深い森の中、そこは人の手が全く影響を及ぼしていないことが見て取れるほど舗装がされていない場所だった。
木々が避けるように出来た自然の通り道しかなく、しかも草木はあるがままの育ち放題の状態。
ゆえに、油断すれば倒木や伸びた蔓草に足を取られて転倒してしまう。
そんな道を二人の男が全力疾走していた。
一人は肩まであるボサボサの髪、がっしりとした肉体で砂袋のような大きなバックを肩に担ぎ走る。
全てが闇の漆黒のような衣服を纏った精悍な男。
凰沢 暁月(おおさわ あかつき)。
もう一人は、暁月より少し幼く、手荷物のような物は特にないが、暁月に負けないぐらい鍛えた肉体を持った。
まだ少年とも言えるがこちらも精悍と言えなくもない容姿。
兵藤 一誠(ひょうどう いっせい)。
なぜ二人が走っている理由は簡単だ―――追われているから。
誰に?―――メイドに。その数44人。しかも、全員が美女、もしくは美少女。
普通の男なら喜ばしい状況かも知れないが、今の二人にはとてもじゃないがそんな感情は起こらない。
なぜなら―――メイドたちの手には光物が携えられているからだ。剣、槍、弓矢などの。
こんな状況は秋葉原でもお目にかかれないだろう。
ゆえに、二人は思った。
これが夏の渚の浜辺なら最高なのに、と。
「でも、今は夏でもなければ、ここは海でもねーよっ!」
「そもそも地球ですらねぇっ!!」
暁月と一誠は意味もなくそんなことを叫ばずにはいられなかった。
一誠の言うとおり、ここは地球ではない。
異世界、アレイザード―――今二人が必死に地面を蹴っている世界の名前だ。
プロローグ『異世界からの帰還』
「イッセー様、ご覚悟をっ!」
「君達は俺を殺すつもりかっ!?」
意味はないと分かっていても一誠は頭上から剣の刃先を向けながら降りてくるメイドに叫ばずにはいられない。
しかし語気とは裏腹に、一誠は極めて冷静な対応を見せた。
彼は自然に且つ、素早く降ってくるメイドへ腕を伸ばし、布の端を掴んだ―――メイドが着ている紺と白の侍女服のスカートを。
その結果、当然のごとく一誠の手に捕まれたスカートは、重力に従い落ちるメイドとは反対に捲りあがる。
そして、一誠は首を傾けて剣先をやり過ごしながら、十分に捲りあがったスカートを離し、今度は手のひらを広げて受け止めた。
メイドの胸を。
これも重力によって一誠が力を入れずともメイドの胸に一誠の手が沈み込んでいく。
「あっ、柔らかい・・・」
「―――っ!?きゃああああああああああああ!!」
小声だったが一誠の感想は、メイドの耳に届いていたらしく、彼女は弾けるように慌てて逃げていった。
その背中を一誠は、先ほどの感触を確かめるように手をニギニギと動かしながら見送った。
もし第三者がいたならば一誠のやったことを酷いと罵るだろう。
だが、一誠は思わずには居られないことが一つある。
本当に酷いのは――――。
「いやあぁ――――――んっ!!」
悲鳴がした方を一誠が見る。
そこには慌てて逃げるメイドが二人と自分と同じくメイドの背を見送る暁月がいた。
そして、暁月の手に握られている二枚の布、ショーツを。
恐らく、先ほどのメイド二人から拝借――剥ぎ取ったものだろう。
「なんつーか・・・効果覿面だな」
「流石アニキっ!!」
苦笑する暁月に近づきながら何が流石なのか、尊敬の眼差しを向ける一誠。
「でもさ、それも持ち帰るのか?」
「バ~カ。後で、適当な奴に返させるよ」
一誠のバカ発言に暁月は呆れがちに返しながら、バックを持ち直して目的地に急ごうとする。
しかし、直後その手にロープが巻きついた。一呼吸遅れで反対の手にもだ。
「もう逃げられませんよ、アカツキ様っ」
「大人しく、城に戻りましょうっ」
左右の茂みから新たなメイド二人が登場。
しかし、暁月は地面を踏みしめて、力を込めて僅かに腕を引いた。
『あっ―――』
それだけで、ロープを持っていたメイド二人が宙に舞った。
そして、引き寄せられるように自分に向かってきたメイドを暁月は両脇に抱えるように抱きしめ、
「おっ、美味そうな耳朶」
カプっ、と左のメイドの耳朶を軽く噛んだ。
瞬間、ビクンと身体を震わせて、左のメイドは地面に崩れ落ちてしまった。
それを見ていた一誠は暁月がメイドの氣の流れを変えて、全身に甘美な感覚を高ぶらせたのだろうと理解した。
その証拠に、彼女の表情は恍惚としていて、頬は赤く、はっきり言ってエロい。
反対のメイドも同僚の変化を理解したのか、急いで暁月の胸を突き飛ばし距離をとろうとする。
だが、暁月は全く動かず、逆にメイドの方が反作用で後ろに行く形となった。
すると、彼女の袖からスルスルとあるものが抜けていった。ブラジャーだ。
「―――っ!!」
慌てて赤面しながら掻き抱くようして、胸を隠す彼女。
それをみながら、暁月が告げる。
「ワルキュリアに伝えてくれ。俺たちを引き止めてくれる、その気持ちだけ受け取って置くって」
「じゃあ、俺も以下同文で」
「―――っ」
するとメイドは唇を噛み、来た道をとは反対に消えていった。
ワルキュリア―――自分たちを追う、アレイザードにある魔導大国シェルフィールドが誇る美貌のメイド達を取りまとめる長の名だ。
そして、走り去ったメイドの背をやれやれと暁月は一誠と一緒に見送ると、氣の流れを変えて腰が抜けているメイドに、
「悪いな。三十分もしたら動けるようになるからよ。逃げた奴らにコレ返しておいてくれ」
そう頼んで、ブラとショーツを放ると、再びに森の奥へと駆け出した。
三十分もあのまま放置って可愛そうなんじゃ、と思いながらも一誠もその後に続く。
そして、改めて一誠が思った。
本当に酷い鬼畜は自分の目の前にいるこの男だろうと。
だが、
「そこが憧れるぜ、アニキっ」
兵藤一誠はタダのエロガキだった。
そうして、暫く走る二人だが、その足を止めて正面を見据えた。
そこにはずらりとメイド達が並んでいたからだ。
どうやら、二、三人では止められないと判断したらしく、今度は一気に十人で来たらしい。
一糸乱れることなく隊列されたそれはまさに圧巻だった。
そこに殺してでも生け捕るという訳の分からない気迫がなければ、一誠は大歓迎だったのだが。
やれやれと、その隣で嘆息している暁月に向かって、
「引く気はないみたいですね」
「まぁ、仕方ないさ。そう簡単に譲れないよな。想いって奴は」
暁月の言葉に心の中で、確かに、と頷く一誠。
だが、だからといって、素直に従うわけにもいかない。
「如何します、これ?」
「そんなもん俺に聞かなくても分かるだろ?」
「そうっすね!!」
これから始まる楽しい時間に満面の笑みを浮かべる一誠に、隣に立って呆れながらも暁月も口元をニヤリとさせる。
譲れない想いは暁月にもあったからだ。だから、二人はゆっくり歩き出した。
そして、暁月から最後通告を出す。
「という訳で、これ以上邪魔するなら、ちょっぴり鬼畜に行くけど―――悪く思うなよ」
そして、暁月と一誠はメイド部隊の包囲網を避けようとせず、むしろ正面からメイド達を蹴散らして猛進する。
しかもどさくさに紛れて、メイド達の胸を揉み、尻を撫で、太股を触った挙句、氣を使って骨抜きにしていったのだ。
そうして、鬼畜に進んで茂みから二人で出たとき、目の前に一人の女性が十字槍を手に待ち構えていた。
今まで構っていたメイド達の上司、メイド長のワルキュリアだ。
「―――お。ようやくお出ましか、ワルキュリア」
暁月も彼女に気づき声をかける。
だが、ワルキュリアは無表情のまま唇を少し尖らせ、
「アカツキ様、イッセー様、失礼します―――この変態兄弟。
北の森に婦女子を好んで襲う妖怪の伝承でも残すつもりですか貴方達は」
「それを言うなら、旅人を襲うメイドの伝承が先じゃねぇか?なぁ?」
「そうっすね」
暁月から振られて頷く一誠。
だが、ワルキュリアは無表情のまま、
「その割には、お二方とも無傷のようですが、部下たちに至らぬ所でもございましたか?」
「あるわけねぇだろ。お前の部下だぜ?みんな最後まで、自分の仕事をしていたよ。なぁ、イッセー?」
「はい!!大変良い思いをさせてもらいました」
ご馳走様でした、と元気良くホクホク顔で合掌しながら答えた一誠。
だが、ワルキュリアは恐縮です、と一礼。
そして、郷愁の瞳で見つめながら問いかけた。
「あの娘達は二人の思い出となれましたか?」
「―――忘れやしないさ。この世界でのことは、なに一つ残らず全部な」
「俺も同じです」
照れくさいから言わせるなよ、と言う暁月に一誠も同じように照れながら同意する。
すると、ワルキュリアはお礼を言うとブゥンと手に持っていた十字槍を振り回し構えた。
「では、最後に私を貴方の心に刻んでくれますか?」
そして、少し離れた所で一誠は暁月とワルキュリアの対峙を眺めていた。
なぜかと言えば、ワルキュリアの言葉は暁月のほうが強い気がしたからだ。
いや、今まで強襲してきたメイドも暁月の方が多かった。
まぁ、実力的に自分のほうが下だからかもしれないが。
もちろん、皆が自分にも行ってほしくないと思っているのは知っている。
しかし、
「やっぱり勇者って要素は強いのかな?」
仕方ないと思いながらも、自然と嘆息と共にそんな言葉が漏れ出した。
五年前、暁月と一誠は異世界に迷い込んだ。
異世界は幾つもある中で、二人が行き着いたのが、剣と魔法、勇者と魔王がいるアレイザードに転移したのだ。
二人が召還された世界では魔王ガリウスが率いる魔族と勇者を旗本にした人間が全面戦争をしていた。
“自分たちが召還されるよりも前から”。
そう。勇者はすでに存在していた。
だから、異世界の住人が勇者として戦うという必要は全くなかったのだ。
むしろ、暁月も一誠も召還された当初は全く力のないタダの少年で、戦争を左右しない傍観者でしかなかった。
では、何故、暁月が勇者なのかと言えば―――死んでしまったからだ、それまで戦っていた勇者が。
勇者の名前はレオン。
二人が召還されたシェルフィードでは王女リスティ、戦士ゼクス、魔法使いルーティエなどの面々と共に暁月と一誠の面倒を見てくれた親友だ。
特に一誠は皆から少し年が下だったので、それこそ弟のように。
しかも、過去の文献から元の世界への帰り方まで調べてくれたのだ。
自分と言う“イレギュラー”についてまで。
だが、その方法である<異界の門>のことが分かり、まさに帰ろうと言うときに悲劇は起こってしまった。
シェルフォードの王都に魔王ガリウスが率いる魔族軍が攻めてきたのだ。
そして、勇者レオンは魔王ガリウスの凶刃から“暁月”を庇い絶命した。
(でも、実際は違うんだよな)
真実はとても凄惨なものだ。
その事実を自分は知っている数少ない一人だ。
だが、その事を一誠は言わない。言えない。言う資格もない。
自分は事の顛末も、何故そんなことが起こったのか知っている。
―――だが、何もしなかった。知っているのに。
自分が動いてどうにかなるとは思わないし、ならなかっただろう。
けど、
(だから、何もしないなんて卑怯だよな・・・)
力がないことは理由にならない。
それに暁月は自分で考え行動して、ある理由から事実を隠し、自分が悪者となった。
たとえ、勇者の死と王都崩壊の怒りと悲しみの矛先が自分に向こうと。
だから、自分には暁月が守ろうとする物を、想いを踏みにじる事は出来ない。
ふっと、そんなことを考えている内に決着が付いていた。
片膝を付いて座り込むワルキュリアと彼女を見下ろす暁月。
そして、彼女に別れを告げた暁月は「先に行ってるぞ」と一誠に告げ森の奥へと向かった。
―――さて、今度は自分の番だ。
覚悟を決めて一誠はワルキュリアに近づく。
ワルキュリアも一誠の姿を見て立ち上がり向かい合った。先ほどまでの恍惚とした表情を隠し、無表情で。
「イッセー様・・・」
「はい」
「そこに座りなさい」
説教を受けた。
一誠は正座したまま、ワルキュリアにメイド達にしたことを窘められていた。
何故、暁月は良い?のに一誠は怒られるのかと言えば、暁月の場合は仕方ないと諦め、一誠はまだ更正できると思っているからだ。
もっとも、ワルキュリアとリスティ以外は無駄だと考えているのだが。
それでも暁月たちが女に手を出すとき一誠は一緒にいることはなかった。
「全く向こうに帰ったら、無闇にしてはいけませんよ」
「で、出来るだけ自重します・・・」
はぁ、とワルキュリアからため息が漏れる。
「本当に帰るのですか?アカツキ様は兎も角、貴方はちゃんと帰られる保障はないんですよ?」
「はい。分かってるんですけど・・・・」
それでも、
「俺はこの世界でずっとアニキの後について行くだけでした。だから、アニキがこの世界を出て行なら、俺も最後までその後を追います。
それが<はぐれ勇者の腰巾着>である俺の終わり方だと思うんです。
それに、この世界にいたらずっとアニキの後をついて行くのと変わらない気がするんですよ。だから、自分の世界で自分の意思で生きていこうと思うんです。
あと、俺、やっぱり家族と会いたいんですし」
「無事に帰れるか分からないのですよ?」
「大丈夫です!!今の俺は結構強いですから!!」
無邪気に笑う一誠にワルキュリアはやれやれと呆れながら微笑むと、
「わかりました。では、何もいいません」
そう言って、ワルキュリアは一誠の頭に手を添える。
「えっと、ワルキュリアさん?」
「コレは御まじないです」
直後、緊張する一誠のおでこに柔らかい感触が触れた。
突然のことに一誠は処理が追いつかず呆然とする。
―――キスされたのだ。
それをやっと理解したとき、顔がポッと赤くなる。
もちろん、それが弟に対しての、と言うことも理解したが、目の前の美女、それもワルキュリアからだと嬉しいより先に戸惑いが先立った。
だから、
「あっ、お、俺も行きます!!」
「はい。気をつけてお帰りくださいませ」
声を裏返らせて慌てる一誠を、ワルキュリアは更に微笑みながら見送るが、
思い出したように一誠が立ち止まった。
「あっ、ワルキュリアさん!!」
「はい?」
「もしかして、この先にリスティさんが?」
「ええ。居られますよ」
「あ~~~~・・・」
ワルキュリアの返事に一誠は暫く考えて、
「じゃあ、俺は少し遠回りして行こうと思います」
「よろしいのですか、お別れを言われないで?」
「はい。今言ったら、アニキの邪魔になると思うんで」
「そうですか」
また微笑むワルキュリアに一誠はリスティに自分の代わりにお礼を頼むと暁月が進んだ道から少し外れて進んだ。
<はぐれ勇者の腰巾着>。
それがこの世界での一誠の呼び名だ。
ワルキュリアに言った通り、一誠はいつも暁月の後について行った。
レオンの死後、行方をくらまし、皆が暁月を卑怯者と罵っていた時も一誠だけは彼の後について、神々の世界―神層界―へ命がけで共に行き、
そこで一緒に最強の武術使いにして、最強のエロジジイ、拳聖グランセイズから氣を操る術―錬環頸氣功(れんかんけいきこう)―を習った。もっとも余計なことも覚えたが。
そして、一誠は暁月と共に王都奪還の際、窮地に陥っていた仲間を助けたのだ。
それによって暁月は一躍英雄に祭り上げられた。
―――え?俺は如何なんだって?
あの時はアニキに活躍してほしくて一誠はあくまでサポートに回った。
もっとも、自分の実力は暁月よりも下だったので要らぬ心配だったが、その結果ついたのが“はぐれ勇者の腰巾着”だ。
そして、暁月は“はぐれ勇者”と。
リスティたち近い者とは和解できたが、暁月を快く思っていない人間が少なからずいるため、そう陰口が叩かれるようになり一誠はその巻き添え。
(まぁ、別に気にしないけど)
事実、一誠は自分が暁月の腰巾着だった。
それに暁月もそれで良いと、自分から甘んじて受け、むしろ自分から名乗るほどだった。
本当の勇者は自分ではなく、レオンなのだと言うかのように。
(だから、リスティさんも惹かれたんだろうな)
レオンが死んだとき、もっとも暁月を責めたのは他でもないレオンの恋人だったシェフィールドの王女リスティだ。
でも、暁月たちと和解してからはお互いに死地を乗り越えることで惹かれあった。
その度に一誠は嫉妬したし、血の涙を流したこともあった。
もっとも一誠の行動はリスティに恋愛感情があったからではなく、純粋に羨ましかったからなのだが。
(でも、お互い恋人にはならなかったんだよね~~)
暁月はレオンと、未だにレオンを思っているだろうリスティに気を使ってかもしれない。
リスティも恋人が忘れられないという風に振舞っていた。
まぁ、それは別にいいか、と一誠は思った。
他人の恋など知ったことではないし、考えただけでムカつく。
(それにたぶんだが・・・)
そうしている内に一誠は足を止めた。目の前に巨大な門が出現したからだ。
石造りの台座の上に、幾何学模様の様な意匠を施された石英の柱。
それらが巨大な門として形成される。
門の向こう側はまだ森が続いているが、上下左右から区切られた空間から僅かに波立って空間を揺らしていた。
その光景を一誠は懐かしく感じていると、
「あれ?何でお前が先に着てるんだ?」
「アニキ・・・」
不思議そうな表情で入ってきた暁月を一誠はニヤついた表情で出迎える。
その表情から暁月は弟分の気遣いを察し、ずかずかと歩み寄ると、年下が気を使うな、と一誠の頭を叩いた。
しかもどうやら氣の強化もしたらしい。まぁ、一誠も氣でガードしたがやはり痛い。
「痛~~~っ、―――所で、アニキ。その袋に何が入ってるんだ?」
「あぁ?これか?」
不意に気になったので一誠が聞くと、暁月も気づいたように見た。
そして、少し考えてから。
「まぁ、お前になら言って良いか」
「何か凄いものでも入ってるのか?」
「ああ。物凄いものがな」
「その顔だと、いやな予感がするんだが・・・」
不適に笑う暁月の言葉に、長年彼の姿を追っていた一誠の中で警報が響いた。
そして、その予感は見事に的中した。
「実はな・・・・魔王の娘だ」
「へ?」
「だから、魔王ガリウスの娘だ」
「ええぇええええええええええええ!!!」
もう一度言われて驚愕した。当たり前だ。
昨日まで戦っていた国の王様の娘を連れているのだから。
「奴隷じゃ、ないですよね・・・」
「当たり前だ!!」
語気を強めて、失礼な、と口を尖らせる暁月。
じゃあ、一体どうして?と理由を聞くと、何でも魔王ガリウスに託されたそうだ。
それ以上は聞かないし、何を考えているのか分からないが、暁月らしいと一誠は思った。
「でも、やっぱり不味いんじゃ、それって・・・」
「大丈夫だろ、何とかするから」
さらりと、大したことがないかのように答える暁月の言葉に一誠は苦笑した。
何とか“なる”のではなく、何とか“する”のだ。
それに普通、異世界の者が“暁月の世界”へはいけない。
もちろん、裏技はあるし、それは一誠も知っている。だが、他の者はほとんど知らない方法だ。
それなら確かに危険は少ないが。普通の奴ならやらない。
もっとも、だからこそ一誠は暁月をアニキと慕う。
その力に、意思に、男気に、彼の持つ美学に憧れるのだ。
「それにお前は自分のことを気にしろよ」
「まぁ、そうなんですよね」
ここまで色々あったが、問題はここから先だ。
一誠は暁月の世界とは“違う”世界からアレイザードへ来た。
それはこれまでにないケース、イレギュラーだった。
だが、異世界の門からアレイザードに来たのだから、同じ原理で戻れるはずだと。
それを思い出すと、急に一誠の顔が引き締まる。
ワルキュリアには言ったが、はやり緊張する。
だが、暁月は笑顔で、
「大丈夫だよ、心配するな。もし、俺と同じ世界に行ったら、俺が面倒見てやるから」
それは有難い。だが、それだと何故この世界から出て行くのかわからない。
何より、
「良いんですか?向こうでやることがあるって・・・」
暁月は魔王ガリウスを昨日一人で倒した。
そう仲間を一人も連れないで、たった一人で魔王と一対一による決闘をしたのだ。
一誠達が気づいて向かった時は、すでに暁月はガリウスを倒した後だった。
何故、彼がそんな事をしたのかといえば、全てを一人で背負うためだ。
良い点も、悪い点も全て自分に向けてこの世界から消える。
そうして、世界を平和にしようとしたのだ。
だが、理由はそれだけではない。
自分の世界でやらねばならないことがあるからだ。
「心配するな。もし、そうなったらお前に手伝わせる」
心にも無いことを、と一誠は苦笑する。
暁月にそんな気持ちの持ち主なら、魔王を一人で倒そうとも、この世界からいなくなろうともしない。
だが、一誠はその事を指摘しない。
代わりに、
「精一杯手伝わせてもらうぜ、アニキ」
「おう!!その時は頼むな。
―――じゃあ、行くか」
「ああ。でも、俺は必ず帰るけどね」
「そうだな」
お互いに笑いながら拳をぶつけ合う。
そして、二人は門を潜り抜けた。
『―――あばよ、アレイザード』
最後に一度だけ振り返って、二人は光に包まれた。
僅かに差し込む日の光が一誠の顔に当たる。
目を閉じていて眩しいと感じながら一誠は目を覚ました。
「んっ―――」
身を起こして、まどろむ意識を整える。
周りを見回すと、懐かしい部屋の風景に自分一人しかいないことを理解する。
そして、一誠はベッドから立ち上がり外を見た。
そこにはアレイザードに行くまで、見慣れていた、今は懐かしい外の景色が広がる。
だから、一誠は安堵した。
「ただいま、俺の世界」
今日、兵藤一誠 十四歳 は異世界アレイザードから帰還した。