<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

赤松健SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32334] 千雨の夢(魔法先生ネギま! × 魔法少女リリカルなのは)
Name: メル◆b954a4e2 ID:b28ad64b
Date: 2012/07/16 05:56
小説家になろう様からの移動です。千雨魔改造物です。
このSSは自身のブログ「メルの小さな記憶の物置」にも掲載しています。
よろしくお願いします。
03/21 チラシの裏へ投稿
04/04 チラシの裏から赤松板へ移動しました。
07/16 追記 このSSには次の要素が含まれます
とらハ 視点変更 1人称 3人称 麻帆良認識阻害結界

第1話 夢の始まり

「長谷川さん。 長谷川さん!」

 この良く出来た夢は、一見なんてことはない、良く晴れた春の教室の一室から唐突に始まった。

「んぁ?」

 長谷川さん、と。聞き慣れない声で名前を呼ばれて顔を上げてみれば、教壇の上から女の先生が教科書と教鞭を持ってこちらを見つめている事に気付いた。ジャージ姿で教鞭を持つその姿を見て、小学校かよ、と思わなくもないが。変人揃いのこの麻帆良だ、十分許容範囲どころか、ど真ん中ストライクと言って良いだろう。
 それに実に動きやすそうだ。おそらくもう少し反応が遅れれば、私の机の元へ向かってきただろうことは容易に想像できた。

「長谷川さん! 先生がいま何て言ったか聞いていましたか?」

 そういえば授業中だった。いけない、ボーっとしすぎたか。周りを見なくてもクラスメイトの視線が突き刺さっているのが感じられた。やばい、赤面ものだ。いや、この程度このクラスじゃどうってことないのはわかってるけど、私には私のアイデンティティってのがある。こんな些細なことでも、目立つのは嫌なんだ。
 急いで何か返答しないと、えーっと、そもそも今は何の授業だったか……? 机の上の教科書が開いているページは、っと。
 そう思い、視線を机の上に向ける。だが、そこには。

「もう、やっぱり聞いてなかったのね。もう一度聞きます、"ななのだん"は覚えてきましたか?」

「……は?」

 開けっ放しの窓から入ってきた風が、机の上の教科書を数ページ戻らせる。
 そこには "はじめての九九" と書いてあった。

「……は?」

 それは、一見とても甘く優しい夢。そう、夢を見ているのか、夢から覚めてるのかのも分からなくなるくらい、甘い甘い蜜のような夢だった……。
 千雨の夢 はじまります。



 ってモノローグっぽいこと言ってる場合じゃねぇよ! 七の段!? 七の段って九九のあれだよな!? なんだ、とうとう小学2年生からやり直しになったのか!? 1年生からじゃかわいそうだから1年オマケしてやるよってか!? うれしくねーよ!! バカレンジャーだけつっこんどけばいいじゃねーか!
 いや、それより今はとりあえず七の段だ、落ち着け、確かに七の段は九九の中では鬼門だ、私的には最大の難関だった。っつーか語呂合わせ的なあれで答えりゃいいのか? しちいちがしちしちにじゅうし、って言っていけばいいのか!?

「長谷川さん、ほら、しちいちが――」

 しってるわボケー!! わざわざ隣から教えなくてもいいって! 誰だ、綾瀬か!?

「高町さん、教えちゃダメですよ? ちゃんと自分で覚えないと意味が無いんです。」

 高町さん!? 高町ってだれだよ!? てか良く見たらこのクラスガキしかいねー!? さすがに那波、龍宮は無理があったか!? 鳴滝姉妹がその辺にまざってねーか!? ってか私だって無理があるわ!!
 いや、待て、七の段だ、落ち着け、とりあえず七の段だ。こういうときはあれだ、まず慌てず騒がず立ち上がって、しれっと七の段を答えて座っちまえばいいんだ。他の事は取りあえず落ち着いてからだ。
 よし、まず椅子を引いて、立ち上がって、七のって何だこの視界? 妙に低くねーか? まるで身長が30センチくらい縮まったみてーな、って……

 身長が 本当に 縮んでやがる
 やばい どーなってるんだ これ?

「は、長谷川さん!?」

 もう、無理。私は、意識を手放した。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 掛け布団を蹴り飛ばし、勢い良く起き上がる。心拍数は最高記録を絶賛更新中で、息は喉が裂けるのではと思うくらい荒く、全身汗でびっしょりと濡れて。薄暗さのためか、興奮のためか、視界は狭く世界は白黒だ。
 1分か、2分だろうか。兎に角起きたまま固まっていたが、少し落ち着いたところで辺りを見回す。先ず目に入るのはいつも寝ている自室のベット。次にコスプレ衣装が入っているクローゼット。そしてデスクの上に置いてあるパソコン、カメラ、部屋の隅に固められた撮影機材。
 そこは既に1年以上を過ごした、見慣れた寮の自室だった。

「良かった……! 夢落ちでホンットに良かったぁ……!!」

 やっぱあれか、最近流れてる学年最下位だと小学生からやり直しって噂、あれのせいか! いくら麻帆良でもそこまでしねーだろ、とは思っていたけど、心のどっかではあれを信じてたのか。で、夢に出たと。
 くそ、ここにいるかぎり安眠もできねーのかよ!

「ちっ……はぁ。シャワーあびよ。」

 ……まぁ、それもいまさらか。まだ大分はえーけど、夢のせいで汗かいて気持ちわりーし、シャワー浴びて登校の準備でもするか。
 あぁ、今日も最低の一日になりそうだ。




 「あー、ねみぃ。」

 結局いつも通りの時間に登校して、特に何事も無く授業を受けて。昼休みに入り私はふつーに一人で飯を食ったが、休み時間はまだあと30分くらいある。いつもならこの時間はノートブックでブログ更新の下地でも作ってるんだが、どうも今日は眠くて眠くて仕方ない。睡眠時間はいつもと同じくらいなんだけどな、やっぱあの夢のせいか。
 どうすっかな、ブログの更新ネタも作らねーといけないんだけど。こう眠くちゃ、ネタが浮かんできやしねー。
 机の上にノートブックを出しはしたが、私はそれを開かず何と無くクラスの様子を見渡した。あーあ、悩みが無さそうな連中ばかりだな。テストも近いっつーのに。……まぁ、テスト云々は私が言えた事じゃね―けどよ。

「おや、いつにも増して眠そうですね、長谷川さん。」
「ん……綾瀬か。」

 あくびを一つして、伸びをしたり目の周りを揉んだりとなんとか眠気を撃退しようと格闘してたところに、隣の席の綾瀬が話しかけてきた。黒髪を顔の両サイドで三つ編みにし、後ろ髪は長く伸ばして先端の腰の辺りで二つにまとめるという良くわからない髪型のちびだ。
 綾瀬は机の上にハードカバーの本を置き、栞をページの上に垂らしつつ私の様子を見ていた。テストの点は悪い癖に哲学書やら文芸書やら色々読むんだよな、こいつ。親父だかお祖父さんが哲学者なんだっけ。私には縁のない世界だな。
 隣の席という事も手伝って、こいつは2Aの中でもまだ話せるほうだ。とは言っても比較的、という程度でしかないが。

「今日は夢見が最悪でな、ぜんぜん寝れた気がしねーんだ。」

 まぁでも友人の範囲に片足の先が入り込む程度には喋る仲でもある。ほかの連中が濃すぎるだけに、綾瀬も一歩引いた位置に良くいるためだ。

「午後一番は新田先生の授業です。ある意味眠気が覚めるかもですが、何なら授業前に起こすので一眠りしてはどうですか?」

 新田か……。新田の前で眠そうにしてたら朗読や感想なんかをわざわざ当てて来そうだな。国語の授業なんて只でさえ眠くなるっつーのに、新田の場合はボーっとしてるだけでも目敏く見つけて当ててくる。ある意味拷問だぜ、あれは。ここは大人しく綾瀬の好意に甘えるか。

「あー、悪い。それなら寝させてもらうかな。」
「ええ、眠気覚ましの飲料も用意しておくですよ。」
「いや、それは……いい……」

 こいつの飲み物は、変なの……ばっかりだから、な……

「おや。本当にすぐ寝たです。そんなに夢見が悪かったですか。」
「ゆえー。炭酸コーヒーのトマト味で良いー?」
「ええ、実にお誂え向きです。2本お願いするです。」
「わ、わたしはオレンジジュースでいいやー。」
「……あぁ、のどかの分ではなく、長谷川さんにですよ。」




「……ん? 布団?」

 私はすっと目を覚ます。綾瀬に起こすよう頼んでいたんだが、そんな感じでは無い。
 それに、なんで私は横になって寝てんだ? 机で寝てたような。あと妙に静かだよな……って、ここは、保健室?

「あー、長谷川さん! 起きたの? 大丈夫?」
「ん……えっと、高町さん?」

 ま た こ の 夢 か !




[32334] 第2話 理想の夢
Name: メル◆b954a4e2 ID:b28ad64b
Date: 2012/03/23 12:36
 保健室のベットの中で目を覚ました私は、その横に一人の生徒が座り話しかけてきたことに気付く。短い茶髪を頭の両脇で結んで跳ねさせた、変形ツインテール。白いワンピース風の制服に赤いリボン。それは、紛れも無く朝の夢の中に出て来た『高町さん』だった。
 夢だ。間違いなくこれは朝見たあの夢だ。つまりこれはあれか? 明晰夢ってやつか? 夢の中で夢だと自覚できてるんだし。あれって行動も好きに出来る場合もあるらしいが……

「もー! 急に倒れるから心配したんだよ!?」
「ごめんね、高町さん。」

 どうやら今回は見てるだけらしい。こうなると普通の夢と何も違わないよな。起きた時に無駄にドキドキしたりビックリすることが無いくらいか。恐らくこれは朝見たあの夢の続きで、夢の終わり際に倒れた私は保健室で寝かされていて、いま起きたんだろう。
 で、隣の席の高町って子がこうして着いてくれているってところか。付き添って来た所なのか、授業が終わってから様子を見に着たのか。どっちだろうな。

「高町さんはどうしてここにいるの?」
「えっと、長谷川さん起きた時に一人じゃ寂しいかなっておもって。」

 私は何もせずに、つーか何も出来ないんだが、様子を見ていると。夢の中の私は枕元に置いてあった眼鏡を掛け、高町を見てまさしく今聞きたいことを聞いてくれた。おお、私ナイスだ。別に夢なんだからどうでもいいんだけど、気になる物は仕方ない。
 すると、高町はテヘッなんて感じで首を傾げながら笑いかけてきやがった……!
 ガキだけど、優しくていい子なんだろうな。そして天然だ、間違いない。

「そう。でも、いいよ。私に付きまとわないで。」

 優しくていい子なら、2Aの奴等も大概そうだ。けど、あいつらと私じゃ絶対に合わない。友達以上の付き合いなんてできっこない。だから、きっとこの子とも……。
 はっ、夢の中で何を考えてるんだろうな私は。それに、そんなことはとうの昔にわかっている事だ。今更何が有った所で変わりっこないさ。もう、慣れた。
 そんなことを考えていると――

「ちょっと長谷川! せっかくなのはが心配してるのに、なによその言い方!!」

 バンッ! と、突然大きな音を立てて保健室の扉を開き、金髪の少女が怒鳴り込んできた。金髪だし、この言い分だし、きっと委員長タイプか。基本は抑えてるんだなこの夢は。ってことは高町、なのは? が保健委員か。だとすると次に出るのは風紀委員か副委員長か、書記だな。あー、でも小2で書記は無いか。風紀委員も多分美化委員とかそんな名前だったな。
 扉を開け放った体勢のまま、保健室の入口で腰に手を当て仁王立ちする委員長。高町も後ろを向いて困った顔をしているが、すこし間を置いて委員長の後ろからもう一人が顔を出した。

「アリサちゃん、怒鳴っちゃだめだよ!」

 緩くウェーブした黒髪を肩過ぎまで降ろし、前髪は白いヘアバンドで固定。あー、これは絶対図書委員だ。知らないけど絶対そう。くそ、外したか。
 委員長が振り向いて今来た図書委員を確認する。しかし、すぐに視線は私へと帰って来た。

「でもだってすずか、なのはが昼休みずっとここにいるのに、あの言い方は無いじゃない!?」
「にゃはは、私は別に気にしてないんだけど。でも、同じクラスの友達だもん、ちょっとくらい一緒にいてもいいよね?」
「友達なんて、いらない。」

 この委員長、いや、アリサって子が言ってるのはまったくの正論だ。正直私だってどうかと思うぜ。でも、この環境じゃあな。友達ごっこにしかならねー。あーあ、夢の中でまで私の環境は変わらないのか。
 どれだけ仲良く友達付き合いしようとしたって、所詮私が私に嘘をついて、上辺だけの綱渡りのような友情しか生めやしない。それならいっそ友達なんていらないさ。その方が楽だ。

「友達が要らない? 何でそう思うの?」

 図書委員が、じゃなかった、すずかだったか。が、理由を聞いてきた。その後ろではアリサが高町に取り押さえられている。まるでいいんちょだな、アリサ。

「だって、みんな私のこと嘘つきっていうから。」

 それについてはもう諦めた。人が車より早く走ろうが、100mを超える木が普通に生えてようが、ロボットが歩き回ってようが。だれも気に留めないどころか、当然だと思ってやがる。そんな中一人で騒ぐのには、もう、疲れた。
 あーあ、夢の中で、ガキ相手に何いってるんだろうな私。小2といえばあの担任と同じくらいか。数えで10だもんなアイツ。

「あんたの何が嘘つきだっていうのよ! ためしに何か言って見なさいよ!」

 ためしにねぇ。今更何言っても変わらねーと思うんだけどよ。まぁ、どうせ夢だし、それじゃあ――

「100mを超える木が観光名所になってない。」
「えっ? えっと、世界中から観光客が来ると思うけど……」

 ん……?

「恐竜ロボットが走り回ってた。」
「はぁ? 立ち止まって手と首と顔を動かすくらいがせいぜいでしょ?」

 あ、あれ……?

「車より早く走る人がいたんだけど……」
「にゃはは、さ、さすがにそれは嘘って言われると思うなぁ。」

 そ、そうか、これは夢だから……

「あんた、わざと変なこと言って私たちを巻こうとしてない?」
「……うん、変なこと、だよ。」
「ちょ、ちょっと長谷川さん!? なんで泣いてるの!?」

 そっか。ここは、麻帆良じゃないんだ。ひょっとして、これは私が望んだこと、なのか。

「高町さん。」
「え、な、なに!?」
「ごめんね、失礼なこといって。」
「……! ううん、あ、いや! 名前で呼んでくれたら許してあげる!」
「まったく、いつものが始まったわ。」
「なのはちゃんらしいね。」
「……なのは?」
「うん! 千雨ちゃん!」

 ――この夢の中でなら、私は自由に友達を作れるのかもしれない――
 所詮、夢だけど。そんな気がした。

キーンコーンカーンコーン――

「あ、お昼休み終わっちゃう!」
「長谷川、あんたはお母さんが迎えに来るらしいからまだ寝てなさい!」
「じゃあまた明日ね、千雨ちゃん!」

 チャイムが鳴り急いでクラスへと帰る3人。私は涙を流しながら、手を振って3人を見送った。
 その後、母親が迎えに来て、一緒に手をつないで家路につく。

「倒れたらしいけどずいぶん嬉しそうね、千雨?」
「うん、友達ができたの!」
「そっか、良かったわね!」

 夢の中の母親とこんな会話を交わしつつ。
 つーか、そろそろ醒めるべきじゃね?




「長谷川さん。長谷川さん!」
「・・・んぁ?」

 綾瀬の声に起こされて、気づけば私は2Aの自分の席に居た。眉間にメガネの痕が付いているのがわかる。伊達だからレンズは軽いが、きっと眉間に押し付けた状態で寝ちまってたんだろう。
 結局。さっきの夢は家に帰って食事して、風呂に入って歯磨いて自分の部屋でゲームして、ベットに入って暫くたって終了した。恐らく寝たんだろう。やはり夢だからかダイジェスト風に流れていくので時間の経過は大して気にならなかったけど、ほとんど1日の経過を夢に見るのも珍しいもんだ。いや、授業の途中からだから3/4くらいか。どうでもいいな。
 で、夢が終わったと同時に綾瀬に起こされた、と。ずいぶん切りがいい夢だ。

「はい、約束どおり眠気覚ましの飲料です。どうぞ。」
「た、炭酸コーヒートマト味……だと……っ!?」

 顔を上げて隣を見ると、そこには綾瀬と宮崎がいた。それはいい、こいつらと早乙女はセットみたいなもんだ。それに綾瀬に授業前に起こしてもらうよう頼んでたしな、何の疑問もない。
 炭酸コーヒー? まだアリだ。馬鹿なもん作ってんじゃねーよってメーカーに文句いって、乗せられて買ってんじゃねーよって購入者に文句いった後なら、一口ぐらい飲んだっていい。いや、味次第では2-3口飲んでもいいさ。
 だがトマト、テメーはダメだ!

「おや、まさか飲めない? これはわざわざのどかが校外の自販機へ行って買ってきてくれたものなのですが。」
「ゆ、ゆえー。あれはついでだっただけだから・・・」

 くっ、なんだ、私が悪い流れなのか? でもこのチョイスは無いだろ!?
 ああ、くそっ! こうなりゃヤケだ!

「わかったよ、飲めばいいんだろ! よこせ!」

 自棄になった私は綾瀬から缶を引ったくり、キャップ式の口を回し開け、口元へと運ぶ。そして一口目を口に流し込んだ時、まず最初に広がるのは炭酸の刺激。それとともにコーヒーの風味が口いっぱいに広がって、
 (あ、案外ありかも?)
 と不覚にも一瞬思っちまった。
 しかしいざ飲み込もうとしたとたんに襲ってきた、猛烈なトマト。そしてそれがコーヒーと混ざり合い、臭覚を乗っ取ってしまう。さらに炭酸に乗り刺激となって口の中を蹂躙し、若干温いから爽やかさの欠片もないわけで。

「……不味い。」

 一口飲んだだけでギブアップだ。これを飲み干すのは台所の三角コーナーの煮汁を飲むに等しい。つまり飲めたもんじゃない。

「ふふふ、この味が分からないとはまだまだですね、長谷川さん。」

 そんな事を言う綾瀬の机を見ると、そこには空になった炭酸コーヒートマト味。
 ほんと、こいつは飲み物に関しては群を抜く変人だ。味覚全般かもしれねーけど。だってほら、その証拠に、

「飲むか? 宮崎。」
「(ふるふるふる)」

 ほら、宮崎だって若干青ざめながら首を振ってやがる。

「むぅ……二人ともまだまだです。」

キーンコーンカーンコーン――

「あ、それじゃあ私はもどるねー。」

 授業開始のチャイムが鳴る。新田は珍しく少し遅れるようだ。いつもならチャイムと同時に教室へ入ってきて、まだ立ち歩いてる生徒をみて小言を大声で言うくらいはするんだけどな。言ってることは至極真面なんだが、なんせ声がデカい。更にこのクラスの連中が一発で聞くわけがないから、更にその声はデカくなる。そのうち倒れるんじゃねーかあのおっさん。ま、今日はそんなことにならずに済みそうだ。
 あと認めたくないが、炭酸コーヒートマトのおかげで私の眠気は完全に吹き飛んじまった。

「そうそう、長谷川さん。夢見はどうでしたか?」
「あー、これのせいで台無しだ。」

 そう言い、まだ手の中にあるコーヒーをすこし掲げてみせる。新田が来る前に片付けねーとな。

「ふふ、つまり夢自体は良かったですか。」
「ん? ああ……」

 夢自体は、か。まぁ、たしかに――

「悪くは、無かったぜ。」





 結局、あの後は(2A基準では)特に何事もなく、6時間目の授業も終わり私はまっすぐ寮の自室に帰ってきた。
 私はなんとなく捨てずに持ってきてしまった炭酸コーヒートマトを見つめながら、パソコンをつけて今日あったことをつらつらと考える。

(友達、か……)

 あの夢はきっと私の理想の小学校時代、なんだろう。
 100mを超える木が日本にあるのは変だし、ロボット技術は人型ロボットが駆け足する程度で大ニュースだ。車より早く走れる人がいっぱいいて、学生なんてしているわけがない。
 だけどここではそれが当たり前。変なのは、いつだって私だった。

(そこまで精神的に弱くはない、と思ってたんだけどな)

 今日の綾瀬との会話みたいに、何の気概もなくバカなことをいつでも言い合える……そんな友達がほしかった、んだろうか。
 あの夢は2回連続で見た。しかも夢にありがちな、2~3分も経てば忘れるような夢じゃなく。まるで実際に経験したかのように鮮明に覚えているし、さっきの夢に至っては明晰夢だ。
 じゃあ、ひょっとして。
 もう一度寝たら、あの夢の続きが、見れるんじゃ……

「はぁ、バカらしい。」

 いや、そんなわけはない、単なる偶然だ。きっともう一度寝たら、全然関係ない夢を見るか、夢なんて見ずに時間が過ぎれば起きるんだろう。そう、馬鹿馬鹿しいことを考えてないで、趣味のコスプレか掲示板への返信でもしねーと。今日の更新のネタもまだ考えてねーからな、ランキングが下がっちまう。

(ナイーブ、ってやつか? それともセンチメンタル?)

 けど更新のネタといっても全く何も思い浮かばない。仕方ねー、気分転換でもするか。とりあえずこのコーヒーは冷蔵庫にでも仕舞っておこう。冷やせば少しは飲めるもんになるだろ。そう思い、パソコンで自分のホームページを開きつつ、コーヒーを冷蔵庫へ持っていく。中にはペットボトルに入った水しか入っていない、自炊してなければこんなもんだ。
 コーヒーを仕舞ったあとホームページの掲示板を見るが、こんなときに限って新しい投稿は無い。コーヒーについて書き連ねておけばそのうち誰か返信してくるだろう、とは思うが……

(……ちょっとだけ、寝るか?)

 馬鹿馬鹿しい、そう思いながら。
 いや、夢を見たいんじゃない、ちょっと食事時まで軽く寝たいだけだ。今朝はよく寝れなかったし、ネタも思い浮かばねーし。
 と、だれに宛てるでもない言い訳を考えつつ。私はベットの中へと入っていった。




[32334] 第3話 夢への誘い
Name: メル◆b954a4e2 ID:b28ad64b
Date: 2012/03/23 12:36
「千雨ー! おきなさーい!」

 私は誰かに大声で名前を呼ばれ目を覚ます。部屋の中を見渡すとテレビの前には電源が切られたゲーム機が置かれ、部屋の隅には撮影機材なんて置いていない。そして私の身長はガキの頃のそれだ。クローゼットの中味までは閉まっているからわからないが。
 あー、なんだ。普通に見れたよ続き。あれか、前回が寝て終わったから今回は起きたところからってことか? それできっと寝ると夢から醒めるんだろ?

「千雨ー! まだ寝てるのー!?」
「いま行くー!」

 しかも今回は行動まで自由に出来る明晰夢、と。まるで胡蝶の夢だな。
 っと、とりあえずパジャマから着替えるか。このパジャマもガキの頃着てたのと一緒だな。別に感慨深くもなんとも無いが、しっかり覚えてる自分にちょっと苦笑してしまう。これを着てたころはまだ自分の言うことを聞いてもらおうと一生懸命で、周りから変な目で見られてたっけ。
 この夢は家そのものは実家と一緒で、ただ通ってる小学校が違う設あ定らしい。海鳴市という街に住み、私立聖祥大附属小学校の2年生。麻帆良のまの字も周りには無く、非常識の気配もどこにも無い。あ、いや、昨日のアリサとすずかはお嬢様らしいが、まぁその程度だ。
 こんな設定もすらすらと思い出せるのは、夢ならではのご都合主義というやつか。

「朝ごはんさめるわよー!」
「はーい!」

 おっと、こっちの母親が呼んでる、怒り出さないうちにさっさと着替えて食べるとするか。夢の中で食事するのも妙な気分だぜ。
 私は着替え終わった後眼鏡を掛けていることを確認し、部屋を出て居間へと移動していった。



「いってきまーす!」
「いってらっしゃーい。」

 朝飯を食べたあと、いつものように、というのも変な気分だけど、まぁいつものようにバス停まで歩いて向かう。上級生か下級生か知らないが、バス停には既に数人の小学生が並んでいたが、特に挨拶することも無く列の後ろへと続く。
 バスを待つ間、小学2年生ってどんな授業やってたかを思い出してみるけど、さっぱり思い出せない。九九は小学2年生っつーことはしっかり覚えてたんだけどな。他は果たして何をやっている所だったか……まぁ、どうにでもなるだろ。伊達に中学2年生をやっているわけじゃない。
 お、ひょっとしてこれって強くてニューゲームってやつか? 全学生の憧れだな、うん。
 なんてことを考えているうちにバスが到着し、適当に空いてる場所へ座ろうとしたときに――

「千雨ちゃん! こっちこっちー!!」

 バスの一番後ろ、5人掛けの席を占領してる昨日の3人組の一人、なのはが大声で呼んできた。

「恥ずかしいからそんな大声で呼ぶな!」
「にゃはは、ごめんごめん。」

 そう文句を言いつつ3人組の元へ向かう。なのはは大きく、すずかは小さく手を振り、アリサは腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。こんな小さなことでもそれぞれ性格の違いが出るもんだ。そしてアリサ、お前はどこの王女様だ。

「あれ? あんたこの時間のバスに乗ってたんだ。」
「おう、こういう後ろの席は不良の指定席だからな、目合わせないようにしてた。」
「だ、だれが不良よ!」
「クラスメイトが心配で保健室と教室を行ったり来たりするいい子だもんな。誤解してた、ごめん。」
「……っ!」

 素直に謝って頭を下げる。するとアリサは二の句を継げずに押し黙った。
 おーおーアリサのやつ顔真っ赤。ちょっとしたジャブを打ってきたから、お返ししただけなんだけどな。その隣ではすずかが「長谷川さんの勝ち~」なんか言ってるし。なのはは何か知らんがニコニコと嬉しそうだ。
 そしてアリサ、やっぱりこいつ典型的なツンデレか。ツンデレお嬢様ってテンプレすぎじゃないか?

「まぁ、これからも宜しく頼むよ『アリサ』、『すずか』」

 そう言って二人に笑いかける。そうすると二人は軽く目を見開いて、ちょっと間が空いた後。

「当然じゃない、千雨!」
「うん、千雨ちゃん。」
「あ、ねぇねぇ私は? 千雨ちゃん? ねぇ!?」

 ああ、やっぱいいな、こういうの。



 そして時間は昼休み。私たち4人は一緒に屋上で弁当を食べている。午前中の授業は道徳、国語、算数、体育だった。私はやはりというか当然というか、なんの問題も無く終わるように思ったんだけど――

「ちょっとなによ千雨! 因数分解が分かるってどういうこと!?」

 そう、算数があまりにも暇なため外をみてぼーっとしていたら、また教師に当てられた。問題自体は1桁の掛け算なのでぱっと答えたのだが、その折教師からきちんと授業を聞けと小言をもらっちまった。そこで売り言葉に買い言葉というか、うん、たぶん浮かれていたんだろう。いつもの私なら適当に返事をして流すところなんだけど、つい……
「因数分解までなら分かるから大丈夫です。」
って答えてしまい、そのまま教師の出す因数分解(中1レベル)をパパっと答えちまった。ぬああ、現実では常識外れの連中に嫌気がさしていたはずなのに、こっちで私が羽目をはずしてどうすんだ! しかも大丈夫って、なにが大丈夫なんだよ! 完璧痛い子じゃねーか……!

「千雨ちゃんって頭良かったんだね。塾とか行ってるの?」
「うがぁぁ……! って、ん? 塾は行ってねーよ。」
「じゃあなんで因数分解なんて知ってるのよ?」
「あー、家庭教師? みたいなもんだ。」

 うん、嘘は言ってない? 微妙だな。まさかこれは夢の中で、現実では中学2年生ですなんて言えるわけないし。
 その後もずるいとか教えろとか言ってくるアリサを適当にあしらいつつ食事を続け、そろそろ昼休みも終わろうかというころ。

「ねぇ、今日放課後千雨ちゃんの家に遊びに行っていい?」

 と、なのはがこんなことを言い出した。
 私の家に? 遊びに? 別に見られて困るものは、向こうの寮の自室と違って何もないし、特別断る理由もない、か。
 でも私の家に来て何するんだろうな。アリサ、すずかと違って極々一般的な庶民だぜ、家は。
 そう思い一言断わっておくかと口を開くも――

「いいけど、ゲームくらいしかないよ? 普通の家だし。」
「いいね、ゲームしたい!」
「勉強教えなさいよ!」
「私も行ってみたい!」

 と、満場一致で可決され、放課後私の家に案内することになった。



 そして午後の授業は今度こそ何事もなく終わり、放課後。校門まで迎えにきたアリサの家の車で(リムジンだった)私の家まで案内し、部屋に上がらせた。思えば何気に初じゃねーか? 友達を部屋に上げるのって。
 ……って、いかん、これは夢だ。なに普通にカウントしようとしてるんだ私は。それに麻帆良の連中を部屋に上げることは絶対ない!

「あー! このカメラ最新のやつだ!? 千雨ちゃん撮っていい!?」

 と、そんなことを思っていると意外にもなのはがカメラに興味を示した。
 部屋の中のものはある程度向こうと同じものがあるらしい。カメラやパソコン、あと小物だな。撮影機材とコスプレ衣装は無いが、これはきっと私が隠したいと思っているからなんだろう。

「ああ、適当に撮っていいぞ。メモリーもまだ空きがあるはずだし。」
「やったー! ありがとう!」

 それじゃ飲み物とってくるから、適当にしててくれー。と、聞いてるかどうかは知らないが3人に声をかけ、私は飲み物を取りに台所へと移動した。何があるかなー、麦茶でいいかなー、と思いながら冷蔵庫を開ける。
 すると、そこには。

「こ、これは……!」



「またせたなー」
「あ、お、おか、おかえり!?」
「あん? どうした?」

 コップ4つに麦茶が入ったポット、あと黒い液体が入ったコップを1個お盆に載せて、私は部屋へと戻ってきた。
 てっきりカメラで適当に部屋の中を取りまわってるか、ゲームか本棚でも漁ってるとばかり思っていたが、予想は外れ3人してカメラのディスプレイを覗き込んでいた。お互いを写真に撮って写り具合を見てるのか? とも思ったけど、それにしては慌てすぎだ。
 一体何してるのかと思い私もカメラのディスプレイを見ようと覗き込むも――

「だめ!?」

 隠されてしまった。

「おいおい、それは私のカメラだぜ? 何撮ったんだ?」
「え、えーと、千雨ちゃん怒らない?」
「言ってみな。」
「あ、あのね、撮った写真を見ようとしたら、こんな写真が出てきて……」

 そう言い、ディスプレイを私の方へ向けるなのは。そこに写っていたものは。

「ぬああぁぁぁぁ!? 見るな!!」

 モリ○ンのコスプレをした私(中学生ver)だった。

「ご、ごめんね!? わざとじゃないんだよ!?」
「あははは!! 似合ってるじゃない! なんで隠すのよ!」
「うん、ホント可愛いよね。これって千雨ちゃんのお姉さん?」

 お、おね? そうか! いま私は小学生だから……!

「そ、そう! いや、従姉妹だ! いやーうちに来てカメラで撮っていくんだよ! あはは!」

 ああ、くそ、恥ずかしいな! なんでこんなのに限って一緒にくるんだよ!? コスプレ衣装がなくて安心してたのに! 油断も隙も無いな!

「ああくそ、アリサ! 思いっきり笑いやがって! お前はこれを飲め!」
「ん? なにこれ、コーラ?」

 そう言い、アリサには麦茶じゃなくて冷蔵庫に入っていた『アレ』を渡す。ああ、コーラみたいなもんだ、そう言うとアリサは特に警戒もせず一口飲む。
 そう、もちろんその正体は!

「んぐ!? ッカハ、ゴホッ、ま、不味い!? なによこれ!?」
「ははは、炭酸コーヒートマト味だ。」
「どこから買ってきたのよこんなもん!?」
「ハハハ、写真の従姉妹が持ってきたけど不味くて飲めなかった。」
「そんなもん飲ませるんじゃないわよー!?」
「そ、そんなに不味いの? 私も少し飲んでみたい……」
「や、やめておきなさい!? なのは!?」

 お、今度はアリサとなのはが漫才を始めたな。今のうちにカメラ隠すか……。っと、すずかが寄ってきた?

「ねぇ、千雨ちゃん、吸血鬼とか好きなの?」
「あ、あ? いや、吸血鬼物か? んー、結構好きだぜ?」
「ふーん、そっかぁ……。」

 一体なんだ? すずかのやつ、なんか変だったけど。

「あ、私も飲んでみたい!」

 それだけ聞くと、振り返って漫才をしている二人の元へ駆け寄るすずか。「まずーい!」 って言って麦茶を飲んでるなのはから、コーヒーを受け取り飲む。そうして、「あ、案外飲めなくもないかも……?」 なんていって二人からすごい目でみられている。

「あはは、いいよな、やっぱ。」

 うん、楽しいな、やっぱり。

「ちょっと千雨! のこりはあんたが飲みなさいよ!」
「げ!? すずか、頼む!!」

 その後もみんなで騒ぎ、ゲームし、パソコンの中にあった別のコスプレ写真も見つかってまた一騒ぎし。空が赤くなり始めたところで解散となった。

「お邪魔しましたー!」
「また明日ね、千雨ちゃん!」
「ばいばーい!」

「元気な子達だったわねー。昨日言ってたお友達?」
「……うん!」



ピピピピ……ピピピピ……

「んー……晩飯の時間か。」

 その後、やはりというかなんと言うか、夜になりベットに入って、しばらくしたところで目がさめた。
 部屋の中は薄暗く、廊下からはキャーキャーと騒ぎ声が聞こえるが、部屋の中からは物音一つせず。部屋の扉が、廊下の外、クラスメイト達の世界(非常識)と私の世界(常識)を隔てる境のようで。
 いま見たものは所詮夢だ、夢ではあるんだけど。

「たのしかった、なぁ……。」

 そうつぶやくと、起き上がり冷蔵庫から水を取り出し一口飲む。
 そして、何も入っていない冷蔵庫へ水を戻し。私は食堂へと向かっていった。



みんなーーおハローーp(・▽・)q 今日は大・大・大ニュースがあるんだよー!
なんと! ちうはさっき解析夢を見ちゃいました!!

5番目の白鳥 > 夢のなかで夢とわかるやつですね? 私も見てみたいものです。
通りすがりB > ちうタンどんな夢みたの?(w

え~っとね、結構忘れちゃったんだけど~(> <)i
友達と遊んでる夢だったの! 楽しかったよ~♪

学園長 > もしかして:明晰夢
アイスワールド > 俺も解析夢見てみたいな!それでちうタンと(以下略
ちうファンHIRO > でも解析夢って危ないって聞いたことあるようなー?

え~~、ちう怖い(>_<) ただの夢じゃないの~?

アイスワールド > ちうタンの夢を見れるなら本望!むしろご褒美!
5番目の白鳥 > 夢そのものじゃなく、それをどう捉えるかですよ。
通りすがりB > 二度寝して遅刻の危機だね(w

う~ん、どう捉える?覚えてないもんよくわかんないや。
でもでも遅刻はとっても危険かも~!

5番目の白鳥 > 休めばいいのです。
アイスワールド > 俺も休んで夢を見続けるぜ!
学園長 > ず、ずるはいかん!
通りすがりB > しかたないね(w

ちうはちゃんと毎日学校に行ってるよ!
あ~、でも来週から期末テストなんだよ!勉強しなきゃー!p(>_<)q

ちうファンHIRO > 実力を見るためのテストなんだから勉強しなくていいよ!
アイスワールド > 俺も俺も。でも俺は夢でちうタンに教えてもらう!

というわけで今日はもう落ちるね~♪ばいばーい!



 晩飯を食べて食堂から帰って来た私は、いつもの習慣でパソコンを開きチャットルームに顔を出した。
 チャットルームには常連連中ばかりがいたが、その中には私が何か発言しない限り何もしゃべらん奴もいる。でも私が何か言うと真っ先に反応してくるんだよな。そして取りあえず夢の事を話題にしてちょっと喋ったが、テストも間近なので返事を待たずにチャットルームを閉じる。
 期末テストで最下位だったら小学生からやりなおし……別にその噂を本気で信じているわけではないが、好き好んで悪い点数を取りたいわけでもない。いつも通りテスト範囲の教科書問題を一通りやる程度で良いだろう。それでいつも平均点より少し下くらいの結果になる。まぁ、まじめに勉強する気も無いしな。
 だが、なんか担任のガキが妙に張り切っていたのが気になるな。初めてのテストなら張り切るのも当然かもしんねーけど、それにしても……。ま、相変わらずクラスの連中は騒げれば何でも良いという感じだったけどよ。
そんなことを思いつつカバンから教科書とノートを取り出そうとし――

「ちっ、持ってくるの忘れたか。」

 私は教室の机の中に教科書とノートを入れっぱなしで、持って帰って来ていないことに気づく。
 さて、そうすると一気に手持ち無沙汰になっちまった。またチャットでもするか? そう思うも、既に勉強するといって落ちている手前、なかなか戻り辛いものがある。じゃあコスプレ写真でも撮るか? そう思いカメラを手にとるも。

『千雨ちゃん撮っていい!?』
『あはは! 似合ってるじゃない!』
『可愛いよね~』

 家の部屋での光景が急に頭をよぎる。結局あいつら何撮ったんだろうな? そう思いカメラのメモリーを参照しようと電源をオンするが、どうやらバッテリー切れなのか画面は黒いままだ。

「ああ、電源いれたまま隠したしな。」

 コスプレしていることをリアルの友人にふれて回るほどオープンじゃない。あいつら3人、特にアリサは笑いはするだろうが、決して馬鹿にしたり受け入れなかったりすることは無いだろう。そうは思うが、いまいち踏ん切りがつかないのがオタク心というものだ。
 など考えつつ、メモリをカメラから外し、カメラを充電器にセットする。すると充電中を示すオレンジのランプが光る、やはりバッテリー切れだったらしい。
 それじゃあと、メモリをパソコンにセットしようとし――

「……まてまてまてまて!? なにナチュラルに確認しようとしてるんだ私は!?」

 ありゃ夢じゃねーか!! なんだよリアルの友人って!? これじゃ危ない奴じゃねーか! メモリを開いたところであいつらの写真があるわけ無い! しっかりしろ私!?

「あー、もう! 寝る!」

 すっかり何もする気も起きなくなった私は、まだいつも寝る時間からするとかなり早いが寝ることにした。やってらんねー、そういう思いと、また夢が見れるのかなという仄かな思いがあることは自覚している。
 馬鹿馬鹿しい、夢に何期待してるんだ私は。そう思いつつも、見れたらいいな、1日で終わるのは勿体無いなと、思いながら……。



 翌朝。

「結局見れたよ。なんだ、いつまで続くんだ?」

 小学2年生の夢はまた見る事が出来た。あいつらと一緒のバスで学校に行き、つまらない授業を聞き流し、屋上で一緒に弁当を食べ。アリサに数学を教える代わりに英語を教えてもらうことを約束し。ネイティブな英語と教科書英語とはまた違うだろうが、あのガキなら意味さえ通じれば正解にするだろう。
 そして午後の授業のあと、今日は塾があると言うアリサ、すずかと別れ、途中までなのはと一緒に帰り。家についたあとは家族としゃべり一緒に料理をして、作った料理をお父さんに褒められ幸せな気分のまま1日が終了した。
 現実の小学生のときにはありえなかった1日だ。決して家族と仲が悪いわけじゃねーんだけど……。

「いっそあっちが現実ならいいのに。」

 つい、そんなことを呟いた。なのは達の他にも教室にいるやつらと友達になり、週に何度も遊び、家では家族と和やかに過ごす。すこし想像しただけでもそれはとても楽しい毎日になりそうだ。

「はぁ……。学校いこ。」

 そんな現実味のないことを言ってもしかたない。それこそ『夢』だっつの。
 なんて考えなら、夢の中身を反芻しつつ登校の準備を始めるのだった。



「私たちが最下位脱出しないとネギ先生がクビですって~~~!?」

 教室に入ったとたん、いいんちょのそんな叫び声が聞こえてきた。
 おう、そりゃいい。最下位といわず今すぐクビにしろ、大人になってから出直せってんだ。だいたい免許なんて持ってないだろ? 後に生まれた「先生」なんて何の冗談だ。
 そう思いながら自分の席につく。隣の席の綾瀬がまだ来てないな、珍しい。いつも私より早く来てるのに。
 っと、やっぱり机の中に教科書置いたままだったか。とりあえず全部出して、5教科だけカバンに入れて持って帰るか。後は整理して持って帰らないものをロッカーに移動するか……。
 そんな事をしていると、叫びながら廊下を走る音に気づく。どこの馬鹿だ? と思い廊下のほうを見ると――

「みんなー大変大変!! バカレンジャーがネギ先生連れて行方不明になっちゃった!!」

 ……なんだよ行方不明って? 聞けば図書館島で遭難したらしい。
 知らんけど遭難するようなサイズの島かよ! 本当になんなんだここの奴らは! おかしいだろ!? だれか突っ込めよ!? なんでそんな遭難する場所が街の中にあんだよ!?
それにテストが近いってのに先生までそろってみんなで探検かよ!? 挙句遭難しましただぁ!? 授業どうするんだよ!!

「とにかく! みなさん、テストまでしっかり勉強して、今回だけは最下位脱出ですわよ! その辺の本気でやってない方々も!」
「置き勉なんてしないでテスト勉強しないとネギ先生いなくなっちゃうよー!?」

 イライラしながら教科書を整理してると、クラスのやつらが私達に……正確には、教科書を整理している『私を見て』そんなことを言いやがった。
 くそ、なんであのガキのために勉強しなきゃなんねーんだ!!

「……知ったこっちゃねーな。」
「は、長谷川さん?」

 なんであんなガキのために勉強するのが当然みたいな空気なんだ!?
 なんで探検なんてバカなことしてる奴らの尻拭いを私もするんだよ!?
 ああ、もうやだ、ついていけない。クラス解散でもネギ先生クビでも好きにしやがれ!!

「いいんちょ。わりーけど早退する、宜しく言っといてくれ。」
「は、長谷川さん!? 待って下さい!」

 いいんちょが引き止めてくるけど知ったことか。5教科が入ったカバンを引っ掴み、それ以外を机の中へと突っ込んで。そのまま振り返らずに学校を出て、寮の自室へと帰り。
 私はベットに直行した。



[32334] 第4話 続く夢
Name: メル◆b954a4e2 ID:061894bf
Date: 2012/03/23 13:34
「千雨、あんた食べるの遅いわね。」
「……喋りながら食べれないんだよ。」

 別に食べながら喋ってる訳じゃないんだけど。そんな事を呟きながら、私の弁当からアリサの口へからあげが消えて行く。
 夢の中。現実とは違い春も終わり際である今の時期は、暑くもなく寒くもなく丁度良い時期だ。そんな過ごしやすい昼休みは、なのは達3人と屋上で弁当を食べるのが定番となりつつある。当然今日も4人で屋上の一角を占めて一緒にお昼を取っていた。こうなるとおかずの交換なんて定番行為なんだろうが、正直私の弁当とこいつらの弁当を比べられたくは無い。勝てるわけがない。
 喋りながら食事するという行為に慣れていない私はゆっくりとしか食べれていないが、そんな中一足先に食べ終えたなのはが突然こんなことを言い出した。

「ねぇねぇ、今夜お泊り会しない?」
「あ、最近やってなかったよね!」
「いいけど、誰の家でやるのよ?」

 明日から祝日で休みだし、千雨ちゃんとお泊り会してないしね! となのはが言う。ちなみに私はまだ口の中にからあげが残っているので喋れない。冷凍食品じゃない、実際にお母さんがつくったやつだ。
 こう言うと弁当のために朝から揚げ物をする気合の入った母親だと思うかもしれないけど、何のことはない、昨日の残りだ。形が悪いのは私が作った分だし。その証拠にご飯は冷凍食品のピラフだ。今時のキャラ弁なんてもっての他。ま、弁当作ってくれるだけいいけど。麻帆良初等部は給食だし、中等部は食券買って食堂だし。弁当食べるのは運動会か遠足くらいだったな。

「んー、私の家は今日お父さん達居ないからダメよ。」
「家はいいけど、前も私の家だったよね。」

 そしてお泊まり会の話は黙っている内に進んでいく。やること自体は既に決定みたいな言い方で、肝心の場所を決めたいようだが。アリサの家がダメで、すずかの家は前にやったと。そうすると私の家かなのはの家になるんだけど――

「千雨ちゃんの家はだめ?」
「ん、私の家か?」

 なのはが言うにはこの前私の家でやったゲームの続きがやりたいらしい。それじゃついでに英語教えるから数学教えなさいよ! とアリサが言い、すずかも賛成に1票投じた。
 私の家でお泊り会か。別に、そう問題はない……よな? 両親もいるし、部屋も片付いてるし。
 あ、でも一応親に確認しておくか。

「ちょっと待ってな、いま確認してみる。」

 そう言いつつ携帯電話を取り出し、母親にかける。
 あ、じゃあ私も今日泊まっていいか聞いてみるー! と他の3人もそれぞれ電話を始めた。先に聞かねーのかとは思うが、まぁ良くある事なんだろうな。

『もしもし、千雨? どうしたの?』
「もしもし。あのさ、今日って家に友達泊めても――」
『あらあらまぁまぁ! 誰々? この間の3人の子たち!?』
「あ、うん、そ――」
『それじゃ晩御飯沢山用意するわね! 期待して待ってなさい! お母さん早速買い物にいってくるわよー!』
「あ、ちょっ――」

 ……切れた。これはオッケー、なんだよな? 電話して正解だったんだよな? 不安だ。
 速攻で電話が終わったのはいいが、みんなはまだそれぞれ電話中だ。今のうちに弁当を片付けるか。
 それにしてもお泊り会か。初めてだな。アメリカ被れなのか最近じゃパジャマパーティーなんて言い方も増えてきたみたいだけど、やっぱ基本は『お泊り会』だよな、ふふ。

「千雨? なにニヤニヤしてるのよ?」
「ばっ、ちょっ!? な、なんでもない! 家はオッケーだったぜ!?」

 ……気づけば3人とも電話終わってこっちを見てやがった。くそ、失敗したぜ。



 そして授業も終わり、放課後。今度はバスを使って4人で私の家に移動した。

「「「おじゃましまーす!」」」
「ただいまー。」
『いらっしゃいー!』

 声をかけて家に入ると居間のほうから返事が聞こえ、足音が玄関へと向かってきた。もう買い物終わって居間にいたのか、お母さん。なんかこっち来てるしちょっと待つか? こいつらも返事に気付いて立ち止まっているし。
 なんて思ってるうちに、居間と玄関を繋ぐ扉が開きお母さんが現れた。

「いらっしゃい、みんな! もーこの子ったら友達作るのが下手であなた達が初めてなのよ。みんな仲良くしてあげてねー?」
「ちょ、ちょっと! いきなり何言い出してるんだよ!?」
「へー、私達が初めて?」
「私は千雨ちゃん大好きだよー!」
「はい、いつも仲良くしてもらっています。」

 い、いきなりハイテンションで何言いだすんだよこの親は!?
 もー、余計なこと言わないで! と未だに笑っているお母さんを居間に押し込み、私は一足先に部屋へと向かう。ああ、恥ずかしい……暑い、私いま顔赤くなってないか?
 っく、律儀に待たずにさっさと部屋へ行けばよかった!

「何々? 千雨、照れてるの?」
「て、照れてねーよ!」
「あはは、千雨ちゃん顔真っ赤ー!」

 もう! 笑うなよ! なんていいつつ部屋に入り、さっそくなのはとすずかはゲームを開始する。そしてアリサには先に数学を教えるかと思い、机の中から中1の時のノートを引っ張り出した。
 因数分解を教えればいいんだけど、そのために必要なのは何だったか。分数? いや、割り算からか?

「うわー、あんた本当に本格的に勉強してるのね。なに書いてあるかさっぱりわかんないわ。」
「わかってたまるかよ。私だってそれなりに苦労して覚えたんだぞ?」
「それもそうよね。ここまでわかんないと返って清清しいわ。」

 やっぱりいきなりこれじゃ教えれないか。でもさすがに小学校のノートはないし。ま、割り算くらいならノートが無くても平気だよな。

「しゃーない、前提からゆっくり教えるか。」
「ふふ、よろしくお願いします、千雨先生?」
「はいはい、お願いされたよ、アリサ。」



 その後、意外とすんなりと因数分解までを教えた後はアリサに英語を教わり。中2の教科書を見せた時にまた一悶着あったが、そんなことをしているうちに夜になり、皆でお母さんが作ったやけに豪勢な晩飯を食べた。アリサやすずかみたいなお嬢様達に加え、確かなのはは喫茶店の娘だ。3人とも舌は肥えているだろうが、それでもおいしいと言って食べてくれてお母さんも嬉しそうだ。女ばっかりでお父さんは肩身が狭そうだったがな。仕方ない、我慢してもらおう。
 そして食事した後に、皆で狭いお風呂に入ったりパジャマ姿で一通りお喋りした後。

「ねぇねぇ、千雨ちゃん! 記念写真とっていい?」

 なのはが充電器に挿しっぱなしにしてあるカメラを見てこんなことを言い出した。ランプは何も光っていない、充電は終わっているようだ。まぁ、挿しっぱなしにしてるんだから当然だがな。
 確かメモリーが外れているはず。パソコンの上に……あったあった。

「あ、いいわね! 撮ろう撮ろう!」
「さんせーい!」
「記念写真ねー。いいけど、私が撮るのか?」
「ばか! それじゃ千雨が写らないじゃない! お母さんに頼めない?」
「お母さんねー。ちょっと待って、聞いてみる。」

 そう言い、3人を残し居間へ行く。お母さんはサスペンス物のドラマを見ながら携帯機のゲームをしていた。別にいいけど、どっちかにしろよ……。
 まぁ、それはともかく。

「ねぇお母さん。4人で写真を撮りたいからシャッター切ってもらっ」
「まぁまぁもちろんいいわよ! あ、化粧する?」
「し、しないよ!!」

 あはは、わかってるわよー、なんて言って立ち上がり二人で部屋へと向かう。じゃあなぜ訊いた。
 それにしても私の親はこんなにテンション高かったか? 妙に嬉しそうというか、若々しいな、おい。麻帆良の親より5年以上若いんだ、そう感じるだけかもしれねーけど。
 部屋に入るとまってましたと位置取りが開始する。お母さんにカメラを渡し、いつもの習慣で後ろへ行こうとしたらアリサにとっつかまった。

「それじゃあ撮るわよー! みんな笑って笑ってー!」
「はい、千雨が真ん中ね!」
「私ちさめちゃんの隣ー!」
「ちょ、くっつきすぎ!」
「私千雨ちゃんの後ろね!」

「はい、チーズ!」

 カシャッ、と。
 デジカメのくせに相変わらずそんな音を立てて、集合写真は撮り終わった。

「ねぇねぇ、プリンタがあるってことは印刷も出来るんでしょ? やりなさいよ!」
「あ、私もほしい!」
「あぁ、わかってるって。いま印刷するからちょっと待ってな。」
「ありがとうー!」

 その後、何か知らんがお母さんも欲しいと言ったので5枚印刷し。それぞれに渡したあと、私の分は机の中にしまう。
 お母さんは写真を渡すと部屋を後にし、3人は勝手に喋りだしたので、私はパソコンに向かったついでにインターネットブラウザを立ち上げる。

「この辺は向こうと変わらないよな。さすがに麻帆良や、ちうのホームページなんかは無いけどよ。」

 そんな独り言をつぶやく。
 暫くネットサーフィンを続けていると、気づけば3人組が静かになっている。見るとアリサとすずかは布団の上で漫画を持ったまま眠り、なのはも漫画を読みながらうとうとしている。1分ほど見てても漫画のページが進まないことから、ひょっとしたら寝ているのかもしれない。
 そんなに長い時間ネットしていたとは思わないけど、ガキは電池が切れるかのように突然寝るからな。
 なんてちょっと失礼なことを思いつつ、私はネットを続ける。
 最近思うのは、これが本当に夢なのか? ということだ。馬鹿馬鹿しい、夢に決まってるじゃないか。そう思ってはいるが、一方で疑問に思う私もいる。
 夢ならなぜ私の知らないことが出る? 

(アリサの英語なんて知らないことばっかりだ。)
 ――きっと知らないうちに聞いていて、それを覚えているんだろう。

(私はから揚げの材料の分量なんて知らない)
 ――テレビの料理番組ででもやっていたんだろう。

(そもそも海鳴市や聖祥小学校ってなんだ?)
 ――夢に理屈を求めても仕方ない。

 そう。夢に理屈を求めるなんてナンセンスだ。だけど――

「夢。なんだよ、なぁ……?」

 そう。寝ると見るんだから、夢しかないじゃないか……。

「あれぇ? 千雨ちゃん、寝ないのー?」
「ん、なのは、起きてたのか。」

 名前を呼ばれて振り向くと、なのはが眠そうな顔で、両手で目を擦りながらこちらを見ていた。てっきり寝てるとばかり思っていたが、辛うじて起きていたらしい。

「いや。最近どうも、夢見が悪くてな。」
「嫌な夢見るの?」

 そんなとこだ。そう言いつつパソコンを落とす。私も眠くなって来た、そろそろ寝るか。とりあえずアリサとすずかに毛布をかけねーと……。
 そう思い立ち上がると、なのはが近寄ってきて私の袖を取った。
 ん? なんだ?

「じゃあ、一緒にねよ?」

 一緒に寝れば嫌な夢もみないよー。そう満面の笑みで言われると、なかなか返答しにくいものがある。
 あ、ああ。そうなんとか小声で返事をし、なのはに腕を引っ張られたままなのはの布団の中へと一緒に入る。

「それじゃ、おやすみぃー。千雨ちゃん。」

 おやすみ、なのは。そう言うと、なのはは私の腕を抱いたままあっさりと寝てしまった。
 仕方ない、私も寝るか。あいつらは、まぁ大丈夫だろう。そして起きたら麻帆良か。何から始まるんだったかな。確か学校を早退して、昼くらいにはなってるか? テスト勉強でもしねーとな……。そんなことを考えているうちに、私の意識は闇へと落ちていった。



 ピロリロリーン♪

「んー……、昼、か?」

 何かの物音で目が覚める。きっと昼だ、飯食べて勉強でもするか? アリサから教わった英語を忘れねー内にまとめないと……
 なんて寝ぼけた頭で考えつつ起き上がろうと、腕を動かそうとし、

「……は? なんで?」

 右腕にはなのはが、左腕にはすずかが抱きついたまま寝ていて、そして正面にはアリサがニヤニヤしながら携帯を構えていた。

「あ、あれ……?」

 あ、あれ? 寝て起きたってことは麻帆良なんだよな? なんで寮の私の部屋にこいつらがいるんだ?
 しかも夢の中で寝たときみてーに右腕をなのはに抱かれて、何故か知らないが左腕にはすずかが抱きついていて……

「ふふふ、両手に花ね~千雨。」

 しかもアリサがこの状態を携帯で撮っている、と。ああ、つまり。そういうことか。

「……なんだ夢か。」
「ちょっと。夢じゃないわよ?」

 いいや、夢で合ってるね。現に私小さいままだし。一瞬こいつらが夢から出て来たのかと思ってびっくりしたじゃねーか。
 おかしいな、いつもだと寝て起きれば麻帆良に戻るんだけど。
 まぁ夢ならこんなパターンも有るか。基本何でも有りだもんな。
 そしてアリサは相変わらずふざけたことを言ってやがる。

「花以前に、蕾どころかまだ草じゃねーか。」
「あはは、まぁそうね。もっとも私は大輪の花になるけど。」
「ラフレシアか。」
「イメージ悪っ!?」
「オオコンニャクか。」
「なんでそんなのばっかりよ!? 確かに大輪だけど、もっとこう、ハイビスカスとかヒマワリとか無いの!?」

 なんかイメージが微妙に親父臭くないか? それにしてもオオコンニャク知ってるんだな。それはともかく、大輪の花ねぇ。
 花、花、何があったっけ……よし。

「ん。お前は光を受けて輝くより、周りに光が無くたって自分で輝くだろ? 花ってイメージじゃねえな。」
「っ……! な、なによ!? 褒めたって何もでな」
「ヒカリゴケだな。」
「ちょっと待てーーー!!?」

 あはは、本当に星みたいな奴だな。アリサと話してるとこっちまで明るくなっちまう。
 なのはも名前に反して星みたいな奴だ。アリサより無理やり人を明るくする分、恒星って言った方が良いかもしれねーけど。
 花っていうのはすずかみたいな奴のことを言うんだろう。星ばっかりじゃ目が潰れて見えなくなるからな、この3人はこれでバランスが取れてるんだ、きっと。
 あー、でも星と太陽と来るなら、すずかは月か。属性的に。月村だし。私? 私は人間さ。

「さて、起きるか? まだこいつら熟睡してるけど。」
「え? まだ早いわよ。5時半よ今。」
「……本当だ。よく起きたなアリサ。」
「どうでもいいじゃない。私もまた寝るし。」

 ま、それもそうか。それじゃ私ももう一眠りするかな。
 両腕つかまれてるとちょっと寝にくいんだけど、起こすのもな。別にいいか。

「それじゃ、おやすみー。」
「おやすみ。」

 何時から朝飯にするのかな。まぁ、どうでもいいか・・・・。



――お母さん、何であの人は車より早く走れるの?
え? いっぱい走る練習したからじゃない?
でもオリンピックの人より速いのは変だよ。
ここの人はオリンピックに出ないから変じゃないのよ。
なんで出ないの?
みんな出ないからよ。
なんでみんな出ないの?
誰も出たことないからよ。
なんで誰も出たことないの?
千雨、なにがそんなに不思議なの?
なんでお母さんは不思議じゃないの?
ここじゃ普通なのよ。千雨は何がわからないのかしら……?
……ごめんなさい、お母さん。
ううん、お母さんこそ、ごめんね。わかってあげられなくて――

――先生、どうしてあの樹は有名じゃないの?
んー? 千雨ちゃん、どうしたの?
何で世界中から見に来る人が来ないの?
富士山より小さいからかな。あっちを見に行くからねみんな。
樹だよ? 山じゃないよ?
世界樹でしょ? この辺では一番大きいけど、普通だよ。
普通じゃないよ! すっごく大きいよ!
他にも大きな木はいっぱいあるんじゃないかな。きっとそっちの方が有名なんだ。
私調べたもん! 世界で一番大きいよ!
でも、東京タワーのほうが高いよね?
そうだけど、樹だもん、こっちは!
千雨ちゃんは何が不思議なの?
っ! ……何でも、ないです。
わからない事があったら、何でも先生に聞いてね?
……はい。ありがとう、ございます。――

千雨ちゃんは何がそんなに不思議なの?
(違う! 私以外の皆が変なんだ!)
千雨ちゃんは何が――
(皆おかしいよ!)
千雨ちゃん
(私以外の皆が!)
千雨
ちさめ
チサメ――
(みんな、が……!)

 でもそれって
   千雨だけが
    変なんじゃない?



「……ちゃん! 起きて! 千雨ちゃん! 千雨ちゃん!!」
「千雨! 起きなさい!!」
「千雨ちゃん!!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「千雨ちゃん! 大丈夫!?」
「あんた、すごいうなされてたわよ!?」
「千雨ちゃん、……ぐすっ、うなされてて、起こしても、……っ、起きなくて……っ!」

 子供の頃の夢を見て、こいつらに起こされた。
 ……くそ、このタイミングで、なんつー夢を。
 っていうか、そもそもここが夢の中じゃないのかよ、そんなのアリかよ……。

「あー、泣くななのは、私は大丈夫だから、な?」
「でも、一緒に寝ようって、やな夢みないって、ごめんなさい……!」
「すずかとアリサも、ありがとな、起こしてくれて。」
「千雨ちゃん……」
「あんた、どんな夢みたのよ?」

 どんな、ね。どんな夢って言われても――

「ただの、最低な夢さ。」



「千雨ー! 料理手伝ってー!」
「はーい、いまいくー!」

 あの後。泣き腫らしたなのはを何とか落ち着かせて、その後は特に何事も無く。いつも通り夕方まで遊んだあと解散になった。
 大体なんで夢の中であんな夢を見たんだ? あんな忌々しい、思い出したくもない過去を夢の中の夢なんて手の込んだ方法で見せるなんて、神様という奴は心底意地が悪いに違いない。
 まぁ悪魔より神様のほうが多く人を殺している、なんて話もあるくらいだ。そりゃ意地も悪いだろう。私はキリスト教徒じゃないからどうでもいいが。

「そこの野菜の皮むいておいてー」
「わかったー」

 日本の神様はどうだろう?
 ……だめだな。ひきこもりの神とか、自分より若い女に嫉妬する女神とか、そんなのばかり思い浮かぶ。意地も悪そうだ。
 もちろん清廉潔白な神様もいるんだろうけど、私は知らん。
 むしろ仏に縋った方がいいのか? 千手観音とか?

「いたっ!?」

 っつ、と、考え事しながら手伝ってたら手を切っちまった。
 夢かどうかを判断するのに痛覚が有るか無いかを判断基準にするのが定番中の定番だけど、ありゃ嘘だな。超痛い。

「ドジね~。舐めておけばいいわよそのくらい。」

 はいはい。まぁちょっと血は出たけど、もう止まってるしな。
 流れる血をみて思ったのが、ここで死ぬと夢から覚めるのかということ。もちろん試すことは無いけどな。指切っただけでこんなに痛いんだ、死ぬなんてどれだけ辛いのか想像もつかねー。それに人は思い込みで死ねるんだ、明晰夢の中で死んだら実際でも死にました。なんてことになりかねん。
 とはいってもこのまま何日も夢から覚めないようだったら、何か起きる方法を考えたほうがいいのかな。
 このまま起きなかったら問題が……あれ? 何がある?

「はい、つぎこれを混ぜてね~。手袋するのよ~。」

 もしこのまま一生夢から覚めなければ。常識的な小学校、中学校だけじゃなく大学までエスカレーターで、しかも友達も増えて。なんの問題もないな、うん。別に覚めなくてもいいか。
 ……なんてな。単なる現実逃避か。いや、この夢がそもそも現実逃避なんだけどよ。
 まぁハラ減ったら起きるだろ。夢見てると現実の時間経過がさっぱりわからないから、あとどのくらい夢の中か検討もつかないけど。1日分夢みたところで、実際に寝てたのは5分くらいとかザラだしな、二度寝の時とか。

「焼くのはお母さんがやるわ、ありがとうね~助かっちゃった。」

 なんて考え事しながら手伝ってたら終わってた、と。
 やれやれ、向こうじゃ料理なんてしなかったんだけどな。今度料理してみるか? いつ戻るかしらないけどよ。



[32334] 第5話 大人達の事情
Name: メル◆b954a4e2 ID:061894bf
Date: 2012/03/23 13:32
パチン パチン……
   パチン パチン

 麻帆良学園の一室、学園長室に囲碁の音が響く。
 上座に座るのは正しく好々爺と呼ぶに相応しい、白く長い髭と後頭部を蓄えた老人。下座に座るのは凡そ囲碁とは結びつかない、まるで西洋人形のような容姿をした金髪の少女。そしてもう一人、少女の後ろには一見人間のようで、よく見るとアンテナや球体間接といった人間にはありえないパーツを持った女性が控えている。
 テスト前だからだろうか、学園の中や外からいつも聞こえる生徒達の賑やかな笑い声は鳴りを潜め、先生が廊下を歩く音がやけに響いている。
 パチン、と。老人が一手を打つと同時に、少女に向けて言葉を放つ。

「今日、お主のクラスの長谷川君が早退したらしいの。」

 ん? そうなのか? と、金髪の少女は後ろの女性に話しかける。

「はい。正確には8時25分46秒に教室を後にしています。授業が始まる前ですので早退ではなく欠席が相応しいかと。」

 ふーん、と。少女は相槌をうち、次の一手を考え出す。ただなんとなく確認してみただけで、特に意味は無いらしい。右手に黒い碁石を持ち、少女にあるまじき椅子の上でスカートに胡坐姿というあられもない格好で、左手で頬杖をついたまま盤上を見つめている。

「最近彼女の様子はどうじゃ?」

 少女が碁石を置こうとしたとき。老人がそれを制するように話しかける。少女は打つのをやめ、訝しげな表情を浮かべ老人を見た。

「やけに気にするじゃないか。何だ? 何かあるのか?」

 ふむ。そう返事とも取れない相槌を一つうつと、老人は碁盤の脇に置いてある湯飲みを取り、一口飲む。それを見た少女も訝しげな表情のまま喉を濡らす。
 その後、学園長室には一時の静寂が訪れた。

「……?」

 そのまま黙ってしまった老人から視線を外し、少女は後ろの女性と目を合わす。しかし後ろの女性も首を傾げるのみ。
 仕方なく少女は碁の続きを打とうと、改めて盤上に手を伸ばす。
 そして黒い碁石が盤上に置かれようかというとき、老人が口を開いた。

「彼女には、認識阻害が効いておらん。」

 パチン。
 そう音を立て、再度の静寂が訪れた。

「……それはさぞかし辛いだろうな。」

 少女は苦虫を潰したような表情を浮かべ老人を見る。その目には老人を責める色がありありと浮かんでいた。
 しかし老人は目を瞑ったまま、ピクリとも動かない。

「ここで認識阻害を受けず、なおかつ関係者じゃないなど悪夢のようなものだ。なるほど、あいつがいつも不機嫌なのはそのせいか。」

 会話のボールは老人に渡る。少女は老人を見つめたままその反応を見定めている。
 三度の静寂が訪れたまま、少女がお茶を啜る音だけが部屋に響いた。

「――ふむ。そもそもそれに気づいたのは小学校低学年の頃じゃ。周りとの見識の違いに苦しんでおったの。」

 パキッと。少女の持つ湯のみが悲鳴を上げた。

「それほど前から気づいているなら、なぜ手を打たん? ジジイなら親の仕事に手を回して麻帆良から追い出すなりなんなり出来るだろう?」

 部屋の空気が冷たくなっていく。窓の外側には結露が浮かび、老人の吐く息が白くなる。少女の持つ湯飲みが砕けるが、中身が飛び散ることはなかった。

「この麻帆良から出しても同じじゃよ。認識阻害が効かないなら、いつかどこかで巻き込まれる。ならば麻帆良の中におるほうが良いと思ったんじゃがの。」
「ハッ、ならば裏の関係者にすれば良い。あのクラスに放り込んで済し崩し的に関係者になることを期待したか?」
「ふむ。その意思が無いといえば嘘になるの。」
「はっきり言えばいい。知ってて放っておきました、お前のストレスの原因は自分達魔法使いですと。それが言えなくてあのクラスにしたんだろう? 更にあんなガキまで担任にして。哀れだよ、長谷川が。」

 部屋のなかが極寒へと変わる。少女の後ろに控えていた女性が窓を開けようとするも、凍り付いてしまい動かない。

「それを言われると辛いんじゃが……。のうエヴァンジェリン、常識とはなんぞや?」

 今にも立ち上がろうかとしていた少女の機先を制し、老人が話しかける。勢いを殺がれた少女、エヴァンジェリンはイライラとした様子でそれに答えた。

「そんなもの人それぞれだ。」

 老人は急須から改めて湯飲みに茶を注ごうとするも、いくら傾けようとも茶は出てこない。
 むぅ……。と、一つ唸り、諦めてエヴァンジェリンに向き直った。

「そう、人それぞれじゃ。じゃが基本的には周りの人、環境によって形成されるとは思わんか?」
「何が言いたい?」

 女性が老人の湯のみと少女の湯のみだったもの、それと急須を持ち部屋の外へと出て行く。扉がすんなりを開いたことを見るに、ある程度部屋の気温は上がってきたようだ。

「確かにわしが気づいたのは小学校低学年のときじゃ。それ以来自分を騙して生きてきたようじゃの。申し訳ないことをしたとは思っておるが……。」

 そう言い、一息つく。そして改めてエヴァンジェリンに向き直り、次のような言葉を放つ。

「一体、彼女の常識はどこから来たのかの?」
「はぁ?」
「いや、調べると物心ついたときから彼女の言動は認識阻害が効いていない者のそれじゃった。じゃが、彼女はこの麻帆良で育っているんじゃ。」
「成るほど。つまりこう言いたいわけか。麻帆良で育ったなら認識阻害が無くても人が車より早く走るのは当たり前。蟠桃が有名にならないのも当たり前だと、そういう常識になるはずだと。」
「うむ、これが外から来た者なら話が判るんじゃが、の。認識阻害はどちらかというと外向けの結界じゃし。それに調べたんじゃが外部の者と会っている様子も無かった。」

 先ほど出て行った女性が新しいお茶を持って部屋へと入ってくる。そして老人とエヴァンジェリンの前に置き、再びエヴァンジェリンの後ろへと控えた。

「おお、すまんの絡繰君。」
「いえ。」

 そう一言お礼を言い、老人はお茶を一口飲む。そして湯飲みを両手に抱えたまま次の言葉を放つ。

「どうも腑に落ちんでの。悪いとは思うんじゃが静観しておった。」
「で? なぜ今更それを言う?」
「たいした理由ではないよ。そこでじゃエヴァンジェリン、ちょっと彼女を調べ――」
「断る。」
「ほっ?」

 少女は椅子から立ち上がり、腰に手を当てて湯飲みのお茶を一気に飲み干す。

「私は精神科医でもカウンセラーでも教員でもない、他を当たれ。」

 じじいのおもちゃ遊びに付き合う気は無い。
 そう言い残し、エヴァンジェリンと絡繰は学園長室を後にした。

「お、玩具じゃと!? まて! 待たぬかエヴァンジェリン!!」

 むぅ……。行ってしもうた。
 そうつぶやくと、老人はノロノロと立ち上がり囲碁の道具を片付けだす。 碁盤を持ち壁際へと移動すると、壁が消え隠し棚が現れた。
 棚の上部には闇、影、水といった比較的精神と関わりが深いとされる属性の魔導書がずらりと並び、下部には置物や水晶玉といった魔法の道具が並べられている。
 老人は魔法の道具の横に囲碁の道具をしまうと、再び壁を出現させ棚を隠す。

「こうなると誰が適任かのう。ネギ君には頼めんし……。」

 やはり、あのクラスにしたのは間違いじゃったかの。ネギ君が良い方向へ運んでくれると思ったんじゃが、持たぬかもしれん……。
 そんな呟きが微かに聞こえてきた。



「お呼びですか? 学園長。」
「おお、シスターシャークティ、すまんのわざわざ。」

 陽も随分と傾き、そろそろ夕方になろうかという頃。うっすらと紅く染まった学園長室で、老人――学園長と、シスターシャークティと呼ばれた褐色の修道女が向かい合っていた。カトリックの修道服に身を包み、首から十字架を下げるその姿は敬謙な修道士のそれだ。

「ちょっと頼みがあってのう。美空君と同じクラスの長谷川君のことなんじゃが。」
「はぁ。その長谷川さんが何か?」
「どうも、認識阻害が効いていないようなのじゃ。」
「……何故ですか?」

 認識阻害が効いていない、そのことを聞いたシャークティは警戒心を露わにする。
 その理由としては、主に既に魔法の存在を知っていて、対抗策を講じている、それが真っ先に思い浮かぶためだ。さらに言うと千雨は魔法関係者としては見做されておらず、そんな人間が対抗策を持っているのは『何か』と繋がりがあるため―
 そんな理論がシャークティの中で展開されていく。

「ああ、そう裏は気にしなくても良い。どうも体質のようじゃの。」

 その学園長の言葉を聞いたシャークティは緊張を緩めた。まだまだ半人前とも言えない弟子と同じクラスに正体不明の魔法関係者が潜んでいる、そんなことにはなっていないようだ。あの認識阻害を体質でブロックする、なんていうのは、それも一種の才能なのかもしれない。そんなことを考える。
 だが、まぁこの学園長が集めたクラスメイトだ、一筋縄では行かない生徒ばかりなのは予想できることだった。

「では、長谷川さんをどうするのですか?」

 うむ。こんどはそう言いながら大きく頷いた学園長。
 白く長い髭を撫でつけながら、シスターシャークティに向けて言葉を放つ。

「ワシが気にしているのは、彼女の常識がどのようにして形成されたのかじゃ。」

 ……? シャークティは無言のまま首を傾げることで返答とする。学園長の言わんとしていることがいまいちよく理解できないらしい。

「子供の頃から外の常識を持っていたようでの。何故蟠桃が有名じゃないのか、などと言って周りを困らせていたらしい。」
「はぁ……。」
「考えられる要因としては幼少期に外の人間と長い時間触れていた、または前世の常識を持っている、かの。」

 そう学園長が言うも、言った本人ですら納得はしていないらしい。眉間に皺を寄せたまま髭を撫でる手が止まっている。
 前者は幾度も調べたがそんな形跡、行動は無く。後者は他の例があまりにも少ないので当てにならん。そう言い、姿勢を改めてシスターシャークティを見つめる。

「そこでじゃ、長谷川君の常識がどこから来たのか、それを調べてほしい。無論魔法をばらしても構わんよ。」
「つまりどうにかして意思を誘導し、本人すら忘れている過去を無理やり思い出させるのですか?」
「ホホホ。方法は問わん。」

 まったく。問わないと言いながらも方法なんて限られてるじゃないですか。
 そんな愚痴を零すことはせず、シスターシャークティは粛々と拝命する。所詮上司と部下、断りきれる物ではないのだ。

「ああ、もちろん魔法のことも麻帆良のことも全部話して良いぞ。彼女にとっては放っておく方が危険じゃしの。」

 過度なストレスが掛かっているようじゃ。間違っても良い状態とは言えん。そう続けた学園長にたいし、それなら何とかやり様がありますね。そう言い、シャークティは学園長室を後にした。



コンコン
 麻帆良女子中学校寮の一室、千雨の部屋にノックの音が鳴る。
 しかし部屋の住人はベットから起き上がることをせず、ノックに反応するものは何もない。
コンコン
 再度ノックの音がするも、相変わらず千雨の目は覚めない。
 そうするうちにドアノブが動き、褐色のシスター、シャークティが部屋へと入ってきた。

「不用心ね。でも、寝てるのは好都合かしら。」

 シャークティはベットへ近づくと、いつも首からぶら下げている十字架を手に取り千雨の様子を見る。
 すやすやと規則正しい寝息を立て、すっかり熟睡している。物音を立てなければまだ暫くは起きることも無さそうだ。
 ただ制服のまま寝てるのが頂けない。皺がついてしまうし、外を歩いた服のままベットに入るのも減点だ。

「まずは夢の中で思い出してもらうのが一番無難かしら。泡沫の夢なら、影響も無いでしょうし。」

 その前にもう少し深く眠ってもらいましょう。悪夢を見ても起きない程度には……。
 そう言うと、十字架を千雨へと掲げる。すると淡い光が千雨をつつみ、すぐに消える。
 これで準備は整った。次は本人すら忘れている過去を思い出す番である。

「やれやれ、どうして聖職者の私が夢魔の真似事をしているのかしら?」

 愚痴をいいつつも、十字架から漏れる光は徐々に大きくなる。
 そのうちに十字架を中心とし、千雨とシャークティを囲むように魔法陣が現れる。

「夢の妖精、女王メイヴよ…夢への扉を、今、開け……」

 さぁ。夢の中へと旅立とう。



――お母さん
お母さん
先生
先生
なんで変じゃないの?
みんな変だよ!
なんで!?
違う! 変なのは私じゃない!
私は普通だもん!
私は……!
私が……?
私……? 私は?
私は……ワタシ?
――ワタシが……変?

――千雨ちゃん! 千雨ちゃん!!
起きなさい!
千雨ちゃん!!!!

――明後日、またバスでね!
お邪魔しましたー!

――ドジねー千雨
ありがとうね、千雨

――なんだ。
――このまま
――起きなくても……――



 魔法陣が急速に光を失う。それまで宙に浮いていた十字架が、力を無くし床の上にポトリと落ちる。
 しかし。
 シャークティは床に落ちた十字架を一瞥もせず。口を押え、部屋の外へと走り去る。
 その眼には、涙が溢れていた……。



「マスター。シスターシャークティよりメールです。」
「あん? シャークティ? 何と言っている?」
「はい。今夜20時、魔法先生とエヴァンジェリンは学園長室に集まるように。これは強制ではないが、出来る限り集まってほしいとあります。」
「……ククク。なるほど。爺め、人選を間違えたな?」
「間違い、というと?」
「適任すぎたのさ。」
「適任なのに、間違いなのですか?」
「ああ、こればかりは経験だな。すぐお前にもわかるようになる。」

 こうして、物語は加速を始める。
 千雨の知らぬところで、知らぬうちに。



[32334] 第6話 2人目
Name: メル◆19d6428b ID:671c5534
Date: 2012/03/28 00:02
「……夏休み、か。」

 そう、とうとう明日から夏休み。夢から覚める気配が全くない。悪夢のほうも以前のあれ以来見ていない。普通の夢はちょくちょく見るけど、そもそも夢の中で夢を見るのが普通なのかという話だ。
 もうあれだ、これも現実なんだと腹をくくるしかない気がしている。

「前も書いたよな~、夏休みの予定表。」

 そして今は夏休みの宿題を片付けている。小学生の頃の憧れだった、休み前半で宿題を終わらせて残りを何の気兼ねもなく遊ぶ、それを実践している最中だ。
 いまの私の学力なら小2の宿題なんて楽勝もいいところだしな。厄介なのは自由研究だけど、こればかりは朝顔の観察日記でも作らないといけないだろう。ホームセンターで植木鉢と種を買ってこないとな。
 まぁ、それは兎も角――

「温泉旅行かー。どうするかな?」

 夏休みの前半、なのはたち3人組とその家族から温泉旅行に誘われている。ゴールデンウィークに行ったらしいけど、今度は私を含めてまた行きたいらしい。
 私も温泉そのものは嫌いじゃない。けど3人はともかく、あいつらの家族となんて面識ないからなー。でも断るとアリサとか煩いんだろうし。
 金もかかるだろうから、その線で断るか? さすがにそれなら食いついても来ないだろう。

Trurururu……

 なんか電話が鳴ってるな。まぁほっといてもお母さんが出るだろう。
 さて、そうすると夏休みは何をするかな。こっちでもホームページを開設してランキング1位目指すか?
 ……無いな。むしろ小2のホームページが1位になっちゃ可笑しいだろ。子供にコスプレさせて写真とって、小2を騙る痛い親が運営してるホームページ、そんな評判になるのがオチだ。

――まぁまぁ月村さん? どーもいつも娘がお世話に……え? 温泉旅行?

 ある意味アクセス数は伸びるだろうが、私は笑いものになる気は無い。それによく考えたらコスプレ衣装作るお金もないしな。お小遣い300円とかの世界だぜ。しゃーないが。ということでホームページ作る案は却下だな。

――はい、はい、え? いや私はいいですよ~、娘だけお願いします。

 ホームページといえば、パソコンで新しいOSとCPUが出たな。グラボもか。もちろん買う金なんかないけどよ。
 前はフォトショッ○を動かしたり、ムービー撮ったりする関係でそれなりの性能のPCにしてたけど、いまの使い方なら性能なんてほとんど要らないよな。必要ないか。

――ええ、はい、はい。それでは娘に持たせるわけにもいかないですし、お金の方は後程お宅へ伺いますね。それでは宜しくお願い致します~。失礼します~。

 ネットブックも種類増えてるんだろうな。この姿で電気屋を練り歩くのも気が引けるんだけど、ショッピングセンターの中の店なら大丈夫か?
 大型専門店に一人で入るのはまずいだろうな、やっぱり。見たら欲しくなるし、いっそ行かないほうが良いか? うーん。

「ということで温泉旅行決定したわよ!」
「やっぱりかよ! 薄々気づいてたけど!」

 断る理由考えた意味無いな!? っていうかお金はいいのかよ!?

「温泉旅行なんて高いよ? いいよ、断っても。」

 夏休みなんてシーズン真っ盛りじゃねーか。割引も無いだろうし、あんま親に負担かけるわけにもいかねーし。
 あー? つっても夢、か? まぁ深く考えたらダメだろ、うん。私は私の思う通りに行動すればいいのさ。

「何言ってるのよ。温泉旅行にも行けないならそもそも私立に通わせてないわよ。」

 ……なるほど。ごもっともで。
 なんて納得してると、お母さんはソファーに座ったまま私を招きよせる。
 何だろう? そう思い近づくと、そのまま手を取られ抱きしめられた。

「うわっ!? な、なに!? お母さん?」
「それにね? 私は嬉しいのよ、パソコンとカメラくらいしか見向きしなかった千雨が、旅行に誘ってくれるような友達を作れたことが。」

 な、なんだ? お母さん……泣いてる?
 それにパソコンとカメラくらいしか見向きしなかった……って、何の話だ?

「あんたはもっと小さいころから、周りと距離を置いてたからね。お母さんが働いてて一人にさせちゃったせいよね、きっと。」
「お母さん……」
「お仕事辞めて家にいるようにしても変わらないし、遅かったって、どうしようかって一生懸命に考えてたんだけど。ふふ、そんなの関係なしに成長しちゃうのよね子供って。」

 通知表の成績も良いし、お母さんすっごく安心しちゃった。
 そういって笑うお母さんの顔はとても綺麗で、見てるこっちが恥ずかしくなってしまうほどで。

「わ、わ、わたしスーパーいってくる!」
「ふふふ、いってらっしゃーい。」

 なんだか居てもたってもいられなくて、溜まらず私は逃げ出した。
 ああ、もう。慣れてないんだ、こういうのは。



「さてさて。スーパーについたわけだけど……。」

 スーパーに行くといった手前、来ないといけない。余計な心配するだろうし。スーパーと言いつつショッピングセンターだけどな。いいんだ、うちではスーパーで通じるから。
 お小遣いを使って自販機でジュースを買おうと思ったが、生憎ジュースは上の段にあって届かない。仕方ないので下の段のコーヒーを買い、ベンチに座ってちびちび飲む。けど、やっぱ味違う……あまり美味しくない。年齢と共に味覚が変化するっていう話は本当だったらしい。
 なんてどうでもいいことを考えつつ、一方でさっきのことを考える。
 どうもこっちの私はパソコンとカメラくらいしか見向きしなかった幼稚園児……なんか自分で言ってて嫌になるな、おい。なんでそんなことになってるのか、ちょっと昔のことを思い出そうとし―



――エーン、エーン……
はいはい、千雨、怖い夢見たのね~? もう大丈夫よ~?
う……ヒック、私、変じゃないもん……
どうしたの? どんな夢みたの?
変なのは皆だもん、車より早く走れないもん……
車より早く? そんなの誰も走れないわよ。誰がそんなこと言うの?
お母さんと、先生とか……
やーね、お母さんそんなこと言わないわよ?
うん……。でも、言ってたの。
うーん、それは私にとっても嫌な夢ね。大丈夫、お母さんはここにいるし、そんなこと言わないわよ?

――エーン、エーン……
だれも、いない……
私、変じゃないもん!
うぅ……ぐすっ
ふぇ……お母さん……お父さん……
エーン、エーン……――



「いっつ!?」

 ズキリ、と。頭の奥のほうが酷く痛んだ。
 ……なんだ? この記憶は。これが私の幼少時代? これじゃ、これじゃあ、まるで……

「君、大丈夫? お母さんは?」
「ふぇ!?」

 ベンチで頭を抱えていたら、警備員っぽい格好をしたおっさんに声を掛けられた。心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
 まぁ、そりゃそうか。ガキが一人でベンチに座って頭抱えてたら、声もかけるわな、仕事柄。

「あ、だ、大丈夫です、お母さんは家で、すぐそこです。」
「そうかい? あんまり一人で来ちゃだめだよ?」
「はい。」

 素直に返事をすると、おっさんはすぐに警備の巡回に戻った。たぶん。
 くそ、仕方ない、帰るか。元々なにか買いに来たわけでもないしな。こんなところの電気屋をみてもたかが知れてるし。
 コーヒー、残ってるけど……どうしよう。捨てるか?

「処分しておきましょうか?」
「え? あ、はい、お願いしま……す?」

 なんて悩んでいると、突然後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこには典型的な修道服に身を包み、首から十字架をぶら下げた褐色のシスターが私に向かい手を差し出していた。
 すごい美人……美人なんだけど……周りから浮いてるよ、お姉さん!!

「捨てるのでしょう?」
「あ、はい。」

 すこし唖然としていると、お姉さんに促されたためコーヒー缶を渡す。お姉さんは缶を受け取ると、笑顔で手を振り立ち去って行った。
 近くに教会があるのか? あの修道服さえ除けば優しくてきれいなお姉さん、か。いや修道女属性も結構な需要があるしな。でも結構高い確率でヤンデレルートが用意されているイメージが……って、何考えてるんだ私は。
 ま、帰るか。温泉旅行の準備でもしようかな。カバンなんかはあったかな? バスタオルとか歯ブラシは要らないのかな。着替えはどれを持っていくか。
 なんて考えながら家路についた。



◇麻帆良学園長室にて◆

「皆さん、お集まり頂きありがとうございます。」
「しゃ、シャークティ君? これは一体何かの?」

 夜。麻帆良学園の学園長室には大勢の人間が集まっていた。学園長、シャークティを始めとし、エヴァンジェリン、無精ひげにメガネの男性、サングラスの男性、刀を持った女性、太った男性など、数えるときりがない。なんとか広い学園長室に収まっているといった様相だ。
 シャークティは無表情で学園長室の中心に佇み、集まった先生達は互いにヒソヒソと話をしている。

「私たちもシャークティに呼ばれて、何かあったのかと取りあえず来ているのですが……。」

 スーツを着た黒人男性がそう話す。シャークティは人を集めただけで、まだ何も話してはいないようだ。
 部屋に集まった人の殆どの視線がシャークティに集まる。ただ一人、エヴァンジェリンだけは窓際の壁によりかかり夜空を見上げている。

「私がこれから話すのは、この麻帆良の中学生の少女に起きた、いや、今この時も起きている悲劇の話です。」

 少女に起きている悲劇。そんな穏やかではない言葉を聞き、部屋に集まった面々は俄かにざわめき出す。その大半は、なんのことだ? この麻帆良で悲劇など……。といった否定的な呟きだった。
 しかし。当然耳に入っているであろうそんな呟きを無視し。シャークティは淡々と語り始める。

「私が知り得たことを可能な限り話します。その上で、皆さんの判断を頂きたいのです。」

 すべてはある少女が偶然認識阻害をレジストする体質を持って生まれたのが始まりだった。
 物心がついたころ、その少女は車より早く走る人や、走り回るロボット。そして当然、あの蟠桃を目にすることになる。
 少女は思った。

『なんでこの麻帆良にはこんなにすごいものがあるんだろう?』

 そう思った時から、少女の悲劇は始まった。
 ある日、またも車より早く走る人を見た少女は、一緒にいた母親に問う。

『なんであの人は車より速く走れるの?』

 しかし、それを聞いた母親は、車より速く走れることを凄いともなんとも思わない。当然だ、母親は認識阻害の影響下なのだから。
 だから少女の疑問に答えることも……いや、少女が何を疑問に思っているかさえもわからず、少女を理解することができない。
 また、少女のほうも"自分の言うことが理解されない"ことを理解してしまう。
 もう少し成長して、幼稚園に入っても。

『なんであの樹は有名じゃないの?』

 と、幼稚園の先生に問う。
 しかし当然、少女が何を疑問にしているかを理解されることはなく。
 次第に少女は回りの人間はみんな変だと思い始める。けど、それは。

『ひょっとして変なのは自分なの?』

 という思いを、必死で自ら否定するためで……。
 変なのは周りなの!
 変なのは私じゃない!
 そう、ずっとずっと心の中で泣き続けて!!
 だれに言っても、自分の親にすら理解されない自分の心を

『寂しくなんかないんだ』
『みんな変だから、友達なんていらないんだ』

 って!!
 ただただ必死に、自分の心を嘘で塗り固めて!!

「まさか、そんなことが……!」

 思わずといった体で、スーツを着た黒人男性、ガンドルフィーニが目頭を抑える。
 その横では刀を持った女性、葛葉刀子が表情を見せまいと俯いて口をきつく結ぶ。
 一方、無精ひげにメガネの男性、高畑タカミチは表情を無くしていき、もっとも若い男性、瀬流彦は焦った表情で学園長の傍へ移動していく。

「その少女は今にも崩れ落ちそうで……いや、もう崩れ落ちているかもしれません!! とうとう優しい夢という居場所を作り、もう起きなくても良いと、もう現実なんてどうでもよいと、そう思うまでに思いつめているのですから!!」

 ざわざわ、と。それを聞いて一気に学園長室が騒がしくなる。ある者は解決策を隣の先生と検討しはじめ、またある者はなぜ認識阻害が効かないのかを考えだす。学園長の傍には高畑と瀬流彦が寄り、エヴァンジェリンはそんな全員の様子を無表情で眺めている。
 そしてシャークティは流れる涙を拭くこともせず、最後の言葉を紡ぎだす。

「そして、少女をそこまで追い詰めたのは他の誰でもない、私たち魔法使いであり! 学園長、あなたはこの少女が苦しんでいる様子を、かなり初期から把握しているはずです!! 私は皆さんに問いたい、これは仕方の無い事なのですか!? 私達のせいで苦しむ少女を見捨てるのは、必要なことだったのですか!?」

 かなり初期から把握していた。つまり、少女がこのような状態になるまで知っていて手を打たなかった。
 そう言外に言われ、学園長室は戸惑いの空気に包まれる。そして、すべての視線は学園長へと集まった。

「……確かに。正しくは小学2年の頃から把握していたのう。」
「学園長!?」

 ガンドルフィーニを筆頭に、複数の先生が学園長の机へ詰め寄る。その後ろでは、泣き崩れたシャークティを葛葉が真っ赤な目をしたまま介抱している。
 学園長の後ろでは高畑が目を瞑ったまま佇み、瀬流彦がキョロキョロと頻りに視線を動かしている。
 そんななか当の学園長は、ため息をついて疲れたように椅子へ沈み込んだ。

「どういうことですか!? 苦しむ少女を見捨てるような真似をするなんて!!」
「ガンドルフィーニ先生、これには理由があるんだ。」
「どんな理由ですか! 高畑先生と瀬流彦君はそれを知っているというんですか!?」

 何も言わない学園長から視線を外し、ガンドルフィーニは高畑へと視線を移す。

「ああ……。その少女の担任は僕だからね。」
「そんな、AAAともあろう貴方が、どうして……!」

 信じられないことを聞いた。
 まさしくそんな表情で、目を見開き、高畑を見つめるガンドルフィーニ。高畑は眉間に皺を寄せたまま、その理由を語りだそうとし――

「いいんじゃ。タカミチ君。」

 学園長がそれを止める。
 そして椅子から立ち上がり、集まっていた先生たちの間を通り、シャークティの元へと歩み寄った。

「のう、シャークティ。お主はなぜここに認識阻害の結界があると思うかの?」
「……一般人を魔法関連のトラブルから遠ざける、ひいては守るためです。体も、心も。」
「うむ。いま考えると、もっと良い方法はいくらでもあった。魔法をばらし調査に協力してもらうも良し、小さいうちは麻帆良から出すも良し……。」

 いつのまにか、『魔法の秘匿』が、手段から目的にすり替わっておったようじゃのう。
 そう言い、学園長は全員が見える場所で頭を下げる。

「すまなかった。魔法使いの品位を下げる行為をしておったようじゃ。」

 全員が何とも言えない顔で、頭を下げ続ける学園長を見る。

「ハッ、魔法使いに品位ねぇ……。」

 静寂に包まれた学園長室に、そんなエヴァンジェリンの呟きがやけに響き渡った。



「なるほど。私を呼んだのはこちらがメインか。」

 その後。処罰や報告は後日決めるとしてその場は解散し、エヴァンジェリンはシャークティと共に千雨の部屋へとやってきた。
 千雨の部屋は夕方と何も変わらず、千雨は制服のままベットの中ですやすやと寝息を立てている。床に落ちたシャークティの十字架がなければ、あれは白昼夢だったのかと見まごう程だ。

「はい。もしかして、という思いではありましたが……。」

 シャークティは千雨の夢を垣間見たとき、千雨の心の底の一部を覗いていた。
 このまま起きたくない、こちらが現実であればいいのに。
 その思いが作用し、本来ならすぐに起きる昼寝でも、もしかしたら起きないのではないかという不安があった。そして外れていれば良いという想いもむなしく、結果だけを見れば見事に当たってしまったようだ。

「長谷川さんを起こすには、この麻帆良で一番の年寄り「マテコラ」もとい、魔法の知識があるエヴァンジェリンさんの助けが必要だと判断しました。」
「いいのか? 聖職者が吸血鬼の力なんぞ借りて。」
「自ら堕ちたわけではないのは知っていますし、神がダメだというなら改宗するまでです。」

 人を救えない宗教に、何の価値がありましょう。
 そう言うと、シャークティはベットへと歩み寄り、床に落ちていた十字架を拾い上げる。
 エヴァンジェリンはそんなシャークティの様子を見て薄く笑った。

「いい度胸だ。眠り姫を起こすのは王子のキスと相場は決まっているが、お前の場合は女王の加護を願う方が良いだろうな。」
「女王の加護、ですか?」
「ああ。要はより深く夢へと入るのさ。垣間見るだけではなく、登場人物になることで長谷川と対話してみろ。」

 まぁ、いきなり麻帆良の教師であなたを起こすために魔法で夢の中に入ってきました、なんて言ったら現実逃避が酷くなるだろうがな。
 そう続けると、エヴァンジェリンはシャークティの首筋に口を近づける。

「な、何を……?」
「手伝おうというのだ、血をよこせ。唯でさえ今日は余計なことに魔力を使ったからな。」

 思わず身を引いたシャークティだが、エヴァンジェリンの言葉を聴きその場に留まる。
 そして、つぷり、と。
 エヴァンジェリンの牙がシャークティの首へ刺さった。

「あ、んっ……」

 コクコクと、エヴァンジェリの喉が鳴る。

「良い血だ。魔力も申し分ないし……生娘か。」
「よ、余計なお世話です!」
「なに、褒めてるのさ。」

 顔を真っ赤にしたまま、しかしシャークティは動かない。
 そのまま数十秒ほどはシャークティの喘ぐ声と、エヴァンジェリンの咽下の音だけが響いていたが、やがて満足したのかエヴァンジェリンはシャークティの首から顔を上げる。

「さて。注意することがいくつかある。長いがよく聞けよ。まず夢に入っている間の現実での経過時間は正直さっぱりわからん。夢の1日がこっちの1時間かもしれんし、1年が5分かもしれん。さらには一定に流れているわけでもない。まぁ私の別荘に突っ込んでおくくらいのサービスはしてやろう。次に、夢へと深く入れば入るほど、お前は現実と同じ能力を得るだろう。だが長谷川が自然に目覚めない場合は死につながるし、夢の中の長谷川に死んだと認識された場合も死だ。長谷川本人が死んでも死だ。まぁ……あとは長谷川が認識していない夢の中がどうなっているかもわからん、気をつけろ。覚えたか?」
「は、はい……なんとか。」

 突然の長口上に若干目を回しながらも、なんとか飲み込んで頷くシャークティ。
 それで、お前はどの程度の深さで夢へと入るのだ?
 そう問われたシャークティは、迷いのない顔で即答する。

「もちろん、最大限深くです。」
「まぁ、こいつの夢の中にそんな危険があるとも思えないが……いいのか?」
「当然です。」

 そうか。そう言ってニヤリと笑い、エヴァンジェリンはさっそく詠唱を始める。

「しくじるなよ? 私はお前を気に入った。」
「吸血鬼に気に入られるとは、いい気がしませんね。」

 ははは、いい度胸だ。
 そう言った後に、静かに魔法は発動した。

「……私の時には、こんな聖職者は居なかった、な。」

 私の運が無いだけか?
 そうつぶやくと、エヴァンジェリンは二人を運ぶため絡繰を呼ぶべく、携帯電話と格闘を始めるのだった。



「よかったのですか? 学園長、理由を話さなくても。」

 エヴァンジェリンが電話で絡繰を呼んでいる頃。人が殆ど居なくなった学園長室に、高畑の声が響き渡る。

「あれでいいんじゃよ。どう言い繕っても、悪いのは儂じゃ。」

 学園長はいつもの椅子に座ったままお茶を飲み、高畑は窓を開けて煙草を吸っていた。

「長谷川君の件はいまだに腑に落ちないままではあるが、別のやり方があったのも事実じゃ。」
「あの時は、様子見が最善だと思っていたんですけど、ね。」

 高畑はなんともやりきれないといった面持ちで、外をみたままそうつぶやく。

「僕たちの正義は、古いのですかねぇ……。」
「なに、新しい正義がすべて正しいわけではないように。古い正義もまた、そぐわない場面がある。それだけじゃ。」
「新しい正義が、長谷川君を救ってくれれば良いですね。」
「侘びの言葉を考えておかねばのう。一緒に考えるか?」
「遠慮します。言い訳がましくなりそうだ。」
「おぬしも酷いこと言うの……。」



[32334] 第7話 温泉旅行
Name: メル◆19d6428b ID:671c5534
Date: 2012/03/31 00:51
「みんなで露天風呂行こうよ!」
「「さんせ~~い!」」

 ……元気だな。あいつら。
 というわけであっというまに温泉旅行の当日になった。1泊2日なので大した荷物は持ってきていない。着替えとノートブックくらいだ。あとトランプとか。本当ならノートブックは部屋の金庫に入れておきたいんだけど、まぁ大丈夫だろう。
 部屋の隅にカバンを置いて窓の外を見る。山奥だなー、あんまり有名な温泉じゃないらしいけど、温泉地ってのはどこも山奥なのか? なんてどうでもいいことを考えていたら、突然脇の下に手を入れられて抱き上げられた。

「さぁ、千雨ちゃんもお風呂にいくよー!」
「み、美由希さん!? ちょ、ちょっと、放してください! 歩きます!」
「いーのいーの。」

 く、この人もやっぱりなのはの姉か! 強引な所がそっくりだな! 私は全員の前で抱き上げられたまま風呂へと連行される。
 ちょ、は、放せ!

「あ、いいな~美由希。私も抱かせてよ。」
「はい、ど~ぞ~。」

 今度はそのまますずかの姉の忍さんに渡された。私は荷物じゃないっての!
 なんて抵抗もむなしく、私は後ろ向きに抱き上げられたまま脱衣所まで連行される。
 はぁ、なんで私のまわりにはこうバイタリティ溢れる人しかいねーんだ? もっとすずか並に落ち着ける人はいないのかよ……。
 ため息をついてそんなことを思っているうちに脱衣所へ到着。やっと開放されて服を脱ぎ始めるも、ガキ共3人はソワソワと落ち着かない様子だ。
 何となくガキがやりそうな事を思いついた私は、少し急いで3人より早く服を脱ぐことにした。
 そして、全員が脱ぎ終わり――

「お風呂だー!」
「走るな! 跳ぶな! まず洗え!」

 風呂場に入った瞬間露天風呂へ突撃しそうだったアリサをまず止める。私の後ろでは、すずかが同じようになのはの手をつかんでいた。
 アリサだけかと思ったけど、おまえもか、なのは。転んでケガしてもしらねーぞ?

「わ、わかってるわよ、当然じゃない!」
「にゃはは……。」
「4人の中では千雨ちゃんが一番お姉さんね~。」
「……手のかかる妹達です。」

 ていうか一人はあんたの妹だろ、美由希さん。



「私コーヒー牛乳!」
「私はオレンジオレ!」
「私はフルーツ牛乳かな?」

 一先ず温泉も満喫し、お風呂から上がって皆で浴衣に着替えた後。温泉では、というか銭湯とかでも定番の牛乳タイムだ。売店にはもちろん他の飲物、コーラやサイダー、オレンジジュースなんかもあるが、やっぱり風呂上りには牛乳系だろう。
 売店の方もそれをわかってるのか、ラインナップも牛乳系が一番多い。
 さて、私はコーヒーか、フルーツか、ちょっと変わり種でイチゴかオレンジか。お、バナナもあるな。ただの牛乳もあるけど、無視だな。

「千雨ちゃんは何にする~?」
「んー……バナナオレでお願いします。」

 ま、みんな被らないように頼んでるしな、私も別のを頼んでおこう。そうすれば絶対に、

「千雨ちゃん一口頂戴!」
「私も、ちょっと交換しましょう!」

 こうなると思ったんだよ。
 個人的には一気に全部飲んじまいたいんだけどな、まぁこいつらに付き合うさ。

「はいはい、ちょっとずつなー」

 4人で牛乳の回し飲みなんかをしていると、部屋がある方から一人の女性客が歩いてくるのが見えた。売店の位置はちょっとずれてるからな、別にこいつらが邪魔になることは無いんだが、なんとなくその客を目で追う。
 なんか、見たことがあるような、無いような……って。

「あ、あの時の修道女だ。」
「あら? ショッピングセンターで会った子ね?」

 そうだそうだ、私服だから一瞬だれかと思っちまった。でも日本人離れした、つーか日本人じゃない綺麗さっていうのは中々忘れないもんだな。褐色なのも覚えてた一因か。目が合ったシスターがこちらへと寄ってくる。一応挨拶しておくか。

「こんにちは。」
「はい、こんにちは。ご家族で旅行?」
「いえ、友達の家族と、です。」

 1回ゴミを捨ててもらって、今日も偶然会っただけの関係だ。当然話題なんて無いから挨拶程度しか喋ることは無い。けど、その挨拶もろくに終わらんうちに、何か知らんが忍さんが私と修道女さんとの間に割って入ってきた。

「どうも。千雨ちゃんのお知り合いですか?」
「いえ、知り合いというほどじゃ無いんですが……。」

 うん、一回缶捨ててもらっただけだしな。
 あと、何か忍さんが妙に警戒してる、のか? 修道女さんもなんだか困っている様子だ。あれか、知らない大人についていくな的な奴か。
 自分がそんな風に思われている、そう感じれば居心地も悪くなるだろうな。顔見知りは私しかいねーんだし。

「ねぇねぇ、千雨。あの綺麗な人何よ?」
「あ、ああ? この間ショッピングセンターでちょっと世話になったんだけど、」

 アリサがシスターについて聞いてきたが、誰と言われても困る。修道女の格好をしてショッピングセンターをうろついていた人としか言えない。
 流石にそれじゃ可哀相なので、途中で言葉を区切り困ったような顔の修道女さんを見る。
 するとばっちり目が合い、頷いてくれた。よかった、言わんとしていることが伝わったみたいだ。
 修道女さんは、しゃがんで私に目線を合わせてくれた。

「そういえば、名前も知らないままよね。私はシャークティっていうの。よろしくね?」

 そう、ニコリと笑って自己紹介をしてくれる。

「はい、私は長谷川千雨です。この間はありがとうございました。」
「そう、千雨ちゃんね。よろしく。」

 そう言い、おそらく私の頭を撫でようと手を出そうとする。
 不本意ながら最近は撫でられ慣れているし、別にそう意識する必要も無いし、されるがままで良いかと思ってたんだけど――

「私は月村忍といいます。」
「はいはい! 私はアリサ・バニングスです!」

 私とシャークティさんの間に入りながら自己紹介を返す忍さん。
 ……? なんとなく、だけど。忍さん、いま、遮ったか?
 そんな違和感を残したまま、その流れで全員が自己紹介を終える。ちなみに男性陣はもう運動場、というか卓球場に移動していてこの場にはいない。

「皆さん泊まられているのですか?」
「ええ、一泊する予定です。」
「そうですか。では縁があればまた後程。」

 忍さんとそんな会話をし、シャークティさんは温泉へと歩いていった。

「……気のせいかしら?」
「ふ、不自然だったかしら……?」

 そんな、2人の呟きが、聞こえた気がした。



「えい! はぁ!」
「ちょ! よ、っと、ちょっとー!?」

 ……あー、なんだ。こっちにもいたよ非常識。しかもよりにもよってお前か、すずか。
 いま目の前では美由希さんとすずかが卓球対決している。美由希さんは剣道みたいなものを習っているらしく、女性っぽい鈍さは全くない。強さの基準なんかは全然解らんが、まるで向こうの武道四天王のような綺麗で素早い動きで卓球している。
 それはわかるんだ、高校生だし。武道を習ってるらしいしな。全然不思議じゃない。
 けどすずか、それに対等に勝負してるお前はなんなんだと。
 ちなみに声だけ聴けばすずかが押しているようだが、実際には美由希さんが一歩リードといったところか。

「ふふふ、やるわね、すずかちゃん。」
「美由希さんこそ凄いです、勝てそうにありません。」

 どこの熱血ものだ、まったく。
 でもまぁ、この台はまだいいんだ。すずかが小学2年のくせに高校生と渡り合ってるだけだしな。以前見た中国のプロリーグの試合なんかと比べれば劣ってるんだろう。たぶん。
 その一個向こうの台もいいさ。アリサとなのはがピンポン卓球してるだけだしな。
 けど問題は、私の後ろ側、卓球場の一番隅の台で――

「うおおお! まだ負けんぞ~~~!!」
「今度こそ勝つ!!」

 ――高町親子の人外大戦が繰り広げられてるんだ。……はぁ。もう玉がどこにあるのかすらわからん。
 夢の中でもトンデモ人類は居るらしい。実は麻帆良に毒されているのかな私は。

「夢中になりすぎじゃないかしら。あの人たち。」

 救いといえば忍さんがあいつらを変な目で見てることだな。あれは常識外ってことには違いないらしい。トンデモ人類は兎も角、トンデモ常識は麻帆良で十分だ。

「凄すぎじゃないですか? なのはのお兄さんとお父さん。」
「そうねぇ。他の人の目もあるのに……。」

 忍さんが呆れたような口調で言う。それでもあんな動きが出来ることそのものは否定しないんだな。
 暫く終わりそうにないが、忍さんと並んで無言で高町親子の試合を見ている。スコアの動きを見るに士郎さんが一歩リードか。
 反射神経とかどうなってるんだろうな。0.1秒がどうのこうのって話はどこに行った? そんな事を考えていると、忍さんが突然私の方を向いてこんな事を聞いてきた。

「そういえば、千雨ちゃんはさっきの人とはどこで知り合ったの?」

 さっきの人、というのはシャークティさんか。知り合ったってほど大げさな話でもないんだけどな。
 別に隠すことでもないので、私はショッピングセンターでの経緯を忍さんに説明する。

「びっくりしましたよ、振り返ったら修道服きた美人の外人さんがいるんですから。」
「修道服、シスター……キリスト教、ね。」

 それを聞いた忍さんはまた考え込む。
 ……なんだ? シャークティさんに何かあるのか?

「千雨~! なのはと交代よ!」
「にゃはは、負けちゃった。」

 っと、アリサが呼んでいる。いまだに考え込んでいる忍さんが気になる、けど。
 まぁ良いのかな?

「はい、千雨ちゃん、ラケット。」
「お、おう。」

 ま、いいか。あんまり気にしてても仕方ないな。もし何かあればまた聞いてくるだろう。
 気を取り直してスコアボードを見ると、アリサ対なのはのスコアは21-4だ。何試合やったのか知らないけど、なのはは卓球弱いらしい。予想通りだけどな。学校の体育でも似たようなものだ。

「ふふふ、悪いけど私が勝つわよ?」
「そう簡単には負けねーぜ?」

 そうしてアリサとの試合が始まった。



「あー、もうちょっとだったのにー!」

 危なかった。経験では私が勝ってるはずなのに、なんだかんだで22-20とギリギリの勝負になっちまった。
 アリサもスペック高いんだよなー。かわいいし、頭いいし、性格もいいし。運動も出来る、と。
 なのはは……まぁ、あれだ。欠点があった方が可愛いしな、うん。

「次、私と千雨ちゃんね~!」

 そんなことを考えていたらアリサとなのはが交代する。さてさて、少し手を抜いてやるか。嫌味にならないよう注意しないとな。
 2人が交代している間に、そういえばあの人外大戦がどうなったかなと思い、卓球場を見まわしすと。

「あれ? 忍さんは?」
「さぁ? わかんない。」

 なーんか、嫌な予感がするけど……。ま、いいか。



◇海鳴温泉浴場にて◆

「やっぱり不自然だったかしら?」

 夏休みともあればいつも温泉客で賑わうこの温泉だが、今日は夏休みに入ったばかりなのに加えまだ日が高いとこも手伝い、ポツリポツリと入浴者がいる程度。
 そんな入浴客の一人、褐色のシスター、シャークティは屋内の湯船につかったまま、うずくまるように顔を伏した状態でぶつぶつと独り言を呟いていた。

「でも、街中で何度も偶然を装うのも無理があるし……。この機会に一気に仲良くなれれば良いんだけど。」

 肌が褐色なだけに判り難いが、よく見ると顔に汗が浮かび微かに上気し、決して湯船に入ったばかりでは無いことが伺える。
 そんな美人が独り言を呟いているというのは、一種異様な光景だ。美人じゃなければ良いというものでもないが、妙な迫力がある。ましてやそれが外国人ともなれば、基本的には排他的な日本人だ、進んで近づこうとするものではない。
 他の湯船も十分に空いているのだ。いつのまにかシャークティの周りには客がいない状態が出来上がった。

「ああ、でもこっちでも普通にお金がかかるなんて……。よ、夜はおにぎりかしら?」

 お金が無い事を嘆くシャークティ。うずくまったままイヤイヤと首を振っている。
 すると、そこへ近づく温泉客が一人。しかし当然シャークティがそれに気づくことは無い。

「せっかく温泉に来たのに、素泊まりなんて……。ああ、でも、お金無いしなぁ……。」
「あら。素泊まりなの?」
「わひゃぁ!?」

 独り言を聞きつけた女性、月村忍が声を掛ける。
 誰かが自分に声を掛けるとは思ってもみなかったシャークティは、大げさなまでに驚いた。

「そ、そこまで驚かなくても。」
「あ、い、いえ! ちょっとびっくりしちゃいまして!」

 そう。
 短く返事をし、忍はシャークティの隣に座りこむ。
 腰が引けていたシャークティも直ぐに落ち着き、同じく湯船につかり足を伸ばした。

「折角温泉に来たのに素泊まりは寂しいんじゃないかしら。一人で来たのですか?」
「はい。温泉は好きでたまに来るのですが、ちょっと今は持ち合わせが無く。」

 バイトとかも探していたのですが。
 そうシャークティは説明し、そのまま二人は沈黙してしまう。
 忍は何やら考え込んでいる様子で、シャークティはそんな忍を見て落ち着かない様子だ。だが動くに動けず、気まずい空気が二人の間に漂う。

「ねぇ。」
「あ、あの!」

 その空気を払拭しようとシャークティが思い切って声を掛けるも、それと同時に忍が何やら発言しようとし声が重なる。
 しまった、余計に変な空気になった。そう思ったか、シャークティは忍の発言を促す。
 それを受けた忍は、一つ頷き、そのまま言葉を続けた。

「あなた、修道士なのよね? ちょっとバイトしない?」

 受けてくれれば食事代くらい出すわよ? そう忍は続ける。
 それを受けたシャークティは、しかし今まで狼狽えていたのが嘘のような態度でこれを否定した。

「私は確かに神に仕える修道士です。しかし、お金のためにやっているのではありません。」

 バイトするのは吝かではないですが、修道士としての働きに対価を受け取ることはありません。
 そう続けられた忍は思わず苦笑する。
 今時立派な聖職者が居たものね。そう呟くと、朗らかに次の言葉を発する。

「別にそんな難しく考えることはないわ。ちょっとしたお悩み相談室よ。」

 そうしてシャークティの返事も待たず、次の言葉を発した。

「あるところに一匹の狼がいました。その狼はとても大喰らいで、いつもお腹を空かせています。
 ある日お腹を空かせた狼の前を、一人の旅人が通ります。狼は言いました。
『何か食べ物を持っていないか?』
 しかしそれを聞いた旅人は、涎を垂らし牙をむき出しにした狼を見て、荷物を落とすのも構わず逃げ出してしまいました。
 旅人が落とした荷物から食べ物を漁り、なんとか飢えを凌ぐ狼ですが、またある日。狼の元に人間の狩人がやってきて、こう言います。
『お前は人を食べようとした狼だな。俺が殺してやる!』
 そうして、狩人は狼に襲い掛かります。狼は逃げましたが、あまりに執拗に狩人が襲ってくるので、とうとう反撃してしまいます。反撃を受けた狩人は、弓矢を落とすのも構わず逃げ出しました。
 また数日後。今度は人間の軍隊がやってきてこう言います。
『お前は幾人も人を喰らった狼だな。俺たちが殺してやる!』
 さすがにこれには敵わない狼、必死に逃げますが、とうとう殺されてしまいます。
 しかし狼には子供が居ました。この子供は小食で、人に迷惑をかけることはありません。しかし軍隊はそのまま子供を見つけては殺し、見つけては殺し。とうとう狼の家族は絶滅してしまいました。
 さて、狼達は悪だったのでしょうか?」

 シャークティはしばらく考え込む。ただ返答するだけなら簡単だ。悪では無い、そう答えるだけなのだから。
 しかし修道士たる自分にわざわざ問いかけてきた意味を考える。
 ややあって。

「悪では無いでしょう。その話の中に悪者がいるとしたら、それは人の内面です。
 自分を悲劇のヒーローにしたい自己顕示欲。狼を倒すという名誉欲。狼を敵といいつつ、その敵を知ろうとしない無知。
 これらはどんな人の内面にもあり、決して無くすことはできません。それこそが人を人たらしめるものであり、そのことを自覚することこそが必要なのです。」

 そこまで言うと言葉を止める。それを聞いた忍は、笑顔で返答した。

「それを聞いてちょっと安心したわ。言葉だけで信用できる物ではないけれど、少なくともそういう考えを持ってるってことだし。」

 だいたい、魔法か何かを使うキリスト教徒っていうのも可笑しい気がしたのよね。
 そう、何気なく付け加えられた忍の一言に。シャークティの警戒心は最大限にまで引きあがった。

「な!? 何を言っているのです!?」
「そうびっくりすることでも無いでしょう? キリスト教がいつも言っていることじゃない、魔法や呪術は邪悪な物だ、奇跡こそが神から与えられた御技であるって。それにこの時期に温泉旅館が素泊まりさせるわけないじゃない? 人の意識誘導は奇跡には分類されないわよね、絶対。」

 大丈夫よ、言いふらしたりしないから。
 そうにこやかに言い放つ忍をみて、シャークティはガックリと肩を落とす。

「そうですか、変でしたか……。」
「どんな理由があるのか知らないけれど。私たちに危害を加えないのなら気にしないわ。」

 それはあり得ません。神に誓い、私は誰かに危害を加えるために近づいたのではありません。
 そう言うと、シャークティは口元まで湯船に沈み込んだ。

「しかし、なぜ私が誰かに危害を加えると思ったのです?」
「え? いや、あはは、魔法使いは疑え、は様式美でしょう?」

 じゃあね、また後で。
 ぶくぶくと泡を立てながら喋るシャークティに対し、そう笑ってごまかして忍は脱衣所へと歩いて行った。

「……つまり。ここにはやっぱり魔法がある。それどころか奇跡も呪術も、他の類も、ある?」

 でも、なぜ? 長谷川さんの夢なのに?
 そう呟き、シャークティはまた思考の渦へと沈み込んだ。



◆1時間後◇

「……何やってるんだ? シャークティさん。」
「の、のぼせました……。」

 卓球場にいつの間にか忍さんが帰ってきて、今度は全員でトーナメント戦なんかをやった。組み合わせは阿弥陀くじで決めたんだが、私は2回戦で恭也さんと当ったので早々にリタイヤだ。
 卓球場ではまだまだトーナメントの最中だが、あの様子だと決勝は高町親子だろう。
 そのまま観戦してても良かったんだが、私と同じく1回戦で恭也さんに負けた美由希さんが散歩に誘ってきたので二人で喋りながら適当に歩いていた。
 で、温泉の外のソファーで死にそうになっているシャークティさんを見つける、と。

「だ、大丈夫ですか? 部屋まで連れて行きましょうか?」
「ぅ…………」

 美由希さんが声を掛けるも、完全に目を回したままのシャークティさん。思わず美由希さんと目を合わせるも、本人がこの状態じゃどうしようもない。
 仕方ない、私たちの部屋に連れて行くか? でもあまり知らん人を連れて行くのも気が引けるよなぁ。

「んー……でも仕方ないよね。シスターさんなら大丈夫でしょ。」

 そう言い、美由希さんがシャークティさんを横抱きで抱き上げる。
 シスターだから大丈夫っていうのも、まぁ解らなくは無いが。このままソファーに転がしておくわけにもいかねーしな。
 そうして部屋に着いた私達、私が先に入りさっさと布団を出して、美由希さんがその上にシャークティさんを寝かせる。
 あー、のぼせたときは頭を冷やすんだったか? タオルを濡らして持って来ればいいか?

「うーん、一人で寝かせておくわけにもいかないし。私たちはこのままお留守番かなー?」
「そうですね。」

 そんな会話をしながら、濡らしたタオルをシャークティさんの頭に置く。やれやれ、どうするか。とんだ世話のかかるシスターだ。
 美由希さんは読書を始めたし、私もネットでもするかと、ネットブックを取りに行こうとし……ガシッと、腕を捕まれた。

「お、っと、うわっ!?」

 何故か知らんが、シャークティさんに引っ張られて布団の中に引きずり込まれ、抱きしめられる。
 ちょ、は、放せ!?

「千雨ちゃん寝てもいいわよー。タオル交換くらい私やるし。」

 いや、そうじゃなくて! 助けろよ!
 つっても、のぼせて倒れた人の前で暴れるわけにもいかねーし。シャークティさんは離してくれないし、美由希さんは助けてくれないし。
 困った、どうするか……。
 こう抱きしめられると、のぼせて体温が高いことも手伝ってか、妙に温かくて。
 眠く、なっちまう、んだよなぁ……。

――千雨ちゃん。
大丈夫、私は何があっても貴女の味方だからね。
だから、どうか。心を、開いて――

「ご、御免なさい! 申し訳ありません!」

 ん……しまった、完璧に寝ちまった。私は誰かが謝る声で目を覚ます。
 まぁ誰かっつっても、一人しか居ないわけで。

「まぁまぁシャークティさん、元気になって良かったわ~。」

 予想通りシャークティさんが土下座せんばかりの勢いで、なのはの母親である桃子さんに謝っている。
 私が寝てる間に、卓球組も全員部屋へと帰ってきたらしい。
 今はみんな食事の準備をしていて、桃子さんがシャークティさんの相手をしているようだ。

「介抱されただけでも申し訳ないのに、この上食事をご一緒するするなどとんでもありません!」
「えー、でも素泊まりなんでしょう?」
「はい、でもお支払いできる持ち合わせもありませんし……。」

 なんだ、いつの間にかシャークティさんを晩飯に誘っているのか。
 それを断るシャークティさんと、なお誘う桃子さん、と。お人よしっぽいからなー、これはどっちが勝つか。
 それにしても素泊り? この時期に?

「大丈夫よ、修道士さんとお話しできる機会なんてそうそう無いし。子供たちも喜ぶわ。」
「そういえば、シャークティさんはバイトを探してるらしいですよ?」
「まぁ! それじゃ私のお店でバイトしない? ちょうど人を増やそうかと思ってたのよ!」
「お金を気にするなら、そこの給料から天引きすれば良い。」
「え? いや、あの……。」

 忍さんと、なのはの父親である士郎さんも勧誘側に参戦、と。これは勝ち目ないな。

「それにもう一人分増やしちゃったし! ね?」
「は、はい……。」

 そりゃそうなるわな。
 こうして、私たちにシャークティさんを迎えたメンバーで夜の宴会を迎えることになった。
 なんだかんだで全員シャークティさんと仲良くなり、酒が入ったシャークティさん相手に妙にドギマギした恭也さんが忍さんと美由希さんに襲われたり、またシャークティさんが私に抱きついて離してくれなくなるなど色々あったが、楽しく過ごすことが出来た。
 結局私を離さず寝ちゃったために、そのまま私たちの部屋に泊まり、翌朝一騒動あったが……。
 帰るときも、バスで来たというシャークティさんを乗せて皆で帰った。

「それじゃ、明後日からここ翠屋に来てね!」
「はい、お世話になります。」

 まぁ、楽しかったし。温泉旅行行ってよかった、かな?



[32334] 第8話 少女達の戦い
Name: メル◆19d6428b ID:671c5534
Date: 2012/03/30 23:00
 温泉旅行から帰ってきた翌日。とくに当てもなく一人でショッピングセンターをブラブラしていると、シャークティに出会った。

「あれ? 買い物なの?」
「ええ、喫茶店でバイトするとなると、いろいろ必要で。」

 どうやら資金はまたも前借したらしい。大丈夫か、最初の給料無いんじゃないか?
 聞くと、仕事に必要なものは翠屋で用意するから、そこまで高い買い物じゃないようだ。髪留めとかハンカチを増やす程度らしい。それなら、まぁ高くならないか。
 その後もいろいろ話を聞くと、どうも今は教会でお世話になっているらしい。それなら教会で働けばいいじゃん、と言うものだが、教会の仕事は家事みたいなものでバイトが始まる前と終わった後でも十分出来るとか。生きていくための最低限以上のお金をお布施から賄うことは出来ないんだと。
 ベンツ乗り回してる坊主とはえらい違いだ。ま、神父にも似たような奴はいるだろうが。
 ほかにもシャークティと色々話をしながら買い物に付き合った。
 モップやら児童書やら教会で使うものも買っていたので、荷物持ちに教会まで一緒に行く。つってもこのなりじゃ大したもん持てねーけど。

「ごめんね、持ってもらっちゃって。」
「いいよ、暇だったし。教会の中も見てみたいしな。」

 なんて会話をしながら二人で歩く。天気もいいし、絶好の散歩日和だ。これがもう少し陽が高くなると、暑くてそれどころじゃなくなるが。
 ちょうど公園に差し掛かり、私はベンチに荷物を置いて一息つく。長物は運びにくいんだよ。
 シャークティがジュースを奢ってくれるというので、二人で自販機に行こうとし――

「きゃあぁぁぁ!! 誰かー!!!」

 叫び声が、聞こえた。
 なんだ? 叫び声!? こんな真昼間から!?
 私たちは叫び声がした方向に振り向く。
 遠くてよく見えないが、黒いワゴン車に無理やり乗せられそうな、金髪と黒髪の、小学生くらいの……って、

「アリサ! すずか!」

 くそっ! なんだ? なんでだ!? なんであいつらが誘拐されそうなんだよ!?
 とにかく、近づいて、止めねーと!
 止めねーと、って……

 バンッ! と。そう、今まで聴いたことが無い音がして。
 男の一人が、黒いものを金髪の少女に向けていて。
 金髪の方が、後ろに倒れて。
 そのまま抵抗が無くなった二人を乗せて、黒いワゴン車が走り出した。

「おい……うそ、だろ?」



◇◆

 走り去る車をみて、シャークティは荷物を地面に置く。そしてしゃがみこみ、呆然としている千雨に視線を合わせた。

「千雨ちゃん、ここで待っててね?」

 そういい、千雨を抱きしめながら頭を撫でる。
 大丈夫、私に任せて。
 耳元でそう呟いた後、懐から十字架を取りだし、車が去った方向へ走り出す。

「何なんだよ、一体……。」

 そんな千雨の呟きに反応する者は、いなかった。



「アリサちゃん、アリサちゃん!」

 車の中では、気を取り直したすずかがアリサの名前を懸命に呼んでいた。
 しかしアリサは肩から出血し時折苦しそうなうめき声を出すのみで、すずかの呼びかけに答えることは無い。
 アリサに近づこうとするすずかだが、それも男の一人に拘束され動くことは敵わない。

「予定通り、このまま船に乗り移るぞ。」
「しかし、ガキ二人誘拐するだけであの金額とは。ボロいですね。」

 運転席と助手席では、男二人がそんな会話を交わしている。
 運転者は厳しい顔つきのままハンドルを握り、もう一人は銃をもったままにやけた表情を隠せずにいた。

「無駄口たたいてる暇があれば警戒していろ。金額が高いのには何だって訳があるんだ。」

 へいへい、と。助手席の男はそう返事をするも、今度は外ではなく後ろを見る。
 いまだアリサの名前を呼び続けるすずかを視界に入れ、今度は右手で玩んでいた銃をすずかへと向けた。
 銃口を顔に向け、引き金に指を掛け。いつでも発砲出来る状態だ。

「騒ぐんじゃねーよ。」

 そう、一言。銃を向けられ、引き金に指がかかっている様子をみて、すずかは思わず沈黙する。
 いい子だ、素直なガキは嫌いじゃないぜ。
 そう言われ、しかし反論することも敵わず、ただ涙を流す。

「見えたぞ、船だ。」

 運転手がそう言う。みると前方には海が広がり、海岸にはクルーザーが一台停泊している。船からは煙が上がり、エンジンがかかっていることがわかる。
 信号も無い一本道だ、瞬く間に車は船へと到着し、男たちはアリサとすずかを連れ車から降りた。

「は、離して!」

 車から降ろされ、船へと乗せられそうなすずか。これに乗っては終わりだ、そう思い懸命に抵抗するも――

「おいおい。自分だけ助かろうっていうのか?」

 そう、助手席にいた男がアリサの米神に銃口を突き付けて言う。
 すずかは体を強張らせ、唇を噛みしめるも、抵抗するのをやめた。

「はは、いい子だ。」

 それを見た男はニヤニヤと笑いながら、意識のないアリサを船へと放り投げた。

「アリサちゃん!!」

 続いてすずかも男に抱かれたまま船へと乗り移り、とうとう船は走り出す。

「う、っく……何なのよ、あんたら。」

 船へと投げ捨てられ、したたかに全身を打ちつけたアリサだが、どうやらその衝撃で目を覚ます。
 しかし、いや、当然というべきか。いつもの溌剌とした輝きは鳴りを潜めるが、変わりに肩を押さえながらぎらぎらとした目で男達を睨み付ける。
 船が出たことで拘束を解かれたすずかは、アリサへと走り寄りその体を抱き上げた。
 男達は少女の言葉など意に介さず、それぞれ銃を手に持ち離れ行く陸を見たり、雲を眺めたりと様々だ。

「なぁ、こいつらで楽しんでもいいんだろ?」

 ふと思いついたように、助手席にいた男が少女達を見て言う。
 楽しむ。その意味を理解した二人は、おもわず互いの体を抱きしめあった。

「へ、変態! 近寄らないで!」
「ほう、意味がわかるのか。」

 にやついた顔で言われ、アリサは羞恥と怒りから顔を赤くする。すずかはただアリサにしがみつき、顔を青くしてガクガクと全身を震わせていた。
 男はそんな二人の体を舐め回すかのように見つめている。

「お前の趣味はわからん。」
「何も最後まで期待しちゃいねーよ。反応見るだけでも楽しいんだぜ?」

 そう言いながら近づく男。アリサとすずかは懸命に後ずさるも、とうとう船首へとたどり着く。
 背中が壁に当たり後ろを振り向くも、もう後がないのを見て二人は絶句する。

「金髪のほうは好きにしろ。意識がしっかりした状態で依頼人の元へ連れて行く、それが条件だ。」
「つまり殺しと薬以外は何でもいいんだろ?」
「ああ、それは依頼人がやるらしい。バニングスグループへの意趣返しだとさ。」

 身代金目的なら、チャンスがある。そう思っていたアリサだが、男たちの会話を聞き絶望に捕らわれる。
 このままどこかへ連れ去られ、家への連絡もされないのでは、もう救いは無いように思われた。

「黒髪の方は売り物だから、傷はつけたくないんだが。あぁ、再生するらしいから試すか?」
「あん? 再生するって、どういう……」
「イヤッ! 言わないで!!」

 再生。その言葉を聞いた途端、すずかは大声で男の言葉を遮る。そしてイヤイヤをするように、両手で耳をふさぎしゃがみこむ。
 しかし。
 その程度では、言葉を遮ることなんか出来ず。

「依頼人が言うには、いわゆる吸血鬼なんだとよ。本当なら高値で売れるぞ、案外お友達の血に欲情してるんじゃないか?」
「イヤッ! 違うもん!!」
「ちがわねーよ、夜の一族。超レアものだ。」
「イヤーーー!!」

 そう、叫び。しかし、気づけばアリサの傷口を見ている自分に驚き、突き飛ばすかのようにアリサを押しのけ距離を取る。
 力が入らないアリサは、そのまま壁へと叩き付けられた。

「いたっ!?」
「あ、ご、ごめん!? アリサちゃん!」

 友達の血に欲情してるんじゃないか?
 そんなことは無い。私はただ傷が心配だっただけだ。
 そう必死に思うも、心のどこかで肯定している部分があるのか、すずかはアリサに近づくことが出来ない。
 もしまた傷を、いや、血を凝視してしまったら。
 匂いを嗅いだら。
 口に入ってしまったら。
 大好きなアリサの血だ。
 それは、とてもとても、魅力的な……

「はは、やっぱり欲情してたか? さすが化け物、吸血鬼ってのは当たりらしいな。」
「あっ!? わ、私!?」

 思わずアリサを見ながらボーっとしてしまったすずかだが、男の言葉で我に返る。
 しかし再度高揚して赤くなった肌を隠すことは出来ず。

(これじゃ、まるで。本当に、化け物……!?)

 そう、すずかが思ったとき。

「ふざけんじゃないわよ!!」

 アリサの怒声が、船上に響き渡った。

「吸血鬼だか、化け物だか知らないけど、すずかは私の親友よ!」

 そう、言いながら。アリサは未だ出血する肩口を抑えながら、立ち上がる。
 足元にはポタポタと血が垂れ落ち、顔色は青いままながらも尚、気丈な顔つきで男達を睨み付けた。

「夜のなんとかが何だっていうのよ! 舐めるんじゃないわよ!」
「気の強い御嬢さんだ。その化け物が、実はお前の血を狙って近づいたとしても、同じことが言えるのか?」

 男はそういい、銃口をアリサへと向ける。銃口を向けられて一瞬ひるむアリサだが、しかし一度すずかを見るとしっかりと頷き。
 再度、銃口を向けている男へと向き直った。

「当り前よ! 血が欲しいなら上げるし、なんなら私も吸血鬼になったっていいわ!」

 くっ! 大声を出して傷に響いたのか、そう息を止め肩を押さえてうずくまるアリサ。
 しかし息を整えると、再度立ち上がり啖呵を切る。

「だいたいすずかがそんなことするわけないじゃない! あんたたちの方がよっぽど化け物らしいわ!」
「ほぅ、よく言った。」

 バンッ! と。再度銃声が響き渡る。

「っぁああああ!」
「アリサちゃん!!」

 今度はアリサの左腕、二の腕を抉るようにして銃弾は跳んで行った。これで両腕が使えなくなり、床に倒れこむアリサ。すずかは今度こそアリサに駆け寄ろうとするも、またも男に腕を掴まれ近づくことが出来ない。

「ほら、どうした? この化け物に血を与えてみろよ。出来るんだろ?」

 床に倒れこんだアリサの周りに、ゆっくりと、しかし確実に血だまりが広がっていく。アリサは何とか立ち上がろうともがきながら、顔をすずかに向ける。

「すず、か。待ってなさい……血を、上げる、くらい。へっちゃら、なんだ、から。」
「だめ! アリサちゃん、動かないで!」

 アリサがもがけばもがくほど、床の血痕は広がっていく。すずかは涙を流しながら、もういいと、動かないでと、懸命にアリサに呼びかける。
 しかし。
 アリサはもがくのをやめず、這いつくばりながら、徐々に徐々に、すずかへと近づいていった。

「死にませんか? あれ。」
「あのくらいじゃ死なねぇよ。少なくとも今日中は、な。」

 どうせ明日を迎えることはないんだ、いいだろ。
 男たちは今尚もがくアリサを見つめながら、そんな会話を交わしていた。
 と、そこへ。

「もう大丈夫よ、アリサちゃん。すずかちゃん。」

 褐色のシスター、シャークティが、唐突に表れた。



◆公園にて◇

「くそっ! なんだってんだよ!? 誘拐? 銃!? あり得ねーだろ!?」

 そもそもこれは夢の筈だろ!? この夢は私の望みなんじゃないのか!? ありえない、私はこんなこと絶対に望んでいない!!
 私はただ、普通の子供みたいに、皆と友達になって遊べればそれで良かったんだ! それなのに、それなのになんでこんなことに……!

『大丈夫、私に任せて』

 そうだ! シャークティ! 銃持った相手にどうにかなるわけないだろ!? 十字架持ち出したところで何になるってんだ!
 ああ、くそ、何ぼけっとしてるんだ私は! とりあえず警察だ! えーっと、あれだ、110だ!

「千雨ちゃん! すずか達は!?」

 携帯を取り出し警察へ電話しようとしていたところ、猛スピードで公園に突っ込んでくる車があった。
 一瞬さっきの奴らが戻ってきたのか!? と思って身構えたけど、車から出て来たのは忍さんだ。

「忍さん! すずかとアリサが、黒いワゴン車で、銃で撃たれて、連れ去られて!」

 ああ、くそっ! うまく言えないのがもどかしい!  とにかく誘拐されたこと、銃を持っていること、アリサが撃たれたことを伝えねーと!

「あと、シャークティが追っていった!」

 シャークティが追った。それを聞いた忍さんは、一瞬目を丸くするも何か納得したように頷く。
 そう、それなら……。
 そんな呟きが聞こえたが、何のことかと聞き返す前に車へ向けて歩き出した。

「千雨ちゃんは家に帰りなさい。大丈夫、私たちがなんとかするから。」

 家へ帰る……ああ、そうだ、それがいい。
 私が騒いだところでどうにかなる物でもないし、却って邪魔になるだけだ。それなら家に帰って結果がわかるまで怯えてた方が何倍もマシなんだろう。
 けど。
 けどよ……!

「忍さん、私も連れてってくれ!」

 これは夢? 知ったことか!
 邪魔になる? ああそうさ、邪魔かもしんねー!
 けど、あいつらは私の友達だ! 黙って安全な場所で待ってるなんて、そんなこと出来るわけねーんだよ!

「私は目撃者だ! 何か手伝えるかもしれない!」
「千雨ちゃん……」
「頼む! 私もあいつ等を助けたいんだ! お願いします!」

 私は手を握り締め、頭を思いっきり下げる。このまま家に帰るなんて真っ平だ、絶対ついて行ってやる!

「……助手席。乗りなさい。早く!」
「ぁ、は、はい!」

 忍さんは一度ため息を吐いた後、そう言い捨てて車に乗り込む。
 よしっ! 待ってろよ、アリサ! すずか!



◇船上にて◆

「だ、誰だ手前!」
「シャークティさん!? なんで!?」

 船の上。
 突然現れたシャークティを前に、船上の人間は全員驚きを露わにする。
 追手が来ないように、来てもすぐにわかるように船という移動手段を使った男達だったが、周りを見渡しても船なんか一隻も見当たらない。
 まるで空を飛んできたかのような……そんな思いに一瞬捕らわれるも、あり得ないことだと否定する。
 だが男達にとってとにかく重要なのは、この場に追手が来たこと。それだけだった。
 そして。
 バンッ! と、そう三度目の銃声が響き渡る。
 今度は肩や腕ではなく、確実に頭を狙った。中々見れないレベルの美人だし多少もったいない気もしたが、今は余計な者はいらないのだ。
 そんなことを考えつつ、自ら撃った相手を見ていた男だったが――

「んなっ!? 馬鹿な!?」

 シャークティは銃弾を十字架で受け止めていた。
 しかも十字架は破損せず、シャークティも衝撃によりどこか痛めたという風は無い。
 どこか飄々とした雰囲気のまま、胸の前に十字架を移動させ目を閉じて祈るような仕草をしている。
 バンッ! バンッバンッ! 今度はそう音を立てて複数の男たちが銃を放つ。
 原理はよくわからないが、とにかくあの十字架は丈夫らしい。ならば多方向から撃てば、十字架は一つしかないのだ、どう転んでも本人には銃弾が当たる……。
 そう考え、口元を緩めるリーダー格であろう男。
 しかし。

「ば、化け物!? どーなってやがる!?」

 いつの間にか。複数の十字架が宙に浮いてシャークティを取り囲み、男たちが放った銃弾はすべて十字架に受け止められていた。
 シャークティは無表情のまま目を開ける。十字架が傾くと、銃弾はパラパラと船の上へ落下した。

「化け物、ですか……。確かに、私たちのような存在は一般人にとっては化け物かもしれません。」

 少し前までの私は、その認識が足りなかったです。そう、シャークティは呟く。
 何のことかわからない男達だが、銃が効かないという事実に恐慌状態に陥ったのか、それぞれが矢鱈に銃を発砲する。
 しかし。
 その全てはシャークティの十字架に遮られ、一つも体に届くことは無かった。

「くそっ! こうなったら!」

 弾切れとなった銃を捨て、男の一人がナイフを取り出す。視線はいつの間にか壁際に逃げたすずかへ。男とすずかの間を遮るものは何もなく、何の問題もなくすずかの元へとたどり着ける。
 そう判断した男は、シャークティへの警戒も忘れすずかへと走り寄る。
 自分の元へ走り寄る存在に気付いたすずかは、とにかく離れるために逃げようとし――

「予想通り。実にわかりやすい行動です。」

 十字架が勝手に動き、すずかに走り寄っていた男の後頭部を強打する。男はその衝撃で気を失い、他の男たちも次々と同じように気絶していった。
 シャークティとすずか以外立っている者が居なくなった船上。
 シャークティはとりあえず船のエンジンを切り、これ以上陸から離れるのを阻止すると、横たわったまま呆然としているアリサに向き直った。

「ハハッ……、何よ、魔法少女、って年齢じゃ……無いわね。」
「意外と元気そうね、アリサちゃん。」

 でも、よく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ。そう言い、アリサに笑いかけた。

「すずかちゃんも。もう大丈夫ですよ?」
「で、でも……、アリサちゃんの、血が……。」

 一方すずかは、男たちが皆気絶して安心したのもつかの間。アリサに秘密がばれたことを思い出し、その恐怖からアリサに近づくことが出来ないでいた。
 また血を凝視したら。今度こそ、アリサに嫌われるんじゃないか。
 そう思い、血を見まいと目を瞑り顔をそらす。

「大丈夫よ……すずか。私を、信じなさい、よ。」

 そう、アリサは途切れ途切れにすずかへと声を掛ける。
 すずかは目を開き、ゆっくりとアリサを視界に入れた。

「吸血鬼だか、なんだか、知らないけど……。すずかは、すずか、じゃない。」

 それに――

「このくらいの、傷なんて。魔法少女、なら、治せるんでしょ?」
「ええ。この程度――というのも語弊がありますが、問題なく治せますよ。」

 だから。こっちに、来なさい。
 そういい、十字架を掲げようとしたシャークティを目で抑制し、すずかを呼ぶ。
 呼ばれたすずかは、ゆっくりとだが、しかし確実にアリサへと近づいて行った。
 そして。

「ア、アリサちゃん……。」
「バカね、何泣いてるのよ。まるで、私が死ぬみたい、じゃない。」

 涙を流すすずかをみて、アリサは言葉を続ける。

「ほら、私、いま両腕が、痛くて、起きれないのよ……。起こしてくれない?」
「う……うんっ!」

 すずかはおずおずと、アリサへと手を伸ばす。
 そしてゆっくりとアリサを起こし、支えとなるべくアリサの背中から抱きついた。

「血、吸いたくなった?」
「もう! アリサちゃん!」
「アハハ。私の血なら、いつでもあげるわよ。やっぱり首から吸うの?」

 そんな、少女たちの。
 ぎこちない、しかし昨日までとは確実に違う笑い声が、海原へとしみ込んでいった。



[32334] 第9話 痛み
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/01 01:22
「おい、もっとスピード出せないのか!? あの船なんだろ!?」
「これが限界よ。でも妙ね……船が止まってるなんて。」

 私と忍さんは、アリサ家の執事である鮫島さんと合流しクルーザーで海の上を疾走していた。
 元々忍さんが2人を習い事へ送って帰っている途中にすずかから携帯の緊急信号が来たらしく、当然アリサも一緒に居るだろうからバニングス家へと連絡を取ったらしい。すぐさま本人の携帯へ電話を掛けるのは、犯人を刺激したり携帯を捨てられる可能性があるから出来ないんだと。なんか誘拐慣れしてないか?
 バニングス家の方でもアリサのGPSが妙な位置にあることを確認し、対策に乗り出していたので話は早かった。アリサのGPS携帯を追い、海の上にいることを確認してバニングス家に船を出してもらったのだ。
 それにしても――

「くそ、全然近づいてる気がしねー!」

 遮蔽物が無い海の上。遥か遠くからでもアリサたちが乗っている船を確認できたのは良いが、今度は全然近づいてる気がしない。もちろん実際にはそんなことは無く、GPS上ではどんどん近づいていることはわかるのだが……

「アリサ、すずか! 無事でいろよ!」

 こうしている間にも二人のみに何が起きているのかも知れない。忍さんと鮫島さん、両方が警察に連絡をしない方が良いと言った以上、なにか有るのだろう。それにこの人数で銃を持った相手に立ち向かう方策も。
 とにかく今は、一刻も早く二人の無事が確認したい! 特にアリサ、あいつは車に乗せられるときに銃で撃たれたようだった。もし、死んでいたら……。いや、そんなことは無い。絶対に、絶対に生きているはずだ!
 そう逸る気持ちをなんとか抑えているうちに、いよいよ船の様子が見えてくる。私はより高いところから様子を見ようと、屋根の上に上り双眼鏡を覗きこむ。
 そうして、見えてきたのは。

「お、おい……うそ、だろ?」

 そう。見えたのは。
 船の上に倒れている男たちと。

「ア、アリサ……。」

 血まみれで倒れているアリサ。
 アリサに向けて十字架を掲げているシャークティ。
 泣きながらそれを見守るすずか。
 まさか。まさかまさかまさか!

「アリサが……死んだ?」



「ぷ、っくく、あは、アハハハハハ! ダメ、お腹痛い! アハハハハ!」
「ふふ、あ、アリサちゃん、笑っちゃダメだよ、くふふ。」

 いや、ありゃ誰だって死んだと思うだろ!? どう見ても死者を見送る修道士の図だったじゃねーか! しかも肩と腕を銃で撃たれて? 治療するのに魔法をかけてもらってた? 誰がそんなこと信じるかよ!?

「アリサ! おい、アリサ! 返事しろよ! アリサ! って、今時どこの熱血刑事物よねー、アハハハ!」
「て、てめーだって死んだふりしてたじゃねーか! ご丁寧に血のりまで用意しやがって!」

 そう、こいつ私が泣きながら呼びかけてるのに、意識があるのに返事しないで死んだふりしやがって! ああくそ、心配して損した! 大体何が銃で撃たれただ、肌だって綺麗なもんじゃねーか! シャークティもそんなんに付き合ってるんじゃねーよ!?
 ああもう何なんだよ!? 服も血だらけ、いや、血糊だらけだし! 誘拐されたんじゃねーのか!?

「大体鮫島さんだって心配するだろ!? あんな心臓に悪い悪戯するんじゃねー!」
「いえ、私は携帯を通じてお嬢様のバイタルを確認していましたので特には。」
「最初に言えよ!?」

 ああくそ、道化は私だけかよ!? 道理で来る途中妙に落ち着いてると思ったんだよ!
 さすがベテラン執事とか思ったじゃねーか! カンニングかよ!? もう心配しねー!

「大体シャークティが紛らわしい真似するのがわりーんだ! なんだよ魔法をかけてたって!?」
「私は魔法使いですから。」
「あー、はいはい。」
「あら、本当よ? 千雨。さっき治療してもらったとき、ブワーっと魔法陣が出て凄かったんだから。」

 まだ言ってるよ。魔法なんて有るわけねーじゃねぇか。あー、それにしても何だったんだ? この気絶してる男たちといい、何かのドッキリか? 金持ちのドッキリはスケールが違う、のか? 
 何て性質が悪い金持ちだ。ひょっとして忍さんと鮫島さんもグルなのか? カメラはどこだよ?

「あら。証拠を見せましょうか?」
「あん? 証拠て、なに……を……」

 証拠を見せる。その言葉に反応して、取りあえずシャークティを見たが、そこには。
 足元に魔法陣を広げ、宙に浮くシャークティが居て。
 その周りには多数の十字架が宙に浮き……。

「便利よね。習えば出来るようになるのかしら?」
「空を飛べるのは夢だよね。」

 それを当たり前のように見ているアリサ、すずか。

「おいおい……マジかよ?」



◇◆

「さて。アリサちゃん。」

 未だ混乱中の千雨を無視し、シャークティは魔法陣を消してユラユラと波に揺れる船の上へと降り立つ。
 そして宙に浮いた十字架に恐る恐る触れようとしていたアリサの名前を呼ぶと、アリサは弾かれるように手を引き、シャークティに向き直った。

「な、何よ?」

 アリサと対峙するシャークティ。
 10秒だろうか、20秒だろうか。少々無言でアリサを見つめる。周りの者は皆沈黙し、時折船が軋む音だけが世界に響いている。
 そんな中シャークティに見据えられ、アリサは最初こそ視線を合わせていたが、徐々に居心地が悪そうにキョロキョロと視線を泳がせ始めた。
 それを見たシャークティは、今度は千雨の方をチラリと見る。千雨は未だ混乱から抜け出せず、呆然とシャークティを見つめていた。その他の者、忍と鮫島は、鎮痛な面持ちでアリサを見つめている。
 それらを確認した後、シャークティは次の言葉を切り出した。

「今日の記憶。消しましょうか。」

 今日の記憶を消す。つまり、誘拐された記憶を消す。
 それは、すずかとわかり合った記憶を消すということで――

「ダ、ダメだよ!?」

 アリサより先に、すずかが焦った声で否定する。
 アリサの今日の記憶を消すと、また夜の一族であることを隠さなければいけない。それは、一度奇跡的に分かり合えたと思っていただけに、すずかにとって決して許せる話では無かった。

「何? 魔法は秘匿されるべき物だから、とか言うつもり?」

 一方アリサはその言葉の裏を考える。
 魔法を使って誘拐犯から救出してくれたことは元より、傷を綺麗に治してくれたことも言葉では表せないほどに感謝している。
 しかし、その魔法を私が見てしまったことがまずいのか。そう考えた。

「確かにその側面があることは否定しません。魔法は無暗に広める物ではないですから。」
「じゃあ、言われなくても黙ってるわ。もちろん魔法を教えて、なんてことも言わない。」

 せっかくすずかの秘密を知り、今までより仲良くなれたのだ。それをむざむざ手放すことは出来ない。魔法を知り、使いたい気持ちはあるが、それよりもすずかとの友情のほうがアリサにとっては大切だった。
 しかし。

「アリサちゃん。あなた、自分が知らない男の人と喋るところを想像してみて?」
「はぁ? 別に、そんなの……」

 シャークティに言われ、アリサは適当に男と喋る自分を想像する。
 何のことはない、ただ面と向かい、何か、話題を――

「あ……」
「アリサちゃん!?」

 アリサは黙って目を瞑った途端。
 顔色を変え、がたがたと震えだし、涙を流しながらしゃがみ込んだ。すずかは急いでアリサの体を抱き、懸命に落ち着かせようとしている。

「知らない男に誘拐され、銃で撃たれて。途方もないストレスでこうなるのは当然よね。」
「ええ。先ほどまでは半ば興奮状態のため平気そうでしたが、しばらくは落ち着くことは出来ないでしょう。」
「お嬢様……。」

 すずかは懸命に名前を呼ぶも、アリサの震えは止まらず、腕と肩をしきりに掻き毟る。肌からは徐々に血が滲み、すずかが腕を掴んで止めようとするも、それを振り切り尚止まることは無い。普段はすずかの方が力が強いのだ、すずかは懸命に抑えようと力を込めるも、アリサは自身が傷つくことも厭わずに掻き毟り続ける。
 シャークティはその様子を少し見た後、十字架をアリサへと向けた。

「う、ん……」

 十字架から光がアリサへと流れ込む。
 それを受けたアリサは、あっさりと夢の中へと旅立った。

「このまま記憶を消し、次目を覚ますのは自分の部屋のベットの中。そうするのが良いと思うわ。」

 シャークティはすずかの目を見つめ、そう話す。
 その後ろでは鮫島が、眠りについたアリサの身をバニングス家の船へと運んで行った。

「で、でも。せっかく、一族の事を、受け入れて、くれたのに……」
「すずか。」

 今度は忍が、すずかの体を抱きしめる。

「大丈夫。アリサちゃんなら何度だって受け入れてくれるわ。だから、今回は。アリサちゃんのためにも、諦めて。お願い。」

 すずかの気持ちは痛いほどわかる忍だが、それでもアリサの記憶は消した方が良いと考えていた。
 受け入れてくれたと思った人に、また隠し事をしたまま生活しなければならない。その苦しみよりも、記憶を消さなかったことにより親友が苦しみ続けるのを間近に見続けることの方が、たぶん何倍も辛いわ、と。
 すずかの頭を撫でながら、すずかにも、そして自分にも言い聞かせるように何度も話し続けた。

「ぅ……うん。」

 こうして。
 今回の事件は、アリサの記憶から抜け落ちた。



◆千雨の家◇

「で、説明してくれるんだろうな?」

 あの後。私たちは男達が気絶している船を放置し、バニングス家の船で陸まで戻った。放置して良いのかとも思ったが、鮫島さんが何か手を回したらしい。よく考えたらどうやら本当に誘拐犯らしいし、アリサを銃で撃った奴らだ。別にどうなっても良いか。
 そのアリサはというと、シャークティの魔法により眠らされた後もうなされ続けていたが、シャークティが何やら呪文を唱えると、嘘のようにすやすやと眠りだした。
 ああ、今見たのが記憶を消された瞬間なのか。そう思うと、何やら胸の奥がとても苦しくなった。
 けど、それよりも辛そうにしていたのがすずかだ。一族がどうとか、よくわからんことを言っていたが、見ているこっちが苦しくなるような表情をしていた。何があったのか知らないから、下手なことは言えないが。私には抱きしめてやることしか出来なかった。

「ええ。そのために場所を変えたのだし。」

 陸に着いた後は、無言のままそれぞれ家路についた。シャークティだけは私に話があると言い、私の家までついて来たが。
 丁度良かった、私だけ何か蚊帳の外だったからな。恐らく魔法について説明してくれるんだろう。
 でも……

「アリサみてーに、説明した後で記憶を消す、なんて言わないよな?」

 よくあるパターンだと、魔法について説明した上で秘匿するか、協力するか、記憶を消すかを選ばせる。そんな所か。
 記憶を消す選択肢は無いな。論外だ。秘匿や協力と言われても、それは大抵巻き込まれるフラグだろう。

「言わないわよ。千雨ちゃんは魔法関係者だしね。」
「……は?」

 ……私が魔法関係者? どういうことだ?
 生まれてこの方、魔法なんて非常識なもんと関わったのは今回が初めてだけど。おいおい、まさかこの一回で関係者なんて言うんじゃねーだろうな?
 なんて考えていると、シャークティは麦茶を一口飲んだ後、続きを喋り出した。

「今はまだ、詳しいことは言えないわ。それは兎も角、魔法についてだけど。」

 くそ、思いっきりはぐらかされた。何だ、シャークティは私の何を知っている?
 私は魔法になんて関わったことは無い。それは絶対だ。
 今はまだ? そのうち教えてくれる、のか?

「魔法を知った人の記憶を消す。これは何故だと思う?」
「……よくあるのは、危ないから、だな。」

 あれだ。魔法を知ってる=関係者だ=巻き込んでもOK。このパターンだ。
 そして巻き込まれた人が死ぬことで主人公覚醒、これがテンプレってやつだろ?
 ま、他にも想像できる理由はなんだかんだあるが。たとえば……

「そう気を遣わなくてもいいわよ。そうね、他には、魔法を使えない人を見下しているから魔法使いを増やしたくない。
今更魔法が表に出たら大混乱になる。人知れず助ける自分たちがカッコいい。そして、ただ何も考えず盲目的に秘匿する。そんなとこかしら?」
「おいおい。いいのかよ?」

 自分も魔法使いのくせに滅茶苦茶言うな、シャークティ。まるで苦虫を潰したようなしかめっ面で言うあたり、何かあったんだろうけど。
 なんだ、上司と衝突した部下みたいな感じだな。

「いいのよ。どんな物事にだって理由はある。だからどんな物事だって頭ごなしに否定するものではない。それは大前提なんだけど。」

 そう言い、シャークティはまた麦茶を飲む。そして一息ついた後、私の目をみて――

「ただ盲目的に、理由も考えず、出来るからやる。それは最も唾棄すべき物だということを、頭に入れておいて。」

 まるで今にも泣きそうな顔で、私に語りかけるその姿を見て。
 私は、頷くことしか出来なかった。

「もう少しで、私もそんな魔法使いの一人になるところだったの。千雨ちゃんのおかげで気が付いたんだけどね。」

 ……まただ。
 私のおかげ? 私が魔法にかかわった? ひょっとして、アリサみたいに記憶をいじられてるのか?
 ああ、くそ。気持ち悪い。一体なんだってんだ。

「シャークティは、私の何を知ってるんだ?」

 そう、シャークティに問いかける。すると、シャークティは泣きそうな表情のまま――

「ごめんなさい。今はまだ、言えないわ。」
「そのうち教えてくれるのか?」
「ええ、必ず。」

 そのうち……か。一体いつになることやら。
 黙ってしまったシャークティを見て、私は一口麦茶を飲んだ後、話題を変えるために次の話を切り出した。

「そういえば、結局どうやってアリサ達を助けたんだ? 空飛んで船に行ったのは想像つくけど。」
「ああ、それはこれよ。」

 シャークティは懐から十字架を取り出した。てっきりただの商売道具かと思ったら、歴とした魔法の杖らしい。いや、魔法の杖も魔法使いにとっては商売道具か。
 あれ、でもさっきは何かいっぱい出してたよな?

「一つしか無いのか? 船の上ではいっぱい出してたけど。」
「それは、こっちね。」

 今度はポケットから多数のミニ十字架を取り出す。一つ一つは十円玉くらいの大きさだけど、とにかく数が多い。どうでもいいが、こんなもの大量にポケットへ入れていたら重くないのか?
 そんな疑問を余所に、シャークティの解説は続く。

「この大きな十字架がメインで、こっちの小さいのがサブね。メインを通して魔力を供給すると、こう……」
「おお、でかくなった!?」

 手に持った十字架が一瞬だけ光ったと思ったら、さっきまでテーブルの上に置いてあったミニ十字架の一つが最初に出した方と同じくらいまで大きくなった。
 どうなってるんだ、これ?
 しかもシャークティが何やら呟くと、

「おお、浮いた!?」
「こうやって操作して、誘拐犯の頭にぶつけて気絶させたのよ。」

 そ、そこは物理攻撃なのか……。
 もっと、こう、魔法で眠らせるとか、魔力ダメージでノックアウトとか、そんなのじゃ無いんだな。こんなのが高速でぶつかってきたら、そりゃ気絶もするよなぁ。
 それにしても、十字架、か。

「教会の連中っていうのは、やっぱりみんな魔法使いなのか?」
「うーん、そうとも言えないわね。大部分は魔法の存在すら知らないと思うわ。」
「なんだ、そうなのか? 世を忍ぶ仮の姿、ってやつじゃないんだな。」

 ありがちなんだけどな。単なる教会だと思ったら、実は魔法を使う正義の組織とか。やっぱり漫画やアニメとは違うのか。

「魔法使いはもっと一般に溶け込んでいるわ。聖職者じゃなくても、先生だったり生徒だったり、会社員だったりね。」
「なんだ、普通だな。」
「ええ。普段魔法を使うときは認識阻害といって、異常を異常と思わせなくする結界を張るの。それで一般人にはまず気づかれないわ。」

 ふーん。異常を異常と思わなくなる結界、ね。そんな結界があるなら、あの世界樹や車より早く走る存在も変だと思われないんだろうな。ま、あくまでこっちの世界の話だから、向こうとは関係ないけどな。
 でも、まぁ、興味はあるな。

「それって、たとえば……そうだな。目の前で球体関節のロボットが踊っていても、何とも思わないのか?」
「ええ。人が踊っていても何も思わないでしょう? その『人』という部分が『ロボット』にすり替わる、という感じね。」

 認識を阻害するというか、ずらす感じか? それがあれば絡繰みたいな奴も変に思われない、と。便利なもんだ。
 できれば連れてきて反応見てみたいな。どんな反応するのか……いや、別にどんな反応もしないのか。それが普通なんだもんな。
 と、そんなことを考えていると。

ガチャリ。

 と、部屋の扉が開いた。



◇麻帆良学園寮 千雨の部屋◆

「それにしても……。」

 学園寮、千雨の部屋。
 未だベットで眠り続ける千雨と、ベットにもたれ掛るようにして眠るシャークティを余所に、エヴァンジェリンは千雨の部屋を見物していた。
 部屋の片隅には何に使うのか、三脚や白い傘のようなものが畳んで置いてあり。扉が半分だけ開いたクローゼットからは、何やらカラフルでフリフリな服が顔を覗いている。

「なんだ、殺風景な部屋だな?」

 デスクの上には何も刺さっていない8口コンセントが転がっているだけだが、それが余計に寂しさを際立たせていた。
 エヴァンジェリンはクローゼットに近づくと、閉まっている扉を開けて衣服を見分しだす。どこかの学校の制服や装飾多寡なスーツなど用途不明のものから、バニースーツ、メイド服、果てはウサギの着ぐるみの作りかけなど、よくわからない服ばかりだ。

「これは、あれか? コスプレというやつか?」

 エヴァンジェリンも多少はテレビ等を見る。
 一部の界隈ではこういったものが人気になっていることは知っているが、しかしこれほど身近に居たとは思わなかったらしい。
 エヴァンジェリンは多数掛けられた服の中から一着のメイド服を取り出すと、事細かに調べ出した。

「ふむ……。意外に良く出来てる。長谷川が作ったのか?」

 全体のバランスやレースの模様、隠しポケット、果ては縫い方から生地の切り方まで詳細に調べるエヴァンジェリン。
 何か琴線に触れるものがあったのか、その様子は普段の気だるげな態度からは想像出来ないほど熱心だ。
 と、そこへ。

ガチャリ。

 と、扉の開く音が部屋の中に響いた。

「お、っと……。来たか。」

 その音を聞いたエヴァンジェリンは、それまで調べていたメイド服を丁寧にハンガーへ掛け、クローゼットへ戻す。そしてクローゼットの扉を閉めると、玄関の方へ振り向いた。
 そこには――

「遅かったじゃな……い、か?」

 開け放たれた玄関。
 ただそれだけがあった。



◆月村邸◆

「ところで、鮫島さんとシャークティさんにアレやらなくて良かったの?」

 月村家。家へと帰ってきてからも、部屋に閉じこもり泣き腫らしていたすずかだが。多少落ち着いたのか、居間で忍と会話をしていた。

「鮫島さんは大丈夫、知っているわ。シャークティさんは……そうね、あの人も裏の人間だけど……。」

 すずかの言葉に、忍はメイドが居れた紅茶を飲みながら考え込む。
 両者の後ろにはそれぞれメイドが佇み……いや、忍の後ろにはメイドが佇み、すずかの後ろではメイドが目を回していた。

「ね、ねこさんが~ぐるぐる~」
「一応話だけは通しておきましょうか。明日、翠屋に行けば会えるでしょう。」
「ふーん……。じゃあ、千雨ちゃんは?」

 すずかは、どこか期待したような、しかし不安を隠せない目つきで忍を見つめる。
 忍は再度考え込んだ。

「どうなんだろう……シャークティさんが近づくということは、裏の関係者だと勝手に決めてたけど。」
「まだ消してないんだよね?」
「ええ、何もしてないわ。」
「じゃあ、もうシャークティさんが説明しちゃってるかもしれないよね!?」

 一緒に帰ってたんだし! そう、立ち上がり、忍に訴えるすずか。
 アリサの記憶を消されたことに対する代償行為、とまでは行かないかもしれないが、感情のはけ口を千雨に求めていることは明白だった。
 忍はそんなすずかの様子を見てため息を漏らす。

「確かに説明されているかもしれないし、シャークティさんが相手になると私でもどうなるか分からないけど。期待すると、後が辛くなるわよ?」
「千雨ちゃんはそんな子じゃないもん!」

 それまでテーブル越しにお茶を飲みながら話をしていた2人だが、すずかは忍の言葉を聴くと立ち上がってそれを否定する。
 すずかはこうなると何をいっても聞かない。それを良く知る忍は、苦笑しつつ一つの案を掲示する。

「それじゃ、いまから千雨ちゃんの家に行きましょうか。場合によっては私があの子の記憶を消すわ。」

 それじゃ準備してくるね!
 そう言い、すずかは居間を後にする。

「やれやれ、あの子が選ぶのは同性ばかりね。異性じゃないと意味無いんだけど。」

 誰も選ばなかった私の小さい時よりはいいのかしら?
 そんなことを呟きつつ、忍も準備をするべく居間を後にした。



[32334] 第10話 3人目?
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/01 01:14
「遅くなり、ま……し、た?」

 ……球体関節。耳がアンテナ。緑髪。柔らか味の無い肌。麻帆良の制服。ドアを開けて部屋へと入ってきたのは、向こうの世界でのクラスメイトである絡繰だった。
 さすが夢だな。絡繰のことを考えてたら来ちゃったぜ。こういう所だけは夢らしいな、おい。
 つまりあれか、コスプレ衣装とかも来ねーかなって考えたら来るわけか?
 ま、来ても仕方ないけどな。撮影もしねーし、っていうか衣装サイズ合わねーし。

「GPSより現在位置確認……ミス。登録データの照合に失敗。ハッキング開始……成功。日本国神奈川県海鳴市藤見町。詳細不明。検索ヒットせず。現在時刻西暦2003年03月08日土曜日21時37分12秒。陽光を確認。時刻データ修正が必要。標準電波を検索……受信完了。現在時刻西暦2004年07月23日金曜日16時21分20秒に訂正。動力源の喪失? ゼンマイ、魔力量共に60%オーバー。想定出来ず。ボディ表面温度の確認。12℃。外気温の確認。28℃。現在位置へ到達してからの時間経過は無いと推定。葉加瀬へ電話連絡……ミス。ハッキング……成功。葉加瀬の電話番号が存在せず。インターネットへ接続……ミス。ハッキング……成功。麻帆良学園の生徒データベースより葉加瀬、超、又はマスターの連絡先を入手……ミス。麻帆良学園都市の存在を確認出来ず。詳細不明。原因不明。対策手段無し。エラー、エラー、エラー……。」

 おーおー、困ってる困ってる。ぶつぶつと色々呟いてたけど、こいつはどういった設定なんだろうな?  向こうじゃマクダウェルと常にセットでいるイメージしか無いが。……あのロリガキも来たりしないよな? 冗談じゃねーぞ。
 そのまま見ていると、絡繰はドアを掴んだまま部屋を見回す。その視線は、窓、私、パソコンを経て、ある一点に固定された。
 その視線の先には――

「絡繰、さん。なぜ? どうして……?」
「シスター・シャークティ。現状の説明を依頼出来ますか?」

 シャークティがいた。どうやらこの二人は知り合いらしい。ロボットと聖職者って、どんな設定だ。
 想像するならあれか、オートマタか。あれは錬金術だったかな? 魔法のあるこの世界だ、そんな設定も有りだろう。
 それにしてもさっきの認識阻害の話だが、私はこいつを明らかに変だと認識してるんだが。なんでだ?
 結界とやらは張ってないのか、今は?
 そんなことを考えている間に二人の会話は続けられて……

「貴女はエヴァンジェリンさんに送られて来たのではないの?」
「いえ、私は――」

 出た、エヴァンジェリン。そりゃ絡繰がいるならあいつもいるよな。
 ……他の連中もいるとか、言わねーよな?

「マスターに呼ばれて、麻帆良学園寮の長谷川千雨さんの部屋へ入った所までは記録しているのですが。」

 ――ちょっと待て。
 いま、こいつ、麻帆良って言ったか? しかも、私の、寮の部屋だって……?



◇麻帆良学園寮 千雨の部屋◆

「……なんだ? 悪戯か?」

 エヴァンジェリンは開いた玄関を見て、そう呟く。
 まったく最近のガキは、なんて言いながらも玄関へと移動し、その扉を閉める。そうして再び寝ている千雨とシャークティの前まで移動すると、二人の様子を確認しつつ言葉を放つ。

「魔力無しじゃ、シャークティどころか長谷川すら持てんぞ。まったく……。」

 それもこれもあいつのせいだ! 茶々丸め、どこをほっつき歩いているんだ、まったく。
 そんな愚痴を零しながら、今度はクローゼットの前まで歩く。さっきのメイド服が余程気に入ったのか、クローゼットを開けようと手を伸ばし――

リリリリーン……リリリリーン……

 エヴァンジェリンのポケットから黒電話の音が鳴り響く。
 ポケットをまさぐり、所謂簡単ケータイを取り出すエヴァンジェリン。ディスプレイには『超鈴音』とある。

「なんだ? 超から?」

 えーと、受話器が外れてるボタンを押すんだったか……。
 そんなことを言いながら、なんとか10コール程鳴った後に電話に出ることが出来た。ディスプレイの表示が『通話中』になったことを確認し、電話を耳に当てる。すると――

『茶々丸のGPSが突然ロストしたネ! どーしたカ!?』
「は? 茶々丸には長谷川の部屋に来るよう言ってあるが。」

 電話口からは超の焦った声が響く。うるさかったのか、うっとうしそうにしながら電話から距離を取るエヴァンジェリン。
 しかし電話口から聞こえる超の声は、そのトーンを下げることは無い。

『ログを見ると、その長谷川サンの部屋へ入った瞬間にロストしたネ!! なんダ? バッテリー切れカ?』
「何……?」

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンは部屋を見渡す。閉じた玄関、寝ている二人、何も乗っていないデスク、部屋の隅の三脚。部屋の様子は先ほどと何も変わっていない。
 そうして超に返答しつつ、再度クローゼットへと手を伸ばす。

「茶々丸はまだこの部屋に来、て……無い……だと……?」

 喋りながらクローゼットを開けたエヴァンジェリン。
 そこには、何も入っていなかった。



◆海鳴市 千雨の家◇

「ちょっと待て! てめぇ……麻帆良を知ってるのか!?」

 私は絡繰を睨めつけつつ、そう切り出す。
 この世界に『麻帆良』『麻帆良学園都市』これらが無いことは絶対だ。何度もインターネットで調べたし、その場所の航空写真はただの山の中だった。
 だから、『麻帆良』という単語が誰かの口から出てくることは無い。そう、思ってたんだ。
 だけど。
 だけど、このロボットは今、間違いなく『麻帆良』の、しかも学園寮の『長谷川千雨』の部屋に行ったと言う。
 どうなってるんだ、一体?

「はい、私は麻帆良学園中等部2年A組所属、絡繰茶々丸ですので。」

 間違いない。こいつはいつもマクダウェルと一緒にいる『あの』絡繰茶々丸だ。設定とか、そんなもんは存在しない、突然この世界に迷い込んで来たみてーな。
 なんだ? ひょっとして……やっぱり、これは、夢じゃ、ない……のか?

「虹彩パターンデータの取得完了。過去の人物リストより検索……ヒット1件。麻帆良学園中等部2年A組所属、長谷川千雨さんと判断します。これは、無事目的地にたどり着いたのでしょう、か?」

 可能性として年齢詐称薬、シスターシャークティによる幻術が上げられます。
 そうすると、大変です、マスターが迷子です。
 等と呟き続ける絡繰。過負荷が掛かってるのか知らないが、思考回路ダダ漏れだな、おい。
 いや、そんなことより。こいつは間違いなく、麻帆良も中学生の私も知っている。何故だ? 誘拐、魔法、絡繰と、ここはご都合主義満載の私の夢の中じゃねーってのか!?

「か、絡繰さん! ちょっと黙って、お願い!」

 そう考え込んでいると、突然シャークティが立ち上がり絡繰の口を手で塞ぐ。
 そうだ、シャークティ! この絡繰と知り合いってことは、つまり!

「シャークティ! てめぇも、中学生の私を知ってるのか!?」
「ち、千雨ちゃん? 年上に向かっててめぇなんて、」
「ごまかさないでくれ! どうなんだよ!?」

 シャークティがあの麻帆良にいたなら。つまり、向こうにも魔法が有るってことで。
 みんなロボットや世界樹を不思議に思わなかったのも、認識阻害があるからで。
 何故かしらんが、もし。もしだ。私に認識阻害が効いていなかっただけなら!
 この夢以外全部、辻褄が合っちまう……!!

「千雨ちゃん……」

 シャークティは絡繰の口を押えたまま、困った表情で私を見つめている。
 くそ! 何か、何か言えよ! 出来るなら。単なる私の考えすぎなら、どんなに良いことか……!

「あんたはあの麻帆良の人間で、あそこには魔法があって! みんなが世界樹や絡繰を変に思わないのも認識阻害があるからで! 私を魔法関係者って言ったのも、この妙な夢が関係してるんじゃないのかよ!?」

『なかなか勘が良いじゃないか、長谷川』

 突然。そんな、どこか聞き覚えのある声が響いた。



◇麻帆良学園寮 千雨の部屋◆

『だから、茶々丸ハ長谷川サンの部屋に確かに到着したと言ってるネ! 聞いてるノカ!? エヴァンジェリン!!』

 エヴァンジェリンはクローゼット開け放ち、その前に呆然と立ち尽くしていた。電話からは超の怒鳴り声が響いているが、それを持つ手はダラリと下げられている。
 確かに。確かについ先ほどまではここにコスプレ衣装があった。メイド服に関して言えば、全体のデザインから、縫い方、生地の切り方まで完全に覚えている。なんならもう一着同じものを作れと言われても可能な程だ。
 そんなことを考えているエヴァンジェリンだが、いつまでも惚けていても仕方ない、と気を取り戻す。

「超……悪いが、後で掛けなおす。」
『チョ、チョット待つネ、エヴァ―』

 茶々丸は確かに来たという。つまり先ほど扉を開けたのは茶々丸だったのだろう。しかし、エヴァンジェリンが振り向いた時には既に茶々丸は居なかった。
 そして消えた服。何も刺さっていないコンセント。寝ている長谷川。ありえない、考えられない事ではあるが。もし、もしも原因になりえるとすれば――

「……私も、少し見てみる、か?」

 エヴァンジェリンの視線は、千雨へと向けられた。



◆海鳴市 千雨の家◇

「こ、今度は誰だよ!?」

 声はベットの上の方から聞こえてきた。なんだなんだ。絡繰の次には誰が来た?
 いや、分かってるんだ。絡繰といえばアイツがセットなくらい。
 そう、あの金髪ロリガキしかいないじゃないか――

 そう。ベットの上には。
 素っ裸で半透明なマクダウェルがいた。

「なんで裸なんだよ!?」
「うるさいな、服までイメージ出来るか。」

 なんでだよ!? いつも来てる服だろ!?
 それにしてもマクダウェルが出てきても意外と驚かないな私。すでにオーバーフローしたか、魔法に慣れちまったのか。うん、前者だ。絶対後者ではないな。

「エヴァンジェリンさんまで、何故?」
「マスター。迷子では無かったのですか?」
「うるさいボケロボ! 迷子はお前の方だ!」

 ハァ……。
 シャークティはため息をつき、床へと座り込む。その様子はどこかいじけているようだった。

「もっと魔法に慣れてもらってから、徐々に打ち明ける予定だったのに、どうしてこんなことに……。」

 ああもう無理だわ、そう呟きつつシャークティは体育座りで顔を埋める。ちょっと悪い気もしたが、私はそんなシャークティを無視してマクダウェルへと向き直った。

「一体どうゆう状況なんだ、これは?」
「ふ、折角だ、説明してやろう。」

 マクダウェルは腕を組み、空中で起用に足を組んでふんぞり返る。色々丸見えで台無しだけどな。ロリ痴女か、だれ狙いだ。
 そしてそんなマクダウェルの口から発せられた言葉はある意味予想通り、しかしとんでもない事だった。



 あー、なんだ。これは私の夢なのは違いないが、現実の中から、おそらく私の部屋の中から『何か』が私の夢へと転移している?
 絡繰が『何か』の条件に嵌り転移したことで、マクダウェルがそれに気づいた?
 シャークティは夢の中から抜け出せない私を起こしに来た麻帆良の魔法先生で、それを手伝ったのがマクダウェル?
 そもそも私が寝っぱなしになったのは麻帆良の認識阻害が効かないことによるストレスのせいだと思われる?
 で、この夢が何なのかは結局さっぱり何もわからない、と。

「とにかく千雨ちゃんが魔法を受け入れて、麻帆良での日常に納得し、ストレスが解消されれば起きると思ったの。」

 シャークティは真っ赤な目をしたままそう話す。
 マクダウェルが喋ってる間は酷かった、涙を流しながら謝罪を繰り返し、本来なら私は怒るところなんだろうがその気も失せちまった。
 それにしても、認識阻害、ねぇ。私の予想は正しかったわけだ。

「ああ、シャークティを責めるものじゃないぞ。こいつはどちらかというと助けようと動いた側だ。文句ならジジイに言え。」

 マクダウェルが言うには、学園長は私に認識阻害が効いてないことを小2の頃から知ってて放置していたらしい。
 シャークティは私の現状を知るなり魔法先生を集め、行動に移ってくれて。この夢の中に入る魔法も、失敗すれば命を落とすような、そんな禁術と言える魔法だとか。
 私がシャークティが死んだと認識すれば実際に死ぬとか、あり得ねーだろ? そんなこと聞かされて、怒れるわけ、ねーじゃねぇか……。

「マクダウェルもその禁術とやらを使ったのか?」
「魔力が足りん。私のは姿と声を届けるだけさ。」

 いまの私はシャボン玉より脆弱な存在だとマクダウェルは言う。そのエラそうな雰囲気からは想像できないけどな。マジなのか?
 まぁ、透けてるしな。その変わり帰るのは自由なんだと。

「で。お前はいつ起きるのだ?」
「知るかよ!? こっちが聞きてーくれーだ!!」
「お前が起きないと茶々丸が帰ってこんだろうが! たぶん!!」
「うるせー、たまには一人で生活しやがれ!」
「もう十分堪能したわ! 私は花粉症なんだぞ!? 結構辛いんだぞ!?」
「辛いだって!? 私だって、私だってなぁ……!!」

 ……っく、くそ。私の訴えは、一体何だったんだ。
 鼻の奥と喉が熱くなる。声が震えるのが、自分でもわかった。

「とにかく。ちょっと、考えを纏めさせてくれよ……。」

 そう言うと、マクダウェルとシャークティは顔を見合わせ、席を立つ。

「また様子を見にくるぞ、長谷川。」
「千雨ちゃん……許して、なんて言えないけど。また会いに来ても、いいわよね……?」

 なんとか、そういう二人に頷きを返すことが出来た。
 その後、マクダウェルは掻き消え、シャークティは玄関から家を後にする。
 くそっ……今更、あんなこと言われたって……。どうすりゃ、いいんだよ……。



 今まで私が苦しんできたのは、私に認識阻害が効かないせいで。私の言っていたことは全て正しかったけど、ある意味やっぱり変なのは私だった。
 学園長は小2の時からそれを知っていた。
 くそっ……私は、どうすれば良い? 認識阻害の結界なんか張った魔法使いを怨めばいいのか? 知ってて放置した学園長か?
 それとも認識阻害が効かない、この体質、か?

「あー、わかんねー……。」

 私はマクダウェルとシャークティが居なくなったあとも、座り込んだまま顔を上げず、ひたすらに考え込んでいた。
 考えても考えても、こうするべきだ、なんて答えが出るはずもなく。
 ましてやこの夢から覚める方法、魔法について、なんてことも考えだすと纏まりやしない。
 私のあの地獄みてーな子供時代は何だった?
 先生どころか親にも理解されず、友達も作れなかったのは、結局学園長のせい、なのか?
 魔法使い全員を恨もうにも、シャークティみてーな奴もいるんだろう?
 何で私には認識阻害が効かない?
 何で学園長は知ってて放置した?
 この夢は何だ?
 何で夢から覚めない?
 何で……何で……!

ピンポーン……ピンポーン……

 玄関の呼び鈴が鳴っているのが聞こえる。1階には母さんが居るはずだ、私が出る必要は無いだろう。

『まぁまぁ月村さん、この度はどうも娘がお世話に……』
『こんにちは。千雨ちゃんは、居ますか?』
『ええ、自分の部屋に居るはずですよ、上がってください』
『それでは、お邪魔します』

 忍さん、か。今日の事件のことで何かあったのか?
 足音が私の部屋へと近づいてくるのが聞こえる。けど、それでも私は顔を上げない。
 顔を上げる、気力もない。ちょっと放っといてくんねー、かな。
 そうしているうちに、いよいよ足音が私の部屋の前で止まり。

コンコン

 と、ノックの音が聞こえた。

「千雨ちゃん? 入るわよ?」

 ガチャリ、と音がして、部屋に風が流れ込むのが感じられた。返事もしてねーのに入ってくるんじゃねーよ、とも思うが。構う気も起きない。

「こんにちは。」
「ええ、こんに……」

 こんにちは、と。絡繰が挨拶する声が聞こえた。それに対応しようとする忍さんだが、挨拶の途中で絶句してしまったようだ。
 そりゃそうだろうな、あんな見るからに私はロボットです、って感じの絡繰が挨拶した、ら……?
 私は、恐る恐る顔を上げる。
 扉の方を見て、見えてきたのは。
 扉を開けて固まっている忍さん、その後ろで何かを見て驚いているすずか、そして――

「か、絡繰!? てめぇまだいたのかよ!?」
「私への指示は "長谷川さんの部屋に来ること" で終わっているので、移動しませんでした。」
「もうちょっと融通効かせろよ!? 空気呼んでどっか行けよ!?」
「どこへですか?」
「どこって、そりゃー……」

 どこだろうな。シャークティの所に突っ込むか?
 まぁ見られたのが母さんじゃなくて、良かったぜ、本当に……。

「千雨ちゃん!! この子、自動人形なの!?」

 突然、忍さんが大声を張り上げる。じ、自動人形? ああ、オートマタ、か?

「私は自動人形じゃありません。ガイノイドです。」
「関節部を隠していないし、エーディリヒ型よりさらに以前の物? でもそれならアンテナの必要性が無いはず。でもこの構造なら関節間の筋繊維はどうやってるのかしら? まさかモーター? うわ、髪の毛をラジエータ代わりにしてる? こんな細いところにチューブを通せるの? スキンも金属のまま? 表面処理をすると熱暴走するのかしら? でも表面の傷が無い。駆動して間もないのかしら? 見たことない材質ね、タングステン? チタン? まったく新しい合金? 熱問題があるということはやはり動力はバッテリー? まさかエンジン? でも駆動音がしないからバッテリーかしら。 駆動時間は? 演算処理は? メモリーは? 作者は?」

 うわぁ……マッドがいる……
 忍さんは絡繰の周囲をぐるぐると回りながら、返答も待たずに次々と質問する。あの普段は無表情な絡繰が困った表情をしてる、それだけでどんな状況か伝わるだろう。

「ねぇあなた! 手にブレードつけたりできる!?」
「拡張ユニットがあれば可能です。」
「目からビームは!?」
「標準で可能です。」
「ロケットパンチは!?」
「有線式なら標準で可能です。」
「千雨ちゃん!! もぅ、この子最っ高!! 改造していい!?」
「ああ、いいぜ。」
「長谷川さん……。」
「お姉ちゃん……。」
「私が関節も隠して、熱問題も解決して、もっと可愛くしてあげるわよー!!」

 夜の相手も出来るようにしてあげるわ! と、忍さんが一人気炎を吐いている。
 絡繰は困り果てた顔で私を見つめているし、さすがに、ちょっと罪悪感が湧くな……。でも、まぁ、丁度いい機会だ。何か知らんが、認識阻害も無く一般人に見れる容姿になれば、それに越したことはないだろう。いつまでこっちにいるかもわからんしな。
 それにしても。

「なぁすずか、忍さんはロボット工学か何か選考してるのか?」
「う、うーん、近いと言えば近いんだけど……。」

 すずかが言うには、すでに月村家では2体の自動人形が働いているらしい。
 それも1体は忍さんがレストアしたもので、もう1体はそれを参考にして忍さんが作ったとか。

「実はノエルとファリンがそうなんだ。」
「おいおい、まじか? 人間にしか見えなかったぜ?」

 私も何度か月村家へ行ったことはある。流石金持ち、メイドが2人いるのかとかビックリしてたが、ただの人間だとばかり思っていた。
 あのメイド二人が人形? 嘘だろ?
 つっても、そもそも誘拐やら夢やら魔法やら、今日はとんでもない事ばっかりだ。今なら何言われてもそこまで驚かない自信があるな、うん。
 と、そんなことを考えていると。

「ち、千雨ちゃん!」
「ん、何だ?」

 突然、すずかが改まってこんなことを言い出した。

「わ、わたしのパートナーになってください!」
「……はぁ?」

 聞くと、月村家というのは『夜の一族』という、ちょっと特殊な家系らしい。まともに生活するためには血液が必要で、その血液を摂取してる限り長命を得る、という吸血鬼じみた一族だとか。
 それで、そんな秘密を打ち明けられる人をパートナーと呼び、秘密を共有してもらい、たまに血をもらう関係なんだと。
 すずかはオドオドと、頻繁につっかえながら、怯えながらもそのことを最後まで話してくれた。
 わたしは、そんなすずかの言葉を聞いて。
 段々と。
 イライラ、してきて。

「つまり。てめぇに都合のいい血液タンクをご所望なわけだ。」
「ち、違うよ!? そんなんじゃない!!」
「どこが違うんだ? てめぇの秘密を守ってやり、血を与え。見返りなんてありゃしない。」

 そう言うと。
 すずかは、酷く傷ついた顔で、俯いてしまった。わたしの部屋には、そのまま痛いくらいの静寂が訪れる。
 1階で母さんが料理してる音が、辛うじてこの世界が崩壊しないようにとどめている……馬鹿らしいが、そんな妄想が思い浮かんだ。

「……千雨ちゃん。こっちを見なさい。」

 そのままお互い黙っていたら、忍さんが私のことを呼ぶ。
 何だ? 文句でもあるのかと、忍さんの方を見ようとし――

「ダメ!!」

 すずかに、押し倒された。

「……ごめんなさい。今日は、帰るね。」
「……おう。」

 ちょっと、一人にしてくれ。
 私がそう言うと、すずかは起き上がり、忍さんを引き連れて私の部屋を後にする。
 ああ、これで。やっと、一人、か。そう思ったら。
 絡繰が、押し倒されたまま寝っ転がっていた私の頭を持ち上げ、その下に膝が来るように正座する。
 所謂膝枕だ。

「なんだ、忍さんと一緒に行かなかったのか?」
「……私は、ガイノイド……いえ、ロボットです。一人にはカウントされません。」
「はは、そうかもな。」

 それに――

「ロボットに愚痴を言うのは、所謂ノーカンだと、判断します。」

 そのまま絡繰は、硬くゴツゴツした手で私の頭を撫で始める。

「お前の膝は痛いんだよ。それと手も。」

 まんま鉄の塊みてーなもんじゃねーか。
 口ではそんなことを言うも、私は茶々丸にされるがままとなった。

「ああ……いてぇなぁ……いてぇよ、なぁ……。」



[32334] 第11話 それぞれの夜
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/01 19:38
「長谷川サンの夢の中へ茶々丸が転移しタ? 熱でも有るのカ、エヴァンジェリン。」

 理屈は何もわからないが、あの部屋そのものが何かのキーとなっている。そう判断したエヴァンジェリンは、二人の体を自宅へと運ぶという当初の予定を変え、二人はそのままにし千雨の部屋を後にした。転移した理由は千雨の部屋だからなのか、その部屋に千雨が居るからなのか。それさえも解らないなら、下手に動かさない方が良いとの考えだ。
 その足で向かったのは麻帆良工学部研究室。
 すこし遅い晩御飯か、葉加瀬と超は本日の研究成果を語りながら、パンにジャムを塗って食べている所だった。そこに訪れたエヴァンジェリンは、茶々丸の生みの親である葉加瀬、超へと千雨の部屋で起きたことを伝えた。

「そもそもその夢の中の茶々丸は、本当に現実の茶々丸なんですか? ただ単に長谷川さんの夢に茶々丸が出ていただけではなく?」
「む。そう言われると、確たる証拠は無いが……。」

 葉加瀬に指摘され、言葉に詰まるエヴァンジェリン。クローゼットのコスプレ衣装が無くなったことに動揺し、千雨の夢を見ると茶々丸が居たことから転移したものだと決め込んでいたが、確かに証拠は無いのである。

「唯一、手がかりと言えそうなのは。茶々丸が私の事を迷子だったのでは? と言ってのけたことだな。」

 夢の登場人物なら、私に向かいそんなことを言う発想は無いだろう。
 そう続けるエヴァンジェリン。

(長谷川サンは茶々丸の事ヲ、エヴァンジェリンの保護者ダト思テルネ、キット)
(ああ、だから子供が居なくて迷子ですか。あり得ます)

 考え込むエヴァンジェリンをチラチラと見ながら、本人が聞いたら激怒しそうな事をヒソヒソ話す二人。
 そんな二人を余所に、エヴァンジェリンは尚も持論を展開する。

「実際、そうでなければ説明がつかん。シャークティは夢見の魔法で精神のみ向こうに行っているのだ。転移する条件は無機物か? では何故コスプレはあのタイミングで転移した? 長谷川が呼んだからか? ならば偶々無機物のみ呼ばれているという可能性もあるのか? いっそもう一度夢の中に入り実験させるか? 魔力が足りんが……。くそ、あのガキを襲う分も使ってしまったし……。」
「私たち血を吸われるんでしょうか?」
「覚悟して置いた方ガ良いカモナ。」
「そもそも転移とは何だ?」

 一人で考えることに限界を感じたのか、エヴァンジェリンは超、葉加瀬の二人を議論に加えるため話題をふる。
 魔法に関してはごく一部のみ突き詰め、他はお座成りの葉加瀬。大体の所は理解していると思われる超。
 この二人の見解を聞けば何かヒントがあるかもしれない。

「物理学的知見で言えば、転移、即ちワープは違う次元を通ることで可能とされます。時間軸の次元を通ればどれだけ離れようと関係ないですから。ただし遠い距離をワープするなら実際に移動手段が必要ですし、近い距離でも地球の自転、公転、太陽系の動き、銀河の動き、これらを換算すると0.01秒でも経過してしまうと宇宙空間に飛び出してしまうことでしょう。そもそも絶対座標が存在しない以上、この世界でベクトル0となることは不可能であり――」
「まぁ夢への移動と物体の移動ガ両立しテル時点で前代未聞ネ。エヴァンジェリンの別荘の様ニ『一見別の世界』を作るのは不可能ではナイガ、飽く迄モ現実の世界だしナ。」
「ああ。精神世界へ物体を持ち込む事など不可能だ。持ち込んだつもりになっているに過ぎん。」

 葉加瀬は物理学の見地を話すうちにどんどん別方向へと突き進んでしまい、自分の世界へ入り込んでしまった。
 そんな葉加瀬を無視し、超とエヴァンジェリンは魔法を絡めて想定出来ることを話し合う。

「ヤッパリ茶々丸ハ夢の登場人物だっタ?」
「否定出来んが、茶々丸とコスプレ衣装が消えたことは説明出来んぞ。」
「長谷川サンの精神世界が、実ハ遠くの現実世界ダッタ?」
「銀河を超えた遥か遠くの同姓同名とチャネリングか。時間の流れが同一ならば、あり得る……か?」
「3流SF小説のネタにはなるネ。そうなるト時間の流れガ違う理由ハ、外宇宙を挟ムからその揺らぎで、とかカナ?」
「その辺は解らん。何だ外宇宙とは?」
「葉加瀬に聞くト良いネ。」
「……やめておこう。」
「後ハ、……何か有るカ?」
「無いから聞いてるんだ。」

 言葉に詰まる二人。首を捻りながらも考え込んでいるが、さすがにもうネタ切れなのか次の案が浮かばないようだ。
 超は考えが煮詰まったため、コーヒーを飲もうとテーブルの上へ手を伸ばし――

トンッ
「「あ」」

 ベチャリ、と。
 身振り手振りで持論を展開していた葉加瀬の手と、超の手がぶつかり、軌道を逸らされた手はそのままパンを地面へと突き落とした。ジャムが塗った面を下にして。

「あ、ご、ごめんなさい! ゴミ箱と雑巾持ってきますね。」

 葉加瀬は慌てて掃除用具を取りに席を立つ。エヴァンジェリンはパンをチラリと一瞥するも、特に反応することなく考え事に没頭する。
 そして超は。

「フム。……猫か。外宇宙よりハ現実味が有るカナ?」

 個人的な興味モ有るネ。そう呟くと、改めてコーヒーを飲む。

「そういえば、なぜお前は私の別荘を知っている?」
「あ、アハ、アハハハ何の事カナ!?」

 研究室の夜は、まだまだ終わらないようだ。



◆麻帆良 図書館島◆

「夢から覚めない少女を救う方法……。」

 麻帆良図書館島の地下中腹。そこではスーツを着た黒人男性、ガンドルフィーニと、太った男性、弐集院がいた。
 ガンドルフィーニは本棚の本を取り出しては内容を調べ、また戻して別の本を取り出しては調べてを繰り返す。弐集院は自分の周囲に本の塔が出来上がり、自分でも予想外に高くなったのか、崩さないように慎重に退かしている所だ。
 そうして何とか本の檻から抜け出した弐集院は、今尚次々と本を調べているガンドルフィーニへ問う。

「ガンドルフィーニ君、やっぱり明日にしないかい? まだ起きないと決まったわけじゃないんだし。」

 伊集院が座っていた机の片隅にはボーリング玉サイズの水晶玉が置かれていた。そこには占いの精霊が3匹踊っており、それぞれが水晶玉の表面に光の文字を書いている。
 曰く
 長谷川千雨は今寝ている。
 たぶん明日の朝も起きない気がする。きっと。
 女の子の部屋の映像は見せられないよ!
 弐集院に言われ改めてその水晶を見たガンドルフィーニは、しかしすぐに視線を本へと戻し言う。

「いえ、僕はまだ続けます。起きてくれれば素晴らしいですが、起きると決まったわけでもないですので。」

 弐集院へ視線すら寄越さずに言う様を見て、弐集院は肩を竦めながらため息を吐く。
 そして積みあがった塔を一度本棚へ戻しながら、再度ガンドルフィーニへと問う。

「夢から覚めない、ね。僕はここの認識阻害がこんな風に働くとは思ってもみなかったよ。」

 その言葉を聞き、それまで本に熱中していたガンドルフィーニは久しぶりに視線を弐集院へと移す。
 ずっと同じ姿勢で本を読んでいたためか、どこか疲れた表情で、スーツにも皺が寄っている。ガンドルフィーニはスーツの上着を脱ぎ、適当な本棚に引っかけて背伸びをした。
 パキパキと骨が鳴る音を立てたあと、今度は座り込んだ状態で弐集院へ返答する。

「私もですよ。『立派な魔法使い』とは、一体なんだったのか……。」

 そう呟いた後、ガンドルフィーニは俯いてしまう。
 新しい本の塔を作り上げた弐集院は、再度机に向かい手近な本を開きつつ言葉を放つ。

「学園長とタカミチ君の様な戦争経験者が、観察という手段を選んだ。もちろん何か理由はあるんだろうけどね。」
「それでもです! 全てを救える、なんて事は思っていませんが、救おうとすることは間違いなのですか!?」

 弐集院の言葉を聞き、ガンドルフィーニは立ち上がって反論する。
 その勢いに多少ビックリした弐集院は、本を閉じ振り返ってガンドルフィーニへと向き直る。

「僕に言われても、ね。個人的には僕だって救える者は全員救いたいよ?」

 だからこうして、調べてるんじゃないか。
 それを聞いたガンドルフィーニは、罰が悪そうな顔をしてため息を吐いた。そして椅子を持ち出し、弐集院の前へと置いて座る。

「もし自分の子供が同じ立場だったらと思うと……やりきれない思いですよ。」
「そうだね。しかもそれに気づくことも出来ない。魔法関係者じゃない人はね。」

 二人してため息を吐く。ガンドルフィーニは携帯を取り出し、家族の待ち受け写真を眺めていた。

「子供と言えば、弐集院さんの娘さんは精神魔法を使えましたよね。なにか参考になる物はありませんか?」

 弐集院の娘が使う精神魔法とは所謂幻覚の類であり、幻聴、幻痛を伴う高度な物だ。恐らくそれを教えた弐集院の家に、夢に関する文献が無いかと問うガンドルフィーニ。
 弐集院は暫く目を閉じて考え込む。しかし。

「夢から覚めない、なんて現象が乗った本は無かったね。」
「そうですか……。」

 やはり、地道に探しますか。
 そう言い、ガンドルフィーニは別の本棚へ。弐集院は本の塔へ。二人はまた本の解読へと取り掛かる。

「早く目を覚まさせてあげないと。体を維持する方向の魔法も必要ですね。」
「そうだね、お腹すいちゃうしね。」
「そこですか……。」

 図書館島の夜。いや、魔法親父達の夜も、まだまだ先は長そうである。



◆海鳴市 千雨の家◇

「あーあ、何やってるんだろうなー、私は……。」

 茶々丸の膝枕で暫く寝ていた私は、1階から晩飯の匂いがしてきたことに気付いた。結構な時間こうしていたらしい、そろそろ出来上がるんだろう。
 それにしても、今日は本当に色々あった。事件、魔法、麻帆良、夢、夜の一族、か。どれ一つ取っても簡単に済ませるような事じゃない。こう濃い事ばかり続いて、一体私にどうしろっていうんだ。どうしようもねーよ。
 どうしようも、ねーんだけど……。

「かっこわりーよなぁ、私……。」

 すずかの傷ついた顔を思い出す。
 今思うと、船の上でアリサの記憶を消された時あれほど酷い顔をしていたのは、アリサに夜の一族の事を知られ、その上であいつは受け入れたからだろう。
 受け入れてくれたと思った人の記憶を消される。そりゃ、辛いよな。その前に誘拐までされてるし、アリサが撃たれたところも目の前で見てるんだよな、すずか。下手したらトラウマ物だ。
 言い方は悪いけど、その変わりを求めるのもわかる。そこまで気が回る状況じゃ無かったけど、よ。
 それに私に求められても困る。私は、そこまで出来た人間なんかじゃ、ない。アリサみてーに人を信じて受け入れるなんてこと、出来やしねーんだ。

「長谷川さんは格好良いと思います。」

 いままでずっと私の頭を撫でていた茶々丸が、私の言葉に反応する。一体何を思って格好良いなんて思ったんだか。やっぱりこいつは思考回路にバグがあるんじゃねーか?
 そんなことを思い怪訝な顔で茶々丸を見ていると、茶々丸は膝の上の私に視線を合わせ、次の言葉を発する。

「吸血鬼相手に、そうと知りながら臆さず言葉を発する人間はまずいない、とマスターが言っていました。」

 マスター? マクダウェルか? それにしても吸血鬼ねぇ。そういえばすずかが運動出来るのは吸血鬼だからなのかね。
 でも吸血鬼だからといって避ける要因にはならねーんじゃねーか? 別に見ただけで死ぬわけでもないしな。
 って、何考えてるんだろうな私は。吸血鬼だぜ、そりゃ避けもするだろう。
 ……でも、まぁ――

「血が吸えるから怖い、とか。そんな段階は通り越したかもな。」

 そう。何かが出来るから怖い、なんて言い出したら。シャークティだって魔法を使えるから怖いし、高町親子だって怖い。バニングス家だって色々裏もありそうで怖いし、極論を言えばお母さんだって包丁で私を殺すことは出来るんだ。
 ま、最後のは極論というより暴論だけどな。
 そんなことを考えるのも、最近、つーか今日は色々ありすぎたからか。自分でも自分の考えていることがわかんねー。一体どうしたいんだろうな、私は。
 そんな私の言葉を聴いた茶々丸は、今までずっと私の頭を撫で続けていた手を止める。

「例えば。私はこのまま長谷川さんの頭を潰すことが出来ます。怖くないのですか?」

 なんて物騒なことを言うロボットだ。そりゃ出来る、出来ない論で言えば出来るんだろうが。

「でも、やらないだろ?」
「はい。」
「やっぱり、怖くねーな。」

 あー、そう考えると。何かを出来るから怖いんじゃなくて、何かをするから怖いのか。もっと言えば私に何かをするから、だな。
 私に何もしないなら、怖がる理由にはならない。そういう意味でも、すずかや茶々丸は恐怖の対象にはならないよな。

「それは、格好良いとは言わないのですか?」
「……ひねくれてるだけさ。」

 そう。こんなの、格好良いよはいわねーよ。
 それにしても、まさかロボットに慰められるとは。どんだけ悩んでんだって話だよな。
 ……本当は、悩んだって答えなんて出やしないことはわかってる。じゃあここで立ち止まれば良いのかって言うと、そうもいかない。
 じゃあ。
 進むっきゃねーよな。
 進むっきゃ、ねーんだけど。

「そんな簡単じゃ……ねーよなぁ。」



FROM:アリサ
TO:すずか、なのは、自分
件名:もう最悪!!
本文:何よ起きたら20時って!? 温泉旅行でどれだけ疲れてたの私?
鮫島も起こしてくれないし、折角の夏休みが1日どっか行っちゃったわよ!?
それに起きたら妙にクラクラするし。寝すぎたのかしら?
3人は今日普通に起きれたのかしら。何して過ごしたの?
それはそうと、良かったら明日皆で翠屋に行かない? シャークティさんが働いている所を見に行きましょうよ!
10時に翠屋へ集まって、シャークティさんを見た後はそのままなのはの家で遊びましょう!
良くても悪くてもメールしなさいよ! あ、今日何したかも忘れずにね。



 悩んでいるうちに晩飯の時間になり、茶々丸を部屋に置いたまま飯を食べた後、アリサからこんなメールが届いた。
 そうか、さっき起きたのか。そしてやっぱりと言うか何というか、今日の記憶は無くなっていて、1日寝ていたことになっている、と。
 私となのはは兎も角、すずかにも送ってやがる。仕方無いとはいえ、大丈夫か? すずかの奴……。こんなメール送ったら色々刺激しちまうんじゃねーかな。
 ま……私が言えた立場じゃないかもしんねーけど、よ。
 それにしてもシャークティの様子見に行くのは良いとして、今日何していたか、か。何してたんだろうな? 私は。色々ありすぎて逆に何してたかよくわかんねーや。
 とりあえず返信はせず、携帯をベットの上に放り投げる。そして眼鏡を外し、ベットに座って茶々丸を見る。茶々丸は所謂スリープモードに入っていて、ピクリとも動かない。バッテリーの充電が出来ないから省エネモードだそうだ。
 悪い気もするが、茶々丸曰くシャークティなら充電出来るそうなので、私は茶々丸を起こすべく話しかけた。

「なぁ。茶々丸。」
「はい。少々お待ち下さい。」

 茶々丸から微かに駆動音がする。スリープモードから立ち上がるために回転数を上げているのだろう。何の回転数かはしらね―けど。

「色々考えたんだけどよ。なんで学園長は私の事を放置したんだろうな?」

 魔法の存在を教えることが出来ないと言うなら。せめて事情を知る人を近くに置いて欲しかった。
 誰かに私は変じゃないと言ってもらうだけで、いや、私の言いたい事を理解してもらうだけでも良い。それだけで、たったそれだけでも、どれだけ私は救われたことか……。

「少しパソコンを借ります。」

 茶々丸は私に一言断ると、パソコンを立ち上げてUSBポートに指を接続する。器用な奴だな、おい。
 外部メモリが一つ立ち上がり、そこを開くと中味は一つの動画ファイルが入っていた。
 動画を再生する。すると、そこには学園長とマクダウェルが囲碁をしている様子が映し出されていた。映像はマクダウェルの斜め後ろで碁盤を見ている所から始まる。これは茶々丸の目にした物を記録したんだろう。
 碁盤は学園長優勢。マクダウェルは……パンツ丸見えじゃねーか? スカートで椅子の上で片膝立てて、って。

『今日、お主のクラスの長谷川君が早退したらしいの。』

 私が早退した日っつーと、最後に起きていた日の事か。こうゆうのを見ると、これが異常な夢なんだってことを実感するな。私にとってはもう何週間も前の出来事なんだけどな、茶々丸にとってはついさっきの出来事なんだろう。
 話は進み、私に認識阻害が効かないことを知り、対策をうたないことに怒るマクダウェルが映し出される。学園長室には霜が降り、極寒の地へと変わっていく。
 こ、こいつ……。私の為にここまで怒ってくれるなんて……。ちょっと、ぐっとくる物がある、よな。
 そんな中、学園長が私の常識について何やら質問し、エヴァンジェリンが要約させようとした所で。

「お、おい! そこで出ていくのかよ!?」

 映像は学園長室の外へ。お茶くみして帰ってきた頃にはなにやら話がついていて。

「なんだよ!? 一番肝心なところが入ってねーじゃねーか!?」
「はい。申し訳ありません。」
「ああ、いや、茶々丸がわりーとは言わねーけどよ、寄りによってそこだけ映ってないのかよ!?」

 ああ、くそ、結局わかんねー!!
 あと知ってそうなのはシャークティか。エヴァンジェリンはいつ来るかわかんねーしな。

ブーーッブーーーッ

 そんなことを考えていると携帯が振動する。なんだ、またアリサか? そう思い携帯を開くと、メールが1件入っていた。



FROM:なのは
TO:アリサ、すずか、自分
件名:OKだよ!
本文:お店で待ってるね! シャークティさんの制服姿は私が先に見ちゃうけど、いいよね!?
でももっと早く、8時とかに来てくれたら、シャークティさんの練習に付き合ってもらえるんだけど。
いちおう8時前からみんなお店にいるから、良かったら来てね!
今日は図書館に読書感想文用の本をかりに行ったよー。
もしドラっていう本をかりたんだけど、何書いてるのか全然わかんない!
何か違う本無い?



 おいおい。小2でもしドラかよ。わかるわけねーよ。おとなしく童話でも読んどけ。それにしても8時からシャークティは翠屋に居るのか。
 ……よし。いきなりすずかとシャークティ両方顔合わせるのも辛いし、早めに行くかな。
 そう決めると、私は茶々丸に6時くらいに起こしてくれるよう頼み、ベットに入る。
 そしてメールの返信もせずに、そのまま眠りについた。



[32334] 第12話 約束
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/01 18:09
 今の時間は午前8時10分。空は生憎の曇天だけど、風もあり外出するにはかえって都合がいい気候かもしれない。私は翠屋への道を歩きながら、今日すずかに会ったら何て言おうか考えていた。
 ベストは前みたいな気安い関係で、血を提供っつーのも極稀に、っていう状態に持っていくことか。秘密がどうこうっていうのは、元から喋る気なんて無いからどうでもいい話だ。
 そのためには、まず謝る? でもあれは私が悪い、のか? どーも納得がいかねーけど……。
 そんなことを考えているうちに、とうとう翠屋が見えてくる。外から見える範囲には誰も居らず、扉に架かる看板も『close』のままだ。まぁノックすれば誰か出てくるだろうと、私は扉に付いたノッカーに手を伸ばす。

コンコン
「はーい!」

 中から美由希さんの声が聞こえ、ガチャリと扉が開かれた。
 そこには予想通り、外から見えないカウンターの向こうに数人が集まっているのが見え、

「あ、千雨ちゃん! シャークティさんを見に来たの?」
「はい、朝は練習してるって聞いたので。」
「千雨ちゃんだ! おはようー!」
「ちょ、ちょっとなのはちゃん! 引っ張らないで!?」

 その中から二人、なのはと、なのはに引っ張られたシャークティがこちらへと向かってきた。
 シャークティは既に翠屋のエプロンを身に着けていて、どうやら今から接客の練習をするところだったらしい。私と目が合ったシャークティは、一瞬びっくりした風ながらも、首を振り改めて私に目を合わせてきた。

「千雨ちゃん。おはよう。」

 にこり、と。そう嬉しそうに笑いながら挨拶するシャークティを見て。
 ああ、取りあえず来てよかったかな、と。そう思った。



「ご、ご注文は何になさいますか?」
「シャークティさんメニュー! 渡して!」
「あ、はい!」

 挨拶の後そのまま席へと案内された私は、なのはのメール通りシャークティの接客の練習相手になっていた。
 シャークティは席に案内するなり注文を聞いてくるし。私はいったいどんな常連客だ。こりゃ練習必要だわ。
 メニューを受け取った私は、取り合えず一通り目を通そうとページを開く。開くんだけど。

「シャークティさん! ずっと隣にいちゃダメだよ!?」
「え、ええ!? え、えっと、お決まりになりましたらお呼びください?」

 ……大丈夫かな。心配になってきた。
 それにしてもなのはが教師役か。手伝いでたまにやってるって言ってたな、そういえば。うちの担任と違って自営業なら有りなんだろう。
 ん? そういえばうちの担任って、ひょっとして……。ま、後でいいか。
 さて、改めてメニューを見る。コーヒー、紅茶、ケーキ、シュークリームと翠屋のメインがまず先に並び、その後ろにサンドイッチ等の軽食。パスタやオムライスといったランチメニューっぽいやつが次にきて、最後にモーニング等のセットメニューか。

「シャークティさん! そっちは雑巾! 布巾はこっち!」

 向こうならケーキにコーヒーと行きたい所だが、こっちじゃコーヒーを美味いと感じないし、そもそも金が無い。
 いや、シャークティに出させるか? 出せと言えば出すだろうが、それもなぁ。弱みに付け込むようなことはしたくない。朝ごはんも食べてきたしな。
 それじゃ何にするかな。オレンジジュースか?

「テーブル拭きは奥から手前へ、側面も忘れずに、でも手早くね!」
「お、奥の側面は……?」

 あー。それにしても。

「ナプキンの補充は3秒でやらないと間に合わないよー!」
「さ、3秒!?」

 何だ。見てるだけでも結構楽しいな、これ。

「千雨ちゃんまだ!?」
「おい。先生役が客を急かすのかよ。」
「にゃはは、私今日店員じゃないもん。」

 なのはに急かされた私は、仕方なくシャークティに目を合わす。目が合ったシャークティはメモを取り出しながら近寄ってきた。

「注文受ける前にメモ出しちゃだめ!」
「えっ!?」
「おい小姑。いいだろそんくらい。」

 あ。やっぱり? なんて笑いながらなのははシャークティの後ろへと下がる。今のシャークティは何言っても真に受けそうだからな、あんまり苛めるもんじゃないだろ。
 どこかホッとした表情のシャークティに、私はオレンジジュースを注文する。なのはがケーキやシュークリームを頼んでもいいよと言ってきたが、朝ごはんも食べたからと言い辞退した。
 注文を受けたシャークティは、そのままカウンターの向こうへと消えて行く。そして何故かなのはは私の向かいの席へと座った。

「いいのか? ついて行かなくて。」
「カウンターの向こうは私の担当じゃないもん。」

 話を聞くと、ホール担当はなのはと恭也さん、カウンター担当は士郎さんと美由希さん、キッチン担当は桃子さんらしい。
 なのははメニューを開き、私におススメのメニューをアレコレ教えてくれる。どうやら一番人気はシュークリームなんだとか。売り切れ御免のメニューで、毎日大量に作るけどほぼ間違いなく売り切れるんだと。そう言われると食べたくなってくるな。

「アリサちゃんとすずかちゃん来たら一緒に食べようね!」
「っ……、そう、だな。」

 すずか、か。あー、どうするかな、ほんと。
 あと1時間ちょっとで来るよなぁ。なんて言えばいいんだ。やっぱ面倒だし謝っちまうか? でも、何を謝れって言うんだよ。もうちょっと柔らかい言い方するべきでした、ってか? 馬鹿らしいな。
 あー、くそ! なんで私が悩まねぇといけねーんだよ!? 私は悪くねーだろ? ……無いよな?

「お待たせしました、オレンジジュースです。」

 何て事を悩んでいるうちにシャークティがお盆にオレンジジュースを乗せて戻ってきた。
 お盆を掌に載せたまま軽くお辞儀をするが、ジュースの水面は一切揺れず。そんな所は見ていて安心できるな。さすが修道士? あれ? 頭に本とコップ乗せて練習するのは何だったか?

「わ、シャークティさんお辞儀綺麗ー。」
「さすがに映えるわよね。いっそ修道服着てウェイトレスしてもらおうかしら?」

 ……変な客来るからやめておけ。
 キッチンから出て来た桃子さんの発言に心の中で突っ込みを入れつつ、私は目の前に置かれたオレンジジュースへと手を伸ばす。コップもジュースも良く冷やされていて、氷は入っていない。ま、この辺は好みの問題だろう。
 なんて批評家ぶったことを考えつつ、ストローでジュースを飲む。うん、普通のオレンジジュースだ。
 シャークティはというと、私の時と同じようになのはから注文を聞き、桃子さんと一緒にカウンターの向こうへと下がる。ちなみになのははサイダーを頼んでいた。

「ところで、千雨ちゃんはすずかちゃんと何かあったの?」
「ングッ!? っく、カハッ、ゲホッ、ッケホ、な、なんだ急に!?」

 なんだ!? 何でそんなピンポイントで話題が来る!? なのはは事件のこと知らないはずだろ!?
 くそっ、びっくりしてジュースが気管に入った! く、苦しい……!

「だって、千雨ちゃんとすずかちゃんからメール来なかったし。」

 一緒にお店へ来るかなって思ったんだけど、千雨ちゃん一人で来たし。
 そう続けるなのは。それにしたってそれだけで私とすずかの間に何かあったと思うか? 普通。

「ま、あったと言えば、あったな。」

 それも飛び切りのやつがな。

「何? 相談に乗れること?」

 そう言い、心配そうな顔で身を乗り出すなのは。相談は、出来ないよなぁ。いくら友達でも言えることと言えないことがある。ましては夜のなんとかなんて、あれは本人から言い出してなんぼだろう。絶対に私が言いふらしてはいけないことだ。
 心配してくれたところ、悪いんだけど。

「気持ちだけ受け取っておくよ。」

 出来れば、すずかと二人で話をしたい所だな。あとは野となれ、ってやつか?
 はぁ、早く来てほしい気もするし、来てほしくない気もするし。あー、イライラするぜ。
 やっぱもう少し後で来るべきだったか? でも家にいても結局考えることは一緒だしなぁ。くそ。
 あー、どーすっかなぁ……。



◇海鳴市 高級住宅街◆

「今日駄目だったら、今度こそ消すわよ? すずか。」

 高級住宅街を走る車の中。運転席に座る忍は、後部座席のすずかに向かい声を掛ける。車は月村邸からバニングス邸へと向かう最中であり、未だ車内には二人しかいない。
 忍の声だけが車内に響き、それに対する返答は一切無い。すずかは携帯電話を見つめたまま、黙ってうなずいた。
 ミラー越しにそれを確認した忍は、次の言葉を放つ。

「酷なことを言うようだけど、恋愛感情が無ければ千雨ちゃんの言うことも最もなのよねぇ……。」

 都合のいい血液タンク。なるほど最もな話だ。その言葉を思い出したすずかは、びくりと肩を震わせる。そんなつもりじゃない、そう言葉で言うのは簡単だが、客観的に見ればその通りなのは考えなくてもわかることだった。
 恋愛感情が生まれた後なら、性行為の延長と捉えることも出来ないわけではないが、同性の、しかも小学2年生に求めることが出来る物ではない。
 しかし。

「でも、千雨ちゃんは私の事怖がったりしなかったもん。」

 人の感情には人一倍敏感なすずかだ。話している最中も千雨には怯えの色は見えなかったし、忍と目を合わさせないように押し倒した時でさえ、千雨は拒否する素振りも見せなかった。
 そのことから、千雨は自分に対して恐怖を覚えてはいないと確信していた。
 すずかが一番恐れていたのは自分を否定されること、化け物と罵られることであり、それらは既にクリアしている。残るは秘密を守る約束を取り付けることと、血をもらう事なのだが。

「血は、もういいんだ。せめて、私のことを知ってもらえれば、それと秘密を守ってもらえれば。あとは今まで通りでいいの。」

 車はバニングス邸の近くへと既に到着している。しかし、忍は車を路肩に止め、もうしばらく悩める妹との会話に勤しむことにした。
 モラトリアムかしら。などと小声でつぶやきながら、忍も自身の携帯を覗きこむ。
 そこにはとある遊園地をバックにした、高町恭也とのツーショット写真があり。

「その今まで通りが、一番難しいのよねぇ。」

 未だ明確に恋人とは言えない自身のパートナー候補を見つめ、ため息を吐く。
 吊り橋効果となるか、その橋が崩れ落ちるか。そればかりは渡ってみないとわからないのだ。

「私は、やっぱり血も欲しかったわ。我慢出来るかしら?」
「出来るもん!」

 そう息巻くすずかをバックミラー越しに見て、忍はため息を吐く。
 そして、経験しないとわからないわよねぇ、と前置きし。

「すずかがそう決めるなら、任せるけど。一つ忠告するわ。」

 真剣な眼差しで、ミラーに映るすずかを見つめる。姉の纏う空気が変わったことに気付いたすずかは、思わず背筋を伸ばして座りなおす。
 そしてミラー越しに見つめあったまま、忍は次の言葉を放つ。

「もし受け入れてくれたとしても。血はいつでも貰えるか、一切ダメかの何方かにしなさい。」

 じゃないと、後悔するわよ。
 そう言うと、忍は呆然としているすずかを確認し、返事も待たずにバニングス邸の前へと車を走らせる。
 門の前では既にアリサと鮫島が待機していて、すずかは返事をすることも出来ないまま、アリサが車へと乗りこんできた。

「忍さん、このまま翠屋へ行くわよー!」
「あら? 千雨ちゃんは?」
「さっき電話したけど、もう出かけたみたい。」

 たぶん先に行ったんじゃないかしら? 練習でも見てるんでしょう。
 それを聞いた忍は、鮫島に会釈をした後、一路翠屋へと車を走らせた。



◆海鳴市 翠屋◇

「あー! 千雨、やっぱり先に来てたのね!」

 ……来たか。時間は9時15分、開店してまだ間もなく客もいない店内。私は窓際の4人掛けの席で、なのはと向い合せに座りどうでもいい話をしていた。シャークティは緊張しているのか知らないが、扉を睨めつけ微動だにしない。
 そんなシャークティへ見せつけるように、店の前へと1台の高級車が停まる。中から出て来たのは忍さん、すずか、アリサ。アリサは窓際に座る私たちを見るなり、大声で叫んだ。

「まったく、メールしなさいよ、もう!」

 窓が開いているのでアリサの声はよく通る。私は軽く右手を挙げて答え、なのはは窓から身を乗り出しぶんぶんと手を振った。

「アリサちゃん、すずかちゃん、忍さん! おはよう!」
「おはよう! なのは、千雨!」

 アリサが言い、すずかと忍も手を振って答える。ちなみにこの間、まだすずかとは目が合っていない。さー、どうなるかな。
 そしてアリサを先頭にし、3人は翠屋の中へと入ってくる。シャークティは頭を下げ3人を出迎えた。アリサは翠屋のエプロンを着けたシャークティを見るなり目を輝かせている。わかりやすい奴だ。

「いらっしゃいませ。」
「シャークティさん! かわいい!」

 こ、こちらへどうぞ。と、若干狼狽えながらもシャークティは私たちの席へアリサとすずかを誘導する。ちなみに忍さんはカウンターへ座り、恭也さんと喋り始めた。
 まずアリサがなのはの隣に座り、必然的にすずかが私の隣に座る。アリサは隣のなのはと早速喋り始めるが、私たちの間には会話はない。うわー、気まずいな、おい。私は何も入っていないコップを玩び、シャークティはいつこのコップを下げるのだろうなどと考えていた。現実逃避とも言う。

「お決まりになりましたらお呼びください。」

 そんな所へシャークティはメニューを持って現れる。なのはとアリサの前に一つ、私とすずかの前に一つだ。なのはとアリサは一緒にメニューを開いて何を頼むか相談し始め、私たちはと言うと……

「先に見ろよ、すずか。」
「う、うん。」

 私はすずかにメニューを見させ、窓の外へと視線を向けた。何やってるんだろうな。一応年上の私が、もっとしっかりするべき、か?
 いっそ先に昨日のことを話して、さっさと終わらせたいんだけどな。でもなのはとアリサが居る前で出来る話でもないし。いつまでこの気まずい空気を作らねーといけないんだか。
 そんなことを考えていると……

「あ、アリサちゃん! 先にシュークリーム取りに行くから手伝って!」
「え? 頼むんじゃないの?」
「にゃはは、今日は8個だけ内緒のサービスだよー!」

 なのはがアリサを連れて、カウンターの向こうへと消えて行く。これは気を使わせたかな?
 ……よし。どうせ直ぐ戻ってくるだろうし、ここはさっさと済ませるか。そう決めると私は一つ咳払いをし、すずかへと向き直る。

「おい、すずか。」
「は、はい!」

 すずかも緊張しているのが良くわかる。両手を握りしめ、体を強張らせたまま、私の方へと体全体を向けた。まるでお見合いだな、おい。私が男役か? じゃあ仲人はなのはか。笑えない冗談だ。
 相手が緊張しているのを見ると、逆に私の緊張は少し軽くなった。よし、ここは勢いで言っちまうべきだろう。

「私は秘密を言いふらす気も無いし、すずかのアレも正直どうでもいい話だ。いちいち気を使うつもりもねー。それと血だけど、極偶にならいいぜ。もちろん見返りは貰うが。そう……たとえば茶々丸の改造をただでやるとかな。それでいいか?」
「え、えぇ? あれは元々ただで」
「そ・れ・で・い・い・か!?」

 すずかが余計なことを言おうとしたので、それを遮り強く言う。すずかは私の言いたいことを察したのか、コクコクと頷いた。はぁ……すずかの件はとりあえずこれでいいか?
 正直これでダメなら手のうちようが無い。これが譲れる限界、だよな。そんなことを考えながらすずかを見ていると、すずかは私の言ったことを徐々に理解していたようで、みるみるうちに顔が歪んでいき。目からは、光るものが溢れ始め。

「ちょ、な、泣くなよ!?」
「だ、だって、もうお友達じゃ、無くなるかと思って、」

 だぁぁぁーーー! もう! 結局泣くのかよ!? くそっ!! ったく、泣きたいのはこっちだって言うのによ!
 私はすずかの頭に手をやり、そのまま抱き寄せて頭を撫でてやる。すると、すずかはそのまま私に縋りつきエンエンと声を上げて本格的に泣き出した。あー、こーいうのは私のキャラじゃ無いんだけどな。どうしてこうなった……。





「なにあれ?」
「しらなーい。」

 カウンターの下からアリサとなのはが顔をだし、抱き合っている千雨とすずかを見つめている。その後ろでは同じく空気を読んだ忍、恭也、美由希、シャークティがカウンターの下で隠れていた。
 千雨はすずかを抱いて顔を伏せているためその表情は見えず、すずかは後頭部しか見えない。しかし、絶えず響くすずかの泣き声と、千雨が優しくその頭を撫でる様子を見て。他の者は近づくことが出来ないでいた。
 忍はヤレヤレといった面持ちで頭を抱え、恭也はそんな忍の頭に手を乗せる。美由希とシャークティは所在無さげだ。

「何、私たちはいつ出て行けばいいの?」
「……シュークリームでも食べてる?」 

 結局。6人がカウンターの下から出てこれたのは、15分後に他のお客さんが来た時だった……。




 あの後、他のお客も来始めたということで私たち4人はシュークリームを持ってなのはの家へと移動した。そこでまたゲームや夏休みの宿題なんかをする予定だ。そして今はゲームして昼ご飯を食べた後、皆で宿題をしている。私は宿題はほぼ終わっているので、もしドラを読みながら聞かれたことだけ答えている。
 もしドラの正式名称? 『もしドラえも○が本当にいたら』だった。空想科学なんちゃらみたいな奴だな。ドラッカーじゃなかった。ま、それはどうでもいいとして。

「千雨ちゃん、左右の書き順って……」
「書いてありゃいいんだよ、気にすんな。」
「は、はるなつあきふゆ?」
「しゅんかしゅうとう」
「えーと、ゴンとわかったときの兵十の気持ちを答えよ……?」
「すずか、パス」
「え、えぇ!?」

 なのはの国語が今一なんだよな。ま、分かってたことだが。算数は出来るのにな、暗記系がダメって訳でもないし。やっぱり国語がダメなんだな。……そうだ。ためしにこのもしドラの問題をやらせてみるか?

「なのは、息抜きにコレやってみるか?」
「うん! やる!」
「あ、ちょっと、千雨! 私も!」

 さすがに私でも三角関数や微分積分、あと本格的な物理なんかは教えれねーけどな。割り算、少数、分数、乗数、ルートや因数分解、あと基本的な所で面積、体積の求め方なんかを教えてやる。
 するとこの3人、とくになのははびっくりするくらい簡単に飲み込みやがった。高々小2の問題じゃ分からなかったが、理数系には本気で強いんだな。これだけで小学校の算数は必要ないんじゃないか? 国語だけ悪いんだなー、勿体ない。

「理数系には強いんだな。」
「にゃはは。」
「くっ、千雨は兎も角、なのはに負けるなんて……!」
「アリサも十分すげーぜ、うん。」

 こうしてなんだかんだと勉強会をやっているうちに時間は過ぎ、夕方となる。初日ということもあり、一足先にバイトを上がったシャークティがなのはの家に来たのを切欠に、今日の所は解散となった。

「千雨ちゃんバイバーイ!」
「またね、千雨ちゃん!」
「メール無視するんじゃないわよ!」
「おう、またなー。」

 3人に手を振って答える。
 アリサとすずかは忍さんの車を待つということでなのはの家に残ったが、私はシャークティに話があるので一足先に帰らせてもらった。そして、夕暮れの中シャークティと二人並んで歩く。
 私は昨日から気になっていたことをシャークティに聞いた。

「なぁ。どうして学園長は私を放置したんだ?」
「それは……。」

 シャークティは若干言いにくそうにしながらも教えてくれた。
 それによると、どうも麻帆良で育ったならいつも周りに凄い物や人がいるのだから、それが当たり前という常識になり認識阻害が効かなくても問題ないはずで、なぜ私が変な物を変だと指摘出来るのか調べるつもりだった、と。
 そう言われても、な。変な物は変だろ? としか言い様がない。そして調べるつもりならもっとさっさと調べろよ……!

「私は千雨ちゃんの味方だから、ね?」

 シャークティの話を聞きながらイライラしていると、シャークティは私の気を治めるためか、私の手を取って語りかけてきた。私の味方、ねぇ。確かに味方なんだろうが。よし、私が夢から覚めるためにも、シャークティには協力してもらわねーとな。

「なぁ、魔法を教えてくれよ。」
「ええ、それは最初からそのつもりだったわ。」

 魔法に慣れる意味もあるし、千雨ちゃんはその必要があるでしょうね。と、シャークティは続ける。さらにはどんな魔法が使いたいのかも聞かれ――

「学園長をぶっとばせる魔法、だな。」
「あ、あはは……まずは基本から、ね?」



[32334] 第13話 優しい吸血鬼
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/01 18:54
「プラクテ・ビギナル・火よ灯れ。 さん・はい♪」
「ぷ、ぷらくて、びき……」

 は、恥ずかしいな、おい。
 なのはの家からシャークティと共に帰ってきた私は、そのままシャークティを私の部屋へと上げ、夕飯までの短い時間ではあるが魔法の基礎を教えてもらうことにした。ついでに茶々丸へと認識阻害の魔法をかけてもらうのと、充電の必要もあったしな。
 そして茶々丸には認識阻害の魔法を込めたアクセサリとして、私には魔法の杖の変わりとしてそれぞれシャークティのミニ十字架を貰う。両方ネックレスとして首から下げれるようにしてあるので、まるで普段はお揃いのアクセサリをつけているかのようだ。シャークティも同じものをつけているから3人お揃いだな。
 茶々丸の充電も何の問題もなく終わる。今時ゼンマイかよ、とも思ったが、儀式みたいなものでゼンマイそのものにはそこまで意味は無いらしい。
 その後、初歩の初歩だという魔法を教えてもらい、詠唱をしてみたんだが……。

「プラクテ・ビギナル・火よ灯れ」

 シャークティが詠唱する。すると、十字架を持った手の先に小さな火が出現し、ユラユラと揺れる。私は手を近づけてみるが、普通の火とまったく同じように熱を感じた。
 ちょっと規模は小さいが、これぞ魔法って感じだよな。よし……、これを、しっかりとイメージして……

「プラくて・びぎナル・火よ灯れ」

 ……しーん……。な、なにも起きねぇ……。
 くそ、シャークティも茶々丸もリアクション薄いから、逆に恥ずかしんだよ! なんだ? 闇雲に繰り返してりゃ魔法を使えるようになるのか? かなりハードル高いぞ、おい!?
 私は赤くなった顔を隠さず、シャークティを睨み付ける。するとシャークティは苦笑しながら言葉を放つ。

「まぁ、出来ないわよね。本当なら火をイメージしながら繰り返すのだけど。」

 ちょっと、ズルしちゃいましょうか。そう言うと、プリンタからA3用紙を1枚抜き出しそこに魔法陣を書き始めた。なんだ、やっぱり近道があるんじゃねーか。それにしても魔方陣手書きか。まさかこんなのも覚えねーといけねーのか?
 それは兎も角、シャークティが魔法陣を書いている間、私は茶々丸と忍さんにお願いする改造の件について話し合う。

「茶々丸、とりあえず認識阻害が無くても変に思われない程度の改造をお願いするんだが、それでいいか?」
「私は変でしょうか?」
「いや、変だろ……」

 どこの世界に球体関節の人間がいるんだよ、耳アンテナはまだ誤魔化せるだろうけど。そう言うと茶々丸は何やらひどくショックを受けたようで、途端に反応が鈍くなる。

「変……私は、変……。」

 な、何だ? 何かアイデンティティでもあったのか?
 そんなことを喋っているうちに、シャークティがペンをしまう。どうやら書き終わったらしい。
 A3用紙の上に書き出されたのは何やら模様が掛かれた二重丸と、その中に六芒星。中心に書かれているのは何だろうな、目か?

「さて。この魔法陣は仮契約の魔法陣と言って、魔法使いとその従者を定める儀式に用いるものなの。従者となれば私から魔力を送ることが出来るから、魔法の練習も捗るわよ?」

 魔法を習得する上で最も困難な『魔力を感じる』事、これを従者となることですっ飛ばそう、という事らしい。何やら他にも色々特典があるらしいが、それは追々説明するそうだ。
 なんだ、とくにデメリットは無しか? 従者になるっつっても、同性なら特に深い意味は無いらしいし、な。断る理由も無いか。
 
「まあ、魔法にさっさと慣れるには良いんだろうな。よし、いいぜ。」

 そう了承すると、シャークティは早速魔法陣に魔力を込め始まる、たぶん。いや見てても魔法陣が光り出したくらいしかわかんねーし。するとその光が巨大化し、大体直径2Mくらいのサイズで床に描かれた。おいおいちゃんと消えるんだろうな、これ?
 そしてシャークティに促されるまま魔法陣の中へと立つ。な、なんだ? 妙にドキドキするな、なんでだ?

「それじゃ、契約の儀式は口づけだから、千雨ちゃんちょっとこっちを向いて――」
「ちょ、ちょっとまて! な、な、なんだよ口づけって!?」
「仕方ないじゃない、そういう儀式なんだから。」

 シャークティは実にあっけらかんと言いやがる。なんでそんな冷静なんだよ!? それに、大体キリスト教は同性愛禁止だろ!? シスターがそんなんで良いのかよ!?

「あら。勘違いしているようだけど、同性愛を否定しているわけではなく、性行為をするなら異性としろと言っているのよ。それにキスは親愛の証であり、性行為ではないわ。」

 まぁ、少なくとも私の派閥はそうね、とシャークティは続けて言う。いや、派閥とか言われてもしらねーよ!? それに行き成りキスしろって言われても心の準備ってもんがあるだろう!?  欧米人とは違うんだよ! ふぁ、ファーストキスだぞ!? 私だって好きな男が出来たらって夢見たことが……!

「それとも、親愛の証でも、私とするのは嫌かしら……?」
「せ、せこい! その言い方は卑怯だ!」

 シャークティは眉尻を下げて、悲しそうな表情と声色でそんなことを言いやがる。
 ああ、くそ! ノ、ノーカンだ! 親愛だし、同性だし、そもそも今小2だし!?

「もう! す、するならさっさとしてくれ!」

 そう言い私は目をきつく瞑る。すると、シャークティが軽く笑う気配がした後、顔の両側に手を添えられ……

(く、くる!)

 ちゅ。
 そう、軽い口づけが交わされた。


「アーティファクトは……無し。契約出来ただけでも僥倖よね。黒・節制・中央の土星……色々意味深ね。黒は全てを含む、何もない、中立、どのように捉えるかで全く違う意味となる。ならば節制は相反する要素の結合とし、中央ということはそれらの観測点となる? 実施者も中央と捉えることが出来るかしら。 そして土星……あら? 千雨ちゃん聞いてる?」

 キスが終わった後、何やら空中から1枚のカードが現れた。そこには今の私の絵が描かれていて、その周りにも何やら色々書かれている。シャークティ曰くそれらには占い程度だがそれぞれに意味があり、その意味について説明してくれるというのだが。

「あー、茶々丸、録音しておいてくれ……。」

 キス……私の初めてが……。の、ノーカンだ、ノーカンなんだけど。シャークティの唇の、あの柔らかい感触がまだ残っていて……うああああ!

「千雨ちゃん。これ、土星の意味だけは正しく捉えてほしいのだけど。」

 ベットに倒れ伏し悶えていた私だが、シャークティが真剣な声で話しかけてきたので顔を上げる。くそ、なんでそんなに平然としてるんだよ!?
 あー、まだ暑い、絶対顔赤いぜ、これ。シャークティが涼しい顔なのが余計に腹立つな、おい。

「土星は一般的に不幸を表すわ。けど、捉え方を変えればそれは試練となり、その試練に打ち勝つ者に栄光を与える星というのが本当の意味。ただ試練に打ち勝つ人が少ないために単純に不幸とされる星……それが土星。千雨ちゃん、あなたは今その試練の真っただ中にいることを、決して忘れないで。そして、その後には栄光が待つことも。」

 もちろん、私も出来る限りの手伝いはするわ。そうシャークティが言う。
 不幸ではなく試練……か。所詮占いだけど。厄介な試練だぜ、おい。



「それじゃあ、またね。千雨ちゃん。」

 あの後。魔力供給や念話、召喚なんかを試し、晩飯の時間になったので帰ってもらった。仮契約で何やらアイテムを貰える可能性もあったらしいが、たぶんこの世界じゃそのアイテムも出ないらしい。
 向こうに帰ったら仮契約しなおす? とも言われたが、謹んでお断りだ。
 さて、それじゃ下に行って晩御飯にするかな。茶々丸の事も紹介しないといけないし。認識阻害ももう掛かっているらしいから大丈夫だろう。
 そう思い茶々丸と共に下へ行こうとして……

「しまった。ロボットじゃ無いにしても、どうやって紹介する?」
「友達、家出娘、遠い親戚、どのパターンも高確率で問題が発生すると判断します。」
「だよな。友達にしては年が離れてるし、家出娘も一晩がやっと。遠い親戚は論外だ。さて……。」

 く、こんなことならシャークティと一緒に行ってもらうんだったか? 私の家に居座るには色々と無理がありそうだ。取りあえず、もう一晩私の部屋に籠ってるか? そう提案しようとしたその時。

「千雨ー? さっさと降りて……あら?」
「あ」

 母さんが居間から出て来て、階段で悩む私たちを発見した。や、やばい、どうする!? とりあえず家出娘で一晩通すか!?

「もう、その子が来てるなら来てるって言いなさいよね。3人分しかご飯用意していないわよ?」
「あ、え? その子?」
「私は食べて来たのでお構いなく。」

 あら、そう? ごめんなさいね? 千雨ももうご飯だからねー。
 そう言いお母さんは居間へと戻る。こ、これは……。

「認識阻害すげー、ってことか?」
「どちらかといえばシャークティの先読みでしょうか。」

ま、まぁ……ちょっと罪悪感は残るが、今日だけはいいよな、うん。今日だけ。



◇麻帆良 学園寮◆

 日曜日、早朝。ガンドルフィーニと弐集院は、千雨の担任である高畑と、女性教員である葛葉を連れて学園寮へと訪れていた。徹夜で調べものをした二人は目の下に隈を作り、葛葉は刀を持ち黙りこんでいる。高畑は無表情のままそんな3人を引き連れ歩く。4人の間にはパンパンに膨らんで今にも爆発する爆弾のような、そんなピリピリとした空気が漂っていた。
 未だ寮の中を歩き回る生徒は数少ないが、4人を見かけた生徒は挨拶をしようと足をそちらへ向ける。しかし、4人の中に漂う空気に気付いた途端その足を止め、ただ遠巻きに見つめるのみ。運悪く進行ルートに居た生徒は、それに気づいた途端に手近な部屋へと逃げ込んだ。

「長谷川君の部屋はここだよ。」

 そうするうちにとうとう千雨の部屋へと一行は到着する。好奇心旺盛な生徒が廊下の隅から遠巻きに見つめるも、近づいて事情を聴くことなど出来はせず。4人もの先生が物々しい雰囲気で早朝から部屋へと訪れる理由を想像し、ただ部屋の主の冥福を祈るのみである。
 千雨の部屋へと到着したことを告げる高畑の言葉に頷いたガンドルフィーニは、女性である葛葉へと視線を移す。それを受けた葛葉は前に出て、コンコンと千雨の部屋をノックした。

「長谷川さん? 起きてますか?」

 しかし。いや、やはりと言うべきか。千雨の部屋からは返事などせず、物音ひとつしない。葛葉は扉に手を掛けるも、鍵がかかっていて動かない。
 それを見た高畑は葛葉にカギを一つ渡し、葛葉は鍵を開けて単身千雨の部屋へと入り込んだ。
 部屋の中は殺風景で、何も乗っていないデスク、隅に寄せられた三脚、開け放たれた何も入っていないクローゼット。そして、制服のままベットに眠る千雨、そのベットに寄りかかり眠るシャークティが居た。

「シスター・シャークティ……?」

 葛葉は2人に近寄ると、まずシャークティに声を掛ける。シャークティ、起きてくださいと肩を揺するも、シャークティは身じろぎひとつしない。シャークティを起こすことを諦めた葛葉は、同じように千雨に声を掛け肩を揺するも、こちらも起きる気配は無い。
 葛葉は改めてシャークティを見つめたまま、顎に手を当て首を捻る。

「葛葉先生? どうですか?」

 シャークティを見つめ考え事をしていた葛葉だが、扉の外から自身へと向けられたガンドルフィーニの言葉に我に返る。改めて部屋を見渡すも、とりあえず2人が寝ている事以外は、男性を部屋に居れても問題ないと判断。入ってきても良いと、扉の外へと返答する。

「シスター・シャークティ? なぜここに……。」

 部屋の中へと入ってきた3人は、部屋の様子よりも千雨よりも先に、まずシャークティへと視線を集めた。そんな3人に、葛葉は占い通り千雨が起きない事、それと同じようにシャークティも起きない事、それと何やらシャークティから魔力の気配がすることを伝えた。

「長谷川さんは優しい夢をみていると、シャークティは言っていたね。」
「一度夢へと入り気づき報告、そして今この部屋に居るということは……。」
「また長谷川さんの夢の中にいる、そう考えるのが妥当ですね。」

 そう言葉を交わした後、葛葉とガンドルフィーニは千雨へ声を掛け反応を見る。高畑は部屋の中を見渡し、弐集院はシャークティの様子を調べ出した。
 千雨は声をかけられ、揺すられても反応は一切ない。わかっていた事だが、改めて千雨を起こすことの難しさを思い知るガンドルフィーニ。葛葉もこんな状態になるまで放置された千雨を思い、思わずきつい目線で高畑を睨み付ける。
 高畑は部屋の様子を見て首を傾げる。何か、何かが足りない。こんな殺風景な部屋では無いはずだ。そう呟くも、その何かがわからない。教師という仕事をしているのに、生徒の事を何も知らない自分にただただ落胆していた。出張が多いことを理由にしてはならないと自戒しようにも、事が起きた後では既に遅かった。
 そして弐集院はというと。

「変だ、シャークティの十字架が励起していない。媒体が無い以上、魔法をかけたのは別の人だね。」

 その言葉に全員が弐集院を見る。シャークティ以外の誰が? そんな思いが全員を満たす。千雨の事を知っているのは魔法先生のみ、魔法生徒には知らせないよう全員へ通告していた。この部屋の鍵を持ち出せる魔法先生は担任である高畑のみ。ネギは未だ図書館島の地下にいるし、そもそも知らせていない。まさか学園長がシャークティと共に動くとも考えにくいし、彼女が瀬流彦を頼るということも無いだろう。シャークティが鍵をかけた可能性もあるが、他人に夢見の魔法を掛けれて、彼女が頼るほどの魔法使い。
 一体誰が……。

「……エヴァ、か?」
「バカな!? あの犯罪者が他人の為に動くなど!」

 しかし、他に候補が居ない。高畑にそう返されたガンドルフィーニは、苦し紛れに明石教授の名を口にする。しかし……。

「明石教授、彼なら出来るはずだ! 娘が2Aという接点もある!」
「いや、どうやらエヴァンジェリンで間違い無いようです。」

 弐集院に変わりシャークティを調べていた葛葉はそう話す。彼女は男性では調べられない、服の中や肌と言った接触して調べる部分を担当していた。そして、決定的な証拠を発見する。

「一体何を根拠に!」
「首筋、ここに吸血痕があります。おそらく魔力が足りないエヴァンジェリンへ提供したのでしょう。」
「エヴァは何者かに無理やり吸血鬼にされ、暗黒時代のヨーロッパを生き抜いた、いや、死ぬに死ねなかったんだ。長谷川君に共感する部分も多々あるだろう。」

 僕が言えた事じゃないかもしれないけどね、と高畑が言う。

「いや、しかし……シスターが吸血鬼に助力を求めるなど……? 幾らなんでも……だが……くっ!」

 未だ悩むガンドルフィーニを余所に、弐集院と葛葉は2人の処置について相談する。元々今日は様子を見るだけで、夢から覚める魔法どころか体を維持する魔法も見つからなかったのだ。そこへきてさらにエヴァンジェリンの物と思われる夢見の魔法、これでは手を出すのは憚られた。
 そして、当然だが、とりあえず何もせずエヴァンジェリンに話を聞くことが最優先だという結論に達する。悩みながらもそれを聞いていたガンドルフィーニは真っ先に反論した。

「あの凶悪犯に助けを求めるなど、正気ですか!?」
「助けというか、とりあえず話を聞くんだけどね。場合によってはそうなるかな?」

 僕の知らない魔法だったら手のうちようが無いしね、と弐集院は言う。葛葉もそれに同意し、ガンドルフィーニへと反論する。

「そもそもエヴァンジェリンは自ら殺しをすることは無いはず。メガロが勝手に懸賞金をかけてイメージを悪化させていただけでしょう?」
「たとえ自ら殺していなくとも、正当防衛か過剰防衛かを判断するのは司法の場だ! そこに出ていない以上彼女は凶悪犯罪者というのは変わらない!」
「ならば何故彼女は出頭しなかったのかしら。それにその理論では紅き翼も犯罪者集団となるわ!」
「あれは戦争だ! エヴァンジェリンとは別だろう!」
「僕も戦争が終わったあとに、人を殺した事はあるよ。司法には掛かっていないけどね。ガンドルフィーニさんも知っていると思ったけど。」
「高畑先生の相手は犯罪組織でしょう!」
「重要なのはエヴァンジェリンが犯罪者なのかどうかなのかい? 長谷川君を助けられるかどうかではなく?」
「だから、その信用が出来ないと……!」

 3対1。自身の不利を悟ったガンドルフィーニは言葉に詰まる。

「くっ……! 取りあえず、エヴァンジェリンに話を聞くことは同意です!」

 渋々同意するガンドルフィーニ。こうして、魔法先生たちの次の目的地は決定した。



「何だお前たち。こんな朝から雁首揃えて。」

 エヴァンジェリンの家。その玄関に、先ほどの4人組、ガンドルフィーニ、弐集院、葛葉、高畑がいた。
 それを迎えるエヴァンジェリンは未だネグリジェのまま、眠そうな顔で4人を出迎える。家の中には人形が散乱し、いつもなら整理されているテーブルの上も空のコップや食器が置かれたままになっていた。

「エヴァ。長谷川君とシャークティ先生に、何か魔法をかけたかい?」

 まずはエヴァンジェリンと交友のある高畑が質問する。他の3人のうち弐集院と葛葉は高畑の後ろに立ち、さらにその後ろにガンドルフィーニが居た。
 高畑の言葉を聞いたエヴァンジェリンは、しかしつまらなそうに顔をしかめる。

「あれを見たのか。確かにシャークティには掛けたな。長谷川には何もしていない。」
「どんな魔法をかけたんだ!? エヴァンジェリン!」

 一番後ろからガンドルフィーニの声が響く。葛葉は苦い顔でガンドルフィーニへと振り返り、弐集院はエヴァンジェリンへと事情を説明する。

「いつ起きるかわからないし、体を維持する方法を探りたかったんだけどね。こうなるとシャークティ先生にも必要かな?」
「ん? あぁ……なるほど。それは確かに必要だな。」

 エヴァンジェリンは顔をしかめたまま、しかし弐集院の言葉には同意する。自分が多少何もしなくても関係ない分、そこまでは頭が回らなかったなと呟いた。どうやら自分の浅慮に対しても苦い気分の様だ。
 そして――

「お前たちが下手に手を出さなくて良かったよ。シャークティが死ぬところだった。」

 張り紙でもしておくんだったか? そう呟くエヴァンジェリンの声も聴かず、ガンドルフィーニが前に出て来てエヴァンジェリンの胸ぐらを掴む。エヴァンジェリンはされるがまま、掴み上げられた。

「一体どんな魔法をかけた! 命に係わる物なのか!?」
「ああ、タネは簡単、女王メイヴの加護さ。それも最大級のな。」

 あの性悪女最大の加護だ。命くらい簡単に無くなるぞ?
 それを聞いた弐集院は血相を変えた。

「そ、それってもしかして禁術じゃないかい!?」
「ほう、詳しいな? 一応言っておくが、これはシャークティも了承済みだ。もちろん全て、な。」

 生憎あの魔法以上に適切な物を知らんのでな。エヴァンジェリンはそう続けるが、それを聞いたガンドルフィーニはエヴァンジェリンを掴む腕にさらに力を込める。

「ふざけるな! 例え了承済みでも、そんな命をかけるような魔法など……!」
「ふん。つまりお前は、女子供一人救うのに命を懸ける気概も無いという訳だ。まぁそういう考えも有りだろう。私は好かんがな。」

 エヴァンジェリンのその言葉を聴き、ガンドルフィーニの表情に迷いが生まれる。命を懸けて少女を救う、それこそ立派な魔法使いの理想なのではないかと。昔から語り継がれる、典型的な、陳腐な、しかし決して簡単に真似出来る物ではないその有り方。ただ、魔法をかけたのがエヴァンジェリン。そのことだけが自分の中でネックになっていることに気付き、次の言葉を発することが出来なくなった。

「……くっ!」

 ガンドルフィーニはエヴァンジェリンを床に降ろす。それを見た葛葉はガンドルフィーニを押しのけて、エヴァンジェリンに本来の目的を願い出た。

「エヴァンジェリンさん。どうか、二人の体を維持する案が有れば、教えて頂けませんか? 魔力が必要なら私の血を吸ってもらっても構いません。」

 その言葉を聞き、エヴァンジェリンは目を丸くする。なんだ、最近のこいつらはどうしたんだ? ガンドルフィーニみたいなのが一杯いるんじゃなかったのか? そう思いながらも葛葉の言葉に返答するべく考え込む。
 メイヴの加護と干渉しない、体を維持する魔法。具体的には水分と栄養を与えるのか? じゃあ点滴でもいいじゃないか、でもあの部屋から動かすのも考え物だし……。そんなことを考えていたら、エヴァンジェリンの中で名案が閃いた。

「そうだ。こうしよう。」
「なにかあるのかい!?」

 弐集院、葛葉、高畑がエヴァンジェリンに注目する。そして、エヴァンジェリンの口から出て来た言葉は。

「吸血鬼化させて月光に当てておけ。」

 爆弾発言だった。



[32334] 第14話 悪魔の誘い
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/01 19:10
 翌朝。私は昨日と同じ朝6時に茶々丸に起こされた。

「ふあ……おはよう、茶々丸。」
「千雨さん、おはようございます。」

 茶々丸は麻帆良の制服のまま、机の椅子に座りスリープモードで一晩を過ごしていたようだ。ちなみに今気づいたが、よく見ると2日間、こちらに来る前も含めるとほぼ3日間制服を着たままのせいか、あちこちに皺が寄り生地に張りも無い。いくら茶々丸は汗をかかないとしても、さすがにこれは無いだろう。
 かといって茶々丸の服を買ってやる金もないし、サイズが合う服も持って無い。うーん、どうするか。コスプレ衣装の中にならある程度私服に見える奴もあるんだが。
 そんなことを考えながら、私はクローゼットへ向かう。まさかコスプレ衣装なんて転移しているわけ無いよな、最初に確認したし。でも茶々丸みたいに後から来るパターンもあるみてーだし。いや、だからと言ってそんなご都合展開は……。
 クローゼットの前に到着し、扉を開ける。すると、そこには。

「……おおぅ、あった。」

 私のコスプレ衣装が勢ぞろいしていた。



 茶々丸を部屋に置いたまま朝飯を食べた後。

「ほら、さすがに麻帆良の制服を着っぱなしって訳にもいかねーだろ?」
「いえ、ですが、その服装は……」
「大丈夫大丈夫、元ネタ知らなければわからねーよ。」

 私は茶々丸を使い、コスプレファッションショーをしていた。
 私も鬼じゃない、バニースーツやナース服を着ろとは言わねー。っていうかそんなの着たら一緒にいる私まで変な目で見られるからな。あくまで勧めているのは『常○台の制服』とか『園○魅音の私服』とか、そういうネタを知らなければ変でもないかな? 多分? 程度の物だ。
 茶々丸も結構ネタを知ってるのか、着るのを嫌がるんだが。何なら別々のキャラの服を違和感ないように合わせたって良いわけだしな。コスプレじゃ無くなるけどよ。

「大丈夫、茶々丸ならこれ着ても可愛いからよ。」
「そ、そうでしょうか?」

 お? ちょっと好感触。何なら『竜○レナの私服』とか着せるか? さすがに悪乗りしすぎか?
 そんなことを茶々丸とやっていた時。

「なんだ、楽しそうなことをしてるな?」
「ま、マスター!?」

 相変わらず半透明なエヴァンジェリンが現れた。



「うむ! 茶々丸にはこの服が一番だ!」
「ア、アハハ……」

 マスター権限とか訳の分からない理由で、茶々丸の服はエヴァンジェリンが選ぶことになった。ま、少し残念だけど別にいいか、と私は成り行きに任せて様子を見ていたんだ。
 エヴァンジェリンは私のクローゼットを一通り漁った後、一つの服を手に取り茶々丸にあてがった。そして実際に着てみるように言い、言われるまま着た茶々丸を見て先の発言。
 ただ、問題のエヴァンジェリンが選んだ服とは……

「これを着て外出……するのか?」

 『ロザ○タ・チスネ○スのメイド服』
 別名『猟犬メイド服』……こいつわざとやってないか?

「なに、この過剰な装飾は付いていないながらも、各所に隠しポケットが付いた昔ながらのメイド服。これが良いんじゃないか。」

 手りゅう弾入れだけどな、そのポケット。アリサやすずかの家がある高級住宅街を歩いているなら変でも無いのかもしれねーが、さすがにこの辺りの一般家庭からこのメイド服が出てきたら可笑しいだろ。……いや、高級住宅街でも可笑しいわ。やっぱり。
 そんなことを考えながら改めて茶々丸を見る。緑の髪がちょっと浮いている感じはあるが、似合ってはいるんだよな。ひざ下まであるから球体関節も隠れてるし、耳さえ見なければ本当のメイドの様だ。うん、さすが我が技術で作ったメイド服。いい出来だ。
 まぁ、それはそうと。

「ところで。エヴァンジェリンは何しに来たんだ?」
「おお、そうだ。お前とシャークティに聞きたいことが有るんだが、シャークティは何処だ?」

 聞きたいこと? なんか嫌な予感がするな、おい。とりあえず今の時間ならシャークティは翠屋だな。

「シャークティなら翠屋っていう喫茶店でバイトしてるぞ。」
「……はぁ? 夢の中でバイト?」

 一体何をしてるんだお前たちは。そんなことを言うエヴァンジェリン。
 しゃーねぇだろ、腹も減るし金も無いんだから……。とにかくエヴァンジェリンはシャークティと話がしたいようで、その翠屋に案内しろと言う。その半透明状態でついてくるのかと聞けば、姿を消して声だけがするようになった。昨日の念話の時も思ったけど、気持ち悪いよなこれ。
 ま、翠屋に案内するのは問題ないさ。ただ、

「茶々丸は、この格好で行くのか?」
『当り前だ!』
「……はい。」

 がんばれ、茶々丸。



「いらっしゃいませー、って千雨ちゃんと――メイドさん!?」

 翠屋に入ると、今日は美由希さんがウェイトレスを担当していたようですぐに出迎えてくれた。まだ朝と言える時間だからか、客はテーブル席に2組、カウンターに一人しかいない。ただ、私達がお店に入ったとたんにテーブル席の客の内入口が見える人達が水を吹き出し、美由希さんが叫んだおかげで残りの客も茶々丸に注目した。コンプリートだ。ちなみにシャークティも唖然としている。

「奥のテーブルに行かせてください……あとシャークティもちょっと借ります。」

 注目を集めたまま入口に突っ立つ趣味は無い。私は美由希さんの案内も待たず、途中でシャークティの腕を引き一番奥の席へと移動した。

「ち、千雨ちゃんはともかく、茶々丸さんはなぜそんな恰好で?」
「あー、麻帆良の制服がくたびれてきてたから、着替えさせようと思ったんだけど。」
『私が選んだ。』
「……この声はエヴァンジェリンさん?」

 奥の席に着いた途端にシャークティが服装に突っ込んだ。ま、そりゃそうだよな。だから制服か私服にしようとしてたんだ、私は。それをこのロリガキは……。
 ひとまず服装の事は置いておき、私はエヴァンジェリンへ本題に入るように促す。するとメイド服の素晴らしさを語っていたエヴァンジェリンは咳払いを一つした後、とんでもない事を言い出した。

『お前たち、吸血鬼になる気は無いか?』
「「はぁ?」」

 エヴァンジェリンの話を要約するとこうだ。現実世界では私が眠り始めて1日が経過し、このまま放って置けば衰弱死してしまう。
 それを危惧したガンドルフィーニ先生と弐集院先生、葛葉先生が私達の体を維持する方法をエヴァンジェリンに聞いてきた。そこで吸血鬼化を提案したエヴァンジェリンにガンドルフィーニ先生が激怒、だが対案を出せという言葉に対して案を出せず、本人の了承を得るためにこうして夢の中に入ってきたと。ちなみにこの会話は葛葉先生も聞いているらしい。
 もちろん起きた後に治療できる程度の深度でしか吸血鬼化しないが、夢への影響は不明。フルで影響したとしたら、身体能力アップ、思考力アップ、魔力アップ、日光に当たるとそこから全能力50%ダウンだと。それに長時間日光に当たると火傷する。ネギ・ニンニクは苦手になる。あと意図しないと代謝が止まる。吸血行為は別にしなくても良いらしい。
 私は、ガンドルフィーニ先生や弐集院先生って誰だ? とか、なんだそのゲームチックな例えはとか、誰か吸血鬼が居るのかとか、最近妙に吸血鬼に縁があるなとか、いろいろつっこみ所は思いついたんだけど。

「なぁ、点滴じゃだめなのか?」

 寝たきりの人への治療といえば点滴だろ? わざわざ吸血鬼にならなくてもいいと思うんだが。

『ああ、お前たちが拒否するなら点滴になるな。』
「なら、それで良いのでは? なにも吸血鬼にならなくとも……。」

 そうシャークティが言う。私と同じことを思ったらしい。まぁ、当然だな。するとエヴァンジェリンは、ニヤニヤした顔が透けて見えるような、実に楽しそうな声で次の言葉を放った。

『そうか。点滴か。ならばそろそろお前たちには点滴とカテーテルを処置し』
「お断りです!!!」

 いきなりエヴァンジェリンの言葉を遮り、立ち上がって店内に響き渡る大声で叫んだシャークティ。なんだ? か、かて?
 顔を真っ赤にして、しかし自分がしたことに気付いたようで他のお客と美由希さんに向かって頭を下げて、再度座る。何にそんな反応したんだ?

「も、もっと他の方法は無いのですか!?」
『無いな。二択だ。もちろん吸血鬼化は後で戻すことは約束しよう。』
「くっ……! ど、どのくらいかしら? 1か月くらい? そもそもこの世界だけならお許しに……ああ、でも……! わ、私の神はあちらの世界にいるのだし……? いや、ダメよ、たとえ世界が違うとも……でも、か、かて……ま、まだ誰に見せたことも……ああ、私は、私は一体どうしたら……!」

 うわ、凄く悩んでるな。なんかエヴァンジェリンの話を聞けば、慣れればそこまで問題ない気がするんだが。それにしても私が吸血鬼になる機会が来るとは思いもしなかったな。

「なぁ、代謝ってことは心臓とかも止まるのか?」
『ん? ああ、新陳代謝が極端に遅くなると思えばいい。成長なんかも遅くなるな。臓器や呼吸が止まるまでは行かないさ。』

 成長が遅くなるのは嫌だな、おい。でもまぁ何年も夢の中にいるわけでもないしな……多分。いや、出れる見込みは有るのか無いのかよくわからないんだが。
 吸血鬼か……魔法ならそんなのも有りなんだろう。何事も経験、か? どうせ夢だし、後で戻るんだしな。どこまで夢に反映されるかもわからないけど。

「私は別に吸血鬼でも良いと思うんだけど……。」
「ち、千雨ちゃん!? 良いの!?」
『長谷川は決定、と。シャークティはどうする? 点滴か、吸血鬼か。』

 そこまで言うと言葉を切り、ほかの人から見えない角度で姿を現すエヴァンジェリン。おいおい、大丈夫かよ?
 見ていると茶々丸を盾にしながらシャークティの耳元へ口を寄せる。そして。

「ふふ、生娘なんだ、見せたくは無いよなぁ。ちなみに、お前の体も既に半日以上が経過している。そろそろ……漏らすぞ?」
「うっ……きゅ、吸血……鬼……で。ああ、神よ、どうか、どうかお許しを……!」

 こうして、私たちの向こうの体は吸血鬼になることになったらしい。
 ……いいのかなー、こんなんで。



◇麻帆良 学園寮◆

 コンコン

「千雨ちゃーん? いるー?」

 麻帆良学園寮。千雨の部屋の前。
 そこには赤系の色の髪をパイナップルのように後ろでまとめ上げた、千雨のクラスメイト、朝倉和美の姿があった。
 朝倉はなんどか千雨の部屋をノックするも、反応は無く鍵もかかっているために中の様子をうかがい知る手立ては無い。
 ノックをしても無駄だと悟った朝倉はドアにもたれて座り込み、メモ帳とペンを取り出した。

「うーん。今日だけで高畑先生、ガンドルフィーニ先生、弐集院先生、葛葉先生が何度も出入りしている。先生達と一緒に入ったエヴァちゃん。ガンドルフィーニ先生の叫び声。呼び出された美空ちゃん。男の先生達が先に出て来て、しばらく後にエヴァちゃんと美空ちゃんと葛葉先生。そして、早退した千雨ちゃん、更新されない『ちうのホームページ』。うーん。つながらない……なんだろうなぁ。」

 ガリガリと頭を掻きながら悩む朝倉。おもむろに携帯電話を取り出すと、ネットに接続。ちうのホームページを開く。
 そしてチャットルームに入り、いつものハンドルネームが自分の名前欄に入っていることを確認すると、チャットを開始した。

ちうファンHIRO > 更新されないねー。ちうちゃん何かあったのかな?

 書き込みボタンを押す。すると、すぐに反応がある。このチャットルームはいつも誰かが覗いていて、一切人が居ないというのは滅多にないことだ。

通りすがりB > その話題何度目(w
アイスワールド > でも心配だよね。休むとしても告知あるのに、いつもだと。

 チャット相手の一人が言うように、これは昨日の夜から何度も繰り返された話題だった。いつもだと1日に3回程度、多い時には10回近く更新されるちうのホームページが、もう2日近く更新されていない。いくらテスト前だとしてもこれは異常だった。
 ファンの中でも不安が広がり、チャットや掲示板はちうを心配する声で一杯だ。

アイスワールド > 常連も何人か居なくなったよね。
通りすがりB > 更新されなければ居なくなる程度なら、その方が良いぜ(w
ちうファンHIRO > そうだねー。

「うーん、居なくなったのは二人。この二人は最後のちうちゃんがいたチャットを境に、一切見なくなったね。元々ちうちゃんが居ないと発言しない人達だったけど、ルームにも居ないようだし。」

 朝倉のメモ帳に二つの名前が追加される。二重丸でその名前を囲った後、さらに思考の中へと入り込む。

「私のジャーナリストの勘が、この二人は何かを知ってると言っているんだけどなー。まさか学園長って学園長?」

 まー、さすがにそれは無いか。そう呟くが、メモ帳にはクエスチョンマークが追加されるだけ。二重線で取り消したりはしない。

「消えたバカレンジャー、ネギ先生、千雨ちゃんと接点の無いはずの先生達。一匹狼仲間のエヴァちゃん。なんでこうテストの時期に熱い話題が重なるかなー? 美空ちゃんならすぐ吐くと思うんだけど……。」

 もー、テスト勉強もしないといけないっていうのになー。
 そう言うと、朝倉は携帯電話をポケットへ戻し、クラスメイトの部屋へと移動していった。



◆麻帆良中等部 学園長室◆

「長谷川の部屋に一般生徒を近づけるな……それは依頼かい? 学園長。」
「しかも認識阻害を使わずに。それは少々無理があるのでは?」

 同刻、学園長室。そこでは学園長と、千雨のクラスメイトである龍宮真名、桜咲刹那の姿があった。龍宮は褐色の肌に男性でもなかなか居ないだろう長身、腰まで届くロングストレートの黒髪。手ぶらで腕を組み学園長を見つめている。桜咲は日本人らしい中背で、黒髪をサイドテールにまとめ重そうな竹刀袋を背負っていた。

「そう難しく捉えなくても良い。近づく生徒を見かけたら追っ払ってくれ、そう言っておるのじゃ。」

 学園長は机の上に水晶玉を乗せ、椅子に座りながら二人と話す。生徒である二人はソファーを進められたが、これを断り立ったまま対峙していた。詳しい説明も無く呼び出され、いきなり依頼を受けた二人は困惑した顔を隠せずにいる。

「そもそも、何故だい? 長谷川は関係者では無いはずだが。」

 龍宮がそう学園長に問い、その隣では桜咲がうんうんと頷いている。それを見た学園長は何やら滝を映している水晶玉を良く見える位置に動かすと、その場面を変えると共に二人へ説明をする。

「儂がどうこう言うより、これを見てもらったほうが良いじゃろう。その後に忌憚無い意見を聞かせてくれ。」

 そういうと、カーテンが閉じられ水晶玉の映像が大きく空中に映し出される。それは昨日の夜、シャークティの訴えから始まった。




「う……グスッ、は、長谷川さんにそんなことが…!」

 全ての映像が終わった後。学園長は目を瞑り、龍宮は今や何も映していない水晶玉をじっと見つめる。そして桜咲は目に涙を湛え、千雨へ同情していた。

「学園長、なぜ長谷川さんを放置したのですか! いくら魔法は秘匿する物とはいえ、これでは、余りにも長谷川さんが……!」

 桜咲は涙を拭きながら、椅子に座る学園長に詰め寄る。学園長は反論をせず、ただ目を瞑り桜咲の訴えを聞いていた。龍宮はそんな二人を見つめた後、言葉を放つ。

「学園長の考えもわかるけど。最も多感な幼少の時期に、それは無いのでは?」
「……うむ。可哀そうな事をしたとは思っておるし、今現在同じ環境の子が居ないか調査中じゃ。」

 そう学園長が言う。しかし、龍宮は眉間に皺をよせ不機嫌なのを隠そうともしない。そして―

「肝心の部屋に近づけてはいけない理由じゃが。シャークティ先生の危惧通り、今現在長谷川君は目を覚ましておらん。」

 その言葉を聞き、その瞬間二人が動く。
 桜咲は一瞬で竹刀袋を紐解き、袋の上から鞘を持ち、愛用の刀を学園長に突き付けるべく抜き放とうと。
 龍宮は桜咲の竹刀袋を掴み、鞘を引き下げようとする桜咲の動きを阻止しようと。
 結果的には桜咲は刀を中途半端にしか抜くことが出来ず、学園長に突き付けることは敵わなかった。

「何故止める、真名!」
「意味が無い事はしないほうがいい。」

 どうせ本当に切るわけじゃないんだろう? 言外にそう言われ、桜咲は渋々刀を元に戻す。竹刀袋の口も締め、再度背中へと背負いなおした。
 微動だにせずにそれらを見ていた学園長だが、二人が落ち着いたのを見計らい次の言葉を告げる。

「現在、シャークティ先生を中心にし、長谷川君を起こすべく模索中じゃ。事が終わるまで騒がれるわけにはいかん。そして殆どの魔法先生はこのことを知っておるが、魔法生徒で知るのはごく一部のみじゃ。箝口令を敷いておるからの。」
「私たちが知るのは良いのかい?」
「2Aの者たちは協力してもらうぞい。具体的にはエヴァ、絡繰君、春日君、そしてお主たちじゃな。」

 もちろん、他言無用じゃ。それを聞いた龍宮は頷き、しかしその横で桜咲は首を傾げた。

「ネギ先生は?」
「今はまだ、知らせておらんし、知らせるべきでも無いと思うとる。」

 そうかもしれませんね。そう言い桜咲も頷き――

「協力はしますが。私は納得したわけではない事を、忘れないで下さい。」
「報酬は弾んでもらうよ、こんな胸糞悪い依頼は久しぶりだ。」

 そう言い残し、二人は学園長室を後にした。



[32334] 第15話 幼い吸血鬼
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/03 00:41
「あー……だるい……。」

 長かった夏休みも既に終わり、昨日から2学期が始まった。昨日は始業式と宿題の回収のみで終わり、今日から本格的に授業が再開しようという初日。いつもなら既に起きて朝飯も食べ終わり、そろそろバス停へと向かおうかという時間だが。
 私はベットの中で唸っていた。

「眠い……だるい……なんだこれ……。」

 何でかわからないけど、昨日の夜全然寝れなかったんだよな……。寝付いた気がしても直ぐに起きちまうし……。これならいっそ一睡もしない方が良かったんじゃねーかって気がする。でもそれはそれでこの体じゃ耐えられないかもな……。あー、もう、本当なら1日徹夜くらいどうってこと無いんだけどな。
 たまにあるよな、こういう日。意味も無く寝付けない事って。こっちに来てからはそんなこと全然無かったんだけど、な。ガキの体はいくらでも好きなだけ寝られると思っていたけど、どうやらそんなことも無いらしい。

「千雨ー!? どうするの、今日は休むー!?」

 階段の下から母さんが叫んでるが、私は声を返す気力も無い。流石に寝不足で体調悪いとは言えないが、無視しておけば勝手に休みってことにしてくれるだろう、多分。そんなことより今はひたすら眠い。今寝ちまったら、また夜寝れなくなっての繰り返しになるんじゃねーか。そんなことを一瞬思ったが、私は眠気に耐えられず、そのまま気を失うかのようにあっさりと眠りについた。



「……ちさめ……千雨……? 寝てるの?」

 ん……だれ、だ?
 誰かが私を呼ぶ声で目を覚ます。私は片腕だけ毛布の外に出し毛布を抱きしめるような姿勢で寝ていたが、顔を毛布から出して薄目を開ける。見えてきたのは金色と、茶色、それと黒。
 瞬きをしたり目を擦ったりしているうちにだんだんと輪郭もはっきりしてきて、そこにいたのは予想通り。アリサ、なのは、それとすずかだった。
 こいつらが居るってことは、放課後? もうそんな時間か? そう思い、枕元の眼鏡をかけ時計を見る。いや、眼鏡は無くても見えるんだが。何て言うか、そう、クセみてーなもんだ。
 今の時間は午後3時30分。昼飯も食わずに寝てたのか、私は。でも、まだ眠い。全然寝たりない。時計を見るために少し起き上がった私だが、また力尽きたようにベットへ寝そべった。

「大丈夫? 千雨、風邪でもひいたの?」

 アリサが心配そうな顔を近づけ、私の額と自分の額をくっつけて言う。熱は無さそうね、そう言うと起きた時に肌蹴た毛布を肩の上まで戻してくれた。まさか寝不足で休んだとは言えねーよな。

「あー、悪い、心配かけたか?」
「別に心配なんてしてないけど、今日は習い事が無いから寄っただけよ。」
「メールも返ってこないって心配して、バイオリンのお稽古休んで来たんだよ、アリサちゃん。」
「な、なのは!!」
「にゃはは、ちなみにすずかちゃんもね。」

 アリサがツンデレなのは今に始まったことじゃない。じゃないが、こう自分に対してやられると、いくらテンプレでもグッとくるものがあるな。そしてメールなんて全然気が付かなかった。携帯を確認するとなのはとすずかから2件、アリサから4件も来てやがる。悪い事したかな……。

「アリサ、すずか。ありがとうな。もちろんなのはも。」
「ば、バカ! だまって寝てなさい!」
「ううん、私が勝手にしたことだから、気にしないで。」
「私習い事無いしね!」

 アリサは顔を赤くして、他の2人は笑顔でそう言う。私にはもったいないくらいのいい奴らだよな、本当に。

「ところで千雨ちゃん、手、火傷したの?」
「ん? 手?」

 何とか眠いのを我慢して、横になったまま3人と話をしていたが、なのはが不意にこんなことを言い出した。

「あ、私も気になってたけど。どんな火傷の仕方よ、大丈夫なの?」

 見ると毛布の外に出していた手が、結構広範囲にわたって赤くなり、ぽつぽつと水ぶくれが出来ていた。
 その赤くなった範囲も妙で、一直線に境目が出来ている。そう、まるで丁度日焼けの痕のようだ。

「うわ、なんだこれ?」

 や、火傷? 結構ひどいぞこれ? さっきまで全然気が付かなかったんだけど、気づくと途端にひりひりと痛みやがる。こんな火傷いつした? 昨日の夜は普通に料理手伝ってお風呂入って…火傷する要素なんて無いぞ。
 取りあえず冷やすか? そう思い、私は枕元にあった濡れタオルを火傷した腕に当てる。多分母さんが用意してくれたんだろう。
 それにしても……

「大丈夫? 病院へ行く?」
「んー。ちょっと様子見る。」

 火傷、か。何か引っかかるな。なんだっけ?



「それじゃ、またね。無理するんじゃないわよ?」
「お大事にねー、千雨ちゃん。」
「おう、またな。」

 あの後もダラダラと喋っていたらいつのまにか時間が過ぎ、5時を回った所でアリサとなのはが帰ることになった。私はてっきりすずかも一緒に帰ると思ったんだが、何やら話があるということですずかだけは私の部屋に残っている。
 玄関まで見送ろうかとも思ったが、2人が怒ったように起きなくて良いと言うのでベットの中からアリサとなのはを見送った後。私は扉に向けて手を振っているすずかに視線を移した。

「で、なんだ? 話って。」

 とは言っても、わざわざアリサとなのはが帰ってからする話しだ。大体予想はついているんだが。

「うん。茶々丸さんのことなんだけど。」

 すずかと仲直りした翌日。私は翠屋に行った後、その足で月村家へ向かい茶々丸の改造をお願いしていた。具体的には耳アンテナを隠すことと、球体関節を隠すこと。というか早い話が認識阻害が無くても普通の人に見えるようにしてくれって依頼だ。
 忍さんは快く了解してくれて、早ければ3日で終わるって話だったんだが……

『千雨ちゃん! 茶々丸さんの作者は誰よ!? 私達とは全然違う技術で作られてるじゃないの!?』
『あー、会わせることは出来ないんです……無理そうですか?』
『うぅぅ……無理とは言わないけど、大分時間が掛かっちゃいそうだわ。まず解析から始めないと。』
『くれぐれも茶々丸が嫌がることはしないでくださいよ?』
『もう、分かってるわよ。そんなに信用ないかしら……?』

 なんて会話があって、それっきり解析に没頭しきりだったようだ。結局夏休みは終わっちまったが、何だ、解析出来たのか?

「うん、耳と、肌の処理は終わったんだって。ただ、その……」
「その?」
「他の機能を付けるまでは出来なかったって。よ、夜の……とか。」

 夜の……ああ、あれか。すずかは顔を真っ赤にして報告してくれるが、正直私にとってはどうでもいい。っていうか出来るようになったって言われても、逆に困る。

「普通の人間に見えれば十分さ。ありがとうな。」
「う、ううん! やったのはお姉ちゃんだし!」

 さて、後は茶々丸をどうやって家に住まわせるか、か。うーん、詳しいことは聞かないでくれ、なんて都合良く行くわけないし。ホームステイ? あれも書類や何かが必要になるんだろ? そもそも戸籍ないしな。いっそ魔法をばらす? 一瞬良いかとも思うけど、結局茶々丸を何て説明するかは残る、な。さて、どうするか……やっぱりシャークティの教会で匿ってもらうか?

「そ、それでね!」

 お、っと。すずかと喋ってる途中だった。つい茶々丸の件に意識が向いちまった。
 顔を上げすずかを見ると、何やら迷うような素振りで、何度も喋ろうとしては辞め、また喋ろうとしては……を繰り返していた。
 なんだか面白いので黙ってみていたが、すずかは一度頭を振り、意を決したようで。私の目を見て次の言葉を放つ。

「ご、ご褒美の! 件、なんだ、けど……」
「ご褒美?」

 ご褒美って言うと……ああ、血か。タダでやってもらう代わりにって奴だな。
 別に今やっても良いんだが。私がそう喋ろうとした途端、それを遮るようにすずかが再度喋り出す。

「ご、ごめんね!? 千雨ちゃん今体調悪いんだもんね! わ、私何言ってるんだろうね!? ごめんね変なこと言って、今日もう帰るね!」
「まぁ、待て待て。」

 私の言葉も待たずに帰ろうとするすずかを呼び止め、招きよせる。するとすずかはおどおどとしながら私が寝るベットに近づいてきて――

「きゃあ!?」

 私はその手を取り、ベットの中へと引っ張り込んだ。

「ほら、吸えよ。約束だろ?」
「ち、千雨ちゃん……!」

 すずかの頭を抱きかかえ、私の首筋に持ってくる。昨日きちんと風呂に入っているから汗臭くは無い……はずだ。ギブアンドテイクの関係は、しっかりしておかないと後が面倒だからな。
 すずかは暫く迷っていた様子だが、私が頭を撫でて促すと、ゆっくりと私の首筋を口に含む。くすぐってーな、これ。
 そして……

「いたっ……」
「ご、ごめんね!?」

 実際には痛かったのはほんの一瞬で、その後はすずかが血を舐めている感触と、くすぐったさ、そして仄かな心地よさが広がっていく。蚊みてーな奴だな。
 そういえば、すずかの頭を撫でている手は火傷していたはずなんだが、その痛みを感じないことに気付く。見てみるとさっき火傷していた肌とは思えないくらい、いつも通りの肌になっていて。

(ああ、そういえば私も吸血鬼になったんだっけ。)

 あんまりにも軽く決めたから忘れてた。吸血鬼同士血を吸っても良いのかな、そんな疑問が頭の隅に浮かぶが、私は心地よさと人を抱きしめている時の安心感に負け、そのまま眠りについた。



◇◆

(お、おいしい……!)

 一瞬にして。その感情が、すずかを支配した。
 千雨に頭を撫でられたまま、自らが傷つけた首筋から染み出る血を一生懸命に舐め取るすずか。その味はまるで最高級のウィスキーボンボンのような、いや、それよりも更に濃厚な味。
 すずかは初めての味、初めての感覚にクラクラとしながらも、傷口を舐めるだけでは物足りず、吸い上げるようにして血を貪る。傷の周りをうっ血させ痕を付けて、尚血を吸おうとするその様子は正に吸血鬼のそれだった。
 しかし、血は止まる物。いくら首筋とはいえ、軽く傷をつけた程度では血が出なくなるのも早かった。濃厚な血の味がしなくなったことに気付いたすずかは顔をあげ、残念そうな顔で傷口を見る。そこに一筋の血が流れた跡を発見。首を伝いシーツへと落ちたその道筋を、なぞるように丁寧に舐め上げる。

「ああ、勿体ない……。」

 血の跡を辿り、シーツに出来た小さな血痕をチロチロと舐めるすずか。すずかを抱きかかえていた千雨の腕は毛布の上に戻り、血の残り香を嗅ぐために今度はすずかが千雨に抱きついていた。
 赤くし、口角を上げ、力なくにやけるその顔は、大人が見れば酔っ払っている者のそれだとすぐに判断できるだろうが、千雨はすうすうと寝息を立て、すずかの痴態を咎める者は誰もいない。
 やがてシーツからも血の味がしなくなったのか、すずかは改めて首筋に顔を埋める。シーツよりも首筋の方が残り香が強く、おそらく傷口にはまた少し血が滲んでいるのでは。酩酊した頭でそう考えたすずかだが、血の事しか考えていないだけに違和感を覚えるのはすぐだった。

「……あ、あれ?」

 首筋を見ることはせず、口に含んで舌で傷口を探すすずか。しかし、傷が見つからず、期待した血の香りもしない。するのは自らの唾液が乾いた、あの少し不快な臭いのみ。
 頭を傾げながら、顔を上げる。たしかここに傷をつけたはず。そう思いながら視線を向けた、その先には。

「傷が……無い?」

 少し赤いが、綺麗な首筋。そこには傷も、すずかが付けたキスマークすらも存在せず。

「嘘……!? だって、さっきあんなに……!」

 千雨に抱きつくのをやめて、慌てて距離を取る。間違いなくさっきまでは傷があった、その証拠に大分薄くはなったが、シーツの赤い点は残ったままだ。一体何があったのかと混乱するすずかの視界に、毛布の上に投げ出された千雨の腕が飛び込んできて。

 「火傷が、無い……何で……。」

 まさか。まさか、まさか。でも、いや、そんなことは。けど、ひょっとしたら。
 そんな呟きがすずかの口から漏れ出す。千雨の隣でベットの上に膝立ちになり考え込んでいたが、やがて一つの結論に達したのか、すずかは顔面を蒼白にして千雨から距離を取る。
 そして……

「ち、千雨ちゃんに夜の一族がうつっちゃったーーー!?」

 そう叫ぶと、慌てて千雨の家を後にした。



◆2日後 千雨の家◇

『千雨ちゃ~~~ん!』
「……あ?」

 火曜日からずっと学校を休んだおかげか、吸血鬼の体にも何とか慣れてきてようやく夜寝れるようになった木曜日。私はシャークティの念話に起こされた。時計を見ると夜の11時、折角寝付いたのに直ぐに起こされた形だ。
 くそ、何の用か知らないけど、念話するならもっと早くしろよ。そんなことを思いながら机の中にしまっているパクティオーカードを取り出す。そのままベットの中へと戻り、いつでも寝れる姿勢でカードだけを額に乗せ、シャークティとの念話を開始した。

「なんだ? もう寝るんだけど。」
『じゅ、十字架が持てないのよ~~~!!』

 頭の中にシャークティの声が響く。その声は大きく震え、ご丁寧に鼻を啜る音まで聞こえ、考えるまでも無く泣いていることがわかった。
 あー、シャークティも吸血鬼になったんだよな。しかも教会って、大丈夫か? 生きていけるのか心配になるな。私も貰った十字架のネックレスを持ってるけど、十字架の部分が肌に触れるとピリピリするんだよな。何度か使ってるうちに段々慣れてきたけどよ。
 それにしてもやっぱり、シャークティにとって重要なのは日光でも夜型でもなく、十字架なんだな。まぁ、らしいか。

「がんばれ。私は貰ったミニ十字架には慣れたぞ?」
『うぅ、ミニは良いのよ、今も全身に纏って慣らしてるから。けど、大きな十字架や祝福した銀の十字架が熱くて熱くて……。これも、一時の羞恥に耐えられなかった私に与えられた試練なの!?』

 いやー、予想出来たことだと思うぞ。なんてことは言わないが。

「なんだ、辛いなら私の部屋に来るか?」
『いいえ、本当に少しずつだけど、段々持てるようにはなってるの。ただ、千雨ちゃんは大丈夫なの?』
「私か? 夜寝れなかったけど、だいぶマシになったよ。日光もちゃんと対策すれば、まぁ何とか。」
『そう……。頑張ってるのね。私も、十字架が持てるように頑張らなきゃ。』
「そうか、頑張ってくれ。」
『ちょ―』

 これ以上話してたら寝れなくなる。そう判断した私は強制的に終了させた。
 でも、思ってみればシャークティは私の為にこの世界へ来ているわけで。私も好き好んでここにいる訳じゃないけど、何もなければ聖職者のシャークティが吸血鬼になることも無かったんだよな。ちょっと悪い事したかな……。
 うん、今度会ったときに謝るか。とにかく今は寝よう、また学校休みになっちまう。
 そんなことを考えながら、私は久々の夜の眠りについた。



「千雨ちゃんおはよー! もう大丈夫!?」
「ああ、おはよう。」

 翌朝。なんとか眠気も取れて朝から行動出来るようになった私は、いつものバスに乗ったところで一番後ろの列から声を掛けられた。見るとなのはとアリサが大きく、すずかが小さく手を振っている。最初に比べアリサの態度が変わったのは好感度が上がったおかげだろうか。
 バスの通路に立ってるといつまで経っても発車しないので、私は少し急いで3人の元へと移動した。

「千雨、もう大丈夫なの? 無理してない?」
「大丈夫だよ、心配かけて悪かったな。」
「べ、別に心配なんかしてないわよ。」
「にゃはは。」

 そんな会話をしてるうちに、バスは小学校へ向けて走り出す。到着するまでは休んでいる間に学校であった出来事や、授業の内容なんかを喋るのが普通だろう。……が。

「千雨ちゃん、長袖なんて着て暑くない? やっぱり体調悪いの?」
「それに帽子……イメチェン? 似合ってないわよ?」

 うん、予想はしていたさ。まだまだ暑い9月の頭だっていうのに長袖の制服を着てるんだ、間違いなく聞かれるだろうとは思ってた。もちろんその理由は日光に極力当たらないようにするためなんだが、厄介なことにUVカットがどうこうなんて一切意味は無く、飽く迄も日光に当たるか当たらないかにより火傷するようで、こうやって長袖着るしか手は無かった。よって日焼けが嫌だなんて理由も言えず、まさか吸血鬼になりましたなんて言える訳がない。

「そ、そんなことないよ! 帽子似合ってるよ、千雨ちゃん!」

 少々答えにくそうにしていると、すずかがフォローしてくれた。別に似合ってるかどうかは気にしてねーんだが。家にあったやつを被ってるだけだしな。

「ありがと、すずか。でも家にこれしか無かったから、今度違うの買うつもりだぜ。」
「あ、じゃあ私いっぱい持ってるから一つ上げるわよ!」
「私も! 麦わら帽子とかいる? 似合うと思うよ。」
「すずかちゃん、通学で麦わら帽子かぶるの?」
「そうよね。それに見た目は兎も角、キャラに合わないわよ。ニットがいいんじゃない?」

 こ、このやろう、人がおとなしくしてたら好き勝手言いやがって……!

「アリサもお転婆で麦わら帽子似合いそうにないもんな。」
「そうそう、あれはすずかだから似合う……って、だれがお転婆よ!?」
「騒ぐなよ危ないな、ヘルメット被るか?」
「あんたこそ一生野球帽被ってなさいよー!?」
「ふ、ふたりともー!?」

 あはは、久々だな、この感じ。



 その後、当然だが4日程度休んでも授業は何の問題も無く。私は放課後すずかに呼ばれ、茶々丸を渡すということで月村家へ来ていた。そこにはシャークティも居て忍さんとお茶を飲んでいるようだった。
 魔法関連の事だしな、私だけ呼ばれて色々聞かれても困るし、シャークティがいることは好都合なんだが。ただ、シャークティの様子が……

「……なんだ、完全装備だな?」
「言わないで、千雨ちゃん。」

 修道服を着て、首、手首、両腰、足と体の至る所にミニ十字架をぶら下げて、メインの大きな十字架は手袋をした上で両手持ちという、ものすごく怪しいシスターがそこにいた。
 十字架を全身に纏って慣らしてるって、そういうことか。事情を知ってる私だからまだ分かるが、忍さんはお茶を飲みながら苦笑いだ。というか完全に腰が引けてる。

「何なの、何の儀式?」
「宗教上の理由です。」
「どんな宗教よ……。」

 それは兎も角。私たちが来たことで気を取り直した忍さんは、茶々丸を起こしてくると言いリビングを後にした。どうやらバッテリー切れを防ぐために、ずっとスリープモードでいるらしい。
 私はシャークティの横に座ると、それを見たメイドのファリンさんがお茶を出してくれた。そういえばこの人も人形なんだよな、全然そうは見えねーけど。茶々丸もこのくらい人に近づいていたら十分だ。肌も柔らかそうだし、間接も人間のそれだ。どこが人形なのかわかりやしない。
 そんなことを考えていたら、シャークティも同じ事を思っていたようで。

「ファリンさんもノエルさんも、人間にしか見えないわよね。話を聞いた後でも半信半疑だわ。」

 そうシャークティが言う。それを聞いたノエルさんは意味有り気に微笑み、ファリンさんは照れたように笑っている。メイド服に身を包んだその姿は、どこからどう見ても人間のそれだ。ノエルさんが忍さん付きのメイドで、ファリンさんがすずかだったかな。

「私たちは茶々丸さんとは設計思想が違います。茶々丸さんは従者であることを念頭に設計されたようですが、私たちは人の変わりであることを念頭に置かれています。」

 そうノエルさんが言う。聞くと、自動人形とは人より長い年月を生きる夜の一族が、その寂しさを紛らわせるために作った人形――おおざっぱに纏めるとそういうことらしい。
 よって、まず初めに求められたのは人らしい外見なんだと。それなら納得できる話だ。
 それとは逆に茶々丸は――

「茶々丸さんは従者であることが第一だから、肌を隠すのも、食事も、肌を重ねることも想定されていなかったのね。それならいっそ感情もいらないと思うのだけど。」
「忍さん。私に感情は……」
「はいはい。その辺は未だ教育途中なのかしら?」

 声がしたほうを見ると、まるで見違えるように可愛くなった茶々丸が、そこにいた。

「茶々丸!」

 耳は普通の人間と同じ形になり、球体関節はどこにも見当たらず。肌の柔らかさは見ただけで感じられ、細かい所だと腕の表裏で肌の色が違うなど、どこにもロボットを感じさせる要素は無い。

「うわ、見違えたわね。可愛いわ、茶々丸さん。」
「そ、そうでしょうか? ありがとうございます。」

 可愛いと言われ、顔にわずかに朱が入る茶々丸。こいつ本当にロボットか? つい、そんなことを思ってしまうくらいに高い完成度だ。これなら大丈夫だ、後は住むところをどうするかだな。

「ところで、すずかから聞いたんだけど――」

 シャークティと二人で前後左右から茶々丸を見回していた時。茶々丸は困惑しきりで顔を赤くして俯いていたが、私たちは気にせず触ったり捲ったりしていた所に。まるで今日の天気を言うような気軽さで、忍さんが次の言葉を放つ。

「千雨ちゃんは私達とは別の吸血鬼、みたいな何かなの?」
「……は?」
「ご、ごめんなさい千雨ちゃん、前血を貰った時に気付いちゃって……」

 聞くとこういうことらしい。
 私から血を貰ったすずかは、傷や火傷がすぐに無くなる様子に気づき。てっきり夜の一族がうつったのかと思い急いで忍さんに相談したが、吸血しようがうつる物ではないそうだ。
 じゃあ元々夜の一族か? そうも思ったけど、私が夜の一族を知らないようだった。本人が知らないだけという可能性もあるが、それなら同種、同性など血は不味くて飲めたものじゃないんだと。
 それなら吸血鬼みたいな別の何か? たとえば、獣人とか……。そう思ったらしい。
 っていうか獣人もいるのか? この世界。

(ごめん。気づいてるなら、ある程度話すしかないか?)
(うーん。ここは私に任せて、千雨ちゃんは話を合わせてくれる?)

 忍さんたちを尻目に、シャークティと内緒話をする私達。どうやらシャークティに案があるようで、私はとりあえずそれに乗ることにした。
 そう決まり、忍さんたちの方を向き、シャークティが一歩前へ出る。私と茶々丸はその後ろだ。

「まず、私たちは夜の一族とは別の存在を祖とする吸血種です。」
「んな!? そこからかよ!?」
『いいのよ、大丈夫。』

 思わず突っ込んだ私に対し、シャークティから念話が飛ぶ。ああ、もう、なるようになれ! 私はしらねーぞ!?

「私は同種の存在を感じ、この海鳴へ来ました。千雨ちゃんは所謂先祖がえりで、自分が吸血種だと知らず普通に暮らしていた。そこで時期が来て吸血種と目覚め、トラブルを起こす前に、事実を知らせ導くために会いに来たのです。」
「はぁ、先祖がえり。何か聞いたことある話ね。」
「自分は他者とは何か違う。本能でしょうね、私が来る前からそれを感じていた千雨ちゃんは疎外感を感じているようでした。それこそ友達も作れない程に。そこで私は急に知らしめるのも良くないと思い、調査から入り徐々に千雨ちゃんへと近づいたのです。」

 うわ、何か可哀そうな話に持っていこうとしてやがる、こいつ。しかもありがちな。大丈夫か、ばれないか? 変だと思わねーか?

「千雨ちゃん、それで前はいっつも学校で一人だったんだ……。」
「可哀そうなマスター……。」

 何故か茶々丸が私の前へと回り、私を忍さんたちから隠すようにして抱きしめる。ああ、もう、アドリブが効きすぎなんだよお前は! よ、余計に恥ずかしいじゃねーか! しかもなんだマスターって!?
 それに、暖かくて、や、やわらけー、……ってそうじゃなく!

「すずかちゃんと、ここには居ないけどアリサちゃんとなのはちゃん。あなた達と友達になれたころからだいぶ落ち着いたようで、私もなんとか目覚めの時期が来る前に話を切り出すことが出来ました。感謝しています。」

 ありがとう、そういいシャークティが頭を下げる。見ると忍さんは目を瞑り、すずかは涙を流して私を見ていて。

「ご、ごめんね千雨ちゃん、辛かったよね、私がもっと早く声を掛けてればよかったのに……!」
「ううぅ、千雨さんが可哀そうです……!」
「吸血種がシスター……世も末です。」

 ファリンさんも涙を流し、ノエルさんは忍さんの後ろで呆れ顔。は、ははは……この設定で行くことは、決定、か……。



[32334] 第16話 シャークティの葛藤
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/03 01:17
 茶々丸を引き取った翌日の事。

「シャークティさんと茶々丸さんがいれば、もうバイトの募集は要らないわねぇ。」
「というか、来ない方が良いかもな。」

 結局茶々丸を私の家に住まわせるのは無理と判断し、シャークティがお世話になっている教会に住むこととなった。認識阻害を使えば簡単なのはわかっちゃいるが、気に入らない。私自身認識阻害には色々思う所があるし、それに騙されている人をみると何とも言えない気分になる。
 それに、元々認識阻害のネックレスを外すために忍さんへ改造をお願いしたんだしな。その意味が無くなっちまう。
 人間と同じ外見となった今じゃ、茶々丸のネックレスは何の魔法もかかっていないただのアクセサリだ。最初は単に外せばいいんじゃねーかとは言ったんだが、茶々丸は頑として譲らなかった。あいつはあいつなりに何か思う所があるらしい。

「ねぇねぇ、やっぱりエプロンじゃなくて制服にしない?」
「いいけど、あれはちょっと……。」

 そして教会に住むのは良いが、普段何もすることがなく暇を持て余す茶々丸は、シャークティと共に翠屋で働くこととなった。本人曰く時間の有効活用らしい。
 茶々丸は金を稼いでも食事するわけでもなく、何かを買うということもないんだが。一体何に使うんだと聞いても教えてくれなかった。まぁ、金は有るに越した事はないか。そういう流れでシャークティの紹介により、今日は体験バイトみたいなことをしているんだが……

「え~、いいじゃない、修道服にメイド服。あんなに可愛いんだもん~。」
「母さんは翠屋をコスプレ喫茶にしたいのか?」

 シャークティは吸血鬼に慣れるために未だ修道服(+十字架)、茶々丸に至っては他の服が無いということであの猟犬メイド服のままだ。くそ、来なきゃよかった……! それか、せめて茶々丸だけでも私の家で他の服に……!

「ねぇねぇ千雨ちゃん、茶々丸さんのあのメイド服って……」
「それ以上言っちゃダメです。ただのメイド服です。」

 美由希さんが何かに気付いたようだが、私はその言葉を遮る。とはいっても客の中にも知ってそうなのがチラホラと。ほら、その証拠に、

「店員さん、写真撮っていいですか!?」
「は、はぁ。」
「うわー、すごい良く出来てる。まさか自作ですか!?」

 何人か茶々丸のメイド服、シャークティの修道服に食いつく客が。いろいろ面倒なことになる前に、茶々丸は服を買う必要があるな。シャークティも今日のに懲りたら私服になるだろう。はぁ、私は茶々丸の保護者じゃねーんだが……。
 そんな事を考えていると、また一人の客が茶々丸を捕まえてメイド服の製作者を聞く。私は他人のふりをしながらその会話を聞いていたんだ。だけど――

「いえ、作ったのはあちらの……」

 や、やべぇ!? 逃げろ!!



◇前日の夜 教会◆

 教会の脇に建てられた家の一室で、シャークティはパジャマを着てベットに座り、茶々丸は修道服を着て椅子に座り。二人はお互いに向かい合い、これからの事について話をしていた。

「千雨ちゃんが起きれば私も茶々丸さんも向こうへ戻れるとして。どうすれば千雨ちゃんは起きるのかしら。」
「前提条件として、起きても良いと思う事。さらに何か必要なのでしょうか?」

 シャークティはテーブルの上に手を伸ばし、コーヒーが入ったコップを手に取る。翠屋でバイトするようになってから飲むようになったコーヒーだが、もちろんインスタントなので翠屋の味には遠く及ばない。茶々丸の脇の机にもコーヒーがあるが、これはフェイクであり口をつけてはいないようだ。

「わからないわ。そもそも、その前提条件すらどうすれば叶うのか。こちらに長くいればいるほど、起きたく無くなるのではと思っているのだけど。どうかしら?」
「……私には分かりません。」

 茶々丸の回答を聞きながらコーヒーを飲むシャークティ。眉をひそめたその表情の渋さは、決してコーヒーによるものだけではない。

「そもそもすずかちゃん達と仲良くするのも、あまり良い事とは思えないのだけど。こちら側にのめり込みそうですし。翠屋でバイトする私がいう事じゃないけどね。」
「そういう物ですか?」
「親友と呼べるような人ともう会えなくなる……そう思えば、躊躇うのは当然よ。いくら頭ではわかっていても、ね。」

 まさか仲良くするな、なんて言えないし、ままならないわよねぇ……。そう呟き、シャークティは頭を抱える。茶々丸は少し困った表情を浮かべるも、わずかに首を傾げるに留めた。
 しばらくそうしていたが、コーヒーから湯気が立たなくなったころ。シャークティは顔を上げ、こう切り出す。

「とにかく今は、バイトでお金を貯めて。今度3人で旅行にでも行きましょうか。」
「旅行、ですか?」
「私達とはもっと仲良くした方が良いでしょうし、私も旅行したいし。あとは千雨ちゃんにストレスを掛けないのと、魔法の訓練ね。燃える天空クラスまで覚えたら、学園長に撃ちたくて起きるかもしれないわ。」

 まぁ、燃える天空は冗談だけど。そう続け、シャークティは立ち上がる。
 起きるでしょうか? そんなことを呟く茶々丸を無視し、シャークティはコーヒーを片付け洗面所へと向かう。明日も早いからもう寝ましょう、茶々丸にそう言うと扉の向こうへと消えて行く。

「私には……わかりません。指示に従うのみです。」

 そんな茶々丸の呟きは、誰の耳にも入ることは無い。



◆現刻 翠屋◆

「作ったのは私の友達ですよ?」
「本当ですか!? う、売ったりはしないんですか!?」

 茶々丸の言葉を遮り、コスプレに食いつていた客にそう返すシャークティ。ちらりと千雨が居た場所を見るも、既にカウンターの向こうへと避難した後だった。シャークティは他の客を茶々丸に任せると、改めてコスプレ好きの客へと向かい合う。

「売り出したりはしていないけど。今度本人に確認しましょうか?」
「是非! お願いします! あ、これ連絡先です!」

 メモ帳を1枚破り、そこにメールアドレスを書いて渡す客。シャークティはそれを受け取ると、あまり期待しないでくださいねと念を押す。とりあえず客はそれで満足したのか、再度食事へと戻った。
 シャークティは茶々丸の手が空いたことを確認すると、近寄り言う。

「ダメじゃない、千雨ちゃんのストレスになるようなこと言っちゃ。」
「コスプレ衣装を作ることはストレスなのですか?」
「というか、作っていると知られることが、ね。」

 シャークティがそう言うも、茶々丸は納得がいかないような、困ったような顔で店内を見回す。そうして先ほどの客が会計をしているのを見つけ、その様子を見ながら次の言葉を放つ。

「しかし、あのお客様はそんな感じでは無いようですが。」
「……そういう人もいるのよ。」

 そうなのですか。そうなのよ。
 二人はそういうと、再度接客へと戻っていった。



◆翠屋 休憩室◇

「はぁ? コスプレ衣装を買いたい?」

 変な客から逃げるためにカウンターの向こう、休憩室へと逃げ込んでいた私は、茶々丸とシャークティのおかげで仕事が無いと喜ぶ美由希さんと喋っていた。なんてことはない、高校の話や兄の恭也さんの話ばかりだったが。内心さっきのコスプレ衣装の話が出てくるかと警戒していただけに、私は安堵の息を吐いた。
 そして美由希さんがフロアへ戻るのと交代でシャークティが休憩室へと入ってきて、コスプレ衣装を買いたい人がいると切り出してきたわけで。

「お客さんが茶々丸さんの服を見てそう言っていたのよ。あれは千雨ちゃんが作ったって聞いたけど、それは誤魔化しておいたわ。」
「あー、ありがと。あんまり大勢に知られたくは無いんだ。」

 さっきの客か。それにしてもコスプレを買いたい、ねぇ……。
 向こうにいた時は自分で作って、HPに上げて、その後はクローゼットに仕舞いっぱなしだったからな。パソコンを新調する時なんかは何着かオークションに掛けたりはしたが。あれがまた意外と良い値段で売れるんだよな。
 こっちでもそれをやるか? どうせ売るなら特定の相手よりオークションだよな。茶々丸に材料費を出してもらって、プラス幾らかの値段からオークションにかける。それなら売れる限り損も無いか。
 けどなぁ、既に作った服を売るのは兎も角、売るために作るっていうのも私の美学に反するんだよな。どうせ作るなら着る奴の体型や要望に合わせて、文句無い物を作って着て貰いてーし。どーすっかなぁ。

「いっそそういうホームページを作って、オーダーメイドするか。私も小遣いだけじゃ流石にやってらんねーし。」
「あら、乗り気なの?」

 シャークティが意外そうに言う。金銭感覚は向こうにいた時と一緒だから、どうもストレスが溜まるんだよ。財布に小銭しか入ってないと不安になるし。それに顔見知りじゃない奴に知られるのはどうでもいいしな。私までたどり着くわけがない。
 私がそんなことを言うと、納得したように頷くシャークティ。しばらくは材料費なんかの金を出して貰わないといけないが、その辺は気軽に頼んでくれだと。茶々丸の給料がそのまま浮くしな、今のままじゃ。

「ちゃんと利子つけて返すさ、オーダーメイドなら売れる分しか作らねーんだ。」
「まぁ、そこまで気にしなくていいわよ。何十万って訳じゃないんだから。」

 こうして。私は家に帰って早速ホームページ作りに勤しむことになった。
 本当、何が切欠になるかわかんねーよなぁ。



◇一月後 海鳴市◆

 長かった残暑も既に終わりを告げ、北からは早くも冬の足音が迫ってきている頃。冷たい雨がパラパラと降り注ぐ中、シャークティは両手に紙袋をぶら下げて急ぎ足で千雨の家へと向かっていた。
 紙袋の中味は様々な布や糸、あと変わった所でプラスチックシートや各色塗料だろうか。右手と左手で袋の中身が違うため、アンバランスなのか小まめに持ち替えている。
 人によっては傘が欲しくなる程度の雨だが、塗料が入った紙袋の強度を心配して、シャークティは少々早歩きで千雨の家へと急いでいた。

「はぁ、タクシーでも使えばよかったかしら……。」

 でも目標の金額までもう少しなのよねぇ……。そんなことを呟きながら、とうとう千雨の家へと到着する。シャークティは玄関で紙袋を一旦足元に置くと、インターホンを鳴らした。

ピンポーン……ピンポーン……
『はーい?』

 インターホンを押すとすぐに反応があった。この声は恐らく千雨のお母さんだろう。そう判断したシャークティは、失礼があってはいけないとインターホンについているカメラへ向かいお辞儀をしようとし――

『あー、宗教の勧誘なら間に合ってますが?』

 そのままヘナヘナとしゃがみ込み、カメラの外へと消えて行った。



「もう、何度目ですかお母さん!」
「あはは、ごめんなさいねーつい。」

 千雨の家、リビング。
 どうやら千雨は出かけているらしく、シャークティは荷物だけ置いて帰ろうとしたが、千雨の母に誘われて帰ってくるまでリビングでお茶をすることとなった。良くある事なのかコーヒーは千雨の母が居れ、シャークティが持参した翠屋のシュークリームをお茶うけにし、話が弾む二人。
 最近の天気や噂話に興じていたが、近所に不審者が出たという話を皮切りに、話題は2人が初めて会った時の事へと移って行った。

「もう、あのときは千雨を悪の道へ誘う新興宗教かと思ったわよー。」
「し、新興宗教……。いえ、全て悪いとは言わないですが、流石にそれは……。」

 敬謙なカトリックが新興宗教と間違われていた。そのことにショックを隠せないシャークティ。元々は魔法関連の話をするために千雨の部屋へと来ていたシャークティが、自作の教本や魔法陣を書いた本を元に千雨へと教えていた所を、偶然部屋に来た母親に見られて騒がれたことが切欠だった。その時は千雨の取り成しで何とか事なきを得たものの、最後まで怪しい目で見られていたシャークティである。
 結局誤解も……誤解……も、解け、確かに宗教関係者ではあるが勧誘をしているわけではなく、飽く迄も友人のような関係であることを理解してもらい。それ以来何度かこうしてお茶をしている二人だった。

「それにしても御免なさいね、千雨に裁縫まで教えてもらっちゃって。」
「いえいえ、私も楽しんでますので。最近じゃ私の方が教えて貰うくらいなんですよ?」

 さらに話題は跳び、今度はシャークティが買ってきた荷物の話へ。もちろんコスプレ衣装を作る材料だが、素直にそうは言わずシャークティが千雨へ裁縫を教えているという事になっていた。
 話を合わせるために普通の服を何着か作り、母親や父親にプレゼントしている千雨の苦労もあるが、それは余談だろう。

「2年生になってから千雨は随分変わったのよー。それまでは暗い子で、もう私どうしたら良いのか随分と悩んでいたんだけど。」
「あら。……そうなのですか?」

 そんな折。何気なく、いや、千雨の母親本人にとっては本当に何の気も無く放っただろう言葉を聞き。シャークティは思わず背筋を伸ばし、もっと詳しく聞こうと近寄る。
 聖職者という事もあり多少の信頼を得ていたのか、母親は場合によっては恥とも取れるその話題を続けて話してくれた。

「昔からたまに変なことをいう子でね。私は仕事に復帰してたから、まともに取り合わなかったのだけど。」

 そこで一旦区切り、愁いを帯びた表情でコーヒーを一口飲む。そしてカップを戻すと、まるで懺悔室に来る者のような……そんな、悲しみや自己嫌悪とも取れる雰囲気のまま、続きの言葉を放つ。

「多分それが良くなかったんでしょうね。あの子は誰に何を言ってもまともに取り合ってくれない、嘘つきって言われるって。そう言って陰でこっそり泣いてるのを見て、ああ、私はなんてダメな母親なんだろうって。それ以来仕事も辞めて出来る限りあの子の傍に居たんだけど、遅かったのよねぇ……。」

 コーヒーカップとソーサーを膝上に持っていき、顔を伏してかき混ぜているために、シャークティからは母親の表情は一切見えない。しかし、どんな表情をしているのかは容易に想像でき、シャークティはどんな言葉を掛けるべきか悩んでいた。
 気休めや甘言を言うのは簡単だが、それは単なるその場凌ぎにしかならないことは良く知っている。今はその時ではないと判断し、熟考するシャークティ。

「2年生になって、友達が出来て。いつの間にかシャークティさんのような人とも付き合うようになって、それで元気になっちゃうんだから。たまに母親なんか要らないのかなーって思っちゃうわよねぇ。」
「そんなことはありません!」

 しかし。そのまま続けられた母親の言葉を聞き、それまで考えていた言葉も捨て思わず反論する。びっくりして顔を上げた母親の目には、光る物が滲んでいた。

「母親がどれだけ必要か、聖書や故事を用い説明することはとても簡単です。ですがそんな物を持ち出すまでも無く、母親というのは無償の愛を与えることが出来る存在なのです。迷う事も有るでしょうが、どうかそんな悲しいことは言わないで下さい……。」

 そして、千雨が何故2年生から変わったか。その要因については心当たりがあるだけに、シャークティは自身の言葉が、そのまま自分にも突き刺さる思いであった。



「ちなみに……その、千雨ちゃんが言っていた変な事、とは?」

 涙を流す母親と、シャークティが落ち着いた頃。シャークティは先ほどから気になっていたことを切り出した。

「うーん、駅前のビルよりおっきな樹が生えてるとか、車より早く走ってる人が居たとか。最初は夢の話でもしてるのかと思ってたけど、そうでもなさそうなのよね。確か千雨の部屋に日記があるはずだから、見ればわかるわよ。あの子書いてたから。」
「日記、ですか……。」

 人の日記を勝手に見ることに抵抗を感じるシャークティ。だが、最近はこの夢から覚める方法については全くの手詰まりだったこともあり、なにかヒントが有ればと母親と共に千雨の部屋へと移動する。
 ついでに先ほど買ってきた紙袋を部屋に置き、子供らしく少々散らかった机の上を片付けた母親は、ごそごそと引出の中を漁る。

「あら? 確かこの辺にあったはずなんだけど……。中学の教科書? なんでこんなものがあるのかしら。えっと、日記はこの下に……あれ? 無いわね。」
「無い、ですか?」

 上から下へと引出を何度も開け、数分間日記を探していた母親だが。心当たりがある場所は全て探したのか、諦めたように椅子に座って肩を竦める。

「ごめんなさいね、捨てちゃったのかしらあの子?」
 
 口ではそう言うが、母親のその手には以前千雨とアリサ、すずか、なのはの4人で撮った写真があり。ニコニコととても嬉しそうなその表情を見て、シャークティは言葉を返すことが出来ずにいた。

ガラガラガラ……
「ただいまー。」
「あ、帰って来ちゃった!」

 怒られる前に逃げないと!
 そう言い、部屋を出て1階へと降りていく様子を無言で見送った後。シャークティは椅子に座り、千雨が部屋へと上がってくるまで一人考え込む。

「大きな樹……は、蟠桃よね。どう考えても麻帆良の様子を語っている……。茶々丸さんの事もあるし、これは、やっぱり夢じゃない……?」

 そして。
 シャークティの頭の中には先ほどの母親の涙が浮かび。

「それなら。もし、千雨ちゃんが起きたら。この世界は、お母さんや、ここの千雨ちゃんは、どうなるの……? ただ起こすことだけを考えて、本当に良いの……? ここの千雨ちゃんは、どこへ……?」

 元々は学園長から千雨の調査を依頼されたことが切っ掛けだった。その学園長への反発もあり、心のどこかで千雨について調べる事を放棄していたシャークティ。
 しかし。4人が楽しそうに笑って映った写真を見つめたまま。この先どうすれば良いのか、シャークティは千雨が来るまでに答えを出すことは……出来なかった。



[32334] 第17話 魔法親父の葛藤
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/04 00:59
「くっ……いくら半吸血鬼化は解除出来るとはいえ、いくらなんでも……!」

 日曜日、夜。麻帆良図書館島下層。
 そこではガンドルフィーニが土曜日と同じスーツ姿のまま、水の中の本棚や土に埋まった本を手当たり次第漁っていた。ずっと同じスーツなのか裾や袖は擦り切れ、顔にはハッキリと隈が出来ている。頬もこけ疲れを感じさせるが、その目だけは未だ力強い光を灯している。

「女王メイヴの禁術……これか。他者を夢の登場人物として送り込み、現実と同じように行動させることが出来る……。」
――その対価は、多大な魔力。夢の終わりまで抜け出せない制約。そして、夢を見ている者の思いがそのまま侵入者に反映され、更には現実へも反映されるそのリスクである。つまり夢の主の前で髪を切れば現実の髪も切れ、命を落とせば本当の死が待っている。
 注意せよ。メイヴは決して優しい者では無い。軽挙に加護を願えば、容易くその命を奪うだろう。
 しかし。この魔法の真価に気付く者は、たとえどのようなリスクがあろうと使用を躊躇わない。夢など操作することは出来ないと知りながら。故に、私たちはこれを禁術とする――

「なるほど。シスター・シャークティは長谷川君と対話することで、目覚めを促しているのか。」

 禁術について書かれた本を見つけ出し、その内容を詳しく読むガンドルフィーニ。既にスーツが汚れることは諦めたのか、湿った草地に直接腰を降ろしている。その内容は弐集院から触りだけは聞いていたものの、実際に書いてある内容は更に重いものだった。
 しかし。それもわずか2ページほどの内容でしかない。5分程で禁術についての記述を読み終えると、立ち上がり本を棚に戻す。一応後から来た時にもわかるように目印をして。

「確かにこうして手を拱いているよりは、よほど有効だろう……。」

 本を戻しながらも鎮痛な面持ちでそう呟き、濡らした手で一度自分の頬を叩くと、再度周囲の探索へと戻る。図書館島の下層まで来たとはいえ、いまだ探し終えたエリアは極々わずか。明日は朝からテストが控えているものの、地上に戻る素振りは一切見せていない。
 
「せめて同じような事例を探し、それをシスター・シャークティへ伝えることが出来れば。何かの助けにはなるだろう。」

 早く千雨を起こし、二人の吸血鬼化も解除させる。それを目指して寝る間も家に帰る間も惜しみ、図書館島を探索し続けるガンドルフィーニ。そして、その様子を遥か遠方から見つめる二対の目があった。



「頑張りますね、彼は。」
「そうじゃの。少々勘違いしとったわい。とうとうぼけたかの。」
「今更気づいたのですか?」
「お主に言われたくは無いの。」

 片方は学園長。杖を突き、自身の回りに多数の本を浮かべている。それらの本は勝手にパラパラとページが捲られ、最後まで進んだ本は他の本と入れ替えられて。
 片方は目深にローブを被った長身の人物。同じく自身の回りに本を浮かべ、しかしページを捲られることは無く。高速でそれらが行き交っている。

「こんなことなら彼女のイノチノシヘンを作っておくべきでしたね。といっても作る機会も無かったのですが。」
「お主がここから出れたらのう、儂も楽が出来るというのに。」

 そう会話しながらも、二人の周囲の本は次々と調査されていき、徐々にガンドルフィーニとの距離も近づいていく。そして既にガンドルフィーニが調べたエリアまで来た時に、ローブを被った人物が言葉を放つ。

「どうします、このまま対面しますか?」

 学園長の回りを行き交う本が止まり、その全てが本棚へ戻される。一応それらを自身の目で確認した学園長は、ため息を吐いた後にこう返答した。

「やめておこう。進むものも進まなくなる。」
「ではさらに下へ?」

 学園長は再度ため息を吐き、今は水の中の本を取ろうと全身ずぶ濡れになっているガンドルフィーニを見つめる。まだまだ寒い3月初旬、湖の水は身を切るような冷たさだろう。しかしガンドルフィーニは怯む様子も見せず、何度も何度も水の中へ。
 しばしその様子を見た学園町は、踵を返しながらもローブの人物へ向けてこう言った。

「お主は彼と合流してくれ。何、知られても構わん。」
「おや。では認識阻害は掛けなくて良い、と?」
「……相変わらず嫌な奴じゃのぅ。」

 冗談ですよ。本当かの。
 そんな言葉を交わし、学園長はさらに下層へ。ローブの男はガンドルフィーニへと近づいて行った。



「この辺はもう無いか、次はあの滝壺……か?」

 ガンドルフィーニは水を吸い重くなった上着を脱ぎ、一旦陸へ上がって周りを確認していた。相変わらずここは嫌な場所に貴重な本が有る。そんなことを呟きつつ、靴を脱ぎ再度水へもぐる準備を進める。
 そして、その背後から。音も無くローブの人物が近づいて行き。

「誰だ!?」

 その距離が5Mを切ろうかという時、ガンドルフィーニはとっさに銃を構えて振り返った。

「おや、意外と早い。」

 銃を突き付けられた人物は両手を上げ、自身に敵意が無いことをアピールする。しかしガンドルフィーニは銃を下げず、相手を見つめたまま上着の中から2丁目の銃を取り出す。ここ図書館島の下層へ来れるのは魔法関係者、しかもある程度の実力がある者のみ。目の前のローブを着た不審者は、ガンドルフィーニには見覚えがなかった。
 手にした二つの銃を相手に向けたまま、不審者に向けて声を放つ。

「誰だ? ここには関係者しか入れないはずだが。」
「いえいえ、私は十分関係者です。」

 関係者? お前のような人物が居たか? そう訝しみながら、顔を隠すフードを取るように言うガンドルフィーニ。ローブの人物は口元をにやけさせ、驚かないで下さいねと念を押す。
 銃を構えたまま、良いから早くしろと急かされるのが聞こえているのかいないのか。ゆっくりとフードに手を掛けつつ悠長に自己紹介を始め。そして――

「はじめまして。私の名前はクウネル・サンダース。そして、又の名を……」
「そんな、馬鹿な!? あ、貴方は!?」

 フードを払った、そこには。ガンドルフィーニが過去に憧れ、現在は目標とし。そして、未来に会う事は無いと思っていた人物。

「アルビレオ・イマ。そう、申します。」

 紅き翼、アルビレオ・イマが。そこに、いた。



「ちょ、ちょっと待ってください! 世界が、どれだけ貴方の事を探していたと……!」

 慌てて銃を下し、突然現れたビックネームに動揺するガンドルフィーニ。しかしアルビレオが口元に人差し指を持っていくと、その意味を理解したのか言いよどむ。

「そうですね。言えるのは、今は療養中の身でして、この地下以外動けないということ。これを知るのは学園長のみであること。そしてもちろん、他言無用であること。それ以外の情報を渡すことは出来ません。」

 一方的に、無慈悲とも言える表情でそう告げるアルビレオ。世界的な英雄にそう告げられては、思うように反論出来ないガンドルフィーニ。しかしその表情は決して納得した者のそれではない。
 それに気づいたのか、それとも予定通りなのかはわからないが。アルビレオは雰囲気を一転、表情を崩すと次の言葉を切り出す。

「それより今は長谷川さんの事でしょう。私も把握しており、こうして調べていたのですよ?」

 あなたはエヴァンジェリンのやり方が気に入らないようですが、あれはあれで中々有効な手です。
 続けてそう告げたアルビレオだが、その言葉を聞いたガンドルフィーニは反論する。どうしてその事を知っているのか等思う所はあるが、この目の前の英雄なら何でもお見通しだろうという想いにさせていた。

「ですが! 吸血鬼化や禁術など、余りにもリスクが大きい物ばかりです! せめてより良い方法を調べてからでも遅くない筈だ!」
「そして。調べた結果、何か出ましたか?」
「そ、それは……っ!」

 言い詰まるガンドルフィーニ。アルビレオは何処からともなく本を取り出すと、あるページを開いて見せる。そこには『強制的に目を覚ます魔法』とあった。

「例えばこれはあまり知られていないですが、禁術とは言えない、もっと上層にある魔法です。これを使い目を覚ましても、結局は同じことの繰り返し。しかも目が覚めてすぐに魔法の説明、魔法先生との調査。それではより深く夢へと捕らわれるだけでしょう。」
「それは、そうかもしれませんが……。」

 顔を伏せ、反論することが出来ない。その様子をみたアルビレオは、本をしまい肩を竦める。

「反論することは出来ませんか? そう、例えば。一度起こした後で調査すれば、シャークティが命をかけることは無かった、など。」
「う、た、確かにそうですが!?」
「エヴァンジェリンは結果を急ぎ、他を少々蔑ろにする傾向がある。吸血鬼なので自身を蔑ろに出来る弊害ですかね。そして貴方は思い込みが激しい。この場合は紅き翼が間違ったことを言うはずがない、といった所ですか。」

 ガンドルフィーニは悔しそうな表情でアルビレオを見つめるも、先ほどから何を言われても反論することが出来ない。アルビレオは一度笑いかけると、緊張をはらんでいた場の空気が少し和らいだ。
 自身の緊張も解けたガンドルフィーニは、探索の疲れや緊張の疲れが一気に出て思わずその場に座り込む。そしてアルビレオは、笑いかけたまま次の言葉を放つ。

「少々休み、一度エヴァンジェリンと対話した方が良いでしょう。その方が良い結果につながりそうです。何、事態はそう急には動かない。急いては事を仕損じる、ですよ?」

 もちろん私の事は誰にも言ってはいけませんよと、念を押すのも忘れない。
 ガンドルフィーニは何か言いたげだったが、アルビレオが図書館島の地下から動かない事、会おうと思えばまた会える事を告げると、素直に地上へと戻っていく。

「さて。急に動かない……ですよね?」

 ガンドルフィーニを見送ったアルビレオはそう呟くと、再度本の探索へと戻っていった。 



◆麻帆良中等部◆

キーンコーンカーンコーン……

「はい、そこまで。」
「「「「「終わったーーー!!」」」」」
「死んだーーー!」
「もうダメーーー!」
「遊ぶぞーーー!」

 月曜日、麻帆良中等部2A。
 5時間目のテストが終了し、重圧から解放された生徒たちは思い思いに叫び回る。早速テストの答え合わせをしている者。帰り支度をする者。友人と放課後遊ぶ予定を立てる者などその様子は様々だ。その騒がしさは普段の比ではないが、いつもなら煩い黙れと注意する先生もこの時ばかりは苦笑するに留めた。

「み、みなさんお疲れ様でした! ホームルームをしまーす!」

 そこへ子供の様な容姿をした先生……いや、真実子供の先生、ネギ・スプリングフィールドが教室へと入ってくる。生徒たちは未だ騒ぐのは辞めないが、立ち歩いていた者は席へと戻り。何度かネギが呼びかけると、そのうちにほぼ全員が教壇に立つネギへと注目した。

「ネギ君やったよー!」
「これは最下位脱出キタんじゃない!?」

 学年末テストで最下位だった場合、ネギが先生を首になる。そのことを知る生徒たちは、普段には絶対見られないような熱心さでテスト勉強をした。特にネギとバカレンジャーと呼ばれる成績下位5人組、それと図書館探検部の一部は、成り行きではあるものの図書館島の地下深くで合宿まで行い。土日を全て勉強に費やしていた。結果を見てみなければわからないものの、その手応えはあったようである。

(うーん、魔法の本が有ると良かったんだけど。)
(でも明日菜、本が有るとエレベーター動かんかったし、机空にせなあかんやろ? 有ってもしゃーないと違うか?)
(ま、木乃香の言う通りね……。)

 ざわついた空気のまま進むホームルーム。そんな中、教室後方の席で隣り合う二人がコソコソと話をしていた。
 明日菜と呼ばれた少女は赤色の髪をツインテールに分け、その根元に鈴を付けている。良く見れば左右の目が少し違う色をしていることに気付くだろう。名前を神楽坂明日菜。
 木乃香と呼ばれた少女は腰まで届こうかという黒髪ストレートで、多少おっとりとした印象を人に与えるも、楽しそうに明日菜と会話している。名前は近衛木乃香と言った。
 ネギのホームルーム連絡を殆ど聞き流している二人だが、これは寮が同室なため後から幾らでも聞けるからである。

「でも、長谷川さん休んじゃったけど大丈夫なの? 平均点とか。」
「あ、はい! どうやら学園長は知っていたらしくて、分母から抜いてくれるそうです!」
「そっかー、良かったねーネギ君!」

 そんな中。連絡事項は全て終わったのか、生徒からネギへと質問が飛ぶ。内容はテストの日だと言うのに学校を休み、そしてクラスの誰もその連絡を受けていなかった長谷川千雨のことだった。
 一時はテストの平均点が下がることに怒る生徒もいたものの、連絡出来ないくらい体調が悪いか、何か急な用事があったのかと心配する声が大半を占めている。

「それで、誰か長谷川さんから連絡は……」
「きてないよー。」
「大丈夫なのかな?」

 そうですか……、と。ネギは心配そうな顔で呟くも、それ以上の事は何も出来ず。他に質問や連絡は何もなく、後味が悪いままホームルームは終了となった。



「ちょっと、ネギ!」

 ホームルームが終了し生徒が自由に動き出した後。教室を出たネギを追い、明日菜と木乃香がその背中に声をかける。それに気づいたネギは足を止め、二人へと向き直った。

「長谷川さんの事、本当に何も聞いてないの?」
「え? はい。」
「あのな、千雨ちゃんな、土曜日も早退したらしいんよ?」
「えぇー!? そ、そうなんですか!?」

 体調悪くて寝込んでるんと違う? そう木乃香に言われネギはアワアワと慌てだす。大変じゃないですか、看病しないと! そう言って走り出そうとするも、その首元を明日菜が掴み引き留めた。

「ぐぇ!?」
「あんた、採点や何かは良いの?」
「う、そ、そうでした……。」

 採点しないと明日の結果発表が、でも長谷川さんも心配だし、うぅー。
 等と言いながら行ったり来たりするネギ。その様子をみた明日菜は、一度木乃香と視線を合わせため息を吐く。そして未だに右往左往するネギを捕まえると、その肩に両手を置き視線を合わせる。

「長谷川さんは、私と木乃香が様子見ておくから。心配しないで先生の仕事してなさいよ。」
「うぅ、はい、お願いします……。」

 明日菜にそう言われ、ガックリと肩を落としトボトボと職員室に向かうネギ。その様子を見送った二人は、やっぱりまだガキよねー等と言いながら下校していった。



◆麻帆良中等部 体育館◆

「長谷川さん、ねぇ……。」

 学校中の生徒が同時に帰りだし、校舎中の廊下が人で溢れている頃。テスト日という事で部活をやっていないのか、誰も居ない体育館。その片隅にある更衣室で、一人の生徒が制服から修道服へと着替えていた。
 茶色の髪をベリーショートに切ったその姿はとても快活そうに見えていたが、ベールを被り修道服に身を包むと先ほどから一転、どこからどう見ても物静かで敬謙な修道士のそれである。

「いやー長谷川さんの部屋に呼ばれたと思えば、長谷川さんが夢から覚めない? シャークティが助けるために夢の中へ入っている? 極めつけは……」
『え? エヴァちゃんが闇の福音? またまた葛葉先生も冗談キツイっすよー。』
『本当だよ、童姿の闇の魔王とも言うだろ?』
『えー? 弐集院先生も? こんなちみっこが魔王な訳……』
『事実だ、春日君。』
『え……ガンドル先生まで……マジで言ってます?』
『マジだから私の頭に置いたその手をどけろ、春日美空……』

「よく生きてるなー、私……。」

 どこか遠くを見つめる美空。その目は正に死んだ魚の目だったと、後に麻帆良の新聞記者が言う。
 そう、着替え終わった後も遠くを見つめたままボーっとしていた美空の元へ。誰も来ない筈の体育館を横切り、更衣室に入り。美空の元へと、クラスメイトの朝倉和美がメモとペンを持って近づいてきた。

「やっほー美空ちゃん、吐く気になった?」
「げ! 朝倉!?」
「こんな人気の無いところで待っててくれるなんて、なんとも記者思いよねー。」

 ドアを背にし、じりじりと美空に近づく朝倉。美空は徐々に壁際に追いやられ、窓を背にして追い詰められる。美空は後ろを振り返り一つ唸るも、周りを見渡しても逃げ道など存在せず。このやり取りは昨夜から何度も行われ、その度に美空は逃げ出していたが。とうとう逃げることが出来ない状況にされてしまう。

「さぁ、もう逃げれないわ! 今度こそ吐いてもらうわよ! 千雨ちゃんが休んだ理由!」
「し、知らないっスよ……?」
「そんな言い訳は通用しないのよ! どうしても喋らないなら、美空ちゃんの過去の悪戯リストを全部新聞に載せるわよ!?」
「や、やめて! お願い! マジで!」

 さぁ、それが嫌なら喋りなさい!
 そう言い、ポケットからボイスレコーダーを取り出して美空に突き付ける朝倉。美空はとうとう追い詰められ……

「い……」
「い?」
「言えないっスよーーー!」

 窓を突き破り、校舎の外へと走って逃げていった。

「……え? この窓私が片付けるの?」



「はぁ、はぁ、はぁ、こ、ここまで逃げれば…」

 麻帆良駅前。自転車も自動車も追い抜き、全力で走って逃げてきた美空は、自動販売機でジュースを買ってベンチで一休み。修道服を整えながら先ほどの事を思い出していた。

「ふふふ、私の走りについて来れるのはアスナくらいっス。」

 どーだ、逃げてやったぞ、と、一人勝ち誇る美空。ガッツポーズをした後に缶ジュースを飲み、一息ついた後空を見上げる。
 しかし。そこには先ほどまでの誇らしげな顔は存在せず、どこか愁いを帯びた表情へと変わっていた。

「はぁ。長谷川さんに、こんなの見られてたのかなぁ……。」

 認識阻害が効かない。そのことを知らされていた美空は、千雨を想いそう独り言つ。
 車を追い抜く等、自分が常人ではあり得ない動きをしていることは自覚している美空。しかし、認識阻害があるから大丈夫。そう思っていただけに、自身も千雨のストレスの原因となっているだろうことを想い、その表情は曇り続ける。

「そりゃこんな魔法だらけの場所なら。引きこもりもするっスよねぇ……。」

 マギステルマギって、何なんすかね。私は目指しちゃいないけど、ホント、何だろう……。
 そう呟くと、ため息を吐いて缶をゴミ箱に放り入れようとし。投げずに少し固まった美空は、結局歩いて近づき直接捨てる。そしてもう一度ため息を吐いた後、駅の中へと消えて行った。



◆学園寮 明日菜の部屋◆

「ごめーん、私もう限界。眠いわー。」
「ううん、えーよー。徹夜明けやもんなぁ。」

 学園寮の自室へと戻った明日菜と木乃香は、早速千雨のお見舞いへと赴く予定だった。しかしテストが終わって気が抜けたせいか、部屋へと到着して直にソファーへ横になった明日菜は、目を擦り眠い眠いと連呼していた。
 それもその筈、昨夜は2人を含むグループで徹夜のテスト勉強をしていたのだ。木乃香は教師役のため少々の仮眠をとっていたが、明日菜は生徒役のため休みなしで朝まで続けられていたのだ。
 そんな明日菜を鑑み、木乃香は自分だけでお見舞いへ行くと切り出した。

「まぁ、看病なら私の出る幕ないし。いいわよね。」
「あ、あはは。そうかもなー。」

 それじゃ、いってくるなー。いってらっしゃーい。
 そう言葉を交わし、木乃香は千雨の部屋へと歩き出した。



コンコン
「千雨ちゃーん? 起きとるー?」

 千雨の部屋の前へと移動した木乃香は、扉の前から千雨へと呼びかける。しかし何の反応も無く、木乃香は首を傾げた。そしてドアに手を掛けて捻ろうとするも、鍵がかかっていて動かない。

「やっぱりおらんのかなぁ。それとも起きれんくらいしんどいのやろか……」

 部屋の前に立ったまま、暫らくうんうんと唸って悩む木乃香。そこへ一人の人物が近づき、声を掛ける。

「長谷川さんに何か用ですか、お嬢様。」
「あ、せ、せっちゃん!?」

 思わず振り返った木乃香。その視界に飛び込んできたのは、制服姿で何時もの竹刀袋を肩に掛けた桜咲で。
 予想外の人物に声を掛けられ、声を上ずらせて驚く木乃香。しかし改めて桜咲を視界に入れると、その表情は見る見るうちに明るく嬉しそうなものへと変わっていく。それは、まるで長年別れていた親友と再開したかのような。そんなとても嬉しそうな顔になり、木乃香は声を弾ませて桜咲へと話しかける。

「せっちゃんからうちに話しかけるなんて何年ぶりや!?」

 そういい刹那に近づく木乃香。しかし――

「長谷川さんに、何か、用ですか? 木乃香お嬢様。」

 刹那は眼を閉じて竹刀袋を押えたまま、微動だにせず。その顔には何の感情も現れていない。それを見た木乃香は、途端に表情を曇らせて近づくのをやめた。
 刹那の手を握ろうと持ち上げた腕も、誰にも気づかれないまま、何も掴まずに元の位置へと戻る。
 そして一歩二歩と後ずさると、顔を下げながらも上目使いでぽつぽつと喋り出す。

「あ、あんな。千雨ちゃん体調悪いんかと思ってな、お見舞いに来たんやけど……。」
「それなら私が見ておきますので、部屋へお戻りください。」
「え、で、でも、そないなら一緒に……」
「お戻りください、木乃香お嬢様。」

 そして。それを聞いた木乃香は。

「……ほな、千雨ちゃんによろしう。」

 目に涙を溜め、肩を落とし。トボトボと自分の部屋へと戻っていった。



◆学園寮 柿崎の部屋◆

「ちょっと美空! 8流しは卑怯よ!」
「革命した柿崎に言われたくないっス!」
「とか言ってるうちに円が上がってるよ!?」
「あはは、何か調子良いわねー。」
「うにゃーまた大貧民だー!!」

 夕日も沈み、既に外は大分暗くなった頃。
 美空は柿崎美砂、釘宮円、和泉亜子、椎名桜子らクラスメイトと共に、寮の一室で大富豪に興じていた。
 ちなみに今回の順位は釘宮、美空、和泉、柿崎、椎名の順だ。
 釘宮はトランプを纏めて切り直しながら、桜子に向けて声を掛ける。

「桜子が連続大貧民なんて珍しいねー。」
「チッ、こんなことなら賭け大富豪にしとくんだったわ。」
「柿崎はいつも取られてるもんなー。」

 亜子ー! 食券がー! そう言って泣くふりをしながら亜子に抱きつく柿崎。亜子は苦笑しながらその頭を撫でる。
 釘宮はそんな二人を眺めながらも、暗くなった外に気付いて全員に声を掛けた。

「そろそろ食堂行くー?」
「サバの味噌煮!」
「親子丼!」
「チキンカレー!」
「味噌ラーメン!」
「あんたたち毎日メニュー覚えてるの……?」

 そんな言葉を交わしながら、立ち上がりトランプを棚にしまう釘宮。それを見て他の面々も立ち上がり、食堂へ移動するべく動き出す。
 しかし、同じように移動しだした美空をみて、柿崎が首をひねりつつ声をかける。

「あれ? 美空、なんか夜に用事あるんじゃなかった?」
「あー、それは後からでもどうとでもなるから。」

 ふーん。と、それっきり興味を無くす柿崎。そういう物かと一見他の皆も納得したかに見え再度歩き出したが。唯ひとり、桜子だけは歩き出さずにその場に留まった。

「あれ、桜子? どうした?」
「うーん……」

 釘宮が桜子を呼ぶも、眉尻を下げ首を捻りその場を動かない。何だ何だと亜子や柿崎が桜子に近づいた時、桜子は顔を上げ美空を見つめ、次の言葉を放った。

「本当に一緒に行くの? 美空ちゃん。」
「えっ!? はぶっすか、はぶにされるんすか私!?」
「あはは、美空嫌われたー?」
「桜子……?」

 美空が驚き、柿崎が笑う。しかし桜子の表情は浮かず、釘宮と亜子は桜子の隣へと移動した。
 どうしてそんなことを言うのか、そう視線を合わせて問いかける亜子に対し。

「なんか、すっっっっっごーーーーく、嫌ーな予感がする。」
「え? 何美空、あんた死ぬの?」
「桜子大明神の嫌な予感……。美空、あんたの事は忘れないわ。」
「柿崎、円、それはちょっと酷いんじゃ……。」
「ちょ、洒落にならないからやめて欲しいっス……。」

 なにあんた、心当たり有るの? そう問いかける柿崎に対し、美空は曖昧に笑って答える。そして。

「うーん、やっぱり用事の方を先に済ませてくるよ。」

 そう言うと、4人に背を向け歩き出す。
 歩いて離れ行く美空を見つめる4人。なんとなく黙っていたが、美空が角を曲がり見えなくなった頃。

「桜子、美空が居なければいいの?」
「うぅ、もうわかんないよ~~~。」
「どんだけ嫌な予感なん?」
「今まで感じたこと無いくらい~~~。」
「それはひどい。」
 
 うーん。こっそりついて行っちゃう?
 そう提案する柿崎。そして4人は、美空を心配する心半分、興味半分で尾行を開始するのだった。



[32334] 第18話 AAAの選択
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/04 00:59
 時間は少々戻り、夕方の麻帆良中等部校舎玄関。生徒は大多数が既に下校したため人気の無いそこに、靴を履き替えたまま座り込み手帳とにらめ合う朝倉の姿が有った。

「美空ちゃんめ、まさか窓を割って逃げるとは……。これは本当にヤバい事なのかな?」

 ジャーナリズム宣言を謳う朝倉は、千雨の話題を扱っていい物なのかどうか決めかねていた。只でさえ高畑を始め多数の先生が関わっていそうなこの話題、取りあえず探りを入れる心算で美空に聞いてみたものの。口の軽さなら2Aの中でもトップクラスだと見込んでいただけに、その美空が一切情報を漏らさない事に少しの危機感を感じ始めていたためだ。
 実際美空の過去の悪戯リストなんて新聞に掲載する気もなく、少しゆすりをかけてみただけの話である。

「うーん、こうなると……エヴァちゃんとネギ君、あと高畑先生にも探りを入れて、それでもダメなら諦めよう、かな?」

 ペンの先でカリカリと頭をかきつつ、そう洩らす朝倉。いま呟いたことをそのままメモ帳に書き込むと、パタリと閉じてポケットへとしまう。やれやれ、用務員のおっちゃんにも怒られたし、今日はもう帰ろうかなー、と。そんな事を呟きながら立ち上がり、トントンとつま先を地面に当てて靴を履き直す。その後カバンを持ち、今日は使われなかった千雨の靴箱を見つめ……

「どうしちゃったんだろうなぁ、千雨ちゃん……。」

 そう言い、靴箱に手を当ててため息を吐く。その表情は純粋に人の心配をしている者のそれであり、決して娯楽のネタを追う記者の物ではない。
 暫くそうしていたが、とうとう日が傾き校舎の中に夕日が入り込んできたことに気付き。朝倉は外へ向けて歩き出した。
 玄関を出て、いつも通り校門から出ようとした時。何気なく振り返った朝倉は、教師用の玄関から一人の人物が出てくるのを見つける。その人物は赤毛で、背が小さく、包帯を巻いた長い杖のようなものを背中に背負い。それは朝倉が最近ほぼ毎日見ている人物だった。

「ネギ君ー! 帰るのー!? 一緒に帰ろーよー!」
「あ、は、はーい!」



 麻帆良学園都市線の電車の中。そこには傍目からは男の子と親戚のお姉さんにしか見えないが、実の所担任の教師と生徒であるネギと朝倉の姿があった。
 しかしネギを席に座らせ、ニコニコと笑い自分はその前に立つ朝倉を見れば、誰がどう見ようと先生と生徒の関係とは思えない。実際周りの女学生は朝倉を羨ましそうな目で見つめていたが、その状況に困惑しているのはネギだけだ。

「あ、朝倉さん、やっぱり僕が立ちますよー!」
「いいっていいって、ネギ君も徹夜だったんでしょ? 夕映から聞いたよー。」

 朝倉が聞いた話は、金曜日の夜から図書館島の探検と勉強尽くめでろくに休んでなく、日曜日の夕方からは学園寮に戻りそのまま徹夜で勉強していたという物だった。
 そしてそれは紛れも無い事実で、ネギは仮眠も取らずにバカレンジャーへ勉強を教えていた。テストこそ終わったが、その結果がわかるのは明日である。英語の採点は既に把握しているネギだが、立場上それをいう事は無い。

「うぅぅ、僕先生なのに……。」
「あー、先生といえば。」

 日曜日、朝から千雨ちゃんの部屋に先生がたくさん出入りしてたけど、あれ何だったんだろうね?
 何気なくそうネギへと振ってみる朝倉。ネギはその時図書館島に居たので知る由も無いのだが、取りあえず話題を振ってみることにしたのだ。

「うえぇ!? そ、そうなんですか!?」
「うん、高畑先生とか、他にも何人か出入りしてたよー?」

 案の定何も知らないネギ。こりゃネギ君に聞いても意味ないかなー? そう思う朝倉だが、まさかそれを本人に言う訳にもいかず。とりあえずネギが千雨について何も知らないことを確認すると、話題をテストの事へと持って行った。
 一方のネギは朝倉のテストの話題について答えるも、頭の中では全く別のことを考えていた。

(長谷川さんの部屋に先生がたくさん出入りしてる? まさか何かの重病? はっ、それともイジメ!? 不登校!?)

 千雨が休んだのはてっきり病気で体調が悪いだけかと思っていだが、一度違う事を思うとどんどん悪い方向へ想像が膨らむネギである。教師の仕事をするという事で、イギリスでほんの少し日本の学校問題にも触れてきたことがそれに拍車をかけていく。
 千雨が休んでいるのは実はイジメられているんじゃないか、不登校になって先生達が説得してるんじゃないか、きっと出入りしてるのはカウンセラーの先生やいじめっ子の担任の先生なんだ、そして――

(な、なんで僕には知らされないのー!? 長谷川さんと話をしないと!!)

 そう決心するネギ。それは、空も黒くなり始め、丁度電車が学園寮の最寄駅へと到着した時だった。



コンコン
「は、長谷川さーん?」

 学園寮、千雨の部屋の前。
 学園寮へと帰って来たネギは朝倉と別れると、そのまま自身の部屋へも行かず千雨の部屋を訪れていた。そしてノックをして声を掛けるも反応は無く。ネギはドアノブに手を掛けるが、カギがかかっていて動かない。

「うー、どうしよう……カギを貰ってこようかな……」

 そう呟きながら千雨の部屋の前を後にする。そして5分ほどした後、再び千雨の部屋を訪れたネギ。その手には一つのカギが握られていて。

「うん、僕は先生なんだ。……いいよね。」

 カギがドアノブに差し込まれ、ガチャリと音がする。そしてネギはドアを開けて千雨の部屋の中へと入り、ドアを閉め。再びガチャリという音がした。
 そうして千雨の部屋の中へと入ったネギは、何も乗っていないデスク、何も入っていないクローゼット、部屋の隅の三脚、制服のままベットに眠る千雨、そしてそのベットの脇で布団を敷いて眠るシャークティを目にする。

「だ、誰?」

 二人に近づくネギ。千雨の事はほぼ毎日見ていたため見間違えようもなく、ネギにはただ寝ているだけのように見えた。そしてもう一人、褐色のシスターを良く見るが、何度見てもネギには見覚えが無い人物であり。

「うーん、カウンセラーの先生? シスターさんだし。」

 でも何だか魔力の気配がするぞ……? 何だろう? そう呟く。
 二人を見た後、ネギは再度千雨の部屋を見渡す。何だか何もない部屋だぞ、勉強とかしてるのかな? そう言いながら何気なく千雨のデスクの引き出しを開けるも、中には何も入っていない。

「えっ!? ほ、本当に勉強してないの!?」

 まさかイジメで教科書やノート捨てられちゃった!? アワアワとそんなことを言いながら他の引き出しも開けてみるネギ。しかし見つけたのは一冊のノートのみ。その表紙には平仮名で『はせがわ ちさめ』と書かれており、それ以外の記述は何もない。
 何のノートだろう、そう言いながら適当にノートを開くネギ。しかしそこにはまん丸の字で、ネギの予想外の事が書かれていた。

「えーっと、3がつ30にち らいしゅうからしょうがくいちねんせい ともだちができるかな って……あわわ、これ日記帳だ!?」

 勉強のノートでは無いことに気付いたネギは、慌ててノートを閉じ机の上に置く。女の子の日記帳なんて、見てはいけないものを見てしまった。そのことに気付き顔を赤くするが、大丈夫、ほんのちょっとしか見てないぞと自分を納得させる。
 その後ぶんぶんと首を振ると、気を取り直し改めて千雨とシャークティの二人を見て。

「うーん、取りあえず長谷川さんに起きてもらわなきゃ。」

 そう言うと、おもむろに杖の包帯を取る。そして……

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……」

 詠唱が、開始された。


◆麻帆良中等部 職員室◆

「はい、もしもし高畑です。」

 麻帆良学園中等部職員室。既に夕日も射さなくなり、女性の先生がブラインドを閉じたりしているころ。職員室の先生たちはその殆どがテストの採点に追われており、高畑も例に漏れず英語の採点をしていた。
 2年生の分は大分前に終わったため既にネギは帰っており、高畑は瀬流彦と共に他の学年のテストを採点している所だ。
 そんな高畑の携帯が震える。採点の手を止めた高畑はペンを置き、画面も見ずに電話に出る。その相手は学園寮の寮母さんだった。

「え? ネギ君が千雨君の部屋の鍵を持って行った……? い、いつです!? たった今!?」

 静かだった職員室に、高畑の焦りの声が響き渡る。瀬流彦はブハッ、っと息を吹き出し、葛葉は何も言わずに立ち上がり職員室を出る。そして高畑は電話を切ることもせず机に置き、次の瞬間その場から掻き消えた。
 声を上げた高畑に注目していた先生が何人か居たが、瀬流彦が片手を机の下に入れたまま大げさに驚くと、みな自分の採点へと戻る。そして、瀬流彦は顔を青くしたまま学園長室へと向かっていった。



◆麻帆良 学園寮◆

「ふむ、吸血鬼化ね。エヴァンジェリンらしいというか、何というか。」
「おかげで日の出前と日没後のカーテン係り。せめて何方かにして欲しいっスよね~。」

 学園寮の廊下では、美空が偶然廊下にいた龍宮を捕まえ一緒に千雨の部屋へと移動していた。良く一緒に仕事をする仲――とまでは行かなくとも、お互い魔法生徒として交流が有る2人。移動しながらではあるが、美空は小声で愚痴交じりに千雨とシャークティの情報を龍宮へと伝える。それに対して龍宮はフムフムと頷いて見せた。

「1回餡蜜1杯で引き受けようか?」
「高い。4回1杯でどうっス?」

 等と言いながら徐々に千雨の部屋へと近づく2人。そしてもうすぐ到着しようかという時。廊下の隅に座り込んで、壁に向けてブツブツと独り言を言う桜咲を発見する。

「うちかてこのちゃんともっと仲良く……ああ、でも打ち明けるなんてできひんし、でもでもこのちゃん泣きそうやったし……い、いや、お守り出来ればそれで……でも……このちゃん……うあああ!!」
「……ほっとく?」
「そうもいかん。」

 壁に向かいガンガンと頭を打ちつけながら、このちゃんこのちゃんと呟く桜咲。その様子をみて美空は思いっきり引いていたが、龍宮は見慣れているためか、一度ため息を吐いた後に桜咲へと声をかける。

「刹那……おい、刹那!」
「あ、ま、真名? どうした?」
「全く、どうしたじゃない。長谷川の部屋は大丈夫なのか?」
「木乃香お嬢様以外誰も来ていないと思うが。大体鍵がかかってるんだ、たとえ誰か来たところで……」

 龍宮は呆れながら聞き返すも、桜咲は虚ろな顔で問題ないと返答する。
 そうして一行は、10メートル程離れた千雨の部屋の前へと移動して、桜咲がドアノブに手を掛ける。しかし、ノブは僅かにしか動かず、扉を開けることは出来ない。
 桜咲の後ろでは美空がゴソゴソとポケットを漁るが、それを見ずに龍宮はドアへと……いや、まるでその向こうを見るかのように目を見開く。そして、後ろを振り返ることもせずに美空へと問いかけた。

「……なあ、美空。確か今二人へ魔法を掛けては命に関わるのだったな?」
「カギ、カギ……え? うん、掛けていいのはエヴァンジェリンさんくらいっスよ?」
「中で魔力が渦巻いている。誰かが何かしてるぞ!」

 そう叫ぶと、龍宮は懐から符を取り出し。次の瞬間部屋の中へと転移した。そして……

「ね、ネギ君!? 何をやってる!!」

 そこには、千雨の前に立ち目を瞑り魔法陣を展開し。いまその瞬間に魔法を発動させようかというネギの姿があり。

「くっ、間に合え!?」

 龍宮はポケットから別の符を取り出すと、それを振りかざしながら二人の間へと割って入る。
 そうしてネギの魔法を府により受け止めるも、しかしネギの魔法陣から発せられる緑の風は龍宮の符をどんどんと焼いていき。また、僅かだが龍宮をよけて千雨へと吸い込まれていく。

「え、ええぇ!? 龍宮さん!?」
「刹那! 早く来い!!」

 扉の外で龍宮の叫びを聞いた二人。中で何かとんでもない事が起きている、そう判断した美空は慌ててカギを探して見つけるも、挿して開けるその時間も惜しいと桜咲は刀を抜いて壁ごとドアを切り倒した。
 そして、中の様子を目撃する。
 魔法陣の中で慌てふためくネギ。
 その魔法陣から発せられる緑の風。
 龍宮の符が風を遮るも、すでにそのサイズは4分の1を切り。
 僅かだが風が千雨へと吸い込まれていき……

「や、ヤバいよ!?」

 そう叫び、十字架を取り出しながら龍宮に加勢する美空。しかし刹那には状況が分からず、刀をむき出しにしたまま入口に立ち尽くす。

「え、春日さんと刹那さんも!? どーしてここに!?」
「説明してる場合じゃない! とにかく魔法を止めるんだネギ先生!」
「は、発動しちゃうと起きるまで止まらないですよ~!?」
「お、起こす魔法なの!? いま長谷川さんを無理やり起こしたら、シャークティが死んじゃうんだよ!?」
「え、ええええぇぇ!? し、死!?」

 ネギ先生が長谷川さんの部屋に居るのは恐らく自分が呆けていたせいで。そして魔法が成立するとシャークティ先生が死ぬ。いまだ状況が掴めないが、とにかくそれだけは理解した桜咲。
 さらに、桜咲の目には。龍宮の持つ符が焼け落ちる瞬間が飛び込んできて――

「っく、刹那!!」
「魔法が!?」

 緑の風が龍宮をすり抜け、千雨に覆いかぶさろうとした、その時。

「四天結界 独鈷錬殻!!!」

 白い翼を生やした桜咲が風を吹き飛ばし、そのまま千雨を守るように翼で囲い。4枚の符が二人を守る壁となった。

「桜咲さん、え? 翼ぁ!?」
「……急いでください。長時間張る結界じゃないのです。」
「ネギ君!」
「と、止めれないんですよ~!!」

 魔法陣の中で半泣きになりながらワタワタと慌て、しかしネギの魔法は止まらない。桜咲の負担を少しでも減らそうと龍宮は新しい符を取り出して立ちふさがり、美空も十字架をネギへと突き出したまま身動きが取れない。
 八方塞がりとなり時間だけが過ぎていくが、その場合待っているのは結界の消滅、そしてシャークティの死だ。サウザントマスターの息子、ネギの魔力切れは望めない。
 どうにか事態を打開しようと真名が動きかけた時、千雨の部屋へと新たな登場人物が現れた。



◆学園寮 廊下◆

「美空と龍宮さん? なんか意外な組み合わせ。」

 勘の良さには定評がある桜子を先頭に、その後ろへ柿崎、亜子、釘宮の順で並んでコソコソと美空を追跡する4人。美空は龍宮と合流した後、誰かの部屋へと向かっている様子だった。
 当然聞こえはしないがなにやら身振り手振りで龍宮と会話をする美空を見て、あまり学校では喋らない組み合わせだけに4人は興味津々といった様子だ。

「桜子、もっと近づこうよ?」
「うーん、気づかれちゃうよ? というかタツミーには気づかれてるっぽいし。」

 えーうそー? この距離で? そう驚きを露にする柿崎。ほぼ廊下の端から端という距離を取って美空を追い、角を曲がるたびに全力ダッシュをしているだけに、柿崎は気づかれていないという自信があった。
 しかし、そこはテスト等で桜子の勘に助けられている面々である。桜子の言う事を信用し、これ以上近づくことはせず。代わりに亜子が釘宮へと問う。

「桜子の嫌な予感って何やろうね?」
「うーん、外れじゃない? 大貧民だったし、きっとテスト疲れで今日は勘が冴えてないんだよ。」
「えー、確かに嫌な予感したんだけどなぁ……。」

 そうこうしているうちに、再度美空は角を曲がり。龍宮に気づかれているということで少し慎重になりながら、4人も曲がり角まで急ぐ。
 そして、角からこっそり顔を出した4人は、新たな人物が合流していることに驚いた。

「あれって桜咲さん?」
「うーん、謎だ。どんな繋がり?」

 桜咲と合流した美空、龍宮は、やがて一つの部屋の前で立ち止る。4人には桜咲がドアノブに手を掛けているところが見えて。

「あそこって……だれの部屋だっけ?」
「千雨ちゃんだよ。」
「長谷川ぁ? なんで?」

 美空たち3人が千雨の部屋へと入ろうとしていることに疑問を隠せない面々。しかし、そのことについて喋る間もなく部屋の前の様子は激変していった。

「え、ちょ、龍宮さんが消えたよ!?」
「か、か、刀ぁ!? 扉切っちゃったよ!?」
「長谷川が殺されるー!?」
「兎に角、行かないと!!」

 こうして4人は千雨の部屋へと向けて走り出す。
 そして、その4人を追い抜いて先に部屋へと到達する影があった。



◆◆

「ネギ君! っく、遅かったか!?」
「え、なにこの状況? 映画?」
「桜咲さんから羽が生えてる!?」
「ネギ君が魔法陣出してる!?」
「美空がシスターっぽいことしてる!?」

 入口に現われたのは高畑。そしてその後ろから釘宮、柿崎、椎名、和泉が顔を出す。
 一目見ただけで大体の状況を把握した高畑は、苦い顔をしながらも後ろの4人に指示を出す。

「この部屋に誰も近づけるな! 絶対だ!!」
「「「「は、はい!?」」」」

 半ば脅迫とも取れる剣幕でそう言われた4人は、それぞれ廊下の左右に立ち。高畑はどこかへと走り去った。



「うう、せっちゃんと仲良くするにはどうしたらいいん、明日菜~~~!」
「それより今私は寝たいわ……。」

 学園寮、明日菜と木乃香とネギの部屋。そこではソファーに横になった明日菜へ、千雨の部屋の前で刹那に正しく門前払いされた木乃香が愚痴を吐いていた。

「こっちに引っ越して離れ離れになったのがあかんかったのやろうか。せっちゃんが来てくれたときな、私ものむちゃうれしかったんよ? でも前みたくしゃべってくれへんくなってなぁ……」
「もう、仲良くしたいって言った?」
「き、嫌われたのかと思うと言えへんよ~。」

 嫌いなら引っ越してこないでしょうに……。
 木乃香に付き合いながらそう呟く明日菜。しかし聞いているのかいないのか、木乃香の独白は続く一方だ。
 そして、そんな所へ。

「明日菜君!」

 バァン! と、壊れそうな勢いで扉を開けて、高畑が乱入してきた。

「た、高畑先生!? え、な、なんですか!?」
「来てくれ! 説明は後だ!」

 突然の来訪者に驚き、顔を赤く染める明日菜。ソファーに寝そべって高畑を出迎えていることに気づき慌てて起き上がろうとするも、それよりも高畑が靴も脱がずに明日菜の元へと到着する方が早く。
 そして、高畑はソファーに横になっていた明日菜を姫抱きすると、そのまま部屋を走り去る。

「え……何? 何なん?」



「え、ちょ、困ります!? いえ、困らないけど、心の準備が!? し、下着も子供っぽいですし!!」

 明日菜を抱いた高畑は、明日菜の言葉も聞かずに千雨の部屋へと向かう。そして僅か数秒で到着すると明日菜をネギの前へと降ろす。すると、魔法陣から発せられていた風は明日菜の横を通るとき、その全てが掻き消された。
 良くわからないが魔力の負担から解放された龍宮と美空は、符と十字架を降ろす。しかし魔法陣が消えていない以上、未だ桜咲は結界を維持したままだ。だがその顔は歪み額はびっしょりと汗で濡れている。

「明日菜君、ネギ君を殴り飛ばせ!」
「はい!」
「え、フギョ!?」

 パリン、と。そんな音がして、魔法陣が消え去った。
 高畑に言われるがままネギを殴り飛ばした明日菜。しかし状況は良くわからず、まず桜咲の翼、そして美空、龍宮の順に見て驚く。桜咲は翼を出したまま、結界を消し去り千雨の横へとへたり込んだ。
 龍宮と美空は座り込み、廊下からは柿崎達が覗き込む。
 部屋を見回してそれらを確認した高畑は、頭を抱えて龍宮へと視線を向けた。

「仕方ない、龍宮君。外に認識阻害の結界を。」
「あの4人は?」
「……お願いするしかないさ。」

 わかったよ、と。龍宮は符を取り出しながら、部屋の外へと消えて行く。なんとなく自分たちは関わったのだと判断した柿崎達4人は、龍宮と入れ替わるようにして部屋の中へと入っていく。
 美空はシャークティの様子を見ようと寝ているシャークティに近づき、高畑は千雨に近づき。そして……

「う……ん、」

 千雨の目が。うっすらと開かれた。



[32334] 第19話 小さな波紋
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/05 19:14
 部屋の中の誰もが、千雨に注目したまま声を発することが出来ない。禁術の誓約により、夢を強制的に中断されては侵入者が命を落とす。そのことを知る者たちは生唾を飲み込み、千雨を見る。それを知らぬ者たちは、その只ならぬ様子にただ怯える。
 特にネギは顕著だ。知らなかった事とはいえ、自らの魔法が人の命を奪う事になるかもしれない。未だ混乱の中にいるが、その事だけは嫌にはっきりと認識している。明日菜に殴られて倒れ伏したまま、全神経を千雨の動向へと集めた。
 そして。
 千雨の手が、ゆっくりと動き。

「ひっ……!?」
「んー……フカフカ……」

 そのまま、千雨の隣にへたり込んでいた刹那の翼に抱きつくと、再び目を瞑り眠りへと落ちて行った。

「……起きました? 今。」
「ああ……起きたね。」
「しゃ、シャークティは!?」

 美空は慌ててシャークティの様子を見る。呼吸を聞き、脈を取り、声を掛け。しかしその様子は先ほどまでと何も変わらず、ただ寝ているだけのように見えた。だが先に死ぬのは精神である以上、肉体の異常が無さそうでも油断は出来ない。

「シャークティ、大丈夫っすよね!? 死んでないよね!?」

 美空は涙を流しながら取り乱す。だが、何度声を掛けても叩いても反応の無いシャークティを見て、泣きながらも十字を切り、十字架を握り締めて神に祈りを捧げ出した。
 また、それを見ていた面々も声を掛けることが出来ず。倒れたまま呆然とするネギ、事情を知りたくても言い出せない明日菜。翼を抱きしめられて身動きが取れない桜咲。そもそも何が起きているのかわからない柿崎達と、それらを入口から見つめる龍宮。そして、未だ掛ける言葉が見つからない高畑。
 千雨の部屋には美空のすすり泣く声だけが響き、そのまま重い空気に包まれた。



「おや。なぜチア部とオマケが居る?」
「え、エヴァちゃん!? 茶々丸さん!?」

 2分か、3分か。美空が有る程度落ち着き、泣き声が聞こえなくなった頃。千雨の部屋の入口へ、肩で息をする葛葉と、茶々丸、そして茶々丸の肩へ乗ったエヴァンジェリンが現れた。

「おろせ、茶々。」
「はい、マスター。」

 エヴァンジェリンは茶々丸――いや、『茶々。』に声を掛け地面に立つ。そして赤い目をした美空の横に立つと、共にシャークティの様子を見ながら美空へと話しかける。

「起きたのか?」
「はい、一瞬っスけど……。」
「ふむ。調べるにも魔力がいる、か。」

 その言葉と共に、エヴァンジェリンはシャークティから視線を外し。それは美空、千雨、桜咲、高畑、明日菜へと移動していき。そして、ネギへと固定された。
 エヴァンジェリンからまるで凍てつくような視線で見据えられたネギ。そのプレッシャーから逃れる為か、アワアワと視線を泳がせる。だが、明日菜、高畑と泳がせた視界の隅で。美空が、クラスでは何時も笑いかけて話をしてくれた美空が、自分を睨んでいることに気付き。

「あ……ご、御免なさい……御免なさい……!」

 ネギの目からは涙が零れ、顔を伏せてただただ御免なさいと呟く。しかしそれを受けて動く者はエヴァンジェリンのみ。エヴァンジェリンはネギの謝罪を意に介さず、無言でネギへと歩み寄っていく。
 後ろにいるにも関わらずプレッシャーに当てられたか、柿崎達4人は互いに身を寄せ合う。一般人を少しでも楽にさせようと、柿崎達の前には龍宮と葛葉が立ち塞がる。そして肝心のエヴァンジェリンは、ゆっくりとネギに近づきながら右手を挙げ。もう少しでネギへと触れようかという、その時。

「待ってください、エヴァンジェリンさん。」
「待ってくれ、エヴァ。」

 桜咲と高畑が同時に止めに入る。エヴァンジェリンは不服そうな顔で二人を見たが、二人は視線を合わせた後、一つ頷き桜咲が先に喋り出した。

「もともと私が見張り中に呆けていたのが悪いのです。血なら、私のを。」
「いや、そもそもネギ君に知らせていないのは僕たち先生の判断だ。……それに元を正せば僕がしっかりしていればこんな事態も起きていない。僕の血を使ってくれ。」

 自分が悪いと桜咲が言う。しかし、それを聞いた高畑は、本当に悪いのは自分だと言い。そして。

「もう! 起きるとか起きないとか、そのシスターさんとか美空ちゃんとか、悪いとか悪くないとか、全部ちゃんと説明してよ!?」

 明日菜はプレッシャーを跳ね除けてネギとエヴァンジェリンの間に割り込み、両手を広げてネギを庇いそう訴える。
 それらを聞いたエヴァンジェリンは、振り返り再度シャークティを見る。そして両手を広げてヤレヤレと言いつつ。

「急いで何か変わる物でもない。タカミチ、最初はお前が説明しろ。部外者への説明も含めてな。」
「ああ、勿論だ。」

 こうして。今回の事件の説明が始まった。



「ちょっと、マジサイテーじゃないの!? だって長谷川が悩んでるって知っててほっといたって事でしょ!?」
「認識阻害は、ビックリしたけど。魔法を隠すなら、そもそも使わなきゃいいんじゃないですか!?」

 麻帆良の事、千雨の事、シャークティの事。一通りの説明を受け、柿崎と釘宮が高畑へと噛み付いた。人でなしだ、生徒の事なんてどうでもいいんだ。そう言う二人に対して高畑は何も言い返さず、只すべてを聞いている。

「認識阻害は魔法関連のトラブルから一般人を守るためにある。身も心も。これはシャークティ先生の言葉だけど……決して魔法を隠すことが目的ではなく、ただの手段。そのことを忘れていた私たちは、何を言われても仕方ないわ。」

 葛葉も魔法先生の一人として責めを受ける側に回る。そして二人へ返答すると、今度はネギの方を見て。

「ネギ君や他の魔法生徒に知らせなかったのは、まだ子供に言っても正しく理解されないだろうとか、余計に騒ぎを大きくしない方が良いとか。そんな事を言いつつ。実際には汚れた所を見せたくなっただけなのよ。長谷川さんの事があっても、結局何も変わってなかったのね。」

 私も学園長を責めたけど、これじゃ何も変わらないわよね。箝口令には賛成していたのだし。そう呟く葛葉の言葉を聞いたネギも、二人の横へ並び出る。
 つい先日魔法を封印し、一般人として生徒と向き合うと……そう決意しただけに、封印が解けた矢先に引き起こした今回の事件。ネギは柿崎達に向き合うと、頭を下げて言葉を放つ。

「僕は、魔法の修行の為に麻帆良に来ました。学校の先生になればマギステルマギ……立派な魔法使いに近づける。だから立派な魔法使いになるために学校の先生をやってるんだ。ついこの間までそう思ってました。」

 そこで一旦言葉を切り、頭を上げて自身の後ろにいる明日菜の方を向く。

「けど、魔法の事を第一に考えて、生徒の事はその後なんて。そんなの先生として間違ってる……明日菜さんにそう言われて、考え直しました。いえ、考え直した……つもりでした。」

 そして、今度は未だシャークティの横に座り込む美空の方を向き。

「もう、僕は、魔法を使わない方が良いんだと思います。いえ、先生すら、出来ない……」
「ね、ネギ君!?」
「ネギ君は知らなかったんだよね!?」
「……おい、お前達。」

 責任の被り合いも良いが。大体の事情を把握したなら、いい加減シャークティの調査に入らせろ。そうエヴァンジェリンが言う。そうして再度誰の血を使うかという話になり。

「僕のを!」
「わ、私のを……」
「いや、ここは僕の」
「ええい、埒があかん! 葛葉! 血を寄越せ!」

 こうして、葛葉の吸血が行われ。エヴァンジェリンはシャークティの調査へと入った。



「長谷川さん、辛かったやろうなぁ……。」

 エヴァンジェリンが調査をしている間、ただ見守るしかない他の面々。誰も何も言わずに時間だけが過ぎて行ったが、そんな中ぽつりと和泉がそんな言葉を漏らした。

「長谷川って、無口で、付き合い悪くて、居るのか居ないのかわからなくて。そんな奴だって、思ってた……思っちゃってたんだよ? 私。」
「私も。マジ、サイテーだ。ホント、最悪……。」

 その言葉につられ、柿崎もそう独白する。その横では釘宮が頷き、同じく呟くとそのまま顔を伏せてしまう。

「でも、結構優しんだよ? ノート映させてくれるし、いっつも掃除でゴミ捨てやってくれるし。」

 桜子がそう言い、そういえばあのとき……と、明日菜もそれに続く。そうすると、今まで気にしていなかっただけで、様々な部分で千雨はクラスメイトと関わっていることがわかる。
 パソコンの操作を教えて貰った。携帯の操作を教えていた。家庭科の裁縫の時に手伝っていた。

「今からでも……友達に、なれるかな?」
「いや、絶対なろうよ。起きたら、さ。」

 皆の言葉を聞きながら。柿崎と釘宮が、未だ刹那の翼に包まれて眠る千雨を見て。そう、呟いた。



「大丈夫だ、精神は死んでいないようだぞ?」
「「よ、良かった~~~!」」

 エヴァンジェリンはシャークティの周りに展開していた魔法陣を消し去り言う。その言葉を聞いた美空、ネギは安堵の声と共に大きなため息を吐いた。言葉こそ出さないが、桜咲もホッとした表情をして胸を撫で下ろす。
 しかし高畑と葛葉、龍宮は怪訝な表情をしたままだ。大丈夫と言ったエヴァンジェリンさえ、眉間に皺を寄せている。

「でも、あの時確かに千雨君は起きたはず。こういうのも難だけど、なぜ大丈夫なんだ?」
「禁術の誓約はそんな甘い物じゃないはずだ。死んでなければ変なんじゃないかい?」

 高畑と龍宮がそう問いかける。だがエヴァンジェリンも首を傾げるのみで、返答することが出来ない。
 しかし、何はともあれ死者を出すことは無くなった。全員がそのことを理解し部屋の空気は一気に軽くなる。
 軽くなった空気に押され、柿崎達は気になっていたことをそれぞれに問いかけた。

「高畑先生やネギ先生が魔法先生、美空たちが魔法生徒ってことはわかったけど。エヴァちゃんって吸血鬼だったの?」
「ん? ああ、そうだ。」

 はー。だから授業中あんなに眠そうなのね。釘宮がそう合の手を出すが、エヴァンジェリンは否定せず。ああ、吸血鬼だから仕方ないんだよ、そうニヤニヤしながら言う。ネギは素直に受け取っているが、高畑は苦笑して何も言わない。
 そして、エヴァンジェリンがそんな受け答えをしているとき。桜子が皆の目を盗み、桜咲の翼へと抱きついた。

「ひゃぁあ!?」
「うわー、ふかふか!」
「あ、桜子ずるい!」

 桜子は千雨ごと桜咲の翼を抱きしめる。桜咲の叫び声によりそれに気づいた他の面々、特に柿崎は先を越されたと悔しそうにしながら、同じく桜咲の翼へと突貫する。
 そして釘宮、亜子といったメンバーもそれぞれ桜咲の翼を抱きしめたり撫でたりし始めた。

「すごーい、キレー。」
「桜咲さんこれ頂戴。」
「あ、あげられません!?」

 桜咲は顔を真っ赤にしながらもそう反論する。しかし、千雨がすっかり翼を抱きしめて寝ているため消すに消せない。桜咲は、お願いですからと懇願し、翼に群がる4人を一旦退かせることに成功した。
 4人は渋々ながら、名残惜しそうにしながらだが、真剣な様子の桜咲を見て何かを言い出すのだと理解して、少し離れる。翼をいじり倒す人間が居なくなったため少し落ち着いた桜咲は、表情を真剣な物に変えて自分が何者なのかを語りだした。

「私は……烏族と人間のハーフ……化け物なのです。」
「「え、だから何。」」
「エヴァちゃんとかハーフですらないじゃん。」
「茶々丸さんかてロボットやし。」

 自分は化け物なのだと、鎮痛な面持ちで言う桜咲。そしてその続きを言おうとしたが、しかしその言葉は柿崎達4人の言葉により止められる。

「今更種族とか、どうでも良くない?」
「うん……。桜咲さんやし。」
「あ、貴方達は魔法の実情を知らないからそんなことが言えるんです!」

 今回のような生死を掛けた出来事なんて、良くあることなんですよ!? そう、桜咲が言う。
 だがそれを聞いた柿崎達4人は、首を傾げながらお互いを見合わせる。そしてまず釘宮が口を開き――

「生死を掛けることと、桜咲さんがハーフなのとどんな関係が有るのか知らないけどさ。」

 柿崎が。

「確かに魔法の事なんて何も知らないけど。でも知ってることもあるよ?」

 亜子が。

「そうや、桜咲さんがずーっと木乃香の事見てるのも知ってるし。」
「んな!?」

 そして、桜子が。

「桜咲さんが、すっごい真面目でいい子だってことも、知ってるよ!」
「み、皆さん……。」

 だから、突撃―! そう、再度桜子が言い桜咲の翼に抱きついて。桜咲は困惑しながらも、今度はそれを受け入れた。

「はぁ……若いよなぁ。」
「エヴァンジェリンに比べたら皆若いさ。」

 龍宮は苦笑しながらエヴァンジェリンの横へと移動する。エヴァンジェリンは桜咲達の様子を呆れた様子で見ていたが、それとは対照的に葛葉は涙ぐみながら見つめている。美空とネギ、高畑もその様子をただ見守り、そして明日菜は桜咲たちへと近づいた。

「ねぇ桜咲さん、私も触ってみたいんだけど……。」
「あ、は、はい……ど、どうぞ。」

 桜咲の了解を得た明日菜は、未だ抱きつく桜子を避け、千雨のすぐ近くの部分を恐る恐る触れてみた。その手触りはまるで極上のシルク……は、触ったことがないからわからないが。今まで触ったことがあるどの布や毛皮などとも違い、暖かくてスベスベで、それでいてフカフカだった。

「うわー、気持ちいいー。」

 予想以上に良い手触りに感動した明日菜は、調子に乗りより大きく桜咲の翼を撫で上げる。他の部分も触ってみよう、そう思ったか明日菜は桜咲の上へと身を乗り出し。

「あ、っと。」

 バランスが悪かったせいか、よろめいて片腕をつく。手はシーツの上へと降ろしたが、ベットが沈み込むその拍子に腕が千雨の頭へと触れた。
 しかし、明日菜は改めて立ち上がると今度は翼の根元を触りだす。

「ぁん、ね、根元は止めてください……!」
「え、なんで?」

 くすぐったくてだめなんです……! そう桜咲が言うと、今度はそれを聞いた釘宮と柿崎が根元を集中的に攻撃しだす。とうとうそれに耐えきれなくなった桜咲は、千雨の姿勢が変わらないようゆっくり抱き直すと、今度こそ翼を消し去った。

「あー、もうちょっと触りたかったのにー。」
「堪忍してください……。」

 そうして千雨をゆっくりとベットへ降ろし、桜咲は慎重にベットから降りる。人が増えた以外はほぼネギが来る前と同じ状態になった千雨の部屋。皆が落ち着き、大体の事情を把握したことにより。全員の視線は自然と高畑へと集まった。

「とりあえず、この部屋から出よう。起きないとはいえ余り騒ぐ場所じゃない。」

 その言葉に全員が頷き。こうして千雨の部屋には再び静寂が訪れた。



◆麻帆良中等部 学園長室◆

「お主たちには3つの選択肢が有る。」

 あの後はエヴァンジェリンと『茶々。』こそ家に帰ったものの、それ以外の面々はそのまま学園長室へと移動していた。理由は一般人への魔法バレを報告するため、そう聞いていた柿崎達は特に不審にも思わずついて行ったが、ネギは視線を落としたままトボトボと歩く。
 そうして学園長へ事の経緯を知らせた後。学園長はまず柿崎達へ次のように言葉を放つ。

「一つ。魔法を学び、春日君のように魔法生徒として進む。一つ。魔法に関わった記憶を消し去り、何も知らぬ一般人へと戻る。一つ。魔法は学ばないが、それを知る協力者として関わっていく。お主たちが選ぶと良い。もちろんどの選択をしたとしても、手助けはするぞい。」

 強制的に記憶を消すという話もあるが……シャークティ先生に怒られてしまうしの。そう続けた学園長。それを聞いた柿崎達は、一瞬互いに顔を見合わせるも、まず柿崎が返答する。

「もちろん3番でしょ! うちらパンピーなんで魔法なんか要らないけど、記憶消すのは論外!」
「だよねー。」
「桜咲さんの翼の手触りを忘れるなんて有りえない!」
「う、うちはちょっと魔法に興味あるんやけど……」

 マジで!? 悪の親玉の口車に乗っちゃうの!? そう亜子の発言に驚く柿崎だが、学園長はそれらを聞きこう返す。

「記憶を消さぬのなら、魔法を学ぶかどうかはもう少し知ってからでも良かろう。決断を急ぐ必要はないぞ、この場合。」

 もちろん他言無用じゃがの。そう言い、4人が頷いたことを確認すると、今度はネギへと視線を合わせた。ネギは学園長と視線が合ったとたん、すみませんと頭を下げる。その横では明日菜が困った顔で立ち尽くしている。
 そんな二人を見て。学園長は言葉を放つ前に、何も言わず頭を下げた。

「が、学園長……?」
「お主に知らせなかったのは儂の判断じゃ。お主は悪くは無い……とは言えんが、知らぬことは誰にも出来ん。儂の判断ミスで余計な苦労を掛けさせた、すまない。」
「ぼ、僕が何も考えずに魔法を使ったのが悪いんです! 頭を上げてください!?」

 ネギは自分へ向けて頭を下げる学園長をみて、慌てて言う。それを聞き学園長は頭を上げると、今度は先ほどとは違い厳しい目つきでネギを見据える。ネギは直立して硬直し、明日菜も所在無さ気に視線を泳がせた。

「とはいえ、魔法を使い寝ている者を起こそうとする事。明日菜君に魔法がばれたことを報告していない事。惚れ薬。一般人への武装解除。これらを鑑みれば、お主への処罰は必要だと判断する。」
「は……はい。」

 ネギは俯き。オコジョ刑となる自分を想像し涙を流す。しかし、まず始めにオジョコ刑を心配した自分に気づき、甘さの一端を知ると共に歯を噛みしめて悔しがる。
 明日菜はネギを心配そうに見つめるが、掛ける言葉は無い。高畑と葛葉も同様だ。
 そして――

「千雨君の件が解決するまで。若しくは儂、明石教授、ガンドルフィーニ先生、エヴァンジェリン。知らぬ者もおるじゃろうが、この4人全ての許しが出るまでの魔力封印。更に封印期間中はお主の影を写し取る。お主の行動はほぼ筒抜けだと思い行動するが良い。これらを持って処罰とする。更に今回の事を見て、千雨君の件は今までの事を全て全魔法生徒へ通達する。もちろん刹那君の翼などは隠すが……良いな?」

 はい……と。ネギは消え入るような声でそう返事をした。



◆◆

 ネギたちが去り、人が減った学園長室。そこではいつかの再現のように、学園長が椅子に座りお茶を飲み、高畑は窓を開けてタバコを吸っていた。 唯一違う点といえば、部屋の片隅で真っ黒な人型が動いていることだろうか。
 学園長は暫らくその影を見つめていたが、お茶を飲み干してため息を吐いた後。視線を窓の外を見つめる高畑へと移した。

「明日、総会を行うぞい。準備を手伝ってくれんかの。」
「もちろんですが、何処まで話すのです?」

 総会。それは麻帆良中の魔法関係者を集めて行う会議の名前だった。普段は年1の定例会か蟠桃の発光期程度しか行われない会議だが、それを急遽行うというのは異例の事だ。
 そして、タバコを消し何処まで話すのかという高畑の問いかけに対し、学園長は少し考え込んだ後にこう返答した。

「千雨君の現状から、ワシの行い、先生達の対応からネギ君がやったことまで。全てじゃ。」
「良いのですか?」
「千雨君の解決策は多ければ多いほど良いじゃろう。場合によっては関西、アリアドネーにも意見を貰わねばなるまいて。」

 ネギ君の魔力封印をしたんじゃ。もう隠す意味も無ければ、隠せる物でも無くなった。
 そう続ける学園長に対し、高畑は疲れたような表情で影を見る。

「厄介ですね、英雄の子供というのも。」
「なに、わかっていた事じゃ。」

 なりたくてなった訳じゃないのですけどね。本当、こんなはずじゃなかった事ばかりだ……。
 そう呟く高畑の目は、どこか遠くを見つめていた……。



[32334] 第20話 旅行だ!
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/04 02:53
「ちょ、ま、まて茶々丸! ゴンドラは、ゴンドラはやめて!?」
「大丈夫です。傾斜角29度。三角定規よりも緩やかです。」
「本当か!? 見るからに壁じゃねーか!? ムリムリムリだって!!」

 一面の銀世界。ちょっとした風で舞い上がるパウダースノー。凍てつくような寒さ。
 私たちは冬休みを利用して、私と茶々丸、そしてシャークティの3人で北海道へと2泊3日のスキー旅行に来ていた。初めはなのはやアリサ、すずかも一緒に来るような話をしていたんだが、シャークティがどうしても3人で行きたいと言ったため今回は見送ってもらった。メンバーを見ればわかるけど、きっと麻帆良絡みの話をするんだろ。
 金はシャークティと茶々丸の二人分は翠屋のバイト代で。私の分は半分ほど自分で出し、残りは2人に出して貰った。もちろん親にはチケットが当たったからという話にしてあるが。
 ま、海鳴で話をすれば良いじゃないかという想いもあるが。何か考えが有るんだろ、きっと。それに北海道でスキーなんて滅多に出来る事じゃないしな。実際私は初めてだし。
 細かい事は置いといて、まずは折角のスキーを楽しもうと。ほぼ初めての私に付き合う形で、茶々丸とシャークティが一緒に滑ってくれてるんだけど……

「あそこ、右の初心者リフトで良いって! まだ滑り始めたばっかりだぞ私!?」
「あら。大丈夫よ、絶対に転ばせないから。」
「私も滑り始めたばかりですが。」
「自分と一緒にしてるんじゃねーよ!?」

 こいつら、まだボーゲンも覚束ない私をどうにかして頂上へ続くゴンドラに乗せようとしやがる! リフト、リフトに乗らせてくれ! それか私はあのお子様教室に行くから、お前らだけで行け!
 しかし。そんな私の思いも虚しく。スキーとストックをシャークティが持ち、茶々丸が私を抱き上げ、ゴンドラへと運ばれる。大丈夫か、死ぬんじゃないか? 私。

「大げさね、転ばないようにしてあげるから大丈夫よ?」
「頂上からでも最大傾斜12度程のロングコースが有ります。そちらを選んではどうでしょう。」
「12度ね……。私にはどれも壁に見えてしょーがないんだが。」

 そんなことを喋りながら。私たちを乗せたゴンドラは、とうとう頂上のゴンドラ場へと吸い込まれて行く。ゴンドラはリフトと違って乗り降りに不安が無いのは良いよな……と、そんな現実逃避をする間もなく茶々丸により強制的に下された。
 私たちを下したゴンドラはそのまま停止なんてせず、Uターンして麓へと降りて行く。ああ、あれに乗って降りたかった……!
 思わずゴンドラに向けて手を伸ばした私を見て、シャークティは笑いながら話しかけてくる。

「それにね千雨ちゃん、スキー場の楽しみって、勿論スキーを楽しむことも有るんだけど。」

 そう言いながら、私は茶々丸に抱き上げられたままゴンドラ場の外に出る。すると、そこには。

「うわぁ……。」
「この冬の山々の雄大さを感じること。それもスキーの醍醐味なんだから。下の方で滑ってちゃ、勿体ないわよ?」

 見渡す限り、360度すべてが雪化粧をした壮大な山々に囲まれて。それはまるで私たちを飲み込んでしまいそうな、そんな壮大なスケールで。私はどれだけちっぽけな存在なんだろう……と、柄にもなくそんなことを思っちまった。
 たしかにこの景色を見る為なら、ゴンドラに乗る価値も有るんだろう。これは見れて良かったな。

「さぁ、それじゃ滑るわよ!」
「わ、私はもう少し見てるから……」
「何を仰る兎さん。」

 はーなーせー! と、そんな言葉も虚しく茶々丸によりスキーとストックを装備させられ。仕方なく、私は一番傾斜が緩いコースなら、とついて行くことにした。茶々丸の奴段々遠慮が無くなってきてやがるな。元々か?
 さぁ、それじゃ諦めて滑り出すか。えーと、ハの字で……エッジを立てて……? どっちに?

「千雨ちゃん、私の板に合わせてみて。ストックは要らないわよ。」

 滑り出しで早速私が困っていると、シャークティが後ろ向きハの字で私の前に来る。そして私のストックを茶々丸に渡し、私の板とシャークティの板を平行にし。両手をシャークティに取られ、そのまま二人でゆっくりと滑り出した。

「はーい、どっちの足に力を入れればどっちに曲がるか。意識しながらね。転ぶときは山側に転ぶのよ。」

 まぁ、なんだ。まるっと初心者講習だな、これは。



「あー、楽しかった。」
「お疲れ様でした。」

 5時ともなると既に日は暮れ始め、私たちは暗くなる前にスキー場のホテルへと戻った。あの後なんとかボーゲンの滑り方を理解した私は、ゴンドラで上へ行ってもロングコースなら一人で滑り降りることが出来るくらいまで上達した。
 周りがみんなパラレル? だか、とにかくボーゲンじゃない滑り方で一気に滑り降りている横で一人ボーゲンなのも、なんだか格好悪かったが。まぁそれは小2だしな、全然不自然ではない。ちょっとだけこの体に感謝した所だ。
 それにしても――

「シャークティ達は良かったのか? ずっと私に付き合って。」

 こいつらはずーっと私と一緒に滑っていた。もちろん心強かったが、何だか私に合わせちまってるみたいで嫌なんだよな。私のせいで十分に楽しめなかったんじゃないかと、ちょっと不安に思う。
 そんなことを言うと、シャークティは笑いながら気にしなくても良いと言う。

「そもそも連れてきたのは私だし、それに子供連れだとナンパが来ないから良いのよ?」
「私も町でナンパをされることはありますが、対処に困ります。」

 そ、そういう物なのか……。確かに二人とも美人だしな。特にシャークティは白いゲレンデに褐色の肌で、同性の私でもドキリとするくらいだし。ナンパする男の気持ちも分からないでもない。
 それにしても茶々丸もナンパされるのか。あんまり想像がつかないな。

「だから、千雨ちゃんは余計なことは気にせず精一杯楽しんでくれれば良いのよ。」

 そう微笑んで言うシャークティ。そう言われちゃ、返す言葉も無い、な。
 その後。みんなで……といっても茶々丸は食べないが、皆で北海道の海の幸や山の幸を堪能し。3人で温泉に入り、クィーンサイズのベット二つをくっつけて3人で寝た。全員同じネックレスをしてるからな、なんだか家族みてーに繋がっている感じがして、すこしこそばゆかったが。
 そして次の日。
 午前中はまた昨日と同じようにスキーを滑り、午後から札幌に移動してそこで一泊の予定だ。私たちは初心者コースで一度滑り勘を取り戻した後、またゴンドラに乗り頂上へと移動する。今日は最後にもう少し傾斜が急なコースも試してみようかと話していた。
 しかし。

「ねぇねぇ、君達可愛いね、一緒に滑らない?」
「俺たち一番急なコース行くんだけど、一緒に行かない?」

 ゴンドラは基本的に乗り合いだ。まぁ空いていればその限りじゃないんだけど、今日は私達が乗った後に男のグループが乗り込んできたんだ。あんまり良い予感はしていなかったんだけど。案の定だ。

「すいませんが、子供がいるので。」

 嫌そうな顔でそういうシャークティ。私をだしにしなくてもとは思うが、まぁこの程度は仕方ない。それに、こんな頭が悪そうな連中が、その程度で引くはずもなく……。

「君の子供じゃないでしょ? 上のお店に預けておけばいいじゃん。」
「子供連れじゃ好きなように滑れないでしょ? 普通預けて来るよなぁ。」

 はぁ。こういう連中は何処にでもいるんだな、やっぱり。さてどうしようかと私とシャークティは顔を見合わせる。ゴンドラ降りるまで無視するのも、ウザったいし、変に突っかかってくるかもしれねーし。メンドクセー。
 なんてことを思っていると、私たちの前へと茶々丸が躍り出た。いつの間にかゴンドラの入口に立てておいたストックを手に持ち、それを男たちに良く見えるよう掲げ。

「こうなりたくなければ……お引き取りください。」

 そして、ストックの両端を持ち。クニャリ、と、まるで飴細工のように折り曲げる。当然それを見た男たちは、顔を青くして押し黙った。

「茶々丸さん……それってレンタルなんだけど……。」
「あ、す、すいません! つつつつい!」



 結局あの後は何の会話も無くゴンドラを降り、男たちは逃げるように降りて行った。茶々丸はストック無でも全コース悠々と滑っていたが、当然帰り際には罰金を支払うことになった。まさか曲げましたなんて言えず、リフトから落として無くしましたということにしたが。

「茶々丸さんも大胆よねー。」
「いえ、何か、こう、胸のあたりに異常を感じまして。メンテナンスが必要かもしれません。」

 札幌へ向かう汽車の中。私たちは茶々丸のナンパ撃退の話について盛り上がっていた。罰金こそ痛かったが、それよりもあの男達の青ざめた顔は良かった。
 茶々丸は相変わらず自分の感情については認めないがな。いい加減認めればいいのに。

「私も茶々丸さんに負けてられないかしら?」
「何で勝つんだ。腕力か?」

 勝てねーと思うぞ。そういうも、身体強化をすれば多分良い線までは行くと言うシャークティ。あー、そんな魔法もあったな。習った気がする。
 そういえば魔法といえば、この3人で旅行にしたのは何か話があったからじゃないのか? あんまりそういう話はしてないが。そう尋ねるも、楽しければもう良いのよと言う。うーん、良くわからんが、確かに楽しかったし。それにまだ札幌観光もあるしな、今聞かなくても良いか。



 結局。その後この旅行の意図についてシャークティから語られることは無く。移動の時間も私は疲れてすっかり寝ていたため、気づいたら海鳴にいるという羽目に。
 何だったんだろうなぁ……。まぁ、楽しかったから、良いんだけどよ。

「千雨ちゃん、また行きましょうね?」
「ん? ……ああ、そうだな。また行きたい。」



◇海鳴市 千雨の家◇

「えーと、ホームページの名前は『メイドインちう』。トップページには向こうの私のコスプレ写真(修整後)を挙げて、レイアウトは『ちうのホームページ』を流用。作れる作品名を羅列して、サンプルも私の写真で掲載。他は要相談。必要な情報は、身長や体型、完成イメージも有れば尚良し。アイテムは基本的には扱わない。値段も要相談、だけど大体の相場は挙げて。振り込み先は……忍さんにでも頼むか。……とりあえずこんなもんだ。」

 なんてことを言っていたのは10月初旬の話。その後ホームページを作ったことを以前翠屋に来ていたコスプレ好きの客に連絡し、それ以外の宣伝などは特にせず。どこから聞きつけてくるのかは知らないが、大体月に2着か3着作って売っていた。
 一応今までの完成品は全て写真に収めているが、自分でもなかなかの出来だと思っている。特に最近の流行はメイド服らしい。もはや流行ではなく定番か。
 まぁそんな感じで1着3千円くらいの利益を出し、そのお金でこの間スキーに行ったわけだ。もちろん足りない分は出して貰ったんだけどな。
 そうして年明け。いつものメンバー、すずか、アリサ、なのはとその家族やらで集まり騒ぎ。短い冬休みも終わり、3学期が始まって少し経ったわけだが。

「ど……どうしてこうなった……!」

 ある日。学校から帰ってきて、『メイドインちう』で使っているメールボックスを開くと。普段は3-4日に1件くらいしかメールは来ないんだが、そこには何と50件を超える未読メールが! 何だ、何が起きた!? ネットアイドルやってた時でもここまで一気に増えなかったぞ!?

「な、何……? コスプレ制作依頼……は、まだ良いとして……教室を開いて欲しい? 取材させてほしい? 雑誌に掲載したい……? なんだ、なんで年明けから急にこんなのが来るんだ!?」

 コスプレ。年明け。……年明け? 何だか嫌な予感がした私は、急いでインターネットで "メイドインちう" を検索する。すると、当然トップに出てくるのは私のホームページ。そして。

「コ○ケ特集……『噂のコスプレ製作者ちう』『ゴッドハンドちう』『謎の新星』『ちうの正体』ってなんだこれ!?」

 私はパソコンの電源を切ってしまいたい衝動に駆られたが、何とか我慢して、逸る動悸を抑えてそれぞれの記事を読み進める。そこには概ね次のようなことが書かれていた。

 ――今回のコ○ケに参加した人、または写真を見ている人は年々向上するコスプレイヤーの質の高さに驚嘆することだろう。これはコスプレ人口が向上し、絶対数が増えるに従いその質も向上するためだ。恐らくこの意見そのものに異を唱える人は居ない。
 だが。質というのは徐々に向上する物だ。しかし今回、私たちは明らかにレベルが違うコスプレ衣装をその身に纏うコスプレイヤー達を発見した。しかもそれぞれが何の関わりも無いのである。
 そのコスプレイヤー達に話を聞くと、異口同音にこう答えた。『メイドインちう』と。
 なんでもここにコスプレ衣装を頼むと、サイズから完成イメージまで事細かに相談に乗ってもらえ、自身のイメージ通りのコスプレ衣装を作ってくれるらしい。その分すこし割高だが、完成品を見るとそのイメージは払しょくされるとのことだ。
 さらに。ホームページを見ると、製作者『ちう』と思われる様々なコスプレ写真がある。その美貌は天使がこの世に現れたかと見まごう程だ。
 恐らくコスプレイヤーである以上イベントに参加するものと思われるが、残念ながら今回のコ○ケの写真を洗い直してもその姿を見つけることは出来なかった。
 現在。この業界では『ちう』を探し出すことに夢中だ。突然現れた超新星。はたして『ちう』は何者なのか――

「は、はは……なんだ、これ……!」

 私は全身に鳥肌を立てながらも、おぼろげにだが何が有ったのかを理解した。年末に行われた某祭典、あれで私の名前が劇的に広がったのだ。
 やばい、何がやばいかも良くわからないが、とにかくやばい! 何だ、どうする? 下手に反応しない方が良いのか? 全部無視か? それとも火消するか? 私一人じゃどうしようもないぞ? ちゃ、茶々丸! そうだこんな時のための茶々丸だ! いや、すぐに消しては不審に思われるぞ? 絶対にくすぶり続ける。より完全に火消をするには……!

ピピピピピ……

 と。そんなことを考えている時、私の携帯が鳴る。め、メールか。誰だ?

FROM:アリサ
TO:自分
件名:ちう
ひょっとして、前言ってた千雨の従姉妹さんって、ちうって名前で活動してる?

 うがあぁぁぁ!? こ、こんな所に伏兵が居やがった!? 何でだ、何でお前からこの話が来やがるんだ!? アリサ!!
 慌ててメールを返信しようとするが、くそ、指が震えて上手く打てない。こうなったら電話だ! とにかく口止めしねーと!
 私は一度深呼吸をすると、電話帳から……あ、いや、通話履歴からアリサを選択し電話を掛ける。すると、わずか1コール程でつながった。

『もしもし? 千雨? あの前言ってた従姉妹って……』
「た、頼む! あれは誰にも言わないでくれ!」

 意味も無く頭を下げる。くそ、そんな従姉妹なんていねーよって言えればどれだけ楽か! しかし、アリサなら断ればわかってくれるだろう。そう思っていたんだが、その希望は見事に打ち砕かれた。

『え? もうお父さんに心当たりが有るって言っちゃったけど。会社のマーケッティングがどうこうって言ってたから。』

 ま、不味かったの? そう電話口で問いかけてくるアリサの声が、酷く遠くから聞こえ。ベットへと倒れ伏した私は、ちょっと相談してみると、なんとかそれだけ返答して電話を切った。
 そうか、アリサの家は企業家だったな……。そんな部署もあるのか。くそ。
 さぁいよいよどうするか。そんな事を考えていると、更に追い討ちのメールが着信した。

FROM:忍
TO:自分
件名:なんか自称記者が何人か来るんだけど
ちうに会わせてくれって何人か来たわよ。どうするの?

 ……荷物の発送には忍さんの住所を使わせてもらっていた。もちろん自宅では無いが。どうやら衣装を買った奴の誰かが、住所をばらしたらしい。
 これは……忍さんに迷惑をかける訳にもいかねーし……どうしよう……。



「幻術で写真の状態に戻って、自分の言葉で断るしか無さそうね。」
「その上でネット工作、無理強いを嫌う世論を作り、煽るのが効果的と思われます。」

 私は恥を忍んで、洗いざらいシャークティと茶々丸へ相談した。そこで出た対策案はこうだ。
 まずはホームページで今話題にされていることに困惑していると伝え、その上でアリサに取材拒否と答える。その後ネットを煽り、『ちう』を探す風潮をさらに過熱させる。過熱していることが知れ渡った後にバニングスの取材に出て、非常に困っていることを大々的に書いてもらい。今度はそれでも取材しようとしている人たちを責めるような風潮へと作り変える……そう上手くいくか?

「アリサちゃんの協力と、あと取材の時に涙でも流せば完璧よ。」
「成功率は7割超えです。あざといと感じさせなければ良いのです。」

 こうして。私の1年は、「『ちう』消火作戦」から始まった。



[32334] 第21話 少女の決意
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/05 19:09
「取材、撮影等。コスプレ作成以外のお問い合わせは一切受け付けておりませんので、ご了承ください、と。」

 私は早速ホームページの更新に入った。リアリティを出すためということで、トップページの写真は幻術で中学生姿となった私が両手を合わせて頭を下げている姿に変更。もちろん幻術なのでその肌に影などなく、フォ○ショで修正する必要も無い。更に、もっと話題が広がるように幻術で最新作のコスプレを一気に更新。飽く迄も実物っぽくするのがコツか。これの注文も来るかもしれねーしな。
 それにしても幻術便利だな。シャークティに手伝ってもらったけど、自分でも覚えるか? これ。

「それにしても、千雨ちゃん本当に可愛いわねぇ。」
「か、からかうのは止めろ!」

 出来上がったホームページの写真を見てシャークティがそう呟く。こんな身近な人にしみじみと言われちゃ、身の置き場が無い。それにシャークティの方が凄い美人だと思うしな。茶々丸は……美人というよりは可愛い系か?
 こうしてホームページを更新した後、今度は茶々丸が某掲示板を盛り上げる。

メイドインちう更新キター!
ごめんね姿超可愛いwww
特定マダー?
やったねたえち
おいばかやめろ

 まずはこんな文を各掲示板へ同時投稿……いつも思うんだけど、こいつ本当にロボットか?
 すると、ホームページのアクセスカウンターが今までにない勢いで回り出す。まぁしばらくはこの状況が続くだろう。
 アリサへの断りの電話も居れたし、忍さんには事情を説明したし。幻術の件を説明したら、自分にもかけろと煩かったが……これが片付いたらシャークティにお願いしよう、うん。あとは様子を見てアリサへ相談し、一度だけ取材に答える……で、また掲示板操作、と。大丈夫かなぁ、何か見落としてる気がするんだけどなぁ……。
 まぁ、とにかく今日やれることはやった。あとは暫く様子見だ。茶々丸は無線でインターネットへつながっているらしいから、火付けは任せて良いだろう。
 大丈夫、知られてるのは荷物発送の住所のみ。失敗したらホームページ閉鎖しちまえば良いだけだ。忍さんには頭を下げないといけねーが、大きな問題は無い。

「それにしても、何でこんなことになったんだ? 向こうじゃインターネットの外で騒がれる事なんて無かったんだが。」

 自画自賛っつーわけじゃねーが。ネットアイドルのアクセスランキング1位とか、それなりに話題になりそうな事はやってたんだけどな。取材の申し入れなんて初めてだぞ? どうなってんだ? こっちのほうがコスプレが人気、なのか?
 首を捻りながらそんな事を考えていると、メイドインちうをしげしげと眺めていたシャークティが私の疑問に答えてくれた。

「向こうでは電子精霊といって、情報分野にも魔法がかかっているからでしょうね。麻帆良発信の話題が滅多に広まらないのもそのせいよ。私じゃないけど、それを専門にしている魔法先生もいるのだし。」

 寧ろその状態でインターネットランキング1位になったことのほうが驚きよ、とシャークティが言う。そうか、インターネットの世界も魔法に掛かっていたのか……。魔法使いっていえばアナクロで、科学や情報っつー分野には滅法弱いイメージだったんだけど。そうでもないんだな。
 寧ろこっちの魔法のほうがアナクロなのか? 

「インターネット上に電子精霊の存在を確認出来ません。その分野は発展していないと判断します。」

 私達の会話を聞き、茶々丸がそう返す。
 そうか、向こうの方が進んでいるのか。茶々丸なんてその集大成みたいな物なんだろうしな。未だにすずか達以外でそっち方面の人に会ったことは無いが、きっと生贄とか黒ミサとかやってるんだろうな。
 あー、でもその割には忍さんの自動人形とかもあるみてーだけど。あれは魔法科学じゃねーのか? よくわからんな。

「それじゃ、今日の所は帰るわね。もう晩御飯の時間だし。」
「おう。色々ありがとう、シャークティ、茶々丸。」

 気にしないでいいのよ、と。シャークティはそう言って微笑みながら、手を振り家路へとついた。いい人だよな、本当に。



 そして、翌日。

「何、やっぱり千里さん困ってるの?」
「ああ、取材を受ける気は無いんだけど、しつこいんだってさ。」

 私は学校で、アリサに根回しをしておくことにした。千里というのは『ちう』の本名という設定だ。

「ああ、しつこい所は本当にしつこいから。厄介なのよね。」
「一回アリサの所で取材に答えるから、それっきりお断りだと宣伝してくれねーか? アリサの所を悪者にしちまいそうだけど、見返りは相談させてもらうから……。」
「んー、お父さんに相談しても良いけど。一回受けちゃうと、なんでバニングスは良くて他はダメなんだってなるのよねぇ。」

 まぁ、そのへんは話の持って行き方にもよるんだけど……。そう続けるアリサ。私はその辺は良くわからないからな、専門家の知恵も貸してもらった方が良いんだろう。
 それにしても取材を受けるのか。やっぱりリポーターとかカメラマンとか来るのか? 流石にテレビじゃねーだろうが、雑誌かインターネットを通じて『ちう』が発信されるのか。な、なんかドキドキするな、却って話題が広まったりしねーかな? ……って、何を考えてるんだ私は。

「ちう、ってやっぱり千雨の名前を読み替えたのよね? 従姉妹さんと仲良いのね~、今度ちゃんと紹介しなさいよ?」
「お、おう。今度な、今度。」

 あんた紹介する気無いわね? なんていってジト目で私を睨むアリサ。仕方ないだろ、する気が無いんじゃなくて出来ないんだよ。
 こんな事を喋ってるとすずかの気持ちが少しわかるな。アレは喋って良い、コレはダメなんて選んで話してたら疲れちまう。ま、しゃーねーが。
 と、そんなことを話している時。別の場所ですずかと喋ってたなのはが、携帯を片手に焦った様子で私たちの所へ走り寄ってきた。

「何か翠屋に人がいっぱい来て大変らしいよ!?」

 い、一体何が起きた……?



「『ちう』の友人がいる喫茶店ってここですよね!?」
「あれ? コスプレ喫茶って話じゃ無かったか?」
「でも場所はここだし、翠屋で間違いないよ? シスターさんの友人らしいけど。」

 放課後。授業が終わった私たちは、急いで翠屋へと移動した。するとそこにはカメラを持った人や、メモを取る人、野次馬などが店の席の半分を締め、私服姿のシャークティと茶々丸を捕まえて質問攻めにしている所だった。
 な、何だ? 何が起きた? どうしてこんなことになってんだ!?

「あ、ちさ、長谷川さん! ちょっと来て!」

 その翠屋の様子を見て呆然としていると、店の外に私の姿を見つけたシャークティが人の群れをかき分けて私の元へと来る。そしてそのまま腕を掴んで走り出し、カウンターの向こう、休憩室へと連れて行かれた。
 な、何なんだ一体、どうしてここがバレたんだ!?
 
「千雨ちゃん、これ見て!」

 私に携帯で某掲示板を見せるシャークティ。すると、そこには。

神奈川県海鳴市藤見町の、翠屋っていうコスプレ喫茶に『ちう』の友人がいるよ! シスターさんだった!

 あ……、あいつか、あの最初の客か! そうじゃん最初にメール連絡してるじゃねーか!! っていうかここはコスプレ喫茶じゃねぇ!?
 くそ、忘れてた、完璧に忘れてた、どうしよう!? 盛り上げすぎたのか!? どうすりゃいい!?

「もうこうなったら、ここで『ちう』の姿にするわよ! それでとにかくこの場を治めないと!」
「ちょ、ちょっとまて! バカ、シャークティ、それは逆効果だ! っていうか外になのは達がいるんだぞ!?」

 しかし。焦ったシャークティは私が止めるのを聞かず、そのまま魔法を発動し。

「千雨ちゃー……ん?」

 ガチャリと。扉が、開いた。



「え? あ、あれ? 千雨ちゃんが……あれ? 何で?」
「千雨が……千里さんになった?」
「……。」

 しゃ、シャーーークティーーーー!!?
 や、やっちまったよバカ……。くそ、どうしてやることなすこと、こう裏目に出るんだ……! よりによって変わる瞬間を見られるなんて!
 扉を開けたなのは、その後ろにいたアリサは眼を丸くして。すずかは片手で頭を抱えてため息を吐いている。いいよな、すずかは他人事だもんな。というかお前の秘密もばらすぞこのヤロー!

「シャークティーーー! どどどどうすんだよ!? よりによって変わる瞬間だぞ!?」
「しょ、しょうがないじゃない!? とにかく今は外! この子達には私が言っておくから、とにかく外をお願い!」 

 そう言われ、休憩室から押し出される。ちなみに服装はご丁寧に麻帆良の制服だ。まぁ、何かのコスプレじゃないだけ良いんだが……。
 くそ、このまま外に出るのも不安だけど、テンパったシャークティがあいつらになんて説明するのかもすっごく不安だ……! く、どうする? 戻るか!?
 なんて悩みながら右往左往している時。茶々丸が休憩室の方へやってきて。

「……千雨さん。お願いします。」
「ちょ、ちょっとまって!? 心の準備が!?」

 私は茶々丸に引っ張られて、客の前へと連れて行かれた。



「あ、ちうだ!?」
「凄い、本物だー! 可愛い!」
「本当に居たんだ!」

 茶々丸に引っ張られたまま曲がり角を曲がり、客から見える位置まで来た時。それらの声と共に一斉にフラッシュが焚かれた。引っ張られながらも一応何喋ろうか考えちゃいたんだが、それにびっくりした途端。全部、完璧に、吹き飛んじまって……

「あ……う、ぇ……っと……、私……」

 どうしようなにか言わなきゃなんとかしなきゃ あーもう何も出てこないどうしようというかダメなんだよこんな知らない人たちの前でなにか喋るなんて もう絶対顔真っ赤になってるよどうすれば 茶々丸のやつもムリヤリだしどうしてこうなったシャークティのせいか でも私だって ああもうヤッパダメだよ私どうすればいいの 何考えてるのかもわかんない……!

「だ、ダメ……なんです……わたし……、ごめん……な、さい……!」

 私は涙を流し、その場所にへたり込んだ。



 結局。茶々丸や押しかけ客が取っていた動画……私が顔を真っ赤にして泣いて謝っている動画だ……が、ネットに上げられ。非難の声が押しかけ客や取材者に集中し、『ちう』騒動は終焉を迎えることになった。……私が恥かいただけじゃねーか、これ。



◇◇

「「魔法使いー!?」」

 翠屋騒ぎがあった夜。私達麻帆良組と、すずか、アリサ、なのはの計6人は、私の部屋へと集まっていた。
 結局シャークティは翠屋の騒ぎが落ち着いたら説明するからの一点張りで、先延ばしにしていたらしい。アリサなんかは今すぐ説明しろと殆どキレていたようだが、そこはすずかが何とか取り成してくれていたようだ。
 とはいってもすずかも魔法の事を知っているとは言えないから、本当にキレて暴れだすギリギリだったみてーだけど……。
 
「シャークティが先生で、生徒が私。習い始めてもう半年になるかな?」
「ずるい!!! なんで私に話さないのよ!?」

 ……うん。まぁ、アリサならそう言うよな。ちなみになのはも興味を隠せない様子で、すずかは驚いたふりをしている。こいつ、自分の事は隠し通すつもりだな。
 未だ興奮冷めやらぬアリサを見て、私は一芝居打つことにした。
 
「魔法を知る切欠が、人には言えない事だったから……。ごめんな。」

 うん? 良く考えたら芝居じゃねーな。まぁ、兎に角。私は顔を伏せ、目はカラカラに乾いちゃいるが目元を拭う。優しいアリサのことだ、こうすれば深いところまでは聞いてこないだろう。
 そして案の定アリサは言葉に詰まる。こいつらの切欠がバカみてーな事だから軽く考えてたんだろうが、魔法っつーのは実際にはそんな気軽な物じゃない。と、思う。いや、私も気軽な面があることは否定できねーんだが。

「ね、ねぇ! シャークティさん、魔法って誰にでも使えるの?」

 私の芝居のせいで重くなった部屋の空気を吹き飛ばすかのように、なのはが明るい声を出してシャークティに問う。
 ちなみにシャークティと茶々丸はというと、ベットに座って何も言わずに私達の様子を眺めている。シャークティは兎も角、茶々丸は床に座れよ。ベットが壊れるじゃねーか。重いんだよ。
 しげしげと私達を眺めていたシャークティだが、その問いを受けて少し考えた後。

「使うだけなら練習すれば何とか出来るわよ。魔力量の関係もあるけど……なのはちゃんは、ちょっと見たことが無いくらい多いわね。」
「ほ、本当!?」
「私! 私は!?」

 目を輝かせて嬉しそうななのは。魔力量って見ただけでわかるんだな。そういえば私の魔力量の話題って聞いたこと無いな、どうなんだろう?
 そんな事を思いシャークティを見る。ちなみにアリサはもちろん、すずかも興味を隠せない様子だ。ま、そりゃそうか。

「アリサちゃんとすずかちゃんは少ないわね。千雨ちゃんはなのはちゃんより少し少ないくらいね。」

 ふーん、夜でそのくらいか。ってことは昼だと人並みよりは多い程度か? アバウトでよくわからんな。
 それを聞いたアリサは少し残念そうにしていたが、気を取り直すと改めてシャークティに問いかける。

「ねぇ、私達にも魔法を教えてよ!」

 ま、そうなるよな。すると、シャークティは何も持っていない右手を掲げ――

「プラクテ・ビギナル・火よ灯れ」
「おおーー! 火がついた!?」
「火をイメージしながらひたすら練習。何か出るようになったら、教えてあげるわよ。」

 あ、あれ? 十字架は? いいのか?
 私が首を傾げていると、『何も言わないで』とシャークティから念話がきた。ま、そういうなら黙ってるが。
 そのまま私が黙っているうちに話は進み、3人は発音の確認や練習のコツなんかを聞き、口止めもして夜も遅くなる前に帰って行った。
 また私の部屋にはシャークティと茶々丸が残り、私は気になったことを聞く。

「なぁ、なんで十字架は渡さなかったんだ? 教える気が無いのか?」
「あら。あれで本当に何か出るほど才能があるなら、教えるわよ?」

 ……つまり教える気は無いって言ってるようなもんじゃねーか。
 シャークティの十字架に限った話じゃ無く、杖や指輪といった所謂『魔法の杖』っつーのは魔法発動体と言うらしい。補助具としての側面もあるが、実態はそれ無しで魔法を使うのはとても困難な事なんだと。
 まぁ下手に魔法を広めるよりは良いんだろうが、中途半端に希望を持たせるのも酷な気がするんだが……。
 記憶処置をしない以上、こうして諦めさせるのも本人のため、なのか? その辺のことは私にはよくわからんな。
 この後も色々と面倒なことは起きるだろうが、とりあえず、今日だけは思ったよりも無難に話をまとめることが出来て本当に良かった。一時はどうなるかと思ったぜ……。



◇鮫島の車内◆

 鮫島が運転する車に乗り、千雨の家から自宅へと帰るアリサ。一人後部座席に乗りシャークティから教わった呪文をブツブツと呟いている。
 一般人が見れば少し異常に思う光景だが、鮫島はそんなアリサの様子をミラー越しにチラリと見ると、そのまま何も言わずに車を発進させた。
 アリサは車が動き出したことに気付き、スモーク越しに流れ行く千雨の家を見つめながら一人言つ。

「千雨のやつ……。嘘つくなら、もっとマシな嘘をつきなさいよ。」

 絶対に。絶対絶対、ぜーーーーーったいに使えるようになって! 本当の事を聞いてやるんだから!!
 その言葉と、ガッツポーズをして意気込む仕草を見て。微笑む鮫島を咎める者は、いなかった。



[32334] 第22話 さざなみ
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/06 17:53
 学園長室を後にし、夜も更けたからと学園寮のそれぞれの部屋へ帰宅した生徒達。
 しかしその中の一人、桜咲刹那は、ルームメイトである龍宮と別れ一人で学園寮の中を歩いていた。その表情は暗く思いつめた物であり、学園寮の中を見回しながら、名残惜しむかのようにゆっくりと、ただゆっくりと学園寮の中を歩き続ける。
 誰もいない食堂。人が疎らに入っている浴場。クラスメイト達の部屋。それらの前をゆっくりと通過し、ある部屋の前で刹那はとうとうその足を止める。

「見ていく、か。」

 その部屋には扉が無く、壁には数本の亀裂が入り。扉が有ったはずの空間を囲うように、壁には幾枚もの札が貼られている。
 そこだけを見ればまるでお化け屋敷かのような異様な様子だが、しかし先ほどから疎らに通る生徒達は一瞥すらしない。まるでそんな異様な空間は存在しないのだと言う様に。
 暫くその部屋の前で立ち止まっていた桜咲だが、一つ呟くと再度ゆっくりと足を進める。そして、その異様な部屋……長谷川千雨の部屋の中へと、足を踏み入れた。

「……桜咲か。どうした?」

 部屋の中へと入った刹那を迎える声があった。桜咲は首を傾げながら声のした方を見る。そこには玄関からは見えない位置で足を組んで椅子に座り、火の付いていないタバコを弄ぶ男性の姿があった。
 黒髪をオールバックにして流し、髭を生やして、夜だと言うのに黒いサングラス。黒いスーツを着て電気も付けずに部屋の隅でただ座っているその姿は、知らない者が見れば少々心臓に悪い光景である。

「神多羅木先生、なぜここに?」
「何も知らん魔法生徒が入ってくるかもしれないだろう。ま、入ってきたのは事情を知る魔法生徒だったようだが。」

 壁の太刀筋を見れば、それくらいわかるさ。そう、尚首を傾げる桜咲に答え立ち上がる神多羅木(かたらぎ)。
 桜咲は恐縮そうにして頭を下げるが、神多羅木はそんな桜咲に近づき頭に手を載せる。桜咲は不思議そうに顔を上げ神多羅木を見るも、神多羅木はもう片方の手で自身の携帯電話を取り出し画面を見ているようだった。
 10秒程度そうしていたが、その後神多羅木は頭の上の手を退かし。サングラスをしているためわかり難いが、桜咲の目を見つめてこう話す。

「正直、女子供の部屋に居るのは嫌なんだ。瀬流彦がやるよりはと思い張っていたが、1時間程で葛葉が来る、それまで変わってくれ。」
「あ……は、はい。」

 桜咲の返事を聞いてか聞かずか、ほぼ言い捨てるような形で部屋を後にする神多羅木。桜咲は後ろ手に手を振る神多羅木を見送ると、大きなため息を吐いた。
 再び静寂に包まれる室内。廊下の遠くから、誰か生徒の笑い声が響くのみ。桜咲はする事も無く、部屋を見渡した。
 何も乗っていないデスク、何も入っていないクローゼット、部屋の隅の三脚、そして窓際に寄せられたベットと布団、月光を浴びる千雨とシャークティ。
 桜咲は窓際に近づき寝ている二人の様子を見る。千雨は何やらムニャムニャと口元を動かし、シャークティはまるで彫像のようにピクリとも動かない。
 少し焦りシャークティの様子を詳しく見る桜咲だが、微かに胸が上下していることを確認すると安堵の息を吐いた。
 そして、再度千雨の眠るベットの隣に立ち。窓の外に誰も居らず、そこが廊下からも見えない位置であることを確認すると、バサリ、と純白の翼を出現させた。

「私は、どうしたら……。このちゃん……。」

 一族の掟である以上、翼を見られた自分はここを去らないといけない。しかし木乃香の護衛を任せる相手がいない以上、去るに去れない。そう、掟と自分の思いの間で板ばさみになり、身動きが取れない桜咲。更には千雨の件もあり、心配する気持ちがそれに拍車を掛けている。
 桜咲の白い翼は一族では禁忌とされ、迫害され続けていた。しかし、自分には神鳴流と木乃香が居たが、千雨には何も無い。最も、千雨は迫害されていたという訳ではないようだが……。
 そんな、ほんの少しのシンパシーを感じながら、目を瞑り尚考え込む桜咲。しかしいくら考えようとも、答えが出るような問題では無かった。
 柿崎達の言葉を思い出す。この禁忌とされる白い翼でも、受け入れてくれる人はいた。もちろん知らないからだとは頭ではわかっているが、それでも僅かに口角を上げる桜咲。そんな、自分にとっての柿崎達のような存在になることが出来れば、千雨にとって素晴らしい事ではないか――そんなことをつらつらと考える。
 無意識にだろうが、僅かに翼が動き部屋の中にそよ風を発生させる。
 桜咲は今だ思考の渦の中にいて、翼の動きはゆっくりとだが、徐々にそのふり幅が大きくなる。
 そして――。

「……え?」



◆麻帆良 エヴァンジェリン邸◆

 人形が多数佇む部屋の中。まるで精巧に出来た西洋人形のような金髪の少女……エヴァンジェリンは、ソファーに沈み込みながら一冊のノートを読んでいる。その後ろには茶々。が佇むが、なにもせずただエヴァンジェリンを見つめている。
 エヴァンジェリンはとても興味深そうに、真剣な表情でノートを読んでいるため、部屋の中に響くのは時折ページが進む音のみ。
 ノートのページが最後に到達するまでその状況が続くかと思われたが、しかしその静寂を打ち破る声が上がった。

「ケケケ。随分熱心ジャネーカ。面白イノカ?」
「……ああ。とても興味深いな。」

 その声はソファーの片隅に並べて置かれたぬいぐるみ、それに混ざってただ一つ置かれた操り人形から発せられた。
 エヴァンジェリンはその声の主を一瞥すらせず、ノートから目を離す様子は無い。

「オイ、オレニモ見セロ、前ニ置ケ、ページヲ捲レ。」
「お前が読んでもつまらんさ。」

 ナンダ、スプラッタジャネーノカ? 尚そんな事を言う操り人形。
 エヴァンジェリンはノートから目を離さないが、暫くたった後に。

「おい、茶々。」
「はい、マスター。」
「神奈川県うみなり市ふじみ町。私立せいしょう大附属小学校。インターネットで検索して何か引っかかるか?」
「……はい、いいえ。インターネット上にその地名は存在しません。インターネット上にその学校名は存在しません。」

 ふむ。そう、茶々。の返事を聞き再度ノートへと没頭するエヴァンジェリン。
 オイ、ナンダソコハ。入学希望カ? など等言いエヴァンジェリンを煽る操り人形だが、エヴァンジェリンが一切反応を返さないために諦めたのか静かになる。
 再度家の中にはノートのページを捲る音だけが響くようになり、そのまま時間だけが過ぎていく。
 そしてとうとうノートのページが空白になり、エヴァンジェリンは残りのページをパラパラと捲るも、その全てが白紙であることを確認するとテーブルの上へと放り投げた。

「……さて。」

 ノートを手放した後も腕を組み暫く考え事をしていたエヴァンジェリンだが、一つ呟いて立ち上がる。そして玄関へと向かい――

「いい加減鬱陶しい、用があるなら入って来たらどうだ。」

 そう、扉を開け誰も無い外へと言葉を放った。
 少々の時間そのまま何も起きなかったが、エヴァンジェリンは立ったまま一つの木を見続ける。すると、その木の裏からガンドルフィーニが現れた。
 ガンドルフィーニは罰が悪そうに顰め面をするも、諦めたのかエヴァンジェリンへと歩み寄った。

「……話がある。すこし時間をくれないか?」
「そんなことはわかってる。入って来いと言っているだろう。」

 エヴァンジェリンはそう言い捨て、扉を閉めずに家の中へと入っていく。ガンドルフィーニは暫し玄関で立ち尽くしていたが、握りこぶしをつくると、意を決したかのように前を向き家の中へ足を踏み入れた。
 ソファーに座りテーブルを挟んで向かい合う2人。ノートは裏表紙を上にしてテーブルの隅に寄せられる。2人の前には茶々。が入れた紅茶が置かれたが、その湯気以外に動くものは無い。
 ガンドルフィーニはどこか一点を見つめ動かず、エヴァンジェリンは手を組み足を組み無表情でガンドルフィーニを見つめている。
 だが、そんな状況に嫌気が差したのか。エヴァンジェリンは怒ったかのようにガンドルフィーニへ向けて言葉を放った。

「ええい、いい加減何か話せ! 何しに来たんだ!!」

 ケケケ。オ見合イカヨ。そんな言葉が操り人形からも飛び、ガンドルフィーニは一度頭を振るといよいよ話題を切り出した。

「長谷川君のことについて相談したい。いったい彼女はなぜ眠り続けているんだ?」

 ガンドルフィーニはこう続ける。
 丸1日以上をかけて図書館島の文献を調べたが、長谷川君のように現実逃避でただ夢を見続けるなんて事例はどこにも見当たらなかった。もちろんまだ調べていない本は多数あるが、何か別に原因が有る気がしてならない。何か心当たりは無いか、と。

「本来ならお前のような犯罪者を頼る気は無かったんだが……悔しいが、お前が私よりも数段上の魔法使いというのは揺るがぬ事実だ。その知識を貸して欲しい。」

 そう言い、テーブルに手を付き頭を下げる。
 その様子を目を丸くして見つめていたエヴァンジェリンだが、頭を上げないガンドルフィーニに根負けしたか、ポツリポツリと語りだした。

「現実逃避、は別として。眠り続けるという現象だけ見れば、文献にはどんな原因があった?」
「単に事故や病気による植物状態というのも有るが。最も多いのは……呪いだ。」

 エヴァンジェリンから返答が返ってきたために頭を上げるガンドルフィーニ。

「だが、呪いならば術式を問わず、その独特な魔力に気付くはずなんだ。もちろん実力に格差があれば秘匿も出来よう物だが……お前は何か感じたのか?」
「いいや、何も。」
「オイオイ、呪イカ? 誰カ呪ワレテルノカ? スプラッタカ?」

 操り人形が合いの手を出すも、2人はそれに反応せず。ガンドルフィーニは返事を聞いて再度考え込み、エヴァンジェリンはそんな様子を見て何も言わない。
 ツマンネー、そう操り人形の愚痴だけが数度響いた。
 
「時にガンドルフィーニ。」

 数分後、唐突にエヴァンジェリンがガンドルフィーニへ呼びかける。腕を組み顔を伏せて考え込んでいたガンドルフィーニだが、自分を呼ぶ声に気付き腕を解く。そして顔を上げる前に、エヴァンジェリンが続けて言葉を放つ。

「お前、長谷川の趣味を知っているか?」
「趣味? ……いや、知らないが。」
「そうか。クラスメイトが言うには、パソコンらしい。それもデスクトップやノート等数台使いこなすらしいぞ?」
「そうなのか。」

 それっきり、会話が止まる。ガンドルフィーニは首を傾げてエヴァンジェリンを見るも、返ってくるのは無表情と動かぬ視線。
 何か、何か意味があるはずだとガンドルフィーニは考える。趣味はパソコン。デスクトップとノートを使う。デスクトップ……デスクトップ?

「……長谷川君の部屋に、パソコンは有ったか?」
「いいや、無かったな。」

 その事に気付き。一度その違和感に気付くと、続けて様々な違和感が湧き上がる。
 ガンドルフィーニの頭には千雨の部屋の情景が事細かに思い出され――

「机の上は?」
「何も無いな。」
「本棚は?」
「空だな。」
「クローゼットは?」
「空だ。」
「冷蔵庫は?」
「知らん。」
「何か、何か無いのか? 年頃の女の子だ、人形や鏡や、小物なんかが――」
「特に。無かったな。」

 おかしい。明らかにおかしい。今まで気付いていなかったのが不思議な程だ。小物や何かは必ずある筈。ましてやクローゼットや本棚が空というのは有り得ない。と、そんな事を考えるガンドルフィーニ。そして……

「どこにいったんだ?」

 思考はそこで行き止まり。おかしいことはわかったが、それ以上のことはわからない。ガンドルフィーニは助けを求めるようにしてエヴァンジェリンを見つめる。すると、エヴァンジェリンは一口紅茶を飲んだ後、ニヤリと口角を上げつつ喋りだした。

「私が知ったのも偶然なんだが。土曜日、長谷川の部屋でクローゼットの中を見ながら茶々丸を待っていたんだ。だが、扉が開いた音を聞き振り返るとそこに茶々丸は居らず。クローゼットへ向き直ると服が消えていた。両方この世から、少なくとも麻帆良からは完全に消え去った。そして、その後長谷川の夢へと入ると、そこには茶々丸と服があった。これをどう捕らえる?」
「ど、どう捕らえる……? まさか、物質が夢の中へ転移したとでも言うつもりか? そんな馬鹿な話があるか!! 大体絡繰君ならお前の後ろにいるだろう!」

 茶々。を指差し、そう叫ぶ。それを受けたエヴァンジェリンも後ろに立つ茶々。を仰ぎ見る。

「茶々。自己紹介だ。」
「はい。私は『絡繰茶々。』です。」
「とまぁ、このように命令されたことしかしない。茶々丸の試作品だった物さ。」

 か、絡繰君じゃない? まさか本当に夢の中へ? いや、だが、そんなまさか……。
 混乱しながらもそう事を呟くガンドルフィーニだが、その脳裏にある人物の言葉が浮かび上がる。

『貴方は思い込みが激しい』

「物体は夢へと転移しない、これは思い込みなのか? いや、だが、これは1+1が2にならない程に非現実的だ。有り得ない。でも、有り得ないことが有り得ている? いったい何が起きているんだ?」
「更に言えば。」

 頭を抱え混乱しているガンドルフィーニへ向かい、エヴァンジェリンは楽しそうにしながら更に言葉を重ねようとする。
 ガンドルフィーニは顔を上げエヴァンジェリンを見つめるも――

「今日、あのガキ……ネギが無断で長谷川の部屋へと侵入し、一瞬だが魔法で強制的に長谷川を起こしているようだ。だがシャークティは死んでいない。この意味がわかるか?」
「な、なに!?」

 ガンドルフィーニは高等部へ所属しているためネギの騒動を未だ知らなかった。よってネギがやったことに驚くも、それより何よりシャークティが死んでいないことに更に混乱は深くなる。

 「女王メイヴの禁術、夢の終わりまで抜け出せない制約、死。例え一瞬でも起きたならばそれは夢が終わったことを表し、更に言えば魔法により起こされたならそれは夢が中断されたことを表すはずだ! だがシャークティは死んでいない? 夢は中断されなかったということか? 起きたのに? 起きたのに起きていない?」

 ああ、もう、わからん! 本当の事を言っているのか!? そう、立ち上がりエヴァンジェリンへ詰め寄る。
 エヴァンジェリンは混乱するガンドルフィーニの様子を見て笑みを深くするも――

「エヴァンジェリン! お前には何が起きているのかわかっているのか!?」
「いや。さっぱりわからん。」

 その言葉を聴き、ガンドルフィーニはがっくりと膝をついた。



 一通り混乱し、茶々が再度紅茶を淹れて一息つき。紅茶のお陰か、ガンドルフィーニは落ち着きを取り戻した。
 
「お前の言うことが全て事実だと仮定して――」
「事実だぞ?」
「仮定して、だ。逆から考えよう、その現象を起こすためにはどんな条件が必要だ?」

 足を開いてソファーに座り前かがみで膝の上に両肘を乗せ、指を組み頭を支えるガンドルフィーニ。千雨が見ればきっと団長ポーズだと言う事だろう。まぁそれは兎も角。
 その言葉を聴いたエヴァンジェリンもソファーの上で胡坐をかき、腕を組んで考え込む。スカート姿なのでパンツが見えていたが、正面に座るガンドルフィーニはスーツの上着を投げてそれを隠した。

「もう少し恥じらいを持て。」
「ハッ、吸血鬼に欲情するのか?」

 そういう意味では無く……。そう言う様子を見て、エヴァンジェリンは素直にスーツで下半身を隠す。そして次の言葉を発した。

「まず物質転移。長谷川の夢が現実世界なら成立するだろう。精神世界では絶対に実現しない。」

 夢なのに現実世界。そんな馬鹿な。思わずそう言うも、頭を振り考え直す。思い込みを捨てなければ原因の解明など出来そうに無い事だった。
 続けて、次はエヴァンジェリンがガンドルフィーニへ向けて問いかける。

「次に起きたのに起きていない……これは、なんだろうな?」
「ああ……それなら似た文献を見た。多重人格者なら、隠れている人格の夢を見れるようだ。」

 冷静になれば丸1日以上かけて図書館島で見た文献を思い出せるガンドルフィーニである。何気なく見ていた文献の中の一つを思い出し、エヴァンジェリンへと伝える。
 別に脳に魔法をかけている訳じゃないからな、有り得るのか。そう返答し、

「あいつの境遇を考えれば、多重人格になってもおかしくは無いがな。魔法馬鹿の被害者なんだ、ストレスは多大だろう。」
「くっ……。」

 だがあいつが多重人格なんて話は聞いた事が無いが? そうエヴァンジェリンは続ける。
 あのノートは別の人格が書いた? 何て事をぼそぼそと呟くも、どうやらその言葉はガンドルフィーニへは届いていないようだ。
 ガンドルフィーニもストレスの事を苦い顔のまま考え込むが、お互いそれ以上の言葉は出てこず。ただ時間だけが過ぎていった。
 そして、5分か10分か。すっかり紅茶も冷めたころ――

 ピピピピ……、とエヴァンジェリンの携帯が鳴り響く。

「ん、なんだ? ジジイから?」

 茶々。に鳴っている携帯を取らせ、電話に出させてから受け取るエヴァンジェリン。そして、耳元へともって行き。

「もしもし。何の――」
『エヴァンジェリン! 今すぐ! 大至急! とにかく長谷川君の部屋へ来るんじゃ!!』

 学園長の焦りの声が、電話越しに響き渡った。



[32334] 第23話 春眠に暁を
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/10 00:32
「……え?」

 ギュッ。
 そう、無意識に振られる桜咲の白い翼を握る者がいた。
 考え込んでいるうちに誰かが来た、誰かに翼を見られた。そう思った桜咲は顔を青ざめさせながらも急いで振り返る。
 無意識に何時も肩からぶら下げている竹刀袋の口を解き、鞘を持ち。いつでも刀を抜ける状態で振り返った桜咲の視界、そこに、いたのは。

「長谷川……さん……!?」

 ベットの上で上半身を起こし、翼を掴み、桜咲をじっと見つめる――千雨だった。

「は、長谷川さん! 目が覚めたんですか!?」
「あー……、なんだ、桜咲さんか。お前も関係者なのな。っつーかこの羽は何だ? 自前か?」

 千雨は眠そうに目をコシコシと擦りながら、もう片方の手で桜咲の翼を掴んだままそう話す。
 その様子を見た桜咲は言葉を発することが出来ず、竹刀袋を掴んでいた手を離してただただ呆然と千雨を見続けた。
 ガチャリ、と。そう音を立てて床に落ちた竹刀袋を見て、呆けた様子で桜咲が自身を見つめていることに気付いた千雨。

「ん? ……なんだ、どこか変か?」

 寝癖でもついてるか? そう言い眼鏡を外して手探りで自分の髪をチェックし始める。その様子におかしな所は無く、間違いなくはっきりと目が覚めている。
 魔法関係者の落ち度によって過度のストレスを与えられ、それから逃れるために眠りについていた千雨が。その千雨が、起きた。
 更に桜咲は先ほどまで想像していた千雨の苦悩が、ストレスが、眠りから目が醒める程度には解消されたと思い、それを喜び。徐々にその目が潤んでいき。
 
「とりあえず顔洗って……って、うお!?」
「長谷川さん! よかった、目が覚めて本当に良かった……!」

 思わずといった体で千雨に抱きつく桜咲。そして抱きつかれた千雨は何も出来ず、だらりと腕を下げたまま困ったような表情だ。
 数十秒そうしていたが、千雨へ抱きついたまま何気なく目を開けた桜咲の目に、いまだ眠り続けるシャークティが飛び込んでくる。
 千雨の目が覚めれば、夢が終わればシャークティの目が覚める。そう聞いていた桜咲だが、シャークティが目を覚まさないことに気付きあわてて千雨から距離を取った。

「は、長谷川さん! シャークティ先生は?」

 されるがままになっていた千雨だが、桜咲のその言葉を聴きシャークティへと向き直る。
 そこには先ほどと何も変わらない、まるで彫像のようにピクリとも動かず眠るシャークティがいた。もちろん胸は微かに上下しているが。
 それを見た千雨は何やら口元を動かすも、そこから発せられる音が誰かの耳へと入ることは無く。改めて桜咲へと向き直ると続けて言う。

「ほっときゃそのうち起きるだろ。」

 そ、そうでしょうか? そう、刹那は困惑しながらも千雨の言葉を信用する。そして――

「……」
「……」

 2人は見詰め合ったまま黙り込む。元々言葉数が多いわけじゃない2人、しかも共通の話題も無ければ、特に親しかったわけでも無く。これが1年や2年寝ていたのなら皆の話や心配の様子を話そうものだが、基本的に千雨の件は秘匿されてた。さらに約2日半という意外に短い時間で目を覚ましただけに、なかなか言葉が見つからない。
 桜咲は先ほど抱きついてしまっているだけに、尚更2人の間には気まずい空気が流れ出す。
 そして、とうとう桜咲は。

「が、学園長に連絡しますね!」
「え? あ、おう。」

 顔を赤くして、翼を消して携帯電話を取り出し、千雨と対面している状況から逃げたのだった。

「学園長! 長谷川さんが目を覚ましました!」
『な、なんじゃと!? 直ぐに向かう!!』

 一旦千雨の部屋から出て廊下で電話をする桜咲。
 しかし、学園長に千雨が起きたことを話すと直ぐに今から向かうと言い通話を切られてしまった。
 千雨の目が覚めたことはもちろん嬉しいが、しかし桜咲は何を話して良いか、また千雨がどこまで把握しているのかが判らず困惑するしかない。増してや翼まで見られていることが混乱に拍車をかける。学園長が来るまでは恐らく2-3分程度、それまで何を話そうかと混乱しきった頭で考えていた時、ふと視界の端で千雨が立ち上がり玄関へと向かってきているのに気がついた。
 千雨の姿を一般生徒に見せてもよいか、そんな危惧を感じすかさず廊下を確認する桜咲。夜も遅いことが手伝いとりあえず廊下に人気は無く、生徒は居ないようだ。
 そうして少しだけ安心し、再度千雨の方へと向き直った桜咲だが。

「あ、危ないですよ!?」

 千雨はまるで暗闇を手探りで歩く人物のように、左手を壁につけ、右手を前に出して慎重に歩きながら、宙を掻きながら廊下へと向かっている。しかし千雨の部屋こそ電気がついていないが、廊下は十分に明るく光源が足りないようには感じない。
 桜咲は首をかしげながらも、廊下から扉枠を通って部屋へと入り、千雨へと歩み寄った。

「うわ!? っと、こ、ここか。」
「長谷川さん……?」

 千雨は桜咲が部屋へと入った瞬間、大げさなまでに驚いた。何かそこまで驚く要素が有っただろうかと桜咲が首をかしげていると、なんでもない、と言いベットへと戻っていく。
 そして。

「なぁ、桜咲さん。ここは、麻帆良なんだよね?」
「え? あ、はい。夢じゃ、無いですよ。」

 そういい、千雨へと笑いかける桜咲。

「そっか。やっと――来れたんだ。」

 千雨はそう言うと、俯き、黙り込んで自分の手を見つめだした。
 桜咲からはその表情をうかがい知る事は出来ず、声をかけることも憚られ。
 2人はそのまま沈黙し、ただ時間だけが過ぎていった。



「長谷川君!!」
「はせへぷぁっ!?」

 2分ほどした後、学園長より先にガンドルフィーニと、その肩に乗ったエヴァンジェリンが千雨の部屋へと到着した。
 いや、千雨の部屋へと入ったのはガンドルフィーニのみで、その背が茶々丸より高いために何時もより高い位置にいたエヴァンジェリンは、扉枠に引っかかって廊下へと落とされていたが。
 ガンドルフィーニは部屋へと入りベットに腰掛け座っている千雨を見た瞬間、廊下で転がっているエヴァンジェリンの様子等気にも留めず千雨の元へと走り寄りその手を取る。

「長谷川君! 目が覚めたのか!? もう大丈夫なのかい!?」
「え、え? えーっと、大丈夫、ですよ?」

 突然知らない大人に手を取られ、名前を呼ばれ詰め寄られて困惑する千雨。しかしガンドルフィーニは千雨が間違いなく起きている事を確認すると、目を潤ませ破顔した。
 良かった、良かったと千雨の手を取り上下に振るガンドルフィーニ。そして、その後ろからはエヴァンジェリンが忍び寄り。

「どけ!」
「うお、ちょ、うおおぉぉぉ!?」
 
 エヴァンジェリンが腕を一振りすると、ガンドルフィーニの体が何かに縛られ引っ張られて宙に浮く。その体にはまるで亀の甲羅のように何かが食い込んでいる様子が見て取れた。
 桜咲は不思議そうな顔でそれを見つめるが、しかしエヴァンジェリンはそれを一瞥すらせず、フンッと鼻を慣らして千雨の前へと立つ。
 そして、千雨の目を見て緩やかに笑みを作る。

「随分な寝坊助じゃないか、ああ?」
「あー……マクダウェルさんか。お前にも世話になったな。」

 そう一言会話した後、ん? と、エヴァンジェリンが何かに気付いたように視線を彷徨わせる。天井からぶら下がるガンドルフィーニは極力視界に入れないようにし、部屋の様子を端から端へと見渡す。眠り続けるシャークティ、部屋の隅に立つ桜咲、何も乗っていないデスク、空のクローゼット、部屋の隅の三脚。
 それらを一通り見た後、再度千雨へと視線を合わせた。

「おい、茶々丸はどうした?」
「あー、絡繰さんならもう直ぐ来るんじゃないのか? 多分。」

 シャークティも起きてないしな、きっと2人一緒に来るんだろう。そう続ける千雨。
 しかし千雨が起きたならばシャークティも起き、物品も戻ってくるはず。そう考えていたエヴァンジェリンは納得がいかない様子で腕を組んで首をかしげていたが、そこへ新たな人物が千雨の部屋へと到着した。

「ガンドルフィーニ君……人の趣味はとやかく言わんが、ちょっと生徒の前で行う事じゃないんじゃないかの?」
「が、学園長!? 違います、これはこのエヴァンジェリンが!!」

 ふぉふぉ、そうかそうか。そう言いガンドルフィーニの反論を聞き流す学園長。
 そのまま千雨の部屋へと入ってきて、ベットへと歩み寄る。そして千雨の前へと到着すると、何も言わずにただ頭を下げた。

「学園長……?」
「すまんかった。全てはわしの責任じゃ。許してくれとは言わん、じゃが恨むならわしを恨んで欲しい。」

 頭を下げたままそう言う学園長。千雨はそれを見て困ったような表情のまま何も言わず、エヴァンジェリンは鼻を鳴らして2人を見つめている。
 許すとも許さないとも言わない千雨の心境を思い、桜咲とガンドルフィーニは居た堪れない思いで千雨を見つめる。もっともガンドルフィーニは宙に浮いたままだが。
 そして、そのまま時間だけが過ぎていくかと思われたが、沈黙に耐え切れずかとうとう千雨が言葉を放つ。

「あ、いや、なんつーか……色々有って、悪いけどちょっと一人で考えさせてくんねーか?」 



 その後、シャークティが起きない事等はまた翌朝から詳しい調査をすると約束し、学園長、エヴァンジェリン、ガンドルフィーニの3人は学園寮を後にした。
 出来れば今すぐにでも調査をしたい先生達だったが、千雨のストレスが原因の一端を担うと思われる以上、千雨の意向は最大限聞く努力をしなければならない、そう判断したためだ。
 そして千雨が起きたために、桜咲も千雨の部屋へと張り付くのをやめて自身の部屋へと戻り、明日へ備えている。

「やれやれ、まだ調査せねばならんことはあるが、ひとまず安心じゃわい。総会は行わなくてもいいかの?」
「そ、総会を行うつもりだったのですか!?」 

 学園長のその言葉を聴き、ガンドルフィーニは驚きを露にする。何十年も麻帆良に居るわけではないが、それでも定例会以外のタイミングで総会を行う、という話を聞くのは初めてのことだった。
 エヴァンジェリンは学園長の言葉を聴き、唖然とするガンドルフィーニをチラリと見た後に学園寮を振り返る。
 3人が居る場所は寮の反対側のため、千雨の部屋に電気がついているか等といった様子は一切見て取れないが、それでも立ち止まり何かを見るかのように目を凝らす。他の2人はそんなエヴァンジェリンの様子に気付いて立ち止まる。
 そして――

「……いや。そうでもなさそうだぞ?」

 エヴァンジェリンは、再度学園寮へと歩き出した。



◆学園寮 千雨の部屋◆

 再び千雨とシャークティのみとなった室内。千雨はベットへと座り窓の外をじっと見つめている。その目は遥か遠くを見つめ、どこか揺らめいていた。
 寮の外からは何の音もせず、耳が痛くなる程の静寂が世界を支配している。空は晴れ、風は無く。動く存在も一切無い。
 そんな、良く出来た作り物めいた世界を見つめていた千雨だが。ふと、思い出したかのように振り返り、シャークティを見る。
 床に引かれた布団に眠るシャークティ。月光を浴び、微動だにせず、同じく作り物めいた美貌を湛えていて、修道服を着るその姿はひどく神秘的だ。
 暫くシャークティを見つめていた千雨だが、やがて立ち上がり、シャークティへと歩み寄る。
 そして仰向けになり眠るシャークティを跨ぐ様に立ち、シャークティへと圧し掛かる。
 千雨は自らの両手をシャークティの首へと持って行き。優しく、優しく。繊細なガラス細工を掴むかのように、慎重にその首を持つ。褐色で細い首を両の親指と人差し指で囲み、腕を伸ばし、首を起点にして体重をかけ易いように膝立ちになり――

「ねぇ。やっぱり、できないよ……。」

 そのまま、止まり。涙を流した。



[32334] 第24話 レイジングハート (リリカル無印開始)
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/07/17 03:01
 宇宙空間。
 近くには青い星が浮かび、その星からは何かが突き出ている。しかし突き出た何かは途中で折れ、その何分の一かは星へ向けて徐々に落下している。
 見渡す限り無数のゴミが、宇宙に散乱している。大きなゴミから小さなゴミまで。数が多い様を星の数ほど、というが。今見えている星の数よりも、ゴミの数の方が確実に多い。
 あれは、何だ……? 恒星の光は星により遮られ、真っ暗でよく判らない。
 しかし。徐々に星の位置が変わり、光に晒されるゴミが出始めた。その殆どが原型を留めていないが、辛うじて留めているゴミは、何か船のような形をしている。
 ずっと見ていると、その多数のゴミは殆どが星へ向かい落ちていき。
 そのうち恒星の光が私の下へと来る前に、私は影へと逃げていく。
 私の視線は、恒星のある方向、金色の星へと固定され――

 ――だれか――
 ――僕の声を――
 ――魔法の、力を――


ピピピピ……ピピピピ……

 んー……携帯が鳴ってる、止めねーと……。
 私は寝起きで頭が働いちゃいねーが、何時もの習慣でベットから腕だけだして、携帯を見ずに開いてアラームを止めて閉じる。
 もうあれだ、きっと脳じゃなくて脊髄が覚えてるんだな。この一連作業。

「ふわぁ~っ、あ~ぁ。……なんか、変な夢見ちまったな。」

 ……眠い。今の時間は6時30分。携帯のアラームで起こされるのは何時も通りだ。私は起きたっちゃー起きたが、起き上がりはせずベットの中でまどろみ続ける。このまどろみの時間こそが至福の時なんだよな。
 なんでこう学校がある日は気持ちがいいのか。休みの日にはここまで気持ちよくないっつーのに。
 あー、このまま寝ちまいたい。どうせバスは8時なんだ、あと1時間、7時30分まで寝てても十分に間に合う。朝飯は抜くのもアリだな。
 兎に角この気持ちいいベットから出たくない。絶対にだ。

「千雨ー! 朝ごはんよー、起きなさーい!!」
「はーい!」

 ……安い絶対もあったもんだ。
 私は名残惜しいがベットの温もりを捨て、起き上がって着替え始める。ちなみに季節は既に春、朝から十分に暖かい。冬の頃は親に呼ばれても起きるのが嫌で嫌で堪らなかったがな。そしてそんな事を思い出しているうちに、聖祥小学校の冬服へと着替え終わる。
 今年からは一年中これを着て過ごすのか。真夏とかまた浮いちまうんだろうな。出来れば何か理由をでっち上げてーけど、親にも説明しねーとなんねーからなぁ。何か良い理由はないか、夏までに考えて置かねーとな。
 立て鏡に制服を着た私を映して見る。春になり小3になったといっても特に何も変わらない。白を基調として黒で縁取りした、ワンピース、インナー、ジャケット、リボンのセット。この聖祥の制服も中々凝ってて好きなんだが、なんかコスプレしているみてーな気分になるよな。あと胸のチューリップが微妙だ。幼稚園かと。
 ついでだからと、通学中に被る灰色のチロル帽を頭に載せる。ファッションと日除けを兼ね備えた帽子を探してたら結局これになった。割と好評だし、自分でも気に入っている。

「千雨ー! 冷めるわよー!」
「いまいくー!」

 おっと、怒り出す前に下りるか。
 私は最後にベットの頭に置いてあったいつもの眼鏡をかけ、1階へと降りていった。



「千雨ー! おはようー!!」
「千雨ちゃん、おはよー!」
「おはよう、千雨ちゃん!」

「おう、3人とも。おはよう。」

 午前8時。いつもの通学バスに乗ると、いつもの3人が、いつもの一番後ろの席から、いつものように声をかけてきた。私はいつものように一番後ろの席まで歩くと、返事をしてすずかの隣に腰掛ける。この流れが変わることはまず無いな。
 私が座ったことをミラー越しに確認すると、運転手さんはバスを発進させた。

「あ、ねぇねぇ聞いてよ千雨ちゃん! 今日私変な夢見たんだよ?」
「ん? 変な夢?」

 バスが走り出してすぐ、なのはがこんな事を言い出した。隣のすずかを見るも首を傾げている、どうやら先に話していたことでは無いようだ。
 なのはは両手を口に当て、小声で喋るようなジェスチャーをする。仕方なく私はなのはへ顔を近づけて、すずかとアリサも身を乗り出してなのはの口へ耳を向ける。
 バスのエンジン音や走る音、あと周りの生徒の話す声などのお陰でなのはの声はほぼかき消されるが、私達3人はなんとかその声を聞くことが出来そうだ。

「えっとね、林の中の道で、男の子が怪獣と戦ってるの。その男の子は魔法を使ってなんとか怪獣を封印しようとするんだけど、それに失敗してやられちゃう。」
「やられちゃう、って……。し、死んじゃったの?」
「ううん、それは大丈夫なんだけど。でも怪獣は逃げちゃって、最後に、『誰か僕の声を聞いて、力を貸して、魔法の力を――』って言って終わったの。」

 ……うん? 最後の台詞って――
 大丈夫かな、あの男の子死んじゃったりしないかな? そう心配そうな顔をして私に聞くなのは。本当ならそんな夢のことなんていちいち気にするなって言うところなんだが、どうも最後の台詞が気になり私は言葉に詰まる。
 しかしそれを見たアリサが。

「大丈夫よ、だいたいただの夢なんでしょ? 気にしなくてもいいわよ。」

 そう言ってなのはの頭を捕まえ撫で始める。猫かわいがりとはあーゆう状態を言うんだろうな。
 さて。本当ならここで話を区切って違う話題へと行きたいところなんだけど。

「そういえば、私も妙な夢を見たな。」
「え、ち、千雨ちゃんも!?」

 私が言うとなのはは驚いた顔で私をみて、アリサとすずかも私を見る。私はなのはと同じように両手を口に沿え小声で喋るジェスチャーをすると、3人の頭は私の前へと集まった。ちょっと楽しいな、これ。

「私の夢は宇宙空間だったんだが、」
「何よ全然違うじゃないの。」
「まぁ聞けよ。その宇宙には何かゴミ見てーなもんが浮かんでて、最初は暗くて何か良くわからなかったんだ。だけど星の位置が変わって光が射して。見えてきたのは、ボロボロになった船、宇宙船だった。」
「う、宇宙船?」
「ああ。そしてその宇宙船は青い星に向かって落ちていったところで夢の映像は終わり。そして最後に声だけが。誰か……僕の声を……魔法の力を……ってな。」
「そ、それって……!」
「なのはちゃんと、同じ……!」

 私が最後まで話すと、すずかとアリサは口に手を当てて驚き、なのはは驚きのあまりポカンとしている。まぁ、自分の夢に出てきた台詞と同じかもしんねーんだ、びっくりするわな。
 実際私も驚いてる所だ。密かに宇宙飛行士になる夢でも持ってるのかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。

「あんたが言うと洒落にならないのよ! なによ、大丈夫なの? 宇宙船が落ちて来たの? シャークティさんに言わなくていいの?」

 っていうかファンタジーかSFか、どっちかにしなさいよ! と怒るアリサ。私に怒られても知らん。
 その後、今度4人で翠屋へ行ってシャークティに相談することを約束し、バスは学校へ到着した。



「将来の夢、ねぇ~。」

 時間は飛んで昼休み。3年になっても相変わらず暇な授業は適当に聞き流し、私達は屋上のベンチで弁当を食べていた。
 弁当といえば、最近じゃ私も手伝ううちに結構料理が出来るようになって、今日の弁当もチャーハンと卵焼きは私が作っている。ま、チャーハンは昨日の残りだが。
 こいつらの弁当はお抱えメイドやら喫茶店パティシエなんかが作った物だから比べて欲しくないんだが、まぁ割と好評だ。
 ちなみに私達の中での弁当ランキングは、1位なのは 2位すずか 3位私 4位アリサだ。なぜ4位がアリサかというと、あれだ。洋食店の味だから弁当の気分に浸れないかららしい。わからないでもない。
 食べるのは相変わらず私が一番遅いんだが、そんな私を置いて3人はそれぞれ喋りだした。

「私は工学系の専門職に就きたいかなぁ。機械とか好きだから。」
「私はお父さんの跡を継がなきゃ。勉強も頑張ってるんだけど、全授業聞き流してる誰かさんに負けてるのよねぇ。」

 じろり。そう音がしそうな目線で私を見るアリサ。私は箸を口に含んだまま苦笑いだ。100点以外取ったことないからな、そりゃ勝つわ。ていうか負ける訳にはいかねぇよな。

「千雨ちゃんは?」
「ん? んー。んんんー。」
「はいはい。食べてからね。」

 丁度卵焼きを口に含んだところだった。まぁちょっと待て。
 すると、すこし急いで咀嚼している私を見ながらアリサがこんなことを言い出した。

「そういえば千雨は確か、小1の時にバカみたいに大きな木の絵を描いて、ここに行かなきゃみたいな発表してなかった?」

 ん? バカみてーに大きな木? 思いつくのは麻帆良の世界樹だが……あんなところに私が進んで行きたがる? そんなバカな。
 つってもこの世界も何が基準になってるのかさっぱりわからんからな。まるっきり一緒かと思ったら細かいところで色々違うし。きっと小2以前の私はまた別の私なんだろうな。
 それにしても大きな木に行きたい、ねぇ。今の私に言い換えれば、この夢から醒めたいって所か。
 ……どうかな。私は、この夢から醒めたがっているんだろうか。
 はっきり醒めたいと答えることが出来ない時点で、ダメなんだろうか。
 私は、きっと。ここで、こいつらと、ずっと一緒に――

「千雨ちゃん? どうしたの、ぼーっとして?」

 っと、いけない。思考があっちに飛んでいたらすずかが心配そうな顔で呼びかけてきた。
 大丈夫だ、なんでもないと笑顔を取り繕って返事をする。危ない危ない、何を考えてるんだろうな私は。起きなきゃいけないに決まってるじゃねーか。夢だぜ? これは。

「でも2人とも凄いよね。将来のビジョンがしっかりしてて。」
「ビジョンって。」
「なのはは喫茶翠屋の2代目じゃないの?」
「うん、それも選択肢の一つでは、あるんだけど……。」

 やりたいことが何なのか、はっきりしないんだ。特技も取り得も、特に無いし。
 そうなのはが俯きながらいうと、アリサは弁当を片付けてなのはへと飛び掛った。

「このバカチン!」
「あ、アリサちゃん!?」
「あんた理数の成績はこの私より良いじゃないの! それで取り得が無いとはどの口が言う訳ー!?」

 あーあー、相変わらずアリサはなのはが大好きだな。そう思いながら転げまわる2人を見ていると、同じく笑顔で様子を見ているすずかと目が合った。
 放っとこうか、そう2人で同意すると、ベンチの空いたスペースを詰めて弁当を片付けだす。やれやれ、なのはの分も片付けておくか。終わりそうに無いしな。
 そんな事をしているとすずかが私に抱きついて、耳元に口を寄せてこんなことを言い出した。

「千雨ちゃんは、困ったら私の所に来てもいいからね?」
「う、か、考えておくさ。」
 
 何か最近すずかと2人で喋ってると、妙に危機感を覚えるんだが……何だろうな?



 そして、夜。
 学校が終わった後は塾が有るからと言う3人とは別れ、私は一人家へと帰ってきて適当に時間を潰していた。
 コスプレ衣装を作ったり料理の準備を手伝ったり、茶々丸とメールしたりだな。シャークティと違って茶々丸は働いていてもメール出来るから、暇つぶしにはもってこいだ。猫の写メが矢鱈多いがな。
 そして何やらなのは達からフェレットを拾ったという写メも来ていて、それがなのはが夢で見た場所だというのも気になる。今は動物病院にいて飼い主も居らず、とりあえずなのはの家で預かれるか相談してみるらしいが。
 アリサから送られた写メを見る。そのフェレットは首に二つの宝石? をぶら下げていて、片方は綺麗な赤色、もう片方はオレンジに近い黄色だ。
 なのはの夢で見た場所にいたフェレット。私の夢とかぶった言葉。……やっぱりどうしても気になるよな。本当にただのフェレットなのか?
 もう夜も更け、シャークティ達はとっくに教会へと帰っている時間だ。ちょっと電話して聞いて見よう、そう思い携帯を手に取るも――

プルルルルル……プルルルルル……
「で、出ねぇ……」

 何だ、風呂にでも入ってるのか? こうなったら念話してやるかと、パクティオーカードと十字架を取り出した。
 その時。

『聞こえますか? 僕の声が、聞こえますか!?』



◇海鳴市 動物病院◆

「あ、あれは……!」

 夢で聞いた声と同じ声。その助けを求める声を聞き、急いで家を飛び出しフェレットが入院する動物病院へと駆けつけたなのは。
 そこでは昼間のフェレットが、何か黒い物体から逃げている所だった。
 その黒い物体は靄のように形を変え、しかしその突進はアルファルトにヒビを入れ。フェレットは成す術無く、顔を歪めてただただ必死に逃げている様子だ。
 
「あっ! 危ない!」

 黒い物体が急に加速する。その突進は今までより早く、フェレットは直撃こそ逃れたもののその拍子に大きく弾かれた。
 そして、その弾かれた方向には、なのは本人がいて。なのはは両手を広げフェレットをキャッチする。

「一体何!? 怪獣!?」
「来て……くれたの?」
「喋ったぁ!?」

 なのはは自分が抱くフェレットが言葉を話すことに驚き、危うく落としかける。しかし気を取り直し、事情を聞こうとフェレットを見つめた時に――

『ウウウゥゥゥ――』
「と、取り合えず……逃げる!」

 怪獣が此方を見つめていることに気付き、逃げ出すのだった。

 
 
「何何、何が起こってるのーーー!?」
「ごめんなさい、迷惑だとわかってはいるのですが……」

 逃げながら。走りながら、なのはに抱かれながら。フェレットは説明する。
 曰く、自分は探し物の為に別の世界から来た。
 曰く、自分には魔法の力がある。
 曰く、お礼はするから、協力して欲しい。
 そして。

「資質……?」
「はい。貴女には魔法を使う資質があります。お願いです、協力してください!」

 その言葉を聴き。なのははシャークティの言葉を思い出す。

『なのはちゃんの魔力は、ちょっと見ないくらい多いわね』

 嬉しかった。自分が他者より優れている、いつもの4人の中では一番優れている。事実そう言われ、表にこそ出さなかったがなのはの内心は舞い上がっていた。
 とても気が利いて、可愛くて、自分をぐいぐい引っ張ってくれるアリサ。
 凄く優しくて、運動が出来て、いつもフォローをしてくれるすずか。
 ちょっとぶっきらぼうだけど、格好良くて、頭が良くて、一番みんなの事を見ている千雨。
 そんな3人に比べて、可愛くなくて、運動も出来なくて、頭も良くない自分。
 そんな自分が、4人の中で一番魔力がある。そうシャークティに言われ、物凄く嬉しかった。
 ――だけど。

『プラクテ・ピキナル 火よともれ~!』
『プラクテ・ピキ……あれ、ビキナル?』
『プラクテ……あわわお姉ちゃん!? な、何でもないよ!?』

 何度教えてもらった呪文を唱えても、火なんて出てはこず。

「だ、ダメだよ、私「火よ灯れ」も使えないんだよ? 資質なんて無いよ。」
「火……? い、いいえ、貴女には資質が有ります。絶対にあります!!」

 しかし。目の前のフェレットは絶対に魔法を使えると言い、なのはは思わず足を止めた。
 もし。本当に、魔法を使えるのなら。いや、でも、入門だっていう魔法も使えなかったんだし。そんな事を考え悩むなのは。だが、怪獣はそんななのはを待ってくれる訳は無く。

「ガアアァァァ!!」

 叫び声をあげながら、電信柱の更に遥か上へと体を引き伸ばしながら跳躍する。そして一瞬停滞したかと思うと、アスファルトの地面へと向かい一気に突っ込んできた。

「あ、き、キャーー!?」
「危ない!」

 怪獣はアスファルトの地面を割りながら着地した。なのはたちは電信柱を盾にし、なんとか飛礫から身を守ることに成功する。

「ど、どうすればいいの!?」
「これを!」

 地面を割ったお陰で辺りには砂埃が舞い上がり、その視界をほぼ遮断する。
 怪獣が自分達を見失っているうちに、フェレットは自身が持っている二つの宝石のうち、赤色の方をなのはへと渡し魔法の使い方を説明しだした。
 目を閉じて、心を済ませて。僕のいう呪文を、繰り返して……と。
 なのははそれを聞き、目を瞑って両手で宝石を胸に抱き。そして――

「我。使命を受けし者なり」 「我。使命を受けし者なり」
「契約の下、その力を解き放て」 「契約の下、その力を解き放て」
「風は空に、星は天に」 「風は空に、星は天に」
「そして、不屈の心は」「そして、不屈の心は」
「「この胸に」」
「「この手に魔法を!」」
「「レイジングハート、セットアップ!!」」

『Stand-by ready setup』

 そうして。なのはの魔力が、ピンク色の柱となって立ち上り天を割る。
 
「う、うわぁ……」
「何て、魔力だ。」

 自らが宝石と共に掲げたその腕から、とてつもない光の柱が立ち上っていることに驚きを隠せないなのは。
 フェレットもその柱を見て、今までに見たことが無い魔力量に慄く。
 果ては先ほどまで自分を攻撃していた怪獣にまで引かれ、それを見てほんの少し傷つくなのはだった。

「え、えっと……、こ、これから、どうすればいいの~!?」
「落ち着いてイメージして! 自分だけの、魔法の杖を!」

 混乱するなのはに向かい、フェレットは指示を出す。
 しかしこの場にいて混乱しているのは、何もなのはだけでは無く。
 立ち上る魔力を見て徐々になのはから離れていた怪獣が、勢いをつけて、なのはに向けて突進を開始し。

「え、ま、待って、来ないでーーーー!?」
「あ、危ない!!」

 怪物は、魔力を放出しながら身動きが取れないなのはへと突っ込んだ。



「だ、大丈夫ですか!?」

 怪獣に弾き飛ばされ、なのはを守ること適わなかったフェレット。
 まだ杖も防護服も無いなのはは、成すすべなく怪獣の一撃を受けた様子で。またも砂埃が立ちなのはと怪獣の様子は見えないが、最悪の事態を想像して早くも現地の人を巻き込んだことに後悔に駆られるフェレット。
 ――しかし。

「ま、魔力光が……消えてない?」

 先ほどから立ち上がる魔力は相変わらず世界をピンク色に照らしていて。
 砂埃が晴れた、そこには。

「やれやれ、無差別念話から謎の結界、魔力柱と。次から次へ、問題が起きるわね。」
「しゃ、シャークティさん!!」

 十字架を持った右手を掲げ、怪獣の突進を片手で止める、シャークティの姿があった。



[32334] 第25話 マスコット
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/05/05 19:15
「魔法の射手 光の13矢」

 右手で怪獣を押さえ込んだままそう詠唱するシャークティ。するとその周りには白い光の玉が13個浮かび、それぞれがまるで怪獣を脅迫するかのようににじり寄る。
 突進をやめて後ずさり、光の玉から距離を取った怪獣だが。後ろへ下がるのを止めて再度前進しようと前かがみになる。
 それを見たシャークティは腕を一振り。すると、光の玉は一斉に化け物へと殺到し――

『ガアアァァァ!?』

 それぞれが、怪獣のその身を削り取った。
 しかし動きを止めるまでは出来ず、己の不利を悟ったか怪獣は後ろを向き、何か血のような物を垂らしながら逃げていく。
 シャークティは特に何もせずそれを見つめていたが、10M程離れた時、フェレットへと視線を送る。

「あ、だ、駄目です! 逃がしてはいけません!」

 それに気付いたフェレットはそう言い、自分でも何とかしようとその身の下に魔方陣を出現させた。
 しかし。その魔方陣は一瞬のうちに消えてしまい、フェレットはアスファルトの地面へとへたり込む。
 シャークティはフェレットの様子を見た後、再度怪獣へと視線を向ける。彼我の距離は既に15Mを超え、通常ならこのまま逃がしてしまいそうな距離だった。
 今尚懸命に逃げようとする怪獣を見つつ、再度腕を振りシャークティは二つ目の魔法を発動させる。

「戒めの風矢」

 シャークティの腕から今度は3つの緑の玉が怪獣へと飛んで行き、それはまるで縄となってその身を地面へと縛りつける。
 その正体は周りが歪んで見える程高度に圧縮された空気の縄で、怪獣は成す術無く捕縛されたかのように見えた。
 ほっと胸を撫で下ろすフェレット。しかし元々不定形である怪獣だ、縄で捉える事は不向きであり、体を変形させながら徐々にその身を縄の外へと逃がしてゆく。
 そして、それなら、そうシャークティが呟き――

「シッディル・バヴァティ・カルマジャー 極寒の風 我が敵へ集い その身を喰らえ 凍てつく氷柩」

 怪獣を。空気の縄を。その周りの空間全てを。それらを纏めて凍りつかせ、氷柱の中に怪獣を閉じ込めた。

「と、凍結!? いや魔法による? そもそも見たことが無い術式だ。でもこの世界には魔法は無いはず、一体どこの……。」
「うわ、ど、どうなってるのーー!?」

 怪獣が完全に動きを止め安心したのもつかの間、今度はなのはが叫び声を出す。
 シャークティとフェレット、両者が何事かとなのはの方を振り向くと、そこには妙にメカメカしい杖を持ち白い服に身を包んだなのはの姿があった。
 なのはは慌てつつも全身を翻しながら、自分の服装を見ようと一生懸命だ。ちなみにその服装は白を基調として青で縁取りした、ワンピース、インナー、ジャケット、そして赤いリボンのセット。つまり聖祥小学校の制服の色違いだった。

「あ、ご、ごめん! って変身が終わってる?」
「なんか、この子の言うとおりにしたらこんな風になっちゃったよー!?」

 なのはへの説明が途中だったことを思い出し謝るフェレット。しかし、なのはがいうには赤い宝石の指示に従い勝手に進めていたらこうなったらしい。
 そしてその赤い宝石は、なのはが持つ杖と形を変えた様子だ。
 相変わらず何がどうなっているのか、それぞれが良くわかっていない状態だが。とにかくピンク色の魔力柱が消えた所へ、

「おいおい……どうなってるんだ? これ。」

 千雨が、到着した。



◆◇

 よくわかんねーが、兎に角助けを呼ぶ念話が聞こえ、なんか世界が気色悪い色に変わっているのを見て。更にはピンク色のでっけー光の柱が立っているのを見つけて、そこへ向かい走っていたけど。到着してみれば、魔法少女っぽいコスプレしたなのはと、修道服を着て戦闘モードのシャークティに、氷漬けの化け物だ? 何だ、何がどうなってるんだ? 一体。
 っていうかシャークティが居るなら私が来る必要なかったじゃねーか。なんだ、帰るか?

「あ、ち、千雨ちゃん!」

 といっても、こうやって見つかっちまったからには、踵を返すわけにもいかねーよなぁ。仕方ない、取り合えず近づいて――

「あの、あなたは?」

 って、ん? 何だ、誰の声だ? なのはでも、シャークティでもない声がどこかから響き、私は辺りを見回す。つってもここにはその2人しか居ないんだが。あの氷の中の化け物が喋った? そんなバカな。
 でも他には足元にいるフェレットくらいだし。良く見ればこいつアリサからの写メにあったフェレットか? 動物病院にいるんじゃなかったのか?
 そう思い私はしゃがみ込んで、私を見つめるフェレットと視線を合わせたんだが。

「とりあえず、あの化け物はどうするの? オコジョ君。」
「あ、はい! あれはレイジングハートで封印しなければいけません。」

 そのフェレットはシャークティの言葉を聴き、そっちへ振り向いて流暢に喋りだした。
 ……あー、なるほど。いやここに居る時点で予想すべきことだったな。魔法ね、魔法。そりゃフェレットが喋っても可笑しくないか。……いやー、無いわー。
 お前は何の魔法少女アニメのマスコットキャラだよ。神○怪盗か? 人柱か? 魔法少女にはマスコットがついていないとダメだっていう不文律でもあるのか?
 ん? ってことは私にもマスコットがつくのか? いや、いらねぇ。絶対。
 そんな事を思いながら頭を抱えていると、続けてマスコットがなのはに向けて喋りだした。

「貴女の持つレイジングハートで、あの思念体を封印してください!」
「ふ、封印? どうやって?」
「大丈夫、落ち着いて、心を澄ませて。そうすれば、貴女だけの呪文が心の中に浮かぶはずです。思念体は氷漬けで動けない、慌てる必要はありません。」

 うん。マスコットっていうのはこうやって魔法少女を手助けし、導くキャラだもんな。……魔法少女なのは、か。どうしよう、私明日からどんな顔でなのはと会えばいいんだ? こんなの黒歴史になって後に悶絶するパターンなんだろ? 危機は去りましたありがとうっつって、杖と一緒にマスコットが魔法の国へ帰るんだろ? そうなったら触らないでおいてやるのが優しさ、か?
 なんてことを悩んでいるうちに、なのはは自分の呪文が思いついたようで。

「リリカル マジカル――」
「封印されしは忌まわしき器、ジュエルシード!」
「ジュエルシード、シリアル21 封印!」

 なのはが呪文を唱えると多数のピンク色のリボンみたいな物が出現し、化け物に向かい氷越しに縛りつけ、強く光ったかと思うとその身を一つの宝石に変えた。
 なんだろう、ここは感動する場面なんだろうか。でも変形機能付きの喋る杖に、リリカルマジカル? 突込みどころが多くてついていけないのは私だけ、なのか?
 いっそ化け物が暴れてりゃ危機感も臨場感も出るんだろうが、きっと余計な事をしたのはシャークティだな。うん、間違いない。
 いや、まぁ、楽に終わって危険が無けりゃ、それに越したことは無いんだろうが。それにしてももうちょっと……なぁ? って誰に言ってるんだろうな、私は。

「えっと、レイジングハートでこの宝石に触れればいいんだよね?」
「はい、それで封印は完了です。なんとお礼を言ってよいか……」

 そして魔法少女リリカルなのはとマスコットフェレットは無事に封印を終わらせたようで。

「なぁシャークティ、私ついていけないんだけど。」
「大丈夫よ、私もついていけてないわ。」

 ……おいおい、だめじゃねーか。



「やったよ千雨ちゃん!! 私にも魔法が使えたよー!!!」
「あー、おめでとう。良かったな。」

 その後、こうしてピョンピョン跳ねて喜ぶなのはを引き連れて近くの公園へとやってきた。
 フェレットが言うには結界が解けたようで、いままで異相をずらして一般人の目に留まらないようにしていたのが、普通に誰にでも見れる状態になったらしい。
 そして道に残るは化け物が残した破壊痕。とにかくここに居ては不味いと思い、公園へと逃げたわけだ。よくわからんがごめんな、近隣住人の皆さん。
 ちなみにシャークティは移動しながらもなのはの家と私の家に電話を入れていた。ま、日付変わるまでに帰れればいいだろう。謝るのはシャークティだ。

「そうだフェレットさん、自己紹介しよう! 私高町なのは、小学校3年生! みんなは私を『なのは』って呼ぶよ!」

 で、こっちがー。
 そう言い私を見るなのは。フェレットに自己紹介か。シュールだ。

「長谷川千雨。なのはの同級生。別に宜しくしなくてもいいぜ。」
「もう! 千雨ちゃん! あ、千雨ちゃんは『千雨』って呼んでね! で、こっちのシスターさんがー」
「キリスト教カトリック系 シスター・シャークティ。『お姉さん』でいいわよ、『お姉さん』で。」

 で、君は!? そういうなのは。うん、突っ込まんぞ私は。

「あ、はい。僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名で、ユーノが名前です。」
「スクライア、ね。ちょっと聞くが、あれは一体何だったんだ?」

 私がそう聞くと、スクライアは項垂れてポツポツと喋りだす。しかし、その内容は思っていたよりも重大な物だった。
 曰く、あれはロストロギア、ジュエルシードといいこいつ等の世界の古代遺産である。
 曰く、本来は願いを適える魔法の石……なんだけど、たまたま見つけた人や動物を取り込んで暴走し、周囲に危害を加える。
 曰く、それを見つけたのはこのスクライアだが、運んでいた時空艦船が爆発し、この辺りに21個のそれらがばら撒かれた。
 曰く――

「ちょ、ちょっとまってくれ! まるで他の世界から来たみてーな言い草だが、ここ以外の世界があるっつーのか!?」
「え? あ、はい。いっぱいありますが。あなた方も魔法を知っているということは、ここ以外の世界の出身なのですよね? ミッドチルダでは無いようですが……」

 う、こ、ここ以外? なんだ? どうなってる? ひょっとして、私の元居たあの麻帆良は、ここ以外の世界のどれかなのか? いや、つってもそれじゃ年齢が変わったことが説明つかない、のか?
 でもここ以外の世界? なんだそりゃ?

「なぜこの世界に魔法が無いと思っているのか知らないけど、私達はこの世界の出身よ。他の世界の話なんて聞いた事も無いわ。」
「そ、そうなのですか? それなら一般に公開されていないということ、か。管理局が調べるのは時空航行が可能か、魔法の文明が有るか、程度ですし。」

 まぁ、確かに一般公開されているものじゃないわね、とシャークティ。
 なんかまた新しい単語が出てきたな。管理局? 時空航行……は、俗に言うワープ航行だろ? たぶん。
 それにしてもここ以外の世界、か。単純に遠くて観測できない場所に色々文明があるってことか。天文学者が聞けば泣いて喜ぶな。そして行くためには魔法が必要と。
 つまり魔法が一般公開されていないこの世界じゃ、その他の世界に行くことは不可能っつーことか。こうして向こうから接触して来ないかぎり。

「多数の世界があるといっても、その数は当然管理局が知る限りの数ということで、知らない世界もまだまだ有るでしょうし、当然滅んだ世界もあります。そしてその世界が滅ぶ原因となった多くが、ロストロギア……このジュエルシードと同じような物により、滅んでいるのです。」

 だから、一刻も早く回収しないといけないのです。そう続けるスクライヤ。
 ……おいおい、元々物騒だとは思っちゃ居たが、その一言で余計に物騒になりやがった。

「世界が滅ぶだって? 冗談じゃねーぞ、何でそんなもんここにばら撒きやがった!? そもそもテメーの言ってることが本当かどうかもわかんねーんだよこっちは!」
「ち、千雨ちゃん! ばら撒いたのはユーノ君じゃないよ!?」
「いえ、僕が悪いんです。僕が、ジュエルシードを見つけなければ、こんなことには……。」

 そういいなのはの膝から降り、地面に座り頭を垂れるスクライア。っくそ、勿論本当にこいつが悪いとは思っちゃいねーが、それにしたって、いきなり世界が滅ぶかもとか言われて、どうすりゃいいんだよ……。
 
「気休めかもしれませんが、ジュエルシードはよっぽど悪意ある使い方をしない限り、世界を滅ぼすような事態にはならないはずです。今回のような暴走程度では世界を滅ぼすには程遠いですし……。」
「まぁ、それもそうよね。こう言ってはなんだけど、弱かったですし。」

 スクライアのその言葉に、シャークティが同意する。まぁシャークティでどうにかなるんだったら、こいつに任せればいい、か。
 ……そういえば、シャークティに聞くことがあったんだったな。今の話を聞く限り、あの夢はこのスクライアが間違いなく関係してるんだろう。何もシャークティに聞かなくても直接聞けばいいか。

「……で、お前はその爆発した時空間船に乗ったままこの世界に不時着したのか?」
「え? い、いいえ、僕は荷物がこの辺りに落ちた事を知り、ミッドチルダからこの世界へ転移してきました。時空艦船も荷物こそ無くしましたが、不時着はしていません。」

 え? あ、あれ? 不時着はしていない?

「ね、ねぇユーノ君! 次、次はこのレイジングハートの事を教えてよ!」

 私のせいで重くなった空気を払うように、なのはが努めて明るい声を出して魔法の杖の事を聞く。スクライアが言うにはそれはインテリジェントデバイスといい、AIを組み込まれた杖であり、ある程度の魔法は勝手に発動してくれるらしい。使用者と魔法に合わせた変形機能もある。そして防護服、バリアジャケットはその名の通りバリアの代わりとなるらしい。
 私はそれらの説明を聞き流しつつ夢の事を考える。
 あの夢はこのスクライアの件とは関係ない? でも最後の言葉、あれは間違いなくこのスクライアの声だった。つまり映像と声は別の夢っつーことか?
 だとしたら、何だ、やっぱり私には宇宙飛行士になる夢でもある、っつーことか?

「ところで、あなたの首にある石。それもデバイスなの?」

 私が一人考え込んでいると、シャークティがスクライアを捕まえてこんな事を聞く。なんだかんだいってこいつも興味津々だよな。もう既に魔法少女なんだからいいじゃねーか。ん? 少女?
 って、うわ、なんか背筋がぞくりとした。少女だ、少女。間違いない。

「いえ、これは古代ベルカという既に滅んだ世界が集めていた、より以前に滅んだ文明のデバイスです。といっても骨董品店の人が言っていただけなので、眉唾物ですが。」
「なぜそんな物を持っているのかしら?」
「単に古い物に興味があるというだけです。それに、レイジングハートは元々ジュエルシードの封印用に持ってきた物ですから。」

 とはいっても、起動させることは出来ていないのですが。そう続けるスクライア。
 デバイスなら手に持って心を澄ませれば起動パスワードが心に浮かんでくるらしいが、スクライアはいくら試しても、何も浮かんでこなかったんだと。どうやら適合者じゃないと駄目らしい。
 それを聞いたシャークティは、スクライアの首から石を受け取り、手に持って目を瞑る。なのははそれを興味津々に見つめるも、シャークティは1分ほどしたら諦めて目を開き肩を竦めた。

「私も、私も!」

 次にそう主張するなのは。おいおい、ポケットの赤い宝石がすげー点滅してるぞ? 何か抗議してるんじゃねーか?
 そんなレイジングハート、だっけ、の抗議も空しく両手に抱くように石を掲げ、目を瞑るなのは。
 しかし、こいつも1分程度で諦めた。まったく何も思い浮かばなかったらしい。

「はい、つぎ千雨ちゃん。」

 おいおい、私もかよ。仕方ない形だけ付き合ってやるか。そう思いつつ片手で石を受け取る。
 そして石を持つ手を握り、目を瞑った途端――
 言葉が、勝手に。私の口から流れ出た。

「――広漠の無、それは零。大いなる霊、それは壱。電子の霊よ、水面を漂え。『我こそは電子の王』」

 そして。

『ご主人様。何なりとご命令を。我ら電子精霊群千人長七部衆、如何なる命令にも従う所存。』

 そう喋る、7匹のネズミが私の前に一列に並んで出現した。
 わ……私にもマスコットがついた……だと……!?


---------以下後書き---------
0415 ユーノの持っていた二つ目の石の説明を変更しました。



[32334] 第26話 魔法の世界
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/22 05:44
『名前を入力してください。』

 混乱する私を他所に、私の目の前のネズミ達の頭上それぞれに「****」というホログラム? が、出現した。
 な、なんだこいつら? デバイス? 名前を付けろ?

「可愛い~~~!! 千雨ちゃん、何この子達!?」
「なんだろう……デバイスにこんな機能を付けても意味が無いと思うんだけど。キャラクターデバイスとでも言うのかな?」

 そしてなのははネズミ……まぁ、見方によっちゃハムスターと言っても良いかも知れないが……を見て喜び、スクライアはこいつらを見て考え込んでいる。
 シャークティに助けを求めようと視線を向けても、肩を竦めて「取り合えず名前を付けて上げたら?」 と返された。わ、私に味方は居ないのか!?
 大体こいつらが何なのかも判らずに、いきなり出てきて名前付けろって言われて、はいそうですかと付けれるわけないだろう!?

「おいスクライア! こいつ等どうすんだよ!?」

 私は顔を伏せてぶつぶつと何やら思案しているスクライアに声をかける。こいつの持ち物なんだ、何で私に聞くんだよ? つーかご主人様って何だよ!?

「あ、取り合えず名前を付けてあげてください。そのデバイスは長谷川さんに差し上げます。高い物じゃありませんし、僕が持っていても意味が無いようですし。」

 そのデバイスも長谷川さんを主と認めているみたいですしね。と、そう続けるスクライア。い、いらねぇ……。
 しかしつき返そうにもまた顔を伏せて思考モードに入り込み、なのははキラキラとした目でネズミ達を見つめている。やり辛いことこの上ない。
 そしてネズミ達は同じくキラキラとした目で私を見つめていて。なんだろう、なのはと違っていらっとするな。

「千雨ちゃん! なんて名前付けるの!?」
「ああああ でも、A,B,C,でも何でもいいよ。」

 私がそう返事をすると、ネズミ達は『そんな!』『ひどい!』等と喚きだした。意外と感情豊かなのな。私としちゃレイジングハートみてーに、必要無い時は黙ってる奴が好みなんだが。
 あ、いや、黙ってる変わりになのはのポケットの中ですげー点滅してるけどな。なのはの興味が完全にこいつらに移った所為か。で、きっとあれは抗議中だ。

「千雨ちゃん! 名前はとっても大切なんだからね、ちゃんと考えてあげないと可哀相だよ!」

 そして案の定なのはも怒る、と。レイジングハートの点滅を気にしないあたり、大物だよな。
 さて、こいつらの事を聞こうにも、とにかく名前を付けないと話が先へ進みそうにねーな。かといって変な名前付けると怒るんだろうし……うーん、どうするか……4文字だしな……

「トンヌラ」
『エッ!?』
「ペペペペ、は、ダメか……ケツバン、もダメ。メンドクセーな、うーん……ぬけさく、ターナー、もちかめ、かもかも、た5、って数字もダメか。後は……」
「ちょ、ちょっと千雨ちゃん!?」

 もう、変な名前ばっかり付けるなら私が付けるよ!? そう言い私に近寄り怒るなのは。
 それは良いんだ。名前を付けてくれるっつーなら私にとっちゃ渡りに船だしな。ただ近寄るな、レイジングハートが眩しい。
 私は名前を付けさせてやるから向こうでやってくれといい、なのはから離れることに成功する。そしてなのはは嬉々としてネズミ達に名前を付けだした。

「えーっと、君はトンヌラで決定でー。」
『マジですか!?』
「右の子から順に、トンヌラ、ランド、クッキー、すけさん、アイリン、ナナ、サマンサ! これでどーお?」
『『『ステキな御名前ありがとうございます!』』』
『トンヌラ……』

 そしてなのはの付けた名前は、トンヌラ以外好評のようだ。
 ……まぁ、なんだ。何も言うまい。



「で、お前達は何なんだよ? レイジングハートの同僚か?」

 名前に関する騒動も一先ず終わり、やっとトンヌラ達に事情を聞ける状態になった。私の自己紹介をしたら『ちう様』とか言い出したのにはびびったが、まぁそれは別の話だ。
 そして今は復活したスクライアを交え二人で事情を聞いている最中。ちなみにシャークティは話に入ってくる気は無いようでただ聞いているだけ、なのははレイジングハートの機嫌を取っている最中だ。
 私の質問を聞き、トンヌラ達はそれぞれレイジングハートを見たり互いに相談したりし始める。そして7匹の中で話が纏まったのか、トンヌラが代表して喋りだした。

『この道具の名前は"力の王笏"。我ら電子精霊群千人長七部衆を始めとした、極めて大規模な電子精霊群の統制をする物であります。近年、コンピューターの発達が著しく、それに伴う弊害が増え……機械オンチの魔法使いでも電子精霊の力で簡単に凄い複雑なプログラムを使えるようにするインターフェースっぽいものであります!』

 途中で飽きたな、こいつ。
 それにしても魔法の杖かと思ったら、働きは酷く現代的だな。ってことは何だ、別に魔法の杖じゃねーのか? いや、魔法の杖ではあるんだけど、どうもイメージが違うというか……
 機械の使用をサポートされた所で私には何のメリットも無いんじゃねーか? 別にオンチじゃねーし。
 もっと、こう、あるだろう? 魔力を込めて杖を振れば、そこから魔法の玉が飛んでいく、とかよ。
 そんなことを考えていると、スクライアがトンヌラ達へ質問をする。

「き、機械オンチを助けるデバイス? そもそも電子精霊が判らないけど、君達は魔法行使をサポートする訳じゃないの?」
『僕達人工精霊は、自然精霊を使役することは出来ません。よって、精霊魔法は使用出来ません。』

 そう、シュンとして申し訳なさそうに言うトンヌラ達。まぁシャークティみてーに戦闘するわけじゃねーからな、それは別に良いんだが。

「精霊? いや、昔の物だしそもそも魔法体系が違うのかな? 今でも僻地なら精霊信仰が残っているところは結構有るけど。でも、人工精霊? 精霊を、作る?」
 
 またも思考モードへ突入するスクライア。いちいち忙しいな。そして人工精霊と自然精霊、ね。精霊の中にもやっぱり派閥とかあるのかな。
 スクライアの独り言を聞く限り、ミッドチルダとかいう場所では精霊魔法は使われてないらしい。ってことはさっきのジュエルシードも、なのはの持ってるレイジングハートも、精霊は関わっていねーのか。私はシャークティから教わった以外の魔法を知らんからどんな物か想像もつかねーけどよ。
 
「で、結局お前達は何が出来るんだ?」
『はい! ちう様が電脳空間へとダイブした状態なら、たとえどんなプログラムでも処理してみせます! あと今は何故か繋がりませんが、まほネットから様々なソフトをインストールしたり、開発したり――』
「ちょ、ちょっと待って!!」

 な、なんだ?
 それまで黙って聞いていたシャークティが、急に血相を変えてトンヌラの言葉に割り込んできた。

「貴方、いま"まほネット"と言ったのかしら!?」
『え? はい、プリインストールされているソフトもありますが、より多様な使い方をするにはまほネットより様々なソフトをダウンロードし――』
「貴方達は、何処で作られたの!?」
『魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の、アリアドネーにある研究所ですよ?』
「ま、前の所有者の情報は!?」
『恐らく初期化されているため、不明です。過去に1ユーザー以上、としか。』
「ど、どういう事? これは、一体……?」

 ここにも魔法世界が? いや、でも、まさか……ひょっとして……?
 シャークティは顔を青くしながら何やらそんな事を呟いている。何にそんな驚いてるんだろうな?
 良くわからんが、シャークティもスクライアも何やら色々と思案中のようで。なのははレイジングハートと喋ってるし、仕方ないから私はもう少しトンヌラ達と話そうかと、そう思ったんだが。

「千雨ちゃん。ちょっと、私とトンヌラ君とスクライア君で話をさせて頂戴!」
「え、あ? あぁ……。」

 シャークティは顔を上げたかと思うと、そう宣言し返事も待たずにスクライアとトンヌラを引っつかんで公園の奥へと移動していった。
 お互いに顔を見合わせるランド等他の電子精霊達と私。
 何となく微妙な空気が流れたが、私は残りのネズミ達を引き連れてなのはの下へと行くことにした。



◇◆

「スクライア君、この道具はこことは全く関係ない場所で買ったのよね?」
「はい。過去にどのような経緯を経ているかは判りませんが、この世界、第97管理外世界とは無関係のはずです。」
「トンヌラ君、貴方は起動していない間のことは判らないの? 何年経過したとか!」
『魔力、電力共に切れると時計データが初期化されます。再設定が必要です。』

 公園の隅。ベンチに座って話をする千雨達から隠れるように、シャークティは滑り台の裏へと移動してスクライアとトンヌラの話を聞いていた。
 いや、顔色を悪くし汗を流しながら、眉を吊り上げて聞くその姿を見れば、問い詰める、もしくは詰問すると表現したほうが良いだろう。
 そんなシャークティの様子を見て、スクライアとトンヌラは要領を得ないながらも聞かれたことには素直に答えている。

「この子は既に滅んだ文明の物だと言ったわね? それは確かなの!?」
「え、えっと……何分既に資料も殆ど無い文明が、それより更に昔に滅んだ文明の物を集めていた、そういう曰くだというだけなので……何が確かかと聞かれたら、何も確かではない、としか。」
「そ、そう……それなら、この子も何らかの理由で向こうから流れてきた……? いや、でも、千雨ちゃんを介さずに? 他に同じ境遇の子が居る? それとも、まさか、本当に……?」

 ああ、もう、何も判らないわ! そう声を荒げるシャークティ。

「他に、他に似たような曰く物は無かったの!?」
「いえ、僕が行った場所にはこれだけです。」
「もう! 向こうと此方、両方で調べる必要があるわ! ああ、もう、エヴァンジェリンは次何時になったら来るのかしら……!!」

 焦りからか、シャークティの体から魔力が湯気のように立ち上がる。その鬼気迫る様子を見てスクライアとトンヌラは互いに身を寄せ合い、ブルブルと震えている。
 辺りに魔力を撒き散らしながらその場をウロウロと歩き回り考え込むシャークティ。2人はそんなシャークティの様子を、ただ混乱しながら見つめ続けるしかないのだった。



◆◇

「わ、私はレイジングハートのほうが好きだよ!? 綺麗だし、私に魔法の使い方を教えてくれたし!」
『thank you......』

 ……こっちはこっちでカオスだな、おい。
 私はネズミ達を引き連れてなのはの下へと来たんだが、そこではなのはが赤く光る石に向かい一生懸命に謝りご機嫌を取る図があった。
 せっかくなのはがレイジングハートと一緒にロストロギアを封印したっつーのに、その直後にレイジングハートをそっちのけで別のデバイスへ目移り、出てきたこいつらに釘付け、名前まで付けたんだもんな。そりゃ拗ねるか。
 それにしてもこいつらといい、レイジングハートといい、結構しっかりした人格持ってるのな。自分の名前に文句を言うAIや、使用者が目移りしたら拗ねるAIか。トンヌラ達は人工とはいえ精霊らしいから兎も角としても、レイジングハートは結構凄いんじゃないか? 
 ……って、茶々丸がいたか。あいつもAIだったな。いかんな、最近茶々丸がロボットだっつーことを忘れかけてる。
 まぁ、どいつもこいつも魔法が絡んでるんだ。魔法なら仕方ない。まさしく魔法の言葉だな。

「ほ、ほら、レイジングハート、もう一回魔法を教えてよ! えーと、そう、あの怪獣から身を守るような、すっごいバリアとか!」
『.......protection』

 レイジングハートが小さな声でそう呟き、少しだけ光ったと思うと。レイジングハートを中心としてなのはを包むように、半径1M程のピンク色の膜が出現した。
 バリア、ね。これぞ正しくって奴だな。

「おおー! すごいすごーい! さっすがレイジングハート!」
『......』
「ち、千雨ちゃん! このバリアに何かやって見てよー!」

 無言で点滅しているレイジングハートをみて、なのはは冷や汗を流しながら私にそう訴える。
 なんだろう、ここはスカスカの魔法の射手を1本だけ撃ってレイジングハートを持ち上げてやるべきなんだろうか。
 そう思い首から提げていた十字架を手に取り構えながら、横で見ていた精霊達に何気なく問いかける。

「お前らはあんな事できねーんだろ?」
『……ちょっと、詳しく見てみたいっす。』

 ん? なんだ、様子が変だな?
 私は掲げた腕を下げ、精霊達に向き直る。すると精霊達はバリアの表面に取り付き、つついたりメモったりし始めた。

「あれ? 千雨ちゃん、どうしたのー?」
「あー、なんだかこいつ等がそのバリアに興味あるんだとよー。もうちょっと展開しててくれ。」

 しかし、私がそう言いなのはが頷くと、それとは対照的にレイジングハートが数度点滅、そしてバリアを消し去ってしまう。
 なのはが戸惑ってレイジングハートの名前を呼ぶもただ点滅を返すのみ。
 仕舞いにはクッキーが……うん、たぶんあいつはクッキー、だと思う。名札でもつけるか? が、レイジングハートへと近寄るも。

『もう一回! もう一回出してほしいっす!』
『No』
『ケチー! 調べさせてくれたっていいじゃないっすかー!』
『NO!』

 あーあー、デバイス同士で喧嘩始めたよ。なのはの手の中にあるレイジングハートへ、精霊達がわらわらと近寄って文句を言う。けど……

『『『ヘブッ!?』』』
「れ、レイジングハート!?」

 再度バリアが一瞬だけ張られて、精霊達は弾き飛ばされた、と。
 あーあー、こいつらは仲良く出来そうにねーな。一体誰のせいか……相性の問題か?
 私にへばり付いて泣く精霊達を見て、私は乾いた笑いを零すことしか出来なかった……。



[32334] 第27話 長谷川千雨
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/04/27 06:56
「そうか、長谷川が目を覚ましたのか。」
「ああ。シャークティ先生が目を覚ましていないが、それは明日の朝から調べるそうだ。」

 麻帆良学園寮の一室、龍宮真名と桜咲刹那の部屋にて。
 学園長達と共に千雨の部屋を後にし自室へと帰ってきた桜咲は、考え事をしながら寮の中を歩き回っていたこと、偶々千雨の部屋へと寄ったら千雨が目を覚ましたこと、だが未だシャークティの目が覚めず明朝から調査を開始すること等を龍宮へと伝えていた。
 桜咲は自身が原因となった千雨の部屋でのネギによる魔法行使騒動、一般人への魔法バレ、そして一見受け入れられたようでも全く安心など出来ない翼バレ等様々な心労を抱えていたが、少なくとも千雨の件に関しては目を覚ましたために一息つけるといった所だ。
 そして二人は今後の調査の行方、魔法生徒への情報公開、更にはネギに対する魔力封印はどうなるのか等を話している。
 桜咲は部屋服に着替えいつも胸に巻いているさらしを解き刀を整備しながら、龍宮は寝巻き姿で銃を分解、清掃しながらだ。

「そもそも何故長谷川さんは眠り続けたのだろうか? 起きたとはいえ、原因がハッキリしないことには……。」
「さあね。案外誰かの呪いかもしれないぞ? 長い眠りといえばそれが定番だ。」
「む。それは、そうだが……。でも、誰が?」

 ま、それを調べるのが先生達の役目さ。そう龍宮が続ける。
 桜咲は納得がいかない様子ながらも、刀の一部に油膜を見つけそこへアルコールを塗りだした。
 そして再度拭い紙にて丁寧に油を取りつつ、龍宮へと語りかける。

「シャークティ先生が起きない理由もよくよく調べる必要が有るな。朝までに起きれば何の問題も無いが。」
「その辺りはエヴァンジェリンの領域だろう。彼女が判らなければ、やはり情報公開で案を募るのかな?」
「エヴァンジェリンさんが判らないことが、魔法生徒に情報を伝えた所で判るとは思えないんだが……。」

 ま、それもそうだな。龍宮はそう返答し、ばらし終った銃を机の上に置いて桜咲へと振り返る。

「言い方は悪いかもしれないが、シャークティ先生の命より長谷川の命の方が重いのさ、この場合。取りあえず長谷川が起きたなら5割は解決済みだ。」

 残りの3割は原因究明、そして2割がシャークティだ。龍宮はそう続け、それを聞いた桜咲も苦々しい顔で同意する。

「柿崎さん達にもその辺りの現実を知ってほしいものだが……難しいだろうな。」
「案外学校育ちの魔法生徒の中にも、わかってない人は居るかもしれないぞ。」

 情報公開には学園長やネギ先生の失態を公開するといった罰則の面も有る。この先どのように動くかは2人の決めることでは無いとはいえ、公開した場合に起きそうな事態を想像し溜息をつく。
 そして銃を分解し終わった龍宮を見て、桜咲も一度刀を置いて一息つくことにした。

「お茶とコーヒー、どっちにする?」
「ホットコーヒー。砂糖4つで。」
「……聞くだけ野暮だったな。」

 桜咲は立ち上がり台所へと向かっていく。まず電気ポットに水をいれスイッチON、龍宮のカップにはコーヒー1、クリーム1、砂糖4を入れる。次に急須の中に残る萎びた茶葉を確認し、そのまま何もせず湯のみを用意。
 そして電気ポットからお湯が沸いたという知らせを待つ体制となり、手持ち無沙汰になったためか携帯電話の画面を見始める。
 龍宮はそんな桜咲を見て、ふと思いついたことを聞くことにした。

「そういえば。」
「何だ?」
「まだ長谷川の部屋の扉は壊れっぱなしで、葛葉先生は長谷川が起きた事を知らないんだよな?」
「……あ。」

 手に携帯を持っているにも関らず、慌てて壁掛け時計へと視線を向ける桜咲。
 その時間は既に部屋へと帰ってきてから30分は経とうとしており――

「は、長谷川さんの部屋へいってくる!」

 そのまま取る物も取り敢えず、部屋を飛び出したのだった。



◆◆

「神多羅木先生も、女生徒の部屋に居るのが嫌だからって刹那に頼むなんて……相変わらずのマイペースと言うか、無責任と言うか。あの人に頼んだ私が馬鹿だったのか……。」

 学園寮の廊下にて。葛葉は歩いて千雨の部屋へと向かっていた。
 学園長の所へ行く前に神多羅木へ連絡し、その後私用を終わらせて千雨の部屋へと行き交代する予定だったのだが、その神多羅木から桜咲と交代したという連絡が来たために少々急いでいるようだ。
 深夜なので廊下に人の通りがほぼ無いとはいえ、事情を知らない生徒に見つかる可能性が無いとは言えず。もし見つかった時に何処まで話しても良いか判断出来ない桜咲では荷が重い、そう判断した為だ。決して桜咲の能力を疑う訳ではないが、やはり先生と生徒では背負う責任の重さが違うのである。
 そんな事を考えているうちに、とうとう千雨の部屋の入り口が見えてくる。
 刹那により扉が切り倒された痕、その周りを囲うように張られた札。当然だが部屋の中からは物音一つしない。葛葉はそれらを一瞥しただけで特に反応を示さず、そのまま千雨の部屋へと入っていく。
 そこで――

「は、長谷川さん……? 何をやっているの!?」

 葛葉は、窓際で月明かりに照らされた、シャークティに馬乗りとなりその首に手をかける千雨を発見した。

「あ……」

 千雨は顔を上げて葛葉を見る。その顔は涙を流し、前髪を顔に張り付かせて、青い顔で口元を震わせ憔悴しきっていた。
 葛葉は急いで千雨の元へと向かい、取り敢えずシャークティから引き剥がそうと千雨を両手で抱きかかえる。すると、千雨は何の抵抗も無く葛葉の腕の中へと収まった。
 千雨を抱いたまま自らの足で立たせようとするも全く力が入らない様子で、葛葉が気を抜けば即座に床へと崩れ落ちるのが判る。葛葉は仕方無く、シャークティが眠る布団の横へ2人で座り込んだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 千雨は葛葉の腕の中で、葛葉へ抱きついてガタガタと振るえながら、ただごめんなさいと謝り続ける。
 葛葉は一瞬最悪の事態を想像したものの、何の痕も無く綺麗なままなシャークティの首を見て、更に微かに上下する胸を確認し一息つく。そして長谷川が起きていることに困惑し、とりあえずその頭を撫でながら喜ぶべきか、問いただすべきか迷いだす。
 しかしそのまま1分経ち、2分経っても千雨の震えは止まらない。葛葉は少々思案した後、千雨へと優しく言葉を掛ける事にした。

「長谷川さんは何時起きたの?」

 だが。

「なぜシャークティ先生の首へ手をかけていたの?」

 千雨からの返答は無く。いや、その質問を聞き嗚咽する声が大きくなったことが返答だろうか。
 葛葉は全く話が出来ない状況に途方に暮れ、兎に角落ち着かせる為にソファーへと移動する。
 このソファーも玄関から見えない位置へ移動させたほうが良いだろうか、そう千雨を抱きかかえたまま考える葛葉だが。それも千雨が泣き止まないことには始まらないと、そのまま座ることにした。
 そのまま5分程経ち。エヴァンジェリンを先頭にして千雨の部屋へと来た学園長、ガンドルフィーニの3人だが、葛葉と千雨の様子を見たためか急いで部屋へ入ろうとする男2人をエヴァンジェリンが玄関で押し留める。
 更にその後ろから桜咲も来たが、先生達と共に玄関で待とうとした所を、これもエヴァンジェリンにより部屋の中へと押し込まれた。
 葛葉は千雨を抱きかかえたまま軽く頭を下げ、続いて桜咲へと視線を向ける。
 桜咲は状況を把握できないながらも、今尚葛葉の腕の中で泣きじゃくる千雨を見て、葛葉の隣へと座り共にその背中を撫でることにした。

「い、いったい何があったのですか?」

 当然と言えば当然だが、状況を聞こうと葛葉へ質問する桜咲。しかしその言葉を聴いた途端千雨がビクリと肩を震わせ、より強く葛葉へとしがみ付く。
 葛葉は桜咲へ視線を向けるも、ただ首を横に振るのみだ。
 2人は千雨を刺激しないよう、葛葉は子供をあやす様に頭を撫で、桜咲は何も言わずに背中を擦り。兎に角落ち着かせることを優先することにした。

「エヴァンジェリン、一体何があったんだ? 何かに気が付いたから来たんだろう?」

 一方、玄関ではガンドルフィーニがエヴァンジェリンへと問いかける。
 元々帰るつもりだったのが、エヴァンジェリンが意味有り気な言葉を残し学園寮へと引き返したために、引きずられるような形で付いてきた学園長とガンドルフィーニ。千雨の部屋へと移動している間はエヴァンジェリンへ何を聞いても無視され、到着してみれば千雨が葛葉に泣きついているという状況。2人は事情が見えず、困惑した顔でエヴァンジェリンへと視線を向けた。
 それを受けたエヴァンジェリンは、一度溜息を吐き。視線を部屋の中へ向けると、天井の片隅から1匹の蝙蝠が飛来した。

「残しておったのか。」
「最近血を吸う機会が多いからな、この程度なら造作無い。」

 蝙蝠はエヴァンジェリンの肩に留まったかと思うと、そのままズブズブと体の中へ沈んでいく。完全に体の中へ消えたことを確認すると、エヴァンジェリンは2人にこの場に残るように言い、本人は部屋の中へと入り葛葉の横に立ち語りだした。

「蝙蝠を残した理由は些細な事さ。夢の中では私のことをエヴァンジェリンと呼んだのに、起きたらマクダウェルさん。夢が終わったなら目覚める筈のシャークティが起きない。そしてガンドルフィーニから聞いた、多重人格者の隠れた意識、その精神が見る夢の話。どれ一つとっても何の確証も無いが……どうやら残して正解だったようだな。」

 そこで言葉を一度切り。エヴァンジェリンは、葛葉の胸の中に顔を埋める千雨へと手を差し出す。いつの間にか千雨の嗚咽は止んでいて、全員の視線は千雨へと向けられる。
 エヴァンジェリンは千雨の頭を掴み、少々強引に葛葉の胸から引き剥がす。そして、涙で濡れた顔を覗き込み。右手で優しくその顎を押し上げ、きつく目を瞑る顔を真正面から捉えた。

「ほら、言って見ろ。なぜシャークティを殺そうとした?」
「んな、そ、それは本当ですか!?」

 エヴァンジェリンの言葉を聴き、驚きを露にする桜咲。玄関口でも息を呑む気配がし、ガンドルフィーニが部屋へと入ろうとするが、学園長がそれを押し留める。エヴァンジェリンが何の意味も無い事を指示するとは考えにくく、ここは彼女に任せようという腹だ。
 止められたガンドルフィーニは渋々ながらも玄関へと留まり、固唾を呑んで部屋の中の様子を見守ることにした。
 部屋の中では桜咲が説明を求めようと視線を彷徨わせるが、エヴァンジェリンは千雨から視線を外さないために、未だしっかりと千雨が抱きついている葛葉へと目を合わす。

「私が来た時は、長谷川さんがシャークティ先生へ馬乗りになって、首に手をかけている所だったわ。絞めてはいないようだけど。」
「そんな……どうして……。」

 葛葉の言葉を聞き、驚きを隠せない桜咲。シャークティは千雨を起こすために最も尽力し、千雨の夢の中で対話していると聞いているが、そんなシャークティを千雨が殺そうとするとは考えられない事だった。
 そんな桜咲の驚きの声を聴いたためか。千雨はゆっくりと、恐々と目を開く。
 そして、エヴァンジェリンはそんな千雨へ優しく笑みを作り。左手で頬に触れ、今尚揺れるその瞳を、しっかりと見つめ――

「ほら、怒りはしないさ。言って見ろ、ここには私達3人しか居ないんだ。」
「……本当?」
「本当さ。周りを見てみろ、私達しかいないだろう? この4人だけの秘密だ。」

 エヴァンジェリンはそこまで話し、何気なく左手を千雨の目の前へと持っていく。困惑する桜咲と葛葉、そしてガンドルフィーニを一瞥した後、口元に弧を書く。その後左手を千雨の頭に置き、自身の体は窓の方へと避けた。
 キョロキョロと部屋を見渡す千雨。その視線は一通り部屋を見渡した後、最後にエヴァンジェリンを経てシャークティへと固定される。
 千雨は葛葉に抱きつくのを止め、立ち上がりシャークティへと歩み寄る。葛葉は思わず止めようと手を出すも、その手はエヴァンジェリンにより遮られた。
 そして皆が見つめる中、千雨はシャークティの傍へ座り込み、その頭を優しく撫でる。

「でも……言っても絶対信じてくれないもん。」

 シャークティの頭を撫でながら、そう零す。その表情は今にもまた泣き出しそうで、その感情は綱渡りのようにギリギリのバランスの上に立っていることが伺えた。
 そして。

「そうでもないぞ、2A、長谷川千雨……いや、こう言った方がいいか。聖祥大学付属小学校、2年1組、長谷川千雨。」

 その言葉を聴き。千雨はシャークティを撫でる手を止め、エヴァンジェリンへと振り向き大きく目を見開いた。



[32334] 第28話 という名の少女
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/05/14 18:09
「な、何いってんだよ!? 私は! 麻帆良のっ!!」
「エヴァンジェリンさん、一体何を……?」

 千雨は立ち上がりエヴァンジェリンを見つめ、身振り手振りを交えて焦ったようにその言葉を否定する。他の面々も聖祥小学校などという所に聞き覚えなど無く、その唐突な言葉に目を白黒させてエヴァンジェリンへ視線を送る。
 エヴァンジェリンは壁際へと移動し、背を付ける。そこは丁度玄関から見た突き当たりであり、今この場に関っている6人、いやエヴァンジェリン本人を除く5人全員を確認出来る場所だ。
 驚き、戸惑い、そして焦り。様々な視線が自らに集まっていることを確認しながら、エヴァンジェリンは皮肉気に薄く笑う。そして、自身に焦りの視線を送る千雨と目を合わせ、言葉を放つ。

「長谷川、お前玄関を認識出来ていないな?」
「……っ!」

 玄関を認識出来ていない。その言葉を聴き、千雨は息を呑んで押し黙る。また葛葉、ガンドルフィーニ、学園長といった教師陣は何かに気が付いたように緊張を露にし、しかしただ一人、桜咲だけは首を傾げつつエヴァンジェリンに問う。

「玄関には真名の張った認識阻害結界があります。認識できないのは当然では?」
「馬鹿かお前は。認識阻害が効くなら、そもそもこんな事態になっていないだろうが。」

 そ、そうでした……。そういい、顔を赤くして俯く桜咲。エヴァンジェリンはそれを見て呆れたように溜息を吐く。
 また、葛葉の視線はエヴァンジェリンから千雨へと移動する。その様子は顔を青くし小刻みに振るえ、怯えているように見て取れた。
 千雨は一度かぶりを振ると改めてエヴァンジェリンへと向き直る。

「一体、何を根拠にそんな事を言うんだよ!?」
「根拠、か……。根拠を出してやってもいいが、お前が玄関まで移動して否定して見せたほうが早いだろう。」

 ほら、移動して見せろ。
 そういい、緩んでいた口元を締め千雨へと言い放つエヴァンジェリン。
 千雨は怯んだようにうめき声を漏らす。が、桜咲、葛葉、エヴァンジェリンの3人が何も言わずに自らを見つめていることに気付き、ノロノロと壁際へと移動する。
 そして左手を壁に付け、右手を不自然に前へ後ろへと動かしながら、玄関へと近づいていく。
 その玄関にはガンドルフィーニと学園長が困惑した顔で待ち構えるも、エヴァンジェリンは2人へ視線を向け真剣な面持ちで首を横に振る。
 そして、千雨は徐々に玄関へと近づいて行き――

「ほ、ほら、ここだろ? 大体私には認識阻害なんて――」

 ――ボスリ、と。ガンドルフィーニの胸の中へと収まった。

「そ、そんな……。」
「一体、何故?」
「これで決まり、だな。」

 千雨の部屋は重苦しい空気に包まれる。認識阻害が効かないことによりストレスが掛かり、夢の世界へと囚われた――そう思われていた千雨。その千雨が、眠りから醒めると認識阻害を受け付けるようになっていて。そして更に、エヴァンジェリンが放った『多重人格』という言葉。それら、この千雨に纏わる答えの断面が、各々の頭の中で勝手に組み合わされて行く。
 そして。おぼろげながらも、それは一つの答えとなり。

「玄関がそっちの方向に有る事は知っている。認識阻害という物が有ることも知っている。そして長谷川にはそれが効かないことも知っている。更に自身が認識阻害に掛かっていることも判っているが、それを隠す必要があった。……そんなところか。」
「じゃ、じゃあ! この長谷川君は!!」
「本来の長谷川さんじゃ、無い?」
「まさか……多重人格? ほ、本当に?」

 再度、千雨のすすり泣く声が部屋の中に広がりだす。しかしガンドルフィーニはそんな千雨を軽く抱きしめたまま、どう対処すれば良いのか判らないでいた。
 いま腕の中にいる千雨は、本来の千雨ではない。そう言われても得心することなど出来ず、ただ思ったことをエヴァンジェリンへと質問する。……しかし。

「この玄関の認識阻害は少々強力そうだ。長谷川君にも効いているだけではないのか?」
「確かに効くかもしれんが、それでは隠そうとしたり、泣いたりといった理由にはならんぞ。」

 そう返され、言葉に詰まる。確かに単純に効いているのであれば認識出来ないと告げれば済む話であり、千雨が実際に取った行動との合理性が取れなくなる。ガンドルフィーニは一つ呻くと、困惑した表情で取り敢えず千雨の背中を撫で始めた。
 一方隣の学園長はガンドルフィーニの腕の中で泣く千雨を見つめていたが、暫し後そんな2人の横を通り、千雨の部屋の中へと足を踏み入れ。そして、同じく千雨を見つめているエヴァンジェリンへ問いかける。

「色々と説明してもらおうかの。」
「ああ、構わんさ。」

 こうして。エヴァンジェリンは事のあらましを話し出した。

「そもそも長谷川が起きたのにシャークティが起きない。これは本来有り得ない事だ。最初はただ寝ているだけかとも思ったが、馬乗りになられて起きない魔法教師なぞ居ないだろう。次にこれはガンドルフィーニにしか言ってなかったが、長谷川の夢の中にはこの部屋の物が転移してい――」
「ちょ、ちょっとまっとくれ! なんじゃそれは!?」

 夢の中へ物が転移している。その言葉を聞いた学園長は、即座にエヴァンジェリンの言葉を遮り詳しい説明を求める。
 エヴァンジェリンは言葉を途中で遮られ少々不機嫌そうに眉を寄せていたが、何時の間にか千雨を抱いたままソファーに座るガンドルフィーニ以外の面子、葛葉と桜咲もまた、何か言いたそうな表情で居ることを確認し溜息を吐く。
 それもそのはず。物質転移についてはっきりと判っている事は殆ど無いとはいえ、夢の中に転移するなど本来有り得ない事だ、そう思い直し。まぁ、仕方ないか。エヴァンジェリンはそう小さな声で呟いた後に、転移に関する説明を始めた。

「部屋を良く見てみろ。長谷川の趣味はパソコンらしいじゃないか、それが無いだろう?」
「むぅ!? な、なんと、パソコンもコスプレ衣装も無いじゃと!?」
「こ、このジジイ……。折角人が気を使っているというのに……!」
「コ、コスプレ……?」

 エヴァンジェリンの言葉を聴き、急いで部屋を見渡した後に思わず漏らした学園長の言葉。それを聞き桜咲は首を傾げ、エヴァンジェリンはこめかみをひくつかせながら、言葉を続ける。

「この部屋で無くなった物は、長谷川の夢の中で見る事が出来る。ついでに言うと茶々丸も夢の中だ。」
「む……。か、絡繰君も? しかし夢の中で見れるのは、別に可笑しな事では無いと思うんじゃが。絡繰君を除けば元々長谷川君の持ち物なんじゃし。」
「良く知らん筈の茶々丸のボケ具合まで再現していてもか? それに夢への転移でなければ、何処へ行ったというんだ。」

 その言葉を聴き、葛葉は驚いた表情を隠せずにいて。学園長は頭を抱えて悩みだす。ちなみに桜咲は既に話しについていけないのか、先ほどからただ首を傾げるだけだ。
 ガンドルフィーニは既に聞いた話であるため特に目立った反応は無く、自らが抱く千雨を持て余しているようだ。そして、そんな千雨は未だすすり泣いてはいるがエヴァンジェリンの言葉を聴いている様子であり、エヴァンジェリンはそれらを確認した後に再度語りだす。

「そういえば夢の中の長谷川の様子を語ることは無かったな。あそこでは聖祥小学校という所の、2年1組に通っているらしいぞ?」
「そ、それって! つまり!」
「夢の中の人物と入れ替わった……まさか、そう言うつもりか!?」

 千雨の背を優しく撫でる手を止め、思わず大声で問うガンドルフィーニ。それを受けてエヴァンジェリンは無言で頷くも、ガンドルフィーニはかぶりを振って否定する。

「ありえない! 夢への物質転移だけでは飽き足らず、今度は精神世界の人物との入れ替わりだと!? そんなバカげた話、今まで聞いたことなど……!」
「フン。ありえない、なんてことはありえない。何の言葉だったかな、漫画だったような、アニメだったような気もするが。兎に角ありえないことだらけなんだ、今更一つ増えたところで何だというのだ。」

 更に。困惑するガンドルフィーニを見て、エヴァンジェリンは言葉を続ける。

「長谷川の認識阻害が効かない体質。体質とは言うが、肉体に依存するのか、精神に依存するのかも判っていない。だが精神に依存する物と仮定し、その精神が入れ替わったとすれば。辻褄が合うとは思わないか?」

 そして。お前は、その答えを知っているんじゃないか? 長谷川千雨。
 エヴァンジェリンはそう言い、そして全員の視線は再度千雨へと向けられた。

「わ、私は……!」

 何かを言いかける千雨。全員が固唾を呑んでその続きの言葉を待つ。
 千雨の部屋は再び痛いほどの緊張に包まれ、動く者は誰も居らず。唯一人、千雨は何度か喋ろうとはするものの、逡巡し言葉にはならず。
 この緊張の糸が切れるのが先か、千雨の口から言葉が漏れるのが先か。誰とは言わず、そんな考えが頭をよぎった頃。

「ん、そうだ。ちょっとまて長谷川。」

 再度躊躇いながらも言葉を発しようとした千雨、その行動を遮る形で言葉を放つエヴァンジェリン。
 千雨をはじめ他の面々も、一体何故止めるのかと困惑した表情でエヴァンジェリンを見る。
 しかしエヴァンジェリンは実に楽しそうな顔で、千雨の腕を引きガンドルフィーニから引き剥がす。
 されるがままに引っ張られ、自分より背の低いエヴァンジェリンに支えられる形となった千雨。そしてエヴァンジェリンはそんな千雨をチラリと一瞥し、今度は男性二人へ視線を送る。
 
「やはり約束というのは守らねばな。お前ら、出て行け。」
「な、何!? 此処まで来てそれか!?」
「フォ……。まぁ、人数は少ないほうが話しやすかろう。行くぞい、ガンドルフィーニ君。」

 突然の、あんまりと言えばあんまりなその言葉。しかしこの場の主導権がエヴァンジェリンにあることは誰の目にも明白であり、学園長が言うことも事実ではある。
 決して両人納得してではないが、学園長とガンドルフィーニは玄関へと向かう。ガンドルフィーニはしきりに振り向くも、学園長に先導されしぶしぶといった体だったが。
 学園長は玄関で靴を履き、最後に部屋の中へと振り向きエヴァンジェリンを見つめ。

「無責任かもしれぬが。この場、後のことは任せてよいか?」
「フン。乗りかかった船というやつだ。長谷川にとって悪いようにはせん。」
「フォッフォッフォ。何より安心できる言葉じゃわい。」

 そして。

「どうか……宜しく頼む。」

 そういい、頭を下げた後。千雨の部屋を後にした。



「……さて。」

 2人が出て行った玄関を暫し見つめた後。エヴァンジェリンは千雨へと振り返る。
 目が合った千雨は大げさなまでに怯え、びくりと肩を震わせる。しかし先ほどと同じように、何かを言葉にしようと口を開く。

「え、えっと……その……」

 しかし。エヴァンジェリンはそんな千雨の前に立つと、その顔に手を翳す。それは先ほどの再現のようで、今度もその顔には僅かに笑みがあり。
 その手は困惑する千雨の目を優しく閉じさせると、薄暗闇の中でも何とか判る程度に発光し。
 その直後、千雨はガックリと崩れ落ちた。

「何、今すぐ話す必要はない。少し……眠れ。」

 エヴァンジェリンは千雨の身を受け止めると、葛葉へと視線を送る。
 その意味を理解した葛葉は千雨の身を受け取り、ベットへと運ぶ。
 再度ベットの中に戻りすやすやと寝息を立てる千雨を見ながら、葛葉と桜咲はエヴァンジェリンへと説明を求めた。
 それに対しエヴァンジェリンは、推測の域を出ないが、と。そう前置きし。 

「小2相当の精神だ、そう負荷をかけることも無いだろう。何、じじいには黙秘を貫いているとでも言っておけ。」

 ついでだ。私が直接記憶を見たが、良くわからなかった。そう伝えろ。
 葛葉を見てそう続けるエヴァンジェリン。

「随分優しいのですね?」
「さて。私の予想通りなら、優しいなど口が裂けても言えんがな。」
「よ、予測が付いているのですか?」

 思わず、といった体で桜咲が問いかける。
 途中から全く話についていけず蚊帳の外だったのだが、それでも先生達が答えの一端すら掴めていないことはわかっている。
 そしててっきりこのまま千雨を尋問し、この謎の全容を喋らせる物だとばかり思っていたのだが。エヴァンジェリンの予想外の行動、そして言葉に、ますます混乱が深くなるばかりだ。

「言っただろう、まだ推測……いや、邪推といってもいいかもしれん。」
「はぁ。ならば、なぜ?」

 その桜咲の言葉を聞き、エヴァンジェリンは窓際に行って宙に浮き。腕を組み足を組み、月をバックにニヤリと笑う。

「推理というのはな。謎が完全に解けて、文句無しの答えを叩きつけ、有無を言わせないから楽しいのさ。確信も無しに問い詰めて、実行犯の供述で全容が明らかになるんじゃ、面白くないだろう?」

 その為には、まだヒントが足らん。そう牙を剥き出し笑いながら言う。その様子は実に楽しげで、桜咲は背筋が凍りその場に固まる。
 そんな2人の間に、葛葉が何時の間にやら用意した刀を片手に躍り出る。エヴァンジェリンとは対照的に剣呑な様子であり、すでに一人の剣士としての佇まいだ。
 
「長谷川さんを救うことより、自身の楽しみが重要だと? そんな事、許すとでも?」
「私は嘘はつかん。長谷川の悪いようにはしないことは約束しただろう? それに自慢じゃないが、今最も答えに近い場所にいるのは私だぞ?」

 何、ちょっとした余興とでも思え。そう言われてしまっては葛葉に返す言葉は無く。また、何かに気付いている様子であるエヴァンジェリンの協力無しに、この件を解決することも非現実的に思え。
 葛葉は溜息を吐くと、そのまま刀から手を離す。
 それを確認したエヴァンジェリンは、再度自分の足で立った後に部屋の片隅へと移動する。そこにはずっと放置された三脚が置かれており、エヴァンジェリンはポケットからペンを取り出すと、三脚へ自身のサインを書き出した。

「今度は一体何です?」
「ん、これか? ヒント集めをしようと思ってな。おお、また夢の中へ行くのに血を貰うぞ?」

 その言葉を聞き、葛葉は呆れたように溜息を吐いて頭を抱える。

「はぁ。貧血になりそうね。」
「ククク。化け物退治で流血するより意味はあるさ。」

 そして。再度葛葉からの吸血を済ませ、エヴァンジェリンは詠唱を開始し。

「ふん。子供が背負おうとするには、少々重すぎる荷物じゃないか?」

 そんな言葉を残し、千雨の夢の中へと旅立った。



[32334] 第29話 契約と封印
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/06/05 23:41
「千雨ちゃん! そっち行ったよ!」
「あいよー。」

 なのはとスクライアの出会い。物語的には第1話があった日の翌日。私はなのは、スクライアと共にジュエルシードが発動しているという神社へとやってきて、封印の手伝いをしていた。
 といっても特にやれることは無く、十字架を掲げて魔法の射手を打ち込んで気をそらし、突っ込んできたら障壁を張り、なのはがレイジングハートで封印するためのスキを作るだけ。
 私の魔法じゃこれが精一杯だ。これが夜ならまたちょっと話が違うんだろうが、魔法の射手なんか効いてる感じは一切無いしな。正しく豆鉄砲だ。
 
「リリカル、マジカル! ジュエルシード、シリアル16!」

 結局私の障壁も犬みてーな化け物の動きを止めることは出来ず、ちょっと動きが鈍った程度。そのスキになのはが後ろから魔法を使いリボンみてーな物を出し、犬みてーな化け物を縛り上げた。
 多分こうなると私の出番は無い。障壁を解き、化け物の様子を見る。全体に黒くて、目が4つあって、ごつごつしい。なんかカードゲームに出てくるモンスターみてーだよな。攻撃力1300って所か。生贄は要らないな。
 私は欠伸を一つし、封印されつつある化け物を見送る。そして。

「封印!」
『Sealing』
 
 なのはとレイジングハートがそう言うと、化け物の体が光の粒子へと変わり、ジュエルシードになりましたよ、っと。
 これで2つ目か。めんどくせーが、処置できる爆弾の横でのうのうと過ごす趣味も無い。仕方ないよな。
 まぁ、それにしても。

「お前らって本当役に立たないよなぁ。」
『僕等は戦闘用に作られたわけじゃないっす!』『ああ! そんな蔑む様な目で見ないで!』『ちう様見捨てないで!』

 私は手元に有る羽の生えた形の魔法の杖……いや、バトン? と、私の周りに浮かぶトンヌラ達に視線を移す。
 本当の姿はこんな如何にも魔法少女のステッキですと言わんばかりなくせに、戦闘用じゃないって詐欺だろ。魔法少女は戦う者だぞ?

「千雨ちゃん、お疲れ様~。」
「おう、頑張ったな、なのは。」
「なのはは凄いよ。」

 そんな事をしている私達のもとへ、ジュエルシードをレイジングハートの中へと取り込んだなのはとスクライアが戻ってきたので労いの声をかける。
 本当凄いよな、私いらねーんじゃねーか?

「悪いな、なのはばかり苦労させて。」
「ううん、大丈夫! 魔法使うの楽しいしね!」
『問題ありません』

 既にユーノはなのはの肩に乗り、レイジングハートは宝石状態だ。
 私も力の王笏を宝石状態へと戻したが、トンヌラ達は周りを浮かんだまま。人来るかもしんねーから隠れてほしいんだけどな。
 ていうかこれなら持ってくる必要も無かったか。次からは家に置いて来るか?

『あのネズミより私のほうが役に立ちます』 

 そして、レイジングハートはなのはに向かいこんな言葉を言い始める。相変わらずトンヌラ達のことは嫌いらしい。

『分野が! 分野が違うっす!』
『負け犬の遠吠えです』
『ちう様から解析の許可さえ出れば、そんな事言えなくなるっすよ!?』
『訂正します この負けネズミ』
「にゃ、にゃはは、レイジングハート、そのくらいに……。」
「はぁ。こんな性格だったかなぁ……。」

 皆が呆れる中、レイジングハートに言い負けたトンヌラ達がその姿を消す。消すのは良いが、私にだけ聞こえるように言い訳や泣き言を言うなよな。鬱陶しいことこの上ない。
 まぁ中には泣いて悔しがっている奴も居るからな、そんな事は言わねーが。
 それは兎も角。無事二つ目のジュエルシードを封印した私達は、全員で私の家へと移動を始める。そこではすずかとアリサが待っているはずだ。今日学校では魔法の事とスクライアの事を少し喋っただけで、詳しい説明は放課後ゆっくりすると約束してたからな。
 さて、そもそも何故私となのははこんな事をしているのか。
 神社の階段を下りながら、隣を歩くなのはが頻りに話しかけてくるが、私は適当に返事をしつつ昨夜の事を思い返していた……。


◇◇

「はぁ。兎に角こんなのが後20個近く散らばっていて、封印するにはなのはちゃんとレイジングハートが必要、と。どうしようかしら。」

 何やら公園の隅でうんうん唸って悩んでいたシャークティだが、悩み終わったのか諦めたのか、とにかくスクライアとトンヌラを引き連れて私となのはの所へと帰って来た。
 そしてこれからどうするか決めることになったんだが。

「御免なさい。ここの魔力は僕に合わないようで、回復には1週間くらい掛かりそうなんです……。」
「ユーノ君は悪くないよ! 大丈夫、私がちゃんと手伝うから!」

 封印の手段がなのはとレイジングハートしか無い以上、こいつらがメインで動き回ることは確定。なのはも乗り気だし、スクライアもマスコットらしく後をついて回るんだろう。
 そうすると、自然に私とシャークティはどうするかっつー話になるんだが。私達の魔法でも戦闘になったときの補助は出来るんだから、シャークティが一緒について回れば良いんじゃねーか?
 と、そうは言ってもバイトも有るし。辞めちまえばいい気がするが、そうじゃなくても何やら調べ物がしたいらしい。勿論空いた時間は手伝うが、ずっと一緒にやれる訳じゃないんだと。
 そして。皆の視線は、自然と私へと集まって……。

「な、何だよ?」
「千雨ちゃんはどうするの?」

 わ、私? 私は関係無いだろ? 大体魔法だって習い始めて1年も経ってないし、戦闘だって慣れていない。なのはみてーに封印出来るわけでも無い。シャークティが一緒に居るならいいじゃねーか。
 あー、つってもずっと一緒に居るわけじゃないか。シャークティが居ない時。でも私が居て役に立つか? 立たねーだろ?
 でも。そうするとなのは一人で封印することになるのか。それはそれで心配……だよな。こいつに何か起きるくらいなら……。
 って、何考えてる。わざわざ危険に首つっこむ必要もねーじゃねぇか!?

「わ、私が居ても何も出来ないだろ?」
「あら。そうでもないと思うけど……たしかに不安は残るわよね。」

 そう! そうだ! 私が一緒に回ったって仕方ない!

「じゃあ、パクティオーの主従を逆にしましょうか。そうすれば、何かあれば私を召喚してくれれば良いわ。」
「んな!?」

 もちろん、千雨ちゃんがよければ、だけど。判断は任せるわ。そうシャークティは言う。
 そうか、召喚か。それなら私が一緒に回る意味も出てくるのか。勝てないと判断したら、召喚すれば良いだけだしな。
 いや、でも……わざわざ首を突っ込む必要も……けど、こいつ等だけで集めて回って怪我でもしたら……怪我で済めば良いけど……そ、それなら私がついて回ったほうが……?
 ああ、もう! なんで私が悩まねーとなんねーんだよ!?
 私がそう頭を抱えて考え込んでいたら、なのはが私の顔を覗き込んでこう話す。

「千雨ちゃん……大丈夫、私だけでも頑張れるから、ね?」
「っく、なのは……。」

 く、くそ。逆効果だ。本心なんだろうが、それは100%逆効果だ。いや本当に本心か? こいつ狙ってやってねーか!?
 ああ、もう!

「な、何かあればすぐ呼ぶからな!? シャークティ!」
「ち、千雨ちゃん? 良いの!?」

 し、仕方ねーじゃねぇか!? 知らん所でケガでもしてるんじゃねーかって心配してるくらいなら、ついて回ったほうがまだ安心出来る。ぜってー本人にはそんなこと言わねーけどよ!
 ああ、くそ、苦笑してるシャークティが無性に腹立つなおい!
 そんな事を考えながらシャークティを睨むと、シャークティは肩をすくめて砂場に魔法陣を書き出した。
 ま、魔法陣? 何で、って、おい、まさか……

「さぁ、それじゃ契約をしなおしましょうか。」
「お、おいおい、またするのか? 本気か? こ、こんな所で?」
 
 私達の会話を聞きながら、なのはは首を傾げている。そりゃ知らん奴がみれば首も傾げるだろう。
 けどよ、こんな外で、なのはやスクライア、ついでにトンヌラ達が見てるっつーのにアレをするのか? こいつには羞恥心って物がねーのか!?
 あ、いや、アレは範囲外なのか。つーかシャークティが良くても私がダメなんだよ! 2人っきりでも恥ずかしいっつーのに、なんで人が見てる中やらなくちゃいけねーんだ!?
 なんて、そんな事を考えているうちに。シャークティは魔法陣を書き終わり、それが発光を始めやがった。

「さぁ、思い立ったが吉日とも言うでしょう?」
「そ、それにしたって、こんな、こいつ等が見てるじゃねーか……!」

 両頬を押さえられ、私が目を瞑っているうちにムリヤリされた、あのしっとりした柔らかい感触が蘇る。初めてだっつーのに強制されて、でもそこまで嫌かっつーとそうでもなくて、シャークティの良い匂いがして、ドキドキして……
 だ、大丈夫かな? 私これでもここ来るとき走ってきたから、少し汗かいてるんだけど。に、臭ったりしねーか……?

「ち、千雨ちゃん? 何なの? 顔赤いよ?」

 砂場を前に躊躇っていた私へ、なのはが声をかけてくる。
 ……っは、今私何を考えていた? あ、汗臭い? 馬鹿じゃねーか!? なんでシャークティ相手にそんな事を気にしなきゃなんねーんだよ!?
 って、いやいや、気にするのは当然だが。なんつーか、恋する乙女じゃねーんだから。なんか、こう、違うだろ?
 ああ、もう! 親愛だ! 決してそんな感情は無い! 私は今ガキじゃねーか!

「さ、さっさと済ませるぞ!」
「はいはい。」

 そして相変わらず余裕なシャークティ。っく、いつか、ぜってーいつか反撃してやる。首洗って待っておけよ!?
 そんな事を思いながら、私も魔法陣の中へと入る。
 後から聞いた話だが、この魔法陣には契約を促すために気分を高揚させる効果もあるらしい。普通は魔法陣の中に入った時点で有る程度覚悟してるんだから、そんな効果いらねーと思うんだけど。
 私みてーに魔法陣に入ってから聞かされるなら話は別だが……っは、ひょっとして常套手段なのか? あれが?
 なんて。そんな半分現実逃避とも言えることを考えているうちに、シャークティの両手が私の頬へと伸びてきて。

「あら。目は瞑らないの?」
「負けた気がするから嫌だ。」

 そして。シャークティの唇と、私の唇の距離が。ゼロとなった。

「う、うわ、うわぁ……キ、キスしてる……。」

 そんな私達を見て、そう声を漏らすなのは。私はちらりと横目でその様子を見るが、両手で顔を隠して、でも指の間からしっかりと見ている。何の意味もねーな。
 なんて物が見えたのもつかの間、魔法陣が強く発光して外の様子が見えなくなる。取り敢えず成功か。
 この発光も一瞬の物で、光が弱くなった所で私はシャークティから離れようとしたんだが。
 ペロリ、と。最後にシャークティは私の唇を舐め上げた。

「……! て、てめぇ!」
「ふふ、真っ赤ね。千雨ちゃんの負けかしら。」

 や、やっぱりこいつアレだ! わ、わたしはそっちの趣味はねーぞ!? 絶対、絶対にだ!!
 ああくそ、暑い、なんてことしやがるんだ! しかも私今ガキだぞ!? 悪乗りが過ぎるっつーか、ひょっとしてそっちの趣味もあるのか!?
 あ、あれか? 私のコスプレを頻りに可愛いっていってたのも、そっちの人だからか!? 私を助けるのも落すためか!? ぜ、ぜってー負けねー!!
 私は多数派の中で一生を過ごすんだ! 絶対にだ!

「冗談よ、冗談、って……聞いてないわね……。」



◇◇

「ち、千雨ちゃん? 顔赤いよ?」

 ……っは!?
 いかん、いかん。なんであんな事を思い出して顔を赤くしてるんだ私は。まるで意識してるみてーじゃねぇか。
 ダラダラと喋りながら歩いて帰って来た私達は、何時の間にやら私の家の前へと到着していた。まだ十分に明るいが日は傾いており、もうそろそろ空が赤くなり始めようかという時間だ。
 今日は改めての話し合いのため、シャークティと茶々丸も速めにバイトを切り上げさせてもらって私の家に来る予定になってはいるが。玄関に入っても3足しか靴が無いことから、未だ来ていない様だ。
 
「ただいまー。」
「お邪魔しまーす!」

 勝手知ったる友達の家、とでも言うべきか。私は一度リビングへ行き飲み物を用意するが、なのははそのまま2階の私の部屋へと向かう。
 部屋も散らかしてはいないし、勝手にクローゼットなんかを荒らす奴らでも無いからな。心配することは何も無い。つーかそもそもコスプレの件は知ってるしな。
 ちなみに例え真夏だろうが真冬だろうが、うちで出てくる飲み物は麦茶一択だ。たまにジュースの日もあるが、私達4人で飲んでちゃ直ぐに無くなるからな。
 普段から紅茶やら高そうな物ばかり飲んでそうな奴らだ、私の家でくらい麦茶で良いだろう。嫌なら持って来いという話だ。

「おまたせー。」
「こら! 待ちなさい!」
「キュ、キュー!?」

 お盆に麦茶を載せて私の部屋へと入ると、そこにはアリサにおもちゃにされるスクライアの姿があった。
 このフェレットが人と同じ人格を持っていることは学校で話してあるんだが、それでもペット感覚だろうな。所詮見た目が全てだ。
 私はテーブルの上に麦茶の載ったお盆を置くと、すずかがそれぞれに配ってくれた。ちなみになのははアリサとスクライアを見て苦笑している。

「お前等、出てきていいぞ。」

 どうせ殆ど話すんだし、と。そう思い、私は力の王笏に向けて声をかける。すると私の周りにトンヌラ達が現れた。

「あ! この子たちが学校で言ってた精霊さん? 初めまして!」
『はじめまして!』『我等は電子精霊っす!』『ちう様の僕っす!』
「あー! そっちも可愛い! もう、千雨ばっかりずるいじゃない!」

 ずるいって言われてもなぁ。
 好き勝手言って飛び回るトンヌラ達と、1匹2匹手に乗せて会話をするすずか。手の中のスクライアと電子精霊を見比べて悩むアリサに、うずうずしながらも電子精霊を目で追うだけで何もしないなのは。
 そんなカオスな……いや、賑やかな空気の中で。昨夜から始まった、私達が関ることになった事件の説明が開始された。



「違う世界に、ロストロギア、ジュエルシード、ねぇ……。」
「あ、危なくないの? なのはちゃんは大丈夫なの?」

 30分ほど説明していただろうか。途中からシャークティと茶々丸も来て、一通りの説明が終わった後。

「大丈夫だよ! 千雨ちゃんとシャークティさんも手伝ってくれるし、何よりレイジングハートは頼りになるし、ね!」
『問題ありません』

 そう啖呵を切るなのはとレイジングハート。
 まぁ私は予備みてーなモンだがな。いざって時にシャークティを呼ぶのが仕事みたいな所があるし。戦力として期待されても困る。

「私はどうすれば良いでしょうか?」

 と、そんな事を考えていると、茶々丸が首をかしげながらこんなことを言い出した。
 ちゃ、茶々丸がどうするか? ロボットだし力が強いのは知ってるけど、戦えるのか? 魔法とか出来るのか? 出来ねーだろ?

「でも、茶々丸さん武装が無いじゃない?」
「はい。しかし実体を持つ相手であれば、標準の武装でも十分戦闘可能かと。」

 だが、シャークティは武装さえあれば茶々丸も戦えるような口ぶりで、茶々丸に至っては実体さえあるなら問題ない、と。
 そうか、茶々丸も戦えるのか。じゃあ手伝ってもらうか? シャークティとバイトの時間をずらして貰って、どっちかが常に一緒に行動するようにすれば安心出来るよな。
 じゃあ翠屋の人たちにも説明しなくちゃいけねーのか? うーん、そもそもなのはが関ってる時点で説明する必要は有るんだろうが。どうするか。
 つーか私の親にも何かそれらしい説明を――

「ち、ちち、千雨……。」

 と、ちょっと顔を伏せて考えていた時。
 何やらアリサが声を震わせて私を呼ぶので顔を上げてみると、すずか、なのは、アリサの3人が身を寄せて私を見つめていて。茶々丸は無反応、シャークティは頭を抑え。
 なのはが、声だけじゃなく体全体を震わせ、何かに怯えながら私を指差す。な、何だ?
 
「う、後ろ……。」

 後ろ?
 私は特に何の警戒もせず振り返る。すると、そこには。

「「「お、お、おおおばけーーーー!?」」」
「何だ。煩いな。」

 半透明で宙に浮く、エヴァンジェリンの姿があった。

「え、エヴァンジェリン!? 何てタイミングで出て来るんだよ!?」
「ん? 来ては不味い事でも有ったのか? あと茶々丸はどこだ?」
「千雨! 離れなさい! お化けよ、とり憑かれるわよ!?」

 ついさっきまで3人揃ってテーブルの周りに座っていたのが、いまやベットに座るシャークティと茶々丸の後ろへ逃げて隠れている3人組み。辛うじてアリサの声がするが、他の2人は声も出ないほど怖がっているようだ。
 ……あ、いや、訂正。すずかは面白がっている節があるな。口角が上がってやがる。なのはとスクライアは完全にダメだな。おいおいベットの上で漏らすんじゃねーぞ?
 つーかこの状況、どうしよう。何て説明しよう。
 まさか本当の事を言うわけいかねーし、うーん、うーん……えーっと……

「しゅ……守護霊だ!」
「ハァ?」

 ええい、くそ、話を合わせろよ!? 唯でさえややこしい話が、テメーが来たせいで余計ややこしくなったんだぞ!?
 私はそんな思いを込めてエヴァンジェリンを睨みつける。すると、エヴァンジェリンは一つ頷き、ニヤリとあくどい笑みを零した。……失敗したか?

「しゅ、守護霊?」
「ああ、そうだ。私は長谷川千雨の守護霊だ。」

 その言葉を聞き、アリサがシャークティの裏から顔を出す。ああ、もうこの際アリサだけでいいや。なのはは後からどうとでもなる。つーか頼むから喋る人数を減らしてくれ。

「守護霊って、ご先祖様とかじゃないの? 千雨とは似ても似つかないけど……。」
「私は600年以上前に生まれたからな。だが、こいつは半分私の子供のようなものだぞ?」

 ほっ……。取り敢えず話を合わせてくれるみてーだな。このロリガキの子孫っつー設定も気に食わないが、この際この場が収まればどうでもいいや。
 アリサは少し興味を持ったのか、未だベットの上からは降りないがシャークティの裏にいるのは辞めたようだ。
 すずかもシャークティを挟んで反対側から顔を出すが、未だなのはの姿は見えない。すずかにしがみ付いているだろうことは簡単に予想できるが。

「守護霊って誰にでもいるの? 例えば、私とか。」
「ん?」

 その言葉に、エヴァンジェリンは少々考えながらアリサを見つめる。半透明の存在に見据えられてアリサは居心地が悪そうだが、それでもその場を動かずにエヴァンジェリンを見つめ返す。
 不意打ちでさえなければ、こいつの肝の据わり方は大した物だよな。私が逆の立場ならあんな反応できねーぞ?

「ああ、見えるぞ。お前と良く似た姿で薬物投与の果てに強姦されて非業の死を遂げたが、死んでも死に切れず幽霊となった少女の姿が――」
「ちょっと! それ絶対悪霊じゃない! それは守護霊じゃなく背後霊よ!」
「おいおい……。」

 何をどう間違っても子供に対する台詞じゃねーな。理解しているアリサもアリサだが。
 明らかに嘘っぽいその言葉と、人間らしいその表情に――まぁ生きてるから当然なんだが――エヴァンジェリンを怖がる事をやめたアリサは、ベットから降りエヴァンジェリンに向かい文句を言う。
 これはこれで話が進まなねーな、怯えて話しにならないのとどっちがマシだったんだろうか。
 それにしても――

「エヴァンジェリンは何しに出てきたんだ?」
「ん? ああ、お前とシャークティに話が有ったんだが……。」

 と、そこでエヴァンジェリンは言葉を切り、アリサ達へ視線を滑らせた後に、再度私を見る。 
 ああ、なるほど。こいつらが邪魔なわけね。

「中途半端でわりーけど、続きの話は明日にしてくれ。」

 私はそういい、渋るアリサを部屋の外へと押し出す。ちなみにすずかは普通に手を振りながら、なのはは脱兎のごとく部屋を出て行った。
 さてさて、ジュエルシードがどうこうよりも、正直こいつの話のほうが私にとっちゃ重要だからな。今度は一体どんな話が飛び出すのやら……。



[32334] 第30話 可愛いお人形
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/06/05 23:40
「さて。本題へ入る前にだ……」

 アリサ達を追い出し、何やら麻帆良関係の話をするようなのでトンヌラ達を力の王笏へと戻したことで、私の部屋に居るのは私とシャークティ、茶々丸、それにエヴァンジェリンの4人だけとなった。
 玄関からは3人と、あとついででスクライア達が出て行く音が聞こえる中。エヴァンジェリンは部屋の中を見渡し、てっきり本題に入るのかと思ったんだが、その口から発せられた言葉を聞くにどうもそうじゃないらしい。
 右手で頭を軽く押さえ、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。

「状況的には判っているんだ。恐らく私の推測は正しいと。しかしどうも納得がいかんというか、一体何があったんだと問い詰めたい所なんだが……」

 私達が見ている前で、そんな事を呟きながらテーブルの上を通りベットへと近づくエヴァンジェリン。全然関係ないが、こう本人が隠す気も無く裸体を晒していると、段々裸だってことが気にならなくなってくるな。最初は見てるこっちが恥ずかしいと思ったもんだが。
 つーかひょっとして魔法関係者っつーのは羞恥心がマヒするんじゃねーか? 私も知らん所でマヒしてるのか? 嫌だぞおい。
 まぁそれはそれとして、ベットへと到着したエヴァンジェリンは2人の前で立ち尽くす。そしてゆっくりと指をさし、若干声を震わせてこう言った。

「お前、もしかして……茶々丸、か?」
「はい、マスター。」

 あー。そうか。エヴァンジェリンの中では茶々丸はあのロボットですっていう見た目のままなんだよな。で、ぱっと見では気付かなかったが、茶々丸がこの部屋に残ったことでそれに気付いたと。
 別にすっかり顔が変わってしまったわけじゃないしな。
 私達が見ている横で、エヴァンジェリンは茶々丸の肌を恐る恐る突いたり胸を揉んだりしている。おいおい、やりたい放題だな。
 茶々丸も僅かに顔を赤くしているが、エヴァンジェリンには逆らえないのかされるがままだ。

「な、何故だ……茶々丸はこんな体じゃなかったはずだよな!?」

 エヴァンジェリンは茶々丸の胸を鷲掴みにしたまま、私の方へと振り返り説明を要求してきた。
 まぁ、こいつ相手なら隠すことは何も無いだろう。私はそう判断し、聞かれるがまま茶々丸に起きた出来事を順番に説明してやることにした。



「ふふふ、良いよなぁ茶々丸は。体を自由に出来て。私なんか大人の姿になった所で、所詮幻術に過ぎんもんなぁ……。」
「な、なんであんなに拗ねてるんだ? あいつ。」

 説明後。順番に説明するとは言っても、この世界にも自動人形の製作者がいて、その人に茶々丸を紹介したら改造してもらえたという程度の物だ。
 夜の一族がどうのこうのというのも喋った方が良いのかなと迷ったが、進んで言いふらす事でも無いだろうと思い喋っては居ない。
 しかし、それを聞いたエヴァンジェリンは部屋の隅に行き体育座りで沈み込んでしまった。い、一体何がそんなにショックだったんだ?

「っく……大人の体……」
「拗ねているマスター……希少です。」
「おい。ボケてないで説明してくれよ?」

 そして茶々丸はその様子をガン見して微動だにせず、ボケたことをぬかしている。

「今のマスターの前では、その事柄の優先順位は低いと判断します。」
「おいおい。」
「エヴァンジェリンさんも可愛い所があるのねぇ。」

 いや、あの尊大なエヴァンジェリンが体育座りでいじけているなんて、レアでギャップがあるだろう事は認めるが。お前は従者なんだろう? そんな事でいいのか?
 私が茶々丸に対し呆れた視線を向けていると、その代わりかシャークティが喋りだす。しかし、その内容はとんでもない事だった。

「エヴァンジェリンさんがさっき言っていたでしょう? 自分は600年以上前に生まれたって。あれは事実なのよ。」
「……は?」
「600年以上前のヨーロッパ貴族の娘として生まれ、しかし10歳の時に何者かの手によって吸血鬼にさせられ、それ以来あの姿のまま。向こうの世界の魔法使いの中でもかなり有名なのよ?」

 生い立ちまでは知らない人のほうが多いでしょうけど、と続けるシャークティ。
 ……このロリガキが真実600歳以上? さっきのは私の嘘に話を合わせたんじゃ無かったのか? で、向こうじゃ有名な吸血鬼?
 じゃあアレか? 今落ち込んでいるのは、成長しない自分に多少なりともコンプレックスがあるって事なのか?
 何でも有りだとは思っちゃいたが、こう本物の話を聞いてもいまいちピンと来ないよな。どっからどう見ても小学生だし。なんでそんな奴が麻帆良で中学生なんかやってるんだ?
 ……ん、まてよ? こいつが吸血鬼って事は、つまり……

「……さっき、私を半分自分の子供のようなものだって言ったのも――」
「私達を噛んで吸血鬼化させたのが、エヴァンジェリンさんだからでしょうね。」
 
 ま、マジか。うわ、なんかそう考えると急に恥ずかしくなってきたな。このロリガキに噛まれたのか。
 てっきり薬か何かで吸血鬼化したのか、そうじゃなくとも知らん吸血鬼が居るのかと思ってたんだが。い、いや、薬は兎も角、知らん奴に噛まれるよりは良いのか?
 良くわからんがエヴァンジェリンには何かと動いてもらっているっぽいし、恩が有るといえば有るんだろうが……。こ、こいつに噛まれたのか……。このロリガキに……。
 なんつーか、微妙な気分だぜ……。

「ふ、ふん。そうだ。せいぜい私に感謝するがいい。そうでなければ今頃いい歳してオネショか、カテーテルだぞ?」

 未だほんのりと赤い顔で目が潤ってはいるが、立ち直ったのか気持ちを切り替えたのか、エヴァンジェリンがこっちを向いてそう話す。
 カテーテルが何かは知らねーが、オネショは勘弁だな。そうか、そういえば吸血鬼化するか聞いてきた時に代謝がどうのこうのと言ってたもんな。
 そのお陰で私の身長は伸びず、クラスの背の順ではとうとう一番前になっちまったんだが……。まぁ、オネショに比べたら全然大したことは無い。その事については素直に感謝しよう、うん。
 つーかこいつにも色々事情があったんだな。なんでこんなガキがクラスに居るんだとかずっと思ってた。スマン。
 ……つーことは、まさかあの鳴滝姉妹も魔法関係者? 獣人か? 不老なのか? もうなんだか向こうの人間全てが怪しくみえてくるぜ。

「話は変わるけど、向こうでは何日経過したの? こちらでは9ヶ月程経っているけど。」
「あん? ……思ったより経っているな。向こうは月曜日の深夜だから、2日半といった所か。」

 うわ、まだ2日半か。もう私向こうで最後に何してたかとか覚えてねーぞ? テスト期間だったような気がするが。
 つーか、こっちも現実みてーなもんだと思っているだけに、あんまり向こうでどれだけ経過したかなんて気にしてなかったぜ。こうやって時々エヴァンジェリンが来てくれねーと、本当に忘れちまうんじゃないか?
 飽く迄も私の現実は麻帆良なんだがな。徐々に実感が無くなっていく気がするぜ。……ヤバイのかな?

「ところでだ、長谷川。お前、自分の部屋に三脚を置いてあったよな?」
「あん? 三脚?」

 自分の部屋? 私はこの部屋の中を見渡すが、三脚なんか置いていない。当然だ、コスプレ撮影なんてやっていないからな。ホームページ用に幻術の練習を進めてはいるが、まだまだ姿を変えるまでは出来ていない。
 服装の一部を変えるとかなら夜限定で出来るようになってきたが、それじゃ写真を撮る意味も無いしな。
 見た目を自在に変更出来るか、せめて中学生の自分の姿に変わることが出来れば、撮影するかもしれねーが……

「違う、違う。この部屋じゃない。麻帆良の寮にだ。」

 ああ、そっちか。

「確かに有るな。なんだ? どうかしたのか?」
「呼び出せ。ここに。」

 実験だよ、実験。この夢が何なのか調べる為のな。と、エヴァンジェリンは続ける。
 そんな急に呼び出せって言われてもな。

「どうしたら出てくるんだ?」
「私が知るか。強く念じれば来るんじゃないか?」

 ……ま、そりゃそうか。
 えーと、強く念じる、ね。三脚、三脚……あー……念じる? 念じるってどうすればいいんだ? 召喚する感じか?
 うーん……あれだ。汝の身は我が下に――
 と、そんな感じで思っていると。

「「――来ます。」」

 茶々丸とシャークティが同時に何かに反応し、シャークティが宙に向かい手を突き出す。
 そして、空を握るかと思ったシャークティの手の中には。
 落書きだらけの私の三脚が、握られていた。

「お、おい、なんでこんな落書きだらけなんだよ!? うわ、マーカーで書いてやがる!?」
「私のサインだ。嬉しいだろう?」
「いらねーよこんな落書き!! ああもう、雲台にまで!? 高かったんだぞ、どうしてくれるんだよ!?」
「な、なに? 私のサインが落書きだと!? 貴様、それが恩人に対する言葉か!?」
「っく、そ、それとこれは別だろう!? 何も落書きしなくたって――」
「ええい、落書き落書きと連呼しおって! シャークティ! その三脚を持ってついて来い、不愉快だ!!」

 そう叫ぶと。エヴァンジェリンは肩を怒らせ、部屋の外へと出て行った。
 ……え? ひょっとして、わ、私が悪いのか? でも、数万する物に落書きされちゃ怒るだろう?
 だが、良くわからんし実感も無いが、エヴァンジェリンに世話になっているのはきっと事実なんだろうし。う……わ、私が謝ったほうがいい、のか?
 ど、どうしよう……。


◇◆

 千雨の部屋の前。腕を組み、肩を怒らせ、荒い息を吐きながら千雨の部屋から出てきたエヴァンジェリン。だが続いてシャークティが三脚を持ちながら廊下に出て、扉が閉まったことを確認すると、先ほどまでの態度が嘘のように普段の状態へと戻る。
 それを見たシャークティは苦笑するが、直ぐにそれを真剣な表情へと変えた。

「これで、物質転移は確定だな。」
「ええ。やはり条件は千雨ちゃんが呼ぶこと、ね。」

 エヴァンジェリンとシャークティは声を潜め、シャークティの手の中にある三脚へと視線を移す。
 千雨は落書きと言ったが、エヴァンジェリンのサインが書かれた三脚。これは千雨が知る由も無い事であり、これにより千雨の部屋の物が直接夢の中へ来ていることは確認された。

「まぁ、予想通りではあるんだが……。新たな発見と言えば、これが転移する直前か。何を感じた?」

 とは言ってもエヴァンジェリンの言うとおり、これは以前から予想されていたことが確認出来たという、それだけの事であり。意味が無いとは言わないが、そのこと事態にはあまり注目をしていなかった。
 いや。別の発見の方が遥かに重要と判断した、と言うべきか。

「茶々丸さんも感知していたけど、魔力を――些細な魔力の揺らぎを感じたわ。生憎私は転移魔法を使えないけど、それらに似ているのでは?」
「ふむ。今の私じゃ魔力の感知は出来んが……揺らぎ、か。確かに転移の直前には揺らぎが発生するな。それを押さえるのも術者の腕なんだが。」
「なぜ魔力が揺らぐのかしら。やはり魔法的な要因が、何か存在するのというの……?」

 仮に。これが正しく千雨の夢であるなら、三脚の登場に魔力は伴わず、落書きもされていないだろう。
 魔力の揺らぎが転移魔法の物であるなら、その魔法の術者が居るはずだ。
 だが、それなら。この世界は、その術者が用意した世界の筈であり。シャークティには、このような緻密な世界を誰かが用意したとは、どうしても思うことが出来なかった。
 向こうの世界とまるっきり同じという訳では無く、至る所に違いが見られ、しかし大筋の流れは同一であり。更には最近になって、遠い遠い違う星の文明と名乗る者まで現れて。
 こんな物は個人では――いや、人が用意出来るような物ではない。そう考えた。

「もっとヒントが必要だな。何か、他に変わったことは無いか?」
「ええ、有るわ。それも飛び切りの物が。」
「……何だ?」

 腕を組み眉間にしわを寄せ、自分の考えに没頭していたシャークティだが。エヴァンジェリンの問いかけに対し、最も大きなヒントだと思われることを話し出す。

「千雨ちゃんが電子精霊を使役しているのは見たかしら?」
「ああ。使役の魔法を教えたのか?」
「いえ。そもそも、この世界……いえ、この地球のインターネットには電子精霊は居なかったわ。茶々丸さんに確認してもらったのだけど。」

 シャークティの言葉を聞き、今度はエヴァンジェリンが眉を潜める。
 シャークティが敢えて地球と言いなおした理由も気になるが、それよりも。言葉を鵜呑みにすれば、千雨は居ないはずの電子精霊を使役している、という事になる。
 精霊と言うのは何処にでも居るが、電子精霊というのは魔法と科学の発展と共に作り出された人工精霊である。それが居ない。だが、使役している。
 それは、つまり――

「意味がわからん。どういう事だ?」
「この世界は、独立した一つの世界。もし向こうとは違う魔法形態が進化しから、というifの世界。なんてことを考えた時期も、あったのだけど……。」

 そこで、シャークティは言葉を一度切り。頭を横に振ったあと、改めてエヴァンジェリンの目を見つめ、次の言葉を放った。

「あの電子精霊達。名前を『力の王笏』。本人達が言うには、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)の、アリアドネーにある研究所で作られたそうよ。」
「こっちにもアリアドネーが有るのか?」
「ああ、そういえば言っていないわね。この世界には『麻帆良』や『蟠桃』は存在しないわ。けど、精霊達はそれらを知っていた。」
「はぁ? どうゆう事だ!?」

 思わず声を大きくするエヴァンジェリン。だがシャークティは肩をすくめることしか出来ない。

「あの精霊達も驚いていたわ、ここが麻帆良の有る旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)では無いと聞いて。千雨ちゃんを混乱させないように、口止めはしているけど。」
「ますますもって意味がわからん! 何だ? 何か他につながりが有るのか!?」
「ちょっと、声が大きいわ。千雨ちゃんに聞こえちゃうじゃない。」

 シャークティに注意され、口ごもるエヴァンジェリン。しかしその眉間に刻まれたしわはますます深くなり、腕を組んだままウロウロと動き回る。
 シャークティもそんなエヴァンジェリンを見ながら考え込むも、新しい仮説等が出てくる訳でも無く。何か違うヒントは無いかと、エヴァンジェリンに問いかけた。

「エヴァンジェリンさんはどんな仮説を立てていたのかしら?」
「フン、全て見直しだ、忌々しい! まるで私が道化のようでは無いか!」

 その見直す前の仮説で良いから、教えてくれないかしら。そう、エヴァンジェリンに問う。
 するとエヴァンジェリンは未だイライラした様子ながらも、目を瞑りとつとつと喋りだした。

「夢と一定の空間を媒介とした、平行世界の自分との精神入れ替わり。これを軸に考えていたんだがな。それなら物品の移動や時間の非同一性にある程度説明が付く。無論、穴だらけだが。」

 しかし、長谷川とは関係ないところで接点がある。どういう事だ……。っく、あいつの言うことを真に受けすぎたか! そう呟くエヴァンジェリン。
 エヴァンジェリンの仮説は飽く迄も千雨のみが接点であることが前提のため、その前提が覆されたのだ。また新しい仮説を立てる必要があった。 
 一方のシャークティは真相とは違う様子だが、エヴァンジェリンの仮説に対し素直に関心していた。その仮説なら千雨が夢を見始める前からこの世界が存在していたことに説明が付くし、此方からは居なくなった千雨、またそのノートが向こうに有るという事になるからだ。
 しかし、それはそれで解決しなければならない問題だらけである。果たして仮説が違っていたことが良かったのか悪かったのか。そんなことを思い溜息をついた。

「やはり基本に帰るべきかしら。この世界は本当に千雨ちゃんの夢で、何もかも千雨ちゃんの空想上の産物……やっぱり、それは無いわよねぇ……。」
「ああ。向こうでは此方の長谷川千雨が目を覚ましたからな。それは無いぞ。」
「そうよねぇ。無い、わ、よ……って、え?」

 ぽとり、と。シャークティの手から三脚が零れ落ちる。床に落ちた三脚は一度跳ねて階段へと倒れ、そのままガンガンと音を立てながら1階へと落ちていく。
 エヴァンジェリンはそんな三脚をチラリと一瞥するも、それ以外特に何も反応せず。
 シャークティは三脚が落ちたことにも気付かぬまま、次の言葉を発する。

「千雨ちゃんが……起きた?」
「ん? ああ、聖祥小学校の2年1組、で合っていたよな?」

 そして。シャークティは一度深く呼吸をすると。

「な、な、な……なんですってーーー!!?」

 そう、叫んだ。 
 
 



[32334] 第31話 中国語の部屋にあるものは
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/07/17 02:27
「なぁ茶々丸、私が謝ったほうが良いのか……?」
「謝った場合の方が物事が滞り無く進む可能性が高いです。」

 エヴァンジェリンが怒って部屋を出て行き、シャークティが追いかけたことで、私は茶々丸と2人っきりとなった。
 茶々丸は飲みやしない麦茶が入ったコップを持ち部屋の扉を見つめている。元々なのはとアリサ対策にフェイクとして用意していたものだ。
 そういえば何故私はあの2人に茶々丸がロボットだということを隠してるんだっけ? 魔法がばれている以上、隠す意味は無い気がするが……まぁいいか。茶々丸は元々あまり接点が無いからな。バイトで少しなのはと喋る程度か。単に機会を逃しただけ、かな?
 この先ジュエルシード探索なんかをなのはと一緒にやってもらうなら、そのうちばらす機会は来るだろう。
 そうなるとすずかの事を言わないように口止めしておかないとな。その辺りの機微はわかっているような気もするが、結構抜けてるからな、こいつ。
 茶々丸を作ったのがあの葉加瀬と超だってことは茶々丸本人から少し聞いたが、なんだが茶々丸のAIが抜けていることに酷く納得出来る面子だ。超はまだ少しバランス感覚が有りそうだが、葉加瀬だもんなぁ……。
 むしろあの葉加瀬が茶々丸のようなAIをつくる事が出来た事のほうが驚きだ。技術的な面もそうだが、性格的な面でも。超が魔法に関っている事はわからんでも無いんだがな。
 そうだ、茶々丸が戦うときはやっぱり肉弾戦なのか? 普通の人間に比べて力が強いなんて次元じゃないことは知ってるけど、それでも魔法相手にどうにかなるんだろうか?
 実体を持つ相手なら大丈夫だと自分で言う辺り、弱くは無いんだろうが……。
 ――なんて。現実から目をそらすために色々なことを考えていたが、それも一区切りついてしまい。

「ああ、どうしよう、どうやって謝ろう……。」

 そ、そりゃ自分のサインを落書き呼ばわりされたら怒る、か? 芸能人のサインは殆どが唯の落書きと言って良いだろうが、エヴァンジェリンのは単なる筆記体だったみてーだし。うん、そこは私が悪い。認めるっきゃねーな。
 でもよ、あの三脚は結構高かったんだぜ? それに勝手にサインするのはエヴァンジェリンが悪い。それは間違いない。差し引き0だろ?
 ん、いや、そもそもこの夢が無ければ良い話だったんだ。つまり学園長が悪い。悪いのは学園長だ。私は悪くない。うん。

「マスター……」

 そんな事を考えていると、だまって扉を見ていた茶々丸が何かを呟いた。

「どうした、茶々丸?」
「……マスターにとって……私は重要では無いのでしょうか……?」

 茶々丸はそんなことを呟きながら、未だ開かない扉をじっと見つめている。
 ……なるほど。さては、こいつ拗ねてるな? 茶々丸にとっては半年以上振りに会ったマスターが、自分の変貌に驚いたのも束の間、すぐにシャークティをつれて何やら話し込んでいるのが気に食わないわけだ。
 落ち着いているように見えるが、こいつまだ3歳位らしいしな。まぁAIに年齢が関係あるのかはよくわからんが、普通に考えれば子供っぽい面も有るだろう。
 仕方ない、フォローしておくか。これで落書きについてはチャラだ。

「あいつにとっちゃまだ二日なんだろ? 茶々丸の事がどうでも良いわけじゃねーよ。」
「そうでしょうか?」
「そうそう。気にすんな。」

 そう励ますも、茶々丸の顔は未だ浮かない。心なしか目が潤ってる気もするが、涙……? いや、まさかな。
 けど、まぁ茶々丸にとっては半年以上経ってるわけだしな。それにこの夢の原因は兎も角、茶々丸がここに来たのは私のせいみてーだし。
 うーん……しかたねぇ、か。あんまり気は進まねーんだが……

「それにだ、茶々丸。」
「はい。」

 茶々丸は返事をすると、真正面から私と視線を合わせてくる。そ、そうじっと見つめられると結構恥ずかしいんだが……っく、くそ。
 自分の顔が赤くなっていくのを感じるが、ここで言葉を止める訳にもいかない。私は、意を決して次の言葉を放つ。

「茶々丸にはわりーが……私は、お前が居てくれて、嬉しいぜ?」
「……?」

 私のその言葉を聞き、茶々丸はコテンと首を横に傾げた。
 こ、こいつ……! 人が折角覚悟決めて、普段はぜってーいわねーような事を言ってやったのに! 理解してねーっつーのか!?
 くそ、こうなったらヤケだ! もう言っちまったんだ、後は何言おうが一緒だろ!

「一緒に旅行したり、買い物やメールしたり。向こうで友達が出来たらやりたかったことが、ここでお前と出来ているからな。シャークティは……あいつは、やっぱ先生だし。友達って感じじゃねーよ。」
「私は……千雨さんの、友達、でしょうか?」
「んー……いや、やっぱ違うな。」

 ここで、一度言葉を切る。そして、少しためを作ってから……

「――親友、じゃ、ダメか?」

 そう言い、軽く目を瞑り茶々丸へ笑いかける。
 これは決まっただろ。少々サービスが過ぎる気もするが、別に全くの嘘偽りって訳でも無い。茶々丸相手なら少し盛るくらいで丁度良いだろう。
 仲の良い友達って事ならなのは達3人組みもそうだけどよ、あいつらは改めて言う必要も無いだろ。
 そして肝心の茶々丸は固まったまま、少し困惑したような雰囲気だが、少ししてゆっくりと口を開き。

「千雨さん……表面温度の上昇が確認され――」
「空気読めよテメー!?」

 ああ、くそ、恥ずかしいな!? 言わなきゃ良かった! 友達で止めておくんだった! 何だよ親友って!? 茶々丸に指摘されるまでも無く自分が照れてることは知ってんだよ! うがああぁぁ、暑い、ぜってー今顔真っ赤だぜ、あーもう!
 私は赤くなった顔を隠すために、茶々丸の横を通りベッドへと顔を埋める。そのまま足をバタバタと動かすも、顔の熱は一切引かない。
 く、くそ、何でこう私のすることは何もかも裏目に出るんだ? 試練か? 試練なのか!? 

「い、言わなきゃよかった……!」

 っく、顔どころか徐々に全身へ熱が回ってる気がするぜ。何で私はあんな臭い台詞言ったんだ、思いついた事言えば良いってもんじゃねーぞ!?
 っつーか良く考えて見ればあの葉加瀬の娘だもんな。茶々丸が空気読める訳ねーよな。後悔してもおせーけど、まぁ、誰かと違ってこれをネタにしてからかって来る、なんてこともねーだろうが。まだ良い方なのか……?
 私がベットに倒れ付しそんなことを考えながら悶えていると、突然部屋の外からガンガンと何かが階段を落ちていく音がして。

『なんですってーーー!!?』

 という、シャークティの叫び声が聞こえてきた。
 な、なんだ!?
 思わず顔を上げて扉を見るが、勿論そんな物を見たって何の意味も無い。私は茶々丸と視線を合わせるが、お互い首を傾げることしか出来ず、取り敢えず確認してみるかと思い扉へと向かう。
 そして、扉を開けた先には。
 何やら考え込むエヴァンジェリンと、驚きを露にしているシャークティ。そして階段の下にある、あちこちが欠けた落書き入り三脚が、私の視界へ飛び込んできた。
 
「おい。シャークティ、まさか……」
『ちょっとー!! どうしたのー!?』
「あ、な、何でも有りません!」

 三脚を持って出て行ったのはシャークティだった。つまり階段の下に落したのはシャークティなんだろう、多分。
 そう思い問い詰めようとしたんだが、それより先に1階から母さんの声が聞こえてきた。そりゃ三脚が階段を落ちて行って、あんな叫び声がしたら気にもなるだろう。
 シャークティは何でもないと返事をしたものの、母さんが1階の部屋から出てくるような気配がする。って、不味い、エヴァンジェリン!?

「……ふむ。また近いうちに来る。」

 私が少々焦ってエヴァンジェリンへ視線を送ると、そう言葉を残して掻き消えた。実にあっさりした奴だ。

「どうしたの、って、あら? 三脚壊れちゃってるじゃない。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……って誰?」

 母さんは階段の下まで来て、そこで壊れた三脚を拾い上げる。
 あーあー、完全に壊れてるよあれ。結構高かったんだけどな。これはシャークティに弁償してもらうか? つっても今は三脚別に要らないんだが。やっぱ金か?
 でもなぁ、相手がシャークティだと言いにくいよな。私のために色々動いてくれているみてーだし。あ、いや、エヴァンジェリンもそうなんだろうが、目の前で多少でも動いている様子を見てるとやっぱ違うよなぁ。結局なんか知らんが落書きの事は有耶無耶になったっぽいしな、べつに良いっちゃ良いんだが……。



「弁償、という訳じゃないけど……千雨ちゃん、これをあげる。何時までも私の十字架という訳にも行かないでしょう?」

 結局何があったのかは話してくれなかったが、なんとか母さんを誤魔化し部屋へと戻った私達。壊れた三脚をゴミ箱の横に置いたシャークティは、そう言いながら一つのブレスレットを取り出した。
 十字架と、それに抱きついた天使をモチーフにしたブレスレット。あ、いや、止め具が無いからバングルか。シャークティが言うには自分でつくったらしい。
 何でも魔法処置をした銀で前々から私のために作っていたそうで、今までのシャークティ用の十字架よりは魔法が使いやすくなるそうだ。
 魔法の修行が進んだら渡すつもりだったけど、ジュエルシード絡みで戦闘する可能性があるなら渡してしまおう、と思ったんだと。ちなみにデザインは完全にシャークティの趣味だ。
 魔法処置って祝福の事か? そんな物持ったら火傷するんじゃないか? そんな思いが浮かんだが、シャークティが普通に素手で持っているので私も恐る恐る触って見る。

「ん……なんだ、やっぱすこしピリピリするな。」
「まぁ、慣れるしかないわね。」

 けど思ったほど酷くないな。もっと持てないくらい火傷したり拒絶反応でも出るかと思ったんだが……。所詮半吸血鬼だし、元々小さな十字架には慣れていたせいかな。
 とはいっても流石に直接肌に触れさせようとは思わず、私は服の上からバングルを付ける。少しでかい。これもずっとつけていれば慣れるだろう、つっても学校なんかではどうするか。カバンの中でいいか? けどそれじゃ慣れないしなぁ。
 
「あの……私の分は……」
 
 なんて、そんな事を考えていると。茶々丸がシャークティの袖を摘んで軽く引っ張り、もう一方の手で自分の首にぶら下がる十字架を握りながらそう訴えた。

「えっ? ……ご、御免なさい、今は未だ用意出来てないの!」

 ……そういえば、あの十字架の時も妙に拘っていたよな。アクセサリーに興味を持つ年頃なのか? その割には他のアクセサリーをつけてるって訳じゃないみてーだが。私と同じ物をつけたがる、のか?
 なんてな。流石にそれは自意識過剰か。私と同じと言うよりは、私がつけているのを見て自分も欲しくなるんだろう。
 さて、それじゃ折角シャークティもいるんだし。新しいこれで魔法の練習でもするか。慣れておくにこしたことは無いだろう、うん。



◇3日後◆

「うーん、やっぱ千雨も来れば良かったのにー!」
「でも、断固拒否! って感じだったよね~。」
「む、無理強いは良くないよアリサちゃん……」

 学校が午前中で終わった放課後。アリサ、なのは、すずかの3人は、海鳴に新しく出来たという温水プールへ訪れていた。それぞれ既に着替え終わってプールサイドに集合しており、なのははピンクの生地に小さな赤いリボンが付いたAラインワンピース、アリサは赤いツーピース、すずかは白いスクール水着だ。
 以前からこの新しい温水プールに来ようと約束していた3人。その約束も適い喜ぶべき場面だが、アリサは不満を隠そうとしない。それもそのはず、いつもは共に行動する千雨がプールと海にだけは絶対に行かないと拒否した為だ。
 アリサとなのはの2人がその理由を聞いても答えようとせず、結局何も判らないままプールの日となってしまった。ムリヤリ連れて来ようともしたアリサだが、帰る準備をしているうちに気付けば千雨は居なくなってしまっていた。そのためアリサは不完全燃焼のままプールへと来ているのである。

「もう、あいつカナヅチなのかしら? 私だって泳げないのに。」
「何か理由があるんだよ、きっと。」

 すずかはそう苦笑しながらフォローをするが、アリサの機嫌は傾いたままである。
 そんな3人の下へ、一緒にプールへ来ていたほかの面々が集合した。

「すずかちゃーん! お待たせー!」
「お待たせしました。すずかお嬢様、なのはお嬢様、アリサお嬢様。」
「キュー!」

 更衣室の方から現れたのは、月村家のメイドであるファリン、ノエル。ノエルの腕の中で声を上げるユーノ。そして――

「や、やはり私は見学を……」
「今更なーに言ってるの! 茶々丸さん!」

 美由希に背中を押され、困惑した顔を隠そうともしない茶々丸だった。

「わー、茶々丸さん可愛いー!」
「胸おっきいー!」

 茶々丸は本人達ての願いにより、オレンジを基調とした花柄のフリルビキニ、そして膝下まで隠れるシフォンパレオを着用していた。目立たないよう肌を隠したいという本人の意図に反し、普段余り感情を表に出さない茶々丸が暖色系の水着を着ることにより、そのギャップがより一層茶々丸が持つ魅力を引き立てている形だ。
 それはアリサ達女性陣だけではなく、周りの一般客にも男女関係無しに見惚れている者が居る様子からも伺える。
 そして、見惚れる人物はここにも。

「恭ちゃーん? アンタはプール見てなきゃダメでしょー?」
「う……な、み、美由希! 俺は別に茶々丸さんに見惚れて何か……!」
「ハイハイ。いいからあっち向け。」

 そう言いプールを指差す美由紀。なのはの兄である高町恭也は皆と共に遊びに来た訳では無く、この温水プールの監視員の仕事をしていたのだ。
 監視員である以上プールから目を逸らすのは好ましくない、そう自分に言い聞かせ茶々丸を視界の外に追いやる恭也。他の面々はその様子を笑いながら見ているようだった。

『なのは……なのは!』
『なーに? ユーノ君』

 そんな折、皆と共に笑っていたなのはへユーノから念話が念話が飛ぶ。なのははノエルからユーノを受け取ると、皆から少しだけ離れプールサイドへと腰掛ける。
 目ざとくその様子を見つけたアリサだが、なのはを視線で追いかけるに留めた。また、そんなアリサを見たすずかも、つられてなのはへと視線を送る。
 2人からの視線を背中に感じながらも、なのははユーノとの念話を再開した。

『微かにジュエルシードの波動を感じる。近くにあるみたいだよ。』
『うぇえ!? だ、大丈夫なの!?』
『判らない。けど、僕が少し探して見るから、なのはは皆と一緒に遊んでて。』

 見つけたら呼ぶから。そう念話で言い残し、なのはの腕から飛び降り走り去るユーノ。なのはは心配そうな顔をしながらだが、ただその様子を見送っていた。
 
「また何かあったのかしら?」
「微かに魔力の波動を感じます。近くにロストロギアが存在する可能性が有ります。」

 少し離れたプールサイドから、そんななのはの様子を見る目が有った。美由希やメイド達から距離を取ったアリサとすずか、そして茶々丸である。
 アリサ達は茶々丸のその言葉に驚くと同時に、納得したように頷いた。

「ユーノが探してる、ジュエルシードだっけ? どんな物か知らないけど、私達も手伝ったほうが良いんじゃない?」
「アリサさんは戦闘力をお持ちなのですか?」
「お持ちじゃないわよそんなもん!? 何なの、やっぱり危ないの!?」

 茶々丸の言葉を聞きアリサがそう声を荒げる。危ないとか、世界を滅ぼすとか、そのような物騒な言葉はユーノから聞いたものの。実感は一切沸かず、自分と同い年であるなのは、千雨が探すのを手伝えるのだから、実際そこまで危なくないのでは? そんな仮定がアリサの中で出来上がりつつあった所への茶々丸の言葉。
 しかし、それでもそんな危ない物を探すなら、やっぱり人を増やして早期に見つけた方が良いのでないか。
 しかし、危険物、言い換えれば爆弾のような物であるジュエルシードの爆発に巻き込まれたら徒では済まない。
 しかし、じゃあなのはと千雨は――
 と、そんな堂々巡りがアリサの頭の中で巡り出す。
 すずかはそんなアリサの様子と、未だユーノが走り去った方向を見つめるなのはを交互に見た後、茶々丸へと質問を投げかけた。

「茶々丸さんは何かわかるの?」
「はい、通常とは大気中の魔力の質、量共に違うことは検知出来ます。」
「じゃあ、茶々丸さんも魔法が使え――」

 そう、言いかけるすずか。しかし、その言葉が最後まで紡がれることは無く――

「すずかちゃん! ダメー!」

 すずかの口から漏れた魔法という言葉を聞きつけ。ファリンは、すずか諸共プールの中へと飛び込んだ。

「……え? ノエルさん、あの子どうしたの?」
「……何も気にしないでください。美由希お嬢様。」



「すずかちゃん! アリサちゃんが居るところで言っちゃダメじゃないですか!?」
「え、えーっと、ファリン、あのね……。」

 何事かと他の面々が見つめる中。すずかを抱いたまま反対のプールサイドまで泳ぎきったファリンは、そこで一生懸命に言葉を選びながらすずかを叱る。

「アリサちゃんは知らないんだから、まだ誤魔化せると思うけど、いくら茶々丸さんと喋ってるからって、すぐ横にいるんだから、あの言葉はダメで……!」
「な・に・が、ダメなのかしら? ファリンさん、すずか。」
「ア、アリサちゃん!? な、何でもないですよ! 大丈夫です!」

 そこへ、茶々丸を引き連れて肩を怒らせたままプールサイドを歩いてきたアリサが到着する。
 アリサの言葉を聞き急いで振り返ったファリンが、なんでもないと、気にする必要は無いと一生懸命に誤魔化す。
 が、ファリンの背後からは溜息と共に決定的な声が聞こえてきて。

「アリサちゃんは、魔法のこと、知ってるの……。」
「……え?」
「さぁ。何で私は知らないと思ったのか。なんでファリンさんが反応するのか。詳しく、重箱の隅を突いて壊すくらいに、こと細かく、教えてもらおうかしら?」

 アリサの視線の先には。
 まるで一日中泳いだ後かのように、いや、それ以上に顔を蒼くした、すずかとファリンの姿があった。



[32334] 第32話 イエス、タッチ
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/07/17 02:53
「そうだ、美由希にノエル。」
「何?」
「何ですか?」

 反対側のプールサイドで何やら騒いでいるアリサ達を見つめながら、恭也は傍らに居る2人の名前を呼ぶ。すると美由希は極々普通に、ノエルは少々焦った表情を浮かべながら恭也へと向き直った。
 プールには子供たちの笑い声が響いている。恭也は何やら挙動不審なノエルに内心首を傾げつつ2人に近づくと、恥ずかしい話しなんだが、と前置きした上で次の言葉をはなつ。

「このプール、先日変質者が出てるんだ。」
「……変質者、ですか?」
「ああ、女の子の水着や着替えが盗まれててな。直接痴漢の被害が出ているわけでは無いが……、もっとも、お前達なら問題は無いか?」

 もう、私達だって女の子なんですよ!? などと笑いながら抗議する二人。恭也は最低限荷物には注意するように2人へ言い含めると、プールの監視へと戻る。
 その視線の先にはいつものプール。子供達が笑い、大人達がにこやかにそれを眺めている。
 この皆の笑顔を守ろう、などと大それたことを考えるわけではないが、せめてなのはやアリサ、すずかの笑顔だけは無くしたくないな、と。そんな事を考える恭也だった。



「ア、アリサちゃん! こんな場所で話すことじゃないから……!」
「何、すずかも誤魔化すつもり? あんた最近千雨に似てきたんじゃない?」

 一方のプールサイドでは、アリサのすずか達に対する追及が行われていた。
 とはいえこの場所は他の一般人も多数居るプールサイド。たとえ何を追及されたところで、喋る気が有っても無くても、何も言うことが出来ない場所である。
 しかしアリサはそんな事はお構い無しに追及の手を緩めない。直接『魔法』という言葉こそ口にしないが、何か喋るまで逃がさないという構えだ。

「ほ、ほら! 私が知った事を説明した時、アリサちゃんも一緒にいたことをファリンに説明し忘れてて!」
「ふーん。つまりアレをファリンさんに喋ったの? すずかが? 口止めされてたのに? じゃあファリンさんも『火よ灯れ』を知ってるのよね?」
「あああ違うの! 喋ってないよ! あ、じゃ、じゃなくて、えーと、えーと……!」
「ひ、火よ灯れ……?」

 喋るたびにボロボロとボロが出るすずかとファリン。
 千雨とシャークティの魔法については兎も角、『火よ灯れ』を教えてもらったなどの具体的なことは誰にも話してはおらず、ファリンが『火よ灯れ』を知ることも無いのだが、ではなぜファリンが『魔法』を知っているのかという説明をすることが出来ない。
 以前から魔法を知っていたとすればどのようにして知ったのかを追求されるのは明白であり。まさか自分は千雨と関る前から魔法的な事に関っているなどとは言える筈も無い。
 八方塞がりとなり思わず涙目でファリンを睨みつけるすずか。ファリンも涙を流しながらうろたえるばかりである。

「私とは別口でシャークティさんに教わったなら、『火よ灯れ』を知ってる筈よね。初歩の初歩だって話しだし。いや、知らなくても、最初からそう言えば良い話ですずかが焦ることも無いわよね。シャークティさんとは別の関係者を知っていて、隠してるとかかしら……?」

 アリサは自分が思いつくことを次々言い、すずか達の逃げ道を潰していく。さすがにそのシャークティとは別の関係者が正しくすずか達の事である、とは思い至らないようだが。
 すずか達はワタワタと慌てるも、下手なことを喋ると墓穴を掘ることになるのは目に見えている。すずかは焦って何かを考えている様子が丸判りで、ファリンに至ってはグルグルと目を回している有様だ。
 アリサは腕を組んで仁王立ちし、右足でペシペシとプールサイドを叩きながら2人をジト目で見つめている。
 一方、アリサの後ろから無表情でそんな3人の様子を眺めていた茶々丸は、何気なく先ほどまで居た反対側のプールサイドに目を移す。すると美由希と恭也の後ろから、両手を合わせて自身に向かって頭を下げているノエルの姿を視界に留めた。

「誤魔化しを、依頼されているのでしょうか?」

 しかし、どのように? そんな事を小声で呟く茶々丸。
 インパクト……衝撃的な事象があれば、忘れる可能性が出てくるでしょうか。
 そう呟きながら少々考えた後に思いついた茶々丸の行動は。アリサにとって、正しくインパクト抜群だった。

「さぁ、2人とも。一体何を隠しているのかしら?」

 自身の後ろにいる茶々丸のことはすっかり忘れ、すずかとファリンの2人を問い詰めるアリサ。
 役に立たないファリンを半ば無視し、すずかは一生懸命に誤魔化す方法を考える。そして、そんなすずかにとっての救世主は、やっとその口を開いた。

「あの、私のことなら、もう隠して頂かなくても結構です。」
「「えっ?」」

 予想外の茶々丸の言葉に反応し、アリサとすずかは茶々丸を見る。

「え? 茶々丸さんがファリンさんへ魔法について教えたの? でも隠すって……」
「はい。私は――」

 そう言い、腰に巻いたパレオを一旦外し、肩から掛け直す。そしてパレオを広げ、自分とアリサの前に他者から見えない死角を作り上げると、左手で自らの右手首を掴む。
 そして。

「このように、ロボットですから。」

 おもむろに、右腕と、右手を、切り離した。

「な、な、な!? え、うそ、ろ、ロボットー!?」

 切り離したと言っても実際には骨に相当する部分にはケーブルが残っているが。
 それを見たアリサは思わず大声で叫び、他者の視線が集まっていることを確認した茶々丸は腕を元に戻しパレオを巻きなおす。
 いまだ顔を蒼くして信じられないと言った面持ちで茶々丸を見つめるアリサだが、すずかは今が好機とアリサをムリヤリプールへと引きずり込んだ。

「す、す、す、すずか! 茶々丸さんが、茶々丸さんが!?」
「アリサちゃん、詳しいことはまた今度話すから、いまはプールで遊ぼう?」

 すずかが強引にアリサを連れて自分達から離れていくのを見て一息着く茶々丸。どうやらアリサは未だ混乱しているものの、誤魔化すこと事態には成功したらしい。
 これで依頼は果たしたでしょうか? そんなことを呟いているところへ、ファリンが土下座せんばかりの勢いで頭を下げ始めた。
 先ほどから周囲の人々の好奇の視線が突き刺さっているが、そんなことには気付いていないらしい。

「ご、御免なさい茶々丸さん! わたしのせいで!」
「……いえ。アリサさんにばれたら不味い、という指示を受けてはいないので。」

 今のところ茶々丸の行動理念はシャークティと千雨からの指示を守りつつ、それ以外は過去のパターンから判断する形になっていた。
 それによると一般人へロボットであることをばらさないという指示はあるが、すでにアリサは魔法の事を知っているのでばらしても良いという判断だ。
 すずか達夜の一族のことを喋るなという指示も、自身がロボットであることを明かす手伝いをしていた。
 自分へ感謝の意を示しているファリン、ノエルの様子を見るに、特に間違った判断をしたわけではなさそうだと、ほっと胸を撫で下ろす茶々丸だった。

「……?」

 ただ、なぜ自分が胸を撫で下ろしたのか。その事について一瞬疑問が沸くも、それはプールに浮かぶ泡のように一瞬で消え去った。



◆ボイラー室◆

「この部屋から、ジュエルシードの反応が強くするんだけど……」

 ユーノは微かに漂うジュエルシードの気配を追い、その反応が強くなるほうへと足を進めていた。
 その結果たどり着いたのはボイラー室。轟々と音を立てて湯を沸かしているその部屋は、蒸し暑いと言う言葉ではとても足りない様相を呈している。
 カンカンと水滴が配管を叩く音がひっきりなしに鳴り、各種メーターの指針は赤い部分を示し。そいうった知識については疎いユーノですら、何か正常では無いのではという疑念が沸いていた。

「え、っと。とにかくジュエルシードを探して、この機械については、なのはに誰かを呼んできて貰わないと。」

 そう呟きながら地面を行くユーノ。だがボイラーから漏れ出す蒸気は徐々に増え、今や天井すら満足に見えない状況だ。
 さすがに不味いのでは、そんな予感がユーノを支配しそうになるが、だがジュエルシードがありそうなこの部屋へこの世界の一般人を呼ぶことも憚られる。
 早くジュエルシードを見つけるのが最善と判断し、ボイラー室を進む。その一方で、なのはへと念話で呼びかけることも忘れない。

『なのは!』
『あ、ユーノ君。どう? 見つかった?』
『怪しい場所は見つけたよ。急いでボイラー室へ来て!』

 そんな念話を交わしながら、より魔力が強く感じられる方向へ進む。そして。
 
「あ、あった!」

 部屋の片隅、水溜りの中に転がる青い宝石―ジュエルシード―を見つけ出す。
 急いでジュエルシードへと駆けつけるユーノ。だが、その瞬間、ジュエルシードから感じられる魔力が一気に増大し、ボイラーが本格的に暴走状態へと陥り。

「み、水と共鳴してる!? っく、広域結界、発動……!」

 そして。ユーノの結界が発動するより一瞬早く。ボイラーが、爆発した。



「きゃあ!? な、何!?」

 ズドン、と。何かが爆発する音と衝撃に驚き、足を止めるなのは。そしてその一瞬後に発動した結界に気付き、なにか有ったんだと急いで爆発があった方向へと走り出す。 
 しかしその直後、コンクリートを突き破り、水の触手……そう形容することしか出来ない物体がなのはの行く手を遮った。

「えーーー!? またこんなのーーー!?」

 否応無く先日の夜、魔法について知ったあの夜に対峙した化け物を思い出す。しかしあの場はシャークティが居たために事無きを得たが、今この場所にはシャークティは居ない。
 更に触手の先の通路にユーノが倒れ付していることに気付き、自分が何とかしなきゃ、そう決意しレイジングハートを握り締める。
 そしてレイジングハートもその決意に呼応するよう、強くピンク色に輝き始め。

「レイジングハート! セーット、アーップ!」
『Stand by ready.Set up.』

 強い光が収まったそこには、バリアジャケットに身を包み、杖状態のレイジングハートを構えたなのはが居た。

「いっくよー! リリカル・マジカル! 福音たる輝き、以下略! ディバイン!」
『Shooter』

 なのはの構えたレイジングハートから放たれた魔弾は一直線に飛び、それぞれが水の触手に当たり触手諸共消えていく。
 そうしてユーノへ続く道を確保したなのはは、ユーノの元へと駆けつけた。

「ユーノ君! 大丈夫!?」
「な、なのは……。何とか、大丈夫だけど、結界がしっかり作れなくて、魔法を知ってる人が、残っちゃったみたい……。」
「知ってる人が、残ったって……えーー!? どうするのーー!?」

 ユーノを両手で抱きかかえ、ワタワタと慌てるなのは。知ってる人が残ったという事は、間違い無くアリサとすずかと茶々丸さんが残ったわけで。
 茶々丸さんについては良く判らないが、アリサとすずかがジュエルシードの暴走に巻き込まれたら、そんな最悪の状況に思いをはせ顔を蒼くする。
 ユーノはそんななのはを見つめるが、自分がこんな状況では足を引っ張るかもしれないと思い。自分を置いて早く行くようなのはへ語りかけた。

「大丈夫、すぐ追いかけるから。だから、なのはは先に行って、早くジュエルシードを!」
「ユーノ君……。」

 だが。
 そんなユーノの言葉を聞き、なのははほんの少し逡巡する。
 この場にユーノを置いていく訳にもいかず、また一緒に来てくれたほうが心強いのは間違いなく。
 そんな事を少しだけ考えた後に、なのはは立ち上がる。その両手にユーノを乗せたまま。

「な、なのは?」
「今日から私の肩は、ユーノ君の指定席! 行くよ、ジュエルシードを封印しに!」

 こうして。なのはは先ほどから自分でも判るほどの強い魔力が感じられる、プールの方へと走り出した。



◆プール◆

「な、何ーーー!? 今度は一体何ーーー!?」

 すずかの説得を受け、また詳しいことは帰ってから話すという確約を貰い渋々プールで泳いでいたアリサ。
 すずかもそんなアリサに付き合い一緒に泳いでいたが、突然どこかから爆発音がしたと思ったら、周囲を泳いでいたお客さんたちが消え去り、気付いたら自身は水の触手に捕まり宙へ吊り上げられていた。
 一瞬パニックを起こしかけるも、隣でアリサが同じように触手につかまりパニックを起こしているのを見たことで、何とか持ちこたえている様子だ。

「ちょ、ちょっと、や、やめ、どこ触ってんのよー!!?」
「あ、あん、や、やめて……!」

 しかしそんな2人の心理状態などお構いなく、突如現れた水の触手は2人の体を舐め上げる。
 具体的には首筋、内膝、脇の下といった場所を滑り上げ、徐々に2人の水着を脱がしながら、より際どい場所へと迫っていく。
 アリサとすずかは顔を赤くし、ただ叫ぶ事しか出来ない。
 このまま成すすべなく水着を脱がされ、良く判らないうちにとんでもない事になるのではと、否応無しに感じる2人。だが――

「大丈夫ですか、すずかお嬢様?」
「ナイスキャッチ、茶々丸さん!」

 ファリンがプールを飛び越えながら2人を捕らえる触手を切り払い、力を無くし水面へと落ちていく水の中からノエルがすずかを、茶々丸がアリサを助け出した。

「……え、な、なんでノエルさんとファリンさんがしれっとそんな事を出来るのよ!? プールサイドから……って、え、超人!?」
「あら。強くないとメイドは務まらないのですよ? アリサお嬢様。」
「そうそう、鮫島さんだって糸を持てば高層ビルの一つや二つ瓦礫の山に――」
「うちの鮫島の名前はウォル○ーじゃないわよー!?」

 すずか、あんた一体何隠してるのよー!? そんなことを叫びながらすずかを睨みつけるアリサ。
 一方のすずかも、恐らく魔法関連のトラブルだと中りはついており、まさかノエルとファリンへ助けるなと言える訳も無く。若干顔色を悪くしながらも覚悟を決めるしかないかと思い始める。
 ああ、ただプールに遊びにきただけなのに、どうしてこんなことに。
 涙目でそんな事を思うすずかだが、それに対して返答出来るのは神のみだろうことを思い、ただ深い溜息を吐いた。

「――来ます。」
「え、ちょ、きゃあ!?」

 当然だが、暴れる触手にとってそんなすずか達の事情なんて関係なく。触手の数を更に増やし、執拗にすずかとアリサを狙い始める。
 茶々丸はアリサを抱きかかえたまま舌を噛まないよう注意すると、触手から逃げるためにプールサイドを縦横無尽に飛び回り始めた。
 また、すずかを抱くノエルも同じように逃げ回り、唯一手が空くファリンが触手を切り落とすも、その数は直ぐにもとの数へ……いや、徐々に増えている。

「こういった手合いは、コアを叩くのが定石ですが……」
「コアって何ですかー!?」

 切っても切っても何の意味も無く、今やプールを埋め尽くそうかというほどにその数を増やした触手の束。プールからウヨウヨとアリサとすずかを求めて這い出てくる触手は生理的嫌悪すら沸かせる物だ。
 そんな理不尽な敵に対しファリンが泣き言を言い始めたころ。

「な、何コレー!?」

 その肩にユーノを乗せたなのはが、プールへと到着した。

「え、ど、どうしてノエルさんとファリンさんが?」
「そんなことより、これどうすればいいのー!?」
「あ、と、兎に角封印しないと! えーっと、ジュエルシードはどの辺りに……!」

 もはや一面触手だらけとなったプール。なのははその様子を見て若干どころではなく引いているものの、気を改めてジュエルシードを探し始める。
 だが、先ほどまで執拗にすずかとアリサを追っていた触手だが。なのはの存在に気付いた途端、そちらの方へも触手を伸ばし――

「な、なのは! 空に逃げないと!」
「残念ユーノ君、それまだ教わってない!」
「そうだったー!」

 レイジングハート、バリア、行けるね!?
 短くそんな言葉を交わし、なのはの周りにピンク色の膜が張られる。
 それに一息遅れて触手が突っ込むも、その全てはバリアによって止められた。

「っく、くぅ……! ユーノ君、どうすればいいの!?」
「え、えっとー、ワイドエリアサーチ、はまだ教えてないし、収束型拘束魔法、は高度すぎるし、あとはとにかく砲撃魔法でなぎ払えー! なんて出来ないし……!」
「な、なぎ払え? なぎ払えばいいの!?」
「え、ちょ、なのは!?」

 と、バリアで触手から身を守りつつそんな会話をしていた2人が急に触手の圧力から開放される。
 見ると先ほどまでバリアを突破しようと突っ込んできていた触手は全てファリンによって本体と切り離され、すべては水へと戻って徐々にプールへと落ちていくところだった。

「よくわかんないけど、なのはちゃんに任せた!」
「はい! 任されました!」
「やっちゃえ、なのはー!」

 ファリンのその言葉に元気よく返事をし、アリサからの声援も貰い。なのははバリアを解除すると、急ピッチでその場で魔法を組み上げていく。
 イメージするのは初めてレイジングハートを発動させたとき、あの手から放たれた魔力柱。あれをもっと大きくし、なぎ払えー! の台詞に相応しい物にしていく。
 プールへと向けたレイジングハートはいつの間にかその先端を音叉のような形状にし、音叉の根元からは光の羽が出現している。
 音叉の中心には煌々と煌く魔力球が、徐々にそのサイズを大きくしていき、魔法について知識が無い者でもそれに込められた威力が如何程かと息を呑む。
 そして、ついにチャージは完了し――

「いっくよー! レイジングハート!」
『All is ready.』
「リリカル! マジカル! 砲撃、魔法ー!」
『Buster.』

 触手のプールは、ピンク色の光に埋め尽くされた。
 



[32334] 第33話 夜の落し物
Name: メル◆b954a4e2 ID:3be5db7b
Date: 2012/07/17 02:18
「こらー! ちゃんと一緒に遊ばんかー!」
「わー、ニートが怒ったー!」
「逃げろー!」
「だ、誰がニートや! まてー!」

 海鳴市校外にある教会の一室。近所の子供達が集うその場所は、毎日賑やかな子供の笑い声が絶えない場所となっていた。
 遊具を独り占めしていた子を叱り飛ばした少女は、逃げた子供達を追いかけることも出来ず、そのまま床に放置された遊具を片付け出す。
 遊具や児童書といった物は子供が使うためにすぐ草臥れてしまうものだが、この場所のそれらは妙に新品同様の状態を維持している。

「はぁ……。シャークティさん、今日は調べ物やろうか。バイト先は定休日の筈やしな……」

 うちも図書館行ったほうが良かったかもな。と、遊具を片付けながらそんな事を呟く少女。
 元々はこの教会も他の教会と同じように、偶に信者が来る程度で近所の人ですらここに教会が有るという事を忘れかけるほど閑散とした場所だった。
 だがシャークティが来てからというもの、児童書や遊具を集め、一室を開放し小さな子供達の溜り場となっている。子供達もシャークティに良く懐き、その親達とも良好な関係を築いていた。

「なー、茶々丸ねーちゃんはー?」
「なんかプール行く言っとったで。」
「えー、鮫茶先生も茶々丸ねーちゃんもいねーのー?」
「シャークティさんに鮫茶言うたら殺されるでー?」

 わー、逃げろー! そう言い再度走り去る子供達。
 少女は鮫茶と呼ばれる度に大げさに怒り子供を追いかけるシャークティや、小さな子供達によじ登られ、困惑しながらも良く付き合う茶々丸の様子を思い出し笑みを零す。
 以前も茶々丸に何人までよじ登れるかという遊びをし、首、両肩、両腕、胸、背中と計7人しがみ付いて身動きが取れなくなっていたことがあった。写メ撮っておくんやったなー。そんなことを呟きながら、遊具を片付ける手を止め窓から外を見る。日は既に傾き始め、そろそろ空が赤くなり始めようかという時間だ。
 
「片付け手伝うよー!」
「お、ありがとー。」

 手が止まった少女を見て、別の少女が遊具の片づけを手伝いだす。
 遊具を適当にチェストへと放り込んで、ロッカーからモップを取り出し掃除。また窓を閉め鍵をかけるのも忘れない。
 特に何時までに帰らないといけない、という決まりは設けていないのだが、ここでは夕方になったら解散というのが慣例となっていた。
 片づけを終えた少女達は遊具が置いてある一室から出ると、今度は聖堂でかくれんぼをしている少年達に声をかける。

「ほら、解散やでー! もうやめー!」
「はーい!」
「一緒にかえろーぜ!」

 こうして、今日もいつもと同じように、子供達は教会を後にする。
 シャークティが来てからこの近所で当たり前となった日常が、そこにはあった。

「またねー! はやてちゃん!」
「またなー。」



◆とある学校◇

「それでね、茶々丸さんがロボットで、ノエルさんとファリンさんが凄くて、水の触手がブワーっといっぱいあって! って千雨ちゃんは知ってたんだっけ?」
「お、おう。まーな。」

 水の触手って。
 私はなのはと共に、ジュエルシードの気配がするという学校に来ていた。聖祥小学校じゃない、普通の公立学校だ。
 その道中放課後のプールで起きた出来事を聞いていたんだが、どうやら茶々丸を同行させて正解だったみてーだな。なのはみてーなガキが触手触手と連呼するのも、どうも嫌なんだが。
 ただプールに遊びに行くだけだし、別に何もないだろうと思ってたんだが……茶々丸のロボットバレや、ノエルさんとファリンさんへのスクライアバレ等、トラブルだらけだったようだ。
 茶々丸のロボットバレはまぁ良いんだがな。ノエルさんとファリンさんは不味いんじゃねーか? アリサが黙っちゃいねーだろう。
 本来ならそのまま追求するところだったんだろうが、化け物退治でみんな疲れたという事で解散したらしい。これは明日が怖いな。すずかと口裏合わせしておくか、それともバラすのか。まぁ私はどっちでも良いが。
 あー、プールに行かなくて正解だったぜ。唯でさえ面倒な事ばっかりだっつーのによ。
 ま、明日のことはまた後で考えるとして、今は取り敢えず目の前の学校にあるジュエルシードをどうするか、だよな。

「……入るの?」
「入らなきゃ探せねーだろ?」

 で、学校の前に居るんだが……さっきからなのはが足を進めようとしない。なんだ?

「……ね、ねぇ千雨ちゃん。守護霊さんが居るっていうことは、幽霊って本当にいる……って事なんだよね?」
「あー……そうなるな。」

 いや、あれは守護霊じゃねーが。
 魔法が実在するんだ、幽霊やお化けが実在しても可笑しくはないか。で、そこから連想して怪談話なんかも実話で、夜の学校なんか怪談の宝庫な訳で。
 つまりこいつはそれが怖い、と。……どうすっかな。まさか守護霊が嘘だとは言えねーし。

「や、やだなぁなのは。そ、そんな幽霊だなんて、非科学的な話がある訳ないじゃないか。」
「声震えてるぞスクライア。」

 なんだ、こいつらは魔法を使うくせに幽霊は信じねーのか?
 スクライアはなのはの肩に乗って僅かに体を震わせている。いや、ありゃ肩に乗ってというよりは、しがみ付いてるな。
 つーかこいつら2人が使い物にならなかったら、誰がジュエルシードを封印するんだよ……。今からでもシャークティ呼び出すか?
 なんてことを考えていたとき、なのはは校庭の傍らにある二宮金次郎像を震える手で指差し――

「た、例えば、あの像が、動き出したりしちゃったり……」

 ――そんなことを言った途端。
 二宮金次郎像が、台座から飛び降りた。

「き、き、キゃアーーーーー!? 出たーーーー!?」
「マ、マジかよ……。走れ、なの……って、ちょ、置いてくなよー!?」

 此方へ向かう像を見た途端、なのはは学校へ向かって走り出した。一応ジュエルシード封印する気は有るんだな、あいつ。
 ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ!? なんだ、マジで出たのか!? いや、ありえねーだろ!?
 とにかく校舎の中へ入った私達だが、なのはの暴走はその程度じゃ治まらず。

「どどどどうしよう千雨ちゃん!? きっと校舎の中を走り回る人体模型とか居るんだよー!?」
「まて、喋るな、それはフラグだ! 一端ちょっと落ち着け――」

 タッタッタッタッと。一定のリズムで、まるで足音のような音が私達のいる玄関へと近づいて来る。
 その音に気付き恐怖で声を失ったなのはは、私にしがみ付いたまま、音がする方向を凝視し。

「ち、ち、ち、千雨ちゃん……!」

 その音は遂にすぐ近くまで到達し、思わず唾を飲み込んだ時。曲がり角の向こうから、元気に走る人体模型が姿を現した。

「やっぱりーーーー!? もう嫌ーーーー!」
「お、おちつけ、引っ張るな、離せー!」

 私の服を握り締めたまま逃げるなのは。私は為すすべなく引っ張られたまま共に逃げる。
 ところでジュエルシードって誰かの願いを叶えるんだよな? ってことは、つまり、こいつらは……。
 なんてことをゆっくり考える暇も無いまま、今度は階段へと差し掛かったんだが。

「ち、血塗られた13段目!? 千雨ちゃん、階段使えないよ!?」
「なのは! あそこに音楽室がある、逃げ込むんだ!」
「余計な事言ってんじゃねーよスクライア! 音楽室っつったらあいつが居る流れに決まってんじゃねーか!?」

 なんて抗議も空しく、私達は音楽室に入り走る人体模型をやりすごす。
 あ、あれ、てっきりベートー○ンがピアノ弾いてると思ったんだが……外したか?
 音楽室の中は特に変わった様子は無い。私達は一端机に座り、この学校の状況をまとめることにした。

「おいスクライア、ジュエルシードっつーのは願いを叶えるんだろ?」
「え? う、うん、強い思いに反応するって言ったほうが良いんだけど……。」

 やっぱりか。つまり、この具現化した怪談は幽霊がどうのこうのという話じゃねー。
 元々の下地は残留思念とかそんなような物が有ったんだろうが、さっきからその引き金を引いているのは、私の目の前の……。

「ね、ねぇ千雨ちゃん、音楽室って……」
「ま、まて、なのは、落ち着け、考えるな、何も考えるな!」

 ― ピンポンパンポンー♪ ―
 てっきりベートー○ンが出現するかと思ったその時。誰も居ない筈なのに、校内放送が掛かり始め。

『なのはちゃん……どこ……? 一緒に……遊ぼう……?』
「きっ――」
「馬鹿、叫ぶな!」
 
 そっちか! 誰も居ない筈の放送室か!
 つーかこれ叫ぶの止めて何か意味あるのか? 今までの流れからすると、ぜってー意味ないよな、これ……!
 そう。そんな私の不安は、見事に適中し。

『ミツケタ……』『ミツケタ……』『ほら……』『ここに……』

 壁に掛かる多数の肖像画が、ケラケラと、笑い声を出しながらそんな事を喋り始めた。

「きゃあーーーー!」

 またこのパターンかよー!?
 なのはは私を捕まえたまま音楽室を飛び出す。すると、今度は向かいの教室から、口が裂けたモナ○ザの絵画が中に浮いてこちらへと飛んできた。あ、アグレッシブだなおい!?
 それを見たなのははもう声も出ない様子で走り出す。そして今度逃げた先は、よりによって……!

「な、な、な、なんで寄りに寄ってトイレだよ!? テメーわざとやってねーか!?」
「違うよ!? 偶々目に付いたのがここで、って、ま、まさか、女子トイレって、つまり……!」

 そう。通常使われていないトイレの扉は開いているはずなのだが、入り口から数えて4番目のトイレだけ扉が閉まっている。
 つまりそれは、この日本で最も有名な、あいつが居るわけで……!

「え、えーと……ノックするべき?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ!? 出るぞなのは!」

 冗談じゃない! いくらなんでも花子さんなんて見たくねーぞ!?
 そう言いトイレから出ようとした私達だが、振り返った途端。
 バンっ! と、トイレのすりガラスの向こうに、モナ○ザが張り付いて騒ぎ出した。

『開けろー!! ここを開けろー!!』
「……!」

 び、びびった。流石に今のはビックリした! な、なのはは大丈夫か? そろそろ泣き出すんじゃないか? 
 そう思いなのはの方を見るが、なのはとスクライアはある一点を見てピクリとも動かない。何だ、今度は何を見てる?
 思わず私もなのはの視線の先をみる。すると、そこには。
 徐々に開いていくトイレの扉と、その扉のふちにかけられた手があった。

『なのはちゃん……遊ぼう……? 一緒に……遊ぼう……?』
「お、おいおい……ウソだろ……?」

 ご丁寧にそんな声を漏らしながら、徐々に扉は開いていく。
 っく、効くかどうかわからねーが、魔法の射手を……! そう思いバングルへと手を沿え、いつでも魔法の詠唱が出来る準備を整える。
 そして肝心のなのはは大丈夫かと、チラリと視線を送るが。そこには……。

「ふ、ふ、ふふふ……。」
「な、なのは?」
「全部、ぜーんぶまとめてなぎ払ってやるの! レイジングハート、ディバインバスター・フルパワー!」
『ok』

こ、こいつ、目がすわってやがる……! きれやがった!?

「ちょ、まて、本気か!? こんな狭い場所で!? つか私を巻き込むな!?」
「もう遅いの! チャージ完了! いっくよー! ディバイーン!!」
『Buster.』

 私の記憶は、ここで尽きている。



[32334] 第34話 気になるあの子
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/08/06 01:16
「ほとんど……寝れへんかった……。」

 麻帆良学園寮の一室。
 いつもと同じ良く晴れた健やかな朝を、和泉はいつもと同じようにベットの中で布団に包まったまま、しかしいつもと違う心情で迎えていた。
 朝だというのに目の下には深い隈が出来、その声の弱弱しさは決して寝起き特有の物では無い。
 和泉は一つ欠伸をすると、珍しくまだ寝ているルームメイトを横目に見ながら起き上がり、洗面所へと向かって行った。

「うわ、超隈できとる。まぁ今日は殆どテストの結果発表だけやから、ええけど。」

 和泉は鏡を見て溜息を吐く。そして少々悩んだ後、服を脱ぎシャワー室へと入った。
 少々冷たいシャワーを浴びて目を覚ました後は、自分と、ルームメイトのために朝ごはんを作る。献立は焼いた食パンとスクランブルエッグだ。
 トースターにパンを入れタイマーを回したら、冷蔵庫から卵を取り出しボールに落す。手早くかき混ぜながら牛乳と塩を少々入れる。
 フライパンの温度は低めに設定し、油と溶いた卵を一滴入れて温度を見た後に全ての卵を一気にフライパンへ。
 そうしているうちに焼けてきたパンと卵の匂い、そしてスクランブルエッグを焼くジュージューという音が部屋の中へと充満していった。

「うーん、良い匂い……。」

 ペットの中ではその匂いを嗅いだルームメイト、佐々木まき絵がもぞもぞと動き出す。和泉はそんなまき絵の様子を見ながら、完成した朝食をテーブルの上へと並べた。

「ほら、まき絵ー。もうおきなー。」
「うーーー。おはよ~……。」

 まだまだ寝たり無い、そんな感情を全身で表現しながらもまき絵はベットから起き上がる。そしてフラフラとした足取りで、未だ半分目を瞑ったままテーブルへとつく。
 和泉は呆れた顔をしながらも、まき絵のために用意した濡れタオルを手渡した。

「そんなんで大丈夫? 明日からまた朝錬でしょ?」
「明日が来るのは今日じゃないよ……。ねーむーいー。」

 若干訳のわからない事を言いながらだが、タオルで顔を拭いたお陰かまき絵は徐々に目を覚ましていく。
 そしてようやくしっかりと目を開けたまき絵は、まずテーブルの上にある朝ご飯、つぎに向かい側で呆れた顔で自分を見ている和泉を見る。
 まき絵はパンにスクランブルエッグを載せるためスプーンに手を伸ばしながら、何気なく気付いた事を和泉に聞くことにした。

「ねぇ亜子ー。」
「何?」
「寝れなかったの? 凄い隈だけど。」

 寝れなかった。確かに和泉は昨夜殆ど寝ることが出来なかった。
 学園長室から帰ってきてからというもの、ずっと上手く頭が働かず、自責と後悔と期待が入り混じった感情をコントロールすることが出来なかったためだ。
 千雨の件については可哀相と思う反面、それが無ければ自分が魔法という物を知ることも無かっただろうとも思い、またそんな事を思う自分に嫌気が指すも、魔法に対する期待は止められない。
 魔法って何が出来るんだろう。傷を消すことも出来るのかな。ネギ先生の秘密を知っちゃった。長谷川さんは大丈夫だろうか。自分にも魔法が使えるのかな。
 そんなことが、ぐるぐると、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 柿崎達他の3人は同室のため話し合うことが出来るだろうが、和泉は魔法を知らないまき絵と同室のため誰かに喋ることも出来ない。

(いや、本当にまき絵は魔法を知らないんやろうか? 美空やアスナみたいに、知らない振りをしてるだけなんじゃ?)

 和泉は心配そうな顔で自分を見るまき絵を見つめ返す。そして――

(ねぇ。魔法って、知ってる?)

 その言葉が口から漏れることは、無かった。



◆麻帆良中等部 2-A教室◆

「オハヨー!」
「おはよー、ギリギリじゃん。」
「うわ、亜子も寝不足? 多くない!?」
「……私、も?」

 ゆっくりと朝食を取っていたら思いのほか時間が過ぎてしまい、結局いつもと同じ遅刻ギリギリで教室へと到着した和泉とまき絵。
 教室に入るなりまき絵が大声で挨拶し、そこかしこから返答が返ってくる。
 そんな、いつもと変わらない朝に少し安堵の息を吐いた和泉は軽く頷くことで挨拶の返答としたものの、その後に続いた聞き捨てならない言葉に反応する。

「ほら、チア部3人とアスナが目の下に隈つくっててさー。アキラと何かあったのかなーって喋ってたんだ。」
「寝不足は良くない。何かあったの?」

 教室の入り口へとわざわざやってきたのは黒髪をショートボブにし、向かって左側の髪だけを縛ってピョコンと跳ねさせた少女、明石裕奈。
 軽い垂れ目と高い身長、腰の上まで届く黒髪をポニーテールにした少女、大河内アキラの2人だ。
 裕奈は少し目を輝かせ好奇心を強く出し、アキラは伏し目がちな視線で純粋に心配そうにしている。

「んー、私も聞いたんだけど……」
「なんでもない。ありがとう。」

 なんでもない、わけ無いじゃん。そんな事を思うが、それを口に出すことはせず。
 和泉は心配してくれる皆に多少の罪悪感を感じながらも心配ないと返答し、軽く教室を見渡した。
 窓際で何やら相談しているチア部3人組み、自席で目を瞑り佇む桜咲、机に突っ伏して木乃香に頭を撫でられているアスナ、ノートを読んでいるエヴァンジェリン。美空の席には誰も居らず、そして……

(来てる訳、無いよね。)

 未だ誰も座っていない、教室後方の千雨の席を見て、溜息を吐いた。

「あ、千雨ちゃん今日も休みっぽいね。まだ来てないし。」

 和泉の視線の先をなんとなく一緒に追っていたまき絵は、それが千雨の席で留まったことに気付きそう呟く。
 教室にかけられた時計の長針は既に[6]の直前まで来ており、もう間もなく始業のチャイムが鳴るだろう。この時間に来ていなければ、欠席だ。
 そうだね、と、和泉は小さく返答し。何時までも入り口で立っているわけには行かないので、裕奈とアキラの横を通って自席に荷物を置くために歩き出す。
 そうして2-3歩歩いたところで、そういえば、と裕奈は胸の前で拍手を打ち喋りだした。

「千雨ちゃんって、どんな子だっけ? 改めて聞かれるとなんて答えていいかわからなくってさー。」
「ゆーな酷い……。聞かれたって、誰に?」
「え? 夕べお父さんとメールしてたら、千雨ちゃんってどんな子? って聞かれて。」
「っ……、ゆ、ゆーな! そ、それって……!」

――キーンコーンカーンコーン……

「あ、鳴っちゃった。また後で!」
「あ、ちょ!」

 始業のチャイムが鳴り、裕奈とまき絵は自身の席へと歩いていく。和泉の隣にはアキラが心配そうな顔をして寄り添うが、和泉は焦燥に駆られたような顔をしたまま裕奈を見つめていた。

「亜子……。取り敢えず、席に行こう?」
「……うん。」
 
 

「えー……おはよう、ござい……」
「ってネギ君までー!?」
「え、え? 僕まで?」

 教室に入ってきたネギをみて、開口一番裕奈がそう口にする。
 突然そう叫ばれたネギは、教室の入り口で目を白黒させながら立ち止まる。その顔にはチア部、明日菜、和泉等と比べて誰よりも酷い深さの隈があり、今にも倒れてしまうのではという様相だった。
 
「ネギ先生、お体は大丈夫ですか? ああ、こんなにも深い隈が……! 今すぐ、今すぐ車を手配して私の部屋へ! そして、ああ、私のベットで目くるめく愛を……!」
「い、いいんちょが暴走してるー!? 明日菜、止めてー!」
「……今日は無理。」
「ああ、ストッパーが居ない!?」

 一瞬でネギの元へと駆けつけた委員長と呼ばれる金髪を背中まで垂らせた少女は、鼻息荒く顔を上気させネギの額に手を当て隈を確認し体を支え、献身的にネギの体調を確認する。だが本当にネギの体調が悪そうだということを把握した後は先ほどまでの興奮が一転、少々驚いたような顔をした後に心配そうな表情へと転じた。

「ネギ先生、本当に大丈夫ですか? お休みになられた方が良いのでは?」
「い、いえ。ありがとうございます、大丈夫、です。」

 しかし委員長が心配するも当のネギがそう言ってしまえば何も出来ず、心配そうな顔をしたまま自分の席へと戻る。
 開放されたネギは教壇に立つと、改めて教室を見渡した。
 そして、皆が様々な表情で自分を見つめている中、3席ほど誰も座っていない席を見つけ。思わず、その顔を泣きそうな表情へと歪ませる。

「ね、ネギ君ー!? 何で泣きそうなのー!?」
「何かあったの!? やっぱもしかして私達最下位だった!?」
「え、嘘!? あんなに頑張ったのに!?」
「ネギ君クビ!?」
「え、えっと、大丈夫、大丈夫ですから……!」

 クックック。そう、混乱のHRの中でエヴァンジェリンは小さな笑いを零していた。
 教壇の上からそれを見つけたネギは唯でさえ蒼い顔を余計に蒼くし、再度泣きそうな顔になる。
 ネギがエヴァンジェリンを見て泣きそうになっていることに気付いた面々は思わずネギとエヴァンジェリンを見比べ、教室は一時的に奇妙な静寂に包まれた。
 それに気を良くしたエヴァンジェリンは今尚自分を見るネギを真正面から見つめ返し、発言する。

「精々悩め。悩みは人を大きくする……らしいぞ?」
「……エヴァちゃん何ババくさい事言ってるの?」
「だ、誰がババアか!?」

 結局。その後もギャーギャーと煩いながらも何とかHRは終了し、本日の予定がネギから全員に通達された。その内容は1・2時間目は自習、3時間目はテスト結果発表だが何処かに集まる必要も無く、終わり次第帰りのHRも無しで解散という物だ。
 部活がある人間は帰れるわけでは無いが、それでも出鱈目に楽な予定にクラスの半分程の人間が破顔する。
 だがテスト結果にネギの進退が掛かっている以上、必要以上に喜ぶ人は居ないようだ。
 
「ねぇ、朝倉ー。」
「何ー?」

 ネギが退室し、自習ということで早速思い思いに歩き回る生徒達。
 そんな中、一人で机に座って手帳と睨めっこをしていた朝倉の元へ裕奈がやってきた。
 顔も上げずに返事をした朝倉だが、手帳との睨めっこがひと段落着くと顔を上げる。そこには並んで朝倉の机の前に立つ裕奈とアキラ、その後ろでわたわたと視線を泳がせている和泉がいた。

「千雨ちゃんって、どんな子だろう? 私あんまり知らなくて。」

 そこで裕奈は先ほど和泉達に聞いたのと同じ質問をする。勿論その理由についても同じように。
 朝倉は特に深く考えず返答しようとしたが、自分が喋るとバイアスがかかることを思い少々口ごもる。
 コスプレや『ちう』の事を言っても良いならいくらでも話せるが、逆にいうと朝倉の中ではそのイメージが強くてそれ抜きとなると少々難しい質問だった。
 人が隠している事を、別に悪事でも無いのに他人へ暴く気は無い。そこで、朝倉は自分より適任者が居ないかと考え直し――

「んー、椎名に聞いたほうがいいんじゃない? 小学からクラスメイトだし――」
「あ、あかん!?」

 だが。朝倉がそう話を振ろうとした途端、今まで裕奈とアキラの後ろで話を聞いていた和泉がそう叫び話を遮る。その顔は何か焦燥に駆られるような、切羽詰った表情だ。
 朝倉達3人は首を傾げるも、なぜ桜子に話を聞くのがダメなのか検討などつかず。とりあえずそれがダメならと適当に他のメンバーの名前を言おうとし、

「じゃあアスナ」
「ダメや!」
「……いいんちょは?」
「そ、それなら……。」
(和泉は、何かを知ってるぽいなぁ)

 そう、あからさまといえばあからさまな和泉の反応に、目の下に隈を作っている面々とネギ先生、千雨の件との繋がりがある事を確信する朝倉。
 だがこの場でそれを追求することはせず、とりあえず4人は委員長の下へと向かうことにした。

「はぁ。千雨さんがどのような方か、ですか?」

 自分の席で真面目に教科書を広げ自習をしていた委員長。
 そんな彼女に再度同じ質問をし、朝倉が横からさらに言葉を重ねる。

「いいんちょは小学校から千雨ちゃんを知ってるでしょ? 私より適任かなって。」
「はぁ……。まあ良いですわ。千雨さんは少々引込み思案で他者とは一線を引きたがる傾向にあります。その線の内側に入れるかどうかを判断するため……でしょうか、誰よりも良く人を見極めようとし、実際私なんかよりも皆さんをよく見ているかもしれません。
 えてしてそういう方は親しい人には全てをさらけ出し、尽くすタイプへ変わるものですが、千雨さんにそのような相手がいるのは見たことがありませんね。個人的にはもう少しクラスの皆さんと仲良くして下さって欲しいのですが、私の力不足でそうはならず……。
 また予定外の事を嫌い、親しくない人を突き放しがちですが、後にそのことを後悔するような繊細で可愛らしい方でもあります。そして――」
「ま、まったまった! もう判ったから!」

 そうですか? そう言い首を傾げる委員長へ手を振り、机から離れる裕奈達。あのまま聞いていたら何時までも喋りそうで一時避難した形だ。
 相変わらず委員長はすごいねー、と、朝倉とアキラは2人で喋りだす。裕奈は携帯を取り出し、今聞いた事を自分なりにまとめて父親へとメールするようだ。
 そして、和泉は、そんな携帯を見つめる裕奈の傍へと寄り添い、他者へ言葉が聞こえないよう、耳元へと口を寄せる。

「ん、亜子? 何?」
「え、えっとね……。」

 ドキドキと。和泉の胸が煩いくらいに高鳴っている。
 千雨の事をわざわざ聞くくらいだ、ひょっとして裕奈は、少なくとも裕奈のお父さんは魔法について何か知っているんじゃないか。
 頭では、直接裕奈に聞かずに、美空や桜咲、エヴァンジェリンへと聞いたほうが良いことは判っている。しかし美空は今日は欠席の様子で、桜咲とエヴァンジェリンは怖くて喋りにくい。
 何より裕奈と秘密の共有が出来るのではという甘い誘惑が、和泉を突き動かしている。
 
「裕奈、裕奈って、まほ――」
「え?」

 ――う、って、知ってる?
 その言葉は、教室の中で上がった嬌声にかき消された。

「あ、アン、ちょ、ど、どこ触ってるんですか!?」
「え? 背中と胸だけど。」
「そんなあっけらかんと言わないで下さい!?」

 教室の中央近くで突然上がった嬌声に、クラスの面々が思わず視線を送る。そこには制服を半分ほど肌蹴させ顔を真っ赤にした桜咲と、桜咲にまとわりついて体をまさぐる桜子、柿崎、そして呆れて見つめる釘宮の姿があった。

「え? 何、公開処刑?」
「うわ桜咲さん肌キレー!」

 いつも教室では寡黙にクールに過ごしている桜咲が、顔を真っ赤にして桜子に纏わりつかれている。そんな誰も予想していなかった光景に一瞬で教室のボルテージはMAXとなり、クラスの面々は次々と桜咲へ突貫した。

「ちょ、ふ、太もも握らないで!?」
「うわ、何で桜咲さんサラシなの? 隠れ巨乳?」
「何でもいいじゃないですかー!?」
「えーい、剥いちゃえー!」
「や、やめてくださいー!!」

 テストが終わった途端に早速起きた非常識空間。最初の餌食は桜咲のようだ。
 裕奈も桜咲の元へと行ってしまったため、一人になる和泉。一度溜息を吐き、何気なく教室を見回す。
 当然全員が桜咲の元へ行っている訳ではなく、何人かは苦笑しながら遠巻きにその様子を見ているが。その中の一人、木乃香だけは泣きそうな表情を浮かべていた。



◆学園長室◆

「では、今日の結果発表後に集めると言うことで?」
「うむ。ガンドルフィーニ君と葛葉君、そして美空君は来なくても良いがの。千雨君の世話を優先させてくれい。」

 学園長室では学園長と高畑が向かい合い、今日の総会の段取りを話し合っていた。
 魔法関係者と言えども普段の仕事や用事はある。突然呼び出して全員が来れるとは思えないが、それでも参加率を高めるために少しでも早い通達が求められる所だ。

「それにしてもクルトも情報が早い。内通者でも居るんですかね?」
「フォフォ。仕事熱心なのは良いことじゃ。」
 
 だがテストの結果発表後に集合とする事、またその時に通達する内容については既に昨晩のうちに取り決めてあり。話の内容は今朝早く届けられた書面へと移っている。
 高畑はその書面を何度も見直し、学園長は書状と共に送られてきた札を手の中で弄ぶ。
 高畑は何度目かわからない溜息を吐いたあと、書状をテーブルの上へと滑らせる。そこには概ね次のようなことが書かれていた。

――麻帆良学園 学園長 近衛近右衛門殿
 英雄 ナギ・スプリングフィールドの息子 ネギ・スプリングフィールドの魔力を封印したことについて事情を説明されたし
 ついては至急メガロメセンブリアへと参られよ
 ウェールズのゲートで職員が待っている 転移札を使用するように
 オスティア総督 クルト・ゲーデル

「やれやれ、総会はワシ抜きかの。」
「僕がやっておきますが。千雨君の守護へもう少し人を回す必要がありますね。」
「龍宮君達が適任かのう。」

 まったく、ままならん。
 そんな愚痴を零しながら、総会で説明する資料を改めて見直す学園長。
 自身が責められるべき場所を、自身で開くと決めておきながら、それに参加する事が出来ないとは。
 何をやっても上手くいかない場面は確かに有るとはいえ、なかなかに酷い状態だった。
 再度深い溜息を吐いた学園長は、椅子にもたれかかって部屋の片隅へと視線を移す。そこには相変わらず黒い人影がうごめいていて。

「そういえば、あのネギ君の影もワシが離れたら消えちゃうんじゃが……。」
「そうなのですか?」
「うむ、以前似た様な事があっての。あの時もクルトに呼び出されたんじゃったか。」

 はぁ。ワシが悪いとはいえ、せめてもう少し待ってくれんかのう……。
 そんな愚痴を零すが、出発の時、そして総会の時は、刻一刻と迫っていた。



[32334] 第35話 美味しい果実
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/08/27 00:52
「ん? どこかに出かけるのか?」
「おお、丁度良い所に。」

 麻帆良中等部の学園長室。
 自習のお陰で普段に比べより一層騒がしい教室を早々に抜け出したエヴァンジェリンは、茶々。を引き連れて学園長へ会いに訪れていた。
 部屋に居るのはコートを着て立っていた学園長のみだが、僅かに残る紫煙の臭いがつい先ほどまで高畑が居ただろうことを知らせてくる。
 エヴァンジェリンは少々眉を寄せながら、手に持ったノートで周囲の空気を払いのけた。

「ちょっとこれを見てくれんかのう。総会で説明する資料なんじゃが、矛盾は無いかの。」
「総会? 全て在りのまま説明すれば良いだろう。」
「そういう訳にもいかんじゃろ……。」

 学園長はいつもの机から5枚ほどの紙束を手に取って、エヴァンジェリンの元へと歩いていく。
 エヴァンジェリンは嫌そうな顔をしながらも、手に持ったノートを茶々。へ渡した。
 替わりに紙束を受け取りパラパラと目を通す。そこには大きく分けて3つの項目が書かれていた。

「長谷川君が眠りについた経緯、魔法先生とエヴァンジェリンの対応、ネギ先生の魔力封印、ね。あのガキの事はわざわざ取り上げるような事か?」
「可哀相じゃが、生徒達に対する警告という意味では良い事例じゃ。影の支配者を気取る者が居ては敵わんからの。」

 無論、きちんと読んでくれればネギ君だけが悪いわけでは無いとわかるじゃろう。そう続ける学園長。
 エヴァンジェリンは肩をすくめて一つ鼻を鳴らすも、特に反論はせず1枚目から再度目を通す。
 最初の項目は千雨が眠りについた経緯について。大まかに分けると
 ・認識阻害が効かず、長年続く周囲との差異に耐え切れなくなった千雨が夢の世界へと逃げ込んだ事
 ・学園長は昔から気付いていたが調査だけに留めていた事
 この2項目だ。

「夢で繋がっていることは確かだが、そんな簡単な話しだと本気で思っているのか?」
「飽くまで生徒用じゃよ、千雨君は純粋な被害者だということと、わしが悪いということを認識してくれれば良い。」
「ふん。隠蔽体質は変わらずか。」
「情報の取捨選択と言ってくれんかの。先生達には逐次伝達しておるし、その先の伝達権限も持たせるつもりじゃ。そこに書いているのは皆が最低限知るべき内容と思ってくれんか。」

 大体お主と先生方が調べておるんじゃ、事実を在りのまま伝えては調べにくくなるだけじゃろう。
 学園長はそんな言葉を重ねるが、エヴァンジェリンは聞いているのかいないのか、さっさと次の項目へと進む。
 次は魔法先生とエヴァンジェリンの対応について。それに目を通し始めたエヴァンジェリンは、冒頭から盛大に顔を顰めた。

「長谷川君は私達魔法使いが命を賭して救うべき存在であるという信念で、エヴァンジェリンの全面バックアップの下、古の魔法によりシスター・シャークティが長谷川君の夢の中へ。そこで直接対話をし、謝罪を行い、心を開いてもらうのを待っている。
 またエヴァンジェリン本人にも何度も夢へと入ってもらい、魔法先生方と協力して別の解決策も検討中である。……なんだこれは!」
「おや。事実とは違うことが書いてあったかの?」
「事実だが! なんだこの書き方は!! まるでこの私が聖人君子のようではないか!?」

 エヴァンジェリンは顔を真っ赤にしながら手に持った紙束をバンバンと机に叩きつけ、学園長に向け唾を飛ばしてがなりたてる。
 だが、そんなエヴァンジェリンの態度等何処吹く風と言うばかりに、学園長は髭を撫で付けながら言葉を発した。

「どうもお主に対する誤解が多いからの、これを機に少しでも闇の福音では無くエヴァンジェリン本人を見る者が増えればと――」
「余計なお世話だ耄碌ジジイ! 出んぞ、私はこの総会には絶対に絶対に絶対に出んぞ!?」
「ふぉふぉ。止めはせんがの。」

 赤くなった顔を隠すためか、学園長に背を向けるエヴァンジェリン。手に持った紙束は既にボロボロになっていたが、気を取り直して最後の項目へと読み進む。
 内容はネギの魔力封印について。
 一つ目の理由は一般人への魔法バレの危険があるため、二つ目の理由は寝ている千雨を魔法で起こそうとしたためと書いている。
 最も二つ目の理由の後には千雨の現状を知らせていなかった学園長にも責は有る、という意向の補則がついているが。

「おい、神楽坂の件はどうした?」
「ネギ君の魔力封印は強い衝撃となってほしいが、他の生徒の手前、ナギの子供だからオコジョ刑に出来んなんて言えんじゃろう。苦肉の策じゃの、頭が痛いことばかりじゃわい。」
「ハッ、いい気味だ。」

 そう喋りながら、エヴァンジェリンは最後のページに目を通す。

 魔法とは何か
 魔法使いとは何か
 何故魔法が一般人へ公開されていないのか
 自分は普段何を思いこの街に住んでいるのか
 これを機に再度見つめなおし 答えを見つけよ
 歴史に学べ 失敗に学べ 答え合わせの場面は必ず訪れる

 この文だけは、直筆で書かれていた。
  
「フン。無駄だと思うがな。」
「若い者に期待するのは老人の特権じゃよ。」
 
 そんな2人の言葉を最後に、学園長室には暫しの静寂が訪れた。



「……ふむ。そろそろ行くかの。」
「む。何処にだ?」
「クルトに呼び出されてのう。英雄の子の先生も大変じゃ。」
 
 学園長はコートを翻すことで少々湿っぽくなってしまった空気を無理矢理払い、エヴァンジェリンへと目的地を告げる。
 あのガキか、エヴァンジェリンは小声でそんな言葉を呟くが、何かを思いついたのかニヤリと口角を上げた。

「ついでに調べ物をしてきてくれ。アリアドネーで作られた、『力の王笏』という電子精霊絡みの道具の詳細だ。」
「ふむ。別に構わんが、何故じゃ?」

 何故か、か。
 エヴァンジェリンはそう言葉を漏らし、口元に手を当てて考え込む。そもそも本当に『力の王笏』が存在するかどうか疑わしい以上、未だ何ともいえないためだ。
 しかし千雨が魔法世界やアリアドネーを知る訳が無い以上、必ず何かのヒントとなるだろう事を思い、どう説明すれば良いかを考える。

「あいつの夢は唯の良く出来た夢では無い。寧ろ一つの世界である可能性が高い……そのことは理解しているな?」
「勿論じゃ。そうじゃないと物が転移なんてせんからの。」
「その世界が何なのか、間違いなくそのヒントになる物だ。すまんが私も上手く説明出来ん。」

 とても答えとはいえない返答しか返せないエヴァンジェリン。だが学園長は真剣な表情で頷くと、コートの中から札を取り出して歩き出す。
 エヴァンジェリンは前だけを向き、自身の横を通り過ぎようかという学園長とは目を合わさない。
 学園長も視線を動かさず、ただ真剣に言葉だけを返す。

「お主が言う以上重要なのじゃろう。安心して待っていてくれい。」
「ああ、任せた。」

 こうして。学園長はオスティアへと発った。

「ッチ。いっそ風邪でもひけば家に帰れるんだが……。」

 茶々。と共に学園長室へ残されたエヴァンジェリンは、苦々しい表情を浮かべそう呟く。
 屋上へ行って昼寝でもするか、茶々。に向かいそう言うと、扉へと振り返り学園長室を後にしようと歩き出す。

「おい、茶々。置いていくぞ?」
「あ――はい。」

 学園長室の片隅。机に座って何やら書き物をするような仕草を見せていた影を観察している茶々。
 だが既に半身程を部屋の外に出しているエヴァンジェリンに呼ばれ、そちらを向いて返事をする。
 そうして再度振り向き影を見た茶々。だが、一度首を振ると今度こそ学園長室を後にした。



◆麻帆良学園都市◆

「いやー絶好の散歩日和ネ。」
「茶々丸が消えて以来何日徹夜したことか……日が黄色く見えるのは久々ですよー。」

 教師も来ず帰りのHRも無いとなると教室に居る意味も無い。そう判断した葉加瀬と超の2人は、エヴァンジェリンと同じく教室を抜け出し麻帆良学園中等部から大学にある研究室への道を歩いていた。
 冷たくも無く熱くも無く、気持ちの良い風が頬を撫でる。日光は柔らかに2人を照らし、未だ朝といえる時間の街は程よく静かで。
 2人は互いに寄り添いながら、アッチへふらふらコッチへふらふらと相当危うい足取りである。

「フ、フ、フ。私ガ作った『超・翼を授けて下さい飲料』が有れバ、何徹しテモ問題無いと思っタんダガ……。」
「流石に体が持っても気力が持ちませんよー。」

 そんな事を喋りながら、赤信号に引っかかり立ち止まる二人。まともに立ち止まっていられないのか2人の体は右へ左へと揺れ続ける。
 2人の前を通る車は決して多くは無いが、それでも先ほどから数台は走っている。
 周りの人たちはハラハラとしながら揺れる2人を見守っていた。

「ああ、光の向こうに爆走してアキレスを追い抜く亀が見えますぅ~……」
「アレはアキレスじゃないネ、転がりながらアウグストを追いかけるウロボロスね~」
「なるほどー妖精さんでしたかー。エインステインさんもびっくりですね~。」
 
 等と意味不明な会話を交わしながら青信号を待つ。最早2人の目は虚ろで、どこに焦点が合っているのかよくわからないが、兎に角歩行者信号の方向を見ているようだ。
 そうするうちに信号が青へと変わる。2人はそれだけを確認すると、ほぼ同時に車道へと歩みだした。
 そこへ――
『キキィィーーー!』
 そう、右方からブレーキを踏み鳴らして直進車が突っ込んできて。

「危ない!」
「「え?」」

 ズドン! という音と衝撃と共に。2人の視界は一面の黒に覆われた。



「……え? あ、あれ? 一体何が?」
「お2人とも、大丈夫ですか?」

 何が起こったのかわからない葉加瀬と超。判ったのは大きなブレーキ音と鈍い音、衝撃と共に視界が黒く塗りつぶされたことのみ。
 思わず目を瞑って身を縮めた2人だが、その体に痛みが無い事、そして聞き覚えの無い声に気付き徐々にその目を開く。
 すると、先ほど黒く塗りつぶされた視界は嘘だったかのように、相変わらず明るい光が世界を照らしていて。
 葉加瀬には見覚えの無い人物が、2人を肩に抱いて歩道へと押し込んでいた。

「……貴女は、超鈴音」

「イヤー助かったネ高音サン! 私とした事がウッカリね!」
「何を研究しているのかは知りませんが、もう少し控えたほうが宜しいのでは?」

 アハハ、肝に銘じておくネ。そう続ける超。
 葉加瀬は超と顔見知りらしい突然現れた人物に目を白黒させながら、恐らく助けられたのだろうとあたりをつける。
 自分達に突っ込んできた車が居たはず、そう思い回りを見渡すと、左方に止まっている乗用車を発見した。

「貴女も大丈夫? 怪我は無い?」
「あ、は、はい! 有難うございます!」

 高音と呼ばれた人物に声をかけられ、思わず声を上ずらせながらもそう返す葉加瀬。高音は葉加瀬の体を触って軽く調べると、嬉しそうに笑顔を浮かべて「良かった」と呟いた。
 その綺麗な笑顔に、ドキリと胸を高鳴らせ顔を赤らめる葉加瀬。だが、そんな2人の様子を見た超からは文句の声が上がる。

「助けてくれタのは感謝スルが、対応が違いすぎルんじゃ無いカナ?」
「貴女が特別なのよ。嬉しいでしょう?」
「嬉しくないネ……」

 ジト目で高音を見る超と、それを軽くあしらう高音。
 高音は2人の体に特に問題は無い事を確認すると、気をつけるのよ、と、そう言葉を残して立ち去りだす。
 慌てて頭を下げる葉加瀬と、面白くなさそうな顔で手を振る超。高音は呆れ顔で手を振り返すと、今度こそ中等部の方向へと歩き去った。

「超さん、今の方は?」
「高音・D・グッドマン。聖ウルスラ女子高等学校の所属だガ……学園長に用だろうカ?」

 高校生のはずの高音が中等部へ向かい歩いていく。超はその事に疑問を持つも、答えに繋がるヒント等知らず。高音も魔法生徒だと知る超だが、その絡みで何かあるのだろうという程度の予測しか出来ない。
 推測していても仕方がないと、再度研究室への道のりを歩き出す2人。今の出来事で眠気が醒めたのか、今度は両者ともしっかりとした足取りだ。

「さっき、一瞬視界が黒くなったのは何故でしょう?」
「あー、高音サンは影魔法の使い手だからネ。」

 そして話題は自然と先ほどの話へ。
 超によると高音は影を操る魔法の使い手であり、恐らく先ほどは影により車を浮かせると同時に、2人を包み込んで歩道へ引っ張ったのだろうという事だ。

「高音サンは将来、影魔法の第一人者になるネ。」
「凄い人なんですか?」
「ウム、新しい影魔法の理論ヲ出す程ネ。その中でも特に私が関心したノガ……聞きたいカ?」

 コクン、と。超の言葉を聞き、葉加瀬はしっかりと頷く。
 だが、その場所は既に大学の目と鼻の先であり。

「まぁ、続きは研究室で話すネ。」
「はい。」

 そう言葉を交わすと、2人は研究棟へと入っていった。



◆麻帆良大学ロボット工学研究会 研究室◆

「さて、高音サンが将来見つける事にナル影魔法の理論ダガ。」

 研究室へと到着した超と葉加瀬。超は早速研究用の白衣に身を包み、教鞭を持ちホワイトボードの前に立つ。
 葉加瀬は冷蔵庫から『超・翼を授けて下さい飲料』を2本取り出すと、片方を超へと渡し椅子に座って飲み始めた。

「ところデ、葉加瀬は脳分割問題を知ってイルカ?」
「勿論。『私』の右目に赤いコンタクト、左目に青いコンタクトをして体を一瞬で縦に真っ二つに切った場合。死に際の『私』の視界は赤いのか、青いのか? という奴ですね。」
「ウム。そして正解は、恐らく赤い視界の『私』と青い視界の『私』がいる。まさか今更実験する訳にも行かなイからネ、過去の実験から得らレタ推測ダガ。」
「人道という名の枷に嵌められては、科学の進歩は遅れる一方だというのに。もどかしい話です。」

 ハハハ、人前では言わない方がいいネ。葉加瀬の返事を聞き本気で残念そうにしている表情を見て、超は乾いた笑いと共にそう返す。
 ホワイトボードには超の書いた縦に引き裂かれた人体が書かれていた。右半分は青、左半分は赤だ。

「マグルの研究も馬鹿にならナイ。マグル達はこれヲもって魂の否定とシタようダガ、高音サンはコレを少し違う捕らえ方をシタ。」
「何キャラですか?」
「フフフ、名前を言ってはいけない超さんネ。」

 続いて超はボードに一人の人間と、その影を書く。
 人間の顔には笑顔の表情をつけて、影は真っ黒に塗りつぶした。

「魂が無イのでは無く、魂が分けらレタ。西洋では考え難い概念ダガ、東洋、取り分ケ日本デハ一般的な物ネ。」
「分霊ですか。」
「ウム。そこからこう連想したネ。左右で分かれるナラ、実体と影でも分かれるハズ。ナラバ、自分の影ニ宿る人格ハ、自分の分霊デハ無いか? と。」

 そう言うと、超は真っ黒に塗りつぶしてあった影の絵の、その顔の部分に指を這わせる。黒いインクを拭った後には、丁度実体に相当する人間と同じ、笑顔の表情があった。

「なるほど。高音さんは将来それを確立するのですか?」
「自分の影をより自由ニ操ル方法としてネ。今この時代の魔法でも起こりうるヨウだが、その要素を抽出して体系付けタ。世界はこれを高く評価したネ。」

 葉加瀬はうんうんと頷く。超の話を聞くに、それは全く新しい公式を導き出すに等しい行為であり、ノーベル賞物のような印象を受けたためだ。
 だが頷く葉加瀬を見て超はニヤリと笑い、葉加瀬に背を向けてホワイトボードへと向くと、続きの言葉を紡ぎだす。

「ダガ、コレは後に大きな大きな問題ヲ引き起こシタネ。」
「問題、ですか?」
「考えて見ロ。これはツマリ、影に対して分霊を行っタ瞬間、連続自意識が影に移るとイウ事ね。」

 あっ、と。超のその言葉を聞き、葉加瀬は驚いたような顔を浮かべ口元に手を当てる。

「そして、モシ影が魔法の頚木カラ外れた場合。当然使い捨てノ分霊ネ、自分に消されるコトヲ判っている影は、コウ考える。」

 再度葉加瀬の方を振り向く超。ホワイトボードに書いた影の表情は、いつの間にか怒り顔に変わっていて。
 その隣には、こう書かれていた。

『向こうの私でも良かったじゃないか』



[32334] 第36話 正義の味方
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/08/27 00:51
 誰も居ない学園長室。
 部屋の外からは、階下から響き渡る少女達の声が聞こえる。
 窓の外には、小高い丘に集まりパソコンを覗き込む少女達が見える。
 食堂や玄関にも生徒・先生が集まり、皆ソワソワとした様子を隠さずにいる。
 そんな中。椅子に座り書き物をしているような姿勢を維持していた黒い人型は、すくりと立ち上がった。



◆職員室◆

「おや、ネギ先生は玄関ホールへ行かないのですか?」
「あ……新田先生。」

 3時間目。職員室の中は閑散としていた。
 担任を持つ先生は殆ど玄関ホールか教室へ行き、その他の先生も食堂や体育館へと向かっていったためだ。
 職員室に訪れる生徒も居らず、いつの間にか職員室にいるのはネギと新田のみになっていた。
 ネギは机に座ってクラス名簿の一点を見つめたままボンヤリとしていたが、新田に声をかけられたことで顔を上げる。

「ほら、もう直ぐ結果発表が始まりそうです。」

 そう言い、新田は壁際に置かれたテレビを指差す。そこには玄関ホールに展開された巨大スクリーンと、『第1学年成績順位発表』の文字。それを取り囲む1年生達の姿が映し出されていた。
 スクリーンの前では『報道部』と書かれた腕章を巻いた生徒、朝倉和美がしきりに紙を確認している。他の生徒から見えないよう、隠しながらだが。
 ネギは少々テレビを見つめた後、首を横に振り視線を落す。

「……いえ、僕はここで良いです。」
「ふむ?」

 ネギのその様子を見て、新田は眉間に皺を寄せ首を捻る。普段は生徒と共に仲良く生活しているネギだ、少々仲が良すぎる嫌いがあるものの、今まで生徒と距離を置くという事とは無縁だった。
 それが今日の朝からどうも様子がおかしい。職員室ではずっと元気が無く、ため息を吐き、何かを考え込んでいる様子だった。クラス名簿を見てペンを取り何やら書くものの、それも長くは続かない。
 そんなネギの様子を気にして見ていた新田だが、その原因については想像出来ずにいた。

「最下位になって正規の教員になれないのが怖い、という様子では無さそうですな。」

 テレビの中では1年生の結果発表が始まった。1位が発表された途端、テレビの中からだけではなく、体育館、食堂、校庭、そして玄関ホールと学校中から歓声と落胆の声が聞こえてくる。
 新田はテレビの音量を少し下げるが、あまり意味は成さないようだ。

「何か悩み事ですか? 相談に乗りますよ。」

 今なら生徒達に聞かれる心配も無いですからね、と。新田はそう言葉を重ね、笑う。
 その言葉を聞きネギは悩む素振りを見せたが、新田を上目遣いで見つめ、おずおずと喋りだす。

「実は……生徒に取り返しのつかないことをしてしまって……。」
「と、言うと?」

 詳しいことは言えませんが、と前置きした上でネギは次のように語る。

「安静にしていなくちゃいけない、起こしてはいけない生徒を無理矢理起こそうとしたんです。他の生徒が気付いて僕を止めてくれたので、大事には至りませんでしたが。
 いえ、それだけではなく、その前からも僕は色んな失敗をしました。それこそ生徒の人生を左右するような失敗も。僕は、それを大したことじゃないと思っていたんです。」
「状況が良く判りませんが……。それで、その失敗を悔やんでいる、と?」
「……はい。それに、その失敗を指摘されたとき、僕は最初にこう思ったんです。『ああ、怒られちゃう』って。そうじゃない、それより先に思うべきことがあるのに、僕は……!」

 そう言うと、ネギは机に突っ伏して肩を震わせる。
 新田はそんなネギの様子を見ながら少々考え込んでいた。
 ネギの先生としての態度、生徒との関り方について思うところはあるものの、それでもあの特殊なクラス相手に良くやっている、そう思っていたが。
 やはり荷が勝ちすぎていたのか、前途有望な教員が潰れてしまうのは忍びない、そんな事を考えつつ。自身の若い頃とも重なる今のネギを見て、新田は言葉を放つ。

「それで、その生徒や止めてくれた生徒にはきちんと謝罪はしたのですか?」
「あ――、い、いえ。でも謝ったところで、とても許してくれるなんて……。」

 ネギは、千雨の部屋で自分を睨みつけた美空を思い出す。あの憎しみが込められた視線を思い出すたび、ネギは肩を震わせ目に涙を滲ませていた。
 明確に憎しみと呼べる感情を向けられたのは初めてのネギだが、あれはとても謝って許してもらえるものでは無い。そう判断していた。
 だが、そのことを新田に伝えた途端。

「この、バカモン!」
「っ――、え、え!?」

 ガツンッ! と、ネギの頭に衝撃と痛みが走る。
 思わず新田の方を振り返るネギ。そこには一度振り下ろした拳を再度振り上げる新田の姿が有り、ネギは何故自分が殴られたのか判らず、目を白黒させる。
 それを見た新田は、今度は拳を広げてネギの頭の上に置くと、手近な椅子に座りネギと目線を合わせた。
 そして先ほどの怒った様子の声色から一変、今度は諭すように優しくネギへと語り掛ける。

「謝罪と言うのは許してもらうために行うんじゃない。真に自分が悪いと思うなら、一も二も無く謝罪する、いや、勝手に謝罪が口をついて出てくる物だ。対価が望めないから謝らないのか?」
「い、いえ、そんなつもりじゃないです!」
「なら謝るべきだ。謝らせてもらえないなら、それが出来るように努力するべきだ。今ネギ先生が悩むべきはそのことだろう? こうして逃げていては何も進まないぞ。」

 それに――。新田がそう言葉を続けたとき。
 玄関ホールから、教室から、食堂から、体育館から、校庭から。
 そこら中から、割れんばかりの、いや、まるで爆音のような歓声が響き渡り。
 ネギが驚き思わず立ち上がるが、新田は予想していたかのように平然としていて。
 少々の笑みを零しながらテレビの方を指差す新田を見て、ネギの視線もテレビへと向かい、そこには。

「あ……凄い。」
「他人のためにこんなに頑張れる子達だ。案外、解決さえすれば許してもらえるかもしれませんよ?」

 『第一位 2年A組 81.3点』
 この文字が映し出されていた。

「「「ネギ先生ー!」」」
「あ、え、えっと、えっと!」

 職員室に向かい大勢が駆けてくる足音と共に、生徒達の歓声が近づいてくる。
 ネギは立ち上がったまま、職員室の入り口と新田の顔を見てワタワタとしているが、新田はそんなネギをみて笑いながら言葉を放つ。

「行って上げなさい。頑張った生徒を労うのも、感謝の気持ちを伝えるのも、責められることじゃないでしょう。」
「は、はい!」
「ああ、最後に一つ。法は正義に勝るが、人が求めるのは正義です。貴方がどんな先生になるか楽しみですよ、正義の側は難しいのでオススメしませんが。」

 なんせ基準が無いですからな。そう言い笑いながら、新田は廊下へと出る。そして――

「コラー! 廊下を走るなー!!」
「わー、ごめんなさーい!」
「ネギ君確保!」
「私達1位だったよー!」
「ほら、みんな待ってるよ!」
「あ、えっと、あの!」

 職員室に雪崩れ込み、ネギを連れ去ろうとする2Aの面々。勢いに負け廊下へと連れ出されたネギだが、そのまま連行される前に何とか一度踏みとどまる。
 そしてその様子を苦笑しながら見ていた新田へ向き直ると、勢い良く頭を下げた。

「新田先生、ありがとうございます!」
「さて、何のことかな?」

 そんなやり取りをした後。ネギは2Aの生徒達と共に、その場を走り去った。



◆夜半過ぎ 図書館島◆

「……いやぁ。急に動いちゃいましたねぇ。」
「いやぁ。じゃないですよ! どうするんですか!?」

 時間は少々戻って深夜。千雨の部屋を追い出されたガンドルフィーニは、学園長と別れた後家に帰らず、その足で図書館島の地下深くへと訪れていた。
 そこは巨大な木の根が縦横無尽に張り巡らされており、その根の間からは滝のように水が流れ落ちていて。
 その中でも一際大きな滝が作る滝つぼ、そこにはまるで待ち構えていたかのように……いや、真実待ち構えていたのであろう、アルビレオの姿があり。
 ガンドルフィーニの姿を確認した彼は、開口一番、笑顔で冷や汗を垂らしながら先の言葉を口にした。

「正直私も、何故寝たのか、何故起きないのかは調べていましたが、まさか別の人格として起きるとは。やはり近右衛門の情報だけではダメですね、なんと使えないことか。」
「い、いや、そこまでは言ってませんが……」

 さらりと人のせいにするアルビレオ。実際誰のせいという訳でもないだろうが、それでも誰かに責任の追及をしたい。そんな自分の事を棚に上げた仄暗い思いを暗に見せられた気がし、ガンドルフィーニは口ごもる。
 この目の前の英雄なら簡単に解決してくれるのでは、そう思っていたことには違いないのだが、やはりそう簡単には行かないらしい。いや、寧ろ英雄をもってしても難題という事だろう。そう気持ちを切り替える。

「さて、物質転移が起こっている事と夢見の魔法にて様子が見れることの両立。あの千雨さんが……ややこしいですね。ちうちゃんが起きた後でも千雨さんの様子は夢見で見れたようです。これらを踏まえて再度考えましょう。」
「ちうちゃん……。いっそちうちゃんの記憶を直接見てしまったほうが良いのでは?」
「スマートではありませんが、それも手ですねぇ。」

 ですが、まぁ見当くらいはつけて置いて損は無いでしょう。アルビレオはそう続ける。
 しかし見当といっても何も思い浮かばないのが現実だ。なぜ物品が移動するのか? なぜ人は移動しないのか? ちうちゃんとは何者なのか? 多重人格? 精神世界との入れ替わりなんて起こりえるのか?
 疑問が疑問を呼び、明確な回答など何一つわからない。正しく思考の袋小路、いや、もはや入り口も無く地面すら無くなったような心境だ。
 ガンドルフィーニは靴と靴下を脱ぎ、スーツのズボンをたくし上げて滝つぼへと侵入する。そうして水没した本棚に腰をかけ、そのままゆっくりと考え事に集中しだす。
 一方のアルビレオも白紙の本をパラパラと捲るが、その表情は険しいままだ。

「考えてわからない物は、いっそそういう物だとしてしまったほうが良いでしょう。」
「物品が移動するということは現実世界。千雨君に夢見の魔法をかけると見れるのは、精神のみ行っているから。ちうちゃんは千雨君の精神が入った肉体の持ち主。それらから素直に考えるなら――」

 アルビレオの言葉を引き継ぎ、ガンドルフィーニが目を瞑ったままそう答える。
 だが、素直に考えるなら。その先の言葉はどちらからも出てこず、一時の静寂が二人の間に訪れた。
 そのまま暫くは静寂があたりを包み続けるかとおもわれた、その時。アルビレオは何を思いついたか、ピッと人差し指を一本立てて――

「実はちうちゃんはヘラス帝国の人間で、千雨さんはクローン。千雨さんを哀れんだちうちゃんが夢と空間を媒介とした精神入れ替わりの秘術を使い、自らがクローンの立場に甘んじようと――」
「真面目にやってください!?」
「おや。ヘラス帝国のモルモットであることに耐え切れなくなったちうちゃんが予備である千雨さんとの入れ替わりを画策する、のほうが好みでしたか?」
「それの何処が素直に考えてるんですかー!?」

 ハァ、ハァ、ハァ。と、全力で突っ込んだために肩で息をするガンドルフィーニ。一方のアルビレオは『良い突っ込みです』と満足げだ。
 
「しかし、今の情報ではこんな妄言すら否定出来ないのも事実。更なる情報収集が必要です。」
「っく……やはり、記憶を?」
「そうですね。場合によってはエヴァンジェリンにこの場所を教えることも已む無し、です。」

 こうして。2人は今後の方針をもう少しだけ語り合い。ガンドルフィーニはその場を後にした。



◆学園寮 千雨の部屋◆

(記憶を読む、か……)

 扉が修理された千雨の部屋。そこには朝からガンドルフィーニ、葛葉、美空の3人が詰めていた。
 最初はシャークティと千雨の体に配慮しカーテンを締め切っていたが、千雨の言でシャークティを日陰に追いやり、千雨は長袖に帽子を被り対策したうえで今はカーテンを開けていた。
 一応の部屋の主である千雨は少々おどおどとしているものの、ごく普通に葛葉が用意した朝ごはんを食べ、美空と共にテレビを見ている。
 テレビでは丁度2Aが第2学年首位であることが流されており、その結果に美空は歓声を、葛葉は驚きの余り声を上げていた。

「ほら、2Aが私と長谷川さんのクラスなんすよー!」
「知ってる。」
「そ、そうっスか……。」

 美空は始め千雨が起きていることに大いに驚いていたものの、ガンドルフィーニと葛葉による説明を受け、理解は兎も角、そういう物だと納得した様子だ。千雨がシャークティの首を絞めようとしていた事は、2人の判断で美空には伏せられているが。
 美空は2人の説明を聞いて以来積極的に千雨へと話しかけているものの、しかしそっけなく返され続けている。
 『仲良くなれば何か教えてくれるかもしれないっス』と美空は言っていたものの、今のところ実を結んではいないようだ。

「いやー、でもコレでネギ君も首にならずに……」

 そして、再度話題を振ろうとした美空。
 だが、思わず口にしたその話題は最後まで言い切られることは無く。美空は、そのままシャークティの方を向いて押し黙る。
 葛葉とガンドルフィーニの2人も居た堪れない面持ちで美空のほうを見るが、もう一人。千雨も、クイクイと美空の袖を引っ張った。

「な、なんすか?」
「……ごめんなさい。」
「悪いと思うならっ――!」

 千雨の言葉を聞き、思わず激昂しかける美空。
 これは不味い、そう思ったか葛葉は急いで美空の下へと駆け寄るが、美空はそれ以上何もせずに踏みとどまる。
 それは千雨の目に光るものを見つけたからであり、それに気付いてしまった美空はがっくりと項垂れ、そのまま千雨を抱き寄せた。

「何か……理由が、あるんすよね。」

 コクリ。そう、美空の腕の中で頷く千雨。

「それ、どうしても教えてくれないっスか?」

 ……コクリ。今度は暫く間を置いた後に頷く千雨。
 ハァ、と、溜息を吐いた後。美空はそのまま千雨を押し倒し、床へと寝転がった。
 千雨を抱いて寝転がった姿勢のまま結果発表の続きを見る美空の様子を見て、葛葉は一先ず胸を撫で下ろす。
 そして、ガンドルフィーニは、ずっと悩みながらそれらを見つめていた。



「……そろそろ総会ね。一応私達は出なくても良いことになっているけど。」

 その後テストの結果発表も終わり、テレビは何時もの麻帆良放送に切り替わった時。葛葉は何気なくそう切り出した。

「あの……。ココネには、本当の事を教えても良いっスか?」

 総会の内容は高畑からガンドルフィーニを通じて既に二人には伝えられている。
 勿論その内容はかなり端折られた物であり、事実のほんの一部分でしかない事も。
 美空は、せめて自分と同じシャークティの弟子であり、仮契約における自分のマスターであるココネには本当の事を知ってもらいたいと、そう葛葉に訴え出た。

「えっと、一応先生には自分の弟子に対して事実を教える裁量は与えられているけれど……。」

 葛葉はその言葉を聞き、悩む。
 シャークティが命を懸けている以上、美空の気持ちは良く判る。だがココネに事実を教える裁量はシャークティが持っており、事実上学園長辺りが動かないとココネには教えられないことになってしまう。
 そう悩んでいると、それを見ていたガンドルフィーニが次のように発言した。

「ココネ君も知るべきだろう。何かあれば僕が責任を持とう。」
「本当っスか!?」
「なんて珍しい……。ガンドルフィーニ先生がそんな事を言うなんて。」

 規律やルールを重んじるとばかり思っていたガンドルフィーニが、裁量破りをする。その事に驚く葛葉だが、ガンドルフィーニも自覚しているのか苦い表情で葛葉へと視線を向けるに留めた。
 美空は早速携帯電話を取り出しココネへメールを打とうとするものの、ガンドルフィーニはそこへ更に言葉を重ねる。

「文章で残るのは辞めてくれ……。総会へ出て、それが終わった後にココネ君へ直接伝えなさい。この場は僕達だけで十分だろう。」
「あ、それもそうっスね。」

 それじゃー行って来るっす! そう言い、千雨へ手を振りながら部屋を出て行く美空。千雨は手を振り返し、葛葉は溜息を吐きながら、ガンドルフィーニは無表情でそれを見送った。
 バタン、と、扉が閉められ、部屋の中にはテレビから流れる声だけが響く。テレビは映画チャンネルが映し出されており、中身は一昔前の洋画だ。
 まだ余り進んでいないのか、場面は浮浪者のような人物がスポーツ年間を片手に奇抜な車を盗み出したところである。
 千雨はテレビに集中している様子で食い入るように見つめており、二人の様子は一切気にかけていない。
 この中りは子供らしいのか、などと思っている葛葉だったが。その横でガンドルフィーニは唐突に魔法の杖を取り出すと、そのまま千雨を眠らせた。

「ガ、ガンドルフィーニ先生! 一体何を!?」
「静かに。ただ眠らせただけだ、すぐ起きる。」

 極めて真剣な表情でそう言われ、言葉に詰まる葛葉。
 ガンドルフィーニは葛葉の方を一瞥するが、再度魔法を唱え魔法陣を出現させる。

「一体何をするつもりですか!?」

 小声でだが、それでもしっかりと聞こえる声でそう問い詰める葛葉。
 ガンドルフィーニは手を止めず、魔法陣を展開したまま葛葉へと説明する。

「この子の記憶を見る。喋るのを待つなど、悠長な事は言ってられない。」
「何故です!? 美空さんが仲良くしようと頑張っているのに!」
「人の命が懸かっているんだ。仲良くするのは良い、だがこれもリスクの少ない手段だろう。」
「え、エヴァンジェリンさんでさえ記憶を見ても良く判らなかったのですよ!? その報告を聞いているでしょう!」

 葛葉のその言葉を聞き、ガンドルフィーニの手が一端止まる。
 だが。葛葉へ視線を向けて――

「ッフ、あの吸血鬼が、こんなカンニング紛いのことをするものか。」

 そう言い、ガンドルフィーニの魔法が発動した。



[32334] 第37話 秘密のお話
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/08/30 02:57
『電探報告します。周囲200光秒以内に艦影ありません。敵艦隊とは160光秒の距離を維持しています。』
『望遠鏡報告します。10光分以内に所属不明艦の発見はありません。引き続き周囲の探索を行います。』

 漫画やアニメに出てくるような宇宙艦船のブリッジの中。そこでは真ん中で一際高い位置にある席に座る人物――恐らく艦長だろう――に対し、虚空に現れたモニタを通して複数人が報告を行っていた。
 艦長はそれぞれの報告に対して頷くだけで返答とすると、一つ、また一つとモニターが消え去っていく。
 全てのモニターが消え去った後。艦長は傍らのテーブルに置いてあるカップに手を伸ばすと、ゆっくりと口元へと運んでいく。

「周囲は問題なし、と。地上の方はどうです?」

 報告の間微動だにせず後ろに佇んでいた人物が、そんな艦長へ向け言葉を投げる。
 艦長は渋い顔から更に眉を潜め、苦々しい、不機嫌そうな顔へと変わる。
 そのまま返答をせずとりあえず飲み物へ口をつけるが、顔つきが変わることは無いようだ。

「地上で戦闘は起きんよ。一般人を巻き込むことになる。それは向こうも同じ話だ。」
「でも全ての箇所に部隊の展開はしているのでしょう?」
「……念のため、だ。」

 カップをテーブルへ戻し会話をする艦長達。その眼下では多数のオペレーター達が忙しなく作業をしているが、その誰もが浮かない表情だ。
 オペレーター達を一瞥した後、艦長は虚空へと手を伸ばす。すると世界地図を表示したモニタが現れた。
 世界地図には11箇所の光点が輝いている。その光点のいくつかを触り様子を見るが、映し出されるのは円陣を展開している地上部隊のみ。敵らしき姿は無く、放っておくと気を抜きそうになる兵士達と、それを諌める指揮官達の姿が見える。

「しかし、馬鹿だ馬鹿だとは思っちゃいましたが、ここまで恩知らずとは……。」
「ふん、所詮獣だ。知的な判断など出来るものか。」

 何故自分達が生きていられるのか、もう忘れたんですかねぇ。立っている人物はそんな事を呟いて溜息を吐く。
 一方の艦長は時計を見つめ何かを待っている。先ほどから状況に変化は無く、オペレーター達も徐々に落ち着き始めていた。

「先手は向こうに渡すんですか?」
「我々が先手を出しては大義名分が失われる。それに今は大接近だ、不用意に近づくわけにはいかん。」
「増援が転移してくるかも、ですか。敵さんは本能で生きている分、そういう勘は侮れませんからね。」

 ややこしいし、厄介ですねぇ。そんな呟きに対し、艦長は同意するかのように溜息を吐いた。
 と、その時。

『望遠鏡から緊急報告! 9時の方向5光分の距離に所属不明艦隊……いえ、所属不明部隊を発見! その数、こちらに倍します! 映像送ります!』
「9時方向……?」

 けたたましいアラーム音と赤い光を伴って、先ほど報告していた人物を映したモニタが現れる。
 敬礼もせず艦長の返事も待たずに話を進めたその人物だが、艦長は何も言わずただ映像が映し出されるのを待つ。
 俄かにざわつき始める艦内。そしてそれを助長するかのように、再度アラームが鳴り響く。

『地上から報告! イグアス近くで民間の都市が襲撃を受けています!』
「馬鹿な!? そこにゲートは無い筈だろう!!」

 それらの報告に続き、ブリッジのメインモニタへ大きく二つの映像が映し出される。
 片方は都市を受けている都市の様子。
 片方は此方へ迫る所属不明部隊。
 そして、それらに共通していることは――

「何故だ、何故あいつ等が動き出す!?」

 夜の闇の中よりも、宇宙空間よりも尚黒い。漆黒の、異形の部隊だということ。



◇◇

「って銀○伝かよっ!?」

 ガバリ、と布団を跳ね飛ばして起き上がる。……ん、布団? なんだ夢か。
 全く、この間の宇宙の夢といい今の夢といい、一体何なんだ? 宇宙艦隊を率いるのが私の夢なのか? ありえねー。
 私はフツーに恋愛して結婚して、危険なんかとは一切関らずに一生を終えるのが夢なんだ。 なんで戦争っぽいモンに憧れなきゃならねーんだ。
 そんな事を考えつつ、私はさっきまでの夢を頭の中から追い払うように、何度か頭を左右に振る。そして目を擦りながら、眼鏡をかけようと枕元に手を――って、あれ?

「ここ……どこだ?」

 ベッドや周囲を良く見れば、そこは全く知らない場所だった。窓の外は既に明るく、朝と言える時間はとっくに過ぎているようだ。
 マテマテ、落ち着け私。学校はどうした? ここは何処だ? いや、まず私が寝る前には何をしていた?
 確か昨日は学校が終わった後アリサ達がプールに行くっつーからそれから逃げて、家でコスプレ衣装を作り、晩飯を食べた後なのはに呼び出されて、プールでの出来事を聞きながらジュエルシードの反応が有る学校へ行って、そこで……

「あああ! 思い出した!」

 そうだ、トイレでなのはの魔法に巻き込まれたんだった!
 あのヤロー人の事をお構い無しに撃ちやがって! ……っつーことは、あれか? ひょっとして私、トイレの床に倒れたのか……!?
 うわ、お、お風呂! つーかここ本当に何処だよ!?
 私がそんな事を思って一人慌てていると、部屋の隅にある扉を開けて私の良く知る人物が入ってきた。

「あら、起きたのね。」
「シャークティ! 風呂貸してくれ!」

 そうか、ここはシャークティの住んでる所なのか。多分倒れた私を持て余したなのはがシャークティに連絡を取って、そのままこの家に運んだんだろう。
 つーか今はそれより風呂だ! き、気持ち悪い! 気分の問題だと判っちゃいるが、それにしても耐えられねーって!?
 私はベットから降りてシャークティの下へ向かおうと、足を床に下ろして立ち上がる。
 いや、立ち上がろうとしたんだが。

「うお、あ、あれっ……?」

 ……立ち上がれない。
 なんつーか、体を動かすことは何とか出来るんだが、全く力が入らない。な、何だ?
 私がそうやって何とか立ち上がろうと四苦八苦していると、シャークティは私の傍に来て肩を押し、そのまま私はベットへと簡単に寝かしつけられた。
 何だ? なのはに撃たれたせいで何か後遺症でも残ったのか……!?

「ハァ。スクライア君の言った通りね。」

 シャークティの話を要約するとこうだ。
 昨日の夜なのはからの連絡を受け学校に行くと、トイレで倒れている私と困り果てているなのは、スクライアを発見。
 魔法によって倒れたようなので私の家へ連れて行く訳にも行かず、そのままシャークティの家に運んで治療を施した。
 とはいっても外傷は殆ど無く倒れた時に体をぶつけた程度だったみてーだが……。
 で、本題の何で体が上手く動かないのかっつーと、だ。
 なのは達の魔法には殺傷モードと非殺傷モードという大きく分けて二つのモードがあるらしい。物騒なネーミングだ。
 で、殺傷モードは普通に私達がイメージする魔法。非殺傷モードは物体に作用せず、対象の魔力に対してダメージを与えるんだとか。細かいことを言い出したら他にも色々あるらしいが。
 ここからはシャークティの推測だが、恐らくなのはの魔法がクリティカルヒットした私は生命維持に必要な、本当に必要最低限の魔力だけを残し、他は吹き飛ばされたのだろう、と。
 恐らく非殺傷モードとはそういう物なのだろう。休んでれば時期に魔力も戻ってくるらしい。
 つーか、ホント迷惑な話だぜ……

「学校はどうしたんだ?」
「ああ、休みの連絡は入れておいたわよ。お母さんに対してもね。倒れたという事にしておいたけど、心配してたわよ?」
「だよなぁ……はぁ。」
 
 私もバリアとか防御とか、そういう魔法もっと覚えた方がいいんだろうか。攻撃はなのはに任せれば言いとしても、余波で倒れてちゃ世話無いよなぁ。
 でも一応障壁とか覚えてはいるんだが、あの時咄嗟に使うことなんて出来なかったし。魔法の訓練はしても、戦闘訓練なんてしてねーし。
 この先なのはと一緒にジュエルシードを封印して回るなら、やっぱり戦闘訓練もしないとダメだろうか?
 ……って何私はナチュラルに戦闘する前提で考えてるんだ。そもそも私が戦闘場面に居る事が間違ってるんじゃねーか? トンヌラ達は居る意味ねーし、魔法は勉強中だし。
 なんて、そんな事を考えていると……

「さて、それじゃお風呂に入りましょうか。」

 そうシャークティが切り出した。
 あー、ちょっと忘れてたのに。入りたいのは山々なんだが……

「この状態じゃ一人で入れねー。何時頃動けるようになるんだ?」
「夜になれば、かしらね。というか入れてあげるわよ?」

 一緒に入ればいいじゃない、とシャークティは言う。
 ……こいつと一緒に? お風呂? 冗談じゃない! 何されるか判ったもんじゃねー!?

「ヤダ」
「そう即答されると、ちょっと傷つくわね……。」

 そう言い顔を伏せるシャークティ。だが、フフフと不気味な笑い声を漏らすと、顔を伏せたままとんでもないことを喋りだす。

「それじゃあ、トイレの床に顔や体をつけて倒れてた千雨ちゃんは、そのまま洗わずに夜まで過ごすのね。ああ、別にいいのよ? 布団は洗えば良いだけだから、気にしなくても。」
「んなっ!?」

 っく、そこを突いて来るか……!
 ああ、くそ、どうする!? こいつと一緒にお風呂に入るのか? このまま動けるようになるまで待つのか? いやそれは論外だ!
 なんとか一人でお風呂に入れねーか? でも思うように動けねーし、お風呂で溺れたとか言ったら笑われるし……ど、どうする? 背に腹は変えられない、か……?
 うーー、仕方ない、のか……!?

「し、仕方ないから、一緒に入ってやっても……」
「あら。別に私は入らなくても良いのよ。」

 こ、このやろう……!

「くそっ! い……一緒に……」
「一緒に?」
「一緒にお風呂に、は、は、入って、下さい……。」

 ああ、くそ、暑い、つーか熱い! 何でこんなことに、ぜってー顔真っ赤だぜ、私。
 それもこれもなのはのせいか、あのヤロー!

「はい、よく出来ました。お風呂は沸いてるから、このまま連れて行くわね。」
「え、ちょ、おま、おい!?」

 そうして。
 私はシャークティに抱き上げられ、脱衣所へと連れて行かれた。



◇◇

「いいお湯だったわねー。」
「洗われた……全身洗われた……」

 あのまま脱衣所へと連行された私は、シャークティのされるがまま服を脱がされ、お風呂場へ行きシャワーを浴びせられ風呂に入れられた。
 風呂の中ではシャークティにずっと抱っこされ、シャークティの柔らかい感触が……
 そのまま取り留めの無い会話をした後、今度は椅子に座らされ、全身……体の隅々まで、全、身……ぬああぁぁぁぁ!?

「女同士なんだから、そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃない。」
「てめーら外国人とは違うんだよ! それに人が上手く動けないのを良いことに、あ、あ、あんなこと……うがあぁぁぁ!」

 消してくれ、誰かこの記憶を消してくれ……! くそ、こんなことなら夜まで我慢するんだった……!
 私はリビングのソファーに横たわりながら顔を伏して身悶えているが、シャークティはそんな私を見て軽く笑ってコーヒーの準備をし出す。
 ああ、くそ、相変わらず余裕だな。大人の女性って感じか? でもちょっと違う気もするけどよ。
 それにしもシャークティの体綺麗だったよな。肌も滑々で引き締まってて、胸も大きくて綺麗な形で、皺や無駄毛も無くて。なんかそういう魔法でも有るのか?
 羨ましいな、身長もあるし、あんな体になれるなら……って私は何を考えてる。
 なんか最近、何でもシャークティの思う壺に嵌ってる気がするぜ。

ピンポーン

 シャークティがコーヒーを入れ終わりテーブルの方へと持って来ようかという時、そう呼び鈴が鳴らされた。
 コーヒーを運ぶのを辞め玄関の方へと出て行くシャークティ。私は何気なく時計を見ると、その時刻は午後4時半を回ったところだった。
 この時間に来るってことは、多分あいつらか?
 そんな予想を立てていると、その読み通り。リビングには肩にスクライアを乗せたなのはを先頭とし、その後ろからアリサとすずかが入ってきた。

「千雨ちゃん、ごめん! 大丈夫!?」
「ごめんなさい、自分の分しか障壁を張れなくて……」
「なのはが千雨を魔法でぶっ飛ばしたって聞いたときはビックリしたわよー。大丈夫なの?」
「大丈夫? 千雨ちゃん。」
「あー、とりあえず大丈夫だ。ちょっと体が動かしにくいけど、それも夜には治るみてーだし。」

 女3人寄れば姦しい、とは言うものの。残念ながらそんな雰囲気では無いらしい。
 アリサは私が普通に喋ってる時点で呆れ顔、すずかはずっと心配そうな顔、そしてなのはは今にも泣きそうな顔をしている。
 わたしは寝転がったままなのはに手を伸ばすと、なのははおずおずとその手に触れる。
 そのままなのはの手を握ると、私の方へと引き倒した。途中でスクライアが落ちた気がするが、知らん。

「わ、キャア!?」

 そうして私の上に覆いかぶさる形になったなのは。
 そのままなのはの頭を撫でてやると、最初は緊張して力んでいた様子だが、力が抜け私に体を預けてくる。
 仕方ない、フォローしてやるか。私はなのはの頭を撫でたまま、励ましてやることにした。

「全く、次は上手くやってくれよ? 期待してるぜ。」
「ち、千雨ちゃん……!」

 そう言うと、なのはは私の胸にすがり付いたまま小さく泣き出した。泣かせないように励ましたつもりなんだが、結局泣かせてちゃ世話ねーな。
 まぁ何も言わないとか、ただ許すよりは良いだろうよ、多分。

「何よ、かっこつけちゃって。」
「アハハ、千雨ちゃんらしい、よ?」

 ……っく、聞こえてるぜ、2人とも。



「ほら、私の家……月村家は所謂名家だから、昔からそういう裏事情、魔法とかの存在だけは知っていたんだ。私も見たのはシャークティさんの魔法が初めてだったけど。」

 ごめんね、黙ってて。そう言いすずかは両手を合わせ頭を下げる。
 時間は少々過ぎ、さっきまで泣いていたなのはも落ち着きを取り戻し。場面はプールの事件に対する説明へと移っていた。
 月村家のメイドであるノエルさんとファリンさんが、ジュエルシードが生み出した化け物相手に大立ち回りをした事に対しての説明をアリサが求めたから、らしい。まぁそりゃ求めるよな。
 私、なのは、すずかと3人とも魔法関係者――すずかは少々事情が違うが――であることに臍を曲げたのか、アリサは不機嫌だ。

「で、それとノエルさんやファリンさんがあんな事出来るのがどう繋がるのよ?」
「ほら、アリサちゃんの所もそうだけど、トラブルが多くて。その対策で強い人が我が家のメイドをしているの。茶々丸さんの件を知ったのも、誘拐されかけた所をシャークティさんに助けてもらって、その繋がりからなんだ。」
「ゆ、誘拐!? すずか、あんた大丈夫だったの!?」

 大丈夫じゃなかったのはアリサ、お前だけどな。なんてことは言わないが。
 軽々しく喋ることじゃなかったからと、そう言い頭を下げ続けるすずかに対し、アリサは明らかにうろたえてすずかの心配をし出す。
 なのはも目を見開いて驚いているがアリサ程心配はしていなさそうだ。今ここに居るんだし今更心配しても、って所か。
 すずかは顔を上げて大丈夫だったと説明すると、アリサは諦めたように溜息を吐きテーブルに突っ伏した。

「そりゃ言えないわよね。そんな事で怒るほど狭量じゃないわよ。」
「……本当に?」
「信じなさいよ!?」

 なのはの言葉に対し慌てて証明しようと言葉を重ねるアリサ。そこにはすっかり何時も通りの光景が広がっている。
 これで一先ずは良いのか、私のそれと違って嘘は言ってねーもんな。
 正直こんな事を何時までも繰り返していたらそのうち破綻するんじゃねーかとは思うが、だからといって本当の事を言えば良いのかっつーと首を捻るところだ。
 一体どうするのが正解なんだろうな。恐らくそれは結果が出て見ないとわからないのか、とは思うが。
 私はそんな事を考えながら、焦って自分がいかに度量が広いかをなのはに説明するアリサ、面を食らっているなのは、にこにこと見つめるすずかを横目に見ながらコーヒーを飲む。
 こんな関係が何時までも続けば良いな、なんて思いながら。
 ん、でもそれじゃ何時までも私はこっちの世界にいるということに……?

「そーだ、シャークティさん!」
「あら、何?」

 一通りなのはへの説明が終わったのか、アリサが突然シャークティの名前を呼ぶ。シャークティは何やらノートを書いていたが、その手を止めてアリサへと視線を合わせた。

「折角来たんだし、また魔法見せてよ!」
「あ、僕もしっかり見てみたいです。この世界の魔法も興味深いですし。」

 テーブルの上でクッキーをかじっていたスクライアがアリサの言葉尻に乗る。
 スクライアは兎も角、アリサは諦めていなかったんだな。ひょっとしてまだ練習してるのか?
 アリサはスクライアを掴みシャークティの近くへ寄ると、勢い良く頭を下げる。

「お願いします!」
「はい。見せるのは構わないけど……何だったら千雨ちゃんの魔法も見てみたほうが良いのかしら?」
「ん? 私か?」

 シャークティはノートを閉じ私に向けて言葉を投げる。
 何でも人によって色々と癖があるから、初歩的な話なら複数人の魔法を見て学んだほうが良いと尤もらしいことを言っているが。どうも私には面倒臭がっているようにしか見えん。
 つーか、そもそもだ。

「魔力、無いんだろ? 今。」

 だから動けないんだし。

「ええ、動けないのは魔力切れのせい。なら単純な話、魔力を供給してあげれば……」

 そう言うと懐から私の絵が描かれたパクティオーカードを取り出し、私に向け魔力供給を開始する。
 私の体が仄かに光り始るが、その光はどんどんと体内に染み込んで行き、それと共に体がぐんぐんと軽くなった。
 ああ、なるほど。考えて見れば単純な話だよな。なんで気がつかなかったんだ……って――

「――おい。それなら何も一緒に風呂に入らなくても……」
「……あ。しまった。」

 そう言い、半笑いで口元を押さえて冷や汗を垂らすシャークティ。そうか、こいつ俗に言う確信犯という奴か。
 ふ、ふふ。そういえばアリサとスクライアが魔法を見たがっているんだったな。
 火よ灯れを見せてやってもいいんだが、折角だ、どうせならもっと違う魔法が見たいよな?

「ち、千雨? なんか怖いわよ?」
「何、心配ねーよ。アリサが見たこと無い魔法を使ってやろうっていうんだ、良く見ておけよ?」

 何だか調子が良い。今ならどんな魔法も成功しそうだ。
 そうだ、どうせなら今まで成功したことのない、あれを……!

『エゴ・エレクトルム・レーグノー ものみな 押し流せ ねじれた海蛇――』
「ちょ、ちょっと、それはダメー!?」
「うるせー! 私の裸は高いんだよー!」

「……はぁ。なにやってるのかしら。」
「にゃ、にゃはは……わかんない……」



[32334] 第38話 魔法少女ちう様 爆誕!
Name: メル◆19d6428b ID:3be5db7b
Date: 2012/09/23 00:50
「そんな……私の、せいで……」

 その日。
 巨大な、とても巨大な樹が。
 海鳴市を、破壊した。


◇◇

「ジュエルシードの発動には、強い想いが必要です。今まで発動したジュエルシードは全て残留思念や動植物といった、比較的弱い想い想いにより発動していました。けど、今回は……」
「色気づいたガキ2人分の、一緒に居たいとかそういった類の想いで発動して、ああなったと。」

 今日。朝からなのはの父親である士郎さんがコーチをしている、サッカーチームの応援に出かけた私達。サッカーの試合そのものは士郎さんのチームが勝ち、その後翠屋で打ち上げをして解散したのだが。私が一人で翠屋から家へと歩いていると、街中の方向に突然巨大な青い魔力柱が出現した。
 当然そんなことを起こせるのはジュエルシードのみだし、私は急いで街中と向かったんだが、そこにあったのは雲を突かんばかりに巨大化した樹、樹、樹。
 その樹々は街を飲み込み、至る所に根を張り、我が物顔で街を占拠していて。
 幸いにも翠屋から飛んできた茶々丸と、私なんかよりも詳しく魔力を感じ取れるというトンヌラ達が直ぐにジュエルシード本体を見つけ出し、そこへなのはが砲撃を打ち込むことで封印することは出来たんだが、樹々が消え去った後に残されたのは傾いたビル、壊れた家、消えた信号、割れたアスファルト。
 それは、その光景は、まるで……いや、この例えは止めて置こう。
 兎に角、樹々が残した痕跡はとても大きく、またその混乱も酷い物だった。怪我人や死者が出ているかは知らないが、今それについてはシャークティと茶々丸が走り回っていることだろう。私となのはは手伝える事もないので、一足先になのはの家へと戻ったんだが……

「私、気付いてた。あの男の子がジュエルシードを持ってるって。でも、気のせいかもって、思ってて……」

 ジュエルシードを発動させたのはサッカーチームのキーパーとマネージャーだった。男の子ってことは、恐らくキーパーがジュエルシードを持っているのを見たんだろう。発動していない、しようともしていないジュエルシードを見つけるのは茶々丸でさえ出来ないからな。恐らく偶然直接見たんだろう。
 なのははジュエルシードを封印してからこっち、ずっとこんな調子で塞ぎこんでいる。まぁ、その気持ちは、判らなくはない、が。

「なぁなのは。今回のことは、お前のせい、なのか?」

 私がそう言うと、なのははビクリと肩を震わせた後、力なく頷く。ユーノが励まそうと声をかけてもその視線が上がる事は無く、なのはは自分のベットに座り込んだまま僅かに肩を振るわせ始めた。
 こういう時、私はなんて声をかけてやれば良いんだろう。お前のせいじゃない、なんて言うだけじゃ何の効果も無い。こういう奴は何でも自分の責任にして、勝手に自分が背負う荷物を増やし、その重さに耐え切れなくなるまで突っ走るんだろう。
 時々そのまま倒れず走り続ける奴もいるんだろうが、少なくとも私は漫画やアニメの登場人物でしか知らない。
 私がそんな事を考えていると、なのはは顔を伏せたまま、次の言葉を語りだす。

「ねぇユーノ君。私ね、今までユーノ君のお手伝い気分だったんだ。憧れてた魔法が使えて、ちょっと怖いけど刺激があって、疲れるけど凄く楽しかった。」
「なのは……」
「でも、ね。きっとこんな考えだから、今日みたいなことが起こったんだよね。もっと、私がしっかりやらないと。自分の意思で、自分の力で、ジュエルシードを封印しないとダメなんだ。」

 そう言い、なのはは顔を上げ、窓の外へと目線を移す。その目には強い光があり、何かを覚悟したように見えた。
 でも、よ。なのは。何でも自分のせいにするって事は、全部自分で頑張るって事は、それはつまり……

「そんなに、私……いや、シャークティと茶々丸の事は、信頼出来ないのか?」
「な、なんでそうなるの!?」

 なのはは心底驚いたような顔で私を見る。折角決意した所悪いが、私はそんな事認められねー。

「だってそうだろ? どうして何でもかんでもお前がやらなくちゃいけないんだよ。シャークティに任せればいいじゃねーか!」
「でもジュエルシードを封印出来るのは私だけなんだよ!? じゃあ私が頑張るしかないよ!」
「だからお前は封印だけしてりゃ良いんだよ! 探すのは茶々丸、化け物を倒すのはシャークティ、封印するのはお前、それじゃ不満なのか!?」
「そんな、2人が危ないよ! 私はみんなに守られてるだけなんて嫌だ! 私にはジュエルシードの影響を受けちゃった子を倒す力も、封印する力も、頑張れば探すことだって出来るんだよ!?」
「だーかーらー! なんで、てめぇ一人で全部やる前提なんだよ!?」
「だって、千雨ちゃん達じゃ封印出来ないんだよ!? だったら私がやるしか無いよ!!」
「てめぇなんで私の言うことが判んねーんだよ!?」
「千雨ちゃんこそ、どうしてわかってくれないの!?」
「だから――」
「もう! 千雨ちゃんの馬鹿!!」

 ――そう、口論中に、思わずといった体でなのはの口から出た言葉に。
 私の頭は一瞬真っ白になってしまい、言葉の応酬に少しの空白が出来上がる。
 馬鹿……? 私が馬鹿だって……!?
 誰がどう考えたって、この件について馬鹿なのはなのはだろ!? 一人で全部やれる訳ねーじゃねぇか!
 思わず手に入れた魔法の力に舞い上がって、現実を見て、現実に向き合ったつもりになって、全部自分が背負わなきゃって変な使命感を持ったんだろう!?
 結局出来上がったのは現実を見れていない、ガキ特有のヒロイック・シンドロームだ! 突然教室に銃弾が飛んできて、自分がクラスメイトを庇って撃たれるような、そんな妄想が現実の物になりそうで浮かれてやがるだけだ!
 アリサやすずかでも、いや誰がどう見たって正しいのは私だ!
 それを、馬鹿だと……!?

「あ、ご、ごめ――」
「……知るかよ。」

 私は立ち上がり、後ろを向きそのまま廊下へ繋がる扉に手をかける。
 後ろでなのはが何かを言っているが、もう聞く気もない。

「てめぇ一人で舞い上がって、何もかも判った気になって……そんなガキの面倒なんて見ていられるか!」

 そう言い残し。私は、そのままなのはの家を後にした。



◇千雨の家◇

「で、そのままなのはちゃんの家を出てきた、と。」

 夕焼けの中自分の家へと戻ってきた私。そのまま自分の部屋でイライラとした気持ちを持て余していたが、そんな所へそう時間を空けずシャークティと茶々丸がやってきた。
 樹によって破壊された街の方はどうしようもないが、怪我人や崩れた瓦礫で立ち往生していた人たちは大方救出してきたらしい。
 流石に小さな怪我まで魔法で治していては切りが無いので、ある程度大きな怪我をした人だけ治療したみてーだが。ちなみに幸いにも死人は見つけていないようだ。
 そんな報告をしてくれたシャークティと茶々丸に向かい、私はさっきなのはの家であった会話を話していたんがだ……

「あの馬鹿、全部自分一人で背負う気になってやがる! 小2か、小2病なのか!?」
「封印がなのはちゃんしか出来ない以上、気負うのもわかるけど。」
「けどよ! そこで何で全部一人でやる事になるんだよ!? もっと私を、じゃねぇ、お前等を頼っても良いじゃねーか!?」

 あー、くそ、イライラする! これだからガキは嫌いなんだ!
 もう何もかも上手くいかねぇ。くそ、一体、なにがどうなってんだ! どうすりゃ、いいんだよ……!

「ふふ。なのはちゃんが心配なのねぇ。」
「あぁ? 私はただ話しの判らねーガキにムカついてるだけだ!」
「はいはい。顔赤いわよ?」

 なんだよその『私は全部判ってます』みてーな顔!?
 それにこれは怒りから顔が赤くなってるだけだ! ぜってー照れているわけじゃねー!?

「しかし。なのはさんしか封印出来ない以上、負荷が高くなるのは当然では?」

 探索や、戦闘は出来ますが。そう続けて茶々丸が言う。そうなんだよ、結局はそこに行き着くんだよな。
 もっと封印出来る奴がいれば、なのはも落ち着いて現実を見るんじゃねーか?
 つってもなぁ、トンヌラ達は機械やプログラムといった面にばかり特化して、そういう魔法は使えないらしいし。茶々丸は論外、シャークティも氷漬けにしておく位しか思いつかないらしい。
 スクライアは何時回復するのか知らねーが……あいつの魔法を習うのも手なのか?
 でもデバイスが必要なんだよな。こいつらじゃダメなのか……?
 そう思い、私は力の王笏を魔法ステッキの状態へと戻す。

「くそっ、私も、あれを封印出来れば……」

 別に私はなのはを泣かせたいわけじゃねー。せめて、封印さえ出来れば……!
 と、その時。

『ちう様! たった今トイレで受けたディバインバスターの解析が終了したっす!』
『いやー言語すらわからない状態からエミュレート、翻訳を経て、ミッドチルダ式魔法言語をそのまま使うのには苦労したっす!』
『でもディバインバスターに使われていた単語しか判らない! だからディバインバスター以下の魔法しか使えないっす!』
『効率も何もあったもんじゃない!』
『もっとサンプルプリーズ!』

 突然力の王笏からトンヌラ達が飛び出して、私の周りを飛び交いながらそんな事を喋りだした。
 こ、こいつ等……!

「っは、ハハ……お前等、良くやった!! 茶々丸、スクライアの奴を連れて来い!」
「畏まりました。」
「……あらあら。」

 ハハ! あのスクライアの奴なら封印やちょっとくらいの魔法なら使えるだろ!
 なにもあの砲撃なんか要らん、封印さえ出来りゃいい! そうすれば、なのは一人に全部背負わせる理由なんか何処にもない!
 それなら幾らあの馬鹿でも、頭を冷やして落ち着くだろ! ふ、はは、待ってろよ、なのは!

「フフ。凄く、嬉しそうね。」



◇結界内◆

「まずミッドチルダ式魔法には殺傷設定、非殺傷設定という物があります。これは全ての魔法を扱う上での大前提であり――」

 あの後。茶々丸により連れて来られたユーノに事情を説明し、千雨やトンヌラ達へと魔法の教示を請うこととなった。
 ユーノが言うには、なのはは千雨が部屋を去った後泣き崩れ、そのまま眠ってしまったようだ。
 ユーノも千雨の言を聞き、このままじゃいけないと一人なのはの家を抜け出し千雨の家へと向かっていたところで、茶々丸に捕まったらしい。
 千雨の家へとやってきて説明を受けたユーノはトンヌラが短期間でミッドチルダ魔法を再現した事に――しかも一度ディバインバスターを受けただけで――大いに驚き始めは信じることが出来なかったようだが、ためしにと千雨の家を中心とした結界を張り、その中でディバインバスターを放たせた。
 無論なのはのディバインバスターに比べるべくもないそれだったが、しかししっかりとミッドチルダ式魔法の形を呈していたことから、最早信じるしかなかったらしい。
 それならと、いまはユーノを講師にし、その前に千雨とトンヌラ達が並びミッドチルダ式魔法の授業を受けている所だ。

「それにしても、凄い結界よね。」
「……私の結界破壊プログラムは通じません。解析が必要です。」
「その辺は千雨ちゃんやトンヌラ君達と一緒にやった方が良さそうね。」

 そして、ミッドチルダ式魔法を教わる気の無いシャークティは、しかし熱心に結界を調べている。茶々丸も最初はそんなシャークティに付き合っていたが、自身の結界破壊プログラムが通じないことを確認すると、千雨の横に座り共にユーノの授業を聞き出した。
 そんな1人と1体と8匹を尻目に、シャークティは思う。

(ここは、平行世界なんかじゃない。力の王笏の件も、転移の件も、全ての辻褄が合うとすれば、それは――)

 一人考え込むシャークティ。
 この千雨の夢へと来て疑問を持って以来、シャークティはずっとこの世界が何なのか調べてきた。
 向こうの世界と殆ど同じ地形。とても似た歴史。だがエヴァンジェリンや悠久の風といった、一般人でも名前だけは知っていた魔法関連の名前は、影も形も存在しない。
 しかし歴史を紐解けば、明らかに魔法が絡んでいると思われる事例もちらほらと。しかしそのどれも向こうの世界では聞いたことが無いことばかり。
 そして、実施出来た仮契約。ならば――

「ねぇユーノ君。ちょっと強い魔法を使っても良いかしら?」
「え? あ、はい、構いませんが……。」

 そうユーノに声をかけた後、シャークティは十字架を握り締める。
 余りにその魔法の効果が大きすぎ、今までは使うことが出来なかった魔法。更に言うなら向こうでも使いこなすことは出来ていないが、半とはいえ吸血鬼になった今なら発動するくらいは出来そうだ。
 それに今は夜。結界の中なので月光こそ無いが、一応吸血鬼の力が増える時間帯だ。
 そんな事を考えているシャークティだが、その身に纏う魔力は徐々にその規模を増やしていく。

「す、凄い……。」

 それに気付いたユーノ達。魔法の授業も一時中断し、全員シャークティへと注目する。
 シャークティは米神に額に汗を光らせ、その集中を極限まで高めていく。未だ魔法の詠唱も始まらず、まだ準備も終わっていないというのに、その光景を皆は固唾を呑んで見守っている。
 そして――

『シッディル・バヴァティ・カルマジャー 契約に従い 我に従え 氷の女王』
『あ、あわわわ、不味いっすよ! 離れるっす!』
「あ、あの野郎、なんつーもんを!?」

 シャークティの詠唱を聞き、まず茶々丸が気付いて千雨とスクライアを持ち上げる。更にトンヌラ達と千雨も知識だけではあるものの、シャークティの詠唱の正体に気付き急ぎ離れようと焦りだす。
 ただ一匹、スクライアだけはシャークティに釘付けになっているが、そんな事は知らんとばかりに全員が全力でシャークティと距離を取る。

『来たれ とこしえのやみ! えいえんのひょうが!!』

 だが、シャークティの詠唱は無慈悲に進んでいく。
 未だ詠唱の半ばだというのに、既に結界内は極寒の世界へと変貌していた。
 千雨達はもう50m程は離れただろうが、依然全力で距離を取り続ける。

『全ての 命ある者に 等しき死を 其は 安らぎ也』
「そっちですか……。」
「まだ近いか!? くそ、間に合わねーぞ!?」
『死にたくないー!』

 そして。

『"おわるせかい"』

 結界内の街は。いや、シャークティの前方に有る全ては、ユーノの結界を含め、一切の音も立てず塵と消えた。



◆◇

「てめぇ行き成りなんつーもんをぶっ放すんだよ!? 死ぬところだったじゃねーか!!」
「嫌ねぇ、殺さないわよ。思ったより制御出来たけど、それでも本当の威力に比べたら2割を切る程度だし。」
「あ、あれで2割……。」
 
 ユーノの結界がアッサリ崩れ去った後。私達は私の部屋へと戻りそこでシャークティへ文句を言っていた。
 こいつ行き成り最大魔法を撃つとか、頭大丈夫か? ストレスでも溜まってるのか? 更年期か?

「それよりミッドチルダ式魔法、だったかしら。そっちはどうなの? 出来そう?」

 しかもこいつ飄々とそんな事を聞きやがる。ったく、私達がどれだけ焦ったと思ってるんだ。本気で死ぬかと思ったんだぜ? まぁ結果だけ見れば逃げなくても大丈夫だったっぽいが……。
 というか考えて見れば、あの魔法もそうだが、ユーノの結界も大概だよな。中で何か破壊されても結界が無くなれば元通りとか。どういう原理だ?
 いや、まぁ、これからそれを勉強していく訳だが……。

『基本と幾つかのプログラムはわかったので、先ずは実践っす!』
『電脳空間で擬似的に再現できます! ちう様!』
『マルチタスクの練習で半分だけダイブすることも出来るっす。』

 そしてこいつらも乗り気だし。私は暫くはミッドチルダ式魔法の練習をするべきだろう。茶々丸も対策を知りたいって言ってたしな。そう考えると、少なくとも封印魔法が形になるまではシャークティから教わった方の魔法の練習は中止だな。
 どうもさわりだけ勉強した分には、私にはミッドチルダ式の方が向いている気がするんだが。まぁ、折角教わったしな、両立出来るならそれに越したことは無いだろう。
 そんなことを思いつつ、今後の練習計画を考えていたんだが。

「ん、どうした、シャークティ?」
「いいえ。……なんでも無いわ。」

(やっぱり……この世界、いや、ここは……!)
 そんなシャークティの呟きが聞こえてきたが、私には何の意味があるのかは、さっぱりわからなかった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.1194372177124