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[31710] 【短編ネタ】なのはとシュテル
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/02/25 12:47
 それは有り得たかもしれない可能性。闇より生まれし三つの存在。彼女達がもしも消え去るのではなくそのまま生存したら? 自分達の基となった少女達と共に生活しただろうか? これはそんなIFの世界のお話……





「行くのですか?」

「うん、これからはミッド暮らし」

「……そうですか。では、その間にこの街を私達が闇の世界へ変えておきます」

「にゃはは、それは困るなぁ。出来れば笑顔の絶えない街にして欲しいんだけど」

 なのはの苦笑に彼女とそっくりな顔をした少女―――シュテルは無表情で素っ気無く言葉を返す。

――――私達の目的は以前にも話した通りです。それが変わる事は有り得ませんので。

 シュテルの返答が実にらしく、なのははそれに苦笑を更に深めるのみ。だがなのはは知っている。シュテルやディアーチェ(通称ディア)はともかく、レヴィは既にそんな事を忘れて日常を謳歌している事を。そして残る二人もこの数年間ですっかり海鳴暮らしに慣れ、この街が気に入っている事も。
 今もこう言っているが本心からそれを言ってはいない。そうなのはは分かっている。伊達にこの数年間寝食を共にした仲ではないのだ。既に家族も同然の関係。そうなのはは考えているのだから。

 なので何の不安もなくミッドチルダへ行く事が出来る。きっと先にミッドへ引っ越したはやてやなのはと共に今日旅立つフェイトも同じ気持ちだろうと考えて。最後には笑顔でシュテルへ告げた。自分の偽らざる気持ちを。

「じゃ、お母さん達の事頼んだよシュテルちゃん。私の分まで可愛がってもらってね」

「いいでしょう。貴方が帰ってくる場所を奪うのも一興です。この家の者達が貴方の事を忘れるようにしてみせます」

 その言い方になのはは再び苦笑するもどこか寂しそうな表情を浮かべる。こんなやり取りももうしばらく出来なくなる。もうこの数年間当たり前のように交わしてきたのだ。既にシュテルと会話する事が日常となっている自分に気付き、それが嬉しくもあり同時に悲しさも抱いたのだろう。
 すると、そんな彼女の気持ちを察したのかシュテルは不敵に笑ってこう言い切った。それは表面上こそ冷たくあしらうもの。しかし、シュテルも気付かぬ内にその本心が出てしまったのだろう。その最後に彼女はらしからぬ言葉をつけてしまった。

――――ですので早く行ってください。精々帰る場所がなくならないように祈る事ですね、なのは。

 その言葉に驚きを見せるなのはへシュテルは手を振って送り出そうとする。だが、なのはは一向に動き出す気配がない。そう、シュテルがなのはの事を名前で呼ぶ事は今までなかったのだ。いつもなのはだけは”貴方”や”オリジナル”と呼んでいたシュテル。それが海鳴を離れる時になって初めて呼んだ事。それに驚いていたなのはだったが、その事へ思いを馳せた瞬間思わずしゃがむとシュテルの体を抱きしめた。

 それに微かな驚きを見せるも、シュテルはそれでも冷静になのはへ問いかけた。どういうつもりかと。その対応がシュテルは先程の言葉を意識して言った訳ではないとなのはへ教える。それが余計に嬉しく思えたなのははシュテルの体を抱いている腕へ少しだけ力を加える。

「……そろそろ答えを聞かせて欲しいのですが」

「あのね、シュテルちゃんが名前を呼んでくれたのが嬉しいんだ」

「…………呼びましたか?」

 なのはの発言に珍しくシュテルは目を見開いた。それだけ驚愕する内容だったのだ。彼女としてはなのはの名前を呼んだ気はなかったのだろう。いや、もしかすると呼んだ事自体が無意識だったのかもしれない。とにかくシュテルはやや慌てながらも問いかける。それになのはが無言で頷いた事を受け、完全にシュテルは自分の失態を悟った。
 と、そこでシュテルはある事に気付いた。先程からなのはが一言も喋らない事に。その理由を考えた彼女はすぐにそれに当たりをつける。それはあの戦いから数年間共に過ごしていればこその予想。

――――泣いているのですか? つくづく分からない人ですね、あなたは。

――――だって一緒に暮らすようになって初めて名前呼んでくれたんだよ? これでやっとシュテルちゃんと友達になれたんだもん。嬉しくて涙だって出ちゃうよ……

 涙声のなのはにシュテルは呆れるでも驚くでもなく、ただ「そうですか」としか言わなかった。だが、その腕が静かに動きなのはの頭へそっと置かれる。それを感じ取ってなのはが疑問符を浮かべた。それを見越しているのだろう。シュテルはそのままあっさり告げる。

「それにしても泣く程嬉しいのですか? では、これからは名前で呼んであげましょう。ただし貴方のいないところで、ですが」

「え~? 出来れば私がいるところでも呼んで欲しいんだけど。それに私がいない場所じゃ私は泣かないよ」

「そうでしょうが貴方がいる場所ではやめておきます。その度にこうされては敵いませんので」

 微かに笑いながらシュテルはなのはへそう告げた。そこに若干の照れ隠しを見てなのはも小さく笑ってシュテルから離れると涙を拭う。そんななのはを見たシュテルはため息を吐いて部屋のドアを開けたまま背を向けた。これ以上見ていられないと判断したのだろうか。しかし、なのはは見た。その視線が一瞬時計へ動いていた事を。
 そこからシュテルはフェイトとの待ち合わせ時間を気にしたのだろうと理解し、なのはは微笑んで立ち上がる。どこまでも素直ではない優しさと態度に内心で苦笑してなのはは傍に用意していた荷物を手にした。

 そして背を向け続けるシュテルの後ろを通って部屋を出る。その際、出立の言葉として一番いいであろうものを投げかける事にした。しばらく帰ってこれない場所を自分に代わって守ってくれる姉妹のような友達へと。

――――じゃあ行ってくるねシュテルちゃん。絶対また帰ってくるから。その時は一緒に出かけよう。

 それにシュテルは何も返さず無言を通す。なのはもどこかでそんな彼女の反応を分かっていたのだろう。それでも少し寂しそうに表情を変えながらゆっくりと歩き出す。その姿が階段へ近付きそのままその感触を噛み締めるように一階へ向かって降りていく。自分が生まれ育った家を出る事を名残惜しんで。

 その足音が聞こえなくなるのを待ってシュテルは静かに階段へ振り返った。当然ながらそこにもうなのははいない。だからこそシュテルは告げた。誰もいないからこそ言える自分の本音を。

――――その約束は期待しないで待っていてあげますよ、なのは。

 その言葉はなのはの耳には届かない。だがそれでいいのだろう。シュテルはその場でそのまま立ち尽くした。なのはが家を出ていく音が聞こえるまでずっと一人で。やがて彼女もその場から離れて動き出す。その彼女がいた足元には何か水滴のようなものが落ちたような跡が残されていた……





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なのはとシュテルの別れ話……と書くと妙な感じになりますがそんな内容でした。こういう話は苦手なのですが、少しでも”いいなぁ”と感じてくだされば幸いです。あと、短くて申し訳ありません。



[31710] フェイトとレヴィ
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/03/06 22:47
 静かな室内に響くのは何かを入力するような音と少女の小声、それに時折ベッドを叩く足音が聞こえるのみ。だが、その足音がする時だけ入力音が止み、代わりに何かが小さくきしむような音が起こる。その原因は部屋にあるデスクで勉強している一人の少女だ。その名をフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。彼女が視線を向ける先には二段ベッドがあり、その下段には彼女と同じ顔の同居人が寝転がっていた。

「くっ……この……やったっ!」

 同居人の名はレヴィ。かつてフェイトと戦い敗れた雷刃の襲撃者と呼ばれた存在だ。あの戦いの後、レヴィはフェイトに受け入れられ、リンディの監督の下ハラオウン家に居候の身となった。扱いとしてはフェイトの双子の妹に近い。だがあれから一年以上経過した今、二人には差が出来つつあった。
 大人へ向かって成長していくフェイトと子供のままのレヴィ。そのため最近周囲はそのある意味での残酷さに気付いて心を痛めている。今は少ない差だけれど、いつかはそれが大きくなって歴然とした違いとなってしまうのだから。

 そんな周囲の思いを余所に、当の本人は気にするでもなく過ごしているのか、いつも明るく元気に暮らしている。そんなレヴィは手にした携帯ゲーム機に夢中で、先程から何か上手くいく度にガッツポーズをしていた。だが足音は立てていない。そう、彼女が足音を立てる時は決まっているのだ。それは……

「くぬぬぬ……あっ、あっ…………負けたぁ」

 その瞬間ばたばたとベッドを叩く音が起きる。レヴィが失敗した時に限り、彼女の足が動いて音を立てるのだ。それをフェイトが気にしているのにはちゃんとした理由がある。実は、彼女は現在執務官試験を受けるための勉強中なのだ。
 ただでさえ難関の執務官試験。あのクロノでさえ一度落ちたものなのだからフェイトが相当プレッシャーに感じているのは分かろうものだ。そんな状況にも関わらず、何故レヴィがフェイトの勉強を邪魔するように部屋にいるのか。そして何故フェイトは大事な試験勉強中にも関わらずレヴィに文句を言わないのか。その答えはレヴィの次の言葉にある。

「ねぇフェイト、まだ遊べそうにない?」

「う、うん。ごめんねレヴィ。もう少しで終わるから」

 それはレヴィがフェイトと一緒に遊びたいからだ。そしてフェイトもレヴィと遊んでやりたい。だからフェイトはレヴィの行動に文句を言えない。その気持ちが痛い程分かるのだ。大好きな人に相手して欲しい。その欲求はフェイトも昔強く抱いていたものだったために。
 生憎フェイトは、レヴィと違ってそこまではっきりと気持ちを出せない性格だったのでその想いを相手へ強く伝える事が出来なかった。レヴィがこう自己主張をするのは、どこかでその時の後悔があったのだろう。

 姉のような気持ちでレヴィの誘いに応じてやろうと考えるフェイトだったが、そんな彼女の気持ちを察する事もなくレヴィは駄々をこね始めた。

「う~、さっきからもう少しもう少しって言ってばっかりだ! そんなにフェイトは僕と遊びたくないの!?」

「そんな事ないよ。でも、この勉強は大事なんだ。レヴィにも話したでしょ? 悪いけどもうちょっとだけ一人で遊んでてくれないかな?」

 子供のような怒り方。普通の者ならば文句の一つも言うだろう内容だ。しかし、フェイトはそれに困った表情を浮かべるものの文句は言わない。こういう時、フェイトの脳裏に決まって浮かぶ存在がいる。それは彼女の常に傍にいてくれたアルフだ。
 外見こそ大人のアルフだがその話し方はやや幼い傾向がある。そのためレヴィと話しているとよくアルフの事を思い出すのだ。そんな似た部分がある二人だが、フェイトから見ると相性がそこまで良くない。口喧嘩が絶えないためだ。

 しかし、それを他者が見ればこう言うだろう。あれはむしろ仲が良いからだと。喧嘩する程仲が良い。それを体現している二人なのだから。

「それは分かってるよ。だけどさ、もう一人じゃ楽しくないんだもん。昨日は我慢したけど、今日は一緒に遊んでくれなきゃヤダ!」

 嗜めるようなフェイトの言葉にもレヴィは耳を貸さない。不満そうな表情でその気持ちを正直にぶつけるのみだった。そこにフェイトの事を気遣う気持ちはない。こうなると我を通す事が苦手なフェイトは困り果てるしかなくなる。いつもならばアルフなどに助けを求めるのだが、今日は生憎誰もいないのだ。
 リンディはアルフと共に買い物へ、エイミィはクロノと仕事の真っ最中。よって今この家にいるのはフェイトとレヴィの二人だけだった。孤立無援のフェイトは何とか勉強とレヴィの機嫌直しを両立させたいと考える。しかしそんな考えが早々浮かぶはずもない。

(どうしよう……確かに昨日はなのはのお見舞いでレヴィと遊んであげれなかったし……)

 つい先日勉強中のフェイトへある連絡が入った。ヴィータ達と魔導師として任務に出ていたなのはがその帰還途中で謎の機械に襲撃を受けたと。その際怪我をしたので入院する事になったとの話だった事もあり、フェイトは血相を変えてレヴィを連れてその病室へと急行したのだ。
 怪我自体は共にいたシュテルのおかげもありそこまで大きなものではなく、入院となったのも念には念をとの彼女の判断によるものだった。もっともそれをシュテルはなのはに言うなとフェイトへ頼んだのだが。

 その突然の出来事もあってレヴィと遊べる時間がなくなり、フェイトは申し訳なく思いながらも中断した勉強の方を優先してしまったのだ。どうもそれもあってレヴィは不満を抱いているようだ。そう把握したフェイトはふと気が付いた。レヴィの目に涙が浮かんでいる事に。

「レヴィ、ちょっとじっとして」

「え? わっ、ちょっとフェイトくすぐったいよ」

「動いちゃ駄目。……うん、これでいいね

 フェイトは持っていたハンカチを取り出すとレヴィの目元を優しく拭う。それをくすぐったそうにしながらもレヴィは言われた通り身動きせずにいた。両方の涙を拭き取り、フェイトはレヴィの顔を見て柔らかく微笑んだ。それにレヴィもすぐに笑顔を返すのが彼女らしい。
 先程までの怒りや不満はどこへやら、レヴィはそのままフェイトの体へ抱き着いて離れなくなった。それをフェイトは驚きながらも振り解く事はしない。何か思ったのか、彼女もレヴィを愛おしそうに抱き返したのだ。

 レヴィはフェイトを勉強から引き離せた機会を逃さないようにとの行動で、フェイトはレヴィが機嫌を直してくれたのでそれを損ねないようにとの行動だ。しかし、共通するのは互いを大切に思う気持ち。どこか穏やかな雰囲気が室内を包む。それにフェイトは純粋に思った事を口にした。

「このまま一緒に居れたらいいね」

 何気なく放ったこの一言がレヴィの思わぬ本音を引き出す事になると知らずに。

「……無理だよ」

「えっ……?」

「ずっと一緒は無理なんでしょ? 僕はずっとこのままで、フェイトは大人になってく。そうなったらいつかは一緒にいられなくなるってシュテルが言ってた」

 不意に告げられた言葉はフェイトの耳には妙に遠い言葉に聞こえた。いつもの明るく元気な声はそこにはなかった。代わりに聞こえてくるのは聞いた事のないようで聞き覚えのある弱気な声。それが何かを思い出したフェイトは無意識にレヴィへ視線を向ける。
 そこには、昔のフェイトがいた。愛する者と離れる事を嫌い、その事に怯えている自分が。思わずこみ上げてくる複雑な感情を目を閉じる事で抑え込む。あの時、親友の少女が乗り越えさせてくれた事を強く思い出し、フェイトは目を見開くと同時に小さく頷いてレヴィへ優しくも強い笑みを浮かべた。

「聞いてレヴィ。確かにいつかは一緒にいられなくなるかもしれない。でも、でもね。これだけは絶対に約束する」

「約束?」

「うん、私はずっとレヴィの傍にいるから。姿は見えなくなっても、声が聞こえなくなっても、いつか……いつか一緒に遊ぶ事が出来なくなっても絶対にレヴィの傍にいるから。だから、レヴィも約束して。レヴィも私の事を絶対忘れないって」

 そのフェイトの言葉にレヴィはしばし呆然となっていたが、やがてその言葉を理解したのだろう。輝くばかりの笑顔で力強く頷いたのだ。そしてレヴィはフェイトへ向かって右手を差し出した。その意図が掴めず小首を傾げるフェイト。その反応にレヴィは頬を軽く膨らませた。

「約束するんでしょ? だったら指切りって奴しないと」

「あ……そういう事か」

「も~、しっかりしてよ」

「う、うん。すぐに分かってあげられなくてごめんね」

 言いながら申し訳なさそうに右手の小指を差し出すフェイト。それに満足そうに頷いてレヴィも自身の小指を絡めた。揃って口ずさむはあの唄だ。やけに元気そうなレヴィの声につられるようにフェイトも心持ち大きな声を出す。そして最後の部分を唄い終わると同時に二人は指を離した。
 そのまま互いを見つめ合って微笑むフェイトとレヴィ。と、そこでフェイトはある物に目を移した。それは彼女がやっていた執務官試験の過去問題。後数問で終わりだった事を思い出し、どうしようかと考えたところで―――傍から熱視線を感じた。

「じぃぃぃぃぃぃっ」

 じと目のレヴィがフェイトの動向を見つめていたのだ。わざわざ自分で擬音をつけるところが可愛らしい。フェイトはその視線を受けて少しだけ迷うような仕草をする。だが、自分の答えを決めたのかやや苦笑いを浮かべると、レヴィへ向かってこう問いかけた。

―――じゃあ、レヴィ遊ぼうか。何するの?

―――えへへ、じゃあねじゃあね……

 待ってましたと表情を輝かせてあれこれとフェイトへ告げていくレヴィ。その様子を見つめフェイトはこういう日もたまにはいいかと思って小さく笑う。こうして二人はまずは共にベッドに寝転んでゲームを始める。最初こそそれなりに盛り上がりもするのだが場所が悪かったのだろう。
 結局この後、二人は泣き疲れと勉強疲れで揃ってその場に寝てしまう。帰宅したリンディとアルフが静かな事に疑問を抱いて部屋を覗いた時、そこには寄り添うように眠るフェイトとレヴィの姿があり、その手は決して離さないとの気持ちを示すかのように強く繋がれているのだった……




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フェイトとレヴィのとある一日です。感想をくれた方どうもありがとうございます。しかも好評頂き恐縮です。今回はその中から少しネタを借りて書いてみました。

世界観的には前回の話と同じで、御覧の通りこちらが前回よりも昔の頃になってます。前回がしんみり系だったので今回はほのぼのを目指したんですが……何か前回と似た感じになってしまいました。申し訳ありません。



[31710] はやてとディアーチェ
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/03/11 09:35
「今日も疲れたな~」

 ベッドに横になり九歳とは思えないようなセリフをぼやく少女。言っておくがまだ時間は昼前で決して一日の終わりなどではない。彼女の名は八神はやて。夜天の魔導書の主にしてこの家の主人である。今日も通院している病院での歩行訓練―――所謂リハビリを終えて自宅へと戻ってきたのだ。
 担当医である石田先生が驚く程の頑張りを見せるぐらいはやては早く歩けるようになる事を熱望していた。だが、九年以上も動かされた事のなかった彼女の足はかなりの強者。いかにはやてがシャマルの回復魔法で癒され、子供とは思えない程の意志力でリハビリに励もうとも早々簡単に歩けるようにはなれない。

 そんな状況でも一切めげる事なくリハビリを頑張っているはやて。そんな彼女の声だが、実は先程から少し振動している。その理由は彼女の足元にあった。

「まだ今日は始まったばかりではないか。それに我にこのような事をさせておいていい気なものだ」

 はやての足をマッサージする同じ背丈で同じ顔の少女―――ディアーチェがいたのだ。あの戦いではやてとリインに敗れ行き場を無くしたディアーチェ。そんな彼女をはやては家族として迎え入れようとした。
 当然ディアーチェはそれを拒否した。王である我に情けは無用と。だが、はやてはその性格をおぼろげにだが掴んでいたのだろう。ディアーチェへこう言って八神家で住むように仕向けたのだ。

―――そうか。ならこうしよか。これは挑戦や。わたしはシグナム達から主言われて慕われてる。そっちが王様や言うんなら、シグナム達やわたしがそう思うように出来るか?

―――……そういう事か。よかろう。ならば我自ら貴様ら塵芥共を心服させてくれる。ついでに子烏。貴様の住み家も奪ってやるわ。

―――なら決まりやな。あ、それとわたしの名前は八神はやてって言うたやろ。さっきわたし達に負けたんやから子烏って呼ぶ権利は消滅な。それが嫌なら王様は子烏に負けた言う事になるけど?

―――ぐっ……意外と言うではないか。まぁよい。我は王だ。器も大きい。それぐらい認めてやろう。……これでもう今回の勝負結果については二度と口にするでない。

 そんなやり取りを経て、ディアーチェは八神家へとやってきた。はやて達を自分へ平伏させるために。しかし半年以上経過した現状を見れば分かるように、その目的は達成されるどころかむしろディアーチェの方が八神家に染まりつつある。
 未だにシグナム達の事は下郎などと呼ぶ事もあるが、態度の方は来た当初に比べれば少し柔らかくはなったし家の手伝いなどもしているのだ。それもあってシグナム達もディアーチェの言動を気にする事はなく過ごしている。はやてにもそうしてくれと言われている事もあり、ヴィータ以外はディアーチェをどこか微笑ましく見ているぐらいだ。

 そんなディアーチェとはやての関係は今や完全に姉妹と言える。そのキッカケとなったのはリインが旅立った日の事だ。はやてはシグナム達へは普段通りに振舞いながらもディアーチェだけにはつい本音を漏らした。もうリインには会えなくなってしまったと。
 それを聞いてディアーチェがはやてへ掛けた言葉から始まった会話。それが二人の距離を大きく変える事となったのだから。

―――まったくもって愚かな主よ。こんな者を主と仰いでいたとはな。管制人格も報われぬわ。

―――どういう意味や。わたしを怒らせたいんか。

―――ふん、ならば教えてやる。はやて、貴様は何か勘違いしておらぬか? あの者は消えたのではない。旅立ったのだ。ならばそれを何故悲しむ必要がある? いつかは貴様も行く旅だ。つまり時が来れば再会出来る。

―――……そう、やろか。リインはほんまにそないな事考えてくれとったかな?

―――貴様、それでも八神はやてか? 我と初めて相対した際、貴様はあの者達を馬鹿にした我へ何と言った? 自分はどれだけ馬鹿にされようとも構わぬ。だが家族を馬鹿にする事だけは許せんと、そう確かに言い放ったはずだ。ならば家族を信じよ。あの者は貴様と必ず再会出来ると思って旅立ったのだと。

 その言葉にはやてはしばらく呆然となるも、ディアーチェの気持ちを理解し嬉しそうに頷いた。この日を境に、はやてはディアーチェの事を心の底から家族と思えるようになる。それ以来、はやてはディアーチェの事をディアという愛称で呼ぶようになった。そして今のようなやり取りをするまでにディアーチェと打ち解けたのだ。

 ディアーチェははやての足を解すようにマッサージを続ける。それがやけに様になっているのには訳があった。はやてがリハビリを始めた頃から、彼女は担当医である石田先生に頼んで足のマッサージ法を学んでいたのだ。それをはやてを心服させるための手段として使おうと考えて。
 しかし、それが表向きの理由であると石田先生は考えていた。ディアーチェが少しでもはやての助けになってやろうとしていると思っていたのだろう。まぁ、結局習得し終えたその日に、こうしてはやてを癒すため行う事になっているのだからその想像は正しかった事になるのだが。

「あー、そこ気持ちええなぁ。それに、させるも何もディアが帰りの勝負に負けたからや。わたしは何も悪びれる事はない」

「黙れ! あのような姑息なやり方があるか! 全部返す言葉返す言葉を”す”で終わるものばかりにしよって……」

「姑息やない。立派な戦法の一つや」

 リハビリの付き添いには、リインが旅立った今は基本ディアーチェだけが行く事になっている。そしてその帰り道で必ず二人は決まってある対決をする。それはしりとり。いつも尊大な態度を取り相手を見下すようなディアーチェだが、勝負を挑まれれば受けない事はなくむしろ望むところとばかりに応じてくれるのだ。
 そこに彼女がはやてを基にしている影響が出ている。孤独に九年間を過ごしていたはやてはそれを受け入れながらもどこかで他者の温もりを求めていた。そんな頃の心境がディアーチェにも残っているのだろう。故に他者を見下しながらも求められると嬉しいのだ。まぁ、それを素直には出さないのが彼女らしさであり、また愛すべき部分でもある。

 はやての返答にディアーチェは悔しげに唸るものの、これ以上反論するのは無意味と判断して黙り込んだ。

(迂闊であったわ。珍しく敗者には罰を与えようなどと言い出した時点で気付くべきであった。最初からはやては我を罠に嵌めるつもりだったとは)

 いつもは何も罰など設けず、ただしりとりをするだけ。それがディアーチェがマッサージを習得したと告げた瞬間、はやてがこう告げたのだ。しりとりで勝負をし、自分が負けたらディアーチェを王様として従う。ただし、ディアーチェが負けたら自分をマッサージしてくれと。

「何や幸せな気持ちになってきたわ。ディア、もうちょう強くお願い」

「命令するな! これはあくまでも罰故仕方なくしている事を忘れるでないわ。…………ふん、これでよいか?」

「おー、さすがやなぁ。ディアは何でも上手やから凄いわ」

「それでおだてているつもりか。だとしたらもっと世辞を学ぶのだな。今のままでは鉄槌とて騙せんぞ」

「ヴィータって呼んだって。それとお世辞の勉強は必要ないわ。騙す事なんてせんもん」

 そんな他愛もない雑談をしながら二人は過ごす。その間もディアーチェははやての足をマッサージし続ける。途中ではやてがもう止めてくれていいと言ったにも関わらず、ディアーチェはマッサージを止めようとはしなかった。その理由は「確かに負けたらマッサージをするとの条件を我は呑んだ。だがそれはするだけであり、貴様の言いなりになると言う事ではない。ならばマッサージを止めるも続けるも我の勝手であろう。貴様の指図は受けん」とのものだった。

 その頑固さというか妙な自分勝手にはやては苦笑しつつも嬉しそうに笑みを見せ、そういう事ならと好きにさせる事にした。やがてマッサージも終わり、やや疲れたような顔をディアーチェがする。なんだかんだで教えられた通りの事を全て施したからだ。
 それを目ざとく見つけたはやては起き上がると小さく手招きをしてディアーチェを自身の前へ呼び寄せた。それを不思議に思いつつもはやての前へ座るディアーチェだったが、どうもはやてはその体勢が不満のようで……

「あ、向かい合わせやなくて背中向けてくれへん?」

「背中をだと? 何をするつもりだ?」

「ええからええから」

 言われるままはやてへ背を向けるディアーチェ。すると、その肩が優しく揉まれる。何をと思うディアーチェへはやてが楽しそうに告げる。これはお礼だと。それにディアーチェは大きくため息を吐いた。これでは自分のした事は罰ではなく純粋な厚意になってしまうと思ったからだ。
 故にはやてへその事を指摘しようとしたディアーチェへ、その事を読んだようにはやてが先んじて口を開いた。

「わたしがディアへ与えた罰はマッサージしてくれる事。でも、そのわたしがもうええって言ったのにディアは続けてくれた。これはそれに対してのお礼や」

「あれは我が自らの意思で勝手にやった事だ」

「せや。やからこれもわたしが勝手にやりたいお礼なんよ。これならええやろ?」

「…………好きにせよ。もう一々相手をするのも疲れるわ」

「おー、それをまさかディアに言われる思わへんかった」

「ふん、どうせ我の相手の方が疲れるとでも言うのだろう?」

「あはは。ん、でもな、わたしはその疲れならいつでも大歓迎や。その疲れがなくなる方が…………わたしは嫌や」

 途中でふとリインの事を思い出して言葉に詰まるはやて。そこから繋いだ最後の言葉と共に少しだけ、ほんの少しだけ両手に力がこもる。それを感じ取り、ディアーチェは微かに視線を後ろのはやてへ動かした。しかし何かを言う事もなくすぐに視線を戻すと、手を止めているはやてへこう告げる。

「そんな事はどうでもよいが、貴様の礼とやらはこれで終わりか? ならば手を放せ」

 その言葉ではやても我に返ったのか、慌てて再度手を動かし始める。ディアーチェの声はどこか不機嫌だったからだ。その事が影響したのだろう。その後は会話もなく、ただ時計が時を刻む音のみが室内に響いていた。
 気まずささえ感じる沈黙の中、はやてはどうすればディアーチェの機嫌を良くできるかを考える。自分が何で機嫌を損ねてしまったのか。そう思い返した時、浮かんだのは自分と違ってディアーチェは二人での会話をそこまで好ましく思っていないのではとの考えだった。

 確かに仲良くはなった。親しくなり愛称での呼び方も許され、既に家族と呼んでもおかしくない関係にもなった。しかし、そう思っていたのは自分だけだったのではないのか。そんな考えがはやての中に生まれる。それが不安となるのにそう時間はかからなかった。やがてはやての手は止まり、力なくディアーチェの肩から離れた。

「……もう終わりか?」

 ディアーチェの確認にはやては無言で頷くしか出来ない。背中を向けているディアーチェへそんな返事をしても分かってもらえないはずなのにだ。だが、ディアーチェはその返事に対して文句を言うでも、ましてや再度問いかけるもせず、はやてへこう言い放ったのだ。

―――何を勘違いしておるかしらんが、我がここへ来た目的を忘れるな。我は貴様ら塵芥共を心服させるためにここにおる。それが叶うまで解放されるなどと思うでないわ!

 その言葉に思わず顔を上げるはやて。そこにはディアーチェの怒った顔があった。その感情の意味を考え、はやては言葉を失った。ディアーチェの機嫌を損ねた理由。それは自分がリインの事を思い出してディアーチェもそうなるのではと考えた事だと。
 そして、それを理解すると同時にはやては分かったのだ。ディアーチェは自分へ決していなくなる事はないと告げてくれたのだと。家族を信じよ。あの時ディアーチェが自分へ言い放った言葉を思い出して、はやては静かに言葉を紡いだ。ごめんなさい、と。それにディアーチェは何か言うでもなく、分かればいいとばかりに踵を返して部屋を後にした。

 一人残されるはやて。だが、その心は寂しくなかった。想いはもう繋がっていた。そう彼女は思えたからだ。自分が抱いている感覚を相手も抱いてくれている。なら、もう何も怖くない。旅立ったリインにはいつか必ず会えるし、残っている家族達はずっと傍にいてくれるのだから。
 そう考えた瞬間、はやては知らず微笑んでいた。この気持ちをもし自分だけでなくシグナム達も抱いているのなら、ディアーチェは既に目的を果たしているのだから。八神家全員を心服させてみせるとの挑戦。それはもう達成されている可能性が高い。そう思ったはやては苦笑しながら呟いた。

―――もうわたしは完全にディアに参っとるなぁ。シグナム達はどうか知らんけど何や同じな気ぃするし…………ディアには絶対言わんで黙っとこか。

 そう呟いてはやては時計へ目をやった。そろそろ昼時。末っ子のヴィータがお腹を空かせて帰ってくる頃だ。そう思ってはやては笑みを浮かべながら慣れた動きで車椅子へと乗った。そして部屋を出てキッチンを目指す。きっと自分が来るのを待っているだろう優しい王様と昼食を作るために……




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はやてとディアーチェでした。ゲームだと確かリインは半年ぐらいはやてと生活出来るみたいな描写か設定があったので、ここでもそれを使わせてもらいました。

何とか三人分書けました。これも皆さんが感想をくれたおかげです。本当にありがとうございます。ご期待に添えたかどうか分かりませんが、楽しんでもらえれば幸いです。



[31710] 三人娘とマテリアルズ
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/03/20 10:28
 時刻は午後十時を回り、勤務シフトは夜勤へと切り替わっていた。場所はミッド湾岸部にある機動六課部隊長室。その一角に二つのソファとテーブルが置かれている。休憩用や談笑用、或いは来客用の場所なのだが、そこにやや疲れた顔で笑いながらなのは達がソファに座っていた。
 今日はかなり色々とあったため、精神的にも肉体的にも疲れたのだ。状況を考えればこうしているのもはばかられるのだが、周囲が三人の事を考えて休養として今の時間を送れるよう気にせず過ごして欲しいと告げた事もあり、今だけはそれらの事を忘れようとしていた。

 その前にあるテーブルの上にはティーカップと紙箱が置いてあり、中には美味しそうなシュークリームが入っている。それはなのはの実家が営む喫茶翠屋の物だ。元々はそれなりの数があったのだろうそれは既にある程度数を減らしていて、残るは三つとなっていた。
 それが置いてあるテーブルを挟んだ先に来客用の同じようなソファがある。そこに彼女達と同じ顔の少女達が三人座っていた。まぁ、疲れているなのは達に対して彼女達はそうでもなかったが。

「でもシュテルちゃん達が来てくれて本当に助かったよ。ヴィヴィオをさらわれずに済んだし、シャマル先生達も大きな怪我せずに済んだもん」

「うん、それにエリオ達もレヴィ達にありがとうって言ってたよ。まさか六課にもあれだけの数を向かわせてくるとは思わなかったから」

「いや、にしてもまさかディアがシュテルちゃん達まで連れてきてくれるやなんてなぁ。駄目元でお願いしといて正解やった。これが出来なかったらと考えると……」

 六課部隊長として指揮を執るはやては公開意見陳述会当日のこの日、自分達機動六課がジェイルの標的にされる可能性をこれまでの事から考慮し、万が一のために援軍を要請したかった。だが、人材不足に悩む陸にそんな事を頼めるはずもなく、そもそも地上本部の警備のために動いているので不可能だ。
 かといって本来管轄外である海や空に要請する事も頼る事も出来ず、八方ふさがりとなったはやては苦肉の策で海鳴で暮らすディアへ手助けを願い出たのだ。表向きは民間人である彼女ならば六課を訪れていたとしても何ら問題なかったために。

 実は八神家がミッドへ引っ越しをする際、ディアーチェは一人海鳴に残ると決めた。その理由は一つ。家族である初代リインフォースが旅立った地だからだ。そこを誰かが守ってやらねばならないが、守護騎士の役目がはやてを守る事である以上それではない自分がそれを引き受けてやるか。そう思ってディアーチェは海鳴へ残ったのだ。
 それをどこかではやて達も察したのだろう。表向きはもう傍にいる事が疲れると言って背を向けたディアーチェへ、はやて達は一言感謝を述べてミッドへと向かったのだから。それ以来ディアーチェはハラオウン家に居候している。レヴィのお目付け役として活躍していてリンディやエイミィ達の信頼も厚い。

 そうしてはやての要請にディアーチェは応え、レヴィとシュテルを引き連れてミッドへとやってきたのだ。

「たまたま都合が合っただけです。まぁ、ディアーチェが来て欲しいと言うので珍しいと思ったのも原因ですが……」

「僕もそう。だけどさ、あの女の子はともかくロボットは数が多いだけで弱かったなぁ。天破雷神槌で一瞬で蹴散らせたのには笑ったよ」

「ふん、良く言うわ。最初は接近し過ぎて魔法が使えんと慌てておったくせに。それとはやて、お前達と同じでこやつらも我のしもべ同然だという事を忘れたか? だからこそ、ジェイルなどと言う下郎に見せてやろうと思って来てやったのだ。真にこの世を統べるべき王とその臣下の力をな」

 その言葉に平然とした表情のシュテル。どこか納得がいかないのか不満そうなレヴィ。そしてにやりと不敵に笑うディアーチェ。それぞれの表情と反応になのは達は微笑みを浮かべた。相変わらずだなと思ったのだろう。
 久しぶりに会う姉妹のような相手は少しも変わる事無く過ごしていると感じられたために。そんな三人が自分達不在の六課を守ってくれた。そう考えなのは達は心の底から感謝していた。

 今日、機動六課はなのは達隊長陣を始めとした主戦力を地上本部の警備へ割いていたのだが、その隙を突く形で六課隊舎をジェイル・スカリエッティ有する戦闘機人二体と召喚魔導師、そして多数のガジェットと呼ばれる無人機が襲撃したのだ。当時隊舎に残されていた防衛戦力は守護騎士であるシャマルとザフィーラのみ。それ故相手側は最初こそ有利な状況で二人を攻撃していたのだ。
 しかし、そこへシュテル達三人が背後を取る形で登場。予想だにしない援軍に驚く相手側を圧倒し始めたのだ。奇襲をした側から奇襲される側へと変わった事。それに戦闘経験が少ない戦闘機人達は調子を狂わせた。そうなった後は守護騎士として経験値の多いシャマル達の敵ではなかった。

 隊舎前の戦いをディアーチェとシュテルがシャマル達と引き受け、一人転送魔法で内部に潜入していた召喚魔導師がヴィヴィオを連れ去ろうとしていたところを素早くレヴィが強襲。共に確保には至らぬものの時間稼ぎに徹した事でエリオ達二人が合流。その総力を挙げて撃退し、一人の死傷者も出す事無く襲撃を乗り切ったのだ。

「それにしても狙ったようなタイミングやったらしいな。シャマル達が言ってたけど、ディア達が天使に見えたそうやし」

「本来であればもっと早く来るはずだったのだが、飛行魔法を無許可で使う訳にもいかぬとシュテルに言われたのでな。無駄に時間を食ったのだ」

「少し違いますよ。私は無許可で使ってもいいが怒られるのははやてになるだけですと言ったのです。まぁ結果として、それでディアーチェが歩いて行こうと決めたのが功を奏した形になりましたが」

「ふふっ、でもシュテル達は相変わらずだね。いきなりルシフェリオンとエクスカリバーを使ったって聞いたよ?」

「僕の雷刃滅殺極光斬もだよっ! あれで外にいたロボットは全滅して、残った二人もかなりびっくりしたんだからさ!」

「さ、三人同時の最大攻撃かぁ。それは確かにびっくりするかも」

 なのははそう言いつつその光景を想像した。自身の背後から迫る三つの魔法。しかも、それら一つ一つが必殺レベル。絶句を通り越して意識を失うかもしれないと思い、なのはは小さく身震いした。そんななのはに気付きフェイト達が揃って視線を向ける。

「どうかしたのなのは?」

「え、その……」

「どうせ私達が現れた時の光景でも想像していたのでしょう。分かり易いですね、貴方は」

 シュテルが呆れたようにそう言うとなのはが苦笑して頬を掻いた。それがシュテルの指摘通りと周囲へ告げている。そんな二人にフェイトとはやては笑みを浮かべ、レヴィは笑い、ディアーチェはシュテルと呆れた表情を浮かべるのみ。
 それでも室内にあるのは和やかな雰囲気だ。まだ事件が終わった訳ではないが、大きく終幕に向かっているのは事実。そう、ジェイルの目的はまだ解明されていないが、それにヴィヴィオが必要である事は明白となったのだから。

 同じ失敗はもうしない。六課隊舎もダメージを負ったがシュテル達のおかげで軽微で済んだのだ。今はまだ万全の状態ではないものの、スバル・ナカジマを始めとした前線メンバーも誰一人欠ける事なくいる。姉のギンガ・ナカジマは連れ去られてしまい、リインフォースツヴァイは受けたダメージのため治療中だが、それでも誰も闘志は消してはいないのだから。

 そう思いなのはは小さく頷いた。と、その視線が時計へ目をやる。時刻は午後十一時になりかかっていて、そろそろシュテル達が帰ってこない事を桃子達が心配している頃だろう。そう考えてなのはは目の前の三人へ少し寂しげに口を開いた。

「シュテルちゃん達、そろそろ帰らないとまずくない?」

「おや、もうそんな時間でしたか。ですが母さん達の事なら心配いりません。私は既にメールにて貴方に泊めてもらうと連絡済みです」

「我らもだ。まったく、何故我が連絡役なのだ。我はあの者の子ではないと言うに……」

「いいじゃん。お母さんはもうディアっちの事も娘みたいなものだって言ってるんだから」

「え、えっと、連絡してあるのは分かった。でもディアーチェはいいとしてレヴィ達はどうするの? 私となのはは同部屋なんだけど……」

「フェイトちゃん、それは言わんでも分かるやろ? 今日はなのはちゃんとヴィヴィオがシュテルちゃんと一緒や。フェイトちゃんはレヴィちゃん連れてキャロ達と一緒に寝ればええ。な、ディア」

「…………何故我へ聞くかは理解し難いがそうするしかなかろう。ま、我はその前に勝手に無茶をしたツヴァイの奴めへ説教をせねばならぬしな」

 そう言ってディアーチェはやや照れくさそうに顔を背けた。それをレヴィがからかいシュテルが煽る。はやてはそんな光景を微笑みながら見つめ、フェイトは苦笑しながら止めに入り、なのははその様子に無意識で笑みを零す。
 初めて出会った時は戦うしかなかった自分達。それが今は共に笑い合いながら過ごせるようになっている。友人になれて本当に良かったと、そこまで考えてなのははふと気付いた。それはいつでもそうだった事に。

 幼かったあの日、すずかへいじわるをしていたアリサを止めに入った時から、自分は必ず誰かを助ける事で友人や仲間を作ってきたと。ユーノやフェイトだけではない。ヴィータ達やはやてもそうだ。最初こそ争いの中で出会ったものの、最後には共に笑い合えるようになっているのだから。

(そっか……悪いのはぶつかる事じゃない。悪いのは相手の事を分かろうとしないで戦う事だ。何で戦うのか。どうして争いをするのか。それを分かろうとしないと駄目なんだ)

 それをした結果、自分は今のように多くの友人を得た。なら、もしかすると今回もそうなるかもしれない。犯罪を犯す事はいけない事だ。だが、だからといって相手を一方的に悪いと決めつける事は出来ない。フェイトもヴィータ達も止むない事情があり、今ではそれらの自分達のした事を償うために頑張っている。
 今回の相手にもそういう事情があり、そうなってくれる可能性はある。そう思ってなのはは決意した。この事件で戦うであろう相手の事を分かるように努めようと。そして自分の気持ちをぶつけてみようとも。

「どうかしたのかなのは。やけに顔がイキイキしておるぞ」

「ちょっとね。今度の事件へ対して私なりに決意を新たにしたってとこかな?」

「エースオブエースの本気発動ですね。まぁ全力全開は結構ですがあまり無理をしないでください。いつぞやのように周囲をひやっとさせる事になりかねませんし」

 意気込むなのはへ放たれるシュテルの容赦ない一言。それがあの撃墜未遂事件を指していると理解し、なのはだけでなくフェイトやはやても苦笑した。ある時の任務帰り突然起こった謎の襲撃事件。その奇襲攻撃にそれまでの疲労からなのはが動きを鈍らせたのだ。シュテルが同行していたため彼女がそれに対処し事なきを得たが、もし彼女がいなければ救援は間に合わずなのはの体を襲撃者の刃が貫いていたのだから。

 と、そこでシュテルがある事を考えてぽつりと呟いた。彼女もその時の事を思い返していたのだろう。そこで見た襲撃者の姿がある物に近い印象を受けたのだ。

「そういえばあの時のロボット……どことなく今回見た物に似ていますね」

「えっ?! なのはそうなの?」

 レヴィの興味津々といった視線になのはは記憶を呼び起こして黙り込んだ。やがてその姿を思い出し、真剣な表情でその目をフェイトへと向ける。

「…………フェイトちゃん、もしかして」

「可能性はあるよ。あれがガジェットのプロトタイプとしたら話も合う」

「ここにきて新しい仮説か。となると、それがスカリエッティのアジトにある可能性も出て来たな」

 瞬時に表情を管理局員へ変えるなのは達を見て、どこか悲しげな笑みを浮かべるシュテル達。いや、レヴィは悲しそうな表情をしている。久しぶりに会ったなのは達。それがどんどん自分達との距離を開けていると感じ取っていたのだ。
 出会った時は双子のようで、それが変わり始めたのはいつだろうか。気が付けば背丈も体つきも、そして今や住む場所さえも変わってしまった。この差は縮まる事無く進み、最後には違いではなく別れとなって自分達へ突きつけられる。そう三人は悟っていた。

 その時、果たして自分達はそれを受け入れる事が出来るのだろうか。そして、自分達は一体いつまで存在し続けるのだろうか。元々闇の書の闇から生まれた三人。その寿命などは未だに分かっていないのだ。なのは達には話していないが、彼女達はいつ消えるともしれぬ存在と言えるのだから。

 シュテル達の様子に気付かず、局員として話をするなのは達。そんな彼女達へレヴィが遂に我慢できなくなったのだろう。大きな声を張り上げたのだ。

―――いいかげんにしてよっ! フェイトもなのはもはやても局員なのは分かってるけど、今は僕らと話してくれなきゃ怒るぞ!

 その瞬間静まり返る部隊長室。だが、シュテルとディアーチェはどこか呆れながら頭を押さえている。それがなのは達の視界に入り驚きを緩和させていき、最終的に笑いを込み上げさせる事となる。それは憤るレヴィを宥めるシュテルとディアーチェの会話が原因。

―――レヴィ、少し落ち着きなさい。でなければ私が怒ります。二度と母さんの作るスイーツは食べられないと思いなさい。

―――確かに今のは煩かったな。それなら我も怒るとしよう。うぬのゲームデータを全て消去してくれる。

 その内容にレヴィが即座にごめんなさいと頭を下げたところでなのは達が吹き出した。変わらない力関係と変わっているやり取りの内容。それが見れた事もあって、なのは達は嬉しさと面白さから笑う。するとそれに感化されたのかシュテルとディアーチェも小さく笑った。
 一人周囲の状況から自分が笑われていると感じ憮然としていたレヴィだったが、やがて彼女もつられるように笑い出し室内を六つの笑い声が包んだ。そうしてしばらく笑った後、六人は息を落ち着けて手元にあったティーカップへと手を伸ばす。

「む……」

「冷めてる、ね」

「みんなお代わりいるよね? 待っててね。すぐ準備するから」

 口に感じる冷たさに顔をしかめるディアーチェ。フェイトはやや苦い顔でそう言ってもう一度カップを口につけると中身を飲み干す。その間に飲み干したのだろうレヴィが嬉々として茶葉の入ったティーポットへ熱い湯を注いでいた。そしてそれをシュテルへ手渡しながら不敵に笑う。

「さあシュテるん。喫茶翠屋の関係者として見事に紅茶を淹れてみよ!」

「そこまで大げさなものですか? 誰でも簡単に出来る事かと思いますが……」

「にゃはは、そういうレヴィちゃんは上手に出来るのかな?」

 楽しげに問いかけるなのはにレヴィは返す言葉がないのか、あたふたとしながら関係のない事を話し出して誤魔化しを図る。その間にシュテルが空いたカップへ紅茶を注ぎ出した。それにフェイトとはやてが礼を述べ、ディアーチェは大義であると告げた。
 なのはがレヴィとじゃれ合う中、シュテルは六つのカップへ均等に紅茶を注いでいく。少し淹れては別のカップへと移動させながらを繰り返し、最後の一滴まで注ぎ終えてシュテルは小さく頷いた。丁度それを見てなのはがレヴィへ残っていたシュークリームを手渡す。

「はい、レヴィちゃん。紅茶も入ったし、これでも食べて機嫌直して」

「いいの!? えへへ、やったぁ」

「これで残りは二つだね。誰が食べる?」

「この時間の甘い物は太るしなぁ。よし、ディア食べてええよ」

「そう言われて素直に受け取ると思うな! 明らかに処理させるつもりではないかっ!」

 はやての言い方に即座に返すディアーチェ。その見事な返しに彼女がどれだけ八神家に染まったかが見える。そんなやり取りにフェイトとレヴィが笑う中、シュテルは一人シュークリームを手に取り、なのはへある提案をした。

「どうでしょう。ここは二人で分けませんか? 上下半分ずつで。上ならばそこまで量もありませんし」

「分かった。ありがとうシュテルちゃん」

 シュテルがシュークリームを上下で綺麗に割り、上の蓋のような部分にクリームをやや多めに乗せてなのはへ渡す。それを笑顔で受け取りなのはは口へ運んだ。それに続くようにシュテルも手にしたシュークリームを口へ入れ、二人は揃ってその味にだろうか笑みを浮かべる。
 その光景を見ていたレヴィは黙って手にしたシュークリームへと視線を落とした。先程までは一人で食べようと思っていた彼女だが、二人の笑顔に思う事があったのだろう。それをシュテルのように上下に割って同じように上部分へクリームを心持ち多めに乗せたのだ。そしてそれをなのは達を微笑ましく見ているフェイトへと差し出した。

「はい、フェイトの分」

「えっ? ……いいの?」

「うん。だってさ、二人で食べた方が美味しいはずだから」

「そっか。そうだね」

 共に笑顔を見せ合うフェイトとレヴィ。そうなれば残された者達がどうなるかも言うまでもない。ならばとはやてが残ったシュークリームを取ろうと手を伸ばす。が、それより先んじてディアーチェが無言でシュークリームを取り出し上下へ割ると、その上部分へクリームを乗せた。その量は全体量の半分ぐらいだろうか。
 だが、シュテルやレヴィと違いディアーチェがはやてへ手渡したのは上ではなく下部分。それに微かな疑問を感じるはやてへディアーチェは当然の如くこう言い放った。

「はやてよ、貴様は我のしもべも同然と言ったであろう。ならば我は常に上でなければならぬ。それぐらい言わずとも理解せよ」

「ははっ、王よ申し訳ございません。では、今日寝る際は隣ではなくわたしの上にお乗りください」

「…………そこは隣でよいわ、馬鹿者」

「そか。いやぁ良かったわ。あー言ったものの、上に乗られたら苦しやろからどないしよう思うたんよ」

 楽しそうに笑うはやてと照れているのかそれに少し不機嫌そうな顔を見せるディアーチェ。それを見つめて笑みを浮かべるなのは達。こうしてこの時間は過ぎていく。翌日、シュテル達三人は海鳴へと戻っていった。シュテル達が協力を申し出たのだが、なのは達は今はその時ではないからとそれを断ったのだ。

 そう、時が来た時は頼りにさせてもらうからと、そう言われたために三人も大人しく引き下がる事にした。どこかでそれはもう来ない気がするとも思いつつも、三人はミッドを後にする。その心にそれぞれ大切な相手の無事を祈りながら。時に新暦七十五年。もう数か月で彼女達が出会って十年になろうとしていた時の事だった……




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三人娘とマテリアルズでした。ユーリをとの感想がありましたが、自分はゲームを一作目しかやった事がありませんのでご容赦を。蛇足感はあるかもしれませんが、これで本当に終わりとさせて頂きます。

某所でマテリアルが出てくるssが少ないと見て「短編でも喜んでくれる人がいれば……」と思って書き始めたのが始まりのこれも、予想以上に楽しんでくれた方が多くて驚いています。いつかマテリアル達を交えたほのぼの物でも書いてみたいです。もしその時を迎える事が出来た暁には、またどうかよろしくお願いします。



[31710] なのはとシュテル2
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/10/20 16:34
「ごめんねシュテルちゃん! このお詫びはちゃんとするからっ!」
「そんな事を言っていないで早く行きなさい」

 玄関で慌ただしく靴を履きながら申し訳なさそうな声を出すなのは。そんな彼女にややため息を吐きつつシュテルは下を向いた。場所はミッドにある高町家。機動六課解散後になのはが住居とした一軒家だ。住人はなのはと親友であるフェイト、そしてもう一人いる。それはシュテルの横でなのはを見送っている人物。

「なのはママ行ってらっしゃ~い」

 それはなのはの義理の娘となったヴィヴィオ。今日、シュテルはなのはの招待を受けてここを訪れていた。フェイトは次元航行艦付きの執務官のため長期に渡りいない事が多い。そのため、なのはがシュテルにもヴィヴィオと親しくなってほしいと思った。加えて久しぶりに二人で話をしたいとも考えて招待したのだ。休みの日はヴィヴィオは昼寝をするため、積もる話はその時にと考えて。
 だが、なのはとシュテルがヴィヴィオへ出会いや昔の思い出をいくつか話し終え、一先ず三人で昼食を取った際なのはへ付近の陸士隊から応援要請が入ったのだ。詳しい事をシュテルは知らない。いや知ろうとしなかった。彼女にとって重要なのは、そうなった時になのはがどういう選択をするかだけだったのだから。そして結果は予想通り。彼女はそれに応じたという訳だった。

「行ってきます。あ、ヴィヴィオ? ちゃんとシュテルちゃんの言う事聞くんだよ?」
「はーい」
「よろしい。シュテルちゃん、留守番お願いね」
「不満はありますが仕方ありません。何を以って詫びとさせるか考えながら貴方の帰りを待つとします」

 ドアを開けて走り出すなのはの背へそう言い放つシュテル。その言葉に苦笑を返してなのはは最後に一度だけ手を振ると玄関から見えなくなった。静まり返る玄関でシュテルはちらりと視線を横へと向ける。するとヴィヴィオと視線がかち合ったのかその顔が微かに驚きを見せた。
 しばらく見つめ合う二人。と、そこでシュテルが何かに気付いてその場から動いた。そして彼女は開いていたドアを閉めるとリビングへと向かって歩き出す。ヴィヴィオはその後ろを雛鳥のようについていく。

「ね、シュテルさん」
「何ですか?」
「シュテルさんはなのはママのお友達なの?」
「友人……ではないでしょうね。なのははそう思っているかもしれませんが、私はそう思っていないので」

 シュテルの言い方にヴィヴィオは小首を傾げた。彼女から見たなのはとシュテルの先程のやり取りの雰囲気は間違いなくフェイトなどと近いものがあったからだ。それになのは自身がシュテルをそう言っていた事も関係している。家族のようなものなのだとさえヴィヴィオへ言って聞かせた事もあるのだから。
 二人はそのままリビングのソファへと腰掛ける。隣り合うように座るシュテルとヴィヴィオ。会う事自体は初めてではない。あの六課襲撃の際に少しではあるが話もしている。何よりもシュテルは幼い頃のなのはとそっくり。ヴィヴィオにしてみれば不思議な存在なのだ。仲良くなりたい。そう彼女が思うのもしょうがない程に。

「じゃ、シュテルさんにとってなのはママはどういう相手?」
「どういう相手とはまた難しい事を。そうですね。強いて言うならば……似て非なる存在、でしょうか」
「にてひなるそんざい?」
「似ているけれど違う。動物などが分かり易いでしょう。見た目は同じ犬や猫でもその行動パターンは異なります。それと同じようなものと考えてくれて結構です」
「う~ん…………なのはママとシュテルさんは見た目はそっくりさんだけど、好きな事とかや嫌いな事とかが違うって事?」
「それで構いません。どうやら貴方はレヴィよりも賢いようです。おかげで幾分私の肩の荷も軽くなりました」

 ヴィヴィオの言葉に若干感心するような声を返してシュテルは薄く笑う。それが自分を褒めているものだと察してヴィヴィオも微笑んだ。その笑みがシュテルにはなのはと重なる。血の繋がらない母娘。まだ共に生活を始めて一年と経っていないにも関わらず、既になのはに似てきている事を悟ってシュテルは内心で呆れると同時に感心する。

(なのはの影響力は相変わらずのようです。こう言ってはなんですが、ペットは飼い主に似るという事なのでしょうか?)

 笑顔のヴィヴィオを眺めながらシュテルは苦笑。きっと目の前の少女は今自分が何を考えたかを予想出来ない。もしそれを知ればどんな顔をするのだろうと、そう考えてシュテルは微かに微笑む。ある事を思い付いたのだ。それはヴィヴィオが憧れているであろうなのはに関する事。彼女が知らない頃の話をしようと考えたのだ。

「ヴィヴィオ、なのはの昔話を聞きたくないですか?」
「聞きたいっ!」

 その問いかけにヴィヴィオが頷かぬはずはなかった。こうしてシュテルは笑みを浮かべる。それはそれはとてもいい笑顔を。なのはの親としての立場を危うくさせるかもしれない話もしてやろう。そんな事さえ思いながら彼女は話を始めた。まずはあの出会いから。互いの力をぶつけ合い、倒すべき敵が気が付けば共に歩む存在へとなる最初のキッカケを。
 シュテルは気付かない。その話をしている間、自分がどんな顔をしていたかを。シュテルは気付けない。その話を聞いている間、ヴィヴィオがどのような顔をしていたかを。ただ彼女は思い返しながら前だけを見て話し続けたのだ。まるで遠い日々を懐かしむようにただ前だけを見つめて。

 そんな話の終わりは唐突にやってくる事となる。その目撃者となるように玄関のドアが開きなのはが帰ってきた。その手には何かの箱らしき物が握られている。おやつ兼詫びの品としてケーキを買ってきたのだ。彼女は思ったよりも時間がかかったためか手元の時計を見て小さく息を吐く。と、そこで聞こえてくる話し声に気付いてリビングへと向かう。その顔にどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらなのはは静かに息をひそめてリビングへと近付いていく。そして気付かれぬようリビングの中を覗き込んだ。

 そこで彼女が見たものは、ソファに座って淡々と話し続けるシュテルと舟を漕いでいるヴィヴィオの姿。シュテルの声が子守唄になったのかヴィヴィオは穏やかな表情をしており、今にもそのまま横にいるシュテルへ倒れてしまいそうだった。

(あー、これはさすがにそろそろシュテルちゃんも気付くなぁ)

 一人小さく苦笑しつつなのははリビングの様子を眺めてそっとその場を離れた。その直後、彼女の予想通り、ヴィヴィオは遂にシュテルの体へもたれるように倒れた。その重さでシュテルもやっとヴィヴィオが眠った事に気付き話を止めて視線を動かす。天使のような寝顔で安らかな寝息を立てるヴィヴィオをしばし眺めた彼女は優しい笑みを浮かべる。いつか見たなのはの寝顔に似ていたのだ。

 そして何か上にかけてやろうと動こうとして―――シュテルはため息を吐いた。

「これでは動けませんね」

 下手に動けばヴィヴィオが目を覚ましてしまう。そう判断しシュテルはどうしたものかとヴィヴィオの寝顔を見つめながら思案しようとしたところで背後から声を掛けられた。

―――お留守番ありがとう、シュテルちゃん。

 なのはの声にシュテルは首だけ動かして彼女を見る。なのはの手には小さなタオルケットがあった。ヴィヴィオの部屋から取ってきたのだ。なのははそれを静かにヴィヴィオへと掛けようとして、何かに思い当ったのかタオルケットをシュテルへ渡した。そして彼女はヴィヴィオをそっと抱き上げると、それを見たシュテルの顔が一瞬だけ何故か曇る。
 なのははそれに気付くも何か言う事なくソファへヴィヴィオをゆっくりと寝かせた。するとその動きを待っていたかのようにシュテルが持っていたタオルケットをヴィヴィオへと掛けた。起きる気配がない事を確認した二人はそっとソファから離れるとテーブルへと移動する。テーブルの上にはなのはが持っていた紙箱が置いてあった。

「これは?」
「うん、とりあえずのお詫び……かな? ちゃんとしたのはシュテルちゃんの希望を聞いてからにしようと思ってね」
「成程。で、これはさしずめヴィヴィオへの詫びとおやつを兼ねた物ですか。たしかにこれならばあの子は喜んで許すでしょう」
「あ、やっぱりお菓子だって分かる?」
「ええ、それもケーキの類です。もしやとは思いますが、貴方は私が普段どこで過ごしているかをお忘れですか?」
「あー、そうだったね。嗅ぎ慣れてるか、この匂いは」

 シュテルのさらっとした言葉になのはは苦笑いを浮かべると紅茶を準備し始める。それを受けてシュテルが皿を出してケーキを箱から移し、ティータイムの支度を整えた二人は静かに向かい合う形でテーブルへと着いた。
 なのははベイクドチーズケーキでシュテルはガトーショコラの乗った皿が置いてある。それを見てなのはが嬉しそうに微笑む。彼女が何も言わずとも食べようと思って買ったケーキが用意されていたからだ。

「私の好み覚えててくれたんだ」
「いえ、私はショコラが食べたかっただけです。残りはショートケーキとチーズケーキなら、ヴィヴィオは前者を選ぶでしょうから残った物を貴方へ出しただけにすぎません」
「またそうやって誤魔化す~」
「貴方こそ忘れていませんか? 私はチーズケーキも好物なのですよ」
「でもベイクドよりもレアチーズ派だよね」
「……そうです」
「だからガトーショコラを買ったんだよ。シュテルちゃんがそれを食べると思って、ね」

 なのはのしたり顔に恥ずかしくなったのかシュテルは若干照れながらフォークを手に取った。これ以上話してはなのはの思うつぼだと思ったのだろう。そんなシュテルの反応に笑みを隠す事が出来ず、なのはは微笑みを浮かべつつフォークを手にした。互いにケーキを一口だけ口へ運ぶと目を閉じてその味を確かめるように咀嚼する。

「……どうです?」
「……一般的には及第点、かな」
「それが妥当なところでしょう。母さんのケーキを基準にすると大抵は落第となりますから。まあ強いて言うならもう少し甘みを抑えてくれると好みです」
「こっちはちょっとチーズの癖が強いなぁ。それがいい人にはいいかもしれないから一概に駄目とは言えないんだけど」

 共に一流パティシェだった桃子の味をよく知っているためか無意識に洋菓子を批評してしまう二人。それでも表情は共に笑みを浮かべている。そう、ちょっとした懐かしさを感じる会話だったのだ。まだなのはがミッドへ引っ越す前。二人は桃子から新作ケーキの試食を頼まれる事があり、その際も今のような事を言い合っていたのだから。
 互いに思い出し笑いを浮かべ会話しつつケーキを口へ運ぶ二人。その声も心なしか弾んでいる。あの頃に戻ったかのように互いの近況を話し、他愛もない事で笑い、呆れ、同意する。と、互いにケーキを食べ終えたところでなのはがこんな事を切り出した。

―――次のお休みに二人で菜の花畑に行かない?

 その突然の申し出にシュテルは不思議そうな表情を返す。一体何故急にそんな話をとの気持ちがそこには出ていた。なのはもそれを分かったのだろう。首を傾げる彼女へその理由を話した。実家を出る時に言った約束を果たしたいのだと。

「実はいい場所をユーノ君に教えてもらったんだ。お弁当作ってさ、そこへ一緒に行こうよ」
「そうですか。ならば私ではなく彼と行った方がよいのではないですか?」
「もうユーノ君とは一緒に行った事があるもん。一月くらい前かな? ヴィヴィオと三人で」
「そうですか」
「うん」
「……ヴィヴィオはどうするのです? 一人で置いて行くのもどうかと」
「大丈夫。平日ならアイナさんに来てもらえるし、そもそもヴィヴィオには学校があるから夕方までに帰ってくれば平気だよ」

 シュテルの反論を封殺するかのように言い切るなのは。それにシュテルも断る事は出来ないと思って小さく息を吐く。それが了承の証と受け取りなのはは笑う。だがある事を狙って彼女はシュテルへ確認を取った。

「ね、シュテルちゃん。一緒に行こうよ、菜の花を見に」
「……分かりました。行きましょう、菜の花見物へ」

 その瞬間、なのはが一際嬉しそうに笑みを見せる。シュテルが口にしたある単語。その響きがその顔を綻ばせたのだ。すると、そんな彼女へシュテルがこれ見よがしに大きなため息を吐いた。それに疑問符を浮かべるなのはへシュテルは呆れ気味にこう告げる。これで満足か、と。その問いかけを誘いに応じてくれた事かと思ったなのはがやや不思議そうに頷くのを見て、シュテルはどこかしたり顔で笑みを浮かべた。

―――まったく、そこまでして私に名前を言わせたいのですか。貴方も中々幼いところが消えませんね。

 そう、シュテルは気付いていた。なのはが何を思って先程の提案をしてきたのかを。とはいえ、それに気付いたのはなのはが再度の確認をしてきた時。これまでの付き合いでもう自分が応じたのをなのはも理解しているにも関わらず敢えて確認した事に不自然さを感じたのだ。
 なのでシュテルはなのはの狙いに気付き敢えて乗ってやった。ケーキの時の借りを返すために。なのははシュテルの言葉で呆気に取られた顔を見せていたが、それがゆっくりと嬉しそうな笑みに代わる。今度こそシュテルはその意味に気付けなかった。自分が分かっていて乗った事が嬉しいと言う事での反応ではないと分かっているからだ。何かそれ以外の理由があってなのはが喜んでいる。それがシュテルには分からない。それ自体が既に答えだと知らずに。

「どうしたのですか? 何故笑っているのです?」
「うん、やっぱりシュテルちゃんは素直じゃないなって思ったから」
「……些か気になる言葉ですが今はいいでしょう。それでどうして喜ぶのです」
「だって、シュテルちゃんは私がなのはって言わせたいって分かって言ってくれたんでしょ? それって私をぬか喜びさせてやろうって事なんだと思うけど、出会った頃のシュテルちゃんならそんな事しないで絶対言わずにいようってするはずだから」

 その言葉にシュテルは完全に息を呑む。なのははそんな彼女をしっかりと見つめて微笑んだ。目の前の相手は自分の事をよく分かってくれている。しかも、普段は別にどうとも思っていないと言っているのにその内心ではちゃんと大切に思ってくれていた。それが今のやり取りだけでなのはにははっきりと伝わったのだ。
 それはシュテルも同様だった。いつの間にか自分は目の前の相手をよく理解するようになっていた。それだけではなく既に友人との枠さえ超えた扱いをしつつある。いつかなのは達高町家の者達から言われた家族同然との言葉を思い出し、シュテルは微かに目を伏せる。

―――知らぬ間に私はここまで貴方達に侵食されていたのですね。

 その声に込められたのは感心と寂寥の気持ち。もう自分は闇の欠片ではなくなっているという自覚の呟きだった。それを聞いてなのはは少しだけ、ほんの少しだけ悲しみを顔に滲ませる。本来あるべき姿や在り方ではなくなってしまった。それをシュテルがどこか悲しんでいる事を感じ取って。

「シュテルちゃん……」

 何て声を掛けよう。そう思ってなのはの言葉が途切れる。すると、その声を聞いてシュテルが伏せていた目を上げた。

「と、私が言うとでも?」
「え……?」
「成程、貴方は本当に騙されやすいようですね。先程の事は今の間抜けた顔を見れたので無かった事にしてあげましょう」

 そう言うとシュテルは残った紅茶を静かに飲み干してテーブルを立った。そして呆然となるなのはを置いて玄関へと向かうべくリビングを後にしようとして―――立ち止まって一言告げる。次の予定の日時指定を考えておくようにと。それに気の抜けた返事をなのはが返すとシュテルはそのまま玄関へと向かった。
 やがてドアが開く音が聞こえ、ヴィヴィオを気遣ったのかあまり音を立てずにドアが閉まる。その消えるような音がなのはの耳に届き、そこで彼女はゆっくりと笑い出した。勿論ヴィヴィオを起こさぬよう声を殺して。シュテルの最後の言葉。それがミッドへ旅立つ際の自分とかぶって聞こえたために。

―――……あー、もう。シュテルちゃんは本当に素直じゃないんだから。

 そう一人呟くなのはの目には、笑ったためなのか微かに光るものが浮かんでいるのだった。



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以前から読んでくれていた方、お久しぶりです。今回初めて読んだ方、はじめまして。今回からとらハ板へ移転させました。とは言っても本格的に書く訳ではないのでご了承ください(汗

映画の二作目が公開され、イノセントという新作もあり未だに終わる事のないなのはワールドにはただただ感心するばかりです。その影響も受け、久々に書いてみました。

……今回はほのぼのオンリーに出来たはず。



[31710] フェイトとレヴィ2
Name: この小説はPCから投稿されています◆955184bb ID:c440fc23
Date: 2012/12/15 09:01
「ね、フェイトは何をお願いしたの?」
「え?」

 フェイトが海鳴で迎える二度目の冬。つまりはレヴィが初めて迎える冬のとある日の事だ。クロノとエイミィは昨日からアースラでの長期任務へ就き、アルフはフェイトの勉学の邪魔にならないようにと理由を得、一人気ままに出かけている。現在ハラオウン家にいるのはフェイトとレヴィ、そしてリンディだった。

 学校から出された冬休みの課題をリビングで片付けている最中、突然レヴィから尋ねられた内容。それにフェイトは不思議そうな表情で顔を上げ、質問をしてきたレヴィを見つめた。そのレヴィと言えば、冬休みなどの長期休暇定番の再放送アニメへ視線を向けていた。
 意識をそちらへ取られつつもフェイトの答えを待っているようで、時々彼女の方へも視線を向けている。フェイトはその様子に小さく微笑むともう一度レヴィへ問い返す事にした。どこかでレヴィの問いかけが何を指しているかを推察しながら。

「えっと、お願いって?」
「プレゼントのだよ。エイミィが教えてくれたんだ。地球にはサンタって人がいるんでしょ? で、僕みたいな強い子にはプレゼントをくれるって」
「あ、クリスマスプレゼントか。でも、たしかなのはやはやては貰えるのは強い子じゃなくて良い子って言ってたような……?」

 フェイトはなのは達友人から聞いた事を思い出しながら手にした鉛筆を顎に当てる。レヴィの言っている事をきっぱりと否定出来ないのは、彼女自身もまだあやふやな部分があるからだろう。一方レヴィはそのフェイトの発言に酷く驚いた顔を見せた。自分の信じていたものが根底から覆ったためだろうか。その反応にフェイトは内心そこまで驚かなくてもと思っていたが。

「えっ!? 強い子じゃないの!?」
「う、うん。たしかそうだったと思うよ」
「そんなぁ……それじゃディアっちがプレゼントもらえなくなるよ~」

 現在八神家で絶賛生活中のディアーチェ。彼女はレヴィから見ればとてもではないが良い子ではなかった。はやて達への言葉遣いや態度は王の名には相応しいが優しさに欠けるために。
 だがフェイトはレヴィの言葉に苦笑する。はやて達はディアーチェが良い子だと思っているからだ。フェイト自身も何度か接した事があるからこそ分かっている。たしかに言葉遣いや態度は一見すると横暴に感じるも、その行動の根底にはちゃんと優しさがあるのだ。

 早くレヴィも相手の表面的な事ばかりだけでなく、その内面的な事まで理解出来るようになってほしい。そんな姉のような事を思いながら、フェイトは残念そうな顔をしているレヴィへ安心させるような声でこう告げた。

「大丈夫。ディアーチェはプレゼントもらえるはずだから」
「そう? ならいいけど」

 フェイトの言葉に今一つ理解出来ないでもレヴィは安堵し意識を再びテレビへ戻す。それに苦笑したフェイトはふと視線を後ろへ向けた。そこには昼食の支度を始めたリンディがいる。今年めでたく艦長職をクロノへ引き継いだ彼女は一線から離れて後方へ異動。以来フェイトやレヴィの良き母として家事に重きを置いていたのだ。
 それもあり、二人の少女もその手伝いをしていたのだが、最近リンディがある事を残念に思っている事を思い出してフェイトは一計を案じる事にした。その決意からか小さく頷き、フェイトはテレビへ夢中となり始めていたレヴィへと声を掛ける。

「それより、レヴィは自分の事を心配した方がいいかも」
「何で?」
「だってレヴィは最近母さん達のお手伝いしてないよね? 良い子じゃないってサンタさんが思ってるかもしれないから」

 フェイトの言葉にレヴィの顔が一気に青ざめていく。このところレヴィは家の手伝いをやっていなかったのは事実だった。まったくと言う訳ではないのだが、それでも冬休みに入ってからと言うもの今のようにテレビ番組やフェイトと遊ぶ事に夢中になり、結果としてリンディやエイミィの手伝いをしなくなっていたのだ。
 フェイトはレヴィに付き合いながらも、今のように課題や手伝いなども少しではあるがやっている。その時にリンディが「最近レヴィが手伝ってくれなくて寂しい」と漏らしていた。クリスマスの話題を利用してリンディの寂しさを減らしてあげたい。その想いからの言葉にレヴィはフェイトが思った以上に反応を示した。

 レヴィはフェイトの言葉を聞くや否やソファから立ち上がり、すぐさまキッチンで昼食の支度をしているリンディの元へと駆け寄っていく。その背をフェイトは目で追いかけた。すると、気のせいかレヴィから切迫した雰囲気が漂っているように感じ、彼女は小さく笑った。そうまでしてプレゼントが欲しいのかと思いつつ、フェイトは楽しそうに笑みを浮かべてレヴィの事を見つめた。

「ね、お母さん! 僕に手伝える事ないかな!」
「あら? レヴィ、テレビはもういいの?」
「いいよ。今の僕にはテレビよりもお母さんのお手伝いの方が大事だもん!」

 レヴィの力強い断言にリンディは一瞬呆気に取れるものの、すぐに嬉しそうな表情を浮かべる。今のような子供らしい事をクロノもフェイトも中々言わないため、幼さを強く持つレヴィとの触れ合いはリンディにとって楽しく嬉しいものだった。故にそれが最近減ってきていたのを寂しいと表現するのも仕方ないと言える。リンディは笑顔でレヴィへ手を洗うように告げると、昼食で使うのだろう食材を切って欲しいと指示を出して自分は別の事をするために動き出した。

 レヴィはリンディの嬉しそうな雰囲気に軽く小首を傾げつつ手を洗い始める。その様子を見てフェイトは優しく笑みを浮かべると意識を再び課題へと戻した。後ろから聞こえる二人の楽しげな声をBGMにフェイトは課題をこなしていく。やがて食欲をそそる匂いが漂い始めた頃、リビングにはフェイトの姿はなかった。課題を切り上げ、彼女もキッチンでレヴィと共にリンディの手伝いをしていたのだ。

「さ、じゃあ出来た物からテーブルに並べてくれる?」
「はーい」
「れ、レヴィ、一度でそんなに運ぶのは無理だよ。私も持つから」
「フェイトは心配症だなぁ。これぐらい僕ならラクショーなのに……。しょうがない。じゃ、これフェイトの分ね」
「ふふっ、落とさないようにね」

 そうして始まる食事を食べながらの楽しい時間。レヴィが夕食はカレーがいいと言い出し、リンディがなら買い物にいかなければと笑う。フェイトは匂いでアルフが不満を漏らす事を心配すると、何故カレーの匂いで不満が出るのかとレヴィが理解出来ないとばかりに首を傾げる。
 そこへ空腹になったのかアルフが帰宅。テーブルに並ぶ料理の量的に自分の分がない事を察し、どこか残念そうに項垂れた。そんな様子を見てリンディが申し訳なさそうに謝り、フェイトが自分の分を分けようとやや慌てるように動き出した。そしてそれを受けてレヴィが自分のお菓子を食べていいからと慰める。

 結局アルフの食事はフェイトとリンディから少しずつ分けてもらい、レヴィのお菓子をもらう事で解決となったのだが、満腹とはならなかったアルフはリンディが行こうとしていた夕食の買い物を引き受け、スーパーで何か食べる物を買ってくる事にして再び外出と相成った。それを見送った後もレヴィはリンディへ手伝う事はないかと問いかける。リンディはその行動に疑問を感じるものの、フェイトがその理由を教えると納得して微笑みを零した。

「そう。クリスマスプレゼントを……」
「うん、どうしても欲しいみたい。でも、レヴィにそんなに欲しいものってあったかな?」
「ふふっ、さあどうなのかしら。気になるのなら聞いてみたら?」
「え? 母さんは知ってるの?」
「当然よ。だってお母さんだもの」

 リンディはそう告げるとウインク一つ。その言動が実にらしく思えて、フェイトは苦笑すると同時に何とも言えない温かさをそれに感じる。リンディは風呂掃除を頑張るレヴィの元へと向かいその光景を見ているのだろう、やや苦笑するような声が聞こえていた。そんなリンディへレヴィは安心させるような事を言っているのだが、その鼻の頭に泡を付けているためかリンディの声が余計に笑いを帯びていく。

 そんな声を聞きながらフェイトは一人レヴィの欲しいプレゼントが何かを考えていた。この一年近くになる付き合いで互いの事はある程度理解したと思っている。だがそれでもレヴィが欲しがるプレゼントの心当たりは浮かばなかった。

(最近出たばかりのゲーム……? でも、あれはなのはが買うみたいな事を言ってたから違う……。ならラジコンかな? まさか大きなクリスマスケーキとかは……ない、よね?)

 浮かんでは消えるレヴィの欲しがりそうな物の数々。レヴィの物欲がいかに強いかを思い出させられ、フェイトは微かに笑う。いつでも自分の気持ちや考えを素直に告げるレヴィ。それはフェイトには中々出来ない事。その純粋さと素直さを羨ましく思うのと同時に、それがレヴィと自分との大きな違いだと改めて感じて。
 外見は似ていても中身はやはりまったく違う。それがフェイト自身の中にある悲しい記憶と嬉しい記憶を呼び起こす。コピーであり、人形でしかないと最愛の母に言われた事と、自分は自分だからと最初に得た友人であり親友から言われた事を。

 胸が感じる微かな痛みと確かな温かさ。それにフェイトは小さく呟く。ありがとう、と。それが何に対しての感謝なのか、誰に対しての言葉なのかは本人にしか分からない。ただ、その呟きをした後のフェイトは、どこか明るさを増したように微笑みながらレヴィとリンディがいる場所へと歩き出す。そこでは、泡だらけになりながらも風呂掃除を自分なりに完璧に終わらせ胸を張るレヴィと、その姿に笑みを浮かべつつしっかりとやり残しを指摘するリンディの姿があった。

「どう! ピッカピカだよ!」
「そうね。でもレヴィ? まだ壁が残ってるわよ?」
「え~っ、壁なんかもお掃除するの~?」
「ええ、レヴィが浴槽を凄く綺麗にしてくれたから同じように壁もやって欲しいの。ここまで綺麗には私でも中々出来ないから」
「そ、そうかな? 僕、そんなにお掃除上手?」
「もちろん。だからお願い出来るかしら?」
「まかせてっ!」

 リンディの言葉に、最初の不満そうな表情もどこへやらとばかりにレヴィは上機嫌で浴室の壁を掃除し始める。その様を見て満足そうに頷くリンディと苦笑するしかないフェイト。こうしてこの日レヴィはくたくたになるまで家の手伝いを行う事となる。だがそれでもレヴィは文句を言う事もせず働いた。今までで一番の働きを見せたために帰宅したアルフが面食らう程に。
 フェイトもレヴィの姿を見て増々彼女が欲しがっているプレゼントが気になっていく。しかし中々聞き出す事が出来ないまま時間は過ぎ、やがて二人が部屋で眠る時間となる。手伝いを全力でやっていたためかいつも以上に眠たそうな顔をしたレヴィを見て、フェイトはプレゼントについて聞くのは明日にしようと決めて二段ベッドの下段へと横たわった。

 すると、フェイトは何故かレヴィは上段へ向かわず自分がいる下段を見つめている事に気付いた。その理由が分からないまま、フェイトは不思議そうな表情を浮かべて体を起こす。

「どうしたの?」
「それは僕のセリフだよ。何か聞きたい事があったんじゃないの?」

 ぽつりと呟かれた言葉にフェイトは思わず息を呑む。どうして自分の気持ちが分かったのだろうという思いがそこに現れていた。レヴィはそのフェイトの反応に欠伸を一つすると右目を軽く擦る。その仕草がとても可愛らしく思え、フェイトは肩の力を抜いて尋ねた。

「どうしてそう思ったの?」
「だってさ、お風呂掃除したぐらいからずっと僕の事を見て何か考え込んでるんだもん。で、気になってお母さんに聞いたんだ」
「そっか、母さんが教えたんだね」
「そ。それで何を僕に聞きたいの?」

 そう言いながら今度は左目を擦るレヴィ。そうしていないと今にも眠りそうなのだろう。そう悟り、フェイトはどうしようかと迷う。ここでプレゼントに何を望んでいるのかを聞いてレヴィを納得させるべきか、それとも今日はもう寝かせて明日の朝に教えてもらう方がいいかを。
 そうやってフェイトが若干考え込んだのを見たレヴィは、眠そうな顔であろう事か彼女の隣へと転がり込むといつでも眠れるような体勢となった。そして戸惑うフェイトに対して眠そうな声でこう告げたのだ。

「早くしないとぉ……僕がこのままここで寝ちゃうぞ~……」

 今にも閉じそうな目を辛うじて開いて告げたレヴィの言葉に、フェイトは心からの笑みを浮かべると「別にそれでもいいよ」と返した。するとそれにレヴィは何か反論するでもなく目を閉じる。気が抜けてしまったか。そう思ってフェイトも再び横になろうとした時だ。小さな声でレヴィがこう尋ねたのだ。

―――僕、これでプレゼントもらえるかなぁ?
―――……うん、絶対もらえるよ。レヴィは良い子だから。
―――えへへ、よかったぁ……

 そう答えるとレヴィからは安らかな寝息が聞こえ始める。それにフェイトは小さく苦笑し、出来るだけ静かに横になった。もう自分の中でレヴィの望むプレゼントが気にならなくなっている事をどこかで理解しながらフェイトも目を閉じる。隣から感じる確かな温もりにとても心が満たされていくのを感じつつ、彼女はその意識を手放すのだった。

 そうやって二人が寝付いた頃、リビングではリンディが一人湯飲みを片手に一息吐いていた。そして何かを思い出して嬉しそうに笑みを浮かべると、テーブルに置かれた二枚の紙へ目をやった。それはクリスマスに際してリンディがフェイトとレヴィへ欲しい物を書いてくれるよう頼んだものだ。

「フェイトは相変わらず自分の事ではなくて誰かの事を考えたもの、か。一方でレヴィは本当にらしいわね。でも、レヴィは本当にフェイトが好きなのね。だけれど……このお願いならクリスマスより七夕の方がよさそうだわ」

 その手にした紙に書かれた内容を見てリンディはそう微笑ましく思って呟いた。フェイトはレヴィとアルフのためだろう”クリスマスケーキと鳥の丸焼き”と書いている。そしてレヴィの方には拙い字でこう書かれていた。

”フェイトとずっと遊べる時間が欲しい!”






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フェイトとレヴィ再び。今回は以前の話よりも昔です。前回と今回は、二人以外のキャラを関わらせてみようと書いてますがどうでしょう? やはり二人だけの方がいいんでしょうか?

次回ははやてとディアーチェを予定。また書きたくなった時に更新しますので気長にお待ちください。


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