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[32327] 赤龍帝の鬼畜美学(ハイスクールD×D × はぐれ勇者の鬼畜美学)第四章七話更新
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2015/01/12 00:07
この小説はハイスクールD×Dの主人公、イッセーがはぐれ勇者の鬼畜美学の主人公暁月と共に
異世界で冒険し、強くなって帰還したという設定になっています。
なので、イッセーは原作と違い色々強化されています。
というより、一誠ではない。

ですので、この小説を読み不快に感じる方もおられるはずなので、
上記をよく読んで自分に合うか吟味した上で読むことをお勧めします。



[32327] 第一話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2012/10/07 14:06
深い森の中、そこは人の手が全く影響を及ぼしていないことが見て取れるほど舗装がされていない場所だった。
木々が避けるように出来た自然の通り道しかなく、しかも草木はあるがままの育ち放題の状態。
ゆえに、油断すれば倒木や伸びた蔓草に足を取られて転倒してしまう。
そんな道を二人の男が全力疾走していた。

一人は肩まであるボサボサの髪、がっしりとした肉体で砂袋のような大きなバックを肩に担ぎ走る。
全てが闇の漆黒のような衣服を纏った精悍な男。
凰沢 暁月(おおさわ あかつき)。

もう一人は、暁月より少し幼く、手荷物のような物は特にないが、暁月に負けないぐらい鍛えた肉体を持った。
まだ少年とも言えるがこちらも精悍と言えなくもない容姿。
兵藤 一誠(ひょうどう いっせい)。

なぜ二人が走っている理由は簡単だ―――追われているから。
誰に?―――メイドに。その数44人。しかも、全員が美女、もしくは美少女。
普通の男なら喜ばしい状況かも知れないが、今の二人にはとてもじゃないがそんな感情は起こらない。
なぜなら―――メイドたちの手には光物が携えられているからだ。剣、槍、弓矢などの。
こんな状況は秋葉原でもお目にかかれないだろう。
ゆえに、二人は思った。
これが夏の渚の浜辺なら最高なのに、と。

「でも、今は夏でもなければ、ここは海でもねーよっ!」

「そもそも地球ですらねぇっ!!」

暁月と一誠は意味もなくそんなことを叫ばずにはいられなかった。

一誠の言うとおり、ここは地球ではない。

異世界、アレイザード―――今二人が必死に地面を蹴っている世界の名前だ。





プロローグ『異世界からの帰還』





「イッセー様、ご覚悟をっ!」

「君達は俺を殺すつもりかっ!?」

意味はないと分かっていても一誠は頭上から剣の刃先を向けながら降りてくるメイドに叫ばずにはいられない。
しかし語気とは裏腹に、一誠は極めて冷静な対応を見せた。
彼は自然に且つ、素早く降ってくるメイドへ腕を伸ばし、布の端を掴んだ―――メイドが着ている紺と白の侍女服のスカートを。
その結果、当然のごとく一誠の手に捕まれたスカートは、重力に従い落ちるメイドとは反対に捲りあがる。
そして、一誠は首を傾けて剣先をやり過ごしながら、十分に捲りあがったスカートを離し、今度は手のひらを広げて受け止めた。
メイドの胸を。
これも重力によって一誠が力を入れずともメイドの胸に一誠の手が沈み込んでいく。

「あっ、柔らかい・・・」

「―――っ!?きゃああああああああああああ!!」

小声だったが一誠の感想は、メイドの耳に届いていたらしく、彼女は弾けるように慌てて逃げていった。
その背中を一誠は、先ほどの感触を確かめるように手をニギニギと動かしながら見送った。
もし第三者がいたならば一誠のやったことを酷いと罵るだろう。
だが、一誠は思わずには居られないことが一つある。
本当に酷いのは――――。

「いやあぁ――――――んっ!!」

悲鳴がした方を一誠が見る。
そこには慌てて逃げるメイドが二人と自分と同じくメイドの背を見送る暁月がいた。
そして、暁月の手に握られている二枚の布、ショーツを。
恐らく、先ほどのメイド二人から拝借――剥ぎ取ったものだろう。

「なんつーか・・・効果覿面だな」

「流石アニキっ!!」

苦笑する暁月に近づきながら何が流石なのか、尊敬の眼差しを向ける一誠。

「でもさ、それも持ち帰るのか?」

「バ~カ。後で、適当な奴に返させるよ」

一誠のバカ発言に暁月は呆れがちに返しながら、バックを持ち直して目的地に急ごうとする。
しかし、直後その手にロープが巻きついた。一呼吸遅れで反対の手にもだ。

「もう逃げられませんよ、アカツキ様っ」

「大人しく、城に戻りましょうっ」

左右の茂みから新たなメイド二人が登場。
しかし、暁月は地面を踏みしめて、力を込めて僅かに腕を引いた。

『あっ―――』

それだけで、ロープを持っていたメイド二人が宙に舞った。
そして、引き寄せられるように自分に向かってきたメイドを暁月は両脇に抱えるように抱きしめ、

「おっ、美味そうな耳朶」

カプっ、と左のメイドの耳朶を軽く噛んだ。
瞬間、ビクンと身体を震わせて、左のメイドは地面に崩れ落ちてしまった。

それを見ていた一誠は暁月がメイドの氣の流れを変えて、全身に甘美な感覚を高ぶらせたのだろうと理解した。
その証拠に、彼女の表情は恍惚としていて、頬は赤く、はっきり言ってエロい。
反対のメイドも同僚の変化を理解したのか、急いで暁月の胸を突き飛ばし距離をとろうとする。
だが、暁月は全く動かず、逆にメイドの方が反作用で後ろに行く形となった。
すると、彼女の袖からスルスルとあるものが抜けていった。ブラジャーだ。

「―――っ!!」

慌てて赤面しながら掻き抱くようして、胸を隠す彼女。
それをみながら、暁月が告げる。

「ワルキュリアに伝えてくれ。俺たちを引き止めてくれる、その気持ちだけ受け取って置くって」

「じゃあ、俺も以下同文で」

「―――っ」

するとメイドは唇を噛み、来た道をとは反対に消えていった。
ワルキュリア―――自分たちを追う、アレイザードにある魔導大国シェルフィールドが誇る美貌のメイド達を取りまとめる長の名だ。
そして、走り去ったメイドの背をやれやれと暁月は一誠と一緒に見送ると、氣の流れを変えて腰が抜けているメイドに、

「悪いな。三十分もしたら動けるようになるからよ。逃げた奴らにコレ返しておいてくれ」

そう頼んで、ブラとショーツを放ると、再びに森の奥へと駆け出した。
三十分もあのまま放置って可愛そうなんじゃ、と思いながらも一誠もその後に続く。
そして、改めて一誠が思った。
本当に酷い鬼畜は自分の目の前にいるこの男だろうと。
だが、

「そこが憧れるぜ、アニキっ」

兵藤一誠はタダのエロガキだった。



そうして、暫く走る二人だが、その足を止めて正面を見据えた。
そこにはずらりとメイド達が並んでいたからだ。
どうやら、二、三人では止められないと判断したらしく、今度は一気に十人で来たらしい。
一糸乱れることなく隊列されたそれはまさに圧巻だった。
そこに殺してでも生け捕るという訳の分からない気迫がなければ、一誠は大歓迎だったのだが。
やれやれと、その隣で嘆息している暁月に向かって、

「引く気はないみたいですね」

「まぁ、仕方ないさ。そう簡単に譲れないよな。想いって奴は」

暁月の言葉に心の中で、確かに、と頷く一誠。
だが、だからといって、素直に従うわけにもいかない。

「如何します、これ?」

「そんなもん俺に聞かなくても分かるだろ?」

「そうっすね!!」

これから始まる楽しい時間に満面の笑みを浮かべる一誠に、隣に立って呆れながらも暁月も口元をニヤリとさせる。
譲れない想いは暁月にもあったからだ。だから、二人はゆっくり歩き出した。
そして、暁月から最後通告を出す。

「という訳で、これ以上邪魔するなら、ちょっぴり鬼畜に行くけど―――悪く思うなよ」



そして、暁月と一誠はメイド部隊の包囲網を避けようとせず、むしろ正面からメイド達を蹴散らして猛進する。
しかもどさくさに紛れて、メイド達の胸を揉み、尻を撫で、太股を触った挙句、氣を使って骨抜きにしていったのだ。
そうして、鬼畜に進んで茂みから二人で出たとき、目の前に一人の女性が十字槍を手に待ち構えていた。
今まで構っていたメイド達の上司、メイド長のワルキュリアだ。

「―――お。ようやくお出ましか、ワルキュリア」

暁月も彼女に気づき声をかける。
だが、ワルキュリアは無表情のまま唇を少し尖らせ、

「アカツキ様、イッセー様、失礼します―――この変態兄弟。
北の森に婦女子を好んで襲う妖怪の伝承でも残すつもりですか貴方達は」

「それを言うなら、旅人を襲うメイドの伝承が先じゃねぇか?なぁ?」

「そうっすね」

暁月から振られて頷く一誠。
だが、ワルキュリアは無表情のまま、

「その割には、お二方とも無傷のようですが、部下たちに至らぬ所でもございましたか?」

「あるわけねぇだろ。お前の部下だぜ?みんな最後まで、自分の仕事をしていたよ。なぁ、イッセー?」

「はい!!大変良い思いをさせてもらいました」

ご馳走様でした、と元気良くホクホク顔で合掌しながら答えた一誠。
だが、ワルキュリアは恐縮です、と一礼。
そして、郷愁の瞳で見つめながら問いかけた。

「あの娘達は二人の思い出となれましたか?」

「―――忘れやしないさ。この世界でのことは、なに一つ残らず全部な」

「俺も同じです」

照れくさいから言わせるなよ、と言う暁月に一誠も同じように照れながら同意する。
すると、ワルキュリアはお礼を言うとブゥンと手に持っていた十字槍を振り回し構えた。

「では、最後に私を貴方の心に刻んでくれますか?」




そして、少し離れた所で一誠は暁月とワルキュリアの対峙を眺めていた。
なぜかと言えば、ワルキュリアの言葉は暁月のほうが強い気がしたからだ。
いや、今まで強襲してきたメイドも暁月の方が多かった。
まぁ、実力的に自分のほうが下だからかもしれないが。
もちろん、皆が自分にも行ってほしくないと思っているのは知っている。
しかし、

「やっぱり勇者って要素は強いのかな?」

仕方ないと思いながらも、自然と嘆息と共にそんな言葉が漏れ出した。



五年前、暁月と一誠は異世界に迷い込んだ。
異世界は幾つもある中で、二人が行き着いたのが、剣と魔法、勇者と魔王がいるアレイザードに転移したのだ。
二人が召還された世界では魔王ガリウスが率いる魔族と勇者を旗本にした人間が全面戦争をしていた。
“自分たちが召還されるよりも前から”。
そう。勇者はすでに存在していた。
だから、異世界の住人が勇者として戦うという必要は全くなかったのだ。
むしろ、暁月も一誠も召還された当初は全く力のないタダの少年で、戦争を左右しない傍観者でしかなかった。
では、何故、暁月が勇者なのかと言えば―――死んでしまったからだ、それまで戦っていた勇者が。

勇者の名前はレオン。
二人が召還されたシェルフィードでは王女リスティ、戦士ゼクス、魔法使いルーティエなどの面々と共に暁月と一誠の面倒を見てくれた親友だ。
特に一誠は皆から少し年が下だったので、それこそ弟のように。
しかも、過去の文献から元の世界への帰り方まで調べてくれたのだ。
自分と言う“イレギュラー”についてまで。
だが、その方法である<異界の門>のことが分かり、まさに帰ろうと言うときに悲劇は起こってしまった。
シェルフォードの王都に魔王ガリウスが率いる魔族軍が攻めてきたのだ。
そして、勇者レオンは魔王ガリウスの凶刃から“暁月”を庇い絶命した。

(でも、実際は違うんだよな)

真実はとても凄惨なものだ。
その事実を自分は知っている数少ない一人だ。
だが、その事を一誠は言わない。言えない。言う資格もない。

自分は事の顛末も、何故そんなことが起こったのか知っている。
―――だが、何もしなかった。知っているのに。
自分が動いてどうにかなるとは思わないし、ならなかっただろう。
けど、

(だから、何もしないなんて卑怯だよな・・・)

力がないことは理由にならない。
それに暁月は自分で考え行動して、ある理由から事実を隠し、自分が悪者となった。
たとえ、勇者の死と王都崩壊の怒りと悲しみの矛先が自分に向こうと。
だから、自分には暁月が守ろうとする物を、想いを踏みにじる事は出来ない。



ふっと、そんなことを考えている内に決着が付いていた。
片膝を付いて座り込むワルキュリアと彼女を見下ろす暁月。
そして、彼女に別れを告げた暁月は「先に行ってるぞ」と一誠に告げ森の奥へと向かった。

―――さて、今度は自分の番だ。

覚悟を決めて一誠はワルキュリアに近づく。
ワルキュリアも一誠の姿を見て立ち上がり向かい合った。先ほどまでの恍惚とした表情を隠し、無表情で。

「イッセー様・・・」

「はい」

「そこに座りなさい」

説教を受けた。
一誠は正座したまま、ワルキュリアにメイド達にしたことを窘められていた。
何故、暁月は良い?のに一誠は怒られるのかと言えば、暁月の場合は仕方ないと諦め、一誠はまだ更正できると思っているからだ。
もっとも、ワルキュリアとリスティ以外は無駄だと考えているのだが。
それでも暁月たちが女に手を出すとき一誠は一緒にいることはなかった。

「全く向こうに帰ったら、無闇にしてはいけませんよ」

「で、出来るだけ自重します・・・」

はぁ、とワルキュリアからため息が漏れる。

「本当に帰るのですか?アカツキ様は兎も角、貴方はちゃんと帰られる保障はないんですよ?」

「はい。分かってるんですけど・・・・」

それでも、

「俺はこの世界でずっとアニキの後について行くだけでした。だから、アニキがこの世界を出て行なら、俺も最後までその後を追います。
それが<はぐれ勇者の腰巾着>である俺の終わり方だと思うんです。
それに、この世界にいたらずっとアニキの後をついて行くのと変わらない気がするんですよ。だから、自分の世界で自分の意思で生きていこうと思うんです。
あと、俺、やっぱり家族と会いたいんですし」

「無事に帰れるか分からないのですよ?」

「大丈夫です!!今の俺は結構強いですから!!」

無邪気に笑う一誠にワルキュリアはやれやれと呆れながら微笑むと、

「わかりました。では、何もいいません」

そう言って、ワルキュリアは一誠の頭に手を添える。

「えっと、ワルキュリアさん?」

「コレは御まじないです」

直後、緊張する一誠のおでこに柔らかい感触が触れた。
突然のことに一誠は処理が追いつかず呆然とする。
―――キスされたのだ。
それをやっと理解したとき、顔がポッと赤くなる。
もちろん、それが弟に対しての、と言うことも理解したが、目の前の美女、それもワルキュリアからだと嬉しいより先に戸惑いが先立った。
だから、

「あっ、お、俺も行きます!!」

「はい。気をつけてお帰りくださいませ」

声を裏返らせて慌てる一誠を、ワルキュリアは更に微笑みながら見送るが、
思い出したように一誠が立ち止まった。

「あっ、ワルキュリアさん!!」

「はい?」

「もしかして、この先にリスティさんが?」

「ええ。居られますよ」

「あ~~~~・・・」

ワルキュリアの返事に一誠は暫く考えて、

「じゃあ、俺は少し遠回りして行こうと思います」

「よろしいのですか、お別れを言われないで?」

「はい。今言ったら、アニキの邪魔になると思うんで」

「そうですか」

また微笑むワルキュリアに一誠はリスティに自分の代わりにお礼を頼むと暁月が進んだ道から少し外れて進んだ。




<はぐれ勇者の腰巾着>。
それがこの世界での一誠の呼び名だ。
ワルキュリアに言った通り、一誠はいつも暁月の後について行った。
レオンの死後、行方をくらまし、皆が暁月を卑怯者と罵っていた時も一誠だけは彼の後について、神々の世界―神層界―へ命がけで共に行き、
そこで一緒に最強の武術使いにして、最強のエロジジイ、拳聖グランセイズから氣を操る術―錬環頸氣功(れんかんけいきこう)―を習った。もっとも余計なことも覚えたが。
そして、一誠は暁月と共に王都奪還の際、窮地に陥っていた仲間を助けたのだ。

それによって暁月は一躍英雄に祭り上げられた。

―――え?俺は如何なんだって?

あの時はアニキに活躍してほしくて一誠はあくまでサポートに回った。
もっとも、自分の実力は暁月よりも下だったので要らぬ心配だったが、その結果ついたのが“はぐれ勇者の腰巾着”だ。
そして、暁月は“はぐれ勇者”と。
リスティたち近い者とは和解できたが、暁月を快く思っていない人間が少なからずいるため、そう陰口が叩かれるようになり一誠はその巻き添え。

(まぁ、別に気にしないけど)

事実、一誠は自分が暁月の腰巾着だった。
それに暁月もそれで良いと、自分から甘んじて受け、むしろ自分から名乗るほどだった。
本当の勇者は自分ではなく、レオンなのだと言うかのように。

(だから、リスティさんも惹かれたんだろうな)

レオンが死んだとき、もっとも暁月を責めたのは他でもないレオンの恋人だったシェフィールドの王女リスティだ。
でも、暁月たちと和解してからはお互いに死地を乗り越えることで惹かれあった。

その度に一誠は嫉妬したし、血の涙を流したこともあった。
もっとも一誠の行動はリスティに恋愛感情があったからではなく、純粋に羨ましかったからなのだが。

(でも、お互い恋人にはならなかったんだよね~~)

暁月はレオンと、未だにレオンを思っているだろうリスティに気を使ってかもしれない。
リスティも恋人が忘れられないという風に振舞っていた。
まぁ、それは別にいいか、と一誠は思った。
他人の恋など知ったことではないし、考えただけでムカつく。

(それにたぶんだが・・・)

そうしている内に一誠は足を止めた。目の前に巨大な門が出現したからだ。
石造りの台座の上に、幾何学模様の様な意匠を施された石英の柱。
それらが巨大な門として形成される。
門の向こう側はまだ森が続いているが、上下左右から区切られた空間から僅かに波立って空間を揺らしていた。
その光景を一誠は懐かしく感じていると、

「あれ?何でお前が先に着てるんだ?」

「アニキ・・・」

不思議そうな表情で入ってきた暁月を一誠はニヤついた表情で出迎える。
その表情から暁月は弟分の気遣いを察し、ずかずかと歩み寄ると、年下が気を使うな、と一誠の頭を叩いた。
しかもどうやら氣の強化もしたらしい。まぁ、一誠も氣でガードしたがやはり痛い。

「痛~~~っ、―――所で、アニキ。その袋に何が入ってるんだ?」

「あぁ?これか?」

不意に気になったので一誠が聞くと、暁月も気づいたように見た。
そして、少し考えてから。

「まぁ、お前になら言って良いか」

「何か凄いものでも入ってるのか?」

「ああ。物凄いものがな」

「その顔だと、いやな予感がするんだが・・・」

不適に笑う暁月の言葉に、長年彼の姿を追っていた一誠の中で警報が響いた。
そして、その予感は見事に的中した。

「実はな・・・・魔王の娘だ」

「へ?」

「だから、魔王ガリウスの娘だ」

「ええぇええええええええええええ!!!」

もう一度言われて驚愕した。当たり前だ。
昨日まで戦っていた国の王様の娘を連れているのだから。

「奴隷じゃ、ないですよね・・・」

「当たり前だ!!」

語気を強めて、失礼な、と口を尖らせる暁月。
じゃあ、一体どうして?と理由を聞くと、何でも魔王ガリウスに託されたそうだ。
それ以上は聞かないし、何を考えているのか分からないが、暁月らしいと一誠は思った。

「でも、やっぱり不味いんじゃ、それって・・・」

「大丈夫だろ、何とかするから」

さらりと、大したことがないかのように答える暁月の言葉に一誠は苦笑した。
何とか“なる”のではなく、何とか“する”のだ。
それに普通、異世界の者が“暁月の世界”へはいけない。
もちろん、裏技はあるし、それは一誠も知っている。だが、他の者はほとんど知らない方法だ。
それなら確かに危険は少ないが。普通の奴ならやらない。
もっとも、だからこそ一誠は暁月をアニキと慕う。
その力に、意思に、男気に、彼の持つ美学に憧れるのだ。

「それにお前は自分のことを気にしろよ」

「まぁ、そうなんですよね」

ここまで色々あったが、問題はここから先だ。
一誠は暁月の世界とは“違う”世界からアレイザードへ来た。
それはこれまでにないケース、イレギュラーだった。
だが、異世界の門からアレイザードに来たのだから、同じ原理で戻れるはずだと。
それを思い出すと、急に一誠の顔が引き締まる。
ワルキュリアには言ったが、はやり緊張する。
だが、暁月は笑顔で、

「大丈夫だよ、心配するな。もし、俺と同じ世界に行ったら、俺が面倒見てやるから」

それは有難い。だが、それだと何故この世界から出て行くのかわからない。
何より、

「良いんですか?向こうでやることがあるって・・・」

暁月は魔王ガリウスを昨日一人で倒した。
そう仲間を一人も連れないで、たった一人で魔王と一対一による決闘をしたのだ。
一誠達が気づいて向かった時は、すでに暁月はガリウスを倒した後だった。
何故、彼がそんな事をしたのかといえば、全てを一人で背負うためだ。
良い点も、悪い点も全て自分に向けてこの世界から消える。
そうして、世界を平和にしようとしたのだ。
だが、理由はそれだけではない。
自分の世界でやらねばならないことがあるからだ。

「心配するな。もし、そうなったらお前に手伝わせる」

心にも無いことを、と一誠は苦笑する。
暁月にそんな気持ちの持ち主なら、魔王を一人で倒そうとも、この世界からいなくなろうともしない。
だが、一誠はその事を指摘しない。
代わりに、

「精一杯手伝わせてもらうぜ、アニキ」

「おう!!その時は頼むな。
―――じゃあ、行くか」

「ああ。でも、俺は必ず帰るけどね」

「そうだな」

お互いに笑いながら拳をぶつけ合う。
そして、二人は門を潜り抜けた。

『―――あばよ、アレイザード』

最後に一度だけ振り返って、二人は光に包まれた。




僅かに差し込む日の光が一誠の顔に当たる。
目を閉じていて眩しいと感じながら一誠は目を覚ました。

「んっ―――」

身を起こして、まどろむ意識を整える。
周りを見回すと、懐かしい部屋の風景に自分一人しかいないことを理解する。
そして、一誠はベッドから立ち上がり外を見た。
そこにはアレイザードに行くまで、見慣れていた、今は懐かしい外の景色が広がる。
だから、一誠は安堵した。

「ただいま、俺の世界」

今日、兵藤一誠 十四歳 は異世界アレイザードから帰還した。



[32327] 第二話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2012/10/07 14:07
夕暮れの公園。町から離れているそこは住宅街の中にポツリとある。
近年の少子化とゲーム機の登場により外に遊ぶ子供が少なくなった所為だろう、そこには誰もいなかった。

「ねぇ、イッセー君」

そう、兵藤一誠と彼と同い年ぐらいの少女以外に。
少女、天野夕麻。
一誠と昨日から付き合うことになった少女は微笑みながら、

「私たちの記念すべき初デートってことで、ひとつ、私のお願いを聞いてくれない?」

「・・・ん?俺に可能なことなら良いぞ」

“普通”の彼氏が彼女に期待をするかのように答える一誠。
そんな彼に夕麻は可愛く笑いながら、はっきりと一誠に向けて、

「死んでくれないかな」

「・・・・・・」

突然の言葉に無表情になる一誠。

「死んでくれないかな」

言っている言葉が理解出来ないんだろうと思われたのだろう、夕麻がもう一度はっきりと言うと、バッと彼女の背中に黒い翼が生えた。
おっ、と初めて一誠の表情が変化する。
バサバサと羽ばたく夕麻と、そこから黒い羽が一誠の足元に舞い落ちる光景は一種の感動を覚える。
そんな一誠に夕麻は冷笑を浮かべ、

「ふふふっ、ごめんね。あなたが私たちにとって危険因子だったから早めに始末させて貰うわ。
恨むなら、あなたに“セイクリッド・ギア”を宿させた神を恨んでね」

ん?と夕麻の意味深な単語に一誠は首を傾げ思考の渦に入りかけるが。
―――ブゥゥゥゥゥゥン
と羽虫にも似た空気の振動音に一誠は再び夕麻を見る。
そこには夕麻が光で形成された槍を投棄する姿があった。
そして、投棄された槍は高速で一誠へ飛ぶ。
正面からそれを見ながら一誠は走馬灯のように昨日のことを振り返った。







一誠が“帰ってから”二年の月日が流れ、彼は高校二年、彼が尊敬するアニキと同じ十六歳になった。
私立駒王学園―――
そこに彼は通っている。

「おう、イッセー!!見ろよ、コレ。滅多に手に入らないプレミアDVDだぞ!!」

そう言って、坊主頭の男子クラスメイトが(色んな意味で)興奮しながら一誠の机の上にDVDを出した。
頬杖をついていた一誠が見ると、そこに出されたのはアニメや映画のDVDではない。
それこそ朝の教室で持ち出すべきでない卑猥なものだった。
だが、一誠はそれを特に咎めようとせず、

「ほう。面白そうだな」

「だろ!!だったら、もっとテンションを上げろよ!!!」

思ったことを口にする一誠に、テンション高に言う坊主頭もとい松田。
爽やかなスポーツ少年風で事実、中学では幾つもの記録を塗り替えたスポーツ万能少年だが、
実際は、写真部で盗撮という写真を嗜み、日常的にセクハラ発言をする変態だ。

「おお!!松田、コレを何処で手に入れたんだよ!!」

と、新たに眼鏡をかけた男子クラスメイトが一誠の机に近づき、松田の品を絶賛する。
そんな彼に、流行お前は分かってくれるか!!と感動する松田。
それで眼鏡男子も一誠の反応が分かったにか、当然だとも、心の友!!と松田と涙ながらにハグする。
眼鏡男子もとい元浜。
何でも、その眼鏡には女性のスリーサイズを測る特殊機能があるらしく、眼鏡がないと戦えない特殊な人間だそうな。

二人とも一誠が“行く”前からの悪友だ。
ちなみに、一誠の席は窓際だが、端ではなく真ん中、しかも大声でエロい話をしていたので、

「ひっ」

遠くから聞こえた少女の悲鳴を皮切りに「朝から最低~~」「エロ坊主死ね」「メガネ割れろ」と女子生徒の蔑む声が響く。
それも教室のほぼ全体から女子生徒の声が響いた。ちなみに、一誠のクラスの七割が女子生徒だ。
この私立駒王学園は数年前まで女子高だったのが、共学になったので圧倒的に女子生徒が多く、男子生徒が少ない。
まぁ、難関なだけで無く、ここに入学する、と言ったら下心があると思われて恥ずかしい、と近年の草食系男子は思い敬遠するのだろう。
と、一誠は何処か違う持論だった。
もう一つ特徴的なのは、女子生徒の数の多さによる発言力の強い。
だが、

「うるせいぞ、女子!!」

松田が振り返り大声で一括。
持ってきたものと後に続く言葉が、誰かを庇うものならカッコいいのだが、

「これが俺たちの楽しみなんだよ!!」

ただの開き直りだった。

「ほら、女子供は見んな!!見んな!!脳内でおか――うげっ!?」

「やめろ、怖がっているだろ」

言葉の途中で一誠が松田の脳天に手刀を叩き落した。

「・・・イッセー、松田たぶん聞こえてないぞ・・・」

哀れむ元浜を無視して、一誠は、悪い、と苦笑いを浮かべてクラスの女の子に謝る。
すると、教室内の何人かの女子生徒の頬が赤くなったので、

「ジョワァアアアアアアア!!」

奇声を上げて飛び掛ってくる元浜。
だが、一誠はそれを見ることなく、元浜の進路上、顔の前に肘を挙げて置くと、
「ぶっ!?」と、元浜は自爆のように一誠の肘に鼻をぶつけて倒れ伏した。
その光景すら全く無視して一誠は一通り女子生徒に謝ると、嘆息しながら席に着く。
その際、ちゃっかり先のDVDはカバンの中に入れて。
だが、

「お~い、兵藤」

席に座って時、数少ないクラスメイトの男子が一誠を呼んだ。
何事か聞けば、

「また、後輩がお前を呼んでるぞ~」

何処か呪詛を含んだ男子生徒の声に一誠は不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
その際、地面で死んでいたエロゾンビの耳がピクピク動いていたが気にしない。
ポケットに手を入れて一誠は教室から出ると、そこには小柄で可愛い女子生徒がモジモジしながら彼を待っていた。
ちなみに、その女子生徒と面識はそんなに無い。

「お前か、俺を呼んだのは?」

「あ、はいっ!?」

不敵な笑みを浮かべる一誠に女子生徒は緊張して返事をした。
その反応に一誠は初々しく思いながら苦笑した。
―――まぁ、仕方ないか。
目の前に180cmを超えるかという長身のマッチョメンが目の前にいれば、萎縮するだろう。
さらに、十人中全員が一誠を精悍と評価する容姿を持っているのだからなおさらだ。

ちなみに余談なのだが、
向こうから“帰った”時、一誠の体つきは”行く“前と同じく普通の中学生だった。
まさか、折角五年も鍛えぬいた身体と筋肉が一瞬で消えたことにかなり落ち込んだが、いきなり体つきが変わったら周囲が不審がるので良かったのかもしれない。
しかし、こっちで生活していくうちに、なんと失った筋肉と身長が戻ってきたのだ。
原理は分からないが、まるで異界の狭間に取り残された力がこちらへ回収されるかのごとく。
そして、二年の月日が更に一誠の身体を大きくした。

―――でも、まだアニキより低いかな・・・
確か、別れた時は190cmに届きそうだったからな。

「あの、兵藤先輩?」

女子生徒に呼ばれて一誠は思考の渦から抜け出た。

「あ、ああ、悪い悪い。それで、何だ?」

「えっと、遅くなったんですが・・・一昨日は助けていただいてありがとうございます!!」

「ああ、そのことか」

一昨日、バイトの途中で不良ぽいのに絡まれていた少女だ、と思い出す一誠。
丁寧に頭を下げてお礼を述べる女子生徒に一誠は気にするな、と美少女、美女にしか見せない青少年のように眩しいスマイルを送る。
そして、もう一度、お礼を述べる女子生徒の背を見送り、

『うぉおおおおおおおおおお!!』

背後から聞こえる絶叫に一誠はライアットするように右腕を横に上げた。
すると、背後から血涙を流して向かってきた松田の首に見事に激突。
次に、左を見るように半身になると、目の前を同じく血涙を流して元浜が通りすぎたので、去り際の彼の足を引っ掛けて上げた。
見事に自爆して地面に倒れ伏した二人を一誠は不敵な笑みを浮かべて見下ろし、

「毎回懲りないな、お前ら」

「うるせえぞ!!この裏切り者!!」

嘆息する一誠に激昂する松田。
しかし、一誠は心外だ、と、

「俺がいつ裏切った?」

「たった今!!同じことが何度も!!それから、剣道部の部室!!!」

「ああ、あれか」

怒りの余り一単語ずつ怒鳴るようにいう松田。
だが、一誠は冷静に彼の言った単語の一つを思い出した。



―――確か、剣道部に空いた穴から覗くものだった。
ただ、余りにもその姿が哀れだったで、

「お前ら、もっと堂々と見ろよ」

と、一誠。
だが、彼は穴を必死に覗こうとする二人を置いて、その場を後にした。
その姿に怪訝な表情をしていたが、目の前の楽園を見ることに二人は集中した。
だが、寄り掛かる二人の体重に“耐えられなかった”かの様に壁が崩れ、二人は部室へ前のめりにダイブ。
当然、覗いたことがバレ、竹刀を強く握りリンチにしようとする剣道部女子に二人は恐怖した。
その時、何処からともなく救世主のように、その場から去った一誠が戻ってきた。
親友の帰還に当然二人は助けを求めたが、

「お前ら、俺が止めたのに・・・」

と、わざとらしく手で顔を覆い、近くの女子生徒から竹刀を借りて二人に近づく、その時一誠の表情は二人が見慣れた不敵な表情で。
そんな親友の態度が分からなかった二人。
だが、

――ベシッ、ベシッ

『ぎゃあああああああああああああ!!』

二人の目に“ほぼ同時”に竹刀を振った一誠。
目の痛みと、二人の言葉で言う楽園をこれ以上見ることができない心の痛みに悶える二人を無視して、
一誠は部長らしい生徒に竹刀を返却し、二人の襟首を持って引きずって部室に空いた穴から去る。
部長たち剣道部員は一誠の竹刀の動きに心を奪われたように呆然と、その背中を見送るだけだったが、
一誠が立ち止まり、振り返って、

「ごっそーさん、全員良い物持ってるな」

『――――っ!!?』

全員が一誠の言葉の意味を理解した。
ゆえに、全員が顔を赤くして、手に持つ竹刀を振り投げた。
それに一誠も“両手”に持つ“盾”で防ぎながら去った。



そして、

「お前は、心身ともボロボロの俺たちを見捨てた・・・」

「呼び出しにはちゃんと行っただろ、後始末をした後で。主犯引取り人としてな」

涙ながらに語る松田にしれっと答えた一誠。
その日の放課後、一誠も松田たちと同じく、職員室に呼び出されたが彼は行かなかった。
では、何をしていたのかといえば、剣道部の部室に何処から持ってきたのか石膏を持って壁を直しに来たのだ。
それも、物凄いスピードで壁を修繕。
業者を呼ぶかも決めていなかった教職員も剣道部の女子生徒も一誠の働きに感心したのか彼の罰を取り消したのだった。
もっとも、崩れた壁は一誠が別の面の壁から氣を流し、二人の寄り掛かる覗き穴を中心に崩れやすくしたので、その後始末でもあったのだが。
だが、それを知る者は誰もいないので、松田と元浜だけが反省文と課題をさせられるのだった。
ちなみに、二人が未だ一誠と親しくするのは、ひとえに―――バカだからだろう。

当時を猛烈に泣く松田だが、どの道罰を受けることに変わりは無いのだから同情する必要はない。
そして、今度は松田の傍らで同じく泣いていた元浜が、

「何故だ・・・何故、お前ばかり・・・」

「しょうがないだろ、女の子のピンチに出くわしたんだから」

泣き言のように言う元浜に再び嘆息して一誠。だが、その表情は満更でもないと顔全体に出ている。
それが地面に伏して見えないはずの元浜にも見えたのか、

「そんなに何度も出くわすか!!お前、高校に入って同じことが何度起こった!!!」

「・・・・・・」

問われたので一応真剣に考えて、

「両手足の指の数の倍ぐらい?」

「40回以上じゃ!!」

数えていたのかと、少し驚きにも似た感慨を感じる一誠。
さらに、何故と訪ねる、というか八つ当たりのように問いただす元浜に。

「不景気だからな、それが町の治安低下の要因なんだろ」

「俺も・・・健気な女の子を助けるべく、毎週日が暮れるまでパトロールしているのに・・・」

「俺もだぞ、親友!!」

元浜の言葉に倒れていた松田も同調。
また二人でハグをするが、二人の放課後の行動はもはや変質者一歩手前だ。

―――そして、目の前の物体が気持ち悪くて仕方ない。

そう思いながらも、確かに、と一誠。
まぁ、良く出くわすが仕方ないだろ。“二駅”ほど離れた場所に走って行ってるんだから。
別に金銭が目的で始めたバイトではない。
筋肉が自然と付いてくるのだ、何とか誤魔化す方法として考えたのが、学校後のバイト先までの一人競争だ。
ちなみに、休日は引越し業者を手伝っている。
―――ん?親に反対されなかったかって?
そこは特に無かった。
恐らく、子供が性に対して興味津々で部屋に篭るより、外で汗水垂らして働いたほうが良いと思ったのだろう。
心の中でそう思った。
だが、二人の自虐プレイはまだまだ続いた。

「・・・浜本」

「何だ、松田」

しかし、急に畏まった声を出す二人。
一誠は一応、二人を眺めた。放っておくと、こっちにとばっちりが来そうだから。

「俺たちは何のためにこの学校に入学した」

「彼女を作るためだ!!」

「そうだ。そして、ハーレムを作るためだ!!!」

拳を握る二人。
なのに、とまた嫉妬の怒りに震えながら松田はビシィッと一誠を指刺し、

「何故、お前だけが彼女を作ることが出来るんだ!!!!!」

「今はいないだろ」

事実だ。
だが、

「お前、コレまで何回の女の子と付き合った!!!!!!!!!」

背後で火山が噴火したかの様に見えた。

「コレまでさっきの後輩のように道端で助けた子が十人、更に学校生活で何がいいのか分からないが、先輩後輩から五人」

「後者はストーカーから守ってほしいための虫除けだぞ」

「五月蝿い!!被告人は黙っていろ!!!」

一誠のかわりに答える元浜に訂正を入れるが、松田が激怒した。
何故か法廷式で。

「うち、全てが女子生徒からの告白」

「もう全部終わっただろ?」

『うるせぇえええ!!』

達観している一誠だが、二人の怒りの炎は納まらない。

「大体、どうして何度も付き合っては別れる、を繰り返しているお前がモテるんだ!!」

と、松田。

「紳士的に付き合ってるからだろ?」

「嘘を付くなっ!?セクハラ大魔王め!!付き合った女の子の尻や胸を触っているってネタは上がっているんだ!!」

そう突っ込む元浜。

「別に付き合っていたら普通だろ?」

そもそも気持ちよかったと思うぞ、氣を使って感受性を高めたから。
ちなみに別れたのは、つい他の子にエロい事をしたための喧嘩なのだが。

『死ねやっ!!』

しかし、当たり前のことと言った言葉に二人が血涙を流した。
色んな意味で血の気の多い二人だな、と一誠は思う。

「じゃあ、何で激怒して別れた子が暫くしたら、お前とまた仲良く会話するんだ」

「仲良くかはわからんが、そこは俺の美学に基づくアフターケアがしっかりしてるからだろ」

「そもそも、中学までお前は俺たちと同じだったではないか」

「それが急に身体を鍛えだしたり、エロ話の食いつきが悪くなりやがって・・・」

「まぁ、悟ったんだな・・・」

二年前に“帰って”来た一誠の自らの身体は“行った”時のまま、時間の経過も暁月たちの言うとおり全く変わっていなかった。
だが、それでも自分には向こうで経験した五年の記憶があった。
とても濃厚な人生の五年が。
さらに、そこで尊敬する“兄”にあった一誠は、あと二年でその人のようになろうと決心した。
無論、その時はアニキのように可愛い子、綺麗な子と―――何て事を考えていた時もあったが。
成長の過程で青臭い部分が抜けたのだろと一誠は思った。

『イッセー!!』

「ん?」

黄昏ながら物思いにふけていた一誠の思考を戻すと、

「吐け!!何がお前を変え、何がお前にモテパワーを与えたのか!!」

「そうだそうだ!!」

唾を飛ばさん勢いで二人が捲くし立てる。
ふむ、と一誠。

「土下座したら教えて―――」

『お願いします』

言い終える前に二人は一誠の足元で土下座した。
その速度は達人級の神速だっただろう。
そんな二人に一誠は不敵に笑いながら、
良いぞ、と言った上で、羨望の眼差しを送る二人に、

「俺が悟ったのは・・・・」

『・・・・・・・・・・・・』

「現実に真のハーレムとは、作るのではなく、生活してる内に自然と出来るもので。そこにはごく一部の選ばれた人間しかない特殊な何かが必要なのだと。
ちなみにお前たちはそこに入っていないらしい」

『ちきしょぉおおおおおおおおおおおおおお!!』

残酷な真実を告げられ今度こそ打ちひしがれる二人。
と、そろそろチャイムが近かった。

「何故、だ。一般女子は草食系が好きなはずなのに・・・」

「こんな鬼畜な肉食系の何処が・・・・」

教室に入ろうとする一誠だったが、一度二人に振り返り、

「あ~、それと松田、元浜。お前らは肉食でも草食でもない。―――雑食系男子だ」

『うわぁああああああああああ!!』

と、自分でも訳の分からない言葉だったが、それは二人に止めを刺しているのだった。
それにしても、雑食系男子・・・・
意味は無いが、嫌悪感しかない言葉だな、と一誠は思った。






―――それが、兵藤一誠が元の世界に戻った普通の生活だった。
そして、放課後、一誠は悪友二人のエロい誘いを断って屋上に向かっていた。
帰ろうとした一誠に再びクラスメイトの男子が一誠にそこに人が待っていると教えられたからだ。
だから、一誠は、屋上の扉前まで来て、

「・・・・・」

一度だけ動きを止めたが、すぐに扉を開けた。
最初に夕日の光が目に入り、目を細めるが視界が開けるとき、女子生徒が一人いた。
黒い髪を真っ直ぐ腰まで伸ばした、スレンダーな女子生徒。恐らく、美少女に分類される。

「・・・あ~、お前が俺を呼んだのか?」

「うん。そうだよ」

可愛いらしい声で答えた女子生徒、天野夕麻と言う名前だそうだ。
聞いたこと無いな、と一誠は思いながら、

「俺と会ったことあるけ?」

「うんん」

でも、

「好きです!付き合ってください!」

「・・・良いぞ!!」

ほんの少し思考したが、一誠は満面の笑みで了承した。

「面倒だからな」

夕麻も満面の笑みで喜ぶ中、一誠は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。







それから、「じゃあ、明日デートして!!」と頼む夕麻の言葉も二つ返事で答え、一誠は“気をつけて”帰った。
翌日は祝日でバイトを入れていたが無理を言って休ませて貰った。
仕事は真剣にやっているためだろう、責任者は多少渋ったが了解してくれた。
そして、待ち合わせ場所に少し早く行った一誠。
何度もやったデートだが、今回だけは少し緊張していた。
腕を組んで目を閉じて静かに相手の到着を待つ。
そんな彼にチラシ配りが話しかけ、怪しげな魔法陣と「あなたの願いを叶えます!」と書かれた紙を一枚渡された。
見るからに怪しいチラシだが、

「丁度良いや」

と一誠はチラシ配りが立ち去ったのを確認してから、それを折り紙にして紙飛行機を作ると、数メートル離れたコンビニの前のゴミ箱へ飛ばした。
一誠が作った紙飛行機は紙とは思えないほどの強度で真っ直ぐ人ごみを潜り抜けて、見事ゴミ箱に入る。
よし、と小さく一誠がガッツポーズすると、近くにいた子供からも賞賛された。

そうして、“暇つぶし”をしていると、一誠の前に夕麻が到着し、デートは開始された。
一誠たちはごく普通なデートプランを楽しんだ。
色々な店に入り、ご飯を食べ、おしゃべりして、そして最後にこの公園で一誠に向けて光の槍が迫っていた。

―――で、こうなったと。

ダイジェストに回想した一誠は冷静に現状を分析する。
確か、死んでほしいんだっけ、

「悪い、それは無理だ」

身体を捻って光の槍をやり過ごす一誠。
目の前の夕麻もまさか一誠が避けると思わなかったのか目を見開いた。

「まさか、避けるとはね。人間の癖に生意気ね・・・」

忌々しく一誠を睨む夕麻。
その姿は先ほどまでデートしていた夕麻とは余りに性格が変わっているが、それでも一誠は不敵な笑みを浮かべ、

「お前こそ、最初に会ったときから人間とは思えなかったけど」

「ふん、人間の分際で何が分かるって言うのよ!!」

一誠の言葉に激昂した夕麻は再び光の槍を一誠に投棄する。
それを一誠は冷静に見ながら、

―――大丈夫だ。感覚は鈍っているが、デートが始まる前に早く来て、氣を廻らせて、軽い練習をしたんだ。

不安要素はあるが問題ないと結論付ける一誠。
だが、その不安要素は本人が思っている以上に大きかった。

「―――っ!?」

もう一度、紙一重で避けて通り過ぎる槍を見ながら、不意に一誠は驚愕と共に槍を追って走り出す。
自分の後方、公園の外周を小学生ぐらいの少女が歩いていたからだ。

―――このままでは当たる。

夕麻の狙いが恐らく自分だろうと察したから誘いに乗って、周りを巻き込まないようにしていたのに。

「やっぱり、鈍ってやがるっ・・・」

苦虫を噛む表情の一誠。だが、今は槍から少女を救うことだった。
しかし、一誠が気づいたのは槍が完全に通り過ぎた後、全力で走っても間に合うかどうか、

「だが、そんな言い訳で、人を見捨てるのはもう無しだっ!!」

錬環頸氣功を使い、自分の氣で肉体の限界まで能力を引き上げ走る一誠。
槍は少女まで残り僅かの距離まで迫り、少女の方も自分に向かって来る槍と一誠に気づいた。
肉体の能力を限界まで高めている一誠は肉体の身体的能力を超人的に上がっているだけでなく、五感も一緒に上がっている。
視力から、少女は買い食いをしていたらしい。
手に持っているのはタイヤキ。
この匂いは確か、近くの菓子屋が作っている美味いと評判の高い限定100個のタイヤキだったな。
何でこの時間帯に手に入っているか疑問だが。
そう考えると一誠は自然と笑みが零れ、身体の中から助けようとする気持ちが湧いてきた。
そして、

「間に合えぇええええええええええ!!」

気合と共に手を前に突き出した一誠の手は槍を捕まえ、寸での所で止めてそれを握りつぶした。
粉々の光の粒子の中で一誠は少女の顔を見る。
彼女は感情を表に出せないのか無表情だったが、動揺しているらしくタイヤキを落としていた。
そんな彼女に一誠は何か声をかけようと、

―――グサッ

「がぁっ!?」

した所で背後から別の光の槍が貫いた。
右の肺を貫かれたらしい。

「がはっ!!?」

肺に風穴が開き、そこから入り込んだ血液が吐血となって外に出る。
―――コレは幾らなんでも鈍りすぎだろ・・・
片方の肺が潰され、気道に血液が絡み苦しい。
恐らく、死ぬだろう。
笑えるな・・・と一誠。
だが例え、このまま無様に死ぬにしても、

「に、逃げろっ!!?」

倒れる直前、この子を逃がしてあげたかった。
だが、意識を手放す前に、最後に彼の耳に届いたのは重たいものが投げつけられる轟音だった。





夕日が完全に沈んだ時、一誠は僅かに意識を保っていた。
気を失う前の轟音に辛うじて意識を集中させて保たせ、氣で自分の心臓を出来るだけ鼓動を弱めて出血量を下げているが、それが精一杯。
とても病院へ行くどころか、救急車が来るまで持つとは思えない。

「すいません」

不意に前のめりに倒れている身体がゆっくり反転し、仰向けで僅かに起こされる。
そして、降り注ぐ言葉に一誠はそれが誰なのか確認しようと目の周囲に力を入れる。
ぼやけた視界にあったのは、自分が助けた少女の姿だった。
だが、

―――いけない・・・

少女の目に涙が溜まっている。
恐らく、自分の所為だと思っているのかも知れないが、それはいけない。
それは自分の美学に反する。

と、自分が死にそうなのにそんなことを思うとはやっぱり自分は暁月にとても似ているのだろう。
だが、少女に何か声をかけるのは自分ではなく、

「―――小猫!!」

綺麗な紅い髪がとても特徴的な美女だった。
余裕が無いのか、“青白く光る場所”から走って駆け寄る彼女の表情は焦燥が強い。

「部長・・・」

「大丈夫なの?」

「はい。でも、私を庇ってこの人が・・・」

―――いや、俺の方は自分が鈍ってるせいだ

だから、気にする必要はない、と一誠は喋れたら言っただろう。
この状態が歯がゆくて仕方ない。

「そう。この子が・・・」

そろそろ完全に意識が切れそうになる一誠。
それでも視線の先には自分を見る美女を見る。
何処かであったような美女。
“この町”じゃなければ、声をかけただろうに・・・・
そんな彼女が何かに気づいたように息を吐き、

「へぇ、面白いことになってるわね。そう、あなたがねぇ・・・本当に面白いわ」

「部長?」

怪訝な顔をする少女に美女は大丈夫と伝える。
そこでついに一誠の意識が事切れた。

「私の眷属を助けてくれたお礼よ。あなたの命、私が拾ってあげる。私のために生きなさい」



ここから全てが始まった。
異界から帰ってきた勇者の仲間は大きな渦の飲まれ、一体なにをなすのだろうか・・・・



[32327] 第三話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2013/11/11 00:13
次に目を覚ました時、一誠は不可思議な朝を迎えていた。
昨日のことは覚えている。
意識を失ったが、自分は天野夕麻、恐らく偽名だろうが、黒い翼の何者かに襲われて、確かに致命傷を受けた。
右の肺を完全に貫かれ、意識がある内は錬環頸氣功で延命していたが、絶対助からないはずだった。
それなのに今はこうして生きている。
全く不可解なことだが、一誠の目の前にはもっと不可思議な状況が広がっていた。

「すーすー」

―――おっぱいだ。
一誠の目の前には寝息を立てるおっぱい、ではなく、自分の隣で寝ている美女がいたのだ。
それも裸で。一誠もだが。
紅い特徴的な髪と雪のように白い肌は朝の日差しを浴びて眩しい光沢を放っている。
そんな朝に一誠が放ったのは、

「・・・良いおっぱいだ」

自分の目の前に置かれたメロンのように豊満で柔らかそうな果実の感想だった。
しかも、美女が寝息を立てるたびにおっぱいは、まるで一誠に触ってくれと言わんばかりに上下に揺れている。
ここはやはり、

「揉むか・・・て、違うな」

自分に突っ込みながらも一誠の片方の手は目の前のおっぱいを掴んでいた。
そして、もう一度状況を整理しようと、美女の身体を再度チェックする。
おっぱいから下の方へ確認してから、今度は上を確認。

「こいつは確か・・・」

そこで漸く目の前の人物が誰か分かった。
リアス・グレモリー。
一誠の学校ではかなりの有名人で、一つ上の先輩だ。
見ての通り人間離れした美貌から学園のアイドルとされている。
そして、一誠の中では注意人物の一人だ。

さて、そんな人物が何故、自分と同じベッドで寝ているのか考える。
やはり、あれか?と、考えていると、

「ふふふっ、本当にエッチな子ね」

目の前で寝ていたリアスが目を覚ました。
ちなみに、まだ一誠はリアスのおっぱいから手を離していない。
だが、語気には非難の色はなかった。

「こういうことされても良いから、裸で寝たんじゃないのか?」

「そうね。別に見るだけなら構わないんだけど、出来たらまだ触らないでほしいわね」

「そいつは失礼しました」

丁寧に嗜める口調に一誠は名残惜しみながらおっぱいから手を離した。
ここまで、お互いに服を着ないのか、など一般会話が無いのが不思議だが、本人たちはベッドで寝転がったまま続ける。

「ところで、傷の方はどう?」

と、リアス。

「お陰様で、で正しいのかな?先輩が治してくれたのか?」

「まぁ、正しいわね。あなたの身体が頑丈だったから、一晩いえ実際はもっと少なかったかしら。
裸で抱き合って、弱っていたあなたに魔力を分け与えたの。普通は出来ないんだけど、同じ眷属だから出来る芸当よ」

「ほう・・・」

それでも、かなり早く回復したわ、と感心する先輩。
先ほどの言葉で幾つか気づいてしまう言葉があったが、
裸ということは、やっぱり、と思っていた一誠にリアスは笑みを浮かべ、

「大丈夫よ。私はまだ処女だから」

見透かしたように放たれた言葉だったが、一誠は安心する。

「それは良かった。初めてが記憶の無いうちに終わっていたらショックだったぜ」

「ふふふっ、それは良かったわね」

「特にこんな美人さんとの一夜なら」

「あら、ありがとう」

お互いに何処かずれた会話を続ける。
だが、下から、

『イッセー、起きなさい!!今日は学校でしょ!!』

『母さん、イッセーは帰ってるのか?』

『お父さん、玄関に靴があるんだから帰っているに決まっているじゃないですか。
全く、昨日は遅くまで友達と出歩くなんて、今日という今日は許しません!!』

『はははっ、昨日は女の子とデートだと言っていたからな。もしかしたら、一緒に裸で寝ていたりしてな』

『お父さん、それは冗談じゃすみませんよ』

父母の会話が部屋まで聞こえてくる。
また、父の言うとおり、今現在一誠は女の子と裸で寝ていた。
にもかかわらず、ドカドカと母の怒りと呆れがごちゃ混ぜになった足音がこちらに迫ってくる。
さて、如何したものか、と一誠が考える前に、

「イッセー、いい加減に起きなさい!!少し話を・・・・」

扉を開けて部屋に侵入する母の声がそこまでで止まる。
当然だ、母が扉を開けた瞬間、図ったようにリアスが上半身を起こしたのだから。

「おはようございます」

ニコリと笑って母に挨拶するリアスと遅れて一誠も上半身を起こし、やれやれと首を振りながら挨拶した。
そんな二人を何度も交互に見ながら、母の顔を青くして、

「ハヤク、シタク、シナサイネ・・・」

片言でそれだけ言うと扉を閉めた。
それから聞こえてくる足音には先ほどまでの覇気がなくなっている。

『あれ、如何した母さん?イッセーは部屋にはいなかったのか?』

『・・・お父さん、イッセーがついに一線を越えたみたいです』

『え?如何した、母さん。母さん!!』

そんな夫婦の会話が一誠の耳には聞こえた気がした。
下にいる母が虚ろな瞳も一緒に目に浮かぶ。
だが、

「お母様、元気が無かったわね」

あんたがしたんだがな。
と、一誠は目の前の先輩に突っ込まず、言葉を選んで、

「まぁ、今朝は低血圧だったんだろうな」

「そうなの?」

問いかけながら、ベッドから起き上がり、勉強机に脱ぎ置かれていた制服を手にするリアス。
それにならって、一誠も制服に着替える。
時計を見るとそろそろ学校に行く時間が迫っているからだ。

「全く警戒しないのね?」

と、一誠の態度に不思議そうなリアス。

「別に命とるつもりなら、助けないだろうからな」

「そう。本当に面白い子ね」

「だが、一応、自己紹介ぐらいしてほしいな、時間が無いなら簡単で良いからよ」

「そうね。私はリアス・グレモリー。悪魔よ」

最後に冗談のような単語が聞こえたが、真剣に言うリアス。
だから、一誠もきょとんとなる。

「悪魔?」

「そう。そして、あなたのご主人さま。よろしくね、兵藤一誠くん。
イッセーって呼んでいいかしら?」

そう言葉を放ったリアスの表情は今まで一誠が見たことないほど美しく魅力的な笑みだった。
そんな魔性の笑みを不覚にも見惚れながら、一誠の変わった生活が始まるのだった。







それから一誠はリアスと共に朝食をとり、一緒に登校した。
だが案の定、

「何で、あんなやつが・・・・」

「どうして、リアスお姉さまが兵藤君と・・・」

「虫除けじゃないかしら・・・」

と、男女口々に一誠とリアスのことを言っている。
つまり、かなり目立っていた。
まぁ、学校一の女たらしと学園のアイドルが一緒なのだから目立つだろう。

やれやれと辟易する一誠。
今朝も、朝飯の前にリアスのことで両親と一悶着あった。
まぁ、本人たち的に上手く言いつくろったが。

ちなみに、母が何故裸で抱き合っていたのか問いただせば、

「イッセーが怖い夢を見るからと、添い寝してあげたんです」

とリアスが言うと、

『なるほど』

と両親が納得したのは彼の日頃の素行がなせる業だろう。

(まぁ、一番効果があったのは先輩のアレだろうな)

一通り納得した両親だったがそれでも不審に思っていたらしい。
だが、リアスが二人の耳元に何かを囁くと、二人は何の疑いもなく納得した。
ただ一誠は見逃さなかった。
二人の目が"人形”のように虚ろになっていたのを。

(催眠術か何かだろうけど・・・・)

「睨まなくても大丈夫よ。ご両親に害意はないから」

見透かしたようにリアス小声が言う。
一誠自身も知らず知らずのうちにリアスを睨んでいたのか、平静に戻す。

「本当だな・・・」

「ええ。少しややこしくなりそうだったから、力を使ったの。・・・・ゴメンなさいね」

「悪魔のか?」

「ええ。でも、あなたもご両親を巻き込みたくないでしょ」

「それを言われると、反論できんな」

やれやれと頭をかく一誠。
だが、小声で「ありがとな」とだけ伝えると、リアスは「ふふふっ」と笑ったので周囲から黄色い歓声が聞こえた。
そして、二人は校門を越え、玄関に入った時、

「それじゃ、後で使いを出すから。放課後に会いましょう」

そう微笑みリアス。
放課後に説明する、と一誠は解釈し、

「了解。のんびり待っておきますよ」

そういうとリアスはもう一度微笑んで立ち去る。
その後姿が見えなくなって、一誠は嘆息しながら右肘を後ろに引く。

「うごっ!?」

案の定、殴りかかろうとしていた、―――それも手に石を持って、―――松田に肘が刺さった。

「お前らは俺を殺す気か?」

この程度では死なんけど。
だが、二人は一誠の問いを無視する。

「イッセー。説明を願おう。なぜ、リアス先輩と登校できたのか・・・」

半眼で睨む元浜に「そうだ・・そうだ・・・」と体をくの字にしたまま力なく同意する松田。
一誠は少し考えてから、

「ボディガードだ」

『嘘付け!!むしろ、リアス先輩の貞操の危機だ!!!』

あっという間にばれた。
今朝は何もなかったのに、と一誠は思いながら嘆息して、二人をいなしながら教室へ向かった。







それから放課後まで一誠は授業もそっち退けでリアスとの今朝の会話を考えていた。
もっとも彼の場合、ほとんどの授業を寝ているのだが。

リアス・グレモリーは悪魔。
それと今朝言った、“同じ眷属”と“助けた”ということを考えると、恐らく

―――自分は悪魔となった。

そして、今朝から感じる日の光がいつも以上に眩しく感じるのと、光が皮膚に刺さる感じがするのは、それが関係するのからだろう。
だが、わかるのはそれだけ。
何故自分が殺され、助けられるということが起こったのか・・・
最初は自分が異世界帰りでそれが理由かと思ったが如何も違う気がする。

「まぁ、それも説明してくれるだろう」

ちなみに、他の人間に夕麻のことを訊いても全員覚えていないらしい。
それらのことも詳しく聞けるのだろうと、誰に聞こえるまでもなく呟いた時、廊下から黄色い歓声が聞こえ、見ると、

「やぁ、イッセー君」

「おう、木場か」

爽やかな笑顔を向ける同学年の男子生徒、木場祐斗が一誠の目の前に現れた。
この木場もリアスと同じく学校で人気の高い男子生徒だ。
まぁ、違いがあるとすれば、一誠と同じく同性に不人気なところだろう。もっとも当たり前だが。

「今日も試合の誘いか?・・・・それともリアス先輩の用向きか?」

世間話のように話しながら最後に小声で言った言葉に木場は一瞬だけ目を見開く。
だが、すぐに笑みを再形成させ、

「そうだよ。だから、僕について来てくれるかな?」

「おう、わかった」

そう言って、木場に付いて歩く一誠。
松田たちには「試合をしてくる」といって出てきた。
だが、そのことに木場は少し不服そうだった。

「いつもは誘っても了承してくれないのに、いい訳には使うのかい?」

「別に。ただお前と試合をすると面倒なことになるから、断っていただけだ」

そう、一誠は木場と顔見知りだった。
と、言うのも、松田たちの剣道部覗き事件の時、二人に振るった竹刀の動きを偶々木場が見ていたらしい。
それから不思議なことに剣道部ではないにもかかわらず、よく一誠と試合がしたいと誘っていたのだ。

「面倒なことって、どんなことが起こるって言うんだい?」

「お前をぶちのめしたら、全女子生徒が俺をリンチにするとかだ」

苦笑する木場に一誠は三つの理由の一つを言う。
なかなかの高確率で起こることだと思うのだが、木場は「まさか、そんな事起こらないよ」と笑い飛ばした。
ちなみに、

「キャーーー、木場君と兵藤君が歩いてる!!」

「もしかして、木場君×兵藤君・・・うんん、ひょっとしたら、兵藤君×木場君かも!?」

「でも、百パーセント兵藤君が攻めね!!」

「「「「うんうん」」」」

現在、周りの女子生徒が騒いでいるのが理由の二つ目だ。
まぁ、女性の好みの顔である繊細と精悍が並んでいるのだから、こうなっても仕方ないのかも知れないが、
一誠は心のなかでため息を付いた。

「最後の理由ももう起こっちまったからな・・・」

「何か言ったかい、イッセー君?」

「いや、何でもない」





それから一誠は木場の案内で校舎裏の旧校舎にやってきた。
夏に肝試しができそうな不気味な佇まいだが、不思議なことに目立った損傷箇所はない。
古く汚れてはいるが、窓が割れていたり、柱が虫などの被害でボロボロにすらなっていないのだ。
また、中にいたっても使われていないにも関わらず、クモの巣はおろか、埃が落ちておらず掃除されているのがわかる。

「ここに部長がいるよ」

そして、木場が足を止めた教室。
そこにあるプレートには『オカルト研究部』と書いてあった。
それを見て何か言いたげだった一誠だが、ため息だけをついて突っ込むのをやめた。

「部長、連れてきました」

「ええ、入って頂戴」

外から木場が声を掛けると、中からリアスの声が返ってきた。
確認が取れた木場は引き戸を開いて入る。
一誠もその後に続いた。

「これは、また・・・」

入ってすぐ目に映った景色に一誠は絶句する。
壁や天上に描かれている、見たこともない文字、そしてその中央に描かれる大きな魔方陣。
これでは、

「まるっきり黒魔術の部屋だな」

周りを見回しながら一誠が愚痴る。
あと、あるのはソファーと机がいくつかある。
ふっ、と一誠はソファーに座っている小柄な少女を見つけた。

「あっ」

むこうもこちらに気づいたらしく、手に持っていた羊羹が乗せられた皿を机に置き、立ち上がった。
一誠はその少女に見覚えがあった。
それも昨日、死ぬ直前助けた少女だ。

「昨日はありがとうございました」

「あれ小猫ちゃん、イッセー君と知り合いなの?」

不思議そうに木場が尋ねると、小猫と呼ばれた少女はしゅんとして頷いた。

「・・・はい。昨日はすみませんでした」

「もしかして、イッセー君が悪魔になった時?」

小猫と呼ばれた少女の言葉に察した木場。
そして、その通りだと小猫は頷いて、

「はい。私がタイヤキに夢中になっていて、先輩や堕天使に気づけませんでした」

「別に俺は勝手にやって、勝手に死んだんだから。お前が気にすることはないぞ」

しゅんとする子猫に少し言い方が悪いが、優しく笑みを浮かべて言う一誠。
だが、そう言われて納得するものなど居らず、小猫は俯いたままだ。
そんな彼女に一誠はやれやれ、と思いながら、近づき、

「それにあの時、はっきり覚えていないが、もしかしたら俺はこうしたかったのかもしれないし」

そう言って、一誠はひらんと猫のスカートを捲り、己の美学を遂行した。
目の前で悲しそうな少女の泣きそうな顔を拭うために。
そして案の定、小猫からの非難の視線。隣の木場は唖然としていた。

「先輩・・・自分で言いたくはありませんが、幼女の下着が見たいとは、ロリコンですか?」

「ん?女は好きだが、ロリコンじゃないな。ただの女好きだ」

「堂々と言うことかな?」

と、未だ唖然とする木場。
だが、一誠は意に返さず、小猫を見て、

「ってか、こういう場合、叫ぶなり、引っぱたくなりするところだぞ?」

「では、遠慮なく・・・」

直後、小猫が一誠の目線までジャンプすると、小柄な身体の何処にあるのかレスラー顔負けの力で頬を殴られた。
まさか、グーで殴るとは・・・
だが、彼女の“泣きそう”な表情を拭えて一誠は満足した。
それにしても、

「その身体には似合わないほど良いパンチだな」

耐え切った一誠に二人が驚きの表情をする。
手加減した一撃に大袈裟な思う一誠だが、それでも二人にとっては凄い事らしい。
そして、一誠は苦笑しながら頭を掻き、

「悪かった。今度、昨日食べてたタイヤキを奢るから勘弁してくれ」

最後まで食べることが出来なかったようだからな、と言うと、

「・・・やり方がずるいですね」

一誠の笑みに小猫はほんの少しむくれて言った。

「所で、先輩は向こうのシャワーか?」

「みたいだね」

先ほどから部屋の奥から聞こえるシャワー音が響く。
何故、部屋にシャワー室があり、旧校舎に水道がひかれ、お湯を出すためのボイラーが完備されているのか知らないが。
木場の言うとおり、シャワーカーテンに映っている陰影はリアスらしい。
と、キュッとシャワーを止める音がする。

「部長、コレを」

すると、別の女性の声がカーテンの向こうから聞こえた。
恐らく、タオルか何かを渡しているのだろう。

「ありがとう、朱乃」

リアスはそれを受け取ると、暫くして着替えを始めた事が分かった。
正直、氣で風を起こしてカーテンを巻き上げたい衝動があるが、二度もやるのもな、と思いとどまった。
そして、一誠がそんな葛藤をしていると、カーテンが開かれ、中からリアスが出てきた。
その姿は、登校のときと同じ制服姿だが、まだ濡れた髪は艶やかさを見せる。

「ゴメンなさいね。昨日、イッセーのお家にお泊りして、シャワーを浴びてなかったから、今汗を流したの」

微笑むリアスに一誠は最上級の笑みを向けなら、

「なんだ、そういう事は言ってくれたら、家のシャワーを貸したのに。何なら一緒に入るが」

「・・・いやらしいですよ」

セクハラ発言する一誠に、いつの間にかソファーに座り羊羹を食べていた小猫が突っ込む。
だが、リアスは微笑んだまま、

「さすがにそれは悪いわ。ところで、それは如何したの?」

一誠の顔の殴られた痕が気になったリアス。
まぁ、今作ったのだから、大体は察しているだろうが、

「いや、俺流の挨拶をしただけだ」

「あれがかい?」

少し驚いたように木場。

「別に冗談だぞ」

「・・・ぜんぜん聞こえません」

羊羹をさす竹製の串を噛みながら小猫が睨む。
そんな中で今まで黙っていた黒い髪を、絶滅危惧種のポニーテールに纏めた女性が口を開いた。

「あらあら。羨ましいですね。もう仲良くなられたんですか?」

その女性にも一誠は見覚えがあった。
学校が誇るもう一人のアイドルにして、大和撫子が似合う美女。
姫島朱乃だ。

「はじめまして、私、姫島朱乃と申します。どうぞ、以後、お見知りおきを」

「これは、ご丁寧に。兵藤一誠です。こちらこそ、以後、お見知りおきを」

礼儀正しい、何かの作法のような挨拶をされ、相手に合わせるようとする一誠。
アレイザードは中世的な世界だったから、今までに会ったことの無いタイプなので柄にもなく緊張した。

「うん。これで全員揃ったわね」

と、部屋にいるメンバーを確認してリアス。

「兵藤一誠くん。いえ、イッセー」

「ん?」

「あなたをオカルト研究部に歓迎するわ・・・悪魔としてね」

リアスの言葉に呆然とする一誠。
だが、やっぱりか・・・と心の中で嘆息した。






「粗茶です」

「お、これは、どうも。・・・・結構なお手前で」

「あらあら、ありがとうございます」

本当に美味しいお茶を一誠が褒めると朱乃は微笑んでくれた。
今、お茶を淹れた朱乃以外の全員がソファーに座っている状態だ。

「朱乃、あなたもこちらに座ってちょうだい」

「はい、部長」

そして、部長に促され、朱乃も座ると説明会が始まった。
全員の視線が一誠に集まる中、まずリアスが、

「単刀直入にいうわ。私たちは悪魔なの」

本当に単刀直入に重大なことを言われた。
実に堂々とした宣言は逆に言われたほうを戸惑わせるだろう。
だが、

「へ~、なるほどな」

一誠はあっさりと納得した。
その所為で逆にリアスたちの方が肩透かしを受けた形となり、

「・・・ずいぶん、あっさりしてるわね」

「まぁ、ここにいるメンバーの氣が他の人間と違ったからな」

「気?」

「いや、氣だ」

一誠の言葉にオカルト部のメンバーが首を傾げる。
まぁ、今説明しても良いが、

「後で説明するから話を続けてもいいか?」

「まぁ、仕方ないわね」

ため息を付かれたがリアスが了承したので一誠は質問する。

「じゃあ、先輩たちが悪魔なら、俺を殺した夕麻は堕天使ってやつなのか?」

小猫が言った単語から推理したことを問いかけると、リアスは頷いた。

「ええ。元々は神に仕えていたんだけど、邪な感情を抱いて地獄に落とされた存在。
そして、私たち悪魔の敵」

そう言って、リアスは一誠の知らない世界の真実を話した。

大昔、悪魔と堕天使は、冥界―人間が言う地獄の覇権を争っていたそうだ。
悪魔は人間の契約を糧に、堕天使は人間を操って、お互いに滅ぼしあっていた。
さらにそこに神の命を受けた天使が加わって、三つ巴の争いをしていたそうだ。

「なるほどな。じゃあ、一つ聞いても良いか?
何故、堕天使が俺に接触したのか、その理由。目的は本人が言っていた通り、殺すためだろうが」

冷静な一誠に、少し詰まらなく感じながらリアスが口を開く。

「そうね。あなたが狙われたのは単純。運が無かったから」

「運か・・・」

「そう。堕天使はあなたに物騒なものが付いてないか調べるために近づいたの」

―――物騒?異世界に行った事か?
そう考えていた一誠だったが、違うらしい。

「そして、確定した。あなたに神器(セイクリッド・ギア)が宿っていることを」

神器(セイクリッド・ギア)。
一誠にとって聞き覚えのある単語だった。
堕天使、夕麻が言っていたことだ。

「何だ、それは?」

一誠の質問にオカルト部のメンバーは丁寧に教えてくれた。

セイグリッド・ギア、または神器とは、簡単に言えば規格外の力だそうだ。
過去の偉人や現在活躍している人間の多くはそれを持っているらしい。
その大半は人間社会限定で機能するものらしいが、極まれに悪魔や天使の世界を脅かす強力なものが存在するそうだ。
それを運悪く一誠は宿していたらしい。
その説明に一誠は自分の中に宿るものに興味を持った。
それをリアスに伝えると、

「じゃあ、一誠。手を上にかざしてちょうだい」

「んっ」

リアスの指示に従って、一誠は左手を上にあげる。

「目を閉じて、あなたの中で一番強い存在を心の中に想像してちょうだい」

「ふむ・・・」

目を閉じてから一誠は考えた。
自分が一番強いと感じる存在・・・
最初に浮かんだのは自分に錬環頸氣功を教えてくれた師、拳聖グランセイズだった。
いや、あれはただのエロジジイだ。
ならば、と一誠が思い浮かんだのは。
この二年、リスペクトを続けた存在、凰沢暁月、自分の中で最強のアニキだ。

「想像できた?」

リアスの問いかけに一誠は無言で頷く。

「なら、その存在がもっとも強いとあなたに感じさせた姿を思い描いて」

アニキがもっとも強く見えた瞬間、剣を使っている時か?
いや、そうじゃない。
自分はどちらかと言えば、拳が得意だ。
その得意分野で自分はアニキに勝てなかったのだ。
なら、拳で敵を圧倒した姿だ。

「出来たら、手を下ろして、ゆっくり立ち上がって」

リアスの指示に従って、手を下ろして立ち上がる。

「そして、思い描いた姿を真似してみなさい。でも、軽くじゃ駄目。強くするのよ」

「・・・わかった。ただ、出来たら離れた方がいいぞ。多分、少し危ないと思うからな」

「?・・・わかったわ」

少し怪訝な声を放ったリアスだが、周りの面々が自分から距離を置いた気配を一誠は感じた。
小さく息を吐き、左足を踏み出す。木製の床をぶち抜くかのように、震脚と言う重い一歩。
そして、両拳を連続で放った。

「オオオオラァアアアアアアアア―――っ!!」

咆哮と共に繰り出されるパンチは正面から見れば、拳の壁を形成する。
横から見れば、拳だけを置き去りに、一誠の身体を拳の間にあるはずの腕の部分が消えたかの様に早い。
それに空気が破裂したような音がマシンガンのように鳴り響かせながら、衝撃が周囲を振るわせる。
もし、誰かがあの拳の雨に打たれれば、粉々に粉砕されるだろう。
そして、一誠は右腕で左手首を握ると一気に力を込めて、顔の横まで上げ、最後の一撃だろう、を大きく振りかぶって、
まるで大砲の発射を思わせる豪快さで左腕を振りぬいた。
その衝撃と音は、まさに大砲の発射音にも引けをとらないだろう。

「・・・・・」

最後の一撃を打って一誠は次の指示を待った。
だが、いつまで立っても指示は来い。

「先輩?」

「はっ―――じ、じゃあ、目を開けてみなさい。魔力の漂うこの空間なら容易に神器を発現できるはずだから」

そう言われ、一誠は目を開いた。
直後、一誠の突き出した左腕が光だし、赤色の篭手が出現した。

「ほ~、これが・・・」

注意深く、自分の左腕に現れた篭手を観察する一誠。
指先から肘まで装備された、それは手の甲の部分に宝石のような物がはめられていた。

「それが、あなたのセイクリッドよ。一度発現したら、もうあなたの意思で自在に出したり、消したりが出来るわ」

リアスの言うとおり、一誠が消えるように念じると篭手は消え、いつもの自分の手に戻った。
だが、自分の手をしばらく見つめる一誠にリアスが怪訝な表情をした。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

ただ、これがあの時の自分にあったら、もう少し違う結果になったのだろうか―――
そう考えて、一誠はそれを掻き消した。
過去は振り返っても教訓しかならない。あの時、どうしたら、なんて“もし”の話をしても仕方ないのだと。
そんな一誠の様子に周囲は不審に思いながらも、リアスは話を続けた。

「あなたは、その神器を危険視されて、堕天使、天野夕麻に殺された」

「そして、先輩に助けられた」

一誠の言葉にリアスは「そう」と頷いて、

「小猫が堕天使と遭遇したのを知った私は、すぐに現場に飛んだわ。でも、その時、堕天使は小猫が引かせていた。
いえ、あなたを殺したから撤退したんでしょうね。誰かの眷属の悪魔を勝手に殺せば、悪魔と堕天使の間で問題になるから」

そして、

「到着して、小猫の傍にいたあなたを見たとき、すぐに神器所有者で堕天使に害と認識されたのだと判断したわ。
それと、私が見たとき、あなたは瀕死の状態だった。もっとも、堕天使の槍に貫かれたら悪魔はおろか、人間なら即死。
ただ、あなたの場合、私が到着するまで息が合ったことには驚いたけど」

―――それは鍛えていますし、氣で延命していたから。
今考えれば、どうしようもない傷でそんなことをしていた自分は余程生への執念が強いのだな、と一誠は強く感じた。

「そこで私は小猫を庇ってくれたお礼も兼ねて、あなたの命を救うことにした。―――悪魔としてね」

だから、

「イッセー。あなたは私、リアス・グレモリーの眷属として生まれ変わったの」

「要するに下僕ですか?」

「そう♡」

ウインクしながらリアスが笑うと、バッと彼女と一誠の背中に黒い翼が生えた。
堕天使のような羽の無い、蝙蝠のような翼だ。
それを見た一誠は感動みたいなものを抱いた。

「じゃあ、改めて、紹介するわね。祐斗」

リアスに呼ばれ、木場は苦笑をしながら、

「あ~、知ってると思うけど、木場祐斗です。え~と、悪魔です」

「今更だよな」

よく顔を合わせるからな、とお互いに苦笑する。

「うん、そうだね。でも、この機会にイッセー君も僕の名前を呼んだらどうかな?」

「悪い、バカ二人が騒ぐから保留だ」

そう木場との会話を終わらせると、今までお菓子を食べていた子猫が口を開いた。

「・・・一年生。・・・塔城小猫です。よろしくお願いします。・・・悪魔です」

長い話で詰まらなかったのか、普段からなのか、眠そうに小さく頭を下げる小猫。

「おう。出来たら、明日買うから楽しみにしてくれ。タイヤキ」

「期待しておきます」

だが、お菓子のことを言うと返事が早くなった。
その様子にうふふ、と朱乃が微笑みながら、

「三年生、姫島朱乃ですわ。いちおう、この部の副部長も兼任しています。
今後ともよろしくお願いします。これでも悪魔ですわ」

最後もうふふ、で紹介を終えて礼儀正しく頭を下げる朱乃。

「こちらこそ。なにぶん新人なもので、粗相をすると思うがよろしくお願いします。副部長」

慣れていない丁寧な言葉を使ったため多少可笑しくなったが、朱乃は笑みを絶やさず、

「あらあら、話しやすい言葉で良いですよ。あと、副部長ではなく、朱乃で結構です」

「じゃあ、木場と同じく保留で」

最後にリアスが堂々と胸を張って、

「そして、彼らとあなたの主である、リアス・グレモリーよ。悪魔であるグレモリー家の次期党首。
家の爵位は公爵よ。よろしくね、イッセー」

「よろしく、頼むぜ。先輩」

「出来たら、部長でお願い。活動は学校が多いから」

「おう、了解だ。部長」

特徴的な紅い髪を揺らしながら言う。
これで全員の紹介が終わったので、一誠も口を開いた。

「兵藤一誠だ。これからよろしく頼む。異世界帰りの腰巾着だ」

と、最後に訳の分からないことを言ったからだろう。
首を傾げるメンバーに、一誠は話した。
自分のこと、アレイザードと言う異世界にいたことを。



[32327] 第四話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2012/10/07 14:09


深夜、もうすでにほとんどの人間が寝入っているだろう時間帯。

「よろしくお願いしま~す」

気の無い言葉を誰に言うでも無く吐いて、チラシらしき紙をポストに投函している一誠の姿があった。
それは一誠が殺される日、渡されたのは良いが折り紙にして捨てたチラシだ。
これは簡易魔方陣というものらしく、コレを欲深い人間が手に持って願いを込めると、一誠たち悪魔を召還できるそうだ。

「さて、次だな」

ふぅ、とため息を吐いて、一誠は手に持っている携帯端末を見る。
そこには周辺地域のマップと赤い点が点滅している。
一誠は赤い点の場所を確認すると、“真っ直ぐ”そこへ走った。

「仕方ないよな、俺って下っ端だもん」

人目は気にしなくて良いそうだが、小さく愚痴った一誠。
だが、「もん」は流石に気持ち悪いな、と我ながら思いながら、リアスに悪魔について説明された日を思い出した。



自己紹介をすませた後、一誠はアレイザードと言う異世界に転移したことを話し、そこで錬環頸氣功を覚えたことを話した。
だが、どうやら悪魔のリアスも異世界に行った者も異世界の存在を知らなかったらしく最初は信じられない表情をしていた。
無論,他のメンバーもかなり驚いていた。
そして、一通りのことを話すと、木場が気になっていたことを問いかけた。

「ねぇ、一誠君。もしかして、僕と試合してくれなかったのって、悪魔って気づいてたから?」

「いや、普通の人間とは違うな、って気配だけしか分からなかった」

だが、

「何か大きなものに巻き込まれそうだったから疎遠していたんだがな」

「そうなんだ」

一誠の言葉に漸く懸念が解けたような顔をする木場。
正直、彼も一誠に少し不信感を持っていたのかもしれない。
と、木場が一安心した後に、今度は小猫が少し表情を曇らせながら、

「・・・あの先輩」

と、少し控えめに小猫が口を開いた。

「昨日も、私が悪魔だと気づけたはずなんじゃ」

「いや、あの時は無理だった」

何せ二年も自分が死ぬかもしれない状況、戦場から離れていた所為で勘が鈍っていた。
それに自分は戦いになると視野は狭くなる。
だから、自分が死ぬ、なんてヘマを犯したんだ。
と、一誠は説明する。
それに、

「たとえ、気づいても俺は同じ事をしたからな」

「え?」

「そんな“言い訳”で女の子を見捨てるのは俺の美学に反するからな」

と、不敵に笑い、

「だから、お前が気にすることはないんだよ」

「・・・・っ!?」

小猫の頭を優しく撫でてやる。
二人の身長差の所為で、見ようによっては歳の離れた女の子を近所のお兄さんが可愛がっているように見えなくない。
また一誠の手が心地良いのか小猫は顔を赤めかせ、恥ずかしそうにするが彼の手を払おうとはしない。
その光景に他の全員は呆然とした。
だが、うふふ、と朱乃が笑い、

「あらあら。部長がおっしゃった通りでしたね。『面白い弟が出来るかも』だなんて」

「ええ。フフ、本当に面白いわ、この子」

リアスも微笑みながら今朝と同じ言葉を口にする。
そして、真剣な顔となって、

「イッセー、私の元にくればあなたの新しい生き方を教えてあげる。それも華やかに生きることができるわよ」

リアスの言葉に一誠は小猫を撫でるのを止めて彼女の方を向く。
そのことに小猫は本当の“子猫”のように名残惜しい感情と、いろいろな複雑なものを宿した表情になる。
だが、とりあえず、そこに一誠は触れずリアスと向き合う。

「具体的にどうなるんだ?」

「やり方しだいではモテモテになれるかもしれないわよ」

クスッと笑いながら言われた言葉に一誠は、ほうっ、と反応した。
リアスの言った言葉は一誠だけでなく、恐らくほとんどの男に興味をそそらせるものだ。
無論というか、当たり前だが、一誠はそういう関係の話は大歓迎だ。
だが、それだけではない。

(なかなか危険な香りのする話だな)

と一誠は安易に返答しないで思った。
悪魔になったということは、天使や堕天使に狙われるだろう。
それはさっきまでの話で容易に推測できる。

(また、戦いの中に身を投じるのか・・・)

だが、心は自然とその事に惹かれていた。
別に命を奪うのを何も感じない訳ではないが、抵抗があるだけで、自分や周りに害を及ぼす者を殺すこともできるし、それを背負う覚悟も一誠にはすでに出来ていた。
暁月たちは、一誠がそうならないようにしたかったが、戦場で彼らの役に立とうとする一誠を止めることが出来なかったのだ。
そして、一誠は、彼が思っている以上に、異世界での日々が自分を変えたことをより深く理解した。
一番の欲望の色欲はここでも満たせたが、何かが足りないと一誠は常々感じていないフリをしていた。
五年も命をかけた生活をしていたのだ、それは無理もないかもしれない。
そして、悪魔にならなくても、すでに一誠は命を狙われたのだ。
選択するまでもなく、一誠の道は決まっている。
だから、一誠は、

「よろしく頼むぜ、部長」

不敵に笑いながら、一誠は悪魔の手を握った。
それにリアスは満足そうに微笑んだ。




「それにしても、魔王の手下の魔族と戦っていた俺が、今度は自分が悪魔になるとはな」

世の中、本当に何が起こるかわからない。
ちなみに、部長には自分が異世界から帰還したことは他言しないように頼んだ。
知られると色々と困ることが出てきそうだったからだ。

と、一誠は家の屋根を高速で走りながら思った。
時には電柱を蹴り、壁を飛び越えながら、真っ直ぐ目的地に向かう。
見る人が見れば、忍者と勘違いされかねないが、仕事中の悪魔は一般人に認識されないそうだ。
悪魔になった瞬間からの特典で備わっているらしい。

「それに朝よりも身体が軽い、軽い」

基本的に、というか、当たり前だが悪魔は朝より夜の方が強いらしい。
光が弱点だから、堕天使などが放つ強い光を浴びれば消滅するそうだ。

「だが、チラシ配りも飽きたな・・・」

この仕事、本来は使い魔がすることらしいが。
リアスは一から悪魔のことを教えるつもりらしく、全員がやった下積みだそうだ。
まぁ、これまでのバイト以上に良い運動になるが、ちなみにバイトはやめた。

「それも今日までだがな」

口には出さず、全身に飽きた、というオーラを出していたらしく、

「今日でチラシ配りも最後だからしっかりね」

と、呆れがちにリアスが教えた。

「明日から、契約取りか」

もう一度、携帯端末を見て、悪魔もハイテクになるんだな、と思いながら夜の闇を駆けた。







それから二日後の昼、一誠は屋上で空を見上げていた。
何故か、近くには木場もいる。
悪魔になってから、何だかんだで、会う機会が何故か増えたのだ。
試合は目立ち過ぎるからと断っているが。
後、一誠の悪友二人が五月蝿かったり、木場のファンの子たちが騒ぐぐらいだ。

「大丈夫かい、イッセー君」

「精神的にキツイ・・・」

契約のことで頭を抱える一誠。
そんな彼に木場は苦笑しながら、

「でも、君の前代未聞なことに部長も頭を悩ませてるよ?」

「前代未聞は俺の依頼人だろ」

昨日の契約を思い出し、一誠は寒気がした。
初日は良かった、と思う。幸先は悪かったが。



契約取りの初日、一誠はいつも通り部室にやってきた。

「お疲れさんで~す」

「来たわね」

一誠の姿を確認したリアスはすぐに朱乃に指示を出した。
それを朱乃が了承するのを確認して、

「イッセー、昨日も言ったけど、悪魔の仕事も次の段階に入ってもらうわ」

「契約取りだな」

一誠の言葉にリアスは頷いて、

「そうよ。最初は簡単なものからなんだけど、小猫に予約契約が二件同時に入ったの。
両方行くのは難しいから、片方をあなたにお願いするわ」

「・・・・よろしくお願いします」

小さく頭を下げる小猫。
一誠は別に構わないのだが、

「高確率でロリコンが出そうだな」

その言葉に小猫が目を逸らし、他のメンバーが苦笑した。

「一応、言っておくけど、私たちに依頼者は選べないからね」

「最近は悪魔を信じない方も増えてますからね」

リアスの後に続いて奥で準備をしていた朱乃が補足した。
それに一誠は気の無い返事をしただけで特に反論はせずに従うことにした。

それから一誠はリアスの指示で魔法陣の中に入る。
目の前では詠唱をしている朱乃がいる。

「この魔法陣で依頼人の元へ飛ぶのか?」

「ええ。そうよ」

けど、黙っておいて、とリアスが続ける。

「今、朱乃は魔法陣にあなたの刻印を読み込ませているところなの」

床の魔法陣は転移の門と同時に実家の家紋の意味もあるらしい。
依頼人に悪魔と認識させる証明書みたいな役割もあるらしく、魔力を絡ませて発動させるらしい。
ちなみに、木場たちの身体には、この魔法陣が描かれているらしく。魔力の起動と共に機能するらしい。
一誠は成り立てなので、まずは魔力の制御からだと言っていたが。

―――制御も、何も無いかもしれないな・・・
と考えていると、

「イッセー、手の平を出してちょうだい」

リアスの指示に一誠は従い、左手を差し出した。
そして、リアスはその手の平に円を書くと彼の手に魔法陣が浮かび上がった。

「これは転移の魔法陣を通って依頼人の所へ瞬間移動するためのものよ。
そして、契約が終わったら自動でここに戻してくれるわ」

と、リアスが説明すると、朱乃を一瞥してから、

「準備はいい?」

「おう。いつでも良いぜ」

そして、朱乃が魔法陣から出ると再び一誠を見て、

「じゃあ、始めるわよ。依頼人への対応は大丈夫?」

「おう。到着後のマニュアルも読んでおいた」

「よろしい。じゃあ、いってらっしゃい!」

そう送り出されると同時に魔法陣が眩い光を放つ。
が、それだけだった。
光が収まった時、そこには瞬間移動しなかった一誠が立っていたのだ。

「あ~、やっぱりか」

そう言って、一誠は額に手を当てて困った表情のリアスに向かって、

「部長、すまん。俺って魔法が使えないから魔法陣も起動しないらしい」

「そう・・・」

前代未聞なことなのだろう、唖然とするリアスをはじめとする面々。
だが、一誠には予想通りだったので、

「この場合、如何するんだ?徒歩か?」

「そ、そうね。依頼人を待たせるわけにはいかないから。
前代未聞だけど、あなたにはチラシ配りと同様に移動してもらうしかないわね」

「了解だ。足りない部分は他で代用するか、補うさ」

「いい心がけね。出来たら、そういう可能性を事前に教えてほしかったけど」

「まぁ、それは悪かった」

そう言って、一誠は部室の窓に手をかける。
そして、不敵な笑みを浮かべながら、

「じゃあ、行ってくるぜ」

窓から夜の闇へと消えていった。
後ろから呆然としているメンバーに見送られて。





そして、一誠はチラシ配りと同様に携帯端末から依頼人の場所を調べて真っ直ぐ向かった。
魔法陣で行けないのは残念だが、こうした方が訓練になる。
慣れてきたら、背中の翼を使って飛ぶ練習もしようかな?と考えている間に、

「ここだな」

部室から走って五分後、一誠は依頼人のいるアパートまで辿り着いた。
さて、

「普通のデリバリーなら呼び鈴を鳴らせばいいんだろうけど」

やっぱり、少し演出のある登場をするか。
待たせたお詫びも兼ねてと、不敵に笑いながら依頼人の元へ向かった。



アパートの一室では一誠の、と言うより、子猫の依頼人が困惑していた。
万年運動をせず痩せ細った身体だが、しっかりチラシを握って強く願ったにも関わらず、未だに簡易魔法陣からの反応が無いのだ。

「お、遅いな・・・」

「悪い、待たせた」

「うぉおああああああああああああぁ!!」

壊れたのではと不安そうにしていた依頼人、森沢に一誠は背後から気配を消して近づき声をかけた。
森沢にとってはいきなり背後から声をかけられたので、悲鳴を上げながら後ろを振り返った。
そして、そこに立っていたのが、自身とは逆でがっしりとした、鍛え抜かれた筋肉を持つ長身の男だったのだから、混乱はピークとなる。

「なっ、なっ、な、何だ!?強盗か!!」

「いや、違うが、見ようによってはそれより怖い者だろうな」

その一言に完全に怯えきる目の前の不健康そうな痩せ型の依頼人、森沢を見つめる一誠。
一応、仕事中は、悪魔はほとんど見えず、依頼人しか認識できないのだが、確認を取った。

「あんたが悪魔と契約したいって依頼人か?」

「そ、そうだけど・・・」

「すまん。こちらの手違いで少し遅くなった」

「えっと、あなた悪魔ですか?」

恐らく自分より年上の相手に敬語で尋ねられ、そうだ、と答える一誠。
その答えに気持ちに余裕が出来たのか、少し控えめに森沢が尋ねた。

「あ、あの、僕、小猫ちゃんを指名したんですけど・・・」

「それも残念なことに、あの子は他にも指名を受けてるいらしくて、今回は俺に回されたんだ」

「そ、そうなんだ」

チラシに呼び出したい悪魔を指名することが出来るが、手が回らない時は他の人間が担当することは良くあるらしい。
だが、かなり落胆する森沢に一誠はため息をついた。

「それで、小猫に何を頼もうと思ったんだ。俺に可能なことならやるが?」

「こ、これを着てもらおうと思って・・・」

そう言って、森沢が取り出したのは女子高生の制服だった。

「無理だな」

見た瞬間、即答する一誠。
女装が自分に似合うはずもないし、そもそもサイズが合わない。
あと、男が何で持ってるんだ、と突っ込みそうになったが、小猫に着せるため態々手に入れたんだな、と自分に納得させる。

「それって確か、アニメの制服だったか?」

「ああ、これは短門キユの制服だよ」

何処か憧れるように頬を赤めかせる森沢。
そこから導き出せるのは、

「なるほど、アニオタか」

「ち、違う!!ただ、アニメの女の子が大好きなだけだ!!」

「それをアニオタと言うんじゃないのか?」

「ちょ、ちょっと失礼じゃないか!!」

これでも言葉を選んでいるつもりなのだが。
こんな時間に小さな女の子を連れ込んでコスプレさせて興奮していたら変態だぞ、普通。
と一誠は口の傍まで来た言葉を飲み込んだ。

「き、君だって、アニメのキャラが好きだったころがあるだろ!!!」

「まぁ、確かに中学の途中までは。だが、今は二次元の世界より、現実で触ったほうが良い」

「くそっ!!聖水の池があったら、頭からぶち込んでやりたい!!!」

バンッと近くにあった本棚を叩く森沢。
筋肉が全く無い彼だったが、嫉妬の力が強かったのか、本棚が揺れ一冊の漫画が一誠の前に落ちた。

「ん?おっ、ドラグ・ソボールか、懐かしいな」

「君、それを知っているのかい?」

手にとって中身を確認する一誠に森沢が尋ねた。
漫画を見ている一誠には見えないが、森沢の目は漫画のことを知り尽くしているのか、生半可な知識は許さないと物語っていた。
だが、一誠の言葉は森沢の予想を大きくぶち抜くものだった。

「修行時代に氣の練習をするとき、参考にさせて貰ったからな。構えとか、掛け声とか」

周りの氣を集めて放つ、氣弾の練習の時、一誠は漫画の中のドラゴン波を参考に撃っていた。
そういえばアニキが
―――それ、かめ○め波だろ~~~!!
と爆笑していたのが良い思い出だ。

「き、君は今なんと・・・」

「ん?だから、ドラゴン波で氣を放つ練習を―――」

「出来るのかい!!」

「うぉっ!?」

突然、顔を接近させる森沢に一誠は驚いた。
とりあえず、正直に、

「ま、まぁ、出来るが・・・」

「見せてください、お願いします」

丁寧な土下座をして頼まれた。
これには流石に唖然とする一誠だが、ため息をついて、

「頭を上げてくれ。別に見せてもいいが、それがアンタの契約か?」

「え?」

何のことか分からない、と顔で語る彼に、一誠はもう一度ため息。

「アンタ、契約のために俺を呼んだんだろ?」

「あ、ああ。そうだった」

「別に今回だけって訳じゃないから、見せて契約でも構わないが、一応他のも見てからにしないのか?」

「そうだな。・・・じゃあ、お金持ちか、もしくはハーレムにしてくれ」

ありきたりな願いだな、と口には出さないで、端末でまず調べる一誠。
悪魔の契約には当然対価がいる。金、物、命などだ。
ただ、同じ願いでも、人によって代価の種類も重さも代わっている。
リアス曰く「人の価値は平等じゃないそうだ」、一誠も同感だったが。
兎も角、まず代価を確認しようと一誠は端末を操作した。
すると、

「気を確かに持って聞け」

「え?」

「どっちもお前の命が対価だ」

「ええ!?」

「それも、金も女も、手に持つ前に、認識する前に死ぬと書いてある」

「そ、そんな・・・」

打ちのめされたかのように両手を床について絶望する森沢。
そんな彼に一誠は肩に手を置いて慰める。

「まぁ、気にするな。俺の知り合いに同じ願いを言ったら、美女が近くに立っただけで死ぬって言われそうな奴らがいるんだ。
それにドラゴン波を見るんだろ。ちなみに、こいつの代価はドラグ・ソボールの漫画全巻だが、如何する?」

「お、お願いします」

涙ながらに森沢が頷いたので、一誠は「よく見ておけよ」と不敵に笑いながら立ち上がり、
両手を合わせて、左腰に添えるように置くと、腰を落とす。
そして、極少量の氣を手に集め、後はそれを風船のように膨らせていく。
本当に撃つと危ないから、壁に当たったら弾けるようにしたのだ。
準備が整ったので一誠は掛け声を言う。

「ド~ラ~ゴ~ン~・・・波っ(小)!!」

最後の気合と共に手の中のバスケットボール大に膨らませた氣を放つ。
それは、アパートの壁に当たると調節したとおり、弾けて消えた。
撃ち終わった一誠は森沢の方を見る。
すると、彼は小刻みに震えていた。
そして、

「感動した!!!」

物凄い勢いで一誠の肩を掴んで絶賛してくれた。
ちなみに、契約の感想も最上級に褒める内容だった。




「と言うのが、森沢との契約だったな」

「・・・君って、僕が思っている以上に出鱈目だったんだね」

「そうでもないぞ。向こうにいる俺の仲間と、俺が尊敬するアニキはもっと出鱈目だったから」

あの時、俺が一番弱かったからな。
と、唖然としている木場に一誠は伝えると、彼はもっと凄い表情となった。
もっとも、一誠<リスティ、ゼクス、ルーティエ<暁月の公式になるが、絶対的に空いている訳ではなく。
他の三人は暁月と同等の力があるが、一誠はその一歩後ろになる。
そういうことを木場に伝えると、彼は疲れたようにそうなんだ、と答え、

「それで、その後は無事契約が出来たんだね」

「まぁ、そうなんだが・・・」

歯切れ悪く答える一誠。

「その後、森沢が“僕にもドラゴン波を撃てるようにしてくれ!!”って、騒がれてな」

「無理なの?」

「ああ。あの身体じゃあ、十年も地獄の特訓を経て、会得できるかもってレベルだ」

「じゅ、十年も・・・」

「ちなみに、休息、睡眠を除いてだ」

「ええ!?」

「さらに、最初の五年は一年に四十回以上死に掛けて、残りの五年で毎日死に掛ける量をしてな」

「・・・・」

もう何も言えなくなる木場だが、何とか一誠に問いかけた。

「もしかして、教えるって契約をするの?」

「そんな面倒なことお断りだ。親切、丁寧に諦めるように説得して、朝まで掛かった」

そして、

「最後に、やけくそで“ドラゴン波はそんな甘いものじゃない!!!”って叫んだら、漸く諦めてくれた」

「そ、そうなんだ。ところで、代価って何だったの?」

「ああ。さっき言った、ドラグ・ソボールの漫画全巻だ」

「うん。で、それって如何したの?」

「部長に見せたら、置く場所がないって言うから、売った」

「え?」

一誠の言葉に木場は信じられないものを見る目を向けた。
当然だ、幾ら対価で貰ったとはいえ、まさか売却する精神が信じられなかった。

「ドラグ・ソボールの全巻は俺も持っていたからな。森沢から貰ったのは全巻初版本だったから、
丁度いいこと良かった。持っているなら初版本の方が良い」

「あ、君が持ってたのか・・・」

ビックリしたと笑う木場。
だが、

「それに初版本ならネットでオークションしたら普通に売るより良い値が付くはずだしな」

次の言葉でその笑みが引きつった。
そんな彼の反応に一誠は不敵な笑みを浮かべ、

「まぁ、冗談はここまでにするか」

「ははは、イッセー君。もしかして、狙ってる?」

漸く一誠に弄ばれていることに気づいた木場。
不機嫌そうな彼に一誠は「悪かった」と満面の笑みを浮かべる。
木場はため息を付きながら、

「それで、昨日は如何だったの?それで憂鬱だったんでしょ」

「ああ、昨日の依頼人は正直人間なのか疑問に思えた」

「どういうこと?」

「その依頼人はマンションに住んでいて、流石に今回は演出できなかったから普通に呼び鈴を鳴らした。
だが、その先には同じ人間とは思えない何かがいた」

「何がいたんだい?」

興味心身に聞き入る、一誠がここまで恐怖する相手に。

「ネコミミカチューシャをつけ、ゴスロリ衣装をパッツンパッツンに身にまとった、筋肉隆々の厳つい大男だ」

「そ、そう、だったんだ・・・」

一誠の説明を聞き、奴を想像したのだろう。
違う意味で衝撃的な存在なので、想像しただけで唇の端が引きつる木場。
だが、ショックな点がもう一点あった。

「しかも、そいつは野太い声で、語尾に~にょ、って付けていたぞ」

「・・・・それで如何したの?」

同情の眼差しを向ける木場。
その視線は一誠にとって辛いものだったが、

「玄関を開けて、奴が一言言った瞬間、ぶん殴った」

「・・・・・・・」

一誠の言葉に何もいえなくなった木場。
だが、正直仕方ないのかな?と思いもした。

「そして、部長に依頼人は化け物だったと報告したんだが、“依頼人は選べない”と怒られて、もう一度行くことになった」

それはそうだと、心の中で思った木場。
今度は哀れみながら問いかけた。

「それで、その人の契約は何だったの?」

「“魔法少女にしてくれ”と言われた」

「・・・・・・」

本当に前代未聞の依頼人のようだ。

「それで如何したの?」

「もう一度ぶん殴って、自分のその願いを忘れさせた」

「・・・・・・」

聞いているだけで疲れるな、と現実逃避する木場。
担当も大概、前代未聞の悪魔のようだ。
ちなみに、これは木場も含め、リアスたちは知らないことだが。
一誠はアレイザードに戻ることが出来る。
しかも、向こうに行っている間、こっちの時間は止まっているかので、依頼人を連れて行き、
魔導大国シェルフィードで魔法を覚えさえることも出来ないことは無い。
そして、一誠はもう一度行く方法を知っている。
ただ、それをしなかったのは、自分の世界からの転移者はいないと言う不確定要素だ。
万が一、失敗して死んだら、依頼人と心中することになる。
あんなゴツイおっさんと心中するのは絶対嫌だったのと、成功してもリスティたちに彼を合わせたくなかったのだ。

「メリッサに似ているけど、あれと同列がこっちでも知り合いだとは思われたくない・・・」

「メリッサって誰だい?」

自然と出た会話に木場が食いつく。
その目が問いかけている、彼女なの?と。

「娼館ギルドのボスで、さっき言った依頼人に負けないぐらい、いや、それ以上かな。
長い黒髪に、相撲取りみたいな巨体を真っ赤なドレスで着込んだ奴だ」

そいつも野太い声だったが、性別は最後まで俺は知らない。
と、言うか知りたくない。どっちでもショックがでかいから。
そう言った一誠に木場は再び驚いた。

「しょ、娼館ギルド?」

「ああ。アニキがメリッサと意気投合して、ある事情で用心棒をしていたんだ」

さらに、メリッサと仲良くしている暁月を一誠は心から尊敬していたが。
何せ、一誠はメリッサの容姿が途轍もなく苦手だった。

「まぁ、メリッサを除けば、そこは可愛かったり、綺麗だったり、そんな子が大量にいたからな。俺も一緒に護衛していたんだけど、
あそこは良かった。ほぼ毎日、女の子たちが扇情的な格好をしていたからな」

可愛がってもらえたり、アニキと共に彼女たちの下着を選んだり楽しく過ごしていた。
お陰で、松田たちみたいな青臭い変態を卒業できたし、リアスが裸で添い寝をしていても冷静でいられることが可能な平常心を身につけた。
その代わり、それがばれた時、リスティやワルキュリアに、これ以上ないほど罰を与えられたが。
と、当時を振り返る一誠に木場は話題を変えることにした。

「所で、昨日の契約は破談だったの?」

「いや、なんかいい感じに当たったらしくてな。記憶が飛んだから丁度良いと思って、
自分の夢は魔法少女ではなく、プロレスラーだと導いた」

―――それって洗脳だよね・・・
また木場の顔が引きつる。

「契約は自分とのスパーリングになって見事契約をもらえた」

「大丈夫なの?」

「ああ。記憶が戻ることはない様に正確にツボを刺激して、スパーでも念入りに氣で脳にむかって操作した」

―――完全に確信犯だよね!!というより、そんなツボがあるの!!!
悪魔のごとき所業、悪魔だが。まさか、ここまですると逆に清清しく感じる。
何より、部長が悩むはずだと、木場は理解した。
そして、

「じゃあ、俺はそろそろ行くな」

「え?」

突然、立ち上がった一誠。
それを見て困惑する木場に、

「いつまでも王子様を独り占めしていると女子生徒に刺されそうだ」

そういって指差す一誠の先には何人かの女子生徒がこちらを伺っていた。
一誠は「そういうことだから」と言って退散する。
すると、入れ違いに女子生徒が彼に駆け寄った。
そんな彼女たちに木場は悪魔なのに、光輝くプリンセスマイルを無意識に使用して相手をする。
そして、木場が一誠の事で分かったことは。
女性にはありえないほど、鬼畜かつ自分をそっちのけで助けるが、男性には徹底的に鬼畜な方法で目的を果たす。






そして、表向きの部活が終了して帰路を歩いていた一誠。
今日こそはまともな依頼人に会えることを願いながら歩いていると、

「はわう!」

背後から女の子の可愛らしい声と何かが地面に倒れた音が聞こえた。
一誠が振り返ってみると、そこには倒れた旅行鞄の近くでシスターが転んでいた。
両手をバンザイの状態で顔面から見事に倒れる姿は、ある意味、テレビのコントでも見ることは出来ないだろう。

「大丈夫か?」

声的に女の子なので一誠は近づいて声をかける。

「あぅう~、どうしてこんなに転んでしまうのでしょう。あっ、はい。ありがとうございます・・・」

とりあえず、大丈夫なようなので手を掴んで立たせてあげる一誠。
長身の一誠に比べるとかなり小柄な彼女の声は一誠と同年代のように感じられる。
その時、風が彼女のシスター服の一部である頭の上のヴェールが舞い上がる。
一誠は自然と手を伸ばしてそれを掴むと、少女に手渡した。

「ほ、ら・・・」

「あ、ありがとうございます」

少し言葉が詰まった一誠。
それは彼女の容姿が問題だった。
ヴェールの中に納まっていたのだろう髪が解き放たれ、綺麗な金髪の髪が腰まで伸び、それは夕日に反射されキラキラ光る。
そして、彼女の翡翠な瞳は穢れを知らないかの様に純真な輝きを持っていた。
実に聖女に相応しい少女を久しぶりに見た一誠は感動に似たものを感じた。
すると、シスターが怪訝な顔で一誠を見ている。

「あ、あの・・・」

「いや、気にするな。所で、シスターがこんな所で何をしてるんだ」

「そ、それが今日この町の教会に赴任することになったんですが、道に迷ってしまって」

恥ずかしそうに言うシスター。
まさに、穢れていない彼女に一誠は心を洗われる気持ちだった。
だが、

「教会って、この町には潰れかけのしかないが、そこか?」

「あ、多分そうだと思います」

そこで首を捻る一誠。
噂では、そこの教会はもう何年も聖職者がおらず、いつ取り壊すのか話題にもなっていたからだ。
まぁ、教会を壊すのは罰当たりなことなので、市がどこかに頼んで彼女を送ってくれたのかもしれないが。
それでも若すぎるだろうと思い、一誠は彼女が気になった。

「迷っているんだったな。なら、近くまで案内してやるよ」

「え!?良いんですか?あ、ありがとうございます。他の方々に聞いても、私、日本語があまり話せないので。
とても助かります。これも主のお導きですね」

いや、それはないと思う、俺は悪魔だから、そう心で思う一誠。
だが、少女は歓喜の涙を流しながら、一誠に微笑んでいた。
まぁ、悪魔の特典の一つに言語の不自由が無くなるものが役に立った。
しかし、そこでまた疑問が生まれたのだが、一誠はとりあえずシスターを教会に送った。



その途中、公園を横切ろうとしていた所でシスターが急に走り出した。
見ると、彼女の走る先に泣いている男の子と少年のお母さんだろうが必死にあやしている。
本当に優しい子だな、と思いながら、一誠は彼女のあとを追う。
だが、その足が途中で止まった。

「あれは・・・」

シスターは子供が擦り剥いた膝に手をかざすと、そこから翡翠の彼女の瞳と同じ色の光が子供の怪我を治しているからだ。
そして、母親は呆然としながらも、子供の怪我が治ると、シスターにお礼を言ってそそくさと去っていった。

「ありがとう、お姉ちゃん!!」

母親に手を引かれながら、子供は反対の手でシスターに手を振っている。
だが、彼女は日本語が分からないので、

「ありがとう、お姉ちゃん、だってよ」

一誠が伝えてあげると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
だが、一誠はほんの少し真剣な眼差しを隠して、

「なぁ、今の力って・・・」

「はい。治癒の力です。神様が私に与えてくださった素敵なものです。本当は無闇に使ってはいけないのですが、つい」

そういって、舌を出す彼女。だが、すぐに何処か寂しい表情に変化した。
一誠は自分の美学に従って、その表情を消してやりたいが、時間が遅い。
その上、悪魔の自分がただの聖職者でしかない彼女がと一緒にいるのは彼女に悪影響があるだろうと思った。

「さて、俺はそろそろ約束があるんで案内できるのはここまでだ。後はさっきの道を真っ直ぐ行けば教会につけるから。
一人で行けるか?」

「そうなんですか。確かに、行けますが、出来れば御礼を・・・」

そう残念そうに言う彼女に一誠は満面の笑みを浮かべながら、

「この町に赴任したんだろ。だったら、また会える。お礼はその時、受け取るよ」

「本当ですか?」

「おう、俺は愛すべき美人と美少女の誘いは断らない主義だ」

「ふぇ!?」

美人と美少女という部分で顔を赤くして慌てる彼女。
そんな彼女を初々しいものを見るように一誠は見ながら、

「俺は、兵藤一誠。君は?」

「あ、私は、ア、アーシア・アルジェントといいます。案内してくれてありがとうございました」

「じゃあな。また会おうぜ、アーシア」

「はい!」

そこで手を振って二人は分かれた。
また会えると分かったのか、アーシアの表情は何処か嬉しそうだった。
ただ、一誠は彼女の後ろ姿を“ずっと”見ていた。



[32327] 第五話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2012/10/07 14:09
シスター・アーシアと分かれて暫くして一誠は部室へ顔を出した。
だが、いつもより遅かったのでリアスに尋ねられたので一誠が説明すると、

「二度と教会に近づいちゃ駄目よ」

「あ~、やっぱり不味かったか?」

険しい顔で睨むリアスに一誠の予想が当たったらしい。

「不味いなんて物じゃないわよ。教会は私たち悪魔にとって敵地。踏み込めば、それだけで悪魔側と神側の問題になるの。
それに何時も教会は天使が監視している。今回はそのシスターを案内したあなたの厚意を素直に受け取ったみたいだけど。
いつ光の槍が飛んできてもおかしくなかったはずだわ」

「なるほどな。一応、あの子が神器らしき力を見せてからは少し警戒して別れたのは正解だったか?」

「そうね。教会関係者、特に神器を持ってる者、つまり、エクソシストは私たちの仇敵。神に加護された彼らは私たち悪魔を消滅させられるわ。
人間としての死は悪魔として転生できるけど、悪魔祓いを受けた悪魔は消滅する」

「その場から完全に存在が消えると?」

「ええ。つまり無に帰すの。・・・何にもなく、何も感じず、何もできない。それがどういうことかわかる?」

「それは経験しないとわからないな」

そういうと、リアスは気づいたように、

「そうね。ゴメンなさい。少し熱くなり過ぎたわね」

「いや、そこは俺が軽率すぎただけだ」

リアスに気にするなと一誠が言い、

「それにしても、取り壊し寸前の捨てられた教会にも目を配るなんて天使は仕事熱心なんだな」

「・・・それは、可笑しいわね。捨てられた教会は神の加護の力がなくなってる筈なんだけど」

「へ~」

リアスの言葉に一誠はやはりと、ほんの少し目を細めた。
だが、リアスも目敏く、

「イッセー、一度しか言わないわ。無闇に首を突っ込んじゃ駄目よ」

「おう。覚えておく努力はする」

その言葉に、リアスは頭を抱えるようにため息をついた。

「あらあら。お説教は終わりましたか?」

タイミングを図ったかのように朱乃。

「どうかしたの?」

リアスが問いかけると、朱乃は少し顔を曇らせて、

「大公から討伐の依頼が届きました」







それから一同は草木が生い茂る中に立つ廃屋へと向かっていた。
はぐれ悪魔が出たらしい。
ちなみに、はぐれ悪魔とは主を裏切ったり、殺したりなどして、主人の手から離れた転生者らしい。
悪魔の巨大な力を自らのためだけに使うため、いたる所で暴れまわるため、野良犬とも呼ばれることもあるらしい。
そして、はぐれ悪魔は悪魔、天使、堕天使すべてが見つけ次第、討伐するように言われている。
と、一誠はリアスたちから聞いた。
しかし、

「はぐれか・・・懐かしい言葉だな」

と一誠は呟く。
アレイザードにいた頃、暁月と共に一誠も“はぐれ”と名づけられた悪名。
別に気にもしていないし、事実だと受けいれている言葉に愛着がある訳ではないが、何とも形容しがたいものを感じる。

「・・・・血のにおい」

と顔を顰めて袖で鼻を押さえる小猫。
一誠も微かにアレイザードの戦場で嗅ぎ慣れた匂いを感じた。

「イッセー、いい機会だから、悪魔としての戦いを経験してもらうわ」

「構わねぇが。出来たら、こいつの力を把握してから戦いたかったぜ」

そういって、自らの神器である篭手を出現させる一誠。
別に篭手として使うのはいいのだが、万が一、能力が発動したとき知っておかなければ危険だからだ。
だが、

「確かに、そうね。でも、今日は別に戦わなくていいわ。あくまで見学だから」

「そうか。それは良いが具体的には?」

「下僕の特性を説明するわ」

「特性?悪魔になったら、特殊能力でも備わるのか?」

「ええ、そうよ」

理解が早くて助かるわ、とリアス。
だが、そういう事はもっと早く言ってほしいのだが、と一誠が呟くと表情が一転、拗ねた感じとなり、

「それを言ったら、あなたも魔法陣の件黙っていたでしょ」

「強者は弱点を隠すものなんでな。恥ずかしいから」

「本当かしら?」

疑う視線を送るリアス。
事実、一誠はそのことがばれるとあっけらかんに白状した。
何か、あると思わずにはいられないが。

「まぁ、良いわ。とりあえず、歴史についても少し含ませて説明するわ」

「よろしく頼むぜ」

リアスたちの説明によると、数百年も戦争をしていた三つ巴の戦いは勝者が出ないまま、どの勢力も疲弊しきるまで戦い続けたそうだ。
その結果は誰も勝利しないままの終結。
地位の高い大悪魔や純血の悪魔を大量に失った悪魔側は何と勢力を整えようとした。
戦争が終わったといっても、いがみ合いに入ったようなものだからだ。
そこで、彼らが取り入れたのが、

「少数精鋭制度を取り入れた。それが悪魔の駒(イーヴィル・ピース)よ」

「悪魔の駒?」

「爵位のある悪魔は人間界のボードゲーム“チェス”の駒の特性を下僕悪魔に与えることを取り入れたのよ」

「チェスの駒で転生って、人に対する皮肉か?」

「ええ。後、悪魔の間でもチェスが流行していたのも要因の一つね」

それは兎も角として、イーヴィル・ピースはチェス同様、
『王』(キング)、『女王』(クイーン)、『騎士』(ナイト)、『戦車』(ルーク)、『僧侶』(ビショップ)、『兵士』(ポーン)があり、
『王』は当然、主である爵位の悪魔だそうだ。それ以外の駒は悪魔の転生と、特性の付加の役割がある。
これで少数だが強力な悪魔を作り、軍団を率いるのと同等にしようとした。
と、リアスの説明を一誠はそう解釈し、

「それで、それは上手くいったと」

「ええ。それも意外なほど爵位のある悪魔に好評だったの」

「好評?何だ、リアルにチェスでも始めたのか?」

冗談のように言う一誠だったが、リアスは真面目に頷いた。
それを見て一誠も大体の事情を察する。

「なるほど、強い部下を持つと自慢したくなる。だが、口で説明しても埒が明かないから、ゲーム形式で競ったと、
そんな所か?」

と、一誠の言葉をリアスは察しがいいのが嬉しいのか微笑みながら肯定する。

「私たちは“レーティング・ゲーム”と呼んでいるわ。けど、これは悪魔の間で大流行。
結果、大会が開かれるし、レーティング・ゲームが強ければ、悪魔の地位、爵位に影響を与えるし、
下僕が強ければ、自らのステータスにもなるの」

「なるほどね。当然、俺たちも参加するのか?」

「ええ。でも、私はまだ成熟した悪魔じゃないし、ゲームに参加するには色々条件がいるの。
だから、暫くは出ないでしょうね」

その言葉に一誠は少し残念そうな表情になる。
正直、悪魔になった自分の力がどの程度なのか、異世界から帰った力で何処まで通用するのか、確かめたい欲求があったのだ。
と、そこで、

「どうやら、向こうから来たらしいな」

「え?」

一誠の言葉に周りのメンバーが問いかけようとしたが、すぐに言葉の意味を理解した。

「不味そうな匂いがするぞ?でも、旨そうな匂いもするな?甘いのかな?苦いのかな?」

不気味な低音の声、言葉がなければ騒音と勘違いしそうだ。
だが、その声に臆することなく高らかと響く声があった。

「はぐれ悪魔バイザー、あなたを消滅させにきたわ!!」

凛とした声で堂々宣言するリアス。
だが、ケタケタケタケタケタケタ―――――――と気味の悪い笑いが響いた。
そして、ぬぅと大きな影が闇の中から現れる。
上半身は裸の女性だが、下半身は色々な獣が混じり、おまけに尻尾までついた巨大な化け物。
さらに、両手には槍のような鋭利なものが装備されている。
そして、そいつは重量がかなりの物らしく、ズゥン、ズゥン、と四足の足が踏みしめるたび地面を揺らす。
軽く見ても五メートルはある。
普通の人間が恐怖に震えて動けないものだが、リアスは堂々としたまま、

「主の元を逃げ、己の欲求だけを追及するなんて、万死に値するわ。
グレモリー家の名において消し飛ばしてあげる!!」

「はっ!小娘がぁああああ!!貴様ごとき、その紅の髪のように、身体を鮮血で染めてくれるわぁああああああ!!」

「ふんっ、雑魚にしては洒落たことを言うじゃない!!祐斗!」

「はい!」

リアスからの号令がかかり木場はバイザーへとかける。
その速度はなかなかのもので一誠はヒュ~と口笛を吹いた。

「イッセー、さっきの続きをするわね」

リアスは一誠の方に目線を向けて、説明の続きをする。
とりあえず、一誠も木場たちの実力を知っているリアスがこちらに話す余裕があることから、それほどの相手でないのだろうと思い、話しを聞く。

「祐斗の役割は『騎士』(ナイト)。特性はスピードよ」

説明を聞きながら一誠の目にはいつの間にか剣を持った木場が速度を上げながら、バイザーの槍を掻い潜り接近し肉薄する姿が見えた。

「さらに、祐斗の武器は剣」

リアスの言葉と同時に木場は手に持つ西洋型の剣を鞘から抜き、次の瞬間、バイザーの槍を両方の肩から気に落とした。
その後、邪魔な尻尾も切り落とす。

「ぎゃああああああああ!!」

血を流しながら悶え苦しむバイザー。
だが、その下にいる小猫を見つけると、

「小虫めぇえええええええ!!」

四本の足の一本で子猫を踏み潰さんばかりに振り下ろす。
流石の一誠も驚き、助けに出ようとするが、それをリアスが手で制す、

「大丈夫よ、小猫は『戦車』(ルーク)。特性は・・・」

と、一誠はそこで飛び出すのをやめた。
見えたからだ。バイザーの足元が僅かに浮いているのを。
そして、それは徐々に大きくなる。恐らく小猫が押し返しているからだろう。
そこでリアスが再び説明する。

『戦車』の特性はいたってシンプル。馬鹿げた力と桁外れの防御力」

リアスの言葉を証明するかの様に、子猫はバイザーの足を払いのけて跳躍、

「・・・ぶっ飛べ」

そのままバイザーの腹部へ拳を打ち込んだ。
鋭い子猫の一撃を受けたバイザーはその巨体で地面をブルドーザーのように削りながら後方へ飛んだ。

「最後に朱乃ね」

「はい、部長。あらあら、如何しましょうか?」

子猫の一撃で怯んでいるバイザーに近づく朱乃。
ただ、その顔は部室で見せた表情ではなく、楽しげかつ高揚しているように見えた。

「ぐうぅぅ・・・」

「あらあら、まだ元気みたいですね。それなら・・・」

これは如何ですか?と朱乃は天に向かって手をかざす。
すると、天空より雷がバイザーをうった。
感電しながら呻いたバイザーは黒こげの状態となる。
だが、

「あらあら、まだいけそうですね」

再び雷がバイザーを襲った。
今度は断絶魔に近い悲鳴を上げた。
だが、朱乃は三度目の雷、四度目の雷・・・・・・と、雷を落としまくる。
落とすたびに朱乃の表情が冷徹なほど高潮しているのが見て取れた。

「朱乃は『女王』(クイーン)。私の次に強い者よ。特性は他の全駒の特性を持った。
最強の副部長よ。あと、朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの」

「あれは魔法か?」

「そうよ。魔力で自然現象を魔力で引き起こす力よ」

アレイザードの魔法とはえらい違いだな、と思いながら一誠は一つ気になっていた。

「楽しんでるな・・・」

「ええ。あの子は究極のSだから」

愕然とする一誠にリアスが笑いながら教える。

「普段は優しいけど、戦闘になったら相手が降参しても、自分の興奮が止むまで攻撃を止めない」

「えげつねぇ~」

「大丈夫よ。あの子、味方にはとても優しいから。それにあなたは気に入っているみたいだから。
甘えたら優しくしてくれるはずよ」

「軽いお触りは大丈夫なのか?」

さぁ?とリアスは一誠に「試して見たら」と笑う。
と、一誠はバイザーを細目でみた。

「うふふふふふふふ、何処まで私の雷に耐えられるかしら?でも、まだ死んではなりませんよ。
なんせ、止めは私たちの主なんですから、オホホホホホホホホ!!」

最高潮で高笑いする朱乃だが、

「はっ、嫌なことだぁあああああああああ!!」

バイザーは自らの胴体を引きちぎると、背中から翼を生やして飛び立った。
自らの身を千切り、更にその勢いを利用して猛スピードで飛び立ったバイザーにメンバー全員が反応できなかった。
そう、一人を除いて、

「そんなナリでも翼が出せるんだな」

「なっ!!き、貴様・・・」

いつの間にかバイザーよりも高いところから不敵な笑みを向ける一誠の姿があった。
そして、バイザーが何かしようとする前に、

「落ちろ!!」

バイザーの目から一誠の右足が消えたかと思うと、自分の頭に衝撃が走る。
さらに、空中だったためバイザーの身体は地面へと吸い込まれるように落ちる。
バイザーに踵を落とした一誠も落下するバイザーに標準を合わせながら加速しながら下降する。
そして、バイザーが地面に落下すると、その腹部に膝を曲げてぶつけた。
それによってバイザーの口から血反吐を巻き上げ、動けなくなった。

「イッセー!!」

「悪い、手を出しちまった」

後から駆けつけてくるリアスたちの姿が見えた一誠は素直に謝っておく。
だが、それを咎めようものはおらず。

「凄いな、イッセー君。僕より早いんじゃないかい?」

騎士として落ち込む、と木場。

「・・・ナイスです。先輩」

純粋に賞賛する小猫。

「ゴメンなさい、イッセー君。私が取り逃がした所為で」

シュンと謝る朱乃。そんな彼女に、

「別に気にする必要はないと思うぞ。こいつが逃げる気配がした気がしたから準備していただけだから」

朱乃の隣に立ちながら慰める一誠。
それに朱乃はかなり笑みを零した。
なぜなら、

「あらあら。慰めながら“それ”はどうかと思いますよ」

背後から手を回して一誠は朱乃の尻を撫でていたからだ。
だが、朱乃はそれを咎めようとせず、

「イッセー君は、殿方としての欲求に素直なんですね」

「素直な子は嫌いか?」

「いえいえ。それで如何ですか?私のお尻は?」

「胸に負けないぐらいボリュームのある良い尻だ」

と、一誠の素直な感想に朱乃は笑みを深くする。
それを見ていた木場は苦笑し、小猫は「やっぱり最低です」と一誠を非難。
リアスは何ともいえない表情をする。
と、そこでバイザーが息を吹き返したのか咳き込こんだ。
だが、もうはや動く力はないらしい。

「バイザー、最後に言い残すことは?」

と、リアス。
バイザーは観念らしく、

「殺せ」

短くそういった。

「そう、なら消し飛びなさい」

言うやリアスはどす黒い魔力の塊を打ち出す。
それはバイザーの上半身よりも大きく、跡形もなく消し飛ばすのに十分だった。
それを確認したリアスはメンバー全員に笑みを向け、

「皆、お疲れ様。イッセーも手伝ってくれてありがとう」

「いや、眷族の責務を果たしただけだ」

はぐれ悪魔討伐はこれにて終了。
一同は部室の方へ戻ろうと、歩き出すと、
そういえば、と一誠がリアスに問いかける。

「ところで部長よ、俺の役割は何だ?」

「ああ、あなたは兵士(ポーン)よ」







それから次の日、一誠は今日も闇夜を駆けながら依頼人の元へ向かう。
バイザーの一件で自分の特性が兵士と聞き、一誠は落ち込むよりも先にメンドくさく感じていた。
兵士であることを一誠は特に何も感じない。むしろ、自分にお似合いだと思っていた。
何せ、向こうでは一誠は五人の中でただの兵士みたいなポジションだったのだ。
ただ兵士、それは攻める役割と守る役割があるからだ。
もっと細かく言えば、偵察などの役割もある。
さらに、昨日の話だと、リアスの眷属にはすでにいる僧侶(ビショップ)の他はすでに一誠は会っているらしい。
つまり、現在の兵士は一誠だけで攻めと守りをリアスの指示でこなさなければならないのだ。
まぁ、それも大して苦ではないのだが。
そんなことを考えているうちに一誠は依頼人のお宅へ到着した。

「・・・・・」

今回は一軒家だったが、一誠は鋭い視線でその一軒家を見る。
玄関が空いているのだ。
それに深夜、悪魔を呼んだにも関わらず、家全体に電気がついていない。
そして、自分の勘が伝えている。目の前の家から嫌な予感が。
一誠は錬環頸氣功で身体に氣を回しながら土足で家に入っていった。

―――こういう場合、人が死んでる可能性があるんだがな。

そう思いリビングに入る一誠の予感は的中した。
―――遺体だ。
入って辺りを見回すと、男性の遺体が目の前に現れたのだ。
だが、ただ死んではいない。壁に手足と胴体を大きな杭で逆十字に貼り付けられている
その上、斬殺されたらしく、腹の切り傷から臓物が零れ、壁には血文字が書かれてる。

「ずいぶん、悪趣味なことをするな、お前」

「あれ。あれれ、気付いていたの?中々聡い悪魔君だね~」

一誠の背後の声に一誠は振り返る。
そこには十代ぐらいの白髪の外国人がいた。

「だけど、芸術が分かってないでゴンスね~。『悪いことする人はおしよきよー』って、
聖なるお言葉を借りたのに。あっ!!クソ悪魔君じゃ無理もないか~」

「で、確かに悪魔だが、お前何?」

「ん~、俺の名前はフリード・セルゼン。とある悪魔祓いに所属する末端でございます。
あっ、別にお前は名乗らなくていいぞ。俺はおめぇの名前を頭にメモリしたくないので止めてちょ。
でもでも、心配しなくてもお前は死ぬから。俺がそうしてあげるから――――」

それから目の前のフリードは一誠を殺すことを楽しそうに語るが、頭が可笑しくなりそうだったので、
一誠は耳に入れない。
だが、

「一応、聞くだけ、聞くが、何で殺した?」

「だって~、悪魔呼び出す常習犯みたいだしぃ、殺すきゃないしょ」

そう狂言を語るフリードに一誠は半眼で睨むだけだ。

「つーかさ、悪魔と契約するなんて人として終わってるんだよ~。社会のゴミ人間?
最低レベルのクズはクズ街道まっしぐら、おわかり~。無理?あ、クソ悪魔君だもんね~」

「なるほどな」

「あれれ、もしかして理解出来たの、すごい!すごい!悪魔なのにぃ~」

「お前は、外道だ」

一誠は向こうで同じように狂った人間を見たことがある。
戦争なんてバカなことに関わって可笑しくなった奴や、生まれながらの奴はいる。
少なくとも目の前の神父らしからぬ奴は後者の感じがした。
だが、

「はぁああああああああああああ!!悪魔がちょぉおおおおしこいて、人様バカにしてるんだよぉおおおお!!
そういうのは、お前らクソ悪魔とクズ人間に使う言葉なんだよぉおおおおおおおおお!!」

一誠の言葉に激昂したフリードは懐から銀の銃と剣の柄らしきものを取り出した。
そして、次の瞬間、空気の低い振動音と共に剣の柄から光が伸び、剣を形成した。
光は悪魔にとって毒だから、対悪魔武器と言う奴だろう。

「死ねやぁああああああ、クソ悪魔!!」

奇声を上げながら光の剣を振り下ろす。
それを一誠は神器を発現させて左腕で受け、右手でフリードの銃を持つ手を掴んだ。
直後、銃から光の弾が床に着弾した。

「銃声がなかったな。それに光の弾。良い武器みたいだな」

「YES、YES、これは光の弾丸を放つエクソシスト特性の祓魔弾スッ!銃声音なんてありませ~ん、光ですからね。
なのに、なんでぇ当たらねぇえええええええええんだよ、クソ悪魔の分際で!!」

暴言と共に一誠の腹部に膝蹴りをするフリード。
だが、その程度の攻撃では一誠にはビクともしない。
逆に一誠が一本足になっているフリードの足を払い、彼を上下逆さまに浮かせ、

「逆さまの状態はどんな気分だ?」

言葉と共に一誠はフリードの腹を蹴り飛ばす。
空中にいたフリードに踏ん張ることなどできるはずもなく、後方へ飛んだ。
だが、それは悪手であった。
これで決めるつもりだったが、反射的に銃を盾にしていた。
さらに空中だったのが功を奏し、一誠の蹴りのダメージは殆どない。
それでも吹き飛んだ衝撃はかなりの物だが。
まぁ、一誠もそう簡単に気絶させてやるつもりもなかった。

「こ・の・クソ悪魔が・・・・ちょぉおおしこきやがってぇええええええええええ!!
殺す、殺す、コロス、コロス、殺してやるぅうううううう!!」

そして、予想通り、フリードは立ち上がる。
もっとも、一誠の蹴りを受けた銃は銃身が凹んで使い物にならないように見えるが。
今度はもう少し早く、鋭く決めようと一誠は体内の氣を巡らせようとするが、

「待ってください!!」

突然、リビングに第三者の声が響く。
聞き覚えのある声に一誠がそちらを見て驚いた。
なぜなら、そこにはつい最近出会ったシスター、アーシアがいたからだ。
フリードも彼女のことに気づいたのか目線だけを彼女に向け、

「おや、最近相棒に抜擢されたアーシアちゃんじゃあーりませんか。
結界は張り終わったでやんすか?」

アーシアの登場に幾分か興奮が冷めたらしいフリード。
だが、逆にアーシアは困惑し、フリードと一誠を交互に見ようと・・・・
そこで一誠は自分の後ろのものに気づき彼女へ叫んだ。

「!見るな!!」

「!きゃあああああああああああああ!!」

だが、一歩遅かった。
アーシアは一誠の後ろの猟奇殺人された遺体を見て悲鳴を上げる。
しかし、フリードは不思議そうに、

「おやおや?アーシアちゃんは何で悲鳴を上げるのかな?あ、そっか。アーシアちゃんはあの手の死体を見たことがないんでやんすね。
よく覚えておくと良いでごんすよ。悪魔と契約しちゃうクズはああいう殺し方をするのがセオリーなんでげんす」

語尾を一々変えて話すフリードに苛立ちを覚えながら一誠はこの後の行動を考えた。
正直、フリードを倒すのは苦ではない。
だが、その場合、アーシアとも戦わなければならない。
演技なら良いのだが、ああいう純粋そうな子は嫌いではないのだ。
それに何というか、暴力もセクハラも気が引けるから。

と、一誠が思考しているとアーシアが遺体に怯えながらもフリードに、

「ふ、フリード神父・・・その、人は・・・・」

「ん?あー、違う違う。あいつはクソ悪魔くんだよ。それも俺を蹴り飛ばしたぁああああ!!」

再び、怒りがぶり返したフリード。
だが、アーシアは驚いた顔で一誠を見る。

「・・・一誠さんが・・・悪魔?」

「まぁ、すまん。隠すつもりはなかったんだがな」

困惑する彼女に居たたまれなくなる一誠は頬を掻く。
それを見たフリードは可笑しなものでも見たかのように口を開いた。

「おや、君たち知り合いなのかい?いけないな~、いけないな~、シスターが悪魔と知り合いなんて~~。
でも、安心しな。この調子に乗ったクズ男さんは俺が切り殺すので、万事、OK~~~」

調子に乗ってるのはお前だ・・・、と言ってやろうとした一誠だが、その言葉は驚きで声にできなかった。
なんと、アーシアが一誠とフリードの間に割って入ったからだ。それも一誠を庇うように。
それを見たフリードは不機嫌になって、

「・・・・おいおい。君、自分が何をしているのかお分かりぃ?」

「はい。フリード神父、この人を見逃してあげてください。許して上げて下さい」

その言葉に一誠は驚愕した。それはそうだ。
自分は先に攻撃してきたとはいえ、彼女の仲間(一応)のフリードを蹴り飛ばしたのだ。
それなのに自分を助けようとするのだ。たとえ、見ていなかったとしても。
これは裏切りになるはずなのに。

「もう嫌なんです。悪魔に魅入られたからって、人を裁いたり、悪魔を殺したりなんて。
そんなの間違っています!!」

「はぁああああああああああああああああああああああああ!!!お前ばっかじゃないのぉおおおおおおおおおお!!!
このクソアマぁ!教会で悪魔は害虫って習っただろぉ!」

当然のようにアーシアに向かって憤怒を染まるフリード。
一般の人間が見れば、完全に怯むであろう表情だ。
だが、彼女は引かない。

「あ、悪魔にもいい人がいます!!」

「いねぇよ、バァアアアアカ!!お前、マジで頭にウジでも湧いてるじゃねぇえかぁ!?」

「でも、一誠さんはいい人です。悪魔だったとしてもそこは変わりません。
それに人を殺すことを主がお許しになるはずがありません」

アーシアの言葉を聴いて、一誠は未だ呆然としていた。
後ろの猟奇殺人を行うフリードに一歩も引かずに、顔を近づけあって反論する彼女の強さに驚いたからだ。
参ったな、と一誠は苦笑する。
ますますアーシアを気に入ってしまったからだ。
と、アーシアの言動に苛立った、フリードの腕がプルプルと怒りで震えているのに気づいた。

「・・・堕天使の姉さんには殺すなと念を押されてますが、それ以外はやってもいいってことっすよね。
だったら、あれを殺した後、レイプ紛いなことをしても良いでやんすよね・・・」

そこまで聞いて一誠が動いた。

「つーか、その位しないと、俺の心傷がいえな―――」

アーシアに向かって拳を振り上げるフリード。
だが、

「おい」

「ああっ!?」

横から掛けられた声に顔だけ振り返ったフリードに、

「鉄拳制裁だ!!」

回り込んだ一誠が顔面に拳を叩き込んだ。
まさかの一撃だったフリードは防御も何もせず、声を漏らしながら吹き飛ぶ。
むろん、一発で終わらせてやるつもりは毛頭無いので加減した。

「てめえの心なんぞ、知るか」

「い、一誠さん?」

突然、現れた一誠に困惑するアーシア。
そんな彼女に一誠は不敵な笑みをむけながら、

「大丈夫か、アーシア。良かったな。さっきもだが顔が近すぎてキスするところだったぞ」

「き、キスって!!・・・私はシスターですから、そのようなことは・・・」

「ん?なんだ。キスもまだか。じゃあ、なおの事良かった。あんなのとファーストキスしたら、お嫁にいけないぞ」

一誠の言葉に顔を真っ赤にするアーシア。
すると、一誠の近くで魔法陣が出現した。
そして、そこから、

「イッセー君、助けに来たよ」

「おう、遅かったな」

と、登場した木場に一誠は言う。
すると、後ろから朱乃が笑う。

「あらあら。もしかして、もう終わってしまいましたか?」

「・・・さすが、先輩」

朱乃の後に無表情のまま小猫が賞賛する。
だが、一誠は目を細めて、

「やぁほう!悪魔の団体さんに一撃目」

「いい加減うるせぇ!!」

起き上がって仲間たちに光の刃をきろうとするフリードにラリヤットを当てる。
再び吹き飛ぶフリード。一誠の背後から木場の苦笑したような声が聞こえた。
曰く、「僕たち必要なかったかな?」。

「ゴメンなさい。イッセー」

と、木場と同じ事を感じながらもリアスが近づき声をかける。
ただ、アーシアは知らない人が登場したからか、怖がって離れてしまう。
しかし、リアスは言葉を続けた。

「この依頼人の元に“はぐれ悪魔祓い”がいるなんて計算外だったの」

「いや、それを言ったら、俺が魔法陣でジャンプできたら依頼人が殺されることはなった」

あの程度なら問題なく撃退できたのは普通に見て取れた。
そう言うと、再びフリードが起き上がったのだ。

「このクソ悪魔!!何処までも俺をバカにしやがってぇ!!バカな悪魔は俺の快楽を満たすために刻まれて、
跡形もなく消し飛べばいいんだよぉ!!!!」

舌を出して、唾を撒きながら狂言を続けるフリード。
その姿に小猫と朱乃は不快な表情になる。
ただ、一誠は木場が物凄い顔でフリードを睨んでいるのが気になった。ただフリードにだけ怒りを感じているようには見えない。
すると、

「なら、アンタが消し飛びなさい!!」

凛とした声と共にリアスがフリードに向かって魔力の弾を放つ。
それはフリードの真横を通って家具と壁を消し飛ばし、外との風穴を作った。
恐らく、わざとはずしたのだろうが、それで怖がる相手ではない。
と、そこで一誠は何かがこちらに近づいているのを感じた。

「!部長、この家に堕天使が数名接近していますわ。このままではこちらが不利です」

一誠が何か言うよりも早く朱乃がリアスに報告する。
それを聞いたリアスはすぐに取るべき行動が出ていた。正直、このままフリードを見逃すのは尺に触るが、

「朱乃、一誠を回収したら、すぐに―――」

本拠地に帰還する―――とリアスは言おうとするが、

「ド~ラ~ゴ~ン~・・・波っ(大)!!」

それより早く一誠が森沢に見せた“なんちゃって”な氣弾ではなく、威力の篭った巨大な氣弾をリアスがあけた大穴に向かって放つ。
錬環頸氣功を使える一誠は堕天使の位置を氣から割り出すことができ、そこへ不意打ちのように氣弾を放った。
その氣弾はリアスが壁に空けた穴を少し広げて外に向かう。
そして、それは、

「よし!命中したな!!」

「よし、じゃない!!」

氣弾によって堕天使が足を止めたのを察しガッツポーズを浮かべる一誠。
だが、リアスは彼に突っ込んだ。

「あなた、何をしてるのよ!!」

「ん?アイツを八つ裂きにする時間か稼ぎだ」

そういって、一誠はフリードを指差す。
全員の視線がフリードの方へ視線を向け、

「・・・先輩、グッジョブです」

「おう」

なるほど、と納得しながら各々攻撃態勢を取る中、小猫が親指を上げて言うので一誠も不敵に笑いながら返す。
そして、流石のフリードも身の危険を感じたのか顔を引きつらせる。

「あれれ?もしかして、俺ってピンチ?嫌でゴンスよ。まだまだまだまだ悪魔を殺し足りてないんでげすから。
と言うわけで、俺、逃げる!バイバーイ!!」

瞬間、フリードの足元で閃光弾が発行、目を覆うほどの光がその場に満ちる。
だが、一誠は確かに聞こえていた。
立ち去るフリードの足音と共に、女の子の悲鳴に似た声を。



[32327] 第六話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2012/10/07 14:10
それから一誠はアーシアを連れ帰ったフリードを追おうとしたが、リアスたちに止められた。
そして、部室に帰還するとリアスは一誠にエクソシストについて説明した。

「悪魔祓いには二通りあるわ」

一つは正規の悪魔祓い。こちらは神や天使の加護で悪魔と戦うもの達。
もう一つはフリードのような“はぐれ悪魔祓い”。こちらは、本来は教会に属していたが、追放されたものたち。
フリードのように悪魔を滅ぼすことに悦楽を覚え、自分のためだけに悪魔を滅ぼそうとするもの。
そういうものは例外なく教会は追放、始末する。
だが、その始末から逃れたものは堕天使の元に集まり、己の快楽を満たすために、今度は堕天使の加護で悪魔を殺すのだと。

「そして、はぐれ悪魔祓いはリミッターがない分、正規の悪魔祓いよりも危険極まりない。悪魔を召還した者にも牙を向けるのがその証拠。
私たちが関わるのは得策じゃないわね。後、あなたが示唆した教会はやはり堕天使の拠点のひとつなんでしょうね」

「・・・・・・・・」

リアスの言葉に一誠は無反応だった。
その目線は目のリアスを見ていないで他の事、それを察したリアスは、

「イッセー、分かっていると思うけど、もう彼女に関わっちゃ駄目よ」

強めの口調で言うリアスだったが、一誠からの返事はなく、何かを考えたままその日の部活は終了となった。







次の日、一誠は学校を休んで教会から少し離れた場所をうろうろしていた。
錬環頸氣功で道行く人の氣を探りながら、目的の人物を探す。

―――もしアーシアが自分の考えている通りの人物像ならば、

「やっぱり・・・」

「え?どうして?」

そして、一誠の予想通り、アーシアは彼の目の前に現れた。



「悪いな、肉は平気か?」

「あ、はい。大丈夫です」

アーシアと再会した一誠は現在の時間が昼だったので、飯を食べようとハンバーガーショップへ入った。
その際、アーシアが注文で困ったことになったのだが、日本語が出来ないから仕方ないと一誠が助け舟を出すなどあった。
そして、二人は店内で向かい合わせに座った。

「・・・・・・・」

だが、アーシアは目の前のハンバーガーをただ見つめるだけで食べようとしない。
外国人だから箸を使わないで食べられるものが良いとかな、と思った一誠としては驚きだった。
だが、

「アーシア」

「あ、はい!」

「俺の真似をして食べれば良いぞ。分からないことは少しずつ周りから学べばいいからな」

そういって、一誠はハンバーガーを片手に頬張る。
それを見たアーシアも一誠の真似をして、ハンバーガーを頬張る。
すると、美味しいのか顔が綻んだ。

「美味いか?」

「はい!」

「そうか、俺は食い慣れているんだが。アーシアは普段何を食べているんだ?聖職者だと穀類がほとんどじゃないか?」

「はい。主に・・・・パンとスープ・・・・です。・・・・お野菜やパスタも・・・・食べますよ」

「・・・慌てて食べなくていいぞ」

余りに美味しいのかアーシアはポテトを摘みながら一誠と喋る。
別に可愛いからいいのだが、それに気付いたアーシアは恥ずかしそうに顔を赤くする。
そんな風に食事を済ませて、一誠はアーシアの足元の旅行用鞄を見る。

「この町から出るのか?」

「あ、は、はい。実は別の教会へ行くことになったので」

目を伏せ、視線を彷徨わせるアーシアに一誠はもう一度、自分の勘が正しかったことを察した。

「じゃあ、今日には?」

「はい。この町から出ようと思っています」

「なら、まだ少し時間があるな」

「え?」

困惑するアーシアに一誠はいつもの不敵な笑みを浮かべ、

「だったら、あの時のお礼として、俺に付きあってくれよ」






それから一誠はアーシアの手を引いて、各地の店を見て回った。
夕麻とのデートとは違い、一誠は自分だけが知る穴場なども案内しながら、しっかり彼女をエスコートする。
ちなみに、アーシアにははぐれないようにと言って手を握ったが、本当は錬環頸氣功で自分とアーシアの氣を完全に消しているのだ。
そうすれば、視界に入っても認識されないので、警察や“堕天使”にも見つからないようにしている。

「ふぅ、如何だ、楽しいか?」

「はい!こんな楽しいのは初めてです!!」

ハンバーガーショップを出て三時間、そろそろ日が傾き出した時間、二人は公園のベンチにいた。
本当に遊んだことが初めてらしいアーシアは町を回っている間ずっと笑顔だ。
そろそろ時間も遅い、一誠はここで話を振ることにした。

「アーシア」

「はい!!」

「この前見せてくれた力、あれって神器か?」

瞬間、先ほどまで喜々としていたアーシアの表情に陰りが生まれる。
本当はそんな表情させない方が良いのかも知れないが、そうしなければ本当の意味で彼女を助けられない。
そして、アーシアは一誠に話した。自分の抱えているものを。

「はい。そうです」

「そうか。治癒の能力とはアーシアにぴったりだな」

そう言うと、アーシアは更に顔を俯かせる。
これで確定だった。

「やっぱり、苦労するのか。その力は」

呟いた言葉にアーシアは一筋の涙を流した。
見るに辛い光景だが、恐らく彼女の経験したのはそれ以上に辛いことなのだろう。
だから、一誠は彼女が話せるようになるまで待った。
そして、アーシアは語りだした。
自らがこれまで歩いてきた過酷な人生を。

彼女は生まれてすぐに親に捨てられ、教会の孤児院で育てられることとなった。
当然だか、教会である以上、そこは信仰が厚く、彼女は苦もなく毎日祈りを続けたそうだ。
そんなある日、神の悪戯なのか、彼女の人生を変える大きな事件が起こった。
切欠はケガをしていた子犬だった。
それを見かけた彼女は子犬のケガを見たところ、一誠が見ていた時の光が子犬のケガを治したのだ。
ただ、それを教会の関係者が見ていたのだ。
それから彼女はカトリック教会の本部のあるところへ移され、信者への加護として怪我人の治療をした。
すると、聖女として崇めらることとなり、さらに噂が広まり、信者も増えたそうだ。
そして、生活には不自由がなくなり、教会の者たちは彼女を大切にしたそうだ。

貴重な“何か”を扱うように。

彼女も気づいていたが、教会は彼女を同じ人間とは見ないで、治療をする何か、として大事にしながらも疎遠していた。
だから、彼女には心を許せる人間、友達がいなかった。
それでも彼女は構わなかった。
怪我人の治療は苦でもないし、自分の力が役に立つのは嬉かった。
そんなある日、彼女の人生を変える二度目の転機が訪れた。

彼女は自分の治癒の力で“悪魔”を治療するところを見られたのだ。

本来、治癒の力はそれほど珍しい訳ではないのだが、治療できるのは神の加護のあるもの。
つまり、悪魔や堕天使は治療できないのだ。
だが、彼女は治してしまった。
そして、彼女は過去にも同じことをした“魔女”の一人として追放されたのだ。
だが、彼女が一番辛かったのは教会に捨てられたことではなく、誰も彼女の味方にならなかったことだ。
今までアーシアの力を頼りにしていたのに、理不尽なことだと一誠は怒りを感じる。
だが、彼女は、

「・・・きっと私の祈りが足りないからなんです。だって、私どこか抜けてますし、バカだから人に迷惑ばかりかけて、
ハンバーガーも一人で買えない、ずっと一人ぼっちで、世間知らずなバカな子ですから」

自分の人生を諦めるどころか、彼女は誰も恨んでいなかった。
強い。一誠はただただそう思わずにはいられなかった。
そんな彼女を一誠は・・・・

「これも主からの試練なんです。私が駄目なシスターだから、神様は私に試練をお与えになるんです。
だから、今は我慢のときなんです・・・え?」

そう言って、瞳に溜まった涙を拭おうとする彼女を一誠は優しく抱きしめた。
突然のことにアーシアは顔を真っ赤になる。

「アーシア。我慢するだけが試練じゃないと俺は思うぜ」

「え?」

「だって、知らないことを祈って神様に教えてもらうのはどうかと思うぜ。
ハンバーガーの買い方や世間のことを知りたいなら自分で調べるか、人に聞けばいいのに」

それに、

「友達は神様にもらうものじゃない。偶々遭遇した出会いを自分の力で繋ぎ止め、それを自分の近くに寄せて、
自分の力で作っていくものだと俺は思う」

「・・・・・・」

「それに逆境を自分の力で乗り越えるのも立派な試練だろ?」

「!!!」

「・・・と、神様を信仰してない愚か者が偉そうにいて罰当たりだな」

だから、

「お詫びに、アーシア。お前の願いを言ってみろ」

「え?」

「俺に可能な願いだったら叶えてやるよ」

突然の一誠の言葉にアーシアは純粋に驚いた。
だが、すぐに言葉の意味に気づいたかのように慌てて体を引き離して、少しい警戒しながら、

「それは、悪魔の契約ですか?」

「いや、ただの罪滅ぼし、アーシアのこれまでの頑張りを否定した、このバカに償いをさせてくれないか?」

それに、

「目の前で愛すべき美少女が悲しそうになっていると放っておけないんだよ、俺の美学は」

一誠の言葉に完全に困惑する。
だが、一誠はいたって真面目にアーシアの願いを聞こうとした。

「ほら、行ってみたい所とか、やってみたい事、食べたい物があったら言えよ」

「そ、そんな、私はお友達がほしいだけで、何がしてほしいって訳では・・・」

困惑しながらも一誠にちゃんと自分の欲しい物を言うアーシア。それもとても純粋でピュアなお願いだった。
だから、一誠も不敵な笑みでなく、純粋な笑みを浮かべ、

「何だ、そんなことか。だったら簡単だ」

右手をアーシア差し出す一誠。
それをまじまじと見て、アーシアは恐る恐る一誠の手を握る。
そして、

「これで、俺とアーシアは友達だ」

「え?」

一誠の言葉にまたも驚くアーシア。
そして、困惑しながら、一誠の言葉が身体の芯まで染み込んできた。

「私、シスターですよ」

「知ってるぞ。悪魔が友達だと、やっぱり嫌か?」

「い、いえ。だけど、一誠さんに迷惑が・・・」

「別に覚悟の上で手を出した。それ以上にお前と友達になりたかったから」

「私、日本語も出来ないし、他にも出来ない事や、知らないことが沢山ありますよ」

「そんなもんは自分で調べたり、俺や他の人間に訊けば大丈夫だよ。『人は助け合って、人の字を作る』、
昔の高校の熱血教師はいい言葉を作る」

それに、

「もしかしたら、お前の我慢は俺に出会って、もうしなくて良いのかもしれないからな」

そこでアーシアは再び涙がこぼれた。
だが、それは決して一誠が止めるべき悲しい涙ではない。

「い、一誠さん」

「俺のことはイッセーでいいぞ。他の奴らはそう言ってる」

「は、はい。イッセーさん。私と友達になってくれますか?」

「いいぞ」

満面の笑みを浮かべる一誠につられて、アーシアも泣き顔から笑顔へなる。

だが、

「残念だけど、無理よ」

背後から第三者の声。
それを見ると、黒い翼を持った女、堕天使がいた。
いや、一誠には見覚えがあった。
それは自分を殺した奴だったからだ。
目の前の堕天使も一誠のことを思い出したのか侮蔑の眼差しを送る。

「あら、生きてたの?しかも、悪魔になってるなんて最悪ね」

「・・・・レイナーレ様・・・」

目の前に現れた堕天使の名前を呼び、怯えるように一誠の背後に隠れた。

「へぇ~、レイナーレって言うのか、お前の名前」

「下賎な悪魔が私の名を馴れ馴れしく呼ばないでくれるかしら」

忌々しげに痛烈な言葉をかけるレイナーレ。
だが、一誠は特に気にも留めず、不敵な笑みを浮かべたまま、

「別に知らない仲じゃないだろ?・・・・で、アーシアを連れ戻しに来たのか?」

その言葉に背後にいたアーシアは驚いたが、一誠はとっくに気づいていたと伝える。
こういう子は絶対に自分の納得できないことはしないから、逃げ出すだろうと思っていたのだ。
だが、レイナーレは、

「そうよ。アーシアは私たちの所有物なんだから、当然でしょ。
さぁ、アーシア戻りなさい。あなたの神器、“聖母の微笑”(トワイライトヒーリング)は私たちの計画に必要なの」

「嫌です。私は人を殺す教会に戻りたくありません」

きっぱりとレイナーレを拒絶するアーシア。
だが、その言葉を訊いてレイナーレが退くことはない。
しかし、

「なるほどな」

一誠を動かすのには十分だった。

「友達が嫌がってるんだ。お引取り願おうか?」

左手に篭手を出現させながら一歩前に出る一誠。
心配するアーシアには下がっているように言うが、レイナーレは一誠の神器を見て哄笑した。

「はははっ、上の方々があなたの神器は危険だからって言うから殺したのに、どうやら勘違いだったみたいね。
教えてあげる、それは“龍の篭手”(トゥワイス・クリティカル)。持ち主の力を倍にするだけのありきたりな物。
とても使えるとは思えないわ」

そういうレイナーレに一誠は自分の神器を一瞥した。
特に意味はない。能力がわかった。他に危険な力がないのなら別に恐れる必要はない。
そう結論づけ、一誠は神器について考えることを止める。

「確かに、もう能力に“期待する”必要はないな」

なんせ、

「別に、力を倍にしなくても勝てる相手なんだ」

その言葉にレイナーレは笑うのを止めた。
代わりに、表情を憤怒に変えて、

「調子に乗るな!!下級悪魔風情が!!!」

光の槍を一誠に投げつける。
だが、一誠はそれを左腕の篭手で振り払った。

「なっ!!」

自分の槍を打ち破ったことに驚愕するレイナーレ。
だが、

「おいおい。この程度で驚くなよっ!!」

「―――っ!?」

一誠の姿がブレたと思ったら、一気にレイナーレは距離を詰められ、慌てて彼女は上空へ逃げる。
だが、空を切った一誠の拳は暴風となって地面の落ち葉と砂埃を上空高く舞い上げた。
その結果、一誠の周囲は砂埃で見えなくなるが、レイナーレは自分が空にいれば、なりたての悪魔の攻撃は届かないと安心する。
そう、それが“ただの”なりたての悪魔ならば。

「空に入れば、安心だと思うなよっ!!」

「なっ!?」

大声とともに一誠から大きな氣弾が放たれ、砂埃を蹴散らしながら上空のレイナーレへ向かう。
それは残念なことに避けられるが気にしない。
慌ててそれを回避するのを見た一誠はさらに追撃しようとするが、

「動くな!!」

「っ!?アーシア!!」

突然別の声が聞こえ、慌ててそちらを見ると黒いコートと帽子を被った別の堕天使がアーシアに槍を向けていた。

「ドーナシーク!!」

レイナーレは驚きながらも、新たに現れた堕天使ドーナシークの近くに降りる。
アーシアに槍を向けているのが気に入らないのか彼を睨むが、

「下級の悪魔に遅れをとるとはなさけないぞ。ここは私が引き受けよう。お前は儀式の準備に入るが良い」

「・・・・仕方ないわね」

渋々ながらもドーナシークの言葉に従いレイナーレはアーシアを抱える。

「まぁ、気をつけなさい」

「い、イッセーさん!!」

「っ!?」

アーシアをつれて飛び立つレイナーレ。
その時、助けを求めるアーシアの目から涙が零れるのを一誠は見逃さなかった。
だが、動かない一誠にドーナシークは傲慢な口調で話しかけ、

「さて、下級悪魔よ。お前は我々の計画を邪魔したのだ。それ相応の―――っ!?」

ドーナシークの言葉はそこまでだった。
圧倒的なプレーシャーが一誠から放たれ彼から言葉を奪ったからだ。

「全く、情けないぜ・・・」

自分自身が許せなくなる一誠。
目の前でみすみすアーシアを連れて行かれるなんて、自分の中での大失態だ。

「一人になると。改めて、アニキの凄さを感じるな・・・・。一人で守るのが、ここまで難しいなんて」

「な、何を、言っている」

周りの言葉など今は聞こえない。
ただただ中途半端に終わってしまった自らの無力さが許せない。

「ずっと言われていたじゃないか。俺は目の前のことに集中し過ぎて、他の視野が狭いって」

自分が死んだのもその所為だ。
だが、今回は他人、それもその所為で泣かせてしまった。
全力で戦えば、フリードもレイナーレも瞬殺できる相手だ。それなのに余裕を持って所為で、この体たらくだ。
心の何処かで舐めていたのだ。

「もう、慢心はない。気の緩みも、ただ仲間と自分が守りたいと思ったものを守り、もう後悔しないために全力であたる」

「何をいているぅうううううううう!!」

ドーナシークは自分のことを全く見ていない一誠にありったけの光を集めた槍を放つ。
だが、その槍は一誠には当たらなかった。
直前にまるで一誠の前に壁があるかのように遮られてしまったためだ。

「なっ!?」

驚くドーナシークだが、次の瞬間一誠が距離を詰められ、拳が腹にめり込んだ。
それを受けて嗚咽を漏らしながら地面に倒れるドーナシーク。
そんな彼の表情はもはや、恐怖しかない。

「さてと、こいつは俺の力を倍にするらしいが・・・」

左手の篭手に発動するように念じてみる。

『Boost!!』

手の甲の宝玉が光だしたと同時、一誠は自分の力が物凄い勢いで跳ね上がったのを感じた。
そして、

「俺のレベルはロールプレイングゲームで言えば、大体80ぐらい・・・」

「い、一体、何の話しだ?」

「それが倍になって160レベル。どのぐらいの威力かためさせてくれよ」

左腕を大きく引く一誠。
ドーナシークも身の危険を感じたのか急ぎ離れようとするか、間に合わず。
一誠の拳は彼に当たると、跡形もなく消し飛ばした。
そのあまりの威力に一誠は先ほどの怒りも忘れて呆然となる。

「まさか、ここまでになるとは・・・・」

周囲を見れば、攻撃の余波で近くの木々や遊具の一部が滅茶苦茶になっている。
制御できるまで封印かな、とかなり甘く考えながら、一誠はアーシアの気を探った。
どうやら、レイナーレとあの教会に行ったらしい。
―――すぐ助ける!!
と、駆出そうとしたが、その足が止まってしまう。
もし悪魔の自分がこのまま行けば間違いなく二つの勢力の闘争が起こる。
その場合、リアスたちに迷惑がかかることになる。

「・・・仕方ない。あいつ等との出会いは嬉しかったんだが、最悪、“はぐれ”に戻るか」

一呼吸で考え、一誠はひとまず学園へと向かった。









「駄目よ!!」

短い叱責とともにリアスは一誠に平手打ちする。
それを避けることも氣でガードもしないでただ受けた一誠。
部室に着いた一誠はさっきの出来事をリアスたちに説明し、一誠はこれから助けに行くと言ったのだ。
そんなことを許すわけにもいかないリアスは一誠の頭を冷まさせるつもりで引っぱたいたのだ。
だが、それは一誠も同じだった。

「悪いな、俺は別に許可を取りにきたんじゃない。眷属からはずしてくれるように言いに来たんだ」

その言葉にリアスだけでなく、他の部員たちが驚く。

「俺はすでにあいつ等の仲間の一体を殺ったんだ。つまり、俺とあいつ等は敵対関係だ。こうなったら、もう問題になってしまう。
悪魔全体のことと、俺も含めた眷属のことを考える部長の考えは理解している。だから、俺を眷属からはずせばそれで解決するだろ」

「・・・私がそんなことをすると思っているの?」

不機嫌そうに睨むリアスに、「だよな~」と一誠は頭を掻いた。
それに、とリアスは続けて、

「あなたは、その堕天使を消し飛ばしたんでしょ。だったら、関わるのはここまでにすれば、追求を受けても誤魔化せるわ」

「確かに、それも手だが・・・・」

だったら、

「俺が教会にいる奴らを全員消し飛ばしても大丈夫じゃないのか?」

「あなた、そんな事が出来ると思っているの?」

「出来ないとは思っていないな。少なくとも」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

お互いに全く引かず睨み合う。
だが、一誠はリアスに背を向けると、

「まぁ、どっちでも良い。俺の処遇は部長が決めてくれ」

そう言って、扉に足を向けようとする一誠だったが、扉には小猫が、窓には木場が立ちふさがっていた。
一誠は彼らの行動と引き止めるリアスに嬉しさも感じながらため息をつく。

「イッセー、少し話を聞かせなさい」

一誠の背後からリアスが問いかける。

「あなたは如何して、その子を助けようとするの?友達だから?」

「ん?まぁ、それもあるが、一番の理由はそんなご立派な物じゃない。
ただ、俺の美学とちっぽけなプライドだ」

リアスは一誠の背中を睨む。

「そんなもので、あなたは自分の命を捨てるつもり?」

「別に捨てるつもりはないんだが。そうだな。その二つを守るために俺は死ぬ思いをして、異世界の秘境へ赴き、必死に力を得たから。
だから、それを無くしたら、もう俺は俺じゃない」

なにより、

「俺はもう二度と見て見ぬフリをして後悔するのは、嫌なんだよ。後、自分の不始末で女の子が不幸になったり泣くのは我慢が出来ない。
それじゃ、俺は一番無様だった頃の俺に逆戻りだ」

一誠の独白を聞いて黙り込むリアス。
だが、また一誠に問いかけた。

「あなたは堕天使の計画をどう考えてるの?」

「?なんでそんなことを聞くんだ?」

「いいから、答えなさい」

「・・・恐らく、計画に参加してる堕天使は下に位置している奴だけだと考えてる」

「その理由は?」

「計画がずさん過ぎるんだよ。アーシアが儀式の重要な鍵のようだが、フリードのようなイカレたバカと組ませたり、
水面下に行えば良いのに、こっちの依頼人を殺して悪魔側に喧嘩を売るなんて不確定要素をむしろ自分から作ってるように感じる」

一誠の言葉を聞き、顎に手を当てて考えるリアス。
そして、一誠は少し悪戯小僧のような表情で、

「そんなことをするのは、どうしようもない馬鹿か、部長を大したことは無いと舐めてる奴のどっちかだ」

「・・・・・・・」

一誠の言葉にリアスのこめかみがヒクヒクと引きつる。
背を向いているから一誠にはリアスの表情がわからないが、余ほど恐ろしい表情をしているようで、小猫と木場が冷や汗を流しているのが見えた。
と、そこへ朱乃がリアスに耳打ちした。
すると、

「・・・用が出来たから、出かけるわ」

そう不機嫌そうに言って、魔法陣へ入るリアスと朱乃。
先ほどまで自分を止めるはずだったのに、急に出かけるのに一誠は不審に感じた。
と、そこで再びリアスが、

「イッセー、あなたは『兵士』の駒を弱いと思うかしら?」

「?いや、『兵士』でも敵は倒せるだろ?」

「ええ、そうよ。『兵士』でも『王』を狩ることは出来る。それに『兵士』には『プローモーション』の特性があるの」

「つまり、俺でも他の駒の特性に変われるということか?」

「ええ。私が“敵陣地”と認めたもっとも重要な所へ、例えば、今回なら教会に足を踏み入れた時、プローモーションは可能なの」

それを聞き、一誠は驚き、目を見開きリアスを見た。
見ると、リアスは一誠に笑いかけ、

「それからイッセー、神器は想いに応えて発動するわ」

「想いだと?」

「ええ。想いが強ければ、強いほど神器はあなたに力を与えるはずよ」

そう言うと、リアスは朱乃と共に何処かへジャンプする。
その姿を一誠は「いってらっしゃい、部長」と不敵に笑いながら見送った。
最後にもう一度、笑った部長の顔は忘れられないが。
一誠は窓に立つ木場を見る。

「さて、何故か“許可”は貰えたから、通してくれるか?」

遠まわしだったが、確かにリアスは教会を自分の“敵陣地”と認めている。
なら、問題は無いだろうと一誠は木場に退くように言う。

「本当に行くんだね。向こうには大量のエクソシストと堕天使がいるんだよ」

「大丈夫だろ。場数を踏んでるんだ。自分の命の危機ぐらい感じられる。フリード程度の奴なら千いても脅威とは感じないな」

「凄い自信だね。だけど、やっぱり無謀に見えてならない」

「じゃあ、止めるか?」

氣の力で軽く動けなくするしかない、と思った一誠だったが、木場の答えは予想外のものだった。

「いや、僕も行くよ」

「!良いのか、お前には関係ないことだぞ」

「ははっ、酷いな。確かに、僕はそのアーシアさんには関わり合いはないけど、君は大切な仲間だ。
それに部長は君に許可を出したのと同時に、僕たちにそのフォローも頼んだんだよ」

それに、

「個人的に堕天使と神父には少し因縁があるんだ。それも憎いほどにね」

木場の瞳にどす黒いものが浮かぶ。
だが、一誠はそれを無理に聞こうとはしなかった。
その代わり、服の袖を小猫に引っ張られた。

「・・・私も一緒に行きます」

「お前もか?」

一誠が問いかけると小猫は無表情のまま頷いて、

「・・・先輩たちが心配ですから」

その言葉に一誠は不敵な笑みを深くして、

「よし、サンキューな。アーシアを助けたら、アイツと一緒出にかけようぜ、俺が何か奢る」

「それは楽しみだね」

「期待しておきます」



[32327] 第七話
Name: マグナム◆82290672 ID:79cf8b6f
Date: 2013/11/11 00:14
それから三人は教会へと向かった。
景色はすでに夜、暗がりに教会の様子を伺うが、外から見て人のいる気配はない。
だが、一誠は氣による探知で堕天使と大勢の神父があそこの地下にいるのを察していた。

「はい。これ図面」

と、木場が一誠に見取り図らしきものを手渡した。

「教会のか?」

「うん。敵陣に攻め込むときのセオリーだからね」

そう笑顔でいう木場に一誠は純粋に驚いた。

「準備が良いな」

「うん。イッセー君はどうするつもりだったんだい?」

「適当な奴をとっ捕まえて吐かせる」

「・・・・・・」

笑みが引きつる木場だが、一誠にとっては普通のこと。
向こうにいた時も簡単で手っ取り早い方法だったのだったからだ。
近くにいる小猫は無表情だが驚いているらしい。
だが、一誠は図面から不審な点を見つけた。

「聖堂に地下が書かれていないな。あいつらが勝手に作ったのか?」

「たぶん、そうだよ。この手の“はぐれ悪魔祓い”集団は聖堂に細工するんだ」

「自分たちを捨てた神への当てつけか?」

呆れがちに一誠が言うと、木場は「たぶんね」と同意する。

「地下で怪しげな儀式をするんだけど、一体何の儀式なんだろう」

「大方、アーシアから神器を取り出すつもりなんだろ」

断定するように言った一誠に木場と小猫が目を丸くして尋ねる。

「どうして、そう思うんだい?」

「堕天使を治療できる力なんて、かなりレアだろうからな。だが、自分たちの思い通りにするにはアーシアの存在、この場合、人格が邪魔だ。
優しい奴だから教会から抜け出したんだ。堕天使からしたら相当鬱陶しいだろうよ」

そう言うと木場と小猫は納得する。
だが、

「・・・だったら、急いだ方がいいです」

「そうだね。神器を抜かれたら、その人は死んでしまうから」

「やっぱりか・・・」

その瞬間、一誠のまとう空気が重く変わったので二人は驚いた。
そして、一誠は堂々と聖堂の扉に歩き出す。
木場は静止の声をかけようとするが、

「時間が無いんだ。それにむこうも気づいているだろ」

「・・・そうですね」

いつの間にか小猫も一誠の隣にいる。
二人は門の前につくと、力任せに門を殴り飛ばした。
それを見て、木場は苦笑しながら二人の後を追うことにした。



聖堂の中は長椅子と祭壇、それに誰かが頭を破壊したと思われる聖人の彫刻だけだった。
見た感じ誰もいないが警戒する木場を小猫。
だが一誠はここに入る前からわかっていたのか、ただその場に立っている。
すると、聖堂に淋しい拍手がこだました。
一誠は一つの柱を見る。
そこから何時ぞやのイカレ神父、フリードが現れた。

「ご対面~!!感動の―――」

「うるさい・・・」

言葉の途中で一誠がフリードの顔を鷲掴みした。
あまりの速度に遣られたフリードも近くにいた二人も驚いた。
だが、一誠の手は確実にフリードのこめかみをしっかり捕らえて離さない。
それをフリードは振り払おうとするが、一誠は手に力を込めてそれをさせない。

「時間がおしているんだ。お前と遊んでいられないんでな、地下の道はどこだ?」

身長差でフリードの足は地面から離れている。
それでも力を込めてフリードを締め上げる一誠。
さらに、フリードは激痛を感じているのか全身を痙攣させながら、観念する。

「か、階段なら、祭壇、の下、にあるでやんす」

掠れた声でフリードは白状した。
だが、一誠は祭壇までフリードを持ったまま歩くと、祭壇をフリード“で”薙ぎ払った。
祭壇の破片が飛びなか、一誠はフリードを離して一緒に飛ばす。
その中には確かに地下の階段があった。

「よし、行くぞ」

「う、うん」

一誠の言葉に引きつりながら答える木場と呆然とする小猫だった。
あと、フリードは気絶して・・・いなかった。

「待ってや!クソ悪魔!!」

「ちっ、時間がないと言っただろ」

「そんなの知りませ~ん。悪魔の都合などどうでも良いです~、神父なんで~」

「小猫、―――――――頼めるか?」

「・・・・わかりました」

話す気も起こらない一誠は小猫に耳打ちで頼みごとをする。
フリードはこの前の光の剣と新しい銀の銃を取り出すが、その前に子猫は一誠の頼みを実行すべく、長椅子を持ち上げ、

「・・・潰れて」

力の限りぶん投げた。
だが、フリードはその程度のことは苦でもないらしく、

「しゃらくさせぇ!!」

と、光の剣でそれを切ろうとする。
だが、それより早く一誠が小猫の投げた長椅子に弾丸のように跳躍し、いすに追いつくと、両足をそれに当て、
思いっきり足で長椅子を蹴り押した。
それによって椅子は加速、タイミングを狂わされたフリードは椅子に引かれ下敷きになる。
そこへ一誠が巨大な氣弾を撃ち込んでやった。
だが、

「逃げたね」

「ああ、そうだな」

氣弾の爆発の跡に残ったのは椅子の破片だけだった。
恐らく、被弾する寸前で椅子から脱出したのだろうが、今は気にしない。

「とにかく、急ぐぞ」

「うん」

「・・・はい」






それから三人は階段を駆け下りる。
どうやら地下を作ったものは一流のリフォームが出来るらしく、地下には電気が通っており明るい。
すると、前方に大きな扉が見えた。

「あの向こうに結構な数の氣とアーシアの氣がある。確実に儀式はあそこだ。
このまま突っ込むぞ!!」

「だ、大丈夫なのかい?」

と木場。
目が慎重にと物語っている、後ろの小猫も同意していた。
だが、

「もうこっちの侵入を向こうは気づいているんだ。扉の向こうでは神父たちが出迎えで待っているはずだろ。
ここは勢い任せに乗り込んで相手に間髪も要れずに一撃を与えて、少しでも混乱させた方が有利だ」

「なるほどね。なら、僕も少し本気で突っ込んだ方が良いかな」

そう言うと、木場の手に闇で出来たような漆黒の剣が出現した。
それを見て感心したように一誠が、

「お前も神器所有者だったのか」

「うん。『光喰剣』(ホーリー・イレイザー)。光を食らう闇の魔剣さ」

それはまた“都合良く”神父の武器と相性のいい物を持っているな、と思いながら一誠は左手に篭手を出現させる。
そして、扉に向かって突進するように左拳をぶつけて、それを粉砕した。
粉々となった扉の破片は中で待ち受けていた神父たちに礫(つぶて)として当たり混乱させる。
その隙を突いて、一誠は右手を自分の右方向の神父たちに突き出し、そこから氣弾を放ち粉砕する。
その手際に突撃を決心していた木場と子猫は脱帽し、中にいた面々は完全に出鼻を挫かれ腰が引けていた。
しかし、当人の一誠はいつもの不敵な笑みを正面にいる十字架に縛られたアーシア、そして隣にいるレイナーレに向け、

「助けに来たぞ、アーシア」

「イッセーさん!!」

一誠の姿を見たアーシアは嬉しそうに声を上げるが、隣のレイナーレは忌々しい顔で、

「さすが、悪魔ね。ずいぶん不躾な登場をするじゃない」

「ゲストの登場は派手なもんだ」

涼しい顔でレイナーレの皮肉を返す一誠。
だが、その表情はすぐに消えた。
それを見て、レイナーレは笑みを浮かべ、

「残念だったね。もう儀式はもう終わるところよ。あんた達、足止めをしなっ!!」

レイナーレの一喝にそれまで怯えていた神父たちが一斉に飛び掛ってきた。

「邪魔だ!!」

気合と共にその群れを殴り飛ばす一誠。
ここで密室空間が邪魔になった。
先ほどのように氣で一気に吹き飛ばせばいいのだが、下手に儀式を妨害すれば何が起こるかわからない。
一番いいのは、レイナーレが儀式を中止すればいいのだが、それには神父の山が邪魔だ。
すでにアーシアは悲鳴を上げている。

「イッセー君!!」

「・・・先に行って下さい」

焦燥する一誠の横から小猫と木場が飛び出した。
それにより僅かだが、神父たちの群れに隙間が生まれた。
一誠は二人に礼を言うと、その間をダンプカーのような突進で突破した。

「アーシア!!」

そして、アーシアの元に到着した一誠は彼女を拘束している鎖を引きちぎった。
だが、

「ハハハ!!残念ね、その子の神器は取り出したわ。もうその子、死ぬわ」

アーシアが治癒をするときの光を抱きながらレイナーレが嘲笑った。
そのことに一誠はただ呆然とした。
間に合わなかった。“また”自分は守れなかったのか?

「イ、イッセーさん」

「アーシア!!」

だが、アーシアはまだ息が合った。
しかし、彼女の命が徐々に消えていくのを、彼女の氣が教えている。

「これよ!これ!!これこそ私を至高の堕天使にしてくれる力。これさえあれば、私をバカにした奴らを見返せる!!
あの方々に愛してもらえる!!アハハハハハハ!!」

背後でレイナーレが高笑いするが、一誠の耳には聞こえていない。
ただアーシアを抱きかかえていた。

「イッセー君!!ここでは不利だ!!!早くアーシアさんを外へ!!!」

「すまんっ!!」

木場の言葉に甘え、二人に死ぬなよ、と伝えてから一誠は全速力で地上へ向かった。
その前に、「無駄よ、その子はもうすぐ死ぬ」と嘲るレイナーレの声が聞こえた。






木場と小猫の助けで聖堂に戻ってこられた一誠はアーシアを長いすに寝かせる。
すでにアーシアの氣はどうにもならないほど、弱くなっている。
例え、一誠が氣を集めてアーシアに送ったとしても助かることは無い。

「すまない・・・アーシア」

あの頃と何も変わっていない。
自分はまたも助けることが出来なかった。
悔しさにより一誠は拳を強く握り締める。

「イッセーさん・・・」

「アーシア!!」

弱弱しく手で一誠の拳に触れるアーシア。

「あ、りがとう、ございました」

「何を・・・・」

言ってるんだ?と一誠は呆然とした。
自分は彼女を救うことが出来なかったのに。

「私と、友達になってくれて、ありがとうございます。少しの間でしたが私は幸せでした・・・」

「―――っ!?何を言ってるんだ!!ずっと我慢してきたんだろ!理不尽なことからずっと耐えてきたんだろ!!
だったら、その時間の分幸せになったら良いだろ!!!」

それが叶わないことは一誠にもわかっている。
だが、アーシアは笑った。

「それでも、嬉しかったんです。初めて出来た友達と、遊んでいる記憶が出来て・・・・」

だから、

「生まれ変わったら、また友達になってほしいです・・・」

目を瞑る一誠。悔しさで強く瞑ったが、息を少し吐いて、気持ちを落ち着かせる。
そして、

「・・・・・・・」

「え・・・・?」

アーシアの唇に自分のものを当てた。
それがキスだとアーシアが理解したとき、一誠は唇を離し、

「死ぬのにキスの一度もしたことが無いのは女の子には酷だろ?
相手が俺ですまないと思うんだが、現世の記憶は少しでも多く持っていけ、それを頼りに俺のいる世界に来い。
そしたら、また友達になってやるし、責任もとってやるから」

そう優しく微笑みながら、涙をためる一誠。
これで自分を恨んでもかまわない。
それでもこの世界にアーシアのことを覚えておいている者がいると伝わればそれで良かった。
だが、最後にアーシアは嬉しそうに微笑んで、

「はい!ありがとう・・・・」

言葉と共にアーシアの氣が完全に消えた。
その頬に上から水滴が彼女に落ちると同時に。



「あら、その子、やっぱり死んだの?」

天を仰いでいる一誠の背後からレイナーレが降り立つ。
だが、彼女には切り傷がつけられている。

「見て御覧なさい、この傷。ここにくる途中で騎士につけられたの」

一誠に見せびらかすようにレイナーレは傷を見せ、その傷に手を当てる。
すると、光が発生し、彼女の傷を癒した。

「見て、素敵ですしょ?どんな傷でも治してしまう素晴らしい贈り物。まさに、至高の堕天使になる私にふさわしいわ。
これで、私の地位は約束される!!この力で偉大なるアザゼル様、シャムハザ様に愛して貰えるのよ!!!」

自慢するように演説するレイナーレだが、それすらも一誠は無視してただ上を見上げている。
そして、口を開き、声を出した。レイナーレではない、自分に。

「なぁ、兵藤一誠。お前は何で力を手に入れたんだ?」

『Dragon booster!!』

願った。力がほしいと、こんな事にならない力を。例え、もう遅かったとしても。
自問と共に左手に篭手を出現させる。
だが、少し違う。宝玉に眩い光が放たれると同時に、篭手にそれまで無かった紋章が出現する。
その姿をレイナーレは気でも狂ったのか?と侮蔑の表情で見る。

「こういう思いをしないために身に付けたんじゃないのか?たった一人の少女を救う力も無いのか?」

「気持ち悪いわね、下級悪魔は消えなさい!!」

背を向けている一誠にレイナーレは光の槍を放つ。
それは確かに一誠に吸い込まれた。
だが、

「えっ?」

それは一誠には刺さらず、通り抜けたのだ。
レイナーレが驚き声を漏らすと、一誠の“残像”が消え、

『Boost!!』

と、共にレイナーレの背に一誠が乗った。
両手で彼女の翼を掴み、右足を両方の翼の間に置く一誠。

「救う力は無くても、この外道をぶちのめす力ぐらいはあるよなっ!!」

「あ、あなたまさか!!」

恐怖で引きつるレイナーレの予想通り、一誠は右足に力を込めレイナーレを蹴り押す。
すると、彼女の両翼は千切れるように根元からもげた。

「ぎ、やぁああああああ!!こ、の、下賎な悪魔がぁああああああああ!!」

もがれた翼の場所から血を流し悶えるレイナーレ。
だが、痛みでさらに逆上した彼女は背後に向かって光の槍を一誠に放った。
その槍を一誠は避けなかった。

「えっ?」

だが、攻撃したレイナーレの槍は一誠に当たる前に何かに阻まれたのだ。
レイナーレには分からないが、周囲の氣を集めて作った一誠の障壁に阻まれたのだ。
それを知らないレイナーレは徐々に近づいてくる一誠に恐怖しながら、何度も光の槍を投げる。

『Boost!!』

だが、すべてが一誠には届かない。
その恐怖が最高潮となったレイナーレは一誠に背を向けて逃げ出す。
だが、

「“人”のことを馬鹿にしておいて、逃げるなよ」

一瞬で距離を詰めた一誠は彼女の髪を掴む。

「げ、下賎な悪魔が至高の堕天使である髪を掴むな!!」

恐怖で怯えながらも、浅ましいほどのプライドで激昂するレイナーレ。
だが、そんな虚勢のような言葉などで怒りが最高潮となった一誠がどうこうなるはずも無い。

「“人間”のアーシアはどんなに苦しくても、死の恐怖にも逃げなかったんだぞ」

『Boost!!』

髪を掴んだまま一誠は振り抜くように上空へ向かってレイナーレを投げる。
その際、彼女の髪がブチブチと千切れ、裂ける音と彼女の悲鳴が上がる。
だが、そんなことは関係ないかのごとく、一誠はいつの間にかレイナーレの前に先回りし、ありったけの力を右手に集める。

「本当はアーシアに謝らせたいんだけど、堕天使の魂はやっぱ天には昇らないんだろうな」

「わ、私は、至高の堕天使なのよ。そ、それがこんなところで!!」

レイナーレの言葉に一誠はカッと目を凄ませ、

「堕ちた天使が昇ってどうするんだよ・・・心配しなくても、お前は他の奴より箔のあるところに行かせてやる・・・
堕ちる所まで堕ちて、這い蹲ってろ!!!!」

『Explosion!!』

直後、宝玉の光が強まり、一誠にこれまでにない力を授けた。
だが、ドーナシークのようにただ振り回すだけの力ではない、自分の意思に沿ってくれる力。
これなら、レイナーレに拳をぶつける前に彼女が消滅することはないだろう。

「い、いや、いやぁああああああああっ・・・・・・」

そして、一誠は恐怖で引きつるレイナーレの腹部に右の拳をつきたてた。
直後、レイナーレの体は隕石のように床へと激突し、大穴を明けながら、恐らく、その先の地下へと堕ちた。
その穴を見ながら、

「安心しろ。まだ殺さない、アーシアの神器を返して貰ってからだ」

着地と共に一誠は虚しげに空を見た。
神器からの力の反動で極度の脱力感があるが、一誠にはまだやることがある。

「お疲れ、イッセー君」

と、階段から木場が姿を現す。

「ありがとな、手をださしないでくれて」

少し離れたところから木場が様子を見ていたことは気付いていた。
木場も一誠に悟られていることは予想していたらしく、そのことに何の反応も示さないで話す。

「出す必要なかったし、部長にも言われたからね」

「そうよ」

木場の言葉の後にリアスが階段から姿を出す。
無論、一誠は気付いていたが。

「あなたなら一人でも、あの程度の堕天使に遅れを取るとは思えなかったからね。
でも、無傷で圧勝するなんて、やっぱり貴方を下僕にして正解だったわ」

リアスは一誠に向かって微笑みを浮かべる。
だが、彼は自嘲気味な笑みを浮かべながら、

「そうでもないさ。部長に逆らって、大見得切って、迷惑かけた挙句、
その結果、女の子一人助けることが出来ない、無様なものさ」

「そんなことを言う必要はないわ。あなたは自分の力を精一杯使い、彼女を助けようとした。
そして、彼女の命を利用しようとした堕天使も倒した。誰もあなたを咎めるものはいないはずよ」

「いや、いるさ。俺自身が」

そう自虐的な笑みを浮かべる一誠。
すると、ここで階段から更に二人出てきた。

「部長。持ってきました」

一人は小猫が気絶しているレイナーレの片方の腕を持って引きずり現れ、
その後に、朱乃がいつもの笑みを浮かべて、

「あらあら。教会がボロボロですが、よろしいのですか、部長?」

そこで一誠も気付いた。
聖堂と地下を貫通工事したのだが。

「あ~、やっぱり、不味かったか?」

「本来なら、教会は神や堕天使の陣地だから、戦争になったり、刺客を送られたりするんだけど。
まぁ、今回は大丈夫よ。あなたの予想通り、今回は少数の堕天使が勝手にこの捨てられた教会を利用していただけだから。
こういう野良試合の小競り合いなんて、あっちこっちで起こってるわ」

そう聞いて一誠は少しほっとする。
そして、

「じゃあ、最後のお勤めと行きましょうか」

そういって、リアスは足元に倒れるレイナーレを見る。
その後、朱乃に指示を出し、彼女は魔力で水を作り、それをレイナーレの顔にかける。
それにより、レイナーレは咳き込みながら意識を取り戻す。
驚き見る彼女の視界に最初に入ったのは自らを見下すリアスだった。

「ごきげんよう、堕ちた天使さん」

「・・・・・っ・・・・・!!」

リアスの姿を見て何か喋ろうとしたレイナーレだが、それは言葉にならず、ただ口をパクパクさせるだけ。
本人も自分の状態に困惑する中、リアスもキョトンとした表情になったので、一誠が説明した。

「あ~。部長、レイナーレは俺が氣も乱したから、喋れないし、動くこともできないんだ」

「へ~、あなたそんなことも出来るの?」

感嘆の声を上げるリアス。他のメンバーもかなり驚いている。

「喋れるようにしたほうが良いか?」

「いえ、別にいいわ」

微笑みながらリアスは無様に地面に仰向けに倒れるレイナーレを見下す。
そして、彼女に見えるように黒い羽を懐から出して見せた。
それに驚愕するレイナーレにリアスは嘲笑するように笑った。

「これが誰のか分かるわよね。堕天使カラワーナ、堕天使ミッテルト、あと、男の堕天使がいたみたいだけど、そいつはイッセーが消し飛ばしたわ。
それにしても口の軽い子たちだったわね。突然、コソコソ動いたんで朱乃と一緒にお話しにいったら、色々喋ってくれたわ。ふふ、私を舐めるからこうなるのよ」

部室でのことをまだ覚えていたようだ。
そんなことより、

「そいつらは、部長が消し飛ばしたのか?」

「そうよ」

一誠へ自慢げに笑う部長。
そこで木場が部長のことを話してくれた。
部長は若い悪魔の中で天才と呼ばれ、その一撃はどんな敵でも消し飛ばす、滅亡の魔力を持つ公爵家の令嬢だと。
別名、『紅髪の滅殺姫』と呼ばれていると朱乃が教えてくれた。
と、そこでリアスが一誠の左腕の神器を見た。

「・・・・赤い龍。この前までこんな紋章なかったのに」

「ん?そういえば、今はあるな。怒りで気付けなかった」

一誠も自分の神器の変化を確認する。
すると、リアスは何か納得したように妖艶な笑みを深め、

「そう。そうだったの。まさか、ここまで出鱈目な子だったなんて」

「如何したんだ?」

「イッセー、あなたの神器は『龍の手』じゃないわ。『赤龍帝の篭手』(ブーステッド・ギア)よ」

「ブーステッド・ギア?」

その単語に声の出ないレイナーレは驚愕していた。
その理由は、

「赤龍帝の篭手は神器の中でもレア中のレア、『神滅具』(ロンギヌス)に属すものよ。言い伝えによれば、人間界の時間で十秒ごとに所持者の力を倍にする能力。
そして、極めれば、一定の時間、神をも越える力を与えると言われている代物よ」

とリアスに言われ一誠も何処か納得した。

「なるほどな。だから、一回目以降も力が上がるのを感じたのか」

もっとも、その分リスクも高いんだろう。
主に強化に時間がかかるとか、そんなところだろう。
リアスもその事を一誠に伝えると、再びレイナーレを見る。

「さて、もう話しこともないことだし、消えてもらおうかしら、堕天使さん」

目を細め、冷酷な表情を浮かべるリアスに、完全に怯えるレイナーレ。
そして、リアスは彼女に手を向けようし、

「俺、参上!!」

面倒な奴が戻ってきた、と一誠は声の方を見ると、そこにはやはりフリードが立っていた。
それを見て一誠だけでなく、木場と小猫もうんざりとした表情となる。

「おや~。俺の上司がチョ~ピンチくせぇな!!」

「ついでに戻ってきたお前もだと思うがな」

「―――――――!!!」

フリードの姿を見つけたレイナーレは大口を開けて何かを言おうとする。
大方、私を助けろ、とでも叫んでいるつもりなのだろう。
だが、

「あれれ、な~にも聞こえませんねぇ~。これは助ける必要無くねぇ?天使様は『無』の経験がしたいみたいですね。じゃあ、手紙でその体験を教えてちょ。
あっ!!無理か、『無』だもんねぇ、無理だよねぇ。無が三つで南無産!あっ、俺って元クリスチャンだ;。俺って悪い子!」

相変わらず良く回る舌だな、と思いながら、一誠はフリードに向けて踏み出そうとするが、それをリアスが視線で止めた。
何故?と一誠は思ったが、傍のレイナーレを見て納得した。
消すなら絶望しきってからと。

「それより、イッセー君!イッセー君!!君って凄い神器持ってたのね!俺、もっと君を殺すことに興味津々!!
おめでとう!君って俺の殺したい悪魔ベスト5にランクインしたよ!!次はロマンチックに殺し合おうぜっ!!」

「他に誰がいるのか気になるが、来るなら今来い。出血大サービスするぞ」

「生憎、もう夜遅いので、俺は寝る!!じゃあね~、バイバ~イ!!」

そう言って、フリードは去っていった。
結構な速さで逃げているが、一誠なら追いつける。
ああいうのは叩ける時に叩いた方が良いのだが、リアスが止めるので諦めた。
代わりに、部下に捨てられたレイナーレを見ると、完全に絶望していた。

「下僕に捨てられた堕天使レイナーレ。哀れなものね」

全く同情の様子のないリアス。
一誠も同じなのだが、

「――――!――――!」

レイナーレが夕麻の時の表情一誠に向かって口を開く。
恐らく、怖い、助けて、愛しているとでも言っているのだろう。
すると、リアスが一誠にどうする?と視線で問いかけた。
それを一誠は苦笑しながらレイナーレに近づいた。

「・・・・・・」

「―――――――!!」

動くことが出来ず仰向けのレイナーレを見下ろす一誠。
だが、その瞳に僅かながら涙が溜まっているのを見ると、

「やれやれ、俺って本当に女の涙に弱いな」

その言葉にその場の全員が驚く。

「レイナーレ、アーシアに謝って二度と俺や俺の周りの奴に危害を加えないと誓うか?」

「――――――――!!」

一誠の言葉に歓喜したかのようにレイナーレが口を開く。
なので、一誠はレイナーレの頭を掴む。
そんな中、木場と小猫が一誠を止めようとするが、一誠はレイナーレの氣を元に戻した。
次の瞬間、

「馬鹿な奴ね!!」

最小限の光だけを手に集め、それを一誠に突き立てるレイナーレ。
深々と突き刺さるレイナーレの手。
だが、そこには手ごたえは無い。
代わりに、

「仕方ないだろ。そういう性分なんだから」

レイナーレの耳に一誠の声が届いた瞬間、目の前の残像が消え、彼女の胸から赤い篭手を纏った一誠の手が飛び出てきた。

「誓いを破ったのはお前だぜ」

「がぁっ・・・!?」

逆に一誠の手に貫かれたレイナーレは血反吐を吐き、そこにはもはや涙は存在しなかった。
暁月から学んだ美学。それは女の涙はどんなことをしてでも止める。
それが敵で、嘘の涙だったとしても一誠は止めるのだ。
そして、

「俺の大事なものを傷つける奴は叩き潰すのが俺の流儀なんだよ」

そう宣言すると、一誠はレイナーレから手を引き抜く。
すると、そこから大量の血が流れ、レイナーレは糸が切れた人形のように倒れた。
それを冷たい視線を見下ろすリアスが、

「じゃあ、もう良いわね、レイナーレ」

「ふ、ふざけるな・・・わ、私は至高の・・・アザゼルさま、シェムハザさまに・・・」

「愛に生きるのは良いわね。でも、貴方は薄汚れ過ぎる。とてもエレガントじゃないわ。生き方もね。
それと・・・・私の可愛い下僕に媚を売るな!!」

圧倒的な圧力で凍りつく表情のレイナーレに放ったリアスの一撃によって、彼女は完全に消滅するのだった。
いや、正確には彼女の死体だ。
リアスの攻撃が当たるより僅かに早く、一誠の攻撃が致命傷だったようで息絶えていた。
その後に残ったのは彼女がアーシアの神器の光だけだった。
リアスはそれを手にとって、

「じゃあ、これをアーシアさんに返しましょう」

「・・・そうだな」

一誠には似合わない無表情になる。
リアスの真意に気付かず、墓に一緒に入れるつもりでいるらしい。
そんな彼にリアスは微笑みながら、

「イッセー、これが何だと思う?」

「・・・チェス、『僧侶』(ビショップ)の駒だろ?」

リアスが取り出した血のように真っ赤な駒を見る一誠。
そこでふと気付いた。

「説明していなかったけど、爵位のある悪魔が持つ駒は、兵士が八つ、騎士、戦車、僧侶が二つずつ。
それに女王が一つなの。私の僧侶の駒はもう使って、残りはこれだけだけど。これで彼女を転生させるわ」

そう言って、リアスは横たわっているアーシアの胸にチェスの駒を置く。
良いのか?とか、彼女の意思など思うところはあるが、とりあえず彼女が生きられるなら、それで良い。
恨みごとや彼女を生き返らせて起こる不利益をリアスは承知の上だろうし、それは全て自分が背負えば良いと一誠は思った。

「『僧侶』の特性は他の眷属悪魔のフォロー、彼女の回復能力は『僧侶』として使えるわ。シスターの悪魔の転生は前代未聞だけど。
それから一誠、『兵士』のあなたが全部背負うことはないわよ。それは『王』である私のすることなんだから」

見透かされたようにリアスに言われ、一誠は目を見開いた。
そして、リアスが呪文のように魔力を込めて言葉を紡ぐと、『僧侶』の駒と共に彼女の神器が取り込まれた。
それを終えると、リアスは短く息を吐く。
するいと、二度と動かないと思っていたアーシアの瞼が開き始めた。

「あ、れ?」

困惑するアーシアにリアスは笑いながら一誠に、

「私は、悪魔を治療できるこの子の力が欲しかったから『僧侶』の駒で悪魔に転生させた。
後は、イッセー。あなたが彼女を守りなさい」

そう言って、立ち上がり教会から出ようとするリアスに一誠は感謝するとアーシアの前に立つ。
すると、彼女は怪訝な表情となる。

「イッセー、さん?」

「よう、気分はどうだ?」

そう一誠は優しく微笑むのだった。





翌日、早朝のオカルト研究部に一誠とリアスの姿があった。
どちらもソファに座り、リアスは優雅にお茶を飲んでいた。
一誠はソファに深く座りながら頭の後ろに両手を組んで他のメンバーを待つ。

「だけど、よかったのか?貴重な駒を使って」

「ええ。あの子の神器はいち堕天使が上を欺いてまで手に入れようとしたものよ。
その治癒の力は無視できないはずだから」

嬉しそうに語るリアス。
その表情から一誠ももうこの件で何も言わない。

「いい買い物ができた感覚か?」

「ええ。でも、一番の買い物はあなたね」

「ん?」

リアスはお茶を置いて一誠に微笑む。

「なにせ、一誠は私が『兵士』の駒をすべて使わないと転生できなかった人間なんだから」

「駒を全て?もしかして、転生させる人間の価値によって、必要な駒の数が変わるのか?」

「ええ。チェスの格言でいえば、女王は兵士の九つ分、戦車は兵士の五つ分、あと騎士と僧侶は三つ分になるわ。
でも、一人の眷属に二つ以上の異なる駒を使うことはできないけどね。で、私の手持ちの駒であなたを転生するには八つの兵士しかなかったの」

「俺って、そんな価値があったのか?」

へ~、と自分が女王の真下に当たることに一誠は純粋に驚いた。
だが、リアスは首を横にふり、

「私も最初はそう思ったんだけど、どう考えてもあなたの力と私の駒の数が合わないわ」

「ん?どこがだ?」

「あなたの元々の能力に赤龍帝の篭手を加えれば、とても足りないの。まぁそれとは別で、あなたは最高だった。
まさか、人間の時から上級悪魔クラスの戦力に、赤龍帝の篭手がついていたなんて。
『紅髪の滅殺姫』と『赤龍帝の籠手』、紅と赤で相性バッチリね。」

それは鴨がネギ背負ってやってきたな、と一誠が軽口をいう。
すると、リアスはさらに上機嫌になりながら、上品に笑って、

「そうね。あなたなら、短時間で神を超えられるんじゃない?」

「いや、悪魔の身体じゃないととてもじゃないが扱い切れないな」

左腕を見ながら答えると、リアスはキョトンとして訳を訊く。

「倍になった時の増え幅がでかすぎなんだ。人間の時だったら絶対一回で身体が壊れる」

たぶんだが、

「悪魔の転生に使った駒の力を俺の氣の力で強化したんだろうな。それで本能的に俺の身体は悪魔の力よりも
普通の悪魔以上に頑丈な肉体にしたんじゃないか、と思う。でないと、とてもじゃないが扱い切れない代物だ」

それに一誠はリアスたちから悪魔になった時、いろいろな能力が上昇すると聞いていたが、それを感じていなかった。
その理由が、赤龍帝の篭手に耐えられる肉体を作るためなのでは、と一誠は考えたのだ。
その話を聞いたリアスも神妙な表情で、

「なるほどね。確かに、赤龍帝の篭手は『神滅具』のひとつ。並みの肉体では耐えられないでしょうね」

でも、

「あなたなら最強の兵士になれる。いえ、なりなさい。イッセー」

すると、リアスはソファに座る一誠に顔を近づけ、

「これはお呪いよ。もっと強くなりなさいね、私の可愛いイッセー」

チュ、と彼の額に唇を当てた。

「・・・・・・」

「?どうしたの?こういうことは慣れてると思っていたんだけど?」

「いや、別に昔の美女との思い出をちょっとな」

「あら、それは少し私に失礼じゃないかしら?」

「そうですわね。ねぇ、アーシアちゃん?」

口を尖らせるリアスの後で朱乃の声が背後から来る。
別に気づいていたが振り返ると、やはり、朱乃の他にアーシア、木場、小猫がいた。
ただ、アーシアも一誠たち同様にこの学校の制服を着ている。
朝来たとき、リアスからこの学校に通うことは伝えられている。
そのアーシアだが、リアスと一誠の関係に嫉妬していたらしく、何か葛藤のようなものをした後、神様に祈ったそうだ。
そしたら、頭痛がしたらしい。

「悪魔なのに神に祈ったら、ダメージぐらいくるわよ」

とリアス。
その事実に改めて気づいたアーシアはさらに落ち込んだ。
そんな彼女にリアスは後悔していないか尋ねる。
だが、アーシアは、

「いいえ、どんな形でもこうしてイッセーさんと一緒にいられるのが幸せです」

と、言って一誠を感動させた。

「お~、嬉しいことを言うな、アーシア。あと、制服に合ってるぞ」

そういって、入学おめでとう、と一誠はアーシアの頭に手をのせる。
彼女は嬉しそうに笑った。
あと、

「胸が小さいのが悩みなら、肉体改造のツボで変えられるぞ」

『出来るの!!?』

一誠の一言に全員が驚きの声を上げるのだった。

その後一悶着あったが、一誠たちはリアスが用意をしたケーキを食べながらささやかなパーティを行うのだった。

そこでは今まで一人ぼっちだった少女の姿はなく、ただただ嬉しそうな姿だけであった。







あとがき
ここまで読んでくれてありがとうございます。
書き終えて思ったのですが、改めて、これはイッセーではないと感じてしまうます。
とりあえず、試験勉強の際、思いつきで走り書きしていたものなので、ストーリーよりも笑いを重視しているので、
もし、続きを書くことになれば、書き直しすかもしれません。

すでにもう一つ書いているのに何を言っているんだ、と思われるかもしれませんが。
パソコンの環境が整ったら考えます。
あと、これが余りに酷いと叩かれたら消すと思います。
では、ここまで付き合ってくれまして、ありがとうございます。



[32327] 第二章一話
Name: マグナム◆9bae9ac6 ID:c4aecc21
Date: 2012/11/25 15:28
夜が終わり、黒から紫に変わり出した空のしたを二人の男が歩いていた。
一人は、この世界、アレイザードを救った英雄、はすれ勇者の凰沢暁月。
もう一人は暁月の後にいつもついて歩いていた少年、兵藤一誠。
二人は魔導大国シェフィードの王都エルディア、そこにある霊園から出てきたところだ。
レオン・エスペリオン真の勇者と称えられた友に最後の挨拶をしていたのだ。
入口へと歩く二人、そこまで差し掛かった所で鉄柵の向こうに男と女、二人の人影を見つけた。
そして、二人が霊園を出た所で、男が声をかけた。

「もういいのか?」

「ああ」

「もう済みした」



霊園を出てから、二人を待っていた男女、赤毛の青年ゼクス・ドルトレイクと腰まである銀髪のハーフエルフ、ルーティエ・トルムを連れて歩く。
エルディア城の裏門前に来るまで、ゼクスが呼び止めようとしたり、暁月と一誠の意思を尊重したルーティエの尻を暁月が触り、
さらに胸も良いかな、と聞いてしばかれたなどあった。

「ところでイッセー、それを持っていかれるのですか?」

と、ルーティエは一誠の腰にぶら下がった鎖のアクセサリーを見ていう。

「はい。一応、これは俺が最後まで面倒をみろって言われたものだし、
向こうでは使わないと思いますけど、キーホルダーで通じますから」

「随分物騒なキーホルダーだな」

一誠の言葉に暁月が言うと、他の二人も同感なのか頷いた。
そんなこんなで、四人は自然と足を止めると必然的にそこが別れの場となった。

「では、私達は、ここまでで」

「名残惜しいけど、達者でな、ルー」

「元気でいてくださいね、ルーティエさん」

真っ赤に紅葉腫れした頬を抑えていた手で暁月はルーティエと握手し、一誠は両手でルーティエの手を握って別れの握手をした。
そして、暁月はゼクスを見て、

「じゃあな、ゼクス。将軍になったら、女遊びは控えろよ」

「確かに、これまでみたいにしてたら、会議を罷免されたら洒落にならないな」

「うるせぇ!!お前らには言われたくねぇよ!!それより一誠、お前は戻ってなにをする気だよ!!」

確かに、そうだ、と暁月とルーティエも一誠の今後に興味を持った。
フフフッと一誠は不適に笑い、

「もちろん俺の目標はアニキ以上のいい男になること、そして・・・・・
最高にいい女を抱いて、アニキ越えと同時に童貞卒業するのさ!!」

拳を握って、声を高らかに宣言する一誠にルーティエは唖然とし、暁月とゼストは爆笑した。

「あはははっ、流石イッセー、ゲホォ、ゲホォ」

「エロ技じゃ、俺を超えるだけある」

腹を抱えて爆笑するゼクスと暁月。
だが、一誠はそれを恥じることなく。

「ハハハッ、笑いたければ、笑うがいい。だが、俺は必ず悲願を叶えてやる!!」

「はぁ・・・」

一誠の目的を笑顔で応援する暁月とゼクスにルーティエは頭を抱えて溜息をついた。

「まぁ、一誠はそんな野望があるなら止めてやるのは酷だな」

「それはそれで、なんか嫌なんだけど」

「なら、帰るのをやめろ。暁月もリスティのことはいいのかよ?」

「・・・・・・・・・・」

ゼクスの言葉に一誠は兎も角、暁月は沈黙した。
暁月を思い留まらせられるであろう最後の言葉。なにより、効果は覿面だった。
暁月が止まれば、もしかしたら一誠も止まるかもしれない。
だが、暁月は苦笑を浮かべた。

「俺ははぐれ勇者だぜ。また姿を消すだけだ」

シェフィードの王女リスティは暁月を想っている。暁月もまた同じ。
それはここにいるメンバーは知っている。
だが、はぐれ勇者の暁月は信奉者と反対勢力の両方持ち合わせていたのでは、リスティに相応しくない上に、この世界に要らぬ戦火を呼び込みかねない。
だから、暁月はこの世界を去るのだ。
だが、そのことを理解していてもゼクスは納得できなかった。

「馬鹿野郎、はぐれ勇者が今さら良心をもってどうするんだよ」

「確かに、アニキには似合わないかも」

泣きそうな表情で友を止めようとするゼクス。
そのことに心の中で感謝しながら、暁月は「バ~カ」と言い、

「これが俺たちの結末なんだろ。あいつもきっと理解してくれるさ」

「だと、良いっすけどね」

暁月の言葉を否定する一誠。
あの素直になれない、ツンデレ王女がこのまま暁月を行かせる訳がない。
そう感じていたのだ。
そして、その予想は見事に的中した。
暁月と一誠が見送りに来てくれた二人の仲間に別れを告げ、歩き出そうとした時、

「お待ちください、アカツキ様、イッセー様」

背後からメイド長のワルキュリアが二人を呼び止めた。さらに後ろには他のメイドたちも引き連れている。なんでもリスティからの伝言があるそうだ。
それを聞いた暁月は聞こうとするのは当然だが、嫌な予感がする一誠はゆっくり後ろへと下がる。いや、逃げる。

「『世界を救った勇者が翌日にトンズラとか、舐めるんじゃないわよ。全身
の骨をボキボキに折られて反省するのね。それからイッセー・・・・』

ギクッ、と肩が跳ね上がる。

「『ついでに彼方もアカツキと一緒に頭を冷やすのね』以上でございます」

「・・・へ?」

滑らかな口調で言われ、間の抜けた声で首を傾げる暁月。
逆に一誠は引きつった表情になった。完全にとばっちりだと。
そんな二人に向かって武装したメイド44人が一斉に飛びかかって来た。





「うぉ!?」

夢から覚めて声をあげる一誠。

『随分と愉快な夢をみるじゃないか』

「っ!?」

跳び起きたがおかしな事に視界にはなにも映らない。
見渡す限り闇しかない所に一誠はいた。
しかも、先ほど頭に響いた声に一誠は警戒心を強め、他になにかいないか探るが、全く何の気配も掴めない。
氣を操る自分にとって気配を感知するのに長けているはずなのに、だ。
それなのに全く気づけないのは、余程の強者ということに・・・・

『それだけではない。俺はずっとお前の身近にいた。だから、気配を感知出来ないのだ』

「っ!?」

またも声が響く。
確かに、その声に聞き覚えはないが、何故か知っているような気がした。
だが、一体、誰だ?

『俺だ』

「な、に・・・」

声の人物は突然目の前の現れた。いや、それは人ではない。その驚愕によって一誠は声を失った。
目の前にいるのは、特撮ドラマに出て来そうな巨大な生物。
真っ赤な瞳、大きく裂けた口の中に見える鋭い牙、大木よりも太いだろう腕と足には鋭い爪、全身を包むマグマのように真っ赤な鱗。
何より特徴的なのは背中についた大きな両翼。
その姿はまさに・・・・・

(ドラゴン。だが、恐れる点はこいつが人語を使用した。つまり、知能が高いことを意味する。つまり、高次元生命体ってことになるよな)

ドラゴンの高次元生命体。
以前、一誠は一度だけ遭遇したことがあるが、その凄まじさは覚えている。
だが、目の前のドラゴンは、

(少なくとも、ザッハークと同等、もしくは力だけならそれ以上だな)

『そう警戒するな。腹が減ったからお前を食うつもりで出て来たわけではない。
これから戦う相棒に挨拶しに来ただけだ』

「・・・相棒だと?」

目の前にいるドラゴンの言葉に怪訝な顔をする一誠。
だが、何となく理解することが出来る。

『そうだ。何となくだがわかるであろう。その認識で正しい。俺はお前の考えている通りの存在だ』

目の前のドラゴンはそう言うと、ニヒリッと口を歪める。

『しかし、今回の相棒は才能が余りないが、現段階のスペックは歴代最高だな。
これなら”白いの”との戦いが楽しみだ』

「おいおい、なにお前だけで盛り上がってるんだ。ちゃんと説明しろ」

『今は知らなくてもいい事だ。何時か出会うかもしれにものだからな。
いずれ、ゆっくり話そうじゃないか。なぁ、相棒』

終始ご機嫌なドラゴンが勝手に話を完結させる。




「ん?」

朝の日差しによる刺激で目を覚ました。
一誠は頭を掻きながら、体を起こす。

「あ~、寝起きに変なものを見た」

さっきまでの現象を思い出す。
夢で流すにはいかない内容だった。少なくともただの夢ではないだろう。
まぁ、あれが自分の考えている通りのならば、特に警戒することもないが。

「にしても、夢の中でさらに夢を見るなんて器用なことだ」

自分で自分に感心する。ただ、夢の内容が少しエッチなものならば、感動ものだったのだが。
よりにもよって、あれとは・・・・
アレイザードでの経験を忘れるつもりはないが、あれは別だ。
戻った後も何度も悪夢としてうなされたものなのだ。

「俺でこれなんだからアニキにはトラウマものだろうな・・・」

何せあの光景を自分より近い目の前で見たのだから。
美女と美少女に追いかけられるのは嬉しいのだが。

「しかし、久しぶりに見たな。やっぱり、あれが原因か」

数日前、ある事件が切っ掛けで一誠は堕天使に殺された。
だが、一誠は悪魔へ転生で現世に留まることが出来たのだ。
そして、自分を救ってくれたのが、上級悪魔、リアス・グレモリー。
その彼女に、お呪いをされたのだ。
額にキスという、アレイザードから帰還する際に、ワルキュリアにされたのと同じ、御まじないだ。
そう考えながら一誠は自分の額を触れていると、

「一誠さん、起きてますか?」

「ん?アーシアか?」

扉の外から可愛らしい女の子の声が聞こえ、一誠はそのまま立ち上がって扉を開ける。
すると、そこには先ほどの声が似合う綺麗な腰まで伸びた金髪を持つ小柄な美少女がいたのだ。
アーシア・アルジェント。
数日前、一誠を襲った堕天使に狙われ命を落とすも、一誠と同じく悪魔に転生を果たした元シスターだ。
そのアーシアは只今、兵藤家に下宿という形で住むこととなったのだ。
ちなみに、これは突然、部長が提案したものだ。
だが、アーシアは喜び、一誠の両親は快諾したので、一誠自身も美少女と同じ屋根のしたでの生活なので楽しんでいる。

しかし、そんなアーシアは今朝の様子が可笑しい。
顔を赤くして、一誠のある一点を凝視して固まっている。
そのことに首を傾げながら、一誠は爽やかに挨拶する。

「よう、起こしにきてくれたのか?」

「あ、はい!!じゃ、じゃあ、私は先に戻ってますね!!」

だが、アーシアは声を上ずらせながら、足場に立ち去ってしまった。
またも首を傾げる一誠。
しかし、今の自分の姿を見て、合点が言った。

寝ている時、一誠は下着以外身につけていない。
これは、向こうにいた時、暁月に影響を受けた事もあるが、戦場でいちいち着替えるのが面倒だったので下着以外は脱ぐだけで寝る事が癖になったのだ。
つまり、なにが言いたいかといえば、アーシアは下着以外、殆ど裸の一誠の姿を見てしまったのだ。
しかも、一誠は自分の下半身を確認すると、彼の象徴は男らしく天に向かって高く伸び、下着を大きく膨らませている。

なるほど、アーシアが硬直するはずだ。
だが、一誠はそのことで慌てない、何より恥じるなど以ての外だ。
元シスターのアーシアには刺激が強かったかもしれないが、健康な自分を恥じることはないのだから。
むしろ、暁月ならば、直に見せているだろう。それは一誠も同意見だが。

こうして、兵藤一誠の日常は始まるのだった。



[32327] 第二章二話
Name: マグナム◆9bae9ac6 ID:c4aecc21
Date: 2013/11/11 00:15
あの後、一誠とアーシアは朝食を済ませた後、二人は並んで通学路を歩いていた。
未だに一誠を起こした時の光景を覚えているらしく、俯きながら歩くアーシア。
対して、一誠はいつもの不敵な笑み浮かべていた。
なぜなら、転校したての美少女と数日も一緒に登校し、さらに一緒に住んでいるのだ。
当然二人には、好奇な視線が集まっているが、それ以上に男の嫉妬の視線が多い。
まぁ、一誠の女好きを周囲が知っているので、さほど珍しくないのだろう。
だが、それでも転校してきたばかりの美少女と一緒に登校するのを良く思っていない者は多い。
もっとも一誠は気にしないが。

「学校には馴染めたか?」

「あ、はい。皆さんとても親切で、日本にまだ慣れていない私にいろいろ教えてくれます。
お友達もたくさん出来て、今度お買い物に誘われました」

そう微笑みながら話すアーシアに一誠は安堵した。
だが、アーシアは少し残念そうな顔をして、

「でも、あまり他の男性が話しかけてくれないんです」

「ふ~ん、何でだろうな?」

そうアーシアに言いながら、一誠は周りの生徒、特に男子に目を向ける。
すると、面白いように男子生徒が顔を背けた。
そして、周りに聞こえるような声で、

「いいか、アーシア。もしも、変なことをしようとする輩がいたら言えよ」

こうして、一誠は他の男子を牽制している。
この行動で一誠がアーシアを特別扱いしている事が伝わり、美少女の彼女に告白する者はいないのだった。


そして、二人が校舎に入って廊下を歩いていると、

「イッセー!!!」

「キサマ、許さんぞ!!!!」

一誠の悪友、松田が正面に。
同じく、元浜が後ろから一誠を挟むような位置でラリアットの状態で走って来た。
所謂、クロスボンバーだ。
だが、一誠は慌てること無くむしろ、感心した。
走るタイミングも、速度も完璧だったからだ。さらに、嫉妬のクソ力で申し分ない威力が予想出来る。
だが、残念なことに、

「俺にそれを当てたければ、マグネットパワーももってこい!!」

不敵に笑いながら、二人の対角線から素早く出て、同時にお互いのラリアットがパートナーの首に当たるように逸らしてやる。
そして、見事に同士討ちした二人の腰の辺りに手を回し、

「よっと!!」

『うがっ!?』

二人同時にジャーマン・スープレックスで綺麗なブリッチを決めながら落とした。

「あ、あの、一誠さん。お二人は・・・」

「ん?大丈夫さ。この二人はゾンビみたいな奴等だから、次の瞬間には復活している」

「「少しは心配しろや!!」」

一誠の言葉どおり、二人はすぐに復活を果たした。
だが、その光景にアーシアは若干引いている.
まぁ、それはいいとして、

「お前ら、何で襲って来たんだ?」

「「お前の所為だ!!」」

烈火のごとく怒り出す二人。
だが、一誠は心当たりがないとばかりに首を傾げる。
それがさらに二人の怒りをヒートアップさせる。

「ふざけんな!!お前、なんて奴を紹介したんだ!!」

「あっ!あれか」

そこで一誠は思い出した。
昨日もアーシアと登校すると、今回のように二人が襲って来た。
当然のことだが、その時も二人を沈めた。
だが、一誠だけが美女と美少女に囲まれていることに泣き崩れる二人を見たアーシアに可哀想だから何とかしてあげてほしい、と懇願されたのだ。
この瞬間、一誠はこのままだと二人が調子に乗って、アーシアに一誠を抜いて、遊びに行かないか誘うと予想し、二人に代わりを紹介した。
元乙女な人物、一誠が悪魔になって契約第二号、ミルたんだ。

「一誠、よくも俺たちの期待を粉々に粉砕してくれたな!!」

「あれの何処に乙女の要素があるっていうんだ!!どう見たって、残虐超人みたいな奴だったぞ!!!」

元浜の後に続いて松田が叫ぶ。
そう今のミルは魔法少女衣装を捨て、タンクトップを着て、その下にさらに筋肉を膨らませた立派な格闘家の姿へと。

「お前ら、名前で不思議に思えよ。ミル“ジャイヤント”の何処で期待出来たんだ?」

「元乙女なら脚が伸びて、バストが大きいお姉さんを期待したんだよ!!」

と、松田。

「元浜。お前はロリコンだろ」

「ビッグなお姉さんなら、スモールな妹さんがセットだと期待したんだよ!!」

バカだ、と一誠は心底思った。
一誠は乙女な心をもっていた人物だと言ったが、100%女性とは言っていない。
勝手に理想像を上げて、現実を見てダメージを受けた二人が哀れだった。
だが、二人がダメージを受けたものは他にもあった。

「しかも、家に行ってダメージを受けた後、変な生物が沢山やって来たんだぞ!!」

「変な生物?」

松田の言葉に一誠は心当たりがあった。

「もしかして、パッツンパッツンの魔法少女衣装を着た奴か?」

「「それだ!!!」」

恐らく、格闘家になる前の漢の娘だった頃の友達だろう。
そう言えば、二人に紹介する時、変な奴らに付き纏われてると言っていたが、大方ミルたんに戻そうとしているのだろう。

「何なんだよ、あれは。言い争っていたと思えば、今度は拳で語り出して」

「軽く銃撃戦よりも怖かったんだぞ」

二人はその時のことを思い出したのかガタガタ震え出す。
まぁ、聞いた限りではミルが勝ったそうだ。

「しかも、ミルジャイヤントがアイツ等を追い払った後、来てくれたお礼って言って、光ファイバーを腕に埋め込んでやるって言われたんだぞ!!」

「これでオプティカルファイバー・クロス・ボンバーを撃てるぞ、って残虐な表情で改造手術されそうになったんだぞ!!」

血涙を流して訴える二人。
そのことから二人の恐怖は余程のものだと理解できるが、

「良かったじゃないか、これでお前等はパーフェクト変態超人になれたんだぞ」

「「要らんわ、そんなもん!!」」

「だが、イケメンのマスクを狩ることが出来るぞ」

「「それについては魅力的だ」」


こうして一誠は何気ない表の日常を過ごすのだった。
ちなみに、後日、ミルに依頼され、一誠が他の魔法少女もどきを、ミル同様の格闘家に変えてしまうのだった。そ
して、プロレス界で彼らが悪魔超人と呼ばれることになるのだが、それは別の話。




学校が終わり、太陽が完全に沈んだ深夜。
住宅街の空を黒い翼が飛んでいた。
見た目は蝙蝠に似た翼だが、その翼を持っているのは人の形をしていた。
それも誰かを抱きかかえている。

「い、一誠さん。あそこです」

「おう。じゃあ、降りるぞ」

顔を真っ赤にして抱きかかえているアーシアの指示に従い、一誠はある家の前に降りたった。
そして、お姫様抱っこをされているアーシアは前の家のポストにチラシを投函する。

「か、完了しました」

「よし。じゃあ、次に行くぞ」

そう言うと、一誠は翼を広げ、再び夜の空を舞った。
現在、一誠はアーシアのチラシ配りを手伝っている。

「まだ慣れないのか?」

自分の腕の中にいる真っ赤な顔のアーシアにいい笑顔を向ける一誠。
それ程高く飛んでいないが、怖くてしがみ付きたい。しかし、そうすると、一誠には密着して恥ずかしい。そんな葛藤するアーシア。

「うぅぅ、別に高い所は大丈夫になりつつあります。でも・・・・」

(こんな格好・・・イッセーさんの顔が近い・・・あっ、イッセーさんの匂いも・・・)

初々しい反応をするアーシアに思わず、一誠も微笑んでしまう。
だが、ここはアーシアの気持ちに気付かぬ振りをする。
アーシアもまだ気付かれていないと思っているみたいだし、

「仕方がないだろ。アーシアは自転車が漕げないし、肝心の自転車もおシャカになったんだから」

「うぅぅ・・・」

悪魔に転生して、彼女も悪魔の仕事を覚えるべく、最初に一誠もやっていたチラシ配りを行うのだが、ここで問題が発生した。
一誠は足で行ったが、殆どの場合、自転車を使うのだ。
だが、アーシアは自転車を漕ぐことが出来ない。
そこで先輩である一誠が漕いで、その後ろにアーシアが乗る形になったのだが、ここでも問題が発生した。
一誠の言うとおり、壊れてしまったのだ。
悪魔に転生した人間の人外の力に耐えられる頑強な自転車が一誠の一漕ぎ目で。

早く終わらせるために錬環勁気功を使ったのがいけなかった。
膨大な一誠の氣に自転車が耐えられず盛大に壊れてしまったのだ。
頑丈な自転車が見るも無残なスクラップに変身したことに他のメンバーから呆れられ、仕方なくこうしてアーシアを運ぶことになったのだ。
まぁ、一誠も飛ぶ練習も兼ねているのだが。

ちなみに、なりたてで飛ぶことができることに部長たちには驚かれたが、一誠にとっては自分の肉体を完全に使いこなさなければ、
錬環勁気功を使う上で支障をきたしかねないので必死に練習するのだ。

それは兎も角、チラシ配りから数日は経過したのに、未だにこれに慣れないアーシアは顔が真っ赤な状態なのに残念そうにしている。

「そんなにお気に召さないか、俺のお姫様抱っこ?」

「えっ!?い、いえ、そんな訳じゃないです!!」

一誠の質問に大慌てで否定するアーシア。それが逆の意味になることに気づいていない。
まぁ、一誠も折角なので、それを指摘しないが代わりに、不敵に笑ながら、

「もしかして、映画のワンシーンをしたかったみたいな奴か?」

「ふぇ!?」

「確か、『ローマの休日』だったか?古い映画だから内容はよく知らないが、
確か、二人乗りするシーンがあったな」

「・・・・・・・・」

図星を突かれたのか、アーシアは更に顔を紅潮させる。
それを見た一誠は更に笑みを深めながら、

「まぁ、それは残念なことに出来なかったが、別のことで出来るかもしれないぞ」

「あっ!?でしたら・・・」

一誠の言葉にアーシアは思い出したように声をあげる。
だが、その後は両手でモジモジさせて、

「に、日本の文化に、は、裸の付き合いがあるんですよね・・・」

「ん?ああ、よく知ってるな」

「えっと、学校のお友達が教えてくれたんです。それで・・・わたし・・・
イッセーさんと・・・」

(これって、一緒に風呂に入りたいってことだよな)

アーシアの言葉を訳すると、色々と間違った捉え方をしているが、そうなる。

一体誰が教えたんだか・・・・

だが一誠はそれを訂正しない。
少し抜けているが、アーシアも流石に知らない男に裸は見せないだろう。

もし見るような奴がいれば、叩き潰すが・・・

そう思いながら一誠はアーシアを抱えながら夜空を滑空した。




空中デートとも言えるチラシ配りを一誠とアーシアは無事やり終えると、二人は自分たちが通う駒王学園の裏にある旧校舎の三階。
プレートにオカルト部と書かれた自分たちグレモリー眷属が集まる集会所の教室の前に戻って来た。

「今、戻ったぞ~」

「ただいま戻りました」

扉を開けた一誠の後に続いて部室に入るアーシア。
そんな二人を綺麗な黒髪をポニーテイルに纏めた女性がニコニコした笑顔で出迎えた。

「あらあら、お帰りなさい。今、お茶を淹れますね」

そう言って、大和撫子のような和風美人、一誠とアーシアの一つ上で、オカルト部の副部長、姫島朱乃は部室の奥へと向かう。
それを見て、アーシアも手伝うべく後を追った所で、今度は金髪の繊細な顔の男、同い年の木場佑斗が話しかけて来た。

「やぁ、お疲れ様。深夜のデートはどうだった?」

大抵の女なら堕ちる爽やかな笑みで何処まで本気なのか測れない質問をする。
だが、一誠は満足げに笑ながら、

「仕事の間ずっと美少女を抱きかかえられるんだ、男冥利に尽きるだろ」

「・・・仕事中に不順異性交遊」

と、冷静な、というより、冷たい刺さるかのような言葉が飛んで来た。
声の方を向けば、小学生に間違えられかねない小柄だが、一つ下の少女、塔城小猫がソファに座って一誠を睨んでいた。
だが、一誠はこのツンとした所が小猫の可愛い部分のように感じていたので、いつものように小猫の頭を軽く撫でてやる。
その行為に小猫は睨みを強めながらも、嫌な気はしないのか彼の手を払わない。

そして、一誠は一通り撫でると、その手を離して奥にある書斎とかに置いてありそうな立派な机とセットで置かれたソファに座る女性の前まで向かう。
真紅の綺麗な髪を伸ばし、途轍もない色気を持った魅力的な女性。
一誠を悪魔に転生させ、彼を含めたこの部屋にいる悪魔達の主にして、このオカルト部の部長、リアス・グレモリーだ。

「部長、本日も無事、アーシアはチラシを配りました」

「・・・・はぁ」

いつものように報告した一誠だが、返って来たのは深い溜息。
いや、リアスは一誠の報告を聞いていないばかりか、あらぬ方向を向いているので返答ではないのだろう。
この状態は何なのか、他のメンバーに目線で問いかける。
朱乃とアーシアはお茶を淹れているのでいないため、木場と小猫だけだ。
しかも、二人はわからないらしい。
そのことに一誠はやれやれ、と肩を落としながら静かにリアスの背後に回る。
そして、一気に、

ーーーーガバッ

「きゃっ!?」

背後からリアスに抱きつくように彼女の左右に実った豊満な胸を揉んだのだ。
今まで物思いにふけっていたため、突然のことのように感じたリアスは可愛い悲鳴をあげた。
その光景に他の二人も愕然とし、お茶を持ってきた朱乃とアーシアも驚いている。

「い、イッセー!!ビックリするじゃない、いつ戻ったの!!!」

「ん?ついさっきだが、呼びかけても反応がなかったんでな」

顔を真っ赤にしながら、一誠を嗜めるリアス。
だが、彼女の胸の触り心地に感動しながら、言われた一誠の言葉に自分にも非があると感じ、

「そ、それは、ごめんなさい。少し、考え事をしていたの。・・・・でも、
どういて、いきなり胸を揉むの!!」

「ん?こんな触ってと言わんばかりに無防備なおっぱいを見たら、男なら揉みたくなるものだろ?」

当然のように答える一誠。
だが、リアスは更に顔を赤くしながら、

「思っても実行しないわよ!!」

「悪魔なもので、自分の欲望に素直なんだよ、悲しいことに」

語気を強めるリアスの言葉に一誠は涼しい顔で受け流す。
むしろ、自分を助けてくれた時、裸を自分に見せていたので、この手のことでは動じないと考えていので意外だった。
もしかしたら、自分でする上では大丈夫だが、人にされると年頃の女の子らしい反応が出るのでは?

「悪魔、以前に変態先輩の本質でしょ」

非難の視線と共に放たれた小猫の言葉に、部屋のメンバーも再起動し、朱乃と木場は苦笑を浮かべ、アーシアは何処か嫉妬のような視線を向けた。
だが、果たして気づいた者は居ただろうか。
一誠の行動によってリアスの表情にあった憂いのような陰りが消えたことに。

そうして、一悶着あった後、それぞれ悪魔の仕事である契約取りとなった。
ちなみに、今日はアーシアのデビューであったりもする。




部室から契約者の元に向かい、仕事を終えた後、一誠とアーシアは家に帰った。
今日も変な依頼人の願いを叶え、一誠は自分のベッドに寝そべった。
ちなみに、アーシアの方も問題なく契約を取ったようだ。
そのことを一誠は影から見ていたりする。
魔法陣で飛ぶことが出来ない彼は、チラシ配り同様に飛んで出向いている。
そして、今日はアーシアの初仕事でもあったので、自分の仕事を手早く終わらせ、アーシアを呼んだ者の家の上空で待機していたのだ。
我ながら過保護なことだが、一度彼女をちゃんと守れなかった手前、どうしてもそうなってしまうのだった。

(本人は、それを望んでいないんだろうがな)

ずっと守られることを良しとするアーシアではない。
手のかからないように必死に頑張るだろう。
その結果、空回りしそうだが・・・
まぁ、悪魔になったことでお互いに寿命は増えたのだ。
少しはずつ普通に接しられれば、いいだろう。
そう思いながら、一誠は目を閉じ、いつもの日常が終わるはずだった。

「ん?」

部屋の真ん中にグレモリーの転移魔法陣が出現する所までは。
こんな時間に何事だ?
そう考えながら、上半身を起こし、一応何事にも対応出来る心算でいると、魔法陣から紅い髪をなびかせて主であるリアス・グレモリーが現れた。
いよいよ緊急事態かな?
と考えた一誠だったが、彼女の発言は彼の考えの斜め上を行った。

「イッセー、私を抱きなさい」

「・・・・・・・」

言葉を理解するのに数秒要した。
だが、リアスは更にストレートに、

「至急お願いするわ。私の処女を奪いなさい」

一誠にとって、まさかの申し出であった。



[32327] 第二章三話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/10/13 17:13
突然、主であるリアスから、あるお誘いを受けていた。
自分の処女を奪ってほしい。つまり、一誠はリアスに夜這いを受けているのだ。
リアスほどの絶世の美女に迫られ、嬉しい限りではあるのだが、一誠には少し気になることがあった。
その考えゆえに動けないでいるいと、リアスが業を煮やして、

「ほら、私も準備をするから、あなたも・・・」

「まぁ、待て部長。いきなり乙女の大事な物を散らしてくれ、なんて大それたことを言われても少し反応に困るぞ」

リアスの言葉を遮り、とりあえず状況の理解しようと勤める。
本当なら、こんな野暮なことはしないが、彼女の様子は普通ではないからだ。

(本当に夜這い目的なら大歓迎なのだが・・・)

案の定、一誠の質問に対してリアスは言葉少なめに話した。

「そうね。いきなり、過ぎるわね。でも、色々考えたけど、これが一番の方法なの。そして、貴方が一番の適任なのよ。
祐斗は根っからの騎士だから、断られるでしょうから」

確かに、と思う反面、

(俺って、そんなに見栄えなく女を犯す男に見えるかな?)

これでも付き合ってきた女性に対してセクハラのようなことはしたが、本当に嫌がることはしていない。
それにベッドの関係に入るかも、一誠の心情もあるが、相手が心の底から彼を求めない限り、行っていない。
まぁ、日ごろの生活を見れば仕方ないかも、そう一誠が思っていると、再びリアスが懇願する。

「だから、お願いイッセー。既成事実があれば、何とかなるの」

その一言で一誠は大まかなことが理解できた。
だが、それでリアスを責めるつもりはないが、溜息が出た。

「本当に良いのか?」

静かに問いかけた一誠の言葉にリアスは「しつこい」と言おうとした。
だが、それが言われる前にリアスは体がふわっ浮いたのを感じると一誠のベッドの上に背中から倒れこんだ。

「えっ?」

突然の状況にリアスは呆気にとられた。
しかも、いつの間にか服が脱がされ、下着姿となっていたのだ。
そして、自分の両手首が捕まれるのを感じ、我に返った時、一誠が自分に覆いかぶさるように見下ろしていたのだ。

(えっ?ちょっと、そんな、いきなり?)

そう思ったリリアスだったが、自分が一誠に何を頼んだのか思い出し、『何を今更、むしろ好都合ではないか』、と自己暗示をかけ、
ゆっくり自分の顔に迫ってくる彼の顔を受け入れるように目を瞑った。
だが、いつまで経っても彼の唇が自分の体に触れず、代わりに、

「そんな切羽詰った処女喪失で、本当に良いのか」

「え?」

耳元で囁かれた言葉にリアスは目を開けた。
すると、欲情していると思っていたが、そうではなく、自分に向かって微笑む彼の表情があった。

「今まで貞操をしっかり守ってきたんだろ。だったら、本当に惚れた男に捧げてやれよ」

「・・・あなた、ほしくないの?」

呆然と問いかけるリアス。
だが、彼はいつもの不敵な笑みを浮かべて、

「ほしいぜ、当然だろ」

胸を張って言うが。
だが、と続けて、

「俺は好かれていない女を抱くほど腐ってないよ」

「・・・欲望に忠実に動くって・・・」

「おう、俺は欲望に忠実だ。だが・・・」

言葉を一度切って、一誠はまっすぐとリアスの顔を覗き込む。

「もし、俺がここでお前の言うとおりにしたら、この先、いつか後悔するだろ。お前が未来で泣くような世界に堕ちるなら論外だ。
それじゃ、俺も後悔する。俺の欲望は後悔せず生きることだ。女を泣かせない、言い訳で涙から逃げない美学に基づいてな」

一誠の言葉にだんだんと冷静になるリアス。
そして、自分がどれだけテンパっていたかわかる。
しかも、下僕とはいえ、誰でも良いみたいな言い方は、幾ら何でもいただけない。
しかし、このままでは・・・・

「それに、これしか手がないみたいな言い方だったが、本当にそうなのか?」

「どういうこと?」

「ちゃんと説明して貰ってないから、完全に状況を理解していないが、もっといい方法があるかもしれないだろ?」

「そんなの・・・」

今日までずっと考えて来たのだ、他の方法なんて・・・

「俺がいるだろ」

「イッセー?」

まるで、リアスの考えを汲み取ったかのように一誠は声をかける。

「お前の目の前にいるのは誰だ?リアス・グレモリーが有する最強の『兵士』なんだぞ。少しはそれに頼れよ、『王』」

「ぁっ・・・」

一誠の言葉にリアスは少し自分の頬が赤くなるのを感じた。
小さく、「そうね」と呟きながら、恥ずかしさを隠すように、

「でも、どうして服を脱がせたのかしら?」

「そんなもん、俺が見たかったからだよ」

恥じることなく、堂々と言う一誠。
そのことに呆れてしまうリアスだが、先ほどの一誠の言葉を聞いた彼女には、彼が自分に気づかせるためにやったのではないか、と考えてしまう。
と、丁度そのとき、一誠の部屋にまた魔方陣が出現した。
すると、一誠はリアスから体を離して立ち上がった。
それに続いてリアスも起き上がって魔法陣から出てくるであろう人物を待ち構える。

(思ったより早かったわね)

達観した態度で思うリアス。
目論みが失敗したためか、一誠に諭されたからか分からないが、今は十分に冷静に対処できるだろう。

「こんなことをして破談に持ち込もうというわけですか?」

魔法陣から現れた銀に伸ばされた髪を持ったメイドを。






出現と共に呆れながら淡々と口を開いたメイドを見る一誠。
魔法陣はグレモリーの紋様だったが、自分が知る人物とは違う予感がしていた。
だが、現れた人物を見た瞬間、一誠は眉を細めた。
姿はメイド服だが、うちに潜む鮮烈なオーラ。

(・・・かなり強いメイドだな。アレイザードにいた時の自分以上、いや、もしかしたら、アニキよりも・・・)

少なくとも、未だにブランクから抜けていない自分では勝つ可能性は低いだろう。
“左腕の力”を使っても賭けだな。

「このぐらいしないと、お父様もお兄様も私の話を聞いてくれないでしょ?」

一誠が考えている間に、冷静だが少し語気を強くリアスが言葉を放つ。
しかし、メイドは涼しい顔で受け流すと、また淡々と言葉を紡いだ。

「このような下賎な者に操を捧げられたと知れば、旦那さまもサーゼクス様も悲しまれますよ」

「・・・それだけ辛い事を強要していた、とは思って貰えないのかしら?」

メイドの言う下賎な者が自分だろう、と一誠は察し、「うわ~、ちゃんと見てないのに酷い言われよう」と心の中で思った。
だが、メイドの言葉にリアスがすぐに反論した。

「まぁ、確かに、今回のことは私が軽率過ぎたわね。でも、私の可愛いい下僕を下賎な者扱いするのはやめて頂戴。
特にこの子は私の暴挙を止めてくれた。いくら貴女でも怒るわよ、グレイフィア」

リアスは鋭い視線で睨むが、グレイフィアと呼ばれたメイドにとっては子供の駄々っ子に感じさせる程度だろう。
だが、リアスの言葉にグレイフィアは初めて一誠に関心を向けた。
この時、初めてお互いの視線が交差した。
改めて、一誠はグレイフィアの実力を測って、自分には荷が重いことを感じた。
もっとも、万が一戦闘になった場合、勝つつもりだが。

逆に、グレイフィアは一誠を眺めると、ほんの少し微笑み浮かべながら、「なるほど」と小さく呟いた。
すると、床に落ちているリアスの服を集めると、リアスにそれをいるように促す。
そして、一誠に近づいて、

「先ほどは失礼いたしました。私は、グレモリー家に使える者でございます。以後、お見知りおきを」

丁寧なお辞儀をされた。
立ち振る舞いがワルキュリアを思い出させるな、と思いながら一誠も出来るだけ丁寧に挨拶する。

「いえ、こちらこそ。自分はリアス・グレモリーの『兵士』、兵藤一誠です」

言ったことはそれだけだったが、その中にグレイフィアの中に引っかかるものがあった。
ただ驚くよりも、さらに納得したような表情となる。

「なるほど・・・つまり、この方が・・・」

「ええ、彼が『赤龍帝の篭手』(ブーステッド・ギア)の使い手よ」

リアスの言葉を聞いたグレイフィアは先ほどの表情を収めて、再び無表情に戻った。
丁度、そのとき服を着終えたリアスが問いかけた。

「ところで、グレイフィア。私を追いかけたのは貴女の意思?それとも家の総意、あとお兄様のご意思かしら?」

「全てです」

迷うことなく即答されリアスは、やれやれと両手を挙げ、この場でジタバタすることを諦めた。

「お兄様の『女王』である貴女が来たってことはそういうことよね。わかったわ、グレイフィア。
私の根城で話を聞くわ。ただ、朱乃を同伴は良いわよね」

「『雷の巫女』ですか?構いません。上級悪魔たるもの、常に『女王』を傍らに置くものですから」

そこで話はついたらしい。
グレイフィアは戻る魔法陣をセットしている。
その間にリアスは一誠の方へ近寄り、

「じゃあ、一誠。今夜は騒がせて御免なさい」

「いや、別に気にする程のことじゃねぇよ」

「後でちゃんと説明するわ。出来るだけ私の力で解決したいけど・・・」

少し俯くリアス。
そんな彼女の頭を一誠はポンポンと軽くたたき、

「らしくないぜ、部長。お前はいつも胸を張っているんだから、堂々としていろ。
そのためなら、俺は幾らでも力を貸すぜ、下僕としてな」

「・・・ありがとう」

背伸びをして一誠の耳元で囁いたリアス。
そして、魔法陣を完成させたグレイフィアに呼ばれると、
―――チュッ。
リアスは一誠の頬に自らの唇を当てた。

「今夜は、これで許して頂戴。明日、また部室で会いましょう」

「おう。またな」

そうお互いに別れ、リアスはグレイフィアの魔法陣で帰っていた。
残された一誠はベッドに深く腰掛けると、僅かながら感じる胸騒ぎに溜息が自然と出ていた。
そして、一誠は先にシャワーを浴びたアーシアが呼びに来るまで今の自分の実力について考えるのだった。








翌日、一誠は昨日のことを考えながら学校を過ごしていた。
それこそ授業も耳に入らないほど・・・・もっとも、それはいつものことだが。
そして、授業が終わった放課後、一誠は木場とアーシアと一緒に旧校舎の部室に向かった。

「なぁ、木場。部長は名家のご令嬢で、そこの次期当主なんだよな」

「え?うん。そうだけど、どうしたの?」

突然の一誠の質問に快く答える木場。
後からついて来るアーシアは分からないのか首を傾げている。

「最近、部長の家で何か問題が起こった、とか聞いたことはないか?」

「?いや、僕は聞いたことはないな」

「イッセーさん、突然、どうしたんですか?」

困惑する木場と心配そうなアーシア。

「最近、部長に覇気がないから、そういう悩みでも抱えてるんじゃないか、と思っただけだよ」

「そうか。残念だけど、僕は知らないな。もしかしたら、朱乃さんなら知ってると思うよ」

「副部長か・・・」

そりゃあ、知っているだろう。
昨日、話し合いの場に連れて行くと言っていたのだから。
と、話している間に部室の前に付いた所で木場がドアを開けようとしたままで止まった。
木場の反応に、アーシアはどうしたのか、と不思議そうにしていたが、一誠は感心した。

「僕が、ここまで近くに来て初めて気配に気づくなんて・・・」

「仕方ないさ。相手は俺を入れた眷族全員でかかっても、倒せないかもしれない存在なんだから。
むしろ、気配に気づけただけ大したもんだよ」

木場を励ましてやりながら、一誠は部室の扉を開いた。
すると、案の定、昨日会ったメイド、グレイフィアがいた。部屋の中の空気は険悪というオマケつきで。
部長は昨日の部屋では隠していた不機嫌さを押し出し、朱乃はいつものニコニコ笑顔が何処か冷たい。
ただ、小猫は萎縮したように部屋の隅に座っていた。
この空気に木場も緊張し、アーシアは気圧されて一誠の袖にしがみついた。

さて、と一誠は考えた。
まさか、ここまで早くことが起こるとは思っていなかったからだ。
恐らく、リアスの抱えるお家問題は婚礼のようなものだろう。
理由は分からない、相手が嫌なのか、婚礼自体が嫌なのか分からないが。少なくとも一誠の動く理由にはなりそうだ。
とりあえず、主であるリアスが頑として従わなかった場合、向こうが実力交渉になったら、一誠は戦うことを選ぶ。
これは昨日、リアスが去った後、すぐに結論付けたものだ。

問題は、相手だ。
むこうの戦力は今のところ実力状ナンバー2のグレイフィアしかわからないが、彼女一人だけでもこちらはチェックがかかっているのだ。
他にも彼女クラスの戦力がいたら、絶望的なのだ。

と、そこまで思考した所でリアスが口を開いた。

「全員揃ったわね。実は部活に入る前に話しがあるの」

「お嬢様、私がお話いたしましょうか?」

グレイフィアが申し出るがリアスは首を振って断る。
そして、リアスが口を開こうとした。
だが、その瞬間、部室に描かれた魔法陣が反応した。
しかも、描かれた紋様は一誠が使えるグレモリーのものとは別のものだ。

「―――フェニックス」

と、木場が声を漏らした。

瞬間、魔法陣から一人の男が転移される。
すると、突然、炎が巻き上がり、部室の温度を無駄に上げた。
そして、中に人型のシルエットが現れると、それが腕を横に薙ぐと炎が打ち消され、転移した人物が姿を表せた。
一誠はまっすぐ現れた男を見る。
そこには、先ほどの無駄な演出を行いそうな軽薄な男がいた。
ノーネクタイでシャツのボタンを真ん中の二つだけ止め、赤いスーツを着崩した前世紀のホストのような男。

「ふぅ、久しぶりの人間界だ」

自らの金髪を手で掻き揚げる男。
その仕草に一誠は、完全に白けてしまった。
グレイフィアの存在で張り詰めていた中で、こんな男の登場に完全に呆れてしまった。
とりあえず、一誠はグレイフィアに問いかけた。

「なぁ、グレイフィアさん。あれも関係者かい?」

「ええ。あの方はライザー・フェニックスさま。純潔の上級悪魔であり、家柄の古いフェニックス家の三男になります」

「で、部長の婚約者か?」

「お察しの通りです」

リアスに向かって、「愛しのリアス、会いたかったぜ」と言い寄っていれば、嫌でもわかる。
もっとも、ライザーの手はリアスに触れた瞬間、彼女に払われたが。

「なぁ、アイツの家族は皆、今みたいな演出をして登場するのか?」

明らかに意図的に起こした炎だったので、ついでに聞いてみたが、その質問には答えてくれないのだった。






「いや~、リアスの『女王』が淹れたお茶は美味しいものだな」

「痛み入りますわ」

あれからライザーはリアスの隣のソファに座って、朱乃の淹れたお茶を飲んでいた。
ただ朱乃の笑顔がいつもと違うので、やはりあれを歓迎していないことが一誠には理解できた。
また、一誠もいきなり現れて、我が物顔で寛ぎ、嫌がるリアスの肩や髪を触れることに不愉快だった。
ただ、幸いだったのが、グレイフィアがこの場では基本的に中立にいることだろう。
なぜ、なのかは分からないが、勝手に結婚の話を進めるライザーと断ろうとするリアスを達観として見守るだけなのだ。
まぁ、それは別として、ついにライザーの態度にリアスが切れた。

「いい加減にして、ライザー!!以前にも言ったはずよ!!私は貴方とは結婚しない!!
そもそも当初の話では大学の卒業までは自由だったはずよ」

激昂しライザーを睨みつけるリアス。
だが、逆にライザーの方は相変わらず卑しい笑みを浮かべる。
むしろ、リアスを怒らせることを楽しんでいるように見えた。

「ああ、以前にも聞いたさ。だが、リアス、結婚しても大学に行っても良いし、君は自由にして良いのだから。
それに君の家の御家事情は意外と切羽詰っているとおもうんだがな?君が結婚しない訳には行かないだろ」

ライザーの言葉を、二人の座るソファから離れたところに座っていた一誠が聞き、他のメンバーに問いかけた。

「そうなのか?」

「さぁ、純血の悪魔は確かに少なくなりましたが、少なくとも私はそんなことを聞いたことありませんわ」

一誠の問いに答えたのは、いつもリアスの補佐をしている朱乃だった。

「副部長が知らなくて、あいつが知っているってことは?」

「ありえませんわ。グレモリーと縁が深いからと言って、リアスの傍にずっといた私が知らない家の事情を部外者である彼が知るはずありませんもの」

「そりゃ、そうだ。じゃあ、今のはアイツの妄想か?」

一誠の言葉に朱乃は黙って頷いた。
疑問が解けた所で一誠は再度、リアスたちの話に耳を傾けた。

「私は家を潰すつもりはないわ。婿養子だって迎え入れるつもりよ。でも、それは少なくとも貴方じゃないわ。
私は自分に良いと思った相手と結婚するつもりよ」

その言葉を聞いて、ライザーの気配が変わった。
それを察知した一誠は、腕にしがみ付いているアーシアを放し、隠れているように伝える。
最初は戸惑ったアーシアだったが、すぐに物陰に隠れた。
直後、ライザーが登場のとき以上に勢いがある炎を舞い上げた。

「・・・俺もな、リアス。フェニックス家の看板を背負ってる悪魔なんだよ。その名前に泥を塗るわけにもいかないが。
俺は嫌いな人間界でしかも、こんな薄汚い所にいることにイライラしているんだ」

言葉が紡がれるにつれて部屋の温度が上昇する。

「俺は君の下僕を全て燃やし尽くしてでも、冥界に連れて帰るぞ」

湧き上がる炎にリアスと一誠を除いた眷属が臨戦態勢を取ろうとするが、

「へぇ」

その前にライザー以上のプレッシャーが一誠から放たれた。

「だったら、俺はお前をボロ雑巾にしてでもお帰り願おうか」

「なに?たかが転生したての下級悪魔が俺に勝てると思っているのか?」

「試してみるか?」

体中の氣を巡らせ、0.1秒で戦闘態勢に入る一誠。
ライザーも更に炎を強める。
敵対心を強める二人に他のメンバーも動いた。
リアスと朱乃は魔力を高め、木場と小猫は戦うことの出来ないアーシアを守るように立つ。
一触即発の状況だが、それを一つの声が止めた。
一誠のプレシャー以上のものを放つグレイフィアによって。

「そこまでです、お嬢様、ライザー様、それに一誠様。これ以上やるのならば、私も黙っている訳にはいきません。
私はサーゼクス様の名誉のためにも遠慮はいたしませんよ」

その言葉にライザーとリアスは顔を強張らせる。
だが、一誠はグレイフィアのプレッシャーを感じた瞬間、反射的に『赤龍帝の篭手』を発言させ構えた。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

一誠とグレイフィアの視線が交差する。
相手の一挙動も逃さぬほど、警戒しあう両者。
そんな睨み合いが十秒を経過するかどうかで、

「やめなさい、イッセー!!グレイフィアもお願い」

「わかった」

「かしこまりました」

リアスの声にお互いが矛を収めた。
その様子を見て、ライザーが一誠を嘲笑った。

「命拾いしたな、下級悪魔君。『赤龍帝の篭手』があっても、最強の『女王』である彼女に勝てるはずが・・・」

「で、グレイフィアさん。今の場面で口出ししたんだから何か平和的に解決する方法でもあるんですか?」

ライザーの言葉を無視して、グレイフィアに話しかける一誠。
そのことにライザーは睨みを利かせるが、一誠はまったく気にせず、グレイフィアの言葉を聞いた。

「こうなることは両家の旦那さま、サーゼクス様も重々承知でした。本来はこの場が最後の話し合いの場だったのですが・・・」

「結果も、予測していたと?」

「はい。ですので、最終手段をとらせていただきます」

「最終手段?」

グレイフィアの言葉にリアスは怪訝な顔で首を傾げる。

「お嬢様、ご自分の意思を押し通すのならば、ライザー様と『レーティングゲーム』で決着をつけられてはいかがでしょうか?」

「っ!?」

グレイフィアの提案にリアスは息を飲んだ。
『レーティングゲーム』、確か、前に説明してもらったがリアルチェスだったな、と一誠は思い出す。
だが、

「確か『レーティングゲーム』は成熟した悪魔しかできないはずじゃないのか?」

「ええ。ですが、純血の悪魔どうしならば、非公式で行うことが出来ます。多くの場合は・・・」

「身内同士、もしくは御家同士いがみ合いだったわね」

グレイフィアの言葉の後に続けるリアス。
だが、論争では完全に逃げ場を失ったのは明らかだった。
そのことにリアスは苛立ちを募らせる。

「お嬢様が勝てば今回の件は破談。ライザー様が勝てば即結婚です。どうでしょう、お嬢様」

「良いわ、またとない好機だから」

グレイフィアの言葉にリアスは頷いた。
そのことにライザーは笑みを浮かべ、

「へ~、受けちゃうんだ・・・」

「ちょっと待ってくれるか」

またもライザーの言葉を一誠が遮った。
二度も自分の言葉を遮られ、ライザーは怒りを露にする。

「貴様!下級の分際で上級悪魔の話に・・・」

「条件が少しフェアじゃないんだけど」

「イッセー?」

「どういう意味でしょうか?」

グレイフィアもとりあえずライザーを無視して一誠の話をする。

「部長の話だと、本来は大学の卒業までだったのを、そっちが先に卓をひっくり返したんだ。
なら、今回のゲームで賭けるべきは、そこじゃないのかと思ってな」

「・・・つまり、一誠様はお嬢様が勝った場合、大学まで自由にさせろと?」

「ああ。出来たら、念書でも貰えるといいんだけど」

「念書ですか?」

「どちらかといえば、契約に似た誓約書だな。口約束って破れ易いだろ、紙より」

今回みたいに約束を破られないようにする一誠。
だが、グレイフィアは難しい顔をした。

「しかし、今回はライザー様との『レーティングゲーム』ですので、そこまでは・・・」

「素人相手に経験者を当てるんだから、そっちはこっちが勝つことは無いだろうと思ってるんだろ?
なら、少しぐらいこっちの褒美を上げてくれても構わないだろ」

「もしも、この場で了承しないなら、どうされますか?」

眼光を鋭くするグレイフィア。
先ほどの押しつぶすプレッシャーとは違い、まるで槍で刺すかのようなものだ。
一誠だけに向けられたものだが、後ろにいるリアスの表情が強張る。
そんな彼女の前に守るように一誠は立ちながら、

「そうだな。そうなったら、一匹のドラゴンが駄々をこねるんじゃないか?」

『Boost!!』

言葉と共に『赤龍帝の篭手』の宝玉から音声が流れた。
それを見てグレイフィアの視線が更に鋭くなった。

「これで二回目だが、どうする。俺は部長の涙を守るためなら多少の怪我は覚悟の上だが」

「わかりました」

本心だったが、グレイフィアは意外なほど簡単に快諾してくれた。

「この件は私が責任をもって、行います。『レーティングゲーム』は十日後に予定しますので、それまでに用意いたしましょう」

「もし、それまでに用意できなければ、日程は延びるのか?」

「いえ、それはありません。それはすぐにでも貰えるでしょうから」

自信満々に答えるグレイフィアの言葉に一誠は少し引っかかるものがあった。
だが、その言葉にライザーが嘲笑を浮かべながら反応した。

「なるほどな。俺はすでに成熟したから、経験の浅いリアスのためのハンデと言う訳か。
まぁ、変わらんと思うがな。リアス、ここにいるメンバーが君の下僕かい?」

「だったら、どうだと言うの?」

リアスの答えにライザーは更に笑みを深め、

「これでは話にならないだろうな。俺の可愛い眷属に対抗できるのは精々『雷の巫女』ぐらいだぞ」

言葉と共に指をはじくライザー。
それが合図だったのか、部室の魔法陣からライザーと同じ紋様の魔法陣が出現し、そこから十五人の人影がライザーの周りに現れた。
それも全員が女の子、美女、美少女。所謂、ハーレムと言うやつだろう。

(一人ひとりのレベルが結構高いな)

ちなみに、実力ではなく容姿の部分で一誠は評価した。
シェルフィールドが誇る美貌のメイド部隊に引けを取らないかもしれない。
だが、・・・だが、残念なそうにライザーを一誠は見た。
その視線にライザーは勝ち誇った笑み浮かる。

「どうだ?羨ましいだろ、下級悪魔君?」

「いや、そんな自己満足なハーレムなど、価値に見出すことができないな」

「・・・・は?」

まさかの言葉にライザーは固まった。
だが、すぐに耳まで真っ赤にして激昂した。

「貴様、自分が一生できないからって、俺の下僕たちを愚弄するか!!」

「別に彼女らのレベルは高い。その部分が大いに評価するが、お前の程度の低さに文句を言っているんだ」

「さっきから、下級の分際で上級の俺を愚弄して、何なんだ、貴様は!!」

「俺は兵藤一誠。ハーレムに関しては少し煩い男だ」

憤慨するライザーに対して、一誠の反応は涼やかで余裕を感じた。
まぁ、一誠にとって交渉する相手は強敵のグレイフィアで、ライザーは精々、オマケのトリ頭程度にしか思っていないのもあるが。

「あと、お前、俺には一生できない、とか言ったが。これでも二年で十五人の女と付き合った男だ。
お前の程度に合わせたら、その人数のまま囲うことなんて出来るんだよ!!」

「じゃあ、何でしなかったんだい?」

今まで黙っていた木場が興味本位で聞いてきた。
その問いに答える際、一誠は遠い目をした。

「さっきも言ったが、程度が低くて虚しく感じるからだよ」

「え?」

「俺の尊敬するアニキは、ハーレムを作ろうとか、そんな考えはなかったんだ。だが、兄貴はあっちこっちの女に声をかけては惚れさせ、男の魅力と美学で無事過ごしたんだぞ。
しかも、信じられるか、娼館ギルドの女すら、兄貴に抱いてほしいって願い出るんだぞ。あいつ等は金で自分の体を売るから、そういう関係ではシビアなのに自分からだぞ。
そして、極めつけは、自国のお姫様と敵国のお姫様をベタ惚れにさせたんだぞ」

一誠は暁月が向こうにいって魔王の娘と共に自分の世界に帰って、二人がどうしているか知らない。
だが、確信があった。
暁月は絶対に彼女を骨抜きにしていると、彼の背中を長年見てきたからこそわかる。
女を落とす強力なフェロモンでも持っているのでは、と何度も思った。

「そんな正道と邪道を一緒に渡る、究極の女誑し、キングオブハーレムをアニキ分に持ってみろ。あいつ見たいに無理やり作った自己満足なハーレムなんて虚しいだけだ」

「き、貴様、またも俺を引き合いに出して・・・・ミラ!!」

「はい。ライザー様」

一誠の言葉についに唯でさえ低い沸点を超えてしまったライザーは自らの眷属の一人に命令をだした。
すると、一誠の前に棍を持った武道家風の服を身につけた小柄の少女が一誠の前に立ち、手に持っている棍で一誠の鳩尾を打ちつけた。

「イッセー!!」

「イッセーさん!!」

何の抵抗もなく打たれ吹き飛んだ一誠を見て、リアスとアーシアが悲鳴を上げる。
他のメンバーも一誠が“何もしないで”倒されたことに驚いた。
ただ、グレイフィアは鋭く睨むが、ライザーは一誠を馬鹿にしたように笑い出した。

「はははっ!!なんだ、大口を叩いていおいてこの程度か!!ミラは俺の眷属の中で一番弱い『兵士』だと言うのに、無様に倒されて・・・
ミラ、どうかしたか?」

「・・・い・・・・ない」

自分の眷属の様子がおかしい事に気づいたライザーは笑うことを止めて、彼女に問いかける。
だが、ミラと呼ばれた少女には主の問いは耳に届いていなかった。
自分の胸元を見た状態でワナワナと振るえ、恐る恐る自分の股を閉じて行くと耳まで真っ赤になった。

「う、嘘っ、こっちも!!」

「どうした、ミラ?」

怪訝な表情のライザー、周りの者もグレイフィア以外が不思議がる。
だが、突然、彼らの疑問を解消する人物の声が上がった。

「これは無いだろ」

「なに!?」

先ほどまで倒れていた一誠が何事も無かったかのように立ち上がったのだ。
そのことに驚くライザーだが、すぐに別のことで驚いた。
一誠の右手にいつの間にか薄い布が二枚あるからだ。
それにライザーは見覚えがあった、今朝もその布を見たからだ。
ありえないことだと思った。
だが、ミラが一誠の手に持つ布を見て、蒸気が上がるほど真っ赤な顔で悲鳴を上げた。
これで間違いない。

「それは・・・ミラの・・・」

「ん?こいつが誰のか分かるってことは、やっぱりこのセンスのない下着はてめぇが見繕ったものだな」

「な、なんだと!!」

「おい。その子には、この下着の組み合わせは余りよくないよ。本当にいい組み合わせは、―――――な下着なんだよ。
やっぱり、てめぇのハーレムは程度が低いな」

「な、ならば、我が『女王』ユーベルーナはどうだ!!こいつの下着は―――――――だ。これは俺にとって自信がある」

「はっ、何が自信があるだ。余計駄目じゃないか。娼館ギルドで下着選びを手伝っていた俺に言わせれば、てめぇは女をよりよく自分の女を見せることがぜんぜんなってねぇ!!
その魔導師には――――――――の方が一番、魅力を引き出してくれるんだよ!!」

「くっ、だったら・・・・・・」




それから一誠とライザーの言い争いがしばし続いた。
ライザーはほど全ての眷属をあげた。
だが、その全てが一誠に一蹴されえしまい、ライザーは悔しさに息が荒い。
逆に一誠は余裕の表情で勝ち誇っている。
周りの空気も微妙なものになっていた。
ライザーの眷属たちは、まさか自分の主が他の者がいるなかで自分たちの下着を発表するとは思わなかったため、一人を除いて顔が真っ赤だ。
リアスたちはゲーム前に火花を散らす二人に呆れ返っていた。

「全く、呆れて何もいえないぜ。そんなセンスでハーレムを作った気でいい気になるなんて」

「くっ・・・」

一誠の言葉にライザーは悔しそうに奥歯を噛み締める。
そんな二人に周りは勝手にしてくれと、いう空気になっていた。

「一人5点減点として、14人で60点の減点だな」

「ぬぅ・・・」

一体何の点数か分からないが、一誠の採点にライザーは更に屈辱に顔を歪ませる。
と、そこで一誠は思い出したように声を上げた。

「あっ!そういえば、お前、一人だけ言わなかった奴がいたな。言わなかった、てことは、そいつが何を履いてることを知らないってことだな」

一誠の指摘に図星だったのか押し黙るライザー。

「髪の色からしてお前の兄妹だろ。大方、妹をハーレムに入れるのは意義のある、とか思って、頼んだとかそんな所か?
減点20点。合計で80点の減点で赤点だ。しっかり勉強して、十日後の追試に備えろよ」

「くぅ・・・覚えていろ!!行くぞ、お前たち」

お決まりの捨て台詞を残して立ち立ち去るライザー。
完全に趣旨が変わっているが、残されたメンバーはもう気にしないことにした。








それからグレイフィアは薄暗い城の廊下を歩いていた。
歩いた先、玉座の間に入った。

「ただいま、戻りました」

「おかえり、グレイフィア」

玉座に座っているグレイフィアの主が彼女を労った。
リアスと同じ紅い髪を伸ばした主は楽しそうに笑いながら、

「リアスは『レーティングゲーム』を受けるって?」

「はい。ゲームは十日後にありました」

「ふむ。まぁ、それしか道はないだろうからね」

「ただ、少し条件を付けられました?」

「条件?」

グレイフィアは部室での一誠の話を主にした。
すると、男は面白そうに微笑んだ。

「なるほどね。それでグレイフィア、君から見て彼はどう見る」

「・・・下級悪魔とは思えないほどの実力です。それも神器なしでも上級悪魔の上位に入れるでしょう。
『赤龍帝の篭手』を使いこなせれば、最上級悪魔にも食い込めるほどです」

グレイフィアの言葉に男は感心した。

「まさか、君にそこまで言わせるとね」

「はい。もしも、あのまま戦っていれば、私も唯では済みませんでした」

あの時、一誠は多少の怪我と言った。
それはグレイフィアも同じだった。
強化をしていない状態の一誠ならば、グレイフィアは多少てこずる程度だ。
だが、問題なのはその多少の時間、十秒で倍になる一誠の神器の力。
時間の経過と共に一誠は下手をすれば、自分を超える力となりかねない。
最初の十秒で確実に倒せるかは、賭けに近い。
それもお互いに殺す気で遣り合って、どちらかが命を落し、どちらかが重症を負ってしまう。
そのことをグレイフィアは包み隠さず主に話すと、更に主は驚いた。

「まさか、君にそこまで言わせるとは。今代の赤龍帝はそれほどかい?」

「まだ赤龍帝の力を引き出せていません。しかし、それなしでも単純な実力でライザー様では相手にならないでしょう」

グレイフィアの言葉に主は口元を緩める。

「そうか。だが、駒一つが強くても『レーティングゲーム』で勝てるとは限らない。
ならば、今回のゲームでリアスが赤龍帝をいかに使いこなすかが鍵だな」

本当に楽しそうに魔王サーゼクス・ルシファーは笑うのだった。



[32327] 第二章四話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/11/14 21:14
太陽の日差しが遠慮なしに降り注ぐ山道。
遠くの方から登山者のヤマビコが響く中、高校生ぐらいの男性が大きな岩石のようなバックを持って急斜面の山道を歩く。
一歩踏み出すたびに男性の体力は奪われていく。

「お先に失礼します、祐斗先輩」

自分の隣を同じぐらいの大荷物を背負う小猫に追い抜かれる彼は、木場祐斗。
昨日、ライザー・フェニックスとの『レーティングゲーム』が決まり、我らオカルト部は特訓のため、グレモリー所有の別荘へ向かっていた。

「少し、厳しいな・・・」

息も絶え絶えな状態で歩く木場。
当初、彼の荷物はここまで大きくはなかった。
だが、ある人物の所為で、木場はこんな目にあっていた。
その人物は。

「部長、新鮮な肉が手に入ったぞ」

「あら、イッセー。・・・・何処で見つけたの、それ?」

「すごいです、イッセーさん」

「あらあら、数日は持ちそうですね」

「・・・・今日の晩御飯」

自分と同じぐらい大きな荷物を持ちながら、2メートルはありそうな熊を担ぐ一誠。
この山を登る際、一誠が突然、

「なぁ、年下の小猫と、悪魔の後輩の俺よりも小さな荷物って先輩として、どうよ?」

その問いに、リアスが「そうね」といい笑顔で朱乃と一緒に悪乗りして、大荷物に見繕われたのだ。

「この後、体力が持つかな・・・」

そんな心配をしながら、木場は別荘に向かって歩くのだった。






それから暫くして、一同は漸くグレモリー所有の別荘に到着した。
流石はお金持ちだけあって、かなりの大きさだった。
そして、一先ずリビングに荷物を置くと、暫く休憩を取り、動きやすい格好に着替えて、別荘の前に集まった。

―――――木場との特訓


別荘に集まった後、最初の特訓として、一誠と木場の剣による模擬戦が始まろうとしていた。

「漸くだね、君と剣を交えることが出来るのは」

待ち遠しかったと、木刀を正面に構える木場。
対して、一誠は同じ木刀を持つ肩に担ぎながら、喜んでいる彼に呆れがちに話しかけた。

「お前、荷物運びのこと根に持ってるだろ」

「そんなこと無いよ。ただ、手加減せずに出来ることが嬉しいんだ」

ちなみに、最初に模擬戦を希望したのは木場だったりする。
確かに、一誠と同じ男のはずの木場との荷物量の差に冗談のつもりで言ったのも悪いが。

「まぁ、やるだけ、やるがな」

そう言って、一誠は木場に向かって木刀を構える。
双方の準備が整ったと、そう判断し、

「じゃあ、二人ともいいわね。始め!!」

リアスの開始の合図を上げる。
彼女の声を聞いて最初に動いたのは木場だった。

「はっ!!」

『騎士』の特性であるスピードを活かし、高速で一誠との距離を縮めると彼に向かって木刀を振り下ろす。
だが、一誠はそれを半身にして、最小限の動きで回避すると、そのまま木場に向かって木刀を横薙ぎに振る。

「よっ!!」

「くぅっ!?」

軽い声と共に振られる木刀を回避できないと判断した木場は自分の木刀を盾にして防ぐが、それには圧倒的に力が足りなかった。

(お、重いっ・・・)

軽く片手で振った一撃にも関わらず両手を使っている木場は迎え撃つことが出来ず、そのまま後ろに飛ばされた。
数メートルは後退させられたが、幸運にも一誠からの追撃はなかった。

「・・・すごい、一撃だね」

「そうか?軽く振ったつもりなんだがな」

気を張って一誠を観察する木場だが、対して彼はいつもの不敵な笑みに軽口を叩く。
それに木場は少しムッとした。自分に無いものを見せられて不機嫌になる。

「確かに、一撃は凄いけど、それだけじゃ僕には勝てないよ。剣は得意分野なんでね。簡単には負けないよ」

つい挑発的な態度をとってしまう木場。
そして、一誠はその挑発に乗った。

「なぁ、木場。確かに、俺は拳の方が得意だが。剣が苦手とは言ってないぜ」

瞬間、木場の目の前から一誠が消えた。

「っ!?」

咄嗟に後ろに飛ぶ木場。危険を感じての行動だが、それが助かった。
先ほどまで木場がいた場所には木刀を振り下ろす一誠の姿があったからだ。
それを見て、木場は旋律した。
パワーだけでなく、スピードすら自分を凌駕している。

(『女王』に『プロモーション』していないはずなのに・・・)

一誠の扱う『錬環系勁氣功』、詳しいことを木場たちは知らないが、氣を扱うことで超人的な能力を発揮できると言う。
だが、自分が見失うほどのスピードを出せることに驚く。

「おいおい、驚いている場合か?」

「っ!?」

声に気づく木場。
だが、そこにはすでに木刀を振り下ろす一誠の姿があった。
すでに回避不可な状況で木場は自分の木刀を頭上に構えて彼の一撃を防ぐ。

「ぐっ・・・」

しかし、それにはやはり無理があった。
非常に重い一誠の攻撃を受けた木場の膝は少し沈む。
苦悶の表情で一誠と競り合う。
何とか、打開策を練ろうとするが、完全に押さえつけられているに近い状況ではそれは適わない。

「がぁっ・・・・」

頭上の木刀にのみ意識を向けていたため、腹部からの蹴りに気づけなかった。
手加減をされた一撃のため、内臓や骨は損傷していないだろう。
だが、またも数メートル吹っ飛ばされる木場。

「・・・・っ!?」

痛みに耐えながら俯いていた顔を上げる。
だが、そこには一誠の木刀の先が向けられていた。

「俺の勝ちだな」

「・・・うん。そうなるね」

勝ったことに誇ることなく放たれる一誠の言葉。
だが、木場には一誠の技量も下手をすると自分を超えているかもしれないことを思い頷くしかなかった。








――――――朱乃との特訓。

木場との特訓を終えた一誠は別荘の中にある部屋の一つにいた。
あの後、木場は一誠の負けたのが悔しかったのか一人で特訓を開始している。
そして、この場には一誠の他にアーシアと朱乃の姿があった。

「う~ん、困りましたね」

口元に手を添えながら、黒いジャージを着た朱乃は酷く困っていた。
それは、

「魔法陣を発動できなかったので、予想はしていましたが。一誠君の魔力量はとても少ないですわね」

一誠の魔力量の少なさ。
分かってはいたが、改めて思い知らされた一誠。

「神器を使えば魔法も使えるだろうが、わざわざ強くなって不得意なものを使うわけにもな・・・」

「そうですね。イッセー君の場合、それなら近距離戦闘を仕掛けたほうがいいでしょうし、
強化の魔法も『赤龍帝の篭手』があるから必要は無いでしょうから」

事実、一誠は今まで『錬環系勁氣功』による氣を使って戦ってきたのだ。
今更、似て非なる魔力の使い方を覚えて、使うには戦い方を根本的に変える必要がある。
そのことを朱乃も理解した所で、

「出来ました!!」

嬉しそうなアーシアの声が響いた。
見ると、白いジャージ姿をした彼女の手の中には淡い緑色の魔力の塊が出来上がっていた。

「あらあら、やっぱりアーシアちゃんは魔力の才能があるんでしょうね」

「ああ。全く羨ましい限りだ」

「い、いえ、そんな・・・」

微笑んで褒める朱乃と一誠の言葉にアーシアは頬を紅く染める。

「では、アーシアちゃんには次のステップに入りましょうか」

そう言って、朱乃は水の入ったペットボトルを取り出す。

「今度はその魔力を炎や氷、雷に変換させます。これはイメージから生み出すことが可能ですが。
アーシアちゃんは初心者なので火や水を動かすことから始めましょうか」

そう言うと、朱乃はペットボトルの中の水に魔力を流し込んだ。
そして、その魔力が水を操作し、鋭い棘となって内側からペットボトルを突き破った。

「こうやって、魔力を使う練習をしましょうか」

「はい!!」

元気な返事を返したアーシアは、すぐに課題に取り掛かった。
その後で今度は一誠を見る朱乃。

「さて、一誠君はどうしましょうか?私に教えられることはありますかね」

自分の得意分野を教えることが出来ないことに落ち込む朱乃。
このまま木場と同じく模擬戦でも構わないのだが、それなら、と一誠が口を開いた。

「魔力を感知する方法を教えてくれるか?今のところ、魔法が来てから対処することになる。
まぁ、別にそれでも十分だが、奇襲なら出来るだけ早くに気づいた方が良いに限る」

「あらあら、それなら一つだけ、アドバイスが出来ますわ。魔力は体全体のオーラを集中させるものです。
その極意として、魔力の波動を感じることが必要なのです。当然、魔法を発動させるにも波動は発せられます」

「つまり、それを感知すればいいってことか?」

「はい。ただ、その波動は微量で他人のものを感知するのは難しいのです。それに高位の者ならそれを隠すことも出来ます」

「で、そのためにも実際に体験してなれる必要があると」

「はい!その通りです」

興奮気味に答える朱乃に、一誠はこれから起こる事に苦笑した。
その予想は見事に的中。
朱乃は徐に両手を上げると、その間でビリビリと紫電がほとばしった。
だが、それでも一誠は不敵な笑みを絶やさず。

「ははっ、なかなか刺激的なお誘いだな」

それから、隣の部屋で何度も落雷が落ち、それはアーシアが課題を終わらせるまで続くのだった。






――――――小猫との特訓。

朱乃との刺激的な特訓の後、一同は昼食をとり、小猫と組み手を行っていた。
ただ小猫は何度も一誠に拳を打ち込むが、彼は避けるだけでやり返さない。だが・・・

「・・・当たってください」

「・・・当てる努力をしてください」

「・・・・・・」

いつもの不敵な笑み浮かべながら、自分の口調を真似されて不機嫌になる。

「ほら、攻撃が雑になってるぞ」

「っ!?」

逆上のせいで単調になった小猫の拳を掻い潜って、彼女の後ろの回った一誠。
そのまま、彼女のお尻を軽く撫でた。

「・・・本当にロリコンなんですね。先輩は」

組み手が始まってから攻撃の代わりに何度もセクハラを受けた小猫の目は非難轟々となった。
だが、それでもなお一誠は不敵な笑みを絶やさず、

「言っただろ、俺はロリコンではない。ただの女好きだと。敢えて言うなら、微乳派じゃなくて、巨乳派だがな」

「・・・・ぶっと飛ばしてやる」

コンプレックスを付かれて、更に攻撃を激しくする小猫。

「だから、このぐらいで心を乱すな。心を平静に保たないと痛い目にあうぞ」

「くっ」

またもお尻を撫でられてしまう小猫。

「隙が多すぎだぞ。言えたことじゃないが、今までのお触りが攻撃だったら如何するんだ?」

「・・・・・」

事実を言われたが、素直に従いたくない小猫だったが、無言で拳を打つ。

「おっ。良いぞ。その調子だ」

だが、一誠は感心するだけで小猫の拳を綺麗に避け続けるのだった。
それから、何度も小猫の打撃音が響くのだった。




―――――――部長との特訓

「貴方って、本当に鍛えがいがないわね」

呆れたようにリアスが一誠を見る。
そこには山に登る際、一誠が持っていたバック以上に大きな岩を背に乗せながら片手、それも親指一本で腕立てをする一誠の姿があった。
リアスは、その岩の上に乗って足を組んでいる。

「本当にこれで一万回するとは思わなかったわ・・・」

「9994、まだ、終わってないけどな、9995・・・」

全く苦にもならないと言わんばかりに続ける一誠。
そして、目標の一万回を終えたところで岩を降ろす。

「さて、これでノロマはクリアだな」

「そうね」

全く堪えていない一誠の態度に、どこか不満げなリアス。

「じゃあ、少しお願いをして良いか?」

「お願い?」

「ああ。心配しなくてもエッチな方面じゃないから」

「あら、残念ね」

一誠の言葉に何処まで本気なのか、微笑むリアス。
それはおいて置いて、言葉を続ける。

「実は部員全員を集めてくれないか?」





―――――― 一誠との特訓

その後、リアスは一誠のお願い通り部員全員を集めた。
そして今、木場と模擬戦をした別荘の前で他の部員と共に一誠と対峙していた。

「・・・本当にやるの一誠?」

これから行うことにリアスは乗り気ではない。
他のメンバーも、特に自分と同じか、それ以上にS気が強い朱乃ですら、乗り気ではなかった。
だが、一誠は気にしないで、いつもの不敵な笑みを浮かべて、

「ああ。重要なことだからな」

「・・・・何を考えているのか、知らないけど、幾らなんでも私たちを貴方一人で相手をするのは無茶よ」

リアスの言葉に他のメンバーが頷く。
彼女の聞いた話では、一誠は『レーティングゲーム』の際、誰かと一緒に組んで戦う時の自分の動きを決めるのに必要だといった。
確かに、リアスたちは『レーティングゲーム』こそ参加したことは無いが、そこそこの実戦経験を積んでいることを自負しており、
そこそこのチームワークは取れる。
だが、一誠とアーシアが加わったことで多少の改善点が必要で、それを行い、慣れる時間が無いことは分かっているが。
一誠が、自分と戦うことで、今の連携の穴を埋めるように動くと言うのだ。
そして、そのために今から全員と模擬戦を行いのだ。

「まぁ、気乗りしない気持ちは分かるが、ここには優れた治癒の神器を持ったアーシアがいるんだ。もし怪我をしてもすぐに治せるだろ」

その言葉にリアスたちは何を言っても無駄だと理解し、模擬戦を始めることとなった。


「では、始めて下さい!!」

控えめだが精一杯の声量で放たれた合図と共に小猫と木場が飛び出した。
開始前に主であるリアスに言われたことは可能ならば倒すことだが、基本的には時間稼ぎだ。
一誠の能力は二人の個の能力を大きく上回っている。二人がかりなら分からないが、万が一、一誠に怪我をさせないために時間稼ぎだ。
二人の後ろではリアスと彼女の近くで朱乃が魔法を放つ準備をしている。
多少の雷撃なら一誠の動きを封じられる、とリアスは考えていたのだ。
対して、一誠は一歩も動いていない。

「先に行くよ、小猫ちゃん」

「はい」

だが、木場は隣の小猫に一声かけてスピードを上げ、一誠に木刀を振り下ろす。
例え、一誠が避けたとしても、後ろの小猫が一撃を加え、更に朱乃が攻撃する予定だった。

「甘ぇよ」

「なっ!?」

突然、木場が持っていた木刀が粉砕された。
いや、そう見えるほどの速さで一誠が拳で殴り壊したのだ。
しかし、木場は木刀を魔力で覆って強化していたにも関わらず、それを振り下ろす正面から拳で粉砕するなど出来るのか、と木場は驚愕で止まる。

「朝にも言ったぞ、驚いて止まるな」

「しまっ・・・」

相手の一誠に言われて気づく。
彼が自分に向かって掌底を打ち込んでくることに。
完全に避けるタイミングを失い、それを受けると木場は思った。
だがその間に割って入る人影があった。

「うっ・・・」

「小猫ちゃん!!」

自分の前に入った小猫は一誠の掌底を受け、後ろへ飛ぶ。
それを木場は受け止めるが小猫の勢いが凄まじく、自分も数メートル後ろに後退させられる。
この体勢で追撃を受けないか、木場は一誠を見たが、幸い、自分たちが稼いだ僅かな時間で魔法の準備を終えた朱乃が攻撃を仕掛けている。
それを一誠は、降り注ぐ雷を避け、追撃に放ったリアスの魔力弾を『赤龍帝の篭手』を装備した左手で軽々と弾いた。
正直、単調なワンパターンな戦法だが、今の攻防で大抵の相手は倒せていた。
そう、余程の強敵で無い限りは。

「やっぱり、先輩は凄いです」

「小猫ちゃん、大丈夫かい?」

木場に体を預けていた小猫が体を起こす。
唯一、一誠がこの模擬戦で攻撃を加えたのは、自分を庇った彼女だ。
ルークの防御力はあっても一誠は本気で打ち込んだことは、さっきの飛ばされた勢いで分かる木場。
だが、小猫は彼の考えを否定する。

「・・・先輩のアレは攻撃じゃありません」

「・・・どういうこと?」

「さっきのは掌底と言うよりも、ただ手で押しただけみたいです。現に私には全くダメージがありません」

小猫は自分の言葉を証明するかのように、スッと立ち上がった。
そして、こうしている間も一誠は自分たちにもリアスたちにも攻撃を行おうとしない。
そこから導き出せるのは、自分の力を示しているのだ、と木場は理解した。
更に一誠も木場も考えを肯定するように口を開く。

「おいおい、この程度じゃないだろ。もっと本気を出しても、俺は大丈夫だぞ」

瞬間、一誠から部室でライザーに向けた時のプレッシャーを放つ。
それを見たアーシア以外のメンバーは息を飲む。
恐らく、攻撃方法を持たない彼女には向けていないのだろう。
それよりも木場も含めた全員が思い出した。

一誠が異世界アレイザードという世界で戦争を経験したのを。

そこでは、自分たち悪魔と変わらないかもしれない身体能力を持った魔族との戦いを経験した彼は自分たちよりも過酷な戦闘経験を持つ。
謂わば、戦士なのだ。

そのことに気づいたメンバーの目つきが変わった。
木場は神器である『光喰剣』(ホーリー・イレイザー)を取り出し、小猫は拳を強く握り締める。
離れた所では朱乃とリアスが先ほど以上の魔力を練り上げている。

「漸くやる気を出してくれたか」

部員たちが本気になったことに一誠は満面の笑みを浮かべる。
彼らをそうさせたのは自分なのだから、自分も少しやる気を出そうと思いながら左手で拳を作る。
それを見て、更に彼らの警戒レベルが上がったのを一誠は感じて苦笑して、言った。

「心配するな。こいつの能力は使わないから、よっ」

言い終えた瞬間、一誠は木場のすぐ目の前まで移動する。
またもや自分が視認できない速度で接近された木場だが、それはもう承知済みだ。
『赤龍帝の篭手』を装備した左拳での突きを『光喰剣』で防ぐ。
受け止めた際の衝撃は凄まじかった。だが、木刀で模擬戦をした時ほどではない。
もしかすれば、一誠が木場の『光喰剣』を壊さまいと手加減したのかも知れない。
だが、それは半分正解で不正解だった。

「防いだだけで満足するな、次の行動を考えるか、本能を働かせて動けっ」

一誠は右手で木場の『光喰剣』の柄を持つ手を弾く。
それによって、木場の手から『光喰剣』が零れ落ち、彼がそれを認識するよりも速く一誠はそれを遠くへ蹴飛ばした。
木場がこの一連の動きを理解した時には、一誠が彼の腹部に蹴りを入れた後であった。

「がっ・・・」

声を漏らしながら後ろの木に背中をぶつける木場を確認した時、一誠の脇に小さな影が入り込んでいた。

「そこです」

抑揚のない声。
だが、それと共に打ち込まれたのは、ルークの特性を最大限に出した小猫の渾身の一撃だった。
完全に一誠の体の中心を抉るように当てることができ、組み手のセクハラの仕返しが出来たことに表情の乏しい小猫が綻んだ。
だが、

―――ガシィ・・・

「え?」

一誠に手を捕まれたと思った瞬間、彼女の視界は回転した。
それが投げられた為と理解できたのは、落下する体を一誠が受け止めた時だ。
しかし、彼女が一誠に受け止められた瞬間、一誠に氣を乱され動けなくなっていた。

「まぁ、二時間ぐらいしたら動けるようになるぞ」

そう言って、一誠は小猫を地面に寝かせる。
そして、ここに居ては攻撃が出来ないであろう二人のために小猫から離れた。
瞬間、朱乃とリアスが膨大な魔力を練って出来上がった雷と魔力弾を放つ。
それによって一誠がいた場所は膨大な砂埃を巻き上げる。

「っ!?」

「いないっ!?」

だが、それが晴れた時、その場所に一誠がいなかった。
考えてみれば、当たり前だ。
彼は自分たちの攻撃できる場所に態々移動したのだ。それを考えれば、回避することは容易に想像できただろう。

「威力だけを重視しすぎだぜ、お二人さん」

「「っ!?」」

いつの間にか後ろに回り込まれた。
声の方へ振り返る朱乃。
だが、またも視線の先に一誠はいない。

「あと、部長も副部長も、幾ら前衛が優秀でも、もう少し接近されたときの対策を練った方がいいぜ」

またも後ろから一誠の声が聞こえた。だが、今度の声は朱乃のすぐ傍で聞こえる。
いや、すぐ傍どころか、一誠は朱乃を後ろから抱きしめていた。
そして、彼は朱乃のうなじを舐めた。

「あっ、ああ・・・・っ」

たったそれだけで恐ろしいほど甘美な快感が朱乃を襲う。
首から氣を流されたとは言え、それだけで朱乃の腰は砕け、ストンと地面に正座するように座り込んだ。
その表情は非常に艶やかで色っぽかった。

さて、後一人、そう考えていた一誠だったが、違った。
朱乃から離れ、リアスに近づこうとした際、黒い影が一誠の側面から近づく。
無論、一誠は“彼”が動く前から、氣で読んでいたので難なく左腕の『赤龍帝の篭手』で振り下ろされる剣を防ぐ。
だが、剣は一誠の知らないものだった。

「流石、『赤龍帝の篭手』だね。『炎凍剣』(フレイム・デリート)でも凍りつかないなんて」

感心したような口調で襲撃してきた木場が口を開く。
だが、一誠も少し感心していた。

「お前こそ、他にも剣を持っていたんだ、なっ」

力任せに剣ごと木場を振り払う一誠。
だが、木場はその力を利用して後ろに退避し、綺麗に地面に着地した。
その間、再びリアスが魔力を練っているが、とりあえず、一誠は木場に意識を向ける。

「その解釈は正しくないな。持っていたんじゃなくて創ったのさ」

「そういうのもあるのか・・・」

「うん。『魔剣創造』(ソード・バース)、それが僕の神器さ」

魔剣を生成する神器。
それを聞く限り、かなりレアなものだと言うことが理解できる。
まぁ、前に教会の堕天使に喧嘩を売りに言った際、エクソシストたちに有利な『光喰剣』を持ってる時から、疑問を持っていたが。

(とりあえず、今持っている剣は相手を凍らせるタイプのものってことか)

そう判断した一誠は木場が攻撃を再び上段から攻めてきた攻撃を『赤龍帝の篭手』で受け止めた。
ただ、今回は唯受けるのではなく、木場の剣を篭手で掴んだのだ。
名前から察して、熱を奪う剣のようだが、一誠の神器にはレベルの差か効果を出せないようだ。

「くっ・・・」

圧倒的に力で負けているにも関わらず、無理やり刃を届かせようとする木場。
だが、一誠からすれば、それは最大の悪手だった。

「お前は力勝負に向いていないよ」

「がっ・・・」

空いている右の拳で木場の腹部をアッパーのように振り上げる一誠。
少し本気で殴ったため、木場の体は浮き上がり嗚咽を漏らしながら、ゆっくり倒れる。

「剣を何本も出せるなら、無理に相手と力比べをするな。別にやってもいいが、剣を交えた瞬間、力で劣ってると感じたら剣を捨ててでも離れろ。
すぐに代わりを作ればいいんだからな。ヒットアンドフェイが自分の駒や能力にあってることは、自分が一番分かってるだろ?」

至極合理的な戦法を意識の失いかけている木場の耳に確かに届く。
だが、もし彼が口を利くことが出来たなら、根っからの騎士の彼はそれを渋ったであろう。

「さて、残ったのは部長。貴女だけだな」

「そうねっ!!」

返答と同時に一誠に魔力弾を放つ。
それを一誠は回避するが、リアスも予想している。
一誠が回避する方向に、消滅の魔力が篭った魔力弾を連続で放つ。
恐らく、一誠ならば完全に避けられなくても、何発か被弾する。
そして、その数発では命を落さないように計算したつもりだっただが。

「やっぱり、詰んでたわね」

「最後のは良かったぜ、部長」

朱乃と同じく背後に回られ、リアスの完敗だった。
そして、一誠はリアスに止めを刺した。
彼女の耳を甘噛みして氣を送って、朱乃同様に腰を砕くという方法で。








それから、一誠は動けないメンバーをアーシアに任せ、自分はキッチンへ向かった。
理由は、今日の晩御飯を作るためだ。
本当はリアスと朱乃、それにアーシアが手伝って、作る予定だったらしいが。
そのうちの二人を動けなくしたのは一誠だ。
だから、一誠はこった料理は作れないので、今日採った熊を捌いて簡単なものを作った。

そして、現在、テーブルの上には一誠の作った鍋が陣取っていた。

「これは、なかなか美味しいね」

「・・・食べられなくは無いです」

木場の感想を否定するように辛口なコメントをする小猫。
だが、その箸は決して止めていない。
朱乃はいつもの笑顔を絶やさずに言う。

「あらあら、確かに味は荒っぽいですが、殿方の料理らしくていいじゃないですか」

「そうね。でも、一誠が料理を作れることに驚きだわ」

「はい!!とても美味しいです!!」

朱乃の言葉に同意するように、感心するリアスと絶賛するアーシア。
だが、一誠は当たり前のように答えた。

「ただ食材を切って、調味用と一緒に鍋に放り込んだだけだぞ。そんな褒めるほどの料理じゃないよ。
それに、“向こう”で少数のパーティだけで野宿した時は一番下っ端の俺が作っていたからな」

「「「「・・・・・・・」」」」

一誠の言葉に先ほど模擬戦で戦った四人の表情が沈んだ。
彼が五人パーティのメンバーの中で一番弱いことは何度も聞いたが、それでも自分たちは手も足も出なかった。

「・・・一誠、今日の特訓での正直な感想を言ってくれるかしら?」

一番気になることを代表してリアスが聞く。

「朱乃、祐斗、小猫はゲームを経験していないけど、実戦経験は豊富だから、感じを掴めれば戦えると思ったんだけど」

一誠一人に負けて意気消沈気味なリアス。
無論、相手が一誠だったので本気で戦うことはできなかったが、それでも負けは負けだ。
だが、一誠の評価はそこまで酷くはない。

「それについては、異議はない。アーシアのことを除けば、ここに居るメンバーはライザーの奴の眷属に同じ属性なら一対一で負けることはない」

だが、と続けて一誠は難点を述べる。

「問題は、やっぱり・・・・」

「数、かしら?」

リアスの問いに一誠は頷く。

「数の差が圧倒的なところだ。簡単に頭数を揃えることは出来ない以上、質で勝負するしかない。もっとも、
こっちの戦闘が出来るメンバーはアーシアと、司令塔の部長を除けば、四人。対して、ライザーを除いても最大十五人。
フィールドが広ければ、散らばって攻めて来られれば、こっちはカバーできない奴が出て着るからな」

「かなり、厳しいってことだね」

木場の言葉に頷くと空気が更に暗くなる。

「それに向こうはイッセー君の『赤龍帝の篭手』のことも、アーシアちゃんの回復に長けている反面、攻撃が出来ないことは熟知しているでしょうしね」

朱乃の言葉は恐らく正しい。
リアスの親はライザーに肩入れしているはずだから、念のためと、こっちの情報を教えている可能性はある。

「・・・では、アーシア先輩が攻撃を覚えれば少しは道が?」

小猫はそう発言するが、一誠は首を横に振る。

「確かに、アーシアが身を守る手段を持つのは必要だが、彼女の性格上、攻撃はあまり向いていない。
それに付け焼刃でどうにか出来る状況でもないからな」

「うぅぅ・・・すみません」

一誠の言葉に謝罪するアーシア。
それを見て一誠はやれやれ、と苦笑しながら、彼女の頭に手を添える。

「別にお前が謝ることじゃないよ。優しいのはお前の長所なんだからな。
それに『王』のライザーを倒せばいいんだからな」

「ですが・・・」

それでも今のままでは役に立てないと彼女は考えているらしい。
仕方ない、と一誠は彼女に一つの課題を与えた。

「じゃあ、アーシア。もし、前衛の俺や木場、小猫が戦いで傷ついたらどうする?」

「もちろん、治療します」

「だが、怪我を治しても、また怪我をしに俺たちは戦いに行くんだぞ」

「え?」

「特に今回の戦いは部長の未来が掛かっているんだ。現状はかなり切羽詰っている。全員が無茶な戦いをして何度も怪我を負うだろう。
それこそ怪我が治ったら、すぐにボロボロになるほどに。言うなら、怪我をするために治すことになる」

「そんな・・・・」

一誠の言葉に激しく動揺するアーシア。
周りのメンバーは止めようとするが、一誠の言葉は嘘を言っていない上に、眷属の朱乃、木場、小猫は一誠の言うとおり無茶も仕方ないと考えていた。
そして、リアスも自分のために眷属が傷つくのに初めて気持ちに気づいたのか沈めた。

「だがな、アーシア」

優しく微笑みながら、一誠はアーシアの頭に乗せていた手を彼女の頬に当てる。

「それでも、怪我を治す理由と覚悟を持ったら、お前は今より断然に強くなれるはずだ。空いた時間でも良いから、少しずつ考えてみな」

「・・・はい」

一誠の言葉に頭を悩ませるアーシア。他のメンバーの空気が完全に沈んでいた。
だが、


「じゃあ、『レーティングゲーム』のことは、ここまで。まだ、ゲームまで時間があるんだから、出来るだけのことをしましょう」

リアスも完全に塞ぎこみそうになるが、主である自分がしっかりしなければ、と自らを奮い立たせる。
そんな彼女の態度に眷属たちも頷いた。

「よろしい。じゃあ、夕食も済んだことだし、お風呂にしましょう。ここは温泉だから素敵なのよ」

「へ~、それは楽しみだ。ん?」

リアスの言葉に不敵な笑みを浮かべる一誠だが、自分の体の状態に見た。
何故か、体が鎖によってグルグル巻きで椅子につながれていた。

「何するんだよっ、小猫!!」

「予防策です」

何処からか出した鎖で特訓以上の動きで一誠を拘束した小猫。
とりあえず、アーシアは少し心配そうな瞳を向けるが、リアスたちは突っ込まないで風呂場に向かう。

「祐斗先輩、見張りはお願いします」

「ははっ。まぁ、努力はするよ」

最後に小猫が木場にお願いして部屋から出ようとする。
その際、一度足を止め、一誠を見つめ、

「・・・覗いたら、恨みます」

そう言って、今度こそ小猫は風呂場へと向かった。
部屋に残されたには一誠と木場だけとなった。

「イッセー君、僕が覗かないし、覗きに関与しないよ」

「ふっ、舐めるなよ木場」

木場の言葉に一誠は不敵に笑う。

「俺はそんな二流な事はしないよ」







別荘の風呂場は男女別れた露天風呂だった。
それもかなり広い風呂場を四人だけで使うのは贅沢かも知れないが、この際いいだろう。

「良いお湯ですわね」

「ええ、そうね」

先に湯船に浸かるお姉さま二人をアーシアは体を流しながら眺める。

「はぁ・・・・」

二人のある部分を見て、自分のを比較するとため息が止まらない。

「それは高望みし過ぎです」

「え!?」

隣から声が聞こえ見ると、そこには同じく体を流している小猫の姿があった。
見ると、彼女は自分以上に“その事”で悩んでいるらしい。
そんな二人の空気がほんの少し重くなった。


そして、

「・・・・・・・」

「リアス?」

風呂に入っている二人の空気も重くなった。

「やっぱり、ライザーとの『レーティングゲーム』ですか?」

朱乃の問いかけでリアスの沈黙は重くなる。
『女王』の彼女にしか見せないことだが、リアスはそのことに悩んでいた。
先ほどの一誠の言うとおり、こっちはすでにチェックをかけられつつある。
この状況をひっくり返すには『王』である自分の戦略に掛かっている。
だが、『レーティングゲーム』の経験の無い自分が、ライザーに勝つ戦略を当てられるのか不安なのだ。

「何より、ライザーを倒せるかが一番の問題なのよね・・・」

「あいつって、そんなに強いのか?」

「ええ、・・・・えっ?」

突然の問いかけにリアスは驚き振り返る。
そして、更に驚いた。

「ん、どうした・・・っ!?」

―――ガコォン!!

その人物の言葉の途中で顔面に桶が投げつけられた。
見ると、肩で息をしながらバスタオルを巻く小猫の姿があった。

「・・・・なんで一緒に入ってるんですか、イッセー先輩」

鎖で繋いでおいたのに、と見ると、一誠の近くには木場の姿もあった。
それも一誠を縛った鎖が巻き付いている。見覚えもある、というより、一誠に巻きつけていた鎖だ。

「・・・祐斗先輩」

「ごめん、小猫ちゃん。ただ、目はずっと瞑っていたから」

「・・・役立たず」

鎖を抜け出して、木場を縛ったあと連れてこられたのだろう。
もっとも木場はずっと目を瞑っているのだが。
小猫は全く頼りにならなかった木場に非難の視線を向け、彼も小猫の刺さる視線を感じるのだった。

「・・・覗いたら恨むといいました」

「だから、覗くんじゃなくて、堂々と一緒に入りに来たんだ」

それに、と続けて、

「どうも女湯からしんみりとしたのを感じたんでな。やっぱり風呂は皆で楽しく入るものだろ?」

「あらあら、ですが、これは男の人にとっては反則では?」

「後、前にアーシアが裸の付き合いをしたいといったんでな」

「ふぇ!?」

一誠の言葉にアーシアは以前、言ったことを思い出し、顔を紅くした。
一先ず、小猫はアーシアに裸の付き合いがどういうものか教えるために動く。
と、場がカオスになりそうな中でリアスがため息を付く。

「・・・仕方ないわね。入ってきたなら、このまま皆一緒に入って、交友を深めるとしましょう」

「ですが・・・」

「アーシアも良いみたいだし、私も構わない。朱乃、貴方はどう?」

「うふふ・・・仕方ありませんわね。構いませんよ。実は私、殿方の背中を流して差し上げたかったのです」

と、小猫は渋ったが、多数決によって一誠と木場が一緒に入ることとなったのだ。
ただ、一誠が行ったことが全員の気を紛らわせたことに誰も気づかないのだった。




そして、納得のいかない小猫は早々に風呂から上がった。
ついでに一緒に木場も小猫に懇願して引きずられながら出て行った。
そして、現在、

「うふふ。どうですか、イッセー君」

「ははっ、最高ですよ、副部長」

アーシアは自分の心がモヤモヤしているのを感じていた。
それは目の前に広がっている光景だ。
一誠の背中を朱乃が洗っているのだ。
それだけでも泣きたくなるのに、朱乃が彼の背中を洗うのに使っているのはタオルではなく、彼女の自慢とも言える豊満な胸だった。
もう一度、自分の胸部を見て、ため息が漏れるアーシア。
だが、洗われている一誠は特に心を乱していないのがモヤモヤを大きくする。反応が大きくてもそうなるのだが・・・
そんなアーシアの心情をリアスは面白そうに眺める。
と、一誠が桶を手に背中を流した。
そして、

「じゃあ、今度は俺が副部長の体を洗ってあげますよ」

「あらあら、そんなことは良いですよ」

一誠の申し出を朱乃は嗜める様に断ろうとする。
だが、一誠はそれを許さない。

「大丈夫ですよ、娼館ギルドでは、女を洗ってたんで。俺や兄貴がやると自分でやるよりも綺麗になるって評判なんです。
それに、あんなサービスをしてくれて、何もしないわけにもいかないからな」

一誠は朱乃の腰に腕を回る。
リアスは助けようか迷ったが、本気で抵抗すれば、逃げられる力でやっているのに気づいて、

(振り切らないなら、特別嫌って訳でもないのかしら?)

そう考えて、リアスは静観する。
と、一誠がこちらを見た。

(え!?)

心の中で驚くリアスだったが、

「そんな顔するな、アーシア。こっちに来い、お前も洗ってやるよ」

「ふぇ!?」

アーシアのことと気づいて落胆するリアス。

(って、何で私が落ち込んでいるの!!)

自分でも顔が赤くなるのが自分でも分かる。
だが、リアスは湯にのぼせたのだと考えた。いや、考えることにした。
ただ・・・・

「い、イッセー君!!何でタオルを使わないのですか?」

「ん?おいおい、女の身体を洗うのにタオルを使うなんて邪道じゃないか」

「そ、そんなこと・・・ああ・・・っ!!」

素手で撫でるように体を洗う一誠。
最初は模擬戦の仕返しのつもりだった朱乃だったが、今は完全に一誠にされるがままとなった。

「ああ・・・っ。イッセーさん、少し待って・・・」

アーシアも同じく素手で洗われる。
すでに一誠に洗われることによる甘い感覚に酔いしれている。
それを見たある意味では助かったのかもしれない。

「「ひゃっ!!っあぁぁぁっ」」

嬌声を高らかに二人の姿を見ては、そう思わずにはいられないのだった。









[32327] 第二章五話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/10/14 17:02
特訓一日目が終了し、それから数日が経過した。
その間、一誠たちは模擬戦を行い、自分たちの能力を出来るだけ高め、座学で基本的な知識を蓄えた。
悪魔であることも踏まえて、昼中だけでなく夜中まで特訓は開始された。
その甲斐あってか、特に一誠とよく模擬戦を行った小猫と木場の能力は高くなった。
座学については、リアスたち先輩悪魔が冥界の基本的な知識を教え、アーシアは教会のことを教えた。
自分の得意分野ということもあって、アーシアは張り切っていたが、聖書の一説を読んだり、祈りを捧げたりでダメージを食らっていたが。

(それにしても、祈る相手を痛めつけるなんて、もしかしたら、こっちの世界の神はある意味では副部長以上のドSなのかもしれないな)

そんなことを考えながら、一誠は水を飲みにキッチンに赴いた。
水を飲みながら、一誠は考える。
能力は上がったが、まだライザー達に勝てるかどうか分からない。
それでもかなりの進歩があったと言える。
だが、

「問題は俺なんだよな・・・」

今日まで一誠も特訓に参加したが、効果があったかと言われれば、それほどの能力が上がってはいない。
まぁ、一誠の『錬環系勁氣功』はほぼ完成している。この状態から向上させるには、時間も環境も足りない。
次にブランクの方も、以前の状態に戻すには同じ理由で難しいだろう。

「・・・あの時、無理にでもあのメイドと戦っておけば良かったか・・・・いや、駄目か。
あそこで戦ったら、学校と周りが焦土化するな・・・」

ため息をついてキッチンから出る。

「・・・そもそも何で焦ってるんだ、俺は」

ライザーを相手にするなら、油断さえしなければ、今のままでも十分に倒せる。
なら、何故だ。
木場と小猫の成長速度に焦燥している?それともグレイフィアに会って、あれクラスの敵がいることを目の当たりにしたからか?
どちらもありそうだが、どうもしっくりこない。

「あら、まだ起きていたの?」

欠伸をしながら階段を上がっていると、リアスが窓の淵に座り、月明かりで百科事典のような分厚い本を読んでいた。

「部長こそ、こんな時間まで何をやってるんだ?」

階段を上がりながらリアスに近づく一誠。
すると、リアスがメガネを掛けていることに気づいた。

「部長って目が悪いのか?」

「いいえ、ただこれを掛けていると、頭の回転が速くなる気がするから掛けてるだけよ」

「ふ~ん。で、何を読んでいるんだ?」

「『レーティングゲーム』の戦略が書かれている本よ」

「マニュアルって奴か?」

「ええ。もっとも、これを読んだからって、ライザーには通用しないかもしれないけど」

そう言って、リアスは急に顔を俯かせる。

「前に風呂場で聞いたけど、アイツはそんなに強いのか?」

正直、ライザーが才能だよりの相手であることは部室でのやり取りで理解できた。
だが、リアスが言うには、問題はその才能らしい。

「と、言うより、フェニックスの力が厄介なのよ」

「・・・不死身ってことか?」

「ええ、そうよ。彼の一族は聖獣フェニックスとほぼ同じなの」

漸く、一誠は理解することが出来た。
確かに、相手が本当に不死身ならば、今のままの一誠には勝つことは難しいだろう。

(わかって油断していたなんて、まだ心の何処かで舐めているのか、俺は?)

その考えを肯定せざるを得ない。
グレイフィアという強敵と戦うかもしれないと警戒しながら、実際の相手は彼女の数段格下のライザーだったことに心の何処かで安堵していた。

「・・・それでアイツの不死はどの程度、フェニックスと同じなんだ?」

「イッセー?」

突然、一誠の雰囲気が変わったことにリアスは首を傾げる。
今の一誠はライザーの戦いに備え、最大限の準備を行おうとする。
時間を無駄にしてしまったが、だからと言って、そんな言い訳を使うなど自分の中では論外だ。

「彼が公式の『レーティングゲーム』で八勝二敗の戦績を収める理由はそれ。攻撃してもすぐに再生して傷を癒す。そして、業火で骨をも残さない。
それでも二敗しているけど、それは懇意にしている家計への配慮でわざと負けているの」

実質的に全勝を収めている。
そう言って、リアスは自嘲気味に笑った。

「貴方が言ったとおり、ライザーを結婚の相手に選んだのは、私に是が非でも結婚させるためにお父様が仕組んだことでしょうね。
『レーティングゲーム』ならフェニックスに勝てるはずがないと踏んででしょう」

完全に気を落すリアス。
そんなリアスに一誠はどうしても聞きたいことがあった。

「なぁ、そこまで分かっていて、どうして抗おうとするんだ?」

「え?」

「俺は貴族のような格式ある所の出じゃないからわからんが、そういう所は、そういうことが運命づけられている、と聞いたんだが」

「ええ。確かにそう。グレモリーである以上、私は“グレモリー”のリアス。何処にいてもグレモリーの看板がついて、個の私を奪うことは生まれた瞬間から決まっていた。
そのことに対して、嫌とは想わないし、むしろ誇りにも感じている。けど、どうしても私を唯のリアスとして愛してほしい」

ライザーはリアスのことをグレモリーのリアスとして見て、グレモリーのリアスを愛している。
だから、嫌なのだろう。と一誠はリアスの言葉から察した。

「そんな人と結婚したい、それが私の夢なのだけど。贅沢かしらね?」

そうリアスは更に自嘲をより深めながら語る。
客観的に言えば、肯定も出来なければ、否定も出来ない。
だから、一誠は、

「いや、別に良いんじゃないのか?」

自分の思うとおりに言った。

「むしろ、そういう可愛い夢を持つ部長のこと、俺は好きだぞ」

「え!?」

「やっぱり、女は恋に対して素直な方が良いに決まってる」

一誠の脳裏に一人の女性が思い浮かんだ。
王女という地位と、素直になることの出来ない性格で、本当に好きな人と一緒になろうとしない仲間を。
それを見ると本当に見ているこっちが辛い。

「ははっ、かなり燃えてきた」

「イッセー?」

一誠の言葉に顔が紅くなるリアス。
だが、一誠はとりあえず、

「まずは『レーティングゲーム』に勝たないとな」

「え、ええ。そうね」

「で、部長。アイツを倒す方法は全く無いのか?」

まずはそのことを確認しなければ、一番重要なことを問いかける一誠。
その問いにリアスは首を横に振る。
だが、その表情は難しいままだ。

「方法は二つ。圧倒的な力で押しつぶすか、何度も殺して精神的に追い詰めるか。どちらも難しいことね」

前者は神、もしくは魔王クラスの攻撃が必要。後者はライザーの精神が折れるまで戦えるスタミナ。
まず、後者しか選択が無い。
だが、一誠にとっては、とても重要なことを聞くことが分かった。
だから、一誠は不敵に笑う。
油断ではなく、確信を得たから。

「まぁ、何とかなるだろう」

「本当に?」

「ああ」

悪戯っぽく笑うリアスに力強く頷いてやり、一誠は自信を持って言う。

「心配するな、必ず俺が勝たせてやる」

そう言って、一誠はリアスに背を向けて、自分に宛がわれた部屋に戻った。
だが、一誠は気づいていなかった。
この時のリアスの顔が今まで以上に紅かったことに。









「さてと・・・」

自室に戻った一誠は何処かすっきりした顔をしていた。
キッチンでの自分の焦燥感に気づいたからだ。

「今の俺の力じゃ、足りないんだな」

この程度ではリアスを安心させることが出来ない。
だから、一誠は焦っていたのだ。
女を絶対に安心させられる力を持っていたが、今はそれがない。
今更、気づくなんて、自分は何処まで愚かなんだろうか。

「まぁ、今回は間に合ったからいいけど・・・」

ぼやく様に呟いて、左腕の『赤龍帝の篭手』を出現させる。
今のステータスを上げることも、戻すことは出来ない。
なら、

「新しい力を伸ばすしかないよな」

左手で拳を作って、胸に当てる。
そして、以前、見た空間を自分の魂を送り出すイメージを持って、“あの方法”のようにゲートを作る。

(恐らく、似ている要素はあるはずだ。なら、可能のはず)

意を決して意識を集中させて目を閉じる。

・・・・意識が何かをすり抜け、何かに入り込んだのを感じた。

そして、その感覚につられるように一誠は目を開けた。


『驚いたぞ。まさか、こんなに早く、それもお前の方からこちらへやってくるとは』

何時ぞやの聞き覚えあるが、無い。そんな不思議な声が届く。
一誠はそのことに成功したことを確認し、ゆっくり顔を上げながら、不敵に笑った。

「よう、お前が何も言ってこないから、こっちから来たぜ。赤い龍帝」

『そうか。なら、歓迎するぞ相棒よ』






赤い龍帝、『赤い龍』(ウェルシュ・ドラゴン)、ドライグ。
それが一誠の『赤龍帝の篭手』に宿るドラゴンの魂。

『さて、相棒。一体、何のようだ?』

「・・・分かってて聞いてないか?」

ドライグの質問に対して、逆に聞き返す。
すると、ドライグは口元をニヤリと歪ませる。

『やはり、力を求めてきたか』

「まぁ、似たようなものだ。お前の使い方を教えてもらいに来たのだからな」

『ふっ、フェニックスと戦うそうだが、あの程度の相手ならば相棒だけでも倒せるだろう?』

「確かに、倒すことは出来なくない。一瞬、焦ったが、あいつの不死が俺の考えている通りなら、幾らでも方法はある」

『ならば、何故だ?力を得るのだから、それ相応の代償が必要になるのだぞ』

「敢えて言うなら、うちのお姫様は今の力に不安に感じさせているんでな。
仮にも、勇者の仲間で、しかも伝説のドラゴンの使い手が、あんな才能だよりの焼き鳥野郎ごときに、そんなじゃいけないだろ?」

『なるほどな。確かに、赤龍帝と呼ばれる存在がそれでは“白いの”に笑われる』

「白いの?」

『いずれ現れるライバルだ。まぁ、今は“白いの”のことはいいだろう』

勝手に納得するドラゴン。
自分のことに関して重要なことのように感じるが、確かに今はいいだろう。
ライバルなら戦うことになる。
ならば、今は強くなればいい。

『それで相棒は何を望む、絶対の力か?』

「使い勝手が悪いから何とかならないか?」

『・・・・・・・』

一誠の注文にドライグは目を丸くする。

『力を求めに来たんじゃないのか?』

「ん?ああ、そうだ」

『今までの主の中には、俺に肉体を捧げて力を得ようとしたぞ』

「考え方は人それぞれだろ。それに今でさえ使えこなせないほど、使い勝手が悪いのに、威力上げてどうするんだよ」

『・・・・・・』

またも沈黙するドライグ。
ドラゴンの癖に戸惑うだけの理性があるようだ。

「それで、可能なのか?」

『・・・まぁ、出来なくはないな。俺も神器の機能の改善など初めてされた』

「光栄と思うべきか?」

『褒めていないがなっ!!』

語気を激しくし、突然、ドライグが自らの尾でなぎ払う。

「いきなりだな。おいっ!?」

ジャンプで回避した一誠は地面に着地する。
いつの間にか一誠の立っている場所は真っ暗な世界から岩肌が連なる岩石地帯に変わっていた。
見上げると、空も紫色に変わっている。

『ここは、俺の記憶にある魔界の景色だ』

「・・・バトルフィールドって訳か、便利だな」

『相棒。悪魔の世界では大抵は力が支配する』

「ああ、そうらしいな」

『なら、分かるだろ。ほしい物があるなら・・・・』

「力ずくで、か?」

『そういうことだっ!!』

「やばっ!!!」

大急ぎでその場から離れる一誠。
直後、一誠が先ほどいた場所で巨大な爆発が起こった。

「いきなりブレスかよ・・・」

恐らく、この世界はドライグの記憶、つまり、イメージに関係しているのだろう。
と、するならば、今のブレスの威力はドライグの記憶を元にしたイメージになり、実際のものと変わらない。
そして、この世界で自分の死は直接的な意味にもなる。
要するに、

「命がけか・・・」

自分に向かって急降下してくるドライグに一誠は不敵に笑った。







太陽が昇り、日の光が朝であることを知らせる。
悪魔にとって、日の光は最大の敵だが、日の光をたくさん吸った布団の温もりは何故心地良いのだろう。
そんなことを考えながら、リアスは布団の中でまどろむ。
と、そこへ、誰から彼女の部屋へと入ってきた。

「部長、よろしいでしょうか?」

「朱乃・・・?」

まだ眠たい目を擦りながらリアスは身体を起こす。

「実は、イッセー君のことなのですが・・・」

一誠の名前と彼女の真剣な声、これが何を物語るのか考え、寝ぼけた意識が一気に覚醒に向かう。
掛け布団を自ら払いのけ、何も着ないで寝るため、自らの裸体が現れるのも彼女は気にせず問いかけた。

「イッセーに何かあったの?」

「実は・・・・」





朱乃から事情を聞いたリアスは急ぎ一誠に宛がわれた部屋へと走り部屋へ飛び込んだ。

「イッセー!!」

部屋の中にはすでに他の部員たちが揃っていた。そして、ベッドには一誠が寝ている。
それを見て、リアスは冷静に状況を知ろうとする。

「何があったの?」

「じ、実は、分からないんです」

最初に異常に気が付いたアーシアが立ち上がた。
彼女の話によれば、一誠を起こしに来たのだが、一誠は全く反応せず眠り続けたままだと。

「部長さん、イッセーさんはどうしたんでしょう?」

困惑したように問いかけるアーシア。
木場と小猫も同じ表情だが、リアスにも彼の身に何が起こっているのかわからない。

「『赤龍帝の篭手』が発動していますから、それが起因しているのかも知れません」

「でも、こんな現象、初めて聞きますよ」

朱乃と木場の言うとおり、恐らく原因は一誠の神器だろう。
だが、こんなことはリアスも聞いたことがない。

「他にイッセーの身体に変化は?」

「いえ、体温も、呼吸も何の問題もありません。本当に唯眠り続けているだけのように取れます」

「そう・・・」

朱乃の報告にリアスは顎に手を当てて思考する。
本当に何が起こっているのか理解できない状況にリアスは困惑してしまう。

「・・・まるで、魂が何処かに言ってしまったように思えますね」



小猫のそんな発言にリアスだけでなく、その場にいた全員が心臓を鷲掴みにされた不安感に襲われた。







あれからどれだけ時間が経過したのだろう。
そんなことを一誠は思い出した。
だが、すぐにそんな思考を捨てる。

「うらぁ!!」

左腕の『赤龍帝の篭手』に自らの氣を膨大に込め、翼を使いドライグの額にぶつける。
弱い相手ならば頭がジャムになってもおかしくない一撃だが、流石は伝説のドラゴン。
この拳を受けても首を振るようにして一誠を押し返す。

「くっ・・・」

たったそれだけの動きだが、人型の一誠は堪らず吹き飛ばされた。
何とか翼を使うことで姿勢を補助しようとするが、

『ゴォアアアアアアア!!』

その前に咆哮を上げながら片腕で一誠の体を薙ぐ。

「がはっ!!」

岩に貼り付けにされるように激突し、体がめり込む一誠。
これほどの質量の前では、『錬環系勁氣功』の円動作でいなせない。
物理防御の『硬気功』も押しつぶされてしまうだろう。

『どうした、相棒!!これで終わりか?』

「まだ時間が掛かるか・・・」

ゆっくりと立ち上がり、翼を広げ上空に舞う。
それを見て、ドライグは嬉しそうに笑う。

『驚いたぞ、相棒。まさか、ここまでやるとは、歴代の赤龍帝で相棒は間違いなく最強に分類される』

「ああっ、そうかいっ!!」

突進してくるドライグの身体を避けるために横に動く一誠。
しかし、このままでは顔の部分は回避できる。だが、首から下のデカイ胴体まで避けるだけの飛行速度を出せるが一誠は制御できない。
ゆえに、一誠はドライグの側頭部に膨大な氣による後ろ回し蹴りを食らわせて、反動で回避する。

こうした攻撃を幾度もしたにも関わらず、全く堪える気配を見せないドライグ。
だが、こちらも発見があった。
悪魔になったことで一誠は人間の時以上に氣で強化が可能ということが分かった。
『錬環系勁氣功』による身体能力の強化は肉体の限界をギリギリ、基本的に超えることは無い。
だが、悪魔になったことで一誠の肉体強化は人間の限界を超えることが可能だった。

(たぶん、能力だけなら、ガリウスを倒した後の兄貴に追いついているかもしれない)

もっとも、それを持ってしても素手ではドライグにダメージを与えることは難しい。
いや、何度か効果のある攻撃は出来たが、止めを刺したりするには素手では無理だろう。
ドライグの放つブレスを避けながら一誠は考える。

(仕掛けはそろそろ利いてくるはずだが、問題は決め手がない)

ドライグの身体を覆う鱗はかなり硬度が高い。
拳による打撃では大したダメージは与えられない。

(せめて、剣か槍があれば・・・)

と、そこで一誠は気が付いた。
今、戦っているバトルフィールドと肉体に受けたダメージがドライグの記憶、経験を元にしたイメージならば、
一誠自身はどうなるのだ?
氣弾をはずした際、ドライグほどでは無いにしても、フィールドに爪痕を残した。
あの時は不審に思わなかった。
何せ、威力は“一誠が思った通り”なのだから。
だが、それは可笑しいことだ。
戦いの中でドライグは一誠がアレイザードに行ていた時、まだ目覚めていなかった。
つまり、一誠の全力で放つ氣弾の威力を知っているはずが無いのだ。
その事が意味することは。

(ここはドライグの記憶だけでなく、俺の記憶や経験がイメージされた世界)

「・・・だったら、理論上は可能だな」

一誠は右手を左の腰に当て、丁度居合いの構えを取る。

『何をするつもりだ、相棒』

問いかけるドライグに教えてやる義理は無い。
ゆえに、一誠は笑った。

「いや、そろそろ飽きてきたからな。終わりにしようと思ったんだよ」

『はんっ、はははっ、やはりお前は面白いな、相棒。なら、終わらせよう』

言葉通りにドライグは決めに掛かった。
大きく息を吸い込み、身体を仰け反らせる。その口の隙間からこれまで以上の威力を持つブレスの波動が伺える。
恐らく、アレが放たれれば、全力で走ろうが、飛ぼうが、着弾の爆発に巻き込まれて終わりだ。
ならば、

「正面だっ!!」

足の脚力による勢いと、翼によって真っ直ぐドライグに向かう。
蛮勇の行動と罵る者も居るかもしれない。
だが、生き残る可能性のあるのならば、死ぬかも知れない道を進む。
それが出来なければ、一誠は、女の涙を流させない、そんな信念は貫けるはずがない、そう考えるのだった。

「これで、終わり・・・だ・・・!?」

突然、ドライグは自分自身に起こったことに困惑した。
何の前触れもなく視界が揺れたのだ。
平衡感覚が失われ、飛ぶことが困難なほどにまで。

「へっ、やっと効いてきたか」

狙い通りだ、と一誠。
今まで幾度も攻撃を重ねたことによって、徐々に一誠は自らの氣を流し込み、ドライグの氣の流れを乱したのだ。
この世界がでは肉体もイメージならば、効果は無いのではないか、と不安に思っていたが。
どうやら、巨体のドライグに効果を及ぼすには時間が掛かっただけのようだ。
兎に角、

「チャンス!!」

『くっ、舐めるなっ!!』

全身全霊の『錬環系勁氣功』。これまでの攻撃で使用した以上の体内で練り上げたでの氣を発生させ肉薄する一誠。
だが、ドライグも流石というべきか、落下しながらも一誠に向かって口を開き、氣が乱された所為でほとんど抜けてしまったブレスを放つ。

「うぉおおおおおおおおおおお!!!」

しかし、一誠は恐れることなく、正面からブレスに向かって突っ込み、右手を振るう。

『な、んだと・・・』

呆然とするドライグ。
彼の目の前には自らが放ったブレスを、いつの間にか持ったのか大剣で切り払った一誠の姿があったからだ。
そして、そのまま自分に向かって大剣を振り下ろす。
それをドライグは笑いながら見た。
自分は落下することしか出来ないブレスも放った後だ、もう一発を撃つにも時間が無い、腕を振るうにもこの身体では間に合わない。
つまり、

「らぁああああああああ!!」

斬られるしかなかったのだ。






戦いが終わり、岩に落下したドライグに一誠は近づく。
身体には大きな切り傷が付いている。

「元気か、ドライグ」

傷を付けた本人が聞くことではないが、斬ったからこそ分かる。
ドライグの身体が硬すぎるため、自分の全力の一撃はそこまで深く傷を付けることが出来なかった。

『ああ、問題ないぞ』

そして、その事を証明するようにドライグは身体を起こした。
もっともまだ翼を広げて、飛ぶことが出来ないようだが。

『驚いたぞ、相棒。まさか、俺を地に着けるとは』

「よく言うぜ。本来の実力の三分の一も出していないくせに」

『ふんっ、気づいていたか』

「ああ、油断してくれたお陰で助かったぜ」

やはり油断はいけないな、と一誠は思った。
恐らく、ドライグがその気になれば、ブランクが無かったとしても一誠は一溜まりも無い。
悔しいことだが、それほど自分との実力差は離れている。

『そう言う相棒も倍にする力を使わなかったな』

と、ドライグの言葉に一誠は、何を当たり前なことを、と返した。

「俺の実力を示さないといけないのに、お前の力を借りたら意味がないだろ?」

そう言ったところ、ドライグは暫く、目を白黒させ、大笑いした。

『ハハハハハハハッ、面白い!面白いぞ!!相棒、いや、兵藤一誠よ!!!
今までの宿主たちは俺の力を求めるだけだったからなっ』

「あいにく、俺は人に貰った力で威張るなんて度胸はないんでな」

そう言って、お互いに大笑いした。
と、そこで、

「で、こいつはちゃんと使い勝手が良くしてくれるのか?」

『ふふっ、それならもう終わっているぞ』

「なに?」

ドライグの言葉に一誠が首を傾げていると、左腕が熱くなるのを感じた。
見ると、『赤龍帝の篭手』が真っ赤に光っている。
そして、それが弾けた瞬間、篭手の姿が変わった。

『神器は日々進歩していく。お前が望めば、神器は新たな力を得るだろう』

その瞬間、一誠の頭に神器の情報が流れ込んできた。

「・・・譲渡?」

『そうだ。本来、篭手の力は自らの力を無限に上げていき、それを他に譲渡する、というものだ』

これは大きな拾い物をした。
と、そこで一誠は思い出した。

「そういえば、今何時なんだ?」

『外では、日が昇った辺りだな』

「そんなに時間がたったのか?」

体感した時間ではそこまで時間が経過したとは思えなかった。
そもそもそんなに長時間戦えないのだが。

『この世界はあくまでイメージを元にしている。戦っている間に時間加速したんだろう』

「なら、そろそろ戻るか」

『また来ると良いぞ』

「おう、その時はまた相手をしてくれ」

そのとき、一誠の視界が暗転した。







その頃、一誠の部屋では、リアスたちが未だに目を覚まさない一誠を心配していた。

「ん・・・んん?」

だが、不意に一誠は目を開け、身体を起こした。
それを見たメンバーは驚いた。

「おお、皆、おはよう」

「イッセーさん!!」

「イッセー!!」

軽く挨拶すると、アーシアが一誠に抱きついた。
その後に続いて、リアスの声を聞きながら、一誠はアーシアの頭を撫でてやる。

「悪い、心配掛けたな」

「ええ、本当に心配したんだから。それで、何があったの?」

リアスに問いかけられ、一誠は昨夜からのことを話した。
夜、彼女と別れてから、神器の中にいるドラゴンの元に赴いたこと。
そして、そこで彼と戦い、『赤龍帝の篭手』を強化してくれたことを語った。
流石に、ドライグとの戦いは皆が驚き、心配されたが、隠し事を行うわけには行かない、と話した。

「・・・『赤い龍の帝王(ウェルシュ・ドラゴン)』と戦った、ていうの?」

「ああ」

呆れるリアスの問いに頷く。

「しかも、それに勝っちゃうんだ」

「いや、本気でやり合ったわけじゃないんだけどな」

一誠との力量差に目に見えて落ち込む木場に一応のフォローを入れる。
だが、間髪を居れずに朱乃と小猫が口を開いた。

「あらあら、それでも凄いことですわ」

「先輩は本当に規格外です」

その言葉に一誠は何も言えなくなる。
相手は高次元生命体と言っても良いぐらいの相手なのだから、そんな相手と一対一で戦って勝つとは相当なものだ。

「・・・本当に、心配したんですよ。一誠さん」

頬を膨らませて、見るからに怒っています、と一誠を見るアーシア。
だが、自らの見た目でそれすらも愛らしいと感じられることに気づいていない。
まぁ、それでも一誠は心配掛けたことを後悔していた。

「悪かったって、今度からはやる前に一報を入れる」

「駄目よ!!次は無いと約束しなさい!!」

声を荒げて一誠に詰め寄るリアス。
その勢いは鬼気迫るものがあるが、一誠はそれを軽く受け流す。
だが、その顔は真剣だった。

「悪いが、そいつは出来ない」

「イッセー!!」

「戦いは何が起こるかわからない。もしかしたら、俺たちは全員が挑んでも片手で捻られるような相手と戦うかもしれない。
逃げると言う選択しか出来ない相手が。そんな相手と遭遇した場合、俺は一番に囮になる」

「っ!?」

一誠の言葉に全員が息を飲んだ。
すぐに、リアスが口を開こうとするが。

「この中で、そんな状況に遭遇して、囮になったとしたら一番生存率が高いのは、俺だ」

「でも!!」

「まぁ、いきなりそんなことを言われても納得できないかも知れないが。戦いに身を置いたら必ずそんな状況に出くわす。
その時、誰かを犠牲にする覚悟が必要なことがある」

「・・・・・・・・・」

一誠の言葉に、リアスは何も言えなくなる。
他のメンバーも一誠の言っている事が正しいと理解している。
だが、何も言えなくなる一同に一誠は笑った。

「そんな気を落すなよ。あくまで万が一。それに自分で言っておいてだが、そんなことをしたら、お前らが泣くんだ。
そういう状況は絶対に作らないよ、俺の美学に誓ってな」

そういって、リアスの顎に手を当てて自分の顔に向け近づける。

「だから、多少の無茶は許してくれ。俺はお前を泣かせないためなら幾らでも頑張るんだからよ」

「あっ・・・」

真剣な面持ちで言われ、何故か顔が赤くなるのを感じるリアス。
それを隠そうと慌てて一誠の手を振り払う。

「・・・・し、仕方ないわね。ただし、絶対に私が泣くようなことはしないでよ」

「おう。俺の信念と美学に誓ってな」

そう満面の笑みで答える一誠にリアスは何処か呆れながら、しかし嬉しそうに微笑むのだった。
自分の隣にいるアーシアが嫉妬しているのに気づきもしないで。



そうして、一誠たちは『レーティングゲーム』が始まる前日まで特訓を行った。
模擬戦も、前日に近づくほど激しくなり、一誠も新しく神器に加わった力、“譲渡”を使い木場と小猫を強化しながら、
自分のブランクを少しずつ埋めていくのだった。






[32327] 第二章六話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/10/17 01:35
十日間の特訓を経て、決戦当日、開始は深夜零時。
現在、一誠は旧校舎のオカルト部の部室へと歩いていた。

「あ、あのイッセーさん・・・」

隣を歩いているアーシアが遠慮がちに話しかけてくる。
見ると、彼女は初めて会った時と同じ、シスターの姿で歩いていた。
悪魔の戦いで教会の姿で赴く彼女はなかなか胆力のあるように感じるが、別に彼女にはそんな気はないのだろう。
ただ、部長であるリアスに何を着ていけばいいのか、を聞いて、『自分が一番良い服で来い』、と言われ、
クリスチャンでは無くなっても信仰心を忘れないために着ているのだ。
ちなみに、一誠も自分にとって一番の勝負服を着てきている。

「どうかしたのか?」

「そ、その、手を握ってもらって構いませんか?」

「ん?」

見ると、アーシアの腕は酷く震えていた。
それを抑えようとしながらアーシアは申し訳なさそうに、

「・・・これから怖い戦いが待っていると思うと震えが止まらないんです。
でも、イッセーさんが・・・っ!?」

アーシアの言葉が終わる前に一誠は彼女の手を握った。
そして、驚く彼女に満面の笑みを浮かべると、

「ほら、こうしたら怖くないだろ」

「は、はい」

ギュウ、と強く、だけど優しく一誠に手を握られて、顔が赤くなるアーシア。
更に、彼の笑顔を見ると不思議と不安な気持ちが消えた。

「心配するな、俺が居る限り、お前を怖いと思わせるものは全部払いのけてやるからよ」

「っ!?はい!!」

そして、最後の言葉、力強く、なにより優しい言葉にアーシアは満面の笑みを浮かべるのだった。
その顔には恐怖が完全に振り払われたことが良く分かった。
だから、アーシアは口を開いた。

「イッセーさん、合宿のとき、私に言ってくれましたね。傷つきに行く皆さんを治す理由を考えろと。正直、まだ私にはそれが分かりません。
だけど、それが私を守ってくれるイッセーさんや皆さんの手助けになるのなら、私はどんなに皆さんがボロボロになっても治療します」

「そうか」

アーシアの言葉に一誠はただ笑顔を向け、頭を撫でた。
だが、彼女にはそれが彼からの感謝のように感じるのだった。




それから部室の前まで歩くと、またアーシアの顔が強張った。
だが、それは恐怖からではなく、単純に緊張からきているらしい。
そして、一誠が扉を開けて部室へ入った。

「二人とも、来た、の・・ね?」

部室に入ると、他のメンバーは全員集まっていた。
二人が来るまで各地リラックスしていたらしい。
木場は壁に剣を立て掛け、手甲と脛あてを装備した状態でソファに座り、
向かい側では小猫がオープンフィンガーグローブを付けて、本を読んでいる。
後、リアスと朱乃は向かい合ってお茶を口にしていたらしいが、二人が入って来たので、リアスが出迎えの言葉を紡ごうとした。
だが、その途中で驚き、言葉が曖昧になった。
他のメンバーも二人の姿を見て驚く、いや、一誠の姿に驚いた。

「イッセー、その格好・・・」

「ああ、向こうで着ていた戦闘着だ。こいつが一番動きやすいからな、少し小さかったが直してもらったけど」

一誠が着ている服はアレイザードで暁月たちと共に戦った服。
暁月と同じ操体術である『錬環系勁氣功』を使う一誠は動きやすさを主眼に置かれた上は赤、下は暁月と同じ黒の軽装を身に纏っていた。

「よく直してくれるお店があったね」

「依頼人が前によく利用していた、オーダーメイドのコスプレ服専用の店に頼んだ」

半ば呆れたように言う木場に一誠は得意げに答える。
ちなみに、その依頼人とは、元夢見る漢の娘、ミルたんだったりする。

「あらあら、それにしてもよく似合っていますわね」

「そうね。そんな服まで出してきたんだから、かなりやる気を出してくれているみたいだし」

嬉しそうに朱乃の言葉に相槌を打つリアス。
だが、当たり前だろ、と一誠は返した。

「今回の戦いは、勝たないといけない戦いなんだ。気合を入れて望まないとな」

「頼もしいわね。初日の夜は、アレだけ厳しいと言っていたのに」

「まぁ、十日間で収穫があったわけだしな」

なにより、と一誠はお茶に口を付けようとするリアスや他のリラックスモードに戻ろうとしているメンバーに続けた。

「全員、裸を見合うまでに交流を深めたんだからな」

―――――ガタァン!!

不敵な笑みを浮かべながら放った一誠の言葉は全員に物凄い反応を取らせた。
まず、椅子に座っていた木場が転び、小猫は呼んでいた本を落し、アーシアは顔を真っ赤にし、お茶を飲もうとしたリアスは危うく噴出しそうになった。
ただS気のある朱乃だけは、一誠と共に他のメンバーの反応を楽しんで笑っていたが。
その後、一誠がリアスと小猫から責められたのは言うまでもない。
だが、一誠はこれで良かったと思っていた。

戦闘の経験があると言っても、全員が『レーティングゲーム』、それも自分たちが完全に不利な状況下は初めてだ。
そして、全員がその事を無意識的に感じ、身体を強張らせていたのを一誠は分かっていた。
だから、一誠は敢えて、メンバーの緊張をほぐす為にも行ったことに薄々と他のメンバーも気づいていたりする。
と、そこで部室の魔法陣が反応した。

「皆様、準備はお済みになられたでしょうか?」

そこから現れたグレイフィアの言葉に今の時間が十分前だと理解し、全員が立ち上がる。
それを見て、彼女からルールの説明があった。

「開始時間になりましたら、この魔法陣から戦闘フィールドの異空間に転送されます。
戦闘用に作った使い捨ての空間ですので、どんなに派手なことをされても構いませんので思う存分にどうぞ」

フェニックスとの戦いである以上、倒す前提の場合そのぐらいの配慮は要るな。
もしくは、全力で掛かって勝てなければ、納得するだろう、と言う事なのだろうか。

(どっちにしても、いい性格してるぜ。部長の親は)

今回の戦いはグレモリーにとって、不利益なことはそんなに無い。
フェニックスが勝てば、観客として集まった他の悪魔はそれを評価し、次期当主であるライザーとグレモリーの株が上がる。
例え、万が一にリアスが勝ったとしても、それで婚姻が破談となったとして、フェニックスとの関係にそれほどの因縁は無い。
何せ、負けたライザーが悪いのだから、逆にリアスが勝ったら、それはグレモリー家の将来が安泰と言う事を他の悪魔たちに見せることが出来る。

「ところで、もう一人の『僧侶』は今回、不参加か?」

「ええ、残念だけど、あの子は参加できないの。そのこともいずれ話さないとね」

「なるほどね、そいつ“も”訳ありってことか」

一誠の目も見ないで俯きながら答えるリアスに何処か納得する。
むしろ、“訳あり”が多いな、と一誠は思った。
その考えを呼んだのかリアスは少し怪訝な表情をしようとするが、グレイフィアが説明を続ける。

「なお、今回のゲームは両家の皆様だけでなく、魔王ルシファー様も拝見されておられるのでお忘れなく」

「お兄様が!!」

グレイフィアの言葉に先ほどの疑問が吹き飛び、驚くリアス。
対して、今度は怪訝そうに木場に問いかけた。

「なぁ、部長の兄貴は魔王なのか?」

「うん、そうだよ」

木場の説明よると、大戦で四人の先魔王は皆が命を落した。
だが、魔王が居なければ、悪魔は成り得ないので、四人の最上級悪魔を選出して後を告がせたそうだ。
で、その一人がリアスの兄、サーゼクス・ルシファーと言う事だ。

「そろそろ時間なので、皆様魔法陣の方へ」

と、木場の説明が終わると、グレイフィアが皆を促す。
だが、その前に、と一誠が話しかけた。

「所で、部室で頼んだ誓約書はありますか?」

「はい。それはこちらに」

そう言って、グレイフィアが一枚の紙をリアスと一誠に見せる。

「こちらの誓約書はサーゼクス様が作ったものです」

「お兄様が・・・」

つまり、この紙は絶対の効果を持つ、ということだろう。
ただ、またも一誠の中でその事が引っかかった。
だが、その事を解消せずに魔法陣の中に立った。

「なお、あちらに転移した場合、ゲーム終了まで魔法陣による転移は出来ません」

グレイフィアの最後の説明と共に、メンバーは魔法陣により部室から転移した。






転移が完了すると、そこは先ほどいた部室と同じ構造の部屋だった。

(なるほどね。こっちへのハンデとして、学校をフィールドにしたわけか)

ここまで当てつけのような配慮の中で負ければ、流石のリアスも諦めるだろう、という意思が伝わってくる。
と、そこで一誠の考えを肯定するように、グレイフィアの声が掛かった。校内放送で。

『皆様、今回のフィールドはリアス様とライザー様の意見を配慮し、リアス様が通われる人間界の学び舎、『駒王学園』でおこないます。
また、両陣営の本陣は転移した地点、リアス様は旧校舎のオカルト研究部の部室。ライザー様は新校舎の生徒会室となります。
『兵士』の皆様は『プロモーション』を行う場合は、相手の本陣周囲に赴いてください。
申し遅れましたが、今回のゲームの審判役はグレモリー家の使用人、グレイフィアが勤めさせていただきます』

丁寧に淡々と放送されるグレイフィアの声に、一誠はやはり彼女はワルキュリアと同じ完璧なメイドなのだろうと感じた。

「では、皆さん、この通信機を耳に付けてください」

と、朱乃がイヤホンマイク型の通信機を配る。
ゲーム中はこれで見方と連絡を取るらしい。

『開始の時間となりました。時間制限は人間界の夜明けまでです。それでは“レーティングゲームスタート”です』

グレイフィアの宣言と共にゲーム開始の合図が鳴った。

――――キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン!!

とても緊張感の無いチャイムが。








さて、開始の合図が鳴ったと同時に、戦いが始まったのだが、

「いいのかね、のんびりこんな事をしていて」

「ええ。『レーティングゲーム』は始まったばかり、短期決戦もあるけど、大抵は長期戦なのよ」

そう答えるリアスの膝の上に一誠は両手を頭に組んで寝そべっていた。
開始の合図が鳴ってから、ライザーの『兵士』をまずリタイアさせることを決め、木場と小猫、それに朱乃に指示を飛ばし、部室から出した。
そして、今、ここに居るのは一誠とリアス、それに膨れっ面のアーシアだ。

「アーシア、そんな可愛い顔してどうした?」

「ふぇ!?」

そんなアーシアにとりあえず、声を掛ける。
すると案の定、アーシアは顔を赤くしながら嬉しそうになる。
そんなことをしていると、リアスが呆れながらも真剣な面持ちで話した。

「いい、イッセー。今、貴方に掛けた封印を解くわね」

この体勢になる前にリアスからの説明によると、一誠は八つの『兵士』の駒に封印をして制限を掛けているそうだ。
その理由は、人間から悪魔に転生したばかりで、それほど強力な力を与えれば、一誠が壊れると感じたからだ。
もっとも、今考えてみれば、問題なかったかもしれないが。

「これで、貴方は『女王』に『プロモーション』が可能になったわ。例え、相手が女の子でも容赦しないで倒しなさいよ」

「そいつは少し難しいが。まぁ、任せろ。女の子の扱いはある種ではプロだからな」

そういう一誠にリアスはため息を突きながら呆れる。
だが、一誠は不敵に笑いながら身体を起こして立ち上がると、

「まぁ、心配するな。約束しただろ、必ずお前を勝たせてやるって」







それから一誠はリアスの膝枕でご機嫌斜めだったアーシアの相手をし、外のメンバーが戻るのを待った。
そして、全員が戻ったとき、彼らは行動を開始した。

「さて、私の可愛い眷属たち。心の準備は出来てるわね。ここまで来たら後退はないわ。
相手はフェニックス、それも才児であるライザー・フェニックス。厳しい戦いになるでしょうけど、消し飛ばしてあげましょう」

そんなリアスからの激励を貰いながら、一誠、木場、小猫は旧校舎から新校舎へ向かった。
途中、木場だけが別行動で分かれたが、一誠は小猫と共に重要拠点のひとつである体育館へ来た。
氣を絶って、完全に気配を消した状態で中に入る二人。
小猫は一誠と手を繋いでいるのだが、嫌そうではあるが、頭を撫でられたときと同じ顔をしている。
それは兎も角として、体育館に入ると中には四人が中央で待ち構えている。
一人はチャイナドレスを身に纏った者、もう一人は部室で一誠に下着を取られたミラ、後は双子の猫耳少女だ。
囮のつもりか、もしくは数の上で有利だと慢心しているのか知らないが隠れていない上に、二人が入ったことに気づいていない。

「・・・・相手は、『戦車』が一人と、『兵士』が三人ですね」

「ああ。俺は問題ないが、お前は?」

「・・・大丈夫です」

「じゃあ、ファーストアタック行くぞ」

そういうと、一誠は小猫の手を離す。少し残念そうに思いながらも悟られまいとする小猫。
だが、一誠は両手を合わせ、腰を落す。

「ド~ラ~ゴ~ン~・・・波っ(大)!!」

『えっ?』

「なっ」

「いつの間に!!」

完全に不意をついた状態で一誠は特大の氣弾を固まっている四人に放つ。
それに四人は気づくことが出来たが完全に不意打ちは成功させられ、一誠の氣弾は体育館の床にぶち当たると同時に爆ぜた。

「・・・先輩は『兵士』お願いします。私は『戦車』を」

「ああ。任せたぜ」

ライザーの眷属が氣弾による爆煙から出てくるのを見計らって二人は飛び出した。
小猫はチャイナドレスの『戦車』へ向かい。

「よぉ、久しぶりだな」

「っ!?お前はっ!!」

一誠はミラの前に不敵な笑みを浮かべて前に立った。
下着を取られたことに対する怒りがあるのだろう、一誠の姿を見ると彼女は手の棍を連続で付き立てる。
だが、一誠はそれが遅いと言わんばかりに笑いながら、その全てを避けて見せた。
と、そこへ爆音じみた駆動音と二つの気配を感じた。

「服を汚した悪いお兄ちゃんには、お仕置きで~す」

「解体しちゃいま~す」

背後から左右に分かれて双子がチェーンソーを片手に突っ込んでくる。

「「バラバラバラバラ」」

激しい駆動音を撒き散らしながら接近してくるが、奇襲をするにはチェーンソーは不向きだ。
もっとも一誠には関係ないのだが。

「よっと」

「「「へっ!?」」」

一瞬、消えたのでは?と思うほどの速度で一誠の姿が消えた。
その結果、三人は攻撃を空振り、そのまま見方同士激突して転んだ。

「愛らしいね~」

その光景を一誠は微笑みながら見下ろしていると、三人は激情しながら立ち上がる。

「この~!!」

「許さない~!!」

「よく、も?」

だが、立ち上がった三人の上から布がヒラリと落ちた。
その布に三人は見覚えがあった。というより、つい今まで付けていた下着だった。
ただ双子は下がズボンなので上しか取れなかったが。
何故、それが?と思うが、一度体験したミラが一番早くそれを理解し、その後に二人も理解した。

「「「イヤァアアアアアアアアアアアア!!」」」

「ほう」

悲鳴を上げる三人だが、一誠は感心したように声を漏らした。
と、それは兎も角、相手の三人は怒りを一誠にぶつける。

「最低!!」

「ケダモノ!!」

「一度ならず二度までも・・・!!」

「あっ!!そうだ」

悔しそうにするミラを見て、一誠は思い出したように鎖のアクセサリーの付いた右のポケットに手を突っ込むと、
二つの布を引っ張り出して、それをミラに投げ渡した。

「そ、それは・・・」

驚愕の表情を浮かべて固まるミラ。
それはそうだろう、何せ一誠が投げたのは、部室で最初に取られた彼女の下着だったのか。

「悪いな、返すの忘れてた。洗うのもなにか勿体無いから、アレからそのままだけどな」

「・・・・・・」

もはや言葉が出なくなったミラ。アレからずっと自分の下着を持っていたことにショックのようだ。
それによって戦意喪失状態の彼女の代わりに双子がチェーンソーを振った。
左右から振るわれるチェーンソー。

「大振りすぎるぞ」

「「え?」」

そう言って、一誠は今の位置から後退する。
すると、バギィンと言う音と共にお互いのチェーンソーがぶつかり合って壊れた。
武装が壊され愕然となる二人。
これで一誠は相手の『兵士』を全員戦闘不能にした。
そこで、

『イッセー、朱乃の準備が整ったから、作戦通りにお願い』

「了解。・・・小猫!!」

リアスからの通信を受けた一誠は小猫を呼ぶ。
相手を押していた小猫は頷くと一目散に出口へと走り出した。

「逃げるつもり、ここは重要拠点のはずなのに!!」

一誠たちの行動に驚く相手の『戦車』。
まぁ、戦況は一誠たちが圧倒的に有利なのだが、ここはリアスの作戦通りに動く。
そして、二人が体育館から出た瞬間、上空から雷の柱が降り注いだ。

『ライザー・フェニックス様の「兵士」三名、「戦車」一名、戦闘不能』

「撃破」

グレイフィアの放送の後に、背後から朱乃の声が響く。
一誠は振り返ると、そこには翼を広げた朱乃が飛んでいた。

『皆聞こえる?朱乃が最高の一撃を派手に決めてくれたわ。これで最初の作戦は成功よ。でも、数はまだ向こうが上。
さっきの一撃ももう一度撃つまで時間が掛かるわ。朱乃の魔力が回復し次第、私たちも出るわ』

通信機からリアスの指示が出る。
一誠はそれに了解すると、さて、と小猫を見た。

瞬間、小猫の場所で膨大な熱量の爆発が発生した。

「ふふふっ、まずは『戦車』一名」

一誠の背後から謎の声が響く。
振り返ると、そこにはフードを被った魔導師の格好をした女が空中に居た。
確か、ライザーの『女王』だったな、と一誠は思い出した。
冷静な一誠の態度を『女王』は呆然としていると解釈したらしく、優越感にいたるように語りだした。

「獲物をもっとも簡単に狩る時は、何かを成し遂げた後の気を抜いたとき。こちらは多少の駒を犠牲にしても、
数の少ない貴方たちには大打撃を食らわせられるからね」

「ご教授ありがとさん。だが、それはしっかり狩る事が出来てから言ってくれよ」

「全くですね」

「なっ!?」

いつの間にか撃破したと思っていた小猫が自分の背後に回っていたことに驚く『女王』。
だが、振り返った時には小猫が拳を打ち出していた。
それを何とか杖でガードし、後退した。

「・・・まさか、あの状況で仕留め損ねるとは」

「・・・イッセー先輩のセクハラ攻撃に比べれば、とても低レベルなものでしたので」

特訓の組み手で何度も尻を触られた小猫。
敵意の無い攻撃を警戒した所為もあってか、敵意や気配の感応が高くなった。

「何を言っているのか、分かりませんが・・・ずいぶんと舐めているようですね・・・・」

相手の女王は小猫の言葉の意味を理解できなかったようだが、馬鹿にされたと感じ、敵意を見せる。
二対一の状況なのだ、自分たち二人で『女王』を落すのも手だなと一誠が考えたとき、

「あらあら、貴女の相手は私がしましょうか?ライザー・フェニックス様の『女王』、ユーベルーナさん。
それとも『爆弾王妃(ボムクイーン)』とお呼びしましょうか?」

相手の『女王』、ユーベルーナと小猫の高度に朱乃が現れた。

「その二つ名はセンスが無いので止めてもらえるかしら、『雷の巫女』さん」

朱乃の言葉に不快感を深めるユーベルーナ。
だが、朱乃はそれを無視する。

「イッセー君、小猫ちゃん。彼女は私が相手をしますので祐斗君と合流してください」

「了解だ」

「・・・わかりました」

朱乃の言葉に素直に従って二人は木場の待つ運動場へ向かった。
余程の隠し玉がないかぎり、朱乃が負けることはないと考えたのだ。






『ライザー・フェニックス様の『兵士』三名、戦闘不能』

移動の途中、グレイフィアの放送が入る。
丁度、その報告を作った人物を見つけた。

「よっ、木場」

「ああ、イッセー君、小猫ちゃん」

声を掛けると、いつもの爽やかな笑顔を見せる木場。
まぁ、一誠は特に隠していなかったから気づいて当然だが。

「さっきのはお前だな」

「うん、そうだよ」

「・・・これで七人の撃破ですね」

まだ油断できる状況ではないが、確実に勝利に向かって進んでいる。
その事を二人は理解しているらしい。

「それで、どんな様子なんだ?」

「ここを仕切っている子は冷静みたいだね。もしくは、『兵士』を囮にして、僕のことを見ていたのかも」

「・・・・犠牲の戦法を好むようですね」

「・・・らしいな」

小猫の言葉に珍しく不快そうな顔をする一誠。
だが、二人はその事を問わないで作戦を練ることにした。

「何度か挑発はしてるんだけど、なかなか掛かってくれないんだ。どうしようか?」

「挑発のやり方がなってないんじゃないのか?」

まぁ、見てろ、と一誠は息を大きく吸い込んで。
新校舎の中に居るであろうライザーにも聞こえるように大きく叫んだ。

「フェニックスってのは不死身らしいけど、何度もやられて精神的に追いつられると駄目って聞いたぜ!!
それは裏を返せば、自分が勝てないと感じた相手には力を発揮できないってことだよな!!!」

近くに居る二人がギョッとするほどの声量で叫ぶ一誠。
だが、本当に相手を怒らせるのはここからだ。

「公式試合では、相手の家に華を持たせるために態と負けたって聞くが、本当は自分たちが勝てないかもしれないから尻尾巻いて逃げた、
いや、火の鳥だから、自分を灰にして臆病風に乗って逃げたんじゃないのか!!違うのか、こそこそ隠れて自分たちより強い奴とは戦えない王とその眷属よ!!」

恐らく、新校舎だけでなくフィールド中に聞こえる声で叫んだ一誠。
それから暫し、待っていると、野球グラウンドに三人の人影が現れた。

「今の言葉を取り消しなさい!!誇りあるフェニックス家を愚弄した罪大きいですわよ!!」

「私の名はカーラマイン!ライザー様に仕える『騎士』だ!!私は逃げも隠れもしない!!
正々堂々、戦おうではないか!!出て来い、グレモリーの『騎士』よ!!貴様を倒し、先ほどの言葉を違うと証明しよう!!」

金髪をツインテイルにした小柄のドレスの少女、確かライザーの反応から見て、奴の妹だったはずだ。
と、甲冑を着た女が声高々に木場に決闘を申し込み、二人の少し後に、仮面をつけた女がやれやれと首を振っていた。
それを見た一誠は、不敵な笑みを浮かべて、

「ほら、出てきただろ?」

「なんか、僕まで余計な恨みを貰った気がするんだけど・・・」

「言い過ぎでは?」

木場と小猫の言葉に一誠はそんなこと無いよ、と答えた。

「これは小規模だろうと戦争であることには変わらないんだ。だったら、このぐらいの挑発ぐらい普通だろ。これで向こうが冷静さをなくしてくれれば儲けものだ。
じゃあ、そろそろこっちも出向くか?」

「・・・奇襲はしないんですか?」

と、不思議そうに小猫。

「あれだけ言って、こっちが奇襲したら格好悪いだろ?それにそっちのナイトは正々堂々やりたいようだからな」

一誠が指差す先には、剣を握る木場の姿がある。

「まぁ、少しやり方はアレだけど、騎士として、申し込まれた以上受けるよ」

「って、ことだ」

「わかりました」

そして、一誠たちは相手の前へと姿を出した。


「出迎え、ご苦労さん」

出てきてすぐ一誠が不敵な笑みを見せると、三人は敵意を見せて、一誠を睨みつける。

「さっきは僕の仲間がすまなかったね。僕がリアス・グレモリーの『騎士』、木場祐斗だ。
君の申し出は僕が受けるよ」

「どうやら、お前には騎士としての志があるらしいな。嬉しいぞ、そういう相手と出会えて。
私としては、あのような挑発が無くとも自分から出たのだがな」

「二人とも、彼女と一対一でやりたいんだけど、いいかな?」

「別にいいぜ」

一誠の言葉を聞くと共に木場はカーラマインに向かって駆ける。
そのほぼ同時に彼女も木場へと駆ける。
お互いに自らの剣をぶつけ合う。力ではやはり木場が不利だが、スピードは勝っている。
そう考えた木場は剣を手放し、『魔剣創造』で魔剣を作り出し、カーラマインの剣を切断する。
それに対して、カーラマインも炎の魔剣を取り出して、応戦した。
何度か、剣をぶつけ合う二人。
だが、力負けした木場の魔剣が先に折られた。
それに対しても、木場はすばやく別の魔剣、それも彼女の剣と相性のいい物を出現させた。

「魔剣を複数所持しているのか!!」

「いや、創ったのさ」

「創っただと?」

「そう、それが僕の神器、『魔剣創造』さ」

木場が種明かしをするとカーラマインは驚愕するが、すぐに神妙な顔となった。

「なるほどな。しかし、数奇なものだ。私は特殊な剣と戦うものとめぐり合う才能があるらしいな」

「僕以外にも魔剣使いと戦ったのかい?」

木場が問いかけるがカーラマインは首を横に振る。

「いや、魔剣ではない。相手は聖剣だったな」

「っ!?」

それを聞いた途端、木場の気配が変わった。
禍々しい憎悪のようなものを纏う。

「その話、詳しく聞こうか?」

「ふっ、あの使いと縁があるのか。だが、剣士ならば剣で語れ!!」

「なら、吐かせるまでさ!!」

二人の会話を聞きながら、一誠は自分の前にいる残りの二名を見た。
いや、特に自分を睨んでいるライザーの妹。

「先ほどはよくも愚弄してくださったわね」

「ん?本当のことだろ?」

だが、一誠は射殺さんばかりの視線を軽く受け流す。

「まるで、私たち不死のフェニックスに勝てる気でいるように聞こえますね」

「ああ。案外、簡単に勝てるかもな」

迷うことなく紡がれた一誠の言葉。
それを妹は大笑いした。

「はははっ!!面白いですわね。不死身のフェニックスを貴方ごときが勝てるおつもりで?」

「おう」

だが、一誠は全く気にしない。
むしろ、確認する彼女に言葉を投げかけた。

「不死とか言ってるけど、お前らの不死って、“死なないんじゃなくて”、死んでも大丈夫なだけだろ」

「それがどうしたのですか?」

「つまり、死ぬことには変わらない。それさえ分かれば、十分だよ」

「だから、何だというんですか!!」

癇癪を起こして叫ぶ、彼女に一誠は核心を付いた。

「じゃあ、聞くが、お前らフェニックスは空気が無い環境では生きていけるのか?」

「え?」

「ゾンビじゃないんだ。生き物が生きられない環境に追い込まれれば、流石のお前らも死ぬんじゃないのか?」

「・・・・・・・」

一誠の言葉に彼女は沈黙する。
それが肯定となった。

「だったら、簡単だ。アイツの首を締め上げて窒息させればいい。例え死ななくても、気絶させれば勝つことになるしな」

「っ!?貴方にそれが可能だと思っているのですか!?フェニックスにはまだあらゆる物を焼き払う炎があります。
自ら、それに近づくなど・・・・」

「だったら、動けなくさせるさ。手足を斬ったり、千切っても再生するんだろうが。関節を外してやればいいんだからな」

脱臼とは、骨と骨の連結が外れてしまうこと。
試してみなければ、分からないが、フェニックスの再生力は身体の組織の著しい破壊だと推測する。
その場合、骨の状態もそのまま、それを支える腱や筋を出来るかぎり傷つけないように綺麗に外してやれば、動きは止められる。

「それに、お前を見てて分かるんだが、お前ら不死の力に胡坐をかいて、防御を学んでいないだろ」

「うっ」

言葉を詰まり、一誠の言葉を肯定してしまう。

「案外、弱点だらけだな、お前らの不死って」

一誠の言葉に彼女も隣の仮面の女も沈黙してしまった。
あそこまで自分たちの気づかなかった。
いや、気づこうとしなかった弱点を明かされえては何もいえない。
と、そこへ。

「ここね」

「あれ、イザベラ、レイヴェル様、どうしたんですか?」

ライザーの残りの駒、『兵士』二名、『騎士』が一名、『僧侶』が一名、が合流してきた。

「お前ら、何で来たんだ?」

仮面の女、『戦車』のイザベラが問いかけた。

「ライザー様の命令よ」

恐らく、一誠の挑発のせいだろう。
残りの駒を全て使っても一誠を倒したいらしい。

「効果抜群すぎですよ、先輩」

「確かに、少し呼び込みすぎたかもな」

そういいながらも、一誠は全く慌てない。
だから、小猫も冷静に彼に突っ込むのだった。

「丁度いいですわ。カーラマイン!貴女はその騎士をそのまま抑えなさい!
イザベラ、あなたは向こうの『戦車』を!!」

「了解した!!」

「わかった!!」

ライザーの妹、レイヴェルの指示に従って二人は木場と小猫に襲い掛かる。

「残りは全員であの男を倒しますわよ、私も参加いたします!!」

彼女の指示に他の眷属たちが驚いた。

「どうしたんですか、レイヴェル様?」

「今回のゲームは参加しないつもりだと・・・」

「この男は危険ですわ。『王』であるお兄様に近づければ、負ける可能性があります。なんとしても、ここで倒すのです!!」

レイヴェルの語気と言葉を聞き、増援に来たメンバーが一誠を見て各々構える。
だが、その中の一人が言った。

「でも、レイヴェル様。その心配は無用だと思いますよ、ほら」

彼女が新校舎の屋上を指差す。
すると、そこには炎の翼を広げたライザーと、黒い翼を広げたリアスがアーシアを抱えて降り立った。

「ライザー様が相手の『王』に一騎打ちを挑んだんですよ」

その言葉に一誠たちリアス側は驚いた。
木場と小猫は相手を押しのけて一誠の元に駆け寄る。

「・・・先輩」

「一誠君、これは・・・」

「ああ、かなり不味いな」

『イッセーさん、聞こえますか、イッセーさん!!』

そこで通信機からアーシアの声が響く。

「聞こえてるし、見えているよ。部長が決闘するんだってな」

『はい!!』

一誠は心の中で焦る。
リアスの実力は疑っていないが、まだライザーを倒せるほどではないからだ。
いや、リアスには一誠が考えたライザー対策を伝えていない。
どの道、メンバーの中で可能なのは一誠だけだからだ。

「先輩、私がキャスリングして部長と入れ替われば・・・」

『戦車』の特性であるキャスリングを提案するが、一誠は首を横に振った。

「それをしても対して変わらない。向こうの『戦車』もいるんだ場所がここになるだだけだ。
いや、最悪、入れ替わったお前とアーシアを撃破してこっちに来るかもしれない」

「じゃあ、どうするの?」

迫って来たカーラマインの剣を受け流して問いかける木場。
屋上での戦いはリアスが劣勢なのがわかる。

「これは、一刻の猶予も無いな」

そう言って、一誠は『兵士』の一人を殴り飛ばした小猫と木場の肩を掴んで、耳元で囁いた。
それを聞いた木場は顔を引きつらせて、小猫は仕方ないとばかりに頷いた。

「っ!?あの『兵士』を止めなさい!!お兄様の元に行くつもりですわ!!」

「正解、よく分かったな」

周りの眷属たちが怪訝な表情を浮かべる中、一番に分かったレイヴェルに一誠は感嘆の声を上げた。

「お兄様がリアス・グレモリー様を倒すまで、貴方を足止めしますわよ」

レイヴェルの言葉に全員が一誠に向かって攻撃の意を向ける。

「へ~、お前って、もしかして兄貴より読みが良いかもしれないな」

「あら、ありがとう。でも、貴方のような人に褒められても嬉しくなくてよ」

本当に油断することなく身構える彼女に一誠は本当に感心した。

「おいおい、俺はお前みたいな奴、嫌いじゃないぜ」

そう言って一誠は一瞬、姿を消した。
いや、消えるほどの速度でレイヴェルの背後に回った。

「特に、お前みたいな奴が可愛く鳴く声がな」

「えっ?」

カプッとレイヴェルの耳を甘噛みした。
ただ甘噛みしたのではない、そこから大量の氣を流し込んだ。

「ふぁっ――あぁぁああっっ」

極まった声を上げて、ビクンと身体を跳ね上がらせるレイヴェル。
だが、一誠は腰が抜けて、意識を失うまで彼女に氣を流し込んだ。
そして、気を失ったので、レイヴェルは光に包まれ、その場から消えた。

『ライザー・フェニックス様の「僧侶」一名、戦闘不能』

グレイフィアの放送が響く。
どこか呆れを感じさせる声だが、一誠は翼を広げながら、もう一度、木場たちに向かって、

「じゃあ、頼んだぜ」

固まっている木場と非難の視線を向ける小猫にこの場を任せて、新校舎の屋上へ飛んだ。



『良いのか、相棒』

飛び出して、すぐに神器の中にいるドライグが話しかけてきた。
恐らく、残してきた木場と小猫の事を聞いているのだろう。
だが、一誠は大丈夫だろう、と確信していた。

「司令官を撃破しておいたし、それにお前も分かってるだろ」

『確かにな』





残された木場と小猫はため息が出た。
まさか、本当にこの場を自分たちに任せるとは、と。
相手からも同情のような視線が送られている。

「あの『兵士』は切れ者かと思ったが、意外と馬鹿だったようだな」

「そうですね。彼一人がライザー様の下に赴いたとしても、私たちがあの二人を倒して合流すればいいのですから」

「むしろ、もうすでに詰んだ状態なのにね」

「全くね」

口々に一誠の行動を愚かと笑うメンバー。

「ならば、手早く倒すとしよう。カーラマイン、集中的に攻めるぞ。異論は無いな」

「・・・・わかった、シーリアス」

もう一人の『騎士』シーリアスの提案に、本当に不満そうなのを我慢して答えるカーラマイン。

「では、行くぞ!!」

シーリアスの掛け声と共に、一斉に木場と小猫に飛びかかる。
木場へはシーリアスとカーラマインの『騎士』が二人と『僧侶』が一人、小猫には残った『戦車』のイザベラと『兵士』が二人。

「木場祐斗、お前とは正々堂々と戦いたかったのだがな」

「そうだね。僕もこんな終わりは不服だよ」

カーラマインの剣を正面から受け止めて鍔迫り合う。
その背後からシーリアスが剣を振り上げ、さらにダメ押しとばかりに『僧侶』が攻撃の準備をしていた。

「これで終わりだ、グレモリーの『戦車』」

「それはどうでしょうか?」

掴みかかるイザベラの腕を掴み組み合う小猫。
だが、イザベラの後から残り二人の兵士が拳を突き出して掛かってきた。

絶体絶命の状態は誰が見ても明らかだった。



だが、



「本当に残念だよ」

「何!?」

力で劣っていたはずの木場の剣がカーラマインの剣を彼女の身体ごと振り抜き押し飛ばし、
そのまま背後のシーリアスの剣を弾き、彼女の腹部を蹴りつけた。
そして、魔法で攻撃しようとする『僧侶』へ一気に近づき斬りつけて撃破したのだ。

小猫も。

「・・・えい」

「え?」

力の篭っていない掛け声と共にイザベラの身体が中に浮いた。
そして、そのままイザベラを武器のように振り回し、兵士二人を殴りつけた。

「うそっ!?」

「きゃぁ!!」

イザベラで『兵士』二人を殴り飛ばした小猫はそのまま彼女を振り回して、

「・・・それ!!」

「なっ!?」

最後にイザベラを二人の方へ投げつけた。


『ライザー・フェニックス様の「僧侶」一名戦闘不能』

短い攻防だったが、その間に一人を撃破。他のメンバーも地に伏している。
完全に自分たちが有利だと考えていた状況のはずだった。
だが、始めてみれば逆に圧倒された状況にカーラマインは困惑した。

「な、何故、さっきまでと力が違う」

「当然さ、何故一誠君が、あんなに長く会話したと思うんだい?」

「先輩は会話をしながら、力を溜めていたんです」

「溜めただと・・・」

「はい。先輩の『赤龍帝の篭手』の新しい能力『赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)』」

「それは『赤龍帝の篭手』が溜めた分の力を他者や物に譲渡する能力」

二人の説明に漸く、カーラマインが納得した。

「なるほど、お前たちに耳打ちした時、すでに力を譲渡されていたということか」

立ち上がりながらイザベラも同じく答えに行き着いた。
他のメンバーも理解したように立ち上がる。

「さて、これで僕たちの力(質)は君たちの数を上回ったみたいだね」

「手早く終わらせてもらいます」

「くっ」

二人は全速力で残りの敵に向かって駆けた。
この時点で形成は逆転した。



[32327] 第二章七話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/10/17 01:36
新校舎、そこでリアスはアーシアを背に一人、ライザー・フェニックスと対峙していた。
だが、両者の状態は激しく差があった。
制服はボロボロで、辛そうに肩で息をしながら疲労を隠せないでいるリアスに対して、
ライザーは未だに無傷に近い。

「リアス、そろそろ投了したらどうだ?君と君の眷属たちはよくやったよ。短い準備期間で俺の眷属を半分近く削ったのだからな。
だが、君たちの頑張りもここまでだ。君では俺は倒せ・・・・」

「黙りなさい!!」

激昂したリアスの魔力弾による一撃がライザーの頭を吹き飛ばす。
だが、消えたはずの部分から炎が燃え上がるとライザーの頭部を再生させた。
すでにこの光景を何度も見たが、未だにライザーは堪えていない。

「リアス、これは君のためなんだぞ。これ以上の醜態を他の場所でご覧になっている君のお父上とサーゼクス様に見せるのは将来の夫として忍びないのだ」

「くっ」

「さぁ、わかったなら、投了をするんだ。俺に勝つことは・・・」

「ぉおおおおおおおおらぁああああああああああ!!」

ドガァン!!と何か大きな物がライザーの顔に突き刺さり言葉が途切れ、ライザーは突かれたビリヤード玉のように後方へ吹き飛び、後ろにあったベルに激突した。
そして、突然の光景に呆然となるリアスとアーシアの目の前に一人の人物が降り立った時、それを見たリアスは叫ばずには居られなかった。

「イッセー!!」

「何とか間に合ったみたいだな」

驚愕するリアスに一誠は近づいて、その頭を軽く小突いた。

「いたっ!?」

「一人で無理しすぎだよ」

そう言って、微笑む一誠にリアスは自分でも不思議なくらい安堵した。
そこで、

『ライザー・フェニックス様の『僧侶』一名、戦闘不能』

「ちっ、レイヴェルの奴、ゲームに飽きてからってリタイヤしやがったな」

忌々しそうに立ち上がったライザーが舞い上がった砂埃から出てきた。
どうやら、自分の妹が戦いを放棄したと思っているらしい。それも、今回倒されたのはもう一人の『僧侶』だというのに。
だが、一誠はその事を指摘しない。
むしろ、そのまま自分の能力が絶対だと幻想してくれると都合がいい。
と、そこでライザーが一誠を睨みつける。

「ドラゴンの小僧、よくもやってくれたな」

「ああ。お前を倒しに来たぜ」

不敵に笑う一誠に対して、ライザーは嘲笑った。

「ハッ、下級悪魔ごときが大きく出たじゃないか。力の差も理解できない奴が出来るはずがないだろ?」

「そうか?案外、楽に勝てるかもしれないぜ」

『ライザー・フェニックス様の「兵士」二名、「騎士」二名、「戦車」一名、戦闘不能』

「っ!?」

完全に今回のゲームは勝てると思っていたライザーの表情が強張る。
だが、次の言葉に表情が戻った。

『リアス・グレモリー様の「女王」戦闘不能』

「朱乃がっ!?」

グレイフィアの放送に驚くリアス。
対して、ライザーは余裕の表情を取り戻していた。

「『雷の巫女』の相手は俺の『女王』だ。それに奴には『フェニックスの涙』を渡していた。
それが無ければ、負けていたかもしれないがな」

『フェニックスの涙』。
ライザーの一族が産生しているアイテムで、その効果はどんな傷をも回復させる。
『レーティングゲーム』では二つのみ所有することが許されている。

「もう一つはレイヴェルに持たせていたんだがな」

それでも何の問題もない、とライザーは勝ち誇る。
対して、リアスは悔しそうな表情をし、アーシアは怖がりながら一誠の袖を掴んだ。
だが、一誠は怪訝な表情をした。
確かに、朱乃がやられたことには驚いているが、朱乃ならユーリエールの実力を上回っている。
たとえ、『フェニックスの涙』があったとしてもだ。

「まぁ、そこは心の問題なのかもな」

「イッセー?」

小さく呟きながら一誠はライザーを見据えて構える。
決着は近かった。






時間を少し戻し、木場と小猫がいる運動場。
その地面は何十という魔剣の刃が天に向かって突出していた。

「ぐぅ・・・」

「うぅぅ・・・」

その針の山とも言える場所で串刺しにされたカーマインとイザベラが苦悶の表情で声を漏らす。
他のライザーの眷属たちも同様に串刺しの状態だ。

『ライザー・フェニックス様の「兵士」二名、「騎士」二名、「戦車」一名、戦闘不能』

「少し時間が掛かったかな?」

「・・・でも、これで相手の眷属は『女王』だけです」

グレイフィアの放送を聞きながら木場と小猫は漸く見えてきた勝利に自然と笑みがこぼれる。
だが、その瞬間だった。

『リアス・グレモリー様の「女王」戦闘不能』

「えっ?」

完全に気を抜いていたとはいえ、自分たちの『女王』である朱乃が敗北いた知らせに木場は我が耳を疑ってしまった。
その結果、自身に大きな隙を生み出してしまい、次の瞬間、木場の身体が横に飛ばされた。
見ると、彼の身体を小猫が突き飛ばしていた。普段から表情の変化が余り無い彼女がほんの少し焦燥している。
その訳を木場は理解するよりも早く、それは起こった。

彼の目の前で突然起こった爆発が小猫を包み、自分もまた巻き込まれてしまったのだ。



「ぐっ・・・」

うめき声を上げながら爆煙が立ち込める場から立ち上がる木場。
その姿は小猫に突き飛ばされたお陰で立ち上がることは出来るが、全身が爆発によってボロボロ、特に左腕はまともに爆発を受けて動きそうに無い。
だが、木場は必死に小猫を探した。

「小猫ちゃん!!」

自分の近くにいた彼女を見つけ、身体を引きずりながら近づく。
小猫の姿は自分よりも酷く、爆発を全身で受けた所為で服はボロボロで所々消し飛んでいた。

「祐斗、先輩・・・すみ、ません。もう少し早く気づけたら・・・」

消え入りそうな声で木場に謝罪する小猫。
恐らく、助けに入るのが遅れて、木場に怪我を負わせてしまったこと、自分がここでリタイヤすることを謝罪しているのだろう。

「そんなことないよ」

身体が光だし、透明になって転移しそうな小猫に木場は拳を握りながら呟くように言う。
小猫をこんな目に会わせたのは自分だ。
自分が気を抜かなければ、こんなことにはならなかったのに。

『リアス・グレモリー様の「戦車」一名、戦闘不能』

「あら、『騎士』が残ってしまいましたか?」

木場が後悔しながら、小猫が完全に消えた時、上空から声が響いた。
振り返り、頭上を見れば、相手の『女王』、ユーリエールが見下していた。

敵の姿を見た木場はゆっくり立ち上がって、一本の魔剣を創造して右手一本で握る。
その姿をユーリエールは嘲笑った。

「『騎士』のボーヤ、無駄なあがきは止める事ね。あなたじゃ、私には勝てない。
それに万が一に勝ったとしても、貴方達じゃライザー様は倒せないのだから」

確かに、と木場は頭の冷静な部分で肯定する。
リタイヤにこそなっていないが、身体はボロボロ、左腕が完全に動かすことができない。
その上、一誠から受けた譲渡の力も、さっきのカーラマインたちを倒す際、全て使ってしまった。
しかし、とそこで木場の頭から冷静な部分が消えた。

「こんなことで終わってたまるか!!」

悪魔の翼を広げ、『騎士』の特性を最大限に発揮させ、ユーリエールへと駆け一閃浴びせる。
その一撃は受け止められてしまうも、木場は決して止まらず、連続で斬撃を繰り返しながら、ヒットアンドフェイを繰り返す。

「それに、勝つのは僕たちだ!!」

せめて、一誠がライザーを倒すまでは・・・・








『リアス・グレモリー様の「戦車」一名、戦闘不能』

「小猫まで・・・・」

グレイフィアの放送を聞き、悲痛の表情に歪むリアス。
それを見て、ライザーは勝ち誇った表情になる。

「さて、リアス。これで分かっただろ?君たちでは俺には勝てない。もう詰んでいる、投了しろ。
君もこれ以上、大事な眷属を傷つけたくないだろ?」

「ふざけないで、ライザー!!私は諦めないわ!!『王』が健在なのよ!?」

「その通りだな」

リアスの啖呵に不敵に笑いながら一誠は同意した。
そして、自分の袖を掴んでいるアーシアを離させ、

「アーシア、部長の傷を治してやってくれ」

「あ、はい!!」

一誠の言葉を聞いて、急ぎアーシアはリアスの傷を癒しにかかる。

「ありがとう、アーシア」

「じゃあ、部長は少し休んでくれ。ここからは俺がやる」

「っ!?駄目よ!私も一緒に・・・」

「『王』が健在ならゲームは続けられるんだろ?心配しなくても、お前が戦える状態になったら、勝たせてやれるからよ」

「・・・イッセー」

「はっ!!戯言ばかりいう奴だ!!」

ライザーが嘲笑う。

「この俺に勝つって言うのか!?なら、俺を倒せる奴が何処に・・・」

「ここだよ」

「は?」

言葉の途中で入ってきた一誠の声、更に視界に迫る拳に素っ頓狂な声を上げるライザー。
だが次の瞬間、ライザーの顔に一誠の拳がめり込んだ。

「がっ・・・ぐぅ・・・」

殴り飛ばされ、屋根に背中から倒れるライザーだが、突然のことに訳が分からなくなる。
しかし、殴り飛ばされたことを理解した時、靴の底が迫るのが見えた。

「おらっ!!」

「ぶっ・・・」

ライザーの顔を踏み潰す一誠。
その一撃はライザーの顔面だけでなく、屋根も一緒に踏み潰し、ライザーの身体は下の階へと落ちる。

「ついでだ!!」

気合と共に崩れた屋根と共に落下するライザーの後に一誠は氣弾を放つ。
氣弾によって屋根は更に大きく破損、ライザーの身体はより早く下の階の床に激突する。
だが、一誠の目には見えていた。
床に落ちたライザーの頭と身体の傷から炎が発生するのを。

「このぐらいじゃ、まだ余裕ってことだな」

不敵に笑いながら、一誠は下のライザーにもう一度、いや、何度も氣弾をぶつける。
だが、それでもライザーは殺しきれなかった。
それが三階から更に下へ、更に一階まで落ちた所で、一階から炎が噴出したのだ。

「糞がっ!!?」

炎の中からライザーが飛び出すと、屈辱に表情を歪ませながら炎の翼で一誠のいる屋根の高さまで上がた。
そんな元気な姿に一誠は少し呆れる。

「まだまだ元気だな」

「下級悪魔の分際で!!不死鳥フェニックスと称えられる我が一族の炎に焼かれるがいい!!」

激情に駆られたライザーは両手で大きなものを抱えるような格好で、その中心に自らの魔力で炎の魔力弾を作る。
更に、翼の炎も魔力弾に供給させ、より巨大な魔力弾を作り上げた。

「主であるリアスの前で、くたばれぇええええええええええ!!」

叫び声を上げながら放たれたライザーの魔力弾は新校舎の屋根で爆ぜ、校舎全体を炎で燃やす。

「イッセー!!」

「イッセーさん!!」

辛うじて、アーシアを抱えて翼で上空に逃げたリアス。
そんな中で二人が見ていた。
いつもの不敵な表情の一誠がライザーの炎に襲われるのを。
あの状態では流石の彼でも・・・
二人の脳裏にそんなことが思い浮かぶ。
ライザーも同じことを考えたのか、先ほどと違い優越感に浸りながら高笑いをする。

「ハハッ、どうだ下級悪魔!!我が一族が持つ業火は!!」

「凄いんじゃないのか?」

「はっ?」

背後から聞こえるはずの無い声に驚くライザー。
慌てて背後を振り返ると、自らの翼で空中に佇みながら、不敵な表情の一誠が目の前に入った。

「当たっていたらな」

「き、貴様・・・おのれっ!!」

「ふんっ!!」

自らの攻撃を避けられ、呆然としたライザーだったが、一誠が一言言っている間に我に返って殴りかかる。
だが、それは一誠にヒラリと避けられ、振り返ったとき、一誠の蹴りがライザーの顎を捉え、運動場に向かってぶっ飛ばされた。
その勢いは凄まじく、一誠はリアス達に無事だと合図しながら、感嘆な声を上げた。

「これが『プロモーション』か。思った以上に使えるな」

初めて使う機能だが、一誠はライザーが炎を放った時、『兵士』の特性である『プロモーション』を使い『女王』に昇格したのだ。
それによって『騎士』ほどでは無いにしろ、上昇したスピードで炎を回避。
馬鹿げた『戦車』ほどでは無いが上昇したパワーはライザーを運動場までぶっ飛ばしたのだ。

「まぁ、それでもアイツを殺しきるには足りないだろうな」

そして、ライザーの状態を見ようと運動場に目を向けると、ある物が見え、一誠は急いでそこへ降り立つ。




一誠が運動場に降り立った時、片膝を付くライザーの傍で彼の『女王』ユーリエールがいた。

「ライザー様!!」

「触るな、ユーベルーナ!!」

自分より格下だと思っていた相手に何度も殴り飛ばされ、プライドを傷つけられたライザーは八つ当たりする。
だが、一誠は上空で見つけた物を見下ろしていた。

「よぉ、調子はどうだ?」

「ハハっ、・・・見ての通りだよ・・・」

弱弱しく一誠の言葉を返したのは、木場だった。
恐らく、朱乃の後に小猫だけが撃破されたことから、生き残ってユーベルーナと戦っていたのは分かっていたが、その状態はかなり酷い。
全身のいたる所に爆破によって負った火傷、特に左腕と他に右足が完全に焦げている。
呼吸も荒く、誰が見ても瀕死の状態なのがわかる。
だが、それでも彼は右手で持った剣を離していなかった。
恐らく、まず左腕をやられ、それでも戦い。
次に右足を焦がされ、それでも痛みに耐えながら地面を駆け戦い。
ついに止めを刺されそうな所で、ライザーが降ってきたのだろう。

「女受けする綺麗な顔が台無しだな」

「ははっ・・・そんなに、酷いかな?」

「もうすぐ、アーシアを連れて部長が来るが、持ちそうか?」

「・・・・無理かもね」

荒い息で自嘲気味に笑いながら、木場の身体が光りだす。
すぐ後から、リアスも木場の状態を見て急ぎこちらに向かっているが間に合わないだろう。

「す、まないね。イッセー君」

「気にするな、後は俺がやる」

『錬環系勁氣功』で傷の回復は出来る。
だが、それはアーシアの神器と違い、あくまで治癒能力を活性化させることだ。
例え、一誠がそれを行っても、転移が終わるまでに木場の傷を癒すことは出来ないし、彼もそれを望まないだろう。
だから、一誠は何もしないで、ただこれ以上戦うことの出来ず退場する彼の無念を背負って戦うことを誓うのだった。

『リアス・グレモリー様の「騎士」一名、戦闘不能』

「イッセー」

グレイフィアの放送の後、一誠のすぐ後ろからリアスが声をかける。
一誠はゆっくり振り返り、ライザー達を見据えながら、

「勝つぜ、部長。木場や小猫、副部長のためにもな」

「ええ、当然よ!!」

リアスの前に一誠は立ちながら改めて、『赤龍帝の篭手』を確認する。
そのため、一誠の意識が篭手のほうに向いた瞬間、

「キャッ!?」

「っ!?アーシア!!」

アーシアの悲鳴とリアスの声を聞き、見るとアーシアの動きを封じる魔法陣が出現した。

「悪いが、回復できるのはここまでだ。『僧侶』の動きを封じさせてもらった。
その魔法陣は俺の『女王』を倒さない限り外れることはない」

正面のライザーが言う。
彼の言うとおり、隣にいるユーベルーナが魔法陣を発動しているらしい。
アーシアを倒さなかったのは、恐らく一誠がやられるところを少しでも仲間の目の前で見せることで、今までの憂さを晴らそうとしているのだろう。
げんに、木場と話している間、ユーベルーナはライザーに加勢すると言ったが、彼のプライドがそれを許さず、許可しなかった。

「おい、下級悪魔。認めたくないが、お前は強い。光栄に思え、貴様が蔑んだフェニックスの能力の恐ろしさを骨の髄まで刻んでくれる」

屈辱的だ、と顔に書きながら、冷静に語ろうとするライザー。
その言葉から正攻法では勝てないと感じ、不死であることを利用しての持久戦をとるのだろう。

「イッセー、どうやら向こうは本気になったらしいわ」

「ああ、みたいだな」

リアスもそう考えたらしく、警戒する。
だが、一誠は対して問題ない表情を崩さない。

「だが、部長はもう少し休んでいな」

「え?」

「まだ魔力が完全に回復していないだろ」

「いえ、ここまで回復すれば十分に戦え・・・」

「駄目だ。持久戦になることはお前も分かってるだろ」

「だけど・・・」

一誠一人に戦わせることを最後まで渋るリアス。
だが、一誠は穏やかな表情のまま。

「それにアイツとは一騎打ちだったんだろ」

「そうだけど・・・・」

「なら、ここからは俺が引き継ぐ。心配するな、ちゃんと約束は守る」

そう言って、一誠はリアスにアーシアを任せると、自分はライザーと対峙した。

「待たせたな。じゃあ、始めようぜ」

「ふんっ、俺が本気を出すというのに舐めているのか?」

嘲るような口調だが、先ほどと違い決して油断をしていないライザー。
だが、それでは駄目だ。
自分の能力に絶対の自信を持ち、それがあれば勝てると思っているのなら。

「お前こそ、不死なことが自慢なようだけど、俺に言わせれば、お前の不死なんて・・・」

挑発的な口調ではっきりと言い切ってやる。

「殺さないように手加減する必要の無いサンドバックと同じなんだよっ」

言うと同時。
一誠は『女王』によって飛躍した能力をフルに使い、消えたと感じさせるほどの速度でライザーに肉薄する。
だが、ライザーもずっとやられ放しでは無い、と言わんばかりにギリギリ顔面を狙うように見える一誠の拳に対して腕を交差して防ごうとするが、
それは一誠のフェイントだった。
一誠は拳をライザーにギリギリ当たらない距離で止めると、すぐにがら空きの腹部に蹴りを放つ。
今度は加減をして吹き飛ばないようにした蹴りはライザーの腹の胃から何かを逆流させそうにする。
それを何とか耐えて、ライザーは一誠に自身の拳を渾身の力で突く。

―――パシッ

だが、それは一誠に何事も無かったかのように簡単に受け止められてしまう。
それだけでなく、逆に一誠から強烈な拳を顔に受けた。

―――バギィッ

顎が粉々に砕ける音が聞こえたが、すぐにフェニックスの能力で再生する。
こうして、持久戦に持ち込んでいれば、必ず勝機があるとライザーは笑う。
しかし、一誠の拳は止まらない。

『錬環系勁氣功』の円動作を使いながら、ライザーに反撃はおろか、逃げることすら適わない拳の雨を食らわせる。
その一発一発がライザーの身体の骨を砕くほどの威力がある上に、その攻撃は正面だけでなく、全方向から突き出された。
前から肋骨を折られたと認識した時には、背骨を砕かれる。
それほどの速度で一誠はライザーを殴りつけた。
相手が不死なので本当に容赦のない連続攻撃だ。

(さ、再生が追いつかないだと!!)

どんどん早く強く突き出される一誠の拳に戦慄するライザー。
まだ再生能力は続くが、このままでは物量に押し負けてしまう。
一瞬だけ、そんなことが脳裏を掠める。
だが、フェニックス家の看板を背負う自分が下級の、それも成り立ての悪魔に負けるわけには行かない。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

叫ぶと同時に全身からフェニックスの業火を発生させる。
自分の拳では一誠を捕らえられないと考えた、苦肉の策だ。
しかし、炎が出ると同時に予測していたかのように、一誠は拳の弾幕を止めて、距離をとるが、すぐに距離を詰めて拳を振るう。
練り上げられた膨大な量の氣が篭った拳を。

「っ!?」

「くらえぇえええええええええ!!」

一誠の氣を知らないライザーだが、その攻撃が途轍もないことを本能的に理解したのか顔が引きつる。
そして、その拳がライザーに振るわれる・・・寸前で消えた。

「なにっ?」

そればかりか一誠の姿すら消えていることにライザーは困惑した。
だが、次の瞬間、

―――ドォンッッ!!

聞き覚えのある爆発音が響いたのをライザーの耳が捉えた。
だが、それは一誠を当てるために放ったものではない。
音の発生源からそのことは理解できる。
なら、何処から、とライザーが見ると、そこはリアスが居た場所であった。

「ユーベルーナ、どういうつもりだ!!」

すぐに自分の『女王』が何をしたのか理解する。
彼女は、アーシアの動きを封じる魔法陣を解除すると、すぐにリアスを攻撃したのだ。
自分の命令を無視して。

「申し訳ありません、ライザー様。しかし、このゲームは貴方様とフェニックス家の名誉に関わる、負けられない戦い・・・」

「お前は、俺が負けると思ったのか!!」

「それは・・・・」

本当に申し訳なさそうにするユーベルーナを責めるライザー。
彼女の言い分がもっともなのは分かる。
だが、自分が敗北すると思われたことにライザーはプライドを抉られた。
更に、激昂して怒鳴り散らそうとするライザーだが。

「おいおい、自分の不甲斐なさを女に当たるなよ」






ユーベルーナの爆発によって生じた爆煙が晴れたとき、一誠の姿が現れた。

(少し、ダメージがデカイな)

だが、一誠は自分の後ろにいるリアスとアーシアが無傷に近い状態でいることに安堵した。
ライザーの炎を突き破るほどの攻撃を放つ途中だったが、寸での所でユーリエールが攻撃の魔法を使う気配に気づいて二人の助けに入ったのだ。
これも朱乃との十日間によって魔力を感知する特訓をしたお陰だろう。
ただ、

「イッセー・・・」

呆然とするリアス。
彼女の目の前には自分たちを庇って代わりに爆発を受けた一誠の姿があった。
氣による障壁が少し遅かった所為で、服は少し破け、所々火傷を負っているが一誠にとっては問題ない。
先ほどのように動くことは出来ないが、それでも十分に戦える。
見ると、ライザーもこれで終わるのに納得していない。
ユーベルーナに今度こそ何もしないように言いつけると真っ直ぐに一誠を見ていた。

(さて、のんびり戦っている余裕がなくなったな)

『赤龍帝の篭手』を見ると十分に倍化の力は溜まっていた。
変化した『赤龍帝の篭手』は『Boost!!』と掛け声が掛かって、敵にばれかねなかったが、そこが改善されて無音で力を溜めることができる。
さらに、溜めた力を自分の強化か、他への譲渡に選ぶことができ、どちらかが実行されるまで溜め続けることが出来る。
そして、それが十分に堪ったことを一誠は確認して、ライザーに駆け様と・・・

「もう良いわ、イッセー」

・・・した所でリアスが呟きながら、一誠の手を掴んだ。
見ると、そこには絶望したような表情の彼女の顔があった。

「ありがとう。でも、もう不甲斐ない私のために傷つくことは無いわ」

「なにっ?」

恐らく、自分を庇って怪我を負った一誠に、いや、自分の眷属が自分のためにボロボロになったことを今更ながら後悔したのだろう。
そして、その通りかのように、リアスは独白し始めた。まるで懺悔のように。

「ありがとう、朱乃、小猫、祐斗、アーシア、それにイッセー。よく頑張ってくれたわ。
でも、もう良いの。私はリザ・・・」

「馬鹿やろう!!!!!」

だが、投了しようとしたリアスの言葉を一誠の恫喝が止め、辺り一体を震わせた。
離れていたライザーですら、驚き動きを止め、近くにいたアーシアも驚き、リアスは呆然としているが、
一誠は彼女に向かって言葉を放った。

「何を勝手に諦めてやがる!!まだ勝負は終わっていないだろ!!」

「だけど、これ以上皆が・・・」

「ああ、俺たちはお前のために傷つきながらも戦った」

一誠の言葉にリアスは肩を落す。

「だがな、お前が諦めるころが、あいつ等のためになると思っているのか!!」

「っ!?」

一誠に言われてリアスは気づく。
確かに、今ここで自分が諦めることは彼らのためにならない、だが・・・

「そもそも、お前が言ったんだぞ。最強の『兵士』になれって」

「・・・ええ」

「なら、お前の言う最強の『兵士』がこの程度の傷で、あの程度の奴ら相手にやられるようや弱い奴だって言うのか!!」

「・・・違うわ」

呆然と答えるリアス。
だが、一誠はその答えに満足げに笑う。

「だったら、信じろよ。この俺を。お前の手にある最強の『兵士』を」

一誠の言葉にリアスはほんの少し覇気が戻る。
その瞳が見たのは確かに、リアスが思う最強の戦士の背中だった。



さて、とリアスに言いたい事を言った一誠は改めてライザーと対峙する。

「イ、 イッセーさん、先に治療を・・・」

背後からアーシアが提案するが一誠は首を横に振る。
回復している間に、ライザーが攻撃して来ないとも限らないからだ。

「回復はしないのか?」

「ああ、丁度いいハンデだよ」

対峙したライザーにイッセーは軽口を返す。
正直なところギリギリだが、そんなことを言ってはいられないからだ。

「ふんっ、そんな傷を受ける前のお前なら俺に勝てたかもしれないと認めてやる。だが、今の状態なら如何だ?」

「問題ないな。確かに、さっきみたいに動けないかもしれないが、こっちも出し惜しみはしないからな」

そう言って、一誠は今までポケットについていた鎖型のアクセサリーを手にする。
ライザーは怪訝な顔をするが、一誠はそれを強く握って、腕を横に振ると、アクセサリーが変化した。

「な、何っ!?」

驚愕する声を上げるライザー。
当然だ、先ほどまで掌サイズのアクセサリーが一瞬で、一誠を同じぐらいの長さの棍に変化したのだから。

「こいつは修行時代、エロジジイの蔵で見つけた魔導具なんだが。詳しくは知らないが、本来の姿は色々あって、巨大なものまであるらしい。
それが何故か、一つの塊となってアクセサリーに変化したらしい。色々な武器の姿となり、使い手の身長にあったサイズがこの中に揃っている」

小柄な人間から、自分以上の巨漢にも対応する武器が数多くあり、その数は、下手をすると武器で世界を埋められるほどだそうだ。

ちなみに、一誠は修行時代、まだ青い変態だったころ、一誠は拳聖グランセイズがエロ本を隠しているのでは、と蔵に忍び込んだ際、
誤って割ってしまった壷に入っていた魔導具だ。

それは名も無い魔導具として封印されていたが、封印を解除したものが死ぬまで離れない呪いに近いものだった。
その結果、一誠は魔導具の中にある武器を全て使いこなせるように、より過酷な修行生活を送ることになってしまったのだ。
ゆえに、一誠は拳が得意だが、それは全ての武器が達人並みに使え、中でも素手が得意なだけなのだ。
それでも、剣では、暁月にも、ゼクスにも勝てないが。

「まぁ、お前には十分だがなっ」

「くっ」

ライザーへ駆けながら一誠は棍を突き立てる。
だが、その攻撃はライザーの眷属、ミラとは比べ物にならない一突き。
それを何とかライザーは両腕でガードするが、骨が折れる音と共に表情が歪む。

(だが、見切れない速さではない)

「食らえ!!」

スピードが格段に落ちたことで勝機を見たライザーは炎の魔力弾を放つ。

「甘ぇよ!!」

棒を下から上へ振り回すと魔力弾が両断された。
だが、驚くのはそれだけではない。

「なっ、武器が変わっただと!!」

先ほどまで一誠は棍を握っていたが、その先に刃がついた薙刀に変化していた。

「言っただろ。こいつの中には色々な武器の姿があるって」

その一つである薙刀を回転させながらライザーを連続で斬りつける。
高速で回転する薙刀によって次々に傷が増えていく。
だが、それだけではない。

「バカなっ!?再生しないだとっ!!」

そう何度も斬られた傷が全て塞がっていない。こんなことは今まで無かったことのためライザーは驚く。
やばい、と本能で感じたライザーは考えるよりも早く後ろに下がろうとする。

「だから、甘ぇって!!」

「うがぁっ!?」

素早く薙刀を引いて、一気に突き出す。
ライザーの肩に突き刺さる瞬間、再び武器が変化した。
今度は突撃槍、ランサーとなって肩を貫通し串刺しにすると、そのままライザーの腹を蹴り飛ばす。
地面に仰向けに倒れながら肩を抑えた。

「バ、バカなっ、何故再生しない!!」

「そら、出来ないようにしたからな」

「な、何だとっ」

ランサーで肩をトントンと叩きながら不敵に笑う一誠。
対して、ライザーは狼狽した。

「再生が出来ないだと、そんなことはあり得ない!!」

「おいおい、お前、自分の能力は絶対と考えているけど、何を持って絶対だと思ったんだ?」

「なに?」

「お前の不死の能力は、生まれながらに持っていた特殊な氣によって起こっている。
だが、それが氣によって起こっていることなら、こっちの領分だ。『錬環系勁氣功』でお前の氣を絶たせてもらった。
武器を持ったのは、刃物のほうが氣を絶つのに都合がいいからだ。斬った部分の再生はされないよ」

「な、何だと・・・」

つまり、自分の絶対と思っていたアドバンテージが崩れたことを意味する。
そのことに激しく動揺するライザー。
その瞬間、自分の身体が重くなったのを錯覚した。

「怖いか?」

「っ!?き、貴様!!」

ランサーの先をライザーに向ける一誠。

「こいつで頭を貫かれれば、お前は再生せず、そのまま死ぬ。今まで感じたことの無い死の恐怖はどうだ?」

言われて、ライザーは気づいた。
今、自分の身体を重くしているのは、死への恐怖。
これまでの人生で彼が体験したことのない恐怖心だ。
必死にその事を否定しようとするライザーだが、一誠が身を屈めて、ランサーによる突撃の前動作をした瞬間、翼を広げて空へ飛んだ。いや、逃げた。

「何度も言わせるな、甘ぇって」

しかし、予想通りとばかりに一誠はライザーの背後を取った。
木場の持つ魔剣に形が似た、彼の身長と同じぐらいの大きさの赤黒い大剣を持ってライザーの片翼を斬り落とした。

「がぁああああああああ!!」

翼をとられたライザーは失墜し地面に落下する。
その様子をリアスも見ていた。
そして、一誠のことを改めた。
自分が考えている以上に彼は強い。ライザーを倒せるかもしれない。
だが、それで良いのか?とリアスは考えた。
対して、ライザーは笑った。

「ふふっ、俺の不死を封じられるが、完全じゃないらしいな。見ろっ!!」

勝ち誇った顔で斬られた翼を見せる。
そこには半分ほど炎が発生し、再生しようとしていた。

「当然だろ。それは態としたんだからな」

「そんなことをしてどんな意味がある!!」

「少しは自分で考えろよ。まぁ、少しヒントをやるよ。力の流れを無理やり塞がれた状態で、その流れを強く大きくしたらどうなると思う?」

それでも訳の分からない顔をするライザーに一誠は『赤龍帝の篭手』をライザーに向け、

「答えは、お前の身体で知るんだな」

『Transfer!!』

ライザーの『不死の力』に譲渡した。
その瞬間、

「ぐがぁああああああああああああああああッッ!!」

氣を絶たれたことで、塞がれていた不死の力にライザーと戦ってから数分間かけて溜められた力が強化され、塞き止めていた傷から無理やり炎が噴出した。
特に翼の場所から噴出す炎の勢いが酷い。
止められた場所から無理やり出てくれば、当然だが身体に物凄い負担が掛かる。
身を引き裂かれるかのような苦痛の叫びを上げるライザーから分かるように、もはや不死は彼を守る絶対のアドバンテージではなく、暴走した力は毒に近い。
これで完全にライザーの不死は封じられた。

「ぐぅ・・・」

「お前の敗因を教えてやるよ」

体内を暴走する力に苦悶の表情を浮かべるライザーを身ながらじっくりと一誠は氣を練り、大剣に纏わせる。

「まず一つ、お前は自分の能力に自信を持っていながら、その能力を深く知ろうとしなかったこと」

一歩大きく踏み出す。

「二つ目だが。まぁ、その前に、お前が眷属の下着を俺の言ったことを参考にいて、良くしたことは評価してやるよ」

こんな時に何故その事を言うのだろうか。
思ったものもいるだろうが、一誠は構わず続ける。

「だが、自分の眷属を囮にしたことは減点の対象だ。マイナス100点。ハーレムの女は皆、自分が愛した女だぜ。
そんな愛した女を囮にしたんだ。『王』としては当然なんだろうが、男として多大な減点をされても文句言えないだろ?
それじゃ、ただ金でホステスや娼婦を囲っていい気になってるバカと大差ないな。それが追試を不合格した理由」

言いながら大きく上段に構える一誠。
それを見て、ライザーは慌てた。

「わ、分かっているのか、貴様!!俺とリアスの結婚は悪魔の未来にとって必要な重大なことなんだぞ!!
お前みたいな奴がどうこうしていいことじゃ・・・」

「三つ目、女が涙を流すことすら出来ない未来なんて、糞くらいなんだよ!!
お前の最大の敗因は、アイツをそんな世界にアイツを放り込もうとして、俺を怒らせたことだよ!!」

グダグダ言うライザーに向かって大剣を振り下ろす。
長い時間をかけて練り上げた膨大な氣がライザーに向かって放たれた。
これを受ければ、今の状態のライザーは一溜まりも無いだろう。
いや、もしかしたら・・・・

(死ぬのか、俺は・・・)

そうなっても可笑しくない状態だった。
この攻撃を受ければ、自分はただでは済まないのは確実に分かっている。
だが、


――――ドォンッ

「何?」

突然、自分の身体が押し出されたことに驚くライザー。
呆然としながら、自分を突き飛ばした人物を見ると、

「ユーベルーナ・・・」

自分を突き飛ばしたのが自らの『女王』であることに驚くライザー。
またも命令を無視した。
だが、『王』を守ることは彼女にとっては当然のことなのだ。
だから、ユーベルーナはライザーに微笑みを向けながら、一誠が放った攻撃に飲み込まれた。

「ユーベルーナ!!」

『ライザー・フェニックス様の『女王』、戦闘不能』

グレイフィアの放送が流れる。
この場にいたもの全員がこのことに驚く。
ただ一人。

「やっぱり、こうなったか」

一誠を除いて。

『Transfer!!』

「っ!?」

譲渡の声を聞いて、ライザーは顔を引きつらせる。
また自分の『不死の力』を強化したのだろうと思った。
しかし、自分に変化が無い。
不発したのか?そう考えたライザーだが、違った。

「っ!?何だ、この魔力は!!」

最上級悪魔にすらなるであろう魔力が突然噴出した。
慌ててライザーが魔力の元へ視線を向ける。
その先には、

「リ、リアス!!」

圧倒的な魔力を纏うリアスの姿があった。
驚愕の表情を浮かべるライザー。
だが、それはリアスも同じだった。
何故、自分に力を譲渡したのだろうか、リアスは分からなかった。
一誠自身を強化することも出来た。いや、今のライザーならば、強化しなくても一誠は勝てただろう。
訳も分からずに一誠を見るリアス。

「え?」

彼に視線を向けると、微笑みながらリアスを見ていた。
そして、少し距離が離れているが、その声は確かに聞こえた。

「約束しただろ。ライザーに勝たせてやるって」

「っ!?」

一誠の言葉にリアスは完全に覇気を取り戻す。

確かに、このままでも十分に一誠はライザーを倒すことが出来る。
だが、それでは駄目なのだ。
それではリアスは、今回の戦いで負い目を感じてしまう。
自分の所為で眷属が傷ついたのに、自分はこの戦いで何も出来ていないと。

しかし、そんなことを一誠が、彼の美学が許すはずがなかった。


「さぁ、舞台は整ったぜ。後は、お前が決めろ、リアス!!」

「ええ!!」

一誠の声に答えるようにリアスは膨大な魔力を固める。
その威力は最上級悪魔クラスとなり、魔王まで後一歩の力になるのをライザーは感じた。

「リ、リアス、君なら分かるはずだ。俺と君との結婚が悪魔の世界にどれだけいいか!!」

「ええ。そんなことは、貴方にも、お父様にも散々言われたわ。でもね、イッセーも言ったけど。
私はそんな世界なんて真っ平ごめんなのよ!!」

宣言と共にリアスは膨大な魔力によって固めた消滅の魔力弾をライザーに放った。
今まで自身が放った中で最大級の大きさの魔力弾。
対して、ライザーは未だに『不死の力』暴走状態、動くことすらできない。
更に、ゲームに参加しているのは自分のみ。
つまり、

「う、うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」

ライザーはなす術も無くリアスの魔力弾に飲み込まれ、消えた。


『こちらの判断により、これ以上の戦闘は危険と判断しました。よって、ライザー・フェニックス様、リタイヤとさせていただきます。
これにより、リアス・グレモリー様の勝利といたします」

グレイフィアの放送と共にリアスの勝利が決まるのだった。



[32327] 第二章八話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/10/17 01:36
『ライザー・フェニックス様、リタイヤ。これによりリアス・グレモリー様の勝利となります』

グレイフィアの放送を聞きながら、リアスは身体に果てしない脱力感が襲ったのを感じた。
『赤龍帝の贈り物』によって得た力が抜けて、その反動が来たのだ。
後ろへ向かって倒れる彼女。
だが、その身体を優しく抱き止められるのを感じた。

「イッセー?」

未だ脱力感の所為で呆然となるリアスだが、自分の顔を覗き込む一誠の姿を捉えた。
その表情は穏やかで、先ほどの自分を叱責した時と違い、抱きかかえられることに心地よさを感じた。

「お疲れさん、よくやったな、部長」

「いえ、貴方のお陰よ、イッセー」

微笑むように彼の顔を見返すリアス。
ありがとう、と口にしたいが、それだけでは今の自分の気持ちを表現するのに足りない気がした。
そんなことを考えていると、後ろからアーシアが駆け寄ってきた。

「部長さん、イッセーさん、大丈夫ですか!?」

駆け足で近づく彼女に一誠は笑顔で返事を返す。
そのことにリアスはムッとなる。
何故そうなってしまうのか、分かる。

(この気持ちはそういうことよね)

近づいたアーシアが一誠の治療を行おうとする。
そんなことをしなくても、すぐに治療室に転移されるのだが、アーシアには自分が治療することに意味がある。
そして、それはリアスと同じ気持ちだろう。
なら、リアスのやることは一つだ。

「イッセー」

「ん?何・・・」

「え!?」

一誠の唇にリアスの唇が当たっていた。
突然、キスしたリアスに一誠は驚き、それを見ていたアーシアは呆然とした。
と、リアスが唇を離すと、頬を赤めかせながら、ニコリと微笑み、

「ご褒美よ。私のファーストキス。日本の女の子は大切にするみたいね」

「光栄だが、良いのか?」

「ええ、貴方なら上げても良いと、心の底から思ったから」

自分の本心を嘘偽り無く伝えるリアス。
その隣にいるアーシアはムゥとしている。

と、その瞬間、リアス達は転移した。







それから一誠はアーシアによって傷を治してもらった。
その間、少しだけリアスも一緒にいたが、両親と話をすると、グレイフィアに呼ばれて少しして出て行った。
ただ呼ばれるまでの間、リアスとアーシアが二人でなにやら話していたが、一誠は聞かなかったことにした。
聞くのは野暮というものだ。
で、現在一誠は、アーシアに木場たちの様子を見てもらうことを頼んで、自分は病室の廊下を歩いていた。

「さて、何処かな?」

「一誠様、こんな所で何を為さっているのですか?」

「ん?」

氣を探って集中していた時、背後からグレイフィアに声をかけられた。
一誠は振り返ってみると、その隣にはリアスと同じ紅色の髪を持った男が立っていた。

「っ!?」

見た瞬間、一誠は理解した。
目の前の人物との差を、グレイフィアとは違い少しの勝機も感じさせないほどの力量差を。

「初めましてだね、今代の赤龍帝、兵藤一誠君。私はリアスの兄、サーゼクス・ルシファーだ」

更にある意味最悪な相手だった。

「跪いた方が良いか?」

「いや、構わないよ。今はプライベートだからね。君とこうして会ってみたかったんだ」

かなり友好的に話しかける目の前の魔王。
対して、一誠が警戒していることに怪訝な表情を浮かべるサーゼクス。

「何故、そんなに警戒するんだい?」

「いや、愛する妹の唇を奪われて怒っていると思ったんだが」

その一言にきょとんとした顔をするサーゼクス。

「何故、そう思うんだい?私は父と一緒にリアスの嫌がる結婚をさせようとしたんだよ」

「妹を大事にしない奴が、こっちの条件を飲むわけがないだろ?」

最初にグレイフィアと交渉をした時、一誠が感じた違和感はこれだ。
目の前の兄はリアスとライザーの結婚を渋っていたのだ。
だが、魔王である自分が揉み消すと、色々な問題があるので、そうならないように出来るだけのことを裏で動いていたのだろう。
例えば、一誠が要求した誓約書も恐らく、サーゼクスが独断で発行したのだろう。
あくまで、ゲームを行う上でのお膳立てという名目で。
そういうと、サーゼクスは微笑んだ。

「買い被りすぎだよ。私はそこまで深慮な者じゃないよ」

「そうかね?」

「そうさ」

不敵に笑う一誠とのらりくらりの態度をとるサーゼクス。

「残念だが、そろそろ時間なのでね。君とは時間があったら、ゆっくりと話がしたいな」

「魔王様に言われるとは、光栄の極みだね」

「では、またいつか」

「失礼します」

そう言って、立ち去ろうとする二人。

「あっ、グレイフィアさん。少し教えてほしいんだけど」

その途中で一誠が思い出したように呼び止めた。




それから一誠はある病室の前に来ていた。

「ここみたいだな」

中の氣を探りながら、一誠は自分が目的地に来たことを確信した。
そして、ノックもしないで扉へ開けて中へと入る。

「貴方は!!」

「貴様はリアス・グレモリーの『兵士』!!」

病室に入った瞬間、ライザーの眷属が総出で一誠を睨みつける。
そのベッドにはライザーが寝かされている。
傷は癒すことが出来るが、暴走によって乱されたライザーの氣は元に戻すことが出来ないため、ライザーは未だにベッドの上で苦しんでいた。

「何の用ですか・・・」

代表して、レイヴェルが一誠に問いかける。

「そんな喧嘩腰になるなよ。ゲームは終わったんだ、もう戦う気もないって」

「なら、何の用ですの?ゲームでの私たち一族の侮辱ならば、謝罪することはないですわ。
ゲームで挑発なんて珍しくありませんもの。それに貴方の言うとおり、フェニックスの不死は絶対ではないのですから」

ライザーの戦闘を見ていたレイヴェルは絶対の能力であると思っていた不死の能力で逆に兄が苦しめられたことにショックを受けている。

「まぁ、それもあったんだが、一応、後始末に来たんだよ」

「あ、貴方一体何を!!」

ズカズカとライザーのベッドに向けて歩いた一誠。
そして、ライザーを目の前にして、彼の顔を鷲掴みにした。

「貴様っ!!」

「「ライザー様を放しなさい!!」」

一誠の行動に攻撃態勢を取ろうとする眷属たち。
だが、それを実行に移す前に彼らは動きを止めた。
一誠に掴まれている隙間から見えるライザーの顔色が段々と良くなっていたのだ・

「よし、こんなもんだな」

一誠はそう言って、ライザーの顔を離すと、そこには先ほどと違い苦悶の表情が消えていたのだ。
そして、一誠はもう用はないとばかりに、振り返って扉に向かって歩きながら淡々と伝えた。

「もう心配は要らねぇよ。アイツの乱れた氣は元に戻した」

「貴方・・・まさか、そのために?」

呆然と呟くレイヴェルの言葉に答えないで一誠は扉を開けて出ようとする。

「待て・・・」

「ライザー様!!」

だが、病室の外に一歩足を出そうとした所で上半身を起こしてライザーが呼び止めた。
見ると、ユーベルーナが彼を支えているので完全に動けるわけではやはり無いようだが、その目は屈辱に歪んでいる。

「何のまねだ・・・勝者が敗者に情けをかけたつもりか。俺を侮るのもいい加減に・・・」

「誰が、お前なんか助けるか」

首だけを捻ってライザーを見る一誠。

「俺がやったのは、ただお前の女たちの涙を止めただけだよ。俺の美学に基づいてな」

「・・・・なら、一つ聞かせろ。お前は言ったな、女を囮にするなどあり得ないと。
だったら、お前が俺なら、どうした?」

ライザーの問いに一誠ははっ、と鼻で笑い、当然のように言い切った。

「そんなことにならない様に、強くなるに決まってるだろ。誰かを犠牲にしないために俺は強くなったんだ・・・」

「・・・・・・・・」

一誠の言葉に黙り込んでしまうライザー。
何処か、負けた気がしてならない。いや、恐らく最初から負けていたのだろう。
そう思いながら、ライザーは今度こそ立ち去ろうとする一誠に。

「兵藤一誠だったな。今回のことで出来た借りはいつか全て返す」

「ふんっ、暇なときに返してくれ。まぁ、俺が覚えていたらな」

ライザーの言葉に一誠は不敵な笑みを向けながら立ち去った。
ただ、奴の妹の顔が怒りなのか少し赤かったが気にしないことにした。

そして、一誠はいづれまた彼らと会うことになると、この時感じていた。



一誠が立ち去ってから、ライザーは真剣な顔でベッドに座っていた。
周りの眷属たちも彼の雰囲気に話しかけることが出来ないでいると、

「お前たち・・・・」

突然ライザーが独白した。

「俺は強くなるぞ。アイツに言われたからではないが、俺はより己を高める気になった」

そんな言葉に眷属たちは目を丸める。
だが、すぐに嬉しそうに頬を緩ませ、

『私たちもご一緒します、ライザー様』







対して、病室を出た一誠は、木場たちの様子を見ようと足を向けようとしていた。

「君が兵藤一誠君かな?」

「そうだが、何かようか?」

本日二度目、一誠は自分を呼んだ男性を見た。

「君に息子のことで、礼を言いたくてね」

「息子?アンタ、アイツの親父か?」

「うむ。今回のことは礼を言うよ」

突然、そんな事を言われるが、一誠は首を傾げた。

「俺は別に何も知れないぞ」

「いや、君のお陰だ。一族の能力を過信しすぎていた奴には敗北が必要だった。
更に、死への恐怖という貴重な体験も出来た。恐怖を知らないものは、どんなに強くても生き残れないからな」

「それは結果に過ぎない。俺はただ主のために戦っただけだよ」

「リアス君のことか。彼女のことなら、私もグレモリー卿も反省したよ。私たちは欲が強すぎた。グレモリー卿も自分の欲を娘に重ねすぎたと後悔していたよ」

その話を聞いて、リアスの話し合いはうまくいくだろうと、一誠は感じていた。

その後、ライザーとレイヴェルの父親にいつか屋敷に招待すると言われたりしたが、一誠の日常は平穏に戻る・・・・ことはなかった。




「・・・という訳で、私、リアス・グレモリーも兵藤家にご厄介になることになりました。
よろしくお願いします。お父様、お母様」

一誠の家のリビング。
両親を目の前にリアスはそう説明した。
何気に魔力を使っている気がするのだが。

ライザーとの決着から二日が経過した時、突然、リアスが言ったのだ。
自分も一誠の家に住むと。
名目は下僕との交流を深めるためだそうだ。

正直、ため息半分、嬉しさ半分の気持ちの一誠は、両親の座るソファの対面に、リアスとアーシアには挟まれていた。
右を見てば、至極上機嫌なリアス。
反対を見れば、至極不機嫌なアーシア。

そんな二人が、お互いに目が合ったとき、

「そういうことだから、アーシア。負けないわよ」

「うぅぅ・・・負けたくないけど、負けそうです。でも、負けません」

一誠を挟んで火花を散らしていた。
対して、そんな光景が目に入っていない両親はのほほんとしていた。

それを見て、一誠はある予感があった。
もっと増えるな、と。



[32327] 閑話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/11/14 21:14
朝日が昇り、ほとんどの人間が活動を始める朝。
兵藤一誠も意識が覚醒へと向かっていた。
だが、

「イッセーさん、朝ですよ。起きてください」

部屋のドアから同居人のアーシアの声が一誠の覚醒は加速させる。
ゆっくりと瞼を開けると、ふっと隣に気配がした。

「・・・うぅん」

艶かしい声が一誠の耳に届く。
ゆっくり自分の隣を見ると、

「おはよう、一誠」

素敵な笑顔を向けるもう一人の同居人であり、今の自分の主、リアスが自分を抱き枕にしていたのだ。
少し顔を紅くするその表情はとても可愛らしく感じさせるが、今は危険でしかなかった。
何せ、このリアスという少女は寝る時、寝巻きのようなものを一切着ない。下着すらもだ。
つまり、全裸で一誠に抱きついて寝ていたのだ。もっとも、一誠も下着だけでほとんど裸だが。
はっきり言って、朝からかなり刺激的な状況だが、一誠は冷静に問いかけた。

「何だ、今日もベッドに入ったのか?」

「ええ。最近、貴方を抱き枕にしないと眠れないの。だから、貴方が就寝した時にベッドにお邪魔したの」

「そいつは有難いが、少し危険だぞ?」

「襲っちゃうの?」

悪戯っぽく笑みを浮かべるリアス。
その表情は更に艶やかなものだが、一誠は少しわざとらしく、やれやれと顔の半分を覆うようにして、

「いや、もしも寝ぼけていたら、大変なことになるからな?」

「別に構わないわよ。貴方なら襲っても」

「それは嬉しいお誘いだが・・・」

正直、寝ぼけていたらリアスが唯では済まないだろう。
いや、自分の場合、寝相が悪いというべきか。
一誠は寝ている間に女性の胸や尻、といった大事な部分を何故か触ったり、揉んだりするのだ。
更に、氣を操って骨抜き状態にし、朝、目が覚めるまで触り続けるのだ。
まぁ、暁月も似たような悪癖があるのだが。
それは兎も角として、アーシアの声で目覚め、最初に見たのがリアスの裸体。
これほど最高な一日の始まりは無いだろうと、一誠が感じていたとき、

「イッセーさん、まだ寝ているんですか?」

アーシアの声がした。
今まで全く反応していなかった一誠は一先ず体を起こしてドアに向けて言葉を発した。

「いや、起きてるぜ。いつもありがとうな」

と、アーシアに向けて言葉をかける。
だが、たったそれだけの事だが、一誠と寝起きの楽しい会話を中断させられたリアスは、対抗心も相まって、

「アーシア、ちょっと待っていてね。私も一誠と一緒に下に降りるから」

身体を起こして、ドアの向こうのアーシアに声をかける。
―――バァンッ
と、ドアが勢い良く開き、アーシアが顔を膨らませて入ってきた。
ドアを開けて最初に目が入ったのは、自分の想い人の一誠と恋敵のリアスがお互いほぼ裸でベッドの上に座っている光景。
しかも、リアスはにこやかな余裕の笑みを浮かべ、

「おはよう、アーシア」

一誠の腕に自分の自慢の胸を当てるように絡み付いてきた。
それを見たアーシアは自分の服に手をかけて、

「私も裸になります!!仲間はずれは嫌です!!」

そう言って、服を脱ぎ始めたアーシア。
ある意味では修羅場のような状況だが、アーシアの裸に、リアスのおっぱいが腕に当たるボーナスに更に幸福な気持ちになっているのだった。






そんな風に日常を過ごしていたある日。
授業が終わり、放課後のオカルト部の部室。

「使い魔?」

「ええ、そうよ」

首を傾げる一誠にリアスが頷く。
確か、使い魔は悪魔の手足となって働く存在で、一誠が以前やったチラシ配りなどを行ってくれる、と。
そんな知識を一誠が思い出している時、リアスが更に言葉を続けた。

「貴方とアーシアはまだ使い魔を持っていないでしょ。使い魔は悪魔にとって基本的なものだから。
それに、彼らは主の手伝いはもちろん、情報伝達に追跡に使えるから。持っていて損はないわ」

「ちなみに、どんな奴がいるんだ?」

そう、一誠が質問すると、部員の全員が自分の使い魔を見せた。
リアスは自らの髪と同じ紅い蝙蝠。
副部長の朱乃は掌に乗る小さな鬼、イメージに合わないような、合うような感じがする。
一年下の後輩の小猫は、シロっと言う名前の白い子猫。
同級生で、数少ないオカルト部の男子部員の木場は白い小鳥だった。

「じゃあ、貴方達も使い魔をゲットしに行きましょうか。朱乃、準備のほうは?」

「大丈夫ですよ、部長」

朱乃が転移魔法陣の準備を完了させ、オカルト部全員は、一誠とアーシアの使い魔をゲットするべく部室から出て行くのだった。






転移の光がおさまると、一誠たちはうっそうと茂った森の中に来ていた。

「・・・いろんな生物がいそうだな」

「ええ、ここは悪魔が使役するための魔物が多く生息している森よ。ここで貴方達の使い魔を見つけてもらうわ」

巨大な木々を見る一誠の言葉に頷くリアス。
軽く氣を探ってみると、かなり強弱の差があるように思えた。

「で、・・・」

「ゲットだぜ!!」

「きゃっ!?」

後ろにいた人物に問いかけようとした一誠だったが、先に相手が大声を出したので、アーシアが驚いていた。
まぁ、もしも驚かせる以外のことをしようとしていたら、一誠が殴って魔物たちの餌になっていただろう。
それは兎も角、大声を出した男の姿を見る一誠。
そこには、深々と被った帽子にラフな格好の青年がそこにいた。

「俺はマダラタウンのザトゥージ!!世界一の使い魔マスターを目指して修行中の悪魔だ!!」

「おい、木場。世界中で人気の高い日本アニメを馬鹿にしたような存在のアイツに使い魔選びを手伝ってもらうのか?」

「まぁ、その方面では優秀な悪魔だから。あれでも」

一誠の言葉にいつものごとく苦笑して答える木場。
小声だったのでザトゥージには聞こえ無かったのかリアスと話していた。

「ザトゥージさん。例の子達を連れて来ました」

「へぇ、木偶の坊みたいな兄ちゃんと、金髪の美少女ちゃんか。良し、任せておけ!
この俺に掛かれば、どんな使い魔でも即日ゲットだぜ!!」

「うっし!この酷いパチモンをぶっ飛ばして、日本アニメに貢献するか」

「駄目だよ、一誠君!!」

「落ち着いてください、先輩」

ザトゥージの言葉に少しイラッとした一誠は右腕にグルグル回しながら氣を纏わせる一誠。
そんな彼を木場と小猫が止めに入っていた。
ザトゥージも一誠の雰囲気に危機を感じたのか、話を続けることにした。

「それで、どんな使い魔をご所望だい?強いの?速いの?毒持ち?」

「あの、毒は結構です」

ザトゥージの言葉を聞きながらアーシアは自分の要望を言う。
対して、一誠はまだ考えが纏まらないのでアーシアの使い魔を先に選ばせることにした。
と、そこでザトゥージが使い魔のカタログを取り出した。

「なら、俺のお勧めはコイツだ。ヒュドラ。こいつは不死身だし、主さえ裏切る獰猛さ。そして猛毒でどんな奴でも耐えられない!」

「えっと、ですから、毒は・・・」

アーシアに危険な魔物を紹介しようとするザトゥージを一誠は今度こそ殴り飛ばそうとした。
それを今度はリアスが止めたので、一誠はもう一度質問した。

「なぁ、本当にアイツで大丈夫なのか?」

「ええ、彼は使い魔に関してはプロフェッショナルなの。だから、彼のアドバイスを聞けば、きっと良い使い魔を手に入れられるわ」

リアスはそう良いが、いきなりアーシアの要望を無視するので心配になってきた。

「なら、兄ちゃん。コイツはどうだ?」

と、今度は一誠にお勧めとカタログを見せた。
見るとそこには大きなドラゴンが描かれている。

「龍王の一角『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』ティアマット!伝説のドラゴンにして龍王。
更に唯一のメスでまだ誰もゲットしたことがない。なんせ魔王並みに強いからな」

いくつか聞き捨てならない言葉があったが、隣で見ていたリアスが気に入っていた。

「伝説のドラゴン。いいじゃない、イッセー。同じ伝説のドラゴンなら意気投合できるかもしれないし」

キラキラと見るリアスの視線には期待に満ちていた。
もっとも、そんなうまく行かないだろうが・・・

「まぁ、いいさ。こいつを説得して、アーシアの使い魔になってもらう事にするか」

「え?」

その言葉に全員が怪訝な表情をした。

「自衛の能力の無いアーシアを、コイツに守らせる。伝説のドラゴンが護衛になってくれれば安心だろ?」

「えっと、そ、そうですね」

つまり、使い魔をプレゼントしてくれるという一誠の言葉に嬉しそうになるアーシア。
だが、

『駄目よ(です)』

突然、リアス、朱乃、小猫が待ったをかけた。
そして、それを代表してリアスが言った。

「良く考えたら、やっぱり危険ね。ドラゴン同士が友好的な付き合いをしている確証がないわ。
アーシアも一誠が危険な目に会うのは嫌よね」

「えっ、あ、はい・・・」

うんうんと頷く朱乃と小猫の雰囲気と、一誠が危険なことをして欲しくない思いから、残念そうに頷くのだった。







それから暫く、一誠たちは森を歩きながら使い魔を探すことにした。

「なぁ、あいつ等じゃ、やっぱり駄目か?」

『うん』

一誠の言葉に部員全員が頷いた。
先ほどまで一誠たちはウンディーネの湖にいた。
ウンディーネと聞けば、一般の人は美しい女性を想像するが、全く違った。
そこにいたのは、女子プロレスラーにも負けないほど筋肉隆々の女性だったのだ。
聞けば、人間の環境破壊のせいで、ウンディーネも水の魔法よりも肉体的な攻撃なら湖を守ることができるそうだ。

で、一誠たちが訪れたときも、二体のウンディーネが縄張り争いをしていたのだ。
それだけならよかった。

突然、一誠が二体のセコンドのような真似をしてから、二体の戦いが更に激化させなければ。
湖の周りの木々は全て倒れるほどの超人的な戦いが繰り広げられたのだ。
そんな一誠の手腕にウンディーネ二体が使い魔になりたいと言って来たのだ。
一誠も、毎日プロレス観戦が出来るのと、ミルジャイアントたちの相手に丁度いいと乗り気だったのだが。
周りが却下した。

(あんなのが毎日部室でされたら、適わない)

全員がそんな事を考えたのだった。

「というか、一誠君。あの手のキャラが苦手だったでしょ」

「木場よ。世の中、どんなに臭い物でも嗅いでいるうち慣れる事があるんだぞ」

何度もあったことで耐性が出来たと、一誠は遠い目をして語った。
それは兎も角、暫く歩いていると、

「ん?」

と、そこで一誠が頭上の木を見上げた。
それに釣られて他のメンバーも上を見上げると、そこには青い鱗を輝かせる小さなドラゴンらしき生物が見えた。

「うぉおっ!!あれは蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)じゃないか!!滅多にお目にかかれない激レアのドラゴンだ!!」

「子供みたいだが、成長したら強くなるのか?」

「ああ、ティアマットみたいな龍王と比べると多少低いが、結構な強さを持つはずだ。しかも、子供の状態ならゲットできる魔獣だ」

ザトゥージの説明を聞きながら、一誠はもう一度、蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)を見た。

(なんか、違うな)

自分の使い魔にするには何かが違う気がする一誠は蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)を候補から外し、代わりにアーシアに上げようと思った。
その時だった。

「きゃあああああ!!」

アーシアの悲鳴を聞いた一誠は慌てて振り返った。彼女を怖がらせる気配は全く感じなかったからだ。
だが、見ればアーシアだけでなく、女性部員全員にゲル状の液体が上から垂れ襲い掛かっていた。

「スライムか」

木場の呟きを聞いた一誠は何処か安堵のような納得をした。
一誠はこいつらの接近に気づかなかったのではなく、気づけないほどこいつらが弱かったのだ。
と、そんな事を考えていると、女子陣の服がスライムに溶かされ、今度は長い紐のような生物が彼女らに絡みついた。

「あれは触手か?」

「ああ、あいつ等はいつもコンビを組んで、スライムは女性の衣類を、触手は女性の分泌物を目的に襲うのさ」

服を溶かされ、身体を弄られたため涙目になるアーシアを見て一誠が不機嫌になる。
さらに、ザトゥージの言葉を聞いて怒りのボルテージを上げた。
だが、それが放たれる前に、青い雷がスライムと触手を焼かれた。

「おっと」

危うく巻き添いを喰らいそうになった一誠は辛うじて避けたが、逃げ遅れた木場とザトゥージが黒焦げになっていた。
と、それよりも雷撃を放ったと想われるところを見ると、そこには蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)がアーシアの胸の中に飛び込んだ。

「もしかして、気に入られたのか?」

「みたいだね」

黒焦げ立ったにも関わらず立ち上がった木場。
ちなみに、ドラゴンの雄は多種族の雄を嫌うということを一誠は後で知った。
その後、アーシアは蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)、ラッセーを使い魔にすることに成功した。





使い魔契約の儀式が終了して、そろそろ戻ろうかという話になっていた。
まだ一誠の使い魔が決まっていないがスライムに溶かされたままの服でいるのは駄目だと本人が進言したのだ。

「でも、イッセー、良いの?」

自分だけ使い魔を持つことを断念した一誠にリアスが問いかける。
だが、一誠は対して気に留めず。

「別に構わないさ。それにいまいちピィンと来る奴がいないからな。・・・・?」

「イッセー?」

突然立ち止まった一誠に全員が怪訝な表情を浮かべる。

「ここら一帯だけ、ずいぶん荒らされているな」

見ると、確かに一誠の言うとおりだった。
辺りの巨木がすべてへし折られている。
すると、ザトゥージが思い出したように言った。

「そういえば、何日か前に新種の魔獣が三体現れたんだ」

「新種?」

リアスの問いかけにザトゥージが頷く。

「ああ。一体は狼みたいな奴で、後の二体はスライムと触手の亜種だろうって言われている」

後半の二体に女性陣が顔を顰める。

「実は、その二体がコンビを組んで、狼の奴を追っていたんだ」

「・・・狼をどうして追っていたのですか?」

短く問いかける小猫が問いかけるが、それはザトゥージには分からなかった。
と、その時だった。
一誠が倒れている巨木、横幅が一誠の身長を超える太い木を片手で無造作に掴むと、それを軽々とぶん投げたのだ。
相変わらずのその身体能力に全員が呆気に取られる。

「・・・小猫ちゃん、今みたいなこと出来る?」

「・・・両手でやっと持ち上げられるぐらいです」

木場の問いかけに、バカ力の特性と持つ『戦車』の小猫が答える。
そのことから、今の出来事がどれだけ出鱈目なのか分かる。
と、そんなことより、問題は一誠が退かした木の下に狼がいたのだ。
体長二メートルは届きそうな巨体に、白い毛並みと、尻尾の先だけ黒い狼が。

「もしかして、その子が先ほど話に出た狼さんでしょうか?」

「ああ、たぶんそいつの事だ」

朱乃の問いかけにザトゥージが肯定する。
だが、一誠はそのことを耳に入れず、目の前の狼を見た。

「酷い怪我をしてます」

隣から覗き見ていたアーシアの言葉に頷くが、一番の問題は違う。

「だが、それ以上に問題なのはコイツの氣だ。氣の総量が肉体にぜんぜん合っていない。
ほとんど乱れた状態だ」

「そのままだと、どうなるんですか?」

「死ぬ」

小猫の言葉に一誠は即答で答えると、全員が息を飲んだ。
だが、一誠は目の前の狼へ手を伸ばそうとする。

「何をする気なんだい?」

「コイツの氣を『錬環系勁氣功』で整える。アーシアはコイツの傷を治して・・・」

木場の問いに答えた時、意識を取り戻した狼が「グゥゥゥ・・・」と低く唸り一誠を威嚇した。
怪我を負っているにも関わらず、狼の放つ威圧感はかなりの物がある。

「イッセー、その子は危険だわ」

何らかの危険を感じたリアスが一誠に静止をかける。
だが、一誠は口元をゆがめ、優しい表情で狼に触れた。

「イッセー!!」

「大丈夫だよ。コイツはたぶんまだ子供だ」

『え?』

安定していない氣の流れから、一誠はまだ生まれて間のない子供なのだろう、と予想したのだが、
小柄な小猫かアーシアを背中に乗せられるほどの大きな狼が子供であることに驚いた。
と、周りが驚いていると、一誠はその狼の頭を撫でる。

「大丈夫だ。少しじっとしていたら身体が楽になるからよ」

「ゥウウッ・・・」

人の言葉を理解できるのか分からないが、狼は一誠の手を噛み付こうとしない。
だが、やはりまだ警戒しているようだった。
しかし、それも自分の身体の調子が良くなっていくのを感じ大人しくなった。
すると、アーシアも自分の神器を持ち入り、狼の傷を癒しに掛かる。
傷も完全に塞がったとき、氣の方も落ち着きを取り戻し、もう大丈夫だと思ったその時だった。

―――ズシィンッ!!

と、大きな足音が響いた。
何だ、と全員が見ると、緑色の触手のようなものが高速でメンバーを捕らえようとていた。

「おらぁ!!」

だが、気配に気づいていた一誠が魔導具を取り出し、大剣に変えると向かってきた触手を斬り刻み、
襲撃してきた二体に向かって、大きな氣の斬撃を飛ばす。
それでリアス達は襲撃者が撃破されたと思っていたが。

「え?」

「ちっ、面倒な身体のやつらだ」

巻き上がった砂塵が晴れた時、襲撃した生物二体がその場にいたのだ。
一体は、スライムだ。
だが、先ほどのゲル状のものではない。
大量のスライムが集まり、五メートルは在りそうな巨大な人型を形成する。
もう一体は、触手だ。
こちらも先ほどの奴と違い、何本もの触手が絡み合って、五メートルの巨大な四足であっちこっちから触手がうねっている生物だ。

「あいつ等が最近出てきた新種のスライムと触手だ。スライムの巨人は人の形をしているが、攻撃してもゲルの身体で傷が無かったことになる。
触手の方も千切ろうが、切り刻もうが、すぐに再生しちまう」

ザトゥージの説明の通り、スライムの方は一誠がつけた傷が引っ付いて簡単に消えてなくなってる。
触手の方も一誠が斬り裂いた先から新しい触手が伸びている。
その様子に木場は警戒をしながら剣を創造しながら問いかける。

「倒し方は無いんですか?」

「はっきりとしていないんだが、そいつ等もスライムと触手だから、火の魔力で蒸発させればいいはずだ」

「あらあら、ですが、あんなに大きいと少し骨が折れそうですわね」

ザトゥージの言葉に朱乃が魔力を練って焼き払おうとするが、短時間で溜めた魔力では二体を焼き払うことが出来ない。
だが、もっと威力を高めるには時間かかり、その間に触手に身体を絡め取られかねなかった。
そんな状況に、一誠が仕方無いと大剣に大量の氣を込める。
先ほどのように鋭利な氣ではなく、ただ押しつぶすための巨大な氣を。

「ただ、これを放ったら、ここら一帯が滅茶苦茶になるから、気をつけろよ!!」

そう言って、自分に向かってくる触手とスライムの腕?を無視して、木場と小猫にアーシアを守らせ、
更に朱乃とリアスに結界を張ってもらい自分以外のメンバーを守ってもらおうと考えた。
その時だった。

「ウォォオオオオオオン!!」

雄たけびと共に放たれたソニックブームが一誠に向かっていたスライムの腕と思われる部分を弾き飛ばした。
見ると、先ほど一誠たちが助けた狼が立っていたのだ。
だが、その姿は先ほどの傷つき弱っていた姿とは違う。
堂々と凛とした姿がそこにあった。
恐らく、氣の流れを戻したことで本来の力を取り戻したようだ。

「グォッ!!」

一瞬だった。
狼の声が一誠の耳に届いたと思ったとき、彼に迫っていた触手を狼が食いちぎっていたのだ。

(速いっ)

一誠がそう感じたとき、すでに狼は煮たいの頭上に飛び上がり、触手とスライムが再生するよりも早く、
狼は口を開け、その中から小さな炎を覗かせたと思ったら、

「グバァアアアアアアッ!!」

狼は口から強烈な炎を放たれ、触手とスライムを焼き払ったのだ。
その炎はライザーのフェニックスの炎にも劣らないだろうものだ。
そんな光景を見て、リアス達は唖然とした。
一誠の言うとおり、目の前の狼が子供ならば、先ほどの速度と炎の威力は予想外だからだ。

「ザトゥージさん、アレは何て生物なの。あれほどの炎、成体のケルベロスクラスよ」

「本当ですね。ですが、ケルベロスにしては頭が少ないですし」

「さぁ、俺には分からねぇ。少なくとも新種だというくらいしか」

リアスと朱乃の言葉に、お手上げとザトゥージ。
すると、狼が一誠へと近づき、頭を垂らしたのだ。

「今のは礼のつもりか?」

「クゥゥン」

一誠の問いに、狼は一誠の体に顔を擦り付ける。
恐らく、一誠の事が気に入ったようだった。
そのことに一誠はやれやれと首を振りながら、

「別にお前が何かしなくても片がついたんだがな。まぁ、いいや。一緒に来るか?」

「ワァン!!」

一誠の言葉を肯定するように鳴いた狼。
それにリアスが驚いた。

「イッセー、もしかして、その子・・・」

「ああ、コイツを使い魔にする」




そうして、一誠は使い魔を手入れた。
リアスとしても正体は分からないが、途轍もない力を秘めていると感じたのかOKした。
ちなみに、この狼の名は、焔(ほむら)となるのだった。









時を同じくして、冥界のとある場所。
薄暗い紫色の空の下、一台の馬車が森の中を走っていた。

「あら、少し止めなさい」

「かしこまりました」

馬車の持ち主であす上級悪魔の命令を聞き、下僕の下級悪魔が場所を止めた。

「気のせいかと思ったけど、やっぱり人間ね」

「ここは魔界のはずですが?」

馬車から降りた女性の視線の先に人間の死体があった。
人間の死体が何故冥界にあるのか、隣に立つ執事姿の下級悪魔が不思議に感じていた。
だが、女性の悪魔はそんな事よりも目の前の死体に興味を持った。
ゆっくり近づいて、それに触れる。

「まだ、死んで間がないわね。それに良い男だわ」

惨殺された死体は、短い栗色の髪に、驚愕に歪む表情からは覗く瞳はブラウン。
まだ幼さの残っている顔だ。
はっきり入って好みの男だった。
だから、上級悪魔の彼女はチェスのピースを一つ取り出した。
『騎士』の駒を。
しかし、目の前の人間においても何も起こらない。

「あら、足りないみたいね」

だが、幸いなことに自分には『騎士』の駒をもう一つ持っている。
そして、もう一つの駒を置いたとき、二つの駒が身体へと入り込んだ。

それが、彼女にとっての危機になるとは思いもせず・・・・








あとがき
何とか、こちらも完成させることが出来ました。
出来は少し不安が残りますが、とりあえず閑話は完成です。
今回登場した、一誠の使い魔ですが、オリジナルの設定を付けています。
それが明らかになるの、結構先になると思います。
分かる人はもう分かるかもしれませんが・・・

そして、最後の人物は、アレイザード帰還フラグです。
ただ、この人物を出すのは、はぐれ勇者側の原作を崩しかねないので、少し不安です。

簡単な強さ設定ですが、

転生した悪魔(下級から中級クラス)=異世界の転移したバベルの生徒(Aクラス以下)
上級悪魔=Aクラスから生徒会クラス
暁月(入学時)、朱の黄昏、コクーン=最上級悪魔~旧魔王クラスの間
大沢剛毅、ミハエル・アークウッド=サーゼクスたち現魔王クラス以上

一応、簡単な強さの設定はこうします。
少しはぐれ勇者を贔屓にしているかも知れませんがご了承ください。
ただ一誠とグレイフィアとの初対面を少し訂正します。



[32327] 第三章一話
Name: マグナム◆8c0d71fd ID:a65c46eb
Date: 2012/10/21 22:33
豪華な装飾が施された煌びやかなはずの大広間。
その広間は明かりが消され薄暗く、外に鳴り響く雷が落ちたために煌く蒼い光が照らされると、一層不気味になる。
更に今は地獄のような光景が広がっていた。
煌びやかだったはずの空間は一面で染められ、惨殺された人型、悪魔の死体が転がっている。

「う、うぅぅ・・・」

その地獄の景色の床に上級悪魔の女性が這い蹲っている。
体中が傷だらけで辛うじて生きている状態だ。
そんな彼女に一人の男が立ち止まった。

「さぁ、残りは貴女だけですよ。ご主人様」

まだ幼さの残っている顔だが、その表情は冷たく、まるで虫ケラでも見るかのように見下している。
それが女性の自尊心を傷つけ、男を睨んだ。

「貴方・・・折角拾ってもらえた、主、に、こんなこ、として、良いと思っているの・・・」

短い栗色の髪を持つ男のブラウンの瞳を真っ直ぐ睨みながら言う。
だが、男は忌々しそうに履き捨てた。

「確かに、生き返らせてくれたことには感謝します。でも、お陰で魔族に転生させられて、僕はとてもショックが大きいんですよ」

ふざけるなっ!!と叫びたくなる主だった女。
だが、もうそれすら間々ならない状態だった。
荒い呼吸で、掠れながら呻くように言った。

「こん、な事して、ただで済む、と思わないこと、ね・・・・主である私を殺し、た貴方は“はぐれ悪魔”、として手配される・・・
他の悪魔、だけじゃなく、天使や堕天、使にも命を、狙われるわ・・・」

主の言葉を聞き流しながら、男は手に持っていた剣を持ち上げる。
他の眷属全てを殺して、真っ赤に染まった剣を。
女性悪魔はすでに視力も失ったのか、虚ろな瞳で言葉を紡いだ。

「・・・貴方が、どんな、に強くて、生き、残ってい、たとしても、いずれ魔王様が貴方をコロ・・・・・!!」

言葉はそこで阻まれた。
男の剣が女性の眉間に深々と刺さり、貫いたからだ。
主を殺したにも関わらず、男は冷たい笑みを浮かべながら、主の肩に足を置いて剣を引き抜く。
そして、振り返って出口へと歩みだした。
まるで、先ほど自分が行ったことが、たまたま見つけた虫を潰したことに等しいのかのごとく。

そして、男は冷たい表情のまま、最後に言った主の言葉に笑みを深める。

「魔王ですか・・・・好都合です。来たなら僕が倒します」

呟きながら大広間の扉に手をかけ、外に出た。

「だって、僕は勇者ですから」








真っ暗な部屋。深夜を過ぎた時間帯。
悪魔すら身体を休むべく皆が眠りに付いている時間だ。
それはこの部屋の主、兵藤一誠も例外ではない。

だが、その扉がスゥと静かに開かれ、一つの人影が部屋へと入り込んだ。

「・・・・・・・」

侵入者は最大限の警戒心を持って部屋の中を見回す。
そして、目標、一誠が寝ているベッドを見るとゆっくりと動き出した。
気配と音を可能な限り消して近づく人影。
本来なら、一誠を相手に意味の無いことなのかもしれないが侵入者はゆっくりと近づく。
一誠も、熟睡しているのか気づいていない。
そう感じた侵入者はベッドに近づき、

「・・・・・・・・ふふっ」

慎重に彼の顔を覗き込み微笑みが漏れてしまったリアス。

彼女、一誠の主、リアス・グレモリーはほぼ毎日こうして一誠の部屋に忍び込んでいた。
目的は彼と一緒のベッドで寝るため。
ただ、エッチなことをするつもりは無い。もし襲ってきたら、構わないと彼女は思っているが。
その理由は彼女が一誠に惚れてしまったことが原因だろう。
自分と同じく彼に惚れてしまったライバル達より先に行くことも目的の一つだが、それとは別にしても純粋に一誠に抱きついて寝たい気持ちが彼女にそういう行動を起こさせるのだ。

「今日も良く寝ているわね」

本来なら、氣を探ることの出来る一誠に自分ぐらいが気配を絶っても気づかれてしまう。
だが、一誠は熟睡し、更にリアスに殺意も殺気も無いからすり抜けてしまうのだ。
と、それは兎も角と、リアスは自分の服に手をかけて脱ぎに掛かる。
その行動に全く躊躇いは無い。
普段から全裸で寝ている彼女にとっては寝る前の当たり前の行動だからだ。
何より、一誠も下着以外は着ないでほとんど裸で寝ているため、抱きついて寝ればダイレクトに彼の温もりを感じられることも理由の一つだ。

そして、リアスが生まれたままの姿になると、彼の上に掛かっている掛け布団を持ち上げて彼に抱きつく前に、もう一度寝顔を見ようとする。
彼女の日課のようなものだ。
まず部屋に入ってから彼の寝顔を見て、服を脱いで寝る前にもう一度、そして、ベッドに入り込んでもう一回寝顔を見てから眠りに付く。
別に意味はない。ただリアスが自然と習慣づけてしまった行動だった。
ゆっくりと、キスできるほどの距離に顔を近づけるリアス。
だが、次の瞬間、彼女はベッドに引きずり込まれてしまった。一誠の手によって。

「ふぇ!?」

素っ頓狂な声を上げるリアス。
今、自分が一誠の手に捕まったことを理解した時、彼が自分に圧し掛かっていた。

「い、イッセー・・・?」

ついにこの時が・・・
と、リアスは息を飲み覚悟を固める。
だが、ふっと気づいた。
彼の目が開いておらず、呼吸も健やかに一定だったことに。

(もしかして、寝ぼけてる?)

そう理解した時、リアスの身体が脱力した。
良かったような、良くなかったような、と感じながら、今の自分の状態は彼女にとって喜ばしいことだった。
一誠が自分に抱きつき、これまで以上に自分達が密着していることに。

だが、このままでは寝苦しい。

そう思ったリアスがこのまま二人で抱き合ったまま身体を転がして、自分が上になろうとした。
しかし、不意に一誠の手が動いた。

「ぁあん・・・」

驚きあられもない声を漏らすリアス。
見ると一誠の手の一つが自分の胸に当てられているのが見える。
もしかして、起きたのでは?とリアスは一誠を見るが、彼は未だに寝ていた。
だが、一誠の五指はリアスの胸に沈み込んでは、浮き上がるという現象を繰り返している。
まぁ、簡単に言えば、胸を揉んでいた。

「やっ・・・」

自分の胸が一誠によって形を変えられることにリアスは甘い痺れを感じていた。
それが好きな人の手なのだから、なお更感じてしまう。
その感覚にぼ~としていくリアスは思い出した。
一誠は氣の扱いに長けていて、それによって自分の感覚が鋭敏になっていくことを。
官能的な階段を上がっていくリアスが自分の身体に起こっていることを理解した時はすでに遅かった。
一誠のもう一方の手が彼女のお尻に触れたのだ。

「・・・ぃやん」

今まで胸ばかりに意識が集中していたため、突然新たなところから来た快感にリアスの身体が跳ね上がった。
同時に、ここでリアスは初めて恐怖を感じた。
恐らく、一誠は無意識で自分の身体を触って、氣を操っている。
そして、それは彼が意識を取り戻すまで続くだろう。

(たぶん、最後まで、行かない、でしょうね)

呼吸を荒げながら思考するリアス。
一誠の二本の手によって更に快感が増えているのだ。
正直、大胆に自分の身体に触ってくれるのは嬉しいが、この状況は少し微妙だった。
だから、リアスは何とか彼から離れようとするが外れない。
それどころか、更に胸とお尻を掴む手の力を強くした。

「ぃや!!ぁあん!!」

その快楽にリアスは声が大きくなってしまう。
だが、一誠は起きないばかりか、手の動きを更に多彩なものにする。
何時の間にかリアスの心臓の鼓動は破裂するほど早く鼓動し、血流を流している。

何とか腕だけを出したリアスは手をバタつかせた。
と、その時だった。

「えっ?」

一誠の顔が自分の耳元に近づいて来たのだ。
そして、このあと自分のみに起こることにリアスは期待にも、絶望にも似た思いを持った。
だが、それは今の自分にはとても危険なことのように感じたリアスは手だけでなく、足もバタつかせ首も振る。

(ま、不味いわ。このままこれを受けたら私・・・)

これから襲ってくるであろう得体の知れない感覚を想像し、リアスは羞恥から顔を赤くする。
赤くしながらもリアスは逃げられないと、覚悟を決めたかのようにぐっと目を瞑って、心の中に防波堤のごときバリケードを張った。
しかし、

――――カプッ・・・

「あっ・・・」

いきなりの変化だった。
いや、その前に一誠がリアスの耳を噛むという原因があった。
だが、それすら忘れるほどの快感がリアスの中に一気に膨れ上がった。

(う、うそっ・・・急にっ?)

突然猛烈な甘美な快感がリアスに襲い掛かった。

「あっ、ああっ・・・・!!」

それも災害クラスの津波のごとき快感の奔流はリアスが張っていた、脆い防波堤など一瞬で決壊させ、彼女の全身で暴れまわる。
全身の毛穴が開くのが分かるほど、敏感になった身体は、反射的に上に押し倒していた一誠を持ち上げるほどの勢いで仰け反る。
自慢の紅の髪が乱れることなど気にしていられないほどの快感がリアスの意識を奪う。
だが、それでも一誠の手が再び動き出すのを感じたリアスは何かに縋るかのように、近くにあった“何か”を掴んだ。
そして、一誠が再び自分の胸を揉んだ快感にリアスはつい手を振り回した。

―――ガシャン!!

そうしたら、何か鈍い衝撃と共に手に持っていた物が粉々になる感覚があった。








「あ、危なかったわ・・・・」

今まで一誠に襲われても良いと思っていたのに情けないと感じてしまう。
だが、リアスは純粋に安堵していた。
あのまま行けば自分がどうなっていたか分からなかった。
と、そこでリアスは自分の下にいる一誠を見た。

「・・・・だ、大丈夫よね」

手元の物と、自分の周りに散乱する部品を見る。
リアスが使ったのは、一誠のベッドの脇においていた一誠の時計だった。
アレイザードに行く前に買ってから常に使っていたのだが、それが粉々になっていた。
ゆえに、リアスは一誠の事が心配だった。
だが、自分のお腹の上で安らかな寝息を立てる一誠に安堵した。

そして、リアスは安堵しながら一誠を起こさないように自分の上からベッドに転がすと、
急いで自分の服を持って部屋から出て行く。

「・・・・おやすみなさい、イッセー」

そう言って、リアスは一誠に向かって言うのだった。


ちなみに、今回壊れた時計の代わりに、後日リアスが一誠に大理石のズッシリ重い時計を送るのだった。
それも何日かおきに、まるで“硬い何かにぶつけたように”変形する時計を。









「いただきます」

何事も無かったかのように一誠は席に着くと朝食を食べ始めた。
ちなみに、この朝食はリアスが作ったものだ。
何でもお嬢様だから出来ないと思われるのが気に食わないそうだ。
そんなリアスの様子が今日はおかしい。

「い、イッセー、今日、体調はどう?」

「ん?」

と、隣に座るリアスが少しぎこちない口調で問いかけた。

「そうだな。頭に少し違和感があるが、特にいつもどおりだな」

「そう」

「そういえば、今朝はベッドに入っていなかったな」

「なっ!?」

一誠の言葉にリアスは顔を赤くする。
彼女は思い出していたのだ。
ベッドに入ろうとして一誠にされたことを。あのときの感覚を。
だが、それを悟られまいと必死に言葉を紡いだ。

「え、ええ。たまには間を空けておかないと、飽きてしまうでしょ?」

「そういうものか?」

「そ、そうよ」

少し首を傾げる一誠と、その隣にいるアーシアも首を傾げている。
そこで、「と、とにかく!!」とリアスが話題を逸らせた。

「今日は部員がこの家に来るからよろしくね」

「ああ、そういえば、そうだったな」

今日は旧校舎を使い魔たちが掃除するのだ。
もちろん、先日使い魔にした一誠の使い魔、新種の狼、焔も一緒に。
で、代わりに今日の集まりは一誠の家となったのだ。
ちなみに、一誠の両親は承諾済み。



のはずだったのだが。





「で、これが小学生の時のイッセーよ」

「あらあら、全裸で海に」

「何で、俺のアルバムを見てるんだ?」

集まったリアスたちオカルト部の部員全員が一誠の昔の写真を鑑賞していた。

「・・・これが、何でああなるんでしょう」

小猫が写真と、今の一誠を見比べる。
その表情は心底不思議そうな表情をしている。

「・・・小さい頃のイッセー」

「イッセーさん、可愛いです」

そんな中でリアスとアーシアが昔の写真をまじまじと見つめている。
二人のそんな姿を見て、一誠はやれやれと首を振る。

「おいおい、二人は今の俺に不満なのかい?」

ショックだな~と大げさにジェスチャーする一誠。

「そ、そんな事無いです。今のイッセーさんは素敵です」

と、慌てたようにアーシア。

「ええ。確かに、今の貴方は最高よ」

アーシアに続いて、リアスが微笑みながら答える。
だが、「でも・・・」と続けて、

「貴方のこんな姿が見たいの!!」

「部長さん!!私も同じ気持ちです!!」

そう言ってリアスの手を握るアーシア。
意気投合する二人を見ながら一誠はやれやれと呆れた。

「おいおい、見せたいのは山々だが・・・」

そこまでで、一誠は言葉を止める。
今の二人の勢いならば、幼児化する魔法を見つけるか作るかしそうな勢いだからだ。

(幾ら、女の頼みでも、身体は子供、性欲は大人なんてしたくないぞ)

「・・・一誠君」

と、先ほどまで和気藹々と皆とアルバムを見ていた木場が話しかけてきた。
それもかなり思いつめたように・・・
だから、一誠も少し警戒しながら問いかけた。

「どうかしたか?」

「これに見覚えは?」

木場が指差す写真を見る。
そこには幼稚園の時、親の事情で外国へ転勤した友達だった。

「そういえば、その時は男だと思ったが、こうして見たら女の子だな」

男の子の服を着ているが、良く見れば女の子だ。
それも成長すれば、かなり可愛い女の子になるだろうと直感した。

「あの頃は本当に青かったな~」

「いや、僕が聞きたいのは・・・・」

「剣のことだろ。そいつについては知れないよ」

「そう。こんなことがあるんだね。まさかこんな所で見かけるなんて思いもしなかった」

苦笑する木場。
それを見て一誠は不思議そうに問いかけた。

「それは何だ?」

「これは聖剣だよ」



この一枚が今回の事件の始まりだった。
そして、一誠が異世界で巻き起ころうとしている波乱の前触れだった。






あとがき
漸く、聖剣編に入りました。
今回はプロローグなので少なめです。
少しはぐれ勇者風な場面を入れましたがどうでしょうか。
書き終わってやり過ぎたかな?と思ったのですが心配です。

ですが、これからも頑張るのでよろしくお願いします。






[32327] 第三章二話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/10/28 21:43
部員達が一誠のアルバム鑑賞会から次の日。
快晴の空の下、旧校舎の裏にある少し広い空間で一誠達オカルト部メンバーは野球をやっていた。

「さぁ、駒王学園球技大会が近いからしっかり練習するわよ!!」

声を張り上げて意気揚々とリアスが宣言する。

一誠たちの学校の球技大会が来週に迫り、部活対抗があるからオカルト部のメンバーは練習をしているのだ。
もちろん、種目が野球とは限らない。
だが、負けず嫌いの部長のリアスは種目になるであろう物を全て練習している。
人数的な問題があるが、その場合、数の少ない方の部活に人数を合わせることとなっている。

「それでも気合が入りすぎだと思うんだがね」

背後に業火を纏っていると感じさせるほどの闘志を見せるリアスに一人呟く一誠。
そんな彼を見て、リアスが手に持っていたバットを向ける。

「次はノック行くわよ!!まずはイッセー!!」

言葉の後にカキーン!!とリアスは一誠のいる方へボールを飛ばす。

「飛ばしすぎだろっ!!」

気合の入った打球は一誠の遥か頭上を通り過ぎようとする。
だが、一誠は足に力を込めると、高く跳躍してそれをキャッチした。
相変わらず規格外な身体能力だが、リアス達はそれに慣れていた。

「ナイスよ、イッセー!!」

親指を立てて一誠に向けて賞賛したリアスは次の獲物を探すように他の部員を見る。

「今度は祐斗!行くわよ!!」

狙いを決めたリアスは木場の方へボールを飛ばす。
今度は、先ほどは飛ばしすぎたと自分でも感じたのか少し打球の速度が遅い。
何でも器用にこなす木場ならば全く問題ない球のはずだが、木場はボールに反応せず、頭にコツンとボールが当たっても呆然と反応しない。
その反応にボールを打ったリアスだけでなく、アーシアと小猫も困惑していた。
それを見た一誠は徐にグローブの中ボールを握り、

「お~い、木場!!」

言葉と共に木場に向かってボールを思いっきり放り投げてやる。
それも木場がギリギリ顔の前でキャッチできるかどうかで。

「え?わっ!?」

一誠の言葉を聞き、木場は自分の顔面に真っ直ぐ向かってくるボールに驚き、慌ててそれをキャッチした。
その後に一誠が言葉を投げかける。

「ボーッとしすぎだぞ!!」

「確かにイッセーの言うとおりね。最近、ボケッとしすぎで、貴方らしくないわよ」

「すみません」

リアスの指摘に素直に謝罪する木場。
だが、反省はしていないらしく、またもボーッとしている。
その態度にリアスもため息をついて、この場ではこれ以上何も言わずに、他のメンバーにノックを始めた。

「また面倒なことになりそうだな」

「あらあら、それは困りますわね」

やれやれ、と一誠が呟くと、何時の間にか近づいていた朱乃が話しかけた。
まぁ、特に一誠は驚かなかったが、

「良いのか、副部長。自分の持ち場を離れて?」

「大丈夫ですわ。だって、リアスはあの通りですから」

そう言って、朱乃が指差した先ではリアスが野球のマニュアル本をベンチに座って読んでいる。

「よく本を読むな部長」

“レーティングゲーム”でもマニュアルを読んで対策を練っていたことを一誠が思い出すと、
朱乃も頷きながら、

「そうですわね。でも、一誠君、最近、部長が読んでいる本が何か知ってますか?」

「いや、知らないな。難しい参考書か?」

一誠の質問に朱乃は「ふふふっ」と笑いながら、

「実は恋愛マニュアルを読んでるんですよ」

「恋愛?しかもマニュアルって・・・まぁ、少し部長らしいな」

「あら、どうしてですか?」

「部長って、どうしても負けたくない時とか、不安な時はそういう物に頼って、自分で解決しようとする所があるからな。
少しはこっちに頼れば良いのに」

「そうですわね。でも、そんな事を気にすることが出来る一誠君だから、部長はそれだけ本気と言う事ですわね」

「まぁ、恋愛の事なら、幾つもの実戦を経て完成された完璧なマニュアルに任せれくれれば良いのにな」

「あらあら、部長は自分がリードしたいんですよ」

「なるほどね」

と、一誠と朱乃がのんびり会話していると、それに気づいたリアスが慌てて立ち上がって、

「さぁ、練習を再開するわよ!!」

良く通る声でそう宣言した。
ちなみに、一誠のポジションは女子メンバー全員から離れた場所にされるのだった。









それから次の日、一誠は自分の教室で昼食を取っていた。

「じゃあ、俺は部室に行くからな」

食べ終わり、一緒に食べていた松田と元浜に告げる一誠。

「今日も球技大会の事か?」

と、松田が言うと、後から感心したように元浜が言う。

「頑張るな、お前も」

「まぁ、部長はガチで一番を取るつもりだからな」

「はー、文化部がボールかよ。でも、お前の所の部って、何気に身体のスペック高いから問題ないだろ」

松田の言葉に、悪魔だからな、と心の中で頷く。
と、そこで元浜が思い出したように口を開いた。

「そういえば、イッセー。お前の事で変な噂が流れているぞ」

「噂?」

元浜の言葉に首を傾げる一誠だが、

「ああ、お前らが流した。俺が、オカルト部の女性部員をとっかえひっかえに変態プレイをしている野獣だって、アレか」

一誠の言葉に目の前にいる二人の方がビクゥッと跳ね上がる。
もっとも、二人が一誠に対して、あられもない噂を流すのは今回が初めてではない。
しかも、信じているのは、ほとんどが男子生徒のみ、と虚しい結果にしかなっていない。
その反応に一誠は不敵に笑って、

「全くお前らは本当に懲りないな」

「「うるせぇ!!」」

「お前らがな」

絶叫する二人を一誠は軽く浮けながすと、二人は一誠に向かって不平を口にした。

「何で、お前は女子からの絶大な信頼を得てるんだ!!」

「これだけの噂を流されたら、俺だったら間違いなく軽蔑されるはずだぞ!!」

「それは、お前。俺の日ごろの美学が輝いているからだろ」

「「意味が分からんわ!!」」

勝ち誇った笑みを浮かべる一誠。
そのまま立ち去ろうとする彼だったが、ふっと思い出したようにもう一度二人を見た。

「そういえば、俺もお前らの事で噂を聞いたぞ」

「俺達の?」

「変な噂か?」

警戒するように問いかける二人に一誠は不敵に笑ったまま、首を横に振って、

「いや、むしろ噂を聞いた奴らはお前らを祝福しているぞ」

「「祝福!?」」

「ああ」

そうして、一誠は一度言葉を切ってから一気に言った。







「余りに女と付き合えないお前らが、ついに自棄になって、どっちかが性転換してお互いに付き合わないか、真剣に話し合ってるってな」

「「何じゃ、そりゃぁあああああああああああああああ!!」」







一誠の言葉に打ちひしがれる松田と元浜を放っておいてアーシアの元へ向かう一誠。

「アーシア、飯は食べ終わったか?」

「あ、はい」

「お、アーシアの彼氏君の登場だ」

一誠が迎えに来たことに嬉しそうな表情を浮かべるアーシアに、一緒に飯を食べていたメガネの女子生徒が言葉を掛けた。
確か、桐生 藍華と言う生徒だったな、と一誠は思い出していた。
それは兎も角、彼女の一言にアーシアは慌てふためいている。

「かっ、かかかかかかかかかかかかか彼氏!!?」

「え、違うの?あんた達、毎日登校したりと仲が良いから、てっきり付き合っているのかと思ったわ」

「まぁ、まだ付き合ってはいないな」

「あぅぅ・・・」

冷静に返す一誠に対して、アーシアは顔が真っ赤になっている。

「ふ~ん、そうなんだ。でも、傍から見たらあんた達、毎晩Hな営みをやってるように思ったんだけど。
まぁ、だから私もアーシアに『裸の付き合い』教えたのだけど」

あれはお前が教えたのか・・・
と、一誠は思ったが、自分が特をしたので良いか、とも思うのだった。

「おいおい、付き合ってもいないのに、そんな大胆なこと求められなきゃしないぞ」

「つまり、アーシアが頼んだらするのね」

「まぁ、その時の相手のコンディションによってはな」

「はぅ!!」

二人の会話にすっかりアーシアは脳の情報処理がオーバーヒートしたかのようにボンッと煙を噴出すのだった。



それから一誠とアーシアが部室に向かうのがしばしば遅くなるのだった。








その頃、一誠とアーシアが来るのを待っているオカルト部の部室では部長のリアスが副部長の朱乃と共にお茶を飲んでいた。
そこへソファでお菓子を食べていた小猫が口を開いた。

「先輩達、遅いですね」

「そうね」

短く答えるリアス。
その態度は自らの不機嫌さを隠そうとしているのに気づく。

「あらあら、心配ですわね、部長」

お茶を注ぎ足しながら朱乃が微笑む。

「別に、教室からここまで来るだけの道よ。危険なんて無いわ」

「ふふふっ、私が言っているのは、そんな心配ではないですわ」

何とか聞き流そうとするリアスに朱乃が追撃する。
正直、リアスはすぐに自分が呼びに行きたいのだろうことが分かっているから言えるのだ。
リアスも自分の代わりに扉の近く、一誠の使い魔になった焔の傍にいる木場に頼もうと思ったが、

「・・・・・・・」

肝心の彼はまたも茫然自失の状態だ。
と、その時、

―――コンコン・・・

部室の扉がノックされた。
だが、一誠たちならば、ノックしないはずだ。

「リアス、私よ」

「あら、ソーナ」

もう来たの、と思いながら、リアスは開かれる扉と、そこから部屋に入ってくるメガネを掛けた女子生徒と一緒に来た男子生徒を見た。
女子生徒の方は知っている。
自分と同じ上級悪魔の幼馴染で、学校では生徒会長を務めている。ソーナ・シトリー。人間界では
もう一人の男子生徒は恐らく、新しく眷属にした書記の子だろう。

「ごきげんよう、リアス」

「ええ、ごきげんよう」

冷たく厳しい印象を与える彼女が少し微笑む彼女にリアスも微笑みながら返した。
そして、すぐにソーナの付き添いで来た男子生徒に視線を向ける。

「そこの彼が・・・」

「ええ。私の新しく加わった眷属『兵士』の匙 元士郎よ」

「そう。でも、ごめんなさい。私の方はまだ来ていないの」

「そうなの。なら、サジ、先に彼女達に挨拶を」

「はい。会長!!」

今日は新しい眷族を紹介し合う会合なのだが、自分の眷属がまだ来ていないにも関わらずソーナは気にせずに連れて来た子に挨拶するように促す。
それを受けて彼も挨拶しようと一歩踏み出そうとしたのだが、

「「「「あっ」」」」

リアスだけでなく、部屋にいた彼女の眷属全員、ボゥーとしていた木場でさえも思わず声を漏らした。
そして、匙に止まるように言うよりも早く、彼が踏んでしまった。

「ウォンッ!!」

「ん?」

一誠の使い魔、焔の尻尾を踏んでしまった匙。
だが、彼は慌てるよりも、むしろ焔を邪魔のような視線を向けた。

「おい、デカイ図体してるんだから、そんなところにいたら邪魔だろ。これだから犬っコロは」

やれやら、と焔をないがしろにする匙。
それにソーナも何か言おうとしたが、先に匙が言葉を続けた。

「そういえば、狼を兵藤が使い魔にしたらしいけど。さすがは、碌でもない奴の使い魔だ。躾がなってないな」

「サジ!!」

恐らく、松田と元浜が流した噂を信じているのだろう。
焔だけでなく、主の一誠の批判までする匙にソーナが叱ろうとするが、

「グゥゥゥゥ・・・」

「おっ、ヤル気か?」

焔が匙を睨んで威嚇していた。
一誠が使い魔にしてから、焔の身体が更に大きくなって三メートルは超えているかも知れないのに匙は強気だった。
余程、自分の力に自信があるのだろう。

「ほら、掛かって来いよ。飼い主の代わりに躾けてやるよ」

「グワァン!!」

挑発する匙に向かって突っ込む焔。

「サジ!!・・・ごめんなさい、リアス」

「いえ、こっちこそ、ごめんなさい、ソーナ」

ため息をついて、謝罪するソーナにリアスも謝罪した。
何せ、

「焔はイッセーの言う事しか聞かないの」

「ギャアアアアアアアアアア!!」

リアスの言葉の後にすぐに匙の悲鳴が響いた。

見ると、匙は焔にズタボロの状態にされていた。
それを見て驚くソーナにリアスは本当に申し訳なさそうに、

「本当にごめんなさい、ソーナ。匙君が・・・」

「いえ、元はといえば、あの子が失礼な態度を取ったのがいけないのです。こちらにも非があります」

と、レンズの繋ぎ目を指でクイッと持ち上げながら答えるソーナにリアスは感謝する。
だが、事態はそれ以上変わらない。

「た、助けて~!!」

「ガァアアアア!!」

「ですが、リアス。これ以上は・・・」

「そうなんだけど、焔は懐いてはくれるんだけど、私達の言うことを聞いてくれないの」

大きな口を開いて匙に噛み付こうとする焔。
それを何とか両手で止めようとする匙だが、かなりギリギリの状態だった。

「お、お願いですから助けてください!!」

切実に頼み込む匙。
どうやらそろそろ手に限界が来ているらしい。

「あらあら、困りましたね」

「・・・・焔の尻尾を踏んだからです」

面白そうに微笑む朱乃とお手上げだという小猫。

「そ、そんな~!!」

「グワァアア!!」

情けない声を上げる匙が手を離してしまった。
それにより匙が噛み付かれると思ったのだが。

「待て!!」

「ワァン!!」

扉を開けてアーシアと共に入ってきた一誠の命令に、焔はすぐに実行する。
鋭い牙が匙の目の前で止まる。

「座れ」

「ワァン!!」

二度目の命令にも、焔は素直だった。
一瞬で扉にいる一誠の前にチョコンとお座りする焔。

「悪い、部長。少し遅くなった」

自分の言うことをしっかり遂行する焔の頭を撫でながら一誠が。

「遅れてすみません!!」

その後に、アーシアが直角になるほどの勢いで頭を下げて謝る。
だが、部屋にいたメンバーはそれ所ではなかった。
特に、ソーナは先ほどまで獰猛だった焔が、一誠の前ではじゃれ付く子犬のようになることに驚いていた。
と、そんな面々の思いを他所に一誠は焔に向かっていった。

「駄目だろ、焔。折角、部長から高い飯を買ってもらっているのに、安い奴を拾い食いするなよ」

「何だと!!」

一誠の言葉に先ほどまで床に這い蹲っていた匙が喚きだした。

「って、犬の方も、しまった!!て顔してるし!!」

匙の言うとおり、焔は一誠の言葉に失念していたかのような表情をしている。
そんな一人と一匹に切れた匙は一誠に殴りかかろうとするが、

「止めなさい、サジ」

「し、しかし、会長!!」

ソーナが匙の行動を封じた。

「今日は、学園で共に生活する上級悪魔同士が最近眷属にした者を紹介し合うために来たんですよ。
それなのに恥をかかせて・・・」

「うっ・・・」

ソーナの言葉に、匙は何も言えず動けなくなった。
それを見て、ソーナは一誠とアーシアに視線を向けた。

「ごめんなさいね、兵藤一誠君。うちの眷属は貴方より実績がないので、失礼な部分が多いのです」

「いや、こっちも俺の使い魔が迷惑をかけたみたいで、すまない」

ソーナの謝罪に一誠も頭を下げる。
それを見た焔は反省したようにショボンとなるのを見て、ソーナはまたも驚くのだった。
と、そこでソーナはあることが気になり一誠に問いかけた。

「ところで、兵藤君は私達、生徒会が私の眷属だということは・・・」

「ああ。部長に質問したら、教えてくれたぞ」

一誠の言葉にソーナは「なるほど」と呟いた。
彼女はリアスが一誠の事を自慢げにしていることに納得したのだ。

「それから、匙の事は同じ新人悪魔として仲良くしてくれないかしら、兵藤君、アーシア・アルジェントさん」

「はい!!よろしくお願いします」

ソーナの言葉にアーシアは屈託のない笑みを浮かべて匙に手を差し伸べる。
すると、匙はだらけた表情を向けてアーシアの手を握った。

「よろしくね、アーシアさん。君なら大歓迎だ!!」

「・・・・・・・」

その表情に一誠はほんの少し目を鋭くした。
そうしていると、匙は今度は嫌そうに一誠に手を出した。

「会長の頼みだから、お前とも仲良くしてやるよ」

「別に俺は男と馴れ合うつもりはないんだがな、美女の頼みなら受けるさ」

そう言って、一誠は匙の手に握手する。
と、そこで匙は一誠を睨んだ。

「言っておくが、会長に手を出したら許さないからな。俺はこれでも『兵士』四つを消費して悪魔になったんだ。
その気になったら、お前なんかには負けないんだからな」

「へ~、そいつは凄いな」

完全に棒読みで放つ一誠の台詞に匙は更に睨んだ。
何より、

「って、犬のほうもなんか、俺をバカにした視線を向けてないか!!」

一誠の手を離して焔を見る匙。
そこには確かに、匙の事を鼻で笑う焔の表情があった。
それを見て、今度こそ匙は一誠達に向けて拳を振り上げようとする。先ほど焔にコテンパンにされたにも関わらず。

「サジ」

そんな匙と一誠の間にソーナが割り込んだ。
メガネ越しに彼を見る彼女の目は絶対零度も生ぬるいほど冷たい。

「か、会長?」

そんな瞳を見て完全に震え上がる匙。
頭だけでなく、肝まで冷え切ってしまった。

「あなたでは兵藤君に勝てません」

「そ、そんな事・・・」

やってみなければ、わからない。
そう言おうとした匙にソーナは早口で、

「彼は先の『レーティンゲーム』でもっとも成果を上げたのです。『兵士』の駒を八つも消費させた赤龍帝と言うのは伊達ではないということです。
何より、彼は悪魔の間では、『不死鳥狩りの赤龍帝』とさえ呼ばれるほどなのですから」

以前、リアスの婚姻を賭けた『レーティンゲーム』で圧倒的不利とされていた状況を引っくり返したリアス達の評価は高かった。
だが、その中で一番評価されたのは一誠だったのだ。
彼が撃破したのは、ライザーの『女王』と同じフェニックス家の妹の『僧侶』。
これだけでも大した戦績なのだが、ほとんどの戦闘で一誠の力、彼の『赤龍帝の篭手』の力が大きな影響を与えた。
更に、ライザーとの戦いでは、絶対のアドバンテージだった不死身の能力を逆に利用してライザーを追い詰め、リアスに勝利を与えた。
このことで、悪魔の間で一誠は一気に注目の的となったのだ。

そのことをソーナから説明された匙は絶望したかのように打ちひしがれた。

「『兵士』の駒を八つに、赤龍帝って・・・」

「わかりましたか?今の貴方では、彼に勝つことは出来ません」

「今は、ね・・・」

諭すように言うソーナの言葉に一誠は増えてきな笑みを浮かべた。

「悪いが、今のままで成長しても、そいつが俺を越えることは無いぜ」

「何っ!?」

一誠の言葉に匙は叫ぼうとするが、それ以上は何も言えなかった。
匙に向けて一誠が圧倒的なプレシャーをかけたからだ。

「今のお前は何もかもが中途半端なんだよ。悪魔になったが、世界を知らない。力があっても、使いこなせない」

「イッセー?」

「イッセーさん?」

一誠の言葉にリアスとアーシアが困惑したように言葉を漏らす。
他のメンバーも同様に一誠の行動の理由が分からなかった。

「何より、覚悟が足りない。守りたいものがあるのに、今のままで大丈夫だろうと、安易で不可思議なものを頼りに生きている」

「くっ・・・」

そう言って、一誠は扉に向かっていき、匙に背を向けると、一度だけ立ち止まり、

「最後にアドバイスをくれてやるよ。中途半端で覚悟の無い奴の末路は途轍もなく無様なものだ。
そうなりたくなかったら、力を付けるんだな」

それだけ言って一誠は部屋を出て行った。
部屋の中には表現しがたいほどの重たい空気が漂うが、使い魔の焔だけが一誠の後に付いていくのだった。









「はぁ、何をやってるんだろうな、俺は」

部室を出た後、新校舎の屋上に一誠の姿があった。
ため息を付きながら、何故か付いてきて昼寝をするように丸くなっている焔に頭を預け、寝そべり空を見上げる一誠。
アレから昼休みが終わって、授業が始まっているが、一誠はずっとここにいて授業をサボっていた。
ゆえに、一誠の周りには焔以外にいないのだが、

『お悩みのようだな』

「お前か」

一誠の頭の中に、『赤龍帝の篭手』の中に封じられたドラゴンの魂、ドライグが話しかけてきた。
そのことに一誠は特に身体を動かさないで、離すことにした。

「別に、悩んでいた訳じゃないさ。悩んでどうこうなるものじゃないからな。ただ昔の自分を思い出していただけさ」

部室で会った匙という奴と同じ。
大した力も無いのに、大事なものだけは守ることが出来ると幻想していた哀れだった頃の自分を。

『力が無かったことを後悔しているのか?』

「いや、あの時力が無かったことは、仕方ない、どうすることも出来なかった。で、納得できるわけじゃないが」

だが、と一誠は言葉を続ける。

「もしも、“あの時”の俺にアニキのような覚悟と行動が出来たら、守れたんだろうかも、とは考えるがな」

あの時は力が無かった。周りが強いのだから大丈夫だと、自分は世界を救えなくても大事な人は守れると考えていた。
だが、それは間違いだった。
部室で言った言葉も、匙に対してではなく、自分にも言った言葉でもあったのだ。

「まぁ、そんなことを言っても仕方ないんだがな。それよりお前は何で話しかけてきたんだ?」

今まで話しかけても答えなかったのに、一誠は興味を持っていた。

『いや、グレモリーとその眷属は悪魔の中でも特別情愛が強い。無論、お前の仲間も例外なくな。
特にお前の主、リアス・グレモリーはお前にご執心で、なかなか可愛がられているじゃないか』

「お前、そんな事を言いたくて出てきたのか?」

と、呆れる一誠。
だが、ドライグは口調を変えずに、

「色を知り、経験するのはいいぞ。そういうことは早め早めに体験するほうが良い。
いつ“白いの”が現れるかわからないからな」

その一言に一誠は僅かに目を細めながら、両手を頭の上に組む。

「“白いの”ね~。前に言っていたライバルだったか?」

『ああ。白い龍、バニシング・ドラゴンさ。今回は奴の事を話そうと思ってな』

そう言って、説明を始めるドライグに一誠が足を組んで寝そべったまま聞いた。



天使、堕天使、悪魔達が世界の覇権をかけて真剣に戦争をしている頃の時代、他の種族もそれぞれの勢力に加勢していたが、
ドラゴンだけは自由気ままに生きていて、参加しないものもいた。
その中で特別力の強かった二体の龍が突然大喧嘩を開始し戦場をかき乱した。
その結果、三勢力は一先ず休戦し、同盟を結んで二体のドラゴンを排除しようとした。
だが、喧嘩を邪魔された二体はそれに激怒、逆ギレして三勢力に戦うこととなり、二体は三勢力に神器として人間の中に封印されてしまった。

「で、その二体のドラゴンがお前とバニシング・ドラゴンって事か?」

『ああ。その通りだ。神と魔王に逆ギレして喧嘩を売った俺達を嘲笑うか?』

自嘲地味に言ったドライグ。

「いや、確かにバカな奴らだと思うが、結果的にお前らの横槍が、三勢力が力を合わせる、共存の可能性を生み出したんだからな。
それが不確かで脆いながらも戦争を止めることに繋がったんだからな」

『・・・・お前は本当に変わっているな。今までの主はそんな事を言わなかった。いや、負けた俺達を嘲笑ったのに』

「生憎、俺は平和主義者なんだ、基本的には。殺し合うよりも、愛し合う方が俺は好きなんだよ」

そう言って、一誠はドライグとの会話を打ち切り、このまま寝入ることにした。
青空の下、気持ちよく寝る一誠だったが、この日、もう一度部室に行ったとき、昼休みの態度とその後の授業に出なかったことで説教を受けるのだった。








あとがき
一先ず、今回はここまでです。
アレイザードで一誠に起こった出来事は、後々書いていきます。
この事が一誠と暁月を分ける大きな分け目になれば、と思っています。

でも、やっぱり原作の一誠と違いすぎますね。
感想でも言われました。
最初は、良く言って、原作より進化した一誠、悪くて、劣化版暁月。
暁月7:原作一誠3で書きたかったんですが、暁月9:一誠1になっている感じが自分でもします。
もう少し原作一誠の要素を入れられるようにしたいのですが、それだとキャラが壊れそうな気がして難しいです。

それでも試行錯誤しながら書いていくので、これからもよろしくお願いします。


それから今回は赤龍帝の鬼畜美学だけで、魔法ライダーリリカル剣が間に合わず更新できませんでした。
二つを同時に更新するのは難しいですが、これからも頑張ります。



[32327] 第三章三話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/11/14 21:15
生徒会長、ソーナ・シトリーが匙 元士郎を連れてオカルト部へ来てから一週間が経ち、
駒王学園の球技大会が問題なく開催された。
そして、部活対抗のドッジボールが迫っていた。

「・・・今日は雨が降るらしいけど、夕方からだから問題ないか」

「・・・そ、そうですね」

空を見上げる一誠の隣にいるアーシアが答える。

「で、アーシアはどうしてブルマなんだ?」

一応、この学校はハーフパンツが配給されているが、何故かアーシアはブルマを履いていた。
太ももまで露出させたそれを履いて恥ずかしそうにするアーシアがとても可愛らしく、周りの男共がチラチラ見ている。

「えっと、桐生さんが、これがドッジボールの正装だと・・・」

「あいつか・・・・」

自らをその道の匠と名乗るメガネ女子の姿が一誠の脳裏に浮かび、ため息を付いてしまった。
それを見たアーシアは自分が何かとんでもないことをしでかしてしまったのか、と不安そうな表情で。

「だ、駄目でしたか?」

涙を溜めて上目づかいをするアーシア。
そんな彼女に一誠はため息を一度付いて、彼女の頭に手を乗せた。

「いや、別に構わないぞ。俺はその姿を見れて嬉しいしな」

「そ、そうですか!!」

「ああ。ただ、ブルマはドッジボールの正装じゃないから、ハーフパンツに着替えてきな。
その格好じゃ、転んで擦り傷を作るぞ」

何より、他の男達のサービスになるからと、一誠はアーシアにハーフパンツに着替えさせるのだった。



「あら、イッセー。アーシアは?」

アーシアがもう一度、着替えに行ったとき、入れ違いでやってきたリアス。
彼女は先ほどまで、同じ上級悪魔のソーナとテニス対決の死闘を繰り広げ、引き分けたのに元気な彼女。
まぁ、一誠も他のメンバーも気合が入っているのだが。
ただ、

「・・・・・・・」

木場だけが呆然としていた。





そして、部活対抗戦が始まったが、内容は一誠が気合を入れるまでも無く呆気ないものとなっていた。
誰も本気でオカルト部のメンバーを当てに来ないからだ。
理由として、
部長のリアス、学園を代表するアイドル。
同じく、副部長の朱乃。
この二大お姉さまをまず当てる者はいない。逆に当ててくれ、と懇願する者はいるが。

小猫とアーシアは学園の可愛いマスコットと癒し系金髪美少女。これも当てることが出来ない。
木場は女性達の人気が高いため、当てた場合、女性全員が敵に回るので出来ない。

そして、一誠は男性陣にとっては殺したいほど羨ましい存在だが、怖くて当てることが出来ない。
げんに、野球部の助っ人として参加した松田が放った嫉妬の思いをふんだんに込めた球を片手で受け止め、逆に松田を沈めてしまったのだ。
その光景を見てからというもの、松田以降の勇者は現れず、オカルト部は誰一人賭けることなく優勝する。

一誠は最後の試合の終盤までそう思っていたとき、

「クソォ!!恨まれても構わない、死ねイケメン!!」

その声と共に一誠ではなく、木場を狙う剛速球。
普段の木場ならば、問題なく受けられるボールなのだが、彼は避けようとしない。
その様子を見て、一誠はため息を付きながら、

「何で、俺が男を庇わないといけないんだよ」

悪態を付きながら、木場に向かったボールを受け止めた。
その光景に周りの女性達から黄色い歓声が沸くが一誠は気にせずに、木場を狙った男子にボールを放つのだった。

『オカルト部の勝利です!!』

ボールが男子生徒に当たると同時に審判の宣言が出され、オカルト部は優勝するのだった。







それから大会が終わった放課後の部室。
部長のリアスがいつもの調子だったら、放課後の部活はささやかな祝賀会が起こるはずだった。
だが、今のリアスは不機嫌であった。

―――パァン!!

「どう?少しは目が覚めた?」

乾いた平手打ちと共にリアスは木場に問いかける。
最近の木場は心ここにあらずな状態で、大会でも非協力的だった。
そのため、リアスが説教をしているのだ。
しかし、木場はそれに対して反省しないばかりか、

「もういいですよね?大会はもう終わったんで練習はしなくてもいいですよね」

「この雨じゃ、練習も糞も無いからな」

一誠が軽口を言うが、それも無視して木場が、

「それじゃあ、普段の部活動は休ませてください。疲れているので夜まで休んでいたんです。
昼間はすみませんでした。今日は調子が悪かったんです」

そう言って、扉へと歩みだす木場。
そんな彼の目を見て、一誠はため息を付き、

「ちょっと、待てよ」

「なんだい?僕は疲れているんだけど」

「そんな疲れるようなことしてないだろ」

不機嫌そうな声を出す木場に一誠はソファから立ち上がって向き合う。
向かい会う両者に、周りにいたリアスも、アーシア、小猫、朱乃もただ見守るだけだった。
だが、一誠はいつもの調子で話しかける。

「それに今日みたいな調子は最近いつもだろ」

「だったら、何なんだい?」

「いや、流石の俺も心配するぞ」

その言葉を聞いて木場は冷たい笑みを作る。

「心配?誰が誰を?」

「俺が、お前のことを心配する部長を含めて美女、美少女な部員を」

「・・・・・・・・」

一誠の言葉に何も言えず黙り込んでしまう木場。
予想外、いや、ある意味一誠らしい回答に戸惑ったのだろう。
だが、一誠は不敵に笑いながら、

「冗談だ、冗談。もちろん、お前の事も純粋に心配してるさ」

「・・・悪魔は基本的に利己的に生きるものだよ。それなのに如何して僕の事を心配してくれるんだい」

「おいおい。アーシアが堕天使に捕まった時、教会に乗り込む俺を心配して付いて来てくれた奴に、俺が心配しちゃいけないのか?」

「・・・仲間だからかい?」

「悪いか?」

以前、自分が言った言葉を返され、黙り込む木場。
だが、すぐに自嘲気味に言った。

「さっきも言ったけど、悪魔は利己的に動く生き物だ。そして、僕の基本的な本質が関係してるからあの時は動いたんだ」

「聖剣のことか?」

「っ!?」

一誠の一言に酷く驚く木場。
アーシア以外の周囲にいるものも驚いている。

「な、何で・・・誰から聞いた!!!」

突然、爆発したように叫ぶ木場だが、一誠はそれを受け流すように言った。

「お前、今まで分かり易い態度とっておいて何を言ってるんだよ」

アーシアの時は教会に憎しみを見せ、フェニックスとの“レーティンゲーム”の時は聖剣の言葉に反応した。
それもどちらも途轍もない憎悪を宿していた。

「そこから分かるのは、教会の聖剣に何か浅からぬ因縁があるように考えたんだけどな」

「君には関係ないよ!!」

一誠の言葉に対して突き飛ばすように吐き捨てて、木場は部室から出て行った。
残された部屋には、言いようも無いほど重たい空気が流れる。
だが、一誠はため息を一つ付いて、何事も無かったかのようにソファに座った。

「イ、イッセー」

「別にあいつの事を説明しなくてもいいぜ、部長」

恐らく、木場の事を説明しようとしたリアスを一誠が止める。
そして、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、

「訳はあのバカ助から直接聞きたいからな」

その言葉を聞いて、リアスも他に事情を知っているメンバーは黙り込んでしまうのだった。

ただ、メンバーは知らなかった。
この後、木場が襲撃を受けることも、木場の因縁が静かに歩み寄っていることを。






その次の日の学校で一誠は木場の様子に驚いた。
昨日まで茫然自失だった彼が、今日はいつもと違っていたからだ。

「どうかしたかい、イッセー君?」

「・・・いや、何でもねぇよ」

普通に接する木場に一誠は何も言わずに教室へと向かい分かれた。
分かれてすぐに彼に複数の女子生徒が群がるが、彼はいつもの調子で対応する。
いつもの彼に戻ったようだった。そう表面上は。

それから木場は今日も放課後の部活を休んだ。
一誠の予感は的中した。
今日の木場の目は明らかに異常だったのだ。
まるで、仇の相手に出会ったかのような歪んだ感情を一誠は感じていた。
だが、それは同時に。

(聖剣がこの町に来たってことだよね。やれやれ、本当に厄介なことになったな)

このことを部長であるリアスの耳に入れるべきなのだろうが、今日はリアスも少し学校のようで放課後の部活は早めに切り上げとなったのだ。

「イッセーさん、どうかされたんですか?」

何も言わないでただ歩く一誠を心配したのか一緒に帰っていたアーシアが問いかけた。
それに一誠は何も無いとばかりに笑う。

(まぁ、家に帰って来たら言えばいいか)

そう考えた一誠だが、家に着いたとき、悪魔の本能が反応した。

「っ!?」

アーシアも感じたのか、一誠の腕にしがみ付く。
そして、警戒しながら、一誠とアーシアはリビングに入る。

「あら、イッセー、アーシアちゃん。お帰りなさい」

そこにはいつもの調子で出迎える母の姿があった。
だが、問題は来客にあった。
来客したのは二人の女。自分とアーシアと同い年ぐらいだが、胸に十字架をつけ、白いローブを着た見るからに教会の関係者らしい二人。
一人は人懐っこそうな栗毛の女、もう一人は目つきが鋭い緑色のメッシュを髪に入れた女。
どちらも神への感謝を説く者よりも、神に仇なすものを滅ぼすの専門に見える。

「もしかして、兵藤一誠君?」

と、そこで栗毛の女が一誠に問いかけた。
一瞬、それが誰か分からなかったが、一誠は木場が質問した写真の女の子だと気づいた。

「お前は・・・確か・・・」

「えっと、紫藤イリナよ。覚えてない?」

「いや、最近、お前の写真を見てな。コイツは可愛くなるな、と思い出してた所だった」

「そ、そう」

イリナと名乗る女は一誠を見て戸惑っていた。

「イッセー君は結構変わったわね」

「おう。男らしくワイルドになっただろ?」

「そうね。で、私はどう?ご期待通りかしら」

「おう。可愛くなったな」

普通に会話をしながら、一誠はアーシアを守るように自分の背後に隠すように立たせる。
それから一誠はもう一人の傍らに布で巻いてあるものを見る。
恐らく、アレが聖剣だろうと。



それから、イリナたちは一誠の家で何分か雑談をすると帰っていった。
たぶん、一誠とアーシアが悪魔と言う事には気づいていたかもしれないが、一般人の手前、見逃したのかもしれない。


と、その後、血相を変えたリアスが到着するまで、一誠はこれから起こるであろうことを考えた。







それから次の日だった。
またしても自体は一誠が考える以上に進んでいた。
放課後、昨日来たイリアたちが部室で話があると集合をかけられたのだ。
当然、その場にいた皆が彼女らの持つ聖剣に警戒心を露にする。
ただ木場は憎悪を彼女らに向けている。
そのことに一誠がため息が止まらなかった。

そんな空気の中で最初に口を開いたのはイリナだった。

「先日、カトリック教会本部ヴァチカン及び、プロテスタント側、正教会側に保管、管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

その言葉にリアスが息を飲んだ。
対して、一誠はイリナの言葉にエクスカリバーが複数あるような言い方をしたので、朱乃に質問した。

それによると、聖剣エクスカリバーは大戦でへし折れたそうだ。
だが、その欠片を集め、錬金術で七本のエクスカリバーになったそうだ。

「今はこのような姿さ」

そういって、メッシュの女が布を引き剥がし、中から聖剣が姿を見せた。

「私の持っているのが『破壊の聖剣』(エクスカリバー・デストラクション)。カトリックが管理している七つに分かれたエクスカリバーの一つさ」

そう言ってから、もう一度布で覆う。
恐らく、布に封印の効果がある呪術をかけているのだろう。
と、今度はイリアが自分の獲物を取り出していた。
ただ、彼女のは布の中でうねる様に動いている。

「私のエクスカリバーは自由自在に姿形を変えられるエクスカリバー、『擬態の聖剣』(エクスカリバー・ミミック)。
こっちは私達、プロテスタント側が管理していた聖剣よ。このようにエクスカリバーはそれぞれ特殊な能力を持って言うの」

そう自慢げに話すイリナだが、隣のメッシュの女が口を尖らせる。

「イリナ。・・・エクスカリバーの能力を悪魔に教えることはないじゃないか」

「あら、ゼノヴィア。これから依頼をするんだから、ある程度の信頼関係は大事でしょ。それに教えてもこの場の悪魔に私達が遅れをとるわけがないでしょ」

自信満々に語るイリナの言葉に、ゼノヴィアもそうだな、と頷く。
その言葉にリアスは不機嫌そうになるが、話しを続けることにした。

「・・・それで、如何して奪われた聖剣がこの極東の地方都市、私の領地に関係があるのかしら?」

「カトリック教会の本部に残っているのは私のを含めて二本、プロテスタントのもとにも二本。正教会にも二本。
残る一本は神、悪魔、堕天使の三つどもえ戦争の折に行方不明。そのうち、各陣営にあるエクスカリバーが一本ずつ奪われた。
奪った連中は日本に逃れ、この地に持ち運んだって話なのさ」

そうゼノヴィアの説明を受けてリアスは呆れるようにため息を付いた。

「私の領地は出来事が豊富なのね。それで、聖剣を奪ったのは?」

「奪ったのは、『神の子を見張る者』(グリゴリ)の幹部、コカビエルさ」

「っ!?」

ゼノヴィアの言葉にリアスは息を飲む。
他のメンバーも同様だ。
何せ、相手は聖書に記載されるほどの大物なのだ。

「私達の依頼、いや、注文とは私達と堕天使のエクスカリバー争奪の戦いにこの町に巣食う悪魔が一切介入してこない事。
つまり、そちらに今回の事件に関わるなと言いに来た」

要するに、悪魔は信用できないから干渉するな、と言う事を言っている様だ。

「牽制のつもりかしら、私達悪魔が堕天使を手を組んでいないかの」

「少なくとも、本部は可能性を示唆している」

激怒するのを抑えるリアスの言葉に、ゼノヴィアはしれっと答える。

「という訳で、私達の戦いに干渉するのは止めてもらおう」

ゼノヴィアの言葉にリアスは別に構わないと思った。
もとより、聖剣など興味はない。
何より、神側と協力すれば、それだけで大問題になるのだ。
そうリアスは口にしようとしたが、

「生憎、それは無理だな」

「イッセー?」

それより早く、一誠が彼女らの注文を蹴ったのだ。
それに二人は一誠を睨みつけた。

「どういうつもりだ・・・」

「別に、そっち側がこっち側に疑念を持っているように、俺もそっち側に疑念を持っているんだ」

「どういうことかしら?」

イリナも一誠を睨みつける。
その片方の手には聖剣が今にも握られそうだった。

「俺が疑念に思っているのは、今回の件は・・・・・教会が自作自演の形でウラで絵を書いたんじゃないかってな」

「何が言いたいの?」

「そうだな。例えば、こっちに不干渉を言っておき、油断をさせて部長を殺害。
その罪をコカビエルにきせ、魔王とコカビエルを争わせるとかな」

「っ!?」

一誠の発言にオカルト部のメンバーが驚く。
対して、教会の二人は更に一誠を睨みつけた。

「・・・発言には気をつけろ。それは我々の、いや、神への冒涜だぞ」

「生憎、俺は政治する教祖みたいな奴は信用しないんだ」

「私達がそんな事は聞いてないわ」

イリナの発言するが、一誠は不敵な笑みを浮かべ、

「だろうな。俺が言ったことはお前らが死ななと成立しないからな」

「何だとっ!!」

一誠の発言に今度こそ剣を抜こうとするゼノヴィア。
隣のイリナも同様だ。
それを見て、部員達も臨戦態勢を整えるが、一誠は絶えず不敵に笑い。

「俺の憶測はこうなんだが、まず教会の中に裏切り者の役を作り、コカビエルたちに聖剣の情報を流す。
それに釣られて聖剣を強奪させた後、何らかの理由で部長の縄張りに潜伏するように指示し、お前ら二人を追ってとして差し向ける。
そして、お前らがコカビエルにやられたら、そっちに残っている最後のエクスカリバーで部長を殺す。
この時点で、聖剣を多く持っているコカビエルが疑われる。更に、妹を殺され激怒した魔王様とコカビエルを戦わせてる。
最後に、消耗した両者をあわよくば、天使達と共に・・・と言う事を俺は心配してるんでな」

もちろん、そんな事が起こっている可能性は低いと一誠も思っている。
だが、あくまで自分達に有利な交渉をするためのものだ。

「・・・まるで、私達が負けて死ぬような言い方だな」

「当たり前の事だろ」

「貴様っ!!」

「イッセー!!」

「イッセーさん!!」

剣を抜き放つゼノヴィアの姿にリアスとアーシアの悲鳴が飛ぶ。
だが、一誠は全く怯えていない。
むしろ、不敵な笑みを深くして、

「だって、そうだろ。大戦で一度負けたエクスカリバーが大戦で生き残った堕天使に勝てる訳がないだろ?
しかも七分の一の力しかない聖剣が二つだけ」

「イッセー君、そんなに私達に裁かれたいの?」

イリナも一誠に剣先を向ける。
部のメンバーもいつでも動けるようにしているが、一誠が全く気にしていないので動くべきかどうか迷っているようすだ。

「思わずには訳にはいかないだろ。何せ、コカビエルに対しての暗殺者はお前ら二人だけ。これじゃ、向こうに残りの二本を渡すようなものだろ」

「・・・ただではやられないさ」

死ぬ覚悟などとっくに出来ているという眼差しのゼノヴィアとイリア。
だが、一誠に言わせれば、もっと可能性が少ないと言わずにはいられない。

「簡単に捨てられるほど軽い命二つで倒せる相手かよ」

「「・・・・・・」」

悪魔の教えで、命の価値は対等ではない。
ならば、この二人の命で倒せるほどの敵ではないことぐらい一誠にも分かっていた。

「それに、堕天使なら、一緒にはぐれエクソシストもいるんだろ。この前、単独行動して部長の領地で悪さしようとした堕天使が依頼人の一人を殺したんでな。
もしも、今回も同じことが起こるかもしれない状況下で一切干渉しないのは無理だな」

「・・・つまり、どうしたいのだ?」

ゼノヴィアの問いに一誠は迷うことなく言った。

「最低でも向かってくる火の粉を払う許可ぐらいは欲しいな」

「ふんっ。好きにしろ!!」

「えっ!?ゼノヴィア!!」

拗ねたように踵を返すゼノヴィアにイリアは声を上げる。

「ここで言い争っていても、時間の無駄だ」

「だけど・・・・」

「それにお前が言ったではないか。ここにいる悪魔たちは私達の脅威にならないと」

「そうね」

不機嫌そうに扉を出ようとするゼノヴィアの後にイリナが付いて行く。
と、そこでゼノヴィアがある人物に気づいた。

「兵藤一誠の家で出会った時、もしやと思ったが、『魔女』アーシア・アルジェントか?まさかこの地で会おうとは」

そう言って、アーシアを見るゼノヴィア。それに気づいてイリナもアーシアを睨んだ。
二人の眼差しにアーシアの方が跳ね上がる。

「あなたが一時期内部で噂になっていた『魔女』になった元『聖女』さん?悪魔や堕天使をも癒す能力を持っていたらしいわね?
追放され、どこかに流れたと聞いていたけれど、悪魔になっているとは思わなかったわ」

「あ、あの・・・私は・・・」

鋭く睨まれて怯えた様子のアーシア。
それを見て一誠は目を細めた。

「だいじょうぶよ。ここで見たことは上には伝えないから安心して。『聖女』アーシアの周囲にいた方々にいまのあなたの状況を離したらショックを受けるでしょうからね」

「・・・・・・・・」

イリナの言葉に複雑な表情となるアーシア。

「しかし、悪魔か。『聖女』と呼ばれていた者。堕ちるところまで堕ちたものだな。まだ我らの神を信じているか?」

「ゼノヴィア。悪魔になった彼女が主を信仰しているはずないでしょう?」

呆れたように言うイリナにゼノヴィアは言う。
その物言いに、一誠はさらに鋭い視線を向けるが、それに気づくのはオカルト部の部員だけだ。

「いや、その子からは信仰の匂い・・・香りがする。抽象的な言い方かもしれないが、私はそういうのに敏感でね。背信行為をする輩でも、罪の意識を感じながら、信仰心を忘れない者がいる。
それと同じものがその子から伝わってくるんだよ」

「そうなの?アーシアさんは悪魔になったその身でも主を信じているのかしら?」

興味深そうにイリナの問いかけに悲しそうになるアーシア。
当然だ。今まで信じてきたものを簡単に捨てられるような少女ではない。
だから、アーシアはそのまま言葉にした。

「・・・捨てきれないだけです。ずっと、信じてきたのですから・・・」

それを聞いたゼノヴィアは布に包んでいたエクスカリバーをアーシアに突き立てた。
いきなりの事に部員が驚愕する。

「そうか。それならば、いますぐ私たちに斬られるといい。いまなら神の名の下に断罪しよう。
罪深くとも、我らの神ならば救いの手を差し伸べてくださ・・・・・・」

ゼノヴィアの言葉が途中で遮られた。
同時にアーシアに向けられていたエクスカリバーが宙に舞った。

「くっ、何のつもりだ・・・」

エクスカリバーを握っていた手を押さえるゼノヴィア。
彼女は自分の腕に蹴りを入れた一誠を睨んだ。

「どういうつもり!!これがどういう意味か分かってるの!!」

「イッセー!!」

イリナの言葉をリアスも理解した。
だが、一誠にはそんなこと関係なかった。

「生憎、俺はアーシアと約束したんでな。コイツを怖がらせる奴は、例え、それが神だろうと退けてやるってな」

圧倒的なプレッシャーをイリナとゼノヴィアに与える。
それにより二人は動けなくなった。

「それに、アーシアを神様が救うって言うが、残念なことにコイツの助けられる手は俺が握っているんだ。
神はお呼びじゃないんだよ」

「貴様!!」

一誠の発言に完全にゼノヴィアは激怒した。
すぐに手から離れたエクスカリバーを手に取ろうとするが、その前に幾つもの魔剣が突き刺さった。

「いいね、イッセー君」

「木場?」

「僕も手伝うよ」

今まで黙っていた木場が憎悪を宿らせた魔剣を携えていた。








あとがき
何とか書き上げることが出来ました。
少し一誠が教会を悪く考えすぎると思われますが、そこはアレイザードの古狸を見たからだと思ってくれると助かります。
後、はぐれ勇者の鬼畜美学10巻で暁月が小さくなる話があったので、これは使えると思いました。
そこで問題なのは、暁月の時はリスティが説明役になりましたが、一誠の場合も説明役としてアレイザードから誰か連れて帰るべきか考えてます。

これからもよろしくお願いします。







[32327] 第三章四話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/11/14 21:11
教会からの使者、イリナとゼノヴィアとの部室での口論の後、一誠は球技大会の練習をした場所へ来ていた。

「さぁ、始めようか・・・」

「覚悟は良いかしら?」

白いローブを脱ぎ払い、黒い戦闘服でそれぞれの聖剣エクスかリバーを構える二人。
やる気満々なことに加えて、二人の姿はやはり暗殺者に見えたならない。
同時に、暗殺者には物凄く人選ミスな気がする。

(まぁ、やる気があるのは“あれ”も同じだな)

一誠はため息を付きながら、隣の木場を見る。
そこには憎悪を隠すことなく、復讐に燃える騎士の姿があった。

「さぁ、始めようか、イッセー君」

相手を、正確にはエクスかリバーを倒すことしか見えていない木場。
その姿に一誠は不快感を感じずにはいられなかった。

(まるで、あの人みたいじゃないか・・・)

その感情を心の中に押さえ込みながら一誠は横目にリアスを見る。
彼女の視線は、自分と木場に大事がないか心配している。
部室でのいざこざに木場が乱入して、そのまま一触即発の空気にリアスは教会と争うことを回避しようとした。
だが、ゼノヴィアのこちら側の戦力を把握したいとのことで模擬戦が行われることとなったのだ。
その所為でまたややこしい事になった。
木場は好都合とばかりに主であるリアスの許可も取らないまま同意し、それに一誠も巻き込まれた。

(まぁ、大事になることはないだろうが・・・)

一誠はもう一度、木場を見る。
そして、今の彼の状態を観察し、結論を出した。
今の彼では格下の相手にも苦戦するかもしれないほど、冷静さを失っていることに。

(別にこのままやらせても良いけど。これ以上、こいつが面倒を起こすのは勘弁だな)

そう思って一誠は木場を説得することにするために、彼の肩を掴んだ。

「なぁ、木場」

「何だい、イッセー君?」

「今回は俺だけで相手する」

―――ザワァ・・・

その一言を言った瞬間、木場が物凄い形相で一誠のことを睨んだ。

「・・・何を言ってるんだい、これは僕の戦い、だ・・よ?」

しかし、言葉が紡がれるにつれて木場の体はふら付いていき、最終的に地面に尻餅をついてしまった。

「悪いな、お前の氣を操らせてもらった」

「お、お前・・・」

邪魔をするな、とばかりに木場に睨まれる一誠。
だが、一誠は正直に言っても聞かないだろうから、強硬手段に走ったのだ。
だから、自分は悪くはないだろう、と思いながら、木場に諭すように行った。

「残念だが、これはお前の戦いじゃない。俺たちの戦いだ。部長を馬鹿にした教会の馬鹿二人を見返せるかどうか。
売られた喧嘩とはいえ、教会の聖剣をこっちが壊すのは不味い」

「そんなの僕には関係な・・・」

「黙れよ」

「っ!?」

再び、一誠から放たれた強烈なプレッシャーに木場は何もいえなくなる。
そんな彼に一誠は耳元まで顔を近づけて、

「大人しく待っていろ。そうしたら、聖剣を壊す大義名分を取ってきてやる」

「えっ!?」

その言葉を聞き、木場の狂気がほんの少し収まるのを確認してから、一誠は二人に対峙する。





一誠が木場を説得している間、二人は待ちきれないといった表情で一誠と見ていた。

「準備は良いか?」

「ああ、構わないぜ。ただ、木場のやつはちょっと貧血を起こしたらしくて、お前らは俺一人で相手するがな」

「なにっ?」

一誠の言葉にゼノヴィアの視線が鋭くなる。
まぁ、聖剣を持つ自分たちを舐めている、と取られなくもない行動だから仕方ないかもしれないが。

「別にお前らからしたら、構わないだろ。自分たちをバカにした俺を痛めつけられるんだから」

「そうだな・・・」

部室での一誠の言葉が気に入らないゼノヴィアも、イリナも、一誠を倒せるなら構わないらしい。
一誠もそんな彼女らの心情を理解しているのか、これ以上は何も言わないで、少し離れた所にいる部長たちを見る。

「副部長!!結界の方は大丈夫かい?」

「はい。大丈夫ですよ」

周囲への配慮といて、朱乃が結界を張ったことを確認した一誠。
これで多少は自分が暴れても大丈夫だろうと、身体に氣を巡らせる。
と、そこで、

「イッセー!手合わせとはいえ、聖剣には気をつけるのよ!!」

「イッセーさん!!怪我だけはしないでくださいね!!」

「おう。大丈夫だ!!」

心配そうに自分に声を掛けるリアスとアーシアの二人に一誠は自信満々の笑みを浮かべる。

「先輩なら大丈夫だと思いますが、骨は拾います」

「・・・万が一、聖剣で死んだら骨も残らないと思うが。まぁ、よろしく頼む。
・・・・ん?」

少し毒気の入った小猫らしい声援に苦笑する一誠。
と、そのとき、彼の頭上からゼノヴィアが聖剣を振り下ろしていた。

「余所見をするべきではなかったな」

感情のあまり入ってない言葉と共に一誠のいた場所に自らのエクスかリバーを振り下ろすと同時に、大地震を思わせる振動が当たり一帯に響いた。
それと共に爆発でも起こったのではと思うほどの土煙が広範囲に舞い上がった。

「これが私の『破壊の聖剣』の力。この剣の前で破壊できぬものは存在しない」

「・・・まがい物で、使い手が完全に使いこなせてないのにこれか」

「むっ、何だ無傷だったか」

「避け易かったからな」

土煙から傷ひとつない状態で出てきた一誠の姿にゼノヴィアは少し眉を寄せる。
だが、すぐにまた一誠に剣を振るった。

「なるほどな。だが、今度はどうかな!!」

「破壊力に自信があるらしいが、当たらなければ意味がないな」

どうやらこちらを完全に舐めきっているゼノヴィアは大雑把な大振りをもう一度一誠に向ける。
そんなものは簡単に避けられる、と思った一誠だが、ほんの少しだけ驚いた顔で体を捻った。

「はぁあああああああああ!!」

「おっと!!」

ゼノヴィアの大振りの後にイリナが一誠に向って、刀の形状となった『擬態の聖剣』を突き出してきた。
それは難なく避ける一誠だが、なるほど、と納得した。
ゼノヴィアがパワーで相手を圧倒し、イリナがパワーに集中している彼女のカバーをする。
パワー系のエクスかリバーと、形状を変えて臨機応変に対応できるエクスかリバー、組み合わせとしてはいいかもしれない。
もっとも、

(格上をどうこう出来るレベルじゃないな)

「うぉおおおおおおお!!」

「足元がお留守だぞ」

突っ込んできたゼノヴィアの足を払い、その隙に体勢が崩れた彼女の首根っこを持って、

「向こうに行ってな!!」

「ぬぁ!!」

少し離れたところに彼女を放り投げる。
それもまるで軽いものを投げるかのように簡単に。
まぁ、すぐに復活するだろうが、別に構わないと一誠はイリナと対峙する。

「ねぇ、兵頭一誠君」

「なんだ?」

刀を構えたまま突然話しかけてきた彼女に一誠はとりあえず返事をする。

「日本に戻って再開した懐かしい男の子は悪魔になっていた・・・とてもショックだったわ」

本当に残念そうにするイリナ。
その姿に一誠はどこか見覚えを感じながら、とりあえず続きの言葉を聞く事にした。

「可哀想な兵頭一誠君。いえ、昔のよしみでイッセー君と呼ばせえもらうわね。それにしても、なんて運命のイタズラなのかした!!
聖剣の適正があって、漸く主のお役に立てる代行者になったのに、故郷の地で再開したお友達は悪魔になっていた!!ああ、これも主の試練なのよ!!
時間の流れは残酷だけど、これを乗り越えることで、私はまた一歩真の信仰に近づける!!さぁ、イッセー君、私のエクスかリバーで貴方を裁いてあげる!!」

「・・・・・なんつーか、一応模擬戦だよな」

涙を流しながら、独白するイリナに何とも言えない表情となる一誠。
しかも、こちらの言葉は全く耳に入っていないらしい。

「なぁ、いきなり独白したコイツを攻撃したら、俺は卑怯者になるよな」

『さぁな』

『赤龍帝の篭手』を発動し、その魂、ドライグに問いかける。
正直言って、一誠はこういうタイプはあまり隙ではない。
何でもかんでも、誰かのためにやるみたいな奴は、自分に不利なことを捻じ曲げて自分勝手な解釈をする奴が多いからだ。

「・・・『神滅具』」

いつの間にか立ち上がったゼノヴィアが驚いたように声を漏らす。
それを見てイリアは更に自分の世界に入り込んでいた。

「何てことなの、イッセー君!!神を滅ぼす神器を持っているなんて、あなたは何処まで罪深いの!!」

「・・・なんか、このまま付き合うのに疲れてきた」

『ご苦労なことだな、相棒』

ため息を付きたくなる相手にドライグの言葉は更に追い討ちを掛けるものでしかない。
と、背後を取っていたゼノヴィアと自分の世界からいつの間にか戻ったイリナが一誠に向って、各々のエクスカリだバーを上段から振り下ろしていた。

「ならば、安らかに眠るといい!!異端とも言える神器を持つ悪魔は危険なのでな!!」

「イッセー君、今、私が貴方を 裁いてあげるわ!!」

二人同時に振り下ろされる聖剣。
だが、一誠はその場から全く動かない。

「イッセー!?」

「イッセーさん!!」

すでに回避は不可能だと思われた距離にエクスかリバーが接近していることにリアスとアーシアが悲鳴を上げる。
朱乃、小猫、それに木場も危ないと、駆け出そうとする。
だが、

「お前らさ・・・・」

たった一言。
一誠が紡いだ言葉が当たりに重圧を与えた。

「戦いを舐めるのもいい加減にしろよ」

―――ガギィン!!と金属がぶつかり合う甲高い音が響く。

「なっ!?」

「そんな・・・」

驚愕と呆然とゼノヴィアとイリナは目の前の光景を見る。
その目に映っているのはいつの間にか赤黒い大剣を片手で持った一誠が、自分たちの刃を同時に止めているのだ。

「バカな・・・私の『破壊の聖剣』を受け止めただと!!」

「この剣は聖剣を上回る力があるって言うの!!」

「まぁ、こいつはお前らの剣と生まれた世界が違うからな、いろんな意味で」

驚愕する二人に一誠は不敵な笑みで教えてやる。
だが、すぐに目を細めた。

「それより、お前らさ。まさか、自分には神様が付いているのだ、どんな敵でも神が付いている自分たちの前では一溜まりもないとか、そう思ってないか?」

二人の剣を体ごと弾き飛ばして一誠。

「そんでもって、例え仲間が死んでも、それは神の祈りが足りなかったから死んだとでも思っているのか?いや、全部ではないが多少は思ってるだろ」

「その通りだ」

一誠の言葉にゼノヴィアが肯定する。

「戦いでは、自らの鍛錬も大事だ。だが、その鍛錬が神に認められたからこそ、神はより多くの加護を我々にお送りくださるのだ。
そこのアーシア・アルジェントももっと信仰をしていれば、神が下さる愛を受け取れただろう。そうすれば、“聖女”で居られただろうに」

「まるで、神が高級品みたいな言い方だな」

狂信家ここに極まり、とも言えなくない。
だが、そんな皮肉すらも彼女たちにとっては褒め言葉なのだろう。

「心にくる言葉だな。こう・・・グッとくるんじゃなくて、プチィッと来る」

まぁ、別にこいつらに言っても仕方ないか、と一誠は大剣を二人に向ける。

「まぁ、大体はお前らの実力は分かった。もう十分だな」

「なに?」

一誠の言葉に首を傾げたゼノヴィア。
だが、次の瞬間、一誠の姿が消えていた。
そのことに二人が驚くよりも早く、一誠は背後に回る。

―――トォン・・・

そして、一誠は二人の腰の辺りを軽く押した。

「「へっ!?」」

押した力はたいした物ではなく、ほんの数歩前に進む程度だった。
だが、それだけのことで二人の身体に異変が起こった。

「な、何だ!!?」

「ど、どうなってるの!!?」

突然、身体に小刻みに震えだした二人にオカルト部のメンバーを不思議に感じている。
ただハッキリしていることは・・・

(((((イッセーが変なツボを押した所為だ・・・・・・)))))

だが、一体何が起こっているのだろうか、気になるような気にならないような。

「き、貴様、一体何をした・・・」

「何って、アーシアを馬鹿にしてくれた仕返しさ」

下腹部に耐え難い疼きを感じるゼノヴィアが一誠を睨む。
しかし、一誠は飄々とした態度で平然と返す。

「イ、イッセー君・・・これって・・・」

「多分、お前の考えている通りだ」

イリナの問いに答えると、二人は面白いように青ざめる。

「まぁ、俺がやった事だから、俺が臍を押したら押さえられるけどな」

「じゃ、じゃあ、元に戻してよ!!」

「そ、そうだ!!」

そろそろ頃合か、と一誠。
二人が限界であることは誰が見ても明らかだった。

「さて、なら取引をしようじゃないか。お前らがアーシアのことを“魔女”と言ったことを謝るなら治してやる」

「え?」

一誠の言葉を聞いて、アーシアは声を上げて驚いた。
まさか、一誠がそのことを気にしていたとは思わなかったからだ。
だが、二人にとっては、さほど難しくないように感じることだが、二人にとっては違った。

「そ、そんな・・・」

「わ、私たちは何も間違ったことは言っていないぞ!!」

そう言って、ゼノヴィアはトイレへと走ろうとする。
だが、一歩踏み出すことすら二人には困難な状態だった。
ゼノヴィアはそのこと悟られまいと気丈に口を開いた。

「・・・お前にやる気がないのなら、手合わせはここまでだ」

そ~と、足を動かすゼノヴィア。
イリナもそれに習って足を動かす。
その姿はとても滑稽なのだが、ゼノヴィアは気丈なまま言葉を紡ぐ。

「・・・部室で言ったように、コカビエルの事は好きにするが良い。
だが、こちらの邪魔をするならば、容赦はしないぞ・・・」

「やれやれ、別に関わりたいとも思わないけどね」

そう言って、健気なゼノヴィアとイリナの姿に首を振りながら一誠は二人に歩み寄った。
それを見て、二人は顔を引きつらせて慌て出した。

「ちょ、ちょっと来ないでよ!!」

「これ以上、何をするつもりだ!!」

そんな二人の態度に一誠はわざとらしくやれやれと首を振る。

「おいおい、苦しそうだから楽にしてやろうと思ったんだぞ」

「「へっ!?」」

そういって、徐にそれぞれの方へ手を伸ばす一誠。
二人はそれぞれ一誠の手に自分の臍を向けようとする。
しかし、

「あ!でも、臍を触れば直るのは嘘だから」

「「あ、悪魔~~~!!」」

そうして、二人は一誠の手で楽にされると、一目散に走り去ってしまうのだった。

『・・・・・・・・・・・・』

後に残った部員たちは一誠の行動に呆れ果て、起こる気も起こらないのだった。

「ところで、部長」

「・・・何かしら?」

怒っているような、呆れているような、そんな態度をとるリアス。
しかし、一誠は特に気にするでもなく言った。

「会長さん所の眷属も一緒に今回のことを話し合った方が良いと思うんだ」









「で、確かに非常事態ですが、何故私たちが呼ばれたのですか?」

あの後、一誠はリアスに頼んでソーナ会長を部室に呼び寄せたのだ。
今、部室にいるのはいつものオカルト部のメンバーとソーナの生徒会メンバー全員だ。

「堕天使の幹部、コカビエルがこの町に侵入、それに教会の聖剣エクスかリバーを強奪した。
その争奪戦がこの町で行われるのは確かに危険かもしれませんが、私たちが干渉することはないはずです」

「そうだぞ、兵藤!!唯でさえ、俺たちは忙しいんだぞ」

ソーナの言葉の後に匙が噛み付く。
しかし、一誠はそれを気にせず、話を続ける。

「まぁ、そうだな。だけどよ、部長に会長。不干渉と知らんフリは違うと思うぜ」

「どういうことかしら?」

「そうよ、イッセー。ちゃんと説明しなさい」

「その前に、確認なんだが、ソーナ会長のお姉さんも魔王なんだよな」

「・・・・そうよ。それが何かしら?」

一誠の質問に一気に不機嫌になるソーナ。
朱乃から聞いたのだが、仲違いはしていないそうだが。
まぁ、それは良いとして、一誠は話を続けた。

「なら、なおのこと、コカビエルの行動がわかない。何で態々、この町に逃げ込む必要があったんだ?」

「そんなの堕天使の勝手だろ」

一誠の言葉に匙は考えもなく答える。
だが、その言葉に一誠は呆れた。

「そんな訳ないだろ」

「何でそんなことが言えるんだよ」

「教会から聖剣を奪うことは一気に戦争に発展しかねない大それたことだ。それはわかるよな」

「ええ」「当然です」

リアスとソーナは当たり前のように答える。

「なら、その計画がずさんなはずが無いだろ」

「確かにそうですわね」

「・・・行き当たりばったりならば、むしろ聖剣を持ったら、何らかの目的を果たそうとするはずです」

朱乃と子猫が一誠の言葉を肯定する。

「必ず理由があるはずだ。この町でないといけない理由が。それも俺たち悪魔を巻き込むほどの何かをするつもりならな。
それが堕天使の総意なのかわからないが、とにかく情報を集めたほうが良いと思うんだよ」

「私とソーナが狙われる可能性も示唆してるのかしら?」

「まぁ、それもある」

「ソーナ会長が狙われるってどう言う事だよ!!」

ソーナが狙われていることに慌てる匙。
その理由を朱乃が話した。

「なるほど、確かに可能性は低いですが、全く無いとは言えませんね」

メガネをクイッと指で上げながら納得するソーナ。

「そこで、部長と会長には魔王様あたりからコカビエルと堕天使たちの動向を聞いてほしいんだ」

「なるほどね。で、イッセーは何をするのかしら?」

「ん?」

表情だけニコリと笑いながら迫力を持って一誠の胸倉を掴むリアス。

「おいおい、別に少し無茶をするだけだよ」

「へ~、どういう無茶かしら?」

「おう。イリナたちを探しながら、コカビエルの動向を探る」

「十分無茶じゃない!!」

ゴォン!!と魔力を纏った拳が一誠の顎を捉える。
それを見て、ソーナをため息をついた。

「というより、いきなり不干渉を破ってますね」

「いやいや、むこうにはこちらの脅威をなりえるものに対しての行動の許可はとってるからな。
町に聖剣が入り込んだら行動はとるだろ」

「・・・確か、聖剣に関わろうと思わないって言ってませんでしたか、先輩」

子猫の質問に一誠は不敵に笑い。

「ああ、思わないだけな」

『はぁ・・・』

その一言にメンバーからため息が漏れる。

「まぁ、とりあえず、許可を頼めるか、部長?」

「・・・・・」

一誠をこのまま行かせるのか、迷うリアス。
心配していることを理解している一誠。

「心配しなくても、一人では行かないさ。なぁ、木場」

「え?」

一誠に話を振られて驚く木場。
そんな彼に一誠は不敵に笑いながら、

「もしも、コカビエルのお抱えのエクスかリバー持ちのはぐれエクソシストと運悪く遭遇。そのまま戦闘となり、
降りかかる火の粉を払うために、エクスかリバーを破壊してしまっても不可抗力だよな」

「・・・なるほどね」

一誠の言葉を聞いて、木場は満面の笑みを浮かべた。

「祐斗、あなたまで・・・」

「・・・部長」

リアスは一誠に呼ばれて見る。
その目が語っていた。

(このままコイツを行かせなければ、無茶をやるかもしれない。なら、許可して、自分が付いて行く)

確かに祐斗の境遇と性格を考えれば、突っ走るかもしれない。
ならば、一誠がついて行けば、多少は安心かもしれない。
そう考えたリアスはため息を付いて頷くしかなかった。

「わかったわ。ただし、小猫も連れて行きなさい。良いわね、小猫も」

「・・・はい」

それでも一誠だけだと無茶をさせるかもしれないから、リアスはストッパーとして小猫を同行させる。
小猫もリアスの意図に気づいたのか、素直に頷いた。
一誠も、仕方ないと思ったのか肯定し、木場も頷いた。

「なら、捜索のメンバーは俺と木場と小猫か」

「そうね。私と朱乃、それにアーシアはお兄様たちから情報を集めるわ」

「はい」

「了解です、部長。ですが、一誠君たちは手がかりがあるのですか?」

アーシアの返事の後に、朱乃が疑問を口にする。
弱いところだ。

「まぁ、地道にパトロールするしかないな」

「フリード・セルゼン」

「どうしたの、祐斗?」

「イカレ神父がどうかしたのか?」

「コカビエルが連れているはぐれエクソシストの可能性があるんだ」

「どういうこと?」

今度は木場のことでリアスは凄む。
そして、話を聞いた時、リアスは木場のお仕置きとして、お尻叩きをされるのだった。

「それで、球技大会の後、聖剣を持ったはぐれエクソシストにあったのね」

「・・・はい」

尻の痛みに悶える木場。
まぁ、それは触らずに話を進める。

「まぁ、あのバカなら手がかりはあるな。焔」

「ワァン!!」

一誠に呼ばれ、使い魔の焔が現れる。
その姿を見て匙の表情が強張るが、それも無視する。

「焔に探してもらうんですか?」

「ああ。そうだ」

アーシアの言葉に一誠は肯定する。焔は狼だが、警察犬以上に鼻が利く。

「あのバカ神父は人の血を沢山浴びているはずだ。なら、お前なら強い血の臭いで追えるだろ」

「ワァン!!」

「じゃあ、そういう風にして明日から行動を開始しましょう€」

「少し待ってくれるかしら」

と、その時ソーナが一誠達を呼び止めた。









それから次の日の放課後、彼らはファミレスに来ていた。

「で、俺達は捜索隊になった訳だが、わかっていると思うが危険な任務だ。命の惜しい奴は会長に頼んでくれ」

「おい、それ俺だけに言ってるよな」

一誠は木場と小猫の他についてきた匙を見る。

「いや、そんな事は無いぞ。ただお前に重点的に注意してるだけだ」

「舐めるなよ、兵藤。俺も会長の『兵士』なんだ。会長のためなら命を懸けてやる」

「そうかそうか、勇ましいな。足の震えを隠せたらもっといいのだが」

「・・・うるせぇ」

部室から出て行動を開始する前に、一誠のパーティに匙を加えてくれとソーナが頼んだのだ。
何でも、匙に経験を積ませたいらしい。

「期待されてるみたいだな」

「何でだよ・・・」

「それは、お前。この任務は一歩間違えば、七割以上の確立で死ぬかもしれないんだぞ。期待していないとそんな所に放り込まないぞ」

「そ、そうかな?」

「だから、小猫。もしも危険になったら、こいつを盾にしろよ」

「・・・・はい」

「おい!!」

そうやって、和気藹々とファミレスで食事をする一誠達。
だが、流石にサボっているような気がしてならない。

「仕方ないだろ。焔が臭いを見つけるまで待っているんだから」

そう言って、一誠はファミレスの外を見る。
そこには店の前でちょこんと座って鼻を動かす焔の姿。
もしも血を全身に浴びたような臭いを感じたらすぐに知らせてくれる。
それまでは待っているしかない。

「・・・イッセー君」

「ん?」

それまでコーヒーを飲んで黙り込んでいた木場が口を開く。

「僕のためにここまでやってくれたのかい?」

「まぁ、遠からず近からず、お前のためでもあるし、俺自身のためでもあり、部長に、副部長、子猫、アーシア。
みんなのためだな」

「そうか・・・」

一誠の言葉に木場はほんの少し口元を緩ませた。
あのまま一誠が提案しなければ、恐らく木場は“はぐれ”になってでもエクスカリバーを追ったかも知れない。
だが、そうなったら、部長たち皆に迷惑をかけたかもしれない。
だから、木場は一誠に感謝しなければならない。
そして、認めなければ、ならないだろう。
彼のことを仲間として。

「なぁ、一つ聞きたいんだけど、さっきまでの話だと木場とエクスカリバーが繋がっているみたいだけど」

「そうだね。説明したほうがいいかな」

『聖剣計画』。それはカトリック教会が極秘裏に計画した聖剣に対応できる者を作り上げようとした計画。
そのために被験者として、木場のように剣に関係した才能と神器を持った少年少女が集められ、非人道的な実験に参加を強要された。
自由を奪い、人権を奪い、物の様に実験を何度も繰り返す教会。
それでも木場たちは信じていた。
神に愛されていると言う事を。
だが、木場はそれが幻想だったことを思い知らされる事件が起こった。

「教会は僕達を失敗作として処分したんだ。同氏たち皆、生きながら毒ガスを浴びせて殺したんだ」

「正義と神は代名詞にした大義名分のもと、よくあることだが、これじゃあどっちが悪魔かわからないな・・・」

木場の独白を聞き不機嫌に眉を細める一誠。
小猫も顔を俯いている。
そして、匙も・・・

「うぅぅぅぅ・・・・」

大粒の涙を流して号泣する。
それを袖でゴシゴシと擦り拭うと、急に大声で宣言した。

「うぉおおおおおお!!やる気が出たぜ!!俺も全力で協力させてもらうぞ!!!!」

「う、うん。ありがとう」

急にテンションを上げる匙に少し引く木場だが、感謝はしているらしい。

「そうだ!!良い機会だから、俺の事も少し聞いてくれ。これから一緒に戦うんだからな」

そう言って、匙は息を吐き、宣言しようとする。

「俺の目標は―――・・・・」

「ソ~ナ会長を孕ませて、よろしくやりた~い!!」

匙の言葉に被せるように一誠が見せに聞こえるように大声で言った。

「うぉおい!!兵藤!!何てことを言ってくれてやがるんだ、てめぇ!!」

語気を荒げ、語尾が変になりながら反論する匙。

「あれ、違うのか?」

「・・・違わないことは無い。俺はソーナ会長とデキ婚がしたいんだ」

「そうか。それはハードルが高いことを・・・モテないお前じゃあ、会長の氷の刃みたいな視線で一刀両断されかねないのに」

「うぅぅぅ・・・やっぱりそうなのか・・・」

「まぁ、そんな匙君に俺からプレゼントだ」

そう言って、一誠はポケットから紙を手渡した。

「何だよ、これ?」

「女を落とす十の秘技」

「・・・・・・・・・」

一誠の言葉に匙は沈黙する。
だが、すぐに机に頭をぶつけるほどの勢いで下げ、

「師匠と呼ばせてください!!」







そんなことがあった後、一誠達は焔が臭いをまだ発見できないので場所を移動することとなった。

「どうだ、焔。見つかりそうか?」

「クゥ~ン」

一誠の問いに対して、焔は横に振って否定する。
だが、一誠はその事を責めないで、焔の頭を撫でた。

「やっぱり、上手く隠れているんだね」

悔しそうに木場。
その後に匙が宥めるように口を開く。

「まぁ、まだ一日目だからな」

「・・・・でも、これだけ完璧に隠れると言うことは、何か準備をしているということじゃ」

「確かに・・・・っ!?」

小猫の言葉に頷こうとする一誠だったが、途中でその動きが止まり前方を見る。

「グゥゥゥ・・・」

焔も前方に現れた人物に警戒心を露にした。
それに木場たちも何事かと前方にいる人物を見た。
そこにいたのは短い栗色の髪、ブラウンの瞳をした幼い顔の男。
だが、男を見た瞬間、木場たち三人は息が苦しくなるほどのプレシャーに襲われた。

「すみません、あなたは兵藤一誠さんですか?」

「ああ。そうだが、お前は?」

友好的な笑みを浮かべながら男は名乗った。

「初めまして、僕はフィル・バーネット。ディスディアの勇者です」

ここで、一誠もゆっくりと他の世界の動乱に巻き込まれるのだった。







あとがき
皆様のお待ちかね(笑)の勇者さまの登場です。
何故、人間界に来れたのか、何故一誠のことを知っているか、その目的などは次回から書かせてもらいます。
ゼノヴィアとイリナのお仕置きを望む方がいたのですが、一応、こんな形になりました。
これからも頑張るのでよろしくお願いします。

こちらが復活したので、遅くなりましたが更新します。
よろしくお願いします。



[32327] 第三章五話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/11/25 15:18
ディスティア。
その言葉で一誠が最初に思い浮かぶもの、それはやはり自分が転移させられた世界。
アレイザード内にある国の一つ、機械軍国ディスティアが思い浮かぶ。
そして、その国から来たという目の前の勇者。

何処から見ても厄介ごとしかないだろう。

そう結論付けながら一誠は目の前の自称勇者を見据えた。

「それで、ディスティアの奴が何で“この世界”にいるんだ」

「そうですね。まず説明しますね」

友好的な笑みを浮かべながら語りだす。
フィル・バーネットと名乗った青年を周りのメンバーも警戒し、怪訝な顔で一誠を見ていた。

(お前ら、少し後ろに下がってろ)

フィルの言葉を聞きながら、一誠は木場たちに指示を飛ばす。
幸いなことに全員が一誠の指示に従ってくれた。
いや、もしかしたら本能的に察したのかもしれない。

目の前の相手が自分が相手をすることは出来ないと。
だからこそ一誠は出来る限り、目の前の人物を自分に意識を向けさせようとする。

「つまり、お前はディスティアの任務で自分の世界に戻ろうとしたが、間違ってこの世界に来てしまった。
そういうことか?」

「はい。そうですよ」

「ちなみに、任務って何だ?」

平然と会話を続ける一誠。
対して、フィルも何処まで本気か分からないが、一誠に協力を得る為に答える。

「魔王ガリウスの娘」

「っ!?」

やっぱりな、と一誠。
やはり、暁月に向けて追ってを差し向けたらしい。
もっとも同時に、一誠がこっちに戻ってから、向こうとの時間軸にズレがあると思っていたが、その通りらしい。

「その魔王の娘を“はぐれ勇者”が自分の世界に亡命させたそうなんです」

「へ~、アニキがねぇ」

「君は“はぐれ勇者”と共に“転移の門”を通ったそうですが、そんな素振りは見せなかったのかい?」

「さぁ、アニキは俺以上に無茶苦茶な男だから、魔王の娘を連れて行ったと聞いても別に驚かないな」

「なるほど、流石は“はぐれ勇者”ですね」

バカにしたかのような態度で口を開くフィル。

「まさか、仲間に何も言わずに連れて行くとは、まるで裏切りのようですね。そうは思わないかい?」

「さてね」

感情を表に出さずに受け答えをする一誠。
正直、我慢も限界に近いのだが、

「俺も一つ聞いても良いか」

「何だい?」

「アレイザードからアニキを追って自分の世界に戻って調査する任務だそうだが、帰り方は知っているんだよな」

「もちろん。君とは別の帰り方かもしれないけどね」

「じゃあ、如何して使わない?」

「ん?」

初めて一誠の質問にほんの僅かに表情が動いたフィル。
そこを一誠は見逃さない。

「別に帰り方を知っているなら、俺に頼る必要は無いだろ?」

「ああ。それは・・・」

「それから」

と、一誠がフィルの発言を封じる。

「何で、お前は悪魔になってるんだ?」

「・・・・・・」

一誠の言葉にフィルは黙り込んでしまう。
だが、次の瞬間、彼の姿が忽然と消えた。

「「「っ!?」」」

―――ガギィン!!

二人の様子を見守っていた、木場、小猫、匙が突然消えたフィルに驚いたと同時に甲高い音が辺りに響いた。
音がした方を見ると、そこには刀身が青白く光る細い両刃の西洋剣を振るフィルと、それを『赤龍帝の篭手』で受け止める一誠の姿があった。

「やりますね。流石、“はぐれ勇者”と同じ技を持っているだけの事はあります」

「さっきから“はぐれ勇者”“はぐれ勇者”五月蝿いんだよ。似非勇者」

「似非とは酷いですね。僕はれっきとしたディスティアの勇者ですよ」

「生憎、俺が知っている勇者は二人だけなんだよっ!!」

西洋剣、恐らく魔剣の軌道を逸らせてフィルの腹部に蹴りを入れようとする一誠。
だが、その一歩前でフィルは後ろに引いていた。

「イッセー君!!」

「兵藤!!」

「先輩、手を貸します!!」

突然、戦闘を開始したことに驚いていた三人だったが、状況は分からないが目の前の奴が敵だと言う事を理解した。
そして、木場は魔剣を、小猫は素手でファイティングポーズを取り、匙はトカゲの頭のような篭手が装備されていた。
それぞれ一誠を手助けしようとする気があった。
しかし、

「来るなっ!!コイツは俺の戦いだ!!!」

「っ!?だけど!!」

「今のお前らじゃ、邪魔になる!!!」

「「「っ!?」」」

木場の言葉を否定するように断言した一誠。
普段の彼なら取らないだろう行動に木場と小猫は彼が余裕が無いことを理解した。

―――ガンッ、ガギィン!!」

そのとき、再び両者がぶつかり合った。
それも音を聞く限り二度。
だが、木場には一誠たちの攻防が見えなかった。
他の二人も見えていないようだ。

「それが、『赤龍帝の篭手』と言う奴ですか」

「知ってるのかい?」

「ええ、前のご主人さまに聞きました。何でも、フェニックスという上級の悪魔を倒した赤龍帝、兵藤一誠。
その名を聞いた時、僕は君が彼の仲間だと思い出したんです」

あっそ、と一誠は適当に返しながら、フィルの魔剣を再び弾き、今度は篭手の装備された左腕で殴るが、
今度はフィルが魔剣でその剣を受け止めた。

「そっちこそ、いい武器じゃないか。何処で手に入れたんだい?」

「これですか。これは前のご主人様がコレクションしていた魔剣です。銘は『ジャスティス』。僕にぴったりの魔剣だと思いません?
魔の剣でありながら、正義の名を持つ剣。悪魔になりながらも勇者な僕にぴったりだ」

「ふ~ん。盛り上がっているところ悪いが、その前のご主人様を“お前はどうしたんだ”?」

「殺しました」

「なっ!?」

それが何か?と答えるフィルに木場たちの方から驚愕の声が漏れる。
一誠はやはりとおもいながら、拳に力を込めながら、右脚でフィルのアバラを狙うが、それも回避された。

「怖い、怖い。何をそんなに怒っているんです?悪魔だろうが魔族と変わらない。人間の害虫なんですよ。
むしろ、君のほうが勇者の仲間でありながら、悪魔になるなんて恥ずかしくないのかい」

「はっ、別にそんな些細なことなんか気にしないよ。悪魔だろうが、人間だろうが、俺が兵藤一誠であることには変わらない。
なら、それで十分だよ」

そう答えた一誠にフィルは少し深いな顔をする。

「なるほど。あの“はぐれ勇者”と兄弟なだけありますね。彼と似たようなことを言う」

だが、一誠は、はっ、と鼻で笑い。

「てめぇと器の出来が違うだけだよ似非勇者」

そう言った途端、フィルの表情から笑みが消える。

「・・・出来損ないが」

その一言に一誠は少し面白げに笑った。

「へ~、久しぶりだな。そう呼ばれたのは」

「異世界から転移したにも関わらず、“はぐれ勇者”に勇者の役を取られた出来損ないが・・・」

「別に、俺は勇者って器じゃなかったから、いいのさ。それに俺は腰巾着の方が気に入ってるんだ、よっ!!」

「っ!?」

言葉を終えると同時に氣弾を放つ一誠。
それを見たフィオは素早く射程から離れたことに一誠は感心した。

「やっぱ、アニキとは戦闘経験ありか」

もし対魔法の障壁を張って、大丈夫と高を括っていたら、直撃してそのまま活路を開けたのだが。
どうやら、すでに暁月と戦ったことがあるらしい。

「で、アニキに負けたから、今度は俺を襲ってきたわけか・・・」

「ええ。そうですよ」

一誠の言葉を肯定して、フィルは続ける。

「流石に、勇者の僕が、任務失敗のままでは面子があるんですよ。そこで君の首を持って僕は帰ります。そして、報告します。
“はぐれ勇者”凰沢暁月は魔族の娘と共に異世界に帰還し、そこで人間を魔族に変える術式を開発していた。僕はそれを食い止めようと戦いを挑んだが、
“はぐれ勇者”の卑劣な罠に掛かり、術式によって魔族に変えられてしまった。どうです?なかなかの話でしょ」

「・・・・・・・・」

フィルの言葉を聞いて、一誠の顔が険しくなる。
別に現実味のない話なのだから、放っておいても構わないのだが、今のフィル・バーネットは悪魔なのだ。
向こうに行けば、人間でないことが分かれば、どうなるか分からない。

「それなら、僕が向こうで犯した布石も帳消しに出来るかもしれませんからね」

「布石?」

「ええ。少しカビの生えた元勇者の墓を壊しただけです」

「っ!?」

その言葉に一誠は息を飲んだ。
アレイザードで勇者と認識され、墓があるのは一人だけだ。

「レオンさんの・・・彼の墓を壊したのか?」

「そうですよ。だって、邪魔だったんですもの。魔王の娘を逃がしたことで失墜さられる“はぐれ勇者”と違って、死んだ勇者は違う。
死んだ者の功績は美化され永遠に輝き続ける。目障り極まりないですよ」

「それで、あの人の墓を壊したのか?」

「ええ。あと、破壊したのは僕だと分かるように痕跡を残しました。だけど、魔王の娘を逃がした裏切り者を始末できれば、誰も僕を責めません。
それでもリスティ女王は僕を糾弾するでしょう」

その言葉に一誠は心の中で頷いた。
共に死線を潜り抜けた仲間の墓を壊したのだ、当然のことだ。
たとえ、それがシェルフィードの崩壊の危機に晒す事だとしても。

「で、最終的にはアレイザードの実権を全てディスティアが握る。ここまで、計画か?」

「ええ。バラム陛下はそうしたいようですが」

―――あのヒゲ達磨・・・

フィルの言葉に一誠は更に不機嫌になる。
対して、フィルは少し不思議そうな表情をしていた。

「それにしても、君は“はぐれ勇者”と違うんですね。彼はこの話を聞いたら、僕を殴り飛ばしたんですが」

「・・・いや、俺も結構キレてるぜ。アニキとの違いは、俺がレオンさんに複雑な感情があるからだろうからな。
それでもお前は・・・・」

―――殺してやる

そう言って、一誠は鎖の魔導具を赤黒い大剣に変える。

「ふふっ、やる気になってくれたのは結構ですが、僕は一度死んだのでね。ここは慎重に生かせて貰いますよ」

そう言って、フィルは赤い光球を数十作り出し、それらを同時に放った。

「っ!?」

一誠にではなく、木場たちに向かってだ。
それは悪魔に毒のはずの光の魔法、何故奴に使うことが出いるのか知らないが、それらを受ければ、木場たちへのダメージは計り知れない。
木場たちも回避しようとするが、間に合わない。
焔の炎も
だが、直撃を覚悟し目を瞑っていた木場たちだが、その衝撃はいつまで経っても来なかった。
不思議そうに目を開いてみると、

「イッセー君?」

「まさか、庇ってくれたのか?」

信じられない表情の木場と匙。
まさか、あの距離で間に合うとは思っていなかったのだ。

「先輩、ありがとうございます」

「別に無事ならそれでいいさ」

それよりも、と一誠はフィル・バーネットがいた場所に目を向ける。
しかし、そこには誰もおらず、一誠は忌々しい表情となった。

「逃げやがった」

「・・・追いますか?」

「ワァン!!」

やる気満々の焔と小猫の問いかけに一誠は首を横に振るう。
確かに、焔なら臭いで、一誠も氣で追う事ができる。
軽率な行動はとれない。
あいつの目的はあくまで一誠だ。
ならば、標的は一誠の周りかもしれないのだ。
ゆえに、迂闊に動くことが出来ない。

「一先ず、部長達に今回の事を報告するぞ」

そう言って、一誠達は今日の調査を終わりにすることにした。









次の日、一誠は自分の机に座ったまま考え込んでいた。
ディスティアの勇者、フィル・バーネット。
木場たちには言わなかったが、一誠は追おうと思えば、すぐ追え倒すことができた。
いや、出来ると思っていた。
追おうと思った時、一誠は動くことが出来なかったのだ。

(あれは確かにアイツが放った“殺気”だ)

一瞬だったが、フィル・バーネットが放った濃密な殺気。
不用意に動けば自分や仲間が殺されていた。
それ程の殺気を放つ相手が自分を狙っている。
だが、それに恐怖はない。

(アニキが倒せた相手に勝てないで、あの人に追いつけるはずがない)

暁月を越える目印を見つけて、挑戦的に笑う一誠。
それは表情に出ていたらしく、

「うれしそうだな、イッセー」

と、元浜が眼鏡越しに嫉妬の視線で見る。完全に勘違いをしているが。
同じく、松田が、

「・・・リアス先輩のおっぱいはよかったか・・・朱乃先輩のおっぱいは・・・」

「まぁ、二人とも最高の一言だ。細かい感想が聞きたいか?」

「・・・結構だ・・・羨ましすぎるぞ・・・」

「お前、絶対二人の信者に殺されるぞ・・・」

憎しみの篭った視線を送る松田と元浜。
だが、一誠は不敵な笑みのまま、

「高嶺の花を危険も無く手に入れることが出来ると思うのか?」

「「死んでしまえ!!」」

「おいおい、死んでしまったら、女子とボーリングとカラオケの計画に誘わないぞ」

一誠の一言に二人は黙り込んでしまう。

「い、イッセー、今なんと言った・・・」

「まさか、あの悪魔超人たちか・・・」

「ん?アーシア、桐生、小猫。あと、ついでに木場もいるが。足りないなら、あいつ等も呼ぶが」

「いらない!!いらないから!!!」

以前、あったのが余程怖かったらしい、元浜が慌てて口を開く。
その後に、松田も、

「むしろ、イケメンと桐生もいらな・・・」

と、言葉はそこまでで松田は物凄い勢いで頭を殴られた。
見ると、そこには話題に上がった桐生がいた。その後ろにはアーシアがいる。

「悪かったわね、私がいて・・・」

と、不機嫌そうに桐生。
眉を吊り上げて睨んで不機嫌さを滲み出すが、相手の松田はそれぐらいでは怯まない。
それどころか、

「ふん、お前などアーシアちゃんの付録ではないか。メガネ属性は元浜だけで間に合っているのさ」

そう息巻く松田。
しかし、桐生も負けじと、

「何よ、松田、その態度は。私を雑食変態メガネと同じにしないで。属性が穢れるわ」

「何を!!元浜のメガネは女の身体のサイズを数値化できるんだぞ。お前とは違うんだよ!!」

「ふん・・・」

松田の言葉を聞き、桐生は不敵に笑うと、

「まさか、それが元浜だけの能力だとでも思ったの?」

「「っっ!!」」

桐生の言葉を聞いて、松田と元浜に緊張が走る。
その姿を一誠は面白げに、アーシアは首を傾げながら眺めていると、桐生が松田たちの股間の辺りを目をむけ、

「私のメガネは男のアレの大きさを測れるのさ。極小から極太サイズまで」

それを聞き、緊張する二人は股間の辺りを手で隠すが時すでに遅し、桐生は頷きながら、

「なるほど、なるほど」

「な、何だよ!!?」

「流石、雑食だけあって、粗末なものをぶら下げているわね」

「ぶぅっ!!」

桐生の言葉を聞いて、一誠は噴出しながら笑いを堪えた。
その目の前には先ほどの言葉にダメージを追った松田と元浜がいる。
しかし、二人には聞かねばならないことがあった。

「さっきから雑食とはどういう意味だ・・・」

先ほどの言葉に瀕死のダメージを受けた元浜が問いかけると、桐生ははっきりとギロチンを振り下ろすかのように、

「女ならば、元男でも構わない奴など雑食で十分よ!!」

「「がはぁっ!?」」

止めを刺され、地面に倒れ伏した二人。
だが、桐生を二人に見向きもせず。
さてと、と慎重に視線を対象に向けようとする。

「おっと」

「くっ、駄目か」

悔しそうにする桐生。
だが、彼女の顔にはトレードマークであるメガネが外されていた。
いや、対象である一誠に盗られたのだ。

「勝手に人のモノを見るなよ。恥ずかしい」

「別にいいでしょ。遠くからで正確な数値はわからなかったけど、かなりのものだったのよ」

だから、もっとはっきりとした数値が欲しいと言いながら、一誠からメガネを奪い返そうとする桐生。
しかし、一誠はそれらを全てヒラリと回避し、

「残念だが、俺はベッドの上の良い女にしか見せないんだよ。見たければ・・・・」

「み、見たければ・・・」

緊張する彼女に一誠は耳元で囁くように、

「俺とベッドインすることだな」

―――ガツゥンッ!!

と、一誠が言い終えた瞬間、アーシアが近くにあった椅子を一誠の頭に振り下ろしてどついた。

「・・・・・・・・・」

頭から湯気を上げる一誠をアーシアは無言で見下ろす。
その態度に不機嫌なことは理解でき、彼の言葉に顔を赤くしていた桐生も真っ青になってしまうのだった。










それから授業を終えて放課後。
一誠はフィル・バーネットの情報を聞くためにオカルト部の部室に顔を出した。
部室にはすでにいつもの部員の他に、ソーナと匙、生徒会のメンバーがそこにいた。
と、そこで匙の姿を見て、一誠は不思議に思った。

「どうした、匙。まるで、尻がサルみたいに真っ赤になるまで叩かれたみたいな顔をして」

「兵藤・・・」

一誠の言葉に匙は恨めしい視線を送りながら、

「どうじたじゃねぇ!!お前に渡された紙を試したら会長にキツイおしおきをされたんだぞ!!」

「ああ、あれね」

泣きながら訴える匙の言葉に一誠は昨日渡したものを早速試したのだと理解した。
だが、それに一誠は悪びれることなく。

「あれは、小学校レベルの女に効く初段編のテクニックだぞ」

「有段制なの、それ!!!」

ならば、早く次のを、と懇願する匙。
だが、

「まぁ、冗談だがな」

一誠の言葉に固まってしまう匙。
呆然としながら、

「えっと、どれが?」

何とか、一言問いかけることが出来た匙。
しかし、一誠は不敵に笑いながら胸を張って、

「全部!!」

「・・・・・・・・」

断言された言葉に匙は理解するのに数秒を要した。
しかし、言葉を理解した瞬間、叫んだ。

「殺してやる!!うわぁあああああああああああん!!!」

男の純情を弄びやがって、と血の涙を流す匙。
もっとも、殺せるはずはない、と思うが、少し悪い気がしたので今度は少しアドバイスなどをしてやろうと一誠は思うのだった。
と、そこでソーアがコホンッと咳払いをし、

「良いかしら?」

「ああ。悪い会長」

「いえ、なかなか友好な関係を送っているようで少し安心しました。ただ・・・・」

言いよどみながら、横目を気にするソーナ。
そこには、殺してやる!殺してやる!殺してやる!と連呼する匙が他の生徒会メンバーに抑えられている姿があった。

「心配も少しありますね」

「まぁ、気にするな。男同士の友情なんて、七割対立、三割気遣いみたいなものなんだ」

「・・・違う気がしますよ」

と、ソーナの言葉に何人も頷いたが、メンバーは本題に入ることとなった。
まず、部長のリアスが腕を組みながら、

「実家に連絡をして、聞いてみたんだけど、噂ではコカビエルはかなり好戦的な奴らしいわ。
大戦が終わってからも、私達悪魔と天使への抗争を率先して推す人物だそうよ」

「ぶっちゃけ戦争好きってことか?」

「ええ」

頷かれ、一誠は辟易する。
懸念に思っていたことを避けない理由は、それ自体が目的だからだろう。

「ただお兄様の話だと、堕天使側の総督アザゼルは戦争をする気は無いらしいの」

「だから、コカビエルは聖剣を奪って天使側を、私とリアスのいるこの町に潜伏して悪魔側を巻き込んで無理やり戦争をさせようとする可能性がありますね」

「なるほどね」

ソーナの言葉に一誠は納得する。
魔王が来るかもしれないこの町にコカビエルがこの町に逃げ込んだ理由は、それが目的だったということだろう。
状況はどんどん悪化してるな、と一誠はため息をつく。

「だとすると、コカビエルの方が部長達を狙う可能性が高いな」

その言葉で部室の中にいる全員が緊張したように息を飲んだ。
その中でリアスが口を開く。

「ええ。でも、このまま黙っている訳には行かないわね」

「では、このまま動くのですか?」

「ええ」

朱乃の言葉にリアスは頷くと、ソーナも同じく頷くが。
だがな、と一誠。

「俺達だけじゃ、少し厳しい。魔王様に救援は求められないのか?」

「・・・・・・」

リアスが顔を渋らせる。
一誠の言葉は正しいことは彼女には分かる。
だが、自分の根城で起こったことで肉親に力を借りるのは、しかも先の婚約騒動でからまだそんなに経っていない。
一誠も出来ることなら、彼女の意向に従いたいのだが。

「悪いな、部長。流石に俺の力だけじゃ、この状況は少し厳しい」

実力がはっきりとしない堕天使幹部に加えて、アイツもいるのだ。
そのことにリアスは少し心配そうに、

「そんなに強いの、そのフィル・バーネットは?」

その問いかけに、その場にいた木場、小猫、匙は重い沈黙をする。
三人は感じたのだろう、奴の発する圧力がどれほど凄まじいのか。
だから、一誠も正直に答えた。

「楽観とか抜きにして、下手をすると、今の俺と互角ぐらいの奴だ」

「そんなに・・・」

「まぁ、負ける気は無いんだがな」

今で、七割ほど勘が戻っている。
だが、やはりこれ以上に戻すには時間だけでは無理がある。
むしろ、戻すよりも実力を上げられれば良いのだが、どちらにしても相手が必要だ。

と、それは兎も角、とソーナがフィル・バーネットの事で調べたことを報告した。

「フィル・バーネット。つい最近悪魔に転生して、すぐに主の悪魔と他の眷属、更に屋敷にいた使用人を皆殺しにし、上位のはぐれ悪魔に指定されています。
サーゼクス様たちの指示で冥界中に指名手配をされているのですが、まさか人間界に来ていたとは・・・・」

「冥界とこっちの世界の行き来は簡単にいくものなのか?」

「通常は魔法陣でジャンプして入ることも出ることも可能よ。ただ一度正式なルートで入国しないといけないけど」

その話を聞いて、一誠は更に嫌な顔をした。
その話が本当ならば、フィル・バーネットはこっちに来る転移魔法が使えることになる。
しかし、聞いた話だと、フィルは悪魔になって日が浅い。
短期間でこっちの世界に来る魔法陣を覚えるのは考えられなくないが、誰にも気づかれること無く簡単に行き来できることは考えにくい。
つまり、協力者の可能性が出ていた。

「はぁ」

複雑でめんどくさい、と一誠はため息を付いた。

「・・・・でも、本当に彼が今回の件に関わってくるのでしょうか?」

と、いつもの無表情だが、ほんの少し不安そうな小猫。
一誠は「ああ」と頷きながら、

「アイツの目的はあくまで、俺だ。俺達のピンチは、アイツにとってチャンス。
コカビエルの方で手が回りにくい今が狙い目だ」

その言葉に確かにと頷くメンバー。
そして、一誠は一度ため息を付いて、

「はぁ・・・。余り使いたくなかった手なんだが・・・。部長、一つ提案していいか?」












「なぁ、兵藤」

「ん、何だよ」

街中を歩いていると、一緒に来ていた匙が話しかけてきた。
その声は何処か落ち込んでいる。

「お前って、凄い奴なんだな」

「は?」

何言ってるんだ、こいつ、と一誠は可笑しなものを見るように匙を見た。

「いや、お前が凄い奴だってことは会長から聞いてたんだけど、昨日実際に戦っているお前の姿を見ると余計にな」

自分との余りの違いに落ち込んでいる匙。

「それにさっきも会長達を守るために色々考えていたんだろ?」

「まぁな。堕天使幹部が潜伏したことを聞いてから、いや、聖剣使いが来てから気を張って色々考えたからな」

「それが凄いんだって、『不死鳥狩りの赤龍帝』って呼ばれているだけあるよ」

「今回はそれが裏目になったんだがな」

と、忌々しげに一誠。
フィル・バーネットがこの町に来たのは間違いなくそれが原因だ。
一誠の存在が大きくならなければ、少なくともフィルは一誠に目をつけることは無かっただろう。

「全く、女を誑し込める自信はあるんだが、運命の女神には通用しなかったわけか・・・」

「・・・お前なんか死んでしまえ」

でも、と匙。

「本当にこっちで良いのか?」

「ああ。もうすぐ目当ての奴に会えるはずだ」

現在、一誠は匙と共に街中を歩いている。
今回はコカビエル側の動向の調査ではない。
ゆえに、匙と二人だけ(どちらも本心では嫌なのだが)。
残りのメンバーは焔も含めて、部室で待機、情報を集める作業をしている。
特に木場は今回の件に乗り気ではないというより不適なので置いてきた。
なぜならば、

「え~、迷える子羊にお恵みを~」

「どうか、天の父に代わって哀れな私達にお恵みをぉおおお~~~」

角を曲がったところでゼノヴィアとイリアに遭遇した。
まぁ、探していたのだが。
一誠は物乞いのような二人を見ながら携帯を取り出し連絡を入れると、二人に近づいた。

「よう」

「むっ、お前は・・・」

「イッセー君?」

「それで何をやってるんだ、隠密が街の真ん中で、しかも目立つ格好で目立つことして」

「「・・・・・・・・」」

一誠の言葉に黙り込んでしまう二人。
その態度に一誠は悟ったようなわざとらしい態度で、

「そうかそうか、神から離れていった今の時代の所為で、教会はそこまで金銭的に苦しいんだな。
任務先で物乞いをしなければならないほど、切羽詰って・・・」

「違う!!」

と、烈火のごとく怒り出すゼノヴィアが、

「これはイリナが詐欺まがいな絵画を購入した所為で路銀がなくなったのだ!!」

「何を言うの!この絵は聖なる方が描かれているのよ!!展示関係の人もそう言っていたんだから!!」

と、今度はイリナが起こりながら、買ったという絵画を取り出す。
それを一誠は良く見るように顔を近づけ、

「なぁ、これって描かれて結構時代があるものだと言っていたのか?」

「ええ、そうよ」

と自慢げなイリナだが、

「この絵、まだ油の臭いがするぞ。たぶんごく最近描かれた贋作だと思うんだが」

「まさか!!」

慌てて、絵に触れてみるイリナ。
それ見たことか、とゼノヴィアが。

「やはり騙されたのでないか!!全く何故、私のパートナーはこんな馬鹿なのだ!主よ、これも試練なのか!!」

「五月蝿いわね!!頭を抱えて落ち込まないでよ!!貴女って本当に沈むときは沈むんだから!!!」

「なんだと異教徒!」

「何よ!異教徒!」

子供のように口論する二人。
その二人を見ながら、先ほどまで聖剣使いというネームバリューにビビッていた匙が、

「なぁ、兵藤」

「何だ?」

「こいつら、本当に教会の刺客なのか?」

信じられないと、匙。
まぁ、確かに、部室で騒いでいた二人とは思えないが。

「むっ、所でお前は何をしているのだ。部室では見かけなかった悪魔をつれて」

と、思い出したようにゼノヴィア。

「ああ。学校が終わったんでな。ダチと一緒にメシを食おうと思ったところさ」

「「っ!!???」」

―――グゥゥゥゥ・・・

一誠の言葉を聞いて、ゼノヴィアとイリナはお腹を鳴らす。
そんな二人に一誠は不適に笑いながら、

「一緒に食うか?」











あとがき
漸くかけました。
スランプではなかったのですが、単純に書く時間を確保できませんでした。
本当にすみません。
最近、忙しくなっていくので、これからも更新が遅くなりそうです。
ただでさえ、二本同時更新がきつくなっていました。
ですので、申し訳ありませんが、一週間間隔で更新することが出来なくなるかもしれません。

締め切りを自分で決めた所為で、どちらか片方だけが土日に寝ないで書いていたので少し限界が来ました。
慌てて書いて、出来が悪くなるのも嫌だったので、これからは二週間に一回のペースで更新することを目標にします。
こちらの勝手な都合ですが、申し訳ありません。

ですが、更新をやめることは絶対にありません。
ここまで書いて途中でやめることはありませんので、これからもよろしくお願いします。


話は変わりますが、感想で一誠がおっぱいドラゴンになれないのでは?と質問がありました。
確かに、なれませんが。
そして、それをどうするか頭を悩ませなしたが、ふと、代案が浮かびました。
受け入れられるかわかりません。
何せ、かなりネタなものなので。
もう少ししっかり練っておきます。

少し今回はおとなしかったので、次回はもう少し荒らしたいと思うので、
どうかよろしくお願いします。





[32327] 第三章六話
Name: マグナム◆8c0d71fd ID:a65c46eb
Date: 2012/12/10 01:15
匙と共にゼノヴィアとイリナを見つけた一誠はファミレスの中にいた。

「・・・・・・」

頼んだコーヒーに口を付けながら目の前の光景に呆れてしまう。
隣にいる匙も同じだ。

「「ガツガツ、モグモグ!!」」

見事な食いっぷりで運ばれてきた皿を綺麗に処理するように食べるゼノヴィアとイリナ。
メシに誘ったのはこっちだが、一抹の考える時間もなく即答で付いてきて食べる二人の姿には呆れてしまう。

「うまい!日本の食事はうまいぞ!」

「うんうん!これよ!これが故郷の味なのよ!」

絶賛する二人。
だが、イリナ、ファミレスのハンバーガーを食べながらでは、微妙だった。

「ふぅ~、落ち着いた。しかし、悪魔に助けてもらうとは、世も末だな」

「散々食って随分だな。それとも、それが教会の教えって奴か?」

「そうよ、ゼノヴィア。例え悪魔でもちゃんと感謝しないと」

と、イリナは胸で十字を切ろうとする。

「やめんか」

「はうっ!?」

少し慌てて一誠はイリナの額にデコピンした。

「いっぅぅ・・・何するのよ、イッセー君!!」

額を赤くしながら抗議するイリナだが、それはこっちの台詞だ。

「お前こそ、何、メシを食べさせて貰っておいて攻撃しようとしやがる」

「あっ!!」

そこでポン、と手を叩いて要約を得たイリナ。

「ごめんごめん、つい十字を切りそうになったわ」

てへっと可愛い態度を取るイリナに心底呆れてしまう一誠。
匙も愕然としている。

「それで、我々に接触してきた理由は?」

水を飲んでから、ゼノヴィア。
向こうから聞きに来たことに一誠は丁度言いと思った。

「確認したいんだが、お前ら聖剣を取り戻しに来たって言ってるが。最悪の場合、破壊も許可されているんじゃないのか?」

「・・・・・そうだ」

一誠の言葉に多少戸惑ったが、ゼノヴィアは頷いた。
ならば、と一誠。

「協定を結ばないか?」

「なに?」

「どういうこと?」

困惑する二人に一誠はこっちが集めた情報を与えた。
コカビエルの目的が三勢力の闘争の再開であること、そして、冥界から上位のはぐれ悪魔が来たことを。

「なるほどな。確かに、教会としても、コカビエルの目的は見過ごすことは出来ない」

と、ゼノヴィア。
それに頷いてイリナが、

「でも、だからって、悪魔の貴方たちと共闘するつもりはないわ」

「おいおい、兵藤の話を聞いていなかったのかよ。コカビエル以外にもヤバイ奴が・・・・」

「あら、忘れたの?私たちが聖剣を持ってることを」

悪魔には絶対に有効な武器である、とイリナ。
その言葉に匙も引き下がってしまうが。

「残念だが、そいつは俺と認めたくはないが、同格だ。手加減した俺に攻撃を当てられなかったお前らじゃ、あっという間に惨殺されるぞ」

以前の戦いで、まだ自分の力に慢心するイリナに呆れながら一誠。
だが、イリナも流石に一誠に不本意ながら負けたことに言葉を詰まらせるが、教会の使途としての使命感があるのだろうか、簡単に頷かない。

「た、確かに、そうだけど・・・」

「良いだろう」

「ゼノヴィア!?」

何とか反論しようとしたイリナだったが、突然、相棒のゼノヴィアが話を受けたので驚く。

「ただし、出来るだけ正体がばれないようにしてくれると嬉しいのだが」

「難しいな。コカビエルを相手しないといけないから。向こうが悪魔側に攻撃を仕掛けてきたから、俺が殺したことで良いか?」

「堕天使幹部を赤龍帝が返り討ちにしたか・・・よし、それでいこう」

あれよあれよと話を進める一誠とゼノヴィア。
その様子にイリナと匙は呆然としてしまう。

「ちょっとゼノヴィア、幾らイッセー君でも悪魔なのよ。そんな簡単に信用して良いの?」

「だが、我々はすでに悪魔からの食事を食べたのだぞ。私もつい口にしてしまったが、お前は信用していない奴の食事を食べるのか?」

「毒を喰らわば皿まで、ってこと?」

「まぁ、そうだな」

仕方ないだろ、というゼノヴィアだが、イリナは納得していない。

「それに、正直言って、私たちだけでは三本のエクスカリバー回収とコカビエルの戦闘は厳しい。
切り札を使っても無事に任務遂行できる確立は三割といったところさ」

「そうかもしれないけど、三割なら十分じゃない。たとえ、死んだとしても私たち使徒の本懐じゃない」

「確かにそうかもしれないが、赤龍帝に言われて気が変わった。生きて帰ってこそ、本当の信仰ではないか?」

「そ、それはそうだけど・・・・」

随分と柔軟な信仰だな、と一誠は思った。

「さて話は纏ったか?」

「ああ。同盟は受けよう。私たちは聖剣を奪い返す。もしくは破壊。君たちはコカビエルを相手を。それで良いかな」

「ああ。同盟はそれでいいぜ」

と、少し含みのある言葉を言う一誠。

「じゃあ、契約の話をしようぜ」

「「え?」」

不適な笑みを浮かべる一誠にゼノヴィアとイリナは呆けてしまう。

「悪魔からタダで物を貰える訳がないだろ?交換条件だ」

「な、何だと!!」

「ちょ、ちょっとイッセー君!!」

今それを言うのは卑怯ではないか、と騒ぎ出す二人。

「そう慌てるな。別に難しいことを頼むわけじゃない」

「では、なんだ・・・・」

警戒する二人に一誠は不適に笑ったまま、

―――聖剣の一本を破壊させてくれ







「案外、簡単にいったな」

ファミレスからの帰り道、安堵しながら匙。
言うとおり、簡単にゼノヴィアとイリナは同意してくれた。

「でも、もしも渋ったらどうするんだよ」

「ん?そしてら、コイツをそれぞれの教会に送りつけてやる」

「領収書?」

一誠の手にあるのは先ほどゼノヴィアとイリナが食べたファミレスの領収書だった。

「あそこは部長の家が経営しているファミレスらしくてな。必要経費として部長に払ってもらったんだ」

「そういえば、お前、店に入る前に電話していたな」

でも、それがどんな意味があるのか分からない匙。
そんな彼に一誠は不適に笑いながら、

「もしもあいつ等が渋ったら、二人の教会に領収書じゃなくて、請求書を送りつけるって言ってやるつもりだったんだよ」

「請求!?」

「教会の使徒が悪魔の経営する店で無銭飲食、そこからイリナの使い込みがバレてあいつ等は困るだろうな。あと、契約する代わりにメシを食わせてやったのに、て一言手紙を付けてな」

「この悪魔・・・」

悪魔だけど、と匙は一誠の手段に呆れた。
つまり、どちらにしろ、向こうには断ることは出来ないということだろう。

「今回の目的は部長や会長を守ることだ。それにあのまま二人だけにしてたら、あいつ等の身も危なかったかもしれないからな」

「え?」

その一言に匙は少し驚いた。
まるで、一誠が二人の身も守りたいといっているかのように感じたからだ。

「お前、まさかそのために・・・・」

「当然だろ」

なにせ、と不適に笑いながら、

「男にとって、美女は全世界共通の最大の宝だぞ。そんな宝を守るのは男としての使命だ」

「はぁ~」

感嘆しながら歓心する匙。

「やっぱ、お前ってスゲェな」

「そんなことねぇよ」

あの人に比べれば、と一誠。

「兵藤?」

「俺に出来るのはあくまで、“考える”まで。あの人はもっと凄い。何手も先の見据えて計算する。
何重もの緻密な布石を打つ。俺には先を予測するので限界。お前と同じどうしようもない無力なガキが漸く見れるようになったぐらいさ」

「兵藤・・・」

驚いたように目を見開く匙。

「お前、自分を悲観しながら俺を貶してるよなっ!?」








「と言うことで、あいつらとの交渉は成功した」

「そうご苦労さま」

部室に帰ってリアスに報告した一誠。

「ただ向こうに条件を付け加えられて、寝床を探しているらしいから、新校舎の保健室でも貸してやってくれないか?」

と、一誠が言うとリアスは不満そうに顔をゆがめた。
自分のテリトリーである学校に居座らせるのを渋っているらしい。

「私は構いませんよ。学園の中なら監視も出来ますから」

と、メガネをクイッと持ち上げながらソーナ。
彼女の言葉にリアスも頷くべきだと感じている。
そこで一誠がダメ押しに。

「ついでに、聖剣使いに貸しを作るのもいいかもな」

「・・・・そうね」

暫く思考してから妖艶な笑みを浮かべるリアス。
何とか許可を貰えた。
だが、その隣では木場が不満そうな顔をしていた。

「気に入らないか?」

「うん。やっぱりエクスカリバー使いに破壊を了承されるのは遺憾だよ」

「まぁ、そう感じても仕方ないかもな」

と木場を弁護する匙。
確かに、ゼノヴィアとイリナならば、『聖剣計画』の犠牲は必要な犠牲といったかもしれない。

「だが、木場。聖剣計画でお前の同士を殺すように指示した奴がわかったぞ」

「っ!?誰だい・・・」

憎悪を向ける木場。
その姿に、リアスも、朱乃も、小猫も悲しい表情となる。

「バルパー・ガリレイ。『皆殺しの大司教』だそうだ」

「そいつが同士たちの仇・・・・」

「今は堕天使側にいるらしい。もしかしたら、会う機会も会うかも知れないな」

「そうだね」

「だが、今は部長の傍を離れるなよ。お前はグレモリー眷属に必要な男だ。
探すなら、後で手伝ってやるから」

「うん。分かったよ」

一誠の言葉に木場は頷いた。
だが、その心は冷静でないことを察した。









それから一誠たちはフリードとフィル・バーネットを探すために町を歩いていた。
だが、今回は前回と違い、一同の服装が制服から、ゼノヴィアたちから借りてきた神父の格好をしていた。
はぐれエクソシストのフリードをおびき寄せるために。
フィルの方は一誠が氣を覚えていたので探せる。
だから、焔は今回リアスたちの護衛にしている。

「今日も収穫なしか」

日も暮れだした時、匙が嘆いた。
確かに、ゼノヴィアたちと協定を結んでから二日は経っている。
と、そこで一誠が立ち止まった。

「いや、そうでもないみたいだぜっ!!」


「神父の一団にご加護あれ、てね!!」


一誠が振り返ると、その上空からフリードが斬りかかって来た。
一誠は鎖の魔導具を剣に変えてフリードの剣を防ぐ。
見ると、それはやはりエクスカリバーらしい聖剣だった。

「会いたかったぜ、フリード!!」

「おやおや、何時ぞやのクソ悪魔のイッセー君じゃあ~りませんか。何々、俺に殺されるために探してくれていたでごんすか?」

「生憎、俺はお前のことを忘れそうだったんだがな。お前のボスに用があるんだよ」

ギリギリと鍔迫り合いをする一誠。
目的はあくまで聖剣の破壊と生け捕りだ。
エクスカリバーを破壊した後、フリードからコカビエルと可能ならば、バルパーの情報を掴むためだ。
ゆえに、一誠は殺したい気持ちを抑えてフリードを跳ね除ける。
と、距離が開いたため、フリードは銃を取り出して、一誠に向かって発砲した。
それを一誠は魔導具を巨大な盾に変えて防いだ。

「おや、何っすかその武器は。面白いっすね」

盾になった武器を見て興奮するフリードだが、一誠は無視する。

「木場、匙、小猫、そいつは任せた!!」

俺は、と一誠は盾を持ったまま自分の後ろを振り返る。
その瞬間、巨大な光球が一誠の持つ盾に着弾した。
その攻撃に木場には覚えがあった。

「フィル・バーネット」

爆煙が晴れると、忌々しげに一誠が視線を向ける。
そこには以前、自分たちを襲撃したはぐれ悪魔のフィル・バーネットがそこにいた。
状況が最悪だと一誠は感じた。
このタイミングで偶然遭遇したなど出来すぎている。
そして、その考えが当たったかのように。

「おや、先日ボスがスカウトした新人のクソ悪魔のフィル君ですね。何の用ですか?」

「ふふっ、面白いことを聞きますね。僕の目的のものがそこにあるからに決まっているじゃないですか」

知り合いのように会話をする二人。
確定した。
フィル・バーネットとコカビエルは手を組んだ。
堕天使がはぐれとはいえ、悪魔と手を組んだことに、自分たちも教会と協定を結んだのに木場たちは驚いたが。
一誠にとっては起こりえたことだ。
コカビエルが戦争をしたいのならば、悪魔がゼノヴィアたちを殺して任務を妨害すれば情勢は一気に悪化する。

「コカビエルに連れて来て貰ったのか?」

一誠の問いかけにフィルは首を傾げる。
しかし、すぐに質問の意味を理解して、

「ああ、僕がこっちの世界に来た方法ですね。違いますよ。彼らとはこっちの世界で偶然遭遇したんです。
確実に君を殺すために手を組んだのは仕方ないことです」

ならば、他にも仲間がいるのか示唆する一誠だが、フィルは嘲るように、

「僕がこっちに来れたのは親切な方たちに“お願い”したからです」

「“お願い”?」

「ええ。知り合いを殺されたくなければ言うことを聞いてくれ、と言ったら皆快く引き受けてくれました」

「っ!?」

「まぁ、何人か見せしめに殺しましたけどね」

フィルの言葉に一誠だけでなく、他のメンバーもフィルの行いに戦慄した。
ただ一人、

「なかなか狂った兄さんだろ。俺様は悪魔は気にいらねぇが、フィルの兄さんは気に入ったぜ」

何処まで本気なのか分からないフリードの言葉だが、一誠は無視した。

「イカレ野朗・・・」

「ん?」

「お前みたいな奴がアニキたちと同じ勇者と呼ばれるなんてムカつくぜ」

「僕も彼らと同じなんて不愉快だよっ!!」

両者が同時に辺りのものの姿が消える。
物凄いスピードで交差する両者の間で金属同士がぶつかり合う甲高い音が何度も響いた。

「うぉ~凄いね、凄いね。イッセー君も、フィルの兄さんも。だけど、イッセー君を殺すのは俺なんだけどな~」

「なら、僕が相手だ!!」

「ん?」

どうしようかな~、と考えているフリードに木場が剣を振り下ろす。
だが、それをフリードは簡単に受け止めた。

「お前はお呼びじゃねぇよ!!」

そのまま木場に向けて聖剣を振るうフリード。
木場も剣でそれを受け止めようとしたが、簡単に砕かれてしまう。

「もう死ねや!!」

「させるかよっ、伸びろ、ライン!!」

木場に聖剣を振り下ろそうとしたフリードだったが、匙の神器から舌のようなものが伸び、フリードの足に張り付き一気に引っ張った。

「うぜぇなっ!!」

「今だ!!木場!!!」

「ありがたい!!」

足を引っ張られ、地面に倒れたフリードに向かって新たに魔剣を二本出現させた。
だが、フリードはそれに慌てず。

「複数の魔剣所持、もしかして、レアな神器の『魔剣創造』(ソード・バース)っすか!!」

驚嘆するフリード。
しかし、次の瞬間、いやらしい笑みを浮かべ、

「でも、俺が持っているのは最強の聖剣なのを忘れているざんすね」

倒れた状態のまま木場の剣に合わせて聖剣を振るう。
その瞬間、木場の二本の剣が砕け散った。

「そんな鈍な魔剣では、俺のエクスカリバーちゃんの敵ではありませんよ~」

「ぬっ、ならば!!」

何度も魔剣を生成する木場だが、そのたびにエクスカリバーに砕かれている。

「無駄無駄、最強の剣の前にその程度の魔剣・・・・」

『Transfer!!』

「っ!?」

突如自分の力が上がった木場。
そのことに驚きながら、フリードを意識しながら横目を見る。
そこにはフィル・バーネットと肉薄している一誠の姿があった。
彼の左手には『赤龍帝の篭手』がある。
余計なことを、と木場は思ったが。

「貰った以上、使わせてもらうよ!!」

「無駄なことだ!!」

一誠の譲渡によって更に魔剣の数を増やす木場。
しかし、それでもフリードの聖剣には敵わない。
一誠に教わったヒットアンドウェイで翻弄しようとするが、それすら通用しない。

「俺様のエクスカリバーは『天閃の聖剣』(エクスカリバー・ラビットリィ)!速度だけなら負けないんだ、よ?」

そう吼えようとしたフリードだったが、急に動きが鈍くなった。
それだけでなく、先ほど以上の力で足に巻きついているラインが引っ張られたのだ。
ラインの先を見れば、小猫が匙の腕を持ってフリードの足を引っ張っていた。
それだけでなく、フリードの足に巻きついたラインが淡い光を放っていた。

「俺の神器は『黒い龍脈』(アブソーブション・ライン)!コイツに繋がったらお前の力はぶっ倒れるまで吸い続ける!!」

「チィ、ウザすぎるなぁ!!」

倒れるフリードに木場は魔剣を生成して止めを刺そうとする。
しかし、そのとき、

「ほう、『魔剣創造』か?使い手の技量しだいで無類の力を発揮する神器だな」

「っ!?」

第三者の声に木場は動きを止めて警戒する。
離れて戦っていた一誠もフィルから距離を置いていた。

「・・・・バルパーのじいさんか」

「っ!?」

フリードの言葉に全員が驚愕する。
特に木場は目の前の初老を見て目の色を変えた。

「バルパー・ガリレイッ!!」

「いかにも」

「お前がっ!!」

「待て木場」

堂々と肯定したバルパーに飛びかかろうとする木場。
それを一誠はいつの間にか距離を詰めて止めるが、木場は聞こうとしない。

「止めるな!!」

「行けば、斬られるぞ」

「っ!?」

言われて、木場はバルパーの近くにフィルが立っていることに気づく。
もしもあのまま自分が飛び出していれば、斬られていたことは容易に想像できる。
そのことに木場は奥歯を噛み締めた。
だが、相手はこちらのことを見ないで、未だ地面に倒れているフリードを見た。

「何をしているフリード」

「この舌が邪魔なんだよ!!」

逆ギレするフリードにバルパーが溜息をついた。

「お前にはもう少し与えた『因子』を使いこなしてもらいたいものだ。身体に流れる聖なる因子を刀身に込めたまえ、そうすれば切れ味が増す。
折角、与えたのだもっと有効活用してくれ。そのために私の研究はあるのだから」

「はいはい。よっ!!」

バルパーの言うとおりにしたのだろう、フリードは匙のラインを糸も簡単に切り裂いてしまった。

「いくぞ、フリード、フィル・バーネット」

「はいよっ」

「分かりました」

バルパーの言葉に従って逃亡を図るフリードとフィル。
しかし、その姿を追う影が一誠たちの横を駆けた。

「逃がさんぞ!!」

凄まじい速度でフリードに向けて剣を振り下ろす影。
その影がゼノヴィアだったが、フィルが手を出さなかったことは幸いだった。

「やっほ、イッセー君」

「イリナ」

そこにイリナも合流し、ゼノヴィアはバルパーたちから距離を置いたので、漸く一誠は少し安堵した。

「フリード・セルゼン、バルパー・ガリレイ!!神を裏切った反逆の使徒め、神の名の元にはぐれ悪魔共々断罪してくれる」

そう言って、聖剣をフリードたちに向けるゼノヴィア。
対して、フリードは自分の懐を探り、あるものを取り出した。

「おいおい、俺様の前で憎たらしい神の名を出すなや!クソビッチが!!」

と、フリードはバルパーを見て、

「撤退だよな、じいさん」

「ああ。そのとおりだ」

バルパーに確認をとって、フリードは手に持っている閃光弾を投げつける。

「あばよ、教会と悪魔の連合ども!!」

と、フリード。
その後に続いてフィルが一誠を見た。

「では、イッセー君。次は君に死んでもらうよ」

「こっちの台詞だ」

直後、閃光弾が割れ、辺りを目も開けられない光量が支配した。
そして、それが収まった時、フィルも、フリードも、バルパーの姿は何処にもなかった。
やれやれ、と一同は溜息をつきそうになるが、ただ三人だけは、

「追うぞ、イリナ!!」

「うん!!」

「僕も追わせてもらう!逃がすか、バルパー!!」

「待て」

逃げた奴らを追おうとするゼノヴィアとイリナ、木場を一誠が止める。
だが、止め方が酷い。

「うげっ!?」

「「きゃっ!!?」」

木場は後ろから踏みつけられ、ゼノヴィアとイリナはそれぞれ胸と尻を掴んで抱きかかえるように止めた。

「ひょ、兵藤、なんて羨ま・・・破廉恥だぞ!!」

「最低です、先輩」

本音を隠しきれない匙と不快感を露に責める小猫だが、一誠はそれくらいでは堪えない。

「ちょっと、イッセーくん、何処触ってるの!!」

尻を揉まれているイリナが、

「離さんか、あいつ等を追えんだろ!!」

胸を揉まれるゼノヴィアが、

「イッセー君、追わせてくれ!!」

踏みつけられる木場の言葉も一誠には届かない。
やれやれ、と態とらしく溜息をついて、

「お前ら後を追ってどうする。お前らだけで、フィル・バーネットと聖剣を装備したフリード、それにコカビエルと戦うつもりか?
そいつら相手に三人だけで勝てるのか?」

「うっ・・・・」

「それはそうだけど・・・」

一誠の言葉にゼノヴィアとイリナは言葉を詰まらせる。
流石の二人も、このぐらいは理解できるぐらい冷静のようだ。
しかし、

「関係ない!!同士の仇がいるんだ!!離せ!!離さないなら・・・」

「どうするって言うんだ?」

足の下でもがいている木場を一誠は圧力を掛けながら睨みつける。
だが、今の木場はそれすら感じられないほど冷静ではなかった。

「僕はお前を斬ってでも行く!!!」

「っ!?祐斗先輩・・・」

木場の言葉に悲しい表情をする小猫。
その目には僅かに涙が見えた。
瞬間、一誠はキレた。
彼にとって気に入らないのは二つ。
一つは、暴走をして小猫を泣かせたこと、もう一つは思い出したくない知り合いの一面を。

「いい加減に・・・」

一誠は木場から足を退け、ゼノヴィアとイリナを開放する。
そして、宣言どおり斬りかかろうとする木場に、

「・・・しろやぁあああああああああ!!」

「がっ・・・」

かなり本気の一撃を木場の腹部に叩きつけた。
余りに凄い一撃に、木場のしたのアスファルトが大きな亀裂とクレーターのような凹みを作った。

「・・・先輩」

「・・・兵藤」

一誠の行動に匙と小猫は絶句する。
傍にいたゼノヴィアとイリナも呆然と一誠と見ていた。
しかし、一誠は木場に肩を貸すように抱え、

「とにかく、部長に報告するぞ」

その指示に異を唱えるものはいなかった。

ただ一誠は忌々しげに木場を殴った右手を見て、

「ちっ、痛ぇな」

肉体的とは違う痛みにイライラするのだった。










あとがき
何とか書き上げました。
少し原作から離れていきますがご了承ください。
ただ、次回は更に原作から離れるので少し心配です。
でも、次回から決戦に入り、第一ラウンドが始まる予定です。
面白くできるように頑張るのでよろしくお願いします。





[32327] 第三章七話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2012/12/25 01:10
フリードとフィル、それに後からバルパーと遭遇した一誠達はそれを何とか引かせることが出来た。
その後、一誠は彼らを追おうとするイリナとゼノヴィア、それに木場を引きずりながら部室へと戻った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

部室に戻ってから一誠は先ほどの出来事をリアスとソーナに報告した。
それから部室の中は重い沈黙が支配した。
特にリアスからは不機嫌さが出ていた。
理由は分かる。
一誠は視線を横に向けると、そこにはソファに座っているイリナとゼノヴィアがいた。
聖剣使いの二人を自分の根城の一つであるオカルト部の部室に入れて寛いでいることに心中穏やかであるはずがない。
そして、もう一つ。

「・・・・・・・」

今にも斬りかかりそうな勢いの木場が一誠を見ている。
そちらの理由も分かる。
仇を目の前にして、一誠に無理やり連れ戻されたのだ。彼からしたら一誠は自分の命を救うためとはいえ、自分の目的を阻んだ、憎む相手なのだ。
その事がリアスをイラつかせている。

「酷い憎悪だな」

今まで黙っていたゼノヴィアが。

「一誠君から貴方の事は聞いたわ。やっぱり、『聖剣計画』恨みを持っているのね?エクスカリバーと教会に」

と、悲しげにイリナ。
その表情は木場を哀れんでいるかのように見え、代えって木場の怒りを炊きつけるだけだった。
更に憎しみを強める木場は「当然だろ」と肯定した。
しかし、イリナは慈悲深い表情で、

「でもね、木場君。あの計画のおかげで聖剣使いの研究は飛躍的に伸びたわ。だからこそ、私やゼノヴィアみたいに聖剣と呼応できる使い手が誕生したの」

「だが、計画失敗と断じて被験者のほぼ全員を始末するのが許されると思っているのか?」

「それについては俺も同感だな」

多少怒りを露に一誠。

「戦いに勝つために手段を選んでいられない。それは分からないでもない」

だが、

「そいつ等が戦士で死ぬ覚悟をしてまで勝たせようとしたのなら、まだ顔を顰める程度で済むんだが・・・」

瞬間、圧倒的なプレッシャーが一誠から放たれる。

「だけど、そいつ等が戦士ではなく、戦いに身を投じることを嫌だと思っている奴らを強制的に犠牲にするのは下衆のすることだぞ」

一誠の言葉に教会の二人は黙り込んでしまう。
木場でさえも、一誠の纏う威圧感に圧倒されていた。

「・・・その事件は教会内でも嫌悪されたものだ。処分を決定したバルパー・ガリレイは信仰を履き違えたのだ」

と、ゼノヴィアは何とかそれだけ言う。

「で、知らなかった自分たちは関係ない、って言いたいのか?」

「・・・・・・」

一誠に返されて二人は黙り込んでしまった。
まぁ、今それを言っても仕方ない。

「それよりもこれからの話をしようぜ」

「そうね」

話を変える一誠の言葉に誰も異論は唱えなかった。



「で、話を整理しますが、はぐれ悪魔、フィル・バーネットはコカビエルと手を組んだのですね」

「オマケに向こうは私たち悪魔が教会と手を組んでいることを知った」

「ああ。その通りだ」

ソーナとリアスの言葉に頷く一誠。
と、その時、今まで黙っていた木場が、

「イッセー君、どうしてあの時、邪魔をしたんだい?」

憎悪を隠すことなく問いかける彼に一誠はため息を付いた。
別に木場の邪魔をするつもりなど毛頭なかったが、復讐に囚われている彼にはそう思うことしか出来ないのだ。

「別にこっちから行く必要はないだろ。心配しなくても向こうから攻めてくるんだ。向かっていって罠に掛かるよりも迎え撃ったほうが確立は高いぞ」

「・・・・・」

一誠の言葉を聞いて、一先ず納得した木場。

「でも、兵藤。本当に向こうから動いてくるのか?」

と、疑心暗鬼に匙。
その問いかけに一誠は確信を持って頷いた。

「すでにこっちが向こうにアクションを起こしたんだ。今度は向こうが動く可能性が高いはずだぞ」

たった今、コカビエルが光の槍を学校に放っても可笑しくない状況だ、と一誠が言うと、部屋の中に緊張感が走った。

「だから、今のところ出来る限り一箇所に集まろう。出来たら、学校がいいんだが」

「そうですね。その方が安全かもしれませんね。リアスもいいかしら?」

「ええ。構わないわ」

と、一誠の提案をソーナとリアスは快諾した所で、もう一つ聞かなければならないことが一誠にはあった。

「それから部長。念のために、部長の兄貴に増援を頼めないか考えておいてくれないか?」

「・・・・・・」

一誠の言葉にリアスは少し迷った表情をする。
自分の兄。魔王サーゼクス・ルシファーの事だ。

「リアス。私も彼と同じ考えです。相手は聖書に出てくるほどの桁違いのバケモノ。アナタのお兄様に連絡を・・・」

「でも・・・」

冷静に考えれば、一誠とソーナの言っていることは理解できるリアス。
だが、それとは逆に自分の感情がそれを許容しようとしない。
もちろん、これはソーナにも言えることだが、彼女の事情はリアスも理解しているので自分しかいないのだ。
しかし、それでも先の御家騒動で迷惑をかけてすぐにまた別の事で頼ることを渋るのだ。
と、そこで彼女の心情を理解した一誠が、

「まぁ、別に嫌ならそれでもいいさ。俺が何とかしてやる」

「ええ、ごめんなさい、イッセー」

自分の気持ちを汲んでくれた一誠にリアスは感謝する。
だが、それがこの後、彼女が一誠の行為に甘えたことを後悔することになるのだった・・・











それから一同は一先ず、数日は外泊できる荷物を取ってくることとなった。
特に狙われている可能性の高いリアスには一緒の家に住んでいる一誠と同じく同居しているアーシアが付き合い。
ソーナの方は匙を含めて眷属全員が護衛としてつき、何かあれば一誠に連絡が入るようにした。
それから、別に心配な木場には小猫と朱乃が単独行動をしないように見張りを頼んだ。
ちなみに、学校に残っているイリナとゼノヴィアには焔が護衛兼見張りとしている。
これが一誠の指示だった。
のだが、

「・・・・・・・」

夕方から夜に変わった時間帯で朱乃は一人単独で自分の家に向かっていた。
別に一誠の指示に背きたかったわけではないが、彼女には『女王』として、しなければならないことがあった。
主であるリアスが魔王への助力を拒み、一誠がそれを了承したが、不安に感じた彼女は独断でサーゼクスに連絡を取ろうとしたのだ。
そのために単独で自宅に帰っていたのだ。
集合時間は深夜までに学校に集まることだったので、朱乃は余裕を持って帰宅したつもりだった。

「・・・・・・・」

しかし、その彼女は今、呆然と目の前の光景を眺めていた。
自分が良く知る神社が燃えていたのだ。
そのことに朱乃は言葉を失った。
ここは彼女にとって・・・

「一体、誰が・・・」

一般人の仕業では恐らくない。
ならば、コカビエルの仕業か。
この神社は裏で悪魔と約定を結んでいるが、それでも他の神話に喧嘩を売るのと同じだ。
だが、それは戦争を起こそうとするコカビエルにとっては好都合なのかもしれない。
もしも、先の大戦以上のものを欲していれば。

「誰が、こんな事を・・・」

もう一度、絶句しながら搾り出せた言葉。
と、その言葉に答える声が、

「俺だ」

「っ!?」

――――ザシュッ!!














日が完全に落ちたとき、一誠とリアス、それにアーシアは無事帰宅することが出来た。

「では、荷物を纏めてきますね」

「ああ」

一誠が両親に今日は部活の泊まりこみの活動だと、説明した後、アーシアは自分の部屋へ向かった。
集合時間までまだ時間があるが彼女の性格が早めに準備をするのだろう。
そのことに一誠は微笑みながら彼女を見送る。
だが、自分にはそれよりも気にしないといけないことがあった。

「・・・・・・・」

振り返った先に思いつめたような表情のリアスがいたのだ。
一誠はいつもの不適な笑みを浮かべながら、彼女の肩を抱いた。
しかし、彼女の反応は薄い。

「ごめんなさい、イッセー」

「どうしたんだ?」

「またアナタに負担をあけてしまったわね」

「気にするなよ」

抱き寄せる力を強めながら、彼女を自分の胸に頭を預けさせる。
そこで漸く彼女の頬が赤く染まった。
それを一誠は確認してから、

「前に言っただろ。お前は堂々としていろと、そのためなら俺は何でもしてやる」

事実、何とかできるように手は“売った”。

(本当に良かったのか、相棒)

「まぁ、仕方ないさ」

後で泣かれるかもしれないが、それを受け止める覚悟は出来ている。

「イッセー?」

ドライグに答えた呟きを聞いたリアスが不思議そうに問いかける。
だが、一誠は心配ないと、

「とにかく、お前は気にすることは無い。俺がしっかり決めてやるんだからな」

「ええ。そうね。ありがとう、イッセー」

微笑むリアス。
そこには先ほどまでの迷いなどの感情がなかった。
そして、彼女は彼の顔に手を回し、

「これはお礼の先渡しよ」

「ん・・・」

リアスは背伸びをしながら一誠の唇に自分の唇を押し当てた。
数十秒だけキスをしてから、彼女は唇を離した。
それに名残惜しそうにしながら不適な笑みを浮かべる一誠を前にリアスは自分でやっておきながら顔が真っ赤だった。
だが、それを隠そうと一誠に背を向けながら、

「じゃあ、頼んだわよ。私の最強の手下。見事にコカビエルを退けたら、改めて、ご褒美を上げるから」

「おう」

リアスの言葉に一誠はいつもの不適な笑みを浮かべた。
しかし、彼らは気づいていなかった。
決戦の時は自分たちが思っている以上に、近くまで来ていたことを。






それから一誠とリアスはすぐに学校に戻るつもりだったのだが、急に母に呼ばれて二人は台所へ向かった。

「・・・・・・・」

台所に入った途端に言葉を失ったリアス。
一方の一誠は冷静に目の前にいたアーシアに問いかけた。

「何で、裸エプロンになってるんだ?」

そう今のアーシアは裸のままエプロンを付けていた。
さらに良く見てみると、本当は下に水着を着ていたというオチもないようだ。
もっともアーシアは今にも破裂するのではないか心配になるほど真っ赤だが、それが代えって可愛さを引き立てていた。

「えっと、き、桐生さんから聞いたんです。日本のキッチンに入る時は、は、裸にエプロンを着るのが、文化だと・・・・」

「俺としては大歓迎だが、日本文化を勘違いしてやるな。古きよき日本を愛する奴らが怒るから」

むふふ、と笑う母を無視しながら一誠はアーシアの姿を堪能する。
と、隣のリアスが黙り込んでいるのが気になった。

「・・・なるほどね。その手があったわね」

そう言って、リアスは台所から出て行く。

「イッセー、少し待っていなさい。私も着替えてくるから」

「待って、リアスさん。私も手伝うから」

アーシアに対抗意識を燃やしたリアス。
その後に母も追いかけて出て行ったので、台所には一誠とアーシアだけが残った。
だが、それによってアーシアは緊張していた。

「全く、そんな格好をしておいて恥ずかしがるなよ」

「きゃっ!?」

無茶なことを言いながら一誠はアーシアに近づいて、彼女のお尻を撫でた。
その結果、アーシアは真っ赤な表情のまま抗議しようとする。

「イ、 イッセーさん、そういうのは・・・」

「お尻を出しているお前が悪い」

そう言って、一誠はアーシアのお尻をもう一撫でした。

「あ、あの、もしかして、可笑しいですか?」

「ん?一般常識から逸脱しているとは思うが俺は大歓迎だ」

アーシアのお尻を撫でながら彼女の肌がスベスベなことに感動を覚える一誠。
と、そこで一誠はアーシアに問いかけた。

「それよりも大丈夫だったか?」

「え?」

「仕方ないとはいえ、イリナたちと一緒にいるのは辛くはないか?」

「・・・・・」

問いかけに対して俯いてしまうアーシア。
部室でも二人に彼女は怯えていた。
仕方のないことだが、一誠は責任を感じていた。
だが、アーシアはそんな一誠の心のうちを知ってか知らずか微笑みながら、

「大丈夫です。私、悪魔になったことを後悔してません。主への信仰も忘れていません。
でも、主への思いよりも、イッセーさん、部長さん、部員の皆さん、お友達の皆さん、イッセーさんのお父様とお母様、皆、皆のほうが大事です」

だから、とアーシア。

「もう一人は嫌です」

「・・・・・・・」

そう言って、震える彼女を一誠は力いっぱい抱きしめる。
今にも泣きそうな彼女に微笑みながら、

「心配しなくてもアーシアはずっと俺たちと一緒に入れるよ。いや、俺がそうできるようにする」

「はい!!・・・・私、この国に来て良かったです。イッセーさんに出会えて・・・」

そう言って、彼女は一誠の胸に顔を埋めた。
一誠としてはこの体勢からもう一撫でしたいところだが、この雰囲気でやるのは気が引けた。
と、その時、

「イッセー!私も着てきたわよ!!」

同じく、裸エプロンを着たリアスが台所に再来した。
いや、彼女が着ているのはアーシアの着ているよりももっと際どい。

「さて、アーシア、これで料理を始めるわよ!!」

「は、はい!!」

一誠の胸に顔を埋めるアーシアを引き離して、リアスは一緒に台所へ立った。
アーシアも一誠にご飯を作りたいという気持ちがあったので素直に従うが。

「きゃっ!?」

「あぅ!?」

リアスとアーシアから艶やかな悲鳴が上がる。
理由は簡単だ。
一誠が後ろからリアスの胸をアーシアのお尻を触ったからだ。

「イ、 イッセーさん!!」

「ちょっと、イッセー!!これじゃ、料理が出来ないでしょ!!!」

アーシアとリアスから抗議が起こるが、

「美女二人を目の前にして、何もしないのは男じゃないだろ?」

一誠はいつもの不適な笑みを浮かべて二人を可愛がった。










それから深夜、集合時間に間に合うかギリギリの時間まで家にいることとなった。
本当は夕食を食べてから、すぐに行く予定だったのだが、一誠がリアスとアーシアにいつもの調子で迫った所為で二人が動けるようになるまで待っていたのだ。
そして、それが回復して出かけようとした時、

「「っ!?」」

最初に気づいた一誠が窓の外を見ると一目散に部屋を出て、家へ出た。
その後に続いてリアスも飛び出す。その更に後にアーシアにリアスの後ろに隠れた。
仕方のないことだ。
何せ、目の前にいるのは。

「ハロー、イッセー君、アーシアたん。ご機嫌麗しいねぇ!ご機嫌いかが、夜分遅くにごめんちゃ!
あらら、もしかして、イッセー君、美女二人をお楽しみだったかしら?」

相変わらず良く回る舌で軽口を吐くフリード。
だが、一誠はフリードなど目もくれていない。
いや、フリード如き気にしている余裕などない。

「・・・・・・・」

無言で一誠は上空を見上げる。
上級の悪魔など比べ物に成らないほど巨大なプレシャーを放つ者を。
リアスも気づいて、一誠の視線の先を眼で追う。
そこには一人の男が月を背にして浮かんでいた。
堕天使の翼を十枚も持ち、黒い装飾にこったローブを身にまとった男。

フン、と男はリアスを見て苦笑を浮かべ、

「はじめましてかな、グレモリー家の娘。紅髪が麗しいものだ。忌々しい兄君を思い出して反吐が出そうだよ」

本当に忌々しげに挑発をする男。
対して、リアスも気丈に振舞った。

「ごきげんよう、堕ちた天使の幹部コカビエル。それと私の名前はリアス・グレモリーよ。お見知りおきを。もうひとつ付け加えさせてもらうなら、
グレモリー家と我らが魔王は最も近く、最も遠い存在。この場で政治的なやり取りに私との接触を求めるなら無駄だわ」

やはり、目の前の奴がコカビエルのようだ。
一誠はリアスの言葉で相手を理解しながら隙がないか伺う。
しかし、どうやら純粋な実力ではこちらが不利なことが分かった。
と、コカビエルが握りこぶしを前にしながら、ゆっくり手を開いた。

「コイツは土産だ」

手の中から黒い羽が数枚舞った。
見たところ、堕天使のようだが、リアスは怪訝な表情でそれを見ていると、コカビエルが嘲笑いながら、

「混じり物の羽も中々黒いと思わないか?」

「っ!?」

その言葉でリアスは一気に理解でき、激情に駆られた。

「朱乃に何をしたの!!?」

激昂しながら魔力を高めるリアス。
しかし、目の前の堕天使幹部相手にそれは対したことはないらしく、詰まらなそうな表情で一誠を見た。

「赤龍帝、リアス・グレモリーの『女王』を助けたければ、そいつの神社跡に行くことだ」

「神社跡?」

「今日、潰れたのさ。そこでお前の首が欲しい奴が待っている」

そこまでで一誠はどういう意味か理解した。
忌々しく思いながらも、不適な笑みを浮かべて、

「踏ん反り返っている割に、戦力を分断するなんて、俺が怖いのか?」

「っ!?」

瞬間、コカビエルから放たれるプレシャーが強くなる。
その結果、リアスは体を震わせるが、一誠が彼女を守るようにたつ。

「下級悪魔が粋がるな。難なら、お前の後ろの家もろとも吹き飛ばしても構わんのだぞ」

「・・・・・・・」

無言で一誠もコカビエルを睨む。
だが、コカビエルは面白げに笑い、

「中々楽しめそうな相手だな。アイツに譲るのは勿体無いが仕方ない」

そう言って、コカビエルは背を向ける。
だが、思い出したように、

「ああ、それから、俺はお前の根城で暴れさせてもらうぞ。そうすれば、サーゼクスが来るはずだからな」

「・・・戦争狂め」

忌々しげにリアス。
しかし、コカビエルは笑いながら、

「ハハハ!俺はお前の根城で聖剣をめぐる争いをさせてもらう。お前たち魔王の妹が通う学び舎だ。開戦の場には相応しいだろう。
戦争をしよう、魔王サーゼクス・ルシファーの妹リアス・グレモリーよ!」

そう言って、コカビエルは飛び立とうとした。
その後、フリードがいつものように閃光弾を取り出し、

「じゃあね、イッセー君。精々、フィルの兄さんに殺されるんだね」

そう言って、フリードは閃光弾を破裂され、膨大な光が当たりを支配した。
それが収まった時、やはりフリードはいなかったが、今はそれ所ではない。

「部長、どうする?」

彼女の考えは分かるが、念のため問いかける。
そして、答えは当然。

「イッセー、アナタは朱乃をお願い。学園の事は私たちで出来る限りの事をするから」

「分かった。出来る限り、早く戻る」

「イッセーさん、気をつけてください」

「ああ。部長たちも、俺が片付けるまで無茶しないでくれよ!!」

そう言って、一誠は朱乃の氣を探って駆け出した。













深夜の神社。
その近くの木に朱乃は鎖で両手に縛り付けて拘束されていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」

衣服はボロボロに引き裂かれ、胸元から彼女の豊満な胸の下着が覗かせている。
その上、彼女の背中にはコカビエルが付けた大きな傷が出来ていた。
深く斬られた傷は致命傷には幸いならないが、傷口から悪魔にとって猛毒な光が入り込み彼女を苦しめていた。

「ずいぶん息が上がって色っぽいですね」

朱乃の姿を見てバカにしたような声が掛かる。
見ると栗色の髪の男、一誠達から聞いた特徴から、それがフィル・バーネットだと理解する。

「もっとも、アナタみたいな存在に欲情などしませんけどね」

「・・・・どういう意味かしら」

細めでフィルを睨む朱乃。

「コカビエルさんから聞きましたよ。あなた、人間と堕天使の間に生まれた子供だそうですね」

「っ!?」

嘲るフィルの言葉に朱乃は息を飲んだ。
しかし、フィルは言葉を止めない。

「しかも、その後、悪魔に転生して、堕天使と悪魔の翼を半分づつ持っているそうじゃないですか。そんなふざけた何もかも中途半端ば存在、気持ち悪いですよ」

「・・・・・・・・」

フィルの言葉に悔しげに朱乃は拳を握り締める。
その反応をフィルは楽しんでいた。

「もっとも、アナタの母親も堕天使と交わるなんて良識のない、尻の軽い女性だったんでしょうね」

「っ!?」

だが、その一言で朱乃の沸点が振り切れた。

「取り消しなさい!!母さまを悪く言うのは絶対に許さなっ・・・がっ!!?」

しかし、言葉はそこまでだった。
フィルの膝が朱乃の腹部に刺さり言葉を途絶えさせた。

「面白いことを言いますね」

「うっ!!?」

朱乃の頬を殴るフィル。
そして、朱乃の髪を掴んで彼女の顔を上げさせる。

「こんな状況でアナタに何が出来るんですか?」

「うぅぅ・・・・」

憎しみの篭った瞳をフィルに送るが、悔しいが奴の指摘の通りだった。

「今のアナタは僕に殺されるという選択ししかないんですよ」

そう言って、フィルは魔剣ジャスティスを朱乃の首に当てる。
目の前の相手は朱乃を殺すことに何も感じない。
今すぐにでも殺すだろう。
そのことを理解した朱乃は目を瞑った・・・その時、

「おいおい、ずいぶんと女の扱いが雑じゃないか・・・」

「来ましたね・・・」

境内に入った第三者の事を聞いて、フィルは朱乃から剣を話す。
そして、振り返るとその先には彼が待ち望んだ相手、兵藤一誠が石段を登ってやってきたのだった。









神社に入ったとき、一誠の心は怒りで満ちていた。
平気で女を傷つける下衆が目の前にいる。しかも、それは自分の見知った女性を嬲っていた。
何より許せないのは、自分の詰めの甘さでこんなことが起こってしまったことに一誠は激情していた。

「おっと、動かないでくださいね」

神社の境内に入って、フィルに向かって歩こうとした瞬間、朱乃に魔剣を向けた。

「あのはぐれ勇者にも使った手なのですが、今度は上手くやらせてもらいますよ」

アニキに使って負けたのに懲りない奴だ、と一誠。
恐らく、軽い挑発を受けて激情に駆られて負けたのが目に浮かんだ。
だが、フィルはもう大丈夫だと思っているらしいが、

「お前には無理だな」

「何?」

「アニキにボロクソにやられて、こっちの世界に尻尾巻いて逃げた負け犬に何が出来るんだ?」

瞬間、フィルは一誠に向かって光の球を放った。
それを一誠は避けようとするが、

「動くな、といいましたよね」

「っ!?」

フィルは朱乃に剣を向けたままだった。
もしも一誠がよければ、フィルは迷うことなく朱乃を刺すだろう。
ゆえに、一誠は向かってきた光の球を食らうしかなかった。

「出来損ないの癖に、なまじ強いから面倒なんですよね」

そう言って、フィルは自分の攻撃の直撃によって起こった爆煙の中に向かって何度も光の球を放つ。

「イッセー君!!」

何度も放たれるフィルの攻撃を見て、朱乃が悲鳴を上げる。
その隣ではフィルは声高々に笑いを上げている。
と、フィルが攻撃をやめた時、煙の中から一誠の姿が現れた。

「イッセー君・・・・」

「ふふふっ、最初からこうしていれば、早かったですね」

衣服が汚れた姿で出てきた一誠は前のめりに倒れた。
それを見てフィルは一誠が死んだと判断した。

「さて、アナタにも死んでもらいましょうか・・・」

「くっ」

剣を引いて、朱乃の頭に向けて剣先を構えなおすフィル。
だが、その時、

―――ガシッ!!

倒れていたはずの一誠がフィルの腰を掴んだ。
そのことに驚いたフィルだったが、一誠が満身創痍だと思い余裕を見せる。

「何のマネだい?生憎、僕にはそんな趣味はないよ」

「はっ、俺もだよっ!!」

「なっ!?」

瞬間、フィルの視界の世界が反転した。
そして、そのままドラゴンスープレックスでフィルは石畳に頭を叩きつけられた。

「がはっ!?」

「残念だが、お前の攻撃は効かねぇよ!!」

「くっ」

氣で障壁を張ってダメージを最小限にした一誠は『赤龍帝の篭手』を出現させた左腕で石畳に倒れるフィルに拳を叩き付ける。
だが、フィルは頭から血を流しながらも転がるようにそれを回避した。
目標を失った一誠の拳は止まらずに石畳を破壊する。
その横からフィルが剣を突き立ててきた。

「これで死ね!!」

今までの戦闘でフィルはこのタイミングでは一誠が回避するのは間に合わないと考えていた。
しかし、その予想は大きく外れた。
剣先が一誠に当たると思った瞬間、彼の姿が消えたのだ。

「なっ!?」

一誠を見失ったフィルは動きを止める。
その瞬間、一誠の手がフィルの横顔を掴み、そのまま真っ直ぐ走り木に叩きつけた。

「がっ・・・」

叩きつけられたフィルは木を粉々に粉砕して地面に倒れる。
一誠は倒れるフィルを見下ろしながらゆっくり語りだした。

「まじめな話、俺はお前を倒そうと思えば、いつでも倒せたんだよ」

「何?どういう意味だ!!」

一誠の言葉に激昂したフィルが剣を振るうが、それは一誠の篭手に防がれる。

「ブランクがある所為で、力は大体互角だが、神器を使えば簡単にそんな差は開く」

「くぅぅ・・・」

悔しげに剣を押すフィルだが、全くビクともしない。

「だから、ギリギリまで見逃してたんだよ。いいスパーリングの相手だったからな」

「何だとっ・・・」

自分など眼中にない、と遠まわしに言われて怒りのヴォルテージを上げるフィル。
しかし、それでどうにかなる差ではなかった。
一誠はフィルの攻撃をただ一方的に受けたわけではない。
攻撃を受けながら、『赤龍帝の篭手』に力を蓄えていたのだ。
そして、フィルにスープレックスをかます直前に『Explosion!!』で自らを強化していたのだ。

「だけど、こんなことなら最初に始末しておけば良かったよっ」

「ぐぅっ!?」

フィルの腹部を蹴り飛ばす。
それによって距離が開き、一誠は真っ直ぐフィルを見据える。

「さて、そろそろ向こうが心配だから、決めさせてもらうぜ」

「おのれぇええええええええ!!」

完全に一誠に見下されたフィルは特攻するかのように突っ込んできた。
だが、それでも一誠は冷静だった。

「光栄に思えよ。今から新必殺技の犠牲者第一号だ」

『RESET』

一誠は今まで強化していた状態を元に戻す。
そして、突進してきたフィルの一撃を回避する。冷静さを失った一撃なので難なく回避した。
その後、フィルの勢いを殺さないまま後ろへ投げ飛ばした一誠。
その間に、『赤龍帝の篭手』から『Boost!!』と流れた。

「いくぜ!うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

一誠は右の拳を強く握り締める。
右手が輝きだしたのだ。

「何っ!?」

「そんな、光は悪魔にとって毒のはず!!」

一誠の行動にフィルと拘束されている朱乃が驚き声を上げる。
しかし、一誠はそれを気にする余裕はない。

「俺のこの手が光って唸る・・・・」

『Boost!!』

二回目の強化。

「女を泣かせる不届き者を消し去れと輝き叫ぶ!!」

「ば、バカな、何故お前も光が使える!!」

驚くフィルに一誠は何も答えず一直線に突っ込む。

『Boost!!』

三回目の強化が完了すると同時に一誠の右手がフィルの顔面を掴んだ。

「喰らえ!!必殺!シャイニングフィンガー!!!」

『Transfer!!』

『赤龍帝の篭手』に溜められた力を右手の光に譲渡した。
瞬間、強力な光の攻撃がフィルを打ち、木々の向こうに吹き飛ばした。


このことが始まりだった。
近い将来、一誠がある男によって、冥界に広められる名があった。
その名は、キング・・・いや、キチクオブハートと広まるのだった。






「大丈夫か、副部長」

フィルを吹き飛ばした後、一誠は朱乃の身を拘束する鎖を引きちぎった。
そして、彼女の様子を見る。

「背中を深く斬られているな、コカビエルか?」

「はい。ごめんなさい、イッセー君」

「気にしなくていいぜ。それより早くアーシアの元に連れて行ったほうがいいな」

「イ、イッセー君!!」

一刻も早く運ぶために一誠は朱乃を抱き上げた。
良く彼がやるお姫様抱っこだが、それを初めてされた朱乃は頬が赤くなる。
一誠もそのことに気づいているが、からかうことなく駆け出した。

神社の隅、フィル・バーネットが飛ばされた方向で何かが蠢いていることに気づかず。









それから朱乃は暫くすると一誠に抱き上げられる状態に慣れたのか、冷静さを取り戻した。
しかし、彼女にとってはそれは苦痛と向き合うことでしかなかった。
先ほどの、

「アイツに何か言われたのかい、副部長」

「え?」

朱乃のかもし出す空気に何かを察した一誠が問いかける。
だが、朱乃は何でもないと首を横に振ろうとした。
もっとも一誠にはそんな事は通用しない。

「別に頼ってもいいんだぜ、朱乃」

「え?」

初めて呼ばれた自分の名前に朱乃は驚く。

「普段から、キャラ作りなのもあるのかもしれないけど、無理に頼れるお姉さんになろうとしなくていいんだぜ」

「む、無理なんかしていませんよ」

いつもの調子で「うふふ」、と笑う朱乃だが、それは何処かぎこちない。

「何で、頼りにしてほしい、自分を必要としてほしいのか、今は聞かないけど・・・」

言葉を一度切って、優しい微笑を朱乃に向ける。
それを見ていた朱乃には一誠の顔と綺麗な月が重なるように見え、鼓動が何故か早くなっていしまう。

「俺の前では普通の女の子みたいに感情を抑えなくても構わない。ちゃんと全部俺が受け止めてやるから」

「っ!?」

その言葉が止めとなって、朱乃は顔が赤くなってしまった。
だが、それを気づかれるのが恥ずかしいのか、

「じゃ、じゃあ、イッセー君。先ほどの攻撃ですが。前にアーシアちゃんの件で現れた堕天使と同じ光の力を感じたのですが?」

「・・・・・・」

露骨に話題を変えた朱乃だが、それは成功した。
一誠がほんの少し気まずい顔をした。

「もしかしてですが、イッセー君の力は、倒した相手の・・・」

言葉はそこまでだった。
だが、今度はフィルのように殴られて止められたわけではない。
一誠が人差し指を立てて、彼女の唇に当てたのだ。

「頼むよ」

気まずげに一誠。
この行動からして秘密にしてくれ、と言う事だろう。
だが、一誠の弱みを見つけた朱乃は自身の性分と二人だけの秘密ということに興奮した。

「うふふ、それでは駄目です」

「ん?」

「それじゃあ、私は喋ってしまうかもしれませんよ」

意地悪に笑う朱乃。

「じゃあ、どうしたらいいんだい?」

やれやれ、と一誠は何かしらの条件を飲むことを覚悟した。
しかし、朱乃の言った言葉は一誠の予想を大きく裏切った。

「指ではなく、唇で塞いでください」

「え?」

朱乃の言葉に一誠は呆けてしまう。
何せ、朱乃は一誠にキスをしろ、と言ったのだから。

「良いのか?」

「イッセー君こそ、この口を塞がなくていいのですか?」

と、色っぽく自らの唇を撫でる朱乃。
その行動に一誠は不適に笑いながら、

「仕方ないな・・・」

満更でもないと一誠は家々の屋根を飛び越えながら、朱乃の唇に自分の唇を当てて、彼女の口を塞ぐのだった。



だが、こうしている間でも、彼は学園にいるコカビエルに意識が向いていた。
コカビエルの誤算はフィルと一誠を戦わせるために女を人質にしたことだろう。

ちなみに、コカビエルのもう一つの誤算は、自分が以前いた本拠地で一人の男が暴れていたことであろう。









あとがき
やっと書けました。
少し長くなりましたが今回の話は完成です。今回の話から少しずつ原作から離れていきます。
そして、とりあえず朱乃攻略でいいでしょうか?
一応、三章であと二人一誠に攻略させる予定になっています。

一つ、今回の話で心配なのは、一誠の新必殺技、シャイニングフィンガー。
錬環頸氣功の特性の一つである。
倒した相手の能力を得ることが出来るをどう活用しようか考え、以前は光耐性のみだったのですがアドバイスを貰い、攻撃にも転じられるようにしました。
もちろん、そのままの手では光を打つことは出来ませんので、少し一誠の手に細工がされていますが。
今、一誠が持っている属性攻撃は光と炎、この二つを見たとき不意に思い浮かんだものです。

この一誠でおっぱいドラゴンは難しいので、代案として、鬼畜オブハートにしましたが、如何でしょうか・・・
あくまで現段階なので決定ではありませんが、よろしければご意見をください。

ちなみに、次回は元日、新年が明けると同時に更新できればと思っています。
ギリギリまで仕事があるのですが頑張るのでよろしくお願いします。



[32327] 第三章八話
Name: マグナム◆82290672 ID:63883877
Date: 2013/01/01 00:00
コカビエルと遭遇してから一誠と別れた後、リアスは自分の眷属と生徒会のメンバーを学園の近くの公園に集めた。
幸いなことに、まだこちらのメンバーは学園に入っていなかったことだろう。
そう、こちらのメンバーは。

「コカビエルは間違いなく学園にいるわね」

「ええ。そして、教会の聖剣使いが戦っている可能性が高いですね」

と、ソーナの言葉は頷ける。
一誠の使い魔、焔がいるとはいえ、二人が戦わないなんてことはありえないだろう。
その場合、二人がやられる可能性は高いだろう。

「リアス。こうなった以上、サーゼクス様に応援を頼みましょう」

と、ソーナ。
こちらは朱乃を人質に取られただけでなく、一番の戦力だった一誠とも分断されたのだ。
その判断は至極もっともなことだ。

「ええ、それなら、もう報告したわ」

だから、リアスは自分で自分の兄であるサーゼクスに助力を頼んでいた。
不本意なのは仕方ないのだが、ここまで自分のプライドなどリアスは貫くつもりもない。

「お兄様の加勢が到着するまで一時間。それまでは私たちが注意を引くしかないわ」

「一時間ですか・・・」

リアスの言葉を聞いて、ソーナは顎に手を当てて考える。
彼女の考えることは分かる。
一時間でも、一誠と朱乃がいない状況では厳しいのはリアスにも分かっている。

「それでもやるしかないわ。ところで、今、学園の方は大丈夫なの?」

「学園は巨大な結界で覆っています。余程のことがない限り外部に被害はないはずです」

と、匙。

「あの、リアス先輩」

「何かしら?」

報告した後に匙が少し躊躇いながらリアスに問いかける。

「兵藤の奴は大丈夫でしょうか・・・・」

「・・・・・」

その問いかけにリアスは黙り込んでしまう。
少し離れたところにいるアーシアも心配そうにしていた。
だが、すぐにリアスは自信満々に、

「大丈夫よ、あの子は私の自慢の『兵士』だもの。すぐに朱乃を助けて、こっちに来るわ」

「そうですか・・・」

もっとも、状況的に朱乃が助けられるお姫様ポジションと言うことが不謹慎かも知れないが羨ましく思ってしまう。
だが、そんなことを言っているほど余裕があるわけではない。

「じゃあ、私たちは学園に入ってコカビエルの注意を引くわ」

「分かりました。ならば、我々は配置について結界を張り続けます」

「ありがとう、ソーナ」

「ですが、リアス。これは最小限に抑えるもの。弱気なことを口にしたくありませんが、コカビエルが全力で暴れれば・・・」

「分かってるわ」

ソーナの言いたいことは分かっている。
コカビエルが本気になれば、この町は跡形もなく吹き飛んでしまうかもしれない。
現に、すでに向こうはその準備に入っているのだ。

「・・・それに焔も心配です」

と、一誠以外では焔と一番仲が良い小猫。
そのことにはリアスも頷く。
焔のことだから、一誠の命令には絶対に服従。
一誠が二人を守るように言っていれば、あの子は最後までそれを完遂しようとするだろう。

「さて、私の下僕たち。私たちはオフェンスよ。相手はコカビエル。フェニックスとの一戦とは違い死戦になるわ。
だけど、死ぬことは許さないわ!お兄様の援軍が来るのは一時間。いえ、それよりも早く一誠が必ず来るはずよ!
生きて帰って、皆でまた学園に通うわよ」

『はい!』

リアスの言葉に眷属が決意を口にする。
もう一度確認するが、今の戦力は一誠と朱乃を除き、『王』のリアスとアーシア、小猫、木場だけだ。
戦力不足は仕方ない。
そこは自分の『王』としての指揮に掛かっている。

そうリアスは自分を奮起させ、戦いに望むのだった。













それからリアスたちは校門から堂々と学園の中へと入る。

「これは・・・」

だが、入った瞬間、グレモリー眷属たちは言葉を失った。
目の前に広がる光景は。

「くっ」

「うぅ・・・」

エクスカリバーを地面に突き刺し、片膝を付いているゼノヴィア。
その姿は体中に掠り傷を作り、肩で息をしてる状態だった。
しかし、その怪我も隣にいる焔に加えられたイリナに比べれば、大したことはない。
ゼノヴィアと同じく全身傷だらけなのは同じだが、彼女のほうが傷の度合いが深いのか血まみれの状態だった。

「来たか、リアス・グレモリー」

「っ!?コカビエル・・・」

上から降り注いだ声に全員が空を見ら上げると、そこには空中で椅子に足を組んで座るコカビエルがそこにいた。
と、コカビエルは怪訝な顔をしている。

「サーゼクスはどうした?もしくは、セラフォールは?」

「お兄様の代わりに私たちが相手をするわ!!」

詰まらなそうにするコカビエルに対してリアスは消滅の魔力弾を放つ。
しかし、それをコカビエルは片手で何事もなく弾き飛ばした。
当然の結果だが、悔しそうにするリアス。
対して、コカビエルは白けた表情をしている。

「この程度で俺をどうこうできると思っているのか?」

「くっ・・・」

リアスの後ろで小猫と木場が戦闘態勢を取る。
と、そこでゼノヴィアが焔と一緒に彼女らの隣に立った。

「すまないな、リアス・グレモリー。ここは手を組んでコカビエルと戦おう」

「ええ、最初からそのつもりよ」

と、そこでゼノヴィアがリアス達を見ながら、不意に問いかけた。

「ところで、赤龍帝はどうした?それに君の眷属が少し少ないが・・・」

「残念だけど、コカビエルに分断されたわ」

「何!?」

ゼノヴィアが驚愕する。
その中で、アーシアが彼女らの後ろに降ろしたイリナに近づいた。

「イリアさん、大丈夫ですか!?今、治療をします」

「あ、あなた・・・」

辛うじて、意識のあったイリナがアーシアの行動に驚く。
だが、アーシアは自らの神器、『聖母の微笑み』(トワイライト・ヒーリング)の緑色の淡い光を出して彼女の治療を行う。

「どうして、私を治すの?」

部室で酷いことを言った自分を治すアーシアにイリナは戸惑う。
だが、アーシアは何も答えず、ただ彼女の治療に専念する。

「・・・・・・・」

そんな彼女をイリナは聖女のようにみえるのだった。
と、そこでリアスもあることに気が付いた。

「ところで、彼女のエクスカリバーが見当たらないけど、どうしたの?」

問いかけながら、頭の中で最悪の展開を頭に考えるリアス。
だが、その予想は当たっていた。

「・・・一瞬のことだった。コカビエルの放った光の槍を完全に避けることが出来なかった。
イリナは近い位置にいたが、あの使い魔のお陰であの程度で済んだのだが、『擬態の聖剣』を奪われてしまった」

悲痛の表情でゼノヴィア。
しかし、その瞬間、校庭に大きな魔法陣が出現し、上空では四本のエクスカリバーが浮かんだ。

「これは、一体・・・」

「四本のエクスカリバーをひとつにするのだよ」

と、魔法陣の中心に立っていた男が答える。

「バルパー・ガリレイっ・・・・」

魔法陣の中心に立つバルパーを憎悪を込めて睨みつける木場。
そのままバルパーに向かって斬り込もうとした。
しかし、

ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

「っ!?」

木場の進路を焔が放った炎に引けを取らない業火が行く手を塞いだ。

「・・・ケルベロス!」

闇夜からズシン!ズシン!と現れた十メートルはある四足の巨体な生物。
六つの血のような真紅な瞳に、三つの頭部を持った犬のようなそれをリアスは忌々しげに見た。
本来は冥界へ続く門への近辺に生息し、地獄の門番と言う異名を持つ魔物。

「それを人間界に連れ込むなんて・・・」

「余興だ。これから始まる儀式までのな。バルパー、どれぐらい掛かる」

「五分も掛からんよ、コカビエル」

「そうか。ならば、それまでは俺のペットに相手をしてもらおう」

ギャァアアアアア!!

コカビエルが言い終えると同時にケルベロスがリアスたちに向かって駆け出した。

「来るわよっ!!」

「くっ・・・」

リアスの掛け声に構えるメンバー。
その後ろには傷ついたイリナとそれを治療するアーシアがいるため、彼らには迎え撃つしかない。
ゼノヴィアですらエクスカリバーを引き抜いて構える。

「喰らいなさいっ!!」

真っ直ぐ向かってくるケルベロスにリアスは消滅の魔力の篭った魔力弾を放つ。
しかし、ケルベロスはそれを高く跳躍して回避すると、リアスたちが固まっている場所に三つの頭から炎を放とうとする。

「・・・させません!!」

炎を放とうとするケルベロスの腹に小猫が殴る。
『戦車』のパワーによって殴り飛ばされたケルベロスだが、地面に難なく着地した。
そこへゼノヴィアがエクスカリバーで斬りかかるのを見たケルベロスは逃げようとするが、

「逃がさないよっ!!」

その四本の足に木場が魔剣を地面から突き出し、釘付けにした。

「はぁあああああああああ!!」

――――ザシュッ!!

完全に動きを封じたケルベロスをゼノヴィアのエクスカリバーの一撃によって首の一つを斬り飛ばした。
斬り口から黒い鮮血が噴水のように飛び散った。

「聖剣の一撃は、魔物にも無類のダメージを与える!!」

そう言って、ゼノヴィアはケルベロスの胴体を真っ二つに斬り裂いた。
真っ二つになったケルベロスは塵芥となって霧散してしまう。
すると、ゼノヴィアはエクスカリバーを空中で自分たちを見下しているコカビエルに剣先を向ける。

「さぁ、イリナのも含めた教会から奪ったエクスカリバーを返してもらうぞ」

目を鋭くしてコカビエルを射抜くゼノヴィアだが、コカビエルはそれを鼻で笑った。

ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

「えっ!?」

「もう一体いたの!!」

ゼノヴィアの背後からアーシアとイリナの悲鳴が聞こえる。
振り返ると、そこには先ほどとは別のケルベロスがアーシアとイリナの方へ向かった。

「しまった!!」

「アーシアさん!!」

それを見たゼノヴィアと木場は二人を救おうと駆ける。
リアスと小猫も気が付いたが二人まで距離があり、ケルベロスの牙が二人に当たろうとする。

「イリナ!!」

「きゃぁああああああああ!!」

ゼノヴィアが叫ぶが非常にもケルベロスは止まらない。
悲鳴を上げるイリナ。
だが、アーシアは気丈にもイリナの前に立って彼女を庇おうとする。

「アーシア!!」

リアスも魔力弾をケルベロスに放とうとするが、それよりも早くケルベロスの牙が二人を捕らえる。
――――かのように見えた。

「グワァアアアアアアン!!」

「焔!!」

ケルベロスと二人の間に白い影が入り込んだのが見えたと思った瞬間、焔がケルベロスの頭の一つの首に喰らいついた。
助けられたアーシアは嬉しそうな焔に呼びかけるが、焔はただ作業的にケルベロスの首を食いちぎった。
そこから、また黒い鮮血が滴り落ち、ケルベロスは痛みでのた打ち回った。
だが、すぐに怒りで激情し、焔に向かって炎を吐いた。
瞬間、焔の姿が消え、次の瞬間、ケルベロスに爪を突きたて深々と抉った。
それによって、ケルベロスは呻き声を上げて倒れ伏すと、焔はケルベロスに向かって炎を放った。
先ほど相手にしていたケルベロスの炎に引けを取らない業火に焼かれたケルベロスはそのまま消滅してしまった。

「ほう」

それを見たコカビエルは感心したように声を上げる。

「これは面白いな。見たことのない生物だが、俺のケルベロスを倒すとはな。そちらも面白いペットを持っているな」

と、その時、焔がコカビエルに向けて炎を放った。
それをコカビエルは避けることなく、受けたように見えた。

「だが、俺を相手にするには足りんな」

光の槍で炎を斬り払ったコカビエル。
そこには椅子すら焦げていない状態だった。
悔しそうにコカビエルを見るリアス達。対して、コカビエルは全く詰まらなそうにしている。

「お前は楽しませてくれるのか?・・・・赤龍帝」

「え?」

校門の方へ目を向けるコカビエルにリアス達も振り返った。
そこには、

「さて、どうだろうな?」

「イッセー!!」

朱乃を抱き上げて、堂々と校庭に入ってきた一誠がいた。




校庭へ入った一誠は目の前に広がる異様な光景があった。
だが、まずは、と一誠はアーシアへと近づいた。

「アーシア、副部長を頼む」

「あ、はい!!」

アーシアの近くに朱乃を下ろす一誠。
背中を深く斬られた朱乃を見たリアスは慌てて彼女に近づいた。

「朱乃!大丈夫なの!?」

「はい、部長。ご心配をかけました」

「いえ、無事でよかったわ」

そこでイリナの治療を終えたアーシアは朱乃に近寄りながら一誠にも目を向けた。

「イッセーさんは大丈夫ですか!?」

「ああ。俺は大丈夫だから、副部長を診てやってくれ」

「はい!!」

一誠が無事だったことに安心したアーシアは張り切りながら朱乃の怪我を治しに行った。
その入れ違いのようにイリナに近づいた。

「よう、大丈夫か?」

「イッセー君・・・」

何処か浮かない顔をするイリナ。
校庭にある四本のエクスカリバーとイリナの手元にエクスカリバーがないことで察した。
もっとも、彼女が憂いているのは他にもあるらしい。

「あの子は、如何して私の怪我を治したの?」

「別に、あいつは自分に出来ることをしただけだ」

そう言って、イリナの頭に手を置いて立ち上がった。その時、

「先輩、後ろ!!」

ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

小猫が叫んだ後に、三体目のケルベロスが一誠の後ろから噛み付こうとしていた。
だが、

「五月蝿い、イヌ公だな」

一誠は振り返り様に魔導具を大剣に変え、ケルベロスに突き刺した。
そして、そこから大量の氣をケルベロスに流し込み、膨張させると、次の瞬間、ケルベロスが風船のように破裂し、そのまま消滅してしまった。

「・・・・・・・・・」

余りに呆気なくケルベロスを倒してしまったことに近くにいたイリナも他のメンバーも驚き声も出なかった。
もっとも、コカビエルだけはニヤリと面白そうに笑った。
ここに一誠がいるということはフィルが遣られたことを意味するのだが、コカビエルにはそれは如何でもいいことらしい。
まぁ、別に一誠もそのことは如何でもいい。

「悪いな、部長。少し遅れたか?」

「いえ、よく来てくれたわ」

何事もなかったかのように話しかける一誠にリアスは安堵する。

「で、どういう状況なんだ?」

「今、イリナから奪ったエクスカリバーも含めて、四本のエクスカリバーを統合する儀式を行っているらしい」

と、ゼノヴィアが自らのエクスカリバーを構えながら答える。

「儀式?」

「そう。そして、それは完成したよ」

バルパーの声が響く。
それと同時に四本のエクスカリバーが校庭を目も開けないほどの光で満たした。

「四本のエクスカリバーが一本になる」

空中にいるコカビエルが拍手をする。―――まるで舞台の幕が上がった観客のように。
そして、校庭を満たす光が収まったとき、校庭の中央に青白い光のオーラを放つ一本のエクスカリバーがあった。

「エクスカリバーが一本になった光でもう一つの術式も完了した。あと二十分もしないうちにこの町は崩壊するだろう。解除にはコカビエルを倒すしかない」

『っ!?』

バルパーの言葉に全員が息を飲む。
まだ十分も経過していない状況では、とてもではないが兄の援軍は間に合わない。
自分たちが遣るしかない、とリアスは改めて決意したとき、

「フリード」

「はいな。ボス!」

コカビエルに呼ばれ、暗闇からフリードが姿を現した。

「陣のエクスカリバーを使え。最後の余興だ。四本の力を得たエクスカリバーで戦って見せろ」

「ヘイヘイ。まーったく。俺のボスは人使いが荒いさぁ。でもでも~、チョー素敵仕様になったエクスなカリバーちゃんを使えるなんて光栄の極み!みたいな?
ウヘヘ!これなら、負け犬のフィル君から生き残った憎きイッセー君をチョッパー出来るかな~」

気持ちの悪い視線を一誠に向けながらフリードは一つとなったエクスカリバーを握る。
それに全員が身構えた。ただ一人、アーシアと治療を受けている朱乃を守るように立ちはだかっている一誠を除いて。
と、そこでゼノヴィアが木場に話しかけた。

「リアス・グレモリーの『騎士(ナイト)』、共同戦線ならば、あのエクスカリバーを共に破壊しようではないか」

「いいのかい?」

木場の問いにゼノヴィアは不敵に笑う。

「最悪、私はあのエクスカリバーの核になっている『かけら』を回収できれば問題ない。フリードが使っている以上、あれは聖剣であって、聖剣ではない普通の武器と同じだ。
使う者によって、場合も変わる。―――あれは異形の剣だ」

「くくく・・・」

木場とゼノヴィアのやり取りを聞き、バルパーが笑う。
それに頭では冷静を装っている木場が一歩踏み込んで、憎悪の視線をバルパーに向けた。

「バルパー・ガリレイ。僕は『聖剣計画』の生き残りだ。いや、正確にはあなたに殺された身だ。悪魔に転生して生きながらえている」

「ほう、あの計画の生き残りか。数奇なものだ、こんな極東の国で会うことになるとは」

しかし、バルパーは木場の憎悪を小馬鹿にしたように言葉を紡いだ。

「―――――私はな。聖剣が好きなのだよ。それこそ、夢にまで見るほど!幼少のころ、エクスカリバーの伝記に心を躍らせていた。だからこそ自分に聖剣使いの適性が無いと知ったときの絶望といったらなかったのだ」

突然、自らの昔話を始めたバルパー。

「自分では使えないからこそ、使える者にあこがれを抱いた。その想いは高まり、聖剣を使えるものを人工的に造り出す研究に没頭するようになったのだよ。そして完成した。キミたちのおかげだ」

「なに?完成?僕たちを失敗作だと断じて処分したじゃないか」

バルパーの言葉に眉を吊り上げて怪訝そうに問いかける木場。
その言葉の通り、成功したのならば処分などする必要は何処にもない。
だが、

(まさか・・・)

「聖剣を使うのに必要な因子があることに気づいた私は、その因子の数値で適正を調べた。被験者の少年少女、ほぼ全員に因子はあるものの、どれもこれもエクスカリバーを扱える数値に満たなかったのだ。
そこで私は一つの結論に至った。ならば『因子だけを抽出し、集めることはできないか?』とな」

(やっぱり・・・)

「なるほど。読めたぞ」

一誠が結論に至ったとき、ゼノヴィアも真相に行き着いたらしく忌々しい表情をする。

「聖剣使いが祝福を受けるとき、体に入れられるのは…」

「そうだ、聖剣使いの少女よ。持っている者たちから、聖なる因子を抜き取り、結晶を作ったのだ。こんな風に」

そう言って、バルパーは懐から聖なるオーラを放つ球体を取り出して見せた。

「要するに、木場やその同士たちは生贄って事かよ」

大剣を握る手を強めながら憤怒する一誠。

「いけない事かな?研究に犠牲は付き物だ。それによって聖剣使いの研究は飛躍的に向上した」

「そんな・・・」

バルパーの言葉を聞いて絶句するイリナ。
だが、次の瞬間、バルパーは激情した。

「それなのに!教会は私を異端者として排除し、私の研究資料だけを奪った!!だが、その様子では私の研究は違うものが引き継いだらしいな。
ミカエルめ!私を断罪しておきながら、その結果がこれか!!もっとも奴のことだ。私のように因子を抜いたものを殺すまではしていないだろうがな。
その点では私よりも道徳的だな」

くくく・・・と狂ったように笑うバルパー。

「同志たちを殺して、聖剣適性の因子を抜いたのか?」

怒りを通り越して、冷たい殺意しかもたない状態で木場が。

「そう。この球体はその時のものだ。三つほどフリードに使ったがね」

「ヒャハハ!俺以外の奴らは途中で因子に身体が付いていけなくて、死んじまったけどな!そう考えると俺様かなりスペシャル?」

狂った二人が笑うのを見て、木場は拳を握り絞めた。

「・・・バルパー・ガリレイ。自分の研究、自分の欲望のために、どれだけの命を弄んだんだ・・・」

だが、バルパーは木場の言葉を笑い、手に持った球体を木場に投げつけた。

「皆・・・」

それを木場は愛しそうに拾い上げた。あらゆる感情が彼の中で渦巻く。
瞬間、結晶が光だし、青白い光が人の形となって木場に囲んだ。

「ふん、この戦場に漂う様々な力が因子の球体から魂を解き放ったか、くだらん」

「くだらないだと・・・」

バルパーの言葉に一誠が怒りを露にする。

「その通りだ。因子など、環境が整えば、後で量産出来る段階まで研究はきている」

と、勝ち誇ったようにバルパー。

「まずはこの町をコカビエルと共に破壊しよう。後は世界の各地で保管されている伝説の聖剣をかき集めようか。
そして聖剣使いを量産し、統合されたエクスカリバーを用いて、ミカエルとヴァチカンに戦争を仕掛けてくれる。
私を断罪した愚かな天使どもと信徒どもに私の研究を見せ付けてやるのだよ」

「・・・・・・・」

声高らかに宣言したバルパーに一誠は沈黙した。
だが、それは数秒で持たなかった。

「ぷっ・・・」

「ん?」

「ふ、ふはは、あははははは!!」

突然、狂ったように一誠は腹を抱えて笑い出した。
その行動に周りの人間が目を見開いた。

「イ、イッセー?」

「はははっ!!やばっ、マジで笑える・・・腹が痛ぇ・・・」

リアスに心配されるが、一誠は笑うことを止めない。
まるで、バルパーを馬鹿にするかのように。

「何が・・・何が可笑しい!!」

一誠の態度に激昂するバルパー。
だが、一誠は、これが笑わずにいられるか?と言う。

「漸く聖剣使いが二人だけだった理由が分かったぜ」

「どういう意味だ・・・」

「やっぱり、聖剣の二本をお前に渡すためだな」

「何だと?」

一誠の言葉にゼノヴィアが不思議そうに問いかけた。

「大方、今回のお前の計画は教会にバレていたんだろう。統合されたエクスカリバーを後で奪い返すために、残りの二本を運ぶのと、奪い返すのがイリナ達の役目だったんだろうな」

「そんなこと・・・」

「もっとも、それがヴァチカンの独断だったから、天使は介入していないんだろう」

「・・・・・・・」

そこまで言って、バルパーは黙り込んでいた。
そんな彼に一誠は止めを口にした。

「要するに、お前は最初からヴァチカンの上層部に手の平の上で踊らされていたんだよ。それなのに勝ち誇った面してるんだ、滑稽の極みだぜ、お前」

「き、貴様・・・・」

怒りで全身を振るわせるバルパーはフリードに命じる。

「フリード!!アイツを殺せ!!!!」

「はいよ!!」

その指示を待っていましたかのようにフリードが一誠に飛び掛る。
だが、一誠は大剣を構えず、ただフリードを見据える。

「生憎、お前の相手は俺じゃないよ。そうだろ、木場?」

「ああ!!」

―――ガギィン!!

と一誠の横をすり抜けて木場がフリードの一撃を受け止めた。
だが、その手に持っているのは、いつも彼が使う魔剣ではない。
神々しい光を放った剣。

『相棒』

「ああ」

『あの『騎士』は至った』



「な、何だよ、その剣!!」

自らのエクスカリバーを受け止められ驚愕するフリード。

「これが僕の“禁手”(バランス・ブレイカー)、『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』。聖と魔を有する剣の力、その身で受け止めるといい」

「なっ!?その駄剣が、本家の聖剣を上回るのかよ!!」

「それが、本物のエクスカリバーなら勝てなかっただろうね。だけど、そのエクスカリバーでは僕の、僕と同士たちの思いを断つことは出来ない!!」

木場祐斗という人物はずっと自分の中に葛藤があった。
自分だけが生き残り、平和に過ごしていいのか、と。
だが、彼が取り込んだ、因子の結晶、同士たちの魂が語りかける。

『自分達の事はもういい。キミだけでも生きてくれ』

その言葉に木場は涙を流しそうになる。
そして、頭の中には同士が歌う聖歌が響いた。

『僕らは1人ではダメだった』

『私達は聖剣を扱える因子が足りなかった。けど』

『皆が集まれば、きっと大丈夫』

木場を思いやるような言葉が因子から漏れ出す。

『聖剣を受け入れるんだ』

『怖くなんてない』

『たとえ、神がいなくても』

『神が見ていなくても』

『僕達の心はいつだって』

『―――――ひとつだ』

「・・・ああ。そうだ!!」

同士の言葉を聞き、更に木場は聖魔剣を握る力を強める。

「チィ!伸びろォォォォォ!」

フリードの意思に従うかのようにエクスカリバーが伸びる。
『擬態の聖剣』の能力。
恐らく、統合されたエクスカリバー全ての能力が使えるのだろう。
だが、その斬撃は木場には当たらない。

「なんでさ!なんで当たらねぇぇぇぇぇぇぇッ!無敵の聖剣様なんだろぉぉ!?昔から最強伝説を語り継がれてきたじゃないのかよぉぉぉぉ!」

絶叫するフリード。
そのエクスカリバーの剣先が消えた。

「なら!こいつも追加でいってみようかねぇぇっ!」

透明の聖剣』の能力も付与してきたようだ。
しかし、それでも攻撃は当たらない。

「っ!?」

そのことに驚愕するフリード。

「そうだ。そのままにしておけよ」

その時、ゼノヴィアが横から突っ込んできた。

「ぺトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

左手にエクスカリバーを持ち、右手を宙に向ける。
瞬間、彼女の右手に別の聖剣が出現した。

「この刃に宿りしセイントの御名において、我は解放する。デュランダル!」

引き抜いた聖剣を高らかに宣言するゼノヴィア。
その言葉にコカビエルとバルパーは驚愕した。

「貴様、エクスカリバーの使い手ではなかったのか!」

「そもそも、まだデュランダルの研究は進んでいないはず!!」

「残念。私は元々聖剣デュランダルの使い手だエクスカリバーの使い手も兼任していたにすぎない。
そして、私は数少ない天然の聖剣使いさ」

そう宣言すると、ゼノヴィアはフリードに剣を振り下ろす。
その先には枝分かれした透明のエクスカリバーの刃があったのだろう。
もっとも、それは甲高い砕けれる音が響いた。

「そんなのアリですかぁぁぁ!?ここにきてのチョー展開!クソッタレのクソビッチが!」

そこへ木場がフリードに近づき、聖魔剣を振るう。
それをフリードは受け止めようとしたが。

――――バキィイイイン!!

儚い金属音と共に、エクスカリバーは砕け散り、

「がふっ・・・」

フリードの身体を木場の剣が肩から脇腹まで斬った。



「せ、聖魔剣だと……?あり得ない……反発しあうふたつの要素がまじり合うなんてことはあるはずがないのだ」

木場の聖魔剣をバルパーは呆然と見つめる。
だが、不意に何かに気付いたように。

「そうか!わかったぞ!聖と魔、それらを司る存在のバランスが大きく崩れているとするならば説明はつく!つまり、魔王だけでなく、神も……」

そこまで言った所で、光の槍がバルパーに向かって飛んできていた。
それが刺さると誰もが思ったが。

―――ガギィン!!

一誠がバルパーの間に入って、大剣で槍を斬り払った。

「何故、助ける?」

問いかけるコカビエル。

「何で、こいつを殺そうとする」

逆に一誠が問いかけると、コカビエルは鼻で笑い。

「別に必要ではなかったからな、そいつは。優秀だったが、最初から俺一人でもやれる」

まるで気まぐれのように言うコカビエル。
その言葉にバルパーは怒りよりも恐怖に駆られ一誠に泣きつこうとした。

「た、助けてくれ!!私を助けてくれれば・・・」

「黙れ」

バルパーの言葉を遮って、一誠は腹を蹴り飛ばした。
その先には・・・

「木場、お前が決めろ」

「うん」

聖魔剣を構えた木場がバルパーの前で振り上げていた。

「ま、待て!助けてくれ!!」

「貴方は同士や、被験者がそう懇願して聞き入れたのかい?」

「た、頼む!助けて・・・」

―――ザシュ!!

言葉はそこまでで、木場はバルパーの首を斬り飛ばした。
そして、手に持った聖魔剣を見ながら、

「仇はとったよ」









あとがき
あけましておめでとうございます。
新年初の投稿です。
少し原作とは違いますが、基本的な流れは同じになりました。
ですが、次回は完全に違う点があります。

もう一つの方はもう少し掛かりそうです。
スペシャルなのでこちらも元日に投稿できたら良いと思っていますが、遅れるかもしれません。
ですが、頑張って完成させますので。

今年もよろしくお願いします。



[32327] 第三章九話(前編)
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/01/15 21:43
「さて、前座は終わりだな」

木場によって首のなくなったバルパーの死体を横目に見ながら一誠はコカビエルと向かい合う。
そこには未だに椅子に足を組んで座っているコカビエルの姿があった。
やはり、奴にとってフリードもバルパーも如何でも良い駒だったようだ。

「で、一応聞くが、最初の目的は破談したようだが、どうするつもりなんだ?」

「当然、俺だけでも続けるさ。まだ戦争を起こすことは出来なくないからな」

と、一誠の問いに答えたコカビエルがリアスに向かって光の槍を投棄した。

「っ!?」

彼女も槍が向かってきたことに気づいたが完全に避け損ねている。
しかし、

「やっぱ、そうか」

大剣を持った一誠がその槍を弾いた。
弾けれた槍は強大な光の力を込められていたらしく、体育館に直撃するとそれを完全に破壊してしまった。
その光景に一誠以外のメンバーは戦慄した。

「部長」

「え!?」

一誠に呼ばれてリアスは正気に戻る。

「オフェンスは俺一人で良い。部長と残りは援護を頼む」

「イッセー・・・」

リアスが何か言うよりも早く一誠はリアス達から離れ、コカビエルと対峙した。

(スゲェ、重圧だな)

改めて、感じるコカビエルの力量。
だが、グレイフィアほどでなければ、暁月よりも実力は低いように感じる。
それでも今の自分には強敵だ。

「俺の前に立ちはだかるか、赤龍帝」

「ああ」

大剣を構える一誠。
だが、コカビエルはまだ一誠の実力を過小評価しているらしく、槍を手にしているが椅子から動かない。
一誠にとっては好都合だった。

リアス達には支援を頼んだが、自分とコカビエルの戦いの間に入り込むことは恐らく、今のメンバーでは難しいだろう。
自分で言っておいて難だが、期待して戦わないほうがいいだろう。
そう結論付けると、一誠は周りが消えたと錯覚するほどの速度でコカビエルに向かって駆けた。
翼を広げて一直線に駆けた一誠は大剣をコカビエルに向けて振り下ろす。
しかし、それはコカビエルには当たらずに椅子を真っ二つに割った。

「中々やるではないか赤龍帝!!」

と、横から興奮気味な口調で叫びながらコカビエル。
見ると、先ほどリアスに向けて投擲した槍と同程度のエネルギーが込められた槍を持ってこちらに向かってきていた。

「そいつはどうも!!」

それを確認した一誠は素早く大剣を引き、体を反転させるとコカビエルの槍に大剣を合わせて、受け止める。
―――ガギィン!!と硬い物同士がぶつかり合う甲高い音が響くと、その後にギリギリと金属同士が擦れ合うような音を出しながら鍔迫り合いを始めた。

「フフフ、良いぞ。やはり楽しませてくれる相手だったな、赤龍帝!!」

「そっちこそ、流石堕天使の幹部サマだな!!」

「それ程でも!!」

と、コカビエルの十枚ある翼が刃と化して一誠に迫ってきた。

「ちっ!!」

それを見た一誠は翼を巧みに操って後ろに後退する。
しかし、

「良い判断だが、まだ甘い!!」

追い討ちのように持っていた槍を投擲するコカビエル。
その槍は寸分の狂いもなく一誠の心臓へと放たれているが、一誠は大剣でそれを弾くのだった。

「ふむ」

と、コカビエルは顎に手を置いて訝しい表情をしている。

「噂どおりの実力だな。上級悪魔のフェニックスを圧倒したと言うのは本当だったか」

しかし、

「何故、『赤龍帝の篭手』を使わんのだ?装備はしているが能力を使っているようには見えんな」

「さぁ、別にコイツをどう使うかは俺の勝手だろ?」

いつもの不適な笑みを浮かべる一誠。
しかし、その内では冷や汗が流れていた。

(ドライグ、いけそうか?)

『無理は禁物だろうな』

心の中で響くドライグの声に一誠は苦笑を浮かべる。
コカビエルの言うとおり、フィルの時の様に自身を強化すれば十分に勝つことは可能だろう。
しかし、それは出来ない。
やらないのではなく、出来ないのだ。

元々の能力が高いことが災いし、今の一誠の実力を倍にするのは増え幅が大きく、その力に振り回されしまう可能性がある上、
人間以上に頑丈な悪魔の体にも負担が大きく掛かってしまうのだ。
一誠が『赤龍帝の篭手』で自身を強化することが出来るのは精々『Boost!!』×3の1セットが限界だった。
だが、すでにフィルとの戦いで自身の強化をしてしまった一誠には『Explosion!!』の選択肢はなかった。

「だが、もうすでに十五分弱で魔法陣が発動してしまうぞ。出し惜しみなどしている場合かな?」

傲慢に一誠を見下しながらコカビエル。
全力の一誠の実力を凌駕できる自信があるのだろう。
だが、そんな態度は一誠にとっては好都合だった。
未だに全力を出していないように見受けられるコカビエルに対して、一誠も本領を発揮していない上、コカビエルの全力を上回ることは出来なくても付いていけない程ではない。

(それに何も俺自身を強化しなくても戦い方は色々ある)

そして、一誠は不敵に笑いながら大剣を振り上げた。

「ん?何かするつもりか?」

「ああ。ご要望どおり使ってやるよっ!!」

振り下ろし、自らの氣が大量に込められた大剣から氣の放流を放つ一誠。
その上に、

『Transfer!!』

先ほどの攻防の間に溜めていた力をそれに譲渡し、威力と速度を上げた。








一誠の譲渡された大剣から氣を放った一撃がコカビエルにヒットしたのをリアスは校庭から見上げるように眺めていた。
―――そう眺めているだけ・・・
その事がリアスにやり切れない思いを込みあがらせる。
一誠から援護を頼まれたリアス達だが、二人の戦いが始まってから全く援護らしい行動を取ることが出来ないでいたからだ。

「・・・なんだ、このレベルは・・・」

隣で呆然とした声でゼノヴィアの言葉がリアスの耳に入る。
見ると、彼女は新たに出した聖剣デュランダルとエクスカリバーを両手に握ったまま自分たちと同じように呆然と見ていることしか出来ないでいた。

「フフフ・・・」

と、コカビエルの抑えきれず漏れ出した笑い声が響き、リアスは慌ててそちらを見る。

「そうだ。それでなくては興が冷めてしまうぞ、赤龍帝」

そこには十ある翼の剣を自分の前に重ね盾のようにしているコカビエルの姿があった。
コカビエルの表情は心躍る相手と戦えて嬉々としている。

「しかし、分からんな。何故、貴様ほどの実力者がリアス・グレモリーのような未熟な上級悪魔に使えるのだ?」

「っ!?」

コカビエルの言葉にリアスは心を握りつぶされる気分になった。

「悪魔となる前から高い戦闘力を持っていたと聞く、その実力ならば眷属にしたいものは引く手数多だろう?」

「・・・・・・」

一誠に投げかけられた言葉だったが、リアスは黙り込んでしまう。
コカビエルの言っていることは全く持ってその通りだから。
自分は一誠よりも圧倒的に弱い。
いや、『王』が眷属よりも強くある必要はないことはリアスも分かっている。
だが、今の自分は一誠を活かせる戦略を立てられないばかりか、彼におんぶに抱っこ・・・
ゆえに、リアスは考えてしまう。
自分は一誠の主に相応しくないのではないか、と。
魔王の兄の眷属と比べても負けないほど強く優秀な男を・・・。
だが、一誠はコカビエルの質問に不敵に笑い、言い切った。

「良い女だから」

「え?」

「何・・・」

一誠の言葉にコカビエルと同じく声を漏らすリアス。
だが、一誠はあくまで真剣だった。

「別に俺はお前が言うほど、自分が大物だとは思っていないよ。部長の下にいるのも命を救ってくれたこともあるが、それ以上に良い女だったからさ。
俺如きのことで悩んで、自分を高めようと努力を惜しまない。常に、こう在りたいとする姿に真っ直ぐ向かう部長だから、こうしてお前だって戦う。
何より、ここは居心地が良いんだよ。ただ俺の力の上に胡坐をかいて乗っかっているだけの奴なら見捨てたけどな」

一つ一つコカビエルの言い分を潰した一誠。
その言葉にリアスは嬉しそうに頬を緩ませる。自分のことを評価していたことに純粋に嬉しかったのだ。
―――なら、応えなくては。
リアスの中に決心したように覚悟が纏った。
自分を主と認めてくれた、自分にとって最高の男のために出来ることをすることを。






しかし、嬉々とするリアスとは対照的に、コカビエルは不愉快そうに目を細めた。

「ふん、惜しいな。貴様は俺と同じタイプだと思っていたのだが、見込み違いだったか。
戦闘欲があるのならば、俺と共に来るように行ったのに。共に戦争を起こそうではないかとな。
良い女ならば、行く先々で見繕って好きなだけ抱かせてやったものを」

はっ、と残念そうにするコカビエルを鼻で笑う一誠。

「てめえのやろうとしていることは、多くの女の涙が流れる。俺の美学からお前の目的は論外なんだよ」

言い切って、コカビエルに大剣を再び向ける一誠。
だが、コカビエルは鼻で笑った。

「弱者など知ったことか!!」

一瞬で距離を詰め、片手に生み出した光の剣を振り下ろす。

「やっぱりお前は俺にとって敵としかなりえないな!!」

それを一誠は大剣で受け止めると、両者は同時にお互いの距離を取り、一誠は大剣に纏わせた氣をもう一度放ち、
コカビエルはもう片方の手に光の槍を生み出して投擲する。
お互いの攻撃はぶつかり合うと、膨大な衝撃波を起こしながら爆ぜる。

「っ!?」

「ふん!!」

それと同時に一誠の背後にコカビエルが回りこまれた。
一呼吸遅れて一誠がそれに気づいた時には、コカビエルはすでに剣を振り下ろしていたが紙一重で回避した。

「くっ・・・」

いや、回避できたように見えたが、苦虫を噛み潰した表情をする一誠の頬に一本の線が浅く刻まれ、そこから血が流れ出ていた。
だが、それを認識する余裕は一誠にはない。

「どうした赤龍帝!!その程度ではないだろう、貴様の力は!!」

一誠の眉間に向かって光の剣を突き立てようとするコカビエルの姿が見え一誠は体を捻り、突き出される剣先を避けながら、
コカビエルの頭部へ後ろ回しで踵を当てようとする。

「ははっ、そう来なくてはな!!」

だが、一誠の蹴りをコカビエルは反対の手で防ぎ、全身から衝撃波を発しさせ一誠を吹き飛ばした。









「・・・・・・・・」

目の前で繰り広げられる光景を目の前に聖魔剣を握ったままで木場は呆然と眺めていた。
自分はリアスの指示で未だに治療をしているアーシアの護衛を小猫と共にしていたのだが、
一誠とコカビエルの戦いに自分のやるべきことも忘れてただただ眺めることしか出来なかった。

「イッセーさん!!」

と、朱乃の治療を終えたアーシアの声が木場の耳に届く。
いつの間にか終わったのか気づけないほど一誠とコカビエルの戦いに見入っていたようだった。
いや、それは木場だけではない。
治療に集中していたアーシアを除いて、一緒にいた小猫も、朱乃とイリナも目の前の死闘を見入っていた。
自分たちよりも遥か上の領域にいる者たちの戦いに言葉も出なかった。
特に木場は“禁手”に至ったが、今の自分ではコカビエルを相手に掠り傷を与えるので精一杯だと悲観的に思っていた。
しかし、目の前の死闘にそれさえも楽観的な観点だったのだと思い知らされてしまう。
両者共に自分より遥かに剣の技量が上だったからだ。
いや、よく見れば一誠のほうが押されていた。

「何とかしなければ・・・」

「・・・だけど、私たちに何が出来るんでしょう」

呟きながら木場は聖魔剣を強く握る。
しかし、小猫の言葉のとおりだった。
二人の戦いを前に一歩足を踏み出すことが出来ない。
この戦いに自分が入れる隙などないことを心底感じてしまったからだ。
と、その時、コカビエルの衝撃波によって一誠が校庭に吹き飛ばされた。
このままでは地面に激突してしまうように見えたが、一誠は上手く翼で姿勢を整えると校庭に着地した。

「イッセーさん!!!」

それを後ろにいたアーシアも見ると、一誠が怪我をしていないか見ようと思ったのだろう、
彼に向かって駆け出そうとした彼女を慌てて木場が止めた。

「駄目だ、アーシアさん!!」

アーシアの体をしっかりと捕まえる木場だが、彼女はそれでも行こうとしてもがく。
と、その時、しゃがみ込んでいた一誠がゆっくりと立ち上がった。
そこへリアスが近づいているのが見える。






「一誠、大丈夫?」

「やっぱ少しきついな」

問いかけるリアスに全く悲観することなく答える。
奥の手は残しているが、倒せない相手ではない。

(今は使い捨てみたいなものだからな)

切り札もある。
出来れば使いたくはないが・・・さて、どうしたものか
そう一誠が思案している時、

「イッセー、神器を・・・」

「ん?何かするつもりか、リアス・グレモリー」

頭上からコカビエルの声が掛かる。
しかし、その声音は興が冷めてしまうではないか、と言いたげだった。

「貴様如きが踏み込んで良い戦場ではないのだぞ。余計なことはするな、今の俺は赤龍帝との戦いを楽しんでいるのだ」

貴様など眼中にない、とはっきりと告げられ、リアスは悔しさで奥歯をかみ締める。
反論できることではないのが何よりも悔しい。
そんな彼女の思いを一誠は汲んだかのように、

「おいおい、余りうちの部長を舐めないほうがいいと思うぜ」

「ふん、僕の戦いを見ていることしか出来ない、無能な主の肩を持つのも大変だな」

「・・・・・・」

不敵に笑っていた一誠だったが、コカビエルの言葉に黙り込んだ。
だが、それも一瞬。

「バカにするな、と・・・・・言ってるだろ!!!」

「イッセー!!」

リアスの声を背後に受けながら、一誠は激昂したように飛び出した。

「激情に駆られたか、それもいいだろう!最高の戦場を演じようではないか!!」

一誠の突撃を見て、コカビエルも口元を歪ませながら、光の剣を手に迎え撃とうと直進する。
だが、

「何てな」

『Transfer!!』

「何!?」

お互いの剣が届く範囲ギリギリに一誠はサイドに逃げるように逸れた。
逃げたのか、と思ったコカビエルだが、彼の背後に立つリアスを見て驚いた。
『赤龍帝の篭手』の譲渡によって彼女の周りに紅の魔力が体を纏わせる。
その力の波は並みの上級悪魔の域を超え、後一歩で魔王クラスに届くかも知れないものだった。

「そう言う事かっ!!」

先ほどの一誠の激情に駆られたかのように見えた行動はフェイク、本当の目的はコカビエルの視界を自分のみに向け、リアスが魔力を込めるまでのカーテンをしていたのだ。
赤龍帝以外は駄目だと思っていたが、彼女も魔王である兄に劣らないほどの才能の持ち主だったのだ。
何も出来ないと侮っていた完全に慢心していた自らのミスにコカビエルは顔を顰めた。

「消し飛べェェェェッ!!」

リアスの手から膨大な魔力と最大級の消滅の力を纏った魔力弾が放たれる。
その威力は以前にライザーに放ったものすら超えていた。
全身全霊を賭けた過去最大級の魔力弾。

対して、すでにコカビエルには回避の選択肢はない。
一誠の演技にコカビエルは迎え撃とうと直進していたのだ。
それは同時にリアスとの攻撃に自ら当たりに言ったといっても等しいものだ。

「舐めるなッ!小娘ェェェッ!!!」

だが、コカビエルは十ある翼を広げ、空気抵抗を多く取り急停止すると、堕天使の光力のオーラを両手に集中させた。

「ぬぅぅぅううううんッッ!!」

真正面からその魔力弾を受け止めるコカビエル。
だが、リアスの放った魔力弾の威力は凄まじく、受け止めるコカビエルの手から鮮血が噴出し、身に纏うローブが破れる。
コカビエルの表情も鬼気迫るものだが、受けきれるとコカビエルは感じていた。

「流石だな、堕天使幹部!!」

「っ!?赤龍帝ッ!!」

全力で魔力弾を受け止めていた背後を一誠に取られるコカビエル。
首を僅かに捻り、姿を確認すると、そこには大剣に氣を纏わせて放とうとしていた。
今の状態では完全に避けることは出来ないだろう。

「戦争をしに来たんだよな、コカビエル」

背後を撃たれれば、受け止めていた魔力弾に自らが打たれてしまう光景が脳裏に浮かび戦慄するコカビエルに確認するように語り掛ける一誠。

「なら、こうなっても卑怯とは言わないよな」

戦争そのものに正義などはない。
正々堂々と戦うものなど、皆無といえるほど。
暁月も一誠も正々堂々は好きな方だが、場合によっては仲間の力を頼る。
コカビエルも何度もそういうことを経験こそしていた。
だからこそ、今の状況に戦慄する。

「じゃあな、堕天使幹部、コカビエル」

「くっ・・・」

死刑宣告をするつもりでコカビエルに呟く一誠は大剣を振り下ろした。

「く、くそがぁあああああああ!!」

絶叫するコカビエル。
その反応から打開策などないことが分かった。
誰もが、コカビエルの敗北すると、感じていた。






―――バリィン!!

「がっ・・・」

結界を突き破り、高エネルギーの塊が一誠に放たれるまでは。



「イッセー!!」

突然の攻撃を受けた一誠が地面に墜落する姿にリアスに自らの魔力弾がコカビエルに受けきられたことも気にせずに彼の名を叫んだ。
このままでは地面に激突すると感じたが、一誠はリアスの声に反応したかのように地面に着地する。
だが、その姿は爆発の衝撃によってボロボロだった。
上半身の服は爆発によって完全に吹き飛ばされ、地肌が剥き出しとなり、身体のあっちこっちから血が流れている。

(一体、何処から・・・)

だが、それよりも一誠は身体の状態よりも攻撃を放った者が誰なのか探る。
先ほどの攻撃はコカビエルが放ったのはありえない。
コカビエルが他に仲間を連れていたか、だが、コカビエルの様子を見る限り、それは違う。
となれば・・・

「っ!?」

背後から急速に接近する気配に気づき振り返る一誠。
だが、身体に追ったダメージによって反応が遅れた。

「ぐっ・・・」

黒い影が一誠の右肩に噛み付いた。
噛まれたことで苦悶の表情を浮かべる一誠だが、『赤龍帝の篭手』の装備された左の腕で影を殴ろうとする。
しかし、襲撃者はそれが当たるよりも早くその場から退いた。

「くそっ・・・」

避けられたことに悪態を付きながら一誠は右の肩を抑える。
幸いなことに血管には食い込まなかったらしい。
だが、状況は一誠がもっとも恐れていた状況になった。

「まさか、生きていたとはな」

「ええ。そう簡単には死にません」

冷や汗をかきながら一誠は襲撃者、フィル・バーネットを見る。
だが、その姿は人間から懸け離れていたものとなっていた。

左手には魔剣が握られているが、反対の手は人の手から灰色に近い色の鱗が覆われたドラゴンのような手となり、背中には鱗と同じ色の両翼。
幼さを残していた顔も、左の半分が鱗に覆われ歪な形になり、左の目は完全に人とは事あるものになっていた。
何より、フィルから放たれる覚えのあるプレッシャーに一誠は珍しく苦笑いした。

「なるほどな。道理で感じたことのある気配だと思ったぜ」

勘弁じてくれ、と思いながら一誠は歪な形となったフィルを見た。

「お前、邪竜ザッハークと契約をしたんだな」

アレイザードにあるブラックマウンテン。
そこはもっとも魔獣が多い場所だった。
しかし、それ以上に以上なのは、本来同属も殺しあう程気性の荒い魔物たちが外敵以外には牙を剥かないことだ。
そこには絶対の秩序である存在がいるため。
それが、高位次元生命体、邪竜ザッハーク。

目の前に現れたそれに一誠は冷や汗を流しながらも、それを隠そうと強気を保つ。

「だが、邪竜と契約したのにアニキに負け、邪竜の魂の一部が一体化して、そんなナリになったわけか」

一誠の言葉は的をいっていた。
図星だったかの様にフィルの表情が忌々しさを滲み出される。

「そうだ!!あの“はぐれ勇者”の所為で、こんな醜い姿に変化したのだ!!」

咆哮を上げるフィル。
その圧力に一誠とコカビエル以外のものが足を竦ませる。

「てめえの醜い魂が、身体に現れただけだろ?」

「何っ!?」

ギロリと一誠を睨みつけるフィル。
正直に言えば、今の身体であの状態のフィルと戦うのは厳しい。
何より、まだコカビエルもいる状況。

(いよいよ使い時かな)

『赤龍帝の篭手』を握る一誠。
しかし、次の瞬間、フィルは一誠が反応できない速度で距離をつめた。

「っ!?がぁああああああああああっ!!」

それに気づいた時には、一誠の身体にフィルの右の爪が深々と引き裂かれた。

「油断したね。僕は『騎士』を二つも消費して転生したんだ。元々スピードには自信があったのでね」

後ろへ大きく飛ばされて倒れた一誠、手に握っていた大剣も取りこぼした。

「イッセーさん!!」

それを見たアーシアが今度は木場の制止を振り切って一誠に駆け寄った。
そして、一誠の傷の具合を見てアーシアは顔色が青白くなった。
爪で引き裂かれた傷もそうだが、噛まれた傷からも一誠の鮮血が大量に流れる。
だが、それ以上に、その傷口から紫色の液体も血と一緒に流れている。
それを見たアーシアは慌てて傷を治そうとした。

「無駄ですよ。彼にはザッハークの毒を入れた。君の神器は傷を癒せるようだけど、この毒はどうかな?」

「うぅっ」

フィルの言葉の通り、一誠の傷は治すことは出来たが、呼吸の荒さが戻らない。

「何より、僕が彼の息の根を止めるからね」

「そんなことは!」

「・・・させません」

一誠とアーシアの元に足を進めようとするフィルの前に木場と小猫が立ちはだかろうとする。

「邪魔だ」

「「っ!?」」

しかし、フィルのプレッシャーに二人は動けなくなった。
ゆっくりと歩むフィルはそのまま通り過ぎようとした時、

「グワァアアアアアアンッ!!」

「っ!?」

フィルの進路を業火が阻んだ。
そして、フィルの前に黒い影が立ちはだかった。

「・・・焔?」

「グゥルルル・・・」

小猫と木場の代わりにフィルの前に立ちはだかった焔が低く唸る。
主である一誠が倒れた所為か、一誠の大剣を咥え、身体の総毛は逆立てた焔からはフィルにも負けないほどのプレッシャーがあった。
そして、次の瞬間、焔はフィルに向かって飛び出した。

「邪魔な犬だ!!」

居合いのように焔を斬り伏そうとするフィルは魔剣を構える。
しかし、目視できていた焔の姿がフィルの視界から消えた。

「っ!?」

瞬間、フィルの左の翼が斬り飛ばされた。
慌てて振り返ってみると、そこには焔の姿があった。
咥えていた大剣が変化し、二つの剣が柄同士で連結したような剣で斬られたらしい。
それを理解したフィルは激昂に駆られ焔に向かっていった。

「この犬が!!」

「グォオオオンッ!!」







それから木場が目にしたのはフィルを相手に焔が自分でも見えないほどの速度でフィルを抑えるために戦う光景だった。

「本当に不思議な生物だな」

「っ!?」

思い出したように木場はコカビエルを見る。
今まで動かず、静観していただけだった。

「フィル・バーネットにも驚かされる。あのような姿を持っていたとはな」

悠然と呟きながらコカビエルは地面に降り立つ。

「あの場でアイツが乱入しなければ俺は死んでいた。命拾いした。だが、この後、どうするべきか・・・」

「「「「「っ!?」」」」」

思案するコカビエルにその場にいた全員が身構える。
木場も小猫と共に一誠を守るように立つ。

「雷よ!」

朱乃がコカビエルに向けて天雷を放つ。
だが、彼女の雷をコカビエルは詰まらなそうに黒い翼の羽ばたき一つでかき消した。

「俺の前に立つか、バラキエルの力を宿す者よ」

「・・・私をあの者と一緒にするなッ!」

激昂した朱乃が雷を連発するが、全てがコカビエルの翼で儚く消されてしまう。
時間稼ぎも出来ない。
いや、時間を稼いでも、魔法陣が発動すれば町が消滅する。
コカビエルを倒さなければ・・・
木場はそう感じた時、彼の隣にゼノヴィアがやって来て、

「同時に仕掛けるぞ!!」

その言葉に木場は頷き、コカビエルへ走る。
だが、それすらもコカビエルは詰まらなそうに、

「ふん、聖魔剣とデュランダルの共闘か。しかし!!」

「っ!?」

「ぬぁ!?」

ゼノヴィアと木場がコカビエルの放つ衝撃波に吹き飛ばされる。

「どちらももう少し使いこなせていれば、楽しめたものを・・・」

詰まらなそうにコカビエル。
その背後を小猫が取った。

「そこ!!」

持てる力の全てを拳に込めて放つ小猫。
しかし、やはりコカビエルは詰まらなそうに、

「甘い」

コカビエルの翼が容赦なく小猫の身体を刻んだ。
それによって小猫は全身から鮮血を噴出しながら落下する。

「フン、感じていたことだが、やはりお前達は赤龍帝がいなければ駄目な集団だな」

「クッ」

コカビエルの言葉にリアスは悔しげに表情を歪める。
堕天使幹部のコカビエルが相手では仕方のない点もなくはないが、今はそれは言い訳にしかならない。
事実、一誠がコカビエルと戦っている際、自分たちは何もできなかったのだから。
だが、

「・・・それでも」

諦める訳には行かない、と木場は立ち上がる。
隣で倒れていたゼノヴィアも肩で息をしながらも立つと、

「ゼノヴィア、アナタのエクスカリバーを今だけ貸して!」

「・・・イリナ」

怪我とエクスカリバーが奪われたことで戦線を離脱していたイリナがゼノヴィアのエクスカリバーを握る。
正直、それでどうなる状況ではないが、いないよりはマシだった。
と、コカビエルは彼女らを笑った。

「フン、仕えるべき主を亡くしてまで、おまえたち神の信者と悪魔はよく戦う」

「え!?」

「どう言う事だ・・・?」

コカビエルの言葉に声を漏らすイリナと怪訝な表情のゼノヴィア。
すると、コカビエルは思い出したように笑い出した。

「フハハ、フハハハハハハハハハハハ!そうだったな!そうだった!おまえたち下々まであれの真相は語られていなかったな!
なら、ついでだ。教えてやるよ。先の三つどもえ戦争で四大魔王だけじゃなく、神も死んだのさ」

先ほどまでの詰まらなそうな表情から一転、別の楽しみを見つけたかの様に笑うコカビエル。
その言葉に、その場にいた全員が驚く。
一誠の傷の手当をしていたアーシアも驚きで、治療が止まってしまうほどだった。

「知らなくて当然だ。神が死んだなどと、誰に言える?人間は神がいなくては心の均衡と定めた法も機能しない不完全な者の集まりだぞ?我ら堕天使、悪魔さえも下々にそれらを教えるわけにはいかなかった。
どこから神が死んだと漏れるかわかたものじゃないからな。三大勢力でもこの真相を知っているのはトップと一部の者たちだけだ。バルパーの奴は死ぬ前に気づいたようだがな」

その言葉を聞いて絶句する木場。
彼とその同士たちは居もしない神を信じて、人体実験を受けていたのだ。
そのダメージは大きい。

「戦後残されたのは、神を失った天使、魔王全員と上級悪魔の大半を失った悪魔、幹部以外のほとんどを失った堕天使。もはや疲弊状態どころじゃなかった。
どこの勢力も人間に頼らねば種の存続ができないほどにまで落ちぶれたのだ。特に天使と堕天使は人間と交わらねば種を残せない。
堕天使は天使が堕ちれば数は増えるが、純粋な天使は神を失ったいまでは増えることなどできない。悪魔も純血種が希少だろう?」

「うそよ・・・うそよぉおおおおお!!」

「・・・・・・・」

コカビエルの言葉に絶叫するイリナ。
その隣でゼノヴィアも絶句しながら立ち尽くしていた。

「正直に言えば、もう大きな戦争など故意にでも起こさない限り、再び起きない。それだけ、どこの勢力も先の戦争で泣きを見た。
お互い争い合う大元である神と魔王が死んだ以上、戦争継続は無意味だと判断しやがった。
アザゼルの野郎も戦争で部下を大半亡くしちまったせいか、『二度目の戦争はない』と宣言するしまつだ!耐え難い!耐え難いんだよ!一度振り上げた拳を収めるだと!?
ふざけるな。ふざけるなッ!あのまま継続すれば、俺たちが勝てたかもしれないのだ!それを奴はッ!人間の神器所有者を招き入れねば生きていけぬ堕天使どもなぞ何の価値がある!?」

憤怒の表情で叫ぶように語るコカビエル。

「俺は戦争を始める、これを機に!おまえたちの首を土産に!俺だけでもあのときの続きをしてやる!我ら堕天使が最強だと見せつけてやる!」

そう声高々に宣言するが、神を信仰していた三人の耳には如何でもいいかのように聞こえた。
ただ自らが信じて縋った存在の死にショックを受けている。

「・・・主がいないのですか?主は・・・死んでいる?では、私たちに与えられる愛は・・・」

コカビエルの言葉にショックを受けたアーシアは茫然自失となって座り込んでしまう。
余りの衝撃にその目には、涙が溜まる。
だが、それが落ちようとした時、



「泣いているのか?」




[32327] 第三章九話(後編)
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/03/18 00:16
「泣いているのか?」

「え?」

彼女の目頭を大きな手が涙を拭った。優しくて温かい、大好きな人の手が。
慌てて彼女は見ると、地面に寝ていた一誠が不敵に笑っていた。

「おいおい、俺が少し寝ている間に、何で女が三人も泣いているんだよっ!!!」

未だに顔色が悪いが一誠は自分を叱咤しながら立ち上がった。

「イッセーさん!!」

先ほどまで泣いていたアーシアだが、一誠が立ち上がったことで勇気を貰ったかのように瞳に生気が戻った。
いや、リアスを含めたグレモリー眷属たちも一誠の復活に先程まで絶望の表情だったのが払拭された。

「立ち上がったか、赤龍帝」

「ああ。さぁ、ファイナルラウンドと行こうぜ!!」

『赤龍帝の篭手』を握りしめ、宣言する一誠だが、コカビエルは笑った。

「満身創痍の貴様に何が出来る?」

コカビエルの言葉を聞いて、リアスたちは思い出した。
未だに一誠の体内にはフィルに受けた毒があり、身体の傷も完全には治っていないことに。
だが、一誠は不敵な笑みを浮かべ、

「じゃあ、少し面白くしてやるよ。ドライグ」

『おう』

篭手に、その中に宿るドラゴンの魂、ドライグに話しかける。

「前払いした分、貰うぞ!!!」

『うむ、行くぞ!!』

瞬間、『赤龍帝の篭手』から真っ赤な光が輝きだす。

「『赤龍帝の篭手』、オーバーブースト!!」

『Welsh Dragon Over Booster!!!』

光と共に真っ赤な炎が一誠の身体を逆巻く。
そして一誠がそれを片手で払ったとき、彼の身体は赤い鎧を身に纏っていた。

「こいつが『赤龍帝の篭手』の“禁手”、『赤龍帝の鎧』(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)だ!!」

現れた一誠の姿に驚愕するメンバー。
コカビエルも目を見開くが、すぐに口元を歪め、

「“禁手”に至った報告は聞いていないな。そう簡単になるものではない」

ならば、

「自分の身体を龍に支払ったな」

「ああ。右手をくれてやった」

コカビエルの推理を素直に肯定する。
その事実にメンバーは驚くが、一人朱乃は少し納得した表情となった。

(だから、光を使えたのですね)

自分を助けるためにフィルと戦った際、一誠は悪魔の弱点である光を使用した。
アレは右手がドラゴンだったから、出来た芸当なのだ。
もっとも、一誠はコカビエルたち堕天使のように光を武器にすることは出来ない。
単純に才能がないから出来ないのだ。シャイニングフィンガーような打撃に加えるので精一杯だった。

『相棒、初めて使うものだ。この状態は三分が限界だ。倍加の力を使えば、一回に十秒減ると思え』

ドライグから制限時間を聞かされる。ウルトラマンかよ、と心の中で突っ込むが、

「大丈夫だ。これなら一気にいける!!」

「大きく出たではないか。確かに大した力だが、傷が治っている訳では・・・」

「それなら治ってるよ!!!」

「なっ!?がぁっ!!?」

言葉の途中でコカビエルには反応することも出来ない速度で一誠は肉薄した。
そして、コカビエルの顔面に拳を叩き付けた。
先程の満身創痍は全く感じさせない動きのまま、一誠は倒れそうになるコカビエルの胸倉を引っ掴むと、その腹部に膝を叩き込んだ。

「ぐぅっ・・・」

大きく“く”の字に身体が折れるコカビエル。
悶絶する相手は動くことが出来ず苦しむが、コカビエルは酸素を求めて顔を上げる。
だが、その時、目にしたのは。

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost !!!』

左の拳を握りしめながら、鎧の関節部に幾つも付いた宝玉を輝かせながら倍加を行っている一誠の姿だった。

「今度こそ、じゃあな、堕天使幹部殿!!」

顔の鎧の所為で表情は分からないが、不敵な表情をしているのだろうと感じさせる声と共に、一誠はコカビエルの顔面に力の篭った拳を叩きこんだ。
それによって、コカビエルは声も上げることなく、新幹線のように新校舎へと突っ込む。
その衝撃波凄まじく、校舎が瓦解するほどだった。

『今ので残り時間が半分になったぞ、相棒!!』

「問題ねぇ!!」

ドライグに叫ぶように答えながら一誠はフィルの方へ一直線に駆ける。
見ると、そこには未だに焔がフィルを相手に奮闘している。
それを見た一誠は焔に向かって叫んだ。

「焔!!」

「ワァン!!」

主である一誠の声に何を求めているのか察した焔は咥えていた剣を一誠に向けて投げる。
それを受け取った一誠はすぐに大剣へ変えようとするが、

「ん?」

変わった大剣の形が少し違う。
いつも使っている両刃の西洋剣ではなく、刃が片方だけとなり、いつもより更に大きくなったドライグの翼のような形の剣へと変わった。

「つくづく主想いな魔導具だぜ」

「死に損ないが、しつこいんだよっ!!」

激昂しながらフィルは魔剣を振るう。
それに合わせて一誠も大剣を振り下ろす。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。だが、その後に一方が割れる音が響いた。

「なっ!?」

驚いたようにフィルは自分の持つ魔剣を見る。
そこには見事に真ん中からへし折れた剣があった。
だが、呆けてばかりではいられない。

「ふっ!!」

「くっ・・・」

大剣を薙ぐ一誠の攻撃を後ろに退いて避けるフィル。
武器はなくなった。
近寄れば、斬られることは明確だった。
ならば、

「吹き飛ぶがいい!!」

息を大きく吸うフィル。ブレスを放つ前動作だった。
身体が小さくなったことで、暁月と戦ったときのような巨大なものは放てないが、威力は劣らない。
それを一誠の背後にいるリアス達を狙って放つ。
暁月にも通じた手だ。必ず、一誠に当たるだろう。
だが、一誠はそれよりも早く動いていた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

大剣をまたも変化させる。
変化させたものはランスのような柄のない武器。
ランスというよりも大盾を鋭利な円錐形にしたようなものだった。
鎧の推進部から氣を噴射しながら一直線にフィルに突進する。

『Boost Boost Boost Boost Boost Boost Boost !!!』

「消し飛べ!!」

倍加をする一誠に向かって、フィルはリアス達を狙うようにブレスを放つ。
そして、予想通り、一誠はフィルのブレスを真正面からまともに喰らった。

「イッセー!!」

「イッセーさん!!」

「イッセー君!!」

「・・・先輩」

「イッセー君!!」

爆発によって起こった煙の所為で何も見えなくなる。
リアスとアーシア、朱乃、小猫、木場の声が響くが一誠からは返事がない。

「漸く死にましたか」

安心したようにフィル。
だが、それは少し早かった。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「なっ!?」

煙の中から一誠が飛び出した。
そして、一誠はフィルの身体に槍を突き刺した。

「ぐぅ・・・このぐらいで・・・」

「そうかな?」

槍から氣を流し込み、次の瞬間、

「力が欲しいなら、くれてやるよ」

『Transfer!!』

流し込んだ氣に限界まで溜めていた力を譲渡する。
それによってフィルの身体は膨れ上がり、爆ぜた。








「イッセー・・・」

フィルが爆ぜた事で生じた衝撃波に吹き飛ばされたリアスは立ち上がり、フィルのいた辺りを見た。
他のメンバーも起き上がってみる。
未だに爆心地では砂煙が舞い上がっているが、人影が一つあった。
そして、砂煙が止んだ時、『赤龍帝の鎧』を解いた一誠が立っていた。

「イッセー!!」

それを見た瞬間、リアスは駆け出した。
しかし、その足はすぐに止まってしまう。その後を追ったメンバーもリアスと同じものを見て足を止めた。
それは一誠が立ってる目線の先、瓦礫が散乱した校舎にいた。

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

瓦礫の一つに手を置きながら立っている一人の人物。
それを見たリアスは驚き、声を漏らした。

「・・・コカビエル」

「そんなまだ立つ力が・・・」

その後に木場も驚き声を漏らす。
見たところ、ボロボロの状態で立っているのもやっとに見えるが油断できない。
一誠を見るコカビエルの目は衰退するばかりか、更に激情に燃えていた。

「ありえぬ、この俺が、このコカビエルが、この地で敗れるなど!!!」

天に向かって吼えるコカビエルは片手を上げて、光の槍を生み出そうとした時、

「そこまでです。コカビエル」

「なっ!?」

突然、振り降りた第三者の声にコカビエルは驚愕し動きを止めた。
次の瞬間、

「ぐっ、ぐぁあああああああああああ!!!?」

コカビエルの十ある翼全てに光の槍が突き刺さる。
瓦礫に縫い付けられるように槍を放たれたコカビエルの周りを五人の堕天使が取り囲んだ。

「な、何の真似だ!!シェムハザ!!!」

「何の真似。決まっているでは在りませんか。あなたを連れ戻しに来たのです」

空に向かって叫ぶコカビエル。
そこにはコカビエルと同等以上の実力がありそうな別の堕天使がいた。

「シェムハザ。『神の子を見張る者』(グリゴリ)の副総督・・・」

コカビエルが叫んだ名にリアスが呟きように声を漏らす。
他のメンバーも警戒しているが、一誠は黙って静観することにした。
特に動く必要が感じなかったからだ。
恐らく、連れて来た部下の堕天使に拘束されたコカビエルに、

「大体、アナタは―――――」

と、説教、というより小言を述べている。
延々と続くと感じるほど、長かった小言が終わると、

「まぁ、今はここまでにします。連れて行きなさい」

「はっ!!」

「は、離せ!!堕落し戦うことを止めた堕天使ども!!」

シェムハザの命を聞き、部下たちは喚くコカビエルと地面に転がっているフリードを連行していった。
そして、一人残ったシェムハザが振り返って、リアスを見た。

「リアス・グレモリー殿」

「何かしら、グレゴリの副総督さん?」

こちらはほとんど戦う力がないにも関わらず、強気の態度を保つリアス。

「この度は、我々の手のものが迷惑をお掛けしました」

そう謝罪するシェムハザにリアスは黙り込んでしまった。
流石にリアスも謝罪する相手を攻撃する気などならない。

「魔王へは必ず総督から謝罪と今後の事でお話をしますので、今日はこれで」

そう言って、シェムハザは先に飛び立った部下たちを跡を追おうとした。
しかし、思い出したように、もう一度振り返り、

「そうでした。赤龍帝殿」

「何だ?」

「白龍皇からの伝言です。『いずれ戦う時まで、今以上に強くなってくれよ。宿敵くん』だそうです」

一方的にそう言って、シェムハザは今度こそ飛び立った。
それを見て、一誠は力が抜けて、その場に座り込んでしまった。

「イッセー!!」

「大丈夫ですか、イッセー君!!」

驚いて駆け寄るリアスと朱乃。
その二人に一足送れて、小猫とアーシアも駆け寄った。

「・・・先輩」

「イッセーさん、何処か怪我を!!」

「ああ、大丈夫。怪我は治ってるから・・・」

神器を発動させようとするアーシアを止める。
事実、一誠の身体には、フィルによって受けた傷が消えていた。

「でも、顔色が優れませんよ!!」

「まぁ、まだ毒が身体に残ってるからな」

そう言って背後に回った焔に背中を預ける一誠。
しかし、未だに毒が体内にあることにアーシアだけでなく、リアス達も驚き慌てふためいた。
だが、錬環頸氣功で解毒を行っていることを伝えて、漸く落ち着いた。

「イッセー・・・」

しかし、リアスは一誠の右手を見ると急に表情に陰りが生まれた。
その隣では、アーシアも涙目となっている。

「気にすることはないさ。前から強くなるためにやろうとしていたことだからな」

事実、お陰でシャイニングフィンガーを使えるようになったのだから。
だが、それで彼女らの気が晴れることはない。
それでも一誠は自分の行動の結果、彼女らが流す涙に逃げることはしない。
しかし、今は・・・

漸く、長い夜が終わったように感じる中、一人だけ浮かない顔をする人物に一誠は目を向けた。

「おい、木場」

「ん、何だい?」

「気は晴れたか?」

「・・・・」

ストレートに問いかけるが、木場は黙り込んでしまった。
その理由は分かる。
バルパーを討ったが、ヴァチカンでは奴の研究を引き継いでいる人間がいる可能性がある。
それはつまり、木場たちと同じ目に合うものが出てくるかの知れないのだ。
それを理解した上で、一誠は木場に言った。

「安心しろ」

「え?」

「もしも、教会がバルパーの奴みたいなバカをやっているなら・・・」

―――俺が一緒にヴァチカンだろうが、天界だろうが沈めてやるよ





一誠の一言を聞いた木場は呆然とした。
いや、自分だけでなく、周りにいたリアス達も驚いている。
無論、一誠は本気のつもりで言ったのだろうが、やり方はもっとオブラートな物だろう。
教会に身を寄せていたアーシアがいるのだから。
もっとも、今日の戦いを見たら、ヴァチカンぐらいなら出来なくないと感じてしまうが。
だが、木場はそんな理屈よりも嬉しそうに笑った。

「その時はお願いするよ」

恐らく、彼が今まで笑った中で最高の笑顔だったかもしれない。



それから三十分して、学園にリアスが呼んだ魔王の加勢が到着し、事後処理が行われた。
加勢が到着する頃には体内の毒を全て解毒した一誠はため息を付きながら、ある一角を見た。

「・・・・・・・」

コカビエルから神の死を知ったイリナがまるで死んだかのような顔で座り込んでいた。
その近くではアーシアが心配そうに彼女の様子を伺っている。
信仰の強さではアーシアもイリナに負けていなかった。
心の支えが他になかったら、彼女のようになっていたからか放っておけないのだろう。
そして、それは一誠も同じだったが。

と、もう一角を見る。

「ゼノヴィア、少し良いかしら?」

「ん、リアス・グレモリーか・・・」

同じく、神の死を知って落ち込んでいるゼノヴィアにリアスが話しかけている。
恐らく、眷属にしようと、揺さぶっているのだろう。
まぁ、ゼノヴィアの方はイリナほどでないにしろ、一誠は気にしていた。
と、その時、

「・・・・気配が消えやがったか」

学園の外に目を向けながら呟く。
だが、別にいいか、と一誠は自分の中で完結し、話しかけて来た匙の相手をすることにするのだった。












「・・・気付いていたな。あれは・・・」

学園から少し離れた所で一人の男がいた。
やれやれ、と頭をかきながら一誠のいる学園を見ていると、彼の胸ポケットで携帯端末が鳴った。
それを男は取り出し耳に当てると聞き覚えのある声が端末から聞こえてきた。

『やぁ、そっちはどんな様子だい?』

「三十分前に終わったところだ」

通信の相手の男に簡潔に答える。
すると、端末の向こうで男は楽しみにしているように結果を催促した。

「赤龍帝の勝ちだったぜ。今の時点ですでにかなりの化け物だ。堕天使幹部のコカビエルとそれと同等以上の力を持っているかもしてない怪物を同時に相手して、一蹴したんだからな」

『そうか。それ程の力を持っているのか』

端末の向こうで男が笑う声が聞こえる。
まぁ、気持ちは分からなくもない、と思いながら、

「しかし、神滅具を持つ奴はどいつもこいつも出鱈目な奴が多い」

『フッ、それは俺に対しての皮肉かい?それとも自分自身か』

「生憎、俺にはそんな勲章は付いていないがな」

そう言うと、端末の中でまた笑い声が聞こえた。
だが、何処かバカにされているような気がしたので、今度はこちらから質問する。

「それで、白い方は如何だったんだ。接触したんじゃないのか?」

『ああ。噂どおりの人物だったよ。『アースガルズと戦ってみないか?』と誘ったら、中々好感触の反応をしてくれたよ』

「そうか」

『それで、赤龍帝の方は如何だろう、誘ったら乗ってくれそうかい?』

「無理だな」

質問に大したきっぱりと言い切る。

「アイツの戦う姿勢を見ると、戦うことは嫌いじゃないが、戦争は嫌いみたいだ。
何より、アイツの信念がその選択を否定しているように感じた」

『そうか。それは残念だ』

「声が笑ってるぞ」

まぁ、気持ちはわからなくはない。
宿敵のような奴はいるに越したことはない。
何よりそれが強いのならばなおの事だ。

『それで、君にはもう一つ頼みがあるんだが・・・』

「嫌な予感がするんだが」

思いっきり端末を切りたいんだが。
その前に相手が次の頼みを言われ、一方的に切られてしまった。

「全く、俺はアイツの派閥に形だけ入っていると言うのに・・・」

仲間のように好き勝手しやがって、とぼやきながら歩き出す。

「まぁ、俺も試したいからな・・・」

不敵に笑いながら男は闇夜に消えるのだった。








グレゴリの本部。
その執務室の中でグレゴリ総督のアザゼルはため息を付きながら椅子の背もたれに身体を預ける。
自分の部下の一人がまたバカなことをやってくれたお陰で冷や汗をかいてしまった。
まぁ、最悪の事態は避けられたが、状況はそんな簡単なことではない。
コカビエルを鎮圧したのが教会側と悪魔側、こちら側はほとんど何もしていない。

「これは流石に何の謝罪もなしじゃ済まないよな・・・」

まぁ、実際に部下を制御できない自分が原因なのだが、アザゼルはやれやれとため息を付いた。
と、その時、

「アザゼル」

「ん?何だ?」

「何故、コカビエルを俺に行かせなかったんだ?」

俺ならば、一人でも十分に達成できたはずだ。
その言葉に確かに、とアザゼルは頷くが、

「駄目に決まってるだろ。あそこには赤龍帝がいるんだぞ。“白龍皇”のお前を行かせることが出来るか」

赤龍帝が弱いならば、こいつは何もしないだろう。
だが、情報では今代の赤龍帝はほぼ生身で上級悪魔を圧倒したことは聞いている。
しかも、報告を聞けば、コカビエルを止めたのは赤龍帝なのだ。
そんな所へこいつを放り込めば、火種の投下など出来るか。
まぁ、コカビエルと同等クラスの奴が付いたというから、シェムハザに部下を引き連れて行かせたのだ。

「それにお前にはバラキエルを止めるために戦えたんだから良いだろ?」

「・・・確かに、あれほど気性の激しいバラキエルは初めて見たが」

コカビエルのもう一つバカなことをやってくれたお陰で、こっちの幹部の一人であるバラキエルが大暴れした。
それを止めるために白龍皇と自分が抑え役になったのだが。

「まだバラキエルは落ち着いてませんよ」

と、今度は副提督のシェムハザが入ってきた。

「何かあったのか?」

「バラキエルがコカビエルに襲いかかろうとしています」

「・・・・・・・アイツにはコカビエルが『地獄の最下層』(コキュートス)で永久凍結にするって言ったか?」

「ええ。ですが、『そんなものは生温い!!』と言っているんです」

「全くあのバカは・・・」

呆れながらアザゼルは立ち上がって、部屋を出ようとする。

「アザゼル、もう戦争はしないのか?」

白龍皇の問いにアザゼルは呆れたようにため息を付く。

「コカビエルにも言ったことだ。戦争はもうしない。次の会談で悪魔と天使に和平を持ち込むからな」

そう言って、アザゼルはシェムハザと共に部屋を出た。
白龍皇が何を考えているのかに気付かずに。







コカビエルの襲撃から数日後。
一誠が粉砕した校舎は悪魔の異常なほど高度な建設技術によって、完全に元通りとなっていた。
そして、一誠は今、アーシアと共に部室に向かっていた。

「やぁ、赤龍帝」

部室に入った瞬間、二人を出迎えたのは、緑色のメッシュが特徴的な美女、ゼノヴィアが駒王学園の制服を身にまとい、堂々と部室にいた。

「よう。立ち直ることは出来たか?」

と、一誠は問いかけながら、彼女の横を通ってソファに腰掛ける。

「驚かないのね。彼女がここにいることに」

と、リアス。

「まぁ、予想通りだったからな。大方、部長が悪魔になるように唆したのでしょ?」

「唆したとは酷いわね。ただ私は提案をしただけよ」

「神がいないと知ったんでね。我ながら破れかぶれで悪魔に転生してしまった。リアス・グレモリーから『騎士』の駒をいただいてな。
今日から高校二年生でオカルト研究部所属だそうだ」

「立ち直ったんじゃなくて、開き直って凄いことしたな」

「・・・確かに、元敵の悪魔の悪魔に下るのはいいのだろうか?しかし、神がいない以上、私の人生は破綻したわけだし、――――」

一人ブツブツと頭を抱えて葛藤をするゼノヴィア。
しかも、アーシアのように祈りを捧げてダメージを受けていた。
その痛みを知るアーシアは心配そうにゼノヴィアに駆け寄る。

「それにしても、またお買い得な眷属を手に入れたな部長」

「ええ。デュランダル使いが眷属にいるのは頼もしいわ。これで祐斗とともに『騎士(ナイト)』の二翼が誕生したわね」

楽しそうに答えるリアス。
強力な眷族を取るチャンスが多いのも彼女の才能かもしれない。
いや、もしくは一誠のドラゴンの性が引き寄せているのかもしれない。
と、リアスが一誠の右手に触れた。
まるで確認するかのように。

「心配するな」

満面の笑みを向けながら一誠は彼女の手を握った。

「部長と副部長のお陰で元の人間の手に戻ったからな」

コカビエルの襲撃の後、リアスと朱乃は必死になってドラゴンの手に変わった一誠の手を戻す方法を探した。
お陰で一誠の手は鱗に覆われたドラゴンの手ではなくなった。
もっとも、一誠は自分の力で戻せなくはないのだが、それはしない。
と、リアスと話している間にアーシアとゼノヴィアは和解をしたらしい。

「所で、赤龍帝。いや、一誠と呼んでも構わないか?」

「ああ、いいぜ。それで何だ?」

「イリナの事なのだが・・・」

言いよどむゼノヴィア。
無理もないことだった。
ゼノヴィア以上に神を信仰していた彼女はまともな精神状態にはいられずに死んだように生気を失っていたのだ。

「残念だが、まだ目が覚めていない」

そして、コカビエルの襲撃から次の日から彼女は眠り続けたままだったのだ。
ただ幼馴染だったので一誠の家で寝かせているのだ。

「それで、教会にはイリナの事は?」

問いかけると、ゼノヴィアは話していないと首を横に振った。

「教会は異端を嫌う。神の不在を知った私は教会からは追放された。だが、イリナの事は話していない。
彼女の事はコカビエルの戦闘中に意識を失ったままだといっている。神を異常なほど信仰していた彼女だ。
これで教会からも見放されれば、間違いなく命を絶つかもしれない」

「そうか・・・」

そうして、部室には重い空気が流れるのだった。





それから一誠は部活が始まる前にゼノヴィアと共にイリナのいる部屋の前まで来ていた。
ゼノヴィアは悪魔となった自分が彼女に会うのは果たして許されるのか、迷ったが心配だったらしい。

「この中だな」

「ああ」

深呼吸して、ドアをノックするゼノヴィア。
部屋からは何の返事はない。
だから、ゼノヴィアはドアを開けて部屋へ入ろうとしたが、

「イリナ!!」

「おいおい」

ドアを開けた途端、驚き声を上げるゼノヴィア。
それもそのはずだった。
部屋に入ると、寝ていたはずのイリナがナイフを首に当てていたからだ。
その行動にゼノヴィアは自分の認識の甘さに後悔した。
神がいないだけで、彼女には死ぬほどのショックがあったからだ。

「死ぬつもりか、イリナ」

狼狽するゼノヴィアの隣を通って、ズカズカと部屋に入る一誠。

「・・・当然でしょ。心の支え、世界の中心、あらゆるものの父が死んでいたのよ」

この世はもう終わりだったのよ、とイリナはナイフで首を切ろうとする。
だが、

「なぁ、イリナ。お前、俺に部室で会って、手合わせした時言ったよな」

一誠の言葉にイリナはナイフを握る手を止める。

「幼馴染の男が悪魔になった不幸。これは神の与えた試練なんだと」

「だから、何?」

「そんな風に思えるのなら、こう思えないのか?」

神がこの世から消えたのは、人が神から卒業するための神からの最後の試練だと。

「っ!?」

その言葉にビクンとイリナは身体が跳ね上がる。
隣にいたゼノヴィアも驚いたように一誠を見た。

「まだ神って奴を信仰しているなら、お前がやることは人が神の力が無くても幸せに暮らせるように手助けしてやるのが、今のお前に出来る信仰なんじゃないのか?」

「そんなの・・・」

イリナの瞳から涙が止め処なく流れだす。
手に持っていたナイフも身体のふるえで落としてしまった。
そんな彼女に一誠はゆっくり近づいて、優しく、しかし強く抱きしめた。

「まぁ、今は思いっきり泣きな。どうすることが今のお前にとって一番良い信仰なのかはそれから考えれば良いんだからな」

「うっ。うぅわぁぁあああああああああああああ!!!」

一誠の胸の中でダムの決壊のように涙を流すイリナ。
それを一誠は全てを受け止めていた。
すると、一誠の背中にゼノヴィアが頭を押し付けた。

「すまない、イッセー。ほんの少し背中を貸してくれ・・・」

ふるえながら一誠の服を握り締めるゼノヴィアに一誠は無言のまま好きにしろとばかりに好きなだけ泣かせた。
恐らく、彼女のイリナ同様にしっかり泣いていなかったのだろう。

一誠には暁月と同じ美学がある。
それは女の涙から逃げないこと。

二人は止めるべき涙を知っていた。
そして、今、一誠の前で泣いている二人の女の涙を一誠は止めるのではなく全て受け止めるのだった。







それから暫くない続けたゼノヴィアとイリナは目を腫らせながらベッドで仲良く寝ていた。
二人を寝かせた一誠は微笑むように笑いながら、あることを考えた。

「追っ手はアニキの所にも行ったみたいだが、幾らなんでも早すぎる」

時間軸がずれているが、フィルの話から考えると、アレイザードで暁月が魔王の娘を連れて帰還したのはかなり早い段階でばれているように感じる。
それも誰かが仕組んだかのように。

「たぶん、向こうで厄介なことが起こっているんだろう。それもかなり複雑な何かが」

そして、暁月もこの結論に至っているはずだ。
ならば、暁月が次に取る行動は、

「遣り残したことを片付けるために、もう一度向かうだろうな」

とするなら、自分がすることは何か、それも決まっている。

自分は暁月、はぐれ勇者の腰巾着だ。
アレイザードでは暁月の後を最後まで追い続けようと決めたのだ。
その暁月がアレイザードではぐれ勇者としてやり忘れたことがあるのならば、自分はその後を追う。
暁月がアレイザードの勇者を終えるとき、それが腰巾着の終わり。
だから、暁月がアレイザードに戻って残った厄介ごとを片付けるのなら、それを最後まで見届けて初めて、アレイザードでの自分は完結する。
それだけで一誠にはアレイザードに戻る理由としては十分だった。

「さて、じゃあ、もう一度行くか、アレイザードヘ」









あちがき
漸く、三章完結しました。
自分でもまさかここまで長くなるとは思わなかったので、今回は二つに分けました。
今回は一誠を最高に格好よく見せるように書き、教会二人を完全に落しましたが、如何だったでしょうか?
また、今回はオリジナルのキャラ少しも出しました。
しかし、色々布石を置いたのですが、次はアレイザード編に入ります。

ただ一つ不安があるとすれば、コカビエルを捕らえたのがヴァーリではなく、シャムハザにしたことですね。
でも、原作の一誠があの場面ではまだ弱かったから、アザゼルもヴァーリに行かせたのだろうと思ったのでそうしました。
あと、流石にアレ以上戦わせるのには無理があるとも思ったのでこうしました。
もしも不快に思われたら、すみませんでした。

そろそろ、もう一つの方を仕上げたいので、こっちの執筆を少し休みます。
こちらの都合で本当に申し訳ありません。



[32327] アレイザード編一話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/03/18 00:26
コカビエルの事件から数日後、新たにグレモリー眷属に加わったゼノヴィアの歓迎会と、神の死を知り失意の渦中にいるイリナを励ます意味で一誠は、
以前より木場、小猫、アーシア、桐生、松田と元浜を引き連れて近くのカラオケ店にやってきていた。

「女々しくて!女々しくて!女々しくて!!つらいよぉおぉおおおおお!!

と、マイクを片手に一曲を熱唱した一誠。
その姿に、歌詞の意味はよく分からないが、楽しそうにアーシアは拍手をしてくれるが。

「いいぞ!!死んじまえ、鬼畜院イッセー!!」

「ちくしょう!!知らない美女が二人もプラスされているのは嬉しいが、何でお前だけなんだバカたれ!!」

満足げに歌い終えていい気分な一誠に嫉妬の野次を飛ばす松田と元浜。

「・・・・ここまでタイトルと歌い手がミスマッチなことは無いでしょうね」

「あははっ、上手だったよ、イッセー君」

ピザ、唐揚げ、アイスなど沢山の食べ物と格闘する小猫。
その隣ではコーヒーを飲みながら微笑んでいる木場がいた。
と、そこである人物が一誠の手からマイクをひったくった。

「今度は私が歌うわ!!桐生さん、この曲をお願い!!!」

「良いけど、もう十曲以上も歌ってるけど、大丈夫?」

選曲をしている桐生に頼んで、イリナはマイクを手に躍り出た。

「ていうか、さっきから失恋した時の曲ばっかりだけど。もしかして・・・・」

桐生が椅子にドカッと腰を下ろした一誠を見る。

「イッセー君に告白して断られたのかしら?」

「「何だとっ!!?」」

桐生の言葉に松田と元浜が飛び上がった。
そして、二人の目の前には、アーシアとゼノヴィアの間に座っている羨ましい鬼畜魔の姿。
それを見たら、襲い掛かるのは二人には当然の事だろうが。

「落ち着け、お前ら」

「「うごぉっ!!?」」

飛び掛ってきた二人を一誠は叩き落とした。
まるで羽虫のように叩き落された二人には何も聞こえなかったかもしれないが、まぁ良いだろう。

「別にイッセー君は関係ないわ。ただ、私は心の支えを失ったのよぉおぉおおおおおおお!!」

そうして、イリナは号泣しながら熱唱するのだった。

「イ、イリナさん、凄いです」

「ああ。歌声に篭っている想いが桁違いだな」

鬼気迫る勢いと歌唱力を披露するイリナを一誠はアーシアと共に眺めていると、

「少しいいか、イッセー」

同じく、イリナを見ていたゼノヴィアが問いかけてきた。
何だ、と問いかけながら、一誠は反対側の彼女を見る。

「イリナは、必死に主の死を乗り越えようといるのだろうか?」

「さぁな」

ただ、と一誠は真剣な表情を熱唱しているイリナに向け、

「三大勢力の会談には、たぶん俺たちグレモリー眷属だけじゃなくて、イリナも呼ばれるはずだから。
その時、アイツがどんな答えを出すかだ」

意識を取り戻したイリナに教会は町に留まるように彼女に指示した。
そこには恐らく、教会の上層部よりも上、天界の天使が関与したのだろう。
まぁ、それでも・・・

「少し自棄になっているのには変わらないがな」

教会の人間であるイリナが一般人と一緒とはいえ、悪魔とカラオケをするのは・・・・
悪魔の飯を食った彼女ならばありえるか。

「それでも私のように悪魔に転生するといわないだけマシだな」

自暴自棄を起こしていても信仰心を忘れていないイリナはエクスカリバーの因子を大事に持っていた。
会談にイリナを呼ぶのだろう、と予想したのはそれが理由であったりする。

「まぁ、どんな答えを出すのかはアイツの問題だが・・・」

「イッセー?」

「ところで、お前は楽しんでるか?」

「ん。ああ、もちろんだ。今までこういう所に来たのは初めてだからな」

「確かに、お前はそんな感じだな」

今まで悪魔祓いの仕事ばかりをしていたように見えるゼノヴィアは確かにそんな風に思えた。

「だが、折角だから、何か歌ったら如何だ?」

「そういわれても、私は余り知っている歌が無いのだ」

「あ、私もそうです」

と、隣のアーシアが入ってくる。
ここに来るまでにだいぶゼノヴィアとは仲良くなれたようだ。
元々、二人とも信仰心が厚いから気が合うところが多かったのだろう。
そんな二人がデュエットすることが出来たらいいのだが。

「あ!でも、聖歌なら歌えます!!」

「それなら、私も出来るぞ。一緒に歌わないか、アーシア」

「止めておけ、悪魔が歌ったら苦しいだけだぞ」

そういうと、ガッカリしたように二人は肩を落とした。
だが、二人の隣に座っている兵藤一誠。
彼が二人を落ち込んだままにしておくはずが無い。

「まぁ、だけど・・・」

「なぁっ!?」

「ふぇっ!?」

突然、一誠の手が自分たちの尻を握ったことに二人は驚き、声を上げた。
しかし、幸いだったのか、不幸だったのか、イリナが大熱唱しているために二人の艶やかな悲鳴はほとんどの人間には聞こえなかった。

「俺はこうして、美女が隣にいるのは嬉しいけどな」

「い、イッセーさんっ!?」

それを良いことにイッセーはアーシアのお尻を撫で回すので、彼女の表情が恥ずかしげに赤く染まった。
と、同じくイッセーにお尻を撫でられたゼノヴィアは、少し考えて、

「ふ、ふむ。確か、こういう時はこうするのだったな」

そう言って、ゼノヴィアは一誠の膝の上に自らのお尻を降ろした。

「ゼ、ゼノヴィアさん!?」

自分に背を向け、一誠の横顔を見上げるように座ったゼノヴィアにアーシアは驚きの声を上げる。
だが、すぐに何かに気づいたように彼女を見る。
その視線はゼノヴィアの顔で見えない一誠は気づかないが、それを背中に受けるゼノヴィアは気づいていたりする。

「おいおい、ずいぶんと大胆だな」

「積極的な相手には大胆なアプローチで答えるのが良いと、本に書いていたのだ」

どんな本だよ、と一誠は心の中で突っ込む。
だが、ゼノヴィアが身体でアーシアとガード?している所為でアーシアを触っていた手を離してしまった一誠は真っ直ぐ彼女を見た。
緑色のメッシュを入れた淡い青色の髪の間から、少し吊り上った彼女の双眸がまるで誘うかの様に一誠を見つめている。

「・・・・・・・」

その視線をじっと見ていると、ゼノヴィアの顔が一誠に近づいてきた。
すると、一誠の顔も彼女に吸い寄せられるように自然と近づいた。
この引力に一誠は決して抗わなかった。
その代わり、

「駄目です!!」

「むっ、アーシア・・・」

ゼノヴィアの背後からアーシアが羽交い絞めにするように一誠から無理やり離した。
すると、

『ちょっと、そこ!!私が歌っているのに何をやっているの!!?』

「お!!?なになに、もしかして、修羅場?修羅場なの?」

アーシアの叫び声にイリナと桐生が反応した。
桐生は単純に面白がっているが、イリナは歌を中断して、烈火のごとく怒りながら未だに一誠に顔を近づけようとするゼノヴィアを止めているアーシアの加勢に入った。

「離してくれないか、アーシア。これではイッセーに近づけない」

「駄目です!!」

「そうよ、ゼノヴィア。アナタ、イッセー君に近づいて何するつもりよ!!」

頬をプクッと膨らませるアーシアと顔を真っ赤にして怒るイリナにゼノヴィアはしれっと、

「キスするつもりだったのだが」

「「っ!!?」」

自分の行動を恥ずかしげもなく発言したゼノヴィアにアーシアとイリナは戦慄した。
「おぉ!!」と感嘆する桐生の声を背後に、二人はここまで隠すことなく、好意を言うことが出来るゼノヴィアに驚いている。
一誠もここまで大胆な女に久しぶりに会ったと、驚いていると、

「イッセー!!!」

「何で、お前ばっかり!!!」

先程叩きのめされていた松田と元浜が復活し、再度飛び掛る。
二人の背後では、我関せずとばかりにフードファイトをする小猫と一誠たちを苦笑しながら眺める木場の姿が見えた。
まさに、カオスになりそうなカラオケ店の一室。
その一室で一誠はため息を付いて、

「とりあえず、ごみ捨ててくるな」

「「うげっ!?」」

飛び掛ってきた二つのごみを一誠はフロント・ヘッドロックで小脇に抱えるように頚部を締め上げる。
そして、部屋の外へと運んでいく。
中では、未だにアーシア、イリナ、ゼノヴィア、信仰心ある三人組が争っているのが見えるが。

「よっ!」

「「うがっ!?」」

トイレまで運んだ一誠は二人をダブル・ブレンバスターを掛けて捨てた。









一誠がトイレの個室に二人を放り込んで出てくると、傍に置かれた椅子に木場が座っていた。

「何か用か?」

「うん。ちょっとね」

神妙な顔をする木場に一誠は彼の隣に腰を下ろした。
部屋はまだ騒ぎが収まっていないだろうから、丁度良いと一誠は思った。

「で、何だ?」

「君にお礼が言いたかったんだ」

そう言って、木場は隣に座っている一誠を真っ直ぐと見つめる。
だが、一誠は同姓にそんな視線を向けられても嬉しくないとばかりに両手を頭の後ろで組むと、壁にもたれ掛かって聞き流す体勢に入った。

「君のお陰で、僕は同士たちの仇を討つことができた――――ありがとう」

「別に俺は大したことはしてねぇよ」

「それでも、やっぱり今回は君のお陰だ。君のお陰で僕は自分の中にあった同志たちへの後ろめたさから解放された」

「それは俺じゃなくて、お前の同志たちが言った言葉のお陰だろ」

「・・・君が止めてくれなければ、僕は憎悪に駆られて同志たちの復讐のために“はぐれ悪魔”になったかもしれない」

「前にも言っただろ。お前がいなくなったら、部長や、他の美女たちが悲しむ。俺はそれを止めたかっただけだ」

木場の感謝を素直に受け取ろうとしない一誠。
そんな彼に木場が苦笑を浮かべていると、それにと一誠が言葉を続けて、

「これも前に言ったことだが、お前は俺たちグレモリー眷属に必要な人間なんだよ」

「・・・・・」

恐らく、励まそうとして言った一誠の言葉だったが、その言葉に木場は顔を俯かせ、

「・・・本当にそうなのかな?」

「・・・・・」

彼が漏らした呟きに今度は一誠が黙り込んでしまった。
コカビエルと一誠が戦っていた際、ほとんど戦いに参加することふぁ出来なかった。
例外のようにリアスは一誠の援護をするように策を立ててきたが、それは一誠の『赤龍帝の篭手』があったからだ。
現在の彼女の独力ではコカビエルに歯牙にもかけられないだろう。
自分たちの力不足が一誠の重荷となっている、それは木場だけでなく他のメンバーも同じことを考えているだろう。

「・・・・・・」

木場が女で涙を見せたならば、一誠は何が何でもそれを止めた。
だが、男にそんなサービスをするつもりはない。
無いのだが・・・・

「・・・はぁ」

とため息を一度付いて、仕方ないとばかりに口を開いた。

「木場、これから言うことは絶対に内緒だぞ。特に部長たち女たちにはな」

「イッセー君?」

突然、何を言い出すのだ、と木場は怪訝な表情をする。
しかし、一誠はそれを無視して、語りだした。

「あの時、俺は怖かったんだよ。コカビエルと戦うことが・・・」

「え!?」

一誠の言葉に木場は目を見開いて驚いた。
だって、そうではないか、いつも不敵な笑みを浮かべながら、自分たちが驚愕することを簡単にやってしまう―――あのイッセーが・・・

「“こっちの世界”に帰ってきて、初めて自分と同格か、それ以上の相手と戦わなければならないことに。そして、“向こうの世界”の仲間は誰もいない。
一応言っておくが、自分が死ぬことが恐ろしかったわけじゃない」

だが、

「こう言ったら、お前らに失礼なんだが、“俺一人でお前らを守らなければ”と思ったら、それが実行できるか不安だったんだよ」

「・・・・」

一誠の言ったことは、木場たちのプライドを酷く傷つける言葉だった。
しかし、その言葉を否定する要素を木場は持ち合わせていなかった。
いや、あの場にいたほとんどの者は木場と同じはずだった。
リアスの策の援護にしても、一誠ならば彼女の策が無くても勝つことは出来ただろう。
そのために一誠はあらかじめ、自分の腕を『赤龍帝の篭手』に宿るドラゴンに売ったのだ。
結局のところ、自分たちは一誠の力に頼りっぱなしだったのだ。
そんな状況で一誠が責任を感じないはずが無い。特に女性を守ることに対して。
そして、一誠はいつも木場たちに見せる不敵な笑みではなく、弱弱しい表情で、

「だから、いつもなんだが、あの人がいてくれたら良いのにって・・・」

「君が兄と慕う人?」

木場の問いかけに一誠は頷いた。
そこにはいつも一誠が仲間に見せる自信に満ちた表情ではない。
いや、もしかすれば、今の表情は一誠が抱える闇なのではないか、と木場は思った。

「アニキは強かった。力も、心も、何より存在感が凄かった。だから、いつもピンチなことや危険が近づいてくる予感がしたら、強いアニキが傍にいて手助けしてくれたら良いのにと思った」

「・・・・・・」

「だけどな・・・」

一誠の言葉を聞いて更に落ち込んでしまった一誠は立ち上がり、木場の肩に手を置くと、

「それじゃ駄目なんだ。意味が無いんだ。俺が一人でこの世界に戻ってきたのは、アニキから独り立ちするのが最大の目的だった。
だが、まだ俺はそれが出来ないほど弱い」

「イッセー君・・・」

そう言って、一誠は木場に背を向ける。

「だから、弱い俺はお前が必要なんだよ。これでもお前の事、結構頼りにしてるんだぞ、俺は」

そう言って、木場に何も言わせずに歩き出した。
今の木場には少し重荷からも知れないが、女々しくされるよりも目標を持ってくれた方が良いと思ったのだった。
と、一誠が角を曲がったとき、小猫が壁に背を預けて立っていた。

「・・・先輩」

「小猫・・・もしかして、聞いてたか?」

気まずそうに問いかける一誠だったが、小猫は立ち聞きしていないらしく、首を横に振る。

「・・・祐斗先輩はどうして、あんなに落ち込んでいるんですか?」

「ん?ちょっと、男の友情をしていただけだ」

「・・・・・」

木場を心配する小猫の頭に手を置いて、一誠は曖昧に答えた。
当然、その答えに小猫は納得するわけではないが。

「おっと、悪い。電話だ」

小猫が問いただそうとした時、まるで図ったように一誠のポケットから携帯電話の着信音が鳴り、
一誠はそれを取り出して、それを耳に当てた。

「副部長、何か様ですか?」

電話の相手は朱乃らしい。
小猫はじぃっと一誠を冷静に見つめていたが、

「明日の放課後に“アレ”ですね。分かりました」

何処か嬉しそうに一誠が言った“アレ”という単語に小猫の視線が氷点下まで下がった。


因みに、先程の木場と一緒に椅子に座っていた姿はいつの間にか桐生に写真を取られ、
学校で、一誠×木場説を加熱させることになるのだった。








それから次の日。
一日の学業が終了した駒王学園の放課後。
オカルト部の部室がある旧校舎の二階のとある教室に一誠は来ていた。

(いや、教室っていえるのか、ここは?)

毎回思うことだが、一誠がいるのは旧校舎の一室はとても教室とは思えるものではなかった。
床は全て畳が敷かれ、和室とも言えるそこで一誠は裸足で胡坐をかいて、部屋を見回した。
副部長の朱乃が使うそこは、部室と同じ形式の術式が描かれ、恐らく呪術に使う道具のような物が置かれている。
そんな空間で一誠は上着を脱いで、上半身の肌を晒すと、

『いつもの事だが、こんなことは時間の無駄ではないか?』

「何がだ、ドライグ」

『リアス・グレモリーとそのクイーンの女は相棒のドラゴンの力を散らせる儀式を定期的に行っているが、
相棒の技ならば、そんな事をしなくても出来るはずだろ?』

ドラゴンの力を散らす。
一誠はコカビエルと邪龍に身を堕としたフィル・バーネットとの戦闘で、ドライグに右腕を捧げた。
その結果、一誠の右腕は赤い鱗を纏ったドラゴンの腕になってしまった。
今から、この教室で行われることは、一誠が代償として支払った右腕を元の腕に一時的に戻す儀式なのだ。

「まぁ、確かにそうなんだけどな」

だが、一誠はそんな儀式を受けなくても、一誠の『錬環系勁氣功』は氣を操作することが出来る。
それを使えば、ドラゴンの力、つまり氣を体外に放出することが可能なのだ。
げんに、一誠はコカビエルと決戦前、フリード、バルパー、それにフィルと接触した後からドライグに右腕を支払い何時でも“禁手”を出せるようにしていた。
それまでは今言った方法で隠していたのだ。
だが、

「俺がそれをやったら、あの二人の気が収まらないだろ」

昨日の木場のように他のメンバーも一誠と共に戦う力が無かったことを嘆いているはずだ。
そんな自分に何か出来ることはないかと、リアスと朱乃が必死に探したのだ。
それを断るなど、一誠の美学がその選択を否定していた。

「それに、俺としても、二人が見つけた方法は特だからな」

『・・・・・・・』

不敵な笑みを浮かべる一誠にドライグは黙り込んでしまった。
事実、一誠が自分で氣を散らせない理由は、儀式が目的だったりする。



「お待たせしました。準備が出来たので、始めましょうか」

「うふふ」といつもの笑みを浮かべながら、朱乃が入ってきた。
ただ、彼女の姿はいつも部室で見ている制服ではなく、白装束を身に纏い、トレードマークのポニーテイルの髪を下ろしていた。
そんな彼女を見ながら一誠はじっと見つめていた。

「ふむ」

「あらあら、どうかしましたか?いきなり黙り込んでしまって・・・・」

一誠に真っ直ぐ見つめられることに朱乃は微笑みながらも頬を赤く染める。
それでもいつものお姉さまキャラを保つように。

「この格好は可笑しいでしょうか?衣装が濡れているのは、儀式のために身を清めたのですが?」

「いや、別にそういうわけではないんだが」

悪魔が身を清めたら大変では?という考えはこの際、一誠は捨てる。
代わりに、彼の脳内に浮かんでいる言葉は

――――けしからん

朱乃の言葉の通り、今の彼女の姿は濡れていた。
その所為で、彼女の身に付ける薄い装束が彼女の身体に張り付き、地肌を薄く透けて見せ、彼女の豊満な胸、尻、抜群のプロポーションを隠すことなく一誠に晒させる。
その上、彼女はそのことに気づいているにも関わらず、隠そうともしないのだ。
さて、自分はどうするべきなのか、と一誠は頭を悩ませた。

「では、儀式を始めましょうか。イッセー君、右手を出してください」

「おう」

一先ず、やるべきこととして一誠は朱乃の前に自分の右手を差し出した。




リアスと朱乃が見つけたドラゴンの力を散らせる方法。
その中でもっとも確実だったのは、高位の悪魔が対象から直接力を吸い上げて、無力化することだった。
もっとも、この方法が取れる高位の悪魔は一誠の仲間では今のところ、リアスと朱乃だけだ。
そして、その方法というのが。

ちゅぷ、ちゅぅ~ちゅぅ~と、卑猥な音が部屋に響く。

「お!手が戻ってきた」

「ええ、この方法はイッセー君の指から直接ドラゴンの氣を吸出して、右腕に溜まっているものを放出させているのです」

そう言って、朱乃は再び、ちゅぱ、ちゅぴ、ちゅる、と一誠の指を吸い付くように咥える。
指から彼女のやわらかい唇の感触に一誠は再び行動を迷った。
一誠は責められるより、責めるほうが好きだ。
そんな彼が朱乃にされるがままで、自分だけが良い思いをするのは果たしていいのだろうか・・・
だが、朱乃はあくまで真剣に自分の奉仕するようにしてくれている、悪ふざけでエロいことをするのは果たして良いのだろうか・・・
そんなバカな葛藤をする一誠。

「あらあら、また黙り込んでしまいましたね」

と、そんな葛藤をしている間に儀式は終わってしまったらしい。
しかし、朱乃はわざとらしく申し訳ない表情をすると、

「この方法はお気に召さなかったようですわね」

「いや、そんな事はないんぞ」

「いえ、ここは先輩として、可愛い後輩にサービスして差し上げますわ」

一誠の何処が可愛いのか、分からないが朱乃は一誠の身体に一気に接近させる。

「うふふ、イッセー君の身体、本当に凄いですわね」

上半身裸の一誠には、少し濡れ、薄い装束だけの朱乃の豊満な肉体の感触が伝わる。
それなのに更に、朱乃は一誠の胸板に頬を擦り付ける。その行動はとても妖艶な動きだ。
すると、一誠はそういうことならば、とばかりに朱乃のお尻へと手を伸ばす。

「いやいや、されてばかりだと、俺の方が申し訳ないですよ」

「あっ、ああんっ!?」

両手で朱乃のお尻を撫でるのではなく、揉むように掴む一誠。
その行為に朱乃は力が抜けたように一誠に体重を預けて圧し掛かる。
体重が掛かったことで、一誠の胸板に朱乃の豊満な胸が押し付けられた。
更に、朱乃は自分の身に付けている少し濡れた装束の冷たさを挟んで、一誠の体温を感じる。

「うふふっ、イッセー君は、こういうことが上手ですね。処女の私では太刀打ちできませんわ」

呼吸を荒くしながら朱乃。
対して、一誠は不敵に笑って、

「いやいや、単純に場数の違いですよ」

「あらあら、では、沢山の女性を抱いたのですね」

その言葉に一誠は苦笑した。

「うんや、俺はまだ童貞ですよ」

「え!?」

一誠の告白に朱乃は驚いた。
まぁ、一誠の今までの行動を省みたら、すでに誰かに貰われていると思うのは当然かもしれないが。

「“向こうに”行ったとき、俺はまだ十四歳でね。別に中にはそのぐらいでやることやっている奴はいるんでしょうけど、
生憎、俺の仲間には潔癖な方がいて、俺は完全にマークされていたんですよ」

仲間と冒険し、深夜の街に乗り出した暁月とゼクスと共に一誠も行こうとした。
だが、それをリスティとワルキュリアによって阻まれたのだ。
リスティは暁月に逃げられてしまい、仕方ないと一誠を捕らえてストレス解消のために、ワルキュリアはそういうことに厳しかった。
イッセーに出来たのは精々二人の監視を掻い潜って、女の子とデート(おさわり)する程度だった。
その先に入ろうとすれば、必ずワルキュリアに見つかってしまうのだった。

「“こっち”に戻ってからも、戻る前に宣言したことを我ながら律儀に童貞と共に守ってるんでな」

今思っても、苦笑してしまう。
“最高に良い女を見つけて、アニキ越えと共に童貞を卒業してやる”
我ながら、あの頃は若かったな、と一誠はもう一度苦笑する。
そのことを朱乃に言うと、朱乃は満面の笑みで微笑みながら、

「あらあら、では、私と一緒にしませんか?」

「ん?」

一誠と首の後ろに朱乃は手を回して、自分の顔を一誠に近づける。

「私、フィル・バーネットの魔の手から私を救ってくれた殿方、その方とこんなに近づいてしまうと私も感じてしまうんです」

「うふっ」と朱乃は艶やかな笑みを浮かべた。

「あの時から、貴方のことを考えると、胸の辺りが熱くなって、どうしようもなくなってしまうんです」

しかし、朱乃は残念そうに、

「でも、貴方に手を出したらリアスが怒ってしまう。アーシアちゃんも悲しむだろうし、もしかしたら、小猫ちゃんも・・・」

「まぁ、俺は女には出来るだけ、泣いて欲しくないんだけどな」

「うふふ、イッセー君は沢山の女性に慕われて、本当に罪作りに殿方ですわね」

「罪なら幾らだけ背負ってやるさ。女を泣かせない美学を貫けるなら、それぐらい幾らでもな」

そう言って、不敵に笑う一誠。
その表情を見た朱乃は満面の笑みで、

「やっぱり、貴方は素敵です」

ゆっくりと一誠に向かって、唇を合わせる。
対して、一誠もそれを拒まず、ゆっくり近づけていき・・・・


しかし、寸でのところで突然、教室の扉が開かれた。

「あら、リアス」

開け放たれた扉の方を見る朱乃。
そこには目を吊り上げて睨むリアスの姿だった。
しかし、そんな彼女に朱乃は勝ち誇った余裕の笑みを浮かべた。

「っ!?」

――――バチィイイイイイイイイイイイン!!!!

その瞬間、旧校舎から空を引き裂かんばかりの乾いた音が響いたのは当然の事だった。










あれから一誠はリアスの平手の一撃を頬に受けて、真っ赤な紅葉腫れを作った。
それは暫く消えることはなく、アーシアも何故作ったのかの理由を聞くと、治そうとはしなかったため、
それは次の日、学校が休みの日まで治ることは無かった。

そして、一誠は、

「あら、来たわね。イッセー」

リアスとの待ち合わせの駅前に来ていた。
一誠を引っ叩いた後、朱乃を先に退室させると、

「イッセー、朱乃とエッチなことをした罰よ。明日は学校がないから私と一緒に買い物に行きましょう。
もちろん、アーシアや、朱乃には内緒で出てくるのよ」

と言われ、一誠はここまで来た。
幸いなことにアーシアは桐生と他の学友の家に行くらしく、一誠が嘘をつくことは無かった。

「じゃあ、行きましょう。イッセー」

「ああ」

そのことにリアスは満足そうに笑いながら、一誠の片方の手に抱きついた。
その姿はいつも部室で見せる堂々と姿でも、一誠を誘惑する艶やかなものでもなく、年相応の少女のような姿だった。
彼女のそんな珍しい姿を見て、一誠も自然と顔を笑わせるのだった。

「ところで、何を買いに行くんだ?」

「ん?ん~、特に何が欲しいって訳ではないんだけど、適当にショッピングモールを回って、お昼を食べたら、下着を幾つか買おうかしら」

楽しそうに会話するリアス。
ただ周りの人間が見れば、二人の姿は完全に彼氏彼女、デートをしているようであった。




それから二人はショッピングモールを計画もなく歩き回り、正午を過ぎた辺りで空腹を感じてお昼を取るために店に入り、食事を取った後、
リアスは一誠を伴って、女性服が置いて売り場に来ていた。

「ねぇ、イッセー。イッセーはどういう下着が好みなの?」

「ん?そうだな・・・」

娼館ギルドで娼婦たちの下着を選んでいたことから、リアスは一誠に下着を選ぶのを頼んだのだった。
下着そのものを見るのは好きではないが、女性の下着姿と、その女性に似合った下着を選ぶのが大好きだ。
ゆえに、一誠は嬉々してリアスに似合いそうな下着を選んだ。

「これなんか、如何だ?」

「・・・・それは少し大胆すぎるわね」

一誠が手にしたのは薄すぎる下地と胸を隠す機能が皆無なほとんど紐の下着だった。
流石のリアスもここまでの下着を身に付けるのは気が引けた。

「それに、この下着、私には少し大きいわ」

下着を見ると、丁度自分が今付けているサイズより一サイズ大きい。
だが、一誠は自信満々に、

「そんな事は無いだろ。俺の手で直々に測ったんだ、間違いないよ」

「でも、少し前に図ったら、今のサイズで“まだ”大丈夫だったわ」

そんな訳ないだろ、と不敵に笑う一誠に、リアスは少し眉を寄せて。

「そんなに言うなら、試してみましょう」

挑発的な笑みを浮かべたリアスは一誠が選んだ下着と同じサイズで別の下着を手に取った。

「その代わり、もしも、会わなかったら、私の言うことを聞いて頂戴ね」

そうウインクして試着室に入ろうとするリアス。

「いいぜ。じゃあ、俺の言うとおりだったら、俺のお願いも聞いてもらうぜ」

そう自信満々に言って、リアスの後に付いていこうと・・・

「って、何で貴方まで入ろうとするの!!」

「何で、て着付けするためだが」

と、一誠は当たり前のように言うのだった。





結局、リアスは一誠と一緒に試着室に入ることになった。
まぁ、別にリアスは一誠に裸を見られるのは嫌ではないし、むしろ嬉しいのだが。
せめて、場所を選んで欲しいと思いながら、リアスは自分の服に手をかけて脱ぎだした。

「イッセー、言っておくけど、勝負に勝つために私の身体に肉体改造の鬼畜なツボを押さないでしょうね」

「心配しなくても、本人の許可なくそんなツボ押さないよ」

「そう?」

そう言って、リアスは服を脱ぐと一誠に背を向ける。

「ああ。ただ着付けするだけでいいんだからな。下着の着付けは結構自信があるんだ」

何せ、

「娼婦は身体が資本だからな。俺やアニキがやったら、胸が大きく見えて、身体のラインも綺麗に見せられるって評判だったんだ。
更に、客が増えたという、目に見える成果もあるからな。ただまぁ、無駄に気持ちよすぎるのが玉に瑕だな」

「イ、 イッセー・・・。少し怖くなってきたんだけど・・・冗談よね」

一誠の言葉に身の危険を感じるリアスだが、すでに遅かった。

「まぁ、早い話、ブラジャーはおっぱいの詰め放題が出来るんだよ」

真理のように一誠は言った。


五分後、


リアスは肩で息をしながら、床にへたれこんでいた。
自分の顔が真っ赤になっていることが彼女自身でも分かるほど、自分の身体が熱いことが分かった。
悔しいが、本当に、本当に、悔しいが――――気持ちが良かった、無駄に。
更にリアスにとって悔しいのは、

「・・・・・」

「ほらな、言ったとおりだろ」

不敵に笑う一誠の言うとおり、リアスの胸はいつもより一サイズ大きいブラ一杯にたっぷり収まっていた。
そのことに、流石というべきか、恐ろしいというべきか、リアスが悩んでいると。

「じゃあ、部長。約束通り頼むぞ」

「うぅ・・・」

自分が言ったこととは言え、一誠を甘く見ていた。
そして、なんてことを一誠に約束してしまったのだと、後悔した。

(一体、どんなことをさせられるのかしら・・・・)

一誠の性癖は激しい。
一体何をされてしまうのか、想像しただけでどうにかなってしまいそうだった。
それが一誠に着付けをしてもらった所為もあるのか分からないが。

「じゃあ、部長・・・」

真っ直ぐと一誠を見て、ゴクリッと息を飲んだ。

「その前に、部長は一体何をして欲しかったんだ?」

「そうね・・・」

緊張して覚悟を決めていたのに、こんな事を言われるとは思っていなかった。
だから、リアスは少し拗ねたように。

「毎日、貴方に下着を着付けてもらおうと思ったんだけどね」

「よし、それにしよう」

「へ?」

今なんと、とリアスは一誠を見た。

「毎朝、俺に着付けをさせてくれよ」

「・・・・・・」

不敵な笑みを浮かべる一誠にリアスは完全に固まってしまう。
またも、図られたことにショックを受けた。

(毎朝、あれを受けるなんて・・・・)

絶望したように頭を垂れさせるリアス。
毎朝、あの刺激を受けることになるのだ、そんな生活を送れば自分は一体どうなってしまうのか・・・・
ちょっと待て、とリアスは考え直す。

(もしも一誠に初めて貰ってもらう場合、あの刺激に耐えられるようにならなければならない)

以前、一誠を抱き枕にしようと忍び込んだ際、寝ぼけた一誠に身体を撫で回されて果ててしまった。
それを考えれば、

(一誠の着付けを毎日受け続ければ、あの耐性が出来るかも)

良いかもしれない。

「いいわよ、イッセー。毎日、私の下着を着付けて頂戴!!」

「お、おう」

突然、元気に頼むリアスの姿に一誠は珍しく引いてしまった。






「本当に良かったの?」

店を出て、紙袋を持つ一誠に隣を歩くリアスは問いかけた。

「お昼も、下着も代金を払ってくれて」

「ああ。こういうのは男が払うものだからな」

それに、

「お前の今日の時間を買えたなら安いものだよ」

「そう?」

一誠に言われて、リアスは嬉しそうに微笑んだ。
と、その時、

「ん?」

リアスは一誠の顔を見て小首を傾げた。
と、その表情に気づいた一誠は怪訝な顔をして問いかけた。

「どうかしたか?」

「いえ、何でも無いわ」

そう言って、リアスはその場では満足げに笑って一誠の腕に抱きついた。
夕焼けが二人を照らす中、二人は仲良く帰っていくのだった。










その日の夜、一誠は一人で自室の部屋にいた。

「ようし、忘れ物は無いな」

「ワァン!!」

レーティンゲームの際、一誠が来ていたアレイザードでの戦闘着に身を包んだ一誠。
これから一誠はアレイザードへ再び戻る。
フィルが“こちらの世界”いや、暁月の世界に言ったのならば、暁月は間違いなく行動を起こす。
それを一誠は見届けなければならない。

(それにもう一つ、やり残したことがあるからな)

そう覚悟を決め、一誠は使い魔の焔を見た。

「無事に向こうにいけるかは分からない。もしかしたら、何処の世界にも着かずに次元の狭間を彷徨うかもしれないけど、それでも付いてくるか?」

「ワァン!!」

焔の言葉に一誠は苦笑した。
今回の次元シフトはうまく行くかわからない。
だから、一誠は一人で行くつもりだったのだ。
だが、使い魔の焔は一誠との意思疎通のようなものがあるらしく、一誠の無茶に気づいたらしい。

「まぁ、バレたらしかたないか」

「ワァン!!」

「じゃあ、行くか」


――――――キィィイイイイイイイイイイイイン!!

と、甲高い音と共に室内が光に包まれた。
その光の中心では、一誠のもう一つの武器、名も無い魔導具を握る一誠がいた。

「良し、“門”はだいぶ安定したな。少し範囲が広いが・・・
まぁ、いいだろう。じゃあ、行くか」

そう言った直後だった。
一誠の部屋の扉が開かれた。

「イッセー!!」

「イッセーさん!!」

まずリアスとアーシアが一誠の目の前に現れた。
更に奥の方を見ると、朱乃、木場、小猫、ゼノヴィア、イリナまでそこにいた。

見送りには多いな、と思った一誠だが、予想外だったのはそれだけではなかった。

「げっ!?」

無事に世界を渡れる可能性を少しでも上げるために最大限まで魔導具に氣を流した一誠。
そのお陰で、部屋にいるもの全員が次元シフトするようになってしまっていた。
その所為で、

「な、何、これ!!?」

「「部長!!」」

「な、何ですか、これ!!?」

「「アーシア(さん)!!」」

「ゼノヴィア!!」

最初にリアスとアーシアの身体が輝きだし、それを助けるようと、木場と朱乃がリアスに触れ、
アーシアを助けるために、ゼノヴィアと小猫が触れ、更にゼノヴィアにイリナが触れてしまい、
全員の身体が光りだした。

「うわぁ~、泥沼みたいになっちまったな」

だが、こうなったら仕方ない。

「とりあえず、向こうに着いたら説明するな」

その次の瞬間、全てが光に包まれた。







あとがき
お久しぶりです。
長い間、更新できずに申し訳ありませんでした。
これからは出来るだけ更新できるように頑張るのでよろしくお願いしまう。
ただ、今まで二つのサイトに投稿し、意見を貰ったのですが、そのことで少し今後の展開で悩んでいるので、皆様の意見を教えてください。

1、 Arcadiaよりアレイザードから帰還の際、ワルキュリアを共に連れて行くべきか?
2、 ネタ技、シャイニングフィンガーなどをもう使わないほうがいいか?
3、 アットノベルスより東方不敗マスターアジア的なキャラを出すべきか?

以上です。
これからも面白く書ける様に頑張るのでよろしくお願いします。



[32327] アレイザード編二話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/05/26 22:23
木々が生い茂る森の中。
優しい風が木々を揺らし、差し込む木漏れ日が森を優しく照らす。
深夜に出発したはずだが、こっちでは昼ごろらしい。

二年ぶりのアレイザードの空気に兵藤一誠は問題なく来れたことに安堵した。
“逆さ吊り”にされた常態で。

「さて、説明してくれるかしら、一誠」

蔓草でグルグル巻きにして木の枝に逆さまに吊られた一誠を、彼の主であるリアス・グレモリーが仁王立ちした状態で睨んでいた。
その後ろでは、彼女の眷属、朱乃、アーシア、小猫、木場、ゼノヴィアと、眷属ではないが幼馴染のイリナも確認できる。
ついでに、一誠の使い魔の焔は一誠が吊るされている木の根元でちょこんと座っていた。

「いや、説明してもいいけどよ。お前らこそ、どうして俺の部屋に入ってきたんだよ」

ふ、と思った一誠の疑問に、

「出かけから帰った後、貴方の表情が気になったからよ」

リアスが端的に答え、迂闊だったな、と思いながら彼女の後ろに鎮座する面々を見ながら、

「他の奴らは?」

「貴方が無茶するなら、私一人じゃ、止められないから、皆を呼んだのよ」

と、またも端的にリアス。
そして、今度はこっちのターンだとばかりに、

「じゃあ、今度は貴方の番よ。ここは何処なのか、ちゃんと説明しなさい」

笑顔だが、何故か逆らえない圧倒的な笑みを浮かべる彼女に一誠はやれやれ、と思いながら包み隠さず離すことにした。





それから一誠はリアス達に事情を説明した。
まぁ、異世界まで連れて来てしまった以上は、何も言わないということは出来ないのだが。
アレイザードから暁月の世界へ行って敗れ、一誠の世界に生き延びたフィル・バーネットの存在から、アレイザードで何か起こっているのかもしれないと。
それを自分の目で確かめに来たことを。

「・・・・アレイザード。イッセーが前に言っていた異世界ね」

片手で頭を抱えるリアス。

「あらあら、大変なところに来てしまいましたね」

いつもの笑顔で、心のうちを察しさせない朱乃。

「ここが、異世界ですか?」

「・・・イッセー先輩が強くなる切欠となった場所」

興味深そうに周囲を見回すアーシアと小猫。
その傍では、一誠の異世界の事情を知らないゼノヴィアとイリナが木場から話を聞いていた。

「それでイッセー、どうして黙って行こうとしたのかしら?」

「・・・いや、言ったらついて来るだろ?」

すると、「当然」とメンバー全員に返された。
一誠は嘆息する。

「まぁ、言わなくても、こうなっちまったが。何が起こっているか分からないから、連れて来たくなかったんだよ」

「そんな世界に貴方一人を行かせられると思っているの?」

そう言うと思ったから一誠はリアス達にいえなかったのが。
やれやれと、一誠は身体にグッと力を入れて、蔓草を無理やり引き千切って地面に着地すると、ため息を一つ付いて、

「まぁ、ついて来ちまったものはしょうがない。少しの間、俺の用事に付き合ってくれよ」

「ええ。そのつもりよ」

リアスの言葉に他のメンバーも頷いた。
だけど、と一誠は全員が頷いたのを確認してから。

「この世界では俺の言うことは絶対に聞いてくれ。たとえ、主である部長でもこれだけは守ってもらうぜ」

「・・・・・」

一誠のかもし出す雰囲気にリアスは黙り込んだ。
彼女の後ろでは他のメンバーはすでに頷いていた。
それも当然の事。
自分の常識が全く通用しないかもしれない世界である以上、この世界の事をよく知る一誠の指示を聞くのは至極当たり前のことだろう。
だから、リアスも一度嘆息して、

「仕方ないわね。分かったわ」

彼女が折れることで話は纏った。





それから一誠はリアス達を引き連れて、森の中を歩いていた。

「それで、イッセー。これからどうするつもりなのかしら?」

と、リアス。

「とりあえず、今、この世界で何が起こっているのか把握するために、この国、シェルフォードの王都エルディアに行くつもりだ」

幸いなことに一誠は問題なく戻った道を通って、シェルフィードへ来ることが出来たらしい。
シェルフィードには嘗て、一誠と共に勇者である暁月の仲間のリスティ、ゼクス、ルーティエや、ワルキュリア達がいる。
その他にも情報をもっとも集めやすい場所だったからだ。

「王都か。まるで、ロールプレイングゲームの世界に入ったみたいだね」

と、木場。

「こっちに来たばかりの俺も同じことを思ったよ。もっともこっちの世界じゃ、HPがゼロになっても回復できる復活アイテムもなければ、
コンテニューは一度きりだけどな」

と、一誠がふざけた様に、だが脅すように言ったので隣を歩いていたアーシアが彼の手を強く握り締めた。
すると、一誠は苦笑しながら、

「心配するな。今言ったことは、俺たちの世界とも条件は同じだ。そんなに変わることは無い」

「いえ、そうじゃなくて・・・」

「あらあら、アーシアちゃんが心配しているのはそういうことではありませんわよ」

「ん?」

朱乃の言葉に一誠は小首をかしげていると、

「アーシアはお前が危険な目に会わないか心配しているんだ」

ゼノヴィアが。

「なるほどな。お前らもそうか?」

ゼノヴィアの言葉を聞いて納得した一誠は他のメンバーを見る。
すると、リアスや朱乃、小猫が頷いた。

「コカビエルの時みたいに一人で無茶しないか、それが心配なのよ」

「確かに、そうですわね」

「先輩は無茶しすぎです」

と、否定できないことを三人に言われる一誠。
その光景を木場は苦笑しながら眺めている。
ただ、その隣では、

「・・・・」

微妙な表情をするイリナの姿が。
幼馴染の心配をしたいが、一誠が悪魔なので教会の人間として、それはどうなのだろうと、葛藤しているのかもしれない。
――――だが、それはイリナの問題だ

「まぁ、俺の方はそんなに心配する必要はないさ」

「え?」

その一言に怪訝な表情になるリアス。
しかし、一誠は確信があるかの様に自信満々に。

「たぶん、俺の出来ることはそんなにないはずだからな」






それから一誠たちは森の中を進み、シェルフィードの王都エルディアの城下町にやってきた。
ただ、一誠が連れてきた焔は流石に目立つので王都近辺の森に身を潜ませるように命じた。
そして、一誠を先頭に一同は大通りを進む。

「凄い人の数ですね」

広い大通りの両端に開かれる市場と行き交う人々の活気にアーシアは感嘆の声を上げる。

「城下町らしいからな。ここまで活気があるのだろう」

「そうね。ヴァチカンや、他の国でもここまで人が行き交う場所は無いわ」

と、ゼノヴィアの言葉にイリナが頷く。
他のメンバーは人の量に驚いていた。
そう、一誠も多少驚いていた。

「おかしいな。推測だと、まだ戦争が終わって間がないはずだ。復興もまだ完全には終わってないはずなのに。
ここまで人がごった返すか・・・」

「何かいけないことなのですか?」

朱乃の問いかけに、一誠は首を横に振った。

「いや、人が集まるのは別に構わない。ここはシェルフィードの物流が全部集まる場だからシェルフィード以外の国の奴らもいても可笑しくないんだが。
幾らなんでも人が多すぎる」

「お祭りでもあるのかしら?」

「・・・でも、すれ違う人々の表情が何処か堅くありませんか?」

リアスの言葉の後に、小猫が。

「何処となく緊張しているように感じるね」

木場の言葉に一誠は心の中で頷いた。
三人の言うとおり、行き交う人々の表情は高揚した者もいれば、酷く緊張する者とさまざまだった。
まるで、この世界の命運が分かれる日であるかのように。

―――――これは結構出遅れたかな・・・

そんな事が脳裏に過ぎった一誠はやれやれと首を振った。
部長たちに心配かけて、再び舞い戻ったのは良いが、クライマックスに近づいている気がして辟易とした気分になりそうだ。

「まぁ、とりあえず、あそこに行けばわかるな」

そう言って、一誠は一軒のレストランへと足を向ける。

「『山猫亭』?」

看板を見て、困惑するリアス。

「あらあら、可愛い名前ですわね」

微笑んでいるが朱乃も同じく困惑している。
いや、全員が困惑していた。

「もしかして、貴方の目的の場所って、ここなの?」

どう見ても重要な場所には見えないレストラン。
超高級な店には少なくとも見えず、どちらかといえば、何処にでもある普通のレストランに見える。
だが、一誠は笑みを浮かべながら、

「ああ。こっちに来たら絶対にここでメシを食う約束をしてたんだ。丁度、腹も減っていたし、入るぞ」

そう言って、扉を開けて店内に入っていく一誠。
仕方なく、リアス達も彼の後に続いて入っていた。






店内はゆったりとした空気が漂っていた。
木目の床にさまざまなサイズのテーブルが置かれており、そのうちの一つに一誠は腰掛ける。

「懐かしいな、ここは何にも変わってない」

リアス達もとりあえず一誠と同じテーブルに着くと、郷愁の想いを感じながら一誠が呟いた。
すると、

「おや、この時間帯はもう客は来ないと思っていたけど、珍しい子が来たじゃないか」

「久しぶり、おばちゃん。よく俺が分かったな」

奥の厨房から出てきた一人の女性に一誠は少し驚きながら、笑みを浮かべる。
こっちの世界ではついこの間、一誠は帰ったことになっているが、実際は二年の歳月が経っている。
身長も多少は伸びたと思うのだが。

「まぁ、少し雰囲気が変わってるけど、アカツキが来たんだ。あんたも来るんじゃないかと思っていたよ」

「やっぱり、アニキも来てたんだ」

注文を聞かれ、お任せと短く答える。
だが、彼女は満面の笑みを浮かべながら奥の厨房へと戻っていた。

「優しそうな方ですね」

アーシアの感想に一誠は笑みを浮かべながら頷く。

「あの人は、この国の評議委員の一人でな。あの人柄ゆえに、あっちこっちに顔が利くんだ」

「そうなの」

そこで漸くリアスは驚きながらも納得した。
すると、店の奥から、

「それにしても、アンタは大人数で来たもんだね」

「ああ。本当は一人で来るつもりだったんだけど、折角だから、おばちゃんの旨いメシを皆で食べようと思ってな」

「あら、嬉しいことを言うじゃないか。アカツキみたいに気の利いたことがいえるようになって」

「まぁな。むこうでは、二年経っただからな」

「・・・・なるほどね。それじゃ、性格が少し変わるわけだね。ただただエロいだけのアンタが、気の利いたことをいえるわけだわ」

と、女主人の言葉に一誠は恥ずかしそうに頬を引きつらせる。
今まで見たことの無い彼の表情に、一同は興味を示した。
もしかすると、彼の知られたくない過去が分かるのでは、と期待したのだが、

ところで、と一誠は話題を変えた。

「アニキも誰か連れてきたのかい?」

「そうなんだよ。可愛い女の子二人連れてきたよ」

やっぱり、と思いながら、

「それはリスティさん。怒るだろうね」

「ああ。怒られたって言っていたよ」

そう言って、豪快に笑いながら、暫くキッチンにいる女主人と談笑をしていると、
奥から女性が料理を持って出てきた。
それも皿一杯に盛り付けられた料理を。





「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」

テーブルに並べられた料理を見て、メンバーは呆然とした。
あの短時間で、テーブル一杯に並べられた料理はどれもこれも手の込んだものばかりだったからだ。
しかも、

「美味しい・・・」

「そうかい。お口にあってよかったよ」

「本当に美味しいですわ」

リアスと朱乃の賞賛に女主人は満面の笑みを浮かべる。
他のメンバーも言葉もなく、料理を口に運んでいる。
特に小猫の食べる勢いが凄い。

「おやおや、小さい身体でよく食べる子だね」

自分の料理を美味しそうに食べていることに女主人は満面の笑みで言われ、小猫は頬を赤くした。

「ははっ、とても美味しい料理だからね。小猫ちゃんじゃなくても沢山食べちゃうよ」

「はい!!とても美味しいですね!!」

「・・・だから、仕方ないことなんです」

木場とアーシアの言葉に恥ずかしそうに小猫が頷いた。

「確かに、これは美味しい・・・」

「うんうん。まるで、お母さんの味みたいね」

ゼノヴィアとイリナも女主人の料理を絶賛している。
だが、リアスは一誠を見た。
肉料理を豪快に頬張る姿は完全に至福そうに見える。

「・・・・・・」

「うふふ、この味はまだリアスには出せないわね」

何処か勝ち誇った表情の朱乃。
確かに、この料理から感じる優しさと温もりのようなものは、女主人の人柄ゆえに出せるものだろう。
リアスも料理をするが、朱乃の言うとおり、この味を出すことは出来ない。

「・・・そういう貴方は出来るの?」

「さぁ、如何でしょう?」

うふふ、と艶やかに笑う朱乃の表情にリアスは少し悔しい気持ちになった。
と、そうして食事を一同は楽しみ。



「で、アニキはゲイルペインの魔族側についたわけか」

女主人から聞いた話に一誠は何処か納得した表情をする。
彼女から今の情勢を聞いたところ、
事の発端はゲイルペインの国境沿いに駐屯していた監視部隊を魔族軍の残党が壊滅したと言う情報が入ったことが始まりだった。
監視を行っていたのは、ここ魔導大国シェルフィードと機械軍国ディスディアの混合軍。
そのため、この二国と宗教国家アレクラスタの三国同盟に基づきゲイルペインに報復を行おうとした。
しかし、それを戻ってきた暁月が待ったをかけたのだ。
それも、敵国ゲイルペインの魔王ガリウスの娘、ミュウを連れて。

それを聞いて、一誠は苦笑し、

「流石、アニキ。やることがハチャメチャだな」

「全くだね」

豪快に笑う女主人。
だが、と一誠は言葉を続ける。

「アニキが向こうに着いたってことは、ゲインペインは無実だってことだよな」

「そうなるね」

だとしたら、

「一番可能性があるのはディスティアの自作自演か?」

「メリッサの話だと、一部の噂ではそうじゃないかって。余り考えたくないけどね」

「・・・確かに、それだと、面倒臭いことになりそうだな」

辟易とした表情をする一誠。
だが、彼の声には焦りも緊張も感じられない。
だから、リアスは聞いた。

「ずいぶんと、暢気なのね」

「ん?」

「かなり切羽詰った状態のように聞こえるんだけど」

「まぁ、確かにそうなんだけど、一触即発の状態はアカツキが回避したからね」

暁月のお陰で魔族たちのいるゲインペインに展開していた部隊は一時的に撤退し、監視部隊襲撃についての再調査も、三国同盟とは別の第三者が行うそうだ。
と、そこまでが女主人から聞いた話だ。

「後は、今日の戦いでアニキがやってくれれば、大丈夫のはずだ」

―――なぁ、俺のやることはほとんど無いだろ

と、一誠が不満も無く言うので、リアスは少し拗ねたように、

「ずいぶんと、その人を信頼しているのね。もしも、その人が誑し込まれたりしたらとは考えないの?」

「「え?」」

一誠と女主人がきょとんとした表情をする。

「敵国の姫と同居していたんでしょ。貴方の話だと、その人も貴方に負けないぐらいエッチなみたいだし。
そのことに漬け込まれて・・・」

「だははははっ!!!」

絶叫するように爆笑する一誠。
その隣では女主人も豪快に笑っている。

「フフッ、あのアカツキが女にほだされるなんて・・・」

「あり得ない事ではないだろうがな・・・」

―――あの人にそんな事をしようとする女は例外なく骨抜きにされるよ

と、爆笑する一誠。
それが信頼から来るのかは分からないが、一誠の言葉と反応にリアスだけでなく、他のメンバーも困惑していた。
同時に、一誠と女主人がここまで信頼する暁月が興味を持った。

「まぁ、だったら、自分の目で見ようじゃないか」

「そうだね。丁度、試合は今日だからね」

と、一通り笑った所で一誠は立ち上がって、

「その前に、ちょっとアイツと話させてくれよ」

「ああ。いいよ。アカツキと同じで積もる話もあるだろう」







一誠が裏口から出て行く。
その後を見送ってリアスは女主人に話しかけた。

「裏に誰かいるんですか?」

「ああ。私の息子がね」

食べ終わった食器を片付けながら女主人。
それを見て、アーシアと朱乃が手伝おうとするが。

「ああ、そのまま座ってくれて構わないよ。これを片付けるまでが私の仕事なんだから」

「で、ですが・・・」

女主人の言葉にアーシアは気まずいながらも了承する。
それを見ながら、

「息子さんが、裏に居られるんですか?」

不審そうな表情でリアス。

「そうさ。もっとも、息子の墓だけどね」

その一言にリアスだけじゃなくて、メンバー全員の空気が凍りついた。
あら、と女主人は失言したことに気づいたように、

「ごめんね。こんな話しちゃって」

「いえ、私のほうこそごめんなさい。失礼なことを聞いてしまって・・・」

「別に構わないさ」

「あの、戦争で亡くなられたんですか?」

「ええ。そうだよ」

気まずそうなリアスに女主人は微笑んで、奥のほうへ行った。
それを見て、リアスは立ち上がる。

「部長?」

突然、立ち上がった彼女に朱乃が怪訝な表情をする。
他のメンバーも何事かと思っただろう。
そんな視線にリアスは微笑みながら、

「少し彼女と話したいの」

そう言って、女主人の後を追おうとするリアスに、

「あらあら、先程の料理をどう作るのか聞きに行かれるのですか?」

それならば、自分も付いていく、と朱乃。
だが、リアスは微笑みながら首を横に振って、

「違うわよ。お願いだから、聞かないでね」

それだけ残して、彼女は奥の方へ向かった。





奥に入ると、そこでは女主人が巨大なシンクで食器を洗っていた。

「おや、どうしたんだい?」

リアスの姿に気づいて、女主人が問いかける。
彼女の視線を正面から見れずに、少し遠慮、いや、躊躇いながら、

「少し貴女と話がしたくて・・・・」

「そう。分かったよ」

突然の事だったが、女主人は食器を洗うのを止め、手を拭きながらリアスと向かい合う。
彼女はリアスの態度に何か大事な話なのだろうと思っての行動なのだろうが、それがリアスに緊張を走らせる。
いや、確かにこれから話すことはリアスにとって大事な話だった。

「実は、イッセーの事で聞きたいんです」

「あの子の?」

「はい。イッセー、私たちに自分の事をそんなに話そうとしないんで・・・」

真剣な面持ちで女主人に話しかけるリアス。
対して、彼女は少し苦笑しながら、

「ん~、別に話てもいいと思うけど、本当に私の口から聞きたいのかい?」

「それは・・・」

彼女の問いかけの通り、本当はリアスは彼の口から直接聞きたい。
もちろん、こちらが聞けば、一誠は話してくれるかもしれない。

「何か訳があるのかい?」

「・・・・・」

無言でリアスが頷く。
そして、

「・・・私は、いえ、イッセーも含めた私たちは悪魔なんです」



それから、リアスは女主人に最近の一誠に何があったのか話した。
自分の眷属を助けるために堕天使の攻撃で命を落し、そのお礼として、自分は彼の命を助けた。
悪魔に転生させるという形で。

「でも、それからあの子が、この世界で勇者の仲間として戦っていることを知って・・・・」

勇者にとって、悪魔は倒すべき敵なのだ。

「本来、滅ぼすべき存在に、その身を変えられて、何とも思わないはずがないのだろうか。
彼の事が好きになってから、そんな事ばかり不安になって・・・」

「なるほどね」

リアスの独白を女主人は黙って聞いていた。
だが、そこでリアスは気づいたように、

「ごめんなさい!こんなこと話して・・・」

「ん?どうしてだい?」

突然のリアスの謝罪に女主人は首を傾げた。

「こっちの世界で悪魔は魔族のようなものなのに、こんな話をして・・・」

「別に構わないさ」

すまなそうにするリアスに女主人は優しい笑みを浮かべる。
全く何とも思っていないかのような彼女の態度に、今度はリアスが困惑する。

「ど、どうしてですか?だって、魔族に家族を奪われたんじゃ・・・」

「ええ。戦争で夫も、娘も、それに息子も無くした。だけど、戦争だったんだ。
私の息子も魔族を沢山殺した」

「・・・・・・」

女主人の言葉にリアスは黙って聞く。

「確かに、あの子は魔族と戦った。だけど、あの子達は魔族を滅ぼすために戦ったんじゃない。
平和のために戦ったのさ。魔族だから戦ったんじゃないよ」

だから、と女主人はリアスの髪に触れながら、

「あの子は悪魔に変えられたことを何とも思っていないよ。あの子が好きなら知ってるだろ、アカツキと同じ、あの子達の笑っちまう美学を」

「・・・はい」

頷くリアスに女主人は優しく語りかけた。

「なら、大丈夫だよ。あの子はエロいけど、その点だけは信用できるんだから。だから、アンタも信じてあげな。
自分が好きになっちまった男を。何故、好きになっちまったのかの理由を」

「・・・はい」










それから一誠はリアス達を伴って、魔導大国シェルフィードの国立闘技場にやってきていた。
ここで、今から一誠の仲間たちが戦う。
それも仲間同士でだ。
一誠達がこの世界に来た二日前、アカツキが魔族側ゲインペインの代表として会談を行った際、
戦争が起こった場合、双方に多大な被害が起こるぞ、とアカツキが言い、それを証明するために、互いの最高戦力。
つまり、ゲインペインからは前魔王を倒したアカツキ、対するのが、そのアカツキと共に世界を救った英雄たち。
その戦いを最後列の後ろの通路で一誠達は立ち見していた。

「凄い熱気だな」

超満員となった闘技場の熱気にゼノヴィアは呆然と呟くとイリナが、

「それは仕方ないわよ。今日の戦いがこの世界の命運を左右させるんだから」

「でも、それ以外にもありそうですね」

と、木場の言葉に朱乃が頷いて、

「なんだか、純粋に戦いを観戦するのが目的の人もいるように思えますわ」

「世界を救った勇者たちの勇姿をもう一度見れると思っているんだから仕方ないわよ」

と、リアス。
やはり、おばちゃんの話した通り、暁月が魔族の側に付いたのは、
「真の平和のために、戦争を回避するために下した苦渋の決断」そう言う風評らしい。
もっとも、それもこの国の王女であるリスティが根回ししたのだろうが、

(相変わらず、アニキのためとはいえ、無茶をする人だな)

それにしても、

「誰がこんな事を提案したんだろうな」

「え?」

一誠の呟きにアーシアが困惑したような声を漏らすが、一誠は独り言を続け、

「アレクラスタの狸爺にしては生ぬるいし、ディスディアの肉達磨にしては策謀が巡っている・・・
だとしたら、会談にいたっていうディスディアの第四皇子が提案したか」

「・・・一体何の話ですか?」

話の分からない小猫が不機嫌そうに聞いてくる。
他のメンバーもどういうことか聞きたそうだ。

「まぁ、簡単に言えば、シェルフィードが貧乏くじを引かされたらしい」

今回の戦い、リスティ達が勝てば、ゲインペインには自分たちと対等に渡り合うことが出来ないと判断して、
監視部隊と襲撃したとされている魔族たちへの報復として、また戦争が始まるだろう。
それも今度は魔族を一掃するための戦争が。
逆に暁月が勝てば、戦争は回避できるだろう。

しかし、その場合、シェルフィードが不利な状況になる。

暁月とリスティ達が苦楽を共に戦った中であることは、この世界の者なら知らないものはいないだろう。
それゆえに、この世界の人々は、暁月が勝利したから和平になったとは思わず、リスティ達が敗北ために和平がなったと。
それだけならば、まだいい。
もしも、リスティたちの敗北が八百長で、全て暁月と共に示しを合わせた茶番劇だと思われれば、無事に和平を結べるとは考えにくい。

「そ、そんな、じゃあ、どうしてこんな方法を・・・」

と、困惑気味にアーシア。
その疑問に顎に手を上げながら、リアスが口を開いた。

「たぶん、他の国に押し付けられたんでしょうね。戦争が終わって一年も経っていないのだもの。戦争を反対する者は当然いるでしょうけど。魔族と和平を結びたくない者もいるはずよ。
そこで自分たちの国王が勝手に和平を進めれば、必ず反発する者がいる。他の二つの国は、そのリスクや責任をこの国に押し付けたってことかしら」

「まぁ、たぶんそうだろう」

それに加えて、その反発の負い目を武器にシェルフィードに無理な交渉を飲ませることも出来る。
ここまでが恐らく、ディスディアの第四皇子の計算なのだろう。
それでも、

(アニキがその提案を二つ返事で呑んだってことは、当然この状況を予測して対策は立ているんだろうが・・・)

一体何をするつもりなんだ、と一誠は首を傾げていると、会場内の観客が歓声を上げた。





武舞台に目を向けえれば、歓声と拍手がまるで入場テーマであるかのように、嘗て一誠と共に戦った三人の仲間、
綺麗な金色の髪をなびかせる女性リスティ、鎧を身に纏った赤髪の男ゼクス、銀色の髪に尖った耳を持つハイエルフのルーティエが入場した。

「凄い歓声ですわ」

「流石、世界を救った勇者といったところか」

と、観客の熱気に声を漏らす朱乃とゼノヴィア。

「・・・・でも、反対側からは観戦だけではなく野次が飛んでいます」

と、小猫。
確かに彼女の言うとおり、魔族側の代表の入場、つまり暁月の入場は、観戦と罵倒が入り混じってた。

戦争を止めるために再びアレイザードに降り立った勇者。
自分たちを裏切って、魔族側についた人類の敵。

しかし、その歓声も罵倒も暁月が姿を現した時、止んでしまった。
代わりに観客が抱いたのは戸惑い。
なぜならば、そこには彼らの知る『はぐれ勇者』はいなかったからだ。

漆黒の髪と瞳、服装の色も変わっていない。
だが、身に纏っている服装は彼らの知る軽装ではなく、邪悪な闇をそのまま纏ったような戦闘服と同じく禍々しいオーラを纏った魔剣を携え、

「ま、魔王みたい・・・・」

搾り出したように呟いたイリナの言うとおり、暁月の姿は完全に魔王に見えた。
しかも、その姿が様になっているから、畏怖の念すら感じてしまう。
その姿に、武舞台で対峙している三人も困惑しているようだ。
残念なことに離れている所為で声は聞き取れてないが、恐らくリスティは不機嫌な表情をしているだろう。
一体、何を考えているのかと。
恐らく、会場中が困惑しているだろうそんな疑問を朱乃が口にした。

「彼は一体何を考えているのでしょうか。あのような姿で戦っては、会場の人は勇者として、戦争を回避するために戦うのではなく。
魔族のために戦うと反感を持たせるようなものですわ」

彼女の指摘どおり、暁月の姿は間違いなく、魔族の代表に相応しいものだろう。
だが、その結果、会場の人々の心象を敵に回しては・・・・

(いや、待てよ・・・)

そこで一誠は気が付いた。
いや、普通に暁月の今までを見れば、その答えは至極当然のようにさえ感じてしまう。
そう思って、一誠は不敵な表情で笑いを押し殺した。

「クッ、ククッ、なるほどね。アニキが考えそうなことだな」

「イッセー?」

どうしたの?とリアスが心配そうに問いかける。
だが、一誠は理由を話そうとしなかった。

「いや、何でもねぇ。むしろ、知らないほうが楽しめるはずだ」

「どういう事?」

全く訳が分からないと、リアス。
他のメンバーも同じく困惑しているので、一誠は笑いを漏らしながら、

「まぁ、黙って見てな。これから最高にドラマチックなことが起こる筈だからな」


『―――では、これよりリスティ女王、ゼクス将軍、ルーティエ精務官とアカツキ殿の試合を開始する』

と、そこで拡声魔法で会場中に進行役の男、今回の試合の立案者であるディスディアの第四皇子アルフォンスの声が響き渡った。
同時に会場が歓声に包まれる。
沸きあがる大歓声。
それが少し収まった所でアルフォンスが試合のルール説明に入った。

・ 試合は時間無制限。どちらかが戦闘不能になるか、あるいは降参すれば勝敗が決まる。

『またどんなに戦闘が激しくなったとしても、武舞台と観客席の間に特殊な結界が張ってあり、戦闘空間と遮断されているため、観戦する我々には被害が及ばない。
さらに、結界には肉体的なダメージを精神ダメージへと変換させる機能がある。これは万が一に備えると共に、相手への遠慮を排し、お互いに全力で戦ってもらい溜めの配慮である』

最後の一言にはゆえに全力を出しても大丈夫だという、リスティたちを追い込むように聞こえる。
もっとも、それでも暁月は全く動じている様子は無い。
だが、

『―――なお、知ってのとおりこの試合はゲイルペイン側から持ちかけられた我々同盟三国との和平において可否を判断する材料の一つとして、
今後戦争になった際、ゲイルペイン側に付くことを宣言されたアカツキ殿の実力を、我々同盟側の最高戦力であるリスティ女王たちと戦うことで、
改めて証明してもらうためのものであることも付け加えておく』

その瞬間、会場から『和平を納得させるための茶番だ』『どうせ本気で戦わないんだろ』という批難の怒声が沸き起こる。
それを聞いて、リスティたちの表情を顰めるが、一誠からも底冷えするプレッシャーのような何かが漏れ出していた。

『―――皆、静まれっ!リスティ王女たちは我々、ディスディアとアレクラスタの信任を受けて、この場で戦ってもらうのだ。
この試合や、リスティ王女らを貶める発言は反逆罪に値すると思え!!』

拡声魔法からのアルフォンスによる厳格な恫喝に会場内が静まり返った。
よく言いやがる、と一誠はプレッシャーは消したが、不機嫌そうに思った。
リスティたちを擁護するようなことを言っているが、今の発言は間違いなく、リスティたちを追い込む発言だったからだ。
と、そこで更にアルフォンスがリスティたちに追い討ちをかけた。

『だが、確かに―――共に戦った仲間同士の戦いだ。皆がこの試合を茶番と懸念することはもっともだ。
結界がある上で、手を抜く必要は無いとはいえ―――この試合の性質上、勝敗が付かなかった場合でも互いに互角に渡り合えば、
アカツキ殿の実力が証明されることになる』

そこで、

『アルフォンス・テセ・ルブラ・ディスディアの名において宣言する』

アルフォンスは笑う。

『―――この試合に引き分けという結果は絶対に存在しないと。たとえ、どれだけ時間が経過しようと、勝敗によって我々の未来が決することを』

その宣言に、観客たちは歓声を上げた。
当然だった。
試合が公平であることが皇子の宣言で保障されたのだから。
これで試合を行う者が、意図的に引き分けに持ち込むことが出来なくなった。
武舞台では、そういう手はずに持ち込もうとしいたと思われるリスティたちが抗議の声を上げているようだが、アルフォンスの言葉に押さえ込まれたらしい。

その様子を見ていたイリナが不安そうに、

「ねぇ、これって不味いんじゃないの?」

「ですが、幾ら結果が如何だったとしても、国の人たちが納得しなければ意味はありませんからね」

と、朱乃。
確かに、国のトップだけが和平を結んでも、国内が荒れてしまえば何の意味も無い。
しかし、同時に和平を結ぶことが困難になってしまった。
それを理解したリアスは一誠を見ようとしたが、

「ちょっと、イッセー!何処に行くつもり!!」

恐らく、試合当日に付け加えられたであろうルールに怒りを感じているのでは、と思っていたが、
その予想とは違い、悠々とした足取りで、その場を後にしようとする彼をリアスが呼び止めた。
すると、一誠は何事も無いかのように笑いながら、

「ちょっと、会場内にいる知り合いに挨拶してくるんだ。心配しなくてもすぐに戻るよ」

それまでゆっくり観戦してくれ、と言って、一誠はリアス達に背を向けてその場を離れた。
と、同時に試合の開始を告げる銅鑼が会場内に響き渡った。






武舞台の中では、アルフォンスの策略によって、本当に本気で戦わなくてはならなくなったリスティ達はそれぞれ武器を構えた。
赤い大剣を構えるゼクス、長銃で狙うルーティエ、そして金色の杖を携えるリスティ。
負けられない状況になってしまった彼女らの表情には、悲壮な決意があったが、負けられないのは暁月も同じだった。
しかし、そんな状況だというのに、暁月は自然と頬が綻んでしまった。
その理由は、見掛けてしまったからだ。
アルフォンスが勝ち誇りながら、試合の公平性を説いている時に―――ある男の姿を。
だから、

「今更来ても遅いんだよ、バカ野郎」

ぼやくそうに呟いた言葉だったが、そこには何処か懐かしさと嬉しさがあるのだった。








あとがき

お久しぶりです。
更新が大変遅くなって、申し訳ありません。
・・・書く時間が全く無い上に、スランプ気味で、自分でも思うように書けませんでした。
一先ず、今回はリアスの心情を少し書くだけにしました。
次回は暁月VSリスティ、ゼクス、ルーティエたちの試合を書くのですが、正直なところ一誠を入れるべきか迷っています。
彼らの試合は暁月が一人加わったために、三国同盟にも多大な被害を被ることを証明すると、会談で決まったことなので、
当日に援軍として一誠が乱入するのは外交的に良くないように感じられるからです。
後、正直なところ、この戦いのクライマックスは自分の好きなシーンなので弄りたくないというのもあるのですが・・・
何とか、次回は早く更新できるように頑張ります。
ですので、どうか見捨てないでください・・・・



あと、前回のアンケートのご協力ありがとうございます。
皆さんの意見を参考に書きたいと思っていたのですが、正直、余計に迷っています。

アンケート2は全員がこのままで良い、と言ってくれたのですが、
1と3が分かれてしまいました。
Arcadiaでは、1は賛成だが、3はどちらかと言えば反対と言う意見で。
アットノベルスでは3が賛成だという意見で、どうしたら良いのか迷っています。
ですので、もう少し考えてから結論を出すことにしました。
何とか、皆様に面白いと思ってもらうように全力を尽くすので、これからもご意見、ご感想をよろしくお願いします。



[32327] アレイザード編三話
Name: マグナム◆8c0d71fd ID:a65c46eb
Date: 2013/09/08 23:24
魔導大国シェルフィードの国立闘技場。
そこの武舞台をリアス達は信じられない視線で見ていた。

一誠が、用事があるからと出て行った後、試合は開始された。
銅鑼が鳴り響くと同時に、二人の男が正面から黒い剣と赤い剣をぶつけ合う。
その速度は、リアスの持つ眷族で最速を誇る騎士の祐斗の速度を軽く凌駕していた。

驚愕するのも束の間、次の瞬間には彼らの視界には全く別のシーンが映っていた。
まるで、斬り合いのシーンのコマ送りが飛ばされたかのように状況が変化している。
いつの間にか、赤い剣を持った剣士をやり過ごし、後衛で魔法の詠唱を行っていると思われる金髪の女性に黒い剣が迫っていた。
しかし、その斬撃が届くよりも早く、今度は銀髪の女性が二人の間に割って入り、向かってくる斬撃に向かって長銃を構え、発砲する。
銃口から放たれるのは銃弾ではなく、レーザーのような強力な魔力の塊。
斬撃を放った者は、それを見るやすぐにサイドステップで回避行動を取るが、その動きを予測したかのようにレーザーが放たれる。

連続して放たれるレーザーだが、それは一度も標的には命中しない。
回避、もしくは黒い剣で弾かれていた。
そして、黒い剣が地面に叩きつけられて砂埃を巻き上げると、黒い人影が銀髪の女性と、その後ろにいた金髪の女性を飛び越えると、
未だに詠唱を行っている金髪の肩に向けて、背後から黒い剣を袈裟きりに振るう。

だが、その斬撃は彼女に届くことは無く。
再び黒い剣は赤い剣と激しい金属がぶつかる音を響かせて合った。
と、その瞬間、魔法の詠唱が終わったらしい金髪の女性が振り返り、自分に斬りかかろうとした黒い影に向けて手をかざした。
次の瞬間、紅い閃光が黒い影を襲い、轟音と共に吹き飛ばしたのだ。

そんな壮絶な戦いをリアス達は呆然と眺めていた。

各々、得手不得手はあるが、得意分野において、彼らの実量は一誠を除いた自分達よりも上に感じてしまう。
いや、実際にライザーとのレーティンゲームの際の準備期間として設けられた特訓で一誠対自分達の模擬戦を行ったが、
その時でさえ、一誠一人に敗北を帰した。
一誠の言うとおり、彼ら一人一人の実力が彼よりも上ならば、当然、自分たちよりも実力は上位であろう。

何せ、後衛を担っていた魔導師タイプと思われた金髪の女性が、今、手に持っていた杖に幾重にも魔法陣が重ねて、黒い影に振り下ろした。
その攻撃は黒い影を音速の壁を突き破る速さで吹き飛ばしたのだ。後衛タイプですら、近距離であれほどの動きをするのだ。

長銃を扱い、自分たちには分からないが、とても高度な補助魔法を使う銀髪の銀髪の女性、ルーティエ。
火、水、風、土、あらゆる系統を使いこなす金髪の女性、リスティ。
魔剣や聖剣のような特殊な剣ではないが、相当の業物でリアスの剣術の技術士である木場よりも遥かに凌駕する剣の技量を持った赤い剣士、ゼスト。
そして、そんな彼らに押されながらも喰らい付いている、リアスの持つ眷族最強の一誠の兄弟子にして、彼が尊敬する黒い影、凰沢 暁月。

そんな彼らの一切の容赦の無い壮絶な戦いを目にして、リアス達は更に自分達と一誠との実力の差を強く感じるのだった。






リアス達が自らの実力の低さを嘆いていた時、

『これが相棒、お前の仲間の実力か』

「ああ。そうだ」

特等席で試合を観戦していた一誠に相棒のドライグが話しかける。

『なかなかの者たちだな。恐らく、一人一人の実力は並みの上級悪魔を超えている』

「当然だろ。この世界の魔王を倒すためのパーティなんだから」

不敵に笑いながら答える一誠だが、その表情は何処か誇らしげだった。
今の武舞台で戦うメンバーの実力は自分と違い衰えているようには見えない。
内容的には暁月が圧されているが、まだ余裕があるように見えた。
と、その時、

「・・・何故、彼は硬氣攻を使わないんですの?」

一誠が観戦する一室で苛立たしげな女性の声が響いた。
声のした方を見ると、緑色の髪を腰まで伸ばした、まるで絵に描いたような風紀委員のような女性がそこにいた。

「多人数を相手に、剣で全ての攻撃を対応していては防戦一方になって当然のはず・・・硬氣功を使って受ければ、剣での反撃も可能なはずでしょうに・・・」

「いや、幾らアニキでもゼクスの剣を受け止めるのは無謀だぜ」

と、遊んでいるのか、と言いたげな彼女に堪らずに一誠が口を開いた。
その瞬間、その一室が緊張に包まれる。
まぁ、当然だろう。
一誠は、『錬環系勁氣功』で気配を消して、このVIP室へ入ったのだ。
気づいているものなど、ほとんどいないはずだ。
ゆえに、当然の事だが、中にいた彼女以外にも数人の人がざわめき立つ。

「貴方、一体何時、何処から・・・!?」

その中で先程まで苛立ちを出していた女性が椅子から立ち上がって一誠を睨みつけた。
だが、対して一誠は平然としたまま、

「何処からって、普通にドアから入ったぞ?」

「っ!?」

その態度が馬鹿にしたと感じたのか、次の瞬間、光の粒子が彼女の手へと集まり半月刀が出現した。

「は、遥さん!落ち着いて!!」

今にも攻撃しかけない彼女を隣にいた桃色の髪の女性が引きとめると、

「それにワルキュリアは気づいていただろ?」

「ええ、貴方の行動パターンはしっかり理解しておりますので」

と、当然です、と言うかのような反応と共にシェルフィードのメイド長、ワルキュリアが一誠の目の前に淹れたてのお茶を置いた。
それも自分が部屋に入ったときから、用意を始めたものをだ。
すると、先程まで緊張していた部屋内に愉快そうに笑う好々爺の声が響いた。

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、やはりお前さんも来たのか、イッセー君や」

「ああ。ヴォルクの爺さんも元気そうだな」

――――まだ生きていたのか、この古狸。
と、そんな心の隠す様に比較的友好的な口調で話す一誠。
対して、リシャル聖教教皇のヴォルク・アレクラスタⅣ世も好々爺の表情のまま話す。

「まぁ、お前さんたちが一度この世界を去ってから数ヶ月ほどしか経ってないからの」

その言葉に一誠は、やはり、と言葉を返した。

「そうなのか。生憎とこっちとじゃ時間軸がズレてるのか、俺には二年くらい前の事に感じるんだけどね」

「なるほどね」

すると、ヴォルクの隣に座っていた女性が微笑みながら一誠を見つめた。
リシャル聖教大司教、ミランダ・クエンティ。

「道理で最後に会った時の君とは雰囲気が違う感じがする訳ね」

そこで、ミランダは更に笑みを深め、

「その口調とかは、お兄さんを真似してかしら」

「まぁ、そんな所だな」

口元に手を当てながら、妖艶ともいえるミランダの笑みに、一誠は苦笑を返した。
正直、一誠は彼女が苦手だった。
綺麗な女性は大好きなのだが、彼女だけは別だった。
いつも何を考えているか分からない底知れぬ何かをいつも感じていた。
その上、彼女はヴォルク並みに策謀をめぐらせるのが得意で、古狸の隣にいる女狐のように感じてしまうのもある。
と、そこで策謀とは無縁のように思える遥と呼ばれた女性が、

「いい加減になさい!!」

苛立ちを隠せずに厳しい口調で叫ぶ。

「・・・ワルキュリアさん。俺、あそこまで叫ばれるような事は、まだしてないと思うんだけど」

「っ!?」

飄々とした態度の一誠に、何処か冷静になれない遥。
まるで、目の前に凰沢 暁月と話している感じがして冷静に対応できない自分に戸惑いさえ感じていた。

「遥さん、落ち着いて。この人は大丈夫だから」

「美兎さん・・・」

自分を宥めようと必死になる桃色の髪の女性、美兎に促され遥は武器を下ろした。
そこで美兎はほっとして言葉を紡ぐ。

「イッセー・・・暁月と同じで他の世界から現れた人で。暁月の・・・」

「腰巾着・・・だろ?」

美兎の言葉を継ぐように紡がれた自らを揶揄する言葉。
その事に美兎はしまった、と思ってが、

「別に構わないさ。事実だからな。魔王の娘、ミュウさん」

「・・・・・・」

やはり自分の素性は分かっているようだった。
と、一誠は今度は美兎の隣にいる遥の方を向いて、

「それと・・・」

「あっ。私は・・・」

自分が何者なのか説明しようとする遥に向かって、

「アニキが自分の世界で骨抜きにした人一号さん?」

「だ、誰が抜かれたって!!」

一誠の言葉に再び冷静さを失ってしまった遥。
しかし、一誠は平然と、

「あれ、まだ何もされてなかったのか?てっきり、もうすでに結構なことをされたと・・・」

「あ、貴方には関係ないでしょ!!」

顔を真っ赤にして叫ぶ遥。
その隣では美兎も同じく顔が赤い、その反応から何かあったのかは明らかだった。

「なるほど。まだ惚れて、骨抜きにされる途中な訳か・・・」

「だ、だ、だ、誰があんな軽薄な男に惚れるというのです!!!」

「うわぁあああああああああ!!遥さん、落ち着いて!!!」

意味深く頷いた一誠の言葉に激しく動揺する遥は再び武器を手にする。
その行動を見て慌てて美兎が止めに入るが、

「あ、あんな、私達のホクロを吸う男なんか!!」

「うわ、うわぁああああああああああああああああああああ!!駄目!遥さん、自分で地雷を踏んでるから!!!」

動揺する余り、自分の恥ずかしい話を暴露する遥に完全に巻き添えを食らった美兎は顔から火が出るほど真っ赤だ。
少し離れた所では自分たちの痴態を見て、ミランダがクスクス笑っている。

「イッセー様、ふざけるのはいい加減になさっては?」

「・・・ああ。そうですね」

背後からワルキュリアに睨まれて、漸く自重することにする一誠。
そこで、遥と美兎も落ち着いたらしいので、最初の話に戻ることにした。

「さて、どうして硬氣功が使えないかって話だったな」

「・・・・・・」

押し黙りながら一誠を睨みつける遥。
そんな彼女に苦笑を浮かべながら、一誠は説明した。

「硬氣功は物理攻撃に対して有効な防御手段だが、絶対防御って訳でもないんだよ。防御できる攻撃にも上限がある。それでも結構硬いけど、
幾ら、アニキの硬氣功の防御力が高くてもゼクスの剣には大した障害にもならない。受けた部分が両断されるだけだよ」

もっとも、武舞台に張られた結界が本当に怪我をダメージに変換するのなら、大打撃だけで済むがな。
そう解説する一誠の言葉を聞いて、美兎が深刻な表情で呟いた。

「・・・シェルフィードの赤き剣王」

「ああ。ゼストの剣の腕は俺はおろか、アニキよりも格段に上だからな。見ての通り、まともに斬りあっても勝負が見えてる」

「そんな、系統を無視した魔法使いに、数段上の剣士に、武器を使いこなした僧侶の補助魔法が付いたのでは勝負になりませんわ」

「―――何を今更言っておられるのですか?」

思わず悲痛な叫びを上げた遥に今まで黙っていたアルフォンスが口を開いた。

「こうなる事はアカツキ殿も覚悟の上のはず。違いますか、イッセー殿」

「そうだな。三人の実力が自分に引けをとらないことも、俺や、自分がいなくても取る事が出来る抜群のコンビネーションも、
全て俺同様に分かっているだろうからな」

「・・・そういうことです。そして、その事も含めて、会談の場にいた全員が了承したはずですよ。
何かご不満はありますか、ミュウ殿?」

一誠の言葉に更に悠然と笑みを浮かべるアルフォンス。
だから、問いかけられた彼女もキッパリと言い切った。

「・・・いいえ、これは僕達も納得したことですから」

その言葉に更にアルフォンスは満足げに笑うと、今度は一誠の方を向き、

「ところで、イッセー殿はどうされるおつもりです?」

「どうするって、どういう意味だ?」

「決まってるじゃないですか・・・・アカツキ殿に加勢に入りますか?」

肘を突いて、武舞台を眺める一誠にアルフォンスは問いかける。
その言葉に遥は僅かに希望を見出した。
暁月一人では完全に勝負にならないかも知れないが、今は魔法を使うことが出来ない状態の自分よりも、この人物が暁月の加勢に入れば、大丈夫かもしれないと。
しかし、

「心配しなくても、別にこの試合に対して、俺は介入するつもりはないぜ」

「そんな!?」

まさかの発言に絶句する遥。
これまでの会話で彼が暁月の親しい人物であることは予想できただけに、彼の発言はショックだった。

「もっとも、この場合、アンタにとっては残念なことになるんだろうがな」

「え?」

アルフォンスに向けられる言葉に遥は声を漏らす。

「これが普通の試合だったら、別に乱入しても良かったけど。今回の戦いは戦争になった場合の予行演習なんだろ。
もしも俺がゲイルペイン側として乱入すれば、結果的に騙まし討ちみたいなことになる。
そうなれば、ゲイルペインは目的のために手段を選ばない卑怯な国になるからな。もし、勝ったとしても誰もそんな結果に納得なんてしないだろ」

その言葉に遥は黙り込んでしまった。
一誠の言うとおり、会談で暁月は自分を抑止力として戦争を回避しようとし、今回の戦いでそれが確かのものであると証明しようとしているのだ。
幾ら、こちらが不利だとしても、その前提をこちらが破るわけには行かない。
だが、それでは・・・・

「・・・大丈夫だよ、遥さん」

遥の不安を感じたのだろう、隣にいる美兎が自信たっぷりの笑みで告げる。
暁月を信じているからこそ、至った思いを。

「僕達が信じた人はこの程度の事で負けたりしないよ」

その視線は全くの迷いが無く、完全に暁月を信じきっていることが伺えた。

(やっぱり、敵国のお姫様を骨抜きになるぐらい惚れさせてる)

本当に女を陥落させる魅惑の呪いでも持っているのではないか、それも異性や力を引き寄せるドラゴン以上のものが。
そんな事を考えながら、一誠はワルキュリアが淹れてくれたお茶を飲み干すと席を立った。

「じゃあ、俺は連れの所に戻るとするぜ。何せ、大所帯で来ちまったからな」

そう言って、一誠はワルキュリアの方を向いて、

「お茶ご馳走さん。久しぶりに飲んだけど、やっぱワルキュリアさんのお茶は最高だぜ」

「そうですか。ありがとうございます」

微笑みを浮かべるワルキュリアを見て、一誠はVIP室を出ようとする。

「ところで、イッセー君。君は何の用でこの世界に帰って来ただい?」

「ん?」

と、そこでヴォルクが問いかけたとき、一誠は思い出したように振り返った。

「ああ、そうだった。実はバラムのおっさんに伝言を頼むつもりだったんだ!!」

「父上にですか?」

この場にいないディスティアの皇帝の事が話題に上がり、その息子のアルフォンスが身構えた。

「ああ。そっちの国の・・・フィル・バーネットだったか」

「え?」

聞き覚えのある名を聞いて、美兎が困惑の声を漏らした。

「お前の国の勇者がアニキに負けた腹いせに俺の世界で大暴れしたんだよ」

「なっ!?」

一誠の発言にその場にいた全員が驚愕の声を上げた。
それもそうだろう。フィル・バーネットは暁月に敗れて命を落した、と思われたものだ。
まさか、その人物が別の世界の、それも一誠に関わったのだから驚かないほうが可笑しい。

「一体何故・・・」

「さぁ、本人はアニキに殺されたけど、生き返った。その腹いせに俺に襲い掛かって・・・・」

確か、と一誠は暫くフィルの所為で起こった被害を思い出す。

「知り合いの神社を全焼させるわ。俺の通う学校を全壊させるわ。極めつけは、俺の周りの人間にまで危害を加えるわ。
どういう基準であんなのを勇者に選んだんだ?」

良識を疑うぜ、と一誠はディスティアの第四皇子であるアルフォンスを見る。
もっとも、神社を全焼させたのは、コカビエルも加担し、学校を破壊したのは一誠がコカビエルを攻撃した結果であるのだが。
更に言えば、色々と隠して話している一誠。
だが、アルフォンスはまさか、こんな所から弱みが出てきたことに焦っていた。
無論、一誠にとっては、これはささやかな嫌がらせだが。

「・・・それは災難だったな、イッセー君」

「全くだ。次に勇者を選ぶなら、もっとちゃんとしたのを選んでくれよ」

「・・・ええ。父と共にそうさせてもらいます」

苦々しい表情を浮かべるアルフォンスを見て、少し心がスッとした一誠は退室しようとしたが、不意に顔だけを室内に向けて、

「それから、俺がこの戦いに手を出さないもう一つの理由あるんだが」

「何ですか?」

これ以上、何が飛び出すというのか、身構えるアルフォンス。
そんな彼に一誠は苦笑を浮かべ、

「俺もアンタも、もう手遅れだからだよ」

「・・・どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だよ。この試合が終わったとき、アンタは気づくと思うぜ。本当に嵌められたのがどっちだったのか」

そう言って、一誠はアルフォンスが何かを口にするよりも早く、今度こそ部屋から退室するのだった。








それから武舞台では暁月たちの戦いが一時間は続けられた。
だが、観客席の後ろから立ち見しているリアス達は、この一時間の戦闘に疑問を持ち始めた。

「ふむ、黒服の男、先程から避けてばかりだな」

「うん。反撃の隙が見つからないにしては少し様子が可笑しいしね」

ゼノヴィアの言葉に木場が相槌を打つ。
先程から、一誠の兄弟子である暁月が正面から三人にぶつかろうとしなくなった。
いや、その対応に対しては間違っていないようにリアスは感じていた。
一人一人が自分と同じレベルの相手を三人も同時に相手をすることになるのだ。
防戦一方の上、ジリ貧になっても可笑しくは無い。
しかし、観客席から見える彼の動きは飄々と三人を嘲笑うかの様に避けるだけだ。

「一体、どうするつもりなのでしょうか。開始の前に、この試合は時間制限も引き分けもないとされたのに」

と、朱乃。
その言葉にリアスも頷いた。

「ええ。何より、このまま時間だけが経過すれば・・・」

『卑怯者っ!!ちゃんと戦え!!』

何処からか分からないが、何時までも避け続ける暁月に対して飛ばされた罵倒。
それが皮切りに、会場中からブーイングが響いた。
会場の何人もの人間が暁月に向けて罵倒を飛ばす。
だが、向けられる罵倒に対して、当人は全く気にすることなく攻撃を避け続ける。
すると、

『三人がかりで何時までもチンタラやってんじゃねぇ!!』

『一人相手に情けないぞ!!』

今度は人間側で戦っているはずのリスティ達へのブーイングが始まった。

「あ、あの、これって、なんだか不味いんじゃ」

「そうね」

不穏な空気にアーシアが戸惑った声を漏らすと、イリナもただならぬ雰囲気を感じていた。
事実、リアスも危惧していた事態だった。
このままダラダラと戦っているだけと感じられれば、この戦いが茶番劇だと、八百長だと思われてしまう。

「こんなことで和平へ繋げることが出来るのかしら・・・」

「まぁ、出来なければ、受けたりしないはずさ」

呟いた言葉に何時の間に戻ったのだろう一誠が答えた。

「イッセー、今まで何処にいたの?」

「いや、念のために野暮なことをする可能性のある人間を探してな」

何処かはぐらかした様に話す一誠。
それも何処か楽しげに話す彼にこれ以上聞いても無駄だろう、と思いながらリアスは別の話をした。

「それで、貴方の兄弟子はどうやって、この事態を収めるつもりなのかしら?」

どうせ聞いても無駄だろうけど、と感じながら聞いてみる。
案の定、一誠は不敵な笑みを浮かべて、

「聞かなくても、それそれ実際に見れるぜ」

武舞台から感じられる空気から、リスティたちが決めに掛かることを感じた。
その瞬間、武舞台にいる暁月とゼクスの周りが、太陽が遮られたように暗くなった。

「おいおい、マジかよ」

武舞台の頭上を見て、一誠は冷や汗を流しながら苦笑した。
そこにあったのは燃え盛る巨大な岩の塊だった。
一誠以外のメンバーをそれを見たのか驚愕の余り言葉を失った。

「火と地、二つの系統を掛け合わせた魔法ね・・・」

「ですが、一体どのような方法であれほどの魔法を一瞬で構成したんでしょう」

呆然とメンバーの中で魔法が得意なリアスと朱乃が目の前の物を理解しようと努める。

「いや、たぶん戦いを再開した瞬間から、リスティさんが準備を始めていたんだ」

この攻撃を一誠は知っていた。
リスティ達が魔王ガリウスを倒すために編み出していた自分たちが持っている攻撃手段の中でもっとも威力を持つものだ。
皮肉なことにガリウスには使わずに、彼を一人で倒した暁月に対して使うことになったのだから、彼らの心は苦しいものだろう。
だが、一誠にも分かっていた。
これぐらいの攻撃を使わなければ、暁月に勝つことは出来ないことを。

そして、ゼクスが宙に大きく跳躍すると、ルーティエが長銃を構えた。
だが、それはどうやら攻撃のためではないようだ。
放たれた物は、宙にいるゼクスを更に高く上げるためのものだったらしく、ゼクスの身体が巨大な岩山の真上まで飛び上がった。

「来るぜ、アニキ」

知らず知らずのうちに一誠は呟いた。
その瞬間、ゼクスは赤い長剣を岩山へ振り下ろし、連続で斬り刻んだ。

刻んだことで無数の燃える隕石のようになった岩石が一斉に暁月へと降り注ぐ。

だが、一誠は何の心配も無く武舞台を見つめる。
もしも兄弟子が自分の考えている通りの物を手に入れているのならば・・・





降り注いだ岩石が、超高温の業火と激しい衝撃を起こし、暁月のいただろう地点を包み込んだ。
その光景は、地獄絵図の一部が貼り付けられたかのような壮絶な光景。
決して、仲間に対して使うものではないだろう、それはリアスを含めた観客たち全員に勝負が付いたと思わせた。

しかし、燃え盛る業火が周りの酸素を激しく燃焼させたために火が消え、立ち上がった煙が晴れた時、

「嘘でしょ・・・」

「あの攻撃を受けたはずじゃ・・・」

呆然と声を漏らすリアスと木場。
その視線の先には重なるように抉られたクレーター、炎によって焦がされた地面。そして、その場所で平然と立っている青年の姿。

「流石、アニキ」

会場中が呆然するなか、一人だけ暁月が無事だということを信じていた一誠が興奮気味に拳を握りしめた。
ネタがわかっている一誠にとっては当然の結果だが、次の瞬間、会場中があの災害クラスの攻撃を無事に生還した暁月へ絶叫にも似た声援を送った。




その光景にリアスは理解の限界を超えていた。
如何することも出来ないほどの威力を持った攻撃。それをどのようにして切り抜けたのか、分からなかった。
しかし、目の前には何事も無かったように立っている青年の姿。

だが、驚くのはこれだけではなかった。

青年の身体が青白い光を放ち始めると、向かってきた剣士の剣を人差し指と中指で止めてしまったのだ。
だが、リアスがそれを認識した時、青年は剣士の額に掌底を叩き込んでいた。
その一撃が決めてだったのか、剣士は立ち尽くし動かなくなった。

「あの人の氣の流れが変わった・・・」

「ん?小猫、お前、分かるのか?」

「・・・・なんとなくです」

小猫の呟きに反応した一誠が問いかける。
しかし、小猫は聞かれたくないのか、顔を俯かせた。
気まずそうになる彼女に、主であるリアスが話題を変えた。

「イッセー、貴方は彼が何をしたのか分かるはずよね」

「ああ。同じ技を使うからな」

「なら、貴方も彼と同じことが出来るのかしら?」

リアスの素朴な質問に一誠は黙り込んだ。
素直に話すべきかどうか一度考えている。
だが、他のメンバーの視線も自分に集まったので観念したように口を開いた。

「今の状態のアニキの技法は『錬環系勁氣功』の奥義だから俺でも使うことは出来る。
だが、出来たら使いたくはないな」

「何故だ?この戦いを見れば、禁手を使わなくてもコカビエルを倒すことは出来たはずだが」

「確かに、そうよね」

ゼノヴィアの指摘にリアスは頷きながら、一誠の右手を見る。
その右手は今は人の形をしているが、定期的に儀式を行わなければ、ドラゴンの手に戻ってしまう。
自分の采配のミスと覚悟が無いための結果だが、もしも一誠が今の暁月の状態になって戦うこともできたのだから当然の疑問だった。
その指摘に対して、一誠はため息を付いた。

「一応、あれは奥の手、切り札でな。簡単に見せる技でもないんだよ。それに、小猫は気づいてるかもしれないが、あの技は自身の肉体に多大な負担をかける」

『錬環系勁氣功』は自らの氣を練って、それを全身に循環させることで身体能力を向上させる。
だが、それはあくまで、自分の肉体の潜在能力を引き出すだけで、いうなれば、肉体の限界ギリギリまでを見極めて使うのが通常なのだ。
しかし、今の暁月の状態は、その限界を超えるほどの量の氣を練りこんで、身体を限界以上の能力にまで引き上げているのだ。
当然、肉体の限界を超えた能力を発揮させることは使用者の肉体に負担をかけることになる。

「その結果、使用後は身体を少し動かしただけでも激痛が走る上に、自然治癒させないと暫くまともに動くことも出来ないんだよ」

だから、余程の事が無ければ、一誠も使用は控えている。
今回の戦いで暁月が使用したのも、リスティ達が相手だからだ。

そう説明すると、リアスは一応、納得した。

「じゃあ、あの魔法もイッセー君は何とかできるの?」

「・・・同じ方法は俺には出来ないな」

イリナの質問に一誠は困った表情で答える。

「今の方法はアニキにしか出来ない。俺もアレを耐える方法を持ってるが、全くノーダメージってのは無理だ」

一誠の答えに興味を示したメンバー。
しかし、一誠はこれ以上は話すつもりは無いらしい。

「そんな事よりも、そろそろ決着だぜ」

この先はたぶん見逃せないからな。






[32327] アレイザード編四話
Name: マグナム◆8c0d71fd ID:a65c46eb
Date: 2013/09/08 23:25
武舞台では戦いは終焉を迎えようとしていた。
動くことの出来ないゼクスの隣をズカズカと歩いて横切り、リスティたちへと歩みを進める。
その行動にリスティは魔法陣を展開させると、その前にルーティエが立ちはだかった。
彼女の行動の意味は、リスティが魔法が発動するまでの時間稼ぎだろう。
しかし、三人の連携によって放った最大攻撃が効かなかった暁月に彼女の魔法が通用するとは思えないと、リアス達にも理解していた。
そして、前衛を担っていたゼクスが動けない以上、ルーティエ一人で暁月を止めることは不可能だった。

「そんな・・・」

足止めのためにルーティエは魔法銃に魔力を収束させ、数倍の威力と速度を持った魔力レーザーを放った。
回避は不可能の一撃。
ゆえに、ルーティエの一撃が暁月に当たったのは当然の結果だった。
もっとも、それはただ直撃したように見えただけだが。

(直撃の寸前に氣でルーティエの攻撃を逸らしたのか・・・)

流石の一言だな、と一誠。
彼の言うとおり、ルーティエの一撃は武舞台の側面に逸れて破壊した。

「なぁ、ルー」

と、一瞬で暁月は目にも留まらぬ速度で彼女の真横に立った。

「お前が出せる、一番可愛い声を聞かせてくれよ」

そう言って、暁月はルーティエの耳を甘噛みした。
その光景に、うわぁ、と一誠の周りのメンバーは声を漏らした。
流石は義兄弟、やることが兎に角似ている。
特に、一誠からその攻撃が受けたことのあるリアスと朱乃は受けた快楽が再びぶり返したかのように熱を持ってしまった。

「んあっ、ふぁあああああああっ」

しかも、後から聞いた話だが、ハイエルフである彼女は尖った耳が特に敏感らしい。
そんな部分に暁月は氣を送り込んだために、感極まった彼女の声が響き渡り、ストンッと彼女は地面に座り込んでしまった。

「―――さぁ、残りはお前だけだぜ」

ルーティエの反応に満足した暁月が最後の一人、リスティを見つめる。
仲間がやれたことで焦燥するリスティだが、彼女は魔法を取りやめずに詠唱を続けた。

「魔法の発動を選択したみたいですね」

と木場。
だが、その行動に小猫が疑問を感じていた。

「・・・でも、あの人の実力ならば途中で発動することも出来るのでは?」

「小猫ちゃんの言うとおりですが、それではあの人は倒せないでしょう」

「ええ。勝利の可能性が僅かに残っているなら、それが正解だけど・・・」

朱乃の言葉を続けるリアス。
だが、リスティの行動は仕方が無いことだった。
彼女には譲れないものがある。だから、その行動は一誠には当然のように思えた。
何より、この世界の魔法発動の魔法陣の防壁は強固な物ゆえに、その行動を取った。
もっとも、それは・・・

「――――そらよっと」

リスティの魔法陣に無造作に両手を差し込んで、無理やり抉じ開けて破壊したのだ。

「なっ!?」

まさか、簡単に破壊させるとは思わなかったリスティは驚愕するが、すぐに意識を集中して詠唱を再開した。
健気ともいえる彼女の行動。
そんな彼女に暁月は微笑みながら、

「シェルフィードを守りたいんだろうが・・・・・お前は色々背負いすぎなんだよ」

そう言って、暁月はリスティの詠唱を止めた。

詠唱する彼女の唇を自分の唇で塞ぐことで。





「「「「「・・・・・・・・」」」」」

「クククッ」

リアス達が呆然とする中で、一誠は笑いを噛み殺しながら、武舞台を見ていた。
そこでは、いきなり暁月にキスをされて呆然とするリスティが、我に返って抵抗する姿が目に入った。
慌てて唇を離そうとする彼女だが、暁月はそれを許さずに強引にキスを続けるために背中と後頭部に手を回して抱きしめる。
しかし、リスティは抵抗をやめない。
必死に暁月の胸に拳で叩き、精一杯の抵抗をする。

だが、そんな彼女の行動は一誠から見れば、全く無駄な抵抗に思えた。
彼女が離れようとする力よりも、暁月が彼女を離れようとしない力のほうが強い。
何より、女が惚れている男の好意から逃れるなんて、そんな事できるはずがないのだから。

ちなみに、一誠の周りにいる女性陣たちは、リスティのポジションを自分にし、暁月を一誠に変換した光景を想像し、
顔を赤くしていたのだが、一誠はそれを気づかないフリをしているだけであった。
無論、彼女らの妄想が現実になることが言うまでも無いことかもしれないが。

それは兎も角として、武舞台で未だラブシーンを見ていると、不意にリスティの身体がビクンッと跳ね上がった。
恐らく、暁月がリスティの口内に自らの舌を入れ、唾液と共に氣を流し込んだのだろう。
その証拠に、二人のキスが激しくなるに連れて、彼女の身体がビクンビクンと震え、最後には彼女の身体が脱力したように見えた。

――――ああ、完全に腰にきてるな・・・

遠くから見ていた一誠の思ったとおり、骨抜きにされ男を受け入れる女の表情となったリスティ。
それを行った相手である暁月も理解すると、彼女と合わせていた唇を離した。
すると、リスティが名残惜しい本能をするのが見えたが、暁月が最後に優しく触れる程度のキスをしてから抱擁を解いた。
それが引き金となって、腰が抜けていたリスティが地面にヘたれ込もうとするが、そこでも暁月が出来る男を見せた。
その場に腰を下ろしてしまう寸での所で、彼女の柔らかい腰に手を回し、寄り添って並ぶように抱き寄せた。

そして、試合を観戦していた人々全員が自分たち二人を無言のまま見つめているのを確認してから、
ゆっくりと右の拳を挙げ、笑う。

「降参だ・・・・これ以上、コイツと戦うことは出来ないよ」

まさかの敗北宣言。観客席の誰もが予想しなかった、いや、一人を除けば、信じられない幕引き。
だが、次の瞬間、武舞台を包んだのは、彼らを批判する言葉ではなかった。
闘技場を震わせんばかりの拍手と大歓声が寄り添う暁月とリスティを包んだのだ。








それを引き裂かんばかりの大歓声と拍手にリアスは驚いていた。
いや、彼女だけではない。
彼女の周りの者、一人を除き、彼女と同じく困惑していた。

「・・・一体、何が起こったのだ?」

そのメンバーの困惑を最初に言語にしたゼノヴィアが呟く。
対して、その疑問に答えたのは、満面の笑みを浮かべる一誠だった。

「当然だろ。皆が見たかったものが見れたんだから、興奮しないほうが可笑しい」

「ただキスをしただけなのに、どうして?」

と、木場。
男性の彼には女性陣ほどの感動は無かったのだろう。
まぁ、彼らはこの世界の事情を知らないから仕方が無いのかもしれない。
だから、一誠は丁寧に解説することにした。
まるで、自分のことのように自慢げに、

「そのキスに重要な意味があるんだよ」

「どういうこと?」

と、イリナも訳がわからない表情する。

「この世界での二人の立ち居地は、一方は“はぐれ勇者”と揶揄されているが、魔王を一人で倒して世界を救った英雄。
もう一方は、その勇者と共に旅をした一国の王女様」

「まるで、御伽噺のようですね!!」

「ああ。その通りだ」

目を輝かせるアーシアに一誠も笑顔を見せながら、今度は彼女に問いかけた。

「じゃあ、アーシア。御伽噺では、魔王を倒した勇者と王女様はどうなる?」

「えっと・・・」

顔を赤くして、次の言葉に詰まるアーシア。
そんな彼女の代わりに、

「そんなの、二人が結ばれてハッピーエンドに決まってるじゃない」

と、イリナが微笑みながら答える。
すると、その一言に何人か気が付いた。

「あっ・・・もしかして・・・」

「ああ、その通りだ」

小猫の呟きに一誠が頷いた。

「勇者と王女様が結ばれ、幸せを手に入れる。それは同時に魔王を倒し、平和を掴み取った証明のようなものだ。
だが、それはアニキが元の世界に帰ったことで実現されることが無かった」

しかし、

「今回の件で、和平が成功すれば、目の前にあるのは民衆が待ちに待った光景。その歴史的瞬間を目撃して、
誰がブーイングなんて野暮なことが出来るんだよ」

一応、アルフォンスが用意しているであろう工作員がいないか探したが、この光景を見れば妨害は無意味だろう。
そう考えて、一誠は目の前の光景もまた、待ちに待った光景を見て楽しんだ。
この光景にはもう一つの意味があるのだが、

「あらあら、もしかして、彼が着ているあの衣装は・・・」

武舞台の彼らに微笑みながらも、頬を赤くしている朱乃が声を上げる。
どうやら、彼女は気づいたらしい。
見ると、隣にいるリアスも同じく気が付いたのか、微笑んでいた。
だから、一誠は何も言わずに、彼女たちが思い描いたことを頷いて肯定するだけにした。

「まるで、魔族と人間が共存する未来を見ているみたいね・・・」

しみじみと呟いたリアス。
彼女の言うとおり、暁月が来ている魔王の衣装にもしっかりと理由があった。
魔族の王と人間の女王が寄り添いあう光景。
それは、まさに暁月が目指した和平の形だったからだ。

恐らく、VIP室にいるアルフォンスも気が付いたはずだ。
暁月が自分の策の上を行き、最初から掌の上で躍らせていたことに。

その光景に一誠の心は躍りだす。

あれが“はぐれ勇者”なのだ。
あれが凰沢 暁月なのだ!
あれが、自分の兄弟子なのだ!!


「どうだ、俺の兄弟子・・・・」


いつもの不敵な笑みに、自慢げそうに、尊敬の眼差しを武舞台に送りながら一誠は自分の周囲の人間へ言葉を紡いだ。

「―――――しびれるだろ?」

あれが自分の憧れなのだ!!!









その後、一誠たちはごった返す出入り口を通ってその場を後にした。
そして、一先ず一誠は『山猫亭』へ戻るのだった。
店は恐らく、試合の後の興奮冷め止まぬ観客たちが酒や飯を求めてやってくると予想していた。
だから、一誠は“丁度良い”とばかりにリアス達女性陣に、お店を手伝ってくれるようにお願いしたのだった。

「だけど、本当に良かったの、部長たちを置いてきて」

そう問いかけるのは一誠の付き添いとして来た木場。
彼の言うとおり、突然そんな事を言われてリアス達は納得などしなかった。
更に、一誠が自分の兄弟子、暁月に会いに行くのだから絶対に付いて行きたいと思うのは当然だった。

「仕方ないだろ。アニキの滞在先はたぶん大人数で行ったら迷惑になるんだから」

まだ予断を許さない状態だが、この街の広さならば、何か起こればすぐに駆けつける事が出来るだろう。
街の外に待機させている焔も一誠の一声ですぐに駆けつける事が出来る。

リアス達も魔力を使う上では問題はなかった。
次元シフトを行った後は、魂と肉体の状態が安定しない所為で、魔法を使う意識チャンネルが上手く繋がらない。
意識チャンネルとは、暁月たちの世界や、この世界の魔法は精霊とのリンクで発動をする。
そのリンクが上手くできないから魔法が使えないのが、暁月たちの世界の魔法常識だ。

だが、リアス達の魔法は自らの魔力を変換することで発動するので問題なく発動した。
しかし、それでも例外がある。
例えば、木場の『魔剣創造』のような神器は自らの魂の一部となるため、肉体とのリンクが安定するまでは使えない。
例外として、神器に意識のある一誠の『赤龍帝の篭手』はドライグからの呼びかけもあったので使うことができ、
ゼノヴィアの『デュランダル』は彼女の持つ空間に入っているため呼び出すことは可能。
アーシアは元々戦闘タイプの神器ではない。
つまり、メンバーの中でもっとも戦力が落ちているのは木場で、彼まで置いていけば足手まといが増えると思って連れてきたのだ。

「だったら、せめて部長だけでも連れてきても良いと思うんだけど」

「・・・本音を言うとな、今から行く場所は部長たちが一緒に来ると面倒なんだよ。
特に、アーシアと小猫は連れて行きたくは無い場所なのさ」

と、不敵に笑いながら一誠。
その一言に木場は少し嫌な予感がした。
何せ、“山猫亭”の主、セリーナが一誠の言葉を理解したのか、助け舟を出すようにリアス達に手伝いを頼んだのだ。
その上、一誠の後に続いて歩いているが、表通りから外れた路地裏は木場の中で警告音を更に強く鳴らしている。

「おっ、ここだ。ここだ」

すると、一誠が闇のような漆黒の館のような建物の前に立ち止まった。
見るからに怪しい洋館。
そこのドアの両脇には強面の屈強そうな黒服の男が二人立ち、一層怪しさを際立たせる。

「あれ・・・」

そこで木場は看板を見て、あることに気が付いた。
漆黒の壁面に、金色の流線型の文字で浮かび上がるように書かれた『メリッサ』という名前。

「・・・ねぇ、一誠君」

「何だ?」

「あそこって、以前、君が言っていた・・・」

恐る恐る言葉を紡ぎ問いかける木場。
彼の中ではすでに答えは見つかっているのだが、出来れば一誠の口から不正解だと聞きたい。
だが、一誠は不敵な笑みのまま、

「ははっ、覚えていたか。ああ、あそこが前に用心棒のバイトをしてた娼館ギルドさ」

不幸にも、木場の予想は的中した。
だが、そう考えれば、女性陣。特にアーシアと小猫を連れて連れて行きたくないと言った理由も理解できた。

(でも、出来たら、僕も居残り組の方が良かったんだけど・・・・)

とほほっ、と肩を落す木場。
だが、一誠は気を落す彼を無理やり引きずるように店へと歩みを出し、

「おっス、ご苦労さん。メリッサに会いに来たんだが、取り次いで貰えるか?」

「・・・失礼ですが、お名前を」

「ああ、イッセーだ」

ガードマンの男の一人に名乗ると、男はもう一人の男とコソコソとお互いの耳に耳打ちして話をする。
大男二人がそんな行動をする光景は、不気味を通り越してホラーに近いが、それも二言ほどやり取りをすると、

「・・・どうぞ、こちらへ」

そう言って、片方の男が中へと促した。
その後に続いて、一誠と木場は薄暗い通路を歩く。

「しかし、良いのか。アンタ、ここに入った新入りだろ?俺の事を知らなかったんだから」

「・・・・・」

一誠の言葉に男は答えない。

「それなのに、初対面でアポなしの俺をすんなりと当して良いのか?」

「それは大丈夫よ。暁月がたぶん貴方が来るはずだからって伝えていたから」

と、通路を出たとき、何も答えない男の代わりに待ち構えていた女性が答えた。
その女性は一誠と木場の姿を見ると妖艶な笑みを浮かべて、

「ようこそ、会員制高級娼館『メリッサ』へ」




暗い通路を通り抜けた先、そこは豪奢な王宮のエントランスのような造りの空間に、赤い絨毯に始まり、シャンデリアに、花や壷の調度品まで超一級品。
そんな空間に、扇情的な純白のナイトドレスに身を包んだ女性が、妖艶な笑みを浮かべてこちらに微笑んでいた。

「よう、セシリー。久しぶりだな」

「ええ。本当に暁月の言うとおり、ここに来るとはね」

「・・・まぁ、アニキがエルディアで頼るのは、“山猫亭”か、この店ぐらいだからな」

その答えに、ふふっ、とセシリーは楽しそうに笑いながら、

「流石ね、暁月の事を良くわかってるじゃない」

「おう。アニキの事に関してはプロ級だからな」

「じゃあ、女の子の事は?」

「そっちは、ほぼ免許皆伝だ」

そう言って、笑い会う二人。
本当に楽しそうに笑うが、セシリーが不意に悪戯じみた笑みで、

「本当に変わったわね。前に来たときは、だらしなく鼻の下を伸ばして、鼻血を垂らしていた初心な子だったのに」

「・・・その話は止めてくれ」

正直、思い出したくも無い記憶。
まだ青臭い変態だった頃、何度もこの場で恥を晒してきた話だった。
ほとんどの娼婦の子達は暁月に引かれたが、最初の頃は初心な変態の一誠を遊ぶ目的で色々とからかわれたものだ。
だが、今の一誠があるのは、ここでの経験も大きく影響している訳だが。

「まぁ、でも今の方が私は暁月に近づいている感じがして私は好きだけどね」

そう言って、セシリーは一誠の腕に抱きついた。
妖艶な笑みを浮かべながら抱きつく彼女の姿は並みの男なら見ているだけで欲情を隠し切れないものだが、一誠は冷静に対応する。

「ところで、やっぱりアニキはいないのか?」

「ええ。試合が終わった後、ママに馬車を用意させて、それに乗ってフォレストニウムに戻ったわ」

もっとも、ママはイッセーが戻ったことをすでに掴んでいたみたいだけど―――
セシリーの言葉は一誠にとっては予想通りだった。
試合の結果が大成功だったからと言って、すぐに和平が大成するわけじゃない。
あくまで、駐屯部隊襲撃事件の再捜査が為されるだけだ。
その間に、ゲイルペインの方に駐屯部隊を襲撃した真犯人が何かしらのアクションを起こさないとは言えない。
もしも、向こうの世界から連れてきたのが、遥という女性一人ではなく、他にもいるのならば、暁月がすぐに戻ろうとするのは容易に想像できた。

「なら、メリッサに伝言を頼んでいる訳だな」

一誠の問いかけにセシリーは頷くと、

「流石は兄弟ね。アンタ同様に暁月もアンタのことはプロ級みたいよ」

そう言ってから、セシリーは付いて来て、と案内するのだった。








セシリーに連れられて通されたのは質素な部屋だった。
その部屋を見て、何処か安心したように一誠が口を開いた。

「相変わらず、娼館経営者らしからぬ簡素な部屋だな」

「本当にアンタ達は失礼ね。文句があるなら、帰ったらどうかしら」

と、目の前でソファに座っている野太い声の人物が不機嫌そうに言葉を放つ。
だが、一誠はそれを意に返さずに、その人物に向かい合うようにソファに腰を降ろす。

「別にそんなつもりで言ったつもりは無いよ。変わりないようで安心したって言いたいんだよ」

「そういうアンタは随分と変わったじゃないの。雰囲気もさることながら、私を怯えずに見ているみたいだし」

フン、と鼻を鳴らす目の前の人物。
自分たちを中へ招いた黒服よりも大きな体躯。大きな顔、太い手足、相撲取りのような、
いやそれ以上にデプッンとした体型で、鷹のように鋭い眼光。
なのに、腰まで綺麗に伸びた黒髪が余りにも不釣合いだった。
失礼かもしれないが、全く女性の部分を見出すことの出来ない木場。
もしも一誠にメリッサの容姿を聞いていなければ、失神を起こしていたかもしれない。
本当に失礼かもしれないが、少なくとも名前と容姿が合っていない。
これが、スキンヘッドにサングラスをしていれば似合っていたのに・・・
更に、名前が“海坊主”か“ファルコン”なら、なお似合うのだが。

「ああ。驚くべきことに、アンタの同種族が俺の世界にも生息してたみたいでな。最近、そう言った生物との接触が多かったから免疫が出来たんだ」

「まぁ、そっちの子は私を見て怯えてるみたいだけど」

「っ!?」

と、木場の視線に気が付いたのかメリッサの鋭い視線が彼を射抜かれ、木場の表情が引き攣る。
まさに、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう木場。
そんな彼に黙っていたセシリーが。

「ママが苦手なら表で待ってましょうか」

そう言って、セシリーは微笑みながら木場の手を取って部屋を退室しようとする。
木場からすれば驚くべき行動だったが、素直にこの場から出ることが出来なかったので、セシリーの気遣いに純粋に感謝した。
次の一言を聞くまでは。

「ねぇ、イッセー。ママとの話が終わるまで、この子と戯れて良いかしら」

「へ?」

こんな可愛い子滅多に来ないから、と良い笑顔で問いかけるセシリー。

「ああ。イケメンはこんな所に来なくても女を喰えるからな。来たとしても特殊なプレイだろうし、純粋に来るのは珍しいだろう」

イッセーの言葉の意味を木場は理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
だから、次の言葉が出た瞬間、

「別に構わないぜ。向こうの学校でそいつは同年代の生娘に囲まれてるだけだったから。本当の“女”がどんなものなのか教えてやってくれ」

「は~い」

妖艶だが、玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべるセシリーに木場は嫌な予感が強くなった。
逃げ出そうとする木場だが、セシリーに掴まれた手は、悪魔である彼の力を“ある技術”の応用なのか全ていなされてしまっては離してもらえない。

「じゃあ、こっちは任せて頂戴」

「た、助けてくれ、イッセー君!!」

「一皮剥けて来いよ、木場」

懇願しながら連れて行かれる木場に、一誠の態度は無情であった。
そして、部屋から退室して、その扉が閉ざされた瞬間、

『皆、そういう訳だから、イッセーの知り合いの子を可愛がってあげましょう』

セシリーの言葉の後、扉の向こうから歓声が響き、木場の悲鳴が聞こえるのだった。



「酷い人間ね。アンタ」

「もう人間じゃないがな」

面白いものを見たように笑う一誠にメリッサが言う。

「別にアイツ等は木場をそのまま喰ったりはしないだろ。アニキは特別なだけで」

でなければ、一誠は前の時にとっくに喰われていた。
精々木場は揉みくちゃにされる程度でだろう。

「だから、何の問題もないだろ?」

「まぁ、そうね」

そう言って、木場の件の話は終わるのだった。

「ところで、アニキから何か伝言があると思うんだが」

「ええ、あるわ。アンタがここにきたら伝えてくれって、アタシに頼んだわ」

「それで、アニキが何て言ってたんだ?」

「『現時点では表立って動くな』っだそうよ」

メリッサの言った言葉は一誠の考えるとおりのものだった。
暁月が自分に会うことなくゲイルペインに帰ったから、ある程度予想が出来た。
試合で再調査が決定した。
その時点で、一誠がゲイルペインへ行けば、見ようによっては、魔族側が再調査の間に戦争の準備をしているといわれる可能性がある。
その事を考えれば、一誠はまだ表立ったことをすることは出来ない。
ならば、表じゃなくて、裏の方を調べてみるか―――

「なぁ、アレクラスタが今回の件に何かしら裏で動いていることは無いか?」

もしも、これが何者かの策略だとすれば、あの古狸が何のアクションをしていないとは、考えにくい。
あの国には、狸だけでなく、狐も一緒にいるのだ。
狐と狸が化かし合ってるのではなく、一緒に人を化かしているのだから達が悪い。
一誠が自分の世界で教会側に不信感を持っているのは、彼らの印象が強かったりする。

「気持ちはわからなくないけど、今の所そんな情報は無いわ。あそこは真っ当な宗教国家でまかり通っているからね」

しかし、メリッサにはそんな情報は無いようだ。
アレクラスタとディスティアには気づかれないようにしているが、弱みがある。
今回の事件でどちらかの国は利益を得ようとしているのでは、と一誠は疑っていたのだが。

「オーナー、少しよろしいでしょうか?」

部屋の扉がノックされる。

「構わないわ、入りなさい」

メリッサの言葉の後に、扉が開かれると、ドアマンの黒服の一人が入ってきた。
その隙間から、木場が娘たちに揉みくちゃにされているのが見えたが、気にしないことにする一誠。

「・・・・不味いことになったわよ」

入ってきた黒服がメリッサに耳打ちする。
すると、いつも厳つい表情が、より怖いものになった。

「・・・何があったんだ?」

「ゲイルペインをディスティアが襲撃をかけてるそうよ」

「っ!?」

メリッサから伝えられた情報を聞き、一誠は驚き立ち上がった。

「どういうことだよ、それ!?」

「ディスティアは極秘裏にやっていたことで、今入ったことだけど。何日か前に正規とは違う部隊がディスティアを離れたそうよ」

「バカなッ!?試合は今日だった。それが本当だったら、部隊を派遣したのは試合を決定した瞬間じゃないか!?」

「そうね。それだと、恐らく試合の結果関係なく―――――」

「クソッ!!?」

弾け飛ぶようにメリッサの部屋を飛び出した一誠。
出てすぐに、裸にされそうになっている木場の姿が見えたので一誠は叫んだ。

「木場っ!!!!!?」

「っ!?イッセー君・・・・」

一誠の突然の絶叫するに驚愕する木場。
彼の周りの娘たちも驚き動きを止めた。

「俺は少し野暮用が出来た!!今すぐ、部長たちのところに、“大至急”に戻ってくれ!!!!
そして、部長に何か不測の事態が起こったら、すぐに俺の“悪魔の駒”を座標に転移しろ!!と伝えてくれ!!!」

「へ、え?イッセー君?」

「頼んだぞ!!!!」

困惑する木場を置いて、一誠はメリッサの店を飛び出した。
そして、全速力で街を駆ける。

「焔!!!」

「ワァン!!」

街を出てすぐの森に差し掛かった所で、一誠は自らの使い魔を呼ぶ。
すると、すぐに使い魔の焔が後ろへ付いた。
その気配を逸早く察知した一誠は軽く跳躍し、走りぬけようとする焔を跨ぐ状態で、その背に飛び乗った。

「焔、このまま真っ直ぐ“全速力”で走ってくれ!!!」

「ワァオオオン!!!」

飼い主の滅多に無い命令に、焔は興奮気味に遠吠えを上げると、白い風のように駆けた。




炎を吐く狼、焔。
だが、その真価は炎ではなく、圧倒的な速力だった。
短距離でも俊足を誇る焔の足だが、長距離でもそれは健在だった。
生まれたてだが、体に異常を起こすほどの大量の氣。
それは一誠が整えたことで、焔は異常なほどのスタミナを手に入れ、新幹線を思わせる走りを可能にしたのだ。

本来、その速力を生身で受ければ、粉みじんになりかねないが、一誠は姿勢を低くし、焔が起こすソニックブームを自らの氣で受け流して、
少しでも速度を落さないように、“真っ直ぐ”走る焔に掴まった。

「クソッ、あの肉達磨、何を考えているんだっ、そんなにゲイルペインの大地が欲しいかよ」

いや、この場合、それ程までディスティアは追い詰められているのだろう。
一誠と暁月がアレイザードを離れるとき、すでにディスティアの大地は砂漠化が進んでいるという情報があった。
一連の事件を仕組んだのが、ディスティアならば目的はゲイルペインの緑の豊富な大地だろう。
だが、戦争を起こしてまで必要になるほど追い詰められているとは、一誠も、恐らく暁月も予想できなかった。
強引に奪ったとしても、それで万事解決ではない。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。

「たぶん、アニキは馬車で向かっているだろうけど・・・」

恐らく、襲撃はもう始まっている。いや、終わった後かもしれない。
どう考えても、暁月たちは間に合わない。
いや、間に合ったとしても、暁月は奥義の反動がある。
今、動くことが出来るのは一誠だけだった。

「間に合ってくれよ・・・・」

そもそも焔は岩山などを迂回せず、本当に真っ直ぐ進んでいるのだ。
暁月たちの馬車と同じ道を通らないので、出会って拾うことが出来る可能性は少なかった。










ゲイルペインにある森、その中にある魔族の隠れ都市、フォレストニウム。
普段は穏やかな雰囲気が流れるそこは、殺伐とした空気が流れる。

「や、やめてぇ!!」

その中で小学生ぐらいの人間の女の子が自分より幼い魔族の女の子を抱きしめながら叫ぶ。
だが、その視線の先には、魔族の老人と、豪華な金色の意匠が施された重厚な鎧。それもフルフェイスの兜で顔を隠した騎士。

「・・・どうか姫様の事を頼みますぞ、葛葉殿」

魔族の老人、長老のウルムが言葉を言い終えた瞬間、鎧の騎士の剣が振り下ろされた。
血を流して、倒れるウルム。
その姿を見て呆然とする、葛葉と呼ばれた少女。
絶望する葛葉だが、次の瞬間、鎧の騎士が彼女のほうを向いた。

「っ!?」

剣を向けてこちらに向かってくる鎧の騎士。
彼の目的は、長老のウルムを殺して戦争を無理やり開始するはずだった。
ウルムはそれがわかっているからこそ、自らの命を犠牲にして葛葉と自分に抱きついている少女、リルルを助けようとしたのだ。

(最初から、そんなつもりは無かったんだ)

無抵抗で命を捧げた。
だが、鎧の騎士にはそんな気などないのだと、葛葉は思い至って、自らの武器である巨大なハンマーを握り締める。
先程まで戦っていた葛葉には、鎧の騎士が暁月と同等ぐらいの力を持ち、自分がどうにか出来るものではない、と思い知っていた。
それでも、

「・・・・そこから退け」

「え?」

「その魔族を置いて、この場を去れ」

淡々と告げる鎧の騎士。
その言葉の意味は簡単に理解できる。
自分の命は助けてやるから、リルルを置いて行けと言う事らしいが。

「いやよ・・・」

退けるはずがない。

「クズハ・・・」

怯えて葛葉に抱きつくリルルを見捨てることなど出来るはずがない。
葛葉はリルルを守るように抱きしめる。
だが、鎧の騎士はそんな事は構わなかったのか。

「魔族は人類の敵、倒さなければならない存在・・・」

呪詛のように言葉を紡ぎながら剣を振り上げる。

「・・・警告はした。それでも魔族に肩入れするのなら・・・」

――――死ね

「っ!?」

振り下ろされる剣に葛葉はリルルを背中に庇うように立ち、目を瞑った。
少なくとも、それでリルルを守れるとは思わないし、確実に自分は死んでしまうだろう。
恐らく、恐怖も感じることも無く剣は振り下ろされる。

葛葉はそう思っていた。

しかし、

「おぉおおおらぁああああああああああ!!!」

天を突かんばかりの咆哮と共に、葛葉の背後から強烈な風が通り抜け、
金属がぶつかり合う音が響いた。

「え?」

突然の事に呆然としながら葛葉は目を開けた。
そして、目の前を見ると、そこには大きな男性の背中が見えた。

「・・・凰沢くん?」

一瞬、暁月に見えた後ろ姿。
しかし、良く見れば、その背中は違っていた。
暁月と同じぐらい鍛え抜かれた身体付きだが、髪の毛が黒ではなく茶髪がかり、
雰囲気は似ているが何処かが違う。

「てめぇ・・・」

呆然としている葛葉を背に一誠は憤怒しながら、左腕の『赤龍帝の篭手』で殴り飛ばした鎧の騎士を睨みつける。

「折角の感動を、台無しにしてんじゃねぇぞ!!!」

神器の倍加を使いながら一気に鎧の騎士へ肉薄するのだった。












あとがき
漸く、こちらも更新することが出来ました。
リリカル剣を書き上げて二週間も費やしてしまいました。
その間、向こうには感想が全くない・・・・
これは半年以上も更新をしなかった結果なので仕方ないと、後悔していますが。
それを考えれば、こちらも反応が怖いです。

『ハイスクールD×D』と『はぐれ勇者の鬼畜美学』の魔法の原理は違ったので、リアス達は魔法が使えても大丈夫だと判断しました。
もしも自分が勘違いを起こしていたら、本当に申し訳ありません。

また、最後に一誠が葛葉の救出したのはご都合が強かったと自分でも思っています。

暁月たちがアレイザードに戻ってすぐにリスティ達の偵察部隊と遭遇。
偵察部隊が、その日のうちにリスティ達に報告し、その次の日の朝、暁月たちはエルディア城に到着。
それでも、行きは結構掛かった、と遥が発言したことが書かれていたので、焔が新幹線ぐらいの速度で、迂回するルートを全く取らずに走れば、間に合うのでは。
と考えて書いたのですが、やはりご都合です・・・

しかも、襲撃の時間を少しズラして書きましたが、正直、そうでもしないと、一誠の見せ場を作ることが出来ませんでいた。
自分の文才が無いのも原因ですが、アレイザード編は正直なことを言えば、一誠は暁月の引き立て役にしか出来ませんでした。
いや、このぐらいしなければ、引き立て役にすら出来そうにありませんでした。

もしも不快になったからがおられましたら、本当にすみませんでした。
更に言えば、今回はエッチなシーンも書くことが出来ませんでした。
ですが、次回は書く予定です。
アレイザードと言えば、アレですが・・・・

後、1~2話でアレイザード編は完結すると思います。



次も、再来週ぐらいに更新できるように頑張るのでよろしくお願いします。

あと、関係のない話ですが、ハーメルンでとても刺激になる作品を見つけました。
自分も負けないように頑張ろうと思っています。




[32327] アレイザード編五話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/09/23 00:18
機械軍国、ディスティア。
その皇宮にある皇帝の執務室にて、その部屋の主であるバロム・ダイ・アロン・ディスティアが執務机の椅子に座していた。
彼の目の前には一通の書状があった。
その書状に書かれていたのはゲイルペインからの宣戦布告だった。
十日前に暁月とリスティ達が試合を行った結果、対ゲイルペイン監視部隊壊滅についての再調査が決定された。
だが、それを待つことなく、ディスティアは独断でフォレストニウムへ侵攻した。
これはそれに対するゲイルペインの答えだ。
しかし、バロムはその書状を読んでも眉一つ動かない。
最初から和平など成り立たせるつもりは無いからだ。
この行動でどんなデメリットがあろうと、進むしかないからだ。

「・・・後戻りは出来ない。我々も、アレイザードも」

書状の差出人の欄に異国の字で書かれた名、凰沢 暁月。
そして、書状とは別にもう一枚の紙には、一人の男がゲイルペインに加勢することが書かれていた。
こちらも異国の字で兵藤 一誠と書かれていた。

この瞬間、アレイザード史上最強の魔王が誕生し、最強のドラゴンが降り立った瞬間であった。









ディスティアへの宣戦布告を行ってから、更に十日。
フォロストニウムの森、『彷徨いの森』付近の平原。
そこは現在、戦場跡となっていた。

戦闘の衝撃によって荒れ果てた大地。
そこには折れた剣や、鎧、兜、鉄屑となった砲台、そして、泥や黒煙に汚されたディスティアの旗などが散乱していた。
その大地で一人の男が、黒い大剣を手にたった一人だけ立っていた。

「・・・戻るか」

黒い大剣を肩に担いで、凰沢 暁月はフォレストニウムの方へ足を向けた。
だが、不意に背後を振り返って見る。
そこには、先程まで自分ひとりと戦っていたディスティア軍の兵士、数万人の撤退する姿が見えた。
今から追撃して全滅させることは可能だった。
いや、戦うのが自分ひとりではなく、一誠も共にこの場に立てば、殲滅など簡単に出来ただろう。
しかし、暁月はそれを行わなかった。
代わりに、負傷した兵たちを連れ帰らせたのだ。

その光景と、自分の周囲に広がる惨状を心に刻んで暁月は今度こそフォレストニウムへ帰還した。








帰還した暁月を最初に迎えたのはフォレストニウムの静寂だった。
だが、その静寂には緊迫とした空気があった。
この里はずっと臨戦態勢のままだった。
ディスティアの襲撃に対して、暁月が魔王として宣戦布告を行ったのは、そう言った理由から他に選択肢がなかったからだ。

「・・・お疲れさん、アニキ」

と、立ち止まっていた暁月に里の入り口で待ち構えていた一誠が声をかけた。
その言葉に暁月は苦笑しながら、「おう」と頷き、

「外の連中は片付けて退却させたが。こっちは大丈夫だったか?」

「ああ。概念魔法が強化されたから大丈夫だったぜ。あと、俺もだけど、千影たちも一緒に警戒してくれていたから」

「そうか」

一先ず安心したように暁月。しかし、「だけど・・・」と一誠が、

「こっちでは不満が出てるみたいだ。もっとも、それはミュウ、いや美兎さんが何とか全員を説得してた。
ただ、全員にアニキの考えを伝えたみたいだけどね」

「そうか。アイツも無理してるな」



今日までの戦いで暁月は一人で戦場に出張っている。
ただ、それはこの都市にいる者たちには不満がある。
だから、以前の魔王ガリウスの娘であるミュウ、暁月が自分の妹として、自らの世界で住まわせていた美兎が彼らを説得するために暁月の考えを教えた。

暁月が何のために、自分で魔王と名乗ったのか、彼が平和を諦めていないことを。

暁月が魔王となって宣戦布告をしたのは、そうしなければ、フォレストニウムの人々が納得しないからだ。
二十日前、このフォレストニウムをディスティアの兵たちに襲われた。
幸いにも被害は最小限に抑えることが出来たが、長老としてフォレストニウムを纏めていたウルムが殺害された。
その事実は彼らを激怒させるには十分なものだった。
だから、暁月は宣戦布告を行った。
あのまま強引に和平を結んだとしても、彼らが納得するはずがないから。

だが、

(だけど、そんな事で諦めるようなアニキじゃないよな)

自らを魔王と名乗ったのも、今回の戦争は“はぐれ勇者”が魔族を脅して、勝手に宣戦布告した、と言う事にするため。
だから、魔族の間では、ガリウスの娘である美兎を代表にしようと言う者もいたが、それではディスティアに魔族を滅ぼせさせる口実を与えるから、
それを避けるために暁月は一人で、和平が決裂した時の責をおうつもりなのだ。
そして、彼が一人でディスティアの兵士たちを追い払うのも同じ理由だった。
もしも、魔族が戦場に出れば、脅されたと言う事実は通じず、そうなれば和平など完全に実現できないからだ。

追い払うだけに留めておくのは、何かあれば、今度はすぐにこちらに駆けつけるため。
もちろん、フォレストニウムに置いている一誠を信じていない訳ではないが。

そう言った事情を美兎はフォレストニウムにいる暁月の言葉を無視して戦おうとする若い魔族たちに伝えることで彼らを説得したのだ。
本来は、その事を話すことも行ってはいけないのだが、今回は仕方が無いだろう。
もっとも、それは、

「凄い信頼されてるんだな、アニキは」

「当然だろ。その程度の信頼を勝ち取る行動は取ってるんだから」

苦笑する一誠に、暁月は満面の笑みで答える。
それから二人はフォレストニウムへ歩みを進めていると、不意に一誠が顔を俯かせた。

「悪い、アニキ」

「ん、いきなり謝って、どうしたんだ?」

「俺がもう少し速く駆けつけられたら、ウルムって爺さんを助けられたんだが・・・」

「バ~カ、お前には十分助けられたよ。お前のお陰で委員長も、リリムも無事だったんだからな」

委員長、暁月が美兎と遥と一緒に連れてきた同じクラスに飛び級した緑色の髪をした小学生の女の子。
葛葉とリリムは襲撃してきた鎧の騎士たちの中で恐らく一番強い奴と出くわしてしまった。
それを一誠は助けに入ったのだが、

「お前こそ、大丈夫かよ」

暁月が一誠の右手に視線を向ける。

「委員長の話だと、お前、相手の鎧野郎に右腕を斬られたそうじゃないか」

「ああ、これね」

一誠は“斬り落された”はずの右腕を見せるように上げる。
だが、そこには肩から手にかけて、何処も欠損していない健全な状態の一誠の腕がそこにあった。

「試合でアニキがゼクスたちの最大の攻撃から生還したように、何の問題もないよ」

「ふ~ん、何と戦ったんだ?」

苦笑する一誠に暁月が軽い気持ちで問いかける。

「フェニックスって、悪魔の種族の一つだよ」

その一言に暁月は感心したように口笛を吹きながら、

「へ~、やるじゃないか。不死鳥と同じ名前なんだから、そいつも不死なはずだろ」

「運が良かったんだよ。相手が、敗北しらずの上に、才能だよりのボンボンだったから何度か殺すことが出来た」

「そうか。そいつは儲けたじゃないか」

「ああ」

「ところで」と暁月は探るような視線を向け、

「フェニックスの力を持ったって事はお前も不死身だって事か?」

「いや、それがそうじゃないんだな、これが」

頬をかきながら、苦笑する一誠。

「残念なことに、フェニックスの再生能力を使うには特殊な氣を操作する必要があるんだ」

「つまり、その再生能力がお前が意識的に行わないといけないって事か?」

「ああ。無意識で出来るフェニックスと違って、頭や心臓、即死のダメージを受けたら再生できない」

だから、俺は不死じゃない、と言う一誠に、暁月は目を丸くした。

「良いのか?その事、お前の仲間にも言ってないんだろ?」

自分も同じだから分かる事実だろう。
だが、一誠は苦笑しながら、

「アニキだから言うんだよ。俺はアニキの敵になることはないしな」

それに、と一誠は不敵な笑みを浮かべて、

「もしも、敵になるとしても、アニキとは対等な戦いがしたいからな」

「へぇ~」

正面から一誠の挑戦的な笑みを見て、暁月は受けて立つかのような不敵な笑みを浮かべるのだった。






「それにしても、驚いたぜ。最後に会った時と纏っている氣が違うから不思議に感じていたんだが、お前が死んで、悪魔として蘇るとな」

無茶苦茶な人生を送ってるな、と暁月。

「アニキこそ、俺は戻って二年ぐらい間が開いたが、帰ってすぐに色々な事件に巻き込まれたそうじゃないか」

人の事言えないだろ、と笑う一誠に、「まぁな」と暁月も笑う。

「それに、試合のときに使ったのはザッハークの魔法に対する絶対障壁だろ?」

その言葉に暁月の口元がニィッを歪む。

「やっぱり、お前も気づいていたか」

「当たり前だろ。あの似非勇者をアニキが蹴散らしたんだから」

当然の結果だろ、と一誠。
しかし、次の瞬間、暁月の目がスゥッと細くなる。

「じゃあ、それを他の奴にばらしたか?」

「・・・・・・・」

その言葉に一誠の顔が引き締まった。

「どういう意味?」

「試合の後、ヴォルクの爺さんとミランダと話す機会があったんだが、アイツ等、俺がザッハークの力を持っている事を知っていやがった」

「・・・・・・」

「それだけじゃねぇ、アイツ等、あの事実についても知っているみたいだった」

「っ!?」

暁月からの言葉に一誠は息を飲んだ。
なぜならば、二つとも一部のものしか知らない事実だからだ。
特に、レオン、真の勇者として死んだ、とされている彼の秘密は暁月と一誠の他に知っているのは二人だけのはずだからだ。

「どういうことだよっ。俺は言ってないし、他の奴らが言うはずも・・・」

「ああ。俺もお前を疑っているわけじゃねぇ。だが、何かきな臭いな」

「そうだな・・・・」

――――やっぱり、言うべきだよな・・・

神妙な表情をする暁月の隣で一誠も思い悩んだ表情をした。







二十日前、ディスティアの進行を知った一誠は使い魔の焔の背に乗り、フォレストニウムへ駆けつけた。
駆けつけた時、一誠は絶句した。
民家と思われる建物から煙と共に、悲鳴が響き渡っていたからだ。

「ぶっ飛ばすっ・・・・」

こんなフザケタ事をするバカどもを叩きのめしてやる。
そんな決意と共に一誠は『赤龍帝の篭手』を発動させながら、一誠は焔から降りる。
すると、次の瞬間、

「っ!?」

危険を察知した一誠はその場を飛びのく。
その後、一誠が先程までいた場所に衝撃が飛び、クレーターが形成された。

「・・・・お前、誰だ?」

飛ばされた衝撃とは別の方向を見る。
そこには“何もないことが”分かっていたから、代わりに一誠の見た方向には一人の男がいた。
短めの金髪に、自分よりも少し長身の男。だが、

(コイツ、強いな)

自分よりも上位の実力者であることを一誠は肌で感じ左手の力を準備する。
すると、目の前の男が口を開き、

「何者だって、この場合答えは一つだろ。・・・・お前の敵だ」

瞬間、両手首に魔法陣が幾重にも浮かび上がり、一誠は拳を握り締めて警戒心を更に高めた。
だが、そんな事を表情には出さずに目の前の男を睨みつけた。

「なるほどな。つまり、お前がディスティアから差し向けられた奴か・・・」

「んん?」

一誠の一言に男は目を丸くして驚く。

「お前、あの鎧の奴らのボスじゃないのか?」

「あの鎧だと・・・それって」

素早く背後を振り返って、

「この鎧の事か?」

背後にいた鎧騎士を蹴り飛ばし、もう一度男を見据える。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

男は無言だったが、一誠も何も言わずに男を見据える。
お互いに沈黙するが、それぞれ考えていることは同じだった。

「どうやら、お互いに思い違いがあるようだが、どうするよ?」

「別に、俺はこの戦いを終わらせることが出来れば、それで良いよ」

未だに警戒する一誠だが、目の前の男は一誠の言葉を聞いて、笑みを浮かべる。

「なんだよ。それならそうと早く行ってくれよ」

「・・・・・・」

「おいおい、警戒するなよ。味方なんだろ?もしかして、アッキーの知り合い?」

「アッキー?それって、暁月?」

「そうそう」

アッキーって、似合わないあだ名だな。
それは兎も角と、一誠は目の前の男を見る。

「つまり、アンタもアニキの知り合いって事か?」

その言葉に目の前の男は納得したような表情をする。

「ああ、お前がアッキーが言ってた。弟分みたいな奴か」

そういうと、男は探るような視線で一誠を見る。
しかし、一誠には男のそんな一連の動作が自分など相手にならない、と言いたげに見えてならない。
そんな一誠に男は、「やだやだ」と苦笑を浮かべながら、

「おいおい、目的は一緒なんだから警戒心を解けよ。俺はアッキーの親友の海堂 元春って言うんだ」

「アニキの・・・親友?」

その一言で一誠の気持ちは決まった。

「焔・・・・敵だ、燃やして良いぞ」

「ワァン!!」

「いやいやいや、ちょっと待て!!何でそうなるんだよ!!!」

「アニキが男に興味を持つわけが無いだろ!!!」

あの自分を超えた女たらしが男と仲良くしているなど、一誠にとっては軽いホラーに思えた。

「いや、確かにそうだけど・・・」

暁月の日ごろの態度を知っているのか、何処か納得したような顔をする海堂。
一誠も、彼が親友なのかは深く問いたださず、時間が無いから手早く聞いた。

「ところで、ここの代表者は何処だ?」

「代表?もしかして、長老のウルムって爺さんか?」

海堂の言葉を「ああ、そうだ」と一誠は頷く。

「たぶん、ディスティアの標的の中で最上位なのは、代表者のはずだ」

「確かに、それが一番美味しいんだろうな」

海堂も一誠の言葉に頷く。
和平ではなく、戦争へ持ち込みたいディスティアは魔族への火種は大きい方が良いのだから。
しかし、

「残念だが、俺は知らないな。奥の奴らに聞いてくれ」

「そうか。なら、そうするさ」

そう言って、一誠は海堂に背を向け、一目散に走った。





それから一誠は途中で魔族の人々を逃がしていた千影と言う長身で、暁月が連れてきた女性と出会い、
彼女や彼女と共に戦えないものを逃がしていた魔族から長老が孤児達のいる施設にいることを聞いたが。
同時に、その施設にいる孤児達を迎えにいった、暁月のもう一人連れてきた女がいることも。
そこへ一際強い氣を持った者がいること。

それを知った一誠は焔を千影たちの護衛として残し、一目散に走る。

そして、施設に到着した一誠が目にしたのは、金色の鎧騎士が小学生ぐらいの少女、葛葉と、更に幼い魔族の少女に剣を振り下ろそうとする姿だった。

「っ!?」

それを、魔族の少女が怯えて涙を浮かべたのを見た瞬間、一誠は更に速度を上げ、鎧の騎士を『赤龍帝の篭手』を装備した左手で殴り飛ばした。



一誠の拳を鎧騎士は簡単にガードしていたが何とか葛葉たちから引き離すことが出来た。
しかし、その傍に倒れている魔族の遺体を見て、一誠は奥歯をかみ締めた。
状況から考えて、倒れている魔族が長老なんだろう。

「・・・っ!!?」

それを見て更に一誠は強く拳を握り締める。

「てめぇ、折角の感動を、台無しにしてんじゃねぇぞ!!」

激昂に任せて一気に鎧騎士へ向かう一誠。
力任せに相手の右側頭部を左手で振るう。

くらえっ、と一誠は叫ぼうとするが、その言葉が口を通り抜けるより早く、最短距離を最速で走る一誠の拳を
鎧騎士は無造作に伸ばされた右手で受け止められた。
やはり相当の実力者であるのは確かのようだ。
だが、少し気が付くのが遅かった。
鎧の騎士は一誠の手を掴んだまま身体を反転させ、一誠の身体を振り回すように地面に叩き付ける。

「がはっ!?」

背中に走る衝撃と痛み。
しかし、一誠はそれに苦悶を浮かべる暇すらない。
すぐ目の前に自分の首に振り下ろされる鎧騎士の凶刃が迫っていたからだ。
一誠は振り下ろされる刃を左手の篭手で受け止める。

「ぐっ・・・」

片手で振るわれた斬撃。
だが、そのパワーは凄まじく、少しでも気を抜けば押しつぶされてしまうかもしれない。

「おらっ!!」

だから、一誠は鎧騎士の腹部へ蹴りを入れて少し怯ませる。
ほんの僅かな隙だったが、一誠はその間に転がって抜け出すと、勢いのまま立ち上がりながら左手で大きな円を書きながら鎧騎士の顎へ向けてアッパーを振るう。
だが、それすらも鎧騎士はゆったりとした動きで身体を反って回避した。

「だったら、これなら・・・どうだ!!」

身体を大きく捻りながら、右手に持っていた魔導具を大剣に変化させ振るう。
しかし、それにも鎧騎士は反応し、手に持っていた剣を立てて一誠の攻撃を受け止めると、一誠の腹部に蹴りを入れて後ろへ退かせた。

「ぐ、そぉおおおお!!!」

だが、一誠もただやられるつもりはない。
吹き飛ばされながら、氣弾を鎧騎士へ放つ。
目くらましのつもりで放ったものだったゆえに、鎧騎士は微動だにしなかったが追撃はされなかった。

(いや、わざとしなかったか・・・)

舐めやがって・・・と思いながら一誠は不意に奇妙な感覚を覚えた。
こんなことが以前にもあったからだ。
完全に自分の攻撃が当たらず、赤子の手を捻られる感覚。
錬環勁気功を暁月と共に習得するよりも以前、この世界に来て暫く生活していたときに。

「っ!?」

そこまで思い至ったとき、一誠の中にある答えが浮かんだ。
だが、その答えを否定しようとするが、動揺を隠すことが出来ない。

「あんた・・・まさか・・・」

「――――――」

「っ!?」

呆然と言葉を紡ごうとした一誠だったが、目の前の鎧騎士の姿が一瞬、ブレて見失う。
それを認識したと同時に一誠は左に飛び退いた。
しかし、僅かに遅かった。

一瞬で距離を詰めた鎧騎士が振るった刃が一誠の右腕、肩から肘の間を斬り落したからだ。

「がぁあああああああああああっ!!!?」

残された右腕の部分が焼けるほどの痛みを感じる。

『相棒!!?』

「ドライグ、譲渡!!!」

篭手からドライグの声が聞こえるが一誠は奥歯を噛み締めながら、拳を強く握り締める。
痛みを気合で押しのけながら、握り締める左の拳。
そこからフェニックスの強力な炎、いや小さな火種大の火が発生する。

兜から見える目が、そんな小さな火で何が出来ると問いかける視線を感じるが、一誠は構わずそれを鎧騎士の顔面に叩き込んでやる。
それと同時に、

『Transfer!!』

溜めていた倍加の力を火種に譲渡する。
小さな火種はそれによって大爆発を起こすし、炎と爆煙が鎧騎士の姿を埋め尽くす。
だが、

(この程度でどうにかならないよな、“アンタ”は・・・・)

フェニックスの力で切断された右腕を再生させる。
そして、気を張って相手の出方を伺う。
考えるのは後にして、今は相手を対処することに専念する。
しかし、煙が晴れた時、鎧騎士の姿は全くいなかった。

「撤退したのか・・・・」

どうしてだ、致命的なダメージを与えられた感覚はなかった。
それなのに・・・・

「・・・そういうことか」

疑問はすぐに解消された。
今日、エルディアで久しぶりに感じた氣がフォレストニウムに帰還したことを一誠は感知した。
相手は暁月が帰還したことを知ったから撤退したらしい。

「それから・・・・」

地面に散らばる金属片を見つめる一誠。
同時に、攻撃の直後、飛び散った兜のしたがほんの少し見えた。
だが、その事実は・・・・

「どうしたら、良いんだよ・・・」

途轍もない事実に一誠は天を仰いだ。







そして、一誠は未だにその事実をどうするのか、決めかねていた。
認めたくないのだ。その事実を。
肯定するのは、余りに酷なものだからだ。
だが、それを暁月に言わなければ・・・・

「おい、イッセー」

「ん?」

「どうしたんだ。いきなり呆けやがって」

「・・・・・・・」

暁月の言葉に一誠は黙り込んだ。
だが、徐に口を開き、

「アニキ・・・実は・・・・」

ゆっくりと言葉を紡ごうとする一誠だが、

「お~い、ご両人」

向こうの方から海堂が近寄ってきた。

「どうしたんだ、海堂?」

「実は、アッキーの弟分にお客さんが来てるらしいぜ」

「俺に?」

海堂の言葉に一瞬だけ首を捻る一誠だが、自分を訪ねるものなど決まっていた。

「何か問題でもあったのかい?」

「いや、別に騒ぎにはなってないな。幸いなことに、日が完全落ちたときに魔法陣で来たらしいし、
そこに居合わせたのが、副会長たちだけで、魔族の奴らには見られていないからな」

その言葉に一誠は少し疑問に思っていた。
自分がフォレストニウムにいることはメリッサを通じて伝えている。
余程の緊急事態で無い限り、転移魔法陣を使わないと向こうから言ってきたのだ。
自分達も何か出来ることがあるのでは、とエルディアの街で情報を集めると言っていたからだ。
つまり、転移魔法陣を使うということは・・・。

「兎に角、行ってみようぜ」

「ああ」

暁月の言葉に促され、一誠は共に足早にリアス達のいる場所へ向かうのだった。








海堂の案内で一誠と暁月はリアス達がいると言う一室へと向かった。

「やぁ、暁月も戻っていたんだね」

部屋の前まで来ると、長身の女性、五泉 千影が部屋の前で待っていた。

「あれ、お前だけなのか?」

てっきり遥と美兎ぐらいはいるのでは、と思っていた暁月は千影だけなことに首を傾げた。

「美兎は血の気の多い魔族たちの説得に奔走してるよ。副会長はどうしてか分からないけど彼らを見て突然走り出して。
葛葉は・・・」

「ああ。委員長の事は分かってるよ」

だから、話さなくても良いと暁月。
ディスティアの襲撃から葛葉は部屋に閉じこもってしまったのだ。
何も出来ずにウルムが目の前で殺されたことに対して、ずっと自らを責めているのだ。
仕方ないことだったとはいえ、その事に対して一誠も責任を感じていた。

「イッセー、お前の所為でもねぇんだからよ」

と、暁月が一誠の胸を拳で軽く叩いた。

「まぁ、その事は暁月に任せて、君は中の仲間に会ってやってくれ。どうも彼らの内の三人の様子が可笑しいんだ?」

「なんだって・・・」

千影の言葉を聞いて一誠は少し慌てて部屋の中に入っていた。

「イッセー!!」

部屋の扉を開けると、中にいたリアスがすぐに駆け寄った。

「大丈夫なの、何処も怪我をしてない?」

心配そうに一誠の状態を確認するリアスを安心させるように大丈夫だと伝え、
部屋の中にメンバーがいることを確認する。

「ああ、俺は大丈夫だ。だけど、お前らは大丈夫・・・じゃないのがいるな」

メンバーは全員いるみたいだが、千影の言うとおり三人ほどの様子が違っていた。
部屋の中の大きなベッドにアーシアとゼノヴィア、それにイリナと信仰心ある三人組が寝転んで、
それを囲むように、朱乃、小猫、木場が立っている。

「何があったんだ?」

「じ、実はね・・・・」

「ああ、こいつ等、メリッサのナイトジュースを飲んだみたいだな」

「は?」

後ろから暁月の言葉を聞いて一誠は思わず声を漏らした。

「メリッサのナイトジュースって、あの『どんな淑女でも一口で淫らな本性を現す』みたいなキャッチコピーの強力媚薬の?」

「ああ。実は俺がメリッサの娼館で世話になったとき、副会長と美兎の奴らがあれを飲んで同じ状態になったんだ」

その言葉に一誠は納得した。
副会長、遥がシェルフィードでホクロの話題を出したり、三人の状態を見て飛び出した理由はそういうことだったらしい。

「にしても、どうしてメリッサの媚薬を三人が飲んでいるんだ?お前らは“山猫亭”でずっと手伝いをしていたはずだろ」

「うぅ・・・」

メリッサの娼館に近づくとは考えられないんだが、と一誠が首を傾げると、
三人がこんな状態になったことに自分の監督不足にあると気にしているリアスが俯いている。
そこで、代わりにと朱乃が三人が飲んでしまった媚薬の入ったクリスタル瓶を手に説明した。

「実は、かなり以前のときにメリッサという方が食事をした時、忘れて帰った物がずっとそこにあったらしくて・・・」

「それを見つけた三人が誤って飲んでしまったと?」

「はい」

一誠の言葉に朱乃が頷いた。
彼女の手にある瓶には中身が半分ほど残っていた。
瓶一杯に媚薬があったと説明してくれたが、本来は水を九割以上で割って飲むものを原液で飲んだらしい。
それを聞いて、一誠はやれやれと頭を抱えた。

「医者に見せても良いかもって、セリーナさんが言ったのですが、私達は悪魔ですから。その事が明らかになるのは・・・」

「ああ、確かに不味いな」

「・・・ですが、先輩ならば解決することが出来るのではと思って、そのまま転移してきたんです」

と、小猫。
だが、その問いに答えたのは、

「ああ。アイツ等があの状態になったのを改善したのは俺だから、コイツにも当然出来るぜ」

そう言って、一誠の代わりに答えた暁月。

「当然、やり方は知ってるよな。なんなら、俺がやってやるけど?」

「ハハッ、バカな事を言わないでくれよアニキ」

愚問だな、と暁月と共に一誠が笑う。

「俺が治療するから、アニキは自分がやらないといけない二人がいるだろ?」

「ああ、そうだな」

じゃあ、後は任せるぞ、と暁月は部屋から退室しようとする。
だが、不意に一誠に振り返って、親指を立てて合図を送る。
それを直訳すると、

(中々の娘たちを囲っているじゃないか)

それに対して、一誠も同じ合図を送る。

(そういうアニキだって)

そして、二人は全く同じ表情で笑い合って分かれた。



「それじゃ、部長たちも、この部屋は三人と俺だけにしてくれるか?」

「別に良いけど大丈夫なのよね、イッセー」

不安そうにするリアスに一誠は満面の笑みで大丈夫だと伝え、

「木場、メリッサから情報を貰ってるんだろ。たぶん、内容は聞く暇は今はないかもしれないがアニキに、その事を伝えてくれ」

「うん。分かった」

木場が返事をすると、リアス達は暁月たちがいる部屋の方へと向かった。
そして、残された部屋で、媚薬に置かされた三人のベッドの脇へ一誠は立った。

「それにしても、媚薬まで使って、信仰心を捨てて一体どんな本性が見たかったんだ?」

「ち、ちがう、わ・・・」

一誠の言葉をイリナは否定しようとしたが、火照った身体が切なくて、呂律が回らない。

「わ、私が悪いんです・・・」

と、アーシア。
だが、その後にゼノヴィアが、

「いや、アーシア、は瓶を見つけた、だ、だけだ。の、飲んでみようと私が・・・」

「ああ、分かった分かった。そんな庇い合わなくても良いから、今から楽にしてやる」

そう言って、ゆっくりと三人に近づく一誠。

「あ、あのイッセーさん、どうしてベッドの上に上がるんですか?」

「そんなの治療のために決まってるだろ」

アーシアの言葉に不敵な笑みで答える。

「な、何で、私達にの服に手を伸ばすのよっ・・・」

「そんなのお前らを楽にしてやるために決まってるだろ」

イリナの言葉に一誠は不敵に笑う。

「だ、だが、お前の技は服の上から出来るのでは・・・」

「残念なことに、今回は解毒じゃないんだ」

じゃ、じゃあ、どうするの?と不安そうに涙目を浮かべる三人。
そんな彼女らに一誠は不敵な笑みを浮かべる。






同じ頃、暁月の後を追ったリアス達も部屋にいた。

「あの・・・」

「ん、どうした?」

暁月に向かって、リアスが問いかけた。

「三人は直るんですか?」

「ああ、あれは別に身体に害になるものは使われてないからな。俺と同じ方法を取れば、何とかなるはずだ」

「それは一体、どんな方法なのですか?」

朱乃が心配そうに問いかけると、暁月はニヤニヤした表情で、

「お前ら、ホクロって何か知ってるか?」

「ホクロって、確か、皮膚にメラニン色素を含む細胞が高い密度で集まった母斑なんじゃ?」

リアスの答えに暁月は頷く。

「ああ。それと同時にホクロには体内の氣が停滞しやすい場所でもあるんだ。当然、媚薬の成分もそこにたまりやすい」

以前にも、説明したことを暁月はリアスにも話す。

「つまり、そこから媚薬の成分を吸い出せば良いんだ。同時に淀んだ氣も一緒に吸えて体調が良くなる。一石二鳥の治療法だ」

「・・・・・・」

そこまで言えば、わかるだろ?と聞かれて、リアスは黙り込んでしまった。
そして、徐に朱乃の手に持っているものを見る。

「朱乃、それを渡してもらえるかしら」

「あらあら、部長。そんな連れない事を仰らないでください」

リアスが何をするつもりなのか理解した朱乃は自分の手にある瓶を彼女から遠ざける。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

無言で向かい合う二人。
そんな二人を見ながら暁月は微笑みながら、

「じゃあ、俺は委員長のところに行くぜ」

「ああ。その後は美兎を元気付けてやってくれ」

そう言って、千影は暁月を送り出した。
その背後では、

「わかったわ。じゃあ、こうしましょう」

リアスが朱乃に提案していた。
その様子を暁月は微笑んだ。

「なんだよ、お前だって愛されてるじゃないか」







場所を一誠のいる部屋へ戻る。
別室で暁月が行った説明を一誠も三人にしていた。
つまり、これから自分たちは、

「良いかよく聞け。これからお前らは俺にホクロを身体の隅々まで、丹念に、くまなく探されることになる。
それがたとえ、胸の谷間だろうが、尻の割れ目だろうが、大腿の付け根だろうが関係なくな。
そして、見つけられたホクロはどんなに恥ずかしい場所だろうと、俺の口で淀んだ氣と媚薬の成分を直接吸いだす」

そこで、わざとらしく一誠は天を仰いだ。

「その際、お前らのヤワな正気や貞操観念などの価値観は快楽で粉々に吹き飛ぶかもしれない。でも心配するな。
恥ずかしいとか、怖いとかなんて、自分を取り繕う感情は、数回吸われれば気にならなくなるから」

だから、一誠は慈愛に満ちた表情で三人を見つめ、

「誰かが手遅れにならないように、一人一個ずつ吸うからな。連続でやると刺激が強い過ぎるからな。最後の一つが終わるまで、
さっきみたいに皆で励ましあえよ。ちなみに、俺は全神経を使ってホクロを探すが、三人を入れ替えにやるから、前に吸った場所を覚えていられない。
もしかしたら、同じ場所を吸うかもしれないが、生憎とこれにはカルタみたいなお手付きルールはないからな」

「そ、そんなイッセーさん!!」

震えるアーシア。
だが、一誠は優しく彼女の身体をうつ伏せにする。

「安心しろ、アーシア。今楽にしてやるから・・・」

そう言って、一誠はアーシアの形の良い右の尻を押し上げる。
そこには大腿と尻の間に一つのホクロがあった。
何でそんな所にあるのか知ってるのかアーシアは不思議だったが、

「前に裸エプロンになった時があっただろ、その時、尻を沢山撫でただろ」

「はぅ!!」

思い出して真っ赤になるアーシア。
だが、すぐにそんな事など気にしなくなる。

「んぁああああっ!!?」

絶叫するアーシア。
その様子に他の二人は慄いている。
ビクビクと震えるアーシアはほんの少し幸せそうだったが。

「良く頑張ったな、アーシア。さて・・・」

飢えた狼が次の獲物を見定める。
今の二人には一誠の様子はそんな風に見えた。

「ゼノヴィア、お前は目立つところにある鎖骨の下だ」

「っ!?」

一誠に呼ばれてゼノヴィアは身体を硬直させる。
だが、一誠の手が両肩に触れた瞬間、更に硬直するが、次の瞬間快楽となって身体から力が抜けてゆく。
そして、一誠の口が、ゼノヴィアの鎖骨の下、少し胸の位置にあるホクロに口を付け、

「ひっ、ひゃああああああああああああ!!!!?」

普段の彼女からは想像出来ないほどの嬌声が上がる。
余りの快楽にゼノヴィアの身体は完全に力が抜けて、首がダランと後ろ垂れる。
だが、そんな姿を残ったイリナは気にすることなど出来なかった。
なぜなら、

「じゃあ、待たせたな。今度はお前の番だぜ、イリナ」

「ちょ、ちょっと待ってイッセー君!!」

命乞いするかのように慈悲を求めるイリナだが、

「おいおい、そんな切なそうな表情のお前を待たせることなんて出来るわけが無いだろ?」

それに、

「心配しなくても、お前の吸う場所は決まってる」

「え?」

「後ろの首に近い肩甲骨の場所にあるホクロだ」

一誠の言葉にイリナは固まった。
もちろん、そんな場所にホクロがあるなど、自分は知らないが。
今まで服に隠れているはずの場所に何故知っているのか。

「お前が気絶している間、お前の着替えは実は俺がやっていたんだぜ」

「はっ?」

思いもしなかった事実にイリナの思考は停止した。
だが、それはイリナにとって致命的な隙だった。

「え?うっ、うひゃぁああああああああああああああ!!!!!」

全く意識していなかった所へ強烈な快楽がイリナに襲い掛かった。
一誠に対しての苦言を色々出掛かっていたイリナだったが、快楽の所為で頭が真っ白になってしまった。

ベッドに力なく倒れ伏してしまった三人。
だが、三人は知らなかった。

「さて、これで一巡したが、最初だから手加減した。次からは本気で行くから、かなり激しくするぜ」

不敵な笑みで言った一誠の言葉。
本来なら、三人にとって残酷な言葉だが、三人には何かを言う力は残っていなかった。
だが、幸か不幸か、三人に救世主が現れた。

「待って、イッセー・・・」

「部長と副部長?」

部屋の中に入ってきたリアスと朱乃。
だが、二人の様子が少し可笑しい。
まさか・・・と一誠は苦笑した。

「ごめんなさい、イッセー君。私も、部長も媚薬の瓶の残りを半分ずつ飲んでしまいました」

「だから、私達も治療をお願い」

媚薬の量的に考えて、三人よりも多いはずの二人は大変色っぽい仕草をする。
二人を見て、一誠はやれやれと首を振り、

「仕方ないな。大方、治療方法はアニキから聞いたんだろ?」

その言葉に二人は頷く。
良いぜ、お前らもしっかり味合わせてやるよ。

それから夜明けまで五人の女性の嬌声は止むことは無かった。
近くにいた魔族たちも、その声を不審に思ったが、暁月が美兎に頼んで、上手く誤魔化してくれたのだった。






あとがき

何とか書き上げることが出来ました。
もう少し話を進めることが出来ると思っていたのですが、今回はここまでにさせてください。
一先ず、一誠の能力の一部を書いてみました。
ライザーを完全に殺したわけでもないので、完全な不死にはなれません。
なので、首を切られ、心臓を潰されるなどの即死レベルのダメージを受ければ、死んでしまいます。
また、再生には氣と精神力を多大に使うので、使用回数の制限も設けるつもりです。

あと、少し早足だったので、物足りなく感じるかもしれません。
思った以上に登場人物が増えすぎた所為で、思うようにかけない状態です。
次回も二週間後を目標に頑張るつもりですが、もしかしたら、書けないかもしれませんが。
精一杯努力するので、どうかよろしくお願いします。





[32327] アレイザード編六話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/10/07 00:03
張り詰めた空気。
雄大な岩場はこれから戦場と化そうとするそこは重苦しい空気に包まれていた。
ゴルドノ大渓谷と呼ばれるそこは、彷徨いの森の東にある岩場。
その高い崖の上に二人の男が立っていた。

「上手い具合に誘いに乗って来たすね」

「そうだな」

一誠の言葉にいつもの不敵な笑みを浮かべる暁月。
二人の視線の先には、これから戦場と化すゴルドノ大渓谷の向こう側にいる大量の軍勢がひしめきあっている様子が見える。
しかし、そんな状況下でも暁月は冷静に軍勢を見据えていた。

「ディスティアが七、八十万で、シェルフィードが数万って所だな」

「これまでの戦闘でアニキが相手を殺さないから、大群で来ても死傷者は少ないだろうと高を括ったんだろうな」

「そうだな」と暁月は一誠の言葉を肯定すると、すぐに表情が歪み、笑った。

「足りねぇな」

「全くだ」

暁月の言葉に同意しながら一誠も笑う。

「俺を殺したいのなら、あと百万は連れてくるんだったな」

自信満々に不敵な笑みでのたまう暁月。
そんな彼に一誠は呆れた。

「数があってないよ、アニキ」

そして、すぐに不敵な笑みで、

「俺もいるんだから、その更に百万が必要だろ」

「へっ、だな」

言うと同時、暁月は自らの得物である黒い魔剣を、一誠は魔導具を変化させて赤黒い大剣を出現させる。

「でも、油断は出来ないぜ、アニキ」

「・・・そうだな」


その言葉に暁月はこの総力戦の前に行われた作戦本部での出来事を思い返す。





アーシア、ゼノヴィア、イリナの信仰三人組が媚薬を誤飲してしまい、その治療を一誠が一晩中行った。
途中、リアスと朱乃が自ら残った媚薬を飲んで参加するということがあったが、彼女らを含めた五人の治療を一誠はやり遂げた。
もっとも、治療を受けた女性たちは、ある意味で無事では済まなかった。
治療とはいえ、全身に一誠からのキスを浴びせられた五人には天国のような地獄であった。
一つ残らずホクロを吸うために、何度も入念なチェックが行われ、五人は一誠に身体の隅々まで確認され、最後、
夜が明けたときには五人にとって一誠は自分が仕える主のような存在になっていた。
自ら媚薬を飲んだリアスと朱乃でさえ、飲んだことを後悔した。
更に言えば、一誠の主であるリアスですら、彼に屈服しそうになった。
これでドスケベな一誠が優しい口調で、「大丈夫か?辛かったり、切なかったら言えよ」とかそんな言葉をかけられたら、
確実に堕ちてしまっただろう。
もっとも、幸か不幸か最後の一線は五人は越えることはなかったが。

あのまま行けば、どうなっていたか・・・

治療が終わった後、五人は泥のように一誠と一緒に眠り込んでしまった。


それから昼過ぎ、五人の体調が戻ったとき、一誠が連れてきたチームと暁月のチームは一つの部屋に集まった。
だが、暁月の連れで海堂は参加はしていなかった。
何でも彼は、子供の相手を一誠の使い魔である焔と共に見ているらしい。
襲撃の件で不安に感じている子供たちを安心させている役目らしい。
それは兎も角として、

「えっと、まずメリッサさんからの情報です」

そう言って、集まったメンバーを見回して木場が話し出した。

「信用できる情報筋からディスティアの情報を得たようなんですが、第四皇子のアルフォンスって人が今回の侵攻に反対した所為で拘束されたそうです」

その言葉を聞いて、驚く者は一人もいない。
その理由を言うように、遥が、

「なるほど、やはり噂は本当だった様ですわね。そうなると、彼は恐らく軟禁状態にあるはずですわね」

その予想は概ね正しいだろう。
暁月たちの話ではシェルフィードでの試合後、アルフォンスと話した際、彼は素直に暁月たちとの試合の結果を真摯に受け止めていたらしい。
試合は、リスティたちが勝利したが、勝負では暁月が完全に勝っていた。
あれが演技だとは、その場に立ち会った遥と美兎には信じられないということだったことを考えれば、今回のゲイルペインへの侵攻は皇帝のバラムが独断で行ったことになる。
そして、今回の襲撃計画を知らなかったアルフォンスが皇帝である父親の暴走を止めようとするのは当然の流れであり、拘束されるのは当然の結果だろう。

だが、と暁月は不敵な笑みを浮かべる。

「これで何の心配もなくなったな」

「そうだな」

と一誠が言葉を紡ぐ。

「ディスティアで智謀に長けたアイツがいないんだ。こっちの勝機がよりはっきり見えてきたな」

今の状況は自分達にとっては好都合。
戦勝に勝利するのはもちろんだが、その先の展開も大丈夫だろうと、一誠は思った。
だが、そんな彼らにリアスが言い難そうに、

「だけど、この前の戦闘での敗走でディスティアは同盟を結んだ他の二国に戦争の参加を依頼するそうよ」

リアスの言葉に暁月も一誠も驚かない。
むしろ、そんな話はディスティアへの宣戦布告を行った時からあったはずだからだ。
と、リアスの言葉に続いて、隣に控えていた朱乃が、

「ただアレクラスタという国は、返答を保留しているようですが、シェルフィードは監視部隊を壊滅させられた件があるので
次回の侵攻作戦への参加は避けられないだろうということでした」

その言葉を聞いた美兎は顔を俯かせ、

「またシェルフィードと戦うことになるんだね」

と申し訳なさそうに横目で暁月を見つめた。
シェルフィードの勇者として戦っていた暁月が、また嘗ての仲間であるリスティたちと戦わなければならないことに罪悪感のようなものがあるらしい。
だが、当の暁月は、やれやれとため息交じりで首を振る。

「まぁ、仕方ないさ。むしろ、今までよく保ったほうさ」

そう言って、暁月は美兎の頭に手を置いた。
気にするな、と言うつもりだろう。

「それにしても、相変わらずアニキのために無理をするな、リスティさん」

愛されてるな、とニヤリと暁月を一誠が笑っていると、「うるせぇ」と胸に暁月からの裏拳を食らわせられる。
それがもろに鳩尾に入ったらしく、咳き込む一誠の姿はリアス達が見たこと無い反応だったために呆気に取られた。

「ゲホォ、ゲホォ、ゲホォ・・・まぁ、だけど例えシェルフィードが参加したとしても、バラムのおっさんを何とかできれば、
戦争を終結させる大きな一歩って事だろ?」

問いかける一誠に暁月は不敵に笑いながら答えた。

「ああ。次回の戦闘は総力戦になる。シェルフィード、リスティ達が参加する以上、バラムのおっさんも参加しない訳にもいかないからな」

そこまで言って暁月は言葉を切ると、自分の連れてきたメンバーを見回して、改めて彼らに伝えた。

「悪いがお前らにも戦闘に参加してもらうことになるぜ」

「ああ、問題ないよ」

そう言って、千影が確かに頷いた。
その後に、葛葉も頷きながら、

「私達の準備は完了してるわ。それに、これ以上は何もしないでいることも出来ないもの」

と、確固たる決心を述べる葛葉。
昨日の夜、暁月が彼女を元気付けたらしいが、まだ長老を死なせてしまった責任を感じているらしい。
それは別にして、千影たちは肉体と魂のバランスが安定し、もう魔法が使える完全に力が戻った状態らしい。

「私も構いませんわ・・・あの会談と試合を無視して、ここへ襲撃したディスティアの行いを許すことは出来ません」

と、遥。

「サンキューな。さて、イッセー。お前のほうはどうするんだ?」

一誠へと問いかける暁。
その質問の意味は一誠の後ろにいる仲間のことだろう。

「その事は昨日、部長と話し合ったんだが、こっちも参加するつもりらしい」

「ええ。私達の力がどれぐらい役に立てるか分からないけど、この状況をタダ黙っていることは出来ないわ」

と、リアスの言葉に他のメンバーが頷き、「―――だそうだ」と一誠は苦笑を浮かべる。
その答えに暁月もやれやれと首を振りながらも、満足したように遥たちに向かって、

「わかった。ただし、これだけは言っておくぜ、絶対に無理はするなよ」

「部長たちもだぜ」

二人の真剣な言葉に、遥たちも、リアス達も首肯を返した。
その答えに暁月と一誠の二人は、彼女らが無茶いないだろうと信じるのだった。
そして、

「じゃあ、次の戦闘の作戦を立てるぜ」

満足そうに暁月はそう言い、少人数で数万人の軍勢に立ち向かう策を立てるのだった。





それから戦闘に参加するメンバーの役割分担は決まった。
当然だが、今回の戦闘にも美兎はフォレストニウムで待機することになり、彼女と共にこの場に残るものを一誠の仲間から選ばれた。

「じゃあ、次の戦闘はこの段取りで頼むぜ」

暁月が結論付けると、その場にいたメンバーが頷いたのを確認して、満足げに笑い、

「なら、頼んだぜ。恐らく、そう遠くない頃に来るはずだからな」

そう言って、会議は解散することとなり、メンバーは次々と退室して言った。
しかし、その中で一誠だけが、部屋にいる暁月と共に残った。

「で、何か話があるんだろ?」

他のメンバーが退室して暁月が。
お見通しか、と一誠は心の中で苦笑しながら言葉を紡いだ。

「あの海堂って奴だけど、アニキと本当に親友なのかっと思ってね」

「どういう意味だ?」

「アニキに友達とかいたの?」

「失礼だな、おい。俺に友達がいたら可笑しいか?」

「可笑しい」

キッパリ言い切った一誠に暁月はため息をついた。

「お前なぁ、俺だって友達はいるぞ」

その言葉に一誠は思い出したように口を開いた。

「ああ、セックスフレンドは沢山いるよね。俺は男友達がいるのか疑問に思ったんだ」

言った後、一誠は真剣な表情となり、

「それもかなり胡散臭い奴が、友達なのかと思って」

「・・・・・・・」

一誠の言葉に暁月は苦笑を浮かべた。
恐らく、本人も何処かで怪しいとは思っているのかもしれない。

「何者なんだ、アイツ。少なくともアニキと同程度のクラスで、アニキの事を監視、いや観察してるみたいに見えるけどさ」

「さぁな、俺も確証があるって訳じゃないんだが、お前の言うとおりクセ者なんだろうな」

やれやれと笑う暁月に対して、一誠も肩を竦めた。

「まぁ、アニキが女の子を一緒に置いているから、大丈夫なんだろうけど・・・」

「ああ、心配しなくても次の戦闘でアイツは俺の後を追うはずだからな。その点に関しては安心しな」

だから、と暁月は真っ直ぐと一誠を見て、

「本題に入れよ。何を俺に隠してるんだ?」

「・・・・・・・」

―――本当に何もかもお見通しか、と一誠は黙り込んでしまった。

「なぁ、アニキ。あの鎧のことだけど・・・・」

――――俺に任せてくれないか?







そんな一室の外では美兎とリアスが外に待機していた。

「あの、何の話をしてるんでしょうか?」

「さぁ、私にも分からないわ」

美兎に問いかけられるリアスだが、彼女にも一誠が何を話しているのか検討もつかなかった。
ただ二人ともお互いの思い人を心配していることは確かだった。
そして、そんな相手の気持ちもお互いは理解しているだけに二人とも何を話して良いのか分からず黙り込んでしまっていた。

そんな時だった。

―――ドガシャァアアアアアアアアアアン!!

部屋の中から轟音が響いた。

「な、何!!?」

「と、兎に角、入りましょう!!!?」

突然の音に驚きながら、リアスと美兎は部屋の戸を開いた。
そこにいたのは、当然だが一誠と暁月だったが。

「な、何があったの・・・・」

部屋に入った二人を見て、美兎が呆然と呟き、隣にいるリアスも状況が分からず立ち尽くしていた。
そんな彼女らが見ている光景は、暁月が憤怒の表情で一誠を締め上げている姿だった。

「・・・ふざけてるのか、一誠!!」

右手で一誠の胸倉を掴みながら前腕で首に押し当てるように締め上げる。
あだ名ではなく、本名で問いただす彼の表情から見ても、余程の事が確かだが。
対して、一誠は首を絞められ、頬には殴られた痕があるが、それとは違う要因で悲痛な表情をしているようだった。

「・・・俺だって、信じたくないさ。だけど、何度思い返してみてもアレはアイツだった・・・・」

「くっ・・・」

一誠の言葉を聞いて、暁月は締め上げていた一誠を壁へと突き飛ばす。

「イッセー!!」

何の抵抗も無く壁に叩きつけられ、座り込んでしまった一誠にリアスは近寄った。

「君も一体、どうしたんの!!?」

美兎も暁月に駆け寄ってどういうことか問いただそうとするが、暁月は何も答えないまま、
激怒しているような、苦痛に苦しむ表情に何も聞き出すことが出来ないのだった。



だが、美兎もリアスも二人が何を話しているのか知らないまま、決戦に挑むことになるのだった。





そして、現在、暁月と一誠は崖の上から戦況を見ていた。

「アニキ、本当にあの鎧とやるのかい?」

「ああ、アイツは美兎や葛葉を泣かせ、リスティたちシェルフィードを苦しめ、俺たちが目指した平和を卑怯な方法で踏みにじった奴だぞ。
そいつを俺自身が叩かずにお前に任せると思ってるのか?」

「だけど、そいつは・・・・」

一誠の次の言葉が分かるのか、暁月はそれを自らの言葉で遮った。

「お前を疑ってはいないよ。だけど、もしも本当にアイツだったとしたら、尚更コイツを譲るわけには行かねぇよ」

当然、分かっているだろ、と暁月に問われ、一誠は黙り込んだ。
そして、二人は無言のまま目の前に広がる戦況を見守るのだった。





ゴルドノ大渓谷は入り組んだ迷路のような岩壁に囲まれ、そこから魔王である暁月の元へ行くには北、南、中央の三つのルートだけであった。
ゆえに、ディスティアとシェルフィードの混成軍隊は三つのルートにそれぞれ兵を分けて狭い道を進軍することになる。
そして、バラムの「全軍、進撃せよ」と言う命令と共に三つのルートを一斉に進撃を開始。

その先陣を切ったのは中央のルート。
しかし、そのルートは現在、視界を遮る猛烈な砂嵐によって進撃がストップしていた。
その上空には風の魔法を得意とする暁月の仲間、七瀬 遥がいる。
足場の悪い道では視界は前進する上で重要なもの。それを奪われれば、進撃はままならない。
その上、遥に向かって魔法を放とうにも、見えなければ迂闊に撃つことは出来ず、岩壁に当たれば自滅しかねない。
ゆえに、兵士たちは矢を広範囲に放ちながら、視界が悪い中、ゆっくりと進撃するしかない。
しかし、遥の強力な突風の魔法で吹き飛ばされ、強制的に後退させていた。



別のルート、北側では大量の水が濁流となってディスティアの兵士たちを押し流していた。
水の魔法が得意な五泉 千影の担当だ。

「溺れることは無いよ。その水は触れるだけで、肺を通さなくても酸素を取り込むことが出来るから」

更に、千影の水も、遥の風もクッション性があるため岩壁にぶつかって深刻なダメージを受けることは無い。
と、千影が出した大量の水が引き、谷底に幾つもの土の防壁があった。
恐らく、相手の魔法使いが形成したものだろう。
そして、その答えが正しいかの様に、中から兵士たちが一斉に千影へと走った。
だが、次の瞬間にはディスティアの兵士たちが前のめりに倒れた。

「悪いね、酸素濃度を上げさせてもらったよ」

そう言って、平衡感覚を狂わされたようにフラフラの兵士たちに告げる千影。
吸い込めば、激しい頭痛に嘔吐感を感じさせ、集中力を詐害し魔法の発動を妨げる空間を作り出した。
コントロールが非常に難しい魔法。
それこそ自らの力を完全に使いこなさなければ出来ない代物だ。

「まぁ、暫くすれば慣れて動くことが出来るだろうけど」

苦笑を浮かべながら、魔法陣を形成させて、

「悪いけど、そんな暇を上げるわけにも行かないんだ」

同時に再び大量の水を放出させ、兵士たちを押し流した。




その様子を一誠は暁月と共に眺めていた。
数の多いディスティアは北と中央を攻め、南側はシェルフィードに任せているらしい。

「やっぱり、道幅の狭い南側をディスティアは無視してるみたいですね」

「ああ、予想通りだ」

こちらは相手を殺そうとしないとバラムは高を括っている。
むろん、事実だ。
だから、時間をかければ、突破は可能だろう。
ここにいる暁月が自分の理想に他人を巻き込む愚か者ならば。

「じゃあ、アニキ。俺たちもそろそろ動こうか」

南側のルートを焔と葛葉が駆ける姿を目視して一誠が言うと、暁月も頷き、

「そうだな。そろそろ仕掛けるか」

その言葉を聞いて、一誠は崖から飛び降りようとするが、不意に立ち止った。

「アニキ・・・」

「どうかしたか?」

「もう何も言わないよ。全部分かってるから・・・・」

その言葉に暁月は苦笑を浮かべ、

「そうか。もしも、アイツだったら・・・・」

「分かってるって言っただろ、皆まで言わなくても」

全部分かってるから、もう一度そう言って一誠は谷底の道へ飛び降りて消えていった。






一誠が動いたことは南側のルートの最後部で陣を構えているシェルフィードに届いた。

「ここで、アイツが出てくるのか・・・」

「仕方ありません。このまま彼女たち二人だけでは押し切られますから」

左右に控えるゼクスとルーティエの言葉にリスティは心の中で頷いた。
暁月の仲間の実力はかなり高い。
だが、圧倒的に数の差がある以上、これは仕方ないかもしれない。
しかし、とリスティは思う。
谷底に飛び込んだ一誠だが、一体何処にいるのか、その後の動きが全く入ってこない。
何より、未だに崖の上で立っているだけの暁月にも疑問があった。
女だけを前線に置いて戦わせることも可笑しいと思った。


そう考えたときだった。
シェルフィードの前線である南側のルートが騒がしかった。
それを見て、ゼクスが状況報告を求めた。
すると、一人の騎士が困惑したように叫び声を上げた。

「て、敵襲です!!南側のルートを抜けて敵が単騎で、我が軍を突破しております」

その報告に暁月の仲間の三人が驚愕した。
暁月は未だに動く気配は無い。
ならば、一誠が単騎駆けを行ったのか、と思ったのだが、

「我が軍に侵攻しているのは少女です。女の子が巨大な狼に乗ってこちらへ猛スピードで向かっています」

「女の子?」

「・・・妙ですね」

報告を聞いて、リスティとルーティエが不審に思った。
単騎突破を行うのはバカは暁月以外なら一誠ぐらいかと思っていた。
更に、あの二人がこんな危険な行為を女の子にさせるなど、明らかに何らかの策があるだろう。

「でも、一体何を狙っているのかしら」

「それは本人に聞こうじゃないか」

「同感です」

リスティの疑問に、ゼクスとルーティエが立ち上がった。

「言ってくるぜ、リスティ。あのバカから話を聞いてくる。ルーは、こっちに向かってくる女の子の方を頼む」

「はい。南のルートは私が対処します」

「ゼクス、無理はしないでね」

リスティの言葉にゼクスは頷いて、

「もしかしたら、一誠はディスティアの裏をかいて、バラムの方に向かってるかもしれないが、一応気をつけてくれよ」

その言葉に頷いてから、ゼクスは暁月が立っているほうへ走った。






戦闘が始まって三時間が経過していた。
中央ルートを守る遥は大分押されてきた。
砂漠にあるディスティアの兵士たちは遥の攻撃に徐々に対応してきたからだ。
その上、一度戦闘不能になった兵士も回復させてもう一度送り込んでくるのだから仕方が無い。

と、その時だった。

切り立った崖を赤い髪の剣士が猛スピードで走っているのを。

「なっ!?」

その男に遥は見覚えがあった。
シェルフィードでの試合で暁月と戦った赤き剣王と呼ばれた剣士。
その彼が、真っ直ぐに遥の後ろにいる“暁月”へと向かっているのだ。

その事が危険と判断した遥は手加減すること無く意識を集中させ、魔法を発動させた。

「それ以上は行かせませんわ!!!」

全力で放ったトルネード。
指向性のある竜巻がゼクスに襲い掛かる。
しかし、ゼクスは徐に赤い長剣を抜き放ち、竜巻に向けて一閃。
それによって生じた刃の風が竜巻を両断したのだ。

まさかの事態に遥はすぐに第二弾を放とうとするが、間に合わない。

「―――遅いぜ」

そう言って、ゼクスは跳躍して、崖を飛び越える。
着地と同時に向こう側にいる“暁月”を視認すると、一気に疾風となって駆ける。
そして、

「ぉおおおおおおおおおおっ!!」

一気に距離を詰めて“暁月”へと斬りかかる。
小細工の無い上から下への攻撃。
だが、その一撃は徐に上げた左手が防いだ。

「なっ!?」

防がれて気づいた。
防いでいる左腕に装備あされた赤い篭手。
そして、暁月に似た不敵な表情で紡がれた言葉。

「久しぶり、ゼクス」

「い、イッセェエエエッ!!」

同時に右の拳がゼクスに襲い掛かる。

「くっ・・・」

後ろに飛んで衝撃を最小限にし、そのまま距離を取った。
そして、正面を見据えると、徐に頭に手を置いて、乗せていた黒髪のカツラを投げ捨てた。

「体格が元々似ていたし、髪の色と着ている物が似ていたら、遠くから見ても見分けが付かなかっただろ?」

上手く騙されてくれて、態々カツラと服を作って崖のしたで着替えた甲斐があると一誠。

「てめぇ、一体何時の間に入れ替わりやがった・・・」

「さぁ、何時だと思う?」

嵌められたことを認識したゼクスは苦しい表情をしている。
入れ替わった理由は簡単だ。
恐らく、自分達の行動が全て予測されたことになる。
だとすれば、

「イッセー、アカツキは何処行った」

「今頃、ルーティエさんのところに居るんじゃないのか?」

「っ!?そういうことかよ・・・・」

ルーティエを人質に捕らえれば、シェルフィードが撤退する建前になる。
つまり、この戦いは最初からルーティエを捕らえることだったわけだ。
そう理解した瞬間、ゼクスは長剣を強く握り締める。

「悪いな、ゼクス。本当はアニキに倒されるつもりだったんだよな」

「なっ!?」

またも驚愕するゼクス。
単身で暁月の前に飛び出したのは、この戦いで一誠の言うとおり彼に倒されるつもりでいた。
シェルフィードの将軍である自分が暁月に敗れれば、それによってシェルフィードは敗走することになる。
さらに、自分を退けた暁月の実力がより証明され、そこから和平への道筋を作る、そういうつもりだった。
この作戦はリスティ達にも話していない。
だから、暁月にもバレていないそう考えていたのだが。

「だけど、それは駄目だ。それじゃ、何のためにアニキが試合でゼクス達を倒さなかったのか分からないだろ」

暁月はたとえ、和平のためとはいえ、全力で戦うことは出来ても、本気で敵対するなど出来るはずがない。
だから、試合でも暁月はゼクス達を地面に倒れ伏す姿にしなかった。
仲間が倒れ伏す姿など見たくなかったはずがない。

「暁月は俺の策に気づいていたのか・・・」

「当たり前だろ」

少しバカにしたような表情で一誠。

「バラムのおっさん並みの脳筋のアンタがアニキを出し抜けると思っていたのか?」

プツンッ、一誠の言葉は一気にゼクスの沸点を振り切った。

「ハハッ、言うようになったじゃないか、エロガキ・・・」

「あれ、聞いてなかったのか?俺は二歳ほど年の差を縮めたって、エロ将軍。
いや、椅子に長い間座っている間にボケたのか、エロ爺。
アンタが負けたら今度はシェルフィードが危うくなるだろうが」

もっと考えろよ、と一誠は左手の中指だけを立てて挑発する。
すると、面白いように、

「上等!!」

プルプルと長剣を握る手を震わせんばかりに怒りを露にする。
とりあえず、この場でゼクスを食い止めるという役割は果たせそうだな、と一誠は『赤龍帝の篭手』を装備した左手で拳を握り締めた。

だが、その心の中は一抹の不安が残っていた。










あとがき
今回も書き上げることが出来ましたが、中々思うように話が進みません。
あと、1~2話で終わると思っていたのに、まだ話が続いてしまいそうです。
その上、リアス達まで加わったことで上手く裁けていない自分の実力の無さに落ち込んでしまいます。

一先ず、今回原作と違うのは、崖の上でじっとしていた暁月は葛葉の作った土人形ですが、それは一誠と代わり、
更に、ルーティエを捕らえた後、ゼクスが暁月を襲撃し、海堂が相手する形になるのですが、それも一誠が行います。

一応、リアス達の役目もあるのですが・・・
はっきり言って、地味です・・・

何とか面白く出来るように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。

次回も二週間後に更新できるように頑張ります。



[32327] アレイザード編七話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/10/21 00:07
魔王である暁月がいると思われた場所には彼ではなく一誠だった。
そして、暁月は南のルートでシェルフィードの軍勢と交戦中。
その事実は戦場に広まり、戦っていた兵士たちを混乱させるには十分なものだった。

だが、その中でディスティア軍本隊といるバラムは冷静に。

「北側のルートに大砲を撃ち込め」

淡々と下された命令にその場にいた者達が戸惑いの声を上げた。
当然だった。
今、北側のルートは千影の魔法によって酸素の濃度が濃い状態なのだ。
そんな場所へ砲撃をすれば、敵味方関係なく大爆発の被害を被る。
しかし、それでもバラムは淡々とした態度で、

「今、奴は南のルートにいるということは、どんなに急いでも北側のルートに回る時間など無い。
つまり、今こそが北側のルートを制圧する絶好の好機なのだ。幸い、奴の後について行くだけの者もシェルフィードが抑えてくれる」

と、バラムは怯んでいる兵士たちに静かに告げた。

「勘違いするな。我々は戦争をしているのだ。戦争は勝たねばならない、いかなる犠牲を払おうとも。
爆発と崩落が収まり次第、後方にいる部隊を突撃させろ―――――撃て」









その頃、一誠は暁月の作戦通りに軍勢から単身で乗り込んできたゼクスの足止めをしていた。

「ウラァッ!!」

「よっと!!」

突風を引き起こさんばかりに振るわれるゼクスの剣を一誠は大きく飛びのいて回避する。
そして、剣を振り切ったゼクスに向けて上空から巨大な氣弾を撃ち込んだ。
無論、この程度の攻撃をゼクスが受けるなんて事は考えていない。
迫り来る氣弾をゼクスは下段から振り上げるように剣を振るい両断した。
しかし、一誠は背中から翼を出して、ゼクスに急接近する。

「おらっ!!」

「チィ、くっ」

お互いの頭がぶつかりそうな程まで近づき、ゼクスの顎を狙い右の拳を突き出すが、
流石に上位の剣士、剣が得意なのは当然だが多少の体術も収めているらしく左腕で一誠の突きをガードした。
だが、一誠も剣を持つゼクスの右腕を脇で抱えるように捕まえた。
この状態ではタダでさえ、これだけ近距離では剣を振るうことも出来ない上に剣を持った腕を捕まえた。

これほどの超接近戦での戦いは一誠の方が有利だ。
この距離では一誠も拳を振り切ることは出来ないが、重心の移動で十分な威力を与えることは出来る。
だから、ゼクスも一誠の拳を受け止めた手で一誠の右腕を捕まえた。

刹那、

一誠とゼクスはお互いに相手に向けて頭突きを放つ。

「ぐっ・・・」

「てぇ・・・」

頭部に走る鈍痛にお互いに苦悶の表情を浮かべるが、互いに退こうとしない。
お互いに相手の掴んだ腕を、押し付けあった額で押し合う。

「随分と面白い身体をしてるじゃないか、イッセー」

背中に生えたコウモリのような翼を見るゼクス。
更に言えば、力比べでゼクスは今にも負けてしまいそうだった。

「ははっ、ちょっと人間止めたんだから、なっ!!」

「うぉ!!」

力比べから強引に身体を捻ってゼクスの身体を投げ飛ばしてやると、ゼクスは驚き吹き飛ばされる。
だが、冷静に空中で体勢を立て直すと地面に軽やかに着地した。
それから両者は無言で睨みあう。

「・・・相変わらず力は強いようだが、随分と腕が鈍ってるんじゃないのか?」

「ああ。二年も平和の中にいた所為でな」

「そいつは羨ましいぜ」

長剣を正面に構えるゼクスと『赤龍帝の篭手』を構える一誠。
と、その時、北側のルートから膨大な爆発音が響いた。









空間を焼き払わんばかりの大爆発が北側のルートを崩壊させた。
岩壁は爆発の衝撃で崩壊し、落下した岩石が砂埃を発生させ周囲一体を包み込んだ。
―――そして、爆煙と砂埃が晴れた時、そこに広がっていたのは戦争ではよく見る凄惨な情景であった。
爆発によって崩れた岩壁によって、北側ルートは瓦礫の山と、逃げ遅れたディスティアの兵士たちが倒れ伏していた。
当然だった。
千影と必死に戦っていた数万の兵士がこの爆発を予期することが出来るはずがなかった。

もちろん、それは数万の兵士たちを相手をしていた千影にもいえることだった。
爆発の影響を受けなかった後方にいたディスティアの兵士たちが土系の魔法で発掘することで捜索した結果、
ボロボロの状態の彼女を発見したのだ。
土砂の中に埋まっていた彼女には出血は見られず、恐らく、圧死してしまったのだろうとディスティアの兵士たちは理解した。
だが、その考えは次の瞬間、間違ったものになってしまう。

「なっ!?」

倒れている千影を兵士が確認のために脈を診ようとした時、―――彼女の身体が土に変化して崩れてしまった。
突然の事に兵士たちは何が起こったのか分からず呆然とする。
しかし、次の瞬間、兵士たちはそれすら考える余裕など無くなった。
撤去された瓦礫の下から巨大な水柱が噴出し、それが巨大な龍となってディスティアの兵士たちに襲い掛かったのだ。

「あ、あれは・・・」

辛うじて、水龍の猛威から逃れた兵士たちが絶望の表情を浮かべた。
水龍の背に少女の姿があることを視認したからだ。
敵を倒しきれなかった事実。それも犠牲を出したにも関わらずだ。
だが、彼らが感じている絶望はそれ以上のものだった。
その光景を見て、少女は苦笑を浮かべ、

「悪いけど、そんな簡単にやられるわけにはいかないんだ」

龍の背に乗っている少女、千影の背後に乗っている二十人の少女を見て兵士たちは絶望していた。
その少女たちは、全員が同じ、千影の顔をしているからだ。

「そ、そんな・・・」

そこから導くことが出来る答えは一つだ。

「じゃあ、俺たちが今まで戦っていたのは・・・」

自分たちが今まで戦っていたのは全て土の人形だということだ。
その事は先程崩れて消えた千影の土人形だったことが証明されている。
だが、兵士たちはその事実を認めたくなかった。
自分たちが必死になって、多くの犠牲を出して倒したのが、土人形一体だということに。







その事実は一誠とゼクスたちが戦う場所まで届いていた。

「あれも、お前らの作戦かよ・・・」

「ああ。アニキの連れの能力さ」

ゼクスの赤い長剣を自らの魔導具を赤黒い大剣に変えて鍔迫り合う一誠。

「何でも、本人の魔力を通した髪を媒体にして、あいつ等の意思で動き、魔法を使える人形が完成するんだと」

「・・・つまり、この戦場にいるのは、お前とアカツキを除いて、全員が土人形って事か?」

「・・・あと、一人いた気がするけど、女は全員偽者だよ」

その言葉からして、シェルフィードに特攻を仕掛けた女の子、北側ルートを守っているハルカも土人形なのだろう。

「よく考えれば、分かると思うんだけどな。そりゃ、アニキはこの戦争で犠牲者を出さないと決めてるけどさ」

不敵な笑みを浮かべながら一誠は告げる。この戦いにおける暁月の真意を。

「そんな危険な戦いに、あのアニキが、自分以外のそれも女を危険に晒すわけが無いだろ」

その言葉にゼクスは苦虫を噛み潰したような悔しい表情をする。
考えてみれば、当然のことだった。
リスティや、ルーティエの言うとおり、暁月が女を単騎で戦わせるなど、らしくないとは思っていた。

完全にしてやられた。

自分も、シェルフィードも、ディスティアも暁月に良いように振り回されてしまった。
そう考えれば、暁月の目的も恐らくアレイザードを平和にしようとしていることもゼクスには理解できる。
理解は出来るのだが。
余りにも面白くない。
そう思うと、不意にゼクスが力を抜いて一誠の剣をいなす。

「くっ」

「おらっ、どうしたイッセー!!」

一誠の剣を逸らせたゼクスは、体勢が崩れかけた一誠に向けて袈裟切りに振るう。
その刃を一誠は身体を捻って回避するが、ゼクスは更に体勢が崩れている一誠の足を蹴って地面に倒した。
そして、地面に倒れた一誠へ剣を逆手に持って突き立てるように振り下ろした。

「危ねっ!?」

慌てて転がるようにして、迫り来る刃を避ける一誠。
その勢いのまま飛び上がるように起き上がるが、すでにその時にはゼクスがもう一度刃を振り下ろしていた。
一誠は『赤龍帝の篭手』を正面に受け止め、大剣だった魔導具をレイピアの形状の武器に変換し突き立てるが、
ゼクスは身体を捻ることで一誠の攻撃を掠めるだけに留め、素早く距離を取った。

「・・・・・・・」

油断なくゼクスを窺いながら、一誠は予想通り自分とゼクスとの実力差を痛感していた。
お互いに本気で戦っているが、全力を出してはいない。
それでも、やはり真剣勝負の勘が戻りきっていない自分その差は大きいらしい。

と、その時、不意に視線の端に高速で走る白い物体が見えた。
気絶していると思われるルーティエと葛葉を乗せた焔の姿が見えた。
そして、ゼクスの背後にある中央のルートが先程までよりも激しい喧騒を響かせるのを一誠は感じた。
どうやら、作戦通りルーティエを手に入れることが出来、遥を千影の援護に向かわせ、自分は遥の代わりに中央のルートでディスティアの兵士たちを一掃しているらしい。

「・・・もう十分だろ?」

「ん?」

「お前の役目はアカツキがルーの奴を攫うまでの時間稼ぎなんだろ。だったら、これ以上、俺と戦うことは無いはずだぜ」

ゼクスの言う事は理にかなっていた。
第一の目的は、シェルフィードとその王女であるリスティを戦場から引き離すのが目的だった。
戦争をしないように奮闘する彼女にこれ以上の負担を暁月はかけさせたくなかったのだ。
ゆえに、ルーティエをこちらの手中に収めた時点で当初の目的は達成されたことになる。

「・・・シルフィードはルーティエ精務長官が敵国に囚われ、今回の戦争から撤退する。だから、これ以上、俺とお前が戦うことは無いだろう。
もっとも、アカツキはかなりムカついているんで帰る前に殴りたいがな」

冷静に話しかけてくるゼクス。
しかし、次の瞬間、キィンと甲高い音が一誠の鼓膜に届くと、自分の横を一閃の風が通り抜けた。
その後に何かが倒れる音を一誠の耳が認識した。

「だが、これ以上は俺も、もう少し本気を出すぜ」

振り返る必要はない。
先程のゼクスの音速を超えた剣閃がカマイタチとなって後ろにあった岩山を両断したのだろう。

達人の域を超えた技。

だが、一誠は驚くことは無いと、ゼクスを見据える。
一誠の知るゼクスの剣は、峰打ち不可能の洋剣にも関わらず、斬ることなく骨折させる斬撃をすることは出来る。
そんな神がかり的な剣技を持つゼクスにはこのぐらいの芸当は簡単なことだ。
対して、一誠はここまでの戦いでアレイザードを去った時の状態に戻りつつあるが、差は開いていることには代わりは無い。
しかし、そう言われれば、ゼクスのように一誠もイラッとするわけで。

「舐めるなよ、ゼクス」

『Explosion!!』

瞬間、対峙していたゼクスは一誠の力が急激に上昇することを感じた。

「ゼクス、先に聞きたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「ディスティアの自称勇者を知っているか?」

「ああ、暁月の世界にいるってガリウスの娘を負わせるために、バラムのおっさんが送り込んだ奴だろ」

それが、どうかしたか、とゼクス。

「そいつは、レオンの墓を壊したってのは本当なのか?」

「・・・ああ。ムカつくことにバラムのおっさんはその事に何の謝罪もなしだがな」

「そうか。なら、墓の調査はしたんだよな」

「当たり前だろ?」

自分の仲間が、シェルフィードの勇者が眠る墓を傷つけたのだから当然の事だ。

「じゃあ、墓の中身はちゃんとそこにあったのか?」

「はぁ?中身?」

困惑したように首を傾げるゼクスの反応が答えだった。
いや、調査のためとはいえ、墓荒らしのような真似をするはずも無いが。
どうやら一誠がフォレストニウムで目撃したことは更に信憑性が増した。

「悪い、ゼクス」

「あ?」

「アニキが不味いから俺は行くぜ」

「―――どういう意味だ?」

今度こそゼクスは困惑した。
―――アカツキの身が心配?
少なくとも、リスティたち以上に暁月の力を知っていて信頼している一誠が、自分よりも遙かに強い暁月を心配する。
それが一体どういうことを意味するのか、ゼクスは計りかねていた。
だが、そんな疑問は押し込め、目の前の一誠に意識を集中させる。
先程までのお互いに何処か手を抜いた模擬戦のような雰囲気とは違う緊張感あるプレッシャーを与える一誠がいるからだ。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

警戒しながら剣を構えるゼクスと『赤龍帝の篭手』を装備している左の拳を握り、右手で魔導具を変えて突撃槍を握る一誠。
睨みあったのは一瞬。
何の前触れも無く一誠が先に仕掛けた。

「うぉおおおおおおおおおおおお!!」

「甘いよっ!!」

ランサーを片手に突っ込んでくる一誠に、ゼクスは恐らく突いてくるであろうランサーを弾こうと集中力を高める。
確かに、力は上がった。
だが、それだけだ。
先程より速く、パワーがあるだけで動き事態が変わるわけではない。
アレイザードで共に戦っていた頃の戦い方に変化していないことは先程までの刃の合わせたことで分かっている。
動きが予想できるならば、対処のしよぅがあるのだ。
更に言えば、真っ直ぐ正面からの攻撃ならば尚の事だ。

ゆえに、ゼクスは突き出されようとしていた一誠のランサーを弾こうと剣を振るう。

だが、槍の軌道はゼクスの考えているものとは違った。

「っ!?」

「おらぁっ!!」

ゼクスが困惑する中、一誠は彼の足元に槍を突き立てた。
同時に、槍の先からありったけの氣を流し込み爆ぜさせた。

「ぐっ・・・」

至近距離からの爆発にゼクスが顔を歪めるが、辛うじて爆発に巻き込まれる前に後方へ飛んだ。
しかし、ゼクスの着地点は多くの亀裂が走っていた。

「やべっ」

声に出したときには遅かった。
着地したと同時、足元の岩が砕けてしまった。
この程度の事ではゼクスは死ぬことはないが、間違いなく溝へ落下することは避けられない。

「悪いな、ゼクス。俺は先に行くぜ」

ゼクスが見上げれば、そこにはコウモリのような翼を広げて空中に佇む一誠の姿があった。

「・・・てめぇ、イッセー。覚えてろよ」







岩壁の下へと落ちていったゼクスを見送ってから一誠は、中央ルートの岩壁の上に降り立った。
だが、不思議なことにゼクスと戦っていたと時に聞こえた喧騒はもう聞こえなかった。

「やっぱり、ここはもう終わってたか・・・」

中央ルートを覗き込みながら、やれやれ、と一誠は呟く。
そこに広がっていたのは、多くのディスティアの兵士たちが倒れ伏していた。
だが、上から見たとき、彼らの倒され方は異常なほど綺麗に左右に分かれていた。
恐らく、暁月の攻撃によって左右の岩壁に叩き伏せられたのだろう。
その証拠に、左右の端には倒れ伏しているディスティアの兵士で埋め尽くされているにも関わらず、
暁月が通ったと思われる真ん中の場所は綺麗な一本道が出来ていた。

「で、何時までアンタは俺の後を追いまわすんだ。ストーキングする相手が違うと思うんだけど」

「おいおい、まるで俺がストーカーみたいな言い方だな」

気だるそうな口調で背後の岩陰から男が出てきた。
自分と暁月と同じく身代わりではなく生身でこの戦場にいる海堂がそこにいた。
自らをストーカーのように言われて辟易した表情をしている。

「俺がゼクスと戦っている間、ずっと影から隠れて覗き見してたくせに良く言うよ。
アンタはアニキのストーカーなのにさ」

「おいっ、何が悲しくて男のストーカーをしないといけないんだよ」

「ああ、俺も初めて見るタイプの変態にどういった態度で接すれば良いのか分からないんだ」

「普通で良いって!!」

全力で否定する辺り怪しい、と感じる一誠。

「おいっ!!だから、男のストーカーじゃないって言ってるだろ!!!」

だが、そんな一誠の心情を読んで海堂が全力で否定したので、このネタはやめることにした。

「分かったよ。アンタはアニキのパシリなんだよな」

「・・・今度は、パシリかよ。まぁ、否定することは出来ないけど」

げんなりとした表情の海堂はやれやれと首を横に振った。
だが、一誠は海堂のことを無視して、戦場内の氣を探り、

「で、何でアニキじゃなくて、俺の方に来たんだ?」

「ん?そりゃ、アッキーVSその他大勢の雑魚の戦いなんて見るまでも無いだろ」

「・・・それもそうか」

海堂の言い分に納得したと同時、一誠は暁月の氣を感知した。
場所はどうやら北側ルートにいるらしい。
それもフォレストニウムを襲った金ピカが遥と千影の身代わりを倒したらしく、今は暁月が戦っているらしい。
その事を察した時、一誠は北側のルートへ掛けようとすると、

「なぁ、俺も一つ聞いて良いか?」

走りながら後に付いてきた海堂が。

「お前、あの赤髪の剣士にアッキーが負けるみたいなことを言っていたよな」

「・・・・ああ」

「あの金色の鎧って、そんなに強いのか?」

「・・・別に強いとか、弱いとかは今回は関係ない」

ただ、今回は相手が悪かったのだ。









その時、北側ルートでは一誠の読みどおり、暁月が戦っていた。
中央にいたディスティアの軍勢を退けた後、遥と千影のいる北側ルートでフォレストニウムを襲撃し、ウルムを殺し、葛葉を泣かせた金色の鎧を発見し
そのまま戦闘を開始したのだが。

「くっ」

現在、暁月は苦戦を強いられていた。
最初は暁月の方が相手の動きに対応してきたのだが、戦いが続くに連れて相手の方も暁月の動きに対応してきた。
その原因にも暁月には心当たりがあった。

(アイツの言うとおりだったって事か・・・)

戦争の前に一誠から教えてもらったが、こればかりは仕方が無かった。
やれやれ、と暁月は苦笑を浮かべながら決心した。
そして、鎧騎士に告げる。

「どうやら、このままじゃ俺はお前を倒すことが出来ないみたいだ・・・・」

それは己の中にある確信。だから、

「なってやるよ、お前を倒せる俺に・・・」

同時に暁月の身体から氣の放流から光が迸る。
リスティたちとの試合で見せた『錬環系勁氣功』の奥義だ。
この後の事も考えて肉体の負担は避けたかった暁月だったが、そうは言っていられない。
目の前の敵を倒すには、これしかないのだ。

「行くぜ・・・」

告げると同時、神速のような加速で一気に鎧騎士に接近し、黒い魔剣を振り下ろす。
だが、

「・・・・良いのか?」

初めて放たれた鎧騎士の言葉。

「見ているぞ」

「―――っ!?」

鎧騎士の言葉に暁月は一瞬だけ躊躇した。
視界の端に見えたからだ。
自分たちを真っ直ぐと見ているリスティの姿が。

「くそっ!!」

止まったのは刹那の間だった。
だが、今更止めるわけにもいかず、暁月は魔剣を振り下ろす。
対して、鎧騎士も一つの動きを見せて、二人の影が交差した。





勝敗の分け目は一瞬の差だった。
目撃したリスティは呆然と目の前の光景を眺めながら思った。
彼女がこの場にいたのは偶然だった。
ゼクスが一誠と戦闘を始め、暁月が中央ルートを真っ直ぐ進撃したゆえに、リスティは彼を止め、話をするために来たのだが。
暁月が北側ルートに行った後、激しい戦闘音に導かれて、ここに来たのだ。
だが、目の前の光景を目の当たりにして、リスティは後悔しているかもしれない。

「・・・・・・・・」

呆然としたまま立ち尽くすリスティ。
目の前の光景が夢だと思えるほど、信じられないものだった。
暁月の魔剣は鎧騎士の兜に当たる寸前に対して、鎧騎士の剣は―――暁月の左胸を貫いていた。

その後、無言で鎧騎士は暁月から剣を引き抜くと、スローモーションで倒れる暁月の胴に蹴りを入れた。
意識を失って力ない暁月は何の抵抗も無く後方へ吹き飛んだ。
それを見たリスティは全てをかなぐり捨て、

「―――――っ」

飛行魔法を使って一気に暁月の元へ向かうリスティ。
今の彼女の頭には、シェルフィードの女王としての立場も何も無く、ただ暁月のためだけに動いた。

「これ以上はさせないわっ」

戦争の友軍にも関わらず、リスティは咄嗟に鎧騎士の前に立ちはだかり、杖を構えた。
背後にいる暁月は左の胸から鮮血を流し、とても危険な状態だった。

―――でも、ルーの回復魔法なら・・・

暁月を助ける望みである自らの仲間。
彼女は暁月の仲間がつれている。
つまり、暁月を彼らの里へ運べば・・・

そう考え、目の前の鎧騎士をやり過ごす術を考えようとした時、暁月の斬撃によって鎧騎士の兜が真っ二つに割れた。
同時に、別の絶望が彼女を襲った。

「・・・嘘・・・レオ、ン・・・」

初めて露になる鎧騎士の素顔に声が震える。
彼女の目の前にいたのは嘗て、暁月が力を得るよりも前に自分たちと共に戦った、シェルフィードの勇者。
自分の婚約者であるレオン・エスペリオンだった。
そんな彼女にレオンは静かな笑みを浮かべ、自分が本物であることをリスティに教える。

そして、彼女の背後に倒れる暁月に笑いながら、

「どうした、らしくないじゃないかアカツキ」

からかう様に告げる。当然、リスティも聞こえる声で、

「五年前の俺を殺したお前は、迷いなんてなかったろ」

「え?」

聞こえた言葉にリスティは訳も分からなくなった。
目の前の暁月は死にかけで、それを行ったのは死んだと思っていたレオンで。
そんな状況だけでもリスティは混乱していた。
だが、戦場はそんなリスティを置き去りに、残酷にレオンはリスティの背後の暁月に歩み寄った。

「・・・・っ!?止まって!!」

レオンに向けて魔法を放とうとするリスティだが、今の彼女の精神状態では魔法を放つことが出来ない。
その事をレオンは分かっているのか、悠然と歩んでいたが、

巨大な氣弾がレオンを襲った。
だが、目の前に迫った氣弾をレオンは難なく両断した。

「やれやれ、本当に勘弁してくれよ、アニキ」

同時にリスティの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
思わず背後を振り返ると、そこには暁月と共に一緒に戦ったも一人の仲間、一誠がそこにいた。



目の前の惨状に一誠はため息を付きたくなった。
予想通りの結果、いや、予想以上に最悪の結果に一誠は辟易した。

(まさか、リスティさんがいたなんて・・・)

本当に最悪だ、と一誠。
だが、何時までものんびりと感傷には浸っている時間はない。

「という訳で、パシリの海堂さん。アニキの事を頼んだぜ」

「はいはい、分かったよ。これは俺が元の世界に帰れるかの瀬戸際だからな」

そう言って、暁月を肩に担ぐ海堂。

「分かってるなら、特急で連れて帰って、ルーティエさんか、アーシアに見せてやってくれ」

「・・・逃がすと思うのかい、イッセー」

「また会いましたね、レオンさん」

自分たちに向けて剣を向けるレオンに対峙しながら一誠は背後にいる海堂に行くように促す。
すると、「了解」と頷いて、海堂の姿が忽然と消えた。

「逃げ足の速い仲間だな」

「そうだな」

レオンは逃げた海堂を無視して、一誠を見た。

「魔王は敗れた。今度はお前が相手をするのか?」

「まさか、そんな事はしないよ」

やる気満々だったようで残念だが、と一誠は消極的に返す。
すると、一誠の態度にレオンは怪訝そうに首を傾げた。

「なんだ、てっきり俺は今度はお前が魔王を名乗ると思ったんだけどな」

「そんな事はしないさ」

―――そもそも、そんな刺客すらないのだから

と一誠は苦笑を浮かべた。

「所詮、俺は勇者にはなれないんだ。だったら、レオンさんの物差しで言う魔王にもなれないのさ」

「・・・・どういうことだ?」

「だって、アンタの言う勇者は、=魔王なんだからよ」

その瞬間、レオンから猛烈な殺気が一誠に襲い掛かった。

「イッセー、戯言にしては少し口が過ぎるんじゃないか?」

笑顔で語りかけるレオンだが、その瞳は全く笑っていない。
だが、一誠はそんな事はお構いなしに。

「本当の事じゃないか、昔も、今もアンタのやってることは魔王と同じじゃないか」

良い終えると、レオンの顔から張り付いていた笑みすら消えた。
完全に一誠を殺すつもりで動こうとするが。

「言っただろ。アンタと戦うのは俺じゃないって」

そういいながら、一誠は背中から翼を広げ、上空へ飛ぶ。

「心配しなくても、アンタを倒すのに相応しい奴がすぐに現れるよ」

「戯言はもう良い。お前は逃がさないぞ」

表情から完全に怒りを浮かべるレオン。
と、その時、

「レオン!!!!」

「ゼクス・・・」

リスティの隣に遅れて来たゼクスがそこにいた。
大声を上げて、レオンを威嚇しながら剣を握るゼクス。
その行動は更にリスティを困惑させることになるが、レオンの注意が一瞬逸れた隙に一誠は上空に氣弾を放ち合図した。

「部長!!皆、頼む!!!!」

次の瞬間、ゴルドノ大渓谷の三つのルートが崩壊した。
中央のルートは巨大な落雷が落下し、南側のルートは金色と水色、栗色の髪の人影が岩壁を斬り、破壊した岩石によって塞がれた。

「ゼクス!!リスティさんを連れて逃げろ!!!」

「っ!?くそっ、分かった!!」

一誠の言葉を理解したゼクスはリスティを無理やり担いだ。
しかし、リスティはそれに納得しない。

「放してゼクス!!レオンが、レオンがいるのよ!!!」

「止せ、リスティ。後で説明するから・・・」

そう言って、ゼクスは無理やりリスティを連れて行った後、残されたレオンの近くに消滅の魔力が降り注いだ。

「・・・・・」

無言で無残な北側ルートの瓦礫の山を眺めた。
恐らく、あれでは死なないだろう。
別にそれは構わない。
決着はちゃんと付いて欲しいからな。

「イッセー」

と、空中からリアスが近づいてきた。

「ああ、部長。ご苦労さん、ありがとうな」

「別にこのぐらい構わないわ。よれより、大丈夫?」

心配そうに問いかけるリアスに一誠は苦笑を浮かべた。

「ああ、問題ない。行こう」

「ええ」

そして、二人は翼を広げてフォレストニウムへと飛んだ。


ゴルドノ大渓谷での決戦。
この決戦は暁月と一誠の負けだった。
だが、最後にゴルドノ大渓谷の全てのルートが塞がれ、フォレストニウムの結界も解く事は不可能のため、ディスティアの進軍は中止となった。
もっとも、そんな事はあくまで侵攻を阻止しただけだった。

この決戦で、魔王を名乗った暁月がディスティアの刃に倒れたことはアレイザードに瞬く間に広がったのだから。










あとがき
今回はここまでです。
やっぱりリアス達の出番は地味に終わってしまいました。
あとは、レオンの過去とこの戦いでの一誠の心情を書き、最終決戦を書いた後、
クライマックスを書いてアレイザード編は終了となります。

ただ、本当にワルキュリアの事はどうしよう・・・

次回も二週間後を予定しておりますので、よろしければ、またお読みください。





[32327] アレイザード編八話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/11/03 23:48
フォレストニウムの診療施設。そこのベッドの上で一人の男が寝ていた。

「本当に予想通りの展開にしないでくださいよ、アニキ」

と、ベッドで寝ている暁月の目の前に一誠がため息混じりに呟いた。
危険な状態だった暁月はルーティエの回復魔法で回復し安定した状態となった。

「でも、一体どういうことなんだろうな・・・・」

ここへ運びこまれた時、初めに回復魔法を暁月の身体は受け付けなかった。
その理由は一誠には分かっていた。
リスティたちとの試合の時と同じく、暁月がザッハークの絶対障壁が無意識的に発動していたのだ。
ゆえに、ルーティエの魔法は暁月には効果をもたらさなかった。

「だけど、今は回復している」

アーシアの神器ですら少しずつしか回復しなかったにも関わらず、今の暁月の状態は完全に回復していた。
その方法がガリウスの娘、ミュウ。
今は凰沢 美兎と名乗っているが、彼女が自らの唇を噛み切り、自分に回復魔法をかけさせた。
唇を暁月の剣で貫通させられた暁月の左胸に口付けした状態で魔法を掛け、間接的に回復の力を暁月に送ったそうだ。
しかし、そんな方法で高次生命体の絶対障壁を誤魔化せるはずがない。
ならば、何故そんな事が起こったのか。
考えられるとすれば、タイミングよく暁月の氣が弱まり絶対障壁が維持できなくなったか、もしくは・・・

「彼女に何かがあるか・・・」

美兎は魔王であるガリウスの娘だ。だから、何か特殊な力を持っている。
そんな御伽噺のような展開はないと思うが。

「まぁ、俺がそんな事を考える必要なないよな。アンタが起きれば問題はないのだから」

そう言って、一誠は暁月の手を握った。男の手を強く握る趣味はないが、今回は仕方がないだろう。
もしかすれば、起きた瞬間に戦うために飛び出す可能性もあるのだ。
この男ならばありえることだ。
だから、一誠は暁月に自分の氣を送り、起きてもすぐに戦うことが出来るように。

「この方法なら、俺でもたぶん回復できただろうな」

暁月に自分の氣を送り、更に暁月の氣を操作してフェニックスの再生能力で身体を治す。
万が一の場合を考えて、一誠はその方法を取るためにアーシアとルーティエの回復魔法による時間稼ぎを期待したのだが、幸運なことに一誠の出番はなかった。

「兎に角、早く目を覚まして、和平も、ケジメも付けてくださいよ」

そう言って、未だに目を覚まさない暁月に一誠が語りかけた時、その部屋の中の扉が開いた。
見ると、そこにはリアス達、一誠が連れてきたメンバーがそこにいた。

「イッセー、少し良いかしら?」

「ああ。事情が聞きたいんだろ」

彼らを代表して問いかけるリアスに一誠はため息交じりで頷いた。
だが、これは当然の責任だろう。
不可抗力とはいえ、この世界に巻き込んでしまったのだから。






暁月の治療を終えた一誠はリアス達と話をするために別室にいた。
これから話す事は、知っている者は数少ないシェルフィードの秘密だ。
無論、外部に漏らして良い内容ではない。特に、暁月はこの秘密をリスティに知られることを恐れているが、今回の件でゼクスを問い詰めて知ることになるだろう。

「さて、まずは何から話したら良いか・・・」

「ここを襲った鎧騎士はレオンって言ったわよね。それって、“山猫亭”の息子の名前よね」

「ああ。その通りだ」

と、リアスの問いかけに一誠は頷いた。

「レオン・エスペリオ。この世界の初日に飯を食いに行ったセリーナの息子で、シェルフィードの勇者だった男さ」

「で、でも、彼は亡くなったはずじゃ・・・」

「・・・・生きていたという事ですか?」

「いいや」

小猫の言葉に一誠は首を横に振った。
木場の言葉の通り、確かにレオンは命を落したのだ。

「前にコカビエルと一緒にいた“はぐれ悪魔”のフィル・バーネットを覚えてるだろ。あのバカがこっちの世界でレオンさんの墓をぶっ壊したんだ。
たぶん、その時にレオンさんの亡骸を運び出したんだろう」

「・・・でも、死んだ人を蘇らせる方法などあるんですか?」

「余り容認したくはないが意外にあるぜ」

小猫の言葉に一誠は辟易としながら答える。

「俺たちの世界にもあるだろ。死んだ人間を蘇らせる方法が」

「あっ・・・」

その言葉にリアスは気がついたように声を上げた。

「『悪魔の駒』(イーヴィルピース)・・・・」

「ああ。同じようにこの世界にも人を蘇らせる反魂の禁呪がディスティアの王族のみが扱える秘術の中にある」

「では、蘇らせた勇者をディスティアは洗脳のような手段で操っていたということか?」

と、ゼノヴィア。
その言葉にイリナは憤慨した。

「何て奴なの!!死者を愚弄するばかりか、世界の為に戦った勇者を踏みにじるなんて!!」

「・・・・・・・・」

「イッセー?」

「どうしたんですか、イッセーさん」

黙り込んだ一誠。
その表情が余りにも悲痛なものだったので、リアスとアーシアが心配そうに問いかける。

「たぶん、レオンさんは自分の意思で動いてる。洗脳とか、他国の思惑なんか関係なく」

「・・・・何かそう思う理由があるのですか?」

朱乃が問いかけるが一誠は顔を俯かせる。
そこから語られる真実は一誠にとっても辛いものだった。

「それを説明するのはレオンさんが行った過ちと、シェルフィードの真実。そして、レオンさんを殺したのがアニキだって事を説明しないといけない」







アレイザードの魔王ガリウスが暁月によって討たれるよりも五年ほど前。
暁月と一誠がこの世界に転移して来て間もない頃、まだ二人とも『錬環系勁氣功』を会得するよりも前の事だ。
偶然、暁月と一誠はレオンの誰にも言えない秘密を知ってしまったのだ。

当時の暁月は力を求めていた彼はある時、レオンの後をつけていた。
レオンの強さには何か特別なトレーニングを夜な夜な行っていると考えたからだ。

その時の一誠は別に力を求めておらず、自分の世界に帰れさえすれば良かったのだが、その行動に面白半分で参加したのだ。
だから、二人は最初にレオンの『真実』を知ってしまったのだ。
だが、暁月と共にレオンの後を追ったことを当時の一誠は後悔した。

「勇者のレオンさんには自分の自由な時間は少なかった。だから、夜、自宅である『山猫亭』に帰るレオンさんを俺とアニキは付けた。
初めは特に変わった様子はなかった。普通にレオンさんはお袋であるセリーナの手伝いをして母子水入らずの時間を過ごしていた。
だけど、店が閉まって皆が寝静まった頃に、人目を惜しむようにレオンさんが店から出てくると、転移魔法陣で何処かへ行こうとしていた。
アニキは強くなる方法を求めて、俺は好奇心でレオンさんの展開させた魔法陣に飛び込んだ。だけど、そこで俺たちは見るべきじゃないものを見ちまった」

一息、そこで言葉を切った一誠。
その表情は当時の想いを思い出したのか、悲痛なものに代わっていた。

「どうしたんですか、イッセーさん」

心配そうにするアーシアの後にリアスが問いかける。

「一体、アナタ達は何を見たというの?」

「・・・・レオンさんが、無抵抗な魔族たちを殺しまくってる姿さ」


今、思い返してもあの時の光景は一誠には現実とは思えないほど信じられないものだった。
人間よりも身体の能力は上な魔族だが、その中にも戦うことが出来ないものがいる。子供や老人がそれだ。
しかし、レオンはそれを関係ないとばかりに、その場にいた魔族を皆殺しにしたのだ。

その時の一誠は恐怖で動くことが出来なかった。
暁月はレオンを止めようと肩を掴んだが、当身を受けて意識を失ってしまった。
だが、一誠が本当に恐ろしく思ったのは、レオンがそこら一体を魔族で死体の山にし、海のように染め上げた後、
自分と暁月にいつもの笑みで安堵したことだ。魔族の返り血で染まった顔のままで。

その時のレオンは背後にある魔族たちの骸もある所為で、とても勇者には見えず、魔王のように見えた。



「ど、どうして、レオンさんはそのようなことを・・・」

放し終えた後、静まり返った部屋の中でアーシアが問いかける。

「レオンさんは父親と姉を魔族によって殺されたんだ」

「つまり、復讐ってことかい・・・」

一誠の言葉に同じような心境だった木場が呟く。
その一言に一誠は頷きながら、

「あの人は、家族を殺された憎しみで騎士を目指し、魔族を殺し続けた。
だが、世界はそんなレオンさんを勇者と賞賛し、魔族を殺すたびに称えた。
その結果、彼は止まらなくなったんだ」

「それで彼は心を壊した。いえ、家族が殺された瞬間から彼の心はすでに・・・・」

自分のことのように朱乃が悲痛の表情をする。
すると、ゼノヴィアもやるせない表情で、

「まるで、“はぐれエクソシスト”のようだな」

「そうね。本来の目的を忘れて自分の感情に左右されてしまうなんて・・・」

悲しい表情をイリナが見せると、リアスが話の続きを求めてきて、

「それで、その後どうなったの?」

「もちろん、レオンさんを止めようとしたさ。だけど、異世界から来た部外者だった俺たちが何を言ってもあの人は聞く耳を持たなかった」

そこで暁月は、レオンの秘密をまずゼクスに話した。
最初はゼクスも、まさか、と言う思いで信じていなかったが、暁月の様子を見て自分達と同じようにレオンの後を追って知ってしまった。
それからはゼクスも加わりレオンの説得を試みたが、彼はそれすら聞く耳を持たなかった。

―魔王を倒し、魔族を滅ぼすのが、勇者である自分の使命だから

そうレオンが主張するからだ。
そのため、暁月たちはルーティエにも相談し、何とかレオンがこれ以上魔族を虐殺しない方法がないか知恵を絞った。

「そして、ついにリスティさんの父親、シェルフイード王にこの事を報告したんだ」

「道に外れてしまった勇者を拘束するためだな」

と、ゼノヴィアは言うが一誠は頷き、

「だが、シェルフィード王はレオンさんの拘束に慎重だった」

「それは勇者だったからですか」

朱乃の言葉にも一誠は頷いた。
まさに、シェルフィード王がレオンの拘束を躊躇ったのはそのことだった。
あの時、すでにレオンはアレイザード全域にその名声が知れ渡っていた。
その彼を拘束するには正当な理由が必要として、レオンが魔族を虐殺したことを発表することになる。
しかし、その場合、シェルフィードは他国からの批難をあびることとなるからだ。

「だから、シェルフィード王はレオンさんを平和の象徴としてシェルフィードから離れないようにしたんだ。
だけど、その結果、レオンさんは更に暴走してしまった」

「暴走?」

オウム返しのように問いかけたリアスのことに一誠は頷く。
そして、少し躊躇いがちに口を開いた。レオン・エスペリオの真実を。

「・・・シェルフィード全王族の暗殺さ」






シェルフィードの王都エルディアを魔王ガリウスが襲撃した。
その結果、シェルフィードの王室はリスティを除く全員が殺され、勇者であったレオンもまた暁月を庇いガルウスの刃に絶命した。
アレイザードの世間一般はそう認識しているが、事実はそうではなかった。
ガリウスはレオンを殺す為に襲撃をかけたのだ。
そして、レオンが魔族を虐殺して廻っていたのはこれが狙いだったのだ。
全てはガリウスをエルディアへ攻め込ませ、自らの計画を完遂する為に。

それが、シェルフィード全王族を暗殺ギルドに暗殺させ、その罪をガリウスに擦り付けて殺す為に。

「そうすることで、シェルフィードの王位はリスティさんの婚約者とされているレオンさんになる。
そして、王族と婚約者を魔族に殺されたということで、悲劇の勇者として魔族を滅ぼす大儀を得るためだったんだ」

その言葉に部屋にいた全員が黙り込んでしまった。
だが、本当の悲劇はここからなのだ。

「そこからは聞いた話になるんだが・・・・」

そう前置きをして一誠は悲しげに語りだす。

「アニキはガリウスが襲撃した時、その混乱の中でレオンを探してエルディア城を抜け出したんだ。
だけど、幸か不幸か、それはレオンさんの計画を狂わせた」

レオンを追った暁月が城を飛び出した後に、彼を心配したリスティが暁月を追って城を飛び出したため、
彼女だけが暗殺ギルドの魔の手から逃れることが出来たのだ。
結果、その事を通信魔法から聞いたレオンは暗殺ギルドにもう一度リスティ暗殺を命令し、それまでの間ガリウスを殺すことが出来なかったのだ。


「・・・・それは王族虐殺を魔王の所為にするためか?」

ゼノヴィアの言葉に一誠は頷いて、

「だが、その間にアニキはガリウスと向き合うレオンさんを発見したんだ」

―――レオンが幼い魔族の子供を人質にガリウスから武器を捨てさせたのだ

そして、暗殺ギルドが移動中のリスティを発見したことが通信魔法でレオンの耳に入り、
後はレオンが命令するだけだった。その時だった。

「アニキはレオンさんに駆け出したんだ。―――その場に落ちていた剣を握り締めて」

そして、暁月はレオンの暴走を止めた。彼を殺すことで。
その結果、依頼主を失った暗殺ギルドは逃走した。
元々、王族がいなくなった後に国王となるレオンの後ろ盾があるから引き受けた依頼だったので当然だった。
その後、不幸なことに幼い子供を連れてガリウスが去ったのと入れ違いに、リスティがその惨状を目撃したのだ。

「そして、俺たちはエルディアから敗走し、アレイクラスタへ落ち延びたんだ。その後で、ガリウスがエルディアを支配下に置くと宣言したんだ。
自分が王族を皆殺しにしたと言って」

「それはどういう事?」

一誠の言葉に困惑したようにリアスが言葉を紡ぐと、

「確かにそうですわね。自らがやってもいないことを、どうして態々自分がやったなどと・・・」

「それが俺たちにも、ガリウスの真意は分からないんだ」

と、朱乃の言葉の後に一誠は首を横に振りながら言う。
本当にガリウスが何故、レオンが起こしたことを自分が仕出かしたことにしたのか理解できなかった。
自らの力を誇示することが狙いだったのか、自分と幼い子の命を結果的に救った暁月への借りを返したのか。

「兎に角、この事実はほとんどの奴は知らない。いや、知られる訳にもいかない」

知っているのは、一部の人間だけだ。
当事者の暁月と、ゼクス、ルーティエ、一誠、それともう一人だけのはずだ。

「リスティって人は知らないのよね」

「ああ」

イリナの問いかけに一誠が頷く。
そうリスティはレオンの事実を知らない。
暁月が彼女には話さないでくれ、と懇願したからだ。

「当然だけど、アニキがレオンを殺したこともリスティさんには話す訳には行かないから。
自分をガリウスから庇ってレオンは死んだということにするしかなかったんだ。その結果、
アニキは、シェルフィードの勇者、魔族と戦う希望を紡いだ原因として批難されることになった」

「そんな・・・・」

アーシアが声を漏らすと、少し躊躇いがちに小猫が口を開いた。

「先輩たちは、それで納得したんですか?」

「そんな訳がないだろ。ゼクスとルーティエは面と向かってアニキに言ったよ。『そんなの間違ってるって』
―――俺も同じ思いだった」

今でこそ、二人の地位は将軍と精務長官だが、当時のゼクスとルーティエは一騎士と精務官だった。
リスティが王女になったからには、国を左右する重要な情報は報告する義務もあったし、シェルフィードの問題、
レオンの死の責任を暁月一人に背負わせる訳にもいかなかった。
何より、王族の、特に先王である父親の死の真相を知る権利は彼女にはあった。
だが、権利ならば、暁月にもあったのだ。

――――リスティを思う権利が

「国を失い。親、兄弟、親戚、婚約者を全員失って。それでもシェルフィードを取り戻そうと奮起した彼女に。
レオンさんの真実を。特に自分の父親を殺したのは婚約者だった。そんな事を聞けば、彼女は間違いなく壊れてしまう」

だから、暁月はレオンの真実をリスティには知られないようにした。
どんなに自分が傷つくことになったとしても。
一番辛いはずの暁月が泣き言一つ言わなかったばかりか、代わりに言った言葉が「俺は、これ以上アイツの涙は見たくないんだ」
そう、ボロボロになりながらもリスティを守ろうとする暁月にゼクスもルーティエも何も言えなかった。

「何より、当時の俺にはアニキ達に何かを言う資格もなかった」

「イッセー?」

問いかけるリアス達に一誠は自虐気味に笑いながら、

「前に部長たちは俺の中学の写真を見ただろ。あの時の俺は写真の時みたいなモヤシみたいな奴だった。
自分が動いてもどうにもならない。そんな言い訳をして何もしなかった卑怯者だったのさ」

もちろん、あの頃の自分が何かをしたからと言って、未来が変わったとは思わないが少なくとも“あんな事”にはならなかったかもしれない。

「だから、俺はアニキの後をずっと歩いた。あの時から俺はアニキに憧れた。彼になりたいとさえ思った」

笑えることだがな、

「スタートラインの時点で俺とアニキは決定的に違ったのにな」

「・・・イッセー」

一先ず、暁月の関わったシェルフィードの悲劇を話し終えた一誠に誰も何も言う事が出来なかった。
悲壮な表情を浮かべる彼に何かを言える雰囲気ではなかったからだ。
すると、その時、一誠達がいる扉を誰かがノックした。

「イッセー、私です」

「ルーティエさん?」

扉を開けて入ってきたハーフエルフのルーティエの姿を見て一誠は首を傾げた。

「少し話したい事があるので良いですか?」

「・・・・分かりました」

彼女の表情から何か重要なことなのだろうと察した一誠はルーティエと部屋の外へ出て行った。
その後、残されたリアス達だけとなり。

「・・・どう思う、朱乃?」

「そうですわね。確かに、あの二人の関係は気になりますわね」

「違うわよっ!!!」

リアスの問いかけに対して、少しからかう様に朱乃が答えると、リアスは顔を赤くして声を荒げた。

「そうじゃなくて、今のイッセーの話をどう思うか、を聞いているの?」

「・・・少し気になりますね。話は本当かもしれませんが、まだ私達に話していないことがあるような気がします」

「どうして、そんな風に思うの?」

二人の言葉を聞いたイリナが首を傾げる。

「勘よ。あの子の事が気になりだしてから、ずっと見ていたから少しだけど考えが読めるの」

と、自信満々に何の根拠もないことを語るリアス。
しかし、彼女の勘が当たることは否定できない。何せ、一誠がこの世界に来ることを勘で言い当てた彼女なのだから。
すると、今度はノックも無しに部屋の戸が開き、

「ちょっと良いか?」

「何かしら、イッセー」

扉から顔だけを出して一誠がリアス達を見て、

「悪い、少し出かけるから、ここで待っていてくれ」

「えっ?」

言葉少なくそう言うと、一誠はリアス達が何かを言うよりも早く足早に去っていた。

「ちょっと、イッセー!!」

叫び声を上げるリアスだが、その声に一誠は何も言わずにその場を後にした。









それから一誠はフォレストニウムの大通りを足早に歩いていた。
すると、

「よう、何処かに行くのか?」

海堂がいつもの軽い調子で話しかけて来た。
対して、一誠も比較的友好的な笑みを見せ、

「ああ。大切な用があるんで、少し留守を頼みます」

そう少し腰を低くして言葉を選んで紡いだつもりだが、海堂は辟易とした表情で、

「やれやれ、お前も俺を扱き使うつもりかよ・・・」

まぁ、良いけど、と海堂は諦めた表情で、

「その代わり、少し話を聞いて良いか?」

瞬間、海堂から濃密な殺気が一誠に放たれた。
濃密過ぎる殺気は並みの奴が浴びれば失神は避けられないものだが、幸い今の時間はほとんどの者が寝ている時間なので大通りでも誰もいなかった。
恐らく、これが海堂 元春の真の実力の一端らしい。
だが、一誠は冷静に、

「・・・一体、なんだ?」

「お前、アッキーがああなること分かっていたんじゃないのか?」

「・・・・・・」

無言になってしまう一誠。それが何よりも肯定とばかりに海堂は顔を顰めると、

「アンタは、アニキがやられて切れるようなキャラじゃないと思ったんだけどな」

「ああ、別にアッキーが重傷になったから怒ってるわけじゃないぜ」

死んだら、アッキーはそこまでの奴だったって事だ、と割り切るように言い放つと、

「だけど、もしもアッキーが死んだら俺も元の世界に帰れないかも知れないだろ・・・」

「・・・俺だって出来ることならアニキとレオンさんが戦うことは避けたかったさ。
でも、アニキがそんな事を容認する訳がないことは知ってるだろ?」

むしろ、止めようものなら、逆に一誠が剣で刺される。
何より、相手がレオンと分かれば、暁月はなおの事止まらない。
そう言うと、海堂は納得したのか殺気を収め、

「まぁ、それなら仕方ないけど。しかし、アッキーも意外と大したことがないな。感傷で動きが鈍るなんて」

「・・・一応、アニキには鎧の正体の可能性は教えたから、大した感傷はない。怪我を負ったのは・・・・
アニキが通さなくても良い筋を通しただけだよ・・・」

海堂の言葉にため息混じりに一誠が言葉を紡ぐと、「なるほど」と海堂は納得した様子で、

「なぁ、まさかアッキーて、実はマゾだったりするわけ?」

「さぁ、性癖には女性の奉仕を受けるのは好きだと思うぞ。俺と同じで」

「・・・お前ら、そっち系のネタ好きだな」

呆れたように海堂。
そんな彼に一誠は意味ありげな視線を向けて、

「男は皆好きだと思うがね。ノーマルの男なら」

「おい、なんだよ。その視線は」

「さて、話はそれだけなら、もう行って良いか?一応急いでいるんでな」

そう言って、一誠は海堂の横を通り抜ける。

「ああ、後一つ良いか?」

「なんだ?」

どうせ大したことではないだろう、と一誠は歩みを止めずに歩く。
だが、

「別にアッキーが倒された後で、お前がレオンって奴を倒してもよかったんじゃないか?」

その一言に一誠は立ち止まった。
苦笑気味に首だけを捻って海堂を見ると、

「ここまで来て俺が出しゃばる訳にも行かないでしょ。何より、アニキの代わりに俺が終結させる訳にはいかないからね」

「何でだよ?」

訳がわからないと言いたげな海堂に、苦笑から不敵な笑みへ変えて、

「この世界を平和にすえるのは、悪魔じゃなくて、勇者の仕事だからさ。それも本物の勇者のな」

そう言って、一誠は焔と共にフォレストニウムを後にした。




だが、この時の一誠は気づかなかった。
一誠が出た後に、自分に出来ることをしようと思った美兎がフォレストニウムの概念結界の外に出たことを。

そして、その次の日、ディスティアが美兎を捕らえ、明日の夜明けと共に処刑することが発表された。







あとがき
今日はここまでです。
本当は最終決戦まで書きたかったのですが、思った以上に話を進めることが出来ませんでした。
前回と同様に原作とほとんど変わっていない。
ですが、次回は結構無理な自己解釈が入ってしまいます。
そして、リアス達の出番がエピローグまで出てこない・・・

はぐれ勇者の原作を織り交ぜるのは難しいです。

話はエピローグまで出来てるんですが・・・
頑張って書くのでよろしくお願いします。


次回は、すでに半分ぐらいは書けています。
本当は二話更新つもりだったのでが・・・間に合いませんでした。
すみません。ですが、出来るだけ早く更新できるように頑張りますので、よろしくお願いします。







[32327] アレイザード編九話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/11/11 00:05
暁月がレオン・エスペリオの凶刃に倒れてから次の日。
凰沢 美兎は独房のような場所で目を覚ました。
霞む視界だが、自分がディスティア内にいることは理解していた。
そして、両手が鎖で壁につながれ、磔にされた状態で美兎は自分に何が起こったのか思い返そうとする。
だが、その思考は降り注いだ冷たい声音に遮られた。

「あら、お目覚めかしら」

「っ・・・・ど、どうして、貴女が・・・」

美兎は目の前の女性を見て驚愕した。
当然だった。何せ、目の前にいるのはアレクラスタのナンバー2で、リッシャ聖教の大司教。
―――ミランダ・クエンティがそこにいたからだ。

この戦争に関して中立を保っていたアレクラスタが、その姿勢を崩した理由。
それは間違いなく、自分が捕まったことだと、美兎は悔しさを噛み締める。

「もう充分でしょう、ミランダ殿。間違えなく、ガリウスの娘を我々が捕らえた事は信じてもらえるはずです」

と、鉄格子の外から、美兎の見張り役だと思われるディスティアの兵士が声をかけた。
丁寧な言葉遣いだが、その表情には少々苛立ちが見えた。
だが、ミランダはそれをからかうかの様に微笑んで、

「ええ。態々、バラム陛下に頼んだ甲斐があるわ」

そう言って、美兎から離れながらミランダ。

「フォレストニウムには今も強力な結界が張られているから、魔王の娘を捕らえたといわれても信じられなかったから。
―――でも、間違いなさそうね」

でも、とミランダは薄く笑みを浮かべ、

「一体、どんな方法を使ったのかしら?」

「それは・・・我々にはお答えすることは出来ません。もしも知りたいのでしたら、我々よりも上の人間にお聞きください」

そう言って、ミランダに返答するディスティア兵。
もっとも、上に問い合わせたところで返答するはずもない。

美兎を捕らえることが出来たのは、レオン・エスペリオの真実を聞いた後、美兎宛てに書状が届いたからだ。
リスティ・エル・ダ・シェルフィードから。
その内容は、極秘で会談を行いたいと言うものだった。
だから、美兎は遥たちに何も言わずに、魔族の護衛数人と共に彼女と落ち合う場所に向かった。
暁月が倒れた今、自分が頑張らなくては、と彼女は考えていた。
そして、出来ることが、あったのだ。
ゆえに、彼女は動いた。

差出人のリスティを信じて。
自分と同じ想いを暁月に抱いている彼女を。
そして、彼女の行動の理由はもう一つあった。
その理由はルーティエから教えられたエルディア襲撃の顛末を聞いたからだ。
レオン・エスペリオの人質になっていた子供は他ならぬ美兎、いや、ミュウだったからだ。
つまり、五年前、暁月はリスティだけではなく、ミュウの事も救ったのだ。

だから、美兎は暁月のためにも、動かなければならなかった。
停戦に繋げる事が出来なくても、暁月が目を覚ますまでの時間を稼ぐ為に。

だが、そんな儚い想いは踏みにじられたのだ。

書状に書かれた場所に行ってみると、そこにいたのはリスティではなく、レオン・エスペリオが待ち伏せしていたのだ。
つまり、騙されたのである。
書状はリスティが書いたものではなく、ディスティアが彼女の名前を語って出したのだ。
その結果、美兎はレオンによって捕らえられていたんだ。



しかし、ミランダはそんな事情を知っているかのような素振りを見せながら、それ以上追求はしなかった。
だから、ディスティアの兵士は虚勢を張るように語気を強め、

「それで、ミランダ殿。アレクラスタは今後、どう動かれるおつもりですか?」

「さぁ、それは私に聞かれても困るわね」

ディスティアの今後に大きな影響を与えるかも知れないアレクラスタの動向が気になる末端の兵士の問いかけ。
しかし、不安そうにする兵士にミランダは嘲笑うかの様に前置きを口にし、

「もし、知りたいのなら、申し訳ないけど私よりも上の人間に聞いてくれるかしら?」

「――――っ!?」

と、末端の兵士には不可能な回答を返したミランダ。
彼女の上には、教皇のヴォルクしかいないのだ。末端の兵士では会うことすら出来ないだろう。
そして、
完全にからかわれ苛立つディスティアの兵にミランダは悠然と歩いてその場を後にしようとする。
だが、その足を不意に止め、背後の美兎に視線を向けて、

「残念だったわね。アナタの信じた未来にならなくて」

そう言って、彼女は美兎の反応を見ることなく、その場を後にした。

「・・・・まだだよ・・・・」

そして、ミランダが立ち去った後にポツリと美兎が漏らす。
まだ諦めていないと。
信じていると。
まだ自分たちには彼が、希望が残っていると・・・・

しかし、彼女の思いとは裏腹に、頬から一筋の涙が零れた。

捕まってしまい、いつ殺されるか分からない現状を。
自分と暁月が信じた平和をミランダに否定されてしまった悔しさを。
この涙を今は暁月に止めてもらえない状況を。

それら全てに美兎は涙を流す。
だが、それでも彼女は信じていた。


だから、この瞬間、全てが動き出した。

卑怯なディスティアの策略を知り、リスティが、一誠が、未だに不気味な沈黙を保った者のいる状況で、動いていた。
そして、

「・・・泣いてたな」

フォレストニウムで一人の青年が目を覚ました。
目覚めてすぐなので状況など全く理解できない。
だが、彼には一つだけはっきりとしている確信のようなものがあった。

どこかで自分のよく知る少女が泣いている。

ならば、それだけで充分だった。自分がやるべきことは理解できる。
だから、凰沢 暁月は不敵な笑みで告げる。

「さて、そろそろ俺の出番だぜ」












日が完全に暮れたシェルフィードの城下町。
そこで変わらぬ味を提供するレストラン“山猫亭”。
ほぼ毎日営業するその店は、今日に限って休業の札が一日中掛かっていた。
たった一人で店を切り盛りする女主人が床に伏せたわけではない。
彼女は店の席に一人ポツリと座っていた。

すると、突然休業の札が掛かっているにも関わらず、店の扉が開いた。

「どうしたんだい、おばちゃん。何の前置きもなく一日休みにするなんてらしくないじゃないか」

そう言って、一誠は店の主、セリーナが何か言うよりも早く店の中に入る。
その後に、ゴツイ男が入ってきた。顔が、胴が、手足までがデカイ男だが、そんな男は赤い女物のドレスを着ていた。

「アンタ・・・」

「来たわ・・・何か食べさせてよ」

そう言うセリーナの古い友人、娼館ギルドの首領、メリッサ。

「アンタ達はどうして普通の営業時間に来ないのかしらね。休業の札が見えなかったのかい?」

やれやれ、と嘆息するセリーナに、

「カタギの店に、一般客と一緒に私が食事出来る訳がないでしょ」

と、メリッサの言葉に一誠は心の中で頷いた。
普通の営業時間にメリッサが現れれば、その時間帯の商売は成り立たなくなりそうだ。
主に見た目の所為で。

「でも、おばちゃんが休むなんて珍しいな。何処か調子が悪いのかい?」

と、一誠が問いかけると、セリーナは笑顔を張りつけながら立ち上がり、

「いや、少しだけ体がだるかっただけだよ。今はもう大丈夫だから何か作ってやるよ」

本当はそんな気分ではないのだが、折角来てくれた古い友人のためにセリーナは奥のキッチンに立とうとする。

「でも、イッセーは良かったのかい?そっちは今大変なんだろ?」

暁月がディスティアによって倒れたのは知っている。
それなのに一誠が自分の前に現れたことにセリーナは何処かよそよそしかった。

「ああ、大変だったよ。戦場でディスティアの騎士として蘇ったレオンさんと遭遇したから」

そう言って、近くの席に座る一誠とメリッサ。
だが、セリーナは動きを止めて立ち止まり、ゆっくりと背後を振り返った。
そこには顔を俯かせる一誠と静かに目を閉じるメリッサの姿があった。

「おばちゃん、知ってたよね。レオンさんが蘇ったことを・・・」

「・・・・・・・」

一誠の言葉に無言で目を逸らしてしまうセリーナ。
そんな彼女に一誠は核心を付いた。

「いや、本当はおばちゃんなんだろ。レオンさんの亡骸を渡したのは・・・・」

その一言にセリーナは覚悟を決めたように二人と向かい合う形で席についた。
その行動が肯定だった。
信じたくないことだったが、そう考えれば少し納得がいくことがいくつかある。

ディスティアの勇者のフィル・バーネットが霊園でレオンの墓を破壊した。
それが恐らく確かなことだろう。
だが、ならば何故、フィルはレオンの亡骸を強奪したのかが謎になる。
聞いた話では、フィルはレオンの墓を破壊した後すぐに暁月たちの世界へ転移した。
とてもじゃないが、レオンの亡骸を誰かに預ける時間はなかっただろう。
何より、彼にはそんな事をする理由などないのだから。

そんな時に、ルーティエがある事実を教えて暮れた。

「ルーティエさんが言ってたんだ。レオンの亡骸は霊園には安置せず、この店の裏の、彼の父親と姉が眠る墓と同じ場所に眠らせているって」

「・・・・・・・」

無言のままのセリーナに一誠は言葉を続け、

「ここの墓を作る提案をしたのはルーティエさんだった。その時、おばちゃんが頼んだんだよな。墓を作るなら息子の亡骸を入れてくれって」

その時の話し合いは、セリーナとルーティエの二人だけで行われていた。
ルーティエはセリーナの頼みを聞いても良いと考えた。
恐らく、リスティに言えば彼女も反対はしなかっただろう。
勇者とは言え、息子を母親に返さない道理はないのだから。
しかし、他の重臣は、勇者を民の心を支える柱にする為に一般的な霊園に安置するようにするだろう。
そこには力を付けて王都エルディア奪還際に活躍した暁月への名声の牽制もあったのかもしれないが。
後者は兎も角、前者も間違った考えでもない。
だが、取り返したばかりの王都の復興にリスティは奔走していて、この件に頭を悩ませるような事態は避けたかった。

だから、ルーティエは自分の独断でレオンの亡骸を上手くここへ移したらしい。
そして、このことは彼女と彼女が信頼する一部の部下だけが知っている秘密だった。

「だけど、今日調べてみたら、その事に手を貸した部下の一人が行方不明になってることが分かったんだ」

そこまで言えば、充分だった。そう言わんばかりに、セリーナはゆっくりと語りだした。

「・・・フォレストニウムの駐屯部隊が壊滅した日に、私の前にアイツが現れたんだ・・・」

「どんな奴だったんだい?」

メリッサが問いかけるが、セリーナは首を横に振る。

「分からないのさ。魔法で姿や、声を変えていたみたいだからね」

だが、恐らくはディスティアの人間ではないだろう。
そもそもレオンの復活をバラムが考えたのか一誠には疑問に思えてきた。

フィル・バーネットは邪竜ザッハークと契約した勇者。
だが、フィル・バーネットにそこまで賭けて置いて、レオンを蘇らせるのは可笑しい。
万が一にフィル・バーネットがしくじった時の保険だったとしても、他国の勇者を蘇らせ自軍で使うにはかなりのリスクがある。
それこそ邪竜と契約した勇者とは比べ物にならない程のリスクが。

そもそも有り得ないことだが、万が一にフィル・バーネットが美兎を攫うことができたとしても。
彼は自分が勇者となる為に、暁月を倒そうと決起し、レオンの墓を破壊までしたのだ。
そんな彼とレオンを一緒に駒として持つのは不安要素が多い上に、聞いた話ではバラムはフィル・バーネットが暁月に負けるとは思っていなかったらしい。
そして、フィル・バーネットの敗北を知ったのはリスティ達と会談している最中だったことも聞いていた。
とてもじゃないが、他の策を、レオンを蘇らせるために、その時から彼の亡骸を強奪する時間があったとは思えなかった。

ならば、考えられるのはバラムの思惑を何らかの形で知った他国が、それを利用しようと画策したのだろう。

(この場合、一番考えられるのはアレクラスタかな・・・)

今回の戦争はどう転んでもアレクラスタが一番利益を上げられる状況にあった。
もっとも証拠がないのではっきりといえない、全て一誠の推測でしかないのだ。

「そいつは私に言ったのさ。魔族が再び我々に牙を向けた。この危機を乗り越えるために勇者の力が必要なんだってね。
もちろん、私は断ったさ。あの子はあのまま安らかに眠ったほうが良いからさ」

「賢明な判断だと思うよ」

一誠はセリーナの言葉に賛成する。
レオン・エスペリオの真実を知る最後の一人であるセリーナは彼が生き返れば、あの惨劇が繰り返されるのは容易に想像できただろう。
だが、

「だけど、そいつは諦めようとしなかった。『息子に会いたくはないのか』とか『一人この店に居て寂しくないのか』てね」

他にもいろいろな言葉を言われた。
その全てが何故か、セリーナの心を大きく揺さぶったのだ。

「催眠効果のある魔法か、薬でも使ったのかもしれないね。でないと、アンタがそんなありきたりな言葉に惑わせることはないからね」

「だけど、その結果、あの子は多くの命をまた奪った。あの子にまた命を奪わせたのは私なのさ・・・」

何より、暁月に瀕死の重傷を負わせる切欠を作ってしまったことをセリーナは悔やんでいた。
そんな彼女にメリッサが、

「心配要らないよ。あの子は生きてるみたいだからね。先刻、ゴルドノ大渓谷で暁月の姿が確認されたらしいよ」

「本当かい・・・?」

「ああ。それにアニキも、俺もこの戦いをまだ全然諦めてないんだから」

そう言って、一誠はセリーナの手を強く握り締めた。

「だから、おばちゃんも信じてくれないか。アニキの事を、あの人は必ずレオンさんの事を止める。
そして、今度こそ安らかに眠らせるはずだから」

その言葉を聞いて、セリーナは頬から涙を流すのだった。






深夜、魔王ガリウスの娘の処刑が刻一刻と迫っているディスティア皇宮内。
そこにリスティ・エル・ダ・シェルフィードの姿そこにあった。
アレイザード各地に設置されている転移装置、“転移の門”を使い、彼女はバラム皇帝と極秘会談を行うためにディスティアへ来たのだ。

暁月がレオンによって倒れ伏した後、リスティはゼクスからレオンの心の闇を知った。
話を聞かされた時は信じられなかったし、戸惑いもしたが、一晩ぐっすり眠ると頭が整理された。
その上で、リスティは思う。
婚約者のレオンが父親を殺したのはショックだった。
だが、リスティは自らの父親を殺したレオンの事を恨んでいない。
なぜならば、彼女はすでに父親の死を乗り越えたのだ。
今更、その真実を知ったからと言って、レオンの事を恨むことはない。
むしろ、思うところもある。

―――もしも、王族である自分たちが魔族との戦いを決めなければ、彼のような悲しい存在を生むことはなかったのではないのか


何より、彼女が冷静に考えることが出来る最大の理由がある。
その事を、誰よりもリスティ自信が理解していた。
事実上の婚約者はレオンだが、そこに彼女の恋愛感情はなかったからだ。
もちろん、レオンの事は嫌いではなかったし、むしろ、好意を持つことは出来たが。
だが、王族は国を繁栄させる義務がある。
勇者と認められた婚約者との結婚は、それだけで将兵や民衆が喜ぶことをリスティは理解していた。
だから、例えば、レオンではなくゼクスが勇者と認められ、婚約者とされても、リスティはその者と結婚しただろう。

ある時、一人の青年と出会いをするまでは・・・

異世界から転移した暁月との出会いは嵐のようなもので、リスティは今でも忘れてることが出来ない。
当然だろう。
何せ、リスティが入浴中に召還された暁月が全裸で空から降ってきたのだから。
だが、その時からリスティの世界はガラリと変わった。
そして、次第に彼の事が好きになっていったのだ。

しかし、ガリウスがエルディア城を襲撃した際、リスティは両親や親しい者、自分が生まれ育った国、そして国の希望だったレオンを失った。
そんな中で、彼女の中にある恐怖が生まれた。

―――ここで暁月を失ってしまったら・・・

彼が居なくなる恐怖は耐えられる。
だが、彼が死んでしまった辛さは、耐えることなど出来ない。
だから、リスティは嘘をついてしまった。

―――貴方さえいなければ、と。

暁月を拒絶する態度を取ったのだ。
彼が自分の世界に帰らせる為に。



しかし、暁月は姿を消したが、決して元の世界へは帰らず、“神層界”に赴き、全てを守る力を得た。
そして、共に修行した一誠と共にエルディア奪還作戦で、窮地に陥ったリスティ達を助けたのだ。
その時、リスティの気持ちは感動以上のものがあった。

だが、どんな理由があったとしても、自分は暁月に酷いことを言った。
その言葉がどれだけ彼の心を抉ったのか――――

そう考えると、リスティは自分の感情を押し殺すしかなかった。
でも―――

(これ以上、自分の心に嘘をつく事は出来ない)

ゼクスからエルディア襲撃の真実を聞いてから、リスティは暁月の事で冷静になることが出来ない。
当然だった。
暁月がリスティとシェルフィードを“二度”も救ったのだ。
それも一度目はたった一人でリスティと彼女の守りたい国を救ったのだ。

だから、リスティは止まらない。
今まで押し留めていた、暁月への想いを止められるはずがなかった。
あふれ出す感情は、もはやリスティの心の防波堤を決壊させた。

ゆえに、彼女は今、この場にいるのだ。

「どうぞ、こちらになります。中でバラム様がお待ちです」

「ありがとう」

インベリアルナイトに案内され、リスティはディスティア皇帝バラム・ダイ・アロン・ディスティアのいる部屋の扉の前まで来た。









その頃、シェルフィードの城下町の一角。
セリーナの事をメリッサに任せて“山猫亭”を後にした一誠は、その付近を“掃除”していた。
そして、それが一通り終えた一誠は、ゴミを一箇所に集めた後、

「もう終わったのか、イッセー」

「ああ。この付近は終わったさ。おばちゃんの店には塵一つ転がり込まないはずだ」

そう言って、一誠は駆けつけて来たゼクスに、足元の積み重なった暗殺ギルドの面子を見せる。

「1,2、3・・・7人か。結構な人数だな」

「ああ。誰が送ったのか知らないがな」

「それは心配するな。俺がきっちりと締め上げて吐かせてやる」

ボキボキと指を鳴らしながら、暗殺ギルドの背後関係を洗うことに闘志を燃やすゼクス。

「戦争が佳境に入ったからかもしれないが、各々無茶をするぜ」

「全くだ」

やれやれと辟易しながらゼクスが一誠の言葉に同意した。

「そっちでも何かあったのか?ワルキュリアさんに伝言を頼んだど、リスティさんの事に触れようとしなかったから」

「ああ。リスティの奴も無茶をやらかそうとしてるみたいだ」

苛立ちの口調でゼクスが吐き捨てる。

「アイツ、俺に黙って閣僚会議を開いた上に、一人でディスティアに行きやがった」

「会議を・・・それって」

「ああ。アイツ、自分の王位剥奪を決議したんだよ」

「・・・随分と一気に進めたな。勢い余ってバラムのおっさんを拉致するんじゃないのか?」

「ワルキュリアを問い詰めたらそうらしい。すでに軟禁状態の第四皇子にも話を通しているらしい」

俺に黙って話を進めやがって、とブツクサ怒るゼクス。

「だけど、遅かれ早かれ、リスティさんは王政を終わらせるつもりだったんだから」

リスティが王位を継承した最大の理由。
それはシェルフィードを王政を廃止し、国民選挙によって指導者を決定する新体制を樹立させることだ。
王政を終わらせることが出来るのは王族だけ。
だから、リスティは先の戦争の後始末するためだけに王位を継承したのだ。
それを早めたのには当然理由があるわけで。

「それにしても、誰がリスティさんを炊きつけるような事実を言ったんだろうな・・・」

「うっ・・・」

ジドォッとした目で一誠がゼクスを見ると、気まずげな反応をする。

「悪かったよ。確かに、レオンの事をリスティに話したのは俺だ。だから、こうなることは本来なら俺が予想しないといけないんだが・・・」

「気にするなよ。俺も美兎さんがフォレストニウムを出て行くとは思っていなかったんだ」

その結果、美兎はディスティアに捕まってしまった。碌でもない手段を使ったのは察しが付くが。
リスティがことを急いだのはその所為もあるのだろう。

「だけどよ。本当に大丈夫なのか、俺は今からでもリスティの後を追うべきだと追うもんだが」









ゼクスの予感は的中していた。
バラムのいる皇帝の執務室に入ったリスティはすぐに魔法を発動させられるように予め魔法陣が浮かばないようにして詠唱していた。
しかし、リスティの策はバラムに読まれていた。
執務室には反魔法結界(アンチマジックフィールド)が張られていた。
無論、リスティもその事を警戒し、予め防御結界を張り、その有無を確かめたのだが、相手が一枚上だったらしい。
その反魔法結界は攻撃魔法のみに反応し、衝撃を与えるタイプだったらしく、リスティの策は破綻してしまい窮地に立たされる。

同時刻、美兎にも同じく窮地に立たされていた。
日の出と共に美兎の公開処刑が行われる。
だから、今は牢屋だが、時が来れば処刑場に連れて行かれるときが最大のチャンスだと美兎は思っていた。
だが、その希望は挫かれた。
美兎の牢にはレオン・エスペリオが見張っていたからだ。
いや、レオンは今、この瞬間に美兎を殺そうとしていた。
禁呪で蘇ったレオンは“死”を操ることが出来る能力を持った。
その能力は死者に使用すればレオンに従う死骸兵に変え、生きる者に使えば生きる屍となる。
そして、この能力はありきたりな事に、レオンを倒せば効果を失う。
つまり、美兎を殺せば、意識はそのままで、レオンの意思一つで活動を止める人形と言う暁月を惑わせる人質に出来るのだ。

そして、リスティと美兎、二人の少女はそれぞれの場所で同じタイミングで刃が振り下ろされた。




二箇所で少女二人に同時に振り下ろされる。
それは少女たちにとって避けることが出来ない絶体絶命の状況だった。
だが、リスティと美兎は最後まで信じていた。
それは二人が心の底から想いを寄せる一人の青年に。

そして、次の瞬間――――

迫り来る刃にそれぞれが目を瞑り死を覚悟する――――

だが、予期していた自らの身を突き刺される感覚はいつまで経っても二人に襲い掛からない。
その代わりに、リスティと美兎は力強い腕に抱きしめられた。

「「え?」」

思わず二人が声を漏らして目を開けたと同時に、衝撃音が二度続けて響く。
だが、それにも関わらず二人は呆然としていた。
なぜならば、二人の目には先程居た場所とは全く違う景色が写り、お互いに向かい合って立っていたからだ。
二人が訳も分からず困惑していると、

「ハッ―――やっぱり最高だな。絶望的な状況を一瞬で引っくり返すってことはよ」

自分達の近くで降り注ぐ言葉。
リスティと美兎はそれが誰のものなのか分かっていた。
期待するように見上げる二人の視線の先にある顔を見る。
不敵な笑みを浮かべ、自分たちの腰に腕を回しながら両脇に抱き寄せる凰沢 暁月を。







時間は少し戻して、シェルフィードで一誠とゼクスが話している時。
不安を口にしたゼクスに、一誠は全く心配などしていない態度で、

「なぇ、ゼクス。子供のお守りの一つで売られていた転送シールって魔導具があって知ってるか?」

「はぁ?なんだ、それ?」

突然、話題を変えたことにゼクスは首を傾げたが、一誠は言葉を続け、

「何でも、行方不明や、誘拐にあった子供のために製造されたシールらしくて。
生命の危機を感じた時、貼られた対象が貼った人物の元に転送させる術式が汲まれているらしい」

それも貼られた瞬間、シールは透明化して見えなくなる優れもの。
説明すると、ゼクスは感心したように「へ~」と声を漏らす。

「そして、最大の特徴。というより、欠点なんだが、転送される対象に触れている誘拐犯も一緒に転送されるんだと」

その所為で、製造中止になってしまった代物。
だが、そこまで聞いてゼクスは漸く合点が言った表情で、

「おい、まさか・・・」

「二人に貼り付けてるらしい、保険として」

「一体、何時だよ。そんなもん、ガリウスの娘の方は幾らでもあっただろうが、リスティには何時・・・」

少なくとも、そんな事をする時間はなかったはずだ、と言うゼクスに、

「リスティさんの時は試合の時にキスしてただろ。あの時じゃないのか?」

ちなみに、美兎の時はメリッサの館で媚薬を誤飲した際、暁月にホクロを座れていたときだろう。
別に、見たわけでも、聞いた訳でもないが一誠ならそうしたからだ。

「つまり、そんな前からアカツキの奴はこうなることを予測していたって事か!?」

「・・・ゼクス、やっぱりお前ってバカなのか。保険って言っただろ。アニキも精々、自分がいない時に二人が狙うバカ共を倒せば、
手っ取り早く終わらせるぐらいにしか考えてなかったはずだ」

それでも、かなり凄い事だがな・・・
客観的に見ても、この方法はかなり冴えたやり方だ。
フォレストニウムからディスティアへ行く場合、その道のりは、結構過酷なものだ。
まずゴルドノ駐留部隊を突破し、国境警備隊に、皇都警備隊を全員倒さなければならず、夜明けまでには間に合わないだろう。
改めて、暁月の行動を知り、一誠は彼に追いつきたいと思ってしまう。

「だけどよ・・・大丈夫なのか?」

と、心配そうにゼクス。

「何が?」

対して、一誠は軽い気持ちで問い返した。

「アカツキはレオンに重傷を負わされたんだろ。それなのに、こんなにすぐ戦えるのかよ」

「ああ。傷の方はルーティエさんが完全に治したし、俺もフォレストニウムを出る前にアニキの氣を操作したから、万全に近い状態のはずだ」

それに何より、

「泣きそうな女が二人も近くにいて、目の前には潰すべき敵がいるんだぞ。はっきり言って、今のアニキは、軽く最強だよ」

更に言えば、

「もうアニキはレオンさんを倒せる男になってるからな」












それから暫く後、ゴルドノ大渓谷にて暁月とレオンは剣を手に戦っていた。
その戦況は暁月がレオンを押しているように感じられるものだが、レオンはその事に焦りを感じていない。
死んだレオンは疲れを知らない。対して、暁月は病み上がり。どんなにコンディションが整っていてもその事実は変わらない。
持久戦になれば、間違いなくレオンに軍配が上がるだろう。
しかし、暁月はそれよりも早くレオンを倒そうと猛攻する。
『錬環系勁氣功』の円動作を最大限活かし、剣だけでなく、両足、両膝、両肘まで使って縦横無尽な攻撃を繰り広げる。

無駄なことを・・・・

だが、レオンは暁月の攻撃を冷静に対処した。
死んだ自分に打撃は効果がない。ゆえに、注意するのは剣のみで良い。
その事を暁月も理解しているだろう。
だから、レオンは苛立ちを募らせた。

暁月の表情に確かに笑みがあり、一撃一撃の攻撃が躍動感溢れているからだ。

「あの時にあった迷いが消えているな・・・」

「ああ、お陰さまでな」

ハッ、と鼻で笑う暁月。
そして、

「言っただろ。・・・・お前を倒せる俺になるって」

「何?」

告げられた言葉にレオンは理解できずに問い返した。
その言葉は、先の戦いで暁月が言った言葉だ。
あの時、暁月は『錬環系勁氣功』の奥義を発動してレオンを倒そうとした。
だから、レオンは暁月の言葉は奥義の発動を意味しているのだと思った。

―――だが、アカツキの物言いは違うことを意味しているように・・・

そこまで思考して、レオン・エスペリオは理解した。
思い至った瞬間、頭に一気に血が上り、感情が爆発し、

「アカツキ・・・・貴様っ」

激昂して叫び声を上げた。

「わざと俺に胸を刺されて、あの時の、五年前の出来事を逆の立場にして再現したのかっ!!!」

だが、悠然と暁月は笑い、

「当然だろ、それ以外に何があると思ってたんだ?」

あれは暁月にとって重要な意味を持つ儀式のようなものだったから。

「イッセーの奴からお前が相手だと聞いた時から、まずはあの時の清算をしないとおもいっきり戦えないからな」

だから、暁月は『錬環系勁氣功』の奥義を発動させ、自らの自己治癒力を最大限まで引き上げた。
レオンに刺されたとき、暁月は一瞬だけ心臓が停止したが、最小限の傷で済ませることが出来た。

「もしかして、誤解させちまったか?」

だが、安心しろ、と暁月は不敵に笑い、

「今、この場にいるのは、紛れもなくお前を倒せる俺だからよっ」

それと同時に暁月は氣弾をレオンに放った。







「くっ・・・・」

連続で襲ってくる氣弾の数々。
更に、暁月の攻撃の速度が更に加速。
足を使った蹴りを止め、フットワークを生かしたヒットアンドフェイを行う。
それも高速で、急加速と急停止を繰り返す暁月の姿が残像として残り、レオンを困惑し追い詰める。
そして、ついに暁月の猛攻に耐えられず弾き飛ばされ、片膝をつくレオン。

「どうだ、あの時とは違うぜ。レオン」

レオンが正面を見れば、そこには魔剣を構えて堂々と立っている暁月がいる。

「お前を失ったことで、お前を殺すことでしか止めることが出来なくて、絶望した俺が手にした力さ」

あの時は背後から襲う事しかできなかったが、今は違う。

「次で終わらせるぜ。構えろよ、レオン」

と、暁月は堂々と正面からレオンと向かい合う。

「そうだな」

レオンはゆっくりと立ち上がり、

「次で終わりだろうな。お前が」

冷笑を浮かべレオンが告げた。
瞬間、暁月の身体がガクッと崩れ片膝をついた。

「な、なん、だ・・・これ・・・」

乱れる呼吸、低下する心拍数、心臓の鼓動も弱くなっているように感じた暁月。

――― くっ、どうなってやがる・・・

突然起こった身体の異常に暁月が困惑していると、

「はっ、はははははははははははははははははははッ!!いけないな、アカツキ。禁呪を施された俺に何度も触れるなんてっ!!!」

狂ったように笑いながらレオンが声を上げる。

「禁呪で蘇った俺は『死』そのものだ。お前が俺に触れるたびに徐々に死がお前の身体を蝕んでいるんだよ」

「・・・そういうことかよ」

舌打ちしながら暁月は自分の今の状態を理解した。
『死』は概念ゆえに、毒と違い『錬環系勁氣功』では体内を浄化することは出来ない。
今の暁月は生命力を削られたと、言うことだろう。

しかし、暁月はその事を恐れない。
むしろ、次の攻撃で終わらせると、逆に決意が固まった。
倒すべき敵は、正面にいる。
あそこまで自分の攻撃が届けば良いのだ。

「やってやるぜ・・・」

決意して両足に必死に力を入れようと、したその時、

「―――この戦争の行く末が、一対一の決闘だと誰が言った」

背後から発せられた声に暁月は慌てて背後を振り返る。

「―――っ!?しまっ・・・」

忘れていたわけではなかった。
レオンと戦いながらも気にはしていた。
だが、突然の不調に一瞬だけ意識が散漫としていた。

その結果、今自分にバラムが剣を振り下ろされる。


突然の事に暁月は反応することが出来ない。
身体も削られ、少なくなった生命力では動かすことが出来ない。
必然的に暁月はバラムの剣を受けなければならない。
だが、

「それでもさ、これは幾らなんでも節操無さ過ぎるだろ、おっさん」

――――ガギィン!!

暁月に向けて振り下ろされる剣は“赤い篭手”によって到達することはなかった。

「なっ」

自らの剣を受け止められバラムは呆然とする。
次の瞬間、

『Explosion!!』

音声と共に自分の剣を受け止めた人物の蹴りがバラムの顔面に当たり、彼をディスティアの方向へ飛ばした。

「やべっ、飛ばしすぎた」

「・・・おいおい、何でお前がここにいるんだよ」

やっちまった~、と頭を掻くその人物に暁月はぶっきら棒に言う。
すると、その人物は不敵な笑みを浮かべ、

「何言ってるんですか、俺はアンタの腰巾着なんだから近くにいて当然でしょ」

と、はぐれ勇者の腰巾着、兵藤 一誠が悪気も無く答える。
ゼクスと別れた一誠は焔を使って、一目散にこのゴルドノ大渓谷で暁月とレオンの戦いを観戦していたのだ。
別に手を出すつもりは無かった。
暁月とレオンの決着を見届けたい、と言うあくまで一誠の我侭だ。
だから、その一騎打ちに無粋なことをする不届き者を一誠は成敗したのだが。

「とりあえず、俺はバラムのおっさんを探してくるよ」

そう言って、一誠はバラムを飛ばした方向へ向かおうとすると、その背中を暁月は黙って見送る。
その中で不意に一誠は立ち止まり、

「だから、アニキは何時までも親を泣かせるバカ息子への折檻を頼みますよ」

「へっ、言われるまでもないよ」

一誠の言葉に奮起したように暁月は立ち上がり、そしてレオンと向かい合う。
その光景に安心した一誠はゆっくりとその場を後にし、暫く進んだ先の光景に睨んだ。


―――バラムと合流したディスティアのゴルドノ駐留部隊の兵士、五万人を。

その人の山々から聞こえてくるのは、はぐれ勇者を、魔王を倒せと息巻く兵士の声。
その声を一誠は一笑してから、

「行かせる訳ねぇだろ、バカ野郎共・・・・」

右手に変化させた大剣を握り、左手の『赤龍帝の篭手』を装備して一誠は一目散に五万人の兵士の波に飛び込んだ。










ディスティア帝国皇帝、バラム・ダイ・アロン・ディスティアは苛立ちにも似た感情で目の前の光景を見ていた。
五万からなるディスティアの兵士たちが、赤い篭手と赤黒い大剣を持った一人相手に圧倒されていた。
別にバラムは五万人で暁月を倒せるとは思っていなかったが、消耗している相手ならば充分だと思って増援を呼んだ。
しかし、まさか一誠相手に自分の兵士たちが薙ぎ払われている状況が信じられなかった。

バラムの中で、一誠はただの腰巾着のイメージしかなく、一人では何も出来ない男だと思っていたからだ。
そして、レオンからは一誠の実力は暁月ほどではない、とも聞いていたから、この誤算はバラムにとっては痛い。

更に、暁月とレオンの戦いも再び暁月が押していると、魔法で監視するように命じた兵から報告が来ていた。

一体、何処で選択を間違えたのか・・・・

バラムは恨みがましい視線を向けながら、ディスティア帝国への帰還の準備に入った。

「このままでは、終わらん。国に戻れれば、まだ・・・・」

―――まだ道が残されている、と呟こうとしたバロムが急に胸を押さえて苦しみだした。


「ぐぅっ・・・なんだ、一体・・・・」

突然襲われた胸部への激痛に苦しむバラムへ近くにいた兵士たちが近づく。
だが、バラムは突然血を吐いて、その場に倒れてしまった。

「ば、かな・・・な、ぜ・・・」

訳も分からず倒れたバラム。
薄れていく意識の中で、バラムは自分の名を呼ぶ兵士たちの声は届かない。
だが、

―――残念だけど、もう貴方も、ディスティアは終わりよ。これ以上はディスティアだけじゃ済まなそうだから

深く沈む意識の中で、何故か聞き覚えのある女性の冷笑と共に放たれたような言葉が届く。

―――さようなら、バラム皇。消えて行く自国を眺めながら良い旅路を

こうして、強大な軍事国家の皇帝は、呆気ない最後を迎えた。







皇帝バラムが死んだという事実は一気に兵士たちに広がり、兵士たちの間に動揺を走らせた。
そして、指導者を無くしたディスティアは、これ以上戦える訳が無く自らの国へ敗走した。
その光景を一誠は黙って見送った。
別に彼らを暁月たちの元へ行かせないのが目的だった。
ゆえに、一誠は誰も殺さなかった。
しかし、

何故、バラムが死んだのか、が分からなかった。

だが、一先ず深くは考えず、暁月たちの元へと戻る。
見ると、向こうも終わっていた。



暁月の渾身の拳はレオンの胸を打ち彼を倒していた。
いや、バラムが死んだことでレオンの禁呪が解けて体が崩れてきている。

「随分と重くなっただろ、俺の拳も」

ゆっくり前に倒れるレオンを腕で抱きとめながら、静かに笑みを浮かべて語りかける。

「この五年で結構なものを背負ってきたからな、俺も。何か守ろうとする力も大したものだろ」

「だから、お前はこの世界を守る為に戦ったと言う訳か・・・」

力ない笑みを浮かべながらレオン。
しかし、暁月はそれを笑い飛ばす。
そんな大した理由で戦ったのではないと。

「俺が守ったのはこの目に映る女と―――その涙を見たくないという俺の美学さ」

すると、レオンは楽しそうに笑い、

「成程・・・そういう事か」

ならば、

「先に向こうに行って見ているよ、アカツキ。女の涙を止める為に世界だって敵に回す。
そんな綺麗ごとが何処まで続けられるかを」

言い終えると同時、レオンの身体は砂となって崩り、風が吹き消えてなくなった。
それを見届けた暁月は静かに言う。

「ああ、見せてやるさ。俺が俺である限り、最後の瞬間までな」

そう言って、暁月は振り返り、ゆっくり歩き出す。
遠くから駆けて来る二人の少女、リスティと美兎の方へ。

その光景を眺めながら、

「やっぱ、格好良いぜ。アニキ」

苦笑しながら呟くのだった。






あとがき

何とか書けました。
結構長くなりました。
自分の好きな場面が多かったのでこうなってしまいました。
そして、今回のことで突っ込みたいことがあると思います。
セリーナの件も、バラムの件も一誠を活躍させる為に少し弄ってしまいました。
不評を買わないか心配です。

次回はエピローグを書いてアレイザード編は完結となります。

次回も出来るだけ早く出来るように頑張りますのでよろしくお願いします。








[32327] アレイザード編十話
Name: マグナム◆9bae9ac6 ID:a65c46eb
Date: 2013/11/18 00:25
暁月とレオンの死闘で幕を閉じることとなった戦争。
それから四日が経過していた。
昨日まで戦後処理が行われたのだが、それは三日でスムーズに終わった。
停戦交渉は暁月、リスティ、アルフォンスの三人だけで行われたからだ。

シェルフィードが仲介役として、ゲイルペインとディスティアは停戦。
発端となった駐屯部隊の襲撃も、三国間同士に遺恨を持たないことを決定し、犯人不明で決着。
そして、不可侵の和平条約の決定までが、死闘の三日で取り決められた。
戦争の行く末を静観していたアレクラスタも、その事に異を唱えることは無く。
アレイザードは平穏を取り戻す道をたどることになったのだった。






そして、シェルフィードのエルディア城内にある浴室。

「でも、和平が決まってよかったわね」

「うん。やっと終わった、全部」

その浴室で手足を伸ばすリアスの言葉に美兎が頷くと、自分の隣に向かって、

「ありがとうございます、リスティさん。シェルフィードが仲裁してくれたから和平が結ばれました」

「うんん、気にしないで。私も戦争を止めようとして思っていたから」

そう言って、リスティが微笑む。

「―――だけど、納得いかない」

「え?」

「確かに委員長の言うとおりだね」

不機嫌そうな声で葛葉と千影が湯船に入ってきた。
何故、彼女らがそんな表情をしているのか、美兎は分からないでいると、

「全くですわ。力になりたいと思ったのに、あの男はあんな方法で私達の意識を飛ばしたのですから」

と、同じく不機嫌そうな表情で遥が言った。
すると、千影が、

「あれ、私と委員長は普通に首に一撃当てられたけど、副会長は確か耳を甘噛みされたんだっけ」

「っ!?そんな事は今は関係ないでしょう!!!」

顔を真っ赤にして叫ぶ遥。
ここは大浴場だから、彼女の声はよく響く。

「アナタ達なんて良いほうよ。イッセーたら私達に詳しいことも言わないで出て行ったんだから」

と、リアスが俯きがちに言うと、

「そうですわね。私達を連れて行けない理由があったんでしょうけど・・・」

「・・・寂しいことです」

朱乃と小猫が寂しげな表情で呟いた。
二人の呟きは美兎とリスティ以外のメンバーの思いだったのか、大浴場の空気が二段階ほど暗くなるのを感じる。

「で、でも、お二人とも無事に帰ってこられたんだからよかったんじゃないですか!!」

それを何とかしようと、明るい声を上げるアーシアだが、大した効果は無かった。
だが、代わりに、

「それは、兎も角として、イッセーと兄君は何処に行ったんだろうな」

ゼノヴィアの一言にその場に異様な緊張感が走った。
この場にいないのは、ルーティエは残った仕事を片付けると言っていた。
木場は思うところがあるのか、暁月の嘗ての仲間であるゼクスに会いに行き、海堂も行方が分からないが恐らく心配はないだろう。
それよりも心配なのは。

「まさか、二人でここにダイブして来ないわよね」

イリナの一言は全員の脳裏にあった考えらしく、その瞬間、皆の警戒レベルがMAXにまで跳ね上がった。









女性陣がそんな心配をしていた頃、一誠は暁月と共にエルディア付近の森の中に来ていた。

「こんな所に呼び出して、一体何の用があるんだイッセー」

「ああ。ちょっと忘れ物があるから、ここに用があったんだ」

理由は分かってるだろうが、一誠は暁月を正面に、真っ直ぐ彼を見据えた。

「なぁ、アニキ。俺たちがアレイザードを最初に去ったあの日から、ずっと俺の中で忘れてることがあるんだ」

「へぇ~、なんだ?」

「アニキとの喧嘩さ」

静かに自分の中の闘志を燃やしながら告げる一誠。
対する、暁月も予測していたのか、驚いた様子は無い。

「ガリウス襲撃のとき、俺は何もしなかった。その事が俺とアニキとの決定的な違いを生んだ」

「・・・・・」

「あの時何もしなかった俺がアニキになることは出来ない。その事は充分に理解している」

だけど、

「アニキにはなれないけど、今の俺がアニキに追いつき、追い越すことは出来ると思うんだ」

そうは言っても、相手はアレイザードに帰ってからのブランクも無く、むしろ実力はあの時以上。
対する、自分は帰った頃よりも弱い。
戦ったとしても、結果は見えているように思えるが、

一誠の中には、あの頃は無くて、今の自分にはあるものがあった。

何より、ここで戦わなければ一誠は前には進めない。

「元の世界に戻ってからも俺はアニキの後を追っている気がしてならなかった。
だから、今、この場で俺はアンタを越える!!!」

決意と共に一誠は拳を力強く握り締める。

「アニキ、悪いんだけど、俺とタイマン―――っ!?」

言葉はそこで途切れ、一誠は両腕で顔面を守る。
直後、物凄い衝撃が両手を襲い、一誠は後ろに後退させられた。

「・・・せめて、最後まで言わせてくれないかアニキ」

先程まで黙って自分の話を聞いていた暁月が一気に距離を殺して殴りかかってきたことに一誠は顔を引き攣らせる。
しかし、暁月はそれを鼻で笑い、

「能書きが長いんだよ。喧嘩の売り買いはスピードが命だぞ。売るのも買うのも即決が基本だろうが」

「はっ、そういかいっ!!」

不敵な笑みを浮かべる暁月へ一誠は全速力で駆け、右手を突き出した。










その頃、場所を戻してエルディアの大浴場では・・・・

「ちょ、朱乃さん!!何処を触ってるんですか!!!」

美兎が身体を洗っていると背後から朱乃が近づいて、彼女の胸に手を当てて鷲掴みにしていた。
顔を真っ赤にして抗議する美兎だが、朱乃は何処かSぽい笑みを浮かべながら、

「いえいえ、先程から見て思っていたのですが、触ってみるとやっぱり大きいですわね」

「あっ、やっぱり朱乃もそう思うよね」

「はい。私も結構大きい方ですがね」

千影の言葉に朱乃は笑みを深くする。

「そ、それより助けてよ、千影さん!!」

「いや、悪いんだけど美兎。私はこういうのが大好きなんだ」

「今、そんな趣味を出さないでよ!!!」

女性同士が好きだと公言している千影に美兎は叫び声を上げる。

「ほ、本当にお願いだから止めて。こ、こんな事続けられたら僕・・・」

可笑しくなっちゃう、と美兎は顔を赤くし、周囲に助けを求めようとするが。
他のメンバーは顔を赤くして目をそらしている。
何より、葛葉と小猫、アーシアは物凄い表情でこっちを見ているのでとても頼むことが出来ない。
そして、更に美兎を窮地に追い込む事態となった。

「そういえば、少し聞きたいことがあるんだけど。あの人はどういうプレイをすると喜ぶの?」

「へ?」

リアスの質問の意味に美兎は呆けてしまう。
だが、そこで朱乃が彼女の胸を掴む力を強くした。

「ちょ、ちょっと朱乃さん!!」

「あらあら、素直に答えてくれたら離しますわよ」

「い、いや、質問の意味が分からないんですが、プレイってゲームですか?」

そうリアスに問いかけるが、それは彼女の求める質問の答えでは当然無く。

「朱乃。もっと強く揉んであげて」

「はい。部長」

「いやいや、本当にどういう意味なんですかっ!!!」

「ふふふっ、夜のプレイをどうするか、と聞いているんですよ」

「・・・・・・」

仕方が無い、と朱乃が説明すると美兎は固まってしまった。
だが、言葉の意味を理解した瞬間、美兎の表情は更に赤くなって叫んだ。

「どうしてボクにそんな事を聞くのさぁあああああああああああっ!!!」

「だって、アナタ、一つ屋根の下で暮らしていたんでしょ?」

「なら、そういうことになっても可笑しくないと思うんですがね~」

意地の悪い笑みを浮かべる朱乃に対して、リアスは真剣だった。
しかし、美兎にとっては災難でしかない。

「ボクはまだそういうことしていないから、そういうのはリスティさんに聞いてよっ!!!」

「ちょ、どうして、私に振るのっ!?」

突然の飛び火に顔が真っ赤になるリスティ。
すると、

「そういえば、アナタは暁月と五年も旅をしていたのよね」

「そうだね。それなら、そういうことがあっても可笑しくないね」

葛葉と悪乗りする千影がリスティを追い詰める。

「わ、私とアカツキがそうなるわけ無いでしょっ!!!」

だが、リスティもまだらしく。
顔を赤くして叫んだ。

「だいたい、どうしてそんな事を聞くのっ!?」

「それは・・・」

問いかけられてリアスは少し俯き、

「だって、あの子と初めてをするなら、喜んでもらいたいでしょ・・・」

「それは・・・・」

リアスの言葉に美兎は彼女の気持ちが理解できた。
恐らく、素直になれないが、リスティも同じだろう。
すると、

「私もそれは知りたいな」

「ゼノヴィア?」

突然、話題に入ったゼノヴィアにイリナが問いかける。

「それって、イッセー君と、その、そういうことを・・・」

「ああ、そうだ」

――――私はイッセーと子作りがしたい

その一言にその場にいる全員が呆然と黙り込んでしまった。
呆然としながらリアスが問いかけた。

「えっと、どうして、そんな考えになるのかしら、ゼノヴィア」

「うむ、それはだな・・・」

ゼノヴィアによると、彼女は今まで神、教会に対する奉仕が夢と希望だった。
だから、彼女は悪魔や堕天使たちと命がけで戦っていた。
しかし、神は死を知り教会から追放された彼女はその二つを、生きがいに失った。

「・・・結果、新しい生きがいとして、聖職者ではなく、女としての生きがいて子作りをしようと思ったのですね」

「随分と今までのものから180度もずれた目標を立てたのね」

と、小猫と葛葉が冷静に突っ込みを入れる。

「でも、どうしてアナタの相手はイッセーじゃないといけない訳っ!!」

顔を真っ赤にリアス。

「うむ。子供を生む以上、その子は強くあってほしいんだ。その条件にもっとも合っているのがイッセーなのだ。
赤龍帝のオーラが子供に宿るかもしれないからな」

なにより、

「私はイッセーに惹かれている。これ以上に私に相応しい相手は他にいないだろう」

「だかたって・・・・」

「それに部長も言ったではないか。『悪魔は自らの欲で動くものだ』『だから、好きに生きなさい』そう言ったと思うのだが」

「ぐっ。確かに言ったけど・・・」

「駄目です!!」

と、今まで置いてけぼりのようだったアーシアが劣勢に立たされていたリアスの代わりに声を上げた。
もっとも、彼女はリアスを応援するために叫んだわけではないが。

「イッセーさんとゼノヴィアさんが、そんなの駄目なんです!!」

と、顔を真っ赤にするアーシア。
そんな彼女にゼノヴィアは肩に手を置いて、

「ならば、子作りの時は、アーシアも共にどうだ?」

「え?」

またもゼノヴィアの言葉に場にいた全員が固まった。
そんな中で、ゼノヴィアが彼女なりの考えを口にした。

「見ての通り私はその手の事に疎い。だが、それは性に対する知識が豊富なイッセーを相手にするには不安なのだ。
だが、何人かで一緒に集まって知恵を絞れば、たとえ相手がイッセーだったとしても満足させることが出来るはずだ」

だから、アーシアも力を貸してほしい、と両肩を掴んで懇願するゼノヴィア。
まるで、あり地獄に引きづり込もうとする誘惑にアーシアは戸惑った。

「えっと、その、それは部長さんたちも一緒にするという事ですよね」

「何を言ってるんだ。もちろんそのつもりだ」

「ちょっと、勝手に決めないでよ!!!」

当然のように自分まで巻き込もうとするゼノヴィアにリアスが吼えた。

「どうして、イッセーと一つになって一晩過ごせる最高の夜を、アナタ達に見せないといけないの!!
大体、私はイッセーが他の女と一つに交わる場面も見たくないわ!!」

「あらあら、確かに女性として当然の言い分ですが。それはリアスがイッセー君を満足させる事が出来なかったら、
最高の夜とはいえないのでは?」

「うっ、それは・・・」

何故か、ゼノヴィアの案を通そうとする朱乃の言葉にリアスは言葉を詰まらせる。
朱乃の言うとおり、リアスもイッセーを満足させるだけの知識を持っていると胸を張ることが出来ないからこの場で質問したのだ。
しかし、好意を持っている異性に対する独占欲が強いことも相まってゼノヴィアの案を受け入れることが出来ない。
いや、普通に許容する女は珍しいが。

「それにしても、向こうは大変だね。ねぇ、美兎」

と、千影がグレモリー眷属によるイッセーとの初夜争奪戦を開始している間に抜け出してきた美兎に話しかける。
だが、美兎は考え込む仕草のまま俯いた状態にいた。

「そうだよね・・・やっぱりそれが一番良いよね!!!」

「えっと、美兎。どうしたんだい?」

「千影さん!!ボクもゼノヴィアさんの意見に賛成なんだ!!」

と、目を輝かせる美兎に正面からそれを受けた千影だけでなく、周りのメンバーも呆然とした。

「いやいやいや、美兎!!何でそんな考えになるのっ!?」

「え?ボク、おかしなこと言ってるかな?」

「おかしいから、向こうは揉めてるんでしょ」

何を考えてるんだ、と葛葉が突っ込みを入れるが、美兎は当然の様に、

「だって、ボクもあの人の好みとかわからないんだもの」

「えっと、そういうのは映像ソフトを見れば分かると思うんだけど」

と、千影が言うが、

「でも、それだとあの人の好みか分からないよね」

「し、しかし、他の人が凰沢 暁月を満足させられる技術を持っているとは限らないのでは?」

と、千影の言葉を突破したため、遥が言うが、

「大丈夫だよ。ボク、一人が失敗するなら兎も角、皆で失敗するなら安心だもの」

何が安心なのか分からないが、またも突破されたのでリスティが愛想笑いを浮かべながら、

「でも、ホラ・・・リアスさんも言ってたけど、他の人にそういうことを見られるのは恥ずかしいでしょ」

「そうだけど・・・あの人に裸を見られた時点で、もう結構恥ずかしいはずだから」

「ちょっと、そっちの人のおかしな宗教の信仰が美兎に感染したじゃない、何とかしてよ」

ついに葛葉まで声を上げてリアス達を批難する。
すると、イリナが心外な、とばかりに叫び声を上げた。

「ちょっと待ってよ。ゼノヴィアの言ったことは私たち教会の信仰心じゃないわよっ。悪魔になってしまった所為なんだから」

「待ちなさい。悪魔にもそんな信仰はないわ。そもそも私はゼノヴィアの提案を受け入れていないわ!!」

と、リアスも声を荒げて反論し、更に美兎の方をむいて、

「アナタも、皆で一緒にするのが平等みたいに言ってるけど、行為は一人ずつしか出来ないのよ。それだと結局順番待ちの人が出てくるじゃない。
アナタの言い方だと、自分が最初であることを前提に聞こえるんだけど」

「あっ」

リアスに指摘されて気が付いたように美兎は言葉を漏らした。
処女を暁月に貰ってもらう行為は一人ずつになるのは考えてみれば当然だった。
そして、必然的に他の人間は、その行為を見ながら待ちぼうけになってしまう。
その中に美兎が入る可能性もある訳で。

「どうしよう。私、後回しにされるのは嫌なんだけど・・・・」

真剣に悩む美兎の姿に周りは安堵のため息を漏らす。
だが、そこでゼノヴィアが、

「そうか?私は別に最後でも構わないのだが、私の目的はあくまで子作りだからな」

「アンタは黙ってなさい!!!」

ごく自然に会話に入ってきた彼女にリアスが大声で吼えると、そこへ狙ったように、

「あらあら、それなら私は三番目が良いですわね」

何故か朱乃が話に加わって来た。
それもゼノヴィアの言葉に賛同するかのような発言にリアスは驚きのあまり言葉を失う。

「でも、どうして三番目なの?」

「うふふ、だって三番目って色々おいしいじゃないですか」

リスティの問いかけに朱乃は楽しそうに応えると、千影も同じく笑いながら、

「あっ、それはちょっと分かるかも」

「ええ。だって、一番と二番をリアスとアーシアちゃんに譲るにしても、長時間の行為なら中間ぐらいが興奮も最高潮のはずですもの。
更にイッセー君はまだ初めて。最初の二人のお手並みを見てから、三番目の私がもっと良くして上げられたら先の事で有利になれるかもしれませんから」

そんな事を考えていたのか、とリアスは呆然としてしまう。
まさか、自分の“女王”が主を出し抜こうと考えていることに戦慄する。
と、そんなとき、少し離れた所にいるイリナの声が聞こえた。

「・・・す、すごいわね。まだそこまで言ってないのに、もうそこまで考えているなんて」

「え、ええ。まさか、よ、夜の営みにそこまで緻密な戦略が必要だったとは・・・」

と、顔を真っ赤にした遥が同じく真っ赤な表情のイリナの言葉に同意する。
そこで、リアスは正気に戻った。

「待ちなさい!!だんだんゼノヴィアの提案へ流されてるけど、私は絶対に許可しないわ!!」

朱乃が何故このタイミングでそんな事を言った真意はリアスには測れなかった。
しかし、朱乃が何を考えていようと、これだけは譲れないとリアス。

「そもそも、あの子は私の―――」

その時、リアスの言葉の途中で、この話はお開きとなった。
なぜならば、少し遠くの方から鼓膜を破らんばかりの大爆発の爆音がエルディア城の浴室にまで響いたからだ。






時間を少し戻して、一誠が暁月に宣戦布告をすると共に二人の戦いが始まった。





さて、タイマンと聞いて連想される言葉はなんだろう。
まず思い浮かぶのは喧嘩だと思うが。
二人の戦いはまさに喧嘩といえる殴り合いだった。

「ハァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「オオオオオオオオオオオオ大オオオ!!」

猛々しい雄叫びを上げながらお互いに拳をぶつけ合う。
何度も拳を突き出し、相手の拳とぶつかり合い産生される爆発音は軽い紛争地帯を思わせるものだった。
しかし、明らかに一誠の方が押されていた。

「おらっ!!」

「ぐっ!?」

腹部に突き刺さった暁月の拳によって一誠の肺の中にあった空気が外へ押し出され、致命的な隙を作る。
すると、それを見逃すはずの無い暁月が一誠の腹部を更に蹴りを入れて吹き飛ばした。

「がはっ!?」

背後にある木にぶっ飛ばされた一誠は、それを突き破り地面に背中から落下する。

―――くそっ、全くビクともしないな

一誠の拳は間違えなく暁月の身体を何度も捉えた。
しかし、その攻撃で暁月は倒れるどころか、よろめくことすらなかった。
だが、一誠はその事をなんとも思わない。
暁月との実力差は承知していたので、こうなるのは分かっていた。
そもそも、そんな事を考える余裕などないのだから。

その事が頭で考える以上に身体が理解していた一誠は倒れた地面から急ぎ立ち上がり、横へ飛んだ。
その後、一誠が倒れていた場所に暁月の氣弾が撃ち込まれる。
しかし、一誠はその事を確認することなく、暁月に向かって走る。
肉薄する中、一誠は右手のドラゴンの氣を操り、

「ドラグネイル!!」

以前、対価に支払い変化したドラゴンの爪を暁月に向ける。

「おっと、危ね」

しかし、暁月はあっさりそれを避ける。

「くそっ、うらぁあああああああああ!!!」

「おいおい、その腕まだ慣れてないんだろ。それじゃあ、俺には当たらないぜ」

連続で腕を振るう一誠に対して、暁月は冷静にそれを回避する。
そして、一誠の顎に向けて渾身の一撃を振るった。




簡単にいく相手では無いことは分かっていた。
だが、ぶつかって見て、暁月の強さがよりはっきりと感じた。
今の一誠が全力でぶつかっていっても、それを正面から受けて立ち、ビクともしない兄弟子。
逆に、突き飛ばされるほどの実力差。

(本当に、今ある力の全力なのか、相棒)

一誠の中から語りかけるドライグの声。

(まだお前は『赤龍帝の篭手』を使っていないぞ)

そんなドライグの言葉を一誠は無視して立ち上がり、暁月と向かい合う。
その視線の先には、一誠を殴り飛ばした場所から一歩も動かずに不敵な表情を浮かべる暁月。
その姿はまるで自分の前に立ちはだかる壁に見える。

(あの男との差は明らかなのは、俺が言わずともだ。いや、相棒は自分の力であの男と戦いたいのだろう。
だから、俺の力は借りたくない、と考えているのだろう)

ドライグの言うとおり、一誠は暁月と純粋に自分の力で戦いたい。
それは、一誠がドライグを別の存在だと認識しているわけなのだが。
要するに、二対一で戦いたくない、というわけで。

(相棒。何度も言うが、俺はお前の一部だと思って良い存在だ。神器も俺から相棒を操作するなんてことはしない。
精々、出来るのはアドバイスだが。今回、あの男との戦いでは黙っておくつもりだ。何より、今ある全てで戦うつもりなら。
神器も立派なお前の力だぞ。それを使わないで全力を出していると言えるのか?)

「・・・・・・・」

その言葉に徐に一誠は左腕を構える。
そして、最初にことわっておくことにした。

「アニキ、少しハンデ付けて貰うみたいになるけど、構わないかい?」

対して、暁月は苦笑を浮かべ、

「全く、やっとその気になったのか。待ちくたびれたぞ」

そう言って、暁月は手首に巻かれた黒い硬質なリストバンド、AD―――Arms Deviceを魔剣に変化させた。
暁月はそれを右手で持ち肩に担ぎながら、左手で一誠を挑発するようにクイクイと動かし、

「構わないぜ。全力で遣り合おうぜ、お互いになっ」

その言葉と共に暁月は一陣の黒い風となって一誠に迫る。
それを見た一誠は素早く『赤龍帝の篭手』を装備し、魔導具を大剣に変化させた。

「おらぁ!!」

「でやぁ!!」

お互いに全力で得物をぶつけ合う二人。
巨大な金属がぶつかり合う音が森に轟いた。

「ぐぅ・・・」

「おら、どうしたイッセー!!」

鍔迫り合う一誠と暁月だが、明らかに一誠の方が押されていた。
だが、

『Explosion!!』

「まだまだ!!」

神器の力を解放して、一誠が暁月の剣を押し返す。
その事に暁月は満足そうな表情で、

「ハッ、漸くマシになったじゃねぇか!!」

「そいつはどうも!!」

暁月の言葉に応えるように一誠もまた満足そうな笑みを浮かべる。

そこで漸く二人の戦いは本格化した。
暁月はレオンの時と同様に、剣だけでなく、両足、両肘まで使った縦横無尽な攻撃を行う。
対する一誠は無理に暁月の戦法に合わせようとはせず、大剣とドラゴンの腕のみで応戦する。
しかし、身体全体を武器に戦う暁月の攻撃に両手で全てを防げるはずがなく、ジリ貧になるのは必須。

ゆえに、一誠は被弾覚悟で暁月に攻撃を仕掛けた。
防ぐのは必殺となる剣と、当たれば間違いなく骨や内臓が粉砕される肘や膝のみを受け止める。
悪魔となって、増え幅の広い“赤龍帝の篭手”の倍加能力に耐えられるように、通常よりも頑丈にな身体を手に入れた一誠だから出来る戦法だった。
そして、暁月の蹴りが一誠の左わき腹を捕らえる。

「ぐっ・・・」

流石に容赦の無い蹴りに一誠の表情が歪む。
しかし、一誠はそれを気合で押し込めると、暁月に向けて右のドラゴンの腕を振るった。

「ちっ」

それを見た暁月はその場から飛びのくが、彼の身体には薄っすらと赤い五本の線が出来ていた。

「もう、距離は詰めさせないぜ」

そう言って、一誠は魔導具を大剣から、銃へと変化させた。
ガチンコを好む一誠には珍しい飛び道具の登場だが、その銃は仲間のハーフエルフ、ルーティエが使用するものよりもゴツイ。
そのまま鈍器として使用することが出来るほどのものだった。

「喰らえ!!」

引き金を吹くと共に銃口から、強力なレーザーとなった氣が暁月に向けて放たれる。
それを見た暁月はその場を大きく飛びのいた。
しかし、空中を飛んで逃げた暁月を見た一誠はもう一度、暁月に標準を合わせる。
そして、今度は先程のレーザーではなく、マシンガンのように連続して氣弾を放った。

一誠と違い翼の無い暁月は空中を移動することは出来ない。
そのため自らも強力な氣弾を放って応戦するが、一発放つとすでに一誠の数発の氣弾が暁月に被弾する。
対する一誠は単発の大砲のような暁月の氣弾を回避しながら、そのまま暁月に向けて氣弾の雨を降らせる。

一誠が今装備している銃の弾丸は一誠の氣を装填して放っており、一誠が銃に氣を送り続ける限り連射することが可能だった。
そして、銃で氣弾を放つ利点は速度が上がりと貫通力が加わる。
威力こそ暁月のように氣を練って放てば高くなるが、一誠の銃はレーザーのようにすることも出来れば、
普通の銃のように氣弾をジャイロ回転を加え速度を上げることが出来る。
その上、普通に放つよりも小さく、威力も減少するが、その分、敵の身体に食い込む氣弾を放つことが出来る。

(普通に氣弾を放っても、アニキは簡単に避けるし、当たっても硬氣攻で大したダメージは与えられない)

しかし、この方法ならば暁月の硬氣功に多少めり込みダメージを与えられるかも知れない。
そう考えた、その時だった。
自分の放つ氣弾の中を暁月が魔剣を盾に突っ込んできたのだ。
魔剣を盾にして氣弾や空気抵抗など完全に無視して一直線にこちらに突っ込んできた暁月は身体を捻り、
一誠の腹部を狙って肘を放った。

「ぐっ・・・そう来るか・・・」

対する、一誠も右手に全ての氣を集め、硬氣功を発動し暁月の肘をガードする。
しかし、あまりの衝撃に一誠は踏ん張りが効かず、後ろに後退させられながら背中から地面に倒れてしまった。
すると、必然的に一誠はそれを見ることになるのだが。
その空に一点の黒い点があった。
よく見ると、それは・・・・

「喰らえ、イッセー!!」

「げぇっ!?」

魔剣を両手に持って、上段から振り下ろそうとする暁月が降下してきていた。
それを見た一誠は大慌てて跳ね上がるように立ち上がって、飛びのくと。
先程まで一誠が寝ていた場所に暁月の刃がギロチンのように振ってきた。
それも首があったと思われる場所に。

「・・・アニキ、それは洒落にならないですよ。首なんて切られたら俺死にますって」

先程まで氣弾の雨を浴びせていた者の言葉とは思えない発言。
だが、暁月は不敵な笑みで、

「不死鳥の能力を持ってるくせに何を弱気発言してるんだお前は」

「即死は無理って言ったでしょ!!」

「心配しなくても、首を切り落とされただけなら数秒は生きていられるはずだ」

「本当に痺れるねっ。だからって、出来るアンタの行動力は!!」

ヤケクソのように叫ぶ一誠。
だが、叫び終えた瞬間、暁月はすでに一誠に向けて魔剣を振り下ろしていた。

「っ!?」

慌てて、一誠も銃を大剣に変えて、それを受け止めようとするが。
魔剣の軌道は途中で止まり、変わりに大剣を持つ一誠の手に暁月が蹴りを放った。

「しまっ―――」

―――フェイントっ

それが分かった時にはすでに遅かった。
暁月の蹴りによって、一誠は大剣を落してしまい。
それを拾うよりも早く暁月が一誠に魔剣を振り下ろしてきたからだ。

「ぐっ」

仕方なく、一誠は『赤龍帝の篭手』で暁月の魔剣を受け止めるが。
その後に放たれた暁月の蹴りによって身体が飛ばされてしまい、大剣を拾う暇すらなく離されてしまった。
だが、その事を悔いる暇は一誠には無かった。
すぐに暁月が一誠との距離を詰めて魔剣を振るったからだ。

不味い、と思った一誠はもう一度『赤龍帝の篭手』を使う。
今度は受け止めるのではなく受け流し、反撃としてドラゴンの腕となった右の拳を突き出す。
崩れた体勢ゆえに、当たると思われた一誠の攻撃だったが、暁月は倒れそうな身体を無理に支えようとせずに、
倒れる勢いをそのままに身体を空中に捻り、アクロバットな宙返りで一誠の拳を回避する。
いや、それだけでなく、回転した勢いのまま足を伸ばして遠心力の掛かった踵を一誠の頭部にぶつけた。

頭に受けたダメージに一瞬怯む一誠。
だが、無論そんな隙を暁月が見逃さない。
着地しても宙返りの勢いを殺さない暁月が大振りに拳を一誠に向けて放つ。
それに対して、一誠も暁月へ左の拳を放つ。

両者の腕が交差し、お互いの顔面を正確に捉え、抉りこむように両者は被弾する。
しかし、勢いの付いた暁月の拳の方に威力があった。
よろめいて身体をふらつく一誠。
だが、その視界で暁月の口の端から赤い線が出来ていることに気が付いた。

―――全く効いてないこともないんだな

その事に一誠の中で満足感が出来てきた。
どんなに本気で殴ってもビクともしなかった兄弟子。
その兄弟子に目に見えるダメージを与えられることが出来たのだ。
これは自分にとって大きな進歩だと思えた。
そう考えて、


―――バカかっ、俺はっ!!


たった少し口を切らせただけで満足している自分に腹が立ってきた。
それでは、まるで自分はこの人には一生勝てないと心の中で確定しているようではないか。
何の為に、アレイザードに戻ったのか。
それは今までの自分との決別、暁月の後ろ姿を追って歩くのではなく、自分の見つけた道を歩く為に。
自分に自信を持つために暁月と戦うのではない。
暁月に勝って、彼を超えるために戦っているのだ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「へっ」

天に向かって大声で叫んだ一誠に、暁月は何かを察したように不敵な笑みを浮かべる。

「おら、良いぜ。来いよ!!!」

「うらぁあああああああああああああああああああああ!!!」

言われるよりも早く一誠は暁月に拳を突き出した。
無論、今まで効かなかった攻撃で暁月がどうなるとは考えられない。
だから、一誠は連続で両方の拳を一誠にぶつける。
一発一発渾身の一撃で暁月に叩き付ける一誠。
その攻撃を暁月は回避も防御もせず、ただ受ける。
まるで、それが兄弟子の役目かのように、弟弟子の全力を全て真っ向から受け止める。
自分を倒せるものなら、倒してみろと。
その意気に応えるかのように一誠は全力の氣を拳に纏わせて、

「うらぁああああああああああああああああああああ!!!」

暁月の顔面に向かって振りぬく。
今までの相手ならば、倒れても可笑しくない一撃。










その一撃を受け、暁月の身体が揺れ―――
















「・・・・終わりか?」

だが、暁月は倒れなかった。
いつもの不敵な笑みを浮かべ、多少はボロボロだがそれを感じさせない態度で、

「なら、今度は。―――俺の番だな」

暁月は先程の一誠が放った一撃のように自らの氣を右手一本に集め、渾身の一撃を喰らわせた。



身体が弾け飛んでしまったのでは、と錯覚させるほどの一撃。
自分が知る限り最強の男が放った渾身の一撃を受け、意識が消し飛んでしまいそうになる。

「ぐぅう・・・」

だが、一誠はまだ諦めていなかった。
ダメージで倒れるなら、最後に突っ込む前に受けた一撃で倒れていた。
腹を括った男はただ強力な一撃では倒れない。

――――だけど、どうする・・・・

自分の今ある全ての力を総動員した一撃でも暁月は倒れなかった。
もう自分には残っているものは無かった。
ならば、どうすれば良いのか・・・・

―――決まっている・・・

そう自問自答して、一誠は切れそうになる意識を必死に手繰り寄せる。

―――自分の限界点の一撃が効かないのならば、その一線を、限界を超えるしかない。

すでに出ている答えは、思考するのは誰にでも出来るが、決して簡単に出来るものではない。
だが、目の前の男に勝つには、もうそれしかないのだ。
そして、一誠は感覚の全てを研ぎ澄ませた。

――― 一撃で良い。

どうせ立っているのがやっとの身体。
どんなに気力を搾り出しても、残っているのは本当に最後の一撃だろう。
しかし、一誠は、

―――むしろ、それで良い

とばかりに、今の自分の全てをより鋭利に研ぎ澄ませる。
それこそ、限界ギリギリ、いや、それ以上に。

そして、次の瞬間、一誠の全身が“赤”に包まれた。





一誠の変化を対峙した状態で見た暁月は戦慄した。
先刻の攻撃で参ったという奴とは思っていなかったが、一誠が“赤”を纏った瞬間だった。
一誠から圧倒的なプレッシャーが暁月の肌を突き刺す感覚を感じさせた。

―――限界突破って奴か・・・

「ハハッ、おもしれぇ・・・・上等だ!!!」

今、目の前に立っている一誠は間違いなく自分にとって脅威な力だ。
その力に対抗するために暁月もまた一誠と同じく自らの全てを解放し、高めた。

力強く握った暁月の魔剣、レーヴァテインが姿を変えた。
叩き斬る形状から、より強大に、より勇壮に、より巨大な斬り裂く形状へと。
それはまだ暁月が数回しか、開放できていないレーヴァテインの第二形態の姿だった。



そして、合図があったわけではなかったが、まるで示しを合わせたかのように一誠と暁月はお互いに駆けた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「うらぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

一直線に駆ける両者。
赤を全身に纏った一誠は左の拳を突き出し、強力な魔剣を手にした暁月は大上段から振り下ろす。

そして、赤と黒がぶつかり合った瞬間、


当たりを凄まじい衝撃波と爆音が、その空間を支配した。



[32327] アレイザード編エピローグ
Name: マグナム◆9bae9ac6 ID:a65c46eb
Date: 2013/11/18 00:26
ミサイルでも落されたのでは、と感じさせる爆発による爆煙が止んだ時、力を使い果たした一誠は前のめりに倒れていた。

「ぐぅ・・・・」

辛うじて、まだ意識があった一誠は何とか身体を起こして、暁月の方を見る。
すると、そこには。

「結構、やばかったな」

「・・・・・・・」

そこには安堵の表情でその場に座り込んでいる暁月がそこにいた。
尻餅を付いたように地面に腰を下ろす暁月の姿には自分とは違い、ほんの僅かかもしれないが余力がありそうだった。
自らの限界を超えたにも関わらず、一誠は暁月を越えることが出来なかった。
悔しさの余り一誠は唇を噛み締めた。
しかし、

「それにしても・・・なんか、追いつかれた感じがするな」

「え?」

暁月が言った一言に一誠は呆然と聞き返してしまった。

「だってよ。ここまでやりあったんだぞ。肩を並べられる位置ぐらいにはなってるだろ」

「・・・・ハッ・・・ハハッ」

暁月の言葉を疲労で機能が低下している脳が理解した時、一誠の中で形容しがたい感情があふれ出た。

「おいおい、そんなに嬉しいことなのか?」

呆れるように暁月が笑うが、

「当たり前だろ。漸くアニキと同じクラスになれたんだから嬉しいに決まっている」

一誠にとってはこれ以上ない成果なのだ。
だから、一誠はうつ伏せの身体を反転させ、大の字で地面に寝そべった。

「スッゲェ、達成感があるよ。今まで生きてきた中でさ」

「大げさな奴だな」

今度こそ完全に呆れる暁月の声が聞こえるが、今の一誠には別にどうでも良かった。

「ところでよ、最後の衝突の時、お前の姿が変わったんだが大丈夫なのか?」

「え?」

暁月の問いかけに、一誠は声を漏らした。
その言葉の意味は一誠には心当たりがある。
だから、確認のために身体を起こして、暁月と同じく座った体勢になった。

「その左手の篭手から氣がお前の身体に流れたと思ったら、いきなり鎧姿になったから驚いたぞ」

「それって・・・・・」

暁月の言葉に一誠は心当たりが当たった。
しかし、身体には変化が見られないので、一誠は詳しい事情を知っている左手に問いかけた。

「おい、ドライグ。それって“禁手”だよな」

『ああ。相棒は間違いなく鎧を着込んだぞ』

「俺、お前に対価を渡したか?」

『いや、今回は以前のような仮初のバランスブレイカーではない。正真正銘、相棒自らが至った結果だ』

「マジか。以外と呆気なくなれるものなんだな」

と、一誠は声を上げるが、ドライグは思考の中で一誠の言葉を否定した。

―――元々、相棒の実力ならば、何時でもバランスブレイカーに至っても可笑しくなかった。

だが、一誠はドライグと自分を区別し、はっきりと線引きした。
神器の力を使うということは、ドライグから力を借りているという認識でもあったのだ。
そして、他から力を借りて戦うことを自分でも気が付かない心の隅で嫌悪していたのだ。

それが、一誠がバランスブレイカーに至れなかった原因だった。

しかし、暁月との戦いで一誠はそんな区別を一度忘れ、純粋に暁月に勝とうとした。
その劇的な変化が一誠のバランスブレイカーに至る最後の壁を突破したのだ。

―――もっとも、あの男との戦いが終わると、また俺との線引きをした所為で発動に支障が出ているが。

『なまじ力がある宿主も考え物だな』

「ん?どういう意味だ?」

『何でもない。さっきは偶然のように発動できたんだ。もう一度、バランスブレイカーを発動させるのは出来ないだろ?』

「ああ。何でかしら無いが。出来る気がしない」

「まぁ、一度なれたんだから。訓練すれば、使いこなせるんじゃないのか?」

「そうかもな」

暁月の言葉に一誠は頷いた。
だが、自分の中でドライグを本当に受け入れなければ、出来ないことを一誠は確信を持っていなかった。




それから暫く一誠と暁月はその場を動こうとはしなかった。
体力と氣の回復に努めるためだ。

「なぁ、イッセー」

「ん?」

ある程度、回復した時、何の前触れも無く暁月が話しかけて来た。

「お前はもう大丈夫だよな」

「・・・・・・・」

真っ直ぐな瞳で問いかけられて一誠は黙り込んでしまう。
だが、徐に、

「・・・よく分からない。俺はアニキのみたいになれない。だから、アニキを超えて自分の道を進む為に戦ったんだけど。
結果は肩を漸く並べられる程度。嬉しいけど、意味があったのか分からないからさ」

「お前がそう考えるのは、“アイツ”の事があるからか?」

「・・・・・・・・」

無言で肯定する一誠。
その態度に暁月はため息をついた。

「お前、そんな事で俺になれない、とか思うなよ。――――俺だって似たようなことを経験してるんだからよ」

「え?」

最後の暁月の一言に一誠は驚き、彼の顔を見た。

「・・・・・・・・・」

そして、何となくだが悟った。
今まで暁月が誰にも言わなかった深い事情が先程の一言にあったように思えたからだ。
だから、一誠は苦笑して、

「アニキがそう言うなら、たぶん大丈夫だよ」

「そうか」

そして、今度は一誠が真っ直ぐ暁月を見て、

「だから、アニキも俺の事はもう気にしなくて良いぜ」

「そうか」

「そうだ」

今度は暁月が苦笑を浮かべたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべて、

「だったら、もう良いな。俺は一気に駆け上がるぜ」

その言葉に一誠も不敵な笑みを浮かべて、

「別に構わないさ。今度はすぐに追い抜いてやるから」

そう言って、お互いに笑いあった。
だが、


「楽しそうね」

先程まで聞こえなかった第三者の声に二人の笑い声が止まった。
そして、ゆっくり背後を振り返ると、

「でも、一体何があったのか。説明してもらおうかしら、アカツキ、イッセー」

そこには怒りが爆発寸前のリスティが一誠と暁月が連れて来た女の子を伴ってそこにたっていた。
しかし、このとき一誠と暁月は慌てなかった。
慌てても仕方ないからだ。
そして、ありのまま完結に何をしていたのか答えた。

「「ただの兄弟喧嘩だ」」

「こんな派手な森林破壊が起こる喧嘩を誰が起こすのよ!!!」

「「俺たちだ!!!」」

「胸張って言うことじゃないわよ、バカ兄弟!!!」

二人の悪びれない言葉にリスティの怒りは爆発。
感情のままに叫び声を上げた。
と、そこで一誠があることに気が付いた。

「あれ、部長たちは皆で風呂に入っていたんじゃないのか?」

「そうなんだけど、大きな音を聞いたから慌ててお風呂から出て、ここに来たのよ」

と、リアスが答えると、一誠と暁月は雷にでも打たれたかののようにショックを受けた。

「しまった!!」

「不覚を取ったぜ!!」

なぜならば、

「「この後、文字通り、飛んで行くつもりだったのに」」

「「「「「「「何言ってるんだ、このエロバカ兄弟!!!!!!」」」」」」」

その時、エルディア付近の森。
いや、森林跡地で二度目の巨大な爆音、女の子たちの叫び声が響くのだった。

その後、一誠と暁月はアーシアの神器や、ルーティエの回復魔法によって全快した後、森の片づけをすることになった。
もっとも、それもこの世界での良い思い出となるだろう。
何せ、明日にはそれぞれの世界に帰る日なのだから。












次の日、結局、徹夜で倒れた大木の撤去を暁月と行った一誠は彼らを見送る為にフォレストニウムの近くの彷徨いの森に来ていた。
何でも、暁月たちがアレイザードに来た時はそこに転移されたからだそうだ。
そして、現在、集まっているのは、一誠たちと千影、葛葉、遥、それにゼクスとルーティエ、ワルキュリアだ。
後は暁月と美兎が来るのを待っていた。何でもガリウスとフォレストニウムの長老のウルムの墓に報告をするそうだ。

「遅いな、アニキ達」

「そうだな。暁月の奴がセクハラまがいな事をして遅れているんじゃないのか?」

と、一誠の言葉にゼクスが冗談を口にするが、今はタイミングが悪い。
なぜなら、

「リスティ!!」

「向こうに行ってるわ。心配しなくても近くにいるから・・・・今は一人にして」

案の定、暁月との別れが辛いリスティが森の奥へ入っていった。
後を追おうとしたルーティエだったが、リスティに拒絶される。
すると、ゼクスに批難の視線が集まった。

「え~、悪い」

と、素直に謝るシェルフィード最強の剣士。
すると、そこへ、

「悪い、待たせちまったな。全員揃ってるみたいだが」

タイミングよく美兎を連れて暁月が到着した。
だが、到着して、すぐにあることに気が付く。

「おい、お前らのところの元女王は何処に言ったんだ?」

「ゼクスがやらかすから、向こうの奥に行った」

「いや、俺だけの所為じゃないだろ」

「そんな事分かってるよ」

ゼクスの言葉に一誠が同意する。
無論、やらかしたゼクスにも非はあるが、最大の理由は。
暁月と折角再開できたのに、また別れないといけないことだろう。

「行ってあげてください、アカツキ」

だから、今のリスティは暁月が会いに行く必要がある、とルーティエが静かに言った。

「リスティはきっと・・・アナタの事を待っています」

「ああ」

そして、暁月は頷いて森の中に入って行った。





それから暫く、森の中は信じられないほど静かだった。
だが、そんな沈黙に耐えかねたように美兎が、

「大丈夫かな?」

不安そうに思ったことを口にする。
見ると、暁月が連れてきたメンバー、海堂以外が心配そうな表情をしている。
だから、一誠は彼らを安心させるように言った。

「大丈夫だろ、アニキのことだから、たぶん―――」

―――リスティの胸を揉んでいるはずだ。

と、一誠は誰もが呆然としてしまうことを言った。
すると、誰かが一誠を批難するよりも早く、

『このドスケベっ、こんな時に一体何の真似よっ!!』

リスティの叫び声が一誠の予想が正解だったかのように辺りに響いた。

「あれは一発入れたな」

「ああ。たぶんグーで殴ったな」

ゼクスの言葉に一誠が頷くと、更にリスティの叫びが続いた。

『いきなり、胸を揉まれて笑顔になる娘なんて―――居る訳無いでしょうが!!!』

その言葉に、その場にいた者全員が美兎を見た。

「いやいやっ、何でいきなり、皆でボクを見るのさ!?冗談でも酷いよっ!!」

周りのメンバーは冗談ではないのだが、そこへまたリスティの叫びが響いた。

『本人が思い切り“違う”って言ってるじゃない!!』

すると、何を思ったのか、関係のないはずのリアスが、

「あら、私は一誠に触って貰うと嬉しいわよ!!」

と、まさか素直にそんな事を言うとは思わず、周囲の人間が固まってしまった。
そのため森の中が更に静かになり、暁月の声が聞こえた。

『居るじゃないか。探さなくても素直に自分の気持ちを言う奴がよ』

『だからって、何でアンタはまた胸を揉もうとしてるのよ!!』

直後、盛大な平手打ちの音が森に響いた。

「だ、大丈夫なのかい、これは?」

と、千影が流石に聞いてきた。
すると、ゼクスが、

「問題ないさ。いつもの事だ」

「いつもの事なの!!」

と、美兎が驚きの声を上げた。
すると、一誠が何処か遠い目で、

「久しぶりに聞いたな、懐かしいぜ」

だけど、と言葉を続け、

「いつも通りだからな。結果もいつも通り、リスティさんが素直になれなくてアニキを拒絶してしまう」

「えっ」

一誠の一言にゼクスとルーティエ以外が驚きの声を漏らす。
だが、その通りになってしまった。

『アンタなんか・・・さっさと自分の世界に帰っちゃえば良いのよ!!!』









リスティの最後の絶叫。
その声が森に響いて暫くすると、暁月が森の奥から出てきた。

「良いですか、もう」

「ああ。アイツの気持ちは聞いたからな」

苦笑して答える暁月に一誠はため息を付いた。
本当は彼女の気持ちを分かってる癖に、と。

それから暁月たちは元の世界に戻るための準備を手早く完了させた。
そして、甲高い鳴動音と共に白い光が彼らを包んだ。

もう間もなく彼らは自分の世界に帰る。
その時、リアスが声を漏らした。

「ねぇ、このままで良いのかしら」

「仕方が無いですよ。連れて帰るわけには行かないんですから」

一誠の言葉は非常なものだが、それを批難することはリアスには出来なかった。
その理由は分かっている。
異世界から人を連れてくることがどれだけリスクが高く、危険なことなのかリアスにも理解していた。
美兎は暁月の妹として通しているが、それだってこのまま上手く行くとは限らないのだ。
その上で、もう一人など出来るはずがない。

そう理性では理解しているが、リアスは納得できなかった。

もしも、自分がリスティの立場だったとき、果たして耐えることなど出来るか。
そんな問いは下らない。
絶対に耐えることなど出来るはずがない。
置いていかないで、一人にしないで、と声の続く限り叫び続けるだろう。
それで、もしも叶わなければ、――――心が死んでしまう

そう思ったその時だった。

「まぁ、だけど。連れ帰るリスクなんて、俺たちに言わせれば。だから、どうしたさ」

暁月の腕の中にリスティがそこに居た。

「やっぱり転移シールを貼ったんだ」

笑みを浮かべる一誠に暁月は笑顔で返し、

「ああ。という訳だから、ゼクス、ルーティエ、やっぱりコイツを連れて行くぜ」

なぜなら、

「ここで泣いているコイツを置いていったら、俺の美学に反しちまう」

すると、ゼクスとルーティエは笑顔で、

「ハッ、最初からその心算だったくせに、さっさと行っちまえ」

「シェルフィードの事は心配しないでください。私達で何とかしますから」

「で、でも、皆・・・」

心配するリスティは暁月の顔を見上げる。
だが、暁月の思いは決まっていた。

「心配するな、お前は黙って俺についてくれば良いんだよ。決めたんだよ、もう。
お前も、素直になれないお前の気持ちも、全部受け止めるってな」

言葉はそれだけで充分だった。
だから、リスティは涙を流しながら、暁月を抱きしめた。
そして、最後に一誠の方を向いて、

「じゃあ、頼んだぜ」

「ああ。分かってるよ。でも、別れの挨拶はいらないよ。餞別は送ったんだから、もしかしたら会えるかもしれないから」

「おう」

それを最後に暁月たちの姿はその場から消えた。









その時、アレクラスタでは古狸と女狐が一緒にリッシャ聖教の大聖堂にある庭園内に居た。

「それでアカツキは二人の姫を連れて帰ったわけだな」

「ええ。まるで御伽噺のようでめでたいですね」

ヴォルクの言葉にミランダは微笑みを返した。
今回の戦争でアレクラスタは多大な利益を得ることが出来た。

バラムの目的を知って、陰から操ることで。
レオンの亡骸を提供したのも、アレクラスタが利益を得るためだ。
何せ、もしもディスティアが戦争に勝ったとしても、ゲイルペインへの違法な侵攻を糾弾することが出来る。
無論、それを行った理由はある。
ディスティアが緑豊かな領土が欲しかったように、アレクラスタも欲しいものがあった。

人、技術者だ

そして、戦争はディスティアが負けたが、別に構わない。
なぜならば、目的のものは手に入れることが出来るのだ。

ディスティアはバラムが死んだことで王位は第四皇子のアルフォンスが継ぐことになるが。
あの国はバラムのカリスマで持っていたようなものだ。
それが戦うことの出来ない第四皇子になったのだから、国を捨てるものが多く出る。

そして、王政が廃止され、新しい制度となったシェルフィードに彼らを受け入れることは出来ず。
必然的にアレクラスタのリッシャル聖教に寄り添ってくる。

更に言えば、自分たちはシェルフィードもディスティアも潰す手札を持っている。
レオンが魔族を虐殺したこと、今回の戦争の顛末。
それらを時期を見て、世間に発表すれば二つの国は潰せる。

「さて、何時、どちらから始めるかの・・・」

子供のようにだが、凄惨な表情を浮かべるヴォルグ。
しかし、その時、

「聖職者らしからねぇ、顔してるな爺さん」

「っ!?」

ここに居ないはずの無い者の声を聞き、ヴォルグは驚いてそちらを見た。
すると、そこには腕を組んで壁に背中を預ける一誠の姿がいた。

「おやおや、イッセー君。どうしたのかね、アカツキの後に帰ったはずでは?」

「そうなんだけど、便を一つズラした。アニキからアンタへ伝言を頼まれてな」

「アカツキが・・・自分の世界に帰ったタイミングでかね」

それは聞かなければならないな、とヴォルグ。
そして、一誠は不敵な笑みで言った。

「じゃあ、伝えるぜ。『人の寄り辺となるべき教皇が、残酷な真実を振り飾ることが無いと信じる』」

そこまでは大したことはない。
しかし、次の一言にヴォルグの顔は凍りついた。

「『リシャル聖教の教義と―――アナタの甥の真実にかけて』」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

凍り付いて呆然とするヴォルグの隣のミランダも目を細めた。

「一応、行っておくが、アニキはその真実を世間に広める準備は出来てるぜ」

「・・・それでワシらが動かないと思うのかね」

「ああ。選択肢はないからな。アンタだって、五年前の出来事の火種がアレクラスタにあるとしたらどうなるかわかるよな。
ディスティア、シェルフィードに続いて、アレクラスタまで潰れたらアレイザードは終わっちまうだろ」

その言葉は確かな確証だった。
アレクラスタの心臓を引っつかまれる思いだった。
すると、ミランダが、含みのある笑みを浮かべて、

「そう。アナタ達は知っているのね・・・彼の真実を・・・」

ヴォルグの甥、死んだときの名は・・・・ガリウス。
魔族を率いた魔王だ。
つまり、美兎はヴォルグの血縁になるわけだが、今はそんな事は良いだろう。

「一体、どうやって知ったのかしら?」

「さぁ、残念なことに俺は伝えろとしか言われていないんだ」

だから、

「どうしても知りたいのなら、俺よりも上の奴に聞いてくれ。もっとも、もうこの世界にいないがな」

その一言にミランダは更に冷たい表情になった。
それを見てこれ以上は危険だと一誠は思い、

「じゃあ、俺は帰るぞ」

そう言って、一誠は庭園の端、窓の外に身体半分出す。
そして、

「じゃあ、あばよ。ヴォルグの爺さん。精々長生きしてくれ、アレイザードの平和のために、アニキの掌の上で」

そう言って、一誠は悪魔の翼を出して、庭園から飛び降りた。
後に残されたのは、ミランダとヴォルグだけとなり。

「困りましたね、どうなさるおつもりですか?」

そうミランダが問いかけると、ヴォルグは不機嫌そうに、

「構わん。我々が何もせずとも、ディスティアは終わりだ。我々に損は無い」

暁月の思惑通り黙るしかないのだった。










それから一誠はシェルフィードの森、最初に自分たちが降り立った場所でリアス達と合流し、自分たちの世界に帰った。
後に残されたのは、ゼクスとルーティエ、それにワルキュリアだけだった。

「行っちまったな、あいつ等」

黄昏るように呟くゼクス。
そして、隣を見て、

「お前も暁月と一緒に行きたかったんじゃないのか、ルー」

「そうですね。だけど、私にはこの世界でやることがまだあります」

それに―――

「もしも私が、本当に辛い涙を流したら、アカツキが駆けつけてくれるはずですから」

そう小さな笑みを浮かべ、空を見上げるルーティエ。
その後、少し彼女には珍しくからかうような視線を隣のワルキュリアに向ける。

「アナタは、イッセーの事が心配じゃないの?」

「構いませんよ。何せ、彼の場合は、これで呼ぶことが出来ますから」

そう言って、彼女は一枚の長方形の紙を取り出す。
興味を持った二人はその紙を見る。

「魔法陣が書かれてるわね、その紙」

「そういえば、アカツキも同じ紙を貰ってたけど――――なんて書いてあるんだ、これ?」

紙に書かれている文字は一誠達の文字で彼らには読めない。
だが、そこは書かれていた。


『アナタの願い叶えます』と。





―――何気に一誠はアレイザードで悪魔の仕事の営業をしているのだった。












あとがき。
長くなりましたが書き上げられました。
自分の書きたいことを全て書いたので、どうしても二話に分ける必要があったんです。
ぶっちゃけると、この話を書きたかったから一誠やリアス達をアレイザードに送ったんですが・・・・

何より、書きたかったのは、一誠対暁月のバトル。
この戦いで一誠をバランスブレイカーにする予定は無かったのですが、つい勢いでしてしまいました。
しかし、まだ原作のように何時でも使える準備が整っているわけではありません。
完全に使いこなせるようになるのはもう少し先です。

そして、皆さんにアンケートを取っておいて、ワルキュリアさんの件についてですが。
保留にさせてください。
もしかしたら、原作でワルキュリアさんの再登場があるかもしれないので。
情報が少ないので書くべきではない、といわれたので、すぐには連れて行かないことにしました。
正直な話、もう一度登場して欲しい、自分の願望もあります。
でも、原作では、もう現れないと思っていた、噛ませ犬のフィル・バーネットも、噛ませ犬にすらなれなかった田中と言うキャラも
再登場したので、可能性はゼロではないと思って保留にしました。
不快に思ったら、すみません。

そして、悪魔のチラシは暁月の手にも渡しているので。
一応、もう一度暁月を登場させる意見があったので、JPNバベル編に登場する口実を作ってみました。
こちらも不快に思われたらすみません。


兎も角、アレイザード編はこれで完結です。
次回は再び、ハイスクールD×Dの話に入ります。
ただ、更新は二週間後になってしまいます。

どうかこれからもよろしくお願いします。








[32327] 第四章一話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/12/02 00:12
本日の学業が終了した木曜日の放課後の時間。
帰宅部の生徒たちが校門を出て帰路を歩く。
夏が近づき、照りつける太陽の日差しが降り注ぎ、暑苦しい気候になったため、
生徒たちは皆、夏服着用していた。
その中に一誠の姿があった。
欠伸をしながら歩く一誠の視線の先に、ふと知っている小柄な後ろ姿があった。

「よぉ、小猫」

「・・・先輩?」

後ろ姿に追いき後輩の小猫に声をかけると、振り返った彼女はキョトンした表情を返した。

「・・・何か様ですか?」

「いや、たぶん俺もお前と同じ場所にようがあるんだ」

そう言った瞬間、彼女の目がスゥと鋭くなった。

「・・・先輩も、アレが目的でハンバーガーショップへ」

「まぁ、部活が始まるまでの暇つぶしでな」

学校から少し離れた場所にあるハンバーガーショップ。
そこで期間限定のゴージャスメニューが販売されている。

「・・・選び抜かれた国産和牛で使ったハンバーグと厚切りステーキ、更にトマトとレタス、
海外から輸入されたそのハンバーガー専用に作られたチーズ。それら全ての味が最高に引き立つ特製ソース。
それが今日だけ15時からその日だけの限定販売」

「確か、数量は1000個だったよな」

「・・・はい」

お互いに目を合わせて、それぞれ腕時計を確認する。
すると、そこに示された時間は、15:10となっている。
すでに販売は開始されている。
この町のハンバーガー店舗は乱雑しているのと、使っている素材が高いのでそれなりに値が張る。
それらを計算しても、急いで走れば間に合うかどうかだ。
まぁ、全力の一誠が走れば間に合うだろう。

「・・・先輩、お願いできますか?」

「ああ。構わないぜ」

「・・・変なところを触ると、恨みますよ」

「はいはい。分かってるよ」

そう言って、一誠は小猫を背中に担ぐと、近くのハンバーガーショップへ走った。








「良かったですね。残り後三つだったんですよ」

と、店員の娘の言葉に一誠は安堵し、小猫は無表情ながらも興奮した。
二人はそれぞれ特製バーガーを一つずつ注文する。

「・・・良かったんですか、先輩?」

「別に後輩、しかも女の子を奢るなんて普通だろ」

そう言って、一誠は自分の分と小猫の分の料金を払う。
そして、二人で並んで特性バーガーが出来上がるのを待っていると、

「よぉ!!特製バーガーまだあるか!?」

店の中に一人の男が飛び込んできた。一誠と同じぐらい長身で黒髪の男。

「ああ。ギリギリだったな。後、一つだけだぞ」

「マジか、助かったぜ」

一誠の言葉に男は安堵したように店のカウンターへ行き、最後の一つを注文する。
それを小猫と共に眺めた一誠は、二人で座ることが出来る席に移動した。
流石は特製バーガーだけあって、注文を受けてから丁寧に焼くこだわりのためか、多少時間が掛かる。
と、一誠に向かい合って座っている小猫が落ち着きの無い様子をしていた。

「そんなソワソワしなくても注文したんだから来ると思うぞ」

呆れがちに一誠が言うが、小猫は首を横に振る。

「先輩には分からないんですか。あの一つのハンバーガーを食べることをどれだけ待ち望んでいたか」

曰く、一週間前からCMで特製バーガーを知った瞬間から今日と言う日を楽しみにしていた。

「テレビから流れる、溢れるハンバーガーとステーキの肉汁、それに乗せられ踊る野菜たち、
そして、それらを挟むもっちりとしたパン。口に入った瞬間、湧き上がる感動を早く感じたいと焦がれるんです」

と普段は余り感情を抑えているように見える小猫はそういうと恍惚とした表情を浮かべた。
その顔はまさに口に入れていないにも関わらず幸福そうで、見ているものにはなんとも愛らしいものだった。

「おっ、そんな事を言っている間に来たみたいだぞ」

「―――っ!?」

こちらに向かって特製バーガーと一緒に注文した飲み物が乗ったトレイを持って店員がこちらに歩いてくるのが見え、
小猫もそれを確認したらしく何故か緊張した面持ちで店員が持ってくるトレイを見据える。
そこに乗っているのが注文の品だと確認した小猫は歓喜の表情でそれらを出迎えようとする。

「ん?」

だが、不意に一誠が店の窓から外を見る。


すると、店内に車が突っ込んだ。


「っ!?事故ですか!?」

顔の表情は少し変化しただけだが驚きの声を上げる小猫。
対して、一誠は辟易としながら、

「確かに、事故みたいだが。少し厄介そうだぞ」

顎に手を当てながら頬杖を付き事故車の方を見ていると、三人組の変態のような男が出てきた。
何故、変態なのかといえば顔を隠しているからだ。
それも不細工な覆面を被っているからだ。

「・・・なんですか、あれは」

「銀行強盗だろ。あの在り来りな格好は」

車から出てきた男たちの手にはショットガンとリボルバーがある。
そして、リボルバーを持っている男二人の手にはカバンがあり、そこから札束がはみ出ていた。

そんな男たちが店内に突然飛び込んできたのだ。
店内は騒然としているのは当然だった。

「何やってるんだ!!こんな所に突っ込みやがって!!!」

「仕方ないだろ!!タイヤを撃たれたんだから!!!」

だが、そんな店内の喧騒よりも大きな声で怒鳴り合うリボルバーを持っている二人。

「おいっ、サツが来たぞ!!」

車の傍で外の様子を窺っていたショットガンの男が叫ぶ。
男の言葉通り、店内を警察の車で取り囲んでいた。
すると、車を運転していたと思われる男を怒鳴りつけていたリーダーらしき男が舌打ちをし、
リボルバーを店内の上空に向け発砲した。

――――ヒィイイイイ!!
――――キャアアアア!!

銃声によって、店内から悲鳴が上がる。
しかし、男は近くにいた店員を突き飛ばし、

「騒ぐんじゃねぇ!!死にたくなければ、大人しく俺たちの言うことを聞けっ!!!」

店内にいた全員を萎縮させようとする。
銃も使っているのでその効果は覿面に思えたが。
そんな物を歯牙にもかけない者もいて。

「台詞まで在り来りだな」

「・・・・先輩は冷静ですね」

「まぁ、武器を持った素人が俺をどうこう出来ないだろ」

「・・・そうですけど」

「まぁ、そんな事より・・・・」

一誠が小猫から視線を外すと、あるものを見る。
そして、徐に立ち上がると、

「・・・先輩?」

困惑する小猫の声を無視して一誠は喚き散らす男へ歩み寄る。

「おいっ、お前、俺の言っていることが聞こえなかったのかっ!!」

当然、自分の言うことを聞かない一誠に男は銃を向ける。
しかし、一誠はそれを無視して真っ直ぐ男の方への歩みを止めない。
それに苛立った男は銃口を一誠に向けたまま引き金を引く。

―――ガァアアアアン

しかし、銃声が響いた時、倒れていたのは銃を持っていた男だった。

「先輩、やりすぎです」

と、銃を持った男の顔面を掴んで、後ろにあった机に叩きつけた一誠に小猫が声をかける。
手加減したとはいえ、一誠の力によって机は完全に押しつぶされ、男は白目を剥いて気絶していた。
対して、一誠は何の感慨も無く立ち上がり、その際男の覆面が脱げ、覆面と同じぐらい面白い素顔が露となった。

「仕方ないだろ。このままだったら、他の客が泣きそうだったんだから」

男が威嚇射撃をした瞬間、店内の幼い子はもちろん、主に女の子は完全に怯えて泣きそうになっていたのだ。
そんな状況で一誠が、その美学が許すはずがないのだ。

「でも、だからって・・・」

「それにな・・・」

それでもやりすぎだと、言おうとした小猫に一誠はある物を指差した。
そして、小猫がそれを見ると、

「―――っ!?」

絶句して固まってしまった小猫。
指差されたところにあったのは、小猫が一週間前から楽しみにしていた。
口に入れた瞬間、ジュウシーな肉汁を口一杯に提供してくれるはずのそれが落ちていたのだ。

(い、いえ、まだです!!)

幸か不幸か、二つあるハンバーガーは横に倒れてはいなかった。
正常位と逆位置に落ちた二つのハンバーガー。

(上のパンと下のパンを入れ替えれば、まだ食べられる)

地面に接触していないパンの部分を入れ替えれば、一人分のハンバーガーが出来る。
一誠には一口だけ上げるとして、それでも充分に楽しめる可能性ガある。
だから、小猫は慎重にそれに手を伸ばそうとし、

「てめぇ、何しやがるっ!!」

―――グチャッ

「あっ・・・・」

絶望の声を小猫から零れた。
―――何しやがるはこっちの台詞だった。

リーダーが倒れて、ショットガンを持った男が一誠に走りより銃口を向ける。
しかし、その際、小猫が手を伸ばそうとしたハンバーガーを踏み潰したのだ。
それはもう見るも無残に。


「・・・・・」

小猫は思う。
自分の心が泣いている。
一週間、口に入ることを夢見ていた。
それが踏みにじられたのだ。

「・・・・ぶっ飛ばす」

だから、小猫はもう止まらない。
猫まっしぐら、と言う言葉通り、小猫はショットガンを持った男まで滑走すると、男の顎下で跳躍し、
拳を男の顎に宛がった。
すると、男は声も上げられず、店の天井に突き刺さった。

「・・・食べ物を粗末にするからです」

拳を握り涙ぐむ小猫を慰めるように一誠は彼女の頭を撫でた。
そして、銀行強盗の最後の男がいる場所を見た。
しかし、別に一誠はその男をどうこうする心算は無かった。
なぜならば、

「まぁ、食い物の恨みは恐ろしいんだぜ。覚えときな」

もう一人の男はすでに倒れ伏していたからだ。
自分たちの後に注文した男によって。
それもその理由も自分たちを同じだった。

それは兎も角、一誠の視線に気が付いて、男も一誠の方を見た。

「・・・中々やるじゃないか、格闘技でもやってたのか?」

「ああ、嗜む程度にな」

いつもの不敵な笑みを浮かべる一誠に、男も口角を上げて答える。
銃を持った相手に対して、食べ物を台無しにされたぐらいで向かっていくのは自分達だけだと思っていた一誠。
だから、銀行強盗を素早く気絶させた男は恐らく普通の人間ではないのだろう。

「俺は、兵藤 一誠だ。お前は、見ない顔だな」

「まぁな。俺は―――――」










次の日、金曜日の学校。

「転校生の天野 孝道(あまの たかみち)だ。これからよろしく頼むぜ」

と、一誠の目の前、教卓の横で自己紹介をした男。
昨日、ハンバーガーショップで知り合った男は眩しい笑顔を教室のクラスメイトに向ける。
その笑顔に当てられ、赤めかせる女子生徒とそれを恨みがましい視線で睨む男子生徒。
まぁ、それは別に対したことではないだろう。



それから昼休み、一誠は一人、屋上で空を見上げていた。
すると、

「よう、イッセー」

「天野か。転校生が何か用か?」

「そう邪険にするなよ」

屋上の手すりにもたれ掛かる一誠の隣に笑いながら天野は隣の位置に座った。

「別に知らない仲じゃないんだからよ。少し話そうぜ」

「別に構わないが。男二人で並んでいたら、ここの女達はホモの噂を流すぜ」

「そいつは嫌だな」

だけど、イッセーは平気だろ、と天野は笑みを浮かべる。

「休み時間に色々聞いたぜ。腕っ節が立って、学校の半分以上の女と付き合って泣かせたらしいじゃないか。
そして、今は一つ上の先輩で、学園最高ランクの美女二人と同じ学園の金髪美女、
更に一つ下、昨日のバーガー店で一緒にいた美少女を侍らせる究極の変態野朗だって」

その言葉に一誠は苦笑を浮かべる。

「学校の女の半分もまだ付き合ってねぇよ。後、女を泣かせて逃げたこともねぇよ。後半もまだ無いな」

「まだってことは、今後はあるかもしれないのか?」

「かもな」

そう言って、不敵に笑い会う二人。
それから話しているうちに意気投合していき、

「なぁ、イッセー。この辺に美味いラーメン屋とか無いか。俺、ラーメンが好きなんだが」

「ああ、あるぜ。中国の伝統をぶっ壊すぐらいの美味いラーメン屋が」

「マジか。じゃあ、放課後案内してくれよ」

「あ~、悪い放課後の寄り道も買い食いも禁止されたんだ」

昨日、銀行強盗を退治した後、一誠と小猫は天野と一緒に警察署で事情を聞かれた。
それでもリアスが手を回してくれたお陰で早く出ることが出来たのだが、彼女から、

「イッセーと小猫は暫くの間、放課後は部室に居なさい」

と、命令が降りてしまったのだ。
そう言い渡された時の小猫の絶望とした表情はなんとも心苦しいものがあった。

「そうか・・・じゃあ、明日は?」

「明日も先約があるだ。悪いんだが、また今度案内してやるよ」

そう言って、一誠は屋上を出ようとする。
その背後に向かって天野が。

「もしかして、噂のお姉さまとデートかい?」

「おいおい、それを聞くのは野暮だろ?」

そう言って、一誠は天野と別れるのだった。
そして、一人屋上に残った天野は、

「やっぱ、思ったとおり面白い奴だな、イッセー」

そう不敵な笑みを浮かべるのだった。





それから一日、一誠は天野とは話すことは無かった。






次の日の土曜日、一誠はショッピングモール近くの噴水で待ち合わせの相手を待っていた。
しかし、考えているのは待ち合わせの相手よりも天野のことであった。

二日前にハンバーガーショップで出会って、次の日に同じクラスとは少し出来すぎているように感じた。

(大体、土日は休日なのに金曜日に転校してくるのは少し可笑しいだろ)

もっとも、部長であるリアスに話を聞いてみたが少なくとも履歴書などの書類には一切の不備や不審な点はなかった。
その際、リアスに少し勘ぐられたが、一応誤魔化しておいた。
もしも一誠と敵対するのなら、ありきたりな口実で潜入する理由は。

(潜入が発覚することを前提・・・相当な自信が無いと出来な――――)

「だ~れだ?」

と、その時一誠の目を誰かが後ろから塞いだ。
声からして、女。
そして、背中に当たっている胸の感触。

「副部長だろ?」

別にそんな推理をしなくても気配で一誠は気が付いていたが。
しかし、振り返った朱乃の表情は少しむくれた。

「もう意地悪しないで、朱乃って呼んで」

そう言って朱乃は一誠の腕に自分のよく実った胸を当てるように絡みつく。
その表情はとても艶やかで色っぽいものだった。

「朱乃・・・・」

しかし、彼女の名前を呼んだのは第三者の声だった。

「・・・あら、部長。何故こちらに?」

「・・・それはこっちの台詞よ。どうして貴女がここに居るのかしら?
今日は一誠と買い物に行く予定だったんだけど・・・」

不機嫌さを隠さずに朱乃を睨むリアス。
しかし、朱乃は余裕の笑みを浮かべ、

「あらあら、それは丁度いいですわ。私も明日の水着を買いに着たので一緒に行きましょう?」

「嫌よ。大体、どうして貴女が私の買い物の目的まで知っているのかしら?」

「だって、明日はオカルト部全員でプールを使えるじゃないですか。それなら水着を新しくするのは当然でしょ」

「だったら、一人で買えばいいでしょ!!一緒に行くなんて駄目よ。絶対に駄目!!!」

一誠と一緒にデートがしたいリアスは朱乃を追い返そうとする。
今日はアーシアがクラスメイトと買い物に行っているチャンスを狙ったのだ。
それなのに朱乃が一緒なのでは意味がないのだ。
しかし、朱乃も譲れないので最終兵器を使った。

「イッセー君・・・私が一緒じゃ、駄目・・・?」

「・・・・朱乃、貴女・・・」

涙目で一誠に迫る朱乃。
そんな彼女の狙いに気が付いたリアスは戦慄した。
そして、リアスが恐れた通り、一誠がため息をついて、

「なぁ、部長。俺は副部長も一緒に回りたいんだが」

何せ、

「両手に花で大衆の間を歩くのは男のロマンだからな」

「ぐっ」

許可を出した一誠にリアスは悔しさを滲み出した。
ここで一誠の言葉まで拒否してしまっては、自分の主としての器も、女としての器量も台無しにしてしまう。

「・・・・仕方ないわね」

ゆえに、リアスは朱乃が同行することを許可するしかなかった。

「やった!!ありがとうイッセー君!!!」

「ちょっと朱乃、引っ付きすぎよ!!」

片方の腕に身体を絡める朱乃、対するリアスも反対の腕を捕らえる。
好きな人の腕に抱きつく行為にリアスは顔を赤くしながらも、反対側に居る朱乃を睨む。

「朱乃、卑怯じゃないかしら・・・」

「あら、知らなかったのリアス。涙は女の最大の武器だって」

「ぐぅ・・・」

しかし、勝ち誇った彼女の言葉にリアスは敗北感を味わうのだった。






それからリアスと朱乃は水着の試着室へ入った。
本当は試着室の前に一誠を待たせたかったリアスだったが、朱乃が一緒な以上、それはできない。

(これ以上、出し抜かれるわけには行かないわ)

一誠に水着を選んで欲しかったリアスだったが、朱乃も同じように一誠に選んでもらおうとするだろう。
そして、試着した水着も自分の隣で一誠に見せるはず。
だから、リアスは一誠を店の外に待たせた。
強く言い聞かせたので、恐らく入ってこないだろう。

「相変わらず独占欲が強いわね、リアス」

と、隣の試着室から朱乃が声をかける。
いつもの敬語ではなく、普通の口調で。
だから、リアスも普通に答えた。

「別に良いでしょ。あの子は私の眷属、私の物なんだから」

他の子には絶対に上げない、とリアスが言い切る。
しかし、隣から返って来たのはため息だった。

「何よ、そのため息は・・・」

「リアス。好きな人の気持ちを汲むのは良き彼女として当然の嗜みよね」

「ええ、当たり前じゃない」

リアスにとって想い人を想い、その者に想われるのは一種の夢だった。
だが、それはこちらが一方的なものでは決して無い。
一誠がリアスの事を想って、自分の想いを汲み取り、自分も彼の想いを汲み取る。
それがリアスの望む一誠との特別な関係だ。

「でも、さっきから貴方の発言は矛盾しているのでは?」

「・・・どういう意味かしら?」

「惚けても駄目よ。本当は自分でも気が付いているんじゃないのかしら?」

「・・・・・・」

朱乃の言葉にリアスは黙って分からないフリをする。
しかし、朱乃は言葉を続けた。

「私が彼に頼む時、確かにわざと泣く真似をしました。だけど、二人きりでデートがしたかったら、
貴女も同じ方法で頼むことが出来たはずじゃない」

彼女の指摘は事実だった。
一誠が女の涙を放って置けないことをリアスは知っている。
そして、そんな一誠だからリアスは惹かれたのだ。
だが、

「そうしなかったのは、イッセー君が困ってしまうことが分かっていたからでしょ」

「・・・そうよ。だから、今回は折れたけど、あの子は誰にも譲る心算は無いわ」

「でも、考えてみてください。もしも、貴女がイッセー君を独り占めにしたとして、どうなるか分かるのでは?」

「・・・・・」

その言葉にリアスは黙り込んでしまった。

「いえ、もっと分かりやすく言えば、イッセー君が誰か一人を選んだとき、選ばれなかった子がどうなるのか分かるはずです」

そんな事は朱乃に言われなくても、リアスには分かっていた。
もしも一誠が自分を選んでくれなければ、自分は初めての失恋に何日も部屋で泣いてしまうだろう。
だが、だからこそ、リアスは自分がリードしようと一誠にアプローチをしているのだ。
しかし、

「それは確かに好きな男の子を物にする為に、努力するのは女として当然でしょうけど。
イッセー君はそれには当てはまらないのでは?」

「・・・いい加減に何を言いたいのか、はっきり言って頂戴」

自分の試着室から出て、彼女の試着室のカーテンを乱暴に開けるリアス。
自分は選んだ水着を着ているが、彼女は元の私服に着替えていた。
はっきりと苛立ちを見せるリアスに対して、朱乃は冷静に言った。

「例え、イッセー君が貴女を選んだとしたら、少なくともアーシアちゃんは泣き崩れてしまいます。
そして、それをイッセー君が放っておくことは出来ないでしょう。だけど、それは選ばれた貴女を苦しめてしまう。
それが分かっている彼が誰かを選ぶなんてことが出来ると思う。出来るはずが無いわ。だって、それは彼の心情に反するんだもの」

そう言って、朱乃は真っ直ぐとリアスを見据え。

「ねぇ、リアス。貴女は、それでも彼に誰か一人を選ばせることが出来るの?」

「だから、イッセーを皆で共有しようって言いたいの?」

もっと言えば、アレイザードでゼノヴィアが言ったような展開を望んでいるのか、と問いかけるリアス。
しかし、朱乃は首を横に振って、

「そんな事を言うつもりは無いわ」

でも、と朱乃はリアスの隣を横切りながら、

「考えてみてリアス。貴女が意固地にイッセー君を縛ろうとしたら、誰も幸せにならないんだって」

そう言って、朱乃は買うものは決めたからと、会計に向かった。
後に残されたリアスは朱乃に言われた言葉を考えた。
いや、そんな事は彼女に言われるより前から頭の隅にあった。
だが、それをリアスは見ようとしなかった。

(でも、だからってどうすれば良いのよ・・・)

一誠に自分だけを愛して欲しいと思うのは、彼を想っている人間には誰もが持っているものだろう。
恐らく、朱乃にもあるはず。
それでもリアスにあんな事をいうのだから。

「ん?」

と、そこでリアスはふと気が付いた。

「待ちなさい、朱乃!!貴女、あんな事を言っておいて、この隙にイッセーと一緒に買い物する心算でしょ!!!」

「あら、バレてしまいました?」

リアスの言葉に朱乃は「うふふ」と笑みを浮かべた。









同じ頃、一誠はリアス達のいる店の近くのベンチに腰をかけていた。

「暇だな。水着を選ばせてくれないなんて、男にとって鞭打ちより酷い仕打ちだろ。そうは思わないか、おっさん」

「そいつは災難だな。後、俺はおっさんなんて呼ばれる歳じゃないぜ」

「顎鬚を蓄えてよく言うぜ」

と、一誠の近くにいる男に話しかける。
確かに、年齢は二十代ギリギリに見えるが、浴衣っぽい服装と髭でおっさんに見えてしまう。

「だが、水着を選ばせないのは確かに辛いものだな」

「そう思うよな。待ってるのも暇だし、このまま突撃するか。明日のお楽しみだって言ってたけど。
男ってのは水着を選ぶ楽しみもそうだが、当日になって別の水着姿を自分のために用意してくれていたら最高だからな」

「おっ、兄ちゃん。中々分かってるじゃないか。だけど、初対面の俺にそんな事を話して良いのか?」

「だって、仕方が無いだろ。近くにはアンタとそこの男以外、“誰もいないんだから”」

一誠の周囲には人が誰もいなくなっていた。
一誠と、話している男、それにその後ろに控えていた男。

「一応、聞くが、お前は誰だ。堕天使」

「なんだ、気が付いていたのかよ」

一誠の言葉に男は笑った。

「じゃあ、自己紹介しよか」

その瞬間、男の背中に漆黒の翼が十二枚出現した。

「―――アザゼル。堕天使の総督をしている男だ。で、こっちは」

「俺はヴァーリ」

控えていた男が不敵な笑みを浮かべ、天使とは違う白い羽を展開した。
同時に、それに共鳴したように一誠の『赤龍帝の篭手』が反応した。

「『白龍皇』と言ったら分かるかな。『赤龍帝』兵藤 一誠」










あとがき
何とか書くことが出来ました。
前回の更新に比べると、多少盛り上がりにかけるかもしれませんと自分でも感じています。
オリジナルのキャラも登場させたのですが、初登場も冴えなかったし。

この先の展開でオリジナルの神器も登場させるのですが、どうなるのか自分でもわかりません。

それでも面白いと思ってもらえるように努力しますのでよろしくお願いします。


次の更新ですが、今月は忙しくなるので二週間か、それ以上掛かる可能性ガあります。
―――今回も忙しい上に、風邪気味で更新できるか不安だったのですが。
このままだと、今年中に四章が終わらない・・・・

ですが、時間はかかりますが、更新は必ずするつもりなので、どうかよろしくお願いします。







[32327] 第四章二話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2013/12/31 22:22
『白龍皇』。
かつて、一誠の持つ『赤龍帝の篭手』の神器の中に入れられたドライグと覇を争って戦いニ天竜のもう片方。
三大勢力に喧嘩を売った結果、ドライグを同じく神器の中に入れられたドラゴン。
その神器を宿したというヴァーリと名乗る男が一誠の目の前に居た。
それも堕天使の親玉と一緒に。

リアスと朱乃が買い物をしている水着店の近くにあるベンチのある広場で一誠は『赤龍帝の篭手』を一瞥して、
親玉らしい態度で腕組仁王立ちのアザゼルを見た・

「わざわざ囲いなんか作って、その中でポップコーンを片手にムシキングみたいにニ天竜の戦いでも見たいのか?」

と、一誠は言うが、アザゼルは「まさか」と苦笑して、

「確かに酒の肴には面白い余興になるかもしれないな。だが、残念ながらそうじゃない。
俺が張ったとはいえ、こんな申し訳程度のもんじゃ、お前らの戦いには耐えられないよ」

「俺は別にここで戦うのは構わないがな」

この場で戦うことに消極的なアザゼルに対して、隣にいた『白龍皇』のヴァーリは挑発的な笑みを浮かべた。
だが、意外なことにアザゼルがヴァーリを止めた。

「だから、止めろって言ってるだろ。今回は血なまぐさいことは無しだ」

「だったら、何のために来たんだ?」

「そいつはな――――ん?」

不意にアザゼルの言葉が途切れた。
だが、一誠もヴァーリもアザゼルと同様に周囲の変化に首を傾げた。
三人の周囲に張られた結界が揺れているからだ。
その原因は恐らく結界の外から別の魔力が結界に干渉しているからだろう。

―――しかし、一体誰が。

と、アザゼルとヴァーリは不審に思った。
結界は手を抜いたとはいえ、堕天使のボスが張った結界に干渉するほどの者がこの町に居るのか、と疑問に思ったからだ。

「おいおい、まじかよ」

アザゼルから声が漏れる。
それもそのはずだった。
自らが張った結界の一部が破壊されたからだ。
それも十数年しか生きていないはずの小娘に。

「イッセー!!」

破壊された結界の穴から二つの人影が入り込んだ。
その影の一つ、リアスが一誠の名を呼ぶと、

「雷よ!!」

もう一つの影、朱乃が雷をアザゼルとヴァーリに向けて放った。
そこでアザゼルはまた驚いた。
その雷は単純な威力でアザゼルにとってダメージを与えることが出来るからだ。
だが、そんな脅威はすぐに失う。

『Divide!』

アザゼルの隣に控えていたヴァーリが神器の力を解放した。
ヴァーリの神器、『白龍皇の光翼』(ディバイン・ディバイディング)の力によって雷の威力が低下し、ヴァーリとアザゼルは無傷だった。
その光景を見ていた一誠は。

「アレが、お前の宿敵の能力か?」

『そうだ』

と、一誠の問いかけに、ドライグの声が『赤龍帝の篭手』から流れる。

『白いの、バニシング・ドラゴンの魂が入った神器、『白龍皇の光翼』(ディバイン・ディバイディング)。
その力は相手の力を十秒ごとに半減させ、自らの力にするものだ』

「つまり、お前と逆の力ってことか?」

時間が経過するごとに自らの力を倍にし、いずれは神を超えるほどに上り詰める『赤龍帝の篭手』。
対して、時間が経過するごとに相手の力を半減し、奪い取り、いずれは神をも失墜させる『白龍皇の光翼』。
全く対照的な力を持った両者。喧嘩の原因は案外、単純に相手が目障りだ、と言うチンピラクラスの理由なのかも知れないと、一誠が心の中で思っていると、

「イッセー、どういうこと?」

いつの間にか自分の隣にいたリアスが目の前のヴァーリとアザゼルを睨んでいた。
その後ろには当然、朱乃が控えているが、彼女もいつもの笑顔ではなく、真剣な眼差しで自らが放った雷に無力化し、無傷の二人を見ている。

「あなた達の話だと、彼は“白龍皇”らしいけど、どうしてここにいるの?」

「さぁな。さっき俺が隣にいる堕天使の総督に話を聞いていた途中なんだが」

「アザゼルね」

一誠の言葉を聞いたリアスは一歩前に踏み出し、アザゼルを睨んだ。

「御機嫌よう。堕天使総督、アザゼル。一体、私の縄張り何をするつもりなのかしら」

と、最初から疑いの眼差しで話を進めるリアス。
そんな彼女にアザゼルはやれやれ、と肩を竦める。

「おいおい、グレモリー家の令嬢にしては随分と不躾じゃないか?」

「今年に入って、もう二度もあなた達は私の領内で騒ぎを起こしているのよ。警戒して当然じゃない」

痛いとこつくな、とアザゼルは後頭部を掻く。

「で、あなたの目的は何なのかしら」

視線をさらに鋭くするリアス。

「“白龍皇”と一緒に現れた理由は何?まさか、一誠の神器が目的じゃないの?」

「確かに、『赤龍帝の篭手』は神器の研究する者として興味はあるぜ」

「「―――っ!?」」

「止めときな」

アザゼルの言葉にリアスと朱乃は身構えるが、アザゼルはそれを手で制した。

「確かに、“手を抜いた”とはいえ、俺の結界に侵入路を作ったのは大したもんだが、俺とヴァーリを相手にするのは無謀だぜ」

その言葉にリアスと朱乃は反論することなく黙りこむと、

「仮に俺たちがこの空間で戦ったとしても勝敗は見えてるだろ。お前ら二人を抱えて戦うことになるんだからな“赤龍帝”は」

つまり、リアスと朱乃は助けに入ったのではなく、一誠の足手まといに来たというアザゼル。
そのことも二人は感じているのか、悔しそうな表情になるが、

「そいつは違うだろ」

「え?」

「きゃっ!?」

一誠が両脇にリアスと朱乃を抱えるように抱き寄せた。
その際、ちゃっかり二人の胸に手を持っていっているのはいつものことだが、

「こいつ等を足手まといにするか、自らの力に変えるかは俺の問題だ。少なくてもアンタに決められるようなことじゃないよ」

「ははっ、なかなか男気があるじゃないか、今代の“赤龍帝”は」

気に入った、とアザゼルは一誠に笑いかける。
その反応が意外だったのだろうリアスと朱乃は一誠に胸を揉まれているのに呆けてしまう。

「まぁ、安心しろ。俺もこの場でドンパチするつもりはないからよ」

「そうか?後ろの奴はやる気満々のようだが」

一誠がアザゼルの背後を指差す。
その先には一誠に挑発的な笑みを浮かべるヴァーリがいた。
アザゼルもそのことを理解しているのか、苦笑しながら、

「ああ。今日は生活雑貨を買いに来て、偶々お前さんを見つけて良い機会だから顔合わせをしたのさ」

「良い機会?」

「そう。お前さん達、グレモリー眷属も三大勢力の会談に出席するんだろ?」

「ああ。お前が部下の手綱をしっかり掴んでいなかった事が原因で起こった会談な」

「そいつの謝罪は会談の時にしてやるよ。だが、俺は“白龍皇”を参加させるんでな。万が一のことが起こらないように、今のうちに顔を合わせただけだ」

「そうか」

確かに、他の勢力がいる前でこれ以上、部下への統率力がないと見られるのは総督のアザゼルは演じたくないだろう。
と、そこで一誠の腕の中にいたリアスがあることに気がついた。

「ちょっと待ちなさい。アザゼル、あなた生活雑貨を買いに来たって言ったわね」

「ああ。そうだが」

「まさか、私の領内で生活するつもりじゃないでしょうね」

一誠の手から離れ、半眼でアザゼルを睨むリアス。

「その通りだが、何か問題でもあるか?」

「何でそうなるの!!?」

何も感じないかのようにアザゼルが言い切ったため、リアスは絶叫する。
だが、アザゼルはリアスの反応が不可解そうな表情をする。

「何だ、サーゼクスの奴、お前の兄から聞いていないのか」

だからだろう。
アザゼルは悪戯を楽しむ笑みで、

「今回の会談は、お前の縄張りの真っ只中、駒王学園で行うことになったんだぜ」









それから日が暮れて、旧校舎にはグレモリー眷属とイリナが集められた。

「冗談じゃないわ!!」

あれからリアスは激情の叫びをオカルト部に響かせていた。

「幾ら、この町で会談を行うからって、この町で暫く生活するなんて、そんなの許せるはずが無いわ」

「まぁ、落ち着け部長」

と、ソファに座りながら一誠がリアスを宥めようとするが、

「これが落ち着いていられる訳がないでしょ!!」

そう言って、リアスは絶叫すると、その背後から朱乃が一枚の紙を持ってきて、

「その通りですね。先程、彼が泊まっているマンションの住所から依頼が入っていますよ」

「それって、悪魔の仕事のだよな」

「はい。ご指名はもちろんイッセー君です」

笑顔だが、全く目が笑っていない朱乃。
その態度は明らかに怒っているようだ。

「・・・それって先輩の神器を調べるためなんじゃ」

「そうだね。アザゼルは有能な神器使いを集めているとも聞くし、その造詣に興味深いと聞くしね」

と、小猫と木場は戦闘態勢を整えるように、グローブを着け、魔剣を用意する。
その態度に一誠は苦笑するが、リアスは彼の腕に絡みついた。まるで、大事なものを盗られまいとする子供のように。

「イッセー分かっていると思うけど、絶対に行っては駄目よ」

「まぁ、俺も男に興味を持たれるのは余り良い気分じゃないが・・・」

それでも、

「俺が警戒するのは、俺の“ライバル”の方なんだがな」

確かに、アザゼルは強い。
恐らく、禁手を発動させた一誠でもコカビエルのように勝つことは出来ないだろう。
だが、少なくとも一誠はアザゼルよりも“白龍皇”の方が気がかりだった。
あの時、アザゼルが自分の正体を明かすよりも、ずっと前からヴァーリは一誠に殺気に近い闘気を向けていた。
だが、リアスはそうは考えていない。

「それでも会談にはまだ日があるはずよ。それなのに何も企んでいないと言えるの?」

「まぁ、確かにアザゼルは喰えないオッサンだと俺も思うが――――」

一誠は思い返す。
その時、アザゼルは争う心算はないと言っていた。

「少なくとも、薄っぺらい嘘を付く様な奴ではないと思うがな」

「その通りだよ。アザゼルは昔からそういう男さ」

と、この場にいるはずの無い声が一誠の言葉を肯定する。
一同はその声のする方に顔を向けると、―――そこにはリアスと同じ紅髪の男がにこやかに微笑んでいた。
覚えのある顔だった。
いや、一誠たちは覚えていないといけない顔だ。
魔王、サーゼクス・ルシファー。
その後ろにはメイド服に身を包んだ彼の“女王”であるグレイフィアも控えていた。

「先日のコカビエルのようなことをアザゼルはしないよ。まぁ、悪戯のようなことはするだろうが。それにしても、総督殿は予定よりも早い来日だな」

「お、お兄様!!」

と、リアスは一誠の腕から離れ、ソファから飛び上がる。
魔王であると同時に自分の兄であるサーゼクスの突然の来訪なのだから仕方ないかもしれない。
もっとも、彼女が立ち上がって向かい合ったのは兄弟だからで、他はそうは行かない。
朱乃と木場、小猫はサーゼクスの前に跪いている。
その反応にアーシアはどうするべきかとオドオドし、何も知らないゼノヴィアとイリナは不思議そうに首を傾げる。
まぁ、イリナは悪魔ではないから、関係ないのだが。
一誠はどうするか、迷った。
別に目上の者だから、朱乃たちのように跪くのが筋なのだろうが。
何故か、自分の心情的にそれを受け付けない。
そんな葛藤のようなものを一誠がしていると、

「構わないよ。今日はプライベートで来ている」

「あ、そうなのか」

と、サーゼクスの言葉を聞いた一誠はまたドカリとソファに腰を下ろした。
他のメンバーも魔王の命令とあって立ち上がったが、一誠のように大胆な態度を取れるはずはない。
更に、本来は主であるリアスが彼を咎めなければならないのだが、魔王である兄が目の前に現れたので、それ所ではない。
そんな彼女にサーゼクスは微笑み、

「やぁ、妹よ。暫くだね。――――少し変わったかい?」

「え、何がですか?」

ふむ、と考える仕草でリアスの頭から足にかけてじっくりと眺めるサーゼクス。

「最後に君を見たのはライザー君とのレーティンゲームでモニター越しだったが。
その時と体つきが変わった気がする」

「わかるのかい?」

思わず問いかけた一誠の言葉にサーゼクスは不敵な笑みを浮かべ、

「兄たるもの妹の微細な変化には敏感なものさ。主に胸や腰周りがね。色っぽくなったと思ってね」

「妹の身体を見て、何言ってるんですかっ!!?」

羞恥心から拳を握ったリアスは目の前にいる兄の顎に目掛けて拳を突き上げた。
恐らく、サーゼクスも悪乗りしたのだろう。
魔力が込められた一撃だったが、サーゼクスは避けることなくリアスの拳を受け、身体を仰け反らせたが、その後微笑みながら、

「ハハッ、すまない。自分の眷属の腕に抱きつく妹の可愛い姿についからかいたくなったんだ」

「うっ、そ、そんなことより、どうしてこちらに来られたのですか?」

と、照れ隠しのように問いかけるリアスだが、思い当たる節があるため素早く冷静に思考した。

「もしかして、アザゼルの言うとおり、この学園で会談を行うという話は本当で。
お兄様はその視察に来られたのですか?」

「ああ。その通りだよ。だけど、もう一つ目的があるんだ」

と、サーゼクスは頷いて、リアスに一枚の紙を見せた。
『授業参観のお知らせ』と書かれた紙を。

「そ、それは・・・」

兄が目の前に出した紙を見て、リアスの表情が再び引き攣るが。
そんな妹の反応をサーゼクスはにこやかに微笑みながら、

「魔王である以前に私は君の兄だ、リアス。兄として妹が学び舎で勉学に励んでいる姿をこの目に見たいものだ。
そのためならば、魔王職という激務があろうと、合間を作って参加するよ」

と、シスコン気味な発言がサーゼクスの口から放たれ、リアスはため息を付き、

「グレイフィアね。お兄様に伝えたのは」

頭を手で押さえながら困った仕草を見せながら問いかけると、グレイフィアは当然のように頷いた。

「はい。学園の出来事はグレモリー眷属のスケジュールを管理している私の元に入ります。
むろん、私はサーゼクス様の“女王”でもあるので主へ報告いたしました」

当然のように答えるグレイフィア。
彼女の話し方はやはりワルキュリアに似ている気がすると一誠が感じていると、ため息をついた。
それを残念なものと感じたサーゼクスは微笑みながら、

「心配しなくても良いよ。父上もまた君の授業参観に参加すると言っていたから」

「・・・・・・・・」

何が憂鬱なのか知らないが、余程身内に授業参観に来て欲しくないらしいリアスは呆然と黙り込んでしまった。
まぁ、一誠の家でも、今回の授業参観は特別なものらしく、一誠の両親は軽いお祭り気分だったが。
もっとも、その目的は一誠ではなく、アーシアを見に行くのが最大の目的のようだが、別にいいだろう。

それは兎も角として、リアスが思考を停止しフリーズしている間に、突然、ゼノヴィアがサーゼクスに話しかけた。

「貴方が魔王か。はじめまして、ゼノヴィアと言うものだ」

「ああ。君がゼノヴィアかい。ごきげんよう、私はサーゼクス・ルシファー。リアスから報告は聞いているよ」
と、先程まで妹可愛さに緩んでいた表情を引き締めながら、サーゼクスは再び凛々しい顔で微笑み、

「報告を聞いた時は耳を疑ったよ。まさか、伝説の聖剣デュランダル使いが悪魔に転生しただけでなく、我が妹の眷属になったのだからね」

「私も今まで葬ってきた悪魔になるとは思わなかった。我ながら大胆なことをしたと後悔している」

しかし、とゼノヴィアはソファに座っている一誠の方を見て、

「私には別の目的が出来た。恐らく、それは教会に居ては達成出来ない新たな目的がね」

「そうか。悪魔としての生活を満喫しているようで何よりだよ。その目的も達成できるといいね」

彼女の目的が自らの妹を衝突するものなのだが、サーゼクスはそれを理解しているのか、
どうか分からないが楽しそうに笑うと、イリナの方を向いた。

「さて、聖剣エクスカリバー奪還の任を与えられたもう一人の使徒、イリナとは君だね」

「は、はい。そうです」

真っ直ぐ問いかけられて緊張するイリナ。
目の前に居るのが自分の敵の親玉なのだから当然かもしれないが。

「ミカエル殿から先日連絡が来ていたよ。会談の前に君と会いたいと。それまでエクスカリバーの因子は厳重に管理して欲しいそうだ」

「・・・ミカエル様が」

憂鬱な表情で俯いてしまうイリナ。
神の死を知ってしまい、自分のあり方を決めかねているのに、大天使に会うのがはばかる様だ。

「さて、難しい話はここまだだね。伝えるべき話は伝えたから大丈夫だろう」

と、サーゼクスはこの場の解散を促す発言をするが、

「しかし、人間界に来たとはいえ、夜中だ。こんな時間に開いている宿泊施設はあるだろうか」
と、意味ありげな事を言うサーゼクス。
その視線は何処か一誠に向いている気がした。

―――ふむ

と、一誠は面白いと思いながら彼の思惑に載ることにした。

「だったら、家に泊まるか?」

その一言にリアスが驚愕の表情をしたことをこの場にいたメンバーは忘れることが出来ないだろう。










「なるほど。妹がこちらでご迷惑になっていないようで安心しました」

「そんな迷惑なんて!!リアスさんはとても良い子ですわよ、お兄さん」

「そうですよ。リアスさんはイッセーには勿体無いほど素敵なお嬢さんです」

と、サーゼクスと一緒に和気藹々と話をする一誠の両親。
今、兵藤家のリビングでは魔王と平凡なはずの一誠の両親が向かい合って座っている。
普通では有り得ない状況がそこにあった。


あの後、一誠の提案でサーゼクスとグレイフィアは兵藤家に一夜を過ごすこととなった。
だが、その事を妹であるリアスは何とか阻止しようと奮闘したのだが。
魔王と最強の“女王”の進撃を一人で止められるはずがなく。
結果、彼女の目の前には顔を覆いたくなる状況が広がっている。
自分の隣に座る兄であるサーゼクスとその後ろに控えるグレイフィア。
その迎えには一誠の両親が並んで座り、自分の目の前には一誠が座っている。
ちなみに、アーシアは離れた所のソファにチョコンと座って今の状況を眺めていた。

「ところで、そちらのメイドさんは―――」

「ええ。グレイフィアです」

一誠の父の質問にサーゼクスは悪戯っぽい笑みを浮かべ、

「実は私の妻です」

『ええええええええええええええええっ!!?』

まさかの発言に両親とアーシアは驚きの声を上げた。
声を上げなかったのは事情を知っているリアスと、初耳だったが感心した声を漏らした一誠だけだった。
すると、無表情のグレイフィアがサーゼクスの頬をつねった。

「メイドのグレイフィアです。我が主が詰まらない冗談を言って申し訳ありません」

「いたひ。いたいひょ。ぐれいふぃあ」

無表情だが、心のうちでは激怒しているのだろうグレイフィア。
そんな彼女を涙目だが楽しんでいるサーゼクス。

冗談だとグレイフィアは言うが、少なくとも普通のメイドは主の頬を抓ったりしないと思う。
見れば見るほどワルキュリアと出会えば話が合いそうだな、と一誠は思った。

「それで、グレモリーさんも授業参観に出られるんですか?」

一誠の母親が問いかける。
その問いにサーゼクスは頬を擦りながら、

「ええ、仕事が一段落したので、妹の学舎と授業風景を拝見できたらと思いましてね。
当日は父も参加するそうです」

「まぁ、グレモリーさんのお父様も!!」

「はい。父は駒王学園の建設に携わっているのですが、私同様、暇が取れるということな
ので顔を出すそうですよ。あと、妹がお世話になっているお家であるこちらにも挨拶に伺うつもりのようです」

「授業参観の後は部長のお父さんも家に来るのかい?」

不意に一誠が問いかけると、サーゼクスは微笑みながら、

「まぁ、挨拶は建前で本当はリアスと少しでも一緒に過ごしたいんだよ」

その言葉を聞いて、一誠は不敵な笑みを浮かべた。

「なぁ、今から部長の家に連絡を取って、部長のアルバムを持ってきて貰う事は出来ないか?」

「ちょっとイッセー!!」

一誠の言葉を聞いてリアスは狼狽する。
一体、この子は何を言っているんだと。

「下宿している人間がどういう人間かもっと知りたいだろ。過去を見ればよりその人物を理解できると思ってな」

「そんなこと言って、本当は前に私達が貴方のアルバムを見ていた仕返しがしたいんでしょ!!」

顔を真っ赤にして叫ぶリアス。
傍から見れば、可愛らしい反応にサーゼクスは笑みを深めながら、

「その必要はないよ」

なぜならば、とサーゼクスは懐から一冊の冊子を取り出した。

「リアスのアルバムならここにあるから」

「何でそんな物を持っているんですか、お兄様!!!」

取り出されたアルバムを見て絶叫するリアス。
だが、サーゼクスは当然のような顔で、

「兄が妹のアルバムを肌に離さず持っているのは可笑しいかね」

完全なシスコン状態のサーゼクス。
感じていたことだが、この魔王様は軽すぎるな・・・
と、一誠はアレイザードに君臨していた魔王ガリウスの違いに戸惑いながらも、

「じゃあ、少し拝借」

「駄目!!!」

サーゼクスの手からアルバムを奪おうとするリアスだが、ここでも無駄な抵抗だった。
魔王であるサーゼクスと自分の最強の眷属である一誠がタッグを汲んだのだから当然だ。

そうして、リアスのアルバムを一誠とアーシアが楽しむ傍ら、サーゼクスと一誠の父親は
日本酒を片手にリアスの過去を肴に楽しい談笑を繰り広げ、リアスは心休まることがなく
この日の疲労は過去最大のものになったのは当然の事だった。








「そ、そんな、お兄様はイッセーの部屋でお休みになるのですか・・・」

楽しい時間が終わり、就寝時間になると、一誠の部屋の前でリアスは絶望表情を浮かべていた。

「ああ。今日は少し彼と話しながら床に尽きたいのだよ」

と、サーゼクスは一誠の部屋の中に入りながらリアスに伝える。
今日は危険を冒してでも、一誠の部屋に忍び込み磨り減った精神を回復させようとしたリアスとしては残念なことだが。

「お嬢様、そろそろご自分のお部屋へ戻りましょう。お嬢様の部屋に私もご厄介になりますからね。では、サーゼクス様、
おやすみなさいませ」

「分かっているわ、グレイフィア」

グレイフィアに促されリアスはトボトボと自室へと歩き出した。
その哀愁な背中を、

「では、イッセーさん。おやすみなさい」

「おう。おやすみアーシア」

ペコリと頭を下げてアーシアがその後を追った。

「では、我々も中に入ろうか」

「ああ」

自室に魔王と二人きりになった瞬間、一誠から緊張感が放たれた。
いや、この場合は警戒と言ったほうがいいかもしれない。
ここまでサーゼクスが重度のシスコンだと言うことはわかった。

シスコンの逆鱗に触れることを一誠は何度もしていた。
軽いお触りも含めて一誠は何度もリアスの胸や尻に触れた。
そして、極めつけは、以前のレーティンゲームで公衆の面前で一誠はリアスとキスをした。
してきたのはリアスだが、シスコンにはそんな事は関係ないだろう。
その後、少しだけ彼と会う機会があった。
その時は、なんとも思っていないと言っていたが、他人の心の中など分からない。
ゆえに、一誠はサーゼクスと二人きりと言う状況を警戒していた。

だが、サーゼクスは一誠に微笑みかけた。

「いや、今日は楽しかったよ。こんなに楽しい家なら安心してリアスの事を預けることが出来る」

「そう言って貰えると嬉しいね」

ベッドに腰を下ろしたサーゼクスと勉強机の椅子に腰掛ける一誠。
どうやら、一誠とのキスも、セクハラも起こってはいないらしい。
しかし、不意にサーゼクスが真剣な顔をして、

「アザゼルと会ったらしいね」

「ああ。本人は“白龍皇”と会談前に顔を合わせが目的だと言っていたけどな」

「そうか。彼は他に何か言っていなかったかい?」

「いや、アイツが張った結界を部長が破壊して、副部長と一緒に入ってきたから詳しい話しはしなかった」

「リアスがアザゼルの結界を・・・」

一誠がそういうと、サーゼクスは少し目を丸くした。

「なるほど。リアスが、そうか」

「本人は手を抜いた結界と言っていたがな。どうかしたか?」

警戒しながら一誠は訝しげな表情をするサーゼクスに問いかける。

「・・・オカルト部の部室で私はリアスに一撃を貰っただろ。その時感じた魔力の質がレーティンゲームの時より上がっているように感じたんだ」

「部長が前より強くなっているって?」

一誠の問いにサーゼクスは無言で頷いた。

―――まぁ、確かに他の部員も馬力みたいなもんが上がっているように思っていたが。

ショッピングモールで朱乃がアザゼル達に攻撃した雷も威力が上がっていたが、もしかしたら他のメンバーにも変化があるかもしれない。$
そして、その劇的な変化の原因は恐らく、異世界アレイザードに行ったことにあるだろう。
もっとも何故そんな事になったのかは一誠にも分からないし、更に根源的なものを言えば、

「恐らく、君がリアスに影響を与えているのだろう」

サーゼクスの言葉に一誠は何も言えない。
事実だからだ。
リアス達がアレイザードに行く事になったのは事故のようなものだが、間違いなく一誠が現況だろう。

「古来よりドラゴンは他の者に影響を与える。その結果、リアスが強くなったことは兄として嬉しいよ。
特にあの学園は何かしらの縁があるらしいからね」

そういうとサーゼクスの纏う雰囲気が変わった。
先程までの和やかなものが一転して、向かい合う者に重い重圧を与える魔王のものへと。

「あの学園には力が集まっているように感じる。私の妹であるリアス、伝説のドラゴンである赤龍帝の君、聖魔剣使い、
聖剣デュランダル使い、魔王セラフォルー・レヴァンタンの妹も所属する学園。そこに堕天使幹部のコカビエルと
上級のはぐれ悪魔が襲撃し、今回の三大勢力の会談の場もあそこだ」

「偶然にしては出来すぎている気がするな」

一誠の言葉にサーゼクスは頷き、

「恐らく、あの学園には様々な力が入り混じり、うねりとなっているのだろう。そして、そのうねりに加速の影響を与えてい
るのも君だと私は思うんだ。伝説の龍―――赤龍帝を宿した君に」

そう言って、サーゼクスは一誠に鋭い眼差しを向けた。
恐らく、並みの者なら、魔王の厳しい視線に怯え萎縮してしまうかも知れない眼差し。
しかし、そんな眼差しを前に一誠は笑った。

「そいつは丁度良いじゃないか」

だってそうだろ。

「馬鹿な事を考えている奴が自分から俺に潰されに来てくれるんだ。手間が省けるものだろ」

「―――大した自信だ」

その瞬間、魔王からの重圧が強くなった。
心の弱いものならばこの場にいただけで腰を抜かしてしまうのではないかというまでに。

「ドラゴンは力を呼び寄せる。その者の力が強ければ、強いほど強者を呼び寄せるだろう。恐らく、君よりも強い相手も。
そんな奴から君は妹を守れるというのかい」

厳しい言葉で一誠に問いかけるサーゼクス。
そこには完全に魔王として振舞いながらも、妹を心配する兄が居た。
しかし、それでも一誠は怯まない。

「関係ねぇよ、そんな事は」

真っ直ぐと威圧するサーゼクスを一誠は正面から見つめ返す。

「俺の美学は“女の涙から決して逃げない”こと。それを、そんな事で譲る心算も曲げる心算もない」

なぜならば、

「それが無くなったら、俺は今の俺じゃいられない。何よりソイツは俺を信じてくれる奴らへの裏切りだ」

だから、

「負ける心算はねぇよ。相手が誰だろうとな」

迷うことなく放った一誠の言葉。
何の根拠も無い言葉だった。
だが、何故かこの時のサーゼクスには一誠に賭ける価値があるように感じた。
それにも何の根拠は無い。勘のようなものだったが、

「―――そうか」

サーゼクスは口元をゆがめた。

「それを聞いて安心したよ。リアスが君にご執心な理由が分かった気がするよ。冥界に居た頃のあの子は今日のように楽しい顔をそうは見れないからね」

「御眼鏡に適ったようで何よりだよ」

威圧感が消えて一誠も内心で一安心した。
すると、サーゼクスはベッドから立ち上がり、

「これからも妹を、リアスの事を頼んだよ。兵藤一誠くん」

サーゼクスから差し出される手に、一誠も立ち上がり不敵な笑みで彼の手を握り、

「おう、任された。俺の美学に賭けてな」

がっしりと握手をする二人。
そして、一誠と魔王の話はこれで終わると思われたのだが。

「そうだ。一誠君一ついいかな?」










それから日が昇り、窓から差し込んできた朝日を浴びながら一誠は目を覚ました。
ベッドから身体を起こし、隣を見る。
そこには来客用の布団で寝ている一見無防備に見える魔王サーゼクスの姿があった。

「・・・ん、下に誰か居るな」

無論、男の寝顔など一切の興味のない一誠は無駄だと思いながらも、サーゼクスを起こさないように部屋を出て、
リビングへと降りていく。ちなみに、昨夜、一誠は部屋着を着て就寝した。
男と二人きりで下着姿を晒して寝るのは流石に無いと本人が思ったからだ。
それは兎も角として、リビングへ入った一誠を見て、出迎える人物がいた。

「一誠様、おはようございます」

「グレイフィアさん。早いっすね」

いつものメイド服に身を包んだグレイフィアが台所に立っていた。

「はい。朝食の準備をしていましたので」

と、淡々と作業するグレイフィア。
作っている物は味噌汁だったが、その姿に一誠は懐かしさのようなものを感じずには居られなかった。

「昨日はありがとうございました」

「ん?」

突然の感謝の言葉を口にするグレイフィアに一誠は首を傾げた。

「主の我侭に付き合っていただいたことに感謝しています」

「そんな事別に気にしなくてもいいさ。むしろ、こっちとしては王様を庶民の民家にお招きしてよかったのか、と思ってるぐらいですよ」

布団なんかで寝かせて本当に良かったのかと、一誠の一言に背を向けていたグレイフィアは微笑んだ。

「お気になさらないでください。サーゼクス様もこの家に来られて楽しんで居られましたから。リアス様とも少しでも長く居られて嬉しかったでしょう」

「ああ、やっぱ部室での視線はそういう意味だったの」

「はい。ですので、それを察してくれて本当に感謝しています」

と、そう言ってグレイフィアは味噌汁の味見をした。
その様子を不敵な笑みでその後ろ姿に近づき、

「じゃあ、少ししてもいいですか、グレイフィアさん」

そう言って、一誠はグレイフィアが振り返るよりも早く、


彼女の両方の胸を後ろから鷲掴みにした。


「最強の“女王”の可愛い声を聞かせてください」

耳元でそう呟きながら一誠はグレイフィアの胸を揉みながら、彼女の体内に大量の氣を流しこんだ。
今まで、これで声を上げなかった女は居ない。
特に豊満な胸を持っているものならば、尚の事だ。
しかし、

「・・・それが、どうかしましたか?」

グレイフィアはほんの僅かに身体を硬直させただけで、声を上げなかった。
それどころか顔には高揚とした反応すらない。

「あれ?」

その反応に一誠が間の抜けた声を上げた瞬間、一誠の意識はグレイフィアの神速のビンタによって身体ごと吹き飛んだ。



「・・・・・・・・」

失神しリビングに大の字に倒れた一誠をグレイフィアは冷たい視線を見下ろした後、鍋の火を止めてその場を後にした。
そして、しっかりとした足取りで一誠の部屋まで行くと、ノックすることなく部屋の中に入っていった。

「やぁ、グレイフィア。おはよう」

にこやかに挨拶をする自らの主にグレイフィアは無表情で睨みを利かせ、

「アレは一体何のつもりですか?」

彼女には確信があった。
アレは自分の主が命じたことだと。
そして、彼女の勘は当たった。
目の前のサーゼクスは誤魔化すことなく、にこやかに答えた。

「いや、赤龍帝の性能は聞いていたからね。君に試して私への愛の深さを確かめたかったのだ」

そして、安心したようにグレイフィアに微笑みかけ、

「だけど、それは気鬱だった。君の愛の深さに私は感無量だよ」

「では、これは何ですか?」

そう言って、グレイフィアは一誠のポケットの中に入っていた録音機を見せる。

「それは・・・・。万が一の場合、君が彼の手で声を上げたら、それをベッドの上でそれを聞かせながら、
『君は他の男を相手に声を上げるなんて悪い子だね』っと言うことをやってみたかったんだ」

「そうですか・・・」

無表情だったグレイフィアの瞳が鋭くなった。
そして、徐に自らの得物を持ち上げる。
すると、流石のサーゼクスも危険を感じたのか。

「ま、まぁ、待ってくれるか。グレイフィア、話せばわかる」

「そうでしょうか。私にはもうサーゼクス様が何を言っているのかわかりません」


それと同時に兵藤家に悲惨な叫び声が上がるのだった。








あとがき
書き終わって読み返してみると、サーゼクスの性格が恐ろしいほど崩壊しているのを感じてしまいました。
特に最後のですが、原作と同じ流れで面白みが無いのでネタとして書いたのですが、どうだったでしょうか。
暁月の要素を持った一誠は、たとえ無謀に近い挑戦でも挑むと思ったのです。
なぜならば、

そこに山(おっぱい)があるから

・・・すみません、自分のテンションも何か可笑しいです。

それは兎も角、リアス達の力について迷っています。
アレイザードに行ったことで概念能力を手に入れた暁月たち。
リアス達もアレイザードに行ったことで能力が底上げされたことにしますが、概念能力はどうしよう、と迷ってます。
一応、リアス達が能力を得る設定は出来ているのですが。
どういう能力かは決めていないので、色々未定ですが、もう少し考えてから決めてみます。


次回の更新ですが出来るだけ早く更新したいんですが、やっぱり二週間掛かるかもしれません。







[32327] 第四章三話
Name: マグナム◆82290672 ID:63883877
Date: 2013/12/31 22:36
魔王サーゼクスが来訪してから数日が経過した。
次の日、一誠がグレイフィアの胸を揉んだ代償に平手一発で意識を飛ばされるということがあったが。
それからサーゼクスの観光に一誠達は同行した。

冥界にゲームセンターを作るという名目で、一誠と対戦ゲームを行い、
ハンバーガーチェーンを冥界に展開させるためにという名目で、ハンバーガーショップの全種注文を制覇。
完全に遊んでいる魔王。
だが、一誠はその事を指摘しなかった。
王女として頑張っていたリスティの姿を知っている一誠は、一国を背負って働くことがどれだけ大変な事か分かっているからだ。
それならば、休みの日ぐらい羽目を外しても構わないだろうと、特に何も言わない。



そして、魔王来訪から数日。
休日の今日。
一誠たちオカルト部は学園に来ていた。
生徒会からの依頼でオカルト部はプールの清掃を行うことになった。
その代わり、清掃の後は自由にオカルト部がプールの使用が許可された。
のだが、

「こいつは酷いな・・・」

「ええ、去年の夏から使っていませんからね」

一誠の言葉にニコニコした表情で朱乃が答える。
目の前に広がっているのは、緑色のコケがへばり付き、変色した水の上に落ち葉が浮かんでいる。
余りの惨状に掃除をする気が挫かれそうなものだ。

「思ったんだが、プールの掃除って水泳部がやるものだよな」

「ははっ、確かにそうだね」

一誠の言葉に苦笑する木場。
恐らく、彼も同じことを考えているのかもしれないが、

「ほら、そんな事を言っていないで掃除を始めるわよ」

と、目の前の惨状を前に気丈な声を発するリアス。
そして、微笑みながら、

「イッセー、先週買った私の水着みたいわよね」

「そりゃ、あれからずっと秘密だったからな」

結局、あの日アザゼルとの接触があったためか、一誠はリアスと朱乃がどのような水着を購入したのか知らない。
まぁ、二人のように抜群のプロポーションを持った美女二人なのだ。
予想される破壊力は尋常でないことは予想できるが。
と、思ったとおりの言葉を一誠が口にするとリアスは満足げに笑いながら、

「そう。じゃあ、掃除を頑張れば見ることが出来るわよ」

そう久しぶりに主らしい態度で一誠と接するリアス。
だが、一誠は不思議と嫌な気分にならず。

「―――やれやれ。わぁったよ」

と、首を竦めながらデッキブラシを片手に水が抜けたプールに入るのだった。








それから一時間でプールの清掃を完了した。
25mのプールをオカルト部のメンバーだけで、かなりのハイスピードで終わらせることが出来た。無論、ほとんど一誠がやったに近いのだが、他のメンバーも早くプールを使用したいと尽力した結果だ。
そして、新しく綺麗な水を入れている間、メンバーは更衣室で水着に着替えていた。

「はぁ、単純な清掃作業は何も考えなくて済むが、体力がいるのが難点だな」

「そうだね」

やれやれ、と肩が凝ったとばかりに腕を回す一誠に、一緒に更衣室の中に入った木場が頷いた。

「それにしても、やっぱり凄いね、君の身体は」

そう言って、水着に着替えて露になった一誠の肉体。そこには全く無駄な脂肪が一切無い鍛え抜かれた筋肉。
それを羨望の眼差しで見つめる木場に一誠は顔を引き攣らせる。

「気持ち悪いことを言うな、木場。そういうことは女に言われたいんだからよ」

「それでも羨ましいじゃないか」

「・・・お前も女受けする方だと思うがね」

木場の肉体は筋肉こそ付いてはいないが、一誠同様無駄な脂肪が一切無い線が綺麗な彫刻を思わせる肉体。

―――こいつは一々女に好かれるスキルを天然に持ってやがるな

と、一誠は考えながら更衣室から出て行った。
その背には木場の熱い視線を感じつつ。





「たくっ、アイツの態度はたまに勘違いしそうになるぞ」

更衣室から出て行った一誠はため息をつく。
最近の木場は一誠に助けられたことに対する義理立てから過剰な反応を示している。
それが友情ならば、一誠は別に構わないのだが。天然のように過剰な言葉で他の者が聞けば、求愛しているように捉えられそうだ。
ただでさえ、一誠の悪友が可笑しな噂を立てているのだ。
女を喰らう野獣なのは否定する気はないが、男もいけると思われたら一誠からしたら堪ったものではない。

「全く困ったもんだ」

「何が困ったものなのかしら?」

「部長・・・・」

一誠がぼやくと着替えを終えたリアスが背後に来て声を掛けられる。
その声に振り返った一誠の視線の先には当然水着をつけたリアスの姿が。
彼女の髪と同じ赤いビキニの水着。
だが、その面積は小さく彼女の豊満な胸の下が見えるタイプの物で、はっきり言ってエロいが彼女の抜群のプロポーションが下品と言った低俗な物を封殺し、神々しいまでの魅力をかもし出していた。

それを見て一誠は「ふむ」と神妙な顔をして、

「お前が余りにも魅力的な水着を着るもんで困ったものだって話だ」

「そ、そう」

頑張って選んだかいがあるだけに、素直に褒められた事に恥ずかしいような、嬉しいようなくすぐったい感情にリアスの頬が赤くなる。

「あらあら、部長ったら、良かったですわね。折角、イッセー君に見せる為に選んだ水着を褒めてもらえて」

「あ、朱乃!!」

そう言って、一誠の腕に後から更衣室から出てきた朱乃が絡み付いてきた。

「朱乃、イッセーから離れなさい!!」

そこでいつものようにリアスが絶叫するように朱乃へ声を上げる。
そして、いつもならば、ここで朱乃がからかうような事を言うのだが、

「はいはい。分かりました」

今回の朱乃は素直にリアスの言葉に従って一誠から離れた。
いつもと違う彼女の行動にリアスは首を傾げるが、朱乃は艶かしい笑み浮かべながら、

「ずっとくっ付いていたら、イッセー君に私の水着を見てもらえないですものね。どうですか、イッセー君、私の水着姿は?」

そう言って、グラビアアイドルのように自らの身体の魅力を惜しげもなく見せる事が出来るポーズをする朱乃。
部長と同じぐらいの面積の布で作った白い水着は彼女の魅惑な身体をより扇情的な姿として一誠に見せる。
だから、一誠は不敵な笑みを浮かべながら褒めると、彼女は満足げに微笑んだ。
すると、

「あのイッセーさん。わ、私も着替えてきました」

「おっ、アーシアと小猫はスク水か」

恥ずかしげにモジモジしながら控えめな声で呼ぶアーシアと、その隣にいる小猫は学校指定の水着を着てそこにいた。
すると、小猫が何故か厳しい視線を向けて、

「・・・だから、何ですか?」

「いや、別に悪くはないぜ。そういう水着着て、可愛さを見せるのも魅力の一つだからな」

「・・・卑猥に見られないのも、それはそれで納得できません」

「やれやれ、そういうことなら・・・」

と、不服そうな小猫に仕方ないと、一誠はいつもの如くセクハラ攻撃で彼女の憂いを晴らそうと手を伸ばそうとするが。

「ちょっと待って、イッセー」

リアスが一誠の肩を掴んでその行動を止めた。
恐らく、一誠が小猫の尻を撫でようとしていたのは気が付いていないだろうが。
リアスは微笑みながら、

「悪いんだけど、少しお願いがあるの」








「ほら、小猫。水を蹴るのに大きな動きも力は要らないぞ。水の表面を小刻みにリズム良く蹴ればいいんだ」

と、ビート板を手にバチャバシャと泳ぎの練習をしている小猫にアドバイスをする一誠。
リアスの頼みで、泳げない小猫に水泳を教えることになった一誠はその事に渋ることなく引き受けた。
元々はアーシアも泳げないので教える予定だったのだから別に一人増えても問題ないからだ。
そして、小猫が一生懸命にバタ足をしている間、アーシアはその近くで、

「小猫ちゃん、頑張ってください」

小猫を励ますように応援をしていると、小猫がバタ足を続けたまま顔だけを自ら上げて、

「先輩、余り進みません」

「別に進むことは考えなくても良いよ。バタ足は進むための動きじゃなくて、あくまで浮く補助みたいなものだからな。それに泳げないんだから速く泳ぐ必要はないだろ。まず大事なのは水に自然と浮くことなんだからな」

「むっ」

「まぁ、でも遅いのはお前の姿勢が悪いからだ。頭を水に入れたら、まずは顎を引け。そして、尻を上に持ち上げろ。そしたら、足が水面近くになってバタ足もやり易いぜ」

と、一誠はアドバイスを言い終えると、不敵な笑みを浮かべて小猫のお尻の当たりの水面に手をかざし、

「分かりやすく言えば、俺の手にお前の尻を押し付ければ、速く端までいけるぞ」

「・・・変態」

言っている事の意味を理解した小猫は責める視線を一誠に向けるが、そんな物に効果がないことは今までの事で分かっている。ならば、と小猫は一誠の手に触れてやるかと自分のお尻を逆に沈めてやる。
しかし、そうすると進まないばかりか、水の抵抗が大きく掛かり小猫の体力を消耗させる。

「くっ・・・」

「ほら、意地を張ってないで、俺の合いの手に触れてみろ。でないと、辛いだけだぞ」

それとも、

「俺が本当に手を出しても良いのか?」

その一言に小猫の肝が冷えた。
自分から一誠に触れるのではなく、一誠から行動しに来る。
一体何をされるのか分からないではないか・・・

「・・・この鬼コーチ」

「何言ってるんだ、小猫。俺もお前も、鬼じゃなくて悪魔だろ」

こうなった以上、渋々と小猫は一誠のアドバイス通りお尻を持ち上げて、一誠の手に触れるように端まで泳ぐこととなった。

そして、アーシアも同じように練習をするのだが、彼女は小猫と違いむしろ率先して一誠に触れてきた。アーシアにしては大胆な行動だが、恐らく彼女は初めて泳ぐことに不安だったので、一誠に触れることで安心を得たかったのかもしれないが。





それから何度もプールを往復することなり、

「きゅぅぅぅ、疲れました」

プールサイドに敷いたビニールシートに倒れこむアーシア。
悪魔になって体力面が上がったが、やはり運動に向いていない彼女は慣れない泳ぎの練習で疲労が濃いらしい。
コロリと寝そべる姿はとても可愛らしい。
と、その隣では小猫も精神的に疲れが着たのか同じく倒れこんでいた。
いや、

「すぅ~、すぅ~」

「くぅ~、くぅ~」

「・・・寝てやがる」

余程疲れたらしく二人は仲良く寝息を立てている。
金髪と銀髪の美少女がスクール水着を着たまま仲良く寝ている微笑ましい光景に一誠も微笑みながら二人の髪を優しく撫でた。

―――たまには、こういうのもいい物だな

と思いながら一誠はこの場にいないイリナは残念だなと思う一誠。
本当は彼女も誘いたかったのだが、悪魔と堕天使がこの町に来ているのだ。
教会のトップが何時来るかわからない状況で自分達とイリナが親しくしている状況を見られるのは不味い。
彼女の立場が悪くなり、今度こそイリナは教会から追放されてしまうだろう。

そんな事を考えている一誠に不意に何かが腕を突っついた。

「ん?赤いコウモリ?」

見るとリアスの使い魔のコウモリが一誠の腕を翼の端でチョンチョンと突っついていた。
その意味することを察した一誠は反対側のプールサイドにいるリアスの方を見る。
すると、案の定、彼女は一誠に視線を向けて微笑んでいるのだ。

―――ならば、彼女の元へ行かねばなるまい

苦笑をしながらもまんざらでもない心情で立ち上がった一誠は真っ直ぐとリアスの元へと向かう。
そして、うつ伏せに寝そべる彼女の近くまで寄ると、

「あら、イッセー、どうかした?」

惚けた態度を取るリアス。
そんな彼女に一誠は苦笑を浮かべながら、彼女の隣に腰掛けた。

「いや、部長と一緒にいたかっただけさ」

「え!?そ、そう」

一誠のまさかの言葉にリアスは顔を真っ赤に染めた。
だって、仕方ないでしょ。
自分がお願いしたとは言え、一誠が小猫とアーシアばかり構うのだ。
少しは意地悪したいではないか。
だが、まさか反撃の一撃を食らうとは持っても居なかったのだ。
それもあの程度の言葉で自分の心がここまで揺さぶられるとは。
リアスは自分が思っている以上に一誠に対する想いが熱いことに驚き黙りこんだ。

「どうかしたか、部長」

「い、いえ、何でもないわ!!」

ヤバイ、イッセーの顔がまともに見れない。
ただ隣に居るだけなのに鼓動の高鳴りを抑えることが出来ないリアス。
一誠の裸は何度か見たことのあるリアスだが、水着姿の一誠の姿はたまにベッドに潜り込んで大変な時の姿を思い出させるため興奮が止まらないのだ。
だが、このまま黙り込んで顔を赤くするのは流石に不味いとリアスは自分の近くにある物を手に取った。

「ねぇ、イッセー。これをお願いして良いかしら?」

「ん?日焼け止めオイルか?」

取り出されたオイルと思われる液体の入ったビンを手にとって眺める一誠。
その結果、彼からの視線から逃げることが出来たリアスが説明した。

「悪魔は日焼けしないわ。けれど、太陽の光は天敵だから特製美容オイルを背中に塗って欲しいの?」

「良いのか?」

問い返しながらも、すでにビンからオイルを手に出している一誠。
こちらが拒否しても、無駄だというのに。
リアスは余裕があるように必死に表情を作りながら、

「ええ、貴方の好きなように塗って頂戴」

そう言って、リアスは背中にあるビキニの結び目を解く。
露になった背中は白く絹のように滑らかな感触を与えてくれそうだった。
そんな綺麗な背を見ながら一誠は不敵な笑みを浮かべ、

「それは在り難いぜ。何せ水着の美女にオイルを塗るのは男の夢だからな」

「ふふっ、そんな事言って、私以外の子にも塗ったことあるんじゃないの?」

と、何処か責める口調のリアスの言葉に、一誠は手にオイルを馴染ませながら、

「そういえば、オイルを塗ったことはなかったな」

「そうなの?」

「ああ。メリッサの所の女の子には下着を見繕ったり、身体を洗ったりはしたが、オイルを塗るのはないな。ローションはあったが、アレは客に使う物だって言うんで使わせてもらえなかったし」

「そう。じゃあ、貴方にオイルを塗ってもらえるのは私が初めてなのね」

「そうなるな。身体を洗う要領でやってみるけど構わないか?」

「ええ、貴方がやってくれるのなら、それで構わないわ」

本当は襲ってくるであろう快楽の波に不安を感じていたリアスだったが。一誠が初めてだった事実に単純だが嬉しさが勝った。

「じゃあ、行くぜ」

「ええ。お願い」

リアスの背中に触れる一誠。
だが、それだけでリアスにとっては途轍もない快楽が生まれる。
分かっていたことだ。
一誠のは体の氣を操る。
そんな一誠にオイルを塗る行為がどれだけ危険なことか。
しかし、それでもリアスは一誠に頼んだ。
彼に触れて欲しかったから。

だが、そんな願望は一誠の手が進むに連れて。

「んあぁぁぁっ!!?」

スゥ・・・と背筋のラインを沿って手が進むだけで嬌声を上げるリアス。
背中に触れる一誠の手を通して、彼の氣が自分の身体に浸透していくのを感じる。
心地の良い熱がリアスの身体をじんわりと染み渡っていく。

「くっ」

何とかそれを抑えようとリアスは唇を噛んでみたが効果がない。
甘い声は抑えることは全く出来なかった。
明らかに自分の身体が敏感になっている。
リアスは思い出す。
アレイザードでアーシア達が誤って飲んでしまった媚薬を自分も飲んでしまった出来事を。
あの時は、アーシア達が受ける治療。ホクロを一誠の口で吸い出すという方法を彼女らだけが受けることを阻止する為に朱乃と共に自らも媚薬を飲んだのだが。
その後、後悔するほどの快楽に悶えてしまった。
結果、リアスは自分の身体が開発され、彼女はもう戻ることが出来なかった。

「ほら、下の方も行くぞ」

「―――ひゃっ!?っあぁぁぁっ」

上半身を終えると水着越しに尻を撫でるように大腿部へと手を伸ばす。
内股を触れられただけで嬌声と共に全身を硬直させるリアス。
俄かには信じられないことだが、くすぐったい指使いでこれだけの快楽が生まれることに戦慄する。
だが、それ以上に思うのは、イッセーの手が気持ち良い。

「あぁっ」

甘い声を漏らしながら悶えるリアス。背中全体に一誠に触れられただけでリアスの身体は震えるような悦びを感じていた。
しかし、

「あらあら、部長ったらズルイですわ」

ヤキモチを焼いたように批難する口調でいつの間にか近くに来ていた朱乃がリアスに向けて言葉を放った。
それも一誠の背後から態々除きこむような姿勢でこちらを見る朱乃。
つまり、彼女は一誠の背中に抱きついた姿勢を取っていることになるのだが。

「あ、朱乃っ!?」

不機嫌そうに睨もうとするリアスだったが、一誠にオイルを塗られていた快楽から腰が砕け、その視線も迫力など微塵もないものとなっていた。
対して、朱乃は、これは好機とばかりに大胆に一誠に迫った。
リアスと同じように水着のブラの紐を解き、パラリと自らの乳房を一誠に晒した。

「イッセー君。部長とばっかり楽しいことをするなんてズルイですわ」

そう言って、更に身体を密着させながら、一誠の肩に顎を乗せた体勢になると自然と一誠と彼女の頬は引っ付く体勢になった。そして、そのままスリスリと頬をすり合わせる動きをすれば、一誠に触れている部分もまた同じように彼の身体を擦る。
当然、彼女の自慢の豊満な胸も一誠の背中にこれまでにないほどの感触を与えることになり、朱乃はほんの少しだけ羞恥があるのか頬を赤くしながらも微笑み、

「ふふっ、部長を楽しめるためにイッセー君は頑張ってるんですもの。たまには、自分が溜まっている欲求を吐き出したいですわよね」

「まぁ、確かに男なら副部長みたいな美女にこんな事をされたら興奮しない訳ないわな」

「嬉しい!!」

一誠の言葉を純粋に喜んだ朱乃は更に身体を密着させると、勝ち誇ったかのような視線をリアスに向けながら、

「じゃあ、イッセー君。私にもオイルを塗ってくれませんか?そしたら、部長がしてあげないことを、たっぷりと私がして差し上げますわ」

「駄目よ!!」

一誠を誘惑する朱乃に対して、漸くリアスは甘い熱を怒りに変換して飛び起きた。
オイルを塗るために上半身は何もつけていない状態だったため、彼女の朱乃に負けないほどの美しい乳房が露になるが関係ない。
今、目の前に居るのは朱乃と自分が好意を持っている相手。何よりその相手に自分に負けないぐらい妖艶な女が彼を誘っているのだ。そんな些細なことなど気にしていられないとリアスは少し焦燥さを出して朱乃に敵意の視線を向ける。

「ふふふっ」

だが、朱乃は挑発的に笑うと、

「良いじゃないですか、オイルを塗ってもらうぐらい。部長はもう塗って貰ったんだから」

「駄目に決まってるでしょ!!貴女の場合、塗ってもらうぐらいじゃ済まないでしょ!!!」

すると、朱乃は当然じゃないですか、とばかりに笑みを深め、

「だって、こんな素敵な殿方はそうは居ないのですもの。良くしてくれたお礼に奥手な部長の代わりに私の処女ぐらいあげても」

「それも駄目よ!!今のこの子には私以外の女を知ってほしくないの!!まぁ、アーシアは仕方ないとしても。貴女が相手だと只でさえ獣の一誠が野獣になっちゃうじゃない!!」

「あらあら、そうゆう点はイッセー君の魅力の一つじゃないですか」

と、水掛け論のように言い争う二人。
そのボルテージは傍から見てもヒートアップしている事分かり、ほとんどの者は彼女らを止めるではなく、裸足で逃げ出したくなる状況だが、

「そうだな」

この兵藤一誠という男は極めて彼らしい方法で二人を止めた。

「きゃっ!?」

「あぁんっ!?」

リアスと朱乃の背中に手を回し、脇の下を通って二人の素晴らしい乳房を揉む一誠。
それもいつの間にか手にオイルを補充して塗るように性感帯を撫で回され、嬌声を上げるリアスと朱乃。

「い、やぁ・・・だ、ダメ・・・イッセー!!!」

特に一先ず熱を冷まして言い争っていたリアスが大変だった。
良い所で朱乃に中断させてられたからなお更だ。
だが、一誠は止めない。

「美容用のオイルなんだろ。だったら、全身に塗らないと意味がないだろ?」

「そ、それは、そうだけど・・・前は・・・ダメぇ・・・自分で塗るから!!」

切なげな声を上げるリアスだが、彼女には分かっていた。
自分は本心では拒絶していないと言う事を。
だから、当然のことだが一誠は止まらない。

「遠慮するなよ、部長。お前の美容を守るのも眷族である俺の使命だ」

「あぁ・・・」

微笑を向けながら、自分を見下ろす一誠の顔にリアスの心は蕩け、先程の言葉も、

『お前を守るのは俺の使命だ』

と、自分がもっとも喜ぶ言葉に変換されていた。
この時点でリアスは一誠に自らの身を任せていた。
だが、リアスよりも前にすでに、

「副部長も、部長と一緒に前からで構わないな」

「えぇ・・・何でも良いからぁ・・・もっと貴方を感じさせてぇ・・・」

朱乃の方は惚けた表情ですでに出来上がった状態だった。
その事に一誠は満足そうな表情を浮かべ、

「良いぜ。しっかり感じさせてやるよ。俺を」

「「あっ、ぁああああああああああああああああッッ!!!」」







そうして、オイル塗りという名目でリアスと朱乃の肢体を堪能した一誠は更衣室へと歩いていた。
二人を盛大にイカせた後、彼女らの水着を戻し―――当然、以前にリアスに行ったおっぱいの詰め放題を堪能しながら―――後からやって来た木場に二人を任せた。
木場も二人の状態を見て全てを察したように引き受けてくれ、一誠は自分の荷物から水を取りに来たのだ。
と、女子更衣室を通り過ぎようとした所で、

「おや、イッセーか。どうかしたのか、先程まで騒がしかったようだが」

更衣室の扉が開き、中からゼノヴィアが出てきて、何かあったのか、と問いかけられた一誠。

「いや、少しプールで熱中症を起こした奴がいてな」

「そうか。それは大変だな。で、どんな具合なんだ?」

「そんな大したもんじゃないよ。今は木場が看ているが、暫くしたら落ち着くはずだ。だが念のため、飲み物を取りに来たんだ」

性的な熱中症だが、ゼノヴィアは何処か納得した表情をする。
すると、今度は一誠が疑問を口にした。

「お前こそ、どうしたんだ。かなり出遅れたようだが」

「ああ。水着と言うのは来たことがないから良く分からなくて時間が掛かってしまったんだ」

「なるほどな」

アーシアの水着と違い、ゼノヴィアが着ているのはスク水ではなくビキニタイプだった。
リアスと朱乃の物のように露骨なほど露出をしていないが、それでも形の良い彼女の乳房が強調されていた。
と、じっと見ていた一誠にゼノヴィアが少し居心地が悪そうに身体をもじり、頬を赤く染め、

「ど、何処か変なところはないか?」

「ん、別に可笑しな点はないぞ」

「そうか・・・」

問いかけた言葉に一誠が答えると、ゼノヴィアは安堵したように胸を撫で下ろし、微笑んで、

「良かった。教会にいた頃の私はこういうものに興味がなかったから。身の上が変わったので女の娯楽を楽しみたいと思っていたのだ」

「そいつは良いことだな。うじうじ考えるよりも前を向いているようで」

「ああ。そこで一誠に頼みがあるんだ」

――――私を子供を作らないか?

――――はい?

ゼノヴィアの言葉に不覚にも一誠は惚けた表情をした。
だってそうだろ。

「とりあえず、理由は後で聞くとして。お前、ムードも、脈絡も無しに良くそんな事を言えるよな」

野外プレイは確かにあるが、それにしたってムードは居るだろう。
だが、このゼノヴィアは気にしなかった。
それが彼女の個性なのかも知れないが、少々個性的だろう。
女の出来ることとして、目標にしたのが子作りだそうだから、彼女の個性は更に濃くなっただろう。

「そういう訳で、今は人気がない。この状況になったのはきっと主のお導き―――うっ」

つい祈ってしまったのだろうゼノヴィアが頭を抑える。
だが、すぐに復活して、

「では、早速子作りをしようじゃないか」

と、ゼノヴィアは水着のブラを外そうと―――

「だから、お前はムードはそっちのけなのか?」

ブラに伸びていた手を一誠が捕まえて止めた。

「そもそも何故自分から脱ごうとする。俺は女が自分で裸になるのを見るのは好きだが、自分で引ん剥く方が好きなんだよ」

更に言えば、

「後、シチュエーションとしてはベッドの上がいいな。その方が裸にした女は綺麗に見えるかな」

「・・・じゃあ、ここでは出来ないのか」

と、ゼノヴィアは顔を俯かせる。
が、

「んうっ!?」

その顔は一誠に顎を捕まられると無理やり上を向かされ、すぐに一誠の唇にぶつかってしまった。

「・・・・・・・・・っ!?」

それがキスという行為であることにゼノヴィアは気が付くのに数秒が掛かった。
だが、気が付いた瞬間、自分の中に変な感じがすることに彼女は戸惑った。
違和感では在るが不快なものではなく、身体が熱くなり嬉しいような、恥ずかしいようなそんな不思議な感じがした。
そして、一誠の唇が離れたとき、ゼノヴィアは恥ずかしさで彼の表情が真っ直ぐに見れなかった。
だが、代わりに一誠の言葉が降りかかる。

「まぁ、こういうのもたまには良いだろ」

それに――――と一誠は微笑みながら、

「ここでお前に何もしないで恥をかかせたら、俺の美学が廃るからな」

「うむっ!?」

言葉が聞こえたと同時に再び一誠の唇がゼノヴィアの唇に当てられる。
そういう経験が全くなかったゼノヴィアは緊張から全身がガチガチに固まり、唇も石のように硬くなったが、

「うぁっ!?」

突然、ゼノヴィアは自分の唇に一誠の唇以外の物が当たったことに驚き声を上げた。
それも、その何かは硬く閉ざされたゼノヴィアの唇を抉じ開け侵入しようとしてきていた。

そして、それがゼノヴィアの口腔に侵入した時、それが一誠の舌であることに気が付いた。

だが、気が付いたときにはすでに遅かった。
ゼノヴィアの口に入り込んだ一誠の舌は彼女の口腔を蹂躙した。
綺麗な健康的な歯を歯茎から一本一本丁寧に舐める一誠の舌。
それをゼノヴィアは舌で押し返そうとしたが、それは返って逆効果だった。
出てきたゼノヴィアの舌に一誠は自分の舌を絡め、そのままディープキスへと持ち込んだ。
お互いの涎が混じりあい、ながら卑猥な水音を更衣室内に響かせる二人。
その音に影響されてか、ゼノヴィアの身体の体温も段々と上がり、腰も砕けて倒れそうになる。
だが、その背中、いや、彼女のお尻を一誠の手が支える。

「ううんっ!?」

その接触も快楽となってゼノヴィアを悶えさせた。
そうして、キスだけで出来上がってしまうほど長時間のキスをした後、一誠はゼノヴィアから唇を離すと不敵な笑みを浮かべ、

「どうだ、初めてのキスの感覚は?」

「た、堪らないよ。キスがこんなにも気持ちの良い物だったとは・・・クセになってしまいそうだ・・・」

蕩けた表情で素直に答えるゼノヴィアに一誠は不敵な笑みを深くし、

「心配するな。これから先はもっと凄いことが起こるぜ」

「もっと凄いこと・・・」

その言葉にゼノヴィアは不安に感じる反面、別の感情が湧き上がった。
期待と言うものが。

「じゃあ、俺をもっと感じさせてやるぜ」

一誠もテンションが上がったのか、ゆっくりとゼノヴィアを床に寝かせると、

「何をしてるんですか、先輩」

――――ゴォンッ!!!

第三者の声を聞こえたと同時に一誠の頭を硬い何かが振り切られた。








日が傾いてきた夕暮れ時、小猫に殴られ気絶した一誠が目を覚ますと、同じく快楽の熱から回復したリアスと朱乃が怖い笑みをこちらに向けて、説教をされた。
そして、説教が一通り終わった後、一誠たちは校門へと向かって帰路を歩いていた。

「あ~、痛てぇ・・・」

小猫に殴られた頭を抑えながらぼやく一誠。
まさか、目が覚めた小猫が更衣室にやってくるとは思ってもいなかった。
更に、中にいた一誠とゼノヴィアの状態を見て瞬時に、鋼鉄の(1tと刻まれた)ハンマーで殴られるとは思わなかった。

「・・・知りません」

しかし、やはり殴った小猫はプイと顔を反らした。
そればかりか隣にいるアーシアも一誠を鋭く睨んでいた。
当然だが、反対側にいるリアスも不機嫌さが全開で、背後にいる朱乃は笑顔だが笑っていない瞳で背中を睨んでいる。
ゼノヴィアは残念な表情で歩き、木場に至っては我関せずとばかりにこちらを見ていない。
いつもの事だが、味方がいない一誠はやれやれと首を振って校舎から出ると、

「ん・・・」

目の前に無視できない人物がそこにいた。

「やぁ」

「おう」

こちらの視線に気が付いたのか件の人物が挨拶してくる。
濃い銀髪の髪を持った男。木場と同じタイプの顔をした美少年がそこにいた。

「「っっ!!?」」

その人物に気が付いたリアスと朱乃は臨戦態勢に入り警戒する。
だが、一誠は自然体で目の前の男と対峙する。
対して、男は一誠の後ろにある駒王学園を眺め、

「なかなかいい学校だね」

「壊し甲斐があるって意味か、白龍皇」

一誠のその一言が引き金となった。

『っ!?』

ショッピングモールでアザゼルの付き添いで顔を合わせる事となった赤龍帝の宿敵、白龍皇。
その場にいなかったメンバーも一誠の一言に警戒心を強く持つ。
木場とゼノヴィアはそれぞれ自分の得物、聖魔剣とデュランダルを構え、小猫は戦闘力のなく怯えているアーシアの前に立ち庇う。
その中で朱乃と一緒に魔法を放つ準備をしていたリアスが気丈に白龍皇の前に立った。

「一体、何のようかしら白龍皇、ヴァーリと言ったかしら?堕天使と繋がっている貴方が会談前に必要以上にこちらと接触するのは控えて欲しいんだけど」

「そう警戒することはない。手が震えているぞ」

「ッ!!」

白龍皇、ヴァーリの言うとおり一誠以外のメンバーは皆がヴァーリを前に震えている。

「誇っても良いぞ。相手との実力差を感じられるのは強い証拠だ。俺と君たちとの差はそこに居る兵藤一誠を除いて圧倒的に離れているのだからな」

「ここで赤龍帝との決着をつけるつもり」

「いや、それは魅力的だが違う。兵藤一誠と少し話がしたかったのさ」

リアスの言葉に首を横に振り、ヴァーリは一誠を見据える。

「この前はアザゼルばかりが話して詰まらなかったのでね」

「お喋り好きだったとは意外だったな」

「君に興味があるのさ」

「男に言われてもな」

嫌な表情をしながらもおどける一誠。
その態度はふざけている様に見えるが、自然体で話す一誠の姿勢は自然とリアス達の張りすぎた緊張を和らげていた。

「それは兎も角として、兵藤一誠。君は自分がこの世界で何番目に強いと思う」

「何だ、その下らない質問は?」

そんな事を聞きたかったのか、と興醒めしたように一誠。
しかし、ヴァーリは真剣な質問だったらしい。

「下らないことかな?この世界は強い者が多い。『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』と呼ばれるサーゼクス・ルシファーでさえ、トップ10内に入らない」

「だから、何だ?」

はっ、と一誠はヴァーリの質問を鼻で笑った。

「この世界に強い奴が多いことは否定しない。だが、強い奴が必ず勝つ世界はない。強さなんて物はその日のコンディションで変わる。試合ではなく、殺し合いならなお更な。戦う相手の相性が悪ければ、総合的な強さで上でも下の奴に負ける場合もある。ぶっちゃけら、一撃当てられえれば勝負が付く場合もあるんだからな」

「なるほどな。その指摘は一理ある」

だが、とヴァーリ。

「1位は決まっている。不動の存在が」

「超高次生命体とでも言いたいのか?」

「ん?」

その言葉にヴァーリは怪訝な表情をする。

「それは言い得て妙な表現だな。そして、初めて聞く言葉だ」

「教えてやらないよ」

一体何処で、と問いかけようとするヴァーリを先読みして一誠は不敵に笑った。
だが、その態度にヴァーリは態度を悪くすることなく口元の口角を上に上げ、

「まぁ、いいさ。一番が何者かいずれ分かる。兵藤一誠は貴重な存在だ。大事にすることを勧めるよ、リアス・グレモリー」

そう言って、一誠たちに背を向けるヴァーリ。
しかし、最後にもう一度だけリアスを見て、

「『二天龍』と称されたドラゴン。『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』と『白い龍(バニシング・ドラゴン)』。過去、関わった者はろくな生き方をしていない。あなたはどうなるんだろうな?」

「―――っ」

放たれた言葉に言葉を詰まらせるリアス。
しかし、その背に一誠は片方の手を伸ばして抱き寄せて、

「お前の口は下らないことしか出ないのか?」

力強くリアスの身体を抱き寄せながらヴァーリを睨んだ。

「過去、これまでの『二天龍』の戦いがどうだったか知らないが。今回の赤龍帝は俺だ。俺が関わる以上、俺の周りには手出しさせないよ。特に女が泣くような状況になんて絶対にさせない。それが俺の美学だ。それを宿命如きに挫けたりしねぇ、覚えておけっ」

「そうか」

一誠の言葉を聞いたヴァーリはもう一度一誠の方を見据え、

「ならば、見せて貰おうか赤龍帝、兵藤一誠。お前が俺たちの戦いにどんな幕を下ろすのか」

そう凄惨な笑みを浮かべながらヴァーリは一誠達の前から立ち去った。
その背を見ながら一誠はため息を付くと、不意に自分の腕の中にいるリアスが強くこちらの服を握るのを感じた。

「イッセー・・・」

不安そうな表情をするリアス。
その表情が意味する意味は、主としての己の不甲斐なさから来るのだろう。
だから、一誠は他の部員たちに彼女の心情を察しさせないように優しく微笑む。
―――大丈夫、気にするな、と。
無言でリアスに伝えながらも一誠は思った。

この三大勢力トップ会談は何かが起こる予感がすると。








あとがき
大変お待たせしました。
忘年会がなどで忙しかったので遅くなってしまいました。
でも、何とか今年最後の更新をすることが出来ました。

しかし、今回の話は少し上手く書けませんでした。
リアスと朱乃のオイル塗りを出来るだけ“はぐれ勇者”要素を入れてエッチに書きたかったのですが、“はぐれ勇者”五巻のお風呂場シーンを参考にしたのですが、うまく書けませんでした。
その後のゼノヴィアとのディープキスもしっかり表現が出来なく、今年の締めくくりには不満を感じさせるかもしれません。

来年はもう少し上手く書けるように頑張ります。
今年も読んでいただいてありがとうございます。
来年も見捨てないでくれると幸いです。








[32327] 第四章四話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2014/01/06 00:20
駒王学園の校舎内の林。
昼休みに入る、木漏れ日が差し込むそこは、昼寝をするのに申し分ない場所だ。
同時に、人気のない場所は聞かれたくない話をする上でもってこいだった。

「しかし、同じ学園の中にいるのに携帯で電話なんて面倒なことしなくても良いだろ?」

『そんな訳に行かないでしょ。あんたは兵藤に目を付けられている。そんなアンタと一緒にいる所なんて見られるのはごめんよ』

携帯を片手に木に寄りかかりながら話をする。

「確かに、イッセーの奴に目を付けられているけど、向こうは俺が何者なのか気が付いていないぜ。せいぜい、訳ありの奴ぐらいにしか思ってないさ」

『・・・態々疑われるようなタイミングで如何して来るのよ』

「仕方ないだろ。身を置かせて貰っている派閥のボスの命令なんだから。俺だって困ってるんだよ。派閥の奴らは俺と付かず離れず、警戒されているんだから」

『要するに重要な作戦を行うのに、怪しいアンタを離れた場所に飛ばしたって事でしょ。アンタの場合、纏っている雰囲気がすでに怪しいんだろうからね』

「言い方がひでぇな」

まぁ、否定できないけどな、と自分の『神器』と『特殊な出生』の事を考えればしょうがない、そう心の中で呟きながら悲しい気持ちになって来た。
そう弱気になっていると。

『だいたい、何が天野 孝道よ。偽名を名乗るならもっとマシなのは無かったの?』

「別に天野なんて普通だろ」

そう答えると、電話の相手は『確かに、そうだけど』と声音が少し弱くなり、

『・・・どうして天野にするかな』

と、電話の相手が見えないが頭を抱えている様子が見える事に天野は首をかしげた。

「まぁ、偽名のことは別に良いだろ。名乗った以上はもう変更は出来ないんだ。それに不味かったら事前に連絡してくれれば良かっただろ」

『・・・そうね。仕方ないわ』

と、電話の相手がため息を付いていることに天野はほんの少し顔を綻ばせ、

「もしかして、心配してくれてる?」

『はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・』

「何、その長いため息は?」

地獄の扉に出来た隙間から漏れ出した空気のような重いため息を吐かれた。

『そんな訳無いでしょ。私が心配してるのはアンタ達がヘマをして私にまでトバッチリを受けないかよ』

身も蓋もない言葉に思わず苦笑しか出てこない。その上、
分かってるでしょうけど、と電話の相手が厳しい口調で話して来た。

『私がアンタ達に協力するのはあくまで平穏を守るためよ。それなのに、あんた達の所為で、それが失われたら台無しじゃない』

「分かってるよ。こっちも出来るだけ迷惑かけないようにするから協力してくれ」

だから、と天野は先ほどまでの飄々とした態度を消し真剣な声音で、

「確かなのか?」

『・・・ええ。『視た』から間違いないわ』

その言葉に天野は口元を歪めた。
不気味と思えるほど凄惨なものへ。

「そうか。イッセーが本当に異世界に行っただけじゃなく、他のメンバーも一緒にな」

『今のところ、変化は見られないけど。悪魔が『向こう側』に行ったのは間違いなく初めてよ。それに兵藤は二度目。大丈夫かしら?』

「さぁな。だが、これで『奴ら』が何か動いてくれると良いんだけどな」

そう言いながらも、表立った動きを見せる可能性は低いな、と天野は思っていた。
自分が所属している所からの情報によると、この町には三大勢力のトップが集まりつつある。その状況で『奴ら』が行動を起こす可能性は低いだろう。

「まぁ、どちらにしろ。しっかり目立って欲しいけどな、イッセーには」

だが、それでも『奴ら』が動く可能性は高い。
悪魔が異世界に行っただけでなく、二度もそれを経験した者が恐らく初めて現れたのだ。
これは自分たちにとっては絶好の機会なのだ。
そんな事を考えながら電話の相手に言うでもなく、独り言のように呟く。
すると、呟いたすぐ後に、昼休みが終わる予鈴が鳴り響いた。

「おっと、もうこんな時間だな。じゃあ、またな、あいちゃん」

『そんな風に呼ばないで!!』

叫び声と共に携帯が切られ、天野は背後の木に背中を預けながら、

「盗み聞きは良い趣味とはいえないぜ、イッセー」

自分が預けている木の反対側で同じく背中を預けている一誠に天野は声をかける。
すると、一誠は意外そうな顔をして、

「何だ、気付いていたのか?」

「いや、気がついたのはついさっき。俺が電話を切った時だよ」

軽い調子で語りかける一誠。
そんな彼に天野もいつもの飄々とした態度を取っているが内心はかなり焦っていた。
電話に気を取られていたとはいえ、まさか一誠がすぐそこまで来ていたからだ。
だが、本人はそのことを表情に出さないように極めて平静に話した。

「それで、女の子が大好きなイッセー君は俺の内緒話を何で聞いていたんだ?」

「別に聞く気はなかったさ。内緒話をするなら、まず言ってくれよ」

「おいおい。言ったら、内緒にならないだろ?」

「それもそうか」

至って平穏に話、笑いあう両者。
しかし、笑顔の裏側で天野は冷や汗を滝のように流していた。
一体、いつの間に一誠が来ていたのか本当に分からない天野は気が気ではない。
だが、必死に隠していても一誠は何となく感じていたのだろう。
一誠は苦笑を浮かべながら、

「心配しなくても話は聞いてないよ。お前が俺に気が付いた丁度その時にここに来たんだよ」

一誠が紡がれた言葉をそのまま鵜呑みにすれば安心できるが、この男は油断が出来ない。
天野は表情を安堵にしながら、警戒を怠らない。
すると、更に苦笑を深めながら、

「本当だよ。ただお前の姿がなかったから気になったから探してたんだよ」

「そうか。そいつは悪かったな」

「午後の授業は授業参観だから、親に恥じかかせたくなかったら遅れない方がいいぜ」

と、一誠の言葉に今度は天野が苦笑を浮かべ、

「そんな心配は無用だぜ。俺、両親がいないから」

「そうなのか?」

「ああ。一応、親戚のジジイがいるが放浪癖がある爺さんで何処にいるかわからねぇ。また中国の山奥で仙人みたいな生活してるかもしれないがな」

まぁ、あの爺さんが野垂れ死ぬなんて事はないだろうがな。
と、天野は苦笑を浮かべると、

「お前の爺さんって中国の人間なのか?」

「まぁな。それより、お前の方は授業に遅れて良いのかよ」

と、教室に向かってゆっくり歩みを進めながら天野が一誠に問いかける。

「別に。俺の両親は、俺よりもアーシアを見に来るらしいからな。俺はついでだから、そんなに気にしないだろうさ」

「もしかして、拗ねてる?」

「バカか、お前は」

ため息を付かれて呆れられる天野。
すると、程なくして二人は新校舎の中に入り、

「ところで、天野」

「何だ?」

「あいちゃんって誰だ?」

一誠の問いかけに天野は身体を硬直させた。
気が緩みかけていたタイミングだったが、どうにか表情を崩さずないで笑顔を作り、

「何だよ、やっぱり聞いていたんじゃないか」

「ああ。最後のは聞こえたんでな」

本当かよ、と心の中で愚痴りながら天野は如何答えたものか考える。
下手な嘘でもこの場をやり過ごすことはできる。
いや、一誠ならば態と見逃して、後々天野の首を絞める結果にするだろう。

「まぁ、昔馴染みさ」

なので、当たり障りのない答えを口にする。

「へ~、他にも友達がいたんだな。意外だ」

「おいおい、お前じゃないんだぞ、イッセー。友達はこれでも多い方なんだぜ」

と、上手く誤魔化せられただろう。そう思って天野は胸をなでおろす。

「そうだな。じゃあ、俺もお前のあだ名をつけるとするか」

「何でそうなるんだよ」

別に、天野でも構わないのに、と思うが、一誠は納得しなかった。

「天野・・・昔、デートした女と一緒の名前でな。少し複雑な分かれ方をしたんで出来れば呼びたくないんだよ」

「なるほどね。まぁ、俺は構わないぜ。好きなあだ名を付けてくれ」

「じゃあ、あまちゃん、な」

「・・・もう少し捻ってくれ」

本当に頼む、と切実なお願いをする天野に一誠は首を傾げ、

「何でだよ。良いと思ったんだけどな。海女のたっちゃん」

「変わってるじゃないかっ!!それに俺は男だぞ、イッセー!!!」

あだ名が気に入らず大声を上げる天野。
その声が少し大きすぎたのだろう。
廊下を歩いていた教師が『速く教室へ入れ』と叱咤する。
仕方ないので、一誠はため息を付いて、

「分かったよ。良いのを考えてやるから保留だ」

「ちゃんとしたのを頼むぞ」

そうして、二人はいつもよりも大人が多い教室へと急ぐのだった。







授業参観。
学校に生徒の両親が自分の子供がどんな姿勢で授業を受けるか、授業の様子はどういうものなのかを公開する学校行事。
その日は両親が学校に来る生徒はもちろんのこと、教師ですら妙な緊張感を持つものだ。
特に、近年の子供に対する以上と言えるほどの過保護が一般化されている中で授業中に教師の些細な判断ミスが原因で大変なことが起こることが少ないながらもあるそうだ。
だが、古今、生徒にとって授業参観は特別なものだ。
両親に良い所を見せようと張り切るもの、普段は不真面目だが両親の手前のため真面目に授業を受けるもの。

「あぁ、疲れた」

そして、校舎内の自動販売機で飲み物を買う一誠も、普段の授業はほとんど居眠りがちだが、今日は、一応は起きて受けていた。
そのためか一誠は大きな欠伸を一つすると、隣にいるアーシアが同意した。

「そうですね。普段とは違って後ろから見られて緊張しましたね」

「まぁ、俺の両親はお前の授業の姿を見れて満足していたけどな」

本当に初めて小学校に入ったばかりの親のようなテンションで来るので、一誠としてはそっちが恥ずかしくて疲れてしまった。
そんな事を考えながら、一誠はアーシアの分の飲み物を購入し手渡したとき、

「やぁ、お二人さん」

「おう、木場」

同じく授業を終えた木場が一誠たちの元へやってきた。
いつもの取り巻きのように連れている女子生徒たちの姿がないが、恐らく彼女らも親の手前自重したのかもしれない。

「どうだった、授業参観」

「まぁまぁだったな」

「確か、イッセー君たちのクラスは英語だったよね」

「・・・確かに英語の授業だった」

「・・・はい」

木場の問いかけに一誠とアーシアが神妙な表情をする。
その表情に気になった木場が問いかけて見ると、

「自分の思いを表現する名目で紙粘土を使って創作をする授業だった」

「・・・・そう」

一誠の答えを聞いた木場も神妙な表情をする。
まさか、英語と書いて図工の授業と読むとは思いもしなかったのだろう。
そして、そんな妙な感じになってしまった空気を一新するために木場が口を開いた。

「それで、どんな感じの授業になったの?」

「どんなって言われてもな・・・」

お題は文字通り何でもあり、人でも動物でも構わないと言う事だった。
まぁ、そんな事でこんな一場面もあった。

「おい、松田。それって双子島か?」

と、一誠が悪友の一人である坊主頭の松田が作った半球体型の紙粘土が二つ乗った机を見る。
だが、松田は何故か不敵に笑う。

「何を言ってるイッセー君。お前ともあろう者がこれが何か分からないのか?」

「あ~、やっぱりそうなのか・・・」

「そう!これはおっぱいさ!!」

察しがついていただけに予想通りだったため、イッセーは呆れ返ったが、親が来ている前でいつも通りの事で言えるコイツを勇者と称えるべきか一瞬だが悩んでしまった。

「そんなもんどうする心算だよ」

「決まってるだろ。神棚に飾って毎日拝むさ。俺にこのおっぱい以上のおっぱいと付き合うことが出来ますようにってな」

「・・・本当に尊敬するぜ。お前のそういう姿勢だけは」

「裏切り者のイッセーだが、褒めるなら、もっと褒めてくれていいぜ」

と、勝ち誇った表情の松田をこれ以上相手にすることなく、一誠はもう一人の悪友の方を見た。

「それで、元浜。お前は何を作ってるんだ?」

問いかけながら、メガネの悪友、元浜の手元を覗いてみると、彼の机には円柱形の何かがそこにあった。
特徴をもっと言えば、円柱の片側に細い円柱が取っ手のように付いていた。
そこから、一誠はこの悪友が松田と同じぐらい変態なことを考え、

「フランクフルトか、それ?」

「いや、棒アイスだ」

と、あっさりと否定する元浜。
一誠は一応、理由を聞いてみることにした。

「で、簡単に出来るからってだけで作ったんじゃないよな」

「当たり前で、これを線香の代わりに刺して、ご先祖様にこのアイスをペロペロ舐めてくれる可愛い幼女が来るように、とお願いするのさ」

「・・・そうか」

自分の先祖に何を頼んでいるのか、と突っ込む気力が失せてしまった一誠。
しかし、そんな事をしていると、二人が暴走するのは当然の摂理で。

「元浜、お前の作ったそれを、俺の作った奴の間に挟め!!コラボするぞ!!」

「ガッテンだ!!同胞よ!!」

と、二人が親たちが見ているにも関わらず、真昼間にやることではないことを始めたので一誠はため息を付きながら立ち上がり、

「「やめんか、この変態!!」」

――――グチャッ

「「ノォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」

握り拳を二人の合作に振り下ろした一誠。
偶然にもそれはメガネの女、桐生と全く同じタイミングとなった。

「何するんだ、イッセー!!!」

「桐生もだ!!俺たちの傑作になんてことを!!」

と、見事にペチャンコにされた粘土細工に血涙を流しながら激怒する松田と元浜。
そんな彼らに桐生が半眼で睨んだ。

「何が傑作よ。気持ちの悪い愚作を作らないでくれるじゃないわよ。この世とあの世の芸術家たちに謝罪しなさい」

「まぁ、そういうことだ」

腕を組んで仁王立ちする桐生の隣で一誠もため息を付きながら同意すると、

「そんな事を言うが、イッセー!!お前は何を作ったんだ!!!」

「その通り!!お前のことだ。どうせ、オカルト部のヌードを作り上げたのだろう!!」

と、反撃とばかりに捲くし立てる松田と元浜。
すると、

「確かに、気になるわね。友達として、アーシアのだったら良いのだけど」

何故か桐生も興味を示した。
そんな彼らに一誠はやれやれと思いながら、

「バカかお前ら。俺のために見せてくれた物を現存して残してどうするんだ。そういうものは自分の中に永遠に残さないといけないものだろ」

「あら、カッコいい台詞ね」

「まぁな」

ふふっ、と感心した態度を示す桐生。

「ちなみに、アンタの頭の中にはアーシアのフルヌードもあるのかしら?」

―――ボォンッ

桐生の多少声を抑えた問いかけに、遠くから大きな音が発生した。
発生源を見ると離れた席に座っているアーシアが頭から煙を発生させ真っ赤になっていた。
その態度をみた桐生は不敵な笑みを浮かべて、

「まぁ、聞くまでもないわね。それで何を作ったのよ」

「決まってるだろ。大事な友達の将来を願った作品だ」

「へ~、意外ね」

と、桐生は一誠の言葉に感心するが、傍で聞いていた松田と元浜は不審に思っていた。
この自分たちを地獄に叩き落される気分にするイッセーがそんな事をするはずがないと。

「ちなみに、それがこれな」

「あら、素敵じゃない」

そう言って、イッセーが見せたのは紙粘土で作った二体の人形。

「これってウエディングよね」

「ああ。そうだ」

「「ちょっと待て!!!」」

桐生と一誠が笑い会っていると二人が机を叩いて絶叫した。

「何で俺が女になってるんだ!!」

と、元浜。

「俺なんて、身体のサイズが子供サイズなんだよ!!」

と、松田。
そう二人をモデルに作成した一誠だが、その姿は実物からかなり離れた姿をしていた。
まず、元浜は特徴的なメガネはそのままだが、髪の毛は腰まで届くロングとなり、臀部と胸部は大きく膨らみが出来ている。
はっきり言えば、女性の姿となってウエディングドレスに身を包んでいた。
対して、元浜は彼の特徴である坊主頭はそのままに身長が小学生にまで縮んで、タキシードを着ている。
そんな姿に二人は激昂するが、一誠は何の悪びれた様子もなく、

「いや、考えてみたんだが、これがお前らにとって一番な未来だと思うぜ。元浜が、松田の理想の女の姿に性転換し、ロリコンからショタコンになって、松田が身体を小さくなる。
互いが妥協すれば一番良い結婚が出来ると思うぜ」

「「そんな妥協して堪るか!!!」」

「良いじゃない私は大賛成なんだけど」

と、意地の悪い笑みを浮かべる桐生。

「だいたい、身長縮めるなんてどうすれば良いんだよ!!」

「それは最新鋭の医療技術か、薬品を使えばいいじゃない」

「最悪、ノコギリだな」

「笑顔で怖い子というなよ、イッセー!!」







「とまぁ、そんな感じだ」

「・・・そうなんだ」

一誠の話を聞いた木場はどんな顔をしたら良いのか分からずに困惑した。
だが、すぐに一誠らしいと納得してしまった。
その当たり、木場も相当一誠に感覚を麻痺させられているようだ。

「あの・・・」

「ん?どうかしたか、アーシア?」

一誠が問いかけると、アーシアは遠慮がちに体育館の方を指して、

「向こう側が何か騒がしいんです」

と、アーシアの指差した先に人だかりが出来ていた。

「本当だな、何かあったのか?」

「さぁ、なんだろうね」

木場と二人首を傾げると、無性に気になった一誠たちは体育館の方へ向かう。

「なぁ、悪いんだが、体育館で何かイベントでもやっているのか?」

「ああ。何でも魔法少女のコスプレイヤーが撮影会をやってるらしい」

「魔法少女?」

体育館に向かう途中で適当な生徒に聞いてみるがいまいち状況が理解できない。

「なぁ、この学校ってコスプレする部活ってあってか?」

「さぁ、そんな部活聞いたことないけど」

「桐生さんとの話でも聞いたことないです」

オカルト部なんてマイナーな部活があるから別にあっても不思議ではないが。
まぁ、行ってみれば分かるか。
と、一誠達は体育館へと足を向けた。

体育館の前にはすでに人垣が形成されていた。

「中はどうなってるんでしょうか・・・」

小柄なアーシアは人垣に阻まれて体育館の中を見ることが出来ない。

「ん~、確かに、衣装を着た奴を写真部の奴らを中心に、野郎共が撮影してやがるな」

長身の一誠は人垣から頭一つ出ている一誠が辛うじて見えるが、それでも中のフラッシュの所為でよく状況を見ることが出来ない。

「はぁ、仕方ないな」

と、一誠は徐に携帯電話を取り出し、ある番号を打ち込んだ。

「何処に電話を掛けてるんだい?」

「ん、この状況に有効な人物の番号」

木場にそう言って、一誠は通話ボタンを押した。
そして、数コール後、

「あ、体育館前で問題が発生してるみたいだ。匙の奴を一匹こっちによこしてくれるか?」







それから数分が経過して、

「ひょぉうぅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

血涙を流しながら生徒会唯一の男子メンバーの匙が飛び込んできた。

「おう、匙、早かったな」

「早かったじゃねぇ!!」

「えっと、どうして、匙さんは怒ってるんでしょうか?」

「う~ん、何となく分かる気がするけど・・・」

到着と同時に怒りを露にする匙にアーシアは困惑するが、その理由はすぐに分かった。

「どうして・・・どうして、お前が会長の番号をしっているんだよぉおおおおおおおお!!」

殴りかからん勢いで迫る匙。
そう一誠が電話を掛けた相手は生徒会会長にして、リアスと同じ上級悪魔で匙のご主人、ソーナ・シトリーだ。加えて、匙の意中の相手。
今はサーゼクスたちを学園に案内しているらしいので匙が投入されたのだ。
しかし、一誠は平然と、

「聞いたら普通に教えてくれたぞ。それより―――」

体育館前の人垣を指差しえて、

「会長の指示を実行したらどうだ?」

「くっっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

一誠に対する怒りの捌け口とばかりに匙は人垣へと突入した。

「オラァァアア!!お前ら、こんなところで撮影会なんかするなぁっ!!邪魔だ、邪魔だっ!!」

と、鬼の形相の匙を見て人の群れは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
そして、後に残ったのは、一仕事終えて肩で息をする匙と体育館の舞台の上で被写体となっていた魔法少女だけとなっていた。

「ハァ、ハァ・・・」

「お疲れ、匙。大丈夫か?」

「こ、このぐらい、何てことない・・・・」

「そうか」

と、一誠は疲労している匙との会話を切り上げて舞台の方を見た。

「お~、完璧に衣装を着こなしてやがるな」

「・・・そうなんですか?」

と、不機嫌そうなアーシア。
その心は、『イッセーさん、ああいう格好が好きなんでしょうか・・・』とそんな乙女心だ。
しかし、別に一誠にはそんな趣味はない。

「俺のお得意様がああいう格好を前にしていてな。余りにも似合わないものを見せられたんだ。それで少し感動してるのさ」

「そういえば、そんな話をしていたね」

と、木場が思い出したように口を開くと、

「あら、イッセー。こんな所にいたの」

「おう、部長」

リアスが朱乃を伴ってやって来た。
更に見ると、

「匙、ちゃんと解決出来ましたか?」

「あっ、はい。会長!!」

その後ろに生徒会長のソーナが紅髪の二人の男を伴ってやって来た。
当然、その一人はリアスの兄サーゼクスだが。
どうやら途中で出会って一緒に来たらしい。
と、サーゼクスとリアスと同じく紅髪のもう一人の男が、

「ふむ、サーゼクス。彼が?」

「はい。彼が『赤龍帝』兵藤一誠です。父上」

と、サーゼクスからの答えを聞いて一誠を見据える。
だが、その会話だけでその人物が誰なのかは分かる。

「部長の親父さん?」

「ああ、その通り。リアスの父です。君には娘が何度も助けてもらっているからね。会ってみたかったんだ」

「そいつはどうも」

と、一誠はリアスの父親と握手を交わす。
その傍で、

「それで、匙。騒ぎの――――っ!?」

原因は何かと問おうとしたソーナだったが、匙の後ろに立っていた原因を見た瞬間、身体を硬直させた。

「ソーたん見っけ!!」

だが、対して、件の原因はソーナを見た瞬間、嬉々したように飛び上がった。

「どうしたの、折角『お姉さま』が会いに来たんだよ。もっと嬉しそうにしてよ!!ほら、ハグしよ、ハグ!!お姉さまの胸に飛び込んできて!!!」

と、テンション高くソーナの前で朗両手を広げる魔法少女。

「会長の知り合い。って、お姉さまってことは」

「そうよ。あの人がソーナの姉、セラフォルー・レヴァンタン様よ」

と、リアスが教えてくれるが、色々と衝撃的だったため一誠はその言葉を理解するのに暫し時間が掛かった。
その間にサーゼクスがセラフォルーに近づき、

「やぁ、セラフォルー。君も来ていたんだね」

「あぁ、サーゼクスちゃん!!当然じゃない。でも、酷いんだよ。ソーたんてば、お姉さまに授業参観の事黙っていたのよ」

「当たり前です!!」

とここでフリーズしていたソーナが再起動。
顔を真っ赤に絶叫しながら言葉を紡いだ。

「お姉さまは魔王なのですよ。処理しなければならない仕事も毎日ギリギリなのに言えるわけないじゃないないですか!!後、ソーたんっと呼ばないでください!!」

それ以外にも理由はありそうだが、正論を言うソーナ。
しかし、

「大丈夫だよ、山積みの書類なんて、お姉さまの禁断の大魔法で跡形もなく消し去って―――」

「だから、言いたくなかったんです!!!」

「酷いよ、ソーたん!!そんな事言われたらお姉さん悲しくて、天使と堕天使を根絶やしにするために暴れちゃいそうだよ!!!」

何処まで本気なのか、何処までも軽い魔王に一誠は呆然としていた。

「・・・俺がアレイザードで見てきた王女と魔王のイメージがここに来て粉々になった気がする」

「まぁ、そうなっても仕方ないかもしれませんね」

と、頭を抱える一誠に朱乃が優しく言葉を掛けた。

「だけど、あれでも職務の時は威厳のある態度を取ってくださるんですよ。ただ・・・」

「言いたくなかったんだけど、現在の魔王様は見ての通り、プライベートは酷いの・・・」

朱乃の言葉を引き継いでリアスが恥ずかしそうに頭を抱えた。
すると、ソーナと話していたセラフォルーがリアスに気が付いた。

「あっ!リアスちゃん!おひさ~」

「は、はい。お久しぶりです、セラフォルー様」

軽やかなステップと口調にリアスは困ったように顔を引き攣らせた。
しかし、相手は幼馴染の姉とはいえ、魔王。
受け答えはしっかりしようと必死に耐える。

「うんうん。それで、こっちの子が『赤龍帝』なの?」

と、セラフォルーが一誠を見る。

「はい、その通りです。イッセー、挨拶しなさい」

「え~、初めまして、リアス・グレモリーの『兵士』兵頭一誠です。以後、お見知りおきを」

「はい!はじめまして、私が、セラフォルー・レヴァンタンだよ!!だけど、レヴァンタンじゃ硬いから、レヴァンたんって呼んでね!!」

と、可愛らしくポーズを決めるセラフォルー。
だが、良いのか?
仮にも先代から受け継いだ名前を崩したりして、本当に良いのか。

「それで、聞きたいことがあるんだけど・・・・」

と、疑問に思っていた一誠に、セラフォルーが真っ直ぐ見据える。

「君はソーたんに可笑しな事してないよね。色々と君の噂は聞いているんだけど?」

と、完全に笑っていない怖い笑顔で一誠に問いかけるセラフォルー。
後ろにいる匙がかなりビビッているが、一誠にはそんな物はただの挑発だ。

「それは―――」

「ないですわ。セラフォルー様」

挑発を返そうとした一誠だが、その言葉を遮ってリアスが彼の耳を引っ張って代わりに答える。

「私の下僕はしっかり私が管理します。ですので、ソーナの事はご心配なく」

「そうなんだ。じゃあ、安心だね」

「ありがとう、リアスちゃん」とリアスに言葉を紡いでセラフォルーは再びソーナのほうへ足を向け、

「さぁ、ソーたん。お姉さまとの抱擁がまだ終わってないでしょ。いらっしゃい!!」

そう言って再びソーナの前で両手を広げるセラフォルー。
しかし、ソーナは彼女の態度に情報処理が追いつかないのか、単純に恥ずかしいのか、顔を真っ赤に走りだした

「出来るわけないじゃないですか!!」

「あっ、待って!!ソーたん!!」

そんな彼女を追うようにしてセラフォルーは体育館を後にした。
まさに嵐のように強烈な魔王様だった。

「凄い溺愛ぶりだな」

それしか言葉が出てこない一誠。その心情を理解しているのか、

「ええ。昔から、セラフォルー様はソーナを可愛がっておられるのよ。怖いぐらいに・・・」

と、リアス。だが、溺愛されているのは彼女も同じような状況なのは黙っておくことにする。

「はい。だから、コカビエルが襲撃する報告をセラフォルー様が聞けば大変な事になったかも知れないんですよ」

「そうなのか?」

と、朱乃の言葉を聞いた一誠が匙に問いかける。

「ああ、あの後聞いたんだけど。会長を溺愛しすぎてるセラフォルー・レヴァンタン様が報告を聞けば、『妹が堕天使に汚される』騒ぎ立てて、最悪、町が丸ごと吹き飛ぶ力でコカビエルを滅ぼしかねないそうだ」

「つまり、それがお前の人生のゴール地点と言う訳か」

「・・・・・・・・」

一誠の指摘に匙は黙り込んでしまった。

「・・・やっぱりそう思うか?」

「そりゃ、犯されるかもしれない状況でそれだけの暴走をするかもしれないんだ。お前が、会長を孕ませて、魔王の手から掻っ攫ったら、行き着く先は汚い花火か、星になるかのどっちかだろ」

「だよな~。高い、高すぎる、会長の攻略は高すぎるぜ・・・・」

俺は一体どうすれば、と嘆く匙を無視しても大丈夫だろう。
一誠がそう思うとリアスも同じことを考えたのか、

「さて、じゃあ、授業も終わったし、帰るとしましょうか」

そうして、一誠達も解散することとなった。
なったのだが。





「見てください、うちのリーアたんが先生に問われた問題を見事に答えているんです!!」

「うむ。やはり、娘の成長を楽しみ、晴れ姿を残すのは親が何よりも優先する勤めですな」

「そうですね」

と、授業参観の様子を興奮したように見るサーゼクスの後に、リアスと一誠の父親が酒を片手に話している。
現在、日が完全に暮れた夜、兵藤家のリビングではリアスの家族を交えて授業参観の録画の鑑賞会が行われていた。
何故、こんなことが起こっているかと言えば、体育館で解散となったのだが、サーゼクスとリアスの父親を案内するはずのソーナが消えたため、残りの案内をリアス達が行うこととなったのだ。
そして、その途中で一誠の両親と偶然出くわしてしまい、サーゼクスの場合と同じようになし崩し的に兵藤家へ招待する形になってしまったのだ。
更に、お酒が入った事でリアスの父親もすっかり陽気なお父さんとなり、サーゼクスは妹の授業参観の映像が流れると、セラフォルーのように軽い調子となってしまい、グレイフィアに殴られると言う夫婦漫才を繰り広げていた。

その結果、現在リアスは、

「・・・・・・・・」

一誠の部屋のベッドに恥ずかしさから蹲るように小さくなっていた。

「・・・ここは地獄だわ。今までにないほど最悪な地獄よ」

と、冥界と言う地獄で生まれ育ったはずのリアス。
そんな彼女に苦笑しながら一誠は彼女の長く紅髪を撫でた。

「あっ・・・」

小さな声がリアスから漏れる。
それから一誠は笑って、

「そんな顔するなよ部長。俺の親は喜んでいるんだから、悪いことばかりじゃないだろ?」

「それは、そうなんだけど・・・・」

何故か、表情が晴れないリアス。

「何か心配事でもあるのか?」

そう一誠が問いかけるとリアスは少し迷いながら、

「アナタ達と合流する前にお兄様と話したの・・・・」



―――――強力すぎて封印した『僧侶』を解き放ちなさい、と。








あとがき
明けましておめでとうございます。
今年、初めての更新です。

今回からオリキャラを本格的に使っていこうと考えています。
これで原作とは違う感じに出来たら良いな、思っています。

今年の目標は、出来るだけ速く更新できるように努力することと、
本格的に松田×元浜を挑戦しようと思っています。
どちらも無謀かも知れませんが、精一杯頑張ってみるので、

今年も、どうかよろしくお願いします。








[32327] 第四章五話その①
Name: マグナム◆82290672 ID:63883877
Date: 2014/02/24 00:14
――疲れが溜まっていたのだろう。
日ごろから部長であるリアスの仕事の補助に、副部長として部の事務処理を行っていたのに加えて、近く行われる三大勢力の会談の準備。
そこに更に特別な作業も加わってしまった。

だから、姫島 朱乃はオカルト部の部室のソファに寝ていても可笑しくない。

そう自分の中で言い訳をしながら、朱乃は目を閉じたままソファに寝転がる。
耳を済ませれば部室の中には物音がない。
だが、朱乃には分かっていた。
自分の他に部室の中に誰かがいることを。
そして、ソファに寝ている自分の上に誰かの上着が掛けられている。

―――目を閉じていても分かる・・・

自分の身体に掛けられた上着から温もりを感じる。
当然だが、自分の体温ではない。
ならば、誰のものか。

―――そんなの考えるまでもないですね

そう思いながら朱乃は瞼を開ける。
すると、思ったとおり、自分に上着を貸してくれた人物がそこに居た。

「イッセー、くん・・・?」

だが、朱乃は惚けたフリをして向かえ側に座っている一誠を見た。
すると、彼は自分に向けて微笑みを浮かべ。

「目が覚めたか、朱乃?」

「・・・起こしてくれてよかったのですよ」

ゆっくりと横にしていた身体を起こしながら朱乃は一誠に微笑を浮かべる。
だが、一誠は「そんなの勿体無いだろ」といつもの不敵な笑みで、

「朱乃の寝顔は珍しいからな。あんまり可愛いんでずっと見て居たかったんだよ」

と、投げかけられる言葉。
そんな言葉に朱乃の心臓は跳ね上がった。
血液を全身に送る心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
だが、朱乃はその事を悟られまいと、ソファから立ち上がって、

「では、お茶を淹れますね」

と、朱乃は一誠に背を向け、カップを二つ用意する。
すると、必然的に朱乃は一誠に無防備な背中を見せることになり。

「あっ・・・」

思わず朱乃は声を漏らす。
心地の良い温もりが背中を通じて感じたからだ。

「イッセー君、これじゃ、お茶を淹れませんよ」

そう言って、自分を背後から抱きしめる一誠を嗜める。
しかし、言葉とは裏腹に朱乃は一誠の手を払いのけようとしなかった。
むしろ、背中を一誠に預けるように寄りかかると、彼は朱乃の身体をしっかり支えながら抱きしめ、

「部長の手伝いはそんなに大変なのか、朱乃?」

耳元に降り注ぐ優しい言葉。
耳に届くその言葉は何処かこそばゆく、心地よいで自然と頬が緩んでしまう。

「いえ、そんな事はないですよ」

「本当か?」

「はい。イッセー君がこうして優しくしてくれて癒されましたわ」

「そうかい」

「あっ・・・」

すると、一誠は更に朱乃を抱きしめる力を強くする。

「こうすると、もっと良いだろ」

「・・・・はい」

頬を赤く染めながら朱乃は抱きしめる一誠の手に自分の手を添える。
お茶を淹れると自分で言ったことだが、別に構わないだろう。
こうしていると自分はほっとするのだから。
だが、しかし、それはそれで具合のいいものではない。

一誠が同じ気持ち出なかったら意味がない。

だから、朱乃は首を少し捻り一誠の方を向いて問いかけた。

「ねぇ、イッセーも私と居ると落ち着く?」

いつもの口調ではなく、本来のものになりながら問いかける。

「そんなの―――」

当たり前だと、彼ならきっと答えてくれると朱乃は思った。
女の子の事を大事にする一誠ならばそう答えるだろう。
それが分かっているのに、確認するように問いかける自分がしょうがない奴に思えてならない。

だからだろう・・・・

「嫌に決まってるだろ」

一誠の口から放たれた言葉は自分が思っていたものと全く逆のものだった。

「え?」

否定の言葉が耳に届いた瞬間、今まで自分を暖めてくれた温もりが消え、逆に心臓が凍り付いてしまうのではと思うほど冷たいものに変わった。

「ど、どうして・・・・」

心臓が止まってしまったかのような錯覚から呼吸が上手く出来ず、言葉が思うように口に出来ない。
だが、震える口で問いかけることを止めることが出来ない。
これ以上聞くのは怖いのにだ。

「そんなの決まってるだろ」

いやだ・・・
これ以上は聞きたくない・・・・

自分から身体を離れた一誠を正面に、朱乃は耳を塞ぎたくなる。
だが、自分の身体が動けない。

「お前が―――」

「や、やめ・・・」

自分が問いかけたにも関わらず朱乃は一誠の言葉を遮ろうとする。
だが、思うように口を開くことが出来ない。

「穢れた血をその内に宿しているからだ」



「はっ―――」

一誠の言葉と共に朱乃は目を覚ました。
横になっていた身体をゆっくり起こして周囲を見回すと、そこは部室ではない。
リアスが用意してくれた自分の寝室だった。
そこで朱乃は先程までの出来事が全て夢だったことに思い至った。





夢でよかった。
そう考えながらも、朱乃の心が晴れることはなかった。
最悪ともいえる悪夢を見た所為で朱乃の身体は大量の汗をかいてしまった。
そのため、寝服が身体に張り付いて気持ち悪いのも、気分が悪い原因の一つであろう。
だから、朱乃は汗を流す為にお風呂場に向かいシャワーを浴びることにした。

「・・・・・・・・」

だが、シャワーから降り注ぐ水は朱乃の汗を流してくれるが、彼女の心にこびり付いた憂鬱な気持ちまで洗い流すことは出来ない。
暖かなシャワーを浴びながら朱乃の頭にあるのは先程の夢の内容。

―――イッセーが自分の存在を否定する。

これまでの彼を知っていれば、浮かぶはずのないという考え。
いや、そう思っているのは自分の勝手な願望かもしれない。
そんな不安に朱乃の思考は支配されそうになっていた。

―――あるわけのないことだ、と思い、
―――そんなの確証がないではないか、とすぐに希望的だと否定する。

何度もそんな考えが頭の中でグルグルと回っている。

「ハァ・・・」

考えを改めるためにため息を吐く。
自分の不安が僅かに漏れたかのような重たいため息。
朱乃がこんなに一誠の事を疑い、悩んでいるのには理由がある。

―――穢れた血を宿しているのだから

「・・・・・・」

一誠ならきっと言うはずのない言葉。
恐らく自分の中にある後ろめたい気持ちから出てきた言葉だろう。

自分の中に流れる堕天使の血。

一誠の命を奪った者と同じ血が半分流れている朱乃。
だから、ゼノヴィアの案に賛同した。

―――沢山の女に囲また中で自分だけを除け者にするはずがない・・・

一誠に積極的な誘惑するような行動で迫ったのもそうだ。

――― 一誠に気に入られようとする浅ましい考えから・・・

「・・・くだらない」

自嘲気味に笑いながら朱乃は思う。
そんな行動で誤魔化すことが出来るはずの無いことなのに。

―――いや、イッセーならば、自分の中にある堕天使の血に気が付いているかもしれない。

一誠は他者の氣を見ることが出来る。
リアス達を悪魔と見抜けたのだ。
同じように堕天使も見抜けるだろう。
それならば、堕天使の血が流れている普通の悪魔とは違う自分のことに気が付いていないはずがない。
だが、自分のことを明かすことができない。
そんな勇気が出ないのだ。

「でも・・・・」

何時までも逃げているわけには行かない。
自分は向かい合わねばならないのだ。
一誠と共に居たいのならば。

そう思って、朱乃は顔を上げ、

「え・・・?」

目の前の鏡を見て、そこに映った自分の姿を見て固まってしまった。













その日の放課後。
一誠たちは旧校舎の一階に集まっていた。

「なぁ、ここで殺人事件でもあったのか?」

と、一誠。
その言葉に怯えたようにアーシアが彼の腕にしがみ付いた。

「さ、殺人事件ですか?」

「いや、大丈夫だよ。アーシアさん」

と、木場。
しかし、目の前には『KEEP OUT』と黒い文字で書かれた黄色いテープが幾重にも張られた扉。
そこから連想できるのは殺人事件しかないのだが、と考えていた一誠だが、

「ええ、違うわ」

と、リアスが否定する。

「この中に昨日話したもう一人の『僧侶』がいるの」

「一人で、マジか?」

思わず問いかけてしまう一誠。
その部屋はオカルト部の部室ほど広くはなさそうだが、それでも一つの教室。何十人が一緒に学ぶ部屋なのだ。そこで一人だけで居るとは自分だったら考えられないと思ってしまう一誠。
その事をリアスに伝えると、彼女は困った表情をして、

「そうなんだけど、その子は・・・その・・・」

言いよどんでしまうリアス。
彼女の態度を見て一誠は、この中に閉じ込めておかないといけない程の凶暴な眷属が居るのではないか、と考えてしまう。
そう例えば、

「ふむ、ガーゴイルか、狂戦士でも閉じ込めているのか?」

と、ゼノヴィアが聖剣を取り出した。
念のための手段として、襲ってきたら迷わずデュランダルで斬って消滅させる心算のようだ。

「いや、そんな事はないから。デュランダルを仕舞ってゼノヴィア」

そう言って、慌てた様子で木場が聖剣を構えるゼノヴィアを抑える。
どうやら戦闘力は本当にないらしく、隣にいる小猫もゼノヴィアを抑えるのを手伝っている。
すると、リアスも、

「それに別に閉じ込めているって訳でもないの。ある事情で、ここに住んでいないといけないんだけど、誰も居ない深夜なら部屋から出られるように封印が外れる仕掛けなんだけど・・・」

「そいつは出ようとしないと?」

苦笑を浮かべるリアスの言葉を一誠が引き継ぐと彼女は神妙な顔で頷いた。

「薄暗い部屋にずっと一人か。まさか、悪の科学者みたいな奴がずっとコンピューターの前で睨めっこでもしてるのか?」

どちらにしろ部長の趣味に合わないな、と一誠。

「言っておくけど、メガネを掛けた陰険そうな子を眷属にしてんしからね」

と、リアスが一誠を睨むが、

「・・・でも、パソコンと一日中向かい合う点は合ってる」

小猫の言葉にリアスは言葉を詰まらせた。
それを聞いた一誠はリアスではなく、同じように事情を知っているはずの朱乃に問いかけようとしたが、

「・・・・・・・・」

今日の朱乃は何故か朝から上の空で、とても問いかけられる状態ではないようだった。
仕方がないので、一誠は木場に問いかけた。
そこで帰って来た答えを聞くと、

この中にいるもう一人の『僧侶』は部屋の中で依頼人に会わずにパソコンの画面で依頼をこなしているらしい。
古の存在である悪魔が随分とハイテクになったものだな、と一誠は思ったが。
詳しく聞いて見ると、悪魔と直接接触したくない人間も居ないこともないことや、そう言った相手との交渉にネットを使うのは利点としては大きいと納得する。
更に言えば、教室にいる『僧侶』はグレモリー眷属の中で一番依頼をとっているらしく、言うなれば、稼ぎ頭だそうだ。

「でも、その子はちょっと・・・と言うか、かなりの引きこもり体質なの・・・」

と、言い難そうにリアス。
だが、恐らく、教室の中に閉じ込めているのは本人の意思だけではないのだろう。閉じ込めるということは、中にいる奴が危険だということだ。その事も必ず理由に入っているのだろう。
そう考えた一誠はリアスにもう一度問いかけようとするが、

「じゃあ、話はここまでにして封印を解くわ」

それよりも前にリアスが話を打ち切り壁の前に立つ。
そして、扉の前に手をかざしながら、

「朱乃、悪いんだけど、貴女も手伝ってくれないかしら」

「・・・・・・・・」

「朱乃?」

自分の片腕である朱乃に声を掛けたが返事がないことに彼女は振り返った。
すると、朱乃は漸くこちらに気が付き、

「あっ、はい」

慌てた様子でリアスに返事をする朱乃にリアスは訝しげな表情で、

「どうしたの、貴女らしくない。もしかして、疲れているの?」

三大勢力の準備はリアスが中心に進めているが、普段の執務は朱乃に任せていた。
だから、リアスはそれで彼女が疲労しているのではないかと心配したのだ。
しかし、朱乃は微笑みながら首を横に振る。

「いえ、何でもありませんわ」

「そう?」

朱乃の言葉にリアスは首を傾げるが、信用している副部長の言葉をこの場は信じることにした。
そして、朱乃もまたリアスと共に扉に手をかざすと、彼女らの前に紫の魔力光を放つ魔法陣が出現する。
その光景を目にしながら、アーシアがキラキラした眼差しで扉を見て、

「でも、楽しみです。私と同じ『僧侶』の方に会えるんですね」

「そうだな。良い奴だといいな」

楽しみにしているアーシアに対して、一誠の表情は硬かった。
グレモリー家は情愛に深いというのに、リアスの態度は何処か乗り気ではない。
その点に一誠は引っかかりを持っているからだ。

―――ここは木場にもう一度詳しく聞いたほうが良いか

と、一誠が黄色いテープを取り払っている木場に問いかけようとした時、リアスと朱乃が扉の封印を解いた。

「じゃあ、中に入るわよ」

「はい。部長」

封印が解除され、リアスは扉のノブを掴むと、朱乃を伴って中へと入っていった。
その後姿を一誠が眺めていると、

「ところで、イッセー」

「どうかしたか、ゼノヴィア」

ゼノヴィアが少し顔を俯かせながら、問いかけた。

「イリナのことだが、どんな様子か聞いていないか?」

「イリナか・・・」

悪魔となったゼノヴィアには元パートナーのイリナと会うのは気まずい。
破れかぶれとは言え、共に死地となる任務に就いた仲間に何も言わずに悪魔になったからだ。
アレイザードでは共に行動していたが、個人として会うことはまだ出来ないらしい。
だが、それでも気がかりなので一誠に問いかけた。

「会談前にミカエル様とお会いすると聞いたが、何か知らないか?」

「それなら、昨日連絡が会って相談されたぞ。近日中に会うから一緒にいてくれないか、と言ったな」

「ミカエル様に一誠も一緒に会うのかッ、大丈夫なのか?」

「ああ。イリナの話だと、大天使様も俺に会いたいらしいからな」

イリナを介して聞いた話だと、『赤龍帝』に大天使として大事な用があるそうだ。
すると、ゼノヴィアも納得したらしく、「そうか」と微妙な表情で呟き、

「それで、イリナは大丈夫なのか?」

神の不在を知ってしまったイリナが教会から追放されないか心配するゼノヴィア。それを知っただけで、彼女は命を絶とうとしたのだから当然だ。

「恐らく、その場でイリナが持っているエクスカリバーの欠片を回収するはずだ。まさか、とは思うが、そこでイリナが追放を言い渡されるんじゃないだろうか」

そんな事になれば、彼女の心は崩壊してしまうかもしれない。
ゼノヴィアは教会にはイリナが、神が死んだことを知ったという報告はしなかった。
しかし、そんな事をしても彼女が事実を知っている可能性は必ず考慮されるはずだ。
ゆえに、ゼノヴィアは自分と同じく問答無用に追放。もしくは、その場で命を捧げよ、と命令されるのではないか、と考えているのだ。

「心配するな、アイツが自分で命を捨てるなんてことはさせないよ」

と、一誠がゼノヴィアの肩に手を置く。

「もしも、アイツを泣かせるようなことをミカエルって奴がするなら―――」

そして、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、

「例え、相手が大天使だろうと関係ない。それ相応の落とし前は付けさせるさ」

と、決意を口にしたその時、



『イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』



リアス達が入った部屋から大音響の悲鳴が外にいる一誠達の元まで響き渡った。
当然だが、リアスと朱乃の声ではない。
だとすれば、この中の住人だろう。

「随分と可愛い悲鳴を上げるな」

「女の子でしょうか?」

と、アーシアと共に首を傾げる一誠。
その隣で魔獣の類だと思っていたゼノヴィアも意外そうな表情をしていた。
もちろん、一誠も閉じ込められているのだから危険な奴だと思っていたから、同じく意外に思っていた。
だが、事情を知っているであろう木場は苦笑を浮かべ、小猫はため息を付いていた。

「どんな奴だろうな・・・」

と、別の楽しみを見つけた子供のような顔で一誠はアーシアとゼノヴィアと共に扉を開けて部屋の中に入った。





部屋の中はカーテンが閉められて薄暗い部屋だった。
唯一の光源は部屋の中にあるパソコンから出る青白い光だけ。
周りを見回せば、普通の教室の机は全て取り払われて広い空間が出来ているが、そこで生活するためのベッドがなく、代わりに洋画に出てきそうな棺桶が置かれている。
だが、全く殺風景と言う訳ではない。
この部屋の主の趣味だろう。可愛らしいぬいぐるみが所狭しに置かれていた。
そして、その近くではリアスと朱乃が同じ女子用の制服に身を包んだ金髪の生徒と一緒にいた。
恐らく、その生徒が先程の悲鳴を上げた人物だろう。

「だから、もうここに居なくていいのよ。お兄様から許可を貰ったから一緒に外へ出ましょう」

「いやですぅぅぅ!お外はいやですぅぅぅ!!ここがいいんですぅぅぅ!!」

親が子供に言い聞かせるように言葉を紡いだリアスだが、『僧侶』の生徒は駄々をこねていた。
アーシアと同じ金髪に、背丈は小猫と同じぐらいだろう。だが、二人と同じぐらい可愛らしい生徒だった。
特徴的な赤い双眸が怯えたように震えている。

「あらあら、予想はしてましたが、困りましたね」

と、朱乃と同じく、リアスも困った表情をしていた。
そんな彼女たちに一誠は近寄り、

「こいつが噂のもう一人の『僧侶』か?」

「イッセー・・・・」

「ヒィィィィッ!誰ですかぁぁぁ!!?」

自然と問いかけた一誠。
しかし、『僧侶』の生徒は現れた一誠を見てパニックを起こした。

「怖いですぅぅぅ!大きな人、怖いですぅぅ!!!?」

「だ、大丈夫よ、落ち着いて。この子は兵藤一誠。アナタと同じ私の眷属の『兵士』よ」

何とか落ち着かせようと言葉を紡ぐリアスだが、全く効果がない。
完全に身体が大きい一誠を怖がっていた。
だが、一誠はその事を気にしていない。
身体の大きさで怖がられることには慣れている。
だから、

「わぁああああああああああああ!!!」

「ヒィィィィィィィィッ!!」

一誠が大声を上げれば面白いように悲鳴を上げる。
その様子に一誠は頬を綻ばせて笑った。

「あはははははっ」

「イッセー!!この子を苛めないで!!」

「そうですよ、イッセーさん!!」

だが、情愛に深いリアスと根が優しいアーシアが一誠を叱り付ける。
ただ、同じSな朱乃は微笑んでいた。

「悪い悪い、余りにからかいがいがあるから、ついな」

「つい、って」

「まぁ、気持ちは分かりますが」

呆れ顔のリアスと未だ微笑んでいる朱乃。
だが、アーシアだけが未だにむくれた表情をしている。

「だってよ、面白いじゃないか。怖がりに、人見知りの引きこもりで、不下校生。それなのに女装癖のある野郎なんてな」

「ヒィィィィッ、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

ジロリと睨むと、もう一度面白いように悲鳴を上げる『僧侶』。

「このバカっ、いい加減にしないさい!!」

だが、次の瞬間、一誠の顎をリアスの魔力を纏った切れの良いアッパーがかち上げる。

「―――って、イッセー。貴方、この子が男の子って知ってたの?」

「え?」

リアスの言葉にアーシアが声を漏らした。
当然だった。
顔と声は中世的だったが、身に付けている制服はアーシアと同じ女物。更に部屋に置かれた可愛らしいぬいぐるみ。
これだけの点が揃って女の子と思うのは無理もない。
だが、一誠は、気が付いていた。

「これだけの可愛い女の子に対して、俺の『もっこりレーダー』が全く反応しなかったんでな」

「格好付けて、何言ってるんですか、先輩」

「シティーハンターかい、君は?」

不敵に笑った一誠だが、何時の間にか来ていた小猫と木場が突っ込む。
だが、一誠は気にすることなく、「それより」とリアスに問いかけた。

「いい加減に紹介してくれるか、部長。この初めてみる仲間を」

すると、リアスはため息を混じらせながら一誠の問いに対して、頭を抱えながらやれやれと首を横に振って、

「ハァ、本当に貴方って子は・・・・」

とボヤキながらも自分の近くに怯えている子を紹介した。

「この子はギャスパー・ヴラディ。アーシアと同じ私の『僧侶』よ。ずっとこの部屋に居るけど、小猫と同じ駒王学園の一年生」

そこまでは普通に紹介をするリアス。
しかし、そこから続く言葉は真剣な表情で言った。

「そして、転生前はヴァンパイアと人間のハーフ。しかも、神器を持って生まれた子よ」


それから一誠達は旧校舎の中にあるオカルト部の部室へと場所を移した。
部屋にはいつものオカルト部のメンバーに加えて新しく加わった『僧侶』のギャスパーも一緒にいた。
いるのだが、

「どうしてダンボールの中なんだ?」

「だって・・・この中の方が落ち着くんです・・・」

と、一誠の質問に部屋の隅にあるダンボールの中からギャスパーが答える。
どうやらこのヴァンパイアは閉鎖恐怖症の逆の物を持っているらしい。
いや、寝起きが棺桶のヴァンパイアだから狭くて暗い場所にいても可笑しな事はないが。
それでも、この男の娘は弱気すぎる気がする。

「で、強力な神器を持っているから、コイツを部屋に閉じ込めていたのか?」

と、問いかける一誠。
このダンボールの中で震えているヴァンパイアがバーサーカーのような凶暴な気性の持ち主でないことは分かる。二重人格の可能性はないとはいえないが。
一番の可能性として考えられるのはそれだろう。
すると、リアスは困った表情で、

「ええ。この子の神器は『停止世界の邪眼』(フォービトゥン・バロール・ビュー)。視界に入った対象の時間を停止させることが出来る。強力な力を持った神器よ」

「・・・そいつは凄いな」

言葉を紡ぎながら、一誠は危機感のようなものを感じた。
ダンボールの中に入っている奴は弱い。だが、ヴァンパイアであることには変わらない。その潜在能力はきっと高いはずだ。
と、考えていると、リアスが一誠の考えを肯定するように言葉を続ける。

「その上、この子は才能に溢れている所為で、神器の力を日に日に上昇させているの。自分ではコントロールできないくらいに」

その言葉に漸く一誠は、何故ギャスパーが封印されていた理由を納得した。

「それで、高まりすぎた神器は完全にコイツには制御できないものになったと」

「ええ」

リアスが肯定すると、一誠も辟易としながら部屋の隅のダンボールを見る。

「うぅぅぅ・・・ボクの事なんて話さないでください・・・」

と、その視線に気が付いたのかダンボールの中から泣き言を吐くギャスパー。
その態度に一誠はため息を付いた。
精神力、意思が弱いために強力すぎる神器を制御下に置くことが出来ないヴァンパイア。それならば、封印されていたのには頷けた。

「それにしても、よく眷属に出来たな、そんな強力な奴を」

時間を支配すると言う世界の概念に干渉する程の力だ。『僧侶』の駒一つで足りたとは思えないのだが。

「通常の『悪魔の駒』ならね」

「普通じゃない駒でもあるのか?」

問いかければ、リアスが頷く。
そして、その言葉の続きをソファに座っていた木場が紡いだ。

「上位の悪魔の中には『変異の駒』(ミューテーション・ピース)って言って。転生させるのに複数の駒を必要とする対象を一つで済ませてしまう特殊な駒なんだ」

「そいつを部長は持っていた訳か?」

「そうよ。『悪魔の駒』のバグらしいんだけど、イレギュラーがあった方が面白いだろうって事で、修正はされてないの。まぁ、『変異の駒』は上級の悪魔でも十人に一人、それも一つだけだからって理由もあるからだけど」

そう言って、リアスはため息を付いて、

「一誠の存在と、祐斗の『禁手』、それにこれまでの働きが評価されて、封印を解く許可が下りたんだけど・・・まだ早かったかしら」

「そぅですぅぅ・・ボクは一生あの部屋の中でよかったんですぅぅ・・・お外なんて出たくありません!!」

と、ダンボールの中に入ったギャスパーの言葉にリアスはもう一度ため息を吐く。
すると、茶菓子を食べていた小猫がガムテープを持ってダンボールの横に立ち、

「部長、ギャーくんのためにダンボールを日差しの強いエジプトにでも送りましょうか?」

「いやぁあああああああああああ!!小猫ちゃんが苛める!!」

「こ、小猫ちゃん、そんな事をしたらギャスパーさんが死んじゃいますよ!!」

本当にガムテープでギャスパーをダンボールの中に閉じ込めようとする小猫に慌ててアーシアが止めに入る。

「・・・大丈夫です。ギャーくんはデイウォーカーなんで日差しに当たっても灰になったりしません」

「それなら大丈夫だな。だが、ダンボールの中でミイラになってしまわないか?」

と、何処か論点が違うことを言うゼノヴィア。

「ミイラは嫌ですぅううううううう!!助けてくださいぃぃぃ!!!」

「だったら、ダンボールから出れば良いんじゃねぇのか?」

「確かに、そうだね」

一誠の言葉に木場も同意する。
だが、それでもギャスパーはダンボールから出ようとしなかった。

「・・・へたれヴァンパイアだからです」

「うわぁああああああああん!!小猫ちゃん!!本当にやめてぇぇえええええ!!」

そんな事を言っている間に小猫は本当にギャスパーをダンボールの中に閉じ込めてしまった。
その様子にリアスは頭痛を感じて頭を抑えていると、お茶を淹れに行っていた朱乃が戻って来て、

「部長、ちょっと―――」

「・・・何、朱乃?」

話しかけて来た朱乃につい不機嫌そうな態度を取ってしまうリアス。
だが、彼女は気にした様子もなく、「実は―――」とリアスに耳打ちした。

「そう。分かったわ」

朱乃からの報告を受けたリアスは目を鋭いものにする。そして、騒いでいる自分の眷属にリアスが目を向ける。
すると、彼女のかもし出す雰囲気に気が付いたのだろう。彼女の眷属たちは騒ぐのを止めて全員がリアスの方を見ている。
その事にリアスは満足そうに笑いながら、

「はぐれ悪魔がこの町に入ったの。行くわよ」

そうリアスが短くそう指示を出すと、メンバーは各々準備を整えて部室を出た。



[32327] 第四章五話その②
Name: マグナム◆82290672 ID:63883877
Date: 2014/02/24 00:16
街から少し離れた雑木林。
その生い茂った木々の間をグレモリー眷属は皆が揃って歩いていた。
そう、皆揃って。

「いやだぁぁぁ、帰りたいよぉぉぉぉ!!」

「なぁ、本当に良かったのか、こいつを連れてきて・・・・」

辟易としながら一誠は自分が肩に担いでいる『もの』を一瞥する。
ダンボールの中に入ったギャスパーだ。
リアスがはぐれ悪魔の討伐に行くと言うと、駄々を捏ねる子供のように騒ぎ立てたのだ。
しかし、小猫がダンボールをガムテープで止めていたため逃げることは叶わず、そのまま一誠が運ぶこととなってしまった。
だが、普通に考えれば、ギャスパーを連れて行くのは危険だと思うが。

「仕方ないでしょ、その子を一人で置いておく訳にも行かない。それに、早い段階から慣れて欲しいから」

と、リアス。相変わらず、変にスパルタである。ギャスパーもだが、一誠達にも厳しい。
もっとも、言った本人も不安なのか何処か煮え切らない態度だった。
だが、不安なのはギャスパーだけでないと、一誠は視線を少しずらし、

「・・・・・・・」

悠然と歩いているが、何処かぼんやりとした雰囲気を出す朱乃。
それもこれから戦闘をしなければならないというのに、その覇気すら感じることが出来ない。
いや、今日の彼女の様子が何処か可笑しいのは感じていた。
特に、

「なぁ、副部長」

「えっ!?何ですか、イッセーくん?」

何気なく話しかけた一誠だったが、朱乃は上の空だったこともあり驚いて一誠から距離を離してしまった。
そんな感じで一誠は朱乃からずっと避けているような素振りを見せる。
だが、一誠自身には心当たりが、

(無いこともないな)

ずっとリアスと同じく軽いお触りに始まり、大胆なことまでしてきた。
普通ならば、嫌われても可笑しくないことだ。
それでも、一誠はそれが原因とは思えなかった。
別に自分を弁護するわけではないが、一誠のお触りを朱乃は楽しんでいる節があった。
もしも嫌だったら、『究極のドS』とリアスに言わせた彼女が一誠に攻撃をしないはずがないからだ。
だから、別の理由だと思うが、

「どうかしまいたか、イッセーくん?」

と、黙り込んでいた一誠に問いかける朱乃。
だが、どうかしたのか、と聞きたいのは一誠なのだが、ここで問いかけても彼女は何も話さないと考えた一誠は別の話題を口にした。

「いや、今回のはぐれ悪魔はどんな奴なんだって思ってな」

三大勢力のトップが街に集まりつつある状況でやってくるのだから、情報を手に入れることが出来ないバカなのか、知っていて自分の実力を過信するバカのどちらかだと一誠は思っていたが、念のため正確な情報が欲しかった。
すると、はぐれ悪魔の情報を持っているリアスと朱乃が顔を顰めた。

「部長たちがそんな表情をするとは、それほど危険な悪魔なのか?」

と、近くを歩いているゼノヴィアが深刻そうな表情をする。

「いえ、確かに厄介そうな相手だけど、問題はそれだけじゃないの」

「それって、神器持ちって事ですか?」

木場が問いかけるがリアスは首を横に振る。

「いえ、ソイツには神器を持っていないわ。そもそも人間ですらないの」

そう前置きをしてリアスが説明する。

「はぐれ悪魔の名は、ゴライアス。ある上級悪魔が転生をさせた『ゴリラ』よ」

その一言にその場にいた全員が固まった。

「・・・・ゴリラ?」

「何が言いたいのかは分かるわ。私も同じ気持ちだから」

と、小猫が思わず声を漏らすと、リアスは頭を抑えた。
そして、「順を追って説明するわ」と言葉を紡いだ。

「これはゴライアスの元主の考えだったんだけど、普通の人間を転生さえるよりも動物を転生させた方が強いんじゃないかって」

「まぁ、それは単純な筋力的な部分では、確かに一理あるな」

だけど、それを補う為に魔力があるんじゃないのか、と一誠が疑問に思っていると。

「それと、もう一つの利点として、転生対象の改造がし易いことかしら」

「か、改造ですか?」

驚くアーシアにリアスは頷いた。

「人体の改造は色々と危険が付いてくるわ。沢山の人間を使うことだから表立って行えば、教会を刺激することになるし、お兄様たちもそれを認めていない。だけど、それは人間の場合の話で、ジャングルの奥に生息している動物を数十匹ぐらい冥界に入れたとしても気が付きにくい。だから、強化薬を使用しやすかったの」

「そんな酷い・・・」

リアスの話を聞いて悲しい表情をするアーシア。
しかし、

「でも、人間社会でも治療目的で動物実験をしているよ」

と、木場。
その言葉を聞いてアーシアは「うぅぅ・・・」と顔を俯かせる。
すると、一誠がダンボールを肩に担いだまま、片方の手を彼女の頭に乗せた。

「まぁ、それはいいだろ。で、そのゴリラが飼い主の手から逃げちまった訳か?」

「ええ。魔力を与えるのに加えて、筋力強化、それに多少の知能を高める薬を使っていたらしいわ」

「その結果逃げられるって・・・バカなんですか?」

呆れた様子で小猫が言うと、リアスもため息を付いて頷いた。

「全くよ。その結果、人間の世界に起こってる被害、特に女性に多大な被害が起こってるわ」

「何をやったんだ、そのバカ猿は」

「・・・人間を特に女性を襲ったの」

リアスのその一言に一誠は眉間に皺を寄せて憤りを露にした。
ゴライアスの主はゴリラの強化だけでなく、その他の実験を行っていたのだ。
その中に生殖実験があったらしい。
ゴライアスの転生前と同種のゴリラに始まり、冥界の森の中に生息する魔獣を片っ端から交わらせ、脱走直前に襲わせたのが――――人間の女だったそうだ。

「それで味を占めたのか知らないけど、ゴライアスは逃亡の行く先々で女性を犯し、子供を食べて来たらしいわ」

「・・・・最悪の生殖ザルですね」

「そうだが、・・・・やっぱり遣る瀬無いぜ」

と、怒りを露に拳を握る小猫と、聖剣デュランダルを握り締めるゼノヴィア。
だが、一誠だけが何処か悲しげな表情となった。
人を襲ったのはゴライアスだが、その原因を作ったのは紛れもなく悪魔だ。
そして、悪魔の身勝手で只の怪物に変えられたのに、更にこちらの身勝手で今度は殺される。
そう考えれば、哀れみを禁じえない。

「ええ、確かにそうかもしれない。でも、会談前にそんな危険なのが私の領地に足を踏み入れている事に見過ごせないわ。それに、これ以上にこのまま野放しにするなんて持ってのほかよ」

と、リアスの言い分は一誠も理解していた。
理由は何であれ、女が襲われ、泣いていることもまた揺ぎ無い事実なのだ。
そう一誠が思っていると、リアスは他の眷属を全員見回し、

「皆、私の領地に入った以上、好き勝手にさせるわけにはいかないわ。グレモリーの名において、跡形もなく消し飛ばしてあげましょう」

その言葉に全員が頷いた。
いや、ただ一人、

「うぅぅぅ・・・そんな怖い悪魔のところに行きたくないですぅ。帰りたいですぅ」

ギャスパーだけがダンボールの中で泣き言を言っているのを肩に担いでいる一誠は聞いた。
そして、本気でこの弱虫を帰らせるべきでは、とリアスに提案した時、

「・・・ハァ、そんな悠長なことを言ってる余裕はないな」

「イッセー?」

呟いた言葉にリアスが問いかけようとする。
しかし、その時、


――――ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


「っ!?」

雑木林を巨大な生物の雄叫びを上げる声が響き渡った。

「・・・凄い声」

「うん。たぶん自分の縄張りに入ってきた僕達への警告かな?」

余りの大声音に思わず耳を塞ぐ小猫の隣で木場が魔剣を出現させる。
他のメンバーも戦闘態勢に入る中、一誠は肩に担いだダンボールを地面に下ろし、ガムテープを剥がした。
すると、困惑した様子でギャスパーがダンボールをほんの少し隙間から目をのぞかせて、

「あ、あの・・・・」

「悪いな、お前を担いだままじゃ戦い難い。テープは外してやるから危なくなったら隠れていろ」

「は、はいぃ!!」

緊張の面持ちで返事をするギャスパーに一誠は苦笑を浮かべる。
それを安心させる為に一誠は更に言葉を紡ごうとするが、
その時、

――――ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

先程の雄叫びが近くなったと同時、生い茂った木の上から黒い大きな影が落下した。
影の輪郭は確かに地面に付く長い腕の四足の姿は完全にゴリラだった。
しかし、その大きさはよりはるかに大きく三メートルはある体躯だ。

「なぁ、木場。思い出したことがあるんだ」

「なんだいゼノヴィア」

各々自分の得物を手にする中、ゼノヴィアが口を開く。

「ゴライアスの名に覚えがある。旧訳聖書ではゴリアテと記されていたが、確かサムエル記に記されていた巨人兵士の名だった」

「そう。ぴったりだねっ」

ゴライアスが横薙ぎに振るう腕を飛びのく木場とゼノヴィア。
だが、ゴライアスは回避する木場たちに目もくれず近くにいた小猫に照準を合わせた。

―――ウラァアアアアアアアアアアアア!!

「くっ」

振り下ろされるゴライアスの拳を小猫は両手で受け止めようとした。

「小猫!!」

その光景にリアスが悲鳴を上げた。
彼女の目の前には信じられない物があるからだ。
ゴライアスの拳の下で小猫が潰され掛けているからだ。
完全に小猫が力負けしている。傍から見れば可笑しな光景ではない。むしろ、三メートルの怪物の腕に小柄な少女が押しつぶされていない方が可笑しい。
しかし、小猫は『戦車』の駒を使って転生させた悪魔。その特性は頑強な防御力と圧倒的なパワー。対して、相手は『兵士』の駒が一つなのだ。
普通に考えれば力負けなどありえない。
もしも可能だと知れば、ゴライアスの改造がそれだけ強いことになる。

「朱乃!!」

「はい、部長!!」

すぐに小猫を助ける為に支持を飛ばすリアス。
それを受けて、朱乃は手に雷を迸らせようとしたが、

「・・・・・・・」

魔力を纏わせた腕を朱乃は放つ直前に動き止めてしまった。

「どうしたの、朱乃っ!?」

リアスは声を上げるが朱乃は肩を震わせて動こうとしない。
まるで、何かを恐れているかのように。明らかに様子が可笑しかった。

「ゼノヴィア、挟み込むよ!!」

「分かった!!」

朱乃の様子が可笑しいことを察知した『騎士』の二人はすぐに行動する。
ゴライアスの左から木場が剣を、右からゼノヴィアがデュランダルを携えて一気に駆ける。
そして、両者は目標を正確に捉え、得物を振り下ろす。

(やったっ)

(捉えたっ)

上段から振り下ろされる二人の刃は正確にゴライアスを捉え、二人は自分たちの刃が敵の肉を深々と斬り裂くことを確信した。
だが、次の瞬間、

―――ガギィン!!

ゴライアスの姿が消え、挟み込んで攻撃していた二人の刃がぶつかり合う。
その驚愕から二人は動きが止まってしまうと、

「・・・上です!!」

「「っ!!?」」

小猫の声に木場とゼノヴィアは頭上を見上げた。
すると、小猫の言葉通りゴライアスの姿がそこにあった。

「ウォ!ウォ!!」

太い木の枝にぶら下がり、下にいる三人を見下すゴライアス。
その視線は明からに木場たちをバカにしていた。それも三人の機嫌が損なわれるほどムカつく表情を。

「はぁああああああああああああああああ!!!」

当然、その事に激昂したようにゼノヴィアがデュランダルから聖なる一撃を放った。
しかし、ゴライアスはその一撃が来る前に隣の木の枝に飛び移って、ゼノヴィアの攻撃を回避していた。
そして、木の枝に飛び移ったゴライアスは、鉄棒で大車輪するように大きく前廻りをし、ドロップキックをするよぅに木場たちの方へ落下してきた。
三メートルの巨体に加えて、先程の大車輪による遠心力の勢いを加えた落下。しかも、相手は『戦車』の小猫を凌ぐほどの怪力の持ち主。
ここまで揃えば、もはや並みの大砲以上の威力があることなど容易に想像できる。
ゆえに、木場たちはゴライアスの攻撃を回避し、着地と同時に攻撃を仕掛ける心算だった。
しかし、

「ウォォオオオオオオ!!」

ズドォォォン!!と重量音が響くと同時、ゴライアスが着地した瞬間、木場たちは落下の衝撃で舞い上がった砂埃で悪い視界の中だが、ゴライアスに攻撃を仕掛けようとしたのだが、落下の衝撃に木場たちが一瞬だけ顔を庇った瞬間に驚異的な瞬発力でゴライアスは再び木の上に跳躍していた。

「愚鈍そうな見た目でなんて速度だ・・・」

木の上に逃げたゴライアスを見上げながら忌々しげにゼノヴィア。
その言葉に木場も心の中で頷いた。
まるで、チンパンジーのように枝から枝へ飛び移るゴライアス。
平地ならば『騎士』の自分とゼノヴィアの方が速いが、木々が生い茂ったこの空間内では明らかに地の利で不利なのだ、と理解できるからだ。

「それにカウンターを狙うのも厳しいっ」

と、飛びのきながら木場。その後には再び頭上の木から砲弾となったゴライアスが落下して来た。そして、またすぐに木の枝へと跳躍した。
計算しているのか、本能的に分かっているのかは知らないが、ゴライアスは自分の特性に合った戦い方とフィールドを選んでいる。
単純だが型に嵌れば手強い戦法だ。
恐らく、これまでもこうして討伐に来たものを返り討ちにしてきたのだろう。
そして、今回も自分は逃げおおせる――否、返り討ちにできると感じていた。

「ウゥ・・・」

空中に飛び出しながら、横目に見る。
自分を襲いに来た集団は性の捌け口にする者の割合が多い。
ゴライアスにとって男は要らない。だが、女は別だ。
ゆえに、返り討てたときの利益を考えて、ゴライアスはその表情を醜く歪ませた。
そう、

「ウォ?」

枝から飛び出して、次の枝がゴライアスの手から遠ざかっていくまでは。
まるで、枝がゴライアスの手に捕まれるのを拒絶するかのような動きをした。その時、

「知ってるか?」

「ウォ!?」

突然、ゴライアスの目の前に赤い篭手を装備した男が現れた。
そして、

「人間の世界には、『サルも木から落ちる』って諺があるんだぜ」

男が紡ぐ言葉をゴライアスが聞けたのはそこまでだった。

―――まぁ、お前は落されるんだけどな、と次の言葉が放たれたと同時に、ゴライアスは顔面に強い衝撃を受け吹き飛ばされた。



『赤龍帝の篭手』を装備した左手で殴り飛ばした一誠は、そのまま難なく地面に着地した。
手ごたえは十分、篭手越しだったが相手の鼻を砕いた感覚があった。

「流石だね、イッセー君」

と、着地した一誠の元に木場、小猫、ゼノヴィアが集まった。
他は、未だにダンボールの中に篭ったままのギャスパーの近くに、回復役のアーシアと、少し様子が可笑しい朱乃、更に彼女らを守るようにリアスがいた。

「しかし、木を切り倒して、奴を空中に封じるとは考えたな」

と、感心したようにゼノヴィアが口を開く。
そこには一誠が魔導具の変化した剣によって切り倒した木が横たわっていた。
傍にある切り株もヤスリで削ったかの様に切り後がスベスベだ。それも、ゴライアスの巨体をぶら下げられるほど頑丈な枝を持った幹の太い木が。

「でも、まだ終わっていません」

「ああ。そうらしいな」

小猫の言葉に頷きながら一誠は正面を見据える。
その視線を木場とゼノヴィアも追うと、一誠が殴って地面に落したゴライアスが体を起こしていた。
無論、全くダメージがないわけではない。
殴られたゴライアスの顔には鼻を中心に綺麗な拳型に凹み、鼻は完全に押しつぶされた状態で大量の血を流していた。
だが、一誠を見る目は明らかに激昂から鋭く睨みつけていた。

「オデノ、バナ、ヲ・・・オ、マエッ」

「うぉ!?喋れたのか!!」

決して、お世辞にも悠長にとはいえないが。人語を使用したことに一誠は驚いた。
周囲の人間もまさか喋ることもできるとは思っておらず、一誠と共に驚いていると、

「ウォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

ここに来て最大の声量の雄叫びを上げながら、自分の両拳を、自らの胸に叩き付ける。
良くゴリラが行う仕草の一つ。ドラミングという威嚇だ。
その動きからゴライアスの行動を大まかに予想することはできる。
やはり、知性よりも野生の方が強いらしい。
ならば、

(厄介そうなのは、森を使った俊敏さと、怪力)

だが、激情するゴライアスは木の上からの奇襲よりも、直接地面を駆けて飛び掛ってくる可能性が高いだろう。

(なら、後は怪力だけを注意してカウンターをくれてやるか)

そうすれば、後は木場か、ゼノヴィアが斬るか。小猫が殴るかした後、リアスが止めを刺して終わりだろう。



そう、一誠が考えたときだった。



「はっ?」

思わず一誠が声を漏らす。
今、自分の身に起こった事が理解できなかったからだ。

一誠はゴライアスから目線をそらしていない。それこそ瞬きすらしていない。
それなのにどうして―――

いつの間にかゴライアスが一誠の目の前に距離を詰めているのか。
そして、何故自分は腹部に鈍痛を感じながら、後方へ飛ばされているのか。
まるで、映像のコマ送りのコマが飛ばされたかのように。
何が起こったのか全く分からない中、一誠は背後の木に背中を打ちうけた。



未だに一誠が困惑する中、一人だけ一誠の、いや、一誠『達』に何が起こったのか理解している人物がいた。
だが、状況が理解できるだけにリアスは激しく自分の判断を後悔していた。
相手のはぐれ悪魔の情報は手元にあった。
その上で問題なく勝てるだろうと思い判断した。
多少、面倒な戦い方をしたが、予想通りこのまま戦えば誰も怪我することなく討伐は完了すると思っていた。

「ヒィ!?」

ゴライアスが威嚇を始めてすぐに出た悲鳴を聞き逃していなければ。もっと早く気づくことができただろう。
だが、気が付いた一誠が殴り飛ばされた後だった。
真っ直ぐ地面を走っているゴライアスの速度は『騎士』の駒でないことにくわえて、巨体なこともあって別に脅威に思える物ではなく、一誠ならば確実にカウンターを当てることができるものだった。
しかし、その予想は外れた。
一誠は何の反応をせずにゴライアスに腹を殴られて後ろに飛んだのだ。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
自分や他の眷属ならば、不意打ちや油断で攻撃が当たってしまうこともあるかもしれないが、自分達よりも実力が上な一誠が何の反応もなく殴られた。

「・・・ありえない」

自分でも気が付かないほど呆然してリアスは言葉を漏らした。
しかし、すぐに他の変化に気が付いた。
一誠が殴られたことを認識しているのが自分だけだということに。

「っ!?」

隣を見れば、一誠が殴られれば真っ先に叫び声を挙げるアーシアが真っ直ぐ一誠を見ているだけ。更に、一誠といた木場たちもゴライアスが近くにいるのに動こうともしない。
そして、リアスが背後を振り返れば、

「あ・・・ああ・・・」

そこにはダンボールを開けて上半身だけを出したギャスパーが怯えたように震えていた。
恐らく、戦闘が始まり外の様子を見ようと体を出した。そこにゴライアスの威嚇に驚いてしまったのだ。
その結果、発動してしまったのだろう。
彼の神器が。



ギャスパーの神器、『停止世界の邪眼』は視界に入ったものを停止させる強力なもの。
強力ゆえに所有者のギャスパーはコントロールすることができず、感情の高ぶりなどで暴発させてしまう。
ゴライアスのドラミングと雄叫びに驚いたギャスパーは『停止世界の邪眼』を発動させてしまい、目の前の人物たちを停止させてしまった。
そう、正面にいたリアス達と、そこから離れた所にいた一誠達を。
幸い、リアスは消滅の魔力をその身にの宿しているお陰手で停止する力を滅して無効化することが出来るのだが、無意識でも出来てしまうことで神器の発動に気が付くことが出来なかったのだ。
だが、殴り飛ばされて別の方向にいたゴライアスはギャスパーの視界から外れていたので動くことが出来たのだ。

「ウォォオオオオオオオオオオ!!」

「っ!?」

そこで今まで呆然と思考の渦に囚われていたリアスの意識が、ゴライアスの雄叫びによって一気に覚醒する。
見るとゴライアスが未だに停止状態の木場たちに攻撃を加えようとしていたのだ。

「―――させないっ!!!」

リアスは自分の眷属を守るためにゴライアスに向けて消滅の魔力を放つ。
しかし、近くにいる木場たちを巻き込むまいと威力を抑えたそれは簡単にゴライアスに避けられてしまい、そのままリアスの方へと走ってきた。

「くっ」

この時のリアスの行動に選択肢はなかった。

(朱乃も、アーシアもまだ動けない。ギャスパーもこんな状況に追い込んでしまったと思ってまともに動くことは出来ないだろうし)

ゴライアスと戦うことが出来るのは自分だけ。
そう考えたリアスはもう一度意識を集中して手に魔力を集めて放った。

「喰らいなさいっ!!」

しかし、ゴライアスはリアスの放った魔力弾を回避すると、太い腕を伸す。
一瞬、それが攻撃かと思われたが、太い腕はリアスを振り払うものではなく、未だ動くことが出来ない朱乃に向けられた。
だが、伸ばされた腕は攻撃のためでもなく、朱乃の体を捕まえるためのものだった。

「朱乃!?」

リアスがそれに気付き声を上げた時には、すでにゴライアスは彼女の体を抱えて木の上を蔦って逃げる後ろ姿しか見えなかった。
その背をただ見ていることしか出来なかったリアスの中に残ったのは激しい後悔と自分のいたらなさだった。
『王』にも関わらず、自分の眷属を扱いこなす事が出来ないばかりか、自分の目の前で大事な眷族を奪われてしまったのだ。
リアスにとっては目も当てられないほどの失態だった。
更にいえば、状況はかなり不味い。
ゴライアスに奪われてしまった朱乃は救い出さなければならないのは当たり前だが。未だにリアスの眷属は『停止世界の邪眼』によって停止状態だ。
ゆえに、リアスは頭を抱えた。
この場に停止した状態のままの彼らを置いてゴライアスを追うことは出来ない。

―――― 一体、どうすれば良いのだろうか。

と、リアスは思案しながら、徐に振り返り故意でないにしろこの状況に自分達を陥れてしまった者へ見た。

「ひっ!?」

リアスの視線と目が合ったギャスパーは小さな悲鳴を上げた。
恐らく、リアスに叱られることを恐れたのだろう。
もっともリアスにはギャスパーを罰する心算は今の所ない。本当に何気なく振り返っただけだったのだ。
しかし、これ以上無い程の失態でリアス達に迷惑をかけてしまったギャスパーに彼女の考えを汲み取ることは出来るはずもなく。
怯えた様子で涙を出しながらダンボールから飛び出した。

「ご、ご、ごめんなさいぃぃぃいいいいい!!!!」

「ま、待ちなさい、ギャスパー!!」

逃げるギャスパーをリアスは止めようと声を上げる。
しかし、制止の声はギャスパーには届かず、暗い林の奥へとして、

「これ以上、面倒かけえるなよ」

逃げようとするギャスパーに気だるげな声を漏らしながら、一本の腕が彼の襟首を掴んだ。

「うぇえええええええええええん!!!」

「泣くなよ・・・心身は知らないが、一応男なんだからよ」

ヒョイッと猫のように持ち上げられ泣き叫ぶギャスパーに更にため息を漏らす。
その姿をリアスは見て驚き、声を上げた。

「イッセー!!!」

ゴライアスに殴られて倒れていた一誠が何事も無かったかのように立っていた。更に、木場たち同様に未だにギャスパーの『停止世界の邪眼』の効力で停止していても可笑しくないにだ。
だが、リアスはそんな事よりも平然と立っている一誠の姿に喜び駆け寄った。

「部長、大体の状況は理解している」

「えっ?」

そう言って、一誠は掴んでいたギャスパーをリアスの元へと軽く放り投げた。
突然強引にギャスパーを押し付けられる形となったリアスだが、放り投げられたギャスパーを抱きとめるように受け止め、逃がさないように抱きしめた。
それを確認した一誠はリアスから視線を外し、ゴライアスが逃げた方向を見つめ、

「今なら後を追うことが出来る。副部長の方は俺に任せて、部長は残りの奴らを頼む」

「・・・・」

一誠の提案にリアスは暫し思考で整理する。一誠の『錬環系勁氣功』ならば朱乃の氣を追って追跡することは可能だ。
だが、それは一誠が一人で朱乃を助けに行くということになる。
別にそれは構わない。一誠の実力ならば一人でも十分すぎるくらいだろう。万全の状態ならば。

「・・・・・・・」

ギャスパーを抱きしめたままじっと一誠を観察するリアス。
そこには何事もなく立っている一誠の姿が当然あるわけだが。それが心配だった。
最初は、一誠の姿を見て喜んだリアスだが、本当にダメージがないのか分からないからだ。
一誠のことだから、朱乃を助けるために痛みを堪えて動くことぐらいは容易に想像できるからだ。

「本当に大丈夫なの、イッセー?」

ゆえに、リアスは疑いの眼差しで一誠に問いかける。
すると、一誠は首を縦に振って、

「ああ。問題ないぜ」

それに、と言葉を続ける。それもいつもの不敵な表情を浮かべて、

「副部長を取り戻すのもそうだが。お返しと仕返しはしっかりするのが世間の常識だからな」




[32327] 第四章五話その③
Name: マグナム◆82290672 ID:63883877
Date: 2014/02/24 00:16
クチャ、クチャ、と不快な音が聞こえ、朱乃は重たい瞼を開けた。

「ここは・・・」

朦朧とする意識の中、彼女は状況の把握をする為に体を動かそうとして、

「っ!?」

出来なかった。
植物の蔓で両手を後ろ手に縛られていた。いや、見えないが感覚で縛られているのではなく、蔓が絡まったように感じた。
そこで漸く朱乃は自分が捕まったことに気が付いた。
だが、自分の脳裏には未だにリアスの隣で森の中にいた事を覚えている。
それが突然目の前の光景や現状が変化したことに混乱したが、

「一体、どこに・・・」

まずは自分の現状を把握しようと、朱乃は体を起こして周囲を見回す。
そこはただのほりたて小屋のような構造だった。それも長く使われていないのか、木製の天井と壁、床は雨漏れによって所々痛み、腐敗していた。
恐らく、取り壊そうとしてそのまま残ってしまったのだろう。小屋の中には何もない。
ただ、小屋の一点だけ黒い塊が蠢くように動いていた。

―――クチャ、クチャ。

先ほどから朱乃の耳に届く不快な咀嚼音のような音もそこから響いていた。
もっとも、その音が何なのか朱乃には大体の見当がついていた。
その黒い塊が胡坐を掻いて座っているゴライアスだと朱乃が認識したとき、

「ウホッ」

ゴライアスがこちらを振り返った。
瞬間、朱乃は顔を顰める。彼女の視線はある物を視認した。
ゴライアスの口元が真っ赤に染まり、その足元には骨と肉の残骸が転がっていた。人間の。
情報ではゴライアスが食べるのは人間。それも小さな子供だ。
ならば、そこに転がっているのは必然的に。
そう考えただけで朱乃は目の前の光景に目を背けたくなった。
だが、ズシンッ、ズシンッ、と四速歩行でゴライアスがこちらに近づいてくる状況ではそうも言っていられない。

「オンナ・・・オンナ・・・」

「くっ」

悠然と歩いてくるゴライアスに朱乃は身をよじりながら後ろに下がる。
何故、この場にいるのか分からないが、どんな状況なのか朱乃には理解できた。
自分はどういう訳かゴライアスに捕まり、犯されようとしている。
その事が正確に理解できてしまった。
だが、朱乃は身をよじりながら、後ろ手に縛られた自分の手に魔力を集中した。
彼女を縛っているのは魔力を封じる特殊なロープでなければ、自然界に普通に生えている蔓なのだ。彼女がその気になれば、簡単にロープを切ることは出来る。
そして、一瞬の隙を突いてゴライアスを攻撃しようと用意しているのだった。

「あっ・・・」

そうして身をよじっていると背中が小屋の壁に触れてこれ以上後ろへは行けなくなった。
しかし、ゴライアスはゆっくりと朱乃に近づき、血で汚れた顔を彼女に近づけた。

「うっ・・・」

ゴライアスの口から漂う血生臭さに朱乃は顔を顰めた。見れば、一誠によって粉砕された鼻は先ほどの食事によってか治っていた。
どうやら、自然治癒力を高める薬も使われていたらしい。

(それならば・・・)

と、朱乃は更に手に集中する魔力を高めた。
ゴライアスに最大限威力を高めた雷を纏った掌底をお見舞いするつもりだった。
最大のチャンスとも言えた。
ゴライアスは性欲の興奮から朱乃の行動に気付かず、ただやられるだけの得物に思っていたからだ。

―――このタイミングならば

と、朱乃が蔓を魔力で断ち切ろうとした時、

「・・・クサイ」

「え・・・?」

ゴライアスが呟いた言葉に朱乃は呆然と動きを止めてしまった。
その間もゴライアスは何かを確かめるかのように、鼻で何度もスン!スン!と朱乃の臭いを嗅ぐ。
その行動に朱乃は嫌悪感が最大になる。何より血生臭い獣に言われることが耐え難いことだった。
だが、

「・・・ダ、テンシ」

「っ!?」

ゴライアスの一言が朱乃の胸に刺さり、一瞬呼吸することを忘れてしまうほどの動揺を与えた。
なぜならば、ゴライアスは確かに『堕天使』と言ったのだから。

「・・・キタナイ、ダテンシ、クサイ」

「―――れ」

「クサイ、ダテンシ、クサイ」

「―――黙れ」

獣の言葉。しかし、今の朱乃にはゴライアスの言葉を無視する心の余裕がなかった。
有り得ないことだが、今朝見てしまった夢と合わさって朱乃を精神的に追い込んでしまっていた。

「ダテンシ、キタナイ、クサイ!!」

「黙れ、黙れぇ!!!」

声を荒げて怒鳴る朱乃。そこには冷静さが完全に失ってしまい。先ほどまで集中していた魔力が霧散してしまった。
彼女が何よりも恐れていた事実を、はぐれ悪魔。それもただの獣のような奴に悟られ、罵倒されているからだ。

「クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ、クサイ、キタナイ」

その言葉はゴライアスの頭の中にある数少ない単語なのか、何度も同じように朱乃へとぶつけて行く。
そうしているうちに朱乃は顔を俯かせ、

「・・・お願い・・・黙って・・・」

その目に『涙』を溜めて、弱弱しく言葉を漏らした朱乃。
だが、ゴライアスは朱乃への言葉を止めようとはしなかった。

「・・・お願いだから・・・・黙って!!!」

最後に長いポニーテールの黒髪が揺れるほど顔を振って言葉を放つ朱乃。
その際、目に溜まった『涙』の雫が一つ彼女の右側へ飛んでしまった。

だが、次の瞬間―――

――――ズガァン!!

と、彼女の右側の壁が粉砕され、飛び出した『涙』を高速で何かが撃ち抜く。
突然の事に呆然となった朱乃だったが、自分の横を通過した『何か』は拳だったことが見えた。

「ウゴォオッ!?」

そして、その拳はそのままゴライアスの顔面。更に言えば、鼻の部分をしっかり捉えゴライアスを殴り飛ばした。
殴られたゴライアスはそのまま反対側の壁まで吹き飛び、叩きつけられた衝撃で壁に大きな亀裂を作った。
すると、朱乃の隣に開いた大きな穴から攻撃した人物が小屋の中に入ってきた。

「知ってるか、エテ公。この世界の常識の一つなんだが」

悠然と歩く人物は、先ほどの強烈な登場をしたにも関わらず不敵な笑みを浮かべながら、

「テメェみたいな奴が良い女に『汚い』だの『臭い』だの言ってはいけないんだぜ」

「・・・イッセー」

呆然と中に入ってきた一誠の姿を朱乃は眺める。
そんな彼女の視線に気が付いた一誠は安心させるように微笑んで見せた。
しかし、

(・・・やっぱり本調子じゃないな)

腹に感じる鈍痛を一誠は悟られまいと毅然と振舞っていたが、実際はかなり効いていた。
ギャスパーの神器による暴走の結果、一誠はゴライアスの拳を腹に受けた。
だが、その直前、一誠は何が起こってもすぐに対応できるように、全身の力を軽く脱力していた。
緊張は筋肉を強張らせ、反射神経を鈍らせるためだが、まさか予想外のタイミングで攻撃を受けたため、結構厳しい状態でもあった。
冷静に自分の状態を見れば、骨には大丈夫だが、腹には内出血が出来ている可能性もあった。
それでも一誠はそんな事を気にする余裕などない。そもそもそんな言い訳の通じる相手でもないのだから。

「・・・オ、マエ、マダ、オデノ、ハナヲ・・・」

偶然だが、森で戦った時と同じ場所に拳を叩きこむ事が出来たらしく。ゴライアスの鼻と思われる部分から鮮血が流れ、更に顔を赤く染めている。その表情は見るもの全てが嫌悪と恐れを感じそうなものだった。
しかし、一誠はそんなゴライアスと対峙しながらも余裕の態度を崩さない。

「あと、もう一つ常識がある」

「ウォォオオオオオオオオオオ!!!」

静かに言葉を紡ぐ一誠だが、ゴライアスはそれを知らないとばかりに彼に飛び掛った。
だが、

「ケダモノ風情が、俺より先に良い女を泣かせてんじゃねぇよ」

「ウオゥ・・・」

ゴライアスは一誠に腹に拳を捻じ込まれ、苦悶の表情を浮かべ動きを止める。
そして、一誠は拳をゴライアスから離すと、

「吹き飛べっ!!」

脇腹の辺りを脚で薙ぐ蹴りによって、吹き飛ばし壁を粉砕させながら外へと消えていった。
結果、小屋に一誠と朱乃だけが静けさと共に残ってしまった。

「大丈夫か、副部長」

と、気軽な声で問いかけながら一誠は朱乃の元にしゃがみ込んで腕に絡まった蔓を引き千切る。
しかし、朱乃からは何の返事も返ってはこない。
彼女が沈黙するので一誠は苦笑を浮かべ、

「それにしても、また縛られるとはな。もしかして、縛られ趣味でも目覚めたのか、副部長」

「・・・・・・」

冗談を口にしても彼女は無反応。その結果、二人の間に流れる嫌な沈黙。
どうしたものかと一誠が考えていると、

「・・・イッセーは聞いていたんですか?」

と、弱弱しい声音で朱乃が問いかけてきた。
その質問の意味は恐らく、ゴライアスが口走った言葉のことだろう。

「まぁな」

小屋の中でゴライアスとどんなやり取りがあったのかは大体理解していた。
助けに入る前の壁越しにゴライアスの声が聞こえていたからだ。
しかし、一誠は嘘を付こうとは思わなかった。そんな事をしても彼女は納得しないから。

「じゃあ、バレたんですな。私の事・・・」

「と言うより何となく気が付いていたけどな」

「・・・どうして黙っていたんですか?」

「女が秘密にしていることを無理に暴こうとしない主義なんだよ、俺はな」

「そう・・・・」

ゆらゆらと立ち上がった朱乃は一誠に背中を向けた。

「私は堕天使の幹部バラキエルと人間の母との間に生まれた女。母はある神社の娘だったんですが、ある日、戦いに傷つき倒れていたバラキエルを助け、その縁で私を身に宿したそうです」

だけど、

「私は自分の中に流れる半分の血、堕天使の血が流れていることが嫌いだった。何度も、その事実から目を背けようと思ったけど、出来なかった。体に流れる堕天使の部位分が体の外にも現れたわ」

「黒い翼、か?」

一誠が問いかけると彼女はコクリと一回だけ頷いた。

「私は、それが嫌だった。幼い頃はなんとも思わなかったけど、『ある日』を境に日に日にそれが無くなれば良いと思って自分で翼をもごうとさえしたわ。だから、私はリアスに悪魔にしてもらったの。そうすれば、堕天使の翼を消し去ることが出来ると思ったの」

―――でも、駄目だった

「・・・『悪魔の駒』を入れてもらった結果、生まれたのは悪魔の羽と堕天使の羽。両方を持ったおぞましい生き物」

そう言って、朱乃は自嘲気味に笑いながら、

「以前、フィル・バーネットも言っていたのです。私みたいな中途半端な存在にはお似合いの姿だわ。それは昨日まで・・・」

すると、朱乃の背中から翼が出現する。
それを見て一誠は驚いた。なぜならば、彼女の背には『四枚』の羽があったからだ。
肩甲骨の当たりに左右二枚の堕天使の羽。その下に同じく二枚の悪魔の羽が彼女の背中から生えていたのだ。

「今朝、自分の体の変化に気が付いたの。どうして、こんな姿になったのか分からないけど。だけど、ハッキリしているのは私の中にある堕天使の部分が強くなったことと、悪魔の部分も引き上げられた。半端な私の存在がより濃く出ただけ」

そう言って、朱乃は首だけを動かして一誠を見た。
その瞳には薄っすらと涙が溜まっていた。

「そんな私を知ってイッセーはどう感じますか?いえ、聞くまでも無いわね。あなたとアーシアちゃんを殺し、この町を消滅させようとした堕天使は嫌いよね。許せないわよね」

問いかけながらも、朱乃は心の中で淡い希望を期待していた。
そんな事はない。お前の事は好きだと。一誠に言って欲しかった。
同時に、この状況で素直に『嫌いにならないで』と言葉にすることのできない自分への嫌悪が朱乃を苦しめた。
だからだろう。

「―――全くだ」

「・・・そう」

一誠が放った肯定する言葉を朱乃はすぐに受け入れるような言葉を口にした。
だが、その心の中にあるのは憤りと後悔だ。
・・・でも、当然よね・・・・
話そうとした瞬間からこうなることは心の何処かで感じていた。仕方ないことだ。
そう思った瞬間、

「ぁあんっ!?」

朱乃は思わず甘い声を上げた。
背後から腕を回され、突然胸を揉まれたのだ。
誰が、と犯人を考える必要はない。この小屋には朱乃の他に一人しかいないのだから。

「イ、イッセー!!」

「全く許せないな。この胸と同じぐらい許せない考えだぜ副部長」

「な、何を言っているのっ?」

「何って、俺がそんな小さなことを気にする男だと思われていたとは心外だぜ」

「え?」

一誠の一言に朱乃は未だに自身の胸が揉まれているのにも関わらず朱乃は呆けてしまった。
彼が何を言っているのか理解できない。
ゆえに、朱乃は呆然と言葉を紡いだ。

「わ、私には堕天使の血が流れているのよ。許せるの?悪魔に転生しても、その事実は変わらないのよ」

「だから、どうした?」

と、真顔で一誠が逆に問いかける。
朱乃には何故そんな事が言えるのか分からなかった。
だから、一誠は朱乃の胸を揉むことを止め、優しく彼女を抱きしめた。

「確かに、俺とアーシアを殺したレイナーレには怒りを感じるし、コカビエルはムカつく。
だが、二つとも俺の手で始末を付けた。それで俺の中では清算できてるんだ」

「で、でも・・・」

「それに俺は女の事以外はめんどくさがり屋なんだ。個人は恨んでも、ソイツと同じ種族全員を憎むなんて面倒なことはゴメンだよ」

一誠はアレイザードで見て知っていた。魔族と戦争する人々の姿を。魔族全員を親の仇と見て戦う者の悲しい姿を。
彼らを否定するつもりはない。だが、魔族全員を憎み殺そうとした姿は、明らかに狂った勇者レオンと同じだ。
彼の存在を知っている一誠はそう言った線引きはしているつもりだ。

「それに堕天使全員を知っているわけでも無いのに、一つの種族を全員嫌いになって。そこの女全員を嫌いになるなんて損だろ?」

「そ、損って・・・」

こんな時でも軽い調子で話す彼に朱乃はこれまで悩んでいた自分が逆に呆れてしまった。
だが、その瞬間「それに・・・」と不意打ちのように一誠が言葉を続ける。

「お前がいるのに、堕天使を全部嫌いになることなんて出来る訳ないだろ」

「え?」

またも朱乃は一誠の言葉に呆けてしまう。
一誠が何を言った言葉の意味を理解するのに暫く時間が必要だった。
だが、理解した瞬間、自分の体が熱くなるのを感じた。

「で、でも、私はアナタに嫌われたくなくて・・・だからあんな風にアナタに迫ったのよ・・・」

「それが可笑しな事なのか?異性に嫌われたくない行動なんて普通の女の子がしてる可愛いものじゃないか。俺はそういうの大好きだぜ」

そして、一誠は更に朱乃を抱きしめる力を強くする。

「だけど、もしそんな自分が嫌いだって言うなら、そんなお前を俺が好きになってやるよ」

「え?」

「そしてら、お前も少しは自分のことが好きになれるだろ?」

「っ!?」

―――言われてしまった。
朱乃は自分が思った希望通りの、いや、それ以上の言葉を一誠から貰ってしまった。
嫌いな自分を一誠は好きだと言ってくれた。
そんな事を言ってくれたら、自分を嫌いになることなど出来るはずが無いではないか。
その事から朱乃の瞳から涙があふれ出てきた。
長い間、押し込めていたものが溢れてしまったのだ。
それを見て一誠は苦笑を浮かべ、

「あらら、泣かせちまったか」

可笑しいな、と思いながら一誠はまた朱乃の『胸を揉んだ』。

「女は胸を揉まれて喜ぶはずなのに、それは部長だけだったか?」

「ぷっ」

思わず一誠の言葉に朱乃は噴出してしまう。
それはアレイザードから帰還する直前、リアスが口にした言葉。

『あら、私は一誠に揉まれて嬉しいけど!!』

ならば、自分もと、朱乃はリアスへの対抗意識も乗せながら、一誠に向かって微笑んだ。

「いいえ、私もイッセーに胸を揉まれて嬉しいですよ」

「そうかい」

朱乃の言葉に一誠も僅かに口元を緩めた。
なぜならば、そこにあったのは一誠が見た中で朱乃の一番いい笑顔だったからだ。








と、普通ならばコレでめでたしで終わるのだが。
二人は大きな物を忘れていた。

―――ウォォオオオオオオオオオオ!!!

「あっ、忘れてたな」

「ええ、すっかりと」

聞こえてきた大絶叫の雄叫びがした方向を二人が見ると、そこには怒りの形相のゴライアスがこちらに向かって進んできていた。

「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ」

「やれやれ、折角のムードを壊しやがって。まだ常識を教えきれてなかったか」

と、一誠は朱乃から離れてゴライアスに対峙しようとし、

「いえいえ、イッセー君は下がっていてください。ここは私が」

その体を朱乃によって止められてしまった。

「大丈夫なのか?」

分かっているのに問いかける一誠。
大丈夫だということは彼女の姿で分かっていた。
先ほどまでの弱弱しい彼女は消え、いつものニコニコした笑顔にお淑やかな物腰。
オカルト部が頼れる副部長。
そう―――

「私、『調教』は得意なほうなんですよ」

ドSの女王が完全復活だった。

「ウホォ?」

ゴライアスも先ほどまでの朱乃の態度の違いに一瞬戸惑ったが、すぐに彼女に向かって飛び掛った。

「ウォォオオオオオオ!!」

「本当に、躾がなってませんね」

だが、朱乃は迫る巨体に対して、物怖じもせず魔力を込めた右手で空を薙いだ。
その瞬間、

――バッヂィィィン!!!

「ウゴォォォッ!?」

叩かれた音と共にゴライアスの体が感電した。
悲痛な叫びを上げ動きを止めるゴライアスに朱乃は微笑みながら、

「本当に、私を『臭い』『汚い』なんて失礼しますわ」

と、もう一度、右手で空を薙ぐ。
右手に込められた魔力は鞭のようにしなりゴライアスを打ちつける。
しかも、朱乃の魔力は当然雷の特性付き、その結果、

「ウゴォォォッ!?」

再びゴライアスは感電し叫び声を上げる。

「ウフフッ」

だが、当然のように朱乃からは笑みがこぼれ、その表情は高揚していた。
そんな彼女の危険性に本能的に気が付いたゴライアスは恐ろしい目で朱乃を見た。
そこには先ほどまでの捕食者のような獰猛な目はない。完全に狩られる側の目だった。

「まだまだ大丈夫そうですわね」

「ウッ、ウォオオ!!」

更に手を上げようとする朱乃に恐れをなしたゴライアスは一目散に後ろを向いて逃げようとする。
しかし、

「逃げても駄目ですよ!!」

「ウゴォォォッ!?」

背を向けて逃げるゴライアスの尻に雷の鞭を入れる朱乃。
それによってゴライアスは叫び声を上げながら前のめりに倒れる。

「逃げるなんて許しませんよ」

「ウゥゥ・・・」

ゆっくりとゴライアスに向かって歩み寄る朱乃。
この状況ですでにゴライアスにとって彼女は恐怖の対象でしかなかった。

「だって、『調教』はここからなんですから」

「ウゥ・・・ウゥ・・・ウゥ・・・」

すでに涙すら浮かべているゴライアス。
しかし、朱乃は情け容赦なくゴライアスに見えるようにゆっくりと手を上げて・・・


―――ウゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!






それから何十発と朱乃の『調教』のような『折檻』のような『拷問』の如きお仕置きの鞭が打ち終わると、

「ゴメンナザイ、ゴメンナザイ、ゴメンナザイ、ゴメンナザイ、ゴメンナザイ、ゴメンナザイ・・・・・」

ゴライアスは朱乃に頭を垂れて許しを得ようと必死に懇願していた。
その光景に朱乃は満足げに微笑みながら、

「いいですわ。許してあげます」

と、ゴライアスの肩に触れながら言葉をかける。
その言葉にゴライアスは嬉しそうに顔を上げる。が、

「な~んて、う・そ」

「ウホォ?」

次の瞬間

「―――――――――――――っ!?」

叫び声にすらならない声をゴライアスは出した。
頭上から巨大な落雷がゴライアスに落ち、その身を焼き焦がしているからだ。
そして、後に残ったのは真っ黒焦げになったゴライアスの残骸のみであった。

「・・・・・・」

朱乃はそれを静かに一瞥するとゆっくりと振り返って歩き出した。
そこでずっと待っていた自分の大事な人の元へ。

「お疲れさん」

「はい。問題なく終わりましたわ」

あれだけの事をしたにも関わらず、一誠は普通に朱乃に話しかけてきてくれる。
それが朱乃にとっては嬉しかった。

「それにしても、魔力を鞭にするなんて一体何時からできたんだ?」

少なくともライザーとのレーティンゲームには使えなかったと思うと一誠。
だが、朱乃も不思議そうな顔をした。

「それが私にもよく分からないんです。練習をした訳でもないのに急に出来る気がしてやってみたら出来てしまったんです」

「そうなんだ」

「はい」

そこで一誠との話は一旦途切れた。
だが、朱乃は少し躊躇いながら、

「あの、イッセー・・・」

「ん?」

頬を赤くしながら、もじもじとする朱乃。
そして、彼女は思い切って言葉を紡いだ。

「もう一度、私を抱きしめてくれませんか?」

「構わないぜ」

彼女の頼みを一誠は了承し、今度は正面から朱乃を抱きしめた。
強く、それでも優しい抱擁を。






だが、朱乃を抱きしめながら一誠はあることを考えていた。
朱乃の『四枚』となった羽と彼女が強くなった理由は、恐らくリアスと同じ。
アレイザードへの転位の影響だろう。
そして、恐らく他のメンバーも朱乃と同じように悩んでいる可能性がある。
だが、一誠は迷わなかった。
自分がやるべきことは分かっている。
アレイザードに連れて行ったのは一誠なのだ。
ならば、彼らの事を受け止めるのは自分の責任なのだから。







あとがき
遅くなって申し訳ないです。
色々悩んでいたら、思うようにかけなくなっていました。
ハーレムものは自分にとっては難しいです。
一つのキャラだけを特別扱いする訳にも行かないので思うように書けない。
今回もまた朱乃の話を書いてしまいました。
しかも、フィル・バーネットの時と同様に捕まってしまう設定で。
どうしよう・・・このままだと本当に緊縛プレイフラグになりそうです・・・
アーシアも、ゼノヴィアも、小猫も余り目だってないのに・・・

今回はオリジナルに書いたのですが、ミカエルと会う際にイリナの話をするので朱乃の話を今回に回したのですが。
思った以上に長くなってしまいました。
筆の進みは悪いのに、何とか話を纏めようと書き足していたら、三話分になってしまいどうしようと思っています。
更に、設定も何処か甘くなってしまったので可笑しいと思う人もいるかもしれません。

そして、次回はやらかしてしまったギャスパーの話とイリナの話になるのですが。
また更新が遅くなるかもしれません。
速くも新年の目標を破ってしまい、すみません。
三月の初めに大事な用があり、これから残りの日数はその準備をするので書くことがどうしても出来ないのです。
私事で申し訳ないのですが、もしもこの小説を楽しみにしていた方がいらしたら、本当に申し訳ありません。







[32327] 第四章六話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2014/05/18 23:21



深夜の駒王学園旧校舎。
そこに雑木林から帰った一誠と朱乃の姿があった。

「うふふっ」

「ご機嫌だな、副部長」

校舎へと向けて歩みを進める二人。
特に朱乃の機嫌が目に見えて良い。
その表情はいつも彼女が部室で見せる笑顔なのだが、並んで歩いている一誠の腕に絡みつくように抱きつき、頬を赤く染める彼女の雰囲気はいつも以上に機嫌が良いように感じられる。

「そんなの当たり前じゃないですか。イッセーが私に優しくしてくれたのですから」

そう言って、朱乃は一誠の腕を撫で、更に体を密着させた。
無論、自分の女の武器である大きな胸の膨らみを押し当てることを彼女は忘れない。

「いつも以上に積極的じゃないか、副部長」

「だって、イッセーはこういう事が好きなんですよね」

「まぁな」

一誠が肯定すると、朱乃は嬉しそうに微笑んだ。
どうやら、彼女の憂いを払うことは出来たらしい。
しかし、まだ彼女には何か抱えているものがあるのではないかと一誠は感じてならない。
だが、一誠はそのことを問いかけない。
話したくなったら彼女が自分から話すだろう。たとえ、彼女が他に何を抱えていようと一誠がやることは変わらないのだから。
と、その時、前から二つの人影がこちらに近づいてきて、

「むっ、帰って来たのか、イッセー」

「朱乃さんも無事だったんですね」

二人が旧校舎の中に入るとゼノヴィアと木場が出迎える。

「はい。心配を掛けてしまって・・・」

と、出迎えの姿を見て朱乃は一誠から離れてゼノヴィアと木場と向かい合う。
別に見られるのが恥ずかしいからでは無論ない。
いつもの彼女ならば、挑発的な笑みを浮かべてより密着しようとするだろうが、
流石に心配をかけた手前、そんな軽んじた行動など取れるはずがない。

「まぁ、イッセーのことだから遅れをとるとは思わなかったがな」

と、一安心した表情とは裏腹の言葉をゼノヴィアが口にすると、朱乃はすぐにいつもの調子に戻って、

「ええ。以前と同じで格好良く助けに来てくださいましたわ」

「ほう」

微笑みながら再び一誠の腕に体を密着させるように抱きつく朱乃。
その光景にゼノヴィアは声を漏らす。だが、薄っすらと目を細めながら一誠の腕に絡みつく朱乃をじっと見ていた。
その隣では木場が苦笑をこちらに向けていた。

「それで、お前らの方も大丈夫だったのか?」

一誠も苦笑を返しながら木場に問いかける。
すると、木場は少し迷ったように首を縦に振りながら、

「うん。皆、問題なく動けるようになって部室に戻ることができたんだけど・・・・」

「何かあったのか?」

「・・・実際に見たほうがいいよ」

そう言って、木場は一誠と朱乃を案内するように歩き始めた。
すると、

「どうかしたのか、ゼノヴィア」

腕に朱乃が抱きつかれたまま歩き出した一誠の反対の腕にゼノヴィアが朱乃と同じような姿勢で絡み付いてきた。
問いかけると、いつもの無表情に近い顔で、

「別に構わないだろ?」

淡々と問い返すゼノヴィアだが、その頬は赤く染まっている。
朱乃に対抗心を燃やしての行動なのだろうが、やはり慣れない行動に気恥ずかしさが残っているらしい。
それを隠そうと少し俯く彼女に一誠は微笑みながら肯定して木場に後について歩いた。

反対の腕に抱きついている朱乃が更に負けん気を起こして、ギュッと強く自分の胸に一誠の腕を押し付けるように抱きしめ、
前を歩く木場は一誠の両手に花の光景を想像して苦笑を強くしながら。




それから木場の案内で旧校舎内を歩いている間、一誠と別れた後の事情を軽く聞かされた。
一誠が朱乃を助ける為に行った後、暫くしてき木場たちもギャスパーの『停止世界の邪眼』の効力が解除された。
それからリアスはすぐに一誠の後を追うという選択しもあったのだが、一誠の実力ともう一度ギャスパーの『停止世界の邪眼』が暴走を起こす可能性を考えて旧校舎に一先ず戻ることになった。

「そして、私と木場がイッセーの様子を見に行くことになったんだ」

と、一誠の腕に捕まった状態のままゼノヴィア。
その言葉に、ふ~んと一誠は納得しながら、

「それで、他の奴らは何をしてるんだ、特にギャスパーは?」

「それが・・・」

質問に対して木場が答えにくそうにしていると、目の前にその答えがあった。
ギャスパーが封印されている教室が。
その扉の前でリアスが声を張りあげている。

「ギャスパー!!お願いだから出てきて頂戴!!!」

『ぐすっ、いやです・・・・や、やっぱりボクは外に出ちゃいけないんです・・・・一生この中で過ごしますから、ぼ、ボクの事は放っておいてください・・・・』

「駄目よ!!貴方はグレモリー眷属の大事な一員なのよ!!放っておけないわ!!」

――――ふぇぇぇぇぇん

と、部屋の中から聞こえてくる泣き声に向かってリアスが叫ぶ。
それだけで一誠は状況が理解できた。
旧校舎に戻ったギャスパーがいじけて部屋に篭ってしまっただろう。
そう一誠が理解し、ため息をつく。
すると、それに気が付いてリアスがこちらを向いた。

「イッセー、無事だったみたいね」

振り返り一誠の姿に安堵の表情を浮かべたリアスだが、それは一瞬。
すぐに彼の両手に巻きついている朱乃とゼノヴィアの姿を見ると、彼女の視線が鋭くなった。

「無事でよかったんだけど、朱乃とゼノヴィアは何をやっているのかしら?」

「助けに来てくれてお礼です」

「助力に間に合わなかったお詫びだが」

何か悪いことでもしているか、と問いかけるかのように素直に答える二人。
当然、リアスは彼女らを鋭い視線で睨むが二人はそよ風の如くそれを受け流す。
しかし、部屋の中に篭っているギャスパーの問題を考え、自然と二人は離れた。

「それで、ギャスパーの奴は何をやってるんだ?」

予想は出来ているが問いかける一誠。
その言葉にリアスは仕方ないと先ほどの事を一先ず置いておく事にする。
―――当然、後で叱る心算だが、

「・・・・・・・・」

ギャスパーが入ったままの部屋に目を向ける。

「ギャーくん、朱乃さんが戻ってきました」

「怪我をしている様子はありませんから、出てきてお顔を見せてください」

『そんなの必要ありません!!ボクの所為であんな事になったんです!!うぇえええん!!』

扉の前でギャスパーを説得しているアーシアと小猫の姿があれば、今は個人的な感情よりも主としての責任を果たすべきだろう。
そう考えたリアスはため息を付いて、

「見ての通り、学校に戻ってからずっとこうなの」

「また引き篭もりに戻っちまったのか」

「ええ」

もう一度深いため息をついて頷くリアス。
一誠も呆れた表情でギャスパーのいる部屋の扉を見た。

「出てきてください、ギャスパー君。私は怒ってませんから」

と、優しい口調で朱乃が語りかけるが、

『嫌です!!ここから出るのも、自分の力も大嫌いなんです!!だから、放っていてください!!』

「そんな事出来るわけないでしょ!!」

一生を部屋の中で過ごすと宣言するギャスパーにリアスが叱咤する。
―――永遠に高校生を続けるつもりか、と一誠は呆れて扉の方へ歩く。

「仕方ないな、お前ら少し離れてろ」

「イッセー?」

困惑しながら問いかけるリアスに一誠はやれやれとした表情で、

「俺が話してみるから少し離れてくれるか?」

「大丈夫なの?」

心配と言うよりも不安でしょうがないんだけど、とリアス。
しかし、一誠が言うのならば悪いようにはならないのではないか、と色眼鏡を掛けている彼女はそう判断した。
本当は不安で仕方がないのだが、扉の前に一誠だけを残して離れた場所へ移動する。

「大丈夫でしょうか?」

「先輩は女の子には優しいですが・・・・」

「一応、女装をしているが、ギャスパーは男だろ?」

アーシア、小猫、ゼノヴィアが順番に不安を口にする。

「・・・・・・・」

ここでリアスは何か言わなければならないのだが、自らも不安も拭うことが出来ず黙り込んでしまう。
隣を見れば、朱乃も微笑を浮かべながらも不安そうな表情をしていた。

「大丈夫ですよ。イッセー君なら」

と、全員が不安に思っていると思っているかのように思われたが、木場だけが微笑んだ。

「あれで結構思いやりがある―――」

だが、木場の言葉はそこで途切れた。
彼の言葉の途中で、ドォオオン!!と一誠が扉に蹴りを入れたからだ。

「ヒィイイイイッ!!」

「ち、ちょっと、イッセー!!」

一誠の蹴りは手加減されたものらしく、扉は粉砕されず無事だった。
だが、突然の事で部屋の中からギャスパーの悲鳴が聞こえ、リアスは一誠を止めるために駆け出そうとする。

「・・・ギャスパー、お前何をやっているんだ?」

だが、一誠から紡がれた言葉にリアスだけでなく、彼を止めようとしたメンバーは動きを止めてしまった。
彼から放たれた言葉はとても落ち着いて静かな口調だったが、確実に怒気が含まれていたからだ。

「お前、俺たちにどれだけの迷惑をかけたと思っているんだ。それで駄々捏ねて部屋に篭るなんて何様の心算だ、コラ」

痛烈なまでに棘のある言葉を放つ一誠にリアスは咎めようとする。
だが、彼女の口は思うように言葉を紡ごうとしない。
一誠の怒気に完全に畏縮しているのだ。
周りのメンバーも動こうとしないのは恐らくリアスと同じく一誠の雰囲気に飲まれているからだろう。
リアス達でコレなのだ。扉越しとはいえ、一誠に怒気を向けられているギャスパーはどうなってしまうのだろう。
只でさえ、彼は気弱だというのに。
そんなリアスの心配した通り、一誠の言葉に扉の奥から怯えきったギャスパーの弱弱しい声が響いた。

『そ、そんな事言われても、ぼ、ボクはもう誰も停めたくないんです!!停まっている仲間を見るのは沢山なんです!!』

悲痛な叫びを上げるギャスパー。
生まれ持ってしまった神器、その上ヴァンパイアと人間のハーフ。
その二点で彼の人生が凄惨なものだった簡単に想像できる。
だが、

「・・・・そんな事を聞きたいんじゃないんだよ」

―――ドォオオン!!

扉にもう一度蹴りを入れる一誠。
更に声にもドスの効いた声音のため扉の向こうでギャスパーが小さな悲鳴を上げるが、そんな事は関係ない。
なぜならば、

「お前、まさか自分の可哀想な人生話をしたら許してくれるとでも思っているのか?」

「そ、そんな事・・・」

「じゃあ、どうしてお前はそんな所で隠れていやがるんだ?」

イライラとした感情を抑えることなく言い放つ一誠。
扉の向こう側にいるギュスパーは一誠が何を言おうとしているのか分からずただただ恐ろしさの余り黙り込んでしまった。
そんな態度に一誠は業を煮やしたように言葉を捲くし立てる。

「何でお前が泣いているんだ?泣きたい思いをしたのはお前の所為でエテ公に捕まった副部長と殴られた俺だろ?」

「そ、それは・・・」

「お前が今するべき事はそこでガタガタ震えて泣くことか?―――違うだろうがっ!!!?」

「ヒィッ」

一誠の怒号にギャスパーが悲鳴を上げる。
無理もない。
離れた所にいるリアス達ですら震え上がるほどなのだから。

「お前がまずすることは謝罪することだろ。特に、一番の迷惑をかけた副部長に」

ギャスパーは何も答えない。
恐らく、一誠に言われなくてもわかっているのだろう。
それでも出来ないのは。

「怖いからか?恐れられて殴られるのが、自分のことを拒絶されることが?」

一誠の言葉にギャスパーは何も答えない。
ただ扉の向こうで彼の嗚咽が聞こえるだけだ。
もっとも一誠もギャスパーに色々言っているが彼の事情が全く察することができないわけではない。

なぜならば、一誠だってギャスパーの神器は怖いからだ。

自らの時間を止められてしまえば、どんなに強くても格下の相手に負ける可能性があるからだ。
げんに、ゴライアスの時はギャスパーのまさかのミスアシストでダメージを受けることになったのだ。
これほどの脅威はそうはないだろう。
だから、周囲がギャスパーを拒絶し、彼を暴行し、傷つける行動をとるだろうということは容易に想像できてしまう。
その結果、ギャスパーが心を閉ざしてしまうのも分からなくはない。
だが、

「今回のことは完全に言い訳できないぐらいテメェが悪いんだから」

「ちょっと!!イッセー・・・・」

一誠の言葉にリアスが声を上げようとする。
しかし、一誠はそれを手で制した。
もう少し話させてくれ、と目で語っていた。

「辛いことから逃げて、その部屋の中で過しているのは快適だよな。だけど、お前だってそれがずっと続くとは思っていなかっただろ」

人間の中にもギャスパーのように引き篭もる分類がある。
だが、病因ではなく、他人に傷つけられて引き篭もった人間が十年以上も自宅や自室に篭ったまま一生を終える例は珍しい。
それが永遠近く生きられる悪魔でヴァンパイアが引き篭もったまま一生を終えられるはずもない。

「一人で過している中で、『いつかは外に出ないと行けないときが来る』って思ったことがあるはずだ。その事はお前が一番分かっていたはずだろ。このままではいけない、て」

ギャスパーは何も答えない。
耳を済ませると先ほどまで漏れていた嗚咽も聞こえなくなっていた。
それを一誠は自分の言葉が全くの的外れでないと確信し言葉を続けた。

「だが、外に出たら今日みたいな事が起こるってのも分かっていたはずだ。それなのにテメェはテメェ自信の問題から目を背けて、それを打開することを先延ばしにした」

『そ、そんな事を言われても・・・』

「どうすれば良いのか分からなかったか?自分だけで解決出来ないのなら、部長に相談することも出来ただろ。部長にはお前の神器の力は効かない上に、夜は校内限定だが自由が効くんだ。連絡する手段だってあっただろ?」

パソコンを使って契約を取っていたのだ。それで連絡することは十分に可能だ。
もっとも、引き篭もりはディスコミュニケーションを持っているもの。
そんな奴が誰かに相談することも至難なことは当たり前なのだが。

「部長はお前を貴重な駒で眷属にしてくれたんだろ。お前の事を疎いと思っていたら魔王の兄貴の頼みでもしないはずだ」

まぁ、それが分かっているから、ギャスパーは出来る範囲でだが、契約を必死にとって業績を上げているのかもしれない。
しかし、それでも限度がある。
リアスが成人すればレーティンゲームに参加することは当然ギャスパーも知っているはず。
悪魔の駒を全て使って眷属を揃えても、ギャスパーが参加できなければ当然迷惑が掛かるだろう。

「ずっと部屋に篭っていたんだ。そのぐらいの予想も付いただろ」

遅かれ速かれこのままでは自分は迷惑を掛けてしまう。
それが分かっているはずなのにギャスパーは逃げ続けた。

「その所為で、今日みたいな事が起こったんだ。分かるか?今日の事はお前が神器を持っていたからじゃない。今日までテメェの問題から目を背け、耳を閉じて、逃げ続けた結果起こってしまったんだ」

『うぅ・・・・』

痛烈な言葉を浴びせるが、無論、ギャスパーだけが悪いとは言えないことも一誠は理解していた。
ギャスパーの神器の制御と性格の改善、そして、討伐に参加させるか否かの判断、それはリアスの責任でもあるし、ギャスパーのような眷属の存在を知らなかった一誠にもいえ、
グレモリー眷属全員の責任でもある。
だから、一誠は今、行動を起こす。
自分なりのやり方で。

「聞いているか、ギャスパー?」

『・・・・・・』

一誠の言葉の効力か中にいるギャスパーは黙り込んだめめになってしまった。
それでも一誠は自分の言葉は聞こえているのだろうと、言葉を続ける。

「どうするのかは、テメェで決めろ。ずっと迷惑をかける心算で薄暗い穴倉みたいな部屋に永遠にいるか。これ以上迷惑を掛けたくないと覚悟を決めてテメェで自分の命を捨てるか―――」

そこでリアス達はいる所から息を飲む音が聞こえた。
まさか、一誠がそこまで言うとは思わなかったからだろう。
だが、一誠は言葉を続ける。

「もしくは、全く別の覚悟を決めて自分自身と向き合うかはテメェで決めろ」

だけど、と更に一誠は言葉を続け、

「その前に、副部長には謝っておけ。テメェにどんな事情があろうが、やっちまった事に責任を持とうとしない奴に対して俺は容赦しない。それについては、性別以前の問題だからな。だから、このまま謝らないのなら、俺はもう知らん。お前が野垂れ死のうが、女々しい性根に似合うように下半身のモノを切り落とそうが知ったことじゃない。好きにしろ」

ただし、

「もしも、お前が自分を変えたいと思って、そこから勇気を出して来れたら。そして、副部長への謝罪したのなら――――」

そこで一度言葉を切る。そして、いつもの自信に満ちた不敵な笑みを浮かべ、

「俺がしっかりと手を貸してやる」

『っ!?』

しっかりとした頼りがいのある声に扉の向こうで微かにギャスパーが反応するのを感じた。

「ほら、だから、とっとと出て来い」

ポン、と今まで殴っていた扉に優しく触れながら一誠が言葉を紡ぐ。
それはまるで扉越しにギャスパーの頭に手を乗せるような仕草で。
そして、優しく表情だが僅かに苦笑を滲ませながら、視線を横に向け朱乃を見ると、

「副部長もそれで良いか?」

謝ったら許してあげてくれ、と頼む一誠。
すると、朱乃は頬を染めながら優しく微笑んで、

「はい」

「サンキュ・・・」

頷かれて静かに安堵のため息を付き、もう一度ギャスパーのいる扉に向かって、

「幸いなことに優しい朱乃お姉さまは十秒以内に出てきて謝ったら許してくれるらしいぞ」

だから、早く出て来い、と勝手に時間制限をつけて一誠はカウントダウンを開始した。

「い~ち」

遅くもなければ早いと感じられないぐらいのテンポで数を数える一誠。

「に~い」

腰に手を当てて、呆れた表情で中にいるギャスパーを待つ一誠。
その姿を離れたところから見ていたリアス達は一先ず安堵した。

「さ~ん」

その様子を少し後ろで見ていた部員たちから緊張の糸が切れ、張り詰めて空気が解消されていた。

「何とか上手く纏ったみたいですね」

「ええ、一時はどうなるかと思いました」

一誠ならば大丈夫だと言った筈の木場でも最初に扉に蹴りを入れるという予想外の行動に驚いてしまったが、やはり一誠は信頼できると安堵し、額に溜まった冷や汗を拭う。
他のメンバーも同じく安堵している。
いや、ただ一人朱乃だけが頬は未だに赤く、一誠に気にしてもらえたことが嬉しいのか機嫌が良い。
その彼女が木場の言葉に同意すると、「よ~ん」と一誠がカウントすると同時に、

「どうかされましたか、部長?」

一誠がリアス以外の女の事を気にしていれば、独占欲が強く、主であるリアスが不機嫌になるはずなのだが、今の彼女は俯きがちに黙り込んでいた。
嫉妬するというよりも落ち込んでいるように見える。
すると、彼女がため息を一つに、

「本当に駄目ね、私は・・・」

「ど、どうしたんですか!?」

突然の言葉に驚き声を上げるアーシア。

「・・・あの子とあの子の問題に最初に向き合わないといけなかったのは私なのに、何をやっていたのかと考えてね」

グレモリーは情愛が深い。
だが、リアスがギャスパーに対して行ったのは情愛ではなく、ただ甘やかしただけ。
いや、彼の自由にしていたというが、ほったらかしにしていたとも言える対応。
その結果が一誠の言ったような一歩間違えば、誰かが死んでいたかもしれない事態になったのだ。
間違いなくこれは自分の主としての失態だ。
というよりも、最近の自分は主としての失敗が多い・・・

「・・・もっと主として、しっかりしないといけないわね」

でなければ・・・・と、考えたときだった。

「・・・・・・・」

一誠のカウントダウンが止まり、リアスはそちらに視線を向ける。
すると、彼女に声を掛けようとしていた皆もそちらへと視線を移すと、
次の瞬間、

「遅ぇええッ!!!」

―――ドガァアアアン!!!

と、怒声と共に一誠が今まで以上の力を扉に蹴りを入れた。

「さっさと出てこいや!!何時まで待たせる心算だ、コラァ!!」

『ええええええええええええっ!?』

その行動に部員たちから驚愕の叫びが飛び出すが、一誠は怒鳴り散らしながら何度も扉を蹴る。
その姿は先ほどの頼れる男の背中が一気に消え、取立てに来たヤクザの姿となっていた。
それを見て、慌てて木場、小猫、ゼノヴィアが一誠を抑えに走る。

「お、落ち着いてください、先輩!!」

「ま、まだ五秒しか経っていないよ!!」

と、口々に一誠を抑える三人。
だが、三人がかりでも眷属の中で一番身体が大きい一誠を簡単には止められない。

「うるせぇ!!何で俺が男のために十秒も待たないといけないんだよ!!男だったら三秒以内に出てこいやっ!!」

「み、見た目は女の子なのだから許してやっても・・・・」

「出来るかっ!!重要なのは見た目じゃなく中身だ!!!」

と、ゼノヴィアの言葉にそれっぽい言葉を返す一誠。
そして、更に扉を蹴ろうとした時、

―――ガタガタ

弱弱しい扉が揺れ、なんだろうと各々の視線が扉に集中した時、

「ド、ドアが開かないんです~~、助けてください~~~」

完全に怯えきったギャスパーの小さな声が扉から漏れる。
そこで部員たちは全てを察したような表情で一誠を見る。
一誠も訳が分かったようにバツの悪い表情で、

「悪い、強く蹴りすぎた」

加減してもあれだけ強く蹴れば、扉が壊れて開かなくなるのは当然だった。

その結果一誠は、部員たちに小言を言われながら、ギャスパーのいる扉を一先ず外し彼を外に出してあげるのだった。

そして、ギャスパーは泣きながら朱乃に怯えながらも謝罪。
謝罪を受け取った朱乃はギャスパーに笑顔を向けながら「大丈夫ですよ」と許してあげ、
素直に受け取ってくれたことに対してギャスパーは安堵からか、更に涙を流した。

その光景を見ながら工具を手に扉の修理を行いながら、やれやれと一つため息を吐く。

「一先ず、スタートラインだな」

誰に言うでもなく呟く一誠の言葉。
恐らく、その言葉通り、ギャスパーのグレモリー眷属としての本当の始まりはこの瞬間からだったのだろう。
そうまだ始まりなのだろう。

「本当にやれやれだぜ」

大変なのはここからなのだ。
その事が分かっている一誠は一人、扉を直しながらもう一度ため息を付くのだった。







あとがき

お久しぶりです。そして、申し訳ありません。
三月に更新するといったのに、またも二ヶ月も遅れてしまい本当にごめんなさい。
しかも、今回は前回の続きの話なのに間が長く空いた所為で読みにくくなっていないか心配です・・・

今回の話は書いていて憂鬱になりました。
小学校の頃、自分は不登校になった期間があったので。
一誠がギャスパーに言った言葉は少しですが、今の自分が、その時の自分に対して言える、個人的な意見です。
その事で不快になった方がいられたらすみません。

ちなみに、不登校になった原因は、最後のオチに使った。
教室の扉を散々蹴りまくり、開きにくくした同級生にイジメられた事なんですが。
今は笑い話のどうでも良い話ですね。
(ちなみに、可哀想な過去の話で更新が遅れたことを許してもらおうとも思っていません。
遅れたことは本当に申し訳ありません)

次回の話はもう一度、ギャスパー中心の話と、イリナの話を今度こそ書き上げられればと思っています。






[32327] 第四章七話
Name: マグナム◆82290672 ID:a65c46eb
Date: 2015/01/12 00:00




匙 元士郎。
駒王学園生徒会メンバーであり、生徒会長ソーナ・シトリーの眷属悪魔の一人。
珍しい神器を体に宿しているために『兵士』を四つ消費する、潜在的には中々優秀だと本人は自負しており、主であるソーナに好意を寄せているので悪魔としても、生徒会メンバーとしてもやる気に満ちた生活を送っていた。

そんな彼の目の前で、摩訶不思議な光景が展開していた。

「なぁ、兵藤」

「ん、匙か。何か用か?」

と、駒王学園にいるもう一人の上級悪魔リアス・グレモリーの眷属悪魔で、自らと同じ『兵士』の兵藤一誠に話しかける匙。

「コレは一体、どういう状況なんだ?」

「何って、見ての通り訓練してるんだろ」

困惑するこちらに対して、当たり前のように答える兵藤。
何でも彼の主であるリアス・グレモリーは『女王』の姫島朱乃と共に会談の準備に取り掛かり、『騎士』である木場祐斗は禁手に至ったことでリアスの兄である魔王に呼ばれ、それ以外のメンバーは校庭で特訓を行っているそうだ。

そう聞いた匙はもう一度、目の前の不可思議な光景に目を向けた。

「それで、ゼノヴィア嬢は金髪の美少女。新しい眷族と特訓をしているのか?」

青色と金色の髪が陸上部のエース並みの速度で走っていた。
もっとも、それは悪魔ならば当たり前で、それだけでは異常に見えないが。

「遅いぞ!!もっとペースを上げないか!!」

「ひぃいいいいいいいいいい!!」

デュランダルを片手に猟犬のような目で得物を追い回すゼノヴィア。
客観的に見れば、仲間を消滅させんばかりの勢いだ。

「だ、大丈夫なのか。伝説の聖剣を手に追いかけっこして」

「大丈夫だろ。ゼノヴィアだってそのぐらいの加減ぐらいは分かってるはずだからな」

「そ、そうだよな」

何の問題もないと言った一誠の言葉に何処か安堵する匙だったが、次の瞬間、一誠がとんでもないことを口にする。

「もっとも、聖剣の強力な力に振り回されているアイツに加減なんて事が出来ればの話だがな」

―――つまり、非常に危険な状態だって事だよな!!

と、匙が声にならない絶叫の突っ込みを入れる。
だが、一誠はさらりと、

「仕方ないだろ。ギャスパーの奴は長い期間、閉じこもっていたんだ。その身体能力を起こすためには多少の危機感は必要なんだよ。それに、ああやって弱い奴をいたぶることをしていたらゼノヴィアも加減を覚えられるしな」

かなり鬼畜な事を口にする一誠に、匙は本気で引いた。
幾ら特訓とはいえ、何故そこまでするのか、と疑問に思う。
すると、グラウンドで走っていた二人が止まり、涙目で座り込んで休むギャスパーにデュランダルを地面に突き刺したゼノヴィアが言葉を叩き込んだ。

「良いか!!イッセーが言うには、お前が神器を暴発させるのは、その土台である身体が弱すぎるのが原因だ!!ゆえに、これから私がお前の肉体を徹底的にイジメ抜き鍛えてやる!!私が走れといえば、走れ!!筋トレを二百回やれといえば、やれ!!」

「はぃ・・・・」

「声が小さい!!!!」

弱気なギャスパーにゼノヴィアはデュランダルを振り下ろすと、それによって発生した聖なる波動がギャスパーのすぐ横を通り抜ける。
すぐ横を滅せんばかりの攻撃が通り抜けたのだ。ギャスパーは震え上がりその場に立ち尽くしてしまった。
しかし、

「返事は?」

「はぃいいいいいいいい!!!!」

怯えきったギャスパーはゼノヴィアの命令に従順になってしまった。

「ならば、腕立て五百回!!!」

「はぃいいいいいいいいいい!!!」

こうして、絶対出来ないであろう回数でもギャスパーは返事をしてしまう。
そして、途中で力尽きそうになれば、デュランダルをチラつかせ強制的に復活させる。


そうしたサイクルを匙は離れた所から呆然と眺めていた。

「なぁ、ゼノヴィア譲は本当に加減する気はあるのか?」

「当然あるだろう。あれでも仲間思いな奴なんだぞ。ただし、たぶんグレモリー眷属の中で一番、ノリが良い奴かもしれないがな」

と、ノリノリでギャスパーを扱くゼノヴィアを一誠は笑みを浮かべながら眺めていた。
それを聞いて匙はもう“彼女ら”に対して突っ込むことをやめた。

「だったら・・・」

と、匙はゼノヴィア達から視線をずらし、

「向こうは何をやっているんだ?」

ゼノヴィア達から少し離れた場所に小猫とアーシアは向かい合っていた。
真剣に向かい合う両者の姿はまるで一騎打ちを思わせる。

「・・・良いですか、アーシア先輩」

「はい。お願いします、小猫ちゃん」

アーシアが同意で大きく頷くと、小猫も頷き右を大きく振り上げる。
そして、

「・・・えい」

―――ピコン

「はぅ!?」

振り下ろせば、右手に持っていたピコピコハンマーが見事アーシアの額を捕らえた。

「・・・えい、えい」

「はぅ、はぅ!!!」

と、小猫が振り下ろせば、ハンマー特有の気の抜ける音と共にアーシアが声を漏らす。
お互いに正座で行ってやっているそれは傍から見れば、完全なイジメな光景に。

「ジャンケンしてないからゲームじゃないよな」

「ああ、あれもアーシア用の特訓だ」

どんな特訓なんだよ、と匙は思った。
悪く言えば、どう見てもアーシアが小猫に最大限の加減をされているが滅多打ちにされている状況ではないか。
そんな疑問を匙が持っていると、一誠はため息を付きながらアーシアと小猫の間を指差した。

「良く見ろ。見え難いがアーシアがハンマーの通る軌道に魔力を集中させているだろ」

「・・・・そう言われてみれば?」

かなり目を凝らさなければ分からないが、確かにハンマーがアーシアに当たる前に魔力のような塊が薄っすらと見える。
しかし、その塊は雲のようにフワフワしており、迫り来るハンマーが当たると煙のように散らされていた。

「なぁ、あの魔力の塊って何なんだ?」

不可思議な魔力を見て匙が問いかける。
すると、一誠はめんどくさそうにため息を付いたが、すぐに何かに気が付いたように答えた。

「簡潔に言えば、障壁の練習だ」

「障壁?それってバリアだよな?けど、あんなに脆いので役に立つのか?」

魔力の扱いが苦手なのかもしれないが、と匙。
だが、一誠はその指摘に首を横に振った。

「お前の考える堅い障壁ならアーシアは習得している。俺たちと違って魔法の才能が高いからな。今やっていることは言うならばアーシアだけの特殊な障壁だ」

「特殊な?」

「ああ。アーシアがマスターしようとしているのは硬さよりもしなやかなエアバックのような防御法だ」

要するに、緩衝材のように衝撃を完全に無力化する魔力の変化をアーシアは覚えようとしていた。

「回復役を早めに潰しておくのは誰もが考えることだ。ライザーとのゲームでは部長と一緒に後衛に回っていたが、万が一にでも敵と接触すれば部長はアーシアを庇いながら戦うことになる」

リアスは防御の術も持っているが、彼女はどちらかと言えば攻撃を得意としている。
それなのに、アーシアを守りながら戦えば防戦一方になってしまう上に彼女がやられれば、こちらの負けなのだ。
だが、アーシアが自らと部長を守る術を知っていれば、リアスは攻撃にのみに集中することができ、戦略の幅が広がる。
そう説明を聞くと匙は納得したように頷き、

「だけど、何か難しそうだな」

その指摘の通り緩衝材のような魔力を練るのは高度な技術のようだった。
魔力を強く込めれば硬くなり、弱すぎれば雲のような全く役に立たないものになってしまう。
その上、アーシアは独学でマスターしようといているのだからなお更だった。
魔法に詳しいリアスや朱乃も攻撃型のため、どうすれば良いのか知らず、提案した一誠も魔法の才能が無い為にアドバイスも出来ない。

「それなら、普通の硬い防御でもいいんじゃないのか?」

「それがアーシアの性格を考えれば、ただ硬いだけの障壁も考え物でな」

「どういうことだよ」

「アーシアは優しすぎるのさ。戦場でも敵が傷つくことを直視することが出来ないし、誰も傷ついて欲しくないと考えている」

それは別に悪いことではない。本質的に聖女の彼女の美点とも言える。
だが、それは安全地の場合ならばだ。
一瞬の迷いも許さない状況では命取りになってしまいかねない。

「その所為で、アーシアは防御にも仏心を出してしまう」

「防御にも?」

「ああ。炎や雷のような攻撃を障壁で守ることは問題ないんだが。拳や蹴りは肉体が障壁にぶち当たると、当然だが相手にダメージを負う。その心配をするあまり集中力が減っていくのさ」

魔法を使うのは精神面で大きく左右する。
特に防御魔法は魔法を維持するのだから、放つだけの攻撃魔法よりも強い。
相手が自分の防御魔法で苦痛に表情が歪めば、精神力を弱くなり、それは防御魔法も弱くなる。

「なるほどな」

その説明で匙は納得したように頷く。

「だから、緩衝材みたいな柔らかな障壁で相手を傷つけずに防御する訳か」

「まぁ、全く傷つかないわけじゃないがな」

―――アーシアの代わりに、相手が精神的なダメージを負うことになるが。

それで相手が冷静さを無くしてくれれば、隙が生まれて有利に働くし、他にもメリットはある。
障壁をただ防御するだけでなく、相手の拳を受けた瞬間、その相手を包み込む拘束する効果も付加できれば、より効果的だ。
何より、アーシアがベストな精神状態を維持できるだけでも十分だろう。
だが、それは。

「えい」

―――ピコン

「はぅ!!?」

果てしなく長い道のりになるが。
会得することが出来れば、アーシアはグレモリー眷属の防御の要になるだろう。




「なるほどな~」

と、一誠の説明に納得したように匙は頷いた。
そして、ここで更に、自分と一誠との差がどれほど離れているのかを再認識し、内心では大きく打ちひしがれた。
しかし、匙はそれを表に出すまいと精一杯努力して、

「ところでよ・・・」

一誠との差に打ちひしがれそうになる心を持ち直すべく最も不可思議な光景に目を向けた。

「お前は何をやっているだよ?」

「・・・見て分からないか?」

「クゥ~~ン」

不思議そうな視線を向ける一誠の近くで、彼の使い魔である狼、焔が声を上げる。
それもかなり気持ちよさそうに。
当然だろう。
気持ちいいのだろう。
と、匙は呆れた視線を一誠に返す。

「何でお前は自分のペットをグラウンドの端でシャンプーしてやっているんだよ」

呆れというよりも批難の視線を向ける。
なぜならば、グラウンドの端は一部だけコンクリートの地面になっているのだが、そこで一誠は焔をシャンプーで洗っていたのだ。
それも、あろうことか生徒会メンバーである自分の目の前で。

「今は暇なんでな。この前のプールでは連れて来れなかったからな」

「だからって、お前。他の奴らが特訓しているのに・・・」

「仕方がないだろ。俺が教えることが出来るのは小猫に相手の殴り方を教えるか、ゼノヴィアにパワー型の剣術を教えることしか出来ないんだから」

それに、と一誠は泡まみれの焔に微笑みながら、

「コイツには俺が家にいない間、親父とお袋を守ってくれているんでな」

「クゥ~ン」

巨体の焔の体を綺麗に洗ってやる。
その言葉に匙は感心も疑問を感じた。

「両親を守らせているのか?」

「ああ。ライザーだけじゃなく、コカビエルまで倒しちまったからな。
お前と違って名声を上げた所為で他の勢力に目を付けられるかもしれないからな」

幸い、今は魔王とその護衛として最強の『女王』が家に泊まっている。
流石に襲撃の可能性がないとは言えないが、命の危険は低いはずだ。

「そいつは良かったな!!!」

こっちが気にしていることを、いつもの不敵な笑みを浮かべて言う一誠に、匙はうぐぐ・・・と奥歯を噛み締め悔しがる。
一誠の名声は当然の評価だろう。
レーティンゲームと聖剣強奪事件で一誠が活躍したことは匙も聞いていた。
それも自分の主であるソーナ・シトリーの口から。
その事が匙には悔しくてたまらなかった。
好意を寄せているソーナから同じ『兵士』である一誠の事を話すのだから、匙からすれば心中穏やかであるはずがない。
しかし、今日まで匙は一誠との能力差を嫌と言うほど思い知らされてきた。

戦闘に関する実力はもちろんの事。これも聞いた話だが、コカビエルより前に堕天使に侵入された際、その対策を講じるのも一誠が進言したらしい。
もっとも、堕天使幹部のコカビエルと総督のアザゼルのような強いものにはリアス達が講じた対策を上手く抜け道を見つけられたようだが。

それでも一誠の能力はかなり高い。
そこには今までの経験の差があるのだが、悔しいものは悔しい。
暗い部屋の中に一人きりだったら涙を流し蹲っていたかもしれない。
そんな匙の気持ちを知ってか知らずか、一誠は口を開いた。

「ところで、匙。お前、自分が悪魔になったことを親に言ったか?」

「えっ?いや、話してないけど。それがどうかしたか?」

「今回の会談がどう転ぶか分からないが。その後、俺は親に自分が悪魔だってことを言うつもりだ」

「はっ!?いや、待てって。親に悪魔だって話す!?」

「五月蝿いぞ。喚くなよ、邪魔になるから」

そう冷静に言う一誠だが、大変なことであることには変わりない。
悪魔であることを話せば、色々と危険なことに巻き込むかも知れないことは誰でも分かる。
それだけでなく、自分の子供が悪魔になった事を両親がどう思うか考えれば恐怖を感じる。
匙だって、その事があって自分が悪魔であることを両親に話すことは怖くて出来ない。

しかし、一誠は「だがな」と言葉を続ける。

「このまま話さずにいることは俺には出来ないんだよ。もちろん、誤魔化す方法なんかはあるんだろうが」

―――だけど、嫌だろ?

と、一誠は苦笑して、

「自分の親に一生嘘を付き続けるなんて。しかも、二人が死んだ後も嘘を付き続けた罪悪感を背負って、何千、何万と生きるなんて俺は嫌だね」

「・・・・・・・・」

放たれた言葉に匙は呆然とし何も言えなくなった。
先ほど匙の頭の中に渦巻いていた“しょうがない”と言う言い訳で埋もれさせていた本心を一誠は何の惜しげもなく表に出したからだ。

その一瞬、本当にほんの一瞬だけ匙は一誠の事をカッコいいと不覚にも(本人的にはライバルと思っているため)思ってしまった。

そして、黙ったままでいた匙に一誠が話題を変えるように、

「そういうお前はこんな所で何をやっているんだよ」

「俺か?俺は見ての通り花壇の手入れをして、学園の見栄えを良くしているのさ。ここ最近、行事が続いたからな。一週間前から会長に命令されていることを遂行しているのさ」

と、誇らしげに胸を張る。
しかし、一誠は、匙が持ってきたホースを丁度良いとばかりに拝借しながら、

「なるほどな。要するに、生徒会の事務仕事や会談の準備で戦力外なお前が雑務を押し付けられたわけか」

ビクリッと匙の肩が跳ね上がる。

「そ、そんな訳がないだろ!!」

何とか言葉を紡ぐが、舌が上手く回らず少し言葉を噛んでいた。
しかし、その内心では何処と無く気が付いていた。
会談が駒王学園で行われる以上、当然、学園を管理する生徒会を率いるソーナが参加するのは当たり前であり、副会長の『女王』もそれを手伝うのは当然。
すると、二人が抜けて普段の生徒会の仕事が大変になるのも必然。
それなのに匙は外に追いやられた。

――――と言うことはつまり、とそこまで考えて匙は首を振り、


「そ、そんな事はない!!コレだって立派な生徒会の仕事だ!!」

と、ホースを使って焔の泡を洗い流す一誠に絶叫するように声を上げる匙。
しかし、一誠はそれを無視されたばかりか、体を揺らして水を振り落とした焔によってずぶ濡れにされてしまった。

「ぶはっ、この犬!!兵藤、飼い主だったら―――」

「お~い、ゼノヴィア!!ギャスパーと一緒にこっちに来てくれ」

ずぶ濡れにされて文句の一つを言おうとする匙だったが、それすらも一誠には無視され、腹筋を鍛えていたギャスパーと監視していたゼノヴィアを呼ぶ。
それを聞きギャスパーは安堵しながら、一誠の元に走りよって来た。
が、

「ひっ」

一誠の隣にいる匙の姿を見たギャスパーは怯えてゼノヴィアの影に隠れた。
普通ならば、何もしていないのに怯えられることに対して多少はショックを受けるものだろうが、

「・・・・・・・」

匙は、ゼノヴィアの後ろから小動物のようにこちらを窺うギャスパーを呆然と眺めていた。
先ほどまでゼノヴィアの特訓で“彼女”の頬は赤く染まり、息が上がって、大変可愛らしい態度でこちらを見つめているのだ。

(これで興奮していない男はいないだろう)

と、内心を必死に隠そうとする匙の目の前で一誠が隠れるギャスパーの首根っこを捕まえる。

「は、離してくださいぃぃぃぃ!!!」

「五月蝿い、一々泣くなよ」

一誠に持ち上げられたギャスパーが涙目となる。
涙目も可愛いな、と匙が思っていると、思い出したように一誠がギャスパーに紹介を始めた。

「ギャスパー、コイツは匙だ。俺と同級生でお前の先輩だ。一応、生徒会長の眷属だ」

「初めまして、ギャスパーちゃん!!よろしくね!!!」

「うぅぅ・・・よろしくお願いします」

アーシアの時と同様に意気揚々に挨拶する匙だが、ギャスパーは完全にビビッていた。
差し出す手を握り返さないでいると、一誠がギャスパーを焔の背中に放り投げる。

「あぅっ、一体何するんですか・・・」

何とか焔に捕まりながら不安そうにするギャスパー。
だが、一誠はそれを無視して、

「よし、行け、焔」

「ワァン!!」

「へっ?」

短く一誠が指示を出すと、焔を一吼えで応じると、
焔はギャスパーをしがみ付かせたまま風のようにグラウンドを駆け抜けた。

「いやぁあああああああああああ!!」

ギャスパーの悲鳴を置いて行かんばかりの速度で走る焔。
遠目からでも彼女が涙を流していることが匙には見えていた。

「おいっ!?幾らなんでも酷すぎるんじゃないか兵藤!!!」

「そうか?しがみ付くことは全身の普通じゃ鍛えられない部分の筋肉まで鍛えることが出来るから良いはずだがな。さらに、焔の体も乾かせて一石二鳥だろ?」

「なるほど、確かにな」

抗議の声を上げる匙だが、一誠は何事もないかのように答え、ゼノヴィアも頷くのみだった。

「どうしてだよ・・・」


だが、匙には信じられなかった。
あの兵藤が、ギャスパー“ちゃん”にこんな仕打ちをするのが不思議で仕方がない。

「一体、あの子が何をしたんだよ!!!」

「何の話だよ?」

「惚けるなよ!!女が大好きなお前が、あんな可愛いい“女の子”を苛めるなんて可笑しいだろ!!!」

「「・・・・・・・・・・・」」

匙の叫びに一誠とゼノヴィアは呆然とする。
当人には何故二人がそんな表情をするのか分からない。
だが、二人には分かっていた匙が何を勘違いしているのか。
それに気が付いた一誠はフッ、と不敵な笑みを浮かべ、

「流石だな、匙」

「は?」

突然、一誠から送られた賞賛の言葉に匙は首を傾げる。

「まさか、そこまで守備範囲が広いとは驚きだぜ」

「はいっ?」

続けて言われた言葉にも匙は首を傾げた。
一誠が何を言いたいのか全く分からない。
確かに、ギャスパーは身体は小猫と同じぐらい小さい。
だが、金髪で小猫に負けないほど可愛らしい。
さらに、無表情の小猫と違い気弱そうな態度がそれを際立たせているではないか。
何より、

「美女と美少女と散々付き合ったお前がそれを言うのか!!!」

「いや、確かに俺は肉食系とは言われるが。お前みたいに可愛ければ何でも良いなんて雑食系男子じゃないぞ」

「へ?」

今度こそ、一誠の言葉の意味が分からなくなった匙。
そんな彼を見かねたようにゼノヴィアが、



「ギャスパーは男だぞ」



「――――――――――!!?」

その一言を受け、匙は悲鳴を上げずに絶叫する。
今の彼の表情はまさに、絵画の“ムンクの叫び”そのものだった。

「そ、そんなにショックなことなのか?」

匙のあまりの驚愕振りに若干引いてしまうゼノヴィア。
そんな中、一誠が「そりゃそうだろ」と笑みを浮かべながら彼の肩に手を置き、

「―――男相手に興奮したんだもんな」

「ああああああああっ!!!」

止めの一言によって足から崩れ落ちる匙。
精神力が空っぽになって倒れ伏したが、それでも這って校舎へと向かった。

「か、会長・・・頼みます・・・一目会えれば、俺は復活できるんです」

と、自らの主であるソーナの元へと向かおうとする匙。
しかし、

「事務で戦力にならず。雑用もこなせないまま、おめおめ帰ったら会長さんはどう思うんだろうな?」

「がはっ!?」

一誠の最後の一言によって、匙は完全に心が折れてしまった。

「流石に酷いですよ、先輩」

「だ、大丈夫なんですか?」

と、戻ってきた小猫とアーシア。
この訓練は長時間行うことが出来ない。
一応、アーシアが痛くないように最大限の配慮でピコピコハンマーなのだが、叩くほうの人間が精神的に辛くなってくるのだ。
まぁ、それは兎も角として、

「大丈夫だろ。大抵の雑食系男子はしぶといからな」

悪びれた様子のない一誠に対して、万全な状態だったならば、匙は殴りかかっていただろう。
もっとも、返り討ちになることは必然だが。

「し、仕方がないだろ・・・ス、スカートを穿いていたらそう思うのは当然だろ」

「だから、お前は駄目なんだよ。いいか、イイ男の最低条件はイイ女を見分けることだ。それ以前に、男か女かすら見分けることが出来ないお前に、難攻不落の生徒会長を落せると思っているのか?」

「ぐっ」

―――だが、言い返せない!!

倒れ伏したままの匙に対して、見下ろす形で放った一誠の言葉が彼の心に容赦なく突き刺さり、黙りこむほかにないのだった。
そんな匙に一誠は不敵な笑みを浮かべながら、

「まぁ、言いたい放題言っちまったが。このままだと俺も居たたまれないからな」

そう前置きをして、

「これからギャスパーの神器制御の特訓をするんだが、手伝ってみるか?」

「はい?」








それから匙は一誠の提案に対して何の返答も出来ないまま、状況に流される形で旧校舎近くの雑木林についてきた。
何故、自分がつき合わされないといけないんだ、と思った匙だったが。
その疑問と言うより、文句も目の前の状況の前に口から外に出すことが出来なかった。

「い、イッセー先輩、どうしてボクを縛るんですか!!」

と、涙目で一誠に訴えるギャスパー。
今、彼は小猫の手で木にグルグル巻きに縛りつけられていた。

これ以上、自分をどうする心算なんだ、と目で訴えるギャスパーに一誠は何処から持ってきたのか、鉄球の球を持ったまま、

「決まってるだろ。神器の本格的な特訓だ」

「・・・あの、さっきまで走っていたりしたんですけど」

「あんなの準備運動に決まっているだろ」

そもそも見た目こそ貧弱でも、悪魔の上、元がヴァンパイアでもあるのだ。
身体能力ならば一般の人間より高いのは至極当然。
ならば、一日そこらの筋トレなどほとんど意味をなさない。

「じゃ、じゃあ、どうするんですか?」

縛られた体勢に不安を感じながらも、自分でも何とかしたいという想いが芽生えだしたギャスパー。
そんな彼に一誠は不敵な笑みを浮かべながら、

「それは―――」



―――ズガァン!!



「へ?」

不安そうな表情で見つめるギャスパーの顔のすぐ横に鉄球を投げた。
ネガティブ思考の彼には似合わないキラキラした綺麗な髪が鉄球の通った際に生じた風圧によってふんわりと舞う。
恐る恐るギャスパーが背後を振り返れば、そこには木にめり込んだ鉄球の光景があった。
それを見たギャスパーは青い表情で一誠を見据えた。
これから起こる特訓を何となくだが、理解できたからだ。
しかし、止めてくれ、と言う一言は恐怖によって喉の途中で引っかかり、それ以上進めない。

「あ、あのイッセーさん、これって危険なんじゃ」

そんなギャスパーの代わりにアーシアが一誠に問いかける。
しかし、一誠はわざとらしい素敵な笑みを浮かべ、

「大丈夫さ。コイツの生存本能はかなりのものみたいだからな。死ぬかもしれないと恐怖感じれば感じるほど、助かろうと神器を発動させるはずさ」

「しかし、それだと暴発と同じではないのか?」

「別に構わねぇさ。重要なのは、コイツに発動する感覚を覚えさせることだからな。まずは、条件反射みたいに自分に飛んでくる球を止めることからだ。そこが出来なきゃ話にならない」

「なるほど」

一誠の説明に深く納得してゼノヴィアが頷いた。
何事も慣れが必要なのだ。
しかし、ギャスパーは涙目を浮かべて、

「で、でも、そんなのに当たったら死んじゃいますよ!!」

「大げさなことを言うなよ。精々、鼻がペシャンコになるだけだ」

「もっと悪いですよ!!」

涙を流して抗議するギャスパー。

「心配するな。もし顔面に鉄球が埋まっても、アーシアがちゃんと直してくれる」

「・・・それなら、安心ですね」

「いやぁぁぁ!!!助けえよ、小猫ちゃん!!」

しかし、縛られた状態の彼には周りには味方などいない。ただ覚悟を決めるしかないのだが、それも彼の性格上出来ず、ただただ泣き叫ぶだけだ。
むろん、見た目が女でも中身は男なので一誠の美学には当然範囲外。

「それじゃ、行くぞ~」

「ひっ!?」

短い悲鳴を上げるギャスパーだが、一誠は投球動作のまま、

「目を瞑るなよ、ギャスパー!!」

無茶を言わないで!!と叫びたくなるが、恐怖のあまりもはや声を上げることなど出来ない。
逃げることは不可能な上に、顔を背けただけで怪我することは必須。
今のギャスパーの心境は落下直前のジェットコースターなど生易しいものに感じられるだろう。
神器で一誠自体を止めることが出来ればいいのだが、上手く発動することが出来ない。
それが出来るのが一番いいのだが、まずは迫り来る危険からの回避が重要だろう。
一誠がそう考えたとき、

「おっと、もう一つ重要なことがあった。匙、悪いんだが」

投球動作を止めて一誠は匙を見る。

「な、なんだよ!?」

「そんなに警戒するなよ。お前にして貰うことは簡単なことだからな」

そう言って、一誠は不安そうな匙に声を掛ける
最も、匙がビビッているのはギャスパーの特訓の事を考えれば仕方のないことだが。
だが、彼に頼むことに危険な事は一切ない。

「悪いんだが、お前の神器でギャスパーの目の神器の力を空になるぐらい吸収して欲しいんだ」

「え?」

一誠が頼みを言うが匙は何故そうしなければならないのか分からず首を傾げた。

「空っぽの状態から神器の力を引き出せれば、もっと効果的だからな。丁度良いことにお前の神器は力の吸収が出来ただろ。悪いんだが、ギャスパーの特訓のために強力協力してくれないか?」

「いや、それは・・・・」

一誠の言葉の後に一同の視線が匙に集まる。ただし、ギャスパーだけが涙目で匙を見つめているが。
別に匙は特訓に手を貸すことはやぶさかではない。
むしろ、グレモリー眷属に貸しが作れて、自分の主であるソーナも許可してくれるはずだ。
何より匙自身も神器の使用することで、その錬度が上がるはずだ。
しかし、問題なのは、

「なぁ、兵藤。俺の神器は相手のパワーを吸い取ることが出来るけど、神器の力の吸収することが出来るのか?」

「はぁ?」

自らの神器を出しながら紡いだ匙の言葉を聞いて一誠の目が点になる。
いや、それ所か視線の温度がどんどんと下がってきている。

―――俺に聞くなよ

と、その目が言っている。
自分の神器を探求していなかった匙に対して、一誠は呆れ、

「使えねぇ~」

「そこまで言わなくても良いだろ!!」

だが、例えシトリー眷属が生徒会で仕事が忙しかったとしても、匙の他に神器を持っている者がいなかったとしても、
もう少し自分の神器を扱うトレーニングぐらいはするだろう。
何より、

「お前、会長をモノにする為に魔王を相手取らないといけないのによ。そんなにのんびりでいいのか。幾ら、寿命が永遠に近くなったからってよ」

悠長に構えている匙に対して、一誠はやれやれとため息混じりに、

「舌を伸ばすカメレオンみたいな神器で会長の裸を嘗め回す妄想してる場合じゃないだろ」

「してねぇよ!!そんな事!!!」

大声で叫ぶ匙だが、周囲の特に小猫の冷たい視線に精神力を多大に減らされていた。
そんな彼を無視して一誠はこれからの事をどうするのか考えた。

「それでどうするんだ、イッセー」

「さて、どうするかな」

ゼノヴィアの質問に一誠は鉄球を弄びながら呟く。
別にこのままでも構わないのだが、全く力の無い状態から、神器の力を引き出すほうが感覚を掴みやすいと思ったのだが、匙がこの調子では完全に当てが外れた。

その事に対して、やれやれ、とため息混じりに一誠は首を振り、

「なぁ、何か良い考えはないか?」

突然、言葉と共に一誠は鉄球を投げ飛ばす。
しかし、放った方向は縛り付けられているギャスパーへではなく、全く別の茂みの方へと、メジャーリーガーも真っ青な速度で投げられた。




「そうだな・・・面白そうな事をやってるみたいだし。協力してやらんでもないぜ」




普通の人間ならば粉砕できる砲撃クラスの速度で真っ直ぐと進む弾丸。
しかし、茂みから伸びてきた一本の腕がパシィ、と軽々とキャッチされた。
どうやら一誠は茂みの方にいた何者かに投げつけたらしい。
そして、その人物は鉄球をキャッチした後、悠々と茂みから浴衣を身に纏った男が出てきた。

「何か、良い情報でもあるのか?」

「まぁな、こっちも当が外れて暇だったところなんだ。優しいオジさんがアドバイスしてやるよ」

そう言って、受け止めた鉄球を一誠に投げ返す。それも先ほど一誠が投げた球と同等の球威でだ。
この時点で、周りの者は目の前の男が只者でないことに警戒心をあらわにするが、一誠だけは、そんな態度を見せず、放られた鉄球を掴み、

「良いのかい、堕天使の親玉が会談前に悪魔とつるんでい、てっ」

「おっと!別に構わないだろ。下級悪魔とのお遊戯で天使に目くじら立てられるなんてやってられない、よっ」

「だから、天使をやめたのか?飼い主が自由奔放だと、飼い犬もそれに似るらしい、なっ」

「ヴァーリのことか。俺が目を離した隙に接触したらしいな。まぁ、勘弁してやってくれ。
俺も正直焦りはしたんだが、お前さんの力量を測ってすぐに赤白決着をつける心算はないらしい。
アイツは強い奴と戦うのが趣味みたいな奴だが、狂犬みたいに所構わず噛みつかない理性ぐらいはある。自分と同格な上に、二天龍の因縁の対決だから、時と場所は考えるさ。丁度、美食家がモノを食べるのにシチュエーションを気にするみたいにな」

「同格か・・・」

「ああ。俺がそういう風に導いたのもあるがな」

鉄球と共に言葉も投げあう両者。
内容は殺伐としているが、両者は和気藹々に鉄球と言葉でキャッチボールをしている。
だが、その中に聞き捨てならない単語を聞き、匙は目を剥いた。

「ちょっ、兵藤!!さっき堕天使の親玉って言わなかったか!!?」

「ああ、言ったが、どうした?」

と、絶叫気味に叫ぶ匙に対して、一誠は何事も無くアザゼルからの球を受け止める。
だが、周りはそうはいかない。
一誠の口から目の前の男が堕天使総督アザゼルと聞いた以上、普通な態度をとることが出来るはずも無く身構える。

「止めておけ、敵対の意思のない強者に対して態々喧嘩売ることはないだろ」

「そんな事どうして分かるんだよっ!!!」

ため息を付いた一誠に対して匙が吼えた。
そんな様子に一誠はやれやれと首を振りながら、

「そりゃ、コイツがその気になったら一瞬で俺以外の全員が皆殺しにあってるんだぞ」

「っ!?」

軽く放たれた一言。
だが、その一言は一誠の口調以上にその場にいたメンバーに重く圧し掛かり体を硬直させる。
そんな彼らの態度に一誠は苦笑を浮かべながら、

「まぁ、そんな事をさせる心算はないが。アンタも自己紹介ぐらいしたらどうだ?
それとも片手で捻れる只の下級悪魔には名乗る心算はない、みたいな大物ぶった考えはないよなっ」

アザゼルに向かって鉄球を放る一誠。
その一言にアザゼルは不敵な笑みを浮かべながら、

「そうだな。確かに、下級悪魔にいちいち名乗ることはないが、グレモリー眷属は将来有望なのが多いってことは、うちの陣営でも有名だからな」

それからアザゼルはラスボスらしいヒールな笑いを浮かべて、

「初めまして、グレモリー眷属の下級悪魔諸君。俺が、堕天使の総督をやらせてもらっているアザゼルだ。よろしく頼むぜ」

ちなみに、この場にいるメンバーで匙はグレモリーではなくシトリー眷属だと指摘する者もいなかった。
玉座に座っていれば踏ん反り返っていそうなほど芝居がかった迫力を出すアザゼルに呆れている一誠を除けば、それ以外の者は一同に固唾を呑み、警戒を強める。
そんな反応に対して、アザゼルは苦笑を浮かべる。

「止せ止せ、赤龍帝の言うとおり。赤龍帝を除いたお前らじゃ、俺に傷一つ付けられないよ。
それに俺も勝負にならなすぎて戦う気すら起こらないよ」

―――だから、構えをさっさと解けよ

と、アザゼルは本当に軽い物腰で言葉を紡ぐ。
もちろん、敵総督の言葉を鵜呑みになど出来ないメンバーは構えをとくはずもない。

「所で、一体、なんの用でこの学園に来たんだ?会談の場に何日も前に入ったらいらん疑いを掛けられるかもしれないぞ」

「そんな気はねぇさ。ただお宅のところの聖魔剣を見学したかったんだが、使い手がルしみたいで暇だったのさ」

と、一誠に鉄球を投げ返すアザゼル。

「ソイツは残念だったな。木場の奴は魔王様に呼ばれているんだ」

「なるほどな」

そうして、またも鉄球と言葉によるキャッチボールを始める二人に周りは警戒を止め唖然とした。

「てか、お前はどうしてそんなに敵とフレンドリーなんだよ!!」

「何言ってるんだ、おまえは。誰に対してもコミュニケーションは重要だろうが」

「だからって、どうして堕天使の親玉に対して警戒心が無さ過ぎるだろ!!!!」

「いや、そいつは違うぜ。『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』の兄ちゃん」

喚き散らす匙に対して、鉄球を持ったままのアザゼルが静かに言った。

「この中で誰よりも俺の事を警戒しているのは赤龍帝さ。もしも、俺がこの鉄球をお前らに向けて投げようものなら、ソイツはすぐにでも俺に対して攻撃を開始したさ」

そう笑いながらアザゼルは感心したように一誠を見据える。

「全く大したものだぜ。そいつは真っ先に近寄ってきた俺に気が付いただろ。俺が学校に向かう前から、最初に俺が接触した時―――いや、もっと前、この学校で三大勢力が会談すると聞いた時から俺たち堕天使とミカエルたち天使を警戒していたのはずさ」

げんに、とアザゼルは遊び心たっぷりの笑みを浮かべ、

「試しに俺が“軽く”気配を消して学園に近づけば殺気を飛ばして来たぐらいだからな」

殺気を向けられたにも関わらず、それを気にした様子も無く笑い飛ばしながらアザゼル。
それが度量の問題なのか、只単に一誠の実力でも自分が負けることはないという自信からか。

「そんなことより、そろそろ本題に入ろうぜ」

「おっと、そうだったな」

一誠の言葉を聞いてアザゼルは鉄球を投げ返しながら語りだした。
しかし、その様子を見ていたメンバーは、

―――まだキャッチボールを続けるのか・・・・

と、あきれ返るのだった。

「とりあえず、赤龍帝。お前さんが考えた方法は可能だぜ」

「そうなのか、堕天使総督」

「ああ。そこの兄ちゃんの『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』は神器の力も吸収が可能だ。その神器は最近研究して分かったことだが、伝説の五大龍王『黒邪の龍王』ヴリトラが宿っているのさ」

五大龍王、以前、ドライグが話していた。
赤龍帝、白龍皇と呼ばれる二天龍の下いる実力上位のドラゴンだったな、と一誠が思い出していると、

「そいつはあらゆる物質にラインを繋げて力を散らせることも出来る。当然、そこで括りつけられている『停止世界の邪眼』を持ってるヴァンパイアに繋いでやれば余分な力を吸収できる。まぁ、吸いすぎればキャパシティが一杯になるから、持ち主側のラインを他の奴に接続してやれば大丈夫なはずだ」

「へぇ~、思ったよりも万能そうな神器なんだな」

「お、俺の神器にそんな力が・・・・」

感心した様子の一誠に対して、匙は愕然としながら自らの腕に装着された神器を見つめる。
そんな様子にアザゼルはやれやれと首を振って、

「全く、最近の神器使いは自分の力を碌に理解しようとせずに、神器を使うから困ったもんだぜ。悪魔陣営の神器研究が進んでいないとはいえ、神器の真価も分からず闇雲に使うなんて勿体無い」

ところで、とアザゼルは一誠の方を向き、

「赤龍帝、お前の方はどうなんだ。禁手には至れたのか?」

「・・・さて、どうだろうな?」

アザゼルの質問に対して、一誠は不敵な笑みを浮かべて自らの内心を隠すかのように言い放った。
それに対して、アザゼルも不敵な笑みを浮かべて、

「そうかい。まぁ、精々頑張ってくれよ。『停止世界の邪眼』は使いこなせないと害悪以外の何者でもないからな。お前さん自身の神器と共にしっかり鍛えておきな。もっとも会談で暴走しても、俺を含めた三大勢力のトップに効くとは限らないがな」

そう言って、アザゼルは一誠に向かって鉄球を投げ返すと、

「ちなみに、ヴァーリの奴は当然だが禁手に至っている。アイツといずれ戦うのは仕方ないことだ。もしも、神器の事で分からないことがあったら俺を尋ねな。貴重な神器を仕えこなせない光景は見るに絶えないからな」

そう言い残して、アザゼルは一誠に背後を向けるとその場を立ち去った。
その背を一誠は見据えながら、

「そう言って、ただ俺の『赤龍帝の篭手』を調べることが目的の大部分のクセに良く言うぜ」

不敵な笑みを浮かべる一誠。
そして、アザゼルの姿が見えなくなって漸く匙やゼノヴィア達は安堵の息を漏らす。

「じゃあ、特訓を始めるとするか。いいな、ギャスパー」

「うぅぅっ、もうどうにでもしてください・・・」







そんな事があってから数日。
一誠は匙を巻き込んで毎日放課後にギャスパーの特訓を行った。
毎回木に縛り付けられながら、迫り来る鉄球を命がけで泣き叫びながらも必死に止めるギャスパー。
匙の神器によって力を吸い尽くされたギャスパーは一誠の狙い通り、迫り来る鉄球の恐怖心に反応して無意識だが神器の力を引き出し発動させた。
誰にも言っていなかったが、瞳に溜まった涙が膜となって神器の力を阻害する可能性もあったかも知れないが大丈夫だった。

まぁ、毎日特訓の前にギャスパーがささやかな抵抗としてダンボールに閉じこもると言うこともあったが。
―――そのまま火にくべてやる、と小猫が、

―――今日は資源ゴミの日だからゼノヴィア、デュランダルでダンボールを解体しておいてくれ、と一誠が言い、
―――了解だ、とゼノヴィアが応じれば、泣く泣くギャスパーは飛び出した。

本人はダンボールの中が落ち着くというが、徐々に外に出す方針をリアスはずっと続けていても効果が無かったそうなので、少し強引にでも外に出すことにしたのだ。

そのかいもあってか、成果は上々だ。
迫り来る攻撃に対する条件反射を刷り込むことで、最近では鉄球ではなく野球の球でも反応できるようになった。
後はそこから反射ではなく、自らを意志を持って神器を使い、それを戦闘に役立てることなのだが、そこは如何せんギャスパー自身の精神的な問題なのでどうにもならない。
手助けは出来るが、最終的に覚悟を決めるのは本人の問題なのだから。


まぁ、それは今は良い。

と、一誠は思考を停止して意識を集中する。
今日は用事のため一誠はギャスパーの特訓に不参加となった。
代わりに、小猫が球出しをしている。
ちなみに、一誠は知らないが小猫がギャスパーに投げつけているのは球技の球でも、鉄球でもなく、ニンニクを投げつけているのだが今の彼には如何でも良いこと。

「ふぅ・・・」

静かに息を吐き、意識をより集中させながら体中の氣を練り上げる。
そして、それを・・・

「・・・っ!?」

次の瞬間、一誠の視界が大きく揺れ、頭が割れるような痛みに表情が歪んだ。

「あぐっ!?」

そのまま片膝をついて蹲る一誠。

―――やっぱ、俺には無理があったか・・・

ガンガンと響く頭痛が止むのも待たずに立ち上がる一誠。
ため息を一つ付いて後ろにあるコンクリートの壁に背中を預ける。
頭痛はかなり酷いが、このままじっとしていれば収まるであろう。

「アニキはコイツが出来るんだろうな・・・」

ぼやいた一誠が行おうとしたことは“錬環頸氣功”を脳に使おうとしたのだ。
アレイザードで兄貴分である凰沢 暁月が言っていた錬環頸氣功の可能性。
普段、一誠たちが行っている“錬環頸氣功”は氣を肉体へ行うものだが、脳に行うことで飛躍的な身体能力の向上だけでなく、反応速度も一気に跳ね上がるのだ。
これを『領域(ゾーン)』と言う技術なのだ。
そもそも人間の脳は本来100%の力を出していない。その理由として、100%の力で脳が働けば、まず肉体が追いつかない。気が付いたら疲労で動けない状態になるからだ。
だが、まれにトップアスリートが短時間だがそれに入ることがあるという奇跡の状態。火事場のクソ力とも言えるもの。
一誠が今行ったのは“錬環頸氣功”を脳に使用することで、リミッターを無理やり外してその状態に入ろうとしたのだ。

結果は失敗してしまったが。

トップアスリートになれるほどの人間でも稀な状態なのだ。
只でさえ、一誠は暁月と比べれば、才能が乏しい。

―――100年早いってのはこの事だな・・・

漸く頭痛が引き、自嘲気味に笑う一誠。

―――まぁ、こっちは焦らずじっくりと行くか。

そう自分の中で結論付けたとき、

「イッセー君」

長い栗色の髪をツインテールに纏めた少女が一誠に呼びかけた。

「よう、イリナ。久しぶりだな」

「うん」

しおらしい態度のイリナ。
この街に来た時はもっと天真爛漫な活発な少女だったのだが、未だに聖書の神が死んでいることへのショックと今日会う相手に対する緊張から表情が堅い。

「それで、ここで会うの?」

と、イリナは困惑した表情で一誠の背後の先にある場所を見る。
石段の先にある神社の鳥居を。

「えっと、イッセー君も近くにいてくれるんだよね」

これから自分が会う相手の近くにいてくれる、と言っていたはずなのだが。
目線の先にある神社を見てやはり不安に感じるイリナ。
そんな彼女の様子に気が付いたのか一誠が笑いながら、

「心配するな、この神社は悪魔と裏取引をしているらしくてな。副部長もここに住んでいるんだ」

教会の人間に裏取引など話さない方が良いかも知れないが、彼女は話さないだろうと考えた。
更に言えば、コカビエルがこの神社を焼き払った所為で天使もこの神社との取引を気が付かれたことは否定できない。
まぁ、お陰で神社の修繕は、リアスの実家のグレモリーが行った。
その結果、この町の土地神との繋がりが強くなり、取引をより自分たちに有利なものにすることが出来た。

この町に侵入した堕天使、はぐれ悪魔、天使勢の情報は逐一グレモリーに伝えることだ。

土地神としても、以前、レイナーレの件で町の人間を一人殺されている。
土地神からしたら、自分の領域内の人間が殺されることになれば、己の力を低下させる。
只でさえ、人は神々の信仰心を忘れている中で、その土地の人間まで減ることはあまり好ましいことでないのは土地神も同じ。
だが、土地神は神の中で最も数が多く、力の無い神。悪魔で言えば、下級悪魔のようなものだ。
当然、コカビエルのような上級の堕天使に勝てる見込みなどはない。
かと言って、上位の神を呼ぶことは出来ない。
この程度のいざこざは良くあることで、そんな事で位の高い神を呼ぶことは出来ない。
ならば、裏で取引をするほかないのだ。
主に自分の土地を弄繰り回す三大勢力のどれかに。
そう考えたとき、すでに答えは決まっているようなものだ。

コカビエルやレイナーレは堕天使全体から外れた存在だが、土地の人間を殺した勢力に強力を頼むことはできない。
しかし、天使は心情的以上の理由で出来ない。
それぞれ人に信仰を求め、聖職者同士、手を組んでもぶつかる事になるのは必須だ。
ならば、残るのは悪魔と言う事になる。

まぁ、悪魔も契約をとるという似たようなことをするが、そこは妥協したのだろう。

それは兎も角として、リアスが土地神と取引することが出来たのは、彼女が魔王の妹と言うネームバリューがあることと、眷族の中に赤龍帝の一誠がいることも理由の一つだろう。
つまり、彼女の実力で取引を取ったわけではない。
その事が彼女を悩ませることになるかもしれないが・・・

「イッセーくん?」

そこまで考えたとき、心配そうにイリナが声を掛けた。

「いや、なんでもないよ。じゃあ、行こうぜ」

苦笑を浮かべて、一誠は前に立って歩き出す。
その後をイリナは不安そうな表情のまま歩きだした。
しかし、やはり一誠が傍にいてくれることが分かったからか、表情はほんの少し和らいだ。


そして、二人が石段を登りきると、真新しい神社が鎮座し、その前に一人の巫女服に身を包んだ朱乃が彼らを出迎えた。

「いらしゃい、イッセー君、イリナちゃん」

「はい。今日はよろしくお願いします」

出迎えた朱乃に対して、イリナは深く頭を下げる。
この街に来たばかりの彼女ならば、悪魔に頭を下げることは決してないだろうが、色々な事があったために彼女が変わったのかもしれない。
そうでなければ、まだ彼女が緊張しているからかもしれないが。

「それで、お客さんはもう来ているのかい?」

「はい、こちらに」

一誠の問いかけに朱乃は微笑みながら、首を回して示す。

「彼が、“赤龍帝”ですか?」

朱乃が視線で示した先には一人の男が佇んでいた。
直視すれば目が眩みそうになるほど眩しい金色の羽を十二枚も生やし、頭の上にも金色の輪を浮かべた。見るからに位も、力も高そうな天使。

「ミ、ミカエル様!!」

一誠の後ろにいたイリナが悲鳴のような声で男の名を呼ぶ。
天使の長の名を。







あとがき

まずは更新が遅くなり本当にすみませんでした。
中々、話を進めることが出来ないほど忙しかったため、今日漸く話が纏って更新することが出来ました。
しかし、恐らく、また更新が遅れることになると思います。
三月の初めまでは恐らくパソコンで書く暇がないかも知れないので、本当に申し訳ないです。

今回は匙とギャスパーを徹底的に弄りました。
別に匙とギャスパーが嫌いというわけではありません。ただ弄りやすい位置にいるのでつい・・・
それは兎も角として、もしかしたらギャスパーの性格が少しずつ変化していくかもしれません。
女装癖は直す心算はないですが・・・・

次回はその片鱗を書けたらいいな、と思っています。
更に良いのは、速く更新できれば良いのですが・・・・

時間は掛かるかもしれませんが、面白いと思ってもらえるように頑張るので、次も読んでくれれば幸いです。




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