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[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:50
※0話は飛ばしても本編に影響はありません。




0話:発端











西暦2174年。
火星の周囲に浮かぶ巨大な衛星フォボス。
そこで全人類を未曾有の危機に陥れようとした事件が終わりを迎えようとしていた。


「これで最後だ!!」

「ぬおおぉぉぉぉぉ!?!?」


ディンゴの高らかな叫び声と同時に腕に付けられたブレードを振り下ろすジェフティ。
そして動力炉と頭部のみを残して爆散するアヌビス。
こうしてアーマーン計画の指導者ノウマンはその生涯に終止符を打つこととなった。


だが――


「こ、この光はなんだ?」

「アーマーンが起動が始まっています」


――これで全てが終わったわけではなかった。

アヌビスが破壊されると同時にアーマーンが突如として起動を開始し、凄まじい光と共にエネルギーの収縮を開始しはじめたのだ。


「システム移行、ジェフティ起爆準備完了まであと200」


システムの根幹に位置づけられた命令に従い、アーマーンを止めるためジェフティの自爆準備を進めるエイダ。


「やめろぉぉぉ!」


彼女の自爆させまいとアーマーンの中心目掛けてボロボロのビックバイパーを突進させるレオ。


「エイダ! ジェフティの全エネルギーを表面に開放してアーマーンの中心にぶつける!
 もしも、それで駄目なら自爆するなり何なりお前の好きにしろ!」


最後まで諦めず足掻き続けようとするディンゴ。


「だがな、最後まで何もしないまま諦めるな!」


それが彼の信念だといわんばかりに声を張り上げる。
そして同時にジェフティの表面からエネルギーが解放され、迫り来るアーマーンから開放されたエネルギーと衝突した。



激しい衝撃がジェフティを襲う。
凄まじいエネルギーによって圧縮された空間が元に戻ろうとする反動によって生まれた衝撃波が直撃したのだ。


「――――っ!!!」


大半の装甲が吹き飛ぶ。
そして、その衝撃波が通り過ぎたと思った次の瞬間、まるで時間が無くなったかのように空間が固まった。


(くっ、このままじゃ……やべぇな)


アーマーンのエネルギー解放に巻き込まれ、漆黒の空間の中を漂うジェフティのコックピットの中でディンゴはそう思った。

刻一刻と迫るジェフティの起爆準備の完了時間。
そしてあれだけ啖呵をきっておきながらまったくこの状況を打破する方法が思いつかないという事実。

もちろん必死に生き残るための方法は考え続けてはいる。
しかし、それでも覆しがたい厳しい現実だけがディンゴの目の前にあった。

心が折れそうになる。
そう、たとえこのまま自分が諦めたとしても、ジェフティの自爆という手段によって最悪でも太陽系は救われるのだ。

だが――


(――アイツに帰るって約束しちまったからな)


約束があった。
アヌビスとの決戦の直前にした彼女との約束が……。
ジェフティの自爆、それはすなわち彼の死を意味する。
そして、それは彼女との約束を反故にするということだった。


(くっ、何か方法は無いのか!?)


残された時間は既に十数秒。

ディンゴは、嘗てバフラムの一流ランナーをやっていた頃に蓄えられた知識と経験を駆使し、再び思考を巡らせる。
だが、それでも太陽系を滅亡させるほどのエネルギーに対抗する方法など思いつかなかった。

焦燥感が心を支配しはじめる――。


(ん……?)


――とその時、漆黒の闇しか無い空間の中に強い光を放つ物体がディンゴの視界に映る。

まるで導かれるようにジェフティ方に向かって漂ってきているそれは――破壊されたアヌビスの頭部とその動力部だった。


(これだ!)


閃きが生じる。
ディンゴは思いつくままにジェフティを動かしアヌビスを掴みとると、そのまま腕を大きく振りかぶり、アーマーンの中心目掛けて投げつけた。


「――――――――――っ!?」


凄まじい爆発。
今まで凝固していた空間が、まるでひび割れたかのような音をたてて崩壊する。

ジェフティは即座に踵を返し、脱出を試みる。
途中、動くことさえ出来なくなり漂っていたビックバイパーを一緒に連れて行く。

だが――


「なっ!?」


――爆発範囲外までほんのあと少しでというところで、ジェフティが急激に減速する。
慌てて、ジェフティのコンディションを確認すると背部のブースター部分が赤く点滅し、その横には破損を示す表示がされていた。

真後ろには、破壊されたアーマーンの爆発の余波で生まれた巨大なエネルギーの波が押し寄せてきている。
恐らく十数秒後にはジェフティとビックバイパーはその波に飲み込まれてしまうことだろう。


「レオ」

「ディンゴさん?」


突然、レオに声をかけるディンゴ。
そして同時にジェフティがビックバイパーをもった手を大きく振りかぶる。


「な、何を!?」


ディンゴの行動の意味が分からず問い返すレオ。


「ケンに伝えてくれ……」


だが、その問いに答えることなくディンゴはそう答えると――。


「約束破って悪かった、てな!」


――手に持ったビックバイパーを思いっきり前方に向かって放り投げた。


「ディンゴさぁぁぁぁん!」


高速で前方に向かって遠のいていくビックバイパー。
そして反作用によって、ジェフティは逆に一気に減速することとなった。








---------------------------------------







「これでよかったのですか?」

「ああ、道連れは一人って決めてるんでな……いや、お前もいるから二人になっちまったか」

「私は人ではありませんが?」

「はは、まあ気にするな」


ジェフティの中で談笑するディンゴとエイダ。
あと数秒後には死が待っているはずなのに、死という概念がない機械であるエイダはともかく、人間であるはずのディンゴは笑みさえ浮べていた。


「でもまあ……」


だが、不意にディンゴの表情が少しだけ困ったような顔をする。
そしてまるでこの場に似合わない大きな溜息をつくと、こう呟いた。
「今度ばかりは生き返らせてもらえそうにないな……」
その言葉を最後に、ジェフティは完全にエネルギーの奔流の中に飲み込まれた。


___________________
あとがき
7話の執筆が上手くいかないので、繋ぎにどうぞ。

今後もこのような外伝形式で他の不鮮明な部分を補完していく予定です。

2012/11/03追記
改めて読み直すとアヌビス本編と同じ台紙が多すぎるので書き直すか、消すかするかもしれません。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 1話:異邦人
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 00:51
有史以来、人類は様々なエネルギーを手に入れ、文明はその力に導かれ歩んできた

では、太陽系を滅ぼすほどのエネルギーに巻き込まれた人間の運命はなんだ?










________ NADESICO    ______
        ZONE OF THE ENDERS







1話:異邦人







AGE 2197


火星と木星の間に存在する巨大なアステロイドベルト地帯が存在する。
そこは隕石と宇宙ゴミだけが漂い、廃墟のように静寂しか存在しない。


「――――」


だが、その静寂しかないはずの空間に突然として巨大な空間の歪みが発生した。
まるでそこに穴を形成するかのように歪んでいく空間。
そしてその穴が完全に形成された瞬間、中から何かが吐き出された。

人型の機動兵器。

それがその歪みから排出された物体だった。
ところどころが破損しているが、その状態でもわかるほど美しく洗練されたシャープなボディ。
だが、機能が停止しているのかまったく動く気配が見られない。

空間の歪みは、その物体を吐き出すと同時にまるでそれが役目だったかと言わんばかりに急速に元通りになっていく。
そして完全に空間の歪みが修復されると辺りに静寂が戻り、その人型機動兵器もまたアステロイドベルト地帯に漂う小隕石と一緒になってそのまま漂っていった。


それから数十分過ぎた時だろうか、明かり一つ無い空間に僅かな光が灯る。
光の原因は先ほどまでまったく身動ぎすらする気配を見せなかった機動兵器。
その表面に刻まれたスリットの様な模様に光が奔っている。

「システム再起動、コンディションチェック並びに、装甲の修復を開始」

同時に淡々とした女性の声がコックピットに聞こえ、今まで静寂だけが広がっていた空間に僅かな駆動音が響き渡った。







------------------------------







「――ん」

機動兵器が駆動し始めて数分経った頃、コックピットの中で小さく声をだした一人の男がいた。
少し伸ばした白髪と、それとは対照的に黒い肌をした男は暫く身じろぎをした後、薄っすらとその両目を開ける。

「おはようございます」
「ん? ああ、おはようさん」

淡々とした女性の声に片手で軽く頭を抑えながら返事をする男。

「突然ですみませんが、頭は大丈夫でしょうか?」
「ん、ああ、少し痛むが……問題ない」
「では、記憶の方ははっきりしていますか?」
「はぁ、何言って――」

と、そこまで言ってやっと頭が冴えてきたのだろう。
まるで霧ががかかっていたかのようにぼやけていた表情が徐々に引き締まっていく。

「――なるほど、そういう意味か」
「ご理解頂けて何よりです」

淡々とした声で女性の声、エイダは、はぁっと溜息を着きながら頭をボリボリとかきむしる男、ディンゴ・イーグリットに声をかける。

「で、一体どうなってなるんだ? あの世にしちゃあやけにリアリティがありすぎるぜ」

そしてディンゴは急に目つきを変えたと思うと、真剣な声でエイダに問い返した。

「はい、それは――」
「それは?」
「――私にも分かりません」
「は?」

真剣な顔が急に間抜けに歪み、間抜けな声がコックピットに響いた。

「いえ、正確にはまったく分からないというわけではありません」
「どういうことだ?」
「はい、あなたが気絶している間に周りの星座の位置などから現在地を割りだしていました。その結果アーマーンがあった場所からさほど離れて居ないということがわかりました」
「なら早くケンに連絡を……」
「その事なのですが、先ほどから信号を送っているにもかかわらずまったく反応がないのです。いえ、それどころかジェフティを中心に周囲数キロ以内には熱源反応おろか、連邦船の残骸と思しき金属片の反応すら感知できません」
「なっ!? じゃ、じゃあまさか……」

連絡が取れない、それはすなわちアーマーンが始動して――――

「――いえ、あなたが心配しているようなことはありません」

まるでディンゴの心の中を覗いたかのようなタイミングでエイダ声をかけてくる。

「確かにアーマーンのエネルギーの圧縮と解放は、マスターの機転でアヌビスの動力炉をぶつけた事により確実に食い止めました」
「それは確か?」
「はい。現に周囲の星座標系にも変化は見られません。画像にも出力可能ですが確認しますか?」
「いや、かまわねぇ」

そう言って半ば身を乗り出しそうになっていたディンゴは一息つき、再びシートに深く腰を落す。
確かにエイダの言うことは間違ってはいない。
事実、アーマーンが完全に始動していたのなら、火星どころか太陽系が全て吹き飛んだはずなのである。

「それよりも今一番確かめなきゃならないのは……どうして俺たちが生きてるのか、ってことだな?」
「はい、その通りです」

そう、これが一番の謎だった。
あの時ジェフティは確実にアーマーンから発生したエネルギーの波に飲み込まれたはずなのである。
確かアヌビスをぶつけることで圧縮されていたエネルギー自体は共鳴作用により消えたはずなのだが、アーマーン自体が爆発する時に発生したエネルギーは十分にジェフティを吹き飛ばすほどの破壊力を秘めていたはずなのである。

「まったく……分けが分からねぇな」
「はい、申し訳ありませんがそういうことになります」
「いや、お前さんが気にすることじゃないさ」

珍しく消沈した様子で答えるエイダに、苦笑しながら声をかけるディンゴ。
まあ、元々AIにしては妙に人間味が溢れる彼女である。
それ故にディンゴも彼女の事を一人の人間のように接していた。

「とりあえず、辺りの様子を探るか……エイダ、ジェフティは動けるか?」
「ある程度修復が完了していますので、可能です」
「どれぐらい修復が済んでるんだ?」
「はい、SSA(セルフサポーティングアーマー)が完全破損した部分の装甲は無理でしたが、辛うじて全壊を逃れたSSAの修復は完了しています。短時間であれば戦闘行動も可能です」
「わかった。それでゼロシフト使用可能なのか?」
「はい、『一応』は使用可能です。ですが機体の受けたダメージが規定値を超えていたせいかプログラムが不安定になっています。さらに各部関節や機体自体の疲労が激しいため、現在ところゼロシフトを使用した場合、機体の安全が保障できません」
「ちなみに聞くが、どれぐらい危険なんだ?」
「最悪、使用した瞬間機体が分解する可能性があります」
「なるほどな……」

どうやら事実上、現在のところジェフティの最大の能力であるゼロシフトは使用できないらしい。
しかしながら、思ったより機体が回復しているのは嬉しい誤算であった。

「ま、動けるだけ御の字ってやつか……」
「現在のところプログラムの最適化を行っていますが、かなりの時間を要すると思われます」
「わかった。エイダ、とりあえず火星へ向かうぞ。あそこなら人がいるはずだ」
「わかりました。マップに火星到着まで移動経路を表示します」

コックピットの隅にマップが表示される。
どうやら火星からはさほど離れてはいないようである。

「んじゃま……行くとしますか」
「バーニアをオートに設定」

二人の声が終わると同時にバーニアが勢い良く点火する。
加速するジェフティの進路方向には数多くの隕石が存在していたが、ジェフティはそれをまるで踊るかのように回避し、火星に向けて突き進んでいった。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 2話:赤くない火星
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:07
火星、それは宇宙へと活動範囲を広げていく人類がテラフォーミングすることによって移住が可能となった惑星である。
だが、そのテラフォーミングはまだ完全では無く、宇宙から見たその姿は未だに「火のように赤い星」であった――。

――いや、はずであった。


「おい……エイダ。あれは何だ?」
「はい、火星ですが」

彼の眼前に見える星。
エイダの言葉が間違っていなければそれは火星だという。

だが――。

「お前な、火星ってのは赤いから火星っていうんだよ! あれはどう見ての赤くねえぞ!」

――彼の眼前に見える星はどうみても彼の知っているソレとは大きく違っていた。

「いえ、お言葉ですが確かにあの星は火星の座標と一致しています」
「んじゃ、何で赤くねえんだよ」
「それは私にもわかりません」

延々と繰り返される、答えのない論議。
何度聞かれようともエイダにも分からないものは分からないのである。

「……まあいい、とりあえず降下するぞ」

赤くない火星を不審に思いつつもジェフティを火星へと降下させる。
これ以上変な事が起こらないだろうな、という淡い希望を抱きつつ。









2話:赤くない火星









「おい、エイダ」
「なんでしょうか?」
「何度も質問して悪いが……ありゃなんだ?」

だが、どうやら人の望みとは儚いものなのだろう、その思いは一瞬で裏切られる。
彼の視界に映っているのは大気と摩擦で発熱しているボディの表面でキラキラと輝く見慣れる光。
今まで長らくランナーをやっきたディンゴだが、こんな現象が火星で起きるなど聞いたことが無かった。

「解析してみます」

ディンゴの声に忠実従い、エイダは光の原因を解析し始める。

「わかりました。解析した結果、あの光はこの大気に含まれる極小のナノマシンが機体表面接触することで発生しているようです」
「ナノマシン? 第一次火星テラフォーミングに使われたのは知ってるが……これほど大量に散布されただなんて聞いたことないぞ。ってか前に火星に降りた時はこんなことは起こらなかったはずだ」
「ですが、実際に目の前で起こっています」
「確かにな……で、害はないのか?」
「どうやら大気以外の物質と接触すると自然分解されるようにできいるようです。そのため当機に影響及ぼす可能性はありません」

とりあえず害がないなら大丈夫か、と安心するディンゴ。
だが実際のところは、あまりに自分の知らないことが起こりすぎている今の現実がどうでもよくなってきていたというのが本音であった。

「間もなく地表に到達します」

エイダの声がすると同時に、雲が邪魔で見えづらかった火星の大地がはっきりと見えてくる。

「ふう、無事到着か……エイダ、現――」

そして、エイダに現在地を問おうとした瞬間――。

「未確認飛行物体接近」

――突然、アラートがコックピットに響き渡った。

「なんだありゃ!?」

何時の間に湧き出たのか、自分の周囲を囲うように旋回する夥しい数の謎の機体が展開されている。

「データに該当機体無し。形状はバフラム軍のスパイダータイプに比較的似ているようですが、まったく別機体です」

すかさず機体の照合を終えたエイダの声がディンゴの耳に入る。
確かにエイダの言うとおり比較的バフラム軍のスパイダータイプに似ていないこともないが、どちらかといえばバッタに近い形状の機体であった。

「どうしてここまで発見が遅れた?」
「どうやら周囲に存在する渓谷を利用してレーダーの感知網から逃れていたと思われます」
「ちっ……仕方ねえ。エイダ、目の前の奴に通信を……」
「ミサイル接近」
「なにぃ!?」

こちらに戦意は無いと伝えようとした矢先、突如目の前の機体からミサイルが発射される。
とっさにシールドを展開し防御したが、あと数瞬遅れていれば直撃は必至だっただろう。

「おいおい、いきなりかよ!?」
「目標に生体反応無し。無人機のようです」
「ちっ、問答無用ってことか」

戦闘は可能だが、今のジェフティは万全には程遠い状態である。
できれば極力戦闘は避けたいのが本音であった。

「エイダ、今のこっちの状態じゃあ分が悪い。とりあえず逃げるぞ」
「完全に囲まれていますが?」

エイダの言う通り、レーダーには百を超える数の赤いマーカーが表示されている。
事実上、完全包囲と言ってもいいだろう。

「なぁに――」

だが、先ほどの言葉とは裏腹に今のディンゴの表情には焦りは見えない。
いや、寧ろ余裕の笑みさえ浮べている。

「――ノウマンの野郎に嵌められた時比べりゃあ屁みたいなもんだぜ!」

ディンゴがそう叫んだ瞬間、バーニアが勢い良く点火する。
同時に突風が起こり、大地に積もっていた大量の砂埃が巻き上げ、一瞬にして完ジェフティの姿を完全に覆い隠してしまった。

「!?!?!?」

一瞬にして目標を見失ったことで、まるで動揺したかのような仕草をとるバッタ達。
想定外の行動にプログラムが対応できず、飛び回っていたバッタ達が一瞬その動きを止めてしまう。

そしてまるでその瞬間を待っていたかのように、砂埃の中かから幾条もの光の筋が飛び出してくる。
ジェフティのホーミングレーザー、それが数条の光の正体だ。
ディンゴはあの砂埃が舞い上がった瞬間、一瞬にして前方に立ちふさがる敵の幾つかをマルチロックし、ホーミングレーザーを放ったのである。

レーザーの一本一本が狙い済ましたかのように、動きを止めていた幾つかの敵に突き進んでいく。
バッタも一瞬送れてそのレーザーを感知したのか慌てて回避行動をとるが、まるでそれはは意思をもったかのようにバッタの動く方向へと進路を変える。
このまま行けば数瞬後には大量の花火が火星の空に瞬くはずであった。

――そう、この時点ではディンゴはもちろん、エイダでさえもそうなると予想していた。

「なんだと!?」

だが、予想は虚しく外れる。
ホーミングレーザーが敵機に直撃する寸前、まるで何かにぶつかったかのようにその軌道をずらされたのである。

「攻撃が全て弾かれました。敵機全機健在です」

エイダが冷静に現状を報告してくる。
ディンゴは一瞬見間違いかと思い、その後続けてレーザーを発射する。
だが、それも先ほどと同じく敵に当たる直前で虚しく方向を逸らされてしまった。

「エイダ、原因は分かるか?」
「分析結果がでました。敵機体の周囲に空間の歪みが発生しています」
「空間の歪み?」
「はい、敵機を覆うように展開された空間歪曲力場のようなものでレーザーの軌道が逸らされています。恐らくホーミングレーザー等の低出力エネルギー兵器は全て通用しないと思われます」
「ちっ、まるでアーマーンを覆っていたフィールドの小型版だな」

細かな違いはあれど、アーマーンの周囲を覆っていた空間圧縮フィールドと似たような性質を持っているなら相当厄介なものである。

「いえ、アーマーンを覆っていたのは空間圧縮による質量の断層を使ったフィールドであって、空間歪曲では……」 
「だあ、うっせえ! 今はそんな細かいことよりどうすれば突破できるか教えろってんだよ!」

エイダにそんな薀蓄はいらないと叫ぶディンゴ。
今はそれをどうやって突破できるのかが重要であったのだ。

「それは比較的容易です」
「どうするんだ?」
「はい、バーストショットなどの相手の空間歪曲力場を突破できるような高出力エネルギー攻撃をぶつける、もしくは――」
「もしくは?」
「――空間の歪曲の影響を受けづらいブレード等の物理攻撃、もしくはグラブで相手を地表に叩き付けるなどすれば突破可能です。この場合、後者の方があなたのお好みですね」

まるで当たり前の事実を述べるかのように淡々と報告するエイダ。
ディンゴもその台詞を聞いて、エイダに答えるかのようにジェフティを操作する。

「まったく――」

流れるような動きで目の前にいたバッタに接近するとブレードを叩き落すジェフティ。
まるで紙のように空間歪曲力場もろとも装甲を切り裂かれ、バッタが爆散する。
そして次の瞬間にはディンゴはまるで疾風――いや雷光の如くジェフティを走らせ、目の前にいるバッタ達を次々とすれ違い様に薙ぎ払っていった。

「――良くわかってるじゃねぇか!」

疾風怒濤、まさにその言葉が似合う勢いでジャフティは敵の中を突き進んでいく。
その通り過ぎた経路には切り裂かれたバッタの残骸だけが残され、まるで雨のように降り注ぐミサイルさえもジェフティの持つ慣性を無視した機動により易々と回避され迎撃されていく。

そして包囲網が展開されてからたった数十秒。
たったそれだけの時間でバッタ達は包囲網を完全に破られ、渓谷の隙間へと逃げ去っていくジェフティの後ろを慌てて追いかけていくこととなった。





----------------------------------------





「周囲のスキャン終了、敵影ありません」
「ふう、やっとまいたか」
「お疲れ様でした」
「まったく……なんつうしつこい奴らだ。まるでゴキブリみたいにゴロゴロ沸いてきやがって」
「どうやらあのバッタのような機体はこの周囲一体を監視するように展開しているようです。その監視網に引っかかったのでしょう」

初めはジェフティの機動性を持ってすれば軽く振り切れると思っていたのだが、驚いたことに何処から沸いたのか逃げる先々にバッタ共が待ち構えていたのである。
そしてしばらくの間、しつこく追いかけてくるバッタと渓谷の隙間で絶叫空中カーチェイスを繰り返したディンゴは、偶々見つけた岩の裂け目に身を潜めることで漸く追跡を逃れることに成功したのだ。
もしもあの時裂け目を見逃していれば、今もまだ奴らと空中カーチェイスを繰り広げていたことだろう。

「にしても、入口は狭い癖に中はこんなに広いとはな……」
「前方の突き当たりまで数百メートル以上あるようです」

自分達が滑りこんだ岩の隙間の中が思ったより広かった事に驚くディンゴ。何しろ入口はジェフティがギリギリ滑り込めるほどの僅かな隙間だったのである。
だが、いざそこを通り過ぎるとそこにはジェフティが飛びながら移動できるほど広い空間が存在していたのである。

「天然にしては珍しい――いや、それにしちゃあやけに綺麗すぎる」
「それだけではないようです。後ろを見てください」

そうエイダに言われ、ジェフティを後ろ向きに旋回させる。
するとそこには、大半が体積した土砂で覆われているものの、はっきりと人工物と分かる入口のようなものが鎮座していた。

「どうやら我々が入ってきた隙間は、本来そこにあった入口が地殻変動のような大規模な自然現象で塞がれた後、その蓋のになった土砂の一部が偶然崩れたものだと思われます」
「まさか古代人の遺跡とでも言うじゃあるまいな?」
「いえ、そのまさかの可能性が高いと思われます」
「まったく、俺達は考古学者じゃねえんだぞ。こんなもん見つけても仕方ねぇだろうが……」
「ですが火星に知的生命体がいたという記録はありません。もしもこれを発表すれば世紀の大発見だと思われますが?」
「勘弁してくれ……」

今更、有名になど成りたくないと溜息をつきながら断るディンゴ。
確かに、火星に知的生命体がいたという事実を裏付けるような発見をしたことには多少驚きを感じたが、それ以上は考古学者でもないディンゴにとってはどうでもよいことだった。

「まあいい、とりあえずこの中を探索してみるか。どうせしばらくの間は奴らもこの周囲を警戒してうろうろしてるだろうからな」
「わかりました。ソナーをパッシブからアクティブに切り替えます」

そう言うと同時に、レーダーに空洞の構造が細かくに表示される。
どうやら自分達がいる場所はまだ通路のような場所であって、その奥には更に広いドームのような空洞が存在しているようである。

「エイダ、念の為何かあったら直ぐ対処できるようにしとけよ」
「はい、既にいつでも最大出力で行動可能な状態にしています」
「相変らず仕事が早いな」
「レオが私に搭乗していた頃は常に危険な状況でしたので……その影響だと思われます」
「やっぱりお前は惚れた男に合わせるタイプだな」
「以前もおっしゃられましたが……その言葉の意味が良く理解できません」
「はは、気にするな」


相変らずレオの事が絡むと、言葉に少し感情が入り混じるエイダに苦笑するディンゴ。
人工知能らしからぬ事だがディンゴにとっては充分面白い話相手であった。

そしてその会話を終えると同時にディンゴはジェフティを滞空させながらゆっくりと空洞の奥へと進ませていく。
しらばく進むと自分達が入ってきた裂け目から差し込む光が届かなくなり、完全に闇が空間を支配する。

ディンゴは暗視モニターとエイダがスキャンした空洞の構造を頼りに曲がりくねった通路のような空間を進んでいく。
しばらくの間ジェフティの駆動音だけが響く静寂な空間が続いた。

「エネルギー反応感知」
「なに?」

と、その時突然エイダのレーダーが何かを捕らえる

「この先にメタトロン反応があります」

メタトロン、それがそのエネルギーの正体だった。

「そんなばかな。火星にメタトロンの鉱脈があるなんて聞いたことないぞ」
「いえ、間違いありません。しかもかなり強力な反応です」
「まさか……またお前みたいな奴が捨てられてたっていうオチじゃないだろうな?」
「いえ、これほど強力なメタトロン反応を発する機体は当機ジェフティとアヌビス以外存在していません。アヌビスは貴方の手によって破壊されていますので、今ではこのジェフティのみです」
「じゃあ、一体なんだっていうんだ?」
「不明です」
「ちっ、仕方ねえ。行って確認するぞ」

今までゆっくりと滞空していたジェフティを加速させるディンゴ。
エイダはああ言ったが、万が一アヌビスが生き残っていた可能性を考えると急がずにはいられなかった。

「広い空間にでます、注意してください」
「わかった」

数十秒ほど進むと前方に薄っすらと出口らしき明かりがみえる。
同時にエイダの軽い注意が耳に届き、ディンゴはそれに軽く返事をするとその出口へゆっくりとジェフティ進ませた。

「――――っ」

今まで暗闇に慣れていた眼に光が飛び込み、目を細める。
だが、エイダが気を利かせてくれたのか軽い遮光が成され直ぐに視界が回復する。

「何だ……ここは?」

目の前に映る光景に思わず声が漏れる。
まるでクレバスのように深い巨大な縦穴がそこにあった。
上をみれば薄っすらと明かりが見え。その先には青空が見える。
そして、その壁面の所々に人工的に補強された後が見て取れた。

「目標確認。あの箱状の筐体のようなものからメタトロン反応が検出されています」
「あれか……」

そして問題の物体はその穴の一番底に鎮座していた。
ディンゴはゆっくりとジェフティを降下させ、その謎の筐体に近づいていく。
近づくにつれてその姿はっきりと見て取れるようになる。
複雑な模様が刻まれたまるで黄金で出来ているかのように輝いている謎の筐体。
明らかに自然にできたものでは無いとわかる、異質な物体であった。

「エイダ、これが一体なにか分かるか?」
「いえ、用途は全く不明です。かなりの高純度のメタトロンが使用されているようですが、それ以外にも未知の物質が数多く使用されているようです」
「未知の物質? 何だそりゃ?」
「文字通り未知の物質です。それどころかこの物体を構成している大半の物質はおろか、その構造すらほぼ解析不可能です」
「おいおい、まじかよ……」

エイダの報告を聞いて、呆れ顔になるディンゴ。
何しろ、俗に言うオーパーツとやらを発見してしまったようなのである。

「まあいい、とりあえずやれるだけ解析してみてくれ」
「わかりました。それではジェフティの末端回路を目標に接触させてください」
「了解っと」

エイダに言われた通りディンゴはジェフティの腕を目の前の筐体の伸ばす。
そして、手に備え付けられたメタトロンコンピュータの末端が筐体に接触した瞬間――

「――ン――プの――プロ――ム――入――」

「なっ、どうしたエ――があああぁぁぁ!?!?!?」

――筐体が発光し、ジェフティに何かが流れ込んだと思うと、ノイズが混じったエイダの音声とディンゴの絶叫がコックピットに響き渡った。

まるでゼロシフトプログラムが着床した時のように、機体表面からエネルギーが放出しながら大地に膝を着くジェフティ。
溢れたエネルギーがジェフティを中心に渦を描くかのよう旋回しながら、ジェフティを包み込むかのように渦を形成していく。
そして数秒後にはそのエネルギーの光の渦は完全にジェフティの姿の姿を覆い隠してしまったのだ。

まるで光の繭に閉じ込められたかのようになったジェフティ。
その直ぐ傍ではまるで脈動するかのように先ほどの筐体が明滅を繰り返している。

そしてそのまましばらく時間が経過し、その場に静寂が戻ってきた頃――。
――ついに光の繭に変化が現れた。

まるで帯が解かれるようにエネルギーの奔流が消え始めたのだ。
徐々に消えていくエネルギーの奔流。

そしてそのエネルギーの奔流が収まったそこには――


――まるで色素が抜け落ちたかのように白亜に染まった装甲を身に纏った、完全に修復されたジェフティの姿があった。
__________________________
あとがき
エイダは素直クールだと思う。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 3話:謎のプログラム
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 00:56
「――――っ」

身体の異様な火照りを感じ、ディンゴは眼を覚ました。
まるで身体がフルマラソンを終えた直後のように熱気を放っており、額に触れると吹き出ていた汗がベットリと手についた。

「はぁはぁ……一体……何が……起こったんだ?」

未だに落ち着かない呼吸を繰り返しながら、思考を巡らせる。
ジェフティの末端が目の前の筐体に触れた瞬間までは記憶が残っているのだが、その後何が起きたのかさっぱり分からなかった。

「エイダ、何が起きたかわかるか?」

答えがでず、結局何時ものようにエイダに声をかけるディンゴ。
だが――

「…………」

――何時もなら即座に返事を返してくるはずのエイダに全く反応がない。

「……? おい、エイダ、返事をしろ」

不審に思いながら、もう一度問いかけてみるがやはり返事はない。
コックピットにはディンゴの声だけが響くだけであった。

「まさか……冗談だろ」

最悪の考えが脳裏を過ぎる。
何しろ今までどんな時でも直ぐに返事を返してきたエイダの反応がないのである。

「おいおい……これじゃあレオにあわす顔が無いじゃねぇか……」
「レオがどうしたのですか?」
「そりゃあ、お前が……ん?」

とそこで、聞きなれた声がすることに気づく。

「ってエイダ、お前大丈夫だったのか!」
「はい、私は正常ですが……それがどうかしたのですか?」
「だったら何で直ぐ返事しなかったんだ」
「すみません、丁度あの時は大幅に変化したジェフティのプログラムの最適化を行っており、すぐに返事をできるほど処理が追いつかなかったです」
「ったく、心配かけさせやがって」

すまなさそうに謝るエイダ。
ディンゴはその言葉を聞いて少しばかり不機嫌な声でそう返していたが、それとは裏腹にその表情は妙に安堵を浮べていた。

「それで、何が起こったかわかるか」
「はい、あの時ジェフティの端末が前方の筐体に触れた瞬間、解析不能なプログラムがジェフティにトランスプランテーションされました」
「まさか……ウイルスか?」
「いえ、違います。この謎のプログラムはジェフティのプログラム着床しただけです。ハッキングのようなものも同時に受けましたが、ジェフティの構造をスキャンされただけで、現在の所当機に物理的な被害は確認されていません」
「ウイルスじゃなかったか……で、ジェフティの構造がスキャンされたってのはどういうことだ?」
「はい、ジェフティの機構を丸々コピーされたようなものです」
「……それってまずくないのか?」

確かジェフティは数あるオービタルフレームの中でも最も機密度の高い機体のはずだ。
その構造が完全に調べられれば、それはそれで問題あるような気がする。

「いえ、確かに当機は特殊な機体であり、その構造は最高機密のでしたが、それはあくまで2年前の話です。既にジェフティとほぼ同じ構造を持つアヌビスの構造はバフラム軍によって解析されていますので、現在ではそれほど重要性はありせん」
「そうなのか……それじゃあ、一体何が目的なんだ?」
「はいそれなのですが……これを見てください」

そう言ってエイダはジェフティの機体コンディションを示すパラメータ画面を表示する。

「これがどうかし――なっ!?」

画面を見たディンゴが驚愕の表情を浮かべる。

「これがそのデータを受け取った後、ジェフティの起きた現象の結果です」
「んな馬鹿な!?」 

彼の記憶が確かなら、前回それを見た時はほとんどのパラメータが全壊を指す赤い表示がされていたはずだ。
だが、現在見ている画面には、赤どころか破損を示す黄色すら無く、その全て表示が正常を示すグリーンに入れ替わっていた。

「あの時、謎のプログラムがジェフティのトランスプランテーションされると同時に謎の粒子がジェフティ周囲に観測され、その直後ジェフティの修復が開始されました。 私も信じられないのですが、大半が損失したはずのSSAが完全に復元され、破損していたはずのベクター・トラップの機能が回復しています」
「これだけの修復を行うのに必要なメタトロンと設備が一体どこにあったっていうんだ!」

ディンゴは辺りを見回しながらそう叫ぶ。
周囲にあるのは、目の前にある筐体とそれを囲むように存在する謎の壁画だけで、どうみてもそのような大規模な修復が行えるような設備など存在しているいのだ。

「わかりません。ですがジェフティの周囲に謎の粒子が観測された瞬間、大質量物体が現れるのを確認しました」
「大質量物体が現れた? まさか何も無い空間から行き成りメタトロンが現れたっていうんじゃないだろうな?」
「はい、そのまさかです。その大質量物体からはメタトロン反応が検出されました」
「ポーターみたいな機械で隠してたっていう落ちじゃないだろうな……」
「いえ、残念ながら空間圧縮からの復元作用は確認されませんでした」
「ちっ……もうどうにでもなってくれ!」

ディンゴは目の前に押し付けられた現実に頭がどうにかなりそうになるのを感じた。

死んだはずなのに生きていた自分。
知っているようで知らない火星。
見た事もない謎の無人機動兵器。
そして極めつけは、半壊していたはずのジェフティが気絶している間に完全に修復されていたという現実。

いっそこれが夢であってほしい。
そう思わずにはいられないほど、短時間で自分の常識を覆すほど様々な事が起き過ぎたのである。

「ですが、そう悪い事ばかりではないようです」
「何か良いことでもあるっていうのか?」
「はい、あの時、大量に現れたメタトロンを一部、機能が回復したベクター・トラップ内に回収しておきました。これだけの量があればここ十年は無補給でジェフティの行動が可能です。なので安心してください、これで当分の間貴方がエネルギー切れで死んでしまうということはありません」

人生に疲れた老人のような目をしているディンゴに、甲斐甲斐しく声をかけるエイダ。
だが、何故かいつも聞いているはずのその声に何故か憐憫が感じられるのは気のせいだろうか……。

「はは、そりゃあ良かったな……確かに安心だ……」
「はい、安心です」

一見普通に会話しているように見える二人。
だが悲しいことに、その実はディンゴは皮肉を言っているに過ぎず、エイダはエイダで本当に安心しているだけでディンゴが皮肉を言っている事を理解していないのである。

最初の就職先では上司に裏切られ、死にかけて。
奇跡的に生き延びて2年後に再開したと思ったら、いきなり殺され。
どうにか生き返ったと思ったら、今度はいつの間にか心臓と肺は機械化されており、そのまま無理矢理戦場に送られ、太陽系を救った男、ディンゴ・イーグリットは――

「はは、は……もうどうにでもしてくれ」

――そう呟くと同時に一粒の涙を流し、再び意識を失った。
今度起きたら夢であってくれ、という儚い希望を抱きながら……。






3話:謎のプログラム







人は極現状態に置かれた時、一抹の希望に縋る。
たとえ理性では叶わないと解かっていても、心がそう願ってしまうのだ。

そしてここにも一人、ある希望に縋る男がいた。
その男の名はディンゴ・イーグリット。

実は自分はまだカリストにある作業員の休憩室でいびきをかきながら眠っていて、目が覚めたらまたLEVに乗って採氷作業へ行く現実が待っているのだと
いう一抹の希望にすがる男が……。

だが、悲しいかな……大抵の場合、それが叶わないというのが現実なのである。

「フィジカルコンディション正常。まだ若干脳波に乱れがあるようですがどうやら大丈夫のようですね」

ディンゴは、聞こえてきたエイダの声によって自分の希望が打ち砕かれた事を知る。
目を擦ってみたが、残念ながら目の前の光景に変化は無かった。

「やっぱ……都合よくいかねぇよな」
「何がですか?」
「なに、目の前の現実ってやつさ」
「言葉の意味がわかりませんが」
「いや、理解せんでいい」

寧ろ理解しないでほしいとディンゴは思った。
実際の所、先ほどまでの自分の思考は自分でもはっきりとわかるほど現実逃避していたのである。
そんな事をAIであるエイダに理解されようものなら、はっきり言って悲しいものがある。

「それより、もう一度今のジェフティの状態を教えてくれ」
「わかりました。現在、ジェフティのハード面はほぼ完全に近い状態です。SSAは完全に復元され、ベクター・トラップの機能も回復しています」
「そりゃよかった……で、ソフト面はどうなんだ?」
「はい、それなのですが、少し問題が発生しています」
「どういうことだ?」
「それは今から説明します。こちらの画面をご覧ください。」

問いかけてくるディンゴにエイダはそう答えてコックピットの画面にジェフティのコンディションデータを表示する。
ディンゴもそれに従いそれを見ると、そこにはジェフティのサブウエポンの一覧が表示されていた。

「まずこれが一つ目の問題です」

エイダがそう言った直後、サブウエポンの一部が赤く表示される。
そしてそこにはヴェクター・キャノン、そしてゼロ・シフトの名前が表示されていた。

「この二つがどうかしたのか?」
「はい。現在この二つのサブウェポンは使用不可能な状態になっています」
「なんだって!?」

ディンゴが驚くのも無理はなかった。
何しろ、赤く表示された二つの兵装は、どちらもジェフティにとって最大の武器となるプログラムデバイスだったのである。

「どうしてこの二つだけ使用できないんだ?」
「はい、それは先ほど前方の筐体からトランスプランテーションされたプログラムが、ジェフティの中枢システムと複雑に絡み合ってしまい、それが原因で、複雑な制御を必要とするその二つのみが使用不可能な状態になってしまいました。現在もプログラムの最適化を進めていますが、その二つが使用可能になるまではかなりの時間を要すると思われます」
「なるほどな……結局ゼロシフトは使用できないわけか」
「はい、ベクターキャノンが使用可能になるまでにもかなり時間を要しますが、ゼロシフトの方はそれよりさらに時間が必要です」

ジェフティの最大の強みであるウーレンベックカタパルトを利用した超高速移動法。
アヌビスが居ない今、それを必要とするような相手はもう居ないのだろうが、使用できないというのは少々不安要素が残るところであった。

「まあ、いずれは使用できるっていうんだから今は待つしかないか……で、一つ目ってことはまだあるだろ?
「はい、そのとおりです」

そう答えると同時にエイダは画面の表示を切り替える。
そして、そこにはエイダによって制御されているジェフティの各フレームが表示されていた。

「これが二つ目の問題です」
「ん、別に問題は無いように見えるが?」

ハテナ顔を浮かべるディンゴ。
何故なら目の前に表示されているジェフティの各フレームは全て、先ほどの現象によって復元されており一切の破損見当たらないのだ。

「いえ、問題はそのフレームの制御系当の修復です。確かに当機の破損したは完全に修復されましたが、それを制御するためのシステムが一部欠損しています。そのため現在の当機は本来のスペック出しきることができません」

元々、オービタルフレームは機体の全てをフレーム単位で制御する、高度な演算能力をもっている。
そしてその機体の全てが高度なシステムによって制御されることによって、あの高い機動力、戦闘力を有しているのだ。
つまり今のジェフティは、装甲は修復されたものの、それを制御するためのシステムの構築がなされていないため、本来の機体の性能がだせないとエイダは言っているのである。

「ちなみに聞くがどれぐらいまで性能が落ちてるんだ?」
「はい、現在の当機の性能は本来の性能のおよそ50%ほどです。バックアップからの制御システムの復元によってある程度は上がりますが、私の能力では完全には不可能です」

そう言い切るエイダ。
つまり、ジェフティは機体そのものは完全に修復されたものの、その能力を完全に取り戻すことはできないという結論だった。

「まあ、ボロボロの時よりはましってことか……ところでエイダ、現在地はわかるか?」
「岩場の裂け目に入る前の座標と移動した方角から考えれば、おおよそ極冠に近しい位置だと思われます」
「わかった」

ディンゴはエイダからの返答を聞くと、先ほどまで聞いた情報を元に頭の中でこれから何をすべきかを考え始めた。
現在、偶然とはいえジェフティの機能がある程度復元されていること。
だが、今自分が置かれている状況がまったく把握できて居ないことには変わりはないこと。
いや、それどころか、よくよく考えればここが自分の知っている火星であるのかすらも怪しいということ。

「赤くなかったしな……」
「何がでしょうか?」
「いや、こっちの話だ」

とにかく何か役に立つ情報がほしいとディンゴは思った。
そしてその情報を手に入れるにはどうすればいいのかと考えた。

「エイダ、ここから一番街に向かうぞ。場所は……どこが一番近いかわかるか?」
「オリンパス山の付近、タルシスです」

その結論は直ぐにでた。
わからないなら誰かに聞けばいい。
それがディンゴが至った結論だった。

「わかった、タルシスの場所をマップに表示してくれ」
「この周囲にはあの正体不明機が多々存在しているようですが、それはどうしますか?」
「何かいい案はあるか?」
「サブウェポンのデコイで作り出した映像を囮にして、その間にステルス機能を最大にして周囲にある渓谷を抜けることをお勧めします。貴方ならそのまま突っ切って行くほうがお好みでしょうが、この場合はやめておいたほうがいいと思われます」
「お前……まさかとは俺の事馬鹿にしてるのか」
「いえ、貴方の性格から行動を予測した結果です」

相変らず思った事(?)を率直に話すエイダ。
本人としては、意図したようなことはないのだろうが、自覚していない分余計に性質が悪いと思うディンゴであった。

「まあいい、とりあえず出発するぞ」
「わかりました。外に出たあと座標系から正確な現在地を割り出します。情報が集まるまで方角だけになりますがよろしいですか?」
「ああ、かまわねぇよ」

バーニアを吹かしながら直上にある出口に向かうジェフティ。
そして遺跡から勢い良く飛び出す直前、エイダはサブウェポンのデコイを起動すると空中にジェフティの立体映像を作り出し、自分はボディの表面を周囲の映像と同化させる。
白亜に染まったボディを太陽の下に晒す、偽ジェフティ。
それと同時に、周囲を探査していたバッタのような無人機動兵器がその立体映像を感知したのか、まるで蟻がエサに群がるように接近してくる様子がレーダーに映された。

「敵機は全てデコイの方に誘導されています」
「わかった、予定通りこのまま逃げるぞ」

偽ジェフティに向かうバッタ共を後目に周囲に存在する深い渓谷に向かうジェフティ。
フレームの制御が完全でないため、万が一気づかれるかもしれないという恐れもあったが幸いにも気づかれる様子はなかった。



__________
あとがき
装甲が白くなったは塗装されてなかっただけだったりする。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 4話:交差する運命
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 00:59
オリンポス山脈から少し離れた平地にあるユートピア・コロニー跡地。
本来ならば廃墟と静寂しか存在しないはずのその場所に、一隻の戦艦が佇んでいた。
真っ白な装甲に航空力学をまったく無視したような特異な形態。
機動戦艦ナデシコ。
それがその戦艦の名前である。

……いや、良く見ればそこにいるのはナデシコだけではなかった。

そのナデシコがいる場所からある程度離れた場所の上空。
空の一角をにまるで暗雲のように空を漂う無数の物体が見える。
無人兵器だ。
まるで雲のように大小様々なな無人兵器そこを飛び交っていた。

ナデシコは船首を回し主砲の発射口をその敵がいる方角へと向ける
そして次の瞬間には、いつものようにその発射口からグラビティブラストを発射した。
敵陣のど真ん中を貫いていく黒き破壊の光。
強力無比なその威力は進路上に立ち塞がる全てのものを飲み込み、消し去る威力をもっておりその後には何も残っていなかった。


「え、うそ……」


――いや、いないはずだった。

ブリッジクルーの一人が小さく声を漏らす。
何故なら、メインモニターに映されていたのはいくらか減ったものの未だにその大半が健在な敵の軍団だったのだ。












4話:交差する運命










「さて、どうするのかしら艦長さん?」


イネスは目の前で呆然としている艦長ミスマル・ユリカに問い返した。
彼女の視線の先にあるのはナデシコをのグラビティブラストを受けながらも無事だった敵の無人兵器軍を映しているメインモニター。
その光景は艦長ならず他のブリッジクルーをも驚かせていた。


「え、えっと……グラビティブラスト再チャージしてください!」

「無理です、再チャージまで1分かかります」

「艦長、大気圏内の相転移エンジンの出力じゃあ連続発射は無理だわ」

「え、そ、そんなぁ!?」


イネスの問いにハッとしたかのように急いでニ発目のグラビティブラストの発射を命令するユリカ。
だがその直後にルリとミナトから否定の言葉が返ってくる。


「敵機のエネルギー反応増大中。大よそ今から50秒後に敵の一斉攻撃が開始されると思われます。このままだとナデシコは撃沈されますね」


続いて入ってくるナデシコの絶体絶命を伝える報告。


「そ、それじゃあ早くディストーションフィールドを――」

「あらあら、貴女、火星の生き残りの人達を殺す気?」

「え、どういうことですか?」


報告に対して対処をしようとするユリカの言葉がイネスによって遮られる。


「このままディストーションフィールドを発生させた場合、フィールドの圧力でナデシコの下にいる地面が陥没します」


話を聞いていたのかイネスの台詞をルリが補足する。


「え、そ、それじゃあ……シェルターの人達は……」

「はい、シェルターの中にいる人達は生き埋めですね」

「それなら、ナデシコを移動させて――」

「それも無理です。今からナデシコを浮上させてもシェルターがフィールドの有効圏外に出るまで敵の攻撃がきます」


自分が今、命の危険に晒されている状態にも関わらずルリは冷静に事実だけを告げる。


「まったく……艦長の貴女が相転移エンジンの特性すら理解してないなんてどういうことかしら? 相転移エンジンは真空をより高い真空に相転移させることでエネルギーを生み出すのよ。大気圏内じゃあその能力は極端に落ちるに決まってるじゃない」


イネスは溜息を吐く。
何しろ彼女はナデシコの設計者であり、その性能を知り尽くしている人物なのだ。
それ故に、彼女の行動がいかに愚かしい事か理解しているのである。


「さて……艦長さん、もう一度聞くわ。貴女はどうするのかしら?」


顔上げ、再び試すかのような視線でユリカを見つめるイネス。
フィールドを張れば地下のシェルターにいる避難民達は生き埋め。
かといってフィールドを張らずにこの場から移動すればシェルターは無事かもしれないが、ナデシコは確実に撃沈。
イネスはユリカにどちらを選ぶのか聞いているのだ。

もちろんナデシコの艦長として、選ばなければならないのは前者なのは分かっている。
だがそれは、今まで本当の意味で命のやり取りをしたことがないユリカにとって非常に辛い選択になることは間違いなかった。


「敵一斉射撃まで後およそ20秒」


時間という厳しい現実がユリカの精神を追い詰める。


「ルリちゃん……フィールドを――」


そしてユリカが決断を下そうとしたその時――。


バコンッ!


小さい爆発音がナデシコに響き渡った。


「おい艦長、聞こえるか! ナナシの野郎が行き成りエステバリスで格納庫のハッチを破壊して飛び出していきやがった!」


同時にブリッジに響く格納庫からのウリバタケの通信。


「こちらでも確認しました。ナナシ機、敵陣の中心に向かっています」


そういってモニターに映しだされる漆黒のエステバリス。


「ナ、ナナシさん!?」


雷光の如く敵陣に向かって突き進んでいく漆黒のエステバリスの姿を見たユリカがナナシの名を叫ぶ。
もちろん、この時通信機はまだ繋がれていないため、相手にその叫びが聞こえてはいない。
だが、たった一機のエステバリスが空を覆い尽くさんばかりの敵の中心目がけて飛んでいっているのである。
驚かない方がおかしいであろう。

ナナシの乗ったエステバリスはそんなユリカの叫び声に気づかぬまま敵陣の中心目がけて突き進んでいく。
そしてそのまま敵陣の真正面にたどり着くと手に持った『何か』を敵陣の中心目がけて投げつけた。


「――――っ」


小さい爆発音と共に激しい閃光が発生する。
あまりの光にブリッジのモニターが一瞬ホワイトアウトするが、すぐさま自動光量調節機能が働き再び映像が映し出された。


「え……どうして?」


モニターを映し出された映像を見て再び呆然とするユリカ。
他のブリッジクルーも似たような反応をしている。
理由はまたしても目の前のモニターに映っている光景。
先ほどまで、そこには綺麗に船首をナデシコに向けるように浮かんでいた敵の姿が映っていた。
だが今度はその画面には、まるで酔っ払ったかのようにふらふらと無秩序な方向に迷走する敵の姿が映されていたのである。


「レーダーの機能がマヒしています。どうやらナナシさんが投げたのは高出力のジャミング機能を持つ爆弾みたいな物だったようですね」


唯一冷静だったルリが状況を報告する。
いや、もう一人冷静だった者がいる――――漆黒のエステバリスのパイロットだ。
この事態を引き起こした彼もまた目の前の光景に動じることなく次の行動を起こしていたのだ。

肩に担いでいたロケットランチャーをその迷走する敵無人戦艦に向け、次々とミサイルを発射していく。
真っ直ぐと敵戦艦目がけて突き進んでいくミサイル達。
当たる直前に敵のディストーションフィールドにその動きを一瞬だけ遮られる――が次の瞬間にはまるで何事もなかったかのように敵の装甲に突き刺さっていた。


「すごい、敵のフィールドをあんなに簡単に……」


メグミが驚くのも無理はない。
何しろナナシが放ったミサイルは先ほどのグラビティブラストにすら耐えきったはずの敵のフィールドをいとも簡単に貫通してしているのだ。


「まさかあの野郎、『アレ』使いやがったのか!?」

「ウリバタケさん、『アレ』って何ですか?」

「ディストーションフィールドを中和させる機能を持たせた新型弾頭ミサイルだ。幾つか試作してみたんだが、コストがかかり過ぎて結局お蔵入りになったやつなんだが……あの野郎何で知ってやがったんだ?」


ウリバタケ特製新型弾頭付ミサイル。
それが敵フィールドを易々と貫通したミサイルの正体だった。
以前よりウリバタケがナデシコのお金を勝手に横流し――もとい秘密裏に運営して開発を進めていた物なのだが、それをナナシが勝手に持ち出したのだ。
ちなみに最初にナナシが投げ込んだジャミング爆弾もウリバタケ開発していた試作兵器の一つである。


「けど、まあ……上手くいくかどうかわからなかったんだが、どうやら成功だったみたいだな」


次々とミサイルが直撃し、爆発していく敵戦艦を眺めつつ自然とガッツポーズを取るウリバタケ。
機械屋の本望である『こんなこともあろうかと』という言葉を言えなかったが、作っていた物が思った以上の結果を出したからである。
そして後にこれがフィールドランサーの原型となった技術でもあった。


「敵機の10%減少。どうやらナデシコを攻撃しようとしていたのが仇になったみたいですね」


通常よりも大きな爆発が起こり周囲のバッタ達を巻き込みながら沈んでいく敵戦艦達。
どうやら不意打ちを喰らったため、ナデシコを攻撃するために溜めていたエネルギーがそのまま爆発力に変換されてしまったらしい。


「レーダー機能回復。ジャミングの効果がなくなりました」


ルリの声が響くと同時にそれまで迷走するだけだった敵軍団が一気にその陣形を整え始める。
だが、今度はその矛先をナデシコではなかった。


「敵の目標がナデシコからナナシさんに変更されてるみたいです」


矛先が向けられたのは一機のエステバリス。
どうやら先ほどの攻撃で、敵のAIが優先順位を変更したらしい。
生き残ったバッタ達がナナシの操るエステバリス目がけて一気に襲いかかり、カトンボの砲撃が雨あられの如く降り注いでいく。

逃げ場すらないような、敵の攻撃の嵐。
普通のエステバリスならばこの数秒後に跡形もなく消え去っていただろう。
普通のパイロットならばそこで死を覚悟したことだろう。

だが――。

あいにくこのナナシと呼ばれたパイロットは普通では無かった。

敵の攻撃が当たると思われたその直前、エステバリスの姿が突如かき消える。
いや、本当に消えたわけではない。
あまりの急加速に機体が一瞬消えたように見えたのだ。
もちろんこの急加速の際には並のパイロット……いや熟練したパイロットでさえも気絶しかねないほどのGがかかっている。
だが、ナナシと呼ばれたパイロットはその殺人的なまでのGに耐えているのである。


「ナナシさんがこんなに強かっただなんて……」

「いやはや、わかっていたつもりでしたがこれは予想以上ですね」

「すごい、まるで踊ってるみたい……」

「くっそー、格好よすぎるぜ! まるでゲキガンガーじゃねぇか!」

「アイツがあんなに強いなんて……」


飛んでくる砲弾の一発一発。
襲いかかってくるバッタの一体一体。
まるでそれらの動きが全て見えているかの如く敵の攻撃をかいくぐって行く漆黒のエステバリス。
その姿にブリッジのメンバーは驚嘆を隠さずにはいられなかった。

それもそのはず。
ナデシコのメンバーは今までナナシの実力をほとんど知らなかったのである。
その理由はランダムジャンプにより未来から過去に遡った後、元の名を捨て、『ナナシ(名無し)』と名乗り始めた時から、彼はナデシコの人達の命が危険に晒された場合を除き、極力自分は戦わないように心がけてきたことにあった。
そのため、ナデシコに乗るためにある程度エステバリスのパイロットとしての実力は見せたものの、真に本気を出した所は誰にも見せた事は無かったのである。

ナナシの思いもよらぬ活躍にいままでブリッジに漂っていた悲壮感が徐々にに払拭されはじめる。
そして、いままで絶望感に浸っていたブリッジクルー達の気持ちがナナシの活躍によって一気に息を吹き返しはじめていた。


「でも、このままじゃまずいんじゃないでしょうか?」

「え?」

「パイロットと機体の両方に負担がかかりすぎてます。あんな機動を繰り返してたら、たとえ被弾しなくてもナナシさんかエステバリス自体が持ちません」


だが、エステバリスの機体コンディションをチェックしていたルリの一言が再び払拭されかけた悲壮感を蘇らせる。
彼女の言葉がそう言うのも無理はない。
外から見ても分からないが、先ほどからナナシとエステバリスには訓練されたパイロットでさえ気絶してしまうような殺人的なGがかかりっぱなしなのだ。
しかも相手の機体を操っているのはコンピュータ。
電力さえあれば疲れることはない相手と違い、こちらの体力はあっても精神がいずれ限界を迎えてしまう。
集中力が切れてしまえばそこで終わりなのだ。

その事実を知らされたユリカは一瞬ハッとした表情する――が、すぐさまその優れた頭脳をフル回転させる。
そして数瞬後には溌剌とした声をブリッジに響かせた。


「ルリちゃん、大至急相転移エンジンを始動! シェルターがフィールドの範囲外に出ると同時にディストーションフィールドを起動してください」 

「わかりました。相転移エンジン始動、ナデシコ浮上します」

「ミナトさん、ナデシコ浮上後、近くにある渓谷にナデシコを移動をお願いします!」

「オッケー♪」


流石はナデシコ。性格に問題はあっても能力は一流という謳い文句は伊達ではない。
命令が下された直後、すぐさま行動が開始されている。


「ナナシさんに連絡をとってください」

「わかりました」


ユリカがナナシに連絡をとるように命令する。
ナナシが稼いだわずか数分間。
だが、そのわずか数分の間にナデシコは背後にあった渓谷の近くまで移動し、その周囲には強固なディストーションフィールドが展開されていた。


「ナナシさん、聞こえますか?」


通信機に呼びかけるユリカ。


「……逃げる準備は……整ったのか?」


ナデシコの通信機に返ってくるナナシの声。
流石にあれだけの戦闘をしただけに疲労の色が濃いのだろう。
返ってきた声は少し荒い息遣いに塗れて途切れ途切れになっていた。


「はい、ナナシさんのおかげでナデシコもシェルターにいる人達も全員無事です!」 

「それは……なによりだ」

「準備が整いしだい援護射撃をしますのでその間に帰還してください。タイミングはこちらで指示します」

「……了解した」


その返事を受け取る同時にナデシコは主砲であるグラビティブラストの発射口を敵陣に向ける。
既にグラビティブラストのコンデンサーには一発分のエネルギーが充電されている。
同時に艦体の両脇にあるミサイルの発射口も次々と開放され、何時でも発射可能な状態になっていた。


「グラビティブラスト、及び弾薬の装填全て完了しました。いつでも発射できます」

「わかりました。ナナシさん、そのまま敵を惹きつけててください」


準備が整いナナシに最終確認をとるユリカ。
それを聞いたのかナナシも、無作為に飛び回っていた敵をまるで魔法でも使ったかのように綺麗に一箇所に纏め上げていった。
後はそれらを、タイミング良く攻撃すれば良いだけ。
そして相手が混乱している間にナナシ機を回収し逃走すれば良いだけであった。

だが――。


「――あれ?」


幾ら待ってもコミュニケから返事が無い。


「おーい、ナナシさーん」


再度呼びかけるがやはり返事はこない。
もちろん通信機の故障でもない。
一瞬撃墜されてしまったのかと思ったが、モニターを見れば未だに無事なエステバリスの姿が映しだされている。
映像を出して相手の姿を確認できればよいのだが、現在戦闘中のためサウンドオンリーになっているためそれもできない。
ブリッジにいる誰もが不安なる。
そしてもう一度ユリカが通信機に声をかけようとしたその時――。


「ぐっ、がはっ」


通信機からまるで呻くような声が響いてきた。


「ナナシさん、大丈夫ですか!?」


同時に一際高い声がブリッジに響く。


「え、ルリルリ?」


その声にミナトは呆気にとられた表情をした。
彼女はこのナデシコで一番ルリに親しく、かつ一番詳しい人物でもあった。
だがその彼女でさえ、いままでこんな感情を露わにした彼女を見た事が無かったのである。


「……ああ、一応は……まだ……無事だ」

「よかった……」


ルリの叫びが届いたのか漸くナナシから返事が返って来る。
途切れ途切れではあったがナナシからの声を聞いたルリは安堵の声をもらした。


「それじゃあ今から援護射撃しますのでその隙に戻ってください」


ルリは涙を拭いながら再び無表情に――いや、少しだけ表情を緩めながら作業を再開する。
そう、ルリだけは知っていたのだ。
ナナシの戦闘能力を。
そして彼女は信じていたのだ。
だからこそ、あの時ナデシコが撃沈されそうになった時でさえ、それほど取り乱すことが無かったのである。


「……いや……残念ながら……それは無理だ」


だが、通信機から返ってきた返事は彼女にとって無情なものであった。


「――え?」


一瞬、その言葉が理解できず手が止まるルリ。


「ど、どうしてですか!?」


そして、その言葉を理解した瞬間すぐさまナナシに問い返した。


「どうやら……持病のアレが治まらなくてな……そちらに戻れそうにもない」

「え、まさかあの時の……でも、そんなに酷かったのならどうして言ってくれなかったんですか!」

「君に……余計な心配を……かけたくなかったもので……な」


会話をするのも辛くなってきたのか、息が徐々に荒くなってきているナナシ。
その証拠に先ほどまで俊敏だったはずのエステバリスの動きは、先ほどまでのそれと比べると明らかに鈍くなっていた。


「いえ、でも、まだ間に合うはずです! 何事も諦めたら終わりだって言ったのは貴方じゃないですか!」


悲痛なルリの声がナナシに届く。
だが、ナナシは冷静にそんな彼女に向けて返事を返した。


「いや、もう遅い……纏めていた……敵が散らばって……しまっている」 

「そんな……」


確かにナナシの言うとおり、先ほどまで綺麗に一箇所に纏められていた敵がいつの間にか広範囲に散らばってしまっている。
これでは今のナデシコの攻撃ではほんの少ししか損害を与えることができず、撹乱にはならない。


「もう、俺は……ここから……逃げられない」

「そんなことありません!」

「これは……もう確定事項だ……だから俺が敵の注意を惹きつけている間に……さっさと逃げろ!」 

「いやです!」


彼女の日頃抑えていた感情が一気に溢れだした瞬間であった。
日頃の彼女からは考えられない態度に、今度はミナトならずブリッジの全員も呆気にとられている。


「……そうか、わかった」


いくら言ってもいう事を聞きそうにないルリ。


「だが、やはり無理だ……イネスさん、貴女からも言ってやってくれ」


だからナナシはその矛先をこの状況を一番理解しているであろう人物――イネスへと変更する。
声をかけらたことに一瞬だけ驚くイネス。
だが、彼女はすぐさま彼が言わんとしていることを理解した。


「そうね……確かに今の状況下で彼を救い出すことは困難――いえ、ほぼ不可能といっていいわ」


このナデシコの性能を誰よりも知り尽くしているイネスの言葉。
その事実はブリッジの全員、そしてなによりルリの肩に重く圧し掛かった。


「それに私は彼のいう事に賛成よ。どうせ彼はもう助からないんだし。何より彼の尊い犠牲を無駄にしないようにね」

「まだナナシさんは死んでません!」


その言葉にルリの強い視線と言葉がイネスを襲う。


「あらあら、怖いこと。そんなに彼の事が大事なのかしら」

「イネスさん!」

「あら、艦長さん。元はと言えば貴女に責任があるのよ。貴女がこんなところにナデシコを連れてこなければ彼が出撃することもなかったのに」

「そ、それは……」


ユリカはイネスの無神経とも取れる発言を注意するが、逆に反論されてしまう。
ルリもユリカと同じくイネスに何か言おうとしていたが、彼女が正論を言っていることに気づいてしまったがため何も言えなくなってしまった。


「はやく……逃げろ。こっちも……せいぜい後1分ぐらいしか……持たない……ぞ」


通信機からのナナシの声はかなり荒くなっている。
そして残された時間も、恐らく彼の言うとおりなのだろう。


「さて、艦長さん。状況は違えど今度こそ決めなくちゃならないみたいね。ちなみに言っとくけど、私はまだ死にたくないわよ」

イネスからの三度目の問い。
だが、今回はかける命の量が圧倒的に違う。
一度目と二度目にかけられていたのはナデシコ全員とシェルターに居た火星の生き残りの住民の命。
今回かけているのはナデシコに乗っている乗員全員とたった一人のパイロットの命。

そして艦長として選ばなければならない答えはもちろん決まっている。
命の重さに大小など無いというがたった一人のために何百人もの乗員の命を危険に晒すわけにはいかないのだ。


「ナデシコ180度反転……」


ユリカの一瞬奥歯を強く噛みしめた後、重い口を開く。


「これからナデシコは……渓谷に向かいます」


そして静かに命令が吐き出された。


「それでいい……」


通信機からナナシの声が響く。


「ナナシさん……」

「気にするな……艦長……それが……正しい選択だ」

「ナデシコの後ろを……お任せします」

「任務……了解した」


同時に通信が切れる。
最後の任務を受け取ったナナシが通信機を切ったのだ。

ユリカは顔を俯け、何かに耐えるように振るえている。
初めて艦長として出したパイロットに『死ね』という命令。
今まで親の優しさと生まれ持った才能の両方に助けられながら順風満帆とも言える人生を歩んできた彼女にとって、それがどれほど衝撃を与えたことだろう。
だが、それは『艦長』という職に就いている限りいつかは通らなければならない試練。
彼女は手のひらに指が食い込むほど強く手を握り締めながらその試練に耐えていたのだ。


「ユリカ……」


今まで黙り込んでいたアキトがユリカに声をかけようとする。
だが、ユリカはそれを片手を突き出し静止させる。
ユリカはゆっくりと顔上げる。
上げられた顔には既に先ほどまでの悲壮の色はない。
強い意思を秘めた表情がそこにはあった。
そして――


ナデシコを発進させてください、そう命令をしようとしたその時。


「前方より未確認超高速飛行物体接近してきます!」


ナデシコのレーダーが何かを捕らえた。










-----------------------------------------------










激しい痛みが全身を襲う。


「――ぐっ――がはっ、ごほっ!」


喉から込みあげてくる熱い液体。
口の中に鉄の味が広がり、口元からそれが伝い落ちていく。


(まずい、機体のコントロールが……)


IFSに伝わる痛みというノイズ。
それが、それまで敵の攻撃を紙一重で回避していたエステバリスの神業ともいえる操縦に僅かな乱れを与えてしまう。
もちろん敵はそんな事など知った事ではない。
容赦なくミサイルや銃弾の嵐をエステバリスに加えていく。

未だ直撃こそしないが、徐々に掠り始める敵の攻撃。
それでも、朦朧とする意識の中必死にエステバリスを操縦する。
苦悶に歪む唇。
血が滲みでるほど噛みしめられた歯。
だがいくら耐えても痛みは治まらず、逆に増すばかりであった。


(そろそろ本当に限界か――)


ランダムジャンプをする前日に、イネスから言われた余命がおよそ後2年。
しかも絶対安静にした状態でだ。
もちろん安静になどしていなかった自分。
後どれほど余命が残されているのかは不明だがそう長くは無いはずであった。


「――ぐっ」


一際大きな振動がナナシを襲い、思考が中断される。
ミサイルが片足の先端に直撃し、吹き飛ばされたのだ。
もちろんその捕らえた獲物を敵が見逃すはずもない。
バランスを崩し、力なく落ちていくエステバリスに無数のバッタが群がっていく。


(ここまでか――)


迫りくる敵を見ながらナナシはどこか悟ったような表情をしていた。
いくら彼が超一流だろうとも、この状態では回避のしようも無い。

覚悟を決めるナナシ。
そしてバッタ達がその牙をナナシのエステバリスに突きたてようとしたその時――。


「――――!!!!!!」


無数の何かが飛来し、ナナシの周囲のバッタ達を薙ぎ払った。






_______________
あとがき
今回はナデシコパート。

消えてる事に気づかず再投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
ちなみにナデシコ側の詳しい設定についてはまた後ほど別のお話でw



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 5話:斬 撃 掴
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:03
「ホーミング・ミサイル(以後H・ミサイル)全弾直撃。未確認人型機動兵器の周囲の無人兵器撃墜に成功しました」

「エイダ、ウィスプであの機体を回収しろ!」

「了解」


そう言うと同時にジェフティの周囲に漂う数個のビットが撃ち出される。
そして落下していく機体に取り付くと、そのまま高速で手元まで引き寄せた。














5話:斬 撃 掴














「エイダ、この機体のパイロットは無事か?」

「はい、未確認人型機動兵器より生体反応を確認、パイロットも無事のようです」

「ふう、間に合ったか……」


パイロットの無事を確認したことで、ほっと一安心をするディンゴ。
何しろ本当に間一発のタイミングだったのだ。

オリンパス山脈の上を通過している時にエイダが高エネルギー反応を感知したのが数分前。
そして何事かと様子を見に来てみれば、見た事もない漆黒の人型機動兵器が数十分前自分を襲ってきたバッタに似た無人兵器が戦闘しているのを発見したががほんの数十秒前。

そして、エイダがその人型機動兵器に生体反応を確認したまさにその瞬間に、目の前でその人型機動兵器が被弾したのである。
もしも、ほんの後少しでもディンゴの判断が遅れていれば今頃はあの機体のパイロットはこの世にはいなかったことだろう。


「まったく、冷や汗もの――」

「前方の敵無人戦艦より高エネルギー反応」

「――ちっ」


突然、敵の砲撃がジェフティに向かって発射された。
ディンゴはエイダの声に反応して即座にマミーを、自機及び回収した機動兵器の前方に展開する。
そしてその直後、敵の攻撃がマミーの表面装甲に直撃した。


「なっ!?」


敵の攻撃が凌ぎ切った後、ディンゴは驚愕の表情浮べた。
マミーは機体の前方に特殊な強化装甲を展開すると同時に、機体の周囲を特殊な力場で覆うジェフティの持つ最強の防御兵装である。
だが、そのマミーの表面装甲の一部が陥没し破損していたのだ。


「先ほどの砲撃を受けた際、機体の周囲に強力な重力場を感知しました。あの攻撃は嗜好性を持たせた重力波を対象にぶつける事で圧壊させる効果があるようです」

「おいおい、そんな兵器聞いたことねぇぞ」

「私のデータにもこのような効果を持った兵器は存在しません。まったくの未知の兵器だと思われます」

「……勘弁してくれ」


エイダの解析結果に思わず冷や汗が頬を伝う。
何しろオービタル・フレームにはほとんど完璧に近い慣性緩和機能が備わっている。
そのため、どんな無茶な機動を行ったとしてもパイロットや機体にダメージを与えることがないし、重力や圧力に対してもかなりの耐性をもっていると言っていい。

だが、先ほどの敵の攻撃はそれらの機能すらも突破して、ジェフティの防御兵装マミーに損傷を与えたのだ。
今回はマミーだけで済んだが、もしも、ディンゴがマミーではなく通常シールドを展開していたならば果たしてどうなっていたか解からない。
そして回収した漆黒の機体は確実に圧壊していたことだろう。


「敵小型無人兵器がこちらに接近しています、迎撃してください」

「エイダ、H・ミサイルの再装填までどれぐらいかかる?」

「発射したミサイルの回収は全て完了していますが、弾頭の修復、推進エネルギーの充填が終わるまで180秒かかります」

「残ってるミサイルは?」

「先ほどの攻撃で全弾発射しましたので、現在使用できるH・ミサイルはありません」

「ちっ、せめてあの厄介なバリアさえどうにかできりゃもう少しやり易いんだが……」


ディンゴは思わず舌打ちをする。
何しろ、敵はレーダーを埋め尽くすほどの圧倒的多数。
しかも一匹一匹が空間歪曲力場等という非常に厄介な防御フィールドを常時展開している。

その為、ジェフティの兵装で唯一マルチロック機能のあるH・ミサイルとH・レーザーの二つの内、H・レーザーが通用しない。
しかも今は先ほど回収した機体を抱えているため、両手を使うサブウェポンが使えない状態なのだ。


「その事なのですが」

「ん、何だ?」

「敵の力場の斥力を算出した結果、H・レーザーの一本一本のエネルギー分配量を数倍にすれば、H・レーザーでも小型無人兵器の力場なら突破可能です」

「そりゃ本当か!?」

「はい、ですがそれに応じて発射数、連射速度は減少します。それでもよろしいでしょうか?」

「かまわねぇ、やってくれ!」

「了解」


即座にジェフティのエネルギー制御プログラムを変更するエイダ。
同時にディンゴは左手に持っていた黒い機体を右手に持ち変える。
ブレードは使えなくなるが、どのみちこのお荷物を抱えている今は接近戦などできないのだ。


「くらえ!!」


突き出されたジェフティの左腕の先から数条の光の蛇が飛び出していく。
だが、本来数十発放たれるはずのそれは、その数を大幅に減らしわずか六。
しかし、その一本一本に内包されているエネルギーは本来のそれに比べて遥かに強大だった。

意思を持った光の蛇はそれぞれ別々の狙った獲物へと突き進んでいく。
敵の小型無人兵器も漸く危険を察知したらしく、回避行動をとるが――時既に遅し。
軌道を敵の方へと変えた光の蛇はその顎門(あぎと)で敵の空間歪曲力場を易々と突き破ると、その牙を敵の装甲へと喰いこませた。

火星の空に小さな6つの花火ほぼ同時に咲く。
花火が起こった場所からは、破壊された無数の金属片が大地へと落下していくのが見えた。


「敵機、撃破」

「よし、次!」

「後方に敵が集中しています、注意してください」


散開して襲ってきた敵はH・レーザーが貫き。
敵が密集した場所には、フローディングマイン(以後F・マイン)投げつけられ、次々と破壊されていく敵小型無人兵器達。

素早く、されど的確なエイダの高度な情報収集能力。
荒々しく、されど繊細なディンゴの天才的な戦闘センス。

偶然とはいえその二つが備わっていたジェフティ。
この不利な状況下でさえ、その能力を十二分に発揮していた。


だが――。


「前方より高エネルギー反応」

「――くっ!?」


回避行動を取ったジェフティの真傍を黒い光が通り過ぎる。


「敵無人戦艦からの砲撃です」

「くそ、やっぱりあのデカ物共をどうにかしねぇとどうにもならねぇ」


そう、敵は目の前にいる小型無人兵器だけではないのだ。
その後ろに控えている敵の母船。
それこそが、一番厄介な敵なのである。

敵無人戦艦がその身に纏っているフィールドは、小型無人兵器のそれとは比にならない。
その為、H・レーザーは通じず、Fマインでさえも敵フィールドに接触した時点で爆発してしまい、本体にダメージを与えることはできないのだ。


「H・ミサイル再装填まであと120秒」

「後2分か……」


もちろん、他のサブウェポンさえ使用可能ならば突破は容易だ――が、それは現在不可能。
現在使用可能なサブウェポンの中で唯一敵戦艦のフィールドを突破可能なHミサイルも再装填までまだもう暫く時間がかかる。
バーストショットでも最大出力で発射すれば突破は可能なのだろうが――。


「――この状況じゃあ無理だな」


それも敵がエネルギーをチャージする時間を与えてくれたらの話である。
この空域にはまだまだ数多くの敵小型無人兵器が飛び駆っている。
そんな中、エネルギーをチャージなどしようものなら一瞬で敵の一斉攻撃を受けることだろう。


「敵母船より、増援を確認。注意してください」


まるで底が無いかのように倒しても倒しても小型無人兵器達。
そしてそれらを易々を蹴散らしながらも、決定打を決める事ができないジェフティ。
数多くの偶然が重なることによって、今この二つの戦力は拮抗していた。


しかし、この拮抗が成り立っている条件は非常に危うい……。
何か一つでも別の要素が加われば一瞬で崩壊してしまうほど脆いものだ。

そして――。


「通信をキャッチ」


――その要素は直ぐ傍に存在していた。


「こんな時に一体どこのどいつだ!」

「発信源は後方の大型戦艦。所属は不明です。どうされますか?」


その問いにディンゴは一瞬、その通信を拒否しようかと思った。
だが、即座にその考えを否定する。
通信があったという事はその戦艦は少なくとも有人。
そして、今自分が抱えている機動兵器のパイロットとも何かしら関係があると判断したのだ。


「……わかった、繋いでくれ!」

「了解」


ディンゴの答えに即座に反応し、エイダが通信を繋ぐ。
コックピットの隅に四角い通信画面が開かれ、そこに一人の女性の顔が浮かび上がった。





________________________________
あとがき
今回はアヌビスパート。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 6話:非常識な常識
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:07
「通信、繋がりました」


ブリッジに一際高い少女の声が響く。
同時に正面のメインモニターに一人の人物の姿が映しだされた。














6話:非常識な常識

















そこに映されたのは一人の男だった。
年齢は恐らく二十代後半。
褐色の肌に、短めの白髪をした少しだけ風変わりな様をしている。


「こちらは機動戦艦ナデシコ艦長ミスマル・ユリカです。行き成りで不躾ですが貴方は誰ですか? それと敵さんですか、味方さんですか?」


そして画面に映った男性に対してのユリカの第一声がそれだった。


「ちょ、ちょっと艦長、行き成りそれは失礼じゃないかしら……」


余りに率直なユリカの質問に、思わずぼそぼそっと彼女にそう告げるミナト。
確かに敵か味方分からない相手には違いないのだが、普通の人ならば初対面の相手に行き成りそんな質問をされれば気分を害するのではないかと彼女は思ったのである。


「まさか行き成りそう聞かれるとはな……まあ、名乗られたなら名乗らなきゃな。こっちはディ……ヘンリー・Gだ。そして、お前の敵か味方かはまだわからねぇが、今俺が戦ってるこいつらは俺の敵だな」


だが、このモニターに映った人物だどうやら少し普通では無かったらしい。
ユリカの問いに一瞬呆気に取られたような表情をしたが、直ぐにニヤリと唇を歪めるとあっさりとその質問に答える。


「じゃあ、味方ですね」

「ちょ、ちょっと艦長、そんなにあっさり信じていいんですか!?」

「だって昔から敵の敵は味方っていうじゃないですか。だから大丈夫ですよ」


あっさりと相手の答えを都合よく解釈するユリカ。
その答えに呆れ顔を浮かべる周囲のクルー。
だが、直ぐに皆『まあ、艦長だし』と納得する。


「それで、ヘンリーさん聞きたい事があるんですけど」

「手短にな」

「はい、その貴方が回収したエステバリスのパイロットは無事ですか?」


その質問をすると同時にルリがはっとした表情をしてユリカの方を向く。
ユリカはそんなルリに対して軽くウインクをして返した。


「エステバリス……ああ、この機動兵器の事か。なら生命反応は確認したから恐らく無事だ」


その答えを聞いた途端、ルリの表情が変わる。
絶望から希望へと。


「で、このパイロットはお前さん達の仲間なのか?」

「はい、その人は、ナナシさんは私達の大切な仲間です」


ヘンリーの問いに力強く答えるユリカ。
彼女は先ほどの自分が言った言葉を反芻していた。

彼女はナデシコを守るために一度は彼を切り捨てた。
それは十を守るために一を切り捨てる選択。
それは『戦艦の艦長』として正しい選択だった。
そしてナナシもあの時は正しいと言った。

だが、違ったのだ。

そう彼女は『ナデシコの艦長』なのだ。
誰一人失いたくない。
普通に聞けば笑われるような理想。


「今からヘンリーさんを援護します! ルリちゃん、グラビティブラストの目標をを敵戦艦にしてください!」


だが、そんなバカらしい理想を彼女は選んだ。
その名の如く気高く堂々とした自分らしい生き方、『ナデシコの艦長』らしい生き方を彼女は選んだのである。

例えそれが『戦艦』の『艦長』として間違っていたとしても。
それは他のクルーも同じだった。
たった一人、皆が絶望した中諦めなかった人物。
自らの命を賭してナデシコを救おうとした勇者を助けたいと感じていたのだ。


「ちょっと艦長さん。貴女、本気でそんなこと言ってるのかしら?」


だが、ただ一人納得していない者がいた。


「はい、もちろんです!」

「なら、どうやって助けるのかしら?」

「グラビティブラストで敵戦艦を殲滅、ミサイルで援護しつつ、その間にエステバリス隊でナナシさんを回収します」


ユリカは自分が考えいた作戦をイネスに伝える。
だが、イネスはそれを聞くと冷めた視線でユリカを見つめた。


「まったく……本当に正気を疑いたくなるわね」

「どういうことですか?」

「だって貴女の作戦はあの未確認機動兵器のパイロットが完全な味方という前提のものでしょう? でも、相手は一度も『味方』とは言ってないのよ」

「でも、少なくとも敵じゃないと思います」

「そうかもしれないわね……でも、貴方達は気づかないの? あの機体は異常さに……」


イネスはそう言って戦場を映しているモニターを指さす。


「よく考えてごらんなさい。この機動兵器が使っている敵を追跡するレーザー、何も無い所から現れる爆弾、そしてディストーションフィールド無しにグラビティブラストすらも防ぐ防御機能。こんな私ですらも見た事がないオーバーテクノロジーを積んだ機体が一体何処の誰に造れるんでしょうね?」


イネスはまるで得体の知れない物をみるかのような視線でモニターを見つめる。
その問いに動き出そうとしていたクルー達の動きが止まる。
そう、確かに彼女の言うとおりなのだ。
混乱の中気づいていなかったが、単騎で、しかもエステバリスを一機抱えた状態でバッタの大群を凌いでいる能力。
いままで出てきたどの系統にも当てはまらない特異なフォルム。
確かに、直ぐに信用しろと言われれば躊躇してしまう相手である。


「分かってもらえたかしら?」


皆の表情を見て、満足したかのようにイネスは言った。


「私はこのまま当初の予定通り、ナナシ君を見捨ててさっさと逃げることをお勧めするわ」


それはクルーに取って悪魔の囁きに聞こえた。
確かにナナシは助けたい。
だが、イネスの説明によって生まれてしまった謎の機動兵器への疑心暗鬼。
そして、既にナナシが自分を見捨てていけと言った事実。
この相反する二つの感情のぶつかりが一瞬、クルーの心は揺がせた。


「だったらもし味方だったらどうするんですか!」


だが、それでも揺らがない者がいた。


「ナナシさんはナデシコのために命を賭けてくれました。
だったら今度はナデシコがナナシさんのために命を賭ける番です!」


それは普通に考えれば余りに非常識な発言だった。


「それに、きっとこのままナナシさんを見捨てたら『ナデシコ』は『ナデシコ』じゃな無くなっちゃうような気がするんです!」


だが、その言葉は間違い無く『ナデシコの艦長』としての言葉だった。


「グラビティブラストの標準敵戦艦に修正完了しました。いつでも発射可能です」


静かなルリの言葉が静まったクルーの心に一滴に雫となって舞い落ちる。


「艦長、ナデシコ何時でも動けるわよん」


落ちた雫は、止まっていたクルーの心に小さい波紋を生み。


「こちら格納庫、エステバリスは何時でも発進準備OKだぜ!」


そしてそれは大きな波へと変化し、大きな力を生みだした。


「ようし、行くぞお前ら!」

「うっしゃー、燃える展開だぜ!」

「あーん、待ってよう」

「ふふ、艦長の言葉に皆感動……」


駆け出して行くエステバリスのパイロット達。
準備を始める格納庫の整備班。
他のクルーもそれに呼応するかのように動き始める。

そう、ユリカの言葉は確実にクルーの心を掴んだのだ。


「ヘンリーさん、少し長くなりましたがそう言うわけです!」


ユリカはその事実を確認すると、持ち前の天真爛漫な笑顔で今まで黙っていたヘンリーにそう伝える。


「……いい仲間達じゃねぇか」


ヘンリーは一瞬驚いたような表情をしたが、直ぐにまた先ほどのニヤリとした笑みを浮べ、そう返す。


「はい、このナデシコのクルーは最高の人材が揃ってますから♪」


性格は問わず能力だけは最高の人材を集めた最新鋭の戦艦。
だが、今はもう違う。
性格も能力も全てが揃った最強の戦艦へとナデシコは成長しつつあるのである。


「グラビティブラストで敵戦艦を撃破後、エステバリス隊で援護に向かいます。ヘンリーさんはそれまで持ち堪えてください!」










------------------------------------










威勢の良い声が響くブリッジ。
目まぐるしく動きだすクルーの姿。


「非常識にもほどがあるわ……」


そんな光景を一人置いてけぼりにされたかのように眺めていたイネスはひっそりと溜息をついた。


「まさかたった一人を救うためにクルー全体の命を賭けるだなんて……まったくこんな非常識なクルーを集めた人の顔が見てみたいわ」

「いやはや、それを言われると少し辛いものがありますな」


背後から行き成り聞こえてきた声に、イネスはと少し驚きながら振り向く。
そこにはいつの間にかプロスペクターが佇んでいた。


「貴方なのかしら? こんな非常識なクルーを集めたのは?」

「はい、そうです。このナデシコは性格は問わず、能力は一流のメンバーで構成されていますので、はい」

「だとしても、もう少し性格は選んだ方がよかったんじゃないかしら……特に艦長は」


イネスは少し皮肉を含んだ言葉をプロスに送る。


「いえいえ、やはりこのナデシコの艦長は彼女にして正解でした」


だが、プロスはいつもの笑顔でそう彼女に返す。


「あら、どうしてかしら?」


その答えが予想外だったのか少し驚いた表情でそ聞き返した。


「これだけ非常識なクルーの心をこれほど掴める人物は彼女以外にいませんので、はい」


相変らずの笑顔でそう答えるプロスに、彼女は再び目まぐるしく動くクルーに視線を戻す。
先ほどまで意気消沈していた気配は既にそこにはない。
皆一様に何かを信じているような、希望に満ちた表情にはそこにはあった。


「それに、何だか上手くいくような気にさせてくれるんですよ、彼女は……もちろん何の根拠もありませんが、はい」

「確かに……そうかもしれないわね」


そしてそう答えた彼女も、自身がいつの間にか何の根拠も無しにこの作戦が上手くいくような考えになっていた事に気づかされた。


「まったく……不思議な艦ね」

「それがナデシコですから、はい」


そう言って二人は目まぐるしく動くブリッジを見渡した。





__________________________
あとがき
今回はナデシコパート。

良くクロス作品でどちらを主役にするかという話がありますが、私はクロスされた作品に優劣は無いと思います。
簡単に言えばどちらも主役ですね。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 7話:人工知能の心
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:19
「タイミングはこちらから指示します」

「わかった」


はきはきとした声でそう告げてくる画面の中の女性。
ディンゴはそれに対して軽く肯いて返す。


「ありがとうございます。それじゃああと少しの間だけ……ナナシさんをよろしくお願いします!」
















7話:人工知能の心
















女性は最後にそう告げると笑顔のまま通信を切った。
もちろん通信自体はいつでもできるように、回線自体は繋がったままである。

通信が切られ、再び静かになるコックピット。
戦闘が続いているのに静かというのは変かもしれないが、通信から聞こえてきていたナデシコと呼ばれる戦艦の艦長とクルーの会話が聞こえなくなったためそう感じるのだ。

そしてそんなコックピットの中でディンゴは通信画面の向こうでの会話を思い出しながら、苦笑を浮かべていた。


「何故、あのように簡単に信用なされたのですか?」


そんなディンゴに対し、尤もな質問をするエイダ。
何しろあれほど不確定要素の多い相手だ。
何の確証も無くその相手の言葉を信用した理由がエイダにはわからなかったのである。


「大切な仲間助けたい……その言葉を信用しちゃあ悪いのか?」

「相手が嘘をついていないならばの話です。ですが今回の相手は信用するには情報が不足しています」


ディンゴの答えに対し、予想通りの返答をしてくるエイダ。
だが、ディンゴはその返答を聞いて再び笑みを浮かべるとこう答えた。


「確かお前の言うことは正論だな……だがな、あの女の言葉は嘘じゃねぇ」

「貴方の言葉の根拠が理解できません」

「ま、簡単に言えばあの女の言葉は俺の『ここ』に十分響いたってわけだ」


ディンゴはそう言って自分の胸を指す。


「上っ面だけの言葉は『ここ』には響かねぇからな。あの言葉は俺の『ここ』に十分響いた、だから信用したのさ」


もちろんそれは科学的にみればあまりに不確定な事実でしかない。
だが、ディンゴにはわかった。
バフラムでランナーをしていた時代に培った経験が、ジェフティを通じて知り合った者達と育んだ心が、信用しろと告げていたのである。


「……理解不能」

「はは、確かに今のお前にゃあわからねぇだろうな。……そうだな、もしもお前があの戦艦の艦長で、この俺が抱えている機動兵器のパイロットがあのレオって坊主だと仮定してみればわかるんじゃねぇか?」

「仮定の意味が不明です……何故そこでレオがでてくるのでしょうか?」

「はは、それこそ自分で考えろ」


まるで戦闘中とは思えぬ会話が繰り広げられているにもかかわらず、何故かジェフティの動きは乱れる様子がない。いや、寧ろ先ほどよりも活き活きとさえしているようにすら感じられるほどだ。

ディンゴは飛んでくるミサイル群をH・レーザーで迎撃しながら、ふと近寄ってきたバッタを捕まえる。
そして、何を思ったのか捕まえたバッタにゲイザーを纏わせるとそのまま敵陣目掛けて投げつけた。

超高速で敵陣目掛けて飛来していくバッタ。
人型機動兵器の戦闘の概念でありえそうでありえない光景。
無重力下ならともかく重力圏内で、しかも数百キログラムはありそうな鉄の塊を、人間のように片手投げつければ腕の駆動系が壊れてしまうのが普通だ。
事実エステバリスでも、少しの距離ならば可能なのだろうが、野球のボールのようにこれだけの高重量物質を投げるのは不可能である。

だが、ジェフティはそんな常識すらぶち破るほどポテンシャルを秘めている機体だ。
メタトロン技術の粋を集めて作られた芸術性すら感じさせるシャープなボディには、通常では考えられない強度とパワーが秘められているのである。

飛んでいったバッタはそのまま敵陣にいた一体のバッタに激突する。
流石にバッタのフィールドでは、超高速で飛来してきた自分と同サイズの鉄の塊(バッタ)を受け止めることはできなかったらしく、フィールドを貫通してそのまま敵のバッタに直撃するゲイザー付バッタ。

だが、中途半端にフィールドが作用したのか、バッタは爆発することなくまるでビリヤードの玉のように弾けとびまわりながらゲイザーを次々と別のバッタに伝染させていった。


「お見事です」

「別にビリヤードは得意じゃなかったんだがな」


自分でも予想以上に上手くいったことに少し驚きつつも、ゲイザーで電子機器が麻痺し動けなくなったバッタを通常のH・レーザーで破壊するディンゴ。
初めは見たこともない敵に少し混乱していたものだったが、戦闘をしている内にパターンが読めてきたらしい。
戦闘の合間に軽口を挟む余裕すらディンゴにはでてきていた。


「通信をキャッチ。繋ぎます」


そして先ほどの通信より約一分。
準備が整ったのかナデシコからの通信が入り、通信画面が再び開かれる。


「こちらナデシコ。今から座標を指定しますのでそこに移動してください」

「……!?」


今度は先ほどの女性とは違い、まだ十代前半であろう少女が座標を指定してきたことに一瞬驚くディンゴ。
だが、今はそんなことは重要ではないと自分に納得させるとすぐさま短い返事を返した


「了解」

「データの受信を確認。指定された座標をレーダーに表示します」


エイダはディンゴにわかるようにその座標をレーダーに表示する。
同時に指定された座標まで一気にジェフティを移動させるディンゴ。

その直後――


「グラビティブラスト発射!」


――繋がったままの通信の向こうからそんな声が聞こえると同時に、今までとは比べ物にならないほどの巨大な重力波がジェフティの横を通り過ぎた。

敵戦艦に突き進んでいく巨大な重力の波。
その進路上にいたバッタは一瞬で飲み込まれ、敵戦艦も一瞬だけ耐えたものの、超重力の前にあえなく圧壊、爆発炎上していった。


「敵母船撃破、敵増援停止しました。後は敵小型無人兵器のみです」

「こりゃあ……すげぇな」


予想以上の威力にディンゴは珍しく呆気にとられた表情をする。
ナデシコが放った重力波は、威力だけを見ればジェフティの武装でも最強の威力を誇るサブウェポン、ベクター・キャノンに相当するのではないだろうかディンゴにと思えるほどだったのだ。


「ナデシコより五機、機動兵器の出撃を確認。どうやら援護に来たようです」


重力波が発射された後、すぐさまナデシコから飛び出した五機のエステバリスが、それぞれフォーメーションを組みながらバッタ達を掃討しはじめている。
どうやらこの敵とは戦い慣れているらしく、手馴れた様子で次々と敵機を撃破していた。


「なかなかやるじゃねぇか……エイダ、H・ミサイルの再装填はもう終わってるよな?」

「はい、30秒前に再装填は完了しています。いつでも発射可能」

「よし、さっさと片付けるぞ!」

「了解、H・ミサイルフルオープン」


ジェフティの背後に無数のH・ミサイルが翼の様に展開される。
その数17発、ジェフティが一度に発射できるH・ミサイルのぎりぎり限界の数だ。


「ターゲットロック、発射します」


火星の空に散らばっていくH・ミサイル達。
直後、同数のミサイルが再装填され再び発射される。

放たれたH・ミサイルの数は総数34発。
恐らくその様はナデシコから見ればジェフティから鳥の群れ飛び立ったかのように見えただろう。

しかもそれらはただの鳥ではない。
その速さは隼の如く素早く、その嘴は名刀の如く鋭い。

そしてそれらは有能なリーダー、エイダによって完全に統率されている。
その彼女によって一発一発が完全に統制されたそれらは、お互いに接触することなく縦横無尽に火星の空を舞い、敵陣目掛けて突き進んでいった。


それから後は一瞬だった……。
火星の空に飛び交っていた獲物達を鳥達が食らい尽くすのは。


「敵機全機撃破」

「おいおい、俺の出番は無しかよ……ってか容赦ねぇなお前……」


指示しておいてなんだが、予想以上のH・ミサイルの破壊効率に呆れるディンゴ。
明らかに最初に撃った時の倍以上の敵を落としている。
モニターに写るエステバリスとかいう機動兵器のパイロット達も同じ様に思ったのか、何か言いたげ視線をメインカメラ越しこちらに向けているように感じられた。


「原因は貴方です」

「は? なんで俺が原因なんだよ?」

「貴方が先ほどおっしゃった仮定をシミューレションした後、何故か私の敵に対する処理能力が上昇しました。敵機を全て撃破できのはそれが理由です」

「はは……そりゃよかったな」


そう苦笑いをしつつディンゴはエイダの言葉に思わず冷や汗を流していた。
何故か今のエイダには人間でいう怒気というものがディンゴには感じられたからだ。


(とりあえず今後はこいつの前であの坊主のことを馬鹿にするのはやめるか……)


ディンゴはそっと心の中で誓う
何しろ相手は自分の命を預かっている相手なのである。


「周囲の索敵を終了。戦闘行動を終了します」












-----------------------------












周囲に敵がいないことを確認したナデシコは、すぐさまナナシ機を未確認機から受け取った。
そのあまりの急ぎように相手側も驚きの表情を浮かべていたほどである。
もちろんその理由はある、ナナシの容態を心配したユリカとルリが急かしたからだ。


「おい野郎共、いそげ!」


ウリバタケが筆頭となり、整備班がコックピット周辺の拉げた装甲を引き剥がし始める。
そしてそれらが完全に取り除かれるとその中にいるナナシの姿を確認した。


「こりゃあ……おい担架だ、早く担架をもってこい!」


ナナシの姿を見たウリバタケが一瞬目を見開き、すぐさま声を張り上げ担架を呼ぶ。
そう、彼の目の前にいたのは全身を血だらけにし、ぐったりとしたナナシの姿があったのだ。

即座に担架と共に駆けつけて来る医療班。
コックピットから慎重に引きずり出されたナナシがゆっくりと担架に乗せられていく。


「ナナシさん……」


その光景をルリが心配そうに見詰めている。
本来ならば未だにこの危険な区域でオペレーターが離れることなどあってはならないことなのだが、今は誰もそのことを注意する者はいなかった。


「だいじょうぶよ、ルリルリ」


そしてそんな彼女をミナトは背後からそっと慰めるように抱きしめる。
少女は背後から抱きすくめられたことに一瞬体を震わせたが、そのまま何も言わず腕にしがみ付いてきた。

その手はわずかに震えていた。
それはおそらく恐怖のためだろうミナトは思う。

だが、それでも何故ルリという少女がナナシをそこまで心配する理由が彼女にはわからなかった。
今まで特に接点が見えなかった二人の間に何があったのかまったく分からないである。

もちろん今のルリにそんなことを聞くわけにはいかない。
いくら普段無表情で大人びた表情をしているように見えても、まだ11歳の少女なのだ。

だから彼女はそれ以上何も言わず、ただ震える少女を抱きしめ続けた。


(ナナシ君……起きたら絶対説明してもらうからね)


そう心の中で呟く彼女の視線は、担架で運ばれる黒い男に向けられていた。









_______________________
あとがき
次回はナナシ君とルリの関係が少し明らかに……(なるかもしれません)


謝罪:戦闘シーンを一部書き足すの忘れていたまま投稿していました。本当に申し訳ございません。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 外伝:妖精と黒い王子の秘密
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:21
「ふう……もうこんな時間ですか」


時計を見ながら漸く作業が終了したことを確認したルリは小さくため息をついた。
時間は既に深夜、ブリッジには彼女の姿以外誰もいない。
他のクルーも一部を除いて大半が眠りについている時間だ。
普通に考えれば11歳という少女である彼女の既に眠りについていなければならない時間でもあるのだが、彼女にはそうできない事情があった。

それは彼女がオペレーターという役職についているからである。
このナデシコの中枢を司るメインコンピュータ『オモイカネ』はナノマシン強化体質という特殊な体質をもった彼女にしかアクセスすることができない――いやアクセスはできてもその能力を100%の能力を発揮できるのは彼女しかいないのである。

そのため彼女の職務内容はは他の職員と比べてもかなりハードだ。
今日もオモイカネのプログラムの最適化から航路の再調整などさまざまなことを行っているうちにいつの間にかこんな時間になってしまっていたのである。


「それじゃあオモイカネ、おやすみなさい」

「お休み、ルリ」


オモイカネに就寝の挨拶をするルリ。
そして少し眠たげな目を軽く擦りながら彼女はブリッジを出て自室へと向かった。













外伝:妖精と黒い王子の秘密












プロス推奨の省電力化ため昼間よりも少し薄暗くなった通路をルリは歩いていた。
人気の無い通路。
昼間ならば必ずといっていいほど誰かとすれ違うこの通路も流石にこの時間になると誰ともすれ違うことはなかった。


(そういえばそろそろお腹が空いてきましたね……)


真っ直ぐ自室に戻ろうと思っていたが、ふと小腹が空いたことに気づく。
何しろ彼女が夕飯を食べてから既に5時間以上経過していた。
そして何か食べるものがほしいと考えた結果、進路を変えるといつも使っている自動販売機コーナーへと向かった。


(……?)


自動販売機コーナーへ向かう途中、ふと耳に何かの物音が聞こえた。
何事かと思い周りを見回してみる。
するとシミュレーションルームから僅かに薄明かりが漏れていることに気づいた。


(こんな時間に誰でしょう?)


何しろ時間は深夜。
昼間や夕食後には良くリョーコ達が使っているのを見かけたことはあるが、こんな時間にシミュレーションルームを使っているとは聞いたことがない。
一瞬、ヤマダかアキトが秘密の特訓でもしているのかもしれないと思ったが、いくら彼らでもこんな時間まで特訓をしているとは思えなかった。

誰もいないはずの時間にシミュレーションルームを使う謎の人物。

そんな事実が目の前にあると誰が使っているのか気になるのが人の業というものだ。
普段無感情なルリでさえも例外ではなかったらしく、彼女にしては珍しく好奇心が表情に浮かんでいた。

シミュレーションルームに近づいていくルリ。
そして彼女がスリットから僅かに光を漏らした扉の前に立つと、プシュッと空気が抜ける音と共に扉が開いた。


ルリの視界に幾つものシミュレーション機が映る。
その数は全部で6つ、パイロットの数に合わせた数が揃えられている。
そしてその中のたった一つシミュレーション機だけがその仮想コックピットのカバーを下ろしていた。


(これじゃあ誰かわかりませんね……)


こっそり誰が使っているのかだけ確認しようと思っていたのだが、その目論見は残念ながら失敗に終わった。

何しろシミュレーション機といってもより実践に近づけるため、その仮想コックピットはウリバタケの意匠を凝らされており、ほとんど本物と変わらず、振動やGも完全に再現されている代物だ。

そのため、それを使っている人物の姿はカバーによって完全に覆われてしまっており、外部からの姿は勿論、音すらも完全に遮断してしまっているのである


(どうしましょうか……)


何か方法は無いかと辺りを見回してみる。
すると部屋の隅に大きなモニターが設置されていることに気づいた。


(そういえば観戦者用のモニターがありましたね)


思い出したかのようにポンと手をうつ。
そしてモニターのところに駆け寄るとスイッチを入れた。


――その瞬間、閃光と共に爆発が起こった。


いや、本当に爆発があったわけではない。
それは画面に映っている戦艦が爆発した光景だった。

しかし、その光景を映像と理解するまで数瞬を要した。
何故ならその映像が余りにリアリティに溢れていたからだ。

爆発した戦艦の破片の一つ一つ。
発射される弾丸の一発一発。
あちこちに漂っている隕石の表面の凹凸。
それら全てが本物に見えるほど完璧に近い再現度だったのだ。

シミュレーションの常連者は既にそのことを知っていいたが、今までシミュレーションルームには来たことが無かったルリはそのことを知らなかったのである。


「この人……馬鹿ですか?」


しばらくして落ち着いたあと、画面の右端に移るシミュレーションの設定画面を見て思わずそう呟いた。
その理由は、画面の右端に表示されている現在行われているシミューレション戦闘の設定内容。

敵機:バッタ865機、無人艦7隻、突撃艦3隻、チューリップ1機。
友軍機:エステバリス1機。
勝利条件:敵機の全滅。

そう、この余りに馬鹿げた内容に思わず呆れてしまったのである。
画面の隅に表示されている経過時間を表すカウンターを見たところこの戦闘は開始されたばかりのものらしい。
ちょうどたった一機のエステバリスが無数のバッタに囲まれているところだった。


(これじゃあ一分も持ちませんね……)


その光景を見て、そんな予想をしてみる。

だが――そんな自分の考えは直ぐに打ち消されることとなった。

開始1分、バッタの約半数が消滅、戦艦1隻が撃破。
2分後、バッタの8割が消滅、戦艦4隻が撃破。
3分後、バッタは全機撃破、戦艦6隻撃破。
そして4分後には遂にチューリップにトドメを刺したエステバリスの姿が映し出されていた。


「うそ……」


開いた口から自然と声が漏らしていた。
それだけ目の前で起きているは光景は現実味を欠いていたのである。


「一体……誰が?」


自分の知識の中にもこれだけの腕をもったパイロットはナデシコには存在しない。
いや、それどころか地球軍の一流と呼ばれるパイロットでさえこんな非常識な腕を持った人物はいなかった。
いてもたっても居られなくなり思わずそれを実行した人物の名を確認する。


(え……?)


そこに表示されていた人物の名前は自分にとって予想外の名前だった。
プレイヤー:ナナシ。
それがそこに表示されていた人物の名前である。
だが、自分にはどうしてもその名前と目の前の戦闘を行った人物の姿が一致しなかった。

ナナシという人物は服装こそ全身真っ黒なコスプレ紛いの衣装というかなりの異彩を放っているものの、それ以外は少し不気味な雰囲気のする地味な人物というイメージが自分にはあった。

エステバリスの戦闘では常に後方からの支援を行い、前に出ることは滅多に無く、艦内でも基本的に自室に居ることが多い。
一応は警備員という役職らしく、見回りをしている時に廊下ですれ違うのを見るぐらいであった。

とその時、背後でガコンッと音が響く。
慌てて振り返ると、そこには仮想コックピットから出てくるナナシの姿があった。

気配を感じたのか、こちらを振り向いたナナシ。
自分の視線とバイザーの奥に見える彼の視線が交錯した。


(――――!?)


その瞬間、背筋に冷たいものが通りぬけたのを感じた。
同時に腰から力が抜け、その場に尻餅をついてしまう。
理由はわからない。
何故だか分からないが、彼と視線が合った瞬間わけの分からない圧迫感を感じたのだ。


「大丈夫か?」


が、その圧迫感も次の瞬間には消えてしまっていた。
彼は尻餅をついたルリにゆっくりと近づき、手を差し伸べるとそのまま彼女を抱き起こす。


「あ……」


思わず赤面してしまう。
何しろ彼がしているのは片手を膝の裏に、もう片方の手を背中にしている……所謂お姫様抱っこというやつなのだ。
今までまともに異性に触れたことがない彼女には少し刺激が強かった。

しかしナナシはそんな自分の反応を気にした様子もなく、そのまま備えつけの椅子まで運ぶとそのままゆっくりと自分を座らせる。

余りの反応の無さに何故だか分からないが憤慨を覚えた。
まあ、彼にしてみれば自分はまだ子供にしか見えないのだろうが、もう少し気を使ってくれてもよいと思ったのである。


「どうしてこんな所に来たんだ? 子供はもう寝る時間だぞ」

「自室に帰る途中、たまたまシミュレーションルームから音が聞こえてきたのに気づいたので、不審者が居ないか確かめにきただけです。 それに私子供じゃありません、少女です」


先ほどの仕返しとばかりに、少し皮肉を込めて返す。
子ども扱いされたことに珍しく自分が感情的になっているのを感じた。


「なるほど……それで不審者は見つかったのかな?」

「はい、敵の大軍をたった一人で打ち倒すような怪しい人を見つけちゃいました」


その言葉を発した瞬間、目に見えてナナシの態度が変わった。


「……見たのか?」

「はい、最初から最後までばっちりと」


普段無表情な彼の表情があからさまに歪む。
というより明らかにうろたえていた。


「……くっ、油断した……まさか彼女にばれるとはな」

「私にばれるとまずいんですか?」

「――!?」


余程動揺しているのだろう。
考えていることが言葉に出てしまっていることに気づいていなかったらしい。
そのことを突っ込んでやると面白いように反応した。


(思ったよりおっちょこちょいな人ですね……)


暫く顔色を目まぐるしく変えながら、何かを考えているナナシを見ながらそう思った。
普段無表情で地味なイメージがあっただけに余計にそう見えてしまったのだ。


「すまないが今日見たことは皆に秘密にしてくれないか?」


そして漸く落ち着いた様子に戻ると、いつものように無愛想な表情をしながらとそう頼んできた。
だが、先ほどの痴態を見ていただけにシュールにしか見えなかったのは彼女だけの秘密である。


「どうしてですか?」


彼の頼みに思わず疑問を返す。
何しろあれほどの実力だ。
彼が本気を出せば、ナデシコの戦闘力は今の数倍に引き上げられることだろう。


「そうだな……しいて言えば極力手の内を敵に見せたくないからだな」


そう言って彼は少し思案気な表情を浮かべた。


「敵……といのは木星蜥蜴のことですか?」

「ああ、そうだな」

「ですが私達が戦っているのは意思を持たない無人兵器です。どうしてそこまで警戒する必要があるんですか?」


確かに敵に手の内を見せたくないのは分かるが、警戒しすぎではないかと思った。


「そうだな、では逆に聞くが木星蜥蜴と呼ばれる敵はどれほどの知能を持っていると思う?」

「あれほどの無人兵器を作れるほどですから、地球人と同等、もしくはそれ以上のものを持っているんじゃないでしょうか」

「ではそれほどの知能を持った木星蜥蜴はどうして敵地である火星に向かうナデシコに対してこれほど断続的な攻撃しかしてこない理由は何なんだろうな?」

「それはもちろん……」


そこまで言われて彼の言わんとしていることを漸く理解した。


「そうだ、つまり敵もこちらの能力を測っているというわけだ」


そう言って彼は良くできましたといわんばかりに自分の頭を撫でる。
そのごつごつとした手に似合わぬ優しい手つきに、妙にくすぐったさを感じた。


「貴方の言いたいことはわかりました。ですが何故それも皆に言ってあげないのですか?」

「それはこのナデシコのクルーの『覚悟』がまだまだ足りないからだな」

「え、それはどういうことですか?」


現在でも既に何度も木星蜥蜴と戦っている。
そのクルーに一旦何の『覚悟』が足りないのだろうか?


「ルリちゃん、さっき君は木星蜥蜴が地球人と同等以上の知能をもっているといったね」

「はい、確かに言いましたが……」


一瞬、彼の『ちゃん』付けされたことに驚きながら、そう答える。


「では、その木星蜥蜴がもしも自分達と同じような姿をしていたとしたらどうする……いや、それどころかまったく同じ姿をしていたら?」

「……どういう意味ですか?」

「今俺達が戦っているのは確かに無人機だ。だがその戦っている相手がもしも有人機になったら……ナデシコはどうするんだろうな?」

「あ……」


今、ナデシコが何の躊躇も無く戦える理由の一つに相手が無人機ということがある。
機械には命がない。
それ故に相手を殺してしまうという躊躇が存在しないからだ。

だが――それがもし相手にパイロットがいると知ってしまったらどうなるだろうか?
しかもそれが自分達と変わらぬ姿をしていたら……。


「そう、だからこの事はまだ皆には言えない。このナデシコのクルー、特に艦長やパイロットには相手を『殺す』という覚悟が足りてないからな」


どこか悟ったような口調でナナシはそう述べた。
だが、その口調の中に僅かに含まれる悲しみに今のルリは気づくことはできなかった。


「どうして……」

「ん?」

「……どうしてそんな重大な事を私になんか話したりなんかしたんですか?」


今彼が話したことはこのナデシコの今後の存在危機にも繋がる事実だ。
そんな重大な事を自分に話した彼の考えがわからないのだ。


「君は――からな」

「え?」


彼の口から僅かに呟きが漏れる
だが、余りに小さな声のためはっきりと聞き取ることはできなかった。


「いや、なんでもない。まあ特に理由は無い。君に話したのは気まぐれとでも思ってくれればいい」

「それじゃあ納得できません」

「そう言われてもそうとしか言いようが無いな」

「話してくれないなら、さっき見たことも聞いたことも全部皆に話しちゃいますよ」

「ふむ、それは困るな……」


口ではそう言いながら明らかに困った表情をしていない。
ナナシはそのまま何かを考えるように顎に手をあてていたが、何かを思いついたのかポンっと手をうった。


「わかった、それなら交換条件としよう。俺が知っている君の隠している秘密を誰にも言わない代わりに君も俺の言った事を誰にも言わない。これでどうだい?」

「私の秘密? そんなこと貴方が知っているわけ――」

「夜食の食べすぎは体に良くないと思うがね」

「――!?」


そう言ってナナシは唇と軽く歪めニヤリと笑った。


「ナノマシン強化体質をしている者は常人よりもカロリー消費が激しいと聞く。特にIFSを使った作業をした後などはよくお腹が空くのだろうな」

「えっ……ど、どうして……」


淡々と語るナナシ。
そんなまさかという言葉が頭をよぎる。
頬を冷や汗が流れ、顔から血の気が引いていくのがわかった。


「一見小柄な少女が夜な夜な大量に食事を抱えているという事実を皆が知ったら……」

「どうして……貴方がそれを知ってるんですが!?」


そこまで言ったところで震える声でそう叫んだ。
その事は今まで誰にもばれない様に細心の注意をしてきたのだ。
わざわざ誰もいない時間帯、夜中にわざわざオモイカネに周囲に人が居ないかを索敵させてまで隠してきた事実なのだ。
それをどうして彼が知っているというのか。


「ふむ、やはりそうだったか」


だがそんな自分の問いに対して返ってきたのは、いかにも納得したといった表情をした彼のそんな言葉だった


「ま、まさか……」

「いやなに、この間たまたま自動販売コーナーの商品を補充している職員から朝に補充したカロリーバーガーの次の朝にはほとんど無くなっていることが偶

にあるという話しを聞いてね。まさかと思ったが……案外言ってみるものだな」

「そんな……」


やられた。
はめられた。
そんな言葉が頭の中を埋め尽くす。

そう、この男は初めから自分に鎌をかけていたのだ。
そして自分はそんな男の口車にまんまと乗せられ、自ら自分の秘密をばらしてしまったのである。

羞恥心が一気に湧き上がってくるのを感じた。
恐らく今の自分の顔は顔がリンゴのように真っ赤になっていることだろう。


「まあ、心配しなくても君が今日のことを誰にも喋らなければ、俺もこの事を誰に喋らないさ」

「……わかり……ました」


真っ赤な顔で俯いたまま、彼の言葉に肯く。
恥ずかしさと悔しさで彼がまともに見れなかった。


「良い子だ……早く部屋に戻って休むといい。子供はもう寝る時間だ」

「……」


先ほどまでの意地悪さが嘘のように優しい声でポンポンと頭を叩くナナシ。
その彼の言葉に従い無言で立ち上がろうとする。


「え……?」


が、立ち上がれなかった。


「……どうした?」


なかなか立ち上がらない自分を見たナナシが不思議そうな表情をしながら問いかけてくる。
だが、いくら椅子から立ち上がろうとしても腰に力が入らなかった。


「まさか……まだ腰が抜けたままなのか?」


暫くそれを見ていたナナシが漸くその事に気づいたのか確認するかのようにそう問いかけてくる。
だが、返事をしようにも再び湧き上がってきた羞恥心が邪魔をしてできなかった。


「ふむ……仕方ない」


唐突にナナシが動く。


「え、ちょ、ちょっと……何をするつもりなんですか?」


同時にフワリと体が浮き上がる自分の体。


「自分で動けないなら誰かに運んでもらうしかあるまい?」


無愛想な表情でそう述べるナナシ。
そんな彼の太い腕は自分の背と膝の裏に回されている。
そう、自分は再び最初と同じように彼に抱き上げられていた……お姫様抱っこで。


「心配せずとも何もしないさ」


そう言ってくるナナシに何か言い返そうとと思ったが……やめた。
ルリを抱えたナナシはゆっくりとシミュレーションルームを出る。

歩いているはずなのにほとんど振動を感じないナナシの歩み。


(暖かい……)


分厚い胸板が頬に当たるのを感じながらルリは急速に眠気が襲ってくるのを感じた。


そしてそれから数分後。
薄暗い廊下には少女の寝息が響いていた。


__________________
あとがき
8話に行く前にナナシとルリの関係の一部を捕捉。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 8話:優しい嘘
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:26
ナナシが運び込まれた緊急措置ルームの赤いランプの光が消える。
ゆっくりと扉が開き、中から治療に当たっていた人物、イネス・フレサンジュが姿を現した。
ちなみに何故彼女が治療していたのかというと、彼女が偶々医師としての資格をもっていたことと、彼女自身が彼の治療役に立候補したからだ。


「ナナシさんは大丈夫なんですか!?」


扉の前で待ち構えていた十数人のクルーの中から一人少女が一歩前に出てそう叫ぶ。
そう、このナデシコのクルーの中でもっとも彼を心配していたルリである。
普通ならばオペレーターの彼女がこんな非常時にブリッジを離れるなどといったことはあってはならないのだろうが、彼女の心情を察した他のブリッジクルーがそれを黙認していた。


「……とりあえず結果だけいうわ。彼は無事よ」


イネスそんな少女に対して一瞬間を空けたあと、淡々と結果だけを述べる。


「よかった……」

「よかったわね、ルリルリ」


その言葉を聞いた瞬間、目に見えて安堵するルリ。
そしてその彼女を笑顔で抱きしめながら一緒に微笑むミナト。
周りのクルーも同様らしく、今まで心配そうな表情が嘘のように消えてしまった。

だが――。


「よかった? 貴方達、本気でそう言っているの?」


――そんな彼女達に向かって放たれたイネスの言葉冷たかった。


「どういう意味ですか?」

「どういう意味って……あれだけ心配していた彼の事を何もしらないのかしら?」


その言葉に全員がハテナ顔を浮かべる。
唯一ナナシと親しいルリでさえ、心当たりはあるもののその詳しい彼の容態までは知らなかった。


「そう、知らないのね……いえ、もしも知っていたとしたらそんなに冷静で居られるわけないわね」


そんな彼らを見渡し、イネスはその表情を痛ましいものへと変えた。
あの自らが乗っている戦艦が落とされるかもしれないという時でさえ、表情をほとんど変えなかったあのイネスがである。


「なら教えてあげるわ」


そして彼女は告げようとした。
何も知らぬ者達へ彼の体に関する事実を。


「彼の体はナノマシ――」


だが、それは遮られることとなった。


「――そこまでにしてもらおうか」


そう、いつの間にかイネスの背後に現れた他ならぬナナシ本人によって。















8話:優しい嘘













「ナナシさん!」


目の前に現れた人物の姿を確認した瞬間考える前に体が動き、彼の元に駆け寄っていた。


「大丈夫なんですか!?」


彼の顔を見上げるように涙目でそう叫ぶ。


「ああ、もう大丈夫だ。心配をかけてすまなかったな」


彼はそんな自分にそう答えると、頭に手をそっと乗せ優しく撫で始めた。


「本当に……グスッ……もう大丈夫なんですか……?」


頭に暖かな感触を感じながらも再度問い返す。
見上げた彼の顔は既にあふれ出した涙で半分ぼやけていた。


「ああ、本当にもう大丈夫だ」

「……ヒック……嘘です……あの時も……大丈夫だからって医者には見せなくていいって……私に言ったじゃないですか……」


あの時と同じ、自分を安心させようとする彼の言葉。
だが、今回はその言葉を否定した。


「……今度こそ本当に大丈夫だ」

「信じられません……今度は本当の事を教えてもらいます!」


そう、あの時もそう言われて誤魔化されたのだ。
だからこそ本当の事を言ってもらうまで引くつもりはなかった。


「……」


自分の強い視線を受けたナナシも答える言葉が見つからないのか困った表情を浮かべている。
ただ、それでも彼は撫でる手を止めることはなかった。


「……わかった」


暫く困った表情を浮かべていたナナシだが、漸く観念したのか遂に肯定の言葉を出した。


「本当……ですか? 嘘じゃないですよね?」

「ああ」


しつこく何度も確認する。
ナナシも本当に観念したのかそれに答えるかのように何度も肯いた。


「じゃあ、答えてください」

「わかった。だが、俺が答えても本当かどうか保証は無いからな。ここはイネスさん、貴女が教えてやってくれ」


瞬間、自分の視線と共に周囲の視線が一気にイネスに集中する。
そのイネスも唐突に話を振られたことに一瞬だけ驚いた表情を見せたが、直ぐにナナシに意味深な笑みを返した。


「それならさっき貴方が言うなって止めたところじゃないかしら?」

「それは……あの程度の事で皆に余計な心配をかけたくなかったからだ」

「あら、あれが貴方にとってはあの程度で済むことなのね。 というより……その体でよく動けるわね」

「ああ、少し体が疲れていただけだからな」


二人の間で交わされる何の変哲もない会話。
得に変わったところはないはずなのに、何故かルリには違和感を感じた。


「……」

「……」


暫く無言のまま見詰め合う二人。


「はぁ、わかったわ……」


そしてその短い沈黙の後、イネスは小さなため息と共に返事を返した。


「星野さんだったわね、彼の容態を教えてあげるわ」


イネスはナナシに向けていた視線をこちらに向ける。
そして少し笑みを浮かべながらこう告げた。


「彼の容態はね……単なる極度の過労よ」

「……え?」


予想外の答えに一瞬ポカンとした表情を浮かべる。
極度の疲労。
彼女の聞き間違えで無ければ、確かに目の前の女性はそう言ったのだ。


「だ、か、ら、極度の過労って言ってるのよ」


そんな自分にイネスはもう一度念を押すように伝える。


「そ、そんなわけありません! 今時過労であんなに酷くなるなんて聞いたことありません!」

「あら、たかが過労だからって嘗めたらだめよ。いえ、寧ろ下手な病気よりもよっぽど怖いわね」

「でも、だってあんなに血を出してたんですよ!」


コックピットから運び出されていた時の彼の容態は、素人目にみても過労などではなかった。
そう……たかが過労ぐらいであんな風になるとは思えなかったのだ。


「ちゃんと納得のいく『説明』をしてください!」


だから思わずそう叫んだ。
そう、私はその時何も考えず目の前の女性に対して『説明』を求めてしまったのだ。


「それを今から『説明』してあげるわ」


その言葉を聞いた瞬間、イネスはにっこりと笑顔を浮かべそう答えた。
そして彼女はゆっくりと、いや寧ろ活き活きとした表情でナナシの病状を『説明』を開始した。


「まず彼があんなになった原因、それは通常では考えられないほどの極度の過労……肉体的だけではなく精神的なストレスもの双方を相当溜め込んでたことが原因だと思われるわ」


どこからとも無く取り出された薄板に彼女は手馴れた手つきで文字を書き記していく。


「特に他の病気と違って過労という症状は本人が自覚することはあまりないのよ。というより本人が気づかない内に疲労が溜まった結果それが一気に吹き出た結果起こる症状といっていいわ」


もう片方の手に何時の間に取り出されたのか短い棒。


「そして今回の彼の場合、胃に穴が空いただけで済んだけど、最悪の場合、心筋梗塞、脳出血、クモ膜下出血、急性心不全、虚血性心疾患などの脳や心臓の疾患が原因で死に至る可能性だってあったのよ。何しろとある勤勉で良く働く国の中高年男性に一時期その過労死が多発してね、その国のライフスタイルの代名詞が過労死ともなったほど――」


そして最後に頭には何時の間にかぶったのか小さな学者棒が彼女に装備されていた。

そう、既にそこには先ほどまでの冷静沈着なイネスではなかった。
今、そこにいるのは『説明』しながら恍惚とした表情を浮かべている別の何か。

嬉々とした表情で『説明』をし続ける別の生き物がそこに居た。


(……この人、誰ですか?)


何か得体の知れないものを見るかのような目で目の前にいる女性を見る自分に気づく。
どこか恐怖にも似た感情を覚えて、近くにいたナナシの体に何時の間にかしがみ付いていた。






----------------






「――ということよ」


約十数分たった頃、漸く彼女が『説明』を終える。


「って貴女、ちゃんと聞いてるのかしら?」


だが、その彼女の説明の後半部分はほとんど頭に残っていなかった。
普通ならばその程度の時間の説明など慣れていたはずなのだが、途中から彼女の説明は耳に入った瞬間もう片方の耳から抜け出ていっていた。


「どうもわかってないみたいね。なら、もう少し詳しく説明を――」

「いや、十分解かったからそれ以上はいい」


反応の無い皆を見回しながら、もう一度説明を開始しようとするイネスを寸でのところでナナシが止める。
その言葉にいつの間にか正気戻っていたクルー達も同調するように首を縦に振っていた。


「あら、残念」


本当に残念そうにそう呟いている。
余程説明の続きがしたかったらしい。


「さて、これで君も納得してくれただろう」

「……はい」


こちらを振り向きながらそう聞いてくるナナシに少しの間を置いて肯定の返事を返す。
確かに記憶に残っている部分を検証してみれば、イネスの言っていた説明は理にかなってはいた。

が――。


(やっぱりまだ何か隠してます)


それでもやはり心の奥底では納得しきれなかった。
確かにイネスの説明は理に適ってはいたし、嘘らしい嘘も見当たらなかった。
事実、ナナシが夜中に行っていた訓練は自分の素人目に見ても相当激しかったのを記憶している。

しかし、それでも自分の中の何かがそれだけが全てではないと言っていた。
自分の直感とも言える部分がそう感じていたのだ。


(それに……あの時の言葉も気になります)


そう、そして何より気になるのがナナシが途中で遮った彼女の言葉。
あの時、自分の聞き間違えでなければ確かに彼女は『ナノマシン』という言葉を使っていた。


(でも、どうしてナノマシンが?)


だが、自分の知識にナノマシンが原因であのような症状になるといった知識は無い。
何しろ現代ではナノマシンはほぼ完全に実用化され、よほど過剰に投与されない限りは人体に対して害を与える可能性もほぼゼロに等しいといっていい。
実際、自分の血中にも常人を遥かに超えるナノマシンが含有されているが、それでもお腹が良く減るぐらいでそれ以外の弊害を感じたことはなかった。


(やっぱり、気のせいなんでしょうか)


実は本当にナナシの症状が単なる過労という可能性も否定できないのだ。
いや、それどころか今のところその可能性が一番高いといっていい。
自分の嫌は予感は単なる気のせいである可能性の方が十分にありえるのだ。


「ところで一つだけ聞きたいんだが……」


考えが纏まらない。
そう思った時、ふと何かを思い出したかのようにナナシが自分に何か問いかけてきた。


「はい、何でしょう?」

「どうして俺は無事なんだ?」


それが彼の問いかけてきたことだった。


「確かにあの時俺が助かる可能性はほとんどゼロだったはずだ。それに俺が生きているのに何故ナデシコまで無事なんだ?」


まったくわからないといった表情のナナシ。
それを見て、そういえばまだ誰も彼に事情を話していない事実に気づく。


「あ、はい。えっとナナシさんが生きているのはヘンリーさんのおかげです」

「ヘンリー? 誰だそれは?」


ヘンリーという名を聞いたナナシは、何やら訝しげな表情をしながらそう聞き返してくる。


「正体不明の謎の助っ人おじさんです」

「……なに?」


ヘンリーについて簡潔に述べる。
その自分の答えを聞き、ナナシはますます表情を訝しいものへと変える。
確かに今の自分の答えではわからないかもしれないが、これ以上詳しく説明しようにも、情報がほとんどないのだ。


「……そのヘンリーとかいう人は今どこにいる?」

「現在ナデシコと並走飛行中です」


初めはヘンリーの機体をナデシコの収納しようという案もあったのだが、サイズがサイズだけにその案は見送られた。
ちなみにウリバタケが『うおぉぉ、分解してぇぇぇ!』等と叫んでいたが、それは当然の事ながら無視された。


「わかった……とりあえずそのヘンリーとかいう人と話がしたいんだが、できるかい?」

「はい、別にそれは問題ないと思います。今ブリッジで皆さんが謎の人物さんと会話しているはずですし」


ちなみに現在ブリッジ残っているのはユリカ、フクベ提督、ジュン、プロス、ゴートの5人。
そしてその中でもプロスが率先して謎の人物に対して必死の交渉をしている所である。
交渉の内容はもちろんナデシコの護衛……そしてあわよくばあの機体に使われている技術を回収できないかと企んでいるのであろう。


「そうか、なら話は早い」

「今から行くんですか?」

「ああ」

「でも、過労で倒れた所なんですよ。もう少し休んでおいた方がいいんじゃぁ……」

「いや、今は非常時だからな……火星から脱出したらゆっくり休ましてもらうさ」


そう答えて早足にブリッジへと向かおうとするナナシ。


「あ、待ってください」


とそれを追いかけていくルリ。
後にはそんな二人の雰囲気に押され何も話せなかったクルー達と何やら呆れた表情で二人を見つめるイネスが残されていた。




_______________________
あとがき
今回はナデシコパート
さて、次回はいよいよディンゴとナナシの対面です(予定)



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 9話:パレルワールド
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:29
「ナデシコより通信をキャッチ」

「ん、やっとか……」


ナデシコと併走飛行を続けることに少し退屈さを感じていた所にエイダの静かな声が届く。
数十分前、ナナシという人物が乗る機動兵器を無事ナデシコに届けた時に、自らをプロスペクターというちょび髭のオッサンから話したいことがあるので安全が確認できるまで一緒について来てほしいと言われていたのだが、漸くその安全が確認できたらしい。


「さて、一体何の話か聞かせてもらうとしますかね」

「通信繋ぎます」

















9話:パラレルワールド
















「すみません、お待たせしました」


通信用画面にちょび髭のおっさんの顔が映る。


「ああ、ずいぶん待たされたぜ」

「いやはや、それは申し訳ありません」


待たされたことに少し皮肉を返してみたが、相手は申し訳なさそうに答えつつもまったく動揺した様子を見せず軽くかわされた。
どうやらこういった会話には慣れているらしく、見かけどおりの普通のおっさんではないらしい。


「まあ別に気にしちゃいないさ。 それより、一体何の話があるってんだ?」

「話が早くて助かります」


長ったらしい前置きは不要――というより嫌いだったので早速本題に入る。
相手も、同じ気持ちだったらしくにっこりとした笑みを返してきた。


「それで、私が貴方を呼び止めた理由なのですが――」

「――っと待った、そっちの話を聞く前に一つだけこっちから聞きたいある」


だが、相手が早速用件を切り出そうとした瞬間、その声を遮る。
用件を促しておいてなんなのだが、こっちには一つだけ最優先で確認しなければならないことがあった。


「ふむ、何でしょうか? こちらに答えられることならば可能な限りは答えますが」

「なら教えてくれ。一体全体この火星の変わりようはどうなってやがるんだ?」


赤くない火星。
大気中に無数に漂うナノマシン。
そして見たこともない未知の兵器
そう、これらのまったくわけのわからない状況の理由を一刻も早くディンゴは知りたかったのだ。


「はて、今その事をお聞きになる理由は良く解りませんが……今の火星の現状というのなら貴方も知っておられるでしょう。火星は木星圏からやってきた謎の宇宙人、通称木星トカゲによって襲撃され、見てのとおり今ではほとんど壊滅状態のはずです」

「――!?」


だが、返ってきた答えは、自分の予想をはるかに超えていた。


「ちょっとまて! バフラムの連中は? 地球のやつらは一体何をやってたんだ?」


一瞬耳を疑った。
先ほど戦ってきた敵の持つ空間歪曲場は確かに厄介だが、バフラムのオービタルフレーム軍団が遅れを取るとは思えない。
いや、それどころか十分圧倒できる性能をもっているはずだ。


「バフラム……とは何を指すのかはわかりませんが、およそ一年前、当時の地球軍は相手の持つディストーションフィールドに対して有効な手段を持っておらず何もできず敗退しました。現在、火星に残っているのはほんの辛うじて生き残った避難民だけです」


(ばかな……バフラムを知らない?)


予想もしていなかった答え。


(しかも火星は襲ってきた謎の宇宙人よって壊滅……それも一年前にだと!?)


火星を襲った謎の宇宙人。
壊滅した火星。
まったく知らない事実に頭が痛くなってきた。


「今更どうしてこんなことをお聞きになるのかは知りませんが、これで納得していただけましたかな?」

「いや、最後に一つだけ聞きたい……」

「はて、まだ何か?」

「今は……何年だ?」

「はぁ、今は2197ですが……それがどうかしたのですか?」


質問に怪訝な表情で答えてくるプロス。
だが、既に今の自分にはその答えに返答する余裕はなかった。


「すまん、数分ほど通信を切る」

「え、ちょっと待ってくだ―」


その言葉と同時にプロスの台詞を最後まで聞くことなく通信を切る。
そのまま項垂れるように頭を下げ、シートに持たれかかると深く息を吐いた。


「エイダ」


項垂れたままエイダに声をかける。


「はい」

「今の会話を聞いてたよな?」

「はい、念のため通信データも保存していますので、ご希望なら再度確認も可能ですがどうされますか?」

「いや、それはいい。それより……一体どういうことかわかるか?」


いまだに混乱したままの思考。
こんな自分の頭では、まともな考えができると思えない。
だから客観的な視点を持つエイダに答えを求めた。


「わかりました。先ほどの会話、そして現在の火星の状況を考慮した上で現在私達が置かれている状況を説明するのに、幾つか該当する答えがありますが、その中で最も有力だと思われる答えが一つあります」

「……言ってくれ」

「はい、それはここが『並行宇宙』俗に言うパラレルワールドであるというです」

「はぁ!?」


まともな返答を求めた矢先、更なる予想の上を行く答えがエイダから返ってきた。
パラレルワールド。
それがエイダが導き出した答えだったのだ。


「……念のためもう一度聞くが本当にそれが一番可能性が高いのか?」

「はい、他にも様々な可能性がありますが、先ほどの会話が全て嘘だったとしても、今までに収集した情報からみて間違いありません」


一瞬聞き間違えかと思いもう一度問い返してみるが、返ってきたのはエイダの太鼓判を押した答えだった。


「……ったく、信じられねぇな」


並行宇宙、パラレルワールド、異世界。
言葉やイメージとしての知識はあっても、実際に存在するかどうか聞かれればまず否定するような存在だ。
まさか、そんな夢物語のような世界に自分が行くようなことになるとは思ってもみなかった。


「ですが、可能性としては十分ありえる事実です」

「ん、どういうことだ?」

「あの時、確かにアヌビスの動力部をぶつけることでアーマーンの溜め込んだエネルギーを相殺しました。ですが太陽系を破壊できるほどのエネルギーを一度に相殺したため、その余波で空間の歪みが臨界を突破したのでしょう。それにメタトロン自体にも未だに未知の部分が多数存在します。そして恐らく私達はその歪みに巻き込まれ、数多くの要因が重なった結果、並行世界に飛ばされる結果になったのだと思われます」

「なるほどな……」


確かにエイダの言うとおりなら今のこの状況もありえるのかもしれない。
何しろアーマーンには天文学的なエネルギーが溜め込まれていた。
そのエネルギーを一気に相殺したのだ。
それ相応の余波があってもおかしくは無い。
しかも、その爆心地点にはメタトロンが大量に存在していた。
メタトロンの空間を圧縮するという特性を考えれば、空間に穴が開くようなことがあるのかもしれない。


「それに並行世界自体は量子理論で既に定義的には存在するとされています。事実メタトロンコンピュータの演算処理は量子的にみれば別の宇宙で行われているとされています。かの有名なシュレディンガーの猫やエヴェレットの多世界解釈を例にとってみても――」

「だぁー、わかったからもう説明はいい。それよりここが並行世界だとして、どうやって元の世界に帰るかだ」


説明を続けようとするエイダの声を遮り、強制的に話を変える。
ちなみに、決してこれ以上量子理論など説明されてもさっぱりわからないからと理由ではない。


「現在のところ考えられる方法は二つです。一つ目はこの世界の技術に異世界に渡る技術があると期待すること、二つ目はアーマーンを破壊した時と同じ規模の現象を発生させることです。ですが成功率から考えて二つ目の案はあまりお勧めできません」

「後者は明らかに無理だしな……ってことは実質選択肢は一つだけってことか」


仮に、後者の方法を実行しようとすれば、空間に穴を開けるほどのエネルギー、即ちアーマーンが溜め込んでいたエネルギーと同等のエネルギーが必要ということになる。
だが、実際問題そんなエネルギーなど早々簡単に集めれるわけもなく、仮に集められたとしてもあまりに危険すぎる。


「で、これからどうするかだ……」

「元の世界に帰る手段を確保するためには、この世界の住民との接触が不可欠です。その点を考えれば、現在のところナデシコが一番有力候補です」

「ま、やっぱりそうなるよな」


どうやらエイダの考えと自分の考えは一緒だったらしい。
何しろ、ちょうど都合よく向こうから接触をしてきているのだからこの機会を逃す手はないと言っていい。


「よし、エイダ、とりあえず通信を再度繋いでくれ。相手に協力するか否かは話を聞いてからだ」

「了解」


同時に通信用画面が再度開かれる。
そして再び数分前と同じく、いや、今度は少しあせった表情をしたプロス顔が映し出された。


「いやはや、行き成り通信を切られたので一体どうなされたのかと心配しましたよ」

「そいつはすまなかった。少しばかりこっちに問題が発生してな」

「それはお気の毒に……して、その問題は解決されましたかな?」

「ああ、一応はな」


一瞬、こちらの事情を相手に話そうという案が頭に浮かんだがそれは直ぐにやめた。
まだこちらの事情を話せるほど信用できる相手ではないとわかったわけではないからだ。


「それでは、そろそろこちらのお話を聞いてもらってよろしいですかな?」

「ああ、こちらから聞きたいことは今のところもう無いからな」


どうやら余程待ち遠しかったらしく、その答えを聞くと同時に今まで見た中で最も嬉しそうに笑顔を浮かべるプロス。
ここがパラレルワールドだとすれば、恐らく相手も少なからずこちらの特異性に気づいているのだろう。
それによくよく考えれば、先ほど見てきた機動兵器とこのジェフティを比べれば明らかに異常だ。
そしてほんの少ししか会話していないが、この相手がその事に気づかなわけがない。


「それではさっそくお聞きしたいのですが……もしよければ貴方の正体を教えていただけませんか?」


さっそく核心を突いた質問。
気を引き締めようとした矢先だったが故に、一瞬表情が引き締まる。


「……それは一体どういう意味だ?」

「言葉の通りの意味です。貴方の乗っているその機体は連合宇宙軍はもちろんのこと、今までこのナデシコが確認してきた木星トカゲの機体にも該当する機体はありませんでした。それで、そんな機体に乗っている貴方の正体を知っておきたいと思いまして」


こちらの心情を知ってか知らずか、相変わらず困ったような表情でそう答えるプロス。
だが、その表情のその奥に潜む鋭い視線をディンゴは感じ取っていた。


「なるほどな。だが、それを知ってお前はどうするんだ?」


確かに最もな質問と言っていい。
もちろんこちらとしては素直に答えるつもりはなかったが、それではつまらないのでもう少しばかり相手の反応を見てみることにする。

するとプロスは済まなさそうな表情をしながら――。


「そうですな……万が一貴方が私達の敵、そう仮に木星トカゲのスパイだったとすれば、私達は貴方を倒さなくてはなりませんので」


――さらりとすごい返事を返してきた。


「はっ、中々面白れぇ事言ってくれるじゃねぇか」

「いえいえ、これは万が一貴方が敵だったらという話ですので安心してください」


そう言ってナデシコの重力波の発射口をこちらに向けながらにっこりと微笑むプロス。
それを見て思わず『ちょっとまて!』と口にしそうになった。
明らかに言っている事とやっていることが矛盾している。
もしも、こちらが不審な動きを見せた瞬間、あの発射口から黒い津波がこちらを襲うことは間違いなかろう。


「って……しかも万が一の時のために準備も万端ってわけか」


自分とナデシコの距離にしてもそうだった。
既にこの戦艦の持つ空間歪曲場をいつでも展開できる準備をしているのだろう。
併走している時に微妙に距離を置いて併走していたのは、フィールドの内側に入らないギリギリの位置を保つためだったのかと今更ながら気づいた。


(まったく……いい仕事してやがる)


まったく未知の相手に対し、準備を怠らない注意力。
思わず舌を巻きそうになる。
しかもこのままだと、こちらの返答しだいで最悪、戦闘にすら発展しかねない雰囲気だ。

このままでは色んな意味でまずい。
そう思い、再度気を引き締めようとした瞬間――。


「ユ、ユリカ!? 交渉が終わるまでこっちにいろってプロスさんが――」

「プロスさん、そんな話か方じゃあケンカになっちゃいますよ」


――絶妙のタイミングで情けなさそうな男性の声と、どこか気の抜けた女性の声が割り込んできた


「か、艦長、今は相手と交渉している最中でして……」

「交渉もなにも、ナデシコの艦長としてそんな相手を脅すような交渉の仕方は認めません」


同時に、青髪の女性がプロスに指を突きつけながら画面に割り込んでくる。
そう、確かユリカとかいった名前の女性だったはずだ。


「ヘンリーさんはナナシさんの命の恩人なんですよ。そんな人に対してこんな事したら失礼です。
 それにヘンリーさんと話がしたいって言ったのも、願い事があるだけだって言ってたじゃないですか!」

「しかしですな艦長、幾らこちらの助けてくれたとは言え、完全に味方とはわかるまでは安全のために」

「だめです、艦長命令です!」

「いや、しかしこの場合は――」


緊迫した空気を一瞬にして崩壊させた女艦長は、あれこれ弁解するプロスの言葉をにべも無く切り捨てる。
このユリカという女性は、戦闘中もそうだったが、相手を自分のペース巻き込む天才であるということが、眺めているだけでも容易に感じ取れた。
先ほどまで自分に巧みな交渉(もとい脅し)を見せていたプロスに反論させることなく、ずいずいと押しきっていく。
しかし、それでも、交渉人を名乗るだけあるのかプロスも必死に弁解と説得を繰り返している。


「おい」

「「……はい?」」


だが、壮絶な言い争いをしているのはいいが何時までたっても終わる気配を見せない二人。
流石に終わるまで待っているというのも億劫だったので声をかけた所、二人は呆けたような表情でこちらを見返してきた


「まさかとは思うがお前ら、こっちの事忘れてねぇか?」

「「あっ!?」」

「って図星かよ!?」


思わず突っ込みを入れる。
前言を撤回しよう、この二人は交渉人でもなければ天才でもない……。
ただのバカだ。


「……」

「……」

「……えっと、あれ?」


沈黙する男二人。
そして状況を理解していのかその二人の顔を交互に見回す艦長。


「艦長、今度こそちゃんと『お願い』しますので向こうで待っててくださいませんか」

「え?」

「副艦長、艦長をそちらへお願いします」


沈黙を破ったのはプロスだった。
流石にこのまままずいと判断したらしい。


「さあユリカ、こっちで大人しくしてるんだ」

「え、ちょ、ちょっとプロスさん、ジュンくん!?」


青年が艦長を捕まえ、画面の外に引っ張り出していく。
そしてプロスはそれを見送ると、そのまま何事も無かったかのように此方を振り返った。


「それでは、交渉を再開しましょうか」

「……ああ、そうだな」


仕切りなおし言わんばかりにそう言って交渉を再開するプロス。
だが、その額に微妙に冷や汗が浮かんでいたのをディンゴは見逃さなかった。


「さて、交渉を再開する前に……貴方の正体に関してなのですがもう何もお聞きしません」

「へぇ、それでいいのか?」

「ええ。私としては少し不満なのですが艦長命令ですので、はい」


そう言って苦笑するプロス。


「まあ、この話はこれでお終いにしましょう。そろそろ本題に入りたいので」

「……そうだな」


示し合わせるようにうなずく二人。
今度こそ、それが本当の仕切りなおしの合図だった。


「んで、その本題ってのは一体なんだ?」

「はい、先ほど艦長も仰られていたことなのですが、貴方の腕を見込んで一つお願いしたいことがあるのです」

「お願いしたいこと?」


お願い事という言葉に一瞬戸惑いを覚える。
正体を隠しておいてなんだが、まさか素性も知れない自分にそんな事を言ってくるとは思っても見なかったのだ。
だが、相手の方からこういった話を持ちかけてきてくれるというのは此方としてはありがたいことだった。


「内容による。俺にだってできる事とできない事があるしな」

「いえいえ、決して無理を言うつもりはありません」

「じゃあそのお願いってのを聞かせてもらおうか?」

「はい、私達がお願いしたい事……それはずばり、火星から脱出するのに協力してほしいということなのです!」


何時に無く力を込めてプロスはそう答えた。
彼が言うには、現在のナデシコは先ほどの戦闘で主動力部をかなり酷使したため、かなり不安定な状態になっているらしい。
しかも、このナデシコの主動力部は大気圏内では100%の能力を発揮できない特性のため、単独ではこの敵陣のど真ん中である火星からの脱出が非常に困難だという。


「先ほど計算してみましたが、貴方の協力が得られるか否かで脱出できる可能性がかなり違います。ですから是非とも――」

「――俺に力を貸してほしいと?」

「はい、その通りです」


頭の中で思考を巡らせる。
この提案を受ければ、相手の情報を得られる可能性は高い。
それに今の自分達の現状を考えれば、この世界の住人に恩を売っておけるという利点もある。

だが、同時にそれは自分もこの世界の戦いに介入するということでもある。
このオービタルフレーム・ジェフティの存在はこの世界はでは異質だ。
そしてそのジェフティに使われている技術も異質だといっていい。
そんな存在である自分達が、この世界に大々的に介入すればどうなるだろうか……?


(……面倒なことになりそうだな)


深く考える必要すらないほど、厄介な未来が脳裏に浮かぶ。
ディンゴとしては、これ以上戦争というものに関わるの勘弁してほしいというのが本音だった。


「貴方にとっても悪くない条件だと思うのですが……それに、もしも貴方に仲間の方がいらっしゃるのならこの際、一緒に火星から脱出するというのも一つの手かと」

「いや、あいにく俺は一人でね」

「それならばなおの事ご一緒した方がいいのではないでしょうか? 貴方も一人では何かと不便でしょう」


プロスは言葉巧みに自分達を自陣に引き込もうとしている。
確かに彼の言うように、この世界では自分達は本当に意味で孤立しているといっていい。
それを考えれば彼の要求を飲まざるを得ないということは自分でも良くわかっている。
だが、何故か自分の中の迷いは中々消えなかった。

そう、最後の一押しが足りないのだ。


「エイダ……お前ならどうするべきだと思う?」


ディンゴはその最後の一押しをエイダに任せることにした。


「貴方が決めてください。私はそれに従います」

「いいや、それじゃあ駄目だ。今回はお前が選べ」

「無理です……プログラムである私にはそれを決める権限がありません」

「んなもん俺が許可してやる。それにお前も一度ぐらい自分の道は自分で選んでみろ」


自分で決めようとせず、こちらに決めさせようとするエイダの言葉をディンゴはあくまで拒否し続ける。


「私が……選ぶ……」

「ああ、そうだ」


エイダの戸惑った声。
恐らくこのような事を言われたのは彼女にとって初めての出来事なのだろう。
いつもは瞬時返ってくる答えが、今回はなかなか返ってこなかった。


「あのー、先ほどから誰かとお話されているようですが……もしかしてお仲間の方でしょうか?」


エイダの答えを待っていた時、突然プロスの声が通信機越しに聞こえる。
同時に、向こうにはまだエイダの紹介をしていないことに気がついた。


「ああ、言い忘れてたが俺のもう一人の仲間みてぇなもんだ。 おい、エイダ、おめぇも聞こえてるなら自己紹介ぐらいしろ」

「……私がですか?」

「ああ、それぐらいおめぇもできるだろ。さっきの答えはその後でいい」

「……了解」


自己紹介をしろと言われ、一瞬戸惑いを見せるエイダ。
恐らく先ほどの問いかけに対する答えが見つからず、考えがループし続けていたのだろう。
中々行動に移そうとしないので、先ほどの答えを後回しにしていいと言うと、一瞬の間の後、自らの音声を通信機につないだ。


「はじめまして」

「おや、貴方がエイダさんでしょうか? できれば顔も見せていただけるとありがたいのですが……」

「いえ、私には顔というものは存在しません」

「はて、それはどういう……」

「私は当機、オービタルフレーム・ジェフティの独立型戦闘支援ユニットです」

「な!? ま、まさか貴方はAIなのですか!?」

「はい、その通りです」


向こうで目を見開くプロス。
どうやら、エイダがAI(人工知能)という事に驚いていたらしい。


「エイダがどうかしたのか?」

「い、いえ、何でもありません」

「ん、ならいいんだが」


あからさまに怪しい態度を見せるが、あえてそれは突っ込まなかった。
何しろ異世界なのだ。
今更此方に何かしらおかしいことがあってもそれをいちいち突っ込むというのも馬鹿らしかった。


「でだ、さっきの提案の答えなんだが……」

「え、ええ、できれば嬉しい返事を聞かせてもらいたいのですが」

「答えは……おいエイダ、お前の答えはでたか?」

「貴方が答えるのではないのですか?」

「ああ、今回はちょっと特別でな」


AIに選択を任せた自分がかなり奇異に見えたのだろう。
プロスは、先ほどまでとはまた違った驚きを見せている。
まあ実際自分もこの重要な判断を、何故エイダに任せるような気持ちになったのかはよく理解していない。
しいて言うなら……そう、短い間ではあるが、今までコイツは自分の無茶な選択に付き合ってきてくれた。
それにコイツは今までアーマーンを破壊するというたった一つのプログラムに縛られて生きてきたのだ。
ならばこそ、コイツにも自らの運命とやらを選択する権利ぐらいあってもいいのではないかと思ったのが理由なのかもしれない。


「では、エイダさん。貴方の答えをお聞かせ願えますかな」

「……わかりました。私はそちらの提案をのむことに賛成します」

「交渉成立ですね」


にっこりと笑顔を浮かべるプロス。
そして、それがエイダが生まれて初めて選んだ自分の答えでもあった。


「なるほど、それがお前の選んだ答えか」

「はい、これがあらゆる可能性を考慮した上で、もっとも元の世界に帰れる可能性が高い答えでした」

「本当にそれだけか?」

「少なくとも相手の艦長は『信頼』できると判断しました」

「……へっ、言うようになったじゃねぇか」

「今までの情報から推測した結果です」


淡々とそう答えるエイダ。
だが、ディンゴはその答えを聞いてニヤリとした笑みを浮かべた。
このAIは今自分が発した言葉の意味を本当に理解しているのだろうか。
コイツは自分から相手を『信頼』できると言っていたことに。


「さて、交渉もまとまったところで……」

「ん、なんだ?」

「はい、さっそくなのですが――」

「あ、ルリちゃん……にナナシさん!?」


無事(?)交渉もまとまり、プロスがさあ何か言おうとした時、艦長の素っ頓狂な声がそれを遮る。
どうやらブリッジに誰かが入ってきたらしい。


「おや、ナナシさんじゃないですか? もう動いて大丈夫なのですか?」

「ああ」


直後、画面に映る妙にシュールな二人組み。
片や黒ずくめの怪しげな男
もう片方は、戦闘中に一度だけ通信画面で見た銀髪の少女だった。


「それでナナシさん、ブリッジに何かご御用でも?」

「はい、ナナシさんがヘンリーさんと話がしたいって……ナナシさん?」


少女が説明しようとした矢先、プロスと自分の間にすっと割り込んできた黒ずくめの男。
そして変わったバイザー越しに視線を向けてきた。


「何だてめぇ?」

「貴方がヘンリーか?」


交錯する二人の視線。
そして、この世界に迷い込んできた二人の異邦人の最初の顔合わせであった。





__________________
今回はアヌビスパート



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 10話:イレギュラー
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:32
「あのナナシさん、もうよろしいですかな?」

「……ああ」


終了を確認するプロスの言葉に肯定の返事を返すナナシ。
時間にしてものの数分、突如ブリッジにやってきたナナシとヘンリーの会話はものの数分で終了した。


「ヘンリーさん、お手数をお掛けしてすみませんでした」

「いや、別に気にしちゃいねぇさ」


面倒くさそうにヘンリーは無愛想な返事を返す。
まるで、どうでも良さそうな気だるげな雰囲気さえ感じられる。


「ありがとうございます。それでは、どれぐらいの期間になるかはわかりませんがよろしくお願いします」

「了解。ま、できる範囲でがんばらせてもらうさ」


最後にそう挨拶を交わして通信が切れる。
同時にそれまで漂っていた微妙な緊張感が消え、待機していたメンバーから安堵の溜息が皆からもれた。


「さて、ナナシさん。どうしてあのような事をお聞きになったのか説明していただけませんか?」


話した会話の内容は至ってシンプルなものだった。
正確にはナナシが相手に幾つか質問しただけ。
しかも、特に意味があるのかとさえ思えるような良くわからない質問をしただけであった。


「……少し気になる事があっただけだ」


プロスの問いにもナナシはそう答えるだけ。
彼としてはその内容も聞きたかったのだが、結局ナナシはそれ以上答えようとはしなかった。


「ふうむ……仕方がありませんな。まあ貴方にはまだ色々聞きたい事がありますし、今回は不問としましょう」

「すまない」

「いえいえ、お気になさらず」


場の空気を考えたのか、あっさりと引くプロス。
何より、これ以上聞いてもナナシがこの場で答えまいと判断したのだろう。


「さて、この件はこれぐらいにして……皆さん、この後ナデシコは北極冠遺跡付近の研究所に向かっています。その事についての作戦会議を開きたいと思うのですがどうでしょうか?」

「うむ、そのほうがよかろう」

「はい、私もそれでいいと思います」


主要メンバーを集めて会議をするというプロスの提案にフクベ提督がうなずき、ユリカの賛成の言葉が続く。


「ふむ、では提督と艦長の許可もいただけましたので早速始めた方がよさそうですな」

「そうですね。早速やっちゃいましょう。善は急げっていいますしね」

「それでは早速会議に必要な人物が集めなければいけませんな。艦長、よろしくお願いします」

「はーい」


そう言うなりコミュニケを解して会議に必要な人物を呼び出していくユリカ。
次々と通信画面を開き、リストアップした人物に声をかけていった。


「あれ、ナナシさん、どこへいくんですか?」


とその時、いつの間にかブリッジを出て行こうとするナナシにルリが気づく。


「俺は部屋に戻っている」

「できれば貴方にも会議に参加してほしいのですが……」

「まだ完全体調が回復していなくてな。少し休ませてほしい」

「そういえば、貴方はまだ病み上がりでしたな……それでは仕方がありませんね」

「すまない、迷惑をかける」

「いえいえ、ごゆっくりしてきてください。体は何より資本ですから」

「感謝する」












10話:イレギュラー














独特の空気が抜けるが音が響き、部屋の扉が閉まる。
真っ暗な部屋に明かりが灯り、簡素なベッドとテーブルが一つ置かれているだけの生活臭の感じられない部屋が浮かび上がった。


「結局、ほとんど何もわからなかったな……」


完全に一人になった瞬間、ブリッジを出てからずっと考えていた考えが思わず口にでる。
以前の歴史では存在しなかった存在。
本来ならばここで朽ちるはずだった自分を助けた存在。
そう、今まで変化らしい変化が無かった歴史に、ついに大きなイレギュラーが現れたのだ。


(一体何者だ……あいつは?)


正体不明の相手。
一番初めに思い浮かんだのは木連の工作員という考えだった。
確かに未だに有人ジャンプが実用化されていない木連でも、火星ならば十分工作員を送り込んでいる可能性は十分にあるし、単身で火星までたどり着いた自分達と同じくグラビティブラストとディストーションフィールドを搭載した新型実験艦であるナデシコに接触を試みる可能性もありえないわけではない。

だが、その考えはすぐに否定した。

何しろ、相手の乗っている機体はどう見ても木連のもの無かった。
大きさだけを見ればマジンやテツジンに近しいものはあったかもしれない。
だが、全体的なフォルムから見ても系統が明らかに木連のソレとは大きく違っていた。


(俺の知らない火星の生き残りか……?)


火星の生き残りが開発した機動兵器という可能性もありうる。
これならば自分が知らなくてもおかしくは無いし、バタフライ現象で多少の歴史が代わり自分達と遭遇しただけかもしれない。

だが、この考えも良く考えれば矛盾点が出てくる。
何しろあの兵器はあの状況下から自分を救い出したのだ。
ならば、少なくともバッタ程度ならば簡単にあしらえるほどの性能を秘めているということになる。
最新鋭の機動兵器エステバリスを搭載したナデシコならともかく、地球の軍隊すらまだまだ煮え湯を飲まされているバッタを簡単にあしらえるほどの兵器を今の火星で作れるだろうか?
答えは無理だ。
いや、正確には限りなく不可能に近いというべきだろうか。


「……やはりこれ以上はわからないか」


体を動かすことには慣れているが、何時までたってもこういった頭を使う作業は苦手だった。
木連でもない、ネルガルでもない、機体の系統から見ても明日香インダストリーやクリムゾンでもない未知の相手。
自分の考え付く限りの推論を頭の中に並べてみたがやはり答えはでなかった。


「……ん」


とその時、ふともう一つの可能性が頭を過ぎる。


「まさか……」


普通に考えれば馬鹿らしいとさえ言える答え。
自分でも、少し考えすぎではないかと思うほどの答え。
そう、思わず冗談かと笑い飛ばしても可笑しくないような答えが頭に思い浮かんだ。


「古代火星人の遺物……」


その答えを口にした瞬間、背筋に寒気を感じる錯覚に陥る。
古代火星人。
遥か昔火星に存在し、今からでは考えられないほどの超科学文明を作り上げたという人々。
もしもあの機体が彼らの作ったものだったとすれば……。


(笑えん冗談だ……)


なまじ遺跡という前例が存在するだけに、笑い事では済ませれる答えでもなかった。
それに万が一あの機体が古代火星人が作った物ならばどんな機能がもりこまれているかわからない。
最悪、星一つぐらい吹き飛ばす機能が付いていてもおかしくは無いのだ。


「くっ……どちらにしろ情報不足か」


考えが混乱する前に、無理やり思考を断ち切る。
とりあえずこれ以上考えてもきりがない。
結局のところ今までの考えは全て自分の推論にしか過ぎないからだ。
あのディンゴとか呼ばれた男が敵にしろ味方にしろ、自分のできる限りのことをするしか選択肢はないのだ。


「……ゴホッ、ゴホッ」


……だが、とりあえずは今の自分には少し休息が必要らしい。
口元を抑えた手に付いた赤黒い液体がそう物語っていた。

今回の暴走はタイミングは兎も角、まだ致命的なものではなかった。
だがこの大事なときにまた暴走されては堪らない。


(仕方ない……念のためしておくか)


そう思った自分は部屋の墨に置いてあった小さなケースの中からアンプルを一本取り出した。
それはランダムジャンプする前日に偶然補充した、最新のナノマシン抑制剤。
それを無造作に無針注射器にセットすると首に打ち込んだ。
シュっという音と共に空気圧で体内に一気に注入される抑制剤。
暫くすると、それまで鉛のように重かった体が少しだけ軽くなった。


「残りは……あと5本か」


補充した抑制剤の本数は全部で10本。
そして今回の使用でちょうど半数を使ってしまった。
この世界では自分の命綱に近しい抑制剤。
今後はさらに慎重に使用しなければならないようだ……。


(すこし……眠るか……)


薬の副作用で襲ってくる軽い眠気。
目覚まし用のタイマーを一時間後に合わせ、そのままベッドに倒れこむ。
もちろん熟睡はしない。
ただ、体を休めるだけの浅い眠り。
だが、そのわずかな眠りを今の自分の体は必要としていた。


(まだ持ってくれよ……俺の体)


数分後、真っ暗な部屋にはわずかな吐息の漏れる音だけが響いていた。







____________
あとがき
今回はナデシコパート



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 11話:裁く者、裁かれる者
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:51
「反応は?」

「今、相手から識別反応が着ました。記録と……一致してます」

「では、あれは紛れも無く……」


重苦しい声で頷くフクベ。
そんな彼の視線の先には、ところどころが厚い氷に覆われたまるで廃棄物のように鎮座している鋼の塊。
――そう、地球でチューリップに吸い込まれたはず駆逐艦クロッカスの姿が映っていた。


















11話:裁く者、裁かれる者

















「で、でもおかしいです。 アレが吸い込まれのは地球じゃないですか……それがどうして」

「それは前にもご説明したように、チューリップは木星トカゲの母船ではなく一種のワームホール、もしくはゲートだと考えられる。だ

とすれば、地球でチューリップに吸い込まれた船が火星にあってもおかしくはないでしょう?」


地球で吸い込まれたはずのクロッカス何故火星に。
皆が思っている疑問を口にしたユリカに、イネスがすぐさま説明を入れる。
それを聞いた皆は多少の差はあれ、納得した表情を浮かべている。

だが、納得した表情を浮かべているその中で唯一現状が把握できていない人物がいた。


「おい、一体何の話だ?」


そう、ヘンリーである。
通信画面越しに、この会話に参加していた彼だけが今の会話の意味を理解していなかった。


「そういえば貴方は事情を知りませんでしたね」


そう言いつつ、プロスがヘンリーに事情を説明する。
あの戦艦、クロッカスが地球でチューリップに吸い込まれた船だということ。
そして何故クロッカスが火星にあるのかということを。


「なるほどな……で、どうするんだ?」

「ヒナギクを降下させます」

「いえ、その必要はないでしょう。我々には優先すべき目的がありますので」

「ですが、もしかしたら生存者が――」

「無駄です」

「――え?」

「あの戦艦から生体反応は確認されません。生存者がいる可能性はほぼ0です」


生存者を確認しようとした艦長の言葉を、エイダが遮る。
そして淡々とした声で結果が無残な――いや一部の人間にとっては予想されていた結果が報告された。


「そんな……」

「艦長、ここは先を急ごう」


絶句するユリカに代わり、フクベ提督が先を促そうとする。
だがその瞬間、ブリッジに駆け込んでくる一人の人物がいた。


「あ、あの! 俺聞きたい事あるんですけど」


テンカワ・アキトである。


「何をやっている、今頃のこのこと」


部屋に入ってくるなりフクベ提督に詰め寄る彼をゴートが注意するが、アキトはそれを無視して話を続ける。


「提督、第一次火星開戦の指揮とっていたって――」

「まあまあ、昔話はまた今度にでも……」


不自然に会話を遮ぎるプロス。
どうやら彼の出身地を思い出し今後の展開を悟ったらしく、急いで対処をしようとしたらしい。
だがその努力も、状況を理解していないユリカの次の言葉によって一瞬にして無駄になる。


「フクベ提督があの開戦を指揮していたなんて誰でも知ってるわ、おかしいわよアキト」

「そうさ知ってる。初戦でチューリップを撃破した英雄……でもその時の火星のコロニーが一つ消えた……」


何を当たり前の事を、と言わんばかりのユリカ台詞にブツブツと事実を確認するかのように呟くアキト。
そしてその呟きを言い終えた瞬間、彼の脳裏にフラッシュバックした過去の光景が今まで抑えていた彼の激情をあふれ出させた。


「うわあああああああああああああ」


怒声を上げて目の前にいるフクベ提督の胸倉を掴むアキト。


「あんたが、あんたが、あんたがああああああああぁぁぁぁ」


そしてそのまま勢いにまかせて相手を殴りつけようと腕を振り上げた。


「そこまでだ」


だがそこまでだった。
振り上げたその手は、現れた第三者の手によってがっちりと固定され、空中に静止していた。


「ナ、ナナシさん……!?」

「い、何時の間に!?」


驚くブリッジのメンバー。
特にプロスとゴート等は驚愕に目を見開いている。
それもそうだろう、一般人である他の者達だけならまだしも彼らでさえも彼が何時ブリッジに入ってきたのかわからなかったのだ。


「っ!? どうしてアンタが止めるんだ!」

「……」

「離せよ! 俺は、俺はコイツ殴らなきゃいけないんだ!」

「……」


アキトは怒声を叩きつけながら、必死に腕を動かそうとする。
だが、ナナシが抑えている手はピクリとも動かそうとはしない。


「どうしてこんな奴庇うんだよ! コイツは……コイツはユートピアコロニーの皆を、アイちゃんを!」

「……お前が提督を殴ればその皆は戻ってくるのか?」


ブリッジに一際低い声が響く。
その瞬間、今まで叫んでいたアキトの動きが嘘のように止まった。


「え?」

「お前が提督を殴れば、その殺された皆は戻ってくるのかと聞いている」


低く、重く。
ただ淡々と語りかけただけのような単調な声。
その中から僅かに漏れ出した感情が、理性を失ったアキトに一瞬正気を戻させる。


「そ、そんなの戻ってくるわけないだろ!」

「なら、お前が提督を殴っても意味がないだろう」

「だからってコイツを許せっていうのかよ!? コロニーの皆を殺しておいてのうのうと地球に逃げ帰ったコイツを――」


だが、ナナシの言葉にアキトは激昂する。
そして叫び声を上げながら無理やり腕を振り切ろうとした。


「――いい加減にしろ!」


が次の瞬間、ナナシの怒声と共に彼の拳がアキトの胴体に深々と食い込んだ。


「ゴホッ! ……ぐっ、げぇ、おぇっ」

「ア、アキト、大丈夫!?」


呻き声を漏らしながらその場に蹲るアキト。
アキトは呼吸するのもままならないのか、駆け寄ってきたユリカの声すら耳に届いていない様子だ。


「ちょっとナナシさん、アキトに何てことするんですか!」


ユリカはアキトの背中をさすりながら、アキトを見下ろしたまま動かないナナシを非難する。


「言葉が通じなければ、多少手荒いことをするしかあるまい」

「で、でも、幾らなんでもここまでするなんてやりすぎです」

「叫ぶだけで何も理解しようとしない馬鹿には、これぐらいがちょうどいい」


だがナナシはそんなユリカの非難に対して悪びれた様子すら見せない。
それどころか、ただ当たり前の事実を語るかのように言い返す。


「ぐっ、ゴホッ、ゴホッ……だ、誰が馬鹿だ! それに何も知らないアンタがいったい何を分かるっていうんだよ!」


漸く呼吸が落ちついたのかアキトが立ち上がる。
そしてその勢いのままナナシにその心の内の感情を思うままに投げかけた。
そう、無関係なお前に分かるわけがないと言わんばかりに。


「分かるさ」

「え?」


だが、帰ってきた答えはアキトの予想とは違っていた。


「俺もユートピアコロニー出身だからな」

「「「「――!?」」」」


いや、それどころかそれはブリッジに居る全員をも驚愕させる答えであった。
何しろ今まで幾ら調べても分からなかったナナシの過去が、彼の口から語られたのである。


「そんな……だ、だったらなんで――何でアンタはコイツを許せるんだ!? コロニーの皆を殺したコイツを!」」」


一瞬足場がぐらついた錯覚を覚えながらもアキトは言い返した。
自分にはその資格がある。
自分と同じ立場の人間なら誰もがそう思ってくれる。
だから今彼の言葉にそのまま頷いてしまえば、それまで信じていた事か根本から崩れさってしまうような気がしたのだ。


「さっきも言ったが提督責めたところで死んだ人たちは帰ってはこない。 それに提督はずっと自分の罪を理解し、今もなお悔やんでいる。ならば俺がこれ以上提督を責めたところで意味はない」

「そんなわけない! こんな英雄扱いまでされてぬくぬくと暮らしてた奴が後悔してるだなんて嘘に決まってる!」


アキトの怒りの矛先はいつの間にか提督からナナシへと向けられていた。
何故許せる?
何故罵らない?
何故コイツのやった事を知っていながらそんなに冷静にいられる?
どうして自分と同じ立場でありながら、何故自分と考えが違うのか?
到底納得できない感情の波がそこにあふれ出していた。


「何とか言えよ!」

「……」

「本当はコイツは後悔も何もしちゃいない……そうなんだろ!?」


早く頷けと言わんばかりのアキトの叫び。
だがそれらの叫びは事実を問いただすというよりも、寧ろそうあってくれという自らの願望が混じっている事に彼は気づいていない。


「……提督はこのナデシコの目的地が火星であると知っていて乗った」


突然、ナナシがポツリとそう呟いた。


「それが何の関係があるってんだよ!」


まるで関係ないように感じられる彼の呟きにアキトが叫ぶ。


「ナデシコの目的の一つに火星の生き残りの救出だ」


だがそんなアキトの叫び声を無視して静かに独白を続けるナナシ。
彼が一体何が言いたいのか?
無関係な事を言って話を誤魔化そうとでもいうのか。


「だから、それが一体何の関係が――」


だからアキトにはナナシが何を言おうとしているのかわからなかった。
いや、彼が何を言おうと理解する気すらなかった。


「なら、もしもその助けた生き残りが提督の事を知ればどうなる?」

「――!?」


だけど次のナナシの言葉を聞いた瞬間、彼は理解してしまった。
彼が何を言わんとしているのかを……。


「そう、罵られる……いや、それどころか今のお前のように怒りに身を任せる者だっているはずだ」


ナナシはそんなアキトを見ながら言葉を続ける。


「だが、それでも提督がこのナデシコに乗った。その理由をよく考えてみるんだな」


そして最後にそう言い切ると、そのまま部屋の隅に移動すると壁に背を預け、再び何事もなかったかのように黙り込んだ。


「……」


アキトの動きが止まる。
彼の頭の中でナナシの言葉が何度も反芻されていた。
理解したくないのに……。
絶対に許せないのに……。
そう思えば思うほど、ナナシの言葉に自分の怒りが削られているような気がした。


(で、でも……)


それでも彼の怒りの炎は完全には消えなかった。
ナナシの言葉に徐々に鎮火されかけながらも、燻り続けていた。

確かに彼は自分の犯した罪に苛まれているかもしれない。
それで罪滅ぼしをするために火星にきたのかもしれない。

だが、それが理由になるのだろうか?
故郷を。
コロニーの皆を。
そしてアイちゃんを一瞬で奪ったコイツを許せる理由になるのだろうか?


(やっぱり……許せない)


燻っていた怒りの火が再び燃焼しはじめる。
理屈では分かっていても、感情が納得しなかった。
頭が理解していても、心が納得しなかった。
消えかかっていた怒りの炎が再び、赤々と燃え上がってくるのをアキトは感じた。


「おい坊主」


だがそんな彼の感情が再びあふれ出す寸前、不意に声を掛けた人物がいた。ヘンリーが彼に声を掛けた。


「……へ、俺?」

「そう、お前だ」


そう、ヘンリーである。
通信画面越しに傍観していたはずのヘンリーがアキトに声を掛けたのだ。


「お、俺に何か用ですか?」


まさかまったくの無関係とも言える彼に声を掛けられるとは思ってもおらず、一瞬怒りを忘れキョトンとした表情で返事を返すアキト。


「おめぇ、まだ納得してねぇだろ?」

「――っ!?」


そしてその直後、行き成り図星を突かれた再び驚愕で目を見開いた。


「ど、どうして……」

「わかったのかってか? そりゃあ人間何でもかんでも理屈で直ぐに納得できりゃあ世話無えっての」


何を当たり前の事をと言わんばかりに呆れた表情でヘンリーはそういい返す。
だが、アキトはその言葉に驚きながらも、共感を覚えた。
やはり自分の考えはおかしくないのだ。
自分が今からしようとしている事は正しいのだと。


「だがな坊主、こう言っちゃなんだが……俺からみてもやっぱりお前にそのおっさんをどうこう言う資格は無えと思うわ」

「――え?」


一瞬、アキトは耳を疑った。
勢いづきかけた心が一気に冷めたような錯覚さえ感じた。
資格が無い。
聞き間違いなければ彼は確かに今そう言ったのだ。


「さっきからお前は知り合いを殺されたことに怒ってるんだよな……ってことはお前はその現場に居たってことなんだよな?」

「そ、そうですけど……それがどうかしたんすか」

「ってことはお前さんはそんな周りの皆全員死んじまうような状況下で、自分だけが運良く生き残ったってことでいいんだよな?」

「当たり前じゃないですか。でなきゃ俺は今ここにはいません」


何故そんなわかりきった事を聞くのか?
そんな答えの分かった質問をするヘンリーに戸惑いながらもアキトは答えた。
だがそんなアキトの答えを聞いた瞬間、ヘンリーの目つきが変わった。


「って事はお前はそこから逃げたってことだろ?」

「――え?」

「お前さんはそいつらを助けずに一人でのうのうと逃げ延びたってことだろうが」

「ち、違うっ、俺は逃げたりなんかしてない! 俺は、俺は助けようとしたんだ!」

「そうかい? だが、どちらにしろ助けられなかった事に変わりないんじゃねぇか」

「――っ!?」


確認するかのようなヘンリー言葉がアキトの胸に突き刺さる。
アキトは必死に何か言い返そうとするが……その何かは出てこない。


「結局お前さんもそのおっさんも守りたいものが守れず、生き残った同じ穴のムジナってこった……」

「……」


アイツと同じ。
その言葉にアキトは完全打ちのめされた。
言い返したくても言い返せなかった。
今度こそ気づいてしまったのだ……。
自分も……アイちゃんを助けられなかったという現実から逃げていただけだったということに。


「ま、俺も人の事は言えんがね」

「え?」


不意に聞こえてきたヘンリーの声にアキトは彼の方を振り返った。


「いや、なんでもねぇ……それとそこの真っ黒野郎」

「……なんだ?」


だが、ヘンリーは振り返ったアキトにはそれ以上何も言おうとはせず、誤魔化すように話の矛先をナナシへと変更した。
ナナシもまさか自分に話を振られるとは予想していなかったらしく、返事を返すまでに数瞬を要する。


「さっきから聞いてりゃ、何もかも分かったような口ぶりでこの坊主に説教してたが……案外お前もコイツぐらいの年には同じような経験があったんじゃねぇのか?」

「……想像に任せる」

「……へっ、そうかよ」


一瞬交錯する視線。
その後に無愛想な顔をしながらどちらとも取れる答えをナナシは返した。


「どうやら落ち着いたみたいですね。 それでは皆さん、ナデシコはもう直ぐ北極冠遺跡付近に到着します。 到着しだいまた連絡致しますので、それまで休憩しておいてください」

「うむ、その方がよかろう」


恐らく今までタイミングを見計らっていたのだろう。
絶妙のタイミングでプロスが休憩の合図を出してきた。


「あと、テンカワさんは自室で一時謹慎を申し付けます。未遂とはいえ提督に手を上げた人物に何も罰を与えるわけにはいけので」

「……わかりました」


覇気の感じられない返事。
余程、精神的にまいったのだろう。
アキトは覚束ない足取りで自室へと向かった。












--------------------------------










「さて……ナナシさん、ヘンリーさん、お二人ともありがとうございました」


アキトがブリッジから出て行った後、プロスは場の空気を落ち着かせた最大の功労者の二人にお礼を言った。


「ただ艦内の風紀を守っただけだ」

「別に俺もお礼を言われるような事をした覚えはねぇな」


だがその言葉に対し、素っ気無い態度で返事を返す二人。
あくまで事実を語ったといった風な口調。
彼らにしてみれば、特に自分が褒められるような事をしたつもりはないのだろう。


「いえいえご謙遜を。あの場が無事治まったのは確かに貴方達のおかげです。 皆さんもそう思いませんか?」


だがプロスはそんな二人の態度を気にした様子もみせず、やはり二人を賞賛する。
それどころか、あくまで否定する二人を納得させるために他の皆に同意さえ求めた。


「は~い、そう思いまーす♪」

「ま、確かにその意見には賛成ね」

「確かにその通りだな」

「そうそう、だから二人とももっとスマイルスマイル♪」

「中々やるじゃねぇか、お前ら」

「ねぇねぇルリルリ、やっぱり貴女もナナシ君のああいう所の惚れちゃったのかしらん♪」

「ミ、ミナトさん!!」


ほぼ全員が肯定の意見を出す。
そう、幾ら二人が否定したとしても、結果としてあの場を治まったという事実は変わりないのだ。
ちなみに一部違う会話をしているようだが恐らくは気のせいである。


「というわけですので、お二人ともご謙遜はしなくてもよろしいかと」


プロスは普段より二割増にっこりとした笑顔を二人に向ける。
明らかに状況を楽しんでいる笑顔である。


「へっ、そっちがそう思うなら勝手にそう思っときな」

「血圧と体温が若干上昇しています。大丈夫ですか?」

「――っ!? お前は黙ってろ!」


ヘンリーとしてはこんな風に褒められる事に慣れていないので、どうにか平静を装うとしたのだが、そんなことなど知らないエイダの余

計な一言で一瞬にして台無しになってしまった。


「あら、見た目は中々渋い男なのに……結構可愛いところがあるじゃない」

「う、うるせえ!」

「体温がさらに上昇」

「照れない、照れない」


バレバレなのに、照れているのを必死で隠そうとするヘンリーをからかうブリッジにいるクルー達。
つい先ほど出会ったばかりとは思えぬほどだ。


「……」


そんな光景を何時の間に移動したのかナナシは少し離れた場所からをじっと見つめていた。


「ナナシさん、貴方もあそこに加わってはいかがですかな? 皆さんもお喜びになると思いますよ」

「……いや、俺はいい」


彼に気づいたプロスが声を掛けるが返ってきたのは拒否の言葉。


「はて、それはまたどうしてですかな?」

「俺にはあそこは――」


プロスが理由を問う。
だが、答えようとするナナシの声は途中で止まる。


「どうしたのですか?」

「いや、何でもない。 俺はああいった賑やかな場所は苦手なんでな。今回は遠慮しておくさ」

「そうですか、それは残念です」


残念そうな顔するプロスは再び視線を目の前の光景に戻す。
だが、彼は気づいていなかった。
彼のそのバイザーの下に隠された眼差しがどこか眩しいものを見るかのように細められていたことに……。







__________________________
今回は混合パート。
第三者の視点とやらを導入してみました。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 12話:揺れる心、捨て切れない過去
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:37
振り上げられる拳。
怒声を放ちながら老人に殴りかかる青年。
そしてそれを甘受する老人。

それは単なる一人の青年の個人的な感情が起こしたほんの僅かな事件。
歴史という大局的な視点でみれば、特に重要性もない些細な一コマ。

自分には関係ない。
だから初めは止めるつもり等なかった。
ただ、過去に起こった事実の一つとして静観しているだけのつもりだった。

だが、結果は違っていた。
老人に向かって振り下ろされるはずの手は振り下ろされること無かった。


『どうしてアンタが止めるんだ!』


いや正確には違う……。
振り下ろされるはずだったその手は、自らの手によって空中で止められていた。














12話:揺れる心、捨て切れない過去












(八つ当たりだったな……)


北極冠遺跡周囲の探査に出かけるヒカル、イズミ、リョウコの三人を見送った後、先ほどの自分の行為を省みて心の中で一人そう思った。

あの時、自分がアキトを殴ったのは別にフクベを庇ったわけではなかった。
かといってアキトを正そうと思ったわけでもない。

止めた理由はもっと簡単な事だった。
それどころか馬鹿らしいとも言える。

そう、ただ単純に無性に腹がたっただけなのだ。

敵意をむき出しにしてフクベ提督に食って掛かるアキトの姿。
感情だけで行動しようとするその姿を見て何故か無性に腹がたったのだ。

もちろん、今の自分は昔とは違い少々の事ならば感情ぐらい制御できる自信はある。
だからこそ最初はその感情を抑えることができていた。
何しろ目の前で暴走しているのは過去の自分。
自分もまた同じ事をしてきたのだから。
そして、内心では戸惑いながらも自分がアキトを諭すことでどうにかその場を乗り切ろうとしたのだ。

だが――


『だからってコイツを許せっていうのかよ!? コロニーの皆を殺しておいてのうのうと地球に逃げ帰ったコイツを――』


そこまでだった……。

その最後の一言で、遂に忍耐という糸が切れた。
そして気づけば次の瞬間には、アキトを壁に叩きつけていたのだ。


(同属嫌悪……いやこの場合自己嫌悪か)


その憤りの原因はその直後に気がついた。
そう、それは至って単純なこと。
自分と同じだとわかっているからこそ起こる拒否反応。
同じ者同士だからこそ感じる反発作用。
自分の中に残ったテンカワ・アキトという名残が引き起こした感情の暴走だった。


(とっくに捨て去ったつもりだったんだけどな……)


君の知っているテンカワ・アキトは死んだ。
過去に一度だけ妹であった少女に告げた別れの言葉だ。

それは少女を通して過去の仲間に告げた言葉でもあり、同時に自分に残った最後の名残を完全に捨て去るためのけじめの言葉でもあった。

自分の事は忘れてくれ。
熱血漢に溢れていた自分も、コックになる事を夢見ていた自分も、そして三人で一緒に屋台を引いていた自分はもういない。
全て捨て去るための最後の確認のための言葉だった。

だから今の自分は既にテンカワ・アキトではない。
今の自分はテンカワ・アキトという存在が抜け落ちた、ただの抜け殻――そう、ただの復讐だけを誓ったただの亡霊に過ぎないのだ。

そう……そのはずだったのだ。
しかし、自分は自分はテンカワ・アキトに同属嫌悪を起こしてしまった。
あまつさえ八つ当たりまでもだ。

もしも自分が全てを捨て去っていたのならこのような感情が起こるわけがない。
それは自分がまだ過去の自分を全て捨て切れていない証拠でもあった。


(まったく……結局何をやっても中途半端だな、俺は)


よくよく考えてみればあの時、たった一度だけ偶然交差した少女との邂逅。
あの時、少女との繋がりが断てなかった時点で、既に自分の中に甘えが残っていたのだろう。
現に今ではすっかり彼女に気を許してしまっている。
結局何もかも捨て去ったつもりで、最後の肝心なところで全てを捨て切れなかったのだ。
相手にあれだけ言っておきながら肝心の自分のけじめができていなかったという情けないことだろうか。


「おや、ナナシさん、何か心配ごとでも?」


どうやら感情の揺れが表に出てしまっていたらしい。
そのことを察したのかプロスが声をかけてくる。


「いや、個人的な事で少し考え事をしていただけだ」


思考に没頭しすぎて周囲の気配を調べるの忘れていたらしく、いつの間にか作戦室に残っているのは自分とプロスだけになっていた。


「個人的な考え事ですか……やはりアキトさんの事ですかな?」


個人的な考え、という言葉に反応したのか意味深な表情を浮かべながらプロスがそう問い返す。


「いや、それは関係ない。それより本当に良かったのか? 俺も一緒に偵察にでなくても」


プロスの言葉はある意味核心を突いていた。
だが、アキトの事で悩んでいると思われるのが嫌だったので否定をしつつ話を逸らす。


「それならば心配無用ですよ。その事は貴方の方がよくわかっているでしょう?」

「ああ、確かに彼女たちの連携なら大抵の局面は乗り切れるの解ってるさ。ただ、今回はスバルが陸戦フレームでは無く砲戦フレームに乗

っていることが少し気がかりでな」

「はて、どういうことですかな?」


珍しくすんなり別の話に乗ってくるプロス。
本来ならばこんな素人臭い方法でプロスほどの男がそう簡単に見逃してはくれないのだが、どういうわけか今回は別に提供した話題にすんなり食いついてきた。


「スバルがエステバリスの戦闘で最も得意としているのは近接戦闘だ。だが、今回彼女は最も苦手としている遠距離戦用の装備をしている。もちろん通常の戦闘ならば問題無いだろうが、奇襲等の不測の事態に陥った場合対処が遅れる可能性がある」

「なるほど……しかし、では何故ヒカルさんやイズミさんは態々リョーコさんに砲戦フレームをしたんでしょうな?」

「彼女達の事だ、どうせジャンケンか何かで決めたのだろうさ」

「そんな……いや、しかし彼女達なら」


その言葉を何故か完全に否定できないプロス。
確かに普段の彼女達の行動を見ていれば強く否定はできないのだろう……。


「まあ、今更手遅れですから彼女達を信じましょう。それにどのみち貴方には残ってもらうつもりでしたので」

「どういうことだ?」


プロスの発言に思わず問い返す。
どのみち自分には残ってもらう予定だったというのはどういうことなのだろうか。


「簡単なことですよ。 貴方には皆さんが留守の間ナデシコの護衛を頼むつもりでしたから」

「何故だ? 別に護衛ならテンカワとヤマダで事足りるだろう?」

「確かにそうなんですが……こう言ってはなんですが、ヘンリーさんが残っている間は貴方にナデシコに残ってもらわなければなりませんので」


その言葉で、彼が言わんとしていることに気づいた。
なるほど、確かにそれならば自分残しておこうという理由がわかる。


「抑止力、というわけか」

「いえいえ、そんな大層なことではございませんよ。ただ、万が一のための保険というものは必要でして」


一度だけ見せた本当の実力。
そして、いまだに未知数の実力を誇るヘンリーという存在。
敵ではないとしても、完全に味方と分かったわけではない相手に自分という切り札を手元に残しておきたいのだろう。


「それに、もう一つ理由があるんですよ」

「何だ?」


急にこちらを振り向くプロス。


「貴方ともう一度詳しいお話したいと思っていたんですよ」

「――!!」


どうやら二人きりになったというのは偶然ではなかったらしい。


「……俺に関する事ならとっくに調べ上げていると思うが?」

「はい、確かにこのナデシコの乗員の経歴は乗船前に全て調べてあります」

「なら、今更聞くことなど無いだろう?」

「貴方も意地悪ですね」


こちらの言葉にプロスは苦笑する。
そして、眼鏡の位置を直すと言葉を続けた。


「何しろ――貴方に関してはネルガルの全情報網を駆使しても過去の経歴が一切見つからなかったというのに」


一瞬、プロスの表情から笑みが消えた。
もちろん次の瞬間には何時ものとぼけた笑みを浮かべていたが。


「今のご時世、過去の経歴が一切見つからない人間などほぼいないといってもいいです。特に貴方のような特異体質をした人物、しかもエ

ステバリスライダー等という特殊な技術の持ち主なら、普通すぐに調べがつくはずでした」

「……」

「しかし、貴方は私たちの持つ情報網、早い話がネルガルの情報網を駆使してさえも過去1年以上前の一切情報は見つかりませんでした……そう、まるでそれ以前は存在していなかったかのように」


事実を確認するかのように淡々と言葉を連ねるプロス。


「だから私も初めは貴方を本気で雇うべきか正直迷いました。何しろ素性もはっきりしない、正直に言えばあからさまに怪しい男をこのネルガルの社運を賭けたプロジェクトの要である最新鋭の戦艦に乗せようというんですから」

「もし俺があんたの立場なら間違いなく切って捨てただろうさ」


自分で言うのもなんだが、確かにあからさまに怪しいといえる。
普通の神経をした者ならばまず雇うなどとは考えないだろう。


「はい、普段ならば私もそうしていたと思います。ですがこのナデシコの旅を成功させるのには優秀なエステバリスのパイロット……そう、その中でも一流と呼ばれるが絶対に必要でした」

「確かに地球圏にはまともな腕をもったエステバリスライダーが少ないだろうからな……何しろ地球じゃまだまだIFSへの忌避感強い。

まあ、だからこそ、俺みたいな訳の分からない奴にも声がかかったんだろうさ」


何しろエステバリスという兵器がほとんど普及していない時代だ。
ただでさえ使っている人物も少ないのに、一流どころの腕を持ったパイロットを探すのも一苦労だろう。
もちろん、それが分かっていたから自分が雇われるようにネルガルに情報を流したわけだが。


「まあ、貴方の仰る通りなんですが……実は貴方を雇った理由がもう一つあったんですよ」

「……何?」


予想外の答えに一瞬、返答が遅れる。


「もっとも、これは個人的な理由なんですがね。何ならお教えしましょうか?」


そう言ってにっこりと笑うプロス。


「是非、その理由を聞いてみたいもんだな」


やはり自分にはこういった話術の才能はないらしい。
話を逸らしたつもりが逆に相手の術中に嵌ってしまっていることに今更ながら気づいた。
向こうもそれが分かっているのかニコリとした笑みを浮かべている。


「きっかけは貴方の過去を調べていた時でした。そう、丁度探しても見つからない貴方の過去の経歴の事で頭を悩ましていた時です。何しいくら探せど、過去1年以上前の情報が見つからないわけですから、あの時は私も自信を失いそうになったぐらいです。ですがある時、ふと私は思ったんですよ……もしかしたら貴方の過去は別の誰かに消されてしまったんじゃないかと」

「ほう……」

「そこで私は考えました……では、一体誰に消されたのかと、しかもネルガルの情報網を駆使してさえも分からないほど完璧に。そんな事は地球圏ではほぼ不可能です。ならばどこか」


プロスはまるでいままで解けなかった問題の答えが分かったかのように嬉しそうに言葉を続けた。


「そう、地球圏では無理、ならば火星ではどうかとね。あの第一次火星会戦の直前までいた人ならば、過去の経歴の見つからない人がいてもおかしくはないのではないかと思ったのですよ。まあ、まさか直接聞く前に答えをあなた貴方自身口語られるとは思ってもみませんでしたが」

「……アンタが推理力には恐れ入ったよ」

「いえいえ、これぐらいなら誰でもできることですよ」


本当に何でもないといった風に軽い口調でそう答える。
相変わらずこのプロスという男の推理力や洞察力は凄まじいものがある。
まさかナデシコに乗る前から自分の出身地を推測されているとは思ってもみなかった。


「しかしですな、その推理が正しかったとすれば一つだけ大きな疑問点……いや、矛盾点がでてくるんですよ」


突然、プロスの目つきが変わる。
一旦は話が終わったかと思ったがどうやらまだ続きがあるらしい。


「貴方の経歴が調べ上げられたのは今から大よそ一年前の2196年2月まででした、そう第一次火星会戦があってから大よそ4ヵ月後のことです。この時から貴方はある意味地球上に存在していたことになるでしょう」

「それがどうかしたのか?」

「はい、大変おかしな事です……何しろ当時2195年の7月以降、火星から民間シャトルは発射されていないのですから。もしも貴方が

2196の2月までに地球にたどり着こうと思えば、最低でも半年前……8月にはシャトルに乗っていなければなりませんからね」

「もしかしたらそれ以前からいたのかもしれんぞ?」

「いえ、それはありえません。7月以前のシャトルの乗船記録にも貴方らしき人物の情報はありませんでしたし、仮にいたとしたら、その情報がまったく掴めないわけがありません」

「……」

「この最新鋭エンジンを搭載したの戦艦ナデシコでさえ約4ヶ月の月日をかかる距離を貴方一体どのように移動したんでしょうか」


二人の間に緊迫した空気が流れる。
この質問こそがこの会話での本題。
今までの思わせぶりな会話は全てこの質問のための前振りだったのだろう。


「お答えしていただけないでしょうか?」

「……」


再度プロスが問いかける。
おそらく向こうも既に答えは出ているのだろう。
そして、今求めているのはその答えの確認。


「ボソンジャンプ……」

「――!!」


分かっていたのだろうが、やはり口にされると驚いたらしい。
一瞬だけプロスの目が大きく見開かれたのが見て取れた。


「やはり、貴方は知っていたのですね」

「できれば隠し通したかったんだがな」


そう、まったく予定外だ。
できればこの切り札は切りたくは無かった。
今の時代ではボソンジャンプに関する情報はまさにトップシークレットといっていい。
そんな情報を持っている自分をみすみすネルガルが見過ごすわけがない。


「それで、俺をどうするつもりだ?」


隠し持っているCCでいつでもボソンジャンプできるように準備しながら、プロスに問いかける。
もしも、目の前でボソンジャンプしてしまえば言い逃れはできないが、自分にはまだやるべきことが残っている。
一度は諦めて、されど消え損ねたこの命。
それが残っている限り俺は探さなければならない。
そう、アレをこの世界のどこかに残したまま何もせず消え去るわけにはいかなかった。


「別にどうこうするつもりはありませんよ」

「……何?」


プロスの答えに一瞬耳を疑った。


「いえいえ、だから貴方の答えがどうであろうと初めからどうこうするつもりはありませんと言ったのですよ」


聞き間違えかと思ったが、やはりプロスの答えは変わらなかった。


「……どういうつもりだ?」


意図が分からず思わず問い返す。
目の前に葱を背負った鴨がいるも同然の状況だというのに何もせず、見逃すと彼は言っているのだ。


「初めに言ったようにこれは私の個人的な調べ事ですから。ですので、会長にも話していないのですよ」


未だに警戒の色を消さない自分に笑みを浮かべながらそう言ってのける。
そう、いかにもしてやったりといった風な笑みを浮かべながら。


「本当にそれでいいのか? 貴方の立場なら十分それが可能だろうに」

「いえいえ、そんな大それたことはできませんよ。何しろ私は単なる会計役にすぎませんので」

「ずいぶん仕事が多い会計役だな」

「はい、最近は我が社も人材不足でして、私のような下っ端にはつらいことです」


何事も無かったかのように交わされる世間話。
いつの間にか緊迫した空気はなくなっていた。
彼が何を考えているのかは分からないが、今回はどうやら見逃してくれたらしい。


「おや、ルリさんから連絡が入ってますな……なるほど、もう少しで偵察部隊が戻ってくるそうです」

「そうか、どうやら心配は無用だったみたいだな」

「そのようですね。では私はさっさと作戦会議の準備を始めるとしますか」


そう言ってプロスはいそいそとパネルを操作しながら何時偵察部隊が戻ってきても良いように準備を開始し始めた。

そして、それから程なくして偵察部隊は必要な情報を持って無事帰還した。
すぐさま作戦室には先ほどのメンバーが集められ作戦会議が再開される。
彼女達が持ってきたその情報は既に作戦室に送られ、プロスによって作戦室中央のパネルに表示されていた。
そこに映し出されているのは五つの巨大な構造物。


「チューリップが五機……」
___________
あとがき
今回はナデシコパート



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 13話:作戦会議
Name: シロタカ◆499de7b5
Date: 2012/11/03 01:39
「周囲をチューリップが五機か……」

「厳しいですね」


ナデシコ作戦室の中央に置かれたテーブルを囲む数人の人物。
そのテーブルの表示モニターに移されている極冠遺跡研究所を囲む五機のチューリップの配置を見ながらゴートとジュンの二人はそう呟いた。














13話:作戦会議














「しかしあそこには火星で研究されていた大切なデータが保存されていいます。ですのであそこを取り戻すのがいわば社員の義務でして、皆さんも社員待遇であるということをお忘れなく……」

「おいおい、まさかそのデータの回収のためだけにあそこを攻めろってのか?」


自分達の手で収集してきたデータを見ながらそんな事を言ってくるプロスを軽く睨みつけるリョウコ。
だが、彼女がそう言いたくなるのも無理はない。
何しろ相手は五機のチューリップ。
普通に考えれば今の自分たちにはかなり厳しい相手といえる。


「しかし、あそこを奪還しなければ相転移エンジンの予備パーツを手に入れる可能性がゼロになってしまいます。今のナデシコでは木星トカゲの攻撃を振り切って火星の重力圏から脱出することすらままなりませんので」

「確かにそれはそうだけどよ……」


プロスの言葉にリョウコの語尾が小さくなる。
何しろ彼の言葉もまた事実なのである。

実は現在ナデシコの主動力である相転移エンジンは非常に危うい状態にあった。
通常運行ぐらいならばどうにか可能なのだが、出力が安定しないため木星トカゲの追撃を振り切って火星の大気圏から脱出できない状況なのだ。

もちろんそれはナデシコ相転移エンジンが柔だったいうわけではない。
何しろ元々地球から木星トカゲとの戦闘を前提に火星までノンストップで稼動し続けても大丈夫なように設計された代物だ。
それに加えて、ウリバタケを筆頭とした整備班によって定期的にメンテナンスまで行われいるのだから、余程無茶な運転さえしなければ、早々易々と壊れる代物ではない。

だが、それほどまでに屈強なはずの相転移エンジンも結果として現在壊れてしまっている――いや、壊れかけてしまっている。
それは何故か?
その答えは、一人の少女に原因がある。
そう、たった一人のパイロット救う作戦を行った際に、オペレーターの少女が事を急ぐあまり、相転移エンジンを必要以上に酷使してしまったいうわけである。
もちろんその事を責めるような者は誰もいないわけだが。


「でもよ、実際の所あれだけの敵を真正面から相手にするってのは、いくらなんでも無茶な話だぜ」


研究所にある相転移エンジンがなければ火星からの脱出すらままならないというプロスの主張がもっともなのはリョウコにも解る。
だがそれでも実際問題としてこれだけの相手を真正面から相手にするのは不可能だった。


「だから、せめてちゃんと納得できる作戦を立ててくれねぇとな」


リョーコは真剣な顔でそういい切る
彼女の頭からはつい数時間前の出来事が頭から離れなかった。
圧倒的な軍勢を前にして成すすべもなかった自分。
そしてたった一人を見捨てることでしか生き残る手段が無かった悔しさ。
今までナデシコやエステバリスの性能を過信して、ほとんど作戦すら立てなかった自分の甘さを思い知らされた。
だからもう二度とあんな思いはしたくなかったのだ。


「確かにそれはそうなんですが……」


プロスが困ったような表情を浮かべる。
彼自身としてはできれば無理強い等したくはない。
だが彼のネルガルでの立場上、どうしても研究所のデータは手に入れたいのも事実。
その二つの折り合いをどうつけるかが、彼を大いに悩ませていた。


「何か良い作戦は無いものでしょうか、艦ちょ……」


答えに詰まったプロスは艦長であるユリカに意見を求めようとする。
だが、彼女に問いかけようとしたプロスの言葉は途中で途切れ、変わりに彼の目は大きく見開かれていた。
いや彼だけではない、彼の視線につられて彼女の方を見た彼以外の者もそれは同様だった……たった二人の例外を除いて。


「エステバリスを囮に……だめ、手数が足りない……じゃあ、相転移エンジンを壊れる覚悟でフル稼働させて……これもダメ、リスクが高
すぎる……」


ぶつぶつと何かを呟きながら、作戦室の中央の情報画面を瞬き一つせず真剣に見つめ続ける女性、ミスマル・ユリカ。
彼女もまたリョーコと同じくあの時の自分の行動を深く悔やんでいる人物の一人だった。
あの時、確かに結果としては誰一人の命も失われる事無かった。
だが、自分の軽率な行動がもう少しで多くの命を消し去ってしまうところだったことに変わりはない。
その事実が彼女の心に大きな衝撃を与えていたのだ。

彼女の頭の中で何度も繰り返される戦闘シミューレーション。
彼女はひたすら考えて続けていた。
二度と自分の安易な判断でクルーの命が危険に晒されぬよう自分の持てる全てをつぎ込んで。
そう、あの事件は様々な意味で彼女の心を成長させていたのである。


「……だったらアレを利用して……こうすれば……って、あれ、どうしたのみんな?」


ようやく周りの異様な雰囲気に気づいたのか、思考の海から戻るユリカ。
呆けた表情で、周りを見渡している。


「気にするな、皆少し驚いているだけだ」


そんな彼女の言葉に唯一反応したのは、先ほどの彼女に驚かなかった二人の内の一人、ナナシであった。


「へ、どうして?」

「普段不真面目な人物が珍しく真剣な表情をしていたせいだな」

「そんな、私普段からぜんぜん真面目だもん!」

「別に艦長だとは一言も言ってないさ」


頬膨らまして抗議してくるユリカを軽くいなすナナシ。
ちなみにこの、ナナシが誰かをからかっているという珍しい光景が、真面目な艦長というショックから漸く立ち直りかけた皆が復活するのを若干遅らせる原因となった事に本人は気づいていなかった。


「おいおい艦長さん、むくれるのはかまわねぇんだが結局何か良い作戦は思いついたのか?」


とそこで、二人のそんなやり取りに痺れを切らしたらしく、ヘンリーが呆れた様子声をかけた。
もともと彼はユリカについてはそれほど詳しくがなかったため、何故皆が驚いているのか理解できなかったのである。


「え、えっと、それなんですけど……一応生き残れる可能性がある方法を思いついちゃいました」

「ほう、艦長それはお聞かせ願いたいな」

「私も気になりますね」


以前とは違い、若干自信なさ気に答えるユリカに、いつの間にか正気に戻っていた副提督とプロスが興味深そうに問いかける。
フクベとしては、元々自分が囮なって彼らを逃がす予定だったのだが、彼女がこの状況からどのような方法で脱出するのか興味があったのだ。
ちなみにプロスが一番気にしていたのはナデシコにどれほど損害がでるかどうかであったが。


「はい。でも説明する前に一つだけプロスさんに確認したい事があるんですよ」

「はて、何でしょうか?」

「プロスさんはあの研究所そのものじゃなくて、実際はそこにある研究データがほしいんですよね?」

「……ええ、研究データさえ回収できれば問題ありません」


ユリカの問いかけに、プロスは一瞬だけ考え込むような仕草を見せそう答える。
本音を言えば研究所も取り戻したかったのだが、現状を考えるとそう答えざるを得なかった。


「わかりました……それじゃあ早速説明しますね」


プロスの返答を聞いて自分の中の作戦に支障が無いことを確認したのかユリカ説明を開始する。


「作戦は全部で二つあります。両方を説明した後でみんなに意見を聞こうと思ってます」

「なるほど、確かにその方がよさそうだ」

「はい、まず一つ目の作戦なんですけど……」


彼女が提案した一つ目の作戦。
それは至ってシンプルな物だった。
そう、相手のチューリップを利用して火星から脱出しようというものだったのだ。


「あの時イネスさんが言ってましたよね、チューリップはワープホール、もしくはゲートじゃないかって。だったらこっちもそれを利用すれば火星から一気に脱出できるはずです」

「馬鹿な、それはあまりに危険すぎますよ艦長。貴女も知っているでしょう、チューリップに飲み込まれたクロッカスの乗員がどうなったのかを!」


ユリカのあまりに突飛な作戦に思わずプロスが激昂する。
彼は知っているのだ。
チューリップを使っての移動、ボソンジャンプを生身で行うということが如何に危険な行為なのかを。
事実、その目で直接は確かめていない、同じくチューリップを使って移動したクロッカスには乗員の姿が一人も居なかった。
それが解っている彼にとって、チューリップを使って移動する等自殺行為にも等しかったのだ。


「あら、そうでもないわよ。だってナデシコにはクロッカスに無い物があるわ」


だが、そんなユリカの作戦に意外にもイネスの助けが入る。
彼女が言うには高出力のディストーションフィールドがあれば例え生身でチューリップを通過しても大丈夫な可能性があるらしい。


「もっとも成功するかどうかは私もはっきりとわからないけどね」

「でも、成功する可能性はあるわけですよね?」

「あくまで仮説だけどね、『可能性』なら十分あるわ」


あくまで可能性とだけ答えて、具体的な数字は出さないイネス。
ボソンジャンプを研究している彼女自身も、こればっかりは未だに未知数なのだ。


「しかしですな艦長、やはりその作戦ではあまりに無謀ではないかと……」

「まあ落ち着きたまえ。艦長、二つ目の作戦を説明してもらえないかな?」


フクベは珍しく焦った様子を見せるプロスを諌めつつ、次の作戦の説明を促す。
しかし、フクベ自身もそんな落ち着いた様子を見せながらも実は内心少し驚きを感じていた。
つい先ほど彼女が説明した作戦は、自分もまた思いついていた作戦とまったく同じだったのだ


「わかりました。実は私も一つ目の作戦は最後の手段にしようと思ってたんです。だから今から説明する二つ目の作戦が本命です」


どうやら一つ目の案は二つ目の案が失敗した時の予備の作戦だったらしい。
やはり彼女も、チューリップという未知数なものにいきなり乗員の命を預ける気にはならなかったようだ。


「そうだったんですか……まったく、艦長も人が悪い」


プロスの表情が目に見えて安心したものへと変わる。
だが、先ほどの彼女の作戦内容が与えた彼へのストレスは、彼の寿命を数日減らしたのは間違いなかろう。


「二つ目の作戦を説明します……っとその前にもう一人、この作戦を聞いてもらいたい人がいるんですけどいいですか?」

「艦長が必要と思うのであればかまいませんが」

「それじゃあ、アキトを呼んでください」

「はて艦長、彼は今自室で謹慎中なのですがよろしいのですかな?」

「そ、そうだよユリカ、どうしてこんな時に関係ないテンカワの奴を呼ぶのさ!?」


アキトを呼ぶ、その一言にジュンが反論する。
しかし、ユリカはそんな反論をするジュンに対して真面目な表情を向けた。


「ううん、関係あるよ。だって、この作戦にはアキトにも参加してもらう予定だから」

「ユリカ!?」

「それとイネスさんと、ヘンリーさんにも参加してもらいます」

「「「「「!?!?」」」」」


その言葉にはジュンだけでなくその場にいた全員、そうあのナナシですら驚愕した。
特にまったく関係がないと思っていたヘンリーは呆気にとられた表情をしている。
それもそうだ、何しろ彼女はつい先ほど知り合ったばかりの二人と、まだまだ素人とも言っていいコック兼パイロットを使おうと言っているのだ。


「まさか艦長……その三人を囮にして逃げようなんて言うんじゃないだろうな!」


作戦の構成メンバーを聞いて、まさかという考えが浮かんだリョーコがユリカに食って掛かる。
もちろんユリカの性格を考えれば誰かを犠牲に、ましてやアキトを犠牲にするような作戦を考えるとは思っていないが、万が一という考えがあった。


「そんなことするわけ無いじゃないですか! この作戦は皆が生き残るための作戦です!」


そんなリョーコにユリカは力強く反論する。
今の彼女にとって九を救って一を捨てるという考えなど無い。
かといって十か零かというわけでもない。
あるのは絶対に十を救うという考えだけだ。


「そうか……なら、しっかりと頼むぜ艦長!」

「はい、もちろんです! 絶対に皆一緒に火星を脱出しましょう!」


ユリカの強い意志はその場に居た全員に伝わった。
そして同時に全員がこう思った。
ああ、彼女なら大丈夫だと。


「それじゃあ、皆さんしっかり聞いてくださいね」


その言葉に全員が注目する。
彼女はそれを確認すると、作戦内容を説明しはじめた。





________________________
あとがき

今回もナデシコパート。
アヌビスパートはもう少しお待ちを。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 14話:本当の勝者
Name: シロタカ◆42bba0c3 ID:1f38b4ad
Date: 2012/11/03 01:48
「作戦の概要はこんな感じです」


自室に篭っていたテンカワ・アキトを呼び出し、全員がそろったことを確認したユリカはさっそく作戦内容を説明しはじめた。
















14話:本当の勝者















アキトは作戦室に到着したとたん、作戦の説明が始まったことに訳が分からず混乱していた。
何しろ彼はつい先ほどまで自室で悶々としていたところ。
寧ろ作戦内容よりも、同じ室内にいるフクベの存在の方が気になるらしく、視線を何度も向けていた。
だが、そんな彼の心情など知らず作戦の説明が開始された。


ユリカの考えた第二の作戦。
それは皆の予想を裏切って、非常にシンプルなものであった。

必要最小限に構成された機動部隊を研究所に進入させ、そこに保存されている相転移エンジンの予備パーツおよびデータの回収、そしてその回収したパーツで相転移エンジンを修理した後、火星を脱出する。そう、ただそれだけであったのだ。


「……」


作戦室に居るメンバーに僅かに動揺がはしる。
それはその場に居た皆はどんな奇抜な作戦が飛び出るのかと期待していたからだ。
そしてそんな彼らにとって今聞いた作戦は、ある意味期待はずれという風に受け取られてしまったのである。


「もちろん、この作戦に至ったのには理由があります」


だが、そんな皆の反応を見ながらもユリカは冷静に説明を続ける。
何故なら彼女にはあったからだ、この作戦を絶対に成功させるという自信が。


「ルリちゃん、研究所周辺の映像を出してくれるかな」

「はい」


ユリカの声にルリが頷くと即座に映像がモニターに表示される。
そこにはつい数分前にみた光景と同じ、まるで研究所を囲う墓標の如く突き刺さったチューリップの姿が映っていた。


「こうやって見てもらうと分かるんですけど、あのチューリップって五つとも今は活動は動いてませんよね」


確かに彼女の言うとおりチューリップは活動を停止している。


「今までの戦いで気づいたんですけど、木星トカゲってある程度大きなエネルギー反応……もっと正確に言うと相転移エンジンから発生するエネルギーに過敏に反応しますよね」


その言葉にその場に居た皆は感心した様子でなるほどと頷く。
地球で拿捕されかかった時、サツキミドリの時、そしてユートピアコロニーでの時。
確かに彼女の言っていることに思い当たりがあった。


「でも、逆に考えるとそれ以外の小さな反応……例えばエステバリス見たいな動力部すら持たない小さなエネルギーしかもたない存在にはには結構反応が鈍いみたいなんです」


きっかけはアキトの乗るエステバリスがユートピアコロニーに単独で移動したにも関わらず、一度たりとも敵に遭遇するどころか、すぐ近くにあったチューリップまでもがまったく反応しなかったという事実に気づいたことだった。

そう、そこで彼女は思いついたのだ。
巡航状態でも大きなエネルギーを発生させるナデシコが近づけば敵はすぐさまその存在を感知し襲い掛かってくる。
ならば逆に動力部すらもたず、ほとんどエネルギーを発しないエステバリスでなら容易に基地への接近が可能ではないかと。


「そこでアキトとイネスさんの出番です!」

「お、俺がっ!?」

「はい、アキトにはこの作戦の進入の際に使用するエステバリスのパイロットを、イネスさんには研究室内のデータの回収、及び必要な相転移エンジンのパーツの分別をお願いします」


前もって参加を聞かされていたため冷静にその事を引き受けるイネス。
だが、何も知らされていなかったアキトは、一瞬自分の耳を疑った。
何しろまったく関係ないと思っていたところに行き成り自分の名前が呼ばれたのである。
しかもこのような重要な作戦にエステバリスの正規パイロットですらないない自分を参加させようといっているのだ。


「で、でもどうして俺が? こんな大事な作戦なら俺なんかより……」


おどおどとした態度でそう言いつつアキトは視線を移す。
その視線の先を辿ると、そこには部屋の隅にひっそりと佇むナナシの姿があった。


「ナナシさんの方がずっといいと思うんだけど」


アキトの脳裏には今でもあの時の壮絶な戦闘劇が鮮明に残っていた。
ナデシコのピンチにたった一人。
圧倒的な数を誇る敵にも一歩も引くことなく、しかも最後は自分の身を犠牲にしてナデシコを逃がそうとした彼の姿。
それはまるで自分の中のヒーロー……ゲキガンガーそのものだったのだ。
フクベの事を邪魔された時は頭に血が上っていたが、ある意味自分にとってナナシというものは一種の憧れでもあった。
だからこそ、こんな情けない自分よりも彼の方がよっぽどこの任務に合っていると思ったのだ。


「それはダメです」


だが、そんなアキトの要望はユリカに即座に一蹴される。


「え、何で……?」


にべも無く一蹴された事に思わず問い返すアキト。
何しろ今の自分の一言は、確かに自分の願望が入っていたもののそれほど間違った言葉ではなかったはずだ。
だが、ユリカはそんな彼の言葉に対して少し困ったような表情を浮かべるとこう答えた。


「これ以上ナナシさんに無理させるとルリちゃんに怒られちゃうもん」

「はいっ!?」

「だって、ほら。アキトがナナシさんの名前を出してからずっと傍を離れないんだよ」


その言葉に皆が一斉に彼女の目線の先を見る。
するとそこには確かにいつの間に移動したのか、ナナシの隣に佇む少女の姿があった。


「……」


行き成り皆の視線が集中したせいか、すすっとナナシの後ろに隠れるように移動する少女。
しかし完全には隠れず、横顔だけ覗かしながらそっと此方を伺っている。
まるで怯える小動物を思わせる行動だ。
こんな姿を見せられては、誰がこれ以上ナナシを出撃させようと進言できるのだろうか。


「し、しかしですな。この一大事にそのような理由で作戦の成功率を下げるなど……」


が、そんな状況下でもやはり進言する――いやせざるを得なかった人物がいた。
そう、プロスである。
サラリーマンの悲しき宿命なのだろう。
会社の利益を最優先と考えなければならない彼にとって、成功率が高い方をみすみす見逃すわけにはいかないのだ。
もちろんその間彼の背中には、クルーからの非難が篭った、特にミナトを筆頭とした女性陣からは多大なプレッシャーの篭った視線がかかっていたことは言うまでもない。


「別に成功率を下がるわけじゃないですよ……というよりというより寧ろナナシさんに残ってもらわない方がナデシコの生存率が下がっちゃいます」


だが、そんなプロス必死な反論に対して、当のユリカはしごく真面目な表情をしたままそう答える。
そう、彼女は決してふざけているわけではなかった。
いや、それどころかナナシが出撃することでナデシコの生存率が低下するとすら言っているのだ。


「この作戦の最大のポイントはアキト達が帰ってくるまで、如何にしてナデシコを守りぬくかにあります。もちろん今のナデシコに戦闘する余力なんて残ってませんから、その間は必然的にエステバリス部隊にナデシコを守ってもらう事になります。もちろんリョーコさん達の力を信じてないわけじゃないんですけど、この場合、やっぱりナナシさんには残ってもらった方が心強いんですよ」

「なるほど、そのような理由がありましたか……いやはや、流石は艦長ですな。」


ユリカの理に適った説明に納得しながら、プロスは自分がどうやら彼女の実力を見誤っていた事に気づかされた。
地球では実戦を知らないただの戦略シミュレーションの天才だった彼女。
あまりのふざけた態度に、所詮はシミュレーションの天才、実戦ではこんなものかと、一時は自分の鑑定眼が鈍ったのかと自身を無くしかけたものだった。

しかし、ナデシコでの生活を続けていく内に成長していく彼女をみて、やはり自分の眼が間違っていなかったのだと思い直した。
そして今――自分の見つけてきた原石の中には、自分が考えていたものよりもずっと大きな宝石が眠っていたのだと知ったのだ。


「しかしだな艦長。確かにそれならばこのナデシコは安全なのだろうが……肝心の潜入メンバー、テンカワとイネス女史の安全性はどうなっているのだ?」


今まで黙っていたゴートがユリカに質問する。
そう、今の彼女の説明で何故ナナシを出さないのかという理由は解った。
だが、そうすると今度は進入するメンバー、イネスとテンカワの安全はどうなるのかという疑問がでてきたのだ。


「はい、もっちろん考えてますよー」


その質問を予想していたのだろう、ユリカはにっこりと笑みをゴートに返す。


「ふむ、一体どのような方法で?」

「だから最初に言ったじゃないですか、ヘンリーさんにもこの作戦に参加してもらうんですよ! ほら、皆も知ってると思うけどヘンリーさんってとっても強いじゃないですか。だからアキト達をヘンリーさんに守ってもらえばきっと大丈夫だと思うの」


まるで当たり前の事を言うかのように自信満々にそう答えるユリカ。


「ユ、ユリカ……それは本気で言ってるのかい!?」

「うん、もちろん本気だよ。あれジュン君、どうしてそんなに驚いているの?」


思わず問い詰めるジュンにユリカは不思議そうに首をかしげる。
今まで彼女の発言には散々驚かされてきたため、もう多少の驚くまいと思っていたがまだまだ甘かったようである。

だが、そんなユリカの言葉を聞いたゴートは、慌てるジュンとは対照的に冷静に彼女の案の内容を吟味していた。
そう、一見突飛に思える先ほどの彼女の案だが、実は損得勘定から言えば非常に有効な作戦だということに気づいたのだ。

彼女本人は意図していないのだろうが彼女の考えた作戦は、万が一ヘンリーが敵だったり、潜入が失敗し敵に発見されたとしても犠牲になる人の命はのはたった三人分、非常に少ない数で済む上に、同時に一番のイレギュラーであるヘンリーをナデシコから引き離すことができるというのだから、まさに一石二鳥な作戦だったのである。

だが、一見完璧に見える彼女の作戦にも一つだけ大きな穴があった。


「ちょっと待った。俺は参加するとはまだ一言も言ってねぇぞ」


そう、当の本人から協力の承認を取っていなかったのである。


「え、参加してくれないんですか?」


如何にも意外そうな表情をするユリカ。
何しろ既にヘンリーからはプロスの交渉により、火星脱出の手助けをするという言質を得ている。
しかも、彼女の中には『ヘンリーさんは、ナナシさんの命の恩人。仲間を救ってくれたということは、ヘンリーさんは仲間』という如何にも彼女らしい理論式が成り立っているのだ。
そんな彼女にとってヘンリーの作戦参加は決定事項でだったのである。


「そりゃそうだろ。なんたっていつ捨て駒にされてもおかしくないような役目を、行き成りさせられようっていうんだからよ」


そんなユリカにヘンリーは少し不機嫌な表情を浮かべながらそう答えた。
それもそうだろう。
ゴートが考えたように、彼女のいう皆が生き残るという結果はこの作戦が何もかも上手くいったという前提の話。
しかも護衛してほしいという潜入部隊は何かあった場合一番初めに切り捨てられる可能性が高いといっていい役割なのだ。


「そんなこと絶対しません!」

「さあて、どうだか。言うだけなら何とでも言えるからな」


如何にも、信じられねぇな、といわんばかりの態度を取るヘンリー。
まるで相手を挑発するかのように少し唇を歪め、横目でユリカの方を眺めている。
そのあまりのふてぶてしい彼の態度に会話を見守っていた皆も、冷たい視線を彼に送っているほどだ。

だが、とっている態度と言っている内容とは裏腹に、実は彼は本気で彼女を疑っているわけではなかった。
彼とて出会ってから僅かではあるが、目の前にいる女性がそんなことをする人物ではないことぐらいとっくに理解していた。
では、何故このように相手をわざと挑発するような態度を取ったのか?
答えは簡単だ。


「じゃあ、どうすれば信じてもらえますか?」

「まあ、そうだな……あんたが一晩付き合ってくれるってんなら考えてやってもいいかもな」


そう、単に彼がそういう性格をしているからである。
ヘンリー・G……もといディンゴ・イーグリッド、28歳。
今までの人生とそれに絡んできた人間関係が原因か、なかなかよい性格になっていた。草葉の陰でかつて彼を慕っていた部下達が涙を流してたいたのは気のせいではあるまい


(隊長、それでこそ漢です)


……若干サムズアップをしている者もいたように見えたがそれは気のせいである。


「一晩……付き合う……って、えーーっ!?」


彼の言葉の意味を漸く理解したのだろう。
ユリカの顔が、まるでトマトのようにと表現をそのまま体現したかのように真赤になる。

普段から精神年齢が低いと言われている彼女だが、年齢だけをみれば既に成人。
そう言った知識ぐらいは最低限持ち合わせているといっていい。
しかし、知識は持っていても精神年齢が低いというのは事実なのか、知識に経験が追いついておらず単なる耳年増でしかない彼女。
しかも父親から蝶よ花よと今時珍しく完全な温室育ち。
そんな彼女にとってヘンリーの言葉はいささか刺激が強すぎたらしい。


「だ、ダメです。私にはアキトっていう恋人がいるんです!だから私の初めての相手はアキトに……」


先ほどまでの真剣な表情は何処へやら、顔を真っ赤にしたまま漸く言葉を返す。
しかも、いつの間にやら妄想状態へと突入していたのか、いやんいやんと顔をにやけさせながら左右に体を振っていた。


「艦長! いつからアキトさんが貴女の恋人になったんですか!」

「そ、そうだぜ艦長。いつからアキトは艦長の恋人になったんってだよ!」


そんなユリカの言葉に聞き捨てならぬとメグミとリョーコが反論する。
ちなみにこの二人もヘンリーの言葉を聞いて何かを想像していたのか顔が赤い。


「だって、アキトは私が好きなんだもん!」

「そんなことアキトさんは一言も言ってません。アキトさんは私の事が好きなんです!」

「おい、アキトがおめぇの事を好きってどういうことだよ!?」


女が三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
しかもその中に恋愛事という最高のエッセンスが加えられているのだから、ただでさえ個性の強い彼女達の言い争いは止まることを知らなかった。

いつの間にか、作戦会議室は三人の女性の痴話喧嘩の場へと変化してしまっている。
プロスがどうにか静めようとしているのだが、既に十分加熱されてしまった彼女達を止めるには、いかんせん力不足。

そしてこの状況の原因を作りだした当の本人は何をしているかというと、ジェフティのコックピットの上で、通信画面越し見える光景に腹を抱えて笑いそうになるのを堪えるのに必死になっていた。
どうやら何かしら笑いのツボ入ったらしい。

混沌と化した作戦会議室。
そろそろこの騒動を止めようと、今まで傍観していたミナトが動き出そうと思った――その矢先だった。


「悪ふざけがすぎますよ……ディンゴ・イーグリッド」


淡々とした女性の……そう、エイダの声が喧騒とした作戦会議室に響き渡ったのは。


「ディンゴ・イーグリッド……誰それ?」


急に静かになる作戦会議室。
そんな中、キョトンとした表情のミナトがそう問い返した。


「おいエイダ……」

「すみません、口が滑りました」

「口を滑らすAIなんて聞いたことねぇぞ」


ジト目でエイダ……自身に姿は無いのでコンソロールを見つめるディンゴ。
そもそもAIに口など無いだろうと突っ込みたくなる。


「ちょっとぉ、無視してないで……って、あ、もしかして」


質問に答えず、ひそひそと会話をする二人にミナトが追求しようとする。
だがその直後、何か閃いたのかにんまりとした笑みを浮かべた。


「ひょっとしてぇ、ディンゴ・イーグリッドって貴方の本当の名前じゃないかしら?」


どうだ、と言わんばかりディンゴに向かって指を向けた。


「ったく……そうだよ。俺の本名はディンゴ・イーグリッド。ヘンリー・Gってのはとある作戦の時に使ってた偽名だ」


ミナトの指摘に意外にもあっさりとそう答えるディンゴ。
実際の所、この事は別にばれても問題無い事だった。
何しろ最初に偽名を名乗ったのはここが異世界であると気づく前、万が一の事を考えて自分の正体を隠したかっただけだ。
だが、異世界であるここに自分の正体を知る者がいろうはずも無い。
つまりは偽名を名乗る意味はもうとっくの昔に無くなっているのだ。


「と、いうことはヘン……じゃなくてディンゴさんは私達に嘘を付いてたんですか?」

「ん、まあそういうことになるな」

「ひっどーい。嘘つきは泥棒のはじまりなんですよ、ぷんぷん」


正気に戻ったため、会話に割り込んできたユリカが少し頬を膨らましながら、ディンゴに抗議をする。
しかしながらその仕草の幼さ故か、言葉とは裏腹に怒りはまったく感じられない。


「へいへい、俺がわるうございました」


そしてそんな彼女に対してディンゴもまったく悪びれた様子さえ見せない。
彼としても、別段にばれた所で支障のない事だ。
まあ、ちょっとした悪戯がばれた程度、それぐらいにしか感じていない。

そう、その程度の問題でしかなかったはずだった……が。


「それじゃあ、嘘ついた罰として作戦に参加してくださいね♪」

「はぁ!?」


寝耳に水だった。


「一体どういう理屈でそうなるんだよ!」

「だって悪いことしたら罰を与えるのが艦長ですから♪」


本当に嬉しそうにそう答えるユリカ。
まるで、これを狙っていたのかといわんばかりである。
もちろん、ディンゴが偽名を名乗っていたことを彼女が知るはずもないだから、それはありえないわけだが、そう疑ってしまうほどの笑みであった。


「貴方の負けですね、ディンゴ・イーグリッド」

「はぁ…………わかった、わかったよ。参加すりゃいいんだろ」


ディンゴは深いため息の後、半ば投げやりに了解の返答を出す。
その後はまるで精も根も尽き果てたといわんばかりにぐったりとシートに背中を預けた。
どうやら運命はとことん彼に厳しいらしい。


「やっぱりディンゴさんはいい人です」


そんな彼の心情など知らず、満足そうに自己完結ユリカ。
彼女の中で、ディンゴの良い人ランキングが上昇したのは間違いなかろう。(ちなみに最近ではナナシのランクも急上昇中である)
やはり彼女は天才という以上に天然なのだ。


「それではディンゴさんの了承も取れたところで、皆さん、早速準備に取り掛かってください


威勢の良い掛け声と共に皆が各担当としている分野へと散っていく。
作戦開始に一波乱あったものの、ナデシコ火星脱出作戦は大した滞りなく開始された。









おまけ


「エイダ……まさかお前これが解ってて……」

「貴方の質問の意味がわかりません」

「……まさかお前」

「私は作戦開始までデフラグ作業に入ります。その間、緊急時を除いて応答できません」

「おい、ちょっと待――」

「それでは、失礼します」


そういい残すと同時に、プツンという音がコックピットに響きわたる。
後に残されたのは、呆気に取られた表情でコンソロールを見つめる中年のおっさんだけである。


「……ったく、どうして俺に関わる女ってのはこんな奴ばっかりなんだ」


自分の搭乗者の言いつけをよく守り、最近ではその搭乗者に逆らって自分を考えを行動に移せるようになるまで成長したエイダであった。もしかしたら、今日の本当の勝者は彼女なのかもしれない。


どっとはらい。



_____________________
あとがき
混合パート。

おひさしぶりです。
仕事の配属変更で引越しがあり、執筆が遅れてしまいました。

さて、何時も通り、感想に対する返答をしたいところなのですが、いつの間にか感想板が復活して、今までの感想が消えてしまったいたようで、感想に対する返答ができずに申し訳ありません。ですが、かなり厳しいご指摘があったことは記憶しておりますので、今後とも精進するしだいです。もしよろしければ今後ともよろしくお願いします。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 15話:敵地潜入
Name: シロタカ◆499de7b5 ID:1f38b4ad
Date: 2012/11/03 01:42
「……何とか『無事』到着できたな」

「……はい、どうにか『無事』に到着できましたね」

コックピットのシートに背を預け、疲れた様子でそう呟くディンゴに、同じくエステバリスのコックピットに座るでアキトが同調した。
特にアキトの方は額にうっすらと汗を浮かべている。
しかもよくよく見ればその汗は体温を冷やすための汗ではなく、精神的に追い詰められた時にでる、俗に脂汗というやつであった。

「本当に間一髪でした……」

「ああ、もう少し遅かったらお前もお陀仏だっただろうな」

「ええ、恐らく俺もイネスさんに巻き込まれて同じ運命を辿っていたと思いますから」

万が一間に合わなかったどうなっていたか、アキトはそれを想像して身震いする。
もしも、あと数分到着が遅れていれば自分も彼女を襲った悲劇に巻き込まれていたことだろう。
そして下手をすれば連鎖反応を起こし、自らも犠牲になっていたかもしれない。

「気にするなとは言わねぇ、確かにお前の操縦が下手だったせいもあるからな……」

「……」

残酷な言葉。
事実名だけにその言葉がアキトの胸に突き刺さる。

「だが……あの女にゃあ悪いが、こればっかりは不幸だと思って諦めてもらうしかねぇな」

「普通に乗った時は大丈夫だったんです。だから今回だって俺がもう少し操縦が上手かったらきっと――」

「起こっちまったことは変えられねぇ。……だからせめて楽になるように祈ってやれ、それがあの女のためだ」

どこか黄昏た様子で彼女が消えていった方向を眺めそう答えるディンゴ。
アキトはそれに頷くことしかできなかった。

逃れようと思っても状況がそれを許してくれない辛さ。
ならばそれに耐えようとする精神力を、まるでナイフで削られるかのようなあの焦燥感。
時が経つにつれ、全身から脂汗が滲みしゃべることすらままならなくなる苦しみ。

そして万が一密閉空間でそれらに耐え切れず崩壊してしまった時、そこから始まる更なる地獄。
あれはまさに阿鼻叫喚とさえいっていい。
処置が遅れれば遅れるほど犠牲者が増えていくまるで伝染病のような性質すらもっている。

かつては自分も味わった事のある苦しみ。
だからこそ彼女がどれほどの苦しさに耐えていたかがよく解る。

けれど、自分達に彼女の姿を確認しに行く事はできない。
もしも見に行けば、込み上げる苦しみにもがく彼女の姿を見ることなってしまう。
それは自分も、そして何より彼女が望まぬことだろう。

それから二人は、ただ無言のまま彼女が消えていった方向を眺めていた。

そう――。

『乗り物酔い』に陥った彼女が早く戻ってくる姿祈って。
















15話:敵地潜入














時間を少し遡る。


敵地のど真ん中である北極冠研究所目指して、敵の目を掻い潜りながら渓谷の間を縫うように移動するディンゴ達。
普通ならばいつ敵に遭遇してもおかしくは無い状況の中を、ジェフティの持つ高性能レーダーから得られた情報から的確な進路を導き出すエイダの指示によって、今のところ一応順調に移動していた。

「前方1500メートルの地点に敵機の集団を感知、この先の分岐点を右に曲がってください」

「あいよ。おい坊主、この先を右に曲がるぞ」

潜入作戦が開始されてから何度目になるのかわからないエイダの報告を、後方にいるエステバリスに伝えるディンゴ。

「――――」

だが、返事がない。
繋がっているはずの通信機から聞こえてくる機体の振動音と僅かに混じったノイズだけ。
その先にいるであろう人物、テンカワ・アキトの声は返ってこなかった。

「ったく、またか」

「……い、いえ、今度は大丈夫っす! 聞こえてます」

ディンゴの面倒臭そうにそう呟いた直後、慌てた様子で返事が返ってくる。
声の様子からして、相当焦っていたようだ。
本人は大丈夫だと言っているが、念のためディンゴが背後の様子ををモニターに表示してみると、そこには普段よりも一回り大きくなったエステバリスが、よたよた危なっかしい足取りで着いてくる姿が映し出されていた。

「やっぱ載せ過ぎなんじゃねぇか、それ?」

呆れた様子でディンゴがそれと言ったのはエステバリスに大量に積み込まれている四角い箱状の物体、そう、エステバリスの予備バッテリーである。
そのためアキトのエステバリスは、その大量に積み込まれているバッテリーのせいで異様に重量が多くなってしまい、非常にバランスを取るのが難しく、かつ一度バランスを崩すと立て直すのが困難な仕様になってしまっていたのである。

「自分もそう思うんですけど、せっかくウリバタケさん達……あ、えっとウリバタケさんっていうのはナデシコの整備班の班長の事なんですけど、その人達が一生懸命準備してくれたもんですから無駄にはできないっすよ」

途中で動けなくなったりしないようにと、可能な限り積み込んでくれたバッテリー。
それが原因で操縦がし辛くなっていると自分でも理解していながらも、アキトはそれを捨てるということはしたくなかった。
捨ててしまうと、その気持ちまで一緒に捨ててしまうような気がしたからだ。

「ったく、お人好しすぎるなお前は。まあ、お前が良いってんなら俺は構わねぇが……その変わり、転んでも手助けしねぇからな」

「うっす! 絶対に転ばな――うわっ!?」

「おいおい、言ってる傍から転ぶんじゃねぇぞ……」

気合の入った返事をした直後に、早速転びそうになるエステバリスの姿にディンゴは多少の呆れた視線を向けながらも、ジェフティを先に進めた。。
アキトのエステバリスも、あっちへふらふらこっちへふらふらとバランスを崩してはいるが、それでもちゃんとジェフティの後に付いてきていた。

(……まあ、やる気だけは十分か)

そんなアキトの様子に、一応は満足していた。

だが、ディンゴはジェフティが常時浮遊しているため気づいていないのか、アキトが移動している大地はかなり荒い。
そんな悪路を、非常にピーキーな操縦技術を要するエステバリスで危なげながらもちゃんと移動している事実は、彼にエステバリスを操縦するセンスがあるということにほかならなかった。
もちろんそんな事に当の本人はまったく気づいていない。
それどころか、どうして自分はこんなに下手なんだろうと嘆いているぐらいである。

「ところでよ、一つ気になったんだが」

それからしばらく進んだ後、ふとディンゴがアキトに声をかけた。

「はい? なんですか?」

「さっきから、お前の声しか聞こえねぇが……後ろのねぇちゃんはどうしたんだ?」

「あ、イネスさんですか? イネスさんなら……って大丈夫ですか!?」

突如、通信機からアキトの叫び声が聞こえてくる。
只ならぬ雰囲気にディンゴはジェフティの動きを止める。
一瞬敵襲かと思ったが、それならば先に自分が気づくはずである。
とすると、イネスという女性の身に何かあったのだろう。

「おい坊主、何があった!?」

「わ、わかりません。ただ、イネスさんの顔が真っ青で、なんだか苦しそうで――え?」

焦るアキトの前で、イネスがかすれた声で何か呟く。
まるで、蚊の鳴くような声。
だが、アキトの耳は彼女が呟いた言葉をはっきりと聞き取った。

「どうした、何かわかったのか?」

「ディンゴさん、緊急事態です!」

「何があった!」

「イネスさんが乗り物酔いになってます!」

「なにぃ!?」

思いもよらぬ報告に思わず素っ頓狂な声を上げる。

「どれ位保ちそうだ!?」

「わかりません、ですが相当やばそうです!」

「ちっ、エイダ! 目的地まで後どれぐらいかかりそうだ?」

「今までの速度で移動した場合、約2400秒程度かかると思われます」

約2400秒、即ち40分。
それは今のイネスにとって絶望的な数字だった。

「おい、坊主聞こえたな?」

「はい、聞こえました!」

「なら、やるべきことはわかってるな?」

「はい!」

「覚悟は?」

「死ぬ気でがんばります!」

「よし、なら死ぬ気で付いて来い!」

「了解!」

その声と同時に勢いよく駆けて行くジェフティ、とまるで今までのふらつきが嘘だったかのように高速でそれを追跡するエステバリス。
追い詰められれば爆発的な成長を遂げる人がいるというが、まさに彼はそのタイプなのだろう。

そしてジェフティの超高性能なさ索敵能力、エイダの超高速処理能力、そして一人のエステバリスライダーの才能を無駄に開花させた結果、冒頭に続くというわけである。

ちなみにそのタイムは当初の予定時間を遥かに上回るものだったという事をここに記しておく。







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「まったく、酷い目にあったわ」

漸く気分が落ち着いたのか、エステバリスとジェフティの居る場所まで戻ってきたイネスはそう呟いた。
やはり完調とはいかないのか、まだ顔色が少し悪い。
アキトはそんなイネスに少なからず同情した。
何しろ最初の危機が、敵からの襲撃ではなく単なる車酔いだったというのだから。
しかも普段からクールな態度を見せている彼女にしてみれば、今回の事は非常に恥ずかしいことだっただろう。

「それで、これからどうするんですか?」

「そうね……たしかここは開発した相転移エンジンやエステバリスの試作品を本社行きのシャトルに搬入するためのドッグのはずだから、このシャッターの向こう側に地下にに繋がるエレベータがあるはずよ。そこの開発施設に一番予備品が残っている可能性が高いわ」

エステバリスの手に乗り、コックピットに移動したイネスは行き先を指示した。
彼女も火星に居た頃、何度かこの研究所には訪れているため内部構造は一通り把握しているため、どこに何があるかぐらいはすぐにわかるのだ。

「ディンゴさん、このシャッターの向こう側らしいです」

「了解。おいエイダ、索敵結果はでたか?」

「はい。基地内部を可能な限りスキャンしましたが、エネルギー反応、動体反応共にありませんでした」

念のため基地内部を調べるようにエイダに頼んでおいたディンゴが結果を受け取る。

「ずいぶん無用心だな」

「念のためもう一度スキャンしますか?」

「いや、時間が惜しい。おい、坊主。少し離れてろ」

そう言ってアキトが距離をおいたのを確認した後、ディンゴはジェフティのブレードでシャッターを切りつける。
それほど柔な材質で出来ているわけでも無いのに関わらず、まるで紙を切り裂くにように易々とブレードはシャッターを両断した。

その光景を見ていたイネスは相変わらず非常識な機体だと実感した。
何しろシャッターといっても、相転移エンジンやエステバリスを搬入するための入り口を塞ぐ巨大なシャッターだ。
それをいくら機体自身が大きいとはいえ片手で易々と切り払うほどのパワー、そして刃こぼれ一つしていないブレード。
冷静に観察すれば観察するほど、異質性がはっきりしてくる。
彼女自身ボソンジャンプという異質な技術を研究しているが、目の前にいる存在もそれに勝るとも劣らなかった。

切り裂かれたシャッターの向こうに現れたのは、ゴンドラでは無く縦穴だった。
どうやらゴンドラが地下にあった状態で動力が停止してしまったらしく、エレベーターシャフトに直接繋がってしまったらようだ。
巨大な穴。
流石に戦艦用の相転移エンジンを運べるだけあって、エステバリスの二倍近くあるジェフティでも悠々と入れるほどのスペースが確保されている。
その穴にジェフティは飛べないアキトのエステバリスを掴んで飛び降りた。

ゆっくりと降下していくジェフティ。
地下へと続くエレベーターシャフトを降下する
もちろん電気が通っていないため明かりの類は一切無く、まるで奈落の底に繋がっているかのようにさえ感じさせた。

「ん?」

穴に入ってから十数秒ほど経過しそろそろ終点が近づいてきた頃、ふと何かに気づいたディンゴが声を出した。

「どうしたんですか?」

「いや、やたらでかい穴がな」

そう言ってディンゴが掴んでいるエステバリスを、その穴の方向に向ける。

「あ、本当ですね」

「だいたい2メートル前後ぐらいあるわね……何の衝撃で崩れたのかしら?」

単純にうなずくアキトと、科学者らしく原因を推測するイネス。
だが、単純に穴があるというだけで時間を無駄にするわけにもいかず、一瞬静止しただけですぐにまた降下を開始した。
イネスも暫く何か考えていたようだが、それ以上考えたところで無駄と判断したのか普段の表情に戻った。

「お、どうやら終点みたいだな」

「ええ、どうやらそうみたいね」

下方に巨大なゴンドラの姿見える。
当初の予想通りゴンドラは地下最下層にその身を鎮座させていた。
そう、原型を留めぬほど無残な姿を晒して。

「めちゃくちゃだな」

どうやらゴンドラは初めから地下にあったのではなく、固定するためのワイヤーが切れて落下したようだ。
もしかしたら、途中にあった穴もそれが原因かもしれないとイネスは思った。

「まあ、仮に無事だったとしても、私達が通るためには破壊するしかなかったんだから、手間が省けてよかったんじゃないかしら?」

「なるほど、確かにそりゃそうだ」

もっともだと、ディンゴは軽く笑みを浮かべる。
あまり好かない女だと初めは思っていたディンゴだが、この数時間で面白い女へと印象を変えていた。

そうやって一通り会話を交わした後、入った時と同じくディンゴが出口のシャッターを破壊して地下の施設へと潜入する一同。
やはり動力が完全に死んでいるらしく、真っ暗な闇が空間を支配していた。

「真っ暗ですね……」

「それはそうね。何しろここは地下数百メートル。電気が無ければ明かりなんてあるわけないわ」

完全な密閉空間。
相転移エンジンという未知の技術を研究するため、安全をかねて核実験施設並の地下空間で行っていたのだ。
電気が無ければ明かりどころか、空調が働かず空気さえ危うい所である。

「どうやら施設そのものは無事みたいね。 確かあの部屋に製作用の資材が置いてあったはずよ。予備品があるとすればそこね」

エステバリスのサーチライトで辺りを見渡した後、施設の無事を確認したイネスがそう告げる。

「あそこはジェフティには少し無理だな。おい、坊主お前の出番だぜ」

「はい!」

流石に施設の中はジェフティが自由に移動する空間が無かったため、アキトに作業を任せるディンゴ。
アキトはやっと自分の出番が来て嬉しかったのか、勢いよく返事をすると早足にエステバリスを資材置き場へと進ませた。
そんなエステバリスの後姿を苦笑した表情で見送るディンゴ。
だが、その姿を見送った後、苦笑していた表情は急に鋭いものへと変わった。

(…何だ、この胸騒ぎは)

ディンゴは鋭い視線でまっくらな施設を見渡す。
もちろんそこには動くもの一つなければ、ジェフティのセンサーにも反応はない。
ただ、暗闇が広がっているだけである。

気のせいかと思ったが、やはり先ほどから胸騒ぎが消えない。
無いはずの心臓がバクバクと音を立てている錯覚さえ覚えるほどだ。

もう一度辺りを見渡す。
特に損傷のない施設……これならば予備品とやらも期待できる。
後はそれさえ持って帰れば、ナデシコを修理して火星からさようなら。
まったくもって順調そのもののはずなのだ。

やはり気のせいか、そうディンゴが思い直そうとしたその瞬間――

「周囲にエネルギー反応、敵機です」

唐突にエイダの警告がディンゴ耳を打った。








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「い、いったいどうなってるんですか!?」

突然襲い掛かってきた無数のバッタの姿に、アキトは混乱していた。
何しろ、つい先ほどまで資材置き場に呼び品が残っていたことに喜んでいた所なのだ。
ところがさっそく回収しようと思い、資材置き場に一歩は行った瞬間、突然周囲に無数の赤い光が点滅し、その直後無数のバッタが飛び掛ってきたのである。

「なるほど……そういうことね」

「な、何がそうこうことなんっすか!? 自分だけ納得してないで説明してくださいよ!」

必死に敵を撃墜しながら、一人状況に納得したイネスに状況の説明を求めるアキト。
その瞬間、イネスの表情が一瞬輝いたかのように見えたが、その直後『状況が状況だけに無理ね……悔やまれるわ』とアキトには聞き取れない小さな言葉で残念そうに呟くと、一言アキトにこう告げた。

「嵌められたのよ」

「はい?」

「だから、私達は木星トカゲに罠にかけられたっていってるの」

そう、ずばりアキト達はまんまと木星トカゲの思惑に嵌ってしまったのだ。

「センサーに反応が無かったのも、最低限のセンサーだけ残して機能を停止しているみせかけてたから。資材を求めてこの部屋に入ったがもう最後っていう段取りなんでしょうね。たぶんもう外のお仲間さんも気づいてるでしょうから、仮に外に出れたとしてもそこで敵の大軍に遭遇してゲームオーバー。まさに袋のねずみってやつね」

そこまで言ったところで、ふとあのエレベーターシャフトの途中に開いていた大きな穴を思い出す。
よくよく考えみればあれはちょうどバッタ、もしくは小バッタが通れるちょうど良いサイズではないだろうか。

「そ、そんな……」

混乱しているアキトはこんな状況下で、まるで他人事のように冷静で居られるのかわからなかった。

「おい、無事か!」

とその時、資材置き場の壁を破壊してジェフティが姿を現す。
混乱していたアキトにとっては、まさに救いの神様だった。

「ディンゴさん!」

「どうやら無事みてぇだな。ったく、敵さんもやってくれたぜ」

愚痴の一つでも言いたくなる。
だが、そんな愚痴一つ言っている暇すら今は無かった。

「さっさと脱出するぞ! 周囲に爆弾が仕掛けられてたみたいでな。このままだと全員お陀仏だ」

ディンゴはそういうなり、エステバリスをひっ捕まえると急いで来た道を戻る。
運よく、瞬間的に崩落する事態は免れたが、それも時間の問題だ。

「崩壊予想時刻まで後10秒」

「ちっ、ぎりぎりだな」

ディンゴは舌打ちをしながらエレベーターホールを垂直に駆け抜ける。
もちろん、この際手にもっているエステバリスのコックピットにはジェフティほどのGキャンセラーが無いため、かなりの重圧がかかっているのだろうがこの際耐えてもらうしかない。
本人達も本当に押しつぶされるよりはましだろう。

ジェフティがエレベーターシャフトから脱出した直後、背後で崩壊音が聞こえた。
まさに危機一髪のタイミングである。

「本当に……ぎりぎり……だった」

「まさか……あの状況下から脱出できるとはね」

スピードが緩み、重圧から開放されたアキトとイネス。
緊張の糸が切れたのか放心したアキトを余所に、イネスはジェフティを見ながらやはり非常識な機体だと苦笑する。
イネスの聡明な頭脳はあの状況かから自分達が生き残れる可能性がほとんぞゼロだということにいち早く知っていた。
だからこそ、目の前の機体が行った事がどれほど非常識か理解できるのである。
もちろん、エステバリスならば確実に崩壊に巻き込まれていたことは言うまでもない。

「ま、ちょいとした事情で、あれぐらいの事は何度も経験してるもんでね」

「あら、それは是非聞いてみたいところだけど……どうやらそんな余裕は与えてくれないみたいね」

そう言ったイネスの視線の先には――

「ま、こっからが本番みてぇだな。おい、坊主いつまでも呆けてねぇでしっかりしな」

「はは……一難さってまた一難っていうのはこういうこというんだ……」


――いつの間に集まったのか、無数の敵機がドッグを囲っていた。

___________________________
あとがき
混合パート(?)
二ヶ月ぶりの更新です。
感想の書き方変わり、誰が読んでいるのか、もしくは読んでくださってる方がいるのか解らない状況ですが、これからもがんばる予定です。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 16話:四面楚歌
Name: シロタカ◆499de7b5 ID:68b55dce
Date: 2012/11/03 01:43
研究所で起こった爆発はナデシコでも観測されていた。

「ルリちゃん、状況を報告して!」

「極冠研究所付近でエネルギー反応が増大中。木星トカゲ達が活性化しています」

ルリの報告に騒然とするブリッジ。

「まさかアキトさん達に何かあったんじゃ……」

呆然とそう呟くメグミ。
何しろ爆発が起きたのはアキト達が出発しておよそ約一時間弱、そろそろ彼らが研究所に到着する予定時刻付近のことである。
タイミングから考えて先ほどの爆発がアキト達に関係している可能性は非常に高い。

「ウリバタケさん、至急、相転移エンジンの始動準備してください!」

「今漸く応急処置が終わったところなんだ、いくら急いでも動かすまでには10分はかかる」 

「アキト達がピンチなんです。5分でやってください!」

「5分!? そりゃ無理ってもんだぜ艦長」

「ウリバタケさん達ならできると信じてます。なんたってこのナデシコの整備班は世界で一番優秀な整備班ですから」 

そう言ってにっこりと笑うユリカ。
一瞬呆けた表情をするウリバタケ。

「……へ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか、艦長。おい野郎共、聞こえてただろうな!! ナデシコの整備班の名にかけて5分以内に必ず終わらせろ!!」

「「「「「了解!!」」」」

振り返りながら発せられたウリバタケの怒声に間髪無く答える整備班達。
その動きはそれまで溜まっていたはずの疲労をまったく感じさせない。
皆一心不乱に作業をし始めている。

「というわけだ艦長、必ず5分以内に終わらせるぜ」

ユリカに向かって不敵に笑うウリバタケ

「それじゃあお願いしますね」

既に5分以内というのは確定事項。
ユリカはその言葉を嬉しそうに聞き届けると通信画面を閉じた。

「というわけで皆さん、今からナデシコは5分以内に行動を開始します。エステバリス隊は皆さんは何時でも出撃できるように格納庫で待機を、他の皆さんは発進まで可能な限り情報を集めてください」

現在考えうる最適な方法をてきぱきと指示を飛ばすユリカ。
その声に騒然としていたブリッジのメンバーがはっとした表情でユリカの方を振り返る。

「アキトとイネスさんにはディンゴさんが付いてます。だからきっと大丈夫です」

アキト達の無事を信じて疑わぬ彼女の声。
それは願望ではなく確信。
理屈ではなく、ただ彼女がそう言っただけで本当にそも思わせてくれる、そんなカリスマが今の彼女にはあった。
そう、今の彼女の姿は正に『艦長』そのもの。
もしも、この彼女の姿を地球にいる彼女の父が見たらどう思うだろうか。恐らく滝のように涙を流し、亡き妻に娘の成長を語りかけていたことだろう。

「艦長、極冠遺跡研究所付近で多数の爆発が確認されました。どうやら木星トカゲの無人機が破壊されているようです」

その直後、オモイカネからの情報を処理していたルリから新たな報告が入る。

「ということは……」

「はい、テンカワさん達はまだ無事です」

それは、まさにアキト達の生存を示す情報。

「ルリちゃん、その無人機が破壊されてる場所とナデシコの相対位置をモニターに表示できる?」

「はい、できます」

ルリのIFSが淡く光り、中央モニターに地図が表示される。
表示されているのはナデシコを示す青い点と敵を示す赤い点、そして一際赤い点が密集した地域に表示された黄色い点。

「この黄色の点がテンカワさん達の予想位置です」

緊張感がブリッジに走る。
まさに四面楚歌。
まるで蟻の巣のど真ん中に落ちたかのように周囲を完全に囲まれている。それが今アキト達の置かれている状況だった。

「相対距離はおよそ10キロメートル。正確な状況はわかりませんが、戦闘地域が徐々に移動しています」

「馬鹿な……この状況下で生き残っているだと!?」

ゴートが唸る。
この絶望的な状況下にもかかわらずアキト達が生き残っているという事実。普通に考えれば絶対にありえない事だ。
だが、それを見ていたユリカの頭には何故かそのありえない事が起こった原因がすぐに思い浮かんだ。

「ほら、やっぱりディンゴ達さんに頼んで正解でした」

この状況下でアキト達が生き残っている理由はそれ以外に考えられなかった。
あの時、ユリカがディンゴにアキト達の護衛を頼んだのは彼女の直感。
理屈ではない、ただ、彼らなら大丈夫だと何故かそう思ったのだ。
そしてその直感が正しかったことを目の前の事実が示していた。

「聞こえるか艦長! 相転移エンジンの始動準備が整ったぞ!」

その時、機関室にいるウリバタケから相転移エンジンの準備が整ったという報が入る。

「ナイスタイミングです、ウリバタケさん」

「おうよ! ばっちり5分以内に終わらせてやったぜ」

荒い息を立てながら、ユリカに向かってサムズアップするウリバタケ。
時計を見てみれば確かに先ほどの通信から5分と経っていない。

「よし、それじゃあ相転移エンジンを始動してください!」

ナデシコの心臓に火が入る。
相転移エンジンが唸りを上げ、エネルギーがバイパスを伝い、ナデシコの全身を駆け巡る。

「ルリちゃん、放送を艦内全員のコミュニケに繋いで!」

即座にルリが反応し、次々と艦内のいたるところに通信画面が展開される。

「皆さん、聞いてください。これよりナデシコはアキト達を救出に向かいます。激しい戦闘が予想されま非戦闘員の人達は全員避難区画へ移動してください」

ユリカの声が艦内に響きわたる。
たった数人のために船そのものを危険に晒すという宣言だというにもかかわらず、その声に不満をあげるものは誰もいない。

「渓谷を抜けてアキト達の所に向かいます。ミナトさん、ナデシコの運転をお任せします!」

「りょうか~い♪」

ゆっくりと浮上するナデシコ。
ミナトは艦長の期待に応えるかのように操縦桿を強く握り締め、唇を引き締めた。

「ナデシコ、発進!!」

細い渓谷を巨大な船体が駆け抜ける。





16話:四面楚歌




「おい、坊主! まだいけるな!」

「ま、まだいけます!」

まるで自分を奮い立たせるかのようにディンゴにそう答えるアキト。
彼は今、攻撃を防ぎながら背走するジェフティの前を必至に駆けていた。

彼がいるのはまさに死地と呼ぶに相応しい戦場だった。
あちらこちらから聞こえ止まることのないる爆発音。
機体の僅か数十センチ横を通過していく幾百もの銃弾。
そんな何時死ぬかも解らない恐怖が常に付き纏う戦場を今彼は必至に駆けていた。

「くそっ、一体何匹いやがるんだ!」

通信機越しに聞こえてくるディンゴはそう悪態がアキトの耳をうつ。

怖い。
汗で貼りついた服が、まるで拘束具のように体を縛り付けるような錯覚さえ覚える。
克服したと思った奴らに対するトラウマが徐々に蘇ってくるのアキトは感じた。

「まだがんばるのね……どうせもう助からないわよ」

だが、アキトはその湧き上がってくる恐怖を必至に押さえつけた。
そして震えそうになる奥歯を必至に噛締める。

「絶対助けてみせます」

彼の後ろに座った女性のどこか自棄になったような声。
その声に彼は折れそうになる心を必至に持ち直させた。

「無理よ、この状況下で生き残るなんて奇跡以外ありえないわ」

「絶対諦めません」

絶対に諦めてやるものか、彼はそう思った。
火星から絶対助け出してみせる。
あの時、初めて彼女に会った時、彼はそう言ったのだ。
だが、その結果はどうだろうか。
あの時……木星トカゲの軍団が襲ってきたとき自分にできたのは、ただ見ていることだけだった。
一人の英雄が身を挺して、木星トカゲの軍団に立ち向かったのをただ見ていることしかできなかった。

悔しかった……本当に悔しかった。
悔しくて悔しくて、何度も何度もそう思って、そして……憧れた。

自分にはたった一人の少女の命すら救えなかった。
だが、彼はたった一人で何百人もの命を救ったのだ。
もちろん今の自分に彼と同じ事ができるわけがないことは解っている。
だから今度は……そう今度こそは自分が助けると誓ったこの女性だけは絶対に助けてみせる。
そう決めたのだ。

「前方後方よりミサイル同時接近」

「くっ、処理仕切れねぇ!」

ディンゴが処理しきれなかった複数のミサイルがアキトのエステバリスに向かって降り注ぐ。

「避けろ、坊主!!」

だが、アキトはエステバリスのスピードを緩めるどころか逆に加速し、そのままミサイル群に突っ込んでいった。

「なっ!?」

驚きの声を挙げるディンゴ。
アキトは止まらない。
エステバリスはさらに加速し、見る見る両者の距離が縮まっていく。

そして両者が激突する寸前――アキトは大きく目を見開いた。

アキトの思考が加速する。
限界まで研ぎ澄まされていたはず集中力が、反射神経が、動体視力がさらにその限界を突破する。
そして次の瞬間、彼のIFSが一際大きく輝いた。

「――っ!!」

一瞬の交差。
時間にしてみれば1秒にも満たない時間。
アキトの思考を正確に再現したエステバリスはミサイル同士の僅かな隙間を縫うようにすり抜けていた。

直後、センサーが反応して爆発するミサイルの爆音が辺りに響き渡った。

「大丈夫か、坊主!!

「はい、このままいきます!」

スピードを緩めぬまま大地を疾走するエステバリス。
己の為ではなく、他の誰かの為にこそ真価を発揮する彼の能力が、その一端を覗かせた瞬間であった。

「……ったく、冷やっとさせやがって」

アキトの行動を見ていたディンゴが悪態をつきながらも、どこか嬉しそうな表情をする。
あの時ディンゴはアキトが助からないと思っていたのだ。
だが、その予想を超えてアキトは生き延びた。
その事実が嬉しかったのだ。

「はい、ですが現状はまだ予断を許されません」

だが、喜んでは居られなかった。

「確かにな……俺一人ならともかく、坊主がの体力がもたねぇ。早い所で如何にかして突破口を見つけるしかねぇな」

ピンチを切り抜けたが、絶対絶命な状況に変わりはない。
現状をどうにかしない限り、生き延びる道はないのだ。

が――

「いえ……どうやらその必要は無さそうです」

「なに?」

「ナデシコより通信をキャッチ……突破口があちらからやってきてくれたようです」

_______
あとがき
掲示板がリニューアルされていてビックリしました。



[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 17話:ゼロシフト
Name: シロタカ◆499de7b5 ID:68b55dce
Date: 2012/11/03 01:44
アキト達が戦っている戦場から少し離れた岩場の隙間。
戦場まで数キロメートルの地点までナデシコは敵に発見されることなく辿り着いていた。

船体の装甲には所々擦れた、あるいは削れたような痕が見える。
それは戦艦という巨体が渓谷という細い道筋を高速で駆け抜けた代償だった。

「ルリちゃん、敵機の様子は?」

「依然テンカワさん達と交戦中。こちらにはまだ気づいていません」

しかしその代償の代わりに得た時間は決して無駄ではなかった。
モニターには、津波のような敵の軍団に今にも飲み込まれそうになりながらも、必死に大地

を駆けるピンク色のエステバリスの姿がはっきりと映されていたのだ。

「ディンゴさんに通信を繋いでください」

「えっ、アキトさんじゃないんですか?」

恐らく以前の彼女ならば躊躇なくアキトに通信を繋いだことだろう。
事実、今の彼女の心の中には一刻も早く無事な彼の姿を確認したいという衝動は湧き上がっていた。

「うん、だって今のアキトは逃げるのに一生懸命だと思うから……」

だが、今の彼女にはそれを押し止められるだけの理性がある。
この状況下で自分の軽率な行為がどんな結果を招くのか彼女は十二分に理解しているのだ。

「今は一分一秒が惜しいの、急いでメグミちゃん!」

「わ、解りました!」

珍しいユリカの叱咤に慌てて作業を開始するメグミ。
慌てていても流石は一流、ユリカの命令から僅か数秒でジェフティとの通信画面が開く。

「よう、随分と遅い登場じゃねぇか」

「すみません、ディンゴさんがいるから安心だと思って少し遅れて来ちゃいました」

「へっ、言ってくれるじゃねぇか。で、遅れてきたからには何かしら考えてきたんだろうな

?」

「もちろんです。それじゃあ、用件だけ伝えますね」

つい先ほど一分一秒が惜しいと言っていた人物とは思えぬ会話の軽さ。
だが、一見不謹慎に見える彼女達の会話だが、この状況下では信じられないほど実にスムーズな意思疎通を行われていた。

「チャージが完了しだいグラビティブラストを敵陣に叩き込みます。その混乱に乗じてナデ

シコと合流してそのまま火星から脱出します。合流ポイントは――」

まるで今夜の夕食の献立を告げるよう彼女は作戦内容を伝える。

「――ここから一番近いチューリップです」

その言葉に皆が息を呑む。

「か、艦長……まさか」

「はい、ナデシコはこれより作戦を第二プランを破棄、第一プランを移行します!」















17話:ゼロシフト














「というわけだ坊主、あと少し気張っていけ!」

「はい!!」

ディンゴの掛け声にアキトは力強い返事を返した。
ナデシコから受け取った通信。
それは、絶え間ない緊張感で既にボロボロになっていたアキトの心に差し込んだ一筋の光明だった。

「……来てくれたんだ」

喜びが自然と言葉となって口から漏れる。
あと少し頑張れば皆が駆けつけてくれる。
現状が絶望的なことに変わりは無いが、その事実だけでアキトは体に力が漲るのを感じた。

「もう少しで助かりますよ、イネスさん!」

嬉しさのあまり後部座席に座るイネスに励ましの言葉をかけるアキト。
だが、それがいけなかった。

「一発行ったぞっ、坊主!」

ほんの一瞬、彼の意識が戦闘から逸れたまさにその瞬間を狙ったかのように、一発のミサイルがジェフティの迎撃から逃れたのだ。

慌てて回避行動を取ろうとするが時既に遅く。

「――っ!?」

激しい爆発とすると共に激しい衝撃がエステバリスを襲った。

「坊主!!」

爆煙に包まれるエステバリスを見て、ディンゴが叫ぶ。

「大丈夫です、まだ生きてます!」

直後、アキトから返事が届く。
どうやら直撃する寸前に回避行動を取ったため致命傷は免れたようだ。

しかし、激しい衝撃で強く揺さぶられたことで、アキトは辛うじて意識を失わなかったが、後部座席にいたイネスが内壁に頭部を強く打ちつけそのまま意識を失ってしまった。

もちろん機体の方も無傷では無く、装甲の一部が無残に弾け飛び更に体勢を大きく崩してしまう結果となった。

同時にそれまである程度離れていた敵との距離が一気に縮む。
敵のAIも好機と判断したのか、それまで主にジェフティに攻撃を行っていたカトンボの軍勢の一部がここぞとばかりにエステバリスに攻撃を集中し始めた。

「ちぃ!! ったく、なんて数だ」

安堵したのもつかの間、舌打ちと共にディンゴがサポートに入る――が処理が追いつかない


今まで以上のミサイルとレーザーの嵐がエステバリスにむかって降り注ぎ、比喩表現ではなく文字通り薄皮一枚の距離をレーザーが通り過ぎていく。
その度に輻射熱で装甲の表面が蝋のように溶け、まるで火傷を負ったかのように爛れた模様を刻んでいった

当たれば終わり。
すぐ隣まで這い寄ってきた死の恐怖に気が狂いそうになりながらもアキトは必死にエステバリスを動かし続ける。

しかし現実は厳しい。
その圧倒的な物量の前に未熟な彼がそれらを避け切ることができるはずもなく。

一筋の閃光がエステバリスを貫いた。

「腕が!?」

片腕が消滅していた。
不幸中の幸いだったのはそれがミサイルでは無くレーザーだったこと、、そして失ったのが片腕であったこと。
もしそれがレーザーではなくミサイルだったならば、もし失っていた部位が腕以外の箇所だったならば、その時点でアキトの命運は完全に絶たれていたことだろう。

だが……アキトの悪運もそこまでだった。

片腕を失ったことにより大きくバランスを崩したエステバリスはその場に転倒してしまったのだ。

その隙に追いついてきたバッタの群れが、倒れたエステバリスの四方から一斉にミサイルを放つ。
前後左右そして上からもエステバリスを覆い隠すようにミサイルが迫る。
隙間無く撃ちだされたそれらは確実にエステバリスの逃げ道を完全に塞いでいた。

そしてその圧倒的な物量は明らかにディンゴがサポートできる範囲を超えており、同時にその状況はディンゴの目からみても明らかに「詰み」であった。

「まだだ!!」

しかし、そんな絶望的な状況下に置かれている中、当の本人はまだ諦めてはいなかった。
己の失態に後悔しながらも、残された僅かな時間でエステバリスの体勢を気合で立て直す。

もしもエステバリスに乗っていたのが彼だけならば、とっくに諦めていたのかもしれない。

だが、今このエステバリスに乗っているのは彼だけではない。
必ず助ける、そう約束したイネスが乗っているのだ。

そしてこの男は自分の為ではなく、大切な誰かの為にこそ最も力を発揮する。
本来ならば自己防衛の際に最も強く働くはずの生存本能が、その摂理を捻じ曲げ他者の命の為にその機能を最大限に発揮し始める。

生き残る為ではなく、助ける為に。

意識が加速し、視界から色がなくなり、純粋に生き残る(助ける)為に必要な情報だけが取捨選択されていく。

それに呼応するかのように彼のナノマシン群はそれらの情報を、イメージを、より高速に、正確に伝達すべく恐るべきスピードで自己を最適化させていく。

その極限まで引き伸ばされた体感時間の中、彼の脳裏に一つの手段が閃いた。

「これだっ!」

掛け声と共にアキトはエステバリスに取り付けられていた予備のコンデンサーの一つを剥ぎ取ると、前方のミサイル群に向かって投げつけたのだ。

コンデンサーのエネルギーにミサイルが反応し、爆発が起きる。
もちろんそれで全てのミサイルが誘爆するわけではなかったが、それまで隙間すらなかったミサイルの包囲網の一角に小さな穴が出来ていた。

アキトはエステバリスの残った片腕を小さく折りたたみ、極限まで当たり面を小さくする。
そして、自身がまるで一本の矢であるかのようにイメージしながら、出来た穴に向かって自身を滑り込ませた。

「うおおぉぉぉぉ!!」

エステバリスが通過しきった直後、ミサイルのセンサーが反応し爆発が起きる。
アキトはそのミサイルが爆発した衝撃を利用し、一気に自身の加速力へと転用する。

同時に視界に色が戻り、意識が正常な時間を取り戻す。
生きた……そうアキトは生き延びたのだ、あの絶望的な状況から。


「ったく、冷や冷やさせやがって」

その光景を見ていたディンゴは軽口を叩きながらも、驚きの表情を隠せなかった。
何しろ先ほどの状況は彼の目から見ても明らかに「詰み」であった。
いや、正確にはディンゴが把握していたアキトの技量では言うべきだろうか。

(実戦に勝る経験は無いってのは良く聞くが、こいつほど当てはまる言葉は無いな)

この死地とも呼べる戦場という事実を加味してなお異常なまでの成長率、そしてここ一番という時に発揮する度胸。
既にアキトの実力は出発前と比べて何段階も上がっていた。

「が、依然ピンチなのには変わりねぇか……エイダ、艦長さんにもっと急ぐように――」

「重力変動を検知、重力波来ます」

ディンゴがナデシコに再度連絡を取ろうとした直後、一筋の黒い光が木星蜥蜴の群れに突き刺さった。
その攻撃は、攻撃にエネルギーを集中させていた敵のディストーションフィールドを易々と突き破り、包囲網の一角に大きな穴を開けた。

「大丈夫、アキト!?」

「アキトさん、大丈夫ですか!?」

直後、コックピットの隅に映し出されるユリカとメグミの顔。

「ユリカ、メグミちゃん……?」

突然現れた二人の顔にアキトは一瞬自らの置かれている状況を忘れ、ポカンとした表情を浮かべる。

実はグビティブラストをチャージしている間、アキトの駆るエステバリスの姿はナデシコの望遠カメラによってずっとモニターされていたのだ。
しかし、相転移エンジンの状態が状態なだけに中々チャージ完了せず、彼女達の心に徐々に焦りが溜まってきていた。
しかも、距離が離れているため詳細こそ見えないものの、彼の置かれている現状がリアルタイムで目の前で展開されていたのだ。
そのため、アキトの至近距離で爆発ミサイルが直撃したように見えてしまい、アキトのエステバリスがやられてしまったと勘違いしてしまったのである。

それを見た瞬間、ギリギリのところで自制心を保っていたユリカの中で何かが切れた。
同時にまるで図ったかのようにグラビティブラストのチャージが完了する。
ユリカは視線のみでルリに合図をすると、グラビティブラストを敵の横っ腹に叩き込んだのだ。
ちなみにメグミの心境もユリカとだったらしく、グラビティブラスト着弾と同時に通信を繋ぐ作業を終えていた。

「よかった……間に合ったんだ」

「私、もうダメかと思っちゃいました……」

目元に涙を溜めながら安堵の表情を浮かべる二人の恋する乙女。
その表情たるや、もしもこれがまともな状況下ならばどんな男でももイチコロであろう、そんな表情だった。

「見詰め合ってるところ悪いんだけど、急いだ方がいいんじゃないかしら?」

だが、残念ながら状況がそれを許してはくれなかった。
いつの間にか意識を取り戻していたイネスの冷ややかな声が三人を現実へと引き戻す。

気まずく思ったユリカとメグミは、顔が映った通信画面は小さくするとコックピットの隅っこに移動した。
が、それでも通信を解除しないのはやはりアキトの事が心配なのだろう。

「す、すみません、イネスさん」

「別に咎めはしないけれど、状況を考えなさい」

イネスにしてみれば意識を取り戻したと思ったら目の前で桃色空間が繰り広げられていたの

だ。普段以上に冷ややかな声がでたのは、頭の怪我が痛むことだけが原因ではなかったのだろう。

(まったく……若いっていいわね)

もしかしたら自分も若ければ、あそこに混じっていたのだろうか。
目の前の少年を見ながら、ふとそんな妄想を抱いたイネスは、次の瞬間には溜息と共に自嘲した。
そんなイネスの様子に、アキトは呆れられたと思いながらも慌ててエステバリスを加速させようとする。

「あれ……?」

が、一向に加速しないエステバリス。
いや、それどころか逆に異音を立てながら徐々に脚部キャタピラが減速していた。


「あれ、なんで……」

「どうやら……今度こそ本当に神様に見放されちゃったみたいね」

完全に停止した脚部キャタピラ。
度重なる無茶な機動、幾度と無く襲った衝撃、そして限界ギリギリの速度で稼動し続けていたことよる疲労。
何も限界を超えていたのはアキトだけではない、彼の駆るエステバリスもまた既に限界を超えていたのだ。

「どうしたの、アキト!?」

「それが……」

異変に気づいたのか、不安そうに尋ねてくるユリカに状況を説明する。
そしてその事を聞くと同時に、ユリカの顔は真っ青になった。

一難去ってまた一難。
奇跡によって繋がれた一筋の光は、今まさに途絶えようとしていた。



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アキトの状況を知ったナデシコブリッジは騒然とした空気に包まれていた。
まさかここまで来て、そんな言葉皆の頭を過ぎる。


「そうだ、こっちからエステバリスで救助に向かえば!」


メグミがはっとしたかのように提案する。
だが――

「それは駄目だ。そんなことをすれば混乱している木星蜥蜴達が体勢を立て直してしまう。

何より、テンカワと敵の位置がまだ近すぎる。この状況下で助けにいけばミイラ取りがミイラになるだけだ」

――ゴートの冷徹な声がそれを遮る。
それに、万が一このままアキトが敵の攻撃を回避しナデシコに到達したとしても、あれでは敵の群れも一緒にやってくることになる。
わざわざ敵を引き連れてやってくるアキトを待つことは、どのみちできないのだ。

「残念ながら艦長、時間がありません……このままチューリップに突入することをお勧めします」

それまで、状況を見守っていたプロスがユリカに静かに進言した。
ユリカはその言葉に反論したかった……ができなかった。
不幸にも彼女の優秀な頭脳が、この時点でアキト達の助かる道は残されていないということを否が応にも理解させていたのだ。

「そんな……嘘ですよね……ねぇ、ユリカさん、何か言ってくださいよ」

俯くユリカにメグミが震えた声でそう呟く。
彼女がユリカと同じくアキトに対して特別な感情を持っていることは、ここにいる誰もが知っている事実だった。

「ごめん……メグミちゃん……」

そんな彼女の言葉にユリカはそう答えることしかできなかった。
メグミがその場に崩れるように蹲る。
本当ならばユリカも同じように、メグミと同じようにその場に蹲りたいのだろう。
しかし彼女にはまだやることが残されている。
このナデシコを無事火星から脱出させるという使命が。

「ナデシコは……これよりチューリップに……とつにゅ――」

嗚咽を飲み込みながら最後の命令を下そうとした瞬間――

「もう諦めちまったのか、艦長さんよ」

冷ややかな男の声がナデシコのブリッジに響いた。

「ディンゴさん」

弾けるようにユリカは顔上げる。
そこには怒りの表情を浮かべるディンゴの顔がモニターに浮かんでいた。

「あんたはこの作戦を立てた時に俺に言ったよな、絶対に見捨てたりしないってな。あれは嘘だったのか?」

「それは……」

作戦前、確かに彼女はディンゴにそう言ったのだ。
絶対に捨て駒なんかにしたりしないと。

「トラブルの一つや二つ想定してなかったのか? もしそうならそれでよくあの坊主を送り出せたもんだな?」

ディンゴの言葉一つ一つが鋭い刃となって彼女の胸を抉る。
言い訳をしたくても声がでない……いや、その言い訳すら今の彼女には思い浮かばなかった。

ユリカの目尻に涙が浮かぶ。

「だったら……だったらどうすればいいんですか!? 私だって、私だってアキトとイネスさんを見捨てたりなんてしたくない!」

その叫びが呼び水となったのだろう、これまで必死で、必死に押えていた彼女の感情が堰を切ってあふれ出した。

「何度も考えたんです。何十回、何百回、考えられるだけ全部考えたんです。絶対助ける方法があるはずだって……でも、それでも出てこないんですよ、アキトとイネスさんを助ける方法が……」

あの時、彼女は艦長として自覚したはずであった。
何百人という命の重み、艦長という職業がいかに重い責任を背負っているかということを。

だからこそ作戦を立案した際も、何度も頭の中でシミュレーションを繰り返し、やれるだけのことは全てした。
事実、天才と呼ばれた彼女の優秀な頭脳は何十通りというパターンを想定し、その対応策も完璧に用意していた。

しかし、現実は厳しい。
いくら机上で完璧な計画を立てようとも、実戦は時としてそれらの予想を大きく上回る事態を引き起こす。

そして、今度は失うのは何百人という『他人』ではない。
失うのはたった二人。
ただ違うのは、その二人の中に『大切な』という意味が含まれているということだけ。

遂に膝に力が入らなくなくなり、場にペタリと座り込む。
いつの間にか溢れ出していた涙が雫となって床を濡らしていた。

「ったく……坊主には勿体いい女だな」

不意にディンゴの表情がくだけた。

「これだけは使いたくなかったんだが――」

頭をガシガシと頭をかきながらそう呟くと

「――エイダ、ゼロシフトの準備だ」

一気に表情を引き締め、エイダに向かってそう告げた。

「それは――」

「いいからやれ、時間がない!」

「――わかりました、ゼロシフト・スタンバイ」

エイダの語尾を食うようにディンゴが叫ぶ。

「ディンゴさん……一体何を?」

突然態度を変えたディンゴに一瞬何が起きたのかわからずユリカが聞き返す?

「説明してやりたいところだが時間がない。ようは今すぐ二人をそこまで連れて行きゃ皆助かるわけだな?」

「は、はい!」

「だったら今すぐハッチを開けろ。 上手くいきゃ全員助かる」

ディンゴはそれだけ告げると通信を切り、棒立ち状態のエステバリスの傍まで近寄ると両手で抱え込むように持ち上げる。

「ディンゴさん、一体なにを!?」

「説明してる暇はねぇ。いいから二人ともしっかりと何かに捕まってろ!」

突然の事態に混乱しながらも、言われるがままにするアキトとイネス。

そして次の瞬間――


「いくぞ!」


――二機の姿がその場から掻き消えた。


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こっそり改訂。ここに書き込むのは何年ぶりだろうか……




[318] NADESICO ZONE OF THE ENDERS 18話:歪められた決意
Name: シロタカ◆499de7b5 ID:22ec81af
Date: 2012/11/03 01:46
「き、消えた……だと!?」

まるでコマ落としの映像のようにナデシコのメインモニタから消失した二機の姿。

「ルリちゃん、アキト達の場所の確認をお願い!」

「は、はい! エステバリス及びジェフティの現在地は――確認しました。 場所は……え?」

ユリカの声に反応して即座にアキト達の場所をレーダーで確認したルリは、自分が確認した情報を報告しようとして、言葉を止めた。

「どうしたの!? 早く報告して!」

「あ、はい、アキトさん達の現在地は――ナデシコの真上です」

「……え?」

その報告を聞いた瞬間、その内容が示す意味をその場にいる殆どの人間が理解出来なかった。
もちろんそれを報告した内容が別段難しかったわけではない。
彼女はただ『ジェフティとエステバリスがナデシコの真上にいる』という事実を簡潔に報告しただけなのだ。

では何故彼女の言葉を殆どの人が理解出来なかったのか?
これもまた実に単純な理由である。
ジェフティとエステバリスが居た場所とナデシコのいる地点の距離を考えればそれは物理的にあり得ないことだったからだ。

両者の距離は例え空戦フレームのエステバリスが全速力で移動したとしても数十秒を要する距離があった。
それに対し、ナデシコが二機を見失っていたのはたった数秒。
どう考えてもあり得ない現象だったのだ。

だが、それを可能とする方法を知っている者の感想は違った。

「ま、まさか……あれはボソン――」

相当動揺していたのだろう、プロスはそこまで呟いて漸く自分が何を言おうとしていたのか気づき続きの言葉を飲み込む。
それは直ぐ隣にいたナナシに辛うじて聞こえる程度の小さな声でしかなかったが、普段の彼からは考えられない失態だった。
無理も無い、彼の所属するネルガル重工は長い間それを実現しようとあらゆる手を尽くしてきたのだ。
それが目の前で実行されてしまったのだから、寧ろこの程度の動揺で済ませた彼の精神力を褒め称えるべきだろう。

もっとも、動揺していたのは僅かな時間で、頭の切替の早いプロスは既に頭の中ではどうやってディンゴから情報を引き出す又は彼自身を自陣に引き込むか策謀を巡らせていたのだが……。

しかし、そんなプロスと同じくボソンジャンプを良く知る人物、ナナシの感想は違った。

(あれは……ボソンジャンプ何かじゃない)

確かに、ボソンジャンプを良く知らない者には今の現象がボソンジャンプのように見えたかもしれない。
だが、あの瞬間、殆どの人物が『消えた』という現象にのみ注目していた中、ナナシだけはちゃんと見ていたのだ。

ナデシコとあの二機の間にいた遮っていた木星トカゲが『まるで見えない何かに弾き飛ばされたかのように』爆散していたということに。

(だとしたら、あの機体は)

そう、その現象から推測される事実、それは

(目に見えない程の速度で移動した、とでもいうのか)

現象から推測された事実をナナシは否定したかった。
ボソンジャンプとは違う瞬間移動技術――いや、この場合超高速移動技術と言うべきか。
自分が知る未来の世界でさえ、そんな技術は片鱗すら見せなかった。
仮にボソンジャンプと同じく隠れて研究されていた技術だったとしても、ネルガルの情報網に一切それらしい情報が引っかからないというのもまずありえない。
何よりもしもそんなものがあったとすれば、ボソンジャンプの対抗技術としてその頭角を表してもおかしくないはずだ。

前の歴史とは違う、それは覚悟していた。
だが、こんな馬鹿げたイレギュラーが存在しているというのはまったくの想定外だった。

(まさか……本物の異星人だというんじゃないだろうな)

あの機体が古代火星人の遺物どころでは無い。
現存するまったく別の星から来た宇宙人かもしれない。
そんな結論に至った本人でさえ本当にありえるのか疑問に感じてしまうほど現実味に欠ける結論だが、実際に目の前であのようなことを実行されてしまえばそんな妄想も荒唐無稽と言い捨てるわけにもいかなかった。

前の歴史では居なかった、少なくともこの時点では出会うはずのなかった存在。
それが何故この歴史では唐突に火星に姿を現したか。
そして一体何の為にナデシコに接触したのだろうか。

そこまで考えたナナシはふとある一つの疑念を抱く。

もしも……アレがナデシコに害を成す存在だったとしたら?

何を馬鹿な。
考えた直後にその可能性を否定しようとする。
何より現状がその可能性が限りなく低いことを証明している。
ナデシコを落とそうとするなら、チャンスはいくらでもあったのだ。
相手がもしナデシコに害意を抱いているならば、とっくの昔にナデシコは撃沈されているはず。
それに出会ってからほとんど経っていないが、ナナシ自身あのディンゴ・イーグリッドと名乗る男の人なりはある程度掴んだつもりだ。
少なくともあの男の性格が演技だとは思えなかった。

しかし可能性は『ゼロ』にはならない。

もしもナデシコの利用が目的だったとしたら?
もしもナデシコ本体ではなく、クルーの中に対象となる人物がいたとしたら?

そんな被害妄想とも言える僅かな可能性が、ナナシの中で僅かな疑念を増幅させる。

そしてもう一つ、ナナシの疑念を増幅させる要因があった。
それは、あのジェフティという機体が持つ異常なまでのポテンシャル。

単体でグラビティブラストの直撃にさえ耐えうる防御力。
数百、数千という木星トカゲに囲まれた状況でさえ被弾することなく回避し続ける機動力。
ディストーションフィールドを力押しで突破できるほどの火力。
さらには瞬間移動すら可能とする『未知の力』を持つ謎の機体。

そんな相手が万が一ナデシコの敵に回ってしまったとしたら。
果たして自分は――

『そんな相手からナデシコを守りきれるのだろうか?』

その可能性に至った瞬間、ナナシの脳裏に嘗てのトラウマが蘇る。

血の海に沈む両親。
木星トカゲの群れに蹂躙される故郷。
目の前で遺跡の中枢に組み込まれる妻。
そして過酷な実験の末に失われた味覚。

それは両親を、故郷を、妻を、果ては夢さえも……『理不尽な力』によって奪われた過去の記憶。
それは楔となって打ち込まれた決して消えることの無い心の弱み。

恐怖……そう『理不尽な力』な力に対する根源的な恐怖であった。

(奪われる……俺はまた何かを奪われるのか)

得体のしれない恐怖がナナシの心を覆う。
人は恐怖に陥った時、悪い方へより悪い方へと思考が進んでいく。
どうすれば『確実に』皆を救える?

其処まで考えた瞬間、ナナシは自嘲しながら口元を小さく歪める。

(はは……何だ、結局いつもと同じじゃないか)

そう、その答えは既に知っていた。

『想定され得る全ての脅威を拭い去ればいい』

疑わしきは罰せよ、障害となる可能性があるならば全てを排除せよ。
それはまさに嘗てプリンスオブダークネスと呼ばれた頃の考えそのものだったのだから。

何故忘れていたのだろうか……いや、忘れていたかったのだろう、所詮自分が咎人という事実を。
いつの間にか勘違いしていたのだろう、この嘗て失ったはずの温もりの中にもう一度戻れるかもしれないのだと。

所詮自分は犯罪者。
過去に戻ったところでその事実は消えはしない。
澄んだ水に濁った水が混じってはいいはずがない。

そう、自分はとっくの昔に失っていたのだ、このナデシコ(家)に帰る資格など。

成りを潜めていたはずの黒い情念が再燃するのをナナシは感じた。

どうせはそう遠くない未来に消えるであろうこの命。
ならば再び泥を被ることに何の躊躇いがあろうというのか。

(喩え皆にどんなに風に思われても……俺は)

秘めた決意は唯一つ。
嘗ては愛し……いや今でも愛している妻や娘、そして大切な友人達と同じ姿、形、そして心を持つ人達に敵意を向けられる結果になろうとも。
喩え己自身の破滅しようとも。
彼ら(彼女ら)だけは守り抜いてみせる、そう心に決めた。











18話:歪められた決意











「現在地ナデシコ上空、ゼロシフト成功です」

「ふう、何とか上手くいったか。エイダ、機体の状態は!?」

「ウーレンベックカタパルト移動中に圧縮空間の断層に接触したため左腕及び右脚が欠損、ベクタートラップが破損によりサブウェポンが使用不可能、制御プログラムにエラーが多数発生しています」

「ボロボロだな。それで、坊主の方は?」

「生体反応検知、機体は大破していますがお二人とも無事です」

「ふう、まったく冷や冷やさせやがって」

「あの状況下で全員が生存する可能性は1%を切っていました、まさに奇跡としか言いようがありません」

何しろプログラム不全により実質使用不可能状態であったゼロシフトを無理やり使用したのだ。
最悪、ウーレンベックカタパルトが作り出した圧縮空間の断層に機体が巻き込まれ、木端微塵に砕け散ってもおかしく無かったのだ。
ましてや、単独でもそれほど危険性が高いというのに、エステバリスというお荷物を抱えた状態でゼロシフトが成功したのはまさに奇跡と呼んで差し支えなかった。

「おい二人とも、ちゃんと生きてるなら返事ぐらいしろ」

「は、はい……頭がくらくらしますけど、何とか生きてます」

「ええ、こっちも何とか生きてるわ」

頭を片手で押えながら弱弱しい声で返答すアキト。
イネスも衝撃で意識を取り戻していたのか顔を顰めながら返事をしてきた。
二人は気づいていなかったが、この時両者は鼻血を出しながら目が真っ赤に充血させていた。
原因は慣性無効化能力が圧倒的にジェフティとエステバリスでは違い。
ゼロシフトの際に発生したGをエステバリスの慣性無効化では処理しきれず、一瞬とは言え二人は大なGを全身に受けたのだ。
実際な所、最悪場合圧死する可能性すらあったのである。

「そいつは良かった。さっさとナデシコに回収してもらいな」

「ディンゴさんは……どう、するんですか?」

「俺はちょいと事情があってこいつから降りられねぇからな。このまま外で待機する」

そう言ってディンゴはエステバリスをナデシコの甲板に降ろすと再び敵のいる方角に顔を向ける。
どうやら木星トカゲもこちらに気付いたらしく、徐々に此方に向かって接近してきている。

「その内ここも囲まれるな……くそ、ベクターキャノンが使えりゃ一発ブチかましてやるんだがな」

アーマーンの圧縮空間の断層を利用したバリアでさえ貫通したベクターキャノンならば、戦艦クラスのディストーションフィールドがあっても容易に貫通できるはずだ。
それにあれだけ敵が密集している今なら、かなりの数を一掃できるチャンスなだけにディンゴは少し残念がった。

「ナデシコより通信をキャッチ、繋ぎます」

敵の状況を確認していると、ナデシコから通信が入る。

「艦長さんよ。約束どおり無事届けてやっ……うおっ!?」」

口元を大きく歪めた笑み、所謂ドヤ顔で報告しようとしたディンゴだったが、通信画面を開いた瞬間、そこに映っていたものを見て思わず声を上げた。

「ひっく、あ、ありが、とう、ごじゃいましゅ、ディンゴざん」

映っていたのは、本当に二十歳の女性かと疑いたくなるほど涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしたユリカの顔。
アキトとイネスが助かったという事実を認識した瞬間、別の意味で感情の抑えが効かなくなり一種の幼児退行を起こした結果であった。

「ぼんどうに、もう、ダメかと、おぼってまじた」

「分かった、分かったから取り敢えずその顔をどうにかしろ!?」

声をしゃくり上げながら恥も外聞も無い顔でお礼を言うユリカに、流石のディンゴも照れたのか通信画面から視線を逸らす。
画面の向こうでは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったユリカの顔を、ミナトがよしよしと慰めながら手に持ったハンカチで綺麗に拭いていた。

暫くすると漸く感情の高まりが収まってきたのか、しゃくり声が聞こえなくなる。
そろそろ大丈夫かと思ったディンゴが再度視線を通信画面に向けると、そこには若干目の周囲が腫れぼったくなっているものの、平静をとりもどしたユリカの姿があった。

「あ~……とりあえずもう大丈夫か?」

「すみません、ちょっと取り乱しちゃいましたけどもう大丈夫です」

実際はちょっとどころでは無いが、そこは誰も突っ込まない。

「もう時間が無い。早く逃げねぇと囲まれちまうぞ」

「もちろん解ってます。後は任せて下さい!」

溜め込んでいたいたものを一度全部吐き出したからなのだろう、彼女の顔は既に艦長の顔に戻っていた。
アキト達があれだけ頑張ったのだ。
ここからは自分が頑張る時間だ。
そして彼女は大きく息を吸い込み、素早く指示を飛ばし始めた。

リョーコさん、アキトとイネスさんの収容は?」

「おうよ、今回収し終わったところだぜ!」

嬉しそうな返事が返ってくる。
その返答を受け取ったユリカは今すぐにでも格納庫に駈け出したい気持ちを抑え、即座に次の指示をとばす。

「ディンゴさん、そのままナデシコの甲板に掴ってて下さい。ミナトさん、ナデシコを全速力でチューリップに向けてお願いします! 後方の敵に追い付かれる前に一気にいきます!」

「は~い、お・ま・か・せ!」

ミナトの掛け声と共に相転移エンジンが唸りを上げ、チューリップに向かって加速していく。
殆どの敵がアキト達を追ってチューリップから離れているとはいえ、それでもチューリップの周辺には少なくない護衛が残っている。
このまま無防備に突っ込めば、いくらナデシコのディストーションフィールドといえど防ぎきれる保証は無い。

だが――

「前方の敵陣にジャミングミサイル及び煙幕弾を発射! ミナトさん、多少視界が悪くなりますので注意して下さい」

「大丈夫、これぐらい問題無いわよ」

ナデシコから発射される無数のジャミングミサイル。
そう、ウリバタケが資金を横流しして作っていた試作武器の一つだ。
元々試作品として一本しか作っていなかったが、ナナシが使った事で十分効果があることが確認されたことにより、これは使えると判断したユリカがこの作戦の為に何本か作らせていたのだ。

それにあくまで目的は火星からの脱出。
敵を無理に倒す必要は無いのだ。
如何に短い時間でチューリップに突入するか、これがユリカの考えた作戦の骨子であった。

爆音と共にジャミングミサイルが着弾する。
強烈な電磁波が木星トカゲを襲い、一時的に人工知能を麻痺させる。
これが有人機であったならば何がしか反応も出来たのだろうが、無人機であるが故に完全な停止時間が発生する。

時間にしてみればほんの数秒。
だが、既に音速以上の速度に達しているナデシコにとっては十分距離を稼げる時間であった。

「敵陣営から高エネルギー反応、人口知能が再起動したようです」

「思ったより時間が稼げたみたいね。ウリバタケさん、例の奴お願いします!」

「まかせときな! 少し勿体無いが命には代えられねぇからな!」

敵陣営が立て直され始めたのを確認したユリカは素早く次の手を打つ。
ウリバタケの返事と共にナデシコのカタパルトハッチが開き、黒い塊が射出される。

「とほほ……帰ったら社長の小言が増えそうですね」

その光景を見てプロスが疲れた溜息をついた。
射出されたのは一機のエステバリス……の形をしたデコイだ。
予備の部品でフレームだけ組み上げられ全身を真っ黒に塗られたそれは、背中に取り付けられたミサイルを推進剤にして敵陣に進んでいく。

「敵がデコイに向かっています……うわ、凄い数」

「むぅ、まさかこんな単純な方法が成功するとは……」

あまりに単純な陽動作戦が成功したことにゴートが唸る。

「相手が有人機なら絶対使えませんけどね。それに以前ナナシさんが活躍してくれたことが大きかったんだと思います。流石にナナシさんカラーのエステバリスは木星トカゲも無視出来ないはずですからね」

木星トカゲ同士が何らかの方法で情報を共有していることはこれまでの経験で解っていた事実だ。
ユリカはそれを逆手に取り、ユートピアコロニーで見せたナナシの戦闘力が敵に伝わっているということを利用したのだ。
作戦は見事成功し、かなりの数がデコイに向かっていた。

「こちらにも敵機より攻撃がきます、衝撃に注意してください」

「ディストーションフィールは現状維持。速度を優先して下さい。同時に迎撃ミサイル発射。標的は敵のミサイルのみ狙って下さい!!」

ナナシモドキのエステバリスが思ったよりも敵を惹きつけてくれたお陰で、想定よりも砲撃が少ないことにユリカは安堵した。
チューリップまでの距離もあと僅か。
このままいけば行ける、そうユリカが確信した瞬間。

ガクンっナデシコのスピードが減速した。

「何が――!?」

そのユリカの問いに答えるかのようにルリから報告が入る。

「艦長、左舷スラスターのエネルギーバイパスに異常が発生、緊急停止しました」

「うそ、このタイミングで!?」

今回の作戦の要はナデシコの機動性だ。
その、前提条件がここにきて崩れ去ってしまったのである。

だが、ある意味これは起こるべきして起こったことなのかもしれない。

ナデシコは……ナデシコは優秀な戦艦過ぎたのだ。

最新技術を盛り込んだ最新鋭の戦艦。
聞こえは良いが、まったく新技術というとはノウハウの蓄積が少ない、或いはまったく無いことを意味している。
さらにナデシコの場合、試作機を作って試運転すらする余裕すらなかったのだ。
即ち、カタログスペック以外の情報が一切無いということに等しい。

それでもナデシコは優秀な戦艦であるというこ疑うまでもない事実だ。
たった四ヶ月とはいえその実績を事実を裏打ちしている。
そして技術者は超一流も揃っており整備も他の戦艦と比べれば格段に良く、不具合らしい不具合も起きなかった。

だからこそ、この局面に至るまでナデシコ自身が受けてきた負荷がどれほどだったかのか真に理解している者は誰もいなかった。
たった四か月の間に数多の木星トカゲと戦闘し、ディストーションフィールドこそあったものの決して無傷ではない。
特に火星に来てからのスペック以上に酷使されてきた結果、船体には目に見えないレベルの負荷が膨大に蓄積されていたのだ。

もちろん、それに気付けなかったユリカを責める者は誰も居ない。
今やユリカの艦長としての能力は誰もが認めるレベルに達している。
それは通常の対応力はもちろん、これまでの経験を得てより想定外の事態への対処能力も一層高みに届いている。

しかし、悲しいかな。
それらは全て『外側』からのイレギュラーに対してのみであって、『内側』のイレギュラーに対してはまだまだ経験値が不足していたのだ。

恐らく長い経験を持つ艦長ならば恐らくまず最初に自身が乗る戦艦の信頼性を調べた事だろう。
だが、ユリカはこの何の実績も無い『ナデシコ』という戦艦を無条件に信頼し過ぎてしまっていた。
その事実が最後の最後でツケとして回ってきたのだ。

「敵陣よりバッタが多数接近中、このままだとチューリップ突入前に囲まれます」

「――っ!?」

入ってくる報告にユリカは奥歯を噛みしめる。
彼女の名誉の為にいうならば、彼女の作戦は『外側』に対するイレギュラーに対しては完璧だった。
そう、ただ『内側』に対するイレギュラーの想定が甘かっただけだのだ。


「ったく、まだまだ詰めが甘いみたいだな」

その場にそぐわない陽気な声がナデシコのブリッジに響く。
そう、『内側』に存在する最大級のイレギュラーの存在の想定は彼女は甘かったのだ。

「ディンゴさん?」

「要は、あの石の化け物みたいな奴に突っ込めばいいんだろ」

「は、はい」

声の発生源は不敵な笑みを浮かべた男、ディンゴ・イーグリッド。
何時の間に移動したのか、彼は今ナデシコのら後部に居た。

「なら、話は速い。エイダ、サポートを頼むぞ!」

「一体何を……」

「なあに、ちょいとばかりこのじゃじゃ馬のケツを押してやるだけだ。そこの操舵士のねえちゃん、ちょっと荒れるかもしれんがちゃんと制御してくれよ!」

その声と共にナデシコにジェフティの残った片腕が押し当られる。
そして一瞬の溜めがあった後、バーニアから巨大なエネルギーが噴出された。

「はいだらぁぁぁぁぁ!!」

普通ならば僅か十数メートルの機体が持つ推進力が、全長数百メートルにも及び戦艦の推進力に匹敵する事等あり得ない。
何より機体の強度が保たないはずだ。

「凄い、本当に加速してます」

「う、うそぉ」

だが、ジェフティはその常識を覆す。
嘗て暴走する何百メートルにも及ぶ列車を正面から受け止めた機体の強度。
そしてメタトロンが生み出す膨大なエネルギー。
その二つがそんな非常識を可能にしていた。

「チューリップまで残り1000」

「ディストーションフィールド出力最大、突っ込みます!」

まるで弾丸のような速度でナデシコはそのままチューリップの口に向かって突っ込んでいく。



「いっけぇぇぇぇ!」



ディンゴ一際大きく吼えると同時に、ナデシコがチューリップの口に入り込み――

――同時にナデシコから一機の黒いエステバリスが飛び出し、ナデシコを押しているジェフティに向かって体当たりを仕掛けた。


「なっ!?」


予想外の攻撃に回避が間に合わずジェフティはそのまま体当たりを食らってしまう。
黒いエステバリス……ナナシはそのままジェフティを道連れにチューリップの口から外に飛び出していく。
それに気付いたナデシコも慌てて引き返そうとするが時すでに遅く、亜空間の吸引力に捕まっていた。

「ナナシさん、応答して下さい。どうしてそんなことを!?」

「君達は行ってくれ。俺はここでやることがある」

「一体何を……」

通信越しにナナシの言葉がブリッジに伝わる

「……こいつは危険だ。ナデシコに危害が及ぶ前に排除する」

「な、何を言ってるんですか。ディンゴさんはナデシコを助けてくれた人ですよ!」

「……今はそうかもしれない。けど、これからもそうかは解らない。奴の力は強大過ぎる……何かあったら俺の力じゃ止められない」

まるで何かに取り憑かれているかのようにディンゴの危険性を呟くナナシ

「一体どうしちゃったんですか、ナナシさん! 貴方は……貴方はそんなことをする人じゃ――」

「――それは違うよ、ルリちゃん……」

「え?」

突然口調が変わったナナシに一瞬ルリは戸惑いを覚えた。

「人を殺すことに躊躇はしない……俺はそんな人間だ」

「え、人を殺すって……ど、どういう」

混乱するルリ。
今のナナシは何かがおかしい。
明らかにこれまでの様子と違っている。

「もう何も奪われたくない。だから奪われる前に殺す。ただそれだけだよ」

「ひっ」

通信機越しでも伝わる寒気を含んだ声にルリは小さく悲鳴を上げる。
その声を聞いたナナシはバイザーで少し悲しげな表情を浮かべ、心の中で「これでいい」と呟いた。

「ユリ……いや、艦長」

「は、はい!」

「ナデシコを頼む」

その言葉を最後に通信は途切れ、同時にナデシコのクルーはそのまま意識を失うこととなる。
完全にチューリップに取り込まれたナデシコはそのまま亜空間を漂い、七か月後再び通常空間に出現することとなる。

ハキツバタによって発見されたナデシコのメインコンソロールはまるで滴を零したかのように薄く湿っていたという。

















火星

チューリップから飛び出したエステバリスとジェフティは正面同士向き合い対峙していた。

「で、どういうことか説明してもらおうか」

「お前は……何者だ」



-to be continued-






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