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[31529] 異世界ミリオタ記(異世界転生和風ファンタジー)
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/11 21:35

この作品は小説家になろうでも慶蘇静明と言うPNで掲載しております。

SAIKYOです。

ハーレム物になる可能性も無きにしもあらずです。


チラシの裏で掲載しているワンピースの二次創作については、
現在原作のほうで今後の流れに関わる重大な設定が後だしにされてしまったので、様子見です。
なので、オリジナルで頑張ってみる事にしました。
あっちはしばらく更新はないので、ご容赦ください。


あと、感想をいただけると作者は泣いて喜びます。
できたら色々と書いて頂けると嬉しいです。
励みになります。



[31529] 日原(ひのはら)国編 一話 影から生まれし者
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/11 21:04













────真昼、背に身の丈ほどもある不恰好なボウガンを背負い、森の中を進む子供の姿があった。

身の丈は低く、6歳ほどだろうか。しかし、その体躯は年齢に反してそうと解るほどに鍛えこまれている。

未だ丸みを帯びた体ではあるが、太い手足と肩幅の広い骨格は大型の肉食獣の仔を思い起こさせた。

土と草を刷り込まれたボロボロの布を頭から被り、小枝や枯葉の散乱する森の中に置いても出来るだけ音を立てずに進む。


頭から被って首元を紐で縛り、フードのようになった黒ずんだ布は少年の姿を良く森の中に紛れさせる。

そして刷り込んだ草と泥の匂いが人間の匂いを殺す。

言わば急造のギリースーツのようなものだ。


「目標地点に到達。この辺りでいいか・・・・。」


またそう呟く小声には、6歳児らしからぬ確かな理性の煌きが宿っていた。

ペタペタと幼い手で触りながら木々を確認してゆく。目的に即した条件を持つ木を探しているようだ。

そして森に入ってすぐ適当な高木を見つけたようだ。


「・・・この木がいいか。」


目当ての形をした木の付近で子供は中腰でボウガンを構え、且つ機敏な動作で前後左右上空を確認する。

体ごと動き、いつでも照準を合わせて引き金を引けるようによく訓練された動きだ。


「・・・クリア!」


子供は周囲を確認し、敵性体が見つからない事を確認し終えた。

ゆっくりとボウガンを再び背負いなおすと、子供は深く息を吐く。

高低差の無い地上で仔鬼族の敵影が見えたなら、即座に踵を返し村へ帰還する腹積もりであったがその心配はなさそうである。

村までの距離も近い事を確認すると子供は小さな四肢を限界まで使い、するすると木を登って行く。

程なくして子供は樹高3メートルほどの位置に辿りついた。


「よし、これより作戦行動に移る。」


村から離れすぎぬよう、されど比較的大物を狙うために程ほどに深く。

ある程度の距離を保ちつつ背には常に村の結界を置き、高木に登り獲物を探す。

幼児の体で狩をするために彼が考え抜いた基本戦略だ。

実践するのはこれで四度目だが、ここまでは上手く出来た。問題は此処からである。


子供は木に登り終えると太い木の枝の上に陣取る。

そして背負った不恰好なボウガンを外すと、上手い具合に突き出た太い枝にボウガンのバレルを乗せた。

枝をフォアエンドに見立てた狙撃の姿勢だ。

いくら鍛えられているとは言え、子供の力で大きなボウガンを支えたのではブレが出る。それ故の構えだ。


太い木の枝の上でバランスを取り、膝立ちになった子供は前にあるもう一本の枝に合わせて体を動かしながら敵を探した。

この辛い体勢では、狙撃の可能な範囲角度は精々110度くらいだろうが、その範囲に獲物が見つかりさえすればいいのだ。

息を殺しながら、慎重にあたりを見回す。

幸いな事に今は昼間でこの森は比較的明るい。昼行性の動物はこの位置からなら良く見える。

じっと待つ。

これまで3回ほど同一の作戦を実行してきたが、未だ目当ての獲物は表れなかった。

兎やキジ程度なら、ボウガンでなくとも捕らえる事が出来る。

それをわざわざ強力なボウガンを作って敵影を探すには訳がある。


・・・・。

それから、三刻半の時間が過ぎた頃だろうか・・・4度目の今日にして遂に目当ての獲物を発見する事が出来た。

ガサガサと無警戒に動く仔鬼が、視界の中に一匹現れる。

太陽が傾いてきたため、夕暮れを警戒し拠点へ帰還することを考え始めていた子供は、逸る鼓動を抑えつつも前方に目を凝らした。


「・・・12時の方角、仔鬼の成体を一体確認。」


急にバクバクと緊張に早鐘を打つ心臓をなんとか鎮めて、真北凡そ80M程の地点でマヌケにもどんぐり拾いなどしている仔鬼をみやる。

醜い犬のつぶれたような顔に、貧相な体つき。人間の子供くらいの身長のバケモノだ。

かなり距離はある。姿もあまり大きくは見えない。

だが姿を隠す気もなく、こちらに気付いていない。そしてなにより、"一匹"・・・・だ。

理想的な獲物である。


狙いは頭部だ。距離もありスコープも無い。手作りのボウガンは精度もそこまで良くは無い。

だが、一撃で倒せるか倒せないか。その一点が明暗を分ける。

外せば相手は気付くだろう。矢は一発しかもって来ていないし、子供の力ではボウガンを短時間で再装填できない。

逃げずに向かってくる可能性もある。

村までたどり着く前に追いつかれれば、死もあり得る。

だが威力は十分。当たりさえすれば70メートルの距離でも頭を十分にかち割れる。


賭けになる。殺すか、殺されるか。生存戦争である。

じっとりと汗ばむ手。カタカタと震える手が照準を狂わした。


ドクドクと流れる血潮が全身を巡る。

世界には、己と獲物しか居なくなる錯覚。70メートルを隔てる距離が薄皮一枚に変わる幻。

薄暗くなりつつある森の中、極限に研ぎすまされて行く魂で、子供はゆっくりと引き金を引いた。


ビュンッッ!!


風を切って仔鬼の元へ矢が急いだ。続いてドスっと鈍い音が響く。

だが刺さった対象が仔鬼か地面かまではわからない。

子供は草と泥で汚したボロ布ごと身を乗り出し、状況を確認しようとする。


「・・・・・・やったか!?」


だが遂にいよいよ薄暗くなってきた森の中で、ドサリと前のめりに倒れるヒトガタが何とか見えた。

体の何処に当たったかまでは良く見えないが、即死のようだ。ぴくりとも動かなくなった。

それを眺めると、何か熱いものが胸をよぎる。

ついで、達成感だけではない圧倒的な充足感が子供の体を満たしていった。


「これは・・・おお、遂にか・・・きたきたきた・・・・!!」


待ち望んだ出来事に、小声で子供は感嘆を漏らす。

体に活力が満ち、肉体が進化を始める。




あなたの レベル が上がりました。

ステータスを 更新します。


名前:葛原秋一(6歳)
称号:見習い狩人
職業:----
Lv :15(12→15)

HP :132/181(157→181)
MP :20/32 (20→32)

力 :64   (50→64)
速度:35   (16→35)
反射:39   (30→39)
抵抗:33   (15→33)
知能:119   (119→119)

ボーナスポイント 18

【パッシブスキル】
・兵士の心得(偽)  Lv11
・環境適応能力    Lv6
・悪食        Lv5
・学士        Lv9
・狩人の心得      Lv5

【アクティブスキル】
・狙撃      Lv15
・槍術        Lv14
・槌術    Lv14
・陰行        Lv10
・投擲        Lv19

【魔法】
・----




頭の中にメッセージが流れ、集中するとゲームのようなステータス表示画面が脳裏に浮かんだ。

レベルがいきなり3つも上がったのは、かなり各上の相手を倒したからだろう。


(・・・・いきなりレベル3も上がったか!!元が低かったとは言えこれは予想以上に美味い!!)


子供は口をにんまりと吊り上げると、いよいよ夕方に差し掛かった森から撤退を開始する。

たかが仔鬼一匹。されど仔鬼一匹だ。この年であれを仕留められる人間がどれほどいるか。


「・・・・・任務達成。これより帰投する。」


にやけた口元を何とか噛み殺すと、子供はするりと木から降りると一目散に村の門へと急いだ。

夜になればあのマヌケな仔鬼族等比べものにならないおそろしい獣が森をうろつく。

今の自分のレベルではそれらの恐ろしい獣には太刀打ちできない事を子供は十分承知していた。

だが差し当たり結界の中に入りさえすれば安全だ。

姿勢を低くし、枝葉を踏み抜きながら子供は走り続けた。


*


森を抜けると草原のど真ん中に村の門がある。

結界は巨大で、ここの辺りの村や町を丸ごと覆う結界は大体直径10km程はあるらしい。

形状は基本的に真円で、最外円の円周上に幾つかの門が設けられている。

基本的にこの門が出入り口だ。

ゴツイ鳥居のような門で、入り口には大量のお札が貼られている。

いかなる効果によるものかよほど強い魔物でもなければ人間以外はこの門をくぐる事は出来ないらしい。

そしてこの巨大な結界の中に村・町・畑・城、そして草原や山や森さえも。人間の営みに必要な全てが収められているのだ。

この世界に置いては、これが常識なのである。


俺は結界内の草原を超えあぜ道を行きながら、ついにゴブリン・・・みたいなものを倒した感慨に浸っていた。

もう二年、だがまだたった二年だ。

あの日からここまで来るのは中々骨が折れた。


・・・ある日目を覚ますと、俺はは己が一介の幼児となっている事実を発見した。

始めは周りの物全てが巨大になったのだと錯覚。

ついで己が極端に小さくなっている事を理解した。

されど、見渡す限り木で出来た古めかしい家屋に見覚えは無い。

己が幼児になった事実はあれども、このようにまったく見覚えもなければ探しても見つからんような場所に居る理由にはならないだろう。


あの時ばかりは本気で途方にくれたものだ。気でも違えたかと思った。

今でこそ一人前に地に足つけて行動することが出来るようになったが、二年前は家族に随分迷惑をかけたものだった。


「ただいま。帰ってきたよ父さん、母さん。それと姉さん。」

「今日も遅かったな。また、草原で狩りをしていたのか?程ほどにして置けよお前はまだ小さいんだから。」

「お帰りなさい秋一。あんまり危ないことはしないでね。」


父と母、それと義理の姉。この三人に、まだ一歳の妹が一人。

彼らがこの世界での俺の家族だ。みな良い人間である。


「うん。危ない事はしないよ。出来る事だけ。」


・・・・俺には前世と言うものがある。と言ったら誰か信じてくれる者は居るだろうか?

今は意図して幼い口調にしているが、実はこの六歳児の頭の中身は二十歳相当だと言って笑わない人間は居るだろうか?


だが聞いて欲しい。俺はかつて前世では日本と言う国で大学生をしていた人間だ。

頭がおかしくなった訳でも、夢を見ているわけでもないと思う。

厳然たる事実として俺は死後この世界にやってきたのだ。幼児の姿で。


唯一救いとなったは、俺は突如この世界に来てこの幼児の体を乗っ取ったわけではなくキチンと母の胎から生まれていたらしい事か。

落ち着いて思い出してみれば俺は突然この世界に来たんじゃなくて、実際には4歳までこの世界で暮らした記憶を持っていたのだ。

だからこそ、今では彼らをなんの気負いもなく家族と呼ぶ事が出来る。

突然前世の知識や常識が蘇ったせいで混乱したが、この世界の四年間の記憶のおかげで割りと順応出来ているのだった。

この世界での俺の名前は、姓を葛原。名を秋一と言う。


「今日はキジが一匹獲れたよ。それと兎も一羽。」


そう言ってぐったりと動かない兎とキジを掲げてみせる。

あれから、俺は帰りの道すがら見かけた獲物を適当に捕まえて置いた。

レベルが一気に上がったおかげで、前なら一日かけてなんとか捕らえられたような相手が簡単に獲れるようになったらめだ。

勿論道具の力あってこそだが、この力はすごい。

Lv15と言えば、大体村の一般的な12歳程度のレベルだ。

齢6にして12歳並の身体能力が発揮できるようになると、長い梃子で無理に引いていたボウガンの弦が簡単に引けるようになった。

もう少しレベルが上がれば、道具を使わなくても引けるようになるかもしれない。

もしかすると、ボウガンでは無くただの弓でも十分な殺傷能力を得られる可能性もある。


とは言え、ゴブリンのような姿をした仔鬼族の死体には、一応今回は近寄らないようにしておいた。

血の匂いを嗅ぎ取った仲間が居るかもしれないし、別に食べたりするわけでも無いからだ。


基本的に人はサルは食わない。ならば類似するヒトガタの生物を食するのも抵抗があるのは当然の事だ。

となるとLvUpのためだけに殺したと言う若干罪悪感の残る結果となり兼ねないが、どの道やつらにはよく村の人が襲われるのだ。

積極的に殺して間引く事に躊躇う事は無かった。必要な事である。

惜しいと言えば奴等の身に着けている道具が惜しいといったくらいのものか。


「また獲ってきたのか、凄いなお前は。父さんがお前くらいの頃はそんなこと出きなかったぞ。」

「あらあら、最近はすっかりお肉を食べるのも普通になってしまったわね。腕によりをかけてお料理するから、ちょっとまっていらっしゃい。」


そう言って父さんは俺の頭をガシガシと撫で、母さんは兎とキジを捌きに行った。

これまで純粋な6歳児の力で兎だのキジだのを捕獲できたのは、ひとえに現代で培った知識の賜物と言える。


俺は現代の世界ではかつて大学2年生のミリオタであった。

成績は低迷していたが雑学は要らんほど頭に入ったし、趣味のサバゲーはそこそこの強さ。

それだけは俺の胸をはって言える特技と言えた。


もちろんそんなものに基本的に価値がつく事など無いが、この世界に来てからはその雑学に助けられる事がとても多いことに驚く。

そしてその雑学の中には、ある漫画で紹介されていたボーラという二つの石を紐で結んだ道具があり、俺はそれを使って狩りをしていたのだ。

紐を編んで中の石が出ないようにするのに手間取ったが、出来てしまえば非常に優秀な狩り具だ。


「何が食べたい?シュウちゃん。」

「きのこ鍋がいいな。まだ昨日父さんが取ってきたなめこと椎茸が残ってるでしょ。」

「ええ、たくさん取ってきてくれましたからね。それじゃあ、きのこ鍋にしましょうか。」


そう行って母さんはキジの首を落として土間に吊り下げたあと、兎の皮を剥ぎ取り始めた。

これまで20匹以上獲ってきているので、もう皮を剥ぐのも慣れたものだ。

ボーラで足を絡め取った後、棍棒で殴って殺しているので傷が少ないいい毛皮になる。


「・・・・シュウちゃんは凄いね。私はまだ兎には追いつけないよ。どうやって捕まえるの?」


両親がそれぞれ料理に縄ないにと、それぞれの仕事にもどると市(イチ)姉さんが話しかけてきた。

黒髪も艶やかなかなりの美少女で、将来を待つまでも無くそこらの武士にでも求婚されそうな勢いの美人である。


市姉さんは俺の三歳年上の姉ポジションの人で、さる筋からの預かり子らしい。レベルは20。

まだ成長期でない内は純粋な成長によっては中々レベルが上がらないらしいが、この姉は規格外である。

一般的にレベル20相当といえば15歳相当くらいなのだが、姉さんはまだ9歳だ。

兎に"まだ追いつけない"等と言っているのあたり、すぐに追いつけそうな感触はあるらしい。

末恐ろしい。


「石を投げて捕まえるよ。それで弱った所を棒で殴る。」


・・・嘘は言ってない。

ただボーラの存在をぼかしているだけだ。その内村の皆に広げようとは思っているが、今はまだ秘密にしておくべきだろう。

切れるカードは多いほうがいい。


「へー、でも石ってそんな簡単に当てられる?」

「練習すれば出来るよ。一杯投げればだんだんこつが解ってくる。」


かつて何度も何度もボーラを投げているうち、コツが掴めて来た所でアクティブスキルとやらを習得する事が出来た。

手に血豆が出来るほど投げた結果だが、「スキル:投擲」を取得する前と後では技術の習熟の早さが段違いだった。

故にこれも間違いではない。


「うーん、私もやろうかな。」

「・・・・止めといたほうがいいと思うけどな。姉さんどんくさいし。」

「なんですって~?そういう事をいうお口はこうしちゃうわよ!」

「いふぁふぁ、いふぁいよ。」


ぐいぐいと頬を引っ張る市姉さん。

こういうコミュニケーションは前世で一人っ子だった自分には中々新鮮な経験である。


「できたわよ~。市ちゃん、シュウちゃん。ご飯よ。」

「あ、いい匂い。」

「美味そうだな、これは。」

「ふぉうでもひいけど、ふぉおがふぉとにふぉどらないひょ(どうでもいいけど、頬がもとにもどらないよ)。」


姉さんはきのこ汁の匂いがすると、俺の頬からぱっと手を離して囲炉裏の周りにいそいそと座った。

俺もそれに続く。

家主である父さんが最初にご飯をよそられ、一応長兄である俺が次。

社会的な立場はおそらく上であろうが、一応女性で子供の立場である市姉さんが最後になる。

結界の端に住む一農家に過ぎない家でも、割と厳格な教育が行われている事にはすこし驚いたものだ。

こういう所は前世ではまったくとは言わないが習っていなかった事なので、本気で子供並の行動をよくしてしまう。


「それじゃ、頂きます。」

「「「頂きます。」」」


父が最初に手をつけてから、皆碗によそられたきのこ汁を啜る。

きのこ汁とホカホカの玄米飯が実に美味い。狩りとトレーニングで腹をすかせていた俺は、とにかくそれらを腹に掻き込んだ。

だが単に食い意地が張っているだけではない。これも頑丈な肉体を作るための、一つの修行だ。

いくら食べたってたかが6歳児の食べる量などしれているが、それでも俺は限界以上に食べる。

食うに困らないだけの稼ぎがあるのはありがたい。

富んでいるとまでは言えないまでも、村の中でもそこそこの稼ぎがあるので遠慮なく食うことが出来る。


「ガツガツガツ。」

「・・・・秋一はいつも良く食うなぁ。大きくなるぞ、お前は。」


父さんが呆れ混じりに頭をなぜる。

基本的に、この時期によく食べよく動きよく休む事が後々の体格を決定する要因になる。

俺が積極的に狩りに出るのも、レベルアップのためでもありタンパク質確保のためでもあった。

幼児の体に大人の意識と、現代のスポーツ科学が宿るが故の反則である。


「お行儀悪いよ、シュウ。」

「むぐむぐ・・・・姉さんが良すぎるんだよ。あと箸の持ち方間違ってる。」

「えっ、嘘。」

「うん、嘘。」


喋りながら食べるのも大概行儀が悪いらしいが、まぁ所詮ウチは一農家に過ぎないのでこんなものであった。

それに無言で汁を啜るよりも皆で和気藹々と食べたほうが飯が美味い。


「こら、シュウ。・・・もうっ!」


姉さんはからかいやすくて困る。

大人気ないと思いつつも、可愛らしくむくれる顔が見たくてついつい突付き回してしまうのだ。

行儀を注意した手前食事中に手を出す事の出来ない姉さんはむすっとしながら箸を進めた。

それを一才になる妹に、消化の良い良く溶いた粥を与えている両親が微笑ましげに見ている。

それに気付いた市姉さんは余計に顔を赤くしながら箸を早く動かした。


日常の一風景である。


今日も何事もなく一日が終わろうとしている。

俺の始めての魔物狩りの成功と言うイベントも、気付けば日常に埋没して明日が来る。

俺は右も左もわからぬ異世界で生き抜くために、今日も頭を捻るのであった。




つづく。



[31529] 日原(ひのはら)国編 二話 世界
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/11 21:07









早朝、俺は朝ごはんをたらふく掻き込むと、市姉さんといっしょに家をでた。

俺は村の郊外へ。

市姉さんは朝早くから結界の真ん中付近にある町に向かう。

ここから歩いて3kmくらいあるが、馬車が毎日迎えに来る。

そこで市姉さんは朝から夕方まで稽古に励むのである。


姉さんの出自や家の都合に関しては、親が話してくれないのでかなり謎に包まれている。

だが美貌といい才能といい。多分何処かの武家の娘だ。

時々偉そうな人が来て、様子を聞いたり稽古をつけたりしているのでモロバレである。

あげく毎朝毎晩馬車での送迎など隠す気はあるのか無いのか・・・。

ま、いろいろと事情はがあるのだろう。俺の知る所ではないが。


「よっと。・・・・始めるか。」


先日大幅なレベルアップを果たしたばかりなので、体が軽い。

俺は何時ものように、村の外れに来きて腕立てや腹筋・背筋に走りこみに素振り等の基礎的なトレーニングで体力を養う。

姉さんは道場で鍛えているようだが、俺は人気の無い結界内の広場でこうして体を鍛えている。

これも4歳の頃から続けているおかげで大分筋肉質な体になってきていた。


ちなみに子供の内から筋肉を付けすぎると身長が伸びなくなるというが、あれは迷信だ。

確かにまぁボディービルダーみたいな筋肉をつけようとしたら伸び悩む事もあろうが、

実際には子供に過度なトレーニングを課すと体を壊しやすいというだけの話である。

子供の体は柔らかいので、同じ部分に機械的な負担を受け続けると発育不良を起こしたり、骨格が歪んだりするのだ。

だが適切なコーチングが可能ならば、むしろガンガン筋肉は付けた方がいい。

骨の成長は適度な運動と豊富な栄養さえあれば、発達した筋肉に阻害されるという事はまず無い。

それだけやってどこまで身長が伸びるかは、最早遺伝子の問題だろう。


基礎トレーニングを終えると今度は身の丈ほどの棒を持って、それを銃剣を装備したライフルに見立てて素振りを続ける。

前世でミリオタだった俺は、銃を扱う心得として高校の頃から4年間銃剣道を学んでいた。

それを忘れないため、またより習熟するための訓練だ。

それにしても、いつも使っていた棒が軽い。

あれから俺はレベルアップのおかげか普段の5倍以上のノルマをこなせるようになっていた。

レベル15でこれならレベル25(平均18歳相当)に到達できたなら、接近戦も視野に入れても良いかもしれない。


俺はそうやって汗をかくと、井戸までもどって水を飲んでから、そろそろ結界の外へ向かう事にした。

農具小屋の近くに隠してあるボウガンとボーラを装備する。

レベルが上がったとは言え、所詮は一般的な12歳相当の力しかないためまだ接近戦は出来ない。

そのため近接戦闘用装備は切捨て相変わらずボロの小刀一本だけ。これとて、まあ気休めに過ぎないが無いよりは良い。

これで相手を怯ませて逃げる手助けになれば御の字である。

だがかつてと大きく変わったところは、一々何十分もかけてボウガンを梃子で引かなくても、器具さえあれば数十秒で矢を番えられる事だろうか。

そのため今日は何時も一本だけ持っていっていた矢も、不恰好なこれまた手作りの矢筒に20本放り込んで行く事にした。

上手くすれば仔鬼一匹と言わず何匹かくらい狩る事も可能かもしれない。


・・・いや、欲を掻くと碌な事は無い。今日も一匹に留めるべきか。

余計の矢は、不測の事態に備えての物としておこう。

最初の作戦目標を徹底する事は、兵士の基本である。

不測の事態には臨機応変に対応すれば良いが、戦果を求めすぎれば手痛い失敗を期す事になるだろう。

俺は自分を戒めた。


「相変わらず、でかい結界だ。」


しばらく行くと畑と村を守る見えない結界の境界線がある。

畑を超え草原の真ん中の境界線にぽつんと立つ門をくぐると、静かな草むらと森が見えた。

傍目には草原に道が延びてその途中に巨大な木の門が一つあるようにしか見えないが、ここには確かに結界が存在するのだ。

俺はその神聖な雰囲気のある古びた門を潜った。


基本的にこの、『門をくぐる』と言う行為に意味は無い。人間なら何処からでも結界を越えることが出来るからだ。

ただ問題は"結界は普通の人間の目に見えない"と言う事であり、

この門の役目は『此処から先は結界の中ですよ』とこの付近を通る人間に告知するためのものなのだ。

これがあるから、行商人や旅人は結界の中では気を緩める事が出来るのである。


しかし、相変わらず北側のこの門は人気が少ない・・・・と言うか人が居ない。

新しい街道が出来て云十年と言うから、それも仕方ない事ではあるがだが。

まあ自分も人気が無いからこそこの門を使っているので文句を言うのもお門違いか。


「よし、いくぞ。」


俺は常に帰還を意識し、門の位置を確認してからボウガンを背負い、森の中へ進入していく。

今日は待ち伏せではなく、積極的に動いて仔鬼族かその他の獲物を探す予定だ。


従来の作戦を変更したのは逃げ足が速くなったため、もう少し森に深く入っても問題なかろうと判断したためだ。

家族の皆には草むら・・・と言うか結界内部の小さな草原部分で狩りをしていると言ってあるが、

実際には結界の外に出ている上危険といわれる森にもしばしば侵入している。

その事実をしったら家族がどんな顔をするか、楽しみなようであり怖くもあった・・・。


*



秋一に背負われた、大人にとってすら少々手に余る大きさのボウガン。

それは弓の部分は良くしなる複数の枝を荒縄でぐるぐる巻きにして作られている。

発射機構は金属が貴重なので縄と木材で割り箸鉄砲のような構造。

また全体に使用されている荒縄は千切れては不味いので、藁を細く編んだものを三つ編みにした特別製である。

そして最も重要な弦に関しては、こっそり母の髪の抜け毛を集めて編みこんだ物を使っている。


使用している矢は先端を火で炙って炭化させて、命中率を上げるために矢の後ろに羽も三枚取り付けてあるものだ。

総じて、幼児の仕事とは言え中々の物ができたと言えるだろう。


工作機械がボロボロの短刀一本であるのでガタガタの断面が目立つが、何発か試射を行ったところ命中率も威力も問題なかった。

先日は70メートルのスナイプにも成功したことだし、そこそこの性能を持つといっていいのではなかろうか。

無論、所詮は寄せ集めの材料なのでだんだん全体がミシミシ言っている。

近いうちに修理か作り直しが必要だろうが、材料費だけはかからないのが救いでもある。


「・・・・そろそろ小弓の扱いも考えたほうがいいかな?」


力が強くなれば、連射力で勝る弓のほうが単独行動には適しているかもしれない。

そんな事を考えながらも、集中しながら移動し続ける。

手作りの拙いギリースーツを被り、【スキル:陰行】を発動させつつ森をうろついた。


・・・・【スキル】とは、この世界における法則の一つだ。

それは一度スキルと呼ばれるものを習得すると特定の行動に対する技術がどんどん成長するようになる現象の事を指す。


そして「スキルを発動させる」とは、その特定の行動を行うためのこの世界での慣用表現だ。

実際にはただ習得した技術でもってその行動を行うと言うだけの話だが、

スキルと言うものが生活と密接に関わっているこの世界ではそれ専用の慣用表現も存在するのである。


まるでゲームの様だが、この世界は紛れも無いリアルだ。

"もしも全てが夢であったら"などと下らない事を考えるヒマも無い程度には生きるのに忙しい。


「・・・・よし、目標を発見。」


しばらく動き回ると、少し開けた小川に何匹かの鹿が水を飲みに来ているのを発見する。

鹿は多分魔物では無いが、元々この世界の魔物と通常の生物の区別は怪しいものだ。

単にレベルが上がった生物を「魔物」と呼んでいるに過ぎない面がある。


しかしレベルは特定のスキルを持っていないと特定できないが、俺はとり合えずその鹿は普通っぽかったので狩って見る事にした。

鹿は単純に大きいし強いので、経験値の実入りも大きいはずだ。

少なくとも雑魚の兎やキジよりは多いだろう・・・アレはドラクエで言う所のスライムポジションである。

レベルを一つ上げるのにかなり苦労したものだ。


だが鹿と仔鬼族とがどちらが上かははっきりとは解りかねるのも確か。

父に教わった限りでは知能で優れる仔鬼の方が経験値は高かった筈だが、父は極一般の農夫らしく仔鬼族など狩った事は無い。

一般常識らしいが、実際に経験して見なければ解らない事もある。


・・・・。

ボロ布に泥と草を擦りつけただけの簡素なギリースーツからボウガンを抜くと、秋一はその場に伏せた。

ボウガンの台尻を肩に当て、狙撃の姿勢を再びとる。・・・結局狩る事にしたらしい。

そうして匍匐前進しながら徐々に距離を詰めていく。

幸い今は此方が風下。匂いでばれる心配は少ない。

サバゲーで鍛えた胴の入った匍匐前進で鹿に近づく。


(息を殺せ、気取られるな・・・・。)


じりじりと距離を詰め、美しい鹿の姿を常に視界に納める。

頭上から注意して見れば、地面と同化した茶色と緑の塊が蠢いて見えただろう。

しかし、そうと知っていなければ見逃してしまうほど上手く森に隠れている。


(此処が限界か・・・・。)


これ以上近づけば、気取られるだろうと言う位置で秋一は前進を止める。

音を立てぬように、そっと肘を立て狙撃の姿勢をとると、片目を閉じて前方を見据えた。

距離は凡そ10メートルほど。以前の70メートルが長すぎたのだが、10メートルでも十分普通の人間には確実に狙い打つ事は難しい。

だが、【スキル:狙撃】を持っているならまた話は別だ。

確実に心臓か頭を潰さなくてはならないが、レベル15もあるなら十分である。


(それでも、この緊張は無くならないな・・・・。)


仔鬼族に続いて二頭目の大型生物相手の狩りだ。緊張も当たり前と言える。

相手は草食動物で子持ちでも無いため、一撃受ければ死なずとも逃げるだろう。

おそらくしくじっても、こちらに向かってくる事は無い。


弱い風が、汗ばむ頬を撫ぜる。地の上をガサガサと這い回るムカデや蜘蛛が気持ち悪い。

戦場でじっと敵を待つ兵士は、常にこの不快感とも闘わなくてはならない。


(風向きが変われば、逃げられる。)


前回と違い、自分の命がかかっている訳では無いことが気を楽にする。

震える体を何とか黙らせると、秋一はゆっくりと引き金に指をかけた。


(────撃つ!!)


ビュオッッ!!!

風を切り、ボウガンから矢が放たれた。

ドスッ!


「ヒ、ヒィィィィイン!!?」


前足の付け根に突き立った矢に、鹿は馬のような悲鳴を上げた。

全身で戸惑いを表現するかのように、右へ左へ鹿の巨躯が揺れる。


(・・・これは、これは殺った!心臓に突き立った筈・・・・!!)


手に汗握りながら、立ち上がり獲物を見据える。

念のためもう一本矢をボウガンに番えながら秋一は鹿を見守った。

だが足を畳み、ドサリとその場に座り込むもまだ鹿は息絶えていない。

此方の位置に気付いたらしく、此方を大きな目でじっと見据えている。


「なんという生命力だ・・・・なら、もう一発撃つまで。止めだ!」


その視線に気圧されながら、もう一度秋一は引き金を引いた。

一直線に動きが鈍った頭部に矢が迫る。鹿は、こちらをつぶらな眼でじっと見ながら、額に矢を受けて死に絶えた。

直後、再びあの充足感が満ちる。───レベルアップである。


「・・・・・・・ふ、ふはは。やった、俺でも殺れる。闘えるぞっ!。」


ステータスを脳裏で確認すると、今度は一気に3上がってレベル18になっていた。

レベル18と言えば大体13~14歳相当の身体能力を得られたはず。

6歳の体では体重が軽いので格闘戦はできまいが、弓は引けるようになったと言える。

【スキル:投擲】で物を投げてもいい。

これからは戦術の幅がぐっと広がるだろう。


だが勝利の余韻に浸っているうち、秋一は重要な事を思い出した。


「・・・・あれ、これ、どうやって持って帰ればいいんだ?」


緊張のせいか、レベルアップ込みでも鹿一頭を持ち運べるだけの力は無い事を忘れていた秋一であった。

まだまだ、平静を保っているようで冷静さが足りない。

いくら頭の中身が大学生並だとしても、平和な世でのほほんと暮らしてきた身である。

かつてはミリオタであり、軍事の知識や擬似的な経験があるとは言え、限度があったと言えた。




*



あれから、鹿はとても全身は持ち帰れないため足を一本だけ貰いその場を後にした。

森の命を頂いている身でとても申し訳ない事をしたと思うが、仕方が無かった。

血の匂いに引かれて別の危険な生物が寄って来る事が考えられたし、

足一本の重量でも機動力が相当落ちそうだったため出切るだけ急いで帰ることにしたのだ。

殆どを無駄にする事になってしまった鹿の命には、せめて他の動物に食べられる事で森に帰ってくれるよう手を合わせた。


ただし血の匂いと言う点では、秋一が背負っている鹿肉も同じである。

その事に思い至らなかったわけではなかったが、ここまで上手く行き過ぎた分の楽観が彼を無謀な行動に走らせた。


何のためにわざわざ結界が張ってあるのか。

彼は危険を押して仔鬼族を狙い、結界の外で狩りをしていた理由を自分で忘れてしまっていたのだ。

効率のいいレベルアップが目的なのだから、レベルが上がったのならそれで帰ればよかった。

それが無為に命を殺した罪悪感のようなものに、無意味に流されるからこんな事になる。

そしてそのツケとして、案の定秋一は結界の内に帰る途中に仔鬼族二体と出くわしてしまったのだった。

醜い顔をした1m40cm程の小さな影が、二つ。腰にはナイフ、手には槍を持っている。


───その瞬間、逃げると言う選択をしなかったのは気が動転していたからか、それとも無意識に逃げ切れないと悟っていたためか。

それはまさに一瞬の事だった。


切り刻まれた一秒の中、限りなくスローな視界とは裏腹に光速で思考は巡る。

身体能力は互角。されど体格の点で六歳の自分は仔鬼族にすら劣る。

牙も顎も相手のほうが上。組み付かれたらそこで勝負は決まる。

どちらかを残せばもう一匹が組み付いてくる。近づけさせてはいけない。

ならば───二匹とも一度に、遠距離から仕留めるしかない。


行動の指針が決まった瞬間、秋一とっさに腰に備え付けておいたボーラを抜き放つ。

投げつけられたボーラは一匹の両足に絡まり、一匹の仔鬼は転倒した。

次いで矢を装填済みだったボウガンで、後方のもう一匹をヘッドショットで撃ち殺した。


その後瞬時にバックステップで距離をとると、レベルの上がった筋力で素早くボウガンに矢を装填する。

ギリギリと音を立てて、昨日までアレほど重かったボウガンの弓がしなった。

火事場の馬鹿力か、数秒足らずで引き絞られた弦からは、狙いもそこそこに頭部めがけて矢が放たれる。

その一撃でボーラが絡まった足をバタつかせていた一匹も正確に頭を射抜かれて死んだ。


───この間、30秒ほどである。


「ぜぃ・・・・はぁ・・・。」


秋一は予想もしなかった邂逅に、息が止まるかと思った。

頭に響くレベルアップの告知もこの時ばかりは煩わしかった。


「は、は、は・・・・・・畜生、死ぬかと思った・・・・!!」


じょじょじょ・・・・と、今更ながら緊張と恐怖に失禁してしまう。

ガタガタと震える手足をどうしても止められない。

秋一は生まれてこの方、一番強い恐怖をこの時感じた。


「畜生!この!この!ゴブリンが!」


その恐怖を誤魔化すために、乗り越えるために秋一は暫く恐慌状態で仔鬼族の死体を蹴り続けた。

さらにレベルが上がり19になったため、15歳並の力で六歳児に蹴り続けられたゴブリンはどんどん死体が変形していく。

どれくらいそうしただろうか。

全身が異常な発汗でびしょびしょになり、不快感を感じた辺りでようやく秋一は正気に返った。

実際には5分かそこらだったが、その異常な時間は秋一には一刻にも半日にも感じられた。


「はぁ・・・はぁ・・・、そうだ、こんな事をしている場合じゃない。早く帰らないと・・・・!」


秋一は正気に返ると、今度は仔鬼族の血の匂いと合わさって今度はどんな魔物が現れるか空恐ろしくなった。

頭の中は恐怖でぐしゃぐしゃになり、帰還の事だけしか考えられなくなる。

そんな中でも素早くゴブリンの死体から金属製品を奪い去ってから駆け出すのは流石と言った所か。

次に繋げるための思考と行動は、(偽)と付くとは言え【スキル:兵士の心得(偽)】を持っているだけの事はあったと言えよう。。


秋一は走った。わき目も振らず走った。

途中で折角手に入れた鹿肉を落としてしまったが、そんな事にも気付かぬほど必死で走って結界まで帰った。

道中、結界に近づけば近づくほど魔物は少なくなるためそこまで急ぐ必要も無いのにも気付かなかった。


余裕なんて一切無かった。不測の事態に泣き喚く秋一は今、大人などではなく、ひたすら子供に過ぎなかった。


*


「くそ、くそくそくそぉっ!!駄目だこんなのじゃ!」


門を潜り、その門にもたれかかりながらようやく一息ついた秋一は声を荒らげる。

ここ二年で一番の失態だ。正直、最近調子に乗っていた。


「反省だ。───反省とは、作戦の失敗から学び次に生かす事。今回は、何が不味かった・・・?」


それはもう、あちこちが悪かった。

昨日の今日で二回連続で結界の外での狩りを断行したのも本来なら不味かったし、獲物を選ぶと言う事をしなかったのも不味い。

最初の作戦目標で何を最優先するかが曖昧だった事も不味かった。

鹿の命と自分の命。どっちを優先するかなんて決まっている。

食うに困らんのなら、鹿肉なんぞわざわざ持ち帰らなくてもいい。

礼儀とか、自分にありもしない物を錯覚した結果がこれだ。そんなものはもっと強くなって余裕があればすればいい。

身の程知らずであった。

あの鹿と同じく自分もまた、ただ単に必死で生きている一つの命である事を忘れていたのだ。

此方の方が考えようによってはより傲慢である。


「くそっ!」


だがこの傲慢と身の危険を代償に、秋一少年はより一皮向けただろう。

最初に目的意識を明確にする事。徹底的に準備を怠らない事。

言葉で知っていてもその血肉とは成っていなかったその偉大な訓示は、今彼の中に確かに刻まれた。


「次はもっと上手くやる・・・武器を調えて、防具をそろえてもう一度だ。」


前方を睨んで顎に手を当てる。

幸いこの二日間で大幅なレベルアップを果たし15歳相当の身体能力を得たのだ。

より重い武器防具を装備できる。


"危険を冒す者が勝利する"とは有名な訓示だ。


だがこの年で戦いに出ることそのものが危険なのだから、もっともっと慎重になっても良かった。

今回の反省を胸に、秋一は石橋を叩くように入念な準備を行う事を覚えた。

頭の中に、場違いなメッセージが響く。




あなたは 新たな スキルを 覚えました。

アクティブスキル:高速思考 
パッシブスキル:直感




意識を集中すると、脳裏に新たなスキルが示される。

それを見て、秋一は口端を吊り上げる。

その情報も含め、秋一は明日からの準備計画を今から練り始めた。




つづく。



[31529] 日原(ひのはら)国編 三話 知識の価値
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/11 21:07





あの日俺は大きな失敗を犯し、その失敗から確かなものを獲得したと言えるだろう。

と言うか、あれだけの恥をさらして何も得るものが無かったなどという事になったら悲しすぎる。

そもそも俺が六歳にして結界の外へ狩りに出たのには理由がある。

まぁ言うまでも無く、それはレベルアップの為なのだが。


・・・・そのレベルアップについて一つおさらいしておこうと思う。


この世界におけるレベルとは、ようは強さの指針だ。

大体に置いて、レベルが一割以上違うともう勝ちを拾うのは不可能であると言われる。

そしてレベルと言う概念で重要な事は、『レベルが上がるから強くなる』のではなく『強くなるからレベルが上がる』と言うことだ。

基本的に世間一般的にはそう言われている。

その理屈だと、魔物を倒す事によりレベルアップするあの現象はいささかおかしい様に感じるが、なにか理由があるようだ。


次に、レベルと言うのは高ければ高いほど良いが、レベルを上げる方法は三つある。


一つは、自然な成長に任せる方法。年齢が上がればレベルが上がっていくし、老いれば下がる。

この世界の殆どの人間のレベルアップとはすなわちこれを指す。


二つ目は、鍛錬によって挙げる方法。単純に体力が上がればレベルも上がる。

武家の人間にとっては、これは慣れ親しんだ方法だろう。


最後は、自分以外の生物を倒す事によってレベルを上げる方法だ。

・・・・これは、上記二つの方法と比べて異様にシステマチックな方法である。

上記二つの方法では『能力が上がってから、レベルが上がる』のに対し、

この方法では『レベルが上がってから、能力が上がる』のだ。

加えて、この方法でレベルアップを果たした際は"ボーナスポイント"と呼ばれる余剰成長値が与えられる。

それを割り振る事によって、自分の目的に即した成長を果たすことすら出来るのだ。


つまりは、この三つ目の方法は俺のような元・現代日本人にとって慣れ親しんだ"ゲーム式"の成長理論だ。

何故これほどシステマチックで機械的な法則がこの世界にあるのかは解らないが、

実際の所このシステムが三つの中で最も効率的に強くなる事が可能なのだ。

折角こんなシステムがあるのなら、感情を抜きにすれば使わない理由は無い。・・・・少々不気味ではあるが。


「・・・・・レベルが19から中々上がらない。やはり、あの二日間が異常すぎたのか。」


俺はあれから一週間。計画を練り直し、武器や防具を新調し、鍛錬をやり直し、再び森に足を踏み入れた。

今度はボウガンでは無く、身の丈ほどもある弓を装備している。

六歳児の身の丈などたかがしれているが、そこそこに強い弓だ。ボウガンほど射程は伸びないが、連射できる点はいい。


レベルが19から中々上がらない・・・・。もう仔鬼を4匹も見つけて屠っているのにレベルが上がらない理由。


俺があの二日間で倒した生物は、仔鬼が合計三匹に鹿一匹。それに兎やキジが合計4匹。

その中で、兎やキジの分はほぼ度外視して良いとして、問題は仔鬼と鹿だ。

この4体を倒しただけで、あの時はレベルが12から19まで上がった。

だが、一週間後の今日になってみれば仔鬼を4匹倒してもレベルが上がらない。

成長率から言えば、もうレベルの一つは上がっていないとおかしい。


しかしそれはおそらく、俺がこの森の生物と同格の強さになったからだろうと考えられるのだ。


「同格・・・と言うよりはまだまだ脆弱だが、あの時が俺は弱すぎた。あれは過ぎた下克上だったと言うわけだ。」


より格上の生物を倒す事によって大幅なレベルアップが行える事は世界的に広く知られている。

この辺りのレベル帯はおそらく20~22程度。武器を持っていたとは言え、本来なら敵う筈の無かったレベル差である。

それを、未発達な体に搭載された成長済みの精神力と知恵で補った。

運も過分に影響していただろう。前世で成長済みのスキルの力も大きかった。


村には碌な知識層がいない為、情報収集にも四苦八苦するが、体で集めたこの情報は間違いない。


「つまり、普通は一つレベルを上げるには、相当数の敵を狩らなきゃならんと言うわけだな。」


考えてみれば当然の事だ。

同格の相手を4、5匹倒してレベルアップできるなら、この世界は高レベル者と強力な魔物で溢れ返ってている。

しかし、そうならない理由があるのだ。


そう考えながらも、秋一はさらに発見した仔鬼に矢を射掛けた。

後頭部に突き立った矢に、グルンと白目を剥くと五匹目の仔鬼が地に伏す。

それに警戒しながら近づくと、秋一は仔鬼の持っている金属の武器を剥ぎ取った。

どの道これ等は街道を行く人間から奪ったものだ。罪悪感など無い。


「・・・・そろそろ戦利品が重くなってきた。撤退するか。」


結局今日は、レベルが上がる事は無かった。

だが当初の作戦目標のとおり、今日狩る分は多くても五匹で止める。

冷静になってみると案外あっけない狩だったが、また調子に乗ってはいけない。

一週間前の、恐怖が頭をよぎる。


安全のための基準を厳守し、秋一は結界の内部に帰還した。


*



「・・・・ボロボロの鉄屑ばかりだな。あのゴブリンみたいな奴は、手入れと言う概念を知らんと見える。」


秋一は人気の無い村郊外に作った秘密基地に戻ると、戦利品の確認に入った。

殆ど槍の穂と小刀だが一本だけ太刀もある。

・・・・ただし、赤錆でどれももう使い物にならないが。


地面をくりぬいてつくった防空壕のような拠点で、秋一は頭をうんうんと唸らせる。

あれから、秋一は鹿肉や戦利品の鉄製品などは家に持ち帰っては無用な疑いを呼ぶと気付いた。

また何時もどおり農具小屋の近くにでも隠せば良いと考えていたが、ボウガンとボーラ程度なら何とかなっても、

これから増えていく所有物を隠し通すには無理があることにその時ようやく気付いたのであった。

そのため、秋一は自分ひとり用の拠点の製作も必要な事とあると判断した。


秘密基地建設のため一週間のあいだ訓練は程ほどに穴を掘ることに注力していた秋一だったが、

予想外の効果として、ひたすらの単純作業と達成感のある仕事は錯乱した精神を癒してくれた。


14歳相当の力で一週間掘られた穴は、かなり大きい。

中で生活する事すら出来そうだ。


「・・・・使い道が無い。せめてもう少し保存状態がよければマシなんだが。」


実際の話。

仔鬼が身に着けていた武器は、スコップの刃として棒の先端に括りつける程度にしか使い道が無い。

おかげでもう完全な鉄屑と化したが、構うまい。大して変わらない。そのくらい酷い有様だ。


「使っている最中に砕けるような武器は論外だ。命に関わる。・・・かと言って、ほかに武器の当てなんて無いしな・・・。」


使い捨ての武器にするにしたって、矢を射ったほうが早いし正確だ。

鉄屑として売る当ても無いし、当面は文字通りお蔵入りになりそうである。


「まぁ、いいさ。腐る事は無いし、貯金だと思えばいいか。15くらいになったら、町の鍛冶にでも売りに行こう。」


当面、父から譲り受けたボロい小刀一本が唯一のまともな鉄の武器だ。

これを大事にしよう、と決意しながら秋一は秘密基地を後にした。


*



「まだ日も高いが・・・・兎は5匹も捕まえてしまったし、これ以上はいらんだろう・・・。何をするべきか。」


市姉さんはこの時間帯は町の道場にいるし、父も母も何かと仕事で忙しい。

妹の桜子は、秋一が近寄るとなぜか泣く。よって家に帰る理由もない。

久々に暇な時間が出来てしまった。


「訓練でもすればいいんだが、気分が乗らん。どうするかな。のんびり空でも眺めてみるか・・・・。」


秋一は果ての無い青い空を眺めながら、将来のことについて、ぼんやり考え出し始めた。

異世界にまで来て将来の話と言うのも奇妙な話だが、今ここで生きている一人の人間としては切実な問題である。


今はただ漠然と、レベルを上げておけばこの世界では何にせよ有利だと思って上げているだけだ。

だが、いずれ俺もこの世界で職について、所帯でも持たねばならない。

それが、人間社会で生きると言う事だから。

だが、職と言っても俺は別に農家になりたいわけでは無いし、商人が出来るかどうかは解らない。


「国に仕えると言うのも、難しい話か。何せ平民だからな。」


それ以前にこの世界の武士・・・つまり職業軍人の強さも未知数だ。

彼らはどうも生まれつき専門の軍事訓練を積まされる上、資質自体平民とは一線を隠すらしい。

それは市姉さんを見れば解る。

前に教えてもらったレベルも、スキルの数も村の普通の子供たちとはまるで違う。


「海の向こうに旅に出るのも、いいかもな。」


この世界でも、この日本と良く似た国は島国だ。

名を「日原(ひのはら)国」と言う、八州十六公を玉皇(ぎょくのう)陛下が束ねる海洋軍事国家だ。

ただ前世の世界と違う点は、ヨーロッパ風の文化の土地が北西の方角にあり、西南の方角には中国風の世界が広がっていると言う事か。

日原国自体、北半球よりではなく南半球に位置する国家で、雪国が南にあると言う国だ。


また世界が球体であることや、この惑星の大雑把な地理は世界的に知られている。

チグハグにも程があるが、パラレルワールドとはこうしたものかもしれない。


疑問には思うものの、父母に聞いても知らん事は答えられない。

所詮農夫に過ぎない以上は、必要以上の知識を得る必要も無いため、それが普通だ。

農家は畑の事だけ考えていればそれで事足りる。

この村でも寺子屋と言う物があるが、この辺りの寺子屋は8歳からと決まっている。

結局それまでは、この世界の一般常識以上のものを学ぶことは出来まい。

いや、寺子屋でも当然この世の全てを知れる筈も無いのだから、結局は何かが知りたければ自分の足で聞きまわるか調べるしかないのだろう。

そう考えると前世の世界の教育システムや、情報ベースはなんと素晴らしい事かが解る。

せめて、寺子屋で子供たちを導く教師が優秀な人物である事を祈るべきか。


「・・・・そうだ、俺は文字が読めない。これは由々しき事態だ。」


ふと、思い出す。俺はこの世界の文字を習っていないため読み書きが出来ない。

父母もまたかつては寺子屋に通ったと言うのだから、読み書きは教えてもらえるだろう。

俺は今晩にでもそれを確認する事を頭に留めておいた。



*



この世界にはスキルと言うものがある。

【スキル】とは前にも言ったとおり、印象としては技術の習熟を助けるためのシステムのように考えられる。

そのため【スキル】を覚えているからと言って物理に反するようなムチャクチャな事は出来ない。

ただ単純に、体を上手く動かす方法や強化する方法、また効率的に回復する方法について覚えられるだけなのである。


火の玉を生み出したり、傷を癒したりするのは魔法の領分だ。それもまた追々話そうと思う。


で、【スキル】と言う物なのだが、普通は前述の通り無茶な事は出来ないのが通例だ。

レベルが上がるにつれてドンドン超人的な事が出来るようになるが、それはまだまだ常識の範囲内である。


だが【スキル】の中でも"レアスキル"と呼ばれる一連の【スキル】は違う。

それは他のスキルとは一線を画する、超常の現象を引き起こせる物だ。

神通力・・・・超能力のようなものと言えば解りやすいか。


そして市姉さんは、生まれつきそのレアスキルを二つも持っている。

以前、俺はそれを無理にせがんで見せてもらった事があった。

あれは、素晴らしい力だ。どうして俺はレアスキルを持っていないのかが心底悔やまれる。


「レアスキルとはどうやって習得できるものか・・・・。」


益体も無い事を考えるが、それだけレアスキルの力は偉大だ。

それを二つも持っている姉さんの出自が本気で気にかかるが、隠しているものを無理に暴く事もあるまい。

おれは湧き出す疑念をぐっと喉の奥でこらえた。

ちなみに、俺は前世で習得した知識などがのおかげで、記憶を取り戻した際に幾つかのスキルを習得している。

狙撃・兵士の心得(偽)・学士・槍術、等がそれである。ただしそれらは残念ながらレアスキルではない。

・・・・ないのだ。


「ただいま。」

「おかえりなさい、秋一。」


夕暮れ近くなって、俺は家に帰った。

暇を持て余して、結局あの後俺は眠りこけていたらしい。

まぁ寝る子は育つと言う。たまにはこういう日も悪くはあるまい。

あるいは、一週間前の醜態を精神的に乗り越えられた事で、気が抜けたのかもしれない。


「父さん。俺、文字を習いたいんだけど、時間あるときに教えてくれないかな?」

「なんだいきなり。あと二年もしたら寺子屋に入れてやるぞ?」

「まぁそれはそうなんだけど、待ちきれないから先に教えてくれないかって事。」

「うーん、父さんも結構忙しいからな・・・母さんは?」

「私もちょっとねぇ・・・そもそもあんまり使わないから、忘れちゃってるしねぇ・・・。」

「それも、そうだよな。俺も簡単な単語くらいしか解らないぞ。」


かぶりを振る両親。

なるほど確かに。この家で文字や書は基本的に見たことが無い。

あまり使わない事は忘れてしまうか。

かつての日本も識字率が高かったとは言え、こんな物だったのかも知れない。


「算盤ならどうだ、秋一。それなら父さん得意だぞ?それと数字なら教えてやれる。
あまり難しい文章とかは無理なんだがな。」

「・・・・んーじゃあそれでいいや。」


計算には自信があるため必要ないが、数字だけでも教えてくれるなら御の字だ。

数字が読めると言うだけで、この世界で取得できる情報は段違いに上がる。


「シュウちゃん、字を覚えたいの?」


珍しく早めに帰ってきてた市姉さんが尋ねた。

そう言えば、と思い出す。

多分良い所の出で、毎日馬車で道場とやらに通っているこの姉なら普通に文字を知っている筈だ。

外見が九歳なので忘れそうになるが、この子も武家の子供なら人に教えると言う事も普通に出来るのかもしれない。


「そうだけど、市姉さんは知ってるの?」

「ええ。自慢じゃないけど、私は道場の生徒の中でも一番成績がいいんだから。」


そう言って姉は自慢げに胸を張った。

思えばこの姉も人間臭くなったものだ。

あれはの世界に来て一年と二ヶ月くらいの時だったか「この家で彼女を預かる事になった」と言われた時は本当に驚いた覚えがある。

それも、この世界に来てから見たことも無いような煌びやかな和服を着て訪れたのだから何事かと思った。

何よりも大変だったのは、家庭環境が悪かったのか彼女は最初、酷く無口で無感情だった事か。


「ふーん。なら頼めるかな。あ、それと道場って他にも何か習ってるの?」

「え?そうね。闘い方の他は、読み書きと、算盤と、礼儀作法と歴史なんかを学ぶわ。」


・・・・色々やるものだ。

確か道場とやらは武家の子弟の教練場だと聞いた。

それだけ全部やっているとは思わなかったが、

この分だと寺子屋は必要ないかもしれない。


「なら、全部教えて欲しい。」

「ええ!?結構難しいのよ?」

「多分大丈夫。すぐ覚える。」


【スキル:学士】がどの程度のものかはイマイチ解らないが、学習能力に補修が付くタイプのものだろう。

学習の仕方を習得できるスキルならば、短期間に多くの情報を仕分ける事も可能だろう。

そもそも、前世では6歳から20歳までの14年間を学生として過ごしたのだ。

異種言語の覚え方や、歴史の語呂合わせなど、"勉強の勉強"をしていたと言っても過言ではない。


「まあ始めは皆やる気一杯よね・・・えっと、じゃあ何からにしましょうか。」

「読み書き、それと歴史。算盤は一番後で良い。」

「そうね、解ったわ。」

「あらあら。市ちゃん、それじゃ秋一の勉強頼めるかしら?母さんじゃちょっと無理みたいだし・・・・。」

「はーい。任せてください母さん。」


市姉さんも何やら俄然やる気なので、時間が大丈夫とか、負担にならないかとかは心配しなくても良さそうだ。

市姉さんが母さんの事を母さんと呼ぶにも相当な時間がかかったが、今では何の違和感も無い。


「それじゃ、文字は明日の早朝教えて上げる。明るい内に地面に棒で書くから、何度も書いて覚えるのよ?」

「解った。」

「教えるからには、厳しく教えるから。ちゃんと毎日復習する事。わかった?」

「うん。」

「それじゃ、今日はこの国の歴史とか、外国の事とかを教えてあげるね。」




つづく。



[31529] 日原(ひのはら)国編 四話 兵士未満
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/11 21:08
この国は、海洋軍事国家"日原国"と言う国である。

日原国は玉皇と呼ばれる君主に納められる、八州十六公の連合国家と言う状況に近い。

位置的には南半球・・・丁度地球におけるインドネシアの辺りから本州東京の辺りまでに、オーストラリアの半分くらいの大きさの島がある。

島の形は反った刀にも似ており、"刀国"と呼ばれる事もしばしば。

そして日原の北西には、白人種の住まうヨーロッパ的文化圏の国が点在。

ツ・フラガ国・オオラン国・キッケラバルト国・・・等が主な所か。


そこから山脈を跨いで南下すると、日原と同じ黄色人種の主に住まう中国風文化圏に突入する。

位置的には日原から見て西南の方角に、遡・陽・弦・冠と呼ばれる四つの国家があり、覇権を競っている。

大陸の南半分を統括する四つの国家は基本的に仲が悪く、現在は冷戦状態を続けているようだ。


最後に、日原から見て南西に位置する島々にはエルフと呼ばれる美しい種族の国がある。

彼らは国に名前をつける意義を見出して居らず、他の国々からは暫定的にエルフ領と呼ばれている。


そしてそれら全てと日原は海洋交易を盛んに行っており、現在世界で最も海軍力の強い国だ。


「へぇ。凄いなぁ。」

「そうでしょ。日原は世界で一番正確な世界地図を持ってる事でも有名なんだから。」

「??、それってどうやって作ったの?大陸の形とかまで正確にわかるって凄くおかしいと思うんだけど・・・。」

「日原の遺跡から出てきたんだって。」

「───遺跡?」

「うん。遺跡。」


秋一は小首を傾げた。無理も無い。遺跡から世界地図が出てきて、それが実用されているなどと誰が思おう。

この世界に来て時々感じていた、時代考証の違和感はここに由来するものであった。


この世界で主流となっている説は、こうだ。

この世界には大昔、全ての大陸と全ての島と全ての海洋を制覇した巨大な一つの国があったらしい。

それは遥か古代に滅んだが、学問も魔法も現在とは比べ物にならないほど進んでいたと言う。

その巨大な国の名前は、奇妙な事にまだ解っていないけれども、少なくともあったことだけは確かのようだ。

日原やエルフ領の進んだ結界技術もその殆どが遺跡由来のものである。


(超古代文明・・・・ファンタジーだと思っていたが、ここまでとは。)


じわじわと胸にくる衝動は、異常な現実に対する怒りとも、ロマンとも言える奇妙な熱だった。


「・・・日原の結界技術って進んでるんだ?」

「そうね。他の国だと村一つとか、都市一つとか。人が住んでる地域を丸ごと城壁で覆ったりして中の人を守ってるんだって。
日原だと、凄く大きな結界の中に村も街も全部あるから考えられないよね。」


人間同士の戦争には、城壁があった方が強そうだと思ったが、口には出さない。

日原は海軍力こそ世界最強だが、上陸を許せばまともな陸軍では遥かに劣るかもしれない。

そんな事を考える傍らにも話は続く。


凡その地理について述べ終わると、今度は【レベル】【スキル】【ステータスデータ】と言う三つのシステムについてだ。

現在この世界の全ての人間と、幾つかの高等生物が利用する事の出来るこのシステム。

それらは初めからこの世界にあったわけではなく、方法は不明だがこの古代文明により生み出されたらしい。

極限に発達した魔法で、人か世界のどちらかに丸ごと術をかけたのだと言われている。


・・・・・正直な話、秋一は世界に魔法をかけるだのなんだの話についていけなかったが、

とりあえず古代人がそういったシステムを自分たちのために作り上げたことについては得心がいった。

それはそうだ。

これほどシステマチックな現象が自然に発生するとは到底考え難い。

ならば、人が創ったと考えるのは自然な事だ。

一般的に、現在この世界に遺ったオーパーツが創られた時代を"神代"と呼ぶ。


「・・・・そうなんだ。」

「よくわかんないけど、そう言う事らしいわね。」


話は一旦途切れる。市も少し話疲れたようだ。

近頃は快活になってきたとは言え、基本的に無口な娘である。これほど長く話したのは久方ぶりではあるまいか。

話し込んでいる内に少し固まった体を伸ばすと、コキコキと可愛らしい音が鳴った。


チリチリと虫の声が外から聞こえる。

話していなければ、耳が痛くなるほど夜は深い。


「うーん大体これくらいかな。大きなのは。道場では最初にこれだけ習うの。世界はどんな風に出来てるかって。面白かった?」

「すごく面白かった。特に、レベルとスキルについて知りたいかな。」

「うーん。それは、私もまだあんまり習って無いから知らない。上級生になったら教えてくれるって。」

「あー、そうなのか・・・。」


それにしても驚きしきりであった。

まさかこれほどまでに世界について姉が詳しく知っているとも思わなかったし、

武家の子弟は皆これだけの教養を持っていると言うのも驚異的である。

9歳と言えば、小学三年生くらいか。

道場と言うのは、武家の人間の通う総合的な学校施設らしかった。

前世の教育と比べても、あるいは特に遜色ないのではと思えてくる。


秋一は自分も行って見たい気持ちはあるが、自信が平民に生まれついた事を悔やまざるをえなかった。

もしも自分が武家の生まれならば、これほど情報で四苦八苦する事も無かったろうに・・・。

難しい顔でうんうんと、どうしようもない事で頭を痛める秋一に、話が難しすぎたかと勘違いした市が苦笑した。


「じゃ、今日のお話はこれでおしまい。もう寝ましょ。」

「うん。解った。・・・明日は文字を教えてくれるんだったね。楽しみにしてるよ。姉さん。」

「ええ、時間は少ないから寝坊しちゃだめよ?・・・・お休みシュウちゃん。」

「ん、おやすみ。」


とりあえず本当に大雑把な歴史と地理について語り終わった市は、夜が深くなったことに気付いて床に入る事を促した。

秋一と市は、ゴソゴソと布団を被ると明日の事を夢に見ながら眠りに付いた。




*




朝起きて、市姉さんに文字を教わってから今日も俺は村の郊外へと繰り出した。

両親は村の子供たちと一緒に遊んでいて貰いたいようだが、最近はもう諦めたらしい。

ま、何処のコミュニティにも一人か二人はこのような変わり者が居るものだ。問題なかろう。

俺は地面に棒でガリガリ文字を書いて復習しつつ、呟く。


「これが、一で、これが二・・・・ふんふん。予想はしていたが日本語と大して変わらないな。
姉さんの名前が"市"で、俺の名前が"秋一"か・・・・。所々違うのは、字体の違い程度か。」


前世の世界との奇妙な一致。

日本文化との共通点が多いこの日原なら、当然使われている言語もそれに類するものだろうと当たりをつけていた。

そもそも、今喋っている言語とて、殆ど日本語と同じものだ。

発音や言い回し、語尾や単語の違いはあれどこれは日本語と言って差し支えあるまい。

ならば、差し当たり「読み書き」に大きく困ることは無いだろう。

ガリガリと地面に漢数字を書きながら考える。


「うん・・・・【ステータスデータ】が読めたのはこの共通点のおかげかな?
自分自信に"解る"ように表示してくれると言うが・・・・。」


【ステータスデータ】と言うのは、自分のレベルや能力値、取得しているスキル・魔法等が克明に記された物だ。

集中して念じれば、頭の中にそれらが浮かび上がるように表示される。

これがあるからこそ、自分がどれくらいのレベルでどんなスキルを持っているのかが解るのだ。

つまりは、【スキルシステム】と【レベルシステム】の根幹を為す概念である。

また、ここに記載されているデータは絶対で、ほぼ誤差や間違いは無いとされている。

何度検証しても数値は相対的に絶対的な精度を誇ったと言う。

理屈はわからないが、それ程にこの表示は自分の能力を正確に測ってくれるのだ。

故に、良しに付け悪しきに付け、この世界の人間社会ではこのステータスが大きな意味を持つ。

古代人が創ったと思われるこの世界の謎の一つだ。


俺や市姉さんはこれを文字で認識するが、父さんや母さんはこれらを音声として認知するらしい。

恐らくかつての文明では文盲など殆どいなかっただろうから、

生まれつき目の見えない人間などのためのシステムだったのだろう。

よく作り込まれていると感心する。


「しかし、イカンな。これなら全部覚えなおした方がマシだったかも知れん。点や払いの位置が違うとこうも違和感が出るのか。」


少し、頭を抱える。

幾つかの教えてもらった単語を何度も地面に書き付ける内に、どんどん地面が抉れて色が濃くなっていく。

それを踏み固めながら、かつての知っていた漢字と見比べてみた。


────よく似ている。が、違う。


文字そのものの骨格は同じなのだが、長い年月の中で変形しているのか例えば旧字体の國と国くらい違う。

なんとなく意味はわかるのだが、その辺りも要勉強と言った所か。


「ふん、ふん。カタカナ、ひらがなは特に問題なし。形は崩れてるけど、解らん事も無いからすぐ慣れるだろ。」


となれば、後はひたすら読んで覚えるのがいいだろう。

ちょうど小説でもあればいいのだが、姉さんに今度教科書のようなものが無いか聞いておくとするか。


「よし、そろそろ終わりにして今日もゴブリン狩りに行くか。矢が少し減ってきたから、帰ったら矢の削りだしもしておこう。」


俺は一日の予定を決めると、塹壕か防空壕のように深く掘った拠点の中へ降りる。

中には仔鬼から剥ぎ取った鉄屑、竹を束ねて荒縄でぐるぐる巻きにした弓などが散乱していた。


あれから手作りの武器防具も随分増えてきた。

まず靴。

手作りの縄で出来た長靴は、靴底を草鞋で三重にしており衝撃吸収と消音に優れる。

摩擦力も高く、水で濡れた程度の岩では滑らない。


手甲。

木の板を括りつけただけの簡素なものだが、とっさに一撃受け止める程度の事は出来るだろう。


胴巻き。

音が鳴らないようにするのと、匍匐全身の邪魔にならないようにするのが骨だったが、腹に一撃程度なら何とかなる。


背嚢。

ようはリュックサック。なんとかボロ布を都合して自作した。

荒縄や木材で所々補強してあるので強度は折り紙付きである。


そしてその他色々、だ。


その中から必要な装備を全て体に巻き付けると、土ぼこり等で黒ずんだ布を頭から被り、首元を縄で絞める。

すると、今考えうる最高装備の兵士の出来上がりだ。

随分みすぼらしい外観だが、顔がフード影で見えなくなっているので凄みはあった。

いつか、一人前に金を稼ぐ事が出来るようになったら正式な軍服一式揃えてみたいものだと思う。


「弓、よし。ボーラ、よし。短刀よし。矢は十分。・・・・いけるな。」


今日は同格の相手を何匹程度殺せば次のレベルに上がれるか、検証する必要がある。

俺は気を引き締め、昨日の手ごたえから、今日の最大狩猟許可量を10匹と定めた。


無論、何か異常・・・例えどんな小さな異常であったとしてもそれを感じたなら即退却である。

石橋を叩いて渡るには程遠いが、せめてそれくらいはしないと生きていけないだろう。

心の中でそれを思い出しつつ、俺は拠点から出た。



*


カサリと僅かに揺れた、生い茂る笹の陰から矢が迫る。

真正面を向いていたにもかかわらず、待ち伏せする秋一に気づく事が出来なかった仔鬼。

この森の食物連鎖の下位に成り下がった鬼は、己の無能を証明するかのごとく眉間に矢を受けて倒れ伏した。

悲鳴を上げる事すら許されない。

仲間を呼ばれると厄介極まりないので、基本的に秋一は必ず頭を狙うからだ。


心臓に矢が突き立っても暫く動き続けたあの鹿の生命力が忘れられない。


「・・・これで8匹。」


森の中を駆けずり回り、仔鬼や化け鴉等を仕留め続けていく秋一。

緑の匂いのする戦場で、神経を尖らせる。

そして竹を束ねた強弓がしなり、本日八匹目となる獲物を矢が捉えた瞬間、再びあのレベルアップの告知が頭に響いた。




あなた の レベル が 上がりました。

ステータスを更新します。




「今日は八匹・・・。まだ解らないが、この辺りの獲物を今の俺の同格・・・いや、若干格上の相手と見て、十二匹目でレベルアップか・・・。」


4歳から6歳まで、キジや兎、狐などを狩り続けてようやくレベル3から12まであがった事を考えると、順当な所か。

これでレベル20。レベルの上では市姉さんに追いついた事になる。

だが、ここからこのあたりのレベル帯ではもっとレベルが上がり難くなって行くだろう。

次は何匹倒せばいいのかが問題だ。15~6匹で済めば良いが、次から20も必要などとなれば流石に骨が折れる。


「いや、それでも3日に一つはレベルが上がる計算になる。・・・何処かに壁があるはず。」


例えば、あまりにも格下相手の戦闘は何度繰り返しても経験値にならない可能性が高い。

ここらの相手を完全に超えてしまうと、おそらく何匹倒しても一つレベルを上げるのに一年単位の時間がかかる恐れすらある。

まだ断言は出来ないが、推測は立つ。

それも恐らく当たっているだろうと言う確信があった。


「よし、一応これで目標は達成した。レベルアップ及び情報収集完了。これより帰還する。」


秋一は仔鬼からまた武器を奪い去ると、背嚢の紐を締め背負いなおした。

そろそろこの辺りでの狩にも慣れてきて、消化試合の様相を呈してきたが、まだまだ油断は出来ない。

レベル20と言えど、たかだか15歳並の身体能力に過ぎないからだ。

ボーナスポイントを現在『力』に極振りしているとは言え、

殴り合いでは此方も大きく手傷を負うだろう事は想像に難く無かった。

ここまで上手く行っているのは、前世で培った経験による高いスキルレベルと、小さな体を生かした隠密戦法が上手く嵌っているからである。

これが、もし仮に相手が自分を先に発見し、数を頼みに掛かって来たなら勝負はアッサリと付くだろう。

俺は早期に【スキル:索敵】や【スキル:直感】を取得する事が出来て良かったと胸を撫で下ろした。





つづく。



[31529] 日原(ひのはら)国編 五話 友情に垣根は無い
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/12 02:24







アレから2年、8才の時分である。

俺はようやくこの辺りの寺子屋に通える年になったが、

よく考えると約二年もの間貴族のエリート教育を受けている市姉さんに、家庭教師をしてもらっていたのである。


───読み書き・算学・地理・歴史・礼儀作法。


それらを俺は完璧に学習してきた自信がある。

【スキル:学士】も相当にレベルが上がったのが確認できる。

その上姉さんまだ11歳だである。この世界では元服は16歳なので、あと四年も学ぶ余地があるのだった。

故に、俺も四年間姉さんを通してこの世界の貴族教育を受ける事が出来るのだ。

よく考えなくても行く必要は無かった。一切無いと言っていい。


「・・・・だがな、寺子屋もあれはあれでいい所だぞ?あそこで出来た友達は一生の仲間になる。
場合によっては人生の伴侶となる人間が見つかる事もあるんだ。そんなに学費が高いわけでも無いし、冷やかしに行って見ればどうだ?」

「そうよ。それにあなたが取ってきてくれた毛皮の分だけで、3年間寺子屋に通うお金以上よ。お金の事で遠慮する事は無いのよ?」


だが両親は口々に寺子屋への入学を勧めた。

言葉の端々には、一匹狼と言うかコミュ障レベルの俺を心配する気持ちが篭っている。

余計なお世話だと言うのは容易いが、確かに自分でもこれは良く無い兆候だなと感じている。

俺もそろそろ、将来の事を考えて仲間作りでも始めた方がいいか・・・・とも考えているのは確か。


「うーん。そうだよね。それもそうか・・・。」


世の中人と人との繋がりが身を助ける事は多い。

そうでなくとも、俺がこの世界に来てからまともに話をした人間など、それこそ家族に加えて村のジジババばかりだ。

情報収集を念頭に置いていたため、どうしても知識層を狙ったコンタクトになってしまうのはむべなるかな。

しかし、それが言い訳になるわけでもなし。

必要なものは必要である。


「わかった。行くよ。」


そう言うと、隣で話を聞いていた市姉さんが悲しげに声を上げる。

割と反対派だった過保護な姉さんは、ペタペタと俺の頬を触った。


「そう、行っちゃうのね・・・。シュウちゃんなら大丈夫だと思うけど、虐められたりしたらすぐに言うのよ?
同年代の友達も居ないし、一人ぼっちにならないように気をつけてね?」

「市姉さんは心配性だなぁ。大丈夫だよ。」


市姉さんは心配げに俺を見つめた。

だがそもそも物理的に俺を虐められる子供などそうはいまい。

あれから二年、北の森からは目に見えて仔鬼族が少なくなった。・・・・・俺が狩り尽くしたためだ。

それだけ殺し続けた俺のレベルはと言うと、既に28に達している。

レベル28と言うと、既に成人並の身体能力を持つらしい。むしろ、相手の怪我を気遣わなければならないくらいである。

大人気ないにも程があった。


「秋一はそんな玉じゃないさ。
こいつは大物だぞ、畑に陣取った大蛇を手づかみで絞め殺すなんて早々できるもんじゃない。
大した胆力だ。もしかしたら、そうそうにどっかの女の子でも引っ掛けて帰ってくるかもな。」


がはは、と下品に笑う父。

俺はそんな奇怪な子供を笑い飛ばす事の出来るその胆力にこそ驚嘆する。

あれは大蛇といっても精々2m程度の細い蛇だったから出来た事だし、

村のジジババから毒の無い種類だと教えられていたから怖くなかったのである。

絞め殺してしまったのも、単に力加減を間違えただけだ。

だがよくよく思い返してみれば、まさに鬼子の所業。不気味極まりなかった。

この親父はどこからか市姉さんを引き取ってきたり、只の農夫なのは間違いないが、大概何処か肝が太い。


「ま、ともかく。俺と母さんの馴れ初めも、寺子屋時代からの縁だったんだ。
見合いで結婚する奴等も多いが、個人的には自由恋愛を進めるな俺は。」

「うむむ・・・・。」


それは初耳である。寺子屋と言えば、8歳から11歳までの3年間を勉学に当てる機関だ。

そんな小さな頃からずっと一緒にいたとは恐れ入った。何という熟年夫婦だろうか。まだ二人とも24だと言うに。


だがまぁ、子供でもこんなミリオタを相手にするような蓼食う虫も中々おるまいと思う。

・・・しかしもしかすると、そう言う事もあるのかもしれない。

俺は前世から続く儚い希望を、そこはかとなく胸に秘めたりしてみた。


「そ、そんなの駄目っ!シュウちゃんに女の子なんて出来るわけ無いわっ!!無理!絶対無理よ!」

「・・・・・ふぐっ!?」


しかし、突如そう慌てふためき断言するする市姉さんの言葉が、胸を抉る。

純粋無垢な子供ゆえの言葉の暴力か、それほどまでにそれは不可能ごとだとでも言うのか。

心に盛大な傷を負った俺は、そっぽを向いた。


「あらあら、そんな事は無いと思うわよ。秋一は変わってるけど、魅力的だもの。
きっとシュウちゃんの良さに気付く子も沢山居る筈よ。」

「う~~。」


不満げに唸る市姉さんはまだ言い足りぬとでも言うのだろうか。

フォローしてくれる母の言葉も、虚しい。

童貞は負け組み等と嘯くつもりは無いが、前世含めても実に28年もののDTである。

三次元の女の事などまるで解らぬこの凡愚にとって、恋愛など遠い二次元上の空想に過ぎない。

今は、考えるべき事でもなかろう。俺はなんとか負け惜しみだけ搾り出してみた。


「ふん、いいさ。別に彼女なんて欲しくないもの。」

「あっはっは。秋一はまだそういうのは解る年じゃないか。すぐに色気づくだろうがな!」


背中をバシバシ叩く父。

さっきからやたら饒舌だとおもったら酒が入ってやがる。

酔っ払いの相手はしないに限る俺はいそいそと玄関から外に出た。


「あ、シュウちゃん!」


市姉さんがなにやら声をかけてきたが、ちょっと欝の入った俺は無視する事にした。

メンタルが弱い。


ざりざりと草鞋が土を噛む。

ひんやりとした夜風に当たりながら、俺は満天の星空を見上げる。

星座なんてまるで覚えていなかったが、方角を知るための北斗七星とカシオペアだけは覚えている。

それだけ覚えていれば、あとは北極星を見つけられる。遭難してもいいようにと、益体も付かない理由から覚えていた。

奇妙な事に、この世界でも若干形は違えど、北斗七星がある。

地球が似ているのだから、宇宙が似ているのも当然と言えるかもしれない。


───弱いといえば、あの仔鬼族は良い鴨だった、と俺は昔の北の森を思い出した。

と言ってもつい半年ほど前のことなのだが。


・・・あの仔鬼族とか言う奴等は、慣れてくればもう本当に素晴らしい経験値だった。

鉄屑も山のように基地に蓄えてある。正直な話、なぜ連中が街道を行く人間から武器を剥ぎ取れたのかが不思議でしょうがない。

おそらく、徒党を組んでこそ彼らは強いのだろうと思う。

・・・・それが日常に置いては1~3匹の少数で森の中をうろついているのも変な話ではあるが。


しかしその彼らも、もうこの辺りには居なくなってしまった。

連中にそんな知恵があるかどうかは不明だが、恐らく他の森に移住したか、絶滅したのだろう。

数が少なくなれば、他の生命との生存戦争に負けることもある。

現在は仔鬼族が居なくなったニッチを埋めるように、醜犬族があの森に進出してきている。

連中はゴブリンもどきよりも鼻が利くので、割と手強い。


連中は所謂ゲームだとコボルドと呼ばれるような、仔鬼よりもより犬に近い魔物だ。

犬の割には仔鬼よりも単独行動を好むようで、各個撃破の機会が増えるのは良いことのなのだが、

瞬発力もまた高いので最近近接戦闘になる事が増えてきている。

この世界に来てから鍛えぬいた銃剣術でなんとか倒せて入るが、実に厄介な相手だった。


「そう言えば、仔鬼族にしろ醜犬族にしろ巣を見た事が無いな。
あいつらってどんな風に暮らしてんだろ・・・。」


素朴な疑問である。

実は俺はあまり森の置くには入らないように常に心がけているので、あまり森に詳しいとは言えないのだ。

集まって集落でも作っているのか、殆どスタンドアローンで狩りの時だけ集合するのか。

詳しい生態は謎に包まれている。


この辺り一体の村や街を覆う結界には、強い魔物ほどより強く結界を嫌うと言う特性がある。

それも当然である。多少弱い生物なら出入りしても良いが、強力な魔物は絶対に通さない。

そうでなければ、結界としての用を成さない。


だからこそ、結界の付近には弱い魔物が集まり、結界から離れるにつれて強力な魔物が増えてくるのだ。

一度だけ森の奥に偵察に行った事があるが、直感スキルが酷くこの先に進むなと訴えかけてくるので、その時はすぐに逃げ帰った。

恐らくは、より強力で恐ろしい魔物が潜んでいるのだろう。

体が大きく成長し、レベルももっと上がってゆけば、ゆくゆくはその領域にも脚を踏み入れてみようと思う。


「・・・・いや、あとは武器もしっかりしたものを調達せねば。」


いい加減に、このボロ装備から脱出したいものである。

二年前からこの手作りシリーズは何も変わっていない。

いや、強度も精度も段違いに上がったし、工作専用のスキルまで得てしまったので性能が上がったと言えば上がったのだが。


「ああ、まともな武器が欲しい・・・。」


俺は夜空を見上げながら、ままならない現状に溜息をついた。



*




───寺子屋。

それはまあ詳しい事は良く知らないが、江戸時代の民衆の高い識字率を支える自然発生的教育機関だったように思う。

まぁ要は食うに困った知識階級の人間が、民衆に知恵を授ける事で飯を食おうとしたのが始まりだ。


「皆さんようこそこの阿弥陀塾へ。今日から三年間、皆さんはこの阿弥陀塾で共に学ぶ同士です。
皆で助け合い、協力して学ぶ事が大切です。皆、仲良くするように。」

「「「「「はーい!」」」」」


結界の中にある古い寺院の中、筋骨隆々のお坊さんに案内されて子供たちが寺の中へ入っていく。

寺子屋とは本当に寺だったのかどうか記憶が定かでは無いが、確か元の世界では寺や神社の一角を借りて行っていた筈だ。

それが、この世界では本当に坊さんがやっているとはこれまた驚いた。

しかし人のよさそうな顔立ちをしているが、宗教教育などされても困る。

さて、どう転ぶものか・・・・。


「では、皆さんこの寺を案内します。この上級生の人たちについて、まずは寺を回って来てください。
寺の細かい規則なんかは、追々説明しますので、まず入ってはいけない所と教室の場所だけ覚えてきてくださいね。」

「それじゃ、僕が案内するからみんな付いてきてくれ。はぐれるんじゃないぞ。修行しているほかの方たちに迷惑になるからな。
僕の名前は、宗次。皆、宗次と呼んでくれ。」


そう言って新入生を率いるのは、いかにも利発そうな顔をした長髪の男子だ。

そこそこ良い服を着ているところから察するに、このあたりの豪農の出か。

ぞろぞろと、なにやら厳かな雰囲気のする寺の中を付いて回る子供たち。

気付けばあちらこちらへと視線を飛ばす集中力の無い年代ではあるが、今日この日ばかりはすこし緊張しているらしい。

カチコチになりながら恐る恐る部屋を覗き込む様は実に微笑ましい。

次々に説明される建物と、部屋。

高価な仏具や美術品が納められた五重塔のような建物には絶対に入ってはいけないそうだ。

最後に、徳利の口のようにすぼんだ小路に差し掛かると、宗次と名乗った上級生は言う。


「皆、ここから先は基本的に行ってはいけないぞ。
縄が張ってあるだろう?この向こうでは見習いのお坊さんが沢山修行してらっしゃるから、絶対に入ってはいけない。
邪魔になるし、危ないらしいからな。・・・・・皆、わかったかな?」

「「「「はーい。」」」」


声を揃えて返事をする子供たち。

その中に紛れて、俺も気の無い返事を返した。

この寺は比較的大きく、手入れが行き届いている。

先ほどの驚くほど筋骨が発達した僧坊や、他の修行僧を見る限りここでは武術もやっているらしい。

肉付きや足運びからして、俺と同じ槍術系統と見た。

坊主が槍と言えば、────薙刀か。

この先で行われている危ない修行とは、恐らくそれだろう。

・・・素晴らしい、間違いなくここに来て良かったと言える。


「なぁなぁ、お前、名前なんていうんだ?俺は権助。友達になろうぜ。」


と、そんな事を考えていた所で、小声で話しかけてくる者がいた。

俺よりも一回りほど小さい、調子者の気のある少年だ。


「うん、ああ。俺は秋一、こちらこそよろしくな。権助。」

「おう、よろしく。」

「あ、権助抜け駆けは駄目だよ。私も友達作る。私ね、絹子って言うんだよ。よろしくね、秋一君。」


その傍ら、話しかけてきた女の子はこれまた快活そうな大きな女の子だ。

絹子と名乗った女の子は美人と言うほどでもないが不細工ではない。

頭は先ほど権助と名乗った男児よりも良さそうだ。


「うん。よろしく絹子。」

「それじゃ、握手しよっか。握手。」


そう言って差し出された手を、上級生に連れられて歩きながら握った。

寺の武僧だけでなく、こう言った出会いもまた得がたい経験だった。

一度幼児に逆戻りしただけに、子供との接し方が良くわからなかったが、何の事は無い。

俺が勝手に、且つ無用に恐れていただけの話。

むしろ下手に頭をこねくり回す俺よりも、スパッと正解にたどり着けるこの子達のほうが何枚も上手のようだった。


「・・・友達、ね。いいものだな。」


子供と遊んでやっていると言う感覚は抜けないが、それでも友となるのに年齢差など関係あるまい。

8歳児と20歳の大人の友情があったとて、なんの問題も無いと言えよう。

案外、俺の寺子屋生活は順風満帆と言えるかもしれなかった。


つづく。












[31529] 日原(ひのはら)国編 六話 何処にでも、誰にでも潜む狂気
Name: ゴロイジョン◆5d007e93 ID:db34f440
Date: 2012/02/12 23:13





「ちくしょう、なんだこの文字って奴は。こんなの憶えて無くても生きていけるだろ・・・・。」

「えー、でも字が読めないと皆に馬鹿にされるし、悪い人に騙されちゃうよ?」


寺子屋の一角で、座りながら和紙に字を書く練習をする一同。

そんな中、いかにも腕白坊主と言った体の権助がぼやいた。


和紙は基本的に貴重なので、みんな筆に水をつけて書いて練習している。

憶えるまでひたすら書き、憶えたと思ったら、墨で正式に書いてテストする形式だ。

皆段々と寺子屋の生活にも慣れてきて、勉学に置いて優秀なものとそうでないものもハッキリと分かれつつある。

背の小さな権助は、そうでないものの代表格といえた。


「畜生、これじゃ今日も俺一人で居残り者ねえか。こんなのどうしろってんだ。」

「算術は得意なのにねぇ。なんで字は覚えられないのかしら?」

「普通は順番が逆だろ・・・・。それにしても、あまり先生に迷惑かけるんじゃないぞ?
出来るまではずっと律儀に付き合ってくれるんだからあの先生。」


この寺の教育方針は実にシンプルだ。

与えられた課題が出来たら帰ってもよし。

出来ないなら、出来るまで教える。

望むなら、新たな課題を与える・・・・と言った方針である。


年齢層を一括にしているのはその方が管理が楽だからだろうが、しかし同一の学年の中でも既に相当な差が出ている。

予め市姉さんに教えてもらっていた俺もそうだが、隣で借り受けた教科書を読んでいる絹子もまた相当に優秀なようだ。

反則をしている俺を除けば、彼女が学年の中で最も優秀な委員長と言ったタイプか。

また、もともと裕福な家の生まれで両親に手ほどきを受けていたらしい生徒や、商人の子供などはどんどん先に進んでしまっていた。


放任主義だが、かなり厳しい教育方針だ。

格差社会の縮図を垣間見た気分であった。


「あ、先生。この本読み終わりました。」

「ナニィ!?お前、ちゃんと中身覚えてるのかよ?」

「憶えてるとも。試験してもいいぞ。きっちり要点は押さえているさ。」


そしてそんな能力格差の最たる物がこれだ。

この教科書は国語のもので、物語が中心だからこそ出来る荒業だが教科書一つを一日で憶えきるなど普通は不可能だろう。

だが、知能強化系統のスキルに習熟している人間はそれが出来る。


「くっそ、算盤なら負けねえんだがな・・・・。」


そうぼやく権助は、近い内に【スキル:精密演算】を取得するだろう。

しかし【スキル:学士】に代表する、知能・精神に関わるスキルは成長が難しいと言う。

彼の能力は何処まで伸びるだろうか。


俺の場合はこの世界に来てからも勉強を続けた結果、今では既にスキルのレベルは16に達している。

初めから、スキルを持っているのと持っていないのでは大きく成長力が違ってくるいい例だ。

稀に生まれたときからスキルを持っている人間も居るともいうが、それこそ才能の証なのだろう。


寺子屋で学びながら【スキル:学士】を取得できるものは20人に1人も居ないと言うが、

もしも取得できたならこれからの人生で大きな財産になること請け合いである。


「だーー!!やってられっか!」

「駄目だよ権助。あんまり騒いだら先生に怒られるよ。」

「そろそろ迷惑かける奴も居なくなってきたけどな。皆帰ってしまったぞ。」

「ぬぐぐぐ・・・・。」


一応彼の友人であるからして、居残りを言いつけられた権助の課題が終わるまで粘る二人。

日も大分傾いてきて、縁側から見える位置からして大体午後3時程度か。

授業は7時から1時までの6時間の間に行われるため、二時間の居残りである。

絹子も秋一も勉強が苦にならない性分であるため、長時間座って本を読むことに抵抗が無い。

しかしいい加減水筆での写生に飽き飽きし始めた権助はそろそろ限界であった。


「ま、まぁ頑張れ。終わるまで待っててやるから。」


なんとなく、前世でいけ好かない教師に何度も何度もやり直しをさせられた経験があるだけに、彼の気持ちも解る。

それくらいしか、今の秋一に言うべき言葉は無かった。


*



あれから、同じ一緒に村に帰って、少し遊んでから拠点に戻ると既にあたりは夕暮れ前に差し掛かりつつあった。

鬼ごっこにしろ何にしろ、力をセーブするのが骨が折れる。

なにせ余剰成長値は全て【力】とMPに極振りしている訳であるからして、下手に力を込めると文字通り相手の骨が折れてしまうのだ。


「さて、今日の作戦は夜間戦闘についての情報収集だな。特に気をつけて行かないと・・・・。」


俺は呟きつつ薄暗い拠点の中で、現在考えうる最高の兵装を整える。

とは言え、現在俺が取得している工作系のスキルは【スキル:木工】と【スキル:裁縫】の二つだ。

鉄や金属製品の加工などは生半可な設備で出来る事ではないので、当然と言えば当然の結果である。

よって、現在考えうる兵装もまたそれに準じた材料で作られることになるのだ。

残念ながら、何処からどう見ても旧時代の暗殺者のような外見であり、自分の求める軍人像とはほど遠いのが現状である。


「弓、ボーラ、短刀・・・・そして、銃剣。準備よし!」


俺は矢筒を腰に巻き、弓を背負うと、最後に壁に立てかけてあった「ライフルの形をした槍」を手に取った。

何を隠そう、これこそが長年待ち望んだ近接戦闘装備であり、自分の最も得意とする得物だ。

同じミリオタにしか解るまいが、前世から使い慣れた三八式歩兵銃を意識した造詣に仕上げてある。

これの完成を持って始めて死にスキルだった【スキル:槍術】と【スキル:槌術】を活用できる目処が立ったと言えるだろう。


「やっぱりこれが一番安心できるな・・・。」


完成したのはつい一週間ほど前だが、近頃は狩りに出る際はこれが無ければ落ち着かないほどだ。

全体はズシリと重く、樫で出来た木刀である。

先端には珍しく無事だった短刀がガッチリと備え付けられており、生半可な事では取れない。

槍の柄にしては随分と太い柄は、しかしだからこそ容易に折れたり切られたりする心配が無い。

突いて良し、殴って良し、受けて良しの万能兵器である。


・・・まぁこの世界の人間にとって、かなり変わった形の槍にしか見えないことだろう。

槍の柄は手に余るほど太く、扱いにくく感じるかもしれない。

奇妙な形はなるほど、機敏さにかける鈍重な印象を受けるかもしれない。


しかし、だがしかしだ。重火器を除けば、これこそが俺の信じる最強の近接戦闘武器。

最も頼みを置く武器だ。


本来銃剣とは、かつて敵兵に接近された歩兵のために苦し紛れに考案された、急場凌ぎの兵器に過ぎなかった。

ただ突き、只殴る。・・・鉄パイプか竹槍と同列の器械だ。


しかし・・・・一時大戦・二次大戦を超え、かつて旧日本軍に置いて槍術を基本に研究された銃剣術。

これはすなわち、すでに歴史ある"武術"。


俺の学んだ自衛隊式銃剣術は決してこの世界で通用しないなどという事は無い。

戦場で幾重もの血を啜り成長した、紛う事なき実戦武術である。


「しかしまさか、こんな所で役に立つ日がこようとはな。何が幸いするかはわからんもんだ。」


まさかミリオタの手習いとして、型だけ全て憶えておいて事がこの世界に来てこれほど生きるとは思わなかった。

そもそも幾ら銃剣道が優れた武器格闘術だとは言え、

俺が元自衛官から教わった理由はサバゲーの一環。

只単にマニア根性でミリオタ仲間と教わった、お遊びに過ぎなかったのだ。


だが、武術の型やその理念をしっかり熟知しているだけでも、より的確に成長する事が出来るのだ。

血が滲むほど真剣に修行したのは、この世界に来てからが始めてだった。

しかし今やその有り難味がいまでは良くわかる。


槍を振るえば振るうほど、俺は闘えば闘うほどその合理性を実感していったものだ。

俺は極限の狩りの中で、先人の遺した"武術の型"がいかに素晴らしいものか知る事が出来た。


ミリオタが冷やかしに道場に通うと言う、無礼千万だったかつての俺。

明らかに真剣味が足らなかった感は否めない。

だがそんな物見遊山の根性の人間にも、真面目に全ての型を叩き込んでくれた師匠には深く感謝している。

その経験があってこそ、今の俺があるのだから。


俺は夕暮れ間近の、北の森の前に立つと銃剣を握りなおし、気持ちを新たにした。

壮年の頭のボリュームが寂しい師匠の姿が頭を過ぎていく。


「・・・・作戦行動開始!」


音も無く木々の陰を駆ける影が、勝って知ったる森を僅かに震わした。

夕方の徐々に赤くなっていく空を背に、湿った森の空気に溶け込む秋一。


今日は夜間の戦闘における情報を収集する目的であるが故に、少しづつ薄暗くなっていくこの時間帯を選んだ。

近頃は醜犬族と言う厄介な鼻も居る事ではあるし、そのためにあらゆる対策を講じてきている。

おそらく、これらは有効に働くことだろう。


今日は夜間で闘う経験を積む・・・・と言うよりは、今回は夜間の森の生態調査が中心になる。

俺はそれを念頭に、北の森と言う巨大な生物の一挙一動を見逃すまいと目を凝らしてゆく。


これからの俺の活動にとって有利になる情報があれば、確実に取得しておきたい。

特に、あのうざったい醜犬族とか、醜犬族とか、醜犬族とか・・・・・の事だ。


奴等を楽に狩る方法は無いものか。

俺は地味に切実な悩みに頭を捻った。



*



薄暗い森の中、これまで以上に慎重に木々の間を中腰で移動する。

夜間戦闘の経験を積み、情報を収集するためとはいえ、本格的に夜間の森で狩りをするつもりではない。

ただ夕暮れ前から日が赤く霞むまでの間、森の中で活動してみるというだけの話。


それ故実際には完全な夜を経験するというわけではない。

だが、これまでは慎重を期して早朝から昼下がりまでの間しか森に入る事はなかったので、

時間帯の変化による魔物の行動の変化と言った情報を俺は持っていない。


近頃醜犬族の跳梁が厄介極まるので、出来ればその対策の突破口となってくれれば幸いなのだが・・・・。


「おかしい。・・・・醜犬族がいない。何処へ行った?」


静まり返る森の中には【スキル:索敵】を使える身からすれば、

いつもうるさいほど無遠慮な衣擦れの音や呻き声が聞こえると言うのに。

今日はあまりに森が静かだった。

首筋がチリチリする感覚が常にするのがおかしい。


──これは重大な"違和感"だ。そして"異常"でもある。

だが、醜犬族の習性を詳しく知っているわけではない俺にとっては、これは要調査対象になり得る。

この夕暮れ時だからこその現象なのか、それとも何か別の要素がこの森に入り込んでいるのか・・・・。


"危険を冒す者が勝利する"の弁の通り、ここは危険を押して調べるべきだろう。

俺はそう判断した。


・・・醜犬族が俺にとって厄介な点は、その鋭い嗅覚・聴覚と、高い瞬発力である。

醜犬族と言うのは知能自体はむしろ仔鬼よりも低く、道具も殆ど使っている個体が居ない。

筋力や体重もかなり下回るし、体は仔鬼よりも脆弱である。

もしも接近戦になったらと言う仮定ならば、重く力強い仔鬼のほうが厄介だ。

加えて仔鬼は群れる。基本的に一匹で行動する醜犬族より余程脅威である。


・・・・ただ醜犬族は体重が軽い分、素早い。

加えて、彼らの嗅覚・聴覚は俺の【スキル:索敵】と同程度の能力を持つらしく、

かなり遠距離からでも補足してくるのが厄介極まるのだ。

奴等が動けば此方も索敵能力で発見できるが、その時は既にかなり近くに近寄られていると言うのが致命である。

接近戦で殺す事自体は簡単だが、神経を削ってしまう。


総じて、危険度度合いで言えばほぼ同程度と言えるだろう。

ただ仔鬼と違い、醜犬族は現在の俺の戦闘スタイルと相性が悪いので、近頃は気が立っているというだけの話だ。

いつもどおり、森を一定のパターンで決められた巡回ルートを通り索敵する。

が、状況は大きく一変した。


「・・・・・居た。あんな所に、一匹、二匹・・・・なんだありゃ?」


遠く見えるのは、何匹かの醜犬族とスンスンと鼻を鳴らす巨大な一匹の"狼男"。

【スキル:直感】が警報をビンビンに鳴らす。

2M程はある醜犬族の変種のような奴は一体何者なのだろう。


「・・・・まだ、気付かれて無いか。」


急ごしらえの<対醜犬族迷彩>は上手く機能しているらしかった。

醜犬族の死体に一晩ギリースーツのボロ布を被せて置いただけなのだが、上手く匂いが移ったようだ。

これからの探索にも応用できる技術がまた一つ実証された。


まぁそれはともかく。

あれは・・・一体何だろうか?


要調査対象と言うよりは、むしろ要殲滅対象であるように感じる。

それ以前に、既にここから帰還することが難しい事に気付く。

匍匐姿勢で様子を伺っているが、連中の内何匹かの耳がピクピク動いていやがるのが解る。

あまり物音を立てると気付くだろう・・・どうしたものか。

撤退が難しい状況に、図らずとも追い込まれてしまった。


(・・・・・狙撃?いや、毛皮が硬そうだ。それに一発で致命傷になるかどうか・・・。)


レベルはかなり高めかもしれない。

何故かは解らないが、ただの弓では奴に矢を突き立てることが出来る気がしない。

さりとて、銃剣での格闘になってしまえば明らかにタッパの上回る相手が有利。

俺は必死でこの場での正解を模索する。


(・・・・逃げるしか無い。だが、どうやって?下がれば気付かれるかも知れん。
───気付かれたら、逃げ切れるかな?)


おそらく、無理そうだ。

あの巨躯に発達した大腿は、見ただけでも相当のスピードを誇ると予想がつく。

何ゆえあんな化物がこの森に居るのか、

あるいは違和感を感じた時点でなぜ帰還しなかったのか・・・・などと益体も無い無様な思考が脳裏を過ぎた。


だが、考えようによってはラッキーであるかもしれない。

あんな化物に遭遇する時点で不運かもしれないが、ある意味不幸中の幸いと言う奴だ。

何故なら、『此方が先に発見できた』のだから。


(奴が【スキル:陰行】を習得しているかは未知数。
だが、もしも俺の索敵能力を上回る隠密能力を備えていたとしたら・・・・一撃死もありえた。)


ならば、明日を待たず"今"調査を行った事は結果として良い結果を導き出したともいえる。

奴が何時からいたのか?この森に定住しているのか?と言った様々な疑問も尽きないが、

ポジティブに考えれば、これはまたとない奇襲のチャンスを得たと言える。

通常なら手も足も出ない格上相手に、ジャイアントキリングをかませる絶好の機会でもある。


(狼男が一体。醜犬族が一、二・・・・・五体。奇襲が嵌れば、手持ちの手札で十二分に殲滅可能・・・・!)


ニィ、と口端が釣りあがるのが止められない。

これだから、狩りは止められないのだ。


───始めは、ただ飢えのためだった。

ただ肉が食いたいばかりに、野生動物を知恵を凝らして狩って持ち帰ったのが俺の狩りの原点。

だが、何匹も狐やキジ、兎なんかを狩ってゆく内、レベルアップと言う現象に出合ってからだ。

・・・俺の狩りはドンドンエスカレートしていった。


──目に解る成果!──確実に成長できる達成感!


初めからこの世界に生きる人間にとっては解らないかも知れないが、

自分の努力がどれだけ報われているか具体的な数値で知る事が出来ると言う事がどれだけ燻っていた向上心を燃え上がらせた事か。

そうして、何時の間にか自分はいわば"レベルアップ中毒"とでも言うべき状態に陥っていた・・・・。

だが、治すつもりも毛頭無い。


高みを目指すでもなく、目的があるわけでもない。

ただ手段が目的に入れ替わってしまっていて、俺はそれを良しとする人間であった。


ようは、ゲームである。

相手は幾ら殺しても心の痛まない害獣。それを敵兵に見立て、殺す。

敵地に潜入して、単身任務をこなす一兵卒になりきるRPG(ロールプレイングゲーム)。

そして、強くなる。


いわば、俺にとって"狩り"とはとてもリアルなサバゲーなのだろうと思う。

それも"命を賭けたゲーム"・・・だ。


死ぬつもりも無い。命を軽んじるつもりも無い。

痛いのは嫌だし、苦しいのは嫌いだ。

ミリオタと言っても、本当に殺したり殺されたりがしたい訳じゃない。

自分は臆病で痛がりでどうしようもない弱虫だと知っている。

自分だけは死なない等と自惚れている訳でもない。───ただ、それでも俺はこの状況を愉しんでいる。



前世では自分はこんな奴だったなんて思わなかったが、・・・筋金入りのミリオタとはこう言う人種なのかもしれなかった。


生粋の軍人などではなく、ゲームと現実を履き違えた狂人と言う訳でもない。

ただ、戦争と言う一つの概念にどうしようもなく引き込まれた愚か者。

戦争と言う無意味で非生産的な行為に、特別の価値を見出してしまった勘違い者の事を指すのだろう。


ならば、"ソレ"が許される環境におかれたならば箍も外れよう。

ハッキリ言って自分のやっている事は、公園の鳩をボウガンで撃ち殺す最低の人間とそう変わらない。

そういう醜悪な行動理念である事は理解している。



それでも、・・・・俺にはこれを止める気はさらさら無いのだった。


───バクバクと奮える心臓の音が、何処か心地よい。


藪に臥せり、前方の少し開けた森の一角に目を凝らせば身振り手振りでコミュニケーションのような事をしている醜犬族が見える。


ソレを見つつ俺は静かに、且つ迅速に背負った弓を銃剣に嵌めこみ始めた。

確実に相手を殺すために、自分は生き残るために。ありとあらゆる条件を勘案して、無い知恵を絞り作戦を立てるのだ。


銃剣の初めて使う機能だが、これならば、格上相手にも致命傷が与えられるだろう・・・・。

俺はじっとりと汗ばむ首元の汗をぬぐう事もせずに、腹ばいのまま作業を続ける。


───口元を、歪に吊り上げたままで。


つづく。























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