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[32402] 【ネタ】一夏「人の心に澱む影を照らす眩き光、人は俺をナンバーズハンターと呼ぶ」 【IS+遊戯王】
Name: 三羽烏◆1555a0ce ID:1bcd235a
Date: 2012/12/04 20:26

――白騎士事件。

 おそらく、今日の世界情勢を語るには、まずこの事件のことを説明しなければならないだろう。

 それは、さかのぼること十年前、日本のとある科学者が一つの『パワードスーツ』を発表したことに起因する。

 そのパワードスーツの名は、IS<インフィニット・ストラトス>。

 当初、世界はこのISについて見向きもしなかった。
 ……当たり前だ。
 当時、開発者の篠ノ之博士が提出した資料の内容は全て日本語で記述されており、しかも論文として最低限の体裁もなしていなかった。
 他人が読むことにまったくの配慮がされていない文章であったのだ。
 なにより、その内容が『現行兵器全てを凌駕する』という、アメコミの世界から抜け出してきたようなぶっ飛んだものだったのも理由の一つだ。
 狂人が送りつけて来た荒唐無稽なホラ話。そう判断されたのだ。

 そして、IS発表から一ヶ月後、事件が起きた。

 世界各国の所有するミサイルの内の二三四一発。それらが全て日本を目標に発射されたのだ。
 誰も撃った覚えのない核ミサイルが空を飛び交い、都市のネットワークは麻痺した。
 人々はわけもわからぬままパニック状態に陥り、かつてない程の混乱の渦に飲まれることとなった。

 そこに現れたのが、後に白騎士と呼ばれる白銀のISを纏った女性だ。

 その、ヒーローアニメから抜け出して来たような出で立ちの騎士は超音速で空を飛び、剣を振るい、荷電粒子砲を召喚し、

 ――――二三四一発のミサイル全てを撃墜してみせたのだ

 戦闘機を超える超音速。軍用ヘリを遥かに上回る旋回力。戦車を軽々と凌駕する火力。大質量の物質を粒子から構成する能力。さらにビーム兵器の実用化。ステルス性能。
 これらのどれをとっても、匹敵する現行兵器は存在しなかった。

 しかし、世界は突如現れた未知の脅威に対して愚鈍ではなかった。
 各国は直ちに連携し、ある国は艦隊を派遣し、ある国は偵察機を飛ばし、そしてある国は監視衛星を動かした。

 彼らの思惑は、一つだった。

























 ――――そんなことよりデュエルしようぜ!




「…………こんな世界、滅んでしまえばいーいのにー」

 不健康に淀んだ目をモニターに向けて、篠ノ之束はかなり物騒なことを呟いた。

「どうした束? これから一夏の初の公式IS決闘だというのに元気がないな」

 束の真横から声がかかる。目線を右に動かせば、そこにいるのは彼女の昔からの親友だ。
 黒のスーツにタイトスカート、すらりとした長身の美女。織斑千冬である。
 彼女もまた、腕を組んだ直立不動の姿勢で、狼を思わせる鋭い釣り目をモニターに向けている。
 常ならば見る者によっては冷たい印象を抱かせるであろうその顔は、しかし今はワクワクを思い出したのかどこか楽しそうだ。

 だが、そんなことは束にはどうでもよかった。
 もう決闘と言う単語に嫌な思いしかなかった。決闘という響きが束の中のナニカをガリガリと削っていた。
 現に、彼女の目からはどんどん輝きが失せ、死んだ魚というよりはうち捨てられた産業廃棄物のような目になっている。

 モニター映像には、空の蒼さをそのまま写し取ったかのようなカラーリングのISが、長大なスナイパーライフルを携えて浮遊している姿が映し出されている。
 そして、それと対峙する純白の白いISもまた、右手に二メートルほどの刀剣を握り締めている。




『最後のチャンスをあげますわ』
「……チャンス、だと?」
『ふぅん、このイギリスで最強たる候補生のわたくしが勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒す前に、馬の骨は馬の骨らしくわたくしの前にひれ伏すと言うのなら……許してあげないこともなくってよ』
「それは、……チャンスとは言わないな」

 一夏の返答に、セシリアは一瞬だけ目を細めて静かに笑った。
 わずかな空白の時間。だが二機のISは弾かれたように瞬時に跳躍すると、互いに距離をとってISのモードを変更した。


『「デュエッ!!」』


『さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルーアイズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!!』
「ならば狩らせてもらおう、お前の魂ごと!! デュエルモード、フォトン・チェンジ!」

 その宣言と同時、ブルー・ティアーズの背部に浮かぶ縦長い非固定浮遊部位から左右二基合計四基のフィン状のパーツが飛び出す。
 そのままスナイパーライフルと合体すると一枚の巨大な決闘板(デュエルディスク)を形成する。
 さらに額に装着された虫眼鏡の様なレンズ型のハイパーセンサーが大きく広がり、フルフェイスのヘルメットのように頭部を覆った。

 そして一夏の白式もまた、変化していた。
 右手に握られた雪片弐型の展開装甲が稼働し、眩い光の粒子と共に左腕と一体化する。
 輝きが消えた時、その左腕には三日月型のデュエルディスクが展開されている。
 左目の周りには見慣れぬ紋章が浮かび上がり、ヴォーダン・オージェとはまた違った輝きを宿していた。

 推奨BGMは迫りくるイリアステル。コーヒークレーコーヒークレーというコーラスがどこからともなく聞こえてくる。

『わたくしの、――――タァーンっ!』




 その様子をモニターで見ていた束は顔を両手で覆って泣いていた。
 何アレ、なんで私の作ったISでわざわざデュエルしてんの? オマエラどんだけデュエルが好きなんだよ。
 そもそも白式の武装である雪片弐型にデュエルディスクに変形する機能なんて束はつけてない。目元に妙な紋章が浮かぶなんて、そんな機能ISにはない。
 ぐるぐると負のスパイラル思考に陥っていた束は、ぽんと肩を叩かれたことで我に返る。

「束、お前の気持ちは分かる」
「……ちーちゃん」

 千冬だった。
 ああ、やっぱり彼女は私の親友だ。
 私は間違ってなんかいない。私は狂ってなんかいない。おかしいのは世界の方だ。
 何でもかんでもデュエルで解決しようとするこの決闘地獄が変なのだ。
 束の顔に初めて笑みが浮かぶ。

「一夏があんなに立派に育ったのが嬉しいのだろう? だが、今はまだデュエル中だ。あいつの戦いを見守ってやろう」
「……………」

 トラップカード発動! 奈落の落とし穴!!

 違った。全然違った。

 なんかもう、いい顔で笑う親友の姿がコザッキーに見える。
 成功確率0%のような笑みを浮かべたコザッキーがちーちゃんの後ろで笑ってる。






『わたくしは手札よりセンジュ・ゴットを召喚! このカードは召喚成功時、デッキより儀式モンスターを手札に加えることができますわ! わたくしが選択するのは、白竜の聖騎士(ナイト・オブ・ホワイトドラゴン)!』

 アリーナを縦横無尽に飛び回るセシリアの前方に、空中投影された映像でモンスターが現れる。
 千手観音をモチーフにしたであろうモンスターの持つ能力は、儀式モンスターを主軸にするデッキにおいて協力なサポートとなる力。

『そして、手札より儀式魔法『白竜降臨』を発動! 場のレベル4モンスターセンジュ・ゴットを生贄に白竜の聖騎士を降臨させますわ!!』

 現れたのは、レア・ゴールドアーマーを身にまとう白の竜騎士。
 単なるビジョンとは思えぬほどのリアリティを持つそれは、翼をはためかせるとセシリアと並ぶように飛翔する。

「まさか、1ターン目で儀式召喚を行うとはな」

 本物のデュエリストにとって、引き当てるカードは全て必然。
 ならば彼女の手札には、勝利の方程式が完成しているということなのか。

『これで終わりではありませんわよ。――白竜の聖騎士の効果を発動! このカードをリリースすることで! わたくしのデッキから!! 最高にして最強のカードを呼び出しますわ!!』
「何だと、まさか――!?」

 白竜の聖騎士が生贄の光に包まれ、そこから白い輝きを纏った一体のドラゴンが降誕する。
 これこそデュエルモンスターズの歴史において最強と謡われたカード。
 強さ、美しさ、希少性、そのどれをとっても最高ランクに位置する伝説のドラゴン

 ――青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)

「ふつくしい……」

 宝玉のような静かな煌きを秘めた青い目。白式すらもかすんでしまいそうな高貴なる純白の体躯。
 あまりの迫力に、一夏は思わずデュエルを忘れて見つめてしまう。

『ふぅん。白竜の聖騎士の効果で召喚したブルーアイズは、このターン攻撃ができませんの。
 ……ですが、先行1ターン目の今は関係のない話。わたくしはカードを一枚伏せてターンエンドですわ』

 叩きつけるようにして一枚のカードを伏せ、セシリアは自らのターンの終了を宣言する。
 それは挑戦だった。ここからどうやって逆転するのか、できるものならやってみろというセシリアからの挑戦。

「…くっ、舐めるな! 俺のターン!」

 一夏はデッキからカードという名の剣を抜き放つ。
 ドローしたカードを人差し指と中指で挟みこみ、優雅な動作で手札へと加えた。

「手札からフィールド魔法、光子圧力界(フォトン・プレッシャー・ワールド)を発動!
 フォトンと名の付くモンスターを召喚・特殊召喚するたびに、召喚したモンスターのレベル×100のダメージをお前に与えることができる。
 俺は手札からフォトン・リザードを召喚!」

 現れたのは光で編まれたトカゲの姿のモンスター。そのレベルは3。つまり、300ポイントのダメージをセシリアは受けることになる。
 ライフポイントが引かれ、シールドエネルギーの残量が減ったことをハイパーセンサーが伝えた。

セシリア LP3700

 光子圧力界(フォトン・プレッシャー・ワールド)から放たれる衝撃にセシリアの顔が歪む。
 だが、それは痛みによるものではなく、先にダメージを受けてしまったことの屈辱によるもののほうが大きい。

『くっ、猪口才な…!』
「そしてフォトン・リザードの効果を発動。このカードをリリースすることで、デッキからレベル4以下のフォトンを手札に加えることができる。
 俺が加えるのはフォトン・スラッシャー。そして効果によりそのまま特殊召喚だ!」

 フォトン・スラッシャーは自身のフィールドにモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚する効果を持つ。
 そのレベルは4。つまり400ポイントのダメージだ。
 さらなる光子圧力界の効果により、セシリアのエネルギーが減ってゆく。

セシリア LP3300

「……俺は手札を2枚伏せ、ターンエンドだ」
『ふっ、わたくしのブルーアイズに勝てないと知って姑息な真似を…!
 わたくしにダメージを与えたことは褒めてあげてもよろしいですが、それもすぐに終わりですわ! わたくしのターン!』

 セシリアはISに命令を送り、翼を広げるようにして大きく急上昇する。
 それに忠実な騎士のように着き従う青眼の白龍が、太陽を背にその輝きを増した。

『手札より魔法カード、調和の宝札を発動! 伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)1枚をコストに、デッキからカードを2枚ドローしますわ』
「手札交換? いや、それだけじゃない……!」

 この女が、ただそんなことのためだけにカードを発動するわけがない。ならば次にとる行動はすなわち……!

『この瞬間、調和の宝札の効果で伝説の白石が墓地に送られたことによりモンスター効果が発動。
 デッキから青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)1体を手札に加えますわ!』

「ブルーアイズを、手札に呼び込んだのか……」

 彼女の手札は、5枚。その内の1枚は2体目の青眼の白龍。
 セシリアは一度手元のカードに目線を落とし、そして静かに一夏に語りかけて来た。

『あなたは運がいいですわ』

「…………?」

『このカードを、このブルーアイズたちの真の姿を目にして、敗北することができるのですから!!
 魔法カード融合ッ! 手札と場、合計3体のブルーアイズを融合』

「……な…んだと……」

 まさか、既に手札にはさらにもう1枚のブルーアイズが揃っていたというのか。
 一夏の顔が驚愕に歪む。
 アリーナ上空に現れた3体のドラゴンが混ざり合い、螺旋を描いて天に昇る。やがてその身を溶け合わせた白い龍が空間を割って召喚された。


「わたくしの元に集い、そして生まれ変わりなさい! 青眼の白龍たちよ!!

 そう、これこそが最強を超えた唯一にして究極の力。

 強靭! 華麗! 絶対無敵の――

 ――――青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)ですわ!」


 三つ首となった青眼の白龍。その威圧感、その禍々しさ、その雄々しさ、そして――美しさ。
 ソリッド・ビジョンであるはずのそれは、しかしまるで目の前に実在しているかのような息苦しさを伝えてくる。
 操縦者の動揺がそのまま反映されたのか、一夏の白式はぐらりと揺れてアリーナ外壁に激突しかけてしまう。

 その攻撃力、4500。今の一夏のモンスターでは逆立ちしても届かない。

『うふふふ。勝利はすでにわたくしの手中にありますわ。さあ、バトルのお時間よ!
 究極竜(アルティメットドラゴン)の攻撃!! アルティメットバァーストォ!!』

 ブルーアイズたちのそれぞれの首から吐き出される一撃。
 滅びの炸裂疾風弾を遥かに超えるそのフィールに、フォトン・スラッシャーは抗うことすら許されずに飲み込まれてゆく。

「くっ、トラップ発動、フォトン・ショック! フォトンと名のつくモンスターとの戦闘で発生するダメージは相手も受ける!」
『それがどうしたというんですの!?』

 フォトン・スラッシャーの攻撃力は2100。
 それは、レベル4モンスターとして考えれば破格とも言える攻撃力の高さだ。
 だが、それが今何の気休めになるというのか。どうすることもできない攻撃力の差は、一気に一夏のライフを、そして白式のシールドエネルギーを削っていく。
 左肩の装甲。それに背部ウイングスラスターが半分持っていかれる。爆発によって各部のアーマーが変形し、絶対防御でも相殺しきれなかった衝撃が身体を貫く。

 ソリッドビジョンなのになんでダメージ受けてるんですか? とか聞いてはいけない。
 むしろこれはデュエルの常識! セシリア程のフィールの持ち主ならば、デュエルのダメージを現実のものとすることなど造作もない。
 ISの絶対防御があって初めて安全にデュエルできるのだから。……これもまた、束の精神をガリガリと削っているのだが。


一夏   LP1600
セシリア LP900


「だが! まだ俺のライフは、そして光子圧力界の効果は残っている。
 例えお前の究極竜を倒すことができなくとも、ライフを0にすることができれば……」

『まだ分かっていないようですわね。だから、こ れ で お 別 れ なんですわ』

「な――――」

 一陣の風が吹いた。
 青眼の究極竜、その攻撃の衝撃で巻き起こった砂煙と黒煙がゆっくりと晴れていく。
 そして、そのフィールドに王者のごとく君臨しているのは、青眼の究極竜と―――――1体の青眼の白龍だった。

『―永続罠《正統なる血統》― 墓地に眠る通常モンスター1体を、現世に呼び戻すカードですわ』

 そして、今はまだバトルフェイズ中だ。
 攻撃は続行される。

『青眼の白龍の攻撃!! 滅びのバァースト・ストリィィーム!!』

「くうぅっ!? トラップカード、リビングデッドの呼び声!
 この効果でフォトン・スラッシャーを蘇生! そして光子圧力界の効果で400ポイントのダメージを、」

『受けますわ! そしてバトル続行、その木偶の坊ごと粉砕しなさい!! ブルーアイズ!』

 致命傷こそ避けたものの、かわしきれなかった左上半身が光の濁流に飲み込まれる。

「うわぁあああっ!!」

 ――バリアー貫通、ダメージ900。シールドエネルギー残量、700。実体ダメージ、損傷大。

一夏   LP700
セシリア LP500


『メインフェイズ2、手札より巨竜のはばたきを発動!
 わたくしの場のブルーアイズを手札へ戻し、フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊しますわ!』

 セシリアの元へと優雅に舞い戻るブルーアイズの起こす突風が、光子圧力界を根底から粉砕していく。
 これで、一夏には唯一の望みであったバーンダメージによる勝利の道も閉ざされたことになる。

『そしてトレード・インを発動。手札のレベル8モンスター、ブルーアイズを墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドロー。
 …………そのまま2枚のカードを伏せてターンエンドですわ!!』

 セシリアの場には攻撃力4500の青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)が1体と伏せカードが2枚。
 対して、一夏の場にカードはなく、手札も2枚のみ。…………。

『ふぅん、どうしたのですの!? 早くデッキからカードをドローしなさい。……それとも、諦めてサレンダーでも、』
「……る…かよ……」
『? なんですって?』
「誰がッ、諦めるかよ! 俺は俺の家族を、千冬姉の名誉を守る! そのためには最後まで諦めるわけにはいかないんだ!!」

 強さ。それは心の在処。己の拠所。自分がどうありたいかを常に思うこと。
 強くなりたい。強くなって、誰かを守ってみたい。かつての姉のように。
 そして何より、こんな今の自分に答えようとしてくれているデッキを信じたい。勝ちたいんだ。

 強くなりたい――――いや、『強く生きたい』。


「俺のッ、タァーーーーンッ!!!!」


 人差し指と中指で挟むようにしてドローしたカードを確認する。
 一夏がデッキから引き抜いた一枚の剣を。

「………………ッ!! こ、れは……!?」

 それは、確かに未来へと繋がる可能性だった。



(今更何をやろうとも、わたくしの勝利はもはや揺らぐことなどありえない。
 わたくしの場に伏せられたカードは、攻撃してきたモンスターを除外する次元幽閉と、
 魔法・罠カードの効果を無効にする魔宮の賄賂。
 例えどんなカードを使おうとも、わたくしの勝利は確定済み、ですわ)



「………俺は、世界で最高の姉さんを持ったよ」

 ぽつりと、何の脈絡もなく唐突に一夏が呟いた。
 その音声をハイパーセンサーで拾ったセシリアは露骨に眉をしかめる。

『まあ、それはそれは良かったですわね。それで、あなたはいったい何を見せてくれるというんですの?』

「それを今から証明してやるさ! 手札からフォトン・ケルベロスを召喚!
 このカードが召喚に成功したターン、このカードが存在する限り互いに罠カードは発動できない!」

『……ッ!?』

 驚愕、これではどんな罠カードを伏せようとも無意味。
 次元幽閉で万が一の戦闘破壊を、魔宮の賄賂で魔法・罠を封じたはずが、なんという……!

「そしてこれが答えさ! 魔法カード『一撃必殺!居合ドロー!』」
『そ、そのカードはッ!!??』

 知っている。セシリアはそれを知っている。
 かつて世界中のデュエリストが参戦した第一回ISデュエル世界大会『モンド・グロッソ』において、
 初代ISデュエルクイーンの称号を勝ち取った女王、織斑千冬が使っていた伝説のカード!
 それこそが、一撃必殺!居合ドロー……!


「一撃必殺!居合ドローの効果だ。

 フィールド上のカードの枚数分だけ自分のデッキの上からカードを墓地に送り、その後カードを1枚ドローしてお互いに確認する。
 そのカードが「一撃必殺!居合ドロー」だった場合、そのカードを墓地に送り、フィールド上のカードをすべて破壊する。

 そして、破壊して墓地に送ったカード1枚につき、相手に1000ポイントのダメージを与える!」


(ば、馬鹿な。引き当てられるはずがありませんわ、しかもそのカードは今準制限のはず……)


 デッキから墓地にカードが送られる。
 1枚目、フォトン・ワイバーン
 2枚目、デイ・ブレーカー
 3枚目、死者蘇生
 4枚目、フォトン・クラッシャー

 そして、5枚目…………。



「俺がドローしたカードは……銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)だ!」

 一撃必殺!居合ドローでは、ない。

『ふ、あっはははは!! やはり無駄なあがきでしたわね、結局はわたくしの、』


 ――それはどうかな?


「手札から魔法カード、フォトン・サンクチュアリを発動! これにより俺のフィールドに攻撃力2000の2体のフォトントークンを特殊召喚!
 そして! 銀河眼の光子竜はフィールドの攻撃力2000以上のモンスター2体をリリースすることで手札から特殊召喚することができる!!!」

 一夏の、白式の周辺に赤い十字架を模したパーツが展開される。
 それを掴むと、一夏は迷うことなく上空へカードごとぶん投げた。

「闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れろ、銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!」

 2体のフォトントークンを生贄に、銀河眼の光子竜が降臨する。
 それは、まさに光の結晶で編まれた竜と形容するに相応しき姿だった。
 闇をかき消す神々しさと、あらゆるモノを焼き尽くす破滅の色という、相反する力を合わせ持つドラゴン。
 両翼から眩い閃光を迸らせるその雄々しき姿は、青眼の白龍と比べても決して見劣りしない。
 決して口にこそ出さないが、セシリアは内心でそう感じた。感じてしまった。

「さあ、バトルだ! 銀河眼の光子竜で、青眼の究極竜を攻撃ぃ!!」
『攻撃力の劣るモンスターで攻撃!? 何を血迷って、……とんだプレイミスですわね!!』

 青眼の究極竜の攻撃力は4500。
 対して、銀河眼の光子竜の攻撃力は3000だ。

 ブルーアイズと同等の攻撃力を持つ事は評価してやらないでもないが、それでも究極竜を倒すにはまだ足りない。
 だが、一夏の顔には笑みが浮かんでいる。勝利を確信したものにだけ許される笑みが。

 悪あがきのように究極竜に組みつきながらも、その圧倒的な力に押されていたはずの光子の竜が光の粒子に包まれる。
 そう、これはアレと似ている。ISを待機状態に戻す時、量子状態へと変換する際の――、

「俺がプレイミス? セシリア、お前こそずいぶんとロマンチストじゃないか。

 ――銀河眼の光子竜の効果発動!

 このカードとバトルを行うモンスターを、このターンのバトルフェイズ終了時まで共にゲームから除外する!」

『な、なんですって!?』

 光がアリーナを満たし、やがて細やかな粒子となって消えていく。
 そこにはもう、圧倒的な威圧感を放っていたはずの青眼の究極竜も、銀河眼の光子竜も存在しない。
 そう、セシリアのフィールドにモンスターはいなくなったのだ。

「残るフォトン・ケルベロスで、プレイヤーにダイレクトアタック!!」

 3つの頭を持つ光の番犬、フォトン・ケルベロスがセシリアに迫る。
 その攻撃力は1300。セシリアのライフを削りきるには十分な攻撃力だった。



セシリア LP0



「……そん、な……わたくしが……負けるはず、……が………」

 ダイレクトアタックが決まった瞬間、セシリアのISは絶対防御を発動させ強制解除された。
 そしてセシリア自身も、相殺しきれなかった衝撃で意識を失いアリーナの地面に真っ逆さまに落下していく。

「おっと!」

 落下するセシリアを優しく抱きとめて、一夏は先程まで感じていた緊張を解いた。流石に魂を奪い取るような真似はしないらしい。

 セシリアは強かった。一瞬たりとも気を抜くことなどできない戦いだったのだ。
 さすが、入学デュエルで実技担当責任者を倒し、入試主席であったというのは伊達ではない。

『試合終了。勝者――織斑一夏』

 試合の終了を告げる放送がアリーナに響く。
 しばらくの間、一夏はセシリアを俗に言う“お姫様だっこ”の状態で抱きかかえたまま、勝利を祝う歓声を受け止めていた。













 ――IS

 正式名称『インフィニット・ストラトス』。
 それは、宇宙空間での活動を想定して造られたマルチフォーム・スーツ。
 しかし、製作者の意図したような宇宙進出は進まず、もっぱら宇宙空間でカードの石板の探索をするとか、宇宙の波動をカードに取り込むことに使われている。

 そして、そのあまりのスペックの高さからISは戦争利用が禁じられ、現在ではISに乗ってデュエルする――ISデュエルが主流となった。
 織斑一夏という例外を除けば女性にしか使えないそれは、バイクに乗ってデュエルするライディングデュエルと人気を2分する状態となっている。
 世界は今、デュエル一色で染まっていた。デュエル万歳、デュエル万能デュエル最高。のデュエル脳。

 ミサイルの防衛システムも、二人の人間が同時に発射装置に差し込まれた鍵を回さなければ発射できない……、
 ……などということもなく詰めデュエルセキュリティだったと知った時、束は全力で壁に頭を叩きつけたものだ。


「……ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

「ああ、楽しいぞ」

「……………」

 ピット内では、束が本気で泣きそうになっていた。














 離れ離れになっていた幼なじみとの再会。


一夏「そんな、箒……お前、それでもデュエリストか!」

箒 「リアリストだ」




 セシリアとのデュエル。そして新たな展開。


一夏「これが俺の、銀河眼の光子竜だ」

セシリア「このカード全部と交換して欲しいのですわー」




 フランスからやってきた転校生。


シャル「シャルル・デュノアです。フランスから来ました」
一夏 「よろしくな、シャルル。同じ男同士、仲良くやろうぜ」


シャル「………ふふふ。一夏ァ、そろそろ受け取ってもらえるかな? 僕の本当のファンサービスを」




 新たなヒロインの登場?!

ラウラ「お、お前は私の嫁にすると言ったのだ! 恋する乙女を召喚! さらに手札から発動するのはハッピー・マリッジだ。
    ――――受けてもらうぞ、私の告白デュエル!」




 立ちはだかるかつての親友。

弾 「いち↑かぁ↓ーデュ↑エルだあああ! ヒャーッハッハッハッハッハッ!!」





 IS クラスメイトは全員デュエリスト。
 こうご期待!! (続きません)







鈴 「いちかー、これレアカードじゃないわ。ゴキボール」



[32402] 箒「これくらいで悲鳴をあげてしょうのない姉さんだな」
Name: 三羽烏◆1555a0ce ID:afc1c707
Date: 2012/12/04 20:29

 雲ひとつない青空から太陽の光がさんさんと降り注ぐ。
 吹く風が頬をくすぐっては、さらりと髪を躍らせた。

 島一つを丸ごと使って建設されたIS学園。
 その敷地面積は膨大だが、代わりに島に存在する施設は全て学園関係のもので、年頃の女子生徒にとって充実しているとは言い難い。とはいえ、学園と本島を繋ぐモノレールに乗りさえすれば、都心部へはすぐだった。
 基本的にフェリー以外の交通手段がないデュエルアカデミア校と比べたならば、その利便性は雲泥の差である。



「いらっしゃいませー、@クルーズへようこそ。本日はイベントデーとなっております、何名様でいらっしゃいますか?」

 喫茶店の扉を開けると、入口近くで待機していたメイド服の女性が極上のスマイルと共にスカートをつまんでお辞儀をした。
 アルバイトなのだろうか? まだ顔にあどけなさを残した若い少女だ。そのくせ、その胸元には豊満な果実が実っているのだからたまらない。

「2名です。席は……どうする、姉さん」

「えっ、ああ、…うん?」

 メイド少女の胸元を凝視していた束は、その箒の言葉にハッと我に返る。

 ――てへへ、束さんとしたことがうっかりだね。せっかくほーきちゃんと一緒のお出かけなのに。 
 頭上のウサミミカチューシャが彼女の意気込みを代弁するかのようにピンと天を指していた。

「禁煙席と喫煙席、それとデュエルスペースを完備した決闘席がございますが、どうなさいますか?」

 メイド店員がメニュー表のようなものを提示してくる。箒はそれを受け取り、ふむと顎に手を当て思案した。
 そこには店内の見取り図と、それぞれの席の種類が書かれている。
 決闘席の欄には、プレイマットあり、自動ライフ計算機あり、空中投影型ビジョンあり、etc…と中々に充実しているようだ。ちなみに禁煙である。

「ふむ、そうだな……ではせっかくだから決闘せ――、」
「――普通でお願いします!!」

 さっきまでにへらっと笑みを浮かべていたはずの束が突然声を張り上げたことに驚いたのか、店内の視線が集中する。
 が、流石は接客のプロと言うべきか。ほんの数秒間だけきょとんとしていたメイド店員は瞬時に完璧な笑顔へと戻っていた。

「はい、それではお席へご案内します。どうぞこちらへ!」

 しゃなりと優雅な動作で進んでいくメイド店員の後を、武術を習う者特有のピンとした姿勢と足運びで箒はついて行く。
 ……わずかに遅れて、ぺたりぺたりと足音を立て、だらだら歩く束の表情は暗かった。
 店内のあちこちから「私のターンよ!」とか「かかったな! リバースカードオープン!!」とか聞こえる度に束が背負う陰が大きくなる。
 頭上のウサミミが力なくしおれていることが、確かな彼女の心情を表していた。






「お待たせいたしました。お嬢様、オーダーを確認させていただきます」

 テーブルの上に置かれた呼び出しボタンを押すと、今度はメイド服ではなく執事服を着た店員がすぐさまオーダーの確認に現れた。
 その身のこなしは静かで、何かの武術――例えば剣術など――を修めていることを感じさせ、箒はわずかに感心した表情を作った。
 束はというと、自分のライフポイントが相手より7000以上少ない時に発動できる罠カードによく似た形状の呼び出しボタンを渋い顔で凝視しているため、箒の様子には気付かないようだ。

「氷結界のパフェ・ブリューナクと、ブルーアイズマウンテンを頼む」
「………水」

 ギャラクシーアイスとブリューナクのどちらを選ぶか迷っていた箒だが、結局はブリューナクを選んだようだ。

「かしこまりました。それでは、また何かありましたら何なりとお呼び出しください。お嬢様」

 そう言って綺麗なお辞儀をする執事服の男性店員だが、その姿は実に様になっている。
 日本人離れした容姿から見るに、どうも外人さんであるらしい。
 気になって名札を確認しようとしたのだが、それよりも早くに執事店員は厨房に戻ってしまい、箒は「プラ――」という文字しか読むことができなかった。
 もうプラ執事でいいや。と、箒が心の中で勝手に結論付けた時だった。


「全員、動くんじゃねえ!!」


 耳を打ち付ける銃声と怒号。そして、悲鳴。
 喫茶店のドアを破らんとせんばかりの勢いで、三人の男が1台のバイクごと店内に突っ込んで来たのだ。
 きょとんとする箒と束が自らの座る席の窓から路面を見れば、店の前にいたお掃除ロボに複数の銃創が開き、プスプスと煙を上げては意味のない言葉を繰り返している。
 先程の銃声は、このロボットを威嚇射撃とばかりに撃ち抜いたものらしい。

「きゃぁああぁあああ!?」
「う、うわぁああ!! な、なんだよこれ!? 強盗!?」
「ひっ、ひぃぃ!!?」

 一瞬、何が起こったのか理解が及ばなかった店内の人々も、次の瞬間には状況を判断できたのかあちこちで悲鳴があがった。

「黙れ!! 死にたくなけりゃあ黙ってオレの要求を聞きやがれ!!」

「おら! 黙れって言ったのがわかんねえのか!!??」

「静かにしやがれ!!」

 男たちの格好といえば、三人組の内の二人はジャンパーにジーパン、そして顔にはあからさまな覆面を被っている。
 その手にあるのは銃。それぞれハンドガンとショットガンだ。

 そして、男たちの中でもリーダー格と思われる男の格好は――なんとも特徴的な出で立ちだった。
 他の二人とは違い、覆面はせずにその顔をはっきりと見せている。少々大きな鼻に、凶悪な髭面。髪は後ろで束ねているが、昆虫の触角のような2本の髪が鋭利なまでにハネている。
 手に持った銃も他の二人と異なり、銃口が横に二つ並んだ散弾銃である。
 何よりも、その時代錯誤なマントが特徴的だ。いったいどこにいけばこんな服を売っているのだろうか。
 束は男たちを観察しながら、内心鼻で笑ってやった。こんな奴ら、相手にするのも馬鹿らしい。

 手に持った大型のバッグ――しかもパンパンに膨れ上がっている――を見る限り、大方、銀行でも襲いに行った後の逃走犯といったところだろう。


 例え天才の束さんでなくとも、誰でも簡単に思いつく推理である。


(はぁ~、ほーきちゃんとのせっかくのお出かけが台無しだよ)

 他の客たちも二十世紀のマンガに出てくるようなテンプレな強盗の格好に全員がぽかんとしてたが、そこはそれ。
 銃を持った相手に一般市民は無力である。皆すごすごと大人しく言うことを聞いていた。
 さてどうしてやろうかと束が考えた時だった。

「しかし、どうしましょう兄貴。このままここにいても、セキュリティの連中がすぐ――」
「うろたえるんじゃねえ、馬鹿野郎が! 焦ることはねえ、こっちには人質がいるんだ。時間をかせぐ方法はいくらでもある。それにな、」

 素顔をさらしているリーダー格の男が凶悪に笑うと、手に持った大きなバッグをテーブルの上に乗せ、おもむろにチャックを開けると覗き込んだ。
 それを見て、どこか逃げ腰だった他の二人も自信を取り戻す。互いに顔を見合わせると、リーダー格の男は続けて言った。

「今のオレたちには、あの店からたんまりと奪ってやったコレがあるんだからなッ!!」

 ばっと、まるで見せつけるようにバッグを開くと、中にあった『それ』が何枚か零れ落ちた。


「お、おい……アレってまさか…」

「…す、すげえ。…すげえよ。俺、実物は初めて見た…!」

「とんでもねえ、あれ一つでいったいいくらの金になるんだ……!?」


 人質という立場にも関わらず、数名の客たちが口々につぶやく。
 強盗たちはそれに怒るどころか、むしろそれを店内の客に見せつけるようにして下卑た笑いを浮かべて言い放った。

「そう、今のオレたちには、このレアカードの山があるんだからな!!!」













 ガンッ! と、すさまじい音を立てて束の額がテーブルに落ちた。













 ジャキッ! と堅い金属音を響かせて、散弾銃のリロードが行われる。
 そして次の瞬間、その冷徹な銃口は一人の少女に向けられた。

「…………てめえ、何をやってやがる。大人しくしろっていうオレの要求が聞こえなかったのか?」

 箒だった。

 彼女は店内でただ一人、強盗たちに対峙するように静かに佇んでいる。

「………………」
「だんまりか? ふざけやがって…! 言っておくが、コイツはオモチャじゃねえんだぜ?」

 見せつけるように引金に指をかけながら、ふらふらと銃口をさ迷わせる。
 自分の方に銃口が向くたびに、店内の客たちが「ヒッ」と小さく声を上げた。
 店内の視線が箒一人に集中する。その緊張が最大まで高まった時、彼女は静かに口を開いた。


「…………デュエルだ」


「はぁ? ……ッ!? な、なんだこりゃあっ!?」
「う、腕がぁ!?」
「は、外れねえ! 外れねえぞ!!」


 箒の行動は一瞬だった。
 コンマ数秒の間で左腕にIS『紅椿』を部分展開し、アンカーを射出。
 3人の男たちの左腕を同時に拘束してしまったのだ。

「いくら足掻こうとも無駄だ。この紅椿のデュエル・アンカーは、私かお前たち、どちらかがデュエルで敗北するまで解けはしない」
「ちょ、」

 何時の間にそんなもん紅椿に取り付けたのほーきちゃん!? という束の声は無視された。

「デュエルだと!?」
「あ、兄貴ぃ! こいつ、IS決闘者ですぜ!?」
「ふざけんじゃねえ! わざわざてめえのデュエルに付き合ってやる義理なんざ――」

 いち早く混乱から立ち直った子分の一人が、怒りのままにハンドガンを向けた。

「やめねえか!! この馬鹿野郎が!!!」

 が、リーダー格の男の一括により、その銃弾は放たれることはなかった。
 子分の二人が、リーダーに向かって怪訝な表情を向ける。

「……いいだろう、これでもオレもデュエリストの端くれだ。デュエリストならデュエルで語れ、……常識だな」

 リーダー格の男は、ここで初めて自嘲の笑みを浮かべた。
 だが、次の瞬間には元の欲望にギラついた顔に戻ると挑発するかのように語りかけた。

「だがどうするつもりだ? まさかオレたち全員を一人で相手にするとでも?」

 店内の他の客を試すかのように睨みつけると、誰も彼もが男たちとは視線を合わせないように怯えた様子で顔を伏せた。
 ……束だけは別の意味でテーブルに突っ伏していたのだが……。

「――その通りだ」
「なにぃ!?」
「聞こえなかったのか? ……お前たち3人、全員まとめてかかってこいと言ったのだ!」

 箒の言葉を馬鹿な女の無謀と取ったのか、男たちは顔を見合わせるとゲラゲラと笑い転げた。

「ヒヒッ、あーっはっはっは! おもしれぇじゃねえか!!」
「後悔すんじゃねえぞ!」
「返り討ちにしてやるぜ!!」

 3人組がデュエルディスクを取り出すと、デッキをセットする。
 箒も、左腕だけに部分展開した赤椿に命令を送る。紅椿の第四世代型たる証である展開装甲が作動し、一つの巨大な決闘板(デュエルディスク)を形成した。


「「「「デュエッ!!!!」」」」


「お前たち3人を同時に相手にする代わり、私はハンデとして2倍の手札をもらう!

 ――私の先行だ、ドロー!」

 デッキより引き抜いたカードと、そして手札を確認した箒は流麗な動作でそのカードを発動させた。
 迷いのないその指使いは、まさに見る者を魅了する。

「メインフェイズ1、私は手札より大熱波を発動!
 このカードはメインフェイズ1の開始時にのみ発動でき、次の私のドローまで、お互いに効果モンスターの召喚と特殊召喚を封じるカード!
 ……ただし、裏側表示でのセットは可能だがな」

 カードより発せられた熱波が渦となり、波となってフィールドに圧し掛かる。
 デュエルモンスターズにおいて、専用デッキでない限り通常モンスターの投入率は低い。
 なればこそ、これは男たちにとって厄介なカードとなるだろう。

「……っふ、私は4枚のカードを伏せてターンエンドだ」
「このままターンエンドだと!? 舐めやがって!! 俺のターン!!」

 子分の一人、覆面で顔は分からないが、小太りな男が激昂した様子でデッキからカードを引き抜いた。
 そのままパチパチと手札を入れ替え、1枚のカードを選び出す。

「目にモノ見せてやるぜ!! 手札からジェネティック・ワーウルフを召喚! どうだ、こいつは通常モンス………なっ!?」

 モンスターを召喚しようとした瞬間、デュエルディスクが突如発した警告音、そして周辺に浮かぶSTOP表示のバッテンマーク映像に男の顔が驚愕に染まる。
 わけがわからないといった様子の男に対し、箒は見下した表情で言い放った。

「勝手にモンスターを召喚されては困る。……こちらにはドローフェイズに発動したいカードがあったというのに……。
 ……カウンター罠(トラップ)強烈なはたき落としだ。相手がデッキからカードを加えた時、そのカードを墓地に捨てる」

「…ケッ! 面倒くせえことしやがって、仕方ねえ……なら俺はさっきドローしたレスキュー・ラビットを、」

「待て」

 箒からの静止、小太りの覆面男の表情が怪訝なものへと変わる。

「何だ? まだ何か発動したいカードでも、」
「いや……それよりそのカードは、本当にお前がドローしたカードなのか?」
「はあ?! このアマ、何を言ってやがる! このカードは確かに俺がドローした」

 口汚く罵る言葉を吐き出す男に、箒はやれやれと言った様子で首を振った。
 その口元に笑みが浮かぶ。

「それを証明する方法はあるのか?」
「な、なにを――」

 言いようのない恐怖に、男は思わず後ずさる。
 だって、その箒の表情は、三日月をさらに切り込んだような、信じられないほどに残酷な、歪んだ笑みを浮かべていたから。


「さっき貴様は手札をシャッフルしていただろう! 証明できないのであれば、それはルール違反ということになるなぁ!!?


 ――罰ゲーム!! ジャッジメント・キルゥ!!」



「な、待っ――…ぎ、……ゃ、ぎゃああぁあああああぁああぁッきゃかッくぉおおがあげぉああああぁぁあ!!!」

 紅椿から伸びた、男のデュエルディスクに繋がっていたアンカーから電撃が放たれた。
 そして悲鳴が止むと同時、男は意識を失くしてぐったりと気絶する。残る二人の男の表情が強張った。

「ふん、口ほどにもない奴め。さあ、デュエル続行だ………、………何のつもりだ?」
「ふざけやがって! これのどこがデュエルだ!? ああ、やっぱり最初からこうしとけばよかったんじゃねえか!!」

 よせというリーダー各の男の忠告も聞かず、完全に頭に血が上っているもう一人のノッポの覆面男はショットガンを構え、箒に狙いを定めていた。
 まっすぐに伸びた銃口がふるふると震え、その怒りの大きさを物語っている。

「ほう……デュエルを中断するつもりか?」
「俺は元々、デュエリストでもなんでもねえんだ!! 死ね! そのキレイな顔ごとふっとばしてやるぜ!」

 男がショットガンの引金を引くよりも早く、箒は動いていた。
 2枚のカードを抜き放ち、神速の領域へと踏み込んで投げつける。
 投げられたカードは弧の軌跡を描きながらも手裏剣のように回転し、1枚はショットガンに突き刺さり機構を破壊し、もう1枚は男の右腕に傷をつけていた。

「いってええっ!? な、なっ、なにを――……ゃ、ぎゃああぁあああああぁああぁッ!!??」

 それが男の最後の思考だった。
 デュエルアンカーより放たれた電撃は男の身を焦がし、瞬時に意識を刈り取ってしまう。

「銃に頼ろうとする時点で、貴様がデュエリストでないことぐらい私には分かっていた。真のデュエリストならば、カード1枚あれば十分。……怨むのであれば、ハンパな気持ちでデュエルの世界に入った己が愚行を呪うのだな」

 ふん、と見下した様子で佇む箒には一片のためらいも見られず、汗一つかいていなかった。
 箒は、もはや最後の一人となったリーダー各の男を睨みつける。


「さあ、貴様はどうする? デュエルを続行するか、それとも死ぬか――選ばせてやる!」


 戦えぬ者に用はないとばかりに凄む箒の威圧感に男がうろたえる。

 僅かな沈黙の後、男が口を開く。

 その答えは――、











「こちら、××車より全車へ。××より全車へ。◇◇駅前喫茶店、@クルーズにて立て籠もり事件発生。人質多数。
 全車は至急こちらへ向かわれたし。なお、犯人は決闘者であるもよう。繰り返す、犯人は決闘者だ。デュエルで拘束しろ」
『1号車了解。いま現場に向かっている』
『2号車了解。ただちに急行する』
『こちら3号車だ。現在、首都高速にて別件での拘束デュエル中だ、詳細を送ってくれ』

 警察・セキュリティの動きは迅速だった。
 パトカーとD・ホイールによる道路封鎖に、対銃撃装備ライオットシールドを構えた警官と対決闘装備デュエルディスクを構えた面々が包囲網を作っていた。

「状況はどうだ?」
「隊長! いえ、いまだに動きはありません。どうやら発砲も最初の1発のみのようでして」
「要求もなしと来たか……。人質もいる以上、下手な手は――なんだ!!?」


 突如辺りに響いた地響きのような轟音と震動に周りの人間がうろたえる。
 そして、喫茶店から壁を破って飛び出してきた「それ」に、驚愕も露わに絶句する。


「あ、ISだとぉーー!!?」
「それに、D・ホイールまで!!」

 1台の大型のDホイール。それが1機の赤いISに抱えられるようにして、さながら撃ち出されるロケットのように飛び出すと包囲網を飛び越えたのだ。
 やがて警官隊を突破したISとDホイールは、唖然とする彼らを置き去りにして走り去っていく。





【デュエルモードオン、オートパイロット起動、AR・ヴィジョンリンク――――スタンバイ】


「決闘疾走(ライディングデュエル)――!」
「決闘飛翔(フライングデュエル)――!」


「「アクセラレーションッ!!!」」






 後には、店内に縛った状態で転がされた二人の覆面男と、頭痛に耐えるように頭を抱える束が残されるのだった。









 ライディングデュエルが始まったことで周辺の道路が変形し、疾走のためのコースが形成される。
 紅椿が弾丸のごとく飛翔し、それに追従する形で強盗犯のDホイールが唸りを上げて疾駆した。

「へっ! 本当だったらここでスピード・ワールド2を発動するところだが、IS決闘者相手じゃあ意味がねえ。――言っておくが、オレ様はあいつらとは一味違うぜ。テメエのちゃちなジャッジ・キルなんて通用しねえ」

「安心しろ、このデッキはさっき使っていたものとは違う、私の本当のデッキだ。これで仕切り直しだな」

 箒の言葉を聞いた男は口の端を釣り上げる。
 先行を取った男はその勢いのまま、デッキからカードを引き抜くと1枚のカードを選び出した。

「いくぞ! オレのターンッ! 手札からモンスターをセット、リバースカードを4枚セットしてターンエンドだ!」

 魔法・罠ゾーンに叩きつけるようにしてカードを伏せ、男は自らのターンの終了を宣言する。
 その態度とは裏腹に、堅実な守りの行動といえよう。

「ならば私のターンだ! ――参るっ!」

 箒はそう言うなり紅椿を加速させる。脚部及び背部装甲が展開装甲の名にふさわしくばかりと開き、そこから強力なエネルギーを噴出させる。
 瞬時にトップスピードに乗った箒は、その加速力のままにコーナーを曲がりきった。

「手札より永続魔法、六武の門、六武衆の結束、そして紫炎の道場を発動! これら3枚のカードは、六武衆と名のつくモンスターが召喚・特殊召喚に成功する度に武士道カウンターを乗せるカードだ。
 そして魔法カード、増援を発動する! このカードの効果により、デッキよりレベル4以下の戦士族モンスター――六武衆-イロウを手札に加える」

「六武衆……だと?」

「そのままイロウを召喚だ…!」

 デュエルディスクにカードが置かれると同時、袴の上に黒い輝きを宿した武者鎧を纏い、一振りの長刀を構えた武士が現れる。
 彼らこそ、戦国の世にて大将軍に永遠の忠誠を誓った武士たち。
 六人それぞれが専属部隊を率いる歴戦の武将である。

「この瞬間、六武の門に二つ、六武衆の結束に一つ、紫炎の道場に一つ武士道カウンターが乗せられる…!
 さらに私のフィールドに六武衆が存在する時、六武衆の師範は特殊召喚できる!!」

 手札より特殊召喚されたのは、眼帯を付けた白髪の老齢の武人。六武衆を導く師範代である。
 箒のフィールドにさらなるモンスターが展開され、武士道カウンターが溜まってゆく。

「この瞬間、六武衆の結束の効果を発動させる。このカードを墓地に送ることで、このカードに乗せられた武士道カウンターの数だけ……つまり2枚のカードをドローする!
 そして六武の門の効果発動! 私のフィールドの武士道カウンターを4つ取り除き、デッキより六武衆を1体、手札へと呼び込む。この効果により、私は六武衆-ヤリザを加える」

 これで箒の手札は4枚。フィールドにはモンスターと魔法が2枚ずつ。
 恐ろしい展開力とドローに、男の額を一筋の汗が流れ出た。

「……手札2枚を場に伏せ、このままバトル! まずはイロウで貴様のモンスターを抹殺する、攻撃だ! 秘剣-燕返し!!」

 六武衆-イロウは、自分フィールド上にイロウ以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する限り、
 裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する効果を持つ。
 つまり、相手がどんなモンスターをセットしていようとも無意味…!

「はッ、そうはいくか! トラップ発動、炸裂装甲(リアクティブアーマー)! 攻撃してきたてめえのモンスター1体を破壊する」

 六武衆-イロウの攻撃。しかし振り下ろされた刃は直前で止まり、爆散した装甲の破片がイロウを吹き飛ばしてしまう。

「ならば六武衆の師範で攻撃だ」

「セットモンスターはメタモルポットだ! 破壊されるが、互いに手札を全て捨て、その後デッキから5枚のカードをドローする!」

「……!?」

 自らの思惑が外れたことに、箒は少しだけ苦い顔をした。
 メタモルポットの効果により、せっかく六武の門で手札に加えたヤリザが墓地に送られてしまう。
 これならば、六武の門の効果を発動するのはメインフェイズ2でよかったかもしれない。
 だが、幸いと言っていいのか、2枚のカードは既に伏せてある。

「……さらにカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「ならエンドフェイズ時、罠カード岩投げアタックだ! デッキから岩石族モンスター、ミッド・ピース・ゴーレムを墓地に送り、500ポイントのダメージを与える…!
 ヒヒッ、ハーッハッハッハ!たかが女に、このオレ様のフィールを受け切れるか!!?」

 放たれる衝撃に紅椿が揺れ、それまで維持していた速度が一気に減速した。
 ハイパーセンサーがエネルギーの減少を伝えてくる。


箒 LP3500


「が、うっ……ー--ッ!!」

「今の一撃を耐えるとはな。……ISの性能だけじゃねえ、なるほど、中々のフィールじゃねえか。IS決闘者の名は伊達じゃねえってことか…?
 だが手は抜かねえぜ、俺のターン! ドロォォオオ!」

 減速した紅椿を、好機とばかりにスロットルを振り絞り急加速した強盗犯のDホイールが置き去りにした。

「相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、ビッグ・ピース・ゴーレムは生贄なしで召喚することができる!
 そして、永続罠リビングデッドの呼び声を発動だ! 蘇生するのはミッド・ピース・ゴーレム!」

 男のフィールド上に、岩がそのまま生命を持ったかのような巨大な岩の顔のモンスターが召喚される。
 そして、そのモンスターに並び立つように、小さな岩のゴーレムが墓地より呼び出される。

「ビッグ・ピース・ゴーレムが存在する時にミッド・ピース・ゴーレムが召喚・特殊召喚に成功した場合、呼び出せるモンスターがいる! 出てこい! スモール・ピース・ゴーレム!!」

「モンスター3連コンボだと…!?」

「まだだ、まだ終わらねえ! オレは手札よりスモール・ピース・ゴーレムを対象に、魔法カード『星に願いを』発動!」

 ――出た! 兄貴のマジックコンボだ!

 ……ここにはいないはずの子分の声が聞こえた気がして、箒はぶんぶんと頭を振った。

 星に願いを。
 それは自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動するカード。
 選択したモンスターと同じ攻撃力または守備力を持つ
 自分フィールド上のモンスターのレベルを、選択したモンスターと同じにする効果を持つ。

「ミッド・ピース・ゴーレムとビッグ・ピース・ゴーレム、そしてスモール・ピース・ゴーレムの守備力は0。
 これで2体のモンスターのレベルは、スモール・ピース・ゴーレムと同じ3となる」

 ビッグ・ピース・ゴーレムのレベルは5。
 ミッド・ピース・ゴーレムのレベルは4。
 そしてスモール・ピース・ゴーレムのレベルは3。

 つまり、星に願いをとのコンボにより、ランク3から5までのエクシーズモンスターを自在に呼び出せる布陣…!

「レベル3のモンスターが揃ったか……!」

「フッハハハハッ!! オレは、レベル3となったミッド・ピース・ゴーレムとスモール・ピース・ゴーレムでオーバレイッ!」

 2体のゴーレムが光へ代わり天に昇ると、フィールドに生まれた銀河の渦へと自ら吸い込まれてゆく。それと同時、周囲が闇に包まれた。

「2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築ぅッ!! ――――エクシーズッ召喚ッ!!」

 どこか、通常のエクシーズの際に発生する風景と異なる淀んだ空気。体にまとわりつくような、嫌悪感を抱かせるじとりとした感触。
 箒は思わず紅椿のハイパーセンサーで周囲を見渡す。そして気付いた。
 男の右手に「20」の刻印が浮かび上がり、1枚のエクシーズモンスターカードが顕現したのを。

「No.20 蟻岩土ブリリアント!!!」

 ――No.(ナンバーズ)
 その、彼女が今まで見てきたモンスターとは明らかに異なるナニカを感じさせるカードに、箒は警戒心を最大限まで強めた。
 フィールドに降り立ったのは、光り輝く巨大な蟻であった。その右羽には己のNo.である20の文字が見てとれた。
 その巨大な昆虫は、鋭利な顎を打ち鳴らしては威嚇する。

「蟻岩土ブリリアントの効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイユニットを一つ使い、オレのフィールド上に存在する全てのモンスターの攻撃力を300ポイントアップさせる!」

「……ッ! 攻撃力が上昇する……!?」

 蟻岩土ブリリアントの周囲を旋回する光球が取り込まれ、エネルギーとなって男のフィールドを満たしていく。


No.20 蟻岩土ブリリアント
攻撃力 2100

ビッグ・ピース・ゴーレム
攻撃力 2400


「ヒヒッ、ハーッハッハッハ! 行け、ビッグ・ピース・ゴーレム! 六武衆の師範を叩き潰せ!! パワー・プレッシャー!」

 力を増したビッグ・ピース・ゴーレムが、自身の巨体で六武衆の師範を押しつぶそうと殺到する。
 本来、六武衆の師範とビッグ・ピース・ゴーレムの攻撃力は同じ2100。
 だが、蟻岩土ブリリアントの効果によって攻撃力が2400に上昇した今、師範ではその攻撃に耐えることはできない。

「くっ! 六武衆の師範……」

「おっと、攻撃宣言時にこいつを発動しとかないとなぁ。

 永続罠、悪鬼蹂躙!

 こいつが存在する限り、ダイレクトアタック以外によって発生する相手プレイヤーへの戦闘ダメージは2倍になる!!」

 超過したダメージが2倍となって箒を、赤椿を襲い、勢いのままに機体を吹き飛ばした。
 軌道がコースから大きく外れ、その外壁に機体を擦りつける。幸い絶対防御の発動こそなかったものの、全身を刺すような痛みに小さくうめき声を上げる。

箒 LP2900

「これは、この痛みはまさか……! …闇のフィール、なのか!?」

「ふははははーーー! この瞬間が堪らねえぜ! オレ様のフィールとカードの力の前には、ISなんて女子供のオモチャにすぎねえ。
 さあ、No.20 蟻岩土ブリリアントでダイレクトアタックだ!!」

「そうはさせん! 罠発動、六武衆推参! このカードの効果により、墓地の六武衆-ヤリザを守備表示で、」

「知ったことかよ! ブリリアント、邪魔なそいつを粉砕しろォ!!」

 蘇った瞬間に蹴散らされるヤリザ。だがヤリザの仕事は壁になるだけではない。
 六武衆が特殊召喚されたことで、六武の門と紫炎の道場に武士道カウンターが乗ったのだ。

「オレはカードを2枚伏せてターンエンドだ」

「待て、エンドフェイズに永続罠、神速の具足を発動だ! そして、私のタァアアンッ!!」

 デッキトップに手を置いた箒は、なんと目を閉じ、そのままISを飛翔させて勢いよく引き抜いた。
 
 デュエル道場篠ノ之流奥義が一つ――予見する引き札(フォロッセ・ドロー)。
 未だその境地には至っていないが、彼女は己を、なによりも自身のデッキを信じた。

「ふっ………来たか」

 流れるような動作でカードを指に挟みこんだ箒は、そのままモンスターゾーンへと導いた。

「永続罠、神速の具足の効果だ。私のドローフェイズにドローしたカードが『六武衆』だった場合、そのカードを相手に見せることで特殊召喚する!」

「な、にぃ…! 都合よく引き当てたっていうのか!?」

「ああ! 私がドローしたカードは六武衆-ヤイチ。このカードを守備表示で特殊召喚する!」

 特殊召喚されたのは六武衆-ヤイチ。
 六武の門と紫炎の道場の効果が再び発動する。

 これで六武の門に4つ、紫炎の道場に4つの武士道カウンターが乗った。

「メインフェイズ! 紫炎の道場の効果を発動だ!
 このカードに乗っている武士道カウンターの数以下のレベルを持つ『六武衆』または『紫炎』と名のついた効果モンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する!!
 私が呼び出すのは六武衆-ニサシ! 特殊召喚だ!!」

 フィールドに一陣の風が舞い上がる。風が止んだ時、そこには濃緑の鎧に二刀の刃を構えた武士が静かに佇んでいた。
 無言でありながらも、その眼差しは鋭く、彼が歴戦の武将であることを何よりも顕著に物語っている。
 これで六武の門に蓄えられた武士道カウンターはついに6つとなった。

「畜生が! だが特殊召喚したのはレベル4の雑魚モンスターだろうが! 今さら壁を並べたところで…!」

「ならば教えてやろう。ヤイチの効果を発動、私の場にヤイチ以外の六武衆が存在する時、フィールドにセットされた魔法・罠カード1枚を破壊することができる!
 貴様がセットした右側のカードを破壊させてもらう!」

 ヤイチは、六武衆の中でも特殊な弓の名手。その手に構えた弓を引き絞り、男が伏せたカード目がけて神速の矢を放ち、破壊する。
 彼の放った弓矢は、男がセットしていたカード目がけて真っ直ぐに飛びかかる。

「ちっ、チェーンしてセットしていた速攻魔法、突進の効果だ。蟻岩土ブリリアントの攻撃力を700ポイントアップさせる」

蟻岩土ブリリアント
攻撃力 2800


「そして六武の門の効果だ。武士道カウンターを4つ取り除き、私のデッキから六武衆-ザンジを手札に加え、そのまま通常召喚する!」

 フィールドに現れる六武衆が一人。その名はザンジ。
 黄金色に輝く武者鎧を纏い、一振りの薙刀を構えた武士である。
 六武の門置かれたカウンターはこれで4つ。

「六武の門の効果だ。武士道カウンターを2つ取り除くことで、六武衆1体の攻撃力を500アップさせる。
 私はこの効果を2回使い、ニサシの攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイント上昇させる。
 さらに手札より装備魔法、漆黒の名馬をニサシに装備!」

六武衆-ニサシ
攻撃力 2600

「こ、攻撃力がビッグ・ピース・ゴーレムを上回っただとぉ!?」

「バトルだ! 六武衆-ニサシでビッグ・ピース・ゴーレムを攻撃! 六武式風神斬!」

 漆黒の名馬に跨ったニサシがビッグ・ピース・ゴーレムに風のような速さで突進すると、すれ違いざまに斬りつける。
 ビッグ・ピース・ゴーレムは応戦する暇もなく、腕を斬り飛ばされ、返す刀で胴体ごと左右真っ二つに両断された。


強盗犯 LP3800


「ええい、糞がッ!! だがこの程度のライフ、ダメージの内にははいらねえ!」

「まだだ! 六武衆-ザンジで蟻岩土ブリリアントに攻撃!! さらに永続罠、主従の覚悟!」

「!? 馬鹿な、正気か?
 蟻岩土ブリリアントの攻撃力は2800。攻撃力1800のザンジでは返り討ちになるだけだ。血迷ったか!!」

 六武衆-ザンジは大きく跳躍すると、その脳天目がけて刃を伸ばした。だが、振り下ろされた彼の腕は蟻岩土ブリリアントに受け止められる。
 そのままザンジの体はブリリアントの強靱な顎に挟み取られ、肉体を両断されてしまった。
 攻撃力差は、実に1000。しかも悪鬼蹂躙の効果により箒が受ける戦闘ダメージは2倍となって襲いかかる。


箒 LP900


 肉体を襲う無視できない激痛に、箒はたまらずうめき声を上げる。

「ぐうぅぅう……!!?? ……だ、だが、これで六武衆-ザンジの効果が発動する。
 ザンジ以外の六武衆が存在する限り、このカードが攻撃を行ったモンスターをダメージステップ終了時に破壊する。
 っ、ごほ……そして、この効果は自身が戦闘破壊された場合でも、……発動する!!」

「……なん……だとぉ……!!??」

 蟻岩土ブリリアントに異変が起こる。
 確かにザンジを破壊したはずなのに、ギチギチと顎と打ち鳴らしては苦悶の鳴き声を上げる。
 その苦痛の元は、ザンジが残した刃だった。
 主を無くしたはずの薙刀が、ブリリアントの脳天に深々と突き刺さっていたのだ。
 蟻岩土ブリリアントの巨体が揺れる。そのまま力を無くして崩れ落ち、……粉々に爆散した。


強盗犯 LP1000


「……ゃ、ぎゃああぁあああああぁああぁッ!!?? な、なぜだあああ!? どうしてオレのライフが!?」

 瞬間、全身を走った痛みに男は堪らず悲鳴を上げた。
 のたうち回るうちにDホイールが大きく蛇行し、バランスを崩す。

「私はザンジの攻撃宣言時、永続罠『主従の覚悟』を発動していたのだ。
 主従の覚悟は、1ターンに1度、バトルフェイズ中にモンスターがモンスター効果で破壊された場合、破壊されたモンスターの攻撃力分のダメージをそのコントローラーに与えるカード。
 これぞ肉を切らせて骨を断つ! これで最後だ!
 六武衆-ニサシは他の六武衆が場に存在する時、2回の攻撃が可能となる!」

 箒の場には六武衆-ヤイチが存在する。
 六武衆-ニサシの攻撃力は2600。十分に削りきれる。


「六武衆-ニサシでダイレクトアタック!!」

「馬鹿め! トラップ発動エクシーズ・リボーン! こいつは墓地のエクシーズモンスター1体を選択して蘇生できる。
 さらに、このカードは蘇生したエクシーズモンスターの下に重ねてオーバーレイユニットとなる!
 蘇らせるのは当然! 蟻岩土ブリリアント! 守備表示で特殊召喚だ!!」

「ならばニサシで、貴様の蟻岩土ブリリアントを……」

「無駄なんだよォ! No.(ナンバーズ)はNo.(ナンバーズ)でなければ倒せない…!
 次のターン、ニサシの攻撃力は1600に戻る。そして自身の効果で攻撃力を2100に上げた蟻岩土ブリリアントで攻撃すれば、てめえは500のダメージを受ける。
 そして! オレのフィールドには悪鬼蹂躙がある! その戦闘ダメージは2倍の1000となり、ライフは0! オレの勝ちだぁハーッハッハッハ!」


 ――それはどうかな?


「速攻魔法、六武衆の理を発動! 私の場のヤイチを墓地に送り、代わりに墓地の六武衆-ヤリザを特殊召喚!」

「だからどうしたってんだ、そんなモンスターで!」

「六武衆-ヤリザは、他に六武衆が存在する時、ダイレクトアタックが可能となる!!」

「な、なにぃ……!?」

 六武衆-ヤリザ、その攻撃力は1000。
 残りライフと同じ数値。
 --倒すことができないというのなら、倒さなければいい。
 ライフを0にしさえすれば、それでデュエルの決着となる。

「このオレが、こんなガキに、女に負ける……だと…!?」




「六武衆-ヤリザでダイレクトアタック!! 斬り裂け、必勝の活人剣!!」




 箒の宣言と共に、男のDホイールに向かって突進したヤリザの攻撃が突き刺さる。
 その技こそ、悪を殺し万人が救われ活きる道を選ぶ活人剣を体現した一撃。


強盗犯 LP0


 ライフが0となった瞬間、男のDホイールのあちこちから煙が噴き出し、強制的に制御を失う。
 やがて、ゆるゆるとした勢いでコースの壁にぶつかると、立ちあがった男は――しかし力なくばたりと倒れた。

 その衝撃か、ディスクにセットされたカードが風で舞い上がり、箒の元へと偶然にも運ばれてくる。
 「その」カードを拾い上げると、ISを解除した箒は真剣な眼差しで学園のある方角を見つめた。

「ナンバーズか、……。一度、一夏に問いただしてみる必要があるな」




















「………姉さんを喫茶店に置いてきちゃったけど、どうしよう…………」







箒の使用したデッキ
【ジャッジ・キル】
【六武衆】



[32402] ラウラ「嫁と私でオーバーレイ!」
Name: 三羽烏◆1555a0ce ID:afc1c707
Date: 2012/12/04 20:36
ラウラ「嫁と私でオーバーレイ!」
鈴「一夏、私とシンクロよ!」
弾「今すぐに俺と融合しろ!」
箒「姉さんにはこの衝撃増幅装置を付けてデュエルしてもらう」
簪「姉さんにはこの衝撃増幅装置を付けてデュエルしてもらうわ」
セシリア「全速前進ですわ!」


以上、タイトル候補。






「…………ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「あ、あの……それだけ、ですか?」

 一人ずつ順番に始まった自己紹介。それがラウラの順番になってから、教室の空気ががらりと変わった。
 その身に纏う氷のような雰囲気と左目を眼帯で覆うという特徴的な容姿に、クラス中の好奇の視線が集中する。
 周りの緊張が最高潮に達したことを自覚したラウラは、一度静かに息を吐き、……大きく吸いこんだ。
 そして、

「織斑一夏は、――――――私の嫁!」

 威風堂々と宣言した。

 教室の空気が凍る。
 それはもう、バトルフェイズ発動したモンスター効果が無効になるくらいに。






◇◆◇






 それは、ある晴れた日の午後のこと。
 少しばかり唐突なシャルロットの一言から始まった。

「一夏とラウラって、本当に仲が良いよね」

 ここは未来のIS決闘者育成のために作られた教育機関「IS学園」。その食堂。

「は?」
「む?」

 きょとんとした表情で、向かい合って座る二人は打ち合わせでもしたかのように同時にシャルロットの方を振り向いた。
 その様子がどこかおかしくて、シャルロットは笑ってしまう。

「な、何だよシャル。人の顔を見て笑うなんて……」
「私と嫁の仲がいいというのは認めるが、なぜ笑う?」

「ご、ごめんごめん。でも、ラウラは僕が転校してきた時にはもう一夏とすごく仲が良かったでしょ。
 ラウラはIS学園に来る前はドイツ軍にいたって聞いたけど、二人はどんなキッカケで知り合ったの?」

 シャルロットのその言葉に、食堂にいる全員の意識が一夏たちに向いたのがわかった。
 ……無理もない。入学初日にラウラが起こした騒動はかなり有名だ。
 彼女の言い放った一言と、その突飛な行動は学園にいる全員を驚愕させたのだから。


『織斑一夏は、――――――私の嫁!』


「あー、そういやそうだったな。あの時はホント、びっくりしたぜ」
「こういうことは最初にハッキリとさせておかねばならんからな」

 からからと笑う一夏と、しれっとした顔のラウラ。
 悪びれた様子など微塵も感じさせないその態度は、いっそ清々しいとすら思える。

「ふうん。流石のわたくしも思わず唖然としてしまいましたもの」

「……で、話ズレてるわよ」

 しみじみと語るセシリアに対し、逆にシャルロットと鈴は微妙な表情を作っている。
 当時はまだ転校してきていないため、二人はまた聞きでしかそのことを知らないのだ。

「ああ、そうだったな。……ホラ、千冬姉ってドイツで1年間、教官として過ごしてたことがあるだろ?
 俺、家族は千冬姉一人しかいないからさ。まだ中学生の俺を一人暮らしさせるわけにはいかないって、俺も一緒にドイツで暮らしてたんだよ」

「ああ、そういうことね。ちょうど私が中国に帰っちゃったのと同じ時期かぁ……」

 転校する以前の日本で暮らした日々を思い出したのか、鈴は腕を組んで昔を懐かしみながら頷いた。
 鈴が転校する前は、一夏の他に五反田弾や御手洗数馬それに灯下枝理や人里花梨、中入江文といったグループで一緒に遊ぶことが多かった。
 ……また皆と会って遊ぶのもいいかもしれない。

 そも、よくよく考えてみれば、1年前に一夏と鈴、それに箒たちは離ればなれになっていたのだ。
 一夏は千冬にくっついて共にドイツへ飛んだ。
 鈴は家庭の事情――両親の離婚――のために故郷の中国へ帰国。
 さらに箒も、二人がいなくなってしばらくして、「ドロー力を鍛える」という置手紙を残して武者修行の旅に出た。
 束も、宇宙より飛来した隕石の研究について、力を借りたいと国際宇宙開発委員会からの連絡があったのもこの頃だ。

「でも驚いたわよ。アンタ、デュエルが滅茶苦茶強くなってるんだもの。昔は素人同然だったじゃない」

「ええ!! そ、そうなんですのっ!?」

 レベル8のモンスターを生贄なしで召喚しようとしたり、ミラフォをサイクロンで破壊して無効にしようとしてたしね。と茶化すと、セシリアはやや大仰に驚いた。
 一夏の身体がぎくりと強張る。

「そーそー。一夏ったら、弱いくせにすぐ挑発に乗ってデュエルしては負けちゃってさぁ。小学生の頃なんか、拾ったゴキボールをレアカードだと勘違いし――、」
「そ、その話はもういいだろ! 誰だって最初は初心者なわけだし……。でも、そうだな。あれからもう1年経つのか……」

 今でもハッキリと思い返すことができるほどに脳裏に焼き付いた記憶。
 一夏とラウラの出会いについて説明するには……まず第2回モンド・グロッソと、その裏で起こった事件について回想しなければならないだろう。
 訳の分らぬままに巻き込まれ、そして終わってしまった誘拐事件。そして、ドイツで過ごした日々のことを…………。


















「一夏、…一夏……? ……はぁ、いいかげんに起きろ」
「ん……ぅ、……ふぁ、あ……?」

 近く、だがぼんやりとした頭では霞がかかったように遠くから聞こえる声。
 ゆさゆさと身体を揺らされ、いつの間にか眠っていた一夏は意識を覚醒させた。
 慣れない飛行機で睡眠をとったためか、首や肩など体のあちこちが妙に痛い。それに喉が渇いていた。

「そろそろドイツに着くぞ」

 ドイツの首都であるベルリン。
 その近郊のシェーネフェルト国際空港を大幅に拡張し、開港されたヴィリー・ブラント新国際空港。
 それが、一夏が初めて踏んだ海外の地であった。




 ……一夏が千冬と共にドイツに飛んだのには訳がある。
 無論、未だ中学生であり、千冬以外に保護者のいない一夏が一人日本に残ることは難しかったというのも理由の一つだ。
 だが、これは何よりも一夏自身が望んだことであった。

 ――第2回モンド・グロッソ。

 初代デュエルクイーン・織斑千冬の連覇がかかった大会。
 その決勝戦に彼女は現れなかった。

 結果は――不戦敗。

 不戦敗となった理由は公表されず、この格好の餌に飛びついたマスコミは連日連夜、千冬の敵前逃亡というニュースを騒ぎ立てた。
 ネット上や週刊誌では様々な憶測が飛び交い、対戦相手を恐れて逃げ出したとか、挙句の果てには彼女が対戦相手のデッキを盗み見たところを運営に見つかってジャッジキルされたなどという不名誉な噂が立つ始末。
 千冬が何も言わずデュエルの表舞台から去ったことも過剰な報道を助長し、人々の好奇心を掻き立てた。

 だが、真実は違う。

 一夏はあの日、突然現れたモンキー猿山と名乗る男に誘拐同然に拉致された。
 無理矢理気絶させられて連れられた場所は、かつてのバブル崩壊によって廃墟となった施設の地下に作られたデュエル賭博場。そこで行われる地下デュエル。

 訳も分からぬままに攫われた一夏は、『ここで1回でも勝利すれば元の場所に帰してやる』との甘言に乗ってしまった。
 対戦相手と同じ檻の中に入れられ、衝撃増幅装置を装着したうえでのデュエルを、強いられた……!
 当時、デュエルの腕は初心者同然であった一夏が勝てるはずもなく、何度も何度も敗北した。
 下卑た笑みを浮かべ、自分のプレイングを馬鹿にしながら嬲ってくる相手。いいように翻弄され、敗北していく自分。その苦悶の表情を楽しむ観客達。

 休む暇も与えられず続けられるデュエル。
 蓄積していく衝撃増幅装置のダメージに朦朧とする意識の中、一夏は極限まで追い込まれていた。
 もはや時間の感覚などなく、……次にダイレクトアタックを受ければタダではすまないなぁ、という自覚があった。

 そして、相手の攻撃宣言が行われようとしたその時、――まるで地震でも起きたかのように地下デュエル場が衝撃に揺れた。
 壁が崩れ、光が差し込む。その光を背中に受けて現れたのはISを装備した千冬であった。決勝戦会場から報せを受けて文字通り飛んで来たのだ。

『そのデュエル…………私が引き継ごう!!』

 荒々しく宣言すると、瞬く間に地下デュエル場のデュエリスト全員を1ターンキルで沈めてしまった。
 あの時の強く、凛々しく、美しい姉の姿を、一夏は一生忘れないだろう。
 そして同時に、あの時の弱く、無様で、醜い自分の姿も、一夏は一生涯忘れない。忘れることなどできない。

(なにが“守る”だ……! 誰かを守るどころか、俺は、…俺は自分の身を守ることすらできていないじゃないか……!)

 病院で診察を受けた後自宅に戻った一夏は、千冬が決勝戦を不戦敗となり、大会二連覇を果たせなかったことをニュースで知った。
 それ以来、千冬の敵前逃亡というニュースを面白おかしく騒ぎ立てるマスコミが嫌いになり、あまりテレビを見なくなった。

 そしてもう一つ、あれから抱くようになった想いがある。

 …………負けたくない。

 今までは、別にデュエルで負けたってなんとも思わなかった。悔しくなかった。
 友人や仲間内でわいわい楽しくやれたらいいな、という程度のもので、弾のように大会で優勝したいとか、全国を目指そうという目標もなかった。

 ……負けたくない。

 デュエルの目的とは相手に勝利することだ。でももう一つ大切なことがある。
 それは、デュエルを通して絆を作り、友達と楽しい時間を過ごすこと。
 昔、デュエル道場の師範代である箒の父親に言われた言葉だったと思う。

 負けたくない――!

 だが、一夏は己の心の奥底に燻っていた本当の思いを知った。

「負けたくない! 俺はっ! 俺は勝ちたいィィィ!!」

 勝利への渇望。それは、今までの一夏に欠けていたものだった。




 そして、一夏は自らを鍛え直すため、姉に頼みこんでドイツ軍の決闘者(デュエリスト)部隊で特例で訓練を受けさせてもらった
 無論、それは簡単なことではなかった。元々単なる中学生であった一夏がすぐに訓練についていけるはずもない。言語の壁もある。

 だが、一夏はそれを努力の量で瞬く間に埋めてみせた。
 処理の複雑なカード。度重なる裁定変更。調整中の壁。専門家でも解読が難しいと言われるデュエル言語――通称コンマイ語。
 ……それを、彼はわずか半年で、代表候補生と何ら遜色無い専門知識とプレイングを身につけるに至ったのである。



織斑 一夏   LP700
黒ウサギ隊員  LP4300


 それはあまりにも一方的な盤面だった。
 眼帯を付けた『黒ウサギ隊』隊員のフィールドにはモンスターが2体。攻撃表示の黒魔道師クランと白魔道師ピケルが、互いに杖を携えて並び立つ。
 対する一夏のフィールドには、光の結晶で編まれた光子の竜――銀河眼の光子竜が鎖で縛られて力なく跪いている。

 単に物理的な破壊力だけで見たならば、攻撃力3000の銀河眼の光子竜に攻撃力1200のクランとピケルが勝てる道理はない。
 だが、デュエルモンスターズの勝敗は、モンスターの攻撃力だけで決することはない。

 そう、黒ウサギ隊員の魔法・罠ゾーンには4枚の永続罠、虚無空間とマクロコスモス、それに宮廷のしきたりとデモンズ・チェーンが存在していた。
 虚無空間は、このカードが存在する限り全ての特殊召喚を封じる強力な効果を持つ。
 だがその代償として、デッキもしくはフィールドからモンスターが墓地に送られた時に自壊するという制約がある。
 だからこそのマクロコスモス、そして宮廷のしきたり。
 マクロコスモスが存在する限り、全てのカードは墓地に送られることなくゲームから除外される。……つまり、虚無空間は自壊しない。
 宮廷のしきたりが場に存在する限り、このカード以外の永続罠が破壊されることはない。虚無空間は自らの効果で破壊されない。
 そしてデモンズ・チェーン。このカードにより銀河眼の光子竜の効果は無効化され、攻撃宣言も行えない。

「私のターン。そしてスタンバイフェイズにクランとピケルの効果が発動です!」

 クランがその手に持つ杖を天に掲げる。黒い閃光が一夏に向かって爆ぜて、その体を傷つけた。
 ピケルがその手に持つ杖を天に掲げる。淡い陽光が隊員の身体を包み込み、その傷を癒し始めた。


織斑 一夏   LP100
黒ウサギ隊員  LP5100


「ぐ、ぬぅううう……!」

 クランはスタンバイフェイズごとに、場のモンスターの数×300ポイントのダメージを相手に与える効果を持つ。
 ピケルはスタンバイフェイズごとに、場のモンスターの数×400ポイントのライフを回復する効果を持つ。
 これが彼女のロックデッキの要であった。

「わたしはこのままターンエンドです。さあ、これがあなたのラストターン! 逆転できるものならやってみなさい!」
「っ! 俺の、タァァァアァアンッ!!」

 気合い一閃。
 雄叫びと共に一夏はデッキからカードを引き抜いた。そしてわずかに躊躇し、自らがドローしたカードを確認する。

「リバースカードオープン、異次元からの埋葬! ゲームから除外された俺のフォトン・リザードと2体のフォトン・スラッシャーを墓地に戻す。
 そして手札からフォトン・サブライメーションを発動! 俺の墓地のフォトン・リザードとフォトン・スラッシャーを再びゲームから除外し、デッキからカードを2枚ドロー!」

 一夏がドローしたのはフォトン・サブライメーション。墓地のフォトンを除外することで発動する強欲な壺。
 マクロコスモスの効果のせいで存在しなかった発動コストを、――本来は銀河眼で除外した相手モンスターを墓地へ送るためのカードなのだろう――異次元からの埋葬によって無理矢理確保する。
 新たなドローによって一夏の手札へと呼び込まれたカードは……、

「来たぜ。俺は手札からフォトン・ハリケーン発動! 俺の手札の枚数分、相手の魔法・罠カードを相手の手札に戻すことができる!」
「な、そんなまさか!? 破壊じゃなくて、バウンスですって……っ!?」

 一夏の手札は残り3枚。相手に見せつける様に突き出したカードから局地的な突風が発生し、3枚の永続罠を黒ウサギ隊員の手札へと強制的に戻してしまう。
 もはや彼女のフィールドに残ったのは宮廷のしきたり1枚のみ。単体では何の意味も成さない。

 デモンズ・チェーンが消えたことで、銀河眼の光子竜がその輝きを取り戻す。両翼から眩い閃光を迸らせ、鎖から解放された喜びを示すように空中へと舞い上がった。
 さらに、銀河眼の光子竜と同調するかのように一夏の左目の周りには見慣れぬ紋章が浮かび上がっていた。これが強さを求めた一夏がドイツで受けた処置の一つ。ドイツ脅威の科学力。
 デュエルの腕が上がったとはいえ、まだ未熟な一夏では千冬のように強力なモンスターを自在に操ることはできない。
 銀河眼の光子竜のようなカードを扱えば、精神と肉体には大きな負担がある。だからこそ、それを操るための力なのだ。
 きっと束が聞けば、「カードゲームだよね? いっくんはカードゲームの話をしてるんだよね?」とドン引きすること間違いないだろう。

「さらに手札から融合を発動! 俺の手札のフォトン・レオと場の銀河眼の光子竜を融合させる!」

 手札より現れた光の獅子と光子の竜が混ざり合い、螺旋を描いて天に昇る。

「2体のフォトンによる融合! 融合召喚、ツイン・フォトン・リザード!」

 やがて、その身を溶け合わせた双頭のモンスターが空間を割って召喚された。
 その攻撃力は2400。クランとピケル、二人の魔道師の力を足してやっと互角となる数値。

「っつ、私はこの瞬間、手札からエフェクト・ヴェーラーの効果を発動! ツイン・フォトン・リザードの効果を無効にする!」
「ならばバトルだ! ツイン・フォトン・リザードで、白魔道師ピケルを攻撃!」
「迎え撃ちなさい、ピケル!」

 ツイン・フォトン・リザードの二つの首から吐き出される光の濁流にのみ込まれ、抗おうとしたピケルが奮闘も空しく破壊された。
 受け止めきれなかった衝撃が少女にまで届き、そのライフを減らす。


黒ウサギ隊員  LP3900


「くっ! でも貴女は決定的なミスを犯したわ! ツイン・フォトン・リザードは自身をリリースすることで、融合素材として使用したモンスターを墓地から呼び覚ます効果を持つ。
 もしその力を使われたなら、あなたの場にはフォトン・レオと銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)、2体のモンスターがいて、私のピケルとクランは倒されていた」

 だが、エフェクト・ヴェーラーの力でモンスター効果が無効になった今、その効果は使えない。

「だから何だ」

「あなたはピケルじゃなくて、クランに攻撃すべきだった。忘れたの? クランの効果を。
 次の私のターン。スタンバイフェイズにクランの効果が発動して、あなたのライフは0になる。私の勝ちよ!」

 黒魔導師クランは、スタンバイフェイズに場のモンスターの数×300ポイントのダメージを相手に与える効果を持つ。
 一夏の残りライフは100、もはや風前のともしびと言えよう。

「それはどうかな? ――速攻魔法発動ッ! 融合解除!!」

「ゆ、融合解除ですって!?」

 ツイン・フォトン・リザードが光に包まれ、その融合が解除される。
 光の柱から現れるのはフォトン・レオ、そして――――銀河眼の光子竜!

「そして、今はまだバトルフェイズ中だ。……自分のターンが回ってこない内から勝ち誇るなんて、ずいぶんとロマンチストじゃないか」

 無論、攻撃は続行される。

「バトルだ、フォトン・レオで黒魔導師クランに攻撃! シルバー・ファング!」
「くうぅっ!?」

 フォトン・レオの牙による一撃に吹き飛ばされ、クランはたまらずしりもちをついて消滅する。
 その攻撃力は2100。クランとの攻撃力差の900ポイントがダメージとして彼女のライフから引かれてゆく。これで彼女の残りライフは……、


黒ウサギ隊員  LP3000


「最後だ! 銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)でダイレクトアタックッ! 破滅のフォトン・ストリィィィィムッ!!」
「きゃぁあああっ!!」

 光の濁流。そうとしか表現できなかった。
 大きく開かれた銀河眼の光子竜の口から発せられた閃光に飲み込まれ、黒ウサギ隊の少女は悲鳴を上げた。
 その威力、実に3000のダイレクトダメージ。
 あれ程までに確保していたライフは一瞬で削り取られ、あっという間に0となる。


織斑 一夏   LP100
黒ウサギ隊員  LP0


 光が濁流が晴れた時、そこにはぺたんとへたり込む黒ウサギ隊の少女と、大地を踏みしめてしっかりと立つ一夏の姿があった。
 傍から見ても明確なまでの勝者と敗者の図式。

 残りライフ100からの大逆転劇に、観戦に専念していたギャラリーからは爆発するような歓声が上がった。
 同時に、黒ウサギ隊の少女への健闘を称える声も。


「……まさか、あの状況から逆転されるなんて、思ってもみませんでした」
「デュエルは最後の最後まで、何が起こるかわからない。だから諦めずに戦うんだ、ってな。……誰に教えられたことだったかな」

 黒ウサギ隊員へと歩みよった一夏は、へたり込む少女に手を差し伸べた。

「いいデュエルだったぜ。色々と学ばせてもらった」
「ええ、私こそ。……次は負けません」

 そうしてがっちりと握手する。デュエルをしたなら、それはもう仲間だ。
 互いに顔を見合わせ、再戦を誓う。どちらともなく笑みが浮かんだ。
 その時だった。


「――いつまでそんな茶番を続けるつもりだ」


「ッ!? …あ、……た、隊長……」
「……ラウラ……ボーデヴィッヒ」

 常の無表情のまま、だが苛立ちを込めた雰囲気で『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。
 何が彼女をそうまで不機嫌にさせるのか、ラウラがぎらりと『シュヴァルツェ・ハーゼ』――通称『黒ウサギ隊』の隊員の少女を睨み付けると、少女の身体がびくりと小さく震える。

「ふんっ、この程度の雑魚に負けるとは……我々シュヴァルツェ・ハーゼの実力が疑われてしまうというものだ。
 ……もう一度基礎のドロー訓練からやりなおしだッ!! この屑め! 初手でエクゾディアを完成させるまで帰ってくるな!!」


 その、まるで汚らしいものでも見るような侮蔑と嘲笑、苛立ちの混じり合った怒声に、黒ウサギ隊の少女は顔を歪ませながらも毅然と答えた。


「…………ッ。…はっ! …り、了解であります……!」


 唇をきつく噛みしめながらも、それでも軍人として相応しい態度を貫いたのは彼女の最後の矜持だったのかもしれない。
 そんな少女の様子に耐えきれなかったのか、一夏はラウラの視線から庇うようにして前に進み出た。


「おい、デュエルしろよ」

「ほう? 私とデュエルだと? ……ふっ、たかがシュヴァルツェ・ハーゼの中でも出来損ないの隊員一人に1勝しただけで、私に勝てると思い上がったか……」


 二人の間で、ぴりぴりとした火薬が爆ぜる直前のような空気が流れる。
 ……一夏とラウラは、初対面からしてこんな状態だった。
 初め、千冬と一緒にいる際に顔合わせとばかりに会ったのだが、ラウラはいきなり一夏の顔を張り倒し言い放ったのだ。

『私は貴様を認めない。貴様さえいなければ、教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。貴様の存在を――認める訳にはいかない!』

 もっとも、その一言は一夏のやる気をさらに引き出す結果になっただけなのだが。


「い、イチカ……、私のことなら、気にしなくても大丈夫ですから……だから……」
「デュエルをしたなら、そいつはもう仲間だ。……仲間を屑呼ばわりされて我慢できるほど、俺は人間が出来ちゃいない」

 今までの一夏とラウラの戦績は、一夏の全敗に終わっている。
 何度敗北しても諦めず、挑み続ける姿に感心する隊員たちも多くいたが、それとこれとは話が別だ。
 思わず止めようとした黒ウサギ隊の少女だったが、微塵も引く様子を見せない一夏の様子に……最後は根負けした。



「ふん、そういえば貴様はISが使えると発覚したのだったな。日本から専用機も送られていたはずだ、ちょうどいい――ISデュエルで決着を着けてやる」
「ああ、望むところだ……!」

 一夏の返答に、ラウラは一瞬だけ目を細め、獰猛な笑みを浮かべた。
 わずかな沈黙の時間。だが二人は瞬時にISを展開するとモードを変更し、撃ち出されたロケットのように跳躍した。


「このデッキと私の力の前には、貴様も有象無象の一つでしかない。消えろ! 塵芥がッ!!」
「勝たせてもらうぞ! デュエルモード! フォトン・チェンジ!!」


【IS展開、デュエルターゲット・ロックオン、ハイパーセンサー作動、AR・ヴィジョンリンク――スタンバイ】


「「デュエルッ!!」」


一夏  LP4000
ラウラ LP4000


 その宣言と同時、ラウラが展開した漆黒のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が変形する。左肩の大口径リボルバーカノンがスライドし、胸の前で停止すると一枚の巨大な決闘板(デュエルディスク)を形成する。左目の眼帯も外されD・ゲイザーと一体化した金色の瞳ヴォーダン・オージェが妖しい輝きを放つ。
 そして一夏の白式もまた、変化していた。右手に握られた雪片弐型の展開装甲が稼働し、眩い光の粒子と共に左腕と一体化する。輝きが消えた時、その左腕には三日月型のデュエルディスクが展開されていた。左目の周りには見慣れぬ紋章が浮かび上がり、ヴォーダン・オージェとはまた違った輝きを宿している。

「雪片!? ……教官の真似ごとかッ! 虫唾が走る!! もはや生かして帰さん!」

「言ってろよ。俺の、ターンっ!」

 雪片弐型。それは、千冬が現役時代に使用していたISの刀『雪片』を真似て束が作ったものだ。
 当初はデュエルディスクに変形する機能はついていない欠陥品だったらしいのだが、……千冬が勝手にドイツの技術者に命じて改造した。束頑張れマジ頑張れ。

「俺は、手札からE・HEROプリズマーを攻撃表示で召喚!
 このカードは1ターンに1度、エクストラデッキの融合モンスターを選択し、その素材となるモンスターを墓地に送ることで、墓地に送ったモンスターと同名カードとして扱う」

 天に向かって飛翔する一夏の前方、空中投影された映像であるモンスターが現れる。
 それは水晶で形作られたエレメントの戦士。その能力は、別のモンスターの姿を己の姿へ写し取る。

「E・HERO!? フォトンではない、だと……」

「プリズマーの効果発動だ! 俺は融合モンスター、XYZ-ドラゴン・キャノンを選択し、その素材となるZ-メタル・キャタピラーを墓地へ送る! リフレクト・チェンジ!」

 宣言と同時、プリズマーはZ-メタル・キャタピラーの姿を自身に写し、その姿をエンドフェイズまで変える。

「俺はカードを2枚セットしてターンエンドだ!」

「…くっ、舐めた真似を! 私のターン!」

 一夏の使用したカードがいつものフォトンではないことに気が付いたのか、ラウラは怒りも顕わにデッキからカードを抜き放つ。
 そして、ドローしたカードを確認したラウラの表情が愉悦に歪む。

「私は手札よりレスキュー・ラビットを召喚! そのまま効果発動だ!
 レスキュー・ラビットは自らを除外することで、デッキより同名のレベル4以下通常モンスター2体を場に呼び出す! デーモン・ソルジャー2体をデッキより特殊召喚だ!!」

 ラウラのフィールドに召喚されたのは、1体の安全メットを被った兎だった。その兎が光球となって弾けると、警笛のような音と共に暗い鏡のゲートから2体のデーモンが飛び出した。
 デーモン・ソルジャー。デーモンの中でも精鋭だけを集めた部隊に所属する戦闘のエキスパート。
 その攻撃力、実に1900。効果を持たない下級モンスターの中にあってはアタッカーとなる数値。

「ヒーローごっこなどすぐに終わらせてやる! バトルだ、その目障りなモンスターを粉砕しろ! デーモン・ソルジャー!」

「そうはいかない! 罠発動、モンスターレリーフ! このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動するカード。俺の場のプリズマーを手札に戻し、代わりに手札からレベル4以下のモンスター、X-ヘッド・キャノンを特殊召喚!」

 手札に回収されるプリズマーと入れ替わるようにして、両肩にキャノン砲を装備した機械のモンスターが現れる。
 このモンスターこそ、合体と分離を駆使することでその能力を十全に発揮するマグネットモンスター。

「プリズマーを逃がしたか……だがそれがどうした! バトル続行、そいつを今すぐに蹴散らしてしまえ!!」

 X-ヘッド・キャノンの攻撃力は1800。決して低い数値ではないが、それでもデーモン・ソルジャー相手にはわずかに足りない。
 X-ヘッド・キャノンの繰り出す砲撃をものともせずに、デーモンの精鋭である戦士が距離を詰める。
 その刃が振り下ろされ、X-ヘッド・キャノンは抵抗する間もなく両断されるかに見えた。

「!?」
「……ああ、なんだ。忘れているのか? それとも知らないのか? こいつは――ひとりじゃないんだぜ?」

 デーモン・ソルジャーが振り下ろした刃は、……X-ヘッド・キャノンに受け止められていた。
 それだけではない。その下半身からはZ-メタル・キャタピラーのキャタピラの駆動音が鳴り響き、今もデーモンを押し潰そうと唸りを上げている。

「馬鹿な……! なぜ、墓地にあるはずのZ-メタル・キャタピラーが!?」

「俺が伏せていたもう1枚の罠さ。X-ヘッド・キャノンが特殊召喚されたことでバトルが巻き戻され、お前が再び攻撃宣言を行った時に発動させてもらった!
 トラップカード、ゲット・ライドの効果だ! 墓地のユニオンモンスター、Z-メタル・キャタピラーをX-ヘッド・キャノンに装備する!」

 Z-メタル・キャタピラーが装備されたX-ヘッド・キャノンは攻撃力が600ポイントアップし、2400となる。
 優勢だったはずの状況、それがひっくり返された。
 結果、デーモン・ソルジャーは返り討ちとなり粉々に粉砕されてしまう。


ラウラ LP3500


「くっ……!」

 衝撃に機体が揺れ、シールドエネルギーの現象を伝えた。
 思わぬ一夏の戦略に、ラウラは奥歯を噛みしめる。
 ダメージを優先するあまり、エクシーズ召喚を行わなかったことが裏目に出てしまった。

「メインフェイズ2だ! 私は魔法カード、馬の骨の対価を発動! この効果により通常モンスター、デーモン・ソルジャーを墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドロー。
そして一時休戦を発動する!」

 レスキュー・ラビットの効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズに破壊されてしまう。ならばカードの発動コストにしてしまえばいい。無駄のないプレイングだ。
 さらに一時協定。互いにデッキからカードを1枚ドローし、次の一夏のエンドフェイズまでお互いの受けるダメージを0にするカード。

 ラウラのフィールドにモンスターは0。勝負を決める絶好のチャンスであるというのに、一夏はそれを逃してしまったことになる。


「リバースカード1枚を場に出し、私はターンを終了する……」

「俺のターン! ドロー!」

 白式を加速させ、ラウラと交差すると反転して向かい合う。ドローしたカードを人差し指と中指で挟みこみ、手札へと加えた。
 このターンはダメージこそ与えられないものの、ラウラのフィールドのモンスターは0。ならば万全の布陣でもって臨むべきだ。

「俺は手札から、再びE・HEROプリズマーを召喚! その効果によって墓地へ送るのは、Y-ドラゴン・ヘッド!」

 これでプリズマーはY-ドラゴン・ヘッドの姿を自身に写し、その姿と名をエンドフェイズまで変える。

「今ここに、3体のマグネットモンスターが揃った! 俺はX-ヘッド・キャノン、Y-ドラゴン・ヘッドとなったプリズマー、そしてZ-メタル・キャタピラーをゲームから取り除く!!
 除外融合――合体せよ! XYZ-ドラゴン・キャノンッ!!」

 3体のモンスターが変形・合体すると1体の巨大な機械のモンスターとなってフィールドに現れる。
 これこそが真の姿、XYZ-ドラゴン・キャノンだ。

「XYZ-ドラゴン・キャノンは、手札を1枚捨てることでフィールドのカード1枚を破壊する効果を持つ!
 俺は手札のシールド・ウォリアーを墓地に捨て、ラウラ! お前のセットカードを破壊する!!」

「っ! そうはさせん、その効果にチェーンして速攻魔法《終焉の炎》を発動! 私の場に2体の終焉の炎トークンを特殊召喚する!!」

 ラウラのフィールドに、黒い炎を模した悪魔が現れる。
 その攻守は0。生贄か壁モンスターというところだろう。
 これで効果は空撃ちとなってしまった。

「ならバトルだ! ダメージは与えられなくても、戦闘破壊はできる。XYZ-ドラゴン・キャノンで終焉の炎トークンへ攻撃!!」

「ふん、いいだろう。トークンは破壊される。だが、まだ私の場にはあと1体のトークンが残っているぞ」

「……………XYZ-ドラゴン・キャノンの効果だ。手札を1枚捨て、トークンを破壊する」

 僅かに躊躇した一夏だが、迷いを振り切るように効果の発動を行った。
 XYZ、それぞれのモンスターが放った攻撃がトークンへと命中する。
 衝撃による黒煙が晴れると、ラウラのフィールドには何のカードも残ってはいなかった。

「俺は、……俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

「ならば私のターン、ドロー!」


 優勢であるはずの状況。だが一夏は背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。
 XYZの効果は強力だが、そのコストとして手札を消費する。一夏の残り手札枚数は0。
 対して、ラウラの元には今、6枚のカードがある。手札の数は可能性の数、デュエルの勝敗を分ける1番の要素と言っていい。


 ならば、今本当に窮地に立たされているのは一夏の方ではないのか?


 自在にISを操り、それが当然のように操縦して見せるラウラの姿に不安が募る。
 一夏とは対象的に、ドローしたカードを確認したラウラの口が三日月のように大きく切れ込んだ歪んだ笑いへと変わった。

「ハハハハ!! 私は手札のハードアームドラゴンの効果を発動だ! このカードは手札のレベル8以上のモンスターを墓地へ送り、手札より特殊召喚することができる!
 私はレベル8のプリズンクインデーモンを墓地へ送り、特殊召喚する! さらにクリッターを通常召喚!」

「賑やかになってきたな……」

「まだ終わらん、手札より魔法カード二重召喚! このターン、私はもう1度通常召喚を行う権利を得る! そして永続魔法、冥界の宝札を発動!!
 そして私は、ハードアームドラゴンとクリッター、2体のモンスターをリリース!!」

 2枚のモンスターが生贄となり、供物として捧げられる。
 それはすなわち、2体もの生贄を要求するほどの高レベルモンスターがラウラの手札にあるということに他ならない。

「2体のモンスターをリリース……最上級モンスターのアドバンス召喚か!?」

「そうだっ! 私は手札より、ヘル・エンプレス・デーモンをアドバンス召喚!!」

 闇の激流が押し寄せる。まるで意思を持つかのようなそれは、一つの女性の人型を形作る。
 その暗闇が薄まると、フィールドには悪魔族最上級モンスターが召喚されていた。
 波打つ髪、髑髏を彷彿とさせる意匠、手には禍々しいまでの槍を持ち、確かな威圧感を周囲に放っている。
 その攻撃力、2900。XYZ-ドラゴン・キャノンを上回っている。

「この瞬間、冥界の宝札の効果が発動する! 2体以上の生け贄を必要とする召喚に成功した時、デッキからカードを2枚ドロー!
 さらにクリッターの効果で、バトルフェーダーを手札に加える」

 モンスターを展開するため、一度は0になっていたラウラの手札が3枚に増えてしまった。

「カードを1枚セットして、バトルゥ!! ヘル・エンプレス・デーモンでXYZ-ドラゴン・キャノンに攻撃! 冥府の雷ぃ!!」

「くそっ……! 墓地のシールド・ウォリアーの効果発動! このカードを除外することで、戦闘による破壊を無効に、」

「だがダメージは受けてもらうぞ!!」


一夏  LP3900


「ぐわぁあああっ!!」

 受けた攻撃の衝撃が白式を軽々と吹き飛ばし、外壁へと叩き付けた。
 たった100。たった100のダメージでこの威力…! ISによって増幅されたラウラの放つフィールは、計り知れない。

「………ッ。俺のタァァアンッ!

 ――XYZ-ドラゴン・キャノンの効果だ! 手札1枚をコストに、ヘル・エンプレス・デーモンを破壊する!!」

 XYZ、それぞれのモンスターが放った攻撃がヘル・エンプレス・デーモンを目がけて殺到する。
 そう、バトルで破壊できないのであれば、効果で破壊してしまえばいい……!

「フ、フッハハハハハ!! ハァーッハッハッハッハッハッ!!」

「な、何がおかしい!?」

「無駄なことを! ハードアームドラゴンをリリースしてアドバンス召喚されたレベル7以上のモンスターは、カード効果によって破壊されない!!」

「!?」

 一夏の顔が驚愕に歪む。攻撃力2900、さらにカードによる破壊耐性まで持っているとなれば、それがどれだけ強力なカードかは想像しなくともわかる。

「……俺は、XYZ-ドラゴン・キャノンを守備表示にしてターンエンドだ」

「ならばそのエンドフェイズ! セットしていた速攻魔法、終焉の炎を発動! そして私のターン!!」

 ラウラのフィールドに、再び悪魔のトークンが現れる。
 一夏には、もはやそれを止める術はない。

「ふっ、私は終焉の炎トークン2体をリリースし、手札より闇の侯爵ベリアルをアドバンス召喚!!」

 闇の侯爵ベリアル。
 黒く染まった天使の翼に、同じく漆黒の大剣を持つ攻撃力2800の悪魔族最上級モンスター。
 その効果は、ベリアルがフィールドに存在し続ける限り、ベリアル以外のモンスターを攻撃対象に選択できず、魔法・罠カードの効果の対象にすることもできないというもの。

「ま、また最上級モンスターを召喚しただと!?」

 確かに、最上級モンスターは強力なステータスと効果を持つカードが多い。そのカード1枚でゲームの優劣が決まることもある。
 だが、召喚に必要な生贄を揃えることが難しいのもまた事実。
 それをこうも易々と出されては、もはや驚くしかない。

「フッハハハハハ! 2体以上の生け贄を必要とする召喚に成功したことで冥界の宝札の効果が発動! デッキよりカードを2枚ドローする!!」



 ◇


「変わらないな。強さを攻撃力と同一だと思っている」
「え?」

 その、心底つまらなそうな声に、デュエルを見守っていた黒ウサギ隊の少女は思わずきょとんとした顔を向けてしまった。
 そこにいたのは、織斑千冬。彼女たちの教官である。

「それは……どういう意味でしょうか、教官殿?」
「さあてな。………デュエルの勝敗はモンスターだけでは決まらん。無論、魔法だけでも、罠だけでもな」

 千冬はそう言うと、ぽんと少女の頭を軽く撫でた。

「デュエルは最後の最後まで、何が起こるかわからんものだ。それはお前もよく知っているだろう?」
「は、はいっ。――い、いえ、了解しました!」

 どう転がるか見物だぞ。そう続ける千冬に、少女はあたふたとした様子で返答した。
 それを見た千冬はくすりと笑う。

(一夏の目に諦めの色はない。なら、アイツは最後まで足掻くだろう)

 それを最後まで見届けてやるのが、姉としての務めだ。


 ◇


「闇の侯爵ベリアルにより、XYZ爆・殺!! そしてヘル・エンプレス・デーモンのダイレクトアタックを受けろ!! 冥府の雷!」

「ぐぅ、…なんて……フィールだッ!!」


一夏  LP1000


 ついにヘル・エンプレス・デーモンの直撃を受けてしまった。
 2900もの攻撃力の直撃は、一気に一夏のライフを、そして白式のシールドエネルギーを削っていく。
 シールドで相殺しきれないほどのフィールが装甲越しに伝わり、みしみしと骨があげる軋みが聞こえる。

(……畜生っ。肋骨の2、3本は折れたかもしれないな)

 ぐらりと視界が傾く。

 それが、意識を失いかけてISの操縦ができなくなったのだと気付いて、一夏は慌ててISに命令を送って白式を上昇させた。

「どうした、辛そうじゃないか? さっさとサレンダーするがいい……私は認めないがな…!」

「誰が、そんな真似をするかよ! 俺のターン!! ドロォォォ!!」


 デッキより引き抜いたカード、その1枚のみの手札を確認する。
 そして、一夏は笑みを浮かべる。


「手札からフォトン・サブライメーションを発動だ! 墓地のフォトン2体を除外して、2枚のカードをドローする!」

「馬鹿な!? 貴様の墓地にフォトンモンスターなど……!」

「いるだろう? XYZ-ドラゴン・キャノンのコストで墓地に送ったカードが」

 XYZ-ドラゴン・キャノンの効果発動のために墓地に捨てた3枚のカード。
 それは、シールド・ウォリアーとフォトン・サークラー、そしてフォトン・レオ。
 これでコストは確保できた。

「さあ、反撃だ! 手札から魔法カード、一撃必殺!居合ドローを発動! さらに場の伏せカードもチェーンする!
 罠カード、強欲な瓶。こいつの効果でデッキからカードを1枚ドロー!」

「『一撃必殺!居合ドロー』!? そのカードは、教官の……!?」

「その様子だと、説明はいらないみたいだな。一撃必殺!居合ドローの効果だ。
 俺の場のカードは伏せカード1枚と強欲な瓶の計2枚。お前の場にはモンスターが2体と冥界の宝札が1枚。
 よって、デッキから5枚のカードを墓地に送る」


 一撃必殺!居合ドロー
 このカード以外のフィールド上のカードの枚数分だけ自分のデッキの上からカードを墓地に送り、その後カードを1枚ドローしてお互いに確認する。
 そのカードが「一撃必殺!居合ドロー」だった場合、そのカードを墓地に送り、フィールド上のカードをすべて破壊する。
 そして、破壊して墓地に送ったカード1枚につき、相手に1000ポイントのダメージを与える。


「貴様はッ、貴様はどこまで教官を侮辱するつもりだ……ッ!! まさか、都合良くそれを引き当てられるとでも思っているのか!!」

「俺が千冬姉から貰ったのは、カードだけじゃない。諦めない心も教えて貰った!! ……人はそれを、希望と呼ぶんだ!」


 一夏のデッキから墓地にカードが送られる。
 1枚目、プラズマ・ボール
 2枚目、フォトン・クラッシャー
 3枚目、死者蘇生
 4枚目、フォトン・リザード
 5枚目、テイク・オーバー5

 そして、6枚目。これがドローカード…………。







「俺がドローしたカードは……一撃必殺!居合ドローだッ!!」

「馬鹿な。本当に引き当てたというのか!? ありえん、ありえない!! 教官ならばともかく、貴様がそのカードを使うなど……ッ!!」


「一撃必殺!居合ドローの効果だ。このカードを墓地に送り、フィールド上のカードをすべて破壊する。
 そして、破壊して墓地に送ったカード1枚につき、相手プレイヤーへ1000ポイントのダメージを与える!!」


「ぐううっ……!!」


 一撃必殺!居合ドローの効果により、フィールドの全てが爆発と衝撃で覆われた。
 その衝撃はカードを破壊し、さらに増幅してラウラのISへと叩き込まれる。
 ISのシールドエネルギーが集中して絶対防御による最終防壁を張るものの、そのエネルギー残量をごっそりと奪われる。
 相殺しきれなかったフィールが深く体を貫いたことでラウラの表情は苦悶に歪む。
 
 しかも、一撃必殺!居合ドローの効果はこれで終わりではない。
 破壊して墓地に送ったカード1枚につき1000ポイントのダメージを与えるのだ。
 ラウラの身体が大きく傾く。その機体も限界が近いことが、傍から見ている者たちにもわかっただろう。


(私が……負ける……こんな、こんなところで負けるのか。こんな奴に負けるのか……!)


 自らのプレイングに間違いはなかったはずだ。
 しかし、ならば、何を間違えた……?


(私は間違ってなどいない、私にミスなど……!)


 じゃあ、私が間違っていないとしたら……何?
 つまり、それは、ラウラ・ボーデヴィッヒのミスが原因ではなく――――


 ――織斑一夏の方が、単純にラウラ・ボーデヴィッヒよりも強かったということではないのか。


「あああああああああっ!!! 違うッ、ちがうちがうちがううううううう!!!」


 私は出来損ないではない。
 戦いのために生まれ、戦いのために造られた兵士だ。
 私は出来損ないではない。
 一時はヴォーダン・オージェの暴走によってトップの座から転落したが、今はもう克服した。
 私は出来損ないではない。
 決闘のために鍛えられ、決闘のための教育を受けて来た!
 私は出来損ないではない。
 だから、私は勝たなければいけない。


(敗北させると決めたのだ! そうだ、私は常に勝ち続けなければならない!! 力だ、今の私に足りないのは力だ! もっと大きな攻撃力が必要なのだ!!!)


『――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』


(当たり前だ!!

 よこせ、今すぐに私に力をよこせ!! 力を与えてやるというのならッ!

 今ッ!! ここでッ――!!!

 そうだ、奴の懐にある勝利を奪い取ってでも、私はァ! 勝ァァァつ!!)













 その変化は突然だった。
 ラウラが身を裂かんばかりの絶叫を発すると同時に、シュヴァルツェア・レーゲンを真っ黒などろどろとしたものが包み込み、飲み込んでいく。

「ぐっ!! これは一体……、何のカード効果だ? いつ発動したんだ?」

 わけがわからない。それは、この戦いを見ていた全員が抱いたに違いない。
 ラウラの姿はすでに黒く濁った闇に飲み込まれ、その姿は見えない。
 それは、ISの様な機械ではなく、出来損ないの粘土人形のように見えた。
 デュエルモンスターズを知る者には、ファントム・オブ・カオスとか●って言った方が分かり易いかもしれない。

 ISの変形ではない。そして――デュエルディスクを確認する限り、カード効果でもない。

 やがて、ラウラを飲み込んだ“それ”は一つの形を作り上げた。
 黒い全身装甲のISに似た、『何か』。

 一夏は最大限に警戒を高め、雪片が変形したデュエルディスクを盾のように構えた。


『……どうした。それ以上何もしてこないのであれば、我のターンになるぞ』


ラウラ? LP500


「な、んだと……?」

 聞こえて来た音声。そして、ラウラのフィールドに並び立つ闇の侯爵ベリアルとヘル・エンプレス・デーモンの姿に、一夏は愕然とする。

「馬鹿な! 一撃必殺!居合ドローの効果は発動したはずだ!
 例えハードアームドラゴンの効果を受けたヘル・エンプレス・デーモンは破壊されなくても、闇の侯爵ベリアルは破壊されるはず!!」

 そして破壊されたカードは4枚となり、4000ポイントのダメージを受けて終わりだ。

『ヘル・エンプレス・デーモンのモンスター効果。
 このカード以外のフィールドに存在する悪魔族・闇属性モンスター1体が破壊される場合、自分の墓地に存在する悪魔族・闇属性モンスターをゲームから除外することで、その破壊を無効にする』


 そう言って、黒いISは除外されたデーモン・ソルジャーを見せつけてくる。
 つまり、破壊できたカードは3枚だけ。発生したダメージは3000ポイントであり、ライフは残り500……!


「くっ! お前は誰だ!? ラウラじゃない……!」

『我が何者であるか、それは今のデュエルとは関係のない話だ。さあ、闇の決闘の始まりだ』

 黒いISが宣言するのと同時、フィールド全体が黒い闇の霧で覆い尽くされた。

「くっ、はぐらかしやがって。答える気はないってことかよ。
 ……埋葬呪文の宝札を発動! 墓地の通常魔法3枚をゲームから除外して、デッキからカードを2枚ドローする!
 ……カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

『ならば我のターン、ドロー! バトルだ、闇の侯爵ベリアルでダイレクトアタック!』

「通さねえ! トラップ発動、ドレイン・シールド!! その攻撃を無効にし、攻撃力の数値分、俺のライフを回復させる!」


一夏  LP3800


『ならばヘル・エンプレス・デーモンでダイレクトアタック』

「ぐうううっ!!」


一夏  LP900


「か、はあっ……!?」

 体を貫く凄まじい激痛に、一夏は一瞬意識を失いかける。
 見れば、自分の胸にはヘル・エンプレス・デーモンによって刺された大きな傷跡と、べったりと付着した血液があった。
 ぐらりと機体が揺れて、あやうく地面へと落下しかけた。

「な、なんだこれは!? そんなバカな! モンスターは映像のはずだ。いくらフィールによる衝撃があったとしても、この痛みは……」

 もう一度ハイパーセンサー越しに確認する。そこにはもう、傷跡も流れ出る血もなかった。
 幻覚? 馬鹿な、ありえない。

『そうだ、その痛みは現実ではありえない……だが闇の決闘において、モンスターの攻撃は決闘者の脳に錯覚を起こさせ、現実同様の痛みを与える。
 “恐怖”という感情が、痛みを与えているのだ』

 黒いISが伝えてくる話が理解できない。
 あの痛みは、自分の恐怖心による幻覚だというのか…!?

「まだだ、まだ俺は戦える。これくらいのダメージ……! 俺には、千冬姉に貰った希望がある…!」

 フォトン。それは人の心に澱む影を照らす眩き光。
 この輝きが失われない限り、俺にはまだ死の闇は訪れない。

『我はカードを2枚セットして、ターンエンドだ』

「俺のターン、ドロォォォ!!」

 人差し指と中指で挟むようにしてドローしたカードを確認する。
 自身がデッキから引き抜いたカードの剣を。

「墓地のテイク・オーバー5の効果だ! 自分のドローフェイズにこのカードが墓地に存在する場合、このカードをゲームから除外する事で、デッキからカードを1枚ドローする。
 ……! 手札から魔法カード、フォトン・サンクチュアリ発動! さらにこの効果で特殊召喚した攻撃力2000以上のトークン2体をリリースすることで……!
 銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)を特殊召喚する!!」

 一夏の、白式の周辺に赤い十字架を模したパーツが展開される。
 それを掴むと、一夏は迷うことなく上空へ投擲する。

「闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れろ、銀河眼の光子竜!」

 2体のフォトントークンを生贄に、銀河眼が降臨する。
 それは、まさに光の結晶で編まれた竜と形容するに相応しき姿だった。
 闇をかき消す神々しさと、あらゆるモノを焼き尽くす破滅の色という、相反する力を合わせ持つドラゴン。
 両翼から眩い閃光を迸らせるその雄々しき姿は、今の一夏にとってただひたすらに頼もしかった。

「バトルだ! 銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)で闇の侯爵ベリアルに攻撃! 破滅の、フォトン・ストリィィィム!!」

『ヘル・エンプレス・デーモンの効果により、墓地のデーモン・ソルジャーを除外! その破壊は無効だ!』

 銀河眼の光子竜から放たれる光の奔流。
 闇をかき消す閃光に、闇の侯爵ベリアルは飲み込まれる。
 だが、ヘル・エンプレス・デーモンが発する波動はベリアルを守るように障壁を形作る。
 閃光に飲み込まれたかに見えたベリアルは、未だ健在。


ラウラ? LP300


「だが超過ダメージは受けてもらう! そして速攻魔法発動!! フォトン・ウィンド!!
 バトルフェイズに相手にダメージを与えながらも破壊できなかった時、相手に1000ポイントのダメージを与える!!」

『そうはさせん! カウンター罠、魔宮の賄賂だ。手札を1枚ドローさせる代わりに、我は貴様の魔法効果を無効にする!』

「何!?」


 これで終わり。そう思っていたが、その期待は裏切られることとなった。
 デッキよりドローしたカードを確認し、そのまま場に伏せて終了する。


「……俺は、このままドローしたカードを伏せてターンエンド」

『ふ、我のターン。伏せていたリバースカード、リビングデッドの呼び声を発動! ハードアームドラゴンを墓地より特殊召喚!』

 黒いISの墓地より、甲殻に覆われたドラゴンが再び姿を現す。

「ハードアームだと!? まさか、また最上級モンスターを呼び出すつもりか!!」

 ハードアームドラゴンをリリースしてアドバンス召喚されたレベル7以上のモンスターは破壊耐性を持つ。
 そして、敵は未だに通常召喚権を残しているのだ。

『モンスターなどではない! 我が呼び出すのは【神】だッ! 我はヘル・エンプレス・デーモン、闇の公爵ベリアル、ハードアームドラゴンの3体のモンスターを邪神に捧げる!!』

 3枚のモンスターが生贄となり、供物として神に捧げられる。
 通常、最上級モンスターの生贄に必要なモンスターの数は2。
 ならば3体もの生贄を要求するモンスターとは、いったい何なのか。


『降臨せよ! 邪神ドレッド・ルート!!』


 一夏たちを包み込むようにフィールドを覆った闇の霧が濃くなる。
 いや、それはもはや霧ではない。
 ヘドロのような混沌とした渦となって、一つの実体を持っていた。
 そして現れる1体の邪神。それは悪魔の髑髏の頭部に翼を持った禍々しき悪鬼。
 銀河眼の光子竜を遥かに超える巨体で、見る者全てを威圧する。


「な、……なんだこのモンスターは……! 攻撃力4000!? 三幻神でもない、邪神…だと……!?」

『フッハハハハハ! このカードこそ、三邪神が一角《邪神ドレッド・ルート》だ!!』


銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)
攻撃力 1500
守備力 1250


「何故、銀河眼(ギャラクシーアイズ)のステータスが……!?」

『邪神ドレッド・ルートのモンスター効果。このカードが存在する限り、ドレッド・ルート以外のモンスターの攻撃力と守備力を永続的に半減させる…!』

 ああ、一夏は今日、いったい何度驚いたことだろう。
 それはつまり、邪神ドレッド・ルートは実質攻撃力8000のモンスターであるということではないか。
 しかも、ハードアームドの効果により、邪神ドレッド・ルートはカード効果では破壊されないのだ。


『カードを1枚セットし……邪神ドレッド・ルートよ! 銀河眼の光子竜を粉砕せよ! フィアーズノックダウンッ!!』

 ドレッド・ルートの巨体が動く。その振り上げられた拳は、銀河眼の光子竜目がけて流星のように叩きつけられた。
 だが、一夏の目には諦めの色は浮かばない。これは『好機』なのだ。相手が攻撃に移ったこの瞬間こそ、邪神の力を削ぐ絶好の機会に他ならない

「……今だッ!! 銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)の効果発動!
 このカードが相手モンスターと戦闘を行うバトルステップ時、その相手モンスター1体とこのカードをゲームから除外する事ができる!!」

 そう、ハードアームドラゴンの能力とは、カード効果によるモンスターへの破壊耐性の付与。
 しかし銀河眼の光子竜の効果で一度除外してしまえば、その破壊耐性能力は消え去る。そうすれば、戦闘以外の手段……カード効果による破壊という突破口が開けるはずなのだ。

『そうはさせん! 我は手札より速攻魔法、禁じられた聖杯を発動!
 銀河眼の光子竜の攻撃力を400アップさせ、そのモンスター効果を無効化する!』
「………ッ!?」

 ――これで銀河眼の光子竜は自身の効果により戦闘を回避することはできなくなった。


銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)
攻撃力 1500→1900→950
守備力 1250


「まだだ! リバーストラップ、体力増強剤スーパーZ! 2000ポイント以上のダメージを受ける場合、その戦闘ダメージがライフポイントから引かれる前に、一度だけライフを4000ポイント回復する!!」

 それは果たして、最後の足掻きだったのだろうか。ドレッド・ルートに抑えつけられていたはずの銀河眼の光子竜が輝きを増して羽ばたいた。

『チッ、その邪魔な竜を完膚なきまでに壊し尽くせ! 邪神ドレッド・ルートッ!!』

「迎え撃て!! 銀河眼(ギャラクシーアイズ)!!!」

 光と闇。2体のモンスターが激突する。
 後方に控える一夏ごと呑みこもうとする殺到する黒いヘドロに抗おうと、銀河眼の光子竜の放つ光が殺到する闇をかき消していく。

 その衝突による衝撃が周囲へ広がる。例えこの攻撃を受けたとしても、一夏のライフは残り1850。むしろ先ほどよりも回復している。
 だが、これは闇の決闘。その衝撃は現実の痛みとなって襲いかかるのだ。ましてや、今攻撃を仕掛けてきているのは強大無比な力を持つ邪神。受けるダメージは3050。かの青眼の白龍のダイレクトダメージすらも上回る。

 気が狂いそうなほどの激痛が無限に続く中で、一夏は…………気を失った。




 ◇



「これは、……これはどうしたというのだ!? いったい何が起こっている?」

 その男の言葉は、ここにいる全ての人間の心の内を代弁したものだっただろう。
 ラウラのISが変質し、黒い泥のようなものから変化してからというもの、このアリーナの周囲がじわじわと闇に飲み込まれているのだ。

「え、映像ではないのか!? こんなことが、現実に……!?」

 ドイツ軍の高官であるその初老の男は、自らの正気を確かめるかのように頭を振った。
 男にとって、デュエルモンスターズとは単なるカードゲームでしかない。こんな……こんなリアル天変地異を引き起こすなど、ありえない。

「……ッ、織斑教官!? これは何なのですかッ!!」

 今まで観戦に専念していたクラリッサ・ハルフォーフも、たまらず悲鳴に近い叫びを上げた。

「大方の予想はできる。デュエリスト同士の決闘で発生するデュエルエナジー。それは強力な決闘者同士のデュエルであるほど強大なエネルギーとなる。
 それにより異次元への扉が生まれ、隣接する異なる世界へと繋がろうとしているのだ。……それが精霊界なのか、何なのかはわからんがな」

「そんな!? い、いったいどうすれば……!?」

「――クラリッサっ!! 貴様も決闘者(デュエリスト)なら、たかがこの程度の事態にうろたえてどうする!!」

「……~~~ッ!! も、申し訳ありません!」

 千冬の一喝に、クラリッサはまるで目が覚めたかのように姿勢を正した。
 ぴっと伸ばした手を体の真横につけ、足をかかとで合わせて背筋を伸ばす。

「き、君たちはさっきからいったい何を言っているのだね! まるで意味がわからんぞ!?」

 黙って二人の会話を聞いていたドイツ軍高官の男が叫ぶ。
 その言葉を半ば無視して、千冬は静かに語りかける。

「これから来る脅威には、武器などでは立ち向かえません。全員、デュエルの用意をしておけ……!」

 千冬の言葉に、決闘部隊の面々は各々のデッキをディスクにセットし始める。
 その光景に、ドイツ軍の高官はさらに混乱の渦中へと突き落とされるのだった。



 ◇



「……ここ、は……?」

 遠くから聞こえる波の音に、一夏の意識は覚醒する。
 何時の間にここにいたのか。それともまだ夢の中にいるのか。一夏は白い砂浜の上に立っていた。

「俺は……夢でも見ているのか……?」

 だが、足の裏に感じる砂の感触とじりじりとした熱気。潮の匂いと波の音。風が髪をなでる感触。肌をじりじりと焦がす太陽の光線。どれもリアルな感覚だった。
 それとも、これが明晰夢というものなのだろうか…?

 ただただぼんやりと、目の前に広がる海をながめる。水平線の彼方まで広がる、青く透き通った海原を。

 その光景はとても綺麗で、心地よくて、……ずっとこうしていてもいいかもしれない、なんて……空を見上げながら思ってしまう。



「力を欲しますか……?」



 唐突にかけられた声に、はっと視線を下に戻す。
 そこには、波の中、膝下までを海に沈めた女性が立っていた。
 その姿は、白く輝く甲冑を身に纏った騎士さながらの格好だった。
 大きな剣を自らの前に立て、その上に両手を預けている。
 顔は……見えない。目を覆うガードに隠されてしまっているのだ。

 そして何より、一夏を驚かせたのは騎士然とした女性の後ろにそびえる巨大な白い石板だった。

 ほんの少しの間、空を見上げていただけなのに、そのわずかな時間の間で、目の前にこんな巨大なモノが立っているなんて信じられない。

 石板には何かの古代文字でテキストが書かれていて、……それはどこか、デュエルモンスターズのカードを彷彿とさせた。
 だが、デュエルモンスターズのカードにしてはおかしい。モンスターが描かれているはずのそこには何も描かれていない。真っ白な状態なのだ。


「力を欲しますか……? あなたはそれで何を望むのですか……?」

「何を望むか、だって? ……決まってる。デュエルを続けることだ」

「デュエルを……、何のために……?」

「……かつての俺は、デュエルに真剣に向き合ってなかった。楽しければいいや、なんて考えて。本気で戦うこともせずにへらへら笑ってた。でも、違うんだ」


 デュエルの目的とは、相手に勝利することだ。でももう一つ大切なことがある。
 それは、デュエルを通して絆を作り、友達と楽しい時間を過ごすこと。
 昔、デュエル道場の師範代である箒の父親に言われた言葉だったと思う。

 かつての一夏は、その言葉を額面通りに受け取っていた。
 だが、心の底から勝利を求めるようになって、その言葉の本当の意味を理解した。


「互いに全力を出し合って、勝利という同じ目的を目指して戦うからこそ、そこで初めて生まれるものがある」


 そうだ。例え対戦者が自分にとって理解できない、嫌いな相手だったとしても。
 デュエルをしている間だけは、同じ場所に立って、同じ目的を持って、同じ場所を目指して戦っているんだ。
 だからこそ、デュエルを通して絆を作ることができる。


決闘者(デュエリスト)たる者、決闘(デュエル)には己の全てをつぎ込んで戦わなければならない。そこには一切の妥協も手加減も許されない。
 ……デュエリストとカードは一心同体だ。信頼し合ったカードと共に、全力で戦うことで初めて成長できるんだ」


 互いに勝つために戦って。戦って戦って戦い抜いて、その先でやっと掴むことのできる勝利だから――それが得られた時の喜びも大きくなる。


「俺は自分のことしか考えていなかった。楽しくデュエルするって言葉に逃げ込んで、全力で戦って負けることを恐れてた…!」


 だがもう一夏は敗北を恐れない。
 カードと共に成長したいから。


「俺はカードと共に成長したい! 俺は、俺は勝利をリスペクトする!!」

「そう……」

 女騎士は、静かに答えてうなずいた。


「だったら、行かなきゃね!」
「え?」

 また声をかけられる。それも、今まで話していた目の前の女性ではない。
 一夏の真横には、いつの間にいたのか、白いワンピースの女の子が立っていた。
 人懐っこい笑みで一夏を見つめると、すっと手を伸ばして一夏の腕を掴み、騎士の女性に近づける。
 そして、白い騎士の女性も、一夏に向けて手を差し出した。

「力を望みますか……? ならば与えましょう。手を……さあ、あなたと私でオーバーレイネットワークを構築するのです……!」

 遊星粒子。それは、遊星歯車と同じ特性を持ち、粒子と粒子を結び付ける働きを持つ粒子。さらには人の心を読み取り、それに作用する力を持つ。
 IS(インフィニット・ストラトス)は――ISコアは単なる機械ではない。デュエリストの心を読み取ることで成長していく遊星粒子の結晶ともいうべき存在。
 それが製作者である束ですら知らない、ISの真実。


 ――空が、世界が、眩いほどの輝きを放った。

 大地が震える。雲が割れる。太陽が引き裂かれ、世界を黄金の旋風で包み込んだ。
 砂浜が崩れ、海が崩れ、空が消え去り、一つの巨大な銀河となって白く光り輝く。

 だが、崩壊していく世界の中で、未だ形を残すものがある。

 それはあの巨大な石板だった。

 さっきまでは何も描かれていなかった石板に、1体の光の竜の姿がくっきりと浮かび上がる。


 ―――――――人の心に澱む影を照らす眩き光、その名は―――――――――



 ◇


『なんだ、この光は……!?』


 邪神ドレッド・ルートの攻撃によって真っ逆さまに堕ちていく白式が、強烈な光の球体となって辺り一帯を照らし出した。
 アリーナの周囲を侵食していた闇すらも一瞬で吹き飛ばし、さらなる輝きを放って邪神を圧倒する。

『馬鹿なッ! 第二形態移行(セカンド・シフト)だと……!?』

 その言葉が発せられた瞬間、光を纏った白式が大きく変化した。

「俺は、俺自身と白式でオーバーレイ! 俺たち2人で、オーバーレイネットワークを構築!!」


 エクシーズ・チェンジ――白式第二形態・雪羅!!

 純白の輝きを増した装甲。左腕のデュエルディスクに増設された雪羅。
 強化され、大型化した4機のウイングスラスターはさらなる大推力の加速を可能とし、二段階瞬間加速すら可能とする。
 そのスラスターから吐き出される光の閃光、眩い粒子の渦は、いやがおうにも銀河眼の光子竜を連想させた。


「さあ、デュエル続行だ! 俺のタァァァー―ンッ!!!!」


ラウラ?LP300


「俺は手札から貪欲な壺を発動! 墓地のXYZ-ドラゴン・キャノン、銀河眼の光子竜、Y-ドラゴン・ヘッド、フォトン・クラッシャー、フォトン・リザード、5体のモンスターをデッキに戻してシャッフル! そして2枚のカードをドローする!」


『ここにきて、さらなるドローカードを引き当てたというのか…!?』


「デュエリストにとって、ドローするカードは全て必然。俺のデッキに、必要のないカードなど1枚も存在しない!!
 魔法カード、融合を発動! 俺は手札のフォトン・カイザーと銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)を手札融合!!」

 手札より現れた光の戦士と光子の竜が混ざり合い、螺旋を描いて天に昇る。

「2体のフォトンによる融合! 融合召喚、ツイン・フォトン・リザード!」

 やがて、その身を溶け合わせた双頭のモンスターが空間を割って召喚された。

「ツイン・フォトン・リザードのモンスター効果だ!
 こいつをリリースすることでッ、現れろッ!! フォトン・カイザー、そして銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)!!!」

 そうして、一夏のフィールドに呼び出される2体のモンスター。
 その内の1体は、銀河眼の光子竜。両翼から眩い閃光を迸らせ、白式・雪羅と並び立つ。


『ふっ。この瞬間、我は永続罠、王宮の鉄壁を発動! このカードが存在する限り、カードをゲームから除外することはできない!!』


 王宮の鉄壁。このカードが張られた今、銀河眼の光子竜はゲームから除外することができなくなった。
 もはや、邪神ドレッド・ルートを除外することも、破壊することもできない。
 唯一の可能性は、……戦闘破壊のみ。
 だが、邪神ドレッド・ルートを倒すには実質攻撃力8000以上のモンスターが必要となる。

 しかし一夏の手札は0。これ以上は……、


「いいや、まだだ――!!

 フォトン・カイザーと銀河眼(ギャラクシーアイズ)のレベルは8! そしてフォトン・カイザーは、エクシーズ召喚に使う時2体分の素材として扱うことができる!
 俺はレベル8の銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)と、フォトン・カイザーでオーバーレイッ!!」


 大地が、大気が震える。強烈な突風が吹き荒れ、一つの巨大な銀河となって暗く光り輝いた。
 2体のモンスターが光へ変化して天に昇ると、フィールドに生まれた銀河の渦へ吸い込まれてゆく。
 アリーナが、眩いほどの輝きで包まれる。


「3体分となったモンスターでオーバーレイネットワークを構築ッ!! ――――エクシーズッ召喚ッ!!!」


 銀河の渦に呼応するように、一つの巨大な槍が白式・雪羅の目の前に量子状態から展開される。
 それを一夏は白式のクローでしっかりとつかみ取ると、空に浮かぶ銀河を目がけで投擲した。


「逆巻く銀河よ、今こそ、怒涛の光となりて姿を現すがいい!


 降臨せよ、我が魂!


 ――――超銀河眼の光子龍(ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)ッ!!!!」


 降臨したモンスター。それはまさに新たな銀河の誕生を告げる咆哮。
 一夏がそれまで操っていた銀河眼の光子竜とは異なり、赤く発光した体躯は灼熱の炎を纏い、ギャラクシーアイズ以上の威圧感を放っている。
 その両翼には、別々に龍の顔が存在していた。それはどこか、伝説のカードである青眼の究極竜を彷彿とさせる。
 銀河の瞳を持った、超銀河団の化身。――超銀河眼の光子龍。


『……ッ! 攻撃力4500のモンスターだと!? だが、どのようなカードであろうとも、我が邪神の力の前には無力! その攻撃力を半減する!!』


「無駄だ。銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)を素材としてエクシーズ召喚された超銀河眼の光子龍(ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)は、このカード以外のフィールド上に存在するカードの効果を全て無力化させる。
 例えそれが邪神であっても例外ではない!!」


超銀河眼の光子龍(ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)
攻撃力4500
守備力3000


『なん……だと……』


「これが本当のラストバトルだ!! 超銀河眼の光子龍(ネオ・ギャラクシーアイズ・フォトン・ドラゴン)の攻撃ッッ!!!


 ――――アルティメット・フォトン・ストリィィィイイイイイイムッッッ!!!」



『あ、ありえん。こんな馬鹿な、こんな馬鹿なことがァぁああぁァあアア!!??』




 超銀河眼の3つの首それぞれから吐き出される一撃。
 銀河眼の光子竜を遥かに超えるその一撃を、きっとドレッド・ルートは受け止め、抗おうとしたのだろう。
 だが、それも一瞬のこと。
 攻撃力の差は、わずか500。だが、数値では表せないほどの圧倒的な「ナニカ」に、邪神は最後の悪あがきすら許されず呑み込まれ、欠片も残さず蒸発していった。


一夏   LP600
ラウラ? LP0


 闇が晴れる。
 黒いISが現れてからフィールド全体を覆っていた闇の霧は、次元の裂け目ごと完全に消滅した。

「わ、たし……は……?」

 デュエルが終了したことで、ラウラを覆っていた黒い装甲がかき消える。
 リミットダウンを迎え、ISが強制解除されかけているのだ。
 パーツがところどころ剥がれ落ち、ISごと落下していくラウラの身体を、一夏は優しく抱きとめてやった。

「……言いたいことは色々とあるけど、」

 そこで一度言葉を止め、息を吐き出す。

「今はゆっくり休んどけ。……ぶっ飛ばすのは、勘弁してやるよ」

 その言葉がきっかけだったのか、ラウラはふっと意識を失った。
 ISを展開したまま空中に浮かぶ一夏は、ぽつりと声を漏らす。

「俺、強くなれたかな? ――千冬姉に誇れるくらいに」

 一夏の呟きは誰にも聞かれることなく、虚空へと消えていく。
 眼下では、姉の千冬や、黒ウサギ隊の面々が心配そうに集まって来ていた。

 いつの間にか第二形態から元に戻っていた白式を操作して、一夏はゆっくりと皆の元へと降りていくのだった。

















 というお話だったのさ!


「…………一夏? いーちーかー!」

「え、おわっ!?」

 キスするほどに近くにあった鈴の顔に驚いて、一夏は椅子からのけぞるように大仰に体を反らす。

「もう、またそうやって自分の世界に入っちゃうんだから」

「う、…悪い。まあ、その、色々とあったってことだよ」

「ふーん……色々とねぇ……」

 ぶうっと頬を膨らませ、鈴はどこか不機嫌そうな目でじとりと一夏を睨む。
 その色々の部分を詳しく説明したとしたら、きっと束は発狂するに違いない。
 まあ、その後も変な方向に覚醒したラウラの告白デュエルなど、語ろうとすればいくらでも語ることができるのだが……。

「ま、いいわ。それより一夏、わたしとデュエルしましょ」

「ずるいですわ鈴さん! わたくしだって一夏さんとデュエルしたいですわ!」

 鈴とセシリアのすさまじい剣幕に、一夏はもはやたじたじだ。

「お、おいおい。順番にすればいいだろう?」

「ふっ。ならば私と嫁、そしてお前達二人のタッグデュエルにするか? 私はかまわんぞ」

 しれっと言い放つラウラ。
 何気に自分と一夏がタッグを組むことを前提にしている辺り、ふてぶてしいと言えなくもない。

「何よソレェ!! なんでラウラが一夏とタッグ組むことになってんのよ!? 納得いかなーい!」
「そうですわそうですわ!」

「タッグデュエルなら、僕と組もうよ一夏。たっぷりファンサービスしてあげるからさ」

「「シャルロットォォ!! 抜け駆け禁止ぃぃぃ!!!」」



 それは、ある晴れた日の午後の一幕。

 今日も世界は平和です。








ツッコミ不在の恐怖。



[32402] 千冬「カードは拾った」
Name: 三羽烏◆209f1643 ID:11fbe190
Date: 2012/12/04 20:42
 それは、まだ千冬がドイツ軍で教官をやっていた頃の話である。

 その日、千冬が自室へ戻るとベットの上で束が死んでいた。

「……ちーちゃ~ん……」

 違った。どうやら彼女のライフはまだ100ほど残っているようだ。
 うつ伏せの体勢のまま顔だけ上げてヨロヨロとこちらに手を伸ばし、呻き声なのか鳴き声なのかよく分からない事をブツブツと呟いている。
 ばさりと広がった髪の毛がウネウネとして気色悪いことこの上ない。

「はぁ……。何をやっているんだ、お前は…」

 そんな友人の様子に、千冬は呆れた様子でこめかみを押さえる仕草をした。
 そも、ここは千冬の自室……ドイツ軍の用意した施設の一室なのだ。
 どうやって忍び込んだとか、セキュリティはどうしたというツッコミが喉元まで出てくるが……束には意味がないことは千冬は十分に理解している。

「ISの研究と、国際宇宙開発委員会の仕事はどうした? 確か協力してほしいと言われていただろう」

 その一言に、束の頭上でピンと立っていたウサミミが力なくへたれた。

 現在、宇宙開発事業は国家・民間を問わずより活発化していると言える。
 それらのキッカケを作ったのはISの登場だが、何よりも、近年になって発見された宇宙より飛来した隕石が全ての発端だろう。
 隕石より採取された未知の物質と、それを利用した高性能ユニットの作成。
 これにより、新たな資源の獲得や純粋な意味での宇宙に対する期待が高まったとも言える。

 胸に秘めた思いを言ってしまえば、千冬もこれには期待している。
 D・ホイールを使用した、地を疾駆する決闘疾走(ライディングデュエル)
 ISを使用した、宙を舞う決闘飛翔(フライングデュエル)
 そして、通常の決闘板(デュエルディスク)や最新型のDゲイザーを利用した立体映像(ソリッドビジョン)によるスタンディングデュエル。

 現在、デュエルの主流となっている三大決闘法がこれだ。
 千冬も全て一通りは嗜んでいる。
 だがこれからもっと技術が進んでいけば――それこそ近い将来、宇宙でデュエルすることも可能かもしれない。Dホイールで宇宙へ行ったり、成層圏でIS同士デュエルするのだ。

 腕組みをした直立不動の姿勢で、その両眼を閉じたままふむふむと頷き、千冬は静かに思いを巡らせる。
 常ならば見る者によっては冷たい印象を抱かせるであろうその顔は、しかし今はワクワクを思い出したのかどこか楽しそうだ。

 だが、そんなこと束には知ったこっちゃない。


「……束さんはね、ちゃんとその研究に協力したよ」

「ああ」

「隕石に含まれてたっていう物質の成分も分析したし、ISの技術も見せてやったし、その効果も理論も検証したんだよ」

「そうか」

「でね、……アイツら……その隕石の成分を使って………………カードを作るんだって」

「……ほう」


 そのカードは、今度行われるデュエル大会の優勝賞品として、優秀なデュエリストに譲渡されるらしい。

 束の顔は荒んでいた。
 その表情は曇っていた。
 両目が不健康に淀んでいた。
 なんかもう、その一言を言うだけでいっぱいいっぱいという様子だった。

「……ちーちゃん。ちーちゃんはどう思う………?」

 もし、そこで千冬が優しい言葉の一つでもかけてやれば、束はちょろいくらい簡単に落ちただろう。
 だが彼女は空気を読まない。
 いや、ある意味これ以上ないくらい空気を読んだ。

「どんなカードが出来上がるか想像すると、胸が熱くなるな」

「……………」

 束のテンションが一気に下がった。
 頭は項垂れ、微妙に残っていた目の輝きも完全に消え失せる。
 暴君の暴言を受けている戦士ラーズでもここまで落ち込むことはないだろう。

 ――ああ、なんで今更気が付いたんだろう。この姉弟、色んな意味で鈍感なんだ。

 そんな束の様子にやっと気が付いたのか、千冬は溜息をつくとぽんと彼女の肩を叩いてやる。

「……ちーちゃん」

 はっとして顔を上げる束の表情がどこか可愛くて、そしておかしくて、千冬は自分の顔に笑みが浮かんでいるのを自覚した。
 それを見た束も、同じようにクスリと笑う。
 数十秒間、無言が続いた。二人の間に温かな空気が流れていく。





「よし、気晴らしに一つデュエルでもするか。とことん付き合うぞ」

「ごめんちーちゃん。わたし、急用を思い出したから帰るね」





 束は逃げ出した。








 今日も世界は平和です。





 ◆











 IS学園が建造された島と本島とを繋ぐモノレール駅。
 学園関係者以外は普段利用することのないそこは、真新しさとは裏腹に人の気配は少ない。
 周りに視線を向けて見れば、ちらほらと真っ白な制服――IS学園の制服に身を包んだ少女たちの姿が見える程度である。

 IS学園唯一の男子生徒である織斑一夏の姿は、そこにあった。

 モノレールから降りた一夏は、迷いのない足取りで乗り換え口へと向かっていく。
 目的地は都心部のとあるカードショップだ。
 最近発売した新パックと、さらにデッキの調整もかねての外出だった。

 今は7月の下旬。……夏も真っ盛りだ。
 ドイツにいた頃の特訓の成果か、デュエルの知識や実技試験の成績こそトップクラスの一夏だが、IS理論やDホイールの整備、調整といった技術面ではかなり遅れがちなのが現状だ。
 授業が始まってしまえば、こんな風に休日に出かけることは中々できないだろう。

「……ふう」

 IS学園での日々を思い出したのか、一夏の口から無意識に溜息が漏れる。

 元々、一夏の希望していた進路はデュエル・アカデミアへの入学であった。

 デュエル・アカデミア――次代のデュエリスト育成のための学園。
 多くのプロデュエリストや決闘疾走者を輩出してきたエリート校である。
 主な就職先や進路は先に挙げた決闘者としての道の他に、デュエルディスクやソリッドビジョン、Dホイールといった機械工学関連の技術職。I2社でのカードデザイナー。
 他にもごく少数派の変わり種だが、古代エジプトやアトランティスなどの過去に存在した文明や遺跡を研究する考古学者やオカルト研究家。デュエル学者、宇宙飛行士、錬金術師などといった道に進んだ者もいる。

 結局のところ、実際に入学してみればIS学園もデュエル・アカデミアとそう代わりはない。
 女のISデュエルと男のライディングデュエルという形で騒ぎ立てる者も世間にはいるが、IS学園でもDホイールを使ったデュエル訓練は普通に行われているし、通常のスタンディング形式での決闘は基本授業の一つだ。
 つまり、デュエルアカデミアにISの授業がプラスされた学校だと思ってしまえばいい。

 だが、問題はIS学園が事実上の女子高であるという一点に尽きる。
 IS学園の入学条件の一つに、『ISに乗れること』そして『IS適正が一定値以上であること』というものがある。
 織斑一夏という例外を除けば、男性はISに乗れない。
 男子生徒は一夏ただ一人。あとは全員が女子生徒。
 デュエルこそが己の全てであり、今はまだ、彼女を作るつもりも恋をする余裕もない一夏であるが、男が自分一人という環境はいくらなんでもキツいものがある。


「はあ。………ん?」

 溜息を吐きだした一夏は、すぐ近くから聞こえて来たサイレンの音にはっと思考を止める。
 見れば、そこは多くの野次馬が集まり、ざわざわと好き勝手に騒ぎ立てていた。中には携帯端末を取り出して写真を撮影している者までいる。

「救急車? 何があったんだ?」

 付近に止められたDホイールから交通事故か何かと思ったが、何やら様子がおかしい。
 近付くと、どうもセキュリティたちが周りの人間に聞き込みをしているらしく、その会話が自然と耳に入ってきた。



「失礼ですが、それは本当ですか?」

「は、はい。私もよくわからないんですけど、急にあの人たちが呻き声を出して倒れたんです」

「……繰り返しますよ。彼等は、本当にただデュエルをしていただけなんですね?」

「だ、だからそう言ってるじゃないですか!! デュエルが終わったとたんに苦しみ出して倒れたんですよ! 私たちの目の前で」

「それで、……男の方は、Dホイールに乗って走り出したと」

「はい、さっきまでデュエルしていたので、何か関係があるかと思って……」



 デュエルが終わったとたんに昏睡状態に陥った……。
 その内容に引っかかるものを感じた一夏は足を止め、野次馬の群れの中でしばらくの間思考の海へ潜る。

(まさか、いや……闇の決闘であればあるいは……)

 一夏はこれまで何度か闇のゲームを経験してきた。
 …衝撃増幅装置を装着したデュエルとも、IS越しに伝わるフィールとも違うあのを圧力(プレッシャー)忘れることは一生涯ないだろう。
 だが、目の前のこの事件が闇の決闘によって起こされたものであるかどうか、それを確かめる術はない。

 その時、ドクンとデッキが鼓動する音を聞いた。
 デッキケースがあつく熱を帯び、1枚のカードが一夏にしか見えない光をかすかに放つ。

「どうした、銀河眼(ギャラクシーアイズ)。―――!?」

 一拍遅れて、一夏はそれを感じた。

「これは……闇の、瘴気……」

 決闘者にしか感じることのできない微かなものだが、この嫌な感覚は間違いない。
 周りの喧騒がブラウン管越しの出来事であるかのように遠のいていく。脳がガンガンと激しく警鐘を鳴らし、首の後ろが焼け付くようにチリチリと緊張するのを自覚した。
 ……誰かに見られて、……いや、誘われている……?

 ――『我が何者であるか、それは今のデュエルとは関係のない話だ。さあ、闇の決闘の始まりだ』

 ――『そうだ、その痛みは現実ではありえない……だが闇の決闘において、モンスターの攻撃は決闘者の脳に錯覚を起こさせ、現実同様の痛みを与える。“恐怖”という感情が、痛みを与えているのだ』

 過去に体験した戦いの記憶が脳裏に蘇る。
 ごくりと唾を飲み込むと、一夏は口角を歪めて笑った。

「……面白いじゃないか。例え何であれ、決闘なら望むところだ」

 僅かだが闇の瘴気は残っている。
 これを辿っていけば、件の決闘者に追いつくことは十分に可能だろう。
 ……そう考え――、一夏は野次馬の群れから抜け出すべく走り出した。








 肌を焦がす程に照りつけていた太陽は厚い雲の連なりに隠され、徐々に強さを増してきた風が生あたたかい空気を運んでくる。
 湿気を含んだその臭いを思えば、いつ雷雨へと変わっても変わってもおかしくはない。

「……ここは、いったい……」

 微かに残るデュエルの残り香と闇の瘴気を追い、ISを展開して路地裏を駆け抜けた一夏が辿り着いたのは一つの巨大な建造物の前であった。
 黒々とした大地に蹲ったその機械仕掛けのモニュメントは、今も黙々と稼働を続け、蒸気と排煙を吐き出し続けている。
 そして何よりも異様なのが、視界を遮るかのように周囲を侵食していく――――霧。

「この街にこんな場所はなかったはずだ……」

 周辺地図情報を表示させ、ハイパーセンサーと視界をリンクさせた一夏は警戒した様子で辺りを見渡した。
 さっきまでの明るい街並みから一転して、異界に迷い込んだかのような激しい違和感。
 まるで巨大な化け物の胃袋の中に飲み込まれたかのような嫌な感覚がじわじわと湧きあがり、シールドバリアーに包まれているはずの肌を撫でさする。

「―――待ってたぜ、お前が来るのを」

「っ!? 誰だ!!」

 突如聞こえたその声に、一夏は弾かれたように後方へ飛んだ。
 見れば、果てしない闇の奥から一つの影が浸み出すようにして、ゆらりと陽炎のように姿を現した。
 赤毛の長髪に、真夏だというのに闇色のロングコートを羽織った男。その足元にまで伸びた裾は重力に逆らい斜めに沿っている。針金でも入れているのか、あるいはISの非固定浮遊部位(アンロックユニット)のように、何かの力場を展開しているのかもしれない。
 その顔は……見えない。

 ――――仮面(・・)

 そう、その男は素顔を硬質な黒い仮面で覆い隠していた。
 僅かに見えるつり上がった口の端が、男が笑みを浮かべているのだと伝えていた。

「おいおい、お前は大事な親友を忘れちまったのかよ。……それとも、友達と思ってたのはオレだけってオチか? 悲しいなぁ……」

 コートのポケットから抜かれた手が仮面を掴む。男はそれをゆっくりと、もったいぶるように外して見せた。
 わざわざ仮面を着けて登場した割にすぐに正体を明かす意味は、きっと本人にもわからない。


「最近はずいぶんと活躍してるみたいじゃねえか。ちょっと前までは素人同然だったのが嘘みたいだぜ」

「まさか、弾……なのか……?」


 凝然と、一夏はその名前を口にした。
 男の――弾の顔が狂想の笑みで彩られる。

「ククク……、フハハハ、オゥイエエエエェス!!」

 一陣の風が吹いた。身体が斬り刻まれると錯覚するほどに鋭い突風。
 コートがはためき、土煙が舞い上がり、周囲の淀んだ霧を吹き飛ばす。

「いち↑かぁ↓ー! デュ↑エルだあああ! ヒャーッハッハッハッハッハッ!!」

「!?」

 不意に――、一夏は自らの全身を襲った悪寒に理屈ではなく本能で動いていた。

 それは背後から強襲を仕掛けて来たモンスターの一撃。そのドラゴンの吐き出した閃光は白式を、間違いなく一夏を標的としたものだった。
 だが一夏は瞬時にISに命令を送り、後退のバックブースト。再上昇。三次元跳動旋回を流れるように行うと回避してみせる。

「なんだこのモンスターは!!?」

「ほお~、今の一撃をかわすなんてなぁ。ヒャーハハハハハー!」

 大地に明々と穿たれた、ドラゴンの攻撃が犯した暴虐の痕に一夏は背筋を凍らせる。
 本来ならば仮想立体映像(バーチャルソリッドビジョン)であるモンスターの攻撃を、弾のフィールが現実化させたのだ。

 ―――仮想立体触感(バーチャルソリッドフィール)

 通称「フィール」は、Dホイール、またはISの速度・機動・加速・行動と連動(シンクロ)し、仮想立体映像が現実化してその威力を高めるもの。
 決闘者にとって基礎知識の一つであるが、スタンディグ状態で、それもISの力も借りずにここまでの威力を出すのは異常だ。

「弾! これはどういうつもりだ!? 決闘はともかく理由(わけ)を言え!!」

「はっ、テメエも決闘者ならカードで問いやがれ!!」

「っ……ドロー!! フォトン・カイザーを召喚!!」

 上昇し、急降下と共に再び襲撃を仕掛けて来るドラゴン。
 だが、そのブレスが到達する寸前、一夏の眼前で光が弾けた。
 現れたのは光子の戦士。帝王の名を持つ、フォトン・モンスター。
 その身に携えた盾でブレスを受け止め、主を守る盾となる。

 光と闇。相反する二つの力が拮抗する。

 やがて、2体のモンスターは同極同士の磁石が反発するかのように互いに吹き飛ばされる。

「カードを……ドローしたな! 決闘者がカードをドローする。それはつまり、『決闘をする』って意思表示だ!!」

「……弾、お前に何があったかは知らない。だからこそ、この決闘で聞き出してやる!! 決闘(デュエル)だ!!」

 こうなってしまえば、もはや二人の間に言葉は意味を持たない。
 代わって運命を決めるのはカードのみ。

 暗闇に炎が走る。それは激しく、鮮やかに燃え上がると一筋の(コース)を描きだした。
 目の前の建造物の周辺を囲い込むように、一つの巨大なサーキットが即興で創造される。


決闘(デュエル)開始に伴い、フィールドに出ている互いのモンスターはリセットさせるぜぇ~」


 弾が、笑う。
 地響きと共に、弾の背後の建造物から1台のDホイールが壁を突き破って現れた。
 オートパイロットで走るそれに弾は迷いなく飛び乗ると加速。
 瓦礫を粉砕し、土煙を巻きあげ、荒れた道路をものともせずに疾駆する。


【デュエルモード、ターゲット・ロックオン、AR・ヴィジョンリンク――スタンバイ】


「白式、デュエルモード! フォトン・チェンジ!」

 一夏の白式もまた、待機状態から完全な状態――決闘形態(デュエルモード)へと移行する。
 雪片弐型が展開装甲により変形した三日月型のデュエルディスク。左目の周りに浮かび上がった紋章。
 身に付けた服も、裾が延長された純白の衣服へと変化している。

 先程ドローしたフォトン・カイザーをデッキへ戻すと、オートシャッフル機能によって新たに選び出された5枚の手札が自動的に排出される。


「「デュエルッ!!」」


 織斑一夏 LP4000
 五反田弾 LP4000


 ブースターとPICによって爆発的な加速力を生み出すIS。その基本的なスペックはDホイールよりも高い。
 まして白式は最新鋭の第三世代型。そのスペックを十全に発揮し、第一コーナーを……つまり先行を取る。
 背後の非固定浮遊部位として配置された前進推力を重視したブースターが唸りを上げる。Dホイールでその背を追う弾は一夏の鋭く速い姿に僅かに驚嘆し、笑みを深くする。

「俺は手札からフォトン・クラッシャーを召喚」

 ドローしたカードを華麗な指さばきで手札の中へと呼び込むと、迷いのない動作でディスクへセット。
 直後、火花と共に光が溢れ、仮想立体映像が1体のモンスターの姿を中空へと映し出す。
 フォトン・クラッシャー。攻撃力2000を誇るフォトンの戦士。
 攻撃後に守備表示となってしまうデメリットこそあるものの、最初にフィールドへ出すモンスターとしては上々。


「さらにフィールド魔法、混沌空間(カオス・ゾーン)を発動し、カードを2枚セット。ターンエンドだ」

「ククク……オレのターンだ! ドロー」

 だが、そんな一夏の戦術を見透かすかのように、弾の顔には不気味な笑みが張り付いていた。
 コーナーを目前にしても減速するどころか加速を続け、後輪を滑らせて強引に走破する。

「手札より魔法カード、愚かな埋葬を発動!
 このカードは、オレのデッキから自らのモンスターを墓地へ埋葬するカード。
 オレはデッキよりエクリプス・ワイバーンを選択し、墓地に送る!」

 Dホイールに装着されたデュエルディスクのデッキから1枚のカードが自動的に選び出される。
 弾はそのカードを抜き出すと墓地へ置いた。
 送られたのは1体の飛竜、エクリプス・ワイバーン。

「この瞬間、モンスター効果発動ォ! 日食(エクリプス)によって太陽は隠される!」

「なんだ…これは……!」

 墓地へ送られたはずのエクリプス・ワイバーン、墓地へと埋葬されたはずの飛竜が出現すると大空へ向かい飛翔する。
 その背に背負う形となったソリッドビジョンの太陽が月食によって隠された。

「エクリプス・ワイバーンのモンスター効果だ。このカードが墓地へ送られた場合、オレはデッキから光属性か闇属性のレベル7以上のドラゴンをゲームから除外する。
 そして、墓地のエクリプスが除外された場合、この効果で除外されたモンスターを手札へと加えることができるのさ! オレはデッキより真紅眼(レッドアイズ)を除外する!!」

「レッドアイズ……、だと……」

「懐かしいか? そうだよなぁ一夏ぁ、ヒャァーッハッハッハッハ!!
 汚してやるよ、太陽なんてなぁ……手札から聖刻龍―ドラゴンヌートを通常召喚!」

 一夏が驚愕に浸る間もなく、弾のフィールドには新たなモンスターが召喚される。
 厚い黒雲を背景に現れたその竜は、全身に雷撃を纏いながら颯爽と場に降り立った。

「聖刻龍……? だが、そいつじゃ攻撃力が足りないな」

 聞き覚えのないモンスターの名前に、一夏は顔を顰める。
 透き通るような淡い青色の光を発する身体に、金の鎧を装備したかのような奇妙な外見。
 だが、その攻撃力は1700。攻撃力2000のフォトン・クラッシャーには届かず、またアタッカーとしても少々心もとない数値だ。

「これで終わるわけがねェだろおオぉ!? 魔法カード、モンスター・スロット発動!
 オレはこのカードの効果で場のレベル4モンスター、ドラゴンヌートを指定! そして墓地に存在する同じレベル4のモンスター、エクリプス・ワイバーンをゲームから除外する!」

 モンスター・スロットは自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターを選択し、選択したモンスターと同レベルの墓地のモンスターカードを除外する魔法カード。
 その後、デッキからカードを1枚ドローし、ドローしたカードが除外したカードと同じレベルのモンスターカードであった場合、そのモンスターを特殊召喚する効果を持つ。

 弾がデッキからドローしたカード。それが同じレベル4モンスターであれば、フィールド上に特殊召喚される……!
 そうすれば、弾の場にはレベル4のモンスターが2体並ぶことになる。

(弾は、このためにモンスターを墓地へ送ったのか……!)

 それだけではない、墓地のエクリプスが除外されるということは、弾の手札に真紅眼(レッドアイズ)が加わるということに他ならない。

「オレが引いたのは……こいつは残念、魔法カードだ」

 言葉とは裏腹に、弾の顔にはにやりと愉悦に満ちた笑みが浮かんでいた。
 その姿に――決闘者としての勘であろうか、言いようのない何かを感じた一夏の背にじとりと嫌な汗が流れる。

「だがこの瞬間、エクリプス・ワイバーンと聖刻龍ドラゴンヌートの効果が発動! さあ、こっから満足させてもらうぜ!!」

「何!? エクリプスだけでなく、ドラゴンヌートにも効果があるというのか!」

「まずはエクリプスが除外されたことで、その効果でデッキから離れていた真紅眼の闇竜を手札に加える!
 そしてドラゴンヌートの効果! こいつがカード効果の対象となった場合、デッキ・手札・墓地よりドラゴン族通常モンスターを特殊召喚できる!」

「そんな……! 通常モンスターに限定されているとはいえ、ドラゴン族モンスターをあらゆる場から特殊召喚するだと!?」

 それはあまりにも理不尽な効果だ。インチキ効果もいい加減にしろ! と叫びたくなってくる。
 デュエルモンスターズにおいて、効果を持たない通常モンスターは評価されないことが多い。
 いくらステータスが高くとも、場に出てしまえば何の効果も持たないモンスターより、強力な特殊能力を持ったモンスターの方が優先されやすいからだ。
 無論、中にはその豊富なサポートカードを活かして専用デッキを組む者や、セシリアのように圧倒的な力で有無を言わさず相手を倒す者もいる。
 だがあくまでそれは例外的なもの。
 しかし、これは…………、

「安心しろよ一夏ァ……残念なことになぁ、聖刻龍の効果で特殊召喚されたモンスターの攻守は0になっちまうのさ。

 ――――オレはデッキの真紅眼の黒竜(レッドアイズブラックドラゴン)を選択する!」

 弾がカード名を宣言した瞬間、一夏の眼前に炎の柱が立ち昇った。

「くっ……!」

 ISに搭乗している今ならば、どんな熱波であろうと肌を焦がすことはない。
 だが、一夏は回避せざるを得なかった。
 何故なら、その炎の中にシルエットとして映し出された竜の姿を見てしまったから。

 炎が低く唸りを上げた。
 灼熱の熱波が周囲の地面を溶かし、周囲に強烈な焼け焦げる臭気を届ける。
 生命を燃やし尽くすような燃え盛る渦から、ついにその竜が姿を現した。


「真紅眼の黒竜を特殊召喚ッ!!」


 その名が示すように、闇に染め上げられたかのような黒き体躯。
 翼は、爪は、牙は、鍛えられた一振りの名刀のように鋭い。
 だが、瞳だけが違っていた。
 漆黒の中にある真紅の瞳は静かな煌きを湛えている。

「真紅眼の黒竜……! 弾のフェイバリットカード」

 セシリアの持つ青眼の白龍ほどではないにしろ、その希少性からかなりのレアカードとして扱われているカードだ。
 レベル7の最上級ドラゴン族モンスター。攻撃力は2400。
 エクシーズ召喚が主流となった現在では、攻撃力2400ラインのモンスターはかつてのような強さを誇る事はなくなった。
 だが、しかし、――今このビジョンとして映し出された竜の姿を見て、一体誰がこれを脅威ではないと言えるだろうか?

 上空から翼を羽ばたかせゆっくりと降下してきた黒竜を、一夏は闘志を込めた眼差しで見やる。
 そして真紅眼(レッドアイズ)自身も白式を捉えたようであった。紅い瞳が心の奥底まで見透かすように、語りかけるように正面から見据えてくる。

「ああ、そしてオレ達の友情の証。絆のカード……だったか? クククク、ヒャァーッハッハッハッハ!」

「……なにがおかしい」

「友情? 絆? ――ッは! 馬鹿馬鹿しい!!
 お前にとってどうだったか知らねえが、オレにとってこいつは、苦しみと劣等感を感じさせるカードでしかない。
 ……だが嬉しいぜ。こいつの力で、お前を葬り去れるんだからな!

 魔法カード――


        ――黒炎弾を発動!!」

「!?」


 黒竜が吠えた。

 Dホイールで疾走する弾に付き従うかのように飛翔していた真紅眼の黒竜が、緩慢な動作で(あぎと)をのけ反らせる。

 ゆっくりと、力を溜めるかのように息を吸い込む。その顎からは、ちろりと僅かに炎が漏れ出ていた。


「黒炎弾の効果により、レッドアイズの攻撃力分のダメージを相手に与える」

「馬鹿な、……どうしてこのタイミングで? ドラゴンヌートの効果で特殊召喚されたレッドアイズの攻撃力は0のはずだ」

「ヒャッハッハッハー! そいつはどうかなぁ?
 黒炎弾が与えるダメージは、『真紅眼の黒竜』の『元々の攻撃力』だ……!
 残念だったなぁ、苦しめ一夏! 地獄の業火に身を焼かれて!!」

 真紅眼の黒竜の瞳が怒りで満ちる。
 一拍の後、その顎から特大の炎弾が白式目がけて放たれ、炸裂した。


 織斑一夏 LP1600


「ぅ……ぐああぁあああ!!!」

 エネルギーシールドで相殺し切れない衝撃が殺到し、一夏はたまらず悲鳴を上げた。
 膨大な熱量が全身の血液を沸騰させるかのようだ。 
 たんぱく質の燃える臭い、身体中を鋭利な刃物で切り刻まれ、焼けた鉄釘を突き刺されたかのような痛みに吐き気が込みあげる。
 度重なるデュエルによって鍛え上げられた肉体を持つ一夏でも、今の一撃は己の死を想起させるのに十分な一撃だった。
 操縦者のコントロールを失いかけ白式がぐらりと揺れる。コース外壁に掠った装甲が摩擦によって火花を散らした。

「ヒャハハハー!! 踊れ踊れ、死のダンスをォ!!」

「……ぐ、ぅ……この衝撃、やはりフィールだけじゃないのか……。闇の決闘……」

 確信する。これは間違いなく闇の決闘だと。
 通常のデュエルであれば仮想立体映像にここまでの衝撃と痛みが宿ることはない。
 かつて、あのラウラのISを乗っ取った邪神の意思による闇の決闘での会話が本当であるならば、“恐怖”という感情が、痛みを与えていることになる。

 ……闇の決闘なら仕方ない。だから「ISのシールド意味ねーじゃん、ほんと使えねぇな束さん」なんて心ない台詞を思ったりしてはいけない。

(俺は……怯えている、恐怖しているのか……?)



「……負けられない。負けたく……ない……」



 だが、胸中を過ぎる感情は恐怖とは異なるものだった。
 こうして口に出すことで、一夏は己の想いを再確認する。
 そうだ――自分は負けたくない。闇のゲームであろうと、たとえ誰が相手であろうと。決闘で負けることは…………自分自身から逃げる事だけはしたくない。

 もう二度と、あんな思いをしないためにも。

「そうだ。だからこそ、この決闘から逃げる訳にはいかない…!! デュエリストの誇りにかけて!」

「ハハハ、フッハハハハハ!! いいじゃねえかよ! そうじゃなきゃ面白くねえ!」

「そして弾。お前に何があったのか、この決闘を通して聞き出してみせる!!」

 一夏の啖呵を鼻で嗤い、弾は哄笑も高らかに1枚のカードを手札から選びとる。
 未だ発動されていないにも関わらず、そのカードから漏れだす闇の瘴気の気配。
 その禍々しいまでの敵意を決闘者としての勘で感じ取り、一夏は無意識に眦を決した。


「見せてやる、真紅眼(レッドアイズ)の進化した姿をォ!
 オレは場の真紅眼の黒竜を生贄に捧げ、手札より真紅眼の闇竜(レッドアイズダークネスドラゴン)を特殊召喚!! 

 ――――……ぐッ!? うぅうう…!!??」


「弾っ!? どうした、しっかりしろ弾!?」

 先刻までの態度とは一転、突如として苦しみ出した弾の様子に一夏は思わず声を上げた。
 その時、ドクンとデッキが鼓動する。
 決闘盤に装着されたデッキがあつく熱を帯び、1枚のカードが一夏にしか見えない光をかすかに放つ。

銀河眼(ギャラクシーアイズ)―――!? これは、この感覚は……ラウラの時と同じ……!」

 変化は突然だった。弾が身を裂かんばかりの絶叫を発すると同時に、全身から黒い霧のようなものが吹き出し始めたのだ。
 辺り一帯が、…闇に……闇に覆い隠されていく…。
 暗黒に染まった霧の濁流が押し寄せる。まるで意思を持つかのようなそれは、弾の顔に張り付くようにして集まると一つの形を成した。

「……ふ、っくくくく、フハハハハ……、ヒャァーッハッハッハッハッハァ!!
 スゲエ、これだ! これが闇の、(ダークネス)の力だ!!」

 大地に亀裂が走る。砕かれ、引き裂かれた地面の中に見えるのは明々としたマグマの炎だ。
 一夏と弾が駆けるコースの前面に生まれたその裂け目。灼熱の熱波が地面を溶かし、今も天高く炎を吹き上げる。
 白式を急上昇させ緊急回避する一夏を尻目に、なんと弾は迷うことなく炎熱の壁を突っ切る道を選び取った。

「!?」

 一夏が声にならない叫びを上げかけたその瞬間、炎の渦が強烈な衝撃波と共に吹き飛んだ。
 飛び出してくるDホイールと黒竜。――いや、それはもはや黒竜ではなかった。
 漆黒の体躯――それは先程までの真紅眼の黒竜と同じだ。だがその肉体の各所に見えるのは紅い輝きを放つ宝玉と、全身を走る赤い線。
 前足が消え、翼だけとなったその姿は竜というより飛竜(ワイバーン)に近い。
 1枚1対だった両翼は3枚ずつとなり、さらなる鋭さを増してより攻撃的なフォルムへと生まれ変わった。
 より威圧感を増し、更なる力を得るべく進化したのだ。

 そして弾の顔には、あの邪悪な闇の気配のする仮面がそこにあった。


「真紅眼の闇竜は通常召喚できず、オレのフィールドの真紅眼の黒竜を生贄に捧げることでしか特殊召喚できない!!
 そして、その攻撃力は墓地に存在するドラゴン族モンスター1体につき300ポイント上昇する!!」

「くっ…!」

 真紅眼の闇竜の攻撃力は2400。現在、弾の墓地に存在するカードは真紅眼の黒竜1体。
 よって現在の攻撃力は2700。……厳しい状況だが、今ならばなんとか対処できなくもない。

「ひゃははは!! さらに魔法カード、手札抹殺を発動! 互いに手札を全て捨て、捨てた枚数分のカードをドローする!」

「何!? ここで手札抹殺だと!?」

 このタイミングでの使用……間違いなく真紅眼の闇竜の攻撃力の上昇が目的でまず間違いはない。
 刻一刻と追い詰められていくこの状況に、一夏は思わず歯噛みする。

「オレは手札の2枚のカードを捨て、ドロー。ククク……もちろん墓地に捨てた2枚のカードはどちらもドラゴン族モンスターだ。闇竜(ダークネスドラゴン)の攻撃力が上昇する!!」

 真紅眼の闇竜が咆哮を上げる。墓地より湧きだした闇の霧がその全身に吸い込まれると、さらなる威圧感を持ってフィールドに君臨する。
 攻撃力3300……青眼の白龍や銀河眼の光子竜を完全に上回っている数値だ。

「バトルだ!! 奴を蹴散らせ、闇竜(ダークネスドラゴン)! ダークネス・メガ・フレァア!!」

「くっ、リバースカードオープン! 罠カード、モンスターレリーフ! このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動するカード。
 俺の場のフォトン・クラッシャーを手札に戻し、代わりに手札からレベル4モンスター、聖鳥クレインを守備表示で特殊召喚!」

 光が弾け、フォトン・クラッシャーは淡い光子となってその場から消え去った。
 代わって、一夏の手札から1羽の鶴が勢いよく飛び出すと一夏の目前で両翼を広げ、主の盾となる。

「聖鳥クレインが特殊召喚された時、俺はデッキからカードを1枚ドローする!!」

「それがどうしたぁ!!? ならそいつを焼き鳥にするまでだ! 攻撃続行、真紅眼の闇竜で聖鳥クレインを攻撃!!」

 大きく開かれた闇竜の顎より放たれた特大のブレス。それに抗うことすら許されず、クレインはその身を散らしてゆく。
 己の為に犠牲となったモンスターの姿に、一夏はわずかに顔を曇らせる。

「……! この瞬間、罠カード発動! リベンジ・リターン。
 モンスターが破壊された時、デッキからカードを1枚ドローする!!」

「へっ、バカがぁ!! 何を伏せているかと思えばそんなカードか? 忘れてないだろうな、オレにはまだ聖刻龍ドラゴンヌートの攻撃が残ってるんだぜ?
 お前のライフは残り1600、攻撃力1700のドラゴンヌートで攻撃すればお前はもう終わりなんだよぉ!!」

 Dホイールを加速させ、並走するかのように追いついて来た弾の姿に、一夏はドローの手を止めた。
 デッキホルダーの一番上に指をかけたまま、しばし無言でコースを疾駆する。

「……まだ何も終わってねえ」

「ああん?」

「まだ、俺のライフは0になったわけじゃない。そして、リベンジ・リターンの効果でのドローも残っている。
 例えわずかでも可能性が残されている限り、俺のデュエルは何一つ終わっていない! 終わらせちゃいけないんだ……!!」

「ヒャーハハハハッ! 笑えるぜ一夏ァ! そうまでして可能性にすがりたいかぁ~? デュエルにしがみ付きたいのか~? ……そんな考え、虫唾が走るんだよォ!!
 てめえはもう終わりだ、お前はそれを認めてないだけなんだよ! 諦めろ! 諦めてオレに敗北することを認めろよ!!」

 弾の口から吐き出されるその言葉に、一夏は鋭く眉を寄せる。
 一夏はそうして顔を引き締めたまま、思考の海へと潜っているようだった。

 ISとDホイール。異なる二つの機械を駆るデュエリストが暗闇の中を伸びる道を疾走する。
 魔物を従え、炎によって描かれた一つの巨大なサーキットを走るその姿は非現実的で、ある種の幻想的な光景にさえ思えるだろう。


 今はまだバトルフェイズ中のはずなのだが、会話フェイズからツーリングフェイズに突入した模様である。


「……デュエルは力だ。決闘者は決闘の中で無限の可能性を見つけ、未来を掴み取る。
 デッキは、俺のカードは俺の想いに応えようとしてくれている。なのに俺自身がそれを否定するのは、決闘者としての自分を否定するのと同じだ……!」

 デッキトップへとかけられた指に力がこもる。
 その目は弾を、真紅眼の闇竜をはっきりと見据えながらも一歩も引く様子がない。

「リベンジ・リターンの効果により、俺はデッキからカードをドロー!!」

 人差し指と中指で挟むようにしてドローしたカードを手札へ加え確認する。
 デッキより引き抜いた、己の仲間を。

「通常のドロー以外でワタポンが手札に加わった時、このカードは特殊召喚できる。ワタポンを特殊召喚!」

「バカな……引き当てたのか、本当に……!?」

 フィールドに現れたのは単なる弱小モンスターにすぎない。
 現に、ドラゴンヌートの振るう一撃にあっさりと吹き飛ばされて消滅してしまう。

 だが、これでこのターン中に一夏を倒すことはできなくなった。

「くっ……カードを1枚伏せ、エンドフェイズに速攻魔法発動。超再生能力! このターン、生贄に捧げたか手札から捨てたドラゴン族モンスターの枚数分カードをドローする!
 オレはリリースした真紅眼の黒竜と、手札抹殺の効果で墓地に捨てた2体のドラゴン族モンスターの枚数分、3枚のカードをドロー。ターンエンドだ……」


「ならば、俺のタァー―ンッ!!」


 華麗な指さばきによって引き抜かれるカード。これで手札は4枚。
 ISの巨大な腕だということを感じさせない動作で手札へと呼び込んだそれを確認すると、1枚のカードを選び出す。

「俺のフィールドにモンスターが存在しない時、フォトン・スラッシャーは手札から特殊召喚できる!」

 カードがディスクへセットされると同時、火花と共にモンスターが飛び出す。
 下級フォトンの中でも最大の攻撃力を持ち、さらに自身の能力によって容易に特殊召喚を可能とする戦士。
 手に持った剣を油断なく構えると、一夏に付き従うように宙を飛んだ。

「さらに手札からフォトン・クラッシャーを通常召喚!」

 モンスターレリーフによって手札へ戻っていたフォトンの戦士が再び戦場へ舞い戻る。
 フォトン・スラッシャーと並び立ち、真紅眼の闇竜と対峙した。

「そしてフォトン・クラッシャーを対象に魔法カード、ユニオン・アタックを発動!」

 フォトン・クラッシャーの身体から光のオーラが吹き出し始める。その光が最高潮へ達した時、フォトン・クラッシャーは大きく跳躍した。
 兜の中で光るモノアイが真紅眼の闇竜を標的に捉え、その手に持った巨大な鈍器を真っ直ぐに振り下ろす。

「バトル! フォトン・クラッシャーで真紅眼の闇竜を攻撃!!」

 迫りくる戦士を迎え撃たんと、闇竜は大きく翼を広げ飛翔。真っ正面から激突した。
 結果、クラッシャーは武器を振り下ろす前に攻撃を受け止められてしまう。がっちりと組み合い、両者は力比べのように拮抗している。
 しかし、武器を1つしか武装を持たない人型のフォトン・クラッシャーとは違い、闇竜にはまだ攻撃手段が残されている。
 闇竜の口が開かれ、その奥から闇色の炎と共に轟然と低い唸りを上げる。

「何!? フォトン・クラッシャーの攻撃力が……4100だと!?」

 が、その一撃は放たれることなく消滅した。
 闇竜の脳天に深々と、背後より接近したフォトン・スラッシャーがその剣を突き立てていたからだ。
 真紅眼の闇竜が相手をしていたのはフォトン・クラッシャーだけではない。
 ユニオン・アタックにより、一夏のフィールドのモンスターすべてが団結して1体のモンスターを攻撃したのだ。

 真紅眼の闇竜が断末魔を上げてゆっくりと崩れ落ちる。
 その衝撃で大地が揺れ、下敷きとなった建造物が粉砕された。

「ユニオン・アタックの効果により、戦闘ダメージを与えることはできない。そしてユニオン・アタックの対象となったモンスター以外は攻撃できない」

 とはいえ、元々フォトン・スラッシャーはこのカード以外のモンスターが自分フィールドに存在する場合攻撃できないという制約を持つ。
 かなりの攻撃力を持つくせに、周りにモンスターがいると動けなくなるシャイな子なのだ。

「攻撃を行ったフォトン・クラッシャーは守備表示となる。……カードを1枚伏せて、ターンエンド」


 一夏の手札は0。だが敵の強力なカードであった真紅眼の闇竜を打破できたのだ。これで――、


「ククク……いいぜぇ、まだ諦めていないその目。お前の顔が絶望に染まるのを見るのが楽しみだ……!」

「弾、お前はまだそんなことを言っているのか。俺は絶望はしない! 例えどんなに闇が深かろうとも、俺の輝きを消しることはできない!!」

「ヒャハハハ、そりゃ残念だったなぁ~!!
 エンドフェイズに罠カード、レッドアイズ・スピリッツ発動! このターン破壊されたレッドアイズを、召喚条件を無視して復活させる!」

「何!?」

 地響きと共に大地に巨大な裂け目が生まれた。
 その裂け目の奥底。光一つ届かない闇の彼方より聞こえる魂の叫びを感じながら、弾はぎらりと狂的な笑みを仮面の下で浮かべる。

「煉獄の山より蘇れ、真紅眼の闇竜よ!」

 炎が爆ぜる。周囲を明々と照らすはずの炎の中にあってすら、その闇は怪物の胃袋へと続いているかのように深く、得体が知れない。
 やがて、そこには倒されたはずの真紅眼の闇竜が再びフィールドに君臨していた。
 その姿は先程までと同じ――いや、その瞳には自らを倒したモンスターたちへの怒りが渦巻いている。

「オレのターン――――」

 Dホイールを一気に加速させ、弾は己の手札を確認。
 4枚の手札の内、1枚のカードを抜き取るとディスクに叩きつける。

「手札より聖刻龍ドラゴンゲイヴを召喚して、バトルだ!
 まずは聖刻龍ドラゴンゲイヴで、てめえのフォトン・クラッシャーに攻撃する!! さあ、今度はどう防ぐんだ!?」

 守備表示のフォトン・クラッシャーの守備力は0。ドラゴンゲイヴに攻撃されればあっさりと沈んでしまう数値。
 さらに攻撃表示のフォトン・スラッシャーの攻撃力は2100。攻撃力3300の真紅眼の闇竜の攻撃を受ければ1200ものダメージを受けてしまう。
 そうすれば、一夏のフィールドにモンスターはいなくなる。
 最後に攻撃力1700のドラゴンヌートの攻撃が通れば、一夏のライフは0になる。

「リバースカードオープン!! 罠カード、立ちはだかる強敵!
 このカードの効果により、お前はフォトン・クラッシャーしか攻撃対象に選択することはできず、強制的に攻撃しなければならない!!」

 弾のドラゴンたちの一斉攻撃に対し、フォトン・クラッシャーがまるで盾となるかのように立ちはだかった。
 しかしその守備力は0……簡単に戦闘破壊されてしまう。
 だが守備表示である限り、一夏が戦闘ダメージをうけることはない。

「見苦しい、見苦しいぜ一夏ぁ……! 確かにモンスターが守備表示ならばお前のライフが減ることはない!
 だが、それは露の間の命を惜しむ延命策だ! そんなに俺のレッドアイズが、闇が怖いか……!?」

「…………」

「だんまりか? おいおい、つれねぇな~。ちょっとはしろよ、会話のキャッチボールって奴をよ……ヒャハハハハ!!」

 何が可笑しいのか、ゲラゲラと笑い続ける弾とは対照的に一夏の顔は険しい。
 ポーカーフェイスを装ってはいるが、このデュエルが綱渡りのような状況であることは間違いない。その内心の焦りを気取られないように、一夏は内心の不安を押し隠す。

「立ちはだかる強敵。その効果の対象となったフォトン・クラッシャーが場に存在しない以上、真紅眼の闇竜も聖刻龍ドラゴンヌートも攻撃できない」

「ハッハハハ! だが相手モンスターを戦闘破壊したことで、聖刻龍ドラゴンゲイヴの効果発動ォ!!
 デッキ・手札・墓地よりドラゴン族通常モンスターの攻守を0にして特殊召喚する!」

 中空で赤々と燃える炎が弾けた。低く唸りを上げるそれから、1体の竜が天より撃ち出されたかのような勢いでフィールドに落下する。

「デッキよりメテオ・ドラゴンを特殊召喚!!」

 弾のフィールドに新たなモンスターが特殊召喚――否、飛来した。
 その竜は熱いマグマの中の溶岩のごとき外見で、胴体部には赤い血管のようなものが浮かび上がっている。竜と言うよりは亀を連想する異様な風体だ。

「そしてメインフェイズ2、オレはレベル4の聖刻龍ドラゴンヌートと聖刻龍ドラゴンゲイヴでオーバーレイッ!」

 ソリッドビジョンの映像だけではない、闇の決闘特有の空気。エクシーズの際に発生する銀河とはどこか異なる光景。

「2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築ぅッ!! ――――エクシーズ召喚ッ!!」

 2体のドラゴンが黒い霧へ代わり中空へ吸い込まれると、フィールドに生まれた銀河の渦へと吸収されてゆく。

「出でよ! 竜魔神 クィーンドラグーン!!」

 弾のフィールドに現れたのは、女性の姿をした人型の上半身と竜の下半身を持つモンスターであった。
 その手にはドラゴンを呼ぶ角笛に酷似した外観のハープが握られ、フィールドのドラゴンに力を与えるかのように堂々たる姿で降臨する。

「竜魔神 クィーンドラグーンの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地に存在するレベル5以上のドラゴン族モンスターを復活させる! 蘇れ、真紅眼の黒竜!!」

 クィーンドラグーンがハープをかき鳴らすと、その旋律に呼応するかのように墓地から1枚のカードが現れる。
 それこそが、竜魔神クィーンドラグーンの能力。
 オーバーレイユニットを使用することで、墓地のドラゴンを冥界より呼び戻すことができる。

「そして手札から魔法カード、龍の鏡! オレの場のレッドアイズとメテオドラゴンを融合させる!!」

 龍の鏡。場と墓地の融合素材モンスターを除外することで発動する、ドラゴン族専用の融合カード。
 1枚の魔法を起点とし、真紅眼の黒竜とメテオ・ドラゴン。2体のドラゴンが螺旋を描いて混ざり合い、1体の龍の姿を形作る。

「ヒャッハハハハ! 融合召喚、メテオ・ブラック・ドラゴン!!」

 ぎらりと、瘴気が渦巻く霧の中で2つの目が瞬いた。
 それはゆっくりと、緩慢にさえ見える動作で場に召喚される。
 紫色の溶岩のように堅牢な肉体。全身を巡るように浮かび上がった血管のようなものは赤く光を放っている。
 その両腕は、両脚は太く、人の頭など簡単に握り潰せそうな程の巨体であった。


 真紅眼の闇竜、攻撃力3300
 メテオ・ブラック・ドラゴン、攻撃力3500
 竜魔神クィーンドラグーン、攻撃力2200


「カードを2枚、魔法・罠ゾーンにセットしてターンエンドだ。
 さあ一夏、この状況でお前はいったいどうするつもりだ? オレを満足させることができるのかぁ~?」


 弾のフィールドに存在するカードは、いずれも強力なモンスターばかり。
 しかも、その内の2体は攻撃力3000以上のモンスター。状況は圧倒的に一夏の不利。


「だけど、まだ俺は戦える。俺のターン、ドロォォォ!!」


 そうだ。カードたちはいつだって自分に応えてくれていた。
 ……ああ、そうさ。
 昔は、本気でデュエルする前はこんな簡単なことにも気が付かなかったんだ。


「そうだよな、俺のデッキ」


 だったら、今度は自分がデッキに応える番だ。

 このデッキは俺自身が俺のためにカードを選びぬいて作り上げたデッキ……。
 デッキとはそれぞれの決闘者のいわば“運命”だ。

 ――――我が運命の元にひれ伏せ!


「手札からフォトン・サブライメーションを発動! 墓地のフォトン2体を除外して、2枚のカードをドローする!」

「墓地の……2体のフォトン……?」

 墓地に存在するフォトン・クラッシャー、そしてフォトン・カイザーを一夏は墓地より除外する。
 手札抹殺は自分だけでなく、互いのプレイヤーが手札を捨ててドローするカード。
 当然、一夏の手札も墓地へと送られていたのだ。

「そして魔法カード、死者蘇生! このカードの効果により、聖鳥クレインを墓地より特殊召喚! そしてデッキからカードをドローする!」

 一夏の眼前、伏せられていたカードが立ち上がると同時、光が立ち昇った。
 その光に導かれるように1羽の鶴が墓地より復活する。
 聖鳥クレイン、その白い鶴は喜びを表現するかのように白式の周りを飛び回る。

「さらにフィールド魔法、混沌空間の効果発動! このカードはモンスターがゲームから除外される度に、1体につき1個のカオスカウンターが置かれる。
 そして1ターンに1度、4つ以上のカオスカウンターを取り除くことで、取り除いた数と同じレベルのゲームから除外されたモンスターを特殊召喚できる!」

 現在、混沌空間に乗っているカウンターの数はエクリプスワイバーンの効果で1つ。
 モンスター・スロットの効果で1つ。
 龍の鏡の効果で2つ。
 そしてフォトン・サブライメーションで2つの合計6つ。

「俺はカウンターを4つ取り除き、フォトン・クラッシャーを特殊召喚!」

「……レベル4のモンスターが、3体……」

 コーナーの直前、哄笑を上げながら走っていた弾であったが、そのDホイールの軌道が僅かにブレた。
 Dホイーラーに迷いが生まれれば、それはダイレクトに走りに反映される。

「俺はレベル4、フォトン・スラッシャーとフォトン・クラッシャー、聖鳥クレインの3体のモンスターをオーバーレイ!!

 3体のモンスターを光の柱が包む。それが細かな粒子へ代わり天に昇ると、フィールドに生まれた銀河の渦へと自ら吸い込まれていった。
 同時、周囲の景観が宇宙を思わせるそれへと変化する。

「3体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! ――――エクシーズ召喚!!」

 エクシーズ召喚。そう、それは珍しくもなんともない。
 だが何かが違う。言いようのない違和感とも言うべきものを、弾は決闘者としての勘で感じていた。あるいは彼自身が闇のカードを使うが故に共鳴したのか。

 一夏の目元に浮かび上がった紋章が光を放つ。
 虚空に「10」の刻印が浮かび上がり、1枚のエクシーズモンスターカードが顕現した。

No.(ナンバーズ)10 白輝士イルミネーター!!」

 虚空から溶け出すようにして、フィールドに緑色の宝石の装飾がなされた四本足のオブジェが降り立った。
 それが単なるオブジェと思われていたのは、ほんの一瞬のこと。
 突如として展開し、変形し、1体の馬に跨った白光の騎士の姿となってその威光を示して見せる。
 その右肩には、己のNo.を現す10の文字が見てとれた。

白騎士(しろきし)…? それにNo.(ナンバーズ)だと!? なんだそのモンスターは……、闇の力を得たオレですら知らないカードがあるというのか!?」

「白輝士イルミネーターの効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイユニットを一つ使い、手札1枚を墓地に送ることでデッキからカードを1枚ドローする!」

 イルミネーターの周囲を旋回するオーバーレイユニットが取り除かれ、それらは一つの力となってプレイヤーのデッキへ降り注ぐ。

「バトルだ! No.10 白輝士イルミネーター、竜魔神クィーンドラグーンを攻撃しろ!」

 馬に乗った騎士、イルミネーターが混沌とした空間を猛然と駆ける。
 前方をひた走る弾に追いつくと片手に握られた長剣を振るい、クィーンドラグーン目がけてすれ違いざまに切り裂いた。

「ぐっ……ヒヒヒ! だがこの程度、ダメージの内に入るとでも思ったか…!」


 五反田弾 LP3800


 竜魔神クィーンドラグーンには、他のドラゴンを戦闘破壊から守る効果がある。
 また、その蘇生効果を使用させないためにも、真っ先に潰しておくべきモンスターだ。だが……


「ククク、ヒャーハハハハー! 闇竜の攻撃力を上げてくれてありがとうよ。
 オレの墓地にドラゴン族モンスターが増えたことで、真紅眼の闇竜の攻撃力は3900までアップする!」

「…………カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 これでようやく、一夏は弾にダメージを与えることができたことになる。

 一夏の場には白輝士イルミネーターが1体。伏せカードが1枚に手札が1枚。
 対する弾のフィールドには真紅眼の闇竜とメテオ・ブラック・ドラゴンが堂々と並び立つ。


「オレのターン!」


 弾は笑う。闇に隠された仮面の奥でゲラゲラと壊れた哄笑を上げる。


「さあ、今度はどうやってオレの攻撃を防ぐんだ!? できなきゃここで死ね! 真紅眼の闇竜の攻撃、ダーク・メガ・フレア!!」


 その鋭利な翼を羽ばたかせ、闇竜がイルミネーター目がけて接近する。
 天を舞い、中空より襲い来る竜の業火に対して、地を這う騎士では太刀打ちできないだろう。そのままでは、だが。


「俺はお前の攻撃宣言を待っていた! 罠発動、――反転世界(リバーサル・ワールド)。フィールドに存在する全ての効果モンスターの攻守を入れ替える!」

 発動宣言と同時、フィールドが強力な力場に支配される。
 先程までと何ら変化を見せないイルミネーターと異なり、闇竜を覆っていた黒い霧は力を失くし、消えかけていた。
 白輝士イルミネーターの攻撃力と守備力は共に2400。攻守が入れ替わろうと何の変化もない。
 だが、真紅眼の闇竜の守備力は2000。いくら自身の効果で己の力を上げようと、反転世界の効力によってその力は失われる。

「バカがぁ!! オレがリバースカードに何の対策もしていないとでも思ったか!! チェーンしてリバースカードオープン、パラドックス・フュージョン!!」

「何!? パラドックス・フュージョンだと!」

「オレの場の融合モンスター、メテオ・ブラック・ドラゴンを2回目のエンドフェイズまで除外して発動! 罠カードの効果を無効にする!」

 メテオ・ブラック・ドラゴンが光の粒子に包まれ、弾けて消えた。
 それと同時、反転世界によってフィールドに満ちていた力もかき消える。

「戦闘は続行だ! 反転世界の効果が無効になった状態でなぁ!!」

 真紅眼の闇竜が力を取り戻す。その瞳は、己を縛ろうとした一夏に対する怒りで満ち満ちている。
 一拍の後、その顎から特大の炎弾がイルミネーター目がけて放たれ、炸裂した。

「ぐ、ぬうううう!! だ、だが……No.(ナンバーズ)No.(ナンバーズ)と名のつくモンスターとの戦闘でしか破壊されない!」


 織斑一夏LP100


 全身を襲う激痛。自分の肉体が闇に飲まれ、消えていく幻覚(ビジョン)
 もはや風前の灯となったライフを見せつけられながらも、一夏の心はただ一つの疑問で埋め尽くされていた。


「弾、……お前…どういうつもりだ……!

 パラドックス・フュージョンは、罠カード以外にモンスター効果とモンスターの特殊召喚を無効にする効果があるはずだ。
 お前が発動タイミングを間違えるようなミスをするわけがない……!」


 だとすれば、前の一夏のターン。白輝士イルミネーターの特殊召喚、あるいはモンスター効果を無効にして破壊することもできたはず。

 あのタイミングで発動されていたら、一夏のフィールドにモンスターはいなかった。

 このターンのダイレクトアタックで決着が付いたはずだ。


「ククク……一夏ぁ、…オレがこの程度で本当に満足できるとでも思っているのか?
 それにまだ、お前の切り札である銀河眼の光子竜も拝ませて貰ってないよなぁ~」

「お前、銀河眼(ギャラクシーアイズ)のことを…!」

「そうだ一夏! てめえの姉貴――織斑千冬が宇宙で拾ったそのカード! 宇宙の波動を取り込んだそのカードを倒してこそ意味がある!」

「御託をベラベラと……!」


 弾の口から聞かされるその言葉に、一夏は不快感も顕わに眼つきを険しくした。
 銀河眼の光子竜のことを誰に聞いたかは知らない。
 だが、このデュエルで手加減されていたにも等しい事実を告げられ、一夏は悔しさに唇を噛む。

「手札を1枚セット、ターンエンド。ヒャーハハハ、お前のターンだぜ!」

「……っ。俺の、タァアアアアアン!!」


 気合い一閃。まさに、鞘に収めた剣を居抜くように、残像すら後に残してデッキより1枚の手札を引き抜いた。

 即座にそのカードを確認し、白式のデュエルディスクの一角に納める。


「白輝士イルミネーターの効果発動! オーバーレイユニットを一つ使い、手札1枚を墓地に送ってデッキからカードをドロー!」


 オーバーレイユニットの消費によって行われるモンスター効果。
 だが、それは単なる手札交換のためではない。このカードを発動する条件を整えるためのもの。


「そしてフォトン・サブライメーション発動、墓地のフォトン・クラッシャーとフォトン・スラッシャーを除外して、2枚のカードをドロォーッ!」


 2度目のフォトン・サブライメーション。
 そのためのコストはイルミネーターのコストとして墓地へ送ったフォトンモンスターで確保された。いや、それだけではない。


「望み通り見せてやる! 俺はカオスカウンターを4つ取り除き、フィールド魔法、混沌空間の効果発動!

 フォトン・サブライメーションの効果で除外したフォトン・クラッシャーを特殊召喚!

 さらに手札からフォトン・パイレーツを通常召喚! このカードは墓地のフォトンモンスター1体を除外して攻撃力を1000ポイントアップすることができる。
 俺はイルミネーターの効果で墓地へ送ったフォトン・サークラーをゲームから除外することで、この効果を使用する!

 そして、俺はフィールドの攻撃力2000以上のモンスター2体をリリースすることで……!

 手札より――――銀河眼の光子竜を特殊召喚!!」


「ほぉ~、やっとお出ましか……!」


 一夏の、白式の周辺に赤い十字架を模したパーツが展開される。
 それを掴むと、一夏は迷うことなく上空へ投擲する。


「闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れろ、銀河眼の光子竜!」


 2体の(フォトン)を生贄に、銀河眼(ギャラクシーアイズ)――ここに降臨。


「そしてこれが最後の手札! 魔法カード、受け継がれる力! フィールドの白輝士イルミネーターを墓地へ送り、その力をエンドフェイズまで銀河眼の光子竜に受け継がせる!」

 イルミネーターが光の柱へと代わり、天へ昇ると銀河眼の光子竜へ光の粒子となって降り注ぐ。

 闇を纏い、力を増す真紅眼の闇竜とは対照的。
 光を纏い、銀河眼の光子竜は己が力を増大させる。


「受け取れ弾、これが俺の全力だ! 銀河眼の光子竜で真紅眼の闇竜に攻撃!! 破滅の、フォトン・ストリィィィム!!」


 光と闇。破滅と沈黙。
 混沌とした空間で、銀河眼と真紅眼が対峙する。

 銀河眼の光子竜から放たれる光の奔流。
 真紅眼の闇竜から吐き出される黒き怒りの業火。

 2体のモンスターの全力の一撃が激突する。
 周囲を襲う衝撃から逃れるように、弾はDホイールを巧みに操りながら炎に照らされるコースを疾駆。
 そして一夏も、銀河眼の光子竜の放つ光がかき消していく闇の中を抜ける様に大きく飛翔した。

「真紅眼の闇竜、撃破!」

 バトルが終わり、戦いに勝利したのは銀河眼の光子竜であった。
 白輝士の力を受け継いだ攻撃力5400銀河眼の光子竜に対し、真紅眼の闇竜の攻撃力は3900。
 その叫びは怒り故か、それとも別の感情なのか。
 大空を飛翔する銀河眼の光子竜から離れるようにして、真紅眼の闇竜が断末魔を上げてゆっくりと崩れ落ちる。


 五反田弾 LP2300


「どうだ。これが俺の、俺たちの力だ!」


 ターンエンド。その宣言と共に一夏は言葉を叩きつける。

 しかし、当の弾には何ら変化は見られない。……わずかに肩を震わせるだけ。
 いや、確実にダメージは入っているはずだ。現に彼の仮面には大きな亀裂が入り、パラパラと罅割れ始めている。
 
 だが、それは――


「ククク、くっひゃははは、ヒャーハッハッハッハッハッハ!!
 眩しい、眩しいなぁ~。闇ですらまぶしい今のオレに、こいつは堪えるぜ……なぁ、一夏ァ!!」


 仮面の奥に隠された弾の表情を窺い知ることはできない。
 だが、きっと、歪んだ笑みを浮かべているのだろう。


「甘いんだよ! 温いんだよォ!! これじゃ満足できねェんだよ!!!

 俺のターン、ドロー! ……リバースカードオープン!!

 永続罠、闇次元の解放を発動!!」


「闇次元の解放……まさか、お前が呼び出すのは……」


「闇次元の解放は、ゲームから除外されている闇属性モンスター1体をフィールドに特殊召喚するカード。
 オレが呼び戻すのは、龍の鏡の効果によってゲームから除外されている真紅眼の黒竜!!」


 ばさりと、羽ばたきと共に突風が巻き起こった。

 ――真紅眼の黒竜。
 紅く染まった瞳の黒き竜が炎を纏い、次元の壁を撃ち破るようにフィールドに帰還する。
 黒竜は自らの力を誇示するかのように雄叫びを上げると、主である弾の元へと飛翔。高速で疾駆するDホイールと並走する。


「バトルフェイズ、真紅眼の黒竜で銀河眼の光子竜に攻撃だ!! ダーク・メガ・フレァァア!!」

「なに! 攻撃力の劣るレッドアイズで攻撃するつもりか!?」


 玉砕としか思えぬ主の命令に忠実に従い、真紅眼が銀河眼目がけて激突する。
 自暴自棄になったとしか考えられないその行動。それに一夏はわずかに躊躇する。

 弾の狙いが何かは分からないが、銀河眼の光子竜の効果を使えば、真紅眼の黒竜と共にバトルフェイズ終了までゲームから除外することが可能だ。
 彼の持つ1枚の手札が突進や収縮などの攻撃力変動のカードなのだとしたら、それでこのターンの戦闘破壊は回避できる。

 だが、しかし、気になるのは弾のフィールドに伏せられた1枚のカード。

 もしこの行動が単なるブラフで、一夏に銀河眼の効果を発動させるのが目的だとしたら……?
 例えば、これが2枚目の闇次元の解放である可能性。
 銀河眼の効果によって真紅眼がフィールドから除外された瞬間に発動させてしまえば、一夏にダイレクトアタックを仕掛けることが可能だ
 …………。


「いいだろう! 迎え撃て、銀河眼(ギャラクシーアイズ)!!」


 真紅眼の黒炎弾と銀河眼のブレスが激突する。
 衝撃がフィールドを揺らし、だが一拍の後に真紅眼はその身体を光の奔流に呑み込まれて散らしてゆく。
 苦悶の叫びを上げ消滅する竜の姿に連動するかのように、弾の肉体もまた、ライフの減少という激痛に苛まれる。


 五反田弾 LP1700


「ぐぅっ、…ククク! フッハハハハハッ、ヒャーッハッハッハ!!」


 だが、その状況にあってなお、弾は笑った。
 闇の決闘において、ライフの減少はプレイヤーへ現実の痛みとなって襲い掛かる。
 その恐怖、その絶望を恐れる様子を微塵も見せず、ギラギラとした勝利への渇望でもって攻め立てる。


「この瞬間、罠発動! デス・アンド・リバース!!

 自分のバトルフェイズ中に自軍の通常モンスターが破壊された場合、相手のモンスター1体を破壊し、破壊された通常モンスターを蘇生する!!

 オレはこの効果で銀河眼の光子竜を破壊! 煉獄の地平より真紅眼の黒竜を蘇らせる!」
 

「………っ!」


 弾の前方、伏せていたカードが起き上がると一つの黒々とした渦が生まれた。
 その渦は銀河眼を飲み込み、怒濤の流れによって破砕せんとフィールドに縫い止める。

 銀河眼がもがく。自らを拘束するそれを振り払おうと、その口内にブレスを溜め――しかしそれが発射される前に、銀河眼の光子竜の首に倒されたはずの真紅眼が喰らいついていた。

 それは怒りか、それとも苦痛故にか。断末魔の声を上げ銀河眼の光子竜は光の粒子となって消滅した。
 消滅した銀河眼の光子竜と入れ替わるようにして、真紅眼の黒竜が再びフィールドに舞い戻る。


「一夏、これでお前の銀河眼の光子竜は倒された! そしてお前の手札は0。フィールドにはモンスターも、魔法も、罠も存在しない!!

 残り100のライフでは真紅眼の黒竜の攻撃に耐えることも、阻むこともできない!! これでオレの完全勝利だ!!

 バトル続行! 真紅眼の黒竜の攻げ―――」


「――弾、お前は本当に凄い奴だよ」


 ぽつりと、呟くように紡ぎ出されたその一言。だが、それは不思議と静かに弾の鼓膜を打った。


「……何を言っている?」

 向ける視線は怪訝なもの。すでに敗北は決定し、破滅と敗北へ向けて着々と進んでいるはずの相手。
 真紅眼の攻撃が放たれるまで一時の猶予はある。だが、それはほんの僅かな時間だ。なぜこんなにも余裕がある? ……負ける覚悟を決めたから?
 いや、多分、それは、…………違う。

「最初はカードのことを、真紅眼の黒竜をただ駒として扱っているだけだと思った。
 昔の、かつて相手をリスペクトするデュエルをしていたお前は消えてしまったのだと思った。でも、違ったんだな」



 無駄のないプレイング。状況に応じた戦略。……それは全て、真紅眼の黒竜の力を活かすためのものだ。
 カードに対するリスペクトとは、ただ大切にして守ることだけではない。
 そのカードを活用し、最大限に利用することで勝利へと繋げること。それこそが、カードに対する真のリスペクトデュエル。



「この決闘を通して理解した。お前は昔と何も変わっちゃいない。カードを、真紅眼の黒竜を愛する決闘者だ。そう、お前は強い奴だった。……強かった」

「なに、過去形にしてんだ………! 今更なにをほざこうが、このデュエルはオレの勝ちだッ!! そうだろう!?」

「それはどうかな?」


 白式に装備されたデュエルディスクが眩いばかりの閃光を放つ。
 それは墓地に送られたはずのカード、銀河眼の光子竜の持つ光の輝きだった。










「墓地より罠発動!」










「!? 墓地で発動するトラップだとォッ!?」

「墓地に存在するリベンジ・リターン第二の効果! 墓地のこのカードを除外することで、このターン、カード効果によって破壊され墓地に送られたモンスター1体を特殊召喚する!!」

 墓地の輝きに呼応するように、一夏の全身が――白式が強烈な光の球体となって辺り一帯を照らし出した。
 闇の霧に侵され、フィールド魔法によって歪められていたはずの戦場に光の粒子が降り注ぐ。
 それは1体の竜を形作り、やがてその姿を顕現させた。


「光の化身、今再びここに降臨! ―――銀河眼の光子竜!!」


 光の結晶で編まれたと形容するに相応しき姿。闇をかき消す神々しさと、あらゆるモノを焼き尽くす破滅の色という、相反する力を合わせ持つ銀河の力を宿す竜。
 銀河眼の光子竜は、漲る闘志を全身で示すかのように空中へと舞い上がった。両翼から眩い閃光を迸らせ、その眼光でもって真紅眼の黒竜を見据える。


「馬鹿な……こんな事が……」

「そして、デス・アンド・リバースの効果で特殊召喚されたモンスターは強制的に攻撃しなければならない。そうだろう!」

「――――ッ!? レッドアイズゥ!!」


 銀河眼との力の差は明白だ。だが、真紅眼の攻撃は止まらない。
 たとえ敗北が決まっていようとも――いや、決まっているからこそ、最後まで己が主の命に答えようと真正面から敵に挑む。

 激突する。

 一拍の間を置いて、衝撃が辺りを走り抜ける。
 迸る閃光。銀河眼の全身全霊の一撃を受け、今度こそ確実に、真紅眼は沈黙した。



 五反田弾 LP1100



 弾の顔に付けられた黒い仮面。先程まで入っていた亀裂は完全に仮面全体を縦断し、――まるで硝子細工が粉砕するかのように自壊した。


「一夏……! お前は、俺の……」

「俺のターン、銀河眼の光子竜で弾に直接攻撃!!

 ――――破滅の、フォトン・ストリィィィイイイイムッッ!!」


 光の濁流が押し寄せる。

 それは激しく、大地を走り描き出した炎のサーキットすらも完膚なきまでに破壊して、弾をDホイールごと蹂躙する。
 Dホイールが爆煙を上げ、投げ出された彼の身体は廃墟の壁へと打ちつけられた。


 五反田弾 LP0



「弾!! ――――っ!?」



 闇の決闘が終わりを迎えたことで、周辺の風景が元へ戻っていく。分厚い雲の連なりに隠されていた太陽は再び顔を出し、雲の切れ間から陽光を指し込ませる。

 弾の無事を確かめるかのように駆け寄る一夏であったが、彼の全身から吹き出す――いや抜け出していく闇の瘴気に足を止める。

「くっ、邪魔をするな!!」

 押し寄せる闇の瘴気。
 それがあと数歩で一夏に届くというところで、カードから顕現した銀河眼の光子竜が間に割り込んだ。
 銀河眼の光子竜。それが一夏目がけて迫る闇を破壊し握り潰しては消滅させた。

 光が溢れる。

 そして、一夏は…………………。









 ◆









 ―――懐かしいな。

 目の前で展開されるその光景に、一夏が最初に抱いた感想がそれだった。

 IS学園のものとは違い、どこか古臭くて、でも漠然とだが安心感を与える旧校舎。
 そう、これは中学時代の光景だ。

 そこには一夏がいて、弾がいて、鈴がいて、箒がいた。

 授業も終わり、放課後となった夕焼けに染まる教室に、一夏たち4人はそこにいた。

「そっか、一夏もドイツに行くんだ」

「……日本に、残る事はできないのか?」

「ああ、千冬姉が俺一人を残しては行けないってさ。……それに、あっちの決闘者部隊で特別に鍛えてくれるって話なんだ」

 鈴と箒の言葉に、映像の中の一夏が答える。これは中学時代、一夏がドイツへ行く頃の光景だ。
 ちょうど鈴の帰国と重なり、さらに弾や箒も決闘者として己を鍛えるという誓いと共にそれぞれの道へ進んだ頃の記憶。

「楽しくデュエルできればいいって言ってたお前が、急にそんなことを言い出すなんてなぁ。
 何があったか知らねえけど……じゃあ、次にお前と会う時は本当の決闘者としてだな」

「ああ!」

 デッキホルダーから取り出した真紅眼の黒竜のカードを見せつけて、弾が不敵な笑みを浮かべる。
 それに答えるように、一夏も自身の半身(デッキ)を掲げて見せる。

 ああ、そうだった。
 親友との誓い。

 次に会う時は共に決闘者として、本気でデュエルしようと約束したんだったな。

 弾は……一見すれば軽い、軽薄な男にも見える奴だ。
 だけど、デュエルにかける情熱だけは誰にも負けない。そう断言できる。
 現に、彼は相棒である真紅眼の黒竜と共に、ジュニア大会では何度も優秀な戦績を収めていた。

 ――だが、これは…………。

 一夏の中を違和感が駆け巡る。
 これが一夏の中学時代の記憶であることは間違いない。

 だが、だとすればどうして、一夏(じぶん)の視点ではなく、弾の視点から見たような光景になっているのだろうか?


 そう思考が至った時、目の前に映し出される映像ががらりと移り代わる。









 それはどこかの施設だった。
 よくテレビなどでプロデュエリスト同士が決闘をするアリーナなどに設置されている立体映像装置が立ち並び、複数の決闘場で区切られている。
 そこで、弾は冷たい床に転がされ、打ちのめされていた。

「おいおい、ジュニアとはいえ元大会優勝者がこのザマか」

「ぐ……ぅっ……」

 前方。デュエルディスクを構えた壮年の男性がにやにやと顔に笑いを張りつけている。
 ジュニア大会で優勝した弾は、決闘者としてさらに歩を進めるための修行中だった。
 だが、結果はこの通り。さらなる強豪たちを前にして、弾は完膚なきまでに敗北をしてしまった。

 いや、単に普通のデュエルであれば結果は違ったのかもしれない。
 だが相手が悪かった。
 何故なら、弾のデッキはこの男に――男たちに徹底的に研究し尽くされ、事前に対策が打たれてしまっていたのだから。

「へっ、田舎で大人しくお山の大将やってりゃよかったものをよぉ。よりにもよってあの大会で優勝しちまうなんてなあ……」

「ま、こういう奴がいるからこそ、オレたちカードプロフェッサーに仕事が来るんだけどな」

 デュエルを観戦していたギャラリーの中で、決闘盤を装着している男たちが下品な笑い声を上げる。

 ……デュエル大会の優勝者には貴重なカードや巨額の賞金が与えられることがある。
 その中で、腹黒い主催者はカードプロフェッサーを雇い、大会を裏からコントロールしているのだ。

 弾は、偶然にもそういったカードプロフェッサーたちが雇われていた大会で優勝してしまい、主催者に逆恨みされてしまったのだ。
 以来、彼が出場する大会には妨害工作としてカードプロフェッサーとの対戦が組まれ、彼のデッキを研究したアンチデッキとも言える戦術に連敗していた。

「大体よぉ、今どきレッドアイズなんて時代遅れのカード、デュエルで使ってる奴いないぜ」

「なん……だとぉ…!?」

 先程まで沈黙を守っていたはずの弾であったが、男の挑発にギリギリと歯噛みして睨み付ける。
 例え自分がどれだけ馬鹿にされようとも構わない。だが、真紅眼を馬鹿にされることだけは我慢がならなかった。

「何度でも言ってやるよ。こんなカード、ただ希少なだけ。マニア向けの観賞用カードだ。デュエルに勝ちたいなら、もっと強いカードを使うんだな」

「ちく、しょう……!」

 ぐにゃりと、視界が揺れる。
 固く握りしめられた拳は爪が食い込み血が滲み始めている。ぐちゃぐちゃに混ざり合った衝動に感情の堰は決壊寸前だった。

「畜生ぉぉぉぉ…!!」

 弾の目からは、涙が溢れている。
 その瞳には怒りがあった。悔しさがあった。憎悪があった。
 何より――悲しみがあった。

 自らが最も信頼するカード。真紅眼の黒竜。
 それを馬鹿にされ、見下され、敗北している現状に、彼は何よりも悲しんでいた。


 ぼたりと、熱い滴が頬を伝い足元に散らばっていたカードの一つ――真紅眼の黒竜の元に落ちる。
 一粒の滴は黒竜の瞳を濡らし……まるでカードが泣いているように見せていた。



 再び、目の前の光景が変化する。



 気落ちした弾は街を、あちこちを彷徨い歩き、いつしか異様な廃墟へと迷い込んでいた。
 いったいどうやって辿り着いたのか。どんな道を進んできたのかも曖昧で、思考は霞がかかったかのようにぼやけていた。

 暗黒の世界。異世界。闇さえも眩しい深遠の地。煉獄の地平。
 その底で、彼は人の影がそのまま起き上ったかのような異様な風体の男に出会い、闇のカードを授かっていた。

 一夏の眼前では、心の闇を増幅され、力を暴走させた弾がデュエルで相手を敗北させる光景が次々に浮かび上がっていた。

「なんだこれは……弾の、記憶……?」

 記憶を巡る旅路は続いていく。

 闇の力は告げる。契約の代償として、お前は我が敵を倒すのだと。
 闇にとって脅威となる力。光の力を持つ決闘者と戦え。
 奴らの持つ力は強すぎる。光と闇のバランスを崩しかねないその力は、世界を破滅に導くことも、支配者となることもできるだろう。


 その敵の名は――――、
















 そして、そこで一夏の意識は覚醒した。

「今の光景は……何が、……っ!」

 記憶のビジョンは完全に消え去り、ぶわっと現実の光景が押し寄せる。
 そこにはさきほどまでと同じ状況のまま、Dホイールから投げ出され、地面に倒れ伏したままの弾の姿があった。

「……弾……弾!!」

 そんな親友の元に駆け寄り、一夏は必死に呼びかける。
 しかし、弾の身体からは、デュエルの際に感じられた燃え盛るような力は感じられない。むしろぐったりとして、……異様なまでに軽い。

「……ぅ、…は、はっははは……。負けちまった、なぁ……」

 ぴくりと、弾のまぶたが開かれる。最後の力を必死に振り絞るかのような擦れた声だった。

「無理はするな! すぐに病院に連れて行ってやる!」

「……へ、ははは………大丈夫さ。それに……」


 ―――最後に、お前と本気の勝負ができて……俺は満足だ。

 ふっと、弾の全身から力が抜ける。両目は閉じられ、弛緩した身体はぐったりと横たわる。
 その事実を受け入れることができず、一夏は喉も涸れそうな程に必死で呼び掛ける。

「……弾……弾!? だあああああん!!」


 胸の奥底から湧きあがる激情そのままに、一夏は叫びを上げた。

 獣のような慟哭が、辺り一帯に響き渡った。






















 ◇






 色々な意味で有名なIS学園だが、この学園では様々な珍百景を見ることができる。

 例えば、腕に異様にシルバーを巻きつけている生徒だとか、何故か学生服ではなく西洋鎧を着ている生徒など実に様々だ。国際色豊かなIS学園だからこその光景だと言えよう。
 ……前者はともかく後者はどうなんだと言いたくなるが、そこにツッコミを入れるともっと怖い答えが返ってきそうなので束は極力視界に入れないようにして日常を過ごしている。


 そしてまた、学園の名物は一つ増えていた。
 男性IS決闘者、織斑一夏の存在である。


 放課後、夕焼けで赤く照らされた学舎に静かな旋律が響き渡る。
 一滴のインクがすうっと溶けて広がっていくように、それは妙に明瞭なものとして人々の鼓膜を打つ。
 聞こえ続けるその音色の出所は――――屋上。
 そこに一人佇む織斑一夏の奏でる口笛であった。


「…………なにしてるの、いっくん?」


 顔を見上げ、不健康に淀んだ目を屋上に向けて、束は思わず呟いてしまっていた。
 もちろん校庭にいる束の声が屋上の一夏に聞こえるわけがない。でも聞こえてそうでなんか怖い。あの姉弟、色々とおかしいから。

 ……話を戻そう。
 口笛。そう、口笛。
 これにいったい何の意味があるのか。

 そもそも何で口笛なのにこんなに明瞭に聞こえてくるのか、それも疑問だ。
 世界最強の頭脳、束さんの脳内人格「もう一人のボク」100人を動員した脳内大会議でも結論は出ない。むしろ意味がわからないことが多すぎるこの世界、納得のいく結論が出たことの方が少ない。
 ついでに演奏が妙に上手いのが余計に腹立たしい。








 これが最近の一夏の日課であった。

 そう、そのはずだったのだが…………。










「…………増えてる」


 束のその言葉は、誰にも聞かれることなく虚空へ消えていった。


 放課後のIS学園。
 シンとした静寂の中、夕焼けで赤く照らされた学舎に静かな旋律が響き渡る。
 水の中に一滴のインクがすうっと垂らされ、溶け込んで広がっていくように聞こえるその音色。
 穏やかでありながら、学園全体に届きそうなほど明瞭な、耳に残るその演奏の発生元は屋上だった。

 そこに一人、………いや、二つの人影があった。


 織斑一夏。

 五反田弾。


 片や口笛。片やハーモニカによる合奏だった。
 BGMは満足のテーマ。

 何故こんな組み合わせにした。

 何の意味があるのかはわからない。
 きっと意味なんてないのだろう。
 そもそもIS学園に男がいるのに誰も突っ込まないこの現状。




「……………………見なかったことにしよう」




 最近我慢強くなった気がする束であった。














弾「うーん、真紅眼の黒竜を入れすぎると手札事故が怖いな……」

OUT → 真紅眼の黒竜×3
IN → レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン×3


黒竜「MA☆TTE!!」

黒竜雛「……哀れな」
ブラックメタル「お前もこっちにこい」
不死竜「未来のあなた自身なのです」



[32402] シャル「程遠いんだよね!」
Name: 三羽烏◆f26b04c5 ID:6a66ff71
Date: 2014/03/23 09:59
本当に久々の投稿です。
あまりにも開いた期間が長かったせいか、今回は遊戯王らしい話が書けませんでした。申し訳ありません。



シャル「大好きシャルロットちゃんのDかな」
織斑千冬著『「それはどうかな?」と言えるデュエル哲学』
鈴「流石はISデュエルの生みの親ね!」束「やめろ」


以上、今回のタイトル候補。




 鉛のように重い身体を引き摺って、やっとのことでたどり着いた部屋のベットに倒れ込む。視線の先にある鏡には疲れ切った少女の顔が映っていた。
 空っぽな頭の片隅にあるのは、疑問。
 どうして……どうしてこんなことになってしまったんだろう……。
 なぜ自分はここにいるのか。何のために生きているのか。その意味すらもわからなくなり始めていた。

 それはあまりにも長い、灰色の日々。
 同世代の少年少女たちにとっては一瞬の内に過ぎ去っていくであろう日常。しかし彼女にとっては心を擦り減らすほどに長い、死んだ時間であった。
 ただただ、命令されたことだけをこなす人形のような生活を送ることを強いられていた。
 自分は人間として何かを望まれているのではない。自分はただ彼らの命令を聞き、プランに沿った結果を出すだけの機械と同じだと悟ったのは、果たしていつのことだったか。
 己の利益にのみ感心を向ける悪魔たちの欲望の渦の中で、彼女の精神はあちこちに引き廻され摩耗していた。
 ぼんやりとした怠惰な意識と、埃を積もらせて埋もれていく心。
 もはや、全てがどうでもよかった。
 生きながらにして死んだ日々。体は健康なまま死ぬことはない。だが、このまま“私”はゆっくりと消えていくんだろうなという妙な確信があった。
 だから、まだ“私”が殺されていない今が最後のチャンスだったのだ。
 完全な操り人形となる前に自分が死ねるのは、……糸を断ち切れるのは、今しかなかった。

 吹きすさぶ冷え切った風を浴びながら、彼女は高層ビルの屋上から眼下を見下ろす。
 そこには美しい夜景が、人々の生活に彩られた眩い明かりが灯っている。その代わり、夜空にあるはずの星は視えない。地上の明かりにかき消されてしまっている。
 この地上の風景も、きっと綺麗なのだろう。しかし、彼女はかつて住んでいた田舎で見上げた星空の方が、あの時見た無数の星々の煌きの方がずっとずっと美しく価値があると思う。
 ああ、どうして私はあの時に死ねなかったのだろう。
 ああ、どうして私はあの時に死ななかったのだろう。
 ねえ、神様。どうして貴方はあの時、母と一緒に私を連れて行ってくれなかったのですか?
 そうであったなら、私は今も母と二人ずっと一緒でいられたはずなのに。
 でも、そんな苦悩ももう終わる。全部終わる。
 家にも会社にも居場所がなく未来すらも暗闇に塗りつぶされているであろう自分を、眼下の大地はきっと優しく受け止めてくれるだろう。ここから飛び降りたなら、きっと母のところへ……………………。

「………………え?」

 悲しみで、涙で滲んだ視界の中に見えた“ソレ”に、彼女はさっきまで考えていたことも忘れ唖然とした表情で固まった。
 それはよく見慣れた、しかしこの場にあるには不釣り合いなモノ――デュエルモンスターズのカードだった。
 カードが、浮いている。
 文字通り何もない空間にピタリと静止した状態で浮いていたのだ。

「ふ、ふふっ……あっははははは………」

 自分はついにおかしくなったのだろうか。
 幻だ。
 こんな幻を見るほどに、自分の心は追い詰められていたのだ。彼女はそう結論を出す。
 だから少女は、何の躊躇いもなくそのカードへと手を伸ばした。

 そして、











「いくよ、僕のターン!」

 人の心を引き付ける魅惑的な笑顔。明るく活力に満ち溢れた声がデュエルステージに響き渡る。

「フィールドの魔導騎士ディフェンダーをリリースして、ブリザード・プリンセスをアドバンス召喚!

 ブリザード・プリンセスは最上級モンスター!

 だけど、リリースするモンスターが魔法使い族モンスターである場合、生贄1体でアドバンス召喚することができる!」

 その場所は、多くの観客でごったがえしていた。
 収容人数は本当に限界ギリギリまで達しているだろう。
 客席を埋め尽くす人々は興奮と熱狂に包まれ、一種の異様な空気を形成している。

「さらにブリザード・プリンセスのモンスター効果が発動!

 このカードが召喚に成功したターン、

 伏せられた魔法・罠カードは発動できない!!」

 デュエルステージの一方に立つのは、目立つ衣装に身を包んだ青年だった。
 金糸を思わせる細く濃い黄金色の髪を束ねて結び、顔には人好きのする笑みを浮かべている。

「そして永続魔法、スポット・ライトの効果で攻撃力は上昇する!

 さあ、バトルだよ!

 僕はブリザード・プリンセスでダイレクトアタック!!」

 年相応の子供らしいとも取れる笑顔。だが彼はもう子供ではない。
 その洗練された立ち振る舞いと中性的に整った顔立ち。そしてデュエルの最中に垣間見える真剣な眼差しは、……例えるならば『貴公子』といった印象を人に抱かせるだろう。
 そのスマートな体躯とすらりと伸びた足は彼の中性的な魅力を損なうことなく、さらに引き立てていた。


『き、決まったぁああーーーーーっ!!
 デュノア選手の召喚したブリザード・プリンセスの一撃が炸裂!
 ダイレクトアタックでついにそのライフを削りきりましたぁああーーーー!!!
 劣勢だった序盤からの逆転劇に、観客席も大興奮だぁーー!!』


 会場が爆発した。そう錯覚してしまうほどの大歓声だった。

 嵐のような拍手と声援、それに歓声が会場全体を包み込む。

 満面の笑顔を客席に向けながら手を振って声援に応えるシャルルはスポットライトを一身に浴び、比喩ではなく輝いて見えた。


『デュエル・グランプリ頂上決定戦!!

 ここフランスの地での栄光ある優勝を飾ったのは、

 今をときめくカードの貴公子――――シャルル・デュノアだぁああーーーー!!!』



















「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。みなさんよろしくお願いします」

 中性的で整った顔立ちに人好きのするような柔和な笑みを浮かべ、黄金色の髪を後ろで束ねた転校生は流暢な日本語でそう名乗った。



 ◆



 シュルル・デュノアがIS学園にやってきてから五日が経った。



「あ、あのっ……デュノア君。わ、私あなたのファンなんです! あとでデュエルして貰えませんか、それとサインも!」
「ずっとファンでした!」
「あー! 抜け駆けなんてズルいわよ! わたしも、私はデッキを見て欲しいなぁ……?」

「喜んで、ファンサービスは僕のモットーですから。でも、授業に遅れて皆さんが怒られてしまっては申し訳ありませんし。また放課後に、じっくりと時間が取れる時にしましょう」



 彼がどういった人物であるのか、数日も経てば人となりもある程度見えてくる。

「はぁ……。しっかし、シャルルの人気は本当に凄いな」

 まず、彼が貴族然とした端正な容貌を持ち、その内面も外見に相応しい思慮深い印象を与える青年であるのは間違いない。
 長い手足、細身であるが決して貧弱そうではない身体つき、IS学園の制服をきっちりと着込んだ姿は雑誌のモデルだと紹介されたら納得してしまうだろう。

「世界屈指のアミューズメント産業デュノア社の社長代理だもの。仕方ないわよ」
「え? そうなのか? IS企業って聞いたけど……」

 年齢は一夏たちと同じ16歳。しかし彼は、約1年前からデュノア社の社長代理として手腕を発揮し、デュエル大会に彗星の如く現れ優勝をさらっていった決闘者だ。
 当然、ファンも多い。

「デュノア社。……元々は兵器メーカーでしたが、業績の不振に続き先代社長が急に体調を崩しトップを退いてから方針を転換。
 IS開発によって生まれた技術を利用した民間関係の受注を中心に、軍事産業からの撤退とアミューズメント産業への参入を表明したのですわ」
「そうだったのか」
「ふぅん。まあ、あんな哀れな没落貴族、わたくしと我がオルコット家の敵ではありませんけど」
「セシリア。アンタっていっつも一言余計よね」

 彼の名前が有名となったのはそれ等社会的地位や実績が理由の一つであるだろうが、何よりもその紳士的な態度。エンターテインメントなデュエルとファンサービスを併せ持った、心優しい精神の持ち主であることが高く評価されていた。

「だが、デュエルの腕は確かなのだろう? いくつかの大会で結果を残していると聞いたが」
「ああ、それは間違いない。シャルル・デュノアはフランスのジュニアチャンピオンだ。クラリッサからデュエル映像も送られて来ている。紳士的な態度と容姿からファンも多いらしいが、……デュエルに関しては一切の妥協を許さない。奴に完膚なきまでに敗北させられ、再起不能になった決闘者もいるという」

 ラウラの口から明かされた思いがけない情報に、箒は思わず眉間に皺を寄せる。その箒の態度に、ラウラはあくまでも噂だと付け加えた。

「へぇ、でもデュエルに真剣に臨むってのは大切なことだと思うけどな」

 デュエルで手加減されたなど、勝っても負けても後味が悪いものだ。
 一夏が淡々と感想を口にすると、それに同調するようにラウラもうむうむと頷き返す。

 紳士的な態度。礼儀正しく品が感じられる所作。思慮深く穏やかな内面。
 そしてエンターテインメントなデュエル精神を持ち、人なつっこそうな爽やかな笑みを湛えた好青年。
 シャルル・デュノアとは、つまりはそんな青年だ。







「え~と、僕をここに呼び出したのは貴方たちですよね? あの、何かご用でしょうか? あっ! もしかして先輩達も僕のファンの方なんですか? 嬉しいなぁ……」


「はぁっ? なにその態度、馬鹿にしてんの! それとも本当の馬鹿なのから?」
「コイツさあ、私らを舐めてんじゃないの。だから嫌だったのよ、男がIS学園に来るなんて」
「ふんっ、後輩は先輩を立てるものだってことすら理解できないようね。IS学園は甘くないってことを、先輩の私たちが後輩に教えてあげましょう」


「ふふふ。――やっぱり、やっぱり僕のファンなんじゃないですか…。だったら受け取ってもらわないと、僕のファンサービスを……!」




 ……そのはずだった。








「こんな時間に呼び出すなんて。一体なんの用なのかな? …………一夏」

 すでに太陽も沈み、人工の明かりだけが頼りとなる時間帯。
 夜空のスクリーンに映し出された青白く冷たい光を放つ満月から降り注ぐ仄かな月明かりが、アリーナ・ステージを照らし出す。
 ピット・ゲートからアリーナへと踏み込んだシャルルは、その決闘上の中央に立つ織斑一夏と対峙した。
 まるで舞台の中心に立つ役者か何かのように大仰な動作で肩を竦めるシャルルを一夏は静かに見据える。

「シャルル……」
「発表のあった、学年別トーナメントのパートナーのことかな? その話なら部屋でもいいと思うんだけど」

 す、と一夏は眼を眇める。
 まるで非難するかのような目を向ける一夏の態度に気付かないかのように、シャルルは顔にニコニコと無邪気な笑みを張り付けたままだ。

「俺とデュエルしてくれ」

「どういうこと?」

 唐突な提案である。
 腕に装着された未展開状態の決闘板(デュエルディスク)を掲げながら言い放たれたその一言に、シャルルは首を傾げて見せる。
 無論、ただ単にシャルルとデュエルがしたいだけな訳がない。それならば寮内での卓上デュエルで事足りるはずだ。

「デュエルをすれば、互いのことが分かる。少なくとも、俺はそう信じている。それにシャルルの実力がこの目で見たい、……それじゃ駄目か?」

 良く考えると凄まじい理論に聞こえてしまうかもしれないが、デュエルとはそういうものだ。
 決闘者にとってはそれだけで決闘するに足る理屈となる。

「ワハハ」

 僅かな一瞬。表面上だけにこやかに笑い続けていたシャルルの瞳が妖しく爛々とした輝きを強めた。

「いいよ。僕、リスペクトする一夏とはちゃんとデュエルしてみたかったんだ」

 一夏の視線を受け流すように、涼しげな顔で決闘板(デュエルディスク)を構えるシャルル。
 しかしその眼は表情とは裏腹に黒く染まり、冷酷な闘志を燃やしているように見える。

「なら決まりだな、決闘開始だ」

【IS部分展開、デュエルターゲット・ロックオン、ハイパーセンサー作動、AR・ヴィジョンリンク――スタンバイ】

 限定的に展開される白式の兵装。その右手に瞬時に握られていた雪片弐型の展開装甲が稼働し、眩い光の粒子と共に左腕と一体化する。
 輝きが消えた時、その左腕には三日月型のデュエルディスクが装着されていた。左目の周りには見慣れぬ紋章が浮かび上がり、淡い輝きを宿している。
 それに応じるようにして、シャルルもデッキをデュエルディスクの挿入口にセットするとその機能を発動させる。


「「デュエルッ!!」」


 互いのディスクの基部が回転と共に虹色の光を吐き出し、世界を塗り替えていく。
 ハイパーセンサーが作動し、コアネットワークを通じてリンクが開始される。
 ソリッドビジョンシステムによって半透明のウィンドウが飛び出すと、互いのライフを映し出した。


一夏   LP 4000
シャルル LP 4000


 直後、デュエルディスクが自動的に両者の先攻後攻を選定。
 それを確認すると、気合一閃とばかりに一夏はカードを引き抜いた。

「俺のターンッ! 手札から銀河の魔導士(ギャラクシー・ウィザード)を召喚!
 このカードは1ターンに一度、自身のレベルを4引き上げることができる。この効果により、銀河の魔導士(ギャラクシー・ウィザード)のレベルは8となる」

 眼前で銀河の輝きが人型を成し、一体の魔導士の姿を映し出した。人間の頭部に相当する場所には一つ目が薄らと淡い光を放ち、敵対するシャルルと対峙する。
 銀河の魔導士は己の手に持つ杖を天上に掲げると、星々の煌きと共に眩いオーラが魔導士を包み込んだ。

「さらに手札より銀河遠征(ギャラクシー・エクスペディション)を発動!
 俺の場にレベル5以上の「フォトン」か「ギャラクシー」と名の付いたモンスターが存在する場合に発動できるこのカードは、
 デッキからフォトンまたはギャラクシーと名の付いたレベル5以上のモンスター1体を表側守備表示で特殊召喚することができる!」

「……! まさか、もう呼び出すつもりなのっ」

 魔法(マジック)カード発動の宣言と同時、ARビジョンとは思えぬ程に鮮明な光子の渦がアリーナを満たした。
 一夏の、限定的に部分展開された白式の左腕から放たれるように赤い十字架を模したパーツが量子展開される。
 白式の武装であるフォトンハンドでそれを掴み取ると、一夏は迷うことなくデッキから排出された1枚のカードと共に上空へと投擲。


「闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ!
 光の化身、ここに降臨、
 現れろ、――――銀河眼の光子竜!」


 左目に浮かび上がる紋様は輝きを増し、共鳴・呼応するかのように脈動する。
 アリーナの中心部で渦巻く粒子を吹き飛ばし、ゆっくりとフィールドへと降り立つ光の結晶で編まれた竜。
 一夏のエースモンスター、銀河眼の光子竜が降臨した。

「さらに俺は銀河の魔導士をリリースすることでもう一つの効果を発動。
 デッキよりギャラクシーと名の付いたカード、銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)を手札に加える」

 流れるような動作でデッキよりカードを加えるとシャッフル。手札の中より1枚のカードを選び出し、フィールドへとセットする。

「先攻1ターン目のプレイヤーは攻撃できない。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「せっかく銀河眼の光子竜を召喚したっていうのに、守備表示のままでいいのかな? さあ、僕のターンっ!」


 本来であればフィールドに王者のごとく君臨するドラゴン。だが、今の表示形式は守備状態。
 ならば恐れる必要はないとでも言いたげに、シャルルはいつもの笑みを崩さない。


「僕は、手札からD-HERO ダイヤモンドガイを召喚!」

 空中投影されたソリッドビジョンのモンスターがマントを翻し現れる。
 それはダイヤの原石を全身に宿し、素顔を隠した戦士。風にマントをはためかせ、静かに戦場へと降り立った。

「ディーヒーロー?」

 初めて見るカード群(カテゴリ)に一夏の眉根が寄せられる。
 確か、授業でシャルルが使用していたデッキは主に魔法使い族を中心としたバランスの良いビートダウンだったはず。

「これが僕の本当のデッキ。『D』の持つ意味は複数ある。運命(デステニー)、破壊(デストロイ)、死(デス)、闇(ダーク)……」



 大好きシャルロットちゃんのDかな!



「僕はダイヤモンドガイのモンスター効果(エフェクト)発動!
 僕のデッキの一番上のカードを確認し、それが通常魔法だった場合は墓地(セメタリー)に送り、それ以外の場合にはデッキの一番下に戻す!
 デッキトップのカードは……通常魔法、終わりの始まり。このカードはセメタリーに送らせてもらうよ」

 デッキより排出され、墓地へ送られるカード。
 終わりの始まり。
 デッキより3枚ものカードをドローする強力なカードであるが、その発動条件は墓地に7体以上の闇属性モンスターが存在する場合に、墓地の闇属性モンスターを5体除外すること。
 本来であれば、このような序盤には到底発動不可能なカードである。

「手札より魔法カード、デステニー・ドローを発動。
 手札のD-HEROと名の付くモンスター、D-HEROダッシュガイを捨て、デッキからカードを2枚ドローする。
 さらに手札からテラ・フォーミングを発動!
 この効果でデッキからフィールド魔法、幽獄の時計塔を手札に加え、そのまま発動する!」

 デュエルディスクへと置かれる1枚のカード。
 途端、地響きと共にフィールドは塗り替えられる。
 それはあっという間の、まさに瞬き程の間の出来事。
 アリーナ・ステージの地面が裂け、天を突くような巨大な時計塔が夜空の中にそびえ立っていた。


「カードを3枚セットしてターンエンド。さあ、一夏のターンだよ?」

「いいぜ。俺のターンッ!」

「この瞬間、幽獄の時計塔が指し示す時は進む! ……知ってるかな一夏、あの時計塔に幽閉されているのが誰か?
 フランスにはその昔、バスティーユって名前の牢獄があってね。鉄仮面と呼ばれた男が閉じ込められていたんだよ」

 背後にそびえ立つ時計塔を振り返りながら、シャルルは静かに語りだす。
 相手ターンのスタンバイフェイズ毎に、幽獄の時計塔には時計カウンターが1つ乗せられる。
 先ほどまで十二時を指していたはずの時計塔の針は、今は三時間進んでいた。

「知らん。何のことだ、それは?」

「昔話だよ。……彼は囚人とは思えない程に丁重に扱われていた。
 だけど常に鉄製の仮面で顔を隠されて、他の囚人たちと話すことは許されなかった。もし人前で素顔を見せようとした時には、殺害しろって指示が出ていたんだってさ」

「…………」

 沈鬱な自嘲を載せて語られる話に口を挟めず、一夏は無言で聞き入っていた。
 シャルルが何を目的としているのか、未だわからない。
 ならばこそ、このデュエルを通じてその想いの叫びを。シャルルの魂に問いかける。

「結局、どんなに丁寧な扱いをされていようと、彼も自分の運命から逃れられない囚人だったんだよ。仮面を外すこともできず、自らの意志では動けない操り人形……」

「運命は従うものじゃない。自らの手で作り上げ、切り開いていく――それが決闘者にとってのデッキ(運命)だ!」

 それだけは聞き逃せないと、一夏はドローしたカードを確認するとカードを切る。
 決闘者(デュエリスト)にとって運命と呼ぶものがあるのだとすれば、それは己のデッキに他ならない。


「手札からフォトン・クラッシャーを召喚!
 さらに銀河眼(ギャラクシーアイズ)を攻撃表示に変更し、バトルだ!
 フォトン・クラッシャーでD-HERO ダイヤモンドガイを攻撃!」

 ディスクへセットされらカードから火花と共にモンスターが飛び出す。
 下級モンスターの中でもアタッカーである光子の戦士。
 兜の中で光る単眼が逃さぬとばかりに標的を見据え、その手に持った巨大な鈍器を真っ直ぐに振り下ろす。

「させないよ、罠発動。D-シールド!
 このカードは発動後に装備カードとなり、攻撃対象になったモンスターを守備表示にする。
 そして、装備モンスターはバトルでは破壊されない!」

「甘いぜ! 手札から速攻魔法、フォトン・トライデント! クラッシャーの攻撃力を700アップさせ、貫通ダメージを与える!」

「くっ、ううう……」

 己が主の敵を粉砕せんと、フォトン・クラッシャーは跳躍と共に攻撃したはずであった。
 しかし既に、迎え撃たんとばかりにダイヤモンドガイは防御の姿勢を取っていた。
 ダイヤモンドガイの身体を取り囲むように稲妻が迸り、砕けた岩盤が障壁を作り出す。
 だが、フォトン・クラッシャーの攻撃は終わったわけではない。右手で悠々と振り回していた鈍器を三叉の槍へ持ち替え、障壁(シールド)による防御を突き抜けて攻撃を炸裂させたのだ。
 仮想立体映像の衝撃はフィールによって現実のものとなり、貫通ダメージによってシャルルのライフが減少していく。


一夏   LP 4000
シャルル LP 2900


 ダイヤモンドガイは破壊されず未だ健在だ。
 しかし攻撃力が2700まで上昇したフォトンク・ラッシャーの一撃により、シャルルに与えられた貫通ダメージは1100。

「この効果を受けたモンスターが戦闘ダメージを与えた時、フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊できる!
 俺が破壊するのは装備カードとなっているD-シールドだ!」

「なっ、そんな……!?」

「さらに手札よりもう一枚の速攻魔法、光子風(フォトン・ウィンド)!
 相手に戦闘ダメージを与えながらも破壊できなかった時、1000ポイントのダメージを与え、カードを1枚ドローする!」

 驚愕するシャルルにたたみ掛けるように閃光の波動がシャルルに突き刺さっていく。
 全身へ響く衝撃はさすがに堪えたのか、シャルルは思わず膝をつく。


一夏   LP 4000
シャルル LP 1900


「バトル続行! もはやシールドによる守りは消えた!
 銀河眼の光子竜でダイヤモンドガイに攻撃! ――――破滅の、フォトン・ストリィィィムッ!!」

 両翼から眩い閃光を迸らせた銀河眼の光子竜が空中へと舞い上がる。
 銀河の輝きを瞳に宿した竜の一撃。その口内へと光の奔流が収束し、今まさに放たれんと全身のオーラを流転させる。

「くっ、リバース罠発動! チェンジ・デステニー! このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる」

 チェンジ・デステニー。その効果は相手モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターを守備表示にする。
 さらにそのモンスターはフィールド上に表側表示で存在する限り、表示形式を変更する事ができなくなる厄介なカードだ。

 そしてこのカードの効果はそれだけではない。その後、一夏は以下の効果からどちらか1つを選択しなければならないのだ。

 ●このカードの効果で攻撃を無効にされたモンスターの攻撃力の半分だけ自分のライフポイントを回復する。
 ●このカードの効果で攻撃を無効にされたモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。

「さあ、選んでよ一夏! 僕に痛みを与えるか、それとも自分のライフを回復するか」

 眼前に現れる青と赤、二種類の扉。

「……俺は、この青の扉を選ぶ」 

 しばしの逡巡の後。一夏が片方の扉を選んでみせると、ゆっくりと開かれた扉から癒しの力が溢れ出してライフポイントを回復させた。


一夏   LP 5500
シャルル LP 1900

 銀河眼の光子竜の攻撃力は3000。その半分の数値がライフへと足される。
 だが、その代償に銀河眼は大地へ蹲るかのごとく鎮座し、攻撃へと移る気配はない。

「ターンエンドだ」

「ふ、ふふふ……すごいよ一夏。素晴らしいよ。まさか1ターンでここまで追い詰められるなんて思ってもみなかった」

 ゆらり、と立ち上がる。可笑しくてたまらない、楽しくてたまらないとでも言いたげな声色で。
 シャルルの瞳の奥で燃えるのは、暗い炎。
 張り付けられたような笑顔はさらに影を増し、口元は嘲弄するかのように吊り上がる。

「だけど君は運命の選択を間違えた……!
 罠発動、活路への希望!
 このカードは相手よりもライフが1000以上少ない時、ライフを1000支払うことで発動できる」


一夏   LP 5500
シャルル LP 900


「お互いのライフポイントの差2000ポイントにつき、自分のデッキからカードを1枚ドローする!」

「な……! 自らライフを減らすつもりか!?」

 ライフなど0にさえ成らなければ問題ではないと。
 そう示すかのように、シャルルは迷いなき華麗な動作でデッキから2枚のカードを引き抜いた。

(チェンジ・デステニーの効果で開いたライフの差をこんな形で利用するのか……)

「一夏のライフは5500。僕のライフは900。その差は4600。僕はデッキから2枚のカードをドロー! そして僕のターン!!」

 これでシャルルの手札は4枚。だが、シャルルの戦術はこれで終わりではない。
 引き抜いたカードに目を向けた一瞬、彼の表情が変化したのを一夏は見逃さなかった。

「墓地(セメタリー)に存在するD-HERO ダッシュガイのモンスター効果(エフェクト)発動!
 このカードがセメタリーに存在する限り1度だけ、自分がドローしたカードがモンスターカードだった場合、
 そのカードをお互いに確認して僕のフィールド上に特殊召喚できる。
 僕がドローしたのはギミック・パペット-ナイト・ジョーカー。僕はこの子を手札から特殊召喚する!!」

 フィールドに満ちる霧のような瘴気、その揺らめく影の中から1体の歪な人形が飛び出した。
 デッサン人形のような細身の手足と右手と一体化した巨大な首狩り鎌が酷くアンバランスで、不気味な印象を抱かせるモンスターだ。
 それを従えているのが貴公子然とした容貌を持つシャルルであることが、余計に違和感を感じさせてしまう。

「ダイヤモンドガイの効果(エフェクト)発動!
 さっきのターン、このカードの効果でセメタリーに送った魔法カードの『効果を』発動することができる!
 よって、終わりの始まりの効果により、デッキからカードを3枚ドロー!」

「連続ドロー……」

 ダイヤモンドガイのモンスター効果の最大の特徴だ。魔法カードはコストや発動条件を満たす必要はなく、誓約効果も適用されない。
 これにより終わりの始まりは、ただデッキより3枚のカードをドローするカードへと変貌を遂げた。
 手札はこれで6枚。もはや何が出てきても不思議ではない状況に一夏の額を汗が伝う。

「もう一度ダイヤモンドガイの効果(エフェクト)を発動、デッキトップを確認。
 ……ふん。罠カード、D-フォーチュンだね。通常魔法カード以外の場合にはデッキの一番下に戻す。
 そして手札から魔法カード、レベル・クロスを発動。手札1枚をコストに、自分フィールド上に存在するレベル4以下のモンスター1体のレベルを倍にする」

 これでシャルルの場にはダイヤモンドガイとナイト・ジョーカーの2体のモンスター。
 2体のレベルはどちらも8。

 仕掛けてくる……!
 決闘者(デュエリスト)の勘とでも言うべきものが、一夏の全身に警鐘を鳴らす。


「レベル8のギミック・パペット-ナイト・ジョーカーと、レベル8となったD-HERO ダイヤモンドガイでオーバーレイ!

 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!

 ――――エクシーズ召喚っ!!」


 2体のモンスターは星の光へと姿を変え、天に昇る。
 彼らが吸い込まれるのはこのアリーナ・フィールドに生まれた銀河の渦。その中心部である別次元、"オーバーレイネットワーク"。
 通常のネットワークのさらに上位の階層へと重ねて作られるネットワークの、その最奥へ。

 同時、周囲は闇に包まれた。

 通常のエクシーズの際に発生する風景と異なる淀んだ空気。体にまとわりつくような、嫌悪感を抱かせるじとりとした感触。
 一夏の背筋が粟立ち、すぐさま呼び起こした白式のハイパーセンサーと左目の紋章で視線を走らせる。


「これは……このフィールは…!」


「現れろ! No.40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスっ!!」


 シャルルの身体に浮かび上がったのは、「40」の刻印。

 緑色の骨組み。片方だけむき出した白いそれは翼なのか。紫色の球体を抱えた物体である"それ"は、目まぐるしく展開すると一体の悪魔へと姿を変貌させる。
 大剣を所持した片翼の戦士。
 だが、これは天使などでは断じてない。
 機械仕掛けの悪魔。そう呼称するに相応しい。

「ナン、バーズ…ッ!! やっぱりそうだったのか……シャルル!」

「言ったはずだよ一夏。僕、リスペクトする一夏とはちゃんとデュエルしてみたかったんだ、ってね」

 シャルルはにっこりと笑った。鬼気迫るような笑みだった。

「ナンバーズ、……本当に凄いカードだよ、これは――――この力さえあれば、僕はもう何も恐れる必要はない。
 僕をただの道具として扱っていた父も、会社も、今では逆に僕の道具に成り下がった…!
 世に名高いIS学園の生徒である先輩たちも、このカードの前にはあっけなく敗北した…!
 この力を、僕はこの手に全てのナンバーズを束ねて、全てを手に入れるんだ!」

「……! 上級生たちの間で起きていた決闘後の昏睡事件は、お前が……!?」

「その通り。そして一夏、君の持つナンバーズは僕がもらう」

 シャルルの突然の暴露。それを聞いて、一夏の心はどうしようもなく震えていた。
 決闘(デュエル)は、デュエルモンスターズはそんなことの為にあるのではない。
 許せないと、そんなことを許してはいけないと。決闘者としての矜持が、銀河眼の光子竜が叫んでいる

「なら俺はそれを止めてみせる!! 狩らせてもらうぞ、お前のナンバーズを!
 ここからは正真正銘、本気の勝負。―――ISデュエルだ!!」

 部分展開からより完全な状態へ。白式が本来の決闘形態(デュエルモード)へと移行する。
 打ち出されたロケットのように上空へと飛翔した一夏は、粒子の瞬きと共にその全身にISを纏っていた
 それはまさに、純白の装甲で彩られた騎士甲冑。流線型の流れるような装甲に、背後のウイングスラスターからは光の閃光が吐き出され続ける。
 身に付けた服も、裾が延長された純白の衣服へと変化していた。

「そうだね、勝負はここから。一夏、僕の本当の力を見せてあげるよ」

 これまで通常の決闘板(デュエルディスク)を使用していたシャルルが、初めて"それ"を展開するべく胸元へ手を添える。
 十字マークのついたネックレス・トップ。
 それこそが、シャルルのISの待機形態であるはずだ。

 瞬間、シャルルのネックレスが強く煌めく。
 
(……来るか!)

 しかし、一夏の予想とは異なり、輝きと共に姿を現したシャルルと共に在ったのはISではなく一台のDホイールであった。

 ……どういうつもりだ?

 そんな一夏の疑問は、即座に驚愕へと変わることとなる。鋭角的な印象を持つ橙色のDホイールに血管のような紅の閃光が奔ったかと思うと、一斉に分割し四方へと散ったのだ。
 残された運転席はシャルルを包み込むように展開し、高速回転するホイールが唸りを上げて分離したパーツとドッキングする。
 車体後部はシャルルの下半身、両足と直結して脚部ユニットに。
 Dホイールの推力ユニットであったそれは背部メインスラスターへ変貌した。
 変形前は装飾品と思われた翼のような部品は肥大化しながら、まさしくISの推進翼としての機能を取り戻していき。
 残されたパーツはそれぞれが腕部、胸部、腰部の物理装甲へと姿を変えた。
 変形に要した時間は一瞬。
 DホイールからISへと変わったそれを身に纏い、シャルルはISを浮上させると一夏と視線を合わせ、対峙する。

「そ、そんな馬鹿な……!? DホイールがISに変形したのか!」

 一夏は無意識にそう叫んでいた。もしこのデュエルを見ていた観客がいたら、全ての人間がそう思ったに違いない。
 ISはその原則として、変形をしない。厳密には、できないと言った方が正しい。
 ISがその形状を変えるのは『初期操縦者適応』と『形態移行』の二つだけだ。
 パッケージ装備による多少の変化はあっても、基礎の形状そのものが変化することはまずない。あり得ない。そうできている。
 そのあり得ないことが、目の前で起きている。

「これがデュノア社が開発したラファールの力! デュエルの究極形態!」

「……………く!?」

 動揺にざわめく心を必死に落ち着かせようと、一夏は必死で思考を働かせる。
 落ち着け。今はデュエルに集中するんだ。
 どのようなモンスターであろうと、そう簡単には一夏のフィールドを突破できない。
 銀河眼の光子竜は守備表示であるが、その効果まで無効となったわけではないのだから。

「さあ行くよ! オーバーレイユニットを一つ使い、ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスの効果(エフェクト)発動!!」

 不敵な態度を崩さないシャルルの顔。そんな事はわかっていると、お前の戦術など無意味だとその行動で示して来ている。
 効果の発動を告げられたヘブンズ・ストリングスは、自身の周辺を滞空するオーバーレイユニットを吸収して動き出す。そのまま手にした大剣を、なんと自らの上半身へと滑らせた。
 分かれ、開かれた上半身。不気味な哄笑と共に、自分の身体の間に張り出された弦を大剣で奏で始めたのだ。

「1ターンに1度、このカードのオーバーレイユニットを1つ取り除いて発動する。
 フィールド上の、このカード以外の全てのモンスターにストリングカウンターを1つずつ置き、次のターンのエンドフェイズにストリングカウンターの乗っているモンスターを全て破壊する。
 そして、君は破壊されたモンスターの元々の攻撃力の合計分のダメージを受けることになる」

 天上より降り注いだのは、赤い糸だった。
 元より守備表示であった銀河眼の光子竜とフォトン・クラッシャーだが、今は糸に捕縛され、その行動をさらに制限されてしまった。


【No.40 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス】
 エクシーズ・効果モンスター
 ランク8/闇属性/機械族/攻3000/守2000
 レベル8モンスター×2

 このカードは「No.」と名のつくモンスター以外との戦闘では破壊されない。
 1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材1つを取り除いて発動する事ができる。
 このカード以外のフィールド上の全てのモンスターにストリングカウンターを1つずつ置く。
 次のターンのエンドフェイズ時にストリングカウンターの乗っているモンスターを全て破壊し、
 破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを破壊したモンスターのコントローラーに与える。


「さて、このままヘブンズ・ストリングスの効果が発動しても一夏のライフは500残る……念には念を入れないとね。
 手札から魔法カード、ミスフォーチュンの効果発動!!
 選択した相手モンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。
 僕は銀河眼の光子竜を選択、その攻撃力の半分……1500ポイントのダメージを受けてもらう!」

 目の前に投影される魔法カードの映像。
 弾け飛ぶ衝撃。
 全身を突き抜ける痛みに苦悶の声を上げる一夏の姿にシャルルの心は満ち足りていく。


一夏   LP 4000
シャルル LP 900


「僕はカードを2枚セットして、ターンエンド」


 これでシャルルの手札は1枚、セットカードは2枚。
 そして、星明かりに照らされる巨大な塔、幽獄の時計塔が1枚。


「俺のターン、ドロォーッ!!」

「幽獄の時計塔に2つ目のカウンターが乗った。時計塔はその針を進める」

 ガチリと、フィールドにそびえ立つ時計塔の針が進み出した。
 その時刻は六時を指して停止する。

 その効果を半ば無視し、一夏は人差し指と中指で挟むようにしてドローしたカードを確認する。

 引いたのは望んだカード――――ではない。だが対処の方法はある。
 先ほどの銀河の魔導士の効果で手札に加えた、あのカード。

「俺は手札から銀河零式を発動! 墓地の銀河の魔導士を蘇生し、このカードを装備する。さらに蘇生した銀河の魔導士をリリースすることで、デッキから銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)を手札に加える」

 デッキに手をかけ、選び出した1枚を引き抜く。
 シャルルへと掲げて見せたのは、右手に剣を携えた騎士甲冑に身を包む戦士のモンスターカード。
 目を眇める。そのカードに記されたレベルの数が8であることを見抜いたシャルルは、一夏の狙いを推察した。

「なるほど、読めたよ。ヘブンズ・ストリングスに縛られた2体のモンスターをリリースしてアドバンス召喚すれば、確かに破壊対象は消えて無効になる。……だけどそれを許すと思ったのかな?」

 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスの効果をすり抜ける方法はいくらでもある。
 中でも最も簡単な一手が、カウンターの乗ったモンスターを生贄やエクシーズ素材にしてフィールドから取り除いてしまうことだった。
 また、銀河眼の光子竜でバトルを行い、その効果によって一時的にフィールドから除外することで効果を無効にするという選択肢もある。
 だがしかし、チェンジ・デステニーの効果によって守備表示となり、表示形式の変更すら禁止された状態ではそれは叶わぬことだ。

 無論、ヘブンズ・ストリングス本体を破壊することで、そもそも効果を発動させることを許さないこともできる。
 だが攻撃力3000、それもナンバーズとのバトル以外では戦闘破壊を許さぬヘブンズ・ストリングスを突破することは容易でない。

「僕はセットしていた右側のカード。罠カード、ピンポイント・シュートを発動!
 カード名を宣言し、宣言したカードを相手が持っていた場合そのカードを墓地(セメタリー)へ捨てる。僕が宣言するのは当然、銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)!」

 一夏が組み上げようとする戦術。
 彼が求める勝利という到達点へ至るための道筋を崩していく。

「…………な、」

 デッキより引き寄せたカード。
 手札へ呼び込んだはずのそれはシャルルの罠宣言と同時に打ち抜かれる。
 砕け散ったビジョンの後には、無情にも墓地へと捨てられるのを待つだけの手札。

「……くっ、カードを1枚セットして……ターンエンドだ」

 一夏のフィールドには攻撃力3000の銀河眼の光子竜。だが、今はチェンジ・デステニーの効果によって守備表示となり、また表示形式の変更すら禁じられている。
 そしてもう一体は攻撃力2000のフォトン・クラッシャー。こちらも守備表示のままである。

 対して、シャルルの場には攻撃力3000のギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスが未だ健在。
 そしてヘブンズ・ストリングスの能力によって2体のモンスターはエンドフェイズに破壊され、一夏にはその攻撃力の合計分のダメージが与えられる運命が待っている。

 もはや、一夏が次に取れる行動は何もないのだ。
 そう、何も。

「はははっ!」

 故に、シャルルは勝利を半ば確信した。

 今まで笑顔の仮面の下に隠していた暗い感情を抑えきれないとでも言うように肩を小刻みに震わせながら、口の端をゆがめて笑う。

「これで正真正銘の終わりだね!
 この瞬間ッ!!
 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスのモンスター効果(エフェクト)が発動される!!」

 一夏が宣言した瞬間、フェイズはメインからエンドへと移行した。
 天より垂れ下がり、モンスターたちを拘束していた赤色の糸を伝いエネルギーが迸り、激しく点滅する。
 銀河の眼を持つ竜と光子(フェトン)の戦士は、もがき苦しみながら抵抗する。
 フィールによって増幅されるその波動。モンスターを通じて決闘者にまでフィードバックしていく苦痛。
 ヘブンズ・ストリングスの糸はいつしか一夏の白式すら拘束し始めていた。

「フォトン・クラッシャーと銀河眼の光子竜を破壊し、その元々の攻撃力の合計ダメージ、5000ポイントのダメージを受けてもらう!!」

 アリーナ・ステージを駆け巡る烈風が瞬間的に三倍以上に膨れ上がる。
 一拍の後、普段のモンスター破壊時のエフェクトとは比べ物にならないほどの大爆発と共に、モンスターたちは散っていく。
 ソリッドヴィジョンによって映し出された映像が粉々に砕けて舞う。
 閃光と轟音。
 その全てが仮想立体触感(バーチャルソリッドフィール)となって一夏に殺到し、突き刺さっていく。
 後に残るものなど何もない。何も。

「勝ったッ! わかったかい一夏、これが神のみぞ操れる運命の糸だ!」

 先ほどの決闘が嘘のような静寂。
 月明かりに照らされる時計塔の下、もうもうと立ち昇る煙がゆっくりと晴れていく。





「それはどうかな?」





一夏   LP 2000





「そんな、どうしてライフが残って……っ!?」


「――――クリフォトンの効果だ! 手札から捨て、2000のライフを支払うことで発動。このターン自分が受ける全てのダメージを0にする!」

 デフォルメされた一頭身。
 凛々しさよりも愛らしさを感じさせる姿。
 まるでブラックライトのような形状をした、発熱電球型のモンスターがそこにいた。
 全身を震わせ、目一杯とばかりに発せられた光が一夏を包んでいる。
 まるで衝撃から、破壊から。悪意から主の身を護ろうとするかのように。

「な……んだって……!? こんなことが」

「残念だったな」

 顔を歪めるシャルルの前で、クリフォトンは全身を小さく身震いしながら威嚇して見せていた。

「この……だけど、今の一夏のフィールドはがら空き!

 僕のターン――――バトルだ!!

 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスでダイレクトアタック!」

 耳障りな音を立てながら、ヘブンズ・ストリングスが大きく剣を振りかざした。
 効果によるダメージではない。これはもっと単純で、直接的な暴力。
 迫る刃は狙い違わず、白式ごと一夏を両断せんと迫り来る。

「罠発動、ガード・ブロック! 戦闘ダメージを一度だけゼロにして、カードを一枚ドローする!」

 あと一瞬で刃が一夏に触れるかと思われた時だった。
 伏せられたカードが盾のように起き上がり、ヘブンズ・ストリングスの攻撃は押し留められる。
 攻撃が防がれた以上、これ以上のダメージを与えることは不可能だった。

「くっ……………埋葬呪文の宝札を発動。
 墓地の通常魔法3枚をゲームから除外することでデッキからカードを2枚ドロー。
 手札を1枚セット、僕はこのままターンを終了する」

 怒りと苛立ちに顔を険しくしながらも、シャルルは終了を宣言する。
 ギリギリのところで、一夏はターンを繋いだのだ。

「俺のターンだ!」

 天高くそびえ立つ時計塔の針が再び動く。
 スタンバイフェイズ、幽獄の時計塔に3つ目のカウンターが乗せられた。

 発動しただけで未だ効果を使用していないフィールド魔法。
 ……いや、発動条件が整っていないだけなのか。
 一定の条件を満たすことで初めて真価を発揮するカードというものはデュエルモンスターズでは珍しくない。
 このフィールドの能力こそ未知数だが、厄介な効果であることは間違いないだろう。
 ならば、その前に勝負を決める……!

「俺は手札からフォトン・サンクチュアリを発動。俺の場に2体のトークンを呼び出す!
 そして手札を1枚伏せ、リバース罠(トラップ)、光の招集を発動!
 この罠カードの効果により、俺は自分の手札を全て捨てる。その後、捨てた枚数分だけ光属性モンスターを墓地から手札へ加えることができる。
 俺の捨てた手札はギャラクシー・ドラグーン1枚。よって、墓地の銀河騎士を手札に加える」

 手札に舞い戻った1枚のカード。
 たった1枚のカードで世界を変える。世界が変わる。
 ヘブンズ・ストリングスによって一掃された一夏の場に、再び光が集い満ちていく。

「銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)を召喚!」

 現れたのは、白銀の鎧にロングソードを構えた光の戦士。
 白い輝きを放つ鎧には一点の曇りもなく、全身から青いオーラを立ち昇らせる。
 そして、召喚された銀河騎士がロングソードを天高く振りかざした。

「銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)はレベル8の最上級モンスター。
 だが、こいつは自分フィールド上に「フォトン」または「ギャラクシー」と名のついたモンスターが存在する場合リリースなしで召喚できる!
 そしてこの方法で召喚に成功した時、
 このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで1000ポイントダウンし、
 自分の墓地の「銀河眼の光子竜」1体を選択して表側守備表示で特殊召喚する!」

 降り注ぐ光の粒子
 剣を掲げる騎士の背後に、竜が顕現する。
 何度破壊されようとも関係ない。その折れぬ意志を示すかのように。
 銀河の騎士と光子の竜を両脇に従えて、白式が夜空を飛翔する。

「エクラタン…! こんなに簡単に銀河眼の光子竜を蘇生されるなんて!
 そうか、銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)は妥協召喚だけでなく、銀河眼の特殊召喚も可能なんだね。……これはまずい」

 墓地より舞い戻った銀河眼が眼を向けると、シャルルが僅かであるが怯む。
 だが、これで終わりではない。
 ここからだ。
 狙うのはここからの先の展開。

「俺は、レベル8の銀河眼の光子竜と銀河騎士(ギャラクシー・ナイト)でオーバーレイ!

 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!

 ――――エクシーズ召喚!!」

 2体のモンスターを光の柱が包む。それが細かな粒子へ代わり天に昇ると、フィールドに生まれた銀河の渦へと自ら吸い込まれていった。
 同時、フィールドの時計塔すら飲み込んで周囲の景観が宇宙を思わせるそれへと変化する。

「聖刻神龍-エネアード!」

 エクストラデッキから選び出された、1枚のエクシーズモンスターカード。
 眼を象ったシンボルマークを刻まれた聖刻の鎧を身に纏った龍。
 エネアード。
 ギリシア語で9を意味する言葉、エジプト神話のヘリオポリス創世神話に関わる九柱の神と女神の名を冠するドラゴン。
 ちらりと、一夏は時計塔へと視線を向ける。
 そういえば、今時計塔が刺し示している時刻は九時だったか。

「攻撃力3000の、エクシーズモンスターっ!?」

「それだけじゃない。聖刻神龍-エネアードは1ターンに1度、オーバーレイユニットを一つ使うことで、
 俺の手札・フィールド上のモンスターを任意の数だけリリースし、
 リリースしたモンスターの数だけフィールド上のカードを破壊することができる!」

 エネアードの周囲を衛星のように巡るオーバーレイユニット。
 その一つが龍の咢へと吸い込まれる。
 脈動するエネルギーによって紅く赤熱する身体を振るわせて翼を広げると、その余波だけで熱波が吹き荒れ始める。
 それは咆哮か、それとも天地の叫びだったのか。

「俺はフォトン・サンクチュアリの効果で呼び出した2体のトークンをリリース!
 ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスと、右のセットカードを破壊する!」

 迸る力が限界に達するかと思われた直後、吐き出されたブレスがシャルル目掛けて殺到した。
 だが、シャルルはエネアードの動きの前兆を察知することでISの機動性能を限界まで発揮し回避に成功。
 ダメージは完全に避けたものの、エネアードの咆撃はシャルルの後方にいたギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスに直撃。
 断末魔の叫びをあげる間も与えず粉砕していた。

「そんな……僕のナンバーズがこうもあっさり、……それにセットしていたミラーフォースまで…!? ああ、このままじゃ!」

「終わりだ! 聖刻神龍-エネアードでダイレクトアタック!!」

 シャルルの残りライフは僅か900でしかない。
 エネアードどころか、下級モンスターの一撃でさえ削り切られてしまう数値。
 モンスターが消えた今の彼は無防備な状態だ。もはや防ぐ術などない。
 聖刻神龍-エネアードの全身から立ち昇る光が一点に集約し、幾条もの光線となって放たれた。

「ああーっ!」

 シャルルが小さく悲鳴を上げる。
 直撃を受ける寸前、ラファールに量子状態で格納されていた何枚もの複合シールドを咄嗟に展開して攻撃を受け止めようとするも、叩きつけられるフィールの奔流がISごと塗り潰す。
 衝撃波によって一夏の白式も弾き飛ばされるが、左腕の展開装甲式デュエルディスク『雪方弐型』のブレード部分をアリーナの壁に突き刺し、PICの操作によって辛うじて空中に踏み留まった。
 恐らく、シャルルはISごと地面へ墜落したに違いない。
 ARビジョンによる演出に加え、フィールによって発生した衝撃によってめくり上がったアリーナの地面からはもうもうと砂煙が立ち昇り視界を遮る。

「…………終わった、のか」

 呟きと共にハイパーセンサーを最大感度で呼び起こし、シャルルの状態を確認しようとする。
















シャルル LP 900


「いやぁ見事だったねぇ。素晴らしい攻撃だよ……でも僕はダメージを受けていません」

 だが、その前に煙の中から現れたのは、全くダメージを受けた様子のないシャルルの姿であった。

「何ッ!?」

「残念だけど今の攻撃で僕はもう一枚のセットカード、エターナル・ドレッドを発動していたんだよ。
 このカードは幽獄の時計塔に時計カウンターを乗せるカード。
 気づいていたかな一夏? 時計塔の針が十二時を指していることに」

 ハッと、一夏は見上げる。
 月を背後に、夜空の中にそびえ立つ、四角く黒々とした巨大な建造物。
 その金色に縁どられた文字盤と針が示す時刻は十二時。
 十二時を指して発動したフィールド魔法は針を進め、再び十二時を刻んだのだ。

「幽獄の時計塔にカウンターが4つ以上乗っている時、幽獄の時計塔は時空の歪みを生じさせる。
 決闘者のフィールも、ISのシールドエネルギーすらも捻じ曲げるそれは、僕への戦闘ダメージを全て打ち消す!」

 つまり、どんな攻撃であろうと、幽獄の時計塔がフィールドに存在する限りは戦闘でのダメージは与えられない。

「くっ……! 俺はセットしていたフォトン・サブライメーションを発動!
 墓地のフォトン・クラッシャーとクリフォトンをゲームから除外して2枚のカードをドロー!
 ――――カードを1枚伏せてターンエンド……!」

「………ふふふ。そうだよね、これ以上は何もできないんだよね。
 一夏ァ、そろそろ受け取ってもらえるかな? ……僕の本当のファンサービスを」

 突如として、ハイパーセンサーが伝える白式の視界にノイズがかかる。
 ……ISの故障? いや、違う。

「シャルル? お前、何を言って……」

 ざわりと、背筋が背筋が粟立つ。本能が警笛を鳴らしている。
 ハイパーセンサーを切断し、生身の肉眼でシャルルの姿を見る。
 そして気がついた。
 シャルルとそのデッキから噴き出すドス黒い闇の瘴気に。
 ソリッドビジョンやハイパーセンサーによるARビジョンリンクではない。
 これは、闇の決闘。闇のフィールの気配に違いない。

「なんだ、この禍々しいフィールは!?」

 俯いたまま、小刻みに揺れるシャルルの肩。表情は陰となって見えない。
 一夏の額に一筋の汗が流れた。
 彼の持つナンバーズは既に打ち破ったはず、なのにこの不気味さは何だ。

 やがて、ゆっくりとシャルルの顔が上げられる。
 この上なく流麗かつ緩慢にも見える所作によってデッキに置かれた手は、一枚のカードを引き抜いていた。

「希望を与えられ、それを奪われる。その瞬間こそ人間は一番美しい顔をする。……それを与えてあげるのが、僕のファンサービスさ」

 ドローしたカードを確認した彼の表情は、一夏がこれまで見たことのないくらい悪意に満ちていた。

「僕のターン!! 君も所詮は破滅の糸に操られた木偶人形、僕の支配からは逃れることはできない!
 D-HERO ドレッドサーヴァントを召喚。
 バトル! ドレッドサーヴァントで聖刻神龍-エネアードを攻撃!」

「一体何の……くっ。迎え撃て、エネアード!」

 召喚されたのは新たなD-HERO。
 それは中空で一度跳ねて飛び上がると、時計塔の天辺へ着地。右手に携えた杖を構え、エネアード目掛け肉薄する。
 しかし、エネアードは怯まない。怯むはずもない。
 即座に反撃へと転じた聖刻神龍の攻撃は、もはやブレスではなく巨大な暴風。
 攻撃力400のドレッドサーヴァントと攻撃力3000のエネアードの戦いは勝負にすらならず、ドレッドサーヴァントは吹き飛ばされた勢いのままに幽獄の時計塔に叩きつけられた。
 エネアードの攻撃はさらに続く。
 振るわれた一撃は時計塔を砕き、凄まじい瓦礫を地上に撒き散らし噴煙を巻き上げる。

「ドレッドサーヴァントが戦闘によって破壊されたこの瞬間、モンスター効果(エフェクト)は発動!
 僕は自分フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する事ができる。僕が破壊するのは幽獄の時計塔!」

 崩壊を始めた幽獄の時計塔。
 両者は白式とラファール・リヴァイヴを加速させ、破砕された瓦礫の雨を避けながらさらなる上空へと飛翔。加速を始めた。

「どういうつもりだ! 自分から幽獄の時計塔を破壊したのか!?」

 戦闘ダメージを0にする幽獄の時計塔がシャルルのフィールドに存在する限り、一夏がどんなに協力なモンスターを召喚して攻撃しようと無意味であるはずだ。
 それを、自らモンスターで自爆特攻までして破壊するなど正気ではない。

 瞬間加速によってシャルルよりも早く噴煙の中から飛び出した一夏は、地響きを立てて倒れる幽獄の時計塔を見下ろした。
 時計塔が爆発を起こす。

 そして、






「D-HERO ドレッドガイで、エネアードを攻撃ッ!! プレデター・オブ・ドレッドノートォォォ!!」


 突如として爆炎の中から飛び出してきた鉄仮面を被ったモンスターがエネアードに組み付く。
 筋骨隆々で半裸の肉体には幾つもの傷跡が刻まれ、手足に付けられたままの鉄枷は彼が囚人であることを語っていた。
 ドレッドサーヴァントとの戦闘を終えていたエネアードにとってはまさに奇襲となる一撃。
 握られた両拳から繰り出される容赦のない突きはエネアードを粉砕し、その衝撃は現実の痛みとなって一夏のライフを削り取っていく。
 

一夏   LP 1500
シャルル LP 900


「ッ―――――――ぐゥ、ぁッ!?」

 通常のデュエルであれば仮想立体映像にここまでの衝撃と痛みが宿ることはない。
 だがこれはナンバーズを賭けた闇の決闘。闇のフィール。
 全身を刺し貫いた痛みに呻くより早く、一夏は驚愕に染まった顔でそれに目を向ける。
 地上にもうもうと立ち込める煙の中から飛び出したラファール・リヴァイヴ。
 そして、シャルルの背後に控える3体のモンスター。

「い、……一体、何……が……」

「幽獄の時計塔第二の効果。時計カウンターが4個以上乗り、12時を指し示したこのカードが破壊され墓地に送られたことで、D-HERO ドレッドガイを手札またはデッキから特殊召喚することができる」

 そう言ってシャルルがデュエルディスクから外して見せつけたのは一枚のカード。
 D-HERO ドレッドガイ。
 
「そしてドレッドガイのモンスター効果(エフェクト)、ドレッド・ウォール!
 ドレッドガイが幽獄の時計塔の効果で特殊召喚された場合、自分の墓地から「D-HERO」と名のついたモンスターを2体まで特殊召喚する事ができる。
 僕は墓地(セメタリー)のダイヤモンドガイとダッシュガイを特殊召喚!
 そして、ドレッドガイの攻撃力と守備力は、自分フィールド上のドレッドガイ以外の「D-HERO」と名のついたモンスターの元々の攻撃力を合計した数値となる!」

 現在のD-HERO ドレッドガイの攻撃力と守備力は、ダイヤモンドガイとダッシュガイの攻守を合計した数値。
 つまり攻撃力3500、守備力は2600。

「僕はこの効果で特殊召喚したドレッドガイでエネアードを攻撃したのさ。
 そして、今はまだバトルフェイズ……これで終わりだ! ダッシュガイでダイレクトアタック!」

 両足のローラーを駆動させ、背部のスラスターを全開にしたダッシュガイが突撃を仕掛けてくる。
 残りライフが1500となった一夏が、攻撃力2100のダイッシュガイの攻撃を受ければ一溜りもない。
 ダッシュガイからの攻撃が届く前に、一夏は素早くデュエルディスクへと命令を送り、セットカードを発動させた。

「セットしていた速攻魔法、フォトン・リード発動!
 手札からレベル4以下の光属性モンスター1体を表側攻撃表示で特殊召喚出来る!
 俺は手札のシャイン・エンジェルを特殊召喚」

「ふん、ならダッシュガイでシャイン・エンジェルに攻撃!!」

 攻撃が届く寸前。
 現れた天使がその身を挺して主人を庇う。
 ダッシュガイは全身を一個の砲弾へと変え、シャインエンジェルを粉砕した。

「ぅ……畜生ぉ……」


一夏 LP 700


「だ、だがこの瞬間、シャイン・エンジェルの効果、発……動。
 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚できる。
 俺は次元合成師を特殊召喚」

「ダイヤモンドガイで次元合成師を攻撃する! ダイヤモンド・ブロー!!」

 3体目、ダイヤモンドガイから放たれる結晶の弾丸。
 降り注ぐ弾丸に次元合成師の金属鎧は次第にひしゃげ、一部が耐え切れず吹き飛ばされる。
 それでも一矢報いようと、抗戦の意志を燃やしながら真っ直ぐに前へ進む。
 攻撃に耐え続け、ダイヤモンドガイへと一直線に突撃した次元合成師は、しかし振るわれた右腕の一閃によって両断。
 光の粒子となってビジョンは消え、その攻撃力の差分だけ、ダメージが一夏を打ち据える。


「………か、ああああああッ!!」


一夏 LP600


「く……次元合成師が破壊され、墓地へ送られたこの瞬間モンスター効果発動!
 ゲームから除外されているモンスター1体を手札に加えることができる!
 俺は、フォトン・クラッシャーを選択。手札に加える!」

「いい加減しぶといね。メインフェイズ2へ移行。ダイヤモンドガイのエフェクト発動。デッキトップは……おろかな埋葬。次のターンで効果の発動が確定した。
 そしてダメ押しだ、場の3体のモンスターを生贄に捧げ、手札からD-HERO ドグマガイを特殊召喚!」

 3体のD-HEROから光の柱が立ち昇ると、それらはシャルルの一枚の手札に集約される。
 光を束ね、生贄に捧げられたD-HEROの力を受け継ぎながら降臨するそれ。
 強固な骨格に身を包み、右腕からは一体化した一本の両刃剣が剣呑な輝きを宿す。
 大きく広げられた巨大な竜のごとき翼は黒く染め上げられ、頭部を覆い隠す兜には両角が。

「僕はカードを1枚セットして、ターンエンド」

 全身を襲う激痛。自分の肉体が闇に飲まれ、消えていく幻覚(ビジョン)が戦意を蝕む。
 思わず弱音を吐きそうになる心を奮い立たせ、デッキよりカードを引き抜く。

「俺のタァァァーンッ!!」

 ドローフェイズからスタンバイフェイズへ。
 その瞬間、不動を保っていたドグマガイが動き出した。

「ドグマガイの効果(エフェクト)発動! 特殊召喚に成功した次の相手のスタンバイフェイズ時、相手ライフを半分にする!」

 ドグマガイの全身を包み込むように噴出した黒いオーラが奔る。
 一夏目掛けて殺到するそれは、いくら白式を操作して回避しようとも、シールドエネルギーがあろうとも関係ない。

「ぐううっ……!」


一夏 LP300


 ISのシールドエネルギーが集中して絶対防御を発動して防ぐものの、相殺し切れぬそれは深く体を貫いた。
 制御を失ってアリーナの壁へと激突した白式の表面を紫電が走る。許容し切れぬダメージにISの方が先に強制解除の兆候を見せているのだ。


「素晴らしい……美しいよぉ、その苦しみに歪んだ顔! それでこそ、僕もサービスのしがいがあるってものさ…」

「それがどうしたああぁっ!!
 逆境の宝札を発動!
 相手フィールド上に特殊召喚されたモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合。自分のデッキからカードを2枚ドローする!
 このままカードを2枚セットして、ターンエンド!」

「ついに万策尽きたってことかな? その罠はなんだい? 逆転の一手? それともブラフかな?
 僕のターン、ダイヤモンドガイの効果(エフェクト)。
 おろかな埋葬の効果で、ギミック・パペット-ネクロ・ドールを墓地(セメタリー)へ送る。
 そしてバトル! D-HERO ドグマガイでプレイヤーへダイレクトアタック!!」

 闇の瘴気がシャルルとドグマガイを包み込み、フィールドを浸食し始める。
 ばさりと、ドグマガイの翼が広げられると羽ばたきと共に天高く舞い上がった。
 右腕と一体化した刃が大きく振りかぶられ、一夏へと振り下ろされたその瞬間。

「この瞬間! 永続罠、デモンズ・チェーン発動!
 ドグマガイのモンスターの効果を無効にし、さらにこの効果を受けたモンスターは攻撃できない!」

 セット状態から起き上がる1枚の永続罠カードから鎖が飛び出し、ドグマガイの右腕を拘束。
 結果、その両刃の剣は振り下ろされることなく鎖に阻まれた
 何とかして鎖を断ち切ろうとドグマイガイは抵抗するも、さらに幾条もの鎖が続けて射出され、その全身を固く締め上げた。

「こんな……こんな鎖で、僕を支配したつもりなのか……ッ!
 気に入らないね!!
 俺のファンサービスをことごとく拒否するなんて!!」

「何がファンサービスだ、お前の勝手なサービスを押し付けるな!」

「……ああ、そうだ。いいことを思いついた。
 これまでのサービスが気に入らないんなら、別のサービスをしてあげるよ!
 これなら気に入るんじゃないかなぁ!?」

 ダイレクトアタックを防がれたことで激昂していたシャルルの態度が急変した。
 先ほどまで披露していた見事な顔芸も元に戻り、今は彼本来の柔和で端整な顔立ちへ変わっていた。
 デュエルディスクがフェイズの移行を告げ、今がメインフェイズだとISのリンクを通じて伝えてくる。

「墓地(セメタリー)に存在するギミック・パペット-ネクロ・ドールの効果(エフェクト)発動!
 ギミック・パペット-ナイト・ジョーカーをゲームから除外することで、墓地(セメタリー)のギミック・パペット-ネクロ・ドールを特殊召喚!」

 シャルルの墓地からナイト・ジョーカーが除外され、ディスクより排出される。
 代わりにフィールドへと蘇生されたのは、棺桶より現れた1体の不気味なビスクドール。
 頭部には血が滲んだ包帯が巻かれ、欠損した右目からは今も血がしたたり落ちるその姿に、ビスクドール本来の愛らしさなど感じられない。

 D-HERO ドグマガイとギミック・パペット-ネクロ・ドール。
 再び、シャルルのフィールドにレベル8のモンスターが並ぶ。
 だがナンバーズであるギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングスは既に召喚され、今も墓地にある状態だ。エクシーズ召喚は不可能なはず。
 何を呼び出すつもりだ……?

「レベル8のD-HERO ドグマガイとギミック・パペット-ネクロ・ドールでオーバーレイ!

 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!

 ――――エクシーズ召喚っ!!」

 2体のモンスターは星の光へと姿を変え、天に昇る。
 アリーナ・フィールドに生まれた銀河の渦へと吸い込まれ、その中心部である別次元、"オーバーレイネットワーク"へ。

 アリーナ全体を地響きが襲う

 これは通常のエクシーズモンスターではない。この体にまとわりつくような、じとりとした淀んだ空気。
 まさかと、戦慄に絞り出されたつぶやきと同時、白式のハイパーセンサーがそれを捕えた。

「まさか……まさかこれは……!」

「現れろ、No.15!

 運命の糸を操る地獄からの使者、漆黒の闇の中より舞台の幕を開けろ!

 ギミック・パペット-ジャイアントキラー!」


 シャルルの身体にヘブンズストリングスの時とは異なる刻印が浮かび上がる。その数は「15」。

 ギリギリと音を立てて糸が巻かれ、それに釣り上げられた巨大な人形がフィールドに浮かび上がる。
 マリオネットと呼ぶには、あまりにも大きな人形だった。
 歯車が連動して回転を始める。糸によって黒々とした全身を操られ、球体関節が音を立ててその姿勢を変えていく。
 一夏の真正面に鎮座するようにして、機械仕掛けの殺人人形が召喚された。


【No.15 ギミック・パペット-ジャイアントキラー】
 エクシーズ・効果モンスター
 ランク8/闇属性/機械族/攻 1500/守 2500
 レベル8モンスター×2

 このカードは「No.」と名のつくモンスター以外との戦闘では破壊されない。
 このカードのエクシーズ素材1つを取り除いて発動する事ができる。
 フィールド上に存在するこのカード以外のモンスターエクシーズを全て破壊する。
 破壊したモンスターの攻撃力の合計分のダメージをそのモンスターのコントローラーに与える。


「2体目のナンバーズっ!?」

「その通り。僕は罠カード、ミス・リバイブを発動! プレゼントだよ、聖刻神龍-エネアードを一夏の場に特殊召喚!」

 突如として、一夏の場にエネアードが特殊召喚される。
 わざわざ相手のモンスターを蘇生したシャルルの行動に驚く一夏に、超高速の影が突撃をする。それは――

「なっ……! 『瞬間加速』か!?」

 一瞬で超高速状態へと移ったシャルルだった。
 競技用リミッター制限がある中でも最高峰のスピードで白式目掛け飛翔するラファール・リヴァイヴ。
 このままでは接触すると、一夏は即座に白式に命令を送り後退のバックブースト。再上昇。三次元跳動旋回を流れるように行うと回避してみせる。
 だが、シャルルはさらに上手だった。
 右へ左へ、瞬間的な加速を織り交ぜて機体を動かす彼は一度たりとも止まらない。既存の航空機ではあり得ない急激な旋回と運動性能でラファール・リヴァイヴを操作し続けついにその懐へ深々と潜り込んだのだ。
 咄嗟に突き出した白式の両腕とラファール・リヴァイヴの両腕が力比べのような態勢でがっちりと組み合い、激突する。
 衝突の際の衝撃に加え、加速の為のスラスターを全開に吹かした状態で姿勢制御などできようはずもない。

「ミス・リバイブは、相手の墓地のモンスター1体を相手フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する罠カード。この効果で僕は聖刻神龍-エネアードを蘇生した」

 プロレスの力比べのような状態で組み合ったまま、ぐるぐると視界が回る。
 両者は上空で回転しながら、落下し続ける。
 もはや、どちらが地上でどちらか空なのかも分からないほど目まぐるしく変わる視界の中、額が合わさりそうなほど接近したシャルルがカード効果の解説を始める。
 これ程までに近づいたことで、一夏はシャルルの顔、その奥底で爛々と輝く瞳を見た。やり場のない怒りと悲しみ、そして敵意に満ちた眼だった。

「そしてェ、No.15 ギミック・パペット-ジャイアントキラーの効果(エフェクト)発動!
 このカードはオーバーレイユニットを一つ使い、フィールド上に存在するこのカード以外のモンスターエクシーズを全て破壊する!
 そして、相手は破壊したモンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける!」

「ぐ……ぅ、離れろ!」

 弾け飛ぶようにして敵ISを突き放し、態勢を立て直す。
 その間にもデュエルは進行していた。

「エネアードを破壊するんだ、ジャイアントキラー!」

 駆動音を立てながらジャイアントキラーの両手より操り糸が発せられ、それはエネアードを束縛するように巻き付くとジャイアントキラーの元へと引き寄せる。
 守備表示により、相手の攻撃を受け止めんと構えていたエネアードの行動も意味がない。
 ジャイアントキラーの胸元が大きく開き、そこから粉砕機が姿を現した。
 抵抗を続けるエネアードを抱きしめるようにして捕まえると、足元からその肉体を細切れに引き裂いていく。
 苦悶の声を、断末魔の叫びを上げるエネアードの姿に一夏は思わず目をそらし――――シャルルを睨み付けた。

「トラップ発動! アルケミー・サイクル!
 このターンのエンドフェイズまで、自分フィールド上に表側で存在するモンスター全ての元々の攻撃力を0にする!
 ジャイアントキラーの効果は、モンスターの攻撃力分のダメージを与える効果! なら、攻撃力が0であるならば、発生するダメージも0になるはずだ!!」

 エネアードが破壊される。
 破壊され……だが、それで終わりだった。
 ジャイアントキラーの真価であるバーン効果は発動せず、今はただの人形として静かにフィールドにあるだけだ。
 唖然とした表情で宙に浮いたままピタリと停止、シャルルは一夏を見つめ返した。
 僅かな沈黙、信じられないという顔に変わったシャルルがゆっくりと顔を俯かせ――、

「くっ……また!! どうして……どぉして僕を拒絶するのさ一夏ァ!?
 僕のファンサービスをことごとく否定するなんて…、僕はただ、君が苦しむ姿を見たいだけなのに……ッ!」

 弾かれたように顔を上げ、激昂した彼の視線が一夏を射抜いた。
 まるで別人だった。
 普段のシャルルを知る者からは想像もできない程の取り乱し方。もはや取り繕うこともできないほどに大きく歪んだ顔。
 恐らく、いや間違いなく、今のシャルルはナンバーズの力に心を喰われている。
 血に染まったシャルルのカードが、彼自身を傷つけているのだ。

 ならば、と一夏はデッキに手をかける。
 このままではいけない。彼に本当のデュエルを取り戻させなくてはいけない。

「俺のッ、タァーーーーンッ!!!!」

 デュエルとはただ相手を打ち倒すためのものではない。その次に繋がるためのもの。
 確かにデュエルの目的とは相手に勝利することだ。でもそれ以外に大切なことがある。
 それは、デュエルを通して絆を作ること。信頼し合ったカードと共に成長していくこと。
 そう信じている。

「ドローしたカードはマジック・プランター! そのまま発動する!
 俺の場の永続罠デモンズ・チェーンを墓地へ送り、デッキから2枚のカードをドロー!!」

 ドクンと、デッキの脈動を感じる。
 熱さすら錯覚させる光が集い、カードに宿っていく光景を幻視した。

「魔法カード、アームズ・ホール! 自分のデッキの一番上のカード1枚を墓地へ送り、その後装備魔法1枚を手札に加える!」

 デッキの一番上にあったのはフォトン・ケルベロス。
 ケルベロスは墓地へ置かれ、変わって1枚のカードが一夏の元へ舞い戻る。

「俺は墓地の銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)を手札に加え、発動する!

 闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ!

 光の化身、ここに降臨!

 現れろ、銀河眼の光子竜!」

 ARビジョンによって作り出された空間。そのアリーナ・ステージの地面に巨大な亀裂が生まれる。
 砕かれ、引き裂かれた地面の割れ目は次第に広がってゆき、やがて中から一つの閃光が迸った。
 光は次第に太さを増し、一本の巨大な光の柱となってアリーナを照らす。

 そして、柱の中から竜の形をした光の輪郭が飛び出した。
 輪郭は次第にハッキリとした形を持っていき、やがて両翼から眩い閃光を迸らせるその雄々しき姿を完全に映し出す……銀河眼の光子竜の姿を。

「銀河零式を装備したモンスターの攻撃力は800ポイントダウンし、攻撃できず効果も無効化される。だが、……フォトン・ハリケーンを発動!
 自分の手札の枚数分、フィールド上の魔法・罠カードを手札に戻す。俺の手札はフォトン・クラッシャー1枚のみ。
 よって、場の銀河零式(ギャラクシー・ゼロ)を俺の手札へと戻す!」

 銀河零式が手札へと収まり、装備魔法がなくなったことで銀河眼の光子竜は攻撃力が0へと変化する。

「銀河眼の光子竜でジャイアントキラーへ攻撃!」

「正気? 攻撃力0の銀河眼で攻撃してどうするのさ。それに僕のナンバーズはナンバーズでしか倒せない――」

「銀河眼の光子竜の効果発動!!
 このカードが相手モンスターと戦闘を行うバトルステップ時、相手モンスター1体とこのカードをゲームから除外する事ができる!
 この効果で除外したモンスターは、バトルフェイズ終了時にフィールド上に戻る。
 そして、除外したのがモンスターエクシーズだった場合、ゲームから除外した時のオーバーレイユニットの数×500ポイント攻撃力をアップする!」

「なっ!?」

 攻撃に移った瞬間、銀河眼(ギャラクシーアイズ)とジャイアントキラーの姿が細かな粒子となって消えていき、……再び姿を現した。
 銀河眼の光子竜はその攻撃力を3500まで上昇させ、ジャイアントキラーのオーバーレイユニットを消滅させた状態で。

「確かに、お前のジャイアントキラーの効果は強力だ。だがオーバーレイユニットがなければその効果も発動できない。俺はこれでターンエンドだ」

「調子に乗ってぇ!! 僕のターン、手札から装備魔法、エクシーズの宝冠をジャイアントキラーに装備させる!
 モンスターエクシーズにのみ装備可能なこのカードを装備したモンスターはそのランク分のレベルを得る。
 さらに、装備モンスターをエクシーズ素材とする場合、1体で2体分の素材とする事ができる!」

 シャルルが発動したカードにより、ジャイアントキラーが変化する。
 モンスターエクシーズは、本来レベルを持たぬモンスター。故にモンスターエクシーズを使って新たなエクシーズ召喚を行うことは不可能だ。
 だが、エクシーズの宝冠はそのレンクをレベルへと変化させた。
 ジャイアントキラーを素材に、エクシーズ召喚が可能となったのだ。

「さらに手札から、ギミック・パペット-ギア・チェンジャーを召喚!

 1ターンに1回、このカード以外の自分フィールド上に存在するギミックパペットと名のついたモンスターを選択して発動する。このカードのレベルは選択したモンスターのレベルと同じになる!

 僕はレベル8となったギミック・パペット-ギア・チェンジャーとギミックパペット-ジャイアントキラーでオーバーレイ!

 3体分のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!

 ――――エクシーズ召喚!!」

 再び生まれる銀河の渦。
 ギア・チェンジャーとジャイアントキラーがその全身を黒い光へ変え、互いに絡み合いながら天高く昇っていく。
 2体のモンスターがその輝きの中心部へと完全に吸い込まれた瞬間、爆発が起きた。
 超新星の凄まじい爆発が周囲を照らし出す。

「くっ、……まさか!?」

 衝撃が押し寄せる。
 それらは一夏の元へと殺到し……しかし白式を庇うように前に出た銀河眼の光子竜より発せられる波動によって寸でのところで食い止められる。

「これが僕の最後の、本当の切り札!

 ―――現れろ、No.88!!

 ギミック・パペット-デステニー・レオ!」

 浮き上がる「88」の刻印。
 エクシーズ召喚独特のエフェクトと共に、大地より玉座がせり上がる。
 玉座に堂々と在るのは、攻撃力3200を誇る王者の風格を纏ったライオンの頭を持つ剣士。
 シャルルが繰り出した3体目のナンバーズ。

「ナンバーズを素材に、新しいナンバーズを……!?」

 ただそこにあるだけで、それが脅威であると分かることがある。
 決闘者としての感覚だけではない。
 人の本能に根ざした部分が警告しているのだ。
 あれは危険だ、と。



【No.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ】
 エクシーズ・効果モンスター
 ランク8/闇属性/機械族/攻3200/守2300
 レベル8モンスター×3

 このカードはNo.と名の付いたモンスターとの戦闘以外では戦闘破壊されない。
 1ターンに1度、このカードのオーバーレイユニットを1つ取り除くことができる。
 自身の効果でこのカードのオーバーレイユニットが全て無くなった時、このカードのコントローラーはデュエルに勝利する。



「デステニー・レオの効果発動!
 こいつがオーバーレイユニットを全て失くした時、僕はこのデュエルに勝利する!
 1ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ使うことでね」

「そんな、馬鹿な!? 戦闘も行わず、条件を満たすだけで勝利するカードだって…!」

「これが無敵のナンバーズ、デステニー・レオの力さ!
 デステニー・レオのオーバーレイユニットはあと一つ。
 次のターン、デステニー・レオが最後のオーバーレイ・ユニットを使った瞬間、一夏、君の負けだ!」

 事実、これはシャルルの最後の切り札だった。
 彼の所持する3枚のナンバーズの中でも、飛び切り強力な1枚。
 ……そしてあの日、大人たちの悪意に引き裂かれそうだった彼女の人生を再び変えた運命のカード。

「魔法カード、手札抹殺を発動する。互いのプレイヤーは手札を全て捨て、捨てた枚数分のカードをドローする」

 シャルルの手札は1枚、一夏は2枚。
 それぞれ手札を捨て、デッキよりカードをドローした。

「ふふふ、今僕が墓地へ捨てたカードは魔法カード、囚われの鏡。
 このカードが墓地に存在する限り、お互いのプレイヤーは機械族、アンデット族以外のモンスターで攻撃する場合、同じ種族のモンスターをリリースしなければ攻撃できない!
 つまり、ドラゴン族モンスターの銀河眼の光子竜で攻撃しようと思ったら、君は自分のドラゴンをもう一体リリースしなくちゃいけないんだ。
 さらに手札から永続魔法、平和の使者を発動。このカードが存在する限り、攻撃力1500以上のモンスターの攻撃宣言を封じる」

「………く」

「君の銀河眼の光子竜は脅威だからね。戦闘では破壊できなくても、オーバーレイユニットを奪われたんじゃ、デステニー・レオの効果は発動できない」


 険しい表情で一夏はフィールドを見る。

 シャルルの場には攻撃力が3200のNo.88 ギミック・パペット-デステニー・レオ。
 対する一夏の場には、攻撃力が3500に上昇した銀河眼の光子竜がいる。

 ……攻撃力では勝っている。効果が無効化されたわけでもない。
 バトルによって銀河眼の光子竜とデステニー・レオを除外すれば、その能力による特殊勝利は不可能となる。

 だが、シャルルの場には平和の使者がある。
 あれを破壊しない限り、銀河眼の光子竜の攻撃は不可能だ。

 まだだ、……考えろ。この状況を突破できるカードはないか考えろ。
 銀河零式を装備し、装備カードが外された銀河眼の光子竜ならば攻撃力は0となる。
 攻撃力0の状態であれば平和の使者も関係なく突破し、デステニー・レオに攻撃を………、

(…………いいや、駄目だ)

 それだけでは囚われの鏡の効果が邪魔をする。
 そもそも、次のターンを渡してしまえばデステニー・レオの効果でシャルルの勝利は確定してしまう。
 時間はかけられないのだ。

 ふと、脳裏に幼馴染が使うカードの内の1枚である六部衆-ヤリザの姿が思い浮かぶ。
 これが篠ノ之箒なら、持ち前の引きの良さと戦略の組み立てできっと勝利するのだろう。

 だが一夏のデッキに直接攻撃が可能なモンスターはいない。
 ではどうする、諦めるのか。

「……………そんなわけ、ないよな」

 いつの間にか、一夏の口元には笑みが浮かんでいた。
 何故だろう、このままでは負けるはずなのに。
 何故だろうか、こんなにもドキドキしているのは。

「なんだい、何か言ったかな?」

「ああ、言ったぜ。……楽しくなってきたってな」

「なに?」

「シャルルはそう思わないのか?
 デュエルをすれば互いのことが分かる。デュエルをしたなら、そいつはもう仲間だ。少なくとも俺はそう信じている。
 俺は楽しいぜ、こんなにも凄いデュエルができるなんてな」 

 ポカンとした表情で一夏の言葉を聞いていたシャルルが次に浮かべたのは、苛立ちの表情だった。

「思わないね。自分と相手、それは勝負で成り立つ関係だよ。
 ただデュエルで相手を倒しさえすればいい。それで勝利という対価が手に入る。他に何があるっていうのかな?」

「絆だ」

「戯言だね。そんなものは生まれやしないよ。さっきから聞いていれば、……一夏、君はいったい何なのさ?」





















「人の心に澱む影を照らす眩き光、人は俺をナンバーズハンターと呼ぶ」

「!?」



 ※呼びません





「諦めないぜ、俺は。俺の、タァアアアアアン!!」

 気合い一閃。まさに、鞘に収めた剣を居抜くように、残像すら後に残してデッキより1枚の手札を引き抜いた。
 正真正銘のラストターン。運命のドロー。
 自分の想いに対してデッキ出した答え、それを確認した一夏は静かに微笑んで見せた。
 ……このカードは……。

(これが俺の運命)

「ありがとう。…………俺は、魔法カード、未来への思いを発動!」

 カードの発動宣言をした瞬間、小さな光が白式の胸元に灯った。
 今にも消え入りそうな、頼りなく儚い光。
 しかし、それが白式の中へ、ISコアと吸い込まれた瞬間、白式が強烈な光の球体となって辺り一帯を照らし出した。
 シャルルの発するナンバーズの闇すらも一瞬で吹き飛ばし、さらなる輝きを放って圧倒する。

「……嘘、この光は……第二形態移行(セカンド・シフト)!?」

 信じられないと、シャルルの言葉が発せられた瞬間、光を纏った白式が大きく変化した。

「俺は、俺自身と白式でオーバーレイ! 俺たち2人で、オーバーレイネットワークを構築!!」

 エクシーズ・チェンジ――白式第二形態・雪羅!!

 純白の輝きを増した装甲。左腕のデュエルディスクに増設された雪羅。
 強化され、大型化した4機のウイングスラスターはさらなる大推力の加速を可能とし、二段階瞬間加速すら可能とする。
 そのスラスターから吐き出される光の閃光、眩い粒子の渦はアリーナ全体を温かな光で包み込んでいく。

「魔法(マジック)カード未来への思い。このカードは、墓地からレベルの異なるモンスターを3体特殊召喚する。
 甦れ! 銀河騎士! ギャラクシー・ドラグーン! フォトン・ケルベロス!」

 旋風が巻き起こる。
 墓地から飛び出す3体のモンスターは銀河眼の光子竜と白式・雪羅の元へ集結した。

「ただし、この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃力が0になり、効果は無効化される!
 そしてこのターンエクシーズ召喚を行わなかった場合、俺はエンドフェイズにライフを4000ポイントを失う」

 無論、これだけ強力なカードがノーリスクで使えようはずもない。
 ライフ4000。
 初期設定されたライフポイントの全てを失う覚悟があってこそ、このカードは発動できる。

「さらに魔法カード、星に願いを!

 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
 選択したモンスターと同じ攻撃力または同じ守備力を持つ自分フィールド上のモンスターのレベルは、エンドフェイズ時まで選択したモンスターと同じになる!

 俺はフィールドの銀河騎士を選択。フォトンケルベロスとギャラクシードラグーンのレベルを8にする!」

 夜空に映し出された星の輝き。
 ARビジョンであったはずのそれは、やがて現実の星の輝きと重なり合い輝きを増していく。

「ほ、星の輝きが集まって……」

 デュエルも忘れ、シャルルは夜空の向こうに映し出された遠い遠い情景に見惚れてしまった。
 星空を見上げるなんて、いったい何年ぶりのことだろうか。
 そうだ、この光景は。この無数の星々の煌めきは見たことがある。
 なぜ忘れていたのか。かつて母と二人で住んでいた田舎で見上げた夜空。あの時見た美しい星の煌きを――――、


「俺はレベル8の銀河眼の光子竜と、銀河騎士、フォトン・ケルベロスの3体でオーバーレイッ!!」


 大地が、大気が震える。強烈な突風が吹き荒れ、一つの巨大な銀河となって暗く光り輝いた。
 3体のモンスターが光へ変化して天に昇ると、フィールドに生まれた銀河の渦へ吸い込まれてゆく。
 アリーナが、眩いほどの輝きで包まれる。

「3体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 銀河の渦に呼応するように、一つの巨大な槍が白式・雪羅の目の前に量子状態から展開される。
 それを一夏は白式のクローでしっかりとつかみ取ると、空に浮かぶ銀河を目がけで投擲した。

「逆巻く銀河よ、今こそ、怒涛の光となりて姿を現すがいい!

 降臨せよ、我が魂!

 エクシーズ召喚――――超銀河眼の光子龍ッ!!!!」

 降臨したモンスター。それはまさに新たな銀河の誕生を告げる咆哮。
 銀河の瞳を持った、超銀河団の化身。――超銀河眼の光子龍。


「そ、そんな、攻撃力4500のモンスター!? だけど僕のフィールドには平和の使者が、」

「銀河眼の光子竜を素材としてエクシーズ召喚された超銀河眼の光子龍は、このカード以外のフィールド上に存在するカードの効果を全て無力化させる。
 さらに、オーバーレイユニットを一つ使い、超銀河眼の光子竜の効果発動!
 相手フィールド上のエクシーズ素材を全て取り除き、このターンこのカードの攻撃力は取り除いた数×500ポイントアップする。
 ギミック・パペット-デステニー・レオのオーバーレイユニットを取り除き、超銀河眼の光子龍の攻撃力は5000に上昇!」

 超銀河眼の光子龍がその巨大な体躯を動かした。
 敵であるデステニー・レオの力でさえも己の身に宿し、そのエネルギーが高まりを見せる。
 宇宙の力を束ねた、ドラゴンブレス。

「囚われの鏡の効果だ。俺はフィールドのギャラクシードラグーンをリリースして、超銀河眼の光子竜で攻撃! アルティメット・フォトン・ストリィイム!!!」

 超銀河眼の光子龍3つの首それぞれから吐き出される一撃。
 銀河眼の光子竜を遥かに超える銀河の輝きがデステニー・レオごとシャルルを包み込んでいく。

「うああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 飲み込まれる。
 悪足掻きすらも許されず、圧倒的な力で粉砕される。
 その力の奔流に飲み込まれる寸前、デステニー・レオがシャルルに向かってその右腕を伸ばしていた。

「――――え?」

 ドン、と。
 突き飛ばされたシャルルはその勢いのまま、超銀河眼の光子龍の攻撃からは外れてアリーナの地面に墜落。
 一拍遅れて、デステニー・レオの全身が押し寄せる光に見えなくなり、……欠片も残さず蒸発していった。


シャルル  LP 0



 デュエルディスクが音を鳴らして、ライフが0になったことを告げる。
 地面に転がった際の衝撃か、それともデュエルでのフィールに耐えきれなかったのか。
 纏っていたISが煙を上げ、装甲をバチバチと紫電が走る。機体維持警告域を超えかけているのだ。


「大丈夫か! シャルル……」

「僕は……負けたんだね」


 シャルルは、立ち上がることもなくぐったりと地面に崩れ落ちていた。
 その様子は弱弱しく、先ほどのような力はまったく感じられない。まるで糸の切れた人形のようだった。
 ただ、デュエルに負けたこと以上に、彼にとってショックなことがあったのだろう。


「……え、してよ……」

「え?」

「返してよ! 僕のナンバーズを!! ボクには必要なんだ! ボクが生きるためには力が、本当のヒーローが!!」


 ギミックパペット。

 他人からの命令にただ従うだけの人形のような生活を送っていたシャルル。

 そんな彼が願った、操り人形であることをやめたいという祈り。

 それが逆に自分が他者を支配する立場になって、己の過去を消し去りたいという、歪められた願望の形となってしまったのは皮肉でしかないだろう。

 本来のシャルル・デュノアとは、普段の貴公子然とした態度とは違い、もっと気弱で大人しい人間だったのかもしれない。

 半ば八つ当たりのように全てを暴露し、嗚咽を続けていたシャルルが落ち着くまで、一夏は静かに待っていた。

「……ごめん。僕はデュエルで負けた、何も言う資格はないんだ。それに本当の意味で諦めが付いたよ。やっぱり、僕は大人しくフランスに帰って誰かの命令に従っていた方が良かったのかも、――――」

「何言ってんだよ」

 言葉を遮られ顔を上げる。そこでやっと、シャルルは一夏が手を差し伸べているのに気が付いた。

「もうすぐ学年別タッグトーナメントがあるんだぜ。俺、まだタッグデュエルのパートナーが決まってないのに、シャルルがいなくなったら困るだろ」

「え、あ……」

「ま、これは命令じゃなくて、仲間へのお願いだからな。シャルルが嫌だって言うなら、無理強いはしないさ」

 シャルルの疑問に、一夏は少しだけ気恥ずかしそうに頬をかきながら答えて見せた。

「…………どうして、僕は君にあんなに酷いことをしたのに」

「まあ、闇の決闘は御免だけどな。それに言ったろ、お前とのデュエルは楽しかったって。こんなにもワクワクしたデュエルは久しぶりだった。
 シャルルにはこのIS学園に居て欲しいんだ。それに、……カードたちだって、シャルルが悲しむことは望んでいないと、そう思う」

 ここに居て欲しい。
 そんなことを言われたのは初めてだった。

 シャルルの目に、小さな涙が浮かんだ。

「ぼ、僕は……ここに居ていいのかな」

「当然だろ」

 震える声で、次の言葉を紡いだ。

「いちか、…一夏は僕のこと、仲間だって……ほんとうに?」

「当たり前だ。デュエルをしたなら、そいつはもう仲間だ」

「うん。……うん、…そうだね。そうだよね……う、ぅぅ……」


 もう、溢れる涙を止めることはできなかった。

 シャルルにはもはや、ナンバーズは必要ないだろう。
 それよりも遥かに価値のあるものを、今日シャルル・デュノアは手に入れたのだから。

「さあ、シャルル。ほら………立てるか?」

 一夏が伸ばしたその手に対し、シャルルも躊躇いがちに手を伸ばす。
 今度は、その手を掴み取ることができた。
 糸の切れた人形のように崩れ落ちていた足に力が宿る。
 右手に一夏の手の暖かさを感じながら、シャルルはしっかりと立ち上がり、







 ガコン。









 と音を立て、ラファール・リヴァイヴの胸部装甲の一部が地面へ落下。量子変換によって消えていった。
 次いで、機体維持警告域を超えたラファール・リヴァイヴ全体が自動的に待機状態へと戻る。
 ISデュエルによって激しくダメージを受けた両者は服も含めてボロボロだ。
 そしてシャルルの服は、何故か狙ったように胸元の部分が裂けていた。普段であればISスーツを着込んでいるのだが、今回ばかりは普通の制服で決闘をしていたのだ。仕方ないね。
 問題はここからだった。

「へ…………?」

 胸がある。
 いや、男にだって胸はある。
 でも、これは、違う。
 だって大きいもの、サイズ的にはCカップ? とりあえず鈴よりはデカいことは間違いない。
 しかも服が破けている位置的にちょうど……なんだ、その、世界の悪意を感じられずにはいられない。

「えっと……シャルル、くん? いやシャルルさん?」

「………………………………」


 ん゛にゃああぁぁぁとか、いぃやぁああぁぁぁみたいな悲鳴が木霊した。


















■その後のタッグマッチデュエルトーナメント


 ISデュエルが行われるアリーナの様子がモニターに映し出される。
 ここ、アリーナ・ピットの内部に、千冬と束の姿はあった。

「ふむ、どうなることかと思ったが、今年の一年は中々やるじゃないか」

「そーだねー」

 コーヒー片手に直立不動。すらりとした姿勢の良さを見せつけて、したり顔でデュエルを見物する織斑千冬のそれとは違い。
 今現在もなにかを消耗し続けているかのような表情で、べたりとテーブルに突っ伏す束の姿は酷く対照的だった。

「しかしISの数に限りがあるのが辛いな。同時進行はしているが、ISデュエルでのトーナメントも中々進まん。
 もっと用意できないか、束?」

 その一言に、びくりと束の身体が跳ねた。
 彼女の顔に浮かんだのは、にへらっとした気持ちの悪い笑み。

「……もう、IS脱いでデュエルすればいいんじゃないかな」

 搾り出すような一言だった。
 それを聞き、千冬は束に笑顔を向けてにっこり笑う

「ハッハッハ、何を言うんだ束」


 真顔で言った。


「それではISデュエルではなくなってしまうではないか」

「うん。……うん、…そうだね。そうだよね……う、ぅぅ……」


 もう、溢れる涙を止めることはできなかった。








■ラファール・リヴァイヴⅡ

仏国のIS企業「デュノア社」が開発に成功した第3世代型インフィニット・ストラトス。
第2世代型ISにおける傑作機として名高いラファール・リヴァイヴの正統後継機。
その最大の特徴としてDホイール形態への可変機構を有し、ISデュエルとライディングデュエル双方の対応を可能とした。
作中において織斑一夏が「DホイールがISに変形した!?」と驚く場面があるが、本機はDホイールへの変形機能を持ったISであり、Dホイールではない。
今話では使用されなかったが「スピード・ワールド」の展開も可能であり、後付武装によって用途の多様化に主眼が置かれた第2世代型とは一線を画する機体である。
なお、ラファール・リヴァイヴⅡの情報はコアネットワークを通じて拡散し、他のISコアの自己進化に影響を与えている。






「どうして(私の赤椿は)Dホイールに変形しないんだ?」


 箒の何気ない一言に、束はしばらく研究所に引き篭もった。



[32402] 放課後デュエルフィールド【1発ネタ】
Name: 三羽烏◆1555a0ce ID:11fbe190
Date: 2012/08/13 21:23
 ―――――なんだよ、これ!?

 眼前に広がる光景に、彼は言葉を失くしていた。交差点のど真ん中で立ち尽くしたまま、少年――牧島カヲラは唖然とした表情で周囲を見渡す。
 人、人、人、人、人の群れ。夕日に照らされ、赤く染まった世界があった。
 ずれた眼鏡のレンズ越しに見えるのは、大型のスクランブル交差点を行き交う学生と帰宅途中であろう社会人、買い物客たち。
 その全てが静止していた。
 視線を空へ向ければ、そこには空中で羽ばたく姿のまま縫い止められた数羽の鴉が、まるで写真に切り取られたかのようにぴたりと止まっている。
 先程まで音声と共に点滅を繰り返していた信号、人々の雑踏、車のエンジン音、スピーカーより流れる流行歌、全てが鼓動を止め、静寂に支配されている。

「時が、止まっている……?」

「半分正解で半分間違いだな"マキシ"。今この空間は、時間の進みを1万分の1にしてある」

 カヲラの背後から声が響いた。女の声だ。
 振り返る。
 髪の長い、見事な肢体の女だった。手入れこそされていないが、燃えるような赤毛の髪に凛々しくも美しい眉。
 あどけない少女の面影を色濃く残しながらも、どこか大人びているという、矛盾した印象。
 腰のライン、そしてスカートからすらりと伸びた脚は見事な曲線を描いている。
 女、いや少女は道路の中央に堂々と仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべていた。
 その端正な顔に花の咲くような笑みの一つでも浮かべたのなら、きっと多くの雄の気を引くことができるのだろう。
 だが、今の彼女の顔に張り付いているニヤニヤとしたその笑みは、ある種の邪悪さすら感じてしまう。
 全てが止まった空間の中で、動くことのできるたった二人が対峙していた。

「なんなんだよ、これは!?」

 この異常な状況を引き起こしたであろう張本人に対し、カヲラは声を張り上げた。
 少女は、回答を返さなかった。
 いや、これが答えだとばかりに口角をつり上げると、芝居がかった動作で天を指差して見せた。
 カヲラの視線が、その先を追う。それが何だと言うのか。何がわかるというのか。

 その理由はすぐにわかった。

 銀河が見えた。
 光の大渦、生命の大河。大地が、大気が震えるのを全身で感じた。
 比喩ではない……。事実、彼が毎日の通学路としていた交差点の上空で、一つの宇宙が渦巻き、無数の光子が、粒子の輝きが瞬いていたのだ。
 瞬間、光が爆発した。
 世界が反転する。雲が割れ、夕日は引き裂かれ、静止していた人々の姿が、コンクリートで構成されたビル群の数々が、アスファルトの大地が崩れ去る。
 光の濁流の中、両腕で必死に顔をかばうカヲラの耳に、少女の堂々たる宣言が聞こえた。


「入隊を歓迎するぞ新入り。これがお前の『放課後デュエルフィールド』へのデビュー戦だ!」


 次に目を開けた時、そこはすでにカヲラが知る日常ではなかった。
 まるで血液を隅々まで伝える血管のように、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩が流れる岩肌の大地。
 山頂より延々と吹き出す黒煙と厚い雲の連なりに太陽は隠され、マグマの光源が二人の姿を照らし出す。
 灼熱の熱波が吹き荒れているであろうここは、まさに現代に再現された地獄と呼ぶに相応しい。
 カヲラに辛うじて分かったのは、今自分達がいる場所が、山脈と山脈の間の辺りであるということだけだ。

「ふん、今回は特殊フィールド……それも灼熱のマグマフィールド、か」

「おい、九段下。そろそろ真面目に答えてもらうぞ。なんなんだコレは」

 瞳に苛立ちの色が浮かべ、牧島カヲラは少女――――九段下ホマレに問い掛けた。
 が、ホマレに動じた様子はない。
 「はぁんっ」と一笑に伏すと、腰のベルトに通した小型のケースからカードの束を取り出した。
 同時に、左腕に付けられた奇妙な装置が自動で作動する。カシャリと機械音を立てて変形すると一枚の決闘盤を形成した。
 ホマレは慣れた手つきで、それにカードの束、すなわち『デッキ』をセットする。

「さっき言っただろマキシ。これは決闘空間だ、英語で言うとデュエルフィールド」

「俺がそんなことを聞いてるんじゃないことぐらいわかれよ」

「あー、お前こそわかんねーやつだな」

 九段下ホマレは、心底呆れかえったという様子を隠そうともせず溜息を吐いた。
 黒雲で隠された空を見上げる。そして再びカヲラに視線を戻した。
 そこにはあの、ニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。
 これから言う自分の台詞に笑っていたのだ。

「『決闘者(デュエリスト)ならカードで語れ』。……そーいうことだ」

「……あっそ。そういうことかよ。なら遠慮はいらねえな」




















「「デュエルッ!!」」










 ◆







 文明は進歩する。
 過去から現代(いま)へ、そして未来へ。廻り巡り、流れては紡がれる命の連鎖。
 多くの科学者、研究者たちが新しい技術を開発し、新しい理論を発見していく。


 そして、文明は進歩する。
 飛躍的に成長していく人間社会は、かつての時代には空想の産物でしかなかった技術も可能とした。
 宇宙開発が進められ、ネットワーク技術が発展し、科学技術によって高度な社会が構築された。
 ……同時に、地球の限りある資源を食い潰す速度も緩むことなく加速していく。


 そうだ、文明は進歩した。
 それは同時に多くの問題も引き起こした。
 枯渇した化石燃料に代わるエネルギー問題。それに伴う紛争。
 大きく崩れた自然環境による異常気象や世界規模での環境問題。
 強く議論されるようになった代替エネルギーという課題。


 文明は回る。廻る。回転して(まわって)いく。
 そして人類はついに「それ」を発見した。


 一人のデュエル学者によって導き出されたデュエルエナジー理論。
 決闘の激突に伴い発生するその力は、強力な決闘者同士のデュエルであるほど強大なエネルギーとなる。
 ……間違いなく、世界を驚愕させる発見であった。
 その結果生み出されたのが、究極のエネルギーシステム『モーメント』の開発。
 モーメントの回転力はデュエルディスクを発展させ、ソリッドビジョンシステムを新たなステージへ押し上げ、時を加速させた。


 ………かつて、古代エジプトにて行われたという決闘。
 人の心に巣くう闇。その邪悪な魔物を石板へと封じ、決闘者が操る決闘――――ディアハ。
 古き時代の決闘は形を変え、現在・未来と交差する。
 例え幾千幾万の時が過ぎ去ろうとも……現在(いま)も過去(むかし)も、決闘者たちの闘いは変わらず続いていくのだ。


 その日、その時、まさに世界は変革の時を迎えたのである。


 つまり、分かり易く表現するとこうだ、



















 ――――そんなことよりデュエルしようぜ! である。





 ◆






 ―――俺、牧島カヲラが『閃光の魔女』こと九段下ホマレに無理矢理入部させられ、やってきた放課後はデュエルモンスターズを使った決闘空間だった。


「で、Dゲイザーのこの部分に出てる数字は何なんだ?」
「デュエルで得たポイントだ。DPって言えばわかるだろ。I2社やKCなんかが主催してる大会の出場者なんかに、景品のカードと一緒に貰えるポイントだ」





 自宅に帰ると、そこにいたのは純度100%の不審者だった。
 全身真っ黒いコートに、これまた黒いバイザー。横一文字に入ったスリットから覗く眼光が妖しく光る様は威圧感しか与えない。
 中身は小柄な少女であることが、余計に違和感を掻き立てた。


「これは失礼。私はシス・ナンバー457と申します。デュエルが公平なる審判の元、行われるようジャッジを務めております」
「ジャッジ・マン? お前が?」
「はい、最新の制限改定の情報や裁定で迷った時はどうぞお気軽にお聞きください」





 デュエルをするだけでDPが手に入る。
 この異空間で行われるデュエルが何のために行われるのか、何故秘密裏に行われているのか。
 それはまだ、誰にも明かされていない。
 一説には、新しいデュエル技術開発の試作とするためのテスターという噂や、決闘者レベル8同士のデュエルは権力者や金持ちの賭博の対象とされているなどの噂があるらしい。


「『放課後デュエルフィールドは、KC製の最新鋭のソリッドビジョン技術と異空間シュミレータ『ジオ・カウント』により再現された、決闘者の決闘者による決闘のための空間です』……か。…ふふふ……」
『どうやら、計画は順調に進んでいるようだな』
「はっ、アストラル界ならびにバリアン界への十二次元界面干渉は順調に進んでおります。後は適合者が現れるのを待つだけかと。問題は、スポンサーの老人たちをどうするかですが……」
『構わん。ソリッドビジョンシステムの軍事転用シュミレーター開発を餌にチラつかせておけばよい。所詮はデュエルの本質も知らぬ愚か者共だ』
「了解しました……」





 この時の俺たちは、まだ、これが本当に世界の命運を賭けた戦いになるなんて、思ってもみなかったんだ。

「ぐっ!? こ、この痛みは……、仮想立体触感なんかじゃねえ!? どうなってやがる!!」
「闇のゲーム……まさか…実在していたのか?」
「へっ、お前をブッ倒すことにわくわくしてきたぜ!」







放課後デュエルフィールド!

もうこれはやるしかないと思ってやった。
正直後悔している。
書いたことも、放課後BFを買ったことも。
というかIS書けてないのに何やってんだ私。
あ、月読命さんお帰りなさい。


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