「ね、フェイトは何をお願いしたの?」
「え?」
フェイトが海鳴で迎える二度目の冬。つまりはレヴィが初めて迎える冬のとある日の事だ。クロノとエイミィは昨日からアースラでの長期任務へ就き、アルフはフェイトの勉学の邪魔にならないようにと理由を得、一人気ままに出かけている。現在ハラオウン家にいるのはフェイトとレヴィ、そしてリンディだった。
学校から出された冬休みの課題をリビングで片付けている最中、突然レヴィから尋ねられた内容。それにフェイトは不思議そうな表情で顔を上げ、質問をしてきたレヴィを見つめた。そのレヴィと言えば、冬休みなどの長期休暇定番の再放送アニメへ視線を向けていた。
意識をそちらへ取られつつもフェイトの答えを待っているようで、時々彼女の方へも視線を向けている。フェイトはその様子に小さく微笑むともう一度レヴィへ問い返す事にした。どこかでレヴィの問いかけが何を指しているかを推察しながら。
「えっと、お願いって?」
「プレゼントのだよ。エイミィが教えてくれたんだ。地球にはサンタって人がいるんでしょ? で、僕みたいな強い子にはプレゼントをくれるって」
「あ、クリスマスプレゼントか。でも、たしかなのはやはやては貰えるのは強い子じゃなくて良い子って言ってたような……?」
フェイトはなのは達友人から聞いた事を思い出しながら手にした鉛筆を顎に当てる。レヴィの言っている事をきっぱりと否定出来ないのは、彼女自身もまだあやふやな部分があるからだろう。一方レヴィはそのフェイトの発言に酷く驚いた顔を見せた。自分の信じていたものが根底から覆ったためだろうか。その反応にフェイトは内心そこまで驚かなくてもと思っていたが。
「えっ!? 強い子じゃないの!?」
「う、うん。たしかそうだったと思うよ」
「そんなぁ……それじゃディアっちがプレゼントもらえなくなるよ~」
現在八神家で絶賛生活中のディアーチェ。彼女はレヴィから見ればとてもではないが良い子ではなかった。はやて達への言葉遣いや態度は王の名には相応しいが優しさに欠けるために。
だがフェイトはレヴィの言葉に苦笑する。はやて達はディアーチェが良い子だと思っているからだ。フェイト自身も何度か接した事があるからこそ分かっている。たしかに言葉遣いや態度は一見すると横暴に感じるも、その行動の根底にはちゃんと優しさがあるのだ。
早くレヴィも相手の表面的な事ばかりだけでなく、その内面的な事まで理解出来るようになってほしい。そんな姉のような事を思いながら、フェイトは残念そうな顔をしているレヴィへ安心させるような声でこう告げた。
「大丈夫。ディアーチェはプレゼントもらえるはずだから」
「そう? ならいいけど」
フェイトの言葉に今一つ理解出来ないでもレヴィは安堵し意識を再びテレビへ戻す。それに苦笑したフェイトはふと視線を後ろへ向けた。そこには昼食の支度を始めたリンディがいる。今年めでたく艦長職をクロノへ引き継いだ彼女は一線から離れて後方へ異動。以来フェイトやレヴィの良き母として家事に重きを置いていたのだ。
それもあり、二人の少女もその手伝いをしていたのだが、最近リンディがある事を残念に思っている事を思い出してフェイトは一計を案じる事にした。その決意からか小さく頷き、フェイトはテレビへ夢中となり始めていたレヴィへと声を掛ける。
「それより、レヴィは自分の事を心配した方がいいかも」
「何で?」
「だってレヴィは最近母さん達のお手伝いしてないよね? 良い子じゃないってサンタさんが思ってるかもしれないから」
フェイトの言葉にレヴィの顔が一気に青ざめていく。このところレヴィは家の手伝いをやっていなかったのは事実だった。まったくと言う訳ではないのだが、それでも冬休みに入ってからと言うもの今のようにテレビ番組やフェイトと遊ぶ事に夢中になり、結果としてリンディやエイミィの手伝いをしなくなっていたのだ。
フェイトはレヴィに付き合いながらも、今のように課題や手伝いなども少しではあるがやっている。その時にリンディが「最近レヴィが手伝ってくれなくて寂しい」と漏らしていた。クリスマスの話題を利用してリンディの寂しさを減らしてあげたい。その想いからの言葉にレヴィはフェイトが思った以上に反応を示した。
レヴィはフェイトの言葉を聞くや否やソファから立ち上がり、すぐさまキッチンで昼食の支度をしているリンディの元へと駆け寄っていく。その背をフェイトは目で追いかけた。すると、気のせいかレヴィから切迫した雰囲気が漂っているように感じ、彼女は小さく笑った。そうまでしてプレゼントが欲しいのかと思いつつ、フェイトは楽しそうに笑みを浮かべてレヴィの事を見つめた。
「ね、お母さん! 僕に手伝える事ないかな!」
「あら? レヴィ、テレビはもういいの?」
「いいよ。今の僕にはテレビよりもお母さんのお手伝いの方が大事だもん!」
レヴィの力強い断言にリンディは一瞬呆気に取れるものの、すぐに嬉しそうな表情を浮かべる。今のような子供らしい事をクロノもフェイトも中々言わないため、幼さを強く持つレヴィとの触れ合いはリンディにとって楽しく嬉しいものだった。故にそれが最近減ってきていたのを寂しいと表現するのも仕方ないと言える。リンディは笑顔でレヴィへ手を洗うように告げると、昼食で使うのだろう食材を切って欲しいと指示を出して自分は別の事をするために動き出した。
レヴィはリンディの嬉しそうな雰囲気に軽く小首を傾げつつ手を洗い始める。その様子を見てフェイトは優しく笑みを浮かべると意識を再び課題へと戻した。後ろから聞こえる二人の楽しげな声をBGMにフェイトは課題をこなしていく。やがて食欲をそそる匂いが漂い始めた頃、リビングにはフェイトの姿はなかった。課題を切り上げ、彼女もキッチンでレヴィと共にリンディの手伝いをしていたのだ。
「さ、じゃあ出来た物からテーブルに並べてくれる?」
「はーい」
「れ、レヴィ、一度でそんなに運ぶのは無理だよ。私も持つから」
「フェイトは心配症だなぁ。これぐらい僕ならラクショーなのに……。しょうがない。じゃ、これフェイトの分ね」
「ふふっ、落とさないようにね」
そうして始まる食事を食べながらの楽しい時間。レヴィが夕食はカレーがいいと言い出し、リンディがなら買い物にいかなければと笑う。フェイトは匂いでアルフが不満を漏らす事を心配すると、何故カレーの匂いで不満が出るのかとレヴィが理解出来ないとばかりに首を傾げる。
そこへ空腹になったのかアルフが帰宅。テーブルに並ぶ料理の量的に自分の分がない事を察し、どこか残念そうに項垂れた。そんな様子を見てリンディが申し訳なさそうに謝り、フェイトが自分の分を分けようとやや慌てるように動き出した。そしてそれを受けてレヴィが自分のお菓子を食べていいからと慰める。
結局アルフの食事はフェイトとリンディから少しずつ分けてもらい、レヴィのお菓子をもらう事で解決となったのだが、満腹とはならなかったアルフはリンディが行こうとしていた夕食の買い物を引き受け、スーパーで何か食べる物を買ってくる事にして再び外出と相成った。それを見送った後もレヴィはリンディへ手伝う事はないかと問いかける。リンディはその行動に疑問を感じるものの、フェイトがその理由を教えると納得して微笑みを零した。
「そう。クリスマスプレゼントを……」
「うん、どうしても欲しいみたい。でも、レヴィにそんなに欲しいものってあったかな?」
「ふふっ、さあどうなのかしら。気になるのなら聞いてみたら?」
「え? 母さんは知ってるの?」
「当然よ。だってお母さんだもの」
リンディはそう告げるとウインク一つ。その言動が実にらしく思えて、フェイトは苦笑すると同時に何とも言えない温かさをそれに感じる。リンディは風呂掃除を頑張るレヴィの元へと向かいその光景を見ているのだろう、やや苦笑するような声が聞こえていた。そんなリンディへレヴィは安心させるような事を言っているのだが、その鼻の頭に泡を付けているためかリンディの声が余計に笑いを帯びていく。
そんな声を聞きながらフェイトは一人レヴィの欲しいプレゼントが何かを考えていた。この一年近くになる付き合いで互いの事はある程度理解したと思っている。だがそれでもレヴィが欲しがるプレゼントの心当たりは浮かばなかった。
(最近出たばかりのゲーム……? でも、あれはなのはが買うみたいな事を言ってたから違う……。ならラジコンかな? まさか大きなクリスマスケーキとかは……ない、よね?)
浮かんでは消えるレヴィの欲しがりそうな物の数々。レヴィの物欲がいかに強いかを思い出させられ、フェイトは微かに笑う。いつでも自分の気持ちや考えを素直に告げるレヴィ。それはフェイトには中々出来ない事。その純粋さと素直さを羨ましく思うのと同時に、それがレヴィと自分との大きな違いだと改めて感じて。
外見は似ていても中身はやはりまったく違う。それがフェイト自身の中にある悲しい記憶と嬉しい記憶を呼び起こす。コピーであり、人形でしかないと最愛の母に言われた事と、自分は自分だからと最初に得た友人であり親友から言われた事を。
胸が感じる微かな痛みと確かな温かさ。それにフェイトは小さく呟く。ありがとう、と。それが何に対しての感謝なのか、誰に対しての言葉なのかは本人にしか分からない。ただ、その呟きをした後のフェイトは、どこか明るさを増したように微笑みながらレヴィとリンディがいる場所へと歩き出す。そこでは、泡だらけになりながらも風呂掃除を自分なりに完璧に終わらせ胸を張るレヴィと、その姿に笑みを浮かべつつしっかりとやり残しを指摘するリンディの姿があった。
「どう! ピッカピカだよ!」
「そうね。でもレヴィ? まだ壁が残ってるわよ?」
「え~っ、壁なんかもお掃除するの~?」
「ええ、レヴィが浴槽を凄く綺麗にしてくれたから同じように壁もやって欲しいの。ここまで綺麗には私でも中々出来ないから」
「そ、そうかな? 僕、そんなにお掃除上手?」
「もちろん。だからお願い出来るかしら?」
「まかせてっ!」
リンディの言葉に、最初の不満そうな表情もどこへやらとばかりにレヴィは上機嫌で浴室の壁を掃除し始める。その様を見て満足そうに頷くリンディと苦笑するしかないフェイト。こうしてこの日レヴィはくたくたになるまで家の手伝いを行う事となる。だがそれでもレヴィは文句を言う事もせず働いた。今までで一番の働きを見せたために帰宅したアルフが面食らう程に。
フェイトもレヴィの姿を見て増々彼女が欲しがっているプレゼントが気になっていく。しかし中々聞き出す事が出来ないまま時間は過ぎ、やがて二人が部屋で眠る時間となる。手伝いを全力でやっていたためかいつも以上に眠たそうな顔をしたレヴィを見て、フェイトはプレゼントについて聞くのは明日にしようと決めて二段ベッドの下段へと横たわった。
すると、フェイトは何故かレヴィは上段へ向かわず自分がいる下段を見つめている事に気付いた。その理由が分からないまま、フェイトは不思議そうな表情を浮かべて体を起こす。
「どうしたの?」
「それは僕のセリフだよ。何か聞きたい事があったんじゃないの?」
ぽつりと呟かれた言葉にフェイトは思わず息を呑む。どうして自分の気持ちが分かったのだろうという思いがそこに現れていた。レヴィはそのフェイトの反応に欠伸を一つすると右目を軽く擦る。その仕草がとても可愛らしく思え、フェイトは肩の力を抜いて尋ねた。
「どうしてそう思ったの?」
「だってさ、お風呂掃除したぐらいからずっと僕の事を見て何か考え込んでるんだもん。で、気になってお母さんに聞いたんだ」
「そっか、母さんが教えたんだね」
「そ。それで何を僕に聞きたいの?」
そう言いながら今度は左目を擦るレヴィ。そうしていないと今にも眠りそうなのだろう。そう悟り、フェイトはどうしようかと迷う。ここでプレゼントに何を望んでいるのかを聞いてレヴィを納得させるべきか、それとも今日はもう寝かせて明日の朝に教えてもらう方がいいかを。
そうやってフェイトが若干考え込んだのを見たレヴィは、眠そうな顔であろう事か彼女の隣へと転がり込むといつでも眠れるような体勢となった。そして戸惑うフェイトに対して眠そうな声でこう告げたのだ。
「早くしないとぉ……僕がこのままここで寝ちゃうぞ~……」
今にも閉じそうな目を辛うじて開いて告げたレヴィの言葉に、フェイトは心からの笑みを浮かべると「別にそれでもいいよ」と返した。するとそれにレヴィは何か反論するでもなく目を閉じる。気が抜けてしまったか。そう思ってフェイトも再び横になろうとした時だ。小さな声でレヴィがこう尋ねたのだ。
―――僕、これでプレゼントもらえるかなぁ?
―――……うん、絶対もらえるよ。レヴィは良い子だから。
―――えへへ、よかったぁ……
そう答えるとレヴィからは安らかな寝息が聞こえ始める。それにフェイトは小さく苦笑し、出来るだけ静かに横になった。もう自分の中でレヴィの望むプレゼントが気にならなくなっている事をどこかで理解しながらフェイトも目を閉じる。隣から感じる確かな温もりにとても心が満たされていくのを感じつつ、彼女はその意識を手放すのだった。
そうやって二人が寝付いた頃、リビングではリンディが一人湯飲みを片手に一息吐いていた。そして何かを思い出して嬉しそうに笑みを浮かべると、テーブルに置かれた二枚の紙へ目をやった。それはクリスマスに際してリンディがフェイトとレヴィへ欲しい物を書いてくれるよう頼んだものだ。
「フェイトは相変わらず自分の事ではなくて誰かの事を考えたもの、か。一方でレヴィは本当にらしいわね。でも、レヴィは本当にフェイトが好きなのね。だけれど……このお願いならクリスマスより七夕の方がよさそうだわ」
その手にした紙に書かれた内容を見てリンディはそう微笑ましく思って呟いた。フェイトはレヴィとアルフのためだろう”クリスマスケーキと鳥の丸焼き”と書いている。そしてレヴィの方には拙い字でこう書かれていた。
”フェイトとずっと遊べる時間が欲しい!”
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フェイトとレヴィ再び。今回は以前の話よりも昔です。前回と今回は、二人以外のキャラを関わらせてみようと書いてますがどうでしょう? やはり二人だけの方がいいんでしょうか?
次回ははやてとディアーチェを予定。また書きたくなった時に更新しますので気長にお待ちください。