反逆のスライム
俺は集合場所に向かって全力で走っていた。
「やっべえ、完璧に遅刻じゃねえか」
基本的に俺の朝は早い方だ。規則正しく起床し、真面目に仕事に取り組む。
また、周囲の仲間とのコミュニケーションも忘れない。この厳しい社会を生き抜くための知恵だ。
しかし今日は規則正しく起きる事ができなかった。昨日特別ボーナス支給されたので、夜明けまでダチと飲んでいたからだ。
今日会議があることなど忘却し、がばがばビールやらウイスキーやらを調子に乗って飲みまくっていた。
解散した後、家に帰って一眠りした後に会議の事をを思い出し、現在に至る。
「そもそも、ボーナス日の翌日に会議するとかありえねえだろうが!」
息が荒い。足がもつれる。二日酔いが酷い。吐きそうになりながらも、俺は足をフル回転させる。
「遅れて申し訳ありません!! スラリン二等兵、参りました」
俺が到着した時には既に会議は始まっていた。
出席者全員から非好意的な視線が向けられる。そんなに睨むなよ、頑張って走って来たんだぜ。
「部隊会議は始まっている。早く席に着け、二等兵」
会場の中心の男が苦笑しながら、俺に着席を促す。
この男は、レオン。俺の部隊の隊長だ。階級は中尉で、種族は彷徨う鎧。
普通なら将校がこんな辺境の一部隊の隊長を務める事は有り得ない。
だがこの男は現場第一主義とかいって、あくまでもこの部隊にこだわっていた。
魔物は生まれつきその強さによってクラス分けされ、二等兵から始まり大将を頂点とする。
二等兵、つまり俺みたいな下っ端は雑魚もいい所で、一般の人間にも苦戦するが、将官クラスとなると強さの次元が違い過ぎる。
その力は、魔物という範疇で括っていいのかと思っちまう。特に竜王・シドー・ゾーマ・ピサロ・ミルドラースの五大魔王は神の域に達してるんじゃねえか?
あいつらがその気になれば、国どころか大陸も消し飛ばせるだろう。
同じ魔物でなんでこんなに差があるんだろうな。神様ってのは、つくづく不公平だぜ。
上の方の階級の奴らは、魔王直属として仕えたり、激戦地区に配属されるんだが、尉官より下の下級の魔物は、辺境の土地で人間達を適度に減らしたりするくらいだ。気楽なもんだろ?
つまり、中尉の階級であるエリートな我隊長様は異常である。出世欲が無いのか、チキンなのか、頭がおかしいのか。まあ、普段の戦いぶりを見る限り、二番目はねえな。
「・・・・・兵、二等兵。聞いているのか」
あ? おお、考え事してたら時間が経っちまった。隊長が呆れている。雷が落ちない内に、早く座ろ。
俺は近場の席に腰を降ろす。さて、今日の議題は何じゃいな。
意気込んだのは良いが、昨日の飲みすぎと睡眠不足のため会議の内容はほとんど頭に入らず、俺は夢の世界への船を漕ぐ作業に専念することになった。
「・・・・以上で今日の会議を終了する。各員任務を怠らない様に」
お、会議が終わったみたいだな。眠い、とっとと帰って寝よ。
俺は普段の行いはいい方だと思うんだが、今日はついていないらしい。
机に突っ伏しそうになる程の眠気を鋼の精神で散らし、家に帰ろうとした腰を上げた所で、うざい奴に呼び止められた。
「待ちなさいな」
ああ? 振り向くと、オレンジ髪のスライムが蔑んだ目で俺を見ていた。
「私に何か御用でしょうか、上等兵殿?」
こいつはスライムべス。名前は確かルージュとかいったかな。まあ、如何でも良い。
自分より上の奴には媚びへつらい、下の奴には威張り散らす。小物を体現した様な野郎だ。
ルージュはフンと鼻は鳴らし、
「用が無ければ、貴方のみたいな出来損ないに話しかけたりしないわ。私はそんなに暇じゃないの」
相変わらず、人の神経を逆なでする野郎だ。
俺は持前の寛大さと忍耐力プラス相手が上官であるため、殴りたくなる衝動を抑え紳士的な態度で、用件を聞いた。
「前から無能だと思っていたけれど。時間も守れない上に、重要な部隊会議で居眠りをするなんて。マナーも持ち合わせていないようね」
ルージュはやれやれと言わんばかりに、溜息をつく。そりゃあ、すんませんねえ。
心の中でルージュをぶち殺す計画を何通りも立てていると、
「貴方、私が何を言いたいのか理解できないの?」
まあ何となく予想はできるが。
「まさかここまで無能とは。まったくこんな無能が私の部下だったと思うと、私のキャリアに傷がつくじゃない」
「部下だったとは?」
答えは分かっていたが、一応聞いてみた。
ルージュは塵でも見るような目で俺を見下す。
「わからないの?貴方は我が部隊にも、私にとっても必要ない。もうここに貴方の居場所は無いのよ」
言い終えるとルージュはもう用はないわ、と言わんばかりに踵を返し、去って行く。
俺にできる事はルージュを呪い殺さんばかりに、その後ろ姿を睨みつけることぐらいだった。
「畜生、一方的に解雇しやがって。労働法違反じゃねえのか」
俺は家に帰るなり、やけ酒を飲んでいた。いきなりクビ宣言されれば誰でもこうなるだろうよ。
あの野郎、前からムカつくと思っていたが、まさかここまでとはな。
しかし、何時までも不貞腐れているわけにはいかない。なけなしの貯蓄はすぐに底をつくだろう。
「にしてもどないしようかねえ・・・。俺の実力じゃ他の部隊に編入するのも難しいだろうし」
何かないか、楽な就職方法は・・・。俺は悩んだ。過度に摂取されたアルコールのせいで満足に働かない頭を回転させる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
んん? あっ! あったよ、あれがあるじゃねえか!
その時俺の脳裏に天啓が閃いた。そうだ、なんでこんなシンプルな方法を忘れてたんだ。最近、たるんでたんだなあ俺。
俺達魔物は、種族によって階級がほとんど決まるといっていい。
何か大きな手柄をたてたりして、上官に認められない限り昇進することは無い。
勤務年数によって階級があがるとかいう年功序列制度など無く、完全な実力社会だ。
つまり種族の力を考えると、大抵の奴は生涯で2、3階級ぐらいしか昇進できない。普通のやり方ならば。
俺たちの社会では、この階級制度を打開するためにある一つの制度がある。
下克上制度。一般にはこう呼ばれている。
内容は至ってシンプルで、自分より上の階級の奴を殺せば、そいつの階級が自分の階級になるっていう制度だ。
実際、この制度を利用して昇りつめた奴が何人かいる。典型的な例を挙げるなら、五大魔王のピサロだ。
あの野郎は元々は、少尉にすぎなかったが、持ち前の才能と努力によりどんどん昇進し、魔王にまでなった。
だが、自分より上の階級の奴を倒すのは並大抵の事では無い。
階級が上ってことは、種族としての格が違うってことで、下手したら返り討ちで天に召される可能性もある。
まあ、俺の標的はルージュだ。俺とあの野郎は、それ程差がある訳じゃない。
確かに今はまだ奴の方が上だが、俺の特性を利用すれば倒せない事はあるまい。
「今のうちに余生を楽しんでやがれ、クソ野郎」
俺はにやにやと嗤いながら、アルコール中毒で倒れるまで酒を飲み続けた。