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[31970] 【習作】反逆のスライム【ドラクエ二次創作】
Name: 浩一◆4986add6 ID:7a51c06b
Date: 2012/03/20 18:06
  反逆のスライム





 このSSは以前投稿していた同作に加筆・修正をした物です。

 

 

 

 この話は、ドラクエの設定を借りていますが、かなりオリジナルの要素が強くなっています。

 原作のイメージを大切される方は注意が必要かも知れません。

 

 更新履歴

 〈立志編〉一話~六話 旧話の加筆修正

 〈立志編〉七話~八話 新規

 〈出世編〉一話~二話 新規








[31970] 反逆のスライム〈立志編〉
Name: 浩一◆4986add6 ID:7a51c06b
Date: 2012/03/16 08:27
  反逆のスライム





 俺は集合場所に向かって全力で走っていた。

 「やっべえ、完璧に遅刻じゃねえか」

 基本的に俺の朝は早い方だ。規則正しく起床し、真面目に仕事に取り組む。

 また、周囲の仲間とのコミュニケーションも忘れない。この厳しい社会を生き抜くための知恵だ。

 しかし今日は規則正しく起きる事ができなかった。昨日特別ボーナス支給されたので、夜明けまでダチと飲んでいたからだ。

 今日会議があることなど忘却し、がばがばビールやらウイスキーやらを調子に乗って飲みまくっていた。

 解散した後、家に帰って一眠りした後に会議の事をを思い出し、現在に至る。

 「そもそも、ボーナス日の翌日に会議するとかありえねえだろうが!」

 息が荒い。足がもつれる。二日酔いが酷い。吐きそうになりながらも、俺は足をフル回転させる。

 

 

 「遅れて申し訳ありません!! スラリン二等兵、参りました」

 俺が到着した時には既に会議は始まっていた。

 出席者全員から非好意的な視線が向けられる。そんなに睨むなよ、頑張って走って来たんだぜ。

 「部隊会議は始まっている。早く席に着け、二等兵」

 会場の中心の男が苦笑しながら、俺に着席を促す。

 この男は、レオン。俺の部隊の隊長だ。階級は中尉で、種族は彷徨う鎧。

 普通なら将校がこんな辺境の一部隊の隊長を務める事は有り得ない。

 だがこの男は現場第一主義とかいって、あくまでもこの部隊にこだわっていた。

 魔物は生まれつきその強さによってクラス分けされ、二等兵から始まり大将を頂点とする。

 二等兵、つまり俺みたいな下っ端は雑魚もいい所で、一般の人間にも苦戦するが、将官クラスとなると強さの次元が違い過ぎる。

 その力は、魔物という範疇で括っていいのかと思っちまう。特に竜王・シドー・ゾーマ・ピサロ・ミルドラースの五大魔王は神の域に達してるんじゃねえか?

 あいつらがその気になれば、国どころか大陸も消し飛ばせるだろう。

 同じ魔物でなんでこんなに差があるんだろうな。神様ってのは、つくづく不公平だぜ。

 上の方の階級の奴らは、魔王直属として仕えたり、激戦地区に配属されるんだが、尉官より下の下級の魔物は、辺境の土地で人間達を適度に減らしたりするくらいだ。気楽なもんだろ?

 つまり、中尉の階級であるエリートな我隊長様は異常である。出世欲が無いのか、チキンなのか、頭がおかしいのか。まあ、普段の戦いぶりを見る限り、二番目はねえな。

 

 

 「・・・・・兵、二等兵。聞いているのか」

 あ? おお、考え事してたら時間が経っちまった。隊長が呆れている。雷が落ちない内に、早く座ろ。

 俺は近場の席に腰を降ろす。さて、今日の議題は何じゃいな。

 

 

 意気込んだのは良いが、昨日の飲みすぎと睡眠不足のため会議の内容はほとんど頭に入らず、俺は夢の世界への船を漕ぐ作業に専念することになった。

 「・・・・以上で今日の会議を終了する。各員任務を怠らない様に」

 お、会議が終わったみたいだな。眠い、とっとと帰って寝よ。

 俺は普段の行いはいい方だと思うんだが、今日はついていないらしい。

 机に突っ伏しそうになる程の眠気を鋼の精神で散らし、家に帰ろうとした腰を上げた所で、うざい奴に呼び止められた。

 「待ちなさいな」

 ああ? 振り向くと、オレンジ髪のスライムが蔑んだ目で俺を見ていた。

 「私に何か御用でしょうか、上等兵殿?」

 こいつはスライムべス。名前は確かルージュとかいったかな。まあ、如何でも良い。

 自分より上の奴には媚びへつらい、下の奴には威張り散らす。小物を体現した様な野郎だ。

 ルージュはフンと鼻は鳴らし、

 「用が無ければ、貴方のみたいな出来損ないに話しかけたりしないわ。私はそんなに暇じゃないの」

 相変わらず、人の神経を逆なでする野郎だ。

 俺は持前の寛大さと忍耐力プラス相手が上官であるため、殴りたくなる衝動を抑え紳士的な態度で、用件を聞いた。

 「前から無能だと思っていたけれど。時間も守れない上に、重要な部隊会議で居眠りをするなんて。マナーも持ち合わせていないようね」

 ルージュはやれやれと言わんばかりに、溜息をつく。そりゃあ、すんませんねえ。

 心の中でルージュをぶち殺す計画を何通りも立てていると、

 「貴方、私が何を言いたいのか理解できないの?」

 まあ何となく予想はできるが。

 「まさかここまで無能とは。まったくこんな無能が私の部下だったと思うと、私のキャリアに傷がつくじゃない」

 「部下だったとは?」

 答えは分かっていたが、一応聞いてみた。

 ルージュは塵でも見るような目で俺を見下す。

 「わからないの?貴方は我が部隊にも、私にとっても必要ない。もうここに貴方の居場所は無いのよ」

 言い終えるとルージュはもう用はないわ、と言わんばかりに踵を返し、去って行く。

 俺にできる事はルージュを呪い殺さんばかりに、その後ろ姿を睨みつけることぐらいだった。

 

 

 「畜生、一方的に解雇しやがって。労働法違反じゃねえのか」

 俺は家に帰るなり、やけ酒を飲んでいた。いきなりクビ宣言されれば誰でもこうなるだろうよ。

 あの野郎、前からムカつくと思っていたが、まさかここまでとはな。

 しかし、何時までも不貞腐れているわけにはいかない。なけなしの貯蓄はすぐに底をつくだろう。

 「にしてもどないしようかねえ・・・。俺の実力じゃ他の部隊に編入するのも難しいだろうし」

 何かないか、楽な就職方法は・・・。俺は悩んだ。過度に摂取されたアルコールのせいで満足に働かない頭を回転させる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 んん? あっ! あったよ、あれがあるじゃねえか!

 その時俺の脳裏に天啓が閃いた。そうだ、なんでこんなシンプルな方法を忘れてたんだ。最近、たるんでたんだなあ俺。

 俺達魔物は、種族によって階級がほとんど決まるといっていい。

 何か大きな手柄をたてたりして、上官に認められない限り昇進することは無い。

 勤務年数によって階級があがるとかいう年功序列制度など無く、完全な実力社会だ。

 つまり種族の力を考えると、大抵の奴は生涯で2、3階級ぐらいしか昇進できない。普通のやり方ならば。

 俺たちの社会では、この階級制度を打開するためにある一つの制度がある。

 下克上制度。一般にはこう呼ばれている。

 内容は至ってシンプルで、自分より上の階級の奴を殺せば、そいつの階級が自分の階級になるっていう制度だ。

 実際、この制度を利用して昇りつめた奴が何人かいる。典型的な例を挙げるなら、五大魔王のピサロだ。

 あの野郎は元々は、少尉にすぎなかったが、持ち前の才能と努力によりどんどん昇進し、魔王にまでなった。

 だが、自分より上の階級の奴を倒すのは並大抵の事では無い。

 階級が上ってことは、種族としての格が違うってことで、下手したら返り討ちで天に召される可能性もある。

 まあ、俺の標的はルージュだ。俺とあの野郎は、それ程差がある訳じゃない。

 確かに今はまだ奴の方が上だが、俺の特性を利用すれば倒せない事はあるまい。

 「今のうちに余生を楽しんでやがれ、クソ野郎」

 俺はにやにやと嗤いながら、アルコール中毒で倒れるまで酒を飲み続けた。

 

 




[31970] 二反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:7a51c06b
Date: 2012/03/16 08:43
  反逆のスライム  



 二反目

 

 

 基本的に魔物は成長する事は無い。

 魔物に求められるのは、即戦力としての戦闘力だ。一人前になるまでに何年もかかるってのは非常に効率が悪い。

 だから俺達は完全体として生み出されるのだ。

 しかし、何事にも例外はある。完璧に計算された魔物の生産ラインも、ごくまれに不具合が生じる。

 その例外の一人がこの俺って訳だ。

 俺はその例外の中でも、更にレアなプレミアモンスターである。つまり、俺は成長する事ができるって事。

 だが、俺みたいな成長タイプの魔物は、同種族に比べて初期能力が著しく低い。

 実際、生まれたばかりの頃の俺は滅茶苦茶弱かった。

 部隊の仲間の足も引っ張りまくり、ミッションの失敗率もピカイチと言う不名誉な記録もある。

 ルージュの野郎が俺を出来損ない呼ばわりするのもその為だ。

 最近は他の奴らとほぼ同水準に達したので、サボっていたんだが、再び鍛えなきゃならないみてえだ。あー、かったるい。







 「お、いいもん見っけ」

 獲物を探すこと数時間。具合のいいカモを発見した。都合良く一人な上に、大した装備もしてねえ。唯の旅人って所か。

 人間と同じように、俺達成長タイプの魔物にも経験値って概念がある。

 自分と同格かそれ以上の奴を倒す事で経験が蓄積され、それが一定以上溜まるとレベルが上がるってシステムだ。

 俺の視線の先の人間は、プロって訳でも無えだろうが、戦いを全く知らねえヘタレって訳でも無さそうだ。

 腰に差してある剣もそれなりに使い込まれてるし、引き締まった体をしてやがる。こいつなら俺の成長の糧になってくれるだろう。

 

 俺は野郎に気付かれない様に、背後からゆっくりと近付く。

 50m、30m、20m、10m・・・。うし、射程範囲内に入った。俺は両脚に力を漲らせ、一気に距離を詰める。

 そして―――――――

 「うおおおおおおおおおおっ?」

 なんて野郎だ。この人間は完璧に気配を殺した俺の攻撃を躱しやがった。獣じみた反射神経だ。

 「て、てめえ! いきなり何しやがる」

 どうやらこの人間は大変ご立腹らしい。まあ、いきなり後ろから襲われたら誰でもキレるわな。

 「悪い、ちょっと俺のレベル上げに貢献して貰おうと思ってよ」

 俺は正直に答えたが、目の前の男は納得がいってないようだ。

 それどころか、額に浮かびあがった血管が痙攣し、今にもはち切れんばかりになっている。

 正直なだけでは円滑な社会生活を送ることはできない事を学んだ瞬間だった。

 どうでもいいけど、そんなに血を昇らせて脳溢血にならないだろうな。

 「この野郎、上等じゃねえか。どーやら自殺願望があるらしいなぁ・・・?」

 男は腰の鞘から剣を引き抜く。なかなか高そうだ。いくらぐらいで売れるだろうか。

 完全に戦闘モードに移行した男は、眼を血走らせ今にも飛びかかってきそうな勢いである。

 全く、いくら不意打ちしたからってキレすぎじゃねえか? 人間ってのは皆こうなのだろうか。

 不意打ちである程度削って置きたかった所だが仕方無い。

 人間―――やたら凶暴そうなので猛犬と呼ぶ事にする―――もやる気満々になったので始めるとしよう。

 「おら、先手は譲ってやっから掛かって来なさい」

 俺は、クイッと誘うように猛犬を挑発する。案の定猛犬はブチ切れて突進してきた。へえ、結構疾えじゃないの。

 「うらあああああ!!」

 猛犬は振り上げた剣を俺の頭蓋を砕かんばかりに、思いきり叩きつける。

 猛犬の動きを読んでいた俺は、バックスウェーであっさり躱す。

 すかさず野郎は二撃・三撃目を繰り出してくるが、その軌道は単調だ。右に左に移動する事で避けて行く。

 「くそっ、死にやがれっ」

 単純な猛犬は、攻撃が当たらないため更に血を昇らせ、単調な攻撃が殊更見切りやすいものとなっていった。

 どうやら、この猛犬の身体能力は中々のもので、動きのキレは良かったが技術がそれに追いついていないようだ。俺としてはとてもありがたいことだ。

 単純な切り払いや、剣を振り降ろすだけでは俺を捉えられないと思ったか、猛犬は攻撃パターンを突きも織り交ぜて来た。

 突きのスピードは中々のものだが、所詮は素人である。一撃一撃の隙が大きいので俺は余裕を持って躱して行く。

 

 10分程続いただろうか。怒涛の攻撃(と猛犬は思ってんだろうなあ)は徐々に翳り見せ始め、猛犬の息も上がって来た。

 寧ろ無呼吸運動を10分も維持できる体力は驚異的ですらある。怒りが生む力ってのは凄まじいんだなぁ。

 「はぁっ、はぁっ。てめえ、避けてばかりいねえでかかって来たらどうだ・・・」

 猛犬は凄まじい形相で俺を睨みつける。

 全力運動で赤くなった顔と相まって、そこらの餓鬼が見たらそれなりのトラウマになりそうだ。そんな息を切らして無ければな。

 確かに猛犬の動きにも慣れてきたし、俺もそろそろ攻撃させて貰おうかな。

 「死ねぇぇぇぇい!!」

 相変わらず、無謀な突進をしてくる猛犬。

 既に猛犬の動きを完全に見切っていた俺は、振り下ろされる猛犬の剣の腹に手の甲を添え攻撃のベクトルを逸らす。

 攻撃をいなされた猛犬はバランスを崩した。すかさず隙だらけになった猛犬のドテッ腹に俺は全力で膝蹴りを叩き込む。

 とても良い音がした。審判がいたら、クリーンヒットの判定をくれるだろう。

 俺の全身のバネを使った膝蹴りをもろに食らった猛犬は数m後方に吹っ飛ぶが、俺はあまり満足していなかった。

 内臓は砕けてねえな・・・。そもそも最弱の部類の魔物とは言え、魔物の身体能力は人間を遥かに凌駕する。

 本気で攻撃すれば、大抵の人間を挽肉できる程の能力差があるわけだ。猛犬が固えのか、俺が弱えのか。

 胃の内容物を吐き出しながら悶絶している猛犬に、俺はゆっくりと歩み寄る。

 激痛のあまり満足に声をだせないであろう猛犬だが、持ち前の反骨心からなのか、俺を睨みつける。まったく、根性だけはヘビー級だな。

 「て・・、めぇ・・・。今まで手ぇ抜いてやがっ・・・たな・・・」

 激痛をこらえ、何とか声を絞り出す猛犬のガッツを称えつつ俺は猛犬を見下ろす。

 「いや、俺の全力の蹴りを喰らって五体満足なんだ。てめえも中々のもんだよ」

 猛犬に話しかけながら、俺は無造作に左手を突き出した。

 「手を抜いてたわけじゃねえ。俺は弱えからな。確実に相手を仕留められると確信するまで、手札を見せねえようにしてるだけだ」

 俺の左手が徐々に形を変えていく。指先が次第に鋭さを増して行き、刃の様な形を作っていく。

 猛犬は俺の変化に気づき、眼を見開き、

 「なんだ・・・、そりゃ・・」

 俺の左手に魅入られたかのように、釘づけになる。

 「これか? これは状態変化っつてな。スライム族の固有能力の一つだ」

 スライム族は、自分の体の強度を変化させたり、形を変えることができる。

 その変化の度合いは種族によって異なるらしい。聞いた話じゃキングスライムなんかは、オリハルコン並の硬度にできるとか。

 俺の場合、オリハルコンとはいかなくても鉄並の強度にはすることが可能だ。

 「スライム族だと・・・。てめぇ、何を言って――」

 「ああ、知らなかったのか? 魔物ってのは外見は人間と大差ねえんだ」

 説明しつつ俺は前髪を掻き上げる

 猛犬は見開いていた眼を限界まで見開き、掠れた声で呟く。

 「その、刻印は・・・」

 俺の額には青い刻印が施されていた。鮮やかな青い楕円形の刻印が。

 「俺達魔物は体の一部に刻印が施されてる。この刻印は焼こうが削ろうが消えることはねえ」

 青の楕円の刻印はスライムの証だ。そう言えば名乗って無かったな。俺の名は―――

 「俺はラダトーム辺境地区第13中隊所属二等兵、スラリン。俺の将来もとい飯の為に死んでくれや」

 鋭利な剣と化した俺の左手は、痴呆の爺みたいに呆けちまった猛犬に振り下ろされた。

 猛犬は振り下ろされる俺の左手を最後まで見つめるだけだった。

 

 

 結構手間がかかったな。あの猛犬野郎、アマチュアにしちゃあ中々強かった。

 猛犬を殺した後、俺は自分の家に戻ってきていた。猛犬には悪いが死体はそのまま放置してきちまった。まあ、俺が埋葬してやる義理は無えよな。

 魔物の中には、人間の肉が大好物な奴もいるが、俺はカニバリズムの嗜好は無い。まあ、肥料になるなり食料になるなりしてくれ、猛犬よ。南無。

 猛犬を倒したが、俺の身体は特に変化がない。はて、俺の予想では十分にレベルアップ出来る程の経験だったんだが。

 未だ経験値が足りないんだろうか。まあいいや、リハビリ初日としちゃあ上出来だ。飯食って積みゲーを消化しよう。

 

 

 夜明けまで積みゲー消化に勤しんでいた俺だが、流石にそろそろ寝ないとまずいので、今は布団に潜り込んでいる。

 しかしイマイチ寝つきが悪い。つい最近マイナスイオン効果のあるやつに変えたばかりなのに。何故だ。

 眼は冴えるばかりで、心なしか体が熱くなってきた気がする。

 んん? この兆候は確か・・・・。

 俺はこの兆候に覚えがあった。何だったか、えーと―――

 ドクンッ!!

 心臓が高鳴る。体の熱さはいよいよ限界を越えてきて・・・。

 「ああ。これは」

 その時俺の引出からある記憶が思い起こされた。そうだ、この現象はレベルアップか!! 最近ご無沙汰だからすっかりれてた。

 血がたぎる感覚。俺の筋肉が内臓が脳が、より高次のモノに創り変えられていく――――

 ・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・。

 俺の中の熱が収まったとき、既に日が登っていた。

 正直眠い。半端じゃなく眠い。レベルアップした後は、何とも言えない虚脱感に悩まされるのだ。

 いつもの俺なら、テンションが果てしなく低下し、マイナスにまで落ち込むが今日は違った。何故なら実感があるからだ。

 あのクソ野郎、ルージュを殺せるだけの力を得たという実感が。

 

 「ルージュ・・・。てめえの命日は間近だぞ。竜王サマに念仏を唱え終わったか?」

 俺はどうやってあのクッソタレを殺してやろうか考えながら、寝息を立てていた。

 

 



[31970] 三反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:7a51c06b
Date: 2012/03/16 09:39
  反逆のスライム



 三反目

 

 

 私の機嫌は非常に良かった。あの無能の薄ら笑いを見ることが無くなったからだ。

 最弱の代名詞であるスライム。その中でも、輪を掛けて無能だったスライム。

 あの出来損ないのせいで、どれだけの任務に支障をきたしたことだろう。どれだけ私の昇進の障害となっただろう。

 何より気に入らないのが、あの男の名前だ。

 スラリン。それは最強のスライム族に名乗ることの許される名前。

 かつて神々との戦争において、魔物、それもスライム族でありながら唯一神を討ち取った存在である。

 私は理解ができなかった。何故竜王様は、あの男にスラリンの名を与えたのだろうか。

 あのような無能よりも、否、他のどの様なスライム族よりもスラリンの名は私に相応しい。

 私は天才だ。

 魔物にはランクの他に、適性値というパラメータがある。適性値が高いほど、その種族としての能力が高い。

 そして私の適性値は95。これが驚異的な数値であることは言うまでもない。

 現在の魔物は基本的に、オリジナルの劣化コピーだ。生産工程がどれほど発展しようと所詮はコピーである。

 平均的な魔物の適性値はせいぜい70前後。それを考えれば、わたしの能力はオリジナルのそれとほぼ同等の値。

 いや、そもそもオリジナルが生存していた時代はもう何百年も前の事。今の私はオリジナルを凌駕していると言っても過言ではない。

 敵に毒を打ち込むことしかできないバブルスライム。

 逃げ足だけが取り柄のメタルスライム。

 魔力には目を見張るものがあるが、所詮はサポート役に過ぎないホイミスライム。

 年中睡眠を貪るだけの愚鈍なキングスライム。

 何故このような者達が、私よりランクが上なのか理解できない。

 繰り返すが私は天才である。今は上等兵だが、いずれは尉官――、いや、佐官になる存在だというのに。

 

 ・・・・・・・・。

 いけない。あの無能の事を考えていたらいつの間に、このような所まで来てしまった。

 散策はそろそろ切り上げて、自宅で昇進試験の勉強をしなければ。

 私は踵を返し、自宅に戻ろうとすると―――

 

 私の目の前には無能なスライム、スラリンが立っていた。

 

 

 

 魔物には系統ってもんがある。

 同系統の種族の魔物はそれぞれランク分けがされ、E級からS級まで存在する。最もS級になる系統は限られるがな。

 ちなみにスライムである俺は、最下級のEランクである。

 Eランクの魔物はランクが示す通り最弱だ。うまく戦えば、一般人でも倒すことが可能である程に。

 だが、Dランク以上の魔物は一般人にどうにかできる存在じゃない。身体能力・魔力共に人間と隔絶した能力を持っている。

 故に、人間の間じゃあDランク以上の魔物に遭遇した時は、全力で逃げることが常識になっているらしい。

 ルージュ、つまりスライムベスはDランクであり、通常ならEランクの魔物が勝つことはあり得ない。

 どんな小細工をしようが、力づくで捻りつぶされちまう。ランクの差ってのは、それ程に大きいわけだ。

 あいつは夢にも思っていなかっただろう。

 Eランク、それも最弱のスライムに殺られる結末なんて。

 

 

 「相変わらずマナーを知らない男ね。貴方は」

 俺がいつの間に後ろにいたことに驚いたルージュだが、すぐに気を取り直し嫌味を垂れる。

 だが今の俺はそんな事はどうでもよかった。

 「それで? 私に何か用かしら。すでにあなたは我が隊の隊員では無いのだけれど」

 「いや、ちょっと御挨拶にな」

 満面の笑みで答える俺。ルージュは天使の様なスマイルを浮かべる俺を半眼で見据え、

 「結構よ。貴方の様な無能を視界に入れるだけで不快なの」

 相変わらずの傲岸不遜っぷりだな。俺でなくても殺意を覚えるだろう。

 だが今の俺の機嫌はすこぶる良かった。

 「まあ、そう言うなって。可愛い手下が訪ねて来たんだからよ」

 ルージュはああ、と何かに気づいたように、

 「もしかして、この間のことを弁解しても無意味よ。貴方の除隊は既に受理済みよ」

 いやあ、わざわざ貴方に詫びを入れる必要は無いんですよ。上等兵殿。

 俺は右手の硬度を徐々に高めていき、

 「言ったでしょう。既に此処に貴方の居場所は―――」

 ルージュの胸をぶち抜いた。

 

 「―――え・・・?」

 ルージュは何が起こったのか分からない、といった表情。瞳孔が完璧に開いている。

 まあ、いきなり心臓をぶち抜かれるなんて誰も予想できまい。

 対照的に俺は清々しい程の晴れやかな気分だった。多分、今までの人生の中で最高クラスの笑顔をしているだろう。

 ルージュは流石に現実を見る気になったようで、

 「あ・・な、た。この私に・・・、こん・・・な――」

 ルージュの口から、ゴボッという感じで血が溢れる。リアルな吐血を間近で見たのは久しぶりだ。

 「何をしたって? 下克上だよ」

 「下―――? ―か・・んの――――――を、して――無事――」

 何を言っているのかイマイチ聞き取れない。

 ルージュはいよいよやばくなってきたようで、顔が青白いを通り越し土気色になってきた。

 要は「このあたしにこんなことして!!」って感じだろう。

 そろそろ可哀そうになってきたな。次はそのツンデレな(デレた所を見たことないがな)性格を直して来るんだな。

 俺は先日のレベルアップにより、習得した呪文を試すことにした。

 「―――メラ」

 巻き起こる轟炎。火炎系の呪文の中では低級だが、スライムベス程度ならおつりが来るほどの威力だ。

 「――――――――――――――」

 最後にルージュは何を言いたかったのか。後悔か、謝罪か、怨嗟か。ぶっ殺した俺が考えるのも何だが。

 はっきりしていることは、俺は今クソ野郎を葬ったことで、かつてない爽快感を得ることができたってことだ。あー、気持ちいい。

 俺は消し炭となった元上官殿を踏みにじり、隊長の元に向かった。

 

 

 ラダトーム方面基地。俺の職場である。

 ここは辺境基地にしては多様な設備が整えられている。

 ゲーセン、カラオケ、ファミレス、ファーストフード、ショッピングセンター等基地とは思えない充実っぷりだ。

 そのため、自宅通勤では無く隊員寮から通勤する奴も多い。

 設備が整い過ぎてるせいか、この基地は滅茶苦茶広い。

 初めて来た奴は確実に迷子になるだろう。俺も昔はよく迷ったもんだ。

 受付の姉ちゃんの迷子の案内(呼び出し)により、俺の名前が基地中に知れ渡り、死にたくなったりした経験も度々ある。

 できることなら車で通勤したい所だが、先日借金の担保に俺の愛車は奪われちまったし、この前のスピード違反で免停中である。

 残された手段はバス通だ。軍隊専用車両なので交通費がフリーな所は車よりお得であった。

 だが、バス通勤を選択しているのは男のみであり、バス内は男臭が充満している。ああ、何だか眩暈が・・・。

 ようやく隊舎に到着した。何度見ても13中隊舎はボロい。

 他の隊舎は完全オートマチック式なのに、ウチだけ何故か木製である。

 隊長が大の機械嫌いなので、オートマチック化を拒否し続けているのだ。

 歩く度に床がギシギシと軋む。相当な年代物だ。せめて補修ぐらいしろよ、耐震基準違反は違法だぞ。

 隊長の執務室は更にボロい。ここはこの基地でも初期にできたもんだから、そのボロさも相当なもんだ。

 「隊長、スラリン二等兵です」

 下っ端モードにチェンジし、ノックする。

 「―――入れ」

 無愛想な返事。いつものことだ。

 「この度は隊長にご報告があり、伺った次第です」

 書類作業中だった隊長は筆を止め、視線を俺に移す。

 「二等兵、貴様は先日に自主退職したはずだが・・・」

 何ですと? 俺ってリストラされたんじゃなかったかしら。

 「その情報は何処から――」

 「ルージュ上等兵だ」

 即答する隊長。あの野郎、殺しといて良かった。俺はあの世にいるであろうルージュを脳内で切り刻む。

 まあいい。過ぎたことだ。俺は手っとり早く用件を告げることにした。

 

 「――了承した。貴様は今から上等兵になる」

 下克上が受理された俺は、めでたく上等兵に昇進した。給料アップだぜ!

 だが、可愛い部下が昇進したのに隊長は俺を祝ってくれないようだ。

 っていうか、更に渋い顔になってねえか? 熟女受けは良さそうだけどよ。

 「何か問題でもありましたか? 隊長」

 少し不安になって質問したが、隊長は頑張れ等と言って言葉を濁すだけだった。

 

 

 昇進祝いということで、俺はダチと一緒に行きつけの居酒屋で飲んでいる。

 「それにしても、大変なことになったな」

 俺の華麗なる下克上伝説を聞いた、ダチが呟く。名はターク。魔族の一員だ。

 魔族ってのは、俺達魔物を統括する支配階級を指す。

 基本的に魔物は造られる存在だが、魔族は人間達と同じように、性行為つまりエッチによって生まれる。純粋な生物ってことだ。

 魔族の最大の特徴は、反則的とも言える能力にある。

 こいつらは生まれつき、A級以上のランクを約束されており、更に成長することができるというオマケつきだ。

 そんなグゥレイトな下地のある魔族は、最低でもS級程度にはなることができる。

 まあ、魔族なんて化け物の強さを測るなんて不可能だろう。ほとんどの魔族はS級なんてレベルじゃあるまい。

 魔族と魔物の戦闘力差は圧倒的であり、下克上など考えるだけ無駄だ。

 こいつらがその気になれば、俺たちなんて呼吸をするぐらいの感覚で嬲り殺されるだろう。

 まあ、そのため魔族は個体数が少なく、数十人程度しか存在しない。これが唯一の欠点と言えることだ。

 加えて、このタークは伝説の破壊神エスタークの系譜である。本来なら、タメ口を聞くだけで万死に値する。

 こいつのファンクラブの会員に闇討ちされそうだ。

 その上、100人の女がいたら100人全員が振り返るようなイケメンであり、まさに人生勝ち組である。

 どう考えてもこんな完璧超人とダチになることはあり得ないのだが、とある事件をきっかけに、俺たちは鉄の絆で結ばれることになる。

 「大変ってのは、どういうこった」

 俺の質問に対してタークはマジ? って顔をしつつも教えてくれた。

 「下剋上をした者はブラックリストに登録されることになっている。このリストの情報は世界中のデータベースに登録され、軍関係者ならば誰でも閲覧することができる」

 んん? という事は・・・・。

 「そうだ。つまりブラックリストに載った者は、全世界の魔物に狙われることになる」

 おいおい。この世界にD級以下の魔物がいったいどんだけいると思ってんだよ。今こうしている間にもガンガン生まれてんだぞ。

 「じゃあ、俺の素晴らしい上等兵生活は・・・」

 タークは俺の肩にそっと手を置き、「強くなれ」とシンプルかつ素敵なアドバイスをしてくれた。

 

 ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 

 



[31970] 四反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:7a51c06b
Date: 2012/03/16 09:38
  反逆のスライム



 四反目

 

 

 最近になって気が付いた事がある。

 レベルアップの条件は、自分と同等以上奴らを倒し続ける事だと思ってたんだが、どうやら更に必要条件があるらしい。

 経験値を溜めるのに重要な事は、戦闘経験の質にあるみたいだ。

 つまり、どんな強い野郎を倒しても単にトドメを刺したりするだけじゃあ、経験値は全く溜まら無い。何て面倒なシステムだろう。

 自分と同格以上の奴を倒しかつ、質の良い戦闘経験を積み重ねる。

 しかも、兵士としての任務があるってんだから、一体どんだけの時間がかかることか。

 まあ、嘆いていても仕方が無いので今日もレベル上げに勤しもう。

 

 

 俺は辺境の村に足を運んでいた。

 基本的に、魔物の外見は人間と変わらない。人間に潜り込む事は難しくないわけだ。もっとも、分かる奴はわかるみたいだが。

 人間達も馬鹿じゃない。どんな辺境の村にだって、傭兵の一人や二人は雇っている。俺の狙いはそいつらだ。

 既に10分近く歩き周っているが、それらしい姿は見つからない。

 辺りを見渡すと、餓鬼どもが無邪気に走り回っている。村の入口付近にゃ、堂々と昼寝をしている兄ちゃんもいた。

 にしても、のん気過ぎねえか? こんなんじゃぁ、あっという間に滅ぼされんぞ。

 さっきまで話していたオッサンから貰ったパンを頬張りながら、慈悲深い俺がこの村の行く末を案じていると、

 「―――ねえ、そこのお兄さん」

 唐突に声を掛けられた。振り向いてみると、やけに血色が良く無駄に元気が有り余ってそうな女が立っていた。

 いきなり声を掛けられた事もあるが、何より驚いたのは全く気配を感じなかったことだ。俺は、慎重に女を観察して行く。

 女にしては長身で、170はあるだろうか。ベリーショートの髪型と相まって、一見すると男か女か分からない。

 身体にジャストフィットするボディスーツを着ているため、ボディラインをはっきりと確認する事が出来る。

 出る所は出てて、引っ込む所は引っ込んでいるグラマラスな体型。そっち系の道でも十分に食っていける程に。

 だが、ボディースーツの下の体は、極限まで鍛え込まれていることが見て取れる。

 俺は確信した。こいつは素人じゃない、むしろ――――

 「この村には骨休めに来たんだけど、イイ男がいなくてさ。ちょっと付き合ってよ」

 凄まじい闘気が駆け抜ける。間違い無くこの女はプロフェッショナルだ。

 

 

 人間には大きく分けて、アマチュアとプロフェッショナルという区分がある。

 アマチュアってのは、その名の通り素人、つまりただの人間だ。

 だが、プロフェッショナルは違う。極限まで鍛え抜き、戦闘技術を磨き上げた専門家だ。

 プロフェッショナルの恐ろしい所は、戦闘技術だけじゃない。

 はっきりいって、人間は弱い。脆弱な生物だ。ちょっと打ちどころが悪かっただけで、あっさり死んじまう。

 ここが俺達魔物との決定的な差だ。俺達と人間の間には、身体能力という絶対的な差が存在するのだ。

 だがプロフェッショナルは、それらを克服している。

 そもそも、プロフェッショナルになるには、基礎課程(技術・知識)を修めるだけじゃない。ある一つの試練がある。

 洗礼。一般的にはそう言われている。何でも神々から力を授かることらしい。

 洗礼を受けた人間は、人間で無くなる。神々の血肉を与えられ、絶大な身体能力と魔力を与えられる。

 んで、洗礼を受けた人間達は、自分たちの適性に合わせて職業を決め、その道を極めていくってわけだ。

 能力差が無くなった事により、俺達の人間に対するアドバンテージは無くなった。

 実際、低級の魔物のほとんどはプロフェッショナルに狩られている。

 おかげで魔物生産工場、通称ファクトリーはフル稼働中だ。

 全くの不況知らずであり、求人倍率は魔界の企業の中でもトップクラスだ。俺も就職したかったなあ。

 

 

 「はははっ! いい反応じゃないの」

 余りに迅過ぎる。既に点で捉えられるスピードじゃない。

 ステラと名乗った女は恐るべき速度で突きを繰り出して来る。

 ただ迅いだけじゃない。その一撃一撃全てが必殺の破壊力だ。掠めたただけで、頬がざっくりと裂けやがった。

 躱し切れないと判断した俺は何とか受け流すが、それでも少しずつダメージが蓄積されて行く。

 ・・・・逃げてるだけじゃ、勝機は掴めねえ・・・。だったら―――

 ステラの突きは迅いが、その軌道はストレートだ。ステラの攻撃パターンから、着弾点を予測してやる。

 そして、チャンスは割と早く巡って来た。仕掛けるなら此処だ。

 俺は脳天を貫かんばかりの突きを重心を低くする事で躱し、ステラの懐に飛び込む。

 強化した左脚でこの女の首を刈るべく前蹴りを繰り出す。

 だが、ステラは首を傾けて躱すと隙のできた俺の左脇腹を掻っ捌こうと、剣を切り返す。

 俺は蹴りの勢いを利用してバク宙をし、ステラの斬撃を躱す。

 空中に魔力を展開し、足場を構築。その足場を俺はバネにして、下半身に蓄えた力を思いっきり爆発させる。

 頭上に急降下してきた俺を、ステラはサイドステップで避け、着地の瞬間を狙い俺の心臓に向けて突き込んで来る。

 俺はブリッジの要領で体を反らし、俺の数十cm上を通過するステラの剣に足を巻きつけ、曲芸士の如く一回転。

 何とか危機を脱出し、ついでとばかりにステラの顔面に向けて膝蹴りをお見舞いしようとするが、直後に身体に悪寒が走る。

 ついさっきまで俺の体があった空間が切り裂かれる。

 剣を突き出していたためステラの腕が伸び切っていなければ、俺の上半身と下半身は離婚をしていた所だ。

 この女あの一瞬で剣を切り上げやがった。一体如何いう反射神経してやがんだ。

 俺は一旦ステラから距離を取る。何故か知らないがステラの追撃は無かった。

 「あれを躱すとはねえ。スライムにしてはやるじゃない」

 ステラは口笛を吹き、俺を称賛した。

 俺は名乗った覚えがないんだがな。

 「あたしたちプロフェッショナルには、魔物を狩るために様々な道具が支給されるのさ。これはそのうちの一つだ」

 そう言って、ステラは俺にカードの様なものを見せる。

 そのカードには俺の種族名とランクが表示されていた。スカウターみたいなもんか?

 「それにしても、スライムなのにD級ってのはどうゆーことだい? あんたらはE級だったはずだ」

 どうやら下克上をすると、階級だけでなくランクも上がるらしい。

 「寝る子は育つんだよ」

 「へえ、あんたは成長タイプかい。そんなレアモンスター、初めて見たよ」

 ステラは成程と言った表情をするが、

 「でも所詮はD級だね。そんなんじゃ、あたしは全然満足出来やしない」

 どうやらこの女は自分の実力に相当自身があるらしい。プロフェッショナルには戦闘狂が多いのだろうか。

 確かにこのままじゃあ、俺に勝ち目は無い。最早出し惜しみをしている場合じゃない。全力でこの女を殺す。

 両脚に力を溜め突撃し、右腕の形態を変化させる。俺の右腕は鞭のようにしなりステラに襲い掛る。

 弱かった頃の俺はほとんどの能力が同種族の奴らに劣っていたが、一つだけ誇れた技能がある。

 それがこの状態変化だ。俺は状態変化と体術を磨く事で圧倒的な能力差を埋めるしか無かった。

 これの名は蛇咬。蛇の様な軌道で敵を翻弄し、ガードの崩れた相手に強烈な一撃を叩き込む。

 俺はステラを砕くべく蛇咬を繰り出すが、流石に一撃目は躱される。

 一撃で終わる何て思っちゃいない。こいつの真骨頂は予測不可能な変則軌道。

 加えて俺の顎は両手両足の計四つだ。逃れる術はねえ!!

 左脚も蛇と化し、ステラのドタマをかち割らんとするが―――

 「―――――な!」

 俺は驚愕した。ステラは俺の蛇を掴み取ったのだ。あり得ない、初撃で俺の蛇咬を見切ったってのか?

 動揺する俺を見てステラはニヤリと笑った。

 「確かにあんたの軌道は変則的だ。―――――でもね」

 ステラは一旦言葉を切り、背後から自分襲わんとしていた俺の右腕を弾き飛ばした。

 「ヒットする瞬間を見極めれば、大したことはない」

 つまりこの女は、軌道を読んでいたわけじゃなく、当たる瞬間に避けたってことか? 化け物染みた反射神経と判断力だ。

 ステラは俺をぶった斬ろうと剣を振りかぶる。クソッタレ、呆けてる場合じゃない。

 俺はステラの斬撃に対応すべく身構える。しかし、

 「―――ガッ!」

 ステラは剣に囚われてガラ空きになっていた俺の腹に膝蹴りを叩き込み、回し蹴りで俺を吹っ飛ばす。

 とんでもなく重い蹴りだ。今ので肋骨が砕け散りやがった。

 「どうやらD級じゃあ、それが限界みたいだね。じゃあそろそろ―――」

 ステラの雰囲気が変わった。今までとは比べモノにならない殺気を放つ。

 「終わりだよ」

 一瞬で距離を詰めたステラは剣を振り上げ――――

 ・・・・・・。

 何が起きた? ステラが剣を振りかぶった後、どうなった?

 俺は状況把握に努める。胸のあたりがやけに熱い。熱湯をぶっかけられたみたいだ。

 俺は刺青を入れた記憶は無いんだが、何で俺の身体に太い線が刻まれてんだ?

 何で生温かい液体が流れてるんだ?

 忽ちに立っている事が困難になり、俺は無様に膝をついた。

 「―――へえ」

 ステラが呟く。

 「今のは両断するつもりだったんだけどね」

 両断? 何を言ってやがる。――――まさか。

 血、なのか。俺はこいつに斬られたのか。

 馬鹿な。全く見えなかった。斬られたと知覚する事すらできなかった。

 ふざけるな。俺は立ち上がろうと足に力を入れるが、動かない。何故か足が痙攣してやがる。

 まさか、震えてるのか? 人間なんかに? 俺が?

 「でも、限界だね。ギリギリ生き残ったてところか」

 ステラは吐き捨てると、剣を鞘に納め、踵を返す。

 「!!!!」

 ・・・・・。人間が情けをかけただと。人間が。人間が。ニンゲンがニンゲンがニンゲンニンゲンニンゲンニンゲンニンゲン、ニンゲンが!!

 「ふっざけんなぁぁぁぁぁ!!」

 俺は一瞬でステラの背中に迫った。そして――――

 

 

 「派手に負けたな」

 気が付くと、横に誰かが立っていた。正直顔を向けることさえ億劫だ。まあ、この無愛想な声の心当たりなんて一人しかいないが。

 「隊長」

 「下剋上をするとは、そういうことだ。安息の時間など存在せず、常に何者かの影に怯えながら生きていかなければならない」

 んなこたぁ、わかってますよ。はっちゃけた馬鹿の末路なんて惨めなもんだ。

 下剋上を試みた奴は大抵が、ほぼ100%と言っていい位、1年以内に殺される。分不相応なランクを手に入れる事で、同胞のみならずプロフェッショナルにも付け狙われるからだ。

 「悔しいか」

 あたりまえだ。

 「強くなりたいか」

 んな簡単になれたら倒れてねえよ。

 「スラリン上等兵」

 今の俺に必要なのはおっさんの叱責じゃなく、美女の温もりなんだが。

 やけに絡んで来る隊長に目を合わせずに手振りで相槌を打っていると、隊長はいきなり俺の胸倉を掴み上げた。

 「勝ちたいのかと聞いている!!」

 いつになく真剣な表情だ。この男は本気で俺を案じている。

 レオン隊長の人望はこういった所にある。普段は血が通わない様な仕事人間と思わせておいて、仲間の為なら何物も省みない熱血野郎なのだ。全く姑息な男である。

 久々にお人好し教官魂が目覚めてしまったらしい。鬱陶しいと思う事が大半だが、テンションがどん底の今はこの上無く頼もしかった。

 「お手柔らかに頼みますよ。師匠」

 腫れものが落ちたような良い顔だった。後日、一連のスポ根を録画していた同僚はサムズアップしていたが、焼きドラキーの刑を執行すると見惚れる様な土下座をした。

 

 

 俺に新しい目標ができた。あの女をぶちのめす。完膚なきまでに。

 

 



[31970] 五反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:7a51c06b
Date: 2012/03/16 09:56
  反逆のスライム



 五反目

 

 

 俺達魔の者にとって、人間に敗北する事は耐えがたい屈辱だ。

 ただ単に敵対しているからじゃない。魔の者は人間より上位にあるべき理由がある。

 人間の始祖は神々に創られし人形だった。奴らは好奇心で人間を創り、その成長を研究すると言った。

 その人間を観察・管理する目的で地上に派遣されたのが魔族のご先祖サマだ。

 最初は魔族だけで人間を管理することができたが、人間達は爆発的な勢いで繁殖していった。

 その対策として生み出されたのが魔物だ。俺達は魔族の手足として、現場監督として俺達魔物は人間界に派遣された。

 だが、人間達は俺達の想像を超えるスピードで発展していった。

 あいつらは自我を獲得し、道具を使いこなし、自然を切り開いて領土を広げ、文明を築いていった。

 終いには、俺達に反旗を翻しやがった。人形風情が良い度胸である。

 まあ、いかに数が多かろうが脆弱な人間なんて俺達の敵じゃなかった。それ程焦りはしないがな。

 管理者として、欠陥品は排除しなりゃならん。つーわけで俺たちは人間を駆逐することにしたわけだ。

 だがそこで思わぬ邪魔が入った。天上の神々だ。

 奴らは人間の可能性を見てみたいとかほざいて、人間に力を与えて俺達と戦わせようと考えた。

 この力を与えられた人間達が、プロフェッショナルの原点と言われている。

 力を与えられた人間達は強大だった。俺達魔物と対等に渡り合い、戦争は長引いていった。

 まぁ、その後神々との戦争にまで発展するんだが、この話はおいて置くとしよう。

 とにかく、俺達魔の者にとって、人間など家畜に過ぎない。これが共通認識である。

 そんな訳で、人間に負けた魔物は、他の奴らから白い目で見られることになる。

 潔癖な奴は自害したりすることもあるが、昔からその類のことに慣れている俺は、大して気にはしない。死ぬの怖いし。

 だが、どんな世の中にも必要以上につっかかってくる阿呆がいるもんだ。うざいなぁ、まったく。

 隊長には強くなると誓っちまったので、逃げるわけにもいかない。

 まあ、死ぬ危険もあるがステラを倒すためには真っ当な訓練じゃぁ、時間がいくらあっても足りない。腹を括ろうじゃないか。

 

 

 「―――合同演習?」

 自宅で療養していた俺に、メールが送られて来た。

 俺はカレンダーを確認する。そう言えば今月だったか。

 辺境軍は、年に何度か集まって演習が行う。

 普段接する機会のない隊員同士で訓練をする事によって、お互いに刺激し合うのが目的だ。

 俺は面倒臭いので、演習の日はサボることに決めているのだが、今年はそうは言っていられない。

 隊長のゴリ押しによって、対抗試合の出場が決定してしまったためだ。

 対抗試合は、各隊のエース級の隊員が総当たりで組み手を行い、競い合う。

 組み手と言っても実践形式であり、下手をすれば死んじまう。実際、統計によれば毎回数名の隊員が死んでいるらしい。

 この対抗試合は各基地の面子がかかっており、気合いの入り方が尋常じゃない。

 俺の実力じゃあ、参加しても高確率で天に召されるだろうし、そもそも参加するには隊長の推薦が必要である。

 今までの俺とは全く縁の無い存在であった。

 

 「――――我々は、正々堂々と戦う事を宣言します」

 隊員代表が宣誓し対抗試合が始まったが、とんでもない面々である。

 周囲を見渡すが、どいつもこいつも強そうで、C級以上の奴しか見つからない。

 中にはB級なんて奴もいたので驚いた。何で辺境軍にいるんだか。

 俺は対戦表を見ながら、真剣に自分の命の心配をする。

 そろそろ試合が始まりそうだ。会場に向けて歩き出すが、俺はすぐに立ち止まる羽目になった。

 「おやぁぁ? これはこれは。先日無様に人間に敗れた、スラリンさんじゃありませんか」

 面倒くせえ奴につかまっちまった。この野郎はゲイリー、種族は幻術師だ。

 こいつもラダトーム基地所属で、第7中隊所属の軍曹だ。昔からこの野郎はやたら俺に絡んできやがる。

 黙っていればそれなりのイケメンなんだが、品性が卑しすぎるため未だに童貞である。残念系男子とでも言えばいいのかな。

 昔、こいつが惚れてた女と俺が付き合ったもんだから、それ以来ずっと俺に付き纏ってくる。だから女にもてねぇえんだよ。

 「これはこれは。抱かれたくない男性隊員、5年連続トップ3のゲイリーさん。ご無沙汰しています」

 俺が嫌味を返すと、ゲイリーは額に青筋を浮かべ、俺を睨みつけて来る。相変わらず、沸点が低い。

 「調子に乗るなよ、出来損ない。E級ごときが僕と対等な口を聞くな」

 下劣な品性を露わにしたゲイリーが俺に詰め寄ってくる。ったく、試合前だってのに・・・。

 俺がどうしたもんかと思案していると、

 「―――何をしている」

 救世主が現れた。我が隊自慢の隊長様だ。

 「あ・・・・、いえ・・・」

 おー慌てとる慌てとる。動揺するゲイリーを見て、ニヤニヤしている俺にも隊長は、

 「貴様も同様だ。上等兵」

 と、一喝をくれた。テラ理不尽。

 俺はゲイリーと一緒に仲良く絞られ、早くもテンションが下がってしまった。

 ゲイリーは俺を人睨みして去っていくが、急に立ち止まり、

 「試合を楽しみにしていろよ。僕をコケにしたことを、あの世でたっぷり後悔させてやる」

 と吐き捨て、今度こそさっていく。そうか、あいつは俺に絡んできたのはそれが理由か。シャイな奴め。

 「上等兵」

 俺も会場に向かおうとするが、呼び止められる。はいはい、何でございましょうか。

 「私が貴様を推薦したのは、先日の約束があるからだけではない」

 ほほう。では何故俺なんぞを。俺は隊長に向き直り、理由を聞くことにした。

 「先日の戦闘は観察させて貰った。結果としては、貴様は完敗したが」

 あまり苛めないで下さいよ。ようやく立ち直ったんだから。

 「しかし、私は貴様を称賛する。あのステラを相手に、あれほどの戦いをしたのだ。自信を持て、貴様は強い」

 あの女ってそんなに有名だったんだろうか。いや、今はそれよりも―――

 「珍しいこともあるものですね。隊長が私を褒めて下さるなんて」

 「褒めてなどいない。正当な評価をしただけだ」

 ツンデレな隊長は、俺の指摘を認めなかった。まあ、それはいいとしてもう一つ聞きたい事があるんですけど。

 「あの女は、それ程に高名なのですか?」

 隊長は、渋い表情で眉を寄せる。

 「彼女、ステラは天の矛の一員なのだ」

 はい? 今なんとおっしゃいました? テンノホコ?

 天の矛。プロフェッショナルの頂点である。十二人のメンバーで構成され、その力は魔族に匹敵する。

 上位の奴らは、魔王クラスとガチンコできるっつー規格外ぶりである。本当に人間なんだろうかと疑っちまう。

 俺はそんな化け物と戦ってたのか。早くもステラを倒すという目標が実現不可能に思えてきた。

 「ステラは、第2天使。〈狂戦士〉ステラだ」

 本当に良く殺されなかったな俺。俺は創造主である竜王に感謝する。

 「隊長、私はあの女に勝つことができるのでしょうか」

 「勝てる保証はない」

 そんなはっきり言わんでも。絶望する俺だったが、隊長の言葉には続きがあった。

 「しかし、勝てないという保証もない。貴様の潜在能力は未知数だ。正直成長するスライム等聞いた事がない」

 褒めてるんですよね? それは。

 「だが、今は目の前の戦いに集中しろ。繰り返すが、私は貴様を酔狂で連れて来た訳ではない」

 話は終わりだ、と隊長は去って行った。

 

 

 「逃げなかったことは褒めてやろう。しかし―――」

 ゲイリーが上から目線で話しかけてくる。後のセリフは予想通りだったので、聞き流す事にする。

 「始めぃ!」

 審判が試合開始を告げる。さて、C級様の力を拝見しましょうかね。

 「絶望しろ。圧倒的な実力差にな!」

 ゲイリーは魔力を解き放つ。流石にC級クラスとなると魔力量が違うね。

 目の前のゲイリーの姿がかき消える。次の瞬間、俺の右手にゲイリーが出現した。俺は奴の二枚目面を歪ませるべく裏拳を放つ。

 「ふふん」

 ゲイリーは避けようともせず、薄ら笑いを浮かべる。俺の拳はゲイリーに、クリーンヒット――――

 しなかった。それどころか、ゲイリーの体を突きぬける。ぶち抜いたわけじゃない。本当にすり抜けやがった。

 首を傾げている俺の背後に気配を感じた。悩んでる暇はねえ。

 またもすり抜けた。俺の回し蹴りを無造作に受け入れたゲイリーの影が消滅する。

 どうなってやがる。あの野郎は何かの呪文を使ったはずだ。俺は呪文のリストを頭に浮かべていき―――、はっと気が付く。

 「気が付いたかい?」

 どこからかゲイリーの声が聞こえる。やはり、これは――――

 「マヌーサ、か・・・」

 マヌーサ。敵に幻影を見せ、ミスを誘う呪文だ。

 通常は分身したかのような幻影を見せるだけだが、ゲイリーの野郎は更にアレンジを加えている。

 実体と全く遜色ないレベルの投影体。俺の感覚にまで踏み込んでいるのか、実際に仕掛ける見抜けない。

 「わかったか? お前は僕に触れることも叶わず、地べたを這いずることになるんだよ」

 ゲイリーは余裕だ。確かにてめぇを捕まえるのは難しいよ。だったら―――

 俺は左手を天に上げ、呪文を解き放つ。

 「――――イオ」

 響き渡る爆発音。閃光が俺の周囲を吹き飛ばした。

 イオ系の閃光呪文の最大のメリットは、その有効範囲にある。

 全呪文の中でも、イオ系の効果範囲は最高クラスだ。特に一対多数で最大の効果を発揮する。

 そして、ゲイリーみたいな幻術タイプにも効果的だ。

 爆風が収まった時、俺の正面に黒っぽい何かが倒れていた。言うまでもなく、ゲイリーだ。

 「暫くだったな」

 俺はゲイリーに歩み寄り、再開の挨拶をする。

 「き、貴様・・・。E級の、スライムの分際で・・・・。何故呪文、それもイオを・・・」

 ゲイリーは顔を上げ、俺を睨む。しかし、その表情には迫力がなく若干恐れの色が見える。

 そんなに褒めるなよ。照れるじゃないか。しかしゲイリーちゃんよぉ、地面を舐めるのはお前のほうだったみたいだな。

 そろそろこいつに付き合うのも、面倒臭くなってきた。俺は強化した右手を振り上げ、「まっ「嫌です」ゲス野郎を両断した。

 演習にも犠牲は付き物だ。スライム如きに負ける位だから、どのみち戦力にはならなかったに違いない。

 

 「勝者、スラリン上等兵!」

 審判が旗をあげる。全く、一戦目からこんなんで最後まで持つのか?

 

 次の試合まで時間があるな。一服しよう。

 俺は懐からヤニを取り出し火をつける。うまい、いつもながらいい葉を使ってるぜ。

 紫煙を吐き出しつつダラダラしていると、

 「随分と余裕なのね。スラリン」

 振り向くと、俺の後ろには女神が立っていた。

 

 



[31970] 六反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:36e26002
Date: 2012/03/16 16:18
  反逆のスライム



 六反目

 

 

 魅力的な女の条件ってのは何だろうか。

 大抵は顔が整っているとか、胸が大きいとか、腰がくびれているってな感じで外見や身体的特徴が優れている女の事を指すと思う。

 そして、外見だけじゃなく内面も重要だ。どんな美人だって、最悪な性格だったら付き合いたいと思わないだろう。

 しかし、どんな女だって欠点はある。全てが揃った女なんて存在する訳がない。俺はそう思っていた。

 

 俺はこの人に会うために生まれてきたのかもしれない。俺はできる限りの愛情表現をすることにした。

 「お久しぶりです、セシリアさん。今日は一段とお美しい」

 俺はセシリアさんを、最大限の愛をもって抱きしめた。

 ・・・・・・・・・・。

 「次はないわよ? スラリン」

 怒られてしまった。

 しかし次はないと言うが、本気で嫌ならもっと拒否反応を示すんじゃないか?

 正直な所俺の愛撫に期待してたりして。あの隊長、ベッドの上でも淡泊で、その豊満な肢体を日々持て余して若い果実を―――

 「去勢しなければ理解出来ないのかしら」

 いかん。容赦無く踏み躙っていた彼女のヒールが俺の股間にロックオンされつつある。思わず才種袋がきゅっとなった。

 これ以上はトランスセクシャルの危機を孕むので、大人しく賢者に転職した。ちなみにパンツは湿ってないので。

 その後、俺が天に召される寸前にセシリアさんは俺に回復呪文をかけてくれた。やはり脈が無い事も・・・ごめんなさいほんと調子こいてすんません。

 

 俺の目の前にいる、女神をも羨ませるような美貌の持ち主の御方は、セシリアさんという。

 階級は少佐で、ラダトーム辺境軍のトップ、大隊長を務めている。

 既に数えきれない程のラブコールを送ったが、答えてくれたことはない。

 それも仕方がない。彼女は既婚者なのだ。

 セシリアさんは、我らがレオン隊長の嫁さんである。

 こんな嫁さんを持っている人生勝ち組みな男などこの世から葬ってやりたいところだが、実力的に返り討ちに合う事は確実。

 何よりそんな事をしようものなら、セシリアさんによって、この世に生まれたことを後悔させられることになるだろう。

 運が良かったな隊長。

 そして驚く事は、セシリアさんが魔族である事だ。

 最近は以前ほど厳しくないが、魔族と魔物が結婚することは非常に難しい。

 元々魔物は魔族の道具として生み出された存在である。

 つまり、魔族と魔物が結婚するという事は、貴族と奴隷が結婚する事に等しいのだ。

 まあ、ここ100年ほどでは魔物の状況は大分改善された。

 ちゃんと憲法が制定されており、魔族には及ばないが、そこそこの人権が確保されている。

 法律的には魔族と魔物が結婚できるようにはなったが、魔族は伝統や格式といったものを重視する。特に古参の魔族はその傾向が強い。

 セシリアさんの家は、魔界の中でも最古参の軍である、魔王ゾーマ直属の武門である。

 そのため、セシリアさんと隊長の結婚は当然猛反対された。

 普通ならば、親によって恋仲を引き裂かれた悲劇のストーリーとなるのだが、セシリアさんは普通じゃなかった。

 認めないてくれならばと、親父さんをぶん殴り出奔してしまったのだ。余談だが、その時の親父さんはある意味とても幸せそうな顔をしていたらしい。奥さんは離婚を考える程引いていたとか。

 その後、セシリアさんと隊長は結婚する事ができたのだが、今だに彼女はご両親との関係が修復できていない。最大の障害は風習と言うよりも、おっさんの性癖なのかも知れない。

 繰り返すが、セシリアさんにこれほどまで思われている隊長は、全ての男の敵である。どうにか泣かしてやりたいところだが・・・。

 

 「―――ン。スラリン」

 む? セシリアさんが俺を呼んでいたようだ。

 いけないいけない。セシリアさんの事を考えるとつい時間を忘れてしまう。罪なお人だ。

 「すみません。何です?」

 セシリアさんは、ふうっと溜息を吐き気を取り直す。

 「貴方は時々、考え事に浸る傾向にあるわね。気をつけなさい」

 貴方の事を考えない男なんて存在しませんよ。

 「それにしても、随分と力をつけたようね。さっきの試合を観戦させて貰ったわよ」

 いやぁ、あんなクソ野郎に負けたら末代までの恥ですってば。

 「謙遜することはないわよ。幻術師のランクはC級。彼を倒した貴方は、それ以上の実力を有しているという事よ」

 そう言えば、俺はゲイリーの野郎を殺しちまったんだっけ。これって下克上になるんだろうか。

 「レオンも貴方を褒めていたし」

 隊長が俺を褒めるですって? あり得ませんなぁ。

 「レオンは恥ずかしがり屋だからね。素直に口に出せないのよ」

 何と、やはり隊長はツンデレだったか。セシリアさんだけは隊長のデレっぷりを堪能できるようだ。

 まあ、隊長のデレなど見たくもないがな。

 

 セシリアさんと別れた後、俺は飯を食っていた。

 食堂のテレビを見ると、対抗試合の中継がやっている。調子に乗る訳じゃないが、脅威を感じる相手はそれほど多くない。

 ゲイリーを殺した事で知らずにレベルが上がったのだろうか。いや、というよりも寧ろ。

 「自信が付いたって事だな、うん」

 ハンバーグにぶっ刺していたフォークを真後ろに投擲すると、「ぎゃあ!」と汚らしい悲鳴が鼓膜に届いた。

 女神の美声を聞いた後では余りにも不愉快だった。顔を顰めて振り返ると、マナーの欠片も無い糞土人が武器を取り落としていた。

 名前は出て来なかったが、ゲイリーの腰巾着だった気がする。寄生先を失った腹いせだろう。

 責任感が人一倍な俺は、憑依なぞ考えなくても良いように悩みを取り除いてあげようと思った。

 床に刺さった曲刀の柄にチョップを入れて宙に上げ、剣先が斜上を向いた所で蹴り飛ばす。

 イメージ通りに疾走した剣は綺麗に相手の額に突き刺さり、白眼剥いてその場で絶命。床を汚すと不味いので、ヒャドで瞬間凍結しておく。

 ステラとの戦闘は思ったよりも俺に恩恵を与えてくれたらしい。

 絶対的な強者との死闘(単に遊ばれただけだが)は、無意識の内に俺の力を限界まで引き出していた。

 相手との実力差が余りにも開いていたので実感が無かったが、俺は確実に強くなったみたいだ。

 セシリアさんの言う通り、ゲイリーを瞬殺出来たのは偶然じゃない。純粋な力で奴を、Cクラスを凌駕していたんだ。

 それが俺に取って大いにプラスになっている訳だ。今ならBクラスの連中を相手にしても、そうそう引けは取るまい。

 そんな事を考えている内にアナウンスが流れ出す。食い掛けだったが、食欲が失せたので立ち上がる。

 俺は便所で巨大な息子を産んだ後、会場に向かった。

 

 

 人形みたいな野郎だ。それが、目の前の男に対する第一の印象だった。

 今回の俺の対戦相手は、ルークと言うらしい。初めて見る奴なので、相手の情報が良く分からない。野郎の情報収集に努める。

 こいつは本当に生きてるんだろうか、ってくらいに生気がない。無機質な目で、人工的とすら思える程に整った顔だ。

 奴の全身を眺めていると、ふと気がつく。身体の所々に、銀色の筋が走っていた。脳裏にある魔物の名前が浮かぶ。
>
 キラーマシン。プロフェッショナルですら戦慄する殺人機械。

 幾多の英雄・勇者達を葬ってきた、悪魔の兵器。俺達魔物ですら、お近づきになりたくない野郎だ。

 マシン系の生産工程は、俺達生物系の魔物と少々異なる。

 俺たちは基本的にオリジナルの魔物をベースとして、そいつらの遺伝子を抽出して生み出される。

 しかし、あいつらマシンは一から作られる生体兵器だ。

 あいつらに感情なんてない、命令に従うだけの人形である。

 皮膚の表面に浮かんでいる銀の筋は、ナノマシンの発光である。

 奴らは、ナノマシンを注入されることで半永久的に活動を続けることができるのだ。

 ぶっちゃけ反則である。こいつが何で対抗試合に参加しているんだろうか。

 そもそもキラーマシンはS級のはずだ。辺境軍にいる訳がないのだが・・・・。

 どういうことだろうか。キラーマシンについて考えていると、俺はあることを思い出した。

 キラーマシンはその能力故に、生産コストが半端じゃなく高い。他の同級魔物の数十倍のコストである。

 魔物の生産コストは、ランクがあがるほど高くなる傾向がある。Sクラスの魔物となれば、年に数体作られるかどうかだ。

 つまり、キラーマシンを生産するとその年の生産費用がとてつもない桁になってしまう。そこで考えられたのが、廉価版である。

 そもそも、S級と戦えるプロフェッショナルなんて、ほんの一握りである。

 そのため、能力は落ちるがコストが大幅に削減できる廉価版のマシンが生産されるようになったのだ。

 メタルハンター。キラーマシンほどの戦闘能力はないが、それでもランクはB級であり、普通のプロフェッショナル相手には十分である。
 呪文は効きにくいし、無制限というわけではないが、活動時間もかなりのもんだ。

 メタルハンターを導入したことで、人材不足を大幅に補うことが可能となった。

 俺が相対している野郎は、そのメタルハンターってことになる。何か、俺の対戦相手のグレードがどんどん上がっているんだが。

 

 「ターゲット確認。排除開始」

 俺をデストロイ宣言したルークは、腰の剣を抜いた。二刀流か。

 とんでもないスピードで距離を詰めたルークは、俺に容赦なく斬り掛ってくる。

 剣速もかなりのもので、俺は避けるので精一杯だ。

 無茶苦茶だ、と俺は思った。この野郎の攻撃は休む間がない。

 そもそも機械であるルークは呼吸する必要がない。だから全力運動を永久に続けることができる。

 このままじゃ、いつか潰される。そう思った俺は魔物の中でもトップクラスの逃げ脚で、後方に下がる。

 すかさず距離を詰めてくるルーク。どうやらこいつは近接戦闘オンリーのようだ。

 俺は両足に力を溜めて飛び上がる。上空から呪文で吹っ飛ばしてやる。相手がメタルハンターなので、強力なヤツを選択する。

 「メラ・・・」

 ミと唱えようとした時、いきなりルークの腕が上空の俺めがけてぶっ飛んできた。

 俺は首を傾けて何とか躱す。あっぶねぇぇぇ!

 ロケットパンチかよ・・・。有線式ではあるが、子供の夢が詰まった野郎である。

 俺は空中で一回転して、ルークと離れた地点に着地するが――――

 ルークが俺に向かって突き出した右手が変形し、無数の弾を吐き出した。

 「うおおおおおい!!」

 転がりながら避ける俺。トンデモ兵器だな、こん畜生!

 中距離もできるのかよ。まずい、相手に攻撃できない。遠距離から撃っても確実に防がれるだろうし・・・。

 俺は打つ手が無くなっていた。暫く黙考してみるが、思いつかない。うん、こりゃ無理だわ。

 そうだ、何も全ての試合に勝つ必要はないじゃないか。

 どうやっても勝てない奴は、一人や二人はいるもんさ。そう、これは逃げるわけではない。戦略的転進である。

 俺は審判に降参の合図を送る。しかし、何故か取り合ってくれない。おいこら。

 俺が審判に説明を求めた所、

 「貴官は、この試合を降りることはできない」

 等とほざいた。何でやねん。

 「これは、セシリア大隊長とレオン中隊長の命令である」

 何ですと? 俺は客席を振り返ると、セシリアさんと隊長を発見した。俺と目が合うと、セシリアさんは俺に手を振ってくれた。

 すいません。応援してくれるのは嬉しいんですけど説明をお願いします。

 セシリアさんの隣の隊長は、俺を一瞥すると諦めて戦えといった感じに促してきた。あのクソ野郎、絶対殺す。

 「スラリン上等兵」

 審判に声を掛けられる。何ですか、今忙しいんですが。

 「後ろだ」

 言われて振り向くと、ルークが俺に剣を振り下ろそうとしていた。

 俺は前転して危機を脱し、ルークに向き直る。この野郎、何て短気なんだ。サービス精神が足りないルークに憤る。

 戦うしかなさそうだ。しかし、どうしたもんか。

 ルークの無慈悲な連撃。まるで暴風雨だ。とにかく俺は、避ける避ける避ける。

 距離を開けても、ロケットパンチと腕に内蔵されたチェーンガンによる、追撃が続く。

 畜生め、あの野郎に弱点はねえのか。俺は逃げに徹しつつ考える。

 あの野郎は機械だ。体力の限界がなく、エネルギーが続く限り止まらない。このままじゃ、こっちが先にバテる。

 何かないか、打開策は・・・。ん? 待て・・、機械だと?

 俺にある考えが閃いた。自身はないがこのまま考えていても仕方がないので、やってみることにする。

 ルークに向けて駆け出す。チェーンガンは体を捻って避ける。

 しかし、続いて飛んでくるロケットパンチのワイヤーに俺の左手が絡め取られる。

 そして、もう一方のロケットパンチも俺の右腕を絡め取り、俺は身動きを封じられてしまった。

 ルークの胸部が開き、内臓されていたガトリングガンが動き出す。俺を蜂の巣にするつもりか。

 動けない俺は、奴のガトリングガンの餌食に――――

 ならなかった。ルークのガトリングガンが動きを止めたのだ。

 無論、ルークが止めたわけではない。俺が吐き出したブレスによって止まったのだ。

 アイスブレス、こおりの息だ。

 ブレス系の技を持つ魔物は多い。流石に竜族のレベルには至らないが、かなりの破壊力がある。

 上位種のスライム族もブレスを使えるので、結構レベルが上がった俺ならばと思い試してみたが、上手くいった。

 俺のブレスによって凍りついたガトリングガンは、完全に沈黙している。また、ルークの全身も凍りつき、動きが緩慢になっている。

 勝機はここしかない。俺は両腕を状態変化させ、滑りを良くしてルークの拘束から抜け出す。

 ルークから距離をとり、俺は呪文を唱えていく。

 「―――ピオリム」

 速度を上げ、

 「―――スカラ」

 防御力を上げ、

 「―――バイキルト」

 攻撃力を上げていく。

 そして、ルークに突進していく。ルークはチェーンガンを使おうとするが、こちらも凍りつき、動かない。

 「―――ルカニ」

 俺は最後の呪文を唱え、奴の耐久力を下げる。幸いにして、メタルハンターは状態異常に対する耐性は低い。

 ルークの懐に飛び込み、大地をしっかりと踏みしめ、腰を深く落とす。ルークは俺を斬りつけようとするが、遅い。

 身体中に魔力を張り巡らせる。脊髄から肩へ、肩から腕へ、腕から拳へ――――

 俺は、極限まで高めた拳をルークの腹目がけて思いっきり打ちこんだ。

 「破ァァァッ!!」

 ―――正拳突き。非常にシンプルな技だが、ルカニ+バイキルト+俺の全魔力+強化した拳により、桁違いの威力を叩き出す。

 鈍い衝撃音。ルークは遥か後方に吹っ飛ばされた。そのまま壁に激突。正に、会心の一撃だ。

 ルークは暫く動かなかったが、ド根性で何とか起き上がる。流石はB級だな。だが、もう終わってるんだよ。

 俺は審判を見る。審判はうむと納得し、旗を上げる。

 「場外! 勝者スラリン上等兵!」

 対抗試合は実戦形式だが、実戦じゃない。舞台から落ちれば、場外負けである。

 魔力がスッカラカンになった俺はその場で瞑想と言う名の睡眠を貪った。

 

 



[31970] 七反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:36e26002
Date: 2012/03/17 00:03
  反逆のスライム



 七反目

 

 

 「前から馬鹿だと思ってたが勘違だったみたいだ。お前は馬鹿じゃない、世界遺産レベルの大馬鹿だ」

 突飛な事を言い出す事に掛けてはずば抜けていたが、ここまで来ると呆れを通り越して尊敬するぜ。

 演習で溜まった疲れと、最近真面目に働いて消化し切れなかった有給を減らす為に女と旅行に出掛けたはいいが、バカンスで更に気力を消耗するとは。

 「馬鹿じゃないもん。ホイミンだもん」

 いい加減に覚えてよとか論点のずれた事をほざく青髪、残念な事に俺の女だ、の名はホイミンと言う。

 不思議ちゃんオーラから激しい地雷臭が漂っていたものの、恵まれた容姿とランクを気にしない性格がマイナス要素を上回った。

 付き合い出して約1年。今迄は何とか穏便に処理が出来ていたが今回ばかりは無理だった。この発言だけは魔物として聞き逃す訳には行かない。

 切っ掛けは平凡だ。お互いの近況を語り尽くした感があったので、会話の糸を手繰り寄せようと将来の夢的な話をふったのだが。

 驚いた。このマインちゃん、何と言ったと思う?

 『夢? んーとねぇ。何時か話そうと思ったんだけど、あたし、人間になりたいの』

 『―――はぃぃ?』

 意味を理解するのにたっぷり10秒の時を要した。ニンゲン、スライム族にニンゲンなるカテゴリーがあっただろうか。

 脳内に蓄積された語彙からニンゲンの意味を引っ張り出すも携帯で検索するもヒットは一つ。ニンゲン=人間=魔物の仇敵。

 壮絶なタンカバトルのゴングが鳴った瞬間だった。ホイミンのノリに流されない様に自分を保つのには苦労する。

 そんなこんなで続けられた闘争も最終局面。防戦一方だったホイミンは遂に目尻に涙を浮かべ、まくし立てようと身を乗り出した俺を牽制する。

 「なるんだもん。絶対に人間になるんだもん」

 ホイミンは初めて、俺の主張にノーを突き付けた。何時もの「そうだねー」では終わらなかった。

 一体何がこいつを人間に誘因するのか。少しだけ冷静になった俺は、クシャクシャに荒れたベットの上に再び腰を下ろす。

 俺が落ち着いたのに安心したか、ホイミンも安堵して垂れそうになる涙を拭い、ぽつぽつと訳を話り出す。

 「えっと、どこから話そうか―――」

 

 

 ちょっとだけ。そんな好奇心がとんでもない災厄に繋がった。

 少年は、少女の手を引きながら懸命に走る。幼い彼女に強いる負担は小さくないが、それでも止まる訳には行かなかった。

 駆け出してから一度も振り返っていない。余裕が無い事に加えて、万が一釣られて彼女も見てしまう事があってはならない。

 年端も行かない女の子には、余りにも醜悪で正視に堪えない。繊細な彼女に癒える事無い傷を残しかねない。

 彼は今日の天気を、少女の両親と共に外出した家族を、何よりこの様な結果を招いた己自身を恨んだ。

 何がお日様が気持ちいいだ。いい所に連れて行ってあげる、だ。あれが何の保養になると言うのだ。永遠の休息を享受させるつもりだったのか。

 ピクニックに行こう。先日から出稼ぎに行った彼女の両親に代わって、日頃面倒を見ていた彼は手持無沙汰な様子の妹分を誘った。

 表面上は少女を思っての提案だったが、実を言えば彼自身がそうしたかったのだ。少年は、彼女と二人だけの特別な時間を共有したかった。

 最初は唯の妹代りでしかなかった。幼い頃に本当の妹と死別(流産だった)彼は年の離れた彼女を、喪った悲しみを取り戻す様に可愛がった。

 何時頃だろうか。共に寝起きをする妹に兄妹愛以外の感情を覚えるようになったのは。寝巻から覗く未成熟ながらも艶めかしい肌から目が離せなくなったのは。

 少女が向ける笑顔が自分以外の誰かに注がれる事が堪らなく不愉快になって、用も無いのに家を尋ねたり、仲のよさ気な男に一方的に突っ掛かった。

 青痣に顔を晴らした自分を見て彼女はこう言うのだ。無理をしないで、と。

 不安げなその顔を見た時、痛みなど直ぐに吹き飛んだ。自分だけが彼女を独占しているのだ、いやして良いのだ。

 幸福の余り絶頂しそうになったが、彼はまだまだ物足りなかった。まだだ、まだ足りない。完全に彼女を自分だけの物にするにはどうすればいい。

 少女の気を引く為に考えられる限りの事をした。パン一個にすら満たない小遣いを積み上げ、時にはアルバイトをしてプレゼントを送り続けた。

 これまで全く関心の無かった勉強にも身が入るようになった。特に、商売知識については先生も舌を巻く勢いで習得した。

 何かの記念日が近づく度、試験が訪れる度に彼は喜びに舞い上がった。これでまた喜んで貰える、彼女に自分を認識して貰えると。

 次第に彼は、「いい人」の仮面を脱ぎ棄てる。親の居ぬ間に金庫室に忍び込み、小額の金をくすねる様になった。商才に優れる彼に掛かれば、ずさんな帳簿の改ざんなど訳が無かった。

 魔物も狩り出した。ここらは力の弱い連中ばかりで、中でも特に劣る種族を罠に嵌めた。お駄賃程度の給金にしかならない店子よりも余程財布を潤した。

 完全に舞い上がっていた。あらゆるものが自分に味方している。彼女とは赤い糸で結ばれているのだ。

 そんな折に少女は自然が好きだという情報が耳に入り、彼は一計を案じた。ありふれた所では差は付けられない。どうせなら声にもならない驚きを提供して見せよう。

 家にある地図をひっくり返し地理に詳しい親類に聞き込んだ所、街から数キロ西に行った平原に、それは素晴らしい泉が湧きだしているらしい。

 誘わない理由は何処にもない。下調べも済まさないまま、少女の手を握った。危険と言う忠告もあったが、魔物の一匹や二匹位蹴散らせる自信はあった。

 繰り返すが、彼は調子に乗っていた。良く見ればデンジャラス(非常に危険を示す)表示ある事に気付きもしなかった。

 それがこの有様だ。護身程度に持ち出した剣は根元からポキリと折れ、非常用の狼煙筒は不発に終わった。

 足が動いたのは奇跡的だった。状況の飲み込めない少女を無理矢理立たせ、脇目も振らずに足を回した。

 止まったら終わりだ。もう限界なんてとっくに超えている。ほんの一瞬でも身体を甘やかせば、勘違いした両脚は必死に抵抗するだろう。

 目と鼻の先だった街との距離が、今は切り離された絶島の如く感じられる。何時になったら門が見えるんだ。街に着けば傭兵がいる、保安官がいる。

 屈強な身体と装備に身を固めた守護者が颯爽現れ、瞬く間に魔物を退治してくれる。

 が、彼らが駆け付ける事は最後まで無かった。先に体力の限界を迎えた妹が小石に足を取られた。思わず足が止まってしまった自分もそこに蹲ってしまう。

 目が合った。一匹たりとも掛ける事無く、魔物達は底知らずの身体能力を発揮して迫っていた。10メートルも間があるかどうか。

 もう駄目だ、。全てを諦めた彼は、せめて妹だけはと彼女を抱き締め、精霊ルビスに祈りを捧げる。

 ルビス様。お願いします、この卑しく矮小な自分など地獄に堕ちても構わない。でも、どうか彼女だけは。ネネだけは助けてくれ!!

 振り下ろされる凶悪な鉤爪。鉄の鎧ですら易々と引き裂けそうな五刃は、精霊の慈悲諸共彼を―――

 「スラリンの馬鹿ぁぁあああああああああああ!!」

 「っだぁぁあああ!?」

 真横から突進して来た何かに跳ね飛ばされた彼の命を奪う事は無かった。大空振りに終わった魔物は勢いに負けて転倒した。

 鼻頭を擦りながら起き上った魔物は通り過ぎようとする元凶を視界の端で辛くも捉え、ぎりと歯を剥いて手を伸ばし、

 「誰に断って人の女に触れようとしてんの?」

 高速で地面を抉って直進する灼熱の業火に消し炭も残さず焼き尽くされた。

 

 

 「スラリンの早漏、下手糞!」

 交渉は失敗に終わった。

 ホイミンが吐露した思いには、それなりに共感すべき所もあったが、100%同調するには至らなかった。

 結局話は振り出しに戻り泥沼の口撃が始まったが、まともに罵倒もした事の無い馬鹿が俺から1本取る事はやはり無理だった。

 滝の様に涙を流しながら放った最後の一撃は、男の自尊心に多大なるダメージを与えた。追い掛ける事も忘れて俺は己の性技を顧みる。

 いや、早漏じゃねぇし。20分は持つし、コンドーム付ければ30分は我慢出来る。

 普通こんなもんだ。AVじゃあるまいし女をあっちの世界に導ける野郎なんぞ一握りだろう。大丈夫、俺は早漏じゃない。

 ばっちり自己完結して顔を上げれば、既にホイミンの姿は豆粒大になっていた。面倒臭くなったのでどうせすぐ帰る来ると、ベットにダイブしようとしたが。

 此処、レイクナバの治安について考える。レイクナバと言うよりも、この大陸全土と言った方が正しいか。

 第五魔王ピサロ。数十年前に彗星の様に現れ昇進を重ね、旧魔王デスタムーアを討ち取って魔王入りを果たした。

 異常とも言えるハイペースで戦争を終結させた為に、年月を経た今でも統治機構は整備されていない。他大陸の様に支部基地は建設されておらず、中央に一基あるだけだった。

 デスタムーア軍は皆殺しにされた訳じゃない。魔王直属軍は粛清されたが、地上派遣軍は終戦後吸収される形で生き残っている。

 満点に近い戦争運びをしたピサロの唯一の汚点はこれだと思っている。上手い具合に組み込みたかったんだろうが、デスタムーアに絶対敵忠誠を誓っていた狂信者共が改心するとは思えない。

 事実、内紛とまで言えないものの小競り合いは頻発している。大方の浄化が終わったレイクナバもゼロじゃあない。

 「糞ったれ! 俺の息子の力を見くびるなよ!」

 寧ろ遅漏と後悔させてやる。

 バックに詰め込んだ軍靴に履き替え、ピオリムを連発しながら廊下に踊り出る。能天気な受付の意味深なエールに多量の血液が沸騰した。

 

 軍師にでも鞍替えするか。追い着いた先にはうじゃうじゃと残党方が揃っているではないか。

 デスタムーアの配下は奇抜な姿形をしているので一目で分かる。制服も着てないし、恭順した例外さんでもないだろう。

 故に遠慮は不要。馴れ馴れしく俺の女に触ろうとするDQNには鉄槌を下す。突き出した掌から熱線を解き放つ。

 「――――」

 後ろを向いていた事もありクリティカルヒット。不可聴の断末魔を上げて焼滅した。

 一斉に魔物共の注目が俺に切り替わった。ホイミンの存在は既に奴らの頭から消え、派手な演出で舞台入りした真打に一斉照射。

 「行き成り何しやがる! 何処の軍だてめぇ!!」

 手前の全身を鋼鉄でコーティングした奴が声を荒げる。種族は分からん。

 余程、隣の同胞が焼き鳥になったのが腹に据えかねるのか。ハルバードを握る腕がプルプル震える。おお怖。

 鎧野郎(手前の奴)程ではないが、その他の面々も似たように臨戦態勢を取る。ピエロっぽい変態に、ドロドロの死人顔(ドロヌーバとも違うな)、羽の生えた悪魔系。

 ベギラマで屠れた一人目から、B~C級辺りと推測する。そうすると、奴らの親玉は・・・。

 「竜王軍だよ。先日曹長に昇進したぞコノヤロー」

 さり気なく階級をアピール。旧軍だろうと縦社会には変わらないから、下士官だったら動揺するもんだが。

 華麗なる出世を遂げた俺を見る目が幾らか柔らかくなった気がする。これは撤退モードか、と思った時。

 『ブハハハハハハハハハハハハハハッ!!』

 大爆笑の渦に巻き込まれた。何がツボに入ったのか、赤だった雰囲気が黄色へと変わる。

 怒りを鎮めてくれて嬉しいよ。でも、如何にも馬鹿にした嗤いは握り拳で応酬していいのかしら。

 黄金の右を放とうと握力を入れる俺だったが、その次の発言には立ち止まらざるを得なかった。

 「ぎゃはっ。そうかよ、あの異端児の手下かよ。腹痛ぇ!」

 最も性根が腐ってそうな下品な悪魔野郎はそう言った。

 竜王サマが異端? こいつらを棺桶に入れるのはもう少しだけ待った方が良さそうだ。

 

 

 漸く新話を挟めました。

 真性のロリコン登場回でした。

 

 



[31970] 八反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:4ea34cf5
Date: 2012/03/20 15:25
  反逆のスライム



 八反目

 

 

 「待ってくれ、いや待って下さい!」

 以外にも生き汚いのは悪魔野郎だった。最も早く昇天すると思ったが、飛び掛かる仲間を尻目に視る事に徹した点は評価対象だ。

 その諦めの悪さには親しみを覚えたが如何せん薄気味の悪い外見(デスタムーア配下の魔物は非常に残念な容姿である)なので良心は働かなかった。

 聞きたい事をべらべらと喋ってくれた事もあり、生かしておく理由もない。小額であるがこいつらには懸賞金もかけられている。飲み代の足しになる。

 「俺たちゃ仲間だろ? 地上に蔓延る猿どもを駆逐する兄弟じゃねぇか!」

 雄弁な命乞いは続く。その意見には全面的に賛成だが、後半の部分は同意し兼ねるね。爺の唾が付いたてめぇらと同列になった覚えはない。

 「大体俺が何したってんだ。人間を襲うなんざ誰でもやってるだろ!?」

 正論ではある。下っ端の仕事は正に人間減らしであり、中には「狩り」と称してオフにさえ殺しを愉しむ物好きもいる。休日返上御苦労様だ。

 こいつの反論には一見、破綻はない。寧ろ女が襲われた位で殺しちまった俺が過剰防衛で訴えられる可能性もあった。他の大陸においては、と添える必要があるが。

 先代魔王の死後、中央基地デスパレスに腰を据えたピサロ軍は旧前線基地の再建を最優先で進めている。

 激戦で廃墟同然となった施設を復旧するのは生半可じゃなく、熟練の建設工を集結しても未だに竣工に至らず仮設場が設置されているだけ。

 つまり現在は過度な示威行為は必要ない。再編成された新生第五魔王軍は練度を高めるために日々訓練に明け暮れている。まして、旧魔王軍の残党を無暗に外出させる自由を許す訳が無い。

 「な? あんたがした事は黙っててやるからよぉ。此処は「ムドーだろ?」!?」

 遮るように言ってやると悪魔の顔色が変わった。母ちゃんに悪戯のばれた餓鬼みたいな動揺っぷりだった。

 本当に潔白なら小狡い野郎みたいなタイプは、もっと強気に出てもいい筈だ。逆に俺を脅しに来る位はしていいのに、劣勢になった途端下手に成り過ぎた。

 事を公にしたくない理由は一つしかない。有給申請時、人事の口走りを思い出す。近頃、ピサロ軍の魔物が謎の失踪を続けているってな。

 諦められる筈が無いのだ。数十年生きた程度の若造に戦友を殺され、更に己の手足として虐げられるなど耐える事は出来ない。

 俺のとは規模が桁違いだが、魔王ピサロに対して下剋上を敢行したのだ。今の所は散発的なテロに留まってはいるが。

 「な、んで・・・」

 「雲隠れした旧幹部は3人。グラコスは種族的に有り得ない。ジャミラス配下にしては弱過ぎる。消去法だよ」

 己を小魔王と豪語した(物笑いの種だった)ムドー。デスタムーア四天王最弱のデブの手下にゃお似合いだ。

 その点デュランは潔くて好感触。いち早く新軍に溶け込んだ最後の一角は、旧勢力としては異例の将軍に抜擢された。

 ガチムチな戦闘馬鹿だが、その騎士道チックな精神はピサロも高く買っていると聞く。タークは暑苦しくて敵わないと言っていたが。

 と言う訳で。論破も完了したので潔くない眉なしガリ悪魔には消えて頂こうと思う。こいつの首を持って行けば今夜の酒のバーボンにつまみが付く。

 俺は掌で魔力を弄び、都合の良い風系魔術を編み始めたが、「ハッ」

 「しゃぁねえなぁ。あーあ、此処までばれたら言い逃れできねえよ」

 諦めたにしてはしっかりした口調だった。寧ろ、開き直った感がある。

 天を仰ぎやれやれと首を振る悪魔。目が合った時には下衆顔が復活している。何が出来るとも思えないが念の為に詠唱速度を早める。

 「大人しく帰っときゃ良かったのによぉ! 高が人間二匹の為に、マジで馬っ鹿じゃねぇの!!」

 奴の視線を追えば、二人の餓鬼がびくびくしながら横たわっていた。雌の方は、俺に気付くと顔を蒼白にして震えた。

 俺としては女の尻をおっ駆けただけなのだが。こいつの頭の中では俺が正義の味方にでも視えたのか。別に止めはしないのに。

 「こんなこたぁしたく無ぇんだけどよう。止むをえねぇよな、俺達の悲願の為にゃよぉ!!」

 なぁ? と振り返る。すると見計らったかのように茂みから魔物が這い出して来た。言うまでも無く、旧魔王軍だ。

 何時合図を送ったのか、瞬間移動でもしたと思える位に唐突だった。悠に100を超える魔物が俺達を取り囲んでいた。

 

 

 これがベジータフラグか・・・。わらわらと出て来たセル完全体に、利き手を振り上げた態勢で硬直していた。

 ファイナルフラッシュを使うべきだろうか。だが、俺のファイナルフラッシュはファイアブレス(激しい炎)なので十分の一も削れない。頑張って吐き出している最中に袋にされる未来は簡単に幻視出来る。

 頼みの綱のトランクスも、父さんを超えてしまったんですと言ってくれそうにない。諸悪の根源の馬鹿は泡を吐いていた。これで気絶したなら解雇物だ。

 「如何したぁ? 急に元気が無くなっちまって」

 ぶっ殺してくれて良いんだぜ、にやにやと血管をブチらせてくれる悪魔。殴りたい超殴りたい。俺の賢さがあと1ポイントでも低ければバイキルトストレートが飛び出している。

 マウントポジションになって顔面をアートで彩ってやりたくなる衝動を何とか堪え、帰り支度の準備をする事にした。

 頭上にぴよぴよを召喚しているホイミンを張り手で起す。「ふぇぇ」とか身の毛のよだつ奇声に引きそうになりながらも抱き寄せた。

 「ど、ど、どうするのスラリン。殺されちゃうのぉ?」

 大泣き寸前の弱弱しい女には股間が熱くなったが、帰ってから再戦を申し込もうと息子を宥めた。

 「馬鹿か、こんな大軍と戦るわきゃねぇだろ。逃げるにきまってんだろ」

 そもそもが俺達はバカンス中で、戦う義務もなければ無駄死にする必要も無い。経理に言っても自己責任で終わるだろうし。

 幸運なのは最近の俺は勤勉だった事。購入してから1ページも開いていない魔導書と睨めっこする様になった。

 基本的に攻撃系重視だが、スライムの専売特許と言えば逃げ足。最強の離脱魔術たるルーラを修得するのは必然と言えた。

 覚えたてで不安もあるが二人位ならイケる筈。糞悪魔共に悟られない様に慎重に魔力を紡いでいく。

 「糞がぁ、舐めてんじゃねぇぞゴラァァアアアアアアア!」

 万策尽きた感を存分にアピールし、もう一方で詠唱中だったバギの構築も忘れない。不細工な面を更に歪めた悪魔は気付く片鱗もない。

 誤算だったのは、転がっていた人間が予想以上に耳聡かった事。小声で漏らした俺の計画を知るや、がばと下半身に抱き付いて来た。二重詠唱中だった俺に躱す余裕は無い。

 「ま、待ってくれ! 俺達も連れて行ってくれないか!?」

 恐怖による発狂か、イカレタ事を言う人間。敵の敵は味方と言うが、人間=悪の等式が刷り込まれている魔物に縋る事もないだろうに。

 それとも俺達が魔物だと気付いていないのか。一見、冒険者然とした身なりと対立の構図から味方と誤認したのかも知れん。

 何れにしても、仮に慈愛に目覚めて人間を愛せる様になったとしても俺のルーラの精度じゃ集団滑空旅行は不可能である。聖人だって自分の命が一番可愛い。

 「人間なんぞを救って何のメリットがある。大体重量オーバーだ。諦めて死ね」

 手が使えないのでげしげしと足蹴にするが、この人間思いの外根性がある。何度踏み躙っても離れない。いい加減にしやがれ、マジで殺すぞ。

 こうしている間にも悪魔共は迫って来る。掲げた掌の魔力塊に警戒しながらも確実に距離を詰められていた。何時襲い掛かっても不思議じゃない。

 「とっとと放さねぇか。今すぐドタマを潰されたいか」

 気合いを見せてくれるが所詮はアマチュア。頭に乗せた足裏にもう少し力を加えるだけで、弾けたトマトと変わらなくなる。

 お気に入りの靴を駄目にするのは憚られる(買ったばかりなのに)が一刻の猶予も無いので思い切り頭を軋ませてやる。一般人ならまず根を上げる激痛を。

 「ぎっ、が・・・。いや、だ」

 俺は軍人所属なので、当然拷問にも覚えがある。どうすれば相手の心が折れるか隙間に付け込めるか、それなりに叩き込まれている。

 悶絶するかしないかの絶妙具合の踏み付け(僅かな間耐える事が出来るが身体が根を上げる所がポイント)に人間は耐えた。頭蓋を圧縮する俺の足首を掴み、ギョロリと目玉を持ち上げる。

 「お願いだ。俺なんかどうなってもいい。だが、ネネだけは、妹だけは助けてくれ。首を振らなきゃ死んでも放さない」

 一瞬握られた足の感覚が無くなった。視線を下ろせば何ともなく気のせいでしかないのだが、唯の人間に腰が引けたという事実。

 この野郎、碌に訓練も受けない市井の餓鬼が俺を脅しやがった。男の不退転の瞳には有無を言わせぬ得体の知れ無さがあった。

 ビビる理由は何処にも無く、今直ぐに西瓜割をしても良かった。が、俺はこれ以上踏み込めないでいる。

 「何だか知らねぇが仲良く心中する気になったか? なら死ねやぁぁあああああああ!?」

 「ちっ」

 空気を読めないウンコ悪魔が痺れを切らす。腕を一閃するや、円陣を組んでいた魔物の群れが抑え込んだ暴力を解き放つ。

 人間一人の眼力に行動を奪われた己を叱責すると共に、ルーラの起動は不可能と悟った。完全無防備な態勢を敵陣ド真ん中で曝け出す事になる。

 随分前に完成していた呪文を発動する。掌に収束した暴風の名はバギ。敵を吹き飛ばして仕切り直す位の威力はある。

 封じていた魔力の枷を解き放ち、後は始動キーを紡げば空想は現実となる筈だった。

 「控えよ―――」

 新たな第三者の介入が無ければ風刃は空気を斬り裂いていた。

 が、例え発動した後でも俺如きの魔力は跡形も無く散らされていたに違いない。戦場を駆け抜けた烈風に、誰もが言葉を失った。

 全員が振り向いた先には二人の男。手前には身なりの良い、さぞや格式高い家柄出身といった風の貴人だった。こいつはまだいい。

 貴人だけでも全く宜しくは無かったが、その後ろにいたもう一人。実戦向きの軽装に身を包んだ銀髪の男は、それすらも霞む存在感を備えていた。

 「貴公ら」

 耳朶に響く低音は、心地の良さと同時に底冷えする恐怖を俺達に植え付けた。

 最早考える必要も無い。ベクトルの異なる人間・聖者が浴びたら忽ちに発狂する異次元の魔力、魔気。条件を満たすのは魔界でも五人だけ。

 「魔王陛下の御前である」

 第五魔王ピサロ、通称デスピサロ。息をする様に死を生み出し続けるその姿は、人間より寧ろ魔物の方が痛感している。

 再び大戦が勃発すれば奴らは揃って実感するだろう。特に、なまじ武芸に秀でてしまった連中は。

 「何用で軍紀を乱している?」

 

 格が、否次元が違う。俺達と立ち位置が根本から異なっている。

 従者に言われずとも立っていられなかった。誰もが視線を交わせず、それ所か同じ空間に共存したいとも思うまい。

 俺など視覚が捉える以前から服従のポーズを継続している。隣の馬鹿が「何してるのー?」と未だに寝惚けていたので地面に叩き付けて黙らせた。初めてこいつの性格を羨んだ。

 足下で抗っていた人間などとっくに目を回している。そいつ曰く妹は目を開いたまま気絶していた。

 跪いたまま嵐が去るのを只管耐えるしかない。一切の過失が無いんだから、俺が処罰される事は有り得ない。だが、運命の女神はどこまでも俺を憎んでいた。

 全ての元凶たる悪魔野郎が金魚みたいにぱくぱくするだけだからなのか、業を煮やした(眉をピクリとさせただけ。死ぬかと思った)魔王は俺にロックオンしやがった。

 「貴公」

 「は、はっ!」

 無意識に直立不動。どれだけ格上でも上官には敬礼を。がちがちになりながら背筋をシャキッとする。

 「見掛けない風体だが刻印は魔物の証。悪いが説明を求めても?」

 拒否できると思うだろうか? 操られた様に俺の口は高速かつ丁寧に動いていた。

 「竜王軍ラダトーム基地所属、スラリン曹長であります。此度は休暇中であり―――」

 

 



[31970] 反逆のスライム〈出世編〉
Name: 浩一◆4986add6 ID:f7777a86
Date: 2012/03/16 08:43
  反逆のスライム〈出世編〉





 尉官ともなれば敵の主軸クラス、冒険者のエース達とガチンコするのが仕事。

 当然、死亡率は下士官時とは比較にならない程跳ね上がる。人員の出入りが最も激しい最下級の鉄砲玉に次ぐ位だ。

 何かの間違いで昇進してしまった俺は、更に天文学的な確率で上司に偉く気に入られて新米将校の頭的な役割にされてしまった。

 繰り返すが俺の種族はスライム。全魔物中最弱の戦闘力として冒険者達の成長の糧として存在するスライム。

 俺のライバルはひのきの棒、精々がこん棒位なのだ。銅の剣とかブーメランを引っ張って来ないで欲しい。とっとと次のエリアに行きやがれと安全厨に言いたい。

 だと言うのにこの状況はなんなのか。立て続けに振るわれる正確無比な剣筋は、どう見ても駆け出しのヒヨコでは修得し得ない技だった。

 目を凝らしてギリギリ読む事が出来る軌道を予測し、スライム族特有の柔軟性を駆使して何とか避けてはいるがいつまで体力が保つ事やら。

 一体どうしてこうなった。およそ上級者向けのクエストを受注していそうな達人を相手にしている理由を思い返す事にする。

 

 

 「中尉、スラリン中尉!」

 おや、気付けば真正面に部下のドアップが。余りに退屈なので何時の間に眠ってしまったらしい。

 不自然な体勢で落ちてしまった為にあちこちが痛み訴えていた。軽く身体を揺すってコリを解しながら周囲を確認する。

 ただっ広い空間に残っているのは手下を除けば俺一人。無造作に並べられたままの椅子だけが、つい少し前までの大衆の名残だった。

 「全く、考えられません! 大事な会議の途中で「今何時?

 ぶつくさと文句を垂れ流す手下は即座にぶった斬る。放置すれば先程俺を夢の世界に導いた上官殿の様に延々と喋り続けるだろう。

 此処、アリアハン方面基地に出向して数年になるがウチの連中は少しばかり、いやかなり固い。レオン隊長が恋しくなるぜ。

 会話を強制された部下は軽くコメカミをひくつかせながら、「お昼頃です」と律儀に答えてくれた。これ以上在席する理由が無くなったので、俺は昼飯を食おうと腰を上げる。

 「ちょっと。話はまだ終わってませんよ!」

 磨き上げた忍び足でそそくさと退散しようとしたが、部屋を出る寸前に捕まってしまう。

 ドドドと爆音を巻き上げながら俺にもう接近した部下はずびしと人差し指を俺に向けて来る。そう言う事しちゃいけないんだー。

 「今日と言う今日は逃しませんよ。大体貴方は―――」

 再び始まる説教のオンパレード。次々に飛び出すお堅い言語に、教師になれよと思ったのは俺だけじゃない筈。

 いい加減に付き合っていたら日が暮れるので、表面上は相手の言葉を受けとめながら、鼓膜に飛び込んで来る雑音をシャットアウトする。

 竜王陛下直属の祈祷師が凶星を視たというのが五年前。丁度俺が本隊に引き上げられた時。

 何でも久方ぶりに勇者の出現を予言したらしい。信じられなかったのはその数が歴代観測数を余裕でぶっちぎった事だった。

 全ての称号を冠した勇者達が十何年か後に立ち上がるとの事。馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしてやりたかったが、その予言者殿は過去全てをピンズドで的中させた化物らしく、陛下も絶対的な信頼を置いている。

 そんな背景から軍備拡張・人材育成が急務となり、俺みたいなぺーぺーの将校を急ピッチで育成する事になった訳だ。

 面倒な研修を終えた俺の異動先はアリアハン。人間共の大英雄オルテガを輩した地として有名で、他にも有名所の冒険者を定期的に生み出す要所である。

 まぁ、要警戒のオルテガをぶっ殺したので当面は心配ないだろうが。(死体を確認してないのは気になるが、バズズの野郎が火山に突き落としたってたから流石に死んだだろう)

 楽観していた俺だったが先輩方によるとどうにも状勢が変わって来たそうな。一部の開戦派の人間共が決起するべく戦力を集めてるって噂がちらほらあった。

 地獄の訓練から解放された俺は自堕落な生活を送りながら「ああ、そう」と適当に相槌を打っていたんだが。

 俺の中隊長が殺られた事で状況は一変した。

 前述の理由からアリアハンは辺境軍の中でもエリートに属する。当然、構成する連中もランクの高い種族が集まる。

 その選りすぐりの隊長クラスとなれば生半可な力じゃない。ランクで言えばB~C程度は固い筈だった。

 だが、殺された。死体を持ち帰ると鮮やかに首が落とされていたらしい。武器を握った形跡も、魔力を消費した様子も無い。

 中隊長より確実な格上に瞬殺された。一部では天の矛を噂する者も出て来る始末だった。

 天の矛。人間の枠を踏み越えた超人集団。脳裏に狂犬女ステラが一瞬浮かんだが、それはそれとして・・・。

 実際有り得るだろうか。あの連中、異常な戦闘力故に敵だけじゃなく身内からも煙たがられており、余程の事情が無ければ軍に喧嘩を売れなかった気がする。

 以前俺を半殺しにしたステラは例外中の例外として(あんな戦闘馬鹿が二人といて溜まるか)、ぽんぽん戦場に出て来るとは思えない。

 上のお偉い方も俺と同じ判断をしたのか援軍を送って来る気配は無い。当面は警戒レベルを最上にして、無断外出厳禁・部隊単位での行動を義務付けるに止めた。

 が、俺達の努力も虚しく犠牲者は増え続けた。一人、また一人と一回の数は少ないながらも毎日の様に死体が量産されていく。

 ガイシャが三桁に上った所で大隊長の堪忍袋はとうとうぶち切れた。大蛇の化身である隊長殿は、執務室を焼き焦がしながら殲滅の号令を出したのだった。

 総力を挙げて敵を嬲り殺しにする事が確定したのが数日前。先刻の会議はその為のブリーフィングであり、緊迫感に溢れていた。睡眠欲を刺激する演説はいただけなかったが。

 

 カツ丼を胃袋に放り込みつつ、指示書を改めて一睨みする。昼間っから油物は消化に宜しく無いが、縁起担ぎって事で。

 指令。スラリン暫定第五中隊は、■■■(検閲)を速やかに殲滅せよ。

 簡潔な一文が記され、後は待機場所や配置等の細かい情報が添えられてあるだけ。ワープロで打たれているだけなのに、大隊長の怨念が存分に込もっているのは気のせいじゃ無さそうだ。

 一見おかしな所はない。第一の犠牲者がウチの隊長(後任を俺が引き継ぐ事になった)なので一番槍を任せるのは納得が出来る、が。

 「いかんでしょ」

 主力部隊は第五中隊。残存戦力は後方待機。・・・新手の虐めか。

 中隊長をさっくり殺せる未知の敵に一個中隊だけ。サポートは無し、増援も無し。orz。

 これがどれだけ絶望的な事かを説明する。辺境軍は大・中・小の3つの括りの部隊があり、トップの大隊長の下に中隊長が数人、その下に更に数人の小隊長から成る。

 最小単位の一小隊の人員は5人から10人程度。中隊長に割り当てられる小隊数もほぼ同数となる。

 そうなると、多く見積もっても一中隊の総人員数は10×10で100となる。100である、たったの100ぽっちである。

 アリアハン基地隊員の平均ランクはD級。それが100人集まった所で天の矛(噂に過ぎないが)に勝てるだろうか。

 勿論、小隊長や上位の隊員達を他と同列に扱う事は出来ないが、仮に全員がA級だとしても討ち取る事は難しい。魔王と同等との謳い文句が誇張で無ければだが。

 件の殺人(魔)鬼の戦闘力をあの化け物共と区別して考えるしても、だ。前隊長であるボストロールは基地のエースだった野郎だ。それをあっさり殺せる奴を相手取るには甚だ不安だった。

 余りの絶望に失踪したい所だったが、この基地の規律の厳しさでも有名だ。任務放棄をしようものなら恐怖の裏番・バラモスにはらわたを食い尽くされるに違いない。

 バラモスと言えばゾーマの腹心にして魔王クラスの力を持つと言われるチートキャラ。実際、精霊ルビスを封印した功績で魔王になる機会があったらしいが、ゾーマと愛人関係にあるので拒否ったと言われる。

 死に損ないの爺の何処がいいのか(闇の衣があるから死なないけど)、それとも老獪なテクニックをベットの上でも発揮してるのか、とにかくベッタリだ。

 爺は心強いと有難がってるけど下の者にとっては大いに迷惑な存在である。(ウチの隊長などはそのストレスを現場に当たり散らしている)

 逃げられもしない、助けも期待出来ない。訴えても激しい炎×8によるアツい叱責が待っているだけ。

 結果、逃げ場のない俺は応じざるを得ないのだった。敵方がバラモスより強く無い事を祈るばかりである。

 

 結局こうなるのか。ペイントを塗りたくって自然と一体化した俺は、身体を這い回る蟻さん達を我慢しなければならなかった。

 小隊長達との綿密な会談(唯の飲み会とも言う)によって作戦は決定した。

 被害を鑑みるに敵は単独犯であり、毎日決まった時間に一定のルートを徘徊し、ターゲットを選別しているらしい。毒牙に掛かった部隊の証言によれば手口はパターン化していた。

 哨戒自体は順調で敵の「て」の字も無い程平穏に終わる。が、交代の時間を迎える際に異変に気付く。

 任務終了時、次隊に引き継ぎを行う時に点呼をするのだが、一人足りない。1番2番3番・・・と何度繰り返しても開始時点の面子が揃わないと言う。

 あいつはどうした? 隊長が隊員に(行方不明者の前にいた)聞いても、「分からない。気配はあったし会話もしていた」と言う。

 襲撃があれば間違い無く気付けた筈であった。それなのに、隊員は忽然と姿を消していた。まるで神隠しに遭った様に。

 理解出来ずに後任部隊に捜索を依頼するも、見失った仲間を見つけるには翌日の早朝まで時計を進めなければならなかった。再会は物言わぬ屍となった霊安室になる。

 作為的な、恐らくは魔術の力が働いている事は間違い無かった。敵は魔術師なのだろうか、魔術師だとすれば風系の術で両断しているのだろうか?

 しかし現場には魔力の残滓は感じられなかった。巧妙に証拠を拭い去ったのか、それとも殺害後に更に死体を移したのか。

 考えればキリが無かったが一つだけ分かったのは、雑兵を幾ら増やしても犠牲を増やすだけという事だった。

 集団戦は不可能で、出来るだけ成功率を上げる手段はこれしか無かった。エース(笑)である俺を人柱にする他には。

 全会一致で代表者を俺に決めた極悪非道な中隊の野郎共は残らず蹴りを入れ、ビッチに共は余さずセクハラをしておいた。許せなかったのは「黒」を身に付けていたエンプーサだ。吐きそうになった。

 愛する部下達に泣く泣く送りだされ、死んだ友達の無念を双肩に担った俺はじっとその時を待ち望む。辻斬り野郎が現れるまで。

 狙われるのは中間にあたる、昼から夕刻の哨戒兵だ。早めの昼飯を詰め込んだ俺は既に数時間程草原の一部となっていた。

 今度ばかりは寝落ちしないように、ク○レッツをくちゃりながらスナイパーとなる。観たかったアニメの内容を予想しながら只管待つ。

 そろそろ、もう直ぐだ。そう思いながら1時間2時間と経ち、集中力の限界を迎えた日暮れ時の事。

 空気が変わった。感知できたのは念の為に張ってあったトヘロスか、無駄に年季の入った軍人経験か。己を取り巻く「色」の変化を感じ取っていた。

 来る。もう間も無く奴は現れる。どこからだ? 必死に策敵するも全くの無人。先程までじゃれあっていた蟻も姿を消していた。

 見られていることは確実。背中を這う悪寒は警告を出し続けて止まらない。

 「糞っ、仕様が無い」

 吐き棄ててカモフラ装備を剥ぎ取り、這い蹲った姿勢から中腰になる。

 悔しいが初撃は譲るしかない。最大限に防御を固めて反撃に全てを託す。スカラ、ピオリム、念の為フバーハも。

 だが来ない。来るぞ来るぞと身体を固めても、全く仕掛けて来ない敵に苛立ちが募る。

 奴は相当に慎重深いらしい。自棄になって術をぶっ放すかと詠唱仕掛けるか、と考えた時―――

 「その刻印。魔物だな?」

 「!?」

 声なき声が漏れる。何時の間にと考える暇も無く、空間が水平に斬り裂かれる。

 丁度俺の首があった所。存在感を殺した不意打ちに加えて人外の超スピード。回避など不可能だった。

 仮に、仮に俺がそういう特質を持つ種族、スライムでなければこれで終わっていただろう。翌日の基地報の一面に、「新隊長殉死!」とでも書かれていただろう。

 「カッ!!」

 首を沈み込ませて地獄行きを免れた俺は、後ろ向きのまま首だけ捻り上げて顎を開き、口腔に溜めた高温ガスを吐き出した。

 激しい炎。火炎系ブレスの中位に属し、多数の魔物が得意とする技だ。ちなみに熱量によって火の息、火炎の息、灼熱の炎という階層分けあるが尺度は曖昧である。

 咄嗟のカウンターに驚いた顔を見せた襲撃者だったが、片腕に構えた盾を余裕を持って突き出していた。到達する間際に表面から薄い膜が放出されると、炎は見事に霧散した。

 逆向きの首をそのままに俺は次撃に移る事が出来なかった。ブレスを凌いだ耐熱能力よりも、その盾に刻まれた紋章に目を奪われていた。

 「ロトの、紋章?」

 澄み渡る空の様な蒼色に施された黄金の装飾は、魔物に取って畏怖すべき象徴だった。

 もしも。目の前のそれがレプリカでなく、伝説として語られるそのものであるとするならこいつは・・・。

 「左様。初代蒼穹の勇者、アルスなり」

 もう一方に握った、俺の首を落とし掛けた刃をすちゃと構える襲撃者。その手に握られるのは、盾と同じ紋章が眩しい至高の聖剣。

 とんでもない所に送られちまったもんだ。口が塞がらない俺は、危険手当を弾んで貰おうと現実逃避をするしか無かった。

 

 

 久しぶりに投稿。

 注意事項として、これはドラクエ1から6までをミックスして魔物を擬人化した二次創作です。

 時間が出来たら以前の話も加筆修正して再投稿しようと思います。

 

 



[31970] 二反目
Name: 浩一◆4986add6 ID:f634e6e9
Date: 2012/03/14 23:48
  反逆のスライム〈出世編〉



 二反目

 

 

 まず第一に気に入らないのは、天上会議なんてふざけた名前さ。

 ちょっとばかり力を付けた程度でまるで神様気取り。世界を支配する気分に浸ったご満悦な表情は滑稽でしかない。

 だってそうだろ? 実際に人民を掌握しているのは各国の為政者だし、あたし達を養ってるのは自然の賜物じゃないか。

 あんた達が豪華な飯にありつけるのは誰のお陰だい。その無駄に装飾過多な服は? 悪趣味な家をおっ立てたのは?

 神殿の影響力も微々たるもんさ。政教分離を徹底する国が大半を占める世の中だ、中枢に潜り込んだスパイなんざ両手で足りちまうよ。

 カミサマの威光とやらが絶対視された過去はもう終わったのさ。傭兵は傭兵らしく武器を振る事だけを考えればいいのにね。

 何でこんなしみったれた事を考えてるって? 丁度目の前にいるからさ。増長しちゃった勘違いちゃんが。さっきからウザったくて仕方が無いんだ。

 「納得行きません」

 不機嫌を隠そうともしなかったへの字口から遂に文句が飛び出した。上座に腰を下ろした真っ白な女に大声で喚き立てる。

 代替わりする度に出て来るんだ、こういう奴らは。あたしとしてはすっかり馴れきっているから、次に放たれる言葉も大方予想がついていた。

 「何故、この様な不徳の退廃者が天の矛に納まっているのですか」

 汚物を見る様な冷めた視線を一瞬送り、白女に抗議の目を戻す。ここまでストレートに否定されたのは久しぶりだけどね。一応先輩なのに。

 路地裏の淫売に向ける蔑みには流石に傷付く。相手がいないだけであってこれでも一途なんだぜ。あたしの硝子のハートが砕けたらどう責任を取るんだ。

 苦笑いを浮かべるあたしを全く意に介さない勘違い、乳臭い雌餓鬼なのでお嬢と呼ぼう、は熱い罷免コールを白女に注ぎ続けたが芳しい反応は得られなかった。女はまるで昏睡したかのように沈黙を続けた。

 「聖女様、ご検討を! 聖女様・・・?」

 だんまりを決め込む女をいい加減に訝しみ出すお嬢。必死にジェスチャーを繰り返すも結果は同じだった。

 そろそろ可哀想になって来たので助言をしてやる事にする。もう少し面白可笑しいパントマイムを見ていたかったけど。

 「あー、無駄だよ。今のそいつに何言っても聞こえやしないよ」

 聖女と呼ばれた白女、エリスは天の矛のリーダーであると同時に神からの意思を受け取る巫女としての役目を担っている。

 基本的に忌み嫌われる天の矛で唯一受け入れらてるのがエリスだ。心酔されていると言っても言い過ぎじゃないかもね。

 神託なんて胡散臭さ極りない(と言うかエリスの自演なんじゃない)眉唾物だけど、そのお告げとやらはそう言っても罰が当たらない程度に神殿に恩恵を与えたのは事実だ。

 宗教やってる奴らにとっちゃそれこそ神に等しい存在で、あの女が死ねと言えば大半の教徒は喜んで首を掻き切るだろうさ。上層部の連中からすれば憎たらしくて堪らないだろうけど。

 新参のお嬢ちゃんは受託を見るのが初めてなんだろう。神託ってのは何時何時降りて来るか分からないらしく、飯時に来る事もあれば、有り得ないだろうけどエッチの最中にも起こり得る。

 一見爆睡してるようにしか見えないから、セックスの最中に受信しちゃったら興醒めも良いとこだね。余程なマニアじゃなきゃ自信を失くしちまうさ。

 話掛けんなとガンを飛ばして来たお嬢は懸命に連呼していたけど、10回目位にとうとう折れた。「どうすれば」と嫌々あたしに目配せした。

 「揺すってやんな。少し刺激してやりゃあ直ぐ起きる」

 暫くの間、聖女様に触れるなんてと掌とエリスを交互にキョロったお嬢だったが、他に採るべき手段を見出せなかったのかおそるおそる巫女に近付いて、

 「失礼します。聖女さきゃぁぁああああああああ!?」

 おずおずと伸ばされた指先がエリスに触れる瞬間、弾かれた様にお嬢の身体は投げ出された。一寸遅れてあたしは首を傾ける。

 その直ぐ傍、テーブルの上を真っ直ぐにぶっ飛んだお嬢は、点々と並んだ花瓶や陶器を薙ぎ倒し、部屋の端に激突して漸く止まる。

 たった数秒間に一般人の何十倍の年収分の骨董品があの世に旅立った。特に壁に掛けられた絵は国宝級だった気がする。当面のタダ働きが目出度く確定した訳だ。

 軽くおちょくるつもりだったのが酷い事をしてしまったかしら。ちょっとだけ可哀想になったあたしは爆笑してやる予定を変更した。突っ伏して動かない後輩に歩み寄り、

 「うわっと」

 高速で飛んできた閃光を伸ばし掛けた掌で叩き落とす。寝そべったまま構えられた弓から焦げ臭さが漂う。

 ゆっくりと起き上ったお嬢はそれはそれは暗い表情をあたしに向けていた。瞳孔は完全に開き、特殊病棟への入院が必要な薄ら笑いを浮かべる。

 「うふふふ。そうですか、そんなに死にたいなら仰ってくれればいいのに」

 無造作に引き上げた右腕には既に矢が装填済みで、びかびかと発光して射出の瞬間を待っている。

 説得は(元から聞いてくれそうにないけど)無理みたいだね。しゃーないねぇ・・・。あくまで防衛だ。止むを得ない措置なんだ。

 全く説得力の無い締まりのないにやけ面をしているだろうあたしはうきうきと剣を引き抜いた。

 天の矛と闘るなんて本当に久しぶり。口煩いのがぐーすかしている今は絶好に過ぎるタイミングと言えた。

 慣れ親しんだ感触を玩びながら、あたしは収束する光に注目する。どうしようか、ただ避けるだけじゃ面白くないし。

 真面目に戦うなんて論外。両手足首の枷を付けたこの状態でも軽く捻れてしまうだろう。と、なればだ。

 「偶には当たってみようかな?」

 どうせ回復するんだからね。やっぱり斬った斬られたが戦いの醍醐味だよ、うん。

 「死ね、死ね、消えてなくなれぇぇえええ!」

 方針を決めるのと、無数の弾が吐き出されるのは同時だった。あたしは両手を広げて白光陣を抱き締めようと待ち構え―――

 『―――止まりなさい

 唐突に堕ちて来た「声」により全てが静止した。

 

 

 耳に仕込んだ小型の無線機からは何の反応も無かった。天気も良好で雲一つ見当たらないのに聞こえて来るのは雑音だけだった。

 左手の竜殺し、草薙ぎの剣で剣戟を耐え、右手で調節を続けるも通信が回復する気配が欠片も無かった。

 「糞、整備課は何やってんだ? 減棒しろ!」

 吐き棄てながらも必死に捌く。剣速には付いていけそうにないから軽打は無視、「獲り」に来る本気の一撃のみに絞って対処する。

 重さはそれ程じゃ無かったのは有難い。小さい切り傷は量産されて行くが、スカラのお陰で染みが出来る程度に納まっている。チクチクとした痛痒さは不快だったが。

 無意識で防御行動を取りながら、思い付く限りの周波を試してみるも返って来たのはざーざーざー。3週目を迎えた所で遂に怒りに任せて握り潰してしまった。

 やっぱり何かを仕込んでると考えて良さそうだ。タコ殴り作戦が頓挫した俺に残されたのは自力で奴を殺す事のみ。

 耳の穴を穿って両手で剣を握り込む。スピードで勝てないなら腕力で勝負だ。幸いにして武器の格に大差は無い。

 上段に構えた剣を左脇付近に引き寄せる。隊長直伝、示現流で頭骨を叩き割る。

 俺の本気を感じ取ったか、辻斬り野郎は連撃を止めて一挙手一投足を捉えようと眼力を込めたように見えた。(死んだ魚みたいな目なので良くは分からん)

 先手を与えられた俺は迷わず突っ込んだ。この流派の極意は一切の遠慮をしない事。敵をぶった斬る事だけを考えればいい。

 十数メートルの距離を一瞬で踏破し、振り上げた草薙ぎの剣を全力で叩き付ける。敵は一歩も動く事無く無感動に剣先を見つめ、

 「隙あり・・・」

 大きく開いた俺のどてッ腹にカウンターの横薙ぎをお見舞いした。攻撃の真っ最中である俺にそれを防ぐ手段は当然無かった。

 狙い澄ました一撃は俺の身体を綺麗に等分する。間違い無くそう考えているんだろう。所がどっこい。

 「何?」

 振り抜かれた剣が斬り裂いたのは俺のワイシャツまでだった。研ぎ澄まされた刀身は盛り上がった腹筋に阻まれてめり込んだだけ。

 スライム族の得能が一つ、硬化。メタル系の連中はオリハルコンクラスにまで強度を上げられるらしいが、今の俺は精々竜鱗が良い所。

 絶対的な肉体を誇るお歴々には遠く及ばないが、それでも魔術でブーストした俺には十分過ぎた。逃げようとした刃をがっちりと咥え込み、相手の足を止める事に成功する。

 吸い込まれる様に重力落としが決まる。辻斬りの兜を両断した剣は大量の血を掻っ攫った。

 

 「天辺も特注品かい」

 引き戻した剣の血糊を拭う。そこには脳漿までは付着していなかった。如何なる名工の逸品か、竜殺しの破壊力の大半を奪っていた。

 片膝を付いた辻斬りは相変わらずの無表情で虚ろな瞳を変わらず向けていた。やがて何事も無かったように立ち上がるとを口をもごもごする。

 「べホイミ」

 中級治癒魔術を唱えると、額から頬に掛けて走っていた裂傷がみるみる内に塞がって行く。完治とまではいかなかったが、溢れていた血の流れはすっぱり治まった。

 回復まで出来やがるのか・・・。あの剣に加えて魔術までカバーしてるとなると、迂闊に攻められねぇぞ。どうしたもんか、って。

 「うぉっ!?」

 気付けば愛剣が火花を放っていた。予備動作を無視して懐に踏み込んだ辻斬りは、怪我の影響何それ美味しいのとばかりの打ち込みをする。

 野郎本当に人間か? 元通りにするっつっても回復呪文に流した血まで巻き戻す効果は無い。

 行動に支障が出るレベルの血が抜かれのにこの動き。気合いで何とかなるもんじゃない。

 俺は頭の片隅に引っ掛かっていたキーワードを思い返す。蒼穹の勇者、アルス、初代。てっきり子孫か何かと片付けていたが。

 初代蒼穹の勇者アルス。ラダトームをほぼ完全に牛耳っていた竜王陛下に立ち向かい、勢力図をイーブンにまで押し戻した伝説の勇者。

 ラダトーム軍史で教科書に載らない事が無い超ビップだが、奴が生きたのは遥か昔。今となっちゃ古参の重臣しか面識は無い。

 終戦後はラダトーム王女と各地を放浪し、寿命を全うしてくたばった筈。実際、盛大な墓も残っている。

 本当は死んでなかった? 死体をすげ替える位は出来るだろうが、どうやって生き残った。

 神殿と契約したか? だが一般の冒険者じゃ少し長生きする程度だ。数百年も延命出来る訳が無い。あるとすれば神との契約、天の矛になる事だがそれも有り得ない。

 勇者ってのは飽くまで人間の範疇に留まらなければならない。人々の代表は純粋な人間の必要がある。民草の支持を集めるにはより身近な方が効率がいいからだ。

 だとすれば何だ。このしぶとさは何処から引き出される。あの盾や鎧にタネがあるのか?

 スカラの効力が切れ、防御力が衰えた俺は一転して防戦を強いられていた。限界まで両眼を見開いて軌道を見極める事に専念する。

 「はぁっ、ヤニパワーが切れる」

 ニコチン分を求めて禁断症状が現れる。一方、辻斬りは息一つ乱さずに剣を振り回す。

 この無呼吸行動もおかしい。仮に野郎が不老不死になったとしても、生物である以上は酸素が必要で無制限に動ける訳が無い。

 永久機関が内蔵されたキラーマシンみたいだ。そう、寧ろ無機物と言った方がしっくりくる。全く感情が読み取れない所も機械っぽい。

 斬り上げ、突き、薙ぎ払い。ガードが崩れた所に強烈な斬り落とし。次から次へと繰り出される技は暴風となって俺を追い詰める。そして遂に拮抗が破られる。

 踏ん張りが利かなくなった膝が滑り、体勢を大いに乱す。当然、そこを放置する辻斬りじゃ無かった。「お命頂戴」と心臓目掛けて刺突する。

 最早硬化でも防げない。身体をどう逸らしても躱せる速度でもない。だからと言って・・・。

 「調子こいてんじゃ―――」

 草薙ぎの剣から左手を離し、蛇の様にくねらせて敵の獲物に巻き付いた。スライムの真骨頂ここに極まれり。

 しかし辻斬りも黙っちゃいない。強引に切断しようと引っ掛かった腕をズタズタに掻き回す。号泣しそうになりながら、次の手札を切った。

 「ヒャド!」

 対象は辻斬りじゃなく、俺の腕。絡み付いた剣もろとも氷結させ、

 「フルアーマーを着込まなかったのは失敗だったなぁ!!」

 裸のままの人体の急所に乾坤一擲の突きを放つ。蓄えられたエネルギーは全力に程遠かったものの、無防備な喉を潰すには十分だった。

 少しは応えてくれよ。半ば願いながら最後のカードをひっくり返す。現時点で行使できる最高の魔術を切先から解放した。

 「―――メラミ

 言葉一つ一つにたっぷりと込められた魔力は、俺の予想を超えた規模の紅蓮を迸らせた。

 

 

 タイトルに習作を追加。ご指摘感謝です。

 それから拙作を覚えていて下さってありがとう御座います。

 

 


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