「目が覚めましたか?」
暗闇の中で誰かの顔が見える。声からしてトーマス君だろう。
「ここは…?」
辺りを見渡す、どうやら馬車の中のようだ。
少し離れた所に焚き火がしてあり、そこに俺とトーマス君以外は皆居るようだ。すっかり辺りは暗くなってしまってる。
「よっ……とっと、あら?」
勢いよく起き上がったのはいいが,眩暈がして意識が遠くなりそうになる。
「まだ急に動いちゃ駄目ですよ、ホイミで傷は治せても流れ出た血は戻せません」
そう言って、トーマス君が苦笑している気配がする。
まだ立ってるのはキツイようなので座りなおす。
「シュウイチさん」
「はい?」
少し寒い。
「いつもあんな戦い方をしてるんですか?」
…少し考えてギラの燃えてる中に飛び込んだり、眠気を覚ます為に自分に銅の剣を突き刺したのを思い出した。
うん、あれは痛かった。
「あんな無茶な戦いをしていれば、近いうちにあなたは命を落とすかもしれない」
温厚な彼らしからぬ、硬い声だ。
あのときああするしか思いつかなかった…とか色々な言い訳が頭に浮かんだが
「ごめんなさい、もうあんな真似はしません」
と、頭を下げる。
この人は本気で俺を心配してくれているのがなんとなく伝わってくる。
「分かってくれればいいんです、気分が良くなったらあちらに来てください」
そういいながらトーマス君が馬車を降りていった。
そのままボーっと考えを巡らす。
初めてのパーティ戦、結果は散々な形だった。
なんとか全員生き残ることが出来たが、あと少し悪い方向に事態が傾いていれば俺達は全滅していただろう。
もし魔法使いがラリホーに巻き込まれたりしてたら…。
トーマス君と魔法使いの距離はさほど無かった。おそらく紙一重の距離で効果範囲を免れたのだ。
しかし、魔法って便利だよな…。つくづくそう思う。
先程の戦闘も実質魔法使い一人で大半を片付けてた様に思える。そう思いながら左手を目線の高さまで上げ、火の玉を出現させる。
戦士になったからといってメラが使えなくなった訳じゃない。メラは戦士になってから意識して使わないようにしていた。魔法に頼らず戦士のとしての技量を少しでも上げたかったからだ。
しばらく左手の火の玉を眺め、消す。
俺にギラが使えたらいいんだけど…。
範囲系の魔法を使えるだけで戦術の幅を大きく広げれる筈。カナンに帰ったら少し考えてみよう。
そろそろ皆のところに行くか。
ゆっくり立ち上がる、軽くふらつくが問題ないだろう。
馬車を降り,皆が居る焚き火の方に歩いていく。
なにやら真剣な顔で話し合ってるようだ。
「おかしいだろ?この辺りだけの話じゃなくて他の地方も似たようなことになってるらしい」
ロンゲが何か言っている。
「キミはもう大丈夫なの?」
武闘家さんが聞いてくる。
「少しふらつくけど平気です…それで何の話ですか?」
そのまま武闘家さんの横に座る。
「先程の戦闘の話です。シュウイチさんはこちらの方面にくるのは初めてですか?」
これはトーマス君だ。
「そうだな、いや、そうです。」
慌てて言い直す俺をみてトーマス君が笑う。
「もっと気楽に話していただいていいですよ」
「そっか、これからはそうするよ」
少し堅くなりすぎてたらしい。
今度はロンゲが喋りだした。
「初めてこっちに来たお前には分からんだろうが、俺やトーマス、サイとエルは二度ほどルカ村まで護衛をやったことがある。今回の依頼は俺達四人でも十分こなせると思っていた」
魔法使いの女の子の名前はエルというらしい。
「だが昼間に現れた魔物の中には見たことの無い魔物も混ざってた。大アリクイも一角ウサギも毛色が違って妙に強かったしな」
なるほど、どうやらアルミラージやお化けアリクイの存在を知らなかったらしい。見たことも無い魔物ってのはホイミスライムか。
「お前は知ってたんだろう?あの兎がラリホーを使ってくるのを」
あんだけ死に物狂いでアルミラージに突っ込んでいったんだし、やっぱり分かるか。
「あれは一角ウサギの上位種でアルミラージ、察しの通りラリホーを使うよ、大アリクイの方も上位種でお化けアリクイ、残りのホイミを唱えまくってたクラゲみたいなのがホイミスライムだ」
そう言うと皆が驚いた顔をしてこちらを見ている。
あ…失言だったかな。
「お前妙に詳しいな、そんなことどこで知った…?」
ロンゲが疑いの目で見てくる。
「いや、サクソンの実家に本がいっぱいあるんだけど、たまたまそれで見知ってただけだよ」
じいさん家に本がいっぱいあったのは嘘ではない。
…そんなモンスター図鑑みたいなものは読んだことないけど。
「そうなると新種じゃなくて昔に発見されていた魔物か…」
何故に今になって…とか呟きながらロンゲが考え込んでいる。
「話を戻しますね」
ロンゲが自分の世界に入り込んでしまったようなのでトーマス君が話を戻す。
「これは他の冒険者に聞いた話ですが、他の地方でも見たことの無い魔物が出てきているそうです。シュウイチさんの話を聞く限り新種の魔物ではなく過去に発見されていた魔物のようですが…」
まずい、また失言だったらしい。
もしかして本当にこちらの世界では新種なのか。
「何にせよ見たことの無い魔物が襲ってくるんじゃ気が抜けない。各自気をつけてくれ」
ロンゲがそう締める。
「そろそろ交代で見張りを立てて寝るぞ。最初は俺が見張る、次はサイ、その次はトーマス、最後はお前がやれ」
そういってこちらに視線を寄越す。
雇い主を頭数に入れないのは当然だが、女性陣にも気を使ってる辺り妙に紳士的なやつだ。
異論はないので頷いておく。
武闘家さんが私も見張りぐらいするよ。と言っていたが、トーマス君が説得したようだ。不満げな顔で馬車に入っていった。
女性陣は馬車で、男性陣は焚き火を囲んで寝る形となった。雇い主を外で寝かせるのはどうなのかと少し心配になったが、雇い主自身あまり気にしていないようだ。
とりあえず俺も寝れるときに寝ておこう。
次に目が覚めたときまだ辺りは暗かった。
一度眠ってた (気を失ってた) のでこれ以上眠れそうにない。
仕方無く起き上がるとトーマス君とサイがこちらを見ていた。
丁度交代の時間だったのかもしれない。
「シュウイチ、ちょっといいか?」
サイが話しかけてくる。
一度俺がボコボコに殴ってから今に至るまでずっとサイはおとなしかった。
正直やりすぎたかな…と思ったが許すわけにもいかない。なにより、うむやむなったが俺の巾着袋をヤツは返してこない。また揉め事を起こすとパーティの皆に悪いので抑えているが、この旅が終わったらまた殴りかかってでも取り返すつもりだ。
「…なんだ?」
「こいつを返しておこう、と思ってな」
と何かを投げて寄越してくる…俺の巾着袋だ。
「中身はあのときのまま、730ゴールドある。確かめてくれ」
「使ってなかったのか?」
そう聞くと、
「いや、足りない分はトーマスに借りた…今回の仕事の報酬で返すって言ってな」
サイはそう言いながら苦笑いしてトーマス君を見る。
トーマス君が頷いた。
「今更だがすまなかったな、軽く飲み代でもいただこうと思ってたんだが、あんなに大金が入ってるとは思わなかった」
「…でもアンタは次に出会ったとき何食わぬ顔で話しかけてきたよな、返す気はなかったんだろ?」
サイを睨み付ける。
「…その通りだ、許してくれとはいえねぇやな」
場がシーンとなる…ロンゲのイビキがうるさい。
少し考える。
確かに許す気にはなれないが、これ以上険悪な空気のままいても仕方ないだろう。迷惑をこうむるのは周りの人達だ。
ため息をつきながらこう言う。
「こうしよう、アンタは俺に借りを一つ作った。いずれこの借しはなんらかの形で必ず返してもらう…これでどうだ?」
そう言ってサイの目を見る。
「いいだろう、俺に出来ることなら何でもしよう」
サイも真剣な顔で頷いた。
「サイももう寝たらどうです?明日がキツくなりますよ」
トーマス君がそう言うと、
「そうだな、そうさせてもらうわ」
そういってサイは横になった。
「シュウイチさんは寝ないんですか?まだ交代には早いですよ」
「いや、一度半端に寝てたからさ…眠れないんだ」
そう言って頭をかいた。
そうだ、この際だし色々と疑問に思ってることを聞いてみよう。
「トーマス君、実は色々と聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「僕で答えれることであれば」
と、トーマス君が微笑む。
何から聞こう…。
「えーと俺、一応メラが使えるんだけど…」
といいつつ左手に火の玉の出現させる。
「戦士がギラとか覚えることって出来るのかな?」
トーマス君が火の玉を見ながら言う。
「恐らくできると思います。シュウイチさんはダーマの神殿というのをご存知ですか?」
ご存知も何もドラクエの名物の一つだ。
この世界にもあったんだなぁ…、と少し感動した。
疲れてきたので火の玉を消す。
「名前だけは…」
と、無難な返事をしておく。
「シュウイチさんはルイーダの酒場の登録が戦士なのであって、厳密にはまだ戦士ではありません。ダーマの神殿で戦士としての洗礼を受けたとき、初めて本当の戦士としての道を歩むことになります」
んん、そうなると今の俺はなんちゃって戦士なのか?
少しへこむ。
「戦士の洗礼を受けた人間は新たに魔法を使える職業の洗礼を受けない限り、魔法を覚えることはありません。シュウイチさんは洗礼を受けてるわけではないので、努力次第でギラを覚えれる筈です」
ただし、とトーマス君が付け足す。
「それ以上の魔法となると魔法使いとしての洗礼を受けないと覚えることは難しいでしょう」
なるほど、と思いつつ更に疑問が沸く。
「でもそれだけだと、魔法を覚えれなくなる戦士の洗礼をわざわざ受ける必要ないよね?」
恐らく何かメリットがある筈だ。
「おっしゃる通りです、戦士の洗礼を受けることによって戦士としての技を身につけることができ、身体能力も向上しやすくなります。魔法使いの場合は魔法が覚え易くなり、知識を蓄え易くなるようです」
なるほどなるほど、その辺の能力補正の法則はゲームに準じてるわけだ。
「じゃあ、トーマス君も僧侶の洗礼を受けてるの?」
「えぇ私だけでなく、今のパーティではシュウイチさん以外は全員それぞれの職業の洗礼を受けてるでしょう」
そうなのか…自分が場違いなところに来た気がして少し気が重くなる。
「シュウイチさんもこの旅が終わったらダーマの神殿に行かれてはどうですか?ルイーダの酒場でも一定以上のランクになる為には洗礼を受けてることが条件になりますし…」
是非ともそうしよう、というかゾルムさん教えてくれてもいいじゃないか…。
脳裏に 「ガハハ、悪い、忘れとったわ!」 と馬鹿笑いするスキンヘッドのおっさんが浮かぶ。
…ほんとにありえそうだ。
「ありがとう、そうするよ」
そういってトーマス君に笑いかける。
「お役に立ててなによりです…ではそろそろ僕も寝ますね、おやすみなさい」
「おやすみ」
トーマス君が横になった。
焚き火が消えないように火をくべながら考える。
そうか、今まで戦士として成長の実感がイマイチ沸かなかったのは洗礼を受けてないせいだったのか。
この旅が終わったら早速洗礼を受けて…、ゆくゆくはバトルマスター、果ては勇者とか…!
一人盛り上がる。
やはりこういう転職のノリは好きだ。
そのまま出来るかも分からない転職予定を一人にやけながら朝になるまで考え続けた。