IS学園学生寮。世界初の男性IS操縦者、つまり唯一の男子生徒である織斑一夏の部屋。その中には部屋の主である一夏と6人の少女がいた。一夏は縛り上げられた状態で椅子に座らされており、6人の少女が部屋を勝手に荒らしている。
「折角の休日だってのに、いきなり叩き起こされて、縛り上げられて、部屋を荒らされて……これは一体どういうことなのか教えてくれ!」
「駄目だ」
「駄目!? どうしてだよ!?」
一夏の魂からの叫びを一言で切り捨て、少女達は部屋をくまなく探索する。
「ベッドの下はなし、か……セシリア!」
ベッドの下を覗き込んでいた黒髪の少女こと篠ノ之箒が、引き出しを探っている長い金髪の少女もといセシリア・オルコットに声を上げる。
「こちらにもございませんわ!」
「天井裏もよ!」
「ラウラ! 他に隠しスペースみたいなのは見当たらない!?」
「いや、私の見立てでは無い」
「つまり残るは、クローゼット……!」
さらに凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪がそれに続く。原因は一週間前に『銀の福音』や『仮面ライダー』を模した無人ISが学園を襲撃された際、重傷を負ったインターポール捜査官の滝和也を昨日見舞いに行った時のことだと一夏は推測している。最初は他愛ない雑談をしていたのだが、例の如く好みの女の子のタイプを和也が聞いていたところで丁度6人が入ってきた。和也と共闘した他の5人はともかく、その時は不在で和也と面識が無い筈の簪が見舞いに来た理由は不明だが、そんなことはどうでもいい。むしろ6人が異様に殺気立っていた方が問題だ。しかも直前に和也が一夏にエ……その手のいかがわしい本を持っていないか、と聞いたのを耳にしていたらしく、執拗に尋問された。
その場は和也の担当医で、学園校医である緑川ルリ子の活躍……と言っても6人をハグしようと追いかけ回しただけだが……により収まった。安心していたら朝早くにドアをピッキングされ、6人に叩き起こされ、縛り上げられ、部屋をくまなく探索されている。勿論一夏は隠していないと主張しているのだが、彼女たちは無視している。現在6人はクローゼットをくまなく探索している。すると簪が何かを見つけたようだ。
「なんだろう、これ。少し大きめだし、ボロボロだし……?」
簪はクローゼットからジャケット、俗に言う『革ジャン』を取り出す。簪の言う通り、一夏が着るにしては少しサイズが大きめだ。至る所に縫った跡がある継ぎ接ぎのものだ。
「それは……」
「『猛さん』から貰った大切なもの、だろう?」
簪の疑問に答えようとする一夏の後を引き取り、箒が答える。
「猛さん?」
「ええ。一夏さんの命の恩人で、『理想のヒーロー』ですわ」
「ほら、お見舞い行く途中で話したじゃない。一夏が誘拐された時に一緒にいて、助けてくれたのがその『猛さん』って人らしいのよ」
「と言っても、僕達も一夏や織斑先生、滝捜査官から聞いただけなんだけどね」
「それと村雨さんの話では村雨さんの大先輩であるとも聞いているな」
更に疑問を口にする簪に対して今度はセシリア、鈴、シャルロット、ラウラが続ける。彼女達の言う通り、一夏は第二回『モンド・グロッソ』決勝戦直前に誘拐された際、一夏を助けに入ったものの、その一夏を人質にされる形で一緒に捕まってしまった『猛さん』こと本郷猛により助けられた。誘拐した犯人グループが猛や、決勝戦を棄権し一夏救助に現れた千冬、その護衛に当たっていた和也により鎮圧され、一夏が千冬と再会を果たした直後に猛は姿を消していた。
その為一夏と猛が一緒にいた時間は長くないのだが、一夏の脳裏には本郷猛という男の姿や生き様、魂が焼き付いていた。一夏にとって本郷猛は命の恩人でり、自分もこうなりたい、こうありたいと願った憧れのヒーローでもある。その事を一夏との付き合いが一番短い簪以外の面々も一夏や千冬、和也からも聞かされている。ちなみにこのジャケットは上着を引き裂かれ、夜風に吹かれ震えていた一夏に猛が掛けてくれたものだ一夏は宝物として大切に保管しており、自分で修繕していた。
どこかしんみりとした空気をぶち破るように、部屋のドアが勢いよく開かれる。
「フフフ、見つけたわよ、簪ちゃん。それと他の皆も昨日の分までたっぷり可愛がってあげるわ!」
「ルリ子先生!?」
入ってきたルリ子であった。先程まで更識楯無をハグしようとしていたと聞いていたが、遂に捕まったようだ。別の獲物を求めてここにたどり着いたのだろう。簪のみならず他の5人もルリ子に気に入られており、『必ず』ハグする対象である。昨日は逃げ切れたらしいが、今度ばかりはそうもいかないだろう。ラウラですらルリ子の悪癖には辟易している。他の5人は言わずもがなだ。ハグしようと飛びかかるルリ子をかわした6人は、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。
「ちょっと待ちなさいよ! あら、あなたどうしたの? 趣味?」
「出来れば今すぐほどいて欲しいんですが……」
一夏は溜め息をつき、ルリ子に縄をほどいてくれるように頼むのだった。
**********
病院の待合室らしき場所に設置された椅子に、一人の女性が座っていた。スーツ姿が似合いそうな凛とした雰囲気に、怜悧な美貌、メリハリのきいたスタイルの美女だ。と言っても私服姿だが。椅子に座っていた女性だが、て歩いてくる男の姿を見ると椅子から立ち上がる。男はラフなジャケットを着込み、手にはバッグを持っている。怪我でもしているのか頭や顔にはガーゼや湿布らしきものが貼られている。男も女性の姿を見つけると女性へ歩み寄る。
「しかしよく考えりゃ凄い光景だな。『ブリュンヒルデ』が直々にお迎えだなんてよ」
「その様子では殆ど完治したみたいですね。それと一応聞いておきます。あなた本当に人間ですか?」
「そう言うなよ、俺だって驚いてんだから。悪いな、千冬」
「いえ、私が原因ですから気にしないで下さい、和也さん」
女性こと織斑千冬は男こと滝和也と会話を交わす。
織斑千冬はIS学園の教員であり、現役時代は第1回モンド・グロッソの総合優勝者『ブリュンヒルデ』として、名実共に世界最強のIS操縦者として君臨していた。一方の滝和也はFBIから出向してきたインターポール捜査官であり、千冬とは第2回モンド・グロッソ以来の仲だ。和也がなぜIS学園近くの病院にいたのかと言うと、無人ISのIS学園襲撃の際に負傷して昨日まで入院していた為だ。
専用機限定タッグマッチ中の無人IS襲撃から一週間後、大規模犯罪組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の学園襲撃……和也曰く『火事場泥棒』を察知した千冬は、和也をIS学園まで呼び出して協力を要請した。和也は亡国機業の企みを阻止した翌日、襲撃してきた『仮面ライダー』及び『銀の福音』を模した無人ISに生身で戦いを挑み、重傷を負った。戦いを挑んだ事自体は和也の自発的意志なのだが、事件に巻き込んだのは自分であること、無人機の主は自分の幼馴染みで、コアの製造法を唯一知る篠ノ之束だろうとことから、千冬は和也の負傷に責任を感じている。だからこそ校医の海堂肇やルリ子に和也の治療を頼んだ。そして和也は晴れて退院となった。ただし一週間で、だ。
千冬の見立てでは二ヶ月は入院する必要がありそうだったのだが、回復が尋常ではなく早い。昨日和也が退院すると二人から聞かされた時、千冬は思わず耳を疑った。何回も肇とルリ子に確認し、一体どういうことなのか、と聞いたりもした。肇とルリ子も驚いていたらしく、肇はただ黙って首を振るり、ルリ子は「こっちが聞きたいわよ!」と逆ギレしていた。もっとも、本人も驚いていたらしく、一ヶ月の療養を本部に申請したが一週間で完治してしまい、途方に暮れているらしい。大抵のことならは一週間で平静を取り戻す日本でも、人の身体ばかりはどうしようも無い筈なのだが、どうなのだろうか。和也はいつもの調子で千冬に対して話し始める。
「でよ、次はお前の奢りで快気祝いでもしてくれるんだろ?」
「歳下にたかる気ですか?」
「別にいいじゃねえかよ、IS学園の教員なら俺より給料いいんだろ?」
「あなただって私と同じくらい貰っている筈じゃないですか」
「いや実はよ、私物の『アレ』全部修理に出しててな。金欠なんだよ」
「あなたって人は毎回毎回……」
軽口を叩く和也に、千冬は最早何回目となるか分からない溜め息をつく。いつもそうだった。出会った時も、一夏が誘拐された時も、セシリア・オルコット暗殺未遂事件の際に『メルクリウス号』に乗り込んできた時も、IS学園まで出向いた時もそうだった。この男は一見不真面目で、いい加減で、それでいて芯は情に厚く、正義感が強い好漢なのだ。千冬が和也を嫌いになれないのはこれが理由だ。なおも軽口を叩こうとする和也の頭に、情け容赦の無いハリセンが落とされる。
「痛っ! 何しやが……!?」
「なにが『何しやがる』だ! 俺だけじゃなくて織斑先生まで心配させやがって!」
ハリセンの主は千冬ではなく、近くに立っていた初老の男性だ。
「おやっさん!?」
「まったく、折角人が見舞いに来てみれば歳下にたかりやがって。それはともなく元気になって、良かった」
「すいません、おやっさん。ご迷惑おかけしました」
「気にするな。お前も猛や隼人達と同じで、俺にとっては息子みたいなものなんだから」
男性は和也を叱責しながらも最後に柔和に笑ってみせる。和也はふざけた態度から一転し、男性に恭しく一礼する。
「あの、和也さん。立花藤兵衛さんをご存知なんですか?」
「ご存知も何も、前に話したオートレーサーとしての師匠で、俺たちの『おやっさん』さ」
「悪いね、織斑先生。こいつが毎回迷惑掛けているみたいで」
「それより、なんでお前がおやっさんを知ってるんだよ?」
「私の教え子、篠ノ之箒を『亡国機業』の襲撃から保護してくれたのが立花さんでしたから」
千冬が男性こと立花藤兵衛を見ながら和也に質問すると、藤兵衛は苦笑しつつ千冬に謝罪する。
藤兵衛はこの街でバイク屋を営んでおり、篠ノ之箒を亡国機業の襲撃から保護し、IS学園から藤兵衛に感謝状が送られた。千冬はその打ち合わせの為、藤兵衛の店『立花レーシング』まで何度か赴いている。ちなみに副担任の山田真耶とは古い知り合いらしく、話が脱線して打ち合わせは予想以上に長引いたのだが、昔真耶を身体を張って助けた一文字隼人が関わっていると察した為、敢えて文句は言わず聞き役に回っていた。千冬は和也からレーサーとしての師匠筋であり、父親のように慕っている『おやっさん』の話はよく聞かされていた。
「そういう事だ。だから今回は俺が快気祝いって事で奢ってやるよ。俺の行き付けの店でな」
「いや面目ない、おやっさん。ならお言葉に甘えさせてもらいますよ」
「ついでに織斑先生も一緒にどうかな? 勿論そちらにも都合があるだろうけど」
「いえ、ご一緒させて頂きます。どの道そうするつもりでしたし」
「なら決まりだな。それじゃ行こうか、二人とも」
その一言を最後に藤兵衛が歩き出すと、和也と千冬もまた続けて歩き出すのだった。
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「おやっさん行きつけの店がどこかと思えば、まさか『五反田食堂』だったとはね」
「そう言えば幽霊騒動の時、一度来たって厳から聞いたな」
「と言うかおやっさん、大将とは知り合いみたいだけど?」
「なに、まだやんちゃしてた若い頃に藤兵衛さんにはよく世話になっていてね。しかし弾と蘭を助けてくれた兄さん達が藤兵衛さんの弟子だったとはなあ……」
昼食時をだいぶ過ぎ、人が殆どいない大衆食堂『五反田食堂』のテーブル席に和也、藤兵衛、千冬が座り、厨房から顔を出してきた五反田厳を交えて話していた。厳の話では藤兵衛にはよく世話になっていたらしく、二人の付き合いは長いようだ。藤兵衛も若い時分には五反田食堂によく立ち寄っており、先代店主にも世話になっていたらしく、戦いから身を引いた後は店に通うようになったそうだ。そこに厳の孫である五反田弾と五反田蘭の兄妹がやって来て、和也に話しかける。
「お久しぶりです、滝さん」
「久しぶり、弾君。蘭ちゃんも元気そうで何よりだ」
「いえ。滝さんこそ入院したと聞いてましたが、大丈夫そうで良かったです」
和也と弾と蘭は顔を見合せ笑い合う。
「和也さん、二人とは知り合いなんですか?」
「ああ。お前に頼まれた幽霊騒動の調査の時にちょっと、な」
千冬の質問に対して和也は簡潔に答える。
セシリア・オルコット暗殺未遂事件が解決した後、和也は廃墟の『幽霊』調査を千冬に頼まれた。幽霊は最初にIS学園を襲撃したタイプで、インターポールなどでは『ドール』と呼称されている無人ISであり、廃墟を拠点としていた。その時和也は蘭を探しに行った弾と遭遇しており、弾から事情を聞いた和也は無人ISに遭遇、襲撃されていた蘭の救出に成功した。
「そう言えば滝さん、風見さんが今どうしてるか分かりますか?」
「海外で色々動いていたらしいんだが、最近それに目処がついたみたいでこっちに戻ってくるそうだ。ついでに蘭ちゃんの笑顔がついた日本一の五反田食堂の定食メニューも食いたいとよ」
「そうですか。そんな所も相変わらずですね、風見さん」
廃墟で蘭が無人ISに襲撃された際に彼女を保護し、無人ISを撃破したのが和也の後輩に当たる『風見さん』こと風見志郎だ。盟友の結城丈二と共に亡国機業の計画を追い、エジプトやタヒチ、ヨーロッパを転々としていたらしいが、間もなくこの街に到着するとの連絡が入っている。
「そっか、弾君と蘭ちゃんを助けたもう一人の方は志郎だったんだな」
藤兵衛はどこか誇らしげに笑う。風見志郎もまた息子同然なのだから当たり前なのだろうが。同時に店の戸が開き一人の少年が入ってくると弾に声をかける。
「弾、席空いて……って和也さん!? 入院していたんじゃ!?」
「驚くのも無理ないか。ついさっき退院出来てね、今は快気祝いって訳さ」
入ってきたのは千冬の実弟の一夏だ。察するに弾とは友人同士らしい。
「なんだよ一夏、滝さんと知り合いだったのか?」
「まあな。お前の方こそ和也さんと知り合いだったんだな」
「ええ。夏休みの時に風見さんと一緒に私と兄の事を助けてくれたんです」
「しかし驚いたな。まさか一夏君と弾君が友達同士だったなんてな」
「中学時代からの付き合いなんです。それとあの時はありがとうございました、立花さん」
「気にしなくていいよ。それと箒ちゃんは元気にしているかい? 村雨良ってのに様子を見に行くように頼んだんだけど、俺に言うのを忘れて海外行っちゃってね」
「はい、お陰様で。というか村雨さん……千冬姉、邪魔なら出ようか?」
「いや、同席しろ。どこかの似非インターポール捜査官の動きも牽制出来て楽だからな」
「ったく、これだからブラコン怪人は……」
「道理で一夏君があんな鈍感になるわけだ」
自分の隣に一夏を座らせる千冬に和也と藤兵衛は溜め息をつきながらも、再び五反田兄妹を交えて雑談し、料理が到着するのを待つのであった。
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「……今回の件に関するこちらからの報告は以上です」
「お手数をおかけしました、山田先生」
IS学園校舎内にある会議室の一角。数人の学園教員と二人の男、一人の女性が椅子に腰掛けていた。教員の山田真耶が報告を終えると、男の一人こと海堂肇が真耶に頭を下げる。真耶と肇が暫く質疑応答を開始し、それが終わるとスーツを着たもう一人の男が立ち上がり口を開く。
「これでヒアリングは全て終了です。今回はご協力頂きありがとうございました」
男もまた教員達に頭を下げる。
「本当、榊原先生も真耶ちゃんも悪いわね、休日なのに付き合わせちゃって」
「いえ、昨日からヒアリングの準備をされていた緑川先生や海堂先生に比べれば」
真耶はもう一人の校医であり、ヒアリングにも参加しているルリ子に首を振る。
肇もルリ子も『国際IS委員会』のIS学園に関する事案を担当する『IS学園小委員会』常任委員として、先日の無人IS襲撃に関してIS学園側にヒアリングを行っていた。本来なら千冬から話を聞くのが筋だが、ここの所働き詰めであることから、肇とルリ子の計らいでヒアリングには呼んでいない。
「常任委員なんてこんな時以外はただの肩書きみたいなものだし。光明寺博士こそスイスからお越し頂きありがとうございます
「気にしないで下さい、緑川博士。IS学園小委員会の委員長として当然の事をしたまでですから」
頭を下げるルリ子にスーツ姿の男こと光明寺信彦は穏やかに笑って首を振る。
光明寺信彦は機械工学、特にロボット工学の世界的権威として知られ、『白騎士』発表直後から『白騎士』及びISに注目していた。『白騎士事件』直後にISを専門的に扱う国際機関の設立を唱え、国際IS委員会設立を主導した人物でもある。現在は国際IS委員会副委員長を務める傍ら、IS学園小委員会委員長も兼任している。委員長は慣例として国連事務総長が就任する名誉職に近い扱いであり、事実上副委員長の光明寺が国際IS委員会最高責任者となっている。ちなみに国際IS委員会、中でもIS学園小委員会のメンバーは、月に一度の定例会と緊急召集以外は仕事が無いため、意外と暇である。だからこそ肇もルリ子もIS学園校医を兼任出来るのだが。光明寺は流石に忙しいのだが、事態を重く見て肇とルリ子の要請に応じてこうしてIS学園まで出向いた。
「それに友人、緑川弘の娘の頼みを聞かない訳にもいかないからね」
光明寺は穏やかに笑ったままルリ子に続ける。
光明寺とルリ子の父である緑川弘は大学の同期であり、機械工学、生化学と専攻は違えど意気投合し、親友同士として家族ぐるみで付き合いがあった。そのためルリ子と光明寺の実娘で、父と同じ機械工学者で国際IS委員会創立メンバーの一人でもある光明寺ミツ子とは幼なじみで、今でも無二の親友同士だ。
「しかし光明寺博士、『亡国機業』があなたのを狙っているとの情報が寄せられていますが……?」
肇が光明寺に向き直り尋ねる。光明寺は学識と立場から亡国機業に狙われているのだが、今のところ捕まったためしはない。
「ありがとうございます海堂博士。しかしまさかタクシーの運転手が光明寺信彦だとは、向こうも思わないでしょうね」
しかし光明寺は肇に対して事もなげに笑ってみせる。
実は光明寺が捕われない最大の理由がこれである。光明寺は電気屋、警備員、タクシードライバーなどに変装して追跡をかわしていた。しかもいずれも本職さながらの腕前である為、気付かれなさに拍車がかかっている。一度亡国機業が誘拐しようとした時、追手に逃げた方向を教えたホットドッグ屋が光明寺本人だった、ということもある。ルリ子が聞いた話によると、元々天才肌かつ多趣味で、しかも凝り性だったらしく大学時代から多くの資格や免許を持っていたらしい。加えて本人は「昔とった杵柄」と言っているが、色々怖くてルリ子もそこまでは聞き出せていない。
「それに今回はこちらも無策という訳ではありませんから」
光明寺は更に言葉を続けると、教員達や肇とルリ子を促して会議室を後にするのだった。
**********
「いいのか?一夏、千冬さんと一緒じゃなくて」
「千冬姉も忙しかったみたいだし、たまにはゆっくり休んで貰いたいんだ。それに俺がいたんじゃ、また和也さんと喧嘩始めそうだし」
「……私は滝さんの主張が正しいと思います」
日が西に傾いた頃、IS学園へと続く道を一夏と弾、蘭が並んで歩いていた。
一夏が蘭に無神経かつ鈍感な言動を繰り返していた為、和也と千冬とで喧嘩が始まったのだが、今回は藤兵衛によりあっさりと鎮圧された。現在和也と千冬は藤兵衛監視の下、罰として五反田食堂の皿洗いをさせられている。その最中にいつもの如く口喧嘩を始めた和也と千冬に、藤兵衛が再びハリセンを振り下ろしたのを見て、一夏は先にIS学園へ戻る事を決めた。
「けど俺は千冬さんの気持ちも分からないでもないけどなあ。悪い人じゃないのは分かっているんだけど、やっぱ弟とか妹に変な事吹き込む人は近付いてほしくないっていうか」
弾は蘭に答えるように呟く。
実際和也は決して悪い人間ではない、むしろ優しい男だとは弾は承知しているのだが、千冬との会話を聞いていると不真面目さやいい加減さは単なるポーズだけではなく元々そんな傾向があるようだ。妹を持つ身として千冬の前で一夏に歳上が好きなのか聞いてくる人は妹に近寄らせたくない。一夏以外にそんな事を聞く気はないようだが。
「けど和也さん、前にもISに立ち向かってたんだな。というかお前もだいぶ無茶したな」
「そんな大したことじゃないって。あの時は無我夢中でさ。な、蘭」
「うん。気が付いた時にはつい身体が動いちゃったと言うか」
弾と蘭は同時に笑いながら答える。
弾は蘭を逃がすために無人ISに挑んだ上、追い詰めらた志郎を結果的に助けている。正直弾も怖かったが、妹を守りたいという思いや妹を命懸けで助けてくれた志郎、自分に付き合ってくれた和也の力になりたいという気持ちが恐怖を上回った。
「それにお前に比べりゃまだまだだしな」
「俺がか? でも俺は……」
「ただIS乗れるだけだ、って言いたいんだろ?」
黙って頷く一夏に弾は続ける。
「確かにIS、しかも専用機持ってるお前が強いって誰でも分かる。白状しちまえば、俺もお前みたいにISに乗れたら俺だって、なんて思ったことは何回もあるさ」
「けどお前さ、色々苦労背負い込んで、痛い目見て、一回死にかけて、辛い事も苦しい事も沢山あっただろ? それでもお前は逃げ出さずに、ISに乗る事を選んだだろ?」
更に弾は一夏に続けて言う。
弾は一夏の数少ない同性の友人として一夏がIS学園に行っても接し続けてきた。だからこそ一夏が余計な苦労をしてきたことを誰よりも知っている。女性からは地位を脅かす者として敵視されるか好奇の視線に曝され、男性からは裏切り者として恨まれ、嫉妬、羨望されるのだ。正直、最初は弾も羨ましいと思っていた。だが一夏が意識不明の重傷を負ったと聞いてからその認識が甘かったと痛感した。
ISは競技用と言い繕っても兵器だ。シールドバリアや『絶対防御』で守られていても死人が出ないとは、自分も死なないとは言いきれない。当たり前とも言えることを、弾は一夏が実際に死にかけるまで気付けなかった。さらに死への恐怖を感じても、余計な苦労を背負い込んでも尚ISに乗り続ける事を選んだ一夏の強さに気付いた。仮に自分がISに乗れてもISを降りていただろう、とも。
「そんなお前の苦労も、強さも知らないでただ嫉妬したり、羨ましがったりするだけの腑抜けがIS乗れても、お前みたいには出来ないって。俺もその腑抜けの一人だけどよ。だからさ、俺はお前みたいにIS乗れなくても、羨ましいなんて思ったりしないで、泣き言一つ言わないで、乗れないなら乗れないなりに頑張る滝さんみたいな男になりたい、って思ってるんだけど、白状しちまった時点でお前にも、滝さんにも、風見さんにも及ばないよな」
弾は一夏に対して苦笑してみせる。
「って、ガラにもないこと言っちまったな。要は俺も頑張るからお前も頑張れってことだ!」
「弾、ありがとな」
一夏も笑い返して弾と笑い合う。
「お兄、ちょっとズルいよ」
二人のやり取りに蘭は羨ましそう呟く。やがてIS学園の前に到着すると一夏と五反田兄妹は別れ、帰っていった。
「……使えるな。行くぞ」
物陰から見ていた怪しげな男が合図を出すと、黒づくめの男達が一斉に五反田兄妹を追って動き始めるのだった。
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自分の部屋に戻った一夏は後片付けを行っていた。千冬は既に学園へ帰ってきており、一回顔を出した後に自分の部屋へ引き上げた。やっと後片付けは終わったのが外はすっかり暗くなっている。
「これで終わりっと。ドアも鍵が壊されたみたいだし、これから修理申請も出さないとな」
一夏は気だるげに息を吐きながらも、次にやるべきことを考える。
一夏は部屋のドアなど備品類をよく壊される。大半は少女達が原因だ。その度に一夏は修理申請を出していた。ベッドまで壊されなかっただけマシとすべきだろう。一夏が修理申請用紙を取りに部屋から出ようとすると、携帯電話に着信が入る。弾からだ。疑問を抱きながらも一夏はすぐに電話に出る。
「どうしたんだ弾? 何か言い忘れたことでも……」
『織斑一夏だな?』
「なっ!?」
聞こえてきたのは弾の声ではない。変声機を使っているが弾ではない。混乱して言葉を発せない一夏に構わず、電話の主は言葉を続ける。
『今我々は大切な友人の一人を預かっている。勿論生きたままでな。声を聞けば分かるだろう』
少しの沈黙の後、電話口から誰かの声が一夏の耳に入ってくる。
『一夏か!?』
「弾!?」
間違いない。聞こえてきたのは弾の声だ。
「どういうことだよ弾! 何がどうなってんだよ!? 冗談にしちゃタチ悪すぎだろ!」
『冗談だったら良かったんだけどよ。お前と別れた後に襲われて、蘭だけは逃がせたんだけど、俺は捕まっちまったんだ……』
「弾……」
それを最後に弾は沈黙し、少し間を置いて再び最初の変声機の主が話し始める。
『彼の言う通りだ。これで状況は理解出来ただろう?』
「何の為に弾を!? あんたらは一体なんなんだ!?」
『落ち着きたまえ、織斑一夏。我々は事を荒立てる気も、彼に危害を加える気もない。君が我々の要求に従うのであれば彼は無事に解放しよう。だが君が拒否するのであれば彼の命は保証しかねる。実に簡単な取引だ。では答えを聞こうか?』
一夏は内心舌打ちするが、今は聞くより他に道はない。
「……あんたらの要求は?」
『賢明な判断だ、話が分かる方で助かるよ。なに、君に身代金などを要求する気もなければ、無理難題を押し付ける気もない。単純明快で、簡単な要求だ。二時間後、君独りで、IS学園の北西7kmにあるビル建設現場に来たまえ。ISを持つか持たないかは君の自由だが、我々としては持ってきてくれた方が何かと都合が良いのだがね。それと警察は勿論、IS学園の教師や生徒には話さないこと、要するに他言は無用だ。もし指定した時間に君以外の人物が来た場合や、君に付き添う人間がいた場合、君を尾行などする者が居た場合、取引が決裂したものと見なし相応の措置を取らせて貰う。 では二時間後に……』
「待て! 何の目的でこんなことを!?」
『君が知る必要は無い。君には君の都合があるように、我々には我々の都合がある。君もIS操縦者の端くれならば、それくらいの分別は持ちたまえ。では二時間後にまた会おう。この取引が無事に成功することを祈っているよ』
変声機の声は途切れ、同時に向こうから一方的に電話が切られる。
「ふざけんな……!」
一夏の身体が怒りに震える。あの時と同じだ。自分達の要求を飲ませる為に一夏を誘拐した亡国機業の連中と同じだ許せない。自分一人ならまだしも、弾まで巻き込んだことが許せない。同時に要求を聞かなければどんな手段も辞さないことも、自分達は取引する気がないと言う事を、一夏は身に染みて理解している。誰かに話せば連中は弾に危害を加えるだろう。だが要求に従っても弾を解放するとは限らない。むしろ口封じをしてくる可能性も否定出来ない。
(俺はどうすればいい? 俺は……)
流石に難しい問題だ。一夏は悩み、考え込む。ふと、黙って考え込んでいる時にクローゼットが目に入る。クローゼットを開けて中から宝物、本郷猛から貰ったジャケットを取り出し、暫く眺める。
「どうすればいいって、決まってるじゃないか!」
一夏は決心を固める。自分がこれから何をすべきか、答えは最初から決まっていた。後は行動に移すだけだった。
「猛さん、お借りします!」
即座に一夏は猛から貰ったジャケットを羽織ると、力強くドアを開けて部屋を出る。
その目には、強い決意が宿っていた。
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夜を迎えた五反田食堂で、和也と蘭は向き合う形で座っていた。今回はいつもと様子が違い、パトカーが五反田食堂の前に何台か止まっている。大将の厳も自称看板娘の五反田蓮も不安そうな表情を隠さずに警察官と話している。蘭も例外ではなく意気消沈し、不安そうな面持ちだ。和也は蘭を心配そうに見ながらも尋ねる。
「他に君を襲った連中、つまり弾君を拉致した連中の特徴とか覚えてないかい?」
「いえ、振り向かないで必死に走っていたので……」
「そうか、ありがとう。根掘り葉掘り聞いてごめんな?」
和也は蘭に頭を下げて謝罪するが、蘭は力なく首を振るだけだ。
和也が藤兵衛と共に『立花レーシング』に引き上げた直後、蘭から何者かに襲われたこと、蘭を逃がした弾が戻って来ないことを知らされた。和也はすぐに警察に通報するよう指示すると五反田食堂へ駆け付けた。到着後は駆け付けた警察官に自身の身分といきさつを話し、目撃情報などから弾が何者かに拉致された可能性が高いと知らされ、蘭から事情を聞いていた。犯人グループからの連絡は今のところ無い。蘭の話では犯人グループは皆黒ずくめの格好をしており、顔は帽子を目深に被っていた為見られなかったそうだ。なぜ犯人が弾を拉致したのかが分からない。怨恨などの線は薄いだろうが営利目的とも思えない。とにかく分からないことが多過ぎる。
「お疲れ様です、滝捜査官」
「いえ、ご協力ありがとうございます、速水警部。他に目撃情報は?」
「やはり皆同じような事しか。もう少し手掛かりがあれば絞り込めるのですが」
「ええ。犯人グループは訓練を受けた、かなり組織だった動きをしているようですね」
和也は店に入ってきた地元警察の速水警部に尋ねるが、こちらも芳しくないようだ。
蘭や他の目撃者の証言から推測する、弾を拉致したのは素人ではない。実行犯は専門的な訓練を受け、裏に大きな組織が絡んでいることが推測される。だがますます動機が分からない。弾はごく普通の少年だ。
弾の拉致と同時に光明寺信彦博士も誘拐された、との情報も入ってきているが心配していない。光明寺本人が既に手を打っていることは和也も承知している。と言うより光明寺の策に和也は協力している。こちらは犯人の目星と目的を掴んでいる。拉致したのは亡国機業、もしくは息のかかった連中だ。目的も光明寺の頭脳を活用しようと考え、あわよくば国際IS委員会やIS学園を抑えようと言った所だろう。こちらの策に引っ掛かった連中の吠え面が目に浮かぶ。
だから和也にとって問題なのは弾の方だだ。強い絆で結ばれた兄妹を引き裂き、一夏の友人を危険に晒した連中への怒りで腸が煮えくり返りそうだ。蘭の前ではおくびにも出さない。一番辛く、不安なのは蘭だ。自分は冷静でなければ、表面上はそう振る舞わなくてはならない。でなければ蘭を更に不安にさせてしま。
「あの、滝さん……」
「大丈夫だ、蘭ちゃん。弾君は俺が必ず助ける。それに弾君は強い。必ず戻ってくるさ」
不安げな蘭を慰める和也だが、通信機に通信が入る。光明寺の策は見事に成功したようだ。和也は一度立ち上がり、戸を開いて一旦店の外に出ると通信に出る。
「こちら滝。どうやらそっちは……何!? それは本当か!?……ああ。分かった。今すぐそっちに向かう」
通信を切って再び店に戻ると、和也は蘭に一言告げる。
「蘭ちゃん、弾君は無事らしい。今は光明寺信彦博士と一緒に捕まっているが、怪我はしていないみたいだ」
「お兄が!? 良かった……」
「安心するのはまだ早いぜ? これから俺は弾君を助けに行ってくる。速水警部、後はお願いして貰ってもいいですか?」
「はい。亡国機業関連の事件は手に余りますから」
和也は速水警部に任せて店を出ようと出入り口に向かう。
「お兄を、お願いします!」
立ち上がって自分に一礼する蘭に和也は黙って手を挙げて答えると、自身のバイクに乗り込み走り出そうとする。そこに後ろから誰かが声をかける。
「なあ、俺にも手伝わせてくれないか? 弾君の居場所が分かって、助けに行くんだろ?」
「……おやっさん」
声をかけたのは藤兵衛だ。跨がっているのは仮面ライダーが愛用していた『改造サイクロン号』を二個一にし、レストアしたものだ。
「足手まといにはならないさ。まだまだ衰えちゃいないしな」
「そっちの方は心配しちゃいませんよ。なら、行きますか」
和也と藤兵衛は顔を見合せ笑い合うとそれぞれバイクのスロットルを入れ、弾を悪の手から救い出すべく走り出すのだった。
**********
IS学園の職員室に私服からスーツへと着替えてた千冬がいた。現在は千冬以外の教員も職員室に集まっている。光明寺の拉致がほぼ確実と判明した為だ。本来なら警察に任せておいてもよいのだが、拉致されたのがIS学園の敷地外へと出た直後である為、IS学園側も解決に動き出しており、現在職員達が情報収集に当たっている。光明寺は対策を立てていた為、心配する必要はないのだが、IS学園の前で拉致された事実が問題であり、千冬も職員室に詰めている。
「おかしいわね、やっぱり一つ足りないわ……誰かが持ち出したのかしら?」
情報収集に当たっている千冬をよそに、作業着を着た一人の教員が職員室へと入ってくる。
「佐原先生、どうかされましたか?」
「織斑先生、いえね、予備用バイザー型ハイパーセンサーの数が、さっきからいくら数えても一つ足りないんですよ」
千冬が入ってきたIS学園整備科主任教員の佐原ひとみに声をかけると、ひとみは首を捻りながら千冬に答える。
ひとみはISの整備と部品の点検を行う為、ISを格納してあるハンガーへと向かっていた。ひとみの話では、本来機体のハイパーセンサーに不安が残る場合、ハイパーセンサーの補助や保護の為に使われる共通規格のバイザー型ハイパーセンサーが一個足りていないらしい。使われたことが殆どないので、教員の中には存在自体を失念している者すらいる。ひとみが気付けたのは最初期からISに携わり続けてきたからだろう。それを見て整備科教員の一人がひとみにファイルを持ってくる。
「あの、持ち出し許可の申請書が出ていましたよ?」
「それを先に言ってよ。誰が持ち出しの申請を?」
「ちょっと待って下さい……あ、ありました。えっと、1年1組の織斑一夏君、ですね」
「織斑が、ですか?」
「ええ。申請書も出ていますし」
一夏の名前が出てくると千冬は思わず聞き返すが、申請書を見ると確か一夏の名前が記載されている。理由はハイパーセンサーに不調が見られた為となっている。
「けど何か匂うわね。織斑先生、申し訳ありませんが織斑君を職員室まで連れてきてくれませんか? 少し聞きたいことがあるので」
「分かりました。様子を見てきます」
ひとみの要請を承諾すると、千冬は立ち上がり職員室を出て学生寮にある織斑一夏の部屋へと歩いて行く。
部屋の前まで千冬が到着すると、一夏に想いを寄せている少女達が部屋の前にたむろしていた。最初はいつものように相談している、または牽制し合っているかと思った千冬だが、少々様子がおかしい。
「お前達、一体何をしている?」
「織斑先生……」
千冬が見かねて声をかけると全員が千冬の方を見る。その中から篠ノ之箒が少女達を代表するように口を開く。
「あの、一夏がどこに行ったか分かりませんか?」
「一夏が?」
「はい。こんな時間なのに部屋にはいなくて。心当たりも探したのですが、見つからないんです」
千冬は箒の言葉を聞くと黙って考える。一夏がこの時間帯に部屋にいないことは珍しい。しかも箒達が心当たりを探しても見つからない、というのは滅多にあることではない。不審を覚える千冬だが、校内放送が流れると即座に中断する。
『織斑先生! 至急職員室までお戻り願います! 先程学園の北西7kmの地点でIS同士の交戦が開始されたという情報が入りました!』
「何!?」
千冬は驚愕しながら嫌な予感を抱く。しかしすぐ抑えると少女達に指示を出す。
「お前達もすぐ出撃出来るように準備しておけ!」
それだけ言うと千冬は職員室へと戻るべく駆け出していた。
**********
IS学園の北西7kmに位置するビル建設現場。この一帯は多くのIS関連企業が現地事務所や営業所、支社を設置し、ビルの新築や解体、改装等が盛んである。新築途中のビル建設現場にISを装着した女が佇んでいる。今立っている女の他にも、同じようにISを装着している女が10人この近くに潜んでいる。女はハイパーセンサーを一瞥し、時刻を見て通信を入れる。
「そろそろ時間ね。どう? 誰か来る気配は?」
『今のところは無いわ』
『本当にあの織斑一夏は来るのかしら?』
「頭に血が上りやすい上、情に脆いとプロファイリングでは出ているわ。きっとこちらに来るでしょうね」
女は通信越しに聞こえてくる疑問に答える。
女達は2時間程前、一夏を呼び出したグループの一味である。勿論女達に人質を解放する気などハナからない。最初から始末する腹積りだ。
『けど幹部会も織斑一夏に随分ご執心じゃないか。これまでは命を奪いにかかっていたのに、今じゃ生け捕りにしろって話だしね』
『モルモットに気かねえ。おかげで光明寺信彦だけじゃなく、もう一人誘拐する必要があったたんだから、たまったもんじゃないよ』
立っている女にも残りの女達の愚痴が聞こえてくる。
女達は組織の方針を決定する『幹部会』から一夏と光明寺の身柄確保を命じられた。光明寺はIS学園の敷地から出てきた所をあっさり捕まえることが出来たが、一夏を学園側に気付かれずに確保するのは難しい。そう判断した女達の一味は直接一夏を拉致するのを諦め、一夏と話していた兄妹らしき二人を拉致し、一夏への人質にしようとした。 少女にこそ逃げられたが、兄らしき少年には激しい抵抗にあったものの捕え、現在は光明寺共々監禁している。女達も光明寺はともかく一夏を生かして捕えろと言われたことに困惑している。だが幹部会の命令は絶対だ。こちらとしてはただ従う他にない。
間もなく時間だと言うのに一向に織斑一夏がこちらに来る気配は無い。怖じ気付いたのであろうか。
「これは一度脅した方が……」
「その必要はない」
女が呟くのを誰かの声が遮る。女や仲間の声ではない。
建設現場にジャケットを着た少年が歩いてくる。顔は陰に隠れていて見えない。少年は立ち止まって口を開く。
「弾は、はどこだ?」
「残念だけどここにはいないし、あなたが会うこともない。おとなしく来てもらうわよ? 抵抗しても構わないわ、力づくで連れていくから」
女が合図すると10人が飛び立ち、並び立つ。こちらは11機、相手は1人、数が違う。勝利を確信している女達を余所に少年は吠える。
「やっぱり取引とか言っておいて、最初からそんな気は無かったんだな!」
「ええ、勿論。だったらどうするのかしら?」
「だったら、力づくで聞き出すまでだ!」
少年もまたISを展開し装着する。胴体部分はデータ通り『白式』のものだ。だが顔面部分が違う。
「仮面?」
顔面部分には仮面……バイザーが装着されていた。女は一応少年の名前を確認する。
「一応聞いておくわ。あなた、名前は?」
少年は刀を構えて女達を見据え、言い放つ。
「俺は、仮面ライダーだ!」
「そう、私たちの前でその名前を名乗るなんていい度胸ね、織斑一夏。けど、ここまでよ!」
それを皮切りに女達と少年……織斑一夏はほぼ同時にスラスターを噴かし、相手へ向かって突撃していった。
**********
IS学園の北西に位置する建設途中のビル群の一つ。その前に二台のバイクが止まる。バイクから二人の男が降りると、裏口からビル内部へ入り込む。
「このビルで間違いないのか?」
「念のため発信源も調べてみたけどここで間違いないよ、おやっさん」
ビルに侵入した藤兵衛の問いに和也は頷きながら答える。
弾と光明寺がこのビルに監禁されていると知った和也と藤兵衛は、犯人グループを鎮圧しつつ弾と光明寺を救出することを決めた。和也や藤兵衛にはいつものことだ。こんなビルなら侵入もお手の物だ。手早く先に進んでいくと、階段の前に犯人グループの一員が何人かいる。こちらにはまだ気付いていないようだ。この男達以外に犯人グループはいないようだ。ならばと和也と藤兵衛はギリギリまで迫り、手始めに一番手近な二人に手刀を叩き込み、声を上げさせる間もなく気絶させる。
「何だお前達は!?」
いきなり起こった事態に男達は混乱し、和也と藤兵衛に為す術なく殴られ、蹴られ、投げられて次々と気絶していく。
「こいつら!」
残る一人はナイフを抜くと藤兵衛を刺そうとナイフを突き出す。
「そうは行くかってんだ!」
しかし藤兵衛はその突きをあっさりといなすと、腕を取り一本背負いで地面に叩きつけ、男を気絶させる。
「侵入者だ! 武器を使って構わん! 必ず排除せよ!」
すると騒ぎに気付いたのかトンファーやナイフ、警棒やらで武装した男達が飛び出してくる。しかし和也と藤兵衛に恐れじゃ無い。捜し出して叩きのめすより、この場で全員相手にした方が楽だ。
「流石に少し多いか?」
「俺はまだまだ大丈夫さ。おやっさんは?」
「俺もこれくらい!」
「だったらさっさと片付けて先に進みますか!」
和也と藤兵衛は頷き合うと男たちに対して臆する事なく、敢然と並んで挑みかかっていく。
その頃、弾はビルの片隅で光明寺信彦を名乗る男と共に、鎖で後ろ手に縛られ放置されていた。
弾は一夏と無理矢理話をさせられた後、この部屋に監禁されていた。光明寺とは簡単な自己紹介を済ませてある。先程から妙に外が騒がしいが、弾も光明寺も動くに動けない。
「光明寺さん、何が一体どうなっているんですかね?」
「分からないが、見張りすら残さずにどこかに行ったということはかなり重大な事態が発生した、と考えるのが妥当だろうね」
「重大な事態、ですか?」
「ああ。たとえば何者かがこのビルに侵入した。しかもその侵入者は偶然迷い込んだ一般人などではなく、故意にここへ侵入してきた者だろうな」
「一般人じゃなく、故意に……まさか!?」
「警察か、IS学園関係者か、インターポールか。選択肢が多くて今の私には判断しかねるな」
弾の問いに光明寺は冷静に答える。機械工学者だと弾は光明寺から聞いたが、こんな状況でも至って冷静だ。
「けど思うんですけど光明寺さん、妙に冷静じゃありませんか? 俺なんかまだ頭が混乱してついてけてないというか……」
「これでも慣れていてね。君の方が当たり前の反応だよ」
「光明寺さん、本当にただの機械工学者なんですか? 場慣れしているって一体……?」
「こちらも少々事情があるのさ」
素直に疑問を口にする弾に光明寺は苦笑しつつ、気を悪くした様子もなく答えてみせる。
そこに足音が聞こえてくる。光明寺と弾は目配せして会話を打ち切る。直後に男が数人乱暴に扉を開けて部屋に入ってくる。男たちは弾と光明寺を縛られた状態のまま立ち上がらせる。
「これは一体どういうことかね?」
「質問に答える義務はない! おとなしく一緒に来てもらおうか!」
光明寺の質問を無視して犯人グループは光明寺と弾を引っ立てて歩き始める。
「変なことを喋るなよ! そうしたら二人とも命はないものと思え!」
「私の命まで奪ってどうする気かね? 生け捕りにするよう命令されているのだろう?」
「黙れ! だったら先にこいつの首から掻き切ってやろうか!?」
冷静に指摘する光明寺だが、男が弾の首にナイフを突き付けると黙り込む。
光明寺の言った通り状態がかなり切羽詰まっているようだ。光明寺が妙に冷静なお蔭で。まだ冷静さを保てている、というのもあるのかも知れないが。歩かされていた弾と光明寺だが、犯人グループが立ち止まると、弾と光明寺も立ち止まる。
「この! うわ!」
同時に犯人グループの一員らしき男が吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて気絶する、という光景が弾の目に飛び込んでくる。
「連中め! もうここまで来たか!」
「駄目だ! 他の者と連絡が取れない! もうあいつらにやられたみたいだ!」
「慌てるな! 何の為にこいつらを連れてきたと思っている!? まだこちらには人質がいるのだぞ!」
犯人グループが喧しく騒いでいる間に廊下の角を曲がって男が二人姿を見せ、歩いてくる。弾には二人共見覚えがあった。
「滝さん!藤兵衛さん!」
歩いてきたのは和也と藤兵衛だ。まず和也は犯人グループに歩み寄ると口を開く。
「まさか亡国機業が光明寺博士だけじゃなく、弾君まで拉致してやがったとはな。ご苦労なことだぜ」
「貴様、何者だ!? なぜ我々の組織を知っている!?」
「自分から正体明かしてくれてありがとよ。お礼と言っちゃなんだが、俺はこういう者だ」
和也はポケットから身分証を取り出し、犯人グループに提示して言い放つ。
「見れば分かるように、通りすがりのインターポール捜査官さ。お前達の仲間はみんな叩きのめしてある。大人しく弾君を解放しろ!」
「ふん! 貴様こそ自分の立場が分かっているのか!? ここを嗅ぎ付け来たのは誉めてやるが、こちらにはまだ人質がいることを忘れるな!」
しかし犯人グループは慌てずに和也の前に弾と光明寺を自分たちの前に立たせる。
「すいません、滝さん。また迷惑かけちゃって……」
「気にするな、弾君。蘭ちゃんを逃がす為に戦ったんだろ? 俺も頑張ってそいつらを叩きのめさないとな」
「滝さん、でも光明寺さんも……」
「何を言っているんだい? 弾君」
弾が光明寺について言及すると和也はしてやったりと言いたげに笑ってみせる。
「君の隣にいるのは、光明寺信彦博士なんかじゃないぜ?」
「え?」
「な、何を馬鹿なことを!?」
「狼狽えるな! ハッタリだ!」
あまりに意外な和也の一言に弾や犯人グループは混乱する。一方、当の光明寺は黙りこくったままだ。
「そのようなハッタリが通用する程、我々は甘くないぞ! そんな嘘が我々に通用すると思ったか!?」
「ハッハッハッハッ!」
犯人グループの一人が声を荒げた直後、光明寺が心底おかしそうに大笑し始める。
「何がおかしい!? 光明寺!」
「光明寺? 違うな……俺は小野寺さ!」
光明寺、いや小野寺を名乗る男は、若々しい声で犯人グループに言い放つ。男は拘束していた鎖を力づくで引きちぎると、唖然としている犯人グループを瞬く間に叩きのめし、全滅させる。小野寺なる男は顔部分やスーツに手を掛け、変装を取り払う。
「悪いな、手間かけさせちまって」
「最初に聞いた時は驚いたが、実際やってみると案外上手くいくもんだ」
和也と藤兵衛がそれぞれ安堵や感嘆の声を上げる。
「すまない、弾君。悪気は無かったんだが、君を騙す形になってしまって……」
弾の目の前には変装を解きジャケット、いわゆる『革ジャン』姿の男が、優しげでどこか『太い』笑みをたたえながら立っていた。
**********
ビルの建設現場上空では12機のISが激闘を繰り広げていた。1機はバイザーを頭に装着した白い機体、残る11機は素顔が晒されている黒い機体だ。一夏の装着する『白式』は亡国機業のIS11機を相手に奮戦していた。
「クッ、こいつガキのくせに、しつこい!」
女の一人が苛立ちながらもアサルトライフルを向け、フルオートで乱射する。
「当たるか!」
しかし一夏はスラスターを駆使してかわすと逆に銃撃を放った敵へ接近し、刀剣型の近接武器『雪片弐型』を構える。
「墜ちろよ!」
すれ違いざまに渾身の斬撃を女へと食らわせ、地面へと叩き落とす。
「少しは出来るみたいね! けどこれなら!」
その隙に別の1機が近接ブレードを振りかぶり、スラスターを噴かし一夏へと突っ込んでいく。一夏は慌てずにスラスターとPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を使って体勢を立て直して向き直る。続けて左腕の多機能武装腕『雪羅』にエネルギー刃のクローを発生させる。但し左拳を握り、クローのエネルギーを拳に纏うような形にして、だ。敵が近接ブレードを振り上げた瞬間、がら空きとなった胴体にカウンターの左正拳突きを放つ。
「ライダー……パンチ!」
すると一夏の左ストレートがカウンターヒットする形となり、その女もまた『絶対防御』を発動させながら地面に落下し、叩きつけられる。
「どうした! これで終わりか!?」
それを見届けると一夏は咆哮する。
「生意気言うわね。けどあなたの戦闘データは既に収集済みなのよ。『フォーメーショントルネード』でいくわよ!」
リーダー格の女が声を上げると9機のISは一夏から距離を取り、一夏を取り囲んで円を描くようにして旋回し始める。女たちは高速で周回しながら一夏に集中砲火を加える。
「ぐっ!? この!」
「無駄よ! あなたの飛び道具は荷電粒子砲しかないことも、エネルギーをかなり消費するものだとも知っているわ! 諦めなさい!」
必死に回避し、防御する一夏を嘲るように女が言い放つと、更に砲火は激しさを増す。
「飛び道具なら他にも、あるさ!」
だが一夏は旋回のタイミングが一定であると読むと、雪片弐型を1機に投げ付ける。
「悪足掻きを!」
投げ付けられたISは咄嗟にアサルトライフルを盾にして雪片弐型を防ぐ。銃身こそ貫かれたが、本体にはギリギリ到達していない。
「所詮ガキの浅知恵なんてこんなものか!」
それで動きが止まってしまった事が命取りとなった。一夏は雪片弐型がアサルトライフルに突き刺さった瞬間、スラスターを最大出力にして突撃し、飛び蹴りを放つ。
「ライダー……キック!」
一夏が放った飛び蹴りは突き刺さった雪片弐型へと蹴り込まれ、杭のごとく敵ISに直撃して撃墜する。
「中々見事なお手並みね。けど隙だらけよ!」
しかし左腕にパイルバンカーを装備したISが接近し、無防備となった一夏へ杭を放つ。
「しまった!?」
必死に回避しようとする一夏だが、かわし損ねてバイザーが破壊され、素顔が晒される。
「今よ!」
更に体勢が崩れた一夏に、残る女たちによる苛烈なまでの集中砲火が加えられる。
「うわああぁぁぁぁ!?」
防御も回避も出来ずに集中砲火を受け続けた『白式』は絶対防御を発動させながら地面へと落下し、叩きつけられる。同時に『白式』の展開が解除され、待機形態であるガントレットに戻る。
「く、くそ……がっ!?」
立ち上がろうとする一夏だが、リーダー格の女に踏み付けられ、地面に張り付けられる。
「全く、手間かけさせてくれちゃって。おいたが過ぎたわね、織斑一夏。そうそう、あなたの友人、五反田弾でしたっけ? さっき彼を預かっている私の部下達から連絡があったの」
「命令通り始末した、ってね」
「弾、が……?」
女の言葉を聞いた瞬間、一夏の頭の中が真っ白になる。
「そう、死んだの」
女は一夏を嘲るように言い放つ。
「嘘だ……嘘だ……」
「生憎だけれども、今さら嘘は付かないわ。だって殺したのは他でもないあなたじゃない」
放心状態の一夏に対して女は笑いながら嘲り続ける。
「俺、が……?」
「そう、あなたが、よ。あなたが抵抗しなければ、あなたが私達に従っていれば、あなたが普通の男なら、いっそあなたが生まれてこなければ彼は死ななかった。原因は他でもないあなたよ?」
「そんな……俺はただ弾を守りたいって……助けたいって……」
「守る? 助ける? 笑わせないでよ! 地面に不様に這いつくばっているあなたに誰を、何を守れるのかしら? あなた、自分自身の命すら守れるかも怪しいくらいに弱いのよ? そんな負け犬に何かを守るなんて、誰かを助けるなんて出来る訳ないじゃない! その身の程知らずがあなたの大切な友人を殺したの、お分り?」
しかし一夏は答えない。答えられない。
(なにが守るだよ、なにが助けるだよ……俺は弾を守れなかった。助けられなかった。そんな俺が誰を、何を、守れるんだよ……?)
情けなさと無力さから自然と一夏の目から涙が零れてくる。同時に本郷猛から聞いた言葉の意味を思い出す。
(そうだよな、人は一人じゃ弱くて、脆いんだよな。俺が弱くて当たり前じゃないか……いつも今みたいに一人で意気がって、突っ走って。そんな俺が強くなれる訳……ないよな……)
今度は申し訳なさで一杯になる。
「ごめんなさい、猛さん、ごめんなさい……」
自然と謝罪の言葉が口から洩れてくる。
「あら、泣いているの? さっきまでの威勢はどうしたの? 情けないわね。ま、負け犬のあなたにはそれがお似合いね。けど大丈夫よ? 私達があなたを強くしてあげる。守る事より壊す方が楽でいいわよ? だから、おとなしく私たちと一緒に来なさいな」
女は抵抗する気力を失い、助けを求める気力すら残っていない一夏を連れていこうと踏みつけていた足をどけ、手を伸ばす。
そいつは嵐と共に、まるで嵐のように突然やって来る。
助けを求める声すら上げられなくとも、そいつは疾風の如くいきなり現れる。
「何!?」
突然走ってきた一台のバイクがISを大きく跳ね飛ばす。女は咄嗟にスラスターを噴かして体勢を立て直す。他の者も一旦後退して乱入者から距離を取る。乱入者は一夏を守るように立ちはだかる。ジャケット姿の男だ。顔はこちらからでは影になって見えない。男はバイクから降りると一夏の目の前に立ち、一夏の目線に合わせるようにしゃがみこむと、穏やかに語りかける。
「すまない、遅くなった。立てるかい?」
一夏にはそれが誰だか分かった。かつて自分を助けてくれ仮面の男。
「猛さん!」
「ああ、久しぶり。大きくなったね、一夏君」
一夏の目の前にはあの時と同じように優しげで、しかしどこか『太い』あの笑みを浮かべた男こと本郷猛がいた。
**********
(やはり一夏君は優しく、強い子だ。あの時と同じように)
本郷猛は自分の目の前で泣きじゃくっている一夏を見てそう思う。
事のあらまし聞いている。きっと弾を助ける為に独りで立ち向かっていたのだろう。とはいえ、泣かれたままというのは堪えるものだが。そんな猛に構わずに一夏は泣きながら猛に謝り続ける。
「ごめんなさい、猛さん……俺、僕、また猛さんの言い付け……守れなくて……」
しかし猛は優しく笑ったまま続ける。
「確かに君は一人で頑張ろうとしすぎたのかも知れない。一人で何でもやろうとし過ぎたのかも知れない。だが、君はそれに気付けた。だからこれからはそれを直していけばいい。やり方を焦り過ぎただけで君の気持ちは、君の誰かを守り、助けたいと思う気持ちは間違いなんかじゃない。俺が保証するよ」
「で、でも弾を……」
「……人を勝手に殺すなっての」
そこに一人の少年が一夏の下に歩いてくる。
「ほら、足もちゃんと付いているから幽霊じゃないぜ? だから泣くなよ、一夏。何かもの凄くばつが悪いというか」
少年こと弾は頭を掻く。
「弾、お前……」
「馬鹿な!? なぜ生きている!?」
「悪いな、ちょっとした手違いって奴だ」
続けてジャケット姿の男も女たちの驚愕する声に合わせるように姿を現す。
「和也、さん……?」
「すまん、一夏君。連中が通信を催促してきたから、つい『全てご命令通りに行っています』って答えちまってさ。まさか弾君を始末しろなんて『ご命令』が出ていたなんて思わなくてよ」
「まったく、お前って奴は。そういう訳だから弾君は無事助け出したんだよ」
最後に藤兵衛が和也の後ろから歩いてきて続ける。
「ならば光明寺は、光明寺信彦はどうした!?」
「さて、光明寺さんなんていたっけかな。人違いじゃねえのか? なあ、『小野寺』さん?」
「そうだな。俺と弾君以外に捕まっていた人はいなかったはずだが」
和也と『小野寺』こと猛は女達に対して不敵に笑う。
「まさか、嵌められた!?」
「今さら気付いても遅いぜ、間抜けが。本物の光明寺博士は今頃インターポール捜査官に護衛されてスイス行きの飛行機の中だろうよ」
和也は女達に現実を突きつけてやる。
光明寺と和也が立案した策は実に単純な『替え玉』だ。ヒアリングが終わるであろう時間帯に、光明寺に変装した猛がいかにも学園の敷地から出てきたように装い、囮として亡国機業の目を引き付けている隙に光明寺が学園から出るものだ。作戦は見事成功し、亡国機業は囮の猛を捕らえた。ちなみに光明寺は猛が捕まった少し後に学園に出入りしていた清掃業者に変装し、インターポール捜査官と合流していた。
「とはいえ弾君まで拉致されたのは予想外だったけどな」
本来ならば猛は一気に犯人グループを鎮圧する予定だったのだが、弾に危害が及ぶことを懸念し、和也が陽動した隙に脱出する手筈になっていた。おやっさんこと立花藤兵衛まで加わり予想以上に派手に暴れたため、結局はそれとも全く違う形での脱出となったが。鎮圧後は通信を逆探知して場所を捜し当てた所、丁度一夏がピンチであったため先行していた猛がバイクで体当たりをかまし、現在に至る。
「猛さん、和也さん、立花さん、弾……」
「一夏君、俺と一緒に戦おう。君と弾君の自由と平和を壊そうとした、奴らと」
「で、でも、俺……」
「一夏、歯食い縛れ!」
猛に言われてもまだ迷う一夏の頬を弾が思い切り殴る。そして続ける。
「目、覚めたか?」
「弾……」
「いつまでもウジウジすんなよ、お前らしくもねえ。いつものお前なら俺に言われなくたって、俺や本郷さん、滝さん、藤兵衛さんが止めたってあいつらに突っ込んでくだろ?それがお前、織斑一夏なんだから。それにお前、今まで独りで必死に戦ってくれたんだろ? ありがとう、一夏。俺の為にこんなになるまで頑張ってくれて。だからついでと言っちゃなんだけど、本郷さんと一緒に戦ってくれないか? 俺もIS乗れない腑抜けなりに頑張るからさ」
「俺からも頼む、一夏君」
続けて和也が一夏に語り掛ける。
「俺は一夏君や弾君が思っている程強い男じゃない。改造人間だったらって思った事なら何回もある。一夏君みたいにISに乗れたらなんて考えた事だってある。俺はそんな腑抜けの一人さ。けど、いやだからこそせめて魂だけは同じでありたいんだ。確かに俺は生身の人間で、ISに乗れねえ男だ。それでも人間として、男として足掻き続けていくのが腑抜けなりの筋ってもんだと俺は思ってる。だから頼む。君には本郷と一緒に戦える力が、強さがある。俺も足掻き抜いてみせる。何の慰めになるかは分からないけど、一夏君も今出来る事をしてくれないか?」
「和也さん……」
「俺からも頼んでいいかな?」
「立花さん……」
更に今度は藤兵衛が一夏に続ける。
「猛は明るくて、陽気で、素直で、子供みたいな奴だったんだ。でもショッカーに捕まって、改造人間にされて……猛は強くない。君と同じ一人の人間なんだ。仲間を求めて、後悔して、我慢して、けど誰かに支えられて、助けられて、応援されて。誰かが一緒に戦ってくれたからこそ強くなれたんだ。だから一夏君、君が猛と一緒に戦ってくれないか? 俺も力になるよ」
「それに」
最後に猛が口を開く。
「君は強いさ、あの時俺を信じて、支えて、助けて、応援してくれた。俺に強さを与えていたんだ。君は、強い。もし君が強くなりたいと、誰かを守りたいと思い、願うなら、俺が君を信じて、支えて、助けて、応援するよ。俺があの時、君にそうされたように。もう一度聞こう。俺と一緒に戦ってくれないか?」
暫しの沈黙の後、一夏は笑顔で答える。
「……はい!」
「いい返事だ」
猛も笑い返すが今まで蚊帳の外に置かれていた女達が騒ぎ出す。
「私達を無視するとはいい度胸ね? けど高々二人に、しかも片方は生身の人間なのに私達を相手にして勝てると思っているの? 『ISを倒せるのはISだけである』という有名な言葉を……」
「黙れ!」
それまでとは一変して静かな、しかし天を衝くかと思わせる怒気を発して女たちを睨み付けてくる猛の前に、沈黙を余儀なくされる。猛は一歩前に進み出る。
「亡国機業、俺は貴様達を、決して許さん!」
猛は人類の自由と平和を脅かす亡国機業へ咆哮する。
そして猛は左腕を腰に当て右腕を左斜め上に突き出し、円を描くように右腕を右斜め上まで持っていく。和也と藤兵衛には見慣れた、一夏は一度見た、弾は初めて見る猛の体内のスイッチを入れる動作だ。
「ライダー……変身!」
入れ替えるように右腕を腰に引き左腕を右斜め上に突き出すとベルトの風車が回り、本郷猛の肉体がバッタの姿を模した改造人間へと変わる。同時に一夏もISの装甲を展開し、装着する。
「頑張れよ一夏! 思い切りやってこい!」
「そうとも! 今夜は仮面ライダーがついているんだからな!」
「……違うぞ、滝」
しかし猛が和也を嗜めるように続ける。
「っと、そうだったな、悪い悪い」
「そうそう、今夜は『ダブルライダー』がついているんだからな」
和也と藤兵衛が笑って顔を見合わせる。
「ダブル、ライダー?」
「そうとも、一夏君」
疑問を口に出す一夏に対して猛が答える。
「今夜は俺と君とで――」
「――ダブルライダーだ!」
仮面の騎士の魂を受け継いだ、白き守護騎士……『白式』を身に纏った織斑一夏と仮面の下に涙を隠し、人類の自由と平和の為に戦う技の戦士……最初の仮面ライダー『仮面ライダー1号』の二人は今宵限りの『ダブルライダー』として自由と平和を奪う悪を打ち倒すべく戦闘を開始した。
**********
戦いの幕が開かれるのと同時に仮面ライダー1号は手近な相手に突っ込み、アサルトライフルを呼び出す間すら与えぬ突き蹴りの猛攻を加える。
「こいつ、やはり『マスクドライダー』!」
女は仮面ライダー1号の正拳や足刀を必死に防御しながらも相手の正体を悟り、舌打ちする。マスクドライダー。亡国機業の計画を潰してきた11人の仮面の男達。現在亡国機業目下最大の脅威であり、悩みの種だ。一筋縄で行くような相手ではない。仮面ライダー1号はパンチとキックの連携でシールドエネルギーを削っていき、巧みに敵を追い詰めていく。
「だが、所詮は飛べないただのバッタ! 空へ飛びさえすれば!」
「そう、上手くいくかな?」
スラスターを使い仮面ライダー1号から距離を取ろうと上空へと飛び上がるISだが、飛んできた荷電粒子砲によりあっけなく撃墜される。
「なぜだ!? なぜそんなエネルギーがまだあるんだ!?」
撃ち落としたのは雪羅に搭載された荷電粒子砲だ。『白式』にそんなエネルギーは残っていない筈だ。それがなぜ使えたのか。 一夏にはなんとなくその理由が分かる。
(きっと『白式』の意志が猛さんに、仮面ライダーに応えてくれたんだ)
根拠などない、ただの勘だ。だが一夏にはそうとしか思えなかった。
「くっ! 何でもいい! だったらもう一回撃墜すればいいだけの話よ!」
ならばと1機のISが一夏にアサルトライフルを放とうとする。
「させるか! ライダーパンチ!」
しかし仮面ライダー1号の右ストレートをまともに受けて女は大きく姿勢を崩す。更に姿勢が崩れた相手に仮面ライダー1号が拳や手刀、前蹴りを叩き込んで一気に攻め立てる。
「この!」
「やらせるか!」
他のISからの銃撃が加わり仮面ライダー1号を引き剥がすと、リーダー格の女が告げる。
「ヤツがあの『マスクドライダー』なら、アレで行くわよ!」
するとISは一斉に『瞬時加速(イグニッションブースト)』を使い上空へと逃れる。
「逃がすか! 一夏君!」
「はい!」
仮面ライダー1号は自慢の脚力を生かしてビルの壁を蹴りながら、一夏はスラスターを噴かし飛行して追撃する。
「これなら回避も儘ならないわね!」
ISがアサルトライフルや機銃などで弾幕を張り仮面ライダー1号と一夏を叩き落とそうとする。
「クッ! この!」
一夏は弾幕をかわそうとするのに精一杯で、上昇出来ずに止まる。しかし仮面ライダー1号は突き進み、ビルの頂上にまで達すると身体をスクリューのように高速回転させ、銃弾を弾きながら高々と飛び上がり、女達の上を取る。
「ライダースクリューキック!」
仮面ライダー1号は高速回転で威力を増幅させた飛び蹴りを1機に叩き込んで地面へと叩き落とし、沈黙させる。
「だがそれが命取りだ!」
女たちは仮面ライダー1号から距離を取って一斉射撃を浴びせる。
マスクドライダーは飛び道具を持たず、空中では自慢の脚力も機動力も意味を為さない。だから空中で待機し、距離を取って集中砲火を加える。これが戦訓を生かしたマスクドライダー対策だ。亡国機業も黙ってやられている訳ではないのだ。1機がこれで勝負を決めようとパイルバンカーを呼び出し、仮面ライダー1号へと突撃し、杭を突き出す。
「甘い! ライダー返し!」
杭を仮面ライダー1号は半身で避けると逆に腕を取り、一本背負いの要領でISを地面へと投げる。
「なんの!」
しかしISは地面に叩きつけられる直前で踏み止まる。逆にリーダー格の女が高機動型パッケージを呼び出すと仮面ライダー1号を背後から羽交い締めにする。
「武器が無くとも、ISにはこんな芸当だって出来るのよ?」
女は仮面ライダー1号を抱えたままスラスターを最大出力で噴かし、空を飛び回りつつビルの壁などに仮面ライダー1号を叩きつける。
「潰れなさい!」
最後にスラスター出力を最大に引き上げ急上昇すると、一気に最高速度まで加速しながら急降下し、自身は地面ギリギリで急上昇しつつ、仮面ライダー1号を投げ落す。
「猛さん!?」
「他人の心配よりまずは自分の心配をしなよ!」
意識がそちらに飛ぶ一夏に今度は別のISがタックルをかまして地面に叩き落す。
「これで終わりよ!}
女達は地面に落下した仮面ライダー1号と一夏の近くに降下すると、ミサイルや機銃など重火器が満載されたパッケージを呼び出し、二人に向ける。
「消し飛べ!」
女たちは二人に対して機銃やミサイル、アサルトライフル、グレネードや手持ち武器など持てる火力の全てを集中させる。一夏達の姿は煙の中に消えていくが、構わずに女達は塵一つ残さず消滅させん勢いでミサイルや銃弾、グレネードの雨を降らせる。やがてミサイルは尽き、グレネードは無くなり、機銃の弾が切れると女達はパッケージを排除し、最終的に全機が弾を撃ち尽くしパッケージを投棄する。地上の様子は煙でまだ見えない。
「フッ、他愛もない。所詮『マスクドライダー』と言っても男、究極の機動兵器たるISが本気を出せば勝てる訳がないのよ」
「今まではまぐれや不意討ちで勝ちを拾ってきたようなもの、これから後10人も軽く捻ってやるわ」
「ISを倒せるのはISだけ。これが真理よ。もっとも、女が乗ったって条件がつくけどね。織斑一夏も所詮は劣等な男。女が駆るISには勝てる筈もないわ」
「しかしわざわざ『ヴォルケーノ』パッケージまで使う必要があったのかねえ。『マスクドライダー』対策マニュアルに従ったはいいけど織斑一夏まで肉片すら残らず消し飛んじまったんじゃない?」
「その辺りはマニュアルに従った結果の事故です、って報告してやればいいわ。むしろ今まで『マスクドライダー』を過大評価し過ぎていたのよ。ちゃんと対策を立てればISの前では敵じゃないわ」
女達は地上の煙が晴れるのを待つ。『絶対防御』のある一夏はともかく。仮面ライダー1号はミンチより酷い状況になっているだろう。しかし死体の確認までが任務である。死体があれば、だが。煙が徐々に晴れていく。最初は面白半分で見ていたがやがて驚愕に変わる。
「嘘、でしょ……!?」
「なんで……!?」
「ありえない! ありえないわこんな事!」
「夢、じゃないわよね?」
「夢だとしたら、悪夢よ……」
「これが……!」
煙が完全に晴れると地上の様子が空中からでもはっきりと分かるようになる。
「どうした? それで終わりか?」
そこには、一夏の盾になるように立ちはだかる仮面ライダー1号がいた。よく見ると仮面ライダー1号や一夏の周囲にだけ機銃の弾跡やミサイルやグレネードが破裂した形跡がない。仮面ライダー1号が両腕で直撃弾を全て弾き、反らしたのだろう。
「化け物め……!」
誰からとなく驚愕と恐怖を込めて呟く声が聞こえてくる。
「猛さん、大丈夫なんですか?」
「ああ。とはいえ最後の投げばかりは威力を殺し切れなかったけどね」
心配そうに尋ねる一夏に対して仮面ライダー1号は事もなげに答えてみせる。
いくら改造人間と言っても叩きつけや投げを全てまともに食らっていたら、しばらくは立てなかったであろう。そこで仮面ライダー1号は風圧を利用した。旋回している間にベルトに風力をため込み、叩きつけられる瞬間に一気に風力を解放してベルトから噴射して威力を相殺していた。流石に最後の一撃ばかりはベルトからの風圧だけでは完全に相殺し切れず、少なからずダメージを受けたが。敵が一斉射撃してくる直前に一夏の盾となり、ミサイルやグレネードを反らし機銃を弾いて相殺し、敵の攻撃をやり過ごした。
(とはいえ俺はともかく、撃たれ続ければ一夏君のISのシールドエネルギーが保たないだろう。何としてもヤツらに俺達が近付けるだけの隙を作らねば)
仮面ライダー1号は微塵の油断も安堵もせずに思案をする。
連中はこのまま遠巻きに撃ち続けてくるだろう。そうなれば一夏はジリ貧だ。シールドエネルギーは決して無限ではないのだから。仮面ライダー1号とて撃たれ続けていれば、いつかは限界を迎える。飛び道具が無い上、空中での機動力では圧倒的に劣る仮面ライダー1号にはかなり不利だ。女達もその優位を知ってか、再び空中を旋回しながら二人に銃撃を加えようとする。
「そうは!」
「させるかよ!」
しかし2機のISに対して上から二台のバイクが落下し、ISにのしかかる。
「おやっさん! 滝!」
バイクに跨がっていたのは藤兵衛と和也だ。近くの立体駐車場屋上からバイクで落下したのだろう。
「弾君!」
「はい! 食らいやがれ! ライダー……キック!」
更に和也のバイクの後ろに乗った弾が和也かスタンガンが仕込まれたブーツで、ISを踏み付けるようにして足を蹴り出し、そこから高圧電流を流し込む。
「今だ! 猛!」
「派手にぶちかましてやれ! 本郷!」
「お前も負けんなよ! 一夏!」
あまりに異様な光景に呆然とする女達を尻目に、二台のバイクはそのまま地上へと降りて行く。
「おやっさん、滝、ありがとう」
「弾、ありがとうな」
二人はそれぞれ感謝の言葉を述べると並び立ち、顔を見合わせ頷き合う。
「行くぞ!」
「はい!」
「ライダージャンプ!」
仮面ライダー1号はその脚力を最大に生かして、一夏は『瞬時加速』を使って一気に上へと飛び上がる。
「そんな直線的な動きで!」
嘲るように2機のISがそれぞれ向かい合う形になった仮面ライダー1号と一夏の背後を取る。仮面ライダー1号にはスラスターはない。一夏も『瞬時加速』の直後で小回りは利かない。そう読んだのだろう。
「まとめて落ちろ!」
「そう」
「かな」
その瞬間、仮面ライダー1号と一夏は互いの足を合わせると渾身の力を込めて互いを蹴り出し、高速でそれぞれの背後にいる2機へと突っ込んでいく。唖然とする敵に一夏は『瞬時加速』を使って敵に突撃し、雪片弐型で思い切り斬撃を放つ。
「はああぁぁぁぁっ!」
敵は回避も防御も出来ずにスピードが乗った斬撃をまともに受け、一撃の下に撃墜される。一方、仮面ライダー1号も反動を利用した飛び蹴りを背後にいる敵へと放つ。
「ライダー反転キック!」
背後の敵を叩き落とし沈黙させる。仮面ライダー1号は壁を蹴ってまたも反転すると、慌てて飛び立とうとするISへと反転キックを放つ。
「ライダー!」
だが、まだ終わらない。ISが『絶対防御』を発動させて沈黙するると同時に更に反転し、別のISに反動をもプラスしたキックを放つ。
「稲妻!」
そのISも蹴りで沈黙させるが、蹴りの反動を生かしてもう一度反転し、稲妻のようなエネルギーを纏いながら、稲妻に似たジグザグな軌道を描くような軌道で反転キックを放つ。
「キック!」
3機目のISも為す術なく悲鳴と共に『絶対防御』を発動させ、地面へと墜落する。
「流石『ダブルライダー』だぜ!」
地上で眺めていた和也が称賛の声を上げる。藤兵衛と弾は当然とばかりにそれぞれ猛と一夏を誇らしげに見ている。
「和也さん!」
「お兄!」
織斑千冬と五反田蘭が三人の下へ走り寄ってくる。
「遅かったじゃねえか、千冬」
「蘭!どうしてここが!?」
「各方面との調整に時間がかかりましてね。彼女はたまたまこちらに走っていたのを見かけたので私が拾ってきました」
「あれだけの騒ぎなら普通気付くよ。けどお兄、本当に心配したんだからね!」
「立花さん!ご無事ですか!?」
「よかった!お怪我はありませんか!?」
「滝捜査官は、大丈夫そうですわね」
「というか本当に退院していたんですね。やっぱり人間って意外と頑丈なんだ……」
「流石は教官の戦友だ。私も見習わなければな」
「見習う以前の問題だと思うけど……」
「というかなんで弾までここにいるのよ?」
「そう言わないの。私の周りでは心配で堪らなかった人もいるんだから」
「箒ちゃん! 真耶ちゃんもか!」
「ご心配どうもセシリア嬢。それにシャルロットとラウラ、あと簪さんだっけ?……もお疲れ様」
「俺だけ扱いが酷くねえか? 鈴。それとありがとうございます、楯無さん」
続けてISが9機降りてくる。真耶の機体を除けば全て専用機、しかも全員夏に好意を寄せている少女達、和也曰く『イチカー軍団』が装着しているものだ。敵の撃墜より先に民間人である弾や藤兵衛を保護しにきたのだろう。の『イチカー軍団』の視線の先では一夏が『雪片弐型』を振るい最後の1機と戦っていた。
「しつこい!」
しかし咄嗟に女がパッケージを呼び出し自爆させた爆風をもろに受け、一夏は墜落していく。
「一夏!?」
慌てて飛び出して行こうとする8機を当の一夏が遮る。
「俺は、大丈夫だ!それよりあいつを!」
「しかし!」
「大丈夫だ!」
言い募ろうとする箒を和也が遮る。
「一夏君は、君や千冬、蘭ちゃんが思っているよりずっと強い。だから、大丈夫だ」
「で、でも!」
「一夏君! 『電光ライダーキック』だ!」
言い募ろうとする少女達を遮るように藤兵衛が一夏に向かって叫ぶ。
「立花さん!?」
「箒ちゃん、一夏君を信じてやってくれないか? 一夏君なら必ず出来ると信じている!」
「それによ」
更に和也が続ける。
「今の一夏君には、あいつが付いているんだ」
和也は逃げるISを追い、呼び出した『サイクロン号』に跨がりビルをジャンプ台代わりに高々と宙に舞う仮面ライダー1号を見やる。
「どんな悪党だってぶっ倒して、2341発のミサイルからでも、467機のISからでも守ってみせる仮面ライダーが付いているんだ。一夏君が仮面ライダーを、仮面ライダーが一夏君を信じているみたいに、君たちも一夏君を、仮面ライダーを信じちゃくれねえか?」
それを聞くと皆黙り込む。仮面ライダーの名を出されては黙るしかない。
和也の信頼に応えるように仮面ライダー1号は『サイクロン号』で体当たりを仕掛ける。
「サイクロン……アタック!」
ISのメインスラスターが破壊され推力を失うと、仮面ライダー1号はサイクロン号からジャンプし、ISを掴んで一夏へ向けて落下し始める。
「行くぞ! 一夏君!」
「はい! 猛さん!」
一夏は落下しながらも雪片弐型を地面に思い切り投げつけ、垂直になるように突き刺す。そしてスラスターとPICを駆使して体勢を整え、雪片弐型の柄の上に足を乗せると同時にパワーアシスト機能を全開にし、瞬時加速を使い真上へと勢いよく飛び上がる。
「行っけえぇぇぇぇ! 一夏あああああ!!」
弾の魂の叫びに応えるように、一夏は急上昇しながら逆立ちのような姿勢で蹴りの体勢に入る。仮面ライダー1号はISの腕を取り『ライダー返し』の要領で一夏の方向に放り投げると同時に、踏みつけるような形でISに蹴りを放つ体勢に入る。女は悟る。自分は間もなく一夏と仮面ライダー1号の蹴りに挟まれると。スラスターが破壊された今の自分に逃げる手段が無いと。チェックメイト、だ。だからこそ仮面ライダー1号に向かって叫ばずにはいられなかった。
「あなた達は、あなたは一体何なのよ!?」
「俺達は――」
「俺は――」
「俺の名は――」
「――仮面ライダー!」
「電光ぉぉぉぉライダァァァァ!」
「ライダァァァァハンマァァァァ!」
「キィィィィィィィィック!」
『白式』を身に纏った織斑一夏が放った電光の如き渾身の蹴りと、仮面ライダー1号が放った正義の鉄槌に相応しい必殺の蹴撃は同時に悪へと炸裂し、見事その企みを打ち砕いた。
**********
建設現場の一角に和也、藤兵衛、そして変身を解いた猛は並んで立っていた。
「お兄のバカ! 人に散々心配かけさせて!」
「痛い痛い! 止めてくれ!」
心配と安堵のあまり半泣きになりながら弾を殴っている蘭を止めに入る。
「蘭ちゃん、そこまでにしてやってくれないか?」
「ああ、誘拐されたばっかだってのに俺達の無茶にまで付き合わせちまったんだからな」
藤兵衛と和也が蘭に言うと渋々弾を解放する。そこに猛が弾に言う。
「ありがとう、弾君。君があの時見せてくれた勇気が一夏君に、俺に力をくれた。流石、風見志郎が見込んだだけの事はある」
「風見さんを知っているんですか!?」
五反田兄妹が声を揃えて猛に尋ねる。
「ああ、大学やオートレーサーとしての後輩で、俺とは血を分けた兄弟みたいなものでもあるからね」
猛は笑って二人に続ける。志郎を改造したのは他でもない猛と盟友の隼人だ。その際に自身の機能を参考にしているので猛の表現も間違いではない。
「そうだったんですか。それと本郷さん、一夏も助けてやってくれませんか? 流石に可哀想になってきたというか……」
続けて弾は現在千冬と『イチカー軍団』に『制裁』されている一夏を見やる。
最初は千冬が勝手な行動をした一夏を鉄拳制裁している、と思っていた三人だが、やがて『イチカー軍団』までが加わり、千冬も止めなかった事から認識を改めていた。現在一夏は和也曰く『会長フランク』こと楯無に言葉責めされている。続けて千冬が一夏を殴ろうかとした所で猛が割り込むように声をかける。
「そこまでにしてもらえませんか? 彼がそのような行動を取ったのには、俺にも責任がありますから」
「あなたは……?」
「こうしてお会いするのは初めてでしたね。改めて、本郷猛です。貴女の事は一夏君や滝、それと沖一也から聞いていました。お会い出来て光栄です、織斑千冬さん」
「いえ、私も一夏や和也さんから話を聞いていましたから。ありがとうございます。二度も弟を、一夏を助けて頂いて」
千冬は拳を下ろして猛に向き直り、頭を下げて礼を述べる。
「頭を上げて下さい、千冬さん。俺の方こそまた一夏君に助けられたんですから」
猛は笑って首を振ると続けて一夏に向き直る。
「ありがとう、一夏君。また、君に助けられたよ」
「でも俺、みんなに迷惑かけて……」
続けて礼を述べる猛に対して一夏は落ち込んだまま答える。今回一夏は制裁を甘んじて受けている。自身の無思慮さを恥じているのだろう。
「それはこれから直して行けばいいさ。もし君がどうすればいいか分からないなら、俺で良かったら君の力になるよ」
「猛さん……」
「それより一夏君、歩けるかい? 戦いのダメージもあるだろうし、何より彼女達の愛の鞭は少々過激だったからね」
「いえ、大丈夫……のわ!?」
歩き出そうとして倒れかける一夏を猛が支える。予想以上にダメージは大きいようだ。そのまま猛は一夏に肩を貸す。
「本郷、そういやお前の用件って何だ? 来るって連絡はあったけど相当の事なんだろ?」
和也は猛に歩み寄りながら尋ねる。和也の下に猛が日本に帰国する事とその時に話したいことがあるという事は連絡がされたが、話の内容はまだ聞いていない。猛は表情を引き締めて和也に答える。
「亡国機業が大規模な作戦を日本で展開するとの情報が風見と結城から入った。二人は既にこちらに向かっているが、後は色々あって少し遅れるらしい。だから……」
「俺に迎えに行けっていうんだろ?」
「ああ。また、世話をかけるな」
「気にすんな、本郷。お前の連絡はいつも入れてくるクセに割と大事な頼みは唐突なのは昔からだしな」
「すまん……」
「その代わりと言っちゃなんだが、暫く一夏君の傍にいてやってくれないか? いくらおやっさんや弾君、蘭ちゃんが居ても肝心の学園に千冬や『イチカー軍団』がいないんじゃ一夏君も寂しいだろうし、お前も一夏君に教えたい事は沢山あるだろうしな」
和也は笑って首を振りながら答えてみせる。
「私達が一夏の傍から、ですか?」
「ああ。だってよ、お前沖一也の事を迎えに行けって言われたら断れるか?」
「それは、そうですけど」
「俺からもお願いします、千冬さん。それと他の方も。話は一文字や後輩達から聞いています。ですので……」
「一文字隼人を、神敬介を、アマゾンを、城茂を、筑波洋を、沖一也を、村雨良を、南光太郎を、かつて貴女達と出会った『仮面ライダー』を、迎えに行ってはくれませんか?」
「そう言われたら、引き受けるしかありませんね」
「ええ、むしろ頼まれなくともそうする気でしたわ」
「『トモダチ』の為ならそれくらい、朝飯前ですし」
「僕も仲間と、また会いたいと思っていましたから」
「私達の為に血を流してくれた人、『戦友(カメラード)』を迎えに行かない程、私も恥知らずではありません」
「私も簪ちゃんも光太郎さんには」
「あの人には、改めてお礼がしたいですから……」
「私も、一文字さんと会って、最高の一枚を見せて貰いたいですし」
「私も助けられた恩返しもしたいですし、あの人が『ホワイトナイト』に託した伝言が無事伝わったと教えたいですから。もっとも、それがなくとも『カズヤ』さんに付き合わされていたでしょうけどね」
「一夏を、お願いします」
「はい、必ず」
最後に千冬が締め、改めて一礼すると猛は簡潔に、しかし力強く頷いてみせる。
「それじゃ、行こうか猛、一夏君、弾君、蘭ちゃん。夜風は冷たかっただろうしコーヒーでもご馳走するよ」
「ありがとうございます、おやっさん。久しぶりだな、おやっさんのコーヒーが飲めるのも」
「本郷さん、藤兵衛さんのコーヒーってそんなに美味しいんですか?」
「ああ、おやっさんは昔喫茶店のマスターもしていたからね。味は保証するよ。それと弾君、君は反対側から一夏君に肩を貸してやってくれないか?」
「分かりました。しかしお前やっぱ凄いな。最高に格好良かったぜ、あの『電光ライダーキック』はよ」
「よせよ、むず痒いって言うか。それにお前だってあの時の『ライダーキック』、猛さんや和也さんみたいだったし」
「お兄、そんな事までしてたの!?」
「俺達に付き合う形でね。悪いね、蘭ちゃん。ここは俺に免じて許してくれないか?」
「それにおやっさんや滝、弾君、一夏君のあの姿があったから俺も心を奮い立たせる事が出来たんだ。俺からも、頼むよ」
「……二人からそう言われたら、私は何も言えませんよ」
「ありがとう、蘭さん。けど二人共、特に弾君はあまり無茶はしないでくれないかな? ライダーキックは仮面ライダーの脚だから出来る技だ。一夏君もそのせいで足を痛めたみたいだしね」
「面目ないです、猛さん……」
「なに、無茶言った俺が悪いのさ。それに言ってくれれば俺がライダーキックを使えるようになるまで特訓に付き合うさ」
「お兄、藤兵衛さんに特訓して貰ったら? 本郷さんや風見さん、滝さんみたいになれるかもよ?」
「……遠慮しとく。鉄球とか使いそうだし」
「流石に猛達ならともかく、君たちにはそんなもの持ち出さないって」
「って本郷さん達には使ってるんですか!?」
「まあその話は追々しようか。その話も、俺が今まで何をしてきたのか、仮面ライダーとしてどうしてきたかも、弾君にも蘭さんにも、一夏君にも話すよ。そして教えるよ、仮面ライダーについて……昔10人の男にそうしたように、ね」
「ありがとうございます、猛さん。俺も、頑張りますから」
一夏、弾、蘭、藤兵衛、そして猛は肩を並べてその場から歩き去っていくのを見送ると、和也は声を上げる。
「弾君や本郷が羨ましい、なんて顔すんなよ。恋と友情は別腹さ。じゃ、俺達も行こうぜ? あいつらに、仮面ライダーに会いに、な」
箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、楯無、簪、真耶、千冬、そして和也もまた歩き出すのだった。