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[32290] ドラえもん のび太のウェイストランド放浪記(ドラえもん×Fallout3のクロスオーバー)
Name: エートス◆887dac34 ID:201e5850
Date: 2012/04/13 01:15
4.11

申し訳ない、私事が非常に立て込んでおり1字も進んでいない状況です。ただ今週中に1話上げたいと思っていますのでどうかよろしくお願いします。


こんにちは、エートスと申します(改名しました)。
この度こちらでクロスオーバー小説を書くことになりました。よろしくお願い致します。
皆さんご存知国民的アニメ『ドラえもん』とコアなファンから絶大な人気を誇る洋ゲー『Fallout3』のクロスオーバーです。
のび太とドラえもん、この2人(1人と1体)がウェイストランドを旅する、ということが猛烈に書きたかったので、今回筆を起こしてみました。
なので、しずかちゃん、スネ夫、ジャイアンは出てこない予定です。出演要望が多ければ再考させていただきます。
また、今回はひみつ道具は極力制限させていただきます。これは、Falloutの持つ世界観をブレイクする危険性を考慮したためです。
と、言いましたが、作者のオリジナル設定及び解釈も多々あります。なるべく世界観を尊重していると思いたいのですが……。また、原作にはないオリジナル展開なども用意しています。ご了承ください。
プロットの大枠はできていますが、まだまだ不完全です。皆様の忌憚のないご意見・ご要望をお待ちしております。
また、小説を書き始めて以来の悪癖であり作者も治そうと日々努力しているのですが、誤字・脱字が散見されるかと思います。その時は、お手数ですがご一報いただければ修正させていただきます。
また、文章及び文体の建設的批評も随時受け付けております。筆者自身、優れた書き手とは夢にも思っていませんので。皆様の鋭く的確な批評を受け、成長したいと考えております。

非常に長い前置きですが、お読みいただきありがとうございました。

とりあえず、プロローグを投稿させていただきました。
次回の投稿はなるべく早くしたいと思いますが、所用があるので1週間ほどかかってしまうかもしれません……。




[32290] プロローグ 異世界へ
Name: エートス◆887dac34 ID:201e5850
Date: 2012/04/13 01:15
バンシーのような泣き声が、大地を震わせんとばかりに響いている。
出所は、東京都練馬区月見台にある小さな木造モルタル2階建ての借家からだ。さらに正確な発生源は、2階の子供部屋からである。
ただでさえ蒸し暑い7月の下旬に、ましてや泣き声など不快の上にさらなる不快を重ねるようなものだ。だが、騒音の根源たる少年は人のことなどおかまいなしに泣き続けた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! ドラえもォォォォん! 僕はもう、悔しくて悔しくてェェェェッ!」

黄色い服と短パンを着ており、猿のような顔にメガネをかけている少年が、全身青色の雪だるまと形容するしかない、何とも異様な風体の"何か"に向かって慟哭した。

「だからさあ、のび太君、さっきから何が悔しいのか聞いてるだろ?」

ドラえもんと呼ばれたそれは、左右から3本のシンプルな髭に赤くて丸い鼻をつけたコミカルな顔を困ったように見せた。心底うんざりしているとでも言いたげな気配が大きくて丸い顔から窺えたが、しかし目の前の少年を案じる優しさも残されているように見えた。

「今日から夏休みなんだけど、スネ夫の奴がアメリカ旅行に」

少年、つまりのび太は涙と鼻水をハンカチで拭いながら、自分が悲しむ理由をドラえもんに説明しようとする。が、ドラえもんは握り拳を白で塗りたくった様な形の手を彼の眼前に突きつける。

「ああ、それから先は言わなくてもいいよ。どうせアメリカ旅行にしずかちゃんとジャイアンは行けるんだけど、君だけは駄目だった、ということだろう?」
「う、うん」

のび太が驚きながら頷く。何故ドラえもんは、僕の言いたいことが分かったんだろう? のび太の頭の中でそんな疑問が宙を舞っていた。

「どうせスネ夫のことだ、悪いね、チケットは3人分しかないんだよ、って言ってさ」

ドラえもんは口を尖らせて、あまり似ていないスネ夫の声真似をしながら言った。しかし、金持ちであることをひけらかして、どこか気取ったような雰囲気だけは似てるな、とのび太は思った。

「凄いね、どうして分かったの?」

のび太が間の抜けたような顔で聞く。ドラえもんは盛大に溜息を吐き、視線を古ぼけた畳に向ける。
そもそも、こんなことは何度も反復されている。スネ夫が何らかの旅行や遊びにのび太を仲間外れにするのは、もはや恒例行事と言えなくもない。その反復の歴史に、新たなる1ページが追加されたというだけのことだ。もはやこのスネ夫-のび太問題は文化人類学的な考察を施し、研究書として纏めるべきだ。『現代における村八分の様相 ~練馬区のある子供たちの事例から~』とでも称して。ドラえもんは、まだ間の抜けたような顔をしているのび太に視線を戻す。

「はぁ、僕が22世紀の高性能ネコ型ロボットでなくても、その程度のことは予測がつくさ。いつものことじゃないか。で、君はどうしたいんだい?」
「僕もアメリカに行ってみたいよ~、ねえ、ドラえも~ん、何か道具出してよ~。どこでもドアとかさ~」

のび太が何かちょうだいと言わんばかりの表情で、椀の形を両手で作って突き出す。しかし、ドラえもんは困ったような顔をしてその手を払う。

「うーん、でもさっき道具をほとんど点検に出しちゃったんだよね」
「ええええええっ! そりゃないよー! ドラえもんの馬鹿っ! 何でこんなタイミングで!?」
「ドラミが煩いからね。それに、故障してたら困るもの。まぁなくはないけれど……」

ドラえもんが自分の腹部についている半月型のポケットに手を突っ込む。そして、1つのパッケージを取り出して、のび太の目の前に置いた。

「Fallout3、22世紀仕様~」

ドラえもんが取ってつけたようにパッケージのタイトルをやや芝居がかった口調で読み上げる。のび太はパッケージを瞥見した。そして、目を見開いた。

「この前セワシ君がお年玉の50円で買ってきたんだけどね、そのままやらずに積んでいたみたいなんだ。今彼はラブプラス2112に現を抜かしてるからね」

ドラえもんが何か言っていたが、のび太には全く聞こえていなかった。パッケージに目と思考を奪われていたからだ。
くすんだ暗緑色の背景、そして大きく描かれた何か。見てみても分からない。頭の悪いのび太にとってこれを形容するには語彙が足りなかった。ただ、鎧のように見える。西洋の甲冑が少しだけ大きくなったような感じだ。肩当ての部分が大きく、西洋のバケツっぽい兜をさらに広くしたようなデザインのヘルメットに様々な機器が装着されている。だが、結局何だかわからない。のび太は思考を放棄し、パッケージに描かれた近未来バージョンの甲冑を指差す。

「ドラえもん、これは何?」
「ああ、これはゲーム内に出てくるパワーアーマーっていう装備だよ」

ドラえもんの何気ない言葉を聞いた瞬間、のび太は怒りに駆られて思いっきり彼に掴み掛った。彼は、反撃の間も与えずに相手を畳に組み伏せる。本来、129.3キロという体重を持つネコ型ロボットであるドラえもんが、一介の小学生にマウントを取られるなどありえない。しかし、この時ののび太は本気だった。情念とは、存外人間の潜在能力を引き出すものなのだ。

「げ、ゲームだってぇっ!? ドラえもん、僕はアメリカ旅行に行きたいんだよ! 君まで僕をからかってるのか!?」
「だ、だからこのゲームはアメリカが舞台なんだよ! そっ、それも23世紀のアメリカなんだ!」

その返答を聞いたのび太は、ドラえもんの左右対称に3本ずつ生えている髭を思いっきり引っ張った。まるで抜けない大きなかぶを引き抜くかのように、彼は全霊の力を込めた。

「でも、どうせゲームじゃないか! 誰がテレビゲームでアメリカを観光するって言ったんだ! 僕は、アメリカの大地を、この足で踏みしめたいんだよ!」
「イタタタッ、髭を引っ張らないでくれェェッ! これは22世紀のゲームだから、ゲーム内世界に僕たちが入って自由に冒険することができるんだよ!」

悲鳴混じりの説明を聞き、のび太はドラえもんの髭から手を離し、その丸まった体からも退く。ドラえもんが起き上がってのび太を正視すると、彼は笑顔を輝かせていた。まるで、新品のおもちゃを与えられた無邪気な子供みたいだ。実際、彼は無邪気な子供であり、目の前には彼を十分に楽しませてくれるであろう"おもちゃ"があった。

「23世紀のアメリカを自由に冒険できるんだって! それじゃあスネ夫よりも凄いや! やった、あいつに写真でも撮ってきて自慢してやろうっと」
「でも、やっぱりこれは止めておいた方がいいなぁ……」

一旦ポケットから出したのにも関わらず、ドラえもんは難色を示した。そして、楽しそうに笑っているのび太の目の前からパッケージを取り上げてしまう。しかし、無邪気で我儘な子供は1度手に入れたおもちゃをなかなか手放そうとはしない。それに飽きてしまわない限りは。のび太もそういった子供だった。

「ええー、何で引っ込めようとするんだよ! いいじゃない、これで遊ぼうよ!」

のび太がパッケージをドラえもんから奪い返そうとする。しかし、ドラえもんはなおも尻込みした。そもそも、このゲームは非常に過激なのだ。アメリカと中国の核戦争が引き起こした大災禍から200年後の世界を旅する、というコンセプトで作られているのだ。その世界――ゲーム中ではウェイストランドと呼ばれる――では法も統治機構も存在しない。まさしく近代以前の野蛮が跋扈し、無法者が猖獗をきわめている。暴力が物を言い、悪徳が尊ばれ、堕落が喜ばれ、退廃が暗雲の如く世界を被覆している世界。のび太がそんな世界観が敷かれたゲームをまともにプレイできるとは思えない。彼の臆病と優しさゆえ、彼はゲームを放棄するだろう。ドラえもんはのび太にそのことを説明しようと思い、意を決して口を開いた。

「だ、だけどね、このゲームは過激表現が強いから、臆病で意気地なしで卑怯でへっぴり腰ののび太君に耐えられるかどうか……」
「そ、そこまで言うことないだろ! そんなに言うのならやってやろうじゃないか!」

のび太は鼻息も荒くパッケージを奪い取り、乱暴な手つきで弄くり回した。次の瞬間、パッケージから白い人型ホログラムが飛び出す。

「う、うわぁ!」

驚いてパッケージを放り投げてしまうのび太。映写している本体が転がったにも関わらず、ホログラムはきちんと顕現しているあたり22世紀のゲームといったところか。棒人間に質量を与えたかのような形状のホログラムは、のび太とドラえもんを見下ろすように顔を下に傾けた。

『こんにちは。この度はFallout3をプレイしてくださってありがとうございます。このゲームは2100年、未来ゲーム倫理委員会によってZ指定を解除されましたが、低年齢のお子様、または一部の方には刺激の強い過激描写が多々存在します。それを御承知いただいた上で、このゲームをプレイしたことによって生じた精神的疾患並びにダメージに関して、ベセスダ・ソフトワークス及びゼニマックスは一切の責任を負わないものとします。よろしいでしょうか?』

ホログラムは、機械のような無機質さを伴った女性的な声を発する。ドラえもんが首を横に振ろうとしたのを押さえ込み、のび太はゆっくり首肯する。せーしんてきしっかんだがダメージだが知らないが、こういうのは頷いておけば問題ない。彼はそう考えていたからだ。

「な、何が起きても僕は知らないからな! やるならそれなりの覚悟をしておけよ!」

ドラえもんが叫ぶが、そんな注意は馬耳東風を地で行くのび太にとっては意味をなさなかった。

『分かりました。では、ゲームの設定をお願いします。プレイヤーはお2人ですね。マルチプレイ、ということはシングルプレイのヴァイカリアスモードはプレイ出来ませんがよろしいですか?』
「ヴぁ、ヴぁいか……なんだって?」

人型ホログラムが発する聞き慣れない横文字にのび太は戸惑う。すると、ドラえもんが軽く咳払いした。

「ヴァイカリアス、つまり追体験モードさ。このゲームはVault101という核シェルターから出てきた主人公が先に出て行ったお父さんを探して冒険をする、というのが大筋のストーリーなんだ。で、実際にプレイヤーが主人公になって、そのストーリーを体験する。ただ、このゲームは自由だから、別にお父さんを探さなくてもいいし、探してもいい。ともかく自由度が売りのゲームなんだ」

ドラえもんの滔々とした解説を聞き、のび太はようやく得心がいったように何度も頷く。

「ふうん、なるほど~。でも、そのモードはプレイできないんだよね? だったらどうすればいいの?」
『では、マルチプレイ用のストーリーでよろしいですね。これは、Vault101から出てきた主人公を支援し、彼もしくは彼女のストーリーを完結させることを手伝う仲間としてプレイするモードです。もちろん、主人公と敵対するのも、または関わらないも自由です。では、まずはお2人の職業を選んでいただきます』

人型ホログラムが一旦説明を終えると、のび太とドラえもんの前にホログラムディスプレイが浮かぶ。スカベンジャー、傭兵、殺し屋、町の市民、配管工、諜報員、その他様々な職業があったが、のび太にはどれがどういう職業なのか分からなかった。

「うーん、このスカベンジャーっていうのでいいかな? ドラえもんもこれでいいよね、っと」

のび太はスカベンジャーと表記されている項目にタッチする。格好いい横文字だった、それ以外に選んだ理由は特段ない。

『了解しました。次に、ステータスを決定してください。各ステータスは10段階評価となり、5が平均値となります。また、ステータスが高いほど何らかの恩恵を受けることが出来ます。なお、お2人の実際の能力をステータスに換算し、その後補正する簡易モードもございますがいかがなさいますか?』
「じゃ、じゃあ簡単なモードで」

人型ホログラムの問いに、のび太が答える。ゲームの細かい設定なんてどうでもいいから簡単な方がいい、というのが彼の物ぐさな持論だった。

『了解しました。では、しばらくお待ちください』

人型ホログラムの目の部分から光線が飛び出し、のび太に照射される。

『ステータス換算中……解析完了。プレイヤー1、野比のび太のステータスはStrength(筋力):2、Perception(知覚力):4、Endurance(耐久力):6、Charisma(カリスマ):9、Inteligence(知力):3、Agility(敏捷性):10、Lucky(運気):1、ですね』

ホログラムの簡素で無機質な報告を聞き、のび太はびっくりした。低い、低すぎる。それがのび太が最初に感じた印象だった。4つものステータスが平均値を下回ってるのだ。特に筋力と運が酷い。確かに力は同い年の女の子に負けるし、しょっちゅう悲運に巡りあわせることが多い。知力と知覚力も、お世辞にも高いとは言えない数値だ。これはゲームなのにあんまりじゃないか。そう思い、のび太はドラえもんに縋る。

「ドラえもォォォォん、このステータスどうにかならないの!?」

しかし、ドラえもんはさぁね、と知らん顔をした。ホログラムはそんな彼にも光線を浴びせる。

『ステータス換算中……解析完了。プレイヤー2、ドラえもんのステータスはStrength:5、Perception:6、Endurance:7、Charisma:6、Inteligence:8、Agility:4、Lucky:5、ですね』
「フフン、僕は未来の高性能ネコ型ロボットだからね、高いステータスなのは当たり前さ。まぁ、むしろこのステータスが僕が高性能だということを裏付けてくれているのかな」

ドラえもんが優越感たっぷりに言った。のび太は悔しげにそっぽを向いて、ホログラムを睨みつけた。しかし、ホログラムは人間の情念など全く意に介さず、説明を続ける。

『では、ステータス補正として5ポイントを好きなステータスに割り振ってください。それで最終決定とします』

すると、またしてもホログラムディスプレイが出現し、2人のステータスが表示された。のび太にとっては酷い現実であり、ドラえもんにとっては心地よい証明だった。

「じゃあ僕は筋力に3ポイント、知力に2ポイント割り振るよ。せめて平均ぐらいにはしないといけないよね……」

のび太が自身のステータスを弄る。すると、筋力と知力はそれぞれ5になった。それでも力量不足は否めないが、自分の身体能力の乏しさを呪うよりほかあるまい。

「僕は筋力に2ポイント、敏捷性に3ポイント割り振るよ」

そんなのび太の諦念も知らずに、ドラえもんは鼻歌交じりでステータス画面を操作した。すると、彼の筋力は7、敏捷性が7となった。

『次に主人公を決めますが』

ステータス設定が終了すると、再びホログラムが声を発する。しかし、のび太にとってその無機質な女性の声は、もはや退屈以外の何物でもなかった。

「あー、もう面倒くさいから適当にしておいてくれない?」

のび太がうんざりしたように聞く。細かいことが苦手な彼にとって、この長すぎるゲーム設定は苦痛でしかない。これではゲームをやる前に投げてしまいそうだ。すると、意外にもホログラムが分かりました、と了承した。

『では、主人公・スタート地点などはランダムとします。さあ、ゲームを始めましょう。2277年、核の炎によって焼き尽くされてから200年経ち、法も政府も存在しない不毛の大地(ウェイストランド)と化したアメリカを旅する準備はできていますでしょうか?』
「え、な、何だってェェェェェッ!?」

のび太が大声を上げて、ドラえもんを睨んだ。そんなの聞いてないぞ、という意味を込めて。

「だから言ったんだ! このゲームをやるからにはそれなりの覚悟をしろって! 大体君はいつも人の話を聞かずに勝手に物事を進めるからこうなるんだ!」

ドラえもんはのび太にそれ見たことかとばかりに捲し立てた。のび太はドラえもんの小言は全て脇に追いやって、ホログラムに向かって懇願する。

「ちょ、ちょっとタンマ! そんな怖い世界に行きたくないよ!」
『不可能です。1度プレイすると決められたのですから』

しかし、ホログラムは無慈悲にのび太の要請をはね付けた。異端審問官のようなその口ぶりには一切の同情も感じられなかった。また、一方的に自分の言うことに従わせる。そんな強引さが、ホログラムの厳酷さを一層際立たせていた。

「そ、そんな! ゲームなんだから僕の好きにさせてよぉっ!」
『拒否します。では、ゲームをお楽しみください』

のび太が目に涙を滲ませながら叫ぶと、ホログラムがにべもなく再度拒絶した。虚構の立体が醸す冷静さが、のび太にはいつの間にか恐ろしいものに感じられた。
だが、ここでのび太の脳内に疑問が芽生えた。おかしい、だってこれはゲームだ。ゲームプレイヤーである自分が全てを決定できるはずだ。こんなホログラムだって、僕がリセットボタンさえ押せば消えるのに。
だが、疑問への解は見つかりそうになかった。のび太の貧弱な頭脳では当然だった。そこで、彼はドラえもんに助けを求めようと視線を巡らせる。ちょうどこのネコ型ロボットも、のび太と同じ疑問にぶつかっていたようだ。

「お、おかしいぞ! 普通ならキャンセル出来るはずなのに……」

ドラえもんが戸惑ったその時、ホログラムから再び光線が発せられる。のび太とドラえもんはその青い光線をまともに受けてしまう。その瞬間、急に2人の視界が白で塗りたくられていった。そして、可視世界が全て純白と化した瞬間、強力な麻酔剤を使われた患者の如く、彼らの意識さえも無へ還元されていった……。




[32290] 第1話 異世界の洗礼 前篇
Name: エートス◆887dac34 ID:201e5850
Date: 2012/04/13 01:15
古ぼけた木製の天井、吊り下げられた円状蛍光灯、おもちゃや本を雑多に並べた棚、勉強よりもタイムマシンに乗るための入り口としての役割を果たしていた机、突如やってきた青いネコ型ロボットの寝床となっていた押入れ、寝心地のよかった畳。それらは全て、野比のび太の部屋を構成するかけがえのない要素だ。しかし、今のび太の視界には、そのような要素は絶無だった。まるで最初からなかったかのように、消えてしまっていた。
あの部屋の構成因子は、全て去来する幻影が見せたワンシーンに過ぎなかったのか。のび太はそんな不安に囚われる。だが、すぐに首を横に振って不安を一蹴した。いや、そんなわけない。そんなことあっていいわけない。
では、この眼に映っている世界は何なのだろう。のび太は視線を忙しなく動かす。ただ瞥見することなく、じっくりと注視した。そして、自分の部屋とこの世界の明白な差異について洗い出すことにした。
まず、天井がない。あるとすれば、世界の天井だ。どんよりとした灰色の雲が長々と続いていて、太陽を隠匿している。今日の東京は、蒼茫の空には雲ひとつなく、太陽がかんかんと照りつけるぐらいの快晴だったはずだ。こんな急に雲が立ち込めるなんてありえない。
次に、部屋がなかった。そもそも、家がない。さらに言うならば、道路すらない。まるで住んでた世界が、巨大な掃除機によって吸い込まれてしまったみたいだ。あるのは歪な岩石と剥き出しの地面、そして微かに点在する廃墟。廃墟には、屋根や壁が吹き飛ばされ、家の機能を失ってしまっているものが多い。よく見れば、道路の残骸もあちらこちらに見受けられた。所々がへこんだり隆起したりして、一般車両での走行はほぼ不可能なように見える。退廃的な風景画を想起させるような世界だ。そんな風景が、地平線の限りまで繰り返されているように思える。一言でまとめるならば、この世界は"文明の痕"でしかない。
ここは東京なのか? のび太の頭の中にそんな疑念が浮かんだ。多くの土がアスファルトで覆われ、家屋やビルディングがこれでもかと林立している、それがのび太の知る東京だ。しかし、この世界はあらゆる意味で東京、いや既存の都市とは対蹠的だ。
そう、ここは東京じゃない。頭の悪いのび太はようやくその結論に達した。ではここはどこだろう? 知の間欠泉から新たに噴出した疑問に対して、のび太はじっくりと考え始めた。まずは、記憶の整理からだ。のび太はゆっくりと地面に腰を下ろし、そして寝転んだ。これがのび太流思考スタイルだ。欠点は、思考しているうちに眠りの世界へ誘われてしまうことだが。しかしのび太は、灰色の空を見つめながら、ヒュプノスの誘惑から逃れようと、他人よりも幾分劣っている頭脳をフル回転させる。

「さっき、僕はふぉ、ふぉーるナントカっていうゲームを起動したんだよね。で、人型のホログラムが出てきた。そいつの指示に従っていくうちに、そのゲームは実はとんでもなく恐ろしいことに気がついて、やめようと思ったんだけど、僕とドラえもんはホログラムから変なビームを浴びせられ、て……ああっ!」

自分の記憶を辿ろうと、のび太は独り言を呟くが、浮体の原理を風呂の中で発見したアルキメデスの如く、急に立ち上がった。

「ど、ドラえもんはどこっ!?」

のび太は再び辺りを見回す。しかし、あの特徴的な丸みを帯びた青い体は見当たらない。ドラえもんがいない。厳然たるその事実を受け止めた瞬間、のび太の中でどうしようもない恐怖と不安が大輪を咲かせる。
恐怖や不安という感情は、五感に侵入する。そして、五感の感じ取ったものを書き換えていく。のび太は、急にこの世界がおどろおどろしいものに見え始めた。鼻腔に入り込む空気が、急に重苦しいものに感じ始めた。
のび太は力が抜けたように座り込んでしまう。こんな訳の分からないところで僕はたった1人だ。得体の知れない空間、得体の知れない空気、得体の知れない物質、その全てがのび太を圧潰せんと迫ってくるようだった。未知の世界とはここまで恐ろしいものだったか。自分の知らないものに囲まれるというのは、ここまで心を落ち着かないものだったか。
のび太は怖かった。その恐怖は感情のコップを溢れさせ、零れ出た水はとめどない涙と大きな声となる。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁん! ドラえもおおおおおおおおおおん!」

のび太は泣きながら、今彼がもっとも会いたい存在の固有名を天に向かって叫ぶ。

「の、のび太君!」

のび太が途方に暮れていると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。慌ててのび太が視線を上げると、短足の狸じみた青い体躯を持つロボットが彼の方に向かって走っているのが見えた。

「ど、ドラえもん! 会いたかったよォォォッ!」

のび太もドラえもんに駆け寄る。互いとの距離がゼロになった瞬間、2人はしっかりと抱き合った。

「ドラえもん、どこにいたんだよもう! でも、会えてよかったよ~」

のび太が涙声で息つく間もなく喋り始めると、ドラえもんは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「ごめんごめん、君がなかなか起きなかったからちょっと周りを探検してたのさ」
「で、ここはどこなのさ?」

のび太が問う。ドラえもんはずっこけそうになりながらも何とか踏ん張り、呆れたようにのび太を見た。

「さっきゲームから出てきたホログラムが僕らに光線を浴びせただろう? それで僕たちはFallout3のゲーム世界に入り込んでしまったのさ」
「そっか、あの光線で……。でも、ゲームの世界なら戻れるんでしょ? そうだよね?」

念を押すように、のび太が聞く。しかし、ドラえもんは残念そうに首を横に振った。

「さっきからキャンセルを要請してるんだけどシステム側が受け付けないんだ。多分バグだろうね」
「バグ?」
「不具合ってこと。そもそも、このゲームは中古品だからね。何があってもおかしくはないよ。とにかく、普通のゲームみたいに電源ボタンを切って強制終了ってわけにはいかないみたいだ」

ドラえもんが言い放つ。ドラえもんの言葉はのび太にとっては到底受容しがたいものだった。こんな世界、1秒だっていたくないのに、帰れないなんて。 

「そ、そんな! じゃあどうやって帰るんだよ!」
「帰るための一番の近道は、ゲームをクリアすることだ。このゲームにはメインクエストがある。つまり、Vault101という核シェルターから出てきた主人公の物語だ。僕たちはその主人公を支援して、メインクエストの終わりまで持っていく必要が」

ドラえもんが口を噤んだ。そして何か言いかけたのび太の口に手で蓋をする。そのままドラえもんは、その大きな顔をのび太の耳元に近づいた。

「そっとしゃがむんだ、早く」

いきなり出された指示に、のび太は戸惑いながらも従った。のび太とドラえもんは姿勢を低くし、岩陰に隠れる形となる。

「ヒャハハ、今日はいい獲物が手に入ったぜ! 奴隷商人に売りつければしばらく金に困るこたぁなさそうだ!」
「アヒャヒャ、それに久しぶりにマワしがいのある女も捕らえたしな。こいつは上玉だぜ~」
「お前たち、このガキどもはあたいのもんだよ。あたいがこいつらの美味しそうな尻をミディアムレアにして食うんだからね!」

のび太の視界の外から、下卑た声が次々と飛んでくる。ドラえもんが岩陰からそっと声のした所を見つめる。のび太も同じく、ドラえもんの青い頭に顔を乗せるように岩陰から覗き込んだ。その瞬間、のび太は息を飲んだ。
異様な風体の男女3人がいた。のび太が異様な風体だと思ったのは彼らの髪型と服装に注目したからだ。いや、注目するまでもなく目立っている。茶色のモヒカンの白人女性に、サイケデリックな色に染められた髪の白人男性、そしてスキンヘッドの黒人男性。3人とも、タイヤや廃材を繋ぎ合わせて作った間に合わせの衣服のようなものを着ている。衣服、と言っても露出度が非常に高く、衣服の本来の役目を果たしているとは言い難い。
モヒカンの女は右手に拳銃を、左手に錆びた鎖を持っていた。鎖の先には、数珠つなぎのように3人の男女が縦列で繋がれていた。先頭の2人はのび太とさして変わらぬであろう男の子と女の子が項垂れて歩いていた。最後尾の1人は大人びてはいるが、恐らくまだ未成年の少女だった。青いツナギの服を着ていて、背中の部分に『101』と黄色の数字がプリントされている。
頭の悪いのび太でも分かった。あのサイケな3人組が、いたいけな少年少女を捕らえてどこかへ連行しようとしているのだ。あんなあけっぴろげに誘拐が行われているなんて、この世界には本当に法も秩序もないんだな、とのび太は痛感させられた。

「ありゃレイダー、だね」

ドラえもんが忌々しそうに呟く。

「レイダー? 何だいそれ、新しい洗剤の名前?」
「なわけないでしょ。あのちょっとおかしな髪型と衣装の連中だよ。レイダーっていうのは、このフォールアウトの世界では無法者の総称なんだ。レイダーのほとんどが敵性NPCとして設定されている。つまり、僕たちの敵だ」

敵。その言葉を聞き、のび太は青ざめる。

「じゃ、じゃあもしあいつらに見つかったらど、どうなるの?」

のび太の声の震えからは恐怖が滲み出ていた。

「もちろん、奴らに見つかったら敵対されるだろうね。戦うしかない」

ドラえもんはのび太とは違って、幾分か冷静だった。

「た、戦うって言ったって、負けたらどうなるの?」
「負けたら殺されるか捕虜になる。このゲームで死んだらゲームオーバーだ」
「げ、ゲームオーバーにな、なったら?」
「多分そのまま死んでしまうだろうね。22世紀のこうした仮想世界体験型のゲームだったら、ゲームオーバーしたら現実世界へのリターンプログラムが作動するはずなんだけど、このゲームにはバグが潜んでいて、リターンプログラムが作動しないようになっている。つまり、死んだら永久にこの世界からは出られなくなってしまうってこと」

ドラえもんの言葉は断片的にしか理解できなかったが、のび太には何とかそのエッセンスを理解した。このゲームでは死んだら終わりだということを。コンティニュー不可、リセット不可。まるでゲームじゃなくて、現実世界で危機に巻き込まれているようなものだった。

「じゃあ、あのレイダーとかいうのを倒さなきゃいけないの?」

のび太は再び岩陰から顔だけ出して3人組のレイダーたちを見つめる。3人とも銃を持っている。モヒカンの白人女は拳銃を、サイケな髪の白人男とスキンヘッドの黒人男は猟銃を持っている。3人ともあの場所からのび太たちを狙い撃つには十分な得物を持っている。それに、人数も向こうの方が多い。のび太は自分たちが不利であることをすぐに理解した。
既にドラえもんはどこからともなく猟銃を取り出して、簡単にチェックしていた。その所作は、とても現実離れして見えた。子守ロボットが銃を持っている、あまりにアンバランスな光景だ。

「ドラえもん、僕の武器は?」

のび太が思い出したように聞く。そもそも、武器がなければ戦うなど夢のまた夢だ。それも、敵に対応するための遠距離用武器が必要だ。ショックガンか空気砲、それか空気ピストルが……。

「武器なら君の腰についてるじゃないか」

ドラえもんが不思議そうな顔をして言った。そこでのび太は、自分がいつもの服装ではないことに気付く。ポケットが胴の部分にたくさんついているのが印象的な薄茶色のジャケットに、カーキ色のカーゴパンツを履いていた。そして、のび太は初めて腰に重みを感じた。腰の部分を見ると、革製のホルスターがついていた。そして、ホルスターには6連装のリボルバーが収まっていた。のび太が恐る恐る歪に煌めくリボルバーのグリップに触れてみると、それがエアガンなどの玩具とは全く違う重厚感を醸し出しているのが分かった。これは紛れもなく"ホンモノ"だ。

「こ、これホンモノの拳銃じゃないかっ!?」

のび太はホルスターから銃を抜くのをためらった。
理由は2つある。1つ、膂力の問題。のび太の腕の力では、マグナムリボルバーの反動に耐え切れない。昔、のび太はあることがきっかけで1度だけ拳銃を手にしたことがある。そのときは拳銃の重さに驚いたものだ。
もう1つ、それは倫理の問題だ。実銃で人を撃てば、撃たれた奴は怪我をする。当たり所が悪ければ、死に至るだろう。誰かに危害を加える? いや、それだけでは済まない。もしかしたら誰かを殺すことになるかもしれない。
のび太は想像してみる。もし自分が敵に銃弾を撃ち込んだら? たとえば心臓に。銃身内部のライフリングによって回転飛翔する弾丸は、ドリルのように相手の胸郭を穿孔する。恐るべき威力を内包した弾丸は、皮膚、筋肉、肋骨といった障害を乗り越えて、心臓に達し、背中から出ていく。それは須臾の出来事だ。そう、命というものの重さに対して、あまりに短すぎる時間。だけど、それだけで人は死んでしまう。
……出来ない。そんな簡単に、人の命を奪えるわけがない。それがたとえゲーム内の敵性キャラクターであろうとも。のび太はそう考え、ドラえもんに向き直る。

「……僕には出来ないよ。まず、僕の力じゃ銃は扱えないんだから」
「大丈夫だって。ゲーム内補正が効いてるからね、君みたいなモヤシでも大抵の銃を扱えると思うよ」

ドラえもんがのび太の弱音をはねつける。しかし、のび太はなおも食い下がった。

「ううん、力の問題だけじゃないんだ。やっぱり、僕にはできないよ。ジャイアンやスネ夫に仕返しするのとは訳が違うんだ。僕に、人を撃つことはできないよ……」

のび太は力なくへたり込んだ。ドラえもんは呆れたとばかりに眉をひそめる。

「おい、のび太君。君は現実世界に帰りたいんじゃないの? なら、戦うしかないんだ。そもそもこれはゲームの世界であって、レイダーはゲームの敵だ。君はゲームの敵を倒すのを躊躇するのかい」

ドラえもんはのび太を懇切丁寧に諭した。しかし、効果はなかった。のび太は立ち上がることなく、体育座りになって両足の間に顔をうずめた。

「この世界は現実と同じだよ! 現実に帰れないんじゃ、ここが現実じゃないか!」

のび太の悲痛な言葉に、ドラえもんは言い返すことなく猟銃のチェックを再開した。
そうだ、のび太君の言うとおりだ。ドラえもんも心のどこかでそう思った。現実世界に帰ることができないのでは、仮想現実であるここが現実であるというのび太の指摘は正しい。
22世紀のゲームのほとんどが仮想現実を体験するタイプのゲームだ。その意味で、ゲームは境界性をなくした。現実と虚構を峻別する境界を。テレビ画面という境界は霧散し、仮想という修飾がつけられた現実が台頭する。だが、ひとたびゲームの中に入ってしまえば仮想という言葉はとれ、残酷な現実が自分たちに正対する。
それに、いくらゲームの中に入ったとしても、プレイヤー自身の性格は変わらない。のび太がこんな秩序もへったくれもない黙示録後の世界にやってきたとしても、彼の優しすぎる性格はそのままだ。だからこそ、彼は銃を手に取って戦うことを拒絶した。そればかりは仕方ない。のび太の優しさを責めるなんてことは、彼の親友であり保護者であるドラえもんにはできるはずもなかった。
となると、のび太は戦力としては数えられない。僕だけでやるしかない。そうと決まれば、戦術を立てなければ。ドラえもんは頭をフルに活動させる。
まず、ドラえもんの手には、設定の時に選んだ職業のスカベンジャーに与えられた初期装備しかない。5発入りの弾倉を差し込んだボルトアクションの猟銃だ。恐らく、のび太と2人で1人分の初期装備を分配しているのだろう。これでまずは1人を狙い撃つ。猟銃を持った敵を狙うのがいい。なるべく遠距離の攻撃を封じて、こちらの優位性を確保する必要がある。幸い、こっちは奇襲が可能だ。しかし奇襲の効果を最大限に活かすには、短時間で蹴りをつけなければいけない。その点で、ボルトアクションの銃は非常に不利だ。この手の銃は、撃った後にボルトハンドルという銃身機関部についているレバーを引いて排莢と次弾装填を行う。どうしてもタイムラグが生じてしまうのだ。
……やるしかない。ドラえもんは決心した。そもそも自分にそこまで銃器が扱えるわけでもない。射撃スキルはのび太に大きく劣るし、実戦はこれが初めてだ。だが、目の前で座りこんでいる無力な少年を守るためには、戦うしかない。
悲壮な覚悟を決め、ドラえもんが奇襲準備をしようとしたその時だった。
後ろに気配がした。振り返ると、奇怪な生物がいた。奇怪な生物から何らかの動物の類似性を認めた瞬間、ドラえもんは背筋に凍てつくような吹雪に見舞われたのかと思うほどの寒気を感じた。
まず、四足歩行生物だ。まだらが随所にみられるピンク色の皮膚で骨と肉を包んでいる。次に、まるでげっ歯類のような目と歯を持っていた。口に収まりきらず、外に露出している歯。俗にいう出っ歯である。
ドラえもんはこの奇態な哺乳類らしき動物を簡単に形容するある比喩を思いついた。
ああ、こいつはまるでピンク色のまるまる太った ネ ズ ミ じゃないか!

「ねぇぇぇぇぇずぅぅぅぅみぃぃぃぃぃっ!!!!! いやぁぁぁぁぁぁぁっ!! クソがっ、死ねェぇぇぇっ!」

ドラえもんは構うことなく猟銃をぶっ放した。1発。狙いもつけずに放たれた弾丸は明後日の方向へ飛んでいく。躊躇うことなくボルトハンドルを引き、2発目を放つ。今度はピンク色のネズミの横20㎝ほどの地面に着弾した。もうだめだ、本能が逃げろと囁いている。ドラえもんの体内の全機器が悲鳴を上げている。ここで逃げたらまずいという合理的判断、逃げた場合のリスク予想、全ての合理的思考が1つの情念によって書き換えられる。恐怖というリライトコードは、ドラえもんをその場から逃走させるには十分だった。

「ど、ドラえもォォォォん! どこ行くんだよぉぉぉっ!」

一部始終を見ていたのび太が、あらん限りの声を出してドラえもんを呼び戻そうとするが無駄だった。ドラえもんは彼方へ逃げ去ってしまった。
一方、ピンク色の巨大ネズミはというと、ドラえもんというターゲットがいなくなってしまったので、今度はその獰猛な瞳をのび太に向けた。のび太は息を飲む。

「ぼ、僕はおいしくなんか、ないよ~、さっきのドラえもんの方がおいしいよ~」

のび太はほぼ意味のない説得を試みた。巨大ネズミは一瞬哀れむような目をしてから、地を蹴った。のび太はすぐにホルスターに手をかけた。
が、次の瞬間銃声があたりに鳴り響いた。銃が暴発したのか? そう考えたのび太はすぐにホルスターに収まっているリボルバーを見たが、リボルバーも自分の足も異常なしだった。だが、巨大ネズミの頭には風穴が開いていた。少量の血と脳の内容物をぶちまけて、巨大ネズミは倒れ伏す。
ドラえもんか? のび太はそう思った。僕が襲われるのを見て、狙撃してくれたんだろうか? 
しかし、その予想は大きく外れることになった。のび太の背後から足音が聞こえた。

「おいおい坊ちゃん、せっかくモールラットを殺してやったんだから礼ぐらいは言ってくれよな、ケケケ」

後ろから先ほどの下卑た声が背中をいやらしく撫でるように纏わりついた。のび太が恐る恐る振り返ると、スキンヘッドの黒人男性のレイダーが邪悪そうに口の端を吊り上げていた。

「もちろん、お礼ははずんでくれるよなぁ? このご時世、弾だってタダじゃねえんだぜ? ケケケ、金はあるのかい?」
「お、お金……僕、そんなの持ってないよ」

のび太が戸惑いながら答える。スキンヘッドのレイダーはもはや喜悦の笑みを浮かべていた。もちろん、その喜悦は邪悪な意図からくるものだった。

「坊主、ウェイストランドじゃなぁ、金が払えない奴は体で払うのが決まりなんだよ! というわけで、お前の体は今日から俺のもんだ。お前をどうこうしようが俺の勝手。お前の腕を叩き切ろうが、お前の足を撃ち抜こうが、お前のケツ穴に俺の×××を突っ込もうが、俺の自由だ、いいな?」
「そ、そんな! いやだよっ!」

のび太が逃げようとすると、スキンヘッドのレイダーは即座に腕を伸ばして彼を捕まえた。

「逃がさねえぜ~、お前は俺の専属奴隷なんだからよぉ」

奴隷、というフレーズを聞いてのび太は一層激しく抵抗する。スキンヘッドのレイダーは鬱陶しそうに、猟銃の銃握でのび太の腹を殴りつけた。のび太はくぐもった悲鳴を上げた。

「クソがっ、手こずらせんじゃねえよ、奴隷のくせによぉ!」

スキンヘッドのレイダーはのび太を殴りつけた。のび太は抗する間もなく地面に叩きつけられた。銃握で殴られた腹の痛みに加え、脳が頭蓋の中で揺れるほどのダメージを喰らい、のび太の意識は朦朧とし始めた。
のび太が最後に見たのは、スキンヘッドのレイダーが猟銃の銃身部分を持って大上段に振りかぶっているところだった。次の瞬間、頭が割れるような痛みを感じ、のび太の意識はフェードアウトした。




[32290] 第2話 異世界の洗礼 中篇
Name: エートス◆887dac34 ID:201e5850
Date: 2012/04/13 01:16
意識が覚醒した瞬間、のび太は後頭部に強い痛みを感じた。
混濁したままの視界を満たしたのは、灰色の空だった。残酷で無秩序な世界を覆うにはぴったりの暗くどんよりとした空だ。先ほどと全然変わっていない。
そうだ、あれは夢じゃなかったんだ。ゲームの世界に放り込まれたこと、そして早速敵に捕らえられたこと。のび太は落胆を覚えながら、それでも出来る限り状況を把握しようと努めた。
すると、首に違和感を感じた。喉を締め付けるような窮屈な感覚。のび太が顔を少し下に向けると、とんでもないものが巻きつけられていた。
厚さ数cmほどの大きさの円状の鉄が、のび太の首を束縛していた。首輪だ。手に触れると、冷たい鉄の感触が指に伝わる。何でこんなものが僕の首についているんだ? しかし、その問いに答えられるほどの根拠も仮説も、のび太は持ち合わせていなかった。

「お目覚めのようだな、坊主」

スキンヘッドの黒人男性が、のび太を野卑な目つきで見下ろしていた。その恐ろしげな形相を見て、のび太は慄然とした。この男は、僕を襲ったレイダーとかいう奴じゃないか。のび太は、ドラえもんから教えてもらった知識を必死で掘り起こす。レイダー。この世界では無法者の総称。統治や法律の埒外に置かれた世界で、悪逆非道の行いに惑溺する無頼漢たちだ。
のび太は自然と顔を強張らせた。すると、スキンヘッドのレイダーは楽しげな笑みを浮かべてしゃがみこみ、その強面をのび太に近づけた。

「おいおい、あんまり睨むんじゃねえよ。お前と俺はこれからも一緒なんだからよ?」

その言葉は、のび太に恐怖を与えるには十分だった。こんな奴と一緒にいるなんて耐えられない、ジャイアンの方が全然マシだ。のび太はそう考えた。
だが、現実は往々にしてそうはいかない。スキンヘッドのレイダーはのび太と出会ったときと同じ、あの下卑た笑みを浮かべて、のび太の首輪を撫でつけた。

「ケケケッ、こいつがあれば逃げられねえぞ。この首輪には爆弾が内蔵してあってだな、逃げようとすると爆発して、お前の首と体は永遠にバイバイするって寸法だ」

のび太は驚きと恐怖が入り混じった表情で、自分の首に巻きついた恐るべき"殺人首輪"に目を向ける。そこでのび太は、手錠や足枷といった他の拘束具がつけられていない理由が分かった。この首輪がついている状態では、逃走とは自由を勝ち取ることを意味するのではなく、この世から遁走することになってしまうのだ。なるほど、奴隷という身分からは解放されるだろう。同時に、魂は肉体という牢獄から抜け出て、天国か地獄に吸い込まれていく。死にたくなければ、奴隷として生きていかなければならない。死への恐怖こそが、最強の拘束具なのだ。そのことを認識したのび太は、自分が絶望的な状況に置かれていることを改めて認識した。

「はんっ、お前らは全員一生奴隷なのさ! ヒャヒャヒャ、お前は可愛がってやるぜ~」

スキンヘッドのレイダーは残忍な感情から来る卑しい笑みで顔を満杯にして、のび太から離れた。
のび太は恐る恐る起き上がり、前を見て、ついでに左右に視線を巡らせた。まず、ここは打ち棄てられたハイウェイのようだ。対向車線を区切るための中央分離帯には、血がこびりついていた。さらに、レイダーたちが建てたと思しき、赤く塗られたトタン屋根を錆びた鉄柱で支えている程度の"小屋とも呼べない物"が乱立している。昔のハイウェイにあんなものはないはずだから、これはレイダーたちが建てたはずなのだが、壁もない廃屋同然の出来だった。
しかし、何よりものび太の目を引いたのは近くのマットに転がっている"物体"だった。それは、服を着た肉の塊だった。のび太の頭の中をある震慄たる予想が駆け巡った。これ、もしかして"人"じゃないのか? だって、服を着ている。それに、豚肉や牛肉のブロックにはおよそ見えない形をしている。だが、のび太の中の倫理観や優しさは、その予想を受容することを頑なに拒んでいた。

「おう、そのアート気に入ったか? まぁシンプルに頭と手足ももいだだけなんだがよ、味があるだろ? 人間を素材としたコンテンポラリーアートだぜ、ヒャヒャヒャ」

のび太がマットの上の物体を凝視していることに気付いたスキンヘッドのレイダーが楽しげに説明する。のび太の中でかすかに残っていた希望が打ち消され、ようやく脳が理解した。そう、この物体は、人間の胴体であるということを。
のび太は吐きそうだった。しかし、胃の中に吐くものがなかった。代わりに胃液がこみ上げてきたが、のび太は喉の部分で何とか押しとどめた。胃液の酸味と苦さで涙目になりながらも、のび太は何とかこらえきった。それは、のび太が初めて目にする"人間の死体"だった。
よく周りを見ると、同じような"人間コンテンポラリーアート"が多数存在していた。四肢を欠損している死骸、手を足の部分に、足を手の部分に付け替えられた死骸、顔を中途半端に抉られた死骸など。まさしく"死体芸術展覧会"の様相を呈していた。
狂っている。のび太はそう思った。ヤバい、僕らもこうなってしまうのだろうか。奴らの"芸術"に肉体を捧げることになるのだろうか。不安が不安を呼び、のび太の心の中で絶望の闇を形成しつつあった。
現実から逃避しようと、のび太が後ろに目を向けると、自分と同じ爆弾内臓の首輪をしている人たちがいることに気付いた。目の端で他にも人がいることは捉えていたが、正確な容姿は分かっていなかった。
のび太の他に、虜囚の身となっているのは3人だった。2人はのび太と同じ子供だ。1人はアジア系と思われるなかなか可愛い女の子、もう1人は黒人の男の子だった。どちらの顔にも悲嘆と諦念の陰影が差していた。
そして、3人目はのび太とは若干年の離れた女性だった。それでも、まだ顔には幼さが残っていることから、10代後半であろう。彼女の顔を見た時、のび太はどん底の状況下におかれているにも関わらず、胸中に熱い何かを感じた。
これまでのび太は幾度か"可愛い女の子"と一緒にいる僥倖に恵まれたことがある。たとえば、のび太が将来の伴侶にと考えているしずかちゃんこと源静香、魔法が使える世界においてのび太たちと共に魔物と戦った美代子、ロボットの軍団である鉄人兵団より送り込まれたスパイであるリルルなどがそれにあたるであろう。
そして、目の前の少女もその例に漏れなかった。一言でいうと、"凄く可愛い女の子"だ。すぐに消えてしまいそうなぐらいに透き通った白い肌、腰まで流れている色素の抜けた銀髪、サファイアと見紛うほどの蒼く大きな瞳、均整のとれた顔立ち、幼さの残影と大人びた艶やかさが入り混じった不思議な表情、青色のジャンプスーツに包まれたスレンダーな体つき。どこをどうとっても"美人"もしくは"超美人"の少女だった。
3人目の少女を見た時に芽生えた感情に、のび太は説明がつけられなかった。しかし、この残虐非道が空気の如く満ち溢れている世界において、この少女に出会えたことは一種の僥倖であることは疑いようがなかった。

「……どうしたの? ボクの顔に何かついてるのかな?」

当の3人目の少女が、のび太の視線に気づいたようだ。のび太は慌てて目を伏せるが、彼女は気にもしなかった。

「まあ、別にいいけど。あっ、名前聞いてなかったね、教えてくれる?」
「の、のび太……」

のび太が恥ずかしげに自分の名前を教えると、少女は咀嚼するようにのび太、という発音を繰り返した。

「ノビタ、ノビタ、ノビタ……うん、覚えたよ。ボクの名前はアイリス」
「アイリス、さん? その、女の子なのに何で自分のことボクって言ってるの?」

のび太の素朴な疑問に、アイリスは困ったように微笑んだ。

「それ、よく言われるよ。でも子供のころからの癖でね、今さら直せるものでもないし。まぁこの癖のせいで、よくブッチに苛められたんだけど」

アイリスが微笑む。彼女の花のように美しい笑みに、のび太は胸を貫かれるような思いがした。しかし、彼の心中にわだかまる雲霧を晴らすことは出来なかった。その雲霧が一体何なのかも分からなかった。ただ、いわゆる“ドキッとした”のは間違いない。

「そこの2人の名前は? まだ聞いてなかったから」

アイリスが俯いていた2人の子供に話しかける。

「僕はハーデン、ハーデン・シムズ。メガトンの出身だ」
「私はマギー。ハーデンと同じで、メガトンに住んでるの」

初めに黒人の男の子、次にアジア系の女の子が自己紹介した。メガトン、のび太には全く聞いたことがない地名だった。まぁ、恐らくは町の名前か何かだろう。そもそも、アメリカにいくつ州があるのか、どんな州があるのか、そしてアメリカが世界のどこにあるのかすら知らないのび太にとっては、アメリカ自体が未知のものなのだが。

「ノビタはどこからやってきたんだい?」

アイリスの質問に、のび太は頭を悩ませた。現実の世界からやってきました、なんて言っても仕方ないだろう。マギーやハーデン、アイリスはのび太にとっては仮想現実の住人、つまりNPCに過ぎない。しかし、彼女たちにとってはここが紛れもない現実になるのだ。だとすると、現実世界から来た、というSFじみた回答は却下だ。
日本、というのも気が引ける。遠路はるばるやってきた、というのもおかしいだろう。
そもそも、何故アメリカ人に日本語が通じているのだろうか? その問いに、のび太にしては素早く仮説を打ち立てた。恐らくゲーム内で勝手に変換されているのだろう。つまり、のび太が話す日本語は相手には英語に聞こえ、相手が話す英語はのび太には英語に聞こえる、というものだ。22世紀のゲームなのだから、それくらいのことは朝飯前だろう。

「ぼ、僕は別にどこからってほどでもないよ。ただあてもなく旅をしているすか、す、スカラベ? 違うな、スカーレット、いやスカポンタンなんだ」
「も、もしかして、スカベンジャーのことを言ってるのかな?」
「そう、それだよ! 凄いねアイリスさん、僕の心の中が読めちゃうんだ!」
「いや、ノビタの方がある意味凄いと思うよ……」

アイリスが苦笑する。その時、スキンヘッドのレイダーがからかうようにアイリスに目を向けた。

「おい、仲良くお喋りタイムかぁ? お前らどんな状況に置かれてんのかわかってるのかよ?」
「分かってるよ、だからこうやって話をしてるんだ。気を紛らわせるためにね」

アイリスが物怖じもせずに言い返す。するとスキンヘッドのレイダーが舌打ちした。

「てめぇ、舐めてんのか? 調子乗ってんじゃ」
「やめろ、"商品"を傷つけてみろ、ここから突き落とすぞ」

スキンヘッドのレイダーが猟銃を向けようと腕を上げた、その腕は大柄の白人男性によって阻まれる。スキンヘッドのレイダーは怯んでしまい、銃口を下ろした。
大柄の白人男性はスキンヘッドのレイダーを睨み、ついでのび太たちにも恐るべき視線を向けた。こいつもレイダーか、とのび太は考えた。大柄のレイダーは肩からアサルトライフルを下げており、右手にはマグナムリボルバーを持っていた。目の下にある古傷が荒々しさを引き立たせていた。

「ぼ、ボス……だ、だけどこいつ、俺のことを馬鹿にしや」

スキンヘッドのレイダーが最後まで抗弁することは叶わなかった。大きな銃声が彼の声を遮り、マグナムリボルバーが吐き出した銃弾が彼が声を発する機会を永遠に奪い去った。眉間に弾を撃ちこまれ脳幹を破壊されたスキンヘッドのレイダーは、そのまま崩れ落ちた。それも、のび太の前で。頭部に開いた穴から赤い液体を零す死体を見た瞬間、のび太の中にある感情が忍耐の堤防を堰切った。

「う、うわああああああああああああああっ! ドラえもぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
「うるせえ、黙りやがれ小僧!」

大柄のレイダーが空に向かってマグナムリボルバーを2発ほど撃った。耳朶を震わせる銃声を聞き、のび太は咄嗟に自分の口を固く結んだ。もう1度叫べば、今度こそ自分も死体の仲間入りだ。それぐらいはのび太にも理解できた。
大柄のレイダーは舌打ちしながら、銃口から煙を噴き上げたままのマグナムリボルバーをヒップサイドホルスターに収める。
そこでのび太は、目の前のレイダーが持っているのは自分が初期装備として与えられていたマグナムリボルバーじゃないかと気付いた。しかし、それを非難でもしたら、殺されてしまうだろう。大柄のレイダーはのび太たちを睥睨する。

「いいか、俺に逆らったりわめき立てる奴は仲間だろうと許さねえ、奴隷の身分ならなおさらだ、分かったな小僧ども。おい、誰かこいつを片付けろ」

大柄のレイダーの鶴の一声で、2人のレイダーがやってくる。彼らはスキンヘッドのレイダーの死体を持ち上げると、ハイウェイの下に投げ落とした。軽い、軽すぎる。命があまりに軽すぎる。のび太はそう思った。
大柄のレイダーはのび太たちを品定めするかのようにじっくりと凝視し、やがて口を開いた。

「お前らの処遇は決まってる。ここらじゃ名の知れた富豪であるアイリーン・バウアーがお前らのことをご所望だ」
「ぼ、ボクらはそこで奴隷として奉仕しなきゃならないのかい?」

アイリスの問いに、大柄のレイダーは意地悪そうな表情をした。

「噂じゃバウアーはガキを痛めつけたり殺したりすることを何よりの快楽としている変態女だそうだ」

その言葉に、のび太たちは息を飲んだ。そんなイカレた人間に売り飛ばされたら、死ぬよりも酷いことが待っていそうだと考えたからだ。大柄のレイダーはのび太たちの反応を楽しげに見ていた。

「はんっ、お前らも運が悪いな。俺たちより頭の狂ったサイコ野郎がお前らのご主人様ってわけだ。だがな、そんなサイコ野郎でもウェイストランド有数の富豪であることは間違いねえ。お前らに1人1000キャップ、普通の人間よりも4倍の値段をつけやがったんだからな。俺たちはお前らを売った金で武器を揃えて、スプリングベールの連中と組んでメガトンをぶっ潰してやるのさ」
「め、メガトンをどうするつもりだ!?」

ここまで沈黙を守っていた黒人の子供、ハーデンが声を上げる。

「ああん? んなもん決まってるだろ、男は奴隷にして、女子供は犯しまくってから奴隷にしてやるのさ。それにメガトンをぶっ潰したとなれば、他の派閥も俺たちには手が出しにくくなるだろうしな。しかもタロン社みたいな傭兵企業やパラダイス・フォールズの奴隷商人どもに負けないような巨大組織を作ることも夢じゃねえ。だからお前らには、どうしても金になってもらう必要があるんだよ……」

大柄のレイダーはハーデンの服の襟首を右手で掴んで持ち上げる。ハーデンは精一杯手足を振って抵抗するが、身長190㎝は超えるレイダーとの体格差や筋肉の差は覆せるものではなかった。

「は、離せっ!」

ハーデンが叫ぶと、大柄のレイダーは空いてる左腕でハーデンの首を締め上げた。そして、すぐにハイウェイの冷たい道路に投げつけた。

「へん、お前あの腐れ保安官の息子だろ? チッ、こいつを人質にしてメガトンを無血開城させることも出来るかもしれねえな……」

大柄のレイダーが一計を案じたとばかりに顔を歪ませる。そして、近くにいた他のレイダーを手ぶりで招いた。

「おい、お前、無線でバウアーに連絡入れろ。商品は4つじゃなくて3つになった、ってな。何か難癖つけてきたら別のところに売るって脅しておけ、いいな」
「へ、へぇ!」

命令されたレイダーが近くの机に置いてある無線機に手を伸ばした。その時、遠くから銃声が聞こえた。のび太は体を震わせた。続いて、銃の連発音が各々の耳に運ばれた。

「おい、敵が攻めてきやがったのか!?」

大柄のレイダーが状況を確認しようと叫ぶ。しかし、その問いに答えられるものはその場にはいなかった。のび太の中で、かすかな希望が生まれた。もしかしたら、ドラえもんが助けに来てくれたのかもしれない。そんな淡い希望を胸に、のび太はひたすらここから解放されることを祈り続けた。

「ぼ、ボスっ! 敵襲、敵襲だぁっ!」

ハイウェイの前方から、1人のレイダーが大柄のレイダーの下に駆け寄って報告した。

「何だとぉ! どこのどいつだ!」

大柄のレイダーが報告してきた部下のレイダーに鬼気迫る表情で詰め寄った。

「わ、分からねえが、前哨の連中が2人やられちまったみてえだ! もしかするとハイウェイに乗り込まれるかもしれねえ!」
「クソッ、おい、お前らついてこい! お前はこいつらを見張ってろ!」

大柄のレイダーはアサルトライフルを構え、4人のレイダーを引き連れて前方へ駆けていった。

「おい、お前ら動くんじゃねえぞ! 動いたらぶっ殺すからな!」

残ったレイダーは、拳銃を振り回してのび太たちを威嚇した。その時、アイリスが胸を押さえて倒れこんだ。

「イタタッ、く、苦しい……」
「て、テメェ何してやがるんだ!」

レイダーはアイリスに銃口を向ける。その時、生への執着がなせる業なのだろうか、のび太はアイリスの所作の目的を咄嗟に理解した。のび太はハーデンとマギーに視線でメッセージを送る。2人もアイリスの目的は理解できているらしく、しっかりと頷いた。
アイリスは依然として胸を押さえて苦しい苦しいとのた打ち回る。レイダーは困惑しながら銃口をアイリスに向けたままだ。そして、それは最大の間隙を生じさせ、のび太たちにとっては最大のチャンスを生む。
完全にレイダーの視界外にいたのび太、ハーデン、マギーが一斉にレイダーに飛び掛かる。マギーがレイダーの足に組み付き、ハーデンがレイダーの銃を持った右腕を掴み、のび太がレイダーの左腕を掴んだ。

「グァッ! な、何しやがる!」

レイダーはいきなり飛びついてきた3人を振り払おうと手足を動かす。のび太たちは振り落とされまいと懸命に全体重をかけてしがみついた。その隙にアイリスが立ち上がり、故人となったスキンヘッドのレイダーが持っていた猟銃を拾い上げる。そして、その銃身を両手に持ち、メジャーリーガーのようにフルスイングした。
フルスイングされた猟銃の銃握部分がレイダーの頭にヒットし、彼の意識を場外へと吹き飛ばした。

「逆転サヨナラ満塁ホームラン、ってところかな。ボクの中にベーブ・ルースが降りてきたみたいだったよ」

盛大に倒れたレイダーを見て、アイリスが冗談っぽく言った。そして、レイダーの手から拳銃を奪い取ってのび太に渡す。

「ノビタ、君は旅するスカベンジャーなんだよね? なら、銃にも慣れてるはずだから、君に渡しておくよ」
「ええっ、で、でも……」
「ほら、ちゃんと持って。今からボクは荷物を取ってくるから援護してほしいんだ」

尻込みするのび太に拳銃を手渡したアイリスは、猟銃を片手に周囲を警戒しながら駆け出す。のび太は拳銃を見た。N99ピストルと名付けられた10㎜口径のオートマティック拳銃だった。装弾数12発、排莢方向は右、反動制御は楽。のび太の頭の中には決して入っていないはずの情報が次々と引き出されていく。なるほど、これもゲームの入れ知恵か。のび太はそう納得することにして、拳銃を構えた。
しかし、敵は恐らく先ほどの襲撃者に集中しているらしく、誰ものび太たちが脱走を図っているとは思っていなかった。アイリスが自分の荷物と思しきリュックサックを持ってきた。

「よし、この首輪を外そう。多分トランジスタを弄れば解除できると思う。ノビタはあいつらが来ないか見張ってて」

アイリスがリュックサックから工具を取り出し、ハーデンやマギーの首輪を弄り始めた。のび太はそれを尻目に、拳銃を構えながら警戒を続ける。
断続的に響く銃声は、ハイウェイの前方でレイダーと謎の勢力が戦っていることを知らせてくれた。やはりドラえもんだろうか? のび太は、何だかんだ言いながらも、自分のことを決して見捨てない青いネコ型ロボットの親友に思いをはせる。ネズミを見て逃げてしまったりと頼りない面もあるが、のび太にとっては無二の親友であり、決して切れない絆で繋がれた家族のようなものでもある。だから、今レイダーたちと戦っているのはドラえもんだ。明確な根拠などないのに、のび太はそう思っていた。

「ノビタ、君の首輪を解除するよ」
「俺が見張ってる! こう見えてもパパに銃の撃ち方は教わってるんだ!」

アイリスがのび太の前に立ち、ハーデンが猟銃を構えて鋭い眼で前方を見据えていた。
のび太の首をしっかりと拘束している首輪に、アイリスがドライバーを差し込む。その拍子に彼女がのび太に顔を近づけた瞬間、甘い香りがのび太の鼻腔に満ちた。それは、女性特有の匂いであり、のび太は一瞬忘我の域に達しかけた。快楽の園に誘われたかのように幸せな気分に浸っていると、現実を忘れてしまいそうだった。何の仮借もなく消費されゆく命、そして芸術作品の贄となった人間たち、冷酷で残忍なレイダー、その全てをこの一瞬だけは忘却の彼方へ押しやることができた。

「はい、終わったよ。こんなの朝飯前だね」

アイリスがのび太から離れた。と、同時にのび太の首を絞めつけていた感覚が消え去り、アイリスの手には奴隷用の首輪が握られていた。アイリスの匂いがかすかに鼻腔の中で残留しており、のび太はしばらくその余韻に浸ることができた。
まだ首輪をつけているのはアイリスだけだ。しかし彼女は自分で首輪のネジにドライバーを差し込んで、蓋を開ける。そしてのび太にとってはよくわからない構造をしている内部の線を弄り、簡単に首輪を外した。

「さて、と。これからどうする? 向こうではまだ戦闘が続いてるみたいだけど。助けを待つ? それとも自分たちから打って出る?」

アイリスがのび太たちを見回す。

「きっと、ドラえもんが助けに来てくれたんだ! 行かなきゃ、ドラえもんの援護をしないと!」
「ちょ、ちょっと待ってよノビタ。あのレイダーどもと撃ち合いをしているのは、そのドラえもんって人じゃなくて別のレイダーかもしれないよ? そうすると、ボクたちは勝った方に連れて行かれることになる。念のためにここで待っておいて、もしレイダーだったら待ち伏せして叩いた方がいいんじゃないかな?」
「いや、あれはきっとドラえもんだ! 絶対にそうなんだ。証拠はないけど、嘘じゃない。嘘だったら鼻でスパゲッティを食べるとも!」

のび太がアイリスの疑義を強い口調で切り捨てる。すると、彼女が噴出した。

「プッ、何だいそれ……。まぁ、ノビタがそこまで言うんだったら、信じてみようか。救出隊がレイダーに殲滅させられるってのも、シャレにならないからね」
「し、信じてくれるの?」
「まぁ、ね。何故だか君の言うことに嘘は含まれていないように思えた、っていう非合理的な理由だけども。科学者の娘が非合理的なのはまずいなぁ」

アイリスが苦笑しながら、ハーデンから猟銃を受け取って構えた。のび太も恐る恐る拳銃を片手で構える。スライドを引き、安全装置を解除する。戦闘準備は整った。後は攻勢に転じるだけだ。しかし、のび太はまだ心の中で戸惑っていた。倫理的な問題と、のび太は格闘していた。僕に人が撃てるのだろうか? 僕に人が殺せるのだろうか? しかし、いくら考えても最適解を導出することは出来なかった。
さらに、のび太はもう1つの敵と戦っていた。すなわち死への恐怖である。戦うことは死に繋がる。死んだら何もできない。しずかちゃんと遊んだり、ジャイアンやスネ夫と野球をしたり、ママやパパと過ごしたり、ドラえもんと一緒にいることも出来なくなる。のび太にとって、そんなことは耐えられなかった。
のび太が俯いて頭の中で自分の道徳や理性と平行線のままの対話をしていると、肩に手が置かれたのを感じる。振り向くと、アイリスが笑っていた。

「ドラえもん、とかいう友達を助けに行くんだろう? 迷ってる暇はないんじゃないかな、ノビタ」
「う、うん……。でも、僕に人が撃てるのかなって」
「人を撃つんじゃない。君は大切な人を助けに行くだけだ。手段をいつまでも迷っていては、目的は永遠に達成できない」

アイリスの言葉は、どこか自分に言い聞かせるような語調を含んでいた。そして、彼女は駆けはじめる。

「大丈夫、ノビタはボクが守るからさ。安心して」

そう言ったアイリスの背中は小さくてとても頼もしいように見えた。のび太は頷き、拳銃を持って駆け出す。先ほどのアイリスの言葉に目が覚めたような気持ちだった。そうだ、僕はドラえもんを助けに行かなきゃならないんだ。のび太は確固たる決心を胸に秘め、血塗られたハイウェイを歩き始めた。




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