最大出力でスラスターを噴射後、15秒で巡航速度へ到達。
到達と共にリミッターが発動し、自動停止したスラスターと燃料系へ自動点検スキルが発動する。
前方モニターを見れば、先行する同クエスト受注者達の船もタイミングの差はあれど、スラスターの噴出を止め、巡航速度へと移行している。
跳躍ゲートを使わない星間移動。基本的には1つの世界となっているPCOではその気があれば、宇宙の端から端までゲートを使わず飛ぶことも出来るが公式情報。
もっともその場合はリアル時間で半年以上の期間を、ひたすらに最大速度で飛ぶ必要があるという、実質不可能な設定。
時間はともかくとしても、PCOは装備品に耐久値が設定されたオーソドックスな仕様なので、船が持たない。
スラスターをひたすら全開で噴射し続けていれば、なにも無いといっても過言では無い恒星間空間では理論上速度は無限に上がっていくが、光速へと到達する遥か前に、船体各部の耐熱耐久値が限界を超え、エンジンもオーバーヒートを起こしてしまう。
SF世界が舞台なのに、光の速度を超える超光速航行は存在せず、決められたポイント以外からの自由な超空間跳躍もほぼ存在しない。
移動に大幅な制限があり、代わり映えのしない星の海をひたすら移動する時間が掛かることが、プレイヤー名オウカことサクラ・チェルシー・オーランド的に少し不満だ。
ホームグランドであるHSGOの地上世界なら、地上ギリギリを風のように己の身1つで駆け抜けていく爽快感がある。
しかしPCOでは筐体内からのハーフダイブで搭乗船を操り、周囲に浮かぶ仮想やリアルのスクリーンにコクピットめいたゲーム操作画面を浮かべる方法となっているので、今ひとつ物足りない。
ゲーム性能的にも、日本国内では下らない決まり事で、いろいろと制限を喰らっているので、どこか重たさも感じる。
フルダイブとその恩恵になれたサクラからすれば、制限されたこの世界と操作性に対する不満や要望は多い。
だがそれらマイナス要素を全て打ち消す物がある。それがゲームの楽しさだ。
そしてサクラにとってのゲームの楽しさとは、
『てめえがCBかっ! 俺の世界をぶっ潰したHsgoのクソ×××! でかい顔してうろちょろするんじゃねぇ!』
先ほど強制通信で一方的なレース開始を宣言した通信回線を通して、日本語の通信がサクラに向けて発せられる。
途中で不明瞭になって聞き取れないのはハラスメント規約に触れる単語となって、自動遮断されたようだ。
もっとも聞き取れない以前に、日本は母や叔父の母国とはいえ、歴としたアメリカ生まれのアメリカ育ちのサクラでは、早口の所為もあってほとんどが判らないので意味はない。
しかし言葉が伝わらなくとも、その口調から感じるのは怒りの感情。
そしてその怒りのまま通信を寄越してきたプレイヤーが、射撃管制レーダーを起動させたのか、警告ウィンドウが立ち上がりロックオン警報が鳴り響く。
発信元は、サクラの少し前を行く集団の船のどれかだが、ロックオンと共に同時に欺瞞スキルも使用したのか、どれが敵艦かは不明。
実際に攻撃する気はなく集団の中に潜んで、ロックオンしてくるだけの嫌がらせか?
それともこちらがどれが敵か迷っている間に、先制攻撃を打ち込むつもりか?
どちらにしろ穏やかとはいえない喧嘩を売られた理由は大体想像はつく。
日本のHSGOジャンキーが使用した違法プログラムが原因で、今の日本でVR規制が始まった。
規制後HSGOは日本から撤退はしたが、次々と潰れていく日本のVRゲーム業界を尻目に、日本以外の国々のユーザーの熱狂的な支持の元、変わらず世界トップのVRMMOとして盤石の地位を保ち続けている。
そしてサクラは、チェリーブロッサムはHSGO公式カリフォルニア州チャンプ。
ほとんど逆恨みに近いが、自分達の世界をHSGOに潰されたと怒りを持つ他ゲームのプレイヤーが怒りをぶつけてくるには恰好の標的となっていた。
しかしサクラ的には、そんなウダウダぐだぐだなゲーム外世界の話はどーでもいい。
むしろ怨みごとをぶつけてくるだけや、陰口を溢すのではなく、こうやって直接的な喧嘩を売ってきてくれるなら大歓迎だ。
いつ何時、誰の挑戦でも受ける。
それこそがチャンピオンだと、大好きな父もよく語っていた。
「OK OK! Battle start!」
さすがにリアル声では年齢がばれるので、変声機能を通して少し大人びた高校生ほどの声で通信を叩き返しながら、サクラは負けじとレーダーを戦闘出力まで上げて、休ませていたスラスターを起動。
相手からの射撃管制レーダーを回避し、戦闘機動速度へと一気に加速を開始しながら、ウェポンベイを開き、中距離艦対艦高速小型ミサイルを、ノンターゲットモードでばらまいていく。
自艦以外を攻撃対象とするノンターゲットモードで射出されたミサイルは、指定宙域まで到達すると、周囲の赤外線、金属反応を感知して自動ロックオンして飛翔する無差別攻撃。
誰が攻撃してきたのか判らないが、前に固まっているのはクエストを競うライバル達。
ならいっそ全部落としてしまえ。
生粋のバトルジャンキーであるサクラが望む物。それは、感情の、気持ちの入った戦闘に他ならない。
怒りであろうと、恨みであろうと、自分に全力の力を持って当たってくる相手なら、こちらも全力で答えるだけ。
ただしその全力で周りを巻き込もうが、相手が非武装でない限りは気にしない。
よく知られた略称であるCBやオウカ以外にチェリーブロッサムが持つ異名。それはオーガ。
アッパー系バトルジャンキー。バトルロイヤルクイーンとまで呼ばれているサクラの戦闘は、見せ技重視のど派手な技と、観客もそして戦闘参加者達の誰もが先を読めない混沌を産み出す事で、熱狂的なファンを獲得している。
『だっ!? クワイト! 緊急ランダム回避!』
『えーっ!! なんで移動中なのに戦闘が始まるんですか!? 耐ミサイル防御発動してください!』
『てめぇら! 戦闘なら離れてぎゃっぁ!?』
『うっー! エリスの邪魔しないでよ! だから、地球人なんて大ッ嫌い!』
ある船はミサイルを撃墜するために、迎撃レーザーを起動させ、色鮮やかな幾筋のもの閃光が放たれ暗闇の宇宙を鮮やかに照らし出す。
またある船はミサイル逃れるために、緊急出力で姿勢制御スラスターを噴射させ、ランダム回避を開始。
またある船は、チャフをばらまき、電子的に身を隠し。
それぞれのプレイヤーが、もしくはサポートAIが自動反応で、とっさにそれぞれが最善だと思う手を行ってしまう。
ミサイルを捉え損なった迎撃レーザーが右下方を飛んでいた船の緊急噴射したスラスターに直撃し小爆発を引き起こし、その衝撃で予定以上に大きく航路をずらした船が、別の船の未来航路を塞ぎ、接触を起こしそうになってさらに無理な緊急回避をetc.
一人の逆恨みによって降臨した戦闘狂鬼によって、誰が先に闇市場星域へと到達するかというスピードレースは、チキチキ成分を急遽増した妨害レースへと変貌する。
誰が発端だった等関係ない。自分以外は全て敵という乱戦へと至るまではさほど時間は掛からなかった。
『落ちろこの鉄錆が! 我が盟友クワイトよ龍の怒りを放て! フレイムバーン!』
『そっちが落ちてください! ばっかじゃないですか! エーテル推進!? 似非科学もいい加減にしてください! 41㎝砲いけますか!? 目標蜥蜴もどき!』
ひたすらに目的地である星系へ向かって船を進めながら、持てる限りの手と、通常空間での恒星間移動でギリギリな推進剤に気を使いながら、通信回線で怒鳴り合いながら、罵り合いながら、小規模な戦闘は続いていく。
『ちっ! よくも俺のクワイトを! こうなりゃ行くぞ! クワイト! 真龍一心!』
『!? 祖霊転身使う気ですか!? この! ならこっちも負けません! Z旗掲げ! 護国護衛艦隊出撃!』
トップを競っていた海戦ゲームの女性艦長プレイヤーと、相棒の龍を船体に変えた龍騎士プレイヤーが、科学と魔法のぶつかり合いという、PCOではお馴染みとなりつつあるイデオロギー対決の果てに、フルダイブ。
さらにはたがいに罵詈雑言のぶつけ合いで引けなくなったのか、ついには足を止めると切り札である祖霊転身まで繰り出し始めていた。
船殻という鋼鉄の鎧を脱ぎ捨てその真の身体を現した真龍と、今は失われた自由跳躍技術によって出現する海上艦を模した護国護衛艦隊が、宇宙空間をバックに一大決戦を開始する。
「Ooh, it is a monster movie! You are not cool!」
互いしか目に入っていないのか、咆哮と共に放たれる広範囲ブレス攻撃や、宇宙空間なのになぜか砲撃の度に周囲に漂う黒煙を掻き分け、切り札を早々と無駄に切ったプレイヤー達へと煽り交じりの歓声をあげながらサクラは船を進めていく。
一大スペクトルな戦場を抜けたサクラに次いで、いくつかの船もサクラを追うように巻き込まれ必死な戦場を抜けてくる。
レースはもはや終盤戦。長距離レーダーは星域『ウォーレン星域試験場』の最外縁部を捉え始めた。
40隻いた船は既に半数以下の7隻。途中でついて行けないとクエスト放棄か、大破してリタイア、もしくは今のプレイヤー達のように一対一の決闘モードに入って、血で血を洗う戦闘モードに入っていた。
残っている船も、大半が直接や巻き込まれた戦闘の影響で、多少ながら手傷を負っている。
見えてきたのでこれ以上の無駄な戦闘と消費を嫌ったのか、それともさすがに中の人達が疲れたのか、互いに油断はしない距離を保ちつつも、戦闘は収まっていた。
例外的に無傷なのは乱戦でも、フルダイブもせず、鼻歌交じりで回避して、撃たれたら撃ち返すしているうちに、プレイヤー間の暗黙の了解で、あ、これガチでやばい奴だと、手を出されなくなったサクラ。
そしてもう1隻。プレイヤー名を非公開モードにしている船もまた無傷だった。
船タイプは地球人用型標準戦闘艦の長距離戦カスタム仕様。
特筆すべきは船体の半分以上の長さもある対要塞戦用跳躍ロングキャノン。通称『物星竿砲』を装備していることだ。
一発撃つのに、膨大なエネルギーが必要で、そのチャージ時間に通常一分も掛かるうえに、チャージを開始したら目標地点の変更は不可能。
しかしその有効レンジは星系丸まる1つ、いかなる障壁も防御機能も乗り越えて目標地点に直接跳躍するという癖が強いにもほどがある空間跳躍型特殊長距離対要塞戦用装備。
ただしその攻撃力はレベル依存なので、低レベルではそれこそ内部情報が最高機密となっている要塞中枢に寸分違わず直撃でもさせないと、意味がない。
初期型の船ではこの特殊装備をしたら、重量制限的にもエネルギー容量的にも、他にまともな攻撃兵器を装備する余裕など到底無くなる。
欠点をあげればきりは無いが、一撃必殺過ぎる威力を持つ兵器。いわゆる『浪漫兵器』という類いの物だ。
どうやってもあの乱戦で生き残れるような船ではないのだが、そんな船がサクラと同じく無傷で抜けてきていた。
長距離戦にあわせてかレーダー機能を、標準型としては最大限まで強化しているが、見えるだけで回避が出来るような物では無かった。
サクラも途中から、その異端な船に気づいてちょろちょろと観察していたが、ちぐはぐな物だった。
戦闘予測は甘いし、行動も迷いがあるのか出が遅い。しかしその精密動作は目を見張る物があった。
場合によっては数センチ単位の隙間を縫うような細やかな操縦と、抜群の反射神経で直撃を回避して、ここまで着いてきていた。
それに抜け目もない。途中からサクラが手を出すとやばいと思われるようになると、サクラを上手く壁に使い、自分からはサクラに手を出さずに、上手いこと危険度を下げていた。
あの装備ではサクラから戦闘を仕掛ける条件には当てはまらないが、俄然興味をひく動きだ。
何度か通信要請してもみたが、相手が通信封鎖状態なのかいくら話しかけても反応は無い。
せめて名前だけでも確かめてやろうと、近距離クラックを仕掛けるためにサクラはその地球船へと船を近づける。
クラックといってもそこまでスキルレベルは上げていないので丸裸は無理だが、プレイヤー名位は盗みみられるだろうか?
戦闘系以外も少しはあげておくべきかなと思いつつ、クラックスキルをタップしようとした時、またも緊急通信ウィンドウが立ち上がった。
しかしそれは周囲を飛ぶ賞金稼ぎ達の船達が起こした行動に対する、緊急ウィンドウではない。
『発 ウォーレン星域試験場警備部所属星系外周部警備艦隊第17パトロール艦ロセイホルン17 【周辺を航行中及び停泊中のハンター艦船は下記の宙域への立入を禁ず】 犯罪者ハンターの要請により、下記宙域に逃げ込んだ賞金首への独占占有権が発令中。広報を受諾した船は協力を求む。協力報酬として無償犯罪者情報が提供……』
それは極めて強力な通信設備を持つ船から出され広報。
サクラたちが向かう先を少しだけ掠める宙域。ブラックマーケットの外縁部ギリギリの、違法廃船場に対する進入禁止処置だった。
宙域情報が3D宇宙図に描き出されて、立入禁止宙域が赤く染められ、同時に広報を出した警備艦の船体識別信号をキャッチし、それも地図に表示される。
警備艦はサクラたちの位置から、廃船置き場を挟んで真反対側。パトロール船の守備範囲ギリギリを飛行中のようだ。
その警備艦と宇宙船墓場の中間位置に高速航行する船が2隻。略図からも先行している船を、後ろの船が追いかけている様がよく判る。
送られてきた公報を読んでみれば、どうやらどこかの賞金首ハンターが、捕まえようとした賞金首に、廃船が無数に浮かぶ面倒な船墓場に逃げ込まれそうなので、その周辺宙域を一時的に専有使用できる利用権を取得したという事。
さらには利用権を無理矢理に無視してほかの賞金稼ぎが入ってこないようにと、わざわざ他の賞金首情報まで提供しようとしている。
よほど追っていた賞金首をほかの誰かに取られたくないのか、それとも意地になっているのか知らないが、わざわざ封鎖して、ほかのハンターのご機嫌取りもしないと狩れないとはずいぶんと狩りが下手なハンターだ。
人の獲物をわざわざ横取りしなくても、今は狙っている獲物がある。
しかし提供された賞金首情報は気になるので、受諾信号を発信しようとしたサクラの手が、コンソール上で止まる。
追われている賞金首プレイヤー名は【ミツキ】となっていた。船の形式も美月の乗る探査船通称『マンタ』だ。
ほぼ無意識でサクラは逆噴射をかけ船を緊急停止させる。
サクラの停止とほぼ同時にほかの5隻がスラスター出力を上げて、一気に加速を開始し、ウォーレン星域市場に向けてがむしゃらにかけだし始めた。
何か今の受注クエストを進めるために有益な情報があったのだろうか?
みるみるうちに船団との差が広がっていく。この場に残っていたのはサクラと、そして浪漫兵器搭載船だった。
何故あの船が残ったか?
それ以前に状況が出来過ぎだ。
自分が向かったクエスト先で美月の名前を見つける。罠の可能性が高いか?
浪漫船は敵か? 味方か?
色々な考えが頭の中を駈け巡りそうになるが、サクラは1つ唸ってから放棄する。
自分では考えても、状況の答えは考えつかない。叔父の宗二がいてくれれば的確な判断もしてくれるが、今は仕事で出かけていてホテルにはいない。
なら自分で動く。悩んで立ち止まるのはらしくない。
まずは沈黙する隣の船からだ。
サクラがクラックを再度開始しようとした瞬間、今の今まで反応が無かった通信ウィンドウに人影が浮かび上がる。
『ミツキはエリスの敵だからサクラは邪魔! 見逃してあげるからどっかいってよ!』
不機嫌に頬を膨らませた機械仕掛けのウサミミをつけた黒髪幼女が、睨み付けているつもりだろうが、可愛らしいとしかいえない表情で、ウィンドウの向こうからサクラを威嚇していた。