いて微笑んで――。

 ――窓爆発。


「……げほっ」


 濁った風が俺を吹き抜けていく。

 はためく風に、俺は思う。


「お前さんは触ったものの原子を振動させて爆発させるとか言う似非科学な能力でも持ってんのか」

「……ないと思います」

「というかなぜ付近の住民は通報しないんだ」

「……慣れてるんだと思います」

「慣れてんのかよ」

「……はい」


 誰かこの爆発物をどうにかしろ。


「あ、でもそういえば、チョコレート作ったんですよ。今日はバレンタインデーですから」

「……ヴぇ?」


 まるで、心臓を鷲づかみにされたような気分だ。

 動悸が早まり目の前が暗くなる。


「はい、これ、どうぞ。それだけは上手くできたんですよ」

「味見は」

「ギリギリそれしかできなくて……」


 つまりしてないと。

 救急車を用意しておいてくれ。


「……わかった」


 果たして、今地獄ではブームなのだろうか。家事の類が、

 だとすればその流行を俺は許さない。絶対にだ。


「食べよう。介錯を頼む」

「え、ええ!?」


 もういまさら後にも先にも引けはすまい。

 何故なら、家に持って帰って食うといって神棚に飾っておく方向をとったとしても後日感想を聞かれるのだ。

 そして下手に美味いと言ってお茶を濁せば後地獄絵図。

 かといって不味いと言えばどこかに助言を求められ、しかし食っていないからなにも言えない。

 つまり、いやなことは先に済ましておいた方が良い。

 俺は包装を解くと、その箱は開いた。

 見た目は良い。

 見た目はいいのだが。


「では、食うぞ。食うぞ? いいな?」

「は、はい」


 俺は覚悟を決めてその丸いチョコを口に入れた。

 そして、舌の上を転がして、噛む。


「……ん?」


 味がしない。

 無味無臭。

 とりあえず飲み込む。

 異常なし。


「こ、これは? 奇跡か?」


 奇跡も魔法もあるのだろうか。

 そう思って閻魔に笑顔を向けようと思ったその瞬間。

 ズドン。

 ……どうあがいても、絶望。

 なんか爆発したんだが。俺の腹で。


「……閻魔」

「な、なんですか?」

「病院を」

「きゅ、救急車ですか!? すぐに手配を……」

「病院をここに建てよう」

「ええ!?」


 そろそろ死ぬだろうが俺。


「……いやほんとお前さん凄いよ。きっと掌からシンクロトロンどうの言い出して爆発する能力者なんだよ」

「……えっと、大丈夫なんですか?」

「多分な」


 次の瞬間毒とかが染み出さない限りは。


「つか、どうしていきなり家事なんぞに」


 俺がそもそもの問いをすると閻魔は言いにくそうにしながらも俺に向かって言葉を向けた。


「だって……、昨日薬師さんが来ないから。もう嫌になってしまったのかと」

「……あ。あー……、すまん」


 俺のせいか。……俺のせいか。


「だが、お前さんが家事するこたねーって、な? 妹に任しとけよ。俺だってな、今更どうこう言わんから」

「そ、そうですか……?」

「この先ずっと見守っていく所存だよ俺は!」


 この被害が外に漏れ出さんようにな!


「そ、そうですか……!」


「さっきから美沙希ちゃんの家からずどんずとんって聞こえてくるんだけど!!」


 そんな中、ババーンと扉を開けて登場したのは由比紀である。


「よぉ、由比紀……」

「結局どういうことなの!?」

「今日がバレンタインデーだからだ」

「同情するわ」

「……ありがとさん」


 由比紀はなにか察してくれたようである。


「じゃあ、私が渡すのもあれだけど……、これ」


 そう言って、由比紀は箱に包みをつけたものを差し出してきた。

 当然チョコだろう。あるいはクッキーとかもしれんが。


「おお、ありがとさん」


 早速開けて中を見て、クッキーだったそれを口の中に放り込む。


「どうせたくさん貰うだろうから、甘さは控えめにしたんだけど」

「なんつーかあれだな……」


 美味い。涙が出そうだ。


「閻魔見てからお前さん見ると本当に結婚して欲しい勢いだわ」

「……え?」


 この格差を目の当たりにして心揺らがぬ男子がいてたまるか。


「よし、結婚してくれ」

「え、あ……、あ」


 ボッ、と妙な音が響き。


「閻魔妹が燃えたーッ!!」


 由比紀に火が点いた。

 そのまんま、ガチな意味で。















 ふう、由比紀は一体どうしたというのか。

 今となっては確かめるすべもなく、俺は道を歩いていた。

 手には紙袋引っさげ、どうもあそこにいては収拾がつかなさげだからおいとましたのである、が。

 道の向こうに、きらりと光る何かが見えた。

 走る悪寒。あれはそう、スコープの光だ――。

 乾いた、破裂音が響く。


「そこか!!」


 飛来する弾丸を俺は掴み取る。

 一体誰の襲撃か。

 こんな二月十四日にまで殺伐とした真似をすることは……。


「……チョコレート?」


 戦闘態勢に入りかけた俺は、掴み取った弾丸が思ったよりやわらかいことに驚いて手の中を見た。

 銃弾と思ったそれは想定以上に黒く、甘い臭いを放っていて。

 それは正にチョコだった。


「ビーチェかよっ!!」


 ずどむ、と俺の眉間にもう一発が直撃した。

 弾け跳ぶチョコ。


「やめい!!」


 なんなんだビーチェ。やはり俺が憎いのか。

 いや、本人曰く逆なはずなんだがもう訳わからん。

 そして、追いかけてみれば逃げられるしな!

 路地の向こうに走って消えたビーチェを追う気はしなかった。

 流石にだるいんだ。腹の中で謎爆発も起こったしな。

 追うのはやめて、俺は肩を落として歩き始める。


「ああ、薬師殿、こんなところに」

「お? どうした山崎君」


 すると、前方から鎧と生首が現れた。


「いやはや、本日はばれんたいんでー、というもので」

「おう、そうだな」


 ほほう、チョコをくれるというのだろうか。

 いやはや参るな。来月が大変だ……。


「どうぞ。せっかくなので、ばれんたいんでーはこの身体をお納めくだされ」

「……は?」


 そう言って差し出されたのは、リボンだけで包装されたというべきか。

 山崎君体、である。

 鎧が抱えていた少女の体が俺に受け渡される。


「ともかく、ばれんたいんでぇのちょこれーとの代わりは拙者とさせていただきたく」

「……あ、ああ」


 思わず受け取ってしまったが、いや、コレをどうしろと。

 これではまるで……、いや、やめておこう。








 その後は、何だかんだとありまして。


「これ、やる。別にお主にお返しというものは期待しとらんから、安心せい」


 魃から溶けたチョコを貰ったりしつつ。


「よう、チョコレートを渡す相手のいないだろうお前さんのために俺がやってきてやったぞ」


 店主に苦笑いされてみたりして。


「……お客様、渡す相手がいないのに用意してるわけないじゃないですか」

「チョコケーキくらい置いてあんだろ」

「だが、はたしてそうだろうか……!」

「いや、どっちだよ」

「いつから喫茶店にチョコケーキがあると錯覚していた……?」

「なん、だと……」


 言いつつ俺は席に着く。


「お客様は、沢山くれる人がいるんでしょう? なぜ、私なんかから受け取ろうとするのやら……」


 そう言って店主はカウンターに肘を着きながら困ったように笑っていた。

 それは、いかにもな笑いで。

 どこか寂しげである。


「うるせーよ。そら、まあ、チョコはもらえるけどな」


 まあ、それは足を運んだ俺としてはあまり面白くないわけで。


「お前さんからのチョコはお前さんからしかもらえねーだろ」

「……欲張りだね、お客様」

「甘いものは結構好きだ。お前さんもな」

「……そういうところがバレンタインデーにチョコを沢山貰う秘訣なのかな?」

「だから、お前さんから欲しいつってんだろ」


 言うと、遂に返事がなくなった。

 ううむ、怒らせてしまったのだろうか。

 そう思った瞬間、ことり、と卓の上に小さな箱が置かれる。


「……用意してんじゃねーか」

「……だって恥ずかしいじゃないですか」

「今日はバレンタインデーだろうがよ」

「だからこそ、早起きして準備してたなんて恥ずかしいんだよ? お客様」

「ありがとさん」

「……どういたしまして」


 照れてるのか、店主のくせに。


「まあ、本当は少しだけ来てくれるかなーなんて」

「来なかったらどうしてたんだ?」

「恥ずかしさを背負いながら自分で……」


 来てよかった。よくやった俺。


「でも、本当に来るなんて、やっぱりお客様ですねぇ……」

「んだよ」

「そのマメさがやっぱり秘訣なんですかっ?」

「なんのだよ」


 よくわからんが、まあ、ちゃんともらえたしいいとしよう。


「んじゃあ帰るわ」

「はい、ありがとうございます。お客様」

「なにも食ってねーけどな」

「違いますよ。このありがとうございますはもっと別の意味で」

「ん、じゃあなんだよ」

「それは秘密ということで」


 まあいいか。

 そうして、俺は家に帰ることにしたのだった。














 そうして、家に帰った俺に向かって、藍音は言った。


「薬師様のお部屋にリボンに包まれた精巧なダッチワイフが……」

「何も言わず放っておいてくれ!」

















―――
バレンタインデーです。一時間後にはでしたになりますけど。






返信




男鹿鰆様

もう削げ落ちるかすぐさま家庭を持つかして欲しいですねあの野郎。
もう愛沙のところに婿入りしてしまえばいいのではないかと思います。
さて、作品の方ですが、読ませていただきました。会話のテンポが楽しかった、という印象です。中々小気味良く愉快にまとまっていました。
ただ、ここは台本形式に優しくない場所だと思いましたので、そこに関してはご注意を。ついでにルビが、というのはブラウザによるものだと思われます。火狐辺りだとルビタグ未対応で普通に文章中に表示されます。Aえーで使用すればルビタグ未対応ブラウザなら《えー》で表示されたかと。記憶違いでしたら申し訳ない。


リーク様

気がつけば遠いところまで来たものです。始めた当初はこんなことになるとは思いもよらず。
大体三百近くまで来たんですかね。大体そんなもんだったと思われますが。
銀子との差は、まあ……、雲泥、いや、つきとすっぽ、いや、なんでもないです。
ただ、愛沙がCなら銀子はえぐれ……、いや、なんでもないです。


ヒロシの腹様

まあ、一人で三スレも消費していいのかなぁ、って気分になって参りました。
我ながら長すぎてアレですね、何キロバイトくらい行ったのやら。
果たしていつまで続くのか、限界に挑み続ける作業のようです。
しかし、じゃらじゃらですか……、色々考えはあるんですけどね。まあ、そろそろいきましょうか。


通りすがり六世様

心機一転というやつですね。もう二話しかないと凄い違和感あります。
前はスクロールがやたらめったらたるかったので余計な違和感があふれ出してくれます。
魃は、器用に掃除料理はこなすのですが、編み物と裁縫だけは駄目な模様です。でも多分料理も何度も失敗して上手くなったものと思われます。
薬師のせくはらに関しては、奴がやる気になったらもうセクハラマンですよ多分。


wamer様

夢の四スレ目……、いけるんですかね、コレ。それはそれで心躍りますけれども。
果たしてどれくらい薬師がのらりくらりするか次第でしょう。
まあ、しばらくこのまま続きそうではありますが。
ちなみに、愛沙はC。美乳。






最後に。

Q,由比紀が薬師第二形態と戦闘するとどうなるんですか?

A,燃えます。



[31506] 其の三 俺と首に嵌ったなんか輪。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:14b231ae
Date: 2012/02/19 22:26
俺と鬼と賽の河原と。生生流転









 俺に被虐嗜好があるかと言われれば答えは否だろう。

 別に隷属したいだとか、痛みを受けたいだとかそういった願望はない。むしろ、自由に、そして、いじめられるより弄って遊びたい方だ。

 まあ、無意識下の願望だの、深層心理などと言われては偉い学者先生ではない俺にはどうすることもできないが、とりあえず今現在の表面的な部分としてはそんなことはないのである。

 だがそうすると不可解だ、この状況は。

 俺にかような趣味はなければ相手もいない。

 だと言うのに何故か、俺の首には首輪が巻かれていて。

 そこからは手綱が垂れ下がっている。

 不思議なことにそれは取ろうにも取れず正に徒労。

 そんな詰まらんことを言いたくなるほどに不可解にも首輪だった。


「……なんだこりゃ」












其の三 俺と首に嵌ったなんか輪。













「薬師様。薬師様……?」


 きっと中々起きて来ない俺を、藍音は起こしに来たのだろうが。

 貴様、今二度見したな。

 いや、気持ちはわかるぞ。

 いきなり大の男が首輪して出てきたら引くわ。

 俺なら引く、誰だって引く。


「……おはようさん」


 そうして、見詰め合うこと数秒。


「おはようございます」


 何故か、手綱を握られていた。

 そして、何事もないかのように藍音は歩き出す。

 無論、俺も歩かないと首を痛めることだろう。


「なあ、お前さん……」


 この格好に何か違和感や心当たりはないもんかと聞こうと思ったのだが。


「何でしょう。今の私はこの上ない背徳感に打ち震えております。本来逆である立場が今ここに奇跡的に現れ、ありえないはずのことを――」

「……いや、お前さんが楽しいならいいや」


 このどうしようもない首輪で楽しんでくれたなら僥倖だ。たぶんきっとそれでいいのだ。

 そうして、藍音に先導されるような構えで俺は居間に着く。


「では、朝食を盛り付けますので」

「おう」


 藍音が俺の手綱を放し、俺は自由を手に入れ……、憐子さんと目があった。


「薬師、なんだソレは」

「……なんだろうな、これは」

「いや、しかし、ほほう、ほう……」


 憐子さんがソファから立ち上がり、近づいてくる。

 ああ、いやな予感が。と思った瞬間には俺は手綱を掴まれていた。


「……なぜだ」

「まさか、薬師が私に飼われたいとはな。いい世の中になったものだ」

「いや、ないから」

「しかし、薬師が首輪をつけて現れるなど鴨がネギを背負い現れるかのようなシチュエーションだぞ? これは」


 どんな状況だよ。

 それに憐子さんに飼われたら最後餌なんて絶対出ないぞ。むしろ、憐子さんの餌を用意せにゃならん。


「憐子さんにだけは飼われたくない」

「そうか、コレはお前からの首輪を付けろ犬畜生という遠まわしなメッセージだったのか。すまなかった、気付かなかったよ」

「安心しろ、そんなもの出していないから気付いてないのも当然だ」

「そうならば言ってくれればすぐにでも」

「どこからそんな首輪を」

「ほら、お前の手で付けてくれ。お前のためなら、どんなケダモノよりも卑猥で淫猥に啼いてやろう」

「いりません」


 憐子さんが渡してきた首輪を俺は明後日の方向に投げ捨てて呟きをもらす。


「馬鹿なことやってないで朝飯食うぞ」


 すると、憐子さんはわざとらしく溜息を一つ。そして、肩を竦めて見せた。


「仕方ない。またの機会にしよう」

「またの機会は要らん」

「今がその時か」

「何故だ」


 手の中に霧のように集まり生成される首輪を再び俺は放り投げた。

 まったく参るぜ、と思ったら、俺の手綱を掴む人影が一人。


「季知さん?」

「……た、他意はないっ」

「じゃあ、何があるんだよ」

「つ、掴んでみたかっただけだ……!」


 今日も俺とは違ってばっちりスーツが決まっている季知さんは、頬を赤くしながら俺の手綱を放した。

 一体何なんだ。掴んで引いたらぱっくり割れて中から紙ふぶきと垂れ幕が出てくるとでも思ってんのか。

 よしんば出ても体に内蔵されたもんだけだぞ。非常に気持ち悪いわ。


「にゃんかご主人が変なことしてるー。いえー、主従逆転」


 ええい、俺の手綱大人気だな!


「ご主人とお揃いー」

「ふむ」

「おい、憐子さん、涼しい顔で首輪を装着するな」

「れ、憐子、私にもそれを――」

「季知さんも乗らなくていい」

「楽しいねっ、ご主人!」

「あーはいよかったな。それと、俺はちょっと銀子起こしてくるわ。一発入れたらすぐ戻る」


 先ほど降りてきたばっかりなのだが、しかし俺はふと犯人に思い当たって一度戻ることにした。

 こういう事態において犯人と言えばアレである。

 それに、うちの面子は犯行を行なってばれないようにおどおどするタマではない。

 むしろ、愉快げに犯行声明を上げてくる派閥である。つまり、この場にいる面子の仕業と言う線はなくなった可能性が高い。


「銀子、銀子、起きろ、そして死ね」


 無論、確定だと言い切ることはできないが、今現在もっとも怪しいのはこのちょっと女としてはどうなのという風体で眠っている銀子である。


「んー……」


 眠そうに目を擦る銀子は、どうにかと言った風に目を開けると――。

 俺の手綱を器用に掴んで引っ張った。


「……おい銀子。おとなしく手を放して自分のやったことを話せ。さもなくば尻を十ほど叩く。尚上下百発までは誤差の範囲内だ」

「……ん」

「なぜ黙って尻を突き出す」

「我々の業界ではご褒美です」

「止めろはしたない」


 銀子は無意味にでかいトレーナーを着ていて、普段は膝上まで隠れているのだが、こうして半分寝そべりながらも尻を突き出すと言う姿勢状、青少年の教育上よろしくないものが見えている。


「叩かないの?」

「上下百発の誤差の内下十発の誤差が出た」

「そう」


 そうして、やっと銀子が身を起こし起床する。


「で、お前さん、この首輪に見覚えは?」

「……なにそれ。わ、ほんとだ、やっくんが首輪してる」


 そんな銀子は極めて自然に手を伸ばして俺の手綱を再び掴む。


「やっぱ叩く」

「どうぞ」

「やっぱいいわ」

「わがままさんめ」


 しかし、そうすると銀子ではないのだろうか。

 普通銀子ならば、『そうだ、私だ』と言うか、果てまた目を逸らして『ななななんのことやら』と言ってくるはずだ。

 何の違和感もなく嘘を吐けるような技術は銀子にはない。

 仕方ないのでとりあえず飯を食おう。

 銀子を置いて、俺は一階へと戻る。

 そして、いつものように飯を食う。

 意外と、気にならんもんで俺の首輪は日常に溶け込んでいた。

 何故かみんな握りたがる以外は特になにもない。

 これなら意外と何とかなるんじゃないかと俺は玄関に立つ。


「お父様、お父様……?」

「おう、なんだ我が娘よ」


 ぎゅ、と振り向いた瞬間には手綱を握られていた。


「よ、由美?」


 娘は、そのまま駆けていく。

 ああ、なんなんだ一体……。

 皆してそんなに俺の手綱を握りたいのか。

 いい年こいて今だ嫁も貰わずふらふらしてるから悪いのだろうか。


「とりあえず、……はあ、仕事いくか」


 このままで?

 このままで。















「……薬師、なにそれ」

「首輪だ。そして手綱だ」

「えっと……」

「何故握る」

「と、とりあえず?」


 前さんにすら握られてしまった。

 本当にもうこれどうしようか。


「は、反応薄いね。もしかして怒った?」

「いや……、朝から皆同じ反応なんで俺が飽きてきただけだ」

「あ、うん……、そうなんだ」


 皆して同じことしかしやがらねえ。

 じゃあ、コレ見てなにしろという話ではあるが。

 手綱であや取りとか意外性が、いや俺の首が絞まるか。

 いや、しかし、と意外性のある反応を俺が考えていると、前さんは唐突に口にした。


「うーん、でも、薬師がペットショップで売ってたり、道端に捨てられてたら、飼っちゃうなぁ」


 ……意外性ありすぎて反応に困るぞ。


「……ああ、それは私もわかるぞ」


 季知さん、どこから出てきたんだお前さん。

 そして、マジでついていけない俺がいた。俺の話なのに。


「とりあえず、餌だな。当然と言わんばかりに普通に食べるが、文句も言わない」

「うん、分かる分かる。そして、お風呂に入れてあげたら文句たらたら言いながらも結局従ってくれて洗ってあげてる間はなんにも言わずに黙ってるの」

「ああ、分かる。そして、構い倒そうとしたらそっぽを向いて不機嫌そうにどこか行ってしまうんだ。でも、しばらく落ち込んでいると不本意そうに出てきて、構わせてくれる」

「うん、分かる。いいなあ、飼いたいなぁ」


 ……何の話ですかお嬢さんがた。

 俺だよな、俺だよな、内容は。本人が少しもついていけてないぞ。ハングライダーで戦闘機を追いかけてるみたいだ。

 向こうは俺のこと眼中になく二機で空戦してるし、みたいな。

 それともあれか、皆俺を踏みつけたりして屈服させたい願望でもあるのか。


「おっと、私は仕事に戻る」

「ん、頑張ってね」

「ああ、そちらもな」

「……って、薬師、どうしたの?」

「俺にもよく分からんがなんか落ち込んできた」


 肩を落とし、無言で石を積み上げる俺。

 一体俺とは何なのだろうか、自分を見失いそうである。

 そんな折、俺の隣に座った前さんが、ふと、俺に問うた。


「ねえ、薬師」

「……なんでごぜえましょう」

「あたしに飼われてみる?」


 冗談っぽく、前さんは笑って俺の手綱を握った。


「……三食付いてそれなりに出かけれて働かなくていいなら考える」

「あはは、そっか」


 そう言って、前さんは笑った。

 笑って――。


「ねえ薬師、所で薬師って幾らくらいするのかな!」

「落ち着いてくれ。目がマジだぞ。冗談だったんだ」


 最終的に首輪は引きちぎりました。















「薬師様、薬師様、起きてください」


 涼やかな声が聞こえて、俺の意識が浮上する。

 朝か……。そう思って俺が目を開けると、なんだか、よく分からない紐のようなものを握っていた。


「……おうさ。藍音……、藍音……?」


 思わず、二度見した。

 ……首輪と、手綱である。


「……どうかそのままお手を離さずに」

「……お、おう」


 なんだかよく分からんが俺は手綱を握ったまま立ち上がる。

 そして、藍音を先導して歩き出した。


「……なあ、藍音」

「なんでしょう?」


 なんだこれ、それでいいのか、と聞こうと思ったのだが、凄くご満悦な藍音がいて、俺はその問いを腹の奥へと戻すことにした。


「……いや、お前さんが楽しいならいいや」


 どうしてこうなったんだ、そう思いつつ俺は居間へと辿り付く。

 すると。


「ご主人ご主人、握って握ってー!」

「さあ、握るんだ薬師」


 視界に移る全ての首に、首輪。

 由美や季知さんに至るまで、照れながらもその首から手綱を垂らしている。


「ああ、もう、なんだ……」


 流行ってんのかそういうアレが。














「む、薬師か。先日はありがとう、いいデータが取れた。ついでに首輪がよく売れた」

「お前のせいか下詰」

「ああ、そうだ」

「……殴っていいか」

「遠慮しよう。お詫びとお礼、と言ってはなんだがこれをやるから」

「なんだよその小瓶」

「女を正直にする薬だ」

「……いらねー」

「何を言うか。その薬は俺特製であると。お前なら何かと使い道も……」

「効果保障済みだから怖いんだろうが」

「ふむ、ではそこのバトルドームもつけるといったら……?」

「いらねーよ」

「止めたまえ。この風を下詰の顔に向かって、シューーーッ!! というのは良くないであろう。色々と超エキサイティングすぎる」

「いいんだ。今この瞬間は俺が全てだ」

「ではこのシャムワェをやろう。どんな頑固な汚れもこのシャムワェを使えば……、アメイジーング! 世界ごと消し去るぞ」

「要らんわ。使わんわ使えんわ」

「効果は保障しよう。これも俺の特製だ」

「保障せんでいいわ」

「仕方がない。では後でまた別の品を用意しておこう」

「あー、はいはい。まともなもん期待してるわ」

「では、また」

「おーさ」















―――
ほのぼの多めで行きたかった。結果どうなったかはお察しください。





返信

とおりすわり様

すみません、どうやらスレ移動時になんか入れ違いになってしまったみたいで、反応できませんでした。
今スレももうほのぼのラブコメってなんだと迷走を続けたいと思います。
薬師は、唾つけときゃ治る派に見えて消毒液があればぶっ掛ける派です。多分憐子さんの怪我とか世話してた影響でしょう。
ちなみに、百五十一の後は普通に続きなのである意味あれも百五十一話ということで。


男鹿鰆様

うっかり節分ネタを踏み忘れましたがバレンタインは外せません。閻魔のチョコはきっと薬師じゃなかったら四散します。ふふふ、うちは環境柄野郎しかいないので、家族分以外はゼロというかゼロじゃないと怖いです。
そりゃあ、本命チョコのお返しは楽しいでしょうねぇ。閻魔様ちょっとチョコレートレベルアップさせてください。戦略兵器レベルに。
創作活動の方、応援してます。お節介ですが、何かありましたらいつでも気軽にどうぞ。とは言えど、あんまりここで交信するのも誉められたことじゃないんで、うちのサイトのウェブ拍手やメールでどうぞ。まあ、自分もあまり偉そうなこと言えた立場じゃないんですが。


リーク様

バレンタインが近づくとバレンタインイベントかかなきゃと思います。毒されてます。
しかし本当に奴もマメというかなんというか面倒くさがりとかもうそれ詐欺だよね、足しげく喫茶店に通うとか落としに掛かってるだろみたいな。
通うとかもうアレですよね、徘徊系ギャルゲでロックオンしてますよね。
ビーチェさんはどちらかというと薬師よりも周囲に銃口を向けそうです。


ヒロシの腹様

新スレに移動したせいで色々タイミング取りが難しくなったことに気付きました。
新スレ始まってそんなに早くていいのか、見たいなことになってます。
主にじゃらじゃらと店主シリアスです。始まっていきなりシリアスとか重いわ! とか開始早々じゃらじゃらとかもう俺と鈴と只管じゃらじゃらにタイトル変えるか! とか思ってタイミング計ってます。
暁御さん? 彼女ならあの時も薬師の背後にいましたよ。チョコレートは透けて持てなくなりました。


通りすがり六世様

バレンタインデーはやらないわけには行かないと思うのです。ジャンル的に。
そして、節分は逃しました、うっかり。去年辺りは薬師が撒いてましたけどね。でも地獄ではメジャーじゃないみたいです。
とりあえず、ビーチェのチョコの渡し方も凄いし薬師の受け取り方も凄ければ、飛来して摩擦で溶けないチョコも凄いです。
どこぞの生首さんはバレンタインデーのチョコは私ということに付いてよく理解してないみたいです。きっと同僚に変なことを吹き込まれたんじゃないかと。


七伏様

チョコレートは私の身体で……、というお決まりでお約束のシチュエーション。
ここは本当にボディを渡せる山崎君しかありませんね、やっぱり。
山崎ボディは人間の体と寸分違わず作られており、しかもしみ一つない白い肌に均整の取れたボディバランスと、至れりつくせりです。
が、どう見ても質のいいダッチワイ……、いえ、なんでもありません。





最後に。

新スレに移行したせいでいつ店主シリアスに入っていいのかタイミングを逃しました。



[31506] 其の四 似たもの師弟。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:ed6337ae
Date: 2012/02/22 22:50
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「おい憐子さん、いるかー」

「ああ、いるよ。だがノックぐらいしたまえ。乙女の部屋に不躾だぞ」

「乙女なんていねーから問題ないんだよ。俺だって由美のときはノックくらいしてら」

「差別だそれは」

「区別できるだけだ」


 まあ、そんな風にちょっとした用事があって憐子さんの部屋にやってきたのだが。


「……煙てぇ」


 薄く白く煙る視界の中、憐子さんが横になって煙管を吹かしていた。











其の四 似たもの師弟。










「なぜ煙管」


 そんな俺の疑問に、当の憐子さんはと言えば、口から煙管を外し、薄く笑いながら答えを返した。


「蔵があるだろう? 置いてあったんだ」

「またうちの蔵の仕業か」


 蔵の仕業にももう慣れたってもんだ。

 何が置いてあったとて驚くに値しない。


「なんとなく、懐かしくてね」

「吸ってたか? んなもん」

「吸ってたとも。ほら、お前もどうだ」


 そう言って憐子さんは煙管をこちらに向けてきた。


「いや、いい。俺はもう無理だ」


 俺はそれを手を振ってやんわりと拒否した。

 煙草も嗜んでいた俺だったがそれも今は昔。

 むせるまで一秒も二秒も掛かるまい。


「なんと。憐子さんとの間接キスだぞ?」

「それで騒げるのは思春期の少年だろ」

「男はいつでも心は少年さ」


 憐子さんの唇が、艶かしく光る。

 まあ、だからといってどうというわけもなく。


「要らんわ」


 そもそもそいつは煙管でむせるのが確定しているのである。くわえるだけ、肺に入れなければいい、というのも駄目だ、というか何がしたいかよくわからん。


「残念」


 残念そうでもなくそう言って、憐子さんはその煙管を口へと戻した。


「つーか吸ってたのいつだよ。記憶にないぞ」

「さてね。忘れてしまった。やめて長いから」

「そーかい」

「まあ、お前が山に来てからさ」

「あー、思えばそんな気も」


 言われて、少しだけ思い出してきた。

 確かに、煙たい部屋に記憶がある。

 酷くおぼろげだが、吸っていたような気もした。


「大天狗になってから、ではあるのだけどね」

「そうなのか?」

「ああ、そうさ」


 そう言って息を吸い込む憐子さんを見て、そういえば、大天狗になる前の憐子さんまったく知らないのだと気が付いた。
 出会ったときにはこの姿で、既に大天狗だった憐子さん。


「憐子さんって、どうして大天狗になったんだ?」

「私か? ……ふーむ、そういえば、薬師こそどうして大天狗なんかに」

「憐子さんが死んだから繰上げで大天狗になったんだろーが」


 まあ、こうして言ってしまえばすごい簡単に聞こえるが、色々とあったもんだ。

 そんなものも、今ではいい思い出ということにしておこう。結局皆死んでないというか皆死んで平和というか。


「そういえば、そうだったか。まあ、私の死後だし、死ぬ前後の記憶なんていまいち曖昧だからね」

「それもそうか。で、憐子さんは?」


 俺の問いに、紫煙燻らす部屋の中、憐子さんがどこか遠い目をした。


「うーん、そうだなぁ。私は元は大陸の人だったからね」

「そもそもどうして日本にいたんだか」


 きっと憐子さんが大陸にいたのは平安か、それより前。

 ならば、日本に行くのは並大抵ではない。

 中国に使いを出すだけで命がけだった時代だ。気分だとか気まぐれだとかで海を渡るような真似はしないだろう。


「まあ、大陸で悪さしてたんだよ。まあ、白面金毛ほどじゃないけど、居心地が悪くなってね。日本にまでやってきたんだ」


 白面金毛、つまり九尾のことだ。アレもまた日本に流れていることを考えると、日本は妖怪の流れる果てにも思えてくる。


「ほぉ。でも、大天狗になる理由はわからんな」


 憐子さんはむしろ一人でふらふらしている印象なのだが。

 しかし、その声はどこか切なげだった。


「まあ、寂しかったんだな。仲間が欲しかったんだ」

「憐子さんが?」

「ああ、そうとも。私は寂しがり屋なんだ」


 そうは見えないがな、という言葉は飲み込んだ。


「……意外と、憐子さんのこと知らねーんだな」

「おや、気に食わないかい?」

「ああはいはい。……まあ、気になるけどな」


 憐子さんがしたり顔を向けてきて俺は半眼を向けた。

 それでも憐子さんは笑みを深める。


「ほほう、いいだろう。教えてやろう。赤裸々に、全部見せてやろう。まず最初太もものほくろから」


 徐に、着物の帯を解く憐子さん。


「やめい」


 開きかけで動きは停止。

 前開きで視線に困る。

 これ以上好きにさせてはいけないので、俺は話題を変えることにした。


「それよりも、寂しがりだったらなんで大天狗なんだよ」


 そんな疑問に、ふっと儚げに笑って憐子さんは答えてくれた。


「お仲間に入れるだろう? 私は元は狐だからね。狐は個人主義だし」


 憐子さんが立ち上がって、俺の胸を突付いてくる。


「まあ、結局寂しかったんだけどね」

「そら、偉い人はな」


 結局、大天狗は天狗と違うということだ。

 圧倒的力の差がそこには横たわる。そして力が全てな世界だ。天狗にしてみれば大天狗は天上人と言っても良い。


「だからお前を拾ったのかもしれないな」

「さいで」

「結局。人を騙して取り入ってみても、偉くなってみても私は寂しいままだったからね」


 そう言って、彼女は俺の鼻をつんと突付く。


「まーな」


 俺が当時見た憐子さんの生活はほとんど一人だった。


「煙管に煙草は、まあ、大天狗になってからかな。薬師が来てから、しばらく吸ってた」


 憐子さんは、灰皿へと煙管の灰を落とし、火を消した。

 その姿を見て、ああ、そういえばこんな感じだったな、と俺は在りし日を思い起こす。


「懐かしいな。煙たそうにしながら執務室の机に書類を置くお前が」

「今も煙たそうにしてるがな」

「それもそうか」


 言った瞬間、風によって煙が散らされる。


「いつも、風一つで蹴散らせるくせに憐子さんがそれをやらなかったからな」

「薬師だって、風一つで蹴散らせるくせにやらなかったじゃないか」


 故に、俺たちはいつも煙たい部屋で、二人書類を片付けていた。

 だが、俺がしなかったのは――。


「憐子さんが煙がないと風情がないとか言ったからだろ」


 その言葉に、憐子さんは何故か目を丸くする。


「そうだったのか……。そうか、気を使われていたんだな」

「別に、煙たいくらいなら嫌そうな顔で勘弁してやるよ」

「いやしかし、すまない。不謹慎かもしれないが、なんだかちょっと嬉しいんだ」


 そう言って、憐子さんは本当に嬉しそうに微笑んだ。


「何でだよ」

「お前に気遣ってもらってたことが。ふふ」


 返す言葉も見当たらず、俺はどうにか路線を変更しようと言葉を紡ぐ。


「……そいつはともかく。なんで煙管はやめたんだ?」


 すぐには思い出せないほどの印象だった。そんな煙管。

 とすれば、俺が来てから長期に渡って吸っていたということは多分ない。

 では一体どうして、という質問への答えはと言えば。


「それはな……」


 一旦言葉は途切れ、すぐに続く。


「お前が煙たがるからね――」


 いつもの笑みと共に放たれた言葉は。

 なんと間抜けな理由だろう。

 俺は憐子さんのために煙草の煙くらいはと思って、憐子さんは俺のために煙管はやめた。


「後は、お前の教育と健康に悪いかと少しね」


 そして、俺が煙草をやめた理由とほとんど同じな辺り、なんとも言えない。

 果たして、立っているのに飽きたのか、ぺたんと座り込んだ憐子さんを、俺は見下ろした。


「なあ、憐子さん」

「なんだい?」

「憐子さんは、今でも寂しいのか?」

「寂しいよ。いつだって寂しいさ。憐子さんは寂しいと死んでしまうんだ」


 洒落にならん発言だと思う。憐子さんが死ぬ原因の発端も寂しさだから。


「扱いに困るな」

「そうだろう。お姫様みたいに扱ってくれ」


 そう言って苦笑する憐子さんの隣に、俺は腰を下ろした。

 憐子さんが、俺を見る。


「しゃーないな」

「……本当かい?」

「責任は取るさ」


 殺したのも生き返らせたのも俺ならば。

 すぐ横の、手を握る。


「憐子さんは俺がいないと何もできないからな」


 きっと、藍音も俺に同じ事を思っていることだろう。

 まあ、それでいいかと思う。半分くらいは事実だしな。


「そうか。そうだな。いつからか薬師がいないと何もできなくなってしまったな。私は」


 ぎゅっと、憐子さんが手を握り返してくる。

 そうして、頭を肩に預けられて、俺は憐子さんを見た。

 いつの間にやら髪の色は狐色に染まっていて、耳と尻尾がそこにはある。







「ところで薬師、お前は何しにここに来たんだ?」

「忘れたわ、そんなもん」



















―――
かゆうま。





返信

通りすがり六世様

ジノさんはビルに引っ掛けて直下型ミサイルで最速クリアしてパーツゲットの印象が強いです。
下詰はちょっと超、エキサイティーング! しすぎましたね。ノリで生きてる人です。店もおおむね趣味ですし。
ちなみに、閻魔辺りは手綱を握ろうとして全力で手綱握られているタイプだと思います。
藍音さん辺りは逆に手綱握らせようとして、いつの間にか主導権を握ってるタイプ。


男鹿鰆様

果たして誰に首輪をつけようかと考えたらどこで選択肢を間違えたか野郎に首輪。
とりあえず、閻魔一族は大体犬だと思います。ああでも、ウサギとかいるかもしれない。
薬師は早いとこ誰かに手綱を渡してしまえと。今現在は握る派ですからね、いい加減どうにか。
あるいは愛沙の家で飼われてしまえばいいのにと。





最後に。

でも実はキセルとか十六世紀以降のものだったり……、下詰の仕業にしとけば問題ないね!



[31506] 其の五 俺と正直者。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:95ad9686
Date: 2012/02/26 22:39
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







 俺は、ポケットの中を探り、微妙な顔をした。

 ……ある。

 何の冗談かと思って俺は手を離して、再びポケットへ。

 ある。

 確かに、ある。

 この手触りは間違いなくここに存在している。

 誰も知ることもなく、見ることもない場所に存在し、影響を及ぼすこともなく自意識を持たない物は果たして存在していると言えるのか。

 面倒な命題だがこれに関し、俺は存在しているとは言いがたいと、あるいは存在していても無価値であり無意味だと考える。

 しかしこれは今俺に観測された。

 つまり、俺によって、この手の中のモノは価値を得て、意味を得た。

 俺の手の中の――。

 下詰曰く『女を正直にする薬』は。



「……どうするんだこれ」


 使えたものではない。

 しかし、死蔵するのはどうにもいやだ。なにせ、正当なる報酬であり対価なのだ。これを使わないのは俺だけが損をしたと言うことに繋がる。

 それはいやだ。

 では使うのか。

 そうするには問題点がある。

 この『女を正直にする薬』。

 果たして如何様な効果を及ぼすのか、だ。

 そんなもの、女を正直にするに決まってるだろうと思うかもしれないが、ここで一つ考えられることを想定してみればいかにに危険か分かるはずだ。

 まず、想定一、強力な自白剤である。使われた者は以降廃人へ。

 想定二、普通に嘘が吐けなくなる。

 想定三、性的な意味で身体を正直にする。

 想定四、酩酊感を覚え、抑圧から解放される。つまり酒。

 想定五、下詰の冗談。

 と、思いつくのはこれくらいだ。

 さて、いかに危険かお分かりだろうか。

 流石に下詰が下手なことになるような代物を渡してきたとは思えないが、得体が知れないのは確かだ。

 果たしてこれを、俺はどうしたもんだか。

 何にも使わないと言うのは癪に障るのだが……。


「どうかしましたの? 薬師さん?」

「ん、いや。別に、なんもないぞ、玲衣子」


 もうこれはポケットを叩くとビスケットが二つとかいう時点での話ではないのだ。

 いや、実際叩いたら小瓶が割れて水分子が無数に拡散するのだろうが。


「どうするか……」










其の五 俺と正直者。











「あら、そんな顔で固まってしまわれては気になるというものですわ」

「いや、大したことじゃ、っていうか俺にも説明できんからな」


 ここまでの流れ。

 玲衣子がうちにやってくる、俺が出迎える、ふとポケットに手を突っ込む、そして現在だ。


「ところで、その仕事とやらは?」


 話を逸らすように、俺は聞いた。

 俺と玲衣子がここにいるのは別に遊んでいるわけではない。


「とりあえず、座ってもよろしいですか?」

「ああ」


 俺の部屋で、座布団を敷いて玲衣子を座らせる。

 同じように俺も座り、向かい合った。


「それで、仕事の話ですが」


 ああ、そうだ。仕事の話だ。

 果たして一般人に一体何をさせる気なのだと問いたいが、貴方にしかできないと言われてしまったのでこの現状だ。

 そう言われては、話しぐらい聞こうではないかという気分にもなる。

 そうして、説明役にやってきたのが玲衣子、と。


「まあ、内容はただの護衛なのですが」

「護衛ね。それが俺にしかできないと?」


 護衛なら誰でもできそうなものだ。

 むしろ、俺より防衛力の高い奴らなら幾らでもいるはずだ。

 確かに探知に長けている部分は天狗ゆえにあるものの、わざわざ俺に回す程だろうか。

 だが、その俺に回す理由とやらは、どうやら俺の想像の埒外で動いていたようだった。


「護衛対象が極端に権力のある機関を嫌っていまして……、護衛を認めてくれないのですわ」

「ああ、そうか、そういうことな?」


 玲衣子の言葉に俺は納得を覚えた。

 つまり、国家権力の護衛が嫌がられるから、一般人で戦える奴に付いてもらおうというわけか。


「いつもの手管で落として接近し、護衛を完遂してくれると助かります」

「……なんだそりゃ。まあ、とりあえず、護衛しろってのはわかった。で、相手はどんなのだ?」


 話はそれからだと言わんばかりに俺は問うた。


「女性ですわ。とある会社の社長と縁のある方でして」

「お嬢様か」

「そうなりますわね」

「さいで」

「受けていただけますか?」

「いいぜ」


 運営では難しいって言うなら仕方ない。閻魔の頼みだ、乗ってやろうじゃないか。


「ありがとうございます」


 玲衣子が頭を下げ、俺が口を開く。


「いや、金は貰うわけだからな」

「そうですわね、でも、これは私からの個人的に」


 そう言って、彼女は微笑んだ。


「よろしくお願いしますわ」

「おう」


 そうして、話はまとまり、全て決着が付いた――。


「ところで、先ほどの小瓶のようなものは一体なんですか?」


 かに見えた。


「……あー、えー。うん」


 逃げ切れてなかった――!

 言うか、言わざるべきか。


「人に言えないようなものなのですか?」


 玲衣子が、じっと見つめてくる。

 俺は小瓶を取り出し、目の前で揺らしてみた。

 ……さあ、どうする。

 答え方によって俺が社会的に死ぬ。

 隠すか? いや、この疑念の瞳……。

 話すか? 即逮捕の予感……・

 やはり隠す……、いや、ここは発想の転換だ。

 あえて、あえてここは言う……!

 爽やかに笑って、小瓶を見せるように。


「女性を正直にする薬らしいぞ、飲むか?」


 極めて軽いノリで言ったら笑い話ですまないもんか。

 なんて。

 なったらよかったな。


「では、失礼して、頂きますわね」

「……は?」


 俺の手から、小瓶が奪い取られ、蓋が開く音と共に彼女はそれを飲み干した。

 その流れで飲む、だと。


「ふふ、私なら、構いませんから」


 愛って何だ躊躇わないことなのか……!?

 あまりに予想外の展開に、思考が追いつかない。


「あら? これは……、うふふ」


 玲衣子が、首を傾げている。大丈夫なのか。

 そう思った瞬間、玲衣子が俺の頬に手を当ててきた。

 思わず仰け反る、玲衣子が詰め寄る。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫……、いえ、大丈夫じゃありませんわ」


 言って、玲衣子はそのまましなだれ掛かってくる。


「これは、正直になる薬でしたね?」

「……おう」

「では、仕方がありませんわね、あらあらうふふ」


 そして、彼女は俺の胸の中に納まった。


「貴方の体温を感じたいです」


 そう、熱っぽく、言ってくる玲衣子に、俺は答えを返さない。

 果たして効能は一体なんだと言うのか。

 本当に効いていて、玲衣子は正直になったと?

 現状別に廃人がごとくでもなく、だ。

 むしろ聞いた通りそのまんまの効果が発動した可能性が高いのだが。


「貴方から、触れてもらえませんか」


 つまり、これがいつも何考えているんだか分からない玲衣子の本音。

 玲衣子の思っていること――。


「若くない私では、いけませんか……?」


 ――寒いのか。

 俺は、玲衣子をぎゅっと抱きしめる。


「あ……」


 見上げる玲衣子が、顔を近づけてきた。

 そのまま、頬に口付け。


「嬉しいですわ、ふふ……」

「へいそうかい」

「できれば、もう少し、このままで」


 そんなに寒いのだろうか。

 玲衣子は、楽しげににこにこ笑っている。


「薬師さん」

「なんだ」

「私、貴方のこと、好きですよ?」

「なんだ藪から棒に」


 嫌われていないのは嬉しいところだ、と玲衣子に返すと、何故か玲衣子は声を上げて笑った。


「ふふ、違います。……愛してますわ」

「なあ、お前さん、本当に薬効いてんのか?」

「効いてますわ。これでもかと言うくらい。もう、狂おしいほど、この腕の中から離れたくないくらい……」


 でも、笑っている。

 ここに来て、俺は薬の効果に疑念を持った。

 もしかして、効いてないんじゃなかろうか。

 なにせ、いつもとあんまり変わらん。

 いつも通り、俺を玲衣子がからかっているようにも見えるのだ。


「もっと、強く抱いてくださいな」

「お前さんは細いから、折れそうなんだが」

「……ふふ、そうですか。嬉しいです」


 この薬が下詰の悪戯として、それに玲衣子は乗っかった、と。

 それはそれで納得が行く。

 だが、それをどう判断するのかと言われると、特にどうしようもない。


「ねえ、薬師さん、もう一つ、お願いがありますの。聞いていただけますか?」

「できることならな」


 様子を見ることにしてみよう。

 そう思って、続きを待つ俺に、玲衣子は行動で返事を寄越した。

 俺の首元に手が回された、と思ったらネクタイがしゅるしゅると解かれて奪われていたのだ。


「これ、下さいな」

「えー……? なんに使うんだ、それ」

「抱いて寝ます」


 やっぱり、からかってんじゃないだろうか。

 満面の笑みに向かって、そう思う。


「いや、しかしなあ、ネクタイ持ってくって」

「では……、貸した、ということにしておいて下さい」


 なんでそんなに俺のネクタイにこだわるんだよ、と聞こうと思ったが、しかし、それは玲衣子の声に押しとめられてしまった。

 彼女は笑って、優しげな声で、俺の耳朶を叩いてきていた。


「そのうち、取りに来てくださいな。その時は、私が貴方に、ネクタイしてあげますから」


 ふわり、と、そんな笑み。

 それを俺へと向けて、彼女は立ち上がった。


「では、これで。これ以上ここにいると、歯止めが利かなくなりそうなので」

「おう、送ってくか?」

「やめてください。今日だけは」

「そうか? じゃあ、気を付けてな」

「はい。きっとこのままでは、イケナイことを、してしまいますから」


 そうして、玲衣子は去って行った。

 結局、いつも通り、からかわれた気がしてならないのだが。















「なー、下詰。こないだの薬は効果のねーただの水だったのか?」

「ふむ? なに?」

「いや、効果なさげだったぞ?」


 玲衣子が帰った後、下詰神聖店に確認を取りに行ったら、下詰は心外そうに鼻を鳴らした。


「馬鹿な。アレは実験時一滴で象を素直にした代物だ」

「素直になった象はどうなったんだよ」

「凄い勢いでオスの群れに……。逃げ惑うオス、阿鼻叫喚なサバンナの弱肉強食を見た」

「そうかい。だが、効果は見受けられなかったぞ。いつもと変わらんかった」


 だが、下詰はそれを否定する。


「いや、ありえないな。飲んだのなら。それは全て、その人物の偽らざる本心だ。変化が見受けられなかったとすれば、きっと、その人物は裏表なく、常に本気なのであろう」


 つまり、あれか。

 下詰の言葉を要約すると、春奈に使っても効果なさげってことか。

 なに考えているか分からないように見えて、玲衣子は思うままに行動している……、と?

 そうなのか。

 と、そこまで納得した上で。


「なあ、下詰、それは絶対か」

「看板に懸けて」


 看板に懸けて、つまり本気と言うことだ。

 嘘じゃない。この男が看板に懸けてという言葉を吐いて嘘を吐いた試しがない。

 ならば、つまり、玲衣子の言葉は全て本当で、そうすると。

 先ほどの言葉が全て本当なら。聞き流せない言葉が――。


「いや、考えすぎ……、だと思いたい、が」


 既に正直になる薬はない。だから、何を聞いてもからかわれているのかどうか、確かな判断はできない。

 もう、結局確認する術もないのである。


「しかし、どうやらその様子だと面白いことにはならなかったようだな。それでは礼として忍びない、もう一つやろう」


 ……どうしろと。


















―――
シリアスフラグ建てとかないとこの新スレ入った流れだときついんで。




返信

名前なんか(ry様

ハードボイルドな会話は自分も素敵だと思います。
結局、一番古くから知り合っているのはよく考えるとこの二人ですからね。
というか、天狗組はハードボイルドが似合う気がします。
しかし、墓に寄りかかってとか、あったかも知れませんね。あるいは片手に花持って。


通りすがり六世様

そうだったのですか。なんだか勉強になりました。キセルとかもう一番印象あるの某江戸の義賊アクションゲーのメイン武装ですからね。
憐子さんは、基本的に誰か人がいないと寂しいです、っていうか薬師と四六時中一緒がいいみたいです。
でもかといってスタンド状態では薬師の隣に正しい意味で並び立つことにはならないので家で我慢です。
スタンド天狗は本当に出番ありませんねぇ……。果たしていつか活躍する日が来るのか。


ヒロシの腹様

超、エキサイティンしてたので勢いだけで書いてましたあの辺りに関しては。
この間バトルなドームが中古屋においてあって本当に買おうか悩みました。
そらもう、お姫様のように、着替えから何から何までやるんです。
っていうか生前はやってました。薬師がなにからナニまで。


リーク様

出会いの古さは憐子さんがダントツですからね。
続いてにゃん子、藍音さんとなって行きます。やっぱりその辺の付き合いの長さや古さはボディブローのように薬師に効いているのでしょうか。
だが前さんにも薬師死後から本編開始までという秘密兵器を隠し持っている……!
しかし、狐と狐の化かしあいが始まりそうですね、九尾との取り合い。同族だから憐子さん意地になって本気出したりしそうですし。


雪兎様

いやあ、もう三スレ目ですね。どうしていいのか分からんレベルです。
三スレ目は、そろそろシリアス入ろうかなってところでぶった切れたので、前さんのネタ用意してなかったんです。
というか、ちょっといきなり決めすぎた結果がこれです。無計画の男!
まあ、うちにはBBAが溢れてはいますが見目麗しいBBAならなんとか。


男鹿鰆様

実は一スレ目百話記念で復帰したのが憐子さんです。そう思うと存在感が凄まじいです。
まあ、憐子さんと薬師は似たもの同士と言うか、薬師を女にしたら憐子さんになるんじゃないかと思ってます。
っていうかやること成すこと二代被ってるんですよ。寂しいから従者作って何だかんだあって従者より先に逝くっていう。
挙句寂しいから煙草始めちゃったり。果たして憐子さんに薬師が似たのか、元から似た者師弟だったのか。







最後に。

薬師が最近薬師じゃない件について。



[31506] 其の六 甘白日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:98474936
Date: 2012/03/08 21:17
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 三月十四日。

 この日が何かは言わずもがな。

 白い日、つまりホワイトデーである。

 既に俺は一通りお返しと言う奴をしてきた後だ。

 何故か調整されて今日は休みになってしまったが、それはそれで丁度良かった。

 おかげさまで無理なく返し終えて、俺は帰る途中。

 じゃらじゃらした男を見つけた。








其の六 甘白日。







 三月十四日。

 じゃら男は家事をする鈴の背を見つめていた。


(……やけに機嫌がいい!)


 てきぱきと掃除する鈴の背中は、いつもよりうきうきとした動作であり。

 声が出たなら鼻歌まで聞こえていたのではあるまいかと思うほどだ。


「鈴」


 呼んだ瞬間、すぐさま鈴は振り向いた。

 満面の笑みだ。無駄に嬉しそうである。


「いや、なんでもねぇ……!」


 じゃら男が首を傾げる鈴から目を逸らすと、鈴はそのまま身体を戻して家事へと戻る。


「……どうすっか」


 じゃら男は呟いた。言葉はむなしく響き、じゃら男はそろりそろりと外へと逃げ出した。

 そして、外に出てしばらく歩いたところ、じゃら男はとある男に出会うこととなる。


「よう、じゃら男」


 如意ヶ嶽薬師である。


「今日はどうしたよ」

「いや、別になんでもねぇ」


 じゃら男は誤魔化そうと思ったが、そう簡単にこの男が騙されてくれるはずもなく。


「ホワイトデーのお返しってやつは終わったのか?」


 今一番聞かれたくなかったことを聞かれてしまった。


「……いや、やってねぇ。まだだ」

「ほう? 何故また」

「いや、だってよ……」


 言いにくそうにしながら、じゃら男は口を開いた。













「つまり。日本男児がホワイトデーとか恥ずかしいね、ってことか」

「お、オウ」


 薬師は、じゃら男の言葉をそう総括した。


「つうかあれだろ? 本命からはチョコ貰えなかったから恥ずかしいんだろ」

「うっ!」


 まさにその通りである。

 本命の子に貰えなかったのに他の子にホワイトデーって負けた気分著しいよね、と。


「なるほど、なるほどな。うむ」


 薬師は、納得したように何度もうなずいた。

 そして。


「藍音ー、藍音ー。いるか?」

「はい」

「うわ、本気でいた」


 不意に、背後から現れるメイド。


「で、白いリボンとか持ってないかね。長いやつ」

「どうぞ」

「うわ、本気で持ってる」


 そうして、白いリボンを手渡され、じゃら男の方を見る薬師。


「な、なあ、センセイ、それで何を……」

「おらぁッ!」













 日も暮れてきた頃、じゃら男の家に来客があった。

 玄関に出た鈴の前に現れたのは、黒いスーツの天狗である。


「つーこって。じゃら男一丁お届けです」


 彼は、手の中の塊を玄関の中へと放り込んだ。


「この野郎を抵抗できないよう縛っといたんで、今日一日好きにしていいぞ」

「ちょ、センセイっ、これ、解け……」

「じゃあな」


 薬師が笑顔で別れを告げると、鈴も笑って手を振った。

 去っていく薬師。場にはじゃら男と鈴だけが残る。

 じゃら男は、白いリボンに手足を拘束され、地面に転がされた状態で鈴を見上げた。


「お、おい、鈴」


 鈴が笑顔で、首を傾げる。

 そして、じゃら男の上に馬乗りになった。


「鈴、ちょっと、これ解いてくれよ……!」


 じゃら男が助けを求めると、鈴は顎に人差し指を当てて、少し考えるようなポーズを取った後、メモとペンを取り出し、紙面にペンを走らせた。


『ダーメ。きょうの猛はわたしのだもん』


 その笑顔が恐ろしい。


「いや、待て、オイ、あれだ、俺の右ポケット、右ポケットに入ってるヤツ取れ!」


 どうにか延命しようとじゃら男は言葉を向ける。

 それに応えて、鈴はじゃら男のポケットから包装された箱を取り出した。

 この男、恥ずかしがって渡せなかったくせに買ってはいたのである。


『あけていい?』

「お、おう!」


 包装をあけると、中に入っていたのは何の変哲もないクッキー。


「ほ、ホワイトデーだからな! だからこれ……」


 外してくれ、とは言えなかった。


「むぐぅっ!?」


 そのクッキーが口へと押し付けられたからだ。

 言葉は詰まり、クッキーをくわえる形となる。

 そして。


(り、鈴……!?)


 鈴の愛らしい顔が近づいてくる。

 そして、至近距離で目は閉じられ――。


 その日、じゃら男は凄まじく甘い絶望を味わったという。













おまけのようなもの。


「はい、葵。ホワイトデー」

「う、うん……」


 葵をうちに呼んで、俺は笑いながらその包みを渡す。


「まあ、葵にバレンタインデーのチョコ貰ってないんだけどね」

「……う」


 気まずげに葵が目を逸らす。


「べ、べつに忘れてたわけじゃなくて……。し、失敗しちゃっただけだし……」

「うん」

「お、怒ってる……?」

「うん」


 まあ、実はそこまで怒ってるわけではないけど。

 そりゃまあ、葵の不器用さはよく知るところと言うもので。

 むしろその不器用さで手作りチョコに挑んでくれたことはありがたくすらあるのだけど。

 好きな子をいじめたい心理って俺にもあるんだなぁ、としみじみ思う。


「ど、どうすればいいのよ!」

「そうだなぁ、今からでも受け付けるよ」


 ちょうどよく、葵の手には俺の渡したお菓子がある。

 それを食べさせてくれるなら、というのが落とし所ということで。


「……わ、分かったわ。ちょっと待ってなさい。部屋の外で。あと、藍音さん呼んでくれる?」

「ん? うん」


 よく分からないけど、何かしてはくれるらしい。

 逆切れ覚悟だったけど、まあ、よかった。

 素直に俺は部屋を出て、藍音さんを呼ぶ。


「藍音さーん。葵が呼んでるんだけど大丈夫かな?」

「問題ありません」


 俺の部屋へと入っていく藍音さんを見送って俺は壁に寄りかかった。

 そして数分後。


「中へどうぞ」

「うん」


 藍音さんが出てきて、今度は俺が中に入る。

 果たして、一体何をしていたのだろう。

 首を傾げながら部屋に入った俺を出迎えたのは。


「よ、よ、由壱……! あげる!!」


 一糸纏わぬ……、いや、リボンだけを巻いた葵だった。


「……えっと」

「わ、チョコの代わりに、私を……、その……、えっと……!」


 色々きわどい、と言うか色々見えてる。

 ちょっと、想定外だった。

 まあ、いつもの暴走ではあるのだけど。


「ありがとう、嬉しいよ」

「う、うん」

「で、くれるの? 君を」

「そ、そうよ! ありがたく思いなさいよね!! 私をあげるなんて世界で由壱だけなんだから!」

「光栄だね。でも、受け取れないかな」


 俺は、葵に向けて笑いかける。


「……え」


 葵が顔を青ざめさせた。

 しまった、不安にさせてしまったみたいだ。

 俺は、苦笑しながら、次の言葉を続けた。


「ほら、だって君はもう俺のものだから」

「あ、う……、う!」


 すると今度は、葵の顔は途端に真っ赤に染まり、俺は苦笑を深める。

 そして。


「よ、由壱のすけこましーっ!!」


 ぶん殴られてお星様を見た。












―――
パソコンが死ぬほど重かったので、片っ端からいらないプロセス切っていったら途端に速くなりました。
それとデフラグとクリーンアップで一日使い切る空しさ。
でも、速くなったおかげで気持ちよく作業できます。




返信

通りすがり六世様

朴念仁で唐変木で、EDという三重苦な明らかに不良物件薬師です。
まあ、なんというか恋愛について真面目に考えることにしたから気付くことができたようです。
三百話近くにしてやっとと言う辺り鈍感の鈍の部分は言い得て妙だと思います。
そして、玲衣子さんは遠まわしに見えていつも一直線です。


男鹿鰆様

忘れられる前に使っておこうと思いまして。伏線張っても忘れられてたらアレなんで。
結局玲衣子さんは何を隠しているわけでもないので使ってもノープロブレムだと言うことでして。
まあ、結局変な感じになってもそれはそれでいいかなという覚悟の決まりようです。
下詰神聖店は求める者の前に勝手に現れて押し売りするそうなので、求めて彷徨えばきっと。


七伏様

まあ、前さんに飲ませたら本編終了しそうですね、はい。
前さん溜め込んでることとか多そうですし、飲んだが最後、誰よりも暴走しそうです。
元から薬師に拒否る気がないからリーチ状態ではありますし。
しかし前さんデレデレか……、覚えておきましょう。



最後に。

十四日にはまだ……、早い……?



[31506] 其の七 俺と娘と羞恥プレイ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:267dd181
Date: 2012/03/06 22:36
俺と鬼と賽の河原と。生生流転




 ぬう……?

 腹に圧迫感を感じる。

 どうしたんだこれは、金縛りか。

 俺は昨日いつも通りに寝て、妙なことにはなってないはずだ。

 というか金縛りって何だよ。

 ここは地獄だよ。


「なんで霊が霊に金縛りされるんだよ!」

「きゃっ!」

「……よ?」


 なんか聞こえたぞ。

 きゃっ、と可愛い声が。

 残念ながら、うちの人間の半数以上はこんな可愛い声を上げたりしないので、誰かなんて大体予想がつく。


「由美?」

「は、はい……、由美です、お父様」

「おう、おはよう」

「おはようございます」


 にこりと笑って返されて、爽やかな気分になった。

 ああ、いい朝だ、なんと爽やかな気分だろう、二度寝していいだろうか。


「って、なんで俺の上に」


 可愛い笑顔に忘れかけていた事実を俺は思い出す。

 そう、この子なんで俺の腹の上に馬乗りになってるんだ。


「えっと、起こしに、来ました」

「おー、そっか。ありがとさん、お休み」

「え、あ、あれ……?」


 そうか今日は由美が起こしてくれたのか。

 うむ、娘に起こされる父親。いいじゃないか、上等ではないか。

 ではお休み。


「って、何で乗ってるんだ?」


 起こしに来たのはわかったが。

 しかし、なにも解決してはいなかった。


「……えと。春奈ちゃんが、してたから、です」

「……おう」

「わ、私は駄目ですか……?」


 困ったような顔をされてしまった。


「いや、別にいいぞ、ばんばんいいぞ。そら、娘だからな。それ以上のことも可だ」

「そ、それ以上のこと……、ですか?」

「おう」

「例えば……?」

「……おやすみ」

「え、あ、お、お父様?」


 そうして、俺は由美を布団の中に引きずり込んだ。

 抱きしめるように固定し、俺は目を閉じる。

 そうして、俺は二度寝を敢行しようとするのだが。

 いやいやと、由美が可愛らしく抵抗するので仕方ない。

 腕の力を緩めて由美を開放すると、無駄に抵抗させてしまったのか、それとも怒らせてしまったか。

 赤い顔で由美は俺へと叱るような声を上げた。


「お、起きてください……! お寝坊さんはいけませんっ……!」

「……おー」


 娘に叱られ、俺はようやくその身を起こしたのだった。


「……おはようさん」











其の七 俺と娘と羞恥プレイ。












「お父様、こっちです」


 うーむ、眠い。

 だがしかし、大体の事情はわかったぞ。

 つまり、着る服がうんぬんかんぬんという話らしい。

 要するに、着る服が足りないので買いに行かなければなりません、引率をどうぞということだ。


「おう」


 ならば藍音とか、あるいは憐子さんという暇な大人に頼めばよろしい、と言いたい気もしたが。

 しかし、だがしかし、果たしてお父様お父様と慕ってくれる日々も一体どれほど続くのか。

 娘との時間を大事にしたいと思うのは、親父病が大分進行した証だろうか。


「由美は可愛いなぁ……」

「お父様?」


 もうこの際親馬鹿でもなんでもいい。


「だが、その可愛さ、いつまで持つかな」


 悪役っぽく言ってみるも、空しいだけだった。


「お、お父様」

「なんだ?」

「私は、その。ずっとお父様にとって可愛い娘でいたいと思って、ます」

「由美は可愛いなぁ……」

「え、えと、ありがとうございます?」


 無駄に由美を照れさせてしまった。

 と、まあ、そんな長閑な休日の一幕。

 俺達は、目的の店の中に入っていった。

 わけだが。


「……由美、俺は帰っていいか」

「え、ど、どうしてですか、お父様」

「下着屋に俺が居ていいのだろうか、いや、いいはずがない」


 そこは女性用の下着を取り扱う店であり、到底俺が居ていいような場所ではない。

 恥ずかしさが半端ではなかった。


「だ、だめです。行っちゃやです」

「ぬううう……」


 俺は耐えるしかないのであろうか。

 由美に袖をつかまれては退路を絶たれたも同然。


「ぬううううううう……、できるだけ迅速にたのむ」

「はいっ」


 そうして、由美が売り場へと入っていく。

 あれやこれやと見ているようだ。

 やがて――。


「お父様、こういうのはどうでしょうか」

「やめなさい、今すぐ戻してきなさい、お前さんにはまだ早い」


 由美が持ってきたのは勝負下着という奴だ。


「気持ちは分かるような分からんようなつまり思春期というアレなのかもしれんがお父さんは許せん。もしもそれを着けた姿を男に見せるというのであればその男児の首を捻る。同じ方向に三度くらい」

「み、見せません!」

「じゃあ、なんでそれを使用するんだ?」

「お……」

「お?」

「お、お、お父様にだけ見せますっ……!!」

「……お、おう?」


 なら、いいのか?

 いや、いいのかそれで。


「それとも、ストライプとかの方がいいですか?」

「いや、俺に何を聞いてるんだよ。女の下着事情なんて分からんから」

「でも、お父様に選んでもらいたい、です」

「ぐぬぬうううう……」

















「らっしゃっせー、ご注文をどうぞー」

「ここ喫茶店か?」

「どう見たら喫茶店以外に見えると?」

「店かどうかも怪しい」


 俺が羞恥の地獄を耐え抜き己に打ち勝った後、どうせなので、喫茶店によることにした。


「おや、今日はお嬢さんを連れて変態ロリコンおまわりさんこっちです」

「娘だ」

「……既婚だったのかい?」

「残念だが未婚だ。婚活男子亜種だ」

「狩猟していい?」

「だ、ダメですっ」


 由美が、声を上げる。

 店主が目を丸くして由美を見た。


「……おさわりまんこっちです……!」

「なぜ俺を見る」

「いや、こんな年端も行かない少女まで……。お客様もう婚活っていうかフィッシングじゃないですか」

「どういうことだよ」

「うるせぇ! 婚活女子舐めんなタコスケ野郎ってことですよ」

「ところで婚活中の人間って大概男子女子って年じゃないよな」

「黙れい」


 と、そんな中、俺達の座る卓にケーキがおかれた。


「なんも頼んでないぞ」

「そちらのお嬢さんにサービスさせていただきます。そこのお兄ちゃんに何かされたら言うんだよ?」

「貴様何を言ってやがると言いたいところだが、お兄さんと言ったので許す」

「な、なにかされたいですっ……」

「患部が深い……。末期ですね」


 店主は、わざとらしく笑って見せた。


「で、どういう風の吹き回しだ?」

「さて、何のことやら」


 惚けて見せるが、お見通しである。

 こちとら猫の表情だって見分けられるってんだ。

 猫、無表情、ポーカーフェイスの相手には事欠かなかったからな。


「まあ、家族を思い出したまでですよ」

「母親だったのか」

「違いますって」

「……父親? 男だったのか……!」


 まさかの新事実。戦慄を隠せん。


「妹ですよ」

「お前さんが?」

「もうそのボケ止めてくれないかな?」

「んで、妹思い出すって? 春奈とかいつも連れてきてんだろ」

「いやあ、あの子はタイプが真逆だから」

「そうかい。妹さんは可愛いかよ」

「目に入れたら流石に痛かったね。というか眼窩の面積に入りきりそうもなくて断念したよ」

「物理的にかよ」

「ま、向こうはもう思い出しもしてないかもしれないけれど……」


 どうやらあれこれ事情があるらしい。

 これ以上は地雷原だ。

 俺は何も言わずに、茶をすすることにした。

















―――
次回、いい加減シリアスしようと思います。
シリアス効果で少し投稿が遅くなるかもしれません。




返信

男鹿鰆様

シリアス入ったらそれどころじゃなくなってしまいますからね、早めに。
そして、リボンで縛られる男の図。書いてて誰が得するんだと思いましたけど、鈴以外誰も得しません。
由壱に関しては完全にもうロデオ状態。暴れ馬に乗るのを楽しんでるから手に負えません。
そろそろ愛のSMとかに目覚めかけない辺り由壱ももうだめです。間違いなく葵は可愛いなぁの一言で全部片付けます。


リーク様

ホワイトデー、しかし確実に今やらないとスルーの予感なのでやっちゃいました。
そして、じゃら男が見たいとの声もあったので、じゃら男を縛っておきました。
じゃら男の本名を覚えてた貴方にはシルバーチェーン勲章をどうぞ。じゃらじゃらしてください。
由壱は金棒で殴られる日々みたいです。それでも幸せを感じる辺りMなのかもしれません。でもからかって楽しむ辺りSなのかも知れません。


通りすがり六世様

閻魔が仕事に私情を挟みまくってます。まあ、ホワイトデーを生半可に過ごしたらパワーバランスが崩れかねませんから。
まあ、一応閻魔の婚約者とかなってますしね、普通の逸般人なことだけは確かです。
それにしても、いつの間にか数珠繋ぎになった相関図ですが、暁御が消えかかって薬師←じゃら男……、いやないな。ブライアンじゃあるまいし。
由壱は手の平で葵を弄ぶのが趣味のようです。たまに手の平を飛び出してきますけども。


wamer様

もうじゃら男とか暁御の気配すら察知できないんじゃないかと思います。
これは鈴と結婚するしかないですね。このまま放置しとけば間違いなくそうなりますが。
由壱は薬師の薫陶を受けて立派に成長してるような気がします。
そして、好意を自覚して開き直ったおかげで薬師より数段性質悪いです。薬師みたいなツンデレでもないし。




最後に。


娘とランジェリーショップとか正気じゃない。



[31506] 其の八 俺とスロースタート。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:4c8e67eb
Date: 2012/03/11 22:00
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






 その護衛対象と会うのに選ばれたのは、なんということもない、普通の喫茶店だった。

 まばらに客も入っていて、とある店が物悲しくなる。


「で、お前さんが今回の護衛対象か」


 少女は、何も言わなかった。

 ただ、一度だけ、こくり、と頷いた。












其の八 俺とスロースタート。











 淡い紫のような長い髪。それは長さに反して軽そうに見える。

 光沢のある髪と、額の上くらいにある、黒いフリルの付いたヘッドドレスが印象的だった。


「お嬢さんの名前は?」

「必要ない」


 その瞳は、果たして俺を睨み付けているのか、素なのか分からないが。

 そんなジト目を回避したくなってしまうのだが、そうも言っていられない。


「別に名前が無いわけでもなかろうに」

「……でも、必要ないから」

「ほう」

「所詮、これだけの関係。終われば、もう会うこともないでしょ……?」

「じゃあ、なんて呼べば?」


 ……中々個性的なお嬢さんのようだ。

 そう思って今一度彼女に目を向けると、彼女はどうやら学生のようで、セーラー服を着用している。

 閻魔と並べてみたらどうだろうか。


「好きにして」

「おっさん」

「……どこをどう捉えたの」

「お嬢さんの略」

「……」


 黙ってしまった。

 どうも口数が少ないお嬢さんのようだが。

 というかこれいつくらいまで守ればいいんだ。

 詳しい話聞いてないのを俺は後悔しかけ、それを、水を飲むことで誤魔化した。


「嫌なら、エリザベータ二世で」

「……」


 ジト目が、更に険が入り混じった気がする。


「お前さんが、なにも言わないのが悪いんだろ? 他の候補はげろんちょと夢追い人で」


 ふるふると、彼女は首を横に振った。

 しかし本当にやりにくいお嬢さんだな。

 まあ、いいか、これ以上遊ぶのは止めにしよう。


「よし、じゃあどうしても呼ばねーといけないときはムラサキって呼ぶわ」


 字を当てるなら斑崎とでも言ったところか。

 まさしく適当安直だが、一番マシだったのだろう。

 少女、今ムラサキと決まった彼女は、一度だけ頷いた。

 そして、彼女は立ち上がると歩き出す。

 護衛だという俺は、それに付き従わなければならないのだろう。


「……あなた、嫌い」

「別に好かれようとも思ってないからな」


















「で、お前さんは何に狙われてるんだい?」


 少女に付き従い、街を歩く最中、俺は問うた。

 返事は無い。俺が嫌いなのか。

 あるいは、言いたくないのか。


「あなたは、来るものを迎撃すればいい」

「そーだな」


 しかし、護衛に地獄が関わろうとするとなると、相手は相当なのか。

 それにしても、民間人と噂の俺ですらろくに相手してもらえんぞ。

 これなら権力機関の護衛とやらはどれだけ邪険にされるんだ。


「で、ここがお前さんの家かい?」


 でかい、というか巨大なビルの前、俺は立ち尽くしていた。

 首が痛くなるぞ。


「黙って」


 気負った様子も無くビルに入っていく少女を追い、俺もまた中に入ってくる。


「お待ちしておりました、こちらへ」


 スーツの男が、入り口で待ち構えており、少女を招く。

 そして、続いた俺へと、鋭い目を向けてきた。


「貴方が護衛の方ですか」

「そうらしい」


 俺は肩を竦めて応える。

 どうにも、詳しい事情が分からんせいで若干蚊帳の外だ。


「腕は立つんでしょうね」

「試してみるかい?」


 問われたところで、人を納得させることなんてできるわけも無いだろう。

 どうせなら、試すためにでかい重りでも置いておいてくれというんだ。

 そしたら楽だというに。こういうとき風は見えないから不便だ。

 力の証明とか言って、そういう領域で風を出したが最後、部屋の中の書類とかがめちゃくちゃになる。


「……失礼しました。ではこちらへ」


 しかし、釈然としなさそうにしながらも、彼は後ろに下がってくれた。


「これからあなたは黙ってて」

「ふむ? そうかい」


 仕事の邪魔だってんなら仕方あるまい。

 何するんだか知らないが。

 そうして、エレベーターに乗り、廊下を歩き。

 唐突に少女は呟いた。


「……守ってもらうべき人は他に居る」

「なんじゃそりゃ」

「黙ってて」


 言われてしまった。つまり、独り言ということか。

 俺は口を噤んで、ただ歩く。


「でも、何より。あなたは自分の身を守りなさい」

「……」


 背後から、颯爽と歩くその背を見る。

 うむ、随分と信用されてないみたいだ。

 確かに、どこの馬の骨とも知れんがな。


「……ここ」


 扉を開けて、内部へ。


「商談があるから、黙ってて」


 再三言われてしまっては、頷くほかになし。

 しかし、商談ね。この外見だが、そこそこ会社では重役と言ったところか。

 社長に縁があるそうだが。


「……どういうつもりなのか」

『やや、これはこれは。直接というわけに行かず、申し訳ありません。弥勒院(みろくいん)様』

「答えなさい」

『……おお、申し訳ありませんな。では、本題とさせていただきます』


 おっさんだ。だが、実態じゃない。

 テレビだ。詳しくないが、そういう通信法という奴だろう、テレビ電話とかそういった感じの。

 しかしだな、テレビに映る、でっぷりとしたおっさんはいいのだが。

 ……このビルは、人が居ないのが普通なのか?

 一階に、申し訳程度に人がいた、それだけだ。

 本当に、それでいいのだろうか。

 そう思った時、階下で起こる、不穏な風の乱れを俺は予測した。


『死んでください』


 爆音と大きな揺れ。

 つまるところ、爆弾である。


『懺悔の暇くらいは与えましょう』

「よし逃げよう」


 ああもうなんてこったい。

 やってられんぞちくしょうめ。いきなり階下爆発して解体工事とはやってくれる。

 この分じゃ下の奴ら皆グルかよ。

 俺は、今にも傾ぐビルを、少女の手を引いて走る。


「おぉッ!」


 滑っていく家具を置き去りに走る、ひた走る、ただ走る。

 そして、跳躍。

 俺は窓に向かって蹴りを放った。

 割れる硝子、空が青い。


「っ……!」


 少女が息を呑む。

 重力に体が引かれ、地に足が着く。

 俺は傾いだビルの壁面を走った。


「こんな経験は初めてだぜ全く……」


 呟いた瞬間、走っているすぐ横の窓から爆風。


「ぬお、っと、危ねーなっ!」


 見れば、そこかしこから爆発が上がっている。


「まあいいか」


 風を頼りに進めば爆発は回避可能だ。

 右へ左へと走りながら避ける。

 飛ぶのはあまりよろしくない。狙撃の良い的だろう。

 と、思ったら。

 俺の足元に弾痕が現れる。


「でぇえい、何こんなちんちくりんマジになって殺しに来てんだお前さんらはよーッ!」


 少女を抱え上げ、走りに走る。

 狙撃が間断なく襲い来るが、だが、大丈夫だ。

 狙撃慣れ、正確には狙撃され慣れている俺にはこの程度では通用しない。

 ビーチェの方が数段ねちっこくていやらしくもしつこくうざったい。


「そろそろ地面か!? っと、狙撃終わったんですか? やったー!」


 どうやら射程外まで降りてくることに成功したら、し、い……?


「RPGィー!!」


 眼前に迫る対戦車擲弾。まあ、バズーカみたいなもんだ。厳密には違うが。下詰の薀蓄は聞いたことがあるが良く分からなかった。

 ロケット弾がどうこう、無反動砲に分類どうこうだが、ここにおいて肝心なのはただ一つ。

 当たるとめちゃくちゃ痛いということだ。

 俺は更に走る速度を上げる。

 敵弾が丁度上を通るように、だ。

 敵が上から撃ってきているなら、前に出れば避けれる……!

 背後に着弾。

 よし避けた。被弾零、いいとこだろう。

 折れたビルも先端だ。そのまま降りて、逃げさせてもらうとしようか。


「……お?」


 爆風が背中を押す。

 そういや、爆風まで計算してなかったなぁ……。


「ぬおう!」


 破片は当たってないが、そのまま俺は押し出されるように、飛んだ。

 そのまま体は、対岸の別のビルの窓へと直撃。


「あ、どーも。お邪魔しました」


 内部は会議中だった。

 ホワイトボードには、『絶対領域黄金比に沿ったニーソックス販売』。


「あとついでに、何会議してんだお前ら!」


 俺ははき捨てて、部屋を出てそのまままっすぐ窓から出させてもらおう……。


「と思ったら壁じゃねーか!」


 窓が無かった。


「修理費は地獄運営にどうぞ!」


 仕方ないので拳を一発。

 緊急事態なので仕方ない。

 仕方ない。

 壁を破って外に飛び出し、やっとこさ地面に着地。

 そんで、しばらく走る。


「……と、これだけやれば大丈夫か」


 そうしてやっと、俺は少女を地に降ろした。

 降ろされた少女は、俺を見るなり一言。


「……嫌い」


 嫌われたもんだ。俺は肩を竦めて応える。


「そうかい、だが」


 俺は早くもこの仕事を請けたことを後悔し始めていた。


「お前さんにも護衛は必要だと思うがね」

「……」


 ……どうすっか。

 とりあえず、連れて帰るか?




















―――
三本くらいで片付くかなぁ、というところです。








返信

通りすがり六世様

おまわりさんは一体何をしているのでしょうか。完全にあらゆるお父さんの敵だと思います。
由美は積極性が上がったというか上がり過ぎたというか。
ライバルがいなければそのままお嫁さんになる方向で決着が付いたんでしょうが。
さて、そんな訳でこんな滑り出しのシリアスです。店主まだ出てませんけどね。


男鹿鰆様

薬師の首はいつでも爆破OKです。もうRPGに当たってしまえばよかったのに。
山崎君状態でも生きてたらアレですけどね。色々ともうどうすればいいか。
さて、今回はまったり三話ほど掛けて店主を落としに行きます。
今のところ影も形も見当たりませんけど、次回辺り大活躍しますって、はい、多分、きっともしかしたら。


1010bag様

遂にシリアスの幕が開けました。もうどうしようかいつ入れようかとタイミングを逃し続けてやっとです。
妹に関してはなんといいますか、まあ、はい、お察しの通りです。
そして、遂にやっちまいましたね、気をつけてはいたつもりなのですが、うっかり。
同時進行中は二、三度コテツのほうも薬師になっているのを直したことがあります。


最後に。

果たして今回の被害総額は幾らに。



[31506] 其の九 俺と守るべき人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:4250af82
Date: 2012/03/17 22:19
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






「……もういいわ。もう大丈夫」

「なにがだよ」

「もう、守る必要はないから」


 今もジト目が、俺を睨み据えている。

 最初は居心地悪かったが今となってはもう慣れた。

 もうこいつはそういう顔なのだ。そういうことなのだ。


「なにが大丈夫なんだ? あの様子だと、側近っぽい部下も皆裏切りないしは買収ってところか?」


 言うと、彼女は黙り込んだ。

 そして、言葉の代わりに、更に目つきが険しくなる。


「おっと、そう怒らないでくれ、ゆかりんりん」


 場を和ませようと、ムラサキにちなんで俺は冗談めかして言ってみるのだが。


「……最低」


 残念。視線で人を殺しに来た。




















其の九 俺と守るべき人。


















「なあ、ゆかりんりん。結局お前さんはなんで狙われてるんだよ」

「……馬鹿にしてるの?」

「ああ」


 よく考えれば、事情も何もあったもんじゃない。

 この女について何も知らないのである。


「教えてくれないならそれでもいいが。お前さんがどういう人なのか位は教えて貰えるか?」

「社長代理」

「……うわあ」


 中々でかい役職が出てきちまったもんだ。

 確か、ビルを見た限りでは成功している会社のはずだ。

 うちにもその会社の歯ブラシや石鹸などが置いてある。


「まあ、なるほどな」


 しかし、そう考えれば納得も行く。

 今も尚、背後を狙われているのである。

 ぞっとしないな。

 撃たれる前に何とかしないとならないか。

 どうにか振り切りたいので、背後に潜む男達を風の塊を当てて昏倒させる。

 そして、そのまま角を曲がり、俺は家へと向かう。

 急いだおかげで、程なくして俺は家に帰り着くことができた。


「おかえり」

「ただいま」


 そうして、俺を一番に出迎えたのは憐子さんだった。


「それで、例のごとく連れて帰ってきたその子はどなたかな?」


 愉快げに、憐子さんが口を歪める。


「護衛対象だ」

「ふーん? ……ふーん」

「なんだよ」

「いつも通りだと思っただけさ」


 なんなんだ、一体。

 しかし、流石憐子さんとでも言えばいいのか。


「まあ、結界の一つでも張ればいいのかな?」

「すまん、頼む」


 山の中に結構な数が暮らしている天狗の本拠が表沙汰にならないのは、常人が上手く辿り着けないようにしているからだ。

 方向感覚を狂わせるだとか、視覚的に絶つとか、様々な手法が存在する。

 まあ、俺にとってはどれも苦手分野である。

 むしろ、何をどう頑張っても辿り着けないような底意地の悪い結界は、憐子さんの得意分野である。


「やれやれ。ところで、そこのお嬢さんのお名前は?」

「知らん。とりあえずムラサキって事にしてる」

「ふうむ、じゃあムラサキお嬢さん。私は如意ヶ岳憐子。そこの男の妻だ」

「いつも通り当然のように嘘を吐くな」

「母か姉のように慕ってくれても構わない」


 笑顔で言う憐子さんに一体少女は何を見たのか。

 ただ黙って、その横を通り抜けた。

 正直言って、ここが一番安全な場所だよなぁ。

 憐子さん、藍音、にゃん子、翁、季知さん、ついでに戦闘向けではないがろくでもない薬を保持する銀子。

 むしろこれだけ居れば、相手のほうが数段危険だろう。

 しかし、これから問題になるとすれば……。

 これがいつ終わるのか、だろう。

 今日をしのげば終わりというなら話は簡単だったのだが。

 どうもこれで終わりではないようで。

 いっそ攻めに出てしまえば簡単なのだろうか。





















「……おっと」


 薬師が連れてきた少女が外へと出て行くのを、憐子は感じ取った。

 薬師も既に気付いているのだろう。


「薬師、私が行くよ」

「……ん、いいのか?」


 居間へと降りてきた薬師に、憐子は言う。


「まあ、こういうところで点数稼ぎでもしようかという邪な考えだから気にしなくてもいいさ」

「悪いな」


 薬師を置いて、軽やかな足取りで憐子は外へと出た。

 浅黄色の着物の裾が風に揺れ、長い髪が遊ぶ。

 風が吹くままに歩くと、すぐに少女は見つかった。

 どこへ行こうというのか。

 彼女は歩き続けている。

 だが、それにはあまりにあっさりと障害が立ちふさがる。

 突如として、刀を持った男が無言で彼女の前に現れた。

 唐突な白刃に、少女は驚き、仰け反って。

 男は刀を振りかぶる。

 それは少女へとまっすぐ振り下ろされて。


「……君は自傷癖でもあるのかな?」


 憐子はそれを手で払いのけた。


「何奴」

「通りすがりの憐子さんだ」


 再度を振るわれる刀を、憐子はまた手で払う。

 種も仕掛けもありはしない。ただ、手の平を刀の刃に合わせ、軌道を逸らしているだけだ。


「ではいこう」


 そして、憐子が呟いたと同時、彼女は相手の腕を掴むとへし折った。

 そのまま、相手の膝に足の裏を当て、踏み込むように折る。

 思わず倒れこんだ相手の腹を憐子は蹴り飛ばして、決着は付いた。


「残念だが、私は薬師ほど優しくはないよ? ……もう遅いかな」


 呟いて、憐子は背後を見る。

 少女がそこには立っていた。


「さ、帰ろうか。気は、済んだかい?」


 その少女へと伸ばされた手。

 その手を、少女は躊躇いがちに握って、来た道を戻ることとなった。















 憐子さんのおかげで、無事に少女は帰ってきた。

 傷一つなく、仲良く手を繋いで帰ってきたわけだが。


「藍音の料理は美味いぞ。ほら、これもどうだ?」

「……ありがとう」


 仲良くなりすぎじゃないか?

 少なくとも俺よりずっと会話が成立しているじゃないか。

 流石憐子さんと言ったところなのだろうか。


「……私は」

「ん、どうした?」

「今日はどこで寝ればいいの」

「そうだね。部屋は余っているんだが、薬師と寝てもらうことになるんじゃないかい?」


 その言葉に、少女は驚いた顔をした。

 いや、俺も驚いたぞ、憐子さん、どういう流れだ。

 視線で抗議を送っても、手ごたえは感じられない。


「や、なにせ、護衛と護衛対象となれば、離れるわけには行くまいよ」

「憐子は……?」

「悪いが、働いたら負けかと思っているんでね」


 まあ、確かに道理ではあるのだが。

 命を狙われている以上は付きっ切りで護衛する必要があるというのは分かる話だ。

 しかし、その辺、寝たりとかは憐子さんに任せればよいと思っていたのだが。

 と、そこに、風に乗って、俺の耳にだけ憐子さんの声が聞こえてきた。


『私からの援護射撃だ。上手くやってくれ』


 ああ、そうかい。

 つまり。一晩同じ部屋にしてやるから聞きたいことを聞いたり、関係を良くしたりしておけということか。

 憐子さんに気を遣われてはお終いだ。


「……にしても、豪胆な家族だな」


 俺はぼそりと呟いた。

 一人増えた位じゃ動じもしない家族達へである。


「まあいいか」


 悪いことではない、逆に助かるというものだ。

 俺は口元を緩めて目を瞑る。

 そんな時だった。


「大丈夫か!?」


 季知さんの声が響いた。

 俺は慌てて目を開いて、少女の方を見る。

 するとそこには、机に突っ伏した少女の姿があった。





















「……風邪だな」


 本来地獄においては風邪を引くことは実に珍しい。

 菌そのものが少ないのだから銀子みたいに自家栽培でもしなければ狙って引くことは不可能なのだが。


「病弱もやしめ」

「違う……!」


 おっと、布団の中から抗議が来た。

 いつになく、強い調子である。


「私、病弱じゃない」

「さいで」


 だが、どう考えたって、極端に免疫が弱いのだとしか思えん。

 今回の暗殺騒ぎの疲労に加えて、元が酷く病弱だというのであればそれも仕方のないことだ。


「病弱じゃ、ないわ」

「分かったっての。こだわるね、お前さんも」


 そこまで言うと、少女は黙り込んだ。


「寝てろ。寝てたら死んだなんてことねーように仕事はしてやる」


 結局なし崩しに、彼女は俺の部屋の布団を占領している。

 まあ、仕方ないな。

 さて、じっと見つめていたら寝難かろう。

 俺がわざとらしく視線を外したとき、少女は口を開いた。


「……あなたは、何者なの」


 ふむまあ確かに。

 俺は謎の人物だろう。地獄運営から紹介された護衛だが、外部協力者。

 怪しいことこの上ない。


「教える義理はあるのかい? 謎の社長代理さんよ」

「……」


 謎なのはお互い様だ。俺の方は隠す理由もないのだが、かといっていちいち説明してやる義理もない。

 しかし、今になって問うというのは、不安になったからだろうか。


「俺は裏切らんぞ。裏切るほどの因果もないからな」


 事情を話せば裏切りの餌になると思っているのか。部下に裏切られちゃ、不安にもなるか。


「ま、今んとこ命を掛けてまで守るほどの縁もないがな」


 どうせ会社となれば金が絡むのだろうが。

 確かに先立つものはあって損はないが、それに対しろくでもない手段をとれば、要らん因果が返って来るものだ。

 そう危険のない上手い話が転がっているものかということだ。


「とっとと寝ろ。」

「……どうして、そんなに優しいの」

「知るかよ」

「見捨てればいいのに」

「見捨てられ慣れてるみたいだな」

「……」


 図星か。すぐこの女は黙り込んでくれる。

 どうもろくな人生歩んで来てないようで。


「優しくもなんともねーよ。できることをできる奴がするのは当然のことだろ。俺だって、手に負えなくなったら放り投げるさ」

「手に負えるの?」

「今の所は。ギリギリまで付き合ってやるよ。元から、乗りかかった船を途中で降りるのは好きじゃねーんでな」

「……わかった。お人よしなのね」

「やめろよ。おっさん」

「……最低」











「あなたみたいな偽善者」

「おう」

「……大嫌いだわ」

「そうかい」












 そうして、次の日。


「あの野郎」


 厠に行くと言って、戻ってこなかった少女の居場所を伝えてくれる風は、外を示していた。

 厠には、『大嫌い』と書かれた紙だけが残されている。窓から逃げたようだった。


「馬鹿野郎」


 手間ばっかり掛けてくれる。仕方のない女だなおい。

 俺は、そのまま厠を出て外へ。

 憎らしいほどの晴天の下、病み上がりの身体で少女はどこへ向かったのか。

 俺は足取りを追って道を行く。

 景色がゆっくりと変わって行き、住宅街を抜き去って、店の姿が見えてくる。

 と、そこで、俺は少女の後姿を見ることができた。


「おい」


 振り向いた少女の顔は驚愕に満ちている。


「どこに行こうってんだ?」

「……どうして」

「舐めんな。これでも運営から委託されてんだぜ?」


 中途半端なのは寄越して来るわけもなし。


「帰るぞ」


 だが、少女は俺の言葉に首を横に振った。


「何が気に入らないのか、教えてもらえないかね」


 そう言うと、俺を見つめるジト目は鋭さを増す。


「……護衛の必要はないわ」

「そうは思えないが」

「私が死んだとしても、それだけじゃ意味がないもの」

「どういうことだよ」

「言ったはず。私よりも守られるべき人がいると」

「つまり、そっちを守れ、と?」

「そう」


 そう、と言われてもだ。

 もう一人の人物の話は何も聞いちゃいないのだ。


「じゃあ、そいつはどこに居るんだよ」

「……わからない」

「なら無理だろ。お前さんを守る方が確実だ」

「……それでも!」


 少女は、語気を荒くした。


「私なんかよりもあの人の方がずっと……!!」


 余程色々な溜め込んだものがあるようだ。

 似合わないほどに声を荒げている少女に、俺はいつものように口を開いて見せた。


「お前さんの護衛はやめんぞ」

「私のことはどうだっていい!! 私なんて放っておけばいいでしょ!? 何で運営も私に護衛なんか……、あの人を見つけてもくれない役立たずの癖に……!」


 出会ってから、いつよりも饒舌に。

 なるほど。だから運営が嫌いなのか。

 しかしながら、こちらも仕事だ。

 やめるわけにはいかない。やめる気もない。

 むしろ、つまり、だ。


「だから……!」


 何かを続けようとした少女の声を遮って、俺は大きく声を上げた。


「なら探せばいいんだろうっ!?」


 少女に負けないようにはっきりと。半ばキレ気味に。


「は?」

「うるせー黙れ。つまりお前さんは護衛対象はもう一人いると言っているわけだ。なら探せばいいだろうが。いいぜもうこうなったら見つけてやるよそいつを」


 実質は難しいだろう。探知は得意技だが、知っている人間を探知するのが得意なのであって、知らない人間を探すのは至難だ。

 だが、このお嬢さんが自分だけ家でのうのうと守られることを良しとしないのなら。


「見つけて守ればお前さんも文句ないんだろうがよ」


 その言葉に、少女は呆けた顔をして、聞いてくる。


「……いいの?」


 俺は、仏頂面で言い放った。


「お篭りしなきゃ女一人守れないなんて、死んでも言うかよ――」


 だから、と俺は付け足した。


「とりあえずそこの喫茶店で作戦会議かねて休むぞ。病み上がりが無理してんじゃねーよ」

「……はい」


 俺は少女の手を引いて、近くにあった喫茶店を目指すことにした。


「で、その探してる相手ってのは?」

「姉。……社長」

「へえそうかい。っと、邪魔するぜ」


 俺は呟いて、入店する。

 いつも通り客のいない店に、店主は佇んでいた。


「いらっしゃいませお客様。今日も女連れで、すか……?」


 何故か、からかうような店主の声は尻切れになって消えた。

 彼女は、驚いたように俺の隣を見ている。

 そして、驚きの声は、俺の隣からも上がっていた。


「姉さん……!?」


 ――誰か説明しろ。





















―――
……三話で終わるか怪しくなってきました。
そして、長引く分、いつもよりちょっと書くのに時間が掛かってます。





返信


男鹿鰆様

予想外の展開でもなんでもなく、ムラサキさんと店主はこんなオチでした。
しかし、薬師の首をねじ切る方法はググればいけそうですが、薬師の息の根を完全に止める方法はどこにあるやら。
RPGにあたらなかったのはきっとムラサキさんに配慮したんですよ。
普通は痛いじゃ済みませんからね、対戦車系ですから。


通りすがり六世様

既に今回のラストでシリアスが死んだ気がします。
店主がメインって時点で既に死んでいた気もしますが、つまりあれですかね、北斗のお前は既に死んでいる猶予期間とか。
とりあえず詳しい話は次回に回しつつ、本格的に薬師が巻き込まれていきます。
おっさんと店主で両手に華ですね、もう地雷踏めばいいのにと思います。


七伏様

今回遂に店主の姿が見え隠れしたりしなかったり。
果たして何行出たのか……。七行でした。その内店主をメインに据えたのは四行でした。
じ、じじじじじじ次回に期待ですよはい、次回は活躍しますってほんとこれマジデ。
これが今回のメインと見せかけて、メインを攫われた例が幾つかある件についてはノーコメント。


wamer様

久々ですね。新スレ移行でうっかりタイミング逃してからが辛かったです。
やるよといっておいて、しばらくなにもしないシリアスやるよ詐欺状態でした。
そして、おっさんのガード能力は中々のようです。
戦争への参加については今後の展開次第ですかね。どちらでも行ける様な空気でこのシリアスは進めていくので。私の手が暴走した暁には。


kimimare様

今回もきっと立て逃げ責任は取らないのコンボが炸裂することでしょう。
果たして今回立てるフラグは二本なのか。おっさんの動向に注目が集まります。
おさわりまんに関しては、予定通りです。文字入れ替えしただけでこの変態力の高まりようは素晴らしいと思います。
どんな人間も些細なきっかけで裏返るように悪に染まってしまうという警告なのでしょうか……。






最後に。

家事スキル完備の社長とか、また凄まじい物件が。



[31506] 其の十 俺と姉妹。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:90be4cdb
Date: 2012/03/24 22:30
俺と鬼と賽の河原と。生生世世



 おい、誰か説明しろよ。

 と、なったその日。

 店には客が来ないので、説明する時間なら、幾らでもあった。


「姉? 妹? 本当なん?」


 俺は、店主と少女を指差して問う。

 こくり、と少女は頷き、店主も肯定を返した。


「そうだね。私とこの子は、姉妹ですよ」

「……なるほど?」


 なるほど分かった、とりあえず、二人が姉妹だということだけは分かった。


「ところで、お客様は一体? もしや、この子とうふふな……」

「誰がこんなのと……」

「"こんなの"ですまんかったな。まあ、ただの護衛だよ」

「はあ、なるほど? それはそれは、妹が世話になっています」

「全くだ」


 いつもの調子で、俺は店主と言葉を交わす。

 このまま、軽い調子で事情説明もして欲しかったのだが。

 そうはいかないようであった。


「今更、姉さん面して欲しいなんて思ってない」

「……そっか」


 ああ、一体なんなんだお前さんらは。別に仲が良い訳ではないと?

 いやしかし、妹は姉を思ってはいるようだった。

 つまり、複雑な事情と言う物があるのだろう。

 なんとなく察した俺は黙り込む。


「上げて」

「どうぞ、入り口はそちらだよ。私は……、この人が何か聞きたそうにしてるから」

「……うん」

 店の奥から、居住空間へと入っていく少女を見送って、俺は店主を見た


「詳しく話を聞かせてもらいたいもんだが」

「うん……、そうだね」













其の十 俺と姉妹。













「話せば長くなるんですけど……、とあるところに、それはもう可愛らしくも美しい少女がいたんです。地獄生まれの、そこそこの家庭でした」

「……誰の話だ」

「いやだなあ、お客様、私に決まってるじゃあないですか」

「……続けろ」


 そんな感じで、昔話は始まった。


「その美少女には妹がいました。その子も負けず劣らず可愛らしく誰の目に留まる美少女だったのですが、一つだけ問題があったのです」


 そうして、店主は人差し指を立てて、俺に言う。


「……まあ、病弱だったんだよね。ありがちなことに」


 その言葉には、店主のおちゃらけた空気は感じ取れなかった。


「それだけなら良かったんだけど、そのあと、彼女、病気を患ってしまって」

「病気?」

「うん。なんていうのかな、元から元気有り余ってるわけじゃないんだけど、使った体力が戻らないみたいなね」


 つまるところ、霊にとってそれは消滅の危機ではあるまいか。

 それは、店主本人の口から肯定された。


「霊ってエネルギー体みたいなもんだから、エネルギー切れしたら、消滅の危機、って聞かされて」

「ああ」

「治すにも莫大な金が要るけどどうしよう、と言われてしまってね? これが……、家族親戚一同、あっさり手の平を返してくれちゃったんだ」


 なるほど。納得して俺は頷いた。

 それがあのムラサキの善意への信用のなさか。

 しかし、それでも彼女は生きている。いや、生きていると言うのもおかしいのだが、消滅していないと言うことは、だ。


「幸い、何年単位で余裕はあったんだ。後五年位って聞かされてたかな。姉の方は八方手を尽くしてみたけど駄目だった。治療にかなり特殊な消耗品を使うらしくて、宝くじで一等を二、三回当てないといけない額で。まあ、親戚もおいそれと協力できないのは分かるけど」

「それで?」

「姉の方は、だめもとで起業した。努めてた会社辞めて、貯金使って、一からね。半分自棄だった気もする。或いは手の平返した奴らとは違うと言いたかったのかもしれない。私は私なりに精一杯頑張ったって」


 だが、結果はどうなったか。現在が示している。


「まあ意外と何とかなっちゃったんですけど。運がよかったのか、それとも死に物狂いが功を奏したのか。治療も成功したし」


 簡単に言うが、そこにはそれだけの苦労があったのだろう。

 俺は口を挟まず次の言葉を待った。


「それで……、治療も成功したから、私は社長を辞めることにしたんだ。もう、私にはいらない物だったから」


 その際にね、と彼女はばつが悪そうに微笑んだ。


「妹に、社長職を上げることにしてね。地位があれば、親戚だって……、無碍にはできないでしょう?」

「……だろうな」

「でも、いらないことをしてしまったようだね。彼女は、狙われているのかな?」

「お前さんもだとよ」


 すると、彼女は目を丸くして俺に問う。


「それは……、なんでだろう。こんな場末の喫茶店の店主を狙ったところで……」

「お前さんの妹の役職知ってるか?」

「社長ですよ、お客様。間違えるはずもないよ」

「社長代理だってよ」

「……え?」


 店主は、驚いた顔をしていた。

 まあ、つまりアレはこいつを待っていたのだ。帰ってくるのを。


「お前さん、どれだけあれと会ってねーんだよ」

「……起業して以来、ずっと」

「馬鹿め」


 つうことは、ほとんど失踪したと言っていい位だろう、妹にとっては。

 莫大な医療費を払い、そして社長職を寄越してきた失踪した姉。

 そりゃ複雑にもなるわ。


「今だってな。あいつがお前さんを心配して探すって話だったんだよ」

「え?」

「せっかく安全な家があるってのに、あいつは自分より守るべき人がいるとか言ってな、一人ふらふら出て行きやがった」

「それは……、本当に?」

「マジだから困ってんだろーが。あいつ、病み上がりだってのに……、おい、どうした」


 突如、顔を俯けて、口元に手を当ててしまった店主へと俺は問う。


「……ごめん。なんか、嬉しくて」

「……そーかい、ならそこの戸の所で聞き耳立ててる奴も喜んでるだろーよ」


 言うと、がた、と音が響く。

 驚いたように、店主はそちらを見ていた。

 そして、しばらくのあと、諦めたように扉が開く。


「……気付いてたのね」

「護衛舐めんな」


 そうして、俺を通り過ぎ、店主とムラサキが向かい合う。


「……姉さん」

「ふーちゃん」

「姉さんのバカ」

「うん」

「バカ」

「知ってる」

「……お姉ちゃん」

「……うん」


 俺には理解できない会話だが、二人には色々あるのだろう。

 ふーちゃんなどと呼ばれた少女は、目に涙を滲ませていた。


「お客様……」


 店主はと言えば、不意にこちらを見て、儚げに微笑む。


「ふーちゃんのことを頼みます」

「あ?」

「やっぱり、私より、ふーちゃんを守ってあげてください。お願いします」


 そう言われて俺は、笑顔を返す。

 店主は同じ用に笑顔で頷いて。


「お断りだ」

「ええー……?」

「第一な、俺が何しに来たと思ってんだ」

「えっとじゃあ、何しに?」

「二人まとめて守りに来たんだよ!」


 この姉妹面倒臭いぞ。












 緑髪の店主と、薄紫な紫と真っ黒な俺で、店の机で作戦会議。


「で、事情くらいは話してもらえるんだろ?」

「それは構わないけれど……、本当にいいの? いや、守ってもらちゃって」

「顔面叩き割るぞ」

「ふーちゃん……! 護衛さんに殴られる……!」

「姉さんが悪い」

「えー?」

「姉さんは黙って守られてればいいの」

「守るのは俺なんだがな」

「……約束したもん」


 それにしても、少しだけ、ムラサキは幼くなった気がする。

 姉に会ってまあ、色々感極まった部分があるのだろうか。


「……一緒に守るって言った」

「……まーな」


 拗ねたような声を上げられて、俺は抵抗を諦めた。

 で? と俺は店主に話を促す。


「うーん、それで、なんで狙われているか、だったっけ」


 店主の口調も、いつもより砕けて聞こえる。

 まあ、客じゃないしな。


「狙って来てるのは……、叔父」

「あ、そうなんだ。叔父さんが、ね」


 そうか、そりゃ人を信用できなくなりもするか。


「ついでに、副社長」

「うーん、彼もグルなのかぁ。参っちゃうね」

「ああ、なるほど、大体分かった」


 概ね狙われる理由を悟って俺は二人を見た。


「つまり遺産相続と」


 二人の声が重なる。


「「うん」」


 ああ、まあ、やっぱりな。

 遺産相続か。

 地獄においては、早々遺産相続などありえない。既に死んでいるわけで、老いることなく、病気もそれこそムラサキのようなのは珍しい。

 つまり、早々地獄の人間は居なくならないのだ。だから遺産相続はほとんどないのだが。

 だったら、殺してしまえホトトギス、ということで。

 死なないから遺産相続されないなら殺せば遺産相続ですよね、というあまりに単純すぎる答えだ。

 社長に関することだってそうだ。引退などないも同然なのだから。

 社長の気まぐれの隠居でもない限り、社長の椅子は回ってこないのだ。


「了解わかった。うむ、馬鹿野郎共め、無駄な迷惑掛けおって。顔面へこませてやろう」

「おお、私も副社長の顔面へこませたいなぁ」

「……私も、叔父さんの顔面を」


 まあしかし、姉妹共に見つかったことだし。


「とりあえず、帰るか」

「……うん。お風呂入りたい」

「初めてのお泊り……! 楽しみだなぁ」


 ……まじで面倒臭いこいつら。




















―――
思ったより長くなってしまう予感でまだ続きます。







返信



通りすがり六世様

つまり緑色と紫色は姉妹でセレブ……! そういうことなんです奥さん。
三回目にしてやっと今回のシリアスのメインヒロインと呼ばれる人が現れました。
まあ、一応店主とは言え、店主なりの考えで社長職を譲ったみたいです。まあ、半分くらい丸投げしたようなもんですけど。
それが幸と出たかと言われればそうでもなく、故にこその今の残念な状況ですが。


囲炉裏様

とりあえずどろっとした家庭環境だったみたいです。
そしてもういらないからあげる、って渡された会社の従業員達の可哀想なことこの上なし。
喫茶店が流行らないのは適当な扱いを受けた従業員たちの呪いなのか。
そして今回もっとも置いてけぼりなのは薬師。


男鹿鰆様

いやあ、危ういところでしたが意外と何とかなりましたね、店主の出番。
しかしぞんざいにボコボコにされて退場させられた剣士の人が余りに哀れ。確実に骨は二、三本いきました。あときっとトラウマも。
薬師が適当なセンス任せで戦ってるのに比べ、憐子さんのはモロに武術ですから、効率的人体破壊とかいうありがちな感じです。
ついでに、憐子さん内では薬師>家族>知り合い>>>>>越えられない壁>>>>>>その他なのでその他区分の人は戦闘するとぼろ雑巾確定します。


1010bag様

そこはかとなく正反対の姉妹です。明るいと言うかアホ風味なのと、静かな毒舌家のコンビで。
果たして薬師のフラグ同時建設的な何かが唸るのか。
一応内容的にはシリアスっぽいような空気ではありましたが、人選が人選なのでよく分からない方向に。
薬師>アウト。店主>明らかにアウト。紫>ギリセーフ。なので2:1でシリアス成分が負けていることが発覚しました。












最後に。

そして湯煙遺産相続殺人事件が始ま……、りません。



[31506] 其の十一 俺と疲れる日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:70276c79
Date: 2012/04/06 08:16
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





「さて……、帰るかとは言ったものの。憐子さんめ、えげつない結界張りやがって」

「何か問題が?」


 首を傾げる店主に、俺は半眼で道を見た。


「方向感覚を狂わせたり、距離感を狂わせたり、幻覚を見せたり、空間繋げたりする結界が張ってあんだよ」

「それは帰れない的な意味で?」

「いや、腐ってもっつーやつで俺ならしばらく歩けば着く。が、絶対はぐれんなよ?」

「はぐれたら?」


 何せ、こういう分野は憐子さんの得意技なのだ。得意すぎて本気で怖い。


「歩けど歩けど目的地に着くことは無く。一旦外に出ようと思ったら、出ることも敵わず。どうにかしないとと焦って、近くの家へと入ろうとすると、いつの間にか、呼び鈴を押す手が空を切る。気が付けば往来に立っていた。八方塞がり。後は狂って死ぬか、飢餓で死ぬかの二択」

「えげつない!」

「だから言ったろ。まあはぐれても探しにはいけるし、憐子さんに結界を解いてもらえば問題ないが面倒だからはぐれんな」

「了解です。ということで」


 店主が手を伸ばしてきた。


「なんだその手は」

「いやだなあ、あなたがはぐれるなって言ったんじゃないですか」

「つまり握れと」

「YES! YES! YES!」


 まあ、俺が言ったのは本当だ。

 仕方ないので、俺は店主の手を握る。

 すると、如何様に悪乗りしたのだろうか。


「さ、ふーちゃんももう片方に」

「……え」

「何の真似だ」

「はぐれたら面倒なんでしょう?」

「……まあ」

「ふーちゃんもこんなところで迷子になったら心細いよね?」

「……う」


 随分とやってくれるではないか。

 おずおずと伸ばされた手。

 掴む以外の道が見えない。


「ったく……」


 そして、しばらく歩いたその時。


「助げでぐだざい! もう悪いことじまぜんがらぁあ!」

「うわあ、黒服がキャラ崩壊してるね」


 憐子さん。えげつない。














其の十一 俺と疲れる日。














「もう悪さしない?」

「……うん」

「私達のことは放っておいてくれる?」

「……うん」

「帰りたい?」

「……おうち帰りたい」


 少女に泣きべそかきながらおうち帰りたいとか言い出す幼児退行気味の禿面色眼鏡は中々凄い絵面である。


「……帰してあげて」

「あー……、そうだな」


 後味が悪いからな。

 俺たちは一度来た道を戻って、黒服を外へと出す。


「ほら、帰れよ」

「……うん、ありがとぉ」


 と、その時、黒服の懐から軽快な電子音が。

 携帯か。


「もしもし? ……うん、うん、それが、行こうと思ったら、うん、いけなくて、帰ろうと思ったら出られなくって。今は、あ、出れてる。出れてる……、ああ、問題ない、予定通り、計画通りだ、ああ。ターゲットは俺の策略にまんまと嵌って外だ」


 電話の途中、しおれていた黒服が段々しゃっきりしてきて――。

 なんか本職の殺し屋っぽい空気を出し始める。


「一瞬で調子乗った!」

「悪いな。君達に恨みはないが、裏で安くない金が動いてるんだ」

「おい、ちょっとお前さん、ほら、一歩踏み出せよ、この一歩踏み出したらまたあの素敵な空間へ」


 やっぱり出すんじゃなかったと思って俺は背中を押そうとしてみるも。


「やめてよッ!」

「あ、すまん」


 完璧に精神的外傷である。からかってたら突如切れた同級生みたいになってしまった。


「と、とにかく、とりあえずこの女性は攫っていく!」

「あ、おい、ちょ」

「いつの間に私はこんな人気者になっちゃったんでしょうねぇ……」

「抵抗しろよ!」

「さすがにプロ相手だとちょっと……」


 確かに、それもそうだ。

 大男に引きずられていく店主。そのまま車に引きずり込まれ、扉が閉まる。

 俺が動き出そうとする中、無情にもその車は発進した。


「うーむ……、俺はあれ追っかけてくるからお前さんはここで待ってろ」


 車で攫うということは、すぐに殺すというつもりはないようだ。

 というか、しかるべきところで殺したいというのが本音だろう。

 ここで死ぬということは魂が消滅するということであり、跡形もなく消えてしまう。

 消滅したことが証明できないと遺産相続はかなり面倒くさい。

 前回のムラサキは、出社後にビル倒壊に巻き込まれ死亡、みたいな感じでいい。

 ビルに入っていったのを数人が目撃している。裏切った社員が口裏を合わせて証言してくれるだろう。

 が、行方不明だった店主がひっそり息を引き取ったとして、果たして誰が消滅したと証明するのか。

 人前で、とかそういった条件が付くのは仕方のないことだった。

 要するに、店主という人間が発見されたと運営に報告した上で、不慮の事故で死亡、が最高の筋書きだろう。


「ま、少なくとも一刻は争わないか」


 そのまま俺は、車を追って走り出したのだった。













「さて、私はどこに連れて行かれるのかな?」

「とあるビルだ。あんたの妹の会社のな」

「ふーん? いやあ、しかし、死にたくないなぁ。だめかな?」

「……俺はクライアントの指示通りに動くだけだ」


 車内の後部座席で、手を縛られたりすることも無く、店主はぼんやりと座っていた。


「うーん、プロっぽい台詞だねぇ。所で、縛らなくて大丈夫?」

「あんたはここで暴れたところで盛大に事故って死ぬだけだって分かってるだろう。後部座席のドアはロックさせてもらっているし、素人に出し抜かれるほど甘くはない。から、あんたの取れる方法は相打ちだけだ。運任せのな」

「……出れない路地」


 ぽつりと店主が呟いた瞬間、男の体が大きく震えた。

 運転も不安定になり、右へ左へと蛇行する。


「……やめろ」

「無限回廊」

「ひぃっ!」


 さすがに、これ以上は本当に事故を起こしそうなので、店主も自重することにした。

 しかしまあ、今すぐに脱出というのは無理なのだろう。信号で止まったところで、助手席に移動してから外に出なければならない。

 ならば、どうしたものだろうか。

 そう思った瞬間。

 何かを轢いたかのようなえげつない音があたりを支配した。

 思わず、前を見ると、そこには。


「ひいいいいっ!」

「やったね黒服ちゃん、トラウマが増えたよ」


 思わず店主は呟く。

 そして、容赦なくフロントガラスに何かが振り下ろされるのを見た。

 それは、拳だ。

 一瞬にして放射状に罅が広がり、前は見えなくなった。

 シュールなことに、腕だけが、フロントガラスを突き破ってこちらに出ている。


「……いらっしゃいませ?」

「客じゃねーし店でもねーだろ」


 ひらひらと、手が遊んでいた。


「……抜けねー」















 いやはやなんとも。

 生涯最大の危機といってもよかった危機を乗り越えて、俺は来た道を戻っていた。

 まさかあそこで硝子から腕が抜けなくなるとは。


「さて……、合流して帰るか」

「なんというか、ごめんね? 手間掛けさせちゃったみたいで」

「いや、こんくらいはな。後は帰れば問題ねーし」


 そして、俺達はムラサキを置いてきた路地に差し掛かり――。


「……いねーし」












 人気のない路地裏に、壮年の男と少女が一人ずつ。


「どうするつもり……?」

「お嬢様には悪いがね、死んでもらいやす」

「……そう」


 想定通りの結果ではあった。無理矢理腕を取られて引きずられているこの状況。

 彼女の腕力では振り切れないのは明らか。

 元々彼女は病弱であり、そういったことは苦手なのだ。

 無理矢理腕を振りほどくこと、走って逃げること、逃げ切った後目的地まで辿り着くこと。

 その全ての手順が実行不能だ。

 奇跡的にどれか一つ上手く行ってもその後は確実にしくじる。

 50メートルを二十秒で走った後横に倒れこむ極めて低い運動能力が成せる技だった。


「全く、そのまま殺せばいいというわけでもない辺り、面倒ですな、遺産相続というやつは」

「……興味ないわ」

「でしょうな。お嬢様としちゃ。俺にも興味ありやせんぜ。ま、人間目先の金で人を殺せるもんでして」

「……最低」

「そうです」


 男が頷いた、その瞬間だった。

 ずぼっ、と激しい音を立てて路地の壁から腕が生えてきたのは。


「うわあ! うわあああ! うわああああああっ!!」


 その手が男の首根っこを捕まえて、引きずり込むように壁に引っ張る。

 そりゃあ慌てもする、と少女が早鐘を打つ心臓を収めようとしたところで、壁が崩れて見慣れた男が出てきたのが見えた。


「……どこから出てきてるの」

「戦術的判断だ。待ち伏せ……、的な、まあ……」


 ごみの様に男を投げ捨てて、それは少女を先導して歩き出した。


「姉さんは」


 睨み付けて、少女は問うた。

 男は先ほど、姉を助けに行ったばかりだというのに、それを放り出してきたのかと。


「助けた。だからお前さんを追っかけてきたんだろーが」

「……ありがと」


 照れくさそうに言った少女に、男は振り向きもせずに右手を上げて答えた。


「これも仕事だ」

「それで、姉さんは?」

「一時的に店に置いてきた。とりあえず棚の中に隠れてると言ってたぞ」


 そうして、着いて行くと程なくして、姉の店に辿り着く。

 扉に付けられたベルを鳴らして内部に入ると、男は無遠慮に中に入っていく。


「さて、この棚に隠れてるって話だ」


 カウンター下の広いスペースのある棚。

 確かに座り込むか寝転がれば、人一人くらいは余裕だろう。

 薬師はそれを開いて――。


「……居ないけど?」

「またかよ!!」

















「私は、またどこに連れて行かれるんだろう」

「言わなくても、分かっているくせに。少なくとも、墓場って事は」


 女の腕を引いて、男は呟いた。

 これから、依頼者の指示通りの場所に連れて行き、その先は当然、殺すのだろう。


「ま、自分の不幸を恨んでくれや」

「今日で、攫われるのは二度目なんだけどね」

「そりゃ運が悪いな」

「そう思うなら開放してくれないかな? 駄目かな?」

「仕事だからね、こっちもさ」

「そりゃ仕方ない」


 だろう? と、男は歩を進めた。


「そういやあんた、棚に隠れてるとき何か書いてたみたいだが、ありゃなんだ? 置手紙でもないようだから特には何も言わなかったが」

「大した物ではないから、大丈夫だと思うよ。なんなら見るかい?」

「一応見せてもらおうか?」


 男は空いている手で紙を受け取る。

 そして、内容を見て驚いた顔をした。


「こりゃあ……。いや、こいつは返すぜ。確かに、俺の仕事の範疇じゃない」


 折りたたんであった紙面を綺麗に畳み直して男は女に紙を返す。


「俺はあんたをクライアントの下に送り届けるだけだ。そしたら、適当な方法であんたを殺してくれるだろう」

「そっか、参るね。モテる女って」

「ま、そういうことで、おとなしくついてきてくれ」


 と、男がそう言ったとき、手がすべってするりと女の腕が抜けてしまった。


「おっと、逃げようとか思わないでくれよ?」


 すぐに、男は手を掴み直し、言葉にする。


「あんたは殺せないが、走って逃げたところで、本職に敵う訳がねえ」


 しかし。

 果たして彼女の腕は、こんなに硬かっただろうか。

 振り向く男。

 視線の先には、謎のスーツの男が立っていた。何故か肩に薄紫の髪の少女、ターゲットその二を乗せながら。


「……えーと、誰?」

「護衛だよ!」


 既に拳は眼前に迫ってきていた。



















 なんとか、二人を無事に救出することに成功した俺である。

 どっちかを放っとくと危ないので、仕方ないからムラサキは肩に配置である。


「なんなんだろうね。お前さんたちあれか、茸王国の姫様か何かか」

「うーん……、なんともコメントし難いですねぇ。とりあえず、茸食べて大きくなってみる?」

「赤くないんで無理だな」


 しかし、それにしても。


「どうすっか」


 溜息でも吐くように、俺は呟いた。


「帰るんじゃないですか?」

「ただまっすぐ帰るってのも危ない気がしてきたんでな」


 どうやら感知したところによると、帰り道には山ほど敵がいるらしい。

 その程度物の数ではないわと言いたい所だが、そういう油断が敗北に繋がるのは分かりきったことだ。

 俺は大丈夫でも、敵を倒したら背後で護衛対象が逝ってました、なんてのはちょっと困る。

 なんせ一般人。狙撃がでこに当たったくらいで死ぬのだ。

 流れ弾でもさっくりである。敵の規模も分からんしな。

 果たして、一番安全な護衛法とは何か。それは、敵に会わないことなのだ。

 そりゃ、護衛だ脱出だ、つって来る敵片っ端から切り倒すのは楽だが、今は法と秩序の政府側だからなぁ……。人命に気を使わなけりゃならんし。

 竜巻呼んでそれに乗って帰ればRPGも銃弾も弾き返してやるが、やっぱり論外だ。

 余裕がないなら仕方ないねで済むのだが。


「ま、できるだけ、安全に振り切るに越したことはないのは確かだな」


 生憎と、余裕はそこそこ有り余っていたのだ。

 
「……相手は、向かってきているのかしら」

「そうらしいな。ここらにいるこたばれてんだろ」


 偵察役がちらほらいるようだ。幾人かが、遠くからこちらを伺っているようである。


「偵察役を気絶させて撹乱して……、いや、いっそ利用するか?」

「……どうするの?」

「どこかに集めてこっそりと抜け道を抜ければ、包囲網脱出じゃないか?」

「……なるほど、でも、どこに?」


 首を傾げるムラサキに、俺は考えを巡らせた。


「望ましいのは、人が多いところだな。後は、ちょっと予想外な出口があれば最高だ」


 引き付けて逃げるに当たって最適な場所。

 人が多いと相手も早々仕掛けては来られまい。そして、そのまま逃げ出せるというのが肝心だ。

 引き付けたその先が袋小路では話にならん。


「……そんな都合のいいところ」


 ムラサキが、そう言って否定しようとする中、ふと、店主が声を上げた。


「あそこなんてどうだろう」


 そう言って指差したのは。


「あー……、確かに人は多いな。うん、多い。そして、柵に囲まれているからそれを越えられればどこでも出放題だな。しかも敷地が広いから、柵のすべてを包囲できない辺り、完璧だ」


 だが。

 それは。

 ――遊園地。

 俺の死亡フラグである。






















―――
遅くなってすいません、六時間の死闘の末、家の裏の3メートル級の雪山を排除した際に右手を負傷したと思ったら次の日風邪引いてました。
しかも、せっかく中々溶けない家の裏の雪山を除雪して後は春を待つのみと思ったらまた雪が降ってきました。積もるレベルで。しかも今後一週間天気予報に雪のマークしか見えません。希望が見えません。
春が来ません。春に備えて家の裏に埋まってた自転車を救出したと思ったら屋根の雪が落ちてまた埋まりました。

本編は遊園地にも来たことですし、次回クライマックスです。




返信



通りすがり六世様

お互い気遣いすぎて最悪の方向に転がった結果です。
なにせ、社長職を譲ったからムラサキは狙われ、姉に気を使って、社長代理ということにしたから、店主にまだ実権があり、店主が狙われると。
仰るとおり、話し合いは大事ですってことですね。二人同時に狙われたから薬師がこんなに苦労……、ああ、なら結果オーライで。
二人して面倒くさい性格した結果、一番面倒くさい目に合うのは薬師ということで。


男鹿鰆様

二人同時に守った結果がこれだよ! っていうか一人ずつ守ったらこうなったって感じですかね。行ったり来たりを繰り返す。
流石にフラグ立てる時なだけあって、薬師の格好良さに補正が掛かります。流石建築士、仕事のときは熱意が違う。
次回の薬師は格好良さを保ってくれるのか。不安なところではありますが。
遊園地と言えば戦闘フラグですし、次回はやっぱり戦闘です。


1010bag様

フラグ一級建築士が仕事の時の顔になったようです。今回若干アレでしたけども。
完全にホラーものの様相を呈した登場シーンが二、三度ありましたが気にしない。
あんまり、姉以外に優しくされた事もないという心の隙間にぐいぐい踏み込んでいく薬師の勇姿が見れそうです。
ついでに、あのお薬の使い道は正直色々ありすぎて困りものですね。ネタなら幾つもあるのですが。






最後に。

遊園地倒壊の危機。



[31506] 其の十二 俺と素敵な遊園地。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1225fe2b
Date: 2012/04/08 22:14
俺と鬼と賽の河原と。生生流転








 俺が受けた依頼。それはとある企業の社長代理である少女を守りぬけというものだった。

 その社長代理は愛想というものが異常に欠落していたわけだが、その少女を守って走り回ったりしているうちに新事実が発覚する。

 行きつけの喫茶店の店主は、彼女の姉で、本来の社長だったのだ。

 俺は二人を守り――、とまあ、あらすじにするならこんな感じの非常に真面目な話になるはずなのだが。


「ねえ、次はあれに乗ってみないかい?」


 何故俺達は遊園地で遊んでいるのだろうか。


「待て。この年でメリーゴーランドはきつい。俺も、お前さんもだ。ムラサキならまだましかも知れんが」

「デリカシーが足りないなぁ。ねえ、ふーちゃん」

「似合うと言われるのも馬鹿にされている感がある」

「圧倒的戦力差を感じるぞ」

「さ、乗ろうじゃありませんか。とりあえず、お客様の前に跨るんで、先にどうぞ」

「客じゃねー。あと何勝手に恥ずかしい乗り方進めてんだ」


 楽しそうなのはいいんだがな。


「私はあなたと一緒には乗らない」

「別に乗れとは一言もいってねーよ」

「ささ、行きましょう、護衛さん」


 そうして、俺は店主を前に、作り物の馬に乗ることになったのだった。

 なんでだ。












其の十二 俺と素敵な遊園地。











「次はあそこ行きましょう、ね?」

「……遊びじゃない、はずなんだがな」

「よいではないかよいではないか。どうせ集まってくるまで暇なんでしょう?」


 まあ、確かにそうなのだ。

 引き付けて一気に逃げることで包囲網を突破。

 そしたら簡単に家まで着けるって寸法だ。

 さすがに遊園地内部でまでは事を起こさないだろうので、奴らは入り口付近に集まることだろう。

 そりゃ柵とかにも配置はするのだろうが、完全に包囲するには些か敷地は広い。

 つまり、その手薄になった場所に突っ込めばいいわけだ。


「じゃ、そういうことで」


 そう言って店主が向かっていくのはお化け屋敷だった。

 うーむ、懐かしい。いい思い出がない。

 そもそも、この遊園地自体、いい思い出がないのである。

 最初はそう、前さんと出向いて事件に巻き込まれ、二回目はビーチェに腹を刺された。

 三回目は……、一体どうなるやら。


「まあ、いいけどな。ところで、お前さん、こういうの得意なのか?」


 迷わずお化け屋敷に向かう店主に俺は問う。

 の、だが。


「いや全く。むしろ凄く苦手かなー、なんて……」

「……ムラサキは?」


 ムラサキは、青い顔でふるふると首を横に振った。

 ……。


「誰も幸せにならねーじゃねーかっ!」


 叫んだときにはもう遅い。

 俺達は既にお化け屋敷の中へ押し込まれてしまっていた。

 ……そして何故か、両手を掴まれている。


「歩き難いぞ」

「まあ……、その、お約束って事で」

「……護衛は護衛対象を守るのが仕事だわ」


 まあその通りだが。しかし、お化け屋敷にびびる雇い主と手を繋ぐのは業務外だと思う。

 そうやって、俺が半眼になりながらも暗い室内を歩いていると。

 それは唐突に。

 血まみれの女が、俺達の前を横切った。


「ひにゃあっ!」


 果たして、どちらにも似合わないそんな声を上げたのは誰だったか。


「……店主、抱きつくな、歩けん」

「いや、無理。無理だね。無理」

「そうかい。で、ムラサキは?」


 反応のないムラサキの方を見ると。


「っ……!」


 目を見開いて固まっていた。


「おーい」

「……何」

「いや、とりあえず進むぞ。進まんことにゃ、出られもせんからな」


 なんで入ったんだ、まったく。

 俺が完全に呆れて歩いていると、今度は背後からいきなり破裂音が響いた。


「……ひあっ!」


 今度はムラサキに抱きつかれる。

 何か喋ったら泥沼臭いので、俺は何も言わないことにした。

 いそいそと、離れていくムラサキ。

 ……しかし、なんとも言い難いがムラサキの女の感触のしないこと。

 右見て、左見て。

 似てない姉妹だな。どこが、とは言うまい。

 と、次の瞬間。


「「ひゃあっ!」」


 床から突然のっぺらぼうが現れて。

 俺は両側から抱きつかれていた。














 と、まあ、そんな感じで遊び呆けて。


「……うぇ。コーヒーカップで酔ったみたいだ」

「馬鹿か。馬鹿め」

「姉さんは……。あんなに調子に乗って回すから」

「回さずにはいられなかったんですー」

「馬鹿だ」


 まあ……、楽しそうで何よりということで。

 しかしこいつら、遊園地に来てお化け屋敷も絶叫もダメと来た辺り、凄まじいと思う。

 それでも乗る店主はどう考えてもマゾい。


「んー、楽しいなぁ」

「そうか?」


 自爆を重ねただけだった気がするが。いや、やはり被虐嗜好……。

 と、思ったが、店主は無駄にしみじみとしている。


「そりゃそうですよ護衛さん。いやあ、人と一緒にこういう場に来たことがなくってね」

「ぼっちめ」

「それに、ふーちゃんとこうやって遊びに行くの、夢だったから」

「そりゃ良かったな」

「いやあ、もう、思い残すことはないね、うん。いつ死んでも大丈夫っ」

「縁起でもねー」


 呟いて、俺は今度は店主と逆の方向を見る。


「なんとか言ってやれ。そこで照れてるムラサキさんよ」

「……照れてない、よ?」


 どう考えたって照れてるだろうに。口調もなんだか幼い感じに戻ってるしな。


「かわいいな、ふーちゃん」


 俺がからかうように言うと、ムラサキは怒ったように顔を赤くした。


「照れてないっ。それに、可愛くない……」

「えー? ふーちゃんは可愛いよね、護衛さん」

「そうだな。可愛いよな、店主」

「可愛いよ」

「可愛いな」

「……や、やめてよっ、お姉ちゃんっ」


 そうして、俺と店主は顔を見合わせ笑い合って、満足した。


「ま、そろそろいい感じに集まってくれたみたいだから、何か乗るなら次が最後だぞ」


 俺は空を見上げて呟く。

 いい感じに敵が集まってきてくれたようだ。

 風の届ける情報に俺は耳を傾けつつ、二人を見る。


「じゃー観覧車にでも乗りましょうぜ、兄貴」

「俺は兄貴じゃないぞ。お前さんらは姉妹だが」

「いいんじゃない? ふーちゃんだって兄さんが欲しいよね?」

「……いらない。嫌い。最低」


 照れているのか、本当なのか、判然としないがこいつの嫌いとか最低とかは半分は口癖だろう。


「おー、そうかい。で、観覧車か」

「うぇい。そーですよ。観覧車です。遊園地の締めにどうぞ」

「まあ、なんとなく分からんでもないが」


 異論もない。

 ここで、飛べるし観覧車に乗ったところでどうとも、みたいな不粋な台詞は言わない。

 それに、自分の力ではなく中に浮くのはそれはそれで趣がある。

 というわけで素直に観覧車に乗り込む。


「……リア充死ね」


 その際に係員にぼそりと呟かれた言葉は中々の威力があったが、それはおいておいて。


「いやあ、しかし」

「なんだよ」


 そして、動き出した観覧車の中で、店主は不意に呟いた。


「私って高いところ超苦手なんだよね」

「弱点多いな!」

「うーん、いや、でも、ほら、隙がない女より隙のある女の子の方がもてるじゃないですか」

「そもそも相手は?」


 じっと、店主が見つめてくる。


「俺はお前さんの名前すら知らないからな」

「ああ、そういえば。じゃあ、この件が無事に終わったら教えてあげますよ」

「いや、だからってお前さんの思う展開にはならねーからな」


 と、そんな風に会話していると、唐突にムラサキが割り込んできた。


「……姉さんに彼氏は不要」

「えー? なんで?」

「えっと……、たぶん男の方が苦労するから」


 うむ、確かに同意だが。まあ、この台詞は所謂お姉ちゃんを取られたくないってやつなのだろう。

 誰も取らないけどな。引き取り手がいないんじゃ。


「そういうふーちゃんは?」


 俺がぼんやりと益体もないことを考えているうちに、店主の標的はムラサキへと移動していた。


「ふーちゃんにはボーイフレンドとかいないのかい?」

「……いない」


 若干照れ気味にムラサキはそう返す。


「可愛いのになぁ」

「会社で、忙しかったから……」

「あ、ごめん」

「……いい。私には、いらない」

「んー、そっか。でもまあ、うん、ほら、丁度そこに手ごろな男の人がいるよ」

「そう言って俺を指すな」

「……やだ。嫌い」

「傷つくわ」


 まったく、楽しそうで何よりだぜ。

 暗殺者に狙われているとは思えないほのぼのっぷりだ。


「そろそろ頂上だね」

「……ん」


 このまま何事もなく、過ぎ去ってしまえばいい。

 と、俺は思ったのだが。

 不意に、爆音が響く。

 あれ、これやっちまっただろうか俺。

 爆発は直下。

 観覧車が、ゆっくりと倒れていく。


「……え?」

「わお」


 驚いている二人に構っている暇はない。

 とにかく小脇に抱えて、俺は扉を蹴飛ばして外へと飛び出した。


「二回目だぞ!!」


 何が二回目って、倒れる巨大建造物を走るのがだよ。

 確かに考えてみれば、観覧車で殺せば係員が目撃している。

 つまり、死んだ証拠が作れて纏めてやっちゃっても遺産が貰える仕様だ。


「護衛さん護衛さん」

「なんだ!」

「私、高いところ苦手なんだけどなぁ……」

「顔が真っ青!!」


 しかし我慢してもらうしかない。

 おれは、観覧車のでかい柱を走って地面へと向かう。

 もう角度は90度を越えて今にも倒れこみそうだ。

 狙撃を恐れて、むやみに飛行はしなかったのだが。

 今回はRPG撃ち込みとかもなく、俺は平和に着地することができた。


「よっとぉ!」


 そして、そこに倒れこむ観覧車。

 これをそのままにするのは不味い。俺達が潰れるし、他に人も居る。

 つまり。


「させるわけには行かないだろっ!!」


 二人を抱えたまま、俺は観覧車に向けて走った。

 走って、そのままそれを俺は。

 ――蹴り飛ばした。


「おらぁッ!!」


 観覧車の重量対俺の脚力は、俺の脚力が勝る――。

 倒れこもうとしていた観覧車は、進行方向を反転させて倒れていく。

 反対側は山だから大丈夫だろう。

 多分。


「よし!」


 しかし、遊園地で仕掛けてくるとは一体どういう了見か。

 随分と大胆だし、よくもまあ、遊園地に土壇場で爆弾なんて設置できた物だ。

 まあ、とは言えどんな了見があろうとも、やることは変わらない。

 とりあえず逃げとけという話である。人も集まってきたし。

 ざわざわと俺達を眺める人々もいる。これ以上は面倒だ。

 だから、一応言っておこうと抱えた二人に言葉を向けた。


「とりあえず逃げるぞ! このまま家まで行けばあとは問題ない、は……、ず?」


 の、であるが。

 一体これはどういうことか。

 店主も、ムラサキも一様に目を見開いて驚いている。

 だが、それも無理からぬことであろう。

 ああ、仕方がない。

 なにせ。

 俺達の周囲に集まっていた人間全てが俺達に銃を向けているのだから。


「……つまり貸切だったと」


 間違いないな、これは。元から相手はここに俺達を追い込んで始末する気だったのだろう。

 よく考えてみれば、そんな感じの配置だった気もする。

 そして、追い込まれた記憶はないが、のこのこと入ってきちまった間抜けが俺達である。

 なんというか、遊園地関係者にはごめんなさいしないといけない気がする。


「楽しんで、いただけましたかな」


 そんな台詞と共に現れたのは、スーツの中年だった。

 細い体に胡散臭い笑顔。


「……副社長」


 恨みの篭った呟きを、ムラサキがする。

 俺は二人を下ろして、その副社長とやらと対峙した。


「中々やるようですな、護衛君。思ったよりてこずってしまいました」


 なるほど、これが主犯格か。


「副社長。すぐに銃を下ろしなさい」

「おや、社長代理殿。これは異なことを仰る。既にあなたは私に命令できる立場ではないことを自覚しなさい。私がやれといえばあなた達の存在など簡単に吹き飛ぶのです」


 悔しそうに、ムラサキが歯噛みする。

 そうしてから、副社長とやらは店主へと視線を向けた。


「どうも、社長。お久しぶり。驚きましたよ、まさかあなたが場末の喫茶店など開いているとは」

「お褒めにあずかり光栄、かな? 参っちゃうねまったく」

「本当に、あなたを探し出すのには苦労しました」


 副社長が手を上げると同時に、暗殺者達が一歩前に出た。


「でもこれであなた達を社長と、社長代理と呼ぶことはなくなります。そうだ、あんたらを殺して社長の椅子は俺の物だ……!」


 いやあ、もうこれ暗殺じゃないよな。

 じゃあ明殺なのか。いや、明殺ってなんだよ。


「ではさようなら」


 と、いい加減どうにかしないと不味いな。

 不味いよな。

 そうして、俺が動き出そうとしたその時。


「待って」


 店主が不意に声を上げた。


「……まだ何か。命乞いなら聞きませんが」

「いや、命乞いって言うか……。妹と、この人の命だけは勘弁してくれませんかね、という奴で」


 そう言って、彼女はムラサキを指差し、次に俺の肩を叩いた。

 ……一体どういう流れだこれは。


「何を馬鹿なことを。社長代理が社長になったら意味ないでしょうが、馬鹿か」

「ところがどっこい、そうでもないんだな、これが。これが何か分かるかい? 副社長」


 そう言って、店主はバーテン服の懐から紙を取り出した。


「なんです、それは」

「遺書さ。ここに、死んだら社長職は副社長に、遺産は叔父さんに渡します、と書いてあるんですよねー」

「ははぁ、なるほど……」

「これで私が死ねば契約成立ってことで」

「おい、店主」


 明るい声で話す店主に俺は声を掛けるが。

 店主はいつものように明るく、こちらを見て笑っていた。


「私のためにこれ以上無理しなくていいんですよ。今日は楽しかったし。言ったでしょう? もう思い残すことはないかなって」

「店主」

「ってことで、最後にお願いがあるんですけど、お客様。これを使ってくれないかな?」


 そう言って、店主は俺へと一丁の自動拳銃を渡してきた。


「姉さん!」

「いやあ、悪いとは思うんだけど。自分で引き金を引くのは怖くって」

「お姉ちゃん!」


 ムラサキが声を上げても店主は無視した。

 俺は、受け取った銃を握って、店主に問う。


「この程度なら俺がどうにかするが?」


 だが、店主は首を横に振った。


「もう迷惑掛けたくないですから」

「迷惑じゃないと言ってもか?」

「なんか、生きているだけで迷惑みたいで」


 そう言って、店主は酷く悲しい笑顔を見せた。

 俺は、今一度問いを放つ。


「本気かよ」

「マジです。これが、一番いい解決法だよ。少なくとも私の頭じゃ何もうかばなかったから」

「そうかい。まあ、当事者が言うならそうなんだろ」


 そう言って、俺は片手に持った銃を店主の額に突きつけた。


「じゃあ撃つぞ、いいな」

「はい」

「撃つぞ?」

「うん」

「本当に撃つからな」

「……はやくどうぞ」

「じゃあいくぞ」

「……はい」


 店主が頷く。


「お姉ちゃん! もうどこか行っちゃやだぁ!!


 ムラサキの悲痛な悲鳴が響く中、俺は、迷いなく引き金を引いた。

 そして、銃声が響き渡る。


「ごがっ!」


 瞬間。

 俺の額に激痛走る――。


「……超痛ぇ」


 弾丸でこに当たったんですけど。

 引き金引いた瞬間、銃の上、スライドつったか。その部分が二つにぱっくり割れてバネとかが飛び出した挙句何の因果か銃弾は斜め後方、俺の額に直撃したのである。

 うーむ、とっても痛いぞ。頭蓋骨に穴とか空いてないだろうか。

 ……これだから遊園地は。

 俺の額はどろどろである。

 まあ、端から風の予測で店主に弾丸が当たらないことだけは分かっていたのだが。


「……えっと?」

「こめかみとかに銃突きつけて自殺するような映画があるが、頭蓋って意外と硬くて銃弾弾いてくれたりするらしいぞ。今の俺みたいに。痛い割りに死ねないらしいからおとなしく口に銃口突っ込んどけって話だ」


 俺はそう言って銃を放り投げた。


「ってことで、銃は使いもにならなくなっちゃったんで殺せないな、うん」

「いや、えっと、その?」


 混乱している店主に、丁度いいとばかりに俺は更なる言葉を向けた。


「ついでに、遺書ちょっと貸せ」

「あ、はい」


 混乱しているからか、店主は素直に渡してきた

 よし、そいじゃ。

 俺はポケットに手を突っ込むと中から小さな箱を取り出した。

 名を、マッチという。


「じゃ、そういうことで」


 俺は、容赦なく遺書を燃やす。

 うむ、よく燃えた。

 白い紙は次第に形を失い黒く消えていく。

 驚いた顔をしていた店主がやっと立ち直り、俺へと抗議の声を上げた。


「な、なにを馬鹿なことをっ。これで綺麗さっぱり終わるはずだったのに……! 君は、どうして――」


 その声を遮るようにして、俺は言った。


「――私のことはいいんですっていうその面が気に入らねえ」


 元から、一寸たりとも、消滅させてやる気などありはしないのだ。


「良かねーんだよ。そこのムラサキも、俺も良かねーって言ってんだよ! 何勝手に自分だけで自分に見切り付けてんだよ馬鹿野郎」

「私は……」

「助けてって言えよ。早く言え。お前さんはその台詞を、言ってもいい」


 ムラサキが病に伏したとき、誰も助けてくれなかったのだろう。

 そしてその後は一人で生きてきたのだろう。


「……いいんですか? 助けてって言っても」

「助けさせろ」

「多分、面倒くさいよ? 私」

「知ってる」

「そっか……」


 今助けを求めたとして、誰がそれを否定できる。というか否定する奴は俺に蹴られて死ね。


「言えよ」

「……うん」


 俯いていた店主が俺を見る。


「……あなたは、私を助けてくれますか?」


 その問いに俺は頷いた。


「助ける」

「私と、ふーちゃんを助けてくれますか?」

「任せろ」

「助けてください」

「応」


 風が荒れる。

 その風は、店主とムラサキの二人をふわりと浮かせて、俺はその二人を肩に座らせるようにして担ぐ。


「交互に攫われまくったときに二人同時に守るまったく新しい陣形を考えた」


 ムラサキを肩に乗せて攫われた店主を追ったときのあれである。

 そしてつまり。


「足技だけで相手してやらあ!!」


 俺はそのまま近場の敵を蹴り飛ばす。


「っ! 撃て!!」


 見守っていた副社長が命令するが、既に銃口の先に俺は居ない。


「さて行くぞ、店主、ムラサキ。そうそう、それとあれだ。どうやら今俺は今までで最大のモテ期らしいからな」


 俺は冗談めかして二人に笑って見せた。


「うっかり俺に惚れるなよ?」

「っ……」

「……あはは」

「じゃあ行くぜ!」


 敵の渦中へ飛び込む。

 二人を支えてるので腕は使えない。

 だがまあ、相手は人間だし。

 足だけでも十二分!


「伸びろ高下駄ぁ! オラァっ!!」


 高下駄の歯が伸びる。

 そして、そのまま回し蹴り。

 文字通りに薙ぎ払う。

 そして開けた空間に突っ込んで近場の敵の腹に膝を叩き込み。

 一回転しながら蹴りを入れ、飛び上がって顔面に下駄の歯をぶつけ。

 ひたすらに前身。

 標的はといえば。


「よう副社長!」

「ひ、ひい!」

「悪いが、このナリでケーキとか頼むは辛いんでな。気心知れた奴の店ってのはありがたいもんなんだよ」


 俺がぬっと前に出ると副社長は大きく仰け反る。


「ってことで行け!」


 そんな副社長の頬に、店主の足が突き刺さる。


「ほいさ!」

「ぼぐっ」


 そしてもう反対側からも。


「……えい」

「ぐげっ」


 最後に、前から。


「そい」

「コポォッ……」


 大きく吹っ飛んで地面を二転三転する副社長。

 さて、副社長の顔面へこませてやったことだし。


「まあ、足技だけでお相手ってのは嘘だったということで」


 ……すまん、遊園地。

 弁償費は運営宛で頼む。

 まあ、一般人は居ないみたいだし。

















 とあるビルの最上階。

 男は今か今かと連絡を心待ちにしていた。

 ここは、共犯者のビルである。否、予定が上手く行けば共犯者の物になるというべきか。

 彼はここで成功の知らせを待つ手はずだった。

 自分には遺産が、共犯者には社長の椅子が転がりこむことになる。

 まあ、この男の場合は邪魔な親類が出てくればそれも殺すという仕事は残ってはいたが。

 それでも、莫大な遺産は目の前だ。

 笑いが抑えられない。

 しかし、それにしても連絡が遅い。

 色々な手違いはあったが、手はずどおりターゲットは遊園地に来ていて、今から作戦に入ると報告を受けていたのだからすぐに結果がくると思ったのだが。


「まあ、いい。焦らなくてもすぐに……、すぐに……?」


 ふと、窓を見たとき、黒い影が映った気がした。

 それが気になって、二度見。

 ……何かいる。

 瞬間、窓が蹴り割られた。


「お邪魔しますっと」

「だ、誰だ!」


 思わず、男は叫んだ。

 入ってきた黒い男に見覚えはない。

 一体何者か、と思った後、彼はその黒い男の肩から下ろされている二人の女に視線を移した。


「もしや……」

「お久しぶり、叔父さん」

「え……、あ、え。ああ、久しぶり、元気だったかい?」


 誤魔化すように、彼は言う。

 だが。


「私の遺産狙ってくれてたんだって?」


 ぞくり、と背筋があわ立った。

 彼女は笑っている。

 しかし。

 間違いなくキレている。


「わ、私はその、そそのかされただけで! こ、殺すなんて真似は私はそそそそ、そのあの!」


 彼女らがここにいるということは、だ。

 あの暗殺者群を越えてここに来たということなのだ。

 そんな相手に、只人が勝てる道理がどこにあるのか。


「でででは、失礼するよ!」


 逃げなければ。

 急いで踵を返し、足を踏み出す。

 だがそれは、壁のような物にぶつかることで、中断させられた。


「待った」


 黒い男だ。


「いつの間に後ろにっ!!」

「勿論お前さんの気付かない内に」


 そう言って男は――、やってきた女と少女の叔父を羽交い絞めにする。


「では、どうぞ」


 男の声が響いたそのときには。

 二人の女の拳が、眼前へと迫っていた――。


「「――地獄に落ちろ、糞野郎」」


 脳裏に火花が散る。

 顔面全体が痛い。


「痛い……! 痛いぃ!」

「では、つーこって」


 男の腕に力が篭る。叔父の足が地面から浮く。

 そして、一瞬の浮遊感。

 叔父の脳裏からは痛みすら消え去った。

 それは、衝撃だった。

 あまりに強い衝撃で何もかも吹き飛んだような気分だった――。


「ナイスジャーマンスープレックス」

「これでオチたということで」


 決まり手は、めり込みジャーマンスープレックスだった。

























―――
長かった!
というわけでエピローグ的なの入って終わりになります。

地元ではやっと雪が落ち着いてきました。
例年なら今頃自転車を乗り回してたはずなのに……。





返信


通りすがり六世様

そんなめんどくさい姉妹編でしたが、最後は両方肩に乗っけるフォーメーションで。
どこぞの茸王国の姫様並に攫われてましたが、このままだと両方薬師に攫われます。フラグ的な意味で。
そして、お約束の遊園地。弾丸が額に刺さりました。遊園地は倒壊しました。
まあ、いつも通り過ぎる展開で、平常どおり終了です。


七伏様

あれがとある配管工のやってることの縮図だと思うとなんかあれですね。
あまりの不毛さに世を儚まない物かと心配になります。
まあ、無限ループを断ち切るには元から絶つしかないですからね。
ジャーマンスープレックスで片をつけるしかないですよ。


男鹿鰆様

もう雪かきなんてしないよ。ということでもう雪解けに任せたいと思います。雪かきした所、またどっさり積もりました。
まったく、薬師も隠れてろとか言わないで最初から肩車していけば良かったのにと。
今回の薬師は撃たれましたというか自分で撃ったというか。
結局遊園地ではトラウマが増える結果に。お約束ですね。いつも通りです。


1010bag様

たとえ心折れてもその中に自転車が埋まってるからやらざるを得ない辺り辛い話です。
黒服さんはとっても自分に素直でした。そんな彼は今頃また路地に放り込まれたことでしょう。
何故薬師は壁から出てきたのか。というか壁の修理費は一体どこに請求されるのか。
今回の薬師は弾丸がデコに刺さりました。これが遊園地の魔力です。




最後に。

薬師→でこに弾丸が。遊園地→局地的大型ハリケーン直撃。



[31506] 其の十三 俺と君のお名前は。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6fe66030
Date: 2012/04/12 23:08
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





 少しだけ眩しくなった春の朝。

 やっとこさ、静かに街を歩けるというものだった。


「これで一件落着、か……」


 あの後、副社長は運営へと連行された。

 証拠があろうとなかろうとあの状況では現行犯だ。そりゃ、暗殺者の群れの中で寝てたらな。

 叔父の方は直接的な証拠が上がらず、そのままでは立件は難しいのだが副社長やらが好き放題ゲロってくれたんで道連れになった。

 つまり暗殺を企んでいた人間は軒並み逮捕ということだ。

 そこから三日ほど念のために護衛を続けたものの、異常の一つも見つからず、監視の目もないのだから安全だと判断された。

 そうして俺は、護衛の任を解かれたわけである。

 そして、こういう仕事が終われば休みがあるのも通例という奴だろう。

 その休みを利用して俺はある場所に向かっていた。

 まあ、どこに行くかなんて知れてるか。

 そんな訳で俺は、扉の鈴を鳴らしながら店内へと入っていくのだった。


「あ、いらっしゃい。お客様、来てくれて嬉しいな」

「……私は別に嬉しくない」










其の十三 俺と君のお名前は。











「よぉ。元気か?」

「おかげさまで。楽しくやってるよ」

「客は来ないけど」


 にこやかに挨拶をする俺達の横でムラサキがぼそりと呟いた。


「で、ムラサキは何でここに居るんだ?」


 そんな、何故か店内に居た少女へと、俺は視線を向ける。


「悪い?」

「斜に構えんな、邪推すんな。気になっただけだ。社長って忙しいもんでもねーのか?」

「やめた」


 俺の耳に届いたのは、行為の割に嫌にあっさりとした言葉だった。


「社長職を?」

「……うん」


 照れくさそうに頷くムラサキ。


「マジか」

「まじで」

「会社的には困らねーのかよ」

「よく帰ってきてとは言われる」


 困ってんじゃねーか。


「んー、まあ私もなんだけどね、あんまり私達は関わり過ぎないほうがいいかなって。まあ、実権は握らない方がいいよね」

「あー、なるほどな」


 確かに。

 要らないなら重荷なだけだろうしな。


「一応、特別顧問的な扱いで、私の手を完全に離れるまで、困ったら助けるくらいはする」

「そりゃ無責任に放り出すわけにはいかないからね」

「自分のときは投げ出したくせに……」

「でも、私の時はちゃんとやれるように環境は全て整えといたよ? 教育から運営まで、私が居なくても回るように」

「む……」


 しかし、なんというか。


「二人で話し込まんでくれ。俺も混ぜろ」

「うん、っていうことで、ふーちゃんは社長を辞めました」

「今後の予定は?」

「うちの看板娘」


 そう言って、店主は微笑み、ムラサキは照れくさそうにそっぽを向いた。


「そうか……、閻魔妹は解雇か」

「あっはっは、参りますねほんと。客は来ないのに店員は増えますよ!」

「まじでなんで雇ってんだか」

「私の話し相手ですかね?」


 間違っているぞ、何もかも。


「しかしまあ、元気そうで何よりだな」

「おかげさまで。ふーちゃんもこんなんですが、感謝はしてるんじゃないかと」

「そーかね」


 ムラサキはそっぽを向いたまま視線をこちらに戻そうとしない。


「さて、じゃあ、ケーキどーぞ」


 それを気にした様子もなく、店主はカウンターから出てきて俺の座る卓にケーキを置いた。


「頼んでないぞ」

「サービスですよ。お客様」


 そう言うのなら、美味しく頂こう。厚意や心遣いは謹んで受け取る物だ。

 そう思って、俺はケーキを食べる。


「……似合わない」

「知っとるわ」


 だからここで食べるのである。


「いやしかし、あれだね」

「なんだよ」

「お客様専用メニューでも作りましょうかね」

「半分くらい今でも俺専用だろうが」

「ははは、手厳しい」


 言いながら、店主はにやりと笑って俺に近づいてくる。


「例えばそう、口移しとか……」

「いや、別にあれ……、楽しいっつうよりはなんか見た目的に……」

「経験済み!? そしてレベル高い!」

「ありゃ医療行為だろ」

「うーん、ダメですか……。じゃあ、ぱぱっと手早くキスで。文字通り甘いですよ」

「おい」


 店主がじわじわと顔を近づけてくる。

 俺の失策は片手にケーキの皿を持って、もう片方にフォークを持っていることだろうか。

 つまり、上手く押しのけられなかったのだ。

 そうして、距離が零に、というところで。

 助けてくれたのはムラサキであった。


「むー。なにするのさふーちゃん」


 引き剥がされて不満げに言う店主へを無視し、俺へとムラサキは言い放った。


「最低、きらい、死ね、ばか」

「うわあ……」


 今までにない罵倒の嵐に、俺は微妙な顔を向けたのだった。













 そして。


「そろそろ帰るぜ」

「はい、じゃあまた。いつでも歓迎しますよ、お客様なら」

「ああ、んじゃ。……って」


 ふと、俺は思い出して外へと出かけていた体を反転させた。


「どうしました?」

「俺の名前は如意ヶ嶽薬師」

「むぅ? ……ああ、なるほど」


 一瞬意味が分からないという顔をした店主だったが、すぐに得心が言ったか、苦笑いした。


「本当はですね、私達、自分の名前好きじゃないんですよ?」


 そして、そんな前置き。

 まあ、そんな奴もいるよな、程度に俺は受け止める。

 そして。

 彼女らは自らの名を、あっと、俺へと告げたのだった――。


「弥勒院 緑(みろくいん みどり)です」

「……弥勒院 藤紫(みろくいん ふじむらさき)」


 そして俺は思わず叫んでいた。


「そのまんま姉妹ッ――!!」


 ……殴られた。



















―――
というわけで、一通り終了。
次から平常通りで行きます。



返信


男鹿鰆様

増殖するトラウマ、倒壊する遊園地。ある種いつも通りです。しかしそう考えると薬師に色々な意味での傷跡を残した一番ダメージ稼いだ人はビーチェかもしれません。
そして薬師は銃に関しては十発撃てば十二発外す超次元銃撃の使い手なのでもう因果が逆転する勢いで当たりません。次元や道理を捻じ曲げてでも当たりません。
きっとこの先も繊細な武器を使いこなすことはないでしょう。日本刀とか。
しかし、受験生ですか……、私も三年か四年くらい前はそんな感じでした。無理はなさらず適度にどうぞ。


1010bag様

もう銃が使えないという表現でいいのか分かりませんが。必ず当たる状況で撃つと確実に銃が壊れる上に後ろに飛んだりもする不思議空間。
銃を撃ってもろくなことにならないのは分かっているのに引き金を引いちゃうのが薬師。
そして、中途半端に自覚が出てきて性質が悪くなっていく薬師でした。
しかし、俺賽無双……。翁が無双奥義でシンカイとか呼び出した日にはもう。


通りすがり六世様

まあ、薬師のデコなんて痛いで済みますからね。むしろタダみたいなもんです。
遊園地はまた不死鳥のごとく蘇るでしょう。何度でも。次回はいつ出てくるのか。そしてどのように破壊されるのか。
そして、前々回辺りの感想で仰っていたアレですが、有り得ました、美人姉妹喫茶。私も入り浸りたい。
スタンドは考えたんですが、スタンド出すほどの相手じゃなかったんですよね。人間ですし。皆人間だったおかげで、下駄一振りで薙ぎ払われるレベルだったので。





最後に。

なんせ薬師は初期藍音さんに口移しで飯を食わせていたおとk……。



[31506] 其の十四 俺と恋愛相談。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0324c036
Date: 2012/04/15 23:24
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「それでですね……、私、困ってて……」


 学校。

 久々に俺は非常勤講師として呼びたてられていた。

 もともと人手が足りないからの非常勤講師だったのが、大分人が足りてきて大分軌道に乗ってきた、と思ったら新年度はやっぱり忙しかったということらしい。

 しかし、講師としての経験はほとんどなかった上に、教えるのが上手いわけでもない俺が講師を任されたりしたのはやはり、人外も人も集う学校で喧嘩が起こった場合押さえられるかどうかという事情が大きいのだろう。

 色々と悩ましげに机を握り締めた結果、陥没しまくった机を見ることになった俺は実にそう思う。


「その……、私は、えっと。彼のことが……」


 そしてその、机を握りつぶさんばかりの彼女は。

 俺に恋愛相談をしに来た生徒である――。










其の十四 俺と恋愛相談。










 俺に恋愛相談、ねえ?

 そういった事柄に関わるのは初めてではないが、今の俺には身につまされる話でもある。


「他に相手はいねーのかよ」


 俺以外に相談できる教師は居ないのかと問うが、目の前の女は首をふるふると横に振った。


「先生は非常勤講師ですし……、暇そうですし、あと、百戦錬磨っぽいし」

「何がだよ。あと暇そうとは何だ」


 確かに本物よりは暇そうに見えるかもしれないが。


「で? 誰がどうしてどうなったって?」

「それがですね……、私恋をしてまして」

「知ってるよ。恋してないのに恋愛相談を持ちかけてくるなら帰れ」

「はい。それで、隣のクラスの新山君と言うんですが、アタックしても効果がなくて……」

「ほう、どんなことをした?」


 まあ、一応教師ということで、真面目に聞いておこう。

 協力もやぶさかではない。

 となればまずは状況確認だ。

 そして次に分析。

 最後に答えを出す、と。


「まずは、さりげなく薄着になってアピールしてみたり。男の人の好みを新山君と一致させて言ってみたり、抱きついたり、腕を抱きしめて胸を当てたりしたんですけど……」

「ほう、そこまでして気付かんとは中々どうして……。新山君とやらも随分な鈍感だな」

「はい、今よく言う草食系男子って言えばいいんでしょうか」

「なるほどな」

「こないだも、友達が女紹介してやるって言ったのに『俺そろそろ入定するから』って笑ってました」

「絶食系男子だろソレ」


 そろそろ即身仏になんのかよ。


「何処の高僧だよ」

「至って普通の男子高校生ですよ?」

「普通の男子高校生は即身仏になろうとしねーよ」

「そりゃ、変わったところもありますけど。お昼ご飯はいつも木の実とかだけですし」

「五穀断ちしてんじゃねーか」


 完全に高僧だよそれ。

 即身仏を目指してるよそれ。


「んで? そんな大僧正をどうするって?」

「付き合いたいです!」

「難しい問題だな。で、とりあえず告白してしまえってのは無しか」

「駄目です! まだそんな関係じゃありませんし、遠まわしにアピールしていく方が……」

「ふむ、面倒くさい」

「やっぱり、彼に迷惑を掛けないようにしたほうがいいんでしょうか」

「ん?」

「いや、なんと言いますか。私どじで、すぐ迷惑掛けてしまうんです。彼は笑って助けてくれるんですけど」


 なるほど。それで惚れたってのがよく分かる表情だ。


「いい加減にしないと、彼も呆れちゃうかも……」

「いや、むしろ……。迷惑をこれからも断続的に掛け続けたらどうだ?」


 俺はふと、思いついたことを話してみる。

 女子生徒は、いぶかしげな顔をしていた。


「無論、どうにかなる範囲でだが。男にはな、自尊心ってやつがあってだな、上手くくすぐればいいんだよ。頼りにされていると思うといい気分になる。しばらく続けると、その自尊心が、こいつには俺がいてやらないとって気分に変わる」

「なるほど!」

「分かったか」

「はい、では早速!」


 やってみましょう、となりかけたその瞬間。


「いや、待て。その男は嘘つきだ」


 そんな声が、生徒指導室に響いたのだった。

 その声を上げたのは、


「嘘つきとはなんだ季知さんよ」


 スーツの女性。季知さんだ。

 俺だけではやってられんと判断し、女子生徒に断って呼んでおいたのである。

 しかし、現れるなりその物言いはどういうことだ。


「話は聞かせてもらったが、そこそこ解決できる程度の軽い迷惑を掛け続けることによって相手が惚れる?」

「惚れるとまでは言い切れないが」


 俺の台詞と共に、季知さんが溜息を吐き出した。

 失礼だぞ。


「気を付けた方がいい。この男もまた、絶食系男子だ」

「ええ!? そうなんですか!?」

「いや、即身仏にはならんぞ?」

「むしろ既にからっからに乾いているだろう」

「何がだよ」

「そ、それは……、その、せ、性……、言わせるなっ!」


 季知さんが顔を真っ赤にして怒る。


「と、ともかく! この男と同タイプならばそんな真似をしても無駄だ」

「じゃー季知さんならどうするんだよ」


 俺が聞くと、季知さんは何故か動揺気味に口を開いた。


「そ、そうだな……。とりあえず、薬師、お前はこの話を聞いて正直にどう思うか言ってくれ。お前に通じるアピールなら、その相手にも伝わるだろう」


 なるほど、鈍い鈍いと言われ続けて早何百年だかの俺に届けばその男にも届くと言う寸法か。


「まず……、そうだな。女が赤面して何かを言いたそうにお前を見ている、というのは?」

「キレてるな」

「駄目だな。次、頬を赤く染めて笑っている場合は?」

「風邪の末期症状だな。熱が酷くて笑えてくる状況に達したと見た」

「……真面目にやっているのか」

「真面目だ……、とは言えな。いまいち想像し難いぞ」



 言えば、季知さんは何故か顔を赤くして、照れくさそうに言ったのだ。


「わ、私を……、使え」

「何にだよ」

「想像に、私を使っても、いい……」


 つまり、あれか。季知さんが、赤面して何か言いたそうにこちらを見ていると考えろと言うことか。

 ……完全にキレてるな、うん。

 大丈夫なのかこれは。

 しかし、そんな心配を余所に季知さんは言葉を続ける。


「では、頬を染めて帰りに誘われた場合は?」


 ふむ……。俺は顎に手を当てて季知さんを思い浮かべた。


『い、一緒に帰るぞ……、薬師』

「いつも通りだな」

「駄目か。では、手を繋ごうと切り出されたら?」


 想像上の季知さんが、手を差し出してくる。


『手を……、その、貸せ。早く』

「握り潰される」

「……」


 季知さんにため息吐かれた。

 しかし、気を取り直すように季知さんは次の言葉を向けた。


「では、趣向を変えよう。とりあえず、遠回りに好きだと言うことをアピールして意識させたいんだな?」

「はい」

「ならば雨が降ったら、傘に入れてもらうというのはどうだ?」

「なるほど、でもそれでアピールになりますかね。相手はかなり鈍くって……」

「そうだな、それだけでは気付かないかもしれない。だが、ここで折り畳み傘を鞄に忍ばせておいたらどうだろうか。無論これは相手が傘を忘れていた場合にも活用可能だ」

「それを、どうするんですか?」

「別れ際に、相手に見せるんだ」

「な、なるほど!」

「薬師、どうだ?」


 問われて、俺は先ほどよりも少し考え込む。

 そして。


「……うーむ? つまりあれか? 傘があるのに入れてもらうという所に深い意図を感じろと」

「よし」


 季知さんが微笑む。女子生徒もまた、微笑み返した。


「では機会があったら絶対試しますね!!」


 そう言って、女子生徒は走り去っていく。

 元気のいいことだ。

 そう思って俺は立ち上がる。非常勤講師のお仕事は終わったしもう帰っていいだろう。

 と、そんな時。

 季知さんが俺の前に立っていた。


「い、一緒に帰るぞ、薬師……」

「おう」


 断る理由も何もない。

 俺は季知さんと二人で歩き出す。校舎を歩いて、玄関へ。

 外を見ると、雨が降っていた。


「……か、傘を忘れてしまった。い、入れてくれないか」

「番傘でよければな」

「……あ、ああ」


 そうして、俺達はしとしとと降る雨の中を二人で歩く。

 春のおかげで少しだけ温かい雫が地面を打つ。

 そんな中、不意に、季知さんは傘を持つ俺の手に、自らの手を重ねた。


「どした? 手、寒いのか?」

「い、いや……、その……」

「もしかして、肩に雨当たってるか?」


 言って、俺は季知さんの方へと傘をずらした。

 俺の肩は少し濡れてしまうが、まあこれも男の仕事と言うことで。


「……お前はまた、そうやって」


 しかし、何故か呆れたように溜息を吐かれてしまった。

 何故だ。


「なんだよ」

「……なんでもない」


 拗ねたように、季知さんは口にする。


「そ、それよりもっ。わた、私が、その、だな。お前にもう少しくっつけば……、お互い雨に当たらずに済む、だろう?」

「それはそうだが」

「だから……、その……」


 もじもじとする季知さん。別に無理する必要もないと思うのだが。


「か、体を寄せるから……」


 言って、季知さんはぴたりとくっついてきた。

 そして、俺の腕に抱きつくような体勢になる。


「無理せんでもいいぞ」

「無理じゃないっ。嫌なわけでも……、ない」

「なら、いいけどな」


 確かに、雨に当たる事はなくなった。




 まあ、これはこれでどうかと思うけどな。

 ちなみに、真横にある季知さんの顔は真っ赤だ。

 恥ずかしいのだろう、今にも煙を吹きそうである。


「なあ……、私はお前に迷惑を掛けただろう?」

「なんのことだよ」

「色々だ。主に数珠家のこととか」

「ふむ」

「後、そのあと居候を続けていることもそうだと思うが……」

「そーだな。それがどうした?」

「……もういい」


 よく分からない季知さんだ。

 また、拗ねたように言われて、俺は首を傾げる。


「ま、そりゃ数珠家の件に関しては面倒だったがな、それに関しても、居候に関しても迷惑とは思っちゃいねーよ」


 迷惑でもなんでもない、とそう言ったら、何故だろうか。


「……そうやって、お前は、また」


 呆れたように溜息を吐かれてしまった。

 それっきり、季知さんは黙ってしまった。

 話しかけても反応しないので俺は放っておく。

 そして。


「季知さん」

「……」

「季知さん」

「……ぅ」

「季知さん?」

「え!? あ、ああ、なんだ?」

「着いたぞ」


 俺達は家に辿り着いた。

 いつもと変わらぬ我が家の扉が俺達を出迎えてくれる。

 と、そんなときだった。

 ごとり、と。

 季知さんの鞄から何かが落ちる。

 それは、そう。

 傘。

 折りたたみ、傘。


「や、薬師、これはだな」


 季知さんは、やたらてんぱっていた。


「ち、ちちち、違うんだこれは! 別にそのこれは、あの!! やめようと思ったのに手が滑ってその! 違っ、とにかく、違くて――!」


 そして、季知さんは脱兎のごとく逃げ出した。

 俺を置いて、ばたんと締まる扉。

 ふむ、にしても、折り畳み傘持ってたのか季知さん。

 そらまあ、あんな話した後じゃ言い出しにくいわな。

 いやあ、しかし。

 ――うっかり折り畳み傘を持っていることを忘れるなんて、そんなドジもするもんなんだな。

 そう苦笑して、俺は家の中へ入っていったのだった。
















―――
最近凄く眠いです。








返信


通りすがり六世様

薬師は藍音さんを拾った当初、自分で動けるようになるまで口移しでものを食べさせると言う真似を。
そして、姉妹は喫茶店の美人姉妹になったので、そんな感じで今後は絡んできます。
名前に関しては長らく店主でしたし、逆に緑って呼ぶほうが数段違和感が歩きがします。
とりあえずはシリアスも終わったししばらくまったり進行で以降と思います。


男鹿鰆様

思ったより長くなってびっくりのシリアスでした。無意味にやりたいこと積んだのが悪かったのか。
二人の名前に関してはまあ、名は体を表しちゃった訳です。
あまりにもそのまんま過ぎるのであまり好きじゃないようです。好きじゃないというか、からかわれるとキレるというか。
受験辺りに関しては身構えすぎてもどうしようもありませんしね。俺賽は今後も五分くらいで一話読み終わる方向性で進むので忙しくなっても休憩時間にでも呼んでくれると嬉しい限りです。



最後に。

今頃季知さんは枕に顔埋めて足ばたばたしてます。



[31506] 其の十五 俺と櫛。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0324c036
Date: 2012/04/21 22:25
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






 朝。なんとなく俺はポケット探る。


「そういや長いこと整理してなかったな……」


 俺のポケットはただのポケットではない。

 いや、ポケットが特殊とかそういった話ではないのだ。

 よく、俺はポケットや懐から様々な物を取り出す。

 まるで青狸のような四次元っぷりだが、これは天狗の能力である。

 修験者が使う笈という四角い箱のような物。

 本来は背負って使う物だが、俺達天狗には物体としてのソレはなく、自分の空間としての笈を持っている。

 実体化させることは可能だがそうすることはほとんど無く、それをポケットや懐などと繋げて使うのだ。

 ただし、これには積載量に限度があり、大人が何とか抱えられる程度の箱の体積以上は入れることができない。

 つまり、適当に物を入れておくとすぐ一杯になってしまうためたまに整理してやらねばならないのだが……。


「ん、なんだこりゃ」


 俺がふと取り出したのは、櫛だった。

 桜蒔絵と朱漆塗り。赤い女物の櫛だ。


「……懐かしいな」


 俺はそれの手の中で弄び、一階へと向かうのだった。











其の十五 俺と櫛。











「おーい、藍音ー」

「なんでしょうか」


 一階にいた藍音に俺は声を掛ける。

 相も変わらず早い返事だ。


「今忙しいか?」

「いえ、特には」

「じゃあちょっとここ座ってくれ」


 そう言って俺はぽんぽんと椅子を叩く。

 藍音は素直にそこに座った。


「なんでしょう」

「座ってから聞くあたり凄まじいな」

「当然です」

「まあいいや、じっとしてろ」


 そう言って、藍音の二つにまとめられた髪を解く。

 その髪へと、俺は櫛を通した。


「薬師様?」

「いや、ポケットから櫛が出てきたんでな」

「……そうですか」

「懐かしいな」

「はい」


 昔々、藍音が一人で何でもできるようになるまでは、俺がこうやって髪を梳いてやったものだ。

 かなり昔の話だが。


「嫌か?」


 しかし、何も言わない藍音へと俺は聞くが、帰ってきたのはなんとも言えない台詞だった。


「鼻血が出そうです」

「……さいで」

「どうしてやめてしまったのかと後悔の渦でもあります」

「お前さんが昔自分でできるって言ったんだろーが」

「あの頃は……、私も若かったので」

「まーな」


 あの年頃と言う奴は自分で出来るってことに無駄にこだわりたいもんだ。

 自立した一人の大人でありたいという願望とかそんな感じなんだろう。


「お前さんも大人になったっつーことで。これからはたまにならやってやるぞ」

「本当でしょうか」

「ま、可愛い藍音のためならって事にしておこう」

「薬師様」


 そうやって俺を呼んだ藍音に、俺は聞き返す。


「なんだよ」


 藍音は、いつものようにまったく動じない声で言った。


「鼻血が出ました」

「……おい」
















 そして、少しだけ時間が経ち。


「にゃー、なんか、楽しそうなことしてたね?」

「そうか?」

「してたしてた。にゃん子見たもん」


 やってきたにゃん子はわざとらしく俺を見た。


「しばらく誰かにブラッシングしてもらってないにゃー? ざっと、九百年くらい?」

「……そうかい」

「昔は良かったにゃー。優しいご主人がたまにブラッシングしてくれたからー」


 そう言って、上目遣いでにゃん子は俺を見てくる。


「しろと」

「にゃー」


 笑いながらにゃーと鳴くにゃん子、これはきっと肯定の意なのだろう。


「わかった」

「やったー!」

「座れ」


 そう言って、俺は自分の膝を叩いた。


「今日はさーびすいいね、どしたのご主人」


 俺の太股に尻を乗せながらにゃん子は言う。


「ま、なんとなく懐かしいからな」

「わくわく。にゃん子、この姿で梳いてもらうの初めてだにゃー」

「そーかい、ま、そうだろうさ」


 そう言って俺はにゃん子の頭をぽんぽんと撫でる。


「にゃー、今日はなんか優しい」

「俺にだって思い出に浸りたい日はあるんだよ」


 そう言って俺は、にゃん子の髪に櫛を通す。


「猫状態じゃなくていいのか?」

「猫のときのアレは髪じゃないもん」

「構わず梳いてたけどな」

「まあ、昔は昔だよっ」

「そーだな」


 そうして、しばらく髪を梳いていると、にゃん子は気持ち良さげに声を上げた。


「にゃー……」


 猫状態なら喉を鳴らしていることだろう。

 まあ、嬉しいならいいのだが。

 しかし。


「だがここまでだ」


 そう言って、俺はにゃん子を下ろし立ち上がった。


「にゃー? まだやるー。やだー」


 にゃん子は当然のように不満の声を上げる。

 そりゃまあ、俺だってそれくらい付き合うのは吝かじゃないのだが。

 しかし、と俺は時計を見た。


「仕事だよ」

「にゃー……」

「つーこって、そろそろ行くわ」

「帰ってきたら続きしよーねっ」

「おーおー、仕方ねーな……」

「やくそくっ」

「へいへいっと」

「じゃあ、いってらっしゃーい」

「おう、行ってくる」


 そうして俺は玄関へと向かうのだった。
















 ところ変わって、河原。


「じゃあ、お昼休憩入っていいから」

「おう」


 前さんに言われ、俺は木陰へと入って座り込んだ。

 そして、弁当を取り出し蓋を開ける。


「お昼ごはんあたしも一緒してもいい?」

「おう」


 そんな俺の隣へと前さんが座り込む。

 彼女もまた、小さな弁当箱を広げて、昼飯を食べ始めた。


「薬師はいつも通り藍音のお弁当?」

「……鼻血が入ってないか心配だけどな」

「……なにそれ」


 怪訝そうな前さん。

 そんな前さんに俺は飯を食いながら言葉を返す。


「ちょっとな」


 まあ、鼻血が溢れ出ていようがそんな失敗は犯していないことだろうが。


「ふーん? ところでさ、あたしのおかず一つと唐揚げ一個交換しない?」

「おう、ほれ」

「ありがと、じゃあどれ食べる?」

「肉団子くれ」


 前さんは俺の弁当箱から唐揚げを箸で挟み、俺は肉団子を取っていく。


「うーん、やっぱり美味しいなぁ……」


 前さんは悔しげにそう声を上げた。


「悔しいもんかね?」

「うん。ちょっとね」

「別に、藍音はちょいとアレだと思うがな」


 別格という奴だ、と俺は正直な考えを口にしたが、前さんはふるふると首を横に振った。


「でもさ、胃袋からって言うじゃない」

「何がだ?」

「色々」

「ふむ」

「だから、美味しく作れないと困るんだよね」

「そんなもんか」

「うん、そんなもん」


 そう言って前さんは笑う。

 そんなもんなのか、と俺は納得することにした。

 そうしてしばらくし、昼食が終わる。


「ごちそうさん」

「ごちそうさま」


 ふむ、十分くらいは時間が残っているな。

 河原に突き立つ時計を見て確認し、俺はなんかないかとポケットを探る。

 そして、いの一番に出てきたのは、そう、あの赤い櫛だった。


「女物の櫛? ……薬師ってそんな趣味があったの?」

「まあ、貰いもんだからな」


 怪訝そうな前さんに、俺はそう返した。


「ふーん? 貰ったの? なんで?」

「女の髪を梳くときくらいはコレでやれって渡されたんだよ」

「そうなんだ」

「今日ポケット探ってたら出てきてな」

「へぇ、よく使ってたの?」


 言われて、俺は考える。


「まあ、そこそこな。昔は藍音によくやってやったもんだ。女物の着物は手に余るし、髪の毛位が所謂お洒落ってやつでな」

「ふーん……?」

「あとはにゃん子にもちょっとな。よく梳いてやった。すぐに喉を鳴らして床をごろごろ転がってたぞ」

「へー……」


 と、そこで俺は前さんの変調に気が付いた。


「どうした?」

「ん……、なんだか、仲良いんだなって思ってさ」

「まあ、そうだが」

「いやさ、やっぱり二人と色んな思い出があるんでしょ?」


 そう言って前さんは苦笑した。


「まーな。古い付き合いだからな」


 そう答えた俺へと、彼女は寂しげに笑ってその言葉を口にする。


「そういうのって……、羨ましいなぁ、なんてね」


 その後、少し無理をしたかのように前さんは明るく笑った。


「あはは、恥ずかしいねっ! 気にしないでよ、なんでもないからっ」


 しかし、気にするなと言われた所で気になるに決まっているだろうに。

 だが、俺は前さんに掛けるような優しい言葉の持ち合わせは無かった。

 なかったから――。

 河原には唐突な突風が吹くことになった。


「わっ」


 前さんが驚き、風が髪を巻き上げる。


「作ろうぜ、まあとりあえず」


 風によって乱れた髪。

 俺の手には櫛。することなんて一つだろう。











「柔らかいな。ついでに、いい匂いがする」

「やめてよ、もう……」


 恥ずかしげに体をくねらせる前さん。


「長くて、綺麗だよな」

「は、恥ずかしいからほんとにやめてっ」


 ただ、そんな前さんは、本当に嫌そうには見えなかった。


















 ああ、しかし本当に懐かしいな。

 手で櫛を弄びながら俺は帰ってきた我が家を歩く。

 昔々そう、なんでも俺にやらせたがったダメ人間が渡してきたのがこの櫛だ。

 その女は、いつもいつも、思いついたように俺に髪を梳かせてきたのだ。


「やあ薬師。これまた、懐かしい物を持っているね」

「そーだな」

「よし、梳け」


 まあ、こんな風にな。

 なんともまあ、遠慮のない台詞だ。

 しかも拒否権など存在しない。

 しかしまあ、なんというべきか。


「へいへい」


 これもまた懐かしい話ということで。























―――
私の近くにインフルエンザ罹患者が発見されました。
移ったらやばいと思って免疫を高めようと思いはしたものの、会ったのは既に三日前。
移ってたらもう手遅れということで諦めました。




返信。

通りすがり六世様

草も食いません。空気だけ吸って生きてます。
ただの木乃伊とは別格の、厳しい修行によって自らその道を選んだ戦士なんです。
そんな彼はギリギリまだ人間です。
というか山篭りとかで健全な精神が宿っちゃったようです。


1010bag様

一応薬師も鈍感度とて少しは下がってはいるのです。少し。ほんのちょっぴり。
しかし、絶食系男子ブームって、果たして各寺に祭られている絶食系男子をめぐるのか。
それとも、大勢の男子が一斉に出家するのか、一体どっちなんでしょうね。
しかしそんな彼の出演は未定。どうなることでしょうね。


wamer様

奴は草食系の皮を被っているけどその実ドSという鬼畜ですから。仏の顔も持ち合わせてますけども。
今頃葵としっぽりなんでしょうか。難いですね、あの野郎。
そしていつもの薬師の応用力の低さが発揮されました。自分に応用できない残念さよ。
まあ、今頃モテ期来たとか言い出すような男ですから情報伝達が百年以上遅いんでしょうね。


男鹿鰆様

どうせめっちゃ痛いで済むんだから二、三回くらい食らっておけばいいのにと。
そして、あそこまでフラグ臭させておきながらスルーできる薬師の鼻は馬鹿です。
やはり支倉さんにそのご立派なそそり立つカリバーンで決着を付けてもらうしかないですかね。
あるいはまさかのブライアンとの同居。地獄の新妻ブライアン編。







最後に。

櫛刺され。



[31506] 其の十六 俺と恩リターンズ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0324c036
Date: 2012/04/27 22:18
俺と鬼と賽の河原と。生生流転




「よう、来たぞー」


 とある喫茶店の扉の鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ、待ってましたよ、お客様」


 俺を迎えたのは、馴染んだ顔の店主と。


「……変なのが来たわ」


 馴染んだ面って程でもないその妹である。


「ああ、変なのだ。そしてお前さんは変なの三号だからな」

「私、変じゃない」


 即答である。逆にその反応速度が語るに落ちると言ってもいいくらいだ。

 そんな三号は今までとは違い、喫茶店の可愛らしいメイド服的な制服である。


「あれー? 私もナチュラルに変なのに入れられてますー? 二号?」

「お前さんは筆頭だよ一号」

「姉さんは変」

「アレー……?」


 二号はいつも通り酒場の店主の方が似合いそうな格好だ。所謂バーテンダーというべきなのか。

 にしても、碌な奴がいねーな。


「まあまあ、そんなことより、ご注文はどうします? サービスするよ! ふーちゃんが」

「私……!?」

「私もするよ!」

「……とりあえず茶」

「……馬鹿なの?」

「相変わらず正気じゃないセンスですね! 喫茶店なのに緑茶の入れ方が上手になってきた!!」

「ひでぇ」


 まあ、しかし何はともあれ、元気そうで良かったというものだ。

 要するに、様子見である。

 いたって平和そうだし、別にもう問題もないだろう。

 これでもう一安心、と言った所か。


「じゃ、とりあえず座って待っててください」

「おう」









其の十六 俺と恩リターンズ。










「お茶」


 ごとっ、と乱雑に湯呑みが卓に置かれる。


「お茶を他人に出すって態度じゃないぞフジムラー」

「フジムラって呼ばない……!」

「藤紫だからフジムラで何が悪いんだよ」

「……なんか藤村みたいで嫌」

「藤村に謝れ」

「……藤村は悪くないわ」

「じゃあ何が悪いんだよ」

「名前なのに、なんか苗字っぽいから」

「じゃあふーちゃん」

「それは……、だめ」


 そーかい。大好きなお姉ちゃん以外に呼ばれたくないって?

 そんなことを考えながら、俺が藤紫に半眼の視線を向けていると、店主が苦笑と共に口を開いた。


「気にしなくていいですよ。照れてるだけです、きっと」

「本当か?」

「知らない」


 本当に無責任だなこの店主。


「おーい、ふーちゃん」

「最低、キライ」

「だってよ」

「大丈夫ですよ。ふーちゃんツンデレだから、照れ隠しです」

「そうなのか、ふーちゃん」

「死ね。岩と分子レベルで同化して死ね」

「俺がいくらスーツだからって指パッチンで真っ二つにはできねーぞ」


 色も違う。


「ところでお客様、お茶飲んで帰るとか、ないよねぇ? メニューにないお茶だけ頼んで帰るとか」


 と、そんなところで不意に店主が質問してくる。


「俺今日そんな金持ってきてねーぞ」


 店の人間が満足して笑って送り出せるような金額はない。

 精々が普通に慎ましく飯食える位か。


「やだなあ、言ったじゃないですか。サービスしますよ」

「いや別に、普通に飯食うだけの金額なら……」


 そう言うと店主はまったく怒ってないような顔で腰に手を当てて怒った素振りをして見せた。


「サービスするって言ってるじゃないですかー、もう。恩返しくらいさせてよー、ってふーちゃんが言ってました!」

「……言っ……、ってない……、訳でもないけど……、姉さんの盛った事実があるから……、そこまででも、ない」


 ムラサキめ、その説明分かり難いわ。


「まあ、フジムラは置いといてだな。別に恩返しとか言われたって俺は地獄から報酬貰ってるわけだからな」


 そこそこの額をそれなりに。閻魔と交友があるからと低いわけでもなく、逆に高いわけでもなく、実に適正な金額だった。

 ただ働きなら奢れとか文句言いながら入店するところだが、こうなると別になにか要求する気分でもない。

 の、だが。

 店主は納得してくれなかった。


「それって、私の命一個分くらい?」

「……ぬ、そう言われると困るぞ」


 確かに適正な金額を貰ったといえば貰ったのだが、それは護衛して相手ぶん殴った行動を客観的に見た適性価格であり、二人の命を救ったという主観的な部分でのことであればそれはエライ金額になるのだろう。

 貰った金と助けた人間の命、主観的に見比べろと言われたらかなり困る。


「ならば恩返しです。っていうか忠告空しく惚れちゃったんで、親切したいじゃないですかー」

「そうかい。じゃあ何要求すりゃいいんだよ」

「新メニューを開眼しました」

「なんだよ」

「ポッキーゲーム」

「ダメだろ」

「ダメ、絶対」


 ほら、妹にも止められてるだろうが。


「名案じゃないですかね?」

「そのドヤ顔止めろ」

「お客様のためなら2センチのポッキーだって作りますよ」

「開始直後から接近戦っつーか完全に零距離だろうが」

「たった2センチのポッキーを互いの口の中で舌を絡めて奪い合う新時代のポッキーゲームですよ」

「遊びじゃ済まないんだよ!」

「なるほどポッキーゲームするとお嫁さんにしてもらえるんですか」


 ねーから。


「とにかく、なんか普通に食えるもんだしてくれ。恩返しというなら、割と切実に」

「あいさー、ふーちゃんできるまでお相手してて」

「ん」


 店主の言葉に応え、ムラサキが俺の前にとすんと座る。

 そして、俺を見た。


「何か話して」


 ……うわー、凄いよこの子、豪傑だよもう。

 お相手すると言う名目で相手に話を要求するとか絶対おかしいだろ。


「……えー、あー、あれだ」


 まあ、話しようとする俺も俺だが。

 いやだってなんか、こいつに話術とか無理そうだし。


「この間だな、ふと庭を見たら」


 無表情でムラサキは俺の話を聞く。


「子猫があいつの周りをわらわら動いてて」


 無表情で聞く。


「何処でこんなに子供こさえてっつったらまだ清い体だコンチクショーって引っかかれた」


 ……無表情。


「つまらない」

「……さいで」


 いやもうこの子本格的に剛の者だわ。

 人に羞恥を強要してまったく悪びれないその姿。

 正に悪の華。


「ならお前さんがなんか話しろよコンチクショー」

「わた、し……?」


 ムラサキは驚いた顔をしていた。

 なんでだよコンチクショー。

 しかし、ムラサキは何だかんだといいながらも顔を赤くしつつ話を始めてくれた。


「昨日、姉さんが……」

「おう」

「……お風呂上りに裸で歩いてたわ」

「……お、おう」

「……」


 二人、無言。


「……なあ、俺に店主が風呂上りに全裸で活動していた話を聞かせてどうしたいんだ」

「どうって……、どう?」

「知らんがな!」


 と、言ってる隙に、俺達の下に料理を持った店主がやってくる。


「もう、何を言ってるのかなこの子は、恥ずかしいなぁ。なんだったら店でも脱ぎましょうか?」

「恥ずかしいって言ったよな!」

「いやあ、だって家ではだらしない裏表のある奴だと思われたら恥ずかしいじゃないですか」

「だらしないほうで統一すんなよ!」


 やばい、姉の方も豪傑だった。潔すぎるだろ。

 本格的にダメだこの姉妹。


「それに、ふーちゃんだってこんなすまし顔で夜はこっそりぬいぐるみ抱きしめて切なげに『やくし……』って三点リーダ付けちゃってもう可愛いんですよもう!」

「ししししてない! してない!! お姉ちゃんの妄想だもん!!」

「おーそうかい」


 真偽は分からんが店主の嘘の可能性もあるし、事実だったらそれはそれで反応し難いので嘘ということにしておこう。

 というわけで、俺はとんとんと卓を指で叩き飯を催促した。


「なんか食わせろ」

「肉じゃがです」

「お茶頼んだ奴を罵ったとは思えん選択だな!」


 何処が喫茶店だ!

 叫んだ俺に、店主はやんわりと微笑んだ。


「お袋の味を出したくって」

「それで肉じゃがか」

「てへぺろッ!!」

「その台詞は『砕けろ』のノリでそんな全力で吐く台詞じゃない」

「というわけで肉じゃが オフクロカスタム参式セカンドダッシュレヴォリューションVer,Ωです」

「お袋はそんなかくかくした雰囲気じゃねーよ」


 名前聞いた瞬間オフクロの味とか噴出すわ。

 未知の動力源とか使ってそうだもの。汚染される系粒子とか。


「とにかくどうぞ。はい、あーんして」

「あーんっておい。微妙に咥えやすく切ったジャガイモ咥えて近寄って来てんじゃねー」


 店主は肉じゃがのジャガイモを口に咥え……、っつーか概ね口に出したとおりだ。


「肉じゃがゲーム?」

「肉じゃがゲームじゃねーよ! そもそもどうやってそんなに流暢かつ明確に普段と遜色なく喋ってるんだ」

「腹話術です」

「不要な技術だな」

「腹話術師に謝るべきですよ、お客様」

「喫茶店店主には要らないだろ! お前こそ謝るか腹話術師になれよ」

「声を送れて響かせて時間差で呪文を発動するディレイ・スペルの使い手になるにはちょっと修練が……」

「それ俺の知ってる腹話術師と違う」


 と。

 そうこうしている間にも俺は追い詰められていて。


「へっへっへ、諦めな、お兄ちゃん。俺のジャガイモはちょっぴり農耕だぜ」

「濃いんじゃなくて農家的意味合いでのうこうなのか」

「抵抗はやめておきな。自慢じゃないがろくに運動してない俺の骨なんて、兄ちゃんが本気出せばすぐに……、ボキリ! だぜ」

「自慢じゃないな」

「俺は少々荒っぽいぜ!」


 店主楽しそうだな。

 しかし、そろそろ洒落にならんので、こいつの遊びに付き合ってるわけには……。


「ダメ」


 訳には?

 む?

 何故か、ムラサキが店主を羽交い絞めにしている。


「むー、何かな、ふーちゃん」

「姉さんが汚れるから、ダメ」

「ぶー、でも恩返しだからね。やらなくちゃダメです」


 唇を尖らせて諌めるように言った店主の言葉。

 その言葉に、ムラサキは――。


「だ、だだ、だから!」


 血迷った。


「……わ、私がやるわ」


 ジャガイモを取って、今度はムラサキが迫ってくる。


「ね、姉さんはあげないから。でも、恩返しだから、仕方なく」


 そう言ってムラサキがジャガイモを咥える。

 ならやらなくてもいいんだが。

 と、言おうと思った矢先。


「おやまあ。でもさでもさ」


 店主がそれに対して意地悪な笑みを浮かべた。


「それって、姉さんはあげないなのかな、姉さんにはあげないだったりしない?」


 瞬間、既に赤かったムラサキの顔が更に茹で上がる。


「ちちちち、違うもん! 恩返しだもん!!」


 顔を真っ赤にし、涙目でこちらへと迫ってくるムラサキ。

 叫んだせいでぽろりと落ちそうになったジャガイモを咥え直して顔が近づいてくる。

 が。


「えい、新旧もやし対決っ。みどりもやしとむらさきもやしでどうぞ」


 今度は店主がムラサキを止める。


「ってことで私から」


 そして、ジャガイモを咥えて……、またこれか。


「お姉ちゃんは下がってて! 私がやるのっ」


 そこに再びムラサキが参戦し、左右から。


「ささ、早く据え膳頂いちゃってください」

「やくしっ、早くぅ……」


 お前ら俺に何させたいんだ。



















 と、まあそんなこんなでどんな風になったかと言えば、二人から一個ずつ貰うで勘弁してもらったのさ。


「つーわけで会計」

「いりません」

「ん、ありがとさん」


 肉じゃがは美味かった。味はな。


「いやー、はっは。ふーちゃん、可愛いでしょう」

「なんだ藪から棒に」

「なんとなく言いたくなって。でもね、甘えてくるときはもっと可愛いんですよ」

「ほう、そうか」

「いつもツンツンツンデレ気取りな分、甘えてもいいやっていうか、開き直らざるを得ない状況になったらべたべたあまあまですから、気をつけてくださいねー」


 なにに気をつけろと。


「ってことで、またのお越しを、お客様」


 そうして、俺はそこを立ち去ろうとし。

 ふと気が付いて振り返ってみる。


「そういや、名前教えたのに呼ばないんだな」

「え?」

「俺、薬師」


 首を傾げた店主へと、俺は胸を叩いてみる。

 すると、店主は何故か照れくさそうに頬を書いた。


「だって……、恥ずかしいじゃないですか」

「お前さんの恥ずかしいって何だ」

「……ためらわないことさ? それに、お客様だって、緑って呼ばないじゃないですか」

「あー、それには深いわけがあってだな」

「なんだいなんだい? お姉さんに聞かせてください」

「なんとなくだ、みどりん」

「わーい、じゃあ私もやくしんって呼んでいいですか?」

「断る」

「じゃあ、やーさん」

「困る」


 言って、結局俺は身を翻した。


「ま、なんとなく思っただけだからいいんだけどな」


 そうして、手を振って俺は歩き出す。

 すると、その背に声が掛かった。


「あの」

「なんだよ」

「如意ヶ嶽さん、から練習していいですか?」


 扉の鈴が鳴る。

 俺の脚が外へと一歩踏み出す。


「好きにしろよ。じゃあ、またな、緑」


 すると最後に、なんだかよく分からない言葉が聞こえてきた。


「お客様は悪魔です」

「なんだよそりゃ」


 最後に振り向いたら店主は笑っていたから余計に分からない。

 ……ところで由比紀はクビにでもなったんだろうか。























―――
今回は店主姉妹。
どういう扱いか書いとかないといけないと思いまして。



余談。

Bインフルでした。一応でしたというか、ですと言うのが正しい気もしますが。
こりゃあ小説とか掛けなくてやばいとか考えてたら一日で熱下がって二日目で体調は全快。
逆に暇になりました。五日間だから後一日外に出たらダメって話です。
そして調子悪かったからって言って病院行ったのは三日目ですし。むしろ病院なんて行かなければと黒い思いが。
もう辛かったのは終わったんだよ、点滴とか解熱剤とか一昨日欲しかった……!! みたいな。

そもそもアレルギーとか睡眠不足のせいにして普通に生活して帰って熱測ったら38度越えてた自己診断もアウトでしたけど。

と、まあ、地元ではインフルが何故か流行ってるので皆様もお気を付けを。







返信


男鹿鰆様

櫛って全力で刺さったらとんでもなく痛そうですよね。剣山を彷彿とさせます。
しかしまあ、薬師ほどのタフネスがないと攻撃に耐えられませんからね。恋愛的にも、物理的にも。
前さんはなんだかんだで一番薬師に気にしてもらってるとは思います、義務感とか関係なしに。
そして、支倉さん、そろそろ再登場させようかなと思いつつもこれはいいのか悪いのかとスライムとBBAカテゴライズでうごめいてます。


通りすがり六世様

昔やった番外編がサイトの方に格納してあります。
掲示板の性質上URLが載せられないので俺と鬼と賽の河原と。で検索して探り当ててくださると助かります。
まあ、確かに忘れてても仕方ないって言うか私も忘れてるエピソードが有るんじゃないかと思わなくもないです。
読み返すと確実に爆裂四散するんで色々とキツイものがありますし。


がお~様

本当にお疲れ様です。なんというかもう、本当に新規さんに優しくないなとは思ってはいましたが、ここまで駆け抜けてくださった猛者が居られるとは。
お好きなキャラの出番が、というのは本当に申し訳ないです。
感想掲示板の方にお好きなキャラの名前を書かれると少しだけ効果があるかもしれません。あんまり目に見えて偏らせるわけには行きませんが次誰の話に使用かって時に結構感想掲示板見て決めてます。
シチュエーションリクとかが入ると状況的にしばらく後じゃないといけないとかもありますが、ネタに詰まった時ほど効果が高い気がします。


1010bag様

正に手が早いというか寂しいとかいった途端風まで吹かせて来ましたからね。
流石薬師だ! なんというかもう厄いです。焼きたいです。
しかし前さんにはやたら打って出ますね薬師。ほんと絶食系なのに野菜育てるとかどういうことなんですか。
そして、愛の山崎劇場ですか。キウイを美味く発音できない山崎劇場……、ネタのストックなら確か一本あった気がします。首の固定は大丈夫か。






最後に。

肉じゃが オフクロカスタム参式セカンドダッシュレヴォリューションVer,Ω  大破



[31506] 其の十七 俺と生首ストレート。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0324c036
Date: 2012/05/02 23:13
俺と鬼と賽の河原と。生生流転









 街を歩く。とある人と待ち合わせがあるために、だ。

 藍音に持っていくといいと言われた鞄を肩に下げ、と、そんな時、道中で見知った顔に出会う。

 街で出会った美しい少女は少年だった。


「……お前は」

「お久しぶりです」


 にこにこと笑って手を振る彼女……、もとい彼の名前は支倉 空。

 巷で私キレイ? と問うた後に股間の一物を見せ付けてくる変態である。

 正確には、だった、だろうか。俺と鬼兵衛で逮捕したことは記憶に新しい。


「出てきたのか?」

「はい、あの節はどうもご迷惑をお掛けしました」

「いや、いいけどな」


 全て終わった話である。終わった話じゃないと困る。

 のだが、ふと気になって俺はその疑問を口にした。


「お前さんは普段は何してる人なんだ?」

「あ、いつもは居酒屋で働いてます」

「……おう。男達がくんずほぐれつな映像作品に出てるって言われなくて良かったぜ」

「あー……、手違いで一度だけ出ちゃったことはあります」


 そう言って支倉は頬を掻いた。


「……詳しく聞きたいような聞きたくないような」

「廃ビルでホモから逃げ切ったら十万円っていうタイトルだったんですけど」


 なんだかありそうな題だな。

 それに騙されて出演させられたと。

 確かにこの可憐な外見は追われてて絵になるだろうが。


「……逃げ切れたのか?」

「三人くらい捕まえました」

「そっちかよ!!」


 思わず背筋に怖気が走る。


「ところで、今日も暑いですね。なんだか、眩暈が……」


 こんな可愛い面してこの巨根が。

 そんな支倉はわざとらしく頭に手を当ててふらりと倒れそうになっている。


「少し、そこで休憩していきませんか……?」


 言いながら、支倉はちらちらとこちらを見てくる。


「そこで休憩していきませんか、チラッ、チラッ、じゃねーんだよ!!」


 顔を赤らめこちらを見てくる支倉に俺は叫んだ。

 完全に身の危険だった。


「俺はそっちの気はないっ」

「ノンケでも優しく包みますっ! 薬師さんっ」


 ……名前、教えたっけ?


「誰か助けろ!」


 こいつはマジでヤバイ。

 いつにない危機である。

 そんな俺が切実に助けを求めたその時。


「薬師殿ー」

「おお、正に天の助け!」


 救世主が現れる。

 まだ姿は見えない。だが、声だけで十分だった。


「おっと待ち合わせの時間に遅れる。じゃあまたな」


 そうとも、俺は山崎君に会わなければならない。

 渡りに船。丁度いい。

 そう思って俺は全速力でその場を立ち去り山崎君を探した。


「どこだ?」

「ここでござる」


 その声の方向。それは、俺のすぐ近くから聞こえる。

 いやな予感を頼りに、俺は鞄を開いた。

 するとそこには――。


「ご無沙汰しておりました」


 予想の通りの生首が。










其の十七 俺と生首ストレート。











 
「何故鞄から出てくる」

「先日移動中に体を紛失して困っていた所、回収された次第にござりまする」

「それで現地まで鞄で俺が連れてきていたと」


 粋な演出だがこれはどう考えても恐怖映画的な意味でだ。

 鞄から生首を出して俺は山崎君を見つめた。


「で、体は」

「今来るかと」


 遠くから、体が手を振って駆け寄ってくる。


「うむ、いつ見ても奇妙だ」


 フリルの多い黒いドレスを着た少女の体が走る姿はいかにも異様だった。


「で、今日は何の用だ?」


 噴水の前。待ち合わせ場所に時間通り。

 しかし、俺は呼び出されたから来ただけで、詳しい内容は聞いていなかった。

 そんな俺へと、山崎君は躊躇いもなく言い切った。


「今日はでーとに誘いに来た次第」

「……でーと?」

「逢引にござりまする」

「おう」

「男女が下心を持って行うアレにござる」


 いや、それは分かる。


「俺とか?」

「薬師殿じゃないといけませぬ」


 俺の手の中の山崎君が真っ直ぐに見詰めてくる。


「……あー、そうかい」


 言われて、俺は少しだけ熱くなった頬を掻いた。

 なんと言うか、好かれていることを自覚するとよろしくないな。


「それで、受けていただけるのでござろうか……?」


 不安げに問われ、俺は苦笑を返す。


「こんな俺でよければな」


 そして、照れ隠しに、体へと生首を渡した。

 首を渡された山崎君は、一つ微笑むと俺の手を取って朗らかに口を開いた。


「では、行きましょうぞっ」

「おう。ところで、どこに?」

「……えーと、どこかに」


 俺達の逢引は早くもつまずいていた。













「で、何処に行きたい?」


 うららかな春の陽気の下、俺達はオープンカフェで行き先を話し合っていた。


「何処、でござるか……。そのう……、でーとというだけで舞い上がっていてなにも」

「俺も今の今まで知らなかったからなんともな」


 行き先が決まっていないなら今から決めるしかない。

 の、だが。


「映画……、つっても今何やってんのか知らんしな」

「拙者、その辺りとても疎いでござる」

「だよな。何か欲しい物とかは?」

「特にないでござる」

「そうか。じゃあ遊園地……、は行きたくない。絶対に行きたくない」

「そうでござるか」


 しかし、中々決まりそうもない。

 どうしたものだろうか。


「その、薬師殿」


 俺が難しい顔で悩む中、山崎君はおずおずとそれを口にした。


「拙者は、薬師殿と一緒なら、その……、どこでも楽しいでござりまする」


 はにかむような笑顔で言われ、俺は上へと視線を外す。


「……そーかい。そりゃ良かったな」

「はい」


 微笑みながら言われ、結局視線を外してもなんとも言えない状況に。


「眩しくて直視できねー!」

「?」


 しかし、嬉しい言葉なのだろうが、困りもする。

 本当に何処に行ったものか。


「何処でもいい、ねえ?」

「は。しかし、一つだけいいでござろうか」

「いいぜ、現状打破できんならなんでも」

「じゃあ、薬師殿。その、拙者の、家に、来ると、いうのは……?」


 途切れ途切れに照れながら言われ、俺は問いを返す。


「いいのか?」

「どきどきと、わくわくで、ござる」


 それは果たして金を使ったりとかを気にしてのことなのかと思っての問いだったが、つまり構わないということか。


「まあ、俺もそれでいいなら構わんが」

「おお、決まりでござるな」

「そーだな」


 何はともあれ山崎君の家に行く方向で何とかなりそうだ。


「では、早速参りましょうぞ! ささ、手を」


 手を出してくる山崎君を拒絶する理由もない。

 その手を取って、俺達は動き出したのだった。

















 山崎君の部屋はその言動とは違って、小洒落た洋風の部屋だった。


「そのう……、あまり見られると……」

「おっとすまん」


 普通の部屋のわりにそれっぽい置物とか調度が上品にまとまっていて地味に気になる。

 そんな中、俺と山崎君は椅子に座って、卓を挟んで向かい合っている。

 彼女は胸に生首を抱えて俺を見ていた。


「しかし」

「なにか?」


 目の前には紅茶が置いてある。

 味は決して悪くはない。


「あんまり状況は変わってない気がするな」


 ひたすら見詰め合うだけなら、先ほどとあまり変わっていない気もする。


「拙者は……、どきどきして候」

「おうそーかい。でも、どきどきさせてたら、疲れないか?」


 俺が疲労の原因になるというのも困りものだろう。

 そう思ったのだが、それは杞憂だったようだ。


「この、どきどきは、いやじゃありませぬ。心地よいもの、です」

「……ならいいけどな」


 くそ、やはり照れくさい。


「そ、その!」

「なんだ」

「隣に行っても、良いでしょうか」

「ああ」


 頷くと、山崎君が椅子を動かして俺の隣へと移動してくる。

 そして、体が俺の方に体重を預けてきた。


「……えい」


 そんな中、生首は俺の頬へと口付けをする。


「……いや、なんだよ」

「あたっくでござる。振り向いてもらえるように。薬師殿へ」


 照れくさそうに言う山崎君。

 やはり恥ずかしい。


「好きでござる、薬師殿」

「ぬう……」


 俺は視線を外して明後日の方向を見つめる。


「それとも、こういうのは迷惑でござりましょうか……。で、あれば、控えようと思いまするが……」


 問われて、俺は黙り込んだ。

 迷惑か、と言われると――。

 何と言ったものか。

 考えてから、俺は口を開いた。


「迷惑ではない」


 こうして表現してもらえることをいやだとは思わない。


「……あー、だが、手加減してもらえると、助かる。何せ、照れる」


 口にすると、山崎君は柔らかく微笑んだ。


「そうでござりまするか。では、頑張りまするっ」

「振り向いてやれるかはまだ分からんが。というか、マジで手加減してくれよ。あんまり真っ直ぐ来られると本当に照れるからな」


 俺は念を押すが山崎君は微笑むばかり。


「大丈夫でござる」

「どうだよ」

「その時は、拙者も一緒に照れます故――」


 ……一体。

 何が大丈夫なのかよく分からないが。

 まあ、いいかと思った。




















―――
直球の山崎君が薬師のSAN値をガリガリ削ります。




返信


男鹿鰆様

いやはや、インフル流行ってるみたいですね。人間健康が一番です。お気を付けを。
オフクロカスタム参式セカンドダッシュレヴォリューションVer,Ωは間違いなく改良を重ねられすぎて装甲板に覆われてますね、もう飛びそうです。
ついでにナノマシンである程度自己再生しそうです。そしてメンテナンスフリーで長期間保存可能。
ムラサキは、とりあえずテンパらせたら勝ちだと思います。焦らせるとつんつんにボロが出てくるので。


1010bag様

治った後も、地味にお休みしないといけないのが辛いです。発症から五日とか、熱下がって三日とか。
しかし、とりあえず計算してみたら、バリエーション八は存在しますね、肉じゃが。Ω前まで全部あるなら二桁余裕ですけど。
ムラサキはツンデレ気取りですが、突かれるとすぐボロがでます。ボロが出るとデレデレになります。ほんとにボロを出すと今以上にデレデレです。
そして、ジャガイモ咥えて喋れる無駄特技。なんに使うんだ。


通りすがり六世様

GRは作画が凄まじかったのが印象に残ってます。そして指を鳴らしまくりながら踊るヒィッツカラルドも印象に残ってます。
しかし、その設定は初めて知りました。一人単純明快に悪役してて好きでしたけど。ただし真っ二つだぞ。
とりあえず、喫茶店姉妹は妹の方が姉にべったりなので色々と複雑な気分でもあるみたいです。
しかしながら何だかんだと姉妹丼に持っていく薬師はやはりヴェルタース本物を口にしこたま詰められて窒息すればいい。






最後に。

山崎君の攻撃力半端ない。



[31506] 其の十八 俺と筋肉。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0324c036
Date: 2012/05/07 23:25
俺と鬼と賽の河原と。生生流転








 春である。

 熱くもなく寒くもなく、程よく運動しやすい気温。

 いい天気。


「はぁっ、はあっ、ふぁ……」

「何やってんだ、魃」


 Tシャツで走る魃はハマリ役だと思う。


「おぅ……? 薬師か……?」


 顔を赤くして走る魃は既に息も絶え絶え。


「つかお前さんが汗かくってどんだけ動いたんだよ」

「……かれこれっ、四時間……、ほど……!?」

「阿呆か」


 長距離走してんのかこの魃は。

 フルマラソンか。


「あ、阿呆とはなんじゃ、阿呆とは……、ぁ」

「いや、阿呆だろ」

「というか何を普通に隣を歩いてるんじゃお主は! 悠々とっ……! 妾はっ、走っているのに……!」

「天狗舐めんな」


 肉体派ではない魃とでは、基本性能からして違うのだ。

 見た目普通に歩いているように見えて、車に併走していてめったら気持ち悪いとかいう技もできる。

 まあ、歩幅やらの調節で色々できるというわけで、俺は悠々と歩きながら走る魃に併走する。


「で、なんで走ってんだよ。またなんかに追われてんのか?」

「追われてなどおらんっ……。少し、運動……、ぶそ、く……」


 と、そんな瞬間、魃の体が横へと傾いだ。


「あ、おい」


 伸ばした手も空しく、魃は真横へと倒れたのだった。














其の十八 俺と筋肉。
















「んぅ……、ふ……、ぁ?」

「よう、起きたか」


 公園のベンチで、魃は目を覚ました。


「どうして妾は寝て……」

「運動しすぎだ、阿呆め」

「ぬう……」


 俺が魃を抱えて移動する姿はまるで人攫いだったことだろうさ。

 悔しそうに顔を歪める魃は、不意に目を丸くして俺を見る。


「ところでこれは、膝枕……?」

「おう」


 俺が頷くと同時、ぼん、と魃の顔が真っ赤に染まった。


「あっちぃ」


 瞬間、魃が熱を発して俺の太股が熱さを感じる。

 暑さではなく、熱さである。つまり熱した鉄板をくっつけたかのような熱さ。


「は、ははは、破廉恥なっ」


 すぐさま飛び起きた魃。

 助かった。


「破廉恥なって、お前さん。それだとお前さんが破廉恥ってことになるだろう」

「そ、そんな言い方をすると、妾がお主に膝枕されて悦んでおるようでは……、おるようでは……、……知らぬ」


 何故か途中絵言葉は放棄されて、魃はそっぽを向いた。

 よく分からんが、これ以上この件を追求してもしょうがないだろう。

 俺は追及をやめて、他に気になっていることを問うことにした。


「ところで魃さんよ」

「なんじゃ」

「なんであんな無茶な運動してたんだよ」


 そう、そこが疑問点だ。

 何故倒れるような真似までして走っていたのか。


「無理などしておらぬ」


 だが、つんとした態度で魃は言い切った。


「いや、倒れてんじゃねーか」


 言い切るも、どう考えたって嘘だ。

 これに関しては深く追求させてもらう。

 すると、不本意そうに魃はこう言った。


「……無理などしておらん、と思ったのじゃが」

「つまり、いつの間にか限界を超えていたと」

「あまり、運動したことがなかったから……」


 まあ、それもそうかもしれない。

 部屋にずっと軟禁、あるいは監禁か。その様な状況で長らく暮らしていたならば、逃げ出した時の逃避行が一番の運動だったことだろう。


「限界がわからなかったと」

「そういうわけじゃ」


 なるほど、まあ、大体分かった。

 慣れてないから自分の限界もよく分かっておらず無理して倒れたと。

 しかし、だ。

 そうするともう一つ疑問が。


「何で、いきなり運動なんぞ始めたんだ?」

「運動不足だからじゃ」


 不機嫌そうに、魃は言う。


「そうなのか?」

「……そうじゃ。妾は、たるんでおる」


 言われて、俺は魃の姿を見る。

 だが、よく分からない。


「本当か? 太ってるようには見えんが」

「見るがよい、この二の腕を。妾は……、ぷにぷにじゃ」


 そう言って、上げられた腕を俺は見るが、よく分からん。


「見ても分からん」

「ならば触ってみるがよい。妾の運動不足を垣間見るじゃろうて」

「んー、おう」


 俺は、言われるがままに魃の腕に触れる。


「ん? お? 確かに、柔らかいな」


 言うとおり、ぷにぷにだ。

 筋肉の雰囲気すら感じ取れない、柔らかな腕。


「ふむ……」


 二の腕から、手の方へと向かって触れる場所を動かしていくが、やはり柔らかい。

 うむ、いや、しかし女性の平均というのもよく分からんが。


「う……、あ……」


 そんな中、ふと、魃の顔が赤いことに俺は気が付く。


「どうした? やっぱまだきついか?」


 問うと、魃は慌てて否定した。


「ち、違うっ。そ、それと言っておくがの! 別に、今更になって恥ずかしくなったわけではないっ、勘違いするでないぞ!?」

「お? おう」

「うぅ……っ」


 俯く魃。

 俺は、一通り腕を触ってから、手を離した。

 そして、手を離された魃は唐突に、俯きながら口を開いた。


「ふ、不公平じゃ……」

「何がだ?」

「わ、妾ばかり触られて……」

「お前さんが触ってみろって言ったんだろ」

「う、うるさいっ、お主も触らせるがよいわ!」


 魃が、いきなり襲い掛かってくる。

 まあ、つまり、俺の二の腕に向かって手を伸ばしてきたわけだ。

 しかし、これといって拒否するようなものでもない。

 好きにさせてみることにした。


「お? お、おおっ。硬いぞ、薬師っ」

「まあ、お前さんよりはな」


 むしろ女のように柔らかい方が無理があるってもんだ。


「これが、上腕二頭筋という奴かのう……」


 しみじみと触られ、なんとも言えない気分になる。

 しかし、これだけでは終わらなかった。


「よし、薬師、脱げ」

「何故」

「直接触ってみたいのじゃ」

「できればいやなんだが」

「つべこべ言うでないわ」

「ぬう」


 どうやら、断れない雰囲気のようだ。

 てこでも動かんとばかりに俺を見る魃へ、俺は根負けした。

 俺は上着を脱いで、更にYシャツも脱ぐ。

 半裸になった俺へと、魃はぺたぺたと触ってきた。


「これが腹筋……、これが胸筋……、どれも、妾にはないものじゃ……」


 腹、胸、首。

 さわさわと、魃は手を動かしていく。

 そして、魃はそのまま背中へと回った。


「……背中」


 地味にくすぐったい。

 手の平が、俺の背を滑っていく。

 そんな中、やがて。

 手の感触が変わり、俺は。


「大きい背じゃの……」


 後ろから抱きしめられることになった。

 魃は、頬をぴたりと俺の背にくっつけて、一体何を思っているのか。

 俺は身じろぎ一つせず、どうしたものかと魃の動きを待つ。


「……温かい」


 待つが、動きがない。なさ過ぎる。

 もしかして、俺はずっとこのままなのか。

 通報されるまでこのままなのか。

 困りきった俺は、声を上げることにした。


「破廉恥」


 その声は、魃にはっきりと届いたようで。

 ばっと、勢いよく腕が離され、魃が離れる。


「だ、だだだだ、誰が破廉恥じゃ!」

「お前さん。いやだって半裸の男に抱きついて……」

「う、うるさい! それでは妾はお主の背に頬ずりして悦んでおるようでは……、おるようでは……、……もう、知らぬ」


 ぷい、とまた魃はそっぽを向いてしまった。

 だが、まあ、いつものことでもあるので俺は動じない。


「で、なんでお前さんそんなに筋肉付けてーの?」


 その問いに、恥ずかしげながらも、魃は答えてくれた。


「お、お主だって……、ゆるゆるで、ふにゃふにゃな、たるんだ女はいやじゃろう?」


 上目遣いで、魃が聞いてくる。

 しかし、この話だが。

 なんとなく、思春期の女の無理な減量に通じるような気がしないでもなかった。


「かちこちの硬い女だって嫌だよ」

「ぬ、じゃが……」

「別に、太ってるわけじゃねーっつか。柔らかい方がいいと思うぞ。少しは」

「そう、かの……?」

「無理して走るほどじゃねーって、な?」

「ど、どこで妾が何をしようが勝手じゃろうに」


 わざとらしく、拗ねたような態度を取る魃に、俺はその顔を真っ直ぐに見つめて言うことにした。


「俺が心配する」


 すると、魃は目を見開いて、すぐに顔を赤くし、顔を伏せた。


「ほ、本当かの……?」

「意外と本気だよ」


 本格的に目が離せないとは思っている。

 この世間知らず、いや、勉強中のお嬢様は、努力家過ぎていつか体を壊さないものかと。


「……じゃあ、無理は控える」

「おう、ほどほどにな」

「ん、ほどほどに鍛える」

「おう、よしよし、いい子だ」

「……もっと、誉めるがよい」


 魃の頭を撫でると、もっとと要求され、俺は続ける。


「その……、薬師?」

「なんだ?」

「妾は、その……。まだ、加減が分からぬ」

「ふむ」

「だから、見ていてくれると……、その、うれしい」


 撫でていない方の手の袖を、魃が引っ張ってくる。


「目を、離さないで欲しいのじゃ……」


 ああ、そうだな。

 目が離せなねーって、俺も思ってるよ。


「むしろ、目の届く範囲にいてくれると助かるぞ」

「……ん、そうする」


 いっそ、うちに来れば楽なのかもな。



















―――
というわけで魃。
常に進化を続ける恐ろしい子です。







返信。


wamer様

憐子さんはそのまま生きていれば、そのまま薬師の初恋として実ったんじゃないかと思われますが、どちらかと言えば緩やかに真綿で首を絞めに掛かる方向ですからね。
むしろ一撃の打撃力ならば山崎君以上の逸材はいないものと思われます。
さすがの薬師もプロポーズはスルーできなかったようです。
そして、あまりの素直さとか、好かれていることを知っているとかで、薬師が照れます。山崎君の一歩リードっぷりが凄いです。


男鹿鰆様

遂にでちゃったんです。ちょい役ではありましたが。どう考えてもウホッ、です。本当にありがとうございました。
そして、でた理由が手違いでも、仕方がないからって三人捕まえて掘る辺り猛者ですよ。明らかに肉食系。
山崎君は薬師のSAN値をガリガリ削っていくようです。そして発狂した瞬間教会の鐘が鳴ってウエディングロードを一直線。
もう、生首だけどというか生首だからこそいいのではないかと。


1010bag様

薬師は職質される理由だけには事欠きませんね。早くつかまってしまえばいいのに。
山崎宅は、家から勘当されて引越ししたのでホラーハウスではありませんが、きっとクローゼットの中とかにはあります。
大量のボディが。しかし、借り部屋で狭いので程ほどにと言ったところでしょうか。きっと別に倉庫を借りてますよ。
そして、もうこうなったら攻めに攻めた方がやはり効果的な模様です。バリアが敗れて物理が効くようになったみたいなので。きっと薬師には男気が有効なんでしょう。支倉さんは除く。


通りすがり六世様

何故かあの山崎君が今のところ一歩リードしているというこの不思議。
やはり男気なんでしょうか。そのあたりが肝心なのか。プロポーズにまで至れる男気があれば薬師でも倒せるのか。
確かに一番早く落とせそうではあります。あと、仰るとおり玲衣子あたりも有力かも知れません。
何はともあれ、薬師の防御力が下がり、攻撃力が上がり気味の今、一体奴は何処へ行くのか。





最後に。

公園で半裸とかおまわりさんこっちに……、いや、婦警さんが来ると不味い。



[31506] 其の十九 俺とダメな奴。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0324c036
Date: 2012/05/12 22:14
俺と鬼と賽の河原と。生生流転








 閻魔の家に入るのに鍵は必要ない。

 入り口の指紋認証に俺の指が登録されている以上は指一本で簡単に侵入できる。

 男が女の部屋に自由に出入りできる環境と言うのは、俺が信頼されているのか、それとも閻魔の頭がお花畑なのか。

 まあ完全に油断されている感も見えなくはない。

 いや、まあ、確かに相手が俺であるからして間違いではないのだが。

 それはそれで舐められている気がして微妙な気分だ。

 そんなことを思いながら俺は閻魔の家の扉を開き、居間に入ると同時。


「……え?」

「……よう、すまんかった」


 何故かスクール水着に着替えようとする閻魔と目が合った。

 しかも、下は履きかけだったのでよかったが、上に関しては、完全に――。


「や、薬師さん……?」


 果たして俺は生きて帰ることができるのか。














其の十九 俺とダメな奴。











 まあ、なんというか。

 二三度死ぬかとも思ったが意外と何とかなるもんだ。


「えーと……、取り乱しました、すみません」

「別にいいぜ。少し取り返しの付かないことになりそうだったが」

「というか途中……、首取れてませんでした?」

「気のせいだろ」


 閻魔の猛攻を何とかかわし、俺はぐったりとソファに雪崩れ込む。

 嵐のような攻撃の模様だったのに対し、意外なほどに部屋は綺麗だ。

 まあ、こんなのは初めてではない。そのために、上手く部屋の物は荒らさずに激しく攻撃する方法を身につけたのだろう。

 混乱して攻撃を繰り出さない方法を身につけて欲しかったが。

 まあ、しかし、部屋が荒れて、お前さんがやったんだからと言って閻魔にやらせると何故か数段酷くなるので、その片付けは俺に降りかかる。

 それを考えれば、まあ、少し苦労は減ったということで。


「で、だ」


 と、まあそんなことよりも。


「お前さんは何故――」


 俺は目の前のスクール水着の閻魔に問わねばならないことがあるはずだ。


「何故そんな格好なんだ」


 閻魔は俺の言葉に、遂に問われてしまったかとばかりに表情を変えた。

 そりゃ問うわ。誰だって問うわ。俺だって問う。

 そして、その張本人と言えば。


「……制服です」

「ん?」

「これが今年の制服なんです!」


 うわあ、なんてこったい。

 驚愕の新事実である。


「つか、去年は?」

「セーラー服が続投しました」

「今年が?」

「スクール水着です」


 閻魔の制服は投票によって決まる。

 結果がこれか、と言わざるを得ない。


「今まで頑張ってきたのですが、いい加減に着ろとせっつかれまして……」

「つか、スクール水着って制服じゃないだろ」


 どう考えても。水着は水着、制服ではない。

 しかし、俺は地獄の住人達を侮っていたらしい。


「私もそう言ったんですけど……、水着はスイマーの制服です! と言われて、そんな気もしないでもなくなってきて……」

 なんということでしょう……、純真な閻魔は巧みに騙されてしまったようだ。


「それで、女性が体を冷やすのは良くないからオーバーニーソックスの着用のこと、と譲歩まで頂いて、その誠意に応えないのも……」


 いやまて閻魔それは誠意でもなんでもないぞ。

 どう考えても欲望の産物だ。


「落ち着け」

「えっと……、やっぱり、そうですか?」

「やめとけ」

「……やっぱり」


 閻魔が肩を落とす。


「でも、着ないと言う訳にも……」

「いっそもう今のセーラーの中に着ろよ。寒いとか言って」


 これで全部解決だろう。……解決か? まあいいか。


「なるほど……、そうですね。そうします」

「そうしてくれ」


 言うと、閻魔は肩の力が抜けたようにソファへと座り込む。


「……思わず、着て行くところでした」

「九死に一生だな」

「……私って、薬師さんがいないとダメなんでしょうか」


 そうして、閻魔は俺の隣で落ち込み出した。


「なんだよいきなり」

「なんだか……、このままだとダメダメになりそうです。薬師さんに頼るのはいいけど、甘えすぎてるんじゃないかって」

「料理くらい作れるようになってから生意気言え」

「うぅ……、そうですよね……」


 うわあ、更に落ち込んだ。

 っていうかいい加減それ着替えたらどうなんだろうか。

 というのはともかく、閻魔の気持ちも分からんでもない。

 つまり、情けないやらなにやら、という気分なのだろう。

 頼ることに遠慮して無理するなら止める必要があるが、自立したいと思うのであればそれは応援して然るべき。

 というか、閻魔がじめじめして困るので、どうにかせねばならない、と言うことで。


「料理だ」

「なんですか? いきなり」

「料理するぞ」

「はい?」

「お前さんが」

「え?」


 無論これは禁断の一手である。


「ほら行くぞ。行ってみようやってみようということで」


 だが、勝算のない戦いをするほど俺も若くはない。

 俺は閻魔を引きずりながら算段を整える。


「あの、引きずらなくてもちゃんと歩けますよっ」

「じゃあ、ほらよ。とっとと包丁持てこの野郎。今日はお吸い物と言う奴を作ります」

「いやっ、その、薬師さん?」

「なんだ」

「しょ、正気ですか?」

「自虐か」

「いや、でも、客観的に見ればどう考えても……」

「安心しろ、ちょっとした考えもある」


 俺は閻魔を台所に立たせ、エプロンを着けさせる。

 閻魔は抵抗するが、無視である。


「あ、ちょっと、自分で着れますよ」

「黙れ、何があるか分からん。エプロンを着ける時点で何が起こるか」

「だ、大丈夫ですっ、……とは言えない辺り、なんともいえません……!」


 そうしてエプロンを着けさせた後、俺は冷蔵庫から適当に食材を取り出す。

 とは言っても具は麩とネギだけでいいだろうから冷蔵庫からはネギだけだ。

 その後は、俺はまな板と包丁を取り出し、まな板にネギを乗せて包丁を閻魔に持たせると、俺は閻魔の背後に付いた。

 そして、俺は閻魔の手に手を重ねる。


「……えっと、その……、薬師さんっ?」

「力抜け」


 手を重ねて、閻魔の手を後ろから動かして、ネギを切る。

 これが俺の勝算だった。

 要するに、あらゆる動作を俺が制御することによって閻魔の関わる部分を限りなく削り取り安全に調理を行なうのである。

 が。


「……おい、もっと力抜けよ」

「む、無理ですよ、そんな……、後ろから抱きしめられてるみたいで、お、おちつきません」


 がちがちに固まる閻魔。なんともやり難いったらない。


「あっ……、薬師さんっ、乱暴にしないでください」

「むぅ、もう少し力抜けないのか?」

「み、耳元で喋られるとっ……、ダメ、ですっ」


 よく見たら耳まで真っ赤である。

 なるほど、閻魔のこういう慣れまでは考慮してなかった、と思いつつも、ぎこちなく食材は切れていく。

 今のところネギに問題はない。


「……そういえば私、水着なんですよね」

「なんだ?」

「……なんでもないです」


 そう言って閻魔は俯く。


「手元は見てろよ」

「……はい」

「次は調味料だ」


 とにかく楽に作れると言うことで俺はお吸い物を選択したのである。

 しかもお吸い物のみ。

 それでも作れれば格段の進歩ではある。閻魔に自身も付くだろう。

 というわけで、残りの工程はほとんど調味料をお湯にぶち込むだけだ。


「出汁はだるいから素を使うぞ」

「はい、って封くらい切れますからっ」

「いや、心配だ。お前さんは一人で何もするな」

「もうっ、過保護ですよう……、それに、なんか、熱くって……、倒れそうです」

「そんなに暑いか? 最近寒いからって暖房でもいれてんのか」

「そういう意味じゃないです……」


 よく分からん。

 と、そんなことよりも、だ。

 鍋に水入れて、湯を沸かす。

 そしたら閻魔と共に出汁の素を入れて、調味料を適当に叩き込む。


「け、計量しなくていいんですか?」

「んー、だるい」


 感覚任せ、あとは味を見ながら調節するってもんだ。


「ま、あとは調節して器に入れて、麩とネギいれて終いだ。な、簡単だろ?」

「そうですね、意外となんとかなりそうです」


 その声は少しだけ嬉しげだ。


「うーむ、そこそこいいか、お前さんもちょっと味見ろ」


 そんな閻魔へと、少しだけつゆを入れた小皿を渡す。


「えっと……、これって、間接キス……、ですよね」

「どうした?」

「なんでもないです」


 言って、閻魔が味見をする。


「どうだ?」

「大丈夫ですよ」

「そか、じゃあ、ほとんど完成だな」

「はい、そうですね、では、次はお茶碗ですか?」

「そうだな」


 言って、俺たちが背後へ振り向く。

 そんなときに、板張りとニーソックスが滑ったか、閻魔の体が前へと傾ぐ。


「あ……!」


 その閻魔を、俺は何とか抱きとめた。


「大丈夫か?」

「は、はい……!」


 あー、しかし、小せえなぁ……。こんなのの両肩に地獄が掛かってるってんだから、できるだけ閻魔には心穏やかでいて欲しい物だ。


「その、大丈夫ですから……、離してください」

「お、すまん」


 益体もないことを考えているうちに、ぼうっとしてしまっていたようだ。

 俺は、閻魔を離して、先ほどと同じように閻魔に手を重ねて食器を取る。

 うむ、後はやはり器に入れるだけ。

 順調だ。

 と俺達が振り向いたその瞬間。


「……おい」


 俺が目にしたのは――。

 ぐつぐつと煮えたぎる粘度の高い黒い液体だった。

 どうしてこうなった。

 少し目を離しただけだというのに。


「薬師さん、やっぱり……」


 閻魔が、悲しげな表情を見せる。

 まずい、これでは意味がない。


「まて、落ち着け。これでも意外と美味いかも知れないという希望を捨てては行かん」


 ……味見だ。

 俺はお玉でその黒き粘つく液体を掬い取り、喉へと流し込む。

 もう、お玉を鍋に入れた時点でアレだった。お玉が中々沈まないのである。粘性のある液体はお玉へと抵抗を見せてくれた。

 で、そうして、流し込んだ液体はと言えば。


「あ、これヤバイ。まじやばい」


 天井が見える。


「薬師さん!? 薬師さん!? 息……、してない!!」

















 ぬ……、う。


「げほっ、ごほっ、ごほっ」


 咳き込みながら目を覚ますと、目の前には閻魔がいた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 顔がやけに近い。


「なんとかな……」


 しかし、やられた。

 あの液体、味はそうでもない。確かに美味くはないが気絶するほどではなかった。

 だが、問題はその特製だ。

 奴は喉で固形化し、膨張した。

 つまり完全自動で喉に詰まるお爺ちゃんや子供の敵である。

 そしてもう一つの問題が、気絶するほどの、固形化時の臭いだった。

 突如息ができなくなると同時、鼻に直撃する危険な刺激臭の連続技。

 固形化した物体はなんとか俺の喉の中に風を起こして粉砕したが、臭いまでは手が回らず、気絶である。

 むしろ閻魔と戦闘したときより危なかった気がする。


「よかった……」

「おい、なんて顔してんだよ」


 泣きそうな閻魔の頭を、ぽんぽんと叩く。


「だって……、全然起きないから……」

「この通り、ぴんぴんしてるぜ」

「はぁ……、本当に良かったです」

「ところで、顔が近いぞ」


 言うと、閻魔の顔は心配と涙目から、一気に赤く照れた顔に変わる。


「えっ、そ、それは、さっき、人工こきゅ……、なんでもないですっ、本当です!」

「そーかい」


 ばっと後ろへと下がった閻魔を見て、俺は身を起こす。

 どうやらソファに寝ていたらしい。

 そして、今一度閻魔を見ると、今度の閻魔は無駄に暗い空気を纏って落ち込んでいた。


「……はぁ、にしても、やっぱり、ダメなんですね……」


 まあ、確かにあそこまでやられてはなんと言うか人智が及ばんと言うか、人間やめてても及ばんと言うか。

 しかし、参った。

 閻魔が更に落ち込んでしまった。失敗である。


「まて、ここは逆に考えるんだ。料理なんてできなくていいやと。料理なんてできなくたって生活は可能だ」

「いや、まあ……、そうですけど」


 しかし、エプロンスク水ニーソでぺたりと座り込んだ閻魔に上から語りかける俺という図は中々アレだとは思うが気にしてなどいられない。


「つかもう、ほらダメダメでいいんじゃね? 俺は構わん」


 俺が言うと、閻魔は自嘲気味に笑った。


「それで取り返しの付かないことをして、私が地獄の皆さんから追われる立場になったらどうするんですか」


 そんな笑顔に、俺はにやりと笑って返してやる。


「匿ってやるよ。それとも、俺と地獄の果てまで逃げてみるか?」


 そんな台詞に、閻魔は呆れたように笑ってくれた。


「そうやって、女を駄目にするんですね……」

「男を甘やかして駄目にする女ってのは人聞きが悪いが、男がやるなら甲斐性だ」

「物は言いようですね」

「おうとも」

「……じゃあ、お腹が空きました。何か、作ってくれますか?」


 ソファに座る俺の袖を、床に座っていた閻魔が引っ張る。


「おう」

「なにか、元気の出る物が食べたいです」

「任せとけ」

「お願いしますね、薬師さん――」


 俺は閻魔の声を背に、閻魔の好きなものを脳内に列挙していくのだった。





















―――
言われてみれば、長いこと出てなかったので、閻魔妹の予定を変更して閻魔です。
そして、インフル掛かって以来何故か夜更かしができなくなりました。
めっちゃ健康体ではあります。







返信

男鹿鰆様

魃の進化は止まらないようです。一体何処まで行こうと言うのか。果たしてこれは花嫁修業の範疇なのか。
しかしTシャツに関してはやはりろくでもない奴を着てます。しかし、薬師の慣れと諦めによって今回は特筆されませんでした。
閻魔は、言われてみれば出してませんでしたね。閻魔妹は元々の予定で入ってましたから次あたりにでも。
三人くらいに分身できたら好きなだけキャラが出せるんですけどね。毎度誰で行こうか迷ってます。







最後に。

セーラー内にスク水という格好を強要する薬師はマジで歪みねぇです。



[31506] 其の二十 俺と紺布。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/05/17 23:43
俺と鬼と賽の河原と。生生流転








 閻魔の家の前。この間来たばかりだというのにやってくる羽目になったのは、極めて単純な理由である。

 忘れ物だ。簡単な話である。

 料理をするために脱いだ上着を置いてきてしまったのでこうして取りに来たのだ。

 いつも通りに認証機に人差し指を当て、扉を開ける。

 しかし、これでは俺が家の中に入って箪笥を漁ろうとしても対策のしようがないんじゃあるまいか……、と、ついこないだ同じようなことを考えた気がする。

 まあ、んなこた、どうでもいい。

 俺は部屋の中へ侵入する――。

 と、そこには既視感が存在していた。

 そこに居たのは閻魔ではない、妹の方だ、が。

 なぜ。

 こいつはスクール水着……、流行ってるのか。

 流行に疎い俺だから分からないだけで実は流行ってるのかそういう話なのか。

 所謂クールビズということか。

 いや、だが、しかし。


「……何故だ」

「……え? あ、あれ?」


 鏡の前に立つ閻魔妹に、俺の疑問は尽きないのだった。


















其の二十 俺と紺布。

















「簡潔に理由を話してくれると俺の精神衛生上助かる」

「え、えっとね?」


 何故か、俺の前でスク水少女が正座している。

 由比紀は何故か、というか今日は縮んでいたりして、状況を余計に分からなくしてくれる。


「……職場に居場所がなくって」

「ん?」


 ぼそりと呟かれた言葉。

 聞こえなくて聞き返したというよりは確認の意味合いが強い。


「職場に居場所がないのよう……」

「あー……、はいはいなるほど。うん、お前さんはもう用済みか」


 由比紀の職場、つまり緑の喫茶店だが、藤紫のやつが戻った時点で従業員が一人余分になるわけだ。


「……そりゃね、店長も別に構わないって言ってくれるのよ」

「ふむ、ま、そりゃそもそも店員が必要な店とは思えん」

「そもそも、私の仕事……、店長の話し相手だったから」

「そーかい」


 確かにまあ、客は来ないしあのよく分からない寂しがりの店主である。

 普通の店員としてよりも、話し相手としての比重が大きかったのだろう。


「でも、でもね、妹さんがやってきて、それは良かったんだけどね? 二人の仲に入り込めないのよ……!」

「まあ、そうだろうなぁ……」

「それに、やっと、再会したんだから邪魔はしたくないじゃない。だからできるだけ目立たないようにしてるんだけど……」


 微妙に気遣い体質な由比紀だし、今日も貧乏くじというやつか。


「でも、このままだと……、誰からも忘れられそうだから、キャラ付けが必要かしら……、と」


 それでこの様か。

 そういう姉妹ということで推していくのか貴様。


「これに猫耳と尻尾と、手足をそれっぽくすれば……」

「色々と極まってんな……」


 悩むと何をしだすか分からんな、由比紀。


「だ、だって……」


 じわ、と由比紀の目尻に涙が溜まる。

 今にも泣き出しそうだと思ったら。


「か、構って欲しいのよぅっ……!」


 泣いた。

 そこまでか。そこまでして構って欲しいのか。

 ぽろぽろと涙を流す由比紀。

 まったく困った構ってちゃんである。

 しかし、どうしようか。

 このまま泣かせておく訳にも行くまい。


「うぅっ……」


 縮んでるから更に涙腺が緩んでいるのかもしれないな。

 まあ、なんにしたって泣かせておく道理はない。

 俺はどうしたものかと考えた末、こう答えを出した。


「あー……、そうだな。甘やかしてやろうか?」


 由比紀は、涙目で俺を見上げると、こくりとだけ頷いた。
















 とりあえず、ソファに座って抱きしめてみる。

 よしよしと、子供をあやす様に。


「……あ」


 ぎゅ、と、背中に回された手に力が入ったのを俺は感じた。


「よしよし」

「あぅ……」


 縮んだ由比紀はいかにも小さい。

 そんな由比紀は俺の胸ですんすんと泣いていた。


「うー……。ごめんなさい。面倒くさくて」

「別にいい。それに、そうだな、夕飯も作ってやるよ。何がいい?」

「……うん。考えとく」


 頷いた由比紀の背をぽんぽんと叩いて、俺は苦笑した。


「よしよし、無理してキャラ付けなんてせんでいいぞ。十分だろ」

「でも私……、突然縮んだりして、ただでさえよく分からないのに……」

「いいじゃねーか。普段は綺麗だが、たまに可愛いってのは、ずるいだろ。楽しめよ」


 言うと、由比紀は意外そうに俺を見上げる。


「そ、そんなこと、一度も言ったことないのに……」


 正直、こんなこた口が裂けても言いやしないのだが。

 しかし、甘やかしてやると言った手前。

 仕方ないか。

 俺は、見上げてくる由比紀を見つめ返す。


「いつも思ってはいるぞ。絶対言わないけどな」


 由比紀の顔が赤く染まる。


「……え、あ、ぅ……」


 ぎゅっと、今一度手に力が篭ったのを感じる。

 そして、逸らされた視線が、今一度絡む。


「その、ね?」

「なんだ?」

「その……、この体になると、体にひっぱられて、情緒不安定になるから……」

「ふむ」

「し、仕方ない、わよね?」


 首を傾げて、問うてくる。

 何が、と聞く前に由比紀は言った。


「遠慮なく甘えちゃっても……、か、構わない、わよね」


 その問いは自分への物なのだろう。

 俺の答えなら既に出ているのだから。


「い、行くわよ?」

「構わん」


 そして、由比紀が意を決したようにごくりと喉を鳴らしたその時。

 俺は一応言っておくことにした。


「が……、戻ってるぞ」

「……え?」


 俺はよく伸びる素材だ、と関心しきりである。

 でも、体を包む紺の布ははちきれんばかりで。


「きゃあっ!?」


 驚いて身を引く由比紀。

 つか、気付いてなかったと言うのか。


「す、す、すぐ着替えるわ!」


 そして、めちゃくちゃ混乱する由比紀。


「おい、ここで脱ぐな……、って脱ぐの早いぞこの野郎」

「え、あ、やっ、見たらダメ!!」


 いや、そちらから見せておいて、というのは言うべきではないだろう。

 わざとらしく横を向いて目を瞑る俺を余所に、どたばたと走る由比紀は、自分の部屋に向かったのだろう。

 ときたま慌てた声と、ばたばたとうるさい音が聞こえてきて、混乱の度合いが分かるという物だ。

 そして、帰って来た由比紀はと言えば、パジャマ姿で。


「ご、ごめんなさい、こんなのしかぱっと出てこなくて……」


 そんな由比紀へと、俺は苦笑を向けた。

 よく見ると、ボタンを掛け違っているではないか。

 そんなボタンへと、俺は手を伸ばした。


「あー、あれだ。お前さんはアレだな」

「え?」


 ボタン直しつつ、俺は言う。


「うむ、普段から可愛いんだな」


 と。

 言えば、由比紀の顔は赤く染まり。

 そして――。


「……燃えた」


 炎を纏いながら倒れていったのであった。





















―――
せっかくなので前回と絡めて閻魔妹。








返信


リーク様

薬師式上下法による被害報告でしたね。ろくでもない野郎です。最近パワーアップしました。
刺されても痛いで済んで、そこからのリカバリーでまた点数を稼ぐ気でしょうね。
もう首が落とされて山崎君とお揃いとか言っていればいいんですよ。
そして、カンストしてるはずなのにまだ上昇。そろそろバグってくるころですね。


通りすがり六世様

私もすっかり寝落ちが板に付いてきました。返信している現在も眠くてタイピングが不安定です。
もう閻魔の料理と薬師の銃撃は同じ部類だと思います。次元を捻じ曲げても失敗する的な意味で。
しかし、一工程に関わっただけで食物を毒物に変えるとか、手から何か出てるんですかね。
菌とか、オーラとか波動とか、よく分からないそんな感じの何かが。


がお~様

水着着ているからと言って、たくし上げて見せるのもよし。
セーラー上で完全体を見せ付けるのもまたよし。
そして、水着だけで健康的に泳いで見せるのもまた、よろしい。
つまり、状況や嗜好にあわせてアーマーパージしていくことができるスク水セーラーは無敵だと思います。


男鹿鰆様

何故か継続したスク水の流れでした。こんな簡単に美少女のスク水を拝める薬師は変態だと思います。
今回もあられもなかったです。サイズ小さめスク水という特殊な着こなしでした。
しかし、液体が固形化して膨張する食べ物とかもう食べ物にしなければ別の使い道がありそうな気も。
閻魔妹はもういっそ泣き落としで結婚まで持っていったほうが早いんじゃあるまいか。


月様

そう言っていただけると嬉しいです。待っていてくださる方がいるというのはやはりモチベーションにつながりますね。
ということで、閻魔妹をお届けいたしました。
最近話を書く速度が低下気味ですが、なんかたまにある筆が遅いときってだけなのでまだまだ頑張ります。
番外編とかも書きたいですね。たまにはめちゃくちゃ甘いような奴で。








最後に。


何で閻魔妹は小サイズのスク水持ってたんだ。



[31506] 其の二十一 俺と気まぐれと猫。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/05/23 23:03
俺と鬼と賽の河原と。生生流転









「ん……、やっと終わったか」


 季知が、自室の机で伸びをした。

 その机の上には幾枚もの紙。

 丁度、仕事に必要な書類をしたためたところだった。

 ここしばらくはこの書類整理に追われてろくに休めもしなかったが、これでしばらくは平穏無事に過ごせるだろう。

 季知は、そうして部屋を出ると、日の暮れた廊下を歩く。

 そんな彼女には、目下悩みが一つ。


「ん、薬師」


 着流しの男が廊下を歩いていて、季知はそれを見つめた。

 男は眠たげに季知を見返す。


「季知さんか。ごくろーさん、おやすみ」


 そして、そのまま男は踵を返して部屋へと戻ろうとする。

 思わず、季知は手を伸ばしかけた。


「あ、薬師……」


 伸ばしかけた手が宙を彷徨う。

 そのときには、薬師は去っていってしまっていた。

 しょんぼりと、手が下ろされる。

 これが、悩みだ。

 目下の、彼女の悩み。

 それは――。















「――最近薬師が素っ気無いんだ」

「んー?」

「会ってもからかっても来ないし、まったく遊ばれないし、あの妙なニヤついた顔もしないなんて、絶対変だ」


 部屋のテーブルを挟んで、にゃん子と季知が向かい合っている。


「……にゃー、それを何でにゃん子に相談するかなー」

「古くから薬師を知っているだろう」

「藍音のほうが付き合い長いよ?」

「相談したら、『好き嫌いで女性を避けるような情緒がある方ではないので直接聞いてみては』と言われてしまった」

「にゃー、憐子の方が古い付き合いだよ?」

「確実にからかわれて終わる」

「じゃーにゃん子って言ってもからかわれて終わるかもよ?」

「そこは……、お前の良心に任せる」

「にゃー……。仕方ないなぁ」


 言うと、にゃん子は人の姿から猫の姿へと戻り、すぐさまテーブルの上を駆けると、季知の頭に飛び乗ってもう一度ジャンプ。

 季知の背後へと降り立つ。


「お、おい、これは、どういう……!」


 と、その瞬間には、季知に猫の耳が生えていた。


「いやー、だって直接聞き出す勇気はないけど構って欲しいんでしょ? なら、その格好でご主人の前でにゃんっ、とかやれば構ってくれるんじゃない?」

「……む、むう……」


 一理はある。

 確かに、猫耳を付けることによって薬師が思わず構ってしまう可能性が格段に上がると言うことは実証されている。

 季知は悩んだ。

 悩んで一晩悩みぬいた末。

















其の二十一 俺と気まぐれと猫。

















 何故だろうか。

 何故なのだろうか。

 何故俺は、猫耳の季知さんに、小一時間ほど正座で睨み付けられているのか。

 俺には分からない。

 だが、季知さんはめっちゃ睨みつけてくる。

 俺の部屋に戻ってきて正座の季知さんが神妙な顔で待っていた時など、部屋を間違えたかと思ったほどだ。

 しかしここは俺の部屋。

 つまり俺は、何かを求められているのだろう。

 俺は、何かをしなければならないのだ。

 しかし、その何かとはなんだ。

 分からない。ここで選択を間違うと俺は死ぬだろう。

 部屋に入ったままの状態からほとんど動けず、俺は季知さんとの間合いをじりじりと測る。

  そんな中。

 季知さんが動く。


「……薬師」


 遂に何かが動く。

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 そして。


「にゃ……、にゃんっ」


 にゃ、にゃん……、ってなんだ……!

 拳を軽く握って体の前に出し、そしてその台詞。

 今すぐ殴り殺してやるという合図か。

 死が目前に近づき、いよいよ俺は行き詰ってくる。

 どうしろと。

 どうすればいい。

 考えがまとまらない。


「や、薬師……」


 そんな中、呼ばれて俺は季知さんを見る。


「……ひ、人の耳を触りながら上の空になるな。……その、困る」


 いつの間に。


「うお、すまん」


 無意識に俺は季知さんの猫耳を触っていたと言うのか。

 ……しかしどうやら、俺は早くも選択を間違えたようだ。

 確実に死んだ。後はもう右拳か左拳か位の違いしかない。

 右か、左か、それとも両方か。ボコボコなのか。

 俺が覚悟を決めたそんなとき。


「触るのは、いいが……。……上の空は、ダメだ」


 季知さんの手が、宙に浮く俺の手を優しく掴む。


「ちゃんと、……私を見ろ」

「……お、おう?」


 とりあえず生きてる。

 とりあえず、俺は手を季知さんの耳に戻す。

 ……さあ、ここからどうする?

 とりあえず、あまり上の空になると怒られるらしいので程ほどに季知さんを見つめる。

 季知さんは恥ずかしげに俯き気味で、その表情から何かを予想しようにも難しい。

 なんだ、あれか?

 またにゃん子か憐子さんに乗せられたか、からかわれたのか。

 そうなのだろうか。


「……ん」


 ゆらゆらと、ゆったりとした速度で尻尾が揺れている。

 というかよく見たらYシャツしか着てないぞこの人。

 そりゃ尻尾があるからズボンははき難いことだろう。

 しかし、しかし、下着まで怪しいと言うのは如何様な了見か。

 どうする、どうするんだ俺。


「あっ……、や、薬師。いきなり、尻尾なんて……っ」


 ……なんでゆらゆら揺れてたからってなんとなく尻尾掴んでんだ俺は。

 季知さんは、抱きつくかのように密着しながら、俺の両腕を掴んでいた。

 ……もう、後には引けない。

 俺は黙って、片手で頭を撫で、耳を触り、そして、もう片方の手で尻尾を撫でる。

 手を離したら殴られる。そういう状況だろうこれは。

 自ら墓穴掘って地雷埋めて踏み抜いたみたいな状況だぞこれは。

 どこまでこのままの状態で誤魔化せるのか。

 ごくり、と俺は生唾を飲み込み、無限にも思える時間を耐える。

 一分、二分、三分と早くも遅くもならず、憎らしいほどいつも通りに時計は時を刻む。

 そして――。


「薬師……、離してくれ」


 季知さんが離れた。

 審判のときだ。

 俺は照れた季知さんに殴られる準備をする。

 さあ、来るか、いつ来るか。

 そんな時。


「……満足した」


 季知さんが俺の横を通り過ぎ、扉を開け、部屋を出て去っていく。

 ばたん、と扉の閉まる音だけが間抜けにも俺の耳に届いた。


「……、マジでなんだったんだ」

















「にゃーん、どしたの? すごく疲れた顔をして」

「……色々あったんだ、色々な」


 縁側で、胡坐に肘を付いて頬杖状態で、俺はぼんやりと庭を見つめている。

 そんな俺の背後に、にゃん子がいた。


「季知はめっちゃええ顔してたのに。つやつやしてたよ。ご機嫌だった。鼻歌歌ってたもん」

「……謎だな」

「そう?」

「で、けしかけたのはお前さんか?」

「半々かにゃー? ってかさ、ご主人が悪いんじゃん」


 はて、一体俺が何をしたらああなるのか。

 一体どんな因果だよ。


「なんで季知のこと避けてたの?」

「避けてた?」

「避けてたんじゃないの? 本人はそう言ってたよ?」

「あー……? いや、忙しそうだから邪魔しないようにはしていたが」

「あー……」


 にゃん子が、残念そうに、呆れたように溜息を吐いた。


「にゃーん……、ご主人のあほー」

「なんだいきなり」

「にゃんでもにゃいー」


 後ろから首に腕を回して、にゃん子は俺の頬をつつく。

 ふむ、しかし季知さんを避けているように見えたから、猫耳をして俺の部屋に現れた……、と。


「因果関係が分からんな」

「ほんとに分からないの?」

「分からん」

「あほー」


 頬を突く力が強くなる。

 阿呆とは何だ阿呆とは。

 と、言おうと思ったのだが、にゃん子の興味が移るのはあまりに早く、俺が文句を言う間もなく。

 彼女の興味は庭に現れた猫へと映った。

 べつに、季知さんとかではなく、ただの野良猫だろう。黒と灰色の縞模様が印象的だ。


「あー、同胞だ。にゃー、おいでおいで、おいでー」


 にゃん子の声に応えるように、猫はこちらへと歩んでくる。

 ゆったりした動作での歩みから、俊敏な動きに変化して、縁側へと飛び乗ると――。


「あーっ」


 何故か俺の膝の上で丸まった。


「ずるーいっ、ずるいよご主人っ」

「ずるいって……、そんなに乗せたいなら持ってけよ」

「次はにゃん子の番だからね!」

「好きにしろよ」

「にゃん子もご主人の膝乗るーっ、ご主人の膝の上はにゃん子のものなのーっ」

「そっちかよ」


 嫌がる猫を持ち上げて、にゃん子は俺の膝に納まる。

 そして、その自分の膝の上に猫を置いてご満悦。


「満足か?」

「うんっ」


 笑顔で言われては、重い退けろというわけにも行かず。


「……マジでよく分からんな」


 俺はぼんやりと呟いた。

 強いて言えば、女心が、である。

 そんな俺へと、にゃん子は笑った。


「そんなの簡単だよ」

「なんだよ」

「猫ってのはね、構って欲しくないとは逃げるし、構って欲しかったら擦り寄ってくる、気分屋さんなんだもん」

「……ふーん、そうかい」

「あ、それで納得しちゃうんだ」


 まあ、この際それでいいやと思わなくもないのだ。

















―――
春だから眠いのか、眠いから春なのか。










返信


月様

閻魔一族は皆個性はあれど基本的に真面目なせいで本格的に考えると良く分からないところに辿り着いたりします。
とりあえず暴走する一族の中でも色々とアウトなのが閻魔妹と季知さんだと思います。
最後はサンバカーニバルで登場しかねません。
そして、確実に冷静になったあと無駄に悶え苦しみます。


通りすがり六世様

きっと親密な、っていうかハート付きの空間が展開されるんでしょうね。そりゃ居づらい。
しかしもう店主は客を入れたいのか入れたくないのか。繁盛しても困るとか思ってるかもしれません。
サービスと称して色々できますからね、明らかに方向性を間違えたサービスが。
そして、薬師と由比紀なら一緒に燃えても熱いで済むような気がします。


男鹿鰆様

せっかくだったのでスク水押ししてみました。今回もしようかと思いましたが何とか思いとどまりました。
そして、喫茶姉妹は多分二人の世界に入っちゃったりするんだと思います。その間由比紀は黙ってカップを磨きます。
本当にもう、二組も姉妹がいるんだから選り取り緑さんだというのに薬師はまったく、どこのエロゲなのだと。
しかし、閻魔妹の小スク水は、閻魔のだったのか、それとも小さいときに着たほうがいいと見て買って来たのか、永遠の謎です。


napia様

はじめまして。こうして、読んでるよ、と手を上げてくれるのはとても嬉しいです。ありがとうございます。
しかし、閻魔のスク水の可能性は中々高いですね。帰ってきたら見つけて。
なんだこれはと思いつつも気になっていて、ダメだと思いつつも手を伸ばし。
そして、遂に禁断に手を染めてしまった……、見たいな流れがありえそうです。












最後に。

なんか最近閻魔一族が続く……。



[31506] 其の二十二 俺と大切なモノと俺。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/06/01 00:47
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





「ねぇねぇ、これあげる」

「ん、なんだそりゃ」


 玄関先で、訪ねてきた春奈に俺は石ころのような物を渡された。

 俺はそれを日に透かしてみたり、下から覗き込んだりしてみるがとりあえずツヤのある石だということしか分からない。
 そんな石のような物の正体を、春奈はこう結論付けた。


「きれいな石っ」


 つまり石か。

 果たして一体何処で見つけてきたのやら。

 よく分からないが、まあ、確かに綺麗な石と言えば綺麗な石だな。

 きっと河原あたりで自然に磨かれていったのだろう。


「ありがとさん」


 貰っても使い道がないな、なんて考えてしまうのは大人の汚さだろうか。

 石が綺麗だからと言って喜んだり部屋に飾ったりできるほど俺の心は純粋じゃないようだ。

 しかしながら、気持ちが嬉しいだとか、そんな澄ましたことが言えるのも大人の特権だろう。


「えへー」


 頭を撫でてやると、にへらと春奈は笑う。


「だいじにしてね、わたしの宝ものだから」

「おう」


 いい加減、春奈用の箱を作らないといけないだろうか。

 よく、こうして春奈は物を持ってくる。綺麗な花だとか、ボルトやナットのような何かの部品、あるいはガラス球。

 貰う側としてみればどうでもいいようなガラクタだらけで。

 しかしそれは春奈にとって大切なものなのだ。

 そんな品がいい加減溜まってきたので一所に纏めた方がいい気はする。

 ああもう、わざわざ押し花までする俺を誉めてやりたいくらいだ。










其の二十二 俺と大切なモノと俺。










「いつも、春奈の相手をしてもらって悪いとは思うのだけれど……」

「いんや、いいって。ま、娘が一人増えた気分だ。あるいは、ありゃ孫か」

「そう、ならいいのだけれど……」


 庭を走り回る春奈はまるで犬だ。

 そんな春奈を見守って愛沙と二人、言葉を交わす。


「……しかし、父か祖父か」

「ん? そーさな、そんな気分になってくるよ。春奈を見ていると」

「私も、そろそろ春奈にも父が必要なんじゃないかと思うのだけれど……」


 言いながら、ちらちらと愛沙はこちらを見てくる。

 春奈の父を、と言う考えでも結果的には自分の夫になると言う話だから恥ずかしいのか。


「確かに、そうかもな」


 俺のような代替品ではなく、本物と呼べるような存在は、いたらいいのかも知れない。


「いやでも、元気一杯過ぎるから丈夫な父親が必要だな」


 そう言って俺は笑った。

 春奈に誤ってサバ折にされない父親が必要だ、と冗談めかして言ってみる。

 残念ながら、愛沙は笑ってくれなかった。


「……残念だけれど、そんなひとは中々見つからないので」

「そーかい。まあ、なあ……」


 並みの人間なら体二分割、生半可な鬼でも二つ折だ。


「あ、あなたくらいしかいないのだけれど……」

「困ったもんだな」

「……」


 うお、何故か恨めしそうにされている。

 他人事のようだったせいだろうか。

 どうにかして、話を逸らしてみよう。


「しかし、春奈は次は何を持ってくるんだろうな」


 呟くと、愛沙の表情は先ほどと打って変わって申し訳なさそうになる。


「ああ、春奈が貴方にガラクタを押し付けてしまって申し訳ないと思うのだけれど……」

「お母さんが娘の宝物をガラクタと言っちゃいかんよ」

「それは、わかってるのだけれど、どうしても、あれが価値あるものとは」


 まあ、確かにその辺で拾った草なんかも中には紛れ込んでいるが。


「だがまあ、結局価値を決めてんのは主観だよ。主観を排せばどんなに高級な絵も、子供の落書きも光の反射の一例に過ぎん」


 そう考えれば春奈の持ってきたこの石ころも、宝石と変わらない価値のある物、なのかもしれない。


「つまり、高い絵画を愛でるのも、子供落書きを大切にするのも本質的には変わらんってこった」

「しかし……」

「話が変わるが、四葉の白詰草……、もといクローバーってなんだ?」

「諸説あるけれど、劣性遺伝子によるものか、環境による変異か、と言った所かと」

「浪漫のねー話だな。でも、そんな浪漫がなくても娘から貰った四葉のクローバーを栞にして挟んじゃうお母さんもいるわけで」

「……う」

「娘のくれた絵が部屋に飾ってあったりとか」

「……み、みみ、みたので!?」

「いやあ、ほんの一例、一般的な家庭ということで」


 そう言って俺は苦笑する。


「俺の知る、身近な、可愛い話だ」

「……ッ!」

「無言で目潰ししてきたっ!」


 危ねえ。

 流石に研究者の細腕による攻撃を食らう俺ではないが、不意打ちは危ないったらない。

 愛沙の白い腕を掴んで止める。


「ところでお前さん、飯食ってんの?」

「は? 人並みには食べる方ではあるけれど、それがどうかしたので?」

「いや、随分細くて白い腕だから大丈夫なのかと」


 まじまじと見つめると、彼女は照れたように顔を赤くした。


「は……」

「は?」

「離して、ほしいのだけど」

「おっと、すまん」


 手を離すと、彼女はぱっと手を引っ込める。

 そして、俯いてしまった。

 会話が止まる。

 そして、空気が重くなり始めた。

 参ったな、会話が途切れたぞ。

 と、思ったそんなあたりで。


「やくしーっ、これあげるっ」

「なんだこりゃ……、って」

「あのね、あのね、ひろった!」

「は、春奈、そんなものすぐ捨てなさいっ」

「えー? なんで?」


 大人にとってはどうでもいいものでも、子供にとっては大切なモノ。

 そんな話をした俺だが、コレばっかりは何も言えん。


「……ブツがブツだけになぁ」


 所謂避妊具、と言っておけばいいだろう。

 剥き身で、膨らませて縛って放置されていたようだ。

 別に本来の使用用途に使ったわけではなく、悪戯だろう。


「そ、そんないかがわしいもの……」

「おかあさん、ちゃんとみてる? みてないのに、なんでわかるの?」

「さっきチラッと見たので! 見えてしまったので!!」


 めちゃくちゃ慌てるお母さん。

 仕方ないので、俺が春奈の手からそれを受け取る。


「こいつはな、大人の男用で、使い捨てなんだよ」

「じゃあやくしにぴったりー」

「そういうことではなく。使い捨てなんだ」

「つかいすて?」

「春奈が鼻水をかんだちり紙は、捨てるよな?」

「うん」

「だから、使い終わったこれは捨てなきゃいけない」

「りさいくるはー?」

「ダメだな。しちゃいけないぞ、様々な意味合いで、あらゆる用途に」

「んー、そーだったのかー」

「おう」

「じゃあ、すててくる」

「おう、っとその前に春奈さんや」


 振り向いて走り出しかけた春奈が、すぐに百八十度回転してこちらを見る。


「なに?」

「色々持ってきてくれるのは嬉しいんだが……、無理するこたないんだぞ?」

「やくしは、めーわく?」

「いや。だが、お前さんの大事なものもあるんだろ? それを俺が大切にしてくれるとも限らんしな」


 そうやって、春奈を諭してみると、しかし、その笑顔に一切の陰りはなく。

 まるで向日葵のように笑ってくれた。


「なら、いいよ! やくしにたいせつなもの、いっぱいあげる!」


 まあ、春奈がそれでいいならいいんだが……。

 俺が納得しようとしたその時、春奈の言葉が続く。


「だって」

「だって?」

「わたし、やくしがたいせつだもん。だから、たいせつなものたくさんあげて、もっとたいせつにするっ!」


 うむ、春奈用の箱が必要なようだ。

 これからまだまだ増えると言うなら、そのくらいは当然の備えか。

 と、そんな中、春奈が爆弾発言。


「だからね! やくしにおかあさんもあげる!!」


 お、おう……?

 問い返す前に春奈は元気一杯走り出す。

 取り残される二人。

 俺は、困って苦笑しながら隣を見ることにした。


「春奈が、お母さんくれるってよ。……貰われとく?」

「……っ!? ……ッ!!」

「無言で目潰しに来た!!」















―――
最近の温度変化にまったく付いていけません、兄二です。






通りすがり六世様

次が玲衣子になりそうですね、流れ的に。
春奈ネタは実はストックにあった奴じゃなくてふと思いついた話をこりゃいける、なら熱いうちにと思って書いた話です。
差し入れに関しては、する人が多すぎて下手にやると差し入れ過多になってしまうので全員分と言うことで藍音さんが運んでました。ということで。
ちなみにこの話はやっぱり半分はにゃん子の話でいいと思います。季知さんのをネタ振りににゃん子が仕掛けた話という見方でも問題ない気も。


男鹿鰆様

本当に閻魔一族続きますね。途中まで偶然だったのにこの際このまま行こうかと思ってます。
でもにゃん子が持ってきました。全体的に罠だった気がしてならない。
しかしヤンデレですか。リアルヤンデレはまあ、なんとも……、っていうか美少女なら何しても許されるという話な気もしますけど。
薬師みたいなモテ期より、きっと由壱みたいなモテ期が丁度良いんだと思います、人体に。


月様

ちなみに角は猫状態では要するに猫又になってるので消えてます。
もはや本当に鬼なのか猫なのか。いっそ角でも触らせれば良かったんじゃないかと思います。
むしろ何か気になるものがあるととりあえず触りたくなる薬師のほうが猫みたいな気もします。
とりあえず人間一粒で二度美味しい気分になれた幸せに生きていけると思うんです。


温かい芋様

そういえば飲ませてませんね。そうですね、飲ませてみましょう。
ついでに流石に春奈も飲んでません。あの子ガチ未成年なので。
この作中で非常に、激しく珍しい本物の若者なので大切にしていきたいと思います。何かの拍子で飲みそうですけど。
むしろ一番酔いどれぶりが分からないのが残っている気がします。


skmnr様

はい、書き込みありがとうございます。嬉しいです、それと返信が遅くなってすみません。
もうこの際、薬師の部屋に行った人間って大概つやつやした顔で出てくるんじゃないですかね。特に憐子さんあたりとか。
確実に日常茶飯事ですね、はい、間違いなくそうだと思います。
しかし、確かに薬師のSっ気出てませんね……、そろそろ溜まった分をどこかで……。






最後に。

ラストに頷いておけば確実に番外編行き。



[31506] 其の二十三 喉元を過ぎ行く熱さ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/06/03 22:04
俺と鬼と賽の河原と。生生流転








「よぉ」

「あらあら、ようこそいらっしゃいました、薬師さん」


 俺は玲衣子の家を訪ね、玄関先で手を上げた。


「それで、今日はどうしたのですか?」


 玲衣子に問われ、俺は上げていた右手を下げ、今度はもう片方の手に持っていたものを頭の横に掲げて見せた。


「いい酒が手に入ったんで、どーよ?」


 笑って問うと、玲衣子もまた、柔らかく微笑んで返す。


「あらあら。困った人ですわ。女性の一人暮らしに夕刻に酒を持ってだなんて」

「それを言われると耳が痛いな。しかしなー、家にまともに酒飲んでくれる奴もいなくてな」

「あら? たくさんいませんか? うちの季知ちゃんとか」

「お宅の娘さん酒に弱くて。他の面子も……、性質が悪いとか、酌させてるみたいな感じになったりとか」


 それが悪いとは言わないが、その時々の気分と言う奴だ。


「そうは言っても、私も強いほうじゃありませんの」

「ん、そうなのか?」

「ええ。飲むと、少し自制が効かなくなってしまいますから」

「へぇ、そーかい。っても、持って来ちまったからな。ちょっとだけ、付き合ってくれ」

「ええ、少々でしたら」

「おう」


 と、俺は靴を脱いで、奥の部屋へと歩いていったのだった。

























 俺が持ってきたのは、日本酒が二本ほど。


「では、我が家のも出しましょうか」


 そう言って玲衣子が持ってきたのが一本。


「そんなん持ってたのか?」

「たまに飲みますから。たまにしか飲まないから、それなりにいいものを買ってますわ」


 なるほど、そこそこ良さそうだ。

 だが、かく言う俺の品も下詰の秘蔵の一品。

 あいつと賭けをして手に入れたものである。


「じゃ、早速開けるとするかね」


 とにかく飲もう。酒の肴は玲衣子が用意してくれた。


「つーわけで乾杯」











其の二十三 喉元を過ぎ行く熱さ。











 流石に下詰は良い物を隠し持っていたようで、酒も中々進んでくれる。

 三本あった一升瓶の内二本は既になく。

 今正に俺は、三本目に手を出そうとしていた。


「おっと、空だな。ほい」

「ありがとうございます」


 そんな訳で玲衣子と二人呑んでいるが、こう見えて玲衣子がほとんど飲んでいないことはわかっている。

 開けた瓶もほとんど俺が呑んだと言っても過言ではない。

 玲衣子はさりげなく、こちらに酒を勧めたり、肴を出したりして自身はちびちびと口を付ける。

 強くないと言っていたから、悪酔いしないための術なのだろう。

 流石に俺も、そんな女に無理に酒を勧めることはしない。

 一応空けば注ぐが、それ以降は自分の好きな感じに呑めばいいだろう。

 呑み方は人それぞれということだ。ぶっ倒れるようなことがなけりゃそれでいい。

 と、まあ、そんな感じで新しく開けた一本の一口目をほんの少し、舐める程度に呑んだ玲衣子だったが。


「あら……」


 くら、と体が傾いだ。


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「本当か? 無理すんなよ?」

「はい、少しだけ強いお酒だったみたいで驚いただけです」

「そうか?」


 別に顔色が悪いわけでもないが……。


「そういえば……」

「どうした?」

「少し席を外しますわね」

「おう、辛かったら無理すんなよー」


 立ち上がり、歩き出す玲衣子に声を掛けると、玲衣子はそのまま振り向かずに答えを返した。


「大丈夫ですわ」


 そんな玲衣子を見送り、俺もまた、新しい酒を呑んでみる。

 が。


「む……?」


 舌への刺激、この辛味、喉の熱さ。


「下詰の野郎、どんな強い酒寄越してきたんだ……!?」


 今まで呑んだ中で十指に入るどころの騒ぎではなくダントツで強い。

 面食らった俺は、瓶を持ってまじまじと見つめる。


「鬼キラー……、ふざけた名前を。んで、度数……、150度……?」


 ちょっと待て。

 ちょっと待て。

 アルコール度数とは、この酒の中身のどれくらいがアルコールなのか、という割合である。

 つまり、この酒はアルコール十五割ということだ。

 五割どっから出てきた。

 下詰が自信満々に、お前でも一撃でノックアウトだと言ってきたからどんなもんかと思ったらもう酒と呼んでいいかすら怪しいだろうが。

 ちなみに通常の酒の最高濃度となると、九割六分……、96%である。


「……つーことは」


 あの玲衣子、めちゃくちゃ酔ってるんじゃなかろうか――。


「薬師さん」


 背後から呼ばれて、俺は振り向いた。

 なんだかいつもより弾んだ声が少々気になりつつも。


「おう、無事か……」


 ……無事じゃなかった。


「どうしました?」

「……いや。大丈夫か?」

「大丈夫ですわ」


 それの一体何処が大丈夫なのか。

 今の玲衣子は。

 何故か学生服姿であると言うのに。


「……それとも、セーラー服の方が好みでしたか?」

「……いや、そういう話じゃないんだ……」


 じゃあ、どういう話かと問われると、些かスカートが短すぎないかとか。

 ニーソックスまで装備するというのは何処まで用意がいいのかとか。


「……それとも、こんなおばさんでは、見るに耐えませんか?」

「ある意味、目に毒ではあるが……」


 心を落ち着けるため、俺は持っていた杯の中身を喉に流し込む。

 が、しまった、そういやコレの中身は度数のきつい酒だった。

 いまいち心落ち着けるようなもんじゃない、というか逆効果だろうコレ。

 流石下詰というか、俺ですら速攻で落ちそうだ。


「そうですか……?」


 目に毒だと言われ、しょんぼりとしている玲衣子。

 俺はそんな玲衣子を上から下まで見つめる。


「ああ、綺麗だぞ」

「え、そう、ですか……?」

「そんなの、どっから出してきたんだ?」

「私の学生時代のもの、ですわ」


 そう言って、どこか照れくさそうに玲衣子は俺の隣に座る。


「ほぉ。似合ってるぞ。可愛い可愛い」

「か、可愛い、ですか……?」


 俺は、更なるもう一杯に手を出しながら頷いた。


「いつもは落ち着いた感じだからな。そうしてるとなんか可愛い」


 そう言うと、玲衣子は酒のせいで赤い顔を更に赤く染めた。


「あまり、見ないでくださいませ……」

「見せるために着たんじゃねーのかい?」

「それでも、まじまじ見るのはご法度ですわ」


 そう言って、はにかみながら微笑む。


「いやしかし、たまにしか見れない稀有なモノなんだろ? 珍しいものには目がなくてな」

「しっかり見てるじゃありませんか、その目で」

「心の眼ということでここは一つ」


 そう言って玲衣子を眺めていると、立ち上がり彼女は俺の背後へと回った。


「そんなことしても、振り向けば……」

「ダメですよ、薬師さん」

「ぬ」


 後ろから抱きつかれた。

 確かにこうなっては見ることは難しいだろう。

 その体勢から、耳を甘噛みされる。


「おう、なにしてんだ」

「私も、珍しいものには目がありませんの」

「俺の耳なんぞ珍しくもないだろ」

「珍しいですわ。今のこんな状況は」


 頬に口付け。わざとらしい音が鳴って、離れる。


「何がだよ」


 俺の胸元に手が入り、胸板を触られる。


「おい、くすぐったいぞ」

「じゃあ、私の胸にもそうしてみますか?」

「ふむ、公平だな」

「ほら、やっぱり」

「何がだよ」

「秘密ですわ」


 言うなり、玲衣子は俺の手を取って後ろへと回し、俺に肌の温かみを確認させる。


「そこ、胸か?」

「どうしてです?」

「いや、低すぎだろ、位置」

「じゃあ、何処だと思いますか?」

「知らねーよ」

「太股です」

「そーか」

「どうですか?」

「やわらかくてあったかい」

「……そーですか」


 首元に、熱い吐息が掛かる。

 と、そこで玲衣子は言う。


「私、少し眠くなってしまいましたわ」

「そーかい。ん、酒もなくなったな。寝るなら布団で寝ろよ」

「動けそうにありませんの、私。運んでくれませんか?」

「いーけどな」


 そりゃ誘ったのは俺だから、それくらいはしても罰はあたらんってもんだ。

 そう考えて玲衣子を抱えあげると、玲衣子は俺の首に腕を回して積極的に体を押し付けてくる。


「動けないんじゃねーのかよ」

「もう抱えてしまったのですから、このまま、ね?」

「当たってるぞ」

「生で当てた方がいいですか?」

「後にしてくれ」


 部屋まで運んで、俺は玲衣子を布団の上に下ろした。


「さて……、俺は片付けして帰るからな」


 そう言って、俺は部屋を後にしようとするが、それは叶わない。

 首に回した腕を、玲衣子が外してくれなかった。


「寂しいので、一緒に寝てくれませんか?」

「帰らせろ」

「ダメですか?」


 ふむ、と考える俺。

 流石にいい大人が朝帰りってのも格好が付かん。

 ちゃんと後始末して帰るべきだろう。

 と、冷静な俺は考えたのだが。

 俺もなんか眠いし、眠かったので。


「あったかいですわ」

「そーだなぁ。まだ夜は冷え込むしな」

「そうだ」

「なんだ」

「おやすみのキスを、してくれませんか?」

「んー……?」


 眠い。


「……おう」


 おやすみ。


「ふふ、うふふ、好きですよ、薬師さん」

「んー……、へいへい」











 朝起きたら、全裸の玲衣子が隣で寝ていた。

 と思ったら俺も全裸だった。


「……」













オマケ


「ところで下詰。どうやったらあんなもん作れるんだよ」

「何の話か分かりかねるが」

「こないだの酒だよ」

「アレか」

「酒と呼んでいいかすら怪しいぞ。あのLv3 濃縮エタノールは」

「自信作だからな。数多くの妖怪伝説における酒のように、どんな妖怪だろうが急性アルコール中毒で一撃だ」

「別にアル中で死ぬわけじゃねーから。アル中でヤマタノオロチとか死んだら空しいだろうが」

「関連商品に天狗スレイヤーもあるが。呑むか?」

「嫌だ」





















―――
玲衣子が酒を飲むと、攻撃力アップ防御力ダウンします。つまり押しが強くなりますが押しに弱くなります。
でもいつもと変わってないような気も。



返信



男鹿鰆様

いやあ、私が小学生だったころ、道端に膨らんだ近藤さんが落ちてたことですし。
後、友人は公園で尻を拾ったことがあるそうです、所謂なんちゃらホールというアレを。その内運がよければきっとワイフにも会えますよ、ダッチなほうの。
いやはや、そろそろ番外編も書きたいですね。書きたいって言うだけなら簡単なんですけどね。
ネタという名の砂糖が濃縮してきたのでそろそろ吐き出したいんですが……。


1010bag様

2週間もパソコンに触れなかったら自分だったら多分手が震えますね。せめてキーボードだけでも持っていかねば禁断症状が出ます。
そして、やっぱり玲衣子さんでした。結局、何が起きてもあまり変わらない人だと思います。
もう、素直になる薬とか酒とか、攻撃力ブーストアイテムとしか思ってないんじゃないかと。
薬師は、奴はもうダメです。酔うと更にダメになるようです。


通りすがり六世様

発火する石ですか。リンの塊だったりしたら燃えそうですかね。そういう事件を考えると拾い物がどうなるかは気をつけないといけないことなのかもしれません。
むしろ薬師は火達磨になるぐらいで丁度いいかも知れませんし、春奈もけろっとしてそうですけど。
ていうか、道端に落ちてる近藤さんとかデフォだと思ってました。幼少の頃道端に落ちていたので。
この一家ある意味二対一ですからね、しかし春奈を選んだ場合、愛沙が義母さんというシュールなことに。


月様

了承すればそのまま貰われていけた気がするんですけどね。
しかしこれはもうやはり貰われるシナリオを書けという神託なのでしょうか。
近日私の両手が暴走することもあるかもしれません。
そうなったとき貰われるのが愛沙か薬師かわかりませんが。





返信

そもそも今回の話って玲衣子を酔わせてみたって言うより薬師を酔わせてみたなんじゃ……。



[31506] 其の二十四 俺と私の秘薬。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/06/10 21:58
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「……ぬ?」


 目覚めると、俺の腹の上にずっしりとした重み。

 これは、誰かが俺の上に乗っている重みだ。もう慣れた。

 しかし誰だ。

 そう思って目を開く俺へと、声が掛かる。


「……おはようございます、お父様」

「……気持ち悪いな」

「そ、そんな……、気持ち悪いだなんて酷いです」

「――銀子」

「てへ」


 無論、俺の布団に入っていたのは俺の愛娘ではない。

 銀子だ。


「何故ばれた」

「重量」


 子供と大人の差である。


「……」

「どうした」

「……ちょっと待ってほしい。今重いって言われたショックから立ち直るから」


 いや、別に由美と比べりゃ重いってだけで、本人が重いというわけではないのだが。

 ……まあいいか。


「で、今日はどうして俺の布団にいるんだ?」

「そんなの気にしなくてもいいくせに」

「何故そうなる」

「由美とか、藍音とか、憐子とか、にゃん子とかたまに普通に寝てる」

「お前だけは許しちゃいかん気がするんだ」

「えこひいき」


 由美から順に、別にいい、頭が上がらん、逆らえん、まあ猫だし、の順である。


「で、どうした」

「一人の夜が寂しくて……」

「怖い映画でも見たか」

「……なんでそういう人になってるの」

「自分の胸に手を当てて聞け」

「薄い胸しかない」

「すまん」

「……ない」

「すまん」


 まあ、とりあえず。

 俺は身を起こし、銀子を退ける。

 とりあえず朝飯だ。

 部屋を出て、廊下を歩き始める俺。

 と、そんな時。


「ところで、お願いがある」

「なんだ?」


 お願いがあると言った銀子は、振り向いた俺に、自分の部屋を開けることで応えた。

 そうして、俺が見たのは。


「これ、どうにかして欲しい」


 ……凄まじい煙の洪水だった。

 思うに、実験でもして煙が漏れ出したのだ。

 なるほど、俺の部屋で寝てたのは……。


「これが理由か」

「てへ」

「てへじゃねぇ」

「えへ」

「帰れ」

「やっくんの胸の中に帰る」

「消えろ」










其の二十四 俺と私の秘薬。









「そもそも、なんであんな煙てぇことになってんだ」


 問われて、銀子は一つの瓶を手渡した。


「なんだそりゃ」


 首を傾げる薬師へと、銀子は昨日出来上がったばかりのその液体の名前を言う。


「健康ドリンク」

「あ?」

「言うなれば、マッスルドリンコ」

「それ最悪毒付くから」


 と、薬師は半眼を向けてくるが、それは安全確認済みの代物だ。


「大丈夫」

「本当か?」

「うん」


 故に頷いてみるも、薬師はまだ怪訝そうで。


「怪しいな」

「大丈夫、マジ」

「……怪しい」

「信用ない」


 自分が撒いた種とは言え、少し悲しい。

 恨めしそうに銀子は薬師を見つめる。


「そーだな。じゃ、とっとと朝飯食うぞ」


 と、言った時には煙たかった部屋は綺麗そのもの。


「……ありがと」


 飲んでくれないのは気に入らないが、しかしなんだかんだ言ってツンデレな辺り彼らしいと言うもので。

 お礼を言ったら、無視された。


「うー……!」

「何言ってるんだお前さん」

「ありがと」

「……どーいたしまして」


 そうして、いつもの朝食が始まる。










 で、なんだかんだと有った後、ソファの上で銀子はいじけていた。

 理由はと言えば、薬師が自信作のドリンクを飲んでくれないことである。

 何が悪かったのか。


「……日頃の行い?」


 それはもう取り返しが付かない気がする。


「……やっぱり、液体の色が。次からは蛍光緑はやめよう」


 しかしやっぱり、好きな人が警戒して飲んでくれないのは寂しい。

 何せアレは、精一杯の心遣いで作ったものなのだ。

 無駄飯食らいなりに頑張ってみた結果である。

 ちなみに藍音や季知にも渡しておいた。季知はやっぱり蛍光緑の色に難色を示していたが。

 しかしそれでもやっぱり最高傑作と言ってもいい出来だ。

 何せ副作用が出ない。別に爪が緑色になったりもしない。それでいて最高の効果だ。

 でも、飲んでもらえない。


「おーい、銀子」


 飲んでもらえない。


「銀子?」

「なに」


 精一杯口を尖らせてみた銀子に、にぶちんは気にした様子もなく。

 正に仕事に行く寸前と言った格好で銀子に声を掛けてくる。


「あの健康飲料とやら、効果は今のところ知らんが味が最悪すぎるぞ。何とかしろ」


 やっぱり彼はツンデレである。


「そうする。すぐする。したら結婚してくれる?」

「無理」
















 研究に没頭すると時間を忘れる。

 特に今日は、鼻歌交じりで二十時間。

 上機嫌マックスで作業し、すっきりさっぱりひと段落。

 とりあえず部屋から出て、適当に何か飲むことにする。

 夜は静かで、今頃は皆が皆寝静まった頃だろう。

 こっそりと廊下を出てできるだけ音を立てないように居間まで降りて、そのまま通り過ぎて冷蔵庫。

 牛乳が見える。

 牛乳は素敵だ。カルシウムは胸を育たせる。

 たとえそれが迷信だったとしても構わない。牛乳の白には夢が詰まっているのだ。


「ふぅ……」


 飲み干した後のコップをシンクにおいて、銀子は居間へと戻る。

 と、そんなときである。


「よぉ」


 こんな夜中に、まさか薬師と鉢合わせとは思わなかった。


「どうしたの?」

「いや、そんなことより、お前さんのアレ、よく効いたぜ」

「ほんと?」

「ああ、効いた。いつになく調子良かった」

「よかった」


 嬉しい。人知れずこっそりとテンションが上がる。

 の、だが。


「おかげで未だに眠れないけどなッ!!」

「てへっ」

「効きすぎだ馬鹿」

「えへへ」


 銀子は笑ってソファの上に座った。


「じゃあ、私とお話しする」

「なんでだよ」

「私も眠れないから」

「飲んだのか」

「臨床試験」

「阿呆」

「えっへん」

「威張るな」


 言いながらも、薬師は銀子の隣に座ってきた。


「えへ」

「楽しそうだな」

「えへへ」

「まるでアホの子だ」

「アホの子じゃない。私は頭いい」

「そーだな。よく効く健康ドリンク作った結果、効き過ぎで寝れないほどにはな」

「いじわる」


 わざとらしくいじけたように薬師の胸を突いて上目遣いで見上げる。

 無論、彼は動じもしない。


「ぶーぶー。でも貴方はそんな私と朝まで語り明かす」

「いや別に、部屋戻ってゲームしててもいいんだが」

「やだ」

「おい」

「一人で朝までは寂しい。というか怖い」

「怖いってお前さん。よく徹夜してるくせに」

「研究に没頭してられないと怖いもん」

「そーかい」


 呆れたように薬師が肩を竦める。

 だが、怖いものは怖いのだ。


「なにもしてないと、ふと窓が気になって。窓の外にもしも何かいたらと思うと眠れない」

「逆に考えるんだ。寝れないんだからいっそ良いと考えるんだ」

「でも、そろそろ寝たい」

「何日徹夜した?」

「三日」


 と、言った時点で重大な事実が発覚する。

 その発覚した事実に、銀子はすすす、と薬師から距離を離した。


「なんだよ」


 聞いてくる薬師に、銀子はいい難そうに言葉を返す。


「今気が付いた」

「何を」

「私……、今、えっと。三日くらいお風呂入ってない汚銀子さんだから、近づかない方がいい」


 没頭しすぎると、色々と忘れすぎてしまうのが悪癖だ。

 直したくても直せないのだからしょうがない。


「きっと、臭い」


 だが、薬師はと言えば気を遣ったのかなんなのか。


「いや、まあ、でも臭いまではそう気にすることはねーだろ」

「臭い、ゼッタイ」

「女ってのは往々にしてそういうの気にしすぎなんだよ」


 言いながら、薬師が銀子の臭いを嗅いでくる。

 まるで抱きしめるように、首筋の辺りを。


「……あひぃ」

「変な声だすな」


 首筋に、鼻息が掛かって、なんとも言えない。


「おい、どうした」

「……その、いきなりそっちからそういうことされると、照れる」


 顔に血が集まり気味なのが分かる。

 後ついでに臭いも気になるから余計恥ずかしい。


「……ひぎぃ」

「変なこと言ってないと落ち着かんのか」

「……それで、どう?」


 吐息の熱さに耐え切れず、銀子は問う。

 答えは――。


「ああ、問題ない、良い匂い……、いや、すまん。本当にすまん」

「OH……」


 目を逸らされた。


「いや、まあ、マジの話をすると、薬品くせえ」

「それはそれでOH……」

「ま、でも薬品の臭いだから別に問題あるまいよ」

「つまり、くっついてもいいと」

「そうは言ってない」

「……でもくっつく。仕返しする」


 そう言って銀子は、逆に薬師の臭いを嗅ぎに行く。


「くんかくんか、すーはー」

「あえて口で言うな」

「やっくんの匂い」

「恥ずかしいわ」

「男臭い」

「やめろ」

「濡れる」

「もっとやめろ」

「どきどきして来た」

「知らん」

「続ける」

「おいやめろ」

「でも本当は」

「本当は?」

「私と同じ匂い」

「そりゃお前さんがたまに勝手に俺の石鹸やら使ったりするからだろ」


 そんな言葉に、銀子は一つだけ答えてみた。


「ロマン」























―――
よく分からんことになりました。








返信

通りすがり六世様

エタノールなので目に来るかどうかは分かりませんが、まず間違いなく肝臓が爆死します。というか急性アルコール中毒ですね。
そしてどうでもいい余談ですが、前回の話は私が何故かミニスカニーソの太股の眩しさを再確認したためできた話です。本当にどうでもいいです。
しかしブレザーですか。そういえば閻魔の家にはまだブレザーがあることでしょうし……。
一体誰に着せたもんでしょうかね。


月様

アルコールが150%つまりアルコール以上の何かと化してますね。
鬼キラーさんは酔わせた後殺すどころか酔わせて殺す領域に達しました。
きっと大天狗でもなければ死んでたことでしょうし、玲衣子も舐めるように少量じゃないと危なかったことでしょう。
一体どうやって作ったんだそんなもん。


男鹿鰆様

つまり完璧なアルコールにアルコールをトッピングした結果が鬼キラー。
とりあえず薬師に天狗スレイヤー飲ませれば既成事実は作れると思いますよ。
天狗スレイヤーとはもう、とある大天狗を社会的に抹殺か、人生の墓場的な意味で殺すためのものなんじゃないかと思います。
ワイフ拾った友人はその頃純粋無垢で、父親に父さんなんか外に尻落ちてたけどこれなにー、と持って帰ったそうです。その話を聞いたときは思わず合掌せざるを得ませんでした。


wamer様

確かに色々な意味で落ちてましたね。
酔って思考が鈍った結果がこれだよ! 酒って怖いですね、はい。
そりゃ伝承の妖怪たちも呑まされて死ぬわけですよ。薬師も次ガチで酔ったら人生の墓場です。間違いなく。
もう天狗スレイヤー呑んでしまえばいいと思いますよ。そしたら次の日には間違いなくアレですから。


1010bag様

翌朝にはすっかり復活しているから恐ろしいところですかね。
しかし、攻略法は確立されたと思います。酔ってる隙に完全に落としきればあとはそのまま。
「お酒美味しい?」「おーう……」「おつまみも美味しい?」「おーう……」「お酒好き?」「おーう……」「あたしのこと好き?」「おーう……」「じゃああたしと結婚する?」「おーう……」「じゃあコレにサインして」「おーう……」
と、まあこんな感じでとんとん拍子にことが進むでしょう。次の日には式ですね。






最後に。

きっと銀子の最後の台詞はめっちゃドヤ顔。



[31506] 其の二十五 俺と眠れない夜。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/06/17 22:18
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







 ……なんだ。視線を感じる。

 こちとら寝ているというに一体なんなんだ。

 敵意は見られないから別に寝ててもいいのだが、じっと見つめられている環境の中寝ていられるほど俺の神経は太くない。


「……誰だ?」


 俺は目を開く。

 すると。


「……起こしてしまいましたか?」

「何で見てるんだよ」


 そこには見慣れた銀髪のメイドの姿が。


「藍音」


 一体どういうことなのか。

 何故藍音は寝ている俺をじっと見つめ続けるのか。


「今日、銀子の渡してきた栄養ドリンクを飲んだ結果、眠れなくなりました」


 なるほど。そうか、納得した。


「おのれ銀子」














其の二十五 俺と眠れない夜。














「眠れないので、これはチャンスと薬師様の寝顔を見つめることにしました」

「なんでだよ」

「見たいからです」

「帰って寝ろ」

「寝れません」


 まあ確かに、銀子の栄養剤の効能は確かとしか言いようがない。

 そら寝れないことだろう。

 しかし、問題はそこじゃない。


「どれくらい見てやがった」

「かれこれ三時間ほどです」


 藍音がしれっと答える。

 対する俺は頭を抱えた。


「うわ恥ずかし」


 むしろなんで今更起きたんだ俺。色々な意味で恥ずかしいぞ。

 これならもう朝まで寝てろよ俺。

 後悔の念で一杯な俺に、藍音はいつもの無表情で俺に言う。


「では、私に構わず、ごゆるりと睡眠を」

「寝れるかボケ」


 何をしれっと言っているのかこの藍音は。

 俺の隣で正座したまま動く気のない藍音へと半眼を送るが、見つめ返してくるだけでどうしようもない。


「もう気合で寝ろよお前さん」

「私一人の力では不可能に近いです。しかし、薬師様がおやすみのキスをしてくださった場合、嬉しさのあまり気絶します」

「ねーよ」

「残念です」


 まあ、効果が切れるのを待つしかないのだろう。藍音の手には乗らんぞ絶対。

 俺は大きく溜息を吐いて、身を起こす。


「仕方ねー……」

「どうしましたか」


 俺は、胡坐をかいて藍音を見つめる。


「目が覚めちまっただけだ。それだけだ」

「もうしわけありません」

「知るか。そんなことより暇になったぞ、なんかねーのか?」


 そう言って俺は肩を竦めた。


「……そうですか。お付き合い、ありがとうございます」

「目が冴えただけだ」

「そうですか。しかし、暇つぶしですか」

「ああ」


 では、と藍音が優雅に立ち上がる。


「手品を」

「おお」


 次の瞬間、スカートが翻り、いつの間にか藍音の手には一枚の紙切れが。

 なるほど、手品っぽい。


「ここに、先ほど念写した薬師様の寝顔の写真があります」


 手品っぽいと一瞬でも思った俺が馬鹿でした。


「……おい」


 自分の寝顔とはどうしてこうも間抜けなのだろうか。

 普通はとても人に見せられるようなものではないだろう。

 俺は、とりあえず回収しようと手を伸ばすが、藍音はすっと手を引いてそれをかわす。


「消えました」


 そして、ぱっとその手から写真が消える。


「消えましたじゃねーよ」


 手品どころじゃねーよ。


「はい」

「はいじゃねーよ。出せ、そして燃やす」

「わかりました、では」


 不気味なほどに素直。

 藍音が肯定すると、藍音は突如として服の襟を緩め、胸元の辺りまでボタンを外す。


「消えたはずの写真が出てきました」

「……出てきましたじゃねーよ」

「どうぞお取りください」


 なるほど、写真は出てきた。

 出てきたが――。

 それは藍音の胸の谷間に挟まっていた。

 緩められた胸元から覗くその峡谷に手を突っ込んで、取れというのかこいつは。


「どうぞ」

「……」


 どうする。

 本気でどうする。


「要らないのでしたら、これは私が」


 藍音は、そのままボタンを留めてしまおうとするが、俺はそれに待ったをかける。


「待て」


 大丈夫だ。世間体的には色々不味いがぱっと取ってぱっと終わらせれば一瞬だ。

 一瞬で終わらせろ、何か余計なことが起きる前に神速果断に一撃で決めろ。

 大丈夫、俺ならいける。

 俺は心を無にして速攻で片を付けることに決めた。

 ならば、あとは迷うだけ無駄。


「そい」

「消えました」

「……消えましたじゃねーよ」


 俺の手には、藍音の胸の感触以外に何もありはしなかった。

 これでは藍音の胸の谷間に手を突っ込んだだけの変態である。

 ……変態である。


「しかし、本当はもう少し奥にありますので」

「ええい、こうなったらもうどうにでもなれ」


 もう少し、手を奥へ。

 柔らかいだの温かいだのそういった主観は全て無視だ。とにかく可能な限り早く片付けないと最悪誰かが乱入してとんでもないことになる。

 手が、写真の硬い感触に触れる。

 掴んだ。

 即座に抜こうとする俺。

 だが。


「……抜けないんだが」

「そうですか」

「押し付けてくるな」

「強引に抜いてくださって構いません」

「……」


 俺の手への圧力が増していて、手が抜けない。

 両側から藍音が押さえつけているのだ。


「……落ち着け、そっとその両手を離せ。俺を自由にしろ」

「わかりました」


 そして今一度、不気味なほどに素直に、藍音が両手を離し、俺は手を引き抜くことができた。

 の、だが。


「……おい」

「なんでしょう」

「この野郎」

「どうしましたか」

「これ、お前さんの写真じゃねーか」

「はい」

「はいじゃねーよ」


 俺の手の中の紙切れには、藍音が無表情で写っている。


「俺の写真を寄越せよ」

「消えました」

「消えたのか」

「はい」

「はいじゃねーよ」

「では、確かめて下さって構いません。どうぞ、私の服を剥ぎ取って確かめてください」

「随分な自信だな」

「はい。本当に消えましたから」

「嘘だな」

「だから、証明するのです」

「はっ、後悔させてやるぜ。絶対奪い返す」


 俺は意地になって、藍音の肩を掴む。


「……意地でも返してもらうからな……、って待て待て待て」

「なんでしょう」

「脱がさねーよ? 脱がさないからな?」

「残念です」


 途中で冷静になった俺。深夜しかも微妙に眠いときの気分と勢いに任せるのは実に危険だということがわかった瞬間だった。


「では、脱ぎますのでお確かめください」

「おい待て早まるな」

「何故でしょう」

「さっき残念ですって言ったろ」

「薬師様の手で脱がして貰えないのが残念ですが、仕方ないので自分で脱ぎます」

「やめろ」

「そして大声で喘ぎます」

「わかった。俺の写真はお前さんにやる」

「ありがとうございます」

「流出させるなよ?」

「私だけのものです」


 いつの間にか、俺の写真が出てきていて、それを藍音は抱きしめるようにして、そして少しだけ頬を赤く染めてどこか嬉しそうにしていた。

 その様に、俺は溜息を吐く。


「何が楽しいんだか。ってか何に使うんだよ」

「……枕の下に敷いておきます」

「毎日現実で会ってるだろーが」

「では、毎日一緒に寝てくれますか?」


 藍音が、首を傾げて問う。


「せめてたまにで頼む」

「では、枕の下に敷きます」

「そうかい。で、ところでだが、お前さんの写真、返すぞ」

「それは差し上げます。要らなければ、捨ててください」


 藍音は無表情で俺の手の写真を捨てろと言う。


「お前さんな……」


 俺は今一度溜息を吐いた。


「お前さんはたまに気が利かなくなるな」

「……何か、ご不満が?」

「それなら写真立ても用意しとけよ」

「それは、飾ってくれるということですか」

「……気が向いたらな」

「薬師様」

「なんだ」

「……嬉しさのあまり失禁しそうです」

「止めてくれ」


 まったく、これで藍音の写真が一枚増えるわけか。

 まあ、別にいいか。捨てるのも、何かもったいないだろう。


「それと、できれば笑った顔がいい」

「わかりました。用意しておきます」


 と、そこでふと俺の口から欠伸が漏れる。

 流石に変な時間に起きてしまっては眠いというものだ。

 俺はどうにか欠伸を噛み殺すも藍音は当然見抜いている。


「眠いのですか?」

「……いや」


 俺は否定しようとするが、しかし藍音は食い下がった。


「無理はなさらず、どうぞ」


 そう言って藍音は布団の上で正座し、膝に手を載せて見せた。


「いや、だがな……」

「ここまで、付き合っていただきありがとうございます。私なら、大丈夫ですので」

「ぬ……」

「私なら、薬師様の寝顔でお腹一杯ですから」

「それはそれで嫌だがな」


 しかし、眠いものは眠いのだ。

 意識が落ちかける。

 その瞬間には、何がどうなったのか、俺は藍音の太股に頭を乗せていた。


「では、おやすみなさいませ。薬師様」

「ぬう……。おやすみ」
















 ……なんだこれは。柔らかい、って藍音の膝枕かこれは。

 うむ、朝だな。明るい、いい朝だ。

 しかし、藍音はずっとこの体勢で起きていたのだろうか。

 そう思って俺は藍音を見る。

 見た。

 見たのだが。


「おい藍音」

「なんでしょう」

「鼻血出てんぞ」

「はい」

「はいじゃねーよ」






















おまけという次回予告



「き、来てしまった……。ね、寝てるのか?」


 俺はそんな声で目を覚ます。

 また、深夜だ。今度の訪問者は一体誰だ。


「季知さん? どうしたよこんな時間に」


 そして、俺は思い出す。


「や、薬師。実はだな」

「実は?」

「銀子に貰った栄養ドリンクのせいで眠れないんだ」


 銀子が渡したという栄養剤の犠牲者が、もう一人いたことを。


「……ブルータス」



















―――
神は死んだ。うちの給湯器が壊れました。こんな熱い中風呂が使えません。









返信

男鹿鰆様

由美と見せかけて銀子でした。文章だからできる真似でもありますね。文章でしか判断できないからずるい話でもありますが。
まあ、薬師ですし、ちょっとやばげな液体でも死にはしないでしょうし。
それにきっと、閻魔の暗黒物質のおかげで慣れているんでしょう。感覚が欠如したとも言えますが。
とりあえず、浪漫なので、銀子は薬師のシャンプーとか使ったり歯ブラシも使ったりするそうです。


通りすがり六世様

まあ、男の臭いに関してはほとんどの男は「ファブれ」と口にするでしょう。
女性ならばアリだと思います。嗅いで恥ずかしがらせるのも含めてアリだと思ってます。
しかし、銀子と普通にデートとか……、はい、ないですね。基本引きこもりですし、きっと日に当たったら溶けますよ、多分。
いやはやしかし、自分で一通り管理できてるかと言われると結構微妙ですね。たまにぽろっと忘れてる設定もなきにしもあらずです。誠に遺憾ながら、三百話近く続けてるともう。


月様

汚銀子さんは少し照れ屋です。女の子だから流石に匂いは気になるようです。
綺麗な銀子は気にしません。ガシガシ攻めます。無駄に攻めます。
そう考えると汚銀子さんのほうが綺麗な気がする不思議。
とりあえずほどほどに汚銀子さんな方が恥じらいがあっていいんじゃないかと今思いました。


napia様

汚銀子さんは別に汗臭かったりはしないようですが、薬品の香りが漂います。綺麗な銀子は好きな人と同じシャンプーと石鹸の匂いがするようです。
しかし、銀子の薬品、蛍光緑の栄養ドリンクですが、味は生のハーブ類を煮詰めたような味です。
ちなみにハーブごった煮はかなり死ねる味がするので注意が必要です。吐きました。ついでに涙も止まらなくなります。
常人が銀子の薬を飲む際はきっと胃薬必須ですね。


1010bag様

基本薬師一人称なので多分珍しいと思います。特に銀子はそうなんじゃないかと。
しかし、綺麗な銀子よりも汚銀子さんの方が恥じらいがあって可愛げがあるかもしれません。
そして、銀子の胸は壁です。越えられない壁なんです。触れちゃいけません。
もう薬師が育てるしかないですね。揉む方向でどうにかこうにか頑張っていただきたい。




最後に。

前回の話はどうやら銀子から私へのキラーパスだったようです。



[31506] 其の二十六 俺と眠気。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/06/24 22:38
俺と鬼と賽の河原と。生生流転










「き、来てしまった……。こんな夜更けに、はしたないが……」


 寝ぼけた耳にそんな声が届いてきていた。


「しかし……、まあ、間違いなど起こらないだろう、というのは良いのか悪いのか……」


 ぼんやりとこれは季知さんの声だと、心のどこかが答えを出す。


「あれ……、薬師、寝てるのか……?」


 その問いに、俺は答えなかった。答えられなかった、でもいいかもしれない。

 俺の意識は今緩い波形を描いて零と一をふらふらと彷徨っているのだろう。


「寝てる……」


 季知さんが、何らかの動きを見せたらしい。

 何らかの音がした。しかし詳細はわからない。


「寝てるなら……、す、少しくらいなら……、いい、はず……、多分。ちょっとだけなら」


 ……。

 季知さんの声が近い。


「本当に、寝ているんだな……?」


 まるで耳元で聞こえるような、そんな声。


「……寝てるぞ」

「ああ……、本当に気持ち良さそうに寝ている」

「そうか。人に見られると恥ずかしい気もするけどな」

「そんなことはない。私はかわいいと……、って」

「おう、寝てるぞ」


 そう言って、俺は気軽に手を上げて挨拶代わりにしてやった。

 瞬間。


「お、おおおお!」

「おはよう?」

「おはよう、じゃなくてっ! お、起きて!? 痛い!」


 隣に座っていた季知さんが飛び上がるようにして立ち上がり、背後の壁へとぶつかったのが見えた。


「……季知さん」

「な、なんだ……、うう」


 後頭部を強かに打ちつけて背を丸めて頭をさする、パジャマ姿の季知さんへと、俺は言い放った。


「このむっつり」

「うわあああん!」
















其の二十六 俺と眠気。













「で、なんなんだ? 眠れなくなると俺の顔を見るのが流行ってんのか? なんだ、アホ面晒して気持ち良さそうに寝てるから自分も眠くなるってか、余計なお世話だ馬鹿野郎め」

「い、いや、そうじゃなくてだな……。その、起きているかと思ったんだ」

「いや、俺よりにゃん子のほうが確実だろ」


 にゃん子は猫だから夜は元気である。まあ、普段から寝たり起きたりと不規則なのが猫って奴だが。

 しかし、季知さんはにゃん子では不服らしい。


「にゃ、にゃん子は……、ちょっと」

「まあ、確かに遊ばれるだけだろうが」

「そういうことだ。それに、お前なら、娯楽も幾つか持っていると思ってな」

「要するになんか貸せと?」

「いや、できれば、その……、お前と話が……」

「おやすみ」


 俺は、起こした身を倒して布団へと帰還。

 季知さんはそんな俺を声をもって制止する。


「いやっ、待て! 何故そうなるんだっ」

「眠いからだろ」


 こちとらここ二日ほど睡眠時間が削れ気味で滅茶苦茶眠いのである。


「ってことで、おやすみ」

「ま、待ってくれ」

「なんだ」

「少しくらいは……、付き合ってくれないか?」


 言って、季知さんは人差し指を付き合わせつつ、照れながら口にする。


「何もないのにこんな風に起きてるのはあんまりないから……、寂しい」

「そーかい。じゃあ、できるだけ可愛らしくお願いしてみてくれ。可能な限り女の子っぽく」


 果たして何が季知さんを駆り立てるのか知らないが、俺がそう言うと、素直に季知さんは従った。

 照れながら、恥ずかしがるように体を縮めながら。


「お、お願いっ、薬師。わ、私と一緒に、お話して?」

「おやすみ」


 俺は目を瞑る。

 季知さんがそれを遮るように声を上げる。


「い、言ったじゃないかっ!」

「別にお願いしたら付き合うとは言ってねー」

「ず、ずるい!」


 うるせー。眠いんだ。

 昨日と一昨日で寝れないのはこれで三回目なのだ。

 仏の顔も三度までということだし、天狗の笑顔は二度まででいいだろう。


「じゃあ、できるだけ扇情的に誘ってみてくれたら考える」

「……わ、私と、話でもしないか……?」

「おやすみ」

「見てもいないっ! 私は頑張ったぞ!?」

「考えはした。だが眠い」


 果たして季知さんがどんなことをしていたかはわからないが、季知さんは真面目だから頑張ってくれたのだろう。


「私のことはどうでもいいのかっ」

「いやぁ、眠けのあまり見逃した。見られなくて実に残念だ。ああ、残念だなァ」

「ひ、酷いぞ!」

「じゃあ、次、なんかアレだ。一発芸」

「そ、その手には乗らないぞ!」

「じゃあおやすみ」

「う……」


 果たして季知さんは何を思ったのか。


「き、金魚」

「おやすみ」

「また見てないっ!」


 果たして何が金魚なのか少し気になりもするが。

 そんなことはおいておいて、では次の御題。


「では、次はこのゲームで私と対戦していただきます」

「突如として対応が事務的に……!」

「勝ったら効果切れまで付き合おう。負けたら次の試合に続行で」


 そう言って俺は携帯ゲーム機を取り出した。

 ちなみに、二台である。片方は銀子のだが、アレは何故か俺の部屋でやって俺の部屋に置いていく、その上、銀子が狙われた事件で俺が渡したものだから、半分俺のものみたいなもんだろう。


「……よくわからないぞ」


 そして、今日の季知さんは無駄に素直にゲームを受け取り首を傾げる。

 まあ、普段しないのなら最近のゲームは異世界だろう。

 俺ですら最新鋭機には遅れを取り気味だというに。


「まあ、待て。とりあえず、基本操作はだな……」


 俺は正座でゲーム機を構える季知さんの隣に肩をくっつけて座り、横から画面を覗き込む。


「……うん? ……ふむ」


 俺の話を聞きながら首を傾げたりしつつ、季知さんは操作を覚えていく。

 のだが。


「……横からだと見難いな」


 説明している俺が微妙な顔をする。

 往々にして横から画面を見るというのはきついものである。


「そうなのか?」

「ああ」


 すると、季知さんは画面を見ながら少し立ち上がると、それに集中しながらも俺の胡坐の上へと座る。


「どうだ?」

「……すまん、季知さんの背中しか見えん」


 しかしながら、今言った通りである。

 季知さんの身長は高いため、俺の視線が季知さんの手元に来ることはない。


「どうせ私はでかいよ……」


 自分でやりつつも落ち込み、拗ねる季知さん。

 肩を落とし、縮こまるようなその背は、いつもより小さく見える。

 無論実際の大きさは一切変わらないが。


「まあ、待て」


 落ち込む季知さんに、俺は口を開く。


「確かにこれじゃあ見えないが……、ちょっと失礼するぞ」


 言いながら、俺は季知さんの脇に手を入れて、ぐい、と持ち上げる。


「薬師?」


 そして、俺は季知さんを横にして、その背を腕で支えるのだった。


「これなら問題ないな」

「だ、だが……、これは、照れくさいぞ……」

「気にするな。さもないと寝る」


 それは所謂お姫様抱っこという奴に似ていて、季知さんは照れくさそうにしている。


「そ、それは、困る……」

「じゃあ、このまま説明続けるぞ」


 そうして、俺は説明を再開させようとするが、その前に。


「ああ、あとアレだ。季知さんはでかいが、重くはなかったぞ」

「……馬鹿」





















 と、まあ、そんなこんなで対戦を行なうわけだが。


「や、薬師! ずるいぞ!! お前、やり込んでるんじゃないか!」

「そりゃまあ」

「私が勝てるわけないだろう!」


 果たして何戦繰り返したことか。

 やってるゲームも、手を変え品を変え。

 時には接待しつつも勝ちは保った俺である。途中、協力プレイとか意味のないものも挟んだが季知さんが疑問に思わなかった辺り、真面目すぎるというか、人を疑うことを知るべきというか。


「これではいつまで経ってもお前が寝るのを止めることが……」


 季知さんが悔しそうに目を伏せる。

 そんなに寝かしたくないのか俺を、この子は。あまりに鬼畜過ぎるだろう。


「第一、なんなんだ、薬師。今日の薬師は、いじわるだ……」


 そう言って、季知さんは泣きそうな顔で拗ねてしまう。

 しまうのだが。


「ところがどっこい」

「……え」

「もう朝です」


 ――俺がカーテンを開けると、外は輝くように日が降り注いでいて。紛れもなく、これは朝。

 いい加減本気で眠いんだが。


「もう、寝ていいよな? 休みだから昼まで寝るぞ?」


 俺はよく頑張った。だから寝る。

 と、思ったのだが。


「ま、待ってくれ!」


 なぜか季知さんに止められた。

 俺は一瞬だけぴたりと止まる。


「……待てない、眠い」

「いや、その……、薬が、切れてきたみたいで」

「ん」

「眠くなってきたから、私も、一緒に寝てもいいだろうか……」


 照れながら問う季知さんに俺ははっきりと返した。


「やだ」


 俺ははっきりいいえと言える日本人である。


「やっぱり今日のお前は意地悪だ!」


 俺は、それには答えず布団の中に入った。


「ま、でも。寝たらなにも判らんし、きっと布団に入ったら一瞬で寝るだろーさ……」


 俺は実際に、言った通りさっくりと寝入ったのだった。




















―――
最近とみに忙しいですが、何とか時間を捻出したいところです。







返信


月様

そんなに際立ってメイン張った回数が多いわけでもないのに一際目立つ藍音ですね。
話のオチのちょい役としての出演を数えると登場回数は一番多いかもしれませんが。
でも、メイン張る度にハイパワーなのは確実ですね、間違いなく。
さて、個人サイトの方ですが、そうですね、念のためバックアップを公開しておくべきなのかもしれません。
しかしながら、流石に話数が嵩んでるんで、結構時間が掛かりそうです、最悪の場合テキストファイルをZipでという方向でどうにかしたいと思います。できるだけ早めに。


男鹿鰆様

銀子がいつも精力的に働きまくって大変そうだなぁ、と思った人が犠牲者でした。
しかし、胸の谷間に手を突っ込んだら既にもう責任を取らねばならないようなレベルな気がします。
少なくとも写真に収めておけばきっと周囲から非難轟々でしょう。
季知さんの方はなんだかんだ言ってからかいながら一晩付き合いました、色んなゲームで。


通りすがり六世様

むしろ火種を残さない穏やかな銀子なんて銀子じゃない気がしてきました最近。
ちなみに、今回の不眠シリーズはとりあえずここで停止、するような気がします。気のせいかもしれません。
今正にこれを書いてる途中でネタを一つ思いついたので続くかもしれなくもないです。
実質シリーズ内といって良いのか不明なネタですが、多分次回に。


がお~様

藍音のテンションが高かったのは多分……、全部じゃないですかね。
そもそも藍音が薬師の寝顔見てハァハァしてただけとは限りませんしね、はい。
三時間もあればメイドたるもの主に気付かれないように悪戯の一つや二つするのは容易じゃないでしょうか。
味も見ておくとか、初めての相手はこの藍音だッーーッ! とか行なってる可能性は十二分だと思われます。


1010bag様

自分でも予想してませんでした。ふと思いついた結果続きました。
小道具系は登場したときに使わないと使えないので使わないともったいないので。
というわけで予告どおりの季知さんでしたね。なんだか甘いようで甘い薬師と、底意地悪いようで結局甘いあの野郎のコントラストです。誰得の野郎ツンデレ。
きっと、後日には滅茶苦茶いい笑顔の藍音さんの写真が薬師の部屋の机に飾られていたことでしょう。






最後に。

携帯機で格闘ゲームは辛い。



[31506] 其の二十七 眠れない俺。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e3a78fc9
Date: 2012/07/01 22:17
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「やあ薬師。起きてるかい?」

「……憐子さん」


 いい加減寝かせろ。














其の二十七 眠れない俺。














「で、憐子さんはどうした」

「夜這いだ」

「帰れ」


 夜の俺の部屋にはまた来訪者が。


「つれないなぁ」


 そう言って憐子さんは笑うがこちらはそれどころではない。


「別に銀子のアレ飲んだわけでもあるまいに」

「ああ」


 あっけらかんと憐子さんは頷く。


「俺は寝ようとしてるところだ」

「知ってる。だから早めに来たんだろう?」


 まあ、確かに夜中じゃないからまだいいのかもしれないが。


「俺は寝たいぞ」

「知ってる」

「じゃあ寝かせてくれ」

「今夜は寝かせない」


 そんな台詞に、俺は半眼になって憐子さんを見つめた。


「寝かせろよ」

「駄目だな」

「何故」

「先日まで、皆と随分お楽しみだったそうじゃないか」

「お楽しみっつーか、なぁ」

「今日は私の番だ」


 うむ、あんまりだ。

 だが、憐子さんは寝れないわけでもないのだ。


「俺は寝るぞ」


 付き合う義理はない、と言おうとして。


「そんなこと言いながら、実は寝れないんだろう」

「……ぬ」


 微妙に痛いところを突かれた。

 有体に言えば、そうなのだ。


「度重なる不規則な睡眠のせいだね?」


 眠い、というより、疲れているのだ。

 疲れてはいるのだが、なんだか眠れない。


「図星の顔だ。そうやってすぐ顔に出る」


 俺は一体どんな顔をしていたのか。

 わからないが、憐子さんには見抜かれているらしい。


「勿論。薬師のことなら何でもわかる。憐子さんに任せなさい」

「じゃあどうするんだよ」

「無理して寝ようとしても寝れないだけさ。つまり私と夜の運動をすれば……、後はわかるね?」

「わからん」


 わかりたくもないわ。

 あまりに自信満々に言われた言葉が阿呆すぎて涙が出てくる。


「よし、帰れ」

「酷いじゃないか」

「俺のほうが余程酷い仕打ちだぜ」

「ふむ、そうか残念だ」


 まったく残念そうには見えない上に、返ろうともしない憐子さんに俺は半眼を向ける。


「本気で何しに来たんだよ」

「うーん、それは言えないなぁ。言ったらさせてくれないだろう」

「いや、もう聞いてやるからとっとと済ませて帰れよ」

「おや、いいのかい?」


 意外そうに聞いてくる憐子さんへと、俺はぞんざいに頷いた。


「眠れねーが疲れてんだよ」

「そうかそうか。じゃ、失礼して」


 唐突に憐子さんは俺の手を握ってきた。

 そして、更に距離を詰め、零距離で俺を見上げてくる。


「何してんだ?」

「薬師成分の補給」

「……なんだそれ」

「私の活動に必要な成分を補給しているのさ。お礼に胸を押し付けてやろう、ほら、どうだ?」

「どうでもいいわ」

「酷いな、薬師」


 わざとらしく憐子さんは目を潤ませて、胸元を緩めてくる。


「私はこんなにも……、お前のことを……」

「やめろ」

「好みじゃないか。じゃああれだ。薬師、好きだ、付き合おう」

「よしわかった、断る」

「薬師のいけず」


 言いながら憐子さんは薄く微笑む。

 と、そこで俺はとあることに気が付いた。


「憐子さん、髪が濡れてるぞ」

「ん、そうかい?」

「風呂に入ったときちゃんと拭いたのか?」


 聞くと、憐子さんは惚けた顔をした。


「……はて、どうだったかな」

「……馬鹿野郎」


 憐子さんは飄々として何でもできるように見せかけて実は自分のことに関しては無頓着もいい所。

 っていうか、世話全般を任されていた俺の罪なのか。


「ちょっと頭貸せ」


 丁度良く落ちていた俺の使った手拭いを取って、憐子さんの頭に載せる。

 そして、乾いてない髪を俺は丁寧に拭き取った。


「……ふふ、ありがとう、薬師」

「自分でできるようになれよ」

「それは無理かな。お節介を焼いてくれる人がいるからね」


 言われて俺は黙り込む。

 そんな俺へと憐子さんは笑いかけた。


「ふむ……、薬師の匂いがするな」

「投げ捨てんぞ」

「それは困ってしまうよ。仕方ないのでこっそり楽しもう」


 本当に投げ捨ててやろうか。


「そんな顔をしながらも続けてくれるお前が好きだよ」

「あーはいそーですか」

「ふふふ」

「ああ、あとな、いくら最近暑いからってあんま脱ぐなよ」

「パンツは穿いているだろう。あとYシャツ」

「足りねーつってんだよ。あとなんで俺のを勝手に着てるんだよ」

「足りないかな?」

「そうだ。いくら言っても聞かないけどな。女が身体を冷やすのはお勧めできんぞ」


 言うと、憐子さんがなんだか意外そうな顔をする。


「なんだよ」


 しかし、その顔は、どこか嬉しそうな表情に変わった。


「……いや、うん。意外と女扱いされているようで、少し嬉しいよ」


 はにかむような笑顔で、憐子さんは胸に顔を押し付けてくる。


「なんだそれは。憐子さんは女だろ」


 どう見れば男になるのか。

 しかし、そんなのは置いておいて。


「うむ、じゃあ、薬師の言うとおり、身体を温めようか」

「おう、そうしてくれ」

「じゃあ、薬師、温めてくれ」

「何故」

「女が身体を冷やすのは駄目なんだろう?」


 からかうように憐子さんは笑う。


「ほら、ぎゅーっと」


 そして、憐子さんのほうから抱きついてきた。


「やめい」

「やめない」


 あんまりである。

 憐子さんに抱きつかれたまま、俺は天を仰いで大きく溜息を吐いた。


「本当に憐子さんはなにしに来たんだよ」


 そして、答えの出ないであろう問いを、あるいはからかいに来たと返ってくる意味のない問いを放つ。

 しかし。


「教えてあげようか?」


 上目遣いで、憐子さんは言った。


「教えて欲しかったら、そうだな。少し頭を下げてくれ」

「む?」


 言われるがままに俺は頭を下げる。

 一体なんだというのか。

 すると、憐子さんは俺の頭を両手で包むようにすると、それは唐突に。

 唇を重ねてきた。

 ……騙したな。

 本気でこいつは何をしに来たん……、だ?

 ……ん?


「おい、一体何をした」


 体に異常を感じる。

 何らかの術を掛けられた。

 口から直接体内へ吹き込まれたのだ。


「さて、何をしたと思う?」


 襲い来るのは、唐突で、強烈な。

 ――眠気。


「ぬ……」


 あ、だめだこりゃ、寝る。

 ふらり、と前に倒れるのを感じた。

 なにか柔らかいものに受け止められるのも。


「お疲れ様、薬師。ゆっくりおやすみ――」
















 癪だが、非常に癪だが、その日の朝は非常にすっきりした目覚めを迎えた。


















―――
というわけで今度こそ本当に眠れない夜シリーズ終了です。





返信

月様

現在一応作業を行なってはいます。が、中々素晴らしい作業量で笑えて来ました、ふふふ。
まあ、やっぱり時間が掛かるのは覚悟してたのでゆっくり行こうと思います。
しかし、金魚……。私も気になります、どんな一発芸なのか。
真相は闇の中。どうして薬師はその時季知さんを見ていなかったのか。


通りすがり六世様

全面的に同意します。季知さんは弄られてこそだと思います。まあ、本人もMなので大丈夫でしょう。
まあ、今回のネタはやっぱり家内限定っていうのと、今回みたいな変則じゃないとあれですからね。
栄養ドリンクが必要そうな人間に限られてきますので一部の人は難しいです。
まあ、薬師ならいきなり押しかけられて眠れないって言われてもあんまり違和感ないですけど。


napia様

季知さんの可愛さはきっとその大きさと反比例してるんだと思います。
高身長で体育座りしながらいじけてたりとかそんな感じで。
金魚は、一体どんな一発芸だったんでしょうね……。
私も非常に気になりますが真実は闇の中です。果たしてどのように金魚を表現したのか。


男鹿鰆様

やっぱり夜が明けましたね、ゲーム中に。どうやら、煙に巻きながら目的に向かっていくのが天狗流らしいです。
しかし、薬師のSっ気が発動するのは季知さんがメインなので、つまりこれは特別扱いされているという可能性が微粒子レベルで存在します。
しかし、もう一人犠牲者がいたようです。いや、犠牲者じゃなかったですけど。
っていうか、今回の犠牲者ってつまり薬師な気がしないでもないですけど。


有葉様

お疲れ様でした。もう既に自分ですら三百もう行ったんだっけ? とか考えてる話数です。本当にお疲れ様でした。
まあ、あれこれ自由にやらせてもらってます。好きなもの書いてるので楽しいですがやたら濃くなりました。
そして、今回の件は非常にジャストなタイミングでしたね。前回の更新時に思いついたので丁度憐子さんでした。
あと、そろそろ由壱は出したいと思ってます。ちょっと一拍というかんじで。











最後に。

最終的に薬師は憐子さんを下に敷いて寝ました。



[31506] 其の二十八 俺となんとなく撫でて反応を見てみた話。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6fb23811
Date: 2012/07/09 22:41
俺と鬼と賽の河原と。生生流転










「お父様、お茶です」


 由美が、俺のいる縁側までやってきて、お盆からお茶を差し出してくる。


「ああ、お前さんが持ってきてくれたのか。ありがとさん」


 俺は、そう言って、由美の頭に手を載せた。


「あっ、お父様……」

「よしよし」

「は、恥ずかしいです……」


 由美はそうして顔を赤くするが、恥ずかしがってはいても嫌がってはいないようだ。

 なので、しばらくそうしていると。


「……ん」

「……」

「ん」

「……なんの用だ銀子」

「私も」

「悪いが、俺の片手はお茶で塞がっていてな」

「私が持ってる」


 いつの間にかやってきていた銀子が俺に撫でろと要求してくる。

 そして、あっさりとお茶は奪われ。

 仕方ないので俺は銀子の頭にも手を載せる。


「……なんなんだ、まったく」


 そうして、それらが落ち着いて俺が茶を啜り終えてしばらくした頃。


「薬師様。お茶のおかわりです」


 藍音が現れて、俺の隣に座るとお茶を置く。

 置くのだが。


「……なぜそこを動かん」

「他意はありません」

「そうか」

「はい」


 いや、はいじゃねーよ。

 明らかにこれは、あれだ。


「撫でろと」

「他意はありません」


 一体なんなんだ。


「薬師、私は?」

「憐子さんもかよ」

「にゃん子もにゃん子もー」

「や、薬師……、その、私もだな」


 果てには季知さんまでいつの間にか現れて。

 思わず俺は叫ぶことになったのだった。


「べ、別にご利益とかはねーよ!?」













其の二十八 俺となんとなく撫でて反応を見てみた話。












 さて、そんな感じで妙な騒ぎになってしまった俺だったが、今は閻魔宅にお邪魔している。

 そんな俺は、とりあえず何がしかの書類をしたためている閻魔の頭を撫でてみることにした。

 すると、きょとんとした顔で閻魔は俺を見上げた。


「どうしたんですか?」

「いや、別に」


 まあ、半分くらいなんとなくである。

 ただ、先ほどの一件で、他人の頭を撫でるということが結局どういったものなのか気になったというだけで。


「ただ、まあアレだ。毎度仕事を頑張ってるお前さんを誉めてみることにした的な」

「そうですか……」


 すると、閻魔は頬を赤くして優しげに微笑んだ。


「……では、もう少しお願いします」


 書類を片付ける手を止めて閻魔が微笑むので、返す気もなかったが俺はそれに否を返すことはできなかった。


「お前さんは根を詰めすぎだろ」

「そうですか?」

「自ら俺にこんな真似をさせるなんぞ、お前さんが疲れでラリってきたからに違いあるまい」

「まったくもう、薬師さんは、いつまで経っても口が減らないんですから……」


 と、まあ。そんなわけで。

 閻魔を撫でたら、何故か優しげに微笑まれて続行することになった。














 と、まあ、閻魔から興味深い反応が得られたので続けてみよう。


「おい、ビーチェ、ビーチェ」

「なんですか? 先生」


 呼んだら突如背後から現れた件に付いては不問にしよう。

 それがお互いのためである。

 そんなことよりもだ。


「よしよし」


 とりあえず撫でてみる。


「えっ、せ、先生っ!」


 撫でた瞬間、ビーチェは緊張したように背筋を伸ばして俺を見上げてきた。

 その様子は正にカチコチであり、閻魔とはまた違った反応で興味深い。


「な、なんでしょうか!」

「いや、まあ、あれだ、多分。色々、事件が起こったら手伝ったりとかしてもらってるからそれだ」

「は、はいっ! これからも頑張ります!!」


 何を頑張るんだ。

 しかし、まあアレだ。

 ビーチェ、何故か緊張を見せ、走り出す。

















「いらっしゃいませー」

「よぉ。いきなりだが、撫でさせろ」

「本当にいきなりですね、にゃいがだけさん」

「にゃいがだけってなんだ」

「いやですねぇ、緊張して噛んだだけですよ。お客様」


 そんな店主の頭に俺は手を乗せて撫でる。


「おおう……」

「なんだその反応」

「いえ、どうぞお気になさらず。あ、でも頭から出火しない程度にかな」

「しねーよ」


 そんな風に撫でながら俺は問う。


「どんな気分だ?」

「……んー」


 店主は考えるように首を傾げ、数秒の間を置いてから答えた。


「なんていうか、ニヤニヤ?」

「ふむ」

「それでいて、ドキドキ?」

「……わからん」


 店主はよくわからなかった。


















 と、まあ、喫茶店に来てしまったので。


「おーい、ムラサキー。藤紫ー、フジムラー」

「フジムラって呼ばないで」


 と、言いながらもやってくる藤紫を撫でてみる。


「な、なに、なんなの……!?」

「いや」


 慄いたように、ムラサキは俺を見上げた。


「なんのつもり?」

「なんでもないって」


 そうして、ムラサキは不機嫌そうな顔に変わる。

 だが、構うものかということで。


「……不愉快だわ」


 半眼で見つめてくるが無視して撫でる。

 流石に身体を使って抵抗ような、そこまで嫌がればやめようと思うのだが、それもないので、続ける。


「今すぐ手を離しなさい」


 睨み付けても撫でる。

 逆に言えば、睨み付けるだけなのである。妙な反応だ。


「な、何よ……」


 少し、ムラサキの表情が変わってきた。


「うー……」


 段々と、頬が赤くなってくる。

 ふむ?


「もう、やめなさいよぅ……」


 これは今までになかった反応である。

 続けてみる。

 すると、涙目になってムラサキはこちらを見上げてきた。


「や、やめてよぅ……!」

「……おう、なんかすまんかったな」


 と、ここで流石の俺にも罪悪感が湧いた。

 嫌がる相手を撫でるのは中々楽しかったがここまですると申し訳ない気分になってくる。

 の、だが。


「……やめるの?」


 気が動転してるせいかいつもよりずっと幼く聞いてくる。


「いや、お前さんが……」


 やめろと言ったんだろうと返そうとしたら、ムラサキの目元にじわりと涙が。


「まあ待てこれはアレだただの休憩という奴でだな。ほら」

「うー……」


 頭に手を乗せて動かすことで、事なきを得る。

 ムラサキは真っ赤になって俯きながら今度はそれを受け入れた。

 そして、手を離すと。


「やめちゃうの……?」


 また俺を見上げてくる。

 手を置く。


「……ん」


 離す。


「あ……」


 じわりと涙が。

 うむ……、ぬう。なんかこれはこれで面白い気はするがしかし、罪悪感と背徳感的なアレがすごい。

 俺は、頭を抱えつつも、ムラサキに言う。


「いや違う落ち着け、冷静になれ。まだだ。だが今長期戦を覚悟した。とりあえず座る」

「……うん」


 俺は椅子に座り、そして手招き。

 とてとてと歩いてくるムラサキを抱え上げるようにして、膝に乗せる。

 そして、撫でる。

 ムラサキは、真っ赤な顔で俺の服をぎゅっと掴んできた。


「……して」


 言われるがまま俺は撫でる。


「……さて、いつまでこうしていればいいやら」


 こっそりと人知れず呟いた言葉への答えは。

 半べそで疲れたムラサキが寝るまでだった。

 まあ、アレだ。

 ムラサキ。よくわからんが、なんかかわいい。

 そして、余談だが、『ば、ばか、死ね、最低、嫌い』と起きたムラサキに散々罵倒されて殴られた。












 果たして頭を撫でるというのは一体なんなのか。

 今までの反応を見て、俺が思う以上の意味を持つのだろうかという気分になってきた。


「よぉ、魃」


 そんなあたりでばったり会ったのが、魃である。


「ぬ、薬師か。息災か? 息災じゃろうな。そうでなければ今頃雨が降っておる」

「なんか勝手に決められたんだが」

「でも、息災じゃろう?」

「……言い返せない」

「ならよし」


 そんな風にして微笑んだ魃は何故か偽善者と書かれたTシャツを着ていた。

 が、そんなことは瑣末事。

 とりあえず俺は魃の頭に手を伸ばす。

 伸ばした、の、だが。


「っ!?」


 魃が驚いたように仰け反って背後へ下がる。


「な、なんじゃいきなり!」


 これは今までにない反応である。


「い、いきなり髪に触れようとしおって……、どきどきするじゃろ……、このお馬鹿」

「不味いのか?」

「か、髪とは女にとって大事で神聖なものじゃぞ? それを気安く触るでないわっ、たわけ」

「……なるほど、それもそうか。すまんかった」


 確かに、よく考えてみれば髪は女の命というべき話で、頭を撫でるということばかりに意識が行っていたが、うむ、今気が付いた。これからは気安く頭を撫でるのはよそう。

 反応は今まで千差万別だったが、なるほど確かに、こういう風に思うこともある、か。


「ま、まあ! わかればよい。わかったところで、じゃな……」

「ん?」

「わかったならば、まあ、その、お主がそこまで触りたいなら、その……、さっきはびっくりして避けてしまったがの……?」

「ふむ?」

「そこまで言うならその、な、撫でても構わぬぞ……?」


 なるほど、髪を触られるは魃にとってとても恥ずかしいことらしい。

 頬を赤くし、意を決したように俺へと言ってくるのだ。


「……ふむ」

「……」


 さて、その覚悟に答えるべきか、否か。


「むう……」

「……」


 魃がじっと固唾を呑んで見守っている中、俺は。


「……いや、すまんかったな。勉強になった」


 うむ、気安く触れちゃいかんのだろう。

 相手が許したときならばよしと思うが、無理させてまで許可を貰いたいわけではない。

 そもそも理由もしょうもないし、魃にあまり負担を掛けない方がいいだろう。

 俺は魃に背を向け、立ち去ることにする。

 すると。


「ばーかっ!!」


 なんか罵倒された。

 魃。窘められて罵倒される。謎。














「……ねえ薬師、最近その辺の女の子を撫で回してるんだって?」


 なぜか前さんがうちにやってきたと思ったら吐いてきた第一声がこれである。


「……人聞きが悪いぞ前さん。知り合いの頭を撫でたらどんな反応が返ってくるのか気になっただけだ」

「ふ、ふーん? それって、今もやってるの……?」


 そんな問いに俺は首を横に振って返す。


「いんや。不躾に人の髪に触れるのは失礼ということでな」

「そ、そうなんだ」

「おう」


 そうして、微妙な沈黙が流れる。

 前さんが微妙に怖い顔で見つめてくるので俺はなにも言えない。

 そして。


「薬師、ちょっと」


 前さんが手を下に下げるような手振り。

 それに従うように俺は頭を下げる。

 すると、それはいきなりのことで。


「えい」

「おう?」


 抱きしめられた、と思ったら前さんの胸の中で頭を撫でられていた。


「ねえ」

「ん?」

「どんな気分」


 問われて、俺は考える。

 どんな気分かと言われると。


「なんつーか……、くすぐったいな。いろんな意味で」

「ふふ、そっか」


 そう言って前さんは満足げに微笑んだ。


「まあ、確かに、いきなり触るのはいけないかもね」

「うむ、学んだ」

「でも、撫でてもらうのが好きな子もいるかもよ?」

「そうかもな」


 反応は実に様々だった。閻魔なんて続きを要求してきたし、ムラサキも、まあ、あれも、なんかまあ、よくわからんが。

「じゃあ、撫でろ、と言われたら撫でることにしよう」

「もしかしたら、そういうのが恥ずかしくて言い出せない子もいるかもよ?」

「んん? うむ……? どうするか」


 悩む俺に、前さんは微笑ましげに笑っていった。


「適当でいいんじゃない?」

「それでいいのか?」

「薬師らしいから」

「まあ、それでいいか」


 なんとなく、そういう雰囲気になったらということで。
















―――
かなり小さい単位の話をつなげてみると楽に書ける気がすると試してみたらいつもより辛かった今日この頃。
むしろ数人分考えないといけない分難しかったです。








がお~様

常に見守って、変調があるとすぐに気を回す藍音さん。
なんだかんだ言ってよく見てて、それとなく気遣いに行く憐子さんって感じですかね。
幸せ者はふくらはぎに疲労が溜まりやすくなる呪いが掛かればいいと思います。
ついでに人差し指の爪だけが伸びやすくなる呪いに掛かればいいと思います。


七伏様

お疲れ様です。最近忙しくて更新速度が落ち気味ですが、なんだかんだいって四スレめまで逝きそうな予感です。
前回は、本編だけで言えばまあ、憐子さんのちょっといい話ということで。
まあ、最後も含めると、……まあ、薬師も寝れたし、憐子さんも薬師を堪能したでしょうし、お互い幸せということで。
というか退かせたのに退かさなかった辺り憐子さんの意図が見て取れます。


通りすがり六世様

まあ、擬似的ながら押し倒されるということで、憐子さん的にも満足だったんじゃないでしょうかね。
倒れてこなかったらそれはそれできっと添い寝確定ではありましょうが。
寝れないシリーズはこれで終わりですね、締めは憐子さんです。寝れなかったのは薬師ですけど。
そして、まあ、犠牲者に関しては忙しそうな人という選考基準ですからね。薬師はともかく。銀子による日頃の感謝が効き過ぎたという悪気がないから尚手に負えませんが。


月様

むしろ十割がサディズムな可能性も高いですね。
化学変化で何割か優しさに変わるかもしれません。果たして何反応か知りませんけど。
ただし、藍音さんや憐子さんなど一部の人は定期的に薬師成分を摂取しないと禁断症状が出ます。
ある程度は写真とかでも可です。でもあんまり写真で我慢しすぎると反動が。


napia様

残念ながら、膝枕は藍音さんがやってしまいましたので。
今回は組み敷いて寝ました。下に敷いて、憐子さんの胸に顔を埋める感じで。
薬師が抱き枕にしたのか薬師が抱き枕にされたのかは微妙ですけど。
むしろ布団着てたか不明なので、薬師が布団にされていたというのが正しいかもしれません。


男鹿鰆様

まあ、今回のシリーズで憐子さんが一番美味しいところ持ってったんじゃないですかね。
というか今回更新でも思いましたが最後に出てきた人が一番変化球で美味しいと思います。
シリーズ中に出られるだけで実質は幸運ですけどね。
そろそろ妖精さんとか出してあげたいなと思います。思ってはいます、はい。善処します。









最後に。

由壱の反応。


「兄さん、どうかした? 俺にフラグは立たないけど?」



[31506] 其の二十九 俺と彼女と仕事着。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6fb23811
Date: 2012/07/16 22:08
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「やあ、おはよう由壱。と言ってももう遅いかな」

「ああ、憐子さん、起きてきたんだ。おはよう。まあ、うん、確かにもう昼だよ」

「薬師は?」

「どこか出かけたよ」

「女のところかな?」

「まあ、兄さんは歩けば女性に当たる人だからねぇ」


 たまの休日に、家でゆっくりしていると、二階から憐子さんが降りてくる。


「ふむ、食事を済ませたらもう一眠りしようか」


 この人も、謎が多い人だ。

 毎日家でごろごろとしているように見せかけて、なにやら出かけてたまに何か買ってきたりする。

 外で何かをしているようなのだが、何をしているのかわからない人だ。

 前にそれとなく聞いてみたけれど、『色々やっているけれど、恥じることはしていないよ』と、この人は笑っていた。

 それに追加して、『薬師に誓って』とまで言われてしまうと俺に言えることはなくなってしまう。

 確かに、この人は兄さんに恥じるような真似はしないのだろう。


「ところで由壱」

「なんだい?」

「義姉さんと呼んでくれても、構わないのだよ?」


 これは憐子さんのよくある冗談というやつで。いや、もしかしたらあんまり冗談じゃないのかもしれないけど。


「生憎だけど予約で一杯なんだよね」

「それは残念。空いたら頼むよ」

「あはは、まあ、うん」


 と、これでいつもの流れは終わり。

 俺の義理の姉さんになりそうな人が多すぎておいそれとそう呼ぶわけにも行かないということで。


「そうそう、それと、彼女さんとは上手くやってるかい?」

「んー、まあ、多分」

「いやはや、後学にどうやって射止めたのか教えてもらいたいものだね」


 笑いながら言われて俺は考えてみるけれど、憐子さんの求めている方向とはまたちょっと違う答えが出てきた。


「難しいなぁ。別に射止めようと思ったわけじゃなくて、向こうは俺に惚れてたし、俺も葵にべた惚れだったからさ。なるべくしてこうなったって所かな」

「いやぁ、お熱い二人は羨ましいね」

「ありがとう」

「彼女さんは、かわいいかい?」

「うん」


 俺が頷くと憐子さんは何が予想外だったのか、驚いたように少しだけ眉を動かした。


「おや。随分な即答だったね。じゃあ、どこがかわいいのか聞いても?」

「……そうだなぁ。全部とか、駄目かな?」

「ふむ、なるほど、ありがちな答えに行き着いたが、その心は?」

「いやぁ、なんていうか。あばたもえくぼっていうか。なんでもかわいく見えてくるのは、惚れた弱みっていうか、随分参ってるってことなんだろうね」

「なるほど、心底惚れているわけか」

「うん、例えばさ」

「ふむ?」


 俺は、ちらりとソファの隣側を見る。


「あまりの恥ずかしさに耐え切れなくなって、照れ隠しに手が出そうなところとか?」


 となりで真っ赤になっていた葵が明らかに爆発寸前だった。


「なるほど、かわいいね」

「かわいいよね」

「う……、うーっ!!」


 その後すぐに、お星様が見えたけど、俺は元気にやっています。











其の二十九 俺と彼女と仕事着。










「あのね? ああいう話は私のいる前ですることじゃないと思うのよ」

「そうかい?」

「だ、駄目よ。また殴るわよ?」

「そっか、じゃあ、金輪際口にしないことにするよ」


 俺が言うと、彼女はぼそりと呟いた。


「……別に、……の……なら……」

「え?」

「ふ、二人っきりの時ならいいわよって言ったの!!」


 そんな言葉に俺は笑顔を返す。


「そか。じゃあ、二人きりの時に満足するまで言わせて貰おうかな」

「……え」


 そうして、満面の笑みで俺は彼女へと言葉を向けた。


「そんな風にからかわれて墓穴掘って呆けてる君もかわいいと思ってる辺り俺は末期だよ」

「っ――!!」


 日に二度もお星様が見えたけど、俺は幸せです。

 ……まあ、最近慣れたよ。


「それで、何か見せたいものがあるんだって?」

「……ねぇ、あんたの耐久力って最近ゾンビ並になってない?」

「そう思うならちょっとくらい優しくして欲しいな」

「う……、それは、まあ、悪いとは思うけど。でも地面にワンバンした後そのまま、のそっと立ち上がってくるのは怖いわよ」

「じゃあ、どうすればいいのかな?」

「ま、まあ、そのままでいてくれたら、私が……」

「葵が?」

「介抱ぐらい、してあげるわよ」

「そっか、じゃあそうする」


 全くもって、人間の適応力とは舐められないもので、当初は命が幾つあれば足りるかと考えていたけれど、今となっては一つで十分と言ったところで。

 でも、葵がどんな介抱をしてくれるのか気になるので次殴られたときはそのまま寝ておこうと思う。

 さて、それはさておき。

 実は、うちに招いた葵は、俺に見せたいものがあると言ってやってきたんだ。

 そして、それを俺はまだ見せてもらってない。


「それで、何を見せたいの?」

「ちょっと、待ってなさい」


 そう言って、葵は俺を部屋から追い出した。

 そして、待つこと数分。


「……いいわよ」

「うん」


 俺は、その言葉に応えて扉を開く。

 すると、そこに居たのは。


「……ど、どう?」


 メイド服姿の葵だった。


「え、なんで、またこんなのを」


 思わず面食らって目を丸くした俺に、葵は照れながらも口を開く。


「よ、由壱が好きだって聞いたから……」


 果たして葵にそんなことを吹き込んだのは一体誰だろう。

 銀古さんか、憐子さんか、にゃん子さんか。

 まったく……、まあ、誰にしろ……。

 ……いい仕事だと思うよ、うん。


「だ、だめ、だった……?」

「いや、だめじゃないよ、全然いいよ」

「ならなんで横向いてるのよっ……!」


 いや、違う、そうじゃなくて。


「君がダメなんじゃなくて、どっちかって言うと、俺の顔が人様には見せられないほど気持ち悪いっていうか……」


 まあ、つまるところ。


「にやけた顔が治まらないんだよね、これが」

「えっと……、じゃあ、いいの?」

「もちろん。惜しみなく賛辞を送るよ」


 欲を言うなら、色々とこう、メイドならメイドらしくと言うかいろいろあるけれども。


「……よかった」


 それを言うのは野暮っていう話だろう。

 というか、これでも十分いいよね。


「これでも、結構こだわったんだからね? ほら、これ、ガーターベルトとか」


 そう言って彼女は、俺にスカートをたくし上げてガーターベルトを見せてくれた。

 うん、なるほど本格的だ。ちゃんと正しい穿き方で、パンツより先に穿いている、というのはいいんだけど。


「色々見えてるけど、いいの?」

「あ……」

「いや、ごめん」

「あう……」


 もしや殴られるかも、と思ったけれど、葵は照れのほうが優先されたみたいで、真っ赤になって俯いてしまった。


「あ、あんまり、じっくり見ないでよ……」

「あ……、うん、ごめん」


 まあ、ちょっと見えすぎな気がするというのは俺の気のせいじゃないようで、葵もちょっと勢いでやって後悔したみたいだ。

 ただ、まあ、そんなものは気を取り直してとばかりに、葵が顔を上げる。


「過ぎたことはおいておきましょう! 由壱!」

「なんだい」

「……その」


 そして、先ほどの勢いはどこへやら、途端にもじもじとし始める。


「その?」

「命令とか、してもいいわよ……?」

「本気?」

「ほ、本気よっ。これはね、いつも由壱に殴ったりとか迷惑掛けてるお詫びの意味もあるんだからっ!」

「ふーん……、そっか。じゃあ、遠慮は要らないってことだね」

「……う、うん」


 頷いた葵を、俺はじっくりと見つめる。

 うん、まあ、そんなことまで考えてくれてたんだなぁ。


「……は、早く命令しなさいよ!」


 そうして、命令を迫ってくる葵。

 いやしかし、流石にこんなメイドは、俺としては……。

 脳内で全員総立ちで拍手喝采である。


「わかった、決めた」


 びくり、と葵の肩が跳ねたのが見えた。

 そして、若干涙目になりながら、彼女は言う。


「……優しく、してね?」


 怯えながらの消え入りそうな声。

 きっと彼女のことだから土壇場でびびったんだと思うんだけど、この子は俺を誘ってるんだろうか。

 まあ、しかし、確実に素なので、俺は決めていた言葉を口にする。


「キスとかして欲しいかな」

「……え?」


 果たして彼女はどんな命令が来ると思っていたのだろうか。

 馬鹿正直な彼女のことだから、きっと庭の草むしりとか掃除とか、そういう体育会系の罰みたいなものを考えていたのだろう。

 初心だし、そういうのは考えてなかったに違いない。

 証拠に、彼女は赤くなったまま固まっている。


「……き、ききき、キス?」

「うん」

「するの……?」

「うん」


 彼女の顔の赤さが深まった。


「う……、あう……」


 そして。

 彼女は俺に近づいてきて――。


「できるわけないじゃないそんなのーッ!!」


 俺は今日三度目のお星様を拝んだ。

 まあ、こうなるとは思ってたけどさ。

 絶対できないだろうと思いつつも言ってしまうのは好きな子をいじめたくなる心理という奴なのか。


「あいたたた」


 あ、しまった。殴られた時はそのまま寝ておくんだった。

















―――
そんなにメイド服が好きなら自分で着たらいいと思います由壱め。




返信

通りすがり六世様

小ネタは結構ありますが、しかし一本の話にならないので日の目を見ないこともしばしばあります。
たくさん作って一本に纏めれば、と思いましたが、一つの小ネタのために一話分更に小ネタを作るのは結構重労働でした。
しかし、確かに神通力宿りそうですね、大天狗に撫でられたら。むしろ何も起こらないほうが不思議な気も。
由壱はもう既に遠いどこかにいるようです。


月様

ムラサキはじわじわとメッキが剥がれていくようです。ツンメッキが剥がれきったころにはデレしか残りません。
つまり押しに極めて弱いです。薬師に告白された一発で決まると思います。そんな状況が早々起こりませんけど。
妹や山崎君が出なかったのは尺の関係と言うか、際限なくなって私が正気を失うせいです。
しかし、まだ焦るには早いですよ。つまりまたやればいいんです。


七伏様

まあ、閻魔妹のタイミングの悪さはいつものことですけどね。
しかし、あれこれ出すと際限なくなって私のSAN値が零になって発狂なのでできそうにないです。
つまり、何回かに分割してやれっていう神様のお告げだと思っています。
私も焼かれたりとか怪力で粉砕されたりとか、聖剣から何故かレーザーが出て爆死とかはごめんなのでそういうことにしておきます。


がお~様

安定の締めポジションの前さんです。相変わらずこういうポジにベストマッチします。
オチの由壱は、由壱ェ……、と言うほかないです。そして今回もまた、由壱ェ……。
ちなみに、前さんと飲みに行かないのは作中での設定とかは別に何もないですね、ええ。
ただ、序盤の方にそういう話が集中したので、というか話が作り易くてそればっかりになりそうなので封印したというお話です。そろそろ封印を解く時が来たようですが。


wamer様

前さんの話は出し惜しみしてる感があります。AKMさんとは別の方向で。
問題はシリアスを挟むと誰しも久々になってしまう辺りでしょうか。そしてベストなタイミングを計ろうとするから閣員にばらつきが。
と、そんな話はさておき。成長したような、してないような薬師です。ただし、向上心の影響で女性は、とか言うと簡単に鵜呑みにします。
逆に言えば教育し放題の大チャンスなんですけどね。教育の結果明後日の方向に飛んでいきかねませんが。


男鹿鰆様

周囲には野郎しかいないので、昔はともかく、今は撫でる相手はいないですねぇ。職場にすら野郎しかいないとか正気じゃないです。
ああ、でも猫を撫で回してるのが一番幸せでしたね。潤いのうの字もありませんけど。
閻魔は、照れると見せかけて、思っていたより疲れていたようです。あっさり受け入れちゃいました。
ムラサキは、こすればツンメッキがはがれます。メッキの下はデレと甘えん坊しかないです。










最後に。

メイド服を前にして由壱は少々興奮していたようです。



[31506] 番外編 ならば首輪でも嵌めろと言うのか。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:ca671870
Date: 2012/08/04 22:33
俺と鬼と賽の河原と。






 ある日。

 道を歩いていると、聞き覚えのある声が届いた。


「ち、遅刻、遅刻にござる!!」


 この時点で誰だか知れてしまったが、一応声は曲がり角の向こうから聞こえていて姿は見えない。

 しかし、曲がり角で遅刻を宣言とはなんと古いのだろうか。

 そうすると、俺は角を出たところで山崎君と衝突し、彼女か俺が学校に転入することになるのだ。

 が、しかし。

 しかしである。

 一つわかったことがある。

 角でぶつかった相手が。


「……うわぁ」


 馬を駆る首なしライダーだった場合。

 きっと学校に行くことは叶わないだろう。

 蹴られて死ぬか、良くて入院、そして留年。

 更に言えば、そんな相手に、できれば近寄りたくないだろうなぁ、と。

 俺は蹴り飛ばされながら思ったのである。











番外編 ならば首輪でも嵌めろと言うのか。











 そんなことがあった次の日の出来事である。


「薬師殿、やくしどのー!」

「どうした山崎君」


 駆け寄ってくる山崎君。

 彼女は俺の前で立ち止まると、何故か頭を差し出してきた。


「……どうしろと」

「……いえ、少々間違えただけに候」


 青銅色の長い髪が揺れて、持たれていた頭がまた抱えられる。


「渡したいのは、こちらにござりまする」


 そう言って彼女が渡してきたのは。


「……なんじゃこりゃ」

「花にござりまする」

「それで、花を?」

「薬師殿に贈っている次第」

「俺に?」


 今ひとつ要領を得ないまま、会話は続く。


「なんでまた」


 俺に花など贈られたところで、という話である。


「花屋の花が綺麗だったので」


 こんなむさい男に花など寄越して何をさせようというのか。


「貴方に、花を」

「……ちょっと男前すぎるだろう、山崎君よ」


 無骨な青銅の鎧が、花を俺へと差し出している。

 その動作は気障な感じに様になっていて、俺はほとほと困り果てた。

 それを見て、不安に思ったのだろう、山崎君がそれを隠そうともせずに俺に問う。


「受け取って……、もらえませぬか」


 なんと言うか、相変わらず不器用というか、なんというか。

 だが、俺はそんな山崎君が嫌いではない。


「まあ、落ち着け。とりあえず生けておいてはやる。だからそんな顔しなさんな」

「そ、そうでござるか!」


 ぱっと表情を変える山崎君に、俺は苦笑を一つ。


「流石薬師殿! お優しい、それでこそ拙者が惚れたお人にござる!」


 だが、そんな言葉に、苦笑は半眼に変わる。


「……そういうのはやめてくれ」

「そういうの、とは?」


 山崎君は、本気でわからないようで、きょとんとした表情を見せている。

 ああ、なんて奴だ。

 俺に羞恥を強制してくるとはこの野郎め。


「くすぐったいからだよ、馬鹿野郎」

「……そうなのですか?」


 俺は、山崎君から目を逸らして、ぶっきらぼうに言い放つ。


「あー、そうとも。言わせんな阿呆」


 すると、何故か山崎君は嬉しそうで。

 にこにこと俺を見てくるのだ。


「なんだよ」


 俺が問うと、彼女は素直に答えてくる。


「嬉しいのです」

「なんでだ」

「きっと、それは私が薬師殿の優しさに触れるたびに感じるものと、同じものにござりましょうから――」


 頬を赤らめて、山崎君が俺を見つめてくる。

 あまりに真っ直ぐに見つめてくるせいで、俺の頬も、熱くなる。

 まったくもって、頭を抱える他ない。


「……そーかもな」


 ああ、まったくどうしたものだか。

















 まあ、なんというか、困るのだ。


「薬師殿! どうしましょう!!」

「なんだよ」

「今気が付いたのですが、拙者、エンゲージリングの意味がありませぬ!」


 想像以上に世間知らずで、馬鹿で不器用でどうしようもない生首が、山崎アンゼロッテである。

 そんな生首が、縁側で俺の隣に転がっているのだ。

 ただただ、俺に恋慕の視線を向けて。


「いや、付ければいいだろ、身体の方に」

「そもそも、心臓に一番近い指に付けるのがエンゲージリングでござる。そして、拙者、本体は首から上故……」


 ……まあ、確かに。

 しょっちゅう変わっている上に、使い捨てにもされる身体だ。

 それに結婚指輪というのも、確かに微妙だろう。


「ぬうぅ……、これは由々しき事態」

「そんな一大事か」


 すると、彼女は必死な目を俺へと向ける。


「これは乙女の一大事!」

「そーかい」


 受け流す俺へと、不満の目を向ける山崎君。

 頬を膨らませ、拗ねたように俺を見る。

 それを受け流して俺は言う。


「だがな」

「なんでござりましょう?」

「そもそも嵌める予定があるのかと」

「贈ってくれぬのですか?」

「何故だ」

「わかりました、なれば拙者が贈りまする」

「何故そうなる」

「愛しているからです」

「そーかい」


 と、そこで、背後の襖が開く。

 何が来たのかと思えば山崎君だ。

 正確には山崎君(体)だ。

 何故か抹茶色の和服で、その体は俺の隣に茶を置いていく。


「台所を借りもうした」

「そうかい」


 意外と、山崎君の淹れたお茶は美味い。


「……ああ、それにしても、婚約指輪を嵌める指がないとは、一生の不覚」


 お茶を啜る俺を余所に、山崎君は悩ましげに顔を歪める。


「ぬうぅ……、一体どうすれば……」


 冗談ではなく、本気で悩んでいる馬鹿なのだということを、俺は知っているのだ。

 だから俺は、溜息を一つ。


「薬師殿……?」


 疲れた顔で、俺は山崎君の頭を撫でる。

 想像以上に世間知らずで、馬鹿で不器用でどうしようもない生首が、山崎アンゼロッテである。

 だが、それが可愛く見えてきた俺の目は腐っている。

 まったくもって由々しき事態だ。













 本当に末期だ。


『でぇと致しましょう。明日、十時にいつもの公園でお待ちしておりまする』


 そんな筆で書かれた手紙に対し、のこのこ応じてしまうのは、手紙を今更送り返しても手遅れであるせい、だと思いたい。


「薬師殿、今参った次第。待ったでござろうか」


 今日の山崎君の体は線の細い少女のもので、黒いゴシックロリータと呼ばれる型の服を着ている。

 首は、何故か包帯で体に固定され、ぱっと見ならば首に怪我を負ってるだけの一般人に見えることだろう。


「首、今日は固定で行くのか?」


 なんとなく俺が問うと、彼女は少しだけ寂しげな顔をした。


「薬師殿は、分け隔てなく付き合ってくれまするが……、人目につく時はこちらの方が良いでござろう?」


 なるほど、気を遣われているのか。


「最近気付いたのござるが、拙者は良かれど、生首女とでえとすると奇異の視線に晒されましょうから」


 その言葉が、何故か微妙に気に食わなかった。

 俺はそれを誤魔化すように山崎君を急かす。


「で、どこ行くんだよ。今日はなにか考えてきてあるんだろうな」

「ああ、それなら水族館へ参ろうかと」

「ほう、水族館ねぇ。ま、いいんじゃねーの?」


 山崎君にしちゃ随分まともな選択だと言わざるを得ない。

 そうして、俺は手を引かれるままに水族館へ向かったのだった。


「楽しみでござるな!」

「そーだな」


 はしゃぎ気味の青銅色の長髪の少女を隣に、俺は水族館の門を潜る。

 内部に入れば、すぐに魚が出迎えた。


「おお、魚でござる、薬師殿!」

「そーだな。魚だ」

「ぬぅ……、薬師殿は楽しくないのでござろうか」

「俺としちゃ、酒の肴の方が好きでな」


 だが、水族館というのは、魚を見るのが楽しいというよりはこの青で彩られた薄暗く幻想的な空間に酔うのが楽しいのだろう。

 それこそ、水槽の中身を肴にして。


「まあ、だが、水族館はともかく、お前さんといるのは退屈しないぞ」

「そ、そうでござるか……。それは、重畳」


 照れくさそうな山崎君の手を引いて、俺は歩みを進める。


「おお、今、イルカショーがあるようで」

「見るか?」

「是非」

「わかった」


 行き先は、そのイルカショーとやらの会場へ。

 会場に着くと、既にイルカショーは始まっていた。


「おお、イルカが舞っていまする!」

「そーだな」


 右へ、左へ、時には跳んで、イルカショーは正にそれそのものである。

 ふむ、イルカと言えば、分類上鯨と変わらないとかなんとか。

 ならばクジラショーでもやってみたら……、シロナガスクジラでやったが最後水浸しだろう。

 それにしても、今日の山崎君はあれだ。客観的に見ても可愛らしい。これは俺がもうダメだとかいう問題ではなく。

 今の、イルカショーを見てはしゃぎ、身を乗り出す山崎君は誰の目から見ても可憐に映ることだろう。

 きっとこれが、ちょっとした衝撃でぽろりすることなんて、誰もわからない。


「可愛いですな」


 なんて益体もないことを考えていたせいだろうか。


「ん? いや、それよりお前さんの方が……」


 要らん台詞がぽろっと。


「……は?」

「忘れろ」














 そうして時間が経ち、日も暮れるという頃。


「喉が渇いたので、何か買ってきまする」

「いや、俺が……」

「お気遣いなく」


 そう言って、山崎君がぱたぱたと駆けて行く。

 俺が行くと言う暇もなかった。

 仕方ないので、俺はぼんやりと立って待つ。

 駆けて行く背が見えなくなって、俺は壁にもたれかかった。

 そして考える。

 俺は山崎君が好きなのだろうか。

 ……うむ、どうなんだろうな。

 色々思索に耽るが答えは出ない。

 そもそも、何で俺はこんなに迷っているのか。

 簡単だ。初めてだから自信がないのだ。

 なんの確証もないから答えが先延ばしなのだ。


「どーしたもんだか……」


 ぽつりと呟いて、そんなことを考えているうちにちょっと待っているが、待ちぼうけに変化したことに気が付く。

 幾らなんでも飲み物を買いに行ったにしては時間が掛かりすぎな気が。


「どこだ?」


 気になって、俺は探しに歩き始める。

 まあ、別にいい大人だから放っておいても大丈夫なのだろうが。

 それでも心配なのはやはりそうなのか。

 それとも、放っておけないほど危なっかしいだけか。

 果たしてどうなのだろうか。

 考えている内に、あっさりと彼女は見つかった。

 数人の男に囲まれているという状況で。


「あのー……、拙者は……」

「拙者? 拙者だってこの子、可愛いねぇ」

「いいじゃんいいじゃん。一緒に遊ぼうよ」


 三対一で心理的優位に立ち、気が大きくなっているのか、彼らは強引に山崎君の手を引き、連れて行こうとする。


「さ、行こうよ。退屈させないよ?」

「困りま……」

「待て」


 それを見ていたら。

 色々と考えとか、悩みとか、一通り、吹き飛んだ。


「薬師殿っ?」


 いいだろう、なるほどよくわかった。

 年貢の納め時ということか。

 ああ、よくわかったとも。


「これは」


 俺は言いながら、山崎君の頭に手をやり。

 そして。

 ――首を引っこ抜いた。


「……え」


 固まる一同。

 驚きのままに、彼らの一人の手も離れる。


「これは俺んだ」


 そして、山崎君の首を抱き寄せ、体も手を引いて、こちらへ寄せる。


「……誰にもやらんよ」


 そして、山崎君を連れて、俺は踵を返したのだ。

 夕暮れの道へ出て、帰路をまったりと歩いていく。


「や、薬師殿……!?」

「……だまらっしゃい。何も言うんじゃねー」


 やっちまった。

 ああ、これが手遅れって奴か。


「なあ、山崎君」

「え、あ、なんでござりまするか!」

「結婚指輪、これでいいよな。指輪じゃねーけど」


 ……まあ。

 都合よく指輪と対になったピアスを用意してしまった時点でもう手遅れだったとは思うのだが。

 その時は本当に何の気なしに、なんとなく、ぼんやりと下詰に拵えてもらったのだが。

 今となってはその当時から随分と参っちまっていたということだ。恥ずかしいったらない。


「……え? え? ……ええ?」

「どーした、 今更お断りされたら泣くぞ」

「そっ、そんなこと、するはずがっ、でも、え? まことで?」

「うるさいぞ。冗談でこんな真似ができるか」


 真っ赤になった顔と、潤んだ瞳で、俺の腕の中の山崎君が見上げてくる。


「その、薬師殿……?」

「なんだ」

「付けて……、くださりませぬか。貴方の、手で」


 気恥ずかしくても、その言葉に否を返す理由はなかった。

 むしろ、それは待たせすぎた俺のけじめというやつだろう」


「……おう」


 俺は、山崎君の髪に触れ、そして更に、耳に触れる。


「んっ……、あぅ……」


 元々あったピアスを外して、俺は持っていたそれを手に持って、もう一度彼女の耳へと触れた。


「……ぞくぞく、しまする……」


 そして俺は、彼女の耳にそれを嵌め込んだ。

 まるで指輪みたいな、輪になったピアス。


「付いたぞ」

「……ん、はい。薬師殿」

「なんだ」

「これから、夫婦になりましょう」

「……ああ」

「不束ものですが、よろしくお願いしまする――」














「ところで、下詰にどうせなら首輪はどうだってそっちも渡されてるんだが」

「両方付けると致しましょうぞ!」

「……マジで?」













「にゃー」


 結果、俺は人生の墓場に削岩機で穴掘って自分で埋まったのである。

 そうして、縁側の座布団の上に、生首が乗ることになった。

 丁度いい位置にいるので、なんとなく、撫でてしまう。


「にゃー……、でござる」

「俺もヤキが回ったなぁ……」


 左手の薬指に収まった指輪を眺めて俺は呟く。


「薬師殿、やくしどのー」

「なんじゃい」

「拙者を抱き上げてくだされ」

「なんだよ」

「お願い申し上げる」

「……しゃーねーな」


 言われるがまま、俺は山崎君を抱き上げる。

 山崎君は、締りのない笑顔を浮かべて俺を見た。


「今、拙者は薬師殿にほとんど包まれておりまする」

「そーだな」


 面積的にはほとんどそうだ。


「今、拙者は貴方に全てを預けているのですな……」

「照れくさいから止めろ、山崎君よ」

「薬師殿」

「……なんだよ」

「アンゼロッテと」

「……アンゼロッテ」

「はい」


 笑顔で返事する山崎君が、眩し過ぎる。


「貴方好みの女になりましょう。望むなら慣れぬ化粧も致します。全てを惜しみませぬ」

「……おう」

「代わりに、この生首女を生涯側に――」


 俺は、半眼で彼女に返した。


「だ阿呆。今の生首女が一番いいんだよ」

「……そうでござるか。その」

「なんだ」

「浮気は許しませぬよ?」


 笑いながら言われ、俺も苦笑で返す。


「浮気するなら、お前さんの体その二か鎧の方としてやろう」

「浮気相手には事欠きませぬな」


 と、そこで体のほうに背後から抱きしめられる。


「はーれむでも築き上げましょうか?」

「ま、しばらくは首と体一つあれば十分だ」

「ぬ」

「どうした?」

「もう呼んでしまって候……」


 がさ、と。

 茂みから、背後のふすまから、床下から、その他諸々。

 あちこちから大量に山崎君(体)が。


「なんつーか」

「なんでござりましょう」

「相変わらず怖いわッ!」















―――
というわけで番外山崎アンゼロッテ編でした。








返信。

男鹿鰆様

本編中最も幸せなのはきっと由壱なんだと思われます。
一人だけ競争から外れてスローライフを送る気ですきっと。彼女をコスプレさせたりしながら。
ちなみに由壱のメイド愛の性癖は藍音さんがいたせいで漏れました。そうでなければ秘された趣味として一人で楽しんでいたんじゃないですかね。
そして、どうでもいいですけどきっと葵は普段口ではツンツンしながら体の距離はべったりだと思います。


月様

彼女が自発的にメイドコスプレとかどれだけ恵まれているのか、由壱は。
そしてこれは間違いなく継続的に由壱が喜ぶという理由でメイドプレイが成されるんだと思います。
その内演技指導とか入って由壱の変態性癖が浮き彫りに。
でもきっとこれは間違いなく薬師よりも先に童貞を卒業すると思います。薬師は四桁も下の相手に……。


がお~様

なんだか先を越してしまったようです。
まあ、確かに藍音さんとばったり出くわし、そのまま指導に入るという案があったにはあったんですが。
どう考えても由壱が気味の悪い笑みを浮かべるだけなのがわかってしまったので書きませんでした。
しかし、由壱が俺はメイドのコスプレが好きなんじゃなくてメイドが好きなんだとか叫びだす人間じゃなくてよかったと思います。変態紳士で本当によかった。


通りすがり六世様

しかし今回も甘いのです。コーヒーがジャリジャリになるんです。
そして最近の由壱の耐久力は薬師並みになったんじゃないですかね。
葵の愛の鞭によって、毎日のように数トンのパンチに耐え続ける作業によって強靭な肉体に。これじゃあトラックに当たってもセーフなんじゃなかろうか。
完全に人としてアウトですね。ええ。どう考えても人間じゃないです。


napia様

もういっそ一週回ってガムシロップとか飲めば……、間違いなく吐きますね、はい。
まったくもって由壱周辺は平和ったらないですよ。もう既にアフターストーリーと化してますからね。
しかしもう由壱はSなのかMなのか。葵を弄るのは大好きだし、葵に殴られるのも好きな由壱の明日はどっちだ。
もうSとかMとか超えた新人類の第一歩を踏み出してしまったのかもしれません。









最後に。

結局首輪も嵌めました。



[31506] 其の三十 馬に蹴られるより先に娘に。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:cddccc51
Date: 2012/08/14 22:05
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「……やあ」

「よう」


 仕事帰りに偶然会った鬼兵衛。


「唐突だけど、知ってるかい?」


 その顔は。


「……お宅の由壱君と、うちの娘がね」

「おう」

「――一緒に夏祭りに行くそうなんだ」


 正に鬼の形相だった。


「知らんがな」

「知らんがなじゃないんだよ。これは一大事だ。娘の一大事なんだよ」

「だからってどうするんだよ」


 問うと、あっさりと鬼兵衛は言う。


「ちょっと事故に見せかけてぽろっと殺ってしまおうかと」

「……おい」


 常識人、青野鬼兵衛は娘のことになるとあっさりさっくりと常識を放り投げる。


「常識を取り戻せ。思いとどまれ」

「常識は放り捨てるものさ」

「不法投棄よくない」

「では僕のいきり立ったこの思いはどうしろと?」

「飲み込めよ」


 途端に駄目な大人になった鬼兵衛を諭すように言葉を続ける。


「第一、お前さんが殺人で捕まったら事だぞ。運営に迷惑が掛かる」

「大丈夫、人ごみに乗じるし、隠蔽の道具なら幾らでも」

「本気出してんじゃねーよ!」


 何でこいつは娘が絡んだ途端酒呑童子並に成り下がるのか。


「いい大人がな、そういう派手な迷惑撒くのはだめだろ、な?」

「……ふーむ、そこまで言うなら」


 俺の地道な説得が功を奏したか。

 鬼兵衛の態度が軟化する。


「でも、人知れずこっそり邪魔する位はアリだよね」

「……もう好きにしてくれ」


 もうこいつは駄目だ、使い物にならん。

 由壱、頑張れよ。

 俺は心中でそう呟いたのだった。













 と、そんなこんなで。


「ま、だが。いい大人がっつう話だよなぁ」


 錯乱した鬼兵衛は放っておいたら間違いなく、由壱たちの邪魔をしにいくだろう。

 意気揚々と、声高らかに。


「仕方ねーなぁ。仕方ねーよなぁ……」


 俺は、ふらりと玄関へと向かう。

 と、その途中で。


「お父様、どこかに行くのですか?」


 外に出る直前で由美に出会う。

 まあ、隠すようなことはなにもない。

 正直に俺は返答を返す。


「祭りに行ってくる」


 それだけ言って、出て行こうとすると、何故か俺は袖を引っ張られていた。

 そうして、振り返った俺に、由美は――。


「……あ。私も、行っていいですか?」

「別に面白いことにはならんと思うぞ」


 と、俺は返すのだが、由美は何故か顔を赤くしてもじもじしながら、口を開く。


「……いいです。それで。お父様と一緒なら」

「なら、まあ、別に付いて来てもいいけどな。じゃ、行くか」


 ……弟の恋路の応援に。















其の三十 馬に蹴られるより先に娘に。














「……うへぇ、混んでるな」

「そうですね」


 辿り着いた会場はまあ、想定の範囲内と言うべきか。

 例年通り滅茶苦茶に混んでいる。


「まあ、いいか。とりあえず、由壱は来てるのか……?」


 呟いた俺へと、由美は小首を傾げて問う。


「お兄ちゃん、ですか?」

「おう。ちょっとな。若い二人に邪魔が入りそうなんで応援しにな」


 と、俺の感覚に、知ってる気配が引っかかる。由壱だ。

 この人ごみの中だろうが、よく知る人間ならば風での探知は容易い。

 どうやら、その隣にもう一人いるし、こちらはお相手の方だろう。


「もしかして……、鬼兵衛さん、ですか?」

「……まーな」


 そう言って俺が肩を竦めると、由美はくすくすと笑う。


「娘思いの、いいお父さんだと思うんですけど……」

「だから手に負えんのだ」

「ところで、お父様は、お兄ちゃんの恋愛に反対じゃないんですか?」

「ん? 俺か? そら、まあ、男だからなぁ。道さえ踏み外さなきゃ好きに生きろと」


 確かにちょいと若い気はするがもう死んでるんだしこの際気にしても仕方ない。

 それに、男はどこまで行ったって減るもんじゃないのだ、ああいうのは。


「それに、色恋に関しちゃ俺のほうが素人だろうからなぁ」


 それはそれで少し癪だが。


「ま、そういうこった。つっても……、まあ、まだ来てないみたいだな親父の方は」

「そうなんですか?」

「ああ。つーこって、しばらくぶらつくか」


 言うと、由美は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「あ、はい……!」


 まあ、来た以上、鬼兵衛の邪魔だけして帰るのも不毛この上ないだろう。

 これで由美が顔を綻ばせてくれるなら、安いものだ。

 ……まあ、祭りの高い食い物で懐が寒くなろうとも、安いものだろう。















「綿飴、口んとこ付いてるぞ」

「え……、えっ?」


 慌てて逆の口の端を擦る由美の微笑ましさにひとしきり苦笑した後、俺は指で由美の口の端を拭ってやった。


「流石、甘ぇ」


 めっちゃ甘い。まあ、砂糖みたいなもんだから甘くなかったら困るけどな。


「お、お父様……、そのっ。困ります……」

「ん?」


 なんでか由美を困らせてしまったらしい。

 首を傾げて考えてみるも、どうにも分からん。


「どうかしたか?」


 聞いてみたら今度は由美は俺に呆れたのか、苦笑してしまった。


「もう……、お父様ったらっ……」

「おう? すまんな」


 怒ってはおらず、はにかみながら笑っているので、俺はそれ以上の追及はやめることにする。

 そして、俺はとっとと話題を変えることにした。


「いやしかし、屋台のしょっぱい食い物とかは美味いな」

「そうですね、お父様」


 雰囲気補正による美味は、祭りでしか味わえない魅惑の味だ。

 しかし、問題点はお値段とついつい買い込んでしまうことだろうか。


「いやはや、これだけ食うと太っちまいそうだ」


 たこ焼き、焼き蕎麦、お好み焼き、揚げた芋、と、色々既に食した後だ。

 冗談めかして言う俺に、由美が微笑みながらたしなめるように言う。


「お父様、女性に体重の話はタブーだと思います」

「おっと、そうだな」

「めっ、ですよ?」

「おう……、でも、なんかあれだな」

「なんでしょう?」

「いやぁ、由美は可愛いな、としみじみと」

「そ、そうですか……? 嬉しい……、です……」


 照れて尻切れに小さくなっていく由美の声に俺は苦笑でもって返した。

 引っ込み思案な由美が俺をたしなめたり、意見したり。

 これが成長か……。嬉しくも寂しくもある。

 と、一人しみじみとする俺に対し、由美はどうやら照れくさくて話題を変えたいようである。


「あっ、あの!」


 意を決したように由美は言う。


「お、お父様はっ、どんな体形の女の子が好みですかっ……!」

「藪から棒が飛び出してこめかみに突き刺さったような気分だ」


 脈絡が無さ過ぎる、いや、一応俺の太りそうだという話に絡めているのか?

 だが、別に好みと言われても、だ。

 つまり男女の好き嫌いという奴の系統の質問だというのは分かるのだが、返答に困る。好みなどぶっちゃければ存在しないのだ。

 だから、特に無い、あるいは分からんと俺は答える、のだろう。山崎君に告白される前の俺ならば。

 そう、これでも色々模索中の俺である。こういった所で逃げずにちゃんと考えることが色事の理解に繋がるのではあるまいかというわけで。

 真面目に考えてみる。

 好きな体形。体形か。そしてこの状況からだと体重を主軸に考えるべきだろう。

 つまり、太り気味が好きとか、標準より細い方が好きとかそんな感じだ。


「ぬ……」


 だが、今の俺に特定のこれが好きという感情は無い。

 ならば、消去法ならどうだろうか。例えば標準から大きく逸脱して太っている場合。これは俺の好みに当てはまらん。初心者の俺には格が違いすぎる世界だ。

 では、激しく痩せている場合。これも駄目だな。骨が見える所まで行っていると流石に好きとか嫌いとかよりも心配になる。うっかりポッキリ折ってしまいそうで怖いし。

 つまり、何事も程々が一番何じゃないだろうか。

 いや、しかしこれは答えとしてはあまりに玉虫色すぎるのではなかろうか。

 逆に言ってしまえば激しく逸脱していなければ何でもよい、なのだ。これでは答えになっていない。


「ぬう……」


 考えろ俺。そうだ、もっと別方向から探るんだ。

 先ほどの俺は見たときの印象を考えていた。だが、体形とはそれだけに収まるものなのだろうか。

 否。

 男の感性とは、視覚的な芸術性ともう一つ。

 実用性に大きな魅力を感じるものである。

 つまり実用性の観点から考えると、考えると……。

 実用性って何だ。


「……うぬぬ」

「あの、お父様? あまり考え込まなくても……」

「いや、少し待て」


 実用性、実用性……、つまり性能面。

 人体の性能面。つまりあれだろうか、子供を産むにあたり安産型がいいとかそんな感じか。

 しかし俺の問題上子供が作れるか怪しいのでそこに魅力を感じるのは俺は難しい。

 では一体なんだ。体形における性能ってなんだ。

 ……。

 ……抱き心地?


「由美、少しいいか?」

「あ、なんですか?」

「少し抱きしめさせろ」

「――え?」


 しゃがみこむと、俺は有無を言わさず由美を抱きしめた。


「え、え? あ、あぅ……」


 ふむ、これが抱き心地か。

 由美の体形は極めて普通と言えるだろう。太ってはいないし、痩せてもいない。

 ただ、体の線は細く、手折れてしまいそうな儚げな空気がある。

 すっぽりと俺に収まるようで、細身でありながらも柔らかい。


「うーむ……、お前さんぐらいが丁度良いんじゃないか?」

「あ……、あぅあぅ……」


 どちらにも逸脱しすぎない、というのがやはり俺の好みなのだろうか。

 結局一極化しなかったな、俺の好み。

 それとも、今後の蓄積でこれだ、というような体形に出会えるのだろうか。

 そんなことを考えながら俺は由美を離した。


「ふーむ……」

「お父様ったら……、大胆です……」


 頬に手を当てる由美が、妙に色っぽく呟いた。

 と、そこで俺は当初の目的を思い出す。


「そういや、鬼兵衛が来たみたいだな」


 忘れかかっていたが俺がここにいるのは鬼兵衛の凶行を止める為。

 探知に引っかかった鬼兵衛を止めに行くことを決意した。


















「……あんなに葵と接近して……。ゆ、許せんッ」

「許せよ」


 別に人格崩壊するほど、動揺しなくたってよかろうに。


「なっ、薬師君っ。いたのかい?」

「ああ」

「僕は丁度由壱君を殺っちゃおうかなと思ったところさ」

「その兄に向かってなんてことを。っつか思いとどまれこの親馬鹿つうか馬鹿親父」

「な、何を言うんだいきなり。父が娘に集る虫を羽虫のように叩き潰すのは創世前からの倣いだよ?」

「どんな倣いだ馬鹿野郎」


 本当に、いつもの常識人な鬼兵衛はどこへ飛び立ったのか。

 溜息を吐きながら肩を叩く。


「涙で娘を見送るのも父の倣いだ。鬼兵衛」


 だが、説得は難しいようだった。


「駄目だ。君もわかっているだろう、父ならば、この気持ちが! もしもそこの由美ちゃんがお嫁さんに行くことになったら!! 君も同じ事をするだろう!!」

「まあ、そうかもしれんな。お前さんほど過激に行くかはおいといて、程ほどにはな」


 由美は愛娘である。そして、俺が親馬鹿なのも自覚済みだ。


「だがな。それとこれとは話が別だ。何せ、俺はそこで由壱と仲良くしてる娘さんの父親でも何でもねー。つーかなんも関係ない。義理の兄にはなりそうだけどな」

 俺はつまらなさげに鬼兵衛を見据えた。

「それより先に、俺は由壱の兄だろーがよ」


 親父の俺より、兄としての俺が優先されるべきだろう、この件に関しては。

 それを聞いて、鬼兵衛は表情を変える。

 友人知人へのそれから、宿敵を前にしたときのような顔に。


「なるほど、君の思いは確かに届いた。相容れぬ、交わらぬ、そういうことだね」

「いや、ほんと帰ってくださいよもうあんた。面倒臭くなってきた」

「ならば、力尽くで行かせて貰うよ」


 そう言って鬼兵衛が金棒を構える。


「いや、待てよ。おかしいだろこの流れ」


 なんでこんな流れで戦うことになってるんだ。

 だが、聞いてもらえなかった。

 一触即発。

 こんなアホな方向性で戦わねばならんのか。

 いやでも、来るなら仕方がないか――?

 そう考えたときだった。

 由美が、俺の前に出る。


「わ、私は」

「由美?」

「よ、由美ちゃん……?」


 そして、由美は俺の前に立って、鬼兵衛に向かってこう言った。


「私はお父様としか結婚しませんから……っ!!」


 鬼兵衛が、その言葉に固まる。


「いや、気持ちは嬉しいが……」


 気持ちは嬉しいが危ないから今は下がっていてくれ。

 そう言おうとした、その時。


「……負けたよ」


 鬼兵衛が地面に膝を付いた。


「っていうか……、僕の前に、娘連れで現れてデートしてたとか、当て付けだよね、死にたい……」

「生きろ」

「あ、葵だって……、葵だって……、昔は、昔は僕と結婚するって……! うわああああ!!」


 泣いた、男泣きだった。

 むしろこの状況に俺が泣きたい。

 そう思ったら、そんな鬼兵衛に声が掛かる。


「……何やってんのよ、父さん」

「あ、葵?」


 うむ、まあ、流石にばれるか。

 後ろから声を掛けてきたのは、当の葵。そしてその隣に由壱が苦笑しながら立っていた。

 そして、彼女は鬼兵衛に向かって辛辣な言葉を投げかける。


「こんな道端で蹲ってないでよ。邪魔でしょ?」

「……娘が冷たい」

「ほら、これあげるから」


 沈む鬼兵衛へと、葵が何かを差し出した。

 どうやら、祭りの景品のストラップのようだ。

 さっきまで萎れていた鬼兵衛がみるみるうちに明るくなっていく。


「いいのかい? いやあ、嬉しいね」


 表面上冷静を装っているが明らかにもう駄目だろこいつ。


「うん、あげるわ。由壱からだけど」

「あ、つまらないものですけど、受け取ってもらえると嬉しいです」


 瞬間、鬼兵衛が黒い殺気をだだ漏れにする。


「……いいのかい? 由壱君。殺っちゃってもいいのかい……?」

「いや、それはちょっと困るかなぁ、なんて……」

「あ、由壱になにかしたら絶交だからね」

「……え、うん」


 そして、燻る火種が一瞬で鎮火。


「あと、未来のお義兄さんと妹にあんまり迷惑かけないでよね!」

「ご、ごめんなさい……」

「ほら、しゃきっとして! 一人で帰れるでしょ?」

「いや、まあ、うん。でもお父さん、一人だとちょっと寂しいかなーって」

「そこのストラップがいるでしょ。早く帰って」

「…………うん」


 とぼとぼと帰る、鬼兵衛の背中の寂しそうなこと。

 ……戦いとはかくも空しいか。


「いやあ、ごめんね兄さん。なんか、気遣ってくれたみたいで」


 と、鬼兵衛を見送り、由壱が声を掛けてくる。


「まあ、結局邪魔になっちまったけどな」

「いやいや、十分じゃないかなぁ。俺じゃあの人止めらんないし」

「娘さんがいれば大丈夫っぽいけどな」

「でも、痛めつけておいてくれないと、結局暴れるから」

「……そうか」

「うん。葵が関わってないところなら普通にいい人なんだけど」


 と、そこで葵が俺の会話に割って入る。


「うちの父が迷惑掛けちゃったみたいで……」

「いや、ただのお節介だから問題ねーさ」


 頭を下げる未来の義妹に、俺は笑って答える。

 そんな横で、兄妹も会話を始める。


「由美もごめん。邪魔しちゃったみたいで」

「……でも、おかげでお父様とお祭りに来れたから。お兄ちゃん、ぐっじょぶです」

「いやぁ、ごめんね? うちの馬鹿親父が面倒掛けちゃって」

「あ、だいじょぶです。頑張ったのは、お父様ですから」

「んー、由美ちゃんは可愛いなぁ。由壱と結婚したら、妹になるのよね。あれ? でもお義兄さんの娘だから姪?」

「妹でいいんじゃねーの? 叔母さんは……、アレだろ」

「あはは、そうですね」


 そうして、ひとしきり談笑し、俺達は別れることに。


「それじゃあ、そろそろ行きますね。由壱、借りてきます」

「おうおう、好きなだけ借りてってくれ」

「あ、それと、応援してもらえてるみたいで、凄く、嬉しかったです。ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる葵は本当にいい子だな。いつも派手に由壱をぶん殴ってる姿を見ているといかんせんなんともいえない気分だが。

 まあ、由壱の前でだけは自然体でいられるということにしておけばいい話だな。


「ま、あれだ。感謝してもらえるなら、お前さんに一つ頼みがある」

「え、なんですか?」


 そこには、好きな人の親族に気に入られたいという思いがあるのだろう。

 健気じゃないか、わが弟ながら果報者め。

 そんなことを考えて苦笑しながら、俺は彼女に言うのだった。


「精々、由壱に幸せにされてやってくれ」

「あ……、はい!」


 では、後は若いお二人に、と俺は踵を返す。

 追従して俺の隣を歩き始める由美。


「さて、じゃあ、何食べるか」

「また食べるんですか、お父様。本当に太っちゃいます……」

「大丈夫だ。むしろもうちょっと肉付きがよくてもいいと俺は思うぞ」

「そ、そうですか?」

「おう」

「……じゃあ、食べます」

「ああ。祭りの食いもんは祭りでしか食えないからな」


 そうして、俺は由美の手を取る。


「手、離すなよ? まあ、はぐれてもいいけどな。すぐ見つかるから」

「はい、絶対離しません」


 由美が微笑み、俺達は人ごみの中を歩いていくのだった。
























―――
なんか予定よりかなり長くなってしまった不思議。









返信

月様

そういうのもあったようです。ハーレムが容易に築けますね。
しかも大本が皆同じですから修羅場もないです。いや、あえて起こす演出もそれはそれで。
しかし今回の話で好みの体形とか出ましたけど山崎君なら変え放題ですね。
生首なところだけはどう頑張っても変わりませんけど。


男鹿鰆様

たまには別のことがしたくなった結果がアレでした。せっかくだったので。
これだけやきもきさせられるとたまにはくっつく話が書きたくなるってものです。
まあ、まさかの山崎君でしたけどね! 色々と振り切っての山崎君でした。
次は魃辺りですかねぇ、春奈や愛沙あたりも捨て難いですけどなんとなく。


通りすがり六世様

なんとなくとかいいつつ結婚指輪購入までして往生際の悪い薬師でしたがもうアウトです。
まあ、色々差し置いて山崎君だったのは、やはり薬師のバリアに傷を付けたのが大きいですかね。
これまでで薬師に一番のダメージを与えたからこそのアレだったのでしょう。乙女力が高かったんです。いやむしろ男前かもしれませんが。
そして前さん番外編っていうかそれはもう本編最終輪ですからねぇ。早く書きたくもあるのですが、まだ遣り残していうることも多いので。


wamer様

やはり難攻不落の要塞に傷をつけたのがでかかったですね、山崎君。
大方の予想を裏切ってまさかの山崎君でしたが、確か季知さんとにゃん子もやってたはずですね、番外。
次は一応銀子、春奈、愛沙、魃、店主くらいの構想はあるんですけどね。でも書き上げるのに結構労力使うんですよね。
しかし、これで甘くないとは……、悟りの境地に入られましたか。きっと拓け切ったら天狗になってモテモテですよ。


通りすがり100様

こちらこそよろしくお願いします。それにしても、もう三年か四年位前からですか……、ありがたいです。
しかし、最近はこれで甘くないとか、新境地に入られた方が幾人かいるようで。よし、砂糖を煮詰める作業を開始しましょう。
影の薄いあの人はネタのストックは何本かあるんですけどね。前さんとは別のベクトルで出し惜しみしたくなります。
由壱は……、最近もうアレですね。半分新婚ですね。じゃら男は、そろそろ進展させようかどうか思案中です。




最後に。

帰った鬼兵衛は美人の嫁に慰めてもらったそうです。



[31506] 其の三十一 俺と安っぽい味。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/08/28 22:01
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









 ある日の午後。俺はこっそりと返ってくる。

 俺の手には買い物袋。とあるモノが入っている。


「……いやはや、久々だな。楽しみだ」


 そう呟いて、店の袋から俺はある物を取り出した。

 そう、それは、カップラーメン。


「たまに食いたくなるんだよなぁ……」


 藍音のおかげで基本的に縁のない食べ物。

 だがしかし、無性に食いたくなるときがある物である。

 それが今日だった。

 買ってきたそれを食卓に乗せて、お湯を沸かそうと動き出す。

 そんな瞬間の出来事だった。


「……薬師様」


 バレた。


「……おう」


 背後から掛かる声はどことなく悲しげで。

 誰か助けろ。











其の三十一 俺と安っぽい味。












「まあ、あれだ、これはだな……、あれだ」


 まるで重大な犯罪の現場を見られたかのように俺はうろたえた。


「別にお前さんの料理に不満があるとかじゃなくてだな」


 だが、言い訳をしきる前に、藍音は口を開く。


「わかっています」

「お、おう」

「稀に食べたくなるのだということはわかっています」


 流石藍音だ。よく分かっている。


「おう、あれだ、うん。むしろほら、お前さんがちゃんと飯を食わせてくれるからこそ安心してこういうのが食べれるっていうかあれだ」


 しかし、俺の背に流れる冷や汗は止まらない。


「……わかってはいます」

「おう? おう、理解が得られて嬉しいぞ」

「しかし、分かってはいても、負けた気分になります」


 言われて、俺の良心が痛み出した。

 ずきずきと痛む俺の良心。こうなるこた分かってはいたのだ。しかし、欲望に負けた俺が悪かったのだ。

 藍音に攫われていく俺のカップ麺。

 さらばカップ麺。もうしばらく会う事は無いだろう。


「ただ、妥協し、歩みよる余地はあるかと思われます」

「んん?」

「……薬師様のためなら、この程度は瑣末事。目を瞑りましょう。ただし、少しだけ譲歩していただけませんか」


 いや、カップ麺と藍音の料理どっちが大切かと言われればそれは火を見るより明らかで。

 藍音が嫌だというならばカップラーメンくらい封印しても構わないと思っているのだが。


「このカップラーメンは私が作ります」


 いや、そこまでさせるのは悪いような気が……、いやしかし、これが藍音の要求なら断る理由もない。


「今から、私がお湯と愛情を注ぎますので、しばしお待ちを」

「お、おう、頑張れ」


 そうしてわざわざ、俺は藍音にカップラーメンを作ってもらうことになったのである。

 藍音の献身に、俺は頭が下がるばかりだ。



















「なーんて、殊勝なこと考えた俺が馬鹿だったよ!」

「どうかしましたか」


 いつもの無表情で首を傾げる藍音。

 そんな藍音が、俺の口へと箸を運んでいる。

 正座と胡坐で向かい合う畳の上は、微妙な空気が広がっていた。


「いや、食えるから、一人で食えるからな?」


 まさか食べることまで藍音にしてもらうことになるとは誰が予想できただろうか。


「だから、別にそんな真似をしなくても……」

「問題ありません。それとも、熱かったでしょうか」


 わざわざ、ふーふーと食べごろにまでしてくれるのだからその辺りは問題ないのだが。


「いやほらあれだ、ラーメンだからな? ラーメンだからほら、食べさせてもらうと顔に汁が付く」

「問題ありません」


 そう言って藍音は、手の布で俺の顔を拭っていく。

 とっても至れり尽くせりである。至れり尽くせりである……。


「いや、もうほんと勘弁してください」

「まさか、噛むのが面倒だとか……?」


 いや、こいつは俺を何だと思っているんだ。

 流石に口動かすのも面倒とか言わねーよ。


「では、口移しを……」

「いや待て待て。落ち着け、な?」

「問題ありません。薬師様も、昔は私にしたのでしょう。ならばその恩を返されたと思えば」

「それは仇だ」


 それに、その口移しは藍音が拾った当初ろくに動くこともできなかったし、当時は点滴とかそういう医療器具が無かったからだ。

 つまり医療行為である。医療行為なのだ。


「そうですか」

「そうなんだ」

「ではこのまま続けます」


 そうして。


「ちくしょう藍音、覚えておけよ!」


 俺は捨て台詞を残して走り去ったのだった。

 ちなみにカップ麺はちゃんと食べた。
















「……さて」


 カップラーメンで藍音に好き放題された翌日。

 俺は復讐を誓った。


「……薬師様」

「来たか」


 今日の俺の手の中にあるのは、ハンバーガー屋の袋だ。


「今日も誠心誠意、ご奉仕させて頂きます」

「そう言っていられるのも今のうちだぜ」


 そう言って俺は、袋からある物を取り出した。


「まあ、座れ」

「はい」


 畳の上に座って、俺達は昨日のように向かい合う。

 そして、俺達の間に置かれたのは。


「フライドポテト、Lサイズですか」

「おう」


 そう、芋である。そしてぶっちゃけ芋だけである。


「では」


 早速、藍音がフライドポテトを一つ摘むと俺へと向けてくる。

 俺はそれを口で受け取りながら、自分もまたフライドポテトへと手を伸ばした。


「ほれ、藍音」

「……どういうことでしょう」

「食えよ」


 そして、人に手ずから食べさせてもらうのがいかほど恥ずかしいものか理解するといい。


「……はい」


 藍音は、俺の言うとおりに、口でフライドポテトを受け取った。


「薬師様も、もう一本どうぞ」

「藍音も遠慮するなよ」


 そうして、二人でフライドポテトを食べさせあうこと、数分。


「どうよ」


 いかな気分か、と俺は藍音に問うて見る。

 すると、一瞬だけ、藍音が薄く微笑んだような気がした。


「薬師様は……」

「おう」

「……たまに私にとってとても愛おしい感じにお馬鹿になりますね」


 いつもより、少しだけ頬が赤い。

 成功したのか、していないのか。


「結局どういう気分になったんだよ」

「今の幸せを文章にするには四百字詰め原稿用紙で五百枚位かかりそうですが、レポートにしますか?」

「……あれ?」


 些か予定が狂ったような。

 いやしかし仕方ない。

 食べ物は粗末にできない。

 できないが――。

 ――俺はLサイズを買ったことを後悔した。


「薬師様、今日の御夕飯は何がいいでしょうか」

「いやー……、もう、なんてーか、お前さんの得意な奴でいいぞ」

「では、腕によりをかけて作らせていただきます」

「おう」






















―――
大分間が空いてしまいました。
何故か、と聞かれると就職の時期という奴です。
どうにもあちこち駆けずり回らないといけないとか、期末テストがあるとか、期末テストのちょうど中の日に職場見学があるとか、そんな感じです。
あちこち手が回ってない感じです。申し訳ないですが、九月の半ばまでスローペースにお付き合いください。
九月の面接で内定が取れようが取れまいが、第二陣までは少しの間があるので時間も取れると思います。




返信


通りすがり六世様

まあ……、流石にそこまでは掛からないと思います。前さんエンドまでは。
由壱はもう、内臓破裂しそうなレベルですが、本人が幸せならいいと思います。
まあ、鬼兵衛本人も大人気ないとか、いつかは独り立ちするものだとは理解してはいるのでしばらくして満足したら大丈夫じゃないですかね。一、二発は殴られる覚悟で行けば。
最悪、きっと葵母のほうがどうにかしてくれますよ。鬼兵衛をボコボコにしてでも。


月様

薬師を突っ込みに回すほどぶっちぎってましたね。鬼兵衛と来たら。
娘の件になると、突如正気を失うようです。ただきっと、いつかは来ると思っていたことでしょう、こんな日も。
ただし、あまりに早かったのと相手がちょっと知り合いの弟とかいう死角から剛速球だったので戸惑ってるんじゃないかと。
まあ、きっと鬼兵衛由壱対決編でも来るんじゃないですかね。その時に和解すればいいんじゃないかと。


七伏様

美人の嫁を貰っておいて娘まで独占しようとは何たる暴挙なのでしょうか。
ただ、由壱は極まると突如押しが強くなるのでもしかしたらそのまま押し切られそうです、親娘共々。
葵は空気の読めるいい子ですよ。ただし由壱が相手の場合は除きます。
まあ、由壱に関しては信頼関係を築いたから成せる技と言うか、よく訓練された由壱で行なっております、絶対に真似しないでください、というか。







最後に。

喫茶店的に考えてメイドさんがふーふーしてくれるだけで100円のカップ麺も十倍の値段になるので薬師はその重みを知るべきだと思います。



[31506] 其の三十二 妥協しない秋。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/09/08 22:20
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






 この夏は、妥協しない。


「うん……! 絶対……!」


 そう誓った少女が居た。

 彼女の名は暁御。

 恋する乙女は、想い人を海に誘い、ひと夏の思い出を作るつもり満々だった。


「ほんとにやるの? あっきー」

「うん……!」

「なら、あたいは応援するよ。妖精さんの名にかけて!」


 そう、この夏だけは妥協しない。

 目指せ一発逆転、地味ポジションから返り咲き。

 そんなことを思って――。


「妥協……、しな……、い……?」


 早一ヶ月。

 九月である。

 暦の上では、既に秋だった。













其の三十二 妥協しない秋。













「あっきー……、落ち着いて聞いてくれ。もう……、秋だ」

「う、嘘……」

「どっこいこれが現実です……っ」


 別に紅葉が綺麗な季節とかではないが、最近やっと暑さもなりを潜めてきたところだ。


「いつの間に」

「もたもたしてるからだよ、あっきー!!」


 海ならピークを過ぎた辺り。混んでいるのも問題だが、しかし、空いていても海に入れないようじゃ意味が無い。

 唇を紫にまでして海に入ろうとする、どころか海に入れようとしてくる女はもう何かの妖怪だろう。

 間違いなく退治される。

 だが、妥協しないと決めたのだ。

 これまでなんだかんだで話しかけれなくても、誘えなくても、まあいいや、今度でいいか、と先延ばしにしてきた。

 だが、それでは一歩も進めない。


「ま、まだ大丈夫。妥協してないよ」

「いやもう遅いって間違いなく」

「大丈夫、私はまだ諦めてないから試合終了じゃないよ」

「野球ならコールドゲームってものがあるんだよ」


 フロリダジャイアントペンギンの精こと、ジャイ子に容赦なく言われ、暁御は目を逸らした。


「あ、ほら、タゲが動いたよ。追った追った」


 と、まあ、ここで現状を説明しよう。

 状況は簡単だ。

 道を行く薬師とブライアンの後を尾行しているだけである。


「で、いつ声掛けんの? 声掛けるの?」

「う、うん……、でも、二人で話してるし、邪魔かな……、なんて」


 ちなみに、薬師に声が掛けられないのはどう考えてもそのせいである。

 忙しそうとか、邪魔かもとか、その他諸々によって、暁御は薬師に声が掛けられないのである。


「ええい、鬱陶しい。頑張れあっきー」

「うん……」


 と、そんなこんなで、歩き出した二人を暁御は追う。


「バイクねぇ。そんなのに興味があったとはな」

「女性を乗せて遠乗りすることも視野に入れている」

「……ああ、そうかい」


 会話しながらも向かう先は一体どこだろうか。

 バイクを買ったなどという話をしているから、見せようと車庫へと移動しているのか。


「バイクってあれだろ? 馬力幾つとか排気量どうのだろ?」

「排気量か。排気は、それなりに荒いぞ」

「ふーん、そうかい。俺はバイクなんぞ藍音に乗っけてもらうくらいしか縁がないからな」


 と、言いながら入っていく、


「ああ、こいつは俺にも一目で分かった。……一馬力だ」


 ――馬小屋。牧場である。


「馬じゃねーか」

「馬だ」

「鼻息荒いな」

「馬、だからな」

「馬、だからな、じゃねーよ。馬じゃねーか」

「ああ、馬だ」


 通じているようで通じていない会話。

 それを余所に、暁御とジャイ子の間でも会話が繰り広げられる。


「よし、チャンスだあっきー、行け」

「どこが!?」

「今から颯爽と馬に乗って登場し、馬は歯をむき出しにして笑顔になっているように見えるときがあるけどあれはフレーメンと言って牝のフェロモンをよく嗅げるようにするためのスケベ根性の代物なんだ、って無駄知識で博識をアピールしながら輪っこ作っといた縄を振り回して最終的にハニーを縄で縛って引きずってくればいいよ」

「どこから突っ込んでいいかわからないよ!?」

「じゃあ、一個選んで」

「えっと……、馬に乗れないよ? 私」

「そこかよ! そこは一番どうでもいいじゃん!! 突っ込み的に」

「え、うん」

「もうこの際だしあれだよ。こんなところで奇遇ですね、私の趣味は乗馬なんです、キラッ、でいけばいいよ」

「まだ、まともかも」

「そんでさ、私、動物と触れ合うのが好きで、馬が笑ってるのを見ると和んじゃいますよねー。ところであれ、フレーメンっていって実は牝の……」

「そこ説明しちゃだめ!?」

「えー、なんでさ。せっかく人が趣味が乗馬のおしゃれっぷりと、動物大好きな可愛らしさと、知識が深い知的な女を演出しようと思ったのに」

「……知的? 痴的じゃなくて?」


 ああ、このままでは今日もまた眺めるだけで終わってしまうだろう。

 と、そんな時。


「何やってんだ、お前さん」

「え!? あえええ!?」


 声を掛けてきたのは尾行の対象如意ヶ嶽薬師その人である。

 いつの間に気付かれたのか、馬小屋の外から見守っていたというのに、わざわざこちらまでやってきた。


「やばい、あっきー、ここはアタイが時間を稼ぐから、その間にどうするか決めるんだ!!」

「え、ええ!?」


 暁御と薬師の間に立ちはだかるジャイ子。

 そして、ジャイ子は薬師の周囲を回るように高速で動き始めた。


「ゴッド妖精シャドーっ!」

「いや、一体なにやってんだよお前さんら」

「マッハ妖精スペシャル!!」


 残像を生み出しつつ動くジャイ子。


「ていうか、鬱陶しいわ!」

「おうっ!」


 しかしながら、あっさりと薬師に掴まれてしまった。

 そして、更にあっさりと。


「そい」


 どこか遠くへと投擲されたのである。


「ええーー……!?」


 さらばジャイ子。尊い犠牲だった。


「で、何してたんだ? お前さんたちは」

「え!? えっとですね!! 薬師さん」


 しかし、尊い犠牲のジャイ子だったが、完全に無駄死にである。

 暁御の思考はそれほど纏まっていない。むしろそう簡単に頭が回るならもっと早くに声を掛けているというのだ。


「う、馬!!」


 よって、よく分からないことを口走るのも仕方のないことです。


「……馬?」

「えっとですね、馬があれでですね、呂布が赤兎馬に乗ってですね、方天画戟に乗ってですね」

「落ち着け」

「えとあのその、海で馬がそれで? ええっと?」


 そして次第に自分でもわけが分からなくなってきて。


「つまりアレか。馬に乗りに来たのか?」


 答えとは見当はずれなそれに、全力で頷くことになった。

 まあ、そりゃあ、あなたをストーキングしてきました、なんて言えるわけもないのである。


「ふむ、ならば乗せてやったらどうだ、薬師」


 とそこでブライアンが横から出てくる。


「俺馬になんぞ乗れんぞ?」

「人に慣れている馬なら素人でも乗れる。さもなくば乗馬体験が観光資源にならんだろう」

「それもそうか」

「万一落馬してもお前がいれば問題なかろう」

「ま、そうだな。じゃあ、乗るか」


 いつの間にか、話が決まって薬師に手を引かれて歩き出すことになっていた。


「え、あ、あれ? うぅ?」


 とにかく動転し続ける暁御。

 しかし。握った手だけは、離すつもりも無く。

 しばらく幸せだったという。















 蹄が一定のリズムを刻む。

 長閑な午後である。


「意外と乗れるもんだな」

「は、はい……、そうでしゅ……、そうですね」


 思い切り、噛んだ挙句に声が裏返った。

 暁御は、とても緊張していた。

 すぐ背後に、薬師がいる。暁御は今、薬師の前にすっぽり収まる形で乗馬しているのだ。


「しかし、お前さん乗馬に興味があるとはな」

「えっと、はい」


 今更何を言っても遅いので、このまま押し切ってしまおうと、暁御は決めた。

 そんなことより、すぐ背後から感じる好きな人の体温を味わおうと、心臓を高鳴らせながら体重を預ける。


(で、も、この夏の私は妥協しないって決めたから)


 しかし、もしかすると今はチャンスかもしれない。

 妥協しない、つまりこの中途半端でなあなあな関係から一歩前へ。

 今しかない。

 そう思って口を開きかけたそのとき。


「おっと」

「……え?」


 急に片腕で抱きしめられた。

 一瞬にしてつま先から頭まで緊張が貫く。


「ちょいと揺れたな。大丈夫か?」

「はははははい、だいじょぶですっ」


 この密着状態。指一本動かせずに、甘受し続ける。

 でも、なんだかんだで幸せだったりもするのである。


(……まあ、いいかな。うん。今日、頑張ったし)


 妥協しない夏。

 妥協の秋。

 馬がにやにやと歯を見せて笑っていた。


















―――
やっと涼しくなってきましたね、うちの地方は。







返信

wamer様

就職できればいいですけどね。しくじったらフリーターで時間が余りまくるアレな未来予想図……は置いておいて。
天狗拾って光源氏ですねわかります。天狗拾うにせよなるにせよ、きっと山篭りがベストですね。
そして薬師を飛び散らすならば間違いなく閻魔料理がベストです。
どんな効果が現れるかは不明ですがダメージ総量では作中最高だと。


通りすがり六世様

私も実際にメイド喫茶に入ったことはないですね。話に聞くくらいしかないです。
まあ、値段の五割はサービス料なんじゃないですかね。見てみたい気もしますがしかし行くのが面倒で今後もえんはないと思います。
薬師の思考は、やる方はいいかもしれんが、やられたらどれだけ恥ずかしいかわかるだろう。
しかし、される側からすれば、我々の業界ではご褒美です状態。


月様

どうもお久しぶりです。ご無沙汰してました。
月様も就職活動中ですか。お互い大変ですけど、頑張りましょう。
なんかテスト期間中に職場見学と履歴書提出が重なる狂気のスケジュールでしたが終わったので面接までは余裕がありそうです。
藍音さんは最近薬師がたまに馬鹿になるおかげでほくほくです。未だに財布に藍音さんの写真が入ってるわけですし。


がお~様

薬師と藍音さんに関しては距離感の問題が大きいですね。
近すぎて家族と薬師が認識しているためにそういう意識は極めて浅いです。
そもそもほとんど薬師が育てた形ですからね。娘として捉えてる部分が結構大きいです。
むしろ付き合いが長い方が実は攻略難易度が上がるのかもしれません。メイドで娘みたいなもの、という見方を変えないことには。


napia様

薬師馬に蹴られろ、ということでお久しぶりです。
藍音さんは安定してていいですね。書く側としても助かりますよ。
逆に安定しなかったといえば暁御なのですがもう最近これはこれで安定して来たような気が。
就活は大変ではありますが、まあ、なんとかします。早く面接なりして結果を出したいですね。今の時期が一番やきもきする時期みたいです。







最後に

ブライアンの購入したのは二輪じゃなくて4WDでした。いや、輪じゃなくて足ですけど。



[31506] 其の三十三 どうせなら笑顔で。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/09/17 21:58
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







 布団の上で寝ている薬師の上に、馬乗りになる。

 彼は呑気に眠り続けていて、起きる様子はない。

 そんな彼の首に、憐子はそっと手を添えた。

 まるで、その首を絞めるように。

 そして、彼女は長い髪を垂らして、薬師の顔を覗きこむ。

 それから、しばらく彼の顔を見つめ、ふっと彼女は微笑んだ。

 首に添えた手を、憐子はそのまま頬へと持っていく。


「昔は殺したいほど愛していたんだがね……」


 呟いた言葉は空気へと溶けて消える。

 今は、生きている方がいい。

 いや、正確には死んでいるが、動いて、笑っているのがいい。


「……なにしてんだ、憐子さん」

「起こしてしまったかな。いやなに、昔は若かったと思っただけさ」


 もったいないことをしたものだ。と、憐子は口の中で呟いた。

 きっと現世で思いとどまっていれば千年近い期間を共に過ごせただろうに。

 逃した魚はでかい、そういう言葉を思い浮かべながら、今度は憐子は人差し指を立て、薬師の口端へと持ってくると強引に釣り上げる。


「何するんだ、憐子さん」

「なに、その仏頂面、笑わせてみたいと思ってね」









其の三十三 どうせなら笑顔で。









「憐子さんが、台所に立っている……、だと。世界が滅ぶぞ」


 俺の視界には、何故か、エプロンを着けて何事かを行なう憐子さんの姿がある。


「心外だな。私だってキッチンくらい立つさ」

「いや、俺の記憶にはそんなの一度もないんだが」

「そうかい?」

「憐子さんのメシを毎食作ってたのは誰だと思っている」

「薬師だ」

「おーとも」

「ふむ、そうかそうか。お前に私の料理を見せたことはなかったかな?」


 少なくとも、俺の記憶にはない。薄いのか、それとも俺の知らないところでやっていたのか。


「つーか、できたのかよ」

「何が?」

「料理」

「ほう、できないと?」

「思ってたよ。駄目人間だからな」

「手厳しいね。だが、できるよ。やればできる子なんだ、私は」

「やらないけどできるは一定の割合を越えたらできないに分類していいと思うんだ、俺は」


 確かに、憐子さんは手際よく台所を動き回り、なんだか知らんがオーブンが稼動している。

 なにを作っているか知らんが、中々にできる様子だ。


「で、どういう風の吹き回しだよ。もうどういう風が吹き荒んだら憐子さんが料理なんてするんだ?」

「相変わらず失礼だね薬師は。言っただろう?」


 そうして、憐子さんは意味不明な言語を吐き出したのだった。


「その顔、笑わせてみようと思ったのさ」

「……なんでだ」

「そこに理由を求めるのはナンセンスだ」


 つまりいつもの思いつきというやつか。

 まあ、暇だしいいのだが。

 それに、憐子さんの料理というものに興味がなくもない。


「ほら、丁度今、焼きあがったぞ」


 ちーん、と前時代的な音を上げて、オーブンが回収を催促する。

 憐子さんは可愛らしい桃色の鍋つかみで取っ手を握ってそれを取り出した。

 それは、黄土色で市松模様、そして、バターの香り。


「んん? こりゃ、せんべ……」

「クッキーだよ」

「クッキーか。ああ、知ってる。知ってたぞ?」

「そういうことにしといてあげよう」


 そして、そんな焼き立てクッキーが、俺の目の前にあった。

 くっ、美味そうな匂い上げやがって。

 そんな中、行儀悪く卓に座った憐子さんが一つクッキーを摘む。


「さ、召し上がれ」


 にやりと笑って、彼女は俺の口元へとクッキーを持ってきた。


「ぬ。一人で食えるぞ」

「いいから」


 押し切られて、俺は口でクッキーを受け取った。


「どうだい?」

「甘い」

「いいんだよ? 美味しさのあまり口を綻ばせても」


 憐子さんが、顔を覗きこんでくる。


「それとも、本当にクッキーは受け付けないかい? 煎餅にすればよかったかな?」


 そんな憐子さんに、俺はできるだけ不機嫌そうに言い放った。


「……美味い」


 すると、憐子さんはくすくすと笑う。


「何がおかしいのか」

「いや、うん、なんていうか。ずるいなぁ」

「何がだ。俺としちゃ憐子さんのほうがずるくせーよ」

「いやあ、薬師はこんなに私をにやにやさせてくれるのに、不公平だなと思っただけさ」

「藍音じゃねーんだから、無表情ってわけじゃないと思うんだがな」

「いや、私が笑わせたいのさ。にやりとじゃなくて、嬉しそうに、あるいは楽しそうにしているのがいい」


 憐子さんは、難しいことを言う。


「ほら、もう一つどうだい?」

「……おう」


 餌付けされる鳥の役はお断りなので、今度は自分でとって食べる。

 やはり、美味い。


「というか、生きてた頃もこんな腕なら、俺に作らせんでもよかったろうに」


 そう言って俺は憐子さんから目を逸らした。

 とても美味い。これが菓子限定でないならば、俺の料理よか美味いもんが作れるわけである。


「……拗ねてしまったかい?」

「いや、そこまで。でも味に不満はあったんじゃねーの?」


 所詮俺の適当料理である。秤の類は使わない、目分量を全力で扱う料理である。


「ふむ、確かにまあ、それなりに料理はできるよ。女の子の嗜みとしてね」

「できれば他のところも嗜んで欲しいが」

「それは置いといて、だ。でも、私は薬師の料理を食べ続けた。それには深い訳がある」

「なんだよ」


 作るのが面倒くさいから、だろうか。

 それで我慢して食べていたのだと思うと、少し俺の矜持が傷付くが。

 しかし、憐子さんは自信満々に、こう言った。


「それはね。お前の作る料理が、私の中では世界で一番美味しいからだよ」


 対する俺は。

 右手で憐子さんの目を覆うことにした。


「おっと、……手を外して、顔を見せてくれないかな?」


 憐子さんが、にやにやと笑っている。


「目隠しなんてして。不意打ちでキスでもしてくれるのかな?」


 誰がするかこの野郎。

 ……まったくいきなりこっぱずかしい事言い出しおって。


「誰がするか」

「じゃあ、手を退けてくれないか?」

「……見せられるかこんな顔」

「やっぱりずるいじゃないか。自分はそうやって見せてくれないくせに」


 そうして、俺は憐子さんに付けた手を離す。

 俺の顔は、いつも通りに戻っていた。

 そして、クッキーを口の中に放り込む。


「おや、綺麗さっぱりなくなってしまった」

「おうとも、俺は部屋に戻るぞ。戻るからな。いいな?」


 俺はとっととこの場を去ろうとする。

 だが。


「おっと、実は、少し材料が余っていてね」


 逃げ切れなかった。

















 今度は、二人で。


「生地に空気を練りこむ……!」


 薬師は、そんなことを言いながら天狗の力でクッキーの生地に空気を混ぜ込んでいた。


「随分、手馴れているね。そういうの」


 そういうの、とは無意味に人外の力を活用し料理を作る辺りだ。


「まあ、よくやってるからな」


 その横顔は、楽しそうで。


「意外と簡単に、見せてくれるんだね」

「ん、どうしたよ」

「いや、何でも」


 そう言って、憐子は追求をひらりとかわした。


「しかし、よく考えると誰かに料理を振舞ったのは初めてかもしれないな。私の初めてだよ、薬師、感謝してくれたまえ」

「初めてって、無駄技能もいいとこだなおい」

「いや、まあ、無駄にはならなかったよ」


 憐子は、薬師に笑顔で言う。


「薬師に食べさせて上げられたからね。十分すぎると思わないかい?」


 すると、また彼は、憐子の目を覆ってしまった。


「そーかい」

「そうさ」


 照れている彼の顔を思い浮かべて、彼女は口の端を釣り上げるのだった。

















―――
いよいよもって正念場です。
どっちに転んでも、終わったら終わったで少し余裕ができます。
そろそろ番外編も書きたいです。なんかこう、甘い奴が。糖分が不足しているんです。





返信

通りすがり六世様

馬力、っていうか馬、ブライアンでした。よく分からない方向に突っ走ってます、彼は。
暁御の目標は妥協しないこの夏でしたが、もう秋ですしね。秋は妥協の秋で行くみたいです。
そしてもう暁御は薬師と話ができただけで幸運みたいなもんですからね。
エンドまで行ったら幸運値全部使い切るんじゃないでしょうか、完璧に。


がお~様

もうそういう方向性で問題ない気がします。
それが売りということでここは一つやっていったほうが暁御的にもよろしいようなよろしくないような。
印象の上では間違いなくジャイ子の方が上ですね。はい。
一応暁御は最初期メンバーの一人ですけどね。実は大概のキャラより先に出てますよね。


月様

もういつものことと言うほかないですね、ええ。
まあ、そんな彼女だからこそ小さな事に幸せを見つけて強く生きていきます。
むしろ攻略するならジャイ子の方が早いんじゃないかと思わなくも無いですが。
その辺りは気のせいということでここは一つ。


黒様

お久しぶりです。
そして久しぶりの暁御でした。コメディー大目になるので書いてて楽しいんですけどね。
ちなみにサイコロは振ってませんが、コインの裏表で出すか出さないか決めることにしました。
今回は一発でしたよ。暁御としてはとても幸運だったのではないでしょうか。もう今年分使い切りましたね。





最後に。

うちにはオーブンそのものがないです。つまり焼き立てクッキーどころの話ではない。



[31506] 其の三十四 俺と愛情表現について考える会。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/09/25 22:24
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






 俺の前で、子供が泣いている。


「おいおい、どうしたんだ少年よ」


 声を掛けてみるが泣いてばかり、どころか、大人の男である俺を見上げて、更に少年は泣いた。

 どうやら、俺の外見は少年に威圧感を与えてしまうようである。

 だが、これは参ったと言わざるを得ないな。

 果たして何事かは分からないが、これで立ち去るのも薄情が過ぎるというものである。


「ぬぬぬ、しかし困ったぞ? 俺ではこの事態に対処できん」


 最悪俺が泣かしたんじゃないかと周囲に勘違いされかねないような状況である。

 事情を聞いて解決しようにも、少年は俺の話を聞いてくれない。

 ならばどうする。誰か呼ぶか。

 人を呼ぶ、それが一番建設的に思える。俺で解決は難しいようなのだから。

 とすると誰を呼ぶか。暇そうな奴がいればいいのだが、今からでは如何せん、時間が掛かる。

 ではすぐに来れるようなやつは……。


「ビーチェ、ビーチェー」

「あ、なんですか、先生」


 手をぱんぱんと叩くと、背後の物陰から現れるビーチェ。

 状況の打破のため、俺はあらゆる全てを黙殺した。


「悪いがこの少年と対話を試みてくれんかね」











其の三十四 俺と愛情表現について考える会。










 どうやら、少年は大切なボールをどこかにやってしまって泣いていたらしい。

 と、そこまで分かれば俺の出番である。

 失せ物探しは俺の領分ということで、数分と経たずにボールは発見。少年に渡せば現金なもので、すぐに笑って少年は去っていった。

 さて、これにて一件落着……、と言いたいが。


「せ、先生、こんなところで奇遇ですね」

「ああ、そうだな奇遇だな。例え休日ふと思い立って出かけたら後をつけられること三時間でも奇遇だな」


 自分で言っておきながら、微妙な気分になってきた。

 だがしかし、結局最終的には俺が呼びつけた訳である。


「……まあ、何かの縁ということでどっか行くか?」


 呼びつけて手伝わせた以上は礼の一つや二つ、というものだ。


「え、い、いいんですか? 先生っ」


 彼女が身を乗り出し、三つ編みがそれと同時に揺れる。


「どっか行きたいところは?」

「遊園地に行きたいです、先生」

「……何故だ」

「あそこに行くと、心が暖かくなるんです。思い出の、場所だから」


 そーか。俺は背筋が薄ら寒くなるよ。思い出の場所だから。


「……とりあえず、却下でいいか?」


 刺されたり、観覧車が倒れたり、巨大ロボットで暴れたり、というかそろそろ職員に刺されるんじゃないだろうか。

 申し訳なさすぎて近づきたくなくもある。


「うん……、先生がそう言うなら」


 すると、彼女の表情が曇ってしまった。

 ぬう、いや、だが駄目だ。遊園地は駄目だ。絶対爆発する。


「他のところなら付き合うから、な? だから、そんな顔しなさんな」

「は、はい……。じゃあ、わがまま言っても、いいですか?」

「おう」

「じゃ、じゃあ、僕の家に、来てくれませんかっ!?」

「ん、それくらいなら構わんぞ」


 遊園地じゃなければ大抵のところは着いていく構えだ。

 むしろ家くらいならお安い御用だ。

 俺はビーチェの後を付いて、彼女の家へと向かったのだった。
















「……俺の写真が張ってある件に付いて」


 しかも、撮られた覚えのない奴が。


「え? あはは、恥ずかしいなぁ、先生」


 照れくさそうにしている彼女は今は俺にプライベートで接しているようで、敬語はなく。


「後、無駄に引き伸ばされたポスターとかな。ついでに、なんで半裸」

「それは、好きな人の写真だから……、飾りたくって」


 そう言って頬を染めるビーチェは乙女っぽいがそういう問題ではない。


「うちの中の写真だけは不思議とないが……」

「あ、なんでか先生の家って防犯対策が厳重で」


 藍音か、憐子さんか、大穴で銀子あたりに感謝しよう。


「あ、せ、先生、お茶、お茶しましょう!」


 そして、何故か恥ずかしげにビーチェは言った。

 俺の写真が数多く存在するこの部屋は落ち着かないが、しかし気を逸らせるだけましだろう。

 俺はそう判断して、椅子に座ることにした。


「紅茶とかより、お茶のほうがいいよね?」

「ん、まあな」


 ビーチェはイタリアの出身だったはずだからきっと紅茶の方が似合うのだろうが、わざわざ緑茶とせんべいを持ってきてくれた。


「先生、これ好きだよね……?」」

「好きだが」


 そのせんべい、確かに好きだ。

 好きだが。


「お前さんに教えたっけ?」

「え? やだなぁ、先生が言ってたじゃない」

「そういうことにしておこう」


 気にするな俺。とりあえず茶でも飲んで落ち着こう。


「変わった味がするな、こりゃ」

「そうかな? 知り合いからもらったんだけど」


 苦いけど緑茶の苦味じゃないぞこれは。

 一体なんだ。


「おせんべいもどうぞ」

「おう」


 せんべいは塩気が強く茶が欲しくなる。

 そのせいで、あっさり茶はなくなった。


「お代わりは、どうかな……?」

「悪いがもらえるか?」


 別に味は良くないが、塩気に対してはやはり欲しい。

 すぐにビーチェが茶の代わりを出す。

 そして、三杯目を飲み干したところ。


「ところで、調子はどう、かな?」

「ん、至って健康だぞ。最近は事件もないしな」

「そうですか……。おかしいなぁ……、象を一滴で痺れさせるお薬を原液で使ったのに」

「混ぜ物ですらない!?」


 なんて事をいきなり暴露しおったのだこの子は。

 せめてお茶に混ぜろよ。そして気づけよ俺。


「出所は?」

「下詰っていう人から……」

「あ、こりゃやばいわ。詰んだ」


 普通の薬なら簡単には効かん自身があるが、下詰のと来たらこれは不味い。

 丁度聞いてきたようで、指先から痺れが回ってきた。

 つかやばい、飲みすぎた気がする。眠たい。





















「ああ、先生っ……、せんせい……!」


 そんな声に呼ばれて、目が覚める。

 俺は何故か、首筋を舐められていた。


「ぬ、くすぐったいぞ」

「あ……、起きたんだね、先生」


 ビーチェが、微笑む。


「で、これはどういう了見だ」

「イタリアでは日常茶飯事です、先生」

「イタリアに謝れ」


 どう考えても風評被害だそれは。


「で、わざわざ何だ。力尽くで手篭めに来たか」

「え?」

「えってなんだよ」

「だ、男女ってこうして愛を伝えるものじゃないの?」


 ビーチェは当然のようにそう言った。


「……いや、ないだろ。ないよな?」

「え? もしかして、ちが、え?」


 まさかビーチェよ、痺れ薬飲ましてからが普通の愛情表現だと?


「せ、先生!」

「なんだ!」

「これは間違いなのっ?」

「はい!」

「じゃ、じゃあ……、一晩中ぺろぺろするとかも?」

「はい! 誤りです!」

「ええ!? それじゃ、一晩中愛してるって囁き続けるのも?」

「怖いわ!」

「そんな!?」


 そんなじゃねーよ。どんなだよ。


「で、でも!」

「でも?」

「もう後には引けないから……!」


 なんと。

 ビーチェが俺へと迫ってくる。

 いやまて落ち着けこれは不味い。

 着崩れた学生服に、清楚な雰囲気、見る人が見れば扇情的だろうが、俺には通用しないのだ。

 だから、このまま勢いでどこぞに流れ着く前に逃げろ俺。

 痺れはほとんど残ってない。後は、ビーチェに対して手加減をするだけだが、果たして痺れの残った体で相手して手加減が効くだろうか。

 突き飛ばして壁にめり込んでというのは御免だが、しかし不味い、ビーチェは既に眼前に――。


「ビーチェっ、ビーチェ!」

「なぁに……? 先生」


 彼女の唇が艶かしく動く。

 俺ははっきりと、その彼女へと言った。


「ステイ!」

「わん!」


 ……助かった。


「おすわり!」

「はい!」


 元気一杯、笑顔でビーチェが俺の前に座り込む。

 俺は上半身を起こしてビーチェと向き合った。


「あっ!」


 そこで、ビーチェは失策に気がついたらしい。謎のビーチェの犬っぷりに救われたぜ。


「なあ、ビーチェ……」

「あ、あぅ、ご、ごめんなさい、すみません! ぼ、僕……」


 怯えるように、ビーチェが俺を見る。

 そんなビーチェに俺は手を伸ばし。


「ひぅ……!」


 抱きしめることにした。


「……まあ、わからんなら、しゃーねーわな」


 ビーチェがろくでもない生き方をして来たのは俺の知るところでもある。まともな恋など初めてかもしれない。

 それで右も左も分からんのだとすれば、まあ、俺と変わらない気もする。


「あっ……」

「俺だって人のこた言えんしな。この際、全部俺に試せよ」


 覚悟がいるが、しかし俺もビーチェに告白され答えを保留している身である。

 これぐらいの返礼はむしろ、当然だ。


「ただし、否を返したらやめてくれ。それで、一個一個確かめりゃいい」

「い、いいの……? 先生……」

「できればお手柔らかに頼む」


 そう言って、俺は彼女から腕を離したのだった。











「じゃ、じゃあ……、好きな人への料理に爪は……」

「いや、無いから。日本にもイタリアにもそういう文化はないから」

「そう、なの……? じゃあ、どうしたら?」


 つっても、俺も詳しくないのである。


「……日本式に言うなら、月が綺麗ですね、というらしいぞ」

「今日は、曇りだよ?」

「ならしかたない、黙って抱きしめろ」

「こ、こう、かな……?」

「……うーむ、まあ、ましなんじゃないか。さっきのよりは」


 以来、やたらとビーチェが後ろから抱き着いてくるようになったが、仕方ないということにしておこう。

























―――
ちなみに、薬師は閻魔料理の服用により薬物耐性上昇中。






返信

通りすがり六世様

まあ、できるけれども、してもらいたい、というか薬師に構ってもらいたいのが半分だと思います。
薬師が居ない頃からしてないのは料理をしても食べる相手が居なくて自分だけじゃ空しいという。
ついでに、余裕たっぷりにひらりとなんでもなさげに出すのが憐子さんの美学のため、ほとんど表に出てくることはないスキルは数多埋もれてます。
基本的に『こんなこともあろうかと』で出すから、こんなことが起きるまでずっとお蔵入りです。でもきっと多分薬師が怪我やら病気やらだった時には粥とか、祝い事の料理の時とかにはこっそり作って出してるんじゃないかと思います。自分のとは言わず、美味しそうに食べるのを見てにやにやしながら。


wamer様

何故か攻略されてました。いつもとは反対の方向性でしたね、前回は。
憐子さんは、やればできる子、ただしやらない子のカテゴライズです。器用に大抵のことはできます。
でもダメ人間で問題ないと思います。やらないでもできないでも結果は一緒ですし。根がダメ人間なんです。でもダメにしたのは薬師かもしれません。
まあ、どう考えたって薬師は現世に居ても女の子引っ掛けるっていうか現世から引っ掛けてますが、一応当時としては薬師の初恋は憐子さんだったんじゃないですかね。うやむやのまま憐子さんが死んで千年経って今はあれですけど。





最後に。

ちなみに薬師が寝ている間に隠し撮りが増えました。



[31506] 其の三十五 俺と彼女の過剰なサービス。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/10/05 22:38
俺と鬼と賽の河原と。生生流転



 からんからんと、扉の鐘が鳴る。

 その店には席に付いてケーキを食べる人が二人。

 ただし。


「はい、ふーちゃん、あーん」

「……ん」


 客は一人もいないが。


「ふーちゃん、私には?」

「ん」


 店長と、店員が、仲むつまじくケーキを食べさせ合っている。

 長い期間会えなかった姉妹の心温まる一幕――。


「由比紀が草葉の陰で泣いているぞ!」


 ならば良かったのだが。


「あ、お客様、いらっしゃい」

「それよりもこの状況はどうなんだ喫茶店的に」

「いいじゃないですか。どうせ客なんて来ないんですから」


 店主は笑うが、それは本当にどうなんだ。


「食事の邪魔ね」


 挙句、ムラサキは邪魔そうに俺を見てくるし。


「いや、こうあれだ。とりあえず……」


 俺は立ち、そして店主と店員は座っている。そんな状況に俺は呟いた。


「もう少し俺に構ってくれ。空しくなるから」

「……とりあえず、食べます?」


 そして、店主からフォークが差し出されたのだった。









其の三十五 俺と彼女の過剰なサービス。









「いやもうアレだぜ? 俺じゃなかったら、俺は客だぞって叫びながらタップダンスで営業妨害されるぞ」

「いや、それならそれで宣伝効果が見込めるかもしれませんし」

「昔の人はいい事を言ったもんだ。その一つを、焼け石に水という」


 というか何でこんなに人が入らんのか。あれか、電磁波でも出てるのか。


「ならばそこで、パラダイムシフト、大きな変革が必要ということなんじゃないかなお客様。ということで、私、考えました」

「なんだ」

「まったく新しい喫茶店のスタイルを」

「よし、言ってみろ」

「お客様をもてなす時代は終わった――。これからはお客様にもてなしてもらうというのは、如何でしょう」

「ほう、それは……、ないな」

「あ、はい」


 まったく新しい、っていうかまったく別もんだろうが。

 なんつーかこう、カレーのルーの代わりにシチューのルー入れてカレー作ったらどうなんの、って感じだ。

 そいつはカレーじゃなくてシチューだ、という。


「名案だと思ったんだけどなぁ……」


 よくもまあ、これまでやってこれたものである。


「まったく、そんな売れ行きで今後は大丈夫なのかよ」

「私に、名案がある」


 そして、そんな中それを口にしたのはムラサキである。

 こないだまで社長業をやってきた女だ。

 一体なにかと思えば。


「貴方が、給料を全額置いていけば問題ないと思うわ」

「俺には帰りを待つ子供と、弟と、後駄目な大人がいるんだ」

「はいはーい、お客様」

「なんだ」

「私も駄目な大人枠に入るというのは……?」

「そういう真面目な顔は別の機会に取っとけ」

「あ、濡れちゃいますか?」

「何が」

「それを私の口から言わせようだなんて。意地悪ですね、お客様は。決まってるじゃないですか、それは、さ……」

「それ以上言ったら錫杖鼻の穴にぶっこむぞ」

「ああ、それは怖い」


 言って肩を竦める店主に俺は半眼を向けた。


「もー、いーじゃないですかー。可愛い店主と、かわいいかわいいふーちゃんがついてきますよー?」

「あー、はいはい、可愛い可愛い。だが断る」


 嫌そうな顔をするムラサキの頭をぽんぽんと撫でて俺はきっぱりと言った。


「ただ飯食らいはいりません」


 まず、由美は娘だし、由壱は弟だし、ついでに二人は河原勤務だし。季知さんは働いてるし生活費ももらっている。

 藍音は、むしろ一番働いてるし、憐子さんもなんだかんだでまあ、俺の仕事、つまり厄介ごとの方に関してはあれこれ手伝ってもらってもいるわけだし、にゃん子は……、まあ、飼い猫だし。

 銀子は――、まあ、あれだ。なんかこう、ただ飯食らい枠は一名ということで。


「姉さん、諦めたほうがいいと思う」


 妹が、姉を嗜める。いいぞ、もっとやれ。

 流石にムラサキの方はそこまで破天荒ではない。

 この先は何かあったらムラサキに止めてもらおう。まあ、店主の暴走に引きずられることもあるからその辺りは気をつけて。


「座って」


 そして、徐に立ち上がるとムラサキは椅子を引いてくれた。


「おう?」


 そして、そのまま俺も素直に座る。


「食べなさい」


 更に、少し待つと俺の前に料理が置かれていく。

 そして。


「……はい」


 ムラサキが、俺の膝に横向きに乗って、スプーンを突き出してきた。


「……どういうことだこりゃ」

「つまり」

「つまり?」

「新規層の開拓は不可能。ならば今いる顧客を大事にするべきだわ」

「俺か」

「代金はドルに直すと1200くらい」

「喫茶店がぼったくりバーに!」


 かなり乱暴に日本円に直すと120000くらいか!


「明らかに料理以上の値段がついてやがる」

「サービス代金、それと」

「まだなんかあんのかよ」

「……これは、サービスだから、勘違いしないように」


 どうやら、仕事とは言えどムラサキも恥ずかしくはあるらしい。

 赤い顔で、彼女は目を逸らす。

 俺は、突き出されたままのスプーンもどうかと思うので、とりあえずスプーンの上に乗ったドリアっぽいものは食べることにする。


「んん? こいつは店主が作ったのか?」


 すると、俺はなんとなくいつもの味と違うことに違和感を覚えて店主に問う。


「いいえ、それはふーちゃんが作りました」

「ちょっと、姉さん……!」


 焦ったように、ムラサキが声を上げた。

 なるほど、これはムラサキが作ったのか。どうりで味が違うわけだ。


「ふーちゃんが毎日、いつ来てもいいように仕込みしてるんです」

「ち、違っ、そうじゃなくて……」

「んー? にゃいがだけさんに食べてもらえるよう毎日練習してるんだっけ?」


 にゃいがだけさんってなんだ。


「ち、違うよっ」


 慌てすぎだムラサキも。思わず素が出てんじゃねーか。


「そ、それに味付け失敗してるし、美味しくないし、その、残飯処理みたいなものだからっ」


 なるほど、よく見ると、所々焦げていたり、そのような感じだ。

 だが。


「ムラサキ」

「にゃ、にゃに……!?」

「美味いぞ」

「え……?」

「っていうか不味い飯を舐めるなよ小娘。不味い飯ってのはな、不味いっていうのはな……! ヘドロみたいだし刺激臭するし舌は痺れるし喉で膨張するし気絶するし、……あれ、なんか涙出て来た」

「……お客様。いいんですよ、無理しなくて」


 いつの間にか後ろから店主に抱きしめられていた。


「すまん、取り乱した」

「……もっと、食べて」


 いつの間にかムラサキにも哀れみの目で見られている。

 仕方ないので、俺はやけ食い気味にそれを食べきった。

 そして、それを見計らって、店主が俺の元へと皿を持ってやってくる。


「デザートでございます」


 ケーキにフォークを突き刺し、店主は俺に差し出してくる。


「はい、あーん」


 もう最近慣れたぞ、それ。


「姉さん、待って」


 と、そこでムラサキからの待ったが掛かる。


「んー?」

「私が店員で、姉さんが店主だから。接客は、私の役目だと思うの」

「いやー、店主自ら出てきてこそ、店の誠意を感じることができるんじゃないかと思うよ。ってことでえい」


 うむ、甘い。


「あ……」


 そして何故かムラサキが睨んでくる。

 そんなに接客に誇りを持っていたのか。


「どうかな?」

「甘い」

「美味しいって言ってくれないんですか? ふーちゃんの時みたいに」


 わざとらしく、店主の頬が膨れる。

 俺はそんな店主を半眼で見つめた。


「わりと美味いぞ、そこそこな」

「うーん、これがツンデレってやつですか……」


 そして更に、俺は店主に何かされる前に、とむんずと素手でケーキを掴み、直接豪快に齧る。


「あっ、お客様」

「なんだ」


 すると、店主は若干言い難そうに、それを口にした。


「それ、自信作だから、もうちょっと、味わって食べて欲しいなー、なんて……」


 言われたものの、今更ケーキを更に戻してフォークでゆっくり食べる気もなく。

 そのまま、ただし少しだけ豪快さはなりを潜めて俺はケーキを食う。


「……まあ、あれだ。美味いぞ」

「デレ期……!」


 仏心をだした俺が馬鹿だった。

 そんな言葉に半眼になり、俺は一口で残ったケーキを食べきった。


「……ごちそうさん」

「あ、お客様お客様、ちょっとこっち向いてください」

「なんだよ」


 俺は、横の店主の方を見る。

 すると、眼前に店主の顔。

 そして、唐突に、頬に口付けされた、と思ったら、舐められた。


「頬にクリームついてましたよ、てへぺろ」

「てへぺろはそういう方向性で使うもんじゃない」


 ムラサキはめちゃくちゃ俺のほうを睨んでくるし。

 そんなに仕事に誇りを持っていたのか。


「……まあいいか。とりあえず食うもん食ったし、俺は帰る。料金は?」

「キスで」

「床としてろ」


 そして、床に下ろしたムラサキが言う。


「さっき言った値段で」

「払えると思うか」


 そこに更に、店主が笑顔で割り込む。


「じゃあ、今回はサービスで」

「いい加減に大丈夫か」

「お客様が値段付けてくれても構いませんよ。どれくらい出します?」


 流石にそいつは困るというものだ。


「所謂プライスレスという奴ですね。それとも、百万ドルの笑顔ですか?」

「……三文でいいか?」

「早起きレベル!」


 しかし、どうやらこれでは、またはぐらかされてしまうようだ。

 今度何か礼の品でも持って尋ねようか。


「しゃーねぇ。覚えておけよ」


 そして、捨て台詞を残し、俺は外に出た。

 の、だが。

 右隣に、なんか居る。


「なんじゃい」

「送るから」


 ムラサキが、仏頂面で俺の隣に立っていた。


「いや、男だし、送ってもらわんでも」

「サービスだから、問題ないわ」


 ふーむ、どうやら仕事、接客に並々ならぬ熱意、こだわりを持つムラサキ故に、断るのもなんだかな。


「わかった、じゃあ、送ってもらうか」

「ん」


 二人、歩き始める。

 何故か、手を繋いで。


「……これも、サービスだから」


 怪訝そうな顔に気がついたのだろうか、ムラサキは言う。


「そうかい」













 そうして、俺達は結局手を繋いだまま、家まで辿り着いたのである。

 むしろ、きっとここはこれからムラサキを男として送り返さないといけない気がするが、本末転倒というか、ムラサキの仕事への姿勢を無駄にしてしまうことだろう。

 まあ、明るいし、何かあったら飛んでいけばいいか。


「でもなあ、きっとあれだぜ? こんなことせんでも、喫茶店はお前さんとこしかいかねーさ」


 何せ、野郎一匹、入りやすい店はあそこしかない。

 だというのに、あそこまでもてなされるというのは罪悪感がある。

 だが、彼女はいつものように仏頂面を続けるばかりだった。


「そんなの、知らない」


 そして、握った手を、今一度ぎゅっと強く掴んで、彼女は言う。


「……またしたげるから、……また、来なさい」


 それから、離れる手、俺は家へと向かって歩き出して、背後に居るムラサキへ手を上げて返答を返した。


「腹が減ったらまた行くさ」


















―――
ムラサキの料理は、普通に食べれるレベル。
というか、レシピを見てその通りに作って尚不味いものを作るにはある種の才能が要求されると思います。




返信


月様

ストーカー娘さんなんです。手を叩けばいつでも出てこれます。
基本的に十メートル以内で常に待機で、常に薬師を見守っていますが、名目は護衛ということで。
しかしそんな彼女も人手が欲しいときには便利と言えば便利。
それとこっそり薬師に近づく妖しい人間を排除してるとかどうとか。


通りすがり六世様

別にヤンデレって言うわけでもなくて、病んでるだけというか。ただのストーカーと呼ぶべきか。
明らかに茶でない一品を一風変わったお茶だと思えるのは間違いなく閻魔の薫陶です。
下詰は、ニーズに合わせた商品を売っただけと証言しており、薬師は頑丈だしどうにかなるとの事で。
まあ、ほのぼの回ですし、和むのも仕方ないようなそんなようなかんじで。


がお~様

夏目漱石です。まあ、有名なアレですね。
ただし、薬師はそういうのは知ってる癖に、使用する予定がないから残念なんです。
知識だけあってもどうしようもないです。
しかし薬師は実際そんな事を言われたらどう返すというのか。


七伏様

言われてみれば、そうでした。でもまあ今回はただの例え話で上がっただけなんで、あのままで。
原液で使用ですからね。象も目覚めませんよ、きっと。
薬師は状態異常耐性できっともう下詰特製か閻魔料理じゃないと効かないんだと思います。
そして、暁御はストーカーじゃないですよ。話しかけたいけどタイミングが掴めなくてくっついたままになるだけで、ビーチェとは違うんです。傍から見ると差異はないですけど。




最後に。

人体に害を与えない限りは薬師にとっては不味いものではないのではないだろうか。



[31506] 其の三十六 俺と演技指導。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/10/14 22:33
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





 河原で石を積んだ後の昼休み。

 俺は前さんが難しい顔で本のようなものを読んでいるのを見た。


「どうした前さん。そんなにその本のようなものが憎いのか」

「そ、そういうのじゃないよ!?」

「……ん、台本?」


 本を覗き込んだ俺はそう漏らした。

 前さんは頷く。


「うん、運営のイベントの演劇」

「前さんよく駆りだされるな」

「そうなんだよねぇ……、なんなのかなぁ」

「ふむ、で、出るのか?」

「出るよ。でも、あたしって大根役者なんだよね」

「なるほど、それで眉間に皺寄せてたのか」

「寄せてた?」

「ああ」


 すると、恥ずかしそうに前さんは笑った。


「参っちゃうね、ほんと。読んだだけで上手くなるわけでもないしさ」

「練習相手とかいねーの?」

「いたら苦労しないって。こちとら女の一人暮らしだよ?」

「ふーむ? じゃあ、俺の家で練習でもしていくか?」

「え?」

「相手なら腐るほどいるだろ、多分」













其の三十六 俺と演技指導。












「ほほう、ふむふむ、恋愛モノか」


 ぱらぱらと台本をめくって、俺は言う。


「う、うん……。あ、でもあれだよ!? キスシーンとかはないからね!」

「お、おう? まあ、いいんじゃねーの?」


 よく分からないが同意を返してついでに台本も返した。

 俺の家の座敷にて、俺は前さんと向かい合っている。

 とりあえずは、俺と前さんだけで、ということになったのである。


「んー、とりあえず問題はどこよ」

「えっと……、ここなんだけどさ」

「おーう……」

「あ、嫌だったらいいからね!」

「協力するのはやぶさかじゃねーさ」


 問題なのは、その場面である。

 諸に愛を囁いたりするような場面なのだ。

 やぶさかじゃないが少し覚悟が必要だぞこれは。


「とりあえず、じゃあ、やってみるか」

「う、うん」

「じゃあ行くぞ。……今宵の空はいつにも増して、あー、……煌いている。……君がいるからだ」


 歯の浮く台詞を言わされるというのは中々の苦行である。

 若干の照れを含みながら、俺はその台詞を言い切った。

 そして、対する前さんの返答は。

「ま、まぁ、ソンナコトヲオッシャラレテハツキガテレテカクレテシマイマスワ」

「……よし、前さん、ちょっと止まれ」

「な、なに?」

「演技が上手い下手とかいう問題じゃない気がして来た」

「そこまでダメ?」

「やばい。俺も大概だが輪を掛けてやばい」


 なんというかこう、演技力が年を経て成長どころか退化し続けたんだろうかこの人は。

 しかしどうするか。練習になればと思っていただけで、指導ができるほど俺は演技に堪能じゃない。


「困っているようだね、薬師」


 と、そんな所に見計らったかのように現れたのは憐子さんである。


「……おい」

「なんだい」

「完全に聞き耳立ててたな?」

「ああ」

「否定もしない!」


 頷く憐子さんに俺は半眼を向ける。


「で……、何しに来たんだよ」

「何しに、か、決まっているだろう。そんなことは。彼女だ」

「えっと、あたし?」

「そう、なぁ薬師。彼女の演技力はお前の手に負えないのではないか?」

「まあな」


 ありゃ無理だ。棒読みとかそういうのを通り越しているのだ。


「ならば、私が手を貸そうと言うのさ」

「本当の目的はなんだよ」

「薬師に恥じらいながら愛を囁いてもらおうと思ってね」

「建前くらい使えよ」

「ノーだ、必要ない。ただし、するべきことはするよ?」


 確かに、現状猫の手も借りたいくらいだ。

 俺ではお手上げ過ぎるのだ。


「むぅ……、分かった。前さんが認めるなら」

「あたしはまぁ、指導してくれるっていうなら助かるけど……」

「なら決まりだ。では、薬師。とりあえずここを読んでくれないか」

「……ぬ。これを俺に読めと」

「私はいつになく真剣だ、薬師。できればお前にも、それで応えて欲しいよ。彼女に演技が上手くなって欲しいならね」


 いつになく真面目な顔で憐子さんは言う。

 ならば俺も覚悟を決めろということなのか。


「分かった、いいだろう。俺も男だ、恥は捨てていくぜ」


 これも前さんのためだ。そのためならこの程度。


「……君を愛している。何よりも、誰よりも」


 うむ、恥ずかしいな! そして、そんな憐子さんの応答は。


「まぁ……! 嬉しいですわ……。私っ……、私もあなたをずっと……!」


 可憐に頬を染め、瞳を潤ませ手を握りながら感極まったように憐子さんは言う。

 完璧である。


「うわぁ……、薄気味悪い」


 完璧すぎた。


「心外ですわ……! 私、こんなに頑張っているのに……!」


 儚げに言う憐子さん。


「……いや、本気でやめてくれ」

「なんだ、迫真の演技なのに」


 そうして、いつものニヤついた憐子さんに戻る。

 やった、助かった、通常空間に復帰した。


「今のはやばい、SAN値が削れた」

「そうか、やはりいつもの憐子さんが素敵ということか」

「とりあえずそれでいい」

「さて、お手本だが、わかったかな?」


 憐子さんは俺から前さんの方へと向き直り、問う。


「……えっと、凄すぎてわかんない」

「まあ、間違いなくな」


 格が違いすぎて参考にならない一例である。


「ふむ、駄目か。どうするか」


 考え込む憐子さん。いや、なにか考えがあって来たんじゃねーのかよ。

 と、そこで新たな乱入者が現れた。


「……お困りのようですね」

「藍音……!」

「薬師様に愛していると言っていただけると聞いて」

「いや、そういうのじゃないから」

「よし、とりあえずやってみるんだ薬師」


 と、そこで憐子さんからまさかの肯定。

 どういうことだよと振り向くと憐子さんは言った。


「むしろ様々な人員の演技を見ることによって得るものがあると考えるんだ。私じゃお手本にならないならもしかしたら藍音ならいいかもしれない」

「なるほど」

「薬師様、どうぞ」

「わかった。……君を愛している。何よりも、誰よりも」


 言うと、藍音は俺の胸へとしなだれかかる。

 そして、潤んだ瞳で俺を見上げて頬を染め、言う。


「まぁ……、嬉しいですわ薬師様……! でも、願わくば藍音、藍音と呼んでくださいませ……!」

「いや待て、薬師でもねーし藍音でもねーよ」


 登場人物の名前は薬師でも藍音でもない。

 そして台本にもない台詞回しである。


「アドリブです」

「いきなりアドリブで登場人物の名前を変えるなよ」


 観客が置いてけぼりになるだろうが。


「参考になりましたか? ちなみに私はかなり満足しました」

「お前さんの事は聞いてないから」


 そして、そんな前さんは。


「あたしには、アドリブとかは早いかな……」

「だろうな」


 妥当である。

 というかあれはアドリブとかそういう話じゃないだろうに。

 しかし、これで藍音も駄目か。

 そう思った矢先、またまた襖が開く。


「やっくんが愛してると言ってくれる会場はここですか」

「ここじゃありません」


 銀子である。


「いや、間違いない。私の勘が囁いている」

「あー、はいはい、君を愛してる誰よりも」

「まあ嬉しい。嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

「はい、以上」

「私の扱いが酷い」

「お前さんも乗っただろ」

「もう一回」

「やる必要あんのか?」

「ある。次はマジ」

「仕方ねーな。……君を愛してる。誰よりも、何よりも」


 言うと、銀子は頬を赤くし頭を掻いた。


「……照れる」

「演技しろよ!」


 俺が恥ずかしいだけだろうが!


「うふふうへへ、テンション上がった。ひゃっふう」

「帰れ」


 参考になったかと言われればならなかったと言わざるを得まい。

 前さんも困り顔だ。

 そして俺はどうしようかと考える。どうやらうちにはろくでもないのしかいないらしい。

 どう考えてもこれは演技の勉強になるとかそういう問題ではない。

 と考えた矢先、憐子さんが声を上げた。


「よし薬師、こうなったら愛を囁け」

「いきなりなんだ」

「こうなったらできる限り臨場感たっぷりに腰に手を回して耳元で囁いてみるんだ」

「で、どうなるんだよ」

「演技しようと意識しすぎるから駄目なんだと考えよう。だからとりあえず台本は置いてできるだけお前の言葉で臨場感たっぷりに囁け。その後で私にも囁け」

「後の言葉はともかく、まあ、分からんでもない」


 俺に照れがあったのも認めるところだ。

 それでは、応える方もなにかこう、応え難いものがあるのかもしれない。

 それに、まずは台本に縛られ過ぎず、やりやすいように、というのもいいかもしれない。

 前さんのためだ、俺は幾らでも腹を括るさ。


「前さん、次は本気で行くわ」

「う、うん」


 できるだけ自然に、俺は前さんを抱きしめた。

 そして、耳元で囁く。

 恥は捨てた。俺は修羅だ、修羅になるのだ。

 俺は演技の修羅になる。


「好きだ。俺と添い遂げてくれ」


 これが俺の全力だ。

 すると、前さんの顔が真っ赤になった。

 そのまま彼女は言葉を紡ぐ。


「あ、あの、あのあの! あ、あたしも……、薬師のこと……、好きだよ……? って何をいっとるんだあたしは――ッ!!」


 そして、俺の頬に金棒が直撃した。


「これは演技これは演技これは演技これは演技!! ふーっ、よし! 薬師、いいよ、どんとこい! ってあれ? 薬師は?」


 前さんは呟くが、この衝撃は間違いなく現実なのである。


「薬師様なら、今窓を破って飛んでいきました」

「え」


 ちなみに、この件で演技が上手くなったのは俺である。
















「録音しました」

「録音した」

「録音したぞ、薬師」

「……消せ。いや、消し飛ばす」














―――
番外編も同時進行していたら時間が掛かってしまいました。
次回の番外編も近々更新できるかもしれません。






返信


月様

友達いない店主と、多分友達いないんじゃないかと思われる店員の二人ですからね。テンポも独特になります。
そしてついでに謎にローテンションとハイテンションの二人のため不思議空間を形成します。
閻魔妹は店内に漂う仲良しオーラと出番の無さに耐え忍びつつも強く儚く生きています。次回あたり出番もあるかもしれません。
店の経営はきっとムラサキが株でもやってどうにかしてるんじゃないですかね。喫茶店には本気で薬師しか来てないです。


がお~様

女の子が膝の上に乗っている時点でブラボー以外言う権利はないんだと思います。
ちなみに薬師の中では、食べたら死ぬ=不味い。有害だが直ちに影響はない=美味しくない。人体に害はない=普通。
味付けが逸脱していない=美味い。です。閻魔の薫陶ですね。
そしてついでにムラサキは普通にレシピ見てできる子です。


通りすがり六世様

例え体がぼろぼろになっても閻魔料理を食らい抜いた結果です。
というか死の淵に立つこと分かって尚食らい続けるのはもう修行僧かなにかかと。その内悟りでも拓くんじゃないですかね。
ちなみに前々回はハイテンションでしたが、前回はハイテンションとローテンションの二人で生温い進行に。
そして今回はごった煮でした。全体的に見ればハイテンションな気はします。







最後に。

薬師飛ばし世界新記録樹立。



[31506] 其の三十七 混迷劇場。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d271c001
Date: 2012/10/27 23:14
俺と鬼と賽の河原と。生生流転









「……困りましたね」


 そう呟いたのは閻魔だ。


「まさかこんなことになるなんてな……」


 そして、季知さんも頷き。

 周囲の人間が一様に、俺を見た。


「……なんか用か」

「今回の演劇の主演の代役が必要ですね……」

「主演の台詞を覚えている人物がいればいいのだが……」


 どうしてこうなった。








『俺、この演劇が終わったら結婚ウボァッ! 指輪も用意してあってボファッ!!』

 と言ってビルの屋上でトラックに轢かれる偉業を成し遂げた今回の演劇の主演。

 その後何故か戦闘機にミサイルを誤射され右足の中指を奇跡の骨折。病院に運び込まれつつも怪我を押して役目を遂行しようとするも病院に駆けつけたその男の恋人となんか燃え上がって結婚を果たし今では新婚旅行である。

 突然の退場に、主催陣は騒然とした。

 本番を明日に控えてのことだった。

 というか騒然というより唖然である。まず屋上にいた男に突っ込んできたトラックは何者だ。そしてミサイル搭載戦闘機が普通に飛んでた時点で意味不明な上、男の頑丈さに脱帽である。

 そして新婚旅行。止めようにもなんかもう二人の状況は見ていた者曰く、『正にクライマックス。もうこれが演劇でいいんじゃねぇの?』というわけで誰も止められなかったらしい。

 そして、俺の運の尽きと言う奴は。

 前さんの練習を付き合って、なんだかんだしているうちに台本の中身を覚えてしまったことだろう。













其の三十七 混迷劇場。











 劇の題名は、『アミバとシラエット姫と魔法のランプと四十人の盗賊フルカスタムと私の父』いやなげーよ。

 あとアリババとロミオを混ぜたせいで偉い事になってるだろうが。

 ちなみに話的には、アミバがの森で寝ていた家事手伝いだと思ったら敵の姫だったシラエット姫と恋に落ちた挙句敵同士である障害を打ち破るために盗賊四十人と大立ち回りを演じて財産を得て国外逃亡する流れだ。

 よく分からんがそういうものなんだ。

 ちなみに、この他に案が練られていたのは『アリババと盗賊、その数五万』である。

 アリババ単騎と五万の盗賊の圧倒的戦略差をアリババが巧みなゲリラ戦と知略で覆す本格派戦記なのだからどっちもどっちだ。


「やってくれますよね?」


 まあ、確かに困っているのなら仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 協力するのもやぶさかではない。

 だが、子供向けの劇ではあるが、子供騙しにもならないでは話にならない。

 少々覚悟を決めなければならないだろう。


「……わかった」


 明らかに柄ではないのだが、無関係でない以上失敗に終わるのはあまりいい気分じゃない。


「すみません、ご迷惑をお掛けします」

「で、今日が当日か」


 しかも、ほとんどぶっつけ本番だ。


「リハーサルできるとしたら、重要なシーンを幾つかくらいだ。我々もできる限り協力するが、いけるか?」


 季知さんに言われ、俺は頷いた。


「まあ、何とかするさ。ただ、できるだけ舞台裏で指示を頼むぜ」


 俺の有利な部分はそこだけだ。舞台裏で何か言ってれば風が届けてくれる。

 台詞や動きを忘れても、裏方から指示を出せば器具や設備がなくても聞こえるのだ。


「さて、まあ、素人なりに頑張るか」


 演劇業界の人間から見れば馬鹿にしているとしか言えないのだろうが、目を瞑ってもらおう。

 もう後にゃ退けんのだ。





















 と、言うわけで始まってしまった、演劇『アミバとシラエット姫と魔法のランプと四十人の盗賊フルカスタムと私の父』だったが。


『これより、演目 "天狗と鬼姫"が始まります』


 いつの間にか題名が変わっていた。


「おい、どういうことだこれ」


 舞台袖で俺が問うと、となりにいた閻魔が口を開いた。


「……正直、あれはないと思います」

「なら何故通した」

「あんまりにも勢いづきすぎてて止められなかったんです」

「……さいで。つか、話的には洋風だけどいいのか?」

「天狗とデュラハンが縁側でお茶を啜る地獄で洋風とか和風とか言ってもどうしようもないですよ」

「ぬう」

「あ、出番ですよ、どうぞ」


 そうして、俺は舞台へと躍り出た。
















 それからはもう、綱渡りのような戦いだった。

 主人公の家の女中が鬼兵衛だったこととかな!

 だが、出現の瞬間に藍音が機転を利かせて事なきを得た。


「……キャストオフ」

「お帰りなさいませご主人ぶふぉッ!」

「キャストは確かにオフしたけど、そういう意味じゃない」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 凄まじい速度で横へ吹き飛び一瞬にして退場した鬼兵衛を余所に、藍音がその役に納まり。


『発進シークエンス。盗賊、出ます』


 ビームとかダブルガトリングとかぶっ放す鋼の盗賊と戦闘開始したり。


「誰だこんな技術の無駄遣いしたやつ!」


 観客には聞こえないように、というか舞台裏にだけ聞こえるように叫ぶと、返って来たのは。


「愛沙が頑張りました」

「そんな気はしてた!!」


 魔法のランプが出てこないとか。


「出てこねーのかよッ!!」

「不思議ですね」


 私の父とやらも出てこないとか。


「出てきたら困るっ!」


 あと主人公の家にいる猫の役が酒呑童子猫耳付きだったり。


「に"ゃ"ー"ん"」


 舞台裏の閻魔によって謎の落とし穴が発動し、酒呑は帰って行った。


「ボッシュートです」


 そして、代わりににゃん子が収まり。

 何故か姫、つまり前さんを後押しする魔女が憐子さんだったり。

 庭の木の役が山崎君だったり。









 そんなことになりつつも、どうにかこうにか劇は進んだ。

 その中でも一番苦労したのは前さんとの場面だろう。

 今もそうだが、がちがちになって前進してくる前さんは、右手と右足が同時に前に出ている。


『薬師さん、来ますよ!』


 舞台裏の閻魔から声が聞こえ。


「分かってる」


 俺は舞台裏にだけ聞こえるように言葉を風の流れに乗せ。


「きゃあっ!」


 そして、前さんはやはり転んだ。

 それはもう皆想定済みで、淀みなく俺は前さんを支え、そういう演出ということにする。


「『姫、どうか固くならずに。笑顔を見せてくださいませんか』」


 相変わらず、俺には似合わない台詞運びだ。こういうのはブライアンにでもやらせておけというに。


「『は、はい……』」


 どうにか前さんは連日の練習の成果で棒立ちの状態なら台詞を普通に口にできるようになった。

 だがしかし、動きを伴うと途端にできの悪いブリキの人形みたいになってしまうので、注意が必要だった。


「『アミバ様』」

「ぐっ……」


 次に大変だったのはこの名前に耐えることだろう。アリババとロミオを合成したこの名前は俺には少々世紀末すぎる。

 だが、なんだかんだと劇の盛り上がりも最高潮。

 ここを乗り切ればすべてが終わる……!

 そんな時だった。


「あ、ああ、あ、あい、愛して……」


 愛しておりますというだけの台詞が、何故かここ一番で緊張して言葉になってない。

 もう後は愛してるといって、答えを返して、口付けを交わすふりをしてお終いなのだが。


「わ、忘れてた……っ、相手、薬師だったんだっ……! い、言えるわけ……!」

「おーい、前さーん?」


 観客席には聞こえないように、見えないように口を動かすが。


「あ、あと、キス……!? で、でで、できるわけ……」

「フリだけだからな? フリだけだぞ?」


 できるだけ口を動かさないようにとか、口元を隠すように動くったって限界があるぞ前さん。



「あ、あぅ……」

「ぬ……!?」


 前さんが完全にだめになった!

 頭から湯気が出ている。

 告白に緊張するお姫様というにも無理が出てきた。

 これは不味い。

 そう思った瞬間。

 舞台袖から予定にない人物が現れた。


「待ってください!!」

「誰だ!」

「メイドです!」


 なんでだ。


「私の方が、そのお嬢様よりあなたを愛しています! 屋敷にいる時からずっとあなたを慕っておりました……!」


 臨場感たっぷりの演技で、藍音が言う。

 いや、しかしまて、そういうことか。

 出国寸前の国境付近まで追って現れる健脚のメイドという設定的なアレはともかく、藍音の意図を察した俺はとりあえず驚いた顔をしておく。

 つまり、時間稼ぎというわけか。

 ここで心揺れる俺に前さんが告白し、そして心を決める方向に行けば問題ないということか。

 さあ、前さん、びしっと決めてくれ……?


「あ、あうあぅ……」


 あ、だめだこりゃ。藍音、すまん。


「待つんだ!!」


 そこに新たな人影が。


「だ、誰なんだ!」

「私だ」


 いや、誰だよ。

 と思ったら憐子さんだった。


「魔女さ。私は、お前と姫を一緒にするために協力した。だが。本当は私がお前を好きだったのさ。お前にとっては姫と一緒になるのが幸せだと思っていた。だが、もう自分に嘘は吐けない。愛しているんだ」


 苦しい時間稼ぎに憐子さんまで来たって言うのか、だが……、もうこの話に碌な女なんて……。


「まって」

「お前は……!」


 銀子……! って本当に誰だよ。お前さん劇中に出てないだろうが。


「私は、流離いの錬金術師。あなたに惚れた。結婚して欲しい」


 いきなりだな!

 だが、かなり苦しいぞ、早く決めてくれ……、前さん!


「待って!」


 だが、前さんの声は響かず、時間稼ぎが続くが、次はどいつだよ。本当にもう女の役なんてないぞ。


「私はご主人様に飼われていた猫! 拾われてからずっとあなたをお慕いしておりましたー!」


 猫がいきなり人になるこの唐突感……! ごまかしきれるか……!?


「お待ちくだされ!」

「誰だ!」

「拙者、庭の木にござりまする!! 庭から御身をずっと見ておりました!!」

「木かよ!!」


 そして、遂には。


「俺も俺もー」


 ボッシュートされた酒呑と。


「僕も僕も」


 キャストオフされた鬼兵衛までやってきて。

 鋼鉄の盗賊が曲芸飛行しながら煙でハートマークを描き、その中心を射抜く飛行まで行なった挙句に。


「「「「さあ!」」」」


 ずい、と詰め寄る登場人物たち。

 そんな中で。


「だ、ダメーっ!!」


 ついに前さんが声を上げた。


「こ、これはっ! あたしのだから!! あたしのなんだからぁ――!!」


 手を掴まれる俺。


「んお?」


 そして、そのまままるで凧のように凄い勢いで引っ張られて宙に浮きつつ。

 俺たちは退場した。

 それを登場人物が追いかけて――。












「……ふぅ、疲れた。本格的に疲れたぞ」

「ご、ごめんね?」


 なんとか終わった。


「意外と何とかなりましたね……。コメディタッチで意外と好評でしたよ」

「閻魔お前さんしばらく飯ピーマン尽くしな」

「え、ええ!?」


 本当に何とかって感じだ。

 俺が、舞台裏の椅子に座って溜息をつくと、前さんが申し訳なさそうにする。


「ほんとにごめんね? いっぱい、迷惑掛けちゃって……」

「いや、いいさ。つかぶっちゃけ、前さんで行くって決めた奴が最初にアレだし、誰も代わってやらなかったのも悪いっちゃ悪い」


 そう言うと、閻魔がばつが悪そうに目を逸らす。


「まあ、俺も役変えたほうがいいっつわなかったし」

「薬師……」

「終わりよければ全て良しってことで」

「そうですね、薬師さん。なので私の食事は……」

「閻魔お前はピーマンでも食ってろ」


 そう言って俺は立ち上がった。


「や、薬師!」


 その背に前さんの声が掛かる。


「ん?」


 そして、振り向いた俺に。


「『貴方を誰よりも、愛しています』」


 それは、最後の瞬間に言うはずだった台詞。

 それを口にした前さんは何故だかいつになく艶っぽくて。


「な、なんてね! どう、かな……?」


 思わず胸が高鳴ったのは、言わないことにした。


「んで? 続けるのか?」

「つ、続けるって?」

「このまま、台本どおりに」

「だ、台本どおりって、もしかして……!?」


 わざとらしく、俺は前さんを抱きしめてみた。

 すると、前さんは抵抗するのだが、いつになく弱々しく。


「や、やだ……、う、ぁ」


 そして、いつの間にか、抵抗は完全に沈黙して、赤い顔で前さんは俺を見上げてくるばかりで。

 震える唇から紡がれたのは。


「や、優しくしてね……?」


 だが。


「薬師さん。逮捕です」

「いや、何もしてねーから。見てただろ!」

「私が法です」


 危うく、閻魔にしょっ引かれるところだった。

 ……もう二度と演劇などやらん。





















―――
お久しぶりです。昨日、面接に行ってきました。
かなりギリギリのスケジュールでしたが、まあ、内定とれればいいなと思います。
受かろうが落ちようが通知が来るまでは余裕が復活しました。

ちなみに今回の話、本当は由比紀メインだったはずなのですが、少し間が空いてしまって話の繋がりがアレな感じなので演劇までやってきっちり終わってからにしようと今日急ピッチで書き上げた結果、見事に見送られました。
由比紀らしいと思います。
とりあえず、由比紀をお待ちの紳士の方はあとちょっとだけ待ってください。



返信

通りすがり六世様

確かに、薬師と野郎以外は基本的に得ですね。圧倒的お得感です。
銀子はもう薬師と仲が良すぎてなんかアレな感じです。もう男友達レベルで。
そして、予定ではなかったんですが、劇、やりました。
ちなみに無駄に技能もちが多いせいで演出面だけはハイクオリティです。


月様

録音は薬師の十八番と見せかけて、というところなのでしょうか。
実は如意ヶ嶽家内での伝統の技、録音。
弱みを握ったり着ボイスにしたり目覚ましにしたりとりあえずリピート再生したり。
きっと既にコピーもとられてバックアップも完璧です。


がお~様

そんなに銀子出てませんでしたっけ、と思ったら更新自体が久しぶりになってしまいました。
一週間に休みが七日あればいいなと最近本気で思います。
前さんと藍音の絡みについては次回が由比紀なのでもう少々お待ちください。
あの二人が組むときっと薬師の胃に穴が空くんじゃないかと思いますが。



最後に。

多分演技は今回出てきた中だと憐子、藍音、鬼兵衛、にゃん子、銀子、薬師、季知、閻魔、山崎、前くらいの順番だと思います。
酒呑? 知りません。



[31506] 其の三十八 俺と構ってさん。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:ba8c691e
Date: 2012/11/04 22:15
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






「ふー……、よっこらせっと」


 ある日俺が家に帰って部屋に入ると。


「御機嫌よう。お邪魔してるわ」


 笑顔で由比紀が出迎えて。

 そして何故か勝手に布団を出して俺の布団の上でくつろいでいた。


「ああ、邪魔されてるぜ。邪魔されてるから窓から投げ捨てるぜ」


 そんな由比紀の襟首を掴んで俺は窓へと歩き出す。


「ま、待って! 待ってお願いだから!!」

「待てない。もう我慢できないんだ」

「もっと違う場所で聞きたかったわその台詞……、じゃなくて落ち着いてお話しましょ? ね? ケーキ持ってきたから」

「ケーキなんぞに釣られる俺じゃないわ。と言いたいところだが。その心意気に免じて何しに来たか位は聞いてやろう」


 何故か俺の部屋で勝手にくつろいでいた非礼はまあ、そのケーキで差し引き零にしてやろう。

 というわけで、その零になった平坦な状況で話をしようというわけだ。

 すると、どういうわけか由比紀は照れくさそうに、


「えっと……、別に用事は無いけど、来ちゃった」

「よし投げるぞ、上手く着地しろよ」

「よっ、用事が無くちゃ来ちゃダメなの!?」

「いや、そこまでは言わんが、なんか……、アレだろ」

「どれなの!?」

「なんかすごく、投げ捨てたくなるだろ、この状況」

「わ、分からないわ……」

「せめて普通に居間で待ってろよお前さん」

「そしたら、普通に対応してくれるのかしら?」

「ああ、一応ケーキも持ってきてもらった事だしな」

「じゃあ、居間で待ってるわ」

「しかしもう遅いんだよ」

「ちょ、ちょっと待って、待って、今何か考えるから……!」


 だが、このまま窓を開けると寒いだろうので、とりあえず投げるのはやめておくことにしよう。















其の三十八 俺と構ってさん。














「つまり、相も変わらず店主と妹の仲に入り込めない寂しさを紛らわしに来た、と」

「……うん」


 居間のちゃぶ台に正座という状態で由比紀は頷いた。


「そういうのは閻魔にやれ」

「そしたらね、凄く冷たい目で『穀潰しにでも戻ったらどうです?』って……」


 あ、はい。相当鬱陶しかったんですね。ついでにきっと仕事も立て込みまくったんだろう。

 その結果便所コオロギ、正式名称カマドウマを見るような目でそんな台詞を言ったのだろうということが目に浮かぶ。

 ちなみにカマドウマの跳躍力は凄まじく、自らの脚力で壁に激突して死ぬほどだそうだ。

 自らを殺しかねないほどの脚力を以って飛び回るその姿は儚くもど派手な花火のようだ。

 あまり室内で会いたくはないが。


「ちょっと、聞いてる?」

「すまん、カマドウマについて思い馳せてた」

「カマドウマ以下なの!? 私の話……」

「馬鹿野郎、カマドウマをなんだと思ってるんだ。その態度がお前さんの株を暴落させてるんだよ」


 もっともらしく言いながら、俺は腕を組みながら由比紀を見た。


「で? 俺に愚痴でも言いに来たのか?」

「うんとね、そうじゃなくて……」


 問う俺に、由比紀は首を傾げながら、両手を俺に向かって伸ばしてくる。


「構って?」

「指全部反対に折り曲げるぞ」

「えげつないわ!」


 まったくなんて奴だ。

 俺はそのまま由比紀を無視して部屋へと戻ることにした。


「あ、待って、どこ行くの?」

「お前さんのいないとこ」

「酷いわ!」


 そして、部屋に戻り落ちていた本をなんとなく手に取る。

 ぞんざいに座って、俺はそれを読み始めるが。


「……」


 由比紀がついて来ている。

 というか、隣で俺の読んでいる本を覗き込んでいた。

 そんなに構って欲しいのかこの構ってさんは。

 だがその手には乗らない俺。

 無視して本を読み進める。

 只管に読み進める。無心で読み進める。

 そして、何分立ったのか。

 文庫一冊読み終わりかけになって、尚。

 由比紀は俺の隣で覗き込んできていた。

 いい加減鬱陶しいわ。


「きゃんっ!」


 俺のでこぴんが、由比紀の額に直撃する。

 そこそこ本気だったので打撃の瞬間に大きく頭を仰け反らせることとなった由比紀だが。

 痛そうに額を押さえて涙目になっていながらも、それは。


「えへへ……」


 どこか嬉しそうで。

 構ってくれて満足ですかそうですか。


「……こいつやべー」


 このままだといけない道に足を突っ込んでしまいそうである。

 そしてついでに、俺の精神衛生上よくない。


「由比紀」

「え、なに? 構ってくれるの?」


 まるで尻尾を振る犬のような由比紀に対し、俺は言う。


「店主をどうにかするぞ」












 いつも通りの寂れた喫茶。


「しゃっせー」

「やる気ねーな」


 ある意味、いつも通りの店主が出迎えてくれる。


「早く座りなさい」


 ムラサキが一つの席を指差した。

 とりあえず、俺たちはそこに座ることにする。

 と、その途中で由比紀を見つけてムラサキがけ幻想な顔をした。


「由比紀? 今日は仕事はないはずだけど」

「あ、違うわ。今日は、そういうことじゃないみたい」

「みたいって……」


 俺へと視線が突き刺さる。

 なんか説明しろということだろう。

 丁度いいので俺は事のあらましを説明することにした。


「つまり由比紀があまりにお前さんらの仲に入り込めないせいでこのままだと新たな性癖を目覚めさせそうということだ」

「なるほど」

「……よくわからない」


 店主とムラサキは対極的な反応を見せてくれた。

 まあ、俺もよくわからんけどな。


「なるほどなるほど、わかりましたよお客様。つまり、あれだ」


 だが、店主は分かってくれたらしい。理解が早いのは助かる。

 そして、その店主は、一つ提案をした。


「由比紀君、君も私と姉妹になろう!」


 ……やはり店主は店主か。


「……えっと?」


 いまいち意味が分からなさそうな由比紀。俺もよくわからん。

 だが、店主はそんなことを気にすることもなく、言葉を続けた。


「さすれば心の壁なんてブレイカブルだよね! お姉ちゃん!!」

「お前さんが妹かよ」


 でも年齢的には確かに……。

 いや、口に出すのはやめよう。


「さあ、義姉妹の契りを交わそう!!」

「えぇっと、わかったわ……?」


 そしてどこから取り出したのか葡萄酒を何故かコーヒーカップに入れ。


「あ、後ちっちゃくなってもお姉ちゃんってなんか萌えません?」

「知らんがな」


 これで問題は解決したのだろうか。














「えっと、ありがとうって言えばいいのかしら……」

「礼には及ばねーよ。俺にとっても斜め上の展開だったからな」

「……いつの間にか姉妹が増えたわ」

「……不思議だな」


 『お姉ちゃん帰っちゃやだぁ!』とか店主が駄々をこねたり、ムラサキが突然の姉に戸惑ったりと色々とあった。

 で、まあ、続きはまた来週とか言って帰ることにしたのだが。


「でも、あの、ね?」

「なんだ」

「この格好、結構恥ずかしいわ……」


 実は、葡萄酒飲んで由比紀は腰を抜かした。

 コーヒーカップ一杯で足腰立たなくなったのである。


「俺とて恥ずかしいから黙ってろよ」


 結果が、抱き上げて移動しているわけだ。


「置いていく、とか言わないのね?」


 腕の中で見上げて問うてくる由比紀に、俺は半眼を向けた。


「流石に足腰立たねえ女をその辺に捨てていくほどじゃねーよ」

「……なんだかんだいって、そうやって構ってくれたり、優しくしてくれたりするとこ……」


 そして、おずおずと由比紀はそんな言葉を漏らす。


「すっ、すきよ……?」

「……やっぱ置いてくぞ」


 何を言ってやがるんだこの女は。

 俺は無言になって歩みを続ける。


「きょ、今日はなんだか、ごめんね? それと、ありがと」

「あー、そうかい」


 そして、最後に由比紀はゆっくりと口を開いた。


「あと」

「なんだ」

「……ケーキ、私の手作りだから、食べてね?」

「うちの人数だと、あれじゃ足らんな。喧嘩になるぞ」

「そ、そうなの?」

「だから、次持って来る時はもうちょっと作って来い」

「わ、分かったわ! また、たくさん作って持ってくるから!!」

「ただし俺の部屋でごろごろしてたら投げる」

「……それもわかったわ」


 それにしても、いい加減寒くなってきたもんだ。


「ね、ねえ、ところで、なんだけれど」

「なんだ」

「おトイレに、行きたいわ……」

「……」


 俺は久々に全力で飛翔した。




















―――
いやはっは、今回の面接は落ちました。
まあ、この就職難、一社や二社でどうこうなるわけもなしということでしょう。
そして免許も取りに行ってます。ぶっちゃけ事故らせそうなので技能講習受けたくないです。
まあ、焦らずやろうと思います。




返信

月様

なんだか更新が遅くなってて申し訳ないですね。毎日が休みだったら良いのにと思います。
と、まあ、そんなわけで由比紀メインでした。相変わらず不幸っぽい感じに突っ走ってます。
励ましの言葉もありがとうございます。忙しいですが筆をおく予定は欠片もありませんのでまだまだがんばります。。
しかし、アミバと四十人の盗賊なら普通に力で突破できそうでアレだと思います。


通りすがり六世様

まあ、劇とか人目を意識しなければさくっとでることもある物です。
ちなみに通常の演技はともかく演出面と戦闘シーンはハイクオリティ。
というか戦闘シーンは普通に戦闘してました。観客への被害は結界で防ぎます。
そして、とりあえず演劇に使えそうなタイトルを合成した結果現れたアミバですが、これもとの二つだけで合成するとアミバと四十人のジュリエットになるんでしょうか。


wamer様

割とよくありますけど、メインヒロインの引き立てになってしまうことがあるのが問題だと思います。
しかしあの演劇をみて一体子供たちは何を思ったのでしょうか。
ただ、主演の男のような道を歩んではいけないと思います。ダメ、絶対。
ちなみに銀子は設定上はショートです。しかし、時間経過によって伸びている可能性も加味してお好みの方で良いかもしれません。


がお~様

燃え上がってしまった二人はもう止められなかったのです。
入院中にうっかり籍入れてしまいました。ラブロマンスって本人達中心で見ればいい話ですが、傍からみると色々傍迷惑なケースもあるという。
まあ、怪我してますし。どちらにせよ舞台はままならなかったことでありましょう。
しかし、彼が主演続行だったらきっと前さんのあの反応は引き出せなかったのでよかったというべきなのか、どうなのか。








最後に。

果たして由比紀が家に着くまで保ったのかどうかは……。



[31506] 其の三十九 俺と、……誰もいないだと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:ba8c691e
Date: 2012/11/13 23:23
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





 何故か前さんが家に来た。

 理由は知らん。

 というか。

 なんというべきか。

 そもそも――。

 俺と一緒にやってきたのになんか藍音と話してて完全に放置されている俺である。

 ……寂しい。











其の三十九 俺と、……誰もいないだと。











 藍音の部屋。

 薬師のことはさておいて、藍音と前は紅茶を飲みながら話をしていた。


「やっぱ紅茶入れるの上手いね」

「私自身は、緑茶の方が得意なのですが」

「そうなの?」

「薬師様が緑茶の方を好むので」

「あー、なるほど、確かにそんな感じだね」


 前と藍音には、それなりに友誼がある。

 仕事の予定上遊びに行ったりなどはあまりないものの、メールのやり取りくらいはあるということだ。


「てか、薬師に紅茶はあんまり似合わないよね」

「はい」


 さっくりと肯定されて、前は苦笑した。


「そういうミスマッチもとても良い物です」

「……あ、そう」


 実は惚気だった。

 と、そこで前は辺りを見回した。

 多少不躾ではあるが、整理整頓された洋室は、なんら恥じることのないように見える。

 そんな中、ある物が先の目に留まった。


「ん? 写真?」


 机の上に置いてある、一つの写真立て。

 それが、前には気になった。


「これ、いつの?」

「半世紀ほど前になるでしょうか。山で撮ったものです」

「ふーん?」


 写真の中の薬師は、笑うでもなく、つまらなさそうな顔をして、藍音の隣に写っている。

 藍音もまた無表情で写っているものだから、どこかおかしくて、前は笑みを漏らした。


「薬師も笑えばよかったのに」

「薬師様は、当時は特に写真が好きじゃないようでして」

「そうなの?」

「魂が取られると」

「……言いそう」

「なので、写真は中々撮らせていただけなかったのですが。説得の末ついに折れていただき、それ以来私の宝物です」

「へぇ……」


 興味深そうに、前はそれを眺めた。


「死ぬときまで、肌身離さず持っていたので、死後もこうして現存しております」

「そうなんだ。でも、今は持ってなくていいの?」

「……今は、別の写真がありますので」


 やっぱり、惚気だ。

 自分の嫉妬を自覚しながらも前は特に不機嫌になるでもなく、笑っていた。

 嫉妬であるが、それはどこか心地よいものである。


「でも、そう考えると、藍音と薬師って随分付き合いが長いんだよね?」

「はい」

「じゃあさ、昔の薬師はどうだった?」


 嫉妬をもって撒き散らすでもなく、その嫉妬は形を変えて薬師に注げばいいのだ。そして、同じところに立てればいい。

 だから、ライバルではあっても藍音は嫌いではない。


「昔の薬師様ですか」


 そう言って、藍音は少し考え込んだ。

 そして、出てきた言葉は少々予想外と言えよう。


「今よりも、少し凛々しかったかと」

「……凛々しい? あれが?」


 ありえない。前の持てるすべてが集約されて否定を返した。

 あの基本的にやる気なくてだらけて怠け者な彼が凛々しいとはどういう了見か。


「今よりも、戦いに身を置くことが多く殺伐としていたので」

「あ、そうなんだ」


 よく考えてみれば、前は薬師の大天狗時代は詳しくないのだ。


「今ほど甘くもなく、もっとふらふらとした方でした」

「なるほど……」

「戦を繰り返し、暇ができればどこかへ出かけ、厄介ごとに首を突っ込み帰って来る」

「厄介ごとに首を突っ込むのが好きなのは昔からなんだ」

「めんどくせぇめんどくせぇと言いながらも実際は関わったりするツンデレも昔からです」

「……そうなんだ」


 変わってない様で少し変わったみたいだが、結局、薬師は薬師だったということか。


「でも、それだったら寂しくなかった?」


 気になって前は問う。

 藍音は即答した。


「はい」

「そっか……」

「帰りを待ち続けるのは不安で仕方なく」


 ちょっと引くほど即答だった。


「なので、ついて回ることにしました」

「ん?」

「体を鍛え、戦闘中も補佐として控えれるように、そして国外なんかに出る際にはむしろ薬師様の方から通訳として頼みにしてくれるよう、語学を学び、あわよくば胃袋からと料理なども」

「色々あったんだね……」


 それほどまでにして側にいたかったというのなら、凄まじい情熱だ。

 真似できるかと問われれば、前には少し自信がない。


「それよりも、私からも質問があるのですが」

「ん? なに? 答えられる事なら答えるよ?」

「薬師様の死後、私が来るまでの間、薬師様はどのような方だったのでしょうか? 特に、地獄に来た当初は」


 前は気付く。前が薬師の生前を知らないように、藍音の知らない薬師もいるのだ。


「……んー、そうだなぁ」


 前は記憶を掘り起こして薬師に出会った頃を考える。


「やる気なさげで、気だるげで、最初はなんか嫌いなタイプだったなぁ……」


 色々と聞いた上で今思い返すと、肩の荷が下りたということで仕方なかったのかもしれないと前は思う。


「なーんか、こう、なに言ってもへえそうかい、って感じで。暖簾に腕押しって感じ?」


 まるで、頑張る周囲の人間を小馬鹿にしているようで腹が立ったのを覚えている。

 実際薬師にそんな気はなかったのだろうから、そこは前の未熟さでもあるのだが。


「あ、あと目が死んでた」

「……そうですか」

「でさ、それが気に入らなくって、あーだこーだと説教してみたり世話焼いてみたりしてさ」


 微笑みながら、前は頬を赤く染めた。


「それで、惚れてしまったのですね」

「な、何で分かったのさ!」

「顔に出やすいと人に言われたことは?」

「むむ……、まあ、そうなんだけどね。いやー、あーしろこーしろやる気出せって言うんだけどさ、なんか、それでほんとに薬師が頑張ると嫌で。なんかさ、しゃきっとして欲しいんだけど、しゃきっとしちゃったらそうやって世話焼けなくなるわけで」

「なるほど、手の平の上から転がりだすのが嫌だったと。悪女ですね」

「違うよ!? そんなんじゃないよ!? ある意味間違ってないけど! で、まあ、随分勝手な話だったわけさ。けど薬師は気にした様子もなくって、なんていうの? 果たしてこいつは大雑把なのか懐が広いのか、みたいな」

「なるほど」

「しかも、なんだかんだ面倒見がいい……、んじゃないな、あれは。なにかあるとすぐ首を突っ込みたがるのはやっぱ来た当初もみたいだね。それが面倒見がいいように見えたんだなぁ」

「そうですか。やはり、興味深い話でした」


 そして、藍音は立ち上がった。


「そろそろ、薬師様が疎外感を感じて寂しがっている頃だと思うので」

「あー、そうだね」


 前も立ち上がり、扉を開く。


「しかし、これで会う前の薬師の話も聞けたけど」

「ええ、私も空白の間の薬師様の話は聞けましたが」

「――それ以前って、どんなんだったんだろうねぇ」

「はい。では次は憐子やにゃん子も交えて話すとしましょう」














 居間で不貞寝していたら、しばらくして、やっと前さん達がやってきた。


「おう、終わったか」

「うん、久々に話し込んじゃった」

「ほーう? どんな話だ?」

「薬師の事」


 言われて、俺は眉を顰めた。

 俺のこと、だと……?


「……どんな?」


 聞くが、前は笑顔で唇に人差し指を当てて言う。


「秘密っ。女の子の秘密だからねっ」


 まさか……、俺のろくでなし加減とか、俺の勤務態度の悪さとかアレか……!?

 その編の苦労を語り合っていたのか……!?


「本当にもうしわけございませんでした」

「いきなり何!?」

「え、そういう話題じゃねーの?」

「違うよ!?」

「つまりその程度の謝罪じゃ許されないということか……、土下座を要求……、流石前さんだ、鬼の鑑……!」


 とりあえず、俺は潔く二人の前に膝を付いた。


「ちょ、違うから! そういうんじゃないから!!」

「薬師様」

「なんだ藍音」

「謝意を示すのであれば私には抱擁がお勧めです」

「……分かった、仕方ない」

「待った待った、ちょっと待った! 藍音もどさくさに紛れてなに言ってんの!?」

「熱いハグと同時に耳元で『愛してる』と囁くと私が喜びます」

「謝罪関係なくなったよね!?」


 ……うーむ、どういうことなのだろうか。

 とりあえず俺は土下座すべきか、せざるべきか。

 分からないが、二人が楽しそうだからまあ、よしとしておこう。
















 オマケ、というかこぼれた話。



「前の携帯の待ち受けは、薬師様ですね」

「え、っと、そうだけど」

「それは、どうやって撮ったのですか?」

「え? 普通に撮らせてって言ったら撮らせてくれたよ」

「……そうですか」

「え、なに」

「いえ、少し羨ましいと。私には決して許してくれず、隠し撮りするしかないので」

「隠し撮りもどうかと思うけど、でも、うーん……、あたしは藍音が羨ましいけどなぁ」

「それは、なぜでしょうか」

「いや、だってあたしに対して嫌なの我慢してるってことじゃん。藍音に対しては遠慮なんてしないのに」

「……つまり、隣の芝は」

「青いんだねぇ……」















―――
リクエストにあったので、前さんと藍音さんで。
なんかも二人で組めば最強なんじゃなかろうか。





返信


がお~様

ギャップ萌ですね、はい。でもきっと閻魔妹はだれでもSにするオーラを放っていると思います。
もう常にいじめてオーラを全開でぶっ放してますので薬師でなくとも弄りたくなります。
ちなみに閻魔一族的には閻魔妹が一番酒に強い可能性はあります。
愛沙と玲衣子はどのタイミングで酔っているのか不明なので問題ですが。でも一番弱いのは閻魔で確定です。


Johndoe様

報告ありがとうございます。
け幻想な顔っていったいなんなのか。
そんなにファンタジーなんでしょうか。
と、まあとりあえず修正しておきます。


月様

嫌がってくれるドMはいいドMだと思います。
とりあえず嫌がるけど実は満更でもないって辺りの反応は中々。
まあ、薬師の教育の賜物ですね、ああ、調教ですか。いつの間にか完全なドMに。
元からいじめてオーラ出してたような気もしないでもないですけど。


通りすがり六世様

このままだと由比紀が羞恥プレイもいけるマルチ変態に。
店主はとりあえずなにも考えてないので仕方ないです。っていうか考えてたらきっと店に客が来てます。
ムラサキは友達がいないので意外と満更でもないみたいです。というか意外と年上として慕ってるムラサキはいい子。
しかし、全速力を出す前にその辺のコンビニにでも寄れば安全に何とかなった予感。







最後に。

写真の真ん中に写ると魂抜けると信じてわざわざ端に避ける友人が小学生の頃いました。そこまでしてでも撮っては欲しいのかと。



[31506] 其の四十 俺と風呂と背中と手首。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:48547582
Date: 2012/11/25 22:25
俺と鬼と賽の河原と。生生流転




 ある日、俺が数珠家を訪問した時のことである。

 その日は愛沙が仕事で遅くなるというので、俺は春奈の様子を見に来た訳だ。


「ま、あと一時間もしたら帰って来るだろ」

「んー」


 春奈に飯を食わせて、今は二人ソファに座ってテレビを見ているところである。

 春奈は足をぱたぱたとさせながら、じっとテレビを見ていた。

 その手には、大事に包み込むように一本の缶が握られている。


「そーいや、珍しいもん飲んでるな」

「おかーさんが買ってきた」


 コンビニなんかにはよく寄る俺も、その飲み物は知らない。

 どっかの新製品だったりして、伝手があって発売前にもらったりできるのだろうか。

 だとすると少し羨ましいぞ。


「ねー、やくしー」

「なんだ?」


 のほほんと、春奈が呼びかける。

 俺が答えるが、春奈は再び俺の名前を呼んだ。


「ねぇ……、やくし」

「ん?」


 春奈が机に缶を置く。

 俺は気になって春奈の方を見た。

 すると、何故だか顔が赤いことに気が付く。

 最近めっきり寒くなった。風邪でも引いただろうか。

 とすると、今日の風呂はまずいな。


「熱でもあるか?」


 なんとかは風邪を引かないというが、春奈ならば風邪を引いたことに気が付かない可能性がある。

 俺は春奈のでこに手を当ててみる。


「んん、やっぱ熱いぞお前さん」

「えへへ、やくしー」


 そんな春奈は何故か嬉しそうで。

 何故か俺は抱きしめられていた。


「だいすき」

「待てやめろ折れる折れる折れる」


 いつも以上に手加減なしで抱きしめられて骨が軋む。

 そして。


「えいっ」


 俺は何故か押し倒されていた。












其の四十











「待て、春奈どういうことだ。落ち着け」

「んふ? わたしは、おちついてるよ?」


 俺の上に馬乗りになって、両手首を押さえてくる春奈はそう言って笑った。

 その顔は何故か普段ではありえないほど蠱惑的で。

 まるで、春奈ではないかのようだ。

 一体なんだこの状況。

 と、そんな中ふと俺は気付く。

 そして、仰向けの状態で横を向いてそれを見た。

 春奈の飲んでいた缶。そこに書かれていた衝撃的事実。

 『アルコール 3%』


「お酒は二十歳になってからッ!!」


 俺は思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 お母さん! ぜひともお酒は子供の手の届かないところへ!!


「まあ、とりあえず落ちつけ春奈。そして、手を離むぐぅ」


 冷静に諌めようとしたその時、春奈が俺に口づけを落とす。

 子供っぽい柔らかな唇が重なり、そして、子供らしい柔らかく華奢な体が俺の胸に預けられる。


「ん……、ぷは……」


 そして、しばしの後、春奈は俺から顔を離した。


「次は……、どうするの……?」


 荒い息を吐いて、艶かしげに春奈は首を傾げる。

 次、次だと、それを俺に求めるかこの野郎。


「ぐぎぎ、言ってくれるぜ」


 しかしまずいぞ、意外とこの状況は。

 春奈は実は、腕力で言えばかなりの上位に入る。流石にそこは愛沙の最高傑作だと言えよう。

 で、だ。

 それが酒飲んで無意識に手加減してたのも完全に投げてやがる。

 俺じゃなかったら手がもげる程だ。

 つまりいつもの春奈以上に力強く俺を押さえつけて来るのである。

 春奈の体重的にそのままでも立ち上がれないかと思ったが、上手く足を絡ませて立ち上がらせてくれないというかこれ以上は椅子が砕ける。

 かといって力任せに拘束を解くのは骨が折れそうだ。

 無理矢理で怪我をさせるわけにも行かない。


「んー……」


 もう一度、口づけが行なわれる。


「ぷぁ……、ん……」


 そして、更に。

 俺の拘束を解かないために春奈は口で俺のYシャツのボタンを外す、というか噛み千切る。

 それから、俺の胸板に唇を這わせてくる。


「ねぇ、これからどうするの、やくし」

「したことないから俺にも詳しい手順はわからん!」


 さあどうするんだ俺。椅子を破壊するか?

 いや、よく見たら意外と高そうだぞこの椅子。

 もしや……、万事休すなのかこの状況。

 くそ、ませたところは、というか親しくしてる運営のお姉さまとやらのせいで微妙に教育に悪いことを教えられている春奈だが、具体的なことは教えられていないようだし、耐えればどうにか……。

 興味津々というところなのだろうが、付き合うつもりはないというか俺では無理ということで。

 しかし、幼子に組み敷かれているという情けない状況。意外と本気で泣けてきたぞ……。

 そんな俺がげっそりとしてきた時だった。

 俺を救ったのは、風呂が沸いたことを知らせる、安っぽい音だった。


「あ、そっか。おふろ、入るんだ」


 思い出したかのように春奈が手をぽんと叩く。

 俺の手首が同時に拘束から逃れた。


「ああ、そうだな、うんそうだ。そうしてくれ」

「ん。じゃ、はいろっか」


 そう言って春奈は、再び俺の手首を握って、引っ張ったのだった。

 何故だ。













 はて、しかし風呂は酒を抜くのに役立つんだったかどうか。

 逆に血流の問題がだの、心臓の負担がどうのこうのでとかそんな感じな気もするが。

 だが、これより状況が悪くなることはないはずだ。

 とりあえず心臓に負担云々の話を思い出したので、風呂は温くなるように水を入れておこう。


「おっふろーっ、やくし、はやくはやく」

「落ちつけ、滑って転ぶからな」


 俺は春奈に連れられて風呂の中へ。


「ほら、とりあえず座れ、な?」

「んー」


 そう言って春奈を椅子に座らせ、桶でお湯を被せる。

 そして、体を洗うために垢擦りに石鹸を付けてその背を擦る。

 まるで猫を洗ってるみたいだ。

 そんなことを考えつつ、背を流し終えて、俺は言う。


「前は自分でできるな?」

「できない」


 んー、なんという即答だろう。


「できるよな?」

「やだ」


 くるり、と春奈が後ろを向く。

 つまり、俺と対面する形だ。


「……まあ、子供だし、いいか」


 仕方のない奴だ、と俺は春奈の体を擦ってやる。


「んーっ、つよいよ、やくしぃ……」

「そりゃすまん」


 まったく手の掛かる奴である。

 そんな春奈は、体を擦る俺の手を、じっと見ていた。


「なんか、どきどきする」

「しらん」


 そして、体を洗い終わり、頭を洗ってやる。

 黒い髪を、わしゃわしゃと洗いながら俺は呟く。


「また、髪伸びてきたな」

「また切って」

「嫌だ」


 人の髪を切るというのは緊張しすぎて嫌だ。全力で嫌だ。

 なにせこちとら素人である。

 どう考えたって餅は餅屋に、その道の人に任せたほうがいいのだが。


「おねがい」

「……まあ、その時がきたらな」


 そう言って俺は泡だらけの春奈の髪にお湯を掛けて流す。


「やくしはー?」

「俺は後でいい」


 とにかくこの春奈をどうにかしたいので俺は掛け湯だけ済ませて春奈の両脇を持って風呂に入る。

 流石に元寮で浴場があったうちとは違うので、悠々と入れる広さはなく、春奈は俺の膝から胸に掛けてに乗っかっている。


「あー……」

「この後、どうするのー?」

「……寝ろ」


 聞いてくる春奈に、俺はとりあえずそう答えたのだった。












 そうして、さっくりと風呂上りに寝てしまった春奈。

 どうにか髪を乾かすまでは半死半生といったところで持ちこたえたが、終わった途端ぱったりと。

 うむ、これからは絶対に春奈に酒は飲ませないようにしよう。


「あー……、風呂でも入るか」


 俺はぽつりと呟いた。

 俺は体を洗ってないし、かといって家に帰って入るにも時間が経ちすぎてしまった。

 となれば、丁度沸いている風呂に浸からせてもらおう。

 少々、疲れたしな。

 そうして、とりあえず風呂に入る。


「あー……、なんか疲れた」


 ちなみに、便利なことに温め直す機能があるので、風呂は適温、温かい。

 しかしそれにしてもなんか眠たくなってきたぞ。

 あまりに気持ちよくてたゆたうという表現が正に似合う心境。

 そんな時、ふと俺に声が掛けられた。


「誰か入っているので?」

「……おーう、元凶だ」

「げ、元凶?」


 いつの間にやら、愛沙が帰ってきていたみたいだな。


「春奈が酒飲んでたぞ。今寝かせたところだ」

「春奈が酒を!?」

「おう、お前さんが買ってきたやつだろ? つか、お前さん酒飲むんだな」

「……まぁ、少し気が向いただけで。普段はあまり」

「ん? 悩みでもあんの?」


 少し言いよどんだ愛沙に俺は問う。

 普段飲まない酒に手を伸ばすということは悩みでもあるのだろうか、と考えたのだが。


「……べ、別に、貴方がお酒が好きだからというわけではありませんので!」

「俺?」

「関係ないので!」

「おう? おう」

「そ、そんなことより、あなたは何故入浴を?」

「あー、まあ、春奈を風呂に入れたんだが、俺の方は中途半端でな。ちゃんと入っておこうと」

「は、春奈と、入ったので?」

「いや、別にあれだぞ? 邪なものはないぞ?」


 そんな中、何故か衣擦れの音が響き。

 何故か、風呂の扉が開いた。


「……おい」

「は、裸の付き合いというものを、春奈に先を越されるとは思わなかったのだけれど……」

「何故入ってきたし」

「は? 何か文句があるというのでっ?」


 なんだか、あまりにも必死で、俺は口を噤んだ。


「わ、私は、はやくお風呂に入りたかっただけで、別に他意はないので!」

「さいで」


 そして、徐に、彼女は肌を洗い始めた。


「な、なにか?」


 それをぼんやりとふやけた頭で見つめていると、上目遣いで赤くなりつつ愛沙は問う。


「んー、いや、綺麗な肌だと思ってな」


 愛沙の肌は驚くほど白い。

 研究者という役職上という奴だろうか。陶磁器のようだ。

 そんなことを考えていたら、余計に彼女は顔を赤くした。


「……あんまり、見ないで、欲しいのだけれど」

「恥ずかしいなら入ってこなけりゃいいのに」

「こ、ここは私の家なのでっ。何をしようが私の勝手だと思うのだけれど」

「そういや、そうか」


 ふと気付いて俺は立ち上がる。

 それを見て更に愛沙の顔は赤くなった。


「とりあえず俺は上がるから、後はごゆっくり」


 そう言って、俺は外に出ようとしたのだが。


「あっ……」


 なんか、手首をつかまれていた。

 よく、手首をつかまれる日だ。


「ま、待つので。別に、貴方が上がることはないのだけれど」

「いや、邪魔だろ。狭いだろ」

「そんなことは」

「いやいや、気にすんなって。別に気にはせんよ」

「そ、そんなことよりっ、その、手首が赤いのだけれど、これは、春奈が……?」


 話を摩り替えられたのだが、答えないのも礼儀に反する。


「いや、まあな。大したことはないから気にすんな」


 言うと、愛沙が気遣わしげに俺の手首を見つめ、その白い手で撫でてくる。



「痛くないので……?」

「平気だ。うん、天狗舐めんな。つーことで、出るぜ」

「待つのでっ。その、迷惑を掛けてしまったのだから、背中くらいは――」

「ぬ」


 結局、離してくれず、そして、責任を感じてしまっているようだ。

 仕方ないので、俺はどっかりと椅子に座った。


「じゃあ、頼む」


 とりあえず要求に応えて手っ取り早く出よう。

 それがいい、というのが先ほどの春奈の時にも悟ったことだ。


「で、では、失礼するので」


 そして、背を向ける俺に、しばしの間を置いて、むに、と柔らかい二つの感触が。


「……んん?」

「どうかしたので?」


 その柔らかいものが動いて、俺の背を擦るわけだが。


「何をしていらっしゃるのか」

「背を流すとはこういうものでは?」

「……違うと思うぞ」

「え?」

「普通に垢擦りなり手ぬぐいなりで擦ってくれればいいんだが……」

「そ、そそそ、そうなので……!?」


 知らなかったんかい、っていうかなんでそっちを知ってたんだよ。

 ぱっと離れる愛沙に、俺は何も言わないことにした。

 そして、せっせと今度は垢擦りで俺の背を擦ってくる愛沙に身を委ねる。

 もう少し強くてもいいのだが、まあ、いいか。

 まるでぬるま湯に浸ったような空気が、しばらく続く。


「さて、じゃあ、上がるぜ」


 そして、背中のあとは一通り自分で洗って俺は風呂から上がることにしたのだが、二度あることは三度あるという話で、また手首をつかまれる。


「ちゃんと、温まらなくては」

「いや、俺丈夫だから。こんくらいは別に」

「めっ」


 俺は言葉を失う。めっ、されてしまった。

 何てことだ、いい年なのに。と考えていたら、愛沙の方が顔を赤くしてしまった。


「こ、これはいつもの癖で、その」

「いや、別にいいんだが。まあ、分かった、風呂に浸かろう。めっ、されちまったからな」

「そ、それは言わないで欲しいので!」


 茶化しながら、風呂に入る俺。


「で、では、失礼するので」


 そう言って、俺の上から風呂に浸かる愛沙。

 奇しくも、春奈と同じ状態だが、色々違う。

 起伏のある体とか、肌の不健康さとか色々だ。


「あー、あったけーな」


 やはり風呂はいい。日本人なら仕方ない。


「……重くないといいのだけれど」

「別に、軽いぞ」

「な、ならいいので」


 ほんのりと白い肌に赤みが差す。


「……しかし、また貴方には迷惑を掛けてしまったようで」

「あ? 気にすんな。いつものことだ」

「いつものことなのが問題な気がするのだけれど」


 言って、愛沙は風呂の縁に両腕を乗せて、その上に顎を乗せる。


「お世話になりっぱなしで、なんだか暖かくて、心地いいから思わずその胸板に寄りかかりたく……、って何を言ってるので、私はっ」

「別にいいけどな。よっかかっても」


 呟くと、その通りに背中を預けてくる。


「……いいので?」

「いいぜ」

「もっと寄りかかりたくなってしまったら?」

「その時は、まあ」


 俺はにやりと笑って、冗談めかして口にした。


「結婚でもするか?」


 何を馬鹿なことを。

 そう言われると思ったのだが。


「ッ――!!?」

「愛沙が一瞬でのぼせたーッ!!」


 結局愛沙も、俺が髪を乾かして寝かせることになったのだった。















―――
ご無沙汰してました。
火曜日にまた面接です。あと免許取りに行ってるせいで雪道が恐ろしくなりました。
技能講習やりたくないと毎日のようにじたばたしてます。



返信





通りすがり六世様

前特別編で藍音さんと前さんでやったような気がしないでもないですけど気のせいかもしれません。
まあ、薬師は初期型(憐子さん時代。一番ピュアでツンデレ)前期型(にゃん子、藍音さん、大天狗奇譚時代。憐子さんが死んでほんのり捻くれついでに大天狗になって戦争が日常なせいで殺伐風味)と、
後期型(本編時代。肩の荷が下りてのほほんとしてる)の変遷を遂げてます。中期型は寄譚でさくっと女の子殺ったりしてますしね。
ちなみに、年齢差については、実は前さんと薬師ではそこまで大きい差があるわけでもなかったり。


月様

まあ、違うものですから、実際はくらべること自体が間違いなのでしょうね。
前さんはちょっと遠くて、藍音さんはちょっと近すぎる、そんな関係ですから。
丁度いい位置取りというのは二人の丁度間くらいでしょうか。そりゃまあ、お互い羨ましいといえば羨ましいでしょうけど。
ちなみに、どうしようもなくなったら自サイトで細々やりたいと思います。今自分のところに全話データあるかわかりませんけど。というかパソコンクラッシュしたときに失われた可能性もあったりなかったり。


がお~様

お気に召したのならば幸いです。ガールズトークもいいものですね。
後、たまには薬師が出ないのも心安らぎます、はい。あの野郎はちょっと旅にでも出たほうが……。
いや、まあ旅に出たら出たで追いかける人々が、という展開が……。ダメですね。程ほどにいつも通りがいいかもしれません。
あの二人は完全にもうメインヒロインと裏ヒロインって所でしょうかね。期せずして正反対な二人です。




最後に。

きっと組み敷かれてる最中、特にYシャツの肌蹴させられたとききっと藍音さんは見守って、写真にそれを……、なんでもないです。



[31506] 其の四十一 俺と昔のやらかした出来事。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1a7fc72b
Date: 2012/12/16 22:00
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





 夜中に程近い俺の部屋。

 猫状態のにゃん子がいつの間にか敷かれていた布団の上に丸まって寝ていた。

 そんなにゃん子を横に俺は晩酌を開始し、ちびちびと酒を飲む。

 それからしばらくすると、いつのまにかにゃん子が起きていて、横から俺を見ていた。

 黒猫は、俺を見上げながら、しかし寝起きだから眠いのか、大きな欠伸を見せる。

 しかし、このにゃん子もそうだが、黒猫は何でか知らんがいつの日もすまし顔に見える。

 そんな猫が大欠伸しているのを見て、俺はなんとなくつい、その口に指を入れた。

 ふに、と口を閉じようとしたにゃん子が俺の指を噛む。

 一瞬、にゃん子は驚いたように目を丸くして。

 どろん、と人間形態となった。

 強制的に、俺の腕は持ち上がり、高さの変わったにゃん子の口の位置に指は咥えられている。

 そして、にゃん子は俺を上目遣いで見るなり。


「ご主人のえっち」

「なんだと、破廉恥なのかこれ」

「えー? だって女の子の口の中に指突っ込むとか、破廉恥このうえないにゃー?」

「言われて見れば確かに……、まぁいい、指を離せ」

「やだ。ちゅー」


 にゃん子は無駄に俺の指を吸ってくる。

 仕方ないので俺は指を無理矢理引っこ抜いた。


「にゃんっ」

「まったく、やめんか」

「ぶー」


 不満げなにゃん子は、しかしすぐに表情を戻し、今度は俺の空いてる方の手元を見てきた。


「ところで、何食べてるのー?」

「生ハム」

「にゃん子も食べたーい」

「いや、ほら、猫に人間の食べ物は、な……?」


 とは言うが完全に酒のつまみの生ハムを独り占めしたいだけである。

 そもそもご存命でないし。


「にゃーっ、ご主人のけちんぼー」


 にゃん子は言いながら、俺の背後に回ると、突如として俺の着物を肌蹴させ、背を露出させた。

 そして、俺の背中へと計十本の指を置く。


「何の真似だ」

「生ハムくれないとこのまま猫に戻って爪立てながら背中からずり落ちるー」

「止めろ」


 地味に痛いだろそれ。


「しかたねーな。ほれ、こっちこいよ」

「やったー!」


 喜びながらにゃん子は猫に戻る。


「おい」


 が、爪が立てられることなく軽やかににゃん子は俺の肩に乗ってそのまま俺の前へと降りてきた。


「さあ、どうぞ!」


 そう言って、にゃん子が俺を待つ。


「ほらよ」


 俺は一枚生ハムを持ってにゃん子の口元に近づける。


「はむ」


 そして、俺の手から生ハムを食べたと思った瞬間、にゃん子は何故か人間形態に戻った。


「何故戻る」


 四つんばいで、地面に顔を近づけて、俺の手から生ハムを貪り食うにゃん子はまるで俺に無体な趣味でもあるようではないか。


「にゃんとなく」


 そして、ハムを全て食べたかと思えば今度は俺の指を舐め始めた。


「何故舐める」

「味が付いてるから」

「止めろ」

「いいじゃんいいじゃん。昔は色々してたもん」

「色々って何だ」

「昔は手ぺろぺろしても怒んなかったもーん」

「そりゃお前さんが完璧に猫だったからだよ」


 俺は素っ気無く言うが、にゃん子は不満げなままだ。


「大人のちゅーもしたもーん」

「――それは聞き捨てなりませんね。いつですか?」


 そして、そんな時に闖入者。

 当然のように横に座っていた女、藍音である。


「いつからいた」

「一万年と二千年前から」

「そこはせめてほとんど最初からかよと言わせてくれ」


 前世からの因縁とか要らんわ。








其の四十一 俺と昔のやらかした出来事。








「つーか俺も聞きたい。いつ俺がお前さんとそんなことしたよ」

「昔舌を絡めて熱く、こう……」

「ってお前さん、あれか、俺が物食ってるときのアレか」


 唐突に思い当たるものがあった。

 昔々、ただの猫だった頃のにゃん子だが、たまに俺が何か食ってると何食ってるんだとばかりに近づいてきたのである。

 その時、食べてるものが残っていればいいのだが、なかった場合は座ってる俺なんかによじ登ってきて、口元に顔を近づけてくる。

 そして、もうなんもねーよ、俺は口を開けて証明したことがあるのだが。


「その時のあれか」

「その時のあれだにゃー」


 ざらついた舌で口内を蹂躙された記憶はある。


「つまみの味か」

「うん」


 あれ以降そういう状況になってもできるだけ口を閉じているようにしたが、隙を見せれば案の定である。

 げに恐ろしきは猫の食い意地である。


「まあ、しかし。私も薬師様とディープキスの経験ならば昔は毎日のように」

「ありゃ医療行為だ」

「むー、にゃん子なんて口の中に白いもの入れられて吐き出すな、よく噛んで飲めなんて言われたもん」

「そりゃ下詰にもらった猫用の歯磨きガムだ」

「私も薬師様に白い粘液状のものを無理矢理嚥下させられ」

「お粥だ」


 確かに事実だけを述べれば酷いものだが、実際は病人と猫の世話だこの野郎。

 藍音なんぞ拾ってきて一月近くは意識というものがなかったし、当時そういう医療器具もなかったんだから許せと。

 今になって思えば下詰に詰め寄るべきだったと思わなくもないが、多分売ってくれないだろう。人を困らせて楽しむために。


「というか何に張り合ってんだお前さんらは」

「にゃー、一緒にお風呂も入ったもん」

「猫を風呂に入れて何が悪い」

「薬師様は意識のない私を風呂場に連れ込み、私の肌を――」

「お前さんはあの時一日二十四時間意識なかったじゃねーか」


 逆に俺が入れなきゃお前ら風呂に入れなかったよな?

 特に藍音、あの時意識なかったよな? 実はあったとか言ったら俺は今ここで爆発します。

 いや、大丈夫。藍音が自意識というものを手に入れたのは一月位経ってからだ。大丈夫だ。


「えっちなとこも一杯触ってきたよね? ねー?」

「どこだよ」

「どこって……、おっぱいとか。ねー?」

「ねー? じゃねーよ。むしろ猫抱き上げる時に胸に触らないとかどうしろってんだ」

「そ、そんなににゃん子のおっぱいを愛してたなんて……! ご主人! にゃん子だ、結婚しよう!」

「ちげーよ。触らないとか無理(物理)だよ」


 それとも持ち上げるときは首根っこ引っつかめってか。


「私は食事中に幾度も……」

「お前さんが力の加減できなかった頃は飯落とすから拭いてたんだろーが」

「自分で拭かせればいいというのに薬師様が御自らということはつまり……?」

「つまり……? じゃねーよ、お前さん。それもやらすとお前さん飯食うの遅くなって飯が冷めるだろーが」


 そして、よくわからん張り合いに巻き込まれて俺はいい加減我慢の限界が訪れる。


「ああもう、俺は寝るぞっ。寝るからな。お前さんらもよくわからんこと言い合ってないで早く寝ろ」


 酒も丁度もうなくなったところだ。生ハムも全部食った。

 晩酌終了。というかもう寝酒だ。つまり寝ろということだ。

 俺は電気を消し、布団に入る。


「にゃん子はよく一緒に寝てたもん」


 そりゃ猫だしな。


「私も昔は毎日のように」


 お前さん力加減できるようになるまでは普通に寝台壊すし。


「つーかお前さんら、今でも一緒に寝てくるだろーが」

「そだね」

「そうですね」


 俺の布団に入ってくる二人。


「……おい」


 枕として占領される俺の両腕。


「どういうことだ」

「一緒に寝ろってことだよね?」

「前振りかと」

「ちげーから」


 どうしてこうなった。

 俺が育て方を間違えたのだろうか。


「何故こうなった」

「にゃん子はご主人のペットだから」

「私は薬師様の愛玩動物なので」

「にゃん子は、まあ、ともかく……、藍音は待て」

「しかしながら、一番首輪を付けておくべきは、薬師様ですが」

「ねー?」

「お前さんらは張り合うんだか仲がいいんだかはっきりしろ」

















―――
お久しぶりです。
内定が出ました。心配してくださった方、応援してくださった方、ありがとうございます。
あとは免許だけです。坂道発進のせいでふくらはぎ破裂しそうです。

ちなみに、今回の話は極めて久しぶりに自分が猫を触ることに成功したためテンションが炸裂して様々な対抗馬を差し置いて書かれました。


返信


通りすがり六世様

なんの影響でこんな色気増し増しになったんでしょうね。全て就職活動のせいにしておきましょう。
そして、頭がよくてピュアな母と頭が悪くてピュアな娘。でも母も世間知らず。親子です。
薬師は知識はあっても実践が一切伴ったことがないので教材とはつまり……、ダッチワイフか。
本系統なら、角あり→鬼娘組大歓喜。メイド→藍音大勝利。ロリ→ロリ組大はしゃぎ。年上→憐子さんが笑う。学生物→ビーチェ辺りが喜ぶ。あとなんかエロ本の属性でかみ合うのってありますかね。


月様

遅くなってしまいました。はやく状況を落ち着かせてゆっくり書ける状況にしたいです。
たまーに気がつくと色気増量回が始まっています。どういう周期でどのようにおきているのかはまったく不明です。
ちなみに、ぶっちゃけ、愛沙の恋愛経験値も春奈と同レベルです。年季的には春奈より拗らせちゃったかも。
薬師は経験値は溜まっててもレベルアップに使ってないから溜まってるだけでなんの能力値も上昇してません。


がお~様

多分運営で処罰してもダメだと思います!
きっと閻魔権限で乱れた生活を監視と是正とか言って薬師を自宅にしばらく逗留させて、監視とは名ばかりの生活が始まりますよ。
閻魔の私欲、主に食欲に塗れた生活、由比紀も出るよ編が始まるだけですきっと。
最悪、上手く髪の毛が洗えない閻魔のために薬師が一緒に風呂に入ります。


七伏様

大丈夫、大丈夫です、まだR-は付いてないはず。いや、R-15くらいは行ってる気もしますけど。
これ絶対入ってるよね、って状況でも入ってないって言い張っておけば問題ないですよね。
しかし、実際書いてる最中はエロ成分が濃いのか薄いのかわかっていないという。
出来上がってからぬぐぐ、ってなるのでもう出たとこ勝負です。R-18になったらその時はその時で。



最後に。

欠伸中の猫の口に指突っ込んだら結構手加減無しで強めに噛まれるんでやめましょう。



[31506] 其の四十二 俺と暖房と襟巻きと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1a7fc72b
Date: 2012/12/30 22:13
俺と鬼と賽の河原と。生生流転






 Date 12/22 20:13
 From 由比紀
 Sub 12/25

 流石の貴方でも、12/25が何かはわかるわよね?



 
 Date 12/22 20:32
 From 薬師
 Sub Re:12/25

 0.48
 いくら俺でも電卓くらいは使えるぞ。



 
 Date 12/22 20:14
 From 由比紀
 Sub Re:Re:12/25

 (´・ω・`)








其の四十二 俺と暖房と襟巻きと。







 参ったことに、俺の部屋の暖房は壊れた。


「今年も終わりじゃのう、薬師」

「そーだな」


 だが、それでも尚魃と二人きりの部屋は暖かい。


「なんじゃ、せっかく妾が温めに来てやったのじゃから嬉しそうにせんか」

「お前さん、俺が嬉しそうににこにこしてたら薄気味わるいだろーが」

「それもそうじゃな」


 窓の外を見れば、はらはらと雪が舞っている。


「即答するなよ」

「どうすればいいんじゃ。そんなことはないといいながら目を逸らせばよいのか」

「何も言うな」

「ところで、その発言は別に嬉しいということは否定しておらぬな?」

「……否定してたらなんだよ」

「……正直、へこむ」


 肩を落とした魃に、俺は半眼を向けた。


「なんでだよ」

「いや、別に嬉しくもなんともないどころか迷惑だけど断るのもなんだかなぁ、という気分だったら……」

「別に、迷惑だとも、嬉しくないとも言ってねーよ」

「お主はの、言うことが半端すぎるのじゃ」

「ぬ?」

「嫌いではないとか、嬉しくないわけじゃないとか、迷惑とは言ってないとか、はっきり嬉しいといえばいいのじゃ、このいけずめ」


 面倒くさい奴め、と俺は人知れず溜息を一つ。


「あー、へいへい、部屋が暖かくなって嬉しいよ」

「妾を暖房器具扱いか」

「暖めにきたって言っただろ」

「ぬぅ」


 痛いところを突かれて魃は黙り込んだ。


「それに、この体勢で迷惑も何もあるか」


 温かさ重視で胡坐を掻いた上に魃を乗せ、魃は俺にしなだれかかるようになっている。

 お互い見れば吐息が掛かるような距離だ。


「まあ、そうじゃな……」


 そう言って魃は俺の頬に手を伸ばしてきた。


「なんだよ」


 頬が温かい。


「なんでも」

「そうかい」


 眺めるテレビは面白いわけでもなく。

 暇で気だるいそんな夜。


「ところで、重くないかの?」

「ん。なんだいきなり」

「この日のために、二キロ落としたのじゃ!」


 ……違いがわからん。

 だが、乙女というものには二キロの差が致命傷なのだと聞く。


「軽いぞ」

「まあ、お主に掛かれば、三十キロ増えようが重くないのじゃろうが」


 魃が頬を膨らませて不機嫌であることを示してくる。


「まあ、でも無理なのは止めろよ。女は適度に肉付いてなきゃいけねーらしい」

「らしいってなんじゃ阿呆」

「俺もガリガリなのは御免だな」

「なるほど、わかった」


 口にすると、今度は嬉しそうに笑う。

 なんなんだ一体。


「しかし、見よ。妾にもまた少し筋肉が付いたのじゃ」

「鍛錬も無理すんなよ。かちかちな女ってのも貰い手がいねーぞ」

「いいじゃろう、覚えておこう」


 言いながら、魃は俺の手を取って腰にまわしてくる。


「どうじゃ、妾の肉付きは」

「わからん。いいんじゃねーの」


 手に伝わる感触は確かに、柔らかい。

 だが、魃はご不満のようで、声は刺々しかった。


「なんじゃそれは」

「悪いか」

「それだからお主は薬師なんじゃ」


 なんだか知らないが怒られているぞ。

 しかし、そこから魃は溜息を一つして、気を取り直したように呟いた。


「のう、それより薬師。外に行かんか?」

「外? なんでまた」


 間違いなく寒いだろうのになんでまた、と俺が首を傾げるとそれでも魃は外に出たがる。


「あれじゃ、あれ、妾は甘いものが食べたい。可及的速やかにな」

「なんだ、饅頭じゃダメか?」


 俺が部屋のちゃぶ台の上の饅頭を差し出してみると魃の視線はまんじゅうをじっと見るが、お気に召さない。


「ぬ、いかん。だめじゃ、これでは満足できぬ」

「んー、じゃあ、下にクッキーかなんかあるぞ、多分」

「い、嫌じゃ、妾は、妾は……、そう、こんびにすいーつが食べたいのじゃ!」

「つまりコンビニまで行けってか?」

「そう。暖房代わりになった料金にこれ位は寄越せというのじゃっ」


 ふむ、そこまで言われては仕方ない。

 俺は重い腰を上げる。


「わかった、じゃあ、行くぞ」

「それでいいのじゃ」


 そして、魃は持参の紙袋を持って俺に続く。


「荷物は置いていってもいいだろ。すぐ戻ってくるし」

「いいんじゃ」


 本人が言うなら仕方あるまい。コンビニの袋を使わない配慮とかだろうか。

 流石魃、環境のことも考えているのか。

 感心しながら一階に降りて靴を履く。

 扉を開けると、やっぱり雪が降ってて寒い。


「しかしお前さん。そんなに甘いモンが食いたかったのか」

「なっ、何を人が食い意地張ってるみたいに……」

「だってそうだろ。甘いモン食いたくてこの寒空の下って……、お前さん」


 言った瞬間、魃の顔が真っ赤に染まり。


「っ――!」

「ぐえっ」


 そしてキレた。

 何か布のようなものに巻かれて俺の首が絞まる。

 魃の両手がその布の両端を掴んで引っ張っている。

 魃が、紙袋の中から出した何かだ。


「馬鹿っ! 阿呆! 死ねッ! ……やる!」


 ……やる?

 魃は手を離してくれたがやるって何をくれるんだ?

 と、状況を確認してみると。

 魃に置いてかれた布のようなものは。


「これ、襟巻きか」

「……悪いかの。襟巻きで」

「いや、悪くはないけどな」

「……なら、いいじゃろ」

「手編みか?」

「悪いかの」

「悪くはない」


 いつの間に編み物ができるようになったのだろうか。

 ちゃんとした襟巻きが俺の首に巻かれている。

 耳まで赤い魃は、そっぽを向いてこちらを見ようとしない。


「あー……、魃さんよ」


 しかし、これを渡すためにわざわざここまで、って事か。

 部屋で渡せばいいものをとも思うが、なるほど、これが風情かとも納得する。

 そして、俺はふと先ほどのことを思い出した。


「なんじゃ」

「……嬉しいぞ。マフラー貰ったのも、お前さんが編み物できるようになったのもな」

「ぬ……」


 魃が、ちらりとこちらを見る。


「ばーか」

「へいへい」


 早足で歩く魃を追うと、決してこちらを向かないのに、手は差し出してくる。

 俺は魃の手を掴んで、隣に並んだ。


「お主は阿呆じゃ。大馬鹿者」

「そりゃすまんかったな」

「ふん、本当にこんびにすいーつは買ってもらうからの」

「わかりましたよお姫様っと」


 白い息を吐きながら俺は答える。


「まったく、困った奴じゃお主は」


 魃は呆れたような声を上げた。


「本当に、まったく……。阿呆で、馬鹿で救いがたくて」

「おい」

「でもあったかいからお主は好きじゃ」


 横顔を見るとさっきまで不機嫌だったのにもうにへらと締りのない笑みを浮かべていて。


「……こういう日に一人なのは、寒いからの」

「寒いのは困るな」

「そうじゃ」


 こういう日、か。今日を含めて今年も残り二日。確かに、これから正月が明けるまで一人なのは寂しいかもな。


「今日は泊まってけよ」

「いいのかの?」

「寒いのは困るからな」

「そうじゃな。では、精々ぬくぬくとするがよいわ」

















―――
仮免とったりと年末効果で鼻血出そうなくらい忙しかったです。
忙しさのあまり十時に寝るいい子になってました。
そしてクリスマスのことを完全に忘れていました。パソコンの右下の日付が12/26になってから前日がクリスマスだった事実に気が付く。
多分忙しさと、数日続く半端ない寒さからのちょっと遭難しかけた雪に、何故か今日雨振る始末でそれどころじゃなかったせいだと思います。
一昨日はあまりの吹雪に道端で小学生が遭難してました。とりあえず近くの店まで連れて行ってご両親に電話して迎えに来てもらいましたが、黒い上着が雪で真っ白だったので雪男に助けられたということになってないか心配です。





返信


wamer様

ありがとうございます。
内定取れたんであとは免許だけということで一安心です。
確かに、社会人になって落ち着くまでは色々と大変かもしれませんね。
まあ、でも何とか頑張ってみたいと思います。今のところ筆を置くという選択肢もありませんし。首が回らなくなるどころかねじ切れるくらいまでは。


がお~様

実際に名づけた順は藍音、銀子、にゃん子ですね。
にゃん子は地獄に来てからの名前で、生前はただ猫と呼ばれておりました。
つまるところ、薬師のネーミングセンスは順当に落ちてきてます。
これ以上落ちて一体どこに行き着くのか。げろしゃぶとかそういう領域になるんですかね。


月様

自分は後は免許ですね。路上運転は非常に恐ろしいので泣きが入ります。
受かった身で無責任に頑張れと言うのもあれなので、自分は草葉の陰から月様を応援しております。
しかし、薬師のやったことは本来であればお嫁にいけないレベルなので責任を取ったらいいと思います。
まあ、多分昔の薬師が矯正されずにパワーアップしたから今の薬師があるんでしょうね……。


通りすがり六世様

しかし、人類のエロスへのリビドーを鑑みるに、喫茶店の店主という極めて限定されたシチュエーションの本とかもあるかもしれませんね。

ケモノ系はいいですよね。人間本来の耳のある部分がどうなっているのかが永遠の命題の深いジャンルです。
しかし、ケモノ度合いがどのくらいまで許せるかで派閥争いが起こる恐ろしいジャンルでもあります。
それにしても、地獄の本屋に行けばもう巨女とか雌ドラゴンとかあらゆるジャンル完備してそうで怖い。




最後に。

それでは皆さんよいお年を。



[31506] 其の四十三 俺と彼とCD。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1a7fc72b
Date: 2013/01/10 22:21
俺と鬼と賽の河原と。生生流転





「……よう」

「あらあら。あらあら、うふふ……」


 正月も終わった頃、玲衣子の家を訪ねると、玲衣子が怖かった。


「もしかして、怒っていますでしょうか」


 正月に訪ねるべきだった。

 訪ねるべきだったのだ。

 しかし俺というやつはうっかりすっかり忘れていてというか正月なんて全部寝て過ごした。


「いいえ、そんなことはありませんわ。うふふ」

「……あ、はい」

「ところで、そこに正座していただけますか?」


 説教か、説教なのか。

 俺は逆らわずに居間に正座する。

 そして、玲衣子が近づいてきて。


「えい」


 平手打ちくらいは覚悟の上だったのだが。

 予想に反して、そんなことはなく。

 ただ、俺の膝の上に玲衣子の頭の重みが乗っただけだった。


「何故膝枕」

「枕さんは文句を言ってはいけませんわ」

「そうかい」

「こうして、来てくれたのだから、許して差し上げます」

「そりゃありがたい」


 それだけ言って、俺は黙る。

 だが、それを玲衣子が許さない。


「なにか、お話していただけますか?」

「何故に」

「枕さんには、いい夢を見せる義務がありますわ」

「……そうかい」











其の四十三 俺と彼とCD。











 玲衣子を膝枕すること数分。

 なんだかんだとあれなのでスーツの上を玲衣子に掛けてみたりしつつ、時間は過ぎていく。


「なあ、楽しいのか?」

「ええ」


 俺は楽しくないぞ。やがて膝が痺れてくることだろう。


「……まぁ、でもあれか」

「なんですの?」

「ああいう日に一人なのは、寂しいもんな」


 ふと俺は、魃の言葉を思い出した。

 祭りの日、祝い事、そういう周囲の空気が変わる日に、一人。

 それが寂しかったというのなら、これくらいは仕方ないか。


「そう思うのなら、寂しがらせないでくださいませ」

「俺はそれほど器用じゃないぞ」

「一緒にいてくださいと言ってるだけですわ。簡単でしょう?」


 そりゃ、言葉にするのは簡単だが。

 しかし一人で寂しい、なんぞは永らく感じたこともない感情だ。

 基本的に誰かがずっと側にいて、今となっちゃ地の果てまで逃げても一人にゃなれんだろう。

 ありがたい話だ。


「嘘でも、永遠に一緒にいると言えばいいのですよ」

「正直者でな。それに、白々しいだろ」

「意地悪な人ですね」

「永遠とかそういうのは信じない性質なんだよ。何が起こるかなんて誰にも分からんよ」


 俺が人間だった頃に現状を教えられて信じられるだろうか。

 人間やめて大天狗になって死んだ後地獄でそこそこ気楽に過ごしてます。

 どう考えても、頭がおかしい。


「まあ、どうなるかわからんから、百年経っても一緒にいるかもしれん、なら言ってもいい」

「うふふ、そうですか」














 そうして、玲衣子が俺の膝の上で寝て、如何ほど経ったか。


「満足したか?」

「ええ」


 にこにこと笑って玲衣子は告げた。

 立ち上がる玲衣子。


「こっからはいつも通りか?」

「はい。と言いたいところですが」

「まだなんかあんのか?」

「実は、面白いものを見つけましたの」

「面白いもの?」


 首を傾げる俺に、玲衣子はその場を後にし、しかしすぐに戻ってくる。

 その戻ってきた玲衣子が手に持っていたのは、音楽再生機器の類のようだった。


「そいつは……」

「CDプレイヤーですわ」


 別に新しいものではないようだ。

 むしろ、見つけたという話を聞くに、家にあった古いものなのだろう。

 しかし、玲衣子が抱えてるのはそれだけでなく、大量のCDケースの姿も、そこにはあった。


「昔の、夫のものです」

「なるほど?」


 確か玲衣子の死んだ夫はバイオリンが弾けたはずだ。

 だから、そういうCDを持っていたとしてもまったくおかしくはない。

 現に、大量のCDの大半はそういうバイオリンの関わるものだ。

 その中にいくらか、毛色の違うものも混ざっているが。


「一緒に、聞いてもらえますか?」

「音楽なんざ、ろくにわからんぞ」

「そういうものでしょう? 音楽って」


 よくわからんが、そういうものらしい。

 玲衣子は俺の隣に座って、イヤホンを片方、俺の耳に差し込んだ。

 もう片方は、自分の耳へ。

 そして、俺たちの前に置いてあるプレーヤーにCDを入れて、閉じる。

 スイッチを押すと共に、音楽は聞こえてきた。

 軽快な演奏が耳朶を叩く。

 玲衣子が、寄り添うようにして、方に頭を預けてきた。


「どうですか?」

「そう言われても、音楽鑑賞の技術なんぞないぞ。なんとなくいい曲っぽいとかしかわからん」

「それで良いと思いますわ。音楽とは、そういうものですもの」

「そういう、ねぇ」

「芸術は、理解できなくても心に響くものではありませんか?」


 なんとなく、言いたいことはわかった。

 確かに、門外漢でもわかるからこそ芸術であり、名作なんだろう。

 理論で記さず、絵や音で表現する、言語すら不要にした分野だからこそ、理屈抜きで心に訴えかけることができてこそ、と言ったところか。


「まぁ、否定する言葉は出てこないわな」


 よくわからんが、悪くはない。


「そうですか」


 いつもの笑顔の玲衣子だが、どこか嬉しそうだった。


「……まぁ、でもしかし」


 いい音を出すバイオリンの演奏を聴いて、俺は考える。

 本来の、この曲を聴いていた男のことだ。


「お前さんの元旦那とは、まったく掠りもせんよな、俺は」


 音楽もできて学もある。多分、物静かで落ち着きのある人物だったろう、と俺は推測している。


「どうしたんですか?」

「いや、お前さんが好きだった旦那とは俺は正反対なんじゃないかと、ふとな」


 繊細さの欠片もなく、うっかり玲衣子の家を訪ねるのも忘れるようなろくでなしだ。


「あらあら、うふふ。人の好みなんて、それこそ理屈じゃありませんわ」


 ああ、しかし、これがただの勘違い野郎の自惚れで済む話題なら笑い話でいいのだが。


「でも、逆に正反対の人が欲しくなるのかもしれませんわね。貴方は、殺しても死にそうにありませんし」

「……そうかい」


 どうやら、そうでもないようだ。


「ところでお前さん、俺のこと、好きかい?」

「さて、どうでしょう」


 そう言って、玲衣子は惚けた。


「どっちだよ」

「どっちでしょう」


 前に、玲衣子が素直になる薬を飲んでしまったとき、まさか、と考えた。

 だから、聞いたのだが。


「……言ってしまったら、どこかの誰かが訪ねてきてくれなくなってしまうかもしれませんから」

「そうかい」


 確かに、そう言われると助かる。

 だが、それと同時に、色恋沙汰の難しさを思い知らされる。


「ぬう……」


 そんな風に、難しい顔をした俺に、玲衣子は微笑みかけた。


「なんとなく、でいいと思いますわ。音楽も、恋や愛も。難しく考えずに」


 玲衣子の声と、軽快なバイオリンが鼓膜を溶かす。

 肩の力を抜いて、俺はとりあえず耳に聞こえるそれに集中することにした。


「……いい曲だな。なんとなく」

「ふふ、そうですわね。なんとなく」




















―――
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
しかし、ここ数日アルカディアの接続の調子が悪かったのですが、自分のパソコンが原因で、メンテか何かかと数日待ってた自分にリアルでorzってなりました。しかもCookieとキャッシュ消したら普通に入れるようになってさらに悲しい気分になりました。




返信


月様

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
とりあえず今年は早くシリアスしたいですね。ネタだけ溜まって書けてない状態なので。
まあ、その他はいつも通り運行していきます。
今回もそうですが、ほんのり恋愛方面に歩みを見せた薬師がなにかやらかす可能性はありますが。


通りすがり六世様

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
まあ、天狗にクリスマスを説くというのがきっとダメなんだと思います。でも家でパーティはしたんでしょう。由美にクリスマスプレゼント渡したりして。
しかし、太陽神に貰ったマフラーですから、熱発してそうですよね。
ちなみに「かんばつ」って打ったら旱魃が出てくるような気がします。辞書登録するまでそうやって出してました。





最後に。

今年の薬師は一味違い……、ません。



[31506] 其の四十四 俺とバレ……、バレンタインデーって何だ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:7a924d37
Date: 2013/02/24 23:18
俺と鬼と賽の河原と。生生流転







「薬師、今日は何の日か知っているか?」


 憐子さんがにやにやしながら、そう問うてくる。

 今日は二月十四日。

 第一回箱根駅伝が開催された日だ。

 と、昔の俺なら言っていたかもしれない。

 だがしかし、ここ数年、二月十四日が何の日か、やっと分かったのである。


「憐子さん、流石の俺もいい加減分かってるっての。今日は二月十四日」


 そう。


「そうか、薬師。では」


 バレ……。


「チョコをくれなきゃ悪戯するぞ」


 バレ……、ハロ……、んん?


「……なんだその行事」











其の四十四 俺とバレ……、バレンタインデーって何だ。









「チョコはないか、仕方ない。真に遺憾だが、悪戯といこう」

「いや待て、そのバレンタインデーはおかしい」


 憐子さんが、俺の両手首を抑えて、じりじりと顔を近づけてくる。

 俺は、力を入れて押し返しながら、異を唱えた。


「なにがおかしいと言うんだ薬師。これがバレンタインデーというものだよ」


 しかし、憐子さんはまるで、俺がおかしいかのように語ってくる。


「俺の知ってるバレンタインデーと違う」

「時代は変わるさ。諸行無常、盛者必衰。今はこれがスタンダートということだ、薬師」

「俺の知ってるバレンタインってのはもっとこう、女から男にチョコが……、んぐ」


 言い終わる前に、唇が重ねられた。

 そして、おい、憐子さん。悪ふざけも、と口にする前に。

 舌が捻じ込まれた。


「ん……、ふぅ……、ちゅる……、ぷは……」


 そして、俺の口内を正に蹂躪した後、口は離される。

 俺と憐子さんの間に、細い糸が渡され、そして切れる。


「どうだ? 薬師」

「どうだってなんだ」


 あまりにもいきなりな憐子さんに、俺は呆れ顔を送る。

 そんな俺に対し、憐子さんは実に愉快げに笑った。


「先ほどまで、チョコを食べていたからね。甘かったかい?」


 にやり、と口の端を吊り上げての問い。

 俺は溜息と一緒に、答えを返した。


「味なんぞ分かるか」














「やくしー!」

「おお、春奈か、何だ?」


 そして、今度はうちの呼び鈴が鳴らされ、春奈の登場である。

 バレンタインデーと関係があるのか、ないのか。

 答えはさくっと出た。


「チョコくれなきゃイタズラするぞー!」

「ん!? んん?」


 マジなのか。マジで言ってるのか。

 いつの間に地獄はバレンタインデーの形式が変わったんだ。


「持ってないの?」

「まて、バレンタインデーに男がチョコを用意なんて聞いたことがないぞ」

「じゃあ、イタズラするー」


 聞いちゃいねぇ。


「んーとね、えーっと……」


 俺に対する悪戯を考える春奈。

 いや思いつくものが無いなら無理に悪戯なんてしなくても……。


「スカートめくり!」

「……スカートなんて持ってないぞ」

「おっと奇遇だな薬師、ここに丁度スカートが」

「穿かねーよ!?」


 都合よくミニスカートを持って現れる憐子さんに叫びつつ、春奈を見る。


「春奈さんよ」

「なにー?」

「もっと別な何かを模索するんだ」

「うん? うん」


 そして再び考え込む春奈。


「えっとね。うーん……」


 その後、少しして閃いたように叫ぶ。


「うそを吐く!」

「お、おう」


 嘘を吐かれて俺はどうすればいいんだ。

 反応に困る中、春奈は俺に向けて言った。


「やくし、嫌い!」

「お、おう……」

「うそ!」

「おう……」


 ひたすら反応に困る俺。

 そして、そんな俺になにを思ったのだろうか。


「……うそだよ?」


 不安げに、春奈が俺のスーツを引っ張ってくる。


「分かってるよ」


 言いながら、俺はぽんぽんと春奈を撫でる。

 すると、春奈は俺を見上げて微笑んだ。


「うん、うそ」

「おう」


 そんな満面の笑みに、俺はふと思い出して、居間の戸棚を探る。


「確かこの辺にだな……。あったあった」


 俺が出したのは、棒にチョコが塗ってあるお菓子だ。

 よく、落としてバッキバキになるアレだ。


「……よし、春奈にはこれをやろう」

「え? いーの?」

「ああ」

「やったー」


 大事そうに菓子の箱を持つ春奈。微笑ましい。


「あ、そうだ。わたしからも、やくしにわたす物があったんだった」

「なんだ?」


 そう言って出てきたのは、綺麗な包装が成された箱。


「んっと、わたしと、お母さんから、ちょこれーと」

「なんと」


 よかった、二月十四日にチョコを要求してさもなくば悪戯する行事なんてなかったんだ。


「ありがとな。愛沙にも、よろしく言っといてくれ」

「わかったー、じゃあね!」


 手をぶんぶんと振って去っていく春奈。

 それを俺も手を振り返して見送った。















「よく来ましたね、薬師さん」

「おう、来たぞ閻魔。用ってなんだ」


 メールで呼ばれ、今度は閻魔の家。


「貴方にこれを」


 そして、手には臙脂色の和紙で包装された箱が。


「ああ、本当によかった。二月十四日にチョコを要求してさもなくば悪戯する行事なんてなかったんだ」


 言うと、閻魔が怪訝そうな顔をした。


「なんです? それ」

「色々あったんだよ」

「そうですか」


 深く聞いてこない閻魔。しかし、俺はそんな閻魔の指先が気になった。

 気になってしょうがない。その絆創膏塗れの指が。


「ところで閻魔、その指。まさか」


 言われて、閻魔はばつが悪そうに顔を背けた。


「おい、まさかこのチョコレート……」

「作ってませんよ。悪かったですね」


 しかし、閻魔は何故か不機嫌そうに言い放つ。

 ん?


「いや、でもお前さんの指」

「作ってませんよチョコなんて。お腹壊しちゃいますからね」

「んん? 作ったんじゃねーの?」

「ええ、作りましたよ」


 一体どっちなんだ。

 再び反応に困る俺に、閻魔は言う。


「和紙をね!!」

「和紙を……!?」

「悪かったですねー、手作りチョコじゃなくて。手作りチョコは山ほど貰えるんでしょうからこんな市販品なんて興味ないですよね」

「つまり、包装をどうにかしてみたと」

「……ええ、恥ずかしながら。包装なら、お腹、壊さないでしょう?」

「更につまり、手の傷は包装するときに?」

「……悪かったですね。不器用で」


 ふい、と閻魔はそっぽを向く。

 俺は、そんな閻魔に苦笑した。


「いい和紙だな。捨てずに取っておくさ」


 閻魔の手作り和紙である。

 出すところに出せばきっと、いい値がつくんじゃなかろうか。


「別にいいですよ、気なんて遣わなくて」

「阿呆。こんなダメ閻魔に誰が気なんて遣うか」

「な……」

「これは、俺が個人的に嬉しいからとっとくんだよ。返せつっても返さねーからな」


 言うと、閻魔は頬を紅くし、照れたように口を開く。


「……ずるいですね、相変わらず」

「そうか?」

「全く。大切にしてくださいね」

「おう」


 笑って返し、俺は閻魔の家を後にした。

 というか、和紙なら作れんのかあの閻魔。和紙作りは家事じゃないからか。














 帰って来ると、家には山崎君、体は少女が座敷に正座で待っていた。


「お待ちしておりました、薬師殿」

「……おう?」


 状況が掴めていない俺に、山崎君は立ち上がって、顔をこちらに向けてくる。


「本日は、嬉恥ずかしバレンタイン。かくいう拙者も、作って候チョコレート」

「なんか語感がいいな」

「もうしわけありませぬ。拙者、今、ドキドキにござりまする」


 顔は真っ赤。

 手は小さく震えている。

 流石の俺でもチョコが渡したいのだということは分かる。

 黙って待つ。

 そして。


「受け取って、いただきたく!」


 そして、部屋の襖が開いた――。

 いや待て、なんでチョコ渡すために襖が開くよ。

 疑問の氷解は一瞬だった。

 なにせ、チョコレート色の山崎(体)が群れで現れたからだ。


「前回は、体そのものを渡して喜んでいただけなかったので! 本日は研究の成果、ちょこ十割、ちょこれーとぼでぃ、を!!」

「惜しい! 限りなく正解に近くて遠い!! 体から離れろ」


 どうしてそこでただのチョコにならなかったのか。


「そして怖いわ! 歩いてくんな馬鹿野郎」


 歩くチョコ。

 俺は、泣いてもいいだろうか。

 ああ、一体バレンタインデーってどんな行事だったっけ。



















「……薬師様、今年のバレンタインデーもお茶と胃薬です」

「意外とマジで助かるわ」


 山崎君(チョコレートボディ)三十体は、美味しく頂いた。

 食べ物は粗末にしない主義だからだ。















―――
お久しぶりです。生きています。
更新しようと思ったら繋がらず、繋がった時ちょうど免許試験控えた時期だったりで己の間の悪さに苦笑いしておりました。
お待たせして申し訳ありません。
とりあえず、免許取れました。
更新再開と行きたいと思います。





返信


wamer様

さすが一番最初にIF番外が作られただけのことはあります。
もう未亡人という響きだけで二、三人は落とせる気がしてきました。
しかし、うちはたまにパソコンというかブラウザの設定で上手く繋がらなくなりますね。
でも、また繋がるようになってよかったです。


月様

今年も薬師は薬師です!
というかもう、薬師じゃなくなったらどうなるんでしょうね。
もしかしたら来年も薬師かもしれません。
何はともあれ、今年もよろしくお願いします。


通りすがり六世様

はい、今年もよろしくお願いします。いつになれば終わるのか……、一応最終話付近の構想はあるのですが。
流石に、千年掛けた鈍さは中々治らないようです。
それでもちょっぴりでも治ってる辺り僥倖なんでしょう。
もしかしたら、完治まで更に千年かかるかもしれません。


がお~様

千年掛けて醸成された薬師病。簡単には治らないようです。
特効薬があるとすれば、強引に押し倒せ、ということで。
完治までに何年掛かるかしれたもんじゃないですが、本人に治療の意思が出てきたので芽はあるようです。
薬師病が治るのが先か、それとも焦れて押し倒されるのが先か。


男鹿鰆様

合格、おめでとうございます。課題等、お疲れ様でした。自分も内定し、免許も取れて一安心です。
薬師は極限までいつも通りです。釣った魚を飢えさせます。それでも構わないというのはやはり惚れた弱みなのか。
閻魔は、なんだかんだで今回も出てきちゃいました。AKMの次回の出番は……、いつでしょうね。
最近更新ペースが落ちてきてしまっていて申し訳ないですが、付き合っていただけると幸いです。応援感謝しております。







最後に。

まだ、二月だからセーフですよね?



[31506] 其の四十五 いい子悪い子。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:7a924d37
Date: 2013/03/17 22:16
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




「お父様、お父様っ」

「おう、どうした由美」

「お茶を持ってきました」


 とてとてと、盆に載せたお茶をこぼさないように駆け寄ってくるのは、うちの娘である。

 多分、藍音が淹れて、由美が運んだのだろう。


「おう、ありがとさん。偉いぞ」


 そう言ってお茶を受け取り、俺は由美の頭を撫でる。


「はい……っ」


 嬉しそうに、由美は目を瞑って笑顔を見せる。


「ああ、お前さんはいい子だな」

「そ、そうでしょうか……?」

「ああ。うちの居候とは違う……、うん」


 遠い目になる俺。

 そこに、突如開かれる襖。


「それは聞き捨てならない」

「見ろ、由美、あれが駄目人間の手本だ。ああなっちゃいけない」


 現れた銀子。由美は困ったような顔をする。


「えっと……」

「私にだってお茶くらい運べる」

「自ら、自主的に運んでくることが肝要なんだよ」

「運んで、近くで転んで、ズボンにお茶を掛けて、ご、ごめんなさい、今すぐ拭きますから! そして脱がして、ゲヘヘ」

「……由美、見ちゃいけない」


 教育に悪い。


「きゃっ、お父様?」


 俺は、由美を引き寄せて、目に手を当てて視界をふさぐ。


「心外」

「何が心外だ阿呆」

「こんないい子捕まえて」

「どこがだ」










其の四十五 いい子悪い子。








「じゃあ仕方ない」

「なにが仕方ねーんだ」

「見せ付けるしかないようだ。私のいい子ちゃんぶりを!」

「どうするんだ」

「とりあえず、肩を揉む」

「やってみろ」


 銀子が俺の背後へと回る。

 そして、肩に手を置いて。


「……」

「……」

「どうした」

「もう、揉んでる」

「なに?」


 いや、確かにほんのり押されてる感はある。

 あるのだ。

 しかし。


「私、握力なかった」

「駄目じゃねーか」

「いや、でも、この件に関しては由美も大した差があるとは思えない。きっと、私と精度は変わらないけど娘可愛さに気持ちよかったと言ってるに違いない。私にもそうするべき」

「馬鹿を言うなよ銀子。由美が本気を出したら俺の肩が爆砕するに決まってんだろ」

「なん……、だと」


 俺の言葉に、照れた様にはにかんで微笑む由美。

 照れるところなのかそれは、というツッコミを差し置けば微笑ましいのでよしとする。


「……こうなったら。やっくん」

「なんだ」

「うっふん」


 腰と頭に手を当てて言う銀子。


「……なんだ」

「色香で男子の欲望を解消するいい子」

「明らかに悪いだろ」

「馬鹿な……」

「馬鹿なじゃねーよ」

「こうなったら土下座しかない」

「土下座じゃねーよ」

「同情票を得るしか」


 もういっそ潔い銀子だった。

 そんな銀子を見ながら、苦笑しつつ由美は言う。


「銀子さんも、いい人だと思います、お父様」

「由美、無理しなくてもいいんだぞ」

「えっと、大丈夫です。本当です」

「じゃあ、どの辺りが?」


 銀子が問うと、由美は少し思案して返す。


「銀子さんは、なんだかんだ言って、場を和ませてくれると思います」


 その微笑に、銀子は呟いた。


「やっくん、この子、いい子」

「ああ」


 二人で、由美の頭を撫でる。


「え、あの、あの……?」


 戸惑う由美は可愛い。


「本当に由美はいい子だなぁ……」

「でも、やっくんも人の事言えるほどいい子じゃない」

「なんだと? いや、確かにいい子じゃないけどな。いい人だろ、うん。何せ文無し職無し居候が居るくらいだからな」

「ぬぐぐぐぐぐ、悔しい、でも感じちゃう。でも、やっくんはいい人じゃないと思う」


 言いながら、同意を求めるように銀子は由美を見た。

 水を向けられた由美は、驚いた顔をして声を上げる。


「ふぇ? 私、ですか?」

「うん」

「お父様は……、いい人だと思います」


 その言葉に、俺は勝ち誇る。


「ほらな、どうだ銀子この野郎」

「でも、悪い男の人、です」

「……なん、だと」

「ざまぁ」


 くそ、割と立ち直れないぞ。いい人だけど悪い男の人って何だ。


「でも、納得。やっくん、いい人。でも、私女だけど男しては最低だと思うの」


 く、俺のどこが男として最低だというんだ。

 ……女二人、いや、もしかしたら三人に好かれていながら答えは保留中。

 割と最低だ、俺って。


「もう、土下座しかないな」

「え、え、あの……!」

「いや、もう土下座しかない」

「だ、大丈夫だと思います。お父様は、いい人ですから」

「許してくれるのか」

「は、はい」

「いい子だ」

「いい子」


 再び、二人で頭を撫でる。


「え、は、はい……」


 戸惑う由美がやはり可愛い。

 しかし、そんな中。


「あ、あの」

「どうした?」


 何か言いたそうな由美に、俺は視線を向ける。

 由美は、おずおずと言った。


「お父様は、私が悪い子でも、側に置いてくれますか……?」

「悪い子? そりゃどんな感じの」

「えっと……、なんでしょう」


 考えていなかったのか、思案を始める由美。

 そして、悩みながら、由美の思う悪い子とやらを口にした。


「えっと、早起き、しなかったり。夜更かし、したり、わがまま、言ったりとか……」

「いい子」


 銀子の呟きも最もである。


「そんな子になっちゃっても、ここにいて、いいですか?」


 いや、もうなんつーか、こう……。


「由美」

「はい」

「何がどうなろうとお前さんは俺の娘だよ」


 もう親馬鹿でいいや。


「そもそも親父がこんなんだしな。許す。ただし、殺しとか犯罪とかは勘弁な。ああ、でも安心しろ。んなことになったら、張っ倒しでも引き戻すからな」

「はい……!」

















 寝息が聞こえる。

 お父様が、寝ている。

 寝ているお父様は、いつも無防備だ。


「お父様……」


 お父様はいつもいい子だと誉めてくれる。

 それが嬉しくて、いい子でいたいと思う。

 だから今も、毛布を掛ける。

 目を覚ましたときにありがとうと言われるために。頭を撫でてもらうために。


「おとうさま」


 でも、本当は。

 私は、お父様の頬を撫でる。

 本当は、私は悪い子です、お父様。


「好きです、お父様」


 私の気持ちは、きっとお父様が困ってしまうものだ。

 お父様が知れば、困ったように笑って、気にするなと言ってくれると思う。だけど、お父様は困ってしまう。

 望まれない思いを抱える、お父様を困らせてしまう気持ちを持ってる私は悪い子です。


「お父様……、んっ」


 私は悪い子です。

 寝ているお父様に、キスしてしまうような、悪い子です。

 そんな悪い子な私でも、お父様はお傍においてくれますか?












―――
由美はいい子です。いい子で、正直にアタックしたら薬師が困るのを知ってるから遠慮しちゃういい子なんです。


二月の終わりから、就職先に四月までのアルバイトとして叩き込まれました。慣れない労働時間十時間で割りと死にそうです。
という感じでしたがちょっとずつ慣れてきて、帰ってきてもなんとか気力を保ってられるようになりました。







返信は割と眠いので後日させてください。



最後に。

薬師の方が数段悪いと思います。変態的に考えて。


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