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[32627] 【チラシの裏より移転】無限の蒼穹、正義の仮面(IS×仮面ライダー+α)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 16:43
 本作品はISといわゆる昭和仮面ライダー、『人造人間キカイダー』、『キカイダー01』、『イナズマン』及び『イナズマンF』、『快傑ズバット』が同一世界観であったら、という前提で書かれたクロスオーバー作品です。
 その為独自設定や解釈が入りますのでご注意願います。
 また、同じくチラ裏に掲載した同題材の短編集『いつか見た仮面』の後日譚という形となります。
 本作品はにじファン様で掲載していたものをを改訂したものです。



[32627] 第一話 俺の名は(マイ・ネーム・イズ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 16:57
 IS学園学生寮。世界初の男性IS操縦者、つまり唯一の男子生徒である織斑一夏の部屋。その中には部屋の主である一夏と6人の少女がいた。一夏は縛り上げられた状態で椅子に座らされており、6人の少女が部屋を勝手に荒らしている。

「折角の休日だってのに、いきなり叩き起こされて、縛り上げられて、部屋を荒らされて……これは一体どういうことなのか教えてくれ!」
「駄目だ」
「駄目!? どうしてだよ!?」

 一夏の魂からの叫びを一言で切り捨て、少女達は部屋をくまなく探索する。

「ベッドの下はなし、か……セシリア!」

 ベッドの下を覗き込んでいた黒髪の少女こと篠ノ之箒が、引き出しを探っている長い金髪の少女もといセシリア・オルコットに声を上げる。

「こちらにもございませんわ!」
「天井裏もよ!」
「ラウラ! 他に隠しスペースみたいなのは見当たらない!?」
「いや、私の見立てでは無い」
「つまり残るは、クローゼット……!」

 さらに凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪がそれに続く。原因は一週間前に『銀の福音』や『仮面ライダー』を模した無人ISが学園を襲撃された際、重傷を負ったインターポール捜査官の滝和也を昨日見舞いに行った時のことだと一夏は推測している。最初は他愛ない雑談をしていたのだが、例の如く好みの女の子のタイプを和也が聞いていたところで丁度6人が入ってきた。和也と共闘した他の5人はともかく、その時は不在で和也と面識が無い筈の簪が見舞いに来た理由は不明だが、そんなことはどうでもいい。むしろ6人が異様に殺気立っていた方が問題だ。しかも直前に和也が一夏にエ……その手のいかがわしい本を持っていないか、と聞いたのを耳にしていたらしく、執拗に尋問された。
 その場は和也の担当医で、学園校医である緑川ルリ子の活躍……と言っても6人をハグしようと追いかけ回しただけだが……により収まった。安心していたら朝早くにドアをピッキングされ、6人に叩き起こされ、縛り上げられ、部屋をくまなく探索されている。勿論一夏は隠していないと主張しているのだが、彼女たちは無視している。現在6人はクローゼットをくまなく探索している。すると簪が何かを見つけたようだ。

「なんだろう、これ。少し大きめだし、ボロボロだし……?」

 簪はクローゼットからジャケット、俗に言う『革ジャン』を取り出す。簪の言う通り、一夏が着るにしては少しサイズが大きめだ。至る所に縫った跡がある継ぎ接ぎのものだ。

「それは……」
「『猛さん』から貰った大切なもの、だろう?」

 簪の疑問に答えようとする一夏の後を引き取り、箒が答える。

「猛さん?」
「ええ。一夏さんの命の恩人で、『理想のヒーロー』ですわ」
「ほら、お見舞い行く途中で話したじゃない。一夏が誘拐された時に一緒にいて、助けてくれたのがその『猛さん』って人らしいのよ」
「と言っても、僕達も一夏や織斑先生、滝捜査官から聞いただけなんだけどね」
「それと村雨さんの話では村雨さんの大先輩であるとも聞いているな」

 更に疑問を口にする簪に対して今度はセシリア、鈴、シャルロット、ラウラが続ける。彼女達の言う通り、一夏は第二回『モンド・グロッソ』決勝戦直前に誘拐された際、一夏を助けに入ったものの、その一夏を人質にされる形で一緒に捕まってしまった『猛さん』こと本郷猛により助けられた。誘拐した犯人グループが猛や、決勝戦を棄権し一夏救助に現れた千冬、その護衛に当たっていた和也により鎮圧され、一夏が千冬と再会を果たした直後に猛は姿を消していた。
 その為一夏と猛が一緒にいた時間は長くないのだが、一夏の脳裏には本郷猛という男の姿や生き様、魂が焼き付いていた。一夏にとって本郷猛は命の恩人でり、自分もこうなりたい、こうありたいと願った憧れのヒーローでもある。その事を一夏との付き合いが一番短い簪以外の面々も一夏や千冬、和也からも聞かされている。ちなみにこのジャケットは上着を引き裂かれ、夜風に吹かれ震えていた一夏に猛が掛けてくれたものだ一夏は宝物として大切に保管しており、自分で修繕していた。
 どこかしんみりとした空気をぶち破るように、部屋のドアが勢いよく開かれる。

「フフフ、見つけたわよ、簪ちゃん。それと他の皆も昨日の分までたっぷり可愛がってあげるわ!」
「ルリ子先生!?」

 入ってきたルリ子であった。先程まで更識楯無をハグしようとしていたと聞いていたが、遂に捕まったようだ。別の獲物を求めてここにたどり着いたのだろう。簪のみならず他の5人もルリ子に気に入られており、『必ず』ハグする対象である。昨日は逃げ切れたらしいが、今度ばかりはそうもいかないだろう。ラウラですらルリ子の悪癖には辟易している。他の5人は言わずもがなだ。ハグしようと飛びかかるルリ子をかわした6人は、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。

「ちょっと待ちなさいよ! あら、あなたどうしたの? 趣味?」
「出来れば今すぐほどいて欲しいんですが……」

 一夏は溜め息をつき、ルリ子に縄をほどいてくれるように頼むのだった。

**********

 病院の待合室らしき場所に設置された椅子に、一人の女性が座っていた。スーツ姿が似合いそうな凛とした雰囲気に、怜悧な美貌、メリハリのきいたスタイルの美女だ。と言っても私服姿だが。椅子に座っていた女性だが、て歩いてくる男の姿を見ると椅子から立ち上がる。男はラフなジャケットを着込み、手にはバッグを持っている。怪我でもしているのか頭や顔にはガーゼや湿布らしきものが貼られている。男も女性の姿を見つけると女性へ歩み寄る。

「しかしよく考えりゃ凄い光景だな。『ブリュンヒルデ』が直々にお迎えだなんてよ」
「その様子では殆ど完治したみたいですね。それと一応聞いておきます。あなた本当に人間ですか?」
「そう言うなよ、俺だって驚いてんだから。悪いな、千冬」
「いえ、私が原因ですから気にしないで下さい、和也さん」

 女性こと織斑千冬は男こと滝和也と会話を交わす。
 織斑千冬はIS学園の教員であり、現役時代は第1回モンド・グロッソの総合優勝者『ブリュンヒルデ』として、名実共に世界最強のIS操縦者として君臨していた。一方の滝和也はFBIから出向してきたインターポール捜査官であり、千冬とは第2回モンド・グロッソ以来の仲だ。和也がなぜIS学園近くの病院にいたのかと言うと、無人ISのIS学園襲撃の際に負傷して昨日まで入院していた為だ。
 専用機限定タッグマッチ中の無人IS襲撃から一週間後、大規模犯罪組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の学園襲撃……和也曰く『火事場泥棒』を察知した千冬は、和也をIS学園まで呼び出して協力を要請した。和也は亡国機業の企みを阻止した翌日、襲撃してきた『仮面ライダー』及び『銀の福音』を模した無人ISに生身で戦いを挑み、重傷を負った。戦いを挑んだ事自体は和也の自発的意志なのだが、事件に巻き込んだのは自分であること、無人機の主は自分の幼馴染みで、コアの製造法を唯一知る篠ノ之束だろうとことから、千冬は和也の負傷に責任を感じている。だからこそ校医の海堂肇やルリ子に和也の治療を頼んだ。そして和也は晴れて退院となった。ただし一週間で、だ。
 千冬の見立てでは二ヶ月は入院する必要がありそうだったのだが、回復が尋常ではなく早い。昨日和也が退院すると二人から聞かされた時、千冬は思わず耳を疑った。何回も肇とルリ子に確認し、一体どういうことなのか、と聞いたりもした。肇とルリ子も驚いていたらしく、肇はただ黙って首を振るり、ルリ子は「こっちが聞きたいわよ!」と逆ギレしていた。もっとも、本人も驚いていたらしく、一ヶ月の療養を本部に申請したが一週間で完治してしまい、途方に暮れているらしい。大抵のことならは一週間で平静を取り戻す日本でも、人の身体ばかりはどうしようも無い筈なのだが、どうなのだろうか。和也はいつもの調子で千冬に対して話し始める。

「でよ、次はお前の奢りで快気祝いでもしてくれるんだろ?」
「歳下にたかる気ですか?」
「別にいいじゃねえかよ、IS学園の教員なら俺より給料いいんだろ?」
「あなただって私と同じくらい貰っている筈じゃないですか」
「いや実はよ、私物の『アレ』全部修理に出しててな。金欠なんだよ」
「あなたって人は毎回毎回……」

 軽口を叩く和也に、千冬は最早何回目となるか分からない溜め息をつく。いつもそうだった。出会った時も、一夏が誘拐された時も、セシリア・オルコット暗殺未遂事件の際に『メルクリウス号』に乗り込んできた時も、IS学園まで出向いた時もそうだった。この男は一見不真面目で、いい加減で、それでいて芯は情に厚く、正義感が強い好漢なのだ。千冬が和也を嫌いになれないのはこれが理由だ。なおも軽口を叩こうとする和也の頭に、情け容赦の無いハリセンが落とされる。

「痛っ! 何しやが……!?」
「なにが『何しやがる』だ! 俺だけじゃなくて織斑先生まで心配させやがって!」

 ハリセンの主は千冬ではなく、近くに立っていた初老の男性だ。

「おやっさん!?」
「まったく、折角人が見舞いに来てみれば歳下にたかりやがって。それはともなく元気になって、良かった」
「すいません、おやっさん。ご迷惑おかけしました」
「気にするな。お前も猛や隼人達と同じで、俺にとっては息子みたいなものなんだから」

 男性は和也を叱責しながらも最後に柔和に笑ってみせる。和也はふざけた態度から一転し、男性に恭しく一礼する。

「あの、和也さん。立花藤兵衛さんをご存知なんですか?」
「ご存知も何も、前に話したオートレーサーとしての師匠で、俺たちの『おやっさん』さ」
「悪いね、織斑先生。こいつが毎回迷惑掛けているみたいで」
「それより、なんでお前がおやっさんを知ってるんだよ?」
「私の教え子、篠ノ之箒を『亡国機業』の襲撃から保護してくれたのが立花さんでしたから」

 千冬が男性こと立花藤兵衛を見ながら和也に質問すると、藤兵衛は苦笑しつつ千冬に謝罪する。
 藤兵衛はこの街でバイク屋を営んでおり、篠ノ之箒を亡国機業の襲撃から保護し、IS学園から藤兵衛に感謝状が送られた。千冬はその打ち合わせの為、藤兵衛の店『立花レーシング』まで何度か赴いている。ちなみに副担任の山田真耶とは古い知り合いらしく、話が脱線して打ち合わせは予想以上に長引いたのだが、昔真耶を身体を張って助けた一文字隼人が関わっていると察した為、敢えて文句は言わず聞き役に回っていた。千冬は和也からレーサーとしての師匠筋であり、父親のように慕っている『おやっさん』の話はよく聞かされていた。

「そういう事だ。だから今回は俺が快気祝いって事で奢ってやるよ。俺の行き付けの店でな」
「いや面目ない、おやっさん。ならお言葉に甘えさせてもらいますよ」
「ついでに織斑先生も一緒にどうかな? 勿論そちらにも都合があるだろうけど」
「いえ、ご一緒させて頂きます。どの道そうするつもりでしたし」
「なら決まりだな。それじゃ行こうか、二人とも」

 その一言を最後に藤兵衛が歩き出すと、和也と千冬もまた続けて歩き出すのだった。

**********

「おやっさん行きつけの店がどこかと思えば、まさか『五反田食堂』だったとはね」
「そう言えば幽霊騒動の時、一度来たって厳から聞いたな」
「と言うかおやっさん、大将とは知り合いみたいだけど?」
「なに、まだやんちゃしてた若い頃に藤兵衛さんにはよく世話になっていてね。しかし弾と蘭を助けてくれた兄さん達が藤兵衛さんの弟子だったとはなあ……」

 昼食時をだいぶ過ぎ、人が殆どいない大衆食堂『五反田食堂』のテーブル席に和也、藤兵衛、千冬が座り、厨房から顔を出してきた五反田厳を交えて話していた。厳の話では藤兵衛にはよく世話になっていたらしく、二人の付き合いは長いようだ。藤兵衛も若い時分には五反田食堂によく立ち寄っており、先代店主にも世話になっていたらしく、戦いから身を引いた後は店に通うようになったそうだ。そこに厳の孫である五反田弾と五反田蘭の兄妹がやって来て、和也に話しかける。

「お久しぶりです、滝さん」
「久しぶり、弾君。蘭ちゃんも元気そうで何よりだ」
「いえ。滝さんこそ入院したと聞いてましたが、大丈夫そうで良かったです」

 和也と弾と蘭は顔を見合せ笑い合う。

「和也さん、二人とは知り合いなんですか?」
「ああ。お前に頼まれた幽霊騒動の調査の時にちょっと、な」

 千冬の質問に対して和也は簡潔に答える。
 セシリア・オルコット暗殺未遂事件が解決した後、和也は廃墟の『幽霊』調査を千冬に頼まれた。幽霊は最初にIS学園を襲撃したタイプで、インターポールなどでは『ドール』と呼称されている無人ISであり、廃墟を拠点としていた。その時和也は蘭を探しに行った弾と遭遇しており、弾から事情を聞いた和也は無人ISに遭遇、襲撃されていた蘭の救出に成功した。

「そう言えば滝さん、風見さんが今どうしてるか分かりますか?」
「海外で色々動いていたらしいんだが、最近それに目処がついたみたいでこっちに戻ってくるそうだ。ついでに蘭ちゃんの笑顔がついた日本一の五反田食堂の定食メニューも食いたいとよ」
「そうですか。そんな所も相変わらずですね、風見さん」

 廃墟で蘭が無人ISに襲撃された際に彼女を保護し、無人ISを撃破したのが和也の後輩に当たる『風見さん』こと風見志郎だ。盟友の結城丈二と共に亡国機業の計画を追い、エジプトやタヒチ、ヨーロッパを転々としていたらしいが、間もなくこの街に到着するとの連絡が入っている。

「そっか、弾君と蘭ちゃんを助けたもう一人の方は志郎だったんだな」

 藤兵衛はどこか誇らしげに笑う。風見志郎もまた息子同然なのだから当たり前なのだろうが。同時に店の戸が開き一人の少年が入ってくると弾に声をかける。

「弾、席空いて……って和也さん!? 入院していたんじゃ!?」
「驚くのも無理ないか。ついさっき退院出来てね、今は快気祝いって訳さ」

 入ってきたのは千冬の実弟の一夏だ。察するに弾とは友人同士らしい。

「なんだよ一夏、滝さんと知り合いだったのか?」
「まあな。お前の方こそ和也さんと知り合いだったんだな」
「ええ。夏休みの時に風見さんと一緒に私と兄の事を助けてくれたんです」
「しかし驚いたな。まさか一夏君と弾君が友達同士だったなんてな」
「中学時代からの付き合いなんです。それとあの時はありがとうございました、立花さん」
「気にしなくていいよ。それと箒ちゃんは元気にしているかい? 村雨良ってのに様子を見に行くように頼んだんだけど、俺に言うのを忘れて海外行っちゃってね」
「はい、お陰様で。というか村雨さん……千冬姉、邪魔なら出ようか?」
「いや、同席しろ。どこかの似非インターポール捜査官の動きも牽制出来て楽だからな」
「ったく、これだからブラコン怪人は……」
「道理で一夏君があんな鈍感になるわけだ」

 自分の隣に一夏を座らせる千冬に和也と藤兵衛は溜め息をつきながらも、再び五反田兄妹を交えて雑談し、料理が到着するのを待つのであった。

**********

「……今回の件に関するこちらからの報告は以上です」
「お手数をおかけしました、山田先生」

 IS学園校舎内にある会議室の一角。数人の学園教員と二人の男、一人の女性が椅子に腰掛けていた。教員の山田真耶が報告を終えると、男の一人こと海堂肇が真耶に頭を下げる。真耶と肇が暫く質疑応答を開始し、それが終わるとスーツを着たもう一人の男が立ち上がり口を開く。

「これでヒアリングは全て終了です。今回はご協力頂きありがとうございました」

 男もまた教員達に頭を下げる。

「本当、榊原先生も真耶ちゃんも悪いわね、休日なのに付き合わせちゃって」
「いえ、昨日からヒアリングの準備をされていた緑川先生や海堂先生に比べれば」

 真耶はもう一人の校医であり、ヒアリングにも参加しているルリ子に首を振る。
 肇もルリ子も『国際IS委員会』のIS学園に関する事案を担当する『IS学園小委員会』常任委員として、先日の無人IS襲撃に関してIS学園側にヒアリングを行っていた。本来なら千冬から話を聞くのが筋だが、ここの所働き詰めであることから、肇とルリ子の計らいでヒアリングには呼んでいない。

「常任委員なんてこんな時以外はただの肩書きみたいなものだし。光明寺博士こそスイスからお越し頂きありがとうございます
「気にしないで下さい、緑川博士。IS学園小委員会の委員長として当然の事をしたまでですから」

 頭を下げるルリ子にスーツ姿の男こと光明寺信彦は穏やかに笑って首を振る。
 光明寺信彦は機械工学、特にロボット工学の世界的権威として知られ、『白騎士』発表直後から『白騎士』及びISに注目していた。『白騎士事件』直後にISを専門的に扱う国際機関の設立を唱え、国際IS委員会設立を主導した人物でもある。現在は国際IS委員会副委員長を務める傍ら、IS学園小委員会委員長も兼任している。委員長は慣例として国連事務総長が就任する名誉職に近い扱いであり、事実上副委員長の光明寺が国際IS委員会最高責任者となっている。ちなみに国際IS委員会、中でもIS学園小委員会のメンバーは、月に一度の定例会と緊急召集以外は仕事が無いため、意外と暇である。だからこそ肇もルリ子もIS学園校医を兼任出来るのだが。光明寺は流石に忙しいのだが、事態を重く見て肇とルリ子の要請に応じてこうしてIS学園まで出向いた。

「それに友人、緑川弘の娘の頼みを聞かない訳にもいかないからね」

 光明寺は穏やかに笑ったままルリ子に続ける。
 光明寺とルリ子の父である緑川弘は大学の同期であり、機械工学、生化学と専攻は違えど意気投合し、親友同士として家族ぐるみで付き合いがあった。そのためルリ子と光明寺の実娘で、父と同じ機械工学者で国際IS委員会創立メンバーの一人でもある光明寺ミツ子とは幼なじみで、今でも無二の親友同士だ。

「しかし光明寺博士、『亡国機業』があなたのを狙っているとの情報が寄せられていますが……?」

 肇が光明寺に向き直り尋ねる。光明寺は学識と立場から亡国機業に狙われているのだが、今のところ捕まったためしはない。

「ありがとうございます海堂博士。しかしまさかタクシーの運転手が光明寺信彦だとは、向こうも思わないでしょうね」

 しかし光明寺は肇に対して事もなげに笑ってみせる。
 実は光明寺が捕われない最大の理由がこれである。光明寺は電気屋、警備員、タクシードライバーなどに変装して追跡をかわしていた。しかもいずれも本職さながらの腕前である為、気付かれなさに拍車がかかっている。一度亡国機業が誘拐しようとした時、追手に逃げた方向を教えたホットドッグ屋が光明寺本人だった、ということもある。ルリ子が聞いた話によると、元々天才肌かつ多趣味で、しかも凝り性だったらしく大学時代から多くの資格や免許を持っていたらしい。加えて本人は「昔とった杵柄」と言っているが、色々怖くてルリ子もそこまでは聞き出せていない。

「それに今回はこちらも無策という訳ではありませんから」

 光明寺は更に言葉を続けると、教員達や肇とルリ子を促して会議室を後にするのだった。

**********

「いいのか?一夏、千冬さんと一緒じゃなくて」
「千冬姉も忙しかったみたいだし、たまにはゆっくり休んで貰いたいんだ。それに俺がいたんじゃ、また和也さんと喧嘩始めそうだし」
「……私は滝さんの主張が正しいと思います」

 日が西に傾いた頃、IS学園へと続く道を一夏と弾、蘭が並んで歩いていた。
 一夏が蘭に無神経かつ鈍感な言動を繰り返していた為、和也と千冬とで喧嘩が始まったのだが、今回は藤兵衛によりあっさりと鎮圧された。現在和也と千冬は藤兵衛監視の下、罰として五反田食堂の皿洗いをさせられている。その最中にいつもの如く口喧嘩を始めた和也と千冬に、藤兵衛が再びハリセンを振り下ろしたのを見て、一夏は先にIS学園へ戻る事を決めた。

「けど俺は千冬さんの気持ちも分からないでもないけどなあ。悪い人じゃないのは分かっているんだけど、やっぱ弟とか妹に変な事吹き込む人は近付いてほしくないっていうか」

 弾は蘭に答えるように呟く。
 実際和也は決して悪い人間ではない、むしろ優しい男だとは弾は承知しているのだが、千冬との会話を聞いていると不真面目さやいい加減さは単なるポーズだけではなく元々そんな傾向があるようだ。妹を持つ身として千冬の前で一夏に歳上が好きなのか聞いてくる人は妹に近寄らせたくない。一夏以外にそんな事を聞く気はないようだが。

「けど和也さん、前にもISに立ち向かってたんだな。というかお前もだいぶ無茶したな」
「そんな大したことじゃないって。あの時は無我夢中でさ。な、蘭」
「うん。気が付いた時にはつい身体が動いちゃったと言うか」

 弾と蘭は同時に笑いながら答える。
 弾は蘭を逃がすために無人ISに挑んだ上、追い詰めらた志郎を結果的に助けている。正直弾も怖かったが、妹を守りたいという思いや妹を命懸けで助けてくれた志郎、自分に付き合ってくれた和也の力になりたいという気持ちが恐怖を上回った。

「それにお前に比べりゃまだまだだしな」
「俺がか? でも俺は……」
「ただIS乗れるだけだ、って言いたいんだろ?」

 黙って頷く一夏に弾は続ける。

「確かにIS、しかも専用機持ってるお前が強いって誰でも分かる。白状しちまえば、俺もお前みたいにISに乗れたら俺だって、なんて思ったことは何回もあるさ」
「けどお前さ、色々苦労背負い込んで、痛い目見て、一回死にかけて、辛い事も苦しい事も沢山あっただろ? それでもお前は逃げ出さずに、ISに乗る事を選んだだろ?」

 更に弾は一夏に続けて言う。
 弾は一夏の数少ない同性の友人として一夏がIS学園に行っても接し続けてきた。だからこそ一夏が余計な苦労をしてきたことを誰よりも知っている。女性からは地位を脅かす者として敵視されるか好奇の視線に曝され、男性からは裏切り者として恨まれ、嫉妬、羨望されるのだ。正直、最初は弾も羨ましいと思っていた。だが一夏が意識不明の重傷を負ったと聞いてからその認識が甘かったと痛感した。
 ISは競技用と言い繕っても兵器だ。シールドバリアや『絶対防御』で守られていても死人が出ないとは、自分も死なないとは言いきれない。当たり前とも言えることを、弾は一夏が実際に死にかけるまで気付けなかった。さらに死への恐怖を感じても、余計な苦労を背負い込んでも尚ISに乗り続ける事を選んだ一夏の強さに気付いた。仮に自分がISに乗れてもISを降りていただろう、とも。

「そんなお前の苦労も、強さも知らないでただ嫉妬したり、羨ましがったりするだけの腑抜けがIS乗れても、お前みたいには出来ないって。俺もその腑抜けの一人だけどよ。だからさ、俺はお前みたいにIS乗れなくても、羨ましいなんて思ったりしないで、泣き言一つ言わないで、乗れないなら乗れないなりに頑張る滝さんみたいな男になりたい、って思ってるんだけど、白状しちまった時点でお前にも、滝さんにも、風見さんにも及ばないよな」

 弾は一夏に対して苦笑してみせる。

「って、ガラにもないこと言っちまったな。要は俺も頑張るからお前も頑張れってことだ!」
「弾、ありがとな」

 一夏も笑い返して弾と笑い合う。

「お兄、ちょっとズルいよ」

 二人のやり取りに蘭は羨ましそう呟く。やがてIS学園の前に到着すると一夏と五反田兄妹は別れ、帰っていった。

「……使えるな。行くぞ」

 物陰から見ていた怪しげな男が合図を出すと、黒づくめの男達が一斉に五反田兄妹を追って動き始めるのだった。

**********

 自分の部屋に戻った一夏は後片付けを行っていた。千冬は既に学園へ帰ってきており、一回顔を出した後に自分の部屋へ引き上げた。やっと後片付けは終わったのが外はすっかり暗くなっている。

「これで終わりっと。ドアも鍵が壊されたみたいだし、これから修理申請も出さないとな」

 一夏は気だるげに息を吐きながらも、次にやるべきことを考える。
 一夏は部屋のドアなど備品類をよく壊される。大半は少女達が原因だ。その度に一夏は修理申請を出していた。ベッドまで壊されなかっただけマシとすべきだろう。一夏が修理申請用紙を取りに部屋から出ようとすると、携帯電話に着信が入る。弾からだ。疑問を抱きながらも一夏はすぐに電話に出る。

「どうしたんだ弾? 何か言い忘れたことでも……」

『織斑一夏だな?』

「なっ!?」

 聞こえてきたのは弾の声ではない。変声機を使っているが弾ではない。混乱して言葉を発せない一夏に構わず、電話の主は言葉を続ける。

『今我々は大切な友人の一人を預かっている。勿論生きたままでな。声を聞けば分かるだろう』

 少しの沈黙の後、電話口から誰かの声が一夏の耳に入ってくる。

『一夏か!?』

「弾!?」

 間違いない。聞こえてきたのは弾の声だ。

「どういうことだよ弾! 何がどうなってんだよ!? 冗談にしちゃタチ悪すぎだろ!」

『冗談だったら良かったんだけどよ。お前と別れた後に襲われて、蘭だけは逃がせたんだけど、俺は捕まっちまったんだ……』

「弾……」

 それを最後に弾は沈黙し、少し間を置いて再び最初の変声機の主が話し始める。

『彼の言う通りだ。これで状況は理解出来ただろう?』

「何の為に弾を!? あんたらは一体なんなんだ!?」

『落ち着きたまえ、織斑一夏。我々は事を荒立てる気も、彼に危害を加える気もない。君が我々の要求に従うのであれば彼は無事に解放しよう。だが君が拒否するのであれば彼の命は保証しかねる。実に簡単な取引だ。では答えを聞こうか?』

 一夏は内心舌打ちするが、今は聞くより他に道はない。

「……あんたらの要求は?」

『賢明な判断だ、話が分かる方で助かるよ。なに、君に身代金などを要求する気もなければ、無理難題を押し付ける気もない。単純明快で、簡単な要求だ。二時間後、君独りで、IS学園の北西7kmにあるビル建設現場に来たまえ。ISを持つか持たないかは君の自由だが、我々としては持ってきてくれた方が何かと都合が良いのだがね。それと警察は勿論、IS学園の教師や生徒には話さないこと、要するに他言は無用だ。もし指定した時間に君以外の人物が来た場合や、君に付き添う人間がいた場合、君を尾行などする者が居た場合、取引が決裂したものと見なし相応の措置を取らせて貰う。 では二時間後に……』

「待て! 何の目的でこんなことを!?」

『君が知る必要は無い。君には君の都合があるように、我々には我々の都合がある。君もIS操縦者の端くれならば、それくらいの分別は持ちたまえ。では二時間後にまた会おう。この取引が無事に成功することを祈っているよ』

 変声機の声は途切れ、同時に向こうから一方的に電話が切られる。

「ふざけんな……!」

 一夏の身体が怒りに震える。あの時と同じだ。自分達の要求を飲ませる為に一夏を誘拐した亡国機業の連中と同じだ許せない。自分一人ならまだしも、弾まで巻き込んだことが許せない。同時に要求を聞かなければどんな手段も辞さないことも、自分達は取引する気がないと言う事を、一夏は身に染みて理解している。誰かに話せば連中は弾に危害を加えるだろう。だが要求に従っても弾を解放するとは限らない。むしろ口封じをしてくる可能性も否定出来ない。

(俺はどうすればいい? 俺は……)

 流石に難しい問題だ。一夏は悩み、考え込む。ふと、黙って考え込んでいる時にクローゼットが目に入る。クローゼットを開けて中から宝物、本郷猛から貰ったジャケットを取り出し、暫く眺める。

「どうすればいいって、決まってるじゃないか!」

 一夏は決心を固める。自分がこれから何をすべきか、答えは最初から決まっていた。後は行動に移すだけだった。

「猛さん、お借りします!」

 即座に一夏は猛から貰ったジャケットを羽織ると、力強くドアを開けて部屋を出る。
 その目には、強い決意が宿っていた。

**********

 夜を迎えた五反田食堂で、和也と蘭は向き合う形で座っていた。今回はいつもと様子が違い、パトカーが五反田食堂の前に何台か止まっている。大将の厳も自称看板娘の五反田蓮も不安そうな表情を隠さずに警察官と話している。蘭も例外ではなく意気消沈し、不安そうな面持ちだ。和也は蘭を心配そうに見ながらも尋ねる。

「他に君を襲った連中、つまり弾君を拉致した連中の特徴とか覚えてないかい?」
「いえ、振り向かないで必死に走っていたので……」
「そうか、ありがとう。根掘り葉掘り聞いてごめんな?」

 和也は蘭に頭を下げて謝罪するが、蘭は力なく首を振るだけだ。
 和也が藤兵衛と共に『立花レーシング』に引き上げた直後、蘭から何者かに襲われたこと、蘭を逃がした弾が戻って来ないことを知らされた。和也はすぐに警察に通報するよう指示すると五反田食堂へ駆け付けた。到着後は駆け付けた警察官に自身の身分といきさつを話し、目撃情報などから弾が何者かに拉致された可能性が高いと知らされ、蘭から事情を聞いていた。犯人グループからの連絡は今のところ無い。蘭の話では犯人グループは皆黒ずくめの格好をしており、顔は帽子を目深に被っていた為見られなかったそうだ。なぜ犯人が弾を拉致したのかが分からない。怨恨などの線は薄いだろうが営利目的とも思えない。とにかく分からないことが多過ぎる。

「お疲れ様です、滝捜査官」
「いえ、ご協力ありがとうございます、速水警部。他に目撃情報は?」
「やはり皆同じような事しか。もう少し手掛かりがあれば絞り込めるのですが」
「ええ。犯人グループは訓練を受けた、かなり組織だった動きをしているようですね」

 和也は店に入ってきた地元警察の速水警部に尋ねるが、こちらも芳しくないようだ。
 蘭や他の目撃者の証言から推測する、弾を拉致したのは素人ではない。実行犯は専門的な訓練を受け、裏に大きな組織が絡んでいることが推測される。だがますます動機が分からない。弾はごく普通の少年だ。
 弾の拉致と同時に光明寺信彦博士も誘拐された、との情報も入ってきているが心配していない。光明寺本人が既に手を打っていることは和也も承知している。と言うより光明寺の策に和也は協力している。こちらは犯人の目星と目的を掴んでいる。拉致したのは亡国機業、もしくは息のかかった連中だ。目的も光明寺の頭脳を活用しようと考え、あわよくば国際IS委員会やIS学園を抑えようと言った所だろう。こちらの策に引っ掛かった連中の吠え面が目に浮かぶ。
 だから和也にとって問題なのは弾の方だだ。強い絆で結ばれた兄妹を引き裂き、一夏の友人を危険に晒した連中への怒りで腸が煮えくり返りそうだ。蘭の前ではおくびにも出さない。一番辛く、不安なのは蘭だ。自分は冷静でなければ、表面上はそう振る舞わなくてはならない。でなければ蘭を更に不安にさせてしま。

「あの、滝さん……」
「大丈夫だ、蘭ちゃん。弾君は俺が必ず助ける。それに弾君は強い。必ず戻ってくるさ」

 不安げな蘭を慰める和也だが、通信機に通信が入る。光明寺の策は見事に成功したようだ。和也は一度立ち上がり、戸を開いて一旦店の外に出ると通信に出る。

「こちら滝。どうやらそっちは……何!? それは本当か!?……ああ。分かった。今すぐそっちに向かう」

 通信を切って再び店に戻ると、和也は蘭に一言告げる。

「蘭ちゃん、弾君は無事らしい。今は光明寺信彦博士と一緒に捕まっているが、怪我はしていないみたいだ」
「お兄が!? 良かった……」
「安心するのはまだ早いぜ? これから俺は弾君を助けに行ってくる。速水警部、後はお願いして貰ってもいいですか?」
「はい。亡国機業関連の事件は手に余りますから」

 和也は速水警部に任せて店を出ようと出入り口に向かう。

「お兄を、お願いします!」

 立ち上がって自分に一礼する蘭に和也は黙って手を挙げて答えると、自身のバイクに乗り込み走り出そうとする。そこに後ろから誰かが声をかける。

「なあ、俺にも手伝わせてくれないか? 弾君の居場所が分かって、助けに行くんだろ?」
「……おやっさん」

 声をかけたのは藤兵衛だ。跨がっているのは仮面ライダーが愛用していた『改造サイクロン号』を二個一にし、レストアしたものだ。

「足手まといにはならないさ。まだまだ衰えちゃいないしな」
「そっちの方は心配しちゃいませんよ。なら、行きますか」

 和也と藤兵衛は顔を見合せ笑い合うとそれぞれバイクのスロットルを入れ、弾を悪の手から救い出すべく走り出すのだった。

**********

 IS学園の職員室に私服からスーツへと着替えてた千冬がいた。現在は千冬以外の教員も職員室に集まっている。光明寺の拉致がほぼ確実と判明した為だ。本来なら警察に任せておいてもよいのだが、拉致されたのがIS学園の敷地外へと出た直後である為、IS学園側も解決に動き出しており、現在職員達が情報収集に当たっている。光明寺は対策を立てていた為、心配する必要はないのだが、IS学園の前で拉致された事実が問題であり、千冬も職員室に詰めている。

「おかしいわね、やっぱり一つ足りないわ……誰かが持ち出したのかしら?」

 情報収集に当たっている千冬をよそに、作業着を着た一人の教員が職員室へと入ってくる。

「佐原先生、どうかされましたか?」
「織斑先生、いえね、予備用バイザー型ハイパーセンサーの数が、さっきからいくら数えても一つ足りないんですよ」

 千冬が入ってきたIS学園整備科主任教員の佐原ひとみに声をかけると、ひとみは首を捻りながら千冬に答える。
 ひとみはISの整備と部品の点検を行う為、ISを格納してあるハンガーへと向かっていた。ひとみの話では、本来機体のハイパーセンサーに不安が残る場合、ハイパーセンサーの補助や保護の為に使われる共通規格のバイザー型ハイパーセンサーが一個足りていないらしい。使われたことが殆どないので、教員の中には存在自体を失念している者すらいる。ひとみが気付けたのは最初期からISに携わり続けてきたからだろう。それを見て整備科教員の一人がひとみにファイルを持ってくる。

「あの、持ち出し許可の申請書が出ていましたよ?」
「それを先に言ってよ。誰が持ち出しの申請を?」
「ちょっと待って下さい……あ、ありました。えっと、1年1組の織斑一夏君、ですね」
「織斑が、ですか?」
「ええ。申請書も出ていますし」

 一夏の名前が出てくると千冬は思わず聞き返すが、申請書を見ると確か一夏の名前が記載されている。理由はハイパーセンサーに不調が見られた為となっている。

「けど何か匂うわね。織斑先生、申し訳ありませんが織斑君を職員室まで連れてきてくれませんか? 少し聞きたいことがあるので」
「分かりました。様子を見てきます」

 ひとみの要請を承諾すると、千冬は立ち上がり職員室を出て学生寮にある織斑一夏の部屋へと歩いて行く。
 部屋の前まで千冬が到着すると、一夏に想いを寄せている少女達が部屋の前にたむろしていた。最初はいつものように相談している、または牽制し合っているかと思った千冬だが、少々様子がおかしい。

「お前達、一体何をしている?」
「織斑先生……」

 千冬が見かねて声をかけると全員が千冬の方を見る。その中から篠ノ之箒が少女達を代表するように口を開く。

「あの、一夏がどこに行ったか分かりませんか?」
「一夏が?」
「はい。こんな時間なのに部屋にはいなくて。心当たりも探したのですが、見つからないんです」

 千冬は箒の言葉を聞くと黙って考える。一夏がこの時間帯に部屋にいないことは珍しい。しかも箒達が心当たりを探しても見つからない、というのは滅多にあることではない。不審を覚える千冬だが、校内放送が流れると即座に中断する。

『織斑先生! 至急職員室までお戻り願います! 先程学園の北西7kmの地点でIS同士の交戦が開始されたという情報が入りました!』

「何!?」

 千冬は驚愕しながら嫌な予感を抱く。しかしすぐ抑えると少女達に指示を出す。

「お前達もすぐ出撃出来るように準備しておけ!」

 それだけ言うと千冬は職員室へと戻るべく駆け出していた。

**********

 IS学園の北西7kmに位置するビル建設現場。この一帯は多くのIS関連企業が現地事務所や営業所、支社を設置し、ビルの新築や解体、改装等が盛んである。新築途中のビル建設現場にISを装着した女が佇んでいる。今立っている女の他にも、同じようにISを装着している女が10人この近くに潜んでいる。女はハイパーセンサーを一瞥し、時刻を見て通信を入れる。

「そろそろ時間ね。どう? 誰か来る気配は?」

『今のところは無いわ』
『本当にあの織斑一夏は来るのかしら?』

「頭に血が上りやすい上、情に脆いとプロファイリングでは出ているわ。きっとこちらに来るでしょうね」

 女は通信越しに聞こえてくる疑問に答える。
 女達は2時間程前、一夏を呼び出したグループの一味である。勿論女達に人質を解放する気などハナからない。最初から始末する腹積りだ。

『けど幹部会も織斑一夏に随分ご執心じゃないか。これまでは命を奪いにかかっていたのに、今じゃ生け捕りにしろって話だしね』
『モルモットに気かねえ。おかげで光明寺信彦だけじゃなく、もう一人誘拐する必要があったたんだから、たまったもんじゃないよ』

 立っている女にも残りの女達の愚痴が聞こえてくる。
 女達は組織の方針を決定する『幹部会』から一夏と光明寺の身柄確保を命じられた。光明寺はIS学園の敷地から出てきた所をあっさり捕まえることが出来たが、一夏を学園側に気付かれずに確保するのは難しい。そう判断した女達の一味は直接一夏を拉致するのを諦め、一夏と話していた兄妹らしき二人を拉致し、一夏への人質にしようとした。 少女にこそ逃げられたが、兄らしき少年には激しい抵抗にあったものの捕え、現在は光明寺共々監禁している。女達も光明寺はともかく一夏を生かして捕えろと言われたことに困惑している。だが幹部会の命令は絶対だ。こちらとしてはただ従う他にない。
 間もなく時間だと言うのに一向に織斑一夏がこちらに来る気配は無い。怖じ気付いたのであろうか。

「これは一度脅した方が……」
「その必要はない」

 女が呟くのを誰かの声が遮る。女や仲間の声ではない。
 建設現場にジャケットを着た少年が歩いてくる。顔は陰に隠れていて見えない。少年は立ち止まって口を開く。

「弾は、はどこだ?」
「残念だけどここにはいないし、あなたが会うこともない。おとなしく来てもらうわよ? 抵抗しても構わないわ、力づくで連れていくから」

 女が合図すると10人が飛び立ち、並び立つ。こちらは11機、相手は1人、数が違う。勝利を確信している女達を余所に少年は吠える。

「やっぱり取引とか言っておいて、最初からそんな気は無かったんだな!」
「ええ、勿論。だったらどうするのかしら?」
「だったら、力づくで聞き出すまでだ!」

 少年もまたISを展開し装着する。胴体部分はデータ通り『白式』のものだ。だが顔面部分が違う。

「仮面?」

 顔面部分には仮面……バイザーが装着されていた。女は一応少年の名前を確認する。

「一応聞いておくわ。あなた、名前は?」

 少年は刀を構えて女達を見据え、言い放つ。

「俺は、仮面ライダーだ!」
「そう、私たちの前でその名前を名乗るなんていい度胸ね、織斑一夏。けど、ここまでよ!」

 それを皮切りに女達と少年……織斑一夏はほぼ同時にスラスターを噴かし、相手へ向かって突撃していった。

**********

 IS学園の北西に位置する建設途中のビル群の一つ。その前に二台のバイクが止まる。バイクから二人の男が降りると、裏口からビル内部へ入り込む。

「このビルで間違いないのか?」
「念のため発信源も調べてみたけどここで間違いないよ、おやっさん」

 ビルに侵入した藤兵衛の問いに和也は頷きながら答える。
 弾と光明寺がこのビルに監禁されていると知った和也と藤兵衛は、犯人グループを鎮圧しつつ弾と光明寺を救出することを決めた。和也や藤兵衛にはいつものことだ。こんなビルなら侵入もお手の物だ。手早く先に進んでいくと、階段の前に犯人グループの一員が何人かいる。こちらにはまだ気付いていないようだ。この男達以外に犯人グループはいないようだ。ならばと和也と藤兵衛はギリギリまで迫り、手始めに一番手近な二人に手刀を叩き込み、声を上げさせる間もなく気絶させる。

「何だお前達は!?」

 いきなり起こった事態に男達は混乱し、和也と藤兵衛に為す術なく殴られ、蹴られ、投げられて次々と気絶していく。

「こいつら!」

 残る一人はナイフを抜くと藤兵衛を刺そうとナイフを突き出す。

「そうは行くかってんだ!」

 しかし藤兵衛はその突きをあっさりといなすと、腕を取り一本背負いで地面に叩きつけ、男を気絶させる。

「侵入者だ! 武器を使って構わん! 必ず排除せよ!」

 すると騒ぎに気付いたのかトンファーやナイフ、警棒やらで武装した男達が飛び出してくる。しかし和也と藤兵衛に恐れじゃ無い。捜し出して叩きのめすより、この場で全員相手にした方が楽だ。

「流石に少し多いか?」
「俺はまだまだ大丈夫さ。おやっさんは?」
「俺もこれくらい!」
「だったらさっさと片付けて先に進みますか!」

 和也と藤兵衛は頷き合うと男たちに対して臆する事なく、敢然と並んで挑みかかっていく。
 その頃、弾はビルの片隅で光明寺信彦を名乗る男と共に、鎖で後ろ手に縛られ放置されていた。
 弾は一夏と無理矢理話をさせられた後、この部屋に監禁されていた。光明寺とは簡単な自己紹介を済ませてある。先程から妙に外が騒がしいが、弾も光明寺も動くに動けない。

「光明寺さん、何が一体どうなっているんですかね?」
「分からないが、見張りすら残さずにどこかに行ったということはかなり重大な事態が発生した、と考えるのが妥当だろうね」
「重大な事態、ですか?」
「ああ。たとえば何者かがこのビルに侵入した。しかもその侵入者は偶然迷い込んだ一般人などではなく、故意にここへ侵入してきた者だろうな」
「一般人じゃなく、故意に……まさか!?」
「警察か、IS学園関係者か、インターポールか。選択肢が多くて今の私には判断しかねるな」

 弾の問いに光明寺は冷静に答える。機械工学者だと弾は光明寺から聞いたが、こんな状況でも至って冷静だ。

「けど思うんですけど光明寺さん、妙に冷静じゃありませんか? 俺なんかまだ頭が混乱してついてけてないというか……」
「これでも慣れていてね。君の方が当たり前の反応だよ」
「光明寺さん、本当にただの機械工学者なんですか? 場慣れしているって一体……?」
「こちらも少々事情があるのさ」

 素直に疑問を口にする弾に光明寺は苦笑しつつ、気を悪くした様子もなく答えてみせる。
 そこに足音が聞こえてくる。光明寺と弾は目配せして会話を打ち切る。直後に男が数人乱暴に扉を開けて部屋に入ってくる。男たちは弾と光明寺を縛られた状態のまま立ち上がらせる。

「これは一体どういうことかね?」
「質問に答える義務はない! おとなしく一緒に来てもらおうか!」

 光明寺の質問を無視して犯人グループは光明寺と弾を引っ立てて歩き始める。

「変なことを喋るなよ! そうしたら二人とも命はないものと思え!」
「私の命まで奪ってどうする気かね? 生け捕りにするよう命令されているのだろう?」
「黙れ! だったら先にこいつの首から掻き切ってやろうか!?」

 冷静に指摘する光明寺だが、男が弾の首にナイフを突き付けると黙り込む。
 光明寺の言った通り状態がかなり切羽詰まっているようだ。光明寺が妙に冷静なお蔭で。まだ冷静さを保てている、というのもあるのかも知れないが。歩かされていた弾と光明寺だが、犯人グループが立ち止まると、弾と光明寺も立ち止まる。

「この! うわ!」

 同時に犯人グループの一員らしき男が吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられて気絶する、という光景が弾の目に飛び込んでくる。

「連中め! もうここまで来たか!」
「駄目だ! 他の者と連絡が取れない! もうあいつらにやられたみたいだ!」
「慌てるな! 何の為にこいつらを連れてきたと思っている!? まだこちらには人質がいるのだぞ!」

 犯人グループが喧しく騒いでいる間に廊下の角を曲がって男が二人姿を見せ、歩いてくる。弾には二人共見覚えがあった。

「滝さん!藤兵衛さん!」

 歩いてきたのは和也と藤兵衛だ。まず和也は犯人グループに歩み寄ると口を開く。

「まさか亡国機業が光明寺博士だけじゃなく、弾君まで拉致してやがったとはな。ご苦労なことだぜ」
「貴様、何者だ!? なぜ我々の組織を知っている!?」
「自分から正体明かしてくれてありがとよ。お礼と言っちゃなんだが、俺はこういう者だ」

 和也はポケットから身分証を取り出し、犯人グループに提示して言い放つ。

「見れば分かるように、通りすがりのインターポール捜査官さ。お前達の仲間はみんな叩きのめしてある。大人しく弾君を解放しろ!」
「ふん! 貴様こそ自分の立場が分かっているのか!? ここを嗅ぎ付け来たのは誉めてやるが、こちらにはまだ人質がいることを忘れるな!」

 しかし犯人グループは慌てずに和也の前に弾と光明寺を自分たちの前に立たせる。

「すいません、滝さん。また迷惑かけちゃって……」
「気にするな、弾君。蘭ちゃんを逃がす為に戦ったんだろ? 俺も頑張ってそいつらを叩きのめさないとな」
「滝さん、でも光明寺さんも……」
「何を言っているんだい? 弾君」

 弾が光明寺について言及すると和也はしてやったりと言いたげに笑ってみせる。

「君の隣にいるのは、光明寺信彦博士なんかじゃないぜ?」
「え?」
「な、何を馬鹿なことを!?」
「狼狽えるな! ハッタリだ!」

 あまりに意外な和也の一言に弾や犯人グループは混乱する。一方、当の光明寺は黙りこくったままだ。

「そのようなハッタリが通用する程、我々は甘くないぞ! そんな嘘が我々に通用すると思ったか!?」

「ハッハッハッハッ!」

 犯人グループの一人が声を荒げた直後、光明寺が心底おかしそうに大笑し始める。

「何がおかしい!? 光明寺!」
「光明寺? 違うな……俺は小野寺さ!」

 光明寺、いや小野寺を名乗る男は、若々しい声で犯人グループに言い放つ。男は拘束していた鎖を力づくで引きちぎると、唖然としている犯人グループを瞬く間に叩きのめし、全滅させる。小野寺なる男は顔部分やスーツに手を掛け、変装を取り払う。

「悪いな、手間かけさせちまって」
「最初に聞いた時は驚いたが、実際やってみると案外上手くいくもんだ」

 和也と藤兵衛がそれぞれ安堵や感嘆の声を上げる。

「すまない、弾君。悪気は無かったんだが、君を騙す形になってしまって……」

 弾の目の前には変装を解きジャケット、いわゆる『革ジャン』姿の男が、優しげでどこか『太い』笑みをたたえながら立っていた。

**********

 ビルの建設現場上空では12機のISが激闘を繰り広げていた。1機はバイザーを頭に装着した白い機体、残る11機は素顔が晒されている黒い機体だ。一夏の装着する『白式』は亡国機業のIS11機を相手に奮戦していた。

「クッ、こいつガキのくせに、しつこい!」

 女の一人が苛立ちながらもアサルトライフルを向け、フルオートで乱射する。

「当たるか!」

 しかし一夏はスラスターを駆使してかわすと逆に銃撃を放った敵へ接近し、刀剣型の近接武器『雪片弐型』を構える。

「墜ちろよ!」

 すれ違いざまに渾身の斬撃を女へと食らわせ、地面へと叩き落とす。

「少しは出来るみたいね! けどこれなら!」

 その隙に別の1機が近接ブレードを振りかぶり、スラスターを噴かし一夏へと突っ込んでいく。一夏は慌てずにスラスターとPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を使って体勢を立て直して向き直る。続けて左腕の多機能武装腕『雪羅』にエネルギー刃のクローを発生させる。但し左拳を握り、クローのエネルギーを拳に纏うような形にして、だ。敵が近接ブレードを振り上げた瞬間、がら空きとなった胴体にカウンターの左正拳突きを放つ。

「ライダー……パンチ!」

 すると一夏の左ストレートがカウンターヒットする形となり、その女もまた『絶対防御』を発動させながら地面に落下し、叩きつけられる。

「どうした! これで終わりか!?」

 それを見届けると一夏は咆哮する。

「生意気言うわね。けどあなたの戦闘データは既に収集済みなのよ。『フォーメーショントルネード』でいくわよ!」

 リーダー格の女が声を上げると9機のISは一夏から距離を取り、一夏を取り囲んで円を描くようにして旋回し始める。女たちは高速で周回しながら一夏に集中砲火を加える。

「ぐっ!? この!」
「無駄よ! あなたの飛び道具は荷電粒子砲しかないことも、エネルギーをかなり消費するものだとも知っているわ! 諦めなさい!」

 必死に回避し、防御する一夏を嘲るように女が言い放つと、更に砲火は激しさを増す。

「飛び道具なら他にも、あるさ!」

 だが一夏は旋回のタイミングが一定であると読むと、雪片弐型を1機に投げ付ける。

「悪足掻きを!」

 投げ付けられたISは咄嗟にアサルトライフルを盾にして雪片弐型を防ぐ。銃身こそ貫かれたが、本体にはギリギリ到達していない。

「所詮ガキの浅知恵なんてこんなものか!」

 それで動きが止まってしまった事が命取りとなった。一夏は雪片弐型がアサルトライフルに突き刺さった瞬間、スラスターを最大出力にして突撃し、飛び蹴りを放つ。

「ライダー……キック!」

 一夏が放った飛び蹴りは突き刺さった雪片弐型へと蹴り込まれ、杭のごとく敵ISに直撃して撃墜する。

「中々見事なお手並みね。けど隙だらけよ!」

 しかし左腕にパイルバンカーを装備したISが接近し、無防備となった一夏へ杭を放つ。

「しまった!?」

 必死に回避しようとする一夏だが、かわし損ねてバイザーが破壊され、素顔が晒される。

「今よ!」

 更に体勢が崩れた一夏に、残る女たちによる苛烈なまでの集中砲火が加えられる。

「うわああぁぁぁぁ!?」

 防御も回避も出来ずに集中砲火を受け続けた『白式』は絶対防御を発動させながら地面へと落下し、叩きつけられる。同時に『白式』の展開が解除され、待機形態であるガントレットに戻る。

「く、くそ……がっ!?」

 立ち上がろうとする一夏だが、リーダー格の女に踏み付けられ、地面に張り付けられる。

「全く、手間かけさせてくれちゃって。おいたが過ぎたわね、織斑一夏。そうそう、あなたの友人、五反田弾でしたっけ? さっき彼を預かっている私の部下達から連絡があったの」
「命令通り始末した、ってね」
「弾、が……?」

 女の言葉を聞いた瞬間、一夏の頭の中が真っ白になる。

「そう、死んだの」

 女は一夏を嘲るように言い放つ。

「嘘だ……嘘だ……」
「生憎だけれども、今さら嘘は付かないわ。だって殺したのは他でもないあなたじゃない」

 放心状態の一夏に対して女は笑いながら嘲り続ける。

「俺、が……?」
「そう、あなたが、よ。あなたが抵抗しなければ、あなたが私達に従っていれば、あなたが普通の男なら、いっそあなたが生まれてこなければ彼は死ななかった。原因は他でもないあなたよ?」
「そんな……俺はただ弾を守りたいって……助けたいって……」
「守る? 助ける? 笑わせないでよ! 地面に不様に這いつくばっているあなたに誰を、何を守れるのかしら? あなた、自分自身の命すら守れるかも怪しいくらいに弱いのよ? そんな負け犬に何かを守るなんて、誰かを助けるなんて出来る訳ないじゃない! その身の程知らずがあなたの大切な友人を殺したの、お分り?」

 しかし一夏は答えない。答えられない。

(なにが守るだよ、なにが助けるだよ……俺は弾を守れなかった。助けられなかった。そんな俺が誰を、何を、守れるんだよ……?)

 情けなさと無力さから自然と一夏の目から涙が零れてくる。同時に本郷猛から聞いた言葉の意味を思い出す。

(そうだよな、人は一人じゃ弱くて、脆いんだよな。俺が弱くて当たり前じゃないか……いつも今みたいに一人で意気がって、突っ走って。そんな俺が強くなれる訳……ないよな……)

 今度は申し訳なさで一杯になる。

「ごめんなさい、猛さん、ごめんなさい……」

 自然と謝罪の言葉が口から洩れてくる。

「あら、泣いているの? さっきまでの威勢はどうしたの? 情けないわね。ま、負け犬のあなたにはそれがお似合いね。けど大丈夫よ? 私達があなたを強くしてあげる。守る事より壊す方が楽でいいわよ? だから、おとなしく私たちと一緒に来なさいな」

 女は抵抗する気力を失い、助けを求める気力すら残っていない一夏を連れていこうと踏みつけていた足をどけ、手を伸ばす。

 そいつは嵐と共に、まるで嵐のように突然やって来る。
 助けを求める声すら上げられなくとも、そいつは疾風の如くいきなり現れる。

「何!?」

 突然走ってきた一台のバイクがISを大きく跳ね飛ばす。女は咄嗟にスラスターを噴かして体勢を立て直す。他の者も一旦後退して乱入者から距離を取る。乱入者は一夏を守るように立ちはだかる。ジャケット姿の男だ。顔はこちらからでは影になって見えない。男はバイクから降りると一夏の目の前に立ち、一夏の目線に合わせるようにしゃがみこむと、穏やかに語りかける。

「すまない、遅くなった。立てるかい?」

 一夏にはそれが誰だか分かった。かつて自分を助けてくれ仮面の男。

「猛さん!」
「ああ、久しぶり。大きくなったね、一夏君」

 一夏の目の前にはあの時と同じように優しげで、しかしどこか『太い』あの笑みを浮かべた男こと本郷猛がいた。

**********

(やはり一夏君は優しく、強い子だ。あの時と同じように)

 本郷猛は自分の目の前で泣きじゃくっている一夏を見てそう思う。
 事のあらまし聞いている。きっと弾を助ける為に独りで立ち向かっていたのだろう。とはいえ、泣かれたままというのは堪えるものだが。そんな猛に構わずに一夏は泣きながら猛に謝り続ける。

「ごめんなさい、猛さん……俺、僕、また猛さんの言い付け……守れなくて……」

 しかし猛は優しく笑ったまま続ける。

「確かに君は一人で頑張ろうとしすぎたのかも知れない。一人で何でもやろうとし過ぎたのかも知れない。だが、君はそれに気付けた。だからこれからはそれを直していけばいい。やり方を焦り過ぎただけで君の気持ちは、君の誰かを守り、助けたいと思う気持ちは間違いなんかじゃない。俺が保証するよ」
「で、でも弾を……」
「……人を勝手に殺すなっての」

 そこに一人の少年が一夏の下に歩いてくる。

「ほら、足もちゃんと付いているから幽霊じゃないぜ? だから泣くなよ、一夏。何かもの凄くばつが悪いというか」

 少年こと弾は頭を掻く。

「弾、お前……」
「馬鹿な!? なぜ生きている!?」
「悪いな、ちょっとした手違いって奴だ」

 続けてジャケット姿の男も女たちの驚愕する声に合わせるように姿を現す。

「和也、さん……?」
「すまん、一夏君。連中が通信を催促してきたから、つい『全てご命令通りに行っています』って答えちまってさ。まさか弾君を始末しろなんて『ご命令』が出ていたなんて思わなくてよ」
「まったく、お前って奴は。そういう訳だから弾君は無事助け出したんだよ」

 最後に藤兵衛が和也の後ろから歩いてきて続ける。

「ならば光明寺は、光明寺信彦はどうした!?」
「さて、光明寺さんなんていたっけかな。人違いじゃねえのか? なあ、『小野寺』さん?」
「そうだな。俺と弾君以外に捕まっていた人はいなかったはずだが」

 和也と『小野寺』こと猛は女達に対して不敵に笑う。

「まさか、嵌められた!?」
「今さら気付いても遅いぜ、間抜けが。本物の光明寺博士は今頃インターポール捜査官に護衛されてスイス行きの飛行機の中だろうよ」

 和也は女達に現実を突きつけてやる。
 光明寺と和也が立案した策は実に単純な『替え玉』だ。ヒアリングが終わるであろう時間帯に、光明寺に変装した猛がいかにも学園の敷地から出てきたように装い、囮として亡国機業の目を引き付けている隙に光明寺が学園から出るものだ。作戦は見事成功し、亡国機業は囮の猛を捕らえた。ちなみに光明寺は猛が捕まった少し後に学園に出入りしていた清掃業者に変装し、インターポール捜査官と合流していた。

「とはいえ弾君まで拉致されたのは予想外だったけどな」

 本来ならば猛は一気に犯人グループを鎮圧する予定だったのだが、弾に危害が及ぶことを懸念し、和也が陽動した隙に脱出する手筈になっていた。おやっさんこと立花藤兵衛まで加わり予想以上に派手に暴れたため、結局はそれとも全く違う形での脱出となったが。鎮圧後は通信を逆探知して場所を捜し当てた所、丁度一夏がピンチであったため先行していた猛がバイクで体当たりをかまし、現在に至る。

「猛さん、和也さん、立花さん、弾……」
「一夏君、俺と一緒に戦おう。君と弾君の自由と平和を壊そうとした、奴らと」
「で、でも、俺……」
「一夏、歯食い縛れ!」

 猛に言われてもまだ迷う一夏の頬を弾が思い切り殴る。そして続ける。

「目、覚めたか?」
「弾……」
「いつまでもウジウジすんなよ、お前らしくもねえ。いつものお前なら俺に言われなくたって、俺や本郷さん、滝さん、藤兵衛さんが止めたってあいつらに突っ込んでくだろ?それがお前、織斑一夏なんだから。それにお前、今まで独りで必死に戦ってくれたんだろ? ありがとう、一夏。俺の為にこんなになるまで頑張ってくれて。だからついでと言っちゃなんだけど、本郷さんと一緒に戦ってくれないか? 俺もIS乗れない腑抜けなりに頑張るからさ」
「俺からも頼む、一夏君」

 続けて和也が一夏に語り掛ける。

「俺は一夏君や弾君が思っている程強い男じゃない。改造人間だったらって思った事なら何回もある。一夏君みたいにISに乗れたらなんて考えた事だってある。俺はそんな腑抜けの一人さ。けど、いやだからこそせめて魂だけは同じでありたいんだ。確かに俺は生身の人間で、ISに乗れねえ男だ。それでも人間として、男として足掻き続けていくのが腑抜けなりの筋ってもんだと俺は思ってる。だから頼む。君には本郷と一緒に戦える力が、強さがある。俺も足掻き抜いてみせる。何の慰めになるかは分からないけど、一夏君も今出来る事をしてくれないか?」
「和也さん……」
「俺からも頼んでいいかな?」
「立花さん……」

 更に今度は藤兵衛が一夏に続ける。

「猛は明るくて、陽気で、素直で、子供みたいな奴だったんだ。でもショッカーに捕まって、改造人間にされて……猛は強くない。君と同じ一人の人間なんだ。仲間を求めて、後悔して、我慢して、けど誰かに支えられて、助けられて、応援されて。誰かが一緒に戦ってくれたからこそ強くなれたんだ。だから一夏君、君が猛と一緒に戦ってくれないか? 俺も力になるよ」
「それに」

 最後に猛が口を開く。

「君は強いさ、あの時俺を信じて、支えて、助けて、応援してくれた。俺に強さを与えていたんだ。君は、強い。もし君が強くなりたいと、誰かを守りたいと思い、願うなら、俺が君を信じて、支えて、助けて、応援するよ。俺があの時、君にそうされたように。もう一度聞こう。俺と一緒に戦ってくれないか?」

 暫しの沈黙の後、一夏は笑顔で答える。

「……はい!」
「いい返事だ」

 猛も笑い返すが今まで蚊帳の外に置かれていた女達が騒ぎ出す。

「私達を無視するとはいい度胸ね? けど高々二人に、しかも片方は生身の人間なのに私達を相手にして勝てると思っているの? 『ISを倒せるのはISだけである』という有名な言葉を……」
「黙れ!」

 それまでとは一変して静かな、しかし天を衝くかと思わせる怒気を発して女たちを睨み付けてくる猛の前に、沈黙を余儀なくされる。猛は一歩前に進み出る。

「亡国機業、俺は貴様達を、決して許さん!」

 猛は人類の自由と平和を脅かす亡国機業へ咆哮する。
 そして猛は左腕を腰に当て右腕を左斜め上に突き出し、円を描くように右腕を右斜め上まで持っていく。和也と藤兵衛には見慣れた、一夏は一度見た、弾は初めて見る猛の体内のスイッチを入れる動作だ。

「ライダー……変身!」

 入れ替えるように右腕を腰に引き左腕を右斜め上に突き出すとベルトの風車が回り、本郷猛の肉体がバッタの姿を模した改造人間へと変わる。同時に一夏もISの装甲を展開し、装着する。

「頑張れよ一夏! 思い切りやってこい!」
「そうとも! 今夜は仮面ライダーがついているんだからな!」
「……違うぞ、滝」

 しかし猛が和也を嗜めるように続ける。

「っと、そうだったな、悪い悪い」
「そうそう、今夜は『ダブルライダー』がついているんだからな」

 和也と藤兵衛が笑って顔を見合わせる。

「ダブル、ライダー?」
「そうとも、一夏君」

 疑問を口に出す一夏に対して猛が答える。

「今夜は俺と君とで――」

「――ダブルライダーだ!」

 仮面の騎士の魂を受け継いだ、白き守護騎士……『白式』を身に纏った織斑一夏と仮面の下に涙を隠し、人類の自由と平和の為に戦う技の戦士……最初の仮面ライダー『仮面ライダー1号』の二人は今宵限りの『ダブルライダー』として自由と平和を奪う悪を打ち倒すべく戦闘を開始した。

**********

 戦いの幕が開かれるのと同時に仮面ライダー1号は手近な相手に突っ込み、アサルトライフルを呼び出す間すら与えぬ突き蹴りの猛攻を加える。

「こいつ、やはり『マスクドライダー』!」

 女は仮面ライダー1号の正拳や足刀を必死に防御しながらも相手の正体を悟り、舌打ちする。マスクドライダー。亡国機業の計画を潰してきた11人の仮面の男達。現在亡国機業目下最大の脅威であり、悩みの種だ。一筋縄で行くような相手ではない。仮面ライダー1号はパンチとキックの連携でシールドエネルギーを削っていき、巧みに敵を追い詰めていく。

「だが、所詮は飛べないただのバッタ! 空へ飛びさえすれば!」
「そう、上手くいくかな?」

 スラスターを使い仮面ライダー1号から距離を取ろうと上空へと飛び上がるISだが、飛んできた荷電粒子砲によりあっけなく撃墜される。

「なぜだ!? なぜそんなエネルギーがまだあるんだ!?」

 撃ち落としたのは雪羅に搭載された荷電粒子砲だ。『白式』にそんなエネルギーは残っていない筈だ。それがなぜ使えたのか。 一夏にはなんとなくその理由が分かる。

(きっと『白式』の意志が猛さんに、仮面ライダーに応えてくれたんだ)

 根拠などない、ただの勘だ。だが一夏にはそうとしか思えなかった。

「くっ! 何でもいい! だったらもう一回撃墜すればいいだけの話よ!」

 ならばと1機のISが一夏にアサルトライフルを放とうとする。

「させるか! ライダーパンチ!」

 しかし仮面ライダー1号の右ストレートをまともに受けて女は大きく姿勢を崩す。更に姿勢が崩れた相手に仮面ライダー1号が拳や手刀、前蹴りを叩き込んで一気に攻め立てる。

「この!」
「やらせるか!」

 他のISからの銃撃が加わり仮面ライダー1号を引き剥がすと、リーダー格の女が告げる。

「ヤツがあの『マスクドライダー』なら、アレで行くわよ!」

 するとISは一斉に『瞬時加速(イグニッションブースト)』を使い上空へと逃れる。

「逃がすか! 一夏君!」
「はい!」

 仮面ライダー1号は自慢の脚力を生かしてビルの壁を蹴りながら、一夏はスラスターを噴かし飛行して追撃する。

「これなら回避も儘ならないわね!」

 ISがアサルトライフルや機銃などで弾幕を張り仮面ライダー1号と一夏を叩き落とそうとする。

「クッ! この!」

 一夏は弾幕をかわそうとするのに精一杯で、上昇出来ずに止まる。しかし仮面ライダー1号は突き進み、ビルの頂上にまで達すると身体をスクリューのように高速回転させ、銃弾を弾きながら高々と飛び上がり、女達の上を取る。

「ライダースクリューキック!」

 仮面ライダー1号は高速回転で威力を増幅させた飛び蹴りを1機に叩き込んで地面へと叩き落とし、沈黙させる。

「だがそれが命取りだ!」

 女たちは仮面ライダー1号から距離を取って一斉射撃を浴びせる。
 マスクドライダーは飛び道具を持たず、空中では自慢の脚力も機動力も意味を為さない。だから空中で待機し、距離を取って集中砲火を加える。これが戦訓を生かしたマスクドライダー対策だ。亡国機業も黙ってやられている訳ではないのだ。1機がこれで勝負を決めようとパイルバンカーを呼び出し、仮面ライダー1号へと突撃し、杭を突き出す。

「甘い! ライダー返し!」

 杭を仮面ライダー1号は半身で避けると逆に腕を取り、一本背負いの要領でISを地面へと投げる。

「なんの!」

 しかしISは地面に叩きつけられる直前で踏み止まる。逆にリーダー格の女が高機動型パッケージを呼び出すと仮面ライダー1号を背後から羽交い締めにする。

「武器が無くとも、ISにはこんな芸当だって出来るのよ?」

 女は仮面ライダー1号を抱えたままスラスターを最大出力で噴かし、空を飛び回りつつビルの壁などに仮面ライダー1号を叩きつける。

「潰れなさい!」

 最後にスラスター出力を最大に引き上げ急上昇すると、一気に最高速度まで加速しながら急降下し、自身は地面ギリギリで急上昇しつつ、仮面ライダー1号を投げ落す。

「猛さん!?」
「他人の心配よりまずは自分の心配をしなよ!」

 意識がそちらに飛ぶ一夏に今度は別のISがタックルをかまして地面に叩き落す。

「これで終わりよ!}

 女達は地面に落下した仮面ライダー1号と一夏の近くに降下すると、ミサイルや機銃など重火器が満載されたパッケージを呼び出し、二人に向ける。

「消し飛べ!」

 女たちは二人に対して機銃やミサイル、アサルトライフル、グレネードや手持ち武器など持てる火力の全てを集中させる。一夏達の姿は煙の中に消えていくが、構わずに女達は塵一つ残さず消滅させん勢いでミサイルや銃弾、グレネードの雨を降らせる。やがてミサイルは尽き、グレネードは無くなり、機銃の弾が切れると女達はパッケージを排除し、最終的に全機が弾を撃ち尽くしパッケージを投棄する。地上の様子は煙でまだ見えない。

「フッ、他愛もない。所詮『マスクドライダー』と言っても男、究極の機動兵器たるISが本気を出せば勝てる訳がないのよ」
「今まではまぐれや不意討ちで勝ちを拾ってきたようなもの、これから後10人も軽く捻ってやるわ」
「ISを倒せるのはISだけ。これが真理よ。もっとも、女が乗ったって条件がつくけどね。織斑一夏も所詮は劣等な男。女が駆るISには勝てる筈もないわ」
「しかしわざわざ『ヴォルケーノ』パッケージまで使う必要があったのかねえ。『マスクドライダー』対策マニュアルに従ったはいいけど織斑一夏まで肉片すら残らず消し飛んじまったんじゃない?」
「その辺りはマニュアルに従った結果の事故です、って報告してやればいいわ。むしろ今まで『マスクドライダー』を過大評価し過ぎていたのよ。ちゃんと対策を立てればISの前では敵じゃないわ」

 女達は地上の煙が晴れるのを待つ。『絶対防御』のある一夏はともかく。仮面ライダー1号はミンチより酷い状況になっているだろう。しかし死体の確認までが任務である。死体があれば、だが。煙が徐々に晴れていく。最初は面白半分で見ていたがやがて驚愕に変わる。

「嘘、でしょ……!?」
「なんで……!?」
「ありえない! ありえないわこんな事!」
「夢、じゃないわよね?」
「夢だとしたら、悪夢よ……」
「これが……!」

 煙が完全に晴れると地上の様子が空中からでもはっきりと分かるようになる。

「どうした? それで終わりか?」

 そこには、一夏の盾になるように立ちはだかる仮面ライダー1号がいた。よく見ると仮面ライダー1号や一夏の周囲にだけ機銃の弾跡やミサイルやグレネードが破裂した形跡がない。仮面ライダー1号が両腕で直撃弾を全て弾き、反らしたのだろう。

「化け物め……!」

 誰からとなく驚愕と恐怖を込めて呟く声が聞こえてくる。

「猛さん、大丈夫なんですか?」
「ああ。とはいえ最後の投げばかりは威力を殺し切れなかったけどね」

 心配そうに尋ねる一夏に対して仮面ライダー1号は事もなげに答えてみせる。
 いくら改造人間と言っても叩きつけや投げを全てまともに食らっていたら、しばらくは立てなかったであろう。そこで仮面ライダー1号は風圧を利用した。旋回している間にベルトに風力をため込み、叩きつけられる瞬間に一気に風力を解放してベルトから噴射して威力を相殺していた。流石に最後の一撃ばかりはベルトからの風圧だけでは完全に相殺し切れず、少なからずダメージを受けたが。敵が一斉射撃してくる直前に一夏の盾となり、ミサイルやグレネードを反らし機銃を弾いて相殺し、敵の攻撃をやり過ごした。

(とはいえ俺はともかく、撃たれ続ければ一夏君のISのシールドエネルギーが保たないだろう。何としてもヤツらに俺達が近付けるだけの隙を作らねば)

 仮面ライダー1号は微塵の油断も安堵もせずに思案をする。
 連中はこのまま遠巻きに撃ち続けてくるだろう。そうなれば一夏はジリ貧だ。シールドエネルギーは決して無限ではないのだから。仮面ライダー1号とて撃たれ続けていれば、いつかは限界を迎える。飛び道具が無い上、空中での機動力では圧倒的に劣る仮面ライダー1号にはかなり不利だ。女達もその優位を知ってか、再び空中を旋回しながら二人に銃撃を加えようとする。

「そうは!」
「させるかよ!」

 しかし2機のISに対して上から二台のバイクが落下し、ISにのしかかる。

「おやっさん! 滝!」

 バイクに跨がっていたのは藤兵衛と和也だ。近くの立体駐車場屋上からバイクで落下したのだろう。

「弾君!」
「はい! 食らいやがれ! ライダー……キック!」

 更に和也のバイクの後ろに乗った弾が和也かスタンガンが仕込まれたブーツで、ISを踏み付けるようにして足を蹴り出し、そこから高圧電流を流し込む。

「今だ! 猛!」
「派手にぶちかましてやれ! 本郷!」
「お前も負けんなよ! 一夏!」

 あまりに異様な光景に呆然とする女達を尻目に、二台のバイクはそのまま地上へと降りて行く。

「おやっさん、滝、ありがとう」
「弾、ありがとうな」

 二人はそれぞれ感謝の言葉を述べると並び立ち、顔を見合わせ頷き合う。

「行くぞ!」
「はい!」
「ライダージャンプ!」

 仮面ライダー1号はその脚力を最大に生かして、一夏は『瞬時加速』を使って一気に上へと飛び上がる。

「そんな直線的な動きで!」

 嘲るように2機のISがそれぞれ向かい合う形になった仮面ライダー1号と一夏の背後を取る。仮面ライダー1号にはスラスターはない。一夏も『瞬時加速』の直後で小回りは利かない。そう読んだのだろう。

「まとめて落ちろ!」
「そう」
「かな」

 その瞬間、仮面ライダー1号と一夏は互いの足を合わせると渾身の力を込めて互いを蹴り出し、高速でそれぞれの背後にいる2機へと突っ込んでいく。唖然とする敵に一夏は『瞬時加速』を使って敵に突撃し、雪片弐型で思い切り斬撃を放つ。

「はああぁぁぁぁっ!」

 敵は回避も防御も出来ずにスピードが乗った斬撃をまともに受け、一撃の下に撃墜される。一方、仮面ライダー1号も反動を利用した飛び蹴りを背後にいる敵へと放つ。

「ライダー反転キック!」

 背後の敵を叩き落とし沈黙させる。仮面ライダー1号は壁を蹴ってまたも反転すると、慌てて飛び立とうとするISへと反転キックを放つ。

「ライダー!」

 だが、まだ終わらない。ISが『絶対防御』を発動させて沈黙するると同時に更に反転し、別のISに反動をもプラスしたキックを放つ。

「稲妻!」

 そのISも蹴りで沈黙させるが、蹴りの反動を生かしてもう一度反転し、稲妻のようなエネルギーを纏いながら、稲妻に似たジグザグな軌道を描くような軌道で反転キックを放つ。

「キック!」

 3機目のISも為す術なく悲鳴と共に『絶対防御』を発動させ、地面へと墜落する。

「流石『ダブルライダー』だぜ!」

 地上で眺めていた和也が称賛の声を上げる。藤兵衛と弾は当然とばかりにそれぞれ猛と一夏を誇らしげに見ている。

「和也さん!」
「お兄!」

 織斑千冬と五反田蘭が三人の下へ走り寄ってくる。

「遅かったじゃねえか、千冬」
「蘭!どうしてここが!?」
「各方面との調整に時間がかかりましてね。彼女はたまたまこちらに走っていたのを見かけたので私が拾ってきました」
「あれだけの騒ぎなら普通気付くよ。けどお兄、本当に心配したんだからね!」
「立花さん!ご無事ですか!?」
「よかった!お怪我はありませんか!?」
「滝捜査官は、大丈夫そうですわね」
「というか本当に退院していたんですね。やっぱり人間って意外と頑丈なんだ……」
「流石は教官の戦友だ。私も見習わなければな」
「見習う以前の問題だと思うけど……」
「というかなんで弾までここにいるのよ?」
「そう言わないの。私の周りでは心配で堪らなかった人もいるんだから」
「箒ちゃん! 真耶ちゃんもか!」
「ご心配どうもセシリア嬢。それにシャルロットとラウラ、あと簪さんだっけ?……もお疲れ様」
「俺だけ扱いが酷くねえか? 鈴。それとありがとうございます、楯無さん」

 続けてISが9機降りてくる。真耶の機体を除けば全て専用機、しかも全員夏に好意を寄せている少女達、和也曰く『イチカー軍団』が装着しているものだ。敵の撃墜より先に民間人である弾や藤兵衛を保護しにきたのだろう。の『イチカー軍団』の視線の先では一夏が『雪片弐型』を振るい最後の1機と戦っていた。

「しつこい!」

 しかし咄嗟に女がパッケージを呼び出し自爆させた爆風をもろに受け、一夏は墜落していく。

「一夏!?」

 慌てて飛び出して行こうとする8機を当の一夏が遮る。

「俺は、大丈夫だ!それよりあいつを!」
「しかし!」
「大丈夫だ!」

 言い募ろうとする箒を和也が遮る。

「一夏君は、君や千冬、蘭ちゃんが思っているよりずっと強い。だから、大丈夫だ」
「で、でも!」
「一夏君! 『電光ライダーキック』だ!」

 言い募ろうとする少女達を遮るように藤兵衛が一夏に向かって叫ぶ。

「立花さん!?」
「箒ちゃん、一夏君を信じてやってくれないか? 一夏君なら必ず出来ると信じている!」
「それによ」

 更に和也が続ける。

「今の一夏君には、あいつが付いているんだ」

 和也は逃げるISを追い、呼び出した『サイクロン号』に跨がりビルをジャンプ台代わりに高々と宙に舞う仮面ライダー1号を見やる。

「どんな悪党だってぶっ倒して、2341発のミサイルからでも、467機のISからでも守ってみせる仮面ライダーが付いているんだ。一夏君が仮面ライダーを、仮面ライダーが一夏君を信じているみたいに、君たちも一夏君を、仮面ライダーを信じちゃくれねえか?」

 それを聞くと皆黙り込む。仮面ライダーの名を出されては黙るしかない。
 和也の信頼に応えるように仮面ライダー1号は『サイクロン号』で体当たりを仕掛ける。

「サイクロン……アタック!」

 ISのメインスラスターが破壊され推力を失うと、仮面ライダー1号はサイクロン号からジャンプし、ISを掴んで一夏へ向けて落下し始める。

「行くぞ! 一夏君!」
「はい! 猛さん!」

 一夏は落下しながらも雪片弐型を地面に思い切り投げつけ、垂直になるように突き刺す。そしてスラスターとPICを駆使して体勢を整え、雪片弐型の柄の上に足を乗せると同時にパワーアシスト機能を全開にし、瞬時加速を使い真上へと勢いよく飛び上がる。

「行っけえぇぇぇぇ! 一夏あああああ!!」

 弾の魂の叫びに応えるように、一夏は急上昇しながら逆立ちのような姿勢で蹴りの体勢に入る。仮面ライダー1号はISの腕を取り『ライダー返し』の要領で一夏の方向に放り投げると同時に、踏みつけるような形でISに蹴りを放つ体勢に入る。女は悟る。自分は間もなく一夏と仮面ライダー1号の蹴りに挟まれると。スラスターが破壊された今の自分に逃げる手段が無いと。チェックメイト、だ。だからこそ仮面ライダー1号に向かって叫ばずにはいられなかった。

「あなた達は、あなたは一体何なのよ!?」

「俺達は――」
「俺は――」
「俺の名は――」
「――仮面ライダー!」

「電光ぉぉぉぉライダァァァァ!」
「ライダァァァァハンマァァァァ!」
「キィィィィィィィィック!」

 『白式』を身に纏った織斑一夏が放った電光の如き渾身の蹴りと、仮面ライダー1号が放った正義の鉄槌に相応しい必殺の蹴撃は同時に悪へと炸裂し、見事その企みを打ち砕いた。

**********

 建設現場の一角に和也、藤兵衛、そして変身を解いた猛は並んで立っていた。

「お兄のバカ! 人に散々心配かけさせて!」
「痛い痛い! 止めてくれ!」

 心配と安堵のあまり半泣きになりながら弾を殴っている蘭を止めに入る。

「蘭ちゃん、そこまでにしてやってくれないか?」
「ああ、誘拐されたばっかだってのに俺達の無茶にまで付き合わせちまったんだからな」

 藤兵衛と和也が蘭に言うと渋々弾を解放する。そこに猛が弾に言う。

「ありがとう、弾君。君があの時見せてくれた勇気が一夏君に、俺に力をくれた。流石、風見志郎が見込んだだけの事はある」
「風見さんを知っているんですか!?」

 五反田兄妹が声を揃えて猛に尋ねる。

「ああ、大学やオートレーサーとしての後輩で、俺とは血を分けた兄弟みたいなものでもあるからね」

 猛は笑って二人に続ける。志郎を改造したのは他でもない猛と盟友の隼人だ。その際に自身の機能を参考にしているので猛の表現も間違いではない。

「そうだったんですか。それと本郷さん、一夏も助けてやってくれませんか? 流石に可哀想になってきたというか……」

 続けて弾は現在千冬と『イチカー軍団』に『制裁』されている一夏を見やる。
 最初は千冬が勝手な行動をした一夏を鉄拳制裁している、と思っていた三人だが、やがて『イチカー軍団』までが加わり、千冬も止めなかった事から認識を改めていた。現在一夏は和也曰く『会長フランク』こと楯無に言葉責めされている。続けて千冬が一夏を殴ろうかとした所で猛が割り込むように声をかける。

「そこまでにしてもらえませんか? 彼がそのような行動を取ったのには、俺にも責任がありますから」
「あなたは……?」
「こうしてお会いするのは初めてでしたね。改めて、本郷猛です。貴女の事は一夏君や滝、それと沖一也から聞いていました。お会い出来て光栄です、織斑千冬さん」
「いえ、私も一夏や和也さんから話を聞いていましたから。ありがとうございます。二度も弟を、一夏を助けて頂いて」

 千冬は拳を下ろして猛に向き直り、頭を下げて礼を述べる。

「頭を上げて下さい、千冬さん。俺の方こそまた一夏君に助けられたんですから」

 猛は笑って首を振ると続けて一夏に向き直る。

「ありがとう、一夏君。また、君に助けられたよ」
「でも俺、みんなに迷惑かけて……」

 続けて礼を述べる猛に対して一夏は落ち込んだまま答える。今回一夏は制裁を甘んじて受けている。自身の無思慮さを恥じているのだろう。

「それはこれから直して行けばいいさ。もし君がどうすればいいか分からないなら、俺で良かったら君の力になるよ」
「猛さん……」
「それより一夏君、歩けるかい? 戦いのダメージもあるだろうし、何より彼女達の愛の鞭は少々過激だったからね」
「いえ、大丈夫……のわ!?」

 歩き出そうとして倒れかける一夏を猛が支える。予想以上にダメージは大きいようだ。そのまま猛は一夏に肩を貸す。

「本郷、そういやお前の用件って何だ? 来るって連絡はあったけど相当の事なんだろ?」

 和也は猛に歩み寄りながら尋ねる。和也の下に猛が日本に帰国する事とその時に話したいことがあるという事は連絡がされたが、話の内容はまだ聞いていない。猛は表情を引き締めて和也に答える。

「亡国機業が大規模な作戦を日本で展開するとの情報が風見と結城から入った。二人は既にこちらに向かっているが、後は色々あって少し遅れるらしい。だから……」
「俺に迎えに行けっていうんだろ?」
「ああ。また、世話をかけるな」
「気にすんな、本郷。お前の連絡はいつも入れてくるクセに割と大事な頼みは唐突なのは昔からだしな」
「すまん……」
「その代わりと言っちゃなんだが、暫く一夏君の傍にいてやってくれないか? いくらおやっさんや弾君、蘭ちゃんが居ても肝心の学園に千冬や『イチカー軍団』がいないんじゃ一夏君も寂しいだろうし、お前も一夏君に教えたい事は沢山あるだろうしな」

 和也は笑って首を振りながら答えてみせる。

「私達が一夏の傍から、ですか?」
「ああ。だってよ、お前沖一也の事を迎えに行けって言われたら断れるか?」
「それは、そうですけど」
「俺からもお願いします、千冬さん。それと他の方も。話は一文字や後輩達から聞いています。ですので……」
「一文字隼人を、神敬介を、アマゾンを、城茂を、筑波洋を、沖一也を、村雨良を、南光太郎を、かつて貴女達と出会った『仮面ライダー』を、迎えに行ってはくれませんか?」
「そう言われたら、引き受けるしかありませんね」
「ええ、むしろ頼まれなくともそうする気でしたわ」
「『トモダチ』の為ならそれくらい、朝飯前ですし」
「僕も仲間と、また会いたいと思っていましたから」
「私達の為に血を流してくれた人、『戦友(カメラード)』を迎えに行かない程、私も恥知らずではありません」
「私も簪ちゃんも光太郎さんには」
「あの人には、改めてお礼がしたいですから……」
「私も、一文字さんと会って、最高の一枚を見せて貰いたいですし」
「私も助けられた恩返しもしたいですし、あの人が『ホワイトナイト』に託した伝言が無事伝わったと教えたいですから。もっとも、それがなくとも『カズヤ』さんに付き合わされていたでしょうけどね」
「一夏を、お願いします」
「はい、必ず」

 最後に千冬が締め、改めて一礼すると猛は簡潔に、しかし力強く頷いてみせる。

「それじゃ、行こうか猛、一夏君、弾君、蘭ちゃん。夜風は冷たかっただろうしコーヒーでもご馳走するよ」
「ありがとうございます、おやっさん。久しぶりだな、おやっさんのコーヒーが飲めるのも」
「本郷さん、藤兵衛さんのコーヒーってそんなに美味しいんですか?」
「ああ、おやっさんは昔喫茶店のマスターもしていたからね。味は保証するよ。それと弾君、君は反対側から一夏君に肩を貸してやってくれないか?」
「分かりました。しかしお前やっぱ凄いな。最高に格好良かったぜ、あの『電光ライダーキック』はよ」
「よせよ、むず痒いって言うか。それにお前だってあの時の『ライダーキック』、猛さんや和也さんみたいだったし」
「お兄、そんな事までしてたの!?」
「俺達に付き合う形でね。悪いね、蘭ちゃん。ここは俺に免じて許してくれないか?」
「それにおやっさんや滝、弾君、一夏君のあの姿があったから俺も心を奮い立たせる事が出来たんだ。俺からも、頼むよ」
「……二人からそう言われたら、私は何も言えませんよ」
「ありがとう、蘭さん。けど二人共、特に弾君はあまり無茶はしないでくれないかな? ライダーキックは仮面ライダーの脚だから出来る技だ。一夏君もそのせいで足を痛めたみたいだしね」
「面目ないです、猛さん……」
「なに、無茶言った俺が悪いのさ。それに言ってくれれば俺がライダーキックを使えるようになるまで特訓に付き合うさ」
「お兄、藤兵衛さんに特訓して貰ったら? 本郷さんや風見さん、滝さんみたいになれるかもよ?」
「……遠慮しとく。鉄球とか使いそうだし」
「流石に猛達ならともかく、君たちにはそんなもの持ち出さないって」
「って本郷さん達には使ってるんですか!?」
「まあその話は追々しようか。その話も、俺が今まで何をしてきたのか、仮面ライダーとしてどうしてきたかも、弾君にも蘭さんにも、一夏君にも話すよ。そして教えるよ、仮面ライダーについて……昔10人の男にそうしたように、ね」
「ありがとうございます、猛さん。俺も、頑張りますから」

 一夏、弾、蘭、藤兵衛、そして猛は肩を並べてその場から歩き去っていくのを見送ると、和也は声を上げる。

「弾君や本郷が羨ましい、なんて顔すんなよ。恋と友情は別腹さ。じゃ、俺達も行こうぜ? あいつらに、仮面ライダーに会いに、な」

箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、楯無、簪、真耶、千冬、そして和也もまた歩き出すのだった。



[32627] 第二話 二度目の再会(セカンド・リユニオン)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 16:59
 一台のバイクが山道を走る。運転しているのはジャケット姿の男で、その後ろには長い黒髪をポニーテールにした少女が乗っている。どちらも日本人であるようだ。二人の目的地はこの先にある『庄野山』だ。バイクを運転している男に少女が声をかける。

「こちらの用事のために寄り道させてしまって申し訳ありません、滝捜査官」
「気にしなくていいさ、箒。どうせ茂も庄野山に来てるんだ。ちょっとくらい寄り道したって、どのみち変わらねえしな」

 謝罪する少女こと篠ノ之箒に、男こと滝和也は事も無げに答えてみせる。
 箒はIS学園の1年生で、和也はFBIから出向したインターポール捜査官だ。一見すると妙な取り合わせの二人は、本郷猛の頼みを受けて庄野山にいる城茂を迎えに行くために行動を共にしている。
 十日ほど前、箒はISの開発者でISコアの製造方法を唯一知る姉の束への人質として、『亡国機業(ファントム・タスク)』に拉致されかけた。辛うじて逃げ延び、麻酔弾で意識を失った箒を保護したのが『おやっさん』こと立花藤兵衛であり、茂だ。箒は茂と協力して亡国機業を退け、直後に織斑一夏と合流したところで茂だけがすでに姿を消していた。それ以前にも箒が中学三年生の頃、剣道の全国大会に優勝したその日に遭遇しているのだが、知っているのは本人たち以外では藤兵衛しかいない。
 その後茂は亡国機業の計画を追ってインドへ渡っていたらしいのだが、先日日本に帰国したそうだ。ただ庄野山に用事があるらしく、箒と和也が迎えに行くことになった。箒もついでに頼まれた『用事』を済ませるつもりだ。

「けどよ、箒は一体何の用があって庄野山に?」
「あの山には私の実家『篠ノ之神社』の分社があるんです。そこに奉納されている『紅暁(あかつき)』を一度持ち帰り、改めて本社の篠ノ之神社に納める必要がありますから」

 和也の質問に箒が簡単に答える。
 箒の実家は篠ノ之神社という神社である。現在では土地神伝承の影響が強く出ているために分かり難いが、『鹿島神宮』の祭神『武甕槌神(たけみかずちのかみ)』と並び、武芸の神として知られる『経津主神(ふつぬしのかみ)』を祭る『香取神宮』の分社の一つであった、と箒は父から聞いている。
 元来篠ノ之神社は香取神社の一つ、それもかなり古い分社だったのだが、鎌倉時代に宮司の家系が一度断絶した。そこで土地の豪族で宮司家と姻戚関係にあった篠ノ之氏から養子という形で宮司を出し、それからは土地神信仰の影響が強まっていき、室町時代になると姓を篠ノ之に戻して神社の名前も篠ノ之神社へと変えた。ただ香取神宮との交流はつい最近まで続いていたそうだ。篠ノ之神社に伝えられる『剣の巫女』による神楽舞も、香取神宮や鹿島神宮の神職に伝えられた『香取の剣・鹿島の剣』と言われる古流剣術と、現地で伝えられていた巫女による神楽舞が合わさって出来た物らしい。

「その『紅暁』ってのはなんなんだ?」
「篠ノ之神社の本社、つまり私の実家に奉納されている『緋宵』の兄弟刀で『篠ノ之流』の開祖、私の先祖でもある『篠ノ之柳応』が愛用していた刀です」

 篠ノ之神社には昔から古流剣術を筆頭に槍や薙刀、組打、弓、手裏剣など様々な古武術が伝承されており、篠ノ之神社に名前が変わっても受け継がれていた。
 室町時代中期頃、篠ノ之家の跡取り息子の『篠ノ之柳応』……柳応は号で諱(いみな)は俊直だが……は生来武芸に長けていた。若い頃には香取の地へと赴き、当時道場を開き身分を問わず指導していた『天真正伝香取神道流』の開祖、飯篠長威斉家直に教えを請い、天真正伝香取神道流の奥義を授けられると武者修行の旅に出た。
 武者修行の末、柳応は家伝の剣技や天真正伝香取神道流、剣の巫女の神楽舞をヒントに創意工夫をこらし、独自の剣術流派『篠ノ之流』を創始した。帰郷して宮司になると境内に道場を設け、心身鍛練の術として身分を問わず篠ノ之流を伝授した。
 篠ノ之流を開く際に柳応が山籠りを行い、極意を開眼した地が庄野山だ。それ以来庄野山には篠ノ之神社の小さな無人の分社が建てられ、柳応が愛用した二振りの刀、『緋宵』と『紅暁』が奉納された。後に『緋宵』は、江戸時代に宮司を務めていた篠ノ之柳心により本社に奉納し直され、代わりに中国から来日して柳心と親交を持った『嵩山少林寺』の禅僧で、後に『少林拳赤心派』の開祖となる赤心道玄から送られた書画が奉納されている。
 今回箒が庄野山に赴くのは、篠ノ之神社の管理をしている叔母の雪子に老朽化が激しく、建て替える必要がある庄野山の分社から、紅暁と赤心道玄の書画を持ってくるように頼まれたためという理由も含まれている。ちなみに『緋宵』が「女のための刀」と言われ、女性用の実用刀とまで評されるくらい軽量で扱い易いのと対照的に、『紅暁』は重く見た目も武骨で頑丈、肉厚といかにも男性的な刀となっている。

「しかし城さんはどうして庄野山に?」
「さあな、俺にもよく分からん。風見や結城は茂にとって結構大事な用だと言ってたが……そろそろ到着だ。この先はバイクじゃ行けねえみたいだし、歩きになるから準備しといてくれ」

 逆に質問してくる箒に和也は告げると、バイクのスロットルを入れ直した。

**********

 庄野山の麓を流れる渓流の河原に、一人の男が佇んでいる。男は薔薇の刺繍が入ったデニムのジャケットに『S』の字が描かれたトレーナー、やはり薔薇の刺繍が入ったデニムのズボンを着用している。両手には黒い手袋が嵌められている。男は河原をゆっくりと歩き始める。

「ここはあの時と変わらないままだな。山籠りした時と、また喧嘩した時とも。なあ、五郎、ユリ子」

 男こと城茂は周囲を見渡しながら誰に言うとでもなく呟く。
 茂にとって庄野山は思い出深い地だ。城南大学に通っていた頃、同期でアメリカンフットボール部時代の親友沼田五郎と共に、毎年欠かさず夏になると二人揃ってこの山で山籠りと称して色々と馬鹿をやっていた。熊に襲われかけ、必死に逃げたこともある。飯ごうで炊いた米を河原でぶちまけてしまい、一食抜きとなり途方に暮れたこともある。中腹にある神社らしき建物で寝ようとしたら、関係者らしき男に泥棒か何かと勘違いされて竹刀で何回も頭を叩かれたこともある。そんな時間を五郎と一緒に過ごしてきた場所だ。
 それだけではなく、かつて共に悪の組織『ブラックサタン』に改造され、一緒にアジトから脱出し、協力してブラックサタンと戦い、奇械人を倒し、手柄を巡って喧嘩し、意地を張り合り、内心愛していた岬ユリ子になぜ『仮面ライダー』を名乗らないのか、と聞いた場所であり、最初で最後のコーヒーを入れて貰った場所でもある。

「未練、か。ヘッ、お前も人のことを言えた立場じゃねえぜ、城茂。こうして今も未練タラタラじゃねえか」

 ふと茂は自嘲するように呟く。あの時はユリ子の答えが理解出来なかった茂だが、自分を助けるために命を落とした後、ようやく意味が理解出来た。仮面ライダーとは命ある限り戦い続ける者の名前だ。最後の最後まで人間ではなく、仮面ライダーとして生き続けることを宿命付けられる名前だ。あるいは最期を迎えた後も、仮面ライダーの名は背負い続けなければならないのかも知れない。
 茂は名乗ることへの躊躇いも後悔も無かったし、今もない。これから先もないだろう。だがユリ子は違った。孤児だった茂と違い、ユリ子には一緒にブラックサタンに拉致され、五郎と同じく改造手術に失敗して殺された兄の守がいた。無論ユリ子には躊躇いも後悔も無かった筈だ。でなければ茂と一緒に戦い続けなかっただろう。だが未練は少しだけあった。故にユリ子が生前『仮面ライダー』を名乗ることは一度も無かった。
 茂も一度、ユリ子に仮面ライダーの名を送るかと先輩たちに聞かれた時は反対した。ユリ子の意志を尊重したかったし、ユリ子にはただの女に戻って、せめて死んだ後だけは一人の女として静かに、安らかに眠って欲しかった。だから、身勝手かも知れないが仮面ライダーの名前だけはどうしても送りたくなかった。
 インドから帰国した後についでと思って立ち寄ったのだが、色々と思う所が有り過ぎて予想外に長居し過ぎた。和也と箒が迎えに来ることになったのはそれが原因だ。寄り道するかもしれないと和也は言っていたが、茂も異存は無かった。

「さて、と。いつまでもこんなことしていたら、滝さんと篠ノ之さんに申し訳が立たないな。他に行きそうな場所はないし、とりあえずあそこの神社にでも行ってみるか」

 茂は山の中腹にある神社を目指し歩き始めるのであった。

**********

 篠ノ之神社の分社。鬱葱と生い茂る木々の間から日差しが漏れてくる中、社殿の前に一人の少女がいる。少女は艶やかな長い黒髪を一つに纏め、手には抜き身の日本刀が握られている。かなりの業物のようだ。
 先程から少女は舞うように刀を虚空へ振るっている。時に静かに凪の如く、時に激しく嵐の如く、その剣を振り、構える。篠ノ之流の演武の型、その中でも主に神前に捧げる型だ。神楽舞を基にしているだけあり、基本的な所作には似通った部分はある。しかしたおやかな神楽舞とは違い雄々しく、勇壮な所作が多く、見た印象はだいぶ異なる。それでも少女の所作は雄々しさや勇壮さはあまり感じられない。むしろ凛として鋭く、それでいて清楚な美しさすら感じられる。黒髪は剣を振るたびに艶めかしくたなびき、紅く瑞々しい唇からは時折鋭い呼気や吸気が漏れてくる。無駄なく引き締まった肢体は型を行う度に伸びやかに、しなやかに動く。
 やがて演武を終えたのか少女は残心を決め、納刀し、社殿に一礼する。頬はほんのりと紅く染まり、額には珠のような汗がある。息も若干上がっているのか丸みを帯びた肩と、大きめの膨らみが目立つ胸も呼吸に合わせて上下している。すると拍手をしながらジャケットを着た男が歩み寄る。演武の間は鳥居にもたれかかって見ていたようだ。
 男の立ち姿は一見すると隙だらけでだらしなく、雰囲気からしていい加減さと不真面目さを醸し出している。少女とは別の意味で美しいというか潔い。

「いや、まさに眼福というか、お見事って感じだったぜ? 箒」
「いえ、お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。滝捜査官」
「見苦しいどころか、素で見とれるかと思ったぜ。これで目的の物は持って行って大丈夫なんだよな?」
「はい。奉納の演武は終わりましたから」

 和也と話しながら演武を終えた箒は社殿の扉を開ける。篠ノ之神社のしきたりとして、奉納された器物を持ち出す時、演武を神に捧げて宥める必要があった。なので箒が篠ノ之流の演武の型を執り行い、和也は邪魔にならないように見物していた。演武を終えた後は保管されている『紅暁』と『赤心道玄』直筆の書画類を運び出すだけだ。
 社殿には鍵がかかっているが、箒が社殿と長持の鍵を借りてあるので問題ない。箒が社殿の中に入り、奥へと向かうと鍵を使い長持を開ける。一振りの刀と掛け軸が入っているらしき木製の箱、巻き物などを取り出すと風呂敷に包んで持つ。作業を終えると箒は和也に一声かけ、境内を出て石段を降りて森に囲まれた山道を歩いていく。道が少々狭すぎるのでバイクは麓に止めてあり、歩きで神社までやってきていた。

「しかし、さっきの演武見ていて思い出したんだが、君の使っている篠ノ之流ってのは千冬の動きと結構似てないか? それと沖一也が使う赤心少林拳って拳法にも、少し似てる気がすんだが」
「似ているもなにも、千冬さんも昔は篠ノ之道場に通って父から篠ノ之流の手ほどきを受けていましたから。少林拳赤心派の開祖、赤心道玄は篠ノ之流と交流がありましたし、日本に少林拳赤心派を伝えた、つまり赤心少林拳開祖の樹海大師は私の曽祖父の弟にあたる篠ノ之柳山で、その縁で篠ノ之流と赤心少林拳は交流が盛んだったと聞いています」
「つまり箒と千冬は同門って訳か。なら納得だぜ、色々な意味で。しかし、意外なところで千冬と一也の縁があったもんだな」

 箒と和也は一夏の姉で担任でもある織斑千冬について話している。
 千冬と箒は実家の篠ノ之道場だけでなく、最近通い始めた武術道場『大野練武館』でも同門に当たる。姉の束とは古い付き合いということもあり、千冬ともそれなりに長い付き合いだ。同時に千冬はかなりのブラコン、それも「弟独占を企む姉の組織『おとう党』大幹部にして日本支部長『千冬姉』、正体はブラコン怪人『ブリュンヒルデ』」と言われる程であり、箒や恋敵たちにとっては最大の強敵である。
 箒は千冬と和也は第2回モンド・グロッソ以来の仲で、決勝戦で起きた一夏誘拐事件では協力して一夏の救出に当たったと聞いている。一見すると千冬と和也は対照的だ。箒も二人がIS学園での食堂で漫才を繰り広げていた姿を目にしている。間違っても一夏にはああなって欲しくないが。
 そんな和也だが、千冬との仲は決して悪くはない。というより千冬がIS学園まで呼び寄せ、和也も千冬の頼みを快諾するなど、口ではなんだかんだ言いながら互いに信頼し合っている。千冬が和也を信頼している理由が最初は分からなかったが、無人ISが襲撃してきた際に何となく分かった。
 こちら側の連携が一方的に寸断されたことや、動揺が重なって実力を発揮出来なかったとはいえ、専用機持ちすら苦戦させた無人ISに和也は生身で挑みかかった。当然勝ち目などあるはずもなく、ボロボロになりながらも和也は戦い続けた。仮面ライダーが守り抜いた箒たちを、その技を使って傷つけた偽者から守るためにだ。そこで箒は悟った。和也は不真面目でいい加減な仮面の下に熱い正義の心を持っているのだと。

(なにより私より、ずっと強いな)

 和也を見ながら箒は改めてそう思う。
 箒には和也の心や闘志を折れる気がしない。たとえどれだけ傷つき力尽きても、和也の心の牙は決して折れないだろう。きっと最後の最後まで食らい付いて、戦い続けるのだろう。

(それに比べて私は……弱いな)

 和也に比べて自分はあまりに弱く、脆い。
 幼い頃からそうだった。自分より後に剣道を始めたクセに、自分より強くなった一夏が最初は気に入らなかった。自分より後に一夏に出会ったクセに、専用機持ちというだけで一夏の隣で戦うことが出来た皆に嫉妬していた。だから自らは力に溺れ、一夏には辛く当たった。自分にも専用機があればと思いもした。そして大嫌いだった筈の姉に専用機をねだり、手に入れた。それどころか今度はそんな『汚い力』を誇示して他の者を見下すことまでしていた。
 もし和也が自身と同じ立場になっても力に溺れなかっただろう。一夏に辛く当たらなかっただろう。他の皆に嫉妬したりせず、最初から仲良くできたであろう。なにより専用機など無くとも、最後まで諦めずに足掻き続けているだろう。
 箒が何を考えているのか知ってか知らずか、和也は言葉を続ける。

「ところでよ、この辺りに熊とか出ないよな? 別に怖いってわけじゃねえんだが、流石に知らずに襲われるってのはごめんだしな」
「この辺りには出ないと聞いています。父や叔母から聞いた話では、山の奥へ入って熊の縄張りを荒らす余程の馬鹿でもない限り、熊は襲ってこないと言っていました」
「……その様子じゃ、実際にそんな『馬鹿』がいたみたいだな」
「はい。近くにある城南大学アメリカンフットボール部の部員二人が、一度熊の縄張りに侵入して襲われかけたと聞いています。他にも神社に侵入しようとして祖父に撃退された辺り、余程の命知らずというか、やはり『馬鹿』、なのでしょうね」
「手厳しいねえ。俺も君に聞いてなかったら、その馬鹿の仲間入りをしかねなかったのによ」
「……もうしている気がします」
「うるせえ! というか千冬のヤツ、箒たちに一体どんなこと吹き込みやがったんだ!?」

 自分にも軽口を叩いてくる和也が、箒にはありがたかった。
 ちなみに和也は千冬から、「人間としては素晴らしいし、いざという時は頼りになるが男としては最底辺」と評されている。セシリアは関係を誤解しているようだが、そのセシリアを含めた自分たちも概ね同じ見解で一致している。ただし、経験上恋愛感情にまで発展する可能性は否定できない。
 だが箒は思考を中断し、立ち止まって周囲に気を巡らせる。殺気、しかも複数。和也も殺気を感じ取ったらしく、足を止めて立ち止まる。和也は頭を掻きながら、木陰にいる殺気の主に対して声を発する。

「いい加減出てきたらどうだ? シャイなのは結構だが、追っかけにしちゃ少々視線が痛すぎるんでね」

 すると木陰から男たちが出てきて、箒と和也を取り囲む。8人。虚無僧のような時代がかった格好をした男たちが現われる。手には杖などを持っている。武器を持っていない者もやはり武器を隠し持っているらしく、懐が膨らんでいる者がいる。身のこなしや武器の持ち方から察するに玄人、しかも中々の手練のようだ。

「その様子じゃ、ただの托鉢って訳じゃなさそうだな。それで、俺たちになんの用だ?」

 和也はすでに雰囲気が真面目なものに変わっている。箒も風呂敷を背中に背負い、布を被せて持ってきていた刀から布を払い、柄に手をかけると鯉口を切っていつでも抜刀出来るよう身構える。すると、リーダー格らしき男が箒に告げる。

「篠ノ之箒、そしてその連れの者よ。お前たち自身には特に用も恨みもないのでな。風呂敷の中身をおとなしく渡して貰おうか? 素直に渡せば命ばかりは助けてやろう」
「断る。仮に風呂敷を渡しても私たちを殺す気だろう?」
「ほう、気付いていたか。単なる小娘かと思っていたが、予想外だ。しかしこれで余計な手間は省けたというもの。篠ノ之箒、その命、神に還すがいい!」

 男は懐から鎖鎌を取り出し、鞘を外して分銅のついた鎖部分を回し始める。他の者も武器を取り出して手に持ち、構える。

「鎖鎌に杖、角指、手裏剣か。恰好やシチュエーションだけじゃなくて、武器まで時代劇から抜け出してきたような連中だな。箒、行けるか?」
「私は大丈夫です、滝捜査官」
「ならここは、少々手荒にやってやりますか!」

 和也が不敵に笑い、箒が鞘から抜刀するのと同時に全員が一斉に動き始める。

「邪ぁっ!」

 男の一人が気合いと共に杖で箒を突きにかかるが、箒は杖を見切って半身で避ける。すかさず刀を横に振るい、杖を容易く両断する。杖を両断するなど、学生寮のベッドを一刀で両断出来る箒にとっては朝飯前のことだ。

「少し寝ていろ!」

 逆に懐まで踏み込んだ箒は、柄頭で男の水月に一撃くれてやり、男を昏倒させる。
 すると鉄拳をはめた男と角指をつけた男が箒に挑みかかるが、箒は刀の峰で二人の肩を打ち据えてやる。本来は人間の骨を砕くための峰打ちだが、今回は骨を砕くまでする必要はない。骨は砕けぬまでも激しい肩の痛みで動きが止まった鉄拳の男に、箒は軽く当て身を食らわせて吹き飛ばし、木にぶつけて気絶させる。続けざまに残る角指の男の袖を掴み、払い腰で地面に投げ飛ばして意識を刈り取る。

「お命、頂戴!」

 今度は半棒を持った男と鎧通しを持った男が箒に襲いかかる。

「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 しかし鎖鎌の分銅を半身で避けて投げつけられた手裏剣を両手で叩き落とし、逆に飛び蹴りで手裏剣の男を気絶させた和也が助走をつけた上で跳躍する。飛び膝蹴りで鎧通しの男を蹴り飛ばすと半棒の男に挑みかかり、半棒をスウェーで回避した後に右正拳突きを鳩尾に入れて一撃で地面に沈める。

「くっ!? これほどとは……だが!」

 残る鎖鎌の男は分銅で箒の刀を絡め取ると、そのまま力を込めて鎖を引っ張って箒を引き寄せようとする。しかし箒は男が鎖を引っ張るのに合わせて右手から刀を放し、男めがけて残った鞘を投げ付ける。

「愚かな! そんな手が!」
「馬鹿は!」
「てめえさ!」

 男が慌てずに鞘を鎌で叩き落とし、嘲笑した隙に和也がまたも跳躍する。そして今度は男に飛び足刀蹴りを喉元へ叩き込んで沈黙させる。

「これで全員、みたいだな。それで、大丈夫か? 箒」
「私は問題ありません。滝捜査官は大丈夫、みたいですね」

 お互いの無事を確認すると箒は手放した鞘と刀を拾い上げ、納刀して布を巻きつけようとする。

「下がれ!」

 しかし箒は叫びと共に、いきなり和也に突き飛ばされる。箒が見ると、いきなり飛び出してきた大男が和也に向けて掛矢を振り回している。和也も掛矢が当らないように大きく動き、風を切って襲いかかる掛矢を回避するのに必死だ。

「まさか、まだいたのか!?」

 箒もまた殺気を感じて地面を転がる。間髪入れずに大男が振るった大斧が箒が立っていた場所へと振り下ろされ、地面に深々と大斧の刃が突き刺さる。すぐに立ち上がり、鞘から抜かずに刀で応戦しようとする箒だが、腕力や得物の差か大斧の一撃で刀を弾き飛ばされ、勢い余って尻餅をつく。大男は勝利を確信したように歯をむき出しにして笑い、トドメとばかりに大斧を頭上まで大きく振りかぶる。

「箒!? こいつ!」

 和也は箒の援護に向かおうとするが、振り回される掛矢が邪魔で箒に近寄れない。つまり終わり、だ。

(一夏……)

 最後に愛する幼なじみの顔を思い浮かべ、観念した箒は目を閉じる。男の振りかぶった大斧が無慈悲に振り下される。しかし大斧の刃は箒に届かない。

「え……?」

 斧の刃は横から黒い手袋に掴まれ、途中で止められている。黒い手袋の主は大男から大斧を容易くひったくると、両手で柄を持つと軽く力を入れ、真ん中からへし折ると大斧を無造作に投げ捨てる。

「何の騒ぎかと思って神社まで来てみれば、たまんねえな。大の男二人が雁首揃えてか弱い女の子一人、しかもこんな物騒なもん持ち出して袋叩きかよ。一端の男として恥ずかしいとか、情けねえとは思わないのか?」

 斧を掴みとった黒い手袋を嵌めた男は不敵に笑う。黒手袋の男は怒り狂った大男の右フックをしゃがんでかわし、続く拳の連打をスウェーやダッキングで回避し、伸び切った右腕を掴んで軽く捻り上げる。

「大男、総身に知恵が何とやら、だな!」

 黒手袋の男は一度手を放すと、首筋に手刀の一撃を入れて昏倒させ、気絶させた大男を無造作を放り投げる。掛矢を持った男は呆然としていたが、すぐに気を取り直して乱入者に向かって突進する。掛矢を大きく振りかぶって頭を叩き潰してやろうとするが、黒手袋の男が両手をクロスさせて受け止めると逆に掛矢の方が大破し、大男の目が丸くなる。逆に黒手袋の男がまずアッパーカットを顎に入れ、右足刀蹴りを首筋に叩き込む。駄目押しの右ストレートで思い切り殴り飛ばし、木に叩きつけて気絶させる。黒手袋の男は大男が気絶したことを確認すると、箒に向き直る。

「大丈夫かい?」

 今度は尻餅をついた箒に対し、手袋に包まれた右手を差し出す。
 薔薇の刺繍が入ったデニムのジャケットとズボン、胸に『S』の字が描かれたトレーナーを着用している。かつて箒を二度に渡り助けた男だ。

「遅いぜ、茂」
「すいません、滝さん。少々寄り道し過ぎてしまって」

 やってきた和也と男は会話を交わす。箒は男の右手を掴み立ち上がると、笑って男に礼を述べる。

「ありがとうございます、城さん。また、助けて頂いて」
「気にしなくていいぜ、篠ノ之さん。しかし二度目の再会を、こんな物騒な形で果たすことになるとは俺も思わなかったけどな」

 そう言って男こと城茂もまた箒に向かって笑い返すのであった。

「へえ、中々やるじゃない。『篠ノ之柳星』の家だから、道場剣法しか知らないと思っていたけど」
「けど、私たちに勝てる筈がないわ。今まで裏の世界で剣を磨き続けてきた私たちが、ぬくぬくと宮司を務め、道場で篠ノ之流を腐らせてきた家の娘に負ける要素なんて、ない」
「その通りよ。待っていなさい、篠ノ之箒。真に篠ノ之流の奥義を伝えられ、受け継いでいくのはあなたの家ではなく、私たちの家だとこれから証明されるのだから」

 箒が刺客に襲われて茂と合流するまでの一部始終を、3人の女が双眼鏡で見ていたことなど、この時の箒や茂、和也には知る由もなかった。



[32627] 第三話 天地人が呼ぶ者
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:00
 『庄野山』の山道を、二人の男と一人の少女が連れたって歩いてゆく。

「そっか、茂がここに来たのはそんな理由があったんだな」
「ええ。日本に戻ったついでに立ち寄ったつもりが、色々と思い出しちゃいましてね。けど驚いた、あそこが篠ノ之さんの実家の分社だったなんてな。とりあえずもう時効なんだろうけど。すまない、色々と迷惑かけちまった」
「いえ、気にしないで下さい。私も父や祖父から聞いたことがあるだけですし」
「けどさ、いくらなんでも馬鹿ってはないんじゃないか? 悪いね、俺が知らずに熊の縄張りに飛び込んだ馬鹿なアメリカンフットボール部員の片割れで」
「……すいません、城さん」
「なに、ちょっとした冗談さ。あの頃の俺は我ながら馬鹿だったと思うし、馬鹿やってばっかりだったのは事実さ」

 山道を歩きながら茂は謝る箒に笑って答える。
 茂と箒、それに箒に同行してきた和也は雑談しながら麓まで並んで歩いている。茂と箒がを話している中で、茂が城南大学アメリカンフットボール部員で、かつ同期で親友の沼田五郎と色々と馬鹿をやっていたこと、つまり熊の縄張りに入って襲われかけ、箒の祖父に撃退された『馬鹿な』アメリカンフットボール部員だったことが判明した。それから箒は茂に謝っているが、茂は意に介さず冗談めかして答え、時折懐かしむように山籠りの思い出を箒や和也に話している。茂の事情を知る二人は茶々やツッコミを入れずに聞き役に回っている。

「けど滝さん、篠ノ之さん、さっきの連中は一体何だったんですか?」
「よく分からん。襲われること自体は心当たりがあり過ぎるくらいあるんだが、時代劇めいた格好した連中に襲われる心当たりはないな。箒、君の方は?」
「いえ、私もああいう手合いに狙われるような心当たりはありません」
「しかも話から察するに向こうは篠ノ之さんのことを知っていて、風呂敷の中身、つまり篠ノ之神社の宝物についてある程度知っているんだろ? ますます分からねえな」

 続けて三人は自分たちを襲撃してきた男たちについて話し始める。男たちは武器を取り上げた上で近くの木に縛り付けてある。麓に戻ったら通報して、救助のついでに逮捕して貰うことにした。しかし襲撃者が何者で、何の目的で狙ってきたのか分からない。新手の宝物泥棒、強盗の類いかとも思ったが、格好が時代がかっていたし、素人にして動きが良すぎる。箒の名前を知っていたことも気がかりだ。

「まさかとは思うが、『亡国機業(ファントム・タスク)』の手の者か? だが腑に落ちない点が多過ぎる」
「今までの行動パターンからしたら、もっと直接的に箒さんを狙ってくるでしょうしね。骨董品泥棒にまで手を伸ばしたってんなら話は早いんだが」
「それに連中が私を狙ってくるなら、やはり前と同じくISを持ち出してくると思います。連中も私が専用機持ちであることも、経緯も掴んでいるようでしたから」

 話していくうちに亡国機業の名が上がるが、腑に落ちない点が多い。

「ならば私が教えてあげましょうか? 篠ノ之箒」

 各自疑問を口にしながら歩いている三人だが、どこからか箒に対して声がかけられると身構える。

「誰だ!? 隠れてないで出てきやがれ!」
「そんなに騒がなくても出てきてあげるわよ」
「どの道私たちの方にも、あなたたちには少し用事があったからね」

 さらに最初とは別の女の声が二つ聞こえてくると同時に、男物のフロッグコートを着た黒髪の三人の女が木陰から出てきて茂と箒、和也の前に立ち塞がる。

「さっきの連中を倒した手並みは中々見事だったわ。まさか貴女の他に二人も手練がいるとは思わなかったけどね」
「ならさっきの連中を送り込んだのは、お前たちか!?」
「ええ、私たちよ」

 箒が女たちに問うと真ん中のリーダーらしき女は事もなげに答えてみせる。

「なぜ私の名前を知っている!? なぜ神社の宝物を狙う!?」
「そう慌てないでよ、長くなるから。先に用件だけ言っておくわ。おとなしく背中の荷物、いえ篠ノ之流の極意が書かれた秘伝書を渡しなさい」
「秘伝書?」
「その様子じゃ貴女の家、つまり『篠ノ之柳星』の家には秘伝書に関する伝承は残っていないようね」
「まさかお前たちは!?」
「ええ、お察しの通りよ」

 箒は女の言葉を聞いて目の前にいる女たちの正体を悟ったらしく、驚愕を隠せない表情を浮かべている。

「お、おい、何が一体どうしたってんだ……?」
「なら私が代わりに説明してあげるわ」

 状況が飲み込めない和也と茂に女が笑って答える。

「まあ、自己紹介した方が手っ取り早いかしらね。私の名前は篠ノ之天音(あまね)」
「私は篠ノ之地慧(ちえ)。天音姉様の妹よ」
「そして私は篠ノ之人美(ひとみ)。末妹ってところね」
「篠ノ之って、まさか!?」
「はい。彼女たちは十中八九私の家の分家で篠ノ之柳応の跡取り『篠ノ之柳星』の双子の弟、『篠ノ之柳月』の家の者です」

 三人の名前を聞いて茂が関係を悟って確認すると、箒が肯定するように答えを返す。

「しかし篠ノ之柳月の家は既に断絶している筈だ! それがどうして!?」
「そういうことになっているわね、記録上は。けどね、貴女たちの家が日向でのんびりと神社を管理している間、私たちの家は陰に隠れて、色々と汚れ仕事をさせられていたのよ?」
「『裏柳生』ならぬ『裏篠ノ之』って訳かよ。その『裏篠ノ之』がどうして秘伝書を狙うんだ!?」
「あら、分からない? 私たちの家の祖は双子の弟というだけで世間から忌み嫌われ、篠ノ之流の奥義を授けられなかった。私たちが剣の道を選び、いくら才能があって努力を重ねても、ただ柳月の家というだけで篠ノ之流の奥義は伝授されない。そっちの小娘は黙っていても伝授されるのにね。こんな理不尽なことが許されていいのかしら? ましてや私たちの家は暗部として剣を磨き上げてきたのに、その娘の家はのうのうと宮司をやって、剣術道場を開いて剣を鈍らせて錆付かせている。剣術は戦場で生まれたもの。自己鍛練ではなく人殺しの手段に過ぎないものだというのに」
「そんな未熟な小娘に伝授されるなんて、篠ノ之柳応も望んでいない。だから代わりに私たちが奥義を受け継いでいくの。本当の意味で剣の道に生きてきた私たちの手で、ね。そういうわけだから、おとなしく秘伝書を渡しなさい。言うことを聞いてくれたらそっちの男二人共々楽に死なせてあげるわ」
「何かと思えば、要はただのひがみじゃねえか! そんなんで命を狙われる身にもなってみやがれってんだ! 大体箒の命まで狙う必要がどこにある!?」
「必要はあるわ。その娘が篠ノ之柳星の子孫、つまり篠ノ之流を貶め、腐らせてきた家の人間というだけで十分よ。要するに己の生まれの不幸と運命を呪いなさい、って所ね」
「ふざけるな! そんな性根の腐った人間に、篠ノ之流の秘伝書を渡せるものか!」
「俺もそういうのが気に食わないんでな! 仮に篠ノ之さんが『はい』と言っても、俺が認めねえ!」
「俺も同じだ! 悪いな、裏篠ノ之さんよ! 生憎だが交渉は決裂だぜ!」
「そう、本当に馬鹿ね。ならば、今すぐここで三人共惨たらしく死になさい! 楽には殺してあげないわよ!」

 天音は布を巻いて持っていた打刀を鞘から抜き放つ。地慧は柄を伸ばした太刀、長巻を背後から取り出す。人美は持っていたカバンから槍を組み立てて構え、三人揃って一斉に飛びかかる。

「茂!」
「はい!」

 茂と和也は箒より前に出て守るような立ち塞がり、三対三の戦いが幕を開く。

「さすがにやるわね。けどあなた、本当にただの人間なのか聞いていいかしら?」
「ヘッ、これでも一応まだ人間してるつもりだぜ!?」

 茂は箒や和也の盾となるように天音の刀による斬撃を右手で逸らし、地慧の長巻の攻めを左掌でいなし、人美の槍による突きを蹴りで弾き、他の二人に代わって防御する。

「おしゃべりしている暇はないぜ!」
「こちらにはまだ二人いることを忘れるな!」

 和也と箒は茂が盾となっている間攻撃に専念し、天音、地慧、人美を攻め立てる。

「そう簡単に行くかしら?」

 しかし三姉妹は巧みに二人の攻撃を躱し反撃してくる。それを茂が盾となり防御し、再び隙が出来るのを伺う。6人は激しい攻防を幾度となく繰り返していく。

「クッ、このままじゃ埓があかないか……!」

 刀を防ぎ、長巻を逸らし、槍を弾きながら茂は歯噛みする。敵はかなりの手練、しかも息の合った連携を仕掛けてきている。こちらは即席のものでどうしても連携では劣る。特に茂は三人分の攻撃の矢面に立ち続け、猛攻にさらされてきたがために既に身体の何ヶ所かに傷が出来ている。和也はともかく箒も息が上がってきている。ジリ貧だ。

「やめだ! やめ! こんなんじゃいつまで経っても終わらねえ!」

 突然茂は叫ぶと刀や長巻、槍を思い切り蹴り飛ばし、和也と箒を掴み大きく後に飛ぶ。和也と箒は怪訝そうな表情を浮かべる。

「あら、諦めて渡す気になった? 今さら遅いけど」
「誰がそんなこと言った! 誰が! 俺はな、お前らと違ってアメフト選手だったんだよ! ここは俺の得意分野、アメフトで勝負させて貰うぜ!」
「一応聞いておくわ。あなた、頭大丈夫?」
「ああ、勿論。正気も正気さ」

 予想の斜め上を行く茂の一言に三姉妹は追撃を止め、気でも狂ったか、と言いたげな表情を浮かべる。代表して天音がツッコミを入れるが茂は不敵に笑って大見得を切ってみせる。今度は同じく茂の発言に唖然としていた和也に尋ねる。

「滝さん、確か小さい頃はアメリカで育ったって前に言っていましたよね? でしたら向こうで『フットボール』やっていた時にQB(クォーターバック)をやったことってありますか?」
「ん? ああ、まあ何回かならやったことはあるが……」
「だったら、ちょっと……」

 茂は和也に耳打ちをする。

「なるほど! 確かにそいつは立派な『フットボール』だ! 流石元キャプテン! よくそんなプレイが思いついたもんだ!」
「ありがとうございます。タイミング合わせる暇はありませんので一発勝負ですが、ここはロングゲインを狙ってきましょう!」
「あ、あの、城さん?」

 未だに状況が理解出来ずに唖然としている箒が茂に声をかける。こちらもこちらで気が狂ったんじゃないか、とでも言いたげな表情だ。しかし茂と耳打ちされた和也は笑っている。まるで何かとても面白いイタズラを思いついた、とでも言いたげな笑顔だ。

「なあ、篠ノ之さん。滝さんが合図したら思い切りあいつらの横を通り過ぎて全力で走ってくれないか? 合図は滝さんが『hat(ハット)』言った瞬間で」
「で、ですが……」
「騙されたと思って信じてみねえか? それとも何か? ビビっちまったのか? 大丈夫さ! こっちには『仮面ライダー』がついているんだからな!」
「……分かりました。やってみます」
「の前に『ハドル』しないとな、ハドル」

 茂は二人を集めて説明を始める。三姉妹は最早呆れてツッコミを入れる気さえ起こらない。『ハドル』が終わったらしいのでようやく天音が口を開く。

「もう相談は終わったのかしら? 命乞いの相談なら無駄よ? 」
「悪いな、待たせて。それじゃ今から俺たちのとっておきのプレイを見せてやるぜ。驚き過ぎて目回すなよ?」

 茂が言うと和也は箒から風呂敷を受け取り、箒は和也から離れて和也とは水平になる位置へと移動する。茂は和也からやや離れて後ろに立つ。同時に茂は片手の指で体を支える体勢を取る。アメリカンフットボールで言うRB(ランニングバック)やOL(オフェンスライン)と呼ばれるポジションの選手が取る姿勢だ。和也も風呂敷を持つとQBそのものの姿勢を取る。最早絶句することしか出来ない三姉妹を尻目に和也は合図を出す。

「Set……」
「Hat!」

 次の瞬間、箒と茂が全力で走り出す。和也は後ろを向いて風呂敷を茂に向かって差し出し、茂と交差するや全速力で自分から見て右手にある茂みへと駆け込み走り去っていく。茂は差し出された風呂敷を両手で受け取って『ハンドオフ』されたような仕草をすると、風呂敷を隠すように全身で抱え込みながら三姉妹へと全速力で突っ込んでいく。

「正気!? まあいいわ! おとなしくそれを渡して貰うわよ!」

 最早わけが分からなさ過ぎて放心状態になっていた三姉妹だが、茂が風呂敷を抱えてこちらに突っ込んでくると見るや慌てて武器を各自構える。最初に人美が槍で茂を突こうとする。

「遅い!」

 しかし槍を構え切る前に姿勢を低くして突っ込んできた茂に、為す術なく弾き飛ばされる。

「人美!? この!」

 続いて地慧が長巻で斬りかかるが、茂は上手く重心を動かして一旦左に行くと見せかけて即座に右に切り返す。混乱していた地慧はフェイントにあっさり引っ掛かり、攻撃を外す。地慧は横を通り抜けるついでに茂が放ったソバットを背中にまともに食らい、うつ伏せに倒れる。

「いい加減に!」

 天音も刀を振り上げ斬りかかるが、茂は待ってましたとばかりに抱えていた腕を解く。

「ない!?」
「引っ掛かったな、間抜けが! 今ごろお前が探している風呂敷は滝さんが持っているだろうよ!」
「なに!?」

 風呂敷がないことに天音が気付くと、茂はしてやったりと笑う。天音は手渡す動作がフェイクであったと確信するが茂は止まらない。

「もう一ついいこと教えてやるぜ。武術はともかくアメフトのブロックなら、お前には絶対負けないぜ!」

 茂は左肘を突き上げるようにして天音の顎を打ち抜く。

「ざまあねえな! 一昨日来やがれってんだ! 行こう、篠ノ之さん!」

 三姉妹に言い捨てると箒と合流して茂は山道を全速力で駆け抜ける。

「どうやら上手くいったらしいな。ったく、最初は何言い出すかと思ったぜ……」

 茂みに入り敵から逃れた和也は、山の中腹にある森の中を歩いている。敵がこちらを追ってくる気配はない。

「こんなことなら通信機持ち込んでおくんだったな。そうすりゃ色々と楽だったんだけどよ」

 ぼやきながらも森の中をしばらく歩き回っていた和也だが、背後から殺気を感じて大きく飛び退く。すると一瞬後に何かが煌めき、先ほどまで和也が立っていた場所の近くにあった木が綺麗に袈裟懸けに斬られる。

「っと、そうこうしている内にもうお出ましかよ。どうだい、俺たちのプレイは? 即席のチームにしちゃ中々のものだっただろ?」

 和也は体勢を立て直すと、斬撃を放った天音に向き直る。妹の地慧と人美も一緒だ。三人とも手にそれぞれ得物を持っている。

「さっきは油断したわ。確かに見事ね」
「仮にもプロが油断したのが悪いのさ。お前さんたちも裏稼業をやっていた割には随分と甘っちょろいんだな。それこそご先祖様、篠ノ之柳応が草葉の陰で泣いているぜ?」
「その減らず口もここまでよ。おとなしく秘伝書を渡して貰おうかしら? 嫌なら嫌で構わないわよ? この場で始末すればいいだけの話だもの」
「どうせ渡すと言ってもそうするクセによ。それに秘伝書を渡せと言われても『無い袖は振れない』ってところだしな」

 しかし和也は武器を構える三姉妹に対して不敵に笑って答える。同時に三姉妹は和也が風呂敷、つまり秘伝書を持っていないことに気付く。

「言いなさい、一体どこに秘伝書を隠したのかしら?」
「隠す? さて、何のことやら。その様子から察するに、風呂敷もとい秘伝書ならお前たちがまんまと正面から通しちまったんじゃねえか?」
「なら、まさか!?」
「当たりか。どうせ茂の奴に俺が持っているとか言われたんだろ? 間抜けが。敵の言うことあっさり信じる奴が武術家なんて金輪際名乗るんじゃねえよ」

 和也はホルスターから電磁ナイフを抜き放つ。和也はちゃんと風呂敷を茂に『ハンドオフ』していた。そして他の二人とは別行動を取るふりをして走り出した。三姉妹がこちらを追ってくると見越し、茂と箒がその隙に遠くに逃げられるように森の中を逃げ回り、こちらに敵の目を引き寄せるようにしていたが、まんまと引っ掛かってくれたようだ。後は茂と箒が下山するまで三人の相手をするだけだ。しかし三姉妹は慌てる様子はない。むしろ不敵に笑っている。

「ならこっちもとっておきを見せてあげるわ。使うつもりは全く無かったのだけどね」

 天音が言うと三姉妹は一斉に着ていたコートに手を掛けて取り払う。

「ISスーツ!?まさかお前ら!?」
「そのまさかよ。私たちはIS操縦者。しかも亡国機業のね。つまりあなたたちの予想は当たっていたって訳ね」

 軍の特殊部隊風のプロテクターに似た、黒いISスーツを着用した三姉妹を代表して天音が嘲るように笑ってみせる。続けて三人が左手に嵌めた指輪をかざすと瞬時に黒いISが展開され、三姉妹にそれぞれ装着される。

「そういう訳で今はあなたに構っている暇はないの。後でゆっくりと痛め付けてあげるから、せいぜい楽しみにしてなさい」
「待ちやがれ! ……うおっ!?」

 慌てて和也が止めようとするが三人はスラスターを点火し、余波で和也は大きく吹き飛ばされる。3機のISは茂と箒が逃げた方向へとスラスターを噴かして飛び立っていく。

「茂や箒なら大丈夫だと思うが、嫌な予感がしやがる。逃がすかよ!」

 胸騒ぎを覚えながら和也もまた三姉妹を追って、茂と箒が逃げた方向へと走り出す。
 和也が三姉妹と遭遇したころ、茂と箒は走り回った末に滝の前にまで逃げ延びていた。今は息を整えるために少し休憩といった所だ。

「この様子じゃ、連中は俺の言葉を信じて滝さんを追い掛けてったらしいな。ちゃんと見てれば違和感に気付けたろうによ」

 茂はシャツの中から風呂敷を取り出すと背負っていた『紅暁』を下ろし、箒に向かって悪戯っぽく笑ってみせる。
 あの時『ハンドオフ』された茂はとっさにシャツの下に風呂敷を隠し、手の中を一時的に空にしてみせた。よく見ればシャツが膨らんでいると分かったのだろうが、混乱や動揺、茂の言葉が重なって見事に引っ掛かってくれようだ。

「しかし、そんな作戦がよく思い浮かびましたね」
「さっき滝さんが言っていた通り、俺はこれでも城南大学アメリカンフットボール部のキャプテンを務めてたんだ。それに敵を出し抜くことには慣れてる。しかし連中のあの驚きようと言ったら、裏稼業もクソもあったもんじゃなかったな。あんな間抜け面、これから先拝めるかも怪しいくらいだったぜ」

 感心したように呟く箒に対して茂はやはり笑って答える。茂は強敵『デルザー軍団』には『超電子ダイナモ』を埋め込まれるまでは、敵の内部対立を利用して上手く立ち回ることで危地を切り抜けていた。その過程でパートナーの『電波人間タックル』、岬ユリ子を喪ってしまったが。
 もし敵が構わず突っ込んできていたり、逆に冷静に見極めたりしていたら確実に失敗に終わっていたと茂は自覚している。どちらも出来ないと踏んだからこそこの作戦を実行したのだが。

「やはり、城さんは強いですね。私なんかより、ずっと」

 得意げな茂を見ていた箒は茂に対して、というより自分自身に対して言うように呟く。

「篠ノ之さん、そんなことは……」
「分かってます」

 箒の呟きを否定しようとする茂を箒は遮る。

「こんなことを言うのは駄目だとも、城さんだってこんな事聞きたくないってことも、分かってます。けど、私は城さんや滝捜査官みたいに強くなりたいって思うんです。力を使えなくとも、使わなくとも諦めないで戦い抜けるお二人みたいな強さが」
「それに比べて、私は弱くて、脆いです。自分より剣道が強かった一夏に嫉妬して、一夏と同じく専用機を持った他の皆に嫉妬して、自分にも専用機があったなら、なんていつも考えたりもして。努力も、工夫も、何よりそれでも専用機が無いなら無いなりに足掻いて、食らい付いていこうなんて気概すら無くて。だから私は嫌っていた筈の姉に『紅椿』をねだり、得ました。努力の結果でも、工夫の成果でもない、ただ姉から与えられただけの力です。私は調子に乗って、一夏を危険な目に遭わせて、他の皆を逆に見下して、一人で意気がって。正直、力に溺れていました。だから、あの『モッピー』の言葉が嫌という程思い当たって、あんなことを口走ってしまって。だから、分かっていても城や滝捜査官を羨ましく思うことがあります。正直に言えば、今も思っています」
「私は、やっぱり私が好きになれません。一夏につい当たってしまう私も、皆に嫉妬して、見下していた私も、他の人をただ羨んでしまう私も、何よりそんな私を大切にしてくれている人が沢山いて、恵まれていて、それでもどこか自分を嫌っている弱い私が、弱いと思っている私が、一番嫌いです。すいません、城さん。貴方にこんなことを話してしまって。こんなことだから、私はいつまで経っても、弱いんですよね」
「篠ノ之さん……」

 茂には箒の言葉を黙って聞くより他に無かった。このままでは悪循環だ。本人もそれを分かっていても、もう止められないだろう。それでは箒本人にとっても、周囲にとっても悲し過ぎる。故に茂は箒に何か言おうとする。

「だったら、今すぐ死ねばいいじゃない」
「この声は!? まさか!?」

 割り込むように天音の声が上から降ってくる。茂と箒が気付いた直後に、黒いISを装着した篠ノ之三姉妹が茂と箒の前に降下してくる。三姉妹が装着しているISに茂も箒も見覚えがある。前に茂と箒が交戦した亡国機業のISだ。若干細部が異なる気もするが、近い系統の機体だ。天音は身構えている二人に構わず、箒に言葉を発する。

「そうすればあなたは悩まなくて済むし、周りにも迷惑はかからないもの。もっとも、あなたにそんな気概はないでしょうねえ。あなたは弱いもの。そんなことを言えば誰かが慰めて、止めてくれるとか期待しているんだものね。この卑怯者、あなたも篠ノ之の名を持つのなら、少しは恥ってものを知りなさない」
「お前ら、亡国機業の手の者だったのか! 滝さんをどうした!?」
「あら、あなた、まだいたの? おとなしく一人で逃げてれば余計なお荷物まで背負わなくて良かったのに。ま、仮に逃げていても、あなたにも借りが出来たから逃がす気はないけどね」

 即座に茂は箒を庇うように前に立ちはだかり、三姉妹と対峙する。

「篠ノ之さん、ひとまず話は後だ。こいつらを片付けよう。いけるね?」
「はい、亡国機業を野放しには出来ません!」
「その意気だ。行くぜ! エレクトロファイヤー!」

 茂は黒い手袋を外してコイルが巻かれた両手を曝すと地面に当て、三姉妹のISに向けて高圧電流を放つ。高圧電流が地面を伝ってISに当たり、火花が散って三姉妹の視界を一時的に隠すが、やがて視界が戻る。

「そっちの方はともかく、驚いたわ。まさかあなたがあの『マスクドライダー』の一人だったなんてね」

 三姉妹の視界の先には専用機である『紅椿』を装着した箒と、赤いカブトムシに似た改造人間、『電気人間』の姿へと変わった茂がいた。

**********

 『紅椿』を装着した箒と『電気人間』の姿となった茂は、黒いISを装着した天音・地慧・人美の三姉妹とめいめい交戦を開始する。

「行くぜ! 電チョップ!」

 茂は高圧電流を纏った手刀を天音に放つ。天音は近接ブレードで受け止めるが近接ブレードが一方的に弾かれ、流される高圧電流でシールドエネルギーが削られる。

「流石に、やるわね!」
「まだ安心するのは早いぜ? 電ショック!」

 茂は天音に貫手を放ち、打撃と共に電流を流し込んで追撃すると、怒濤のラッシュで天音に回避や防御すら許さずに押し込んでいく。一方で箒は空中に飛び上がって地慧と人美の二人を相手にしている。

「やらせるか!」

 箒は手に持った日本刀型の武器『空裂』を振るう。刃からエネルギー刃を発射して二人を牽制すると、流れるように『雨月』に持ち替えて地慧に突撃する。

「この! たかが小娘一人に!」

 地慧は長巻に似た長めの近接ブレードを持ち箒に応戦するが、『紅椿』の機動性と『雨月』から放たれるレーザーにより一方的に押しまくられる。

「調子に、乗るな!」

 今度は姉の劣勢に苛立った人美が槍を持ち箒へと突撃していく。しかし箒は身を開いて回避し、返す『雨月』で人美に一撃をくれてやる。箒が一瞬視線を地上に向けると、茂が天音相手に優勢に戦っている。

(これなら……!)

「これなら勝てる、とでも思っているのかしら?」
「何!?」

 しかし天音はスラスターを逆噴射して茂から距離を取り、箒の内心を見透かしたように指摘する。図星とも言える一言を聞いて一瞬動揺した箒を見るや、地慧と人美も一旦離れて天音の横に並び立つ。

「あなたの悪い癖ね。あなた自身の力ではないのに。私たちと戦えているのは『マスクドライダー』と、ISの性能のお陰だと言うのに、やはりあなたは自分自身の力と勘違いしている。あなた自身は何一つ貢献していないと言うのに。だからあなたはいつまで経っても力に溺れて、弱いままなのよ」
「ぐっ……!」
「篠ノ之さん! こいつらの言うことに耳を貸すな! こいつらは君を動揺させようとしているだけだ!」
「あら、私は事実を指摘しまでよ? だからあなたが『マスクドライダー』さえいなくなってしまえばいかに弱く、脆い存在であるかをこれから私たちが証明してあげるわ!」
「好き勝手言いやがって! そんな大口叩いてると後で痛い目みるぜ!?」
「それはこちらの台詞よ、『マスクドライダー』。今まで散々暴れてきたようだけど私たちは違う。ISが本気を出せばあなたに勝ち目など無いことを教えてあげる。あなたのデータはすでに解析済みなのだから」
「後で吠え面かいても知らないぜ? 食らえ! 電キック!」

 茂は飛び上がり、空中で前方宙返りをしながら電気エネルギーを集中させる。そのまま全身を赤熱させて飛び蹴りを天音に向けて放つ。

「言ったでしょ? あなたのデータは解析済みだと。地慧!」

 しかし天音は余裕の表情を浮かべたままだ。すかさず地慧が天音の前に出ると、パッケージらしき四枚の分厚い実体シールドとエネルギーシールドが地慧の前面に展開される。

「それがどうした!」

 構わず茂は地慧に対して蹴り込み、電気エネルギーを流し込む。

「それはこちらの台詞よ?『マスクドライダー』」
「何だ!?」

 しかし地慧はダメージを受けた様子が無い。そもそも電流が地慧にまで到達していない。逆に強い衝撃と共に茂は蹴りを弾き飛ばされ、空中で大きく体勢を崩す。着地する前に天音は渾身の斬撃を、人美は必殺の突きを浴びせる。茂はどちらもまともに食らうも咄嗟に蹴りを入れて反撃し、空中で身を捻って無事に着地する。

「城さん!?」
「これで分かったでしょう? ISが本気を出せばあなたに勝ち目など無い、と」
「あなたのさっきの蹴り、確か『電キック』とか言っていたわね。それが高圧電流を流しながら蹴りを放つ技だとも解析済みよ」
「このパッケージ、『イージス改』にかかればこの通りよ。つまり今の私たちにとって『電キック』などカス、なのよ」
「チィッ、電気技を弾いたくらいでナマ言いやがって。そんな大口叩いたこと、後悔させてやるぜ!」

 三姉妹が嘲るように茂と箒に言い放つ。しかし茂は諦めず、不敵な態度を崩さない。

「それにな、電気技が効かないなら、効かせてやるまでよ!」

 今度は『イージス改』の展開を解除している最中の地慧へと挑みかかる。シールドの展開を解除し終えた直後に茂は地慧を抱え上げると滝壺へと放り投げ、着水したと見るや水辺に手を置く。

「これならどうだ!」
「甘いわね! 人美!」

 しかし茂が放った電撃は人美が呼び出したパッケージから発射され、近くの浅瀬に突き刺さった無数の金属製の杭に流れ込んで地慧には届かない。避雷針と同じ原理だ。

「万事休す、ね」

 人美はスラスターを駆使して空中を飛び回り、杭を茂に向けて連射し続ける。

「チィッ! ちょこまかと!」

 空を飛べない茂は杭が邪魔なこともあって人美に対しては有効打がなく、時折電撃を放射して反撃するものの事実上人美に足止めされる形となる。それでも茂は跳躍して人美を掴んで地面に引き摺り降ろし、蹴りの連打やパンチのラッシュで攻め立てる。しかし人美は茂と真っ向から戦おうともせず、槍のリーチを生かして茂から距離を取ると、再び空中に舞い上がって杭を連射する。その繰り返しだ。

「そんな。城さんの……」
「よそ見は禁物よ!」

 呆然と見ていた箒に今度は天音がまともに一太刀入れる。箒が体勢を立て直す前に天音は立て続けに白刃を振るって猛攻を加え、一方的に攻め立てる。

「これで分かったでしょう? 『マスクドライダー』が最早頼りにならないと。そしてこんな状況になっても『マスクドライダー』に頼って、逆に助けようともしなかったあなた自身の弱さも」
「な、何を!?」
「だって、そうでしょう? あなたはいつでも『マスクドライダー』を助ける機会はあったのに、ましてやあなたにはその第4世代機という姉にねだって手に入れた、汚いけれど圧倒的な力があるのに、あなたは彼を助けようとしなかった。当然よね。あなたは臆病で、卑屈で、汚くて、恥知らずで、弱い卑怯者だもの。『マスクドライダー』に頼り、姉に頼り、他の誰かに頼り、専用機に頼り、あなた自身は何一つしないで今まで戦い抜いてきたんだものね。そうすればあなた自身は苦しい思いも、辛い思いもしなくていいし、負けたら他の誰かの、専用機のせいに出来る。そのクセ勝ったら自分の力と勘違いして調子に乗る。そんな弱いあなたに、あなた自身に何も出来る筈がないもの」
「現にあなたはその専用機を使っていながらこうして私に圧倒されている。分かったでしょう? これがあなた自身の本当の強さなの。その専用機にも、篠ノ之流の継承にも相応しくない、弱く愚かな卑怯者なの。ほら、早く言い訳を考えなさい? 次は何の、誰のせいにするの? あなたに剣術、戦う術を叩き込んでくれた父親の篠ノ之柳韻? 今もあなたなんかのために、愚痴一つ言わずに戦っているマスクドライダー? 愛する妹のために丹精込めて専用機を作ってくれた姉の篠ノ之束? 性能では私たちのよりずっと上の第4世代機であるその専用機? ほら、いつもみたいに……言い訳してみなさいよ!」

 そこに長巻を持った地慧まで加わり、最早いたぶるように攻め立てる。しかし箒は答えない。答えられない。ましてや単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を発動させることなど、出来よう筈も無かった。単一仕様能力『絢爛舞踏』が発動出来ない『紅椿』の燃費は最悪だ。やがてシールドエネルギーが削り切られ、『絶対防御』を発動させながら地面に落下し、専用機もそのまま待機形態に戻る。箒には立ち上がる気力すらも無い。

「他愛もない。貴女にその専用機は不釣り合い過ぎるわ。でも相応しくない貴女の代わりに、私たちが有効活用して上げるから安心して。地獄に落ちなさい! 人美!」

 茂を攻撃していた人美がターンして箒に杭を連射する。

「がはっ!?」

 しかし杭は当たる前に何かが箒の目の前に立ちはだかり、杭を全て受ける。

「大丈夫かい? 篠ノ之さん……」
「城さん!?」

 茂だった。茂が箒の盾となっていた。その肉体の至る所を杭が突き刺さり、貫通し、大量の血を流し、元々赤いその身体をさらに血で赤く染めながらも、茂は膝すらつかずに立ちはだかっている。

「駄目じゃないか、連中の言うことなんか聞いちゃ。お陰で身体が勝手に動いちまった……」
「喋らないで下さい、城さん!」
「なに、心配ご無用。こんなヘボっちい杭なんぞでくたばるほど、ヤワじゃねえさ……」

 喋る度にクラッシャーから血を吐き出しながら、茂はいつもの調子で箒に語りかける。

「けど今のあなたには、抵抗する力も残ってないでしょう?」

 天音は嘲笑するとパッケージを呼び出し茂の全身をワイヤーで縛り上げる。

「ヘッ、食らえ……電タッチ……」
「無駄よ、そんなもの効かないわ!」

 茂は残った力を振り絞りワイヤーごしに電流を流すが、天音は気にせず上昇する。拘束した茂を何回も引き摺り、地面に叩きつけた後で滝壺へと叩き込む。続けて地慧と人美が天音の背後に立つと、ケーブルらしきものが三人を接続する。

「あなた、確か電気人間だったわねえ。だったら私たちがたっぷりと高圧電流をご馳走してあげるわ。そうすればあなたの発電機関も反応して一杯発電してくれるでしょうねえ。ついでに一つ良いことを教えてあげるわ。その杭は一定以上の高圧電流が流れると爆発するの。流される電流が大きければ大きい程盛大に、ね」

 すると茂に三姉妹から高圧電流が流される。直後に茂の体に突き刺さった杭が反応して、巨大な水柱が立つ程の大爆発が起こる。爆風が消えると、茂の姿はそこに無い。

「城、さん……」
「あらあら、遂に頼みの綱のマスクドライダーさんが木っ端微塵になっちゃったわねえ。あなたが弱いから、あなたのせいでああなったのよ? これでもう言い訳のしようがないでしょう? それじゃ、次は貴女よ? 今まで散々こけにしてくれちゃって……楽に殺すと思わないでよ!」

 放心状態の箒の近くに降り立った天音は箒から待機形態の『紅椿』を取り上げると、思い切り箒を張り飛ばす。箒は受け身すら取れずに為す術なく吹っ飛ばされる。それでも箒は呆然としたままだ。

「抵抗しようとする気力もないか。当然よね、あなたは今まで他人に縋って生きてきたんだもの。縋る他人がいなければ生きていくことも、生きている価値もないものね。さて、次はどう……」
「箒!」

 ゆっくりと箒を嘲笑しながら歩み寄る天音だが、横からの射撃と電磁ナイフが妨害して乱入者が天音の前に立ち塞がる。和也だ。和也は箒に向き直ると声を張り上げる。

「しっかりしろ! 茂は!?」

 箒は和也の問いかけに答えない。ただ茫然自失の状態で、地面に倒れ伏しているだけだ。だが、何があったか推測するには十分過ぎた。

「クソっ! てめらが茂を! この野郎!」
「無駄よ」

 和也は怒りの咆哮を上げて天音に挑みかかるが、近接ブレードの柄頭で思い切り殴られた挙げ句、近くの木へと投げつけられて叩きつけられる。

「がっ!?」

 衝撃をまともに受けた和也は意識を闇に手放す。箒はそれでも無反応のままだ。

「どいつもこいつも手間かけさせてくれちゃって。どんなに意気がろうとも所詮はISに乗れない男。こうなることは分かっていたというのに。マスクドライダーも同じね。特にあの男はその典型ね。弱いクセに意気がって、強がり言って。だからあんな無様な死に方をしたのよ。ああも弱いと笑えてくるわ。今までこちら側がやられていたのも全ては油断があったから。だってあいつ、同情したくなるくらい弱いじゃない」

 今まで無反応だった箒の身体がそれを聞いてピクリと動く。

「あの男もあの男よ。生身でISも使えないクセに、どうしようもなく弱いクセに意気がって飛び出して。あんな情けない姿を曝している。本当に男って馬鹿で、弱いのね。弱いなら弱いで分を弁えていればこんなことには……」
「……黙れ」

 今まで沈黙していた箒が立ち上がり、冷たく言い放つ。表情は伺えないが、怒りに身体が震えているのが見て取れる。

「お前たちが私のことを何と言おうが構わない。だが城さんや滝捜査官を侮辱することだけは、許さない」
「あら? 私は事実を言ったまでよ? 弱いからあんな無様な死に方を……」
「黙れ!」

 箒は天音を睨み付けて一喝する。あまりの剣幕に天音が思わずたじろぐ。箒は近くに置いてある『紅暁』を抜き放ち、構えて続ける。

「言わせない……弱いなどとは、絶対に言わせない!」
「なら、どうするのかしら?」
「篠ノ之箒、参る!」

 天音の質問には答えずに箒は刀を構え、何の迷いも躊躇いもなく踏み込んで斬りかかる。鋭い剛剣に思わず体勢を崩す天音だが、すぐに持ち直す。

「調子に、乗らないで!」

 天音は近接ブレードであっさり刀を防ぐと、当て身で箒を大きく弾き飛ばす。

「これで少しは……!」
「そんなものか、お前の強さとやらは。城さんや滝捜査官は……こんなものではないぞ!」

 しかし箒は即座に立ち上がり言い捨てると、再び天音に斬りかかる。再び挑みかるを見て天音だけでなく地慧と人美も加わり、箒を放り投げ、弾き飛ばし、叩き伏せ、吹き飛ばして一方的に嬲り続ける。箒は何度も怯まずに立ち上がり、三人に挑みかかる。やがて三姉妹の表情にも箒に対する恐れの色が浮かび始める。

「あんたは何なのよ!? 弱いクセに、ISもないクセに何でそんなに立ち上がって戦おうとするのよ!?」

 天音が思い切り箒を蹴りで吹き飛ばして罵るように叫ぶ。流石にダメージを受け過ぎたのか箒の足元は覚束ない。服は一部破け、擦り傷や切り傷が至る所に出来ている。しかし箒は尚も立ち上がろうとする。

「確かに私は弱いさ。だから一夏に当たって、皆に嫉妬して、姉にねだって、滝捜査官や城さんに迷惑をかけて……私は、お前たとの言う通り、弱い。だが私には一夏がいる。心配してくれている皆がいる。身体を張ってくれた滝捜査官や立花さん、城さんがいる。だから私は……その人たちのためにも生き残らなければならない。そして、負けられない! 私はお前たちにだけは、絶対負けてはならないんだ!」

 そこまで言って限界が来たのか箒は地面に膝をつく。天音たちは黙って箒の言葉を聞いていたが、やがて嘲笑するように言い放つ。

「ご高説どうも。けどそれもここで終わりよ? だってあなたはもうここで……死ぬんだから!」

 天音は近接ブレードを持ってトドメを刺そうと、ゆっくりと現実を見せつけるように箒に歩み寄るが、途中で聞こえてくる奇妙な音に立ち止まり、周囲を見渡す。

「口笛!? 一体どこから!?」

 口笛の音だ。女四人しかいない筈のこの場から、明らかに違う誰かが吹いている口笛の音が聞こえてくる。

「ええい! ままよ!」

 天音は気を取り直して箒に近接ブレードを振り下ろそうとする。

「何!?」

 だが割り込んできた男に真剣白刃取りされる。両腕にはコイルが巻かれている。腕から電流が流れると同時に天音は大きく蹴り飛ばされる。男は箒に向き直る。

「大丈夫、かい?」
「城さん!?」

 箒の目の前には、全身が血で真っ赤に染まり、至る所に傷がありながら笑顔を浮かべて右手を差し出す茂がいる。

「貴様! なせだ!? なぜ生きている!?」
「言っただろ、あんなヘボっちい杭なんかじゃくたばらねえってな。裏の人間なら、死体の確認くらいしやがれってんだ、マヌケが……」

 驚愕する篠ノ之三姉妹を嘲るように言って後は一切無視すると、茂は箒に語りかける。

「そんな幽霊が出たって言いたげな目で見ないでくれよ、箒さん……こう見えて意外と繊細なんだぜ?」

 目の前で起きた事態に唖然としている箒に構わず、茂はいつものように続ける。

「おっと失敬、こんな手じゃ握った瞬間に黒焦げだな……俺も結構なマヌケらしい。それとも呼び方かい? いやさ、篠ノ之さんじゃ色々とややこしいからよ……俺も茂でいい。正直、そっちの方がしっくりくるしさ……」
「そうじゃ……」
「なあ、箒さん……強くなりたいって、思ったことないか?」

 箒を遮るように茂が口を開く。

「俺は、あるね。いや、今も、いつも、いつまでも、もっと強くなりたいと思っている。だから、五郎と馬鹿やって、いつも喧嘩してきた。だから、ユリ子と一緒にブラックサタンと戦って、意地張って、喧嘩して、平和な世界を見たいって……頑張ってきた。そして、五郎がブラックサタンに殺されたら、改造人間になって、ユリ子がデルザーから俺を守って死んだら、『超電子ダイナモ』を自分から埋め込んでもらって、力を得てきた……そうさ、俺は君が思っているよりずっと、弱いんだ。弱いから五郎を死なせ、ユリ子を死なせ、誰かから与えられた力で戦い抜いてきた、卑怯者なんだ」
「でも、いや、だからこそ俺は……もっと強くなりたいんだ。五郎の分も、ユリ子の分も、もっと強くなって、死んでいった二人に見せてやれなかった平和な世界を……強くなりたいって思う理由は、個人的で、未練タラタラな、周りから見りゃクソ下らない理由さ。けど、約束したんだよ、あいつらと。平和な世界にして見せられるくらいに……強くなってみせるってな」
「だから君と一緒に、戦わせちゃくれないか……?」
「城……茂……さん……」

 箒は沈黙するが、やがて再び口を開く。

「もう一度、お聞きします。どうして私に、そうまでしてくれるんですか?」
「そんなこと……いや、多分知ってるな」

「君は沼田五郎や岬ユリ子、そして誰よりこの俺、城茂に似ているんだ。俺がそう思ったから、なのかもしれないな」
「……ありがとうございます、茂さん」

 箒は茂に言うと、刀を杖代わりにして立ち上がる。

「私でよければ、一緒に戦って、いえ、戦わせて下さい!」
「ありがとう……箒さん」

 茂と箒は顔を見合せて笑い合う。

「ふん! 強がりを! そんなことを言った所で……」
「さっきからごちゃごちゃうるせえぞ! 三下共!」

 天音が何か言おうとした所を、一変して茂が荒々しい口調で遮る。

「お前ら、人様が気絶していた間に彼女を散々可愛がってくれたみてえじゃねえか。なにが弱いだ! 笑わせんじゃねえ! 三人で寄ってたかって苛めるしか能のねえ、それも亡国機業に媚売って力手に入れたお前らの方がよっぽど弱い卑怯者じゃねえか! そんな間抜けの雑魚共にこれ以上やらせてたまるかってんだよ! そういうわけだから、覚悟しろよ悪党共! おっと、安心しな、殺しはしねえよ。てめえらには殺す価値もねえからな。だが二度と変な考えが起こせなくなるくらい、徹底的にお仕置きしてやるからよ!」
「つ、強がりを! そんなボロボロの身体で! そんなISの無い足手まといがいて 一体何が出来るって言うのよ!?」
「そうかな? 油断大敵、ってな!」

 天音が茂に叫んだ瞬間、何者かが待機形態の『紅椿』をひったくり、箒へと投げ渡して茂の横へと立つ。

「どうだい? 俺の『インターセプト』はよ?」
「普通はパスプレーの時しかないんですけどね。でもお見事です、滝さん」

 和也だ。意識を取り戻したらしい。

「何よ! あなたたちは一体何なのよ!?」

 最早悲鳴に近い天音の叫びに対して茂、箒、和也は不敵に笑って答える。

「さてな!」
「そんなこと!」
「俺が知るか!」

 茂は両腕を右斜め上へと突き出し、円を描くようにして左斜め上まで持っていく。箒や和也が前に見た、『電気人間』に変わるためのスイッチを入れる動作だ。

「変身……ストロンガー(STRONGER)!」

 両手を擦り合わせると茂の身体にスパークが走り、その肉体を赤いカブトムシを模した改造人間、『電気人間』へと姿を変える。同時に箒もISを展開して装甲を全身に纏う。構わずに三姉妹は茂に挑みかかる。

「天が呼ぶ!」

 しかし天音は茂に蹴り飛ばされる。

「地が呼ぶ!」

 地慧は茂に殴り飛ばされる。

「人が呼ぶ!」

 人美は茂に投げ飛ばされる。

「悪を倒せと俺を呼ぶ!」

 苦し紛れに放った杭は茂と箒に全て叩き落とされる。

「聞け、悪人共! 俺は正義の戦士! 仮面ライダーストロンガー!」

 名乗り終えると花弁に多くの想いを託され、戦場に気高く、美しく咲く一輪の紅い椿……『紅椿』を装着した篠ノ之箒と、その身に正義と魂と二人の生きた証を背負い、闇を燦然と切り裂き悪を苛烈に撃ち据える一筋の赤い雷光……7番目の仮面ライダー『仮面ライダーストロンガー』は目の前の悪を倒すべく並んで挑みかかった。

**********

 仮面ライダーストロンガーは真っ先に天音と地慧に両足で飛び蹴りを見舞う。

「ダブルキック!」

 開脚蹴りを受けてたたらを踏んだ二人に、仮面ライダーストロンガーは連続回し蹴りを入れて追撃する。

「調子に乗って!」

 地慧はとっさに『イージス改』を展開して天音の前に出る。

「これであなたは手も足も出せないわね!」
「ヘッ! 上等! 確認ついでだ、お望み通りにしてやるぜ! 電パンチ!」

 仮面ライダーストロンガーは不敵に笑ってみせると、電撃を纏った右ストレートを放つ。すると最初と同じように『イージス改』に防がれる。

「無駄よ! 少しは学習しなさい!」
「まだまだ! ウルトラパンチ!」

 嘲る地慧にも不敵な態度を崩さず、仮面ライダーストロンガーは空中で回転し、勢いを乗せたパンチを再び放つ。

「スクリューキック!」

 さらに仮面ライダーストロンガーは飛び上がり、空中で月面宙返りをした後に飛び蹴りを放つ。

「反転キック!」

 蹴りの反動で仮面ライダーストロンガーは空中に舞い上がると、身を翻して両足を揃えもう一撃加える。一ヶ所に攻撃を集中させたことで、実体シールドの表面部分が一部欠損する。

「これで締めだ! ストロンガー電キック!」

 最後に仮面ライダーストロンガーが電気エネルギーを集中させながら飛び蹴りを放つと、今度は『イージス改』が嫌な音と火花を飛び散らしながら大破する。驚愕しながらもやむを得ず地慧はパッケージを排除する。

「そんな馬鹿な!?」
「ケッ、何が電キックなどカスだな、だよ。エネルギーシールドのタネは知らねえが、実体部分はただシールドの表面に絶縁体張りつけてただけじゃねえか。それじゃ、たっぷりとお返ししてやるぜ!」

 仮面ライダーストロンガーはハイキックを皮切りに、地慧に左右のコンビネーションパンチや蹴りの乱打など怒濤の猛攻をかけ、地慧を防戦一方に追い込む。一方、箒は人美を相手に攻勢に出ている。

「この! リーチならば槍のこちらの方が有利な筈なのに!?」

 人美は槍を使い『雨月』を持った箒を突くが、あっさり箒に捌かれて逆に斬撃を浴びせられる。『槍止め』は剣術の中で最も難しいとされることだ。余程の技量差が無いとまず出来ない。しかも箒は『雨月』のレーザーを先程から一切使っていない。つまり純粋な剣技で人美を攻め立てているのだ。

「分からないか? そんなことを言っている時点で、槍の優位に胡坐をかいていた時点で、お前は私より弱いということだ!」

 箒は焦る人美に冷たく言い放つと箒は渾身の斬撃を浴びせ、地上へと叩き落とす。

「少しは言ってくれるじゃない! けど私を忘れていたわね!」 

 しかし天音が不意打ち気味に一撃入れ、『雨月』を叩き落とすと箒に『空裂』を呼び出させる間もなく一気に攻勢に出る。

「武器が無ければ、第4世代機といえども手も足も出ないわね!」
「浅はか、だな」

 しかし箒は『絢爛舞踏』を発動させると同時に肩部『展開装甲』を切り離し、交差させる形で斬撃を受け止めさせる。その隙に箒は踏み込んで掌底、手刀、裏拳、足刀、膝蹴りを天音に叩き込み、脚部展開装甲からエネルギー刃を発生させながら回し蹴りを放つ。締めで払い腰で仰向けにすると踏みつけてスラスターを噴かし、一瞬で地面に叩き付ける。箒により地面に踏みつけられる形となった天音は箒を罵倒する。

「この卑怯者! そうやって勝った気でいられるのも今の内よ! あなたが勝っているつもりでいられるのは機体の性能差があってこそなんだから!」
「卑怯? ありがとう、最高の誉め言葉だ。お前の言う通り武術とはどんなに言い繕っても所詮は人殺しの手段。より相手を効率よく、確実に無力化すること、つまり相手に卑怯と言わしめるくらい抵抗させずにやるのが武術の要諦だ。それに武術とは体格で劣る弱者が、体格に優れる強者に勝つ為に戦場で生み出されたもの。弱い者が武器や地形、状況すら利用して勝利する為に生み出したものだ。だから、弱い私はこの『紅椿』を最大限利用させて貰った。お前はそんな基本中の基本すら分からずに今まで剣を振るってきたのか? 秘伝書を欲してきたのか? 篠ノ之流、いや武術を嗜む者としてはあまりに未熟だな」
「ぐっ……!」

 どこまでも冷淡に続ける箒に天音は言葉に詰まる。

「まあ、私も先程まで気付けなかったのだがな……それはそうと、さきほどまでの威勢はどうした? 臆して声も出せないか?」
「調子に乗るな! 篠ノ之箒!」

 しかし体勢を立て直した人美が槍を持って突っ込んでいく。

「そうは、させるかよ!」

 だが『雨月』を両手で持った滝和也が思い切り横合いから人美に斬り付け、妨害する。

「男の分際で!」

 人美は苛立ちを隠そうともせず槍の柄で和也を叩き伏せて蹴り転がす。

「滝捜査官!?」
「ふん! 当然よ! こんな薄汚い小娘、しかもテロリストもどきの妹なんか庇い立てして生身で挑むから……!」
「うるせえ……!」

 しかし和也は立ち上がり、再び人美に挑みかかる。

「なにが薄汚いだ! 篠ノ之箒の過去も何も知らないくせに、言ってんじゃねえ!」

 和也は箒が数々のテロまがいの事件に関与している疑いのある篠ノ之束の妹だと知っているし、その過去もどんなものであったかも大体は予想がついている。勿論、どれだけ長い間家族と引き離されて孤独の中にいたのかも。和也は人美へと再び突っ込んでいくが、人美はまたも和也を弾き飛ばす。

「無駄なことを!」
「そうとも限らないぜ……茂!」

 和也は声を張り上げながら『雨月』を上へと放り投げる。

「ナイスパスです! 滝さん!」

 地慧を蹴散らし、すでに人美の上空に飛び上がっていた仮面ライダーストロンガーが空中で『雨月』をキャッチし、大上段で構えて落下の勢いを乗せながら振り下ろす。

「箒さん!」
「はい!」

 同時に『空裂』を呼び出した箒が人美へと突っ込んでいく。

「こいつで!」
「どうだ!」

 仮面ライダーストロンガーは上から唐竹割りを、箒は横からエネルギー刃と共に斬撃を同時に放ち、人美を大きく後退させる。

「くっ!ならば!」
「おっと!そうはいくかよ!」

 人美はパッケージを呼び出すが、仮面ライダーストロンガーは人美を掴むと高圧電流を流し込み始める。

「無駄よ! このパッケージには絶縁素材が使われているわ! そんなもの、効かない!」
「へいへいご丁寧にどうも、な!」

 しかし人美を掴んだまま仮面ライダーストロンガーは高々と飛び上がり、電流を流し込み続ける。人美は仮面ライダーストロンガーを振り落とそうとスラスターを噴かすが、仮面ライダーストロンガーは放さずに電流を流し込む。

「あなた、一体何のつもりかしら?」
「分からねえか? なら楽しい理科のお勉強の始まりだ。電気抵抗って知っているか? 電気がどれだけ流れ易いかを……」
「私を馬鹿にしているのかしら?」
「なんだ知ってんのか。だったらよ、その電気抵抗が無茶苦茶大きい絶縁体に、長時間高圧電流が流れ続けたら、一体その電気エネルギーはどこにいっちまうんだろうな?」
「さっきから何を……!?」

 次の瞬間、バックパックとメインスラスターが嫌な音を立てて破損し、推力が失われて落下を開始する。

「な、何がどうなって……!?」
「『ジュール熱』って、知っているか? 抵抗がでかけりゃでかいほど、流し込んだ電流が大きけりゃ大きいほど、その物体は熱くなるんだ。仮に電気は通らなくとも、熱々のパッケージから熱がダイレクトに内側から伝わりゃ、精密機械のIS、特にエネルギーが溜まっているスラスター部分は無事じゃすまねえだろうな」
「最初からそれが狙いで!?」
「今さら気付いてももう遅い!」

 自由落下しながら仮面ライダーストロンガーは人美を抱えると、逆さにして頭から地面へと叩きつける。

「反転ブリーカー!」

 その一撃で人美のISは『絶対防御』を発動させ、沈黙を余儀なくされる。 
 箒もまた仮面ライダーストロンガーにより追い詰められていた地慧を、受け取った『雨月』と『空裂』の二刀流、更には『展開装甲』や蹴りを織り交ぜて徹底的に攻め立てる。地慧は長巻に似た近接ブレードでひたすら防御するだけだ。

「どうした? 縮こまっていては勝てないぞ?」
「ちっ! 調子に乗って!」

 途中で箒の太刀筋に乱れが出てくる。あれだけ攻め続けていたのだ。疲れが出てきたのだろう。

「その乱れが命取りよ!」

 すかさず地慧は反撃に打って出る。近接ブレードを突き出し、箒に一撃くれようとする。

「引っかかったな! 愚か者が!」

 だが箒は『雨月』で絡め取るようにして地慧の手から近接ブレードを弾き飛ばすと、『雨月』と『空裂』を駆使してレーザーとエネルギー刃を放ち、地慧を二刀で滅多斬りにする。

「誘いだったの!?」

 最早防御すらままならずに斬撃の嵐を受け続けた地慧も、『絶対防御』が発動させると同時に地面に倒れ伏す。

「人美!? 地慧!?」
「後は、お前だけだ!」

 動揺する天音に仮面ライダーストロンガーと箒が同時に挑みかかる。天音はパッケージを呼び出してワイヤーを箒に発射するが、箒は刀を駆使してワイヤーを全て切断する。

「ならば、これなら!」

 続けて天音は人美のそれと同じパッケージを呼び出して杭を乱射する。

「なにも他のパッケージが使えない訳じゃないわ! 連携の都合で使わなかっただけ!」

 強気の態度を崩さずに言いながら杭を発射していた天音だが、仮面ライダーストロンガーは不敵に言い放つ。

「なんの、鉄さえ含んでりゃこっちのもんさ……電気マグネット!」

 仮面ライダーストロンガーは自らの身体を電磁石として杭を引き寄せ、その隙に箒が『雨月』で一撃を加えてパッケージを破壊する。

「くっ! この屈辱は必ず……!」

 天音は歯噛みしながらも『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使い、二人から逃げようとする。

「逃がすか! 茂さん!」
「任せろ!」

 だが仮面ライダーストロンガーも箒も天音を逃がす気など毛頭ない。

「チャージアップ!」

 仮面ライダーストロンガーは体内に埋め込まれた超電子ダイナモを起動させる。そして1分間の時間制限を代償に通常の100倍のパワーを発揮可能な、銀の角にプロテクターに銀色のラインが入った『超電子人間』の姿へ変わる。仮面ライダーストロンガーは一瞬で跳躍して大きく飛び上がり、天音の上を取る。

「ならば……!」

 天音は逃げられないと判断するや『イージス改』を呼び出して前面に展開する。だが、仮面ライダーストロンガーは超電子ダイナモから溢れ出る力を右足に込め、真っ向から飛び蹴りを放つ。

「超電!」

 一撃目の蹴りで四枚のエネルギーシールドを消し飛ばし、実体シールドを大きくへこませる。

「三段!」

 二撃目の蹴りで残る実体シールドを完全に破壊し尽くし、完全に無防備となった天音の姿が曝される。同時に天音はハイパーセンサーで箒が両肩の展開装甲を変形させ、すでに『何か』の発射体勢に入っていることを悟るが、もう遅い。

「貫けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「キィィィィィィィック!1」

 箒が『穿千』から放った一撃必殺の閃光と、仮面ライダーストロンガーが超電子の力を込めて放った三段目の蹴撃は、見事最後の敵に命中して撃墜へと追いやる。

「亡国機業! 俺を倒したきゃミサイル、IS、何でも持ってこい! 何をどんだけ持ってこようと一つ残らずぶっ壊して、全部ぶっ潰してやるからよ!」
「茂さん、いくらなんでも元気になり過ぎです」
「……とても重傷を負ってる身とは思えねえな」

 その後仮面ライダーストロンガーが放電しながら元気に気勢を上げ続けているのを見て、和也と箒が呆れ果てていたのはまた別の話である。

**********

 夕暮れ空の下、一台のバイクが走っている。

「悪いね、箒さん。寄り道に付き合わせちゃってさ」
「いえ、私も寄り道していましたし、私もあそこには行きたいと思っていましたから」

 バイクに乗っているのは茂と箒だ。
 茂と箒は別の仮面ライダーを迎えに行く和也と別れ、篠ノ之神社に戻り宝物を奉納した後、茂の寄りたい『ある場所』に向かってバイクを走らせている。途中で拝見した秘伝書の中身が白紙だと気付いたりもしたが、二人には関係のない話だ。バイクが停まり、茂が降りる。箒も花束を二つ持ってバイクを降り、木々の間にある道を歩き出す。花束の一つは『百日草』。その花言葉は『不在の友を思う』、『友への思い』。そしてもう一つの花束は百合の花だ。

(百合の花言葉は……いや、そんなこと、私も茂さんも知るわけがないか)

 歩き続けた二人は森を抜け、開けた場所に出る。その先の海に面してやや突き出た岬のような場所に、二つの墓はあった。

『沼田五郎之墓』
『岬ユリ子之墓』

 とだけ墓碑に記された墓だ。茂は箒から花束を受け取ると、百日草を沼田五郎の墓に、百合の花を岬ユリ子の墓に供えて手を合わせる。箒も同じように墓の前で手を合わせる。やがて茂は口を開く。

「五郎、ユリ子、また来たぜ。と言っても、今回はしばらく来れない、って報告みたいなもんだけどよ。俺は新しい悪の組織をぶっ潰して、平和な世界を……お前たちには見せられなかった平和な世界を見せてやんなくちゃいけない。それが約束、だからな。だからそれまで俺はここには来れねえ。けど約束する。俺は必ず戻ってくる。俺は五郎やユリ子の分も強くなって、平和な世界をこの娘たちやお前たちに見せるまで、俺は絶対に負けねえ。だから……行ってくるぜ、五郎、ユリ子」

 二人へ静かに告げると茂は立ち上がり、踵を返して歩き始める。箒も墓に一礼して茂に続けて歩き出す。
 ふと箒が一度墓を振り返ると、墓の前に一人の男と、一人の女が立っている。どちらも箒には見覚えがなかったが、誰だかは直角的に分かった。

(沼田五郎さんに……岬ユリ子さん!)

「茂さん!」

 慌てて箒が茂を呼び止める。しかし茂は立ち止まるが、振り返らない。

「俺も、ヤキが回ったな」

 誰に言うでもなく呟くと箒、それに沼田五郎と岬ユリ子に応えるように手を上げる。そして再び振り返りもせずに歩き始める。再び箒が墓の方へと振り返ると、誰もいない。まるで最初から誰もそこにはいなかったかのように。

(あれは、幻だったのだろうか……?)

 答えは箒にも分からない。だが茂もまた沼田五郎と岬ユリ子の存在に気付いていたような気がした。その場に立ち尽くしていた箒だが、改めて沼田五郎と岬ユリ子の墓に深く頭を下げて一礼する。すぐに箒もまた茂の後に続いて、同じく振り向くこともなく歩き始めた。



[32627] 第四話 蒼海の銀騎士(オーシャンズ・カイゾーグ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:01
 一隻の連絡船が海に囲まれた島へ向けて進んでいく。やがて連絡船は港へと到着し、桟橋に繋留されるとタラップから乗客たちが次々と下船していく。
 ここは太平洋上の日本領海内にある、本土から遠く離れた『美山島』。所謂寒流である『親潮(千島海流)』と暖流である『黒潮(日本海流)』とがぶつかる『潮目』と呼ばれる箇所に位置している。この島には世界有数の海洋総合研究所として知られる『オルコット海洋研究所』が立地している。
 この島は船の難所として知られ、当初は誰も住み着かない無人島であった。しかしイギリスの名門貴族『オルコット家』当主で海洋学者のジョナサン・オルコット、その友人で共同研究者の神啓太郎が島に目を付け、海洋観測所を設けたのが『オルコット海洋研究所』の始まりである。ジョナサンは観測所を次第に拡張していき、今では世界有数の規模を持ち、数多くの優秀な海洋学者を輩出したことで知られている。ジョナサンは晩年まで所長を務めており、大学の長期休業など暇さえあれば別荘に滞在しつつ研究所に通っていた。
 ジョナサン死後は、ジョナサン門下随一の俊英との誉れ高い娘婿のジョージ・オルコット……もっとも、今でも学会関係者には旧姓のシラーの方が通りがいい……が所長を務めていた。しかし妻のリサ共々列車事故で亡くなり、現在ではジョージとリサの弟弟子であるリチャード・バーナードが所長を務めている。
 島を訪れるのは海洋学者と相場が決まっている。島には『オルコット海洋研究所』と研究員宿舎以外には何も無い。先ほど船から降りてきた一団も皆海洋学者や研究所職員なのだが、今回は二人程例外がいる。
 一人はラフなジャケット姿の日本人らしき男だ。いい加減で不真面目そうな雰囲気を醸し出しており、まともな海洋学者には見えない。もう一人は長い金髪に青い瞳の少女だ。街行く者が皆振り返りそうな魅力的な容姿をしているが、ジャケット姿の男以上にこの島では異様だ。はっきり言って年齢等を考えれば海洋学者と思う人間は男よりずっと少ないだろう。船から降りて桟橋を歩きながら、ジャケット姿の男が一緒に降りてきた金髪の少女に話しかける。

「それじゃ、敬介に合流する前に研究所の方に顔を出しとかないとな。セシリア嬢」
「ええ、滝捜査官。敬介さんが調査を終えるまでまだ時間もありますし」

 少女ことセシリア・オルコットは男もとい滝和也に答えてみせる。
 セシリアはイギリスの名門貴族『オルコット家』の現当主だ。ジョージとリサの娘であり、母国イギリスの国家代表候補生として専用機『ブルー・ティアーズ』を与えられた専用機持ちでもある。現在はIS学園の生徒であり、着ているのもIS学園の1年生用制服だ。一方の和也はFBIから出向してきたインターポール捜査官である。一見するとこの二人、何の接点も無いように見えるのだが、『セシリア・オルコット暗殺未遂事件』の際、和也が別件捜査の名目でセシリア暗殺を阻止すべくパーティーの会場となった『メルクリウス号』に乗り込んだことで知り合った。ちなみにセシリアは自分をエスコートしていた担任の織斑千冬と和也の関係を誤解し、とんでもない妄想を展開し、今も誤解したままなのだが、和也にはあまり関係のない話である。
 和也とセシリアは本郷猛の頼みを受け、セシリアの両親の友人で暗殺未遂事件の際、セシリアの命を救った恩人で父親代わりでもある神敬介を迎えるために島へやって来た。敬介はフリーの海洋学者で、世界中の海を股にかけて海洋調査を行い、それに関する論文を執筆する傍ら、各地の海洋研究所や大学等に頼まれて海洋調査を代行する等の手伝いをしている。敬介はオルコット海洋研究所の依頼で洋調査を行っており、今日で一旦区切りを付けて明日に和也やセシリアと共にこの島から発つことになっている。その分今回の調査はいつもより長くなるらしく、夜までかかるらしい。
 和也とセシリアは研究所へと並んで歩いていく。やがて和也とセシリアが正面ゲート前に到着すると、警備員に身分証を提示し、研究所内部へと案内されていった。

**********

 『美山島』の北端に位置する岬の上には、木造二階建てのジョナサン・オルコットの別荘が立っている。ジョナサン没後はジョージ・オルコットがジョナサンの遺品整理をしながら生活していた。しかし遺品整理の目処がつきリサ・オルコットに報告するためにイギリスに戻った後、つまりジョージがリサと共に列車事故で亡くなってからは誰も住んでいなかった。だが最近はジョージ、リサ夫妻の友人である海洋学者が寝泊りしている。その男は潮位観測所から紙束が沢山入った段ボールを持って別荘へと向かう。

「ジョージ、なにが大体目処が着いた、だよ。未発見の資料や論文、未整理のデータがまだこんなに沢山あるじゃないか」

 男はドアを開けて別荘に入ると書斎に向かい、机の近くに段ボールを置く。男の名は神敬介。父の神啓太郎も敬介同様海洋学者であり、ジョナサンとは共同研究者であり友人同士であった。
 敬介がオルコット海洋研究所を訪れたのは海洋調査もあるが、ジョージが生前行っていたジョナサンの遺品整理を引き継ぎ、ジョージ自身の遺品も整理するためである。

「とはいえ、ジョナサン先生の未発表論文だけでも莫大な量だったし、ジョージがなかなかイギリスに帰れない訳だ」

 敬介は溜め息を付きながら、潮位観測所に残されていた未整理の観測データが記録された紙束を机の上に乗せる。
 当初は割と軽い気持ちで、すぐ終わるだろうと思っていた整理をしていた敬介だが、整理を始めてからは認識を改めるしか無かった。別荘の中だけでも多数の未発表論文や未整理のデータが残されていた上、近くの潮位観測所にあった観測データは全くの手付かずの状態だ。ジョージはジョナサンの私的な遺品は整理し終えたが、海洋学者としてのジョナサンの遺品、つまり論文やデータは整理しきれていなかったようだ。
 生前に会った時、敬介に遺品が多過ぎて中々一緒に過ごせずに今では別居に近い状態が続いていると、二人してぼやいていたがそれも納得だ。加えてジョージの遺品も少なからずあるので、整理には結構時間がかかりそうである。
 紙束の紐をとき、データを整理していた敬介だが、机に立てかけられている三つの写真立てに目がいく。

「これは若い頃のジョナサン先生と、親父か」

 一つ目は若かかりし頃のジョナサンと、敬介の父である神啓太郎が並んで肩を組んで映っている写真だ。啓太郎はジョナサンと共に観測や研究に勤しんでいたが、友人である緑川弘により教員として城北大学に招かれ後にしたと聞いている。ジョナサンの話では、啓太郎は昔から頑固で融通が利かなかったらしい。反面不器用ながら勇敢な性格で、一度遭難しかけたジョナサンを命懸けで助けたこともあったと聞く。敬介がジョナサンと知遇を得たのは学会で会い、敬介の姓が気になったジョナサンが尋ねたことがきっかけだ。
 敬介はジョナサンの下に滞在していた時期があり、ジョナサンの教え子であったジョージとリサと出会って意気投合した。その頃に撮られた、ジョージやリサを含めたジョナサンの教え子たちとジョナサン、そして敬介が写った集合写真が二つ目の写真立てに飾られている。他の二つと違い、三つ目の写真立てはジョナサンの遺品ではなくジョージの遺品に分類されるものだ。

「ジョージ、リサ、そしてセシリア、か」

 敬介は三つ目の写真立てを手に取り、写真を眺めながら呟く。
 そこに写っているのはジョージとリサ、そして一人娘の幼きセシリアだ。敬介はジョージやリサから話は聞いていたが、セシリアとはオルコット財団設立20周年パーティーに招待されるまで会ったことは無かった。会った当初のセシリアは先代当主で、オルコット家に繁栄をもたらしたリサを尊敬していたが、押しが弱く、女の身でオルコット家当主となった妻を気遣い、人前では卑屈に振る舞っていたジョージを侮蔑し、疎んじていた。だが亡国機業の陰謀に巻き込まれ、敬介がセシリアを庇ったことがきっかけとなり、セシリアは父親の本当の姿に気付くことが出来た。だから敬介はジョージとリサの友人として、そしてセシリアの父親代わりとして彼女を見守っていくことを決めた。セシリアとは定期的に連絡を取っており、今はこの島に滞在していることと、ジョナサンとジョージの遺品整理も行っていることは教えている。

「似ているな、どちらにも」

 写真を見ながら敬介はポツリと呟く。
 セシリアは確かにジョージとリサの血を引いていると実感するくらい、二人によく似ている。見た目は全体的にリサによく似ているが、目元だけはジョージにそっくりだ。中身も一見プライドが高く大人びているようで子どもっぽく、情に篤いのはリサの若い頃そのままだし、普段はその素振りも見せないが、裏では必死に努力する努力家というのはジョージと同じだ。ただジョージの料理下手に加え、リサの豪快さまで変に受け継いだのには閉口したが。それにリサの思い込みの激しさとジョージの早とちりも受け継いだらしく、和也と千冬を見て妄想を繰り広げていた気がする。実際は敬介もまた妄想に登場していたのだが、敬介は知る由もない。
 敬介は自身を迎えに来たセシリアと和也と合流し、明日島を発つ手筈になっている。先輩の風見志郎と結城丈二からは既に連絡を受けているが、志郎や丈二の勧めもあり海洋調査と遺品整理に一定の目処を付けてから向かうことにした。海洋調査の方は今日の分を終わらせれば良いので、遺品整理の方もセシリアにジョージの遺品を選別してもらって区切りとする。

「そろそろ時間だな。今回の調査ポイントなら研究所からよりここから直接向かった方がずっと早そうだ」

 一通りデータに目を通し時計を見ると、そろそろオルコット海洋研究所から頼まれていた調査の開始予定時刻に近い。そこで紙束を一旦閉じてペンを置くと敬介は立ち上がり、今回の調査ポイントへ向かう準備を始めた。

*********

 オルコット海洋研究所の所長室。ソファーに腰掛けながらセシリアと和也、それに所長のリチャード・バーナードがテーブルを挟む形で対面し、話をしている。

「今回はご協力ありがとうございます、バーナード博士」
「いえ、お気にならないで下さい、オルコット理事長。我々の方でもインターポールやIS学園、それに神敬介博士本人から大体の事情は聞いておりますから」

 丁寧に頭を下げるセシリアに対してリチャードは首を振る。
 セシリアが理事長を務める『オルコット財団』は、ジョナサンの遺言で学問振興を目的に設立された財団だ。ジョナサンの経歴から特に海洋学関連の支援に力を入れている。オルコット海洋研究所もオルコット財団からの支援を受けている。加えてリチャードもジョナサンの弟子でジョージ、リサとは互いに面識がある。当然二人の娘のセシリアともすでに何度か会っている。
 和也とセシリアは研究所に顔を出してリチャードに挨拶を済ませた後は、敬介が研究所に戻ってくるまで所長室で待つことになっている。敬介はジョナサンの別荘から直接今回の調査ポイントへ向かった、とリチャードから聞いている。ふと和也が窓から見える海を見て、誰に言うとでもなく呟く。

「ただ、敬介がここまで重宝されているなんて、正直少し驚いたぜ」
「敬介さん、『カイゾーグ』の力は、海洋学の分野でこそ真価を発揮しているんですよ? それが目的で設計されたのだから当然なのですが」

 オルコット財団の理事長であるセシリアは、深海開発用改造人間『カイゾーグ』については知っていたし、啓太郎が生前書いていた『カイゾーグ』に関する論文から、スペックについてもある程度は知っていた。ただ『カイゾーグ』が敬介であることや改造に到るまでの経緯、『仮面ライダー』としてISにも劣らぬ戦闘能力を持っていることまでは敬介に会うまで知らなかったが。

「特にこの島近海の海底は他の探査方法では調べようがないので、敬介さんに任せるしかありませんから」
「詳しいんだな、セシリア嬢」
「これでもわたくしはオルコット財団理事長ですので。と、申しましても、知識はほぼ全てバーナード博士や敬介さんからの受け売りですけど」

 セシリアの言っていることは事実だ。この島近海は昔から船の難所として知られるほど複雑な潮の流れが存在し、近代に入り蒸気機関などの動力船が導入されるまで、まともに島へ上陸することすら出来なかった。さらに親潮と黒潮が合流し、海底の地形が少々複雑なこともあり、激しい上昇海流が発生している。なので有人・無人問わず探査船を下ろすことが出来ない。その上海底はかなり深くなっている箇所が多い上、海水の温度差がかなり大きいためにソナーやレーダーでも海底までは探査出来ない。そこで深海開発用改造人間『カイゾーグ』の出番である。
 『カイゾーグ』は人間サイズでありながら1万m級の深海でも活動でき、最新鋭の潜水艦とほぼ同じ機能が搭載されている。特に脚部に搭載された推進装置『エア・ジェット』は無類の推進力を発揮する。それこそ海流に容易く逆らえる程の、だ。そのためオルコット海洋研究所では敬介に依頼し、海底探査を代行して貰っていた。敬介自身の海に関する知識や経験も豊富なお陰で、海底の地形が詳細に分かるようになったそうだ。そして今回の調査でほぼマッピングは完了するとのことだ。誇らしげに語るセシリアに和也が続けて質問する。

「そこら辺は沖一也、スーパー1と一緒だな。沖一也で思い出したんだが、元々ISってのは宇宙開発の為に作られたんだよな?だったら海底探査とかにもISを応用出来ないのか? 宇宙飛行士も訓練は水中で行うくらいだから、宇宙と水中ってのは結構通じる所があるんだろうし。最近じゃ原点に立ち返って宇宙開発を念頭に置いたIS、なんてのも作られてるって聞いてるしな」

 元々ISは惑星開発用改造人間『スーパー1』に代わり、次世代の宇宙開発を担う高性能多目的宇宙服『マルチフォーム・スーツ』として開発された。現に最初のIS『白騎士』は宇宙開発をを前提に設計・開発され、『白騎士事件』直前に戦闘用にかなり大規模に改修される前は、『国際宇宙開発研究所』の協力で月面基地にて運用テストを行っていたと聞いている。
 『白騎士事件』後は兵器としての有用性を認められ、軍事もしくは競技用として研究・開発が進められている。しかし一也を始めとする国際宇宙開発研究所の働きかけもあり、各国の承認を経た上で篠ノ之束から特別にコアを提供され、宇宙開発を前提としたISの設計・開発が行われていると聞く。現在では試作第1号が完成し、もう運用テストが行われるという段階にまで到達しているとも和也は耳にしている。和也の質問はそれらを踏まえてのものだ。今度はリチャードが笑いながら和也に答える。

「実は滝捜査官がされたような質問は、他の方からもよくされるんです。私も同じように思ったことがありますし、実際この研究所が中心となって海底探査用のISを開発する計画があったのですが、結局中止になってしまって」
「やはりコアの問題で?」
「それもありますが、最大の理由は技術的制約ですね。こればかりは実際に経験して貰った方が良いでしょう。試しにあそこに置いてあるミルク缶を持ってみて下さい」

 リチャードは所長室の隅に置かれているミルク缶を和也に示す。和也は怪訝そうな表情を浮かべながらもソファーから立ち上がる。ミルク缶の前まで歩み寄ると持ち上げようと把手に手を掛ける。

「結構重っ!?」

 ミルク缶の意外な重さに驚く和也だがどうにか持ち直し、持ち上げた後床に降ろす。一連の流れを見たリチャードは言葉を続ける。

「大気もそうですが、海水にも重さがあるんですよ? 水からの圧力、『水圧』と言った方が分かり易いですかね。仮にISが海に潜ると、この水圧が周囲から継続的に押し寄せてくるんです。勿論ISにはシールドバリアがありますけど、この水圧は深く潜れば潜る程より大きくなっていくんです。ある程度の深さまでいくと、シールドエネルギーにも影響が出るくらいの水圧が、IS全体へとかかってくるんです。当然、深く潜れば潜る程大きく。シールドエネルギーが有限である以上、自前の生命維持機能や耐圧殻を持つか、気軽にシールドエネルギーを補給可能な手段が無ければ、浅水域での潜航はともかく海底探査を行うには潜れる時間が短過ぎて、あまり実用的ではありませんから」
「なるほど、世の中そう上手くはいかないってか。ありがとうございました」

 和也はリチャードに礼を述べ、再びソファーに腰掛ける。

「私も一度敬介さんに同じことをお尋ねしたら、バーナード所長と同じ答えが返ってきましたわ。上手くはいかないからこそロマンがあって、ロマンがあるからこそ祖父や父、敬介さんが海洋学者の道を選んだのでしょうね」

 海は地球上にありながらまだまだ未開拓で、謎が多いことで知られている。だからこそ多くの男たちがロマンを求めて海に惹かれ、潜っていくのではないかとセシリアは考えている。同時に遺産を守るために必死に努力していたセシリアは、そんな夢を持ち続け、今もまた追い求めている敬介が羨ましいと少しだけ感じている。

(駄目ね、そんなことを考えては)

 しかしセシリアはすぐに考えを打ち消す。敬介が夢を追い掛けていられるのも本人のたゆまぬ努力があったからだ。多くの悲しみや苦しみを味わい、多大な犠牲を払ってようやく手に入れた平和なのだ。セシリアは視線を移し、所長室の窓から見える海を眺める。
 間もなく、西日が水平線の下へと沈もうとしていた。

**********

 日が沈んで月明かりが海面を照らす中、『カイゾーグ』の姿をした敬介が島の近海を潜航している。

(驚いたな。地形が複雑なだけじゃなく、『メタンハイドレート』の露出鉱床まであるとは)

 海底に露出している『メタンハイドレート』の塊を見て、敬介は内心呟く。メタンハイドレートとは、メタンを中心に周囲に水分子が囲む形で氷のような結晶となった物質で、石油や天然ガスなどに代わる新たな燃料として注目されている。メタンハイドレートは大抵海底の地下にあるのだが、たまに海底に露出した状態で発見されることもある。今回もまさにそれだ。メタンハイドレートが存在するのはそれなりに深い海底なので、光は殆ど入ってこない。海中は非常に暗いのだが、敬介には特に問題無い。元々1万mの深海で行動することを前提に設計されている。感覚器官も強化されているのだ。
 行く手を阻むように流れる海流をエア・ジェットや専用マシン『クルーザー』を駆使して突破し、敬介は海底をマッピングしながら調査を進めている。高低差が激しい上、速い海流により削られたのか岩がいびつな形になっている。海底かすり鉢状になって海流が流れ込むことで、強烈な上方向への海流が流れている箇所がいくつもある。中々骨が折れる仕事ではあったが、やりがいややりごたえこそ感じているが、辛いなどと思ったことは一度もない。もう少し潜航してマッピングを済ませれば海底探査は終了だ。

(研究所に戻ったら、セシリアと滝さんに謝っておかないとな)

 敬介は待ちぼうけを食らっているであろうセシリアと和也を思い浮かべて呟く。二人とも忙しいのに自分の我が儘に付き合わせてしまったのだから。敬介はエア・ジェットを噴射しながら海底を進んでいく。やがてマッピングを完了し、海面まで上昇しようとした矢先、オルコット海洋研究所から緊急通信が入る。

『神博士! 至急研究所まで帰還して下さい! 現在研究所が何者かによる襲撃を受けているんです!』
『何ですって!?』

 通信の主は所長のリチャード・バーナード博士だ。声の調子からしてかなり切迫した状況であるようだ。

『分かりました! 直ちにそちらに向かいます! バーナード所長は所員の方たちと共に安全な場所へ退避を!』

 大急ぎでリチャードに答えると、敬介は深海から上昇を開始しつつクルーザーを呼び出す。
 月が美山島とその近海を仄かに照らし出す空の下、島近海の海上で4つの影が飛び回る。
 影の1つはセシリアが装着した第3世代機『ブルー・ティアーズ』、残る3つは黒いマネキンのような無人ISだ。セシリアは敵から距離を取りつつ、右手に持ったレーザーライフル『スターライトmkⅢ』を無人ISへ撃つ。3機はシールドユニットを展開して防ぎ、左腕からビームを放ちつつ肘から先が大型ブレードとなった右腕を閃かせ、セシリアへと突撃していく。

「くっ! ここでやられる訳には参りませんわ!」

 警告音を聞きながらもセシリアは3機のブレードをギリギリの間合いで回避する。すぐにレーザーライフルで敵を牽制して距離を取ると、対応策を練るべく頭をフル回転させる。
 夜になった後も和也と一緒に紅茶を飲みながら、敬介が研究所に戻ってくるのを待っていたが、突如として無人ISが出現した為セシリアが迎撃に出た。リチャードや他の職員は和也の誘導で全員退避が完了している。そして無人IS3機との戦闘を開始したセシリアだが、かなりの苦戦を強いられている。敵には絶対防御を無視して操縦者に直接ダメージを与える機能が付いている。
 おかげで『ブルー・ティアーズ』最大の武器、機体名の元となった攻撃端末『ブルー・ティアーズ』は事実上使えない。『ブルー・ティアーズ』の操作には他の武器の使用は勿論、まともな戦闘機動が出来ないくらいの集中力を要する。それをフォローする味方がいない状況で使うなど自殺行為だ。なんとか持ち堪えられているのは、一重にセシリアの才能と努力、経験があってこそだ。しかしセシリアの不利を見越してか、無人ISはシールドユニットを展開しながら愚直なまでに突撃を仕掛けてくる。

「ならば、これなら!」

 セシリアは再びレーザーライフルを発射する。シールドユニットで防げると見たのか先頭の無人ISは、放たれるビームに構わずひたすら突っ込んでくる。

「背中がお留守でしてよ!」

 しかし正面に展開されたシールドユニットに当たる直前、いきなりビームがねじ曲がり、一瞬で先頭の無人ISを背後から撃ち抜いて爆散させる。『ブルー・ティアーズ』に搭載されたBT兵器は、最大稼働時にビームの軌道を『偏向射撃(フレキシブル)』で自由自在に操ることが出来る。これも『サイレント・ゼフィルス』との死闘をきっかけに会得した、セシリアの才能と努力と経験の賜物だ。
 だが続く無人ISがブレードを振るい攻撃してくるのを辛うじて身体をひねって回避し、大きく姿勢が崩れる。もう1機がビームの砲口が付いた左腕を向ける。『絶対防御』すら正面きってぶち破りかねないビーム砲だ。今では回避もままならない。将棋で言うところの詰み、だ。セシリアが思わず目をつぶると、無人ISからビームが放たれる。しかしセシリアにビームが放たれる直前に『何か』が割って入り、ビームを防ぎ切る。その『何か』は回転しながらさらに上昇する。セシリアには『何か』に見覚えがあった。

「ライドル!?」

 『カイゾーグ』の腰部に収納されている多目的ツール『ライドル』だ。長さからして長大な棒状の『ロングポール』に変形させた状態だろう。ライドルが丁度セシリアの盾となり、タイミング良くビームを防いだのだ。さらにライドルが飛んできた海の中から、ライドルを追うように何かが飛び出してくる。

「あれは、敬介さん!?」

 銀色の騎士、『カイゾーグ』の姿になった敬介だ。敬介は脚部のエア・ジェットやクルーザーを蹴った反動を利用し、ライドルを追う形で高々と飛び上がると無人ISの上を取る。敬介は空中で回転を止めたライドルを掴み、スイッチを操作して『ライドルスティック』へと変形させる。ライドルスティックで大車輪を決めて加速を付け、『X』の字を体勢になりエネルギーを集約させると前方宙返りをする。回避できないと判断したのか、無人ISはシールドユニットを展開して防御することを選択する。構わずに敬介は集約されたエネルギーを足に集中させ、必殺の蹴撃を無人ISに放つ。

「X必殺キック!」

 かつてセシリアが見た『Xキック』とほぼ同じ動作ながら、倍以上の威力を持った飛び蹴りはシールドユニットを正面から突破し、無人ISの胴体を上下に寸断して爆散させる。しかし残る1機が右腕の大型ブレードを構えてスラスターを噴かし、敬介へと突撃していく。

「そう簡単に! ライドルホイップ!」

 敬介は再びライドルのスイッチを操作し、ライドルはレイピアに似た『ライドルホイップ』へと変形させ、無人ISと斬り結んで鍔迫り合いへと持ち込む。無人ISは鍔迫り合いを脱すると敬介に体当たりをかまし、自身共々敬介を島の地面まで叩き付け、盛大に土煙が上がる。

「敬介さん!?」

 敬介と無人ISが落下した地点まで近付くセシリアだが、その直後に土煙が一気に吹き飛ばされ、同時に何かが地面を走る。敬介と無人ISだ。敬介が無人ISに組みつき、車輪のように回転しながら無人ISの頭部を何度も地面に叩きつけている。無人ISのスラスターは破損し、後部の装甲がひしゃげている。

「真空……地獄車ぁぁぁ!」

 何度も叩きつけて敵に十分なダメージを与えると、敬介は無人ISを上へと思い切り放り投げる。自身もまた無人IS目がけて飛び上がる。

「Xキック!」

 上空で無人ISに追い付くと飛び蹴りを無人ISへと炸裂させ、無人ISの五体は無惨に弾け飛ぶ。蹴りを放ち終えた敬介は無事に地面へと着地する。セシリアも敬介の目の前に着陸する。『ブルー・ティアーズ』を待機状態へと戻し、微笑みながら声をかける。

「ありがとうございます、敬介さん。危ない所を助けて頂いて」

 すると敬介もまた『カイゾーグ』の顔面部分から『パーフェクター』が外れ、『レッドアイザー』が半分ずつ取れて素顔が曝される。最後にスーツも解除されることで敬介は『カイゾーグ』の姿から人間の姿へと戻る。

「気にしなくていいさ。セシリアこそ無事で良かった」

 敬介もまたセシリアに爽やかな、しかしどこか穏やかで優しげな笑みを浮かべるのであった。



[32627] 第五話 父の想いは波の中
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:02
 無人ISがオルコット海洋研究所付近に出現した翌朝。ジョナサン・オルコットの別荘の中では一人の男と一人の少女が作業している。

「敬介さん! この段ボール箱はいかがいたしますか?」
「段ボールは潮位観測所のデータだから後回しで! それよりセシリア、ちょっと来てくれないか? 少し君に確かめてほしいものがあるんだ」

 作業をしているのは敬介とセシリアだ。再会してしばらくは再会と互いの無事を喜び合っていた二人だが、その場は一旦引き上げた。今朝方敬介が寝泊まりしているジョナサン・オルコットの別荘にセシリアが改めて訪問し、遺品整理に取りかかっている。流石に全てを整理するなど不可能だ。そこで殆んど手が付けられていないセシリアの父、ジョージ・オルコットの遺品を優先して整理することを決めた。遺品の中でも論文は後回しで、私物を最優先としている。今は別荘の書斎に残されているジョージの遺品を整理している。

「これはジョージの日記か。記事の日付からすると事故の少し前からのヤツだろうな」
「こちらも日記でしょうか? その割には色々ガチャガチャと言いますか」
「そっちは多分、フィールドワークで使っていたノートだね」

 遺品を見て色々と話しながら作業を進めていた二人だが、ふとセシリアは机の上に立てかけられている写真立てに気付き、立ち上がる。

「敬介さん、この写真は?」
「ああ、それか。右のは若い頃のジョナサン先生と神啓太郎、つまり君のお祖父様と俺の親父が、真ん中のは俺や先生、それにジョージとリサが、そして一番左は……」
「私たち家族三人の写真、ですわね」

 敬介の答えを聞くとセシリアは自身が写った写真を手に取り、しばし写真を眺め始める。敬介は黙って見ていたが、やがて一人で再び遺品の整理を開始する。

「ごめんなさい敬介さん。つい手が止まってしまって」
「いいさ。なにせ君の家族写真なんだから」

 我に返り申し訳なさそうに言うセシリアに敬介は笑って答える。

「さて、セシリアも朝早くから作業ばかりで疲れただろ? 少し休憩しよう。ちょっと待っていてくれ、泥水もといコーヒーはともかく、紅茶の方はあまり自信がないけど」
「ありがとうございます、敬介さん。ですが敬介さんの分でしたら私が……」
「いいんだ、気にしなくて。ここでは君の方が客人みたいなものだしさ。それにこの前のコーヒーのお礼だと思ってくれればいいよ」
「ですが敬介さん……」
「……いいんだ」
「分かりました。ではお言葉に甘えさせて頂きますね」

 敬介の一言でセシリアはようやく折れる。内心また『にがり』入りコーヒーを振る舞われるような羽目にならなくて良かった、などと安堵しつつ敬介は立ち上がり、キッチンへと向かっていった。

**********

 朝を迎えたオルコット海洋研究所の所長室。和也は椅子に座って所長のリチャードと話している。

「バーナード所長、無人ISに襲撃されるような理由に何か心当たりはありませんか?」
「いえ、我々は単なる研究機関ですし、特に政治的・軍事的に重要なものは何も。敢えて言うならこの島の近海にあるメタンハイドレート鉱床がそうだと言えますが、それもつい最近の神博士からの報告でこちらも気付けた上に、採掘には技術的課題が多過ぎて到底実用化には……」

 話題となっているのは昨夜襲撃してきた無人ISについてだ。無人ISを誰が送り込んできたかは大体予想がついている。と言うより篠ノ之束しかいない。だが目的が分からない。少なくとも単なる破壊工作が目的、という訳ではなさそうだ。
 もっとも、和也は無人ISによるIS学園襲撃事件と、アメリカ・イスラエル共同開発の第3世代機『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の暴走事件には、ある共通点が存在することに気が付いている。篠ノ之束の実妹とその幼なじみの存在だ。以前から束は『白騎士事件』など多くの事件への関与が疑われており、インターポールも彼女に目を付けている。しかし直接的な行動を取るようになったのは織斑一夏と篠ノ之箒がIS学園に入学した後からだ。
 しかも厄介なことに妹の箒に頼まれた束は、ご丁寧にもコアから新造した第4世代機『紅椿』などという『爆弾』まで製造している。世界各国ではようやく第3世代機が開発されたという状況で、一足飛びに完全な第4世代機だ。当然コアは未登録なので『紅椿』並びに篠ノ之箒の帰属を巡り、今後は身柄を確保しようとする各国の動きが活発化してくるだろう。中には非合法的な手段を取ってくる組織もあるかも知れない。亡国機業に至ってはすでに身柄を狙ってきているが。
 妹や幼なじみ、その友人たちを危険に晒し、あまつさえ妹には彼女自身が力を望んでいたとはいえ、核弾頭級の爆弾を手渡した束について和也は内心思う所がある。仮にも家族、姉ならば敢えて突っぱねることも必要なのではないかと思う。家族のためを思うならなおさらだ。現に箒は束のお陰で余計な苦しみや悩みを抱え込んでしまっている。

(だが今回は少し毛色が違うな。この研究所には織斑一夏も、篠ノ之箒も直接関わっている訳じゃない。敢えて言えばセシリア嬢くらいだが、やはり妙だ)

 しかし今回は事情が違う。何か見落としが無いか、何か意外な発見がないかを確認する。リチャードの方も今回の件に関してはやはり重く見ているのか、研究データを眺めている。ふと和也は机に置かれた書類の一つを無造作に取って中身を見てみる。

「バーナード所長、このデータなんですけど……」
「それですか? それは昨日お話した海底探査用ISに関する実験データですね」
「このデータとか見た限りでは実機も制作されたみたいですが?」
「ええ。実際に国際IS委員会の協力でなんとか試作機が完成し、何度かこの島近海で運用試験を行うところまでいきました。しかしやはり上手く行かなかったのでコアを初期化した上で返却して、それっきりです」

 記載されているのは海底探査用ISの稼働データであるらしい。専門的なことは分からないが、実機が製造されて実験されたことくらいは和也にでも分かる。パラパラと書類を捲っていた和也だが、ふとあるページに目が止まる。和也はリチャードに向き直り、尋ねる。

「あの、このページの記述によると、海底探査用のIS開発には神敬介が協力しているという旨が書かれていますが?」
「ええ。神博士に協力を依頼しました。深海開発用改造人間、つまり『カイゾーグ』の生きた稼働データや経験ばかりは、論文では理解のしようがありませんから」

 和也は何か思い当たる節があったのか、身を乗り出しながらリチャードに尋ねる。

「もしかしてこの研究所に『カイゾーグ』の稼働データは残っていますか!?」
「ええ。電子媒体のものは何個か消去されていますが、紙媒体のものでしたら大体は残っています」
「それだ! バーナード博士、襲撃の理由は恐らく海底探査用IS、それに『カイゾーグ』の生きた稼働データです」

 篠ノ之束の狙い海底探査用IS、さらに言えば『カイゾーグ』のデータだ。
 『カイゾーグ』は学会には存在を認知されてはいるが、『国際宇宙開発研究所』に所属している『スーパー1』と異なり、どの組織にも属していないこともあり、学会以外での認知度は低い。さらにまとまった稼働データがどの組織にも存在していない。海底探査用ISには貴重な『カイゾーグ』の構造や稼働データ、それに敬介のアドバイスなどが参考として盛り込まており、必要な稼働データをまとまった形で測定している。

「しかし、そんなもののためにどうして研究所の襲撃などを?」
「確かに博士たちからしてみれば『そんなもの』なのかも知れませんが、海底探査用ISのように『ある程度の深さを潜航可能なIS』の価値は、博士の想像よりずっと大きいんです。特に軍事的には」

 疑問を差し挟むリチャードに対して和也は首を振り答える。
 ISは究極の機動兵器とされ、「ISを倒せるのはISだけである」という言葉に象徴されるように、既存の兵器を凌駕する『最強』の兵器として君臨している。だが性能面で既存の兵器を凌駕はしていても、取って代わることなど不可能だ。ISはあくまで『最強』であって決して『万能』ではないのだ。
 確かに戦車や戦闘機、軍艦と直接戦えば余裕で勝て、戦闘機の立場を奪ってはいるが、役割まで奪うことは出来ない。人間サイズに毛が生えたような大きさしかないISでは、歩兵に随伴して盾となることは出来ない。大きさや空中給油の手軽さから戦闘機の方が向く任務もある。軍艦に至っては論外だ。これは強さの問題ではなく兵器の特性、運用の問題だ。兵器の中でもISでは今のところ取って代わりようがないものがある。潜水艦だ。
 ISが兵器として運用が開始した後、それ以外との兵器の模擬戦が世界中で数多く行われた。殆どがIS側の圧勝で終わり、大半はIS側被撃墜ゼロとなっているが、逆にIS側が撃墜されたケースが全く無い訳ではない。実は過去に3例だけその事例がある。その内の2例、日米合同演習、中露合同演習でIS側を撃墜したのは他でもない潜水艦だ。ちなみに残る1例である英仏独合同演習では、なんと歩兵により撃墜されたのだが、撃墜した歩兵側が連携すれば怪人すら撃墜可能な対バダン戦闘部隊『SPIRITS』第10分隊元メンバーの3人であることや戦術の未熟さ、操縦者達の油断、IS側の連携や指揮系統に混乱や乱れがあったこと、ISの優位が大きく削がれる市街戦に持ち込まれたこと、歩兵側のゲリラ戦術で長丁場となり、撃墜される直前にはシールドエネルギーが切れるギリギリ手前であったことなど、あまりにイレギュラーな要素が多過ぎて普通はカウントされない。
 勿論残る2例も他兵種との連携やIS側の操縦者の練度の低さ、ISに対潜兵器が搭載されていなかったことなどの装備面・技術面での問題、登場したばかりでまだ運用方法や戦術が確立していなかったこと、連携の拙さなど多くの要因が絡み合っている。だが、やはり潜水艦のみが既存兵器の中で唯一ISを撃墜せしめたという事実は大きい。潜水艦がISを撃墜出来た理由はその隠密性にある。
 ISが『究極の機動兵器』ならば潜水艦は『究極のステルス兵器』とされている。その評価はIS登場後も覆っていない。潜航した潜水艦の探知には現在も大きな困難が伴う。水上でも水中でも目視では捉えられない。ソナーやレーダーが登場した後も、潜水艦自体の静粛性や電子戦能力向上に伴って発見はまだまだ困難だ。現代でも平時から敵潜水艦の『音紋』を採取し、世界各地の海洋調査により海面下の自然状況を常に把握し、『空飛ぶコンピュータ』とも言われる哨戒機を二十四時間体制で飛ばしているくらいだ。
 一方でIS側の潜水艦探知能力はお世辞にも高いとは言えない。ISは宇宙開発用に開発され、広大な宇宙空間で行動することを前提にしている。索敵能力自体は兵器の中でもトップクラスなのだが、機能の多くは特に視覚の補正に偏っている。宇宙では大気による光の偏向がないため、視力が良ければ良い程より遠くまで見える。加えて音などを伝達する手段が無いので、ハイパーセンサーは宇宙で最も必要とされる視覚の補正を重視している。レーダーやソナーも一通り搭載しているが、潜航した潜水艦を捉えられるものではない。
 無論潜水艦単独では撃墜までは至らなかっただろうが、2例共にIS側が潜水艦を発見出来ずに手間取っている間に他の兵器により足止めされ、急浮上してきた潜水艦を直前まで探知出来ずに対空ミサイルの集中攻撃を受けて撃墜される、という流れであった。とはいえ、近年ではIS側も対潜装備の搭載や戦術の確立などもあって潜水艦側に勝ち目など無いに等しい。実際潜水艦側も殆どが浮上後にISにより一方的に撃破されている。故に現在ではISにとって潜水艦はさほど脅威ではない。だが潜水艦の潜航能力を持ったISが登場した場合、話は別だ。下手をすると世界のパワーバランスがひっくり返りかねない。
 ISに対抗出来る兵器はISだけだ。だからこそ各国共に新型開発競争にしのぎを削っている。一方でIS同士で戦闘するという前提ならば、実はISの隠密性はさほど高くはない。ハイパーセンサーや他の手段を使えばいくらでも探知出来るし、衛星による監視も使える。IS同士ならコア・ネットワークで大体の位置は補足できる。仮にステルスモードを使われても迎撃出来る時間は十分にある。
 だが潜水艦同様に潜航された場合、ISのハイパーセンサーでは探知出来ない。かと言って従来の対潜水艦システムもあまり期待出来ない。IS程度の大きさではソナーやレーダーの死角に入り込めるし、魚などと誤認する可能性もある。
 つまり潜水艦と同等の潜航能力を持ったISが潜航して侵攻してきた場合、ステルス・モードを使われると探知するのは困難だ。しかも探知出来ても敵はIS、発見さえ出来ればいくらでも対処のしようがある潜水艦と違い、発見出来ても対処法が殆ど無い。
 この点を各国が見逃すはずがなく、アメリカ・イスラエル共同開発の『銀の福音』には水中潜航能力が試験的に付与されている。イギリスでもISに潜航能力と水中戦能力を持たせるパッケージ『ソードフィッシュ』が試作され、運用試験が行われていた。『銀の福音』暴走事件では、水中に潜航した『銀の福音』を一時見失うという事態も発生している。もし潜水艦と同等の潜航能力を付与出来れば、ISでもどうしようもない。海に面している国はいきなりISが自国領内に現れるかもしれない、という恐怖を味わうことになる。
 そして海底探査用ISは最大潜航深度が海底探査には浅過ぎるというだけで、潜水艦の潜航深度を航行するくらいなら問題無く可能であるらしい。加えて深海1万mで行動可能な深海開発用改造人間『カイゾーグ』のデータまで加われば、潜水艦並の潜航能力を持ったISの完成へと大きく前進するだろう。これらのデータ群には軍事的には十分過ぎるほどの価値がある。

(とはいえ、こういうの狙うとしたら篠ノ之束よりは、亡国機業の連中だろうな)

 亡国機業がデータを狙うのなら和也にも分かる。元々表沙汰には出来ないようなことを色々とやっている連中だ。潜航能力を持ったISが世界で一番欲しいであろう。だからイギリスで評価試験を終えた直後の『ソードフィッシュ』を、同じくイギリスの第3世代機でBT兵器搭載機『サイレント・ゼフィルス』と同時に強奪したのだろう。『銀の福音』を狙ったのも第3世代機だからだけでなく、水中潜航能力にも目を着けたからなのかもしれない。
 亡国機業は欲しいと思えば強奪も辞さない、どこかの音痴なガキ大将みたいな連中だ。海底探査用ISや『カイゾーグ』のデータを強奪しに来てもおかしくない。内心思案していた和也だが、所長室に研究員が入ってきたことで一旦思考を中断する。

「どうしました? 何か問題が起きたんですか? 高野君」
「いえ、この海域に漁船が入ってきましてね。先程こちらから無線を入れて追い返したんですが」
「どうかしたのですか?」
「それが、漁船はこの海域が航行禁止海域に指定されたままだとは気付いてなかったみたいで。何でも無線で禁止解除が通達されたので漁に出たと。勿論違うので事情を話し、お引き取り願ったのですが」
「おかしな話ですね。我々から通達解除の連絡など入れている筈が無いのですが」

 入ってきた高野という研究員の報告を聞き、リチャードは首を傾げる。この海域は昨晩無人ISが襲撃してきた影響で現在は航行禁止海域に指定されている。

(出されていないはずの禁止解除の通達に、漁船。なんか引っ掛かるな)

 和也はリチャードの呟きを聞きながら再び思考を開始する。今回のような事例を和也はいくつか知っている。例えば『銀の福音』暴走事件で封鎖海域内を航行していた『密漁船』だ。密漁船とされた漁船の乗組員に事情を聞いたところ、漁協に封鎖解除の通達が出ていたらしい。勿論IS学園側は封鎖解除の通達など出していない。現場にいた国際IS委員会の渡五郎から後で聞いたところ、漁協に届けられた通達書はかなり精巧に偽造されたものだったらしい。漁船が封鎖海域に侵入したのとほぼ同時に、付近を哨戒していた国防軍の哨戒機が潜水艦らしきものを探知したという情報もインターポールに入っている。
 それに『サイレント・ゼフィルス』及び『ソードフィッシュ』強奪の際にも似たようなことが起こっている。これは単なる偶然なのだろうか。

(何にせよ、敬介に連絡した方が良さそうだな)

 和也はリチャードに敬介に通信を入れる旨を告げて所長室を辞すと、通信機を取り出すのだった。

**********

 間もなく時刻が正午を回る頃。ジョナサン・オルコットの別荘のリビング。敬介とセシリアは遺品整理を一旦中断し、早めの昼食を摂っている。

「ご馳走様でした。けど驚きましたわ。敬介さん、料理もお上手なんですね」
「お粗末様でした。なに、一人暮らしは長かったし、よく海辺で野宿していたからね。それにそんな大したものは作れないしさ」

 セシリアの称賛に笑って首を振りながら敬介は食器を片付ける。先程まで二人が食べていたのは魚介類のパエリアだ。本場のパエリアは山の幸を使う料理だと敬介は知っているが、ここは海に囲まれた島なので釣ってきた魚介類を材料にした。かつてスペインに滞在していた時、ある老漁師から教わった料理でもある。

「けど、おっしゃって頂けたのなら私も手伝いましたのに」
「いいよ、気にしなくて。それより早く遺品の整理も終わらせないと。もうジョージの分も半分くらいは整理し終わった筈だし、残りも早く済ませないと」

 食器の片付けを終えると、敬介はテーブルに置いておいた遺品の目録に目を通す。一応最初に目録だけは取っておいたお陰で、作業の進捗状況が分かるだけ良かったのかもしれない。遺品の中には、

「これって、父が母に宛てて送ったラブレターみたいですね。父がここまで情熱的な人だったなんて」
「リサが保管していたのをジョージが引き取ったって前に言ってたな。ジョージはそんな所があったからし、大切に保管していたリサも結構情熱的な……ん?」
「……きっと父と母はこうして手紙のやり取りだけでなく、海辺で何回も何回も逢瀬を重ね、そして和也お義兄様や千冬お義姉様のように最初は喧嘩をしながら、でも徐々に素直になっていって……ああ羨ましい、私と一夏さんも父と母、それに和也お義兄様と千冬お義姉様のような関係に早く……」
「セシリア? セシリア、聞こえてるかい? ……駄目だ、完全に向こう側にトリップしてるみたいだ」

 ジョージがリサに送り、リサが大切に保管していたものをジョージが引き取ったラブレターの数々や、

「これはジョージの大学時代のレポートか。ちゃんと返却されたのを残しているなんてジョージらしいな。俺も時々添削の手伝いをしたっけ」
「それに字がかなり綺麗ですわ。きっと学生時代から几帳面だったのでしょうね。それでこちらの妙に字が汚いのは?」
「リサのだな。多分そっちはジョナサン先生が残しておいたヤツだと思う。リサは返却されるとすぐ捨てていたからね」
「母はやはり豪快な方でしたのね。私、正直母のようにはなれそうな気がしませんわ……」

 大学時代のレポート、

「これは俺とジョナサン先生、それにジョージとリサとで海洋調査に行った時の航海日誌か。よくこんなもの取っておいたな」
「確かに記録者欄に敬介さんの名前もございますわね。途中から敬介さんと祖父しか書かなくなってきているんですが?」
「ああ、二人共調査に夢中になり過ぎて、順番で航海日誌書いていくってことをすっかり忘れていたらしくてさ。仕方ないから俺とジョナサン先生とで交代で書くことにしたんだ」
「そういう所はやはり似たもの同士でしたのね、父も母も……」

 敬介がジョナサン、ジョージ、リサと海洋調査に出かけた際の航海日誌などが遺されていた。敬介にとっては他愛もない、しかし懐かしい遺品の数々はセシリアにとっては新鮮なものであったらしく、セシリアは作業に没頭している。それを微笑ましく思いながら見ていた敬介だが、ポケットに入れておいた通信機が鳴る。恐らく和也からだろう。

「ごめん、セシリア。少し一人で作業していてくれないか? 滝さんから連絡だ」
「分かりました。これくらいなら私一人でも続けられますわ」

 セシリアに断ると敬介は遺品整理の邪魔にならないように別荘の外へと出る。そして通信に出る。

『取り込み中のところ悪いな、敬介』

「いえ。何かありましたか?」

『いや、何かあったって訳じゃないんだが、少し気になることがあってな。亡国機業の連中についてなんだが』

「『カイゾーグ』の稼働データと海底探査用ISのデータ奪取に動き出さないか、ということですね?」

『なんだ、お前気付いてたのかよ?』

「ええ。先輩方から情報も入ってきていますし、どれだけ軍事的に価値があるものかは俺も理解しているつもりですから」

『だったら話は早いな。今から動けるか? 遺品整理があるならいいんだが。こいつは俺の勘みたいなもんだしな』

「いえ、俺もそろそろ動き出すのではないかと思っていましたし、整理の方はセシリアに任せますから」

『……いいのか? セシリア嬢に言わなくて』

「元をただせば俺が原因みたいなものです。出来れば彼女を巻き込みたくありません。セシリアがリサやジョージの思い出にひたれる貴重な一時を、ふいにはしたくないんです」

『分かった。ならここはお前に任せる。研究所の方は俺がバーナード所長と話して対策はしておくから、お前は連中の動きにだけ対処してくれ』

「お願いします」

 通信を切ると敬介は再び別荘の中へと戻る。

「セシリア、悪いけど暫く一人で作業続けていてくれないか? 少し研究所の方から呼び出されたんだ」
「私は構いませんわ。ただ出来ればお早めに戻ってきて下さいね?」
「ああ、努力はするよ」

(ごめん、セシリア……)

 騙す形になるセシリアに心の中で謝罪しながら敬介は再び別荘を出ると、停めておいたバイクに跨がりエンジンをかけて走り出すのであった。

**********

 『美山島』東部の海岸。切り立った崖が並び険しい地形をしたここに、ウェットスーツを着た9人の女たちがいる。リーダー格らしき女が通信機で話し始める。

「こちら『マーリン1』。予定通りポイントE-1地点に上陸に成功。引き続き、『ポセイドン』並びに『トリトン』のデータ確保に移行する。以上」

 『マーリン1』と言った女は通信を切る。女たちは所属する組織の命を受け、オルコット海洋研究所から『ポセイドン』こと深海開発用改造人間『カイゾーグ』と、『トリトン』こと海底探査用ISの稼働データを奪取するために潜入してきた。近くの港町の漁港に関係者を装い禁止指定解除を通達し、海洋研究所側が対応に終われている内に潜水艇で隠密上陸を決行したのだ。後はデータを入手し、再びここに集合して脱出する手筈になっている。武器は殆ど持ってきていない。だが万が一のためにISは待機形態にして所持している。

「ふん、ちょろいもんさ。と言っても民間の研究所なんだから当たり前か」
「IS学園みたいに余程厳しい所じゃなきゃ、ISも持ち込める分、まだまだ楽さね」
「無駄口を叩くな。気付かれたらどうする? 情報ではインターポール捜査官の滝和也や、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットもこの島に滞在していると聞く。その二人にバレると厄介なことになる」
「特にセシリア・オルコットは『サイレント・ゼフィルス』や『ソードフィッシュ』を奪取された国の代表候補生だからね。私たちが『亡国機業』の一員と知ったら目の敵にしてくるでしょうね。そうなると相手は仮にも代表候補生。専用機を持ち出されると色々と厄介だわ」
「そうね。だからこそセシリア・オルコットがこちらに気付く前に事を終わらせるわよ。そうすれば……」
「そう、上手くいくかな?」

 女達が話している所に、どこかから聞いたことの無い男の声がかけられる。

「誰!?」
「一体どこから!?」
「あそこよ!」

 女たちは騒然とするが、やがて男の姿を見つけると身構える。
 男は崖の陰から出てくると女たちの前に立つ。それに対してリーダー格らしき『マーリン1』が男と対峙して言葉を発する。

「なぜ、私たちがここに上陸すると気付いた?」
「この島の近海は調査済みだ。地形的にもある程度潜水艇で接近可能な水深があって、かつ物陰が多く上陸しても気付かれにくい場所と言ったらここしかないからな」
「流石と言うべきか、『カイゾーグ』……神敬介」

 『マーリン1』が男こと敬介に言うと、他の女たちがどよめき出す。当然だ。データどころか『カイゾーグ』そのものが目の前に現れたのだから。しかし敬介は構わずに続ける。

「目的は、聞く必要もないか。俺や海底探査用ISのデータの奪取が目的だろうからな」
「だが状況は変わった。ここに生きたデータがあるのだからな。おとなしく私たちと一緒に来て貰うぞ、神敬介。嫌なら嫌で良い。力尽くで連れて行くだけだ。仮に死んでも死体を解析すればかなりのデータを得られるだろう」
「ついでにセシリア・オルコットの身柄も確保しておこうかしら? 別に殺してしまっても構わないのだけれども、腐ってもやはり専用機持ちだもの。戦力は多いに越したことはない」
「随分と安い挑発だな。言いたいことはそれだけか?」

 敬介は険しい表情で女たちを睨み付ける。構わずに『マーリン1』は他の女たちに告げる。

「各員、ISを展開。これより作戦を変更して対マスクドライダー戦闘に移行する」
「し、しかし!?」
「言っただろう? ヤツは深海開発用改造人間『カイゾーグ』。組織の邪魔をしてきたマスクドライダーの一人だ。対人火器では歯が立たない。ISでなければ対抗しようがない。もっとも、勝ち筋は十分にあるが……行くぞ!」

 『マーリン1』が合図すると9人の女たちは一斉に黒いISを装着する。前に『メルクリウス号』などで戦った機体と同型だろう。しかし敬介は臆しない。敵がISを装着すると見るやそのまま両腕を腰まで引く。上に突き出した後に『X』の字を描くように開き、左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出す。

「大変身!」

 すると敬介の身体が銀色の『カイゾーグ』のそれへと変わり、顔面に『レッドアイザー』と『パーフェクター』が装着されて仮面を形作る。

「行くぞ、カイゾーグ」
「来い、亡国機業」

 姿が変わった敬介とISを装着した女たちは静かに呟くと、どちらからとなく相手に向かって動き始めた。

**********

 美山島近海の海中で10の影が水中を動き回る。9つは水中戦用パッケージ『ソードフィッシュ』を装備した黒いISだ。その姿は上半身を中心に装甲や追加武装、増槽などが装備されている。頭部にも追加装甲が施された姿はソードフィッシュ、メカジキよりもどことなく海亀に似ている。残る1つは銀色の『カイゾーグ』の姿となった敬介だ。ソードフィッシュを装備した9機のISは手に持った銃器から魚雷を発射するが、敬介は魚雷を振り切ると脚部のエア・ジェットを駆使して接近する。

「Xスクリュードライバー!」

 敬介は錐揉み回転しながら片足で蹴りを繰り出し、9機を蹴散らす。

「この!」

 IS側もスラスターを使って敬介に向き直り攻撃しようとするが、動きは敬介に比べて鈍い。敬介は自分を追尾してきた魚雷をかく乱し、上手く誘導してISへと当てる。

「ライドルホイップ!」

 さらに敬介はベルトに装着された『ライドル』を引き抜き、スイッチを押す。レイピアに似た『ライドルホイップ』を片手に、敵の間を縫うように移動しながらライドルホイップで斬り付けていく。

「ちいっ! この距離では魚雷が使えんか!」

 女たちは歯噛みしながらも近接ブレードを呼び出し、敬介に斬りかかる。だがISの攻撃を自由自在に、海中を舞うように上下左右にひらりと回避し、素早く動き回る敬介を捉えることが出来ない。

「ライドルスティック!」

 敬介はライドルのスイッチを操作し、両端に握りのついた棒状の『ライドルスティック』へと変形させる。そのまま敵が体勢を立て直す暇も与えずにエア・ジェットを駆使して突撃する。

「ライドルアタック!」

 1機に渾身の突きを見舞うと敬介はライドルスティックでその1機を突き、薙ぎ、殴り、攻め立てる。

「これでも食らいなさい!」

 女たちはバックパックから魚雷を乱射して敬介をISから引き離す。敬介は追尾してくる魚雷を引き離し、魚雷の間をくぐり抜け、ライドルスティックで叩き落とす。残る魚雷も全てやり過ごすと再び女たちの所へと突撃する。

「Xジャイロキック!」

 お返しとばかりに敬介は回転し、回し蹴りの要領で周囲のISに纏めて蹴りを入れる。

「やはり数がいても、水中戦では分が悪いか……!」

 リーダー格の女はほぞを噛んで呟く。こちらは追加スラスターなどを使ってどうにか水中を動き回れるだけ、向こうはまるで空でも飛んでいるかのように三次元的な機動で動いている。魚雷を撃つ前に自分の間合いに入り、ブレードを構える前にこちらのリーチから離れる。ISは敬介の機動力の圧倒的優位の前に苦戦を強いられている。

「けどこちらにも対応策はある。いくぞ、皆!」

 リーダー格の女が言うと9機は一斉に魚雷を発射し、敬介の前で炸裂させて視界を塞ぐ。5機が魚雷を乱射して敬介を牽制していく内に残る4機は上昇し、水上に出ると空へ舞い上がる。

「これならどうだ!」

 4機はバックパック部分から対潜ミサイルを発射する。ミサイルは目標付近に到達すると弾頭から魚雷を切り離し、敬介の上から降り注ぐように魚雷が追尾してくる。加えて水中の魚雷も敬介を追い込むように追尾してくると、やむを得ず敬介はライドルを使い防御する。敬介は前後左右と上から魚雷や対潜ミサイルの雨を受け、防戦一方となる。しかし敬介は下へと逃れて魚雷を引き離す。それを5機が水中から追い掛け、空中から4機が追い掛け魚雷の雨を降らせる。だが敬介は巧く躱し、『ソードフィッシュ』では潜航出来ない深度まで潜航する。すかさず急速旋回や急潜航、急浮上、急回頭など素早くを繰り返して魚雷を欺瞞し、やり過ごす。

(まずいな……)

 敬介は内心舌打ちする。この海域は敬介が調査し続けてきた場所だ。海底の地形や水流の向きや速さで、大体今いる場所が島のどの位置に当たるかは分かる。敬介たちはセシリアがいる別荘へと近付いてきている。出来れば引き離したい所だが、対潜ミサイルを撃ってくる敵が邪魔で思うようにいかない。空中での機動力では圧倒的に劣る上、飛び道具の無い敬介は攻め続けられればジリ貧だ。

(なら、こちらのフィールドに戻って貰うまでだ!)

 敬介はISの1機へエア・ジェットを噴射して急接近する。敵はバックパックから魚雷を発射しようとするが、すかさず敬介は上へと動き、敵の背後を取る。

「ライドルロングポール!」

 ライドルのスイッチを操作すると、棒高跳び用のポールに似た長大な棒状の『ロングポール』へと変形させる。そのまま敵の背中へ地面代わりに突き立て、エア・ジェットを併用して一気に空中へと飛び上がる。

「クッ!?」

 空中のISが敬介の接近に気付くと、今度はアサルトライフルを呼び出し攻撃しようとする。

「そうは行くか!」

 しかし敬介はロングポールを振るい、4機まとめて海中へと叩き落とす。同時に海中から対空ミサイルが発射され、敬介に向かってくる。

「魚雷だけではないか!」

 ミサイルを回避出来ない敬介は防御を選択し、ミサイルの嵐に曝される。ライドルで防御して切り抜けると再びライドルのスイッチを操作し、ライドルスティックに戻して再び海中に潜る。そして手近な敵にライドルスティックを思い切り突き立てる。

「エレクトリックパワー!」

 敬介はスイッチを操作し、ライドルスティックから高圧電流を流し込む。その一撃で限界を迎えたのか、ISは『絶対防御』を発動させて沈黙する。沈黙したISを敬介は無造作に掴んで陸地まで放り投げると、敬介はライドルを残る8機へ向けて構え直す。

「お前たちの企みは、俺が止めてみせる!」

 エア・ジェットを噴射して敬介は残る敵へと挑みかかっていった。

**********

 ジョナサン・オルコットの別荘の中で、セシリアはジョージの遺品整理に没頭している。セシリアの実家にはリサの遺品は多数残っていた。そちらの整理はセシリア自身も行っていたため、リサゆかりの品は見たことがある。今も実家やI学生寮の部屋にはリサの遺品が少なからずある。だが婿養子であり、事実上の別居状態が続いていたジョージの遺品は殆ど遺されていなかった。それにセシリアも遺品を整理していた頃にはジョージを疎んじ、軽蔑していたこともあって、僅かな遺品も他人に譲り渡してしまい、セシリアの手元には一つも残っていない。

(馬鹿ね、セシリア・オルコット。貴女が今まで軽蔑していた人は、こんなにも素晴らしい人だったと言うのに)

 ジョージの遺品を手に取りながら内心セシリアは自嘲する。遺品を整理していく内に、今までろくに省みようともしなかった父が、どんな人間であったかがよく分かってきた。穏やかで、温厚で、一見気弱だが芯は強くて、海と妻、娘をこよなく愛していて。遺品にあった日記や写真、手紙などを見てそれがしみじみと感じられる。同時にセシリアは家族三人で一緒に過ごした思い出を頭の中から引き出し、それに浸っている。

「きっと、敬介さんも……」

 セシリアは自身の父親代わりである敬介のことを思い浮かべる。
 敬介もまた父親の神啓太郎を嫌い、反発していたと聞いている。話を聞く限り啓太郎はかなり厳格で、頑固で、気難しくて、口うるさくて、不器用な人物だったらしい。敬介が嫌って反発したくなるのも少し分かる。だが同時に優しく、温かく、勇敢で、息子を深く愛していたのだとも分かる。だからこそ自らの命を投げうって敬介を蘇生させたのだろう。
 敬介も今の自分と同じ気持ちになっていたのかもしれない。別荘には生前啓太郎がジョナサンに送った書簡など、啓太郎の遺品が僅かだが残っている。きっと敬介も色々な思いに耽っていたのだろう。今いる書斎に立てかけられている若き日のジョナサンと啓太郎の写真もその内の一つだ。

「この写真は敬介さんにお譲りした方がいいでしょうね」

 セシリアが一旦作業の手を止め、写真立てに手をかけようとした瞬間、爆発音と衝撃が響く。

「何!?」

 慌ててセシリアは別荘から飛び出すと、敬介がバイクで走っていった道を駆け出す。嫌な予感がする。敬介が自分の知らない所で危ない目に遭っている気がする。必死に走り続けていたセシリアだが、やがて海辺にある開けた道へと出る。同時に海から5つの影が一斉に飛び出してくる。

「IS!? それに、敬介さん!?」

 海中から飛び出してきたのは4機の黒いISと銀色の騎士、『カイゾーグ』の姿をした敬介だ。

「あのIS、それにあのパッケージは『ソードフィッシュ』!?」

 同時にセシリアは黒いISがかつて交戦した亡国機業の機体であること、ISが装着しているパッケージが、かつてイギリスから『サイレント・ゼフィルス』共々奪取された水中戦用パッケージ『ソードフィッシュ』であると気が付く。敬介はライドルスティックを振るい4機のISと渡り合っている。4機は距離をとってアサルトライフルを放つが、ライドルに弾かれ、逆にロングポールに変形させたライドルで1機を海へと叩き返す。しかし海中から対空ミサイルが、空中の残る3機からもミサイルが敬介へと浴びせられ、敬介は追撃を諦めて防御に徹する。今までずっと繰り返してきたのか、敬介の身体には何ヶ所も焦げ跡がある。ISは唖然としていたセシリアに気付いたのかアサルトライフルを向ける。

「セシリア!? やらせはしない!」

 セシリアに気付いた敬介はエア・ジェットを使ってセシリアの下に向かうと、盾となるようにセシリアの前に立つ。

「ライドルバリア!」

 すぐにロングポールにしたライドルを風車のように高速回転させて、銃弾を全て弾いて防ぎ切る。敵の攻撃を防ぎながら敬介は声を張り上げる。

「無事か!? セシリア!」
「何とか! 敬介さん、あのISは!?」
「ああ! 亡国機業の連中で、『ソードフィッシュ』だ!」
「そうですか、ならば!」
「駄目だセシリア! 後退するんだ!」

 左耳のイヤーカフスに手をかけるセシリアを敬介が制止する。

「ISが装着されるより君に銃弾が当たる方が早い! だから今は大人しく退くんだ!」
「しかし!」
「それに君は連中に対して冷静に対処出来るのか!? 『サイレント・ゼフィルス』や『ソードフィッシュ』を君の祖国から奪い、名誉を傷つけ、奪取した『ソードフィッシュ』を使ってきている連中に!」
「私は冷静ですわ! こんな連中! 徹底的に……!」
「全然冷静になれてない! 頭に血が昇り過ぎだ! 言いたくは無いが今の君じゃ足手まといにしかならない! 今は大人しく引き下がって、頭を冷やすんだ!」
「で、ですが敬介さんは!?」
「セシリア・オルコット! 君は、いや貴女はイングランドの名門貴族、オルコット家の当主だ! その当主たるものが亡きジョナサン・オルコットを蔑ろにしていいのか!? 貴女のお父上のご遺品を放っておくのは親不孝じゃないのか!? お母上のご遺志を無駄にしていいのか!? だからここは私に任せて貴女は遺品の整理を! それがオルコット家当主として、ジョナサン・オルコットの孫として、ジョージ・オルコットとリサ・オルコットの娘として、貴女がやるべきことだ!」
「で、でも……」
「それに」

 反論しようとするセシリアに対し、それまでの厳しい口調から一変して敬介は穏やかな口調でセシリアに語りかける。

「あそこには俺の恩人や友人の遺品がある。何より、親父の遺品もほんの少しだけどあるんだ。だから、今は俺の代わりにそれをお願いしてもいいかな? それと、君にはジョージの思い出の品をちゃんと選んで持っていてもらいたいし、家族揃っていた時のこと、思い出していてもらいたいんだ。俺は出来なかったから、せめてセシリアにはそうして欲しいんだ。俺の個人的なわがままなんだけど、ついでに聞いてくれないか?」
「敬介さん……」
「それに、大丈夫さ! こういうことは慣れているんだ。こんな奴らには負けはしない。連中には指一本触れさせたりはしない。そして、俺も必ず戻ってくる。それくらいは、信じてくれ」
「……お願いします!」

 セシリアは意を決して振り返らずに走り出す。ISが攻撃を加えようとするが、敬介のライドルや呼び出した『クルーザー』により3機とも海へと叩き落とされる。

「セシリアに、手出しはさせない!」

 敬介は叩き落としたISを追って、またも海の中へと飛び込んでいく。
 一方、別荘へと駆け戻ったセシリアは、敬介に言われた通りに遺品整理を再開する。

「敬介さんの好意を無駄にする訳には!」

 無駄にする訳にはいかない。敬介が身体を張って稼いでくれている貴重な時間だ。自分の感情で無駄にする訳にはいかない。だからオルコット家の当主として、ジョナサンの孫として、ジョージとリサの子として今自分がやらなければならないことを行わなければならない。
 再び爆発音が聞こえてきてもセシリアは遺品の目録に目を通す。今度は先程より大きい衝撃が辺り一帯から響いても書簡を確認する。窓からミサイルを敬介が叩き落とすのを見ても、目録を開き整理済の項目にチェックを入れる。ミサイルや銃弾の雨を、ライドルや時に自らの身を盾にして防ぎ続ける光景が視界に入っても、次の遺品に手をかける。全て防ぎ切り、身体の何ヶ所も傷付き、黒焦げになって尚構わずに『クルーザー』を駆り奮戦する敬介の姿が見えても、ジョージが書いたノートを捲る。

「もう、沢山よ……!」

 しかしセシリアの手が止まる。限界だった。手に持ったノートを放り出し、セシリアは一目散に外へと走り出す。セシリアは別荘の近くで交戦している敬介とISを一度見上げると、岬のように海に突き出ている先に走り出す。崖から飛び降りながら左耳の青いイヤーカフスを右手で引きちぎるように取り払い、掲げる。

「SET UP!!」

 緊急起動用の音声コードを叫ぶとIS学園制服が青いISスーツへと入れ替わる。イヤーカフスから量子化されたISが展開され、セシリアの身体に蒼い装甲が装着されて装が装備される。一瞬システムの起動が遅れるが、崖下まで落下する直前に全システムが起動に成功して急上昇を開始する。

「ぐっ、まだ、やられる訳には……!」

 敬介の肉体にはダメージが蓄積されつつある。動きも少しずつ鈍り始めている。海中と空中から放たれるミサイルをライドルスティックで防ぐが、何発かは直撃して動きが止まる。しかし敬介はすぐ持ち直して敵とライドルで激しく打ち合う。残る4機がアサルトライフルで銃撃しながら上昇してくる。間髪入れずに残る4機も銃撃を加え、集中砲火を浴びせる。防御する敬介だが、攻撃も中断される。やはり空中と海中から同時攻撃されると厳しい。

(せめて、どちらかに敵を集中させられれば……!)

 敬介は舌打ちしながらもまだ諦めない。簡単に倒れるつもりはない。自分の後ろにはセシリアがいるのだから。それを見越してか『マーリン1』が口を開く。

「流石は『マスクドライダー』、しぶといな。だがこのまま行けばお前は消耗し、我々も必要の無い痛手を受ける。どうだ、ここで手打ちとしないか? お前が大人しく我々と共に来るのであれば、我々はセシリア・オルコットから手を引こう」
「断る。セシリアに向けてミサイルを撃ってきた人間の言うことなど、信用するに値しない。どうせここで狙うか、機会を改めてセシリアを狙うだけだろう」
「なるほど、頭自体は悪くないらしい。だが貴様は大馬鹿だな。我々も今まで貴様らへの対策を講じてこなかったわけではない。機体の性能を上げ、練度を上げ、装備を作り、戦術を練り上げてきた。貴様らに対抗し、越える力を手に入れた。その結果が貴様のその肉体だ。意地を張るな。我々は寛容だ。我々に協力するのであれば、貴様の命は保証しよう。我らに忠誠を誓いさえすれば、地位も力も貴様の思うがままだ。貴様の力、その頭脳、無為に殺すには惜しい。最後の忠告だ。潔く我々の軍門に下れ。そして我々の為に働くといい。それが互いにとって最善の道であると、貴様もいずれ解るだろう」
「ふざけるな! 誰が『GOD』と同類の、お前たち亡国機業の言いなりになど!」
「そうか、残念だ。ではここで死ね。貴様の言う『正義』とやらを抱いて勝手に溺死しろ。もう私は止めん」
「その言葉を待っていたわ! 覚悟しなさい、『マスクドライダー』! あんたたちが私たちの敵じゃないとここで証明してやるんだから!」
「それと安心しな! あんたの仲間たちとセシリア・オルコットも、後で纏めて地獄に送ってやるんだからな!」

 女たちはめいめいバックパックを展開し、ミサイル発射口を敬介へと向ける。

「やらせるものか! そのような暴挙、この身体が砕け散ろうとも! この命に替えても! 絶対にやらせるものか!」

 敬介は咆哮すると傷付いた身体にも構わずにライドルを女たちに向けて構え直す。敬介を嘲笑うように女たちはバックパックからミサイルを発射する

「身体が砕け散るとか、命に替えてもとか、そんな悲しいこと、言わないで?」

 しかし上空からISに対してレーザービームとミサイルが降り注ぎ、バックパックからのミサイル発射が妨害される。同時に蒼い装甲を身に纏った長い金髪を美しくなびかせながら、一人の女性が敬介と女たちの前に舞い降りる。

「そんな言葉、貴方には似合わないわ? 敬介」
「リサ……?」

 違うと頭では分かっていても思わず敬介は呟くが、やがて口を開く。 

「まさか君にそんなことを言われるとは思わなかったよ、セシリア」
「ごめんなさい、敬介さん。ですがもう少し騙されて頂けても良かったのでは?」
「それは、難しいな。リサは俺を呼び捨てになんかしない。それに、君は確かにリサによく似ているけど、目はジョージにそっくりだからね」

 敬介は自分の目の前に降り立ったセシリアへと向き直る。

「お願いします、敬介さん。私も一緒に戦わせて下さい。敬介さんは私にとって大切な人なんです。ですから、私はもう敬介さんが傷付く姿を見たくないんです」
「セシリア、ありがとう。俺のためにそこまで言ってくれて。俺で良かったら、君と一緒に戦うよ」
「ありがとうございます、敬介さん!」

 微笑むセシリアと仮面の内で笑う敬介は顔を見合せる。

「セシリア・オルコットか、貴様も随分な物好きだな。何故その男の肩を持つ? 貴様ほどの実力があれば……」
「お黙りなさい! 狼藉者!」

 割り込むように口を挟む『マーリン1』に対し、セシリアが途中でキッパリと言い放つ。

「『サイレント・ゼフィルス』や『ソードフィッシュ』を強奪し、無辜の民を傷付け、あまつさえ敬介さんを傷付けた悪業、許し難いですわ! このセシリア・オルコット、最早容赦は致しませんわよ!」
「言ってくれるな! ならば望み通り『マスクドライダー』死ぬがいい!」
「そう易々と死んでたまるか! 行こう、セシリア!」
「はい!」

 敬介は虚空に『X』を描くようにライドルを振る。

「亡国機業ある限り! 私、セシリア・オルコットは!」
「そして俺、仮面ライダーXは死なん!」

 父と母の愛した海の色を受け継いだ、誇り高き蒼の雫……『ブルー・ティアーズ』を装着したセシリア・オルコットと、父から受け継いだ心と魂を仮面に換え、授けられた肉体で正義の為に陸海空を駆ける銀色の騎士……5番目の仮面ライダー『仮面ライダーX』は蒼と銀の怒濤と化して悪を打ち砕くべく動き出した。

**********

 仮面ライダーXは『クルーザー』に跨がり、敵へと突撃する。敵機は仮面ライダーXへミサイルを集中させてくる。

「クルーザー大回転!」

 しかし仮面ライダーXは空中でクルーザーを大きく回転させてミサイルを回避する。回避を終えると前部に設置されたプロペラを逆回転させ、猛烈な旋風を発生させて敵を吹き飛ばす。体勢が崩れた1機へ仮面ライダーXはクルーザーを向ける。

「クルーザーアタック!」

 直後にクルーザーによる体当たりで1機を撃墜し、浅瀬へと落下させる。

「だが、これなら!」

 しかし最初に発射されてようやく追尾を開始したミサイル、それに再び発射されたミサイルが仮面ライダーXを撃墜しようと飛来する。

「残念ですが、そうはさせませんわ!」

 即座にセシリアが機体名の元となった遠隔操作攻撃端末、『ブルー・ティアーズ』を操作し、放たれたビームを『偏向射撃』によりねじ曲げる。ビームは仮面ライダーXを守るように取り囲み、飛来するミサイルを全て撃墜する。

「だが、それが狙い目だ!」

 敵のIS2機がセシリアの下へと飛来し、近接ブレードで斬りかかる。辛うじて操作を中断したセシリアだが、2機の連携を前に反撃出来ずにシールドが削られていく。しかしセシリアは慌てない。

「ライドルロープ!」

 その内の1機を仮面ライダーXがライドルのスイッチを操作し、変形させた『ライドルロープ』で縛り上げる。仮面ライダーXは力を込めて敵を振り回し、もう1機と衝突させた上でセシリアから引き離す。続けて敵を真下へと投げながら高圧電流を流し込んで沈黙させる。

「味な真似を!」

 もう1機は体勢を立て直し、再びセシリアへ向かっていこうとスラスターを噴かす。

「接近戦なら勝てると踏みましたか。間違いではありません。ですが、『ブルー・ティアーズ』にはこんな使い方もございますのよ!」

 しかしセシリアはビットを自分の周囲に配置し、正面から向かってくる敵に銃口を向ける。間髪入れずにビットからビームとミサイルを発射してその1機を叩き落とし、沈黙させる。全方位攻撃を仕掛けるならまだしも、固定砲台として展開・攻撃する分には比較的早く攻撃に移れる。端末を戻したセシリアだが、海中に戻った2機のISから発射される対空ミサイルを受けて足が止まる。残る2機は仮面ライダーXに押し込まれていたが、仮面ライダーXがセシリアの救援に戻るや体勢を立て直してミサイルの発射体勢に入る。

「セシリア!」

 仮面ライダーXはセシリアの盾となり、ミサイルを風車のように回転させたライドルで防ぎ切る。

「これでも食らいな!」

 さらに空中からのミサイルまで仮面ライダーXとセシリアに襲いかかる。空中と海中から来るミサイルをライドルもしくはシールドバリアで防ぐ二人だが、このまま行けば特にセシリアが危ない。

「これではいずれ……敬介さんは海の敵を! 私は空の敵を掃討致しますわ!」
「そうは行くか!」

 空中の敵はミサイルの目標を別荘へと変えて発射する。

「さあ、どうする?『マスクドライダー』、それにセシリア・オルコット。甘い貴様らのことだ。ミサイルの迎撃を……」
「構いませんわ」

 しかしセシリアは平然とレーザーライフルを発射して2機を引き離す。同時に発射されたミサイルが別荘へと着弾し、ナパームもあったのか別荘が激しく炎上し始める。

「馬鹿な!? あそこには貴様の家族の!?」
「その通りですわ。申し訳ありません、敬介さん。折角の好意を……」
「セシリアこそ、いいのかい?」
「私には祖父や両親から頂いた『血』と、『思い出』がありますから」

(ごめんなさい、お祖父様、パパ、ママ……)

 目を閉じて内心謝罪するセシリアを一瞥すると、仮面ライダーXは決断する。

「すまない、俺が……分かった。海中の敵は俺に任せろ!」

 空の敵をセシリアに任せると、仮面ライダーXはまたも海へと飛び込む。海へと飛び込んだ仮面ライダーXは魚雷をライドルスティックで叩き落とし、逆に接近して自在に水中を動き回りながら2機を打ち据える。その内1機が近接ブレードで仮面ライダーXに斬り掛かるが、逆に仮面ライダーXは腕を取る。

「ライダーハンマーシュート!」

 敵を一本背負いの要領で下へと投げ飛ばし、追撃してISを掴むと急潜航や急浮上を繰り返す。元々浅水域での活動しか想定されていない『ソードフィッシュ』は、限界深度を超えて潜航させられる度にシールドエネルギーが削られていく。僚機も自由自在に水中を動き回る仮面ライダーXに手を出せない。仮面ライダーXはその1機を水中から空中へと放り投げると、即座にもう1機へと接近し、ライドルスティックを鉄棒に見立てて回転する。

「Xダブルキック!」

 もう1機も空中へと蹴り上げ、自身も飛び上がる。同時にセシリアがビットやレーザーライフルのビームを蹴り上げられたISへと集中させ、撃墜する。

「隙だらけだ! こいつで消毒してやるよ!」

 別の1機が火炎放射器を呼び出し、セシリアに向けて放つ。

「ライドル風車火炎返し!」

 しかしエア・ジェットを使い割り込んだ仮面ライダーXが、ライドルスティックを高速回転させて火炎放射を押し返し、そのISへ火炎を浴びせるとISを掴んで水中へ引き摺りこむ。仮面ライダーXは水中で敵と激しく斬り結ぶが、やがてライドルホイップの連続突きと斬撃の連携で敵の防御を切り崩す。

「X斬り!」

 防御が崩れて敵のボディがガラ空きになった瞬間、仮面ライダーXが懐に飛び込み『X』の字を描くように斬撃を浴びせ、敵は『絶対防御』を発動させて沈黙する。空中ではセシリアがレーザーライフルから放ったビームを偏向させ、1機をお手玉するように打ち上げながら沈黙まで追い込む。残る『マーリン1』は海中の仮面ライダーXに向けて対潜ミサイルを発射する。仮面ライダーXは魚雷が着水すると同時に潜航する。

「ぐおっ!?」

 しかし超高速で追尾してくる魚雷を回避も防御も出来ず、まともに食らう。

「『スーパーキャビテーション魚雷』か!?」
「試作型故に実戦で使用する気はなかったが、問題はなさそうだな」

 『マーリン1』は仮面ライダーXへスーパーキャビテーション魚雷が搭載された対潜ミサイルを連射する。仮面ライダーXは妨害機動で魚雷の誘導を切ったり、欺瞞したり、防御したりするが動くに動けない。

「私をお忘れとはいい度胸ですわね!」

 途中でセシリアがビットを展開して攻撃を仕掛けるが、『マーリン1』は対潜ミサイルをありったけ撃ち尽くすと、仮面ライダーXがいる海中へ向けてパッケージを高速で射出する。

(あのパッケージは魚雷にもなるのか。ならば!)

 飛んでくる対潜ミサイルとパッケージを見ると、仮面ライダーXは一気に海底に向けて急潜航を開始し、追い掛けてくる魚雷と共に海底へと突き進む。
 一方、『マーリン1』は近接ブレード以外の武装が破壊され、スラスターが一部破損しながらも近接ブレードで斬りかかる。ギリギリでショートブレード『インターセプター』の呼び出しに成功したセシリアとそのまま斬り結び、両者は鍔迫り合いとなる。膠着状態に陥る二人だが、『マーリン1』が口を開く。

「一つ良いことを教えてやる。先程あの『マスクドライダー』の反応が消えた。恐らく魚雷でやられたのだろう。あの魚雷は摩擦を低減して超高速で目標に到達する。いくら『カイゾーグ』といえども逃れられまい」

 セシリアを動揺させようと敢えて口に出して告げる『マーリン1』だが、セシリアは動じない。

「あら、それは大変ですわね。けど、本当にそうなのでしょうか?」
「ハッタリはよせ。貴様のハイパーセンサーとて『マスクドライダー』の反応が消えたことを探知している筈だ」
「確かにその通りですわ。その通りですが、私も貴女にいくつか良いことを教えて差し上げますわ」
「まず一つ。ISのハイパーセンサーでは海底までは探知出来ませんのよ? しかもこの近海は深い上に水温の変化も激しく、ソナーやレーダーも頼れませんわ。二つ目、この海中には並の潜水艇ではまともに降下出来ないほどの強烈な上方向への海流が流れています。いくら高性能な魚雷といえども『カイゾーグ』に海底到達前に着弾するのは難しいでしょうね。そして三つ目、この海底には大量のメタンハイドレートの鉱床が、露出した状態で存在していますわ。もし魚雷と接触して爆発したら、しかも上方向への海流が流れている海域で爆発したら、さて、どうなるでしょう?」

 セシリアが余裕を崩さずに言った瞬間、『マーリン1』の背後で間欠泉のように海中から巨大な水柱が空高く吹き上がる。動揺しながらも動こうとはしない『マーリン1』にセシリアはさらに続ける。

「四つ目。『カイゾーグ』は水の中であれば空中でのISに匹敵する機動力を発揮出来ますわ。十分な浮力を確保出来る水量さえあれば、ナイアガラの滝だって余裕で遡れますのよ? ましてや、この突き上げる海流であれば……」

 直後、二人のハイパーセンサーがまるで滝を遡っているかのように上昇する仮面ライダーXの姿を捉える。仮面ライダーXは最高点に到達すると空中へと飛び立ち、ライドルスティックを使い空中で大車輪を決める。

「させるか!」

 動揺していた『マーリン1』だが、すかさず仮面ライダーXへと向き直り、近接ブレードを構えて『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使って仮面ライダーXへと突撃する。あれが飛び蹴りを放つ前動作であるとは知っている。向こうは空中でまともに回避も出来ない。だから前動作の内に接近して、蹴りを放つ前に潰す。戦訓から得た対策の一つだ。

「なっ!?」

 しかし突撃中に背後から強烈な衝撃が襲いかかり、スラスターが破損して近接ブレードを取り落とす。レーザーライフルを構えたセシリアが瞬時加速で『マーリン1』を追いかけ、背後から思い切り銃身を突き立てたのだ。セシリアは『マーリン1』を盾にするように仮面ライダーXへと突撃していく。

「何のつもりだ!? 味方の好機を潰すなど……!」

 『マーリン1』は動揺しながらも疑問を差し挟む。このまま突撃すれば飛び蹴りを放つ前に潰す形となる。仮にも国家代表候補生がそんなことを理解出来ない筈がない。しかしセシリアは『マーリン1』に意外な返答をする。

「あら? 敬介さんが『Xキック』を使うなどと、どなたがおっしゃいましたの?」

 直後に大車輪を終えた仮面ライダーXはライドルを構え直し、大上段に振り上げる。

「しまった!?」

 『マーリン1』は仮面ライダーXとセシリアの狙いを悟る。飛び蹴りならともかく、ライドルを振り下ろすだけならば、タイミングよくこちらにライドルを振り下ろすことが出来る。仮にセシリアに邪魔されなくともライドルの一撃が振り下ろされていただろう。大車輪につられて敵は飛び蹴りを放ってくるだろうと思い込んでいた時点で、負けは決まっていたのだ。

「ライドル脳天割り!」

 仮面ライダーXは『マーリン1』目がけてライドルを振り下ろす。ライドルが『マーリン1』にヒットする直前、セシリアはしてやったりと言いたげに笑ってみせ、突き立てたレーザーライフルの引き金に指をかける。

「バーン」

 仮面ライダーXが放った渾身の一撃と、セシリア・オルコットが零距離から撃ったレーザーライフルが同時に最後の悪へと直撃し、沈黙へと追いやった。

**********

 夕日が赤く照らす海の上を、敬介とセシリアを乗せたクルーザーが走っている。和也は亡国機業構成員を応援に引き渡した直後、ヘリで次の目的地へと飛び立っていった。敬介とセシリアは連絡船で本土まで戻る予定だったが、襲撃の影響で便が出ないので急遽『クルーザー』を使うことになった。敬介もセシリアもまんざらではないが。

「しかし、滝さんは本当に凄いな。ミサイルから生き残っただけじゃなくて、写真までちゃんと確保したんだからな」
「ええ。滝捜査官には感謝してもし足りないくらいですわ」

 セシリアは懐から写真立てに入った自身の家族写真を取り出す。ミサイルの直撃で別荘の遺品は全て灰となったのだが、セシリアと入れ違いになる形で来た和也が、咄嗟にこの写真立てを持ち出し別荘から脱出した。和也曰く一枚くらい父子の肖像があった方がいいだろう、と思ってこの写真立てを持ち出したらしい。

「俺もきっと、あの写真の中で一つ持ち出すとしたら滝さんと同じものを持ち出していただろうけどね。それとごめん、セシリア。俺の力が足りなかったばかりに、別荘があんなことになってしまって」
「謝らないで下さい、敬介さん。私にはこれがあれば十分ですし。それに祖父も父も母も、きっと敬介さんに感謝していると思いますわ。第一原因は私ですもの」

 謝罪する敬介にセシリアは首を振る。

「私の方こそごめんなさい。敬介さんの好意を無駄にしてしまって」
「気にしなくていいさ、セシリア。君自身で決めたことなら、俺はいいんだ。ジョナサン先生もリサもジョージも、君のことを誇りに思っているだろうしね」
「ですが、あそこには敬介さんの……」

 逆に謝罪するセシリアに敬介は笑って首を振る。しかしセシリアはまだ言い募ろうとする。
 敬介にとってジョナサンは恩人であるし、ジョージとリサは大切な友人だ。何よりあそこには敬介の父親である神啓太郎ゆかりの品まであったのだ。それらの遺品はほぼ全て無くなってしまった。しかも手元に写真はあるセシリアと違い、敬介の手元には何一つ残っていない。しかし敬介は気にしていない風に笑って続ける。

「俺はいいさ。俺には親父がくれたこの身体がある。ジョナサン先生やリサ、ジョージの血と想いを受け継いだセシリア、君がいる。それだけで俺は十分だ」

 敬介の言葉に偽りはない。なにか人や物が無ければ記憶や思い出は風化するものだとしても、この身体がある限り、セシリアがいる限り、敬介の中でジョナサン、リサ、ジョージ、そして啓太郎の記憶や思い出が敬介の中で色褪せることはない。敬介は心から確信している。

「なにより、セシリアが無事ならそれが一番さ」
「ありがとうございます、敬介さん。けど今度からあのような無茶はあまりしないで下さいね? 今回は本当に心配したんですから。父親たるもの、娘を心配させ過ぎないのも立派な務めですわ」
「手厳しいな。そこまでリサに似ているとは思わなかったよ」
「誉めても何も出ませんわよ?」
「……そんな所はジョージそっくりだな、君は」

 自分をやり込めてみせるセシリアに敬介は苦笑する。
 ふとセシリアは海を眺める。祖父や両親、敬介が愛し、自分もまた好きになった海だ。ジョナサン、ジョージ、啓太郎、それに敬介ら『父』たちが夢を追い求め、波の中に想いを抱き、想いを込めた母なる海だ。今回セシリアはジョージだけでなく、そういった『父』たちの想いを、敬介を通して垣間見たような気がした。セシリアが再び口を開く。

「敬介さん、私、頑張りますね。父や母、祖父が託してくれた想いに応えられるように、これからも、ずっと」

 セシリアは敬介に微笑む。

「ああ、俺も応援するよ。ジョージやリサ、ジョナサン先生の分も、これからもずっと、君の父親代わりとして」

 敬介もセシリアに笑い返す。運転中で前を見ているため、後ろに乗っているセシリアからはあまり表情は伺えない。しかしその笑顔は爽やかで、しかしどこか優しく、穏やかで、娘の成長を喜ぶ父親の笑顔をしているようにセシリアには見えた。
 陸地が見えてくる。海上の旅は終わりだ。後は陸路でセシリアが愛する織斑一夏の下へ向かうだけだ。それを知っているからか、セシリアを後ろに乗せた敬介は『クルーザー』のスロットルを入れて道を急ぎ始めた。



[32627] 第六話 鈴と案内人と天才科学者(ガール・ミーツ・ボーイズ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:03
 『成田国際空港』の旅客ターミナル。入国者や出国者で人でごった返している建物の中を、一人の少女と一人の男が並んで歩いている。少女の方は髪をツインテールにしている。小柄な体格や八重歯が映え、見た者に可愛らしい印象を抱かせる魅力的な美少女だ。男はラフなジャケットを着ている。こちらは見た者全てにいい加減で不真面目という印象を抱かせそうだ。

「滝捜査官、大丈夫ですか? なんか昨晩はあまり寝られなかったって聞いていますけど」
「なに、大丈夫さ。こういうのには慣れてるからな。鈴の方こそわざわざ悪いな、連絡取ってもらってさ」

 少女こと凰鈴音と男こと滝和也は人混みを上手く避け、ターミナル内を歩きながら話し始める。
 IS学園1年生の鈴とインターポール捜査官の和也は本郷猛の頼みで、アマゾン川流域のジャングルからやってくるアマゾン……本名は山本大介という日本人だが……を迎えに来た。
 中国の代表候補生でもある鈴は、アマゾン川流域で行われた中国軍とブラジル軍の合同演習に参加した際、『亡国機業(ファントム・タスク)』に襲撃されてジャングルで遭難しかけた経験がある。その際に鈴を保護して行動を共にし、散々振り回し、何度も鈴を助け、鈴と『トモダチ』になったのがジャングルで現地ガイドをしているアマゾンだった。IS学園に転入した後も鈴はジャングルのガイドで、アマゾンの『トモダチ』でもある岡村マサヒコとは定期的に連絡を取り合っている。
 仮面ライダーの中で所在を掴むのに苦労したのは、他でもないアマゾンである。ジャングルにいることは分かっていたのだが、アマゾン川が世界最大の流域面積を誇る上、いつも元気にジャングルを駆け回り続けているためにどこにいるか全く掴めなかったのだ。結局仮面ライダーたちのテレパシーやマサヒコの尽力もあり、ようやく来日、素性的には帰国となった。
 アマゾンはマサヒコと共に、インターポールがチャーターした飛行機に乗っており、間もなく到着予定となっている。

「とりあえずアマゾンと合流したらコーヒーでも飲んで眠気覚ますか、いっそ一眠りするか」

 和也は一回大きく伸びをする。歩いていく内に、国際線の到着ロビー前まで来る。後はアマゾンを待つだけだ。しかし鈴は周囲を見渡すと違和感に気付き、和也に尋ねる。

「あの、滝捜査官。なんかいつもより警備がものものしくありませんか? 少なくともあたしがこっちに戻って来た時よりは、だいぶ警備が多いというか」
「そういや、すっかり忘れていたな。今日は『国際IS委員会』からビクトル・ハーリン博士が来日するんだった」

 和也は面倒くさそうに頭を掻く。
 ビクトル・ハーリンは遺伝子工学や精神病理学の世界的権威であり、国際IS委員会創設メンバー中最年少ながら国際IS委員会の一員として精力的に活動している。現在は主に国家間の問題を取り扱う『国家小委員会』の常任委員であり、光明寺ミツ子、カール両博士共々『国家小委員会』最古参メンバーとして重きを為している。その傍らでビクトルはISが女性しか操縦出来ない理由を、遺伝子工学的な観点から探ろうと研究を続けているらしい。
 和也とビクトルは、世界征服を企む悪の組織『バダン』との戦い以来の『戦友』でもある。

「しかし、ビクトルも大したもんだ。人をオッサン呼ばわりしてた生意気なガキが、今じゃ国際IS委員会の創設メンバーで、学会の権威だぜ?」
「……生意気なガキで悪かったですね」

 感慨深く呟く和也の背後から男性の声が掛けられる。
 和也と鈴が振り向くと、声の主らしき男性がいる。金髪で背は和也よりやや高く、いかにも知的な雰囲気を漂わせている。スーツ姿に鞄を持ち、眼鏡をかけている。初は鈴も和也も怪訝そうな表情を浮かべていたが、顔を見ている内に和也は思い出したように声を上げる。

「お前、まさかビクトル・ハーリンか!?」
「ええ、その通りです。あの時は色々とご迷惑をおかけしました、滝和也さん」

 男性ことビクトル・ハーリンは穏やかな笑みを浮かべる。

「お前、大きくなったなあ。しかもあの時は人をオジサン呼ばわりしてたってのに、『滝和也さん』、かよ」
「お陰様で。そう言わないで下さいよ。あの頃の僕は心も身体も、まだ本当の子どもでしたからね。しかし、滝さんはあの頃から全く変わっていませんね」

 かつての戦友との再会を喜び合う和也とビクトルだが、鈴が口を挟む。

「あの、滝捜査官、この方がもしかして……?」
「っと、悪いな、鈴。察しの通り、こいつがビクトル・ハーリンだ。バダンって組織との戦い以来の付き合いでな。こうやって最後に直接会ったのは、確か『SPIRITS』の解散式以来だったか」
「ええ。あの、鈴さん、とおっしゃいましたよね? もしやと思いますが、貴女のフルネームは『凰鈴音』さん、じゃありませんか?」
「え? あ、はい、そうですけど。ですがどうして私の名前を?」
「僕は国家小委員会の常任委員ですので、国家代表や国家代表候補生の顔と名前は一通り覚えていますから。それに……」
「それに俺が鈴さんのことを教えましたからね」

 さらに鈴と和也とビクトルに別の男性が声をかける。こちらは日本人の男性だ。ビクトルに比べればラフな格好をしており、服から覗く手足は浅黒く日焼けしている。

「その様子じゃ元気そうだな、ビクトル。それとお久しぶりです、鈴さん、滝さん」
「マサヒコ!」
「マサヒコさん!」

 男性こと岡村マサヒコを見て鈴、和也、ビクトルが同時に声を上げる。

「僕は見ての通り、至って健康だよ。君の方こそ相変わらずだね。その様子じゃ、リツ子さんが心配するまでも無さそうだ」
「当たり前だろ? 俺だってお前と同じで、昔のままじゃないんだ。あと、『ムシビト』たちも元気でやっているよ」
「そっか、また世話をかけたね」
「いいさ。それくらい、俺にはどうってことないしさ」

 マサヒコとビクトルは顔を見合せて笑い合う。
 マサヒコの姉、岡村リツ子は科学の道へと進んでおり、ビクトル同様国際IS委員会創設メンバーの一人として『企業小委員会』の常任委員を務めている。もっとも、ビクトルがリツ子とマサヒコの関係を知ったのは、マサヒコと知り合ってからだいぶ後、国際IS委員会設立準備の際にリツ子と知り合ってからのことだ。続けて鈴がマサヒコに声をかける。

「マサヒコさん、ハーリン博士とお知り合いだったんですね」
「知り合いというか、『トモダチ』、ですね」
「ああ。僕とマサヒコは貴女と同じで、アマゾンの『トモダチ』ですから」

 マサヒコとビクトルは鈴に両手の指を組み合わせ、マサヒコがアマゾンに教え、ビクトルと鈴がアマゾンから教わった『トモダチ』のサインを作ってみせる。

「ハーリン博士も、アマゾンと?」
「ええ、なった経緯も貴女と少し似ていますかね。マサヒコから大体の事情は聞いています。だから貴女もアマゾンと『トモダチ』だとも、僕は知っています」

 ビクトルは鈴に微笑みかける。
 ビクトルはまだ子どもの頃に『ギアナ高地』へ赴いた際、やはりガイドをしていたアマゾンに出会い、鈴同様散々振り回され、アマゾンに助けられて『トモダチ』となった。マサヒコと知り合ったのは、アマゾンを救援するために『ムシビト』……その正体は遺伝子操作により生み出された生体兵器『ラスト・バタリオン』であり、ビクトルはその遺伝子を元に生み出された……と共に日本にやって来た時だ。当初は対立していたビクトルとマサヒコだが、戦いの中で和解して親睦を深め、バダンとの戦いが終わる頃には固い友情で結ばれた親友同士となっていた。その後もビクトルとマサヒコは連絡を取り合っており、バダンとの戦いの後は戦いに巻き込まれて欲しくない、というビクトルの意向で、ギアナ高地で生活している『ムシビト』たちの様子をアマゾンとマサヒコが見に行き、ビクトルに報告している。

「そう言えばビクトル、お前はどうして日本に来たんだ?」
「簡単に言えば篠ノ之束絡み、かな」
「度重なる無人ISによるIS学園襲撃に、『銀の福音』暴走事件。国際IS委員会が調査団結成して動き出すには十分な理由だな。今回はさしずめ事前調査って訳か」
「はい。まだ非公式かつ一個人での調査という名目ですし、篠ノ之束や亡国機業の連中に感付かれないよう、警備はいつも通りにして欲しいと要請したんですが」
「そう言うな。国際IS委員会の肩書きはお前が思っているより、ずっと重いってことだ」

 ビクトルが日本へやって来たのは篠ノ之束について調べるためだ。
 束は稀代の天才であると同時に、多くの事件に関与している疑いがある『天災』だ。しかも対人関係に限って言えば、ある意味昔のビクトルよりも問題がある。国際IS委員会も確たる証拠がないことや相手がISの発明者であること、各国の思惑や影響の大きさから動くに動けなかった。それを見越してか、束はIS学園の臨海学校に堂々と姿を現すなど、挑発するかのように動いていた。 
 IS学園には自治はあっても警察権や裁判権まではない。束を捕えることは出来るが、尋問したら強制退去させることしかできない。
 かと言って日本も対処に困る。『保護』して情報を『提供』して貰いたいのは山々だが、『アラスカ条約』違反だと国際社会から非難される。実際理念に反しているので厳しい処分が下されることになるだろう。犯罪者として逮捕すればいい、という意見もあるが、立件出来ないか、立件出来ても証拠が無い。IS学園への無人IS襲撃も出来るのは束しかいないと分かる。 だが状況証拠に過ぎず、物的証拠は何一つ存在しない。コアも束が「他の誰かが自分の知らない所で勝手に解析して作った」と白を切り通されれば、それまでだ。それに襲撃されたのはIS学園であるため、『外部不干渉』の国際規約に基づき日本警察に捜査権は無いので立件すら出来ない。つまり日本も束の身柄を確保しても釈放しか出来ない。
 他国も同じ状況だ。『銀の福音』暴走事件の当事国、アメリカとて例外ではない。相手が相手なので、国際情勢に与える影響も考慮すると確たる証拠が無ければ釈放するしかない。拉致などの非合法的手段に至っては論外だ。
 後は束の確保に動けるのはもうICPO(国際刑事警察機構)と国際IS委員会しかない。この内、インターポール束が国際手配されていない以上、束をマークすることしか出来ないので、事実上国際IS委員会で対処するしか無い。だが国際IS委員会が動くとなると各方面に与える影響は大きい。特に大規模な調査団を編成するとなれば影響は甚大だ。
 国際IS委員会は過去に1度だけ、『VTシステム』に関して志度敬太郎博士を団長とした調査団を編成し、各国に派遣して調査を行った。調査団の勧告を受けた結果、VTシステムの研究を禁止する国際条約が新たに締結された。つまり調査団は新たに国際条約が締結されるほどの影響を与えるのだ。対象が束ともなれば、事と次第によっては世界が根底からひっくり返りかねない。
 今の国際IS委員会は織斑一夏という『爆弾』を抱えている状況だ。アラスカ条約は男性IS操縦者を想定しておらず、委員会も対応に苦慮している。そこに各国の動きや思惑が加わることで事態が一層複雑になっている。国際IS委員会内でも各国の利害を代表する非常任委員は勿論、有識者が集う常任委員間でも意見は割れていた。
 ビクトルや光明寺ミツ子、カール、緑川ルリ子らは各国に身柄を狙われていることを鑑みて、一夏の保護も兼ねて国際IS委員会で身柄を確保し、各国の動きを牽制すべきと主張していた。一方で光明寺信彦、海堂肇、志度敬太郎、岡村リツ子らは事態が複雑化して一夏に厄介事が増えるのを懸念し、今は静観して処遇は本人の自由意志に任せるべきとしていた。
 双方共に「織斑一夏の身柄が各国に渡れば確実に実験動物扱いされる」、「その前に国際IS委員会で身柄を確保するのが現状では一番安全」、「しかし問題かさらにこじれるし、国際IS委員会としてもどうしようもない」、「故に身柄確保一時しのぎにしかならず、より根本的な解決策が必要」という見解は一致している。要するに「当面の危機を凌ぐ代わりに問題を複雑化させる」か、「問題を複雑にしない代わりに当面の危機を見過ごす」かという苦渋の選択だ。こんな決断、誰一人としてしたくはないが、そうは言っていられない。
 結局、妥協案としてIS学園に対して織斑一夏の引き渡し命令を、引き渡し期限を設けないで出すという形に落ち着いた。つまり織斑一夏を確保する意志を見せて各国を牽制しつつ、実質的に命令の拘束力を持たせない、という苦肉の策だ。向こうもこちらの意図を理解したのか、命令を受諾こそしたが未だに引き渡していない。もし拒否されたり、即座に引き渡されたりしたら、今頃ビクトルも来日どころではなかっただろう。そんな不馴れな政治的配慮までしなければならない状況で、篠ノ之束という『核弾頭』まで持ってこられたら、国際IS委員会はたまったものではない。
 だが度重なるIS学園襲撃をこれ以上見過ごす訳にはいかない。亡国機業の存在もあるので、背後の憂いを断つためにも束を野放しにしておく訳にはいかなくなった。だから国際IS委員会は調査団を編成する方向で調整を進めている。ビクトルの来日は事前調査が目的だ。合わせて結城丈二にも協力を要請した。
 丈二にとって、生物学での『師』に当たる田所博士は篠ノ之神社近くに住んでいたらしく、丈二も束の父や叔母と面識がある。その縁を使って束について少し調べて貰うことにしたのだ。

「それに妹の篠ノ之箒についても、日本政府から色々と聞いておく必要もありますから。けど、姉妹揃って厄介事を増やすのは、正直止めて欲しいですね」

 ビクトルは続けて溜息をつく。
 束の妹である箒もまた厄介な『爆弾』を抱え込んでいる。
 箒は姉から専用機『紅椿』を受け取っている。別にそれだけならば国際IS委員会は動かない。だが『紅椿』がコアから新造された完全な第4世代機となると話は別だ。
 467個のコア全ては、国際IS委員会のデータベースに所属国やコアナンバーが登録されている。何らかの理由でコアの登録が抹消された場合、その年月日や理由なども記載された上で『ロストコア』として別にカウントされている。だが『紅椿』のコアはどちらにも属さない、最初から未登録のコアだ。当然どこに帰属しているかも記載されていない。つまり帰属国が未定の状態であり、どの国でも迎え入れられる状態にある。しかも未だ各国が第3世代を開発したという段階で、一足とびに完全な第4世代機だ。その圧倒的な性能のみならず、使用技術も世界の水準を大きく超越している。
 もっとも、『紅椿』の登場で世界中の努力が無意味なものになった、という意見にビクトル達は同意しかねる。そんなことを言う人間に学問や研究を語る資格はないし、語って欲しくはない。ならば改造人間が出来た時点で生化学者の、人造人間が登場した時点で機械工学者の努力が無意味なものとなっていただろう。束もまた『スーパー1』がいるにも関わらず、創意工夫をこらしてISを創り上げたのだから。
 とはいえ『紅椿』や手に入れ、技術を一足早くものにしたいと考える国が出ないはずが無い。一夏の問題がひとまず落ち着いたのに、今度は『紅椿』が新たな火種となりつつある。

「しかも『紅椿』をねだった理由が、他の専用機持ちを見返してやりたい、なんて理由らしいですから。こんなことは言いたくないですけど、少しは自分を取り巻く状況や周りのことくらい考えろ、って話ですよ」
「そう腐るな。本人も痛感しているんだ。ただ俺もお前も、彼女と似たような経験をしたからな。だからこそ、お前がそう言いたくなる気持ちも分かるけどな」
「篠ノ之箒という人のことはよく分かりませんけど、やはり複雑ですね。ビクトルや滝さんの話を聞いた限りで、ですが、気持ちは俺も痛いほど分かります。けど、いえ、だからこそ踏み止まって貰いたかった、という気持ちも分かりますね」
「ただ彼女には僕にとってのマサヒコ、マサヒコにとっての僕が居なかったからね。仕方ないと理解出来るんだけど、やっぱり納得し切れない部分はあるというか」
「そこまでにしてやれよ。もう一人複雑な表情浮かべてるヤツがいるぜ?」
「あ、すいません、鈴さん。変な話題になってしまって。そんな顔したくもなりますよね」
「いえ、ただ私も彼女、篠ノ之箒とは友人なのでちょっと」

 鈴はマサヒコとビクトルに苦笑する。
 マサヒコは復活した『ゲドン』や『ガランダー帝国』との戦いの最中、アマゾンが一度死の淵に立たされた時に自分には何も出来なかったこと、ビクトルは『ムシビト』たちを犠牲にしてしまったことから、戦う力の無い己の無力さを呪い、力が欲しいと思ったことがある。マサヒコとビクトルが踏み止まれたのは、村雨良と比較的早く出会ったことや和也を始めとするSPIRITS』の面々と一緒にいたこと、何よりアマゾンという『トモダチ』がいたことが大きい。
 だから箒の気持ちは理解出来るのだが、納得はいかない。本人は軽い気持ちだったのかもしれないが、自分の立場や姉がどれだけ重要かつ厄介な人物で、姉に専用機を貰うということがどれだけ大きな意味を持ち、周囲に影響を与えるか気付き、踏み止まって欲しかった。
 鈴も鈴で複雑な心境だ。ビクトルの言うことは正論だが、箒が悩んでいたことも知っている。内心苦しんでいる姿も間近で見てきたため、どうしても複雑な気持ちになってしまう。

「ま、その話は後にしようぜ。こんなところで話しても仕方ねえことだ。それより、肝心のアマゾンはどうしたんだ?」

 和也と鈴が来たのはアマゾンを迎えるためだ。肝心のアマゾンがいなければお話にならない。しかしマサヒコは意外な答えを返す。

「え? もう滝さんたちと会ったんじゃないんですか?」
「いや、アマゾンと会ってねえから聞いたんだけどよ……」
「おかしいな、まとめて手続き済ませてくるから先行っててくれ、って言っておいて、入管から戻ったらいなかったんで。てっきりもう滝さんたちと合流したと思ってたんですが」
「……滝さん、鈴さん、何か嫌な予感がしませんか?」
「奇遇ですね、きっと私もハーリン博士と同じことを考えていると思います」
「ったく、あいつは相変わらず……」
「すいません、目を離してしまったばっかりに……」

 やがて全員が同じ結論に達し、和也が口を開く。

「あいつを、アマゾンを探すぞ! とりあえず見つからなくても、1時間後に集合だ!」
「相変わらずマイペースというかフリーダム過ぎるのよ、アマゾン!」
「いいのかビクトル? 仕事だってあるんだろ?」
「構わないさ、時間はあるし。それにアマゾンのことはほっとけないからね」

 四人はどこかへ行ってしまったアマゾンを探すべく、別方向へと駆け出す。
 結論から言えば広大な空港の中でたった一人を探す、しかも相手は自由気ままに動き回ることを考えれば、四人はよく頑張った方だろう。1時間後、4人は到着ロビーへと再び集合していた。

「鈴、どうだった? こっちはさっぱりだった」
「駄目でした。レストランとかそっちの方は全然。マサヒコさんとハーリン博士は、やっぱり見つかってないですよね」
「面目ないです。一通りアマゾンが行きそうな場所は探したんですけど。それよりビクトル、大丈夫か?」
「……大丈夫さ。昔に比べたらだいぶ頑丈にはなったけど、ここの所はデスクワークばっかりで、こんなに走ったのは久しぶりでさ」

 四人は首尾を報告し合う。誰一人としてアマゾンを見つけられていない。同時に迷子の案内を知らせる館内放送が流れる。いっそアマゾンもアナウンスしてもらおうかと思った矢先、マサヒコが口を開く。

「いや、俺にもう一つだけ心当たりがあります。アマゾンのことですから、俺や鈴さん、滝さんまで置いてきぼりにして動き回るとしたら、もうあれしか考えられません」
「ああ、なるほど。確かにそれなら納得がいくよ。むしろそれが一番自然だろうね、アマゾンの性格的に」
「……すっかり忘れてたぜ。あいつは、あの時からずっとそうだったもんな」
「そうなんですか? ならアマゾンは昔から変わってないんですね」

 他の三人も顔を見合せ頷き合う。四人はその心当たりへ向かい、今度は並んで歩き始めた。

**********

 旅客ターミナルの案内センターに一人の男が一人の子供がいる。子供の方は迷子になっており、男が保護して案内センターまで連れてきた。泣き止まない子供に職員たちが手を焼いていた所、男が子供を上手くあやして泣き止ませた。今も男は子供と一緒に親が来るまで待っている。
 多忙な空港職員達としても有難い。今は男にその迷子を任せているが、子供がまた泣き出す気配はない。ただ、男の格好は少々、いやかなり変わっている。
 黒地に赤いラインが入った上着に、腰布のように思える短パン、レッグウォーマーやアームウォーマーを着用している。腰には妙な形をしたベルトを巻き、左上腕部には腕輪を付けている。少々珍妙な格好をした男だが、子供にはむしろなつかれている。しばらく経過して放送を聞きつけた親がやってくると、男は案内センターを去る子供を笑顔で見送り、案内センターから歩き去ろうとする。

「やっぱりここにいたか。ま、迷子を見つけたらこうするよな、アマゾン」
「マサヒコ、ごめん。あの子が泣いてたから、つい」

 男ことアマゾンを見つけ、歩いてきたマサヒコが声を掛ける。

「本当だよ。お陰で広い空港の中を散々走り回る羽目になったんだから。けど久しぶりだね、アマゾン」
「ビクトル! 久しぶり! 前より大きくなってないか!?」
「ちょ、アマゾン!? もう僕は子どもじゃ……って、言っても無駄か」

 続けて声を掛けたビクトルにアマゾンは笑顔で駆け寄ると頭を撫で始める。最初は抵抗しようとしたビクトルだが、アマゾンを無邪気な笑顔を見ると抵抗を諦める。

「お前な、迷惑かけたのはその二人だけじゃないんだぞ? 人様が寝不足だってのに、散々走り回らせやがって」
「あ、タキも久しぶり。ちゃんと寝なきゃ駄目だ。身体に悪い」
「半分くらいはお前のせいだ! お前の! ったく、相変わらず、ここまで来ると調子狂うぜ……」

 呑気なことを言うアマゾンにツッコミを入れ、和也は頭を掻く。アマゾンは残る一人の少女に向き直ると少女が口を開く。

「迷子を助けるのはいいんだけど、アマゾン、約束を破るのも遅刻するも駄目よ?」
「ごめん、リン」

 咎める鈴音にアマゾンはどこかしゅんとして答える。だがすぐに笑みを浮かべて続ける。

「けど久しぶり、リン! 元気にしてたか?」
「うん! 私はこの通り元気よ。アマゾンはあの時と同じだね」
「けどリンもやっぱり大きくなったな! 前より一回りくらい!」
「……アマゾン、それ嫌味? 少し腹立つんだけど」
「違う、背じゃない。ここ、心が大きくなった。なんとなくだけど、オレ、分かる」
「……ありがと、アマゾン。それでもアマゾンには勝てないけど」

 笑顔で自身の胸を示すアマゾンに鈴も微笑み返す。

「それよりごめんね? アマゾン、もっとジャングルで……」
「大丈夫、あいつらと戦うこと、オレが決めたことだから。それにタキやリンがそうして欲しいなら、そうする。オレ達は『トモダチ』だから」

 謝罪する鈴に笑って首を振り、アマゾンは答える。
 鈴もアマゾンには元気にジャングルを駆け回っていて欲しかった。そっちの方がいいに決まっている。

「しかしアマゾン、日本語も結構片言になってないか? いや、バダンの時に比べたらマシだけどよ……」
「ジャングル入ると話さないから。マサヒコ、どれくらい入ってた?」
「確か4ヶ月半だね」
「それだけ入ってりゃ、俺でもそうなるわな」
「けど、その方がアマゾンらしくていいじゃないですか」
「僕も鈴さんと同意見です。むしろを日本語を普通に喋っているのを聞いたときの違和感が凄かったくらいですし」
「そうだ! タキ、リン、アイエス学園行く前に寄りたい所あるけど、いいか? 少し行きたい場所、ある」
「って、ことは『あそこ』か。俺は構わないんだが、鈴、どうする? なんなら先に学園に戻ってくれていいんだが」
「いえ、私は構いませんよ? 何かある訳じゃないですから」
「なら僕も一緒に行くよ。調査を始めるのは明日からだし、どうしても一度寄ってきたかったからね」
「俺もやっぱり顔を出しときたいし、行きましょうか」

 マサヒコが言うと五人は連れ立って歩き出した。

**********

 アマゾンたちは空港を出ると、バイクやタクシーに分乗して目的地へ向かう。
 到着するとアマゾンはバイク『ジャングラー』から花を下ろし、歩き出す。和也と同乗してきた鈴、タクシーから降りたマサヒコとビクトルも続く。しばらく歩いてゆくと何かが見えてくる。アマゾン達は立ち止まる。鼻先がまるで花のように開いた、モグラの頭に似た模型が置かれており、『勇気の士(ひと)モグラ獣人の墓』と書かれたプレートが置いてある。
 アマゾンは花を供えると目を閉じる。和也、マサヒコ、ビクトルも思い思いに墓の主、『モグラ獣人』を弔うように黙祷を捧げる。

「久しぶり、モグラ。みんな、元気だ。それと、お土産だ」

 アマゾンはモグラ獣人へと語りかける。モグラ獣人が何者か知らないが、アマゾンやマサヒコ、ビクトルにとっては大切な存在だったのと分かる。和也は他の三人とは少し反応が違うが、それなりに親しかったのだろう。

「あの、滝捜査官、一つお聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ああ。モグラ獣人のこと、だろ?」
「はい。アマゾンたちと親しかったのは何となく分かるんですが」
「アマゾンのダチさ。二回もあいつと、あいつの大切なものを守って、命を落とした、な」

 モグラ獣人は秘密結社『ゲドン』の獣人、つまりアマゾンの敵だったが、ゲドンに処刑されかけた所をアマゾンに救われた。それ以来アマゾンやマサヒコたちの『トモダチ』として、アマゾンと共に戦ってきた。しかしゲドン壊滅後に出現した『ガランダー帝国』の作戦を阻止する際、解毒剤入手の過程で猛毒を浴び、解毒剤の完成で多くの人々が救われるのと引き換えに、命を落とした。
 後にゲドン、ガランダー帝国が復活するとモグラ獣人も魂のない別個体として再生され、最終的にアマゾンやマサヒコと再び、さらにはビクトルとも『トモダチ』となった。ゲドン、ガランダー帝国との戦いこそ生き残ったモグラ獣人だが、最終決戦の最中、窮地に立たされたマサヒコとビクトルを庇ってまたも命を落とすことになった。
 この墓は最初に命を落とした時に立てられたものであり、再びモグラ獣人が倒れた後もここに葬られた。以来アマゾンやマサヒコ、ビクトルは日本に来る度に訪れている。特にアマゾンとマサヒコにとっては、二度も失ってしまった『トモダチ』だ。その心境は察するに余りある。アマゾンとマサヒコ、ビクトルは立ち上がる。

「ごめん、リン。もう大丈夫だから」
「アマゾン、本当にいいの?」
「うん。オレはモグラがいたここ、守らなくちゃいけない」
「俺たちがいつまでもクヨクヨしていたら、モグラが悲しみますし」
「それが僕たちに出来る、モグラへの弔いだと思っていますから」

 アマゾンの言葉にマサヒコとビクトルも続ける。
 五人がバイクやタクシーへと向かおうとした矢先、アマゾンが近くの木々に向けて唸り始める。同時に和也と鈴が身構え、声を張り上げる。

「いつまでも隠れてねえで、さっさと出てきやがれ!」
「あんたたちがそこに隠れているのはお見通しよ!」

 二人の言葉に応えるように木々に隠れていた男たちが続々と現れる。マサヒコとビクトルを守るように立つアマゾン、鈴、和也を無視し、リーダー格らしき男が口を開く。

「ビクトル・ハーリン博士、おとなしく我々と来てもらおうか」
「一体何の権限があってそんことを? そちらが何者か名乗るのが筋というものじゃないのか?」
「質問に答える義務はない。来る気がないなら、遺憾ながら力ずくで連行させて貰う。勿論邪魔立てするのであれば連れも排除させて貰うがな」

 男たちはナイフや特殊警棒などを取り出す。

「どうせ亡国機業の回し者だろうがよ……行け! 二人共! ここは俺たちで引き受ける!」
「分かりました! 後はお願いします!」

 和也に促されてマサヒコはビクトルと共に駆け出す。

「リン、行けるか?」
「前も言ったでしょ? これでも代表候補生なんだから。アマゾンや滝捜査官ほどじゃないけど、腕っぷしには自信あるのよ!」
「そいつは心強い。なら、行くぜ!」

 アマゾン、鈴、和也の三人は一斉に男たちへと挑みかかる。
 マサヒコとビクトルは待っていたタクシーに飛び乗ると、ビクトルは携帯電話を取り出す。一方のマサヒコは運転手に話しかける。

「すいません! 無線機で連絡して頂けませんか!? 今、俺たちの連れが変な連中に襲われているんです!」
「お断りします。他に知られてもらっては困りますからね」

 しかし運転手はすげなく答える。違和感に気付いたマサヒコとビクトルがタクシーから出ようとするが、ドアがロックされていて出られない。しかも運転席と後部座席がガラスで仕切られている。
 マサヒコやビクトルがしまったという表情を浮かべると、運転手がハンドル横のボタンを操作する。

「ですから、あなたたちにはしばらく眠って頂くと致しましょう」

 すると後部座席にガスが噴射される。催眠ガスだ。マサヒコとビクトルは最後の抵抗を試みるが、ほぼ同時に倒れ込む。運転手は一旦外に出て後部座席のドアを開ける。ビクトルの手から携帯電話を取り上げて踏み潰すと、運転席に戻りタクシーを走らせる。

「マサヒコ!? ビクトル!?」

 獣のような動きで飛びかかり、噛みつき、引っ掻いていたアマゾンは、何かに気付いたように振り返る。男たちが飛び掛かるが、まとめてアマゾンが吹き飛ばす。

「これでラスト!」

 和也が男たちに正拳突きや足刀蹴り、払い腰を決めて気絶させる。

「こっちも!」

 同じく鈴も金的を蹴り上げ、水月に頭突きをぶち込み、足を掛けて倒した敵にストンピングを決めて敵を全員沈黙させる。すぐにアマゾン、鈴、和也は走り出す。タクシーはなかった。タクシーに乗って離脱したかと思ったが、踏み潰されたビクトルの携帯電話を見て認識を改める。やられた。失敗した時に備えて偽のタクシーを回し、ビクトルとマサヒコを拉致したのだろう。歯噛みする和也だが、アマゾンは即座に『ジャングラー』に跨がる。

「アマゾン!? どこに行くの!?」
「マサヒコとビクトル、助けに行く!」
「でも、どこにいるか分からないんだよ!?」
「大丈夫!」

 鈴が止めようとするがアマゾンの表情を見て諦める。

「待ってろ、マサヒコ! ビクトル! 絶対にオレが行く!オレが、助ける!」

 表情にいつものような呑気さや天真爛漫さはなかった。
 ただ悪への怒りと、強い意志を秘めたアマゾンの顔があっただけだった。



[32627] 第七話 強くてマダラで優しい野獣
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:04
 ビクトルが気付くと、薄暗い部屋の中で後ろ手に縛られた状態で椅子に座らされていた。一緒にいたマサヒコの姿は見当たらない。

(僕らしくないが、油断したな。二段構えの作戦くらい想定しておくべきだった)

 自身の置かれた状況を理解し、部屋の中を一通り観察し終えたビクトルは内心己の迂闊さに舌打ちする。ここは自分を拉致したとおぼしき亡国機業のアジトだろう。起きたばかりで頭が上手く働かない。窓も無いので外の景色もこちらからは見えない。ビクトルが思案を巡らせている内にドアが開き、3人の女が入って来る。1人がビクトルに話しかける。

「気分はどうかしら? ビクトル・ハーリン博士」
「最悪だね。無理矢理連れてこられた挙げ句、気が付いたら薄暗い場所、後ろ手に縛られた状態だ。他にどう答えようがあると?」
「あら、ごめんなさい。出来れば穏便に事を運びたかったのだけれども」
「白々しい。追っ手を差し向けてきて何が穏便だよ。それで、僕を拉致してきた理由は? まさか僕の顔を見たかったから、なんて理由で拉致してきた訳じゃないだろ?」

 女たちを睨みながらもビクトルは言葉を続ける。

「話が早くて助かるわ。どうせあなたも分かっているでしょうけれど、私たちにほんの少し力を貸して欲しいの。勿論お礼はするわ」
「なら僕の答えも分かっているだろう? 絶対に嫌だね。亡国機業に手を貸すなんて真っ平ごめんだ」

 女の申し出をビクトルがバッサリと切り捨てる。すると残りの女がビクトルの肩を掴むが、ビクトルと話している女が手で制すと渋々手を離す。

「どうしてかしら? あなたが首を縦に振ってくれれば、私たちは最高の研究環境を提供するわ。勿論、今の国際IS委員会と違って、変な政治的判断みたいな余計なしがらみも存在しない。あなたは自分の研究に専念出来る。あなたにとっても悪い話じゃないと思うのだけれど」
「そして僕に用済みになったら始末するんだろう? 割に合わないね。良心の呵責も加味すれば、僕がお前たちに手を貸すメリットなんて無いも同然だ」
「良心の呵責、ねえ。そんなものを感じる必要があるのかしら? あなたはただ研究していればいい。研究成果をどう活用するかは私たちの勝手で、あなたには責任が無い。たとえ研究成果を使って何人殺そうが、あくまで使った私たちの責任になる。あなたには関係無いじゃない」
「本気で言っているのなら、一度ノーベルの伝記でも読むんだね。それと僕の専門は兵器を作ることじゃない。残念だがお前たちが望むような成果は逆さに振っても出てきはしないさ」
「あら、あるわよ。とても重要な成果が」

 冷たく言い放つビクトルに対して女は平然と返す。

「僕が? まさか遺伝子操作で生物兵器でも作らせるつもりか? それとも『バダンシンドローム』を発症させる新兵器でも開発させる気か? そんなものは無理だし、仮に可能だとしても絶対に御免だ」
「そんな割に合わないもの作らせる訳無いじゃない。非効率的だわ。もっと効率的で、もっと絶大な力を持つものよ。あなたの興味関心とも一致していると思うわ?」
「読めたぞ。お前たちは僕にISコアの解析をさせようって腹積もりなんだな?」
「ご名答。あなたがなぜISが女性しか操縦出来ないのか、そしてなぜ織斑一夏が男性でありながらISを操縦出来るのか調べていることは知っているわ」
「そのためにはコアの解析が必要なことも、か。だとしたら浅はかだな。僕の研究じゃなくて副産物であるコアの解析結果が欲しいって訳か。生憎だが、コアの解析ならば僕より適任がいる。そっちに当たってくれ」
「あなたの研究成果も貴重よ? なぜ織斑一夏が乗れるかが判明すれば、他の男性が乗れるか否かも自然と分かるものの。他に乗れる男性がいるのであれば戦力の調達はもっと容易になるし、乗れないならば女の優位は揺るがないのだから、デメリットは無いもの」

 首を縦に振らないビクトルに女は食い下がる。

「そこまでポジティブ思考なのはある意味尊敬するよ。それで、どうする? 僕の答えは変わらない。いっそ痛め付けるかい? 僕は勿論、マサヒコを痛め付けても無駄だ。自分で言うのもなんだが、僕はこう見えて結構意固地でひねくれ者なんだ。そんなことをしたらますます臍を曲げるだろうさ」
「とんでもない。獣じゃないんだから、痛めつけるなんて野蛮なことはしないわ。ただ私たちと話す時間が長引くだけよ?」

 女の魂胆は予想がつく。長時間の尋問でビクトルを疲弊させようと言うのだろう。ビクトルの予想通りに女は再び口を開き話し始める。説得という名の長い尋問はまだ始まったばかりだ。
 それとほぼ時を同じくし、意識を取り戻したマサヒコは自分が牢獄らしき場所にいることに気付く。三方向を壁に囲まれて、残る一方向には鉄格子が設置されて扉がついている。扉の施錠には南京錠が使われているようだ。中には簡素なベッドが二つ置いてある。窓も無いので外の様子も分からない。格子の方から外を見てみると無機質な壁に廊下くらいしかない。

(ここには見張りもいないし、監視カメラとかも無さそうだ。逃げだせはしないと高を括っているんだろうな。それよりもビクトルはどこに行ったんだ? 連中の様子から察するにビクトルを殺す気は無いだろうし)

 マサヒコは一通り自身の置かれた状況を把握すると今度は思考を巡らせる。
 拉致したのは襲ってきた男たちの仲間だろう。連中はビクトルを生け捕りにするつもりだった。狙いはビクトルの天才的な頭脳だ。それくらいはマサヒコでも簡単に推測出来る。ただビクトルの居場所が分からない。別の場所に監禁されているのか、尋問か何かを受けているのか。
 ベッドに腰掛けながらしばらく考えていたマサヒコだが、足音が聞こえてくると思考を中断して廊下の方に視線を向ける。すると複数の男と三人の女に後ろから追い立てられ、後ろ手に縛られたビクトルが歩いてくる。怪我などは無さそうだ。男の一人が南京錠の鍵を開けて扉を開くと、ビクトルを牢獄の中へと押し込む。

「そこで少し頭を冷やしてよく考えなさい、ビクトル・ハーリン博士。私たちの提案に頷いた方があなたのためにも、あなたの連れにとっても最善の選択だと分かる時が来るわ。後悔先立たず、ってことよ。じゃ、また後で」

 女の一人がビクトルに告げると一団は歩き去っていく。やはり見張りは残していかない。足音が十分遠ざかったことを確認すると、マサヒコはビクトルのロープをほどく。

「大丈夫か? ビクトル」
「ありがとう、マサヒコ。まあ、なんとかね」
「その割には結構疲れているみたいだけど?」
「あいつらのしつこさにうんざりしていたのさ。何回も同じことを言われたら疲れるよ」

 遺伝子操作の副作用で虚弱体質だったビクトルだが、『バダン』との戦いやマサヒコやアマゾンの尽力もあり、現在は人並み以上に体力がついている。ジャングルを駆け回り続ければ体力がつくし、研究者になると徹夜や肉体労働が意外と多いので自然とタフになってくる。それでもビクトルが閉口する辺り、かなりしつこく『説得』が行われたのだろう。

「けど、あいつらは一体何者なんだ?」
「亡国機業の連中だろうね。他にこんな手を使ってくる組織は無いだろうし」
「滝さんも言っていたけど、亡国機業ってのはどんな奴らなんだ?」
「まだまだ分からないことが多いけど、世界中で暗躍している秘密結社さ。色々犯罪行為はやってきているけど、最近だとISに目を付けているらしくてね。ここだけの話だけど、イギリスの第3世代機『サイレント・ゼフィルス』を強奪したのも連中なんだ」
「強奪って、『サイレント・ゼフィルス』は事故で大破して失われたってニュースで見たんだけど?」
「そんな不名誉極まりないニュースをイギリス、いや、ISを保有している国家が大々的に流すと思うかい?」

 マサヒコが言った通り、イギリスの第3世代機『サイレント・ゼフィルス』強奪は隠蔽されている。各国の軍関係者やIS関係者、それにインターポールやごく一部の事情通にしか『亡国機業』による『サイレント・ゼフィルス』強奪の事実は知られていない。国の威信をかけて開発した第3世代機が謎の組織により強奪された、と公表したがる国はない。

「つまりは亡国機業って連中はショッカーとか、バダンの連中と似たようなものでいいのか?」
「中々難しいな。そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」
「珍しくはっきりしないな。どうしてなんだ?」
「簡単に言えばやっていること自体はバダンとそんなに変わらないんだ。けど組織の最終目的がハッキリしない所とか、組織の構造なんかは違うみたいだし、これは何となくだけど、本質的な所で違うような感じがするんだ」
「目的がハッキリしないっていうのはともかく、組織の構造ってのはどういうことだ?」
「実態は掴めてないけど、『大首領』みたいな明確なトップがいない、非ピラミッド型の組織である可能性が高いね。かなり乱暴に言えば『デルザー軍団』に近い、って言った方がマサヒコには分かりやすいかな」

 マサヒコの質問に答えながらもビクトル自身も思案する。
 亡国機業にはショッカーなどと違い、組織の理念や最終目標が見えてこない。ショッカー以来の悪の組織はむしろ理念や最終目標をはっきり掲げていることが多いのとは対照的だ。それに組織の構造もかなり異なっているようにも思われる。
 ショッカーから『クライシス帝国』までの組織はピラミッド型の組織だ。対等の大幹部が数人いることもあるが、トップの命令は厳守が原則だ。場合によっては不興を買っただけで大幹部が処刑されることもある。
 一方、『亡国機業』の組織構造はショッカーからクライシス帝国までとは異なり、非ピラミッド型の組織だ。簡単に言えば明確なトップがおらず、対等の立場と権限を持った複数の幹部が組織の意志決定を行う組織構造だ。明確なリーダーが存在しない点では、団員の一人一人が大幹部で、単純な戦闘力なら歴代最強とまで言われる『デルザー軍団』、特に明確なリーダーが存在していなかった初期のそれが比較的近い。もっとも、デルザー軍団には黒幕たる大首領は存在し、団員もそれぞれ大首領には忠誠を誓っているので厳密には違うが。
 『亡国機業』の組織構造は、組織の意志決定をする『幹部会』と実務に当たる『実働部隊』に大別されること、実動部隊は幹部個人に従っている訳では無いこと、例外として優れたIS操縦者かつ専用機持ちである12人の幹部は直属の部下を持つことが許されていること、12人の幹部は幹部会でも別格の扱いで、それまでの組織で言う『大幹部』相当の権限を持ち、事実上亡国機業を取り仕切っている最高幹部であること、その12人は対等な立場であることなどが推測される。
 最高幹部の中でも最前線に出ることから比較的情報が多く、『見境無しの雨』、『獅子の女王(リオン・レーヌ)』など様々な異名で呼ばれるスコール・ミューゼルの例が一番分かりやすい。スコールは自身が抜きん出たIS操縦者であると同時に、専用機持ちの直属の部下が二人いる。しかも『アラクネ』と『サイレント・ゼフィルス』はどちらもスコールが強奪を計画・立案・指揮し、成功させたとされる代物だ。『サイレント・ゼフィルス』は操縦者の技量も相まって、IS学園を襲撃した際に複数の専用機と渡り合った程だ。それ程貴重な存在を直属の部下としているスコールの立場や権限の大きさは、推して知るべしだ。
 ただ組織の明確なトップこそいないものの、最高幹部間の意見調整や取り纏めを行い、会合の議事進行役など運営が円滑に運ぶようリードする幹部は存在しているようだ。こちらは立場こそ最高幹部と対等で発言力も大きいが、実働部隊に関する権限は殆ど与えられていないようだ。調整役ということなのだろう。
 非ピラミッド型の組織はピラミッド型の組織に比べ、トップが潰されることで組織が壊滅するリスクが無い、他の幹部の存在や新たな幹部の昇格により補完・補充され、組織全体のダメージが少なくなるなど、外部からの攻撃に強い構造になっている。だが欠点が無いわけではない。重要な問題であればある程意志決定が遅れること、なにより内部分裂にはとことん弱いという弱点を抱えている。
 特に『デルザー軍団』は顕著であり、内紛、手柄争い、抜け駆け、謀殺が横行し、結束どころか仮面ライダーストロンガーに利用され、窮地を切り抜けられた。挙げ句の果てに仮面ライダーストロンガーにパワーアップまで許してしまい、次々と団員が倒されていくという醜態を晒して組織存続の危機に立たされた。途中組織のテコ入れとしてマシーン大元帥が指揮を執って組織再編を図ったが、既に軍団員の過半数が倒されていたことや、そのマシーン大元帥も詰めが甘い部分があったこと、ジェネラル・シャドウが反発していたことなどが重なり、結局は仮面ライダーたちにより壊滅に追いやられた。
 『バダン』により復活させられた時には学習したのか、最初は皆共同歩調を取っており、指揮を執るマシーン大元帥の復活後は仮面ライダーたちをあと一歩まで追い詰めた。だが仮面ライダーを仕留め損なったことで団員の不満が噴出し、マシーン大元帥派と、シャドウを中心とする反マシーン大元帥派の対立が勃発、再び軍団は四分五裂の状態となった。内紛続きでまともに連携すら取れない軍団員は仮面ライダーたちに各個撃破され、またも組織は壊滅した。流石に亡国機業はそこまで極端に行かないだろうが、内紛のリスクは常につきまとう。
 最高幹部間でも見解の相違や温度差は少なからず存在しているようで、織斑一夏の命を狙ったかと思えば、今度は生け捕りを目論むなど組織の行動にはちぐはぐな面も見受けられる。意見が集約し切れず、各人の思惑に隔たりがあるのだろう。

「けど随分と詳しいんだな、ビクトル」
「連中は積極的にISを奪取したり、悪用したりしてくるんだ。ISを取り扱う国際IS委員会としても篠ノ之束と同じくらいには無視出来ない存在だからね。嫌でも詳しくなるさ」

 感心したように言うマサヒコにビクトルは嘆息しながら答える。

「ところでマサヒコ、そろそろここから出ないか? 足音は聞こえてこないし、アマゾンが大暴れするにしても下準備がいるだろ?」
「そうだな。見張りも監視カメラも置いてないんだから『脱走して下さい』って言っているようなもんだしな。ビクトル、発信器は頼めるか?」
「任せてくれ。『アレ』には気付いてなかったのか、取り上げる素振りすら無かったからね。その様子じゃマサヒコも……」
「ああ、寝ているところを放り込んだみたいで無事だよ」
「だったら決まりだ。善は急げ、さ」

 マサヒコは懐から鞘に収まったやや小振りのサバイバルナイフを、ビクトルは折り畳み式のツールナイフを取り出す。マサヒコは上着に付けられた発信器を外してビクトルに渡す。次にナイフを鞘から抜き、鋸刃の付いた刃の背を扉のすぐ隣にある鉄格子の上に当てて、まるで木材でも斬るかのように引き切って鉄格子を取り外す。さらにもう一本外してスペースを作ると、手を出して南京錠の掛け金も切断する。マサヒコが今使っているサバイバルナイフは結城丈二が製作し、アマゾンを通して手渡された『特注品』だ。
 ビクトルが使っているツールナイフも同じく結城丈二の特製だ。こちらはビクトルが成人した際に出先での作業用にと丈二自ら手渡したもので、切れ味はあまりないが様々な工具の機能がついている。今も出先で実験機器の調整をしたり不調があったりした時などに重宝している。発信器に細工を施すくらいならこれだけあれば十分だ。作業をし終えたビクトルにマサヒコが鉄棒を渡す。

「それは?」
「ほら、ナイフよりはこっちの方がリーチはあるだろ? 念のために、さ」
「なるほど、武器って訳か。こんなことに慣れたくはなかったけど、仕方ないな」
「俺もさ。じゃ、行こうか」

 ビクトルはマサヒコから鉄棒を受け取ると細工を施した発信器を懐にしまい、南京錠が外れた扉を開けて二人揃って牢獄から抜け出した。

**********

 山道の中を2台のバイクがひた走る。1台はアマゾンが乗る『ジャングラー』、もう1台は和也と鈴が乗るバイクだ。和也のバイクは前を行く『ジャングラー』に先導されて走っている。
 マサヒコとビクトルが拉致された後、アマゾンは即座にジャングラーに乗って走り出していた。和也と鈴は同じくバイクに跨がりすぐに追いかけて、現在はこうしてマサヒコとビクトルを救出すべく動いている。アマゾンは鋭敏な五感や野生の勘で場所を本能的に理解したのだろう。だから和也と鈴はアマゾンを信じてついて行くことにしたのだ。アマゾンは舗装されていない山道へ入り、『ジャングラー』から降りると山道を走り出す。和也もバイクを『ジャングラー』の近くに停車させ、鈴と共にアマゾンを追って走り出す。
 先に進むと洞窟らしき空洞が目の前に見えてくる。アマゾンは近くの茂みに飛び込み隠れる。和也と鈴もアマゾンの近くに隠れる。洞窟の前には見張りらしき男たちが数人いる。

「けどよくこんな場所にあるって分かったわね、アマゾン」
「オレ、こういうこと、慣れてる。それにここ、ガランダー、『ネオショッカー』がアジトの一つにしてた。この辺り、マサヒコとビクトルを閉じ込めておける場所、もうここしかない」

 感心したように言う鈴にアマゾンはよどみなく答えてみせる。
 アマゾンは単独で敵のアジトを発見・探索・侵入することが多く、単独行動や別行動で潜入や救出に当たることも少なくなかった。アマゾンが場所を特定出来たのは感覚的なものだけではなく、戦いの中で積んだ経験によるものでもある。

「しかし見張りの連中は少し厄介だな。面倒だし、2人に危害が及んだらまずい」
「だったら、オレがやる」

 アマゾンは答えると、茂みに隠れたり木々の間を飛び回ったりして見張りに接近していく。やがて和也や鈴の視界からもその姿を消す。アマゾンは男たちの背後に音もなく飛び降り、声を上げさせる間もなく気絶させて手招きする。2人は茂みから出てアマゾンへと合流し、洞窟の中へと入っていく。中は暗いが全く見えないほどではない。時折何人かが洞窟の中から歩いてくるが、敵に発見される前に全てアマゾンが声すら上げさせずに眠らせる。奥に進むとリフトを発見する。リフトに乗り込み和也が計器を操作すると、リフトは下へと向けて動き出す。

「なるほど、この地下にアジトがあるって訳か」

 降りていくリフトの中で和也が呟くと同時にリフトは地下へと到着する。三人が降りて少し歩くと、金属製のドアがある。電子ロックが使われているようだ。

「ここはカードキーが無いと入れなさそうだな。別の入り口探すか?」
「大丈夫。さっき気絶させた奴ら、これ持ってた」

 アマゾンはカードキーを数枚取り出して和也に見せる。

「アマゾン、ちょっと手慣れ過ぎじゃない?」
「ま、そのお陰で無事侵入出来るんだ。鈴、お前も一応カードを持っていてくれ。施設内部でもカードキーが必要になる場所があるかもしれないからな」

 和也がカードキーの内一枚をロックに通すと無事ロックは解除される。三人は監視カメラや巡回をやり過ごし、手近な部屋に入り込む。現在は使われていない部屋のようだ。

「とにかく、二人の居場所を探すのが先決だな。二手に別れて探すぞ。アマゾンと鈴は一緒に二人を頼む。俺はついでにモニタールームも探してくる」
「滝捜査官、1人で大丈夫ですか?」
「馬鹿にすんな。俺はこういうのはショッカーから続けてきたんだ。年季ならアマゾンより上さ。それにモニタールーム探しとなると1人の方が目立たなくて済む分色々やり易い」
「分かりました。気を付けて下さいね?」
「ああ。それより君こそ気を付けろよ? 初めてだろ?」
「大丈夫ですよ。アマゾンがいますし」
「うん、オレがリン、守るから大丈夫」
「よし、なら行動開始だ」

 アマゾンと鈴は天井のハッチを開けて天井裏へと入り込む。和也もまたそれを見届けると近くのダストシュートを伝って2人とは別方向へと潜入を開始するのであった。

*********

 脱走したマサヒコとビクトルはアジト内を探索している。監視カメラや巡回を物陰に隠れてやり過ごしつつ、現在は使われていないブロックにいる。

「ここはもう使われていないみたいだ。つまりこのアジト自体、連中が建設した訳じゃなくて前からあったのをそのまま、あるいは多少改修して使っている、ってところなんだろうな」
「ビクトル、この機械なんだけど、なんか気にならないか? それにこの部屋も、さ」
「察するに改造手術に使う部屋なんだろう。他に器具とかは残ってないし、カルテやデータの類いも残ってないか」
「改造手術って、連中はISだけじゃなくて改造人間も使っているのか?」
「いや、そんな情報は入ってきていないね。第一、改造人間の製造が出来るのはもう志度敬太郎博士くらいだし。それと使われた形跡がないところを見るに、最初からこの施設に設置されていたんだろうね」
「つまりここは悪の組織のアジト跡って訳か」

 マサヒコとビクトルは部屋の中を見渡す。確かに独特の雰囲気は悪の組織のそれだ。ビクトルは近くにあった机をあさっていたが、マサヒコと共に部屋から出て続けて隣の部屋に入っていく。こちらは研究室として使われていたらしく、机や本棚などが置かれている。マサヒコとビクトルは机や本棚を調べてみるが、やはりめぼしいものは残っていない。ふとビクトルが壁の方を見ると備え付けの情報端末が設置されている。亡国機業が設置したのだろうか。ビクトルは端末に向かうと端末を起動させ、キーボードを操作し始める。

「どうする気だ?」
「少し現在地とか調べとこうと思ってね」
「セキュリティとか突破出来るのか?」
「今やっているところさ。流石にちゃんとセキュリティは一通り備えているか。だけど、僕相手には甘いな。見てろよ、篠ノ之束ほどじゃないけどクラッキングも……!」

 呟きながら端末を操作していたビクトルだが、しばらくするとディスプレイに様々な情報が表示され始める。

「よし、出来た。ここは中心部から外れているみたいだな。中央制御室はここで、昔の指令室はモニタールームとして使われているみたいだ」
「この下にもなにかあるな。で、こっちは貯蔵庫。武器庫はもう使われてないみたいだ。ってこっちには爆薬!? 自爆用って訳か」

 マサヒコとビクトルは画面を見ながらめいめい呟く。だが外が騒がしくなってくるとビクトルは端末を再び操作する。

「流石に脱け出したのに気付かれたか。ただこっちにいることまでは気付かれてはないみたいだ」
「予想はしていたけどこの先は動きにくいな。ここからは天井裏からいくしかないな」
「待ってくれ。ちょっとお返しを……よし、これで完了っと。あいつら、後であわてふためくぞ」

 ビクトルは端末を操作すると画面を閉じ、先に天井裏に入り込んだマサヒコに続けて天井裏に入る。

「次はどうする? このままじゃ出るに出られないし」
「だったらもう少し暴れてやるか……モニタールームに行こう。そこならここ以上に出来ることがある筈だ」

 次の目的地を決めると、マサヒコとビクトルはモニタールームを目指して天井裏を進み始めた。

**********

「アマゾン、ここは?」
「多分、何かの実験してた場所。さっきの場所から、結構離れてる」
「でも、マサヒコさんもハーリン博士もまだ見つからないわね」

 天井裏を伝ってマサヒコとビクトルを探していたアマゾンと鈴は、天井裏のハッチを開けてアジトの一部へと降り立って部屋の中を調べる。同じ作業を何回もやっているが、マサヒコやビクトルの監禁されている場所には出ていない。運が良いのか悪いのか、誰とも出くわしていない。今いるのは実験場らしき場所だ。ここも外れのようだ。アマゾンと鈴は再びハッチから天井裏に戻ろうとするが、周囲が騒がしくなってきたことに気付くと中断し、耳を澄ませる。

「ハーリン博士は!?」
「こちらにはいない!」
「クソ! 博士と連れの男に仕込んでおいた発信器はどうしたんだ!?」
「それがちゃんと作動しているなら、こんなことにはなっていない! だから見張りを付けろと俺は言ったんだ! まったく、ISが操縦出来るからと言って……!」

 男たちの怒号と足音が徐々に近付いてくる。この部屋に向かってきているようだ。間もなくこの部屋にも入ってくるだろう。アマゾンと鈴は黙って目配せすると、アマゾンはドアのすぐ右の壁に、鈴はすぐ左の壁に張り付き、息を殺して待ち構える。ドアが開き、男達が飛び込んでくると同時にアマゾンと鈴はドアを閉じ、一斉に飛びかかって叩きのめす。最後の一人が逃げようとするが、アマゾンは襟を掴んで引き戻すと胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。

「言え! マサヒコとビクトルはどこだ!?」
「だ、誰がそんなことを言うか!」

 アマゾンの剣幕に思わずたじろぐ男だが、白を切る。そこに鈴が加わる。

「とぼけても無駄よ!」
「知らんものは知らん! 殺すなら殺せ!」
「あっそ。だったらあんたの言う通りそうしてあげるわ!」

 鈴は自身の専用機を部分展開させると右の拳を固める。

「ま、待て! 話す! 話すから止めてくれ!」
「さっきまでの威勢はどうしたのよ、情けないわね。まあ良いわ。ほら、さっさと話しなさい」
「簡単に言うな! 口で説明出来ることじゃない! 俺がハーリン博士とその連れが監禁されている場所に連れて行ってやる」

 舌の根が乾かぬうちにアマゾンの手を退け、男が特殊警棒を抜き放とうとした瞬間、部分展開された拳が男の顔のすぐ真横にある壁に炸裂する。

「残念だけどあんたたちがマサヒコさんとハーリン博士に逃げられたって話も、二人の居場所も掴めてないって話もちゃんと聞いていたわ。正直に言ったら生かしておくつもりだったけど、仕方ないわね。さあ、最初はどこがいいか選びなさい。顔? 胸? 腹?」

 鈴は手早く特殊警棒をねじ曲げると投げ捨て、男に冷たく言い放つ。

「待ってくれ! い、命だけは!」
「そう! 顔がいいのね! ならお望み通りそうしてあげるわ!」

 逃げようとする男の顔に拳を思い切り叩きつけるが、直前で寸止めされる。男の方は恐怖のあまり寸止めと同時に気絶している。

「アマゾン、どうする?」
「隠れてもあんまり意味ない。あいつら、マサヒコとビクトル捕まえようと必死。ならオレたちが暴れた方が逃げやすくなる」
「なら正面突破に決まりね! だったら一丁派手に行くわよ!」
「でもアイエス使ったらダメだぞ? アイエス使ってマサヒコとビクトルに当たったら危ない」
「分かってるわよ、アマゾン。今度はきちんと言うこと聞くわ」

 アマゾンと鈴は会話を交わすと今度はドアから堂々と部屋を出て走り出す。

「さて、と。モニタールームを見つけたはいいが、どうするか、だな」

 その頃、和也はアジトの中央部にあるモニタールームの前へとやって来ていた。アジト内を探索していた和也だが、マサヒコとビクトルが牢獄から脱出した後だとアナウンスや男たちの会話から悟り、モニタールーム探索をしながらマサヒコとビクトルも探している。途中で男を数人捕まえてモニタールームの場所を吐かせ、監視カメラから姿を隠しながらモニタールーム前にまでやってきた。モニタールームの中には未だ数人の男たちが詰めている。ハッチに向かった矢先、入ろうとしたハッチが内側から開く。思わず敵かと身構える和也だが、即座に違うと思い直す。ハッチから床に降りてきた2人を見て和也は安堵する。

「マサヒコ! ビクトル! 無事だったか!」
「滝さん! はい、俺もビクトルも大丈夫です!」
「それよりアマゾンと鈴さんは?」
「今頃お前たちを助ける為に一暴れしてるんじゃないか?」

 降りてきたのは他でもないマサヒコとビクトルだ。牢獄から脱走した後は天井裏を伝って逃げ回っていたようだ。互いの無事を喜んでいた3人だが、やがてマサヒコが口を開く。

「滝さん、あのモニタールームに何人いるかは分かりますか?」
「さっき見えた限りじゃ5、6人は居たな。死角も考えれば他にも何人かいる可能性もあるな。お前らはどうする?」
「勿論滝さんに付き合いますよ。というより僕もマサヒコも最初からそのつもりでここまで来たんですから」
「ったく、昔と変わらずアグレッシブな奴らだぜ。だったら話は早い。天井裏からとっておきのサプライズを届けてやろうぜ?」

 和也が天井裏に入り込むと、マサヒコとビクトルも和也に続いて天井裏へと入り込み、ハッチを閉める。天井裏を伝っていくとモニタールームの真上に到着し、和也はハッチを開けて天井裏から飛び降りて手近な敵に反応する間もなく手刀を打ち込み、気絶させる。

「グッ! 侵入者か!?」

 和也はマイクを取ろうとした男を蹴り飛ばすと、挑みかかってくる男達に突きや蹴りを見舞い沈黙させる。ドアから逃げようとした敵には飛び蹴りを浴びせて沈黙させる。マサヒコとビクトルは安全が確保されたのを見ると、天井裏から床に降り立つ。ビクトルはモニタールームの端末を操作し始める。

「よし、さっき送ったウイルスプログラムは効いているな。これでシステムのコントロールはこっちのものだ。アマゾンと鈴さんも近くで暴れているらしいね」

 端末を操作しながらビクトルは次々とモニターに情報を表示させていく。

「地下なのに輸送機の発着場まであんのかよ」
「施設の一部は地上にまで出てきているようですね。意外とこんなものがあっても気付かれないものなんですね」
「人間の心理ってのは案外そんなもんだよ。身近にあるほど思い込みや先入観、慣れで却って気付きにくいものさ。よし、システムの全ロック解除。アジトの自爆コードも生きているな。こいつをセットして、と……」

 端末を操作しながらビクトルは呟くと画面が赤く点滅し、画面にカウントダウンが表示され、アジト内に放送が流れ出す。

『警告! 只今自爆コードの入力を確認! このまま解除コードが入力されない場合には一時間後にこの施設は自爆します! 直ちに解除コードを入力するか安全な場所へと待避して下さい! 繰り返します……』

「自爆か、だったらさっさと逃げ出さねえとな」
「その前に一仕事残ってますよ。マサヒコ!」
「よしきた!」

 マサヒコとビクトルは切断された鉄格子の一部をそれぞれ手に持つ。

「ここ以外の他の端末からシステムをコントロール出来ないようにプログラムを書き換えましたが、この端末を使われたら意味が無いので、物理的に破壊するんですよ」
「なるほど、そいつは名案だぜ」

 和也もまたホルスターから電磁ナイフを取り出す。3人はめいめい手に持った武器を駆使して端末を破壊していく。

「この! いつも僕たちに政治的判断とかそんなものばっかりさせて! 僕たちの本業は政治家じゃない、科学者なんだ! そんなことは慣れてないし、慣れないし、やりたくないに決まっているだろ! ただでさえあの篠ノ之束のせいで厄介な問題や面倒な仕事が増え続ける一方だっていうのに……!」
「ビクトル、かなりストレスが溜まっていたんだな……」

 その際、ビクトルが日頃の鬱憤をぶちまけるように大暴れして鉄棒を振るっていたのは、また別の話である。

**********

 ビクトルたちがアジトの自爆装置を起動させた頃、アマゾンと鈴は敵を蹴散らしながら先に進んでいた。すると新たに男たちの他に6人の女もアマゾンと鈴の前に現れる。女の方が立場は上なようだ。女の1人が代表してアマゾンと鈴に言い放つ。

「なんの目的で、どうやって侵入してきたのかは知らないけれど、今まで散々荒らし回ってくれたようね。けど、もうやらせない! せめてもの情けよ、おとなしくしてれば痛みは少なくしてあげるわ!」
「なに好き勝手言ってんのよ! そっちこそ人の『トモダチ』浚っといてタダで済むとか思ってんじゃないわよ!」
「マサヒコとビクトル、返せ! 邪魔するなら手加減しない!」

 逆に鈴とアマゾンは女たちをにらみ返して飛びかかろうとするが、アジトが一時間後に自爆する旨のアナウンスが流れるとそれを中断する。女たちにとっても想定外の事態であったらしく、しばらくはフリーズ状態だったが、慌てて女が指示を出す。

「な、なにをしているの!? 解除コードを入力しなさい! それとあなたたちはモニタールームの様子を!」

 指示に合わせて男たちは動き出す。男の1人が手近な壁に備え付けられた端末を操作し始めるが、表情が青ざめていく。やがてその男は悲鳴のような叫びを上げる。

「だ、駄目です! こちらからでは解除出来ません!」
「何ですって!?」

 さらにモニタールームの様子を見に行くように指示されていた男たちが報告にやってくる。

「モ、モニタールームの端末が何者かにより破壊されました! 自爆を阻止することはもう不可能かと……」

 男の言葉に女たちの顔が青ざめる。様子を見ていたアマゾンと鈴はやがて状況を理解して、確信する。

「アマゾン、もしかしなくてもこれって、滝さんたちが?」
「多分、そう。3人とも、無事に会えた」

 だがアマゾンや鈴にも危険が迫っている。まだ自爆まで余裕はあるが、ぐずぐずしている暇もないのも事実だ。同時に女も指示を出す。

「総員待避! 私たちは輸送機で離脱するわよ!」

 女の一言を最後に男たちと女たちはそれぞれ一斉に別方向へと走り出す。

「逃がすか!」

 アマゾンは女たちを追いかけようと走り出す。

「アマゾン!?」
「リン、心配するな! オレは大丈夫! リンは早く出て、タキとマサヒコとビクトルに合流する!」
「で、でも……!」
「オレ、まだ死なない! モグラとの約束まだ守ってないし、まだ死ねない! だから、大丈夫!」
「アマゾン……」
「だから早く行け! リンはリンを待ってる『トモダチ』の為にも、駄目だ!」
「……後は、お願い!」

 鈴はアマゾンに告げると意を決して出入口へと走り出す。アマゾンは鈴を見届けると、再び逃げた女たちの後を追いかけ走り始める。
 アジトを脱出して地上に出た和也とマサヒコ、それにビクトルは男たちを片っ端から叩きのめしては縛り上げて、木にくくりつけていく。間もなくカウントダウンも終わり、アジトが自爆する頃だ。

「滝捜査官! マサヒコさん! ハーリン博士!」

 同じく地上へと無事に脱出出来た鈴が三人へと駆け寄ってくる。こちらはこちらで特に怪我もなさそうだ。

「鈴さん! ご無事でしたか。それで、アマゾンは?」
「逃げる敵を追いかけるって言って……」
「あいつ、またそんなことを。ま、アマゾンなら大丈夫だと思うけどな」
「ええ。アマゾンのことですから、ひょっこり顔を出すに決まっていますよ」

 鈴の話を聞いてもマサヒコ、和也、ビクトルは慌てる様子も見せない。

「それに自爆させた張本人が言うのもなんですけど、アマゾンは『トモダチ』の為ならどんな時にも、どんな場所でも駆け付けてくれますからね。貴女もそう思いませんか?」
「そう言われたら、私も納得するしかないですね」

 ビクトルの言葉に思い当たる節のある鈴は苦笑する。
 同時に近くの山から輸送機が離陸して上空を旋回し、出撃した6機のISが4人の前に降り立つ。かつて鈴やアマゾンと交戦したISだ。和也と鈴がマサヒコとビクトルを守るように前に立つ。鈴はISを展開しようと右手に嵌めた黒い腕輪に手をかける。

「動くな!」

 しかし女がアサルトライフルをマサヒコとビクトルのすぐ横に発射するのを見て、鈴はおとなしく展開を諦める。この状況では鈴がISを展開して盾になる前に、他の三人が蜂の巣にされる。今は諦めるしかない。リーダー格らしき女が口を開く。

「手間かけさせてくれるわ。ハーリン博士、それと専用機持ちの貴女も、私たちと一緒に来て貰うわよ。嫌なら力づくで連れて行くわ。いくら専用機持ちでも抵抗する気なんて無いでしょうけどね」
「嫌だね!」
「そんなの、断るに決まってるじゃない!」

 しかし鈴とビクトルは毅然とした態度で拒否する。

「あなたたち、少しは状況を理解しなさい? なんならそっちの連れの男二人は今すぐ殺してやってもいいのよ?」
「ヘッ、そんなのどうせハッタリだろうが。そんな脅しは通用しねえぜ!」
「それに俺たちにはまだアマゾンがいるんだ! お前たちの思い通りにはいかないぞ!」

 和也とマサヒコも女たちに言い放つが、逆に女たちは嘲笑して告げる。

「アマゾン? ああ、あのしつこいケダモノみたいな奴はそんな名前だったのね。まあいいわ。丁度いい見せしめが出来たわ。そのアマゾンだけど、そろそろ死ぬわ。あの男、私たちを追いかけたはいいけどタッチの差で逃げられてね。今頃あのアジトの中よ。そして……」

 女たちが洞窟を見やった瞬間、爆発音と鈍い衝撃が響き渡り、洞窟が崩れ去る。

「今死んだわ。あなたたちが起動させた自爆装置のせいでね。どう? 頼りにしていた男を自分たちの手で殺した気分は? これであなたたちはもう後戻り出来ないわ。だって私たちと同じ、いいえ、私たちよりゲスで薄汚い人殺しになったんだから。そんなあなたたちを何処も受け入れたりはしないわ。でも安心して、私たちはそんなことを気にしない。私たちはあなたたちという人間が欲しいんじゃないの。あなたたちの才能や専用機、能力が欲しいのよ。だからあなたたちの過去なんて気にしない」

 女は勝ち誇ったように続けるが鈴もビクトルも何も答えない。よほどショックを受けたのだろうと判断した女はさらに畳みかける。

「それに私たちは公平よ? 逆らえばあのアマゾンとかいう馬鹿な男みたいな目に遭うことになるけど、組織に忠誠を誓って功績を挙げればどんな褒賞も望むがまま。地位も力も手に入るわ。どう? 悪い話じゃないと思うわ。あなたたちにはそれだけの力があるのだから、ゆくゆくは組織の幹部としてこの世界を裏で操ることだって出来る。だから……」
「地位? 力? 世界? いらないね、そんなもの」

 しかしビクトルはショックを受けるどころか不敵に笑ってみせる。

「そうよ。そんなもの、いらない。私には一夏や他のみんなが、それにアマゾンがいればそれで十分よ。みんながいない世界なんて、死んでも御免よ」

 続いて鈴が力強く女の言葉を否定する。

「それとさっきから好き勝手言ってくれてるけどな、アマゾンは死んじゃいない。この程度じゃ、お前たちじゃ、アマゾンは殺せない」

 最後にマサヒコも付け加わる。そしてマサヒコ、ビクトル、鈴は女たちを睨み据えて言い放つ。

「アマゾンは! 俺の、俺たちのために!」

 ――アァァァ!

「僕の、僕だけの! 僕たちのために!」

 ――マァァァ!

「それに私の、私たちのために来てくれて! これからも来てくれるんだから!」

 ――ゾォォォン!!

「それをお前たちに! お前たちなんかに止められるか!」
「ほざいてなさい! だったまずそこの男から殺してやるわ!」

 女は吐き捨てると、アサルトライフルを構えてまずマサヒコに狙いを定め、銃撃しようとする。

「ガァァァァッ!」

 しかし地下から『何か』が飛び出し、アサルトライフルを切り裂いて先頭の女を蹴り飛ばす。

「何!? まさか『マスクドライダー』!?」

 女たちが距離を取るのと同時に鈴、マサヒコ、ビクトル、和也の前に何かが降り立つ。まだら模様のトカゲ男だ。左腕には『ギギの腕輪』が、腰にはベルト『コンドラー』が巻かれている。そのままトカゲ男は話し始める。

「マサヒコ、ビクトル、タキ、リン、大丈夫か?」
「ありがとう、アマゾン。俺は大丈夫だよ」
「勿論僕もだよ。僕からもありがとう、アマゾン」
「私からもありがとう。けどもう少し早く来てくれても良かったんじゃない? あんなこと言ったけど、正直少し心配だったんだから」
「ごめん、リン」

 トカゲ男ことアマゾンはいつものように三人と受け答えをする。続けて和也が口を開く。

「俺は気にしちゃいないさ。仮面ライダーってのは少し遅れて最高のタイミングで来るものだからな。それよりアマゾン! 鈴! マサヒコとビクトルは俺が引き受けるから、二人共思い切り暴れてこい!」
「ああ! リン!」
「はい! アマゾン!」

 アマゾンと鈴が答えると3人は下がり、鈴は腕輪に手を掛け、量子化されたISを展開して装甲を装着する。

「行くわよ! 悪党共!」
「オレたちがいる限り、トモダチは、誰もやらせない!」

 啖呵を切ると咆哮と双牙で友に仇為す悪を討ち倒す機甲の龍……『甲龍(シェンロン)』を装着した凰鈴音と、獣と人の心を併せ持ち、密林を駆け友の為に悪を狩る強く気高く優しい野獣……6番目の仮面ライダー『仮面ライダーアマゾン』は友を狙う悪を倒すべく並んで挑みかかった。

**********

 仮面ライダーアマゾンは真っ先に手近な敵へと躍りかかるや、近接ブレードの刃に牙を突き立てて斬撃を受け止める。

「なっ!? こいつ!」

 慌ててブレードを引き離そうとする女だが、仮面ライダーアマゾンはしっかりと食らい付き、びくともしない。逆に仮面ライダーアマゾンはクラッシャーにさらなる力を込め、近接ブレードの刃を噛み折る。すぐさま近接ブレードの主に飛びかかり、馬乗り状態になって爪を使った攻撃『モンキーアタック』を繰り返す。

「離れろ! トカゲ野郎!」

 残る5人が横から射撃を浴びせて仮面ライダーアマゾンを引き離す。そのまま6機は飛び上がるとスラスターを駆使して空中を飛び回り、仮面ライダーアマゾンに集中砲火を加える。仮面ライダーアマゾンは反撃出来ず、銃撃を腕のヒレで防御しながら銃撃を受け続ける。

「ふん、お前が飛べないのはお見通しだ! このままなぶり殺しにしてやる!」

 敵も仮面ライダーアマゾンに飛行能力も飛び道具も無いことも分析済みだ。これが獣には決して理解出来ない戦術というものだ。女たちは仮面ライダーアマゾンに銃撃を加え続ける。だが、女たちにはもう一人厄介な敵がいることを忘れていた。

「人を無視するなんていい度胸じゃない!」

 突如として『何か』が女たちを纏めて吹き飛ばす。鈴が『甲龍』の肩部を展開して『何か』を放ったのだ。

「『龍咆』か!?」
「ご名答。分かったところでもう遅いけどね!」

 鈴は空間自体に圧力をかけて砲身として衝撃波を放つ不可視の衝撃砲、『龍咆』を乱射して女たちを一方的に砲撃する。砲弾は勿論砲身も不可視であるため、砲口による攻撃予測も出来ずに女たちは一方的に攻撃され続ける。しかし女たちは一度散開し、その内の一人が真後ろに回り込んで攻撃を仕掛ける。

「いくら衝撃砲でも、真後ろには撃てまい!」
「確かに撃てないわね……『肩のは』、だけど」

 しかし鈴が不敵に言うと同時にその女に衝撃波が叩きつけられ、吹き飛ばす。
 腕部の『龍咆』だ。『龍咆』は空間そのものを砲身とする関係上、砲身の稼働限界が殆ど無い。流石に設置場所の都合上肩部『龍咆』は真後ろに放てないが、腕部のそれならそれこそ死角なしで発射出来る。

「だが所詮は砲撃機! 接近戦なら!」
「それが、甘いのよ!」

 敢えて接近してきた敵に対して鈴は一対の青龍刀『双天牙月』を呼び出し、敵の近接ブレードを弾くや双天牙月を駆使して逆に攻め立てる。『龍咆』による不可視の砲撃に目が行きがちだが、『甲龍』はパワーがあり格闘戦能力も平均以上だ。それに格闘戦ならば鈴の高い身体能力も存分に生かせる。鈴はスラスターを駆使して敵を翻弄し、双天牙月を振り回して斬撃を加え、時に虚を突いて前蹴りや裏拳を見舞い、緩急織り交ぜて一方的に敵を攻撃し続ける。別の1機が銃撃を加えようとするが、鈴は咄嗟に双天牙月を連結させてブーメランのように投げつける。

「正気か!? だが、貰う!」
「それが甘いって、言ってるでしょ!」

 武器を投げ捨てたも同然な鈴に敵は一転して攻勢に出ようとするが、鈴は半身でかわす。逆に禽打で敵の腕を掴むと、捻り上げる。手を離して敵の体勢を崩すと鈴は無手のまま蹴り、手刀、掌打、裏拳、肘打、貫手を次々に叩き込む。締めに崩拳で敵を弾き飛ばし、戻ってきた双天牙月を分離させて両手に持つ。

(拳法を教えてくれたウェイ・ペイ先生には今度会ったらお礼言わなきゃね)

 内心鈴は自身を始めとする中国代表及び代表候補生の専属医で、かつて自身に中国拳法を基礎とはいえレクチャーしてくれた『師父』でもあるウェイ・ペイを思い浮かべる。女たちは同時攻撃を仕掛けようとするが、仮面ライダーアマゾンがその内1機に飛び付き、地面へと引き摺り降ろす。

「この! しつこい!」
「ほら! うかうかしてると後ろからバッサリよ!」

 残る敵も、双天牙月を手に攻撃を仕掛けてきた鈴により妨害される。

「将を射んとすればまず馬を射よ、ね。作戦変更よ!」

 リーダー格の女は一旦鈴から距離を取り、パッケージを呼び出すとミサイルを和也、マサヒコ、ビクトルへ向けて発射する。

「マサヒコ! ビクトル! タキ!」

 仮面ライダーアマゾンは敵を即座に放り出して3人の前に回り込み、ミサイルから身を挺して三人を庇う。

「だったらこれも防いでみなさい!」

 残る5機も並び立ち、同じようにパッケージを呼び出すとミサイルやアサルトライフルを乱射する。

「いくらなんでも、汚なすぎじゃない!」

 鈴もスラスターを噴かして仮面ライダーアマゾンに並び立つと、同じく三人の盾になりながら龍咆を撃ってミサイルを迎撃しつつ敵へと撃ち返す。しかし敵からの攻撃が激しく中々上手くはいかない。

「汚い? これはスポーツじゃなくて戦争よ? 命の取り合い、殺し合いよ? 生き残った方が正しい。勝った方こそが正義なのよ!」

 女たちは嘲笑いながらミサイルやアサルトライフルを仮面ライダーアマゾンや鈴へと浴びせる。しかし鈴は被弾覚悟で無理矢理龍咆を展開して砲撃し、敵の攻撃を中断させる。

「やはりその龍咆は厄介ね、回避や防御が難しいもの。それに目潰しも兼ねて、アレを使うわよ!」

 リーダー格の女が言うと再び6人がミサイルを発射する。今度は仮面ライダーアマゾンと鈴の足元へと着弾し、二人は煙に包まれる。

「こんなもので!」

 鈴は構わずに龍咆を発射する。

「残念だけど当たらないわ!」

 しかし女たちはまるで砲撃が見えているかのように龍咆を回避し、逆に銃撃やミサイルを浴びせる。

「そんな!? どうして!?」
「なら特別に教えてあげるわ。確かに貴女の龍咆は砲弾だけでなく砲身すらも見えない。だからこちらも防御も回避も難しい。けどね、いくら砲身が見えないと言っても、空間に圧力をかけて砲身を形成する以上、どうしても気流の流れに乱れが生じるわ」
「まさか、この煙幕は!?」
「そのまさかよ。この煙幕は貴女の龍咆を見えるようにするためよ。煙が巻き上げられれば貴女が龍咆を使うと分かる。さらに言えば、煙の流れで貴女の狙いも分かり易くなる。龍咆のメリットは砲弾はおろか砲身まで不可視で、狙いや発射されるタイミングが直前まで分かりにくい点。残念だったわね。そいつらを庇いさえしなければ、こうはならなかったのに」

 驚愕する鈴を女達は嘲笑い、ミサイルやアサルトライフルを仮面ライダーアマゾンや鈴へと浴びせ続ける。鈴は構わずに龍咆で撃ち返すがことごとく回避され、意味をなさない。せめて動ければ話は別なのだが、煙幕から抜けようにも背後にはマサヒコやビクトルがいる。盾となっている仮面ライダーアマゾンの負担も大きくなる。

「くっ! このままじゃアマゾンも鈴さんも……! せめてこれの届く距離まで降りてくれば!」

 ビクトルは歯噛みしながら、ポケットからマサヒコや自身に仕込まれた発信器を改造したらしき何かを取り出す。マサヒコがビクトルに尋ねる。

「ビクトル、それがあればどうにかなるんだな!?」
「ああ、どうにかなる。時間稼ぎくらいなら出来る。けどそのためにはこいつを近くで炸裂させないと……!」
「だったら、届かせてやるだけだ!」

 ビクトルの言葉を和也は不敵に笑って遮ると、仮面ライダーアマゾンに声を張り上げる。

「アマゾン! 悪いがお前のジャングラー少し貸してくれ! 悪いようにはしねえ! 必ず突破口を開いてみせる!」
「タキ……分かった! ジャングラー!」

 和也の言葉に仮面ライダーアマゾンは頷くと『ジャングラー』を呼び寄せ、和也はジャングラーに跨がる。

「マサヒコ! 乗れ!」
「けど滝さん! ジャングラーに乗れるんですか!?」
「これでも昔はレーサーもやってたんだ! アマゾンよりも年季は上だぜ! それに仮面ライダーのバイクは慣れてんだ! 新サイクロン号は俺も開発に参加したしよ! それくらい信じやがれ!」
「分かりました……ビクトル!」
「滝さん! マサヒコ! 後は頼む!」

 ビクトルは和也の後ろに乗ったマサヒコに発信器を改造したものを二つとも渡す。和也は『ジャングラー』を走らせ、カウルからロープが付いた銛を敵へと発射する。ロープを1機の足へと巻き付けると、ロープを巻き上げてジャングラーを上昇させる。

「一体なんのつもりだ!?」

 女は慌てずに近接ブレードでロープ部分を切り離そうとする。

「マサヒコ!」
「はい!」

 ロープが切り離される直前にマサヒコは手に持ったものを思い切り投げ付ける。そこに和也は大型拳銃を抜き放ち撃って炸裂させる。

「なっ!?」

 ロープを切られて落下していくジャングラーを訝しげに見ていた女たちだが、やがてハイパーセンサーに異常が発生して最後にはブラックアウトする。

「どうだ! 僕特製のジャミング爆弾は!」

 確認するとビクトルはしてやったりと言いたげな笑みを浮かべる。ビクトルは発信器を改造し、破裂するとISのハイパーセンサーを妨害する効果があるシグナルを発する一種の爆弾とした。勿論ISのハイパーセンサーを封じられるのはごく短時間だが、敵は攻撃もままならずに混乱している。仮面ライダーアマゾンは鈴に話しかける。

「リン! オレが合図したらソレを撃つんだ!」
「でもアマゾン!」
「大丈夫! ビクトルもタキもマサヒコもリンも、オレを助けてくれた! だから今度はオレが助ける!」
「アマゾン……分かったわ、任せて!」

 鈴の答えを聞くと仮面ライダーアマゾンはギギの腕輪を掴み、腕輪に圧力をかける。すると仮面ライダーアマゾンの手足のヒレや背鰭が激しく振動を開始し、周囲の空気が攪拌されて煙幕を吹き飛ばす。腕輪に圧力が掛かると仮面ライダーアマゾンのヒレが振動し、あらゆるものを突き破る。先程地面から飛び出してきたのと原理は同じだ。アマゾンは空気を激しく振動・撹拌させることで煙幕を吹き飛ばしたのだ。

「リン! 今だ!」
「ありがとう! アマゾン!」

 煙が完全に晴れると同時に鈴は龍咆を展開し、上空の敵をまとめて吹き飛ばす。

「しまった!? だがまだ!」

 ようやくハイパーセンサーが回復した女たちは上空で体勢を立て直し、アサルトライフルを二人に向けて発射する。

「ウォアアアア!」

 しかし仮面ライダーアマゾンは独楽のように高速回転して銃弾を弾きながら飛び上がり、上空の敵に向けて突撃して蹴散らす。仮面ライダーアマゾンは女達あちの上を取ると、今度は足を敵の一人へと向けて銃撃を弾き飛ばしながら飛び蹴りを放つ。

「スピンキック!」

 飛び蹴りをまともに食らった敵は為す術なく落下を開始し、『絶対防御』を発動させながら地面へと叩きつけられて沈黙する。

「流石アマゾン! 私も負けてられないわ!」

 鈴も『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使い敵に接近し、双天牙月で敵を滅多斬りにして撃墜する。負けじと突撃してきたもう一人の敵には『龍咆』を至近距離からぶち込み、叩き落として沈黙させる。

「ケケェェェェ!」

 一方、仮面ライダーアマゾンは腰のベルトコンドラーを操作し、ロープを射出すると敵を絡めとり引き寄せる。その敵を地面に投げ落とすと、ロープの反動を生かして飛び蹴りを放ち、蹴りの反動で再び飛び上がる。仮面ライダーアマゾンは続けて連続蹴りを浴びせ、敵を沈黙へと追いやる。

「くっ! このままでは……!」

 残る2人の内、リーダー格の女は輸送機の方向へとスラスターを噴かして飛行し、残る一人は低空飛行で逃れようとする。

「あいつは私に任せて! アマゾンはそいつを!」
「分かった!」

 鈴はスラスターを噴かして上空に逃げたリーダー格の女を追う。

「ジャングラー!」

 仮面ライダーアマゾンはジャングラーに体当たりさせて敵を叩き落とすと飛び上がり、右手のヒレ『アームカッター』に力を込める。そして動きの止まった敵に落下の勢いを乗せてアームカッターを降り下ろす。

「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンの渾身の斬撃を受けた敵は『絶対防御』を発動させると同時に沈黙する。
 一方、鈴とリーダー格の女は輸送機の周辺で壮絶なドッグファイトを繰り広げていたが、女の方は近接ブレード以外の武装を失う。

「ここまでよ!」
「いえ! まだよ!」

 女は輸送機のエンジン部分へとスラスターを噴かして回り込む。それを鈴も追いかける。やがて女は空中で停止し、エンジンを背に近接ブレードを構えて鈴と対峙する。鈴は龍咆を展開する。

「私の勝ち!」
「いえ、残念だけど私の勝ちだわ!」

 鈴が龍咆を発射する直前に近接ブレードでエンジンを破壊し、直後に女は『龍咆』をモロに食らい墜落していく。

「この特殊金属製の輸送機は破壊出来ない! せいぜい目の前であの三人が下敷きになるのを、指をくわえながら見ているがいいわ!」
「そんな!?」

 女は捨て台詞を残すと同時に地面に叩きつけられ、絶対防御の発動と同時に沈黙する。墜落コースの先には和也、マサヒコ、ビクトルがいる。先回りしても一度に連れていけるのは2人までだ。しかし先に2人を安全な場所で降ろし、残る1人を連れて離脱する時間はない。ならば空中で粉砕しようと鈴は『龍咆』を何度も撃ち込むが、輸送機はびくともしない。

「リン! 後はオレがやる!」

 すると地上で仮面ライダーアマゾンが鈴に声を張り上げる。

「無茶よ! こいつは……!」
「無茶じゃない! オレは、出来る!」
「けど!」
「リン、頼む。オレを、信じてくれ」

 鈴と仮面ライダーアマゾンの目が合う。

「そんな目をしてそう言われたら、信じるしかないじゃない。けどアマゾン、必ず、生きて戻ってきてよ!」
「任せろ! 誰も死なない! 死なせない!」

 鈴が離脱すると同時に仮面ライダーアマゾンはジャングラーのカウルから『ガガの腕輪』を取り出し、『ギギの腕輪』と組み合わせる。すると腕のヒレが大型化し、仮面ライダーアマゾンの身体にインカ超古代文明のバワーが満ち溢れる。

「アマゾンのヒレが……?」
「鈴さんは見たこと、ないみたいですね」
「当たり前だろ? あれは人の乗っているISに使うには威力が有り過ぎる。鈴さんが見たことなくて当然さ」
「まさかまた見ることになるとはな。鈴、腰抜かすなよ?」

 近くに降り立った鈴が初めて見る仮面ライダーアマゾンの姿に目を見開くのに対して、すでに見たことがある三人は笑って口を開く。
 仮面ライダーは有人ISとの戦いでは搭乗者までは殺さないようにしている。そのため、必殺技もギリギリのラインで手加減している。しかし技によっては技そのものが手加減しようがない、または手加減しても死ぬようなものも存在し、その技は『禁じ手』として有人ISに対する使用を自ら禁じ、まず使うことはない。
 『禁じ手』には技の入り方や掛け方が危険な投げ技や締め技の類が多い。仮面ライダー1号の『ライダーヘッドクラッシャー』や、仮面ライダーXの頭部を叩きつけるタイプの『真空地獄車』はその典型だ。しかし中には仮面ライダーV3の『V3火柱キック』のように、純粋に威力が有り過ぎる故に『禁じ手』とされている技もある。これから仮面ライダーアマゾンが使う技も『禁じ手』の中では後者に属するものだ。仮面ライダーアマゾンは輸送機へと真正面から突撃していくとヒレを全力で輸送機へと降り下ろす。

「スゥゥゥゥパァァァァッ!大ッ!切ッ!だぁぁぁぁんッッ!」

 膨大なエネルギーを纏わせながら仮面ライダーアマゾンが放った必滅の一撃は、鋼の怪鳥を容易く両断し、斬撃の余波で粉微塵に完全粉砕せしめた。

**********

 夕日が空を照らし出す中、変身を解いたアマゾンと『甲龍』を待機状態に戻した鈴、それに和也、マサヒコ、ビクトルは山道を歩いている。ビクトルの保護も兼ねて和也が要請した応援が到着し、和也から犯人グループの居場所を聞くと犯人グループを引っ立てるべく向かって行った。

「けどアマゾン、あんな姿もあったんだ。正直びっくりしちゃった。しかもあんなに威力があるなんて思わなかった」
「うん。オレも最近は使ってなかったし、アレも後ろにマサヒコやビクトル、タキ、それにリンが居たから出せた。多分オレ一人だったら危なかった。だから、ありがとうリン、タキ、ビクトル、マサヒコ」
「お礼を言いたいのは俺の方だよ、アマゾン」
「ありがとう、アマゾン。ただ僕もあればっかりは腰が抜けるかと思ったよ」

 礼を述べるアマゾンにマサヒコとビクトルは笑いながら首を振る。和也は黙って照れ臭そうに鼻の下を指で擦り首を振る。すると鈴がポツリと呟く。

「私、そんなことも知らないかったなんて。ちょっとマサヒコさんとハーリン博士が羨ましいです。言っちゃダメだってことは分かっているんですけど」
「気にしないでください。俺もビクトルも気にしていませんし。それに白状しちゃうと、俺もビクトルも鈴さんが羨ましいって思っていましたから」
「マサヒコさんとハーリン博士が私を、ですか?」
「ええ。僕もマサヒコもアマゾンと肩を並べて戦える鈴さんが羨ましいと思ったんです。僕たちはアマゾンに守られてばっかりで、鈴さんみたいにアマゾンと対等な立場で一緒に戦うことは出来ませんでしたから。白状したついでに僕とマサヒコのお願い聞いてくれますか?」

 マサヒコとビクトルは苦笑しながら言うと、表情を改めて鈴に向き直る。

「お願いします、僕とマサヒコの代わりにこれからもアマゾンの隣で一緒に戦ってくれませんか? 貴女にはアマゾンの横で戦えるだけの力があります」
「俺からもお願いします。俺もビクトルも違う場所で、違うやり方でアマゾンや貴女と一緒に戦っていきます。ですからアマゾンのことをお願いしてもいいですか? アマゾン、昔から無茶ばかりしますから」
「マサヒコさん、ハーリン博士、私、頑張りますね。マサヒコさんやハーリン博士、それにアマゾンのためにも」

 鈴がマサヒコとビクトルに微笑むと、マサヒコとビクトルも笑い返す。

「それと僕のことは『ハーリン博士』じゃなくて『ビクトル』でいいですよ? やっぱり慣れませんし。僕もマサヒコやアマゾンと同じく貴女とも『トモダチ』ですから」
「ありがとうございます、ビクトルさん。これからもよろしくお願いしますね」

 一方、アマゾンは次の仮面ライダーを迎えに行くべくバイクに跨がる和也と話している。

「じゃ、俺がいない間鈴や一夏君たちは任せたぜ? 本郷や風見たちはもう合流しているから大丈夫だと思うけどよ」
「うん。任された。タキは泥舟に乗った気持ちでいいから」
「大船だ! まったく、本当に泥舟に乗せられた気分だぜ」

 相変わらずマイペースなアマゾンにツッコミを入れた和也は頭を抱える。

「それより、タキも気を付ける。タキに何かあったらみんな心配する。だから、無理はするな」
「お前にそんなことを言われるなんてな。分かったよ。これからは気を付けるさ。じゃ、また後でな」

 互いに顔を見合せ笑い合うと、和也はバイクのエンジンを入れてそのまま走り去る。

「アマゾン!」

 見送ったアマゾンは鈴、マサヒコ、ビクトルから同時に呼びかけられる。

「今、行く!」

 呼びかけに手を上げて応えると、アマゾンは『トモダチ』の下へ歩いていった。



[32627] 第八話 遭難者は筑波洋(スカイライダー)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:05
 富山、岐阜、長野各県に跨がる『飛騨山脈』、またの名を『北アルプス』に連なる山の一つ。朧月が空を照らす中、山の上空で9つの影が飛び回る。5つは黒いIS、3つは黒いマネキン、残る1つは飛蝗を思わせる改造人間だ。
 5機のISと3つの黒いマネキン、イナゴ男は空を飛び回り、三つ巴の激しい空中戦を展開している。ISと黒いマネキンが刃を交えればイナゴ男が体当たりでまとめて蹴散らし、イナゴ男が黒いマネキンを殴り飛ばせばISがアサルトライフルで銃撃を加える。黒いマネキンがISとイナゴ男に左腕からビームを放つ。この調子で戦い続けている。

「スカイ……ドリル!」

 イナゴ男は黒いマネキンの1体に接近すると、右腕をドリルのように高速回転させながら突き出す。黒いマネキンは自身の周囲を浮遊する端末を前面に展開し、エネルギーシールドを発生させて防御する。突き出された右腕とエネルギーシールドは僅かの間拮抗するが、エネルギーシールドが耐え切れずに砕け散って黒いマネキンは離脱する。同時にイナゴ男の腕も回転が止まる。

「くっ! だが、まだ!」

 イナゴ男からうめき声が上がるが、構わずに空中で姿勢を立て直す。すぐに黒いマネキンが放つビームを回避し、追撃に移ろうとする。

「墜ちろ! 『マスクドライダー』!」

 しかし横から黒いISが機銃を呼び出し、黒いマネキン共々イナゴ男に銃撃を浴びせる。イナゴ男は攻撃を中断して空中で身を翻し、銃弾を回避しつつ回避出来ないものは両腕を前に出して防御する。さらに銃撃を加えるISだが、別の黒いマネキンの左腕からビームがISとイナゴ男に向けて放たれ、ISがビームを回避したことで銃撃が中断される。

(これじゃ、埒が明かないな……なんとしても突破口を見つけなければ)

 ビームを回避し、銃弾を両手で弾きながら飛び回るイナゴ男こと筑波洋は呟く。身体には戦闘で出来た傷や焦げ痕らしきものがいくつも見られる。
 風見志郎と結城丈二からの知らせを受けて帰国した洋だが、黒いマネキンもとい無人ISの目撃情報を聞き付けると、先にこちらを調査することを決めた。手始めにハンググライダーで上空を飛んで調べていた洋だが、帰投しようとした直後に5機の無人ISを発見して追跡を開始した。だが日没直後に無人ISが感付いて超低空飛行に入り、洋がハンググライダーを操り追いすがると、無人ISがハンググライダーを破壊したためやむを得ず洋は『変身』し、無人ISとの交戦を開始した。
 機動力で優る上、強力な飛び道具やエネルギーシールドを持つ無人ISを5機同時に相手にするのは骨が折れたが、2機は撃墜出来た。地面にはその残骸らしき金属片もある。残る3機と交戦している最中、今度は亡国機業のISが乱入してそのまま三つ巴の混戦へと雪崩れ込み、現在に至る。5機のISは連携して無人ISと洋に、3機の無人ISも無人機特有の統率と機動で有人ISと洋にそれぞれ攻撃を仕掛けてくる。洋が単独で戦えているのは長い戦いで培った経験に因る所が大きい。
 洋は有人機とブレードで斬り結んでいる無人ISへ急接近する。飛んでくる銃弾やビームを身を開いて巧く回避すると、無人ISにエネルギーシールドを展開させる間もなく組み付き、肩へと担ぎ上げる。すぐさま自らを中心に高速回転し、銃弾やビームを高速回転で弾きながら回転し続ける。

「風車三段投げ!」

 十分に遠心力がつくと、洋は遠心力を乗せて無人ISを思い切り放り投げ、パンチを放ってスラスターを破壊する。無人ISは超高速で地面に叩きつけられ、爆発四散する。IS2機が洋に銃撃を加えると残る3機もそれに続こうとするが、無人IS2機が猛攻を仕掛ける。

「このまま行けばまずいか……シェード2、シェード3、今は後退しなさい!」
「し、しかし!」
「これは命令です! 今貴重な戦力である貴女たちを失う訳にはいきません!」
「……了解、後退します!」

 リーダー格らしいバイザーを装着した女が言うと、2機は大人しく後退する。見届けた女は無人ISのビームを容易く回避し、逆に2機の後ろを取ると右手にアサルトカノン、左手に機銃を持つ。無人ISの背中に銃口を突き立てて引き金を引き、銃弾の雨を至近距離から浴びせ続ける。まともに銃撃を受けた無人ISは蜂の巣にされ、穴だらけになった直後に爆散する。

「さすがお姉様!」
「余所見をしている暇は無いぞ!」
「シェード4!?シェード5!?」

 あまりに鮮やかなバイザーの女の手際に称賛の声を上げる2機だが、洋は踏み込んで自分の間合いに入る。

「水平回転チョップ!」

 洋が横回転して勢いの乗った左右の手刀を2機にまとめて叩き込むと、2機は地面へと落下していく。続けて洋は上昇しバイザーの女と対峙する。この山の上空にいるのはもう洋とこの女だけだ。

「……ええ、シェード4とシェード5の回収を至急お願いします。『マスクドライダー』はこちらで……了解しました」

 女は通信を切ると近接ブレードを洋に向けて構える。

(今まで戦ってきた連中と違って、かなり出来るみたいだ)

 洋は気を引き締める。無人機を2機纏めて叩き落とした手際の良さといい、ブレードを構える姿の隙の無さといい、かなりの凄腕だ。この女には微塵も油断や慢心が見受けられない。向こうも洋を強敵として認識しているようだ。洋と女は身構えたまま動かない。互いの隙を伺うようにして対峙し続ける。冷たい風が通り抜け、逆風が吹き付けるがどちらも微動だにしない。その均衡はどちらからともなく破れ、ほぼ同時に動き出す。
 女はスラスターを噴かして突撃し、洋の首筋めがけて近接ブレードを横薙ぎに払う。洋は斬撃をギリギリで見切り、スウェーで避けると女に右中段蹴りを放つ。女はPICで急停止し、スラスターを逆噴射させて蹴りを回避する。距離を取るとアサルトライフルを呼び出して後退しながら銃撃する。洋は銃弾を潜り抜けるように軽快な動きで銃撃を避ける。
 それを皮切りに二人は壮絶なドッグファイトに移行する。洋が空を泳ぎ回るように自在に翔け、女に接近して突き蹴りの連打を見舞ったかと思えば、女はPICとスラスターをフル活用し、洋の背後に回り込んでアサルトライフルで銃撃を浴びせる。洋の攻撃を女は近接ブレードやシールドで防ぎ、女の銃撃を洋が空中で身を動かして回避し、防御する。同じことを幾度となく繰り返し、二人は山から山へと飛び回り、幾度となく上空で交差してぶつかり合う。

(チィッ、流石に動きが鈍ってきたか……!)

 またも二人が交差した直後に互いに距離を取り、最初と同じように正対する形となると洋は内心舌打ちする。
 ダメージが蓄積され過ぎたのか、身体の動きが僅かに鈍くなっている。

(変身直後にビームの直撃を食らったのが原因か、横合いからの一斉射撃が大きかったのか、複合か。心当たりが多すぎるな)

 洋は冷静に原因を分析しながらも、敵を見据える。
 2人はまた動き出す。今度は洋の方が先だ。洋は高く飛び上がる。
 女はアサルトカノンを呼び出し洋に撃ち続けるが、洋は構わずに銃弾の中を突っ切る。そして敵に向けて急降下しながら前方宙返りを決め、飛び蹴りの姿勢に入ろうとする。だがベルトの脇にある装置が嫌な音と火花を立てて破損する。

「『重力低減装置』が!?」

 それは洋の飛行能力の源とも言える『重力低減装置』であった。
 重力低減装置は洋の身体に組み込まれたメカニズムの中でも一際繊細で、一度破損してしまうと自己修復に時間がかかる。しかし洋は構わず、落下の勢いすら乗せて飛び蹴りの体勢に入る。女は回避出来ないと見るや、右腕部に装着された実体シールドをパージし、内部に仕込まれていたパイルバンカーを構える。さらにスラスター出力を最大にし、蹴りを放たれる前に潰そうと突撃する。

「スカイ……キック!」

 体勢を若干崩しながらも、洋はパイルバンカーが突き出されるのと同時に蹴りを放つ。洋の蹴りと女のパイルバンカーが同時にヒットすると、両者は大きく弾き飛ばされて地面へと落下していく。減速すらままならない洋だが、空中で姿勢を立て直して着地体勢に入る。しかし着地の勢いを殺しきれずに急斜面を滑り落ち、ダメージの影響で膝が崩れると今度は渓谷まで転がり落ちていく。落下中にまた体勢を整えるが、岩を砕きながら何度も身体を叩きつけられる。やがて洋は渓谷の底にある川へ落下し、着水する。
 川の中から立ち上がった洋だが、足下が覚束ない。それでも自力で川岸に上がって変身を解除し、人間の姿に戻るとゆっくりと歩き始める。だが足が再びもつれて倒れ込む。身体が限界なのか、もう立ち上がることすら出来ない。意識も朦朧としてくる。

「すいません、滝さん。ごめん、がんがんじい、シャルロット……」

 薄れる意識の中、この後合流する約束になっていた3人の名前を呟き謝罪すると、洋は遂に意識を闇へと手放した。

**********

 翌日の朝。飛騨山脈麓にある町の一角に1台のバイクと1台の原動機付き自転車……原付が停車している。バイクと原付の前には少女と男が立っている。
 少女は濃い目のやや長いブロンドの髪に、どこか中性的な整った顔立ち、スマートな体型ながら、出ている所は出ているバランスの取れたスタイルをしている。街に出れば周囲の人間が皆思わず見とれるほどの美少女だ。男装したらしたで違和感なく美少年で通りそうだが。一方、男は黒髪に日本人らしき顔立ち、いい加減で不真面目そうな雰囲気を漂わせている。
 目立つ2人が一緒に居れば自然と視線も集まってくる。男も容姿自体は悪くないので、見ようによってはカップルにも見えなくもない。だが視線は二人に近付いてきた『何か』へ一斉に移り、そのまま釘付けとなる。
 『何か』はどこか丸っこくて間抜けそうな顔に、やはり丸っこい体型をしておる。纏う雰囲気は顔や体型同様丸っこくて、間抜けそうで、どことなく愛嬌がある。人によっては『かわいい』と思うかもしれない。背中には『日本一』やら何やらが書かれた幟が立っている。少女とは別の意味で視線が釘付けとなり、ツッコミを入れたくなるだろう。そんな勇気があればの話だが。
 その『何か』は少女と男の前に立つと、手に持った袋から鯛焼きを取り出して少女と男に渡す。

「ほい、これはシャルロットちゃんの分。約束は約束やし。クレープやのうて鯛焼きやけど、堪忍してや」
「ありがとうございます、勘次さん。けど、今度はお財布掏られなくて良かったですね?」
「相変わらずかわいい顔して、結構きっついこと言うなあ、シャルロットちゃん。それとこっちは滝はんの分で」
「あんがとよ、がんがんじい。というか、パリ行った時に財布掏られたんだな」
「いや、面目ない限りです」

 鯛焼きを買ってきた『がんがんじい』こと矢田勘次からシャルロット・デュノアと滝和也は鯛焼きを受け取る。
 シャルロットと和也は、本郷猛の頼みでこの町に滞在している筈の洋を迎えにやってきた。だが勘次と合流した際、昨日洋がハンググライダーで調査に出て以降連絡が取れない、と伝えられた。そのため、これから最後に通信があった飛騨山脈まで洋を探しに行くことになった。しかし山脈には国立公園になっている箇所もあるため、捜索するにも色々と許可を取る必要がある。現在では関係機関からの答えを待ちつつ、焦っても仕方ないとのんびりしている。

「しかし、話題になった『シャルル・デュノア』が日本にいるなんて、誰も気付かねえもんだな」
「そりゃ、今のシャルロットちゃんは女の子の格好しとりますし。まあ、わてもシャルロットちゃんの男装姿は見たことあらへんけど」
「それに、時間が結構経っているっていうのもあると思います」

 感心したように呟く和也に、勘次と『シャルル・デュノア』もといシャルロットが苦笑して答える。
 シャルロットは実父の命により、世界二番目の男性IS操縦者『シャルル・デュノア』としてIS学園に転入した。目的はデュノア社の宣伝というのもあるが、一番の理由は織斑一夏及びその専用機『白式』のデータを奪取するためだ。だが『男』として一夏と親交を深めていく内に、命令を遂行することに躊躇いが生じていた。そこに女性だと一夏に発覚してしまったことがきっかけとなり、一夏に真相を告げてIS学園を去ろうとした。しかし一夏の説得を受けて思い止まり、さらに一夏がシャルロットの知らないところで必死に学園側に掛けあった。一夏の話を受けた学園側の尽力で本来の性別と名前、つまりシャルロット・デュノアとして学園に再入学出来ることになった。
 再入学前に一旦本国フランスに帰国した際に実家、というより実父に縁を切ることを宣言したのだが、激怒した実父のレオンは、口封じも兼ねてシャルロットに刺客を送り込んだ。その時にシャルロットを助け、日本に行けるように尽力してくれたのが、たまたまカフェで出会った洋と勘次であった。ちなみに勘次は洋を追ってフランスまで来たのだが、パリ以降の洋の足取りを掴めず、財布を掏られ途方に暮れていた時に運良く洋と再会して以降洋とずっと行動を共にし続けている。
 和也もシャルロットが『シャルル・デュノア』であることや、レオンがシャルロットに産業スパイまがいのことをやらせていたこと、それらが明るみになり、デュノア社の社長以下役員全員が引責辞任すると一大スキャンダルとなったことは承知している。

「そういやシャルロット、一つ気になっていたんだが、どうして洋のことをたまに『兄さん』呼ばわりするんだ?」
「今の僕の保護責任者、言い換えれば今の僕の『父』に当たる志度敬太郎博士にとって、洋さんは『息子』みたいなものだ、と聞いていますから」
「せやからその関係でいくと、洋はんはシャルロットちゃんのお兄さん、ってことらしいです」

 続けて和也が口にした疑問にシャルロットと勘次が答える。
 シャルロットの言う通り、現在の彼女の保護責任者は国際IS委員会の一員で、デュノア社メディカルセンター所長を務め、監査役としても働いている志度敬太郎博士だ。『ネオショッカー対策委員会』時代からフランスに長く滞在していた敬太郎は、国際IS委員会設立後はフランスの国家代表並びに国家代表候補の専属医も兼任している。シャルロットとも彼女が代表候補生になって以来の付き合いである。
 敬太郎は周囲から『妾の子』と蔑まれてきたシャルロットを何かと気遣い、時に優しく諭し、時に厳しく叱咤激励するなどシャルロットに父親のような愛情を持って接し、シャルロットも実父よりずっと信頼を置いていた。敬太郎もまたシャルロットを『娘』同然に思い、大切にしている。
 そして洋も敬太郎にとって、亡き両親の代わりとして何度でも治すことを誓った、『息子』同然の男である。
 洋はまだ城北大学に通う大学生だった頃、ネオショッカーから逃げ出した敬太郎を助けたことが原因で、所属していたハンググライダー部の仲間を皆殺しにされた上に自らも瀕死の重傷を負った。敬太郎は洋を助けるべくネオショッカーを騙し、洋に改造手術を施し改造人間として蘇生させたのだが、敬太郎は罪悪感に苦しめられた。しかし洋は嘆くどころか、悪と戦う力を与えてくれたと感謝してその心を救い、敬太郎が日本を離れるまで『志度ハンググライダークラブ』を拠点にネオショッカーと戦い続けた。
 洋と敬太郎が再会を果たしたのはネオショッカーが壊滅した後、バダンとの戦いの最中に、北海道で診療所を開いていた敬太郎の下に重傷を負った洋が担ぎ込まれた時のことだ。

「けど、洋さんは『兄さん』呼ばわりされるのを嫌がっているみたいで。やっぱり迷惑なんでしょうか?」
「そんなことはあらへん! 洋はんはシャルロットちゃんのこと、妹みたいに大切に思っとるで! ただ……」
「あいつ、洋にも家庭の事情があるんだ。それだけは分かってやってくれねえか?」

 続くシャルロットの疑問を勘次が否定し、和也が付け加える。
 勘次や和也も理由が何となく分かる。かつてネオショッカーのせいで喪った家族の存在だ。
 洋はネオショッカーの陰謀で、事故に見せかけられ両親と妹を奪われた。ネオショッカーに拉致されていた両親とは再会を果たすものの、結局は本当に両親を喪うという悲劇的な別れを経験している。悪いことに『事故』で亡くなった妹は丁度シャルロットと同じ年頃で、洋を『兄さん』と呼んでいたらしい。そんな暗い過去を持つ洋がシャルロットに実妹、ひいては喪った家族を思い起こして重ね合わせない筈が無い。洋の複雑な心情は元々兄弟姉妹がいない和也には分かりにくいが、似たような経歴を持つ志郎や村雨良ならよく分かるのではないか、と和也や勘次は思っている。。
 ただシャルロットに洋の事情を話す訳にはいかない。洋だって嫌だろうし、心優しいシャルロットのことだ。傷付いて自責の念に囚われてしまうだろう。それが分かっているからこそ、洋も話さないのかも知れない。とはいえシャルロットにとっても洋は母を喪った後に出会えた新たな『家族』、『兄』なのだ。
 話題を変えようとする和也と勘次だが、和也の携帯電話に着信が入る。返事が来たようだ。通話を終えるとシャルロットと勘次に告げる。

「洋を探す許可が出た。それと向こうの仲介で、鳥類学者を紹介してくれるそうだ。協力を要請したら承諾してくれたとよ」

 本当ならば救助隊を編成して救助に向かって貰いたいところだが、昨夜は無人ISのみならず亡国機業もいたとの情報も入ってきている。下手をすると救助隊まで危険に晒すことになりかねない。だからこの三人だけで動くしかない。鳥類学者の協力は有難いが、細心の注意を払う必要がある。
 次の行動と目的地が決まると和也は自身のバイクに、シャルロットは和也の後ろに、勘次は原付に乗って走り出すのであった。

**********

「うっ……」

 額に何か冷たい物が当たっている感触に気が付くと、洋はようやく意識を取り戻して目を開く。同時に身体中の感覚が徐々に戻ってくる。身体全体がまるで鉛か何かのように重い。身体の節々が鈍く痛む。昨夜の疲労やダメージはまだ抜けきっていないようだ。洋は仰向けに寝た状態のまま視線を巡らせ、自身が置かれている状況を確認する。

(ここは、テントの中みたいだな。登山客が俺を発見、救助して介抱までしてくれたってことなんだろうか?)

 洋はテントの中に寝かされている。額には冷たいタオルが乗せられている。川岸で意識を失ったことくらいは覚えていので、誰かに救助されたのだろう。テントの主はいないようだ。少しずつ身体の感覚が戻りつつあるのを確認すると、洋は重い手足に鞭打って身体を起こす。ふらつきながらも立ち上がり、タオルを下に置くとテントの出入口を開けて外に出る。
 テントの外に出て景色を見た限り、このテントは川岸に設営されているらしい。洋はゆっくりと歩きだし、テントの主を探すべく、周囲を見渡しながら川を遡るように川原を進んでいく。しばらく川沿いに歩き進んでいくと、ついに人を見つける。登山服に身を包んだ金髪の女性だ。双眼鏡で何かを観察しており、顔はこちらからでは窺えない。洋は視線を女性が双眼鏡を向けている先へとやり、女性が観察しているものを捉える。鳥だ。ワシかタカかわからないが、猛禽類らしき鳥が巣を作り、雛鳥に餌を与えている姿を観察しているようだ。
 鳥を観察していた女性は双眼鏡から目を離して首にぶら下げると、背負っていたリュックからノートを取り出し、ペンを走らせ何かを書き加えていく。ノートに書き終え再び双眼鏡に手をかけた女性だが、洋に気が付くと向き直る。最初は怪訝そうな顔をしていた女性だが、洋の顔を見ると穏やかな笑顔を浮かべて話し始める。

「あなたは……良かった。気が付かれたようですね」
「貴女があのテントの持ち主、つまり俺を助けてくれた人みたいですね」
「はい。今朝この河原を歩いていたら、偶然倒れていたあなたを発見したので、テントを設営して運び入れたんです」
「やはりそうでしたか。ありがとうございます。お陰で命拾いしましたよ」
「いえ、お気になさらないで下さい。私が勝手にやったことですから。それより、もう大丈夫なんですか? 酷い怪我をされていたようですし」
「ええ、お陰様で。これでも人より少し頑丈に出来ていますから」

 洋も爽やかに笑って礼を述べる。女性は洋の身を案じるが、洋は平然と答えてみせる。洋は女性が観察していた鳥を見やりながら尋ねる。

「あの、つかぬことをお聞きしますが、バードウォッチングを?」
「そんな所、ですかね。一応学者の端くれですけど、学者と言っても素人の趣味が高じて、みたいなものですから」
「それは失礼しました、本職の方だったんですね。となると、この山には鳥類の研究で?」
「はい。研究パートナーと一緒に1年前からこの山の鳥たち、特に森に住んでいる『クマタカ』について少し調べているんです」
 女性は本職の鳥類学者であるようだ。女性は洋の顔をじっと見ると、何かを思い出したように質問する。

「あの、失礼と承知でお聞きしますが、もしかしてあなたは筑波洋さん、ではありませんか?」
「はい、そうですけど。ですが、どうして貴女が俺の名前を?」
「実は、あなたを見つけた少し後に当局から連絡がありまして。当局から聞いた遭難者の方が、筑波洋さんだと伺っていましたし、向こうが教えてくれた外見の特徴が、あなたと一致していたので」
「遭難者、ですか。事実ですね。俺には反論のしようがありません」
「それで、当局からあなたを捜索する人たちを手伝うよう頼まれまして。あなたを麓まで送り届けてから合流しようとしていたんですが、手間が省けましたね。歩けるのでしたら集合場所までご案内致しますが、どうします? まだ遠くまで歩けないようでしたら、私が連絡してこちらまで来て頂くよう頼んでみますけど」
「いえ、歩くくらいなら大丈夫ですから。では案内してくれませんか?」
「分かりました。少し待って下さい、無線で連絡しておきますので……」

 女性は腰から無線機を取り出すと、洋を集合場所まで連れていく旨を告げて無線を切る。

「あなたの無事は先方に連絡しておきましたので、もう大丈夫だと思います」
「重ね重ね手間をかけさせてしまってすいません」
「いえ、礼には及びません。それと、私の自己紹介がまだでしたね。私はマリー・デュノアと申します。先程お聞きの通り、鳥類学者の端くれなんです」
「マリー・デュノア博士、ですか……」
「何か?」
「あ、いえ、知り合いに同じ姓の人がいたので。気にしないで下さい」

 怪訝そうな顔をする女性ことマリー・デュノアに洋は首を振る。
 洋はマリーの姓を聞いた時、真っ先に同じデュノア姓を持つ少女、シャルロットを思い浮かべてしまった。しかもマリーの顔立ちや雰囲気はどことなくシャルロットに似ており、なおさらシャルロットを意識してしまう。

(っと、いけないな。シャルロットとマリーさんに限らず、同じ姓なんて珍しくもないし。シャルロットはシャルロット、マリーさんはマリーさんだ。それを勝手に重ねちゃ、二人に失礼だ)

 しかし洋は頭を振って即座に打ち消す。あくまでもマリーはマリー、シャルロットはシャルロット、他の誰でもない、一人の人間だ。他の人間と勝手に重ね合わせてしまっては、駄目だ。

「失礼しました。では改めてお願いします、デュノア博士」
「こちらこそ、筑波さん。それと、よろしければ名前の方、マリーと呼んで頂けませんか? 私にも少し、家庭の事情がありまして。あと、博士も慣れないので、普通に呼んで頂けると嬉しいのですが」
「分かりました。ではマリーさん、で」
「ありがとうございます、筑波さん。では集合場所までご案内します。テントを片付けますので、少し待っていて下さい」
「いえ、俺も手伝いますよ。それくらいのお礼はしたいですから」

 洋とマリーはテントに向けて歩き始めた。

**********

「洋が、貴女と!? 本当ですか!? ……そうですか、分かりました。ではまた後ほど」

 山道を歩きながら無線機で誰かと連絡を取っていた和也は無線を切り、一緒に山道を歩いているシャルロットと勘次を呼び止める。

「状況が変わった。さっき連絡した鳥類学者さんからなんだが、どうも向こうで洋を保護したらしい。それで、洋を集合場所にまで連れてきてくれるそうだ」
「そうですか。良かった、洋さんが無事で」
「けどずいぶんと出来すぎというか、えらい偶然って感じですなあ」

 シャルロットと勘次は和也から洋が無事保護された旨を聞くと、胸を撫で下ろす。

「しかしあいつのハンググライダー、と言うより空への情熱は感心したくなるくらいだぜ」
「そのお陰で、わいは毎回毎回、洋はん探すのに滅茶苦茶苦労してますけど」

 一先ず洋の無事が確認されると、今度は洋の趣味について話が及んでくる。洋はハンググライダーで空を飛ぶことや、空そのものをこよなく愛している。最後の組織『クライシス帝国』壊滅後はハンググライダーの臨時インストラクターとして世界中を回り、ハンググライダーで空を飛び続けている。そのためか仮面ライダーたちや周囲の人間からは、海をこよなく愛し、世界中の海を潜り続けている神敬介、宇宙に情熱を燃やし月面基地で働き続け、さらには火星へ行くことを目標としている沖一也と共に、愚直なまでに夢やロマンを追い求め続けている者たちとして何かと引き合いに出される。故に勘次が洋を探しに行く度にいつも所在が掴めず、余計な苦労を強いられているのだが。

「けど僕も少し分かるような気がします。僕も空を飛ぶのは好きでしたから。ハンググライダーじゃなくてISで、ですけど」
「それ、初耳やなあ。というか、わいも聞いてへんことなら、洋はんも全然聞いてないんと違うか?」
「はい、今まで一夏を含めて、誰にも話したことはありませんでしたから」
「なんや水臭いで、シャルロットちゃん。そんなん洋はんに言うとったら、洋はんもめっちゃ喜んだやろうに」
「理由が理由ですから。嫌なことを忘れられるから、なんて理由じゃ、洋さんも悲しむでしょうし」

 シャルロットは勘次に苦笑してみせる。
 シャルロットは母親のミレーユ・バルドーを亡くした後、父親の実家であるデュノア家へ引き取られたが、妾の子として家の中でも外でも蔑まれ、居場所などなかった。それでもIS適性がAであると判明して訓練を受けていた頃は、ミレーユの友人でシャルロットを可愛がっていたレオンの正妻、つまりシャルロットの義母であるカトリーヌ・デュノアが存命だった。またデュノア社所属で、自分を指導してくれた従姉妹のマリー・デュノアや、シャルロットやマリーの幼馴染みで、マリー同様フランス代表候補生だったイネス・ドヌーヴなど、少ないながらも味方がいた。そのためまだ居場所もあった。
 だがシャルロットが引き取られて2ヶ月後、まずカトリーヌが病死し、その1ヶ月後にはイネスやマリーも事故での負傷を理由に操縦者を引退してデュノア社を去った。それにより、シャルロットの味方が完全にいなくなり、本格的に居場所がなくなってしまった。それ以降、シャルロットは完全に他人には心を閉ざしており、敬太郎と出会った当初もまるで人形のようだった、と聞かされている。そんなシャルロットが唯一楽しみにしていたのは、ISを操縦して空を飛ぶことであった。
 ISを操縦している間だけは、空を飛び続けている間だけは、誰からも妾の子と蔑まれて陰口を叩かれることも無かった。しがらみも、悩みも、苦しみも、悲しみも、辛いことは全て風に流し、その時だけは何もかも忘れることができた。だからシャルロットは望んでIS操縦者として空を飛び続けた。レオンは自身を道具としてしか見ていなかったが、ISに乗れるのなら望む所だった。
 それからはずっとISに乗って空を飛び続けてきた。少しでも長く空を飛び続けていられるように、どんな危険な仕事も、意に沿わぬテストも進んで引き受けてきた。同年代のIS操縦者の中でも抜きん出て長い飛行時間と、それに裏打ちされたテクニックの数々は副産物であり、より長く空を飛び続ける為に元からの才能や努力、工夫で磨き上げてきたものだ。空さえ飛べれば他のことなど、自分の将来すらどうでもいい、と破れかぶれになっていたシャルロットだが、敬太郎と出会ったことがきっかけで、それが変わり始めた。
 特にフランス代表候補生として日本の富士演習場に赴いた時、シャルロットが無茶な機動を行い、失敗して重傷を負うと敬太郎は即座にフランスから駆けつけた。シャルロットの浅はかさを厳しく叱責しつつ、寝る間も惜しんで付きっきりでシャルロットの治療に尽力し、リハビリまで付き合って完治した際には誰よりも喜んでいた。その敬太郎の姿を見たことでシャルロットは敬太郎に心を開くと同時に、改めて自分の人生について考えさせられた。
 ちなみに入院中になぜか整備士の佐原ひとみと、取材に来ていたカメラマンの白鳥玲子が謝りに来たのだが、その理由はIS学園転入後、教師をしているひとみに聞いてもはぐらかされたので、結局分からずに終わった。
 さらに敬太郎の勧めもあってIS学園へと転入して一夏と出会い、一夏が自らの居場所を作り、守ってくれたことで好意を抱いた。同時に空を飛ぶこと以外の楽しみを沢山手に入れて、父親や過去のしがらみと完全に決別することも出来た。
 ただ今も洋に負い目が少しだけある。洋が心から愛し、純粋に飛ぶことを楽しんでいた空を、自分は憂さ晴らしという不純な目的で飛んでいた、という負い目だ。そのため篠ノ之箒から、剣道が単なる憂さ晴らしとなっていたことに気付き、自己嫌悪に陥ったことがある、と聞いた時は気持ちがよく分かった。
 自身の過去を思い返しながら道を歩いていたシャルロットだが、爆発音と衝撃で我に返る。周囲へ視線を走らせると、煙が立ち上っている。嫌な予感がする。勘次や和也も同様らしい。

「急ぐぞ! がんがんじい! シャルロット!」
「はい!」
「よしきた!」

 シャルロットたちは弾かれたように煙の元へと駆け出す。
 その頃、リュックを背負ったマリーと洋は並んで山道を歩いていた。洋はリュックを持とうと申し出るが、マリーは怪我人に無理はさせられない、とやんわり拒絶するだけだ。

「筑波さん、どうして渓谷の中で倒れていたのですか? 普通の方はまず立ち入らないような場所ですし、滑落したようには思えなかったので」
「ハンググライダーで飛んでいた時、色々あって渓谷に墜落しちゃいましてね。幸い川の中に落ちたので、命だけは助かったみたいですが」

 マリーの質問に洋は苦笑しながら答える。全くの嘘ではないが、その『色々』に無人ISや亡国機業と交戦したことが含まれているなど、マリーには口が裂けても言えない。現在洋はマリーの案内で洋を捜索しに来た和也、勘次、シャルロットと合流すべく、指定された場所へ歩いている。
 
(連中や無人機が、今襲って来なければいいんだが……その時は、なんとしてもマリーさんを逃がさなければ)

 マリーと談笑しながら洋は周囲を警戒し、襲撃を懸念する。
 ダメージは回復しつつあるが、重力低減装置の修復が完了していないのは痛い。戦うだけなら問題無いが、今はマリーが傍にいる。空を飛んで遠くまで引き離せない以上、身体を張ってでもマリーが逃げられる時間を稼がなくてはならない。

(経験上、大抵そんな時に限って敵が襲って……!?)

 歩いている途中で何かを感じ取った洋がマリーに覆い被さり、そのまま地面に伏せる。直後にすぐ上をビームが通り過ぎ、ビームは露出していた大岩に直撃して爆発と共に消し飛ばす。

「筑波さん! あれは!?」
「無人ISか!?」

 洋とマリーの前に、無人ISが空から降り立つ。

「くっ! こんな時に厄介な奴が……!」

 洋はマリーを守るように前に立つと、声を張り上げる。

「マリーさん! 無線機で滝さんに連絡を!」
「それが、無線が全然通じないんです! 何回も呼びかけているんですが……!」
「まさかこいつ、ジャミング機能まで搭載されているのか!? マリーさん、ここは俺が時間を稼ぎます!貴女は滝さんへ直接知らせて下さい!」
「ですが筑波さんはどうするんですか!?」
「大丈夫、上手く逃げ回っていれば、死にはしませんよ! それに俺の予想が正しければ、滝さんの同行者に専用機持ちがいるはずです! 俺がやられる前に、彼女にもこのことを!」
「……分かりました! どうかご無事で!」

 マリーは洋に背を向け、一目散に山道を走り出す。無人ISは左腕を向けてビームを放とうとするが、直前に洋が放った飛び蹴りにより妨害される。

「お前の相手は、俺だ!」

 洋が高く飛び上がり、空中で前方宙返りを決めると、無人ISが放ったビームが洋に直撃して爆発が起こる。

「クロスチョップ!」

 しかし爆風と煙を突き破り、変身した洋が両腕を交差させた状態で突撃して無人ISを弾き飛ばす。着地した洋に無人ISが右腕の大型ブレードを降り下ろしてくると、洋はブレードを真剣白羽取りし、無人ISの体勢を崩してパンチやキックで追撃する。6連続での回し蹴りや右足刀蹴りの連打を叩き込み、ブレードを掴むとジャイアントスイングの要領で無人ISを振り回し始める。

「遠心投げ!」

 十分に遠心力をつけると無人ISを思い切り放り投げ、大岩へ叩きつける。さらにスカイライダーは大地を蹴って高く飛び上がる。

「スカイチョップ!」

 無人ISに落下の勢いを乗せた渾身の手刀を当て、着地と同時にエネルギーシールドを展開させる間もなく、正拳突きやフック、水平チョップで無人ISを攻撃し続ける。だが無人ISは全身のスラスターを噴射して無理矢理上昇し、洋から距離を取るとビームを乱射する。

「ぐあっ!?」

 洋はやむを得ず防御を固めて耐え忍ぶ。今は空を飛ぶことは出来ないため、上空から攻撃されては防御するしかない。

「ライダースピン!」

 だが僅かな隙を見つけると『念力返しライダースピン』を応用し、高速回転しながら飛び上がってビームを弾きつつ無人ISへ接近する。

「スカイパンチ!」

 続けて渾身の右正拳突きを叩き込んで無人ISを吹き飛ばすが、無人ISはスラスターとPICを使いすぐ体勢を立て直す。今度は自由落下中で回避出来ない洋にビームを集中させる。

「なんの、まだまだ!」

 ビームの雨を辛うじて防御し着地する洋だが、無人ISは重力低減装置抜きでは届かないような高度から、ビームを洋に向けて乱射する。直撃弾の数が減り、洋も動き回って当たる数は減ったが、このまま行けばジリ貧だ。無人ISはパンチやキックが届く距離まで降りてくる気配はない。重力低減装置も修復出来ていない。洋が頭をフル回転させている最中、突然無人ISに銃撃が加えられて攻撃が中断される。
 最初は亡国機業かと思った洋だが、すぐに違うと分かる。機体色は鮮やかなオレンジ色だ。

「大丈夫ですか!? 洋さん!」
「シャルロットか!? ああ! 俺は大丈夫だ!」

 乱入して来たのはシャルロットだ。マリーは無事にたどり着けたようだ。シャルロットは洋が答えたことを確かめると、上空で無人ISと交戦を開始する。
 シャルロットは飛んでくるビームを回避し、アサルトライフル『ヴェント』で無人ISを牽制する。銃弾を無人ISが回避した隙に、『高速切替(ラピット・スイッチ)』で近接ブレード『ブレッド・スライサー』へ瞬時に持ち換え、無人ISに突撃する。無人ISは浮遊端末を展開し、エネルギーシールドを前面に張って防御しようとする。

「そんなもの!」

 しかしシャルロットは再び高速切替でアサルトカノン『ガルム』に持ち換え、フルオートでアサルトカノンの銃弾を叩き込む。銃弾の雨に耐えきれず、エネルギーシールドが砕け散ったことを確認するや、シャルロットはショットガン『レイン・オブ・サタディ』に持ち換え、至近距離からショットガンを発射する。無人ISの装甲を散弾で穴だらけにしても、構わずブレードでシャルロットを斬ろうとする無人ISだが、シャルロットはスラスターとPICを駆使して僅かに後退し、紙一重で斬撃を避ける。
 次の瞬間には敵の背後に回り込み、今重機関銃『デザート・フォックス』を呼び出す。続けて背後から無数の鉛玉を浴びせ、無人ISのスラスターを破壊して地面へと叩き落とす。追撃をかけようとするシャルロットだが、落下しながら乱射してくるビームが邪魔で中々接近出来ない。
 残っていたサブスラスターで減速した無人ISは無事に着地し、上空のシャルロットに向けてビームを発射し続ける。『絶対防御』すら突破しかねないビームに、シャルロットも回避するのが精一杯だ。一瞬体勢が崩れたシャルロットに、無人ISがビームを撃ち込もうと左腕を向ける。

「させるか!」

 だが地上にいた洋が割り込み、横から頭部に蹴りを加えて無人ISを前屈みの状態にする。続けて片足を腰に、残る足を頭にかけて左腕の関節をキツくホールドする。

「ライダー卍固め!」

 いわゆる『卍固め』の体勢に入ると洋は一気に力を入れ、無人ISの左腕を肩口から引きちぎり、頭にかけた足で頭部をもぎ取る。続けてシャルロットが無人ISへ突撃し、左腕実体シールドをパージしてパイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』を構える。

「止められるものなら、止めてみろ!」

 洋が無人ISから離れた直後に、シャルロットは無人ISの胴体に杭を突き刺し、リボルバー機構内の炸薬を使用して撃ち抜く。杭の一撃で無人ISの胴体が上下に寸断され、シャルロットが離脱した後に爆発四散する。シャルロットは地上へと降り立ち、変身を解除した洋と向き合うとISを待機状態へと戻す。

「ありがとう。お陰で助かったよ、シャルロット」
「いえ、僕の方こそまた助けて貰って、ありがとうございます、洋兄さん」

 シャルロットは華やかな、洋は爽やかな笑顔を満面に浮かべて顔を見合わせる。

「久しぶり、シャルロット。元気そうで何よりだよ。ただ、出来れば『兄さん』だけは止めてくれないかな? 何かむず痒いというか、複雑と言うか……」
「あ、ごめんなさい。また、僕……」
「いや、そんな深刻な顔しなくても。俺の我が儘みたいなものだからさ。それはそうと、がんがんじいと滝さん、マリーさんは?」
「僕はISを使って先行してきたんですけど、もうこっちに来ると思います。それより洋さん、さっき飛ばなかったのは、もしかして……?」
「ああ。君が思っている通り、重力低減装置が故障していてね。まだ自己修復中で使えないんだ」
「昨夜無人機と交戦した時に、ですか?」
「ああ。もっとも、無人機だけじゃなくて亡国機業の連中とも、だけど」
「亡国機業までこの山に!? けど、亡国機業が何の目的で?」
「分からない。無人機の目撃情報を調べにでも来たのか、この近くに亡国機業のアジトがあるのか、重要な何かがあるのか……」

 再会の挨拶もそこそこに、洋とシャルロットが表情を引き締めて思案を開始する。

「お前ら、久しぶりの再会だってのに、なに難しい顔してんだ」
「けど、シャルロットちゃんも洋はんも無事で良かったわ」
「滝さん! がんがんじい!」

 和也と勘次も歩いてくると洋に声をかける。

「すいません、滝さん。俺のせいで、お手数をおかけしました」
「気にすんな。事情はがんがんじいから聞いている。しかし、無人機だけじゃなくて亡国機業まで絡んでやがるのか」
「ええ。そうみたいです。それと、がんがんじいもありがとう」
「いや、この前のお礼みたいなもんやし。シャルロットちゃんも怪我無いか?」
「はい。僕は大丈夫ですよ、勘次さん。ただ洋さんの方が……」
「洋はん怪我してるんかいな!? どこを!?」
「落ち着いてくれよ、がんがんじい。ただ重力低減装置が故障しただけさ。身体の方は至って正常だよ」

 少し遅れてもう1人がやってくる。

「ご無事で何よりです、筑波さん」
「いえ、重ね重ねありがとうございます。マリーさん」

 マリーだ。無事和也や勘次と合流出来ていたようだ。続けてマリーはシャルロットの方を向くと、柔らかく微笑みながら口を開く。

「前々から噂には聞いていたけど、腕を上げたわね? シャル」
「ありがとうございます、マリーさん。と言っても、マリーさんたちに比べたらまだまだですけど」

 シャルロットもマリーに微笑み返すのを見て、洋は疑問を差し挟む。

「シャルロット、マリーさんと知り合いなのか?」
「マリーさんは僕の伯父の子、つまりは僕の従姉妹ですから」

 洋の疑問にシャルロットが答える。

「けど最初は私も驚きました。筑波さんが言っていた人が、まさかシャルロットだとは思わなかったので」

 二人が笑っている姿を見比べると、確かによく似ている。和也が割って入るようにマリーに話しかける。

「失礼ですがデュノア博士、貴女のお父上というのは、まさか……?」
「ええ。デュノア社創業者でシャルロットの父親の兄、ジャン・デュノアです」

 マリーは気にしている様子も見せず答える。洋は周囲の気配を探って口を開く。

「マリーさん、すいませんがもう少し一緒に行動して頂けませんか? 出来れば安全な道を通りたいので」
「私に道案内して欲しい、と言うことですね? 分かりました。私もシャルロットとゆっくり話したいと思っていましたし」
「ありがとうございます、マリーさん」
「いえ。では案内しますので付いてきて下さい。行きましょ? シャル」
「はい!」

 マリーはシャルロットと談笑しながら歩き始める。

「……がんがんじい」
「……任しときや」

 洋が目配せすると勘次は小走りでシャルロットとマリーに追い付き、先頭で雑談に加わる。和也と洋は周囲に視線を巡らし、小声で会話を始める。

「何人だと思う?」
「恐らく4人」
「俺もだ」

 洋と和也は尾行者の存在に気付いている。それを向こうに感付かれないよう、勘次を雑談に加わらせた。

「亡国機業の連中でしょうか?」
「可能性は高いな」
「となると、狙いはシャルロットでしょうか?」
「かもしれねえな。他に連中がこっちを狙う理由がねえ」

 和也と洋は尾行者の正体と目的を推測する。

「敵は他にいないみたいですね」
「だといいんだがな……」

 洋と和也は会話を打ち切り、周囲を警戒しながら雑談の輪に加わった。



[32627] 第九話 この空に誓って
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:06
 山道の中をシャルロット、マリー、勘次、和也、それに洋が雑談しながら歩いている。洋を保護した後は町まで戻るだけなのだが、敵の襲撃をを懸念した洋の提案で敢えて遠回りすることにした。もっとも、実際は敵を炙り出すためでもあるが。もし敵が亡国機業ならばシャルロットを狙ってくるだろう。ただマリーの方を狙ってくる可能性も否定出来ない。しかしマリーの前ではおくびにも出さず、洋と和也は雑談に参加している。

「というか織斑一夏ってのはそんなに鈍感なんか。いくらなんでも、そんなに酷いとはわいも予想外だったわ」
「まあ大体の原因は妹独占を企む姉の組織『おとう党』大幹部にして日本支部長『千冬姉』が原因なんだけどな。まったく、一夏君をあんな偏見の塊に育てやがって……!」
「シャルロット、ここだけの話、織斑千冬さんに関しては滝さんだけじゃなくて一文字先輩もそんなことを俺たちに言いふらしているんだけど、本当のところどうなんだい?」
「僕の見た限りでは、あながちで間違いではないと思います」
「なら第二回モンド・グロッソを、わざわざ弟を助けるために棄権した、なんて話も嘘じゃなさそうね。最初に聞いたときは眉唾物だったのだけど」

 今はシャルロットの想い人である織斑一夏やその姉織斑千冬について話している。もっとも、洋は一文字隼人が言いふらしていたことを千冬の元同僚で後輩の沖一也に確認したところ、特に否定しなかったことからある程度予想は出来ていたが。

「それと先程からお聞きしたかったのですが、筑波さんと矢田さんはシャルロットといつ知り合いになられたのですか?」
「えっと、簡単に言えばデュノア社の役員全員が引責辞任した日にたまたま彼女と出会いましてね。その時一緒に変な連中から逃げ回りながらパリを観光した仲です」

 マリーの問いに洋はぼかして答える。流石にデュノア社創業者の娘に「シャルロットの命を狙うデュノア社の刺客相手に共に戦った仲間です」などとは言えない。

「隠さなくても大丈夫ですよ? 筑波さん。あなたたちを狙ったのはシャルロットの命を狙った『始末屋』ですよね?」
「どうして分かったんですか?」
「私の父、ジャン・デュノアを殺したのは当時専務だった叔父が創設した『始末屋』の前身となった組織ですから」
「なっ!?」

 あまりに意外なマリーの言葉に他の4人は驚愕のあまり目を見開く。

「で、でもマリーさん、伯父さんは飛行機の墜落事故で亡くなったって……!?」
「私も最初はそう思ったわ。けど少し調べてみたの。その日は『たまたま』デュノア社所属のISが、父の乗っていた飛行機の近くを飛んでいたらしいわ。しかも『なぜか』敵と交戦していない筈なのに、パッケージのミサイルが1発発射されたみたいなの」
「つまり事故に見せかけて他の乗客共々……!」
「なんちゅう腐れ外道やねん!」

 マリーの言わんとしていることを悟ると、和也と勘次は真犯人のレオン・デュノアに怒りを露にする。

「すいません、そんな辛いことを話させてしまって」
「いえ、私の方こそこんな話を。それに私よりもシャルロットや……」
「私はもう気にしてないわよ、マリー」

 マリーが何か言おうとすると、背後から女性の声がかけられる。全員が振り返ると、ロングヘアーでスレンダーな体系をした女性が立っている。首には双眼鏡をぶら下げ、マリーと同じリュックを背負っている。

「イネス、どうしてここにいるって分かったの?」
「貴女とは長い付き合いなんだから、一人で鳥を見に行ったことくらい分かるわ。それに当局から話は聞いているからね。あと、シャルも久しぶり」
「お久しぶりです、イネスさん。イネスさんこそどうしてここに?」
「研究パートナーのマリーを探しに来たのよ」

 イネスと呼ばれた女性はマリーとシャルロットに快活に笑ってみせる。

「あの、マリーさん。彼女は?」
「あ、失礼しました。彼女はイネス・ドヌーヴ。私とは幼なじみで私の共同研究者でもあるんです」
「それに僕の家の近所に住んでいたので、僕も子どもの頃にはよく一緒に遊んで貰っていたんです」
「そうだったのか……失礼しました。改めて、筑波洋です。マリーさんに救助された遭難者です」
「話は当局の方から聞いています。イネス・ドヌーヴと言います。あの、つかぬことをお聞きしますが、隣の方は?」

 挨拶を済ませるとイネスが洋の隣に居る勘次を見やる。

「がんがんじい、そろそろ上外したら?」
「せやな。わいは『日本一のスーパーヒーロー』がんがんじい、矢田勘次です」
「な、中に男の人が!?」
「なんか、シャルロットちゃんにも似たようなこと言われたような気が……?」
「……すいません」

 鎧の頭部分を取って挨拶する勘次にマリーとイネスが同時に驚愕の声を上げると、シャルロットが代わりに謝罪する。

「失礼しました。というか、マリーも鎧の中を知らなかったのね。そちらの方は?」
「ICPO、インターポール捜査官の滝和也です。マリー・デュノア博士には少しご協力頂いていまして」

 続けて和也が身分証を提示してイネスに名乗る。

「いえ、そんな。それよりマリー、いつまでもそんなこと言わないの。貴女のせいじゃないんだから」
「けど貴女は……」
「失礼ですが、イネスさんも何か?」
「イネスは父が亡くなった時父と同じ飛行機に乗っていて、家族を全員失ったんです。イネスだけは生き残ったんですけど……」
「イネスさん、昔はフランスの国家代表候補生としてマリーさんとは良きライバルだったらしいんです。でも、墜落事故の後遺症でもうISに……」
「確かに私はレオン・デュノアのせいで何もかも失ったわ。けど私にはマリーがいるもの。それに、いつまでも後ろを向いていたんじゃ父も母も悲しむわ。だからマリーもシャルロットも過去ばかり見ないで? 貴女たとだって辛い思いは沢山してきたことくらい、私だって分かっているわ。第一、マリーだって今は私と同じでISには……」
「イネス、私は……」
「それに、私は今の生活も気に入っているわ。しがらみも何もなく大好きな鳥を追い続けられるんだもの、マリーだってそうでしょ?」
「……そうね。私もこの生活は好きだわ。シャルロットには迷惑をかけてしまったけど」
「いえ、そんな。イネスさんやマリーさんに比べたら、僕は」
「はい、辛気臭い話はおしまい! 気分切り替えていきましょ? 筑波さんたちが困っているわよ?」
「いえ、俺たちは気にしないで下さい」
「そう言われたら逆に気にしますよ。私も案内させて頂きます。私もこの山によく入っていますから」
「分かりました。ならお言葉に甘えさせて頂きます」

 洋がイネスに言うとイネスはマリーの手を引き先頭に立って進み始める。それを見て洋が呟く。

「強いな、二人とも」
「僕もそう思います」

 洋とシャルロットの過去を知る和也と勘次は口を挟まない。
 マリーもイネスもシャルロット以上に悲痛な目に遭っているのだが、それでも悲しみや怒りを抑え、他人を気遣っている。ましてやシャルロットは言うなれば仇の娘だ。本来ならば気遣うどころか罵倒してもおかしくない。

「俺たちも、行こうか」
「はい」

 洋、シャルロット、勘次も歩き始める。

「動きは無し、か」

 和也は敵の気配を密かに探ると一言呟いて続けて歩き出すのだった。

**********

(ごめんなさい、貴女を騙す形になってしまって)

 5人から6人に増えた一行の中で、女は騙すことになった自らの幼なじみに謝罪する。

(私は貴女と違ってまだISに乗れるの。けど奴の目を欺くために……)

 女は事故でISに乗れなくなったと公表しているが、嘘である。家族を殺し、自らをも殺そうとしたレオン・デュノアに反抗する力も意志も無いと欺くためだ。女の目論見通り、始末し損ねたにも関わらずレオンはを放置していた。お陰で女は亡国機業という後ろ楯とISを手に入れた。

(けどこれも、これ以上私たちのような悲劇を繰り返させないため。理不尽な世界を、ぶち壊して変えるためなの)

 女が亡国機業に参加したのは後ろ楯が欲しかったというのもあるが、レオン・デュノアがのうのうと生きている理不尽な世界を変えるためだ。少なくとも亡国機業はこの世界を破壊しようとしている。だから女は参加した。
 今回の任務では親友をダシにし、無人ISの目撃情報が寄せられた山を研究調査の名目で調べていた。しかし昨晩無人ISがマスクドライダーと交戦しているのを発見し、三つ巴の戦いとなった。無人ISは撃墜したがマスクドライダーと相討ちとなり、自身も墜落した。親友に気付かれる前に何食わぬ顔で宿に戻り、今朝はマスクドライダーが落ちた付近を調べてみたが、不首尾に終わった。今度は自身や親友と談笑しているシャルロット・デュノアを見やる。

(ごめんなさい、シャル。貴女まで騙してしまうなんて。けどこれも貴女のためなの。それに貴女なら私の気持ちも……)

 女はシャルロットにも謝罪する。
 女のもう一つの任務はシャルロットの身柄を確保することだ。シャルロットとは縁の深い自分が選ばれたのもそのためだ。女はシャルロットを無理矢理引き入れるつもりはない。シャルロットを説得出来る成算もある。シャルロットもまた辛い目に遭い続けてきた。実の父親により母親を謀殺され、妾の子として蔑まれ、道具として利用され続けてきた。彼女もまた世界がいかに理不尽か気付いているだろう。だからシャルロットにはこちらの気持ちが理解出来ると女は踏んでいる。汚い手だが、このまま世界に翻弄され続ける人生を送らせるよりはずっといい。

(そのためにはこの筑波洋、矢田勘次、滝和也をシャルロットから引き離さないと)

 続けて女は3人の男に視線を送る。勘次はまだしも、残りの2人は障害となり得る。
 特に和也は難敵中の難敵だ。一見するといい加減な男だが、実際はかなりの切れ者だ。洋もただの遭難者を名乗っているが、一目見ただけで只者ではないと分かったし、昨日交戦したマスクドライダーの正体と判明している。幸いどちらも『5人目』の存在には気付いていないようだ。ならば引き離すチャンスはいくらでもある。力づくでの排除もあり得るが、やむを得ない。

(ごめんなさい。私にはやはり後ろを向かずに生きるなんて、できないわ)

 女は口に出さずに親友に再び謝罪すると、雑談に興じる。
 障害を排除出来る機会が訪れる、その時まで。

**********

(ここまで来て動きを見せないとは。まるで誰かの指示や合図を待っているようだ)

 洋は尾行している四人が動き出さないことを不審に思っていた。和也も同様らしく、時折視線を向けている。

「あの、筑波さん」
「何か?」
「先ほどから周囲を気にされているようですが?」
「あ、いえ、ずいぶんと奥の方に入っていったな、と思いまして」

 マリーが尋ねるが洋は首を振る。マリーもイネスも元フランス国家代表候補生なので、単なる民間人ではない。ただ二人を巻き込むのは避けたい。シャルロットがいるのなら尚更だ。

「普通は下山ルートとして使いませんからね。そろそろ吊り橋に差し掛かるので気を付けて下さい」

 イネスが全員に対して言うと目の前に吊り橋が見えてくる。この先には渓谷がある。かなりの深さがあるようだ。イネスを先頭にマリー、シャルロット、勘次、和也が続けて吊り橋を渡り、洋が殿として橋を渡ろうとすると殺気を感じて振り返る。残る5人も同様だ。仕掛けてくる気らしい。洋が殺気の主に向き直るのと同時に、木々から何かが飛び出してくる。

「IS!? 今度は亡国機業か!?」

 飛び出してきたのは亡国機業の黒いISだ。バイザーの女の姿は無い。洋は勘次と和也に声を張り上げる。

「がんがんじい! 滝さん! 早く三人を!」
「任された! イネスはん! マリーはん! 早よう渡って下さい!」
「引き受けた! シャルロット! 今は急ぐぞ!」
「はい!」
「でも洋さんは!?」

 勘次の言葉に頷き吊り橋を手早く渡り終えたマリーとイネスだが、シャルロットは洋の身を案じて首にかけたネックレストップに手をかける。

「シャルロット! ここは俺が食い止める! 君はマリーさんとイネスさんを護衛して早く下山するんだ!」
「でも!」
「俺が昨晩戦ったのは5機だ! つまりもう1機、それもエース級のヤツがまだいるんだ!君まで釘付けになるのは危険過ぎる! 君はマリーさんやイネスさん、滝さんとがんがんじいを!」

 仮にバイザーの女が待ち伏せしていた場合、対抗出来るのはシャルロットくらいだ。和也と勘次、マリーやイネスも相手がエース級ではまず逃げ切れない。シャルロットはひとまず引き下がるが今度は別の疑問を口にする。

「『重力低減装置』の方は?」
「もう自己修復が完了する筈だ」
「本当ですか?」
「ああ」
「信じていいですよね?」
「勿論」

 洋はシャルロットにいつものように笑ってみせる。

「なら、お願いします!」

 シャルロットも吊り橋を渡りきり、勘次、和也もそれに続き、イネス、マリー、シャルロット、勘次、和也は一目散に駆け出す。洋は逃げたのを見届けると今度は女たちに向き直り、対峙する。

「シャルロットを見逃すとは、ずいぶんな余裕だな」
「シャルロット・デュノアについてはお姉様に一任してある。きっと上手く運んでくれるだろう。それともう一つ、我々の目的はシャルロット・デュノアではなくお前だ、筑波洋」
「なぜ俺の名前を知っている? 遭難者を探しに来た割には随分と物騒な装備じゃないか」
「質問に答える義務はない。ただの遭難者が我々の尾行に気付けるものか」

 身構えたまま洋と女たちは正対する。やがて洋が再び口を開く。

「一応聞いておく。なぜ俺を狙う? 俺をどうするつもりだ?」
「ならばこちらも一応答えてやろう。お前に話す義務はない。残念だが、ここで死んでもらう!」

 女たちはアサルトライフルを呼び出して洋に銃撃を加える。洋は飛び退いて回避し『変身』しようとする。

「何!?」

 しかし直前に射出されたチェーンで洋は縛り上げられ、ポーズを取れず中断を余儀なくされる。チェーンで拘束した女は洋共々上空へ飛び上がり高度を上げていく。

「クッ! なんて頑丈さだ! 引きちぎれるどころかびくともしない!」
「無駄だ! そのチェーンはISすら拘束可能なように作られている! 人間のお前に破壊するなど不可能だ!」

 女に続けて残る3人も急上昇を開始し、やがて途中で空中で停止しホバリングで滞空する。

「一体どうするつもりだ?」
「お前如きに銃弾を使うのはやはり勿体無いと思ってな。趣向を変えて落下死というのも乙なものだろう?」
「悪趣味、だな」
「言い遺すことはそれだけか? では、死ぬがいい」

 女はチェーンをパッケージから切り離し、洋を渓谷の底へと落下させる。

「他愛もない。所詮はこの程度か」
「死体を確認するまでが任務よ。常日頃から油断は禁物、とお姉さまは言っていたでしょう?」

 一方、落下していく洋は空中で身をよじり、身体の正面を地面に向ける。

「よし! これならベルトに風力が!」

 腰に風車のついたベルトを出現させると、風圧によりベルトの風車を回転させる。すると洋の肉体がイナゴ男の姿に変わり、鎖を引きちぎって渓谷の底に着地する。無事に着地した洋を見て見て驚愕する女たちだが、すぐに渓谷の底へと向かう。

「お前は昨夜のマスクドライダー!? 生きていたのか!?」
「生憎だが、亡国機業ある限り、仮面ライダーは死なない!」
「言ってくれるな! だが貴様らに明日など無いことを証明してやる!」

 それを皮切りに女たちはアサルトライフルをを向けて一斉に銃撃を加える。洋は横に飛び退いて銃弾の雨を回避し、重力低減装置に視線を送る。自己修復が完了していない。戦闘に突入する直前には修復が完了すると見込んでいたが、読み違えたらしい。

(ごめん、シャルロット。最低だな、俺)

 洋は意図せず騙したシャルロットに謝罪しながらも戦闘に集中する。飛んでくる銃弾を回避し、手で弾きながらも高く飛び上がって手近な1機を掴む。

「岩石落とし!」

 洋は掴んだ敵を真下へと放り投げる。敵は地面に叩きつけられる直前で踏みとどまるが、踏みつける形で放たれた洋の蹴りをまともに食らい、結局地面へと叩きつけられる。

「こいつ! 生意気に!」

 残る3人は洋を味方から引き離そうと銃撃を放ち、近接ブレードを呼び出して斬りかかる。洋は『受け』や『捌き』で防御し、受け流して前蹴りや回し蹴り、足刀蹴り、踵落としを浴びせて敵のシールドを削っていく。敵は接近戦では不利と判断し、上空まで逃れるとアサルトライフルや重機関銃で洋に銃撃を加え続ける。今は飛べない洋は防御することしか出来ない。

「やはりそういうことか! 飛べないお前など最早恐れるに足らん! 我々がここで始末してやる!」

 女たちは洋を嘲笑うとさらに銃撃を集中させていく。しかし洋は諦めない。

「たとえ重力低減装置が無くとも、戦いようはある!」

 洋は再び女たちに向かって飛び上がる。

「無駄なことを!」

 女たちはまたも上昇しながら銃撃を加えて洋を叩き落とそうとする。

「無駄とは、限らないぜ?」

 しかし洋は岸壁蹴って女たちに追い縋る。そのまま洋は女たちに突撃して蹴りを放ち、まとめて吹き飛ばす。

「チッ! やるわね! けどこれだけ時間が稼げればお姉様には十分だわ!」
「随分とその『お姉様』とやらを信頼しているようだが、無駄だ!」

 舌打ちする女に洋が顔を上げてキッパリと言い放つ。しかし女たちは言い返す。

「ほざいてなさい! お姉様は私たちよりも格段に強いわ! たとえシャルロット・デュノアであっても、いえシャルロット・デュノアであるからこそ勝ち目など万に一つも無いわ! せいぜい地上で指をくわえて見ていなさい! 『洋兄さん』」
「なぜその呼び方を!?」

 女の口から出た言葉に洋は動揺を隠せない。その呼び方を知っている人間は当人たちを除けばごく僅かだ。

「さあ、なぜでしょうね。そろそろこちらも潮時ね。行くわよ!」
「待て! ……逃げたか」

 女たちはスラスターを噴射しどこかへと飛び立っていく。反応が遅れた洋は女たちを追うことすら出来ずに立ちすくみ、変身を解かず思案する。

(俺の名前を知っていたこと、俺をターゲットにしてきたこと、あの呼び方を知っていたこと。おかしいことだらけだ。やはりカギを握るのは連中が言っていた『お姉様』だろうな。連中は『お姉様』の指示を受けただけなのだろう)

 洋は『お姉様』について考えを巡らせる。洋の襲撃を指示したのは『お姉様』だと分かる。あの女たちは単に『お姉様』の指示に従って動いていただけだろう。

(あの時俺と相討ちとなったのが『お姉様』だろうな。だがシャルロット『だからこそ』勝てないとはどういう意味だ? シャルロット『でも』勝てない可能性は否定出来ないが、引っ掛かるな)

 バイザーの女が『お姉様』だろう。あの女の実力は折り紙付きだ。あれほどの実力の持ち主ならシャルロットでも危ないかもしれない。下手をすれば負ける可能性も否定は出来ない。だがあの女たちはシャルロット・デュノア『だからこそ』勝ち目はない、と言っていた。なぜ『お姉様』がシャルロットだからこそ勝てるのかが分からない。

(だが『お姉様』とは一体何者なんだ? 少なくとも俺の名前くらいは知ってそうだが……)

 無意識の内に川岸へ歩いていた洋だが、その瞬間に近くの木々に止まっていた鳥や水辺にいた鳥が一斉に飛び立っていく。

「おっと、悪いことをしたな。やっぱり鳥ってのは敏感だな。こう何かの気配を感じると……!」

 飛び立っていく鳥たちを見上げて見送ると仮面の内側で苦笑しながら呟く洋だが、あることに気が付く。

「鳥、気配、名前、兄さん、シャルロット……そうか!」

 同時に洋の頭の中で全てが繋がり、合点がいく。

(もし『お姉様』が彼女なら納得がいく。あいつらが俺の名前を知っていたことも、俺のあの呼び方を知っていたことも、シャルロット『だからこそ』勝てない理由も何もかも、全てが、だ)

 遂に洋は『お姉様』の正体を悟る。洋の名前を知り、『兄さん』という呼び方を知り、シャルロット『だからこそ』勝てない人物はたった一人しかいない。

(なら、シャルロットが危ない!)

 その人物はシャルロットや自身の幼なじみ、それに勘次や和也と一緒にいる筈だ。そこで洋は『お姉様』の策に嵌まったことを悟る。初めから『お姉様』はシャルロットと洋を分断するために四人をけしかけ、洋はまんまとそれに乗ってしまった。今頃『お姉様』はシャルロットと一緒に逃げているだろう。

(シャルロットは、また傷つくだろうな)

 その人物はシャルロットとは古い付き合いで、シャルロットの数少ない『味方』だ。彼女が亡国機業だと知ったシャルロットの気持ちを考えると、こちらも気分が悪くなる。洋も似たような経験をしているが、あれは敵による嘘だ。

(だが今は急がないと!)

 しかしすぐに考えを振り払うと洋は岸壁を蹴って渓谷を登りきり、走り出す。
 同じ頃、ISを洋に任せて走っていたシャルロット、マリー、イネス、勘次、和也だが、今は息を整えるために少し休んでいる。肉体的には余裕な筈なのだが、シャルロットの息が上がっている。精神的に少し張り詰め過ぎていたらしく、見かねたマリーの提案で休憩となった。

「ごめんなさい。僕が不甲斐ないばっかりに」
「気にすんな。そうなって当たり前だ。嫌でも神経磨り減らすもんだからな」
「けど滝捜査官は全然そんな風には見えませんけど?」
「まあ、慣れってヤツだな。アジトは隠れ場所や死角が多いからな」
「そうそう。シャルロットちゃんは何も悪くないで? 悪いのはカメレオンファントマとかいうヤツなんやし」
「ツッコミませんよ? いくらなんでもボケに無理があり過ぎますし」
「やっぱり? けど少しはリラックスできたんならええんやけど」
「ありがとうございます、勘次さん。お陰でだいぶ」
「ですがシャルロットや滝捜査官はともかく、矢田さんもずいぶん場慣れしていらっしゃるといいますか」
「いや、まあ洋はんに付き合って色々やっとりましたので。それにしてもマリーはんもイネスはんも随分落ち着いてらしてはりますなあ」
「私もイネスも元国家代表候補生ですから」
「昔とった杵柄というものですね」

 シャルロットをリラックスさせようと雑談していた5人だが、勘次とシャルロットが時折通ってきた道を見返す。

「どうしたの? シャル」
「いえ、洋さんが来ないので」
「確かに洋はんならもう来てもおかしくないんやけど」
「ですが相手はISが4機ですし、いくら筑波さんが凄い方でも逃げ延びるのは……」
「まさかとは思うのだけれど、筑波さんは……」
「可能性は低いと思います。洋が既にやられたなら連中が来る筈だ」

 敵のISは勿論、洋も一向に来る気配もない。だからこそシャルロットは不安に思う。

(もしかして重力低減装置の修復が完了するって話、嘘だったのかな?)

 ふとシャルロットは洋との別れ際の会話を思い出す。洋は無事逃げられるように、マリーやイネスの側に少しでも長くいられるように気を利かせ、嘘をついたのかもしれない。

(気持ちはありがたいし、嘘は別に構わないけど、心配させるのだけはやめて欲しいな)

 内心そんなことを考えていたシャルロットだが、マリーが再び口を開く。

「これから戻って筑波さんを探しにいきませんか? 筑波さんに何かあったのかもしれませんし」
「けどマリー、さっきの敵がいたらどうするのよ?」
「連中の狙いはシャルよ。筑波さんは適当にあしらうなり、泳がせるなりしてシャルを狙ってくるでしょうね。だから筑波さんの近くにもう敵はいないと思うの」
「それはそうだけど。逆に筑波さんを人質にしたり、罠が張られている可能性もあるわ。それに万が一、って可能性も……」
「その時はシャルに頑張ってもらえばいいわ。シャルがいれば大抵の状況は突破できる筈よ」
「随分な自信ね、マリー。少しシャルを贔屓し過ぎじゃない?」
「シャルに基礎を叩き込んだのは誰だと思っているの? シャルはあの時よりずっと成長しているもの。私はいけると信じているわ。そうでしょ? シャル」
「はい。僕も洋さんのことがやっぱり心配ですから」
「なら、決まりだな」
「洋はん探すのは毎度のことなんで、わいは慣れとります」
「だったら私も付き合うしかなさそうね。じゃ、行きましょ」

 全員マリーの提案に同意し、洋を探しに行くために元来た道をとって返す。

「その必要はないわ」
「お前たちは!?」
「見つけたわよ、シャルロット・デュノア。さ、行くわよ。『お姉様』から話は聞いているでしょ?」

 しかし先ほど自分たちを襲撃し、洋が足止めしていたはずの女たちが降下してくる。『お姉様』が誰か知らないがシャルロットが自分たちに付いてくると確信している様子だ。

「なんのことだ!? 『お姉様』が誰かは知らないけれど、お前達の言いなりになんか絶対にならない! 洋さんをどうした!?」
「筑波洋、あのマスクドライダーか。今頃渓谷の底だろうよ」
「このっ!」
「動くな!」

 ネックレストップに手をかけるシャルロットだが、アサルトライフルが和也や勘次の足元に着弾したのを見て思い止まる。緊急起動用音声コードを使えば即座に装着出来るが、他人を庇わなくてはならないこの状況では意味がない。

「まったく、手間をかけさせる。よくわからないが、なら力づくで……」
「待ちなさい!」

 するとマリーがシャルロットの前に出て女たちの前に立ち塞がる。

「マリーお姉様!?」
「これは一体!?」
「お止めなさい! そのようなことは決してなりません! この私が許しません!」

 女たちは立ち塞がるマリーを見て驚愕し、動きが止まる。

「マリーさん、マリーお姉様ってまさか……」

 シャルロットの言葉に、マリーは黙りこくっている。勘次、和也、イネスも沈黙を余儀なくされる。静寂の後、静かにマリーは口を開く。

「彼女たち四人にIS操縦者としての基礎を叩き込んだのは、この私、マリー・デュノアよ」
「ならマリーさんは、亡国機業の……」

 マリーは答えない。再び沈黙を保つマリーにシャルロットは呆然とする。マリーが亡国機業だった。その衝撃が強すぎてシャルロットの頭の中が真っ白になる。

「ごめんなさい、シャル。貴女を騙して」
「けど貴女、もうISには乗れないんじゃなかったの!?」
「ごめんなさい、イネス。嘘だったの。ごめんなさい、ずっと騙してしまって……」

 今度はイネスがマリーに口を開くが、マリーはイネスに謝罪の弁を述べる。

「マリーはん、なんで、あんなやつらになんかに!?」

 続けて勘次がマリーに問いかける。

「復讐、です。この世界……レオン・デュノアだけがおめおめと生きているこの理不尽な世界に、復讐するためです」
「マリー、あの事故ってもしかして!?」
「あの男にとって父の娘である私は邪魔だったもの。特にシャルが来てからは、尚更。だから事故に見せかけて私を母共々、殺そうとした。けど私だけは運良く生き残った。でもあの男のことよ、私がISに乗れると分かれば消しにくる。だから私は怪我でISに乗れなくなったと偽り、デュノア社を去った。亡国機業からの接触を受けたのは、その時よ。彼らは私が忠誠を誓い、力を貸しさえすれば私の身の安全を保証し、ISを与えてくれると持ちかけてきたわ。私はそれに乗った。他に道は無かったもの。そして任務をこなしていく内に気が付いた。この組織には世界を変える力がある。理不尽な世界を壊せるだけの力がある。私はどんな汚い仕事もこなしてきた。意に沿わぬ任務も果たしてきた。ようやく幹部候補に選ばれて、『幹部会』にも顔を出せるようになった後よ、命令が下ったのは」
「フランス国家代表候補生シャルロット・デュノアの身柄を確保しろとの命令が下ったわ。古い付き合いだったから選ばれたのでしょうね。私は迷ったけど引き受けた。シャルはあの男に散々道具として使い倒されてきた。母親のミレーユさんを殺したあの男に、ね。シャルを解放出来るなら、と思ったの。シャルなら私の気持ちを理解して、言うことを聞いてくれるだろうと思っていた。けど、出来なかった。シャルは優しい子だもの。私が今までしてきたことをさせられたら、耐えられる筈がない。それに強い子だもの。イネスみたいに前を向いて生きていくことが出来る。だから私には、シャルを巻き込むなんて出来ないと思い始めていた」
「そこで貴女は任務中に自らの死を偽装して亡国機業から去った。『1年前』に、ね。違いますか? マリーさん」

 マリーの独白に割り込むように、どこからか男の声がかけられる。シャルロットを含む全員がその声に聞き覚えがある。

「洋さん!?」
「馬鹿な! なぜここが!?」

 声をかけてきたのは洋だ。マリーの背後の木々から姿を現して声をかけたのだ。

「ごめん、遅くなった」
「洋さんが無事なら。それより洋さん、マリーさんが……」
「知っているよ。彼女が『亡国機業』の『元』構成員だとね」
「元? それに1年前って?」
「彼女、マリー・デュノアはシャルロット確保の命令を出されたが躊躇いを覚え、組織を抜けることを決意した。そこでたまたま施設を襲撃しにきたマスクドライダーと交戦して戦死した、という筋書きを立てて実行した。だから連中は驚いているのさ。死んだ筈の元上官が目の前に現れたんだからな」
「筑波さん、どうしてそれを!?」
「貴女のお陰で濡れ衣を着せられそうになった身にもなって下さいよ。非常用生命維持機能の存在を聞いてなかったら、俺だって分かりませんでしたよ」

 洋はいつものようにマリーに笑ってみせる。
 マリーが使ったトリックは宇宙空間での活動中にシールドエネルギーが不足した際、残り少ないシールドエネルギーでやりくりする為に最低限の機能を残し、全機能を停止させるモードを使ったものだ。使用するとバイタルデータを含むコア・ネットワークの送受信もストップするので、外部からは本当に操縦者が死んだものと思われる。元々『白騎士』に搭載されていたものだ。後発機にも搭載されているのだが、基本的に使われない機能のため忘れられがちだ。マリーは洋との戦闘で、マニュアル操作で機能を使用して自らの死を偽装した。洋がトリックに感付けたのは『白騎士』の誕生に深く関わっている沖一也から話を聞いていたからだ。

「けど、あの時のバイザーのIS操縦者が貴女とは思いませんでしたよ。インターポールに引き渡した直後に逃げ出すなんて、大した人だ。話を戻すと、組織を抜けた貴女は幼なじみのイネス・ドヌーヴと再会し、パートナーとして日本に渡った。経緯は大体こんな感じですか?」
「おっしゃる通りです」

 洋の推測にマリーは頷いてみせる。

「だったら洋さん、今回の件にマリーさんは?」
「無関係だ。そして入れ違いになるように『お姉様』、つまりこの四人の上官となった人物がいる。その人物は……」

 洋が口を開いた瞬間、和也がホルスターから大型拳銃を引き抜き『お姉様』の頭に突き付け、女たちが和也にアサルトライフルを向けるが、『お姉様』が手で制する。

「貴女ですね? イネス・ドヌーヴ」

 拳銃を突き付けられている『お姉様』、いやイネス・ドヌーヴに洋は向き直るのだった。

**********

「そんな、イネスさんが……」
「嘘よね? イネスが……」

 洋の言葉に信じられないと言いたげな表情をするシャルロットとマリーだが、やがてイネスが口を開く。

「貴女の母親の旧姓は、マチューだったわね。その時点で気付くべきだったわ。マリー・マチューが貴女だってことに」
「イネス、じゃあ貴女も!?」
「その通り。私が今の『お姉様』で『マリアンヌ隊』隊長、つまり『マリアンヌ』よ」
「なら、貴女が事故でISに乗れなくなったっていうのも!?」
「ごめんなさい、嘘よ。そして貴女たちを騙してまでそう偽装した理由も、亡国機業に入った理由もマリー、貴女と同じよ」
「なら復讐を諦めたのも、前向きに生きるってことも……?」
「全部嘘よ。だってそうでしょ? なんで私やマリー、シャルだけ、私たちだけがこんな目に遭わなければならないのよ!?」

 イネスは憎悪を込めて叫ぶ。そのままイネスは洋へと口を開く。

「筑波さん、いえ『マスクドライダー』、なぜ私が『お姉様』だと分かったのか教えていただけないかしら?」
「バードウォッチング、ですかね」
「どういう意味かしら?」
「貴女もマリーさんも俺より詳しいでしょうが、鳥って敏感で僅かな気配でも逃げ出してしまう。だからなるべく遠くから、気配を消して観察する必要がある。だから貴女は俺が無人機と交戦している時に双眼鏡を使って遠くから、気付かれないように俺を観察していた。違いますか?」
「驚いたわ、よくそんなことまで推測出来たものね」
「山に入ってからシャルロットが俺を『洋兄さん』と呼んだのは、あの一回限りですからね。粗方読唇術でも使ったというところでしょう。滝さんはいつ頃から気付いていたんですか?」

 洋はイネスに拳銃を突き付けている和也に尋ねる。

「そりゃ『当局からの連絡を受けてから山に入った』、つまり俺たちより後に山に入ったはずなのに俺たちの後ろ、『山奥』から声をかけてきたら嫌でも疑うさ。もっとも、確信したのは毎回連中に『ガイド』してたと気付いてからだがね。しかし、デュノア博士には驚いたぜ。まさか元『マリアンヌ』だったなんてな」
「滝はん、その『マリアンヌ』ってのは何なんですか?」

 途中で勘次が疑問を差し挟む。反応を見る限り和也ほどではないが、イネスの正体には薄々感付いていたようだ。

「フランス出身者で構成された『幹部会』直属特務部隊『マリアンヌ隊』隊長が名乗るコードネームらしい。初代隊長がデュノア博士で今の『マリアンヌ』は二代目って訳だな。違うか?」
「流石は滝和也、インターポール随一の切れ者との噂も本当のようね」

 和也に対してもイネスは平然と答える。

「そういう訳よ、シャル、マリー。ごめんなさい、貴女たちを騙してしまって。謝っても謝り切れないことをしてしまった。けどこれは私だけのためではなくて、マリーやシャル、貴女たちのためでもあるのよ」
「僕たちのため?」
「そう、貴女のためよ」

 続けてイネスはシャルロットへと向き直り口を開く。

「貴女も分かるでしょう?母親は殺され、父親には道具として利用され続け、周囲には妾の子として蔑まれてきた。挙げ句の果てに『シャルル・デュノア』としてIS学園に入学させられた。しかもそうなった元凶はのうのうと生き延びている。こんな世界が、いかに理不尽か分かるでしょう?」
「それは……」
「だから、私と一緒に来なさい? 私がこんな醜くて、理不尽な世界を必ず変えてみせる。マリーも考え直して、私を手伝って?」
「シャルロット、耳を貸しちゃ駄目だ」

 しかし洋が話に割り込んでくる。

「邪魔をしないで、『マスクドライダー』。これは私たちの問題よ。部外者は引っ込んでいなさい」
「断る。これは貴女、いやお前とマリーさん、シャルロットだけの問題じゃない。踏み入れてしまえば引き返せなくなる悪の道を、シャルロットに歩ませる訳にはいかない」
「悪? ずいぶんな言い種ね。それはあなたの見解よ。勝手にあなたの見解を、あなたの正義を押し付けないで。これは私の見解、私の正義よ」
「なら聞くが、シャルロットに他の誰かの家族や友人を奪わせることは悪ではないのか?」
「一般論、偽善とも言うわね。変革には犠牲が必要なもの。たとえ痛みが激しかろうと一時的なもの。それを恐れずに事を為すのが本当の善、本当の正義よ」
「必要な犠牲は誰が決める? 誰がその犠牲を必要とするんだ? 必要な犠牲と切り捨てられる側はどうなる? お前たちだけに必要な犠牲など、俺は認めない」
「話にならないわね。シャルロット、マリー、そんな男の言うことを聞いては駄目よ。その男はどうしようもない偽善者よ。私たちのような痛みも味わったこともない、苦しみも味わったこともない、理不尽な目に遭ったこともない。私たちの気持ちも何も理解しないで、ただお題目を述べることしか出来ない偽善者よ。だからこそ力を使って世界を変えようともしない臆病者で、卑怯者で、小心者よ。そのクセ口を開けば偽善と独善ばかりの空っぽで、厚顔無恥で。むしろ悪人ですらあるわ。そんな男の話など……」
「オイコラ、悪党。今、洋はんのこと、なんて言うた?」

 今度は勘次が前に進み出てイネスに言い放つ。

「がんがんじい?」
「勘次さん?」

 流石にいつもと様子が違う勘次の様子に思わず洋とシャルロットが勘次の方を見やる。

「聴こえんかったか? 洋はんのことなんて言うたか、もっぺん言うてみい」

 そこにはいつもの丸っこくて、間抜けそうで、愛嬌のある『がんがんじい』はいなかった。ただ静かに怒りを燃やす正義のヒーローが一人、立っている。
 勘次は怒っていた。シャルロットが今まで理不尽な目に遭ってきたことは分かる。マリーやイネスの気持ちは納得は出来ずとも理解は出来る。だが洋を侮辱することだけは勘次には許せなかった。

「洋はんが偽善者? 臆病者? 卑怯者? 小心者? 厚顔無恥? しまいには悪人? なに言うとんねん! そんなん言うたら、そっちは捻くれ者で、自分勝手で、無責任で、自惚れで、視野狭窄の小悪党やないか!」
「私は事実を言ったまでよ、矢田勘次。でなければこんな醜く理不尽な世界を変えようと思うもの。どうせそこの男は今まで幸せにのうのうと暮らしてきたただの馬鹿よ。そんな人間に大切なものを奪われて、人間としての尊厳すら踏みにじられてきた私たちの気持ちなんか、分かるはずが無いわ!」
「なら大切なもん奪われたら何してもええんかい!? 人間の尊厳奪われたんなら他の人傷付けてもええんかい!? そんなん違うやろ!」
「偽善者の仲間は偽善者ね。理不尽さに気付かずにしがみついている人間がいるからこそ、私やマリー、シャルが苦しみ続けるのよ。あなたたちこそ、真の悪党よ!」
「なにアホなこと吐かしとんねん! 人様の嫌がることしたらあかんと子どもの頃教わらなかったんか!?それにな、自分ばっかり辛い目に遭ってるとか言いよって! 甘ったれるのも大概にせいや!」

 イネスと勘次は一歩も譲らない。他の八人は口出しせずにそれを見ている。

「だったらあなたはどんな目に遭ったって言うの!? どうせ下らないことに決まっているわ! だからこそそんな薄汚い偽善が口に出せるのよ!」
「やかましい! 偽善偽善言いおって! 確かにわいはお前やマリーはん、それにシャルロットちゃんみたいな目には遭っとらん! けどな、理不尽な目に遭ってもお前みたいになっとらん洋はんのことはよく知っとる!」

 そのまま勘次はイネスを睨み付けて言い放つ。

「洋はんはな! 『ネオショッカー』に殺されそうになって人間の尊厳もクソもない、もう二度とただの人間には戻れん化け物みたいな身体になってしもうたんや! そんでもお前みたいに捻くれたりせず、仮面ライダーとして悪党共と戦い続けてきたんや!それにな! 洋はんは自分勝手な事なんか言わんし、自惚れてもおらん! 洋はんはハンググライダー部の仲間も! それにお前やマリーはん、シャルロットちゃんみたいに……」
「やめろ! がんがんじい!」

 勘次が何を言おうとしているのか悟り、洋は慌てて止めようと割って入る。

「やめてくれがんがんじい! それだけは言わないでくれ!」
「洋はん、すんません。けど、わいにはもう無理や。我慢できん。洋はんのこと何も知らんクセに、何も知らん奴が、自分だけがさも世界中で一番不幸だなんて思って、偽善だなんだって洋はんのことコケにするのを、黙って聞いてられんのや。もう、こいつが許せんのや。だから、これだけはどうしても言わせて貰う! 洋はんはな、仲間だけやなくて! 親父さんもお袋さんも妹さんも家族みんな! ネオショッカーに殺されてしもうたんや!!」
「!?」

 勘次の言葉にシャルロットとマリーは驚愕を込めて洋の方を見る。洋は黙って項垂れている。その反応を見ただけで勘次の言葉が事実であるとシャルロットとマリーにも理解出来る。

「分かったやろ! 洋はんはどんな目に遭っても、自分のことだけ考えたりはせんかった! この世界ずっと守ってきたんや! そんな洋はんをコケにするならこの『日本一のスーパーヒーロー』がんがんじい様が相手になったるで!」

 ようやく勘次は言葉を切る。

「なるほど、ただの偽善者ではないことはよく分かったわ。前言撤回よ。そこの男は偽善者じゃない。ただの、怪物よ。偽善に身をやつし、己の正義に凝り固まり感情や人間性を捨てた、ただの怪物よ。誰も恨まず、ただ人のために戦うなんて、感情を持った人間に出来ることじゃない。自分に理不尽な仕打ちを与えた世界を守り続けてきただなんて、人間としては認められないわ。ただロボットのように独善を為してきた怪物よ。あまりに非人間的で人間と呼ぶことすらおこがましい、怪物よ。どうせ何の感情もなくその手を血潮で染めてきたのでしょうね、穢らわしい。そんな怪物に私たち人間の気持ちなど理解出来るはずが……」

 次の瞬間、イネスは思い切り殴り飛ばされる。殴り飛ばしたのは和也だ。和也は大型拳銃の安全装置を解除してイネスに銃口を向けて引き金に指をかける。

「その薄汚ねえ口をもう一回開いてみろ。今度は二度と減らず口が利なくなるように頭を吹き飛ばしてやる」

 静かに告げる和也からはいい加減さや不真面目さは微塵も見られない。むしろ殺気すら放たれており、イネスも沈黙を余儀なくされる。和也は静かに続ける。

「あいつらが怪物? そんな訳ねえだろ。あいつらは、人間だ。お前よりよっぽど人間だ。人間だからあいつらは悩んで、苦しんで、怒って、泣いて、誰かのために戦ってこれたんだ。お前みたいに『世界』とやらのせいになんかせずにな」
「それともう一つ。お前がどれだけ世界を恨もうが構わない。それは自由だからな。だがな、価値観を他人に押し付けるんじゃねえよ。ましてや他人を巻き込むなんて真似するんじゃねえ。見苦しいんだよ、お前だけの我が儘に正義だなんだと箔付けて周りの賛同得ようとする、さもしい根性がよ」

 和也はあくまで静かに、しかし殺気を放ちながらイネスに告げる。

「どいつもこいつも! シャル、マリー、分かったでしょ? こいつらは貴女たとの味方にはならないわ。なる気すらないわ。だから私たちと……」
「やめて! イネス!」

 イネスの言葉をマリーが遮る。

「もういい、もういいわ! 私もシャルもそんなことは望んでない! だからイネスにそんなことをして欲しくない! だってそれじゃあの男、レオン・デュノアと同じじゃない!」
「なっ!?」
「私だって最初は貴女みたい自分のことしか見えてなかった。けど、違うのよ。確かにこの世界は理不尽なことだらけで、こんなはずじゃないって思うことばかり。でもそれだけじゃない、それだけじゃなかった! だって私、イネスやシャルと出会えたこと、今まで少しも後悔なんかしなかったし、今もしてないもの」
「マリー……」
「私がそれに気付けた時にはもう遅かった。けどシャルは違う! イネス、シャルにも好きな人が出来たのよ? 『シャルル・デュノア』が女だと知っても学園にいれるように頑張ってくれた、シャルの居場所を作って、守ってくれた素晴らしい子よ。それだけじゃない。恋のライバルで、一緒に笑っていられる大切な友達も、シャルのために命すら掛けてくれる仲間もいるって、シャルから全部聞いたわ。だから私はどうなってもいい! でもシャルだけは巻き込まないで! シャルはもういいのよ!」
「マリー、ごめんなさい。貴女の言うことでもそれだけは聞けないわ。貴女もシャルも私たちには必要なの。だから、聞けない」
「イネス!?」
「それに私はもう後には退けない! マリー、貴女だってそうなのよ!? 貴女が今まで何をしてきたのかも分かっているでしょ!? もう逃げられないのよ、私たちは! だからマリーも……」
「黙れよ……」

 マリーに捲し立てるイネスにシャルロットが呟く。うつむいておりその表情は伺えない。

「シャル、貴女が周りに何を吹き込まれたのか知らないけど、貴女だって私やマリーと一緒で……」
「黙れよ!」

 しかしシャルロットは顔を上げてイネスを一喝する。そのいつもとは違う強い眼光に思わずイネスがたじろぐ。そのままシャルロットは静かに話し始める。

「イネスさん、僕は貴女のことを尊敬していました。父親がいなくて小さい頃から何かと変な噂を立てられていた僕を庇ってくれて、黙らせてくれた貴女を、引っ越してからも同じIS操縦者の先輩として、怪我で引退して会えなくなるまで可愛いがってくれた貴女を、尊敬していました。それにマリーさんも事あるごとに貴女の話をしてくれたんですよ?
「けど今の貴女は、貴女がやっていることは間違っている! 奪うだけの亡国機業のやり方を、僕は認めない! それでも貴女が僕やマリーさんのために世界を壊すと言うなら、僕も貴女やマリーさん、僕自身のために貴女を止める! 貴女にこれ以上罪を犯させる訳にはいかない!!」
「シャル……」

 マリーがシャルロットを見つめる。シャルロットはそれに気付くとマリーに柔らかく微笑んでみせる。
 最後に洋が口を開く。

「イネス・ドヌーヴ、この世界は醜く、理不尽だと言ったな。そうなのかも知れない。お前が壊そうとするに足る理由があるのかも知れない」
「だがな、この世界には人類の自由と平和のために『仮面ライダー』として生き続ける道を選んだ人たちがいる。家族や友人、仲間を悪に殺されても復讐に走らず、『正義』のために戦い続けている人がいる。たとえ一度は悪に堕ち、多くの罪を犯し、血潮に塗れ、あまつさえ復讐に身をやつしても、それでも誰かを守るために立ち上がって、人々を守り続けてきた者がいる。力が無くとも、一人の人間として足掻き続けてきた人たちがいる。なにより美しい大空がある」
「それがあれば、俺には十分だ。だからたとえこの世界が理不尽で、愚かであっても、お前にこの世界を壊させやしない! 俺には、命を懸けて戦う理由がある!」
「そう、最早相容れないのね、シャル、マリー。ならば力づくで行かせて貰うわ! シャル、貴女が正しいのだと言うのなら、力で止めてみなさい!!」

 イネスは首からぶら下げていた十字架らしきものを取り払い、手で掲げる。同時にイネスの身体に展開した装甲が装着される。

「やはりお前が昨夜の!」

 その姿は昨夜洋と相討ちになったバイザーを頭部に装着した黒いISそのものだった。

「行けるか!? シャルロット!」
「はい!」
「がんがんじいと滝さんは彼女を!」

 洋とシャルロットは前に進み出て3人は後ろに下がら……ない。
 逆に勘次は洋に近寄り、頭を下げる。

「すんません、洋はん。わい、洋はんの気持ちも考えんで、洋はんも言いたくないことを……」
「がんがんじい……」

 洋には勘次が仮面の内側で泣いていること、罪悪感で一杯であることがよく分かっている。きっと洋を気遣って涙を見せないように仮面を外していないのだろう。だが、洋の答えは最初から決まっている。

「ありがとう、がんがんじい」
「え?」
「だって、俺のために怒って、あんなこと言ってくれたんだろ? 俺の方こそごめん。変な意地張っていて。辛いのは俺だけじゃないのにさ」
「洋はん……」
「謝るついでと言っちゃ何だけどさ、マリーさんのこと、頼めないか? 空は飛べなくても地上じゃ『日本一のスーパーヒーロー』、なんだろ?」
「洋はん、わいとシャルロットちゃんの話、ちゃっかり聞いとったんか」
「まさか。がんがんじいとは長い付き合いだし、何言って送り出したかくらいは大体予想がつくよ」
「かなわんなあ。けど、任しときや。地上の敵はわいが引き受けるから、洋さんは空の敵を頼んます。それとシャルロットちゃんも」
「ああ、任された。滝さんも、マリーさんを」
「任せろ。こういうのは感覚が麻痺しそうなくらい慣れてんだからな」

 洋、勘次、和也は今度こそ顔を見合せ笑い合う。一方、シャルロットはマリーと向き合う。

「ごめんなさい、シャル。貴女にはいくら謝っても……」
「いいですよ、マリーさん。僕の方こそ僕の父が……」
「いいのよ、貴女は違うんだから。それとこれは厚かましいお願いだけど、イネスを止めてあげて。今の私にはもう、止められない」
「勿論です。勘次さん、滝捜査官、マリーさんを」

 涙を流しながらシャルロットに話し終えたマリーを勘次と和也が引き取り、邪魔にならないように下がる。並び立つ形になった洋とシャルロットだが、シャルロットが口を開こうとした瞬間に洋が先に話しかける。

「ごめん、シャルロット」
「洋さん、謝るのは。僕の方です。洋さんも家族を亡くしていたこと知らないで、兄さんだなんて呼んじゃって……」
「いいよ、シャルロット。俺の方こそ妹と重ね合わせそうになるのが怖くて、あんなこと。謝らなくちゃいけないのは、俺の方なんだ」

 少しの間沈黙していた2人だが、意を決し再び洋が口を開く。

「謝っといてなんだけど、一つ、お願いしていいかな?」
「はい」
「俺は君に妹を重ね合わせないようにって努力したけど、やっぱり無理だった。どうしても君を妹のように大切に思ってしまった。だから、決めたんだ。シャルロットを俺の妹、陽子とは別のもう一人の妹として見ようって。君の、兄として振る舞おうって。だからシャルロット、こんな情けない俺だけど、恥知らずで臆病で卑怯な俺だけど、『兄さん』にさせてくれないかな?」
「でも……」
「それにさ、よく考えたら俺は『会長』に父親の姿を重ねていたけど、ちゃんと折り合いは付いていたんだよね。会長は俺にとってはもう一人の父親だって。だからよく考えなくても妹が増えたくらいで、悩まなくても良かったのにさ。駄目たな、俺」
「そんな事、ないですよ?。僕だって母さんが死んで、父親には利用されて、あなたが志度敬太郎博士の息子同然だって聞いたら、『兄』が出来たなんて、勝手に喜んじゃって。そんな身勝手で我が儘な僕ですけど、これからは『兄さん』って呼ばせてくれませんか?」
「シャルロット……」

 応えるように洋が青空のように爽やかに笑って言う。

「勿論だよ。だって君は『妹』なんだから」
「……ありがとうございます、洋兄さん!」

 シャルロットも花のように華やかな笑顔を浮かべる。

「それと、これから敬語は抜きで頼むよ。なんかむず痒いからさ」
「分かったよ、兄さん。なら僕もシャルでいいよ。僕も兄さんにはそう呼んで欲しいから」
「了解だ、シャル。それともう一つ白状しとくと……」
「重力低減装置のこと? あれならいいよ。嘘つきたくなる気持ちは分かるし。けどこれからあんまり心配させないで欲しいな。流石に今回はちょっと不安だったから」
「ごめん、次からは気を付けるよ。けど俺も嘘ついたというか予想外だったというか、読み違いってヤツだったんだけどね、あの時俺があの盾ぶち抜いたのを見たシャルみたいにさ」
「な、なんで分かったの!?」
「シャルって割と顔に出やすいからさ。それと今度ばっかりは修復が完了している筈だよ。というよりまだ治ってなかったら会長に診てもらうしかないね」
「博士にも言われたけどそんなに顔に出やすいのかな? なら、もう一回信じるよ」
「まあ俺や会長からすればね。ありがとう、シャル。その前に根性で治すさ」

 笑いながらそんな事を話していた洋とシャルロットだが、イネスがそこに割り込む。

「言い残すことはそれだけかしら? 『マスクドライダー』。他にやり残したことがあるのなら可能な限り対応してあげるわ」

 洋とシャルロットは会話を止め、表情を引き締めてイネスに向き直る。

「まだまだあるさ! だからここで負ける気はない!」
「言うわね。けどあなたでは私たちには勝てない! 止められない!」
「勝つさ! 勝ってみせる!」
「マリーさんの涙も! 貴女の怒りも! こんな悲しい連鎖も、僕たちが!」
「絶対に止めてみせる!」

 シャルロットは首にかけた十字のマークの入ったオレンジ色のネックレストップを右手に持つ。洋は右拳を前に突き出して即座に腰に引き、左掌を前に突き出して円を描くように回して左斜め上で止める。

「スカイ……変身!」

 左腕を腰に引き右腕を左斜め上に突き上げるとベルトの風車『トルネード』が回転し、洋の肉体を飛蝗に似た改造人間の姿に変える。同時にシャルロットもネックレストップから量子化されたISが展開されることで装甲を身に纏い、オレンジ色の専用機を装着した姿となる。

「行くぞ! お前たちの野望はこの『スカイライダー』が!」
「この僕、シャルロット・デュノアが打ち砕いてみせる!」

 言い放つと敵には緩やかな死を、友には救いの手を差し伸べる生まれ変わった橙の旋風……『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を装着したシャルロット・デュノアと、大空を愛し、自由と平和を守り蒼穹を自在に翔ける天空の守護者……8番目の仮面ライダー『スカイライダー』はそれぞれ空へと飛び上がり、涙を拭い悪を打ち砕くべく緑と橙の一陣の風となった。

**********

 セイリングジャンプが使えるようになったスカイライダーは、それまでの鬱憤を晴らすように自在に空中を飛び回り、敵を翻弄し始める。

「調子に乗るな!」

 女たちはアサルトライフルで弾幕を張るが、スカイライダーは銃撃を全て紙一重で回避する。

「スーパーライトウェーブ!」

 スカイライダーは銃撃を避けながらベルトから閃光を放ち、敵の目を眩ませて銃撃と動きを止める。続けて敵に離脱する間も与えず間合いに入り、旋回しながら突き蹴りを絶え間なく叩き込み、シールドエネルギーを削っていく。
 一方シャルロットとイネスは激しいドッグファイトを繰り広げる。互いに空中で位置や姿勢を変えながら何度も入れ違い、アサルトライフルや重機関銃を放ち、時に近接ブレードで斬り結ぶ。

「これで!」
「遅い!」

 シャルロットは突撃してくるイネスにアサルトライフルを発砲し、イネスが回避すると『高速切替』で近接ブレードに持ち換える。しかし持ち換えるのと同時にイネスの銃撃で近接ブレードが叩き落とされる。咄嗟に距離を取ろうとするシャルロットだが、イネスは逃れようとした方向に銃撃を加えて逃げ道を塞ぎ、近接ブレードでシャルロットに斬りかかる。左腕の実体シールドで防ぐシャルロットだが、イネスはシャルロットを蹴り飛ばす。

「ならこれなら!」
「甘いわ!」

 シャルロットはアサルトカノンを呼び出して発射するが、発射されるギリギリ手前でイネスは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で離脱して銃撃を回避する。先ほどからこの調子だ。シャルロットは劣勢に立たされている。理由はシャルロットも理解している。

「僕の動きが、戦い方が読まれている!?」

 イネスはシャルロットの動きや戦い方を先読みし、的確に動きを封じている。シャルロットが『高速切替』で武器を切り替える一瞬のタイムラグ、方向転換しようとする僅かな間、防御から攻撃に転じる刹那の隙。そこをイネスは確実に突いてきているのだ。

「当然よ。マリーと私は模擬戦で何回も戦い続けてきた。私はマリーと何回も対峙し、打ち勝とうと分析し、腕を磨いてきた。マリーの動きや戦い方はマリー以上に知り尽くしているわ。貴女も根本的な部分ではマリーと同じ。だから私には動きが手に取るように分かる!」

 イネスはまたもアサルトライフルを呼び出してシャルロットに銃撃を加える。回避したシャルロットは急降下して近接ブレードを拾い上げ、飛び回りながらイネスと銃撃戦を展開する。
 その傍らでスカイライダーはアサルトライフルを防御し、軽やかに飛び回る。女たちはスラスターとPICを駆使して追いかけてスカイライダーに銃撃を加えるが、ISの機動とはまた違ったスカイライダーの変則的な動きに付いていけず照準が定まらない。スカイライダーは銃弾をくぐり抜けて接近すると、手近な1機を掴んで空中で逆さにして地面へと落下していく。

「スカイドロ……ぐっ!?」

 しかし急降下中にアサルトカノンの銃弾を食らい拘束が緩むと、掴まれた女は地面ギリギリでスカイライダーを引き離して再び上空へと舞い上がる。さらにスカイライダーを狙い銃弾の雨が襲いかかるが、スカイライダーは巧みに回避して再び上昇する。

「ありがとうございます、お姉様」
「貴女の上官として当然のことをしたまでです、シェード3」

 スカイライダーをアサルトカノンで妨害したのはイネスだ。部下がやられかけているのを見て、シャルロットを振り切ってこちらの援軍に来たらしい。

「各機、マスクドライダーに的を絞らせてはなりません! 常に多対一となるように心掛けなさい!」

 イネスが言うと他の4人と共にスカイライダーを取り囲んで、『円状制御飛翔(サークル・ロンド)』のように加速と減速を不定期に織り交ぜ、スカイライダーに集中砲火を加える。

「なるほど、特務部隊は伊達じゃない、か。だが!」
「僕がいるのを忘れるな!」

 しかしシャルロットが囲みの外から重機関銃を叩き込んで包囲網を蹴散らし、スカイライダーは無事に離脱する。

「シャル、邪魔を!」
「次は俺が相手だ!」

 体勢を立て直したイネスはシャルロットに銃撃を加えようとする。途中でスカイライダーが割り込んでくると近接ブレードに持ち替え、両腕の実体シールドと近接ブレードを駆使してスカイライダーと白兵戦を展開する。だが白兵戦ではスカイライダーに分があるのか、スカイライダーの拳や手刀、掌打がガードを突破してイネスにヒットし、スカイライダーが徐々に優勢になる。

「足元が!」
「お留守でもないさ!」

 イネスは右足で中段蹴りを放つが、スカイライダーも迎撃するように左足で同じく中段蹴りを放ち、イネスの蹴りを弾き飛ばす。その隙にイネスはスラスターを逆噴射させなつつ機銃を呼び出し、スカイライダーへ乱射する。

「そう簡単に!」

 スカイライダーはひらり、と紙一重で銃弾を回避する。だが追撃は諦めてシャルロットと交戦している残る4人の敵へと向かっていく。

「クッ! 小娘一人にこうも!」

 シャルロットは巧みに敵の間を飛び回って『高速切替』を駆使し、目まぐるしく武器や間合いを変えて敵に狙いを絞らせない。時に敵にアサルトライフルを叩き込み、斬撃や散弾を浴びせてシールドを削っていく。『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』と呼ばれるシャルロットの得意技だ。その名の通り砂漠の蜃気楼の如くとらえどころのなく、しかし確実に見た者の命を削っていく。追い討ちをかけるようにスカイライダーまで割り込み、シャルロットと共に女たちを攻め立てる。

「落ちろ! イナゴが!」
「落ちるのはお前だ!」

 スカイライダーにアサルトライフルを向ければシャルロットが銃撃を加える。

「捉えたぞ!」
「こちらもな!」

 シャルロットに近接ブレードの一撃を浴びせようとすれば、スカイライダーが横から突き蹴りのコンビネーションを入れてくる。

「下がりなさい! 『マスクドライダー』は私が!」

 見かねたイネスがスラスターを噴かしてスカイライダーに突撃しながら女たちに命令を下す。女たちはイネスの命令に従い一斉に離脱し、直後にイネスは左腕の実体シールドをパージする。リボルバー機構のついたパイルバンカーを構え、瞬時加速を使う。

「スカイドリル!」

 スカイライダーは一歩も引かずに真っ向勝負に応じ、イネスに向けて右腕を高速回転させながら突き出す。イネスもパイルバンカーをスカイライダーへと突き出し、右腕に当たると同時にリボルバー機構の炸薬を全て使い杭を打ち出す。『スカイドリル』とパイルバンカーは一瞬均衡するが、パイルバンカーの杭はおろかリボルバー機構まで粉砕され、スカイドリルは大きく後ろに弾かれる。

「そんな!?」
「弾かれた!?」

 同時に大きく体勢を崩すスカイライダーとイネスだが、PICを使い僅かイネスの方が先に体勢を立て直すと、アサルトライフルをスカイライダーに向けて乱射して追撃を牽制する。

「逃がさない!」

 そこにシャルロットが背後に回り込んでショットガンを背後からイネスに叩き込み、銃撃を中断させる。イネスは即座に振り返り、再びショットガンを撃とうとするシャルロットへ逆に踏み込み、近接ブレードで斬りかかるが、高速切替で近接ブレードを呼び出したシャルロットと鍔迫り合いの形となる。

「シャル!」
「来ないで!」

 救援に向かおうとするスカイライダーだが、シャルロットがそれを遮る。

「イネスさんは僕が引き受けるから、兄さんは他の敵を! 僕がイネスさんを止めなきゃいけないんだ!」
「分かった。任せた!」

 スカイライダーはイネスをシャルロットに任せると残る敵へと向かっていく。

「随分な自信ね、シャル。だけどそう上手くはいかないわ。『エール』パッケージを使いなさい! 後はブリーフィング通りに!」
「了解です!」

 女たちはイネスの指示に答えるとパッケージを呼び出す。先ほどスカイライダーが変身する前に拘束されたチェーンを放ったパッケージだ。女たちはチェーンを発射する。スカイライダーはあっさり回避して女たちに突撃しようとする。

「ミサイル!?」

 しかしパッケージから放たれた数十発のミサイルが一斉にスカイライダーへと襲いかかる。空手の『受け』で防御するスカイライダーだが、その隙に女たちはスラスターを噴かして散開し、逃げ回りながらスカイライダーにミサイルを乱射する。

「逃げるが勝ち、か!」

 ミサイルを巧みに回避、防御、迎撃しながら女たちを追いかけるスカイライダーだが、最大戦速や小回りではISの方に分がある上、『エール』パッケージは空戦能力を強化しているらしく、上手く逃げ回りながらミサイルを撃ってくる。ミサイルの妨害もあってスカイライダーは中々追い付けない。
 シャルロットとイネスは鍔迫り合いから脱すると、互いの銃撃を掻い潜りながら激しく撃ち合う。だがシャルロットはアサルトライフルと重機関銃を立て続けに破壊される。咄嗟にショットガンを呼び出そうとした瞬間にイネスにタックルをかまされ、シャルロットは地面へ落下していく。ギリギリ踏みとどまったシャルロットだが、イネスは追い打ちとばかりに銃撃を浴びせる。銃撃を回避したシャルロットはアサルトカノンを呼び出し、イネスのアサルトライフルを撃ち落とすが、イネスは即座に突撃しながらショットガンを呼び出す。シャルロットもショットガンを呼び出すと同時に散弾を発射し、二人のショットガンが破壊される。直後にイネスが放った蹴りでまたもシャルロットが蹴り飛ばされる。

「どうしたの? 私を止めるんじゃなかったかしら?」
「まだ、これから!」

 地面に降り立ったイネスはシャルロットを挑発するように言うが、シャルロットは体勢を立て直す。しかし打開策が思い浮かばない。残念ながらこちらの強みであるはずの読みや経験ではイネスの方が一枚上手だ。『砂漠の逃げ水』も先手を打ってくるイネスに対しては意味をなさない。つまりシャルロットに勝ち筋はない。他に策を考えない限りシャルロットに勝ち目はない。それを知ってか知らずかイネスはシャルロットに語りかける。

「諦めなさい、シャル。貴女では私には勝てない。もう分かったでしょ? 確かに貴女は強くなったわ、私が思っていた以上に。けど、これが現実よ」
「まだ終わった訳じゃない! 僕はまだ負けてなんかいない!」

 シャルロットはスラスターを噴射して体勢を立て直すと、イネスにキッパリと言い放つ。

「そう、けど無駄な足掻きよ。これから貴女は私に負けるのだから」

 冷たく告げるとイネスはシャルロットにスラスターを使って突撃し、近接ブレードで斬りかかる。シャルロットも実体シールドと近接ブレードでイネスの斬撃を防御する。

「シャル! 私が教えたことを思い出して!」

 だがマリーが走り寄ってシャルロットに声を張り上げる。

「マリーさん!」
「マリー! 邪魔しないで!」
「いいえ、邪魔するわ! 他に私が出来ることなんてないもの! シャル、私、貴女に教えたわよね?『自分の使う武器の性能と特性は余さず把握しろ』、それに『一見無駄に見える機能や装備こそが窮地の時に一番役に立つ』、って」
「……そうか! 分かりました!」

 マリーが何を言わんとしているか悟ると、シャルロットは一度イネスから距離を取る。イネスは構わずにシャルロットに斬りかかるが、シャルロットは左手の実体ブレードで防ぐ。右腕でイネスの左腕を掴んで動きを止め、アサルトカノンを呼び出す。ただし銃口こそイネスに向いているが、スカートアーマーにマウントしたままの状態で、だ。

「何のつもりかしら? シャルロット」
「どうやら貴女は知らないみたいですね。このアサルトカノン、『ガルム』にはこんな機能もあることを!」
「ファイア!」

 次の瞬間、アサルトカノン『ガルム』から銃弾が至近距離で放たれ、無防備なイネスに直撃する。

「そんな!?」

 イネスは回避も防御も出来ずにシールドを削られ、離脱しアサルトカノンを放とうとする。しかし近接ブレードに持ち替えたシャルロットは近接ブレードを投げつけ、アサルトカノンを串刺しにする。さらに突撃して近接ブレードを掴んで突き入れて、イネスのシールドを削って吹き飛ばす。シャルロットはイネスに言い放つ。

「ガルムは音声入力でも発砲出来るようになっています。勿論、マウントした状態でも」

 シャルロットが使ったのはガルムに組み込まれている音声入力による発砲機構だ。基本的に使わない上に暴発の危険があるため、普段はロックされている。持ち主であるシャルロットすらマリーの言葉を聞くまでは忘れかけていた。イネスと一度距離を取ったのは、機構をアンロックする時間を稼ぐためだ。

「そんな隠し玉があったなんてね。けど所詮は一回限り! 次はこうは行かないわ!」

 イネスは機銃を呼び出してシャルロットに向けて銃撃を放つ。しかしシャルロットはスラスターを駆使して回避すると、一気に踏み込んで左腕の実体シールドをパージし、『灰色の鱗殻』を突き出して機銃を破壊する。

「やるわね! けど!」

 イネスもまた右腕実体シールドをパージしてパイルバンカーを突き出すが、シャルロットは半身で回避し、逆に右ストレートで殴り飛ばす。

「なら次は、アサルトカノン!」

 イネスは体勢を立て直してスラスターを噴かす。次はアサルトカノンを使ってくるだろう。こちらに飛び道具が無い以上、それがセオリーだ。だがシャルロットは逆にイネスに向かって突撃してくる。

「何を!?」

 イネスもシャルロットの予想外の行動に驚きを隠せない。しかしイネスは油断なく警戒する。ならば攻撃手段は近接ブレードか『灰色の鱗殻』しかない。そう思い身構えるイネスだが、シャルロットはどちらも使わず、イネスを掴みパワーアシストを全開にしてイネスを肩へと担ぎ上げて一気に上昇する。

「一体何をしようと言うの!?」

 流石のイネスもあまりにセオリーから外れた動きをするシャルロットに叫ぶ。ここまで来ると最早何をしたいのかわからないと言った口振りだ。しかしシャルロットは慌てずにイネスに告げる。

「確かに僕はマリーさんに戦い方を教わった。けど、それだけじゃない。他にも戦い方は、ある!」

 シャルロットは身体を反転させると両手でイネスの手足を押さえ、背中に足を掛けてイネスを下にし、スラスターを噴射して急降下を開始する。シャルロットは実戦で瞬時加速を覚えて使用するなど、器用さや飲み込みの早さは並外れている。この技は前にスカイライダーが実演したし、一緒にだが一度自分でも使ったことがある。使うだけならばシャルロットには十分だ。シャルロットの意図を悟ったイネスは抵抗を止めて静かに言う。

「馬鹿ね、シャル。こんなことをしても、私に今は勝っても、いずれは手酷く裏切られるだけよ?」
「それでも僕は信じる。僕はみんなと、みんなを信じている僕自身のために戦う」
「僕には、それだけで十分だよ」
「三点……ドロップ!」

 シャルロットが背中から踏みつけるような形でイネスを地面へと激突させると、遂にイネスは『絶対防御』を発動させて沈黙する。

「あれは、三点ドロップ!」

 スカイライダーはシャルロットが、今の姿となって最初に敵を倒した技を使った光景を見て思わず叫ぶ。

「よし! だったら俺も負けてられないな!」

 スカイライダーは敵からミサイルが放たれると、自ら突っ込んでいく。

「必殺飛び石砕き!」

 スカイライダーはミサイルを蹴り砕き、反動や爆風のエネルギーをベルトに溜め込んでいく。

「一体何のつもりだ!?」

 ミサイルを撃っていた女たちはスカイライダーの行動を不審に思うが、構わずミサイルを撃ちまくる。

「どんどん来い!」

 しかしスカイライダーは先程と同じ要領でミサイルを蹴り砕き、爆風のエネルギーを吸収すると、今度は反動で加速しながら女へと近付いてゆく。

「くっ!? さっきより速い!?」

 女たとはスカイライダーの飛行速度が明らかに速くなってきていることに気付く。ミサイルを乱射し続けるが、スカイライダーはミサイルを蹴り砕き、爆風のエネルギーを溜め込んでいく。

「もう十分だな。行くぞ!」

 やがてスカイライダーは溜め込んでいたエネルギーを一気に解放すると加速し、瞬く間に音速の壁を突破しる。セイリングジャンプは時速800kmくらいしか出ないが、それはスカイライダー自身のエネルギーのみでセイリングジャンプを使った場合のことで、外部からエネルギーが供給されれば話は別だ。スカイライダーは『アブンガー』との戦いで爆風を使いエネルギーをチャージしたこと応用し、爆風を取り込んで得たエネルギーを加速に回すことで超音速のスピードを実現したのだ。もっとも、これは一時的なものだが。女たちはスカイライダーにミサイルを撃ちまくるが、スカイライダーはエネルギーを溜め、反動まで生かしてどんどんスピードを上げていく。やがてスカイライダーは女の一人に追い付く。

「この! 落ちろ!」

 女はひたすらミサイルを撃ちながらチェーンを射出するが、無駄だ。スカイライダーはその敵へ飛び蹴りを放つ。

「大反転!」

 スピードの乗った一撃によりその敵は『絶対防御』を発動させて墜落していくが、スカイライダーは蹴りの反動で加速して別の敵に蹴りを放つ。

「スカイ!」

 2機目をも撃墜するがスカイライダーの攻撃は終わらない。さらに反動で加速して三機目に反転キックを放つ。

「キック!」

 3機目も同様に地面へと叩き落として沈黙させる。
 残る副隊長格らしき女にスカイライダーは照準を定めると、反動をも生かして加速する。

「叩き落としてやる!」

 女は時折振り向いてアサルトライフルやミサイルを放つが、スカイライダーは銃弾を回避し、ミサイルは蹴り砕いて加速の助けとする。それでも小回りの差で逃げ切ろうとするが、スカイライダーは上手く空中で身体を動かして風に乗り追い縋る。女が振り切ろうとスラスターを噴かした瞬間、背後から衝撃を受けて中断される。慌ててハイパーセンサーを使い後方を確認すると、自身の後方右側からオレンジ色の『何か』が『エール』を抑え込んでいる。

「シャルロット・デュノア!?」

 シャルロットだ。スカイライダーも追い付いて右腕で抑え込むとスカイライダーは女の左腕を、シャルロットは女の右腕を取り、女を拘束したまま空中を飛び回る。シャルロットはスカイライダーに口を開く。

「兄さん、僕も一つ白状してもいいかな?」
「別に構わないさ」
「実は僕も兄さんみたいに空を飛ぶのか好きだったんだよ? ISで、だけど」
「なんだ、水臭いな。もっと早くに聞いてれば色々話すことがあったのに」
「ごめん。けど僕が好きだった理由は兄さんと違って、嫌なことは全部忘れてられるなんて、憂さ晴らしみたいなものだから。兄さんだって、そんな理由で空が好きなんて言われたら嫌だろうし」
「いいんじゃないかな?そんな理由で空を飛んでも」
「兄さん……」
「俺だって同じ経験をしたから、気持ちはよく分かるよ。空を飛んでいる間は全て風に流して忘れていられる。だから、いいんじゃないかな? 勿論心の整理付けるために、って条件が付くけれど」
「ありがとう、兄さん。やっぱり兄さんは、強いね」
「そんなに強くないさ、俺は。けど風の感触は分からなくても、空の青さと、目の前の景色の良さは分かるだろ? だから、今度はこの青さと景色も好きな理由に入れて欲しいかな」
「うん! 好きになれるよ! 兄さんみたいに心から、この空を」

 女の存在など最初から眼中に無い様子で、爽やかな雰囲気すら漂わせながら談笑していたスカイライダーこと筑波洋とシャルロットだが、やがて女の存在に気付いたかのように視線を向ける。スカイライダーは無表情のまま冷たく、シャルロットはニッコリと笑いながらもどこまでも冷徹に、実に爽やかな口調のまま言い放つ。

「お前は、どこに落ちたい?」

 スカイライダーとシャルロットは女を抑え込む手に力を込めると、一気に急降下を開始する。

「この!」

 女はスカイライダーとシャルロットを振りほどこうとするが、力が強くて降りほどけない。スカイライダーとシャルロットは地面に向けて降下し、衝突する直前に女を離して投げ落とす。女はスラスターとPICを使い体勢を立て直すが、『エール』パッケージは地面に接触して破損し、スラスターも全損に近い状態となり推力を失う。立ち上がった女はスカイライダーとシャルロットにアサルトライフルを乱射する。スカイライダーとシャルロットは回避すると、女を取り囲むように高速で女の周囲を旋回し始める。構わずアサルトライフルを撃つ女だが、緩急織り混ぜて加速や減速を繰り返す二人に上手く的を絞れない。
 スカイライダーは旋回の勢いを乗せたまま女の正面へと回り込んで突撃し、前方宙返りを決め飛び蹴りの体勢に入る。

「スカイ!」
「させるか!」

 しかし女はアサルトカノンを呼び出し、防御も回避も出来ないスカイライダーへと集中砲火を加える。

「大旋回!」

 直後に背後からシャルロットが軌道を変えて突撃し、スカイライダーと同じように飛び蹴りの体勢に入る。

「何!?」

 ハイパーセンサーでそれを捉えた女だが、もう回避しようがない。無事銃弾を突っ切ったスカイライダーと、間合いに入ったシャルロットは同時に渾身の蹴りを女へと放つ。

「キィィィィィィィィック!」

 前後から99の技の一つを同時に受けた最後の敵は、遂に沈黙を余儀なくされた。

**********

 雲一つ無い晴天の下、変身を解除した洋とISを待機状態に戻したシャルロットは山の麓まで下りた後、並んで佇んでいる。イネスとその部下たちは和也が呼んだ応援により連行された。マリーもまたフランスにあるインターポール本部まで護送される。事情がどうであれ、亡国機業に所属していた事実は消えようが無い。司法取引で減刑される可能性も和也は口にしていたが、罰は下されるだろう。洋とシャルロットの下に和也と勘次に付き添われてマリーが歩いてくる。

「やっぱり強くなったわね、シャル。私やイネスが思っていた以上に、私たちよりもずっと強く」
「マリーさん……」

 続けてマリーは洋へと向き直り、口を開く。

「筑波さん、こんな厚かましいことを頼むのは気が引けますけれど、お願いします。これからもシャルとシャルの大切な人たちを守ってくれませんか?」
「勿論ですよ。この空に誓って」
「ありがとうございます。それと、滝捜査官、お手数をおかけします」

 マリーは洋に礼を述べて和也に頭を下げるが、黙って首を振る。すると洋が口を挟む。

「けど滝さん、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、どうせ次の目的地もヨーロッパ、ってかフランスの隣国だし、一度本部に戻って報告しとく必要があるからな。後は頼んだぜ?」
「ええ」

 和也はマリーを促して洋とシャルロットに背を向けて歩き始める。

「マリーさん! 僕、待ってますから! マリーさんが戻ってくるまで、ずっと待ってますから!」

 シャルロットはマリーの背中に声をかける。マリーは一度立ち止まるが振り返らずに、再び和也と共に歩き去る。その背中が見えなくなるまで黙って見送っていた洋、シャルロット、勘次だが、やがてシャルロットが口を開く。

「これで、良かったのかな?」
「いいんじゃないかな」

 シャルロットの呟きに洋が答える。

「君は確かにマリーさんの涙を止めることが出来た。今は、それだけでいいんじゃないかな」
「でも……」
「俺もそうだったから。これから出来ることを、やれることを増やしていけばいいんじゃないかな。君には未来がまだたくさんあるんだから」
「兄さん、ありがとう。僕も兄さんに追い付けるように、付いていけるように、頑張るよ」

 シャルロットと洋は顔を見合わせて微笑み合う。

「けど驚いたな。『三点ドロップ』まで習得するなんてさ。器用なのは分かっていたけど、少し器用過ぎやしないか?」
「そんなことないよ。見よう見まねでやってみただけだし、威力だって兄さんが使ったのよりは……」
「というか、人乗っているのに本気で洋はんがアレ使うたらヤバいて」

 からかうように言う洋にシャルロットは首を振り、勘次が呟く。洋が本気で『三点ドロップ』を使えば無人ISの胴体を簡単に寸断してしまえる威力がある。そのため、有人機相手に使う際は一部動作を省略して威力を落としている程だ。シャルロットが仕掛けた『三点ドロップ』は洋に比べれば威力は劣る。真似しただけでも大したものだが。

「けど洋はん、やっとシャルロットちゃんのお兄さんになる決心着いて良かったですわ。シャルロットちゃんも良かったなあ」
「ありがとう、がんがんじい。それもがんがんじいのお陰さ」
「ありがとうございます、勘次さん。僕も洋兄さんと同じ意見ですよ」
「ならシャルロットちゃん、わいのことも『がんがんじい』と呼んでくれへんか? わい、正直その名前で呼ばれるの慣れてなくて」
「お断りします。だって僕にとって勘次さんは勘次さんなんですから」
「なんかシャルロットちゃんにそう言われると、納得するしかないと言うか」
「まあ、確かにね。行こうか、シャル、がんがんじい」
「行くって、どこに?」
「どこって、IS学園に決まってるだろ?」
「せやけどわい、呼ばれてへんで?」

 洋の言葉に勘次が疑問を口にする。インターポールやIS学園が協力を要請したのは洋だけだ。仮に勘次が着いていってもIS学園に入れないだろう。しかし洋は笑って続ける。

「らしくないな、がんがんじい。普段は言わなくても来るのに。そこら辺は俺やシャルの方で頼んでみるさ」
「それとも僕や兄さんのこと、もう助けてくれないんですか?」
「なに言うてんねん! わいは『日本一のスーパーヒーロー』がんがんじい様やで! 洋はんやシャルロットちゃんが助けて欲しい言うなら、地獄の底からでも駆けつけたるで!」
「それでこそがんがんじいだ。じゃ、行こうか。織斑一夏君の顔も、この目で見てみたいしさ」
「うん。きっと兄さんも気に入ってくれると思うよ、一夏のこと」

 その一言を最後にシャルロットと勘次、洋は並んで歩き出すのだった。



[32627] 第十話 黒兎と紅影(ブラック・ラビット/レッド・シャドウ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:07
 ドイツ某所にある『ヴァルキリー・トレース・システム』、通称『VTシステム』研究開発施設跡地に一人の男が佇んでいる。髪の毛がモシャモシャした、パーマを思わせる髪型をしている。背は日本人としては高い方だ。男は施設跡を眺めていたが聞こえてきた排気音の正体を探るべく周囲を見渡す。バイクだ。バイクが一台走ってきて、停車する。運転していた男と後ろに乗っていた少女がバイクから降りてきて男の下へと歩み寄る。
 男の方はラフなジャケットを着ている。どことなく不真面目さやいい加減さが透けて見える。一方、少女は長い銀髪に赤い右目、体躯は小柄かつ細身で、男とは40cmほど身長差がありそうだ。左目には眼帯を着用している。男はジャケット姿の男を見て口を開く。

「すいません、わざわざ。けど前々から思っていたんですが、少し頑丈過ぎじゃないですか? 滝さん」
「気にすんな。たまに我ながら怖くなることがあるけどよ。で、お前の方はどうなんだ? 村雨」
「やはりめぼしい収穫はなし、ですね。ですから海堂先生の提案は渡りに船、って所でしたけど」

 男こと村雨良はもう一人の男、滝和也と会話を交わすと少女へと声をかける。

「それとラウラも悪いな。ドイツまで出向いてもらって」
「いえ、私も任務がありましたし、村雨さんには改めてお礼が言いたかったので」
「お礼? 俺にか?」
「ええ。私だけでなく一夏や他の皆、を守ってくれて、ありがとうございました。感謝してもし切れません」
「礼を言いたいのは俺の方さ。俺がそこまで戦えたのは君がいたからさ。だから俺の方こそ、ありがとう、ラウラ」

 良は陽気ながらどこか穏やかな笑顔を浮かべ、少女ことラウラ・ボーデヴィッヒも柔らかく微笑む。
 良とラウラは無人ISによるIS学園襲撃の1週間後、調査も兼ねてIS学園に見学に来たものの、校舎内で迷子になっていた良がラウラに道を尋ねたことがきっかけで知り合い、襲撃してきた無人IS相手に共闘した『戦友』だ。さらにラウラは良が脳以外全て機械の『パーフェクトサイボーグ』であることや、改造に至る経緯、良が犯してきた罪など、秘密を共有する仲だ。もっとも、良が『仮面ライダー』であると織斑一夏らも感付いている。しかしラウラの意志を尊重して敢えて誰も口に出していない。

「ところで村雨さん。一つお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「なぜ村雨さんが『VTシステム』について調べているのですか? 『亡国機業(ファントム・タスク)』が絡んでいるのは、私も承知していますが」
「個人的に『VTシステム』については思う所があるんだ。それは俺の先輩たちや後輩も同じだが」
「思う所、ですか?」
「ああ。なんか昔の俺を思い出したり、な」
「申し訳ありません。思い出されたくもないことを」
「気にしなくていい。俺が勝手にそう思っただけだからな」

 申し訳なさそうな表情で謝罪するラウラに、良は苦笑しながら首を振る。
 良はVTシステムについて調査するためにドイツに滞在している。風見志郎と結城丈二から亡国機業の動きに関する情報は入ってきていた。しかし良はドイツでまだVTシステムの研究が行われ、しかも亡国機業が絡んでいるらしいとの情報を掴むとドイツに留まって調査していた。一方で『国際IS委員会』は、かつてVTシステムに関する調査団の副団長を務めた海堂肇をドイツへと派遣し、改めて調査に当たらせることを決定した。本来ならば大規模な調査チームを編成しすべき事案だが、下手な動きを見せると証拠を隠滅されかねないため、今回はドイツ軍の調査に肇がオブザーバーとして参加する、という形式を取っている。
 同時にドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』、通称『黒ウサギ隊』が肇のサポートに当たり、隊長のラウラも調査に加わるように命令が下された。ICPO(国際刑事警察機構)、インターポール捜査官の和也も捜査のために協力することになった。
 
「ところでラウラ、俺からも一つ聞いていいか?」
「なんでしょうか?」
「いや、なんで軍服とか学園の制服とかじゃなくて、私服というかスカート姿なのかと思ってさ」
「いえ、村雨さんに同行するのであれば、こちらの格好の方がいいとハルフォーフ大尉が言っていたので。やはり、変、ですか?」
「確かに俺は無関係なルポライターを装って調べるわけだから、君は私服の方がいいな。ハルフォーフ大尉の言っていることは正論だ。ただ、変ではないし、むしろ似合っているんだが、個人的には意外と言うか、違和感があるというか」

 良は少々微妙な表情をしてみせる。
 ラウラは黒を基調とした上下とも普通の、むしろ可愛らしい私服姿である。下もスカートだし、眼帯もそれに合わせてかいつも掛けているものとはデザインが若干異なる。別に格好自体はおかしくはない。ラウラも年頃の少女だし、可愛らしい容姿や魅力を存分に引き立たせている。良も似合うと感じているのだが、違和感もまた同じくらいに感じている。
 ラウラは良が見た限り、スカートを穿く人間ではない。一応ラウラもスカートタイプの制服も持ってはいるのだが、良がIS学園に滞在していた時はズボンであり、見る機会が無かった。良だけでなく、和也も最初に見た時は微妙な表情をしていた。付き合いが長い一夏が見ても似たような反応をするかも知れない。
 もっとも、この服はラウラの私物ではなく、『シュヴァルツェ・ハーゼ』副隊長のクラリッサ・ハルフォーフ大尉が用意したものだ。良が正式な協力者となった後、クラリッサらとも面通ししているが、流石にクラリッサがそんな手回しをする人間とは知らない。ラウラはうつむき加減に顔を逸らし、いかにも恥ずかしそうにおずおずと尋ねる。

「その、部下たちは似合うと言ってくれたのですが、正直な所、どうなのでしょうか?」
「いや、とてもよく似合っているよ。違和感ってのは、ラウラがスカート穿いている所は始めて見たからってのが理由だし、もっと自信を持っていい。きっと一夏も似合うって言ってくれると思う」
「ありがとうございます。ですがスカートの感触は慣れません。足元が……」
「スースーするんだろ? それは俺も分かるな。一回穿いてみたんだが、どうもあの感触は慣れようがない気がしていたんだ」
「村雨さんがスカートを、ですか?」
「ああ。と言っても、俺が穿いたのはスコットランドの伝統衣装で男性用の『キルト』ってヤツだけどね」
「そうだったのですか。ですがなぜスカートを穿かれたのですか?」
「姉さんの取材手伝ったついでに、なんとなく穿いてみたかったから穿いてみたんだけど、やっぱりズボンの方が俺はいいな」
「私もズボンの方が動きやすいので、そちらの方が良かったのですが」
「きっとハルフォーフ大尉がこっちが良いと考えたんだろう」
「ですが違和感を感じたのであれば、やはり問題があるのでは?」
「普通に知らない人相手なら問題ないだろう。千冬さんがドレスを着たら似合うだろうし、知らない人が見たら見とれそうだけど、ラウラが見たら違和感があるだろう?」
「いえ、そのようなことは断じて有り得ません。教官はどんな服でもしっかりと着こなすので、違和感は無いかと」
「それもそうだな。前言撤回だ、忘れてくれ。けどラウラ、これも少し気になっていたんだが、なんで千冬さんのことを時々教官って呼ぶんだ?」
「そう言えば村雨さんには話していませんでしたね。ドイツ軍に出向して教官を務めていた時、落ちこぼれだった私に特訓を施し、私を強くしてくれたんです」
「なるほど、大体分かった。けどラウラも特訓やったことがあったのか。どんな特訓をしたんだ? やっぱり鉄球とかは使ったのか?」
「いいえ。基礎訓練の徹底的な反復や課題の重点的な克服、教官との模擬戦を繰り返し、というものです。村雨さんも特訓をされたことがあるのですか?」
「ああ。最初にやったのは鳴門海峡の渦潮に身を沈めるやつだったな。今も先輩たちや光太郎と組み手とかしているし、一人でも色々やっているけど」
「渦潮に、ですか?」
「ああ。立花藤兵衛さんって人の発案でね。ラウラが千冬さんの指導のお陰で強くなれたように、俺もそのお陰でそれまで以上に強くなれたから、感謝してもしきれないよ」
「そうだったのですか? 滝捜査官と共に亡国機業から一夏の友人をを助けたのは知っていましたが、まさかそれほどの人とは」
「全くだよ。滝さんも滝さんで、本郷先輩や一文字先輩の特訓に生身で付き合っていたらしいから、相当なものだけどさ」
「流石は教官が『婿』にしたい、と考えておられるだけはあります。ですが性格的に不真面目過ぎる気がするのですが」
「千冬さんには丁度いいんじゃないか? それに千冬さんも『姉』だから、滝さんみたいに世話が焼ける方が良さそうだし。それに普段はああだけど、いざって時の滝さんは見ただろ? 本当は強い人だからさ」
「そうですね。やはり教官の見る目に狂いなどありませんね。では私もこれからは滝捜査官のことをお義兄様と呼んだ方が良いのでしょうか?」
「いや、それはまだ早いんじゃないか? そのためにはまずあの一夏を……」
「って、さっきからなに人のこと好き勝手に話してやがる!?」

 我慢の限界を迎えた和也が良とラウラにツッコミを入れる。

「大体スカートの話からなんでそんなに飛躍すんだよ!?」
「いえ、なんとなく流れで」

 和也のツッコミに良とラウラはあっけらかんと答えてみせる。
 この2人、事情は違えどどこかズレている上、思ったことは割とストレートに口に出す者同士妙に馬が合う。そのせいか二人が話すと必ず話が変な方向に脱線し、時折とんでもない飛躍を見せる。今回も他人からすれば色々とツッコミ所満載なのだが、良もラウラも気付かない。

「大体、千冬からろくでもねえこと吹き込まれてるクセに、なんでそんな結論に達するんだよ!?」
「いえ、一夏の例もありますし、村雨さんが言った通り、教官は多少不真面目な方が心惹かれるのではと思いまして」
「それに昔から『嫌よ嫌よも好きの内』とか言うじゃないですか」
「村雨! お前は黙ってろ!」

 相変わらずズレた答えを返す二人に和也はまたしてもツッコミを入れる。
 和也の言う通り、千冬は和也に関しては『人間としては素晴らしいし、いざという時は頼りになるが男としては最底辺』と評しており、ラウラを含む『イチカー軍団』も概ね同意している。ただ、だからと言って恋愛関係にならないかと言えばノーだ。温度差こそあれ、可能性については誰も否定していない。
 特にセシリア・オルコットはその急先鋒だ。セシリアの妄想の中ではすでに一夏とセシリア、和也と千冬が結婚し、一夏とセシリアの間には『ケイスケ』と言う名の息子が、和也と千冬の間には『涼子』と『霧子』という娘が産まれるのは確定している所まで逝って、もとい行っている。セシリアの次に肯定的に考えているのがラウラだ。ラウラ自身最初は一夏に対してはむしろ悪印象を抱いていたという経験が大きい。本人たちにその気は無いので、和也としてはたまったものではない。

「頭が痛くなってきやがった……とにかく俺は海堂博士を迎えに行くから、後は頼んだ」
「分かりました。滝さんこそ気を付けて」

 良と会話を交わすと和也はバイクに跨がって走り去る。
 肇は調査に向けての準備もあり、ラウラよりもやや遅れてドイツに向かっている。先に調査していた良に委任状を郵送した上で必要な手続きを全て済ませたそうだ。同時に良は表向きは民間人のルポライターを装って調査し、ラウラも良に同行することになった。
 良もバイクに向かうと座席の下から予備のヘルメットを取り出し、ラウラに渡す。

「それじゃ、俺たちもそろそろ調査もとい『取材』に行こうか」
「はい」

 ラウラはヘルメットを受け取り頭に被ると、既にバイクに跨がっている良の後ろに座り、しっかりと掴まる。それを確認すると良はバイクのエンジンを入れ、『取材』に行く街へ向けて走り始めた。

**********

 ドイツ南西部に位置し、スイスやフランスとも隣接する『バーデン=ヴュルテンベルク州』に存在する森林地帯『シュヴァルツヴァルト(黒い森)』。その北部にある街『バーデン=バーデン』。古くから温泉地として知られ、現在でもヨーロッパ有数の保養地として知られているその街に、少々変わった二人組がいる。片方は日本人らしき男だ。背は高くがっちりとした体格をしており、髪の毛はモシャモシャしている。男は街の住民らしき男性とメモを取りながら何か話している。

「他になにか不審なものを見かけたりしませんでしたか? たとえば、なにかを積んだトラックとか」
「いや、見てないな。けど『幽霊騒動』の記事なんか書いて、売れるのかい?」
「実は特ダネかもしれませんからね。じゃあ、ありがとうございました」

 一通り話を聞き終えると男は一礼し、連れらしき少女の下へと歩いて行く。
 少女の方は長い銀色の髪に赤い目、小柄で細身な体躯をしており、連れの男とは対照的だ。少女はやって来た男に口を開く。

「どうでしたか? 村雨さん」
「芳しくないな。『幽霊騒動』の話は多いが、研究施設についてはさっぱりだな。ただ、話を聞く限り、『幽霊』の正体は無人ISの可能性が高いな」

 少女ことラウラに良は首を振り答える。
 良とラウラは街に到着すると早速調査を始めたが、内容が内容なので直接聞く訳にもいかない。なので街で最近話題になっている『幽霊』について取材しつつ、それとなく施設に関する情報を集めている。しかし研究施設の情報は入ってこない。ただ『幽霊』の正体は無人ISらしい。

「そうなると、手掛かりは無いも同然ですね」
「いや、そうでもないさ。もし『幽霊』が本当に無人ISなら、この近くにVTシステム研究開発施設がある可能性は非常に高い」
「なぜそう言えるのですか?」
「話によると篠ノ之束はVTシステムを毛嫌いしていたらしいからな。施設の倒壊も彼女の差し金との話まで出てきている」

 手帳を開いてパラパラと捲りながら良はラウラに答える。
 無人ISが出没したと言うことは、この一帯に『VTシステム』絡みの何かがある、と考えるのが妥当だろう。無人ISの動きを追えば、手掛かりが得られる可能性が高い。

「まあ、彼女も人のことは言えた立場じゃないとは思うけどな」
「やはり、あの仮面ライダーを模した無人ISには思う所が?」
「思う所どころか、怒りすら沸いているよ。ラウラだってVTシステムについては怒っているだろ?」
「はい。自分の知らない所で勝手に仕込んだ連中に、私直々に落とし前を着けたい程度には」

 良の問いにラウラは頷く。
 手帳を一旦胸ポケットに仕舞った良はラウラに提案する。

「それじゃ、昼飯時も近いし、飯にしないか? 腹が減っては戦は出来ぬって言うしさ」
「私もそう思っていた所です。ですがどこで食事を?」
「なに、適当な店を見繕ってみるのも旅の醍醐味さ。成功すればそれでよし、失敗したらしたでそれもいい経験さ。とりあえず歩きながら考えればいい」

 良は陽気に笑ってラウラを促し、一緒に街の通りを歩き始める。
 街の通りを良とラウラの二人が歩き始めると嫌でも目立ち、自然と街中の視線が良とラウラに集中するようになる。ラウラは長い銀色の髪に、小柄で抱き締めたら折れてしまいそうな細身の体躯、整った顔立ちをした美少女だ。そんな少女が可愛いらしい服を着て歩いているのだ。注目しない筈が無い。ナンパしようと声をかける男が、何人もラウラの所に来てもおかしくはない。だが隣の良が男たちを萎縮させて、近寄らせない。本人にそんなつもりは全く無いのだが。
 その良はと言えば黒いモシャモシャの髪に、大柄で抱き締められたら骨が折られそうな頑強な体躯、少々厳つい顔付きをしたやや強面の男だ。そんな男がジャケット姿で美少女の隣を歩いているのだ。注目しない筈が無い。職務質問しようと声をかける警察官が、何人も良の所に来てもおかしくはない。ドイツの警察官が職務質問をするかは別だが。
 そんな二人が並んで歩いている姿はカップルにも見えなくもないが、ここまで来ると最早親子にすら見えてくる。視線を一身に集めても良は平然としているが、ラウラは若干居心地が悪そうにしている。

「気にするな、ラウラ。気にしなければ自然と気にならなくなるもんだ」
「はあ、ですがいつもと勝手が違うので気になってしまって……」
「確かに俺もタキシードとか着たら緊張するし、格好って重要なんだよな。こればっかりは慣れるしかないんじゃないか?」
「慣れ、ですか。この服の感覚には慣れそうにもありません」
「まあ最初はみんなそんなもんだ。けど意外と慣れられることってのは多くてさ。どんなに姉が綺麗な人でも、弟は見慣れすぎてそのことに気付かないもんだし」
「一夏もそうなのでしょうか?」
「いや、一夏は千冬さんを普通に綺麗と認識しているし、あれは例外だと思う」
「一夏……そう言えば村雨さんも……あ、失礼しました」
「気にしなくていい、ラウラ。俺はその典型だったからな。それでも俺は姉さんを大好きだったし、大きくなったら俺が姉さんを守ろうって思っていた。だから一夏の気持ちがよく分かるんだよな、俺には。ただアレばっかりは……」
「すいません。私が謝っても仕方ないことですが、『嫁』に代わって」
「仮に一夏本人に謝られても反応に困るんだが。少しはリラックスできたか?」
「え? はい、少しですが緊張が解れたような気がします」
「そっか、なら良かった。なんか肩の力入っていたからさ。とにかくさっさと探して済ませないと。長引いたら面倒だ」
「……はい」

 良は陽気に笑い、ラウラは微笑み返すと二人は店を探すべく街の通りを再び散策し始めた。

**********

 『シュヴァルツヴァルト』北部に立地するあるドイツ軍基地。この基地には『シュヴァルツェ・ハーゼ』が駐留している。ブリーフィングルームからドイツ軍の制服を着た者たちが出てくる。テーブル席に座っていたスーツ姿の男は書類を捲り、一回大きく伸びをする。すると一組の男女が歩いてきてスーツ姿の男に声をかける。男はジャケットを着た男、女の方はドイツ軍の制服に身を包み、左目に眼帯を着用している。

「お疲れ様です、海堂博士」
「いや、別に大したことはないよ。滝くんの方こそここの所忙しかっただろう? 今回だって護送任務のすぐ後と言うのに」
「なに、慣れてますから。それに村雨やラウラの相手を同時にしているよりは、まだ」

 ぼやくように呟く和也にスーツ姿の男こと海堂肇は苦笑する。肇は軍服姿の女性へも口を開く。

「クラリッサくんもご苦労様。ヒアリングにまで付き合ってくれて」
「いえ、私は『シュヴァルツェ・ハーゼ』副隊長として、当然の責務を果たしたまでです」

 肇に女性ことクラリッサ・ハルフォーフも首を振る。
 先程まで肇はドイツ軍のVTシステム調査チームのオブザーバーとしてヒアリングに参加し、和也やクラリッサも同席していた。もっとも、オブザーバーと言うのは名目であり、実際の調査は肇が中心となっている。
 肇は国際IS委員会に所属するかたわらIS学園校医として勤務しているが、今回は調査のためにドイツまで派遣されることになった。本当なら志度敬太郎を送るのが良かったが、生憎敬太郎は『デュノア社』監査役として多忙を極めている。そこで肇に白羽の矢が立ったのだ。命を受けた肇は調査の準備をし、元教え子の良に協力を要請してからは各方面との連絡調整を行った。ドイツに到着した後はヒアリングに参加し、関係者各位から事情を聞いている。しかしこちらの結果は芳しくない。皆証言が曖昧ではっきりしない。物証が欲しいが、こちらから動けば確実に感付かれる。そちらは裏から動いている良に託すしかない。
 今度は少将の階級章を着けた女性が肇の下へと歩み寄る。女性を見るとクラリッサは姿勢を正して敬礼する。

「ご協力感謝します。海堂博士」
「こちらこそありがとうございました、メッケル少将。それで、こちらが依頼した例の件についてですが」
「この3名に絞られるでしょう。では、私はこれで」

 女ことメッケルは肇に紙束を渡すと一礼して立ち去る。肇は紙束をめくり、和也とクラリッサにも渡す。

「これが亡国機業に内通している疑いのあるドイツ軍関係者、ですか?」
「ああ。私がメッケル少将に依頼したんだ。内偵には『シュヴァルツェ・ハーゼ』が関わっているから、詳しい話はクラリッサくんから聞いた方が早いだろう」
「了解です。でよ、クラリッサ。一応確認しとくがこの3人、ハンナ・デーニッツ少佐、ゲルダ・ケッセルリンク大尉、エリザベート・ヒンデンブルク大尉で間違いないか?」
「はい。物証はありませんが、証言や状況から見てもその3人しか考えられません」
「なるほど、しかし全員部隊が違うといえどもIS操縦者か。こりゃメッケル少将も大変だな。誰がホシでも責任取って辞任しなきゃならないのに、よくクラリッサたちに調べさせた上で提出したもんだ」
「軍部内から膿を出すため、仕方ないと判断されたのでしょう」

 クラリッサはメッケルを一瞥した後に和也に答える。
 亡国機業への内通が疑われているのは、三人共ドイツ軍のIS操縦者だ。メッケルはドイツ軍のIS運用を統括する最高責任者、IS運用部部長を務めており、今回の調査チームも直々に指揮を執っている。
 メッケルは女性ながらIS登場前からその優秀さを認められ、初代運用部部長アンナ・リッベントロップの片腕として尽力した。アンナが辞任した後は現職に就任し、今も辣腕を振るっている。その一方で厳格さや冷徹さ、信賞必罰主義からドイツ軍内でも畏れられている。内通者に関する内偵は『シュヴァルツェ・ハーゼ』が行い、メッケルが報告を精査した上で肇に提出した。

「ならこの後は俺とクラリッサで事情聴取ってとこだな」
「ええ。ところで海堂博士、一つお聞きしたいのですが」
「……何かね?」

 思い出したように何か質問しようとするクラリッサに、肇は思わず身構える。

「海堂博士のように見慣れていても、ナース服というものには萌えるのでしょうか?」
「……なぜそんなことを私に質問するんだい?」
「いえ、やはり隊長の『嫁』と同じ日本人である博士の見解を……」
「この流れでいきなり私情丸出しの質問すんじゃねえ!」

 唖然とする肇に代わって和也がクラリッサでツッコミを入れる。
 クラリッサは優秀な軍人ではあるし、厳しくも面倒見がよいことから部下にも『お姉様』と呼び慕われるなど、決して悪い人間ではない。ただ、日本について間違った認識を抱いている。肇は調査団副団長としてドイツに滞在中、護衛をしていた新兵時代の彼女と親しく話しており、よく日本のことを肇に聞いてきていた。しかし先ほどのような質問がたまに飛び出してくるため、閉口していた。
 ある時スクール水着の魅力を聞かれた時は返答に困り、思い余って一条ルミに電話で相談した。最初は怒っていたルミだが肇から事情を聞くと、最後には心底同情しながら「私にも分かりません」と返ってきた。翌日、クラリッサにはただ「分からない」とだけ答えておいた。
 しかもタチが悪いことに、ラウラにも自分たちの間違った知識を吹き込んでいるようだ。そのことが発覚して以降、和也のクラリッサへの評価は最安値を更新し続けており、今では名前で呼び捨てにしている。クラリッサ態度の変化に戸惑っておらず、なぜか喜んでいる節すらあったが。

「ったく、どうせあの格好もお前の趣味なんだろ?」
「それだけではありません。予行演習のためでもあります」
「なんの予行演習だよ?」
「隊長の『嫁』である織斑一夏とのデート、もとい織斑一夏攻略戦のです。同じ日本人である村雨良さんを相手に上手くいけば、きっと本番でも上手く行くでしょう」
「お前絶対ドイツ軍人じゃねえだろ!?」

 和也はまたもツッコミを入れる。ラウラを私服で同行させたのはクラリッサが提案したものだ。
 
「それと、村雨を練習台にしようってんなら無駄だぜ? あいつはラウラ以上の核地雷だからな」

 天然ボケな良と常識に疎いラウラは、和也からすれば歩く『核地雷』だ。しかもこの『核地雷』は一緒になると破壊力が2乗されるらしく、地雷処理もといツッコミが追い付かない状況になりやすい。特にラウラは良と一緒になるとズレ具合にブーストがかかるため、本格的に手が付けられない『核地雷』と化す。

「まあ、あいつらなら役割は果たすだろうが。俺たちも次の仕事だな」

 和也とクラリッサは連れ立ってブリーフィングルームを後にした。

**********

 レストランのテーブル席の一角。良とラウラは昼食を摂ろうと料理を待ちながら、情報の整理や今後の方針について検討している。

「『幽霊』は今のところ夜にしか目撃情報が無いからな。本格的に動くのは夜になりそうだ」


 極力周囲には聞こえないように小声で話していた二人だが、注文した料理が来ると会話を中断し、良は取り出していた手帳を再び胸ポケットへ仕舞う。用心するに越したことは無い。

(しかし、ラウラに誰も気付かないんだから、ハルフォーフ大尉は大したものだ)

 内心良は私服を提供したクラリッサに感心する。
 ドイツの代表候補生であるラウラは国内では顔を知られているのだが、気付かれる気配すらない。
 良は皿に乗せられた『シュヴァルツヴァルト』の特産品であるハム、『シュヴァルツヴェルター・シンケン』をフォークとナイフを使って切り分け、パンに乗せて口に運ぶ。塩味がしっかりと染み込んだ肉の味と、スパイスの風味を楽しみながらも周囲に気を配るが、問題は無さそうだ。ラウラもヴルスト(ソーセージ)を口いっぱいに頬張っている。口には合っているのだろう。ツヴィーベルズッペ(オニオンスープ)を飲み始めた良に、ラウラは一旦食事の手を止めて疑問を口にする。

「あの、村雨さん。先ほどから疑問に思っていたのですが、『取材』のやり方はどのようにして覚えられたのですか?」
「俺の姉さんはルポライターだったし、俺も取材手伝っていたから見よう見まねさ。門前小僧習わぬ経を、ってヤツさ。本職の姉さんには全然及ばないけどさ」

 良は学習・習得能力が高く、『ライダーきりもみシュート』や何回か見ただけの『梅花の型』を会得・再現出来る程である。もっとも、良が使える『ライダーきりもみシュート』は本家には劣ると自覚しているし、『梅花の型』も本物のそれには遠く及ばないと理解しているが。後に『ライダーきりもみシュート』については改めて猛からコツや真髄を伝授され、より完成度が上がったのだが、投げ方から威力まで細かく調整可能な技量ばかりは真似しようが無かった。技には使い手の経験や感覚が詰まっており、外側だけ真似しても本物には劣る。良も現在では『ライダーきりもみシュート』に関しては開き直り、自分なりに若干アレンジして使っている。
 
「しかし、ラウラの勘も冴えてるな。一発で『当たり』の店を当てるなんて大したもんだ」
「たいしたことではありません。ただ出ていく客の顔色を見て何となく満足していそうだと思ったので」
「いや、結構大したことなんだが。俺が始めて『シュヴァルツヴェルダー・シンケン』を食べた店は正直微妙だったし」
「ということは、村雨さんは前にこの街に来たことがあるのですか?」
「いや、バーデン=バーデンに来たのは今回が初めてさ。ただ、『フライブルク』とか『カルフ』とか『カールスルーエ』とか、『ドナウエッシンゲン』は行ったことがあるんだ」
「やはり取材の手伝いですか?」
「それもあるけど、殆どは独りで世界中回っていた時に寄ったんだ」
「独りで世界中を、ですか?」
「ああ。昔から『世界中を回りたい』って言っていたし、弔いになるんじゃないか、って思ってさ。それに俺も……っと、また謝られたら敵わないな。忘れてくれ。話は変わるんだが、ラウラ、まだ16歳にはなってないよな?」
「はい、私はまだなっていませんが。それが何か?」
「そっか、じゃあまだビールはお預けだな。確か16歳になるまで飲めないらしいし」
「お気遣い感謝します。ですが私は飲む気は無いので安心して下さい」
「そうか? ラウラもドイツ生まれだから、ビールが恋しくなっているんじゃないかと思っていたんだが、大丈夫ならいい」
「村雨さんはどうなのですか? 飲みたいのであれば私に構わずに……」
「いや、俺は飲めないから。バイク運転してきてるし。元々酒は飲まない質だからさ」

 周囲が聞いたらツッコミ所満載な会話を交わしながら、2人はほぼ同時に食事を終える。

「それじゃ、腹ごしらえも終わったし行くか」
「はい」

 良が勘定を済ませると2人は店を出て再び『取材』をすべく並んで街を歩き始めた。

**********

 バーデン=バーデンから南に90kmほど南にある『フライブルク』。そこに程近いドイツ軍基地。ゲートから一台の軍用ジープが基地の敷地外へと出て走り始める。運転しているのは左目に眼帯をし、ドイツ軍の制服を着た女性だ。ジープの助手席にはジャケット姿の日本人らしき男が腰掛けている。女性は資料らしき紙束を捲っている男に声を掛ける。

「どうでしたか? 滝捜査官。絞り込めそうですか?」
「いや、中々難しい所だな。クラリッサ、お前は?」
「いえ、私も全く」

 クラリッサと和也はほぼ同時に溜息をつく。
 クラリッサと和也はヒアリングを終えた後、ハンナ、ゲルダ、エリザベートに事情聴取を行うために基地を回り、駐留している3人から話を聞いた。しかし3人とも知らぬ存ぜぬの一点張りであり、また関係者からもこれと言った証言を得られない。物証もないので追及もしようがない。結局、和也とクラリッサは拠点としている基地に戻ることを決めた。どのみち肇やメッケルには報告しておきたいし、肇の方に新しい発見や情報があるかも知れない。

「三人とも確かに疑いはあるんだが、今一つ決定打に欠けているのがな。ハンナ・デーニッツ少佐は動機と接点はあるが、アリバイがある。ゲルダ・ケッセルリンク大尉は動機はあるしアリバイもないが、かと言って仲介者との接点も無い。エリザベート・ヒンデンブルク大尉は接点はあるし、アリバイもないんだが、動機が見当たらない。こいつは決定的な物証が見つからない限りどうしようもないぜ」

 紙束を見ながら和也は続ける。
 クラリッサたちの内偵の結果、内通者は数度に渡りVTシステムの情報を、仲介者を通じて亡国機業に横流ししていることが判明している。内通者は軍の現状に強い不満を抱いている、つまり『動機』がある、情報を仲介者に流せる『接点』がある、それに仲介者と接触可能な時に『アリバイ』が無い、という三つの条件に当てはまる。仲介者に関しては目星が付いているが、内通者を炙り出すために敢えて泳がせている。
 上昇志向の強いハンナは『VTシステム』の研究開発に関与していた疑いがあり、メッケル少将により左遷され出世の道を閉ざされた。故に現体制に強い不満を抱き、仲介者とも接点はあるのだが、情報受け渡しのうち何回かには確実なアリバイがある。ゲルダは第3世代機がシュヴァルツェ・ハーゼに集中する現状の是正を強く求めており、またアリバイもないのだが、仲介者との接点が無い。エリザベートは現段階で唯一アリバイが無い上に仲介者との接点もあるのでリストアップしたのだが、動機たり得るものが見当たらない。紙束をしまう和也だが、直後にジープの右前輪から嫌な音がする。

「ぐっ!?」

 ハンドルを取られるジープだが、クラリッサはハンドルやブレーキなどを上手く使って無事に停車させる。

「パンクか?」
「そのようですが……」

 和也とクラリッサはジープから降りて右前輪の状態を確かめる。確かに右の前輪には穴が開いている。だが穴の形状を確認した瞬間、和也とクラリッサは同時にジープの左側へと身を隠す。

「あの形は間違いなく……!」
「ライフルによる狙撃でしょうね……!」

 穴の形からしてジープの右前輪は何者かに狙撃されたすぐ分かった。狙撃手を警戒していた2人だが、狙撃手はすでに立ち去ったのか、一向に動き出す気配はない。クラリッサはジープの上に石を乗せて様子を見るが、狙撃してくる気配はない。現場から立ち去ったようだ。同時にジープに備え付けの無線機が鳴る。無線が入ったらしい。安全を確認するとジープに再び乗り込み、クラリッサが無線機を取り無線に出る。

『クラリッサ・ハルフォーフ大尉だな?』

「何者だ?」

 声が聞こえてくると、クラリッサは和也に目配せした後に尋ねる。

『そちらの質問に答える義務は無い。これは警告だ。直ちにVTシステムの件から手を引け。隣のインターポールの男もだ。この警告を無視すれば次は命が無いものと思え』

「待て! ……駄目だ、切られた。滝捜査官、どうですか?」
「駄目だ、逆探知が完了する前に切りやがった」

 無線を逆探知していた和也はクラリッサに向き直り首を振る。

「この件の根はかなり深いらしいな。俺たちの想像以上に」
「一度海堂博士やメッケル少将に報告しておいた方が良さそうですね」

 クラリッサと和也はタイヤを取り換えるため、再びジープから降りた。

**********

 昼下がり。ベンチに座りながら、良とラウラは地図を見ている。二人の手にはペンが握られており、時折何かを書き込んでいる。

「えっと、無人ISはここに出現したのを目撃された後、ここで姿を消したと」
「今度はこのポイントに無人ISが出現して、すぐに見失った。間隔と距離から推測すると、最初に目撃された機体とは別個体でしょうか」
「その可能性が高いな。最初に出現した機体は、ここから飛んでくるのを目撃されたのと同一だろうな。この目撃情報とほぼ同じ時刻に、今度はその二つとは別個体と推測される機体が……」

 良とラウラは『バーデン=バーデン』周囲が描かれた地図に、それまでの『取材』で得た無人ISの目撃情報を整理し、動きを推測している。
 重要な証拠や資料、データが多数残されているであろう施設を無人ISに破壊させる訳にはいかない。研究施設が倒壊したお陰で証拠や資料、データが消滅・散逸した前例がある。良もラウラも施設を発見次第、二度と使えぬくらい破壊してやりたいが、施設を無人ISから防衛することにもなりそうだ。作業を進めていく内に、ペンで書き込む手がどちらからともなく止まる。

「目撃情報を繋げていくと……」
「この山に集中していますね」

 良とラウラは無人ISがバーデン=バーデン外れの山近辺で集中して目撃され、他の場所で目撃された無人ISも山へ向かったことに気が付く。しかし昼間ら動いても仕方ないし、万一施設があっても警戒は厳しいだろう。動くとしたら夜だ。

「あの、村雨さん。無人ISで思い出したのですが、村雨さんが見学に来た1週間ほど前に無人ISと交戦しませんでしたか? しかも1機はIS学園の隔壁のすぐ外で」
「ん? ああ、したけど。どうしてそんなことを知っているんだ?」
「実はあの時、村雨さんが穴が開いた隔壁から出てきて、無人ISを攻撃したのを見ていましたから。それと、あの時も助けて頂いて本当にありがとうございました。結局そのことのお礼は言いそびれてしまっていて」
「なんだ、誰もいないと思っていたけど君がいたのか。敷地の外まで誘導しといて良かった。そういう訳だから礼には及ばないさ」
「いえ、そういう訳にはいきません。ですがなぜ隔壁の外まで?」
「いや、敷地内に入ったら問題になるんじゃないかと思って。それより、夜までどうするかだな。今夜で全部済めばいいんだが、簡単にはいかないだろう。宿というか寝床も確保しとかないといけないな」
「心配無いと思います。ハルフォーフ大尉が宿を確保してくれていたようです」
「凄いな、ハルフォーフ大尉は。宿まで考えているとは」
「日本について色々教えてくれたのもハルフォーフ大尉でしたから。それで、こちらがハルフォーフ大尉が手配してくれた宿の案内なのですが」
「なるほど、まあ二人一緒なのは仕方ないか。って近くに温泉か。これが一番ありがたいな」
「この街は温泉地ですから。ですが。そんなに嬉しいものなのですか?」
「ああ。ここの所はシャワーばっかりでね。湯船に浸かりたいと思っていたんだ。俺も日本人だからさ。それじゃ、宿もあるならギリギリまで粘れるし、もう少し調べるとしようか」
「はい。情報は多いに越した事はありませんから」

 良とラウラはベンチから立ち上がり、地図を畳んでポケットにしまうと再び街へ向けて歩き始めた。

**********

 帰還した和也とクラリッサは基地司令室でテーブル越しにメッケルと向き合い、顛末を報告している。

「つまり、調査チームの中に内通者がいると?」
「そう考えるのが妥当でしょう。ハルフォーフ大尉の隣にインターポール捜査官がいるとは言えませんからね」
「内通者が亡国機業に依頼した、という可能性は?」
「時間的に難しいでしょうね。俺とハルフォーフ大尉が基地を出て、20分と経たずに狙撃されましたから。狙撃精度から推測するに、最初から俺達があの道を通ると見越して待ち伏せしていたと考えるべきかと」
「分かりました、滝捜査官。こちらの方で少し調べてみます。ハルフォーフ大尉も下がっていい」
「了解しました」

 メッケルが言うとクラリッサは敬礼し、和也とともに司令室のドアを開けて退室する。和也とクラリッサは並んで基地の廊下を歩き始める。肇には一応事の次第は報告してある。肇の方に進展を聞いてみたが芳しく無いようだ。和也がクラリッサに向けて口を開く。

「お前はどう思う?」
「内通者に協力している者ですか?」
「ああ。それに俺たちの調査を妨害している奴についてもな」

 和也はクラリッサを見ながら続ける。

「しかもただ妨害しているだけじゃねえ。まるでこっちの動きを先読みしているみたいに証拠隠しを命令し、関係者には箝口令まで敷いてやがる。そいつは調査チームでも下っ端なんかじゃねえ。メッケル少将のすぐ下くらい、あるいはメッケル少将本人が、って可能性も……」
「滝捜査官! メッケル少将への侮辱は差し控えて頂きたい!」
「侮辱ってか、可能性の話をしてるだけでだな……」
「そのような筈はありません! もしそうならば『VTシステム』が隊長の機体に搭載された後、自分まで処分する筈が無いではありませんか!」

 珍しく色を為して反論するクラリッサに、和也が疑問を口にする。

「聴取の時から思っていたんだが、随分とメッケル少将の肩を持つんだな、クラリッサ。ハンナ・デーニッツ少佐の時もメッケル少将の不満言ってるのを聞いた途端、いきなり喧嘩腰になりやがったし。個人的な付き合いがあるんだな?」
「お気付きでしたか。はい、私は新兵時代にメッケル少将の指導を受けていましたし、以前からエヴァ・メッケルさんとは家族くるみで付き合いがありまして。私も小さい頃からよく可愛がってもらっていましたから」
「メッケル少将がお前をか? 一体どんな繋がりなんだ?」
「少将のお父上は私の祖父の部下で、私の父の上官であったと聞いています。それに少将も私の父の部下だったと」
「なるほど、今度はお前が少将の部下に、か。家族ぐるみで戦友とは畏れ入ったぜ」

 クラリッサの説明を聞いて和也は大体の事情を察する。クラリッサの家は軍人の家系だ。クラリッサの両親や祖父母も軍人であった。クラリッサもその背中を見て育ったため、迷わずドイツ軍に入隊した。そうすることに疑問も持っていなかったし、今も後悔してはいないとはクラリッサの言だ。

「しかし意外だな。話を聞く限りじゃまさに『絶対零度』って感じだし、厳格そうなタイプに見えたんだが……」
「少将は公私の区別をきちんと付けられますから。本来は面倒見の良い方なんです。私が父を亡くした後、姉のように私を気遣ってくれましたし、今も私生活では色々とお世話になっています」
「親父さんを亡くしてたのか、お前……すまん、悪いことを聞いちまったな」
「いえ。それにエヴァさんに比べたら。あの人の父親は私の祖父と同じく、まだエヴァさんが幼い頃に『バダン』の侵攻で……」
「バダン、か……」

 クラリッサの口からバダンの名を聞くと、和也は複雑な表情を浮かべる。
 バダンの世界同時攻撃では多くの死者が出ている。悪の組織によってこれに匹敵する死者が出たのは、『ゴルゴム』の総攻撃くらいだ。和也は対バダン戦闘部隊『SPIRITS』結成以前から最前線でバダンと戦っていたし、10人の仮面ライダーたちと再会・邂逅を果たしている。
 良は記憶や自我を奪われ、バダンの尖兵として活動していた。その事実は良の中に今でも深い影を落としている。

(あいつの中で、バダンはまだ滅びていない。あいつは自分の心の中でバダン、つまり悪の尖兵だった自分とずっと戦い続けている、か)

 和也はふと結城丈二から言われたことを思い出す。
 仮面ライダーとなった当初も表情が固かった良だが、9人の仮面ライダーやその周囲との交流により、後輩が出来る頃にはすっかり険が取れて本来の陽気な性格を完全に取り戻した。ついでに天然な部分も完全に表面化したが。だがそれは内面の苦悩を仮面で奥深くに押し込めただけだ。

(クラリッサや少将がバダンの被害者と知ったら、あいつは……)

「どうかしましたか? 滝捜査官」
「……いや、何でもない」

 物思いに耽っていた和也だが、怪訝そうに顔を覗き込むクラリッサに気付き思考を振り払う。

「けど私情で捜査を妨害するのは感心しねえぜ?」
「申し訳ありません。おっしゃる通りです」
「ま、別にいいけどよ。俺も仮定の話をしただけだ。メッケル少将が犯人って可能性は低いだろうな。それじゃ、一端村雨たちと合流しとくか。今回の件について話しておく必要があるしな」
「ええ。今は隊長も村雨さんも用意した宿に宿泊している頃でしょう」
「ラウラからの連絡だと夜中に動き出すらしいからな。その前に話しとかないと面倒なことになりそうだ」

 和也とクラリッサは良とラウラに合流すべく、バーデン=バーデンへと向かうことにした。

**********

 日没後のバーデン=バーデン。室内共同浴場に良は入っている。他に客はいないようだ。バーデン=バーデンは温泉街で、ヨーロッパでも数少ない入浴する温泉である。と言っても温水プールに近い感覚で、良も水着を着用している。
 宿泊施設の部屋に入った際に盗聴器の類が無いか調べたところ、たどたどしい日本語で『ゆうべはおたのしみでしたね』と書かれたメモが、目覚まし時計の下に畳んで隠されていた。クラリッサが自分たちに託した暗号だろうと推測した二人だが、ラウラですら解読出来ない辺り、かなり難しい暗号が使われているのだろう。逆説的に言えばそれだけ重要な情報と言うことだ。素人の良は暗号解読をラウラに任せ、先に温泉に入っていることにした。足を伸ばしたりストレッチしたりしていた良だが、水着を着たラウラが良の隣に入ってくる。良はラウラに尋ねる。

「どうだった?」
「やはり駄目でした。私にはどうしようもありません。幸いハルフォーフ大尉は間もなく合流するそうなので、その時に聞いてみます」
「ご苦労様。きっと万が一の時の備え、みたいなものだったんだろう。ところでラウラ、一つ聞いていいか?」
「なんでしょうか?」
「なんでスクール水着なんだ?」

 良はラウラが着ているスクール水着を見やる。
 ラウラが着用している水着は、スクール水着の中でも旧型と呼ばれるタイプだ。胸部分についた名札にはクラリッサが書いたらしき字で『らうら』と平仮名で名前が書かれている。自身の水着姿をじっと見ている良に、ラウラがおずおずと尋ねる。

「あの、やはり変でしょうか? ハルフォーフ大尉から渡されていたのですが……」
「あ、いや、すまない。変じゃないんだが、あまりにも懐かしかったんでつい、な」
「懐かしい、ですか?」
「ああ。俺が子どもの頃は、スクール水着と言えばこのタイプだったし。だからその頃のことを思い出してさ」
「そうだったんですか。ならば村雨さんもこの水着を着ていたのですか?」
「いや、俺は男だから着てないんだが。ただ、なんで『ボーデヴィッヒ』じゃなくて『ラウラ』にしたんだ? みんな名字だった気がするんだが」

 良は懐かしそうに名札を見ながら首を傾げる。ツッコミ所が沢山あるはずなのだが、良にとってはラウラが懐かしい水着を着ている以上の意味はないし、ラウラも良の反応に違和感を抱いていない。良とラウラはスクール水着の話題を終わらせ、別の話題に入る。

「あの、村雨さん。少し向きを変えて頂けませんか?」
「ん? 別に構わないけど……こうか?」
「はい、ありがとうございます。これが村雨さんの……凄く大きくて、逞しい、ですね」
「そうか? 一夏だって変わらないだろ?」
「いえ、一夏のも見たことはありますが、村雨さんほど大きく、逞しくはありませんでしたので」
「まあ、身長からして俺とは違うし、俺は特訓とかで鍛えているからな」
「それでも、ここまで違うとは思いませんでした。一夏もこれくらいあれば、もっと……少し触ってもいいですか?」
「ああ、構わないが、かなり硬いかも知れないぞ?」
「大丈夫です、触るだけですから。失礼します……確かに硬いですね。けどやはり柔らかいと言うか、弾力があると言うか」
「そりゃそうさ。全部が全部硬い金属ばかりじゃないんだ。柔らかい部分もある」
「すいません、そんなつもりでは。ですがここは他の部分より硬いですね」
「ストレスが掛かっているからな。しかし、ラウラの指の感触が丁度良くて、結構気持ちいいな」
「そうですか? なら今までのお礼も兼ねて。こういうことをするのは初めてなので、上手くいくかは分かりませんが……これも気持ちいい、ですか?」
「ああ、上手いぞ、ラウラ。初めてとは思えないくらいだ。ん?」
「あの、ここが膨れてきているような気がするのですが?」
「それはまずいから今すぐ指を……ぐっ!?」
「村雨さん!? 大丈夫ですか!?」
「いや、大丈夫だ。それとありがとう。こんなことまでしてくれて。けどそんなに大きいのか? 俺の背中」
「はい。大きいだけでなくかなり逞しいですし、筋肉も硬過ぎず柔らか過ぎず、私たちIS操縦者にとっても理想的であると思います。それと先ほど背中の一部が少し盛り上がったのは?」
「君の指が変なツボに入って血流を圧迫したんだろうな。割と痛かったし」
「ツボ、ですか?」
「ああ。人間の身体には血の巡りが集まる場所にツボがあるらしいんだが。俺は詳しくないから分かるのはこれくらいだな」

 良は片手で何回か自身の背中を叩く。ラウラも手伝うように良の背中を叩くが、二人の身長差もあり、父親に親孝行している娘のようにも見える。叩き終えると良はラウラの方に向き直る。

「そう言えばラウラ、その眼帯は外さないのか?」
「いえ、それは……」
「ちょっと待ってくれ。ああ、これは目に良くないかも知れないな。流石はドイツ軍人だ。抜かりは無いな」

 良は温泉の湯を口に含むと感心したようにラウラに言うが、逆にラウラは意を決し尋ねる。

「あの、村雨さん。私の左目を見た時、どう思いましたか?」
「左目? ああ、あの時は眼帯外していたっけ。確かに右目と違って金色になっていたな。それがどうかしたのか?」
「その、変とか、おかしいとか、機械みたいだとか思いませんでしたか?」
「……その左目にはナノマシンが注入されているのか?」
「なぜ、それを!?」
「俺は海堂先生の教え子だったからな。ナノマシンについても少しは知っているんだ。だからラウラの話とか口振りで、分かるさ」

 良が言うとラウラは少し沈黙するが再び話し始める。

「『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』です、左目の名前は。ISへの適合性を高めるために、移植されたんです。私は遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)として生み出されました。兵器として教育を施され、訓練受けて、周囲の期待通りに優秀な兵器として生きてきました。疑問に思ったことすらありませんでした」
「でも『越界の瞳』が不適合を起こして、左目の能力が制御出来なくなって、訓練の成績がどんどん落ちて。最後には軍から『出来損ない(ミスクリエーション)』と言われました。私にとって左目は『出来損ない』の証なんです。だから使う時以外は見られたくなくて、眼帯を……」
「ラウラ……」
「すいません、村雨さん。こんな話を聞きたくないのは、分かっています。村雨さんにこんな話をしては駄目だとも、分かっています。でも私は、村雨さんに自分を重ねてしまったんです。何もかも違うのに、私は……」
「いや、いいんだ」

 しかし良はラウラの言葉を途中で遮る。

「左目を隠しても、そんな事を言っても、重ね合わせてしまっても、いいんだ」
「ですが……!」
「俺だって改造人間とバラすつもりは無かった。過去を話す事も無かった。それがいけないと、してはいけないと分かっていたから。でも俺は君に自分を重ねてしまった。何もかも違うのに、感傷を抱いてしまった。けど、いいんじゃないかな。多分、それが人間なんだ」

 良は陽気に、しかし穏やかに笑ってラウラの肩をそっと抱いて続ける。

「だからさ、今は泣いていい。無理しないで、泣けばいい。君は……泣いていいんだ」
「村雨……さん……私……私……」

 そのままラウラは肩を震わせて最初は声を押し殺し、やがて大粒の涙を流しながら泣きじゃくり始める。

「ごめんなさい……村雨さん……私……何で……駄目……なのに……涙が……止まらない……」
「いいんだ、それで。理由が無くても泣きたくなるのも、泣きたい時に泣けるのも人間だって証拠なんだから」

 謝りながらも泣き続けるラウラを良は隣でずっと肩を抱いて待っている。
 泣いていたラウラだが、落ち着いてきたのかやがて申し訳なさそうに良に口を開く。

「すいません、村雨さん。またご迷惑をおかけして……」
「気にしなくていい。こういう時はお互い様、だ。自分でも感情がままならないのはよくある事だからな。気にしていたら身が持たないぞ?」
「……村雨さんもそんなことがあったのですか?」
「沢山あり過ぎて、何から実例を上げたらいいか困るくらい、な」
「なら村雨さんも人間ですね。1%ではなく、100%の」

 ラウラは涙を拭って良に微笑んでみせる。

「ありがとう、ラウラ。君も人間さ。『出来損ない』なんかじゃない、正真正銘の」

 良もラウラに向かって微笑み返す。その矢先に爆発音と衝撃が響く。

「なんだ!?」
「もう動き出したか!?」

 即座に良とラウラは思考を切り替えて思案を巡らす。
 この浴場は今夜調査するポイントからかなり近い。

「行けるな!?」
「はい!」

 良とラウラは同時に浴槽から飛び出して走り出す。そこには戦士としての顔をした良と、軍人としての表情を浮かべたラウラがいた。

**********

 山奥に建設された研究施設。月が空に上り夜空を照らし始めた時間帯に、6つの影が施設上空を飛び回る。影は女性的な体躯をした黒いマネキンだ。左腕は巨大で、右腕は肘から先が大型ブレードになっている。専用機限定タッグマッチ中にIS学園を襲撃した無人ISだ。無人ISは左腕からビームを放ち、ブレードを振るって施設を破壊している。
 施設から数台の車やトラックが飛び出して山道を走る。無人ISの内3機は車やトラックを追いかける。残る3機は研究施設を破壊しようと左腕を向ける。

「まだやらせる訳にはいかない!」

 しかし1機が何者かにより蹴り飛ばされて地面へと落下し、残る2機も投げ飛ばされて地面へ落ちる。スラスターを駆使して体勢を立て直した無人IS3機の前に、叩き落とした張本人が降り立つ。『変身』した村雨良だ。良は左太股のスリットから『電磁ナイフ』を抜き、刃を伸ばして無人ISに構える。直後に脚部ジェットエンジンを駆使して間合いに入ると、電磁ナイフで無人ISのブレードと激しく斬り結ぶ。
 一方、残りの無人ISは車に接近しようと試みるが、上空からの攻撃により妨害されて追撃を断念すると散開する。仕掛けたのはドイツの第3世代機『シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)』を装着したラウラだ。ラウラは車やトラックが山道を下っていくのを一瞥すると、無人機に再び視線を向ける。

「あちらは滝捜査官に任せておけば良いか。お前たちには借りがある。ここで返させて貰うぞ!」

 ラウラは右肩のレールカノンで無人ISを攻撃する。放たれるビームを回避しながら、ラウラはスラスターを噴かして懐に飛び込み、1機に張り付いてプラズマ手刀で連続して斬り付ける。残りの2機がブレードを振り上げて襲いかかるとラウラは攻撃を中断し、1機の腕を掴んで盾にして至近距離からレールカノンを乱射して蜂の巣にする。
 良もまた電磁ナイフで1機の左腕を斬り飛ばす。その1機が良から逃れようとするが、良もジェットエンジンを使って追跡し、肘から出した『十字手裏剣』を投げ付ける。無人ISが手裏剣をエネルギーシールドで防御すると、良は手裏剣を投げ付けながら手の甲から鉤爪の付いた鎖『マイクロチェーン』を射出し、エネルギーシールドごと無人ISを縛り上げて高圧電流を流す。チェーンの圧力と高圧電流に耐えきれずにシールドが砕け散ると、良は電磁ナイフを閃かせて無人ISへと突撃し、横薙ぎに払って胴体を上下に両断して爆散させる。残る2機が良にビームを浴びせるが、構わずに良はポーズを取って身体を紅く発光させて飛び蹴りを放つ。

「ZX(ゼクロス)キック!」

 蹴りはエネルギーシールドを容易く突き抜けて敵に炸裂し、その五体を無惨なまでに粉砕してみせる。残る1機もビームを乱射して良を攻撃するが、良はマイクロチェーンで左腕を貫き、高圧電流を流して左腕を吹き飛ばす。逆に踏み込んで拳で滅多打ちにする。施設まで吹き飛ばすと、トドメを刺そうと電磁ナイフを掲げて突っ込む。

「なんだ!?」

 しかしその前に、何者かによる攻撃で無人ISが爆散する。
 着地した良が空を見上げると、ドイツ軍のIS3機が良の目の前に降下する。こちらを援護してくれたようだ。一礼してISに背を向ける良だが、背後から攻撃を受けてたたらを踏む。

「一体何のつもりだ?」

 攻撃したのは先程の3機だ。各自違うパッケージを装備し、良に攻撃したのだ。ISの操縦者たちは良に冷たく言い放つ。

「何のつもり? 決まっている。これよりバダンの尖兵を排除する。それだけだ!」
「各機、攻撃開始!」
「なに!?」

 女たちの言葉に動揺し、一瞬反応が遅れた良にレールカノンやミサイルがまともに直撃し、施設をも巻き込む爆発を起こす。
 そうとは知らず、残る無人IS相手に奮戦していたラウラだが、1機が何者かの集中砲火により撃墜される。

「ご無事ですか!? 隊長!」
「クラリッサ・ハルフォーフ大尉か!?」

 乱入してきたのは『シュヴァルツェア・ツヴァイク(黒い枝)』を装着したクラリッサだ。

「人員は他の隊員や滝捜査官の方で確保しました。後はこいつらを」
「ご苦労。承知している!」

 ラウラはワイヤーブレードで残りの敵を翻弄しながら縛り上げ、レールカノンを叩き込んで撃墜する。
 同時に研究施設で一際大きな爆発を確認すると、ラウラはハイパーセンサーを使い施設の状況を確認する。ドイツ軍所属のISが、施設を破壊しながら敵を攻撃し続けている。その攻撃対象を見てラウラは驚愕する。

(村雨さん!?)

 攻撃されていたのは良だ。良は反撃する意志が無いのか隙を見て逃げ出そうとするが、3機は良が反撃しないのをいいことに、レールカノンやミサイル、ガトリングを叩き込んで逃がさない。ラウラは居ても立ってもいられずにて現場へ向かい、クラリッサも遅れて続く。
 良は攻撃をやり過ごそうとするが、いい考えが浮かばない。正規軍相手に事を構える気はない。ミサイルやレールカノンが施設を吹き飛ばして良に直撃し、良の動きが止まる。

「死ね、いや壊れろ! パーフェクトサイボーグ!」

 1機が近接ブレードを煌めかせて良へと斬りかかり、良を一方的に斬りつけて攻め立てる。

「やめろ!」

 しかしラウラが割り込み、良を庇うように前に立つ。ラウラを見ると女は舌打ちして後退する。

「これは一体どういうことだ!? ハンナ・デーニッツ少佐! ゲルダ・ケッセルリンク大尉! エリザベート・ヒンデンブルク大尉!」
「貴様こそ何のつもりだ! ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐! なぜ敵を庇い立てする!?」
「敵!? 違う! 彼は味方だ!」
「味方? ハッ! ドイツ軍に改造人間、ましてやパーフェクトサイボーグなんていやしないよ! そいつは壊滅したバダンの尖兵! ドイツの、いや人類の敵以外の何だと言うのさ!?」
「そうそう。そいつにはエヴァ・メッケル少将から排除命令が出されているわ。『バダンの残党とおぼしきパーフェクトサイボーグを速やかに排除せよ』とね」
「そんな!? メッケル少将が!?」

 ハンナ、ゲルダ、エリザベートの言葉にラウラは呆然とする。ラウラに構わずにハンナ、ゲルダ、エリザベートは良を攻撃しようとする。

「どけ! ボーデヴィッヒ少佐! 退かなければ貴様も反逆者と見なし、この場で排除するぞ!」
「そうさ! いくらシュヴァルツェ・ハーゼといえども、メッケル少将からの命令には逆らえまい!」
「それとも何か? 貴女、パーフェクトサイボーグの肩を持つ気なの?」

 退く気配の無いラウラに苛立った三人は口々にラウラを詰り始める。次の瞬間、三人のハイパーセンサーが背後に回り込んだ良の姿を捉える。

「何!?」

 咄嗟に振り向いて良を攻撃するが、攻撃した瞬間にその像が消える。虚像だ。慌てて振り向くと良の姿がすでに消えている。逃げられたと悟った3人は、苛立ちまぎれに武器をラウラに向ける。

『そこまでだ、デーニッツ少佐、ケッセルリンク大尉、ヒンデンブルク大尉。直ちに帰投しろ』

「しかしメッケル少将!」

『聞こえなかったか? 直ちに帰投しろ。命令はパーフェクトサイボーグの排除だ。友軍への攻撃でも、ましてや重要な証拠の破壊ではない。命令が聞けないというのならば、こちらも相応の措置を取らせて貰う』

「チッ、了解。命拾いしたな、ラウラ・ボーデヴィッヒ。だが貴様にもいずれ厳しい処分が下るものと思え!」

 メッケルの命令を聞いたハンナは捨て台詞を残すと、他の二人を引き連れて基地へと帰投する。

「隊長!」

 入れ違いになるようにクラリッサが隣に立つ。

「隊長、先程の話は……」

 クラリッサは質問しようと口を開くが、ラウラの様子がおかしいと見て途中で口を閉じる。

「無事か? ラウラ」
「村雨さん……」

 すると変身を解除した良がひょっこりと顔を見せる。

「村雨さんこそご無事でしたか。しかし……」
「施設のデータもサルベージ出来そうにないですし、紙も集められるだけ集めましたが、主だった資料は焼けてしまったでしょうね。基地まで戻った方がいいでしょう」
「ええ、メッケル少将の耳には入れておいた方がいいかと」

 良とクラリッサが話している間も、先程の三人の言葉がラウラの頭から離れない。

「ラウラ、行くぞ」
「……はい」

 しかし良に促されると我に返り、良やクラリッサと共に基地へと向かうことにした。



[32627] 第十一話 忘れ得ぬ記憶
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:09
 良とラウラが無人ISと交戦した翌朝。『シュヴァルツェ・ハーゼ』駐留基地司令室でラウラが椅子に腰掛けたエヴァに詰め寄っている。

「なぜです!? なぜあのような命令を!?」
「落ち着け、ボーデヴィッヒ少佐。頭に血が昇り過ぎだ」

 しかしエヴァは眉一つ動かすことなくラウラをたしなめると、逆に尋ねる。

「では聞くが、なぜ少佐は『パーフェクトサイボーグ』を味方であると判断した?」
「先日提出した報告書にもある通り、私はIS学園の無人IS襲撃事件において彼、つまり仮面ライダーZXに助けられ、共闘しました。ですので……」
「故にあのパーフェクトサイボーグが味方と判断した、と?」
「はい」

 答えるラウラに対してエヴァが再び口を開く。

「残念だが、それでパーフェクトサイボーグを我々の味方とすることは出来ないな。少なくとも私はそう判断する」
「なぜですか!? 彼は私だけでなく他の皆を!」
「では聞くが、パーフェクトサイボーグはどの国や組織に所属している?」
「それは……」

 意外な質問に答えに詰まるラウラに対してエヴァが畳みかける。

「どうやら少佐はパーフェクトサイボーグ、ひいては『マスクドライダー』の危険性について理解していないようだな」
「危険性、ですか?」
「そうだ。マスクドライダーの強大さは少佐もよく知っているだろう。マスクドライダーはIS、すなわちこの世界最強の兵器を容易く撃破可能な力を持っている。しかしマスクドライダーはどの国にも属さず、どの組織の命令も受けていない。つまり個人の判断で動いている。これがいかに危険なものか分かるか? ISですら止められるか分からない力を、国が管理しているのではなく、個人で所有していることの意味を。もしマスクドライダーが国に反抗しても、我々の力でも抑え込むことが出来ない。マスクドライダーとは個人であるにも関わらず、国家を潰せる存在なのだ。ISですら止められないのだからな」
「確かにマスクドライダーは亡国機業や無人ISとの戦いに専念している。我々にとってマスクドライダーはいわば敵の敵、だ。だが味方とは限らない。敵の敵はやはり敵かもしれない。むしろ当面の敵以上に厄介な敵の場合もある。我々にとっての『マスクドライダー』もまた同じだ。もし国家とマスクドライダーが対立すればどうする? マスクドライダーが譲ればいいが、そうでなければどうすればいい? 一個人に国家が屈して味方とするか?」
「今のの世界は流動的だ。ISの登場により安全保障は覆され、女尊男卑の風潮が席巻し、変わりに変わり続けた。皮肉にも安定しつつあるのもまた、ISという絶対的な力のお陰だがな。しかしマスクドライダーはそれを根本から揺るがしている。もしISの力が絶対ではないと分かったらどうなる? 現在の社会はISにより担保されている。恐らく揺り戻しとして男尊女卑の風潮が吹き荒れるだろうな。しかも男はそれまでの屈辱を晴らそうとしてくるだろう。最悪『魔女狩り』に匹敵する大弾圧が発生するだろう」
「つまりマスクドライダーは核と同じだ。存在そのものが国家と社会の脅威となり得るのだ。だから私はマスクドライダーを味方とは判断しない。いつか我々に牙を剥きかねない存在を私は味方と見なせない。ましてやバダンの尖兵だ。味方と見なす理由がない。味方でない以上、我が国の領土を侵犯した者を排除せよと命令することのどこがおかしい?」
「ボーデヴィッヒ少佐、私は少佐が入隊した際にもこう訓示した筈だ。『真実は常に見えている。ただ先入観と偏見と思い込みがそれを曇らせる』、とな。一時の共闘だけで味方と思い込むな、ボーデヴィッヒ少佐。より大局を、真実を見極めろ」

 エヴァは一旦言葉を切る。ラウラは沈黙していたが、やがて口を開く。

「お言葉ですが少将。それこそが偏見、或いは先入観と言うものではないのでしょうか?」
「ほう、どういう意味だ? 構わん。不問に付すから話してみろ」
「では。少将の言う通り仮面ライダーはISをも凌駕し得る力を持っている、と痛感しております。特に隣で戦っているとよく分かります。しかし仮面ライダーは力を持つ身ではありますが、良識や理性を持った一人の人間だとも感じました。むしろ彼らは仮面ライダーである以前に、一人の人間であるのかもしれません。私は彼らが良識を踏み外さないものと確信しております。現に彼らは世界を変えず、ISが登場してからも彼らがやっていることは変わっていません。彼らに世界を変えようとする意志は無いものと判断します」
「それはパーフェクトサイボーグも同じです。彼はバダンの尖兵として、多くの罪を犯してきたのかもしれません。ですが今の彼は奪われていた記憶や自我を取り戻し、ようやく人間として生きていけるようになったのです。今の彼はバダンの尖兵ではありません」

 ラウラが言葉を切ると再びエヴァが口を開く。

「まるでパーフェクトサイボーグを知っているかのような口振りだな。だが本当にそうなのか? 演技ではない確証は?」
「それでは『悪魔の証明』です。確固たる証拠が無い以上、敵と判断する方が早計です」

 黙って対峙していた2人だが、ドアをノックする音が聴こえると中断する。

「誰だ?」
「海堂です。少しお耳に入れたいことがありまして」
「失礼しました、海堂博士。お入り下さい」

 エヴァが言うと肇と良が部屋に入る。ラウラは良を見ると何か言おうとするが、良が黙って制する。そのまま肇が話し始める。

「パーフェクトサイボーグについて揉めていたようですね」
「お気付きでしたか」
「あれだけ大声で話していれば。ですが今回は後回しにしましょう。データですが、サルベージは難しいものと思われます。資料も焼けてしまったようですし。ただ手掛かり自体はどうにか確保出来ました」
「と、言いますと?」
「滝捜査官及び『シュヴァルツェ・ハーゼ』により確保された研究員たちが持ち出していたこの資料です」

 肇は書類を取り出してエヴァに渡す。それを捲っていたエヴァの眉が次第に寄っていく。

「これは……!?」
「内容から察するに『起動実験』時のデータと言ったところでしょう。ボーデヴィッヒ少佐についても詳しく調べてあるようです。たとえば『越界の瞳』が、何らかの技術的理由による不適合を起こしたことなど」
「馬鹿な!? そのことは……!」
「ドイツ軍部内でもごく一部の者しか知らない筈、です。『越界の瞳』は不適合者が出たのでは不都合、ということでボーデヴィッヒ少佐側に原因があるとされていた筈ですから」
「つまりデータを流したのは、データにアクセス出来るだけの権限やそれに辿り着けるだけの知識を有している者。自然と容疑者は絞られてきますね」
「ええ。こちらは村雨良くんが確保してきてくれた数少ない残存資料、資材の『調達先』リストのようです」
「滝です。失礼してもよろしいですか?」

 今度は和也がドアをノックして声をかける。

「構いません。どうぞ」
「失礼します。連中の取り調べが終わったので」
「結果は?」
「連中は下っ端みたいなものですね。上役が誰かも知らされていなかったようで。ただVTシステム研究を行っている施設はいくつかあるようです。今回もその一つに過ぎない、と言うことなのでしょうね」

 和也の報告を聞いていたエヴァは、やがて息を吐いて和也に質問をする。

「内通者に関しては絞り込めそうですか?」
「現在ハルフォーフ大尉が引き続き連中を取り調べていますが、連中は知らないでしょう。ただ今回入手したデータの基を辿れば自然と見えてくるかと」
「分かりました。ボーデヴィッヒ少佐、昨夜の件に関しては命令伝達に支障もあったことから不問に付す。少佐は引き続き村雨さんと共に滝捜査官のフォローに当たれ。以上、下がってよし」
「……了解しました」

 ラウラはエヴァに敬礼すると退室する。良と肇、それに和也も一礼して部屋を出る。

「パーフェクトサイボーグ、1%の反逆、か……」

 自分以外誰もいなくなった部屋で、エヴァは誰に言うでもなく呟くのであった。

*********

 基地の廊下を司令室から出た良、ラウラ、和也、それに肇が並んで歩いている。

「あの、村雨さん」
「なんだ?」
「私と少将の話を聞いていましたか?」
「ああ、ドアの外にも聞こえていたし、俺も海堂先生入るに入れなかったな」
「その、私は少将の主張は間違っていると思っていますから」
「ありがとう、ラウラ。けど俺は気にしちゃいないよ」
「ですが!」
「俺がバダンの尖兵だったのは事実だからさ。それに誰が何と言おうが関係ない。俺はこの世界を守る。他の誰でもない俺自身が決めたことだ。それだけでいい」
「村雨さん……」
「あんまり辛気臭い顔をするな、ラウラ。俺や滝さんまで気分が滅入ってくる。今は気持ちを切り替えるぞ」
「……はい」

 相変わらず陽気に笑ってみせる良にラウラが頷いてみせる。

「ところで滝さん、この後はどうしますか? 昨日滝さんとハルフォーフ大尉が狙撃されたと大尉から聞きましたが?」
「ああ。だがそんな脅しに屈する訳にはいかねえ。脅しをかけて来たってことは真実に近付いてきたって証拠だ。なおさら退けるかよ。と言うわけで、これから企業や団体を回って聞き込みだ」
「そう言うと思ってましたよ。ラウラ、行けるな?」
「問題ありません。今回の件も含めて真相の究明は急務ですから」
「私はしばらくこの基地で調べてみるよ。何か見落としたデータや資料がまだあるかも知れないからね」
「お願いします、海堂博士」

 肇は3人と別れて自身が詰めている部屋へと戻っていく。入れ替わる形で尋問を終えたらしいクラリッサが歩いて来る。クラリッサがラウラに敬礼するとラウラが尋ねる。

「何か新しい証言は?」
「いえ、何も。ただリストやデータの内容については反応を見る限り、偽造や囮の可能性は低いものと思われます」
「そうか……ところでハルフォーフ大尉、あの暗号は一体どのような暗号を使ったのだ?」
「暗号、ですか?」

 ラウラの意外な質問にクラリッサが怪訝そうな表情を浮かべるが、ラウラは構わずに続ける。

「そうだ。昨日部屋の中に『ゆうべはおたのしみでしたね』というメモを残していたではないか。あれは何を伝えたかったのだ? 難解な暗号を使ったのだから、かなり重要な情報を伝えたかったのだろう?」
「その、お気になさらないで下さい。大したことではありませんので……」

 予想の斜め上を行くラウラの言葉に、クラリッサは唖然としながら首を振る。

「ラウラもいつもの調子に戻ったな。だから言っただろうが。それじゃ、モタモタしてる暇は無いぜ? すぐに出発だ」

 和也が言って歩き始めると良、ラウラ、クラリッサもまた続けて歩き出すのだった。

**********

 会議室に戻った肇は、資料が入った段ボール箱を机の上に乗せる。資料は粗方焼けてしまったが意外な発見があるかも知れない。まだ目を通していない資料の中に重要なものが残っているかも知れない。

(施設を破壊し、結果的に資料を焼き払ったのが件の三人では、ますます疑いたくなるな……)

 肇は段ボール箱の中からファイルを一つ取り出して読み始める。
 こうなったのもエヴァから命令を受けたハンナ、ゲルダ、エリザベートの三人が良を攻撃し続けたのが原因だ。エヴァも三人を叱責した上で謝罪してきたが、他に人員が回せなかったとはいえ、パーフェクトサイボーグ排除を優先したことについては首を傾げざるを得ない。それに今の良が排除される謂れはない。法的に記憶や自我を奪われていた良に責任能力などない。だからこそ良は罪の意識に苦しめられているのだが。しかしエヴァは実力による排除を命令した。確かに良は『国籍不明機(アンノウン)』だ。しかし無警告での発砲など、明らかに通常の対応を逸脱している。

(あるいは『バダン』憎しの偏見が、少将の目を曇らせたのかもしれないな……)

 ファイルを捲って中身を確認しながらも肇は内心呟く。
 肇はエヴァが幼き頃、バダンの世界同時攻撃で軍人の父親を亡くしたとクラリッサから聞いている。彼女の父を良が殺したのかは分からない。だが良がバダンの一員だったことに変わりはない。肇もエヴァの気持ちは痛いほどよく分かるが、だからと言って今の良を責めるのは少々酷と言うものだ。彼女もそれを頭では理解しているのかもしれないが、バダンへの憎しみが勝ってしまったのではないのだろうか。
 もしくは仮面ライダーへの危機意識から来たのかも知れないが。こちらは同意しかねる。世界を変えられるのなら、変える意志があるならとっくにやっているだろう。この世界において理不尽なことを味わっているのは他でもない『仮面ライダー』たちも同じなのだから。
 仮にISの絶対性が仮面ライダーに脅かされたとしても、彼女が言うような事態にはなり得ない。改造人間は人道的に問題があることや、素体となる人間により性能が左右されがちなこと、適合率が低さなどの理由からどの国も結局は兵器として採用しなかった。だからこそ仮面ライダーはISの強さを脅かしはするが、社会全体を覆すことには繋がらない。仮面ライダーはISの強さを凌駕は出来ても、ISに取って代わるなど不可能なのだから。
 ファイルを捲り終えた肇は続けて別のファイルを取り出す。ファイリングされていたのは診療録、カルテだ。ISは操縦者の健康管理には特に気を使う兵器なので、カルテはなかなか重要な資料だ。システム被験者のものであろうか。電子化が進んでいる中で紙媒体のカルテは珍しい。無造作にファイルを捲っていたが肇だが、ふとファイルをめくる手が止まる。

(あの3人の担当軍医は確か同じ筈だったな……)

 IS操縦者の健康管理を担当するのは腕の良い医者に限られるので、自然とIS操縦者たちの主治医は同じになり易い。
 隣国フランスの国家代表操縦者ならびに代表候補生の主治医は志度敬太郎博士だ。人間工学の世界的権威である敬太郎のような『名医』でなければ、国家代表操縦者の主治医や健康管理は任せられない。他の国でも国家代表操縦者や代表候補生の主治医には『名医』と呼ばれる人間を招聘している。肇がIS学園校医として招かれたのも、各国の代表候補生や代表操縦者も在籍するIS学園で、生徒や教師の健康管理や治療を任せられる『名医』だからだ。
 今回内通が疑われているハンナ、ゲルダ、エリザベートの軍医も、それなりに腕の良い医者が担当している。その三人の担当医は同じだ。もし仲介者もまた同じ軍医の下に通って診察を受けているなら、話は変わってくる。そこで肇は内線を使い連絡を入れる。

「メッケル少将。ハンナ・デーニッツ少佐、ゲルダ・ケッセルリンク大尉、エリザベート・ヒンデンブルク大尉、それにIS運用部第1課長のカール・ローン大佐の診療録を、至急こちらへ取り寄せたいのですが……」

**********

 『シュヴァルツヴァルト』の森を突き抜ける道を軍用ジープが走る。運転しているのはクラリッサ、助手席に座っているのは和也だ。今回は後部座席に良とラウラが腰掛けている。クラリッサが運転している横で和也が、後ろでは良とラウラが資料を読んでいる。和也が読みながら口を開く。

「ここまで露骨に隠蔽してくると却って清々しいぜ。帳簿から何まで全部改竄してやがる。村雨、そっちはどうだ?」
「駄目ですね。この先を辿るとなると……」
「他の押収した資料も同じでしょう。ルートの割り出しには少し時間が掛かると思います」

 ラウラが締めると和也は一息ついて読み終えた紙束を膝に置く。和也、クラリッサ、ラウラ、良は企業や団体に赴き、書類などの証拠を押収しているのだが、結果は芳しくない。

「だがラウラ、疑いがあるとはいえ民間人を痛め付けるとか、罵倒しようとしては駄目だぞ?」
「申し訳ありません。ですが向こうから『踏んでくれたら何でも話す』や『蔑んだ目で見られたら喋るしかない』、『罵倒してくれるのなら何でも教える』と言われたので」
「違うぞラウラ。それは本心から望んで出た言葉じゃない。むしろ恐怖が高じておかしくなった可能性もあるぞ?」
「恐怖が高じて、ですか?」
「ああ。人間は恐怖が高じるとやがて本心では望みもしないことを、死すらも口にするようになる。俺はそれを……痛っ! なんでナックルを投げるんです? 滝さん」
「馬鹿野郎! お前が言おうとしてるのと、ラウラが言ってることは全然関係無いに決まってんだろうが!」

 真剣な顔でラウラに何か言おうとした良に、和也がナックルを投げ付けてツッコミを入れる。クラリッサは口すら挟めない。良の天然ぶりと、ズレ具合がブーストされたラウラに流石のクラリッサも閉口しているようだ。

「ですが、実際に背中を踏んだ時は相手も悦んでいたように見えたのですが」
「いや、それは痛みが恍惚に変わってる危険な状態なんじゃないのか?」
「お前らはもう喋んな! ったく……分かったか? クラリッサ。これが現実だ。お前が練習台にしようとした男がどんなものか、よく分かっただろ?」
「はい。よく分かりました。私の認識がいかに甘かったかを。ですが、いやだからこそ私は負けません! 逆に考えれば、村雨さんを攻略出来れば織斑一夏をも攻略出来るということ! ドイツ軍人はうろたえない! 諦めない! 動じない! 我々に敗走はないのです!」
「まだ寝ぼけたこと言ってんのかこの野郎! 大体お前の……ん?」

 クラリッサにツッコミを入れようとした和也だが、違和感に気付き途中で止める。ジープの後ろからトラックが迫ってくる。前にはトレーラーが、横にはタンクローリーが走っている。他の三人も身構えている。無線機に無線が入る。今度は和也が受信機を取る。すると先日と同じ声が無線機から響き渡る。

『昨日警告した筈だ。この件からは手を引け、と。残念だが警告は一度のみだ。民間人共々、ここで死ね』

 無線が切れると同時にトラックからマシンガンが乱射される。さらにトレーラーが前から押し潰しにかかり、横からタンクローリーが一気に寄せてくる。

「村雨!」
「はい!」

 和也がジープから飛び降りるのと同時に、良はラウラとクラリッサを抱えてジープから飛び上がる。ジープがタンクローリーとトレーラーに接触し、タンクローリーが爆発するのと同時に良は和也の脇に着地してラウラとクラリッサを地面に下ろす。

「滝捜査官! ご無事ですか!?」
「俺はな。それより散開して身を隠せ! あいつら仕掛けてくるぞ!」

 和也とクラリッサ、良とラウラはそれぞれ別の木々に隠れる。同時にトラックの荷台から出てきた帽子を目深に被った男たちが森に入った四人に自動小銃を向けてフルオートで銃撃する。和也、ラウラ、クラリッサは拳銃で撃ち返すが、押される一方だ。男たちがロケット砲を発射すると良がラウラを抱えて離脱する。ますます銃撃は激しくなり合流しようにも出来ない。

「このままじゃ埒が明かねえ……村雨! ラウラ! 森の奥まで走れ! 行くぞクラリッサ!」
「はい!」

 良とラウラ、和也とクラリッサは隙を見て森の奥へと走っていく。

「逃がすな! 必ずここで仕留めろ!」

 リーダー格らしき男が言うと、男たちもまためいめい武器を持って二手に別れて追跡を開始する。
 森の奥へと逃れたラウラと良は木々の間に隠れてしばらく周囲の様子を窺い、誰もいないことを確認すると良から口を開く。

「奴らは一体何者なんだ? 滝さんとハルフォーフ大尉を狙撃した連中の仲間なんだろうが」
「亡国機業でしょうか? もしくはそれ以外の……」
「何にせよ、VTシステム絡みで俺たちの命を狙っているのは確かだろうな」

 ラウラと良は敵の正体について話し始める。

(しかし妙だ。なぜ民間人が……村雨さんが私たちと一緒だと知っていた?)

 同時にラウラは内心疑問を抱く。
 無線の主は良が民間人であると知っていた。格好からして違うのは当然だが、格好が違うのならば和也もそうだ。良が肇の助手ではなく、ただの民間人と知るのは調査チーム内部の人間に限られてくる。だが物音が聞こえてくるとラウラは思考を中断して耳を澄ます。良も同じだ。

「何人だと思う?」
「恐らく7、8人かと」
「なら任せろ」
「お願いします」

 良とラウラは小声でそれだけ会話を交わすと良は茂みを伝って物音がした方向……先ほどの男たちがいるだろう方向へと向かい、消えて行く。少し後に驚愕の声と肉を打つ鈍い音、呻き声、茂みを掻き分ける音が聞こえてくる。そして男を担ぎ上げた良が戻ってくる。尋問用に一人確保してきてくれたようだ。ラウラは良を誘導し、少し離れた木に男を凭れさせるとナイフを抜き、男に活を入れて目覚めさせる。気が付いた男は叫ぼうとするがラウラが片手で口を塞ぎ、ナイフを首へと突き付けて良が男の手足を拘束する。ラウラは声を低くして男に告げる。

「叫ぶな。大声を出せばどうなるか、分かるな? これから私の質問に答えて貰う。大人しく答えれば命だけは助けてやる。だが少しでも逆らう素振りを見せれば……」

 ラウラはナイフで男の喉の皮膚を浅く切る。そのまま男の口から手を放す。抵抗する気は無いようだ。

「聞き分けが良くて助かる。では最初の質問だ。なぜ私たちを襲った?」
「し、知らない。俺はただ命令されただけだ」
「一体誰に命令された?」

 男は答えない。

「ならばお前たちは何者だ?」

 男はまたも沈黙する。余程喋れない事情があるらしいが、ラウラや良には知ったことではない。ラウラはナイフを男の片耳に押し当てて続ける。

「私の言っていることが聞こえないのか? 聞こえないのなら、役立たずの耳など要らないな。こう見えて私は世話焼きなのでな。お前の代わりに切り落としてやる」
「ま、待て!」
「さて、どちらから先がいい? 右か? 左か? そうか、右か。右と言いたげな顔をしているな。待っていろ。初めてだから上手くいくかは分からんが、ゆっくりと、しかし確実に落としてやるからな」

 ラウラはナイフの刃をゆっくりと、しかし確実に男の右耳へと食い込ませていく。

「わ、分かった! 話す! 話すから止めてくれ!」
「話す? 何をだ?」
「お、俺たちの正体と! だ、誰が俺たとに命令したかだ!」

 男が言うとラウラはナイフを食い込ませるのを止める。ラウラはナイフを再び首に押し当てると口を開く。

「だったら最初からそう言え。では話せ。嘘を言えば次は無いぞ」
「わ、分かった。お、俺たちは『ドイツ軍浄化委員会』だ」
「ドイツ軍浄化委員会?」

 良が口を差し挟む。

「ドイツ軍の『浄化』と称し、暗殺を繰り返していると噂されている一団です。まさか実在していたとはな。それで、本作戦の命令者は?」
「我々ドイツ軍浄化委員会委員長、IS運用部第1課長のカール・ローン大佐だ」
「ローン大佐か。亡国機業に通じているだけでなく、そのような活動もしていたとはな」

 ラウラは自分たちの上官に当たるカール・ローン大佐の名前が出てきたことに、大した驚きも見せずに呟く。
 カールは各国軍のIS運用部門においても珍しい男性の幹部だ。実際カールは只者ではなく、ドイツ軍きっての作戦家として知られており、初代ドイツ軍IS運用部部長アンナ・リッベントロップがIS運用部設立時に呼び寄せた。アンナがIS運用部を去ってからは最古参として他の幹部からも一目置かれている。
 しかしカールは人格的に少々問題がある上、黒い噂が絶えないという曰く付きの人物でもある。特にカールの指図を受けない『シュヴァルツェ・ハーゼ』を創設以来何かと目の敵にしている。初代隊長のシュヴェスターとは険悪な仲だったとラウラも聞いているし、ラウラ自身もカールに面と向かって皮肉を言われた経験がある。そしてカールは亡国機業と繋がりがあり、亡国機業の構成員とも接触していることが分かっている。
 カールが内通者ではなく情報を仲立ちする『仲介者』に徹しているのは、万が一の時の保身か、亡国機業に属す気までは無いと言うことだろうか。『シュヴァルツェ・ハーゼ』の諜報能力を舐めているのか、こちらが尻尾を掴んでいことには気付いていないようだが。そんな男がドイツ軍浄化委員会を立ち上げても不思議ではない。作戦家としてはともかく、謀略家としては二流以下なのは間違いないようだ。胸の支えが取れて開き直ったのか、男は途端にラウラに向かって一気にまくし立て始める。

「お前も我々の『浄化』の対象だ! ラウラ・ボーデヴィッヒ! 貴様はVTシステムをIS学園で発動させた挙げ句、織斑一夏に敗北するという失態を犯し、我がドイツの名誉に傷を付けた! それに飽きたらず貴様はドイツの信用を傷付けようとしている! よって貴様は我々により『浄化』されるのだ! 有り難く思え! 生まれてこの方ドイツ軍に害しか為して来なかった貴様が、我々に『浄化』されてようやくドイツ軍のために役立つのだからな! この、『出来損ない(ミスクリエーション)』めが!」
「言いたいことは、それだけだな?」

 男の罵倒を遮りながら低く唸るように良が言った瞬間、男は良により派手に殴り飛ばされ、数メートルほど吹き飛び意識を失う。良はラウラに向かって口を開く。

「気にするな、ラウラ。こんな連中の言うことなんか聞いてやる必要すらない」
「いえ。ここまで支離滅裂だと却って哀れみすら湧きますから」

 ラウラも良に言われるまでもなく気にしていない。VTシステムを開発して機体に搭載した方が悪いのだが、責任転嫁も甚だしい。やはりカールもVTシステムに関与しているのだろう。するとラウラに通信が入る。クラリッサからだ。ラウラは一度周囲を確認してから通信に出る。

『ご無事のようで何よりです、隊長。こちらは私も滝捜査官も無事です。こちらに来た敵の鎮圧も完了しました』

「こちらは私も村雨さんも無事だ。それと襲撃してきたドイツ軍浄化委員会の連中も鎮圧した」

『ドイツ軍浄化委員会……一体何の目的で?』

「なんでも私たちを『浄化』しに来たらしい。大方『委員長』のカール・ローン大佐に適当に何か吹き込まれたのだろう」

『ローン大佐が、ですか。となると今まで調査を妨害していたのはローン大佐でしょうね』

「ああ、その可能性が濃厚だな。ではこの後合流して……」

 だが通話中に『何か』が通信機に当たり、通信機を破壊する。ラウラは即座に良と木の陰へと隠れる。

「スナイパーか!?」
「まだ潜んでいたか!」

 ライフルによる狙撃だ。腕の方は通信機だけを破壊してみせた辺り中々良いようだ。狙撃者はまだ撃ってきているらしく、時折弾がラウラや良の横や上を通過していく。

(油断したな、こちらに来ていることも考慮すべきだったか)

 木の陰に隠れて時折飛んでくる銃弾をやり過ごしながら、ラウラは内心舌打ちする。今まで狙撃されていなかったのは単にこちらの運が良かったのだろう。とにかくスナイパーを排除しなければ話にならない。すると良がラウラに提案をする。

「俺が囮になってスナイパーの注意を引き付ける。その間にラウラはスナイパーの位置を割り出して黙らせてくれ」
「しかし!」
「大丈夫だ。俺は対人用のライフルくらいならどうってことないし、バダンとかに比べたら大したことじゃない。それくらいは信じてくれないか?」
「……分かりました。出来るだけ早く済ませますので、村雨さんも気を付けて」

 良は頷き、木の陰から出て走り始めると走り回って注意を引き付ける。狙撃が良に集中している内に、ラウラは弾の軌道や着弾時間などを瞬時に計算してポイントを絞り込むと、スナイパーがいるポイントへと接近する。確かにスナイパーがいる。ラウラに気付いていないのか、スコープを覗いて狙撃に集中している。

「動かぬとは、二流だな」

 ラウラは間髪入れずに背後からスナイパーに蹴りを入れ、首筋に肘を落として気絶させる。すると今度はナイフを持った男が茂みから飛び出し、ナイフで斬り付ける。僅かに回避し損ねて頬が浅く切れるが、ラウラは指で血を拭う。

「護衛は付けておくか。だが、遅かったな!」

 ラウラは逆に踏み込んで、男がナイフを再び振るう前に懐に入って股間を蹴り上げる。

「げむっ!?」

 男が悲鳴にならない悲鳴を上げると、ラウラは鳩尾に頭突きを叩き込んで男を前のめりの体勢にし、右フックで顎を打ち抜き意識を刈り取る。すぐに男たちの武器を取り上げ、通信機を破壊して茂みから出る。そこで良に声をかけようとする。

「村さ……め……さ……」

 次の瞬間、足が縺れて地面に倒れる。そしてラウラは身体の異常に気付く。

(身体、が……)

 身体が燃えるように熱い。にも関わらず寒気がする。手も足も重くなり、声も出ない。意識が朦朧としてくる。

「ラウラ!? どうした!?」

 良がラウラに駆け寄り助け起こすが、ラウラの意識は徐々に遠退いていく。

「ラ……ラ! し……しろ! ……ウラ!?」

(すいません……む……らさ……め……)

 ラウラは心の中で謝罪し、限界を迎え意識を闇へと手放す。
 良は慌てて意識を失ったラウラの容態を観察する。顔が紅潮している。寒気がするのか震えている。手足に力が入らないのかグッタリとしている。咄嗟に良はラウラの額に手を当てる。

「凄い熱だ……!」

 触っただけで高熱を発していることが分かった。即座に良はジャケットを脱いで毛布の代わりにし、ラウラの身体をくるむと抱き抱えて立ち上がる。

「貰った!」
「こんな時に!」

 しかしまだ残っていた敵が特殊警棒で殴りかかってくる。良はスウェーで警棒を回避するが、手が塞がっていて反撃が出来ない。それを見越してか男は意識のないラウラに攻撃を集中させてくる。

「この!」

 良は咄嗟に右足を蹴り出して警棒を止めるが、男は残る手で拳銃を抜き放ちラウラに突き付け、勝ち誇ったように言い放つ。

「死ね! 『出来損ない』が!」

 引き金を引こうとした瞬間、拳大の石が手首に直撃して男は拳銃を取り落とす。良は拳銃を踏み潰して破壊し、男と距離を取る。男は石が飛んできた方向に向き直る。視線の先には初老の男性が立っている。男性の顔には皺が刻まれている。しかし身体は些かの弛みもなく引き締まっており、年齢を感じさせない。格好からするに散歩でもしていたのだろうか。男は声を荒げる。

「貴様、何のつもりだ!?」
「それはこちらの台詞だ。拳銃まで持ち出して何をするつもりだ?」
「黙れ! まずは貴様から浄化してやる!」

 男は警棒で殴りかかるが、男性はあっさりと半身で避ける。続けて男の袖を掴んで男を投げ飛ばすと、倒れた男に下突きを放ち、沈黙させる。男性は男が気絶したことを確認し、武器や通信機を取り上げると良に向き直り日本語で良に話しかける。

「大丈夫ですか? それと連れの方の様子がおかしいようですが」
「ありがとうございます。それが、急に熱を出して倒れてしまって」
「どれ、少し……ラウラ・ボーデヴィッヒ!?」

 ラウラの顔を見ると男性は目を見開き驚愕の声を上げる。

「ラウラを知っているんですか?」
「ええ、少し。それよりこの近くに私が滞在しているコテージがありますので、そちらに彼女を運びましょう。応急処置は出来ますし、基地へ連絡を入れることも出来ますから」
「ありがとうございます。ならお言葉に甘えさせて頂きます。あの、つかぬことをお聞きしますが、あなたは?」
「失礼しました。自己紹介をしておくべきでしたね。私は岩田顕義と言います」
「村雨良です。では岩田さん、お願いします」

 良は男性こと岩田顕義に一礼するとその案内で歩き始めた。

**********

 刺客を撃退したクラリッサと和也はラウラと良の行方を探していたが、至急帰還するように命令が下ったため、やむを得ず捜索を打ち切って基地へと帰投した。幸いラウラの行方は正確な座標軸が割り出せるし、良の方は和也の話ではそう簡単には死なないらしいので、クラリッサも特に心配はしていない。実際良の並外れた身体能力はクラリッサも目の当たりにしたので尚更だ。
 むしろ帰投命令が肇の要請によるものなのが問題だ。余程の理由があってのことだろう。クラリッサと和也が会議室に入ると肇はデータを見ていたが、クラリッサと和也の方に向き直り口を開く。

「すまないね、滝くん、クラリッサくん。話は聞いているよ。ラウラくんのことは私も心配だが良くんがついているんだ、きっと大丈夫さ」
「私もそう思います。海堂博士、重要な何かを発見されたのですね?」
「その通りだ。VTシステムと直接関係する訳ではないが、内通者が誰か分かるかも知れない」
「本当ですか!?」

 クラリッサが思わず身を乗り出すが、肇は頷いてみせる。和也が続けて口を開く。

「今見ているのは?」
「これはIS運用部第1課長のカール・ローン大佐の診療録、電子カルテというヤツだよ。メッケル少将に3人の分と併せて取り寄せて貰ったんだ」

 肇はディスクをクラリッサと和也に見せる。ディスクには内通者として疑われているハンナ、ゲルダ、エリザベートの電子カルテが記録されているのだろう。

「しかし博士、なぜカルテなどを?」
「私も医者の端くれだから分かるんだが、カルテというのは色々な情報が書き込まれるんだ。症状や治療方針、既往症やアレルギーの有無、住所氏名年齢性別、家族歴に社会歴、嗜好。勿論診察した年月日も記入されている。そこで私が調べてみたんだがこの4人、カール・ローン大佐、ハンナ・デーニッツ少佐、ゲルダ・ケッセルリンク大尉、エリザベート・ヒンデンブルク大尉は皆同じ軍医が担当しているんだ。そのカルテを調べてみたら面白いことが分かってね。ローン大佐の診療があった次の日、必ずデーニッツ少佐、ケッセルリンク大尉、ヒンデンブルク大尉のいずれかが来ているんだ。後は、分かるね?」
「そうか! その手が!」

 クラリッサと和也は肇の言いたいことを悟る。カールは情報交換に軍医を何らかの形で利用しているのだろう。今まで内通者と亡国機業はカールを通して情報のやり取りをしていると分かっていたが、カールと内通者の接触方法が今一つ掴めず、直接面会しているものと想定してアリバイ探しをしていた。だがこれならハンナのアリバイは崩れ去るし、ゲルダにもカールとの接点が見えてくる。クラリッサたち『シュヴァルツェ・ハーゼ』にとって軍医やカルテの存在は盲点であった。これは医師でもある肇だからこそ気付けたことなのだろう。肇は二人に続ける。

「このことはメッケル少将には報告してあるんだが、ローン大佐には知られないようにしてある。つまり大規模にチームを動かすことは出来ない。そこで……」
「俺たちが内密に動いて件の軍医から裏を取ってくれ、ってことですね?」
「ああ。その通りだ」
「分かりました。では早速……」
「失礼します!」

 肇の話が終わると『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊員が会議室に入ってくる。隊員は敬礼するとすぐにクラリッサへ耳打ちする。

「何!? 隊長が!? それは間違いないのか!?」
「はい! 確かな情報源からと聞いております!」

 内容はラウラのことであるようだ。少し考え込んでいたクラリッサだが、やがて肇に向き直る。

「博士、その前に少し一緒に来て頂けませんか?」
「私は構わないんだが、ラウラくんに何かあったのかね?」
「ええ。先ほど隊長と村雨さんが無事に保護されたと連絡が入ったらしいのですが、隊長のナノマシンが暴走した可能性が高いと」
「何!? それは本当かね!?」
「ええ。ですから一刻も早い治療のため、博士の力をお借りしたいのですが」
「お安い御用さ。ラウラくんもIS学園の生徒、つまり私の担当患者だからね」
「ありがとうございます。あの滝捜査官……」
「俺も付き合うぜ? 博士の護衛は多いに越したことはない。それにラウラを放っとけるわけねえだろ?」
「なら決まりだね。少し待ってくれ、準備をするから」

 肇はパソコンからディスクを取り出して電源を落とし、医療器具一式が入った鞄を持つとクラリッサと和也と共に会議室を後にした。

**********

 森の中に立つ小さめのコテージ。中にはコテージの主である顕義と良、ラウラがいる。と言ってもラウラは寝室のベッドに寝かされているが。その枕元に良は座り、濡れたタオルをラウラの額に乗せて様子を見ている。基地に連絡した顕義が寝室のドアを開けて中に入る。

「彼女、ボーデヴィッヒの容態は?」
「少しは落ち着いたみたいですが、熱が下がってないみたいで。悪い夢でも見ているのか、時々うなされていて」
「そうですか。基地へは先ほど連絡しました。しばらくしたら迎えが来ると思います」
「お手数をおかけします。しかし驚きました、岩田さんもラウラの教官だったなんて」
「なに、昔の話ですよ。今は道楽で戦史研究をしているだけの、ただの隠居です」

 顕義は良に笑って首を振ってみせる。顕義はかつてドイツ軍に招かれ、座学の教官として『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊員達を指導していたことがある。顕義は自衛官であり、自衛隊が日本国防軍と改称されてからも在籍し続けてきた。ISが登場してからはISの運用方法や戦術の確立に尽力し、同期で『ゴルゴム』との戦いを生き延びた戦友、轡木十蔵と共にIS学園設立にも参与するなどISの運用に携わってきた。
 ISの運用法について意見を求められた際、「ISに勝てるのはISのみであるなら、敵のISはこちらのISで抑えればいい」、「逆に戦車や戦闘機、潜水艦の相手までISにさせる必要はない」、「爆撃や長距離侵攻、市街戦などISよりも既存兵器に分がある任務も存在する」、「故にISは敵ISの迎撃(インターセプト)に特化させて運用し、戦術や整備計画を立てるべきである」という骨子の意見書を提出した。この戦闘教義は『インターセプト・ドクトリン』として各国で主流となっている。
 IS運用部配属後は運用法や戦術の確立に邁進していたが、一段落すると今度はレンジャーで教官を務めていた経験を買われ、IS操縦者達の直属の上官『管理官』として織斑千冬などを担当していた。その顕義がドイツに招かれるきっかけとなったのは千冬だ。
 第二回『モンド・グロッソ』で千冬が誘拐された弟を助けるために決勝戦を棄権した後、監督責任を問われた顕義は閑職へと左遷させられた。本人は処分覚悟で棄権を黙認していたので特に苦にならず、逆に新たな趣味として戦史研究に打ち込むようになったが。だがIS部隊の教官としてドイツ軍に出向していた千冬が座学の教官として義を推薦したことから、顕義はドイツ軍に招かれ、出向という形でドイツ軍の教官として着任した。それで『シュヴァルツェ・ハーゼ』の面々を指導することになったのだが、実力に見合った高いプライドを持った彼女たちの指導には散々苦労させられた。特にラウラは千冬を過剰なまでに崇拝しており、その反動で顕義に食ってかかってきた。千冬に愚痴ったこともあるが、千冬もまたラウラには手を焼き、直そうとしたが中々上手く行かないと聞かされて以後は相談に乗るようにしたが。
 千冬が日本に帰国する前日にラウラが殴りかかってきた際、いつもの癖で逆に殴り飛ばした所、それをきっかけにして『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊員たちとの大乱闘にまで発展した。結局は千冬により制止されたが、その際に千冬の元上官と判明したことや、隊員たちを相手に一歩も退かずに殴り合ったこともあり、ラウラを含む隊員たちからも教官として一定の敬意を払われるようになり、素直に指導に応じてくれるようになった。
 ただラウラには最後まで手を焼かされた。成績自体は優秀で飲み込みも早かったのだが、すでに『ドイツの冷氷』と化していたラウラは、味方との連携という基本中の基本だけは理解しようとしなかった。その結果が「自分側が複数の場合を想定していない」という歪な軍人の完成だ。
 結局顕義は千冬が帰国した後も退役までドイツ軍教官として過ごし、退役後は帰国して戦史研究に打ち込む傍ら、時折各国に招かれて講演もしている。今回はドイツ軍に招かれてコテージに滞在しており、散歩をしていた時に襲われていた良を発見して助けに入り、現在に至る。
 寝かされているラウラの症状は風邪にも似ているが、ナノマシンが過剰反応を起こしているのかもしれない。教官時代に体内のナノマシンが暴走する場合があると顕義も聞いたことがある。良はラウラの額からタオルを取ると、冷やそうと椅子から立ち上がる。

「いか、ないで……」

 しかしラウラのか細い声が聞こえてくると動きを止める。

「ラウラ?」
「いか、ないで……教官、一夏、私を一人に、独りに……しないで……」

 悪い夢にうなされているのだろう。呟くラウラを見ると良は再び椅子に座るとラウラの手を優しく握って口を開く。

「行かないさ。誰も、君を独りになんかしない。俺もいるから。君を独りになんか絶対にさせない」

 ずっとラウラの手を握っている良に代わり、顕義がタオルを冷やすと再びラウラの額に乗せる。落ち着いてきたのか息は乱れていない。やがてラウラは意識を取り戻し、瞼をゆっくりと開き目を覚ます。それに気付くと良はラウラの手を離し、顔を覗き込む。

「気が付いたか?」
「村雨、さん、ここは……?」
「無理するな。まだ寝てなきゃ駄目だ」

 起き上がろうとするラウラを良が押し止める。同時に顕義がラウラに話しかける。

「ここは私が使っているコテージだ。久しぶりだな、ボーデヴィッヒ」
「岩田教官、どうしてここに?」
「教官は止めてくれ。私はもう退役したんだ。村雨さんがお前を保護していた所を見つけてな」
「お手数を、おかけしました」
「気にするな。元部下の教え子をを見殺しにするほど腐っちゃいないさ」

 事情を聞いて謝罪するラウラに、顕義は笑って首を振る。そのまま顕義は続ける。

「独りになることが怖くなったか? ボーデヴィッヒ。大切な人間がお前から離れて、独りになるのが怖いんだな?」
「どうしてそれを……!?」

 顕義の言葉にラウラは無理矢理身体を起こそうとするが、やはり良に止められる。

「うなされていたのか、村雨さんにそんなことを口走っていたからな」
「そうですか、すいません、村雨さん。また、迷惑をかけてしまって」
「気にするな、ラウラ。それが当たり前なんだから」

 慰める良だが、ラウラは落ち込んだままだ。しばらく沈黙していた良とラウラだが、やがてラウラから口を開く。

「岩田さんの言う通り、私は独りになるのが……怖いです。教官や一夏が、他の皆が居なくなってしまうのが怖くて。だからあんな夢を。私は家族なんていませんでしたし、教官や一夏に会うまで独りで生きて、独りでいいと思っていました。でも私は……教官や一夏や皆と一緒に居れて……嬉しくて、楽しくて、ずっと一緒にいられたらって……」
「すいません……村雨さん……村雨さんにこんな事、これだけは言っては駄目だと分かっているんですけど、私は村雨さんが、家族がいる皆が羨ましいんです。私と違って最初から独りじゃなかった皆が。村雨さんには言いたくなかったのに……」
「ラウラ、俺も一つ白状していいかな?」

 そこに良が割り込んでくる。

「こんなこと、絶対言っちゃ駄目だと、思っちゃ駄目だと分かっている。けど俺は君が羨ましいと思ったことがあるんだ」
「私が、ですか……?」
「ああ。家族がいなければ悲しみも苦しみも、バダンへの怒りも憎しみも、復讐しようなんて馬鹿な考えも無かっただろうなんて、そんなふざけたこと、一回だけ考えてしまったことがあるんだ。けど、違うんだよな。だからこそ独りになるのが、俺よりずっと怖くて、辛いんだよな。だからごめん、ラウラ」
「村雨さん……」
「その罪滅ぼしと言っちゃなんだけど、君を独りになんかさせない。俺が守ってみせる。君にだけは、感じさせない。俺は簡単には死なないし、死ねないからさ。この身体じゃ隣は歩けないが、ラウラのが通る道くらいなら切り開ける。だから絶対に君は独りになんかならないよ」
「ありがとうございます、村雨さん。私は、幸せ者ですね」
「いや、まださ。君には未来がある。だからもっと欲張っていい。それが、人間だからさ」

 今度は顕義が口を開く。

「ボーデヴィッヒ、昔のお前はIS操縦者としては一流だが軍人としては二流、兵士としては三流と言ったことがあったな。なぜだか分かるか? 喪うことへの恐怖が、無くすことへの恐怖が無かったからだ。だからお前は周囲を省みることすら出来なかった。織斑が心配していた通りにな。だが今のお前は違う。お前は喪うことが怖くなった。無くすことが怖くなった。それでいいんだ。だからこそ兵士は命を張れる。守るために血を流せる。戦友を喪いたくないから、守りたいものを無くしたくないから戦えるんだ」
「その恐怖はお前が人間である証明で、お前が軍人として、兵士としてスタートラインに立てたことの証拠だ。だからその恐怖を持てたことを、誇りに思え。よき戦友を、そしてよき先輩を持ったな、ボーデヴィッヒ」
「……はい」

 頷くラウラを見て目を細める顕義だが、ジープのエンジン音が聞こえてくる。迎えが来たのだろう。顕義は出迎えるべく立ち上がり良とラウラに背をむけるが、良に呟く。

「……妻と子を、ゴルゴムに奪われましてね」
「すいません。俺の力が……」
「あなたが謝ることではありません。あなたが悪いんじゃないんだ。村雨さんは?」
「姉を、バダンに……」
「申し訳ありません、我々が……」
「気にしないで下さい。悪いのは、連中ですから」

 顕義は寝室のドアを開けて玄関まで出る。ドアをノックする音が聞こえると顕義は声を上げる。

「どなたですか?」
「『シュヴァルツェ・ハーゼ』副隊長クラリッサ・ハルフォーフ大尉であります。隊長のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐がこちらにいると伺いまして」

 声を聞く限りクラリッサで間違いないようだ。顕義がドアを開けると確かにクラリッサが居た。

「お久しぶりです、岩田教官」
「今の私はただの岩田だよ、ハルフォーフ。それと……」
「あの時はご迷惑をおかけしました、岩田管理官」
「いえ、私の方こそ。そちらの方は確かIS学園の……?」
「失礼しました、海堂肇と言います。こうしてお会いするのは初めてになりますね。ラウラくんの主治医をしています」
「やはりそうでしたか。どうぞお入り下さい」

 顕義はクラリッサと和也、肇を中に招き入れてドアを閉める。

「ですが滝捜査官、岩田さんとはどういう関係なんですか?」
「第二回モンド・グロッソの時に千冬の片棒担いだからよ。村雨とラウラはどこに?」
「今この部屋に……」

 顕義が寝室のドアを開けると、服の一部がはだけて顔を紅潮させているラウラと、のし掛かるように抑え付けている良がいる。しばらく沈黙が続くが、クラリッサが口を開く。

「どうしてこうなった」
「いや、事故みたいなものだ」
「村雨ぇぇぇぇぇっ!」

 ラウラと良があっけらかんと答えた瞬間、和也は良に飛び蹴りを放っていた。

**********

 コテージの寝室でラウラは肇の診察と治療を受けている。
 ラウラの話によれば、良が熱を計ろうとしたところにラウラが暴れて抵抗したため、やむを得ず抑え付けて熱を計ろうとした結果らしい。確かに良の手には体温計が握られていた。肇は紙のカルテに書き込んでいく。肇は紙のカルテを電子カルテに写している。やはり紙に書く方が慣れているし性に合う。

「ナノマシンは抑制剤を投与したから、間もなく症状が収まるはずだ。ただ体力が戻るまで安静にした方がいい」
「お手数をおかけしました。しかしなぜナノマシンが?」
「ナイフにナノマシン活性剤が塗られていたんだろう。もう少し深く斬られていたら、どうなっていたか」

 肇はカルテに情報を書き終えてペンを置く。
 一方、和也から飛び蹴り、良曰く『電光ライダー卍V3火柱ブラスター地獄車大切断超電子スカイスーパーライダーゼクロスリボルクラッシュキック』を食らった良だが、粗方の事情を話してようやく誤解が解けた。なぜかクラリッサは落胆していたが。
 ちなみに『電光ライダー卍V3火柱ブラスター地獄車大切断超電子スカイスーパーライダーゼクロスリボルクラッシュキック』がどんな技かは、見ていたクラリッサや食らった良、放った和也にもよく分からない。とにかくそれくらい凄い蹴りであった。きっと和也の激しい怒りが可能としたのだろう。

「滝さん、千冬さんの棄権の片棒担いだと言うより、共同正犯ってヤツじゃないですか?」
「まあな。お陰で停職にされちまったしな」

 4人は和也と顕義が知り合った経緯について話している。ただドイツ軍の『協力』の真相は話していない。話の途中でラウラの診察と治療を終えた肇が医療器具一式入った鞄を持ってやってくる。

「海堂先生、ラウラは?」
「もう大丈夫だ。容態は安定しているよ。ただ体力が回復してないからね。今は疲れたのか少し寝ているよ」
「そうですか、良かった。ありがとうございます」

 良は肇に頭を下げるが、肇は笑って首を振る。

「私と滝捜査官は調べることがあるので、隊長をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。勿論です」
「お二人の代わりに私が海堂博士を基地までお送りしますので、ここは好きに使って下さい」
「すいません、岩田さん」

 良は顕義に一礼する。すると和也とクラリッサは乗ってきたジープに、肇と顕義は顕義の私物らしい4WD車に乗り込みそれぞれの目的地に向けて走り始める。良は窓から見送ると寝室へと向かい、ドアを開けベッドの横の椅子に腰掛ける。ラウラは寝息を立てて眠っている。安らかな寝顔だ。寝ているラウラを眺めていた良だが、何かの噴射音を聞くとラウラに毛布をかけ直し、寝室を出てコテージの外へと向かう。
 昨夜のIS操縦者たち、ハンナ、ゲルダ、エリザベートがISを装着した状態でコテージの前に立っている。ハンナが代表して良に対して口を開く。

「ほう、貴様の方から出向いてくるとは、手間が省けて助かったぞ、村雨良。いや、パーフェクトサイボーグ」
「何!?」

 ハンナの言葉に良は目を見開く。『変身』の瞬間も解除した所も見られていないはずだ。驚きを隠せない良を見てゲルダは嘲笑うように続ける。

「どれだけ精巧に人間に化けても無駄さ。もうこっちは面が割れているんだ。という訳でこの場で私たちが破壊してやるよ! そっちにいる『遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)』共々な!」
「待て! 彼女は無関係だ!」
「無関係? ハッ! パーフェクトサイボーグを庇った人間、いや『出来損ない(ミスクリエーション)』が無関係な訳があるか! 反逆者は殺す! それだけだ!」

 身構える良だがエリザベートがコテージにミサイル発射口を向けると良の動きが止まる。エリザベートがさらに続ける。

「やはり人間としての『出来損ない』同士のシンパシーがあるのね、パーフェクトサイボーグ。けど安心なさい。命令はパーフェクトサイボーグの排除。つまり彼女を助けることも出来る」
「……俺にどうしろと言うんだ?」
「簡単な取引よ。抵抗しなければ遺伝子強化試験体は助けてあげる。けど抵抗したり逃げたりしたら、分かるわね?」

 良は黙って構えを解く。

「物分かりが早くて助かるぞ、パーフェクトサイボーグ。簡単に壊れてくれるなよ!」

 ハンナは良にボディーブローを入れる。残りの2人も思い思いに無抵抗の良に暴行を加え始めた。

**********

 眠っていたラウラだが、目が覚めて上体を起こす。熱も下がり寒気もない。ただ手足には怠さが残っている。しかしはラウラは立ち上がり、軍服を整えた後に寝室を出る。リビングへ入るが誰もいない。

(村雨さんはどこに?)

 こちらに残っている筈の良がいない。しかし物音が聞こえてくるとラウラは耳を澄ませる。ISの駆動音に、何かが空を切る音、肉を打つ音、誰かの声を聞くと即座にコテージの外に飛び出す。

「流石はパーフェクトサイボーグ、脳以外は機械の化け物だけある。その根性は人間の男共に見習わせたいくらい、だ!」
「ほらほら! まだ終わりじゃないよ! お前が壊れたら今度はあっちが壊されるんだからな。せいぜい時間くらい稼いでみな、よ!」
「本当に恥知らずね、パーフェクトサイボーグ。流石はバダンの手先。何もかも滅茶苦茶にしたくせ、に!」
「村雨さん!?」

 コテージの外ではISを装着したハンナ、ゲルダ、エリザベートに良が暴行されている。良の顔や身体の一部からは血が出ている。

「やめ……!」
「来るな!」

 止めに入ろうとしたラウラだが、良が制止する。

「ですが!」
「……いいんだ」

 食ってかかるラウラだが、良の呟きを聞く真相を悟る。3人は良が抵抗しなければラウラの無事を保証すると言われ、その身を差し出したのだろう。良には抵抗する気も、『変身』してやり過ごそうとする気も無かった。ラウラには止められない。出来る筈が無い。良が暴行されている姿を見ていたラウラに対してハンナが言い放つ。

「ほう、仲間の様子を見に来たか、反逆者。度胸は誉めてやる。だがな、覚悟しておけ! この『出来損ない(ミスクリエーション)』の破壊が済んだら次は貴様の番なのだからな!」
「ミスクリエーション、だと……?」
「そうさ! お前と同じ、人間としても『出来損ない』で兵器としても『出来損ない』、お前の同類さ! 良かったなあ、一緒に地獄に行ける『出来損ない』の仲間が出来てな!」
「そうそう。私たちは命令に従っただけ。死人に口なし、貴女を始末しても貴女がパーフェクトサイボーグを庇い立てしたと言えば通るもの。それくらい『出来損ない』の貴女でも分かるでしょう? それでもこっちの『出来損ない』の肩を持てる?」
「持つだろうな。ボーデヴィッヒ少佐。いや遺伝子強化試験体。貴様もミスクリエーション……」

 次の瞬間、ラウラはハンナへと飛びかかり、顔面へ右ストレートを放つ。

「ラウラ!?」
「小癪な!」

 驚愕する良を他所にハンナはラウラを振り払い地面へと叩き付ける。しかしラウラは再び立ち上がり、またもハンナに挑みかかる。

「いい加減にしろ! 『出来損ない』の分際で!」

 怒り狂ったハンナはラウラを殴り飛ばす。流石のラウラも為す術無く木に叩き付けられ、動きが止まる。

「手間をかけさせてくれる! こちらを片付けてからと思ったが、ここで貴様も処分してくれる! この『出来損ない』共が!」
「黙れ……!」

 しかしラウラはまたも立ち上がりハンナ達を睨み付ける。そして静かに口を開く。

「私をどれだけ罵り痛め付けようが構わない。確かに私は『出来損ない』だ。兵器としても、軍人としても。それは事実だからな。だがな、村雨良を侮辱することだけは許さない! 何も知らない貴様らにだけは言わせない! その人は、人間だ! だからそんなこと、言わせるものか!」
「吐かせ! 『出来損ない』風情が!」

 ハンナはラウラを掴み上げ、拳を顔面に叩き込もうとする。

「何!?」
「貴様!?」
「まさか!?」

 しかし良が腕を掴んで止め、ハンナを蹴り飛ばす。そして地面に崩れ落ちたラウラを庇うように前に立つ。

「村雨、さん?」
「ほう、やはり庇い立てするかパーフェクトサイボーグ! だが安心した! 反逆者を殺す大義名分が出来たのだからな!」
「そうそう! せいぜい足掻いてみせなよ! 徹底的に破壊してやるんだからね!」
「本当に恥知らずね、パーフェクトサイボーグ! 自分が何をしているか分かっているの?」
「全くだ。これで貴様は言い逃れが出来なくなった! 軍の反乱分子を庇ったのだ! たとえ貴様が人間であろうと、貴様は我がドイツの敵となったのだからな!」

 嘲るように言う3人に対して何も言わずに良はラウラを助け起こす。

「村雨さん、どうして……?」
「どうしてだろうな。けど、身体が勝手に動いてしまったんだ」
「なら、私と同じですね」
「ああ」

 ラウラは良と並び立つ。ISを展開する気はない。ラウラの矜持と心がそれを許さない。良も変身する気はないだろう。良の正義と魂がそれを認めない。だからこの五体のみで戦うだけだ。それがけじめと言うものだ。ラウラと良は生身で3人へと挑みかかった。

**********

 司令室にカール・ローン大佐は呼び出され、エヴァ・メッケル少将の命令を受けた『シュヴァルツェ・ハーゼ』に拘束される。そのままエヴァ立ち会いの下で尋問が開始される。VTシステムの調査妨害と亡国機業とドイツ軍の内通者を仲介したことが理由だ。だがカールは頑として認めようとはしない。

「出鱈目だ! 私は断じてしていない! ドイツ軍浄化委員会なる組織など知らんし、亡国機業との付き合いなどある筈が無い! 大方私を目障りに思っていた者、『シュヴァルツェ・ハーゼ』のでっち上げに決まっている!」

 クラリッサに口から泡を飛ばして食ってかかるカールだが、クラリッサが一声掛けると縛り上げられた男たちが部屋に入ってくる。

「残念だがすでに証人がいる。先程我々を襲撃した者の一人だ。ドイツ軍浄化委員会委員長、つまり貴官の命令を受けたと、な」
「嘘だ! そんな覚えはない! 大体どこの馬の骨かも分からぬ……!」
「委員長! それはあんまりです! 我々はラウラ・ボーデヴィッヒを『浄化』するのだと!」
「黙れ! 私は何も言っておらん! 大体貴様は人が拾ってやった恩を仇で……!」
「見苦しいぞ! ローン大佐!」

 カールをエヴァが眼光鋭く睨んで一喝し、黙らせる。

「それに貴様が仲介者であるのは、こちらもとっくに承知済みだ」

 エヴァは無造作に抽斗から写真を取り出し、カールの目の前にばら蒔いて見せる。

「こ、この写真は!?」
「貴様が亡国機業構成員との密会を撮影したものだ。なんなら、通話記録や音声を録音したものも聞かせてやろうか?」
「ぬうっ!?」

 カールは沈黙を余儀なくされるが、構わずにエヴァは続ける。

「今まで気付かれていないと思っていたようだが、とっくに把握済みだ。内通者の炙り出しに必要だから泳がせたまでのこと。今となってはもう用済みだ」

 遂に観念したのかカールは抵抗を諦める。

「軍医を脅して味方につけ、指令の受け渡し役にさせるとはな。そうすりゃ直接会わずとも連絡が取り合える。海堂博士が気付いてなきゃ、分からなかっただろうけどよ」
「内通者が誰であるかも件の軍医からもすでに聞いている。つまり完全に詰み、というヤツだ」

 続けて和也とクラリッサがカールに冷たく言い放つ。

「ローン大佐、なぜドイツ軍浄化委員会なるものを立ち上げ、亡国機業に? その動機は?」
「動機? 決まっておろう。貴様ら女共を、この私を差し置いて出世し! 見下してきた女共をドイツ軍から『浄化』するためよ!!」

 カールはエヴァを睨みつけ、狂ったように捲し立て始める。

「貴様らに私の気持ちが分かるか!?エリートしての道を歩んできたこの私が! 馬鹿女共より優れた頭脳を持った私が! 牝猿共に上司面される屈辱が分かるか!? おまけに貴様らアバズレ兎共は私に反抗する! このような理不尽、許されるものか! だから私はドイツ軍をあるべき姿に、貴様ら牝共を調教して啓蒙し、本来あるべき姿へ『浄化』するのだ!」
「それだけのために亡国機業へ国を売るか。呆れた男だ」
「ハッ! 奴らなど利用してやったに過ぎん! 『浄化』に成功した暁には叩き潰してやるつもりだったわ! 奴らもまた牝共に管理された穢らわしき組織! 潰されて当然だ!」
「だがそれもここで終わりだ。残念だったな」
「終わり? どうやら貴様はとんだ間抜けらしいな! エヴァ・メッケル! あの『出来損ない(ミスクリエーション)』の遺伝子強化試験体は処分されているだろう。村雨良、いやパーフェクトサイボーグ共々な!」
「村雨さんが、パーフェクトサイボーグ!? 出鱈目を言うな!」

 クラリッサは動揺を隠せずにカールへ食ってかかるが、カールは嘲るように言い放つ。

「流石は『出来損ない』の部下だな! ハルフォーフ将軍やハルフォーフ大佐とは似ても似つかぬ雌猿が! どうだ! そこのインターポールや海堂肇に騙された気分は!? 貴様が『村雨さん』などと呼んでいた男が、貴様の祖父やエヴァ・メッケルの父親の仇、バダンの尖兵だったのだからな! 悔しいだろう!? 憎いだろう!? だが私に比べればそんなもの屁でも無いわ! それにしても、ラウラ・ボーデヴィッヒがバダンに通じていたとなれば、どうなるだろうなあ!? 本人はすでにあの世行き! 死人に口無しとはこのこ……」
「言いたいことは」
「それだけだな?」

 カールが狂ったように捲し立てている最中にエヴァは立ち上がる。そしてクラリッサと共に冷たく終わりを告げると、同時に顔面にストレートを叩き込んで無理矢理沈黙させる。無様に床に倒れたカールを『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊員たちが縛り上げ、連行する。クラリッサは和也に向き直る。

「滝捜査官、村雨さんは……」
「……すまん。だが……」
「いいえ、分かっています。あの人を恨んでも仕方のないことだと、分かっています」
「私はあくまでバダンの残党と判断したから命令を出したのではあって、怨恨が理由ではありません。しかし、なぜ彼がパーフェクトサイボーグと知っていたのでしょうか?」
「大方亡国機業から知らされた、って所でしょうかね。それを内通者に教えて、偽造の命令書まで出して『始末』しようとしたのは、亡国機業の意向でしょうけど」

 エヴァの疑問に答えた和也は通信機を取り出す。

「それじゃ、あいつらにも教えねえとな。聞こえるか! 村雨! ラウラ!」

 その頃、森の中では良とラウラがハンナ、ゲルダ、エリザベートが装着したISと戦っていた。

「いい加減、倒れろってんだよ!」

 ゲルダが良に殴りかかるが良は腕を取り、一本背負いで投げ飛ばす。

「こいつ!」

 エリザベートが前蹴りを良へと叩き込み、良を前屈みにする。

「村雨さん!」
「貴様の相手はこちらだ!」

 助けに行こうとしたラウラをハンナが放り投げ、ゲルダとエリザベートが良を蹴り飛ばす。2人は一方的にやられ続けている。生身の人間にしては頑張った方だが、ラウラはともかく良は身体のあちこちに傷が出来ている。しかし良とラウラは冷静に敵を分析し、同じ疑問を抱いている。

(なぜ、決めようとしない? なぜ互いに牽制し合っているんだ?)

 3人は手加減をしている上に互いを警戒している。殺すつもりなら武器を使ってくる筈なのだが、ずっと殴ってくるだけだ。特にラウラにはかなり手加減しており、ラウラには傷が殆ど出来ていない。なにより互いを牽制し合っており、動きや連携がちぐはぐだ。殺せる機会は何回もあった筈なのだが、好機を何回も潰している。そこに和也からの通信が入る。

『聞こえるか! 村雨! ラウラ! いいか! 今から話すことをよく聞けよ! 三人の行動はカール・ローン大佐の独断、要するに正式な命令でも何でもない亡国機業の意向だ! それにお前たちの目の前には、ラウラの身柄を確保しようとする内通者がいる! その内通者は――』
『そこにいる3人全員だ!』

「何っ!?」

 驚愕のあまり思わず3人を見やる良とラウラだが、3人は同時に笑い始める。

「ハハハハハハ!」
「まったく、人が悪いぞ、ゲルダ、エリザベート。最初からそう言ってくれていれば、こんな手間を掛ける必要も無かったものを」
「いや全くです。少佐やエリザベートまでが内通者だったとはねえ。道理で私が教えてない情報まで掴んでいた訳だよ」
「リスクの分散なんでしょうね。仲介役の高慢ちきが捕まったのではその意味もないけれど」

 3人は笑い合う。事実であるようだ。

「貴様ら、どういうことだ!?」
「どういうこと? 決まっているだろう! 我々は亡国機業へ忠誠を誓った者、つまり内通者という奴だ」
「なぜ亡国機業に加担する!?」
「なぜ? 知れたこと! ドイツ軍より亡国機業の方が私を正当に評価してくれるからだ。ドイツ軍などよりずっとな!」
「それに貴様らウサ公共が不当に優遇される今のドイツ軍、ひいてはドイツという国に忠義を尽くす義務はない! 貴様に私の気持ちが分かるか!? 専用機を貴様のような小娘に、『出来損ない』の遺伝子強化試験に奪われた屈辱と怒りを!」
「私は向こうの方が給料は良いし、口煩く言われないからってとこかしらね。だってそうでしょう? 私がドイツ軍に入隊してやっているから、IS操縦者が在籍してやっているから国防は成り立っているのよ? だったら、もっと好き勝手にしてもいいじゃない!!」
「貴様ら、それでも軍人か!? 矜持は無いのか!?」
「軍人? 矜持? 笑わせるな! 私たちはIS操縦者になっただけで軍人になった気は無い!ドイツ軍に従っていたのは、ISに乗る方法がそれしか無かっただけのこと! 他に方法があるのなら、待遇が良い方を選ぶのは当然の権利だ! それを下らないプライドで投げ捨てるなど、貴様のような愚かな『出来損ない』しかいない!」
「この、恥知らず共が!」
「やめろ、ラウラ! 一時の怒りに身を任せるな! それでは昔の俺と同じだ! 今は冷静になれ!」

 怒りのあまり飛びかかろうとするラウラだが、良に制止され、思い止まる。そして続けて良は口を開く。

「それに、俺は安心しているんだ。これで仮面ライダーとして戦える、とな」
「……奇遇ですね、村雨さん。私もどこか安堵しているんです。これで軍人として戦える、と」

 良とラウラは3人を睨み付ける。しかし3人は鼻で笑って続ける。

「軍人?マスクドライダー? 下らん! 実に下らんな! 忠義を尽くして何になる? 正義に生きて何を得られる? 忠義で飯が食えるか? 正義が金になるか? 悪いことは言わん。亡国機業の軍門へと降れ」
「そうともさ。お前らの能力だけは認めてやる。亡国機業は公平さ。能力さえあれば出世も金も思うがまま。組織に貢献してりゃ世界だって動かせるかもしれない。ここは互いに水に流して、手打ちとしようじゃないか」
「そうよ。あなたたちが遺伝子強化試験体であろうと、パーフェクトサイボーグであろうと関係無いわ。過去や人間性などどうでもいい。あなたたちの能力が欲しいのよ。軍門に降ればもう『出来損ない』と呼ばれることもない。それどころか能力に見合った待遇が保証されるのよ?」
「もう一度言うぞ。ラウラ・ボーデヴィッヒ、村雨良、我々亡国機業の軍門へと降れ。意地になるな。権利が、むしろ力を持つ者故の義務があるのだ。忠義だ正義だなど捨ててしまえ。貴様たちが『出来損ない』扱いされることもない。受けて然るべき恩寵を受けられるのだ。これは貴様たちにとって最善の選択なのだぞ?」

 黙って聞いていたラウラと良だが、やがてどちらからともなく口を開く。

「そうだな。それも一つの生き方なのかもしれない」
「あるいは、力を持つ者としては最善の選択なのかもしれない」

 良とラウラは静かに続ける。 

「だが、私の矜持が認めない」

 ラウラは軍服を脱ぎ捨てる。
 
「俺の正義が許さない」

 良は右腕を右斜め上に突き出す。 

「私の心が受け入れない」

 ラウラは右腿のレッグバンドに手をかける。

「俺の魂が是としない」

 良は左腕を右斜め下に突き出す。

「だから、私たちが全部壊させてもらう」
「俺たちの全てをかけて、な」

 最後に良とラウラは冷徹に3人へ言い放つ。

「交渉は決裂か。ならこの場で破壊してくれる! この『出来損ない(ミスクリエーション)』共が!」

 ハンナの一言と同時に3人はパッケージや銃火器を呼び出す。同時に良は円を描くように右腕を右斜め下、左腕を左斜め上へと動かしていく。

「変……身!」

 左腕を腰に引き、右腕を左斜め上に突き出すと良の体内のスイッチが入り、その肉体を紅いパーフェクトサイボーグの姿へと変える。同時に量子化したISが展開され、ラウラは黒い装甲を纏う。

「『出来損ない』? 違うな。私はドイツ軍少佐にして『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ。そして」

「仮面ライダーZX(ゼクロス)だ!」

 見得を切ると味方には恵みの慈雨、敵には絶対零度の氷雨として戦場に降り注ぐ黒い雨……『シュヴァルツェア・レーゲン』を身に纏ったラウラ・ボーデヴィッヒと、99%の機械の肉体に1%の心と正義と受け継がれる魂を宿し、変幻自在に悪を討つ紅の影……10番目の仮面ライダー『仮面ライダーZX』は己の矜持と正義を胸に目の前の悪との戦闘を開始した。

**********

 仮面ライダーZXは戦闘が始まるや一番手近にいたハンナに挑みかかり、アサルトライフルを無理矢理突破する。間合いに入るとパンチの連打でシールドエネルギーを削っていく。

「この!飛べない虫野郎のクセに!」

 ゲルダはパッケージの機銃を仮面ライダーZXに向けて放つが、仮面ライダーZXは上へ飛んで回避する。

「それが狙いよ!」
「上に飛んでは回避出来まい!」

 上からエリザベートが、下からはハンナが近接ブレードを持ち仮面ライダーZXへと突撃する。

「甘い!」

 しかし仮面ライダーZXは脚部ジェットエンジンを使い横へと飛び退き、あっさりと回避する。体勢を立て直した仮面ライダーZXは左腿のスリットから『電磁ナイフ』を引き抜き、刃を伸ばすとエリザベートへと斬りかかり、近接ブレードと斬り結ぶ。
 一方ラウラは右肩部レールカノンでハンナを牽制すると、踏み込んで両腕のプラズマ手刀でゲルダを攻め立てる。ハンナはラウラにアサルトライフルを向けるが、エリザベートを蹴り飛ばした仮面ライダーZXが『十字手裏剣』を投げ付けて妨害する。ゲルダはラウラから離れ、ハンナとエリザベートと並び立つ。

「やむを得まい。貴様らに使いたくはなかったが、最新型VTシステムの稽古台となって貰うぞ!」
「貴様のような『出来損ない』には役不足だが、実験台としてこいつの完成に寄与してくれた礼だ! たっぷりと痛め付けてやる!」
「そういうこと。今のうちにお祈りでも済ませておきなさい!」
「VTシステム、起動!」

 すると3人の周囲にスパークが走り、装甲が急速に変化を始めて3機共に『全身装甲(フルスキン)』へ変化する。任意で発動出来るようにシステムが改良されているらしい。

「ここまで研究開発が進んでいたとは……!」
「では、行くぞ。これが新たなVTシステムの力だ!」

 驚く仮面ライダーZXとラウラにハンナが言い放つと、3人の手にナノマシンで形成された日本刀型の武器が握られ、仮面ライダーZXとラウラへ突撃していく。

「くっ!? 先程より速い!?」
「これは、やはり教官の!?」

 仮面ライダーZXはエリザベートの、ラウラはゲルダの斬撃をまともに受けて吹き飛ばされて斬撃の嵐を浴びる。自分から積極的に攻撃するようセットされているようだ。

「どうだ! ラウラ・ボーデヴィッヒ! 貴様の教官、『ブリュンヒルデ』の太刀をその身に受けた気分は!? 『ブリュンヒルデ』が二人もいては、たとえ本人であろうとも勝ち目などあるまい!」

 ラウラを嘲りながら、ハンナも刀で斬撃を加えていく。
 一方エリザベートは武器を二丁斧や鉄球、鞭、レイピアなどに変えながら、仮面ライダーZXを攻め立てる。仮面ライダーZXは防御や回避すら出来ないのか、立ちつくして一方的に攻撃されるのみだ。

「どうしたの? もうおしまい? さっきまでの威勢はどこに行ったのかしら? 当然よね。あなたが相手にしているのは『ブリュンヒルデ』や『ヴァルキリー』、つまりこの世界最強の存在だもの。男としては頑張ったけど、所詮は雑魚を相手にしたもの。私には通用しないわ。ISを倒せるのはISのみである。この言葉が真実と知り、絶望しなさい!」

 エリザベートは再びナノマシンを日本刀型に形成すると、仮面ライダーZXに渾身の斬撃を浴びせる。しかし攻撃を受け続けていた仮面ライダーZXは倒れない。

「どうした? それで終わりか?」

 むしろ堪えた様子もなく、膝すら付かずに冷たくエリザベートに言い放つ。

「あら、まだ立てるの? しつこいわね。けど痩せ我慢もおしまいよ! 最強の力を私は使っているのだもの! 負ける要素など何も無いわ!」
「世界最強、か。笑わせるな。そんな紛い物では、俺を殺せん」
「ほざいてなさい! それに私はあなたを殺しはしない。壊すだけよ!」

 再びエリザベートはスラスターを噴かして日本刀で仮面ライダーZXに斬りかかり、斬撃を浴びせる。

「なっ!?」

 しかし仮面ライダーZXはその場から殆ど動かず、エリザベートの放つ斬撃の数々を紙一重で全て見切って避けてみせる。

「馬鹿な!? 『ブリュンヒルデ』の剣を!?」
「どんなにシステムを改良しても、所詮はデータを忠実に再現するだけのもの。どれだけ強く、速かろうが動きは単調になる。それと、もう一つ」

 仮面ライダーZXは日本刀を真剣白羽取りで受け止める。

「織斑千冬の剣は、生身でもこの十倍は速いぞ!」

 仮面ライダーZXは受け止めた状態で力を込めてひねり、刀を中程からへし折ると、パンチやキックをエリザベートに叩き込み始める。
 ラウラもまたハンナとゲルダの斬撃を見切り回避すると、逆にワイヤーブレードでハンナとゲルダを翻弄し、ゲルダを縛り上げる。

「なぜだ!? なぜ『ブリュンヒルデ』の力を使って勝てない!?」
「当たり前だ。どれだけ上辺の動きを真似ようが、他力本願の貴様に教官の強さまでは再現出来ん!」

 レールカノンをゲルダへと叩き込んで吹き飛ばすと、今度はハンナの斬撃をプラズマ手刀で受け止めて激しく斬り結ぶ。ゲルダは仮面ライダーZXへと突撃し、斬撃を放つがあっさりと回避される。

「だが!」
「これなら!」

 連携して仮面ライダーZXに対し斬撃の嵐を放つゲルダとエリザベートだが、仮面ライダーZXはその斬撃を全て両腕を前に突き出していなし、弾き、防ぎきる。

「本物の織斑千冬ならば、俺の見よう見まねの『梅花』など簡単に突破出来ただろうな」

 仮面ライダーZXは両手で梅の花を象った構えを作り、静かに呟く。
 ラウラはハンナから日本刀を引ったくると、武器を生成する暇すら与えずに斬撃を浴びせ続ける。ラウラ自身は剣術に通じている訳ではない。だが千冬やその弟の一夏、それに篠ノ之箒の剣を見続けてきた。それを真似して使ってみただけだ。しかしハンナは為す術がない。

「付け焼き刃にすら対応出来ぬ貴様が大口を叩くなど、片腹痛い!」

 ラウラは斬撃を浴びせ続けるが、日本刀が砕け散るとハンナはラウラから距離を取ることに成功する。
 ゲルダとエリザベートも仮面ライダーZXを攻めあぐね、逆に電磁ナイフで日本刀を纏めて両断され、ゲルダはラウラの下まで蹴り飛ばされる。

「ちっ! こいつまで!」

 ナノマシンを手甲型に変形させてラウラに殴りかかるゲルダだが、ラウラにプラズマ手刀による反撃を受けて防御を固めざるを得なくなる。そこにラウラに『プライベート・チャネル(個人間秘匿通信)』で通信が入る。

『聞こえているか? ラウラ』

「村雨さん!?」

 通信を入れてきたのは仮面ライダーZXだ。コア・ネットワークには『オープン・チャネル(開放回線)』と『プライベート・チャネル』の二種類が存在する。この内プライベート・チャネルは原則IS間のみとの交信しか出来ない。それを機材も使わずにやってのけたのだから、驚かない筈が無い。しかし仮面ライダーZXは続けて話し始める。

『いや、テレパシーを応用して周波数とか弄ってみたんだが、成功したらしいな。それよりラウラ、少し打ち合わせたいことがあるんだ』

 仮面ライダーZXとラウラは打ち合わせを開始する。仮面ライダーZXが使ったのは仮面ライダーが使用するテレパシーによる通信だ。感覚も共有可能になっており、仮面ライダーZXもこの機能を使ったことが幾度となくある。仮面ライダースーパー1はテレパシーで『白騎士』と交信していたので実際にやってみたところ、見事に成功した。運が良いのか悪いのか、偶然『プライベート・チャネル』の周波数を先に探り当てたが。打ち合わせを終えると仮面ライダーZXはエリザベートを、ラウラはゲルダを抱えて同時に飛び上がる。

「フッ、読めたぞ」
「鉢合わせって訳かい」
「そうは、いかないわ!」

 しかしハンナは仮面ライダーZXとラウラの飛び上がった先へと周り込み、二丁斧を構える。エリザベートとゲルダはスラスターを噴かして仮面ライダーZXとラウラを加速させ、ハンナは二丁斧を振り上げる。加速の勢いを乗せて逆に叩き斬る構えだ。

「死ね! 『出来損ない』!」
「それを!」
「待っていた!」

 しかし仮面ライダーZXとラウラは直前でエリザベートとゲルダを離し、2人をハンナに向けて蹴り飛ばして3人を正面衝突させる。
 VTシステムはデータを忠実に再現する分、動きや戦術を読みやすい。仮面ライダーZXとラウラはVTシステムの判断と動きを読み、それを逆手に取ることにした。ただ、タイミングがズレると失敗する恐れがあったために打ち合わせをした。3機はしぶとく体勢を立て直す。

「くっ! なにが『ブリュンヒルデ』に『ヴァルキリー』よ! こんな小娘と虫けらに勝てないのに、世界最強だなんておこがましいわ!」
「勝てないからと言って八つ当たりか。最早哀れみの言葉すら出ないな」
「五月蝿い! ふん! どうせ『ブリュンヒルデ』と言っても所詮は競技というお遊びでのこと! 我々軍人には軍人の戦い方が合っている!」
「そういうことだ。見ろ! これが私たちの真の強さだ!!」

 ハンナ、ゲルダ、エリザベートはVTシステムを解除し、パッケージを呼び出してハンナはレールカノンを、ゲルダは機銃を、エリザベートはミサイルを地上の仮面ライダーZXとラウラに発射する。

「逃がしはしないぞ!」

 さらにアサルトライフルをも乱射しながら攻撃を加え続ける。やがて土煙や硝煙、爆風が仮面ライダーZXとラウラの姿を隠すが、三人は構わずに攻撃を続ける。煙が上空にまで及ぶと攻撃を中断し、少し様子を見るが反撃してくる気配はない。

「ようやく破壊されたか」
「手間をかけさせやがって」
「けどこれでハッキリしたわね。やはり私たちはISに見合った強さを持っている、と」

 3人は楽観的観測で話を進めていた。

**********

 ――セピア色の視界に、ノイズ混じりの音。どこかのIS用アリーナらしき場所。目の前に一人の女性が立っている。
 ISを装着している真面目そうな若い女性だ。俺はこの女性を知っている。IS学園教師の織斑千冬だ。だが俺はISを装着した彼女の姿をこんな間近で見たことは無い。そんな記憶は無い。
 違う、これは俺の記憶じゃない。これはラウラの……ラウラ・ボーデヴィッヒの記憶だ。
 まだ自分の存在意義を見失っていた頃、昔の俺と同じ空っぽだった頃の記憶だ。今、目の前にいる織斑千冬はラウラを拾い上げて、ラウラに自信と強さを与えてくれた人だ。その織斑千冬が俺に、いやラウラに対して口を開く。昔の俺がされたのと同じ、昔の俺が答えられなかった質問をするために。

『ラウラ・ボーデヴィッヒ、お前に――』

 ――セピア色の視界に、ノイズ混じりの音。雨が降りしきるどこかの街。目の前に一人の男性が立っている。
 みすぼらしい服装をした、人の良さそうな年老いた男性だ。私はこの男性を知らない。名前も聞いたことがない。だから私はこの人と会って間近で話したことなどない。そんな記憶は無い。
 違う、これは私の記憶じゃない。これは村雨さんの……村雨良の記憶だ。
 まだ記憶を求めてバダンを脱走して間もない頃、昔の私と同じ空っぽだった頃の記憶だ。今、目の前にいる男性は村雨さんと偶然出会って、村雨さんが人の心を取り戻すきっかけになった、『正義の味方』だ。その人が私に、いや村雨さんに対して口を開く。昔の私がされたのと同じ、昔の私が答えられなかった質問をするために。

『なあ兄さん、あんたに――』

『守るものはあるか――』

「あるさ。俺には抱えきれないくらいに」
「私にも数えきれないくらいに、沢山」

 次の瞬間、煙の中からレールカノンがゲルダに全弾直撃し、投げ付けられた『衝撃集中爆弾』がエリザベートに当たって爆発し、ゲルダとエリザベートは墜落する。

「馬鹿な!?」

 残ったハンナは呆然としながらも煙の先を凝視する。仮面ライダーZXとラウラが立っている。ハンナなど眼中に無いかのように、仮面ライダーZXとラウラは言葉を交わす。

「ラウラ、さっきのは?」
「『相互意識干渉(クロッシング・アクセス)』の一種ではないでしょうか?」
「相互意識干渉?」
「はい。IS同士の情報交換ネットワークの影響で、操縦者同士の波長が合うと発生する現象です。私も一度経験したのですが……」
「俺とラウラみたいに互いの記憶の一部を垣間見るなんてことはない、って言いたいのか?」
「私と一夏の時とは違います。あんなにくすんだり、ノイズが混じっていたりはしていませんでした」
「俺は改造人間であってISじゃないから、あんな形になったんじゃないか?」

 先ほどの現象について二人は推測を巡らすが、すぐに目の前の敵を倒すことに思考を切り替える。

「紆余曲折はあったが、さっきので3機纏めて撃墜出来なかったのは事実だ。打ち合わせ通り行くぞ!」
「了解です!」

 仮面ライダーZXが言うとラウラは上空へと飛び立つ。ハンナがレールカノンを発射するが、巧みに回避するラウラには当たらない。

「……行くぞ!」

 仮面ライダーZXは『ライダーきりもみシュート』を応用し、両腕を大きく振って猛烈な竜巻を発生させる。ハンナを竜巻で巻き上げた後に飛び上がり、錐のように身体を回転させながら飛び蹴りの体勢に入る。

「何の!」

 しかし竜巻が弱まると、ハンナはスラスターとPICを駆使して体勢を立て直し、仮面ライダーZXの蹴りを回避しようとする。

「させるか!」

 しかしラウラがAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を発動させ、ハンナはその場に固定される。

「AIC!? この! この! 『出来損ない』の分際で!」

 ハンナは必死に抵抗してAICの拘束から逃れるが、仮面ライダーZXは孔を穿つように高速回転しながら迫ってくる。防御も回避もままならぬハンナに、仮面ライダーZXは渾身の蹴りを放つ。

「ZX穿孔キィィィィィィック!」

 仮面ライダーZXが放った必殺の一撃は、悪の野望にまた一つ孔を穿ってみせた。

**********

「そうか、分かった。後でこっちから迎えに行く」

 和也は通信機のスイッチを切る。
 良とラウラから内通者の鎮圧が完了し、迎えに来てほしいと連絡が入った。承諾した和也は基地の司令室に再び入る。

「それじゃ、こっちも仕上げに入りますか。ねえ、エヴァ・メッケル少将?」

 部屋の中でクラリッサ以下『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊員に取り囲まれたエヴァへと声をかける。それでも取り乱した様子も見せずにエヴァは口を開く。

「どういうつもりだ? ハルフォーフ大尉。事と次第によっては造反と見なし、処分するぞ?」
「いえ、造反ではありません。少将の命令通り、VTシステムの研究開発を主導した者、すなわち少将、貴官を拘束しに来たのです」

 クラリッサはエヴァに表情を変えずに告げる。

「何の証拠があってそんなことを? 第一、亡国機業に情報を流したのも、調査を妨害したのもカール・ローン大佐ではないか」
「その通りです。一連の事件の犯人はローン大佐です。しかし彼もまた歯車の一つに過ぎません。VTシステムの研究開発を主導していた人間は別にいた。それが貴官であるとローン大佐が白状しました」
「嘘という可能性は?」
「自白剤や催眠を使用しても結果は変わりませんでした。信憑性は高いものかと」
「失礼します」

 肇がドアを開けて入ってくると、紙束をエヴァの目の前の机に置く。

「これは?」
「昨夜の研究開発施設倒壊に際し、焼け残っていた資料の中にあったものです。任意にオンオフの切り替えを可能としたVTシステムを搭載する許可が出たことを通知する文書です。VTシステムの搭載、恐らく新型照準システムの試験と偽って搭載させたのでしょうが、新装備の軍用ISへ搭載にはメッケル少将、あなたの命令や通達がなければ不可能です。百歩譲って現場の独断だとしても、少将であれば関係部署に質問や注意、抗議すべきなのですが、そうした形跡がありませんから」
「なるほど、状況証拠は揃っていますね。ですが物証がありません。そもそもどうやって私が報告を受け、指示を出していたのですか?」
「暗号、ですよ」

 今度は顕義が戦史研究の論文が掲載された雑誌を持って入ってくる。

「あなたは、なぜここに?」
「先程私、海堂肇が協力を要請しました。お気付きのことがあると。では、お願いします」
「はい、では。メッケル少将、貴官が使われたのは、『共通鍵暗号』による暗号文のやり取りによるものですね? 『鍵』の提示にはこちらの雑誌に貴官が掲載している論文を使っているようですが」
「と、言いますと?」
「私も道楽ではありますが戦史研究が趣味でして。この雑誌にも毎回目を通しております。しかし貴官の論文はたまに基本的なことを忘れたり、地名や人名、綴りの間違えておりましてね。少し気になっていたのですが。その間違いこそ貴官が公開した『鍵』で、他の研究者よる反論や訂正が向こうが公開した『鍵』と言う訳です。論文のミスが時折出るのは、定期的に『鍵』を変えていたからなのでしょうね」
「貴官たちは『鍵』を使って指示や報告を暗号化して送っていた。論文という形を取って。これは最近の論文から『鍵』を取得して『解読』した文書です」

 顕義は紙束をエヴァの前に置き、肇やクラリッサ、和也にも渡す。

「こちらではラウラ・ボーデヴィッヒの専用機にVTシステムの搭載を許可したことが記載されています。こちらでは貴官がラウラ・ボーデヴィッヒの詳細なデータを記載し、そちらでは新型『VTシステム』の完成報告とISへの搭載を求める文書がやり取りされています。共通鍵暗号の『鍵』を堂々と公開し、大っぴらに暗号文のやり取りを行うとは、大したものです。二重の意味で調査の裏をかいたのですから」
「なるほど、確かに見事な推測です。しかしこれが偽造、もしくはこじつけという可能性は捨てきれません」
「往生際が悪いぜ? 少将さんよ」

 なおも言い募ろうとするエヴァを和也が遮り、書類を取り出す。

「本当ならこいつを出したくはなかったんだが、白を切るってんならやむを得ないな」
「これは!?」

 和也が机に無造作に置いた書類を見ると、表情一つ変えなかったエヴァが動揺の色を見せる。

「こいつは直筆のサインがされたVTシステム隠蔽に関する命令書だ。第1課長の協力無しじゃ秘匿は無理だからな。そこであんたはあの男の要求に従う形で正式な命令書を出した。あの男としては強請や脅迫材料として保管していたんだろう。だから提示したくはなかったんだが。勿論筆跡鑑定も、インクの鑑定も済ませてる。まだ、言い逃れするかい?」

 和也の一言にエヴァは黙って答えない。最後にクラリッサが口を開く。

「つまり我々も、ローン大佐も、内通者の3人も皆、貴女に踊らされていただけだったのですね。なぜ亡国機業に通じてまでVTシステムを?」
「訂正して貰おうか、ハルフォーフ大尉」

 ようやくエヴァが口を開く。

「私は亡国機業などには通じてなどいない。連中がダミー企業を通じ、資金援助を行っていたのを黙認していただけだ。誓って奴らの一員ではないし、奴らの考え方に共鳴などしていない。あまり変わらないのかも知れないがな」

 それだけエヴァは告げて椅子に腰掛ける。

「どうして……なぜこのようなことを!?」
「きっかけは、これを見て貰った方が早いな」

 エヴァはノートパソコンにディスクを入れて映像をクラリッサたちに見せる。そこに映っていたのはVTシステムが禁止される原因となった『赤鉄(あかがね)』の暴走事故の際の様子だ。暴走した『赤鉄』は『何か』と交戦している。

「仮面ライダー2号、一文字か!?」

 映っているのは仮面ライダー2号だ。
 映像の中では、血塗れになった仮面ライダー2号が『赤鉄』を追い詰めていき、最終的に必殺の『ライダーキック』で『赤鉄』を完全に粉砕している。ここで映像が途切れ、再びエヴァが口を開く。

「この映像を初めて見た時の衝撃は、今でも覚えている。世界最強の兵器である筈のISがマスクドライダーに文字通り粉砕されたのだ。驚かない筈がない。同時に私は恐怖を覚えた。改造人間、そして『マスクドライダー』に。ISは、言うなれば『クリーンな核兵器』だ。核兵器に匹敵する力を個人レベルで携行・運用出来る。製造には莫大なコストが掛かるし、維持管理には手間も暇も掛かるが、核に比べれば安いもの。これが何を意味するか、分かるか?」
「もし『待機形態』の状態で持ち込まれたらどうなる? 貨物に偽装されて運び込まれたらどうなる? 仮にそれを水際で防げても往生際悪く暴れられたらどうなる? 核かISでも持ち出さない限り止められないのだぞ? だから我々は『アラスカ条約』を締結した。もし無制限に使用されれば、今頃凄惨なテロまがいの戦争が発生し、核以上の悲劇をもたらしただろうな。だから我々は自制し、条約を遵守出来た。これも核と同じだ。報復が恐ろしいからだ。つまりISは新たな抑止力だ。だがマスクドライダーはそれを揺るがした」
「マスクドライダーはISすら撃破可能だ。規格外と言って良いだろう。しかも隠密性はISすら上回る。余程の精密検査を行わなければ分からないのだからな。少しは持ち込み難くなったISとは比較にならん。だからこそマスクドライダーは危険だ。他にも危険性がある。もしマスクドライダーがISすら凌駕すると認められれば、今度はマスクドライダー、というより改造人間が世界中を席巻するであろうな。当然だろう。ISは『最強』でなくなれば無用の長物となる。改造人間がISを上回る強さを持っていると証明されればどうなる?」
「世界中で改造人間の研究開発が進むであろうな。確かに製造ノウハウは残されていないし、非人道的な兵器だがISすら上回る強さを手に入れられるのだ。男たちは改造人間の開発を強行するだろう。だからこそマスクドライダーはISの手で排除しなければならない。ISこそが最強の兵器だと証明しなければならない。そうしなければ、悲劇を人間の手で繰り返してしまう。改造人間であるマスクドライダーは、排除されなければならないのだ」
「だがマスクドライダーの強さは技量や経験に裏打ちされたものだ。いくらIS側の性能が底上げ出来ても、操縦者の技量や経験ばかりはどうしようもない。百戦錬磨の古強者相手に、勝ち目などあろう筈もない。しかもISとは不安定な兵器だ。操縦者の技量や状態によって戦闘力が左右される。極端な話、第4世代機を持ち出した所で、『ブリュンヒルデ』が乗った第1世代機には敗れ去るだろう。それほどまでにISとは不安定だ」
「故に私はVTシステム開発を主導した。そしてそれが間違いだとは思っていない。非難を受け入れる覚悟も、法の裁きを受ける覚悟もある。警鐘として、マスクドライダーの危険性を世に知らしめられるのであれば、悔いなどない」

 エヴァは言葉を切る。和也が何か言おうとするがクラリッサが制してそのまま口を開く。

「それが今朝隊長に話した『マスクドライダー』が社会そのものの敵、という論に発展したのですね。確かに言わんとしていることは理解出来ます。しかし偏見や先入観、思い込みを廃した上で、敢えて言います。貴女は、貴女のやり方は間違っている!」
「どういう意味だ? ハルフォーフ大尉、内容によっては聞き捨てならんぞ?」

 視線を鋭くするエヴァにも構わずにクラリッサが口を開く。

「まずマスクドライダーの危険性についてですが、確かにマスクドライダーはISすら凌駕する力を持っていると思います。しかし、だからと言ってマスクドライダーが危険だと、悪だと言えるのでしょうか? 少将はこうおっしゃられていました。『兵器に善悪はない。ただ引き金の引く人間の善悪のみが存在する』、と。その通りだと思います。なのでその力を持つ人間のことを知らず、危険と決めつけるのは偏見ではないでしょうか? ISもまた、亡国機業の手に渡れば脅威となるのですから」
「次に、なぜISを排除すべきとは言わないのですか? 改造人間の危険性を論じるのであれば、ISの危険性もまた論じて然るべきです。兵器の危険性を論じる上で、ISの話は避けて通れないのですから」
「それに改造人間がISに取って代わることは出来ない、とすでにISが証明しています。ISも戦車や戦闘機、軍艦の役割を奪えなかったのです。ましてや、特性が違う改造人間とISは一概に比較出来ません。確かにマスクドライダーはISを撃破してきましたが、それは後天的な要素に因るものが大きいと考えます。少将が挙げた例で言えば、『ブリュンヒルデ』が第1世代機を使って学園の一生徒が駆る第4世代機に勝利したとして、第1世代機が第4世代機より優れていると言えるのか、ということです」
「まして『規格外』の存在がISに勝利したからと言って、改造人間に手を出す国が出るのでしょうか? ISが登場する前でさえ、どの国も手を出すことは無かったのです。バダンやゴルゴムにより多くの犠牲者を出した世界で、改造人間に手を出すのでしょうか?。ですから少将の論は早計過ぎます。そしてマスクドライダー、村雨良は我が軍に協力し、抵抗の意志を見せていませんでした。私は村雨良が我々に好意的な存在であると確信しております」

 一旦クラリッサは言葉を切ると再び口を開く。

「なにより、少将の言うことが正しかったとしても、法や条約を破り、祖国を蔑ろにし、戦友たちを不必要な危機に曝し、民間人を余計な危険に巻き込み、大切なものを全て切り捨てた貴女は、まず一人の軍人として間違っている!」

 クラリッサが断言するとエヴァは黙り込む。誰もが沈黙するが、やがてクラリッサが口を開く。

「少将、本当は心のどこかでパーフェクトサイボーグを憎んでいるのではありませんか? だから……」
「だからマスクドライダーを危険視するのではないか、と言いたいのだな?」
「はい」

 再び沈黙するエヴァだが、やがて重々しく口を開く。

「そうなのかもしれないな。本当はただ『バダン』への、改造人間達への憎悪があったからこそ、マスクドライダー排除に拘り、奔走していたのかもしれない。真実が見えていなかったのは、私の方だったのかもしれないな……」
「メッケル少将……」
「大尉の言う通りだ。私は『マスクドライダー』への恐怖に囚われ、VTシステムに手を出してしまった。その時点で私は、軍人としての道を踏み外し、間違ってしまったのだろうな……」

 エヴァは軍服から階級章を取り外し、机の上に置く。そのままエヴァは言葉を続ける。

「幼き日に父親を『バダン』に殺された経験が、私の中でトラウマとして残っていたのだろう。だが、これだけははっきりと言っておく。私が村雨良を恨んではいないのは事実だ。恨める筈がない。彼もまた被害者で、犠牲者なのだ。そんな彼を、恨めるものか……」
「少将、最初から知っていたんですね。パーフェクトサイボーグが村雨良であったと……」
「当然だ。私は軍人、だったのだからな」

 エヴァが立ち上がると肇が声をかける。

「メッケル少将、出頭までお付き合いします」
「……お手数をおかけします、海堂博士」

 エヴァは『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊員に連行される。だがエヴァはクラリッサの前で一旦立ち止まり、呟く。

「……立派な軍人になったな、クラリッサ」

 静かに言うとエヴァは肇と隊員たちと一緒にドアから退室する。

「では、私もここで……」

 続けて顕義も和也とクラリッサに一声かけると退室する。残っているのは和也とクラリッサのみだ。
 二人は黙って部屋の中で立ち尽くしていたが、和也も部屋を出ようとクラリッサに背を向けて歩き出す。

「あの、滝……さん……」

 クラリッサの呼び掛けに和也は立ち止まる。黙ったまま、振り返りすらしない。クラリッサがさらに尋ねる。

「少し背中をお借りしても……いいですか?」

 和也は答えない。

「ありがとう……ございます……」

 クラリッサは和也の背中にしがみつき、階級章を握りしめて泣きじゃくり始める。和也も黙って背を向けたままだ。和也の背中で泣き続けていたクラリッサだが、やがて背中から離れる。

「……気は済んだか?」

 そこで和也は始めて口を開く。

「申し訳ありません、滝捜査官」
「気にすんな。それより、行くぞ。あいつらを迎えに行かなきゃなんねえんだからな」
「……はい」

 クラリッサは涙を拭い、いつも通りの表情に戻すと部屋を出て行く。
 部屋の中には、残照のみが残されていた。

**********

 夕陽が紅く空と森の木々とを照らす中、ラウラを背負った良が歩いている。

「すいません、村雨さん。ご迷惑をかけてしまって……」
「気にするな。こういう時はお互い様、だ」

 謝罪するラウラに対して良はいつものように陽気に笑って答える。
 
「しかしなんで相互意識干渉ってのが、あんな形で起こったんだろうな?」
「やはり波長が合っていたからではないでしょうか?」

 結局あの時発生した現象については分からず仕舞いだ。ただ良もラウラも互いに記憶のどの部分を見たのかは見当が付いている。良もラウラもまだ空っぽだった頃の記憶だ。良とラウラは別の話題に移る。

「ところでラウラ、冷たくないか?」
「いえ、全然。村雨さんは?」
「俺はむしろ暖かいくらいだよ」

 気遣う良に対してラウラは首を振る。

「ラウラ、今度からは名字じゃなくて下の名前で呼んでくれないか?」
「私は構いませんが、なぜですか?」
「いや、別に理由はないんだが、そんな気持ちになる事ってないか?」
「……分かりました、良さん。ハルフォーフ大尉達が迎えに来たようです」

 ラウラの言った通りクラリッサと和也が良とラウラの所まで歩いてくる。

「お疲れ様です、滝さん、ハルフォーフ大尉」
「こちらこそご協力感謝します。内通者は確保出来ました。隊長もご無事で何よりです」
「世話をかけたな、ハルフォーフ大尉。それと、今回はご協力ありがとうございました、滝捜査官」
「気にすんな。こっちも仕事だからよ」
「ところで村雨さん、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何です?」
「村雨さんは、その……」

 言いにくそうにするクラリッサを黙って見ている3人だが、やがてクラリッサは意を決したように再び口を開く。

「……ツッパリ、というヤツなのですか?」
「なんでそう思ったんです?」
「いえ、モシャモシャした髪型はツッパリと呼ばれる人たちがしているものだと、漫画で見たことがありますから」
「いや、俺は違いますよ? これは地毛、天然パーマってヤツですから。どうしたんです? 滝さん、頭痛いんですか?」
「……少しな」

 良は頭を抱えている和也を見て尋ねるが、和也はそっけなく答える。

「良くん! ラウラくん!」
「2人とも無事で何よりだ」

 肇と顕義も良とラウラの下に歩いてくる。

「海堂先生、岩田さん。ありがとうございました」
「気にしなくていいさ。ラウラくんも相当無茶をしたみたいだね」
「……面目ないです、海堂博士」
「なに、むしろ名誉あることだ。誇りに思っていいぞ、ボーデヴィッヒ」
「ところで滝くん、日本までは私やラウラくん、それに村雨くんと一緒かい?」
「ええ。と言っても日本に到着したら、次の仮面ライダーを迎えに行かなきゃなりませんからね」
「よくそれで身体が保つよ。君には驚かされてばかりだ」
「まあ好きでやっていることですし。それに……」
「ですが隊長、いくら村雨さんが相手といえども『初めて』を奪われるのは怖くなかったのですか?」
「ラウラ、まさか君は……!」
「はい、今までしたことがなかったんです。その、体温計というものを脇に挟んで検温するのを……」
「そうだったのか。だから暴れ出したのか。すまない、説明不足だったばっかりに。最初くらい、自分でやりたかったよな」
「いえ、私の方こそ最初からそうだと知っていれば。どうした? ハルフォーフ大尉、頭が痛いのか?」
「……いえ、大丈夫です」
「……あの歩く核地雷コンビの相手よりは、ずっと楽ですから」

 和也は、クラリッサすらあっけなく返り討ちにした良とラウラを見やる。

「というか学園にはアマゾンもいるんだよな。あいつらが到着したらがんがんじいや鈴、シャルロットは過労死しかねねえな」
「否定はしないよ。良くん、ラウラくん、先に行っていてくれないか? もう少し話していきたいからね」
「分かりました。行くぞ、ラウラ」
「はい、良さん」

 良はラウラを背負って先に歩き出す。二人を見ながら和也はクラリッサに尋ねる。

「……いいのか? 聞かなくて」
「はい。私にとって今の彼は人間『村雨良』、そして『仮面ライダー』です。それだけ分かれば、私には十分です」
「そうか……」
「ですが滝捜査官、なぜ私の作戦が失敗したのでしょうか? あれだけやれば男心には響くものだと漫画やアニメで……」
「似過ぎているんだよ、良くんとラウラくんは」
「似過ぎている? どういう意味ですか、海堂博士?」
「かつて男と女は背中合わせの一体だった。だから今も失われた半身を求めて男と女は惹かれ合い、恋に落ちる。プラトンの『饗宴』ですね? 」
「ええ。ラウラくんもまた自分に無いものを求めて彼、織斑一夏に恋い焦がれているんだろうね。歩んできた道が、これから歩む道が違えば隣に並んで、向き合うことも出来るのだから。しかし良くんとラウラくんは似過ぎている。良くんもラウラくんも、自分自身を重ね合わせている。同じ道を歩いているから、良くんはラウラくんの隣に立つことも、向き合うことも出来ない。仮に向き合えても、鏡を見ている気分になるだろうがね。しかし、だからこそ良くんはラウラくんを引っ張り、道を切り開くことが出来る。ラウラくんは良くんを支え、道を踏み固めることが出来るんだ」
「要するに持ちつ持たれつ、ってヤツさ。それよりクラリッサ、なに『岩田教官が恋を知っているなんて!?』って言いたげな顔してるんだよ?」
「ハルフォーフ、これでも私は既婚者なんだが……」
「……すいません。ですが話は理解出来ました。つまり最高の『戦友(カメラード)』なのですね?」
「そういうことさ。では、行きましょうか」
「ええ、我々もいつまでも感慨や感傷に浸っている訳にはいきません。我々もまた、前を向いて、我々の道を歩いていかなければならないのですから」

(そうだよね? お祖父様、お父さん)
(そうだろう? 井上、品川、山県、恵子、そして夏樹)
(そうだろう? 一条、伊藤、村雨、それにしずかくん)
(そうだろ? 南光太郎っての。そうだよな? 一也、洋、茂、アマゾン、敬介、結城、風見、一文字、本郷。俺たちも……)

 少し感傷に浸っていた4人だが、やがて誰からともなく歩き出すのだった。



[32627] 第十二話 マグロになった更識姉妹(シスターズ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:11
 船が行き来し、貨物を船に積んだり、倉庫に入れたりを繰り返す。際の喧騒と併せてごく当たり前の風景、港の日常だ。
 それは日本の某所の港であっても同じだ。機械の動作音やコンテナが立てる金属音、リフトの電子音などに加えて人の声まで加わり、昼間の港は喧騒に満ち溢れている。そんな港にある事務所に少々場違いな二人の少女が居る。
 どちらもよく似た顔立ちで、髪の長さも同じ程度、IS学園の制服を着用している。どちらも魅力的な容姿をした美少女だ。 ただ相違点もある。片方は陽気で飄々としているのに対し、もう片方は内気で生真面目そうだ。髪の跳ね方も異なるし、スタイルや着ている制服が異なる。1年生用の制服を着た少女は端末を操作していたが、眼鏡を外す。

「どうだった? 簪ちゃん」
「駄目、プロテクトが強固過ぎてしばらく時間がかかりそう……お姉ちゃんは?」
「こっちもサッパリね。目撃者は殆どいないし、真夜中に動いているんだと思うわ」

 眼鏡を外した少女こと更識簪の問いに、もう一人の少女もとい更識楯無は首を振る。
 楯無と簪は姉妹で、その筋では『暗部殺し』として恐れられる『更識家』の出身だ。特に楯無は更識家第17代目当主として『霧』の称号とを持つ『霧の楯無』だ。ちなみに当主が受け継ぐ『楯無』の名とは別に本名はあるが、それを知る人間も一貫して『楯無』の名で呼んでいる。同時に楯無はIS学園生徒会長であり、ロシア国家代表操縦者を務めている。
 簪は日本の代表候補生で、相応に高い実力の持ち主である。ただ簪は姉の楯無にコンプレックスを抱いており、二人の仲は疎遠であった。しかし専用機限定タッグマッチ中に無人ISが襲撃した際、楯無が簪を庇って負傷したことがきっかけで、それも解消された。簪は姉の頼みを受けたとはいえ、自身のために奔走してくれた織斑一夏に『理想のヒーロー』の姿を見て、好意を抱いている。しかし悲しいくらいに鈍感な一夏は気付く気配すら見せない。
 
「『亡国機業(ファントム・タスク)』の動きもそうだけれど、光太郎さんが遭遇している無人ISも気になるわね」
「うん。でも一体何が狙いで……?」

 二人がこの港にやって来たのは、南光太郎を迎えるためだ。
 光太郎と出会ったのは富士演習場に赴いた時のことだ。
 保護責任者兼後見人の的場響子や同居していた佐原茂・ひとみ兄妹、居候の霞のジョーから話は聞かされていたが、実際に会ったのはその時が初めてであった。
 そして模擬戦の最中、仕込まれた装置により『ミステリアス・レイディ』が暴走状態に陥った際、光太郎は激戦の末に装置をピンポイントで破壊して簪と楯無を救ってみせた。別れた後はアメリカに渡っていた光太郎は、亡国機業が密かに『バダンニウム』を運び込もうとしていると聞き、現在はその調査に当たっていると人伝てに聞いている。楯無と簪も情報は掴んでおり、そちらも調べている。試しに亡国機業のダミー企業にハッキングを仕掛けたが、セキュリティが軍事用コンピューター並に固く、簡単には突破出来そうにない。楯無は亡国機業の行方を追っているのだが、まともな目撃情報も見当たらない。
 しかも光太郎の話では無人ISが出没しており、何度も光太郎と交戦しているそうだ。

(やはり篠ノ之束の目的は、バダンニウムかしら?)

 楯無は篠ノ之束の目的について思案する。
 無人機を作れるのは彼女だけだ。問題は港に無人ISを送り込んだ目的だ。気紛れなどであれば別だが、狙うとすればバダンニウムしかない。そしてバダンニウムは束にとっても喉から手が出るほど欲しい物だろう。
 一口にバダンニウムと言っても『同位体』で性質が変わってくる。バダンが『時空破断システム』のエネルギー源として使用したのは『バダンニウム84』と呼ばれるものだ。こちらはエネルギー量こそ莫大だが制御が非常に難しく、殆どバダンに採掘され尽くしているので今回は関係無いが。
 しかし安定性に優れる『バダンニウム83』や、精錬することでレアメタル『バダナイト』や『バダンニウム合金』となる『バダンニウム82』は地上でも採掘可能だ。特にバダナイトはコアの外殻に使われているレアメタルで、精錬法を発明して国際特許を取得したのは束だ。ブラックボックスとなっている『ISコア』だが、唯一解析に成功したのがコアの外殻にバダナイトが使われていることだ。もっとも、バダナイトの性質上内部を透過させて調べることは不可能で、コアを直接分解して調べる他に無かったのだが、むやみに分解する訳にもいかず解析は頓挫した。それでもバダナイトの価値が分かったため、バダンニウム82の採掘場は国際IS委員会の管理下に置かれ、新たな鉱脈の調査が進められている。
 バダンニウム合金も強度や展性、性質からISの装甲材や武器の原材料して使用されている。特に『展開装甲』の実現には高純度のバダンニウム合金の存在が不可欠で、必要な精錬技術も束が独占しているものと思われる。
 だが束は立場上、バダンニウムの提供を受けることは出来ない。そこで亡国機業に目をつけたのではないのだろうか。
 思案していると事務所のドアが開き、簪と楯無が向き直る。ジャケット姿の男と頭にバンダナを巻いた男が事務所に入ってきたのだ。

「楯無さん、滝さんを連れて来たぜ?」
「悪いな、霞のジョーっての。手間かけさせちまって」

 ジャケット姿の男こと滝和也はバンダナを巻いた男こと霞のジョーに声をかける。そこに楯無が口を挟む。

「ジョーさんとは自己紹介を済ませたみたいですね。改めて、更識楯無です。こうして話すのは初めてになりますね」
「そうなるな。どうせ一夏君たちから聞いていると思うが、ICPO(国際刑事警察機構)、インターポール捜査官の滝和也だ。簪さんとは入院していた時にちょっと話したっけな」
「あら、そうなの? 簪ちゃん」
「うん、他の皆と一緒にお見舞いに行った時に……」
「要するに一夏君目当ててついてったときに、ってことさ」

 和也は楯無にいきさつを告げて苦笑する。
 和也も光太郎を迎えに来たのであるが、バダンニウムについても調べるつもりらしい。

「ところで、南光太郎ってのはいないのか?」
「兄貴は寄りたい所があるから、先に滝さんと合流していてくれ、って言っていました」
「あの、滝捜査官は光太郎さんと会ったことは無いんですか?」
「ああ。話は本郷たちや竜介から聞いていたんだが、直に会うのは初めてになるな」

 和也は対バダン戦闘部隊『SPIRITS』隊長時代、光太郎以外の仮面ライダー達と共闘しており、光太郎以外の仮面ライダーたちとは全員面識がある。

「聞いた話じゃ陽気で爽やかなヤツらしいが、アマゾンとか村雨みたいなヤツじゃないのを祈るぜ。ジョー、案内してくれないか? 挨拶は済ませておきたいしよ」
「私たちも一緒に。やはり直接会って話したいですから」
「それに、光太郎さんの用事が……気になりますから」
「じゃ、決まりだな。ついてきてくれ」

 そこで四人は事務所の中から連れ立って外に出た。

**********

 白い上着に白いズボンを穿いた青年が花束を持って海辺に佇む。青年は黙って海を眺めていたが、やがて花束を海に流して黙祷を捧げる。

(クジラ怪人……)

 黙祷を終えるとしゃがみこんでいた青年……南光太郎は立ち上がる。
 今いる場所は、暗黒結社『ゴルゴム』を裏切った『クジラ怪人』が住処にしていた洞窟近くの海岸だ。
 ゴルゴムの大怪人『バラオム』により、光太郎を倒すための捨て駒にされたクジラ怪人だが、海を汚すゴルゴムに反旗を翻し、逆に光太郎を助けてバラオムの撃破に貢献した。さらにもう一人の『世紀王』……『シャドームーン』に敗れた光太郎を『命のエキス』で蘇生させてくれたクジラ怪人だが、最終決戦で命を落とした。後に『ライドロン』に命を与えて起動させてくれたクジラ怪人は、恩人であり大切な仲間だ。だから光太郎は帰国する度にこちらに立ち寄っている。
 
「……光太郎さん」

 立ちつくして海を眺める光太郎の背後から、少女が声をかける。

「簪さん……」

 簪だ。光太郎は簪に尋ねる。

「どうしてここにいるって分かったんだい?」
「ジョーさんから聞きましたから。それと、お元気そうで良かったです」
「ありがとう。俺もまた会えて嬉しいよ」

 光太郎が朗らかに笑ってみせると、簪もはにかむように微笑み返す。今度は隣に立つ別の少女が口を開く。

「もしかして私のことを忘れてません? 光太郎さん」
「いや、そんなことはないけれど。楯無さんも元気そうで良かったよ」
「ありがとう、光太郎さん。けど、そうよね。光太郎さんにとっては私、簪ちゃんの『おまけ』だもの。酷い! 私との関係は遊びだったの!?」
「いや、ごめん。本当にわざとじゃないんだけど。あとそれは織斑一夏君に言うべきじゃないのかな? 楯無さんにとって遊びのつもりだったならともかく」
「もう少し引っかかってくれてもいいのに。けど光太郎さんも怪我が無くて良かった。話はジョーさんから聞いています」

 光太郎をからかうように咎めた挙げ句、嘘泣きを始めた少女こと楯無を逆にからかいながら、光太郎は楯無に笑って答えてみせる。

「それとありがとう、ジョー。俺の我が儘を聞いてくれて」
「水臭いぜ、兄貴。それくらいなら御安い御用ってヤツさ」

 ジョーに礼を言う光太郎だが、ジョーは笑って首を振る。最後にジャケットを着た男が光太郎の前に出てくる。他の三人と違い見たことが無い顔だ。しかし誰なのか見当が付いている。

「滝和也さん、ですよね? 話は先輩たちや滝竜介さんから聞いています。南光太郎です」
「ああ、どんな噂をされているかは知らないが、俺が滝和也さ。ま、硬い挨拶は抜きでいこうぜ?」
「はい! それじゃあ宜しくお願いします、滝捜査官」
「ああ、宜しくな? 南。それと滝捜査官ってのは無しだ。竜介の方とややこしくなっちまうだろ?」
「分かりました。なら滝さん、で。俺は竜介さんと呼んでいるので。俺も光太郎って呼んで下さい。そっちの方が呼ばれ慣れていますから」
「了解だ、光太郎」

 光太郎と和也は互いに自己紹介を済ませる。光太郎も和也の話をよく聞かされていた。ふと和也が海を見やると光太郎が流した花束が目に入ったらしく、光太郎に尋ねる。

「光太郎、あの花は?」
「ここは俺の昔の仲間、クジラ怪人が住んでいた場所なんです」
「クジラ怪人……?」
「そういや兄貴が前に言ってたっけな。ゴルゴムを裏切って、兄貴を助けてくれたヤツがいるってさ」
「つまりはアマゾンにとっての『モグラ獣人』と同じか。俺にも少し弔わせちゃくれないか? 悪と戦って、命を落としたんだろ?」
「俺もそうさせて貰うぜ、兄貴。ある意味じゃ先輩みたいなもんだしさ」
「私もそうさせて貰います。彼もまた、英霊なのですから」

 和也、ジョー、楯無、簪は海に向かって黙祷を捧げる。黙祷を止めると四人は光太郎に向き直る。

「それじゃ、行くか。モタモタしてると日が暮れちまう」
「ええ。一刻も早く奴らの計画を阻止しなければなりませんから」
「でもなかなか手掛かりが……ハッキングにも時間が掛かるし、目撃者も……」
「そのことなんだけどさ、兄貴、実は港で気になる話を聞いてさ。少し調べてみないか?」
「なら私たちも乗らせてもらうわ。他に手がかりも無いし」
「じゃ、決まりだな。ジョー、案内してくれないか?」

 五人は港へと戻るために歩き始めるのであった。

**********

 簪、楯無、ジョー、和也、光太郎は港を歩いている。漁港へと周囲の景色が変わり、漁業組合の事務所につくと入口前に人だかりが出来ている。人ごみにいた寿司屋の格好をした男性がジョーを見つけると駆け寄ってくる。

「あ、兄さん! 丁度良かった。さっき警察が来て現場を調べてったんだけど、やっぱりただの盗人じゃないみたいなんだよ」
「ただの盗人じゃないって、どういうことなんだい? 若大将」
「それが倉庫の壁をぶち抜いたのは……ん?」

 ジョーと話していた男性だが、光太郎の姿を見ると顔をジロジロと見始める。

「もしかして、いやもしかしなくても、南光太郎さん、だよな?」
「そうですけど、あなたは?」
「やっぱり! いやあ、まさかこんな形で会えるなんて! ほら、覚えていませんか? 太郎ですよ、熊倉太郎!」
「太郎くん!? そう言われれば確かに! 久しぶりだね! 元気にしていたみたいで良かったよ! お父さんは?」
「今も現役でやっていますよ。けど光太郎さんは全然変わってないんだなあ」
「なんだ、兄貴。熊倉さんのとこの若大将と知り合いだったのか」
「ああ。俺たちは熊倉さんの店の近くに住んでいたからね。ジョーこそどうして?」
「いや、前に『仕事』の報酬入った時に紹介して貰ってね。たまに立ち寄ってたんだ」
「あの、光太郎さん、ジョーさん、この方は……?」

 男性と話し込んでいる光太郎とジョーに簪がおずおずと質問する。

「あ、ごめんごめん。あまりに懐かしかったからつい」
「ジャケットの兄さんとお嬢さん方も知り合いみたいだね。俺は熊倉太郎。『熊倉寿司』の二代目、若大将ってヤツさ。光太郎さんが昔住んでいた『キャピトラ』って店の近くで、親父が寿司屋をしてたんだ。今はこの港の近くに引っ越したんだけどね」

 男性こと熊倉太郎は莞爾と笑ってみせる。

「つまり昔のご近所さん、って訳か。それより熊倉さん、盗人だどうだと言っていましたが、何かあったんですか?」

 和也が続けて太郎に質問する。

「その様子じゃまだ聞いてないみたいですね。いえね、実は最近倉庫に保管されているマグロが盗まれたんですよ」
「マグロ、ですか?」
「ええ。しかも全部盗んでくなんてのじゃなくて、夜更けに何回かに分けて盗んだみたいなんですよ」
「あの、ジョーさん、もしかしてさっき言ってた事件って……マグロ泥棒?」
「ああ。そうだけど?」

 嫌な予感がした簪がジョーに尋ねるが、ジョーは普通に頷いてみせる。

「ジョーさん……本気で言ってるんですか?」
「まあ待てって、簪さん。話はこれからさ。若大将、マグロ泥棒の手口について教えてくれないか?」
「いやね、やり方自体は実に単純なんだよ。壁を外からぶち抜いてマグロを運び出した、って感じでさ。ただ重機使ったにしちゃ穴が小さいと言うか。それに壁に穴開けるくらいなら、扉の鍵壊した方が手っ取り早いんだよな」
「それで出回るマグロの量が少なくなったから、魚屋や寿司屋が様子を見に来たっていきさつらしいんだ」
「ジョーさん、あなた……」
「まさか、亡国機業の仕業か!?」
「……へ?」

 ジョーにツッコミを入れようとした簪だが、光太郎の一言で一瞬簪の思考が停止し、間の抜けた声が口から漏れる。

「光太郎さん……あの、マグロ泥棒ですよ?」
「ああ。ゴルゴムもタウリンエキスを抽出するためにマグロを盗んでいたこともある。亡国機業にもマグロが必要な理由があるのかもしれない。太郎くん、現場まで案内してくれないか? 行こう、ジョー!」
「兄貴ならそう言うと思ったぜ!」
「分かりました、こっちです!」

 呆然としている簪を尻目に、太郎の案内で光太郎とジョーは現場と走り出す。

「光太郎さん、何か悪いものでも食べたのかな……?」
「そうでも無いかもしれないわよ、簪ちゃん」

 唖然として呟く簪に、それまで黙っていた楯無が口を開く。

「簪ちゃん、臨海学校の時に『密漁船』が封鎖海域内に入った話、知ってる?」
「う、うん。私も知ってるけど……どうかしたの?」
「そう、ならその『密漁船』が密漁船ではなかったとしたら? 実は何者かがIS学園関係者と身分を偽り、封鎖が解除されたと嘘の通達を出していたとしたら?」
「それじゃ……その『密漁船』って!?」
「それだけじゃねえぜ?」

 さらに和也が口を開く。

「『サイレント・ゼフィルス』と『ソードフィッシュ』が強奪された時も、海底探査用ISや『カイゾーグ』のデータを強奪しようとした時も、同じようなことがあったんだ」
「じゃあ、『銀の福音』の時も……!?」
「滝捜査官が挙げた例だけに限らず、亡国機業は無関係な事件を装おって陽動することが多いわ。とにかく、私たちも現場まで行ってみましょ?」

 楯無が締めると簪、和也と共に光太郎たちを追って走り始める。
 倉庫へ到着すると、警察官が野次馬を抑えており、周囲には警戒線が張られている。三人が光太郎たちを探して倉庫の周囲を歩き回ると、裏手の人だかりの中に光太郎とジョー、それに太郎がいる。簪と楯無は人の山を掻き分けて光太郎たちの近くに行き、視線の先を見やる。
 一方、和也はすぐ近くにいた警察官へ話しかける。

「ここがマグロ泥棒の現場ですか?」
「ええ、一昨日、昨日と立て続けにやられましてね。困ったもんですよ」
「一体どうやって倉庫からマグロを盗んだんです? 正面から侵入したって訳じゃなさそうですが」
「まあ、見れば分かりますよ」

 警察官が顎で示してみせた場所へ和也は視線を向ける。

「光太郎さんの勘が見事に当たったみたいよ、簪ちゃん」
「あんなを開けられるのは光太郎さんたちか、ISくらいしか……」

 簪と楯無は視線の先にある穴を見て、光太郎の推測が間違ってはいないことを確信する。
 マグロ泥棒にISを使える組織など色々な意味で亡国機業くらいしかない。するとジョーが自慢気に簪に言ってみせる。

「な? 俺の言った通りだろ? 若大将から話聞いた時から、妙にきな臭いと思っててさ」
「伊達にお姉ちゃんの『仕事』を手伝ってはないんですね……」
「少しは見直してくれたかい? それにこういうのはクライシスの時からやり慣れてるからさ」

 感心したように言う簪にジョーが鼻の下を擦って答える。
 屋敷の前で行き倒れていた所を発見・保護されたジョーは更識家の食客となったのだが、最新参ということで扱いは割とぞんざいだ。しかし楯無すら凌ぐ体術の技量や高い身体能力、それに隠密行動に長けていることもあり、現在では楯無の『暗部殺し』の仕事を手伝っており、時に楯無と共闘して任務を果たすこともある。ジョーが手伝い始めてからは仕事の効率が上がり、楯無の負担がだいぶ減ったらしく、楯無も相棒としては一定の信頼を置いており、経験面では一目置いている。
 そのため楯無はジョーに生活の保証だけでなく、失った記憶について可能な限り情報を収集・提供することも約束している。加えて報酬の一部をジョーの取り分として渡している。

「けど兄さん、もしISが盗んでったんなら、こっちとしてはどうしようもねえんじゃねえか? ISに勝てんのはISだけって言うし、仮面ライダーが助けに来てくれるかだって……」
「ジョーさん、例のモノ用意出来ましたよ~」

 いつの間にか袖が異常に長いIS学園1年生用制服を着た少女が、ジョーや簪の背後に現れ声をかける。

「おっ、仕事が早いな。サンキュー、のほほんちゃん」
「本音、どうして……ここに?」
「ジョーさんに頼まれて『あるもの』を持ってきたんだよ~。それとジョーさん、今回の報酬はお寿司でお願いしますね~」
「はいはい、相変わらず俺の扱いが酷くて安心したよ」

 どこかのほほんとした態度で言う少女こと布仏本音にジョーは溜息をつく。
 本音はIS学園1年生で生徒会書記も務めている。それに代々更識家に仕える布仏家の出で、簪とは幼なじみで専属メイドでもある。さらに言えば行き倒れていたジョーを発見し、食客となった後は教育係としてしきたりなどを教え、妙に馬が合うことからジョーは本音を『のほほんちゃん』と呼び、本音もジョーにはかなり気安く接している。その分ジョーの扱い方は特にぞんざいなのだが、反面ジョーの記憶に繋がりそうな情報を集めてくるなど、ジョーの記憶探しには更識家では一番積極的に協力している。本音に気付いた光太郎、楯無、和也も本音の下に歩み寄る。

「ありがとう、本音さん。ジョーの作戦に必要なものを持ってきてくれたって聞いたんだけど……?」
「はい~、私たちが手間暇かけてバッチリ作ってきましたよ~。経費は亡国機業の捜査に必要だって佐久間捜査官に言ったら、半分くらいインターポールで持ってくれました~」
「一体何やらせてるの本音!?」

 さらりととんでもないことを口走った本音に、簪が思ツッコミを入れる。すると和也は咎めるような口調で話し始める。

「あのな、布仏本音さんよ。そればっかりはいくら何でも感心しねえぜ」

 簪は一先ず安心する。一見不真面目極まりないがそれくらいの良識はあるのだと。そして和也は続ける。

「そこは粘ってもう一声かければ七割、上手くいけば全額負担まで行けたのに、ちょいと諦めが早すぎだぜ」
「あなた本当にインターポールですか!?」

 しかしその認識は脆くも打ち砕かれ、簪は和也にツッコミを入れる。

「なに、捜査に協力してくれるってんなら、全額インターポールで経費負担すんのが筋ってもんさ。佐久間のヤツ、ちゃっかり値切るとは相変わらず大した野郎だぜ」
「そう言わないで下さい~。皆さんがいない間、学園の方も大変だったんです~。佐久間捜査官にはその時にお世話になりましたから~。その恩返しの意味もあるんですよ~」

 和也のぼやきに、相変わらずのほほんとした口調で答える本音を見て簪は溜め息をつく。すると楯無が口を挟む。

「少し聞き捨てならないことが聞こえたわね。私たちが居ない間に学園で何があったの?」
「はい~、実は学園付近にも『亡国機業』の動きがあったり、無人ISが出現したりしたんです~」
「そう、私たち専用機持ちがいないところを見計らったのか、あるいは偶然か、はたまた何か別の目的があるのか気になるけど、詳しい話は後で聞くわ。それで、ジョーさんの作戦っていうのは?」
「まあ、のほほんちゃんが届けてくれたアレを見ながら追々。それと若大将、少し協力しちゃくれませんかね?」
「勿論! 俺も男だ! ファンタがラスクだが何だか知らないが、俺たちに代わってマグロを盗んでった不届きな連中を捕まえてくれる、ってのに助けてやらなきゃ男が廃る! 不肖熊倉太郎、喜んで兄さんたちの力になるぜ!」
「なら決まりだ。それじゃのほほんちゃん、案内してくれ」

 本音を先頭にジョー、光太郎、和也、楯無、太郎、簪が歩き出す。小さな貸し倉庫の前に着くと、本音が扉の鍵を開けて他の面子を招き入れる。倉庫に入っていた『何か』を見て光太郎と和也、楯無はジョーの作戦内容を悟る。

「なるほどな、こいつは傑作だ。連中の意表を突くには持ってこいだ。ちょっと待ってろ、関係部署に手を回してくる」

 和也はニヤリと笑って倉庫から出ると、どこかへと走り去る。未だに『何か』を見てもジョーの作戦が理解出来ない簪に、ジョーが口を開く。

「今回作れたのはこの三つだけらしいから、兄貴と楯無さん、それに簪さんに使って貰うとして、これからのことなんだが……」

 するとジョーは声を低くして光太郎、楯無、太郎、簪に何やら話し始めるのだった。

**********

 真夜中の港。昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。しかし夜中の港に複数の影がちらつく。
 影の集団はやがて漁港の近くにある、水揚げされた魚が冷凍保存されて出荷を待っている倉庫へと走り寄る。一人が倉庫の壁を破壊して穴を空けると、複数の男たち内部へ侵入していく。倉庫には冷凍マグロが保管されている。男たちは協力してマグロを穴の近くまで運び込み、大型トラックに積み込んでいく。

「今回はシケてやがるな……これ以上の長居は無用だ。ずらかるぞ」

 男たちも別のトラックの荷台に乗り込み、マグロを乗せたトラックと一緒に発車する。穴を開けた者はそれを見送ると、どこかへ走り去る。

「しかし、指定された倉庫のマグロをくすねるだけで大枚の金をくれるなんて、中々太っ腹だぜ」
「しかもご丁寧に手伝いまでしてくれるんだからよ」

 男たちは壁を破壊した女の仲間に雇われ、指定した倉庫のマグロを盗んでいる『マグロ泥棒』だ。盗んだマグロを引き渡せば大金が支払われる。明らかに尋常ではない手合いと男たちも承知しているが、高額な報酬で雇われた以上余計な詮索をする気も無い。今回はあまりマグロが入っていなかったが、別にこちらが責任を取る必要はない。無線が入る。トラックを運転している男からだ。

『マズイぞ、この先に検問がある』

「何!?」

 無線の言葉を聞き男たちは驚愕する。警察もこちらの予想以上に早く、大規模に動き出したらしい。

「抜け道は無いか!?」

『あるにはあるが……』

「ならそちらからだ! 万が一の時は無理矢理突破すればいいだけの話だ!」

 男が指示すると、二台のトラックは検問が設置されている道路とは別の脇道へと入って行く。幸いそちらには検問が設置されていなかったようで順調にトラックを走らせる。トラックがコンビナートらしき場所に到着すると、二台のトラックはそこで停車する。男たちがトラックから降りると、黒ずくめの男たちを従えた数人の女が現れる。女は男たちの前へと歩み寄り口を開く。

「例のものは?」
「ちゃんとこちらに。それで、今回の報酬は?」

 男が答えると部下らしき男が黙ってアタッシュケースを持ち、中を開けて札束の入っていることを確認させる。目を輝かせるマグロ泥棒の男たちだが、アタッシュケースが閉じられる。

「万が一、ということもある。念のため積み荷が本当にあるか、こちらで確認させて貰うぞ」
「構いはしない。あんたらの用心深さはこっちも承知している。好きなだけ確かめればいい」

 マグロ泥棒の一人が、盗んだマグロを積み込んだトラックの荷台の扉を開ける。そこから数人の男がトラックの荷台に入ろうとする。

「なっ!?」

 しかし荷台に入ろうとした男たちはいきなり吹き飛ばされ、荷台の外へと弾き出される。

「どうした!?」

 慌てて駆け寄る男たちだが、荷台から三つの影が降りてくる。全身に厚手の防寒着らしい服を着込み、顔も覆面のようなものを被っていて見えない。

「な、何だお前たちは!?」

 女たちも駆け付けて三人に身構える。しかし一人はどこか飄々とした口調で答える。

「マグロ泥棒と亡国機業の敵、魚屋さんとお寿司屋さんの味方、って所かしら?」
「ふざけるな! いつどうやってこのトラックの荷台に侵入した!?」
「あら、それは心外ね。あなたたちが勝手に私たちを荷台に乗せて、ここまで連れてきたんじゃない」
「舐めた口を……!」

 人を食ったような態度に怒り狂ったマグロ泥棒達は殴りかかるが、三人はあっさりといなしてマグロ泥棒や取引相手の女たちとの距離を取る。

「その身のこなし、只者ではないな……貴様、何者だ!?」
「通りすがりの生徒会長、じゃ駄目かしら?」
「減らず口を! ならば力ずくで聞き出すまでだ!」

 女たちと部下は激昂してナイフや特殊警棒を取り出す。

「もう、せっかちね。けど折角だし顔くらいは見せてあげましょうか。こっちも暑苦しくてまともに動けないもの」

 三人は一斉に防寒着と覆面に手をかけて取り払う。

「IS学園の生徒か!?」

 そこには楯無と簪、それに光太郎が立っていた。

**********

 時間を少し遡る。
 夕方、ジョーが立案した作戦に基づき光太郎、楯無、簪は倉庫の前に集合していた。本音は必要なものを引き渡した後はIS学園へ帰還している。今は分厚い防寒着と覆面らしきもの、通信機を渡されて和也から説明を受けている。

「いいか、これからは通信機を使って連絡を取り合ってくれ。防音だから何か聞こえてくるってことも無いだろうからな。それじゃ、入ってくれ」

 和也は光太郎、楯無、簪の目の前にある優に3mはあろうマグロらしきものを示す。
 三人は頷くと、吊り下げられているマグロの胴体の一部に手を掛け、ドアか何かを開けるように引く。するとガチャリ、と金属音が鳴り、マグロの胴体が開いて人一人なら余裕で入れるスペースが現れる。防寒着と覆面を着けた三人はスペースに入り込むと内側からドアを閉める。
 これはマグロではなく、外見をマグロそっくりに偽装したハッチである。ジョーが立案した作戦とは偽マグロを倉庫に入れておき、偽マグロに仕込んだ発信器で和也とジョーが敵を追跡、光太郎と楯無、簪がマグロ泥棒及び亡国機業を鎮圧しようというものだ。
 偽マグロへ入る役に三人が選ばれたのは、敵がISを持ち出してきた場合や無人ISの襲撃があった場合、光太郎や更識姉妹の方が対処し易いからだ。ハッチは防音処理と断熱材が使用されており、マイナス60℃の倉庫内で長時間過ごせるよう冷気が入り込まないように工夫がされている。
 このハッチは篠ノ之束が乗り捨てたポッドを整備科で再現してみた物の内、失敗作のいくつかを突貫工事でマグロに偽装したものだ。ハッチは倉庫の中に保管され、光太郎たちはその中で待機していた。取引場所に到着したと察知するや、ハッチの外に出て積荷の確認をしようとした男たちを吹き飛ばし、現在に至る。
 
「亡国機業! 泥棒を雇い、倉庫のマグロを盗ませ、一体何を企んでいる!?」
「誰が答えるか! 貴様たちこそ覚悟するんだな。我々の姿と計画を見た以上、ここで死んで貰うのだから!」

 マグロ泥棒は素手で、男たちはナイフや特殊警棒を持ち一斉に挑みかかる。

「今時珍しく悪党らしい台詞ね。けど、悪党がそう言うときに限って上手くはいかないものよ?」

 楯無は飄々とした態度を崩さず、男たちの攻撃をいなして肘で顎を打ち抜き、鳩尾に掌打を叩き込み、小手返しで放り投げる。

「それともう一つ……正義は、勝つ!」

 簪も姉に負けじと回し蹴りで敵を蹴り飛ばし、手刀を首筋に叩き込み、金的を蹴り上げて順調に敵の数を減らしていく。

「これで、どうだ!」

 光太郎は改造人間としての高い身体能力を駆使して敵を蹴散らし、最後の敵をソバットで派手に吹き飛ばす。残るは女だけだ。しかし光太郎、楯無、簪は何かを関知して飛び退く。すると上空からビームが照射され、男たちが乗っていたトラックが大爆発を起こす。

「これは!? 待て!」

 地面に伏せて爆風をやり過ごす光太郎たちだが、女たちは走って逃げ去る。光太郎は追おうとするが、再び上空から降ってきたビームを回避すると追跡を断念し、自分たちの目の前に降下してきたビームの主と対峙する。

「無人IS!」

 巨大な左腕に右腕の肘から先が大型ブレードとなった黒いマネキンだ。楯無を負傷させ、光太郎も交戦している無人ISだ。無人IS3機は光太郎たちに斬りかかる。

「どうやら問答無用、という訳ね」
「ならばこちらも、容赦はしない!」

 楯無は右に、簪は左に飛び退いて回避し、光太郎は高く飛び上がって中空で屈伸する。

「変身!」

 すると光太郎の身体がバッタを模した改造人間の姿へ『変身』し、着地すると手近な1機へと挑みかかる。楯無と簪も専用機を装着すると、残る2機へと挑みかかっていく。バイクに乗った和也とその後ろに乗ったジョーも現場へと到着する。

「やっぱり無人ISが出やがったか。それで、あれが光太郎の仮面ライダーとしての姿って訳か」
「ええ。俺たちは盗まれたマグロを確保しましょう。これくらいの敵なら兄貴や楯無さん、それに簪さんもいりゃ十分だ」

 ジョーは和也と共にマグロが積まれたトラックへと向かう。無人ISが光太郎を振り払い、左腕を和也たちに向ける。

「させるか!」

 しかし光太郎は跳躍して和也とジョーの前に立つと、その姿を黄色と黒の体色をした別の形態へと変え、放たれるビームから二人を守る楯として立ち塞がる。

「ボルティックシューター!」

 光太郎は右腿に手を持っていき、光を結晶化させて光線銃へと変える。お返しとばかりに銃で撃ち返し、無人ISと撃ち合いを展開する。やがて光線銃が無人ISの左腕を撃ち抜き、爆散させたことで銃撃戦は光太郎の勝利に終わる。無人ISはシールドユニットを展開し、光線銃を防ぎながた突撃してブレードで斬りかかる。光太郎はブレードを片手で受け止めると、余った腕で思い切り殴りつける。

「ロボパンチ!」

 無人ISが大きく吹き飛ばされると今度は青と銀主体の姿へと変わり、身体を液状化させて敵を追撃する。何度も体当たりを食らわせた後に実体化し、左腰に手を添える。

「バイオブレード!」

 続け様に光を結晶化させて剣に変えると、今度は機敏な動きで無人ISに対して斬りかかり、手数の多さで圧倒する。堪らず無人ISは逃れようとスラスターを噴かして上昇する。

「逃がさん!」

 しかし光太郎は再び身体を液状化させて追撃すると、今度は空中で実体化して最初の姿へ変わり、両足を揃えて赤熱化させて渾身の飛び蹴りを放つ。

「RXキック!」

 飛び蹴りをまともに受けた無人ISの胴体が上下に寸断され、直後に爆発する。

「姿や能力が極端に変わるとは聞いていたが、随分器用なもんだ」

 光太郎の戦いぶりを見ていた和也は感心したように呟く。光太郎が基本となる姿以外に、特性や能力が大幅に異なる二つの姿があることは前々から聞いていた。光太郎の先輩である城茂も『チャージアップ』することで姿が変わるが、純粋に能力を強化するものであり能力や特性まで変わることはない。 和也の見た限り光太郎は能力に頼っているのではなく、特性や能力を完全に把握した上で巧みに使いこなしている。

(逆に言えばそれだけ長い間独りで戦い抜いてきた、ってことなんだよな……)

 和也は光太郎がいかに数多くの修羅場を独りで切り抜けてきたのかを実感し、複雑な表情を浮かべる。光太郎はゴルゴムと殆ど独りで戦い抜いたと聞いているし、ジョーが仲間になるまで、クライシス帝国ともまた独りで戦っていたとも聞いている。それだけの実戦経験を積めば、嫌でも器用になるだろう。並外れた器用さは、光太郎がどれだけ孤独な戦いを続けてきたか、という証明でもある。しばらく思考にふけっていた和也だが、視線を楯無と簪に向ける。
 楯無は先程から無人ISを散々に翻弄している。離れれば『アクア・クリスタル』から展開される水の奔流や、蛇腹剣『ラスティー・ネイル』の斬撃に高圧水流、ランス『蒼流旋』に装備されたガトリングガンで攻撃する。近寄れば優美で華麗な槍捌きで一方的に攻め立てる。無人ISはエネルギーシールドを前面に張るが、楯無は霧を散布してナノマシンを発熱させ、『清き熱情(クリア・パッション)』による水蒸気爆発でスラスターを破壊する。地面に叩き落とすと続けて水流でシールドユニットを破壊する。

「これはあの時のお礼よ。お釣りはいらないわ」

 いつものように笑いながら楯無は無人ISにランスを突き立てる。すぐに眉一つ動かさずガトリングガンを発射し、瞬く間に無人ISを蜂の巣にして爆発させる。
 一方、簪もまた無人ISを追い詰めている。超振動薙刀『夢現』で無人IS激しい打ち合いを展開していた簪だが、ブレードを跳ね上げて敵の体勢を崩すと、一撃加えて無人ISの右腕を斬り落とす。

「これならシールドも……!」

 さらに簪は背部の連射型荷電粒子砲『春雷』を展開し、至近距離から荷電粒子砲を乱射して無人ISに当てる。ビームを放って簪を引き離す無人ISだが、簪はミサイルポッド『山嵐』を展開してミサイルを一斉発射する。『山嵐』の特徴はミサイル一発一発を独立稼働で誘導する点であり、ミサイル毎に標的を変えて軌道を一発一発変えることも可能である。

「まずは……見せ球!」

 山嵐の性能を利用して簪はミサイルの一部を無人ISの正面へと集中させ、シールドユニットで防御させる。

「そしてこっちが……本命!」

 直後に残りのミサイルを誘導し、背後から直撃させて無人ISを撃墜する。今のような芸当も山嵐を使えば不可能ではない。もっとも、本来山嵐は第3世代技術である『マルチロックオン・システム』の搭載を前提としているのだが、未完成のために現在は通常の照準システムを搭載している。簪が一発毎にマニュアル操作で誘導しているので、一重に簪の才能に支えられた技でもあるのだが。楯無と簪も地上に降り立つとISを待機形態に戻し、光太郎も変身を解除して和也とジョーの下へと歩み寄る。

「ありがとう兄貴、お陰で助かったよ」
「気にしなくていいさ。それに俺だけじゃなくて、楯無さんや簪さんのお陰でもあるし、とにかくこのマグロを港に……」
「……いや、返す必要は無さそうだ」

 光太郎の言葉を和也が遮る。和也はマグロの一つに手を触れて探っていたが、やがて何かを探り当て、指をかけて引く。すると金属音と共にマグロ、いやマグロに偽装されたケースに何かが入っている。光太郎、ジョー、楯無、簪もマグロを探ってみると取っ手らしきものがあり、それを引くとケースが開き、中に同じものが入っている。盗まれた全てのマグロがケースと確かめた五人は、ケースの中身を一つ取り出して一旦荷台から降りる。

「お姉ちゃん、これって……?」
「バダンニウム鉱石でしょうね。つまりマグロ泥棒は陽動どころか、バダンニウムを持ち込んでいた『本命』だったという訳ね。道理で一部しかマグロが盗まれない訳よ」

 楯無は手に持ったバダンニウム鉱石を眺める。

「トラックを港まで運んだら一旦事務所まで引き上げようぜ? 明日から一気に忙しくなるぞ」

 和也の提案に他の面子も頷き、それぞれ準備に取りかかった。



[32627] 第十三話 誰かが君を
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:12
 バダンニウムが持ち込まれた翌朝。簪と光太郎は事務所の中にいる。事務所にいるのは簪と光太郎だけだ。楯無はジョーと和也を連れて外へ調べに行っている。2人は昨夜回収したバダンニウム鉱石について分析している。バダンニウムは同位体により性質が異なるからだ。光太郎は回収したバダンニウム鉱石を機械にセットし、スイッチを入れる。時間が経過すると簪が操作している空間投影ディスプレイにデータが映し出される。光太郎も簪の後ろからディスプレイを眺める。簪は解析結果を出して口を開く。

「間違いありません。お姉ちゃんが言っていた通り、バダンニウム82が含まれているバダンニウム鉱石です」
「しかも含有率からして上等なものだ。これを極秘で採掘していたなんて」

 光太郎と簪は解析結果を見ながら会話を交わす。昨夜回収したバダンニウムは密かに保管してある。太郎や漁協関係者、それに地元警察にはジョーや和也が事情を説明している。

「やっぱり大規模な作戦があるって可能性は」
「高いだろうね。でなければISの装甲とかに使う『バダンニウム合金』の原料を持ち込まないだろうし」

 ふと簪は疑問に思ったことを光太郎に聞いてみる。

「あの、光太郎さん」
「何かな?」
「光太郎さんは人文学部の人ですよね? どうして妙に機械とか、理系の分野に詳しいんですか?」
「元々バイクとか弄るのは好きだったし、ゴルゴムやクライシス帝国との戦いでは必要だったしさ」

 光太郎は特に気にするでもなく笑ってみせる。
 簪の言う通り光太郎は『東星大学』人文学部の学生で元サッカー部員だった。簪が疑問に思うのも仕方ない。光太郎の言葉もまた事実だ。元々バイク好きで修理や整備も自分でこなしていたし、周囲に多くの科学者がいた影響で理系分野の知識もある程度有していた。航空会社を営む叔父夫婦に引き取られた後は、ヘリコプターのパイロットだけでなくて整備士の資格も取得しており、ますます機械には強くなっている。

「それに、こう見えても『ライドロン』だって設計図を基に俺が一人で組み上げたんだよ?」

 そして光太郎は『クライシス皇帝』の政策に反対する『ワールド博士』に託された設計図を基に、重装騎マシン『ライドロン』を独力で組み上げている。

「光太郎さんが、あの車を一人で……凄いですね、色々な意味で」
「そう言っても組み立てただけで、俺一人の力じゃ完成させられなかったんだけどね。それと、俺も聞きたいんだけど、やっぱりIS操縦者ってコンピューターに強いのかい? 簪さんは相当精通しているみたいだけど」
「人によると思います。私は昔から好きでしたし、茂兄さんが組み立て途中だった私の専用機、『打鉄弐式』も独りで組み上げていましたから」

 逆に質問をする光太郎に簪も答える。
 最新技術の塊であるISを扱う以上、IS操縦者は工学知識をそれなりに有している。織斑一夏のようなケースを除けば、入学前に基礎くらいは習得している。中でも国家代表や代表候補生はかなりの知識や技術を有しているが、コンピューターやソフトウェアに関する簪の知識や技術は頭一つ抜けている。
 『打鉄弐式』の設計・開発も担当した佐原茂や、その妹で整備科主任教員のひとみが居た影響で、簪や姉の楯無、布仏家の虚・本音姉妹はいずれも工学に通じている。虚はIS学園整備科三年生主席として将来を嘱望されており、本音も整備科を目指し時折簪のISの整備をするなど、1年生とは思えぬ腕前の持ち主だ。楯無に至っては自らの専用機『ミステリアス・レイディ』を一人で組み上げている。もっとも、完成には水を操る超能力者である響子の協力も大きいのだが。
 その3人に比べると簪はハード面での知識や技術は劣ると自覚している。姉と違い一人ではどうしようも無かった経験をすればなおさらだ。しかしソフトウェア面にはとことん強く、プログラミングやハッキングなどは姉をも凌駕しているほどだ。
 簪は光太郎にある質問をぶつけてみる。

「あの、光太郎さんはどうして『ライドロン』を一人で組み上げようと……?」
「俺の正体は誰にも話してなかったし、他の人も巻き込みたくなかったからね。つまり、俺には俺一人しかいなかったからさ。だからそうするしかなかったというか、他に理由は無いかな」
「そう、ですか。すいません、変なことを聞いてしまって……」

 苦笑しながら答える光太郎に簪は謝罪する。

(やっぱり、私なんかとは、違うよね……)

 簪は自らの過去と引き比べて内心嘆息する。
 簪が機体を自分一人で組み上げようと思った最大の理由は、姉と同じように機体を自分一人で組み上げ、姉に抱いていたコンプレックスを解消するためだ。元々他者を遠ざけて何でも一人でやろうとする傾向があり、二進も三進も行かなくなっていたが、姉から依頼を受けた一夏や本音、それに整備科の協力により完成に漕ぎ着けた。簪は一人で出来ることの限界と、誰かと協力する事の大切さを知り、頑なに認めようしなかった自分の小ささを痛感した。自分は差し伸べられていた手を無視し、勝手独りぼっちだと思い込み、自分に酔っていた。だからこそ手を取ろうとしなかった。昔の簪は傲慢ですらあった。
 だが、光太郎は違う。光太郎には簪と違って手を差し伸べてくれる人がいなかった。だから独りで『ライドロン』を組み上げたのだ。簪に比べて哀しく、切実な理由だ。簪は一瞬でもシンパシーを感じてしまった自分が情けなくなった。しかし光太郎は話題を転換する。

「そうだ簪さん、少し休憩しようか。簪さんも朝からずっと働き詰めだしさ。コーヒー煎れてくるから少し待っていてくれないかな?」
「ありがとうございます、光太郎さん。でもコーヒーくらいなら私が……」
「いいから簪さんは座って。紅茶は自信無いけどコーヒーならまだ自信はあるから」

 笑顔で簪を押し留めると光太郎は給湯室に入っていく。簪は光太郎の好意に甘えることにした。

**********

 事務所でバダンニウム鉱石の分析が行われている頃。楯無、ジョー、和也は漁業組合の事務所で船員たちから事情を聞き、内容を整理している。

「なるほどね、たまたま通りかかったマグロ漁船をシージャックしてバダンニウムを採掘させ、輸送までさせるとは。まさに一石二鳥って訳だな」
「しかも脅しをかけたみたいだし、島の位置が分からないようにしていたようですね」
「それにジャミングでレーダーや無線、救難信号まで遮断していたみたいですし。道理でその島の存在に気付かない訳だわ」

 和也、ジョー、楯無は亡国機業にある種の感心すら覚える。マグロ漁船は出港から戻ってくるまで一年以上かかることもある。乗組員たちの話では操業中にシージャックされ、目隠しされた上で島まで連れていかれて採掘作業をさせられたらしい。ある程度時間が経過すると他言無用と脅迫し、漁船でバダンニウムを港まで運ばせられたそうだ。もっとも、乗組員たち曰く待遇も良くまた働くのも悪くないそうだ。脅しも通用していないらしく全部あっさり話してくれたが。乗組員たとの話では無線やレーダーなどが途中から妨害され、使えなくなったと聞いている。ジャミングで探査を防いでいるのであろう。
 和也とジョー、楯無は漁協の事務所を後にする。次の目的地まで歩く楯無だが、ふと横にいる和也に視線を向ける。

(似ているわね、一夏君と。あるいは一夏君の方がこの人に似たのかしら?)

 和也を観察しながら一夏を思い浮かべる。一時期は護衛も兼ねて、生徒会長権限で一夏の押しかけルームメイトとなり、身近に一夏を見てきた楯無だが、やはり一夏と和也はどこか似ている。
 どちらも一見すると飄々として不真面目に見える。第一印象が悪くなりがちなのも共通している。しかし実際は勇猛果敢で正義感と優しさを併せ持ち、一度決めたら猪突猛進なまでに邁進して貫き通す熱い男である。そうでなければ簪のために命を懸けたり、生身で『仮面ライダー』を模した無人ISに戦いを挑んだりはしないだろう。ただ一夏が熱くなり過ぎて突っ走る傾向があるのに対し、和也はある程度冷静さを保っているようだ。
 和也を観察していた楯無だが、流石に視線に気付いたのか顔を向けて尋ねる。

「どうした?」
「いえ、FBIやインターポールの人には見えないな、と思いまして」
「そいつはどうも。こっちも言わせて貰うが、楯無嬢だって『暗部殺し』の17代目には見えねえな。いかにも『会長フランク』って感じで、態度が少々フランク過ぎる」

 和也は冗談交じりに返すが、次の目的地が見えてくる。楯無は雑談を切り上げ、思考を『仕事』のそれへ切り替えるのであった。

**********

 解析を終えた簪は、続けて亡国機業のダミー企業のサーバーにハッキングを仕掛けている。しかしプロテクトが固く、攻性防御もあり上手くいかない。逆にこちらのコンピューターが攻撃され、敵に察知される恐れがある。だからジャンク品から組み上げた端末を使っている。当然スペックは大幅に落ちるので作業効率は悪いが、いつでも使い捨てられる分まだ安全だ。簪は眼鏡型簡易ディスプレイを外して伸びをする。直後に背後から光太郎が簪に声をかける。

「お疲れ様。終わりそう?」
「いえ、全然……光太郎さんは?」
「こっちは無理そうだね。候補地は絞り込めたんだけど、その先は調べられそうにないよ」

 光太郎と簪は同時に溜息をつく。光太郎はバダンニウム鉱石に含まれている不純物の内容や割合から、産出地を割り出そうとしていた。不純物や割合は地質や深度などに影響されるため、調べれば産出地を絞り込むことが出来る。しかし特定にはやはり専用の機材が必要で、不首尾に終わったようだ。

「けど簪さん、そんなにプロテクトが固いのかい?」
「はい。少なくともただの民間企業とは思えないくらい。それこそ軍事用コンピューター並と言いますか……」
「やはり亡国機業だったのか。と、なると直接乗り込んだ方がいいかもしれない」

 簪の言葉を聞くと光太郎は思案を開始する。簪は再びハッキングに取り掛かろうとするが、ふとある考えが頭をよぎり、もう一度光太郎へ振り返る。

「あの……光太郎さん、一つお願いしてもいいですか?」
「構わないけど、どうかしたのかい?」
「その、私の盾になってくれた姿に……『ロボライダー』に変身してくれませんか?」
「そうか! そういうことか! だったら御安い御用さ」
「ありがとうございます。ならこちらも準備しますので……」

 簪の真意を理解すると光太郎は快諾し、簪は空間投影ディスプレイを展開して準備を整える。光太郎も『変身』を終えて黄色と黒主体の『ロボライダー』の姿となる。光太郎はディスプレイの一部に手で触れる。するとプロテクトや攻性防御を一瞬で無力化し、大量の情報が流れ始める。簪は情報を処理・取捨選択して整理する。
 ロボライダーはあらゆるコンピューターを操ることが可能である。勿論ISですら例外ではなく、一度は遮断されたコア・ネットワーク』を無理矢理再開通させている。簪が思い付いた策もこの能力を応用したものだ。策は成功し、プロテクトや攻性防御を無力化して情報を引き出せている。目的を達すると簪はディスプレイを閉じ、光太郎も元の姿に戻る。

(このデータはお姉ちゃんたちに見せた方がいいかな……)

 簪は光太郎とともに楯無らを待つことにした。

**********

 肉が焼ける音に液体が漏れ、熱した鉄に当たり蒸発する音が響く。煙が立ち込め、肉が焼かれる独特の匂いが事務所の中に立ちこめる。鉄の上で焼かれた『それ』は赤から黒へ、変わり果てた姿へと変貌し、男は『それ』を鉄の上から引き剥がし、今度は別の鉄の板の上に乗せる。そして『それ』を待つ者へと声を発する。

「ジョー、お前の分は出来たぞ。簪さんに楯無さん、それに滝さんの分も足りているよな?」
「ああ、バッチリだぜ? 後は兄貴の分だけだ」
「しかし悪いな光太郎。先にやらせてもらってよ」
「気にしないで下さい。それより、どうですか?」
「いや、俺はいけるクチだぜ? 残りの2人、特に楯無嬢はどうか知らねえけどな」
「あら、私は結構好きですよ? 簪ちゃんもそう思わない?」
「うん。けど驚きました。光太郎さん……料理もお上手なんですね」
「ありがとう。けど大したことないよ。文化祭の時は鉄板焼で焼く係やっていたし、ステーキとか焼くくらいしか料理は出来ないからさ」

 光太郎は笑いながらジョーにステーキを渡すと、自分のステーキを焼き始める。
 楯無たちは事務所に戻り、簪た光太郎と情報交換に当たっていた。しかし時間が時間なので、光太郎の提案で昼食を摂りながら情報交換を続けることにした。昼食は光太郎が焼いているステーキである。ちなみに他の3人は牛肉だが、簪は嗜好の問題で鶏肉となっている。肉を焼き終えると光太郎も話に加わる。

「あの企業、亡国機業の息がかかってるな。手口がバレた以上、今度は正攻法で行くだろう」
「受け渡し場所は所有している倉庫になりますかね。時間帯も真夜中に」
「そして経営者や相談役の名前に見覚えがあると思ったら、案の定だったわね」
「かつては日本有数の企業グループだった『大宮コンツェルン』元会長の大宮幸一。今は解散した『EP党』党首の坂田龍三郎。二人とも昔は名士で……」
「元ゴルゴムの構成員。それが亡国機業と手を組んでいたとは……!」

 ハッキングの結果、会社の経営者と相談役が元ゴルゴム構成員の大宮幸一と坂田龍三郎と判明したのだ。
 設立したEP党による違法行為が、ゴルゴム総攻撃を前に二人を用済みと判断したゴルゴムによって白日の下に晒され、大宮コンツェルンは株価が大暴落、倒産・解体した。EP党もまた解散に追い込まれ、二人とも地位も金も失い姿を消していた。だが何の縁か亡国機業に拾われたらしく、ダミー企業の経営者及び相談役として亡国機業の活動を支援していたようだ。流石に表向きは偽名を使っているが、内部資料には本名が書かれている。
 ゴルゴムは有史以前から地球上に存在し、暗黒組織の中でも格段に長い歴史を誇る。実際に古代インカ文明など、幾度となく文明を破壊してきたとされる。同時に各界の著名人や実力者、科学者達にも信奉者が存在し、この世界を裏から牛耳っていた。ゴルゴムが壊滅するとメンバーは失脚、投獄されたが、一部メンバーは姿を眩ましている。今回の二人もそうだ。それが亡国機業の一員となっているのだから、光太郎も最早呆れるより他にない。

「しかし、ゴルゴム残党まで亡国機業に合流してやがったとはな」
「ええ。だが何度甦ろうともゴルゴムの野望は、必ず打ち砕いてみせる!」
「気合い入ってるな。気持ちは分かるが、一人で乗り込むなよ? まず現場を押さえてからだ。夜までは俺達も待機だな」
「分かっています、滝さん。それに今回は俺だけの問題ではありませんから」

 逸る光太郎は和也に頷いてみせるが、すぐに事務所を出てバイクの整備を入念に始める。

「光太郎さん、ゴルゴムが絡んでいるって聞いたら、落ち着いてなんかいられないよね」

 光太郎は19歳の誕生日に信彦共々ゴルゴムに改造手術を施され、ゴルゴムの支配者『創世王』の後継者候補者として、互いの腹部に埋め込まれた霊石『キングストーン』を奪い合い、殺し合う『世紀王』にされた。光太郎は脳改造直前に脱出出来たのだが、信彦は脳改造まで施された。光太郎が『仮面ライダー』を名乗りゴルゴムに戦いを挑んだのに対し、信彦は世紀王『シャドームーン』として敵対し、光太郎との死闘の末にシャドームーンのまま死んでいった。信彦を自らの手で殺したことは、クライシス帝国五十億の民を皇帝の道連れから救えなかったことと共に、未だに光太郎の中で影を落としている。叔父夫婦に引き取られた当初の光太郎は塞ぎ込み、精神的に疲弊しきっていた。
 そんな光太郎に残党とはいえゴルゴム相手に落ち着けという方に無理がある。それを証明するかのように簪の目の前で、光太郎はバイクの整備にひたすら没頭していた。

**********

 月明かりが港をほんのりと照らし出す中、簪は港に一人佇んでいる。
 倉庫を見張りに行っているジョー以外は休憩となり、簪は少し一人で事務所の近くを散策している。黙って海を眺めていた簪だが、誰かがやって来て隣に立つ。

「隣、いいかな?」
「光太郎さん……はい、どうぞ」

 声をかけてきたのは光太郎だ。簪が承諾すると光太郎は海を眺める。どちらも黙って海を眺めていたが、簪の方から口を開く。

「信彦さんのこと、思い出しているんですか?」
「なんで分かったんだい?」
「いえ、顔に出ているというか、雰囲気で分かるというか……」
「……バレちゃしょうがないか。ああ、信彦とツーリングに出かけた時、一緒に海を眺めていたことがあってさ。それをちょっとね」

 光太郎は簪に苦笑する。黙っていた簪だが、意を決し再び口を開く。

「光太郎さん、その……ごめんなさい」
「どうして謝るんだい? 俺が勝手に思い出していただけだしさ」
「いえ、そっちじゃなくて、ライドロンを一人で組み立てた理由、聞いてしまって……」
「なんで謝る必要があるんだい?」
「光太郎さんが一人でライドロンを組み立てたって聞いた時、一瞬シンパシーを感じてしまったんです。私が『打鉄弐式』を一人で組み立てたことと重ねちゃって。でも私とは、全然違っていたんですよね。理由とか……」
「簪さん、君がそのISを一人で組み立てていた理由って……?」
「お姉ちゃんみたいに、一人で専用機を組み立てられたら、少しは気が晴れるかと思って。私、昔からお姉ちゃんって比較対象がいたんです。お姉ちゃんと比べられて、でも私はお姉ちゃんよりずっと駄目で。いつからですかね、私は……お姉ちゃんより駄目な私は、お姉ちゃんみたいに愛されてないんじゃないかと、みんな私を『更識簪』じゃなくて『更識楯無の妹』として、お姉ちゃんの『おまけ』として見てるんじゃないか、って思うようになったのは……」
「本音も、響子さんも、茂兄さんも、ひとみ姉さんも、みんな私自身じゃなくて、お姉ちゃんってフィルターを通して私を見ている気がして。お姉ちゃんに比べたら、大したことない存在だと思ってるんじゃないか、なんて邪推して。そしたら誰も信用出来なくなったんです。善意で手伝おうとしてくれても、私がお姉ちゃんの妹だからじゃないか、とか……私がお姉ちゃんの妹だから、みんな仲良くして、親切にしてくれるんじゃないか、とか。だから、お姉ちゃんが頼んでないなら、私のことなんか誰も助けてくれないんじゃないか、とか……」
「だから誰かに頼ったら駄目だって。迷惑なだけだし、自分にも意味がないなんて思って、変な意地まで加わっちゃって。他人に能動的な行動を取るのは甘えとか、考えるようになって。だから『打鉄弐式』を自分だけで完成させようと……でも織斑一夏に出会って、色々と協力してくれて、『打鉄弐式』が完成して。本当は彼を好きになったのも、『理想のヒーロー』だけじゃなくて、私自身を見てくれて、私だけのために動いてくれたって、思ったからなのかもしれません。だからパートナーとして誘ったのも、お姉ちゃんが頼んだからって知った時は、勝手にショックを受けて、私のせいでお姉ちゃんは怪我を……」
「そして気付いたんです。最初からみんな私のことを見てくれていて、頼まれていた訳でもなく、手を差し伸べていてくれていたことに。でも私は自分で目をつぶって、独りぼっちだなんて勝手に思い込んで、悲劇のヒロインを気取って、自分に酔っていたのかもしれません。でも、光太郎さんは違うんですよね。あの時の光太郎さんは本当に独りぼっちで、一人でやるしか無かったんですよね。そんな光太郎さんを、私なんかと一緒にしたら……」
「そうでもないよ?」

 簪の言葉を光太郎が遮る。今度は光太郎が話し始める。

「あの時の俺は独りぼっちだった訳じゃない。叔父さんや叔母さん、茂くんにひとみちゃん、玲ちゃんだって居たし、アクロバッターも傍にいたしさ」
「光太郎さん、でも……」
「それに、俺も自分がこの世界で独りぼっちだ、なんて思い込んでいた時期があったからさ。だから、簪さんの気持ちもなんとなく分かるよ」
「光太郎さんが、私みたいに?」
「ああ」

 意外な一言に首を傾げる簪に、光太郎は笑って答えながら海を見やり、続ける。

「俺もさ、ゴルゴムとの戦いが終わった後は本当に落ち込んでたんだ。杏子ちゃんと克美さんとは離ればなれになったし、竜介さんとは会えず仕舞いだったし、『バトルホッパー』やクジラ怪人も命を落としたし、信彦は、この手で……だから叔父さんに引き取られるまで、身近な人や仲間がみんないなくなって、引き取られてからも誰もいない、俺はこの世界でたった独りなんだって思い込んで、塞ぎ込んでいたんだ」
「でも、違うんだよね。俺は独りぼっちじゃない。独りきりなんかじゃなかったんだ。だって俺には叔父さんや叔母さん、茂くんにひとみちゃんがいた。遠く離れていても杏子ちゃんや克美さん、竜介さんがいた。まだ会ってなかったけど海外で戦っていた先輩たちがいたんだ」
「だから俺は独りじゃない、この広い世界のどこかで俺を見守っている人が、信じてくれる人が、愛してくれる人はいつも、いつでも、どこかにいたんだ。俺は、独りぼっちじゃなかったんだ。簪さんもそうだろう? 君には楯無さんや本音さん、虚さん、響子ちゃん、茂くん、ひとみちゃん、それに一夏君がいるんだ。君はあの時それに気付けた。だから俺も君と同じさ。俺だって気付くのに時間がかかったんだから」
「ま、偉そうなことを言っているけど、俺も誰かに言われて気付いたような気がするんだよね。それが誰だったかは覚えてないけど、何気ないことがきっかけだったんじゃないかな、気付けたのは。簪さんが気になっていたのは、案外俺と君が似ているから、かもしれないね」

 光太郎は言葉を切る。沈黙していた簪だが、やがて口を開く。

「そうやって杏子さんや玲子さんのこと、落としたんですか?」
「心外だな。こんなことを話したのは簪さんくらいだよ。その様子じゃ、こうやって簪さんは一夏君に落とされたんだね?」
「当たらずとも遠からず、ですかね。けどもし出会う順番が違っていたら、光太郎さんに落とされていたかもしれません……」
「嘘だね? 本当はそんなこと考えてない。出会う順番が違っていても、どのみち一夏君に落とされていた、って考えているんじゃないかな?」
「……なんで分かったんですか?」
「なんとなくさ。それに『惚れた弱み』ってのもあるだろうし」
「光太郎さんには敵いませんね……その通りです。それと、ありがとうございます、光太郎さん。私の話……聞いてくれて」
「礼には及ばないよ。むしろ俺の方こそ、ありがとう」
「なら、お互い様、ですね」
「ああ、そうかもね」

 簪が微笑むと光太郎もまた朗らかに笑い返す。そして近くの倉庫を見やり続ける。

「それに、話を聞いていたのは俺だけじゃないしね。そうですよね? 滝さん、楯無さん」
「あら、見つかっちゃったみたいですね、滝捜査官」
「いつまでも隠れているのもアレだし、丁度いいタイミングだったのかもな」

 光太郎の言葉に応えるように楯無と和也が並んで物陰から出てくる。

「お、お姉ちゃん!? 滝捜査官!? いつからそこに!?」
「簪ちゃんが光太郎さんの話し始めてすぐ、かしら。私たちに気付けないなんて、修行が足りないわよ?」
「よく言うぜ。気にしなくていい。俺を試そうと笑顔で殺気放ってくる手合いだからな、気付かない方が自然さ」
「さりげなく酷いことを言いますね、滝捜査官も。けど簪ちゃんの気持ちは理解出来るわ。だって私、光太郎さんにとっては簪ちゃんのおまけだもの。だから簡単にポイ捨て出来たのね!?」
「そんなことを言って大丈夫なのかい? 一夏君が聞いたら本気で誤解しそうなんだけど」
「否定出来ないのが恐ろしい所ね。それと簪ちゃん、光太郎さんの言った通りよ? たとえ他の人が簪ちゃんのことを何と言っても、私は簪ちゃんの味方よ。たった一人の自慢の妹なんだから」
「ありがとう、お姉ちゃん。私もそうするよ……今までの分も、沢山」

 笑い合う更識姉妹を微笑ましく思いながらも和也は光太郎に口を開く。

「お前もだ、光太郎。お前に何があろうともお前の仲間、それにあいつらはお前の味方だ。だからお前もあんまり抱え込み過ぎんなよ? 痩せ我慢ってのはお前らの専売特許だからな。俺らで良ければ頼ってくれて構わねえからよ」
「ありがとうございます、滝さん。俺の方こそ……」
「兄貴! 滝さん! 楯無さん! 簪さん!」

 しかしジョーが飛び込んでくる。用件など一つしかない。全員表情を引き締めるとジョーの先導に従って一斉に駆け出す。
 ジョーの先導で倉庫前に到着した光太郎、和也、楯無、簪は手順の確認を手早く済ませる。

「もう一度確認するぞ。俺と楯無嬢、ジョーが現場を押さえる。光太郎と簪さんは外に逃げたヤツを頼む。万一の時は通信機を使ってくれ。いいな?」
「分かりました。こっちは任せて下さい」

 光太郎と簪が頷くと和也と楯無、ジョーはロープを使い窓から倉庫内に侵入し、見つからないように身を隠す。和也たちの眼下ではスーツ姿の男数人と、黒ずくめの男たちがコンテナの前で話している。3人は耳を澄まして会話に耳を傾ける。

「これだけのバダンニウム鉱石があれば、今度の作戦は成功間違いなしだ」
「我々から全てを奪った憎き仮面ライダー共、特にあの忌々しい『仮面ライダーBLACK』にようやく一矢報いることが出来る!」
「誰かと思えば、大宮幸一と坂田龍三郎が直々にお出ましか。余程仮面ライダー、というより光太郎が憎いんだろうな」

 スーツ姿の男2人が大宮幸一と坂田龍三郎と気付き、和也は半ば呆れながらも呟く。幸一と龍三郎はコンテナを開けて中身を拝見する。バダンニウム鉱石らしい。だが和也や楯無、ジョーは違和感を覚える。

「IS操縦者がいないな」
「別の場所で待機しているんでしょうか?」
「だったらいいんだが、嫌な予感がしやがる……」

 3人が小声で会話をしていると、幸一と龍三郎は3人の方に視線をやり言い放つ。

「いい加減出てきたらどうだ? インターポールと日本政府の狗共が!」
「貴様たちが侵入してきていることなど、とっくにお見通しだ!」

 その瞬間、3人が隠れている場所に黒ずくめの男達が持った自動小銃が乱射され、3人は別の場所に隠れて銃撃をやり過ごす。和也はホルスターから大型拳銃を抜き放ち、敵に撃ち返しながら言い返す。

「いい勘してるじゃねえか! 大宮幸一! 坂田龍三郎! 元ゴルゴムは伊達じゃねえらしいな!」
「ふん! 貴様たちと一緒にするな! 貴様たちこそ我々にまんまと乗せられたとも知らず、呑気なものだな!」
「そいつはどういう意味だ!?」
「まだ分からないか!? バダンニウムがこの港から持ち込まれるとも! 我々の会社がそれを主導しているとも! 我々が『亡国機業』の一員であるとも! この倉庫を使うという情報も、誰が貴様たちに流したと思っている!? 他でもない我々だ! ここで貴様たちを始末するために誘い出したのだ、愚か者が!ここが貴様たちと南光太郎、いや仮面ライダーBLACKの墓場となるのだ! 無駄な足掻きはやめて、大人しく死ぬがいい!」
「墓場だと!? まさか光太郎は!?」

 和也が何かに気付いた瞬間、倉庫の外から爆発音が聞こえてくる。

「そのまさかだ! これから仮面ライダーBLACKは我々のIS部隊に始末されるのだ!」
「簡単に言ってくれるぜ! 仮面ライダーがそう簡単にやられるかよ! それに簪さんも……」
「専用機が展開出来ない専用機持ちに何の意味がある!? 更識楯無! 貴様もそこにいるのだろう!? 試しに専用機をこの場で展開してみたらどうだ!? やれるものならな!」
「あら、そう。だったらお望み通りに……」

 楯無は『待機形態』の自らの専用機に手を掛け、ISを展開しようとする。しかしISは展開されない。

「出来ない!? そんな!?」
「その通りだ! ここで専用機は展開出来ないようになっている! つまりISなど無いも同然! 国家代表、IS学園最強、『暗部殺し』だと宣っても、ISを展開出来ない更識楯無など恐れぬに足らぬ! 所詮は惰弱な小娘! 矮小な雑魚! 非力な存在に過ぎん!」
「そして我々は四半世紀もの間、仮面ライダーBLACKを殺すべく研究に研究を重ね! 遂に99%の確率でヤツを殺す方法を見つけ、対策を練り上げたのだ! 貴様たちもそこで見届けろ! 仮面ライダーBLACKの最期をな! それが終われば貴様たちの番だ!」

 最後に勝ち誇った表情で言い放つと2人は倉庫の外へ出ていく。

「とにかく考えるのは後た! ジョー! 楯無嬢! 強行突破だ!」

 和也が激を飛ばすと和也、ジョー、楯無は再び物陰から飛び出して敵との交戦を開始する。
 倉庫の外からは、またも爆発音と鈍い衝撃が倉庫の中へ伝わってきていた。

**********

 少し時間を遡る。
 光太郎と簪は倉庫の外で息を潜めて待っている。しばらくすると倉庫の中から物音が聞こえてくる。

「お姉ちゃん!?」
「落ち着くんだ簪さん! 今はまだ動く時じゃ……」
「その通りだ。今はまず自分の心配をすべきだな」

 慌てる簪と止めようとする光太郎の背後から別の声が聞こえてくる。2人が振り返ると5機のISがスラスターを使いホバリングしている。マグロ泥棒の際に壁をぶち破った機体らしい。パッケージを背負ったリーダー格の女が続ける。

「お前たちが先に、ここで死ぬことになるんだからな!」

 女たちは一斉にアサルトライフルの銃口を向け、フルオートで発射する。光太郎は咄嗟に簪を抱えて銃撃を回避する。簪も負けじとISを展開しようとする。

「展開……出来ない!?」
「無駄だ! このパッケージのある半径一キロ圏内では、量子化した専用機は展開出来ないようになっている! つまり今の貴様は無力な小娘ということだ! 更識簪!」

 光太郎と簪は自分たちが嵌められたことを悟る。

「二人まとめて死ぬがいい!」
「下がって! 簪さん!」

 5人がミサイルランチャーを呼び出し発射すると、光太郎は簪を突き飛ばす。ミサイルは周囲に着弾して光太郎は煙に包まれる。

「光太郎さん!?」

 簪が叫んだ直後に『変身』し終えた光太郎が飛び出し、敵の一人へ挑みかかる。パンチやキックの連撃で敵のシールドを削る光太郎に、5機は近接ブレードやアサルトライフルを構えて攻撃を仕掛ける。しかし光太郎は同士討ちを誘い、主導権を渡さない。

「ならば上に……!」
「逃がさん!」

 距離を取ろうとスラスターを噴かして上に逃れようとするが、一瞬先に跳躍して上を取った光太郎に蹴りや手刀で叩き落とされる。そこに拳銃が光太郎に放たれる。全く堪えない光太郎だが、放った相手を見て思わず叫ぶ。

「大宮幸一! 坂田龍三郎!」
「その通りだ! 南光太郎、仮面ライダーBLACK! 待っていたぞ! 地位も権力も全て奪った貴様の死に顔を拝める、今日という日を!」
「我々が味わった苦しみは、貴様を八つ裂きにしてもまだ足りん! そこの小娘や貴様の仲間たち共々なぶり殺しにしてくれる!」

 大宮幸一と坂田龍三郎だ。その表情はかつて一大企業グループの会長や代議士であったとは思えぬほど鬼気迫り、瞳には狂気すら宿っている。しかし、光太郎の注意が一瞬二人に向いてしまったことが命取りとなる。

「動くんじゃないよ! 『マスクドライダー』!」
「しまった! 簪さん!?」
「ごめんなさい、光太郎さん……」

 女の叫びに光太郎がそちらを向くと、簪を押さえ付け、近接ブレードを首に押し当てている女がいる。簪はもがくが、生身の簪の力ではびくともしない。幸一と龍三郎は勝ち誇ったように笑いながら光太郎を嘲る。

「どうした? さっきまでの威勢はどこへ消えた? さっさと戦ったらどうだ? パンチを打つ前に更識簪の首が無惨に跳ね飛ぶことになるがな!」
「少しでも妙な素振りをしてみろ! その瞬間に小娘の命も消えて無くなるぞ!?」
「要するに抵抗するなと言うことだ。分かったら両手を上げろ!」
「光太郎さん、私に構わないで。あいつを……ぐうっ……」
「黙ってな! ガキが! さあどうする? 抵抗したらこのガキは死ぬ。回答を渋っていたらいずれ絞め殺される…… 両手を上げな!」

 簪を締め上げながら女は光太郎に迫る。光太郎は敵と簪を見比べると、両手を上げる。

「光太郎さん、どうして……」
「どうしてって、あいつがマスクドライダーだからに決まっているだろ? 醜い化け物のクセに、お高く止まった偽善者なんだからねえ。化け物なら化け物らしく、私ら人間に大人しく退治されてろって話さね!」

 簪を締め上げながら女は光太郎を嘲る。リーダー格の女はアサルトカノンと重機関銃を、それ以外の三人はミサイルやグレネード、重機関銃が搭載されたパッケージを呼び出し、光太郎に向ける。

「防いだり避けたりしたら、分かっているだろうな?」
「さて、『ボルケーノ』パッケージの威力、存分に味わって貰おうか!」

 その瞬間、アサルトカノンや重機関銃、ミサイル、グレネードが無抵抗の光太郎に発射され、瞬く間に光太郎は土煙と爆風と硝煙に飲み込まれる。やがてパッケージの武装が次々とパージされ、最後に大型ミサイルがぶちこまれると、爆発で光太郎は吹き飛び、地面に転がる。それでも立ち上がる光太郎にたじろぐ女たちだが、元ゴルゴムメンバーは矢継ぎ早に指示を出す。

「何をしている! 『バダンニウムランチャー』を使え!」

 女達は肩担ぎ式のランチャーを取り出すと、一斉に発射する。

「うわあああああ!?」

 直撃して爆発が発生すると光太郎はまた吹き飛ぶ。立ち上がろうとする光太郎だが、膝が崩れる。

「しまった……『サンバスク』が……!?」

 太陽光を取り入れエネルギーとする腹部の『サンバスク』に弾頭が直撃し、破壊されたのだ。敵は最初からサンバスクを狙っていたようだ。元ゴルゴムメンバーはしてやったりと笑ってみせる。

「どうだ! 南光太郎! 貴様の力の源の一つ、サンバスクを潰してやったぞ! バダンニウムランチャーを纏めて浴びせればサンバスクを破壊出来ることも! サンバスクを破壊されれば貴様の能力が大幅に減退することも! 夜間では太陽エネルギーが得られず、サンバスクをすぐに再生出来ないことも! 全て我々の同志により解析済みだ! 貴様は世紀王だ! どれだけ進化をしようが、時間さえかければ解析可能だ! それだけではない! バダンニウムランチャーにはもう一つ効果がある! それは……!」
「ぐっ!? 力が……入らない!?」

 必死に崩れかかる膝を支え、立ち上がろうとする光太郎だが、身体に力が入らず地面に膝をつく。

「一時的に改造人間のパワーを抑制する特殊な電磁波、『バダンニウムパルス』が発生するのだ! 『パーフェクトサイボーグ』や『改造魔人』ほどの効果は無いだろうが、サンバスクを破壊された貴様を一時的に抑制するくらいならば十分だ! 無論、進化した貴様はキングストーンだけでは持たぬことも解析済みだ。やれ!」

 同時に敵はありったけの火力を光太郎に叩き込む。

「ぐああああああ!?」

 光太郎は遂に変身が解除され、地面に倒れ伏すが、再び立ち上がる。さらに『釵(さい)』が簪を捕らえているISの腕に当たり、拘束が緩む。

「簪ちゃん!」
「光太郎! 無事か!?」
「こいつ! 簪さんを離しやがれ!」

 倉庫の敵を片付けた楯無、和也、ジョーだ。釵を投げ付けたジョーはもう一本の釵を持ち、和也はホルスターから電磁ナイフを抜き放ちISへと挑みかかる。拘束が緩むと簪は腕を振り払い、楯無と共に光太郎の下へと走り寄る。

「光太郎さん! ごめんなさい、私が、私が……」
「気にしなくていいよ、簪さん。楯無さん、倉庫の敵は?」
「全部片付けてきたわ。でも……」
「よくここまで来たな、誉めてやろう。だが変身出来ない改造人間に、ISを展開出来ない小娘二人がいた所で何も変わらん! どうせここで死ぬのだからな!」
「変身出来ないって、どういうことだ光太郎!?」
「貴様は知らないらしいな、インターポール。ならば冥土の土産に教えてやろう! 進化した仮面ライダーBLACKはパワーアップしたが、その分消費するエネルギーも増加した。キングストーンのみでは賄えないほどにな! それは変身とて例外ではない! 最初は太陽の光がない場所では変身すら出来なかったが、後にサンバスクに蓄積された太陽エネルギーを使い、変身出来るようになった。だがそのサンバスクは破壊した! そして夜間ではサンバスクの修復には時間がかかる! キングストーンのみでサンバスクをすぐ修復することなど不可能だ! つまり今の南光太郎は出来損ないの改造人間なのだ!」
「それともう一つ教えてやろう。特定の周波数のバダンニウムパルスにはISコアに作用し、専用機の展開を阻害する効果があってな。あのパッケージはいわばジャミング装置だ」

 2人はリーダー格の女が装備しているパッケージを見やる。

「お喋りはここまでだ。さあ、貴様たちの罪を懺悔しろ!」
「くっ、まだ……!」

 庇うように楯無と簪の前に立つ光太郎だが、打開策は思い浮かばない。すると電磁ナイフで斬り結び、ジョーと共にISを蹴り飛ばした和也が声を上げる。

「好き勝手言いやがって! おい光太郎! 今は『進化した後』の姿、つまり太陽エネルギーを使っう姿にはなれないんだな!? なら『進化する前』の姿、つまりキングストーンだけで戦う姿にはなれるんじゃねえのか!?」
「何を馬鹿な! 気でも狂ったか!?」
「うるせえ! 三下はすっこんでろ! 光太郎、まずはありったけでいけ! 考えんのはそれからだ! とにかくやってみろ! ゴルゴムと戦ってた時にやってた、スイッチ入れる動作をよ!」
「……はい!」

 和也の言葉を聞き光太郎はその真意を理解する。
 光太郎は身体の右側に、曲げて立てた右腕と曲げた左腕を持っていき、自身と親友の無念を込めるように両拳をギリギリと握り締める。溜めた力を解放するように右腕を左斜め上に突き出し、素早く入れ換えて左腕を右斜め上に伸ばし、右腕を腰に戻す。そして円を描くように左腕を左斜め上まで持っていく。

「変っ……身っ!」

 両腕を右斜め上に持っていくと、キングストーン周辺の細胞が閃光と共にベルトに変化し、一瞬バッタ男の姿へ変わる。その上を黒い強化皮膚『リプラスフォーム』が覆い、余剰エネルギーが蒸気となって関節部から噴き出す。

「トゥア!」

 光太郎は楯無と簪を抱えて高々と跳躍すると、和也とジョーの前に降り立つ。

「兄貴、その姿は『仮面ライダーBLACK RX』じゃない……?」
「これって『ブラックサン』の……?」
「……違う」

 見慣れぬ光太郎の姿にジョーと楯無は怪訝そうな表情を浮かべて呟くが、簪が否定して続ける。

「今の光太郎さんはブラックサンでも、仮面ライダーBLACK RXでもないよ。今の光太郎さんの名前は……」
「簪さんの言う通りだぜ。光太郎!」

 簪と和也の言葉に応えるように、光太郎はポーズを取って名乗りを上げる。

「仮面ライダー……BLACK!」

 太陽の欠片を宿し、過酷な運命に抗う黒い騎士……世紀王ブラックサン改め『仮面ライダーBLACK』は名乗り終えると、かつての宿敵率いる新たな悪へ挑むべく大地を蹴った。

**********

 仮面ライダーBLACKはリーダー格の女に飛びかかると、お返しとばかりに飛び蹴りを放って吹き飛ばす。

「怯むな! 今のヤツはパワーが落ちている筈だ! 落ち着いて戦えば問題ない!」
「うるさいんだよ! 男の分際で偉そうに! 確実にマスクドライダーを殺せるって聞いたから指示に従ってやったのに、全然殺せてないじゃないか! この役立たず!」

 しかし女たちと幸一、龍三郎との間で口論が発生し、女たちは連携が上手く取れない。それを見抜いた仮面ライダーBLACKは女の1人に集中攻撃をかける。

「ちいっ! こんな時に!」

 残る女たちはやむを得ず仮面ライダーBLACKに集中攻撃を仕掛けるが、仮面ライダーBLACKは女を盾にして攻撃を防ぎ、敵を抱え上げて思い切り投げ付ける。

「ライダー投げ!」

 その一撃で敵の動きが止まると、別の敵へと挑みかかり突き蹴りの連携でシールドを削っていく。投げ飛ばされた女は簪たちへ向き直る。

「だったら、またさっきの手を!」
「そうは行くか! アクロバッター! ライドロン!」

 仮面ライダーBLACKが呼び出したバイク型『光機動生命体』アクロバッター、『重装騎マシン』ライドロンが倉庫の壁を破って割り込みをかけ、女に体当たりを仕掛けて撥ね飛ばす。続けてライドロンは車体前方にクローを展開し、女を挟み込んで拘束する。仮面ライダーBLACKはアクロバッターに跨がり四人の女を蹴散らすと、ライドロンめがけて全速力で走り始める。ライドロンはスピードを上げて拘束をきつくし、仮面ライダーBLACKはアクロバッターの外殻『ソーラージルコン』にパワーを注ぎ込む。

「マシーンスクランブル!」

 アクロバッターは『アクロバットバーン』を、ライドロンは『ライディングアロー』を仕掛け、女は為す術もなく『絶対防御』を発動させて沈黙を余儀なくされる。直後にミサイルランチャーが直撃し、アクロバッターから落ちる仮面ライダーBLACKだがすぐに立ち上がる。

「あの姿ならば空は飛べないし飛び道具もない! 飛んでヤツを削り殺せ!」
「承知している!」

 女たちは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使い、跳躍では届かない距離にまで逃れると仮面ライダーBLACKに集中砲火をかける。

「くっ! このままいけば……!」

 仮面ライダーBLACKは辛うじて防御するが、女たちはひたすらアサルトライフルや重機関銃、ロケット砲を仮面ライダーBLACKへ撃ちまくる。

「小細工なんかしなくても、飛べないバッタ野郎にはこうすればいいんだよ! 見たか! これが世界最強の兵器、ISの力だ!」

 勝ち誇ったように上空から銃撃を加える女たちだが、仮面ライダーBLACKは諦めない。

(きっとヤツらにも、あのISにも何か弱点が……突破口が必ずあるハズだ!)

 『マルチアイ』と『ライダーセンサー』で弱点を探っていた仮面ライダーBLACKだが、あることに気付く。

(そうか! 後部スラスター翼から放出したエネルギーを回収しているのか! ならば……!)

 仮面ライダーBLACKは勝ち筋があると確信する。
 ISのスラスターは搭載量が限られる推進剤ではなく、エネルギーを圧縮・放出して推進力を生み出す機構がメインとなっている。そのためエネルギーを相当消費するのだが、一度放出したエネルギーを再び取り込むことが可能で、理論上は半永久的に推力を生み出せる。それを応用してエネルギー放出と再利用を急激に行い、爆発的に加速するのが瞬時加速だ。仕組みに気付いてしまえばこちらのものだ。

「アクロバッター!」

 仮面ライダーBLACKは再びアクロバッターに跨がると、今度は倉庫の壁をジャンプ台代わりに高く飛び上がり、光子を噴射する推進機『フォトンバーナー』を使いISへ迫る。

「この! 叩き落としてやるよ!」

 女たちは銃撃を放って逃げようとするが、仮面ライダーBLACKはアクロバッターを踏み台にして跳躍する。そしてベルトの『エナジーリアクター』と、身体にある赤と黄色のライン『パワーストライプス』からキングストーンエナジーを一気に放出する。

「ライダーパワーフラッシュ!」

 放たれた眩い閃光で目が眩む女たちだが、再び距離を取ろうとする。

「何!? スラスターが!?」

 しかしなぜかスラスターは機能を停止し、女たちは落下を開始する。
 仮面ライダーBLACKが放った『キングストーンフラッシュ』はある程度の破壊力と非常に多彩な効果を持ち、エネルギー攻撃を跳ね返すことも可能である。仮面ライダーBLACKは放出されたエネルギーをキングストーンフラッシュで跳ね返し、キングストーンフラッシュをもスラスター内部に送り込んだ。通常のキングストーンフラッシュでは機能停止に追い込めなかったが、パワーストライプスにはキングストーンエナジーを蓄積・増幅する機能が存在し、それを回すことで出力を確保した。
 女たとは慌ててPICとスラスター翼を動かして飛行しようとするが、『パワーストライプス』へのチャージが終わると、仮面ライダーBLACKは右足のパワーストライプスを開放する。

「パワーストライプス!」

 威力が強化された蹴りで1機のスラスター翼を蹴り抜いて破壊し、反動で飛び上がる。

「三段!」

 再び蹴りで今度は別のスラスターを蹴り砕き、またも反動で飛び上がる。

「キック!」

 同じ要領で3機目のスラスターを破壊する。パワーストライプスのエネルギーを解放すると、仮面ライダーBLACKはパワーを一時的に増幅することができる。仮面ライダーBLACKはまたも反動で飛び上がり、今度は両足を揃えて蹴りを放つ。

「パワーストライプスダブルキック!」

 リーダー格の女はパッケージ共々スラスターを粉砕されて地面へ墜落する。仮面ライダーBLACKは地面に降り立つと再び女たちへと挑みかかる。

「この、卑怯者が!」

 女たちは仮面ライダーBLACKを罵倒しながら攻撃を仕掛けるが、地上戦では仮面ライダーBLACKに分がある。脚力や跳躍力を生かして飛べないISを散々機動力で撹乱し、隙を付いて突き蹴りを入れて女たちを追い詰めていく。

「くっ! こうなれば逃げるが勝ち……」
「あら、どこへ逃げようと言うのかしら?」

 女が走り出そうとした瞬間、高圧水流で押し戻される。さらにランスで突きまくられて遂に『絶対防御』を発動させ、沈黙に追い込まれる。

「楯無さん!」
「しまった! パッケージはすでに! ということは!?」
「今さら気付いても、遅い!」

 リーダー格の女が何かに気付いた瞬間、今度は別の女がミサイルの直撃を受けて撃墜される。

「簪さんも!」

 先程敵を撃墜したのは専用機を展開し、装着した楯無と簪だ。

「さて、それじゃ今までの分のお礼をしてあげないとね」
「うん……行こう、お姉ちゃん」

 楯無と簪は簪を人質とした女へ揃って挑みかかる。

「この! この! この!」

 女はアサルトライフルを乱射して近付けまいとするが、自在に飛び回る二人には当たらない。簪は背部の荷電粒子砲『春雷』を連射して動きを止めると、楯無は『アクア・クリスタル』から霧を散布して女の視界を封じる。

「味な真似を……!」

 女は慌てずに隙を伺い、楯無の姿を霧の中に見つけると銃撃を加える。

「そこか! ……何!?」

 しかし銃撃が当たった瞬間、楯無の姿は歪んで消え去る。蜃気楼だ。

(嵌められた……!)

 気付いた瞬間、霧の外にいた楯無が『清き熱情(クリア・パッション)』を発動させて水蒸気爆発で女を吹き飛ばす。 楯無はランス、簪は薙刀を構えて女へと突撃し、同時に一撃を加えて女を沈黙させる。
 残るリーダー格の女も仮面ライダーBLACKの猛攻に追い詰められている。しかし仮面ライダーBLACKは攻撃の手を緩めず飛び蹴りを放つ。

「だが、この『イージス改』ならば!」

 しかし女が呼び出した4枚のエネルギーシールドと4枚の分厚い実体シールドにより、蹴りが弾き飛ばされる。
 仮面ライダーBLACKは着地すると、今度はベルトの上に両拳を合わせてベルトにエネルギーを集中させる。右腕を立ててポーズを決め、エネルギーを一点に集中させる『バイタルチャージ』が完了する。右腕にエネルギーを集中させ、真っ赤に輝かせながら飛び上がると身体を屈伸させてチョップを放つ。

「ライダー!」

 一撃でエネルギーシールドを3枚吹き飛ばすが、着地した直後に再び右手の手刀で横凪ぎに払う。

「ダブルチョップ!」

 二撃目でエネルギーシールドを完全に消し飛ばし、実体シールドをへこませて女を吹き飛ばす。だが仮面ライダーBLACKの攻撃は終わらない。再び『バイタルチャージ』を完了してジャンプし、空中で屈伸すると今度は右拳を光らせて渾身の右ストレートを叩き込む。

「ライダーパンチ!」

 すると一撃で『イージス改』の実体シールドが大きくひしゃげる。仮面ライダーBLACKはトドメの一撃を放つべく再び飛び上がり、エネルギーを右足に集中させて赤熱化させ、屈伸も加えて必殺の蹴りを放つ。

「ライダァァァァキィィィィック!」

 多くの怪人たちを倒してきた蹴りの前に実体シールドは破壊され、最後の敵も沈黙を余儀無くされる。

「こ、こんなことが……」

 一部始終を呆然と見ていた幸一と龍三郎だが、背後から肩を掴まれて振り返る。最後に自身の顔面に拳を放つ和也とジョーの姿を見て、二人の意識は刈り取られた。

**********

 夜明けを迎えた港に、光太郎は朝日を浴びて一人海を眺めて立っている。
 元ゴルム』メンバーの二人はやってきた応援に連行された。ようやく二人も法の裁きを受けるのだろう。感慨深げに港に佇んでいた光太郎だが、楯無と簪が歩いてくる。

「楯無さん、簪さん、二人とも大丈夫かい?」
「ええ、私たちは。むしろ光太郎さんの方が心配なんですけど」
「俺は大丈夫だよ。太陽も出ているし。それに、慣れているからさ」

 光太郎は楯無と簪に笑ってみせる。光太郎は何度も傷付き苦戦し、己の知恵や努力で乗り越えて勝利してきたのだ。

「その、光太郎さん。今回みたいな無茶は、しないで下さいね? 光太郎さんに何かあったら響子さんも、茂兄さんも、ひとみ姉さんも、玲子さんも、杏子さんも、克美さんも、ルリ子先生も、お姉ちゃんも、私も、悲しくなりますから……」
「ありがとう、簪さん。けど、大丈夫だよ。俺はまだ死なないし、死ねないからね。今回だってやけっぱちになってないしさ」

 光太郎は簪に笑って答える。光太郎は海に背を向けて楯無、簪と並んで歩き出す。

「危ないっ!」

 しかし光太郎が2人を突き飛ばして地面に伏せると、その上をビームが通り過ぎる。ビームの発射された方向を見ると、5機の無人ISがいる。うち3機は背中に何かを背負っている。

「3人とも無事か!?」
「あのマネキン野郎! まだいやがったのか!」

 途中で亡国機業の引き渡しを終えた和也とジョーが駆けつけてくる。

「俺たちは大丈夫です! それより……」
「安心しろ、はまだ立ち入り禁止にしてある! だから三人とも思い切って暴れてこい!」
「ありがとうございます滝さん! いけるね!? 楯無さん! 簪さん!」
「勿論! 少しは空気を読んで欲しかったのだけど、仕方ないわね」
「それにまだまだ借りは、返しきれていませんから!」

 簪は右手中指のクリスタルの指輪を掲げ、楯無は懐から扇子を取り出す。同時に光太郎は左腕を垂直に立てると、右腕を天へと高く突き上げる。手首を90度返して顔の前まで持っていく。右腕を右側へと動かして腰に置き、左腕を右から左へ動かして垂直に立てる。

「変身っ!」

 動作が終われ細胞がベルト『サンライザー』へ変化して光輝き、光太郎の肉体がバッタを模した改造人間の姿へと変わる。装甲を身に纏い終えた更識姉妹と並び立ち、光太郎は肉体から太陽の如き輝きを放つ。

「俺は太陽の子! 仮面ライダーBLACK! RX!」
「篠ノ之束! どれだけ無人機を送り込もうと俺たちがいる限り、望みが叶うことはないと知れ!」

 無人機の背後にいるであろう篠ノ之束に啖呵を切ると、神秘の霧を身に纏い、流水の如く華麗に優雅に敵を討つ水色の淑女……『ミステリアス・レイディ』を装着した更識楯無と、姉と多くの者の想いを託され、淑女と騎士の力を受け継いだ新たな守護の刃……『打鉄弐式』を身に纏った更識簪、そして過酷な運命に抗い続け、人々と正義の為に陽光を受けて生まれ変わった黒き太陽の勇者……11番目の仮面ライダー『仮面ライダーBLACK RX』はその燃えたぎる血潮のままに動き出していった。

**********

 最初に相手方に攻撃を入れたのは簪だ。無人ISが左腕からビームを放とうとする前に、春雷で妨害したのだ。他の4機がブレードを振り上げて簪に襲いかかるが、蒼流穿を構えた楯無と仮面ライダーBLACK RXとが割って入る。二人はランスの横薙ぎと飛び蹴りで吹き飛ばし、簪と共に接近戦へと持ち込む。
 簪は薙刀でブレードを巻き込んで敵の重心を崩し、春雷を至近距離から連射する。ビームを放とうとする無人ISだが、簪は薙刀を投げ付けて左腕を貫き、巨大な左腕は爆発して砕け散る。無人ISはシールドユニットを展開し、シールドを張りながらブレードで斬りかかるが、簪は山嵐でエネルギーシールドを吹き飛ばして突撃する。

「ライダー……パンチ!」

 まず簪は右拳を固めてカウンターの右ストレートを放ち、敵を弾き飛ばす。簪はパワーアシスト機能を全開にして出力を右足に回し、PICを駆使して後方宙返りをしながら飛び蹴りを放つ。

「ライダー……キック!」

 同じ場所に蹴りがクリーンヒットし、その部分の装甲がへこむ。簪は薙刀を拾い上げて敵に突進する。

「リボル……クラッシュ!」

 最後に装甲がへこんだ場所へ薙刀を突き込み、無人ISを串刺しにする。無人ISは抵抗しようと暴れるが、簪は一旦薙刀を引き抜き、右腕を肩口から切り落とすと再び薙刀で串刺しにする。超振動薙刀の二度刺しには敵わず、薙刀を引き抜いた簪が離脱した直後に無人ISは爆散する。
 一方、楯無は水や霧でビームを減退・無力化し、ガトリングとラスティー・ネイルから放つ高圧水流で攻め立てる。堪らず無人ISはエネルギーシールドで強行突破しようと試みる。

「せっかちね。積極的なのは嫌いじゃないけど、少し早すぎないかしら?」

 しかし楯無はランスを構え直すと、無人ISと打ち合い始める。数合打ち合うと楯無はランスでブレードを跳ね上げて無人ISの姿勢を崩し、シールドユニットを全て打ち砕く。体勢を立て直した無人ISはビームを放とうとするが、楯無が霧を散布して『清き熱情』を発動させて左腕を吹き飛ばす。さらに蛇腹剣で無人ISを絡め取り、地面まで投げ飛ばすと突撃し、スラスターを破壊して地面に叩きつける。ブレードを振り上げる無人ISの肘から先をランスで貫き地面に落とすと、楯無はランスを地面に突き刺して大型ブレードを拾い上げる。

「たまには自分がされるのも乙なものでしょ? 私が初めてされた時は本当に痛かったんだから」

 笑顔のまま楯無は大型ブレードで無人ISの胸部を串刺しにする。無人ISが機能を停止すると楯無はランスを引き抜いて離脱し、直後に無人ISは爆発する。
 仮面ライダーBLACK RXは3機の無人ISと渡り合っている。間合いまで飛び込んでパンチの連打で押し込み、ブレードの一撃を見切って蹴り飛ばし、手技や足技、投げを絡めて攻め立てる。シールドユニットを展開させる暇すら与えず、仮面ライダーBLACK RXは自らの得意とする間合いに張り付き戦っている。しかし1機が援護を受けて離脱すると、背部に搭載したユニットから『何か』を仮面ライダーBLACK RXへと発射し、足へと命中させる。すると仮面ライダーBLACK RXの動きが止まる。

「何!? 足が!?」

 仮面ライダーBLACK RXの足は樹氷のように凍りついている。冷凍弾だ。2機は仮面ライダーBLACK RXから離れて遠距離から一方的に攻撃する。冷凍弾を放った無人ISは再び同じように冷凍弾を放つ。

「同じ手は食らわない!」

 しかし仮面ライダーBLACK RXはサンライザーを光らせ、黄色と黒主体の姿へと変化する。冷凍弾を受けるが凍りつくことなく動き始め、足の氷を力づくで内側から砕いて自由になる。

「ボルティックシューター!」

 仮面ライダーBLACK RXは光線銃を撃ち、無人ISと真正面から撃ち合う。すると冷凍弾を放った無人ISが金属製の杭を仮面ライダーBLACK RXへと放つ。仮面ライダーBLACK RXは杭を重装甲で受けきり意に介さない。今度は別の1機が背中のユニットを展開し、突き刺さった杭へと電撃を放つ。構わずに銃撃しようとする仮面ライダーBLACK RXだが、身動きが取れなくなる。

「しまった……電磁石か……!?」

 この姿の仮面ライダーBLACK RXは分厚い装甲を持ち、並大抵の攻撃では傷一つ付かないが、ボディに金属粒子を含むためにい磁力を受けると動きが阻害されてしまう。仮面ライダーBLACK RXにビームを放ち続ける無人ISだが、ならばと仮面ライダーBLACK RXは再び『サンライザー』を光らせる。その姿を青と銀に変えると身体を液状化させて窮地を脱し、空中の敵へ執拗に体当たりを仕掛ける。無人ISはビームや杭、冷凍弾、電撃、大型ブレードで止めようとするが、液状化した仮面ライダーBLACK RXには全く効果がなく、逆に3機纏めて地面に叩き落とされる。冷凍弾を放った1機は標的を和也とジョーに変え、杭を一斉発射する。

「やらせるか!」

 仮面ライダーBLACK RXは液状化したまま先回りし、体当たりで杭を全て地面に叩き落とすと着地し、液状化した状態から実体化する。だが実体化する直前に残る1機が放った『何か』が近くに着弾し、杭と反応して超高熱の炎と共に爆発が起こり、仮面ライダーBLACK RXを爆炎と高熱が包み込む。

「うああああああっ!?」

 まともに受けた仮面ライダーBLACK RXは地面に膝を付く。この姿は液状化していればほぼ無敵の防御力を誇るが、実体化している時の防御力は低く、熱や炎にかなり弱い。最初の姿に戻った仮面ライダーBLACK RXは辛うじて立ち上がり確信する。

「そうか、篠ノ之束の狙いは『バダンニウム』ではなく、俺だったのか! 最初から俺の弱点を探るために無人ISを送り込んで、戦闘データを収集していたのか……!」
「光太郎さん!」

 楯無と簪が割り込もうとするが、冷凍弾や高圧電流、火炎弾に阻まれて中々接近出来ない。逆に火炎弾を装備した無人ISの背後に2機が立つと、ユニットが変形して砲身が形成される。3機の無人ISはエネルギーを砲身に集中させ、極大の熱線を楯無と簪に発射する。

「やらせる訳には!」

 楯無は分厚い水のヴェールを展開し、熱線を防ごうとする。熱線そのものは防げたものの、あまりに膨大な熱量で強烈な水蒸気爆発が発生し、楯無と簪は大きく吹き飛ばされる。

「楯無さん! 簪さん!」

 叫ぶ仮面ライダーBLACK RXだが、今度は冷凍弾を放った無人ISが先頭となって砲身を展開する。間もなくダメージで動けない仮面ライダーBLACK RXへ巨大な冷凍弾が発射され、仮面ライダーBLACK RXの全身を氷付けにする。

「光太郎さん!?」

 簪は慌てて助けようと突撃するが、冷凍弾や火炎弾を受けて地面に叩き落とされる。さらに電撃を放った無人ISを先頭に砲身を展開し、凍りついている仮面ライダーBLACK RXに向けて荷電粒子砲を発射して氷塊を粉微塵に粉砕する。

「光太郎、さん……」

 その光景を見た簪の頭の中が真っ白になる。仮面ライダーBLACK RX、南光太郎が死んだ。余りに受け入れ難い現実を目の当たりにし、簪は放心状態に陥る。楯無が簪の傍へと降り立つ。

「簪ちゃん! しっかりして! 今は戦闘中なのよ!?」
「でも、光太郎さんが……砕けて……」
「大丈夫よ! 光太郎さんはまだ生きているわ! だから気をしっかり持って!」
「でも、私の……目の前で……」

 ショックを受けた簪はその場から動こうとしない。無人ISは巨大な冷凍弾を発射しようと砲身を簪に向ける。

「RXキック!」

 だが、地面から液状化した『何か』が無人ISの下から飛び出し、両足を赤熱化させて飛び蹴りを放つ。乱入者は無人ISの背部ユニットを蹴り砕き、簪の前に着地する。

「大丈夫かい? 簪さん」
「光太郎さん!?」

 蹴りを放ったのは木端微塵にされた筈の仮面ライダーBLACK RXだ。しかもそれまでのダメージが嘘のようにピンピンしている。予想の斜め上では利かない事態に最早絶句するしかない簪だが、やがて恐る恐る口を開く。

「あの、光太郎さん、どうやってさっきの攻撃から……?」
「確かにあの冷凍弾は俺を氷結させた! だが俺は冷凍弾が着弾する瞬間、ロボライダーへ変身して冷凍弾を無力化! 荷電粒子砲が放たれる瞬間、今度はバイオライダーに変身して身体を液状化! そのまま地面の隙間を伝い、あいつらの背後まで回り込んだんだ!」

 仮面ライダーBLACK RXの説明を聞いたはいいが、簪は一体どこからツッコミを入れたらいいか分からず再び絶句する。そこに楯無が笑って付け加える。

「つまりさっき砕けたのは抜け殻って訳よ。だから言ったでしょ? 光太郎さんは大丈夫だって」
「お姉ちゃん……なんで気付けたの?」
「だってハイパーセンサーで調べてみたら、あの氷の内側から熱源が消えて地面を伝っていったんだもの。それに気付けないなんて、簪ちゃんもまだ修行が足りないわね?」
「それによ」

 今度は和也とジョーが付け加える。

「仮面ライダーってのは簡単にはくたばらないように出来ているのさ。流石に今回は器用なんてレベルじゃねえけどな」
「ま、俺は何回も見てきているから、無事だって分かってたけどさ」
「けどダメージが回復しているのは?」
「俺は太陽の光があればどんな傷も一瞬で回復させることが出来る。つまり太陽の光がある限り、俺は何度でも甦るんだ!」
「もう、光太郎さん一人でいいんじゃないかな……?」

 最早ツッコミを入れる気すら起きない簪はボソッと呟くが、和也が否定する。

「そいつは違うぜ、簪さんよ。仮面ライダーは一人じゃ弱いただの人間なんだ。けどな、誰かが傍にいてくれてるからこそ、どんな無茶だってやってのけるんだ。だから、一人でいいなんて金輪際言いっこ無しだ」
「滝さんの言う通りだ。俺が戦ってこられたのも、支えてくれる人たちがいたからなんだ。勿論楯無さんと簪さん、君達もだ。だから、俺と一緒に戦ってくれないか?」
「ごめんなさい、光太郎さん。私また……でも光太郎さんがそう言ってくれるのなら、喜んで!」
「私もいますからね? 忘れないで下さいね?」
「……ありがとう。簪さん! 楯無さん!」

 仮面ライダーBLACK RXは簪と楯無に礼を述べると無人ISへと向き直る。

「RXジャンプ!」

 仮面ライダーBLACK RXは一度地面を叩き、跳躍して無人ISへと挑みかかる。楯無と簪も残る2機へ突撃する。
 仮面ライダーBLACK RXは無人ISの懐に入り込み、拳や蹴りで無人ISを滅多打ちにして装甲をへこませる。簪の相手をしていた無人ISが火炎弾を仮面ライダーBLACK RXに向けて放つ。仮面ライダーBLACK RXは無人ISを蹴り飛ばし、サンライザーを光らせて火炎弾の炎と熱を吸収し、その肉体を光輝かせる。

「俺は炎の王子! RX! ロボライダー!」

 悲しみを炎に、涙を光に変え重甲と剛力で敵を蹴散らす機鎧の銃士……『ロボライダー』へと変わると、飛び上がって自慢の剛力を込めたパンチで無人ISを思い切り吹き飛ばす。無人ISはロボライダーから距離を取ろうとするが、ロボライダーには逃がす気など毛頭ない。

「逃がすか! ロボイザー!」

 ロボライダーはアクロバッターが変化した『ロボイザー』に跨がり、追跡する。簪が無人ISに春雷を叩き込んで地面に叩き落とすと、ロボライダーはロボイザーで撥ね飛ばし、バルカン砲やレーザーで背部ユニットを破壊する。

「ボルティックシューター!」

 ロボライダーは右股に手を置き、光線銃『ボルティックシューター』を創り出すと、無人ISと撃ち込んで追い詰める。堪らず無人ISは上空へ逃れようとする。

「逃がさない! 光太郎さん!」
「ああ!」

 しかし簪が山嵐の軌道を操作して逃げ道を塞ぐと、ロボライダーはボルティックシューターの銃口を無人ISへと向ける。

「これで終わりだ!」

 ミサイルが全て無人ISに直撃し、最大出力の光線『ハードショット』が無人ISを撃ち抜き、欠片一つ残さず吹き飛ばす。
 ロボライダーはベルトを再び光らせると、今度は身体を液状化させて楯無と交戦している無人ISへ体当たり攻撃を仕掛け、地面へと落として実体化し、青と銀の体色をした形態へと変化する。

「俺は怒りの王子! RX! バイオ! ライダー!」

 怒りを激流に変え、悪を押し流す青い怒涛……『バイオライダー』は再び身体を液状化させ、体当たり攻撃『バイオアタック』を仕掛ける。逃れようとする無人ISだが楯無は水を展開して無人ISへと放つ。

「光太郎さん! お願いします!」
「逃がさん!」

 バイオライダーは身体を液状化させたまま水流と一体化し、無人ISを締め上げ、背部ユニットとスラスターを破壊して実体化する。

「マックジャバー!」

 続けてバイオライダーはロボイザーから変化した『マックジャバー』に跨がり、正面から突撃する。無人ISはシールドユニットを展開しながらビームを撃ちまくるが、バイオライダーとマックジャバーは身体を液状化させてビームを透過させ、エネルギーシールドを破壊して撥ね飛ばす。

「バイオブレード!」

 バイオライダーは左腰付近に手を持っていき、実体剣『バイオブレード』を持つと無人ISへと斬りかかる。無人ISは迎撃しようとビームを撃つが、バイオライダーはバイオブレードでビームを吸収し、逆に撃ち返して左腕を吹き飛ばし、接敵するや軽やかな斬撃の嵐を見舞う。

「それじゃあ、こちらも決めましょうか!」

 楯無はランスの先端に『アクア・ナノマシン』を集中させ、無人ISへと突撃する。

「スパークカッター!」

 バイオライダーもバイオブレードを青く発光させて無人ISを逆袈裟に斬りつけ、直後に楯無が一撃必殺の大技『ミストルテインの槍』を無人ISに叩き込み、完全粉砕する。
 バイオライダーは仮面ライダーBLACK RXの姿に戻ると、残る1機にトドメを刺すべくサンライザーに左手を当てる。

「リボルケイン!」

 光を結晶化させて悪を打ち砕く光の杖『リボルケイン』を抜き放つと、右手に持ち替えて跳躍する。急降下しながら必殺の突き『リボルクラッシュ』を放ち、無人ISの腹部にリボルケインを突き刺して串刺しにする。仮面ライダーBLACK RXはリボルケインを通して無人ISに大量の光エネルギーを流し込み、余剰エネルギーが火花という形で溢れ出す。
 光エネルギーを流し込み終えると、仮面ライダーBLACK RXはリボルケインを引き抜いて飛び退く。そして敵に背を向けてリボルケインを『R』の字を描くように振り、残心を決める。無人ISは仰向けに倒れていき、地面に背中が付いた瞬間に轟音と火柱を上げて大爆発を起こす。
 変身を解除した光太郎の横に楯無と簪も降り立ち、ISを待機形態に戻す。和也とジョーも歩いてくる。

「悪いな、光太郎。余計な手間を取らせちまってよ」
「いえ、そんな。ありがとうございます、滝さん」
「別に礼を言われることはしちゃいねえさ。俺の方が感謝したいくらいだぜ。こうしてあいつらの後輩、11人目の仮面ライダーに会えたんだからよ」
 
 光太郎と和也は顔を見合わせて笑い合う。

「これから滝さんはどうするんですか?」
「お前の先輩、つまり別の仮面ライダーを迎えにな。それじゃ、俺は行かせてもらうか。楯無嬢と簪さんもまた今度、IS学園で会おうぜ」
「分かりました。滝さんこそ気を付けて」

 光太郎、楯無、簪にそう告げると和也は次の仮面ライダーを迎えに行くべく歩き出し、やがて港から姿を消す。続けてジョーが口を開く。

「じゃあ俺は響子ちゃんに報告しとくよ。楯無さんも、簪さんも、兄貴も無事だってさ」
「ありがとう、ジョー。響子ちゃんや茂くん、ひとみちゃんにもよろしくな?」
「ああ、勿論さ。それと楯無さん、のほほんちゃんの件なんだが……」
「私からお金は出してあげますから、安心していいですよ?」
「それと私からも注意しておくので……」
「ありがたい。じゃ、2人とも兄貴を頼んだぜ?」

 ジョーもまた走り出して港から立ち去る。しばらく港に立ち尽くしていた三人だが、やがて光太郎が声を上げる。

「色々あったけど、早くIS学園に行こうか! 一夏君はライバルが多いみたいだし、遅れた分を挽回しないとね!」
「心配は無用ですよ? 光太郎さん。いざとなったら生徒会長の権限で……ウフフフ」
「お姉ちゃん、ズルい!」
「簪さんはうかうかしていられないな……俺も先たち達に早く会いたいし、少し急ごうか」

 光太郎は楯無と簪の背中を軽く手で押しながら歩き出し、振り返ることもなく港を後にした。



[32627] 第十四話 宿命という名の仮面(マスク・オブ・フェイト)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:12
 富士山麓に位置する本州最大の軍事演習場『富士演習場』。自衛隊時代に設置された二つの演習場が合併して誕生したこの演習場では、IS用アリーナなど多くの施設が立ち並び、数多くの模擬戦や演習が行われてきた。富士演習場に続く道を一台のバイクが疾走する。乗っているのはラフなジャケットを着た日本人らしき男だ。ゲートに到着すると係員に身分証を見せ、ゲートが開くと敷地内に入る。駐輪場にバイク停車させると男は徒歩で道を歩き出す。
 建物の前に到着すると、眼鏡をかけた女性が立っている。優しげな顔立ちに穏やかな雰囲気を漂わせて、背は然程高くは無いがスタイルは抜群だ。特に胸の膨らみは服の上から分かるくらい豊かで、身長に比べ明らかに大きい。女性も歩み寄ってくる男に気付くと顔を向ける。男は女性に声をかける。

「悪いね、山田先生。10分くらい遅刻ってとこか」
「お気になさらないで下さい、滝捜査官。よくある事ですから」

 声をかけた男こと滝和也に女性……山田真耶は微笑んで首を振る。
 和也はインターポール捜査官で、真耶はIS学園の教師だ。一見何の接点もない2人がなぜ待ち合わせていたのかと言うと、和也の戦友で、真耶とも縁が深いカメラマンの一文字隼人を迎えに行くためだ。和也と隼人は『ショッカー』や『ゲルショッカー』と戦った。バダンの襲撃に前後してガモン共和国で再会した後は、バダン相手に共闘した。 
 一方、真耶が隼人と出会ったのはIS学園1年生だった頃、在学中に国防軍からスカウトされて日本の国家代表候補生となった真耶に隼人が取材を申し込んだことがきっかけだ。正規の取材は1回だけだが、隼人に興味を持った真耶は『立花レーシング』に顔を出し、『取材』を受けていた。
 真耶は受領した専用機『赤鉄(あかがね)』に搭載されていた『ヴァルキリー・トレース・システム』の暴走で機体に取り込まれたが、隼人により救出された。IS学園教師となった後、織斑一夏の密着取材を申し込んできた隼人と再会したが、隼人は『シャルル・デュノア』を取材にフランスへと旅立ってしまい、長くは話せなかった。
 隼人はこの演習場で取材中だと和也と真耶は聞いている。もっとも、和也の目的はそれだけではない。
 隼人が取材している少女はとある政治家の一人娘であり、IS適性がAはあることから『亡国機業(ファントム・タスク)』が拉致しようしている、との情報が入っている。和也が出向いたのはそれを阻止するためでもあり、真耶は勿論隼人にも話している。

「ったく、連中の体力と根性には呆れるぜ。本当にショッカー相手にしている気分だ」

 亡国機業の作戦はことごとく潰してきた筈なのだが、あまりダメージはないらしく、いたちごっこだ。そしてショッカーのしぶとさもかなりのものである。
 ショッカー残党は幾度となく再起を図り、その都度隼人たちにより鎮圧されているのだが何度でも復活してくる。『白騎士事件』で直接ミサイルを発射したのはショッカーの残党だ。しばらく考えていた和也だが、真耶が怪訝そうな表情で見ていることに気付くと思考を中断する。

「確か、一文字が居るのはIS用のアリーナだったな」
「はい。今トライアルを受けている来栖川桜さんを待っているらしいです」
「ならとっとと行きますか。俺としてもあいつとは少し話したいことがあるしよ」

 和也と真耶は隼人がいるであろうアリーナへと向けて歩き出した。

**********

 富士演習場にあるIS用アリーナ通路をISスーツを着た少女が歩いていく。額には汗が浮かび、頬が上気している。少女はドアを開けてロッカールームに入ると、ISスーツから私服へ着替えてロッカールームから出て休憩室へと入る。横から水が入ったボトルが少女に差し出される。差し出したのはカメラを首にかけた男だ。

「お疲れ様、桜ちゃん」
「ありがとうございます、一文字さん」
「どういたしまして。手応えはあったかい?」
「いえ、無我夢中でやっていたのであんまり覚えていないというか……」
「なに、何事でも最初の内は誰でもそうなるもんさ。ISでも撮影でも、ね」

 男こと一文字隼人は少女こと来栖川桜に笑ってみせる。
 隼人はフリーのカメラマンで、代表候補生の『候補』としてトライアルに参加した桜を取材しに来た。1年前に適性検査でAを出し、訓練を受けた桜はメキメキと力を付けていき、実力を日本国防軍が聞き付けて代表候補生としてスカウトした。その時に隼人が桜に取材を申し込み、桜は受け入れた。取材当初はどちらも堅苦しい対応だったが、隼人のフランクさや桜自身堅苦しいのを好まないこともあり、今では隼人はタメ口で『桜ちゃん』呼ばわりしている。桜にとっては取材に来たカメラマンというより雑談相手に近い感覚だ。

「それに桜ちゃんを見込んだのは、あの山田管理官なんだ。だからもっと自信を持っていいさ」

 桜を国家代表候補生に推薦したのはIS運用部大佐で、IS操縦者直属の上司『管理官』の山田俊輔だ。俊輔は創建期からISに関わり続け、『管理官補佐』として織斑千冬が第二回『モンド・グロッソ』決勝戦を棄権し、上官の岩田顕義が左遷されるまでその職にあった。顕義の左遷後は管理官へ昇格し、現在では更識簪を始め数人のIS操縦者を担当する傍ら、代表候補生のスカウトも担当している。俊輔は操縦者の素質を見抜くことに長けており、男性ながら運用部でも一目置かれている存在だ。さらに言えば桜の父親とは同期で、暗黒結社『ゴルゴム』と戦い抜いた戦友同士だと桜は聞いている。

「ありがとうございます、一文字さん。けど私なんか未熟で……」
「よくないな、『私なんか』って言うのはさ。その『私なんか』を見込んだ山田管理官や俺の立場はどうなるんだい?」
「それは、そうですけど。でも私、中々自分に自信が持てなくて……」
「大丈夫さ。君と同じように自分に自信が持てなかったけど、代表候補生になって、今じゃIS学園の教師をしてる娘だっている。その娘も今では自分に自信を持てているみたいだし、君も自信が持てるようになるさ」
「代表候補生でIS学園の先生に、ですか?」
「ああ。先生になったって聞いた時は驚いたけどさ。IS学園に入学したら会えるんじゃないかな」

 隼人の話を聞きながら桜は内心自身が憧れているある人物について思い浮かべる。
 桜は中学三年生であり、来年度のIS学園への入学を目指している。IS学園への入学を希望しているのは、実質学費が殆どかかららず全寮制で、男手一つで育ててくれた父の負担が減るのではないかという思いもあるが、一番の理由は自身が憧れ、目標としている2人に会いたいと思っているからだ。
 1人は世界最強のIS操縦者『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬だ。これは桜に限った話ではなくIS操縦者は皆千冬に憧れている。その強さと美貌からIS学園にも多くの信奉者を抱えていると桜も聞いたことがある。隼人は微妙そうな表情を浮かべて聞いていたが。
 もう1人は元代表候補生で、千冬と同じくIS学園の教師をしている。桜がその人物を知ったのは、ある模擬戦の映像がきっかけだ。その人物の動きは他の代表候補生とは一線を画しており、間違いなく日本代表操縦者になったと思っていた桜だが、実際はIS学園教師の道を選んだと聞いて調べてみた。彼女はIS適性がCだったが、学年別トーナメント優勝を皮切りに、瞬く間に同学年では並ぶ者の無い実力者となり、代表候補生となった。
 桜は彼女に尊敬の念を抱くようになった。適性が低いながらも代表候補生に登り詰めたのだ。恐らく相当の努力をしたのだろう。同時に桜は彼女のようになりたいと願っている。自分に自信が持てない桜だが、彼女のよう努力で登れる所まで登っていきたかった。自分にも自信が持てる気がするからだ。
 しばらく黙って考えていた桜だが、隼人に促されて休憩室を出る。雑談しながら廊下を歩いている内に、自然と前方への注意が疎かになる。

「ひゃあ!?」

 桜はうっかり十字路で曲がってきた相手と正面衝突する。相手が派手に仰向けに転ぶと勢い余って自身も前のめりに倒れてしまう。声から察するにぶつかったのは女性だ。
 むにゅり、と柔らかい何かを触った感触が桜の手や顔に伝わる。それが女性特有の胸の膨らみであること、それが自分と衝突した女性のものであることを知り、自分が今どんな状況であるかをようやく悟る。桜は胸の谷間に顔を埋めている。しかも庇おうと出した手まで女性の胸に当たっていた。

「ご、ご、ご、ごめんなさい! 私うっかりしていて全然気付かなくて!」

 慌てて立ち上がった桜は顔を真っ赤にして女性に頭を下げ続ける。同時にお世辞にも大きいとはいえない自分に比べ、アンバランスなまでに大きく、柔らかく、豊かな女性の胸が羨ましいなどと桜は頭の片隅で考えているが。

「そんなに謝らなくても……私の方こそ話に夢中だったので」

 女性も苦笑して首を振るが、桜は女性の顔を窺うことすら出来ない。

「まさかこんな形で遭遇するなんてな、滝。久しぶりだってのに、悪いな」
「気にすんな一文字。こっちこそ邪魔をしちまったみたいだな」
「なに、丁度いいタイミングだ。この娘に彼女の話をしていたんだから」

 一方、隼人は女性の連れらしい滝という男と話すと、女性へと向き直り話し掛ける。

「久しぶりだね、真耶ちゃん。学園の仕事だって忙しいだろうに、悪いね」
「いえ、気にしないで下さい。私もまた一文字さんと会えるのを楽しみにしていましたから」

 隼人が笑いかけるとその女性もまた隼人に微笑み返す。その光景を半ば呆けて見ていた桜だが、女性の顔が見える。見覚えがある。間違いない。織斑千冬と並んで自身が憧れ、目標としていた人物なのだから。

「あの!」

 意を決して桜は女性に向かって声を上げる。

「元日本代表候補生の山田真耶さん、ですよね?」
「そうですけど、どうかしましたか?」

 怪訝そうな表情を浮かべる女性こと真耶に桜が話し始める。

「そ、その!わ、私!ず、ずっと貴女のファンと言いますか! あ、憧れていたんです!で、ですからサ、サイン……いえ!あ、握手して頂けないでしょうか!?」

**********

 富士演習場管理事務所に通じる道を、4人の男女が歩いている。

「山田先生がそんなに凄いとは思わなかったぜ。だって千冬とサシでやり合ったんだろ?」
「俺だって最初見た時はたまげたさ。真耶ちゃんが『ブリュンヒルデ』も認める実力者になるなんて、夢にも思わなかったしな」

 和也と隼人は目の前で桜と話す真耶を見て呟く。真耶は桜と色々と話し込み、感極まって泣き出しそうになった桜を宥めたりと忙しそうなので、和也と隼人は邪魔にならないように少し下がっている。
 真耶は元ドイツ国家代表操縦者で『シュヴァルツェ・ハーゼ』初代隊長のシュヴェスターと並び、千冬も認める実力の持ち主とされている。圧倒的な強さを誇る千冬だが、ある程度渡り合えた操縦者が二人だけ存在する。シュヴェスターと真耶だ。
 シュヴェスターは第一回モンド・グロッソ格闘部門準決勝で千冬に敗れたが、千冬に一太刀入れるなど格闘戦で渡り合ってみせた。総合優勝者『ブリュンヒルデ』となった千冬だが、部門優勝、つまり『ヴァルキリー』の称号を得たのは格闘部門のみだ。一方、シュヴェスターは第二回大会で3部門の『ヴァルキリー』となり、『ブリュンヒルデ』の称号まで獲得している。さらにシュヴェスターが『キャノンボール・ファスト』部門で出したタイムは未だに更新されておらず、千冬との対比で『世界最速』と称されることもある。
 一方、真耶は表舞台で華々しく活躍した訳ではない。実際ある試合が無ければ、千冬に次ぐ実力者と言われなかっただろう。だが千冬の引退試合で真耶の評価は大きく変わった。世界中のIS操縦者が手合わせしたい、あわよくば倒したいと集まり、全員千冬が相手をすることとなった。その様子は『赤心少林拳』の『地獄稽古』に例えられるほど凄まじいものであったが、千冬は挑戦者を一刀で斬り捨てていた。だが真耶は武器が一対一で渡り合ってみせ、最終的に敗れこそしたが大いに奮戦した
のだ。

「一つ気になっていたんですけど、なぜ代表操縦者になられなかったんですか?」
「IS学園の教師になりたいって思っていたし、昔からドジだったから」

 真耶は桜に苦笑してみせる。
 千冬の現役引退後は、現国家代表の門矢や海東、小野寺、光ら先輩代表候補生を差し置いて最有力候補と言われた真耶だが、結局代表候補生のままで終わった。理由は真耶が教師志望だったこともあるのだが、生来のドジさに因る所も大きい。しかもそのドジの度合いが尋常ではなく、いつドジを踏むかも分からないというオマケまで付いている。そのため、今でも格下の相手に信じられないようなミスを犯して敗北することがたまにある。
 最たる例は今年のIS学園の入学試験だろう。試験官として受験生の相手してた真耶は、男性の織斑一夏がISを動かしたことに動揺し、壁に突っ込んで自滅した。ゆえに真耶のドジさを知る管理官が代表選考で強硬に反対し、模擬戦で見事な『ドジ』を披露して自滅したことや本人の進路希望もあって沙汰止みになった。一連の話を聞いた隼人は時折『ぽか』をやらかすある男を思い浮かべたのだが、それはまた別の話である。

「けど驚いちゃった。握手してくれなんて言われたの初めてだったから。桜さん、どうして私なのか聞いていい?」
「はい。私、小さい頃は身体が弱くて幼稚園とか学校も休みがちで、父や母に迷惑を掛けっぱなしだったんです。IS操縦の訓練を受けるようになっても自分に自信が持てなくて。そんな時に山田さんの存在を知って、驚いたんです。適性だって低かったのに、代表候補生にまでなって。そして憧れたんです。私も、山田さんみたいになれるんじゃないかなって、勝手に希望を持ったんで。でも、違うんですよね。その分山田さんは誰よりも努力し続けていたんですよね。そんな山田さんに比べて私は……」
「『私は適性も高いし、山田さんと違って全然努力出来てないのだから比べるのもおこがましい』、それに『他の人に比べて恵まれているのに、そんな事考えて勝手に自信無くしてる自分が一番嫌い』、ってとこかな?」
「な、何でそれを!?」

 自身の言いたいことを口にした真耶に桜は驚愕する。

「私も昔は桜さんと同じだったから、言いたいことが分かる気がして」
「山田さんが、ですか?」
「ええ。私も織斑千冬さんに憧れていたんだけど、最初は何でも千冬さんと比べてばかりで、全然自分に自信が持てなかったの。適性からして私はCだったし、ドジな私と違ってあの人は格好よくて、凛々しくて、美しかったもの。だからドジで、勝手に比較して落ち込んでいた自分が一番嫌いで。自分になんか全然自信が持てなかった。自信なんか持てるはずがない。そう思ってた」
「けど、違ったの。千冬さんには千冬さんの良さがあるように、私にも良いところが、『最高』の何かがある。そんなごく当たり前のようなことに、私はある人と出会えてやっと気付けた。だから桜さん、そんなに自分を貶めないで? 桜さんには桜さんだけの『最高』がきっとある。私もそうだったんだから。桜さんもそうだよ」
「山田さん……」
「それに、今の桜さんには私にそのことを教えてくれた人がいるんだから。大丈夫だよ、きっと」

 真耶は桜に穏やかで優しげな笑顔を見せる。

「ありがとうございます、山田さん。私も、頑張ってみますね」

 桜もまた真耶につられるように笑顔を浮かべる。 
 隼人はカメラを構え、シャッタースイッチに指をかけて、押す。シャッター音に気付いた真耶と桜が隼人へ振り返る。

「うん、結構良いのが撮れた。ありがとう、二人とも」
「どういたしまして。けどちゃんと写っているんですか?」
「勿論。ただアングルはあんまり良くないから、最高かと言われると違うんだけどね」
「なら今度は最高の一枚をお願いしますね? 私も最高の写真を見せて貰いたいですから」
「お安い御用さ。最高の一枚が撮れるまで、何枚だって撮ってみせるよ」

 隼人もまた真耶に人懐っこい笑みで応えてみせる。

「山田さん、もしかしてその人って、一文字さん、ですか?」
「うん。私が言ったことも一文字さんからの受け売りなんだけどね」

 真耶は桜と共に再び話しながら先へと進んでいく。

「なあ、一文字」
「なんだ?」

 桜と真耶を微笑ましげに見ている隼人に和也が声をかける。

「もしかして試作型『VTシステム』搭載機、つまり『赤鉄(あかがね)』を操縦していたのって……?」
「そんなこと、俺が知るか!……ってな。そこら辺は想像に任せる。それより、置いてきぼり食らっちまうぜ?」

 和也の質問に隼人は冗談めかして答えをはぐらかすと、歩く速さを上げる。
 少し経つと管理事務所が見えてくる。真耶と桜は建物に入っている。隼人と和也が玄関から建物に入る。隼人たちが階段を上がろうとした所、会議室から数人の男女が出てくる。全員日本国防軍の制服を着用している。会釈して見送った2人だが、少し遅れて大佐の階級章を着けた壮年の男性が会議室から出て、二人を見ると歩み寄ってくる。隼人が男性に一礼すると、男性が先に言葉を発する。

「お早いお帰りですね、一文字さん。取材は控室の方で?」
「ええ。腰を据えて話した方が桜さんも楽でしょうから。それと、今回はご協力ありがとうございます、山田管理官」
「なに、私は何もしていませんよ。ただ許可を出しただけですから」

 礼を述べる隼人に軍服を着た男性こと山田俊輔は笑って答える。
 俊介が桜を代表候補生としてスカウトしたため、桜の取材には本人の許可の他に俊介の許可も必要とされた。俊輔はトライアルの邪魔にならないように、という条件を付けて許可を出してくれた。続けて和也に俊輔が声をかける。

「それと滝捜査官もお疲れ様です。話は聞いています」
「いえ、こちちこそ山田管理官にまた迷惑をかけて……」
「お気になさらないで下さい。亡国機業は我々も看過出来ませんからね」
「なんだ滝、山田管理官と顔見知りなのか?」
「ああ。第二回『モンド・グロッソ』の時に千冬の護衛した時、つまり決勝戦棄権の片棒担いだ時に千冬の担当管理官補佐してたのが山田大佐ってわけだ」

 和也が第二回『モンド・グロッソ』の時に千冬の身辺警護をしていたことや、亡国機業が一夏を誘拐すると決勝戦を棄権した千冬と共に一夏救出に動いたことは、隼人も和也本人や盟友の本郷猛から聞いている。
 和也と俊輔が挨拶を済ませると3人揃って階段を上がり、廊下を進んでいく。控室前に立つと隼人がノックしてドアを開ける。真耶と桜は椅子に座って談笑していたが、隼人を見ると立ち上がる。続けて和也が部屋に入り、最後に俊輔が入った瞬間、真耶が怪訝そうな表情を浮かべ、すぐに驚愕へ変わり、叫ぶ。

「お父さん!? どうしてここにいるの!?」
「どうしてもこうしても、私が管理官だからに決まっているだろう。真耶」

 真耶の驚愕に満ちた叫びを聞くと、俊輔は半ば呆れたように溜息を漏らす。

「あの、山田管理官、山田先生は管理官の……?」
「……娘です」

 恐る恐る尋ねる和也に、俊輔はその一言だけで答えるのだった。

**********

 東京のある雑居ビル。ビルの最上階に来栖川源三の事務所がある。与党幹事長など要職を歴任し、総理大臣にこそならなかったが、豪腕から『砕氷船』と渾名された大物政治家来栖川慎次郎の実子だ。さらに元自衛隊でレンジャー訓練過程を修了し、暗黒結社『ゴルゴム』と戦い抜いた異色の経歴を持つ政治家でもある。ゴルゴムの総攻撃により父と兄が亡くなると、後援者から頼まれた源三は除隊して選挙に出馬、当選を果たして政界入りした。その後は政界で次第に頭角を現し、現在では党の政調会長を務め、国防軍や防衛省に太いパイプを持つことから『影の防衛大臣』とも言われている。
 奥にある部屋で源三が椅子に腰掛け、テーブルを挟んで誰かと対面している。黒い男物のコートを羽織った女だ。顔は黒いバイザーで覆われていて伺えない。

「早速だが本題に入りたい。そちらで回収した『シャドウ』は?」
「無論用意してあります。こちらに」

 源三は秘書らしき男が持つアタッシュケースをテーブルの上に置かせ、止め金を外してケースを開ける。中には指輪が10個入っている。女は中身を確かめると、ケースを閉じて手に持つ。

「確かに確認した。では用件を伺おう」
「『ハイ・シルベールスーツ』の完成には、皆川理沙博士の持つ『ズバットスーツ』及び『シルベールスーツ』のデータが必要不可欠です。しかし皆川博士はデータ提供を拒んだばかりか、『国際宇宙開発研究所』に接触してデータを譲渡しようとしています。ですので……」
「最低でもデータの確保。出来れば皆川博士の身柄を確保しろ、ということでよろしいか?」
「察しが早くて助かります、レディ・リブラ。極力穏便に頼みます。インターポールに嗅ぎつかれると厄介ですので」
「承知している。では、失礼」

 女はアタッシュケースを持ち、コートを翻して部屋から出る。

「ふん、寄生虫共め。偉ぶれるのも今の内だ。『ハイ・シルベールスーツ』さえ完成すれば貴様らなど、病原菌に過ぎんわ。見ておれ。我々から奪い、汚した空を取り戻してみせる」

 女ことレディ・リブラが部屋を出ていくと、源三は憎々しげに吐き捨てる。
 源三は隠してはいるが反IS派の急先鋒であり、裏で反IS過激派集団と接触して活動を支援している。同時に政治家および軍人たちによる反ISネットワーク『グリーンアース・アンド・ブルースカイ』、通称『GEABS』として各国の同志たちと連絡を取り合っている。無論目的はISの排除だ。源三もISを強く憎んでおり、IS操縦者を『ゴミ』、『寄生虫』、『病原菌』呼ばわりして憎悪、侮蔑している。
 政治家となった当初は反ゴルゴムキャンペーンの先頭に立ち、努力の甲斐あってゴルゴムを一掃することに成功した。その後にISが登場した。当初はあまり関心を払っていなかった源三だが、やがてISの登場で急速に社会全体が変化すると、ISに憎悪を抱くようになった。

(俺の親父と兄貴は、俺たちの戦友は、寄生虫どもを守るために死んだんじゃない!)

 ISに乗れるだけでいたずらに威張り散らし、男を侮蔑するIS操縦者の存在は源三にとって許し難きものであった。軍人を名乗る資格すら無い連中が、ISにものを言わせてのさばる。対照的に男たちは左遷され、軍を追われたのだ。許せる筈がない。IS操縦者たちは存在そのものが罪だ。そんな連中を守るために戦友は命を落としたのではない。
 だからこそ、ISの排除を源三は堅く決意した。IS操縦者は国に害をもたらす寄生虫、害虫、病原菌だ。故に徹底的に排除しなければならない。
 同時に源三は簡単にISを排除出来ないとも承知している。悔しいがISの力は本物だ。既存兵器では歯が立たない。感情論のみでIS排除を言う者がいるが、抑止力としてのISは不可欠だ。だからこそ表向きは反対していない。しかしIS以外に対抗可能な兵器があれば話は変わってくる。源三が対抗馬として注目しているのが『ハイ・シルベールスーツ』だ。
 『ハイ・シルベールスーツ』は科学者の飛鳥五郎が設計した宇宙探検用強化服『ズバットスーツ』、改良型で十倍の強度を持つ『シルベールスーツ』を基に、軍事目的で設計したシルベールスーツだ。ズバットスーツは素人が製作したデッドコピーながら、試作型『重力制御装置』で400mものジャンプ力を生み出し、改造人間や人造人間に匹敵する戦闘力を発揮出来る。シルベールスーツなら『ブリュンヒルデ』すら倒せるだろう。もっとも、スーツの戦闘力は装着者に大きく依存する。ダッカーが製作したシルベールスーツは、最終的に装着者の差で性能の劣るズバットスーツに敗れ去っている。
 ハイ・シルベールスーツも装着者の問題にぶち当たっている。装着してまともに動ける人間がいないのだ。スーツは装着者への負荷が大きく、並の人間では歩くことすら儘ならない。装着実験では空挺部隊や特殊部隊出身者、空軍のトップガンなど、精鋭揃いの軍人ですら立っているのがやっとである。
 性能を落とそうにもすでにズバットスーツより数段劣る段階まで落としている。これ以上落としたらISに対抗出来ない。他の手段を使おうにも、改造人間は倫理的問題が大きく、成功率や素体の問題もある。なによりゴルゴムの同類を作るなど、死んでも御免だ。人造人間はも材料となる『DS鋼』の製法が、『ダーク』や『ハカイダー部隊』、世界的大犯罪組織『シャドウ』が壊滅して失われたので新造が出来ない。同じパワードスーツでも『EOS』はようやく実用化の目途が立ったばかりだ。消去法で行けばハイ・シルベールスーツしか残っていない。
 そのため五郎の恋人で、彼の死後は研究を引き継ぎシルベール繊維を完成させた皆川理沙を招聘しようとしているのだが、本人は宇宙開発に役立てたいと協力を拒否している。保有しているスーツのデータの提供も要請したが、やはり拒否された。そこで源三は一計を案じリブラ、というより亡国機業に理沙の確保を依頼した。
 亡国機業はショッカーとほぼ同時期に誕生し、現在は世界中で暗躍している謎の大規模犯罪組織だ。近年ではISに目を付けているらしく、盛んに各国の新型機を奪取している。源三らは亡国機業と手を結んでおり、亡国機業側に情報提供を行って新型機奪取を間接的に支援する、撃墜されて回収したISのコアを返還するなど見返りに、こちらの依頼を引き受けさせたり、未だ残るショッカー残党を抑え込ませている。
 特にショッカー残党のしぶとさは恐るべきものであり、『白騎士事件』にも深く関わっている。もし怪人を持ち出して暴れた場合、対抗出来る兵器はISしかない。だからハイ・シルベールスーツが完成するまで、ショッカー残党の動きを抑える必要がある。そこで毒を以て毒を制する、ということで白羽の矢が立ったのが亡国機業だ。
 亡国機業はこの世界に深く根を下ろしており、政治的・経済的基盤は磐石だ。ショッカー残党を密かに支援していたのも亡国機業だ。『白騎士事件』以降は各組織の残党を吸収し、保有技術や施設を接収してますます力を付けている。
 内心不安に思っている源三だが、向こうも現状維持が望ましいと悟ると安堵した。むしろ467機のISを全て亡国機業のものとしてやりたいくらいだ。ISが奪取されれば責任者は追及され、場合によっては首が飛ぶ。責任者はやはり女だ。つまりISが奪取されれば女は軍内から排除される。当然IS操縦者も冷飯を食わされるだろう。
 IS奪取を口実に男性を復権させ、ハイ・シルベールスーツが完成しすればISなどお払い箱だ。それでGEABSの理念は達成される。その過程で亡国機業にISが集中するが、こちらにはハイ・シルベールスーツがある。467機しかないISならば数で押しつぶせる。
 ISがお払い箱になれば国際IS委員会も解散する。IS学園も解体され、IS関係者は何もかもを失うだろう。源三の先輩である轡木十蔵や同期の山田俊輔には申し訳ないが、IS操縦者たちには制裁を与えなければならない。社会的に抹殺し、今まで散々軽蔑してきた男たちの奴隷、いや家畜として欲望の捌け口にでもなって貰う。IS操縦者はそれだけの罪を犯してきた。
 娘の希望を聞き入れ、IS操縦者として訓練を受けさせたのも偽装の一環だ。娘は今、代表候補生となるためのトライアルを受けている。娘を代表候補生にした男が反ISとは気付かないだろう。ハイ・シルベールスーツが完成した暁には真実を明かし、IS操縦者を辞めさせる。勿論娘から非難されるだろうが、甘んじて受け入れる覚悟はあるし、それだけの悪事を働いてきたとも自覚している。
 しかし今の源三には危急の問題がある。ICPO(国際刑事警察機構)、インターポールが源三達を嗅ぎ回っていることだ。GEABSにも逮捕者が出ており、他のメンバーの名前を吐いた者もいるらしい。証拠を残さないよう注意してきた源三も、いつ逮捕されるか分からない。源三は傍らに立つ男に声をかける。

「急で悪いが、仕事を頼みたい」
「相手は?」
「こちらを嗅ぎ回っているインターポール捜査官、荒井誠と東条進吾だ。今日か明日の内に済ませてくれ」
「丁度いい頃合いです。必ずや日本一のチャクラムの錆にしてご覧に入れましょう」

 男はニヤリと笑って懐からチャクラムを取り出して見せると、再び懐にしまって部屋を出る。
 男は源三の私設秘書ということになっているが、実際は亡国機業との取り次ぎ役兼殺し屋で、源三の護衛や暗殺などを担当している。

「これでいい。これで全てが……」

 部屋に残った源三は窓の外から空を見ながら誰に言うとでもなく呟く。昼下がりの空は、青いままであった。

**********

 
 東京都と山梨県の境にある研究施設。シルベール繊維を完成させたことで世界中に名を知られる皆川理沙のラボだ。
 ISスーツに使われているのはシルベール繊維だ。急激な進歩を遂げているISだが、ISスーツの機能はほとんど進歩していない。理沙が最初に開発したISスーツの完成度が非常に高かったこともあるが、改良が思うように進んでいないというのが現実だ。ISスーツの性能が上がれば反応速度は上がるし、生存率も向上する。だから理沙に協力を求める人間は後を絶たない。しかし理沙は全て断っている。最初のISスーツも宇宙開発のためと『白騎士』用に開発したものだ。理沙は日頃からISが軍事目的で使われていることを嘆いている。
 その理沙のラボにあるソファーに、テキサスハットを被った男が腰かけている。別の男と理沙が部屋に入ってくると、男はファイルを閉じて立ち上がる。

「東条、どうだった?」
「駄目です、やはり証拠になりそうなものは。 あいつらが亡国機業と組んでいることは、分かりきっているのですが」
「落ち着け、東条。相手が相手だ。皆川博士もご迷惑をおかけします」
「いえ、私は大丈夫です。荒井捜査官、少しはお役に立てたでしょうか?」
「ええ。連中が貴女を狙ってきても無理はありませんね」

 男こと荒井誠はもう一人の男こと東条進吾をたしなめると、理沙に一礼する。
 誠はインターポール捜査官で、現役の捜査官では最ベテランながら相棒の進吾とともに事件を追っている。
 誠はかつて妻子共々デスパー軍団が建設した『デスパー・シティ』に閉じ込められ、サイボーグに改造された。その後デスパー・シティから脱出出来たが、記憶を失ってインターポールに保護された。保護された後は捜査官へ志願し、対デスパー秘密捜査官として再び日本の土を踏むことになった。後に記憶を取り戻すと、とある超能力者と協力してデスパー軍団を打倒、自分の妻子を含む五万人の市民を助け出した。
 デスパー軍団壊滅後は妻子と平和な生活を送った誠だが、悪の組織が根深く存在することを知り、妻子の後押しもあり捜査官として現役復帰して悪と戦い続ける道を選んだ。誠の影響か娘のルミもインターポール捜査官となり、相棒の光明寺マサルと世界中を飛び回っている。
 一方の進吾は警視庁八課課長を務めていたが、ダッカーの壊滅に一役買うなどの功績を挙げ、本人が志願したこともあってインターポールへ出向してきた。出向直後に相棒として誠が付けられて以来、時折突っ走りがちな進吾を誠が抑え、時にフォローする関係が長年続いている。
 誠と進吾はGEABSのメンバーと見られる政治家、来栖川源三を捜査している。しかし相手もさるもの、簡単には尻尾を出さない。だから経験豊富な誠が進吾とともに出張ってきた。同時に源三らが理沙の身柄確保を狙うと予想し、護衛として張り付いている。幸い進吾と理沙が旧知の仲らしく、いきさつを進吾が話すとすぐに許可が出た。

「けど荒井さん、なぜ彼らはハイ・ジルベールスーツの完成に拘るのでしょうか?」
「ISに対抗出来るだけの力を手に入れて女たちを見返してやりたい、と言ったところでしょう」

 理沙が口にした疑問に誠が答える。
 GEABSの構成員はISの登場で冷飯を食わさた軍人、もしくは女尊男卑を憎む政治家が中心だ。誠と進吾も彼らから怨み辛みや自身の正当性を聞かされ、挙げ句の果てには自身たちへの同意を求められたことがある。怨み辛みの部分については分からなくもない。確かにIS操縦者は尊大な態度を取りがちだし、誠も職務中に何回も同じ目に遭い、不快に思ったこともある。だが彼らの行動や理念は誠は理解出来ないし、したくもない。
 IS操縦者が尊大な態度を取りがちなのは事実だ。しかし全てのIS操縦者が傲慢で尊大という訳ではない。これは誠や進吾の共通した経験則だ。それを一括りにして醜悪呼ばわりするのは、いたずらに男を見下す女たちとどこが違うのだろうか。ましてや亡国機業とまで手を結ぶGEABSのやり方は、絶対に認められない。

「それと、亡国機業とは何者なんですか? まさか、ダッカーのような?」
「ええ。当座の目的はダッカーと同じです。ただダッカーの『総統D』のような最高指導者がいない上、ダッカーのように世界征服を最終目標とはしていない、という違いもありますがね」

 今度は誠に代わって進吾が答える。
 今までに入手した情報を整理すると、大体進吾が言った通りのことが推測される。亡国機業とダッカーは社会に寄生して利益を吸い上げることを優先し、世界征服を目論んでいた組織とは距離を取っていた、という共通点がある。ただ最高指導者がいたダッカーと異なり、亡国機業には最高指導者は存在していない。13人の最高幹部たちによる合議で組織の方針が決定されているようだ。さらに言えば最終目標があったダッカーと違い、亡国機業の最終目標は見えてこない。もっとも、ダッカーの目標も組織末端まで浸透していたかは微妙だが。
 次の瞬間、誠はライフルをケースから取り出すと窓の外に構えて発砲する。何事かと誠を見る進吾と理沙だが、ライフル弾が当たって落ちたチャクラムを見て、窓の外を見る。誠はすでに臨戦態勢だ。

「出てこい! そこにいるのは分かっている!」

 誠は窓を開けて木陰に隠れているチャクラムの主に叫ぶ。ライフルで撃ち落としていなければ、誠の首がチャクラムで切られていただろう。相手はプロだ。誰が雇ったか察しはつく。来栖川源三はクロだ。周囲を嗅ぎ回っていた自分たちを消しにきた、と言う所だろう。誠の叫びに応えるように、木陰から帽子を被りサングラスを掛け、黒いスーツを着た男が姿を現す。

「流石はインターポール、先ほどのチャクラムに気付くとは」
「目的は、聞く必要もないか。俺と東条が狙いだろう」
「その通り。あなたたちが生きていると色々と不都合がありましてね。ここで死んで頂く!」

 スーツの男は懐からチャクラムを取り出し、指で挟んで誠と進吾へと投げつける。

「博士! ラボから出ましょう! 貴女を狙ってくる連中も来るはずです!」

 誠はファイルを理沙と進吾に持たせてライフルでスーツの男を牽制し、二人が部屋から出ると自身も部屋から飛び出す。

「逃がすか!」

 スーツの男は先回りするために玄関に向けて走り出す。
 誠たちは外に出て停めてあるジープに乗り込もうとするが、黒ずくめの男たちが一斉に物陰から襲いかかる。手にはナイフや特殊警棒が握られている。

「さっきの男の仲間か!?」
「ああ! ただし狙いは博士の方だろうがな!」

 誠と進吾はライフルを得物代わりに、あるいは素手で次々と蹴散らしていく。残り僅かになった時、突如として誠が持っていたライフルが鞭によりひったくられる。驚愕しながらも進吾と共に素手で男たちをぶちのめしていく誠だが、最後の男を蹴り飛ばした瞬間、再び鞭が誠を打ち据える。防御した誠の前に鞭の主が姿を現す。バイザーを着けた女だ。男物のコートを羽織り、その手には鞭が握られている。

「レディ・リブラ!」
「流石だな、荒井誠。男にしては上出来だ。部下にしてやってもいいくらいだ」
「荒井さん、まさかこいつが!?」
「ああ。亡国機業最高幹部の1人だ!」

 進吾も誠とともに理沙を守るようにレディ・リブラの前に立つ。
 亡国機業の最高幹部13人のうち、12人は専用機と直属の部下を持つ優秀なIS操縦者だ。レディ・リブラもその1人だ。誠も外見的特徴くらいは把握している。リブラは誠と進吾に構わず理沙に話し始める。

「皆川博士、おとなしく一緒に来てもらおうか」
「お断りします! あなた方に教えることなど何もありません!」
「私は教わる気もない。ただ、どうしても貴女の見解を聞きたいという者がいてな。私は代理という訳だ。私としても力ずくというのは不本意なのだが」
「ふざけるな! どの口でそんなことを!」
「部外者は黙っていろ、東条進吾。博士、私は貴女を傷付けてまで連れていくつもりはない。しかし、こちらも引き受けた以上手ぶらでは信義に反する。互いに妥協するのが最善だろう。博士がズバットスーツとシルベールスーツのデータを譲って頂けるのであれば、ここで手を引こう」
「お断りします! シルベールを悪事に使わせるなど! それにズバットスーツとシルベールスーツのデータはすでに廃棄しました! 私をいくら尋問しても無駄です!」
「ならばこちらの回答はただ一つだ。皆川博士、貴女に直接来て貰う!」
「させるか!」

 鞭を理沙に巻き付けようとするリブラだが、誠が割って入り鞭が誠の腕に巻き付く。誠は腰を据えて鞭を引っ張り、リブラと綱引きのような形となる。直後にチャクラムが飛んでくる。首を振ってかわす誠だが、かすったチャクラムで頬が切れて血が頬を伝う。

「ほう、その状態で私のチャクラムをかわすとは、見事としかいいようがありませんね」
「お前は!?」

 スーツの男が指でチャクラムを回しながら歩いてくる。

「東条、ここは俺が引き受ける。お前は博士を連れて先に行け」
「しかし荒井さんは!?」
「俺は大丈夫だ。デスパーに比べれば、このくらい。分かったらさっさと行け!」
「……後で必ず迎えに!」

 進吾は理沙を車に乗せて走り出す。車が走り去っていくのを見届けたスーツの男はニヤリと笑う。

「博士と相棒を助けるために自分を捨て石にしますか、見上げた根性です。しかし、間もなく無駄になるでしょう。あなたの相棒も、チャクラムの錆となるのですから!」

 スーツの男は勝ち誇った表情でチャクラムを誠に投げ付ける。だが何かが当たってチャクラムの軌道を逸らすと、チャクラムは鞭を切断する。驚愕を隠そうともしないスーツの男だが、チャクラムを弾き飛ばしたのが投石だと気付く。直後に誠やリブラ、スーツの男の耳にギターの音が入ってくる。

「この曲は……」

 誠はこの曲を知っている。家族と日本で生活していた時、登山服を着た青年が街中で弾き語っていたのを見たことがある。それを思い出していた誠だが、背後から歩いてくるギターの主に気付いて振り返る。リブラやスーツ姿の男も視線を向ける。
 やってきたのは黒いテンガロンハットに、黒いレザーのジャケットとパンツを着た男だ。男は手袋を嵌めたまま白いギターを弾き、ゆっくりと歩いてくる。誠は乱入者が只者ではないと悟る。ただ歩いているだけに見えて隙が無い。スーツの男は気付いていないのか、真っ先に口を開く。

「何の用ですか? 出来れば手短にお願いしたいのですが」
「なに、煩いハエが飛んでたんで、石でも投げて追い払おうと思ったら、どうもこいつがあんたの商売道具だったみたいでね。謝ろうかと思って来たんだ」
「何!? ならばチャクラムを打ち落としたのは!?」

 不敵に笑って答える男にスーツの男の表情が強張る。自慢のチャクラムを石で迎撃された挙げ句、ハエ扱いされたのだから当然だが。

「貴様、何者だ? なぜ嘴を突っ込む?」
「見ての通り、ただの渡り鳥ですよ。なに、ちょいと害虫を啄んでやろうと思いましてね、亡国機業の最高幹部レディ・リブラさん」

 ギターを持った男は笑ってリブラの正体を言い当てる。続けて男は口を開く。

「勿論お前さんのことも知っている。亡国機業暗殺部隊所属の殺し屋、戦輪の右京。その名の通り暗殺部隊随一の戦輪、チャクラムの使い手」
「ただし! 腕前は日本じゃあ2番目だ」
「2番目? 面白い! では日本一はどなたか教えていただきましょうか!?」

 戦輪の右京は手の甲を向けて指を二本立てる男を睨み付け、語気を強める。しかし男はテンガロンハットで一旦顔を隠すと、口笛を吹いて舌を鳴らしながら指を振り、テンガロンハットを上げて顔を晒すと不敵に笑って自身を親指で指差す。

「言ってくれますね。ですが私の腕を見て、その大口が叩けますかな!?」

 戦輪の右京は自信ありげに笑うと、チャクラムを指で挟んで手近な木に投げ付ける。最初のチャクラムが横向きで木に当たると、次のチャクラムが最初のチャクラムに食い込む。残りのチャクラムも縦横交互に突き刺さり、全てのチャクラムが数珠繋ぎとなる。

「私のチャクラム捌きを見ての感想はどうですか? このチャクラムは鉄すら切り裂ける特殊金属製。僅かでも力加減やタイミングが狂えば、数珠繋ぎになる前に切断してしまうか、突き刺さる前に弾かれてしまう。この絶妙な力加減! タイミングの計り方! これが日本一の技と言うものです! では、次はあなたの番ですよ」

 戦輪の右京は勝ち誇り、同じ枚数のチャクラムを渡そうとするが、男は手で制する。

「いや、俺は一つで十分だ」

 男が自分にチャクラム渡すようにジェスチャーをすると、戦輪の右京は鼻を鳴らしてチャクラムを一つだけ渡す。男は穴に指を入れてチャクラムを回すと、明後日の方向にチャクラムを投げる。

「愚かな! 勝てぬとみて自ら勝負を捨てましたか!」

 戦輪の右京が男を嘲った瞬間、男が投げたチャクラムは壁や木々に当たって跳ね返り、戦輪の右京が投げたチャクラムへ当たる。そして弾き飛ばされたチャクラムが一斉に戦輪の右京へと襲いかかる。戦輪の右京が最後に投げたチャクラムが、驚きのあまり動けない右京のネクタイピンへ縦に突き刺さり、縦横交互にチャクラムが突き刺さる。最後に男が投げたチャクラムが突き刺さり、新たなチャクラムの数珠繋ぎが完成する。

「そのチャクラムは鉄すら切り裂ける特殊金属製だ。ほんの僅かでも力加減やタイミングが違ったなら、ネクタイピンに突き刺さるどころか、胸を切り裂いていただろうな。で、俺のチャクラム捌きを見ての感想はいかがかな?」

 余裕綽々の笑みで言い放つ男に対し、屈辱に打ち震える戦輪の右京だが、踵を返して男と誠に背を向けて姿を消す。リブラは黙って鞭を構えて男に狙いを定める。男もギターを置いて構え、睨み合いとなる。しかし突然均衡が破れ、2人は一斉に動き出す。レディ・リブラは鞭で、男は素手で飛んできたナイフを掴み取る。
 誠と男、リブラがナイフの飛んできた方向を見ると、長身で豊かな金髪をしたスタイル抜群の美女が、ロングヘアーの美女と黒髪の少女を従えて立っている。ナイフを投げたのは金髪の女だろう。

「一体何のつもりだ? スコール・ミューゼル」
「それはこちらの台詞よ、リブラ。私の管轄で好き勝手するのはやめてもらえないかしら?」
「幹部会での決定を忘れたか? あの男との繋ぎは私に一任すると取り決めた筈だ」
「やはり貴女にはまだ届いてないようね。貴女宛の新しい指令よ。今すぐ読んで頂戴」

 金髪の女ことスコール・ミューゼルの豊かな胸から封筒を取り出すと、リブラに向かって投げる。中身を読むとリブラは封筒を懐にしまい、黙って歩き去り、姿を消す。男と誠はスコールとその取り巻き二人と対峙する。
 スコールもまたリブラと同じく『亡国機業』最高幹部の1人で、『見境なしの雨』、『獅子の女王(リオン・レーヌ)』などの異名を持つ。残りの2人も亡国機業の構成員だ。どちらもスコール直属の部下だと誠は悟る。男はそれに気付いていないかのように振る舞ってみせる。

「ありがとう、スコール・ミューゼルさん。ですが亡国機業最高幹部の貴女が、どうして俺たちを?」
「こちらにはこちらの事情がある、ということよ」
「そういうことだ。今回はスコールに免じて許してやるから、とっとと目の前から消えるんだな!」
「これは驚いた。誰かと思えば、亡国機業構成員のオータム。第2世代機『アラクネ』の装着者にしてマチェーテの名手。そして、スコール・ミューゼルの恋人」
「ば、馬鹿! 確かにその通りだが場所ってものを考えろ! いくら事実でも気恥ずかしいというか……」
「……そういう問題ではないだろう」

 恥ずかしがるロングヘアーの女ことオータムに黒髪の少女がツッコミを入れる。スコールは笑顔で男と対峙したままだ。続けて男は黒髪の少女を見ると、誰に言うでもなく呟く。

「世の中、同じ顔をした人間が3人はいると聞いたが、滝和也といい、この人といい、『ブリュンヒルデ』といい、似て欲しくないヤツと似てるのはどうなんだろうな。少しは俺を見習って欲しいもんだぜ」

 男は意味ありげに誠を一瞥すると、再び黒髪の少女へと視線を送る。言われてみると少女は織斑千冬とよく似ている。直後に少女はISを部分展開し、ライフルを取り出すと男のすぐ横にビームを発射する。

「次にねえさんをその名前で呼んでみろ。私は貴様を撃ち殺す!」
「やめなさい、エム。ISを使って殺しはするなと前にも言ったはずよ?」

 スコールが少女ことエムを手で制すると、エムは一回鼻を鳴らし引き下がる。同時に誠はエムが所持している専用機が何か確信する。

「それはイギリスから強奪した、『サイレント・ゼフィルス』か!」

 イギリスの第3世代機『サイレント・ゼフィルス』だ。強奪された後はIS学園や国際宇宙開発研究所の襲撃に使用されている。相手は専用機持ち3人、こちらは生身の男2人。いくらギターを持った男でもキツいだろう。誠の内心を見抜いたのか、スコールは懐から何か取り出して告げる。

「別にあなたたちを殺しはしないわ。けど捕まる訳にもいかないの。では、ごきげんよう」

 スコールはその『何か』を男2人に投げつける。誠たちが伏せると爆発が起こり、周囲が濃い煙に包まれる。煙幕らしい。完全に煙が晴れるとスコールたちの姿はない。逃げられたようだ。誠は立ち上がると改めて男に向き直る。

「助けてくれてありがとう。一つ聞きたいんだが、君は東条進吾という男を知っているか?」
「ええ。大学時代からの友人ですからね。それであなたは荒井誠さん、ですね? 話はあなたと共にデスパーと戦った『自由の戦士』から聞いています」
「なら話は早い。こちらも東条から聞いていたよ。『さすらいのヒーロー』としてのことも含めて。それで、用件は?」

 誠は男の正体と、男に自身の存在を教えたのが誰かを悟り、男と固く握手を交わした後で男を促す。

「実は二つ、皆川理沙さんと東条に伝えたいことがありまして。一つはズバットスーツとシルベールスーツのデータについて、もう一つは来栖川源三についてなのですが」
「分かった。私から伝えよう。順を追って話してもらえないか?」
「はい。まずデータについてですが、皆川理沙さんが三分割したデータの内、一つは俺が、もう一つは結城丈二博士が預かっているんです。そして残る一つ、つまり理沙さんが手元に持っていたものはご依頼通りIS学園の轡木十蔵さんへ届けた、と。次に来栖川源三の方なんですが、俺もある人物から調査を依頼されていましてね。インターポールに俺の友人がいると聞いたら、是非会って話したいから連れてきてくれ、と」
「分かった。少し待っていてくれ、東条に連絡を取ってみる」

 誠は通信機を取り出して東条に言付けを伝え、打ち合わせを行ってから通信を終える。

「確かに伝えた。なら早速行こう、その人物の居場所へ」
「分かりました。依頼人もあなたがインターポールと知れば安心すると思います。では、行きましょう」

 男に続けて誠もまた歩き出すのだった。

**********

 太陽が完全に沈み、月と星の明かりが夜空を照らしている富士演習場。

「けどお父さんも最初から言ってくれたら時間をずらしたのに……」
「山田先生、ここでは管理官か大佐でお願いします」
「……失礼しました、山田管理官」
「けど山田管理官が真耶ちゃんのお父さんだったなんてね。見た目も似ている訳じゃなし、名字も珍しくもないから、思いもよらなかったぜ」
「私も管理官が山田さんのお父様だったとは思いませんでした。……もっと早く知っていたら、色々聞きたいことがあったのに」
「けどこの二人見ていると、どうしてもブラコン怪人と一夏君を思い出しちまうな」
「あの『おとう党』大幹部を、か?」
「ああ。あいつ、ちゃんと学園じゃ『織斑先生』って呼ばせて、一夏君も名字で呼んでるんだぜ?」
「少し想像してみたんだが、もの凄い違和感しかないのは俺だけか?」
「なに、最初見た時は俺もそうだったさ」

 食堂で俊輔と真耶、桜に隼人、和也が雑談に興じている。俊輔は公私の区別をハッキリと付けるため、娘の真耶を山田先生と呼んでいる。しかし真耶は慣れないのか時折素が出てはたしなめらている。トライアルが終了したので桜も帰っていいのだが、家に帰ってしまえば独りになってしまう。亡国機業が狙っている中、一人きりにするのは危険だ。5人は演習場の宿舎に泊まり込む。

「そう言えば桜さん、桜さんのお母様はどんな人だったの? 勿論話したくないのならいいんだけど……」
「いえ、大丈夫です。私の母は科学者だったと聞いてます。皆川博士の共同研究者として、シルベール繊維を使用した宇宙服の研究を進めていたとか。私からも質問してもいいですか?」
「何かな?」
「山田さんのお母様はどういう方なんですか?」
「ごく普通の専業主婦、かな。今はお父さんと一緒に写真撮影にハマっているらしいけど」
「意外ですね、山田管理官。そのような趣味をお持ちだったとは」
「下手の横好きというものです。大したものは撮れていませんよ」
「なに、アマチュアはプロには思いもよらないようなアングルから、意外な一枚を撮る場合もありますからね。謙遜せずとも大丈夫ですよ」

 今、真耶と桜はそれぞれ母親の話をしている。桜の母親が仕事でイギリスに赴いた際、列車事故に巻き込まれて亡くなったと真耶も聞いている。真耶も気が引けたが、家族の話をしようしない桜が気になり聞いてみた。両親ともに健在な真耶は恵まれている方だろう。一方、桜の父親については全員承知している。
 桜の父親である源三は元自衛官で、現在では国会議員である。特にゴルゴムとの戦いを経験したこともあり、ISに不満を抱いく国防軍内の男性からは最早信奉に近い勢いで支持を得ている。ふと真耶は俊輔に和也、それに隼人を見比べてみる。

(クライシス帝国までのことを経験した世代って、私たちとは違うって聞いているけど、間違いじゃないのかも)

 クライシス帝国が崩壊するまで、この世界は常に悪の組織の脅威に晒され続けてきた。そのためか一連の事件を経験した世代は妙に度胸が座っており、ちょっとやそっとのことでは動じない。勿論個人差もあるが、真耶の周辺ではよく当てはまる。

「真耶ちゃん、どうかしたかい? 俺たちの顔をジロジロ見ちゃってさ。何かついてるとか?」
「あ、いえ、何でもないです」

 隼人が怪訝そうな顔をして尋ねるが、真耶は慌てて首を振る。同時に通信が入ったらしく、和也は部屋の外に一旦出る。入れ違いに国防軍の制服を着た男性が入ってくると、俊輔に耳打ちをする。すると俊輔の顔色がみるみる内に変わっていく。

「何!? それは本当か!?」
「は、はい。こちらのレーダー網でも確認出来ました」
「あの……」
「一文字! 悪いが俺と来てくれ!」

 真耶が俊輔に尋ねようとした瞬間、今度は和也が血相を変えて飛び込んでくる。

「滝、何かあったのか?」
「俺の同僚から連絡が入ったんだが、今この近くで無人ISに襲撃されているらしいんだ」
「なんだと!?」
「国防軍にも救援を要請したらしいが、ISが出撃しても到着までもつか……」
「だから俺の出番って訳か。分かった!行くぞ、滝!」
「おうっ!」

 隼人は和也と共に部屋を飛び出し、廊下を走る音が響き渡る。

「山田管理官、まさか!?」
「こちらも確認したところです。山田先生、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「演習場にある『打鉄』を使い、救援に向かって頂けないでしょうか? 演習場に残っている者の中でISを使えるのは、山田先生だけですから」
「ですがそれでは!?」
「処分は覚悟の上です。ですが、軍人の端くれとして見捨てるなど、出来ません。一切の責任は全て私が取ります。ですので、お願いします」
「……分かりました。ただちに」
「待って下さい!」

 桜が割り込むようにして強引に話に入ってくる。

「山田管理官、私も出撃させて下さい! 私もIS搭乗資格はありますし、身分的にも問題ありませんから!」
「駄目だ! 君はまだ軍属ではない! 第一、実戦経験の無い者を出撃させる訳にはいかない!」
「ですが私もIS操縦者です! 目の前で危地に立たされている人を守れないのに、資格があると言えるでしょうか!? 仮に他の方々が認めても、私が認められません!」
「……分かりました。許可します。ただし、決して無理はしないこと、山田先生のサポートに徹するじち、こちらからの指示に必ず従うこと。以上の三点は絶対に守って下さい」
「はい!」
「なら桜さん、急ぎましょう!」

 真耶の言葉をきっかけとして全員が慌ただしく動き始めた。

**********

 夜の富士山麓を、ジープが猛スピードでひた走る。上空からは7つの影がジープと迫る。黒いマネキンだ。黒いマネキンはジープに取り付こうとするが、ジープは大きく左右に動いて捕まらせない。

「この外見、やはり『ブラックメイデン』か!」

 ジープを運転する進吾は舌打ちする。理沙と共にジープで走っていた進吾だが、突如として『ブラックメイデン』が出現した。ブラックメイデンとはマネキンに似たこの無人ISに、インターポールや国際IS委員会がつけたコードネームだ。

「東条さん、あれは!?」
「篠ノ之束が送り込んだ無人ISでしょうね!」
「ですがなぜ私たちを!?」
「分かりません! 博士が持っているファイルが目的なのかもしれません!」

 動揺を隠せない理沙の質問に、進吾もハンドルを切りながら答える。篠ノ之束のような天才ならば、基本的なデータさえあれば事足りるのだろうか。迷惑極まりない話だ。ISに対抗出来るのはISだけだ。国防軍には救援を要請したが、基地からISが到着するのには時間がかかるだろう。同僚の和也にも連絡したが、それだってまだ到着しないだろう。
 誠からも『ブラックメイデン』に襲撃されたとの連絡が入ったが、こちらは特に心配していない。今頃は日本一の鞭で悉くスクラップにされているに違いない。だがこちらは先にジープがスクラップにされそうだ。ブラックメイデンは左腕からビームを発射する。上手くハンドルを切って回避に成功した進吾だが、次は無いだろう。さらにブラックメイデンがジープに取り付き、屋根が大型ブレードで剥がされる。

「やらせる訳には!」

 理沙を捕まえようとした瞬間、何かに蹴り飛ばされてジープから引き離される。
 ISだ。日本の第2世代IS『打鉄』がブラックメイデンを蹴り飛ばしたのだ。『打鉄』はアサルトライフルを呼び出し、残るブラックメイデンを牽制する。

『こちら富士演習場! 聞こえますか!?』

 同時に無線機に通信が入る。進吾が受信機を取って答えると声が聞こえてくる。

『只今援軍を送りました! 話は全て聞いています! 今の内に退避を!』

「救援感謝します!」

 進吾は手短に答えるとアクセルを踏み込んで離脱する。
 『打鉄』の操縦者は7機のブラックメイデンと対峙する。別の『打鉄』がブラックメイデンに突撃しようとするが、手で制する。

「桜さんは援護と後詰めをお願い! ジープが完全に安全圏まで離脱するまで、先には行かないで!」
「はい!」
「あと無人ISにはシールドバリアを阻害する機能が搭載されているから、気を付けて!」

 制止された桜の返事を聞くと、真耶はスラスターを噴かしてブラックメイデンへ突撃していく。ブラックメイデンは一斉にビームを放って真耶を撃ち落とそうとするが、真耶はビームを最低限の動きで回避し、逆にアサルトライフルで2機の左腕を撃ち抜く。その隙に真耶は1機の懐に入り込み、近接ブレードを呼び出すと右腕の大型ブレードを切り落とし、その大型ブレードでブラックメイデンの腹部を貫き、アサルトライフルを至近距離から叩き込む。1機が爆散するのを見届けることもなく、真耶は次の敵へと向かっていく。
 ブラックメイデンはシールドユニット展開して突撃するが、真耶は突撃をひらりとかわす。背後に回り込むとアサルトライフルをフルオートで発砲し、ブラックメイデンは振り返る間もなく墜落して爆発する。すると残る4機が強襲を仕掛けてくる。紙一重で猛攻を回避する真耶だが、大型ブレードの一撃でアサルトライフルが破壊されると近接ブレードで1機と激しく打ち合う。真耶はブラックメイデンの右腕を跳ね上げ、近接ブレードを振るって両腕を斬り落とし、踏み込んで敵を滅多切りにして敵を爆散させる。

「すごい……」

 瞬く間に3機の無人ISを撃墜した真耶の技量に、桜の口から自然と感嘆の呟きが漏れる。だが、ここが戦場であることを桜は忘れかけてしまっていた。

「桜さん!」
「しまった!?」

 真耶の叫びに我に返る桜だが、2機が桜へと突撃する。真耶もすぐには動けそうにはない。アサルトライフルを構えて撃つ桜だが、敵はエネルギーシールドで全て防ぎ切る。大型ブレードを振り上げてくる敵に近接ブレードを呼び出し、鍔迫り合いとなる桜だが、次第に押されて劣勢になる。隙を見て鍔迫り合いから脱すると、敵は勢い余って姿勢が崩れる。桜はアサルトライフルをフルオートで発砲し、再び近接ブレードを構える。続けてスラスターを最大出力で噴かして突撃し、敵の胸を近接ブレードで刺し貫く。近接ブレードを引き抜き離脱する桜だが、もう1機が振るった大型ブレードをかわしきれず、顔を掠めて頬に血が流れる。

「そんな!?」

 すると桜の身体が強張る。今回はただブレードが頬を掠めただけなのに、シールドが作動しなかった。深く斬られていたら命は無かっただろう。身体が硬直する。今まで頼りにしてきた不可視の壁が役に立たない。一発でも直撃すれば命はない。桜も模擬戦をしたことはあるが、こんな命懸けの状況になったことはない。ギリギリの緊張感が桜の動きと思考を鈍らせる。
 大型ブレードを必死に防ぐが、反撃に移れない。ビームが飛んでくると回避するのに精一杯だ。真耶や俊輔が何回となく指示を出すが、それどころではない。 敵は桜にタックルを仕掛けて地面へと叩き落とす。地面に落下した桜を踏み付け、大型ブレードを振り上げる。
 その瞬間、桜の思考が完全に停止する。歯がカチカチと音を立てる。生まれて初めて感じる死の恐怖だ。それが桜の思考と動きを完全に止めてしまったのだ。

「桜さん!? この!」

 真耶が救援に赴こうとするが、ブラックメイデンがビームを乱射して近付けさせない。残りの2機も真耶を嘲笑うようにビームを撃ちまくり、真耶を妨害する。真耶はビームを掻い潜り接近していくが、大型ブレードが降り下ろされる方が早いだろう。
 大型ブレードをゆっくりと振り上げ終わったブラックメイデンは、抵抗すら出来ない桜に向けてブレードを振り下ろそうとする。

「サイクロン……」

 だが降り下ろす直前にブラックメイデンの動きが止まり、桜のハイパーセンサーが何かを捉える。バイクがこちらに向かって走って来ているのだ。

「アタック!」

 バイクはブラックメイデンへ突っ込み、ブラックメイデンは展開したエネルギーシールドを粉砕されて大きく撥ね飛ばされる。直後に停車したバイクから何かが降り立つ。赤い手足をしたバッタ男だ。バッタ男は桜を庇うように立つ。ブラックメイデンはブレードを振り上げてバッタ男に突撃する。バッタ男もブラックメイデンに向けて走り出し、赤い右拳を握る。

「ライダーパンチ!」

 バッタ男が右拳を勢い良く突き出すと、ブラックメイデンの胸が障子紙か何かように貫かれる。ブラックメイデンの動きが止まると、バッタ男は拳を引き抜いてブラックメイデンが爆発する。その爆風の中からバッタ男が飛び出すと、真耶と戦っているブラックメイデンの1機に手刀を叩き込み、地面に落とすと拳打や蹴りで猛ラッシュを仕掛ける。ブラックメイデンは防御も出来ず、各部の装甲がひしゃげていく。堪らずに逃げようとするブラックメイデンだが、バッタ男は跳躍して上を取る。右手を手刀にし、落下の勢いを乗せて振り下ろす。

「ライダーチョップ!」

 バッタ男の手刀を大型ブレードで防ごうとしたブラックメイデンだが、ブレードもろとも縦に両断され、少しした後に爆散する。 
 残りの1機はバッタ男から距離を取って左ビームを連射する。バッタ男はガードを固めてビームを耐えしのぐ。

「甘い!」

 しかし真耶が突撃し、近接ブレードで斬り付けてスラスターを破壊する。ブラックメイデンが落下していくと、バッタ男は高々と跳躍する。そして月をバックに空中で前転し、赤い片足をブラックメイデンへと向ける。シールドユニットを展開して防ごうとするブラックメイデンに構わず、バッタ男は飛び蹴りを放つ。

「ライダアァァァ!」
「キィィィィック!」

 バッタ男の蹴りは容易くエネルギーシールドを突破し、ブラックメイデンの胴体へ炸裂する。ブラックメイデンは五体がまるで爆破されたように派手に吹き飛び、粉微塵になる。バッタ男は着地すると、ゆっくりと桜の方へと歩いてくる。
 茫然と見ていた桜だが、ようやく我に返る。同時に俊輔が離脱するように言い続けていたことに気付く。冷や汗が全身至る所から出て、喉がカラカラに渇いている。膝が笑っている。その後で桜の思考はバッタ男について考えを巡らせる。
 まずバッタ男はISではないとは分かる。スラスターは搭載していないし、空を飛べないようだ。『全身装甲(フルスキン)』のISとも違う。次にバッタ男はヒトでもないとも分かる。ヒトはパンチで無人ISの胸部をぶち抜いたり、チョップで縦に両断したり、キックでバラバラにしたりなんて出来ない。ヒトはISに勝てない。それがこの世界の常識だ。では目の前にいるバッタ男は何か。己の手足だけで世界最強の兵器を打ち砕く者は一体何なのか。
 桜が出し得る答えは、たった一つのシンプルなものしか持ち合わせていない。桜の身体が再び恐怖に震える。今度は自身の理解の範疇には収まらない、得体の知れないものに対する恐怖だ。続けて桜は答えを口にする。

「ば、化け物!」

 桜の一言にバッタ男の身体がピクリと揺らぎ、動きが止まる。桜は無我夢中で俊輔の指示に従い、スラスターを噴かして離脱して演習場へと帰投する。
 しばらく経過すると、真耶は警戒を解いて着陸する。真耶は一人佇むバッタ男へ近付く。バッタ男は『変身』を解除して一文字隼人の姿に戻るが、隼人は黙ったままだ。真耶は迷った末に意を決し声をかける。

「あの、一文字さん、その、桜さんは……」
「化け物、か。まあ、当然だよな」

 しかし真耶の言葉を遮るようにして隼人は呟く。隼人は誰に言うでもなく続ける。

「素手でISをぶっ壊すヤツを見たら、あの反応が自然だよな。分かってたさ、それくらい。彼女にとって、俺も鉄屑野郎と同じで、中に機械が詰まってるただの化け物なのかもな。それでいいさ、それでも。俺は、それでも……」
「一文字さん……」
「っと、悪いね真耶ちゃん。少しばっかり感傷的になってたみたいだ。行こうぜ?」
「はい……」

 しかし隼人は真耶の方に振り向くと、いつものように笑ってみせながら真耶を促し、自身のバイクへ向かって歩き始める。
 その背中は、いつもと違ってどこか悲しげだった。



[32627] 第十五話 己が正義にかけて
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:14
 東京の雑居ビル最上階にある源三の事務所。最奥部でスーツ姿の男が、椅子に腰掛けた男とテーブルを挟んで向き合って何かを話している。

「つまり、お前は任務を果たせず逃げ帰ってきた、と?」
「申し訳ございません、とんだ邪魔が入りましたので。しかし次こそは必ずや……」
「言い訳など聞きたくない! 決意表明もだ! 次の機会はいつ来るのだ!? 向こうも警戒を厳しくするだろう! これではただやり難くなっただけではないか!」
「しかしあの二人にはとんでもない男が味方に……!」
「くどい! 大体『戦輪の右京』ともあろう者が、たかが風来坊一人にやられたなど!」
「その風来坊、本当に只者ではないかもしれませんよ? 来栖川先生」

 任務を果たせず逃げ帰って来たスーツ姿の男こと戦輪の右京を詰る源三だが、直後に別の男が源三を遮る。男は頭にキャップを被り、カメラを首にぶら下げ肩にバッグを担いでいる。見た目はカメラマンに見えなくもない。しかし動作には無駄がなく、目付きも鋭い。源三は戦輪の右京を詰るのを一旦止め、黙って男に話を続けるように促す。すると男は一礼し、戦輪の右京を一瞥した後で話し始める。

「その男、右京の話を聞くにかつてダッカー傘下の組織を次々と壊滅させ、最後にはダッカーを壊滅させた私立探偵かも知れません」
「ダッカーを?」
「それだけではありません。その私立探偵は凄腕と知られる用心棒たちに勝負をしかけ、全ての対決で勝利してきた男です。仮に右京以外を送り込んでも、結果は変わらなかったでしょう」

 男の言葉を聞くと、源三は黙りこくって顎に手を当て考え込む。かなりの難敵だ。その男を排除した上で皆川理沙を確保するなど至難の技だ。しかし男は表情一つ変えずに口を開く。

「確かに正面きってあの男を倒すことは不可能でしょう。言い換えれば搦め手を使えばこちらの勝ち筋もあるというものです」
「搦め手、か。どういうことかね?」
「要するにヤツが戦えないようにしてやればいいのです。そのためには先生の協力が不可欠です。右京、お前もこちらに来い」

 男は源三と右京に小声で自身の腹案を打ち明け始める。だが話を聞くと源三は血相を変えて怒鳴り出す。

「そんな案が認められるか! それだけはどうしても出来ん!」
「しかし来栖川先生、このまま行けばあなたも逮捕され、自身は勿論ご息女の名誉も大きく貶められます。我々もそれは困ります。ここは一つ、ご決断を」

 男の忠告を聞くと源三は再び沈黙して考え込む。思案が終わると源三は重い口を開く。

「……任せる」
「ご協力感謝します。では、具体的な打ち合わせと参りましょうか」

 男は源三や右京と共に手早く段取りを決め始める。
 その部屋の中だけ、妙にほの暗くなったように感じられた。

**********

 一夜明けた富士演習場。宿舎で和也、進吾、理沙が話している。難を逃れた進吾と理沙は富士駐屯地に入り、宿舎で一夜を過ごした。先ほど俊輔が上層部に報告をしたところ、事後承諾で認められたらしい。国防軍としてもインターポールや理沙に恩を売って損はない、というところだろうか。和也は進吾に口を開く。

「それで、荒井さんからは?」
「襲ってきた『ブラックメイデン』を全て撃破したと連絡があった後は、まだ何も。情報提供者と接触してから連絡するそうですから、もう少しかかるかと」
「なら心配しなくて良さそうだな。それと、皆川博士」
「な、何でしょうか?」
「俺が『神竜伸介』とそっくりなのは知っているんですが、そんなに警戒しないでもらえますか? 流石にダッカーの総元締『総統D』と一緒にされたんじゃ、俺も堪らないんで」
「失礼しました、滝捜査官」

 身体を強張らせている理沙に和也が苦笑しながら言うと、理沙が慌てて謝罪する。
 進吾の友人で『国際秘密警察』の捜査官……これは符丁で、インターポールの秘密捜査官を指している……だった神竜伸介のことは和也も聞いている。最初に和也が進吾と会った時はもの凄く驚かれた。ある私立探偵と対面した時に至っては互いに絶句していた。ちなみに進吾や友人、神竜伸介は風見志郎と同学年で和也より年下だ。

「けどよ、そんなに神竜伸介に似てるのかよ?」
「ええ。厳密には『本物』の、というのが前に付きますが」
「本物?」
「皆川博士はご存知ないみたいですね。実は『本物の』神竜伸介はダッカーが壊滅する3年前に既に死んでいたんですよ」
「それでは『総統D』は神竜伸介さんではなく、『総統D』の変装だった、ということですか?」
「いえ。検死の結果、確かに『総統D』は神竜伸介と確認されました。ですが……」
「3年前に『デスパー軍団』の攻撃から荒井さんを庇った方もも本物だったんです。『総統D』の死体にも致命傷となった傷が残っていました」
「それって、一体どういうことですか?」
「分かりません。ただ、『何か』が死体に憑依して『総統D』として振る舞った可能性もあります」

 理沙の疑問に進吾と和也が答える。神竜伸介の話が出た時、進吾は誠から同じ対デスパー秘密捜査官だったこと、デスパー軍団の攻撃から誠を庇って殉職したことを聞かされており、間接的にだが和也もいきさつを聞いている。『ゲルショッカー』との戦いでも、怪人『ナメクジキノコ』が『アンチショッカー同盟』の木暮精一郎を殺害して死体に憑依、和也たちを罠にはめたことがあった。誠の話では替え玉を用意する暇も無かっただろうとのことなので、同じようなケースも十分に考えられる。

「それで東条、お前と博士はどうするんだ?」
「荒井さんからの連絡が来るまでは、ここに滞在させて貰うつもりです」
「山田大佐からも勧められましたので」

 今度は和也が疑問を口にするが、進吾と理沙が答える。

「ところで滝さん、先ほどから一文字隼人さんの姿が見られないんですが?」
「あいつは桜さんと山田先生と別の場所で話してる。自分の父親が博士の身柄を狙ってるなんて話、彼女の前でするわけにはいかねえだろ?」

 和也の言う通り、隼人は桜と真耶と共に別の場所で雑談している。

(けど昨晩一体何があったんだ? 山田先生の様子が明らかにおかしかったし、桜さんがそれに絡んでいるみたいだが)

 ふと和也は隼人について考えを巡らす。
 隼人自身はいつも通りだったのだが、真耶が昨夜からしきりに隼人を気にして、隼人が桜と談笑しているのを見る度に複雑な表情を浮かべていた。無人ISと交戦して帰投するまでの間に何かあったのだろう。しかも真耶の反応から察するに、間違っても隼人にとって良いことでは無いようだ。

(ま、その話は後で本人から聞くしかないか)

 和也は思考を切り替え、進吾や理沙と善後策を練り始める。
 同じ頃、宿舎の屋上で隼人と桜、それに真耶は雑談に興じている。桜の合否が通知されるまで、桜の拉致を防ぐためにまだこの演習場に滞在する予定だ。真耶はいつも通りに話している隼人を一瞥しながら、物思いにふける。

(化け物、か……)

 昨夜、桜が隼人に言い放った一言が真耶の中でずっと引っかかっている。勿論桜が悪意を持って言ったわけではない。事情や正体を知らなければ、化け物にしか見えないだろう。ふと真耶は隼人の『変身』した姿を初めて見た時、『赤鉄(あかがね)』が暴走した時のことを思い出す。
 絶望から一時は自らの死すら望んだ真耶だったが、諦めなかった隼人により救われ、暴走した赤鉄も変身した隼人により撃破された。当然、昨夜の桜と同じく真耶もまた素手でISを撃破するバッタ男、という光景を目にしていたのだが、桜と違ってなぜか恐怖を抱くことは無かった。目の前で隼人が変身するところを見たからなのかもしれない。『赤鉄』が無人で動き出すという、さらなる異常事態で気が動転していたからなのかもしれない。

「真耶ちゃん? 俺がどうかしたかい?」
「あ、いえ、別に……」
「山田さん、私、何か悪いことしましたか? 私と隼人さんが話している時、何か言いたそうな顔されていましたし」
「大丈夫だよ、桜さん。本当に何でもないから」
「もしかして山田さん、昨夜から思っていたんですけど、一文字さんって……」

 突然何かに気付いたかのように桜は真耶と隼人の顔をじっと見比べる。まさか昨夜のバッタ男が隼人だと気付いてしまったのだろうか。真耶の身体が思わず硬直する。真耶の心配に気付いていないのか、桜は少し間を置いてから再び言葉を発する。

「……山田さんの好きな人、なんですか?」
「へ?」

 あまりに意外かつ拍子抜けな質問に、真耶は間の抜けた声を上げる。隼人に至ってはきょとんとした顔をして絶句している。だが桜は唖然とする二人に構わずに続ける。

「でも山田さん、一文字さんと話している時は本当に楽しそうにしていましたし。一文字さんも山田さんの最高の笑顔を撮らせて欲しいって言っていたんですよね? つまりお二人は両想いってことじゃないんですか?」
「あの、桜さん?」
「きっとそう、そうに決まってます! 山田さん、思い切って告白しちゃったらどうですか? きっと一文字さんだって応えてくれる筈ですよ!」
「もしもし、桜ちゃん? 聞こえてる?」
「けどロマンチックですよね。たまたま出会った二人が惹かれ合い、両想いになったのに言い出せないまま離ればなれになってしまって。こうして再会して互いの想いを確かめ合い、結ばれる。いいなあ、山田さん。そんなロマンチックな恋がしてみたい……」
「桜ちゃん? 桜ちゃん、聞こえてるかい? ……ダメだ、完全にトリップしちまってる」
「なんとなくだけど桜さん、オルコットさんと仲良く出来そうな気が……」




「くしゅん!」
「セシリア、風邪かい?」
「いえ、誰かが噂をしているのかもしれません。それより山田先生は一文字隼人さんと再会出来たのでしょうか?」
「光太郎が学園に到着しているし、山田先生も一文字先輩と合流していてもおかしくないんじゃ……ん?」
「……かつて互いに想いを寄せていながら、泣く泣く離ればなれになってしまったお二人が再会する。より美しく成長した山田先生と一文字さんは再会を果たし、かつての想いを再燃させ、想いを確かめ合うと遂に!……ああ、羨ましい。織斑先生だけでなく、山田先生にまで先を越されてしまうなんで……」
「ダメだ、向こう側にトリップしたみたいだ」



 妄想を膨らませる桜を見た真耶は、なんnとなく恋愛関係になると妙に想像力がたくましくなるというか、妄想癖がある教え子を思い浮かべる。教え子もまた妄想を絶賛展開中とは知るよしもないが。桜が妄想を展開している内に今度は隼人が真耶に耳打ちする。

「昨夜のことなら気にしなくていい。桜ちゃんに悪気があった訳じゃないのは分かってるし、そんな顔される方が俺は堪える」

 隼人はいつものように人懐っこい笑顔を浮かべてみせる。
 妄想を終えた桜と談笑する隼人から真耶は一旦視線を外すと、近くベンチに置かれた新聞を手に取って眺めてみる。今日の朝刊だ。なんとなく新聞を捲っていた真耶だが、ふとある記事に目が行き、新聞を捲る手が止まる。反ISを掲げる過激派グループが基地に侵入し、ISを爆破しようとして失敗した事件の記事だ。
 この手の事件は男の僻みとして片付けられるか、女尊男卑の社会とIS操縦者が絶対悪であるかのように書かれる場合がほとんどだ。だが写真と共に載せられたこの記事はどちらとも違う。男の僻みと切り捨てている訳ではない。かと言ってIS操縦者を絶対悪として描いている訳ではない。両者の問題点や背景についても簡潔かつ小気味よく、それでいて鋭く指摘し、問題提起している。要するにこの記事はごく当たり前のことを、ごく当たり前に書いているだけだ。
 だがIS絡みのことになると当たり前にはいかないのが現状だ。ISは登場してまだ10年しか経っていない。世界中の人間全てが当事者であるため、問題を客観的に見るのは難しい。 
 最後まで文章を読んでいくと、この記事を書いて写真を撮影した人物の名前が書いてある。

(一文字隼人、さん!?)

 記事を書いたのは隼人だ。にわかには信じがたい話だ。雑談だけで取材を終わらせそうになった男が、社会の抱える問題に鋭く切り込み、えぐり出すような記事を書いている。

「あの、一文字さん」

 真耶は新聞を手に持ち隼人に声をかける。隼人が振り向くと、真耶は新聞を見せながら尋ねる。

「この記事を書いたのって本当に一文字さんなんですか? 」
「どれどれ……おっと、本当に掲載されるとは思わなかったな」
「と、言うことは?」
「ああ、俺さ。俺みたいな男がお堅い記事を書いて驚いた、ってところかい?」
「あ、いえ、そんなことは……」
「隠さなくていいさ。顔にハッキリと出てるぜ?」
「でも一文字さんはカメラマンですよね? どうして記事まで書いているんですか?」

 桜が疑問を差し挟む。カメラマンは大抵記者に同行して取材を行うので、自分で記事を書くことはまずない。

「俺はフリーだからってのと、納得がいく記事を書いてくれる人に出会えなかった、ってのはあるかな」
「納得がいく、ですか?」
「ああ」
「けど一文字さんが本当に撮りたいのって……」
「だからこそ事件の写真も撮って、記事にするのさ。少しでも多くの人に真実を知ってもらうために、少しでも笑顔を奪われる人を減らすためにさ。最初は俺もこうした写真をは撮る気は無かったんだ。性に合わない気がしてね。食わず嫌いってヤツさ。あの時、先生に勧められるまでじゃ取材したいとも思わなかった。それで、初めて取材した事件ってのが、あるイギリス貴族の遺産相続を巡る殺人事件でね。その時に一人の女の子と会ったんだ。長い髪をして、可愛らしい子だったんだが、両親が目の前で犯人に殺されちまって。ショックで失語症になって、ちっとも笑わなくなったんだ。最初に会った時なんか、ただ怯えるだけでニコリともしなかったんだぜ? そしたら俺の中で何かが切れちまってさ。許せなかったんだ。あの子から笑顔まで奪ったクソ野郎が、ほくそ笑みを浮かべているのがよ」
「だから俺は事件を徹底的に洗い直した。その子とは何回も会ったし、関係者にも片っ端から取材しに行った。写真だって何千枚も撮った。犯人が俺を始末しようとよくチンピラをけしかけてきたこともあったな。圧力がかかって、一緒に取材してくれる記者は出てこなかった。記事にしてくれる新聞や雑誌も無かった。だから記事だって自分で考えた。取材を続けていく内に、その子も少しずつだけど心を開いてくれるようになった。取材に協力してくれる人が増えてきた。そしたら偶然決定的な証拠を掴んでね。大急ぎで記事にして新聞社に持ち込んだ。その中で一社だけ、朝刊の一面に載せてくれたんだ」
「すると当局も重い腰を上げてね。再捜査の末に犯人は逮捕されて、終身刑が言い渡されたよ。一月後くらいかな。親戚に保護されたその子に会ったのは。その時にあの子が初めて俺に向かって笑ってくれたんだ。助けてくれてありがとう、って。それからさ、俺が事件を追うようになったのは。これからはカメラとペンを使って戦っていこう、ってな」
「カメラとペンで、ですか?」

 一旦疑問を差し挟む桜に対して隼人は黙って頷いて続ける。

「腕力じゃ倒せるのはチンピラをくらいだ。けどペン、つまり言論は違う。たった一人が書いた記事が、何か大きいことをやってのける時だってある。だからペンを使って『悪』と戦っていこうと決心したのさ。そいつらがいる限り、撮りたいものも撮れないしね。勿論限界もある。俺たちがどれだけ書き立て、撮っても変わらかったことだって沢山ある。それにこの世に『悪』が栄えた試しはないが、『悪』が完全に滅んだ試しもない。当然なんだろうな。『悪』の本質は人の心の中にある。人間がいる限り『悪』は無くならない」
「だけど、『善』の本質もまた人の心の中にあるんだ。だからジャーナリストってのはペンを動かす手を止めない。シャッターを切るのをやめない。俺たちは諦めず戦い続けてきたんだ。何も変わらないのかもしれない。それでも俺たちがやらなきゃ可能性を完全に潰しちまう。どんな記事でも可能性はある。世界を救うのはは無理でも、少しずつ変えていくことなら出来るんじゃないかって思ってる。と、まあここまでは白鳥八郎先生や、その相棒だった有田敏夫さんの受け売りなんだけどさ」

 そこで隼人は一旦言葉を切る。真耶と桜は黙ってそれを聞いていたが、隼人をじっと見ている。

「そんなにじろじろ見ないでくれないか? 柄じゃないのは俺にも分かってるよ」
「そうでもないと、思いますよ?」

 苦笑する隼人を真耶が遮るようにして呟く。

「なんか一文字さんらしいというか、やっぱり一文字さんは一文字さんだな、って私は思いましたから」
「どういう意味だい?」
「いえ、義務とか使命感じゃなくて笑顔を撮りたいから、って言う所が一文字さんらしいかな、って」

 真耶は隼人に微笑んでみせると同時に、あることに気付く。

(そっか、目の前の一文字さんも、事件を追う一文字さんも、仮面ライダー2号も、みんな本当の一文字さんで、同じなんだよね。だから私は一文字さんが怖くなかったんだよね)

 真耶は桜と違い恐怖を抱かなかった理由を悟る。隼人はどんな時も変わっていない。ただ笑顔のために戦っているだけだ。それがある時はペンとカメラを使って、またある時は赤い拳と足を使って、とやり方を変えているだけなのだ。隼人は仮面ライダーやカメラマンである前に、一人の人間なのだ。そんな当たり前のことに、真耶はようやく気付けた。

「ありがとう、真耶ちゃん。そう言ってくれると嬉しいよ。ただ……」

 隼人も真耶に笑い返すが、隣にいる桜を示す。

「桜ちゃんにトリップする材料を与えたみたいだけどね」

 再び妄想にふけり出した桜を見て、真耶と隼人は黙って顔を見合わせる他に無かった。

**********

 埠頭の一区画を2人の男が並んで歩いている。男の1人は白いギターを片手に持ち、黒いレザーのジャケットとパンツを着て頭にはテンガロンハットを被っている。もう1人の男はテキサスハットを頭に被っている。

「君の依頼人は相当な訳ありらしいな」
「ええ、事情が事情ですので。詳しいことは本人から直接聞いて下さい」

 ギターを持った男はテキサスハットを被った男こと誠に答える。
 昨夜は『ブラックメイデン』に襲われた誠だが、隣にいる男の活躍で窮地を脱した。現在では男の依頼人から連絡を受けてここに来ている。男の案内で貸倉庫の前につく周囲を見渡し、何者かが尾行や監視をしていないか確かめると中に入る。慎重に気配を探りつつ奥へ進んでいくと、倉庫の中央に白衣を着た女性がいる。年の頃は来栖川源三と同じくらいだろうか。女性に近付いていくと、その女性が歩み寄って口を開く。

「あの、この方がインターポールの……?」
「ええ。前に私が話した大学時代の友人ではありませんが、そいつと組んでいる捜査官の方です」
「荒井誠と申します。話したいことがある、というのは彼から伺っています。失礼ですが、貴女は?」
「私は、天谷圭子と申します」

 女性こと天谷圭子が名乗る。誠には彼女の名前に聞き覚えがある。来栖川源三とは非常に縁が深く、重要な人物だ。

「もしやとは思いますが、皆川理沙博士の共同研究者で、シルベール繊維を使った宇宙服の開発を主導し、来栖川源三の……」
「……妻です。今では元、と前に付くのでしょうが」
「私も多少調べていますが、貴女は確かイギリスで列車事故に巻き込まれたのでは?」
「実は事故に乗じて拉致されていたんです、亡国機業に」
「なるほど、道理で遺族が死体と対面させられなかった訳だ。死体が無かったか、替え玉とバレないように手酷く損傷させた、と言ったところでしょうか」

 圭子の話を聞いて誠は状況を理解する。源三の妻であり、シルベールスーツの専門家でもある圭子については調査済みだ。 圭子は6年前にイギリスで発生した列車事故で死亡し、損傷が激し過ぎるという理由で遺族が遺体と対面させられなかったことも誠は知っている。だが本人から話を聞いて真相を悟る。圭子に目をつけた亡国機業が拉致して無理矢理研究をさせていた。何の研究をさせていたのかは言うまでもない。シルベールスーツに決まっている。

「天谷博士、二点ほどお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。私で答えられる範囲で、ですが」
「まず亡国機業はなぜシルベールスーツの研究を? ISがある以上焦る必要は無いかと思いますが」
「申し訳ありませんが、私にも分かりません。ただ強要されていただけなので」

 最初の誠の質問に圭子は力なく首を横に振る。
 独自の第2世代量産機『シャドウ』、シャドウのエース仕様機『シャドウ・カスタム』など保有する亡国機業が、高価で並の人間には扱えないシルベールスーツに手を出す理由がない。『GEABS』がシルベールスーツの軍事利用を画策しているのは、他にISへの対抗手段が無いからだ。

「ではもう一点。なぜ来栖川源三の調査を依頼したのですか?」
「あの人が亡国機業と手を組んでまで、シルベールスーツに拘っている理由が知りたかったんです」
「貴女は来栖川源三が亡国機業と手を組み、シルベールスーツ開発を主導していることもご存知なんですね?」
「はい。ですから、インターポールの方にお会いしたかったんです。研究施設から脱走した時、持ち出せる資料と証拠は持ち出してきました。こちらです」

 圭子は鞄からファイル取り出して誠に渡す。内部文書が何枚も挟まれている。中には源三ら『GEABS』のメンバーが連名で出した書類もいくつかある。

「それと荒井捜査官、厚かましい話ですが、少しお願いしたいことがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
「娘、桜と会って話がしたいのですが、私の護衛といいますか、付き添いとして同行して頂けないでしょうか? 亡国機業は私を狙ってくるでしょう。ですが桜にも話しておかなければならないことがありますから」
「分かりました。こちらで会う方法も……失礼」

 圭子の頼みを承諾した矢先、誠に通信が入る。進吾からだ。誠は一旦話を中断して通信に出る。

「東条か、こちらは情報提供者と接触した……何!? それは本当か!? ……分かった。十分気を付けてくれ。後で連絡する」

 一旦通信を切ると誠は再び圭子に向き直る。

「状況が変わりました。来栖川源三が桜さんと接触したとの連絡が」
「源三さんが!?」
「ええ。しかも間の悪いことに皆川理沙博士と護衛の東条進吾、別の同僚もいるので、大きな動きがあるかもしれません」
「私だけじゃなくて、桜まで!? どうして桜が!?」
「娘さんは国家代表候補生にスカウトされるほどの素質の持ち主です。連中も戦力を確保しておきたいのでしょう」
「源三さんは、それを承知で亡国機業と手を組んでいるんですか?」
「来栖川源三が承知している可能性は否定出来ません」
「そんな……桜を、源三さんが……」

 愕然とする圭子に誠は推測を述べる。
 源三が騙されている可能性も否定出来ないが、覚悟はしているだろう。それともIS憎しで実の娘すら切り捨てたのか。
 誠は一児の父として圭子の気持ちが理解出来る。同時に源三への怒りで腸が煮えくり返りそうだ。しかし厄介な状況だ。今は証拠探しよりそちらの対応を優先しなければならない。黙って考え込んでいる誠を見て、男が提案する。

「荒井さん、俺が証拠探しに動きます。隠滅される可能性もありますし、警戒も厳しくなるでしょう。それにこれは圭子さんからの依頼でもある」
「では、君に任せる。世話になるな」
「これも仕事ですから。その代わりと言っちゃなんですが、東条と理沙さんを頼みます」
「ああ。二人は任せてくれ」
「お手数をおかけします。では、後ほど」

 男はギターを担いで倉庫から歩き去る。それを見送ると、誠もまた圭子と一緒に倉庫から出ていった。

**********

 管理事務所の一室。一人の少女と二人の壮年の男性が椅子に腰掛けている。一人は国防軍の制服を着用している。

「来栖川源三さん。お聞きの通り、我々国防軍は来栖川桜さんを国家代表候補生として迎え入れたいと思っています。トライアルの結果、桜さんは国家代表候補生となるに値する能力を持っていると我々は判断しました。本人も異存は無いとのことです。ですが桜さんは未成年者ですので、あなたの承諾を頂きたいのです」
「私も異存はありません。桜がそう言うのでしたら、自由にさせたいと思います。それと、いつも通りにしてくれないか? どうせ今いるのは身内だけだ。『俺』と『お前』で呼び合った方がしっくりくるからな、山田」
「了解だ、来栖川。それと昨夜の件だが、すまんな。桜さんを巻き込んで」
「気にするな。どうせ桜から頼み込んだのだろう? 俺の方こそ桜が我が儘を言って悪いな。後で厳しく言っておく」

 制服姿の男性こと俊輔ともう一人の男性こと源三と顔を見合わせて莞爾と笑う。二人をを桜は黙って見ている。正午少し前に桜に決定を伝えた俊輔だが、急遽こちらに来た源三から承諾を得ることにした。流石に部外者たちは席を外させている。
 俊輔と源三は自衛隊時代の同期で、新兵時代にたまたま一緒になって以来腐れ縁とも言える仲だ。冷静沈着な俊輔と剛毅な源三は性格が対照的だったが、妙に馬が合った。俊輔と源三はよくニコイチ扱いされ、本人たちもそれを認めている。
 二人揃ってレンジャー過程を修了した後は北海道に異動となり、同郷の先輩でもある岩田顕義の部下として共にゴルゴムと戦い抜いた。互いのことは本人以上に理解しているが、だからこそ俊輔は源三に違和感を抱いている。

(変わったな、ISが登場してから)

 ISが登場してからの源三は暗い方向に変わっている。前の源三ではないと俊輔は肌で感じている。

(やはりゴルゴムとの戦いの後遺症なのか、それ以外の何かなのか……)

 ゴルゴムとの戦いで俊輔たちは多くのものを失った。戦友たちは次々と戦死し、故郷は焼かれ、国土は蹂躙され、生きる気力すら奪われた。仮面ライダーの活躍がなければ俊輔も抵抗を諦めていただろう。だが家族は無事だった俊輔など良い方だ。源三は父親と兄を失い、自身も瀕死の重傷を負った。顕義の同期で俊輔とも親しかった轡木十蔵は部下をほぼ全員喪った。中には自身と妻の弟も含まれている。顕義に至っては家族を全員喪っている。ゴルゴムとの戦いを経験した者の中には心に深い傷を負い、それが原因で退役した者を俊輔は何人も見てきている。
 特にISの登場直後に激増した。等身大で戦車を破壊し、戦闘機を撃墜する姿が怪人と重なってしまい、トラウマを刺激されたのだろう。俊輔も一時はISを見ただけで気分が悪くなったほどだ。源三もまた同じなのかもしれない。源三が退役したのは父や兄の後を継ぐためなので事情は違うが、やはりゴルゴムのことが心の傷として残っているのだろう。

(もしかしたら来栖川も、『グリーンアース・アンド・ブルースカイ』の連中と同じように……)

 同時に俊輔は一部の軍人や政治家と同じく、同じ反IS思想に傾いているのではないかと懸念している。
 ならば自分の娘を代表候補生にしないだろうしし、『裏切り者』の俊輔や顕義、十蔵とも交友関係は続いている。なによりIS学園設立に助力してくれたのは他でもない源三だった。一方で源三が頑固で突っ走る傾向があるし、妙に潔癖な所がありIS操縦者についての不満も聞いたことがある。無理はないのかもしれない。自分から見ても目に余る時がある。ましてや操縦者の人となりを知らなければ、なおさらなのかもしれない。
 だからと言って彼女たちだけを責めるのはいかがなものだろうか。傲慢なのは本人にも原因はあるが、直そうとしなかった自分たち大人にも原因があるのではないのだろうか。粗略に扱いたくはないし、遠慮したくなる気持ちは分かる。だが間違っていると大人が教えないで、誰が教えるのだろうか。相手は年端もいかぬ少女だ。
 俊輔と源三も新兵時代は教官や先輩たちに徹底的にしごかれた。最初はただ歯を食いしばって耐えていたが、現在ではあれも自分たちのためを思ってこそだ、と思えるようになった。叩き込まれた技術があったから生き残れた。刷り込まれた心構えがあったからこの場にいれるのだ。
 だからIS操縦者を責めるならば、まず自分たち先任を責めるべきだ。立場がどうであれ、教育が足りなかったのなら先任としての責任が伴う。それもせず、不平不満を言うだけの男たちに俊輔は賛成出来ない。むしろ軍人として、先任として恥ずかしくないのかと小一時間ほど問い詰めてやりたいくらいだ。 
 ただ、全てを肯定する気もない。特に操縦者が少女や若い女性ばかりというのは、父親として、兵士として内心忸怩たるものがある。彼女たちは普通の若い女性ばかりだ。家族もいれば趣味もあるし、恋だってする。その一方で操縦者にかかる責任や圧力は重大だ。いざ戦争となれば彼女達は戦場の最前線に送られる。そんな苦労を年端もいかぬ少女たちに背負わせるのは、やはり大人としていい気分はしない。
 しかし俊輔はそんなことをおくびにも出さず、源三と桜を眺めている。すると誰かがドアをノックして入ってくる。隼人だ。隼人は俊輔と源三に一言断りを入れると桜に話しかける。

「桜ちゃん、少し話があるんだが、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫ですけど。どうかしたんですか?」
「君に会いたいって人がいるって滝に連絡が入ってね」
「私に、ですか?」
「失礼ですが、あなたは?」
「失敬、来栖川桜さんの取材をさせて頂いている、カメラマンの一文字隼人という者です」
「桜の父の来栖川源三です。それで、滝さんと言うのは?」
「私の友人です。それと、天谷圭子さんをご存知ですか? 結婚した後は来栖川姓を名乗られていますが」
「知っているもなにも……まさか!?」
「ええ。その方は桜さんのお母様、つまり来栖川圭子を名乗っています」
「あり得ない! 圭子は確かに死んだ筈だ! それはイタズラか何かに決まっている!」
「私もそう考えたのですが、インターポールが言ってきたので」
「しかし……!」
「一文字さん、私、行きます。お母さんに会いに」
「桜! 何を言っている!? 圭子は列車事故で死んだんだぞ!?」
「けど遺体は確認出来なかったじゃない! 本当はまだ生きていたのかもしれないし!」
「馬鹿なことを言うな! 大体こんなの罠に決まっているではないか!」
「罠って、インターポールが私やお父さんを罠にかける必要があるの?」
「いや、それは……」
「諦めろ、来栖川。桜さんはお前に似て頑固なところがあるからな。行かせてやれ」
「……分かった。ただし、俺も行くぞ。本物かどうかこの目で確かめてやる」
「なら決まりだな。私も同行します。一文字さん、案内して貰えませんか?」
「分かりました。では、ついて来て下さい」

 話が纏まって隼人が会話を打ち切ると、部屋の中にいた3人は隼人に続いて部屋を出た。

**********

 『富士五湖』の一つ『山中湖』。別荘や企業などの保養所、大学の合宿所が立ち並ぶこの湖の湖畔に誠と圭子がいる。そこにジープとバイクが来て駐車スペースに停車する。バイクからジャケット姿の和也が降りて誠の下へと向かう。残りの面子はジープやバイクで待機している。

「お疲れ様です、荒井さん。この人が?」
「ああ、天谷圭子博士だ。それで、来栖川源三は?」
「荒井さんの読み通りです。自分から着いていくって言い出したらしいです」
「手間をかけさせて悪いな、滝」

 誠が礼を言うと和也は黙って首を振る。
 誠は進吾を通じて和也に連絡を入れた。その時、圭子の存在を源三にも伝えるようにさせた。効果はてきめんで、源三との直接対決に持ち込むことが出来た。桜がいれば牽制くらいにはなるだろう。和也は一回圭子の顔を見ると、後ろのジープやバイクに合図をする。直後にジープからは2人の男と1人の少女が、バイクから一組の男女が降りてくる。湖畔まで歩いてきた5人だが、少女が圭子の姿を見た途端に走り出そうとする。

「お母さん!」
「桜!」
「待ちなさい!」

 しかし少女こと桜を源三が押し止めて圭子の前に出る。

「お前、本当に圭子なのか?」
「ごめんなさい、あなた。今まで連絡出来なくて」
「勘違いするな、まだお前が本物の圭子と信じた訳ではない。お前が本当に圭子かどうか確かめさせて貰うぞ」

 源三と圭子は一定の距離を保ったまま問答を開始する。

「誕生日は?」
「11月2日」
「出身地は?」
「茨城よ」
「結婚記念日は?」
「4月23日。籍を入れたのはもっと前だけども、どうしても結婚式がしたい源三さんが言ったから、結婚式を挙げたこの日にしたんだったわね」
「俺と最初に出会ったのは?」
「自衛隊の駐屯地。たまたま見学に来ていた私にあなたが一目惚れして、それから交際が始まったのよね」
「そんなことを言った覚えはないが?」
「当たり前でしょ。山田さんから聞いたんだから。それであなたが私にプロポーズした時の言葉は……」
「……もういい」

 圭子が言おうとした言葉を源三は遮る。そして圭子に近寄ると、そのまま抱き締める。

「おかえり、圭子」
「本当にごめんなさい、源三さん……」
「いいんだ、お前さえ無事ならいいんだ。お前がいれば……」
「お母さん!」

 今度は桜が圭子に抱き付く。

「夢じゃないよね!? 本当にお母さんなんだよね!? 幽霊なんかじゃないよね!?」
「そうよ、桜。見ない内にこんなに大きくなって……ごめんなさいね、あなたにも寂しい思いをさせてしまって……」

 泣きじゃくり始める桜の頭を圭子は優しく撫で続ける。3人は身を寄せあっていたが、やがて源三が圭子に尋ねる。

「だが圭子、どうやって事故から生き残ったんだ? それにお前の死体は収容されたと……」
「その点には私からご説明致します。私は荒井誠。ICPO(国際刑事警察機構)、インターポールの捜査官です」

 誠が割り込むように身分証を提示する。一瞬源三の視線が驚愕を帯び、やがて鋭くなって誠の視線とぶつかり合う。

「天谷博士の話やこちらで収集した情報を検討しますと、天谷博士の『死体』は偽物です」
「どういうことですか? なぜそのようなことをする必要が?」
「天谷博士を拉致するため、ですよ。我々に捜索させないために。拉致した連中、亡国機業は事故そのものを仕組んでいた疑いも浮上しています」
「ならばなぜ妻を拉致しようと? 何の目的で連中は?」
「新型のシルベールスーツですよ。連中は博士にシルベールの研究をさせるために拉致したんです」
「馬鹿な!? シルベールスーツだと!?」

 源三の反応が大きく変わる。亡国機業が自分たちと同じことをしていたとは思ってなかったのだろう。

「ええ、連中はシルベールスーツの研究を、私を拉致する前からしていたみたいなの。ISが登場する前からしていたのかもしれないわ」
「けど天谷博士、どうやって研究施設から脱走したんですか? 今までどこにて潜伏していたのかもお伺いしたいのですが」

 絶句している源三に代わって今度は和也が質問する。

「1年前に『マリアンヌ隊』隊長と協力して、インターポールに私が軟禁されていた場所の情報を流したんです。そうすれば仮面ライダーもくると予測したからです。実際、仮面ライダーは救出に現れました。私は隙を突いて逃げ出し、彼女は自らの死を偽装して無事組織から抜け出せたんです。その後はジュネーブで光明寺博士のお世話になっていたんですが、どうしても桜や源三さんに会いたくて、無理を言って日本まで来たんです」
「なるほど、ですが亡国機業の恐ろしさとしつこさは、貴女もよく分かっている筈だ」
「勿論それは承知しています。ですがどうしても確かめたかったことがあるんです」

 圭子は源三の前に立って手に持っているファイルを開き、源三に見せる。

「源三さん、私が持ち出してきたGEABSの文書にあなたの名前が出てきているのだけど、本当にあなたなの?」
「GEABS?」
「反ISを掲げる政治家や軍人のコミュニティさ。世界中にメンバーがいて、反IS過激派組織を秘密裏に援助しているって話もある。朝刊に載っていた事件も裏で連中が一枚噛んでいる疑いがあるんだ」

 真耶の疑問に隼人が答える。桜は驚愕に満ちた表情で源三を見る。隣に立つ俊輔も驚きを見せている。しかし源三は首を振って否定する。

「いや、そんなものに入った覚えはない。大方何者かが名前を騙ったか、何か別の理由で名義貸しをさせたのだろう」
「けど源三さん、名義だけ貸すのは嫌だと言ってたし、ここに名前が書かれている人はメンバーで間違いないわ。第一、あなたをよく知っている人もいるから、なりすますなんて……」
「知らないものは知らない、それだけだ。圭子、俺が信用出来ないのか? 荒井捜査官たちが疑っているのは知っている。だが、何を吹き込まれたのか知らないが、俺は決して……」
「お言葉ですが、こちらとしても心外です。我々は天谷博士に何か言った訳ではありません。接触を図ってきたのは博士の方からです」

 しかし負けじと誠が割って入る。桜の前で追い詰める気は無かったが、あくまでも白を切り通そうと言うのならば、誠も容赦する気はない。誠は私立探偵が自分に託した証拠や、インターポールが収集した証拠を入れたアタッシュケースを開けて中身を見せる。すると源三の顔色が変わる。

「こちらはあなたがサインしたGEABSの決起文。こちらが一時保管している亡国機業のISコアを確保し、あなたに送るという旨の文書。勿論暗号は解読済みです。GEABSメンバーからの証言も、証拠写真も、昨日皆川理沙博士を襲撃した者からの証言もあります。あなたが『ハイ・シルベールスーツ』開発を主導していることも、研究施設の場所も掴んでいます。まだ信用出来ないとおっしゃるのであれば、研究開発施設まで私がご案内しましょう。今から奈良証拠隠滅する暇もないでしょうから」

 誠は一旦言葉を切って源三を見据える。源三は反論もせずに黙ったままだ。

「来栖川、まさかお前……」
「嘘だよね? お父さん……」
「源三さん、やはり本当に……」

 俊輔、桜、圭子は源三を驚きが籠った眼差しで見つめている。和也と隼人は黙ったままだ。すると一番の部外者にあたる真耶が否定の声を上げる。

「で、でも桜さんが代表候補生なるのを認めてたんですよ!? ISに反対している人がそんなこと、許可するわけないじゃないですか!」
「……君はお母様に似て正直者だな。他のIS操縦者に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ」
「な、なら、お父さんは……」
「その通り。俺は醜き寄生虫共から緑の大地と青い空を取り戻そうと誓い、同志たちとGEABSを立ち上げた。だが仕方ない。いずれ話すつもりだったのだがな」

 源三は力なく肩を落とす。観念したようだ。

「なぜだ、来栖川。なぜ亡国機業と手を組んでまでそんなことを!?」
「なぜか、だと? 山田、俺たちの戦友は、親父と兄貴はあんな女どもを守るために死んだのか? 違う! 奴らのために俺たちは血を流したんじゃない! だから俺はISと、この世界に蔓延る寄生虫共を排除すると決めたんだ! 山田! お前だってそうだろ!? どれだけの軍人が男というだけで貶められ、軍を去らなければならなかったと思う!? 血を見たこともない腑抜けの能無し共に、なんで実際血を流した兵士たちが蔑まれなければならないんだ!? だからこそ俺たちがやらなければならないんだ! 散っていった英霊たちのために! 未来に生きる子孫のために! 我々は寄生虫共から大地と空を取り戻さなければならないんだ!」

 源三は開き直ったのか、思いの丈をぶちまける。俊輔は愕然としながらも色を為して反論する。

「そのためなら自分の娘が犠牲になってもいいのか!?」
「構わん! 誰であろうとも、邪魔をするなら! だが、俺も人の子、桜を酷い目に遭わせたくはない。桜、今まで騙していて済まなかった。俺を何と罵ってくれてもいい。だが、悪いことは言わない。ISから降りるんだ。勿論今すぐでなくともいい、だが『ハイ・シルベールスーツ』が完成してからでは遅いのだ。完成してしまえば、俺でもお前を庇いきれなくなる」
「そんな、お父さん……」
「黙って聞いていれば! いい加減にしろ! 何も知らないクセに、自分の娘の気持ちすら考えずに好き勝手言うな!」

 源三の暴言の数々に堪忍袋の緒が切れたのか、俊輔が猛然と反駁し始める。その剣幕にたじろぐ源三だが、俊輔は構わずに続ける。

「確かにそんな操縦者を沢山見てきたさ。殴り合いになったことだって何回もある。 だがな、お前の言うように腐った者はいなかった! 話せば、叱ればきちんと理解してくれる者が大半だった! それを操縦者とろくに話すことすらしていないお前に、寄生虫呼ばわりされる筋合いはない!」
「お前が騙されているんだ! 連中はきっと腹の底でお前たちを……!」
「それこそ偏見だ! お前こそいい加減に目を覚ませ! お前はIS憎しで凝り固まって、色眼鏡で見ているだけだ! なら聞くがお前の娘は傲慢で、我が儘で、身勝手か!? 違うだろ! もしそうだと言うのなら、お前たちこそ軽蔑してきた女とどこが違う!? お前たちがやっていることは、お前の言う寄生虫のやり方そのものだ!」
「話しても無駄らしいな、この頑固者が!」
「それはこっちの台詞だ! だが同感だ。いつものやり方で決着を付けてやる!」
「望むところだ!」

 ヒートアップした俊輔は軍服の上着を脱ぎ捨て、源三はスーツの上を脱いでネクタイを外す。

「源三さん!? 山田さん!?」
「止めるな! ルールはたった一つ!」
「先に立てなくなった方が、負けだ!」
「お父さん!?」

 父親たちが何をしようとしているのか悟った真耶と桜が父親を止めようとするが、俊輔と源三は同時に拳を固めて殴りかかり、壮絶な殴り合いを開始する。しばらく殴り合った後は取っ組み合い、地面を転がりながら舌戦を再開する。

「なぜだ!? なぜ分かろうとしない!? ISの登場でどれだけの人間が人生を狂わされたのかは、お前だって分かっているだろう!? お前もその一人だろうが!」
「それを理由に何をしてもいいのか!? 亡国機業と手を組み、国や国民を危険に晒していいのか!? 軍人の本分すら忘れた者の妄言など、分かりたくもない!」
「ならば兵士としての自覚すら無い者たちに、国防の中軸を担わせろと言うのか!?」
「だったら我々が持たせてやればいい! そのために我々先任、大人がいる! 俺もお前も最初はそんな自覚など無かっただろう!」
「連中に自覚など持てるものか! だから専用機持ちはどこでものさばり! 暴挙を為すのだ!」
「だったらその都度叱ればいい! 本当に正したいのであれば、命に替えてもな! それを為さずにいる者が言うことか!」

 舌戦を続けながら2人は地面を転がっていたが、俊輔は馬乗りになると源三を拳で滅多打ちにする。源三は腕を無理矢理掴んで攻撃を止めると、巴投げの要領で俊輔を投げ飛ばす。俊輔は受け身を取って立ち上がると、同じく立ち上がった源三にタックルを仕掛けて吹き飛ばし、再びマウントポジションを取ろうとする。しかし源三が両足を揃えて俊輔を蹴り飛ばし、揉み合いになる。

「お父さん……」
「どうして、こんなこと……」
「俺が言っちゃなんだが、男ってのは口下手で不器用なもんだからな。こうするしか思い付かなかったんだろう」

 呆然と呟く桜と真耶に和也が静かに答える。圭子は絶句し、誠に支えられて辛うじて立っている。

「それより、どっちもヤバいぞ!」

 しかし隼人の一言で真耶と桜は我に返る。源三は額から血を流しフラフラだ。俊輔も足元が覚束ない。しかし二人は構わずにまたも殴り合う。

「滝! カメラ頼む!」

 隼人はカメラを和也に渡すと、俊輔と源三の間に割って入る。

「やめろ! もう十分だろ!?」
「部外者は引っ込んでいろ! これは俺たちだけの問題だ!」
「そうは行くか! やってる当人は満足なのかも知れないが、見せつけられてる桜ちゃんと真耶ちゃんの気持ちも考えろ!」
「一文字さん、あなたの言いたいことはよく分かる。ですがこればかりは譲れない!」
「お父さん! もうやめて!」

 隼人を押し退けて殴りかかろうとする俊輔と源三だが、割り込んできた自身の娘に押し留められる。

「真耶!? 何のつもりだ!?」
「駄目だよ! これ以上やったらお父さんも死んじゃうよ! だからもう止めてよ!」
「お父さんももういいでしょ!? こんなの嫌だよ!」
「どくんだ! 桜! これは俺たちだけの問題だ! お前といえども首を突っ込むのは……!」
「関係あるよ! だってお父さんは私のお父さんで、山田管理官は山田さんのお父さんなんだから!」
「だがこれは俺個人の……!」
「じゃあお父さんが死んじゃったら、お母さんはどうなるの!? 私はどうすればいいの!? お父さんたちは満足かもしれないけど、私たちはどんな顔すればいいの!?」
「桜さんの言う通りよ! 自分達は満足かもしれないけど、見ている方は辛いんだから! 痩せ我慢とかするのはいいけど、私たちがどれだけ辛いか分かってよ!」
「真耶ちゃん……」

 娘二人の言葉に沈黙する俊輔と源三に、今まで沈黙を保ってきた誠が声を上げる。

「もういいでしょう、二人とも。ここまでで」
「荒井捜査官、しかし私は……!」
「……どんな立場であれ、あなたはまず父親だ。来栖川さん、あなたもだ。娘が必死になっているのなら、とりあえず聞いてやるのが父親の務めだと思いますが」

 誠の静かな言葉を聞くと、二人は構えを解く。続けて誠は源三に口を開く。

「来栖川さん、あなたの言いたいことは分かる。ISの登場で不利益を被った人間は少なくない。だからと言って亡国機業と手を組んで悪事を為してしまっては、ゴルゴムやデスパー軍団と同じだ。あなたが憎んでいる悪の組織と」
「我々が、ゴルゴムやデスパー軍団と……」

 誠の言葉を聞くと源三も沈黙を余儀なくされる。今度は和也が続ける。

「俺の経験から言って、IS操縦者も悪いヤツばっかりじゃありません。俺の知っている操縦者は一見厳格で真面目なクセに救いようのないブラコンで、ズボラで、コーヒーすらまともに入れられないくらいのメシマズで、けど少し不器用なだけで温かくて優しいヤツなんです。それに、桜さんと山田先生を見てもそんなことを言えますか?」
「ISってのは世界を変えちまったし、人生も歪めたのかもしれない。けど、ISを扱う人間だからって悪人呼ばわりして、排除しようとするのはどうかと思いますがね。まず使う人間を確かめてから、ISの善悪を論じるべきだと思うんですが。俺はISは善でも悪でもないと思ってます。操縦者全員が善とは言えないけど、悪とも言えませんからね」

 和也は言葉を切る。源三は黙ったままだ。すると今度は圭子が口を開く。

「源三さん、今からでも遅くはないわ。もうGEABとも亡国機業とも手を切って。桜まであいつらに差し出す必要はないわ」
「俺が桜を? どういう意味だ?」
「どういう意味って、連中が桜を拉致しようとしていることに決まっているでしょう?」
「そんな話、俺は聞いちゃいないぞ。俺はただ桜の訪問にかこつけて、インターポール捜査官を皆川博士から……」
「その説明は私たちからしてあげるわ」

 源三の意外な回答に戸惑いを隠せない一同だが、上空から声が掛けられて5つの黒いISが降り立つ。亡国機業の量産機『シャドウ』だ。前に出る隼人、和也、誠に構わずにリーダー格らしき女は言葉を続ける。

「簡単な話よ。あなたには教えなかっただけ。色々うるさいでしょうからね」
「貴様ら、謀ったのか!?」
「騙される方が悪いのよ。私たちはそういう関係だった筈よ。ましてや逮捕者が出ているGEABSに用はない。どの道切り捨てるつもりだったけれど、予想外にインターポールの動きが早かったから潮時、って訳よ。縁切りついでに教えて上げるけど、『ハイ・シルベールスーツ』の研究成果は確かに頂いたわ。これであなたは用済みよ」

 リーダー格の女が言った直後に爆発音が鳴り響く。全員が音の方向を見やると煙が立ち上っているのが見える。『ハイ・シルベールスーツ』の研究施設がある場所だ。

「まさかお前たちが!?」
「ええ。施設や資材は一欠片と残さず爆破したわ。私たち以外にシルベールスーツを製造されたら厄介だもの」
「最初からそれが目的で我々に近付いたのだな!?」
「当たり前じゃない! でなければ何が悲しくて僻んだ男共の集まりになんか協力するもんですか! 少しは身の程ってものを弁えなさい! ISに乗れない雄猿が! 本当、男って馬鹿よねえ……」

 女たちは源三を嘲ると、続けて桜と圭子に口を開く。

「そういうわけよ、来栖川桜。あなたの父親は愚かで生きる価値も、救いようもない蛆虫だけれども、貴女と貴女の母親は違う。貴女たちは亡国機業で力を振るう権利があるわ。さ、私たちと一緒に来なさい。そこの蛆虫共を踏み潰して理想の世界を作りましょ?」
「嫌です! 誰があなたたちのみたいな悪党なんかと! お母さんを拐った連中なんかに!」
「聞き分けの悪い子ね。それに悪党だなんて心外だわ。むしろ私たちは正義の味方よ?」
「何をふざけたことを!」
「大真面目よ。貴女もその蛆虫の話を聞いたでしょ? この世界には女を逆恨みしている蛆虫共が沢山いる。しかもろくに力も知恵もないクセに無駄な努力をする。無駄と分かれば嫉妬するしか出来ないクセにね。そんな蛆虫を守る必要がある? だから蛆虫共を痛め付けて、黙らせて、未来永劫逆らえないように調教しなければならないの。そうしなければ世界平和は訪れないわ。ISが絶対で決して揺るがぬものだと、蛆虫共に遺伝子レベルで刻み込んでやればテロを起こすこともない。我々IS操縦者が絶対的支配者として君臨すれば、あらゆる戦争も根絶出来る。ISとが全て我々の下に集まってしまえば、どんな軍隊も対抗出来ないのだから」
「だから貴女は力ある者の義務として私たちに協力しなければならない。正義を為そうとしている我々と共に戦わなければならないのよ。これに貴女の意志は関係ないし必要ない。我々に必要なのは貴女の力だけ。けど我々は寛容よ? 貴女が共に正義を為すのであれば、地位と権力が約束されるわ。洗脳されるのは嫌でしょう?」
「ふざけやがって! 馬鹿も休み休み言えってんだ!」
「汚らわしい口を開くな! インターポールの蛆虫野郎が! お前も同じだ、山田真耶」

 割り込んできた和也に罵声を飛ばすと別の女が真耶に向き直る。隼人は真耶を庇うように立って女を睨み付ける。しかし女は隼人を無視して真耶に話しかける。

「お前も実に惜しいことをしている。『ブリュンヒルデ』が認めるほどの力を持っていながら、IS学園などという甘っちょろい場所で教師に甘んじている。世界にとって大きな損失だ! 山田真耶、我々と一緒に来い。お前の力を世界のために役立てることが出来る。これはお前のためでもある」
「余計なお世話よ! 確かに大変だけど、楽しいことだって一杯あったし、沢山の人と会えて良かったと思っている。教師になったことを後悔なんかしてない。あなたたちに全否定される筋合いなんてない!」
「貴様の下らぬ感情など知ったことか! 貴様といい『ブリュンヒルデ』といい、力の意義というものが分かっていないらしいな!」
「力の意義?」
「そうだ、貴様が持っている力、ISの意義だ。ISとは世界を変える力だ。我々IS操縦者には明白な使命がある。かつて世界を『白騎士』が変えたようにな。変革こそが唯一の絶対的正義だ。国家に囚われない我々が、絶対的な力で支配することが世界を救う唯一の道なのだ。貴様らに自由や意志など必要ない! 正義と平和のために、一緒に来て貰うぞ、山田真耶! 来栖川桜! 天谷圭子!」
「蛆虫には死んで貰うわ。当然よね。あなたたちは存在が絶対悪なんだもの。ここで正義の鉄槌を下してあげるわ!」
「ふざけやがって! 真耶ちゃん! ここは俺たちで引き受ける! 君は桜ちゃんや博士を頼む!」

 真耶や桜、圭子を捕らえようと一斉に動き出したISを、隼人はカウンターで2機蹴り飛ばして叫ぶ。和也も電磁ナイフ片手に1機に挑みかかる。誠もショットガンを取り出すや乱射して牽制すると、ショットガンを得物に残る1機にも仕掛ける。しかし和也と誠が一撃で吹き飛ばされ、隼人もすぐに押し込まれる。

「逃がすか!」

 残る1機は僚機が隼人たちを一方的に嬲っている間に桜を捕まえようとする。

「桜さんはやらせない!」
「俺を、軍人を舐めるなよ!」

 しかし真耶と俊輔がその腕を必死に抑え込んで妨害する。女は振り払おうとするが、上手く関節を取っている二人を簡単には引き離せない。

「来栖川! ここは俺たちで何とかする! お前は圭子さんと桜さんを連れて早く行け!」
「し、しかし!」
「私からもお願いします! 足止めくらいなら今の私でも出来ますから! 桜さんと博士のためにも早く逃げて下さい!」
「なぜそこまでして俺を助けようとする!? 俺は……!」
「桜さんのお父さんだから! あなたが桜さんのお父さんだからです! それにお父さんの戦友だって聞いてますから、助けたいんです! 一人の人間として!」

 沈黙する源三だが、俊輔は無造作に蠅でも振り払うように放り投げられ、真耶もあっさり突き飛ばされて地面に仰向けに倒される。

「訳を分からないことを! あくまで反抗するのであれば、この場で殺してやる! よく見ろ! 正義に逆らえばどうなるかここで見せてやる!」

 女はIS用ハンドガンを呼び出して真耶に銃口を向ける。真耶は叩き付けられた衝撃で動けない。

「真耶ちゃん!? クソ! 退きやがれ!」

 隼人は真耶の下に向かおうとするが2機が邪魔をして進めない。和也は大型拳銃で、誠はショットガンでIS用ハンドガンを狙撃しようとするが、妨害されて照準が定まらない。

「真耶をやらせるわけには……!」

 意識を取り戻した俊輔が立ち上がるが、間に合わないだろう。桜と圭子は足がすくんで動けない。

(お父さん、お母さん、千冬さん、隼人さん……ごめんなさい)

 観念した真耶は目を閉じる。ハンドガンを構えた女は勝ち誇った表情で引き金に指をかける。

「死ね! 極悪人が!」

 銃口から放たれた銃弾は無慈悲に真耶の身体を貫かない。真耶が恐る恐る目を開くと、誰かが真耶の前に立ちはだかって代わりに銃弾を受けていた。

「殊勝なヤツだな、来栖川源三。先に死ぬことを選んだか。蛆虫にしては上出来だな。だが、ここまでだ!」

 源三だった。真耶を庇って銃弾を受けたのだ。しかし源三は倒れない。女はハンドガンを続けざまに源三に撃ち込む。だが、源三は倒れるどころかまるでダメージなど無いように女へと飛びかかる。

「なんだこいつ!? 踏めば潰れる蛆虫のクセに、なんで生きているんだ!?」

 混乱して動けない女を源三はタックルで吹き飛ばす。我に返った女は残りの4人とともに一旦距離を取る。ようやく源三は地面に膝をつき、倒れ伏す。

「お父さん!?」
「源三さん!?」
「来栖川!?」

 真耶以外の面子も源三へ駆け寄る。咄嗟に俊輔は源三を助け起こす。

「お前の娘さんは……」
「ああ無事だ! だから喋るな!」
「大丈夫だ、俺はこの程度じゃ死にはしない……」
「馬鹿野郎! こんな傷で痩せ我慢を……!?」

 手当てをしようとした俊輔だが、源三の傷口を見た俊輔は驚愕のあまり手が止まる。桜や圭子、真耶も同様だ。

「お父さん、なんで身体の中に、機械があるの……?」
「まさか源三さん、あなた……」
「……サイボーグナンバー49826、デスパー軍団のサイボーグとしての、俺の名前だ」
「あなたも『デスパーサイボーグ』だったのか!?」

 誠が驚きを隠さずに源三に問いかける。

「その通り。子どもだった頃にデスパー軍団に拉致されて、半月後にデスパー軍団が壊滅するまで、俺は『デスパー・シティ』で生活させられ……サイボーグとして改造された」

 源三は誠の言葉を肯定してみせる。
 デスパー軍団は日本の地下深くに地底都市『デスパー・シティ』を建造し、五万人の市民を閉じ込めて圧政を敷いていた。市民のサイボーグ化もその一環で、頑強さ以外の身体能力は常人とさほど変わらないが偽装能力が非常に高く、サイボーグ用の精密検査を行わなければ気付かれない程だ。誠は懐から器具の入ったケースを取り出して源三の治療を開始する。

「それは、まさか!?」
「サイボーグナンバー00009、デスパー・シティ市民時代に与えられた、サイボーグとしての名前です」
「そうか、最初期のサイボーグがデスパー・シティから脱出して、デスパーに対抗していると聞いていたが、あなただったのか……」

 誠もデスパー軍団によりサイボーグとして改造されていた。誠が持っているのは『デスパーサイボーグ』用の治療キットだ。自分自身に対する応急処置用として所持していたのだが、このような形で役立つとは予想外だった。誠が源三に処置を施している間に、真耶から質問が出る。

「どうして、私を庇ったりなんか……?」
「君がIS操縦者である前に、山田俊輔の娘だから、なのかもしれないな。本当のところはよく分からない。ただ身体が、勝手に動いてしまったんだ……」
「来栖川、お前……」
「山田、俺はお前の言う通り……間違っていたらしいな。同じサイボーグでも『怪人』と『仮面ライダー』がいるように、IS操縦者にも善と悪とが両方ともいるんだな。よく考えれば当たり前か。兵器の善悪は人間次第、どちらもいて当然か。当たり前のことに気付かずに俺は……」
「お父さん……」
「圭子、桜、すまなかった。俺がIS憎しで凝り固まってしまったからお前たちを……」
「全くその通りよ、ゴキブリ以下の化け物が」

 女たちが口を挟む。源三以外は女たちを一斉に睨むが、構わずにその女は桜に続ける。

「これでよく分かったでしょう? 来栖川桜。貴女の父親は改造人間。この世界で最も生きていてはいけない、存在することすら許されない究極の悪よ。貴女はそんなおぞましい血を引いているの。そんなことが知れたら大変よ。世界は罪深い貴女の存在を決して許しはしないわ。けど大丈夫、私達は貴女を受け入れるわ。そして共に正義を為しましょう? 貴女が救われるただ一つの道なのだから。これは警告よ? これ以上逆らうのなら成敗するわよ?」
「嫌よ! お父さんをこんな目に遭わせたあなたたちに協力なんか! お父さんだけじゃなくて、お母さんや山田さんを傷つけてどこが正義だって言うの!?」
「甘いな! 正義を行うために犠牲は付き物だ! 正義のために出る犠牲など些細なもの! それを理解しない偽善者どもが我々の行く手を阻む! だから血が流れるのだ! 抵抗しなければそうならずに済んだものを!」
「そんなの正義だなんて認めない! 悪党の理屈よ!」
「吐かせ! 所詮貴様もISに相応しくない下等な害虫! 何も知らず、綺麗事が正しいと思い込んでいる、偽善者という名の大悪党だ! 蛆虫共と仲良く死ね!」

 女たちはアサルトライフルを呼び出して桜に一斉射撃を浴びせる。しかし直前に隼人が桜の前にでて盾になると、アサルトライフルの銃弾を全て受けきる。女たちはそ驚いた表情を浮かべるも、やがてニヤリと笑ってみせる。

「あら、化け物がもう一匹居たのね。化け物なら化け物らしく退治されるのを怯えて待っていれば良かったものを!」
「黙れ!」

 しかし隼人の殺気の籠った一言を聞くとたじろぐ。隼人の顔は桜たちからは見えないが、怒りに燃えていることはよく分かった。隼人はゆっくりと女たちに向かって歩き始める。桜が慌てて尋ねる。

「一文字さん!? 何を!?」
「心配しなくていい、ちょっとあの悪党共の面をぶん殴ってやるだけさ」

 隼人は一転して軽い口調で、振り向かずに桜に答える。

「……駄目!」

 真耶は隼人が何をしようとしているのか悟り、止めに入る。

「駄目です一文字さん! 今『変身』したら一文字さんが……!?」

 しかし振り向いた隼人の顔を見て言葉が途中で詰まり、絶句する。他の皆も同様に息を呑む。ただ一人、和也のみが隼人に口を開く。

「一文字、お前、その顔……」
「悪い、滝。真耶ちゃんと桜ちゃんたちを頼む。俺はもう、限界だ!」

 隼人は再び女たちの方へとその顔を向ける。顔には明るい表情の代わりに、大きな傷痕が浮かんでいる。

(ここまでブチキレちまったのは久しぶり、かもしれねえな)

 5機の黒いISに向かってゆっくりと歩きながら、隼人は内心呟く。顔に浮かんでいるのは改造手術の跡、つまり改造人間の証だ。傷痕は普段は隠れているが、激しく憤った時に浮かび上がる。それでも『ガモン共和国』でナーバスになっていた時期を除けば、精神力で抑え込んでいたために浮かぶことは無かった。だが度重なる暴言や、桜や真耶を手に掛けようとしたのを見て隼人の中で何かが切れてしまった。女たちは傷痕を見ると元気を取り戻す。

「その手術痕、貴様は改造人間だったのか! ならば容赦はしない! 極悪人共々なぶり殺しにしてやる!」
「覚悟しなさい、改造人間! 本当の強さというものを、人間のを見せてあげるわ!」
「食らえ! これが正義というものだ!」

 女たちが隼人にのみ一斉射撃を食らわせると、流石に隼人の足が止まる。しかし隼人は倒れない。

「この! 生き汚いヤツ! やはり恥というものを知らないのね! おめおめと生きているこの厚顔無恥さ! エゴイストと呼ぶのもおぞましい自己愛の塊よ! むしろ醜い自己愛が肉を纏って歩いて……」
「……いつも、そうだ」

 隼人は女の罵詈雑言を無視してポツリと呟く。

「悪党は、いつもそうだった。理想だ正義だ言って関係ない人たちを巻き込む。自分の欲望を満たすために全部奪って、壊していきやがる。そしてお前らみたいな連中に限って、報道を越えた強大な力を持っていやがる。隠蔽、抹消、口封じ。悪事を闇から闇へと葬り去る。そんな連中に、人間は無力だ」
「だからお前らみたいな巨悪は、力で潰すしかない! 悔しいが、お前らを潰せるのは、力だけなんだ! 認めたくはないが、そうするしかないんだ……!」
「黙れ! 極悪非道の怪物、悪魔が! 化け物の分際で偽善と世迷い事を撒き散らし! 我々を悪と言い放つその態度、実に許し難い! 貴様の仲間共々一寸刻みにして殺してやる!」
「フン、正義、ね……お前らこそ正義のが何なのか分からねえらしいな。まず正義の対義語は悪じゃねえ。正義じゃねえなら不正義だ。別に正義じゃなくても悪とは限らねえ。正義を掲げてない善人は沢山いるし、『正義』を掲げる悪党も沢山いる。もう一つ、絶対的正義なんて存在しねえ。正義は時代や社会によってコロコロと変わる。逆に絶対的な悪は存在するんだけどな。それと、どんだけ箔付けしようが、お前らが悪党って事実は変わらねえ。お前たちの所業を悪事と言わず、何を悪事って言えばいいんだ?」
「ほざけ! 偽善ばかり口にして! ならば力を以て我々の正義を証明してやる! 正義は勝つ! すなわち勝った方が正義なのだからな! 我々ISがある! 偽善者のお前に勝ち目などあるものか!」
「化け物、怪物、悪魔、偽善者、よくそれだけ口が回るもんだ」
「……上等。俺は悪党や偽善者でいいぜ。この娘たちの笑顔を守れるなら、俺は化け物でも怪物でも、機械の詰まった悪魔にでも喜んでなってやる!」

 隼人は両腕を身体の右側に水平に伸ばして突き出し、円を描くようにして反対側まで持っていく。

「変身!」

 両腕を曲げて左腕を垂直に立てて動作が終われば、ベルトのシャッターが開いて風車が回り、隼人の肉体を赤い手足をしたバッタを模した改造人間の姿へと変える。

「そんな、一文字さんが……」

 隼人の姿を見た桜が絶句する。間違いない。昨夜桜の目の前で無人ISを撃破した『化け物』だ。

「まさか『マスクドライダー』だったなんてね。けど好都合よ! 私たちが真の正義だと証明してやるわ!」
「やってみな、やれるもんならな。行くぜ! 亡国機業!」

 仮面の内に怒りを秘め、人々の笑顔と幸せを守る為に闘う力の戦士……2番目の仮面ライダー『仮面ライダー2号』はそう応えると、少女たちから全てを奪わんとする暴虐なる正義に鉄槌を下すべくその赤い拳を握り締めた。

**********

 5機のISは突っ込んでくる仮面ライダー2号にアサルトライフルをフルオートで乱射する。仮面ライダー2号は銃弾を全て両手で防ぎ切り、間合いに入ると右の正拳突きで1機を殴り飛ばす。

「なんだ!? たかがバッタのパンチ一発で、なんでシールドエネルギーが削られるんだよ!?」

 女は削られたシールドエネルギーの値を見て驚愕する。構わずに仮面ライダー2号は左右のコンビネーションパンチで息もつかせぬラッシュを仕掛ける。『力の2号』の名に相応しい剛力を込めて放たれるパンチの連打に、その女は防御を余儀なくさせる。まともに貰い続ければ反撃に移る前にシールドエネルギーが削り尽くされるだろう。

「こいつ!」

 残る4機が近接ブレードを持ち、スラスターを噴かして一斉に突撃する。ブレードを振り上げて斬りつけようとする4機だが、仮面ライダー2号は1機を先頭の1機に投げつけ、2機の近接ブレードを掴み止める。その2機を振り回して地面に叩きつけ、残る1機には蹴りで応戦し、逆に近接ブレードを蹴り折る。呆然とする1機の腕を仮面ライダー2号は取ると、上空へ逃れようとしたISに投げ付けて衝突させる。

「なんてパワーなの!? 各機、あの『マスクドライダー』から距離を取るのよ! 近付かれたら終わりよ!」

 女たちは仮面ライダー2号のパワーの凄まじさと危険性を認識し、スラスターで上空まで飛び上がり、アサルトライフルで撃ちまくる。

「こうしていれば安全よ! あいつは飛べないんだから、こうやって撃ち続けていればいつかは……!」
「いつかは、どうなるってんだ?」

 しかし仮面ライダー2号は高く飛び上がり、1機の足を掴む。

「ライダー投げ!」

 一本背負いの要領で仮面ライダー2号はISを下にぶん投げる。

「馬鹿が! こちらにはスラスターとPICがあるんだ! そんなへなちょこな投げ技など……!?」

 女はスラスターとPICを使い地面ギリギリで踏みとどまって仮面ライダー2号を嘲るが、落下してくる仮面ライダー2号に思い切り踏みつけられ、結局地面に叩きつけられる。

「この蛆虫が!」

 残る4機は仮面ライダー2号に銃撃するが、仮面ライダー2号が女を盾にして銃撃を防ぐと歯噛みして銃撃を止める。

「卑怯者が! だがこれならどうだ!?」

 そこで女たちは標的を桜に変えてアサルトライフルの銃口を向ける。

「チイッ!」

 仮面ライダー2号は女を投げ捨てて桜の前に立ち、放たれた銃弾を全て受けきる。

「大丈夫かい?」
「一文字さん……」
「効果覿面ね。悪質な偽善者ね! 大義のための犠牲が理解出来ない愚か者が! せいぜい足掻きなさい! 残りの悪党が尻尾を巻いて逃げられるだけの時間くらいは稼ぐのね! もっとも、逃がす気なんて毛頭ないけれど!」

 女たちは再び上空からアサルトライフルを桜たちに向けて発射し、仮面ライダー2号が自らの身を盾にして全て防ぎ続ける。

「どうして……私、化け物なんて言っちゃったのに……」
「気にしなくていい、桜ちゃん。俺が引き受けるから早く逃げてくれ。真耶ちゃんたちと一緒にね」
「けど一文字さんは!?」
「なに、心配ご無用! こんな豆鉄砲、こそばゆい位さ! 俺を倒したきゃこの百倍は持ってこいって話だぜ!」

 仮面ライダー2号は銃撃に身を曝しながら明るく答えてみせる。

「強がりはよしなさい! 痛い目を見るわよ! 『ボルケーノ』パッケージの用意を!」

 敵は一斉にガトリングやミサイルなどの重火器が満載されたパッケージを呼び出し、仮面ライダー2号へと向ける。

「消えなさい! 私たちの目の前から今すぐに!」

 女達はガトリングやミサイル、グレネードを一斉に発射する。仮面ライダー2号は桜たちを巻き込まないよう逆に前に出ると、拳や腕でガトリングやミサイル、グレネードを弾き、反らし、自らの身で防ぎ続ける。やがて弾が尽きてパッケージが投棄され、煙が晴れる。

「ヘッ、余裕余裕。そんなんじゃ俺を殺す前に日が暮れちまうぜ?」

 仮面ライダー2号は全身の至る箇所が焼け焦げながらもその場に立っている。

「くっ! ならば『バダンニウムランチャー』だ! 『バダンニウムパルス』さえ発生させれば同じ改造人間ならば……!」

 今度は長大なランチャーを呼び出して一斉に射出する。仮面ライダー2号は再び爆風に身を曝す。

「蚊が刺すくらいには効いたな。色々なところが痒くて仕方ねえ」

 仮面ライダー2号は膝すらつかず、再び銃撃を開始した5人から桜たちを庇い始める。呆然としながら見ていた桜に誰かが声をかける。

「桜さん、大丈夫?」
「山田さん……私は、大丈夫です」

 声をかけたのは真耶だ。穏やかに語りかける真耶に桜は意気消沈したままだ。

「けど私、一文字さんのことを化け物なんて言っちゃって、そんな私を一文字さんは……」
「やっぱりみんな怖いのかな? 一文字さんが変身した姿って」
「山田さん、もしかして見たことがあったんですか?」
「ええ。まだ桜さんと同じ歳の頃に一回だけ。一文字さんが私を助けてくれたの。今みたいにボロボロになっても諦めずに頑張ってくれて」
「あの、山田さんは怖くなかったんですか? その、一文字さんの姿を見た時に……」
「怖くはなかったかな。他にも色々あったからって言うのもあるけど、一文字さんは一文字さんだから」
「一文字さんは、一文字さん?」
「そう。カメラマンとしての一文字さんも、あの姿の一文字さんも同じ。だから怖くなかったんじゃないかな。それより桜さん、私たちも行きましょ?」
「行くって、どこにですか?」
「ISを装着して、一文字さんを助けに行くの。桜さんは嫌かな?」
「い、いえ! でも……」
「許可なら、私が出しますよ」

 口ごもる桜に俊輔が割り込んで答える。

「彼を、仮面ライダーを見捨てる程腐ってはいませんからね。荒井捜査官、滝捜査官、天谷博士、行きましょう」

 俊輔が促すと誠と和也は源三を肩で支えながら、圭子は俊輔と共にジープへと向かう。そして桜も真耶と共にジープへと急ぐ。

「行かせるか!」
「それはこっちの台詞だぜ!」

 すかさず銃撃を加えようとする女たちだが、仮面ライダー2号が割り込んで両手で銃撃を防ぐ。
 全員ジープに乗り込むと和也も自分のバイク、ではなく『サイクロン号』に跨がる。

「山田管理官、荒井さん、後はお願いします」
「滝、何をする気だ?」
「連中に一泡吹かせてやるだけですよ」
「お前はいつもそうやって……分かった。だが、死ぬなよ?」
「勿論ですよ。まだ、死ぬわけにはいきませんからね」

 和也と誠のやり取りが終わると俊輔はエンジンを入れその場を離脱する。見届けた和也は『サイクロン号』のスロットルを入れ、助走をつけて大ジャンプする。

「滝!? お前何してる!?」

 仮面ライダー2号が銃撃を防ぎながら叫ぶが、和也はブースターに火を入れて『サイクロン号』を突っ込ませる。

「こいつ! 蛆虫の分際で私たちに楯突く気!?」
「丁度いいわ! この場でなぶり殺しにしてあげる!」
「そう簡単に、行くかよ!」

 和也はホルスターから電磁ナイフを引き抜いて手近な1機に突き刺すと、スタンガンが仕込まれたナックルで殴り付け、再びサイクロン号のスロットルを入れる。バックファイアで残りを蹴散らして地面に着地する。銃撃が中断されるとサイクロン号に仮面ライダー2号が駆け寄る。

「滝、相変わらず無茶し過ぎだ」
「お前が言えることかよ、一文字。毎回ボロボロになっても痩せ我慢しやがって。そんなの見てほっとけるかよ。それによ、山田先生はお前を心配してんだから、無茶すんじゃねえ。泣き出しかねねえぜ?」
「泣かれるのは一番キツいな。けどその言葉、お前にも返すぜ。どこぞのブラコン怪人は気が気じゃないだろうからな。行けるか?」
「でなけりゃこんなことするかよ。それくらい、信じろ」
「なら、決まりだな」

 莞爾と笑ってみせる和也を見て仮面ライダー2号は再び敵と向き直る。和也もまた電磁ナイフと大型拳銃を構えて仮面ライダー2号と並び立つ。

「ふん! 生身の人間、しかも男ごときが加わったところで我々に勝てるものか!」

 女たちは体勢を立て直すと、仮面ライダー2号と和也に銃口を向けて尚も強気に言い放つ。しかし仮面ライダー2号も和也も怯む様子はない。いつもそうだった。こうして仮面ライダー2号と和也は共にショッカーやゲルショッカーと戦い続けてきたのだ。

「どうした? 来ないのか?」
「来ないなら、こっちから行くぜ!」

 女たちに不敵に言い捨てると仮面ライダー2号と和也は共に駆け出し、敵への突撃を開始した。

**********

 富士演習場の中を2人の男が歩いている。1人は帽子を被り、カメラマンらしく首に一眼レフカメラをぶら下げている。もう1人は助手と言ったところだろうか。

「分かっているな、右京。お前は皆川理沙の身柄確保を最優先しろ。東条進吾はこちらでやる」
「承知しています。しかしあの男が……」
「いくらあの男とて、我々が潜入したことに気付きはしまい。来栖川源三のコネも使いようだな」

 カメラを持った男は助手もとい戦輪の右京と打ち合わせを終える。目的は理沙の確保及び進吾と誠の抹殺である。ただし、今回は来栖川源三の依頼ではなく亡国機業からの命令だ。
 亡国機業でも研究されていたシルベールスーツだが、やはり装着者の問題にぶち当たった上、圭子が組織から抜け出した。そこで亡国機業は『ハイ・シルベールスーツ』のデータ奪取と、源三らの処分を兼ねて今回の作戦を立案した。内容はIS部隊が国防軍の極秘研究施設を襲撃してデータを強奪、潜入した2人が進吾、誠、源三を暗殺した上で理沙と桜を確保するものだ。だが今回は予定を変更し、2人は進吾の暗殺と理沙の確保を行うことにした。

「しかし来栖川源三は馬鹿な男でしたね。本人は上手く利用していたつもりだったんでしょうが、本当は利用されていただけに過ぎなかった。気付かずに地獄に落ちられるだけ幸せなのでしょうが」
「無駄口を叩くな、右京。気付かれれば厄介……!?」
「この耳障りなギターの音は!?」

 右京と男はギターの音が耳に入るや、即座に身構えて臨戦体勢に入る。昨日右京が任務を妨害された時に聞いた曲だ。

「どこだ!? 隠れていないで出てこい!」
「一々キャンキャン吠えなくても出てきてやるさ、戦輪の右京さんよ」

 右京の声に応えるように別の男の声が響き、右京らの背後から姿を現す。
 テンガロンハットに黒いレザーのジャケットとパンツ、両手には手袋を嵌めて白いギターを弾きながら男は歩いてくる。昨日右京に最大級の屈辱を味あわせた男だ。懐からチャクラムを取り出す右京だが、カメラを持った男が制する。ギターを持った男は演奏を止めてカメラを持った男を見ると口を開く。

「こいつは誰かと思えば、亡国機業暗殺部隊隊長にして元ダッカー構成員『フラッシュ・トミー』。撮影したモデルより殺した人間が多い殺人カメラマン。だがそのカメラの腕前、日本じゃあ……」
「2番目で構わん。貴様を殺せばすぐに日本一になるからな!」

 カメラを持った男、フラッシュ・トミーはバッグからフィルムを取り出すと、フィルムを男の腕へ放ち、右腕へ巻き付ける。

「どうだ! トミー隊長のフィルムはワイヤーを編み込んで作った特別製だ! いくら貴様とて逃れられまい!ではこのチャクラム、とくと受けよ!」

 勝ち誇ったようにチャクラムを投げつける右京だが、男はフィルムを引っ張ってチャクラムにフィルムを切り裂かせ、右京の放ったチャクラムを全て回避する。歯噛みする右京に笑いながら指を振って挑発し、男はトミーに言い放つ。

「それと、お前さんの腕前は日本じゃ3番目以下さ。下から数えた方が早いかもな」
「言ってくれるな。だが強がりも終わりだ!」

 再びフィルムを取り出すトミーと戦輪を指で回す右京を見ても、男は余裕綽々と言いたげに笑ったままだ。

「弱い犬ほどキャンキャン吠えるように、弱い悪党ほど大言壮語に事欠かないもんさ。俺は犬を打つのは好きじゃないが、悪党を打つのは嫌いじゃない。今度ばかりは俺も少し手荒に行かせて貰おうか」

 男は白いギターを一旦投げて木の枝に掛けておくと、ようやく2人へ構えてみせる。
 時を同じくして、俊輔が運転するジープも富士演習場に到着する。源三と圭子、誠を医務室まで部下に案内させると、俊輔は真耶と桜を連れてIS格納ハンガーまで向かう。俊輔が端末を操作してIS本体を調整している間に真耶と桜はロッカールームに入り、大急ぎでISスーツに着替える。

「やっぱり少しキツいなあ……」
「……羨ましいかも」

 胸部分がキツいのか、ぼやく真耶を見て桜がポツリと呟く一幕もあったが、無事に着替え終えた二人は続けてハンガーにあるISを装着する。装着しているのは日本の第2世代量産機『打鉄』だ。IS学園では『ラファール・リヴァイヴ』を使用している真耶だが、現役時代は『打鉄』のテストパイロットをしたこともあるので、『打鉄』については熟知している。桜と共に各部のチェックを済ませると、俊輔が端末を操作してハッチを開ける。

「山田先生、細かい判断はそちらにお任せします」
「分かりました、山田管理官。それと、ありがとうございます」
「お気になさらないで下さい。私も彼を助けたいだけですからね」

 真耶と俊輔は手短に会話を済ませると、桜とともに真耶はスラスターを点火して外に飛び立つ。そのまま仮面ライダー2号の下へと全速力で向かう。
 一方、仮面ライダー2号と和也は背中合わせで立っている。仮面ライダー2号の身体には焼け焦げた跡があるが、まだ膝をつく気配すらない。和也も擦り傷や切り傷、かすり傷が出来ている。5人の女はアサルトライフルを仮面ライダー2号と和也に向け、勝ち誇る。

「どうだ! 逃げ場はあるまい! 蛆虫の分際でよく頑張ったが所詮は雄! 空を飛べない地虫! お前たちに最初から勝ち目など無かったのだ!」
「好き勝手言いやがって! 一文字、跳べるか?」
「ああ、まだまだ行けるぜ」
「何をごちゃごちゃと! 大人しくミンチボールにでもなっていなさい!」

 5人はアサルトライフルを一斉に放つが、仮面ライダー2号和也を支えて跳躍し、銃撃から逃れる。

「それが狙い目だ!」
「足場もない空中では手も足も出まい!」

 女たちは仮面ライダー2号と和也に銃口を向けて再び撃ち始めるが、仮面ライダー2号が右手で銃撃を弾いて和也が大型拳銃で撃ち返す。無事に着地する仮面ライダー2号と和也だが、女たちは一定の距離を保って滞空する。この繰り返しだ。その都度二人は上手くやり過ごしてきたが、ジリ貧だ。特に仮面ライダー2号にはダメージが蓄積している。

「さあ、次も耐えてみなさい! さっさと死ねば楽になれたのにね!」

 またもリーダー格の女が合図を出すとアサルトライフルの引き金が引かれる。

「これ以上はやらせない!」

 しかし銃弾が放たれる前に女たちが銃撃を加えられ、攻撃を中断して散開する。

「一文字さん! 滝捜査官!」
「真耶ちゃん! 桜ちゃんもか!」

 銃撃の主は『打鉄』を装着した真耶と桜だ。仮面ライダー2号と和也の前に降り立つと、真っ先に桜が仮面ライダー2号に謝罪する。

「ごめんなさい、一文字さん。私、一文字さんの気持ちも何も考えないであんな酷いこと……」
「気にしなくていいって。それが当たり前の反応なんだし、俺だなんて気付いてなかったんだろ? 謝らなくていいさ」
「でも私、一文字さんのことを化け物なんて……」
「桜さん、そこまでにしてやっちゃくれねえか?」
「でも……」
「こいつは昔から痩せ我慢ばっかでよ。ストレートに化け物なんて言われたら悲しいに決まってる。けどな、一文字が君のために戦っているのは痩せ我慢でも何でもないんだ。だから、謝るのは止めてやってくれねえか? それが一文字にとっちゃ一番キツいんだ」
「滝の言う通りさ。俺は君の笑顔を撮りたくてバカやってるんだ」
「……分かりました、私、頑張ります!」
「そっちは頑張らなくていいと思うんだけど。けど、一文字さん。私も一緒に頑張りま……」
「『隼人さん』」
「え?」

 仮面ライダー2号の呟きにきょとんとする真耶だが、仮面ライダー2号は続ける。

「あの時みたいにさ、『隼人さん』って呼んじゃくれないか? そうして応援してくれた方が、もっと力入るような気がしてさ……嫌かな?」
「……頑張って下さい、隼人さん! 私も一緒に頑張りますから!」
「ありがとう、真耶ちゃん。オマケまで付けてくれちゃってさ。カメラが無いが惜しいの最高の笑顔だ」

 心からの笑顔で応える真耶に、仮面ライダー2号は顔を見合わせる。仮面の下にある隼人の素顔もまたあの明るくて、優しげな笑顔を浮かべているように真耶には思えた。

「ずいぶんな余裕だな。だが、それは余裕などではない! 油断、いや諦めというものだ! しかし貴様も愚かだな、山田真耶! 世界すら思うがままだと言うのに、この世の悪を濃縮したような改造人間に与するとは! いや、貴様の愚かさは筋金入りだったな! 国家代表操縦者になれるだ力を持ちながら、IS学園の教師などと言う下らない職を選んだのだからな! この極悪人が! 大罪人が! 異端者が! 豚にも劣る畜生めが! 力を自らどぶに捨てた下劣な雌ではなく、私にその力があれば!貴様の存在そのものが冒涜だ! 力の意義すら分からぬ貴様に力が……」
「男でも女でも、長ったらしい話をするヤツは嫌われるぜ?」

 女の一人が真耶を狂ったように口を極めて罵り続けるが、仮面ライダー2号は飛び上がり、赤い左拳を固く握りしめる。女の身体が硬直する。他の4人が引き離そうとするが、間に合わない。

「それともう一つ。これが本当の余裕ってもんさ」

「ライダアァァァァ!」
「パァァァァンチ!」

 直後に仮面ライダー2号の放った渾身の左ストレートが女の顔面に炸裂する。左拳はシールドバリアを突破し、『絶対防御』すらものともせずに女の顔面に直撃する。女は数十メートルほど吹き飛んで地面を転がり、木に当たってようやく止まる。

「安心しな。死んじゃいねえよ。真耶ちゃんや桜ちゃんの前だ」

 唖然としていた女たちだが、殴られた女のバイタルデータを見る。確かに死んでいない。ただ殴られて気絶しただけだ。特に骨が砕けたりはしていないようだ。同時に女たちは仮面ライダー2号が何をしたのかを理解し、戦慄し、恐怖する。仮面ライダー2号が本気で殺そうと思えば、あの女を一撃で殴り殺すことも出来たのだと。

「ば、化け物め……!」
「今まで人を散々化け物扱いしといて、なに寝惚けたことを言ってやがる。けど、覚悟しとけよ? いつもより調子が良くなっちまったんだからな!」

 仮面ライダー2号が続けて別の女に挑みかかると真耶、桜、和也も一斉に残りの女たちへと仕掛ける。

「来るな! 来るな! 来るな!」

 リーダー格の女はスラスターを噴かし、仮面ライダー2号から必死に銃撃を加えて距離を取ろうとするが、仮面ライダー2号は銃撃を突っ切って追いすがる。

「さっきまでの余裕はどうしたんだ? 逃げてばかりじゃ俺は止められないぜ?」
「だ、黙りなさい! 今に見てなさい! 距離を取って撃ち続けていればいつかは他の皆と共に……!」
「だ、ダメだ! 強過ぎる!」

 歯噛みしながらも仮面ライダー2号から逃れようとしている女の耳に、女の悲鳴に近い叫びが聞こえてくる。
 その女は真耶に完全に圧倒されている。女の銃撃は真耶に掠りもしないのに、真耶の銃撃は女のシールドエネルギーを瞬く間に削っていく。白兵戦を挑めば真耶に近接ブレードを一撃で弾き飛ばされ、逆に滅多斬りにされる。女は全ての武装とスラスターを真耶により破壊され、為す術なく地面に落下する。真耶は即座に近接ブレードに持ち換え、その女にトドメの一撃を放って完全に沈黙させる。

「流石は元代表候補生、桜さんがファンになるのも納得だぜ」

 和也は空を飛びながら銃撃を加えてくる女を隠れてやり過ごしながら、瞬く間に敵を撃墜した真耶を見て呟く。

「余所見をしている暇は無いわよ! ここからなぶり殺しにしてやるんだから!」

 女は和也を嘲りながら銃撃を放っていくが、和也は木々の間を上手く隠れて逃げ回って的を絞らせない。

「なっ!?」

 しかし女の背後からサイクロン号がジャンプして体当たりを仕掛け、女を叩き落とすと和也の前で停車する。

「なるほど、使えってか」

 和也はニヤリと笑って再びサイクロン号に跨がる。仮面ライダーのバイクは何らかの形で自走させることが出来る。仮面ライダー2号がこちらに回してくれたのだろう。再び上空へ逃れようとする女だが、その足にサイクロン号のフロントカウルから射出したロープを巻き付けられて、女に引っ張られる形で女に近付いていく。
 このサイクロン号、又の名を『新サイクロン号』の設計・開発には和也も携わっている。それに純粋なバイク乗りとしての技量ならば仮面ライダーたちにも負けてはいない。 流石にマシンの性能が高過ぎて自由自在に扱うのは無理だが、こういう芸当ならば朝飯前だ。

「こいつ! 斬り落として……!」
「そうはいくかよ!」

 巻き上げられるロープを斬り落として逃れようとする女だが、和也はスイッチを操作しブースターを点火させると真っ直ぐに突っ込んでいく。仮面ライダー2号が遠隔操作でサイクロン号のスピードをさらに上げさせ、フロントカウルを細かく振動させる。女はロープを斬るが、もう遅い。

「サイクロンアタック!」

 サイクロン号による体当たりを受けたその女は再び地面へ落下する。しかし撃墜するにはスピードが足りなかったのか、女は頭を振って再び立ち上がり、怒り狂って和也めがけて突っ込んでくる。

「生意気な! 八寸刻みにして……!?」

 しかし背後から真耶が瞬時加速を使い接近すると、女に振り向く間すら与えず、すれ違いざまに近接ブレードの一撃を浴びせて沈黙させる。

「助かったぜ、山田先生。後は桜さんか」

 和也はサイクロン号に跨がり、真耶と共に桜の援護に行くべく走り出す。
 桜はまた別の女と近接ブレードを振るって激しく打ち合い、斬り結んでいる。

「このガキが! 甘い顔してればつけ上がりやがって! この場でぶち殺してやる!」

 女は口汚く桜を罵り、桜の近接ブレードを跳ね上げて吹き飛ばすと、一方的に攻め立てる。

「そらそらそら! 武器も無ければ抵抗出来まい!」
「武器ならまだ、ある!」

 しかし桜は左肘に仕込まれた匕首型近接ショートブレードを抜き放ち、女の斬撃を防ぎ続ける。

「桜さん!」
「受け取れ!」

 真耶と和也が駆けつけ、真耶は自身が手に持っている近接ブレードを、和也は弾き飛ばされていた桜の近接ブレードを拾って桜へと投げ渡す。

「山田さん! 滝捜査官! ありがとうございます!」

 桜は咄嗟にショートブレードを女の顔に投げ付けて怯ませ、その隙に二本の近接ブレードを受け取ると、一転して二刀流で女を攻め立てて女の近接ブレードを弾き飛ばす。

「これで終わり!」

 二本の近接ブレードを振り上げて渾身の一撃を放つと、女は地面へと叩き落とされる。さらに桜は女に近接ブレードを投げつけてアサルトライフルを呼び出し、フルオートで女に全弾叩き込んで沈黙に追いやる。
 直後に仮面ライダー2号につかまったリーダー格の女は、仮面ライダー2号の拳や蹴りの嵐の前に為す術なく吹き飛ばされる。その装甲の一部は生々しくひしゃげている。

「こんなことがあっていい筈がない! 悪に私が、正義である私たちが負けるなんて!」
「諦めな。正義は勝つ、勝った方が正義ってお前が言ってただろうが。つまり俺たちの正義が正しいってだけじゃねえか」
「黙りなさい! ならばあなた達の正義は何だと言うの!?」
「人類の自由と平和を守ること。それを奪おうとする悪と戦うこと。これが俺たちの正義だ」
「そんなものが正義であるものか! そんな綺麗事が正義など、私は絶対に認めない!」
「何とでも言ってろ。ショッカーの敵、人類の味方。それが俺たち、仮面ライダーなんだからな」
「ここは逃げるしか……! この屈辱はいつか必ず晴らすわ! それまで覚えてなさい!」

 舌戦ですら軽くあしらわれた女は憎々しげに捨て台詞を残して離脱しようとするが、仮面ライダー2号も他の3人も逃がす気などない。

「桜さん!」
「はい!」

 その前に和也を抱えて飛び上がった桜が女の上を取ると桜は自身の、和也は真耶から投げ渡された近接ブレードを振り下ろしてスラスターを破壊する。女は地面に落下するが、アサルトライフルを呼び出す。咄嗟に桜は和也を抱えて離脱する。和也が仮面ライダー2号と真耶に向かって叫ぶ。

「今だ一文字! 山田先生! アレで決めてやれ!」
「おうっ! それじゃ真耶ちゃん、派手に決めてやろうぜ!」
「はい!」

 仮面ライダー2号と真耶は顔を見合わせて頷き合うと、仮面ライダー2号は跳躍し、真耶は瞬時加速を使い、二人並んで一気に飛び上がる。女は仮面ライダー2号と真耶にアサルトライフルを撃ちまくるが、構わずに仮面ライダー2号と真耶は飛び蹴りを放つ体勢に入る。

「ライダー!」

 真耶の右で仮面ライダー2号は左足を敵に向ける。

「ダブル!」

 仮面ライダー2号の左で真耶は右足を敵に向ける。

「キィィィィィィック!」

 かつて多くの強敵たちを屠ってきた蹴りを受けた最後の敵は、沈黙を余儀なくされた。

*********

 夕日が西に沈む頃。富士演習場に戻った真耶と桜は私服に着替えてロッカールームを出る。

「真耶ちゃん、桜ちゃん、お疲れ様」

 するとバイクでこちらまで戻ってきていた隼人が声をかける。

「ありがとうございます、一文字さん。けど大丈夫なんですか?」
「勿論。このくらい、慣れっこさ」

 桜の疑問に隼人はいつものように笑って答えてみせる。

「それより桜ちゃん、君のお父さんなんだが……」
「……分かってます。父はそれだけのことをしましたから」

 桜が気丈に答えると、隼人は真耶を促して桜と共に正面ゲートへと向かう。
 正面ゲートでは和也が誠や進吾、それに理沙と話している。傍らには戦輪の右京とフラッシュ・トミーが仲良くフィルムで縛られ、『この者 極悪殺人未遂犯人!』と書かれたカードが張り付けられている。そこに担架に乗せられた源三と、付き添いの俊輔と圭子がやって来る。誠と進吾は応援の車に殺し屋を乗せると、源三たちの下へと向かう。

「山田管理官、天谷博士、後は我々が」
「……お願いします」
「お父さん!」

 桜が駆け寄ってくるのを見て源三は身体を起こす。

「桜、すまない、お前にまで迷惑をかけてしまって……荒井捜査官、東条捜査官にも何とお詫びしたらいいか」
「いえ、それは後程。ですが本当に捜査に協力を?」
「はい、罪滅ぼしになるかは分かりませんが、亡国機業の被害に遭う人が減るのであれば」

 源三は答えるとやはり苦しいのか再び横になる。

「あの、荒井捜査官。源三さんはこの後どうなるのですか?」
「こちらの方で逮捕となりますが、入院治療をしながら取り調べになるでしょう」
「そうですか……」
「来栖川、しっかりと罪を償ってこい。そして必ず戻ってこい。桜さんは俺が責任を持って預かる。だから、お前も御祓を果たすんだぞ」
「また世話をかけるな、山田……」
「天谷博士、貴女はこれからどうするつもりですか?」
「私も桜の傍にいたいと思います。今まで一緒にいられなかった分も、源三さんの分も、ずっと桜の傍に……」
「では山田管理官、天谷博士と桜さんはお願いします。皆川博士は国際宇宙開発研究所への転籍手続きが済むまで、こちらで護衛します」
「お手数をおかけします」

 誠は俊輔に一礼すると源三を救急車に乗せて進吾と理沙を促し、自身もジープへと乗り込む。車が続々と走り出して正面ゲートを潜って演習場から出ていき、その姿は見えなくなる。見送った桜たちの下に隼人、真耶、和也が歩いてくる。

「IS部隊も無事確保したと連絡が入りました」
「お疲れ様です、滝捜査官」
「こちらこそありがとうございます。ISまで出して頂いて」
「なに、市民を守るのは当然のことですから」

 礼を言う和也に対して俊輔は笑ってみせる。独断で二度に渡りISを出撃させたのだ。しかも桜はともかく、IS学園教師の真耶に貸し与えたのだから、何か処分が下されてもおかしくないだろう。

「それと一文字、ほら、カメラ」
「お、悪いな、滝。けど乱入してきた時カメラはどうしてたんだ?」
「俺のバイクの座席の下に収納しといたのさ。カメラを首にぶら下げて戦う訳にはいかねえだろ?」

 隼人のカメラは和也のバイクの座席下に収納されており、戦闘が終わると和也が首からぶら下げていた。カメラを和也から受け取った隼人は再び自分の首にカメラをぶら下げる。

「それとありがとう、真耶ちゃん。また君に助けられたよ」
「いえ、そんな。私は何もしていませんし」
「してくれたさ。俺たちは誰かが応援してくれていたから、どんなピンチも乗り越えられたんだ。だから君にお礼が言いたいんだ」
「隼人さん……」
「二人とも、なんか桜さんがトリップしちまってるみたいだぜ?」
「すいません、私の娘が……」

 和也の指摘通り、桜はまたしても妄想を繰り広げている。

「桜さん? 桜さん、聞こえてる?」
「ひゃい!? べ、別にこの後お二人が山田管理官に結婚のお許しを得ようとする、だなんで考えてませんよ!」
「妄想の中じゃ俺たちはどうなってるんだ。それより、桜ちゃんもありがとう。俺が頑張れたのは桜ちゃんのお陰でもあるからね」
「でも私は……」
「桜さん、笑顔笑顔。あんまり自分を責めてると隼人さんも私も困っちゃうから、ね?」
「……分かりました、山田さん」

 穏やかな笑みを浮かべる真耶につられて桜も笑うのを見ると、隼人はカメラを構えてシャッターを切る。

「やっと撮れたぜ、最高の一枚が」
「本当ですか? なら現像した時に見せて貰えませんか?」
「もちろん。桜ちゃんにも後で焼き増ししたのを送るよ」

 隼人も人懐っこい笑顔で真耶と桜に応えてみせる。

「一文字、そろそろ行こうぜ? あんまり長居し過ぎると迷惑だろうしな」
「ああ。山田管理官、今回はご協力頂き本当にありがとうございました」
「いえ。娘を……真耶を、お願いします」
「はい。必ず、守り抜いてみせます。亡国機業が滅びる、その日まで」

 俊輔と会話を交わすと隼人、真耶、和也は近くに停めてあるバイクへと歩いていく。手を振る桜に笑顔で手を降り返すとバイクが走り出し、桜の視界から遠ざかっていく。

「っと、入れ違いどころか完全に出遅れちまったらしいな」

 隼人たちを見送り終えた3人の前に、テンガロンハットに黒いレザーのジャケットとパンツ、白いギターを持った男がふらりと現れる。すると圭子が男に声をかける。

「ありがとうございました。お陰でまた娘に……」
「なに、これも仕事ですから。それに俺だけのお陰って訳でもありませんからね。それと、君が来栖川桜さん、だね?」
「はい、そうですけど。どうして私の名前を?」
「俺は君のお母様に雇われた私立探偵でね。君のお母様から話は聞いていたんだ」
「そうだったんですか。私からも、ありがとうございました」
「さっき言った通り、これも仕事の内さ。最後に一目見れただけでも良かったよ。それじゃ、東条もいないみたいだしさっさと行きますか」
「あの、お礼をしたいのですが……」
「お気持ちだけ受け取っておきます、天谷博士。それより、これからは桜さんと一緒にいてあげてくれませんか? いくつになっても、子は母が恋しいものですから」

 ギターを持った男は桜や圭子に背を向けて歩き始める。

「あの!」

 桜が男を呼び止めると男は立ち止まる。

「その、お名前を聞かせて頂けませんか?」
「……早川健です。縁があったらまた会えるでしょう。では、これで」

 男こと早川健は振り返って名乗ると再び背を向けて歩き出し、その場から立ち去る。

「では桜さん、圭子さん、行きましょうか」

 俊輔に促されて桜と圭子もゲート前から立ち去り、その場からは誰も居なくなる。
 
「それで滝、一也を迎えに行ったらお前の仕事は終わりなんだろ?」
「ああ。お前と一也以外は全員到着したって連絡が入ってる」
「そして一也を迎えに行っているのは、あの『おとう党』日本支部長の『千冬姉』か。ここ何日か弟から離れていたんだろうし、今頃禁断症状起こしてんじゃねえか?」
「否定は出来ねえな。ドイツ軍に出向していた時とか谷さんに毎日電話して、一夏君の様子を細かく聞いていたって話だからな」
「昔の私が抱いていたイメージが音を立てて崩れていくような……」
「いや、実際千冬はそんなもんだぜ? 根は一也に似て生真面目なところがあるから、表には出さないだけさ」

 一方、バイクに乗った隼人たちは千冬のことを思い浮かべて溜息をつく。
 千冬は普段その素振りを見せず、むしろ厳しく接しているのだが、本当は弟に深い愛情を抱いている。そのため弟が目の前にいないと溺愛話をするなど、ブラコンぶりを遺憾なく発揮する。本人はブラコンをからかわれるのを嫌がっており、ネタに出来るのは和也と隼人くらいだ。真耶はからかおうとする度に阻止されている。

「とにかく千冬に会ったら、弟の教育に悪いカメラマンがよろしく言っていたって伝えといてくれ」
「任せとけ。それじゃ、俺は行くぜ。またIS学園でな」
「はい、滝捜査官も気を付けて」
「一也のこと、頼んだぜ」

 和也を乗せたバイクは別の道へと入っていき、『国際宇宙開発研究所』へと向かっていく。隼人と真耶は見送ると再び前を向く。

「それじゃ、俺たちも急ごうか。俺も話題の彼と直接話してみたいしさ」
「きっと織斑君も隼人さんに会えたら喜びますし、隼人さんも気に入ってくれると思いますよ?」
「君の自慢の教え子だからかい?」
「はい、勿論です」
「そっか。なら急ごうか、しっかり掴まっていてくれよ」

 真耶が自分の背中に身体を寄せて掴まったことを確認すると、隼人はバイクのスロットルを入れて道を急ぐのだった。



[32627] 第十六話 剣拳激突(ソード・バーサス・フィスト)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:15
 富士山麓に立地する『国際宇宙開発研究所』。今は月面基地へ向かうシャトルの打ち上げ準備が進められている。
 その近くの樹海を一つの影が木々の間を縫って飛んでいたが、地面に着地する。ISだ。直後に銀色の何かが飛び出す。こちらはスズメバチに似ている。ISはアサルトライフルの引き金を引き、銃弾が吐き出される。スズメバチはISへ突っ込み、銃弾を両腕で弾いて防ぐ。ISを装着した女は銃撃は無駄と悟り、上空に逃れようとスラスターを噴かす。

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」

 銀色のスズメバチは銀の両腕を緑色に変え、右腕をISへと向ける。

「超高温火炎、発射!」

 直後に右腕からISに炎が発射される。ISの動きが止まると銀色のスズメバチは腕を元に戻して跳躍し、両手を手刀の形にする。

「赤心少林拳、空中諸手斬り!」

 挟み込むように両手刀を浴びせると、ISは『絶対防御』を発動させながら地面に墜落し、沈黙する。

「これで5機。後はあの専用機だけだな」

 銀色のスズメバチこと、『スーパー1』になった沖一也も地面に着地して呟く。
 月面基地の建設作業に向かう準備をしていた一也だが、『亡国機業(ファントム・タスク)』所属のISが襲撃してきたため、一也は準備を中断して迎撃に出た。6機いた襲撃者のうち5機は撃墜したが、残る1機とはまともに交戦すら出来ていない。

「くっ!? ここで狙ってきたか!」

 一也に対してどこからか数発のビームが飛んでくる。腕で弾くように防御する一也だが、嘲笑うように数十発近いビームが次々と一也に放たれる。それでも一也は隙を見てビームを回避しようとする。

「また曲がるか!」

 すると放たれたビームはねじ曲がって軌道を変え、一也に襲いかかる。それをも防御する一也だが、防ぎ切れずに数発が直撃して銀色の身体に焦げ跡を作る。

(確か『BT兵器』は最大稼働状態で、ビームの軌道を曲げる『偏向射撃(フレキシブル)』が使える、と聞いたことがある。ならば残る1機は『サイレント・ゼフィルス』か)

 ビームを浴び続けたことで、一也は敵のISが何であるかを確信する。
 敵と交戦を開始してから今に至るまで、一也はビームを何回も受け続けている。着弾点を予測して回避や防御をした一也だが、身体にはすでに何ヵ所も焦げ跡が出来ている。打開策を考えながら動き回る一也だが、淵に気付く。それなりに深いようだ。一也は少し思案すると、再び腕を変化させる。

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」

 一也は両腕の『ファイブハンド』を銀色の『スーパーハンド』から、緑色の『冷熱ハンド』へ交換し、今度は左腕を地面に向ける。

「冷凍ガス、発射!」

 今度は超低温の冷凍ガスが左腕から噴射され、一也やその周囲を包み込む。ビームが徐々に当たらなくなり、姿が隠れたことを確認すると、一也は淵に飛び込んで身を沈める。
 冷凍ガスが晴れて視界が戻ると、1機のISが淵の近くに降り立つ。

「遂に壊れたか。男の分際で手こずらせてくれる」

 青いISを装着した少女だ。顔や表情はバイザー型ハイパーセンサーで隠れて見えない。

「これでねえさんを汚したスーパー1、沖一也は死んだ。後はインターポールの滝和也、そしてアイツさえいなくなれば、私だけのねえさんをやっと取り戻せる……!」

 少女は一也が死んだと確信すると憎々しげに吐き捨てる。
 少女は上司の命令で国際宇宙開発研究所を襲撃したが、自分以外は撃墜されている。しかしそんなことはどうでもいい。理由も知ったことではない。重要なのは国際宇宙開発研究所に一也が所属していることと、その一也を自らの手で抹殺することだけだ。
 少女にとって一也は敬愛している『ねえさん』を汚し、たぶらかし、弱く、脆くしてしまった大罪人だ。一也と出会わなければ、『ねえさん』は誰よりも強く、美しくいれる筈だった。だから少女は一也は自らの手で殺すと誓った。『ねえさん』に馴れ馴れしく接し、あまつさえ今も『ねえさん』を篭絡して目を曇らせ続けている滝和也、本来自分がいるべき場所に傍に居座り、『弟』を名乗る少年も同罪だ。一也が地獄に落ちた以上、次はどちらから先に殺してやろうか。ほくそ笑む少女だが、淵から飛び出した『何か』をハイパーセンサーが捉えると、それを中断する

「馬鹿な!? スーパー1だと!?」

 飛びだしてきたのは先ほど殺した筈の一也だ。驚愕のあまり動きが止まる少女に、一也は飛び込むように少女へ突撃する。

「赤心少林拳、飛竜拳!」

 突撃の勢いを乗せた右正拳突きを少女に叩き込み、大きく吹き飛ばす。

「そのIS、やはり『サイレント・ゼフィルス』か! 何の目的で『国際宇宙開発研究所』を狙う!?」

 着地した一也は少女がスラスターとPICで体勢を立て直す前に踏み込み、赤心少林拳の技で少女を攻め立てながら叫ぶ。少女は答えずにナイフで防ごうとするが、一也の拳や手刀、貫手、禽打、肘打ち、足刀、踵は容易く突破し、少女のシールドエネルギーを削っていく。だが少女はスラスターを一気に逆噴射させて後退し、距離を取ってライフルから実弾とビームを連射する。
 一也は両腕を駆使してビームと実弾を弾ぎ、反撃の機会を窺う。少女は舌打ちすると『サイレント・ゼフィルス』の遠隔操作攻撃端末、ビットを6機全て展開してビームの雨を降らせる。少女はライフルやビットのビームを『偏向射撃』で曲げ、一也をビームで取り囲み、着弾点をずらして予測させない。しかし攻め手が粗くなると一也は大きく飛び退いてビームの雨から逃れ、再び両腕を変える。

「チェーンジ! エレキハンド!」

 一也の両腕が青色の『エレキハンド』へと換装される。一也は右腕を少女に向ける。

「エレキ光線、発射!」

 右腕にエネルギーがチャージされた後、超高圧電流『エレキ光線』が発射されて少女に命中する。

「なっ!?」

 まともにエレキ光線を受けた少女はあまりの威力に驚愕する。
 エレキハンドのみならず、ファイブハンドはあらゆる事態を想定して設計・開発されている。エレキハンドは惑星開拓時の非常用電源として、最大3億ボルトの高圧電流を放てるように設計されている。
 少女はシールド・ビット『エネルギー・アンブレラ』を展開し、エレキ光線を防ぐ。続けて小型レーザーガトリングを呼び出し、ありったけの火力を一也に叩き込む。一也の攻撃が中断されると少女はさらに距離を取り、エネルギー・アンブレラを展開しつつライフルやガトリング、ビットからビームを乱射し、一也に浴びせ続ける。やがて一也は煙とビームに隠れて見えなくなるが、構わず少女は集中砲火を続ける。やがて砲火は止み、少女は一回鼻を鳴らし攻撃を止める。

(この私がここまでシールドを削られた……! しかもISではなく、たかが惑星開発用改造人間ごときに……!)

 専用機を持つ自分が、ISを装着していない相手に攻撃されてシールドを削られた。屈辱だ。ISを装着していない相手に追い詰められることを屈辱と言わず、何と言えばいいのだろうか。
 
「まあいい。今はヤツを消し炭に出来ただけ、良しとするか」

 少女は屈辱に震える自分自身に言い聞かせ、上司に報告しようとする

「チェーンジ!パワーハンド!」
「そんな!? まだ生きているというのか!?」

 しかし一也が煙の中から飛び出し、両腕を赤い『パワーハンド』へ変えて突進してくる。少女はエネルギー・アンブレラを前面に展開し、ライフルやビットのビームを集中させて一也を叩き落とそうとする。一也はビームを突っ切って拳の間合いに入り、両拳を握り締める。

「パワーパンチ!」

 一也が両拳を突き出すと、エネルギー・アンブレラは耐えきれずに粉砕される。パワーハンドは50トンの物体の落下を受け止め、投げ返せるだけの怪力を発揮可能だ。それに赤心少林拳が加われば、パンチの威力は計り知れないものとなる。一也は再び腕を戻すと、少女に緩急を織り交ぜて突きや蹴りを叩き込み続ける。少女も再びナイフを呼び出して左手に持ち、右手のライフルを銃剣として突き出す。

「赤心少林拳、稲妻!」

 しかし一也はライフルをあっさり左手で外に弾き、即座に払った手で正拳突きを少女の胸に叩き込む。負けじと少女は左手に持ったナイフで一也を突く。

「赤心少林拳、旋風!」

 一也は今度は右手で外に払い退け、外に払った右手を手刀に変えて横から少女の首筋に打ち込む。どちらも赤心少林拳に伝わる『返し技』だ。しかし一也の攻撃は終わらない。体勢を大きく崩した少女に、右腕を引く。

「赤心少林拳、正拳突き!」

 一也は引いた右腕を少女に突き出す。シンプルな、故に技術と経験が凝縮された、強力な正拳突きだ。防御も回避も出来すに少女は大きく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。一也も着地して冷静に少女を観察する。少女は立ち上がるが、身体を大きく震わせ、バイザー越しでも分かる怒気と殺気を剥き出しする。

「殺す! 貴様だけは絶対にこの手で殺す! 欠片一つ残さず芥塵にしてやる!」

 冷静さを失い、極度の興奮状態にある少女はまたもライフルの引き金を引こうとするが、上司から通信が入る。

『エム、状況が変わったわ。至急撤退しなさい。回収ポイントはブリーフィング通りよ』

「しかしまだスーパー1が!」

『これは命令よ。逆らうとどうなるかは貴女も分かっているでしょう?』

「だが……!」

『それと、「アスクレピオス」からの要請でもあるわ。これでもまだ拒否するつもり?』

「……了解」

 少女ことエムは不承不承ながら命令を受け入れ、一也を睨み付けた後にライフルから閃光弾を発射して視界を塞ぐ。同時に『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使って一気に距離を取り、最大戦速で離脱する。

(この屈辱は必ず晴らすぞ、スーパー1!)

 回収ポイントに急ぎながらもエムは一也への雪辱を誓い、さらに憎悪を募らせる。
 一也が視界を取り戻すと、敵はすでに離脱していた。しかしこれ以上深追いする気はない。目的は果たした。シャトルの打ち上げも迫っている。 
 一也は『ブルーバージョン』を呼び出して跨がると、国際宇宙開発研究所に向けて走り出した。
 
**********

 月明かりが煌々と照らす国際宇宙開発研究所。その一角にある宿舎。宿舎の廊下をジャケット姿の男が歩いている。手にはファイルを抱えている。

「お使いまで頼まれるとはな。ま、これくらい引き受けて当然か」

 ファイルを持ちながら男こと滝和也はぼやく。
 ほんの二、三時間前に文字隼人や山田真耶と別れ、国際宇宙開発研究所に到着した和也は所長と一通り話した後、ある人物に連絡を入れて和也から出向くことにした。ファイルはついでに研究員から託されたものだ。
 その人物の名は織斑千冬。第1回『モンド・グロッソ』を制し、『ブリュンヒルデ』の称号を持つことで知られる。と言うより、『ブリュンヒルデ』の名は半ば千冬の代名詞扱いだ。その強さや美貌からIS操縦者にとっては憧れの的で、現役を引退してIS学園の教師となった現在も多くの信奉者がいる。
 モンド・グロッソ中、同僚とともに亡国機業の捜査も兼ねて狙われていた千冬の護衛に付いた和也だが、千冬の側に一日中張り付いており、決勝戦当日に織斑一夏が誘拐された際は千冬の決勝戦棄権に加担して共に一夏救出に動いた。それ以来和也と千冬は頻繁に連絡を取り合い、互いに『腐れ縁』と称する仲だ。
 千冬は本郷猛の頼みもり、自身の用事を済ませることも兼ねて一也を迎えに来た。
 千冬と一也は『白騎士事件』の少し前、千冬が国際月面基地で一週間程滞在し、『白騎士』のテストとして基地建設作業に従事していた時に出会った。当初は今以上に乱暴で荒んでいたこともあり度々問題を起こしていた千冬だが、ある事故をきっかけにだいぶ丸くなったらしい。そして衛星軌道上での作業中、トラブルで地球の引力に捕まり大気圏で燃え尽きる寸前だった千冬を助けたのが一也ということだ。
 千冬曰く、無事に地上へ降り立ってからは一也とは会っていないとのことだが、『白騎士事件』の際に一也は『白騎士』と接触、協力してミサイル迎撃に当たっている。その時の『白騎士』の操縦者は未公表だが、ミサイルを1000発以上を単機、それも最初期型の『白騎士』で叩き落とせるのは、世界広しといえども千冬だけだ。つまり千冬と一也はすでに再会を果たしたのだが、いかんせん事情が複雑なので公言出来ることではない。
 和也はある部屋の前で立ち止まり、部屋番号を確認する。ファイルを一旦左手だけで持ち、右手でドアをノックしながら和也は声をかける。

「開けてくれ、千冬。手が塞がってんだ」

 千冬の返答を待つが、しばらく経っても返事がない。内側からドアが開く気配もない。

「おい、千冬、俺だ、滝和也だ。聞こえるか? 聞こえてんなら返事くらいしろよ」

 不審に思いながら再び和也はドアをノックして声をかけるが、やはり反応がない。和也は一旦ファイルを床に置き、今度は強くノックして声を上げる。

「おい千冬、何かあったのか? それとも俺が何か……開いてる?」

 しかし途中でドアの鍵が開いていることに気付く。

「なんだ、もう開けてたのか。それとも……千冬、これ以上何も言わねえと、勝手に部屋に入っちまうぞ?」

 ドアノブに手をかけながら確認する和也だが、答えは返ってこない。

「ったく、手が離せない用事でもあるのかと思えば鍵は開いてる、なのにうんともすんとも言わねえ。いいのか!? 本当に入っちまうぞ!? 俺はもう知らねえからな!」

 最後に和也は大声で確認して少し待つが、中からは物音一つ聞こえてこない。和也はドアノブをゆっくりと回す。間を置いて徐々にドアを開けていき、部屋の中を見る。

「やっぱり何かあったのかよ……!?」

 部屋の中にはありとあらゆる物が散乱している。ジャケットや私服、タオル、ストッキング、下着類。ハンガーに掛けてあるスーツを除く衣服が部屋中に散乱している。和也は表情を引き締めてホルスターから大型拳銃を抜き、ゆっくりと部屋の中に入る。ベッドの前までくると、『何か』がベッドの上で毛布に包まれた状態で横たわっている。窓が開けられた形跡はないし、外部から侵入した痕跡も見当たらない。和也は大型拳銃を構えたまま『何か』に近寄り、毛布に手を掛ける。一瞬の間を置き、一気に毛布を剥ぎ取る。
 毛布の内では黒髪の女性が、和也に背を向ける形で横たわっている。和也はゆっくりと女性に手を伸ばすが、女性から何か聞こえてくる。和也は耳をそばだてる。

「なんだ、ただ寝てただけかよ。余計な心配かけさせやがって」

 和也は横たわっている女性、織斑千冬が寝ているだけと悟って溜息をつく。待っている内に寝てしまったのだろう。衣服が散乱しているのも散らかしてそのまま、と言った所だろう。スーツはハンガーに掛けてあるのは、根は真面目だからだろうか。

「いかに家事を一夏君に依存しているか、よく分かるぜ。少しは片付ける身にもなってみろってんだ」

 和也は寝息を立てる千冬を一瞥すると、ジャケットの袖を捲って散らかっている衣服類を片付け始める。両親を亡くして以来、男やもめの一人暮らしが長かったために家事は一通りこなせる。衣服を片付けるくらいなら朝飯前だ。

「いち、か……」

 和也が片付けている最中、千冬から寝言が聞こえてくる。この期に及んで弟の名前が出てくるとは、やはり重症なのかもしれない。和也が聞いていると知ってか知らずか、千冬の寝言は続く。

「やらん……絶対にやらん。この私が認めない限り、一夏は決してやらん……」
「この、ブラコン怪人が……!」

 続く寝言にキレて、蹴りを入れたくなった和也だが、片付けが終わるまで我慢する。時刻を指定してきたのは千冬の方だ。本来なら研究所に到着してすぐ合流し、その後で所長に話すつもりだった。それがこうして寝られていたのでは堪らない。断続的に聞こえてくるブラコン全開な寝言に、片付けを放り出し殴りたくなる衝動を抑え、最後に下着を畳んでバッグに入れて片付けを終えると、和也は軽く肩を回し始める。千冬に近付いていく和也だが、千冬が寝返りを打って振り向くと、拳を下ろす。

「ったく、こんないい寝顔されたんじゃ、殴るに殴れねえじゃねえか」

 和也は千冬の寝顔を見ると、諦めたように呟く。寝ている千冬は、普段からは考えられないくらいに穏やかで、柔らかな寝顔をしている。

「う……ん……」

 千冬が少しだけ寝返りを打つと、寝間着がはだけて艶やかできめの細かそうな素肌と、黒い下着が見える。和也は一瞬鼓動が高まったのを感じるが、すぐに直してやる。
 ブラコンぶりさえ知らなければ、千冬は文句なしで誰もが見惚れる美女であるし、付き合いの長い和也もその点だけは認めている。ISを操縦している姿を間近で見た時は見惚れる所だったし、何気ない仕草から自然と発せられる色気に当てられ、一瞬だけだが胸が高鳴ることもある。次の瞬間には見事に現実に引き戻されるのだが。
 寝ている姿もそうだ。雰囲気こそ穏やかで表情も柔らかくなっているが、凛々しさや色っぽさ、艶やかさなど、普段の魅力は些かも失われていない。むしろ可憐さや可愛らしさまで加わり、魅力引き立たせているようにも思える。
 そんな絶世の美女が目無防備な姿を晒していれば、世の男なら理性や未来をかなぐり捨てて襲ってもおかしくないかもしれない。ブラコンの極みと言える寝言の数々を聞かなければ、だが。

「寝ている時だけはただの女で、『織斑千冬』でいられるんだよな」

 和也は千冬の寝顔を見てポツリと呟く。
 千冬は自他共に厳しい性格もあり、尊敬や憧れのみならず畏怖の対象ともされている。実弟の一夏にも、公の場では厳しく接している。そんな厳格さやキツい言動から、千冬を『鬼』と形容する者も少なからずいる。しかし千冬は元々『鬼』だった訳ではない。好きで厳しくなった訳でもない。本来の千冬は弟を愛し、面倒見が良く、優しく繊細な性格だ。ただ感情表現、特に愛情表現が不器用で、過去故に性格や言動が自然とキツくなってしまっただけなのだ。
 千冬は小学生の頃、両親に捨てられた。和也も早い時期に両親を失っているし、仮面ライダーの中には孤児や家族を殺された者もいるが、親に捨てられた者はいない。一番信頼出来る筈の大人の裏切りがどれだけ千冬を傷付け、暗い影を落としているかは想像するに余りある。今でも千冬が両親に言及することはほとんど無い。特に父親に関しては一言も語ろうともしない。和也がそのことを知っているのは、護衛に当たって経歴も調べていたからだ。
 捨てられた当初の千冬は、十年前すら生易しく感じる程荒れ狂っており、極度の人間不信に陥って一夏を自分だけで守ろうとしたと聞いている。心配していた幼なじみすら突き放した。大人は全く信用せずに反抗し、噛み付いた。警察に補導されたのも、本人曰く百から先は覚えていないらしい。半年後に母親の従姉妹に当たり、千冬のことを聞き付けて近所まで引っ越してきた水沼マサコや、千冬の住んでいる街の外れで診療所を営む一条ルミが半ば強引に姉弟を世話するようになり、少しはマシになったらしい。
 それでも身内に心を開くようになっただけで、自分だけで一夏を守ろうとする点は変わらなかった。中学生になるとマサコの反対を押し切り、色々と危ない仕事を始めたらしい。本当なら誰かに頼りたかっただろう。誰かに甘えたかっただろう。だが本来頼ったり甘えたりすべき両親は一夏もろとも捨てる、という最悪の形で千冬を裏切った。そんな千冬が大人を信頼出来る筈がない。ましてや誰かを頼り、甘えたり出来るわけがない。だからあれだけ厳しい性格になってしまったのだ。

(なんのことはねえ、千冬もあいつらと同じなんだ。仮面ライダーになっちまった本郷たちと、な)

 同時に和也は猛に考えを巡らせる。
 改造される前の猛は素直で陽気で、まるで子どものような男だった。和也とはバイクやレースのことを語り合う仲で、その目は純真な子どものようだった。ただ口数の少なさ、特に一度集中し始めるとこちらが何を言っても「ふむ」や、「むう」しか返さないのには閉口していたが。
 そんな猛だが、改造されてからは人が変わった。あそこまで無口ではなかった。一人で全部抱え込む男ではなかった。思い詰めたような表情をすることも、悲しげな目をすることも、背中で泣くこともなかった。
 猛は人間としての身体を奪われながら、心は人間のままだった。それに止まらず猛はたった一人で自らの同類と戦い、殺してきた。生き地獄以外の何物でもない。むしろ地獄すら生温いかも知れない。そんな猛が変わらない筈がなかった。
 今では心の整理がある程度出来たことや、仲間の存在からだいぶ昔の性格を取り戻した。もっとも、口数の少なさはさらに悪化したが。他の仮面ライダーも程度の差こそあれ、変わらない。二度と『普通の人間』には戻れない宿命の重さがそうさせるのだ。

「かずや……さん……」

 千冬の寝言を聞くと和也は我に返る。

「どっちの『カズヤ』が夢に出てきてるのやら。ま、今はいい夢見とけよ?」

 起こさないよう小声で呟くと和也は再び千冬に毛布をかけてやり、ファイルを机に載せた後に物音を立てないようにして千冬の部屋を出て、用意されている自分の部屋に向かうのだった。

「あの、和也さん」
「なんだ?」
「昨夜はすいません。いつの間にか眠ってしまったみたいで」
「気にすんな。色々忙しかったんだろ? こっちこそ夜遅くに悪かったな」
「いえ。それと和也さん、昨夜、私の部屋に入って片付けをしませんでしたか?」
「ん? ああ。あんまりにも酷かったからつい……痛っ! いきなり何しやがる!?」
「なにが『何しやがる』ですか! 思いきり不法侵入してるじゃないですか!」
「誰のせいだと思ってんだ! いくら声をかけても返事はねえ! 鍵はなぜか開いてる! オマケに部屋の中に衣服が散乱してると来たら、嫌でも何かあったと思うじゃねえか!」
「それは、そうですけど。だからと言って、私の服を片付ける必要はあったんですか!? 大体あの中には私の……下着だって!」
「だからどうした! 片付けられたくらいで減るもんじゃ……がっ!?……ファイルの角で殴るんじゃねえ!」
「誰のせいだと思ってるんだ! インターポールですらない変態が!」
「誰が変態だ! 誰が! 大体お前の下着なんざ見たところで、興奮するどころか萎えるに決まってるだろうが!」
「そういう問題じゃありません! あなたにデリカシーってものは無いんですか!?」
「下着を散らかしたままにする、恥らいの欠片もねえお前が言えることかよ!?」
「あれはあれで整理されているからいいんです!」
「片付け出来ねえ人間の、典型的な言い訳じゃねえか! だから一夏君はお前が心配で、姉離れ出来ねえんだよ!」
「余計なお世話です! 一夏も好きな女が出来て結婚すれば私から……!」
「寝言で弟はやらねえとか言った口で、そんなこと言うんじゃねえ! お前は一夏君に依存し続ける気ってことじゃねえか!」
「そういう意味ではありません! それより、寝言まで聞いていたということは、寝顔まで見たんですか!? 本当に最低です!」
「だから誰のせいだと思ってんだ! このブラコン怪人!」
「……夫婦喧嘩なら外でやってくれませんか?」

 翌朝、いつものように喧嘩もとい漫才を開始した和也と千冬を研究員が止めに入ったのは、また別の話である。

**********

 国際宇宙開発研究所の一区画にある訓練用施設。その中に巨大なプールがある。周りには白衣を着た研究員たちが機材を弄り、端末を操作しながら指示を出す。このプール無重力作業訓練のために使用されるものだ。だがこのプールに入っているのは宇宙飛行士ではない。プールも宇宙飛行士が入るには広大で、深すぎる。研究員の男は他の研究員たちに指示を出し、モニターを眺めて端末を操作していたが、ヘッドマイクに向かって話しかける。

「コントロールから『流星』へ。これで無重力下運用実験は終了です。こちらに帰投して下さい」

 するとプールの底の方から何かが浮上してくる。それはゆっくりと水面に顔を出し、搭載されたスラスターを使って水上から離れて研究員たちの目の前に静かに降り立つ。白いISだ。通常のISと異なり頭部はバイザーに覆われ、全身に装甲が装着されている。いわゆる『全身装甲(フルスキン)』だ。身体の随所には作業用のサブアームが搭載されている。直後にISは量子化され、装着者が姿を現す。
 長い黒髪を後ろで纏めた若い女性だ。鋭く凛々しい釣り目に通った鼻筋、瑞々しい唇を、怜悧と言う言葉がこれ以上なく似合う美貌からは、美しさや艶やかさのみならず気高さすら感じられる。背筋にも緩みが見られず、スタイルもメリハリが利いており、ISスーツを着ている今はそれがよくわかる。女性がペンダントを研究員に渡すと、研究員が口を開く。

「これで『流星』のテストは全て終了です。ご協力ありがとうございました、織斑先生」
「いえ、私がお役に立てたのであれば幸いです、草波主任」
「お役に立てたどころか大いに前進しましたよ」

 研究員こと草波良は女性もとい千冬に礼を述べる。
 千冬は1週間ほど前から国際宇宙開発研究所で開発中の宇宙開発用IS『流星』の実験に、操縦者として参加している。
 『究極の機動兵器』と呼ばれるISだが、誕生には国際宇宙開発研究所が密接に関わっている。事の発端は15年前、国際宇宙開発研究所が『マルチフォーム・スーツ計画』を立ち上げたことだ。月面基地をはじめ、宇宙開発の発展はスーパー1の働きによるものが大きく、かかっている負担も非常に重い。惑星開発用改造人間の新造は人道的、技術的にもほぼ不可能だ。そこでスーパー1の負担軽減や船外作業効率向上を目指してマルチフォーム・スーツの開発が進められたが、開発は難航して頓挫しかけた。
 しかし国際宇宙開発研究所は諦めず、それまで非公開だったスーパー1の存在とデータを公開し、外部から積極的にアイディアを募集した。その結果、様々な専門家から『マルチフォーム・スーツ』の案が提出された。最終的に候補を絞った末にコンペが行われ、選考の結果採用されたのが篠ノ之束が設計した『白騎士』だった。
 当時の束は新進気鋭の若き天才科学者として注目されていたが、コンペ参加者の中では無名の部類に入り、本来なら門前払いされてもおかしくなかった。しかし一也の推薦で束はコンペ参加を許され、『シルベールスーツ』などを破って『白騎士』が採用された。ちなみに一也が推薦したのは、『おやっさん』である谷源次郎の口利きがあったためであり、源次郎も束の実父で、友人の篠ノ之柳韻から頼まれたからだ。もっと言えば、柳韻が源次郎に頼んだのも千冬の要請を受けたからだが。
 『白騎士』が採用されたのは、圧倒的とも言える性能と生存能力の高さが評価されたからだ。特にエネルギーを噴射して推進力を生み出すスラスター、『シールドバリア』などの防御用装備や搭乗者保護装備、それに裏打ちされた生存力と安全性は採用の決め手となったほどだ。加えてスーパー1のデータを参考にした機能も存在し、『重力制御装置』の一部機能を取り出して特化させた『反重力力翼』と、慣性制御に応用した『PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)』はその典型だ。一連の量子変換技術も、ファイブハンドの着脱・換装を応用・発展させたものだ。
 同時に『バダンニウム82』を精錬して出来る『バダンニウム合金』を採用するなど、未知数の新技術を投入するリスクやコストの高騰もあったが、賭けてみるだけの価値はあった。そこで束は国際宇宙開発研究所に招かれて開発に着手したが、束の『通訳』兼『白騎士』操縦者として呼ばれたのが千冬だった。
 束は天才的な頭脳に加え、見た目は容姿端麗でスタイル抜群な美少女だが、興味を持った対象以外にはとことん冷淡という欠点がある。問題なのはこれが人間にも当てはまり、『身内』以外を認識しているかも怪しい。簡単に言えば『身内』以外は無視し、一言も喋ろうともしない。
 千冬は束の幼なじみで、数少ない『身内』の一人だ。そこで話す必要がある時は千冬が間に入ることになった。千冬も高給が出ると聞き、一夏のために稼げるのならと二つ返事で承諾した。同時に千冬は宇宙飛行士としての訓練も受けており、『白騎士』が完成する頃には訓練を修了していた。研究員たちとはその時に出会っており、千冬には苦労させられた、と再会早々冗談めかして言われた。『白騎士』の完成・公式発表後は月面基地で運用テストを行う羽目になった。千冬と丁度入れ違いで月面基地に行った一也と出会ったのは、この時のことだ。
 『白騎士事件』後は『マルチフォーム・スーツ』としての理念は忘れられていたが、国際宇宙開発研究所の要請で束からISコアを提供され、原点回帰した宇宙開発用ISの開発が進められた。その第1号機として完成したのが『流星』だ。『流星』は『白騎士』をベースに束が設計し、外見や機構は武装化前の『白騎士』とほぼ同じである。さらに改良や技術進歩により運用性向上が図られている。
 今回国際宇宙開発研究所に赴いたのは、IS学園へテストパイロットを派遣して欲しいと打診された際、前述した縁から千冬がそれを引き受けたから、という理由もある。今度は大柄な研究員とスマートな体型の研究員が千冬に話しかける。

「織斑先生、パワーアシスト機能の調子はどうでしたか?」
「昨日よりは改善されましたが、『白騎士』と同じでかなり硬いですね。仕方がないのかもしれませんが」
「分かりました。もう少し調整しておきます。それと反応が鈍いとのことでしたので、センサーの感度を18%程向上させましたが、いかがでしたか?」
「そちらは問題ありませんでした。私には丁度良い感じです。詳しいことはレポートで報告させてもらいます、秋田研究員、松岡研究員」

 千冬は尋ねてきた秋田大助と松岡シゲルに簡潔に答える。
 『白騎士』はまだ機構が練り込まれておらず、実証データも不十分であったことから、後発機に劣る部分が少なからず存在する。その中でも顕著だったのが動きの硬さと反応速度の遅さだ。特に全身装甲時の『白騎士』は非常に硬く、千冬ですら思うように動かせない時があった。戦闘用に改修された際は、千冬の発案で一部装甲を外して可動性を向上させたが、それでもかなり動かし難かった。『流星』はだいぶ動き易くなってはいるが、通常のISによりは硬い。

「それと村山研究員、田中研究員、サブアームなのですが、些か敏感過ぎるといいますか、誤作動が発生したので再調整した方がいいと思います」
「誤作動、ですか。ならばインターフェースの方の問題かもしれませんね」
「だとすれば、我々だけでは対処出来ませんね。チビ! ちょっとこっち来てくれ!」
「誰がチビだ! 誰が! まったく、昔の渾名で呼ぶのはやめろって。で、何かあったのか?」
「いや、織斑先生がサブアームが敏感過ぎるって言っていたから、インターフェースに問題あるんじゃないかと思ってさ」
「少し調べてみないと分からないな。織斑先生、後でレポートに書いて頂けませんか? 本当ならば明日再調整してテストしたいのですが、いかんせん今日が最終日ですので」
「いえ、最後まで我が儘を言ってすいません」
「なに、我々としても助かります。課題が洗い出せますからね」

 千冬が話しかけた村山マモルと田中タケシに、チビと呼ばれた石川マサルは笑って答える。
 ここにいる6人と、この場にいないもう1人の研究員は国際宇宙開発研究所の中核を担う優秀な研究者で、古い付き合いらしい。良とさほど身長が変わらないマサルが『チビ』呼ばわりされているのは、7人の中では最年少で背が低かったことに由来するそうだ。話が終わると水の入ったボトルが千冬に差し出される。差し出したのはラフなジャケット姿の男だ。

「ありがとうございます、和也さん」
「気にすんな。これでお前の用事は全部終わりか?」
「ええ。『シルベールスーツ』のデータもすでに引き渡しましたし、後は沖一也さんを待つだけです」

 ボトルを差し出したのは和也だ。
 結局漫才は良により止められ、少し頭を冷やしてから和也が謝罪して幕を下ろした。千冬と和也の口喧嘩は言いたいことを言い尽くすと、少し頭を冷やしてどちらかが、あるいは両方が謝罪してお開きとなり、互いに根に持つことはない。

「けどよ、千冬。一つ気になってたんだが、この『流星』ってのは第何世代なんだ?」
「使用技術の関係で、第3世代相当とされている筈です」
「もっとも、非戦闘目的で設計されたISを、兵器としての世代で分類すること自体がナンセンスなのかもしれませんが」

 和也の疑問に千冬が答え、良がさらに付け加える。
 ISの世代区分は『兵器』としての発展度合を表したものであり、『流星』の存在は最初から想定していない。ただサブアームの制御に第3世代機で使われるイメージ・インターフェースが採用されていることから、便宜上第3世代機とされているだけだ。

「本来は『流星』みたいな使われ方が正しいってのに、皮肉以外の何物でもねえな」
「……面目ないです」
「お前の責任じゃねえだろうが」
「ですが……!」
「その先は言うな。これ以上言ったら、お前と俺だけの問題じゃなくなっちまう」
「……すいません」

 千冬が何か言い募ろうとすると、和也が途中で遮る。
 原因は他でもない千冬だ。『白騎士事件』がなければこのような状況にならなかっただろう。国際宇宙開発研究所も内心思うところがある。人類の夢のために創られたISが兵器としてこの世界を席巻し、女尊男卑の社会を作り出した挙げ句にテロにまで利用されている。亡国機業のISが国際宇宙開発研究所を襲撃し、スーパー1と交戦したのはその最たる例であろう。
 しかし和也に自分が『白騎士』の操縦者だと話したことはない。話せば迷惑を掛けてしまう。だから千冬は話さない。和也も感付いているだろうが、千冬には聞こうとしない。それだけでなく『白騎士事件』に束が関与していること、度重なるIS学園襲撃や、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』暴走事件の犯人が束であること、今も千冬が束と連絡を取れることにも和也は感付いている。勿論本人はおくびにも出さないが、千冬には分かる。だが和也は束と千冬の関係を決して口にしない。

「分かればいいんだ、分かれば。同じ要領でブラコンも治ればいいんだけどな、手遅れなんだろうが」
「あなたのその不真面目さだって、十分手遅れじゃないですか」
「俺はいいんだよ、お前と違って迷惑かけてる訳じゃねえんだからな」
「私は凄く迷惑しているんですが。というよりあなた、インターポール全体に迷惑かけていますよね?」
「だからいいんだよ、別に。どうせインターポールなんて、俺みたいなはみ出し者か変わり者しかいねえんだから」
「捜査官のあなたが言わないで下さい。インターポール全体を頼りたくなくなるじゃないですか」

(本当に臆病で、弱くて、恥知らずで、最低だな、私は。またこの人の好意に甘えて)

 軽口を叩きだした和也にツッコミを入れながら、千冬は内心呟く。
 本当なら和也だって真相を聞き出したいだろう。だが千冬に口を割る気はない。
 束と千冬は幼なじみで、千冬の両親がいなくなった頃、他の皆が千冬を避けていた中でも毎日自宅に強引に乗り込んできた。千冬の荒れ具合は凄まじく、弟の一夏以外は力づくで家から追い出し、ひっ叩いたりするは日常茶飯事だった。しかし束はめげずに訪れて一方的に話し、話し終わると兎耳を揺らしながら帰る、ということを根気強く繰り返した。最初は邪険にしていた千冬が、少しずつだが心を許すようになり、水沼マサコが保護する頃には束と和解していた。
 マサコが千冬たちを知ったのは、マサコの下に送られた差出人不明のメールがきっかけらしいのだが、束の話ではハッキングを駆使して千冬の親族を探り当て、片っ端から送り付けたメールの宛先の中にマサコがいたとのことだ。つまり千冬にとって束は恩人と言ってもいい。だから千冬は束と一緒に、地獄の底まで付き合おうと思った。束が『先生』に会うために科学者を志した時は進んで協力した。と言ってもフォローとして『通訳』したり、実験の被験者が主だったが。そしていつしか、束との関係が壊れてしまうことを恐れるようになった。
 『ブルースフィア』から生還して以来、束の様子がおかしくなっていたことにも気付いていた。しかし指摘出来なかった。束との関係が壊れてしまう気がして、無性に怖かったのだ。その結果が『白騎士事件』事件であり、無人IS襲撃であり、『銀の福音』の暴走事件だ。

(私が止めていれば。臆病で、弱くなければ、一夏も、和也さんもあんな目に遭わなくて済んだ。けど私は……)

 千冬には一夏や和也に負い目がある。自分が止めなかったから一夏も和也も傷付いた。原因は他でもない自分だ。にも関わらず、今度は一夏や和也との関係が壊れるのを恐れて真相を黙っている。それも二人が信頼や好意で聞こうとしないことにかこつけて、だ。

(……駄目だな、こんなことを考えては。もう一人の『カズヤ』さんにも申し訳が立たない)

 続けて千冬は沖一也を思い浮かべる。
 こちらの『カズヤ』とは付き合いは長くはないし、当初は一也にも噛みついていた。
 しかしある事故をきっかけに、任務が終わる頃にはだいぶ打ち解けることができた。のみならず大気圏で燃え尽きようとした千冬の下に駆け付け、一夏の下へ送り届けてくれた命の恩人でもある。さらに言えば、『白騎士事件』でも一也は救援に現れ、ミサイルの撃墜に成功している。
 それ以降一也とは会っていないし、連絡すら取れていない。一也は月面基地の建設作業に追われていたし、千冬も各国から集まった精鋭にIS操縦をレクチャーしたり、国防軍のIS操縦者と学生の二足の草鞋を履いていたり、『モンド・グロッソ』に向けて特訓したり、ドイツ軍の教官をしたり、IS学園教師として後進の指導に当たったりと多忙で、互いに連絡を取り合う暇も無かった。
 今回十年ぶりに会えるのを楽しみにしているが、マルチフォーム・スーツとしてのISを高く評価し、大いに期待していた一也に会うのは心苦しい。一也が地上に戻ってくるのも、亡国機業が保有するISと戦うためだ。いい気分な訳がない。
 物思いに耽る千冬の顔を和也が覗きこむ。

「お前、また考え事してたのかよ?」
「どうして分かったんですか?」
「お前は妙に本郷に似てんだよ。。せめて『うむ』とか『むう』くらい言いやがれってんだ」
「無くて七癖、ですね。努力はしてみます」
「で、一体何考えてたんだ? どうせロクでもないことなんだろ?」
「ええ。どうすれば不真面目な『カズヤ』さんが、真面目な方の『カズヤ』さんの千分の一くらいは真面目になるのか、と考えていました」
「ケッ、余計なお世話だっての。お前はまずブラコンを直しやがれってんだ」

(それとこんな答えを返すじゃなくて、もう少しだけ、素直になれたらな……)

 再びいつものようなやり取りを始めながら、内心中々素直になれない自分自身に溜息をつく。しかしそれも即座に中断される。まずい相手がやって来た。和也が怪訝そうに後ろを振り向くと、白衣を着た女性が立っている。女性は千冬に口を開く。

「あら、もう終わっていたの? 残念ね。お疲れ様です、織斑先生。ISスーツに不具合はありませんでしたか?」
「いえ、ありません」
「そうだよ姉ちゃん! 問題は無かったからもう……!」
「あんたには聞いてないから黙ってて、マサル! 嘘は駄目ですよ? 織斑先生。だって、ここが窮屈そうじゃないですか」

 次の瞬間、女性は音もなく千冬の背後に回り込み、その豊かな胸を揉みしだこうと手を伸ばすが、直前に千冬に両手を掴まれ防がれる。

「毎回人の胸を揉もうとしないで下さい!」
「いいじゃない! 女同士なんだし、減るもんじゃなし! それより、十年前より大きくなってない? 本当はバストサイズ詐称してない?」
「だから手を退けて下さい! それとセクハラ発言も止めて下さい!」
「セクハラじゃなくてデータ収集よ! そのISスーツ、千冬ちゃんが申告した通りバストは88って想定して作ったのに、結構キツそうなんだもの。本当は90越えてるんでしょ?」
「聞かないで下さい! 第一この場で答えられる訳が……だから諦めて下さいって!」
「嫌よ! そんな大きくて柔らかそうで、張りがありそうで、揉み心地が最高に良さそうな胸を見たら、揉みたくなるのが人情ってものじゃない!」
「ミチル、やめて上げた方が……」
「ちょっと! 良も男でしょ!? 千冬ちゃんのこの胸を! ピッチリとしたISスーツに包まれているこの胸を見て、なんとも思わないの!?」

 足掻いている女性こと石川ミチルは、止めに入った良をセクハラ全開の発言で黙らせる。
 ミチルも良と小学生以来の付き合いであり、千冬と出会ったのも良たちと同じ頃だ。ミチルは『シルベール繊維』の世界的権威、皆川理沙博士の弟子としてISスーツの開発に携わり、『流星』の開発にもISスーツ担当として参加している。
 ミチルは決して悪い人間ではなく、避けられがちだった千冬にフランクに接するなど人は良いのだが、胸が大きい女性を見ると、とにかく揉みしだこうとする悪癖がある。ISスーツに長年携わっているからなのか、ミチル自身の胸が控え目故かは知らないが、十年前の千冬は被害に遭っていた。胸への執着は尋常ではなく、束すらよく被害に遭い、ミチルを『変態さん』と呼んで恐れていたほどだ。ちなみに束が他人を『変態さん』呼ばわりすることはあるが、対象は束すら真似出来ない技術を保有する者に限られ、ミチルのような意味で『変態さん』呼ばわりされる人間はいない。
 一度ミチルIS学園に訪れた際は、良とマサルが同行していたにも関わらず悪癖を存分に発揮し、千冬と佐原ひとみ、教頭の飛鳥みどり、学園長以外の教員全員の胸を揉みしだいていた。特に山田真耶の胸をいたく気に入ったらしく、事あるごとに揉みしだき、職員室に来ていた更識楯無の胸も理由を付けて揉もうとしていた。唯一の弱点は学園校医の緑川ルリ子であり、遭遇する一方的にハグされ、『クンかクンか』される。ルリ子は胸は慎ましい方なので、最早天敵なのかもしれない。
 とばっちりを食っているのは良たちで、いつも尻拭いをさせられる。6人とも奥手なところがあるためか、今も全員顔を耳まで真っ赤にして目を逸らしている。例外として和也は微妙な表情をしているが、旧知の仲であるルリ子を思い浮かべているのだろう。
 ただ、ミチルの言うことは間違いではない。ウエストは余裕があるのに対し、バスト部分は少しキツい。それにただのセクハラではない。ISスーツは身体にフィットすることが求められる。特に宇宙空間では僅かな誤差が命取りになるので、『流星』のISスーツの電位差検知能力も、戦闘用のそれより基準が厳しい。そのため、緩いのは勿論キツいと集中力を奪い、動きを阻害する危険性があり、スーツはジャストフィットするものが求められる。だからミチルが聞くことは構わないが、この場で答える気などない。ちなみに千冬が最後にスリーサイズをきちんと測ったのは、第2回『モンド・グロッソ』に合わせてISスーツを新調した時だ。それから数年経てば、サイズが変化してもおかしくないだろう。
 諦めずに千冬の胸を揉みしだこうとするミチルだが、見かねて和也が止めに入る。

「そろそろ止めてやっちゃくれねえか? 見てるこっちがいたたまれねえ」
「滝さん! あなたもそんなこと言うんですか!? こんな揉み甲斐のありそうな胸を見て、まだそんなことを言えるんですか!?」
「気持ちは分からないでもないが、そいつはブラコン怪人だぜ?」
「ブラコン怪人?」
「その様子じゃ、千冬のブラコンぶりを知らないみたいだな。どうせ一也が戻ってくるまで時間もある。とにかく行こうぜ? 現実ってのを教えてやるよ」

 和也が促すとミチルはしぶしぶ手を止めて歩き出す。千冬と良たちは内心和也に感謝しながらも続けて歩き出す。

「……それで一夏が私の顔をじっと見ながら、何回も『どう? 美味しい?』と聞いてくるので、普通に『美味しい』と答えたら何回も『本当!?』と聞いてくるので、その都度『本当だ』と答えたんです。その時見せてくれた笑顔が本当に可愛くて、疲れなど一気に吹き飛んでしまいましてね。すぐに写真を撮っておけば良かった、と今でも後悔しているんです。そうして誉めてやったら一夏、翌朝は張り切り過ぎて目玉焼きを焦がしてしまい、泣きそうになっていたんです。ですが私が構わずに普通に食べてやると、何回も『どうだった?』と聞いてくるんです。今度は少し意地悪をして『不味い』と言ったら、目に涙を溜めて私に謝ってきましてね。何とか宥めて泣き出すのだけは止めて、『けど努力は認めるから次は頑張れ』と言ってやったんです。その時に涙を必死に拭いて、『うん! 千冬姉が毎日美味しいお料理食べられるように僕頑張るからね!』と気丈に答えてみせた時のいじらしさと言ったら……どうしました?」
「千冬ちゃん、どれくらい続きそう? もう1時間くらい経っているんだけど……」
「まだ三分の一も行っていません。これからがいいところなんですよ? そして夕方仕事から帰ってみると一夏は……」
「千冬ちゃん、もう二度と揉めなくていいから、解放してくれないかしら?」
「お断りします。胸の一つや二つくらい、いくらでも揉ませて上げますので、聞いて下さい。仕事から帰ってきた時に一夏の手を見たら、傷だらけになっていたのでどういうことなのか問い詰めたら、一夏のヤツ、私が帰ってくる直前までずっと包丁の練習を続けていたみたいなんです。それでも上手くいかなくて意気消沈していた一夏を、この時ばかりは思い切り抱き締めてやろうかとも思いましたが、敢えて一夏自身に乗り越えさせようと激励だけにしたんです。今思えばそれが後々一夏の料理が急速に上手になるきっかけになったようなので、時には愛しているからこそ突き放すことも必要なのだと……」
「分かったかい? これが現実さ。こいつのブラコンぶりがよく分かっただろ?」
「……はい。胸に釣られて、安請け合いなんかするんじゃなかった……」
「ミチルさん、私の話聞いていますか? 聞いていなかったようですので、もう一度私が帰ってきた時の下りから……」

 その後ミチルが千冬の話を最後まで聞いたら胸を揉ませることになり、あまりに長く、内容の濃い千冬の弟自慢と溺愛話を聞かされたミチルが根を上げたにも関わらず、千冬が無理矢理ミチルを掴まえて話を続けたので、ミチルが千冬の胸を二度と揉もうとしなくなったのは、言うまでもない。

**********

 国際宇宙開発研究所の管制センター。国際宇宙ステーションや国際月面基地に指示を出す、宇宙開発の司令塔とも言えるこの部屋は大勢の人で溢れている。中には民間人も少なからずいる。今日は月面基地から作業員たちが地上に戻る日で、作業員らの家族が迎えに来たのだ。現在は管制センターとシャトルとの間で通信回線が開かれ、作業と家族が交信している。
 その中にスーツ姿に着替えた千冬と、いつもの如くジャケットを着た和也の姿もある。順番に作業員と話している家族を横目にし、自分たちの順番が来るのを待つ。一也の順番は最後なのでまだ先の話だ。研究員たちも管制室にいるが、仕事があるためかこちらには話しかけてこない。

「やっぱ懐かしいか? 千冬」
「ええ。ここでは色々とあったようですから」

 研究員やオペレーターが忙しく動き回り、家族が作業員と話しているのを見ながら千冬と和也は会話を交わす。そこに民間人とおぼしき一団が二人の前に現れる。初老の男性が前に進み出て真っ先に口を開く。

「久しぶりだね、滝君、千冬さん。二人とも元気そうで何よりだよ」
「お久しぶりです、谷さん。今回はご協力頂き、ありがとうございます」
「なに、一也が必要なのは俺も知っているさ。」

 男性こと谷源次郎は笑ってみせる。
 源次郎は一也にとっての『おやっさん』だ。千冬が月面から帰還する際も一也の身内として呼ばれ、同じく呼ばれていた一夏と出会った。それに一也を信じきれず、迷っていた千冬を激励した人物だ。途中で束と揉み合いとなり、頭に噛みついて兎耳を噛みちぎったという話もあるが、束の誇張だろう。
 一也と共に地上に帰還した後は懇意となり、忙しくなった千冬に代わり一夏の面倒を見ていた。一夏が亡国機業に拉致されると、責任を感じた源次郎は『ブランカ』のマスターに復帰し、腰を据えて一夏の面倒を見るようになった。千冬がドイツから帰国し、IS学園教師となった後は再び『谷モーターショップ』に戻ったが、一夏の頼みを聞き入れ、『ブランカ』や『谷モーターショップ』のバイトとして一夏を雇い入れるなど、一夏絡みでは何かと世話になっていた。一夏がIS学園に入学した後は、一夏の中学時代の友人で紹介を受けた御手洗数馬を雇っており、最近では五反田弾もたまにバイトに入っているそうだ。
 今度は源次郎の後ろに立っていたショートカットの女性とロングヘアーの女性、それに小柄な男性がひょっこりと顔を出す。

「けど驚いちゃった。一夏君が千冬ちゃんの教え子になっちゃうなんて」
「私は千冬さんと一夏君が、マサコが言っていた親戚の子だって知った時の方が驚いたわよ」
「マサコさんとハルミさんもお久しぶりです」
「ちょっとちょっと! 誰か一人忘れちゃいないかい!?」
「勿論忘れてはいませんよ、小塚さん」
「チョロと違うんだから、忘れてる訳ないじゃない。それと一夏君の誕生パーティーに遅れちゃってごめんね?」
「気にしないで下さい。一也さんを迎えに行っていたなら仕方ないですよ。むしろお忙しい中駆け付けてくれたようで」
「気にしなくていいわよ、千冬ちゃん。私たちも一夏君だけじゃなくて、箒ちゃんや鈴ちゃんとまた会えて嬉しかったもの」
「いやあ、箒ちゃんも暫く見ない内に、すっかり綺麗になってたなあ。ハルミも少しは……痛たたたたっ!」

 チョロこと小塚政夫の耳を引っ張る草波ハルミを見ながら、水沼マサコは苦笑する。
 マサコは千冬の母と従姉妹同士で、千冬と一夏の存在を知るや即座に姉弟の下に駆け付けた。二人を引き取ることを提案したマサコだが、千冬はにべもなく拒否した。マサコを暴力を以て追い返したこともしばしばだった。しかしマサコは諦めず、近所に引っ越して千冬を粘り強く説得し、補導された千冬を引き取りに行き、姉弟の生活費を密かに肩代わりしていた。
 だが一夏が急病で倒れても助けを拒否し、自分で何とかしようとした千冬を遂にマサコが引っ叩き、無理矢理一夏をどんな患者も無料で診療する一条ルミの下へと搬送した。幸い一夏は完治したのだが、同時に千冬はマサコに涙ながらに厳しく叱責された。その時にマサコが言った「どれだけ私をぶっても構わないから、とにかくあなたたちを助けさせて欲しい」という一言をきっかけに、千冬はマサコを信頼するようになり、素直にマサコの援助を受けることにした。
 ただ、負い目から全てを依存することをよしとせず、援助も最低限にするよう頼んだ。勿論マサコは反対したが結局は折れてくれた。マサコは仕事の合間を縫って千冬たちの面倒を見るようになり、学費や生活費などを援助してくれた。
 一方、ハルミと政夫は谷モーターショップの店員で、千冬とは源次郎の紹介で知り合った。後にマサコとハルミが親友同士で、ハルミも千冬たちの話を聞いていたことも判明したが。ハルミと政夫も一夏の世話を焼いており、篠ノ之箒や凰鈴音、それに五反田兄妹とも面識がある。一夏の誕生パーティーにも呼ばれていたが、またも一也の帰還と重なったため、到着したのは宴もたけなわ、一夏が飲み物を買いに出たのと入れ違いになる形となった。そこで一夏が襲撃されたと聞いた源次郎が激怒し、襲撃者を捕まえようする一幕もあったが、一夏の説得を受けて思いとどまったらしい。

「なんだ、一也や谷さん以外の面子とも知り合いだったのかよ」
「ええ。和也さんは『バダン』との戦いで?」
「ま、そんな所だな。と言っても『ジュニアライダー隊』の面子を含めて、本格的に合流したのは関東での『デルザー軍団』との決戦前なんだが」

 千冬の質問に和也が答えると、ハルミが思い出したように手を叩き千冬と和也に告げる。

「そうそう、バダンで思い出したんだけど、今回はもう一人……」
「ハルミさんからもう2人、『恩知らず』に会いたい奇特な者がいると聞いていたが、片割れがお前だったとはな、千冬」

 直後に千冬の背後から声が掛けられる。千冬が振り返ると女性がいる。長い黒髪に鋭い吊り目をした美女だ。歳の頃は和也と同じくらいだろうか。僧服に身を包んだ肢体はしなやかで、千冬程ではないがスタイルも良い。顔など所々に傷痕が見える。女性を見ると千冬は一礼する。

「お久しぶりです、義経さん。ですが、どうしてここに?」
「少し会いたい者がいてな。そちらの男は滝和也、みたいだな」
「なるほど、あんたが一也や村雨たちが言ってた義経ってのか。俺の話は聞いているらしいな」
「ああ。そちらも一也から?」
「もちろんさ。あんたが死にかけた時に敬介や村雨、ウェイ・ペイ、それにフレイヤ・ボーヒネンの応急処置、草波ハルミの輸血、あんた自身の強靭な生命力が無けりゃ、死んでもおかしくなかったって話も聞いている。それに……」
「一也の『アレ』も、か?」
「……俄には信じ難かったんだけどな」

 義経と和也とハルミは同時に溜息をつく。

「あの、義経さん。沖一也さんとはお知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、お前に話した『恩知らず』も、『恥知らず』も、『女の敵』も、全部一也だ」
「つまりは義経さんの……」
「それ以上は言うな馬鹿者が!」
「というか、一也の関係者に知り合い多すぎだろ。で、義経とはどんな関係なんだ?」
「この人まで知り合いとは思いませんでしたよ。『赤心少林拳』と『篠ノ之流』は関係が深いのですが、義経さんは柳韻先生の道場に出入りしていたので、その関係です」
「私の『仕事』に勝手に付いてきて、勝手に手伝っていたことは話さないのか? 隠し立てしても仕方ないだろう」
「なるほど、お前が何をして稼いでたか気になってたが、そういうことかよ」

 和也は千冬と義経を見比べると納得したように呟く。
 義経は開祖の『樹海大師』こと樹海柳山、『玄海老師』こと玄海鬼丸に続く赤心少林拳3代目総帥だ。現在は樹海大師の弟子で唯一存命の『朱鷺禅師』こと朱鷺土鬼の後見で、奥秩父に再建された赤心寺を拠点に活動している。
 赤心少林拳と篠ノ之流は深い関わりがある。赤心少林拳の原型となった少林拳赤心派の開祖、赤心道玄は若い頃に訪日し、当時の篠ノ之流師範であった篠ノ之柳心と出会って意気投合した。時代が下り、柳韻の祖父にあたる篠ノ之柳海は忌み子とされた双子の弟、篠ノ之柳山を見かねて赤心道玄の拳法を学ぶことを進めた。柳山はすぐに中国へ旅立ち、『嵩山少林寺』の門を叩き剃髪・出家して少林拳を学ぶと、やがて大陸を回り修行に励んだ。その中で少林拳赤心派の本拠地『華山赤心寺』へたどり着き、そこで少林拳赤心派の修行に没頭して遂に全ての奥義を授けられるに至った。
 帰国した柳山は奥秩父に『赤心寺』を開基し、少林拳赤心派に若干のアレンジを施した赤心少林拳を創始した。この篠ノ之柳山こそが樹海大師である。故に赤心少林拳と篠ノ之流は深い関係があり、玄海老師も柳海の子柳耀とよき友人同士であったと聞いているし、義経も道場によく顔を出していた。
 さらに言えば両流派の技や理論にも共通点が見られ、どちらも『梅』、『桜』、『柳』の名を冠した奥義を伝承しているのは最たる例だ。ちなみに義経は三つある奥義の内、会得しているのは『梅花』と『桜花』で、『柳』に当たる奥義は会得出来ていない。もっとも、赤心少林拳および少林拳赤心派の歴史において、三つの奥義を全て会得出来た者は赤心道玄と樹海大師、朱鷺禅師のみである。特に気を外に発し攻撃を弾く『梅花』と、気を内に込め防御を貫く『桜花』は相反する技の性質上、同時に習得するのは困難を極める。
 千冬が義経と出会ったのは、千冬が稽古をつけて貰おうと道場で待っていた時、たまたま義経が道場にやってきたことがきっかけだ。当時生意気だった千冬は、口調から荒っぽい義経を道場破りと勘違いして叩きのめそうと立ち合いを挑み、義経は千冬を返り討ちにすることで応えた。しかし何度も立ち上がる千冬を義経が気に入ったらしく、やって来た柳韻から話を聞いた千冬が謝罪するとあっさり許し、以来道場に顔を出しては千冬を可愛がるようになった。千冬も性格や言動、経歴が似通った義経にシンパシーを感じており、妙に馬が合った。
 義経は「弟とは多少出来の悪い方が可愛いもの」や、「男は多少不真面目なくらいの方がいい」など色々話してくれたのだが、一番多く話していたのは義経が『恩知らず』、『恥知らず』、『女の敵』などと呼ぶ男の話だった。
 曰く『恩知らず』と義経姉弟は幼なじみだったが、『恩知らず』の両親が亡くなると、『恩知らず』はアメリカの科学者に引き取られて義経たちと離れ離れになったらしい。しかしその科学者が『恩知らず』の進路を自分の意志で決めさせるため、『恩知らず』を赤心寺に滞在させた際に再会し、しばらく一緒に過ごせることになった。
 義経としては『恩知らず』が玄海老師の後を継ぎ、赤心少林拳を背負うことを期待していたが、『恩知らず』は自身と両親の夢のため、アメリカに戻ることを決意して赤心寺を去った。
 義経は玄海老師の下から出奔し、黒沼外鬼が創始した『赤心少林拳黒沼流』の師範として青森の『赤心寺』に住むようになった。バダンとの戦いの最中に『恥知らず』と再会した当初は、『恥知らず』のせいで玄海老師や弁慶が命を落としたことから、『恥知らず』を恨んでいたらしい。
 しかし思いの丈をぶつけ合ったことや命を預けて共闘したこと、黒沼外鬼の裏切りで死にかけた義経のために怒り、命を救おうと尽力してくれたこともあり、遂には和解するに至った。その時にそれまで胸に秘めていた好意をかなりストレートに『恥知らず』に伝えたのだが、周囲を唖然とさせる答えを返し、義経の心を打ち砕いてみせた。 同じく『女の敵』に想いを寄せており、義経に負けじと告白したハルミにも『女の敵』は似たような回答を返しており、二人は『女の敵』の被害者同士、固い友情で結ばれることになったそうだ。『女の敵』への想いは些かも衰えていないらしく、千冬が今でも好きなのか聞いたら耳まで顔を真っ赤にしていた。その男とは他でもない一也らしい。和也もいきさつは聞いていたようだ。
 義経は時折千冬を連れ、『仕事』に行くこともあった。柳韻の下を訪れていた理由も、更識家の16代目当主『霙の楯無』が幼き娘二人を遺して亡くなり、17代目『楯無』が成長するまでの間、『暗部殺し』の任に就けなくなったことにある。父親や玄海老師、朱鷺禅師は更識家とも交流があった関係から、更識家当主代行を務めていた的場響子から依頼を受け、一時的措置として義経が仕事を引き受けることとなり、手伝える者を探しに来ていたのだ。
 当時は赤心寺を再建したばかりで、門下を『仕事』に駆り出す余裕が無かったためだが、話を聞きつけた千冬は真っ先に志願した。当初は拒否していた義経だが、遂に根負けして『仕事』に連れていくようになった。だが千冬に任されたのは見張りや張り込みなど簡単な仕事のみで、殆ど義経一人で依頼を果たしていた。時折千冬も戦うこともあったが、義経が強すぎるために血を見ることなく終わったし、本当に危ない仕事の時は千冬を決して連れていかず、強引に着いてきた時には途中で気絶させ、その隙に依頼をこなした。
 義経は千冬に響子から受け取った報酬を必ず山分けしていた。これが少なからぬ金額であったため、マサコの反対を押しきって『白騎士事件』の前まで続けていた。『白騎士事件』後は千冬が国防軍に入隊したため、義経と直接会うことは無くなったのが、書簡でのやり取りは今でも続いている。
 モニターの方では間もなく一也の番が来ようとしている。現在話しているのが千冬たちを除けば最後の組だ。

『よお、セルゲイ。また大きくなったんじゃないか?』

「半年しか経ってないのに身長は変わらないよ、父さん」

『そんなことないぜ? 俺だってお前くらいの時は、一月で信じられないくらい伸びちまったんだからな。ソーニャもいつも悪いな、毎回フロリダからこっちに来てくれてよ』

「気にしないで、あなた。けどマシムさん、本当に宜しいんですか?」

『気にしないで下さい。親父は「国際宇宙開発機構」の理事ですし、仕事の合間を縫って来たら申し訳が立ちませんよ。俺には「ジュニアライダー隊」の皆がいますから』
『けどよ、セルゲイ先輩、もといコリバノフ理事なら権限使って入れるんじゃねえか?』
『だからですよ、アレクセイ区画長。親父がここに来たんじゃ邪推されちゃいますし、こういう時は民間人優先だって言っていましたから』

 モニターで話しているのは、月面基地作業員でも一区画分の作業を統括する『区画長』のアレクセイ・ヴァロフと、その部下で作業員のチームを纏め上げる『班長』のマシム・コリバノフ、アレクセイの妻ソーニャに夫妻の息子セルゲイだ。

『それじゃソーニャ、セルゲイ、次がつっかえてるから後は地上でな?』
『俺からも沢山土産話があるから期待してろよ?』

 アレクセイとマシムが告げるとモニター内からフェードアウトする。いよいよ一也の番だ。ソーニャとセルゲイが千冬と源次郎の下に歩み寄ってくると、千冬は一礼する。するとソーニャは首を振る。

「久しぶりですね、千冬さん。こうして会うのは十年ぶり、でしょうか」
「はい。あの時は本当にご迷惑を」
「気になさらないで下さい。主人を助けてくれたと聞いていますから。それと谷さんもセルゲイが……」
「いえ、元はと言えば俺が原因でしたから。それにしても大きくなったな、セルゲイ君」
「ありがとうございます、谷さん。あの時僕と一緒だった……」
「一夏君は元気でやっているよ。ここにいる千冬さんの生徒としてね」

 源次郎はセルゲイに笑ってみせる。
 アレクセイは月面基地で千冬が配属された班の班長で、千冬のバディだった人物だ。千冬は荒くれ者揃いで知られるアレクセイ班とは険悪な仲で、特に班長のアレクセイとは何度も衝突していた。しかし口論からアレクセイを置いて一人で勝手に基地に帰還した際、アレクセイの生命維持装置が故障したと知ると千冬は『白騎士』でアレクセイを救出に向かい、ギリギリのところで無事に基地へと帰還した。
 千冬がアレクセイを助けたのは責任を感じたというのもあるが、前日にアレクセイが息子のセルゲイと通信で話していたのを見て、自身と一夏の関係を重ね合わせたから、というのが大きい。なおセルゲイは一夏と一緒に管制センターを歩き回っていたところ研究員に捕まり、源次郎が預かっていたらしい。係員が連絡すると、ソーニャとセルゲイは一旦別れを告げ、係員の指示に従って管制センターから出ていく。
 管制センターから民間人退室すると、日本人男性が腰掛ける映像が映る。国際宇宙開発研究所のマークが入った上着を着用しており、モニター越しからでも真面目さや誠実さが伝わってきそうだ。源次郎がヘッドマイクを着け、男性が第一声を発する。

『お久しぶりです、おやっさん。と言っても、最後に会ってから一ヶ月も経っていませんが』

「一ヶ月も離れていれば十分だ。お疲れ様、一也」
 
 源次郎が笑って言うと、沖一也もモニター越しに穏やかに笑う。十年前と全く変わらない笑顔だ。続けてハルミ、政夫、マサコがヘッドマイクを着けて話し始める。

「お帰りなさい、一也さん! 一也さんは簡単に一ヶ月って言うけど、私にはその一ヶ月がもの凄く長く、一年以上経ったかと思ったんだから!」

『大袈裟だな。けどありがとう、ハルミ。それと、ただいま』

「チョロ様もいるってこと、忘れないでくれよアニキ!」
「だから忘れてる訳ないじゃない、チョロさん!」

『二人とも元気そうで良かったよ。それと良、少し話があるんだけどいいか?』

「構いませんけど、どうかしましたか?」

 一也が管制センター内にいる良を呼ぶと、良はモニターの前に立ちヘッドマイクを着けて答える。すると一也は表情を真面目なものにして話し始める。

『「チェックマシーン」の準備をしてくれないか? 月面基地のものはオーバーホールが必要みたいだ』

「となると、向こうでは修理出来ない箇所、ということですか。身体の方は?」

『目立った不調はないが、何が起こるか分からない。念には念を入れる必要がある』

「分かりました。『ファイブハンド』のアップデートも済ませる予定でしたし、『チェックマシーン』のオーバーホールも含めて、こちらで万事取り計らいます」

 スーパー1はチェックマシーンで修理やメンテナンスを行うが、メンテナンスを受けられない状態が長期間に渡り続くと、メカニズムや機能に支障をきたすようになる。月面基地にあるチェックマシーンが故障し、修理出来ないのでチェックマシーンをバラしてシャトルに搭載し、持ち帰って修理するということなのだろう。
 今度は義経がヘッドマイクを着けて一也に話しかける。

「相変わらず元気そうだな、一也。働き詰めだと言うのに、地上にいた時より生き生きしているではないか」

『義経か! 珍しいな、お前が来るなんて。まさか、赤心寺で何かあったのか!?』

「あったらこんな所に来る暇などあるか! この大馬鹿者! その、なんだ、ただお前の顔を見に来ただけだ」

『どうしたんだ義経? 顔が赤いぞ? 具合が悪いなら休んだ方が……』

「五月蝿い! この『女の敵』が! まったく、お前と言うヤツはどこをどう間違ったらこうなるんだ……」

 一也の発言に義経が溜息をついていると、作業員たちが一也の周囲に集まって声が入ってくる。

『おいカズヤ、あのべっぴんさんは一体誰なんだ?』
『お前、遂にコレが出来たのか!?』
『この色男! 憎いねえ! ただの宇宙バカかと思えば、しっかりヤることヤってたなんてよ!』
『けどよカズヤ、他にもハルミって娘がいたよな? その娘とはどうなっちまんたんだ?』
『まさか、振っちまったのかよ!? いや、お前の宇宙に行きたい病に愛想を尽かして、向こうから振った可能性の方が高いか』
『分からねえぜ? 真面目そうな顔して、実は二股かけてんじゃねえのか!?』
『いや、堂々とハーレム宣言してる方に俺は賭けるね!』
『とにかく言いたいのは、リア充爆発しろ! ってヤツだな』
『勘違いしているみたいだけど、俺と義経やハルミはそんな関係じゃない。俺にとってはどっちも大切な仲間で、かけがえのない家族なんだ。そうだろ? ハルミ、義経』

「ええ、私たち、一也さんの仲間よね? 義経さん」
「そうだな、ハルミさん。私たち、一也の家族だからな」

『どうしたんだ、二人とも? なんでそんな棒読みというか、諦めたような口調なんだ?』

「気にしないで、一也さん。本当に何でもないから」
「ああ。何を言っても無駄だろうからな」

『すまない、ハルミ、義経。どうやら俺は二人の気持ちを踏みにじっていたみたいだ……』

「まさか、ようやく私たちの気持ちに……!」

『確かに俺は不甲斐ない男だ。ハルミたちを危険に晒し、義経を危うく死なせかけ、赤心少林拳の仲間を無為に死なせてしまった。それでも俺は、皆と一緒にいたいんだ。確かに俺は未熟だ。だが、必ず皆を守れるの強さを得てみせる。 ヘンリー博士の分も、玄海老師と弁慶の分も。だから二人とも、仲間、家族と呼ばせてくれないか?』

「当たり前じゃない! 私たちはそれ以上の関係になりたいだけだし……」
「一々そんなことを言わなくていい。私たちも分かっている」

『ハルミ、義経……ありがとう!』

「想像以上に重症だな。下手すると一夏君より酷いんじゃねえか?」

 一連のやり取りを見ていた和也が呆れたように呟く。管制センター内でも、モニターの向こうでも、満面の笑みで答えている一也以外の面子は全員呆れ果てて絶句している。

(こちらの『カズヤ』さんもいい加減な方と同じく、男としては最底辺らしいな)

 千冬の中で異性としての一也の評価が最低ランクまで落ちているのだが、一也は知るよしもない。
 ただ和也の意見には多少異論がある。確かに一夏も一也も鈍感だが、同じ鈍感でも中身が異なる。一夏の鈍感さは周囲の女性が向けている好意に気付けない、というものだ。要するに一夏は誰かから好意を向けられていること自体に気付いていない。感覚的に鈍いのだ。
 一方、一也は話を聞く限りではハルミや義経からの好意自体には気付いているし、一也自身もハルミや義経に好意を抱いているようだ。だが問題はその『好意』を恋愛感情ではなく、家族愛や友情、仲間意識と勘違いしている、もしくは家族愛や友情と恋愛感情の区別がついていないことだ。つまり一也は感覚的に鈍い一夏と違い、解釈の違い故に気付けていないのだ。
 和也の言う通り、ある意味一也の鈍感さは一夏よりも重症だ。極端な話、好意を寄せている少女たちが全裸で迫ってきたら、一夏も顔を赤らめたりはするだろう。だが一也にハルミや義経が全裸で迫っても、一也は動じないだろう。むしろ邪な感情を抱いてしまったと勝手に思い詰め、山籠りを始めてしまうかもしれない。
 微妙な空気が流れる中、和也がヘッドマイクを装着して話し始める。

「月面基地の完成も近いって時に、呼び戻しちまって悪いな、一也」

『いえ、亡国機業を野放しにする訳にはいきませんから。それより滝さん、入院したと聞いたんですが、もう大丈夫なんですか?』

「見ての通りすっかり元気さ。でなきゃ迎えになんて来れるかよ」

『流石と言うか、なんと言うか。けど、良かったです。滝さんが無事ならそれで』

 二人の『カズヤ』は笑い合うが、すぐに表情を引き締める。

『それと滝さん、「サイレント・ゼフィルス」の件なんですが』

「狙いは『流星』のコアだろうな。簡単にISコアを入手出来ると踏んだんだろう。失敗した後は火事場泥棒したり、一夏君を誘拐しようとしたり、形振り構わなくなってきやがったけどな」

『亡国機業め、学園の襲撃に飽きたらず、一夏君まで狙うとは!』

 静かに怒りを顕にする一也に、シャトルに乗っている作業員たちは何も言わない。彼らは荒くれ者だが頭は良い。正規の訓練を受けたアストロノーツなのだ。

「ま、その話は後だ。詳しい話は地上に降りてからにしようぜ? ほら千冬、締めはお前だ」

 和也は千冬にヘッドマイクを渡す。千冬がモニターの前に立つと、作業員たちも一也の横や後ろから一斉に顔を出す。一瞬最初に何を言おうか迷う千冬だが、それと察した一也が口火を切る。

『こうして話すのは十年ぶりかな、千冬さん。君の活躍は俺たちも聞いているよ。今更だけど、どうしても直接言いたくて。「モンド・グロッソ」優勝おめでとう。それと、一夏君の入学も』

「ありがとうございます、沖さん。そちらも間もなく完成間近と聞いていますが……」

『ああ、君のお陰でもあるよ。それと千冬さん、一つ聞いていいかい?』

「何か?」

『どうして「一也さん」じゃなくて「沖さん」なんだい? 慣れないというか、違和感があるというか』

「私の隣には、滝和也さんがいますから」

『滝さんと俺の名前は読みが同じだったね。すっかり忘れていたよ。それと、もう一つ聞きたいことがあるんだ。「ホワイトナイト」からの伝言は聞いたかい?』

「はい。ですので、IS学園まで来て貰おうと思いまして。私も楽しみにしていましたから。きっと、一夏も」

『良かった、ちゃんと「ホワイトナイト」が俺の頼みを聞いてくれて。後で感謝しておかないと』

「感謝したいのはわた……『ホワイトナイト』だと思いますよ? また助けて貰ったんですから」

『俺が「ホワイトナイト」を助けたのは、後にも先にもあの一回だけだった筈なんだけど?』

「私か『ホワイトナイト』の勘違い、とでもしておいて下さい」

『そういうことにしておこうか。けど千冬さん、変わったね。成長したとも言うけど』

「一也さんのお陰ですよ。もし一也さんと出会えてなかったら、ずっと自分勝手な人間のままだったと思います」

『俺は何もしちゃいないよ。敢えて言うなら、きっかけになったくらいで、その先は君自身の努力と学ぼうとする姿勢、意志があってこそなんだから』

「だからこそ、です。お礼がどうしても言いたかったんです。改めて、ありがとうございました。仮面ライダー」

『なら、どういたしまして』

 一也が穏やかに笑ってみせると、千冬もまた柔らかく微笑み返す。すると一也の背後や横にいた作業員たちが騒ぎ始める。

『見たか、アレクセイ! ニコリともしなかったクソ新入りが笑いやがったぞ!』
『しかも無茶苦茶女らしいと言うか、色っぽいというか、とにかく信じられねえぜ!』
『おいカズヤ! チフユまで落としたのかよ!?』
『カズヤ! とりあえずもげろ!』
『これじゃカズヤの一人勝ちじゃねえか!』
『それでカズヤ、地上に戻ったらベッドの上で……』
『だから本人の前で言うんじゃねえ馬鹿!』

 喧騒に千冬が呆れ半分、懐かしさ半分で溜息をつくと、作業員たちを代表するようにアレクセイが喋り出す。

『まあ、何だ、少しは色気が出たみてえじゃねえか、チフユ』

「お陰様で。元気そうで何よりです、アレクセイさん」

『おうよ。お前やカズヤ、他の連中には負けてられねえからな。けどクソ生意気なガキだったお前も、旨い酒を飲める歳か。本当なら一杯奢ってやりてえが、そうはいかねえしな』

「ええ、ですからお気持ちだけ頂いておきます。いつか機会があった時はお付き合いしますよ」

『なら楽しみにしてるぜ。ところでチフユ、彼氏出来たのか?』

「……なぜそれを聞く必要があるんです?」

『いやよ、お前と隣にいるお巡りさんの仲が気になってな。とうとう男捕まえたのか?』

「冗談じゃありません。この人とは、断じてそのような関係ではありません。私には一夏がいることを忘れていましたか?」

『ダメだ、「イチカは可愛い」病が悪化してやがる。カズヤ、この勝負は俺たちの勝ちだな』

「勝負?」

『いや、十年経って、お前に恋人の一人くらい出来ているかどうか、賭けになったんだが』

「沖さん以外は全員出来ていない方に賭けている。しかも沖さんが出来ている方に賭けたのは、あまりにも一方的かつ酷いのを見かねたから。大方こんな所でしょうね。違いますか?」

『いや、大正解だ。流石だな』

「流石だな、じゃありませんよ。それと沖さん、同情なら止めて下さい。かえって惨めになるじゃないですか」

『面目ない……』
『っと、ここまでだ。締め上げるのは降りてからにしてくれ。ついでに修羅場を覚悟しとけよ? 本当に首の一つや二つ、もがれるかもしれねえぜ?』
『だから誤解してないか? それも降りてからゆっくり説明しようか。それじゃ千冬さん、直接会って話せるのを楽しみにしているよ』

「ええ。ではまた後程地上で」

 最後に一也と千冬が締めると交信が切れる。モニターから離れた千冬の下に、ハルミと義経が千冬の前へと歩み寄ってくる。

「千冬、一也とは親しい仲のようだな。どういう関係なのだ?」
「私の元同僚で、命の恩人です。義経さんの考えているような関係ではありません」
「その割に、随分と乙女な表情をしていたではないか。誤魔化しても無駄だ。お前のような未熟者に騙される程馬鹿ではない。お前の目は正直を通り越して、愚直なのだからな」
「ですから、そのような関係ではありません。私には一夏がいるんですから」
「それはお前の弟だろう大馬鹿者!」
「確かによく聞かなくても問題発言よ、千冬さん。けど義経さん、千冬さんの言っていることは事実よ? マスターから聞いた話だと船外活動中引力に捕まって、大気圏で燃え尽きそうになった千冬さんを助けたのが一也さんらしいの」
「それがきっかけで一也に惚れたか。だが、負けんぞ。ついでに一也がどう思っているかは……聞く必要もないな」
「ですから、誤解しないで下さい、義経さん。あんな光景を見た後では、こっちの不真面目で、デリカシーのない和也さんと同じくらいあり得ませんから」
「それって十分可能性がある、ってことじゃない? なら強敵出現ね。悔しいけど千冬さんは綺麗だし、スタイルの良さなんか義経さんも太刀打ち出来ないもの」
「そこまでにしてやれ、ハルミ。それと義経さんも。お陰でチョロとマサコがいたたまれなくなって、先に出てっちまったよ」
「俺までコケにしやがって。しかし、いい同僚じゃねえか」
「あの減らず口が無くなればいいんですけどね、あなたと同じで」

「全員動くな!」

 千冬が和也に答えた直後、管制センターのドアが乱暴に開けられ、手に自動小銃を持った男たちが次々と入ってくる。即座に千冬と和也、義経がハルミと源次郎の前に立つ。和也はホルスターから大型拳銃を抜き放ち、義経と千冬は臨戦態勢に入る。しかしロープで縛り上げられた男女を見ると、三人の動きが止まる。

「チョロ!」
「マサコ!?」
「悪い、ドジ踏んで捕まっちまった……」
「部屋を出た後、いきなりこいつらが……」

 部屋を出たばかりのマサコと政夫だ。運悪く遭遇してしまったらしい。やがてロングヘアーの女が部屋に入ってくる。和也は吐き捨てるように言い放つ。

「つくづく俺とは縁があるらしいな、オータムさんよ」
「てめえまでいるとは想定外だったが、嬉しい誤算ってヤツだ。私に蹴り入れたこと、たっぷり後悔させてやるよ、滝和也」
「和也さん、あの女が出てきたということは……!」
「亡国機業に決まってる。非常用通路から侵入してきたんだろ」

 ロングヘアーの女ことオータムと対峙しながら、和也と千冬は手短に話す。
 オータムは亡国機業の構成員で、上司兼恋人のスコール・ミューゼルと共に学園に潜入して和也らにより撃退された。その前には文化祭で一夏の専用機を奪おうとしたし、更識楯無の専用機に細工をしに『富士演習場』にまで赴くなど、積極的に動き回っている。

「ほう、こいつらが噂に聞く亡国機業の連中か。随分とセコい手を使うのだな」
「ハッ! 頭脳プレーって言いな! それより、抵抗を止めないとコイツらが死ぬぞ?」
「やってみろ。そんなことをする前に、一人残らず叩きのめすだけだ」
「大した自信だよ。だが、これを見てもそう言えるか?」

 オータムは不敵に笑って睨み付ける義経に言うと、手に持ったリモコンを操作して空間投影式ディスプレイを呼び出す。ディスプレイには作業員の家族が一ヶ所に集められ、自動小銃を突き付けられている様子が映っている。中にはセルゲイなど子供の姿も見受けられる。

「相変わらず汚い真似を……!」
「吠えてろ、負け犬が! さあ、どうする? まだ抵抗しようってんなら先にあそこにいる連中、特にガキ共をぶち殺してやってもいいんだぞ? ガキはうるさいクセに体力はねえから、人質としちゃ不向きだからな。おっと、向こうからこっちも監視してるからな。てめえらが少しでも変な素振りを見せたら、真っ先にガキを殺すように命令してある。さあ、どうする『ブリュンヒルデ』さんよお!? 別に抵抗してもいいぞ、そんなにガキ共を殺したいんならな!」

 勝ち誇ったように言うオータムに千冬は唇を噛み締めるが両手を上げ、義経も舌打ちして続く。和也も大型拳銃と電磁ナイフを床に置き、抵抗を諦める。義経とハルミ、源次郎、研究員たちは両脇から銃を突き付けられ、政夫とマサコと共に部屋の外へ引っ立てられていく。和也と千冬にも自動小銃が突き付けられるが、管制センター内に残される。

「いい気分だ。『ブリュンヒルデ』が抵抗も出来ず、私たちに従うんだ。しかもこの野郎に借りを返せるんだから、な!」

 オータムは千冬を嘲るとISを部分展開し、和也にボディブローを入れる。和也の身体が『く』の字に折れ曲がるのを見ると、すかさず肘を下ろして和也を地面に叩き伏せる。

「和也さん!?」
「おら! 立ちやがれ! ウォーミングアップにすらなってねえんだぞ!? てめえが倒れたら、代わりに『ブリュンヒルデ』を痛め付けてやるんだからな! 少しは根性見せてみやがれ!」
「ヘッ、弱い犬程よく吠えるってな。スコール・ミューゼルのお里も知れたもんだ。そういや、あいつからは犬小屋の臭いがプンプンしてやがったな……」
「この下衆が! 薄汚い口でスコールをけなすんじゃねえ!」

 和也が不敵に笑って挑発すると、激昂したオータムは専用機『アラクネ』を全身に展開する。すぐに蜘蛛を思わせる八基の装甲脚で和也を拘束し、両拳を叩き込み始める。和也は黙って耐えるが、千冬が我慢できずに叫ぶ。

「やめろ! 私が代わりに受けるから、和也さんを解放しろ!」
「嫌だね! 私がこいつを殺るって決めたんだ! 私を止められるのは……」
「そこまでだ、オータム」

 しかしオータムに別の声がかかると、明らかに苛ついた様子で舌打ちし、乱暴に和也を地面に叩き落として解放する。千冬は和也に駆け寄って助け起こすが、和也は驚愕の表情を浮かべている。

「和也さん?」
「今の声、お前じゃないよな?」
「その通りだ、滝和也」

 和也の呟きに答えるように、千冬に酷似した声が聞こえてくる。直後に声の主がゆっくりと姿を現す。声の主が完全に姿を現したのを見ると、和也のみならず千冬も驚愕のあまり目を見開いて絶句する。声の主らしき黒髪の少女とオータムは話し始める。

「邪魔すんなエム! こいつは私の獲物だ! なによりこいつはスコールを……!」
「『ISを使って殺しはするな』、誰からの命令だと思っている?」
「……フン、まさかお前にそんなことを言われる日が来るなんてな。しかし間近で見るとよく分かるが、確かに『ブリュンヒルデ』そっくりだな」
「当然だ。『ブリュンヒルデ』、織斑千冬は私の『ねえさん』なのだからな」
「『ねえさん』、だと?」
「そうだ、滝和也。そして喜べ。地獄に行く前に、せめてもの慈悲として教えてやろう。私の名前は織斑マドカ。私こそが本当の『織斑一夏』だ」

 千冬に非常によく似た顔立ちをした、千冬を一夏くらいの年頃まで戻したような少女……エムは口元を歪めて笑ってみせる。
 その笑みは、千冬ととても似ても似つかぬ邪悪さを帯びていた。

**********

 管制センターでは異様な光景が繰り広げられている。
 女が8本の脚で男を押さえ付け、男を殴り続けている。スーツを着た女性が止めようとするが、よく似た少女が青いISを装着して無理矢理押さえ付ける。周囲には自動小銃を持った男たちがジャケットの男に銃口を向けている。

「もうやめろ! 私はどうなってもいい! だからその人は解放してやってくれ!」
「駄目だよ、ねえさん。こいつはねえさんをたぶらかし続けてきた極悪人なんだから。ゆっくり、たっぷり痛めつけて、生まれてきたことを後悔させてやらないと」
「よく言うぜ……千冬、心配すんな。このくらい……ショッカーやバダンに比べりゃ、屁でもねえ……」
「呆れた男だよ。殺さないようにしてやってるとはいえ、まだそんな口が叩けるなんてな。だったら、もっとキツくしてやるよ!」

 オータムは和也を殴る手に力を込めて殴り続ける。苦痛に歪む和也の顔をエムは心底愉快そうに見ているが、千冬は耐えられず、途中で顔を背けようとする。しかしエムが千冬の顔を無理矢理和也の方へ向けさせる。
 和也はオータムに拘束され、死なない程度に痛めつけられ続けている。千冬は止めようとするが、エムにその都度止められる。しかし和也は屈せずに軽口を叩き続けている。痩せ我慢は一文字隼人ほどではないにせよ慣れている。
 エムは気持ち悪いほどの猫なで声で千冬に語りかけている。

「待っててね、ねえさん。これが終わったら、必ずねえさんを元に戻してあげるからね。そしたら私と父さんと、三人仲良く暮らそう? 昔みたいに家族仲良く、ね?」
「ふざけるな! 私に妹などいない! 私の家族は一夏だけだ!」
「可哀想なねえさん、やっぱりあの女に記憶を操作されていたんだ。でも大丈夫。父さんがねえさんを元に戻してくれるよ。けどその前に、ねえさんに摺り寄る意地汚いゴミムシ共は、三匹全部駆除してあげるからね」
「それと和也さんに何の関係がある!? お前の父さんとは何者だ!?」
「父さんは父さんだよ。って、今のねえさんは記憶を操作されていたんだね、仕方ないか。それと、この男は関係あるよ。こいつがさえいなければ、アイツはレベッカ姉様がぶち殺してくれた筈だった。そうすれば元の強くて綺麗なねえさんが戻ってきてくれたのに。私の手で殺せないのが悔しいけど」

 エムは千冬を押さえつけながら、わがままな子供に優しく言って聞かせるように言葉を続ける。

(どうなってやがる……千冬が知らねえってのに。しかも一夏君が偽物だと……?)

 オータムに殴られ続けながらも和也は思考を巡らせる。
 エムは千冬の妹を名乗っているが、千冬に覚えがない。記録上家族は両親を除けば一夏だけだ。しかしエムはそれを記憶操作だと言い切り、一夏を偽物呼ばわりしている。エムの正体も気になるが、エムの『父さん』とは何者かが気にかかる。それもオータムのキツい一発を受けて強制的に中断させられる。一瞬意識が飛んだのだ。

「和也さん!? 頼むからもうやめてくれ!」
「だったら、私の言うこと、聞いてくれる?」
「それは……」
「聞くんじゃねえ、千冬……どうせ、無理難題を吹っ掛けるに決まってる。だから、俺に構……がはっ!?」
「おうおう、いい格好するねえ。けど吐血が始まったし、内臓が潰れちまうんじゃないか?」
「分かった! 聞く! 聞くからもうやめてくれ!」
「本当? 私の言うこと、聞いてくれるの?」
「ああ! いくらでも聞いてやる! だから和也さんだけは……!」
「仕方ないな。助けてあげるよ。けど約束だよ? 破ったらどうなるか、分かってるよね?」
「……ああ、約束だ」
「オータム、放してやれ。情報を聞き出すまで殺せないのだろう?」
「ったく、都合のいいヤツだ。ほら、有り難く思いな」

 オータムは和也を無造作に放り投げて地面に叩きつける。立ち上がれない和也に自動小銃を持った男たちがやってきて縛り上げる。

「バカ……ヤロウ……が……」

 唇を噛み締めながらエムの『お願い』を聞いている千冬の姿を見て呟いた直後、和也は後頭部に強い衝撃を受けて意識を闇へと手放した。

**********

 着陸したシャトルの中は騒然となっている。搭乗してい作業員たちはせわしなく顔を見合せ、時折操縦席の方を伺う。操縦席から一人の作業員が戻ってくると、作業員たちが一斉にそちらに注目する。代表してリーダーらしき男が口を開く。

「マシム、どうだった?」
「何度試しても管制センターとは連絡がつかないらしいです。何かあったと見た方が……」

 戻ってきたマシムはアレクセイに首を振って答える。
 シャトルが大気圏突入に成功した直後、管制センターから連絡が途絶えた。何回も呼びかけたのだが返答はなく、残り燃料もギリギリだったためやむを得ず滑走路に着陸した。パイロットは呼びかけを続け、不審に思った作業員の何人かが状況を確認したことで、作業員たちの間にも自体は周知された。作業員たちは不安を隠せずにいる。マシム以外の作業員は肉親が来ているし、マシムだって仲間がいる。すると、黙って見ていた日本人男性が座席から立ち上がる。

「カズヤ、どこに行くんだ?」
「俺が様子を見てくる。何かあったと考えるのが妥当だろう」
「けどもしヤバいことになってたら……!」
「だからこそ、だよ。俺はスーパー1なんだから。危険な時こそ俺の出番だ。月面ではいつもそうだったろう?」
「お前はどこまでもお人好しだな、カズヤ。分かった。だが、くれぐれもくたばるんじゃねえぞ?」
「まだ死ねないさ。見たい未来も、叶えたい夢も沢山ある」

 アレクセイに笑ってみせると一也は立ち上がり、格納スペースへと向かう。
 2台のバイクの内、白いオンロード用の『Vマシン』に跨がると格納スペースのハッチを開け、スロットルを入れて外に出る。
 滑走路を走り抜け、管制センターがある建物へ続く道を走り始める。しばらく経つと一也は強烈な殺気を感じて『Vマシン』を停車させる。一旦下車して油断なく身構えて警戒する一也だが、突如として数十発のビームが一也に襲いかかる。

「何!?」

 一也が反応する間もなくビームは一也や周囲に着弾し、一也は大きく上に吹き飛ばされる。途中でビームのみならず実弾や砲撃まで加わり、一也をお手玉するように打ち上げ続ける。

「ぐうっ……!?」

 防御して攻撃をやり過ごすと、一也は地面に着地する。同時に1機のISが降り立つ。
 青い機体色、バイザーに覆われた頭部、周囲に浮遊する6機のビットと呼ばれる遠隔攻撃端末。一也には見覚えがあった。

「『サイレント・ゼフィルス』!? 亡国機業か!」
「流石と言うべきか、沖一也。スーパー1の姿にならずとも、頑強さは変わらんらしいな」

 目の前にいるのは『サイレント・ゼフィルス』だ。管制センターと連絡が取れないのも亡国機業の仕業なのかもしれない。油断なく構えをとって『サイレント・ゼフィルス』と対峙する一也に、『サイレント・ゼフィルス』はライフルを突き出す。一也はライフルをいなして大きく飛び退き、『サイレント・ゼフィルス』と距離を取る。

「行くぞ! 変し……」
「おっと、そこまでだ! 姿を変えてみな。こいつらの命は無いぞ!?」

 即座に『変身』しようとポーズを取る一也だが、横からの叫びに声のした方を見ると動作を中断する。

「一也!」
「一也さん!」
「おやっさん!? ハルミ!?」

 視線の先には自動小銃を突き付けられている源次郎とハルミ、それに蜘蛛を思わせる8本の脚を備えたがISがいる。
 これで一也は状況を理解する。国際宇宙開発研究所は亡国機業に占拠されている。ISを装着した女はせせら笑う。

「一也! 俺たちに構うな! 早く『変身』してこいつらを!」
「そうよ! 私たち以外にも捕まっている人が沢山いるの! だからその人たちのためにも『変身』して!」
「少し黙ってろ! てめえらの頭からグシャグシャにしてやろうか!?」

 女は叫ぶ源次郎とハルミに苛ついたように蜘蛛の脚を向け頭を挟み込む。『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者は一也に続ける。

「どうした? 『変身』しないのか?」
「くっ!」
「だが、この二人を助けてやらんこともない。簡単な取引だ。条件は、分かるな?」
「……好きにしろ。その代わり、二人は解放してくれ」
「物分かりがよくて助かる。オータム、本当に殺すなよ? 殺したらお前の恋人から縁が切られてしまうぞ?」
「分かってる! どいつもこいつも忌々しい……!」

 オータムは源次郎とハルミから脚を離し、ロープを切って二人を解放する。

「一也さん、どうして……?」
「気にするな、ハルミ。お前やおやっさんの命が助かるのであれば、俺がどうなろうと惜しくはないさ」

 いつものように笑ってみせる一也だが、『サイレント・ゼフィルス』の搭乗者は冷たく告げる。

「フン、いい台詞だ、感動的だな。だが無意味だ」

 次の瞬間、『サイレント・ゼフィルス』の持つライフルとガトリング、ビットからビームが、オータムのISが装備する8本の脚から砲撃が放たれる。同時に男たちが源次郎とハルミを押さえつける。吹き飛ばされる一也だが、再び立ち上がる。

「約束を守る気など、最初から無かったということか!?」
「誰が約束するなどと言った? それに解放するとは言ったが、再び捕まえないと保証した覚えもない」
「そういうことだ! 勿論抵抗したら二人はぶち殺す。IS抜きでの殺しは許可されてるからな! つまり取引は成立って訳さ! せいぜい楽しませろよ!」

 『サイレント・ゼフィルス』は無抵抗の一也に集中砲火を浴びせると、オータムが接近して装甲脚で一也を滅多打ちにし、至近距離から砲撃を叩き込み続ける。一也も連続で攻撃を受けるとダメージが大きく膝をつく。オータムは脚で一也を拘束し、今度は拳で殴り始める。

「待て、オータム。私にやらせろ。私には沖一也を痛めつける権利がある」
「さっきから様子がおかしいぞ、エム。一体何が……」
「いいからやらせろ。そいつは元凶の一人なんだ。フフフ、待っててね、ねえさん。今からねえさんを汚して、辱しめたヤツに罰を与えてあげるから」
「……さっさと済ませろ。今回のお前は本当に気持ち悪いな」

 バイザー越しから聞こえてくるエムの狂気を孕んだ笑いに。オータムは軽く引きながら一也を背後から拘束する。エムは静かに一也の前に降り立つと、ナイフを呼び出して一也の身体に突き刺し、ゆっくりとナイフを奥まで差し込んでいく。

「ぐっ!?」
「ほう、耐えるか。だが何本目で死ぬかな? 見物だな」

 エムは同じ要領で一也の身体にナイフを刺し、ゆっくりと突き入れては引き抜くことを何回も繰り返す。

「いい気分だ。私からねえさんを奪い、屈辱まで与えたスーパー1が、こんな無様な姿を晒している。ねえさんも喜んでくれるだろうな……」

 心底嬉しそうに笑うエムを見て、オータムもドン引きしている。一也は思案を巡らせるが、この状況を打開する方法は見つからない。そこでエムの声に聞き覚えがあることに気付く。誰の声かもすぐに分かった。織斑千冬だ。エムの声は千冬と非常によく似ている。しかしナイフを何回も突き刺されていく内に、一也の意識は徐々に薄れていく。
 直後にバイクがオータムの背後から突っ込んで撥ね飛ばすと、男たちを蹴散らして源次郎とハルミを解放する。

「カズヤ! 無事か!?」
「アレクセイ! マシムもか!」
「爆発音が聞こえてきたから、何があったかと思って来てみれば。二人とも無事で良かった」

 乱入したのはもう1台の一也の愛車『ブルーバージョン』に跨がったアレクセイとマシムだ。続けて一也は『Vマシン』を遠隔操作で源次郎とハルミの前に走らせ、叫ぶ。

「おやっさん! ここは俺が引き受けます! おやっさんたちは人質の救出を!」
「分かった、こっちは任せろ! お前こそ無事でいるんだぞ!」

 源次郎は承諾するや『Vマシン』に跨がり、ハルミが後ろに乗るとブルーバージョンと共にその場から走り去る。

「チッ、逃がしたか。だが所詮はISを持たない雑魚。出来ることなど高が知れている。出入口も通信施設も固めてある。奴等には逃げることも、助けを呼ぶことも出来ない。つまり『詰み』というヤツだ」

 エムは舌打ちしながらも無感情に言うと、今度は猫なで声で誰かに呼びかける。

「ねえさん、出番だよ。こいつを叩きのめして、昔の強くて綺麗なねえさんに早く戻ってね?」
「まだ仲間が……!?」

 一也が身構えると、今度は別のISが一也とエムの前に降り立つ。
 全身を白い装甲とバイザーに覆われ、各部に設置されたサブアームがある。『流星』だ。エムはIS用の近接ブレードを呼び出すと『流星』に渡す。非武装の『流星』用に用意したのだろう。しかし『流星』はブレードを受け取ろうとしない。エムは受け取るように促すが、『流星』は躊躇っているように見える。苛立ちが籠った声でエムは『流星』の搭乗者、『ねえさん』を詰り始める。

「本当に昔からは想像出来ないくらい、見る影もなく弱くなったんだね、ねえさん。昔のねえさんなら私のために、こんなヤツなんか一瞬で切り捨てていた。それをあの女に記憶を操作されて、こいつや残りの二人に牙を抜かれて骨抜きにされて。今のねえさんは、ねえさんじゃない。だから今のねえさんが憎くて堪らない。だってそうでしょ? 偽物の家族と一緒にいて、本物の私をちっとも省みないで、私が居ない間にこんなに堕落してしまっていた。家族と居場所を奪われた挙げ句、ねえさんが薄汚いゴミムシ共と同じレベルまで落ちていると知った私の気持ちが、絶望が、怒りがどれほどか分かる?」
「私はねえさんにアイツを殺せなんて一言ってない。ただアイツと戦って、勝って、ねえさんが最強だと証明して欲しいの。昔の強さを取り戻して欲しいの。私のお願い、聞いてくれるって約束したよね?」

 しかし『ねえさん』は答えず、近接ブレードを受け取ろうとしない。するとエムは失望したように『ねえさん』に告げる。

「やっぱり重症だったんだ。なら、私がねえさんを戻す手伝いをしてあげる。……聞こえるか、滝和也を処刑出来るよう準備をしろ。……構わん、どうせ情報は聞き出せまい。ならば殺してしまっていいだろう。……これが最後の警告だよ、ねえさん。どうしてもやりたくないなら、私が滝和也を殺してあげるけど……どうする?」

 エムの口から滝和也の名前が出ると、『ねえさん』の身体がピクリと震える。同時に近接ブレードを受け取り構えてみせる。

(隙が、無い!?)

 『ねえさん』と対峙する一也だが、直感的に相手に隙が無いことを悟る。相当の使い手だ。エムやオータムが霞んで見えるくらいだ。同時に一也が『変身』する暇が無いことを意味する。仮にここで『変身』しても、完了するより先に『ねえさん』の太刀が一也の身体に届くだろう。『ねえさん』もまた一也に隙が無いと見て動こうとしない。一也と『ねえさん』はにらみ合いを続ける。動いた方が負ける。それが一也の認識だ。苛立ちが頂点に達したエムは一也にビームを発射し、オータムが背後から一也に迫る。

「ねえさん、今の内にヤツを! これ以上動かなければ滝和也を……!」

 すると『ねえさん』は弾かれたようにスラスターを噴かし、一也へ突撃を開始する。
 咄嗟にビームを防御することに成功した一也だが、背後から迫るオータムを後ろ蹴りで蹴り飛ばした直後、近接ブレードを構えた『ねえさん』が踏み込んでくる。即座に横に飛んで回避する一也だが、『ねえさん』は即座に『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で追い縋る。右に飛び退いてやり過ごそうとするが、『ねえさん』は再び『瞬時加速』で方向を無理矢理変え、一也に襲いかかる。

「『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』か!?」

 『ねえさん』が使ったのはスラスター各基で個別に『瞬時加速』を行う、『個別連続瞬時加速』という高等技術だ。普通は『瞬時加速』を上回る加速力を得るために使用されるが、国家代表すら成功率は四割程度という不安定な技だ。急激な方向転換に使うとなると、その成功率は格段に落ちる。しかし世の中にはそれを容易く成功させ、使いこなせる人間がごく数人だけ存在する。『ブリュンヒルデ』や『ヴァルキリー』となれる技量を持った人間だ。
 一也は『個別連続瞬時加速』の回数はメインスラスターの数が上限だとも知っている。『流星』のメインスラスターの数は四基。後二回この攻撃をやり過ごせば反撃や変身のチャンスが出来る。
 『ねえさん』の斬撃を紙一重で回避して横に回り込む一也に、『ねえさん』は三回目の『個別連続瞬時加速』を使って方向転換して突撃する。一也はまたしても横に飛び退いて回避し、それを追って『ねえさん』は四回目、最後の『個別連続瞬時加速』 を使って追い付く。その瞬間、一也は足に力を入れて『ねえさん』の背後に回り込む。これならば変身出来る。『個別連続瞬時加速』が使えない今なら、方向転換出来ない、筈だった。
 一也が変身しようと腕を構えた瞬間、『ねえさん』は後方向への『瞬時加速』、五回目の『個別連続瞬時加速』を使い、即座に振り向いて一也に逆袈裟に放つ。一也は腕を交差させて防御するが大きく腕を弾かれ、空中に打ち上げられて体勢を崩す。間髪入れずに『ねえさん』は六回目の『個別連続瞬時加速』で追撃し、近接ブレードを振り上げて袈裟懸けに一也を斬りつける。一也は身をよじって威力を殺そうとするが、右肩から袈裟懸けに切り裂かれ、大きな傷が深く身体に刻まれて大量の血が一也の胸から飛び散る。

「があっ!?」

 地面に叩き付けられてフラフラになりながら、一也は戦っている相手が誰であるか確信する。
 六回の『個別連続瞬時加速』を使えた理由は単純だ。三回目と四回目を使用している間、一回目と二回目で使用したスラスターで再び『瞬時加速』の準備をして、四回目が終わった直後に一回目で使ったスラスターで、五回目が終わった直後に二回目で使ったスラスターで『個別連続瞬時加速』を行っただけだ。
 だが言うのは簡単だがやることは難しく、机上の空論レベルの話だ。元々『個別連続瞬時加速』はスラスターに多大な負荷がかかり、制御が難しい。普通はまずスラスターが破損する。しかし世界にはたった一人だけ、机上の空論を実現出来てしまうIS操縦者がいる。卓抜した技量、豊富な知識、そして経験。彼女だけが六回もの『個別連続瞬時加速』を可能とする。

「織斑、千冬さん……?」

 一也が名前を呟くと『ねえさん』、いや織斑千冬の動きが止まる。
 エムの話から察するに、千冬は和也の命を助けることと引き換えに一也を倒すよう要求されたのであろう。本当ならこんなことをしたくなかったのはよく分かる。だからエムから近接ブレードを受け取ることを躊躇っていたのだ。沈黙していた千冬が口を開く。

「ごめんなさい、一也さん、私……」
「分かってる、分かってるよ。君がこんなことしたくないってことも、それでも滝さんを死なせたくないからこんなことをしているってことも、分かってる。だから、君が謝らなくていい」
「そうだよねえさん、こいつに謝る必要なんかないよ」

 エムが口を挟んで続ける。

「悪いのはこの沖一也と滝和也、『織斑一夏』なんだから。それに謝っちゃダメだよ。私のねえさんは強かったんだから、こんな有象無象になんか謝らなかった。だから今すぐ撤回して? でないと、先に滝和也の方から先に駆除しちゃうよ?」

 エムの言葉を聞いた瞬間、一也の中で何かが切れる。

(こいつが、千冬さんを……!)

「貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」

 一也は怒りの咆哮を上げてエムへ挑みかかり、飛び蹴りを放つ。呆気に取られてまとも受けたエムだが、追撃には応じず、距離を取りながらライフルやビットからビームを発射し、一也の周囲が煙に包まれる。

「所詮は……!?」

 しかし煙の中から出てきた一也は『変身』を終えていた。一也はエムに突撃し、拳や蹴りの連撃をエムに放って圧倒する。

「このハチ野郎が!」
「同じ手は食らわない! チェーンジ! エレキハンド!」

 オータムが砲撃を加えようとするが、一也は腕をエレキハンドに変えて高圧電流を発射し、砲撃を許さない。

「ねえさん! はやくあいつを! でないと滝和也がどうなるか、分かってるよね!?」

 エムの一言で千冬が一也に向かってくると、一也は腕を戻して千冬の斬撃を防ぎ切る。
 エムはライフルやビットからビームを、オータムは砲撃を放つが、一也は腕で弾きながら直撃を避ける。4人はその場から次第に離れ、プールのある建物の屋根をぶち抜いて侵入し、交戦を続ける。

「おら、『ブリュンヒルデ』! 手を抜いたら、あいつ殺すぞ! 世界最強だったらあんなくたばり損ない、すぐに殺してみやがれ!」

 オータムは千冬を罵倒しながら8本の脚で一也を攻撃する。千冬も斬撃を放ち、エムがビームを撃ちまくる。

「赤心少林拳、梅花の型!」

 しかし一也は瞬時に無数の拳打を放つ。オータムの脚を両手で外に反らし、千冬の斬撃を両腕で弾いて押し返し、ビームの着弾点に腕を割り込ませて防ぎ切ると、オータムを蹴り飛ばしてエムへとぶつける。一也は千冬と交戦を続けながら奥へと入っていく。

「エム、さっさとどきやがれ!」
「それはこちらの台詞だ!」

 二人は口論を続けていたが、中断して一也と千冬を追う。
 エムとオータムが駆けつけた頃、一也と千冬はプールを挟んで黙って睨み合っていた。同時に一也から声を張り上げる。

「もう、こうするしかない! この一撃で決着をつける!」
「すみません、一也さん……ですが私も、退けません!」

 同時に一也は右腕を引いて腰に構え、千冬は八双の構えを取る。一瞬の間の後、二人は同時に飛び出していく。

「赤心少林拳……」
「一刀……」

 間合いに入ると一也は右拳を固めて千冬に向けて突き出し、千冬は近接用ブレードで斬撃を放つ。

「正拳突き!」
「両断!」

 一也の正拳突きは千冬の胸に直撃し、千冬の斬撃は見事に一也の正中線を通り、二人は同時に吹き飛んでプールの中に落ちて底まで沈んでいく。

「やったのか!?」

 見届けたエムとオータムはどちらかが上がってくるのを待つが、一向に上がってくる気配がない。二人がプールを見ると、一也も千冬もプールの中で沈んで倒れたまま、ピクリとも動かない。エムとオータムのハイパーセンサーが、『流星』からバイタルデータ送信が途絶えたことを告げる。それが意味するのは『流星』の搭乗者、つまり千冬が死亡したことに他ならない。

「……嘘だ!」

 エムは事実を拒否するように叫ぶと狂ったように捲し立てる。

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! ねえさんが死んだなんて嘘だ! 嘘に決まってる! ねえさんがあんなヤツにやられたくらいで、死ぬはずかない! 嘘だ!」

 エムはライフルを水底の一也に向けて乱射し続けていたが、やがてエネルギーが尽きてISの展開が解除される。オータムは部下へ通信を入れる。

「私だ。後で死体を引き上げさせろ。死体の確認までが……」
「必要ない!」

 しかしオータムの言葉をエムが遮る。

「ねえさんは死んでなんかない! だから死体の引き上げも確認も必要ない!」
「なに馬鹿なこと言ってやがる!? それが私たちの……」
「知ったことか! とにかくねえさんは死んでなんかない!」
「……聞き分けの悪いガキだ。本来ならば処分してやりてえところだが、スコールの指示だ。少し寝てろ」

 オータムがエムをISで無理矢理抑え込んでアンプルを注射すると、エムは大人しくなって意識を失う。スコールから渡された鎮静剤は予想以上に効果があるようだ。オータムは改めて部下に命令すると、エムを抱えてその場を離脱するのだった。



[32627] 第十七話 銀の腕、白の鎧(前篇)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:15
 和也が意識を取り戻したのは、薄暗い部屋の中であった。まず置かれている状況を確かめる。後ろ手に縛られた状態で、何かにくくりつけられている。周囲を見渡すと大勢の人がいる。大半は民間人、作業員の家族だ。
 
「気がついたか? 滝和也」
「その声、義経か。俺から姿が見えないって事は、丁度反対側にいるってことか」
「ああ、私とお前は時限爆弾にくくりつけられているらしい」
「何!?」
「そんなことを連中が言っていた。でなければこんな戒め、さっさと抜けられたのだがな」

 義経の声に安堵したのも束の間、和也は驚きの声を上げる。
 今度は政夫とマサコがやって来る。和也と義経以外は拘束されていないらしい。

「滝さん、大丈夫かい? あいつらにボコボコにされたみたいだけど」
「心配ご無用、この程度なら大丈夫だ。それより、千冬はどうしたんだ?」
「ここに連れてこられたのは滝さんだけで、千冬ちゃんはいなかったの」

 和也の問いかけにマサコは力なく首を横に振る。
 千冬がエムから聞かされた『お願い』内容は聞き取れなかったが、千冬の反応を考慮すると一也を始末しろとでも『お願い』をしたのだろう。

(ふざけやがって! なにが『妹』だ! なにが『本物の織斑一夏』だ! 千冬のことをなにも知らねえクセに!)

 口にこそ出さないものの、エムへの怒りで和也の腸は煮え繰り返りそうだ。
 千冬は繊細で弱いと言っていい。一見すると完璧超人にすら見える千冬だが、その内側には繊細で寂しがりやで甘えたがりで、臆病な本当の千冬がいる。千冬を狼に例える人間もたまにいるが、狼の皮を被った羊、むしろ狼の皮を被った兎に近い。
 誰かに裏切られるのが怖くて、親に捨てられた時は誰彼構わず噛みつき、弟を自分一人だけで守ろうとした。弟の一夏に過保護なのも、束の暴走を止められなかったのも、一夏や束が自分を見捨てて、遠くに行ってしまうのが怖かったからなのかもしれない。和也とも今の関係が壊れてしまうのが怖いから、両親や束のことを話そうとしない。きっとそんな臆病な自分を内心責めているのだろう。
 そんな千冬にとって一也は貴重な存在だ。誰かを守る立場にあり、守られたことが無かった千冬を守った男なのだから。大気圏で燃え尽きようとしていた時に駆けつけ、ミサイルを迎撃していた援護に現れた一也がどれだけ頼もしく、そして嬉しかっただろうか。
 『白騎士事件』後、千冬を守ろうとする人間も、守れる人間もいなくなってしまった。しかし千冬は一人の人間で、ただの女だ。悩み苦しむこともあるし、弱音を吐きたい時もこともある。誰かに自身の弱さをさらけ出したり、頼ったり、甘えたり、守って貰いたい時だってある。それを全部内側に溜め込んでいるだけだ。一也は唯一例外となり得るだ。千冬にとって一也はまさに理想のヒーローだ。そんな一也を傷付けることがどれだけ辛いかは、推して知るべしだ。
 和也が思案をしていると、天井の一部が外れて誰かが床に降り立つ。

「マシムさん!?」
「静かに、セルゲイ。他の方もお静かにお願いします。アレクセイさんたちもいいですよ」

 マシムだ。マシムが手招きするとアレクセイ、ハルミ、源次郎が降りてくる。

「マスター! ハルミ! 無事だっ……むぐっ!?」
「ちょっとマサコ、静かにして。他のみんなも無事みたいね。 滝さん、千冬さんは?」
「分からねえ。この部屋にはいないらしいが」
「滝くん、義経さん、これはまさか、時限爆弾!?」
「どうやら、そうらしいですね。谷さん、タイマーが作動しているか見て貰えませんか?」
「分かった。少し待ってくれ」

 源次郎は爆弾を慎重に探る。

「まだ作動してないようだ。だが連中のことだ、目的を達成したら時限装置を起動させて、全員纏めて爆破しようって魂胆なんだろう」
「ありがとうございます。早い内に処理したいが、手も足も出ねえ」
「インターポールのお巡りさん、ここは俺とマシムに任せちゃくれねえか?」
「確かアレクセイさん、だったな。あんた宇宙飛行士だろ? 爆弾処理なんて出来るのか?」
「ああ、俺もマシムも爆弾処理班へ研修に出されて、爆弾処理までさせられたことがあるんでね。チフユのためにも一つ俺たちを信じちゃくれねえか?」

 言葉を切るとアレクセイと和也の目が合う。アレクセイの目は真剣そのものだ。

「分かった、任せる。その代わり、後で経緯を教えちゃくれないか?」
「勿論さ。マシム、いけるな?」
「はい、いつでも」

 和也は自らや周囲の人間の命を二人の宇宙飛行士に預けることにした。

**********

 少し時間を遡る。
 敵から逃れた源次郎、ハルミ、マシム、それにアレクセイは秘密の地下通路を通り、管制センターの真下まで来ていた。設計図や見取り図に記載されていないこの通路は、亡国機業も気付いていなかったらしく、倉庫にカモフラージュされた入口は誰も警戒していなかったのだ。4人はバイクに乗ったまま通路に入り、管制センターの真下に着いたところでバイクから降りる。

「アレクセイさん、これからどうするんですか?」
「決まってる、捕まっている人質を助け出すんだよ。チフユやお巡りさんも捕まってるかもしれねえ」
「捕まった人は二階の大部屋に閉じ込められているでしょうね。他に収容出来る部屋はありませんから。この作業用通路を使えば気付かれることはないと思います」
「分かった。なら善は急げ、だ」

 4人は作業用通路を使って二階大部屋の天井裏まで侵入する。マシムが内部に見張りがいないか確認し、天井の一部を開けて部屋に降り立ち、現在に至る。
 和也がアレクセイとマシムに時限爆弾の処理を任せると言ったにも関わらず、民間人や研究者からはどよめきなどは起こらず、安心感すら漂っている。皆アレクセイとマシムが『ニコライ訓練所』を出たと知っているからだ。
 アレクセイとマシムは慣れた手付きで時限爆弾を調べていたが、アレクセイが不敵に笑う。

「ヘッ、ビビらせやがって。今時珍しい、古典的なタイプの時限爆弾だ。二人とも大人しくしてくれてたお陰で、水銀レバーも作動しちゃいねえ。マシム、お前はそっち頼む。俺はこっちを処理する」

 アレクセイはマシムに指示を出すと、タイマー部分のカバーを開けて時限装置を露出させる。次に持ち歩いている工具キットからペンチを取り出し、配線を調べてコードを切断していく。
 アレクセイがまだ訓練生だった頃に指導に当たった教官が、『ニコライ訓練所所長』ことニコライ・ファイルスだった。ニコライは変わり者で、指導方法も独特なことで知られている。その最たるものは爆弾処理班に三ヶ月ほど送り込むことだ。
 指導をする方もする方だが、受け入れる方も変人だ。爆弾処理班を率いていたのはルーカス・コーリングという男で、初日からアレクセイを連れ出して爆弾処理の基本を教える変人であった。服務規程は大丈夫なのかと尋ねたが、全くと言っていい程取り合わなかった。以来アレクセイは爆弾処理について教えられ、ルーカスから最近の若い者にしては出来る、と誉め言葉を貰うくらいには上達した。
 ある日、アレクセイはルーカスに現場へ連れて行かれた。そこが公園だったことは今でも覚えている。爆弾はルーカスが処理すると思っていたアレクセイだが、その日は違った。ルーカスはアレクセイに爆弾を処理するよう命じたのだ。勿論アレクセイは反対した。しかしルーカスはアレクセイなら処理可能で、処理しなければルーカスも死ぬと告げられ、やむを得ず処理することにした。
 しかし爆弾の前に立った途端、身体が震え出した。爆弾はアレクセイにも処理出来るものだった。なのに手が緊張で震えた。そして恐怖や緊張感と同時に、なぜニコライが自分をルーカスの下に派遣したのかを悟った。
 船外作業は細心の注意を払う必要がある。酸素残量を気にしつつ、正確な作業を心掛けなければならない。少しのミスが宇宙では命取りになる。一人の手違いで全員の命が危険に晒される。爆弾処理も同じだ。タイムリミットの中で爆弾を正確に処理作業しなければならない。後に月面基地建設作業で感じたプレッシャーや恐怖は、この時と同じであった。この感覚は地上の訓練施設ではまず味わえない。ニコライはこの感覚を肌身で感じさせるためにアレクセイを爆弾処理班に向かわせたのだ。マシムもまたルーカスの下に送られ、同じ経験をしたと聞いている。
 アレクセイはコードを探って切っていく。あの時自分と一緒にいたのはルーカスだけだったが、今は妻のソーニャや息子のセルゲイを含む、多くの命が肩にかかっている。しかしアレクセイもマシムも怯まない。月面基地ではいつもそうだった。ネジ一本のミスが仲間を殺す環境でずっと作業し続けてきたのだ。アレクセイが最後のコードを切り、時限装置を無力化するとマシムも別の起爆装置の解除に成功して爆薬と起爆装置を切り離す。これで全て終わりだ。

「こいつで処理は完了だ。後はこのロープを何とかしなきゃならねえんだが」
「心配には及ばん。この程度、刃物など使う必要もない」

 思案するアレクセイに義経が笑ってみせる。直後に義経の口からヒョオ、と鋭い呼気が発せられ、硬く結われている筈の麻のロープが、ティッシュペーパーのように内部からバラバラに引きちぎられる。義経と和也は戒めから解放され、肩や腕を鳴らして関節を解す。

「よし、と。ここからは俺たちのターンだな。一丁反撃開始といこうぜ? アレクセイさんたちは民間人や研究員を頼んでいいか?」
「ああ、任せといてくれ。俺たちが通ってきた通路には、ドグマやジンドグマの件を教訓にしてシェルターや脱出手段が何個も用意してあるんだ。連中は気付いちゃいないようだがな。その代わりと言っちゃなんだが、お巡りさん、カズヤとチフユを頼めねえか? 特にカズヤの野郎、毎回無茶しやがるからよ」
「分かってる。俺も二人に何かあったら困るんでね」

 アレクセイとマシムは床を探ってハッチを開け、マシムが先導してハッチに入る。全員入ると最後にアレクセイがハッチを閉じる。残ったのは和也と義経、源次郎、ハルミ、政夫、マサコ、それに元『ジュニアライダー隊』の7人だ。和也と義経はドアを蹴破って外へ飛び出す。

「なっ!?」

 見張り数人を瞬く間に拳打で沈黙させた和也と義経は、残りの面子を外へと招き、一斉に動き出していた。

**********

 建物の地下に和也、義経、ハルミ、良がいる。最初は管制センターを奪還する予定だったが、良の提案で二手に別れて発電設備とサーバー室を制圧することになった。4人はサーバー室を、残りのメンバーは発電設備を制圧することになっており、現在は打ち合わせの最中だ。

「けど良、どうして先にこっちを制圧するの?」
「ここならコンピューターや監視装置を無力化出来るから、アレクセイさんたちも逃げやすくなるだろ? だから向こうも警備を厚くしているんだよ」
「それで私と滝和也をこちらに呼んだと言うわけか。ならば正面突破でも十分行けるだろう?」
「そうはいかねえ。サーバーを壊しちまったんじゃ元も子もねえ。慎重に行く必要があるのさ」

 和也が義経をたしなめると打ち合わせを開始する。他の3人も良の案に特に依存は無く、早速実行することにした。
 まず和也が見張りから拝借した服を着込み、帽子を目深に被って変装する。気絶させた連中は通信機を破壊した上で縛り上げ、和也たちが監禁されていた部屋に放置してある。良とハルミが物陰に隠れると、和也が叫び声を上げる。

「脱走者だ! 至急援護を頼む! 手強くてこちら一人では手に負えないんだ!」

 釣られてサーバー室から男たちが飛び出してくる。義経が和也の顔面目掛けて右正拳突きを放ち、和也は十文字受けで防御して派手に吹っ飛び、勢い余って男たちと衝突する。

(義経のヤツ、少しは手加減しろってんだ。マジで腕が吹き飛ぶかと思ったぜ)

 手加減なしで殴り飛ばした義経に呆れつつ、和也は呻きながら地面を転がる。

「大丈夫か!? あいつは一体なんなんだ!?」
「だ、脱走者だ。二階の大部屋で監禁していたんだがあの女、俺たちを片っ端から殴り飛ばして、俺以外はみんなやられたんだ。なんとか俺だけがヤツを追いかけてきたんだが……」
「フン、女に尻尾を振るしか能のない狗共が。こんなに残っていたとはな。まあいい。有り難く思えよ。この義経が赤心少林拳、狗に使うなど勿体ないが、特別世話になったのでな。思う存分味あわせてやる」
「ほざくな! 相手は高々女一人、しかもISは持っていない! ならばお前に勝ち目などない! 貴様こそ覚悟するがいい! 戦いの基本はISではなく、格闘だ!」
「最近の狗は弁も立つのだな、感心した。だが、弱い狗ほどよく吠えるとも言うぞ?」

 義経が鼻で笑って挑発すると、男たちはナイフやトンファー、特殊警棒を持って義経へと挑みかかる。

「なにが戦いの基本は格闘、だ。舌の根も乾かぬ内に、結局は武器に頼っているではないか。よく見ておけ、狗共。格闘とは、こういうことだ!」

 義経は獰猛な笑みを浮かべると、先頭の二人が降り下ろした特殊警棒を、左手刀を横に振り抜いて綺麗に両断する。

「何!?」

 鋭利な刃物で切断されたように切れ飛んだ特殊警棒を見て固まる二人に、義経は左手で左にいる男へ、右手で右にいる男へ側頭部への手刀打ちを決める。二人は脳を頭蓋骨内部で揺さぶられて崩れ落ちる。

「こいつ!」

 トンファーを持った男とククリを持った男が同時に襲いかかるが、義経は飛び上がって二人を正面衝突させる。落下しながらトンファーの男の肩を左足で、グルカナイフの男の肩を右足で踏みつけ、再び宙へ舞う。義経は両手をカマキリの鎌のようにすると、サバイバルナイフを持った二人の男の額に両手を素早く降り下ろす。

「蟷螂拳稲妻落とし!」

 着地と同時にその二人は地面に倒れ伏すが、ナイフや特殊警棒を持った男たちが四方から攻撃してくる。

「甘い!」

 しかし義経は正面の敵の顎を右足で蹴り上げて意識を飛ばすと、両手の裏拳で左右の男の顎を打ち抜き、背後の男には後ろ蹴りを当てて吹き飛ばす。

「赤心少林拳『猫』!」

 続けて義経は手を猫のようにすると、ヌンチャクを持った男に素早く右手を繰り出し、頭を強打して気絶に追い込む。同じ要領で三人の頭へ一撃入れ、意識を刈り取っていく。先ほど肩を蹴った敵を軽く昏倒させると、最後まで残った二人が自動小銃を義経に向ける。

「今までよくやった、女にしては上出来だったと誉めてやろう。だがいくら貴様とて銃弾はかわせまい! この勝負、我らの勝ちだ!」
「つくづく恥を知らないらしいな、狗ども。だったらさっさと撃ってみたらどうだ? オモチャではないのだろう?」
「ほざいていろ! では望み通りに死ね!」

 義経の挑発に乗せられて引き金を引く男二人だが、義経は両腕で梅の花を作り、腕を素早く繰り出して銃弾を片っ端から弾き始める。最初は嘲りながら見ていた男だが、表情が驚愕に変わり、やがて恐怖へ染まっていく。二人の自動小銃が弾切れとなった時にはすでに恐怖の色しか浮かべていない。

「もう終わりか? 情けない。では次はこちらから行かせて貰うぞ」

 義経は不敵に笑い、踏み込んで二人の首筋に手刀を打ち込んで沈黙させる。義経は銃弾を全て弾き切り無傷だ。敵が全滅すると転がっていた和也も起き上がる。

「驚いたな。『梅花』も使えると一也から聞いてたが、まさかここまでとはな」

 義経が率いていた赤心少林拳黒沼流は殺人拳に特化している。自らの命すら捨て、威力を追求した赤奥義『桜花』はその代表例と言ってもいい。そのため正反対の『梅花』は義経と相性が悪いが、義経は『梅花』も習得しているし、一也も『桜花』を習得している。義経はこともなげに笑って答える。

「なに、一見正反対だが突き詰めてしまえば『桜花』も『梅花』も本質は同じだ。どちらも『無我』と『捨身』が真髄だ」
「無我と捨身?」
「そうだ。己を捨てて我執を無くせば、死への恐怖も自らの拳への迷いも無くなる。己の身を捨てる覚悟があれば、最初から死を恐れる必要も迷いを抱く心配もない。自らの拳を信じ、死をも恐れぬのであれば全てを跳ね返す『盾』、すなわち『梅花』となる。命を投げ出し、迷わなければ全てを貫く『矛』、すなわち『桜花』となる。つまり、迷わず命懸けでやればいいという点では変わらん。と、言っても全部朱鷺禅師の受け売りだがな」
「解説どうも。言われてみりゃ分かるもんだ。それじゃ二人も制圧完了しただろうし、行こうぜ? 俺たちが突っ立ってたんじゃバレちまう」

 和也の提案で義経と共にサーバー室に入ると、すでにサーバー室も残る相手は一人となっている。
 敵は中国拳法の使い手らしく、良とハルミに油断なく構えている。一方、ハルミを守るように良も敵に構えてみせる。一也と同じ赤心少林拳の構えだ。良と男は間合いに少しずつ接近していく。互いの間合いに入った瞬間、同時に動き出す。
 先に仕掛けたのは男の方だ。裂帛の気合いと共に男の右足が跳ね上がり、空気を切り裂きながら良の頭部に上段蹴りが放たれる。良は左手で蹴り足を外に払い除けて数歩踏み込み、体勢が崩れた敵に右正拳突きを放つ。男は両手を交差して正拳突きを防御するが、大きくたたらを踏む。良は相手の腰めがけて回し蹴りを放ち、相手に直撃させて顔を歪ませる。良は両手を手刀の形に変えて一旦腰に引く。

「赤心少林拳、諸手打ち!」

 気合いと共に男の首を挟み込むように、両手刀打ちを決めて男を昏倒させる。少し経過し、男が完全に意識を失ったと確認すると良は構えを解く。義経が良の前へとふらりと歩み寄ると、良は恭しく右拳を左掌で包んで包拳礼をする。

「腕を上げたな、良」
「いえ、まだまだ修行が足りない未熟者ですよ。一也さんの爪先にも追い付けているかどうか……」
「謙遜のし過ぎだ。この調子でいけば、いずれ『梅花』も会得出来るだろう」
「ありがとうございます、義経さん」
「けど本当に驚いちゃった。良たちが本格的に赤心少林拳を習い始めたっては聞いていたけど、こんなに強くなっていたなんて」
「最初は自衛目的で稽古をつけて貰っていたんだけど、昔教わっていたことを思い出したら嵌まっちゃってさ」

 感心したように呟くハルミに良は笑って答える。
 良を始めとする国際宇宙開発研究所の研究員たちは、過去にドグマとジンドグマに襲撃された苦い経験から、全員何らかの武術を身に付けており、戦闘員相手なら互角以上に渡り合える実力を持っている。中でも元『ジュニアライダー隊』は一也や義経から赤心少林拳の手解きを受けており、赤心寺まで赴くこともある。良の腕はずば抜けており、赤心寺の師範代にもひけを取らないことから門下生からも一目置かれている。他の6人も高弟クラスの実力だ。人質になったのは民間人を人質にされたからに過ぎない。

「さっさと済ませちまおうぜ? 谷さんたちがまだなら俺たちの方で……」
「その必要はない」

 和也が良を促して端末を操作しようとした瞬間、背後から男の声がかけられる。帽子を目深に被った二人組だ。しかも良や和也、義経に接近を悟らせなかった辺り、かなりの手練れだ。良は弾かれたように前に出て構えるが、隙の無さに考えあぐねている。二人組は自然体のままだ。だが片方が構えを取ると、良は何かを察したように構えを解く。他でもない赤心少林拳の構えだ。赤心少林拳の使い手で、良を攻めあぐねさせる人間などごく僅かだ。この状況で当てはまるのは一人しかいない。ハルミと義経、和也も男の正体を悟る。

「無事だったみたいだな。それで、谷さんたちとは合流したか?」
「はい。発電施設の敵は排除済みです。そろそろこちらに来ると思います。それと、一つ策があるんですが……」

 男はサーバー室にいる面子を集めて耳打ちし始める。

「……なるほど、中々面白そうじゃねえか。谷さんたちには話してあるんだよな?」
「ええ、勿論。了承済みです」
「なら決まりだ。早速準備しようぜ」

 和也の一言を最後に、そのまま『策』の準備を始めるのだった。

**********

 管制センター。オータムは部下の男たちに指示を出しながら、モニターに映るデータを眺めている。

「『スーパー1』と『ブリュンヒルデ』の死体は排水パイプの中、だろうな。まだ見つからないのか?」
「今のところ死体らしき物は発見されておりません。処理槽は殆ど調べましたが、まだ排水パイプ内を流れているのかもしれません」

 男がきびきびと報告すると、作業を続けるように指示を出す。そして傍らに立つエムを見やる。

「ねえさんは死んでない、死ぬもんか。スーパー1殺す。絶対私が殺す……」

(まったく、本当に気味が悪いったらありゃしない。いつもの方が生意気なだけな分、今の百倍はマシだ)

 エムは『スーパー1』と相討ちになった千冬の死を信じられないのか、ブツブツと呟き続けている。狂気すら宿したエムにオータムも引いている。愛想の欠片もないエムと、短気で口が悪いオータムは反りが合わなかいが、オータムがエムを罵倒せずに引くということは前例がない。

(やっぱりあのレベッカの歪んだ教育が原因なのかもしれないな。あんな狂人を教育係にすれば、狂人しか生まれないって話だ)

 オータムはレベッカという女のことを思い出す。
 レベッカは元亡国機業構成員で、オータムの恋人スコールと同時期に幹部候補となったことから、オータムとも面識がある。オータムとスコールが恋人関係になったのにもレベッカが一役買っている。
 レベッカはエムの教育係として色々叩き込んだらしく、特に千冬に関してはかなり歪な知識をエムに吹き込んでいたらしい。元々狂っているとしか思えなかったレベッカだが、千冬に対する妄執は一際異常だった。レベッカ曰く、千冬は世界を支配すべきIS操縦者の頂点、『女王』となるべき人間らしい。レベッカは弟の一夏を誘拐し、千冬を我が物とした暁には一夏を殺すつもりだったとのことだ。
 そんな女に教育されれば嫌でも歪むだろう。しかもエム自身はレベッカをそれなりに慕っているのだから質が悪い。狂人同士で馬が合うのだろうか。
 今回の任務ではエムの暴走が懸念されらのでオータムは反対したが、スコールに押し切られた。スコール含む最高幹部全員が動く一大作戦が決定されたため、戦力となるエムを殺さないように体内の監視用ナノマシンを少し抑制し、多少の命令違反では脳を焼き切らないようにしてある。その代わり、オータムには強力な鎮静剤が渡され、必要とあらばオータムの裁量でエムに投与してもよいと許可が出たが。取り乱していたエムも、今では少し落ち着きを取り戻している。今度は独り言が酷くてオータムも辟易しているが。そこに部下が管制センターに飛び込んでくる。

「どうした?」
「監禁していた民間人と研究員たちが脱走しました!」
「そんな馬鹿な!? 監視カメラで全ての出入口は監視していた筈だろ!? 一体どうやって出たってんだ!?」
「分かりません! ですが確かに部屋の中から人質が……!」
「馬鹿野郎! ったくこれだから男ってのは……今すぐ探し出せ! それとスーパー1とブリュンヒルデの死体探しも中止だ! そいつらにも捜索に当たらせろ!」

 オータムが舌打ちして部下に指示を出すが、直後に別の部下が管制センター内に飛び込んでくる。

「報告します! 先程脱走者とおぼしき民間人数名を確保しました!」
「丁度いい! よくやった! 今すぐ脱走者をこっちに連れてこい!」
「はっ! ……ほら、さっさと入れ!」

 気を利かせたのか、すでに部屋の前まで脱走者を連れてきていたらしく、数人の民間人が背後から銃を突き付けられて入ってくる。初老の男に小柄な男、ロングヘアーの女にショートカットの女、僧服を着た女、白衣を着た研究員らしき女、長い白髪と白い髭を蓄えて杖を持った老人二人だ。オータムは勝ち誇った顔で嘲り始める。

「ざまあねえな。折角逃げおおせたってのに、またあたしらに捕まっちまうなんてな。肝心のてめえらがこんな間抜けじゃ、てめえらを助けようとしてくたばった、あのスーパー1も浮かばれないだろうよ」
「スーパー1が、一也がどうかしたのか!?」
「どうやらまだ知らねえらしいな。なら特別に私がてめえらに教えてやるよ。スーパー1、沖一也は死んだ。ブリュンヒルデと相討ちになってな」
「嘘よ! 一也さんが死ぬ筈ないわ!」
「そうだそうだ! でたらめに決まってる! きっとハッタリに違いねえ!」
「千冬ちゃんがそんなことするわけないじゃない! 一也さんと千冬ちゃんをどこにやったの!?」
「下がれ貴様ら! 今すぐ殺されたいのか!?」

 オータムが一也の死を告げると、ロングヘアーの女と小柄な男、ショートカットの女が食ってかかろうとするが、部下たちが銃を突き付けて押し戻す。オータムは僧服の女に顔を向ける。

「てめえも本当に無様だなあ。あれだけ大口を叩いといて、また捕まるなんてな。どんだけ意気がっても、ISの無いてめえじゃこれが限界だって分かったか?」
「ほざいてろ、阿呆が。第一、一也と千冬が死んだ証拠がどこにある? そこまで自信満々に言うのならば、当然死体は確認したんだろうな?」
「そうよ! 明確な証拠を見せてみなさいよ!」
「うるせえ! てめえらな、自分の立場ってヤツを考えて物言ってんだろうな!? てめえらには聞きたいことが山ほどあんだ! なんならてめえらより先に、まずこっちのジジイ共から痛めつけてやろうか!?」

 逆上したオータムが口汚く罵りながら老人を示すと全員押し黙る。オータムは機嫌を直すと今度は老人の前に立つ。

「おいジジイ、てめえらに聞きたいことがある。どうやってあの部屋から脱走したんだ?」
「……はあ? すまんがよく聞こえんかったんでな。もう一回言ってくれんかの」

 老人の一人は質問が聞こえなかったらしく聞き返してくる。

「だから、てめえらはどうやってあの部屋から出たかって聞いてんだ!」
「……なんじゃって? この歳になると耳が遠くなってのお。よく聞こえんのじゃ」
「だから! てめえらは! 監禁された部屋から! どうやって出たのか聞いてんだよ! さっきからおちょくってんのかてめえ!?」
「そんな大声出さんでも聞こえるわ馬鹿者! どうやってもこうやっても、扉を開けて部屋を出たに決まっとるじゃろうが!」

 キレたオータムが老人の耳元で叫ぶと、逆に老人はオータムの右耳を掴んで自分の口元まで引き寄せ、耳鳴りがする程大きな声を張り上げて叫び返す。オータムは耳鳴りがおさまるのを待ち、今度はもう一人の老人に質問する。

「ダメだ、話にならねえ。そっちのジジイ、今度はてめえに聞くぞ。もし変な答え返しやがったら、ただじゃおかねえからな。どうやってあの部屋から脱走したんだ?」

 もう一人の老人はきちんと聞こえていたらしく、近くにいた部下に小声で話し出す。口元がもつれて上手く話せないらしい。老人が喋り終えると部下が僧服の女を指差す。

「あの女がドアを蹴破り、見張りを蹴散らして脱走したそうです。監視カメラはその時に破壊したと」
「ったく、最初からそう言えってんだよ。って、てめえは早速何してやがる!?」
「なにって、占いじゃよ。お主、恋をしておるな? 一つ占ってしんぜよう……おお! これは良い! お主と恋人とは決して離れることはないと出ておる! 末長く幸せにの」
「お、おう。まあ、何だ、その……感謝だけはしといてやるよ」

 トランプを取り出して占いを始めた老人にツッコミを入れるオータムだが、結果を聞くとまんざらでもないのか、スコールのことを思い浮かべて顔を赤らめる。一方、質問に答えた老人は部下と共にエムの下へ歩いていく。エムは老人を一回睨み付けた後鼻を鳴らし、視線を外して無視するが、老人はまた喋り始める。

「なるほど、確かに見た目は織斑千冬とよく似ているが、内面は似てもにつかないな、だそうです」
「……余計なことは伝えなくていい。それと貴様、知った風な口を利くな。命が惜しかったら黙っていろ」

 エムは殺気を放ちながら老人を睨み付けるが、老人はどこ吹く風とばかりに平然としている。それどころか老人は構わずに話し続ける。

「それはこちらの台詞だ。お前の方こそ織斑千冬のことを知らない癖に知った風な口を利くな。ましてや妹を名乗るなどおこがましいにも程がある、だそうです」
「貴様、聞こえなかったのか? これ以上伝えるなと、話すなと。いいだろう、丁度いい。この場で始末してやる!」

 度重なる暴言に激怒したエムは腰のナイフシースからコンバットナイフを抜き放ち、老人の心臓目掛けて突き入れようと踏み込む。しかし老人は半身でかわすと逆に自分の右足をエムの足にかける。うつ伏せに倒れたエムが身体をひっくり返すと、老人は右手に持った杖を鼻先に突きつける。そして今度は自分の口で、ハッキリとエムに告げる。

「図星か、情けない。お前よりも『偽者』の方が、余程弟らしいのお」
「黙れ! アイツは違うんだ! アイツのいる場所に本来いるべきなのは、この私なんだ! それを貴様にとやかく言われる筋合いはない!」
「それはこちらの台詞です。まだ、お気付きになりませんか?」
「貴様、何を言っている!?」

 部下の一言にエムは激昂するが、オータムが違和感に気付く。

(おかしい。そう言えばアイツ、男にしちゃ妙に声が高いと言うか、女っぽくてエムにそっくりだったし、何より男にしちゃ胸と腰のくびれが……)

「やっと気付いたか。仮にも裏の社会に生きる者が、鈍いのお。オータムさんや」

 オータムが部下に変装した誰かの存在に気付くと、老人は不敵に笑ってみせる。オータムは目の前の老人が何者であるか悟る。

「てめえ、まさか!?」
「そのまさかさ、オータムさんよ。それとエムとか言ったな、まだ目の前のヤツが誰か分からないのか?」
「何だと!?」
「滝さんの言う通りだ。これが本物の千冬さんの家族、一夏君ならすぐに気付いていただろうな。織斑マドカ」
「なら!?」
「やっと気付いたか、馬鹿者が。この程度の変装に気付けないクセに、織斑マドカを名乗るとはとんだ面の皮だ。ましてや私を姉となど、金輪際呼ぶな」
「ええい! 何をしている! やれ!」

 老人と部下に変装した誰かの一言で、遂に正体を確信したオータムは部下に攻撃命令を出すが、人質に銃を向けていた部下たちが一斉に発砲して老人に向けられた銃を撃ち落とす。二人の老人は杖で近くの部下を打ち据えると、部下に化けた者と共に大きく飛び退いて人質たちの横に立つ。まず人質たちに銃を向けていた部下が変装を取り払う。

「てめえら、国際宇宙開発研究所の連中か!?」
「ちゃんと確認しなかった方が悪いのさ。それともう一つ占いってやるぜ。罠に嵌まったお前らの負け、って出てやがる」
「やっぱりてめえだったか! 滝和也!」
「今さら気付いても遅いんだよ!」

 占いをしていた老人が変装を取り払い、いつものようにラフなジャケットを着た和也が姿を現す。

「ならばお前たちは……!?」
「その通りだ!」

 エムが歯噛みするともう一人の老人と部下も変装を取り払い、国際宇宙開発研究所のマークが入ったジャケットを着た男とスーツを着た若い女が現れる。男の方はオータムとエムたちに高々と名乗りを上げる。

「赤心少林拳、沖一也!」

 相討ちとなって死んだ筈の一也と千冬だ。オータムは信じられないとでも言いたげに叫ぶ。

「なんでだ!? てめえら二人とも死んだ筈じゃ!?」
「なぜ? 決まっているだろう、馬鹿者共が」
「あれはお前たちの目を欺くための芝居だったということだ!」

**********

 時間を巻き戻す。
 エムとオータムが立ち去った後、プールの中から何かが浮上してくる。ISだ。全身装甲の白いISが銀色のスズメバチに似た何かを抱えて浮上してきたのだ。ISはプールの上までスラスターを使って飛び上がると床に着地し、ハッチを開いて中に入る。 
 ハッチの中に通路がある。ISはスラスターを使わず歩き始め、壁に偽装された大きな扉を開ける。中には数十人は寝泊まり出来そうな広い空間がある。中に入ると自動的に電灯が点く。スズメバチを床に寝かせると展開が解除され、装着者の姿が露になる。
 ISを装着していたのは、長く艶やかな黒髪を無造作に後ろで一つに結び、鋭い吊り目が特徴的な美女だ。肉体は黒いISスーツにピッチリと包まれ、扇情的なボディラインを際立たせている。特に窮屈そうにスーツ内に収まっている二つの胸の膨らみが悩ましい。
 同時に銀色のスズメバチも光に包まれ、国際宇宙開発研究所のマークが入ったジャケットを着た男性へ姿を変える。こちらの顔立ちは精悍という言葉が相応しく見える。身体は無駄な部分も余す所もなく鍛え上げられ、全身の筋肉は鋼鉄のような硬さとゴムのような弾力、美女の肌のような柔らかさを兼ね備えていることが一見しただけでよく分かる。だが男性は両目を閉じたままピクリとも動かない。服が破け、傷が刻まれており、右肩から左腰にかけて深く斬られた傷が通っている。
 女性はかがみこんで男性を上半身裸にする。厚い胸板や割れて引き締まった腹筋、がっしりとした肩に太い上腕部が晒されるが、隠れていた傷も露となりより痛々しい。下着やシャツは血で汚れている。女性は傷をアルコールで消毒し、軟膏らしきものを塗った上にガーゼを当て、包帯を巻いて応急手当を終える。女性はポツリと呟く。

「一也さん……」

 床に寝かされているのは一也、傷の手当てをしたのは千冬だ。
 エムに『お願い』され、やむを得ず一也と戦った千冬だが、二人だけになった時に一也が『プライベート・チャネル(個人間秘匿通信)』である策を打ち明けた。それは『流星』にに搭載された生命維持以外の機能を停止するモードと、スーパー1の非常用機能を使って互いの死を偽装し、この場を切り抜けようというものだ。相討ちはオータムやエムの目を欺くための芝居で、実は正拳突きも斬撃も皮膚一枚の所で当たっていない。
 落ちた後はオータムとエムが立ち去るのを待ってマニュアルで全機能を再起動させ、意識のない一也をシェルターに運び入れた。今の一也は仮死状態に近い。目覚めるのには時間がありそうだ。

(それにしても一也さん、リスクを承知でこの策を実行するなんて……)

 千冬は内心呟く。
 この策は重大なリスクが伴う。一也が非常用機能を作動させた場合、自力で再起動出来る保障がないのだ。勿論理論上は自力で再起動出来るが、基本的に『チェックマシーン』での再起動が前提だ。亡国機業に研究所が占領されている現状、チェックマシーンなど使える訳がないので、再起動出来なければ終わりだ。
 それでも一也は迷うことなく実行した。自身を改造したヘンリー博士らと、その技術を心から信じているから出来たのだろう。最後の一撃も一也の見切りか千冬の目測が誤っていればもろに斬られていたし、一也の一撃も千冬に直撃していただろう。千冬は『絶対防御』があるのでまだ大丈夫だが。しかし一也は玄海老師が伝授した赤心少林拳、それに千冬の剣の技量と胆力を信じ、自らの身体を白刃の下に晒して千冬に正拳突きを放ったのだ。
 ふと千冬は一也の身体に目をやる。間近で男の身体を直に見るのは、一夏以外では初めてだ。体つきで言えば一夏よりずっと逞しく、鍛え上げられている。長年の鍛練と戦闘経験がこの肉体を産み出したのだろう。鋼のように硬く、バネのようにしなかやかな筋肉はいい例だ。手足の指の一本一本も、それだけで凶器となり得るレベルまで鍛え抜かれている。武術を嗜む者としてこうありたいと思う。
 同時に全身の7割が機械化されているとは思えないほどに、身体は人間そのものだ。手触りや弾力、伝わってくる温もりも、何ら普通の人間と変わらない。当たり前なのかもしれないが、どうしてもそんな感想を抱いてしまう。

(駄目だな、そんなことを考えていては。しかし遅いな。そろそろ目覚めてもいい頃なのに)

 一也は未だに目覚める気配がない。耳を一也の口や鼻に近付けてみると、呼吸音がか細くしか聞こえない。呼吸で問題が発生したのかもしれない。一也の頭を下げ、顎を上げて気道を確保する。もう一度呼吸を確認するがやはり兆候がない。ならばやることは一つ、人口呼吸だ。幸い心臓は動いている。鼻を摘まんで呼気が漏れないようにすると、口から呼気を吹き込もうと顔を近付けて、途中で止まる。

(いくらなんでもこれは……って、こんな時に何を考えている!? 今はそんなことを言っていられる状況ではないんだぞ!?)

 慌てて千冬は考えを振り払おうと頭を振るが、次から次へと頭をもたげてきて中々人口呼吸に移れない。
 人口呼吸をする以上、口と口が触れ合うことになる。それがどうしても躊躇われる。感染症防止の観点から言っても、人口呼吸で直接口と口が触れ合うのは望ましくないし、心理的にも抵抗がある。そんなことを言っていられない状況と百も承知だが、千冬も若い女性だ。しかも男性とキスした経験など、一回もない。意識するなと言う方が難しいだろう。葛藤を続けていた千冬だが、意を決して人口呼吸を開始する。ゆっくりと、しかし着実に千冬の唇と一也の唇が近付いていき、遂に触れ合うところまで接近する。

「ゴホッ!」
「うわっ!?」

 しかし唇が触れるギリギリ手前で一也が激しく咳き込み始め、驚いた千冬は尻餅をつく。だが呼吸は戻ったようだ。一也の胸は正常に上下し始め、一定の間隔で呼吸のリズムを刻むようになる。しばらくして一也は意識を取り戻して両目を開き、上体を起こす。一也はまず周囲を見渡して状況を確認する。横にいる千冬に顔を向けると笑って告げる。

「作戦が成功したみたいだね。ありがとう、傷の手当てまでしてくれて」
「いえ、そんな。私こそすいません。無理をさせてしまって。特にその傷は……」
「気にしなくていい、千冬さん。あれは仕方なかったんだ。それにこの傷は俺の油断も大きい。これも俺の未熟さを痛感出来た、いい経験さ」

 申し訳なさそうに謝罪する千冬に首を振り、立ち上がろうとする一也だが、千冬が押し止める。

「無理をしないで下さい。意識を取り戻したばかりなんですし、傷もまだ塞がってないんですから」
「大丈夫だよ、これくらい。慣れているから。それにおやっさんやハルミ、アレクセイ、マシムが心配だし、研究所で人質にされている人を助けなきゃいけない。だから俺がここで休んている訳にはいかないんだ」
「駄目です!」

 一也は千冬をやんわりと押し退けるが、千冬は語気を強めて押さえ付ける。

「そんな怪我をした状態で、まともに戦える訳ありません! 捕まりにいくようなものです! ですから大人しくして下さい!」
「千冬さん、気持ちは有り難いよ。けど千冬さん一人で行かせる訳にはいかない。相手は専用機2機、『流星』ではすぐに片付けられない。その間に人質に危害が加えられたら終わりだ。だから俺も……」
「駄目なものは駄目です! 万が一のことがあったらどうするんですか!?」
「大丈夫、俺は死なないよ。まだ死ねないし、死ぬわけにはいかないんだ」
「大丈夫じゃない! そんな問題じゃない!」

 一也は穏やかに千冬の説得を試みるが、千冬は頑として聞き入れようとしない。逆に千冬は一也に捲し立て始める。

「一也さん、傷付くのは自分だけでいいとか考えていますよね……いい訳ないだろ! あなたが傷つけば谷さんやハルミさん、義経さんだって痛いんだ! あなたがボロボロになったら私だって苦しいんだ! そりゃあなたは毎回毎回誰かを助けるために無理をして、いつもいつも何かを守るためにボロボロになって、そんな生き方でいいのかもしれない。満足なのかもしれない。けどそれを見てるハルミさんや義経さんの気持ちを考えたことはあるのか!? 大切な人が傷付いて、苦しんで、ボロボロになって……そんな姿を見て苦しくならないと思うか!? 悲しくならないと思うか!? 違うだろ! あなただってハルミさんや義経さんが傷付いたりしたら痛いし苦しいだろ! そんな周りの気持ちも知らないで大丈夫だとか何だとか言うな!」
「なにより、もしその万が一が起こったら私はどうなるんだ!? 私を守るためにそんなボロボロになったあなたが死んでしまったりしたら、私がどれだけ辛くて悲しくて苦しいか考えたことがあるか!? 二度も私を助けて、守ってくれた人を自分の手で傷つけた私がどれだけ……」
「千冬さん……」
「……すいません、取り乱してしまって失礼なことを。ですが、私やハルミさん、義経さんの為にもこれ以上無理はしないで頂けませんか? この気持ちは本当ですから……」
「ありがとう、千冬さん。それとごめん。俺のことを心配してくれていたのに、そんなことにも気付かないで」
「頭を上げて下さい、一也さん。その、私も失礼な物言いをしてしまいましたし」

 深く頭を下げて謝罪する一也を見て、千冬は慌てて頭を上げさせる。

「けど千冬さん、さっきも言ったけど十年前からは考えられないくらいに変わったね。昔の君ならそんなこと、俺に言わなかっただろうし」
「ええ。それと一也さん、一つお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」
「何か?」
「私、昔より弱くなっていませんか?」
「何を言っているんだい? 別に千冬さんは……」
「『サイレント・ゼフィルス』の操縦者、エムというヤツに言われたんです。昔より弱くなったと。その通りかもしれません。だから私は一也さんを……」
「それは違う! あれは滝さんを人質に取られていたから……!」
「でも、十年前の私だったら拒否していたと思います。一也さんと出会う前なら、一夏と二人きりになってしまっていた時なら、人質を気にせず連中を鎮圧出来ていたと思います」
「……親がいなくなってから、ずっと一夏さえいればいいと思っていました。一夏だけ傍に居てくれればいいと。どんなことをしても一夏だけは助けたいと。一夏以外はどうでもよかった。守りたいのは一夏だけだった。だから、無茶も怖くなかったし、他人がどうなろうが知った事では無かった。けど、ある時から束と一緒にいたいと思うようになりました。また柳韻先生の下で学びたいと考えました。マサコさんやルミさん、義経さんとも付き合っていきたいと願うようになりました。後輩や教え子を助けたいと、そしてあなたや滝和也さんと一緒にいれたら、と」
「私が守りたい人はどんどん増えたんです。最初は弟の一夏だけだったのに束や滝和也さん、山田真耶、一夏の友人や好いている娘たち。こんなに出来ていました。数えきれないくらいに、抱えきれないくらいに、沢山。そしたら、急に怖くなったんです。皆と一緒にいれなくなるのが、誰かとの関係が壊れてしまうのが、誰かが私の手の届かない所に行ってしまうのが、耐えられなくなってしまったんです。自然に無茶が出来なくなりなり、迷惑かどうかを考え、手足を自分で縛るようになりました。だから人質を取られたら、言うことを聞くしか出来なくて」
「千冬さん、それは俺も同じだよ。俺だって……」
「違う!」

 何か言おうとする一也を千冬が遮る。千冬は申し訳なさそうに頭を下げようとするが、一也が止める。

「どこが違うのか、教えてくれないか?」
「私は一也さんたちと違って守れる物の数も、助けられる人の数も、少ないです。一夏だけでも守るのが精一杯だったのに、結局私一人では守れていたかも怪しいのに。それ私は、臆病です。誰かに噛み付いて、束を止められなくて。今度は一夏や滝和也さんとの関係を壊したくないから、ずっと束のことを黙ってます。弱くて臆病な自分を知られたくないから、一夏に口では厳しいことを言って、和也さんには憎まれ口を叩いてばかりで、誰にも素直になれなくて。本当は弟離れ出来ていないのは私なのに、いつも迷惑を掛けていたのは私だったのに。そんな事を気付かれたくなくて、自分でも気付かないフリをして」
「これが、本当の私なんです。世界最強だ『ブリュンヒルデ』だ持ち上げられても、結局私一人では誰も助けられず、何も守れなかった。ただ臆病で、素直になれなくて、弱いだけ。それが本当の織斑千冬なんです。そんな私が、あなたなんかと……」
「同じさ、俺と」

 今度は一也が千冬の言葉を遮る。こちらは穏やかな口調だ。

「俺も、そうだったから。昔の君みたいに周りが見えなくなって、獣のように強くなることだけを追い求めて、俺の身を案じてくれたハルミの気持ちも理解せずに冷たく当たったこともある。いつの間にか大切な人がどんどん増えて、大切な人を守れなかったことだってあった。だから俺も千冬さんと同じだよ。俺は強くなんかない。一人じゃ誰も助けられなかった。何も守れなかった。それが俺、沖一也なんだよ」
「ですが一也さんは……!」
「俺の両親が亡くなった時、俺を引き取って育ててくれたのが、国際宇宙開発研究所のヘンリー博士だったんだ。それから日本に戻ってた時期を除けば、俺はずっと国際宇宙開発研究所で過ごしてきた。ヘンリー博士は第二の父親だったし、仲間は兄弟同然だった。国際宇宙開発研究所は俺の家だったんだ。でも君も知っている通り、ドグマが惑星開発用改造人間『スーパー1』に目をつけ、襲撃してきた。仲間たちは次々と殺され、ヘンリー博士は俺を庇って目の前で、死んだ。国際宇宙開発研究所も破壊され、何も残らなかった。俺一人を除いて」
「俺は、何も出来なかった。惑星開発用改造人間『スーパー1』だったはずなのに、あいつらに為す術なくやられただけだった。あの時の俺は自力で変身出来なかった。ヘンリー博士は俺にドグマの存在を教えて、一刻も早く変身の呼吸を覚えるよう言ってくれたのに、俺はは変身の呼吸を掴めなかった。それだけで俺はヘンリー博士たちを、死なせてしまったんだ」
「それだけじゃない。国際宇宙開発研究所が壊滅した後は、両親やヘンリー博士と交流があって、よく顔を出していた『赤心寺』に身を寄せて、変身の呼吸を会得するために修行に打ち込んだ。辛い時もあった。苦しい時もあった。怪我なんかしない日の方が珍しかった。けど投げ出そうなんて思ったことはなかった。ヘンリー博士たちの無念は晴らしたかったし、ドグマを許せなかった。玄海老師や弁慶は厳しく、でも愛情を持って俺を指導し、技を伝授してくれた。そのお陰で俺は戦う術、そして変身の極意を身につけることが出来たんだ」
「仮面ライダーになってからも、玄海老師や弁慶たちは時に助け、時に諭し、時に厳しく叱責してくれた。俺が強さだけを追い求めていた時に叱ってくれたのは玄海老師だったし、『梅花の型』も老師が極意を悟らせ、伝授してくれた技だった。俺は玄海老師や弁慶たちの指導や協力があったから、どんな戦いにも勝利出来たんだ」
「けど、ドグマとの決戦で赤心寺の皆は俺を守り、死んでしまった。俺は見ていることしか出来なかった。相手は不死身の怪人で、俺は敗れてまともに戦うことが出来なかった。それだけの理由で、俺は弁慶が俺を庇って倒れる姿を、老師が命を落とす所を、指をくわえて見ることになった」
「それに俺はおやっさんやハルミたち、ジュニアライダー隊力を借りなければ、ドグマやジンドグマと戦い抜けなかった。窮地を救われたことだってある。義経の発破が無かったら、また変身することも出来なかったかもしれない。だが俺はおやっさんたちを危険な目に遭わせ、義経を危うく死なせる所だった。そうさ、これが本当の沖一也なんだ。君が思っているより弱く、多くを助けられず、守れずに失ってしまった。俺一人では本当に無力だったんだ」
「けど、俺には『スーパー1』としての身体や赤心少林拳、そして俺を支え、助けてくれるおやっさんたちや赤心寺の皆がいたし、俺を育ててくれたヘンリー博士がいた。なにより俺に血と夢を託してくれた両親がいた。だから、俺はドグマやジンドグマ、バダン、ゴルゴム、クライシスと戦い抜けた。助け、守ることが出来た。俺は支えてくれる人がいたから、仮面ライダースーパー1として戦い続けることが出来たんだ」
「人間の身体は一つしかないし、腕は二本しかない。一人で守れるものなんて小さいし、一人で助けられるものも限られてくる。自分一人じゃ、寒中に咲く梅花を冷風から守ることだって難しいんじゃないかな。けど、人間は誰かと手を繋ぐことが出来る。道具を持って使うことも出来る。一人一人の力は小さくても、みんなで手を組めば力はいくらでも大きくなる。一人では梅花しか守れなくても、沢山集まって輪を作れば、もっと大きく、多くを守ることが出来る。何も持っていなければ、手の届く範囲の人しか助けられないけど、ロープ一本あればその長さの分だけ助けられる」
「だから千冬さんも助けられるし、守れるよ。俺にヘンリー博士がくれた五つの腕があるように、君には篠ノ之束博士が創ったISがある。俺に赤心少林拳があるように、君には篠ノ之流がある。千冬さんは君自身が思っているより、多くの人を助けられるし、守ることが出来る。それは俺が保証するよ。それでも無理な時には、俺が君と手を繋ぐよ。もう少し頼ってくれていい。俺で良ければいつでも、いくらでも頼ってくれていい」

 ようやく一也が言葉を切る。千冬はしばらく黙っていたが、やがておずおずと一也に質問する。

「どうして、そこまで親身になってくれるんですか?」
「理由は必要かい?」
「出来れば、欲しいです。やっぱり、知らないと怖いですから」
「君が俺にとって大切な人だからさ。おやっさんやハルミたち、義経、アレクセイたちと同じように」
「私が、ですか?」
「ほら、アレクセイも言っていただろ? 月面基地に来た以上俺たちは兄弟だって。だから時間の長さなんて関係ない。君と俺は月面で一緒に過ごして、人類の夢のために命懸けで働いた兄弟なんだ。俺にとって助ける価値があるし、笑って欲しいと願う意味もある。君にとっての一夏君のようにね」

 一也は屈託のない笑顔で迷わずに答えると、両足に力を込めて立ち上がる。

「それじゃあ千冬さん、行こうか。連中を鎮圧しに」
「ですが一也さん、その怪我は……!」
「俺が改造人間だってことを忘れたかい? チェックマシーンに入らずとも、自己修復機能がある。万全とは言わないけど、連中ともう一回戦う分には十分さ」
「……信じていいですか?」
「勿論。さっき言った通り俺はまだ死なないし、死ねない。この世に悪がある限り、仮面ライダーは死なない。人類の夢が叶う日が来るまで、スーパー1は死ねない。それに一夏君との約束を果たせなかったら、沖一也が死んでも死にきれない」
「一夏との約束、ですか?」
「ああ。君を一夏君の代わりに守る、と。そして一夏君の下に着くまで必ず護り抜く、ともね」
「ですが、それはあの時の……」
「あの時だけ、って期限を切った約束だったかい?」
「敵いませんね、あなたには。分かりました、ですが少しでも異常が出たら正直に言って下さいね?」

 結局千冬は折れて一也と共に発電施設に向かい、源次郎らと接触して発電施設を確保した。続けてサーバー室にいる和也らに接触し、千冬らが敵に変装して管制センターに入り込み、現在に至る。

「良かった、ねえさん。やっぱり生きていたんだね。私、信じてたから。それと、貴様も生きていたとはな。嬉しく思うぞ、スーパー1、これで貴様を、私の手で殺せるのだからな!」
「お前に姉と言われる筋合いはない。お前は一夏どころか滝さんにも及ばん。ですが和也さん、なぜあの時私だと気付いたんですか?」
「カズヤはカズヤでも俺の方か。決まってんだろ、お前が男装すんのには無理があんだよ。出っ張りとくびれの差があり過ぎるって、前にも言っただろうが」
「あなたって人は、本当にデリカシーってものが無いんですね。セクハラで訴えますよ?」
「ケッ、どうせブラコンが酷くて誰もセクハラすらしちゃくれねえクセによ。……すまねえ、また足手まといになっちまった」
「そんなことを言わないで下さい、和也さん。あなたのせいじゃない。むしろ私の方こそ……」
「……その先は言いっこなしだ。お前らしくねえな、千冬。いつものお前なら小言の一つや二つ垂れ流すってのによ。それともなにか? 一也の前だからって猫被ってんのか? 無駄だぜ、一也は恋愛に関しちゃ鈍感だが、それ以外の察しは良いんだ。お前がどんなに猫被ってようが、私情丸出しで背中に蹴り入れる女だって気付いてるさ」
「前言撤回です。心配するだけ損しました。大体それはあなたの不真面目さが原因だってこと、最初から分かってますよね? 少しは懲りて下さい」
「まったく、もう少し素直になればいいのに」

 いつも通りのやり取りをする千冬と和也に苦笑しながらも、エムに対し一也は静かに、しかし怒りを込めて告げる。

「それとエムとか言ったな。貴様に織斑千冬の妹を名乗る資格などない。それと、貴様に俺は殺せない。憎しみだけで命まで奪おうとする貴様に、俺は殺せん!」
「黙れ! あれだけの傷を受けてまだそんな口を叩くか! だが、ここまでだ! やれ!」

 毅然と言い放つ一也に、憎悪と憤怒のあまり語気を荒げながらエムは命令を出す。すると数十人の男がナイフや棍、鉄拳などの武器を手に一也たちを取り囲み、一斉に飛びかかる。

「これじゃ戦闘員と変わらねえな。一也、いけるな?」
「はい! 行くぞ!」

 和也に答えると、一也は降り下ろされた警棒を左の掌裏で外に払い退け、右掌底で男の顎を突き上げるように強打する。男の身体が一瞬宙に浮き、仰け反りながら地面に倒れて動かなくなる。気絶したようだ。一也が最初に一人を倒したのを皮切りに、他の面子も一男たちを蹴散らしていく。

「こいつは今までのお返しだ! 恨むなら自分の根性の悪さを恨むんだな!」

 和也はナイフで突いてきた男の右腕を取って一本背負いで地面に叩きつける。鉄拳で殴ってきた男の一撃を左回し受けで流すと、鳩尾に右正拳突きを叩き込んで無力化する。さらに前蹴り、後ろ蹴り、横蹴り、回し蹴り、刈り蹴り、払い蹴り、浴びせ蹴りを続けざまに放ち、敵を次々と沈黙させる。

「貴様ら、今まで千冬を散々顎で使っていたようだな。これは私からの礼だ。遠慮せずに受け取れ!」

 義経は棍を持った男の額に一本指拳を当てて昏倒させ、一呼吸で正拳や手刀、裏拳、肘打ち、掌打、平手を多数放って四方の敵を吹き飛ばす。

「こいつは一也さんの分だ! それでこっちがマスターと姉ちゃんの分!」
「そしてこれが千冬ちゃんの分よ!」

 良がトンファーを持った敵に上段回し蹴りを当て、大助が手刀で気絶させた敵を頭上高くに持ち上げて敵集団に投げつける。シゲルとマモル、タケシが揃って飛び蹴りを放ち、ミチルとマサルが『猫』で敵集団を切り崩して源次郎たちに敵を近寄らせない。源次郎も時折敵に蹴りをお見舞いするが、大抵直後に良か義経が敵を無力化する。

「隙だらけだ! 死ね! スーパー1!」

 一也も四方の敵に開脚蹴りや掌打、貫手を浴びせるが、エムがコンバットナイフを抜いて一也の心臓を抉らんと跳躍する。

「お前の相手は、私だ!」

 すると両手刀を敵の首筋に打ち込み、頭突きで鳩尾を強打し、金的を蹴り上げ悶絶させた千冬が横から当て身でエムを弾き飛ばし、無手で構えて対峙する。

「ねえさんどいて! そいつ殺せない!」
「一也さんを殺す? お前には無理だ。それと言った筈だぞ、お前に姉呼ばわりさせる覚えは、ない!」

 エムの叫びを冷たく切り捨てた直後、千冬の右足が跳ね上がる。エムは前蹴りを食らって大きく吹き飛ばされる。千冬は掌底や下段蹴り、肘打ち、裏拳を巧みに織り交ぜ、エムに反撃する間も与えぬ猛攻を加える。

「なら、てめえはあたしが!」
「そう急ぐな、私が直々に相手をしてやろうと言うのだぞ?」

 続けてオータムがマチェーテで一也に挑みかかるが、今度は義経がオータムの右手首を掴んでマチェーテを止める。オータムは義経の足を蹴りつけようとするが、すかさず義経が軸足に足払いをかけて重心を崩し、オータムを投げ飛ばす。

「一也! 女の相手は女に任せておけ! だからお前は男の相手をしろ!」
「分かった! こいつらは俺が!」

 一也は飛び蹴りを連続して放ち、5人の敵を壁まで叩きつけると、和也やジュニアライダー隊と共に男たちの掃討に専念する。 エムは千冬の連撃を腕や足で防御し続けていたが、飛び退いて千冬と距離を取る。

「ねえさん、どうして私の邪魔をするの!? 私はねえさんのためを思って……!」
「誰がそんなことをしろと頼んだ? 余計なお世話とはまさにこのことだ」
「でもねえさんだって分かってるでしょ!? そこにいる二人のせいで昔よりずっと弱くなったって!」
「そうだな、確かに私は弱くなったのかもしれないな。だが構わん。私だけの強さなど、惜しくはない!」
「そう……だったら目を覚まさせてあげる! 今のねえさんは、ねえさんなんかじゃない! 昔のねえさん、本当のねえさんは私が取り戻す!」

 今度はエムからコンバットナイフを振るって攻撃し、千冬は皮膚一枚の間隔で見切ってかわし続ける。
 一方、オータムは義経に押しまくられている。オータムはマチェーテで義経の頸動脈を斬ろうとするが、義経は半歩だけ下がって避けてみせる。直後に義経は逆に踏み込んで右膝蹴りを放ち、オータムを吹き飛ばす。

「くっ! 素手だってのに! あの時の化け物野郎とその仲間みたいに……!」
「私程度で化け物だと? 笑わせるな。私が化け物ならば玄海老師や朱鷺禅師、柳韻さんは一体何になるというんだ?」
「うるせえ! 人が手加減してりゃ調子に乗りやがって! 絶対にぶち殺してやる!」

 オータムは吠えながらマチェーテで斬撃を放つが、義経は全て見切ってかすらせもしない。逆にタイミング良くマチェーテの刀身を右手刀で横薙ぎに払うと、刃が綺麗な切断面を残して真っ二つにされる。

「てめえ、モシャモシャの化け物野郎みたいな真似しやがって! エム! 一旦退くぞ! 戦うには狭すぎる!」
「くっ! 悔しいが生身同士では……! ねえさん! 今は勝負を預けるけど、次こそは必ず!」

 エムが心底悔しそうに吐き捨てて千冬と距離をとると、オータムは閃光弾を炸裂させてエムと共に管制センターから飛び出していく。

「待て!」
「千冬! 一也! 残りの雑魚どもは俺たちで引き受ける! お前たちはあいつらを!」
「分かりました! 行こう、千冬さん!」
「はい!」

 視力が回復した千冬は和也たちに雑魚の掃討を任せ、一也と共にエムとオータムを管制センターから出るのであった。

**********

 国際宇宙開発研究所の敷地内を一台の白いオンロード用バイクが走っている。惑星開発用マシン『Vマシン』だ。運転しているのは一也で、後ろには千冬が座っている。地下通路に停めてあったVマシンを呼び出して追跡を開始したのだが、二人は見つからない。ISを展開して逃げたのだろうか。しかし一也と千冬は些かも油断せず警戒する。不意討ちを仕掛けてくるかもしれない。途中で一也は殺気を感じてVマシンを停車させる。二人がVマシンから降りた瞬間、物陰から五つの影が飛び出す。

「沖一也! 織斑千冬! 貴様らの命、ここで貰い受ける!」
「やはり待ち伏せしていたか! 」

 黒いプロテクターのようなものを装着した5人の女だ。それぞれ青龍偃月刀、槍、蛇矛、方天戟、錘を持っている。亡国機業の構成員で、相当の手練れと一也と千冬は直感的に理解する。しかし二人とも引く気はない。

「言え! オータムとエムはどこに行った!?」
「質問に答える義務はない。そしてお前が知る必要もない。ここで死ぬ運命なのだからな!」

 青龍偃月刀を持った女が切り捨てると、槍や蛇矛で一也に、方天戟で千冬に突きを見舞う。女は青龍偃月刀で一也を叩き斬ろうと横薙ぎに払い、錘を振り上げて一也の頭を粉砕しようと一撃を放つ。

「甘い!」

 一也は突きを半身でかわすと青龍偃月刀を飛び退いて回避し、蛇矛を避けた千冬が錘を持った女を蹴り飛ばして攻撃を中断させる。今度は銃弾が一也に浴びせされ、刃が折れたマチェーテが千冬へと投げつけられると一也と千冬は追撃を断念する。

「姿を現したか、オータム! エム! もう逃がしはしないぞ!」
「ほざけ! てめえらには借りが沢山あるんだ! おめおめと逃げ帰れるかってんだ! てめえらまとめてここで始末してやる!」
「それにIS同士なら、今のねえさんに勝ち目はない。武器も私の方で回収したからね。そしてスーパー1、今度こそ貴様をなぶり殺しにしてやる!」
「弱い犬ほどよく吠える、とは言ったものだな。ならばやってみろ。簡単にやられてやるつもりはない!」

 千冬がエムとオータムに吐き捨てた瞬間、エムは『サイレント・ゼフィルス』を、オータムは『アラクネ』を展開し、残る5人も黒いISを装着する。

「あの5人もIS操縦者だったか!」
「その通りだ。これで分かっただろう? 貴様に勝ち目などあるはずかない!」

 エムはライフル『スターブレイカー』を一也に向けて撃ち、オータムは八本の足で千冬に殴りかかる。加えて5人の女がめいめい武器を持って襲いかかるが、一也は千冬を抱えて高々と跳躍しし、高台に立つ。

「行くぞ! 亡国機業!」

 一也がエムやオータム、五人の女を指差して見得を切ると、千冬はネックレスに手をかける。一也は手を虎爪にして両肘を曲げ、右腕を右斜め上に引く。左腕を左斜め下に構えると両腕を前に出して右手首を掴み、丹田へと引き寄せる。そして両手で梅花を作ると気息を全身に巡らせ、ゆっくりと両手を前に突き出していく。

「変身!」

 両掌を前に伸ばしきり、両手を回転させて梅花を開花させればベルトの風車『サイクロード』が回り、一也の肉体を銀色のスズメバチを模した改造人間の姿へと変える。同時にISが展開され、千冬の身体を白い装甲が包み込む。

「仮面ライダースーパー1!」
「亡国機業構成員エム! オータム! 貴様たち悪の企みを全て打ち砕くまで、仮面ライダースーパー1は死なん!」

 腕を前に突き出して構えながら啖呵を切り終えると、赤き正義の血潮と五つの腕で人類の夢と自由と平和を守り、黄金の心と赤心の拳で悪を打ち砕く銀の拳士……9番目の仮面ライダー『仮面ライダースーパー1』と、白き鎧兜をその身に纏い、立ちはだかる敵を爪で引き裂き、牙で狩り尽くして戦場を華麗に舞う美しき獅子……最強の戦乙女『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬は邪を破り正しきを顕すべく白と銀の二筋の流星となって戦場を駆け抜ける。



[32627] 第十八話 銀の腕、白の鎧(後篇)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:16
 戦いが始まると黒い5機のISはスラスターを噴かして突撃し、仮面ライダースーパー1に襲いかかる。仮面ライダースーパー1は冷静に跳躍し、突撃を回避する。

「スーパーライダー空中殺法四段旋風蹴り!」

 逆に先頭の青龍偃月刀を持った女を左足飛び蹴りで蹴り飛ばし、続く槍を持った女に右足飛び蹴りで地面に叩き伏せ、錘を持った女に膝蹴りを叩き込み、最後に左右から仕掛けてきた方天戟と蛇矛の女に開脚蹴りを放って吹き飛ばす。

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」

 続けて仮面ライダースーパー1は両腕を冷熱ハンドへ変え、体勢を立て直せていない5機に両腕を向ける。

「超高温火炎、冷凍ガス、同時発射!」

 右腕からは超高温の炎が、左腕からは極低温の冷凍ガスが同時に放たれ、炎と冷凍ガスにより5機のシールドエネルギーをどんどん削っていく。

「このハチ野郎! 今度は私が……!」
「その前に、私をなんとかしてみせるんだな!」

 激昂したオータムは装甲脚を展開して突撃しようとするが、千冬がコース上に割り込む。

「いくら『ブリュンヒルデ』だからって、非武装のISで嘗めた真似しやがって!」

 オータムは怒りのままに標的を変更し、装甲脚を千冬に向けて突き出す。

「遅い!」

 しかし千冬は作業用のサブアームを展開すると、装甲脚の関節部分をサブアームで掴み止める。装甲脚は千冬には当たらず、逆にオータムが千冬により拘束されて身動きが取れなくなる。慌ててスラスターを噴かして引き離そうとするオータムだが、千冬は上手くスラスターを使ってオータムに張り付き、離れようとはしない。

「それと『流星』は非武装と言ったな? 間違いではない。だが装備はなくとも、武器ならここにある」

 オータムを冷たく一瞥すると、千冬は右の拳を固めてオータムに見せる。それが何を意味するのかオータムが悟った瞬間、千冬はサブアームでオータムを引き寄せ、サブアームで拘束した状態で右正拳突きをオータムに放つ。さらに千冬は何度も右腕でオータムにパンチを叩き込み続ける。拳の連打は『アラクネ』のシールドエネルギーを着実に削っていく。オータムは防御すら出来ず、一方的に打たれ続けるだけだ。

「ならば、これなら!」

 エムがビットを展開してビームを千冬に浴びせるが、千冬は回避出来ないものはオータムを盾にし、残りは回避するとオータムを蹴り飛ばす。続け様に放たれるビームを悉くかいくぐり、かすらせもしない。

「チェーンジ! エレキハンド!」

 相手をしていた五人がオータムに当たって隙が出来ると、仮面ライダースーパー1は両腕をエレキハンドに変える。

「エレキ光線、発射!」

 仮面ライダースーパー1は右腕をエムに向け、右腕から超高圧電流が発射されてエムに直撃する。まともに食らったエムは攻撃を一度中断する。今度はライフルを構えてビームと実弾を乱射しながらビットを操作し、全方位から仮面ライダースーパー1にビームを浴びせ始める。

「憎しみの力だけで、俺を倒すことはできん!」

 しかし仮面ライダースーパー1はビームの着弾地点を読んで回避出来るものは回避し、防げるものはビームが両腕を割り込ませて防ぎ、身体をよじって直撃だけは避ける。

「なぜ回避出来る!? どうして防御出来る!? なぜ直撃しないんだ!?」
「二度も交戦すればクセを読み取るのも容易い。最初の戦いで仕留められなかったのが、運の尽きだったな」

 エムが苛立ちながら叫ぶが、仮面ライダースーパー1は静かな口調で答える。
 これがIS相手ならばエムもここまで動揺しなかったであろう。BT兵器といえども見える銃身から撃つ以上、銃口の向きで先読みして回避することは容易い。ISは一瞬で最高速度を出せるし、逆に最高速の状態から停止することも出来る。変則的な機動で敵に照準を定めさせず、発射する直前に離脱する芸当も可能だ。
 それにハイパーセンサーという最高峰の索敵・探知装備を搭載している。全方位を視認可能にするし、高速戦闘時には情報処理能力をも向上させる。さらには地上200mからまつ毛の先を視認し、空間の歪みや空気の流れをも探知することを可能にする。そんなセンサーの補助を受けたIS操縦者にとって、ライフルの銃口やビットの砲身の向きを捉えることなど簡単に出来る。
 一方、射撃側は射撃補佐があっても不利だ。補助があっても引き金を引くのは人間だ。回避側は人間が反応出来ない、もしくは対応出来ない機動を取れるし、直前で照準を外すことも出来るのだ。射撃を当てるだけでも一苦労なのだが、仮に当ててもシールドバリアがある。余程の威力が無ければ一発では撃墜出来ない。むしろ白兵戦に持ち込んだ方が余程攻撃を当てやすい。故に殆どのISには何かしらの接近戦用装備が搭載されている。もっとも、射撃側が不利になるのは射撃側、回避側共に極限まで突き詰めた場合、つまり理論上の話と言っていいが。
 しかし仮面ライダースーパー1はビームを悉く防いだ。機動力もハイパーセンサーの補助もなく、『偏向射撃』まで使ったのに回避され、防がれ、直撃しない。
 仮面ライダースーパー1は機動力こそ劣るが、その五感は改造手術により強化されている。なにより長年に研鑽や経験が加わり、感覚や技は研ぎ澄まされて磨き上げられている。先ほど見せた防御技術はその集大成だ。ビームが止むと、仮面ライダースーパー1は大地を両足で蹴って跳躍し、空中で前方宙返りをする。

「ダブルキック!」

 両足を揃えて飛び蹴りを放ち、エムの胴体に直撃させ怯ませる。着地すると今度は赤心少林拳の手技や足技を次々と繰り出し、エムが離脱する間もなく攻め立てる。
 千冬もオータムと5機のISに突撃していき、まず蛇矛の女に向かっていく。勢いを乗せた上段蹴りを放ってたたらを踏ませ、突いてくる槍を半身でかわすと、逆に踏み込んで左右の掌打を連続して叩き込んでシールドエネルギーを削っていく。

「悔しいが格闘戦じゃ不利か……ならば『マスクドライダー』と同じで距離を取れば!」

 オータムは千冬と距離を取って砲撃を開始する。千冬は砲撃をあっさりと回避するが、残る五人も距離を取ってアサルトライフルを呼び出し、一斉に発射する。

「どうだ! いくら『ブリュンヒルデ』でも武器無しじゃ手も足も出ねえだろ! てめえがどんだけ足掻こうが引き撃ちしてりゃいつかは当たるし、その内墜ちる! 最初からこうしてりゃ良かったんだ!」

 オータムは勝ち誇ったように千冬を嘲り、五人の女共々距離を保って飛び回る。

「逃げ回っていれば死にはしない、か。情けないとは思わないのか?」
「なんだ、負け惜しみか!? 何とでも言いやがれ! 勝てばいいんだよ! 勝てば!」
「生憎だが、お前たち程度に負けてやる気などない。しかし、お前らは『流星』が宇宙開発用だと忘れているらしいな」
「それがどうした! 非武装のISなんぞに戦闘用、しかも専用機に太刀打ち出来る訳がないだろうが!」
「お前は本当に何も知らないらしいな。哀れなヤツだ。なら教えるついでに見せてやる。これが、音速を超えた戦いというものだ!」

 千冬は不敵に笑ってみせる。次の瞬間にはスラスターを点火して突撃し、瞬く間に音速の壁を突破する。慌てずにオータムたちは砲撃や銃撃で牽制しながら逃げるが、千冬は全て回避すると方天戟の女を追跡する。最初は振り切ろうとした方天戟の女だが、千冬が間合いを詰めてくるとスラスター出力を最大にし、全速力で逃げ切ろうと千冬に背を向けて飛び回る。しかし千冬は嘲笑うように徐々に速度を上げ、距離を確実に縮めていく。それが何を意味しているのか、オータムも女たちも理解する。

「馬鹿な!? 非戦闘用のクセに、『シャドウカスタム』よりずっと速いってのかよ!?」

 オータムが叫んだ通り、『流星』の速度は『シャドウカスタム』の最大速度を上回っている。千冬はさらにスピードを上げて追い付くとサブアームで女を拘束し、女を逆落としにする形で急降下を開始する。

「駄目だ! 推力が違い過ぎる!」

 方天戟の女は上昇しようとスラスターを噴射し続けるが、千冬は意に介す様子もなく急降下を続ける。そして地面ギリギリでサブアームを外して解放して上昇に転じる。女は地面に叩きつけられて地面に大きなへこみを作り、『絶対防御』を発動させて沈黙する。絶句しているオータムたちに千冬は静かに言葉を紡ぐ。

「分かったか? 私が言ったことの意味が。引力に捕まって大気圏に突入してしまっては、元も子もないだろうが」

 『流星』は衛星軌道上での作業も想定している。引力圏から離脱や大気圏突入時も十分減速出来るよう、『流星』のスラスターは戦闘用と一線を画す推力を発揮出来る。これは『白騎士』も同じだ。最初期型で機構が練られておらず、後発機に殆どの面で劣っている『白騎士』だが、搭乗者保護機能とスラスターの推力だけは現行機に勝る。
 特に月面基地での運用テストに合わせて改修された際は、スラスターが限界までチューンアップされ、現行機を遥かに凌ぐ機動力を発揮出来た程だ。もっとも、代償として殆ど余裕が無くなり、月面を全速力で飛行した結果異常をきたして危うく大気圏で燃え尽きる所だったが。戦闘用に改修された後はスラスターに大幅なデチューンが施されたが、現行機で匹敵する機動力を持つのは一部の高機動型くらいだ。その機動力のおかげで『白騎士事件』ではミサイルを迎撃出来た。
 『白騎士』や『流星』がそこまでのスラスター推力を実現出来たのは、武装に回す分のパワーソースを全てスラスターに注ぎ込めるからだ。言い換えれば非戦闘目的のISだからこそ実現出来た。千冬は誰よりもそれを熟知している。

「最初の余裕はどうした? さっさと逃げてみたらどうだ? どの道結果は変わらんがな」
「くっ! だったらお望み通り殴り合ってやろうじゃないか! 数の優位ってヤツを教えてやるよ!」

 千冬の挑発に激昂したオータムは装甲脚を展開しながら千冬へ突撃し、残る四人も武器を構えて一斉に襲いかかる。

「これだけいれば、いくらてめえでも反撃出来ねえだろうが!」

 オータムが装甲脚を次々と突き出し、薙ぎ払い、降り下ろす。同時に四人も槍や蛇矛で連続突きを繰り出し、錘を風切り音と共に振り回し、青龍偃月刀で無数の斬撃を放つ。しかし千冬は腕とサブアームを駆使して装甲脚を弾き返し、槍や蛇矛の突きを横から叩いて反らし、錘の柄を左右に押し退けて受け流し、青龍偃月刀の刃を受けて防御し続ける。オータム達に焦りの色が見え始めて攻めが単調になった瞬間、千冬はサブアームや腕で連続突きを繰り出し、纏めて吹き飛ばす。

「見よう見まねの技すら突破出来ず、大口を叩くとは片腹痛い。ましてや一也さんをどうこうしようなど、百年早いな」

 千冬は両手で梅花を象った構えをオータムたちの前でしてみせる。

「あれは、梅花の型か!」

 一連の光景を見ていた仮面ライダースーパー1は驚愕と感心を込めて叫ぶ。先程千冬が使ったのは『梅花』だ。一也が使ったものを即興で再現したのだろう。

(やはり彼女は天才だ。いずれは玄海老師や柳韻さんと同じかさらに上、新たな流派を起こせる大器になる。もっとも、彼女はそれを望まないだろうが……)

 仮面ライダースーパー1は千冬のずば抜けた才能を痛感し、感嘆する。
 武術を嗜む者として、千冬の才能がいかに抜きん出ているかは仮面ライダースーパー1、沖一也も承知している。控え目に言って一也とは才能の桁が一つ違う。現段階で本気で立ち合えば一也や義経が勝つだろうが、それは経験の差によるものだ。さらに経験を積めば一也や義経を越えることも容易いだろう。現に千冬は自身や義経が苦労して習得した梅花の型を簡単に、かなりの完成度で披露している。すぐ下の後輩である村雨良も梅花の型を会得しているが、学習能力に長ける良ですら、二度見なければ再現出来ず、千冬が見せたそれより完成度はだいぶ落ちる。
 勿論篠ノ之流と赤心少林拳が似通っているのも大きいが、千冬以外の人間に易々と出来ることではない。もし千冬が武芸者としての道を歩めば歴史に名を残すだろう。新たな流派を開眼出来る達人になってもおかしくはない。それに千冬は何事も飲み込みが早い。月面基地の建設作業も『白騎士』の性能もあり、三日で熟練の作業員に匹敵する作業効率を叩き出せる程だ。
 しかし一也は千冬が武に生きる気は無いとも承知している。千冬には一夏がいるし、本来は心優しく情に厚い上に繊細な性格だ。武術の世界に身を投じるなど望まないだろう。
 そこまで考えていた仮面ライダースーパー1だが、エムが銃剣を振るってスラスターを逆噴射する。ライフルとビット、さらにレーザーガトリングまで呼び出し、至近距離から集中砲火を浴びせると数十発のビームを受け続ける。仮面ライダースーパー1の肉体に焦げ痕が出来る。仮面ライダースーパー1は再び腕を変えるべく声を張り上げる。

「チェーンジ! エレキハンド!」

 しかし仮面ライダースーパー1の腕は変わらない。

「そんな!? ……ぐうっ!?」

 突然の異常事態に驚愕する仮面ライダースーパー1だが、身体から勝手に力が抜けて地面に膝を付き、意識が朦朧としてくる。

「先程の一撃が余程堪えたらしいな。ならば髪の毛一本残さず消し炭にしてやる!」

 訝しげに見ていたエムだが、ビットやライフル、ガトリングや実弾を発射して仮面ライダースーパー1に叩き込む。仮面ライダースーパー1は一方的にエムの攻撃を受け続ける。

「一也さん!?」
「おっと! てめえの相手は私たちだ!」

 救援に向かおうとする千冬だが、オータムらが再び接近して猛ラッシュをかけ、仮面ライダースーパー1の下に向かえない。敵の猛攻に曝され続ける中で、仮面ライダースーパー1は不調の原因を悟る。

(そうか、チェックマシーンのメンテナンスを受けないで、あれだけの傷を負い、非常用機能を使用した後で、至近距離からの一斉攻撃を受ければ傷は開くし、機能不全も発生して当然か……)

 スーパー1はチェックマシーンによるメンテナンスを前提に設計されているので、自己己修復能力は高くない。無茶をしたツケが機能不全という形で一気に噴出したのだろう。
 メンテナンスを受けられていれば。機能を使用しなければ。傷が浅ければ。集中砲火を受けなければ。どれか一つでも欠けていたら窮地に立たされることも無かったのだろうが、不運に不運が重なって最悪の事態を招いてしまった。

(いや、これも俺の不注意、油断、未熟さ故か。情けないな。千冬さんに偉そうに言っておきながら、肝心の俺がこの様じゃ、申し訳ないな。本当に、すまない、千冬さん……)

 内心千冬に謝罪する仮面ライダースーパー1だが、爆発で吹き飛ばされると共に変身が解除され、地面に叩きつけられる。

「一也さん! どけ! 邪魔をするな!」

 千冬が一也を助けようとするが、激しさを増した敵の攻撃を凌ぐのに精一杯で、一也には近付けない。

(千冬……さ……)

 薄れ行く意識の中でそれを感知した一也だが、間もなく曖昧になり、限界を迎えて意識を失った。

**********

 和也たちはモニターに出された映像を眺めていたが、仮面ライダースーパー1の変身が解除されて倒れると騒然となる。

「一也!?」
「そんな!?」
「なにが一体どうなっている!?」

 源次郎、ハルミ、義経が映像を見てモニターにかじりつく。

「あいつ、まさか本当は大怪我を……!」

 和也はその様子を見て確信する。黙っていた理由は決まっている。千冬を気遣ってのことだ。

「クソッタレが!」

 千冬が意識のない一也を庇いながら奮戦しているのを見るや、居ても立ってもいられず和也はモニタールームから飛び出していく。

「ならば私も!」
「そうは行くか!」

 続けて残りの面子も飛び出していこうとするが、天井裏から飛び降りてきた男たちに妨害される。

「まだ残っていたか……!」
「いかにも。滝和也はエムが直々に殺したいと所望していたのでな。お前たちまで行かせる訳にはいかん」
「それまで天井裏でこそこそと隠れていたという訳か……そこをどいて貰うぞ!」

 亡国機業の構成員らしき男たちは義経らに構えてみせる。義経と良たちは新たに現れた男たちと戦闘を開始する。
 一方、部屋を飛び出した和也は地下通路に向かう。残されていた一也のもう一台の愛車『ブルーバージョン』に跨がり、エンジンを入れて走り出す。

「クソ、やっぱり化け物みてえなマシンだ! 扱いにくいったらありゃしねえ!」

 悪戦苦闘しながら和也は地上に出ると、スロットルを入れてさらにスピードを上げていく。倒れている一也とそれを庇う千冬を見つけると、ブルーバージョンのブースターを点火する。一番手近にいたオータムに体当たりをかまして吹っ飛ばすが、和也もブルーバージョンから振り落とされ、尻餅をつく。

「いってえ……無事か!?」
「和也さん!? どうして来たんですか!?」
「お前と一也を助けにきたに決まってんだろ!」
「助けにって、相手は専用機、しかも2機もいるんですよ!? 生身のあなたが来たところで……!」
「そんなこと言ってられる場合かよ! 一也を庇いっぱなしじゃ、お前もヤバいに決まってんだろうが!」
「人を無視するとはいい度胸だな、滝和也」

 千冬と和也が言い争っている最中にエムが冷たい口調で割り込み、続ける。

「だが、ありがたく思え。今回は特別に許してやろう。今の私は最高に気分がいい。ようやく貴様と沖一也をこの手で、ねえさんの前で処刑出来るのだからな!」
「ふざけやがって! 俺も一也もみすみす殺されるか!」
「ほざいていろ、ISに乗れぬ負け犬風情が。お前たちでは私やねえさんと同じ土俵に立つすら許されぬと知れ。スーパー1の無様な姿を見てみろ。いくら意気がっていても所詮は負け犬の一匹。軍隊やIS学園でぬくぬくと馴れ合う雑魚共と違って、我々の敵では無かったのだ」
「そういうことだ! どんな気分だ!? てめえらが頼り切ってた、てめえら負け犬共の最後の希望、マスクドライダーが惨めに負けた姿を見た感想は!? だかな、これが現実さ! 本気を出せば改造人間如きに負ける訳がねえんだよ! バカが!」
「好き勝手ぬかしやがって! 千冬、一也は俺がチェックマシーンで修理させる。それまで持ち堪えられるか!?」
「ええ、その程度ならば余裕です」
「そうはいかないよ、ねえさん。私の狙いはもうそっち死に損ないじゃなくて、滝和也の方なんだから!」

 エムはライフルを和也に向けて発砲する。

「和也さん!?」
「来んな! あいつらはIS使った殺しは禁止されてんだ! ただの脅しだ!」

 千冬を和也が制すると、和也の言った通りビームは地面に着弾して土煙を巻き上げる。

「流石だな、滝和也。負け犬にしては頭が回るらしい。だが逆に言えば、半殺しならば許されるということだ。覚悟するんだな、貴様にもたっぷりと礼をしてやる!」

 エムはナイフを呼び出すと、一也を背負って離脱しようとする和也に突撃する。

「やらせるか!」
「邪魔しないで!」
「こっちはたっぷりと邪魔してやるけどな!」

 千冬が割り込もうとするが、エムはビットを操作してビームを発射し、『偏向射撃』でビームをねじ曲げて行く手を遮る。オータムが砲撃を、四人の女がアサルトライフルを撃って千冬を近付けさせない。

「さあ、私を楽しませてみせろ。私とて一方的になぶり殺しにするのは好かないのでな!」
「よく、言うぜ!」

 エムは左手に持ったナイフで斬りかかる。和也もまたホルスターから電磁ナイフを引き抜き、エムのナイフと打ち合い、斬り結ぶ。最初はなんとかやり合えていた和也だが、所詮は生身の人間、押される一方だ。

「ふん、他愛もない。やはり貴様にねえさんの傍にいる資格はない。貴様たちが醜く、愚かで、弱いからねえさんも汚され、弱くなったん……だ!」
「しまった!?」

 電磁ナイフが弾き飛ばされると、エムは和也にボディーブローを叩き込む。和也の身体が折れると両手を組んで振り下ろし、一也を蹴り飛ばして近くの木にぶつけ、うつぶせに倒れた和也の背中に足を乗せて展開を解除する。そして拳銃を懐から取り出して和也に突きつけ、千冬に叫ぶ。

「動かないで! ねえさん、滝和也の頭をぶち抜かれたくなかったら、『流星』の展開を解除して!」

 すると千冬の動きが止まる。エムは邪悪な笑いを浮かべながら猫なで声で続ける。

「生身での殺しは許可されているって分かるよね? これは脅しじゃないんだよ? ねえさんが無視するなら処分しちゃうんだから」
「千冬、聞くんじゃねえ! こいつには関係ねえ! 最初から俺と一也を殺そうって腹に決まってる! こいつの言うことを聞いても無駄だ!」
「お前に喋る権利などない!」

 和也の叫びを聞くと、苛立った表情で和也の頭のすぐ横に拳銃を発砲する。

「ねえさん! 私が本気だってこと、分かってるよね? これ以上黙ってると、今すぐ殺しちゃうよ?」
「……分かった。私のことは好きにしろ」

 千冬は地面に着陸し、ISの展開を解除する。オータムらもまた着陸し、展開を解除せずに勝ち誇った表情で千冬を嘲り始める。

「本当にバカな女だよ。あんな負け犬を庇って勝機を逃すなんてなあ。所詮『ブリュンヒルデ』なんて、ハッタリだったってことか!」

 オータムは千冬から待機形態の『流星』をひったくる。

「千冬、お前、どうして……」
「ごめんなさい、和也さん……怖かったんです。私が、和也さんを殺してしまうのが……」

 うつむきながら切れ切れに言葉を発する千冬を見て、エムが笑って言い放つ。

「大丈夫だよ、ねえさん。そんなに気にしなくても。これからは、全部私が殺ってあげるから。滝和也も、スーパー1も、偽物の織斑一夏も、研究所にいるカス共も、IS学園のゴミムシ共も、後輩面して色目を使うクズ共も、篠ノ之束とか言う病原菌も。ねえさんに必要ないし、有害で、生きている価値なんかない極悪人共は、みんな私がねえさんに代わってぶち殺してあげるから。だからねえさん、私のこと、マドカって呼んで? 私、ねえさんのためならなんだってするよ? ねえさんを汚す、下劣な大罪人共は、私が断罪して、処刑してあげる。だから私の、私だけのねえさんに戻ってよ。それがねえさんにとって最高の幸せなんだから。だからねえさん、もうそんな悲しそうな顔をしないで? そんな顔をしていたら私まで悲しくなっちゃうから」

 狂気全開のエムの言葉にオータムや他の女はドン引きしている。しかし千冬が俯いたままなのを見ると続ける。

「けど私、悲しいな。妹の私じゃなくて滝和也とか、沖一也とか、織斑一夏とか、研究所の連中とか、学園の雑魚共とか、私たち以外の愚民共を優先している。そんなの駄目だよ、ねえさん。あいつらはねえさんにとってどうでもいい存在なの。有害な存在なの。だから今すぐ手を切って、滅ぼさなきゃならない存在なの。あいつらは一言で言えば有象無象……」
「有象無象だと……!?」
「その声は!?」
「まさか!?」

 エムの言葉は誰かにより遮られる。全員の視線が一斉に集まるのにも関わらず、声の主は続けて話し始める。

「織斑千冬にとって、貴様以外全てが、有象無象だと……!?」

 視線の先には、怒気を放ちながらエムを睨み付ける一也の姿がある。
 怒気に気圧されるエムやオータムらを無視し、一也はゆっくりと、しかし着実にエムへと歩み寄る。エムは一也に拳銃を向けて発砲するが、一也は意に介さず近付き、エムに対してゆっくりと口を開く。

「やらせるものか……貴様が有象無象と言った人たちは、千冬さんにとっては、大切な人たちだ! それを、貴様に奪わせるものか!」

 一也は右腕の肘から先を垂直に立て、左腕の肘から先を水平に曲げて左手を右肘に添えて構える。

「ぬかせ! 貴様のような死に損ないが一人で何をしようとしたところで何も変わらん!」
「どうかな? もう一人いるのを忘れたみたいだな!」

 エムは一也に拳銃を突きつけるが、直後に足下からひっくり返されて大きく転倒する。和也だ。いち早く我に返った和也はエムの足を払って盛大に転ばせたのだ。立ち上がった和也は駈け出すと唖然とするオータムから『流星』を奪い返し、千冬に投げ渡す。

「千冬! 一也! さっさと変身しろ!」
「はい! 行こう、千冬さん!」
「え、あ、はい! って、変身ですか!?」
「そうだ! 変身だ!」
「ですが私は……!」
「細けえことはいいんだよ! どうせ見た目が変わるんだから、変身でいいだろうが!」

 我に返った千冬は思わず聞き返すが、結局和也に押し切られる。千冬はネックレスを掲げて、一也は構えを取ってそれぞれ叫ぶ。

「変身!」

 同時に千冬の身体に再び『流星』が装着される。しかし一也の姿は変わらない。

「クッ! 変身機能が!?」
「ハハハハ! 実に滑稽だな、スーパー1。偉そうなことを言っておきながら、姿を変えるすら出来ぬときたか! スーパー1の姿になれぬ貴様など負け犬にも劣る。ただの、鉄屑だ!」

 大笑しながらエムは再び『サイレント・ゼフィルス』を装着し、一也にライフルを向けてビームと実弾を交互に浴びせる。

「スーパー1になれない貴様の相手など、興醒めだ。オータム、そこの鉄屑はお前の好きにしていい。私はねえさんの目を覚まさせる」
「命令すんな! と言いたいところだが、あいつにも借りがあるからな。その話、乗った!」

 エムは一也を鼻で笑うとオータムに一也を任せ、ライフルを乱射しながら千冬へと接近する。オータムは装甲脚を展開して一也に挑みかかる。

「さっきの元気はどうした!? 『ブリュンヒルデ』を守るだと? 笑わせんな! 役立たずの鉄屑が、『ブリュンヒルデ』を守るなんてちゃんちゃらおかしな話だ! 身の程を知りな! 鉄屑なら鉄屑らしく、スクラップ置き場に行けってんだよ!」

 オータムは一也を罵倒しながら装甲脚を次々に繰り出し、砲撃を当てて一也を吹き飛ばす。

「どうだ? 少しは頭が冷えたか、鉄屑が! これに懲りたら大人しく……」

 オータムが満足げに言い放った直後、一也は再び立ち上がって気合いと飛び蹴りを放ち、懐に飛び込んで突きや蹴りの連打を見舞う。

「てめえ、正気か!? あの姿に変れねえのに! 武器もねえのに! 戦う手段なんか残っちゃいないのに! まだ私とやり合おうってのか!?」
「無論だ!」
「調子に乗んな! 姿を変えられないてめえなんぞに、何が出来るってんだ!?」
「確かに今の俺は変身出来ない。だが、指一本でも動くなら、俺はまだ戦える!」
「黙れ鉄屑が! 今のてめえが鉄屑なのには変わりねえんだよ!」

 怒り狂ったオータムは、スラスターを噴かして一也に突撃する。すると一也は腕を胸の前で交差させ、右手を貫手にしてオータムの胸に突き込む。

「赤心少林拳、桜花!」

 威力を一点に集中させ、オータムの突撃の勢いを利用した『桜花』が炸裂すると、シールドエネルギーが一気に削られる。

「馬鹿な!? なんで生身の鉄屑の一撃でシールドが!?」

 オータムは驚愕を隠せないながらも再び装甲脚で一也を突きまくるが、『梅花』で装甲脚の連撃を全て弾き、外に払い、反らし、受け流し、防いでみせる。

「オータム!? あの鉄屑程度に!」
「余所見は!」
「禁物だぜ!」

 エムが舌打ちしていると、千冬と和也がエムと四人の女に挑みかかる。

「非武装のISじゃ、いくらねえさんでも私には勝てない!」

 突撃してくる千冬にエムはライフルを構え、引き金を引こうとする。

「撃ってみやがれ!」
「チッ! 邪魔を!」

 しかし和也が割り込むとエムは舌打ちし、後退する。和也は電磁ナイフを拾い上げて大型拳銃を抜き放ち、蛇矛の女に銃撃を加えながら接近して電磁ナイフで斬りかかる。女は蛇矛の柄で和也を打ち据えようとするが、和也は電磁ナイフを突き立て続ける。

「和也さん、あなた生身なんですからあまり無茶は……!」
「生身だから、さ」

 エムたちを攻め立てながら和也を咎める千冬だが、和也に遮られる。

「生身だからこそ俺が前に出るのさ。こいつらの親玉、スコール・ミューゼルはISを使っての殺し、特に生身の人間を殺すことを極端に嫌って、絶対に認めようとしねえ。おまけに『見境なしの雨』って名前の通り、命令違反には厳しい上、部下の事情なんざ斟酌せず処分しようとしやがる。だから俺を殺せねえのさ。俺を殺したらこいつらが始末されるんだからな。だから俺が盾になった方が却って有効なんだよ。違うか?」
「なぜそれを!?」
「俺が一体何年お前らを追ってきたと思ってんだ? 俺たちインターポールがどれだけ調べて、計画を阻止してきたと思ってる? 俺が何回悪と戦ってきたと思ってる? 幹部連中はともかく、下っ端の考えることなんざある程度読めるんだよ」
「和也さん、ですが……」
「あのな、千冬。俺だって考え無しに飛び出す訳じゃない。『無茶』はしてるが『無謀』になった覚えはない。最初から分かって来たに決まってるだろうが」

 和也は千冬に笑ってみせると大型拳銃をホルスターに収める。今度はスタンガンが仕込まれたナックルを右手に着け、蛇矛の女を殴りつける。女は和也を殺すに殺せないらしく、距離を取ろうとするばかりだ。和也の言う通りらしい。千冬は残りを自分で引き受けることにする。手始めにサブアームで錘を引ったくると、逆に持ち主だった女を滅多打ちにし、女は『絶対防御』を発動させて沈黙する。すかさずライフルを向けるエムだが、千冬は錘を投げ付けてライフルを叩き落とす。

「流石ねえさん、けど私にはまだ!」

 エムはビットを展開してビームを撃つが、千冬はスラスターを駆使して逃げ回ってビームを当てさせない。エムは『偏向射撃』で千冬に当てようとするが、千冬は飛び回って位置を調整すると、ビームが曲がって当たる直前にターンし、切り返すことでビームを女たちに直撃させる。

「そんな!? どうやって!?」
「確かに『BT偏光制御射撃』を使えば、自在にビームの軌道を変えられる。だが精神感応制御、つまり人間の思考を読み取って制御する以上、人間の反射を越えて制御するなど出来ん。お前のような未熟者相手なら、反射や反応の死角を突くなど容易い。ただ、それだけのことだ」

 槍の女を蹴り飛ばし、青龍偃月刀の女に叩きつけ、二人纏めて両掌底で打撃を加え続けながら千冬はエムに冷たく告げる。

「けどよ、一也、お前本当に変身出来ねえのか?」
「はい。チェックマシーンに入らなければ、変身機能が回復しないかと」
「クソ、光太郎が仮面ライダーBLACKに変身した時みたいにはいかねえか……」
「光太郎……仮面ライダーBLACK……そうか! その手があったか! ありがとうございます、滝さん! まだ変身する方法はあるかもしれません!」

 和也が舌打ちすると、一也は何か閃いたらしく和也に一礼する。和也はなぜ感謝されているのか分からない、とでも言いたげな顔をしている。

「あの、滝さん。沖さんは何を?」
「俺にもサッパリわからん。なんか考えがあるんだろうが」
「何をごちゃごちゃと! 鉄屑! 先に貴様から処分してくれる!」

 首を傾げる和也と千冬を余所に、エムは一也に突撃して銃剣で一也に突きかかるが、一也は右上段蹴りで突きを相殺する。

「小癪な!」

 ならばとエムはスラスターを噴かしてタックルを仕掛ける。一也もまた左足で前蹴りを放つと、その反動で高く飛び上がる。

(もし俺の読みが正しければ、最初に変身した時と同じようにやれば、きっと……!)

 空中を高々と舞いながら一也は思案する。
 一也が変身する際の動作は二度変わっている。仮面ライダーを含む一部の改造人間は、人間の姿と改造人間の姿を使い分けられる。怪人の場合は脳改造により脳波制御のみ、もしくは簡単な動作を脳波制御に加えることで姿を変える。しかし仮面ライダーは脳改造を受けておらず、脳波制御で変身することが出来ない。そこで必要になるのが専用の動作、いわゆる『変身ポーズ』だ。
 元々はショッカーが開発した『第二期強化改造人間』において、ベースとなった仮面ライダー1号がベルトに風圧を受けなければ変身出来なかったことから、脳波制御機能に不調が発生した場合、能動的に変身出来なくなることが懸念され、予備として一定の動作でメカニズムを起動させて変身出来るようにしたのが始まりだ。こちらは身体部分の改造だけで済むので、洗脳で事足りる改造人間にもフェイルセーフとして搭載されている。仮面ライダーたちが変身ポーズを取るのはこのためだ。緊急時には簡単な動作で変身出来る場合もあるが裏技のようなもので、闘志を高める意味合いも込めて変身ポーズを取る必要がある。
 体内のメカニズムを起動するという関係上、メカニズムが変わると変身ポーズも変わる。『マーキュリー回路』をセットされて全身に手を加えられた後の神敬介や、太陽光を浴びて『キングストーン』が進化した光太郎がそのいい例だ。
 例外はスーパー1こと一也だ。スーパー1は『呼吸』と簡単な動作で変身出来るように設計されている。もっとも、その呼吸を掴むことが難しく、習得するまでは外部からの変身コマンドで変身していた。呼吸法さえ完全に掴んでしまえば、動作部分は最後に行う両手を前に突き出す動作のみで事足りる。一也の動作が変わっているのは、修行を積むことで呼吸法がより洗練されたからだ。
 現在の一也は変身の呼吸をスムーズに出来る状態ではない。省略された動作では変身の呼吸も、メカニズムの作動も難しいだろう。ならば初心に帰るだけだ。行き詰まった時こそ初心に帰るように玄海老師にも教えられたのだ。着地した一也はエムを指さし、見得を切って言い放つ。

「行くぞ! 変身!」

 一也は両手を胸の前で交差させて円を描くように両手を広げ、垂直に立てた右肘に水平に曲げた左手を乗せる。身体の左側から右側へ動かした後、掌で梅花を作りゆっくりと突き出して反転させる。すると一也の身体が光輝き、変身に成功する。騒然となるエムらに仮面ライダースーパー1は毅然とした態度で告げる。

「最初に言った筈だ。貴様たちの企みを打ち砕くまで、死なないとな」
「ふざけるな! この死に損ないが!」

 エムは仮面ライダースーパー1にビームと実弾を交互に発射する。仮面ライダースーパー1は両腕を着弾地点に滑り込ませてビームと弾丸を弾き、エムへと突っ込んでいく。

「鉄屑が! いい加減に壊れろ!」
「お前たちの相手は、私だ」

 オータムが横から仮面ライダースーパー1に砲撃を浴びせようとするが、千冬が横からオータムを蹴り飛ばし、サブアームを展開して残る三人に突っ込む。蛇矛を持った女が突きを放つが、千冬は上を取って回避すると反重力力翼とPICを微調整し、矛の先端に左足を乗せてふわりと立ってみせる。

「なっ!?」

 振り払おうと蛇矛の女は左右に振り回すが、千冬が先端から離れる気配はない。千冬はスラスターを一気に下方向に噴かして蛇矛の先端を踏み折ると、即座に拳の間合いにまで踏み込む。右拳を固めてストレートを放ち、背中の動きと連動させるように四基のメインスラスターを点火する。背筋は『ヒッティングマッスル』と呼ばれる部分だ。千冬が行ったのはその動きに合わせてスラスターを噴かし、背筋の働きを増幅させる、という理屈は単純だが、実践はまず出来ない技術だ。千冬の右ストレートをまともに受けた女は吹き飛ばされて地面を転がり、沈黙する。

「さすがはねえさん、けどこれ以上は……!」
「甘い!」

 エムは千冬に向けてビットを展開してビームを撃つが、千冬はあっさり回避する。入れ違うように仮面ライダースーパー1が間合いに入り、拳打や掌打でエムを打ち据える。

「いくら貴様とて、これなら!」
「そうはいかない!」

 エムはライフルを盾にして仮面ライダースーパー1の打撃技をしのぎ、ビットを仮面ライダースーパー1の背後に回り込ませてビームを発射する。しかし仮面ライダースーパー1は背面飛びで離脱し、ビームが発射されてエムに直撃する。

「そんな!? こんなことが……!」
「お前の殺気を読んだ。これも前に言った筈だ」

 仮面ライダースーパー1は冷徹に告げるが、着地と同時にオータムからの砲撃を受ける。

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」

 仮面ライダースーパー1は冷熱ハンドに腕を変えようとするが、やはり変わらない。

「冷熱ハンドも無理か……!」
「ざまあねえな! 飛び道具さえなけりゃこっちのもんだ!」

 オータムは仮面ライダースーパー1に向けて砲撃を続ける。仮面ライダースーパー1はもう一度腕を変える動作を行う。

「チェーンジ! レーダーハンド!」

 すると今度は両腕が金色の『レーダーハンド』へと変わる。しかしオータムは慌てた様子を見せない。

「レーダーハンドはまだ生きていたか!」
「ハッ! てめえのその腕がただのレーダーだってことは知ってんだよ! そんなもんが使えたところで何の意味も……」
「レーダーアイ、発射!」

 オータムの嘲笑を遮るように、仮面ライダースーパー1は腕を向けて『レーダーアイ』を発射する。するとレーダーアイがオータムに直撃して大爆発が発生する。レーダーアイは発射することで半径10km圏内の様子を調べられるが、武器としても使える。威力も馬鹿にならず、至近距離からの発射でジンドグマの怪人に致命傷を与えた程だ。オータムは地面に叩きつけられるが、再び立ち上がる。仮面ライダースーパー1が追撃しようとするが、エムのビームと実弾の連続射撃に阻まれる。同時に槍を持った女が仮面ライダースーパー1へ突撃し、オータムも装甲脚で仮面ライダースーパー1に殴りかかる。

「チェーンジ! パワーハンド!」

 仮面ライダースーパー1は両腕を赤い『パワーハンド』に変えると右手で槍を、左手で装甲脚を受け止め、しっかりと握りしめる。オータムと女は引き抜こうとするがびくともしない。逆に仮面ライダースーパー1が力を込めると槍の穂先が粉砕され、装甲脚の先端部分がひしゃげる。仮面ライダースーパー1はオータムへ向かい、オータムが繰り出す装甲脚を掴んでは先端部分を引きちぎっていく。

「クソっ! なんて馬鹿力だよ!?」
「オータム! 後退しろ! 今のお前では足手まといにしかならん!」
「なんだと!?」
「ならばその脚で何が出来る!? それでねえさんを相手にしても勝ち目などあるものか!」
「ぐっ……!」

 オータムはエムに食ってかかろうとするが、エムの言っていることは事実だ。装甲脚の先端部分は全て喪失した。砲撃は使えず、打撃の威力もリーチも落ちている。この状態では犬死するだけだとオータムも理解している。

「悔しいが、今日の所は見逃してやる! だが次はこうはいかねえからな!」

 オータムは捨て台詞を残すと戦場から離脱する。仮面ライダースーパー1と千冬は追いかけようとするが、エムの放つビームと槍からアサルトライフルに持ちかえた女に阻まれる。青龍偃月刀を持った女が『瞬時加速(イグニッションブースト)』を使って千冬に突撃し、叩き落とそうと青龍偃月刀を振り上げる。

「落ちろ! 『ブリュンヒルデ』!」

 千冬は慌てず一度胸の前で両手を組み、右手を貫手にして突き出す。すると女の突撃の勢いも乗せた貫手が女の胸に直撃し、女は『絶対防御』を発動させて地面へ落下していく。

「今度は桜花か!」

 仮面ライダースーパー1は感嘆しながらビームと鉛玉を両腕で防ぎ続ける。

「ブルーバージョン!」

 仮面ライダースーパー1はブルーバージョンを呼ぶと、攻撃の手が緩んだ隙を突いて飛び乗り、女に向けて走り出す。

「スーパーライダーブレイク!」

 空に飛び立って逃げようとする女だが、仮面ライダースーパー1はブースターを使って体当たりをしかけ、直撃した女は大きく撥ね飛ばされて動きが止まる。
 一方、千冬に接近戦に持ち込まれたエムだが、咄嗟に両手でサブアームを掴んで千冬の動きを止める。すぐにビットを千冬を取り囲むように設置し、砲口を千冬へと向ける。

「終わりだよねえさん! この距離なら何も出来ないね!」
「いや、出来る!」

 ビームが発射されそうになると、千冬はサブアームの接続部分を爆破してサブアームを排除する。同時に後方への『瞬時加速』を使いビームの雨から逃れる。『流星』のサブアームは、『白騎士』の事故を教訓に分離ボルトで接続部分を切り離せるようになっている。
 千冬と入れ違いになるように仮面ライダースーパー1が踏み込み、蹴りの連打をエムに浴びせて一旦着地する。エムもまた仮面ライダースーパー1から距離をとって睨み付け、罵る。

「なぜ、そこまで戦える!? ISに乗れない男の分際で! 地べたを這いずり回るしか能のない地虫の分際で! なぜ私とここまで戦える!?」
「決まっている。守る力は奪う力に負けはしない。貴様が千冬さんから奪おうと欲する限り、俺を止めることは出来ない!」
「笑わせるな! 貴様と、貴様が守ろうとしているそいつらこそが、私からねえさんを奪ったんだ! 私はねえさんを取り戻そうとしているだけだ!」
「そのために大勢の命を奪うのか? 千冬さんの意志すら奪うのか? 仮に話が本当だとして、自分だけのために大切なものを奪われ、苦しむ人間を増やすのか?」
「知ったことか! 貴様は筋金入りの極悪人らしいな。貴様、ドグマに国際宇宙開発研究所の仲間を殺され、赤心寺の同門も殺されたのだろう? なぜ私の気持ちが分からない!? 貴様とてドグマが憎かっただろう!? 復讐したいと思っただろう!?  そのために戦っていたのだろう!?」
「否定はしない。憎いと思っていないと、復讐を考えたことが無かったと言えば嘘になる。だが俺は断じて憎しみで、復讐のためだけになど戦っていない。俺は同じ目に遭う人間を出さないために、自由と平和、夢を奪わせないために戦ってきた。これからも俺はそのために戦い続ける。それが、俺の正義だ」
「黙れ黙れ黙れ! 貴様は人間性すらも失ったらしいな、この偽善者が! 人間は自分の感情を捨て、他者のた、えに戦えるものか! 貴様も怪人と同じ改造人間! 自己と感情を捨て! 本来の目的すら見失い! 口から偽善を垂れ流し続ける貴様は、偽善者でも、鉄屑ですらない。この、怪物(モンスター)が!」
「そうだな、俺の身体も怪人と同じだ。感情に流され、感情の赴くまま、己を第一にして動くのも人間だ。貴様の生き方も、一つの生き方だろう。俺の方こそ人間ではない怪物なのかもしれない」
「だが、この身体は人類の夢のために創られた。この拳は、悪から人を護るために授けられた。この魂は人類の自由と平和を守るために宿された。それが俺だ。俺は、俺だけのものではない。だから俺は戦える! そのためなら俺は怪物で、同族の血潮に塗れた、怪物殺しの怪物で構わん!」
「話にならん! 私のためにここで死ね!」

 エムはライフルを構えて仮面ライダースーパー1を撃つが、仮面ライダースーパー1は高々と飛び上がり、空中で型を決める。

「スーパーライダー閃光……!」
「決めさせるか!」

 しかしエムがビットとライフルからビームを仮面ライダースーパー1に浴びせ続け、瞬時加速を使って仮面ライダースーパー1の上をとる。

「飛べない貴様では、どうしようもあるまい!」

 エムは勝ち誇りながら、ビームの雨を仮面ライダースーパー1に浴びせ続ける。しかし仮面ライダースーパー1の目の前に大ジャンプしたブルーバージョンが現れる。

「滝さん!?」
「ジャンプくらいなら慣れれば楽勝さ。それより跳べ! こいつを使ってな!」
「はい!」

 和也の言わんとしている事を理解した仮面ライダースーパー1は、ブルーバージョンの後部に片足をかける。そして『重力制御装置』を作動させて再び跳躍し、またしてもエムの上を取る。
 
「馬鹿な!?」
「あいつが惑星開発用改造人間だって忘れてたか? 間抜けが」

 仮面ライダースーパー1は重力制御装置を併用すれば、ジャンプだけで重力圏を離脱することが出来る。ブルーバージョンを踏み台にして再上昇するなど、朝飯前だ。

「スーパー!」

 仮面ライダースーパー1は再び技を放つべく空中で型を決める。

「だったら叩き落として……!」

 エムは全ビットとライフル、ガトリングを仮面ライダースーパー1に向ける。全火力を仮面ライダースーパー1へと集中させ、技を放たれる前に叩き落とそうとする。

「ライダァァァァ!」

 仮面ライダースーパー1は構わずに型を決め終えると、今度は『重力制御装置』をフル稼働させ、空中で宙返りをして遠心力をつける。

「ならば!」
「逃がすか!」
「ねえさん!? 離して! この! この!」

 エムは後方に逃れようとスラスターを噴かすが、背後から千冬に羽交い締めにされる。エムはもがくが、千冬は離れる気配はない。スラスターを使って千冬ごと後退しようにも、千冬がスラスターを噴かして相殺し、エムは空中で動くに動けない状態になる。

「月面!」

 全身至る所にビームを浴びせられ、黒焦げを作りながら仮面ライダースーパー1は飛び蹴りの体勢に入る。『重力制御装置』を使ってエムに急降下を開始する。

「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!」

 エムは千冬に押さえ付けられても仮面ライダースーパー1を叩き落とそうと足掻き、エネルギーアンブレラを前面に展開する。千冬がエムを解放した直後、いきなりエムの身体が見えない力で押さえこまれ、身動きできなくなる。

「これは、重力波!?」

 それが重力制御装置を使った重力波であると悟ったエムに、仮面ライダースーパー1が右足を向けて渾身の飛び蹴りを放つ。

「キィィィィィィック!」

 仮面ライダースーパー1の右足は『エネルギーアンブレラ』を一撃で粉砕し、とっさにエムが盾にしたライフルを寸断してエムへ炸裂する。エムは意識を刈り取られると同時に大きく吹き飛ばされ、『絶対防御』を発動させながら地面に落下する。しかし直前に何かが横から飛び出してエムを拾い上げ、上空へと舞い上がる。

「ぐうっ……!」

 仮面ライダースーパー1も地面に着地するが、ダメージが大きいのか右膝を地面に着く。しかし仮面ライダースーパー1は乱入者を睨み、再び立ち上がると構え直して対峙する。千冬と和也も仮面ライダースーパー1の横に立つと乱入者と正対する形になる。
 乱入者はISだ。全身を黒いゴツゴツとした装甲に覆われ、顔面部分も西洋の兜のようになっている。ただ、長い金髪と目のみは露出している。その横に倒された5人を抱えた別のISが並んで滞空する。エムを抱えた乱入者は1機へと話しかける。

「到着するのが少し遅かったみたいね、オータム。あれほど無理はするなと、不利になったらすぐに撤退しなさいと注意したでしょ?」
「悪い、スコール。けど滝和也の野郎がスコールのことをけなしたからつい頭に血が昇って……だから、その……」
「貴女らしいと言えば貴女らしいわね。大丈夫、貴女を嫌いになんかならないわ。 そういう所も含めて貴女とは恋人になったんですもの」
「う、うん、ありがとう、スコール……」
「誰かと思えば溝鼠の親玉のお出ましか、スコール・ミューゼル。道理でさっきから犬小屋の匂いがプンプンしてるわけだ」
「またお会い出来て光栄だわ、滝和也。私、鼠もそこまで嫌いじゃないわ。あなたと違って、愛嬌があって可愛い顔をしているもの」

 乱入者は亡国機業幹部のスコール・ミューゼルだ。オータムから話を聞き、救援にやってきたのだろう。スコールは千冬と仮面ライダースーパー1を一瞥する。

「貴女と話すのは初めてね、『ブリュンヒルデ』、織斑千冬。素直にお見事、とだけ言っておくわ」
「懲りる気配はなさそうだな、スコール・ミューゼル。生憎だが、『流星』のコアをくれてやる気はない」
「随分な自信ね、けど今の貴女では私には勝てないわ。機体性能に差があり過ぎる。それに、隣の手負いのスーパー1を放っておけるのかしら?」
「心配しなくていい、千冬さん。俺はまだまだ戦える。スコール・ミューゼル、来るなら来い!」
「残念だけど、私は酔狂でないし、暇でもないの。ただスーパー1の顔を見ておきたかっただけ。いずれまた会えるわ。戦うのは、その時よ。それじゃ、ごきげんよう」

 スコールは直後にナイフらしきものを投げつけ、地面突き刺さると閃光が仮面ライダースーパー1達を包みこむ。仮面ライダースーパー1の視界が戻ると、スコールたちの姿はすでにない。
 仮面ライダースーパー1が変身を解いた途端、足が縺れて倒れこみかけたところで和也が支えて肩を貸す。

「ったく、お前も無茶しやがるぜ。見ろ、千冬がご立腹だ」

 和也が顎でしゃくって示すと、確かに『流星』の展開を解除した千冬が不機嫌そうな顔で一也を見ている。

「私が言いたいことは、分かりますね?」
「面目ない……」

 一也が観念して大人しくなると、千冬は一夏や和也に行っているような説教を開始するのだった。

**********

 戦線から離脱したスコールらはISの展開を解除し、待機させておいた車に乗り込んでエンジンをかける。運転するのはオータムだ。意識のないエムは後部座席に寝かせ、スコール自身は助手席に座っている。ハンドルを握って道を走らせながら、オータムはスコールに話しかける。

「スコール、いいのか? 『流星』のコアも、『ブリュンヒルデ』もそのままにしておいて。特に『ブリュンヒルデ』は今始末しておくか引き入れるかしないとまずいんじゃないか?」
「別に構わないわ。インターポールの注意が日本に向いて、『マスクドライダー』を日本に釘付けにいたお陰で、ようやく私以外のメンバーが集合出来たんだもの。首尾は上々と言えるわ」

 オータムの言葉にもスコールは特に気にしていない風に答える。一連の作戦はそれぞれ別の目的もあるが、インターポールの注意を惹き、マスクドライダーを一ヶ所に釘付けにすることで、スコールを含む亡国機業の最高幹部が会合に出席出来るようにする陽動としての側面もある。それぞれの作戦は失敗しているが、陽動として見ればむしろ大成功と言っていい。マスクドライダーの対処には最高幹部が当たる場合も多かったので、最高幹部が持ち場を一旦離れることが出来たのは大きい。

「けどスコール、なんで今度の会合は全員出なきゃならないんだ? いつもなら二、三人くらいは委任して済ますだろ?」

 続けてオータムはスコールに疑問をぶつける。
 亡国機業の最高意志決定機関、『幹部会』の会合では忙しい幹部は代理を立てて済ませる場合が多い。幹部間の意見調整は事前に議長役を務める最高幹部『アスクレピオス』が中心となって行われる。会合の一月前には大体の議題が提示され、各幹部の意見を集約した上で、最高幹部13人の会合によりおおまかな方向性が決定されて各幹部に伝達される。
 会合で行われるのは追認や補足、具体案の策定くらいで、後は各幹部からの報告や緊急性のある問題が提示されるくらいだ。それならば代理でも十分務まるので、大抵幹部候補の中でも特に有望な者が、幹部として経験を積ませる意味合いも兼ねて代理に任命される。流石に最高幹部の会合で代理の出席は認められないが、やはり事前に『アスクレピオス』が意見調整を行う。方向性や大まかな部分は会合前には合意がなされ、実際の会合ではもっと個別の部分を突っ込んで議論する。
 そのため特に妥協出来ない部分がなく、かつやむを得ない理由で会合に出席出来ない場合、意見の骨子を添えた上で『アスクレピオス』に委任する、という形で欠席を許される。特にマスクドライダーとの戦いが激しさを増すと、最高幹部が現場に釘付けになることも多く、最高幹部間の会合ですら全員集合しないことが珍しくなくなった。オータムの疑問はその点を踏まえてのものだ。伊達にスコールの直属の部下として選抜されている訳ではない。

「事前にどんな議題かすら提示されなかったことを考慮すると、余程重要な事項を決定するんでしょうね」

 オータムの疑問に対してスコールは顎に手を当てて推測を述べる。
 今回は『アスクレピオス』から急遽最高幹部の会合を行うことと、委任は認めないことだけが連絡され、何を議題とするのかは一切教えられていない。スコールが同じことを経験したのは最高幹部なりたての頃、マスクドライダーと亡国機業が本格的に交戦を開始し、大幅に組織の戦略を変更する必要があった時だけだ。これに限らず、特に重要な議題と『アスクレピオス』が判断したものについては情報漏洩のリスクを少しでも減らすため、事前にスコールたちに議題が提示されない場合がある。恐らく今回のケースもそれだろう。

「なんにせよ、それを考えるのは後ね。少し急いで頂戴。他の12人をいつまでも待たせる訳にはいかないもの」

 スコールを乗せた車はスピードを上げて道の向こうへと消えていった。

**********

 太陽が西に沈み、星と月が顔を出している空の下。一也と千冬、それに和也が立っている。ただし、一也は自力では立てないのか和也の肩を借りている。

「いいですか、一也さん。あなたの身体はあなたの言った通り、あなた一人のものではないんです。ですからあんな無茶は二度と、絶対に、誓ってしないで下さい。私もこっちの不真面目な方も心配したんですから。それに万が一、一夏があなたの真似したらどうするんですか?」
「いや、本当にすまない。いくら反省してもし足りないくらいだ。これからは誓って、このような事態を招かないように、もっと精進するよ」
「いえ、気をつけてくれればいいので、精進はしなくてもいいんですけど。それと、和也さん」
「なんだ?」
「なにかな?」
「失礼しました。滝さんの方です。あなたもあんな無茶しないで下さい。また。あの時みたいに大怪我したいんですか?」
「だから悪かったって。というかお前、俺にも一也にも同じことばっかり言ってねえか?」
「あなたたち二人が何回言っても同じことを繰り返すからです。特にあなたは、私がどれだけあなたに振り回されて、どれだけ苦労しているか分かってますか? いい加減さも不真面目さも少しくらい直して下さい。それと、私の寝言は他言無用です」
「最後は余計だろうが! 分かったから、さっさと解放しちゃくれねえか? 耳にタコが出来ちまう。と言うか、いい加減に一也をチェックマシーンに入れてやりたいんだが」
「分かってない!」

 千冬は二人の『カズヤ』に説教している。根は真面目な一也は何回同じことを説教されても、その都度きちんと反省の意を示しているのに対し、根は不真面目な和也は返事がどんどん適当になってきている。そして和也が何か言いかけたのを千冬が遮り、続ける。

「大体あなたはなんで無茶ばかりするんですか!? あなたは怪我しようが何しようが満足なんでしょうけど、それを見てる私がどれだけ気が気でないか分かりますか!? 怪我した時、どれだけ心配したか分かりますか!? 普段から私には迷惑かけてばかりなんですから、せめて私に心配だけはさせない下さい!」
「千冬……」
「和也さん、私、そんなに頼りにならないですか? あなたがいつも生身で無茶しなきゃいけないくらい、頼れない存在なんですか? そうなら、ちゃんと言って下さい。もし違うなら、もっと私のこと、頼って下さい。私も、頑張りますから」
「すまねえ、千冬。確かに俺はお前に頼るまいと意地を張り過ぎちまってたみたいだな。だったらこれからは遠慮なく頼らせて貰うぜ。だからよ、そんな泣きそうな顔すんなって」
「……泣きそうな顔なんか、してません」
「隠しても無駄だ。言っただろ、お前は似て欲しくねえ部分が本郷に似てんだよ。あいつもお前みたいに、目で分かるんだよ。泣きそうになってるってな」
「ですから、泣きそうになってなんかいません。別の意味で泣きたくなったことならありますけど、それとは違います」
「へいへい、気遣い無用って訳かよ。なら安心したぜ。こっちだってお前のブラコンのお陰で、一夏君の将来を思うと涙が出てくるってのによ」
「安心して下さい。あなたや一文字さんが余計なことを吹き込まなければ一夏は大丈夫です。と言うかあなた、私の見てない所で一夏にエ……その手のいかがわしい本持ってるのか、聞いたらしいじゃないですか!?」
「別にいいじゃねえか! 一夏君だって一冊や二冊くらい、持っててもおかしくない年頃だろうが!」
「本当に、二人ともいい加減素直になれば……うっ……!」
「一也さん!?」
「っと、話題が逸れまくってたから忘れるかと思った。こいつの怪我も酷いし、さっさと研究所戻ろうぜ?」

 和也と千冬を見て苦笑する一也だったが、怪我の影響で膝が崩れかける。

「一也!」
「一也さん!」

 直後に源次郎、ハルミ、義経が一也に駆け寄ってくる。

「一也さん! 良かった! 無事じゃないけど生きていてくれて……」
「心配かけたな、ハルミ。けど大丈夫さ。俺は絶対に負けはしない。滝さんや千冬さん、それに皆がいてくれるんだ。勿論ハルミ、お前もな。ハルミがいたから俺は戦えた。お前がいるから戦い続けることが出来るんだ」
「一也さん、私……」
「一也! なんだそのザマは!? 情けない! 傷のような傷を負って師に顔向け出来るのか!?」
「義経、ありがとう」
「え?」
「厳しく指摘してくれるってことは、それだけ俺を大切に思ってくれているって証拠だろ? 玄海老師が俺を厳しく、それでいて愛情を持って指導してくれたように。だから今は未熟だけれども、必ずお前の期待に添えるようになる。そしてお前をずっと守っていけるくらいに、強くなるさ」
「ずっと、だと?」
「ああ、ずっとだ。死が二人を分かつその時まで、お前をこの二本の腕で守り続ける。今は未熟な俺には無理かもしれない。けどお前の期待に応えて、必ずそれが出来るだけの男になってみせる」
「フン、分かればいいんだ、分かれば……」
「なあ、千冬」
「その先は言わないで下さい。言わなくても分かります」
「一夏君のあの鈍感さを見たとき、誰かに似てるなって思ってたんだが……」
「ですから、言わないで下さい」
「一也に似てる、違うかい? 確かに昔から一夏君にもそんな素質があった気がしていたけど」

 一也とハルミ、義経のやり取りを見ていた和也と千冬の会話に源次郎が割り込む。そんな話をしているとは露知らず、一也は源次郎へと向き直る。

「ご迷惑をおかけしました、おやっさん」
「気にしなくていい。それより一也、早く研究所に戻ってやってくれないか? チョロたちも首を長くして待っているし、お前の同僚だって、家族と再会した後は真っ先にお前の安否を聞いてきたんだ。だから、早く戻って安心させてこい。それにお前もチェックマシーンに入った方がいいだろう」
「はい。滝さん、すいませんがお願いしてもいいですか?」
「構わねえさ。それくらいならな」

 二人の『カズヤ』は肩を組んだ状態で研究所に向けて歩き始める。見ていた源次郎、千冬、ハルミ、義経だがハルミが口を開く。

「けど一也さん、いくらなんでも女泣かせ過ぎよ。さっきの台詞だって、そんな意味じゃないって分かっていても、一瞬期待しちゃったし」
「まったく、しかも本人は全く悪気がない上、大真面目なだけになおさらタチが悪いな。だから『女の敵』なのだ」
「今回ばかりは義経さんに同意します。一夏に会わせるのが本格的に不安になってきました。もし一夏があの部分まで影響されてしまったらと考えると……」
「ハルミ、義経さん、千冬さん、そればっかりは許してやっちゃくれないか?」

 一也の鈍感さにぼやく三人に源次郎が言う。

「あいつは恋をするには、大切な人を失い過ぎちまったんだ。俺たち全員、一也にとってはようやく守れた家族で、仲間なんだ。だからそれだけは、我慢しちゃくれないか?」
「分かってますよ、マスター。そんな一也さんだからこそ、私も好きになったんですから」
「それに惚れた弱み、というヤツです。許すもなにも、私もハルミさんもそこも含めて惹かれたのですから」

 源次郎の言葉を聞いてハルミと義経はそれぞれ笑って答える。千冬も同意するように頷く。直後に義経が千冬に話を振る。

「ところで千冬、お前はどちらの『カズヤ』がいいのだ?」
「ですから、私は沖一也さんとも、滝和也さんとも、断じてそのような関係ではありませんし、なりません。第一私には一夏が……」
「もう! それは無しよ、無し。だったらもし二人の内、選ぶとしたらどっち? 要するにどっちがマシかって話ね」
「その選択肢では究極の選択というか、最早罰ゲームじゃないですか」
「ほう、一也を外れ呼ばわりするか。まあいい。私としては一也がお前にとって外れであって欲しいのだがな」
「義経さん……とにかく! ここは敢えて選ぶとしたら、よ。さあ、どっち?」
「敢えて、ですか、そうですね。敢えて選ぶとしたら――」

「おやっさん! ハルミ! 義経! 千冬さんも早く!」
「千冬! さっさと戻らねえと、一文字が一夏君になに吹き込むか分からねえぜ!?」

「――キカズヤさん、ですかね」
「ごめんなさい、もう一回お願いしてもいいかしら?」
「嫌です。本当に罰ゲームじゃないですか」
「そこまでにしてやれ、ハルミ。俺たちも行こうか。ミイラ取りがミイラになったんじゃ洒落にならんからな」
「ええ。一夏に変なことを吹き込まれてはたまりませんから」

 源次郎、ハルミ、義経、千冬もまた研究所に向けて歩き始めるのだった。



[32627] 第十九話 魔眼の三姉妹(ゴルゴーン)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:18
 IS学園の敷地内に一台のバイクが停車する。乗っているのはジャケット姿の男とスーツ姿の女性だ。二人はヘルメットを脱ぐと歩き出し、校舎へと入っていく。

「では、私は報告があるので」
「おう、また後でな」

 スーツ姿の女性こと織斑千冬にジャケット姿の男こと滝和也は一旦別れを告げ、校舎を歩き始める。
 和也がIS学園に入れるのは、『亡国機業(ファントム・タスク)』がIS学園を襲撃するという情報がインターポールからIS学園に通知されたことに由来する。IS学園の戦力は充実している。生徒にロシア国家代表操縦者の更識楯無がいるし、代表候補生も数人いる。代表候補生の大半、それに織斑一夏と篠ノ之箒が専用機持ちだ。教師には千冬を筆頭に元日本代表候補生の山田真耶など、元代表候補生や元国家代表クラスが少なからずいる。IS学園を正面切って落とせる組織などほぼ存在しない。亡国機業という例外を除いて。
 亡国機業最高幹部の一人、スコール・ミューゼルは楯無を部分展開だけであしらうなど、IS操縦者として非常に高い実力の持ち主だ。さらにスコールと同格の最高幹部があと11人もいる。もし最高幹部が全員襲撃してきた場合、IS学園だけでは対抗出来ない。千冬や真耶なら最高幹部相手でも問題なく戦えるだろうが、数が違う。仮に勝てても被害は甚大だろう。それに最高幹部には直属の部下がいる。特にスコールは専用機持ち二人を部下としている。腕も複数の代表候補生と渡り合える程だ。しかし『外部不干渉』の国際規約で、外部からの援軍は期待できない。
 そこでIS学園の支援に動いたのがインターポールだ。『リヨン条約』の規定に基づき、インターポールは捜査名目でIS学園に干渉出来るので援軍を送ることにしたのだ。とはいえインターポールが直接戦う訳ではなく、仮面ライダーの力を借りる必要があったのだが。故に和也が仮面ライダーたちを迎えに行き、佐久間ケンがIS学園や関係機関との連絡調整に当たっていた。沖一也が学園までやってくれば、和也の仕事は終わりだ。

「お疲れ様です、和也さん」
「佐久間か、お前こそお疲れさん」

 途中で背後からケンが声をかけると和也は振り向いて答える。

「沖一也さんは間もなく到着すると連絡が入りました。到着次第私は本部に戻りますので、引き継ぎはその時に」

 ケンは仕事の引き継ぎについて簡潔に告げる。仮面ライダーが全員学園に到着した後は、和也が学園や関係機関との調整に当たることになる。今度は一組の少年少女が玄関から入ってくると、和也の姿を見て声を上げる。

「あ、滝さんだ」
「お帰りなさい、滝さん」
「弾君、蘭ちゃん、どうしてここに?」

 五反田弾と五反田蘭の兄妹だ。五反田兄妹と和也は幽霊騒動以来の仲だ。弾が亡国機業に拉致された時も和也が弾の救出に動いている。ただ二人ともIS学園関係者ではない。それがなぜ学園に入ってきたのか。疑問に思っていた和也にケンが続ける。

「私が招き入れました。先輩にどうしてもお礼が言いたいとのことでしたので」
「先輩……風見か。佐久間、布仏本音って娘から亡国機業や無人ISの襲撃があったって聞いたんだが、それと関係あるのか?」
「その通りです」
「亡国機業の方は私も当事者、というか被害者なんですけど」

 和也が思い当たる節を述べるとケンが頷き、蘭が苦笑して鼻頭を掻きながら付け加える。

「蘭ちゃんが!?」
「ええ。というか蘭だけじゃなくて一夏も巻き込まれたんですけど」
「あいつらまだ懲りてなかったのか! まったく、今回ばかりは風見様々だぜ」
「そんな大したことはしていませんよ、滝さん」
「風見さん!」

 右拳を左掌に打ち付ける和也だが、校舎の奥から一人の男がふらりと現れる。弾と蘭は嬉しそうに男に駆け寄る。
 男の名は風見志郎。猛の後輩にして、猛と一文字隼人により改造手術を施された『3人目』だ。そして幽霊騒動で蘭を保護したのも志郎だ。

「よ、風見。蘭ちゃんはまたお前に助けられたらしいな」
「ええ。詳しいことはケンから話して貰うつもりでしたが、丁度いいのでここで話しましょうか。あれは滝さんが茂を迎えに行っていた日のことなんですが……」

 すると志郎は和也に向けて一連の事件の経緯を話し始める。弾や蘭、ケンもまたそれに乗る形で語り出す。
 これは和也の不在時の起きた二つの事件のうち、二人の妹と一人の弟、そして一人の姉と二人の兄が巻き込まれた事件の話――

**********

 午前11時の『五反田食堂』。店内では志郎とケンがテーブル席に向かい合って座っている。志郎は新聞を読んでいたが、読み終えると畳んで元の場所に戻しておく。

「『デュノア社』再建計画もいよいよ大詰め、か。株価も上向いてきたし、志度博士が自由の身になるのも近いな」
「先輩、やはり株主として気になりますか?」
「勿論。それに彼、いや彼女は筑波洋の『妹』なんだろう?」

 志郎とケンが話しているのはフランスのIS製造・販売企業『デュノア社』のことだ。新型機開発に出遅れていたデュノア社は、他国の新型機データ入手と自社の宣伝、そして一夏と専用機のデータを盗むために社長の実娘を男装させ、世界で2番目の男性IS操縦者『シャルル・デュノア』に仕立て上げてIS学園に送り込んだ。だが真相がIS学園に発覚し、IS学園がフランス政府とデュノア社に厳重な抗議をした結果、国際IS委員会がデュノア社を処分し、フランス軍要人とデュノア社役員が引責辞任する一大スキャンダルにまで発展した。『デュノア・スキャンダル』と呼ばれる一連の事態は制裁金と監査役の派遣で決着したが、デュノア社の株価暴落を招いた。ただ現在では監査役の志度敬太郎や新経営陣の努力もあり、業績や株価も上向いてきている。敬太郎が監査役の任を解かれるのも近いが、その頃にはだいぶ持ち直しているだろう。
 この『デュノア・スキャンダル』には志郎も一枚噛んでいる。社長抜きで行われた緊急株主総会に出席し、レオンの辞任などを骨子とした再建計画に賛成したのだ。元々は定例株主総会の予定だったが、前日に役員から密かに志郎を含む株主に通達されていた。その日に『シャルル・デュノア』と筑波洋が出会っているのだが、志郎が洋との一件を知ったのは後に話を聞いてからだ。

「ですが『倉持技研』だけでなく、デュノア社の株まで所有していたとは驚きですよ」
「情報源は多いに越したことはないからな。突き合わせて検討すれば色々と見えてくる」

 志郎は日本の半官半民のIS開発企業『倉持技研』や、量産機の世界シェア1位を誇るアメリカの『アナハイム・インダストリアル』、イギリスの企業集団『オルコット・グループ』傘下で世界シェア4位の『オルコット・インダストリアル』など、主要なIS関連企業の株を一通り所有している。特に倉持技研は志郎も出資者の一人として設立に携わり、、個人株主としては一番多くの株式を保有している。デュノア社にも創業者のジャン・デュノアとは生前懇意にしており、それなりの株式を持っている。
 志郎が株式を保有しているのは収入源だけでなく、情報収集と人脈作りを目的としている。実家がそれなりに裕福で、母方の祖父が稀代の相場師だったことから、家族が『デストロン』に殺害された後、祖父の遺産まで志郎の手元に転がり込んできた。中には祖父が購入した大量の株式もあった。最初は相続を放棄しようかとも考えた志郎だが、残された自分が後始末まで放棄しては申し訳ないと考え直し、遺産を全て相続した。
 最初はろくな運用もしなかった志郎だが、『ゴルゴム』との戦いが契機となってその考えを改めた。ゴルゴムは政界や財界に多くのメンバーやシンパを抱えており、情報源に乏しい志郎たちは情報戦や謀略戦でゴルゴムに苦杯を嘗めさせられた。結果として後輩の南光太郎を援護できずに一度は死なせ、日本も一時ゴルゴムに占領される苦い経験をした。そこで亡国機業と戦うために志郎は自らの資産を使い、財界に情報網を築くことにした。IS関連企業の株式保有もその一環で、株価や配当など二の次だ。むしろ得られる情報に投資家や資産家、企業関係者、軍や政府の関係者との情報交換や人脈作りが重要だ。だからこそ株価が暴落してもデュノア社株を買いに走ったのだが。
 成果は上々で、亡国機業の動きを最初に掴んだのは志郎だ。敵もダミー企業やメンバーなどを介し経済活動を行っており、資金の引き上げなどを行えば関係者の間でも憶測などが広がる。志郎は築き上げた情報網を駆使して収集・分析し、亡国機業が大きく動くと判断するとインターポールに情報を提供したのだ。副産物として、主に篠ノ之束関連の情報も集まってきている。

「ところでケン、『三姉妹』の話は本当か?」
「ええ。『ゴルゴーン・シリーズ』らしきISをこの街で見失ったという話ですので、可能性は高いかと」

 『ゴルゴーン・シリーズ』とは米英仏独の四国が、第3世代IS開発の促進を目的に共同開発した4機のISだ。いずれも第3世代技術を試験的に搭載しているのが特徴だ。まずアメリカで『ゴルゴーン・シリーズ』1号機となる『アラクネ』が開発された後、イギリスで2号機の『ステンノー』、フランスで3号機の『エウリュアレー』、ドイツで4号機の『メドゥーサ』が開発された。それらの稼働データは第3世代機開発に役立てられ、機体は各国で保管された。後に全機亡国機業に強奪され、『アラクネ』はスコール・ミューゼル配下のオータムが使用しIS学園を襲撃した。残る3機を運用しているのが『三姉妹』と呼ばれる3人のIS操縦者であり、いずれも搭乗機と同じコードネームを名乗っている。

「それで、犯人の目星は?」
「ステンノーは『聖マリアンヌ女学院』に非常勤講師として、エウリュアレーは私の母校に転校生として紛れ込んでいるようです。残る『メドゥーサ』の行方はまだ掴めていません」
「それだけ分かれば十分だ。聖マリアンヌ女学院には蘭さんがいるし、お前の母校には弾君が通っている。二人を危険に晒す訳にはいかない」

 志郎は今朝方この街に着いたのだが、猛から昨日弾が亡国機業に拉致されたと聞かされている。『三姉妹』が弾と妹の蘭の近くにいるのならなおさら危険だ。そこでケンは講演名目でエウリュアレーの割り出しを、志郎は蘭を迎えに行くついでにステンノーを探る手筈になっている。
 声を潜めて打ち合わせていたた二人だが、注文した料理が来ると取り止めて箸を手に取る。五反田食堂はマナー違反に厳しく、店主の五反田厳が中華鍋を投げつけてくることもある。それに志郎もケンもそれなりに品のある家庭で育っているし、きな臭い話をしていてはせっかくの定食メニューも不味くなる。二人とも黙って食べ始めようとするが、料理を運んできた自称看板娘の五反田蓮が口を開く。

「そう言えば気になっていたんですけど、お二人はどんな関係なんですか?」
「私は若い頃にこの人の世話になっていましたから」
「おやっさん、立花藤兵衛さんと大将みたいな関係だと思って頂ければ」
「若い頃って、どちらもまだまだお若いように見えるんですが?」
「なに、貴女に比べたらまだまだですよ。貴女を見て子持ちの母だとは思えませんよ。実際言われるまでは蘭さんの姉かと思ったくらいですから」
「まあ! 風見さんったらお上手ね!」

 志郎が笑って蓮に向かって言うと、蓮もまた笑いながら軽く志郎の背中を叩く。もっとも、志郎も蓮もケンも実年齢よりずっと見た目が若々しく、事実を言ったに過ぎないが。
 ケンは新人時代、『デストロンハンター』として志郎と出会い、一時行動を共にしていた。その頃のケンは未熟で落ち着きがなく、頼りなかった。戦いの途中で本部に呼び戻されたケンは、同時期に暗躍していた『新人類帝国』や『デスパー軍団』の担当となり、デストロンハンター時代の先輩で両組織の担当捜査官である荒井誠の支援に当たっていた。『デスパー軍団』が壊滅すると、今度は『ブラックサタン』や『デルザー軍団』、『シャドウ』の捜査を担当した。その中で甘さや騒がしさ、頼りなさが消え、引退した誠に現役復帰を打診した頃には冷静沈着な切れ者となり誠を驚かせた。
 誠の現役復帰後は『ダッカー』や『ネオショッカー』の捜査に当たり、、『ドグマ』や『ジンドグマ』との戦いでは捜査を主導し、壊滅に一役買った。その功績を認められたケンはインターポール本部長に就任し、バダンや『ゴルゴム』、『クライシス帝国』との戦いでインターポールの指揮を執った。しかし一連の事件で多数の犠牲者を出したことに責任を感じ、クライシス帝国の壊滅と事後処理の完了を以て本部長を辞任、平の捜査官に戻った。その後は滝竜介とコンビを組んでおり、今はコンビを一時解散し、竜介はインターポール本部でケンの後輩であるアンリエッタ・バーキンらと共に本部で各国政府との折衝に当たっている。ケンと竜介はなぜか馬が合い、はみ出し者の竜介をゴルゴム担当捜査官に抜擢するなど本部長時代から目をかけており、竜介とのコンビも長く続いている。
 ケンと再会した志郎は話を聞いていたにも関わらず驚いていたし、藤兵衛は本当に腰を抜かしていた。今は運動用具店『セントラル』を任されている珠純子に至っては、中々本人と信じて貰えず、最後には「こんなのケンちゃんじゃない!」とまで言われ、ケンも苦笑するしか出来なかった。そんな経緯も知らず志郎と話していた蓮だが、別の客に注文を取りに行くとケンと志郎は黙々と食事を開始するのだった。

**********

 午後1時過ぎ。『立花レーシング』で雑談に興じていた志郎は、IS学園にいる結城丈二に会うべく学園の校舎へ入る。
 丈二は国際IS委員会のビクトル・ハーリンから篠ノ之束について調査を依頼されており、志郎と別れてからはずっとIS学園に滞在している。聞き取り調査をしているのだろう。すんなりと校舎に入れた志郎はまず恩師の娘に会うことを決め、医務室へと向かう。
 医務室のドアをノックし、名乗ると許可が出たのでドアを開けて医務室に入る。医務室の中には白衣を着て眼鏡をかけた女性とIS学園の制服を着た少年が向かい合って座っている。女性が志郎の方を向くと志郎から先に話を切り出す。

「お久しぶりです、緑川博士。最後にお会いしたのはバダンとの戦いが終わった直後、でしたか。お変わりなくてなによりです」
「そう堅苦しくしないで下さいよ、志郎さん。いつもみたいに『ルリ子さん』でいいですから」
「分かりましたよ、ルリ子さん」

 挨拶を終えると志郎と女性こと緑川ルリ子は笑い合う。
 志郎は城南大学生化学研究室に顔を出しており、ルリ子の父緑川弘の指導を受けていた。そのためルリ子とも面識はあったのだが、ルリ子がヨーロッパに渡った猛を追ってからは会う機会もなく、再会したのはバダンとの戦いの最中、ルリ子が欧州科学所属の科学者として来日した時であった。その時、志郎は変身出来ない状態で『デルザー軍団』と死闘を繰り広げており、まともに話す機会もなかった。

「あの、ルリ子先生。この人は?」
「あ、ごめんごめん。懐かしい顔を見ちゃったからつい。この人は風見志郎。父の教え子だった人で、猛さんの後輩よ。志郎さん、この子は……」
「君が織斑一夏君だね? 話は五反田蘭さんや本郷先輩、滝さん、おやっさんに村雨良から聞いているよ。改めて、風見志郎だ」
「あ、はい。俺も話は弾や蘭、それに猛さんから聞いていました。お会い出来て光栄です」
「そんな堅苦しくしなくていい。足を怪我したんだろう? 怪我人にそんなことはさせられないさ」

 立ち上がって一礼する少年こと織斑一夏に志郎は快活に笑ってみせ、一夏を椅子に座らせる。世界最初の男性IS操縦者である一夏は有名人だ。IS学園の男子生徒という時点で見当はついている。それに猛や和也、蘭からも人となりは聞いている。ちなみにルリ子が一夏に先生と呼ばれているのは、彼女がIS学園の校医だからだ。

「ルリ子さん、俺は出た方がいいですか?」
「大丈夫ですよ、志郎さん。診察も終わりましたから。けど一夏君、性格といい回復力といい、似て欲しくない方向で滝さんに似てきたわね」
「俺が和也さんに、ですか?」
「そうよ。考えるより先に動き出す無鉄砲な所とか、一日経たずに怪我が殆ど完治しちゃう所とか、まさにあの人そのままよ」
「俺、そんな無鉄砲って程でもないと思うんですけど」
「あのね、入学早々日本を侮辱されたからって、ISに乗ったこともないのに代表候補生と決闘する人間を、世の中では無鉄砲って言うの。お分かり?」
「いえ、それは誘拐された時のことを思い出しちゃって、つい」
「誘拐された時に何かあったのかい?」
「あ、はい。セシリアが俺を猿呼ばわりしたんですけど、それで猛さん、というか男を最底辺(ボトムズ)だ何だって言っていた女を思い出しちゃって。それでついカッとなって」

 志郎が口を差し挟むと、一夏が恥ずかしげに答える。

「ですがルリ子さん、怪我の治りが早いというのは?」
「実はこの子、猛さんの真似して『ライダーキック』したはいいけど、足を痛めちゃったんです。だから二、三日、座学以外の授業を休ませることにしたんです。ただ観た限りでは殆ど治っているんですが」
「なるほど。最初から想定されてる俺たちならともかく、ISでは微妙な所ですからね」
「最初から想定している、ってどういうkとおですか?」
「俺たちは最初から反動に耐えられるように出来ているのさ。だからライダーキックは仮面ライダーだからこそ使える、って訳だ。しかも君の場合、先輩の『ライダーハンマーキック』の衝撃や落下の勢いまで加わったんだ。足を痛めて当然だろうね」

 志郎の言う通り、仮面ライダー達は反動に耐えられるように筋肉が強化されているし、ショックアブゾーバーなどが組み込まれている。それに鍛えれば人工筋肉もより強靭かつしなやかになるので、より大きな衝撃に耐えられるようになる。

「というわけで、私が許可するまで体育とかIS操縦は見学よ? 話は私の方から通してあるから」
「分かりました。ありがとうございます、ルリ子先生。なら風見さん、俺はここで」
「待ってくれ。一つ聞きたいんだが、君は蘭さんのことをどう思っている?」
「どうって、大切な友達だと思っていますけど?」
「なら、もし蘭さんを含めた君の身近にいる女の子たちが、君に好意を抱いているとしたら?」
「それは無いんじゃないですかね」
「どうしてそう言えるんだい?」
「今までの俺は他人に迷惑ばっか掛けて、一人で何とかしようと意気がってばったでしたし。それに蘭たちには風見さんみたいにもっとカッコいい人がいるじゃないですか。俺なんか、そんな目で見ませんよ」
「よく言うわよ。あなた、学園女子を何人メロメロにしているか分かる?」
「そりゃたった一人の男子生徒ですから、みんな物珍しがっているだけですよ。他に男のIS操縦者が出てきたら、そっちに注目がいくと思いますよ?」
「いや、しかし……」
「って、すいません! 次は教室移動があるんで失礼します!」

 時計を見て一夏は慌てて志郎とルリ子に一礼すると、足早に医務室から出ていく。

「まったく、本当に女の子に興味ないのかしら? けど真耶ちゃんの胸とかには反応するみたいだし、単に歳上好きなのかしら?」
「本当に、それだけなんでしょうか?」
「志郎さん、どういう意味?」
「いえ、根拠は無いんですが、むしろ無意識で気付かないふりをしているか、恋愛感情を抑え込んでいる風に見えたんです。まるで結城のように」

 一夏に呆れて溜息をつくルリ子を志郎が遮る。
 丈二もアンリエッタ・バーキンから想いを寄せられているのだが、そのことに気付いている節はない。理由はなんとなく分かる。多くの罪を犯した過去が丈二を無意識の内に気付かせない。本人すら気付かない所で「自分を好きになる人間などいない」と思い込み、感覚を鈍らせているのだ。志郎も珠純子に想いを寄せられていると気付いていても、宿命や過去から、敢えて突き放した態度を取っていた時期があった。それを丈二や一夏は無意識で行っているのではないかと志郎は推測する。
 思えば一夏は物心つかない内に両親に捨てられ、姉の千冬は一夏を養うために学生と軍人の二足のわらじを履くなど、多忙だったと聞いている。それに一夏は亡国機業に誘拐され、千冬の第2回モンド・グロッソ優勝を逃がす原因となっている。親からの愛情が注がれず、千冬の足手まといだった罪悪感から丈二と同じ状態になっているのではないか。やがて一夏と入れ違いで男が一人入ってくる。ブラウン系のスーツを着て、右手に手袋を嵌めている。

「遅くなった、風見。それとルリ子さんも」
「気にするな、結城。で、首尾は?」
「臨海学校も含めて、篠ノ之束についてのデータは全て消されていた。顔写真一つ残っていやしなかった。恐らくハッキングして消去したんだろう」
「大胆に動く割に足跡は消しておく、か。伊達に『天災』と呼ばれている訳ではないな。狡猾ですらある」

 入ってきたのは丈二だ。IS学園で篠ノ之束について調べていた、ただ、束に関するデータ類は全て消去されたらしい。丈二のように有能な追跡者を警戒してだろうか。

「それで結城、一つ気になることがあると言っていたが、それは?」
「ああ。お前にも見て欲しいものがあるんだ。ルリ子さん、アレを風見にも見せてやってくれませんか?」
「ええ。少し待っていて下さい」

 するとルリ子は立ち上がって棚からファイルを数冊取り出して志郎に渡す。志郎はファイルを開いて読み始める。脈拍、血圧、脳波、神経伝達物質の量、血中物質の割合など、ISで確認し得るバイタルデータが一通り乗っている。ファイルを捲っていた志郎だが、ふとページを捲る手が止まる。そして何回も確認するように読み始める。このページに記載されているデータだけが明らかにおかしい。脳波のパターンや神経伝達物質の分泌量、血中物質の割合は異常だ。通常の人間ではまず考えられない数値を出している。

「結城、これは?」
「ISが記録していたバイタルデータをサルベージしたものだ。お前が見ていたデータは、セシリア・オルコットと初めて模擬戦をした織斑一夏のものだ」
「これが、一夏君の!?」
「ああ。見て分かる通り、脳波パターンも通常では考えられず、神経伝達物質も特定のものだけが異常に分泌されている。これが何を意味するかは、分かるな?」
「彼が極限まで集中していた。しかも長時間に渡って、だな?」
「ああ。そしてこのパターンはある男によく似ている。村雨良さ」
「つまり一夏君は村雨と同じく観察力や洞察力、学習能力が大幅に向上した状態だった、と言いたいんだな?」
「その通りだ」

 志郎は丈二の回答を聞くとしばらく考え込む。世の中には『天才』と呼ばれる人間が存在する。猛や丈二、束などがそれだ。彼らは通常の人間が気付かないことに気付き、繋がらないことが繋がる。彼らは通常の人間とは脳の使い方が異なり、一般人には非常に困難なことを容易くこなせる。もっとも、程度の差こそあれ大きな欠点がある場合がほとんどだ。丈二も時折信じられないような『ぽか』をやらかすし、猛も一度集中し出すと殆ど喋らなくなる。束に至っては重度の対人障害を抱えている。そして良もまた『天才』だ。学習能力が半端ではなく高いのだ。
 一度食らっただけの『ライダーきりもみシュート』を使用してみせる、二度見ただけの赤心少林拳『梅花』を再現してみせる、など例は枚挙に暇がない。どちらも本人が厳しい研鑽の末に会得した技だ。流石に本家より完成度では落ちるが、真似してみせただけでも十分だ。これは余程の集中力と観察力がないと出来ない。動きの意味を理解し、原理や本質、極意を見抜き、再現出来るの身体がなければ無理だ。決闘時の一夏も良に近く、通常では見切れないものを見切れ、気付けないものに気付く。しかも良より長時間続くようだ。

「模擬戦については、実際に見て貰った方が早いな」

 丈二は空間投影式ディスプレイを展開してキーを操作し、映像を志郎に見せる。一夏とセシリアの模擬戦時の映像だ。当初はセシリアの『ブルー・ティアーズ』に圧倒されていた一夏だが、やがて遠隔攻撃端末、ビットを4機撃墜する。しかもISが最適化されていない状態、改造人間で言えばまだ神経が繋がりきっていない状態でだ。

「風見、お前が同じ状況に立たされたとして、こんな風に出来るか?」
「無理だな。改造直後の状態で『ツバサ軍団』と戦うようなものだ」

 志郎も自身の攻撃出来ない間合いから一方的に攻撃され、敗れ去った経験がある。飛行能力を持つデストロン結託部族『ツバサ軍団』、特に『火焔コンドル』や『死人コウモリ』との戦いだ。一応滑空こそ出来たが、空中戦が出来る訳ではない志郎はツバサ軍団は苦戦を強いられ、特訓の末に撃破した経験がある。だからこそ一夏の不利は身をもって理解している。こちらは飛べるだけマシだが、この時の一夏は素人だ。その素人が初陣でビットを全て破壊した上、最終的に敗れこそしたものの、代表候補生を追い詰めたのだ。ビットの撃墜も、成功させるには見切れる技量や反応速度が必要で、間違ってもただの素人が出来る芸当ではない。

「だが結城、これは一夏君が単にずば抜けた才能を持っているだけ、とは考えられないか?」
「確かにな。だが彼は『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』暴走事件で一時意識不明の重傷を負ったんだが、これを見てくれ」

 続けて丈二は別のファイルを開いてみせる。それを読むと志郎は驚愕のあまり絶句する。

「これは治療記録だが、見れば分かる通り異常なまでの回復力だ。流石に改造人間や『新人類』には及ばないが、常人とは比較にならない。『白式』生体再生機構が搭載されているなら話は別だが、彼自身の回復力は常人の三倍以上はあるだろうな。海堂博士の見立てでは一ヶ月の入院治療が必要だったらしい」
「なるほど、本郷先輩はこれを詳しく調べるために城南大学まで行ったのか」
「ああ。俺やルリ子さんもこいつを見せて貰った時は驚いたさ。海堂博士も一夏君の治療に当たった時に初めて気付いて、データをサルベージして貰ったらしいんだが」
「……ねえ、志郎さん、結城さん、一夏君って、何なのかしら?」

 ルリ子の一言を最後に医務室は沈黙に包まれる。だが、しばらくして志郎が口を開く。

「……人間ですよ。彼は織斑一夏という一人の人間です」
「だが風見……」
「なら聞くが、才能が際立っていたら人間じゃないのか? 回復力がおかしいなら人間じゃないのか? どちらも当てはまるお前はどうなるんだ? 世の中素手で怪人を倒し、刀一本でISを撃墜出来る人間もいるんだ。それくらい、誤差の範囲内さ。結城、お前の考え過ぎだ。ルリ子さんも」
「けど志郎さん……」
「彼には織斑一夏として刻んできた記憶も、歩み続けてきた人生もある。彼は人間に決まっています」

 志郎は丈二とルリ子の言葉を遮るとファイルを置く。

「それより結城、俺からもいくつか聞きたいことがあるんだが……」

**********

 午後2時を10分以上過ぎた頃。高校の体育館でパイプ椅子に腰掛けた大勢の生徒が、演壇に立つ男の話に耳を傾けている。男はスーツを着用している。一人の男子生徒が時折手元のレジュメを見ながら話を聞いている。隣に座っている別の男子生徒が肘で小突いて話しかける。

「なあ、弾。お前学校来て大丈夫なのかよ? 昨日誘拐されたばっかだろ?」
「大丈夫だって。もう犯人は捕まったんだし休めるかよ。ってか学校にはインターポール捜査官が来てるんだし、学校に来た方が大丈夫だと思わないか?」

 小突かれた少年こと弾が答える。弾は昨日亡国機業に拉致されたのだが同日夜には解放された。母親の蓮から休んでいいと言われたが、別に怪我はしていないし猛らに迷惑をかけたくなったので普通に登校している。事情を知っていた担任らからは驚かれたが。ただ弾の誘拐は周囲にも影響を与えており、弾の学校も今日明日は早めに授業を切り上げ、部活動も一時休止となっている。OB・OGによる講演も例年は強制参加だが、今年はケンの意向もあって自由参加になっている。
 その割には参加者が多く、弾も参加して話を聞いている。世界を股にかけて事件を捜査する国際警察の捜査官、しかも本部長まで務めたケンの話に興味を持つ人間は少なくない。弾としては和也がインターポールに出向しているから、というのも理由の一つだが。

(分かってはいたけど、流石に『ショッカー』とかには少ししか触れないな。話したら話したでヤバそうだけど)

 インターポールは元々各国捜査機関の連絡機関に過ぎなかったが、世界征服を企むショッカーに対抗すべく国際警察になった経緯がある。そのためケンもショッカーについても少し触れたが、それが世界征服を企む悪の組織で『怪人』を使っていたことには触れていない。弾も猛から話を聞くまでは怪人の存在を噂程度でしか聞いていなかった。しかし母親の蓮や祖父の厳はバダンやゴルゴムのせいで怪人の存在を認知しているらしい。
 教科書でもバダンとゴルゴムにより多くの犠牲者が出た、と記載されているが怪人の存在には全く触れられていない。バダンやゴルゴムの目的もぼかされている。怪人や組織の話題はタブーになっているのだ。教師も怪人や組織について話そうとしない。猛も不味いものは話していないだろう。やがてケンの話が終わり、質疑応答に入る。弾の他にも何人かが手を挙げており、教師がケンの指名した生徒にマイクを渡して質疑応答を開始する。

「どうすればインターポール捜査官になれますか?」
「各国支部の訓練所で試験を受けて合格し、訓練を修了すればどなたでもなれます。日本支部は東京にあるので、興味があるようでしたら一度見学にいらして下さい」
「必要な資格とかはありますか?」
「資格は持っているに越したことはありませんが、必要なものは訓練所時代に大体取得出来るので、今は無くても問題ありません」
「語学力は必要ですよね?」
「あった方が楽です。ただコミュニケーション能力がより重要な仕事ですので、片言でも相手と意志疎通出来るのであれば」
「お給料はどれだけ頂いているんですか?」
「時期や仕事によりますけれども、大体IS学園の教師と同程度と思って頂いて構いません」

 出てくる質問は他愛もないものが大半だ。インターポールという組織については大体ケンが分かりやすく解説してくれたので、なり方やその待遇といったものが気になるのだろう。そんな中、一人の女子生徒にマイクが渡る。長い黒髪に整った顔立ち、すらりとした手足をした見目麗しい少女だ。

「つかぬことをお聞きしますが、世の中には怪物と戦う者がその過程で自分自身が怪物となる、ということがよくあります。インターポールにおいても捜査官が怪物となる、つまり事件の捜査をしていく内に自らも悪の道に染まるということはあるのでしょうか?」
「うわ、天野さん、エグい質問するなぁ……」

 女子生徒の質問に弾の隣に座っている男子生徒が呟く。ケンも少し思案するが口を開く。

「残念ながらそのようなケースが全く無い訳ではありません。現在我々の方でもそうした事態が起こらないよう、努力はしているのですが……」

 質問した生徒はケンの答えを聞くと礼を述べて席に座り直す。彼女の名前は天野咲夜。二月ほど前に転校してきており、弾の一学年上だ。弾も直接面識がある訳ではないが、容姿端麗、文武両道、品行方正ながら時折キツい毒を吐くことからちょっとした有名人だ。続けて弾にマイクが回ってくる。弾は最初に軽く挨拶をしてから本題に入る。

「最近はISを使った犯罪もあると思うんですけど、ISが襲ってきた場合の対処法はあるんですか? ISに遭遇したら逃げろとか、民間人がいたら戦えとか」
「それは捜査官個人の判断に任せています。ですが、逃げる他ないのが現実ですね」
「分かりました。ありがとうございます」

(やっぱり滝さんが一際勇敢というか、無茶苦茶なんだろうな)

 ケンの答えに弾は安心半分、落胆半分といった心境だ。弾の質問を最後に質疑応答も終わり講演は全て終了になる。体育館から出る途中に演壇の方を見た時、一瞬だけケンの目が獲物を探す猛禽類と同じくらい鋭くなったように思えた。

**********

 聖マリアンヌ女学院中等部校舎の生徒会室。午後3時を過ぎたこの部屋に二人の少女が椅子に腰掛けて紙束を整理している。整理が終わると少女の一人は大きく伸びをし、眼鏡をかけたもう一人の方に声をかける。

「これで終わり、っと。いつもありがとう、ありす。最後まで手伝ってくれて」
「気にしなくていいよ、蘭。私に出来るのはこれくらいだし、いつもは休んでばかりだから、これくらいしないと……」
「そんなこと言わないの。身体が弱いのは知ってるから気にしないで? 無理言って書記にしちゃったのが私なんだから」

 眼鏡の少女こと緑川ありすが申し訳なさそうにするのを、もう一人の少女もとい蘭が笑って否定する。
 蘭は聖マリアンヌ女学院中等部の生徒会長で、ありすは生徒会書記だ。今日はいつもより早く授業が終わり、早く帰るように言われたが、蘭が生徒会室に残っていたのをありすが見つけて手伝い、現在に至る。
 ありすは一年前に転入して蘭と知り合った。内気で人見知りが激しかったありすだが、分け隔てなく接する蘭に心を許し、今では互いに良き友人同士だ。生徒会役員としての仕事も一緒にこなしている。ありすは身体が弱く、よく学校を休んでいるので、蘭がありすの分もノートに取っている。その代わり、ありすも蘭に頼まれて生徒会書記を引き受けている。そこに生徒会室のドアが開いて教師が顔を出す。ショートカットの活発そうな女性だ。

「五反田さん、緑川さん、お疲れ様。約束の時間よ? それに五反田さんには迎えの方がいらしてるんだから」
「ありがとうございます、雪城先生。迎えって事は風見さんかな。ちょっと早いような気もするけど」

 蘭は入ってきた教師の雪城愛に礼を述べると、帰る準備を始める。ありすも続けて鞄を手に取る。愛は今年の春に非常勤講師としてやってきており、明朗快活さから生徒からの人気もある。特に病弱なありすを気にかけているらしく、なにかと世話を焼いている。ありすは学校の近くに住んでいるのでまだいいが、蘭の家はかなり遠い。今日は志郎が迎えに来ることになっている。
 準備を終えると蘭は生徒会室を出て鍵を閉め、職員室に鍵を返すと校舎を出る。校門の前に一台のバイクが停車し、一人の男が佇んでいる。白いベストに青いワイシャツ、ジーンズを穿いている。志郎だ。志郎は蘭たちに気付くと愛に一礼し、蘭が先に話しかける。

「ありがとうございます、風見さん。忙しいのに迎えに来てくれて」
「気にしなくていい。蘭さんを一人で帰らせる訳にはいかないだろう? それに、俺も暇だから丁度良かったくらいさ」
「蘭、この人は……?」
「この人は風見志郎さん。夏休みの時に知り合ったの」
「蘭さん、彼女は君の友達、みたいだね」
「はい。緑川ありすって言うんです。今は生徒会書記もしてもらっているんです」

 蘭がありすを紹介すると、ありすはおずおずと志郎に会釈する。志郎が笑って応えると恥ずかしげに蘭の後ろに隠れる。

「すいません、ありすは人見知りが激しくて。じゃあまた明日ね? 雪城先生、お願いします」
「任せといて。では風見さん、五反田さんをお願いします」
「分かりました」

 愛とありすはもう一度志郎に一礼すると連れ立って歩いていく。志郎は予備のヘルメットを蘭に渡してバイクに跨がる。

「さ、遅くならない内に帰ろうか。大将や蓮さん、弾君が心配するだろうからね」

**********

 IS学園生徒会室に一人の少女と一組の男女がいる。男性と作業着姿の女性が向き合って座っている横で、眼鏡に三つ編みという真面目そうな少女が空間投影式ディスプレイを操作している。

「音声記録が盗まれた?」
「はい。織斑先生に篠ノ之束との会話を録音させていたんですが、音声記録が盗まれたんです。丁度私が富士演習場まで行っていた時に」
「つまり村雨が『銀の福音』や仮面ライダーを模した無人ISと交戦していた時、か。それが目的だった可能性も否定出来ませんね。ありがとうございます、佐原先生」
「いいえ、こちらこそお役に立てなくて。それと堅苦しいのは止めて貰えませんか? 虚は私の身内ですから、いつも通りでお願いします」
「……分かったよ、ひとみちゃん。しかし君がIS学園の教師をやっていると聞いた時は驚いたよ」

 男性こと丈二は、女性こと佐原ひとみに笑って頷く。少女こと布仏虚は不思議そうに見ている。
 ひとみはIS学園整備科主任教師として整備科をまとめ、新聞部と生徒会の顧問を掛け持ちしている。と言っても生徒会は会長の権限が非常に強く、独立自治の気風が強いのでひとみは放任主義を取っている。虚は整備科に所属する3年生で、生徒会会計をしている。加えて布仏家は『暗部殺し』と知られる更識家に仕える家系で、ひとみは両親を亡くした後は的場響子の口利きで兄の茂共々更識家に引き取られており、虚も幼少期からひとみには可愛がられていた。
 そんなひとみを『ちゃん』付けで呼ぶ丈二は何者か考えた虚だが、すぐに打ち消す。南光太郎も見た目は青年だがひとみを『ちゃん』付けで呼んでいた。しかも昔から見た目が変わっていないらしい。丈二も実年齢は光太郎と同じか上なのだろう。二人は束と千冬の会話を記録した音声記録が盗まれたことについて話している。オリジナルはレコーダーごと国際IS委員会に送られ、コピーを学園で保管していたが、どさくさ紛れに盗まれたらしい。亡国機業の仕業なのかもしれない。
 しばらくすると生徒会室のドアが開き、異様に袖の長い制服を着た少女が入ってくる。虚とよく似た顔立ちをしているが、眠たげでのほほんとした雰囲気を醸し出している。

「珍しいわね、本音。あなたが自分から生徒会室に顔を出すなんて」
「これでも生徒会書記ですから~。それにお嬢様たちが二人ともいないと暇になるので~」

 入ってきたのは虚の妹で1年生の布仏本音だ。生徒会書記を務めているのだが、生徒会の仕事をしないので生徒会室顔を出すことはほとんどない。曰く生徒会にいると仕事が増えるかららしいが、本音が仕事をしないお陰で虚の負担が増えている。もっとも、本音は専属メイドとしての仕事もあるので仕方ない側面もあるのだが。虚の生徒会入りも楯無の世話をする必要があるからだ。

「それで、なんの用? 私の判断を仰ぐ必要があるんでしょ?」
「実はおりむーなんですけど、どうしますか~? 珍しく仕事をしたいと言っているんですけど、今はまずいですよね~?」
「織斑君が仕事を、ねえ……気持ちは有難いけど、タイミングが悪いわね。適当な理由つけて入れさせないで。責任は私が取るわ」
「分かりました~。なんとか生徒会室から引き離してみますね~」

 ひとみの指示を聞くと本音は生徒会室から出ていく。
 一夏に話を聞かれるのはまずい。一夏は束が認識出来る『身内』の一人だ。一夏を疑う訳ではないが、追跡者がいると一夏を通して束に漏れる可能性は否定出来ない。丈二の存在を知れば束が無人ISを送り込みかねない。また学園施設を破壊されてはたまったものではない。仮に一夏本人から漏れなくとも、妹の箒や親友の千冬が束に情報を流す、逆に束が情報を引き出す可能性も考えられる。
 直後に部屋の外から声が聞こえてくる。一夏は部屋の前まで来ていたようだ。

「おりむー、ひとみ先生は大事な話をしてるから入っちゃ駄目なんだって~」
「大事な話って、虚先輩は中に入っているんじゃ?」
「私たちはひとみ先生の身内だから~。それとひとみ先生からの伝言で、お茶請け買ってこいだって~。お金は後で払ってくれるから行こうよ~」
「佐原先生、また職権濫用ですか……なら行こうか。余計なことまで押し付けられたら堪らないし」

 本音と一緒に一夏が生徒会室から遠ざかっていく足音が聞こえてくると、ひとみは胸を撫で下ろす。

「納得してくれて良かったわ。普段からのイメージって重要よね」
「あまり威張れることではないと思うんですけど……」

 どこか自慢気に言うひとみに虚はツッコミを入れる。ひとみが豪放な性格なのは事実だ。でなければ学多忙を極める整備科を纏めることなど出来ない。

「けど本音も織斑君と二人きりになるなんてやるわね。楯無と簪が帰ってくるのが楽しみになってきたわ。というか、篠ノ之さんが戻ってきた時点で血の雨が降りそうね」
「ひとみちゃん、だいぶ性格が変わったね」

 一連の流れを見ていた丈二は苦笑していたが、やがて表情を戻して再び話し始めた。

**********

 午後4時を回る頃、街中を志郎と蘭を乗せたバイクが走る。夕方前には五反田食堂へ着くだろう。

「今日、弾君はアルバイトなんだって?」
「はい。隣町にある『谷モーターショップ』ってお店に月に二、三回バイトに入っているんです。友達の御手洗数馬さんの紹介で始めたらしいんですけど」
「谷さんの店か。なら弾君は心配ないか」
「そう言えば谷さんって、立花さんの後輩なんですよね? 仮面ライダーと関わりがあったりするんですか?」
「関わりも何も、俺の後輩二人を物心両面から支援した『先輩』で、『おやっさん』だよ」

 蘭の質問に志郎は運転したまま答える。藤兵衛と谷源次郎は同じレーシングクラブの先輩後輩で、藤兵衛が戦いから身を引いた後は仮面ライダーたちの支援を源次郎に託している。曰く現役時代から互いに共通項が多く仲が良かったらしい。

「風見さん! ちょっと停めて下さい!」
「急にどうしたんだい?」

 しかし蘭の一言で志郎はバイクを停車させ、蘭の視線の先を見やる。
 見ると少年の腕にIS学園の制服を着た少女がくっついている。少年は蘭の想い人、織斑一夏に他ならない。蘭は志郎が止める間も与えずずんずん歩いていく。志郎は近くの駐輪場にバイクを駐車すると、蘭を追いかける。蘭はすでに一夏と接触して何かを話している。一方、少女は自分とは無関係とばかりにのほほんとした雰囲気を醸し出している。むしろ状況を楽しんでいるようだ。

「そこまでにしてあげてくれないか、蘭さん。見ているこっちが居たたまれなくなってくる。一夏君、彼女と何を?」
「ありがとうございます。助かりました、風見さん。いえ、生徒会顧問の佐原ひとみ先生から、お茶請け買って来るよう指示されたので」
「ルリ子さんから聞いたが、君は生徒会副会長だったな。そういう訳だから、機嫌を直したらどうだい?」
「分かりました。ごめんなさい、一夏さん。なんか誤解しちゃったみたいで」

 結局蘭は志郎のとりなしで一夏に謝罪する。少女は眠そうな目をしたままだ。

「それで一夏君、彼女は?」
「えっと、のほほんさん……じゃなかった、生徒会書記をしている布仏本音さんです」
「初めまして~。ご紹介に預かりました布仏本音です~」
「風見志郎だ。一夏君とは昼間に少し話していてね」
「風見さん、IS学園まで行っていたんですか?」
「ああ。用事があってね。ついでに知り合いも尋ねたんだが。君は布仏さんを知っているみたいだね」
「はい、一夏さんの誕生パーティーで会いましたから」

 少女こと布仏本音と蘭はすでに面識があるようだ。

「しかし、ひとみちゃんがそんなことを頼むとは、年月が経つと変わるものだな」
「あの~、お聞きしたいんですけど、風見さんは南光太郎という人をご存知ですか~?」
「ああ。俺の後輩さ。君は光太郎とも会っているみたいだね」
「はい~、お嬢様たちを光太郎さん、『仮面ライダーBLACK RX』に助けて頂きましたから~。もしかして風見さんも仮面ライダーなんですか~?」
「鋭いな……一夏君や蘭さんの前で隠してもしょうがない。その通りだよ」
「のほほんさんまで仮面ライダーと会ってたのか……」
「実はそれだけじゃなかったりするけど、それは追々~」
「風見さんの仮面ライダーとしての名前は『ブイスリャー』でしたっけ?」
「いや、『V3(ブイスリー)』だよ。力むとそう聞こえるけど」

 本音は南光太郎と出会っていたようだ。そこで志郎はひとみと兄の茂を思い出す。
 佐原兄妹の両親、光太郎にとっての叔父夫婦はクライシス帝国の最強怪人『ジャークミドラ』から兄妹を庇い、命を落とした。志郎は丈二と共に救援に向かったが一足遅く、兄妹を逃がして時間稼ぎをすることしか出来なかった。両親を失った兄妹の苦しみや悲しみは察するに余りある。同じく悪の手で両親、そして妹をも失った身としてはなおさらだ。

(そして一夏君にとっての織斑千冬は父であり、母であり、全て、なんだろうな)

 一夏を見やりながら感傷に耽りかけた志郎だが、視線に気付くと街路樹を見て声をかける。

「そんなところに隠れてないで、出てきたらどうだい? 緑川ありすさん」

 街路樹を見た蘭、一夏、本音の視線を受けて、街路樹の陰に隠れていたありすがおずおずと顔を出す。

「ありす!? どうしてここに!?」
「ごめん、蘭。写させて貰ったノート返すの忘れていたから、先生にここまで送って貰ったんだけど……中々話しかけられなくて……」
「そんな気にしなくて良かったのに。でも知らない顔がこれだけ言えば十分か」
「蘭、この娘は?」
「私の友達で緑川ありすって言うんです。ありす、この人は……」
「あ、あの! 織斑一夏さんですよね!? 世界最初の男のIS操縦者の……」
「え? まあ、そうだけど」
「わ、私! ずっとファンだったので、その、あ、あ、あ……」
「握手くらいならお安い御用だよ。はい、これでいいかな?」

 モジモジしするありすを見た一夏は優しく握手をして微笑む。するとありすは嬉しさと恥ずかしさからか、礼すら述べずに俯いて蘭の後ろに隠れて一夏から目を剃らす。

「俺、何か悪いことしたかな?」
「すいません、ありすって物凄く人見知りが激しくて。悪気があった訳じゃないんです」
「もしかすると、それだけじゃないかもよ~? また一人陥落しちゃったって可能性が高い気がするよ~」
「どうやら君の女心をくすぐる手管は天性のものらしいね、一夏君。ありすさん、俺が家まで送っていこうか?」
「い、いえ……私は……」
「あの、風見さん。私とありすとで一夏さんと本音さんと一緒に行ってもいいですか? ありすも一夏さんと一緒にいたいみたいですし、私も……」
「今がチャンス、か。分かったよ、蘭さん。ただし、俺も一緒に行くよ。君たちだけで行かせる訳にはいかない」
「ありがとうございます、風見さん。ほらありす、行こう?」
「う、うん……」

 結局志郎は蘭とありすと共に一夏と本音の買い物に付き合うべく、一緒に歩くことにした。

**********

 志郎と蘭が一夏を発見したのと同じ頃。谷モーターショップの倉庫内で、弾と御手洗数馬が部品の在庫をチェックしている。

「数馬、そっちどうだ?」
「チェーンと電装系の部品は全部足りてる。多分次の入荷までは保つんじゃないかな。弾、お前は?」
「エンジン関係でいくつか切れそうなのがあるし、エンジンオイルとかはそろそろ問屋に仕入れに行った方がいいかもな」
「だったら今日はもう一働きありそうだな。行こうぜ?」

 弾と数馬はメモにめいめい書き込むと店に戻る。店内に戻ると作業着を着てバイクの修理を行っている男性二人がそれぞれ声をかける。

「丁度良かった。弾君、少しこいつのエンジン入れて噴かしてみてくれないか?」
「はい! こうですか?」
「そうそう! ……やっぱりこいつはエンジン自体を一度バラして直す他ないな」
「数馬君、ちょっとそっちのボルト落ちないように締めてくれないかい?」
「はい!」
「ありがとう。ここをこうしてこうやって、と……悪いね」
「いえ。あとマスター、在庫の確認したんですけどいくつか切れそうなのがあるんで。仕入れに行きますか?」
「そうだな。こいつは今日中には終わりそうもないし、行っとくか。チョロ、そっちは終わりそうか?」
「こっちはもういつでも大丈夫ですよ」
「ならこいつのエンジン修理頼む。予想外に重症だし、エンジン自体にガタが来てるのかもしれん。それじゃ弾君、数馬君、君たちも出かける準備しといてくれ」

 弾を呼んだ男性こと谷源次郎は首に掛けたタオルで顔を拭う。
 源次郎は谷モーターショップのマスターで、弾と数馬をバイトで雇っている。当初は源次郎とチョロこと小塚政夫、それに草波ハルミの三人で切り盛りしていたが、多忙な上に力仕事が多いので助けとして二人を雇った。元々は一夏の頼みを聞き入れてのことだったが、一夏がIS学園に入学してバイトを辞める時に一夏から後任に推薦されたのが数馬だった。数馬も異存は無かったし、源次郎とも面識があったので二つ返事でバイトに入った。のみならず数馬は弾も紹介し、弾もたまにバイトに入るようになった。
 源次郎曰く政夫だけ店に残しても作業が進むようになって助かるとのことだ。実際小柄な政夫はさほど力が強くないので、弾と数馬がいると便利らしい。弾も数馬も力仕事は少しキツい程度だ。源次郎や立花藤兵衛はこれを一人でこなしているが。
 そこにハルミが四人分のコーヒーを持って来る。帳簿に何かを書き加えると、椅子に座って自身の分のコーヒーカップを持つ。

「マスター、チョロ、それに数馬君と弾君も休憩しましょ? 休まないと身体に悪いじゃない」
「ありがとうございます、ハルミさん。それじゃ頂きます」
「うん、旨い! 流石ハルミさん、コーヒーを入れるのも上手なんですね」
「お世辞言っても何も出ないわよ? それに、美味しくて当たり前よ。だってこのコーヒー、マスターがブレンドしたんだもの」
「こいつは昔『ブランカ』で使っていたブレンドでね。ブランカじゃもう使ってないんだけど、口に合っていたなら良かったよ」
「けど数馬君も物好きだよな。ハルミなんかに鼻の下伸ばしちゃって」
「チョロ!」

 コーヒーを口にしながら源次郎たちは暫く雑談に興じる。ハルミは中々の美人なので数馬も鼻の下を伸ばしている。弾がコーヒーを丁度飲み終える頃、店の外でバイクが停車する音が聞こえてくる。慌てて出迎えようと立ち上がる源次郎だが、扉を開けて入ってきた相手を見ると表情が変わる。

「本郷君か! 久しぶりだね!」
「お久しぶりです、谷さん。お元気そうで何よりです」
「しかし本郷君、何かあったのかい?」
「いえ、たまたま近くを通りかかったので顔を出しておこうかと。ですがなぜ弾君がここに?」
「俺、この店でバイトしているんです」
「なあ弾、この人お前の知り合いか? マスター達と知り合いっぽいのは分かるんだけど」
「ほら、一夏が言ってた『猛さん』だよ。俺を昨日助けてくれたのもこの人なんだ」
「そうだったのか……失礼しました。改めて、俺は御手洗数馬っていいます。この店のバイトで、弾や一夏とは中学時代からの友人なんです」
「そうか、君も一夏君の友達か。俺は本郷猛。これからよろしく頼むよ」

 入ってきた男こと本郷猛は独特の『太い』笑みを浮かべ数馬と握手をする。一夏も誘拐された時にこの笑みを見たのだろう。

「まあ、立ち話もなんだからゆっくりしてきなよ。立花さんには及ばないがコーヒーもあるからね」
「すいません、わざわざ。谷さんのコーヒーはおやっさんも一目置いていると聞いていたので、一度飲んでみたいと思っていたんです」
「けどマスター、仕入れはいいんですか?」
「明日は休業日だからその時に仕入れてくればいいさ。なら少し待っていてくれ」

 源次郎は猛を弾と数馬の隣に座らせ、猛が弾、数馬と雑談を開始すると店の奥へ引っ込んでいった。

**********

 午後4時30分。街中を一夏、蘭、本音、アリス、志郎が並んで歩いている。

「ところで一夏君、本音さん。少しのんびりし過ぎじゃないかな?」
「いえ、あんまり早く戻っても厄介事を押し付けられそうなんで」
「私もおりむーと同じです~。生徒会にいると仕事が色々と増えるので~」
「仕事サボったら逆効果というか、悪循環になるんじゃないですか?」
「IS学園の生徒会っておおらかというか、いい加減というか、イメージとは全然違うんですね……」

 一夏と本音の発言に蘭とありすがツッコミを入れる。志郎がやや引いた位置から見守っている。先ほどからそんな構図が続いている。一夏も本音ものんびりと商店街を回っている。

「あまり寄り道し過ぎないようにしてくれよ? つけ入る隙は無い方がいい」
「そう言えば蘭のお兄さんが誘拐されたんだよね? 大丈夫なの……?」
「大丈夫よ、風見さんがついているんだから。誘拐犯の百人や二百人、どうってことないわよ」
「そんなプレッシャーをかけないでくれ、蘭さん」

 胸を張る蘭に苦笑する志郎だが、万が一の時は身体を張って時間を稼ぐ覚悟だ。
 一夏たちが和菓子屋の羊羹や饅頭を眺めていると、長い黒髪をした少女が歩いてくる。着ているのは弾が通っている高校の制服だ。真っ先に志郎が気付いて少女を見ると、残りの面子も振り返る。少女は一夏に向けて話しかける。

「あの、織斑一夏さんですよね? IS学園唯一の男子生徒の」
「はい、そうですけど。あなたは?」
「申し遅れました。私は天野咲夜といいます。実は私、織斑さんのファンなのです。こんな時に不躾とは存じますが、一つサインを頂けたらと思いまして」
「サイン、ですか?」
「有名人は辛いな、一夏君。どうする? お断りしておくかい?」
「いえ、俺なんかで良かったらいくらでも」
「失礼、少し外させてくれ」

 一夏が天野咲夜を名乗る少女承諾すると同時に志郎に通信が入る。志郎は一旦その場から離れ、ポケットから通信機を取り出してアンテナを伸ばして出る。相手はケンだ。

「風見だ。ケン、何かあったのか?」

『はい、エウリュアレーが特定出来ました。現在「セントラル」で押収した暗号文書を解読しています。残りの二人、ステンノーとメドゥーサも間もなく特定出来るでしょう』

「それで、エウリュアレーの正体は?」

『「天野咲夜」という偽名を名乗っています』

「……すまん、エウリュアレーはすでにこちらと接触している。詳しいことは後で連絡する」

 志郎は通信を切ると鞄から何かを取り出そうとする咲夜、いやエウリュアレーの腕を掴もうとする。

「動かないで。動けば『部分展開』だけでは済まさないわ」

 しかしエウリュアレーが腕部を部分展開して一夏の喉元に鋭い爪先を突き付けると、志郎の動きが止まる。

「それとあなたたち四人もよ。逃げようとしたり抵抗しようとしたり大声を上げたりしたら、すぐ完全に展開するわ。ここで暴れたらどうなるか、あなたたちでも分かるでしょう?」

 それを聞くと一夏は黙り込み、本音も抵抗を諦める。蘭は怯えるありすの手を握り、不安そうな表情を隠しきれない。志郎や一夏たちが陰になっているらしく、誰も異変に気付いた素振りを見せない。

「いい子ね。それじゃ、場所を変えましょう? 人目につかない方がお互いにやり易いでしょうからね。さ、行くわよ」
「待て! 目的は一夏君なんだろう!? 人質なら俺がなろう! だから蘭さんとありすさん、本音さんは帰してやってくれ!」
「ダメよ。全員に来て貰わないと困るの。言うとこを聞かなければ……」
「くっ!?」

 志郎たちは人気の無い河川敷まで歩かされる。河川敷に到着するとエウリュアレーは右腕で一夏に殴りかかるが、志郎が両手で拳を掴んで止める。

「一夏君! 蘭さんたちを連れて逃げるんだ! ここは俺が食い止める!」
「はい!」
「風見さん!」
「心配するな! 俺はこいつに負けたりはしない! だから早く行ってくれ!」

 エウリュアレーの腕を捻って投げ飛ばし、志郎が声を張り上げると一夏、蘭、本音、ありすは一斉に走り始める。しかし一台のワゴン車が道を塞いで停車する。そして運転手が降りてくると、ゆっくりと立ち塞がり言い放つ。

「残念だけど、あなたをここで逃がす訳にはいかないのよ。織斑一夏、布仏本音、そして五反田蘭」
「雪城先生!? 何がどうなってるの!?」
「まだ、わからないのかしら? 私はあなたのお兄さんを誘拐した連中の仲間なの。つまりあなたを騙していたって訳ね」
「ふざけやがって! のほほんさん! 蘭とありすさんを連れて早く! こいつは俺が引き受ける!」
「威勢がいいのは嫌いじゃないわ。けど少しは自分の実力を弁えなさい、坊や」

 立ち塞がる愛に一夏は右腕を部分展開して殴りかかるが、愛は左腕を部分展開し、蛇の紋章が入った盾で一夏の拳を弾き飛ばす。逆に盾で一夏を殴り飛ばして河川敷に転がすが、再び一夏は愛に挑みかかる。しかし愛にあしらわれ、次第に追い込まれていく。
 一方の志郎もエウリュアレーの一撃を両腕で防御していたが、次第に押し込まれていく。志郎はエウリュアレーのパンチをスウェーで回避し、巴投げでエウリュアレーを愛めがけて投げつける。

「どうやら少しは出来るみたいね」
「ならこちらも少し、本気を出しましょうか!」

 すると愛とエウリュアレーはISを完全に展開し、全身に装甲を身に纏う。愛が展開したのは頭部に無数の蛇を模したビーム発射口を備え、左腕に盾、右手に斧を持った『ゴルゴーン・シリーズ』の『ステンノー』、エウリュアレーは大蛇のような長い尾を備え、手には牙を模した槍を持った同名のISだ。愛がステンノーだったようだ。
 愛ことステンノーは斧を掲げて志郎に斬りかかり、エウリュアレーは槍で一夏に突きかかるが、二人とも間一髪で初撃をかわす。エウリュアレーが尾を振り回して攻撃を仕掛けると、志郎と一夏を翻弄して反撃を許さない。さらにステンノーがビームを発射し、ビームが二人の足元に着弾する。
 一方、逃げようと走っていた本音、蘭、ありすだが、突然ありすは立ち止まってその場にうずくまる。

「ありす!? もしかして身体の具合が!?」
「蘭さん、ありすさんに肩を貸して上げて! 私が反対側から肩を貸すから!」

 のほほんとした雰囲気が一転して本音はきびきびと蘭に指示を出すと、右側からありすに肩を貸そうとする。

「大丈夫……私、このくらいなら……」
「大丈夫じゃないよ! とにかく今は喋らないで!」
「蘭、なんで私のことを……?」
「友達だからに決まってるでしょ! 友達が困っているのを見捨てていけるわけないじゃない!」
「蘭、ありがとう。それとごめんね……」
「全部、嘘だったの」
「え……?」

 次の瞬間、ありすは蘭が反応する間もなく首筋に手刀を打ち込んで気絶させると、続けて本音に当て身を食らわせ、ポケットからロケットを取り出す。
 志郎はステンノーの斧に打ち据えられ、エウリュアレーの尾に打ちのめされながらも一夏を抱えて飛び上がり、ステンノーとエウリュアレーから距離を取る。

「こうなれば! 変身……」
「来い! 白し……」
「そこまでだ!」

 両腕を横に突き出す志郎と専用機を展開しようとする一夏だが、横合いからの声を聞いて聞こえてきた方へ向くと動きが止まる。そこには蘭と本音を両腕に抱えたIS、『ゴルゴーン・シリーズ』最後の1機『メドゥーサ』が立っている。

「ありすさん!?」
「そうか! 『メドゥーサ』の正体は緑川ありす、君だったのか!」
「その通りだ、風見志郎、亡国機業最大の敵『マスクドライダー』。お前のことはすでに調査済みだ。姿を変えてみろ、二人を即座に絞め殺す。織斑一夏、お前もだ。専用機をエウリュアレーお姉様に投げ渡して貰おうか」
「卑怯な……!」

 ありす、いやメドゥーサは蘭と本音の首を腕で締め上げ始める。志郎は構えを解き、一夏は手甲をエウリュアレーに投げ渡す。

「いい子ね、坊や。それにマスクドライダー。あなたたちにも一眠りしてもらおうかしら」

 ステンノーは一夏には軽く盾で一撃を加え、志郎を思い切り斧で殴り付けて昏倒させると、二人を担ぎ上げてワゴン車の最後部席に放り込む。続けてメドゥーサが中間の席に本音と蘭を放り込むとISの展開を解除して乗り込み、ドアを閉める。最後にステンノーとエウリュアレーも展開を解除し、エウリュアレーが助手席に、ステンノーが運転席に座る。そしてワゴン車はどこかへと走り去っていった。



[32627] 第二十話 今は一人でも
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:19
 意識を失った志郎が目覚めたのは薄暗い部屋の中であった。上半身裸で手足を鎖で拘束され、壁に張り付けられている。一夏と本音、そして蘭も椅子に縛り付けられている。まだ意識を取り戻していないようだ。

「一夏君、本音さん、蘭さん」
「うっ……」
「ここは……?」
「私たち、気絶させられて……」

 志郎が声をかけると意識を取り戻し、自らが置かれた状況を知るもがく。しかしロープはきつく締まっておりびくともしない。志郎も鎖を引きちぎろうとするが、簡単には引きちぎれそうもない。そこにドアが開いて二人入ってくる。ステンノーとエウリュアレーだ。志郎は二人を睨み付けるが、構わずにステンノーは話し始める。

「気分はどうかしら? 坊やにお嬢さん、それと『マスクドライダー』」
「最悪以外の何物でもないな。それより、これは一体どういうことか説明してもらおうか?」
「見て分からない? 少し織斑一夏と布仏本音に聞きたいことがあるのよ。だからあなたにも少し協力して貰おうってわけ」
「俺にだと? 俺に何をさせるつもりか知らないが、亡国機業に協力する気などない。それより、なぜ蘭さんがここにいるんだ? 蘭さんはIS学園とは何の関係もない、ただの一般人だ。分かったら早く蘭さんを解放しろ!」
「イヤよ。この娘にも用があるんですもの。逃がしてあげる訳にはいかないわ。彼女がここにいるのは、私たちに逆らうとどうなるか思い知らせてやるため。あなたはその見せしめって訳よ」
「見せしめ、だと?」
「ええ。見せしめ、よ。エウリュアレー、早速始めて頂戴」
「任せて、お姉様」

 ステンノーが指示を出すとエウリュアレーが竹の鞭を持って志郎の前に立つ。そして空気を切り裂く鋭い音と共に鞭を振るい、志郎の身体に鞭を打ちつけ、皮膚を打つ音と共に志郎の身体に痛々しいみみず腫が出来る。エウリュアレーは何回も鞭を志郎に叩きつけ、次第に皮膚が切れてみみず腫の代わりに血が流れ出すようになる。

「風見さん!?」
「やめろ! 風見さんには手を出すな!」

 蘭の悲痛な声と一夏の叫びが聞こえると、エウリュアレーは一旦鞭を振るう手を止める。続けてステンノーが一夏の前に立ち、顎を掴んで顔を上げさせながら尋ねる。

「早速だけど、あなたに聞きたいことがあるのよ。あなたが私の質問に正直に答えてくれるのなら、この男を痛めつけることはないわ。けどもし黙っていたり、嘘をついたりしたら……」

 ステンノーが言葉を切ると、エウリュアレーが志郎の身体めがけて鞭を叩きつけ、血が飛び散る。

「クソ! 分かった! 答える! 答えるからもうやめろ!」
「いい子ね、物分かりが早くて助かるわ。なら答えて貰いましょうか。IS学園の特別地下区画の入り口について、ね」
「特別地下区画?」
「ええ。IS学園の地下深くにある特別な区画よ。撃墜された無人ISのコアも保管されていると言われているわ。そこに入る為の入り口を知りたいのよ。あなたもIS学園生徒会の一員なら、分かるでしょう?」
「知らない! 学園の地下にそんなものがあるなんて、聞いたことがないぞ!」
「白を切るつもりかしら? だったらしょうがないわね。少し彼には苦しんで貰おうかしら」

 ステンノーが合図をすると、エウリュアレーは鞭を持って志郎を再び叩き始める。

「可哀想に。あなたが正直に答えないから、あの男が痛めつけられる羽目になったのよ? あなたに、良心の呵責というものはないのかしら?」
「知らないものは知らない! 知らないのに嘘も何もあるかよ!」
「あなた、本当に強情ね。あなたのお姉さん、『ブリュンヒルデ』から聞いたことはないの?」
「あるわけないだろ! 大体そんな場所の入り口を千冬姉が知っていても、俺なんかに教えるわけがない! 俺は知らないったら知らないんだ! だから風見さんを痛めつけるのはやめろよ!」
「あら、そう。だったらもうあなたに聞くのはやめてあげるわ。この役立たず!」

 ステンノーはISを部分展開して一撃を加え、一夏を昏倒させると本音に話しかける。

「では次はあなたよ。坊やのようになりたくなかったら、知恵を絞って答えなさい。予想くらいは出来るでしょう? さ、特別地下区画の入り口を教えて頂戴」
「私も知りません……けどもしかしたら、校舎にある非常用通路に入り口があるのかもしれません」
「嘘はついてないみたいね。頭が良くて本当に助かるわ。だから何もしないであげる」

 本音の答えを聞くと満足げにステンノーは頷き、続けて蘭の前に立つ。蘭は鞭打たれている志郎の姿を直視出来ず、目を閉じて顔を背けている。ステンノーは顎を掴んで無理矢理顔を向けさせ、口を開く。

「ねえ、五反田さん、これで分かったでしょう? 私に逆らえばどうなるか、嫌でも理解出来たでしょう? だから、あなたがあんな目に遭いたくないのなら、私の言うことをよく聞きなさい。そうすればちゃんと可愛がってあげるわ。あなたは貴重な人材なんですもの、丁重に扱うのが礼儀。けどその話は後でしましょ? 今は頭を冷やしてゆっくり考えて、ね?」

 ステンノーがそう言うと銃を手に持った男たちが部屋に入り、一夏や本音、蘭を縛っているロープをナイフで切る。ある男は一夏を担ぎ上げ、別の男たちは本音と蘭に銃を突き付け、部屋から退室させる。

「あなたにはもう一眠りして貰うわ。暴れられたら厄介ですもの」

 最後に志郎は斧で再び頭部を強打され、意識を失った。

**********

 スポーツショップ『セントラル』。一見ただのスポーツショップだが、世界征服を企む『デストロン』との戦いで『少年ライダー隊』の本部建物が一度破壊された後、新たな本部として活用されていた。デストロンの壊滅を機に少年ライダー隊が解散するとセントラルも本部としての役割を終え、ただのスポーツショップとなった。それでも本部時代の部屋や設備は残っている。店の奥にで二人の男と一人の女性がテーブルに地図を広げて見ている。

「目撃情報を検討するに、ワゴン車はこの地区に逃げ込んだと見るのが妥当でしょう。この辺りは近年は再開発が進み、人の出入りが激しいので、『三姉妹』が潜伏するには丁度いい場所ですから」
「なら谷君の協力を仰いだ方がいいな。土地勘なら俺たちよりあるだろう」
「けどケンちゃ……佐久間さんもあの町の生まれなんでしょ? だったら、谷さんに協力して貰わなくても大丈夫なんじゃ?」
「いえ、街も私のいた頃からだいぶ変わってしまいましたからね。特にこの地区は見る影もありませんよ」
「それより、志郎からまだ連絡がないんだろ? もしかして志郎に何かあったんじゃないか?」
「志郎さんならきっと大丈夫よ! いつもそうだったんだから!」

 話しているのはケン、元少年ライダー隊会長の立花藤兵衛、それに元少年ライダー隊の通信係で、現在はセントラルを任されている珠純子だ。エウリュアレーの部屋を家宅捜索して暗号文章を入手したケンはセントラルを拠点とし、暗号を解読した後は『ゴルゴーン・シリーズ』の操縦者を追って情報収集や分析を行っていた。途中で『三姉妹』がワゴン車に誰かを乗せ、拉致したという情報が入ったために現在はそのワゴン車の行方を追っており、行き先は特定出来た。

「しかし、昨日今日とIS学園近くで誘拐とは亡国機業も大した度胸だな」
「この近辺は『エアポケット』ですからね。亡国機業にはやり易いのかもしれません」

 呆れたように呟く藤兵衛にケンが答える。
 この街周辺の警戒は厳重だ。警察に加えてIS学園がある。しかし一度中に入ってしまうと、一転してやり易くなるのが現状だ。特に亡国機業は学園祭中のIS学園に襲撃をかけたのを皮切りに、『キャノンボール・ファスト』の最中に『サイレント・ゼフィルス』を送り込んだり、火事場泥棒をしにIS学園へ潜入したりとやりたい放題だ。
 理由はIS学園の微妙な立場にある。IS学園は警察権を持っていないし、周辺の街にまで独立自治は及ばないので、周辺の街は地元警察に一任しているのが現状だ。しかしIS学園は各国の思惑や利害が複雑に絡み合った『世界の火薬庫』だ。下手につつけばいつ、どんな形で爆発するか分からない。そのせいで地元警察も遠慮がちになり、後手に回ることが非常に多い。
 今は連絡の取れない志郎の動向が気になる。三人が思案していると備え付けの通信機に通信が入る。

「こちら……結城さん、どうかしたんですか?……志郎さんが!?……はい、分かりました。会長たちに伝えます」

 通信を入れてきたのはIS学園にいる丈二らしい。純子は藤兵衛とケンに通信の内容を伝える。

「会長、結城さんから連絡で、志郎さんは織斑一夏君や布仏本音さん、それに五反田蘭さんと一緒に亡国機業に拉致され、捕まっているらしいんです」
「志郎が、一夏君や蘭ちゃんと!?」
「先に五反田蘭さんを人質にされて、と言ったところでしょうね」

 驚愕する藤兵衛とは対照的にケンは冷静に考えを巡らせる。丈二は志郎からテレパシーを受け取ったのだろう。丈二がこちらに連絡したのは警察やIS学園が表立って動くと不味い、という判断だろう。
 昨日の失敗から亡国機業も警察やIS学園が動けばすぐ撤収するか、人質を殺してしまう可能性もある。追い詰められた鼠は何をしでかすか分からないのだ。

「とにかく、谷くんに連絡を入れておいてくれ。それじゃ、行くぞ」

 藤兵衛は純子に告げるとケンと共に部屋を出た。

**********

 時間を少し遡る。
 IS学園生徒会室で丈二とひとみ、虚が座っている。だがひとみや虚の様子が少し落ち着かない。

「二人とも遅いわね。もう戻ってきてもいい頃なのに。そこら辺をほっつき歩いているのは分かっているんだけど、いくらなんでも遅過ぎるわ」
「もしかして本音も一夏君の毒牙にかかったのでしょうか?」
「彼は天性の女たらしと言うか、なんと言うか」

 少々ズレた心配をしている二人に苦笑する丈二だが、志郎からテレパシーが入ると表情を引き締める。丈二は席から立ち、二人の見えないところで右手を耳に当て、交信を開始する。

「風見、何かあったのか?」

『ああ。かなり悪い知らせだ。単刀直入に言おう。今俺は一夏君や蘭さん、布仏本音さんと一緒に亡国機業に捕まっている』

「何!? お前もか!?」

『蘭さんの友人こそがメドゥーサだったんだ。それと知らず一緒に逃がしたから、蘭さんと本音さんが捕まって、俺と一夏君への人質にされてな』

「となると、ステンノーとエウリュアレーもいるんだな?」

『恐らくな。それだけじゃない。下っ端連中も結構な数がいた』

「分かった。場所は分かるか?」

『分からん。ただ、意識を失っていた時間から察するに隣町だろう。建物内の様子からして、俺たちが監禁されているのは建設途中のビル内部だろうな』

「そちらで何とかなりそうか?」

『出られないことは無いが、蘭さんは友人に裏切られたショックが大きくてな。今は動けそうにない』

「ならこちらから救出に動いた方が良さそうだな」

『世話をかける。だが警察やIS学園を動かさないようにしてくれ。 連中は昨日の一件で学習したのか、かなり気が立っているようだ。下手に刺激すれば俺はともかく、蘭さんたちが危ないかもしれない』

「任せろ。それと本音さんの家族、つまり姉の虚さんやひとみちゃんには俺から伝えておく。彼女たちには、知る権利がある」

『……すまん、結城』

「気にするな。こちらで発信源を探知して迎えにいく。それまで無事でいろよ」

 志郎との交信を終えると再びひとみと虚の下へと戻る。ひとみと虚は丈二の様子がおかしいことに気付き、怪訝そうな表情を浮かべている。丈二は一瞬言葉に詰まるが、口を開く。

「ひとみちゃん、虚さん、落ち着いて聞いてくれ。一夏君と本音さんが、亡国機業に捕まったと風見から連絡が入った」
「本音が!?」
「ちょっと結城さん!? 冗談ですよね!?」

 丈二の一言に慌てふためく二人だが、丈二は敢えて冷静に続ける。

「残念だが、冗談なんかじゃない。連絡を入れてきた風見も一緒に捕まっているらしい。風見はそんな冗談を口にするヤツじゃない」
「そんな……どうして本音が……!?」
「織斑一夏を狙っていた亡国機業の巻き添えにされた、といった所だろう。しかも風見やIS学園の二人だけでなく、無関係な一般人も巻き込まれているらしい」
「だったら早く警察に連絡しないと!」
「待つんだ!」

 携帯電話を取り出し、警察に通報しようとする虚を丈二が押し止める。

「連中は昨日の失態で相当焦っているらしい。下手に警察やIS学園が動いたら連中は何をしでかすか分からない。かえって本音さんや一夏君を危険に晒すことになる」
「だったらどうすればいいんですか!? 本音や一夏君を見殺しにしろと、諦めろとでも言うんですか!?」
「そうじゃない。警察やIS学園が動くことは出来ないが、誰かが裏で動くことは出来る。俺や俺の仲間なら連中に感付かれずに動くことも可能だ。だから、ここは俺たちで彼女たちを救出する」
「動くって言っても、あなたは……!」
「……分かりました。結城さん、織斑君と本音をお願いします」
「ひとみ先生!?」
「虚、この人を誰だと思っているの? この人は光太郎お兄ちゃんの先輩、『仮面ライダーBLACK RX』の先輩なのよ?」
「南光太郎さんの、ですか?」

 丈二は怪訝そうな顔をしている虚と黙って視線を合わせる。虚は丈二やひとみの言葉を信じるべきか迷っているようだ。無理もないだ。丈二と虚は出会って間もない。妹の命がかかっているのだ。信じろという方に無理がある。ならば証拠を見せるしかなさそうだ。丈二はヘルメットを手元に呼び出すと頭に被る。すると右腕のアタッチメントが作動し、身体が強化服に包まれて『変身』を完了する。

「これが俺のもう一つの姿だ。信じられないと言うのなら、それで構わない。しかしひとみちゃんは信じてくれないか? 絶対に一夏君も本音さんも、俺が助けてみせる。この右腕と、命に替えてでも。だから、俺に任せてくれないか?」

 丈二は変身を解除し、虚に静かに告げる。虚は目を見開きながら黙ったままだ。丈二は振り向いて部屋を出ようとする。

「あの、結城さん!」

 しかし虚が呼び止めると丈二の足が止まる。

「私、結城さんのことを信じます。ですから、私の頼みを聞いて頂けませんか?」
「何か?」
「私も連れていって下さい。私も更識家の人間です。あなたの足手まといには絶対になりませんから」
「しかし!」
「私からもお願いします!」

 虚の頼みを拒否しようとする丈二だが、ひとみがそれを遮る。

「お願いします、虚を連れていってあげて下さい。本音は虚にとって、たった一人の妹なんです。だから、私みたいに後悔して欲しくはないんです」
「……分かった。だが虚さん、無理はしないでくれ。君まで危ない目に遭っては本末転倒だ」

 丈二は虚を連れ立って部屋を出ようとする。しかしドアに手を掛け、一度ひとみに振り返る。

「本音さんも、虚さんも、必ず守ってみせる。あの時守れなかった君のご両親の分も、今度こそは、絶対に」

 丈二は虚と共に部屋を出る。ひとみは出ていく丈二の背中に黙って一礼するのだった。

**********

 丈二や猛とテレパシーで交信を終えた志郎は状況を整理する。再び意識を取り戻した時には一夏や本音、蘭と共に牢獄に入れられている。見張り役は見当たらないが、監視カメラや盗聴器が仕掛けられているのかもしれない。本当なすぐにでも脱獄したいが、一夏と本音はともかく蘭は逃げる気力も無いだろう。
 蘭は見ていて分かるくらい意気消沈している。緑川ありすが亡国機業の一員で、今まで自分を騙していた。そのショックは大きいだろう。先ほどから一夏が蘭を慰めているが、簡単には立ち直れないだろう。見かねて志郎も蘭に声をかける。

「やっぱり、友達が亡国機業の一員と知って、ショックかい?」
「……はい。ありすが今までずっと、私のことを騙していたんだって、私と一緒に過ごしてきたことも、全部嘘だったんだって思うと、私……」
「蘭……」

 蘭は項垂れたままだ。志郎は少し沈黙するが、再び口を開く。

「君の気持ちはよく分かる。俺も君と同じように、友人と思っていた人間と敵対した経験があるし、今の君と同じく、今まで信じていた者に裏切られた男のことも、ずっと身近で見てきた」
「風見さんも……お友達と?」
「ああ。そいつはと俺は常に競い合う良きライバルで、親友同士とも言える仲だったんだが、悪の組織に騙される形で改造され、俺はそいつをこの手で……」
「でも、それは風見さんが……」
「悪いのは組織だとは百も承知さ。だが、俺がそいつを直接手に掛けたのもまた事実だ。それに親友と思っていた男が実は自分を憎んでいて、自ら改造手術を受けて怪人となり、襲いかかってきた先輩や後輩に比べれば、俺なんてまだマシな方さ。先輩やその後輩からすれば、信じていた者に裏切られたんだ。傷つかない筈がない」
「なにより俺の身近には、所属していたのが悪の組織だと気付かず、人類の自由と平和のためと信じて研究を続けていた男がいた。全てが嘘であると知った時、自分が今まで悪魔に忠誠を誓っていたと知った時、あいつは……」
「だから蘭さんが辛いのはよく分かる。まだ心の整理がついていないのも、心のどこかでは緑川ありすを信じたいと思っているのも、感情をどう処理していいか分からないのも、俺には分かる。だから、こういう時は無理せず泣いていい。泣ける時に泣いた方がいい。泣いた方が却ってスッキリするからね。一夏君、蘭さんに胸を貸してやってくれないか?」

 一夏は頷くと蘭をそっと抱き寄せる。すると蘭も耐えきれなくなったのか、一夏の胸にすがりついてすすり泣き始め、泣きじゃくりだす。志郎はは牢獄を探っている本音を見やる。のほほんとした雰囲気は微塵もなく、慣れた様子で冷静に周囲を観察している。

「本音さん、どうだい?」
「やっぱり盗聴器の類いはないみたいですね~。となると、私たちの服に何かが仕込まれていると思います~」
「俺たちの服、か」

 志郎はベストの内側を探り始める。案の定と言うべきか、胸部分にビーコンが仕込まれている。本音も制服の胸部分からビーコンを取り出す。踏み壊そうとする志郎だが、思い止まる。

(今すぐ脱出という訳にもいかないな。一夏君の専用機がどこに保管されているのか分からない)

 一夏の専用機はすでに取り上げられている。勿論一夏や本音、蘭の安全が最優先だが専用機を亡国機業に渡す訳にいかない。

「あの~、風見さん」
「なんだい?」
「一つ気になっていたんですけど~、どうしてあの女、ステンノーは五反田蘭さんを『貴重な人材』って言ったんでしょうね~?」
「連中にとって貴重な人材と言えば、IS操縦者なんだろうが。まさか、蘭さんも……?」

 志郎が考え込んでいると、蘭は落ち着きを取り戻したのか、泣き声が止む。

「あ、あの、一夏さん、ありがとうございます……」
「気にしなくていいって。俺で良かったらいつでも頼ってくれていいから。これくらい、何度でも頼んでいい。だからもう無理はすんなよ? 弾や俺だって辛くて、悲しいんだからさ」

 一夏が微笑むと、蘭は気恥ずかしさも重なって顔を耳まで真っ赤に染めて俯く。不思議そうに見ていた一夏だが、志郎が再び声をかける。

「君の手管は相当なものだな。それはともかく、蘭さんに一つ聞きたいんだが、君はIS適性検査を受けたことがあるかい?」
「え? あ、はい。簡易のヤツですけど、一回受けました。IS学園を志望してますから」
「なら、適性はどれくらいだったか分かるかい?」
「確か、Aでした」
「なるほど、やはりそういうことか」
「蘭のIS適性がどうかしたんですか?」
「亡国機業はここの所、戦力の拡大に努めているんだ。『サイレント・ゼフィルス』をイギリスから強奪したのもその一環だ。そして戦力の中には優秀なIS操縦者、もしくはなり得る素質を持つ者も含まれている。言いたいことは、分かるね?」
「つまり蘭を無理矢理引き入れようって訳ですね。相変わらず汚い真似を……!」

 一夏は怒りを込めて右拳を左掌に打ちつける。

「落ち着くんだ、一夏君。そんなことは俺と君が絶対にさせない、そうだろう?」
「はい! 勿論です! 弾のためにも、絶対にやらせるわけにはいきません!」
「その意気だ。一夏君と蘭さんも服に何か仕込まれていないか調べてみてくれないか? 俺や本音さんの服にはこの通り、仕込まれていたからね」

 志郎が自身と本音の服に仕込まれていたビーコンを見せると、一夏と蘭も服に手を入れて探り始める。そして一夏はベルトのバックルの内側に、蘭は胸ポケットの中に仕込まれていたビーコンを取り出すと床に置く。

「風見さん、どうします?」
「本当なら脱出が最優先だが、警戒が厳しくて難しいだろうし、専用機持ちが三人もいる。裏をかいて、先に一夏君の専用機を奪回しよう。専用機があれば力押しでも何とかなる」
「でもどうやってここから出るんですか? 『白式』の保管場所だってどこか分かりませんし」
「ここから出るのはなんとかなるよ~。ヘアピンか何かあれば、このくらいの鍵はすぐに開けられるから~」
「『白式』の在処は連中から聞き出せばいい。向こうからこっちに来てくれるんだ。利用しない手はない」

 本音は蘭からヘアピンを借りて扉の前に立つ。格子から手を出して慣れた手つきでヘアピンを曲げ、鍵穴に突っ込んで弄り始める。すると施錠が解除される音がして、牢獄の扉が開かれる。

「すげえ……のほほんさん、そんな特技があったんだ」
「更識家の人間だから、これくらい朝飯前なんだよ~」

 のほほんとした口調で本音は答えると、扉から出て周囲を確認する。続けて一夏と蘭が牢獄の外に出る。最後に志郎がビーコンを踏み潰して牢獄を出ると、天井裏にある通気口を示す。志郎が一夏を肩車すると、一夏が通気口のフェンスを外してダクトに入り込み、続けて本音、蘭を志郎が肩車して一夏が手を取ってダクトに引き入れる。最後に志郎は一夏にフェンスを閉めさせ、フェンスに掴まって天井に張り付く。待っていると、乱暴な足音と共に複数の男が牢獄の前へ走ってくる。志郎に気付いていないようだ。

「クソ! 逃げられたか!」
「インターポールやIS学園に知られたら厄介だ! 必ず連中を捕まえろ! 織斑一夏でない男は射殺しても構わん!
「生憎だが、簡単に殺されてやる気はない!」

 男たちがリーダーらしき男の指示で動き出そうとした瞬間、志郎は天井から降りて床に着地する。

「貴様は!?」

 男たちが驚いて硬直している間に志郎は突きや蹴りを叩き込んで沈黙させる。我に返った男たちは誤射を懸念したのか自動小銃で殴りかかってくるが、次々と返り討ちにされる。最後に残ったリーダーらしき男に志郎は膝蹴りを叩き込んで屈ませ、自動小銃を引ったくって男を壁に押し付け、自動小銃の銃身で首を締め上げながら尋問を開始する。

「言え! 一夏君の専用機、『白式』はどこにある!?」
「し、知らん! 俺は知らない!」
「とぼけるな! あくまで白を切る気なら、こっちにも考えがある! お前の代わりなどいくらでもいる。お前を黙らせて、別のヤツに聞くことだって出来るんだぞ!?!」

 志郎が力を込めてさらに男を締め上げると、男は観念したのか話し始める。

「このビルの、最上階の……一番北側の部屋にあると……聞いている」
「間違いないな!?」
「ま、間違いない……」

 志郎は首筋に手刀を打ち込み、男を気絶させる。さらに牢獄の鍵と無線機を手に取ると気絶させた男たちを牢獄に放り込んで鍵を閉め、鍵を牢獄の中へ投げ込んで無線機のスイッチを入れる。

「脱走だ! 脱走者は現在出口に向かっている! 至急援護を……うわっ!」

『どうした!? 何があった!? 応答し……』

 直後に志郎は無線機を踏み潰す。一夏がフェンスを開けて志郎がダクトに入ると再びフェンスを閉める。

「聞いての通りだ。警備は出入口付近に集中するだろう。それじゃ、最上階まで向かうとしよう」

 志郎たちはダクトを伝って動き出すのであった。

**********

 間もなく午後5時を回ろうかという頃、二台のバイクが一本の道を疾走する。バイクの後ろには少年が乗っている。運転しているのは猛と源次郎だ。

「弾君も数馬君も、あんまり無茶はしないでくれ。君たちまで危険に晒したんじゃ、俺が一夏君に顔向け出来ない」
「分かってます。またヘマしたら、蘭に何をされるか分かったもんじゃありませんから」
「本郷さん、次の十字路を左に行けば、裏道に入れる時間を短縮出来ます」
「ありがとう、数馬君。谷さん、急ぎましょう。結城も動き出したようですが、何があるか分かりません」
「分かった。弾君、振り落とされないようしっかりと掴まるんだ」

 猛の後ろには数馬が、源次郎の後ろには弾がそれぞれ乗っている。猛が志郎と交信した直後に藤兵衛からの連絡が入り、一夏と蘭が亡国機業に誘拐されたことが発覚した。そこで猛と源次郎が救出に向かうことを決めたが、弾と数馬も志願した。当初は反対した猛と源次郎だが、弾の熱意と数馬の根気に折れて、二人を同行させることにした。土地勘のある数馬は猛の後ろでナビゲート役をしており、同じく土地勘のある源次郎は弾を乗せて走っている。どちらも往年の名レーサーだけあって、かなりの早さで行程を消化している。途中で後ろから一台のバイクが追い付いて猛と源次郎に合流する。

「本郷さん! 谷さん!」
「結城か!」
「って、虚さん!? どうしてここに!?」
「あなたこそどうして!? まさか、妹さんを助けに行こうとしているんじゃ……!?」
「結城君、彼女は?」
「彼女は布仏虚。それに風見と一緒に拉致された布仏本音という娘の、姉です」
「となると、君も弾君と同じらしいな。俺は谷源次郎だ。詳しい話は後でしよう。今は君の妹さんたちを救出するのが最優先だ。いいね?」
「はい!」

 バイクに乗っていたのは丈二と虚だ。

「谷さん!」
「どうやら、俺たちにもお迎えが来たらしい!」

 直後に物陰から複数のバイクが飛び出し、源次郎たちを猛然と追いかけ始める。それが亡国機業のオートバイ部隊で、狙いは自分たちの排除だと源次郎、猛、丈二は直感的に理解する。前方からも複数のバイクがやってくると、リーダーらしき男が声を張り上げる。

「本郷猛! 結城丈二! 谷源次郎! 貴様たちをこの先に行かせるなとの命令だ! 残念だが、貴様らにはここで死んで貰う!」
「連中は最初から俺たちをマークしていたらしい。虚さん、しっかりと掴まるんだ!」

 逃げ道を塞がれた源次郎、猛、丈二はオートバイ戦を開始する。オートバイ部隊はウィリー走行で体当たりを仕掛け、運転者を叩き落とそうとする。三人はハンドルをうまく操作し、巧みに身体を倒して攻撃を回避する。オートバイ部隊に蹴りを入れて距離を取ると、即座にバイクをターンさせて反対方向に逃げようとする。しかしオートバイ部隊が回り込むとまたも体当たりをかける。それを三人とオートバイ部隊は何回となく繰り返す。三人は後ろに乗っている弾や数馬、虚を気遣って中々攻勢に出られない。
 源次郎たちがオートバイ部隊の攻撃を回避しながら打開策を練っていると、横から二台のバイクが突っ込んでオートバイ部隊を蹴散らし、源次郎たちの前で停車する。

「谷君! 猛! 丈二! 無事だったか!」
「おやっさん!」
「それに佐久間さんもか!」

 突っ込んできたのは藤兵衛とケンだ。二人も蘭たちの救出に動き出していたようだ。

「おやっさん、数馬君と虚さんを頼みます!」
「ここは俺たちで引き受けます! ですから風見たちを!」
「分かった!」
「さあ、早く乗って下さい!」

 一旦バイクを停車させた猛と丈二の提案を藤兵衛とケンは承諾する。藤兵衛の後ろに数馬が、ケンの後ろに虚が乗ると藤兵衛、ケン、源次郎は一斉に走り出す。

「行かせるか!」
「それはこちらの台詞だ!」
「お前たちに邪魔をさせる訳にはいかない!」

 妨害しようとするオートバイ部隊に、猛と丈二は攻勢に出て激しいオートバイ戦が再開される。
 一方、猛と丈二にオートバイ部隊を任せた三人はスピードを上げて目的地を目指す。

「あの、あなたは一体?」
「申し遅れましたが、私はICPO(国際刑事警察機構)捜査官の佐久間ケンという者です。こちらは立花藤兵衛さん。私に協力して頂いている民間人協力者といったところです。あなたは?」
「御手洗数馬です。こっちの五反田弾や、誘拐された織斑一夏とは友達なんです」
「そう言えばそちらの君は、今日の講演で私に質問していましたね。申し訳ありません、私の力が足りなかったばかりに、君の妹さんが亡国機業に……」
「いえ、そんな。けど虚さんとは知り合いなんですか?」
「ええ。前に一度お会いしたことがあるの。佐久間捜査官、本音はどこに?」
「上着のポケットに入っている地図を見て下さい。マークしたビルがその場所です」

 ケンの言葉を聞くと虚はケンの上着から地図を取り出して開いてみせる。地図を数馬に渡すと場所を知っているらしく、藤兵衛に話しかける。

「立花さん、次の道を右に曲がって下さい」
「よし、分かった! 数馬君、振り落とされないでくれよ!」

 源次郎、藤兵衛、ケンはバイクのスロットルを入れ、目的地に向けてスピードを上げていくのだった。

**********

 志郎、一夏、本音、蘭はビル最上階にまで来ている。すでに日の入り間近だ。志郎が一芝居打ったお陰で警備は出入口付近に集中しているらしく、殆ど見張りや警備に会うことも無かった。会えば会った志郎が気絶させていたが。最上階まで到達した四人は一番北側の部屋の前までやってくる。志郎が聞き耳を立てるが、物音は聞こえない。しかし誰か部屋の中にいるようだ。

「どうします?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。一気に突入しよう」

 志郎はドアを開けて部屋に入り、一夏、本音、蘭も続けて部屋に入る。他の部屋に比べて広く、どこか薄暗い。暗がりに目を凝らしていた志郎だが、部屋の中に誰かがいるのを確認する。

「やはり来たか。風見志郎、織斑一夏」
「緑川ありす、いやメドゥーサ。貴様が『白式』を守っていたのか」
「その通りだ。この専用機を渡すわけにはいかん。武器のみとはいえ『展開装甲』が使われているのだ。解析する価値は大いにある」

 中にいたのはメドゥーサだ。『白式』を奪わせないためにここで待機していたらしい。黙って睨み付ける蘭にメドゥーサは視線を向けるが、すぐに逸らして志郎へ向き直る。

「一夏君、本音さんと蘭さんと一緒に下がっているんだ。こいつは俺が片付ける」

 志郎は一夏たちを下がらせ、メドゥーサに構える。メドゥーサもまた腕部のみ部分展開する。

「メドゥーサ、犯罪に手を染め、蘭さんの心を踏みにじった罪、償って貰うぞ」
「下らんな。騙される方が悪い。感情を処理出来ん甘ったれのゴミ共が。貴様らごときに負けるメドゥーサではない!」

 志郎が動き出すとメドゥーサは右手に鎖付き鉄球を持って志郎に投げつける。志郎は床に転がって鉄球の一撃を回避し、立ち上がって右ストレートを顔面に叩き込もうとする。メドゥーサは左腕の装甲も展開し、万力に似た打突用アームを装備して志郎の拳を先端で挟みこむ。逆に鉄球を持って志郎を殴り付け、最後に派手に殴り飛ばすと遂に全身に装甲を展開する。志郎も立ち上がり、両腕を横に突き出す。

「変身……なっ!?」

 しかし腕を反対側まで持っていく途中で志郎の動きが止まる。志郎はもがこうとするが、身動ぎ一つ出来ない。メドゥーサが鉄球を投げつけ、志郎はまともに食らって壁に叩きつけられる。

「風見さん!?」
「あれって、『AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』かよ!?」
「その通りだ。この『メドゥーサ』には試作型のAICが搭載されている。『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載された完成型より強度、範囲、拘束時間の全てにおいて格段に劣るが、変身前の風見志郎の動きを封じるだけならば、十分だ」
「なるほど、『ゴルゴーン・シリーズ』の開発目的と開発元を考えれば、妥当と言えるな」

 口元を血で汚しながら志郎は立ち上がり、『メドゥーサ』と対峙する。変身は封じられたも同然だ。しかし志郎の闘志は些かも衰えない。変身出来ないなら出来ないなりに戦う。それだけだ。突破の糸口を探すべく志郎は構えながら口を開く。

「一つ聞きたい。なぜ亡国機業に加担する? 金か? 地位か? 狂信か? 貴様は何のために戦っている?」
「貴様らが口にしている薄汚い偽善のためではない、とだけ答えておこう。なんの苦しみも知らず、ぬくぬくと育ってきた貴様には決して理解出来ない理由だ」
「復讐、か」
「なっ!?」

 志郎が呟いた一言にメドゥーサが目に見えて動揺する。図星らしい。

「当たりか。復讐する力を求めて亡国機業に入った、というのが経緯だろう。感情を処理出来ていないのは、貴様も同じだな。むしろ、復讐するための力すら他者に頼った貴様の方が、俺たちよりもずっと下らない存在だ」
「黙れ! お前に私のなにが分かる!? 私の苦しみも知らないクセに、知った風な口を利くな!」
「分からんな。復讐のために魂すら売り渡し、今度は奪う側に立った貴様の気持ちなど、分かりたくもない」
「この偽善者め! 貴様には力があったから戯言をほざけるんだ! 父さんと母さんをISに殺された私の無力など、貴様のような化け物に分かる筈が無い!」
「ISに両親を、だと?」

 メドゥーサの意外な一言に志郎の表情が変わる。興奮状態のメドゥーサは早口で捲し立て始める。

「そうだ! 私の両親は私の目の前で、私を庇ってISに殺されたんだ! 親の仇を取って何が悪い!? 仇と同じ力、ISを得るために亡国機業に入って何が悪い!? 無力な私にはこうするしか道が無かったんだ! それも知らないで、貴様は薄汚い偽善を口にして……!」
「だったら、俺を黙らせてみろ。薄汚い偽善を吐く俺を、貴様が復讐のために得たその力を使ってな」

 志郎は構えを解いてみせる。構わずにメドゥーサは鉄球を志郎に叩きつけるが、志郎は身動ぎ一つしない。

「フッ、所詮はこの程度か……」
「黙れ! 強がりを言っても無駄だ!」

 続けてメドゥーサは打突用アームで志郎の頭を思い切り殴り付け、首を締め上げながら壁に何度も打ち付けるが、志郎はまだ意識を失わない。

「無駄だ。憎しみで得た力など所詮は上辺だけ、一時的なものに過ぎん。そんなもので、俺は殺せん」
「五月蝿い! この怪物が!」

 鉄球で志郎の身体を殴り始めるメドゥーサだが、その隙に一夏たちは奥にある『白式』が入っているだろうケースを手に取る。

「しまった!?」
「させるか!」

 振り返る『メドゥーサ』だが、すかさず志郎が『メドゥーサ』を抑え込む。そして一夏がケースを開けて中から『白式』を取り出そうとする。

「無い!?」
「何!?」
「馬鹿な!? そんな筈が!」

 一夏の叫びに志郎のみならずメドゥーサまで驚きの声を上げると、部屋の中にアナウンスが響き渡る。

『残念だったわね、織斑一夏。あなたの専用機は別の場所に保管してあるわ。メドゥーサはいわば囮だったって訳ね』

「ステンノー! 貴様、メドゥーサすら欺いていたのか!?」

『当然でしょ? 敵を騙すにはまず味方から。私以外には偽の情報を流したのよ。この勝負、私の勝ちよ。けど残念ね、織斑一夏、布仏本音、五反田蘭。あれだけ警告したのに。あなたたちには失望したわ。メドゥーサ、あなたにもよ。そんな男の挑発に乗って任務を忘れるあなたに、妹を名乗る資格などないわ! よって死を以て償いなさい!』

 ステンノーの言葉が終わった直後、最上階で大きな爆発が発生した。

**********

「爆発!?」
「落ち着いて下さい、弾君。最上階に先輩たちがいたとは限りません。もう一度手筈を確認します。まず私がガス弾を投げ込んで正面の敵を無力化、皆さんは裏手から潜入して下さい。突入のタイミングはこちらで指示します。よろしいですね? これが通信機です。各自で持って下さい」

 ビルの近くでケンらは突入の打ち合わせを行っている。途中ビルの最上階で爆発が起こったが、弾をケンが抑える。続けてケンは藤兵衛、源次郎、虚、数馬、弾に通信機とガスマスクを渡す。ガス弾の催眠ガスを吸わないようにするためだ。ビル周辺は再開発が進み、建設途中のビルや建設予定地が数多く存在する。隠れ場所としてはうってつけだ。
 打ち合わせを済ませると、ケン以外の五人はビルの裏手へと回っていく。ケンもビルの正面玄関前にやってくると、壁に背中を付けて身を隠し、背負っていたずだ袋からガス弾を取り出す。予想外に敵の人数が多い。ケンはガスマスクを着用し、ガス弾のピンを抜くとガス弾を投げ込む。

「な、何だ!?」
「敵襲だ!」

 当初は混乱していた敵だが、ケンの存在に気付くと自動小銃を乱射してくる。時折拳銃で撃ち返しながら、ケンは手当たり次第ガス弾を放り込み続ける。すると次第に催眠ガスの効果が出てきたのか、銃撃の数が減っていき、敵が床に倒れ込んで眠り始める。

「クソ! 催眠ガスか!? 総員、防毒マスクを着用しろ!」
 
 ガスの正体が催眠ガスと気付いた敵はガスマスクを着用する。続けてケンはずだ袋からスタングレネードを取り出し、ありったけ放り投げると裏手で待っている皆に通信を入れる。

「今です!」

 直後にスタングレネードが炸裂して敵の動きが止まると、ケンは耳栓をして突入し、まともに動けない敵に蹴りや手刀、掌底をぶち込んで気絶させていく。

「くっ! たった一人に……!」

 敵もナイフや警棒を抜き放ってケンに挑みかかるが、逆にケンは警棒を奪うと敵を打ち据えて無力化する。最後の敵のナイフを弾き飛ばし、顎を裏拳で打ち抜き意識を刈り取る。一階部分の制圧は完了だ。ケンは眠りこけている犯人をたまに踏みながらも階段に向かい、二階へ上がっていく。二階にはすでに裏手からの突入組が到着している。

「では行きましょうか。敵の司令部は恐らくもっと上にある筈です」

 ケンは周囲を警戒しながら、他の面子と共に階段で上の階を目指すことにした。

**********

 ビルの最上階から数えて五階下にある部屋の中。志郎、一夏、本音、蘭、そしてメドゥーサが床に座っている。その天井には大きな穴が開いている。部屋が爆破される直前、爆薬に気付いた志郎はギリギリで変身して『V3脱出パワー』を使い、床を三階分ぶち抜いて窮地を脱した。その際、爆発に巻き込まれたメドゥーサはISの展開が解除されて気絶したため、志郎の判断で捕虜として連行することになった。ISは蘭が預かり、メドゥーサは志郎が肩に担ぎ上げている。その状態でこの階までやって来た五人だが、メドゥーサが意識を取り戻しかけると一旦部屋に入ってメドゥーサを床に置く。

「うっ……私は……?」
「気が付いたようだな、メドゥーサ」
「貴様は!?」
「ISは俺が預かっている。展開しようとしても無駄だ」
「くっ……!?」

 志郎が冷たく告げるとメドゥーサは歯噛みして抵抗を諦める。敢えて嘘を伝えたのだ。

「メドゥーサ、まだ亡国機業に手を貸すか? 貴様を俺たちもろとも殺そうとしたステンノー、そして亡国機業に」
「結果が全てだ。ステンノーお姉様の判断は正しい。失態を犯した以上、死を以て償わされるのは当然のこと。復讐を成し遂げられないのは無念だが、私の力が足りなかっただけのこと。仕方がない」
「仕方がないって、違うだろ!」

 さばさばとした態度で言うメドゥーサに一夏が食ってかかる。

「あいつらはお前を殺そうとしたんだぞ!? お前、死ぬのが怖くないのかよ!? 姉とか何とか言っときながら、任務を忘れただけで殺しにかかるあいつがおかしいとか思わないのかよ!?」
「黙れ! どうせ一度は死んだ身! そんな私を拾い上げ、力すら与えてくれたステンノー、エウリュアレー両お姉様の恩は山よりも高く、海よりも深い! 貴様のような部外者に、口出しされる筋合いはない!」
「部外者とかそんな問題じゃないだろ! 血が繋がってなくても、お前とあのステンノーってヤツは家族なんだろ!? それを簡単に俺たちと一緒に殺そうとするなんて、まず人として間違ってるだろ!」
「五月蝿い、この偽善者が! 貴様のように生温い環境で育った者には分からないことだ! そのような甘ったれが私に指図をするな!」

 口論となる一夏とメドゥーサだが、志郎が途中で遮る。

「一夏君、何を言っても無駄だ。メドゥーサ、司令部まで案内して貰うぞ。どうせ貴様も、あの二人に自分と俺たちの無事を報告したいんだろうからな」

 するとメドゥーサは一回鼻を鳴らすと黙って踵を返し、部屋を出る。志郎は黙って着いていき、一夏や本音、蘭も続く。メドゥーサはISを取り戻そうと視線を向けるが、志郎の隙の無さから実行に移すことが出来ない。結局一言も喋らないまま司令部前に到着したメドゥーサだが、部屋の中から聞こえてくる声に耳をそばだてる。志郎たちもそれに続く。話しているのはステンノーとエウリュアレーのようだ。

「お姉様、本当にメドゥーサは死んだのかしら?」
「あの爆発では生きていないでしょうね。メドゥーサも最後にマスクドライダーを道連れに出来たのであれば、本望でしょう」
「けどお姉様、本当にメドゥーサを殺してしまって良かったの? 彼女は私たちの中でも特に優秀だったじゃない」
「優秀だからこそ、よ。いずれメドゥーサは私たちの地位を脅かすわ。だから今のうちに消しておく必要がある。まだ私たちの『妹』である内に、芽を摘んでおかなければならないのよ」
「でも『幹部会』が許すのかしら? 今は一人でも戦力が欲しい時でしょ? だから五反田蘭を誘拐したんだから」
「その通りよ。でも忘れたの? メドゥーサの両親を殺したのは、他でもない我々亡国機業なのよ? メドゥーサも馬鹿じゃない。遅かれ早かれ隠された事実に気付いて、我々に反逆するでしょうね。その前に反逆の芽を摘み取っておくのよ。これは幹部会も了承済みよ」
「なるほど、流石はお姉様。抜かりがないわね。けど、本当にメドゥーサも馬鹿よね。忠誠を尽くしていたのが復讐の相手だったんですもの。道化以外の何者でもないわ。気付かないで死ねただけ幸せ……」

 エウリュアレーがメドゥーサの愚かしさを嘲っていた途中、突如として司令部のドアが開く。立っていたのは志郎たち、そしてメドゥーサだ。驚きを隠せないエウリュアレーに対し、ステンノーは冷静な態度を崩さない。メドゥーサは沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開く。

「ステンノーお姉様、エウリュアレーお姉様……先ほどの話は、一体……?」
「全部聞いてしまったみたいね。一体も何も、あなたが聞いた通りよ? あなたには最初からここで消えて貰う予定だったのよ、メドゥーサ。いえ、もう有栖奈緒と呼ぶべきかしら」
「そんな……なら、父さんと母さんを殺したのは……?」
「あら、あなたのご両親が悪いのよ? 協力を断らなければ、無様な死に顔を晒さなくて済んだものを。あなたも血を引いているだけあって、本当に馬鹿ね。仇に今まで忠義立てしていたんだから、本当に笑えるわ。笑い過ぎてお腹が痛くなりそうよ」
「そんな……そんな……」

 メドゥーサ……有栖奈緒は膝から崩れ落ち、床に這いつくばる。怒りの視線を向ける一夏だが、志郎が手で制して口を開く。

「有栖と言うと、一年前に不審死を遂げた、人工心臓の権威有栖博士は貴様たちが殺したのか!?」
「流石はマスクドライダー、耳が早いわね。その通りよ。我々は協力と引き換えに、最高の研究環境の提供を申し出たのだけれど、良心の呵責とか下らないことを理由に断ったから、口封じも兼ねて消したのよ」
「貴様ら……罪もない夫婦を殺害し、遺された娘を焚き付けて利用し、用済みとなれば消すなど!」
「別にいいじゃない。それが望んだことなんだから。あなたたちこそ逃げずに来たことは誉めてあげるわ。けどあなたもこの子と同じくらいには馬鹿ね。出てこなければ、死ななかったのに!」

 次の瞬間、ステンノーとエウリュアレー、それに部屋の中にいた男たちは拳銃を抜き放ち、一斉に志郎たちに銃弾を浴びせる。

「伏せるんだ!」

 志郎の叫びと同時に一夏と本音、蘭は地面に伏せて銃撃をやり過ごす。志郎が飛びかかり、男たちに打撃を加えて無力化していく。するとステンノーは銃口を奈緒へと向ける。放心状態の奈緒は身動き一つしない。

「せめてもの情けよ。苦しませずに一思いに殺してあげる。死になさい、有栖奈緒!」

 銃口から鉛玉が発射される直前、誰かが奈緒を抱えて地面に伏せたことで、銃弾は奈緒の右肩にかすり傷を作るだけに終わる。

「五反田……蘭……!?」
「蘭さん! 一夏君! 本音さん! ここは俺が食い止める! 君たちは逃げるんだ!」
「はい!」

 一夏と本音は走り出し、庇った蘭も奈緒の手を取って部屋の外へ走り出す。呆然としながらも走っていた奈緒だが、やがて蘭に尋ねる。

「どうして……私を……?」
「知らないわよ! 知らないけど、身体が勝手に動いちゃったんだから、しょうがないじゃない! 私だって助ける気なんて無かったけど、助けちゃったんだからどうしようもないじゃない!」

 志郎は蘭たちが逃げ延びたことを確認すると、ステンノーとエウリュアレー以外は全て沈黙させる。同時にステンノーとエウリュアレーはISを展開する。変身しようとする志郎だが、エウリュアレーが長い尾を巻きつけることで志郎の腕を封じ、変身を妨害する。

「一定のポーズを取らなければ姿を変えられないのも、姿を変えられなければ恐れるに足らないとも知っているわ!」

 エウリュアレーは拘束した志郎を何回も壁に叩きつけ、最後に司令部のモニターめがけて投げつける。立ち上がった志郎に今度はステンノーがビームを発射する。ダメ押しにエウリュアレーは槍を構えて、ステンノーは斧を手に持って志郎に渾身の一撃を加えると、志郎は壁を突き破って隣の部屋の壁に叩きつけられ、ぐったりとして動かなくなる。

「いくらなんでも、これだけやれば死んだでしょ。それじゃエウリュアレー、残りの鼠共も始末しましょ?」

**********

 一夏と本音、蘭、奈緒は階段に腰掛けて休憩している。蘭はハンカチで奈緒の傷を止血している。

「なぜ私を助けた? なぜ傷の手当てまでする?」
「だから、知らないって言ってるでしょ。私だって、なんでこんなことしてるのか聞きたいくらいなんだから……」

 蘭はぶっきらぼうな口調で答えつつ、手当てを終えてそっぽを向く。それを横目に見ていた一夏と本音だが、足音が聞こえてくると物陰に隠れて息を潜め、身構える。足音の主らしき誰かの影が見えた途端、一夏が飛び出してその影と取っ組み合いになる。しかし相手の力が予想以上に力が強く、一夏と影は床を何回も転がりながら取っ組み合いを続ける。しかし一度一夏が上になると、ようやく相手が誰であるか気付く。

「立花さん!?」
「一夏君か!? 良かった、無事だったのか」
「いえ、こっちこそすいません。立花さんだって気付かずにこんなことをしてしまって」

 一夏が組み伏せたのは藤兵衛だ。一夏達を助けに来たようだ。一夏は藤兵衛を助け起こして謝罪するが、藤兵衛は笑って首を振る。続けて源次郎、ケン、数馬、虚、弾が階段を駆け上がってくる。

「一夏! 蘭! 大丈夫か!?」
「まったく、最初に聞いた時は本当にビビったぜ」
「弾! 数馬! お前ら、なんでここにいるんだよ!?」
「お兄!? もしかして、私や一夏さんのこと、助けにきたの!?」
「当たり前だろ? 一夏は俺の友達で、お前は俺の妹なんだ」
「俺や本郷君は反対したんだが、弾君も数馬君もどうしてもと言って聞かなくてね。けど、一夏君も蘭ちゃんも無事で良かった」
「すいません谷さん、また迷惑かけちゃって」
「本音、大丈夫!? どこか怪我とかない!?」
「私は大丈夫だよ~。それと佐久間捜査官もありがとうございます~」
「いえ、むしろこちらの力が足りなかったばかりに、あなたまで危険な目に遭わせてしまって。本音さん、風見志郎という方がどこにいるか分かりますか?」
「風見さんは私たちを逃がして、あいつらと戦っていたんですけど……」

 ふとケンが奈緒の存在に気付くと表情を険しくする。

「あなたは亡国機業構成員、メドゥーサですね? すでに調べはついています。あなたをここで拘束します」
「……好きにしろ。今さら私がどうなろうが知ったことではない」

 しかし奈緒はあっさりと観念して手を出す。ケンは少々拍子抜けしたような表情をしながら、奈緒に手錠をかける。

「一旦ここから出ましょう。逃げ場もありませんからね」

 ケンの提案で一同はビルから出ることを決める。

「けどお兄、昨日あんなことがあったばかりだっていうのに、無茶し過ぎだよ。もしお兄にまで何かあったらどうする気だったの?」
「いや、悪い悪い。でも風見さんがついているって聞いてたし、本郷さんもいたから大丈夫かなって」
「そういう問題じゃない!」
「痛っ!? なんで俺が殴られなきゃなんないんだ!?」
「お姉ちゃんもちょっと無茶し過ぎなんじゃないかな~? いくらなんでも自分から飛び込んでこなくても……」
「そうね、けど私も彼と同じように、本音が浚われたって聞いたら、居ても立ってもいられなくて」

 五反田兄妹と布仏姉妹のやり取りを奈緒は冷ややかな眼差しで見つめている。ビルから出てバイクを停めてある場所まで歩いて行こうとするが、ケンが何かを察知する。

「伏せて!」

 直後にケンが叫んで奈緒に覆い被さると、全員が一斉にその場で伏せる。直後に斧が風切り音を立てて通り過ぎる。斧はブーメランのように同じ軌道を通って戻ると、ケン達の前に降り立った影が斧を掴みとって構える。

「流石はインターポール、今の一撃を避けるなんて中々やるじゃない」
「お前は、ステンノー!」

 ステンノーだ。こちらに追い付いてきたらしい。

「風見志郎とかいう馬鹿のせいで遅くなったわ。まあ、追い付けたのならば問題ないわ。裏切り者を殺せば済むものね」
「風見さんはどうした!?」
「死んだわ。私たちが殺した。これが答えよ、五反田蘭。ねえ、どんな気分かしら? あなたを命懸けで逃がしてくれた人が無様に殺されてしまって、あなたも死地に立たされている。本当、犬死とはこのことね」
「嘘だ! 風見さんが、お前たちなんかにやられるわけがない!」
「残念だけど、それは事実よ」

 嘲笑うステンノーに反駁する蘭だが、もう1機ISが降り立つ。エウリュアレーだ。

「天野さん!?」
「確かあなた同じ学校に通っていた子ね。まあいいわ。どの道処刑するのだし、正体がバレた所で問題ないもの」
「処刑だと!?」
「ええ、処刑よ。罪状は反逆者の有栖奈緒を庇い立てした罪、って所ね。我々亡国機業の名において、あなたたちの罪を裁く!」
「何が罪だ! ふざけやがって! そう簡単にやられてたまるかってんだ!」

 ケン、藤兵衛、源次郎、一夏が前に出てステンノーとエウリュアレーに対峙するが、二人は悠々と武器を構えて迫る。一同は次第に追い詰められ、ビルに三方向を囲まれた空地まで追い込まれる。最早逃げ場はない。

「もう逃げ場はないわよ。大人しくここで死になさい!」
「そうはいきません!」

 斧を向けるステンノーにケンは途中で拾った鉄パイプで殴りかかるが、ステンノーは左腕の盾で鉄パイプを弾き、斧の背でケンを殴り飛ばす。

「この野郎!」
「ここは俺たちが食い止める! 一夏君たちは早く逃げてくれ!」

 藤兵衛と源次郎も鉄パイプを持ってステンノーとエウリュアレーに挑みかかるが、一撃で吹き飛ばされる。

「立花さん!? 谷さん!?」
「よくも二人を!」
「弾! お前はみんなを連れて早く行け!」

 一夏も鉄パイプを構えて一撃打ち込むもステンノーの盾で打ち据えられ、数馬もエウリュアレーの槍の柄で殴られ、叩き伏せられる。残るは五反田兄妹と布仏姉妹、奈緒だけだ。弾が四人を守るように前に出るとステンノーは斧を弾に向ける。

「さあ、もう後が無いわよ。けど大人しく言うことを聞いたら、一人くらいは生かしておいてあげるかもね。有栖奈緒をこちらに引き渡しなさい」
「断る。引き渡したって俺たちを殺す気なんだろうが!」
「ええ。でもまず有栖奈緒を殺してからだし、有栖奈緒には引き渡して貰いたいものがあるのよ」
「引き渡して貰いたいもの、だと?」
「そうよ。有栖奈緒、『メドゥーサ』をこっちに渡しなさい。あれはあなたのものではなく、本来は我々亡国機業のもの。あなたが組織を裏切った以上、返すのが筋というのではないかしら?」
「なにが亡国機業のものよ! 元々はアメリカやイギリス、フランス、ドイツのものを奪って、勝手に使っているだけじゃない!」
「黙りなさい、布仏虚。建前や綺麗事を口にするなど慎みなさい。世の中結果が全てなのだから、どんな手を使おうが手に入れた我々が正当な所有者なのよ」
「……私は持っていない。風見志郎が持っている。そう聞いた」
「あら、そうなの。だったらもうあなたに用はないわ。ここで殺してあげる」
「……好きにすればいい。どうせ私は……」

 奈緒は抵抗する気はないのか身動き一つしようとしない。ステンノーは斧を投げつけようとするが、誰かが右腕にすがり付いて止める。

「おい蘭! そいつ連れて早く逃げろ!」
「お兄!?」

 弾だ。振りほどこうとするステンノーだが、必死にしがみつく弾を中々振り払えない。ならばと盾で打ち据えようとするが、虚が左腕に掴まって動きを封じる。

「虚さん!? 一体何を!?」
「無茶ばっかりしてるの見ていて、放っておける訳がないでしょ! 本音、早く二人を安全な場所へ!」
「う、うん! 二人とも早く!」

 本音は蘭と奈緒の手を引いて逃げようとするが、奈緒は動こうとしない。

「どうしたの!? 早く逃げないと!」
「……無駄だ。相手はIS、逃げ仰せられる訳がない。それに私は生きていても仕方がない。生きる理由も、生きている価値も私にはもう無い。だから、私はここで……」

 次の瞬間、動こうとしない奈緒の頬を蘭が張り飛ばす。

「あんた! まだそんなことおウジウジ言ってるの!? お兄や虚さんが身体を張って、あんたを逃がそうと頑張ってるのに! 本音さんはあんたと一緒に逃げようとしてるのに! 肝心のあんたがそんなんでどうすんのよ!?」
「五月蝿い! 貴様に私の今の気持ちが理解出来るか!? 今まで信じていた者に裏切られ! 私に力を与えてくれて私が忠義を捧げてきた組織こそが、憎むべき仇だと知った私の惨めさが分かるか!?」
「分かるわよ! あんただけがそんな思いしてるとか、いつまでも甘ったれたこと言ってんじゃないわよ! 私だって……私だって……友達だと思ってたあんたに! ずっと信じてた緑川ありすに裏切られたんだから!」

 蘭が思いの丈をぶちまけるように言い放つと、奈緒の身体がピクリと震える。直後にステンノーは虚を振りほどいて左腕の盾で吹き飛ばし、続けて弾を盾で殴って右腕から引き離すと地面に転がす。

「お兄!? 虚さん!? この!」
「蘭さんだけやらせる訳には!」
「蘭……馬鹿……!」
「本音!?」

 今度は蘭と本音がステンノーへ掴みかかる。弾は必死に身体を起こして助けようとするが、中々立ち上がれない。虚は辛うじて立ち上がるも膝を付いてしまい動けない。蘭と本音、ステンノーは揉み合いになるが、咄嗟に蘭はロケットを取り出し、奈緒に放り投げる。待機形態の『メドゥーサ』だ。

「これは!?」
「あんたのISよ! さっさとこれ使ってどっか行っちゃいなさいよ! あんたの顔を見てると、本当に腹が立ってしょうがないんだから!」
「なぜだ……なぜ私のためにここまでする!? 私はお前を裏切ったんだぞ!? 八つ裂きにしたいとは思わんのか!?」
「だからさっきから知らないって言ってるでしょ! あんたがもう友達じゃないって頭では分かってる! あんたを信じても無駄だって分かってる! けどあんたを……緑川ありすを信じたいって、助けたいって思っちゃったんだから、私にはどうしようもないじゃない!」

 奈緒はロケットを握り締める。同時にステンノーは本音を盾で弾き、蘭に尻餅をつかせて斧を向ける。ケン、一夏、藤兵衛、源次郎は立ち上がってステンノーに挑みかかろうとするが、エウリュアレーの尾で叩き伏せられる。

「メドゥーサだけでなく、私たちまで騙してくれちゃって。この罪は重いわよ。最初は裏切り者から消す予定だったけど、予定変更よ。あなたをゆっくり、たっぷり時間をかけてなぶり殺しにしてあげる。最初はその右腕を切り落としてあげるわ」
「蘭……!」

 立ち上がった弾がステンノーを羽交い締めにしようとするが、ステンノーは即座に振りほどいて斧を振り上げる。蘭も身体が硬直して動けない。風見志郎もこの場にはいない。つまり詰み、だ。蘭を嘲笑うようにステンノーは斧を振り下ろす。風を切る音と共に斧が蘭に迫る。だが、いくら待っても蘭に斧が当たらない。恐る恐る蘭が目を開くと、ステンノーの斧はギリギリの所で止められている。

「なんのつもりかしら? 有栖奈緒。五反田蘭の言った通り、どこへなりとも逃げれば良かったのに。なぜ彼女を庇うの?」
「さあな、私が聞きたいくらいだ!」

 止めたのは『メドゥーサ』を装着した奈緒だ。奈緒は右腕に持った鎖付き鉄球でステンノーを殴り飛ばし、鉄球を振り回してエウリュアレーに一撃を加える。奈緒は黙って蘭を一瞥すると、左腕の打突用アームを掲げてステンノーへ突撃していく。

「蘭、大丈夫か?」
「私は大丈夫。けどあいつ、どうしてあいつを……?」
「きっと、身体が勝手に動いちまったんじゃないかな? 風見さんと会った時とか、さっきみたいに」

 弾に助け起こされた蘭は奈緒を呆然と見ていたが、弾が答えるように呟く。布仏姉妹、一夏、数馬、藤兵衛、源次郎、ケンも五反田兄妹の下に一度集まると、奈緒が戦っている内に退却しようとする。

「逃がさないわ!」
「そうはいくか!」

 ステンノーは斧を蘭に投げつけようとするが、鉄球でエウリュアレーを怯ませた奈緒が試作型AICを作動させ、ステンノーの動きを止める。

「いくら『ステンノー』とて、このAICからは逃れられない筈だ!」
「そうでもないわよ? AIC展開中はあなたは集中する必要があるから、あなたも動くに動けない。だからあなたに一撃入れればこんなの、すぐに解除出来るわ」
「ならその前にこちらから仕掛けるまでだ!」

 奈緒は鉄球を投げつけようとするが、ステンノーは余裕の笑みすら浮かべている。

「本当にあなたは馬鹿ね。第3世代技術の雛型が使われているのは『メドゥーサ』だけじゃないのよ? 『メドゥーサ』にAICのプロトタイプが搭載されているように、この『ステンノー』には『ブルー・ティアーズ』や『サイレント・ゼフィルス』の『BT兵器』の元となった、光学兵器が搭載されているのよ? AICはあくまで慣性を擬似的に静止させるだけだし、どれだけ頑張っても人間は光に追い付けない。言いたいことは分かるわね? あなたの負け、よ」

 奈緒が鉄球を放り投げると同時に、『ステンノー』の無数の蛇を模した頭部ユニットからビームが発射されて奈緒に着弾し、AICが解除されてステンノーは鉄球を回避する。さらに頭部ユニットが長く伸びて奈緒の四肢に絡み付き、ステンノーは何かのスイッチを奈緒に見せる。

「それにあなたの反逆は想定済みなのよ。対策もバッチリとしてある。それじゃ、最後の最後くらい、我々の役に立って貰いましょうか」

 ステンノーがスイッチを押して拘束を解くと、『メドゥーサ』の周辺にスパークが走る。全身の装甲が一度溶けて奈緒を取り込むと、形状を大きく変えて再構築される。そして奈緒を取り込んだ『メドゥーサ』は『全身装甲(フルスキン)』へ姿を変える。

「VTシステムか!?」
「違うわ、織斑一夏。これはISコアに記録された戦闘データを再現するシステム。『富士演習場』で更識楯無の専用機を暴走させたものと同じ、と言えばそちらのお嬢さんたちには分かるかしら?」

 ステンノーの説明を聞くと本音と虚、ケンの表情が強張る。

「くっ! 身体の自由が利かない!?」
「無駄よ。この装置が作動したら最後、私たちの敵を全て殲滅するか、機体が破壊されない限り止まることはない。つまりあなたの意志に関係なく、あなたはあなた自身の手であいつらを殺すのよ」

 ステンノーが奈緒を嘲ると、同時に『メドゥーサ』は鉄球を蘭たちに向けて投げつける。蘭たちは地面を転がって鉄球を避けるが、『メドゥーサ』はスラスターを噴かして突撃する。『メドゥーサ』内部から足掻く奈緒の声が聞こえてくるが、『メドゥーサ』の動きが止まることはない。

「それと死ぬ前に一つ、良いことを教えてあげるわ。あなたの両親を直接手にかけたのは、何を隠そう私とエウリュアレーよ。つまりあなたは、両親を近接ブレードで刺し貫いたバイザーの二人を、仇とも知らずにお姉様と呼び慕っていたのよ。どう? 最高の気分じゃなくて?」
「この人でなし! 絶対に貴様らだけは許さない!」
「何とでもいいなさい、有栖奈緒。あなたにも言ったでしょう? 結果こそが全て。負けたあなたが悪いんだから」

 『メドゥーサ』が蘭たちを攻撃している様を、ステンノーは斧を弄びながら、エウリュアレーは槍を両手で弄りながら見物している。手出しする気はないのだろう。やがて蘭の足が縺れて転ぶと、『メドゥーサ』は左腕で蘭の首を掴んで持ち上げ、ゆっくりと締め上げる。

「蘭!」

 弾が左腕にしがみついて止めようとするが、『メドゥーサ』は構わず蘭の首を絞め続ける。

(お兄……一夏さん……風見さ……ごめ……)

 朦朧とする意識の中で蘭は兄と想い人、そして命の恩人に謝罪すると意識を闇へと手放しそうになる。

「そこまでだ!」

 しかし意識を失う直前、どこからともなく鉄骨が弾丸の如く飛んでくると『メドゥーサ』に直撃し、衝撃で拘束が緩んで蘭を解放する。咳き込む蘭を抱えて弾が離脱するのも無視し、『メドゥーサ』は鉄骨が飛んできた方向に向き直る。

「何者だ!?」

 ステンノーとエウリュアレーもまた建設途中のビルへ向き直る。ビルに立っているのは白いベストに青いワイシャツ、ジーンズを穿いた男だ。

「風見さん!」
「志郎!」

 一夏、弾、蘭、藤兵衛の声に答えるように男……風見志郎は笑ってみせ、立ったまま啖呵を切る。

「ステンノー! エウリュアレー! 有栖夫妻を無惨に殺害し! 有栖奈緒を騙して利用し続けたその暴挙、許す訳にはいかない!」
「ほざいてなさい! そしてよく見ている事ね、ここで全員皆殺しにされる光景を!」
「やらせはしない! 貴様らに家族を引き裂かせ、奪わせるか!」
「だったら、やってみなさい!」

 ステンノーがビームを発射するが、志郎はビルから飛び降りて回避する。すると『メドゥーサ』がAICで志郎を空中で静止させ、エウリュアレーが尾を横薙ぎに払う。志郎は大きく吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。

「口ほどにもないわね! もっと抵抗して見せなさいよ!」

 ステンノー、エウリュアレー、『メドゥーサ』は志郎に突撃し、斧や槍、鉄球で志郎を攻め立てる。防御し続けていた志郎だが、エウリュアレーが振った尾をしゃがんで回避し、ステンノーと『メドゥーサ』に当たって隙が出来ると跳躍し、蘭の前に降り立つ。

「遅れてすまない。大丈夫かい? 蘭さん」
「はい、私は。でも、あの中にあいつが取り込まれちゃって!」
「取り込まれた?」
「ええ。VTシステムを応用したもので1週間ほど前、『ミステリアス・レイディ』に仕込まれたものと同じシステムと思われます」
「つまり有栖奈緒は、自分の意志に関係なく暴れさせているのか!」
「あの、風見さん、お願いします! あいつのこと、助けて上げてくれませんか!? いくらなんでも、こんなの酷すぎる!」
「勿論さ。ケン、他の皆を頼む」

 蘭の頼みを志郎が明るく笑って快諾すると、ケンに促されて志郎以外は後ろに下がる。同時に『メドゥーサ』は立ち上がり、止めようとする奈緒を無視して志郎の方へ向き直る。

「おのれ……!」

 志郎は両腕を水平にして身体の右側へ伸ばすと、円を描くように両腕を左斜め上まで持っていき、右腕を腰まで引く。

「変身……ブイスリャァッ!」

 入れ違えるように左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出すと、ベルトの力と技の風車『ダブルタイフーン』が発光しながら勢いよく回転し、志郎の肉体をトンボを模した改造人間の姿へ変える。変身を終えると、右腕を立てて手の甲を敵に向けてVサインを作り、左腕を右肘につけて高らかに名乗りを上げる。

「仮面ライダー……V3ァ!」

 力と技と魂を受け継ぎ、怒りを強さに、悲しみを優しさに変えて正義の両輪を廻す不死身の男……3番目の仮面ライダー『仮面ライダーV3』は名乗り終えると、三匹の魔物を地獄へ叩き返すべく大地を蹴って跳躍した。

**********

「V3ダブルキック!」

 開幕と同時に仮面ライダーV3は跳躍し、開脚蹴りでエウリュアレーと『メドゥーサ』を蹴り飛ばす。着地と同時に斧を振り上げて襲ってくるステンノーへと突撃し、降り下ろされる斧を白刃取りで受け止め、前蹴りでステンノーを怯ませる。追撃に入ると左右の拳で連続して殴りつける。盾で防御するステンノーだが、ビームを放って攻撃を中断させ、斧を振るって攻勢に出る。さらにエウリュアレーは牙を模した槍で突きを放ち、『メドゥーサ』は右手に持った鉄球で殴りかかる。

「風見さん!? クソ! 『白式』さえあれば……!」

 三対一の状況に追い込まれた仮面ライダーV3を見て歯噛みする一夏だが、生身で向かっても足手まといにしかならない。しかし仮面ライダーV3は敵の猛攻を掻い潜りながら、一夏に声をかける。

「一夏君、君は本郷先輩に色々教えて貰う予定だったらしいね? 勿論昨日だけでも色々と教わっただろうが、いい機会だ。僭越ながらこの私、仮面ライダーV3が仮面ライダー1号に代わり、君に仮面ライダーの戦い方と、そのコツをお教えしよう」
「まずは敵の攻撃を恐れないこと。これが一番大事だ。俺たち改造人間は反応速度や反射神経、頑丈さも普通の人間より強化される。普通の人間には見えない攻撃も見えるし、反応して避けることも出来る。万が一受けても耐えられる。このように敵の攻撃をギリギリまで引き付け、回避するのも簡単に出来る。一夏君、君も同じだ。ISも反応や反射もサポートしてくれるし、シールドバリアもある。だから敵の攻撃を恐れるな。恐れさえなければどのような攻撃も、皮膚一枚、髪の毛一本の差で避けられる。君にはそれを実行出来る能力も、サポートしてくれるISもある。あとは、勇気だけだ」

 仮面ライダーV3は斬撃や打撃を全て皮膚一枚の差で避け、髪の毛一本の差で見切り、刃や鉄球を一度たりとも触れさせない。次第にステンノーやエウリュアレーの攻めに苛つきが見え、粗くなってくると仮面ライダーV3は続ける。

「そして最小限の見切りで避け続けていれば、最低限の動きで、ほんの僅かな隙すら突くことも……出来る!」

 焦ったエウリュアレーが槍を大きく引いた瞬間、仮面ライダーV3は踏み込んで拳の間合いまで詰め、右拳を固める。

「V3パンチ!」

 仮面ライダーV3のシンプルな、しかし強力な右ストレートはエウリュアレーの鳩尾に直撃し、エウリュアレーは吹き飛ばされてビルの壁に叩きつけられる。さらに仮面ライダーV3はステンノーと『メドゥーサ』に両裏拳を当て、エウリュアレーへの追撃に移る。エウリュアレーは槍で叩こうとするが、仮面ライダーV3は槍を引ったくると逆突きや払い、薙ぎで攻め立てる。

「次に、使える武器は自分自身のものだけとは限らない。敵の武器、地形、時には状況そのものや敵自体も有効な武器となる。このように、ね」

 槍で攻め立てながら、背後からステンノーと『メドゥーサ』が迫ってくるのを確認すると、仮面ライダーV3は槍を地面に突き刺して攻めを中断する。

「舐めた真似を!」

 エウリュアレーは尾で仮面ライダーV3を薙ぎ払おうとするが、仮面ライダーV3はタイミングよく背面ジャンプで回避し、尾はステンノーと『メドゥーサ』を薙ぎ払って吹き飛ばす。

「V3チョップ!」

 さらに落下の勢いを乗せて仮面ライダーV3はエウリュアレーに手刀を叩き込むと、着地してエウリュアレーの腕を取り、一本背負いで地面に叩きつけ、続けて『メドゥーサ』に挑もうとする。

「そうは、行くか!」

 しかしエウリュアレーは自身に背を向けた仮面ライダーV3に、尾の先端を突き刺そうとする。

「それと、敵の武器が弱点である場合もあるから、覚えておいた方がいい」

 仮面ライダーV3は振り向かず、左に一歩ずれて避けて伸びた尾を掴み取ると、ジャイアントスイングの要領でエウリュアレーを振り回し、『メドゥーサ』やステンノーに打ち付ける。

「V3ハンマースイング!」

 だめ押しにエウリュアレーを勢い良く地面に叩きつける。だが仮面ライダーV3はまだ尾を離さない。今度はエウリュアレーを上へと放り投げて追撃し、エウリュアレーの背面めがけて飛び蹴りを放つ。

「V3ダブルアタック!」

 仮面ライダーV3の蹴りは尾の接合部を粉砕し、尾を本体から切り離して無力化する。またしてもエウリュアレーは壁に叩きつけられるが、仮面ライダーV3も空中で静止させられる。『メドゥーサ』のAICだ。

「流石はマスクドライダー、よくここまで戦ったわ。だけど所詮は一人。しかも飛ぶ事も出来ず、飛び道具もない。その時点で私たちの勝ちは揺るがない!」

 ステンノーは強気に言い放つとビームを連射して一方的に撃ちまくる。AICは実弾攻撃には絶大な効果を発揮するが、エネルギー兵器にはあまり意味を為さない。逆に言えば、AICで拘束したまま攻撃するのは実弾では不可能だが、ビームならば容易いということだ。AICから一人で、飛び道具無しで逃れるのは困難だ。AICが解除されると同時に『メドゥーサ』の鉄球が仮面ライダーV3に直撃し、仮面ライダーV3は地面に落下する。
 仮面ライダーV3が立ち上がった直後、またしても『メドゥーサ』がAICを発動し、ステンノーがビームを撃ちまくる。エウリュアレーが突撃するのに合わせステンノーが斧を、メドゥーサが鉄球を投げつけ、当たる直前にAICが解除される。仮面ライダーV3は攻撃を全てまともに受けてしまい、クラッシャーが血で汚れる。

「あいつら! 汚い真似しやがって!」
「なんとでも言いなさい。勝てば官軍、負ければ賊軍。結果こそが全てに優先されるのよ!」

 弾が悔しげに言うがステンノーは鼻で笑い、またしても『メドゥーサ』がAICを作動させ、ステンノーはビームを撃つ。歯噛みする弾だが、ふと振り返るとケン、藤兵衛、源次郎、数馬の姿がない。それを疑問に思った直後、三機が一斉に仮面ライダーV3に突撃する。

「私たちの……なっ!?」

 しかし三機の上から大量の鉄骨が降ってくると攻撃は中断され、仮面ライダーV3は『メドゥーサ』を蹴飛ばして包囲網から逃れる。鉄骨を降らせたのはケン、藤兵衛、源次郎だ。三人は建設中のビルの最上階まで行き、三台のクレーンを操作して鉄骨を投下したのだ。

「エウリュアレー、小五月蝿い連中を黙らせてきてちょうだい。私はマスクドライダーの相手をしているわ」
「任せて、お姉様」

 『メドゥーサ』がAICで仮面ライダーV3の動きを封じ、ステンノーがビームで攻撃している隙に、エウリュアレーはクレーンとケン達を黙らせるべくスラスターを噴かして上昇する。一方、クレーンから降りたケンはクレーンのアーム部分に設置された『何か』とケーブルを繋げる。そしてクレーンから離れ、先に降りた藤兵衛と源次郎と共にケーブルの先まで逃れる。ケーブルの先にはスイッチを持った数馬が控えている。三台のクレーンの先端には吊るせるだけの鉄骨が吊るしてある。スラスター音が近付いてくるや、ケンは数馬に指示を出す。

「今です!」
「はい! これでも食らいやがれ!」

 直後に数馬がスイッチを押すと『何か』が爆発し、三台のクレーンのアーム部分が鉄骨もろとも地面に落下する。

「これは!?」

 エウリュアレーはクレーンのアームこそ避けたものの鉄骨の幾つかが当たり、地上に降り立つことを余儀なくされる。

「けど佐久間さん、クレーンをプラスチック爆弾で爆破しちゃっていいんですか?」
「私が責任を取ればいいだけの話です。それで先輩や彼女たちの生還確率を上げられるのであれば、本望です」

 アームに仕掛けていたのはプラスチック爆弾だ。ケンは鉄骨を落とす前に敵が来た場合に備えて、アームに爆弾をしかけて数馬にスイッチを持たせていつでも爆破出来るように安全な場所に隠れさせていた。

「味な真似を……!」
「まったく、おやっさんたちも相変わらず無茶をする」
「随分な余裕ね、マスクドライダー。けどこれで連中は丸腰。そこで見ていなさい、まずあいつらから血祭りに挙げてやるわ」

 仮面ライダーV3に背を向けて飛び立とうとするステンノーだが、仮面ライダーV3は慌てずに口を開く。

「一つ、貴様にもいいことを教えてやる。最初から『使えない』のと、敢えて『使わない』のは違うぞ?」
「なにを訳の分からないことを……!」
「俺には飛び道具が無いと言ったな? 使う気は無かったが、仕方ない」
「V3サンダー!」

 すると仮面ライダーV3の触覚から高圧電流がステンノーに発射され、シールドエネルギーを削っていく。

「それと一夏君。世の中には言葉は発せずとも、呼べば応えてくれる相棒も存在するものさ」
「言葉は発せずとも、呼べば……そうか!」

 仮面ライダーV3の言葉を訝しげに聞いていた一夏だが、その真意を理解すると、仮面ライダーV3と共に『相棒』を呼ぶ。

「来い、白式!」
「ハリケーン!」

 すると一夏の手元に『ステンノー』が取り上げた筈のガンドレッドが現れ、ISが展開されて一夏の身体を白い装甲が包み込む。一夏の専用機『白式』だ。同時に青いバイクが『メドゥーサ』に体当たりをかまし、仮面ライダーV3はAICから解放される。仮面ライダーV3の愛車『ハリケーン』だ。一夏は仮面ライダーV3の横に降り立つ。

「けど、よく気付きましたね。俺だって忘れかけていたのに」
「なに、オータムの手口は知っていたし、君のISにも『剥離剤(リムーバー)』が使われたんじゃないか、と予想していたんだが、予想が当たっていて良かったよ」

 『剥離剤』は一度使用するとISに『剥離剤』への耐性が出来る。その副産物として遠隔コールも可能となる。一夏も使ったのは『剥離剤』を使われた直後くらいなので、すっかり忘れかけていたのだが。

「一夏君、君は『メドゥーサ』を頼む。俺がステンノーとエウリュアレーを抑えている内に、君は有栖奈緒を救い出すんだ。君なら出来ると信じているぞ」
「はい! あいつらの思惑通りに行かせる訳にはいきませんから!」

 一夏は力強く答えると『雪片弐型』を呼び出して『メドゥーサ』に、仮面ライダーV3はステンノーとエウリュアレーにそれぞれ突撃する。
 仮面ライダーV3は飛び上がると空中前転を決める。エウリュアレーの前で『グライディングマフラー』を応用した背面ジャンプを行い、両足で蹴りを繰り出す。

「V3スカイキック!」

 蹴りでエウリュアレーのスラスターを粉砕すると、仮面ライダーV3は着地と同時にステンノーを投げ飛ばして再び跳躍する。エウリュアレーは仮面ライダーV3から逃れようとするが、スラスターを破壊された以上、機動力は殺されたも同然だ。そこに仮面ライダーV3は右足で飛び蹴りを放つ。

「V3反転!」

 仮面ライダーV3は蹴りの反動で高々と空中を舞って身体を反転させる。再びエウリュアレーに落下していき、今度は右の拳を固める。

「トリプルパンチ!」
 
 仮面ライダーV3は渾身の右三連ストレートをエウリュアレーへ放つ。一発、二発と叩き込まれる度にシールドバリアが削られ、三発目が顔面に突き刺さると『絶対防御』を発動させ、エウリュアレーは地面に転がってやがて動かなくなる。気絶したらしく、特に骨が砕けた様子はない。
 一夏は『メドゥーサ』と対峙している。『メドゥーサ』は鉄球を振り回しながら放ってくるが、一夏はギリギリまで鉄球を引き寄せて軌道を見切り、最低限の動きで『メドゥーサ』の攻撃を回避し続ける。

(風見さんの言った通りだ。ハイパーセンサーを使えば普通なら見えない攻撃も……!)

 ハイパーセンサーを活用して敵の隙を窺っていた一夏だが、『メドゥーサ』が鉄球を引き戻そうと一旦力を緩めて鎖が伸び切った瞬間、一夏は鎖部分を左手で掴んで一気に引っ張り、『メドゥーサ』の手から鉄球を引ったくる。左腕の打突用アームを掲げて一夏に突っ込む『メドゥーサ』だが、一夏は鉄球を持ったまま左ストレートで殴り飛ばす。一夏は雪片弐型を構えて突っ込むが、『メドゥーサ』がAICを発動させると一夏の動きが止まる。しかし一夏は微塵も慌てる素振りを見せない。

「悪いが、ラウラのお陰でAICには慣れてんだ! 俺もこいつのせいで何回も痛い目に遭わされたしな!」

 一夏は左腕の多目的武装『雪羅』から荷電粒子砲を発射し、『メドゥーサ』に直撃させるとAICは解除され、一夏は再び突撃を開始する。しかし『メドゥーサ』は右腕にエッジの付いた盾を呼び出し、斬撃を防ぐ。

「『メドゥーサ』のクセに、自分で盾を使うのかよ」

 一夏は皮肉を込めて呟くが、『メドゥーサ』の盾に蹴りを入れる。反動とスラスターでの加速で大きく飛び上がり、空中で反転すると『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使い、『メドゥーサ』に突進する。

「これなら、どうだ!」

 一夏が『白式』の『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)』、『零落白夜』を発動させると、雪片弐型が変形してエネルギー刃が形成される。渾身の力でエネルギー刃を降り下ろすと右腕の盾が両断され、返す刀で左腕のアームを斬り飛ばす。

(一回見ただけで『V3反転キック』の応用技を真似てみせるか。言われてすぐに見切りを実行してみせた辺り、彼もまた天才なのだろうな)

 仮面ライダーV3は一夏の学習能力の高さを実感し、内心感嘆する。
 一夏は雪片弐型を量子化して無手になると、右手で『メドゥーサ』の首部分を掴み、足を払って重心を崩すとパワーアシストをフル稼働させる。『メドゥーサ』を自身の頭上まで持ち上げて左腕で『メドゥーサ』の足を掴み、頭上で『メドゥーサ』を高速回転させ始める。仮面ライダー1号が得意とする投げ技の一つだ。

(皿回しなんかと原理は同じだ。俺の身体を軸とすれば最低限の力でもこうやって……!)

 一夏は誘拐された時にこの技の変形型を間近で見ていたし、仮面ライダー1号を模した無人ISとの戦いではこの技を食らった上、仮面ライダーZXが使った技も間近で見ている。三度も間近で見て、一度食らったのであれば真似るだけなら十分だ。

「ライダーきりもみシュート!」

 十分に遠心力を付けると一夏は『メドゥーサ』を上へ放り投げ、『メドゥーサ』は高速で錐揉み回転しながら高々と宙を舞う。一夏は雪片弐型を手に追撃に入る。しかし『メドゥーサ』は空中で体勢を立て直すと再びAICを発動させる。一夏を一瞬だけ拘束して突撃の勢いを相殺すると、すかさずステンノーと交戦している仮面ライダーV3の動きを止める。

「貰った!」
「しまった!?」

 その隙にステンノーは五反田兄妹と布仏姉妹へ突撃する。それに気付いた一夏は振り向いてステンノーを止めようとするが、ステンノーはビームを連射して一夏を近寄らせない。

「蘭!」
「本音!」

 反応が遅れた四人だが、咄嗟に弾が蘭を、虚が本音を突き飛ばし、弾が盾になるように虚へ覆い被さる。ハリケーンが割り込もうと走り出すが、ステンノーは斧を投げつけてハリケーンを一時的に足止めすると、弾と虚を頭部ユニットで縛り上げて空中へ飛び上がる。

「お兄!?」
「お姉ちゃん!?」
「弾!? 虚さん!?」
「グッ! レッドランプパワー!」
「動くな! 動けばこの二人を絞め殺す! なんなら墜落死させてやってもいいのよ!?」

 『レッドランプパワー』で拘束から抜け出した仮面ライダーV3だが、ビル上空でホバリングしながら弾と虚を締め上げるステンノーを見て、立ち止まる。

「それと、抵抗もしないことね。『メドゥーサ』!」

 『メドゥーサ』が予備の盾を右腕に呼び出し、抵抗出来ない仮面ライダーV3を盾のエッジ部分で斬りつけるように功撃を加える。

「風見さん! 俺たちに構わず……ぐうっ……!?」
「黙ってなさい。そんなことを言っていると、可愛い妹まで黒焦げになっちゃうわよ?」

 ステンノーは弾と虚をユニットで締め上げつつ、地上の蘭と本音に向けてビームを放つ。

「させるか!」
「それが私の狙いよ!」

 一夏が蘭と本音の前に回り込み、雪羅から零落白夜を転用したシールドを張るが、ステンノーはしてやったりと言わんばかりにビームを一夏たちに集中させる。ビームはことごとく無力化されているが、一夏の表情に余裕はない。むしろ焦りの色すら見えている。

「まずいわ、あのままじゃ一夏君がやられて……!」
「一夏が? でも虚さん、ビームは全然効いていませんよね?」
「ええ。『白式』の単一仕様能力はエネルギーを消滅させる。だからビームは効かないわ。けどその分シールドエネルギーを大量に消費するの。だからこのままいけば、『白式』のシールドエネルギーが切れて……!」
「ってことは、一夏は!?」
「その通りよ。私がビームを撃っていれば最終的に後ろの三人共々黒焦げ、ってことになるわ。残念だったわね、先に妹と友人が死ぬ羽目になっちゃって」

 虚の説明を聞いて事の重大さを理解した弾だが、ステンノーは弾を嘲笑してビームを撃ち続ける。

「おりむー下がって! このままじゃ、おりむーまで死んじゃうよ!?」
「大丈夫だ! これくらい! 蘭や弾、のほほんさんや虚さんには家族がいるんだ! それを奪わせて、死なせてたまるか!」
「一夏さん……」

 すでにハイパーセンサーはシールドエネルギー残量が危険域に入ったことを知らせ、けたたましく警告音声が鳴り響くが、構わずに一夏はシールドを展開し続ける。

「お涙頂戴の最中悪いけど、死ぬならせめて専用機を渡して貰えないかしら? まかりなりにも第4世代機、壊すには勿体ないわ」
「随分な余裕だな、ステンノー。だがその油断が貴様にとっての命取りになる」
「負け惜しみは止しなさい、マスクドライダー。みっともないこと極まりないわ」

 ステンノーは仮面ライダーV3を嘲笑するが、仮面ライダーV3は『メドゥーサ』の攻撃を回避すると、不敵な態度で言葉を続ける。

「もう一つ教えてやる。世の中に呼ばなくとも駆けつけてくれる『仲間』や『戦友』がいる。貴様にいるかは知らないが、俺や一夏君にはいるんでな」
「あら、何が言いたいのかしら?」
「まだ、分からないか?」

 ステンノーが言い返そうとした直後、凜とした少女の声が割り込む。同時にどこからか放たれたエネルギー刃がステンノーの頭部ユニットを切り裂き、弾と虚を解放する。当然二人は地面に向かって落下していく。少しでも衝撃を和らげようと弾は虚を胸まで抱き寄せ、自身が下になろうとする。虚は恐怖のあまり目を閉じて弾の胸に顔を埋めてすがり付き、弾の服を掴むと両手を握り締める。

「ネットアーム!」

 しかし弾と虚の落下はビルの中程で止まる。落下の感覚が急に止まったことに気付き、恐る恐る虚が目を開けると、二人は網に包まれ空中で静止している。直後に網はロープごしに巻き上げられていき、ビルの最上階まで引き上げられる。目の前には網を射出したらしき男が立っている。ロープの先はその男の機械の右腕と繋がっている。

「間に合って良かった。虚さん、怪我はないかい?」
「ライダーマン……結城さん!」

 『ライダーマン』に変身した丈二だ。露出している顔の下半分は穏やかな笑みを浮かべている。

「それより、二人とも離れてくれると有難いんだが。本当はこんなことを言いたくはないんだが、これではこちらもネットを回収出来ないんだ」
「あっ!? ご、ごめんなさい! わ、私、ついあんなことを……!」
「い、いえ! 俺がお役に立てたなら良かったといいますか! 役得とかそんなことは……!」

 丈二の一言で自分たちがしてきたことと、現在の体勢に気付いた弾と虚は顔を真っ赤にし、身体を離すとしどろもどろになりながらも謝罪し合い、網から出る。

「クソ! 弾め! この裏切り者! ロケット乗って爆発しろ! って言いたい所だけど、今度ばかりは本気でヒヤってしたぜ。無事で良かった」
「すまんな、結城君。それとありがとう、弾君を助けてくれて」
「ところで丈二、猛はどうしたんだ?」
「今は茂と一緒にオートバイ部隊と戦っています。間もなく片付けてこちらに来るでしょう」
「となると、城茂さんはすでにこの街に来ているのですね?」
「ええ。用事を終えてIS学園に顔を出した所、ひとみちゃんから話を聞いて駆けつけたらしいです」

 数馬、源次郎、藤兵衛、ケンが駆け寄って弾や丈二にめいめい声をかける。
 地上では紅いISを身に纏った少女が日本刀型の武器からレーザーを発射し、『メドゥーサ』を仮面ライダーV3から引き離す。そして一夏の隣に降り立ち、一夏に軽く触れる。すると『白式』のシールドエネルギー残量が最大値まで回復する。一夏は少女に向き直ると口を開く。

「ありがとう箒。けどどうしてここに?」
「どうしてもなにも、お前たちを助けに来たに決まっているだろう」
「いや、そうじゃなくてさ。俺たちがなんでここにいるのか分かった理由を聞きたいんだよ」
「ハルミさんから無線で連絡を受けたんだ。それにあれだけ派手に暴れていれば、嫌でも目につく」

 一夏の隣に立ったのは篠ノ之箒だ。箒が装着しているIS『紅椿』の単一仕様能力『絢爛舞踏』は、零落白夜と対照的に自身のエネルギーを増幅し、味方に触れるとエネルギーを回復させることが出来る。燃費が悪く、エネルギーを消滅させる『白式』とは対になる機体だ。仮面ライダーV3も一夏と箒の前に歩いてくると、箒は仮面ライダーV3に声をかける。

「あなたが仮面ライダーV3、風見志郎さん、ですね? 話は城茂さんや結城丈二さんから聞いています。私は篠ノ之箒です」
「篠ノ之箒さんか。なら話は早い。積もる話は後だ。一夏君は引き続き箒さんと『メドゥーサ』を頼む。ステンノーは俺が仕留める!」
「はい!」

 簡単な打ち合わせを終えると仮面ライダーV3はハリケーンに跨がり、ビルの壁をハリケーンで垂直に走って上空にいるステンノーへ向かっていく。

「ハリケーンダッシュ!」

 仮面ライダーV3はハリケーンの翼を展開してロケットブースターを噴かし、ビルの壁をジャンプ台にしてステンノーに体当たりをかける。さらに仮面ライダーV3はハリケーンを踏み台にして飛び上がり、右拳に力を込める。

「ビッグスカイパンチ!」

 仮面ライダーV3の渾身のパンチを受けてステンノーは地面に落下するが、斧を回収して無事に着地し、仮面ライダーV3に挑みかかる。
 一夏は雪片弐型で『メドゥーサ』の盾を弾き飛ばし、箒が太刀の間合いまで入り込んで『雨月』を構える。

「取った! ……なっ!?」

 しかし箒が雨月を振るう直前、『メドゥーサ』が操縦者を包み込んでいたナノマシンの塊を高速で射出して箒を怯ませる。同時に奈緒の姿が露になると、箒は歯噛みしながら攻撃を中断する。救出するにはシールドバリアを突破しなければならないが、高威力の武器で無理矢理正面から突破しようとすると操縦者を傷つけかねない。だがバリアを無力化出来る『白式』なら話は別だ。すかさず一夏が踏み込むが、『メドゥーサ』は空中で盾を拾い上げ、蘭と本音に向けて投げつける。

「何!?」

 一夏の動きが一瞬止まる。蘭と本音は身体が硬直して目を閉じる。

「電気マグネット!」

 しかし盾は二人に当たらずあらぬ方向へ飛んでいき、赤いカブトムシに似た姿をした男の身体に引き寄せられる。

「一夏君! 今だ!」

 さらに銀色の手足をしたバッタ男が一夏に声をかけて飛び蹴りの体勢に入り、一夏もまた零落白夜を発動させる。

「うおおおおっ!」
「ライダーポイントキック!」

 エネルギー刃がナノマシンの塊を切り裂き、取り込まれていた奈緒を一夏が引き摺り出す。同時にバッタ男の蹴りが『メドゥーサ』の左胸に炸裂し、左胸に埋め込まれた装置のみを破壊して『メドゥーサ』は機能を停止させる。バッタ男は着地すると一夏に向き直り、カブトムシ男もまた箒や一夏、蘭と本音の側まで跳躍すると盾を明後日の方向に放り投げる。

「遅れてすまない。無事でなによりだ、一夏君」
「ありがとうございます、猛さん。蘭ものほほんさん、弾と数馬も無事です」
「茂さんもありがとうございます。危ない所を助けて頂いて」
「気にしなくていい、箒さん。遅刻した罪滅ぼしみたいなもんさ」

 バッタ男は猛が、カブトムシ男は城茂が変身した姿だ。蘭と本音もまた猛と茂に話しかける。

「ありがとうございます、本郷さん。また助けて貰っちゃいましたね」
「いや、俺は何もしていないさ。一夏君や風見、それに弾君たちの頑張りがあってこそだ」
「けど、どうやってあの盾を引き寄せたんですか~?」
「他に聞くべきことは沢山あるんじゃないか? 簡単に言えば電磁石と同じさ。それと、君が布仏本音さんだね? 話はひとみちゃんから聞いている」

 残るステンノーもまた仮面ライダーV3に追い詰められていた。盾はすでに弾き飛ばされ、斧も先ほど柄の中程から蹴り折られた。

「ならば!」

 ステンノーは再び空中に飛び上がると、頭部ユニットからビームを乱射して逃げようとする。だが仮面ライダーV3に逃がす気などない。

「レッドボーンパワー!」

 仮面ライダーV3は『26の秘密』の一つ『レッドボーンパワー』を発動させ、全身のパワーを増幅させると飛び上がり、身を翻して車輪のように高速回転し始める。

「レッドボーンリング!」

 高速回転でビームを弾きながら、仮面ライダーV3は『26の秘密』の一つ、『レッドボーンリング』を発動させて身体を車輪に変え、『ステンノー』へと突撃していく。

「そんな直線的な動きで、ISに追い付ける筈がないわ!」
「どうかな?」

 ステンノーはスラスターを使いレッドボーンリングを回避し、ビルの上まで飛び上がる。しかし仮面ライダーV3は即座にビルの壁を蹴り、三角飛びの要領で方向転換すると身体をブーメランのように、傍から見るとさながら円盤の如く横回転し、音速を超えんばかりの速度でステンノーへ突撃する。

「けど、まだ甘いわ!」
「逃がさん! ロープアーム!」

 またしても逃げようとするステンノーだが、丈二が右腕から『ロープアーム』を射出して右足を縛り、ステンノーの足を止めて逃がさない。

「今だ! 風見!」
「そんな!?」

 丈二の叫びを聞くや仮面ライダーV3は接近し、渾身の一撃をステンノーに放つ。

「V3マッハキィィィィック!」

 蹴撃はステンノーに叩き込まれ、ステンノーは『絶対防御』を発動させながらビルの最上階に落下する。同時にISの展開が解除される。フラフラになりながらも立ち上がったステンノーだが、誰かに胸倉を掴まれて壁に押し付けられる。

「よくも俺たちの妹を浚って、危ない目に遭わせてくれたな。虚さん!」
「ええ。私たちから、沢山お礼をしてあげないとね!」

 胸倉を掴んだのは弾と虚だ。弾は右拳を、虚は左拳を握ってステンノーの顔面にストレートを放ち、その意識を刈り取った。

**********

 星の明かりが夜空を照らす中、ビルに囲まれた空き地で志郎は一人星空を見上げている。志郎の近くでは丈二が奈緒の診察をしている。

「あの、こいつは……」
「気絶しているだけだよ。疲労こそしているけど目立った外傷はないし、もう大丈夫だ。そろそろ目を覚ますだろう」

 蘭を安心させるように丈二が穏やかに笑い返すと、奈緒は目を開いて起き上がる。

「ここは……?」

 奈緒と蘭の視線が合う。互いに沈黙していた二人だが、先に蘭が口を開く。

「……ありがと」
「何を……?」
「あんた、理由はどうあれ私を助けてくれたでしょ? だから、そのお礼よ」
「しかし私は……」
「それとこれとは話は別よ。私はあんたを許した訳じゃない。けどお礼はちゃんと言うべきじゃない」

 蘭がぶっきらぼうに答えるとケンが奈緒の前にやって来る。ステンノーとエウリュアレーはすでに応援に引き渡したので奈緒も、といった所だろう。奈緒は黙って立ち上がろうとするが、ケンがそれを制して抱き上げて後ろからやって来た担架に乗せる。担架で運ばれていく奈緒に蘭が声をかける。

「あんた、本当の名前は? あんたの口から直接聞きたいんだけど」
「……有栖奈緒だ。嘘ではない。親から貰った名前なのだからな」
「そう、分かったわ。ならもう復讐なんて止めなさい、有栖。あんたがそんなことをしても、誰も喜びやしないんだから」

 奈緒は何か言おうとするが丈二がそれを遮る。

「復讐以外にも生きる目的ならある。贖罪だ。犯した罪はどんな理由であれ、どれだけの時間が経過しても消えることはない。だからこそ簡単に死ぬことは許されない。そして一生かけて償うんだ。最期の時がくる、その瞬間まで」

 丈二の一言を聞くと奈緒は再び口を閉じる。そして担架で救急車に乗せられると、護衛の車と共に走り去っていった。それを見送った蘭の横に志郎が歩み寄って立つと、蘭が誰に言うとでもなく呟く。

「これで、良かったのかな……?」
「いいんだよ、蘭さん。許すことは難しい。けど憎しみに囚われていたら前に進めないし、新たな憎しみを生むだけだ。だから許しはせずとも、憎しみに囚われないことこそが一番大事なんだ。君は裏切られたことを許しはしなかったが、それでも彼女を助けた。それで、いいんだよ」

 志郎の言葉を黙って聞いていた丈二とケンだが、別のグループが騒がしくなったのを見ると志郎は明るく笑って続ける。

「それより、弾君や一夏君の所に行ってあげた方がいい。一夏君どころか弾君まで病院送りにされかねない」

 志郎の視線の先では弾が数馬にヘッドロックをかけられ、一夏は殺気立っている箒に問い詰められている。

「この野郎! 少し見ない内に、ちゃっかり抱き合うくらいの仲になりやがって! リア充爆発しろ!」
「痛い痛い痛い! だからあれは不可抗力と言うか、本能に従っただけと言うか! そうですよね!? 虚さん!」
「そ、そうよ。ご、誤解しないでくれない。あれは……そう! じ、事故なんだから! だからそういう下心があった訳じゃ……!」
「耳まで真っ赤にして言っても、全然説得力ないよ~。そう言えばおりむー、あの時蘭さんを抱き締めていたけど、抱き心地はどうだった~?」
「ほう。一夏、私たちや千冬さんがいない間に後輩に手を出していたのか。大した身分だな、鬼の居ぬ間に何とやら、か。お前が誘拐されたと聞いて、私がどれだけ心配していたか分かるか? ましてや、昨日にあんなことがあったばかりだと言うのに」
「だから誤解だって! それには色々と込み入った事情があってだな……!」

 ちゃっかり虚を弄りつつ、修羅場を目の当たりしてものほほんとした態度を崩さない本音だが、志郎たちが歩いてくると一礼する。

「風見さんもありがとうございました~。お陰でまた、平和な日常に戻れましたし~」
「これが平和とは到底思えないんだが、今は置いておこう。礼には及ばないさ」
「あの、私からも、ありがとうございます。私の妹を助けて頂いて……」
「礼を言いたいのはこちらの方さ。話は結城から聞いている。君や弾君の妹を想う心や勇気があったから、俺は戦えたんだ。だから、ありがとう」

 志郎は虚に一礼すると、続けて弾にヘッドロックをかけている数馬へと声をかける。

「そこまでにしてあげてくれないか? 蘭さんも気が気でないだろうからね」
「は、はい!」
「そんなに緊張しなくていい。確か御手洗数馬君、だったね。風見志郎だ。君の度胸も大したものだ。心が振るい立ったよ。ただ、ケンには俺から後で言っておくよ。いくらなんでも無茶のさせ過ぎだ」
「いえ、むしろ俺が佐久間さんに頼んだんで。何もしないのに耐えられなかったって言うか」

 弾を解放した数馬が志郎と話し始めると、蘭が弾の前に歩いてくる。

「ったく、数馬のやつ、少しは手加減しろっての。それより蘭、怪我とかないか?」
「うん。お兄は?」
「大丈夫に決まってんだろ? お前にボコボコにされるよりはずっと楽だったし」
「折角人が心配してあげてるのに、そんなことばっかり言って!」
「痛い痛い痛い痛い! 今日は本当に厄日じゃねえか!」

 いつもの如く弾を殴る蘭だが、今回は誰かが止めるでもなくいつもより早く終わる。弾もそれとなく察して口を開く。

「もういいのか?」
「うん……」
「……別に怒ってないぞ?」
「え……?」
「お前があのIS操縦者を助けようとしたことだよ。俺も一夏も数馬も谷さんたちも、勝手に無茶やっただけだから、お前のせいなんかじゃない。だから気にすんな。お前がそんな萎れてる方が、殴られるよりずっとキツいからさ」
「お兄……ありがと」
「けど、いいんだな?」
「うん、やっぱり憎んでも憎み切れないと思うから」
「大丈夫さ、弾君。蘭さんは強い子だ。それよりすまない、弾君。俺がついていながら、蘭さんを危険な目に遭わせてしまった」
「気にしないで下さい、風見さん。俺の方こそまた助けて貰っちゃって。結城さんもありがとうございました。本当に死ぬかと思ってたんで」

 蘭、弾、丈二、志郎が話し込むのを見ていた数馬が呟く。

「弾も蘭ちゃんも俺とは別の所に生きているって言うか、ちょっと疎外感あるって言うか、羨ましいかも」
「出来れば、君はその方がいいと思いますよ?」

 しかしケンが穏やかに言うと数馬は怪訝そうな表情を浮かべる。

「蘭さんや弾君は君とは別の場所に、非日常の世界に足を踏み入れてしまっています。本人が望まない内に。そして一度踏み入れてしまうと、中々日常には戻ってこれません。他の誰かや何かが日常でない限り、永遠に。ですから、あなたは彼らの『日常』でいてあげてくれませんか? きっと彼らや先輩も、それを望んでいるでしょうから」
「はい!」

 笑い合うケンと数馬を尻目に、箒が刀に手をかけた所で藤兵衛と源次郎が止めに入る。

「そこまでにしときなよ、箒ちゃん。一夏君も立て続けに大変な目に遭ったばかりなんだしさ」
「風見君から話を聞けば、大体の真相は分かるだろう。第一、一夏君にそんな下心があれば、もっとマシな状況になっていると思わないか?」
「確かに……」
「なんでそこで納得すんだよ、箒。立花さん、谷さん、またご迷惑おかけしました」
「気にしなくていい。君を放っておいたんじゃ、立花藤兵衛の名が廃るってもんだ」
「一也だって会いたがっていたんだし、マサコだって君が心配で堪らないだろうからね」

 改めて一礼する一夏に藤兵衛と源次郎は笑って首を振る。

「風見、ありがとう。お前がいなければ、一夏君や蘭さんはどうなっていたか」
「先輩、すいません、手間をかけさせてしまって。茂、怪我をしているのに悪いな」
「なに、こんなの怪我の内には入りませんって」
「お前といい風見といい、少しは怪我を診る側のことも考えてくれ」

 志郎と丈二は猛と茂と話していたが、一夏と箒が歩いてくる。

「ありがとうございました、風見さん。俺、これからも頑張って猛さんや風見さんみたいになれるように……」
「もうなっているさ。それと篠ノ之箒さん、君は怪我をしてるんじゃないのか?」
「本当か!? 大丈夫なのか!?」
「心配ない、かすり傷だ。だからそんなに焦らなくとも……」
「焦るさ。だってお前、俺を心配してくれただろ? 俺だってそうなんだ。俺も箒のことが大切で、好きなんだ。だから、何かあったら心配に決まってる。お前もそうだろ?」
「一夏、お前、やっと私の気持ちに気付いたのか!?」
「それにお前が好きで、お前を好きでいてくれる人がいるんだろ? その人のためにもあんまり無茶はすんなよ? 俺以上にその人は……どうした? 頭痛いのか?」
「……お前に期待した私が馬鹿だった」

 一夏の鈍感さに頭を抱える箒を苦笑しながら見ていた志郎、猛、丈二、茂だが、先に歩き出していた残りの面子に合流し、その場を歩き去るのであった。

**********

「――と、いう次第です」

 一連の事件について話した志郎は和也の反応を窺う。

「なるほど、本当に懲りない連中だ。俺からも礼を言わせて貰うぜ」

 直後に本音と虚が誰を連れて玄関からやってくる。弾と虚は少々気まずそうだ。

「遅くなりました、滝さん、佐久間さん、風見先輩」
「お疲れさん。『ファイブハンド』のアップデートは終わったみたいだな」
「一也、なぜ本音さんと虚さんと一緒なんだ?」
「それは私から説明しますね~。道に迷われて生徒会室の前まで来ていたので、佐原先生に頼まれて食堂まで送っていく途中だったんです~」

 男は沖一也だ。用事を済ませてきたらしい。今度はひとみが歩いてくる。

「丁度良かった。滝さん、佐久間さん、少し来て頂けませんか? お聞きしたいことがありますので」
「分かりました。では、少し失礼します」
「了解、と。それじゃ弾君、頑張れよ。俺も二人の仲を応援しているからさ」
「た、滝さん!?」
「大丈夫だって。自信を持っていい。じゃ、後は頼むぜ、風見」

 和也の一言で顔が赤く染まる弾と虚だが、和也はケンと共に歩き去る。

「そうだよお兄、男なんだからもっとシャキッとしなよ」
「お姉ちゃんも隠さなくていいんだよ~。正直、みんなにはバレバレなんだから~」
「ほ、本音!」
「そこまでにしておきなよ、二人とも。それじゃ、食堂まで行こうか。弾君と蘭さんも許可の関係で、ケンと一緒じゃなきゃ学園から出られないんだろう?」

 志郎の一言で蘭は兄を、本音は姉をからかうのを止めて歩き始める。志郎と一也もそれに続く。歩きながら雑談している五反田兄妹と布仏姉妹を見ながら、志郎はふと自身の家族のことを思い出すが、すぐに振り払う。

(だからこそ、今は一人でも犠牲者を減らすために戦えるんだ。この姉妹も、この兄妹も絶対に守ってみせる。それが父さんや母さん、雪子への手向けになるかは分からないが、それでも……)

「風見さん、どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない」

 食堂に入ると、志郎の視界には先輩や後輩たち、彼らと縁の深い少年少女たちの姿が入ってくる。
 志郎は笑いながら、人の輪の中へと入っていくのだった。



[32627] 第二十一話 十年後(テン・イヤーズ・アフター)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:19
IS学園食堂。普段の休日は客が殆どいない。しかし今日は例外的にIS学園の制服を着た生徒がいるし、明らかに外部の人間と分かる少年少女が2人、男が生徒と同じく10人いる。

「この姿で会うのは初めてになるかな。改めて、沖一也だ。また会えて嬉しいよ、一夏君」
「俺の方こそ会ってお礼がしたかったんです。ありがとうございました、『スーパー1』。千冬姉を守ってくれて」
「一夏さん、沖博士とはどういった関係なんですの? それに織斑先生を守ったというのは?」
「それは俺から説明するよ。俺と千冬さんは月面基地で一緒に働いていたんだ。地球に帰還する途中、事故で千冬さんが大気圏に突入しそうになった時、一夏君と約束したのさ。千冬さんを護り抜くってね」
「だから織斑先生にとって一也は、一夏君にとっての本郷さんと同じってわけさ」
「要するにセシリアにとっての神博士、私にとってのアマゾンってことですね。って、アマゾン、何してるのよ?」
「なにって、薬作ってる。イチカ、たまにリンやホウキ、シャルロットに殴られる。ちゃんと傷、手当てしないとダメだ。けどイチカ、なんで殴られたんだ?」
「いえ、俺が聞きたいくらいなんですけど」
「あかん、完全に終わっとる。本当に悟り開いてるんと違うか?」
「話には聞いていたけど、まさか一也レベルとは思わなかったよ」
「洋兄さん、沖博士ってそんなに鈍感なの? とてもそうには見えないんだけど
「厳密にはタイプは違うけど、鈍感さではいい勝負さ。それとがんがんじい、脱がないと本気で気付かれないんじゃない?」
「せやな。ラウラちゃんとか本気で勘違いしてそうやし。よいしょ、っと」
「な、中に男の人が!?」
「……ラウラちゃんはまだ分かる。けど簪ちゃんと山田先生まで驚いたのは想定外やったわあ」
「失礼しました、矢田さん。その着ぐるみに見慣れていたので」
「気持ちはよく分かるぞ、ラウラ。俺も最初に素顔を見た時は驚いたからな。シャルロットだって最初は驚いたらしい」
「村雨さんやラウラと同じって……僕、自分の感覚に自信が持てなくなってきたよ」
「そう言わないの。簪ちゃんはどうなっちゃうの?」
「かんちゃん、昔からちょっと変わってたし、天然の素質はあるのかも~」
「ちょっと本音! あなたなに言ってるのよ!?」
「アハハハ……けど、個性があって俺はいいと思うよ? 俺も最初見たときは違和感くらいは感じたしさ」
「ありがとうございます、光太郎さん。本音、余計なことは言わなくていいから。なんだか、村雨さんと一緒だとラウラのズレ具合が酷くなってる気が……」
「否定はしないぜ、簪ちゃん。真耶ちゃんは結城と一緒になるとドジ具合に拍車がかかるみたいだし、何かあるのかも知れないな」
「面目ないです、隼人さん。けど驚きました。あの後デュノアさんの手助けまでしてたなんて……」
「なに、ああいう無神経なジャーナリスト気取りが、少し気に入らなかったんでね、イタズラしてやっただけさ」
「そのイタズラのお陰でパリの街は混乱の嵐でしたけどね」
「風見さん、パリにいたんですか?」
「ああ。デュノア社の株主だからね。株主総会に出席してたのさ」
「風見さんって本当に何でもやってるんですね……」
「なに、本郷先輩には及ばないさ」
「いや風見先輩、正直比べる相手が悪いだけで、城南大学じゃ『マットの白い豹』の名前が今も伝わってるんですよ?」
「確かに本郷さんの話を聞いた時は、俄には信じられませんでした。文武両道というレベルでは収まらないと思います」
「そう言わないでくれ、箒さん。俺だって君と同じだ。一人では何も出来なかったんだからね」

現在話しているのは『仮面ライダー』とIS学園の生徒で、いずれも仮面ライダーとは深い関わりがある。例外的に五反田弾と蘭の兄妹は学園関係者ではないが、風見志郎と深い関わりがある点では他の面子と変わらない。 今は滝和也と佐久間ケンを待っている。IS学園関係者には話すことがあり、五反田兄妹は許可の関係でケンと一緒で無ければ学園から出れないからだ。
教員が一人やって来て声をかけてくる。

「織斑君、篠ノ之さん、それと風見さん、少し教頭先生からお話ししたいとのことなんですが」
「分かりました、榊原先生」

志郎と織斑一夏、篠ノ之箒が立ち上がって教員についていく。連れていかれたのは職員室だ。奥にある教卓まで案内されると、教頭が待っている。まず教頭は志郎に一礼して口を開く。

「お手数をおかけします、風見さん」
「お気になさらないで下さい、みどりさん、じゃなくて飛鳥先生」

教頭の名は飛鳥みどり。志郎とは旧知の仲だ。最初に会った時は『さすらいのヒーロー』に間違われたが。

「あの、教頭先生は風見さんとお知り合いなんですか?」
「ええ。いきさつ話すと長くなるからやめるけど。早速ですが本題に入ります。学園長室まで来て貰います。『あの件』についてヒアリングがあるので」

箒の身体が強張るが、拒否はしない。三人はみどりに連れられ、学園長室まで向かうのだった。

**********

IS学園の学園長室。普段は広々としているこの部屋だが、今はいつもと様子が違う。いくつかパイプ椅子が置かれ、白衣を着た男女とスーツ姿の女性、それにジャケット姿の男が腰掛けてペンを走らせている。向き合うように椅子が三つ置かれて、少年少女と私服の男が腰掛けている。主に白衣の男の質問に私服の男が答え、時折少年や少女にも質問が出る。

「……最後にもう一度確認しますが、質問の答えに間違いはありませんね?」
「はい。間違いありません」
「分かりました。これでヒアリングは終了です。ご協力ありがとうございました」

白衣の男が一礼すると、張り詰めていた雰囲気が一気に解かれる。
スーツ姿の女性こと織斑千冬は一度首を大きく回すと、隣にいる滝和也が大欠伸をしたのを見て肘で小突き、止めさせる。
 報告を終えた千冬は、ヒアリングに参加するように言われ、準備をしていた。和也が寝不足気味なのは分かっているが、学園長の前で欠伸をさせる訳にはいかない。海堂肇は学園長と話し始めるが、緑川ルリ子が千冬と和也、ヒアリングの対象となった一夏、箒、志郎に目配せをして退室させる。退室するや千冬がツッコミを入れる。

「あなた、学園長の前で欠伸するなんてどんな神経してるんですか?」
「悪い、寝不足気味でな。昨日はほとんど眠れなかったしよ。それに、堅苦しくしてたら一夏君と箒が居たたまれないだろ?」

いい加減な態度を崩さない和也に溜息をつく千冬だが、志郎が声をかける。

「挨拶がまだでしたね。改めて、風見志郎です。お会い出来て嬉しく思います、織斑千冬さん」
「いえ、織斑や布仏を助けて頂いたと聞きました。ありがとうございました」

千冬は志郎に一礼するが、志郎は穏やかに首を振る。続けて和也が箒に声をかける。

「だが箒、断らなくてよかったのか? 今回の件は君の……」
「滝さん、彼女はそれを承知でここまで来たんです。自分の姉、篠ノ之束が学園に侵入したことについて話すために」

しかし志郎が遮る。箒は俯いたままだ。一夏は心配そうに見ている。
今回の案件は箒の姉で千冬の幼馴染み、そしてISを開発した篠ノ之束が多数の無人ISを引き連れてIS学園を襲撃し、地下特別区画まで侵入して最深部に保管されていた『あるもの』を盗んだという事件だ。 幸い人的被害は出なかったが、IS学園をここまで荒らされたのは初めてだ。しかも犯人が幼馴染みとあれば、千冬もいい気はしない。

「そう言えば風見、結城を見なかったか?」
「結城は地下特別区画で調べたいことがあるそうです。もう戻ってくると思うんですが」
「すいません、滝さん。遅くなりました」

千冬の視線の先から紺のブレザーを着た男が歩いてくる。右手には手袋が嵌められている。千冬には男に見覚えがあった。幼い頃、束がよく入り浸っていた田所博士の旧宅に一時期住んでいた男だ。

「あなたは、『先生』!?」
「君は!? そうか、やはり貴女が『ちーちゃん』だったんですね、織斑千冬さん」

束が『先生』と呼び慕っていた男だ。見間違いようがない。千冬は束を迎えに行く度、この男とも顔を合わせていたのだから。

「結城、お前も千冬と知り合いだったのか? それに『先生』って……?」

和也は怪訝そうな表情を浮かべ、先生こと結城丈二に尋ねる。丈二は頷くと話し始める。

「ええ。俺は彼女の幼馴染みの『先生』でしたから」
「先生って、まさかお前が言ってた『生徒』ってのは!?」

丈二は答えず、全員が沈黙する。一夏と箒、志郎も承知しているようだ。やがて丈二が重い口を開ける。

「どこから、話しましょうかね。あれは俺と風見がこの街に到着した翌日のことでした――」

これは和也と千冬が不在の間に起こった二つの事件のうち、一人の男と一人の少女が再会する過程で起きた事件の話――

**********

とある街にある、ごく普通の公園。子どもたちは遊具やオモチャ、時にただ走り回ったりして遊んでいる。どこの町でもある、ごくありふれた日常だ。その公園のベンチに一人の女性が腰掛けている。頭の上に兎耳を乗せている。左手にラジコンを持ち、右手の工具でラジコンを弄り、終わると見ていた子どもたちに黙って渡す。
ラジコンが再び走り始めると子どもたちは喜び、女性に向き直り礼を言う。

「ありがとう! お姉さん!」

しかし女性はニコリともせず、子どもたちがベンチから離れていくのを見送ると工具をポケットにしまう。

「私らしくない、かな」

女性こと篠ノ之束は誰に言うでもなく呟くと、ラジコンを一瞥して再び視線を戻す。

(先生に会った時も、こんな感じだったよね)

束は幼き日に出会い、『先生』と呼び慕っていた男のことを思い出す。
束が『先生』と出会ったのはまだ小さかった頃、公園のベンチに腰掛けていた時だった。別に何かして遊ぶ訳でもなく、誰かを待っていた訳でもない。一人でベンチに座っていただけだ。 すると丁度視線の先にいた『先生』がラジコンを直してみせた。その時、束は『先生』の右手に心惹かれた。どうやってラジコンを直したのだろう、何を考えてラジコンを直していたのだろう。それが無性に知りたくなった。
しかし束は『身内』以外を認識出来ない欠点があったし、身内以外から晒される好機や嫌悪の籠った視線を嫌い、自分から誰かと関わろうとする気も無かった。だから右手には興味を惹かれたが、右手の主に話しかけることはしなかった。ただ右手を見つめ続けただけだった。視線に気付いた『先生』が話しかけてきた時も、最初は無視した。右手以外認識出来ていなかったからだ。だが、束が右手に興味を持ったと見抜いた時、ごく僅かにだが『先生』に興味を持った。そして『先生』は自分が何を考えてラジコンを直したのか、どうやってラジコンを修理したのかを話してくれた。
その話を束はなぜか最後まで聞いた。当時は分かりにくかったし、理解出来なかったこともあった。しかし噛み砕いて話してくれた『先生』の優しさや熱意は、なんとなく伝わった。だから帰った後も、話の続きを聞きたいと思った。
 それからは束が公園のベンチに座っていると、毎日『先生』が公園にやって来て、色々話をしてくれるようになった。束は右腕だけでなく話の内容や背景、『先生』自身に興味を持つようになった。次第に『先生』の話を聞くのが楽しみになり、『先生』と会えるのが楽しみになっていった。
それだけに、『先生』が来なかった時は不安で堪らなかった。いつも無言で無表情だったから、自分が興味を持っていないと勘違いし、来なくなったんじゃないか。それを認められず、ずっとベンチに座っていた。夜になって寂しさで身体が震え始めていた時、『先生』はやって来た。 バイクでやって来ると震えている束を見つけ、謝りながら優しく束を抱き締めた。その時感じた温もりと嬉しさを、束は今でも鮮明に覚えている。 だから『先生』を『身内』と認識した。束は初めて自分の意志を言葉に出し、初めて自分の気持ちを表した。
ここは全ての始まりの場所だ。思い出も、科学の道を志したのも、ISを創り上げたのも、悲しみも憎しみも、悪い子になると決めたのも、全てはここから始まった。

(っと、ダメだなあ、こんなこと考えちゃ)

しかし束はその考えを振り払う。束は感傷に浸りに来たのではない。この公園にやって来たのも、ラジコンを直したのも気まぐれに過ぎない。
 束はベンチから立ち上がる、頭に乗せた兎耳を揺らしながら公園から歩き去っていく。
あの時と違い、『先生』が絶対に現れることがない現実を噛み締めながら。

**********

IS学園地下特別区画。この区画の存在を知る者は少なく、何重もの防護策が取られている。ここにはIS学園を襲撃した無人ISのコアや『人造人間』の残骸など、機密性の高いものが保管されている。だが最深部にある、分厚い扉の向こうに保管された『アレ』は別格だ。『アレ』の存在を知る者はほんの数人で、学園長や教頭の飛鳥みどりですら、『アレ』の正体は知らない。
全てを知るのは学園の事実上の運営者で用務員の轡木十蔵、千冬、佐原ひとみ、肇、ルリ子の両校医のみだ。
その扉の内側に、ひとみとルリ子の他に男がいる。紺色のブレザーを着た男だ。男は端末を操作して『アレ』を調べていたが、一度操作を中断すると振り返る。

「結城さん、どうでした?」
「部材が急激な『進化』に耐え切れていないようですね。コア以外を新造し、『進化』に耐え得る『身体』を手に入れない限りはこのままでしょう。あくまで俺の見立てでは、ですが」

ルリ子の質問に結城丈二が答える。
丈二は一介の民間人だ。本来は地下特別区画に立ち入ることなど出来ない。しかし丈二は『国際IS委員会』のビクトル・ハーリンから協力を依頼され、ルリ子や肇の要請もあってこの扉の内側にいる。ルリ子が丈二に協力を依頼したのは、丈二が束と同じく優れた科学者で、その経歴を買われてのことだ。
かつて丈二は騙されたとはいえ『デストロン』科学者チームのリーダーとして改造人間の開発を主導しており、自ら手掛けた改造人間も少なからずいる。 この過去は丈二の中に深く影を落としている。だがそれが彼に広範な知識を与えた。改造人間はあらゆる学問・技術体系が複雑に組み合わさり、一体化した最先端科学の粋だ。生化学、医学、薬学、工学、脳科学、人間工学、運動学、生物学、心理学。あらゆる学問分野の知識を、かなり深く理解しなければ製造出来ない。
ISもまた最先端科学の結晶だ。工学系の知識・技術は勿論、人体や医学の知識や技術も必要とされる。それを全て独力で造れるのは、世界でもたった一人しかいない。篠ノ之束だ。

「織斑千冬の専用機『暮桜』。第一回モンド・グロッソ優勝機にして『兵器』として設計された最初のIS。唯一『第三形態移行(サード・シフト)』まで変化、いや『進化』したIS、か」

丈二は目前にある黒いIS『暮桜』を見て呟く。
『白騎士』は後で武装化されたに過ぎず、最初から戦闘目的で設計されたのはこれが最初だ。しかもこのISはオーダーメイド品の最たる物だ。性能や武装は千冬の要望や能力に合わせ近接格闘戦に特化し、それ以外はほぼ捨てている。
たとえば『白騎士』は動きが硬いという意見が出たために柔軟性を大幅に向上させており、追従性も非常に高くセッティングされている。その分反応が敏感過ぎるが、千冬以外の搭乗は前提としていないので問題ない。スラスターも最高速度を『白騎士』より大幅に落とし、小回りが利くように調整されて運動性の向上に成功した。おまけに武装は『雪片』一本のみとした。
その結果が第1世代最高の格闘戦能力と運動性に、第1世代最低の射撃戦能力と機動性を兼ね備えた『暮桜』の完成だ。『暮桜』が『モンド・グロッソ』を制せたのは千冬の技量と、『暮桜』の『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)』でエネルギーを消滅させる『零落白夜』による所が大きい。

「ですが結城さん、『暮桜』は織斑先生に合わせて制作されたんですよね? なぜ第三形態移行した途端、機体にガタがきたんですか?」
「第1世代機、特に最初期のものは第三形態移行を想定していないし、『暮桜』の場合は設計に余裕がない。さらに操縦者に合わせるには、大幅な『進化』をする必要があった。要するに、織斑千冬に合わせようとしても、合わせられなかったんだ」

ひとみの疑問に丈二は答える。
『暮桜』は第1回『モンド・グロッソ』の時点で第二形態移行(セカンド・シフト)を果たしており、引退試合の最中には、公式で確認されている例で唯一となる第三形態移行まで果たしている。 だが第三形態移行を果たし、最後の相手を撃墜した直後にスラスターの破損、パワーダウンの発生、エネルギー系統の断絶などが発生、殆ど使い物にならない状態になってしまった。
ISは自己進化機能が設定されており、操縦者と共に経験を積むことでISが操縦者の特性を理解し、より性能を引き出せるよう形状や性能を大きく変える。これが『形態移行』だ。形態移行のうち、第三形態移行は急激な変化を伴うために『進化』とも呼ばれる。特に第三形態移行を果たしたISは自己進化の箍が外れ、理論上は無限に強化出来る。つまり改造人間と同じく、第三形態移行したISは鍛える程強くなる。
その事実が明らかになってからは、第二形態移行まで達したISコアは第2世代機以降の機体に準備して移植する、という方法で同じ轍を踏まないようにしている。 また第2世代機以降の専用機は第三形態移行も想定して設計され、量産機でも初期ロッド以外の『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』は、第三形態移行しても問題ないようになっている。束はその問題に、『無段階移行(シームレス・シフト)』を『紅椿』に組み込む、という解答を出したが。

「だがなぜ『暮桜』の動態保存を? 第三形態移行したISはこれだけだからこそ、厳重に保管されているのでは?」
「織斑先生が万が一出撃する場合、一番彼女に追従出来るのも『暮桜』ですから。織斑先生が出るような事態となると、量産機じゃ対処出来ない状況でしょうから」

『暮桜』は動態保存されており、いつでも動かせるようになっているが、勝手にボロボロになるのでオーバーホールが欠かせない。しかも束製ISは構造や内部系統が複雑で、『暮桜』の場合は設計段階から余裕がない。それをオーバーホール出来るのは、学園ではひとみのみだ。

「けど結城さん、ずっと疑問に思っていたんだけど、篠ノ之束はなんで無人ISを学園にけしかけたり、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を暴走させたりしたのかしら?」
「これは勘に過ぎませんが、篠ノ之束は『白式』と『紅椿』、というより織斑一夏と篠ノ之箒を鍛え上げ、さらなる高みに導こうとしているような気がするんです」
「幼馴染みの弟と自分の実の妹を、ねえ。けど一体なんの目的で? しかも自分の『身内』を命の危険に晒すなんて」
「目的は分かりません。ですが、危険な状況を潜り抜けば、それだけ人は成長するものです」
「それは、そうですけど。でも『VTシステム』研究施設の破壊とか、『白騎士事件』とかはどうなんです?」
「単に気に入らなかっただけ、という可能性も否定出来ませんが、『白騎士事件』に関しては、世界をひっくり返すために起こしたのかもしれません。そちらは成し遂げられたでしょうが」
「確かに彼女の発明、特にISは『白騎士事件』で有用性が証明されましたからね。けど動機が分からないわ。願望があったにしても、『白騎士』を兵器として認めさせようとした理由もだし、世界をひっくり返したい、引っ掻き回したいって理由だけならすでに『白騎士事件』で達成されてしまったし」
「復讐、なのかもしれません」
「復讐?」
「ええ。理由は分かりませんが、篠ノ之束はこの世界に復讐しようとしている気がするんです。そのために、自らをも傷付けている。そんな感じがするんです」
「……それも勘、ですか?」
「俺も復讐に走っていた時期がありましたから、そう思えるのかもしれません」

丈二の言葉を最後にその場は沈黙に支配される。
丈二はその能力を妬み、地位を脅かすことを恐れたデストロン大幹部『ヨロイ元帥』に無実の罪を着せられ、右腕と仲間を奪われた。当時はデストロンの正義を信じており、当初の丈二はヨロイ元帥個人への復讐のみを目的にしており、風見志郎とも対立していた。しかし志郎の過去を知り、デストロン首領が『悪魔』であると悟った丈二は復讐を完全に捨て、『プルトンロケット』に乗り込み、安全な場所で自爆した。
そんな過去があるだけに、篠ノ之束も『復讐の鬼』なのではないかと推測している。一連の行動を見た限り、篠ノ之束は狼だ。それも触れる物全てに牙を向き、自らをもその爪で切り裂き続ける一匹狼だ。なんとなくだが、丈二にはそう思えた。

「それはそうと、昨夜風見が見た銀髪の少女について、手掛かりはありませんか?」
「いえ、全く。その少女が学園にハッキングを仕掛け、地下特別区画に侵入しようと?」
「可能性は否定出来ません。『亡国機業(ファントム・タスク)』の手の者か、または別の組織や個人かは分かりませんが」

丈二たちが話しているのは昨夜遅く、IS学園のメインコンピューターにハッキングが仕掛けられ、何者かが地下特別区画に侵入しようとした事件のことだ。幸い大事には至らなかったが、志郎によると部外者らしき銀髪の少女を見たらしい。ただ、すぐに姿を消したので追跡は出来なかったそうだ。件の少女が侵入者かは分からない。しかし、只者ではないだろう。

「それで、この後はどうするんですか?」
「篠ノ之神社に行く予定です。雪子さんが田所博士宅の鍵を預かっているので、借り受けるつもりです」
「篠ノ之神社で田所博士の?」
「ええ。雪子さんや柳韻君は幼い頃、田所博士と親しくしていたんです。俺が管理を頼んでいたので」

丈二は端末から離れると答える。
生前の田所博士は篠ノ之神社近くに自宅を構え、幼少期の篠ノ之柳韻・雪子兄妹を可愛がっていた。丈二も雪子や柳韻とは面識がある。田所博士が失踪した後は一番弟子に当たる山口博士が管理していたが、山口博士が仕事の都合でヨーロッパに渡ると、丈二が管理ついでに遺品整理を行った。 遺品整理を終えた後も滞在していたが、志郎にデストロン残党との戦いへの協力を要請され、柳韻にいきさつを話して管理を任せた。柳韻が神社を離れた後は雪子が管理しており、丈二と志郎は田所博士宅で寝泊まりするので、話を聞くついでに鍵を受け取る予定だ。

「けど結城さん、篠ノ之束と会ったことは無いんですか? 篠ノ之神社の近くだったんですよね?」
「俺が顔を出したのは道場だけだったからね。彼女は篠ノ之流を習っていなかったらしいし、道場には顔を出さないだろう。保護プログラムが適用されて、雪子さんに確認した時に初めて柳韻君に娘が二人もいたと知ったくらいさ」
「でも顔写真とか見たことないんですか? 篠ノ之神社まで行かなくても、国際IS委員会とかに言えばいいのでは?」
「そうは行かないのよ、ひとみちゃん。写真や映像自体があまりないし、大半は日本政府が最重要機密として握ってるわ。一応こっちも提出するよう求めてるんだけど、重要人物保護を盾に渡そうとしないし。国際IS委員会にも写真は何枚かあるけど、やっぱりトップシークレット扱いで、私だって見れないんだから。結城さんには見せられないでしょ?」

ルリ子の言う通り、丈二は束の顔を知らない。束は失踪前からメディアに露出することはなく、初めて取材に応じた日に失踪した。顔を知るのは『身内』や国際宇宙開発研究所の関係者、学会で知り合った光明寺信彦博士ら一部の科学者、臨海学校で直接目にしたIS学園生徒及び教員くらいで、それ以外には殆ど顔を知られていない。 写真や映像は出回らず、束が失踪した直後に日本政府に押収され、残りも国際IS委員会が保有しているが、全てトップシークレット扱いで一切公開されていない。
 沖一也の話では国際宇宙開発研究所にも箝口令が敷かれているらしく、迂闊に話せないらしい。篠ノ之神社に行くのは幼少期の写真は残っているのではないか、という推測からだ。

「それに、解析もこれ以上はどうにもならない。今日は切り上げましょう」

丈二はひとみとルリ子と共に扉の外へ出るのだった。

**********

「懐かしいなあ。改築されたって聞いたけど、外観も内装もあの時のままなんだ」

束は公園から出て、少し離れた場所にある田所博士宅の玄関に入るや呟く。
あの日以来、束は『先生』を訪ねては色々と教わってきた。ここは科学者としての束の原点でもある。 田所博士は『先生』の師であり、束の父とも交流があったらしく、『先生』がいなくなった後も鍵を借りて独学で勉強していた。今は立場が立場なので、合鍵を勝手に作って入っているが。 靴を脱いで玄関から家に上がると、束の胸は懐かしさで一杯になる。

(玄関先で一緒にちーちゃんを出迎えて、先生が寝ちゃった私に上着をかけてくれて、よくイタズラして叱られたっけ)

感傷に浸っていた束が階段を上っていくと、途中で焦げた部分を見つけ、足が止まる。焦げた部分に軽く手を触れ、ぽつりと呟く。

「まさか、これまで残ってたなんて……」

この焦げ跡もまた束が『先生』をびっくりさせようと、時限発火式のトラップを自作した『イタズラ』の結果出来たものだ。
束は生来のイタズラ好きで、両親や幼馴染みの『ちーちゃん』にもイタズラを仕掛けていた。今思えば『身内』にずっと自分を見ていて欲しかったのかもしれない。 父親は口数が少なく厳格で気難しい所があったし、母親は温厚だが神社での仕事もあり、あまり束をかまえなかった。『ちーちゃん』は常に身近にいたが、道場で父親と竹刀を振るっている時間も長く、『ちーちゃん』が道場にいる時は誰もかまってくれず、ずっと一人でいた。
そんな時に一緒にいてくれたのが『先生』だった。束は嬉しくなると同時に、無意識の内に『先生』が自分を見なくなることを恐れていたのかもしれない。 あの時も束はいつもと同じようにイタズラしようと、時限発火装置を作って階段に設置した。だがアクシデントで突然装置が発火し、壁に火が点いてしまった。 束もまた火に焼かれそうになったところで、煙に気付いた『先生』が駆けつけて、バケツ入りの水で消火した。

(でもあの時の先生は、本気で怖かったかも)

 『先生』は束がイタズラをする度に注意したが、言葉こそ咎めるものではあったが、穏やかに諭すように語りかけていた。この時も束はそうだろうと思ったが、違った。 『先生』はいきなり左手で束の頬を張ると、厳しく叱りつけたのだ。

『君は、自分が何をしたか分かっているのか!? 一歩間違えば家も焼けて、君も死んでいたかもしれないんだぞ!?』
『怪我がなくて、よかった――』

それで『先生』が自分を本気で心配してくれたと気付いた。その時の『先生』の怒りと安堵が入り交じったような表情は、今でも忘れられない。 束は泣きながら、初めて『ごめんなさい』と『先生』に言った。焦げ跡はその思い出だ。

「ごめんなさい、先生。最後の言いつけ聞かなくて、こんな悪い子になっちゃって……」

焦げ跡を撫でながら呟く束だが、焦げ跡から手を離して階段を降りる。

(私は悪い子だ。でも先生はもう叱ってくれない。私の前には来てくれない。だから……)

階段を降りて靴を履くと、束は外に出て合鍵で施錠して歩き始める。自分はすでに『悪い子』であると言い聞かせ、『悪い子』であると証明すべく『あるもの』を奪うためにこの街まで来たのだ。

「ごめんなさい、先生。もう、戻れないんだよね……」

もう一度束は呟くと、ふらりと歩き去って再びその姿を消した。

**********

「残っていない? 一枚もかい?」
「はい、政府で根こそぎ持っていってしまったんです。この家は勿論、私含めた親戚一同、同じ目に遭いまして」

篠ノ之神社の一角。丈二は神社を管理している雪子と話をしている。
最初は思い出話に花を咲かせていた二人だが、丈二が束の話を切り出した所、日本政府により写真や映像は持っていかれたと聞かされた。束は最重要人物だ。手がかりになりそうなものは確保しておこう、という魂胆だろう。インターポールすら所在が掴めない相手ならなおさらだ。

「忙しい所ありがとう、雪子さん。後はこちらでなんとかしてみるよ」
「いいえ、こちらこそお力になれなくて。それと、よろしかったら今度のお祭りに顔を出して下さいな。今年からようやく神楽舞が再開したので、結城さんにも見て頂きたかったんですが」
「こちらも立て込んでしまって、盆祭りの神楽舞を見れなくなって久しいからね。来年は是非とも」

雪子に見送られて建物から出ると、丈二は境内を散策し始める。剣道着に竹刀を持った子供が数人歩いている。

(懐かしいな。『ちーちゃん』という娘もあんな格好で、『生徒』を迎えに来ていたな)

丈二は田所博士の遺品を整理していた時に出会った、自身の『生徒』を思い出す。
『生徒』は毎日田所博士の自宅にやって来て、丈二から工学や生化学について丈二から教わっっていた。時に漢字の読みなどを聞いてきたり、イタズラしたり、雑談に興じたり。 最後に剣道着の『ちーちゃん』が迎えに来て、丈二と『生徒』が一緒に出迎える。そんな平和で、ゆっくりとした日々を過ごしていた。
『ちーちゃん』と『生徒』は幼馴染みらしく、『生徒』にとって一番親しい『身内』だ。というより、事実上身内は『ちーちゃん』と丈二くらいしかいなかった。『ちーちゃん』のことは今でも覚えている。黒髪を後ろで無造作に縛り、吊り目で真面目そうな雰囲気を漂わせていた。フランクな『生徒』と対照的に礼儀正しく、毎日丈二にきちんと一礼していた。きっと今は美しく成長しているのだろう。

(篠ノ之束も、あの娘と同じだったな)

続けて束も『身内』以外には冷淡という話を思い出す。
こちらは妹の篠ノ之箒に友人の織斑千冬、その弟の織斑一夏と、身内の数はまだ多いし、身内以外を認識は出来るようだ。
だが束は『生徒』と違い、厳しく叱れる大人がいなかったようだ。丈二も『生徒』を上手く叱れていた自信はないが、『生徒』は真意を理解してイタズラをしなくなったし、叱る身内がいたら少しは違ったのかもしれない。

(しかし、あの娘はどうしているんだろうか? 名前だけでも聞けていれば調べようはあったんだが)

丈二はうっかり『生徒』の名前を聞き忘れており、その名前を知らない。ブルースフィアで再会した後の動向は分からない。
だから今は科学者として大成したのか、研究の道を捨てて別の道を歩んだのか、あるいは篠ノ之束のように悪の道へ走ったのかは分からない。だが『人間』として生きていて欲しい、と常に願っている。

(泣いてくれた『生徒』のためにも、彼女の家族のためにも、篠ノ之束を止めなければ……)

「あの、結城さん」

(風見の話では、ヨロイ元帥の仲間に復讐しようとしたらしいな。風見が止めていなかったら、彼女も俺と同じく……)

「結城さん? 聞こえてますか?」

(もし篠ノ之束も復讐に動いているとすれば、なおさら止めなければ。憎しみの連鎖はどこかで断ち切らければ、誰にとっても不幸過ぎる)

「結城さん!」

道場のを見ながら物思いに耽り、呼びかけに気付かなかった丈二だが、三度目にしてようやく向き直る。声の主は長い黒髪をポニーテールにした少女だ。IS学園の制服を着ており、背筋が伸びて凜とした雰囲気を漂わせている。

「失礼、少し考え過ぎてたみたいだ。俺に何か用かい? 篠ノ之箒さん」
「いえ、道場をずっと眺めていたので、何かあったのかと」

少女の名は篠ノ之箒。IS学園の1年生でこの神社の娘、そして束の妹だ。 箒とは昨日の内に簡単な自己紹介を済ませてある。

「少し昔を思い出していてね。箒さんはなぜここに?」
「今日は部活もありませんし、叔母から管理している田所博士という方の旧宅を使うことになったので、掃除を手伝って欲しいと連絡があったので。結城さんこそどうしてここに?」
「奇遇だね。田所博士の家に俺と風見が寝泊まりすることになったから、鍵を借りに来たんだ」
「失礼ですが、その田所博士という方は? 名前だけは父や叔母から聞いたことがあるのですが」
「俺の生化学者としての師であり、父親代わりとも言える人さ。もう行方不明になって久しいけれど。けど雪子さんも気遣いをしなくて良かったのに。男手はこっちで確保しておいたんだが」
「男手、ですか?」
「ああ。もうこっちに到着すると思うんだが」
「すまん、少し遅れた。と、もう一人先客がいたらしいな」

丈二と箒が話していると、箒の背後から男が一人やって来る。黒いライダースジャケットを着て両手に手袋を嵌めている。

「五分遅刻ですよ、風見さん」
「だからそれだけは止めてくれ! 少し野暮用があってな。それで、どうだった?」
「駄目だ。写真一枚残されてはいなかった。話だけは聞くことは出来たが」
「となると振り出しに戻る、か」
「結城さん、もしかして男手というのは?」
「ああ。俺さ」

男こと風見志郎は快活に笑ってみせる。

「昨日は状況が状況だったし、まともに話すのは初めてになるかな。改めてよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
「そんな堅苦しくなくていいさ。これで『四人』だな」
「四人?」
「風見、誰か一人連れて来たのか?」
「ああ。そろそろ来ると思うんだが」
「すいません、風見さん。ちょっと変な子に捕まっちゃって」

すると石段を駆け上がって一人の少年が来る。

「一夏!? お前、どうしてここにいるんだ!?」
「どうしてって、風見さんから聞いてないのか? 風見さんに頼んで、掃除の手伝いに来たんだよ」
「そういう問題ではない馬鹿者! 自分の立場が分かっているのか!? 昨日、一昨日と連続して『亡国機業』に狙われたのを忘れたのか!? 少しはどのような状況に置かれているか考えろ!」
「落ち着いてくれ、箒さん。亡国機業については、連中の通信を傍受することに成功した。今は撤収を急いでいるが、IS部隊を投入して陽動を行うらしい。IS部隊の集合場所には茂が向かっている。学園には本郷先輩がいるし、おやっさんたちも警戒を強めている。むしろ寮で一人きりという方が危ないだろう。実際、オータムが寮に侵入したんだろう?」
「それは、そうですが……」
「今度ばかりは不覚を取らないさ。だから、許してあげてはくれないか?」
「風見さんが言うであれば。だが一夏、くれぐれも一人になるなよ? 私の傍から決して離れるなよ?」
「お前だって狙われる側じゃないか。昨日は命すら狙われたんだろ?」
「私は大丈夫だ。風見さんや結城さんも傍にいるし、お前がいるからな……」
「言ってることが色々と矛盾してないか?」
「まあ、その話は置いておこう。一緒に行動した方が安全なのは事実だ。それと、昨日はろくに話せてなかったね。改めて、結城丈二だ」
「知ってるとは思いますけど、織斑一夏です。こちらこそよろしくお願いします」

丈二は少年こと織斑一夏と握手をする。

「結城さん、写真がどうだと言っていましたが、何か用事があったのですか?」

ふと箒が疑問を差し挟む。丈二と志郎は回答に困り顔を見合わせるが、意を決して丈二が口を開く。

「気を悪くしないで欲しいんだが、俺は君のお姉さん、つまり篠ノ之束について少し調べていたんだ。何か手がかりがないかと思って神社に来たんだが、何も残ってなくてね」
「そう、ですか。あの人の……」

丈二の言葉を聞くと箒は俯き、唇を噛み締める。かなり複雑な感情を抱いているようだ。

「君の気持ちは分かる。君にとっては血を分けた実の姉で、両親や一夏君から引き離した元凶だ。愛憎入り雑じって当然だ。愛することも、憎み切ることも出来ない。それが当たり前の反応だ」
「だから君に聞こうとは思っていない。話すのは辛いだろうし、心の整理も出来ていないだろう」
「いいえ、私で良かったら協力させて下さい。お力になれるかもしれません」
「箒さん、それは」
「私はあの人にねだって『紅椿』を手に入れましたし、私があの人の妹で、私が甘えていた部分があるのは、事実ですから」
「……分かった、箒さん。改めて協力をお願いするよ。立ち話もなんだから、行こうか」

丈二が促すと箒は石段を降りていき、丈二がバイクに乗ると、箒は後ろに座って丈二から渡された予備のヘルメットを被る。それを確認するとバイクは走り出し、道の向こうへ去っていく。 続けて志郎も一夏と共に石段を降りるが、バイクの前に立つと一夏に話しかける。

「一夏君、しばらく箒さんの傍にいてやってくれないか? 俺や結城、茂は付き合いが短いし、いつも一緒に居れる訳じゃない。君は彼女と長い付き合いだし、いつも傍にいることが出来る。だから彼女の傍にいて、支えてあげてくれ。ああは言っていたが、きっと辛い筈だ。彼女の力になれるのは、今は君しかいないんだ」
「分かりました。俺も箒には助けて貰いましたし、こういう時は助け合いですから」

一夏は頷くと志郎からヘルメットを受け取るが、誰かが石段を急いで降りてくる。

「結城さん! 忘れ物! ……もう行ってしまったみたいね。箒ちゃんも結城さんと合流したみたいだし、困ったわ。あら、あなたは箒ちゃんの……?」
「あ、どうも。結城さんがどうかしたんですか?」
「結城さんとお知り合い? なら丁度良いわ。少しお願いがあるのだけど」
「俺は構いませんよ。すぐ追いかけるつもりなので」
「失礼。私の連れ、結城丈二がどうかされましたか? 私は風見志郎と言う者です」
「ああ、あなたが結城さんがおっしゃっていた風見さん、ですね。神社の管理をしている篠ノ之雪子と申します。実は結城さん、田所博士の自宅の鍵を持っていくのを忘れてしまって」
「相変わらず、だな。分かりました。こちらで責任を持ってお届けします。一夏君」
「はい。それじゃ、失礼します」

 『ぽか』をやらかした丈二に溜息を付きながら志郎は雪子から鍵を受け取り、一夏と共に雪子と一礼するとバイクに乗り込んで走り出す。雪子はそれを見送ると石段を登って神社へと戻る。

「ところで結城さん、鍵はありませんか?」
「……あ」

同じ頃、到着した丈二が鍵を貰い忘れてたことに気付くのは言うまでもない。

**********

 バイクが走り去った後。一人の女性が神社の石段を登って鳥居をくぐり、ふらりと境内を歩いていく。

「ここも変わらないなあ。何もかも昔のままだよ、本当に」

女性こと束は頭に乗せた兎耳を揺らしながら道場を見て呟く。ここは束の実家だ。幼馴染みの『ちーちゃん』は毎日のように道場に通っては束の父親に稽古をつけて貰っていた。 ただ、その『ちーちゃん』は一時期全く道場に顔を出さなくなった。両親が『ちーちゃん』と弟を残して消息不明となったのだ。 それからしばらく『ちーちゃん』は誰も信用せず、荒れ狂っていた。家には誰も上げず、誰彼構わず噛み付き、警察に補導されたこともある。保護の申し出も全て蹴っていた。 束も例外ではなく、家に入ろうとしても門前払いされたり、ひっ叩かれたりは日常茶飯事だった。
それでも束は毎日『ちーちゃん』の家に通い、一方的に話して帰る、ということを繰り返していた。なんのことはない、『先生』が自分にしてくれたことを、今度は自分が『ちーちゃん』にしていただけだ。同時に束はハッキング技術を生かして『ちーちゃん』の親戚を調べ上げ、匿名のメールを送りつけた結果、『ちーちゃん』の保護に乗り出した親戚が現れた。それらを『ちーちゃん』に感謝され、謝罪されたが、束は自分がやりたいことをやっただけなので気にしていなかった。
その頃の束は『先生』がいなくなって寂しかったが、『先生』の言葉を信じて勉強していたし、『ちーちゃん』やその弟、実妹と楽しい日々を過ごしていた。

(でもあの日から私は……)

だが今から十年前、海上に浮かぶ総合研究施設『ブルースフィア』に赴いた時に全てが変わった。
 たまたま話を聞きつけた束は本来招待状がないと入れない見学会に行き、警備員と一悶着あった時、たまたま来ていた『先生』と再会し、上手く取りなしてくれたおかげでで無事入ることが出来た。束にとって『先生』と再会出来たのがずっと嬉しかった。有頂天になっていたかもしれない。
しかし束はブルースフィアの所長をしていた、ヨロイなんとかとその手下に捕まってしまった。束がヨロイなんとかが『先生』を侮辱したことに反発し、危うく殺されそうになったが間一髪で助けられた。その時に右手袋の下に機械の腕があったこと、『先生』が仮面ライダーで、あの時の姿は『ライダーマン』であることを知った。『先生』はヨロイなんとかが変身したザリなんたらという怪物と戦い、勝利したが、ヨロイなんとかが自爆装置を起動させてしまった。『先生』は束を脱出させるためにブルースフィアに残り、束を気絶させて海底探査用の潜水艇に乗せ、自身は爆発の中に消えていった。
悲しみに暮れる中でヨロイなんとかの仲間が生き残っているのを見た時、束の中で何かが切れた。

(なんで……先生だけが死んで、あいつらだけが……!)

『先生』だけが死に、ヨロイなんとかの仲間だけが生き残った事実は、束に理不尽な世界への怒りと憎悪を与え、『復讐の鬼』とするには十分だった。 同時に妹だけは守ろうと束にとっての『先生』と同じくらい強く、優しく、それでいて『先生』のように死んでしまったりしない、『無敵のヒーロー』を作ろうと決意した。特にISが既存の兵器を圧倒する性能を持つと知るや、その二つの目的達成に向けて動き出した。
このうち復讐の方は『白騎士事件』で半分は達成された。だが皮肉にもヨロイなんとかを甦らせた亡国機業にも力を与えたので、そちらも潰さなければならない。
もう一つの方はISが無制限に広がり、妹にもなるべく危害が及ばない様にコアは極力出し惜しみし、搭乗資格も女のみとし、かつ適性により性能差が出るようにした。束はISの危険性をよく理解しているし、もしISが誰でも使え、無制限に配備出来るようになればどんな悲劇を招くかは予測がつく。数の制限や搭乗資格の限定があっても世界はISを兵器とした。欠点が改善されれば、冗談抜きで第三次世界大戦が勃発しかねない。提供すると決めたISコアの総数は、既存兵器と組み合わせれば防衛戦ならこなせるが、侵攻作戦は出来ないラインとして計算したものだ。
束は背後から誰かが歩いてくるのを感じ取ると、振り向かずに話し始める。

「どうしたの? 『くーちゃん』。ラボでお留守番していてって言ったのに」
「『我輩は猫である』は自動制御にしておきました。束さまにお供したかったので」
「おかしいな、自動制御については『くーちゃん』には教えてなかったのに」
「私が自分で調べたので。それに、束さまをお一人にする訳にはいきませんから」

束は振り返って銀髪を編み込んだ少女こと『くーちゃん』へと向き直る。
くーちゃんはある施設で実験体扱いされていた少女を、施設が壊滅した時に束が拾った上で名前を付けて引き取った。誰が、どのような目的で、どのような実験をしていたのか本人が語ろうとしない。しかし束はドイツで研究されていた『遺伝子強化素体(アドヴァンスド)』を発展させ、亡国機業が生み出した生物兵器の一種ではないか、と推測している。
束は『くーちゃん』を可愛がっており、『くーちゃん』も束を慕って身の回りの世話から『お使い』までしている。ハッキングや特殊工作は一流なのとは対照的に、料理の腕は壊滅的だが。

「来ちゃったものはしょうがないか。だったら行こうか、IS学園に」

束は『くーちゃん』を連れ、目的地のIS学園に向かって歩き出す。
道場から子供が顔を出した頃には、静寂のみが残されていた。

**********

丈二、志郎、一夏、箒は家の掃除を開始する。手始めに全員でリビングを掃除し終え、後は一階は志郎と一夏、二階は丈二と箒が担当することになった。この組み合わせは一夏が提案したものだ。曰く二階には丈二以外では判断に迷うものもあるだろうし、一階は家具をどけるから男手が必要らしい。箒は不満だったが、一夏に押し切られて渋々寝室の掃除をし始める。
一階の手伝いに行こうとした箒だが、書斎が妙に静かなのに気付く。書斎は丈二が一人で掃除をしている筈だ。最初は一階に負けず劣らずドタバタと音を立てていたので、もう掃除は終わっている筈だ。まだ書斎の中にいるのだろうか。 気になった箒が書斎を覗くと、丈二は書斎の中にいる。椅子に腰かけて書斎をずっと眺めている。しかし箒に気付いたらしく振り返る。

「失礼、懐かしかったからつい。何か用かい?」
「いえ、何をなさっていたのか気になっただけですので。こちらこそ不躾な真似を」
「気にしなくていいさ。ただ、田所博士や『生徒』のことを思い出していただけなんだから」
「生徒?」
「ああ。田所博士の遺品整理をしていた時に出会った女の子でね。俺が立ち去るまで毎日この家にやって来ていたんだ。いつも書斎で本を読んだり、俺が工学や生化学について色々教えたりしていたんだ」

丈二は椅子から立ち上がると本棚へと向かい、表紙が擦りきれた新書を一冊手に取って眺める。田所博士が書いた生化学に関する新書のようだ。ふと箒は思い出したように呟く。

「そう言えば、姉は昔この家の鍵を借りて独学で勉強していた、と聞いています」
「だからあの時になかった本が何冊かあったのか。しかし皮肉、と言っていいのかは分からないけど、まさか俺と彼女、それにあの娘にとっての原点が同じとはな」

丈二は苦笑しながら新書を本棚に戻す。

「それじゃあ、下に降りようか。風見たちも終わったみたいだし、一夏君にも聞きたいことがある」

丈二は箒を促すと、既に静かになっている一階まで降りる。志郎と一夏はコーヒーを飲んで一息入れている。

「お疲れ様です、結城さん。コーヒーはどうですか? 箒、お前も一杯どうだ?」
「味は中々のもんさ。おやっさんよりは谷さんのコーヒーに近い感じだな」
「なら遠慮なく頂くよ」

丈二は志郎、箒は一夏の隣のソファーに座るとコーヒーカップを手に取り、一口飲んでみる。確かに美味しい。立花藤兵衛のコーヒーには今一歩及ばないが、市販のものよりはずっと美味しい。

「箒さん、コーヒーを飲みながらでいいんだが、話を聞かせてくれないか?」

箒は丈二の言葉に頷くと姉についてぽつぽつと話し始める。基本的には丈二の質問に箒が答え、時折一夏が口を挟む。志郎は聞き役に回り、たまに口を出す程度だ。

「連絡がつかない?」
「はい。電話番号は教えられたんですけど、通じない時もあって」
「試しにその番号教えて貰って、俺の携帯から何回かかけてみたんですけど、全然通じないんですよ」
「結城、どう見る?」
「推測だが相手が君で、向こうが必要と判断した時以外は通じないようにしているんだと思う。番号も定期的に変えている辺り、使い捨て前提なんだろう」
「すいません、お役に立てなくて」
「いや、いいさ。相手が一枚上手なだけなんだから」
「それに、『紅椿』を作ったのは単に君の頼みを聞いたから、という訳ではなさそうだな。最初から君に言われずとも、むしろ君が嫌がっても引き渡していただろう」
「どうしてそう言えるんですか?」
「あの人は『紅椿』について話す『必要』がある、と判断したから私からの電話に出た。そうですよね?」
「その通りだ。『紅椿』の『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』といい、『展開装甲』や『無段階移行』といい、君が頼む前から設計図くらいは出来ていたのだろう」
「もしかすると、一夏君の『白式』が『紅椿』と一対になるようになっているのも、彼女の狙い通りかもしれないな」
「結城、どういうことだ?」
「彼女程の技術力を持っていれば、『白式』の燃費が極端に悪くなるはずがない。『暮桜』の燃費がむしろ良好だったことを考慮すれば、意図的な『欠陥』として設けたのかもしれない」
「束さんは最初から『白式』の燃費が悪くなるよう調整した、ってことですか?」
「つまりあの人は『紅椿』を前提に『白式』を設計した、ということになりますね。そんなことも知らずに、私は……」
「これは推測に過ぎない。偶然という可能性もあるから気にしなくていい」

丈二は笑って箒に首を振る。箒の心情を察した志郎が話題を変える。

「今回はここで切り上げよう。続きは機会があったら聞かせて貰うよ。それより結城、箒さんなんだが、似ていると思わないか?」
「ああ、目元以外はそっくりだ。本郷さんやルリ子さんが驚くわけだよ」
「祖父や父からもよく言われたのですが、私、そんなに似ていますか?」
「箒、なんの話をしているんだ?」

志郎、丈二、箒の話にきょとんとしている一夏に、志郎が笑いながら答える。

「俺が大学生だった頃、城南大学生化学研究室には篠ノ之夏子さんという本郷先輩の2つ上の先輩がいてね。その人と箒さんはよく似ているんだ」
「箒、お前の親戚か何かか?」
「私の祖父の妹、私から見て大叔母にあたる人だ。私とそっくりだったらしいが、写真などは見たことがないな」

大叔母の篠ノ之夏子は女の身ながら、祖父の柳耀に匹敵する『篠ノ之流』の使い手であったと聞いている。 反面『篠ノ之流』の継承にはあまり興味が無かったらしく、城南大学に入り生化学を学んだらしい。そちらでも将来を嘱望されていたらしいが、事故で早世してしまったそうだ。夏子は箒とよく似ていたらしく、生前の夏子を知る祖父や父、叔母からよく言われたし、関係者のルリ子や本郷猛にも、初めてまともに顔を合わせた時にはやはり驚かれた。

「ですが本郷さんや風見さんは分かりますが、結城さんはなぜ大叔母を?」
「それは、あの写真を見てもらった方が早いかな」

すると丈二は一度ソファーから立ち上がり、棚に飾ってあった写真立てを箒と一夏に見せる。集合写真だ。建物は何回か改築されているので今とは違うが、庭や周囲でこの家だと分かる。丈二は写真に写っている一人を指差す。

「確かに箒そっくりだな。けど目元は束さんに近い感じだな」

一夏の言う通り、そこには長い黒髪を後ろで纏めた箒によく似た女性が写っていた。ただ目元は姉と同じくやや垂れ気味だし、胸の方は箒や束と違い控え目で慎ましやかなものだが。 同時に箒は写真に写っている面子に見覚えがあることに気付く。 夏子の隣に立っているのは、セーラー服を着て顔立ちに少女特有のあどけなさを残しているが、間違いなくルリ子だ。見間違える筈がない。家主の田所博士の近くには、学ランを着た丈二が写っている。

「結城さん、この写真は?」
「新築祝いの時に撮った写真でね。博士とは大学時代の同期で同門の緑川弘博士と娘のルリ子さん、同じく同期の光明寺信彦博士と長男の太郎さん、娘のミツ子さん、末っ子のマサル君、愛弟子で助手の池田太郎さん、家に出入りしていた俺と田所博士とで撮ったものなんだ」

丈二は懐かしむようにして説明するが、表情を曇らせる。

「だが、光明寺博士を助けようとして『ダーク』に池田さんが殺害され、太郎さんも亡くなり、緑川博士はショッカーを裏切った末に殺害され、田所博士は……」
「すいません、思い出させたくないことまで」
「いや、こちらこそすまない。変な感傷に浸ってしまった」

丈二は首を振って答える。
そこで箒は自分が唯一所持する、束が写った写真のことを思い出す。一夏と自分が隣り合って写っていることから、無理を言って日本政府に接収させなかったものだ。一夏のいる前で見せるのは憚られるが、そうも言っていられない。箒は胸ポケットから生徒手帳を出し、写真を取り出そうとする。

(無い!?)

しかし挟んである筈の写真が見当たらない。何回も生徒手帳をめぐり調べるが、写真は見当たらない。頭が混乱する箒だが、少し時間が経つと原因に気付く。

(机にしまっておいたのを忘れていた……!)

亡国機業と刺客と交戦した際に生徒手帳が破損し、新しい生徒手帳を交付して貰っていた。その時に写真を持ち運ぶ訳にもいかず、鍵付きの引き出しの中に保管していた。新しい生徒手帳を交付された後そのことを失念し、写真を挟み直すのを忘れていたのだ。

「どうしたんだ、箒? なんかまずいことでもあったのか?」

一夏が箒の異変に気付いたのか顔を覗き込む。顔が近いことにどぎまぎしながら、箒は正直に言う。

「いや、実は一枚だけあの人が写った写真があるんだが、寮に忘れてきてしまったんだ」
「箒さん、それは本当かい!?」
「はい。ですので学園まで戻ることになりますが」
「構わないさ。君たちを学園まで送っていく予定だったんだ。結城、行くか」
「ああ」

丈二、志郎、一夏、箒は立ち上がり、IS学園まで戻ることにした。

**********

2台のバイクが街中を疾走する。紺のブレザーを着た男が運転するバイクの後ろには長い黒髪の少女が、黒いライダースジャケットを着た男の後ろにはIS学園の制服を着た少年がそれぞれ座っている。ある公園の前に来るとブレザーの男が乗ったバイクが停車する。ライダースジャケットを着た男のバイクも停車するが、怪訝そうな表情を隠さずに尋ねる。

「結城、どうした?」
「あ、いや、昔『生徒』と出会った公園だったからつい」
「一夏、覚えているか?」
「そういや、昔はここでよく遊んだっけ。懐かしいな」
「結城さん、風見さん、少し時間をくれませんか? 懐かしいので見ていこうかと」
「俺は構わないさ。結城も思い出に浸りたいだろうしな」

ライダースジャケットの男こと志郎は箒の提案を了承すると、箒は丈二と共にバイクから降りる。志郎も一夏と共にバイクを下車して公園に入る。箒と一夏は手前のベンチに並んで腰掛け、丈二は奥のベンチに座って志郎は丈二の横に立つ。
遊んでいる子供たちを見ながら箒は口を開く。

「昔は、私たちもああやって仲良く遊んだものだったな」
「そうだっけか? 篠ノ之道場でお前に打ちのめされてた記憶しかないんだけど」
「そこは違っていても話を合わせろ! と言うより、私のイメージは暴力的なものしかないのか!?」
「いや、実際箒にはよく分からない理由でひっ叩かれてるし、この前だって久しぶりに竹刀で頭打ってただろ?」
「……色々とすまない」
「気にすんなよ。別に怒ってなんかないからさ」

一夏が優しく笑うと、箒は気恥ずかしいのか赤らめた顔を見られない様にプイッ、と顔を横に向ける。理由が分からず首を傾げる一夏だが、今度は一夏から話し始める。

「本当は結城さんのため、か?」
「それもあるな。あの人にとって『生徒』は私にとっての一夏と同じくらい大切な人だ。しかも名前も知らず、写真もなく、生きているかも分からない。だから、思い出に浸るくらいいいんじゃないか、と思ってな」

箒は遊んでいる子供たちを見ながら呟く。
箒は重要人物保護プログラムで両親や一夏から引き離され、日本中を転々としてきた。友達など作る暇も無かったし、出来てもすぐに引き離され、偽名を名乗らされた。束が失踪してからは連日に渡る長時間の聴取を執拗に受けていた。それでも一夏との思い出や剣術があったから耐え抜くことが出来た。剣術はいつの間にか憂さ晴らしになっていたし、一夏への依存心もかなり酷くなってしまったが。
だが自分はまだ幸せな方だと箒は思う。両親は健在と知らされているし、学園に入ってからは友人とも出会えた。なにより一夏と再会出来たのだ。世の中には城茂のように大切な人と死別してしまった者や、丈二のように写真一枚残っていない者もいるのだから。丈二はベンチに腰掛けながら、遊んでいる子供たちの様子を眺めている。

「あの娘と出会ったのもこの公園だった。今の俺と同じく、このベンチに座っていたんだ」

 どこか懐かしそうに語る丈二の言葉を、志郎は黙って聞いている。子供たちは飽きたのかラジコンを回収すると公園から続々と走り去っていく。残ったのは丈二たちだけだ。

「一夏」
「なんだ?」
「お前、私のことを……」
「別に怨んじゃいないさ」

 箒が何か言おうとするのを一夏が遮る。

「学園を襲撃してきた無人機も、『偽者野郎』も束さんが送り込んだもの、ってのも分かってる。けど、お前は関係ないだろ? 箒は箒で束さんは束さん、お前はあの人の妹だけど、あの人そのものじゃないんだから」
「一夏……」
「それにさ、俺も千冬姉と比べられたり、重ね合わせられたりしてたから、箒の気持ちも分かる気がするんだ。だから、自分を責めるなよ。それが当たり前なんだし、俺も調子狂うからさ」
「お前には一生かかっても敵いそうにないな。これからも……」
「それは本当ですか!? 分かりました、すぐそちらに!」

 少しいい感じになったかと思われたが、志郎と丈二の叫びに遮られる。二人は箒と一夏の前まで駆け寄ってくる。一瞬いいところを邪魔されたと思った箒だが、二人の表情から何かよくない事態が発生したことを悟り、すぐに消し飛ぶ。一夏も表情を引き締め、真っ先に口を開く。

「何かあったんですか?」
「落ち着いて聞いてくれ。本郷先輩から連絡があった。学園が無人機に襲撃されているらしい。それもかなりの大軍で」
「本当ですか!?」
「ああ。しかもジャミングが酷いらしく、俺たちのテレパシーくらいしか通じないようだ。それに……」

 極力冷静を装って告げる志郎だが、箒を見て途中で口ごもる。なんとなく言いたいことを悟る箒に、丈二が続ける。

「これは本郷さんの推測だが、篠ノ之束が直々に出向いて、学園襲撃を指揮しているようだ」
「そんな……」

 箒には、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

**********

 少し時間を遡る。
 猛はルリ子と話していたが、後輩二人が間もなく自分の代わりに学園に詰める手はずになっているので、『立花レーシング』に戻るべくバイクに乗ってIS学園から出ようとしていた。猛が正面ゲートに視線を向けると、銀髪の少女を連れた女性がゲートの前に立っている。顔は見えないが、頭に兎耳のような何かを乗せている。最初は教員かと思った猛だが、様子がおかしい。学園をしきりに見ては少女と話し、空間投影式ディスプレイを展開してキーボードを操作している。

「失礼、少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 不審に思った猛は一度バイクから降りて歩み寄り、女性に声をかける。猛に気付いた少女は身構えるが、女性は猛の存在を最初から意に介していないのか、無視してキーボードを操作し続ける。猛がディスプレイに視線を向けると、IS学園の見取り図が映っている。間違いない、クロだ。猛は女性の手を掴もうとする。

「束さまに、触るな!」

 しかし銀髪の少女が腰のナイフシーズからコンバットナイフを抜き放ち、猛の右腕を切りつけようとする。とっさに腕を引っ込めてナイフの一撃を逃れた猛だが、ようやく女性は口を開く。

「駄目だよくーちゃん、そんなことしちゃ。もう大丈夫なんだから」

 女性は猛の存在を最初から無視しているらしく、くーちゃんという少女を窘めると、くーちゃんを連れて電子ロックを解除し、ゲートをくぐってIS学園の敷地内へ入っていく。

「待つんだ!」

 即座に止めようとする猛だが、上空から何かの音と気配を察知して立ち止まり、空を見上げる。何も見えない。しかし猛は空間に目を凝らす。優れた聴覚と、第六感が何かがいると見抜いたのだ。そして目もまた僅かな空間の揺らぎを見つける。

「これは、光学迷彩!?」
「へえ、驚いた。ハイパーセンサーだって捉えられるか微妙なレベルなのに、降下してきたばかりの『ゴーレムⅢ』をすぐ見抜くなんて、間違いなく只者じゃないねえ」

 すると女性は一度立ち止まって、しかし振り返らずに声を上げる。猛に言っているのかは定かではないが、興味を持ったのは確かなようだ。

「けど、目の良さが命取りだね。世の中知らなくていいこともあるのに、ね」

 女性が続けた瞬間、突如として空に無数の黒い影が出現する。肥大化した左腕にブレードとなった右腕、黒いマネキンを思わせるそれが何かを、猛は知っている。

「無人IS、『ブラックメイデン』だと!?」

 ここ最近出没している無人ISだ。猛は女性の正体を確信する。世界でただ一人無人ISを製作可能な天才にして、世界中を引っ掻き回している『天災』だ。

「そうか、やはり篠ノ之束だったのか!」

 猛は女性こと束に追いすがろうとするが、無人ISが一斉に左腕からビームを放って攻撃を開始し、猛のすぐ近くにもビームが着弾する。同時に警報が鳴り響き、生徒の避難と教師を召集を告げる放送が流れ、隔壁やシールドが作動して臨戦態勢に入る。しかし今回は完全な奇襲、タッグマッチと異なり数が多い上、専用機持ちは殆ど出払っている。前にも増して不利な状況だ。学園だけでは対抗できないだろう。ならば猛のやることは決まっている。一度束を見ると背を向け、変身すべくポーズを取る。

「ライダー……変身!」

 猛は銀の手足をしたバッタ男の姿に変わると、高々と跳躍して無人ISへと挑みかかる。

「もう、止められないんだ。後戻りは出来ないんだ。これで私はちーちゃんと、いっくんと、箒ちゃんと、先生を……」

 無人ISにパンチを打ち込んだ猛の耳に、束の独白が聞こえた気がしたが、間もなく戦闘の喧騒にかき消され、束も敷地の奥へ姿を消してそれっきりだった。



[32627] 第二十二話 別離
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:21
 箒はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、一夏の呼びかけで我に返る。ジャミングで通信手段が途絶しているらしく、一夏がIS学園に通信で何度呼びかけても応答がない。

「一夏君、行けるね? 箒さん、君はここで……」
「待って下さい!」

 志郎の言葉を箒が先に遮る。

「私も行きます! 戦力は多いに越したことはありません!」
「しかし君は彼女の……!」
「妹だからこそです! 私はあの人に頼ってばかりでした。だから、私が止めなければならないんです! 足手まといにはなりません! ですから私も!」
「分かった。君たちはISを装着して先行してくれ。俺と結城はバイクで向かう」
「はい!」

 最終的に志郎が折れると、一夏と箒は顔を見合わせて頷き合う。一夏は手甲を掲げ、箒は左手に巻き付けた鈴がついた紐に手をかける。同時に志郎と丈二は自身のバイク目指して走りだす。

「来い、白式!」
「行くぞ、紅椿!」

 少し時間が経過する。しかし装甲が装着される気配がない。志郎と丈二も立ち止まっている。

「展開されない!?」
「そんな馬鹿な!? もう一度だ! 紅椿!」
「クソ! だったら、変身! 駄目だ、緊急起動用コードも効かないのか!?」

 一夏と箒は何度もISを展開しようとするが、一向に応える気配がない。丈二が二人の前まで駆け寄り、ポケットから空間投影式ディスプレイを取り出して展開し、キーボードを操作し始める。志郎が駆け寄ってくるとディスプレイにデータが表示され、丈二が確信したように呟く。

「やはり、そういうことか」
「結城、原因が分かったのか?」
「ああ。この波長は『バダンニウムパルス』だ」
「バダンニウムパルス?」
「バダンニウムという鉱石を反応させると発生する特殊な電磁波だ。恒常的に浴びると改造人間、特に『JUDO』や『ツクヨミ』、『アマテラス』に近い改造人間ほど大きく力を制限される。もっとも、それだけの出力を持つバダンニウムパルスは『時空魔法陣』内部の黒雲くらいにしか存在しないんだが」
「ですが、バダンニウムパルスと専用機を展開出来ないのとなんの関係が?」
「バダナイトやバダンニウム合金の性質が関係していると思うんだが、特定周波数のバダンニウムパルスは『待機形態』のISが展開するのを阻害する働きがある。つまり、特定周波数のバダンニウムパルスが発生している場所で、専用機は展開出来ない。この一帯にもそのバダンニウムパルスが流れてきている」
「なら俺たちはどうすればいいんですか!?」
「バダンニウムパルスの発生源をなくすしかない。風見」
「任せろ。V3ホッパー!」

 志郎は腰にベルトを出現させ、左側から何かを引き抜いて右手で上に掲げる。すると衛星に似た何かが打ちあげられる。丈二は再びキーボードを操作し、一夏と箒、志郎は丈二の後ろからディスプレイを覗きこむ。するとディスプレイに地図が表示され、発信源らしき場所がポイントされる。

「IS学園!?」
「まさか、学園があの人に!?」
「いや、まだ決まった訳じゃない。とにかく急ごう。ついて来てくれ!」

 ディスプレイをしまうと丈二は箒、志郎は一夏と共にバイクに乗り込む。二人はスロットルを入れ、IS学園めざして走り出した。

**********

 IS学園敷地内。専用機を装着したダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアは内心舌打ちする。
 たまたまアリーナで模擬戦をしていたダリルとフォルテだが、無人IS襲撃を知らせるアナウンスと退避命令が出された。現在は七割の生徒が避難を完了し、教員達が迎撃を開始している。二人は専用機持ちで、先日も独力で1機撃墜したことから迎撃を志願し、結局は教員の反対を押し切って参加した。しかし数が予想以上に多い。最初は武器すら展開せずに戦っていた二人だが、今は完全武装状態で軽口を叩く暇もない。まだ避難が完了していない生徒もいる。ここを通せば犠牲者が出る可能性もある。その緊張感が二人に汗を流させる。

「墜ちろって言ってるだろ!」

 ダリルは装着している『ヘル・ハウンド・ver2.5』の両手に重機関銃を呼び出し、一斉掃射で無人機を1機叩き落とす。別の無人機がビームを連射してくるが、フォルテが割り込んで『コールド・ブラッド』のビームシールドで防ぎ、右肩に荷電粒子砲を呼び出して撃ち落とす。
 続けて無人機が2機ブレードを掲げて突っ込んでくるが、ダリルが両肩に装備した分厚い実体シールドに防ぎ、ダリルは肉厚の、フォルテは細身の近接ブレードで無人機を切り裂く。周囲から一斉にビームが発射されると二人はその場を離れる。まだ20機程の無人機が控えている。すでに二人で2ダースほど落としたが減る気配はない。むしろ増えている気がする。他の箇所に出現した機体など、数えたくもない。

「先輩、これじゃキリがないっスよ!」
「泣き言言ってんな! 舌動かしてる暇があったら、手と足と頭働かせろ!」

 実弾兵器の運用と防御に特化したアメリカの第2.5世代機『ヘル・ハウンド』と、光学兵器の運用と防御に特化したアメリカの第3世代機『コールド・ブラッド』の特性を生かし、鉄壁の『イージス』フォーメーションで今は凌いでいるが、数が違い過ぎる。やけっぱちになって叫ぶフォルテを怒鳴りつつも、ダリルも同じ考えだ。

「フライングライダーチョップ!」

 しかし地上から飛び出してきた何かが無人機の胸を深々と貫く。銀色の手足をしたバッタ男だ。バッタ男が跳躍し、両手を貫手にして無人機の胸を貫いたのだ。無人機は抵抗する間もなく爆散する。バッタ男は爆発寸前に無人機を踏み台にし、再び跳躍する。残りの無人機が攻撃を集中させるが、バッタ男は別の無人機めがけて飛び蹴りを放つ体勢に入る。

「ライダーキック!」

 エネルギーシールドがあっさり突破され、無人機の胴体は上下に泣き別れとなって爆発四散する。別の1機がブレードで斬りかかると、バッタ男は白羽取りで受け止める。ブレードを捻って体勢を崩すとジャイアントスイングの要領で高速回転する。

「ライダースクリューブロック!」

 遠心力を付けるとバッタ男は無人機を別の無人機へ放り投げ、同時に爆発させて処理する。そこで屋根に着地したバッタ男にダリルが声をかける。

「どこの誰かは知らないが、協力感謝するよ。ミスターホッパー」
「礼には及ばない。それより、君たちは別の箇所へ行ってくれ。このままでは他の箇所が突破されてしまう」
「しかし!」
「ここは私が引き受ける。だから早く行くんだ!」

 バッタ男とダリルの目が合う。直後にダリルは決断する。

「行くぞ、フォルテ。ミスターホッパー、必ず後で援軍に!」
「それまで、絶対に持ち堪えていて!」 

 ダリルとフォルテはスラスターを噴射してその場を離脱する。見送ったバッタ男こと猛は残りの無人機と独りで対峙する。
 いつも、そうだった。こうして多数の敵と戦い、傷つき、勝利してきた。戦うたびに拳と足の一撃は重く、速く、鋭くなり、強敵を打ち砕いてきた。傷つくたびに身体は頑丈に、しなやかに、逞しくなり、耐え抜いてきた。スペックでは無人機に劣るだろう。それを猛は自己鍛錬と経験で補い続けてきた。

「業、だな」

 再び飛んでくるビームにタイミング良く腕を割り込ませて防御し、突撃してきた無人機に蹴りを入れ、拳の連打で装甲をへこませながら猛は呟く。同時に猛はテレパシーを街にいる後輩たちに送る。二人はすぐに向かうと応答したが、一人は違った。

『すいません、亡国機業の連中と取り込み中なんで、少し遅れそうです』

「分かった。お前も油断するなよ、茂」

**********

 IS学園をも見渡せる山の中腹。その淵の近くに7機のISが佇んでいる。亡国機業の量産機『シャドウ』だ。『三姉妹』の作戦が失敗した以上、この街に止まるのは得策ではない。ここにいる7人以外は全員撤収した。あと適当に暴れまわって陽動し、退却する。だが無人ISが学園を襲撃している以上意味がない。ならば大人しく退却するだけだ。しかしどこからともなく口笛の音が聞こえてくる。

「何者だ!?」
「隠れていないで出てこい!」
「そう叫ばなくとも出てきてやるさ。俺もお前たちに用があって来たんだからな」

 女たちの前に、薔薇の刺繍が施されたデニムのジャケットとズボン、胸にSの字が描かれたトレーナーを着た城茂が現れる。女たちはそれぞれ武器を構えて臨戦態勢だ。

「ヘッ、そっちは最初からやる気満々って訳か。手間が省けて助かるぜ!」

 茂は手袋を取り払ってコイル状の両手を晒し、姿を変えるべく腕を動かす。

「変身……ストロンガー!」

 茂が両手を擦り合わせると電流が走り、カブトムシを模した改造人間の姿に変わる。

「貴様、マスクドライダーか!?」
「貴様はないだろう、亡国機業さんよ。ついでにここで名乗っておこうか。姓は城、名は茂。もっとも、この姿の名前は違うがな」

 茂は右腕を高々と天に掲げる。すると茂の体から電気エネルギーがあふれ出し、激しいスパークを周囲に発生させる。

「仮面ライダーストロンガー!」
「名前などどうでもいい! 貴様の能力は電気! ならばこのパッケージを使えばいいだけのこと!」

 女達は4枚の実体シールドとエネルギーシールドで構成されたパッケージ、『イージス改』を呼び出す。

「これならば、貴様の電気攻撃も効果はない!」
「丁度いい、ついでに一つ確かめさせて貰うぜ! 電チョップ!」

 茂は先頭の女めがけて電撃を纏った手刀の一撃を加えるが、エネルギーシールドに当たると大きく弾き飛ばされる。

「無駄だ! この『イージス改』には電気対策が施されている! しかも並の打撃では実体シールドも、エネルギーシールドも貫けん! つまり最初から貴様に勝ち目など、ない!」  

 女は冷たく言い放つが、茂は立ち上がると確信したように呟く。

「どうやら、エネルギーシールド部分のタネは俺の読み通りらしいな。ならこの勝負、俺の勝ちだ!」

 茂は一度両手擦る動作をすると、飛び上がって最初の女に飛び蹴りを放つ。

「エレクトロキック!」
「無駄なことを!」

 茂は電撃を纏った蹴りを『イージス改』に叩きこむが、衝撃と共に茂は大きく上に弾き飛ばされる。しかし茂は空中で身体を反転させ、身体を赤熱化させて再び飛び蹴りの体勢に入る。

「ストロンガー電キック!」

 今度はエネルギーシールドに阻まれず実体シールドの表面を蹴り砕き、直後に高圧電流を流しこむ。すると『イージス改』は嫌な音を立てて破損し、女のシールドバリアも削られる。驚愕のあまり絶句するしかない女達を余所に、地面に着地した茂が話し始める。

「悪いが、エネルギーシールドのタネはお見通しさ。エネルギーシールド部分は電気エネルギーに反応して、爆発する。流される電気が強ければ強いほどな。シールドに電キックが叩き込まれると電気エネルギーに反応し、爆発の余波で打撃の勢いを相殺して吹き飛ばす。つまり『リアクティブアーマー』みたいなもんだな」
「なぜそれを!? それにどうやってシールドを突破した!?」
「昨日戦った時、妙に派手に吹き飛ばされたんでおかしいと思ってな。『ライダービデオシグナル』で再生してみたら、って訳よ。だからエネルギーシールドが炸裂すると再構築に少し時間がかかるのも、絶縁体部分を何とかしちまえば電気が通るのも、全部お見通しってわけさ」

 茂は不敵に言ってのける。放電するタイミングをずらしたのもこれを見越してのことだ。女たちは悔しがりながら、別のパッケージを呼び出して杭を連射する。

「それもタネ明かし済みだ! 電気マグネット!」

 しかし茂は自らの身体を電磁石に変えて杭を全て引き寄せ、無力化する。

「こいつは返すぜ! 反磁力線!」

 続けて茂は逆に己の身体から杭を女達へ飛ばす。茂が全身から電撃を杭目がけて放射すると、杭は次々と爆発していく。

「杭に仕込まれているのも、シールドと同じエネルギーって訳だ」
「おのれ、小癪な!」
「それと、もう一つその装備の弱点を教えてやるぜ! エレクトロウォーターフォール!」

 茂が腕を擦り合わせて地面に手を置くと、火花が走り、女の一人の真下から間欠泉のように電気の滝が噴き上がる。

「そんな!?」

 まともに電気の滝を受けた女は為す術なく撃墜まで追い込まれる。

「馬鹿な!? パッケージには絶縁措置が!?」
「ああ、確かにされてるな。真下を除けば、な」

 茂が不敵に言い放つと、女たちは沈黙する。すかさず茂は女たちへ挑みかかる。女たちは上空へ逃れようとするが、『イージス改』の格納が遅れた女の一人は茂に捕まり、淵へと投げ飛ばされる。茂もまた淵へと飛び込むと、水中で一度右手を擦り合わせて前に突き出し、女に向けて電撃を放つ。

「水中エレクトロファイヤー!」

 女もまた茂が放った電撃で沈黙すると、茂は淵から出て女たちの前に立つ。

「トリックプレーってのは、タネが割れちまえば案外もろいもんだ。どうする? 残念だが、虎の子のパッケージはもう通用しないぜ?」
「ならば正攻法でいくのみだ! ISの力を見せてやる!」

 女たちはアサルトライフルを呼び出して一斉に発射する。

「上等、やれるもんならやってみやがれ!」

 茂もまた拳を握りしめ、銃弾を突っ切りながら女達と挑みかかっていった。

**********

 IS学園の第二職員室。通常使用している職員室と異なり、職員室も危険と判断された場合に使われるそこは、職員室とは名ばかりで司令室と言って差し支えない。その中にひとみと教頭の飛鳥みどりがいる。現在は『非常時はIS搭乗資格を持ち、現役時代階級が最も高かった者に指揮権を委任する』という規則に基づき、最終階級が国防軍中佐のひとみが学園防衛の指揮を執っている。本当は最終階級が大佐の千冬が指揮を執るべきだが、生憎不在だ。階級から消去法でひとみが指揮を執る羽目になったのだ。

「生徒の避難状況は!?」
「生徒の避難は全て完了しています!」
「ですが織斑一夏と篠ノ之箒、いえ、外部との連絡が一切取れません! ジャミングと思われます!」
「教師部隊の展開が完全に完了しました! 現在全機無人ISと交戦中とのことです!」
「西ブロック押しこまれています! 救援要請が出ています!」
「北ブロックからダリルとフォルテを回すと連絡して! ダリル、フォルテ、すぐに西ブロックに向かって!」

『了解!』

 第二職員室にいる教員や現場に出ている教員、自ら出撃を志願してきたフォルテとダリルにひとみは指示を飛ばしつつ思案する。襲撃理由が分からない。一夏と箒が狙いだろうか。
 
「篠ノ之束は、一体何を考えているのかしら?」
「分かりません。ですが、我々にとって歓迎すべきでない目的なのは確かでしょう」

 みどりの呟きにひとみが答える。犯人など篠ノ之束に決まっている。そこに十蔵とその妻である学園長が入ってくる。十蔵はいつもの柔和さなど微塵もなく、既に歴戦の古兵としての顔だ。ここにいる者は十蔵が学園の創設を主導し、今も学園を取り仕切っていることも、経歴も知っているので誰も疑問を口にしない。

「佐原先生、状況は?」
「生徒及び非戦闘要員の避難は完了しています。ですが外部と交信できないので、織斑一夏、篠ノ之箒両名と連絡が取れない状態です。幸い、コア・ネットワークによる追跡機能はまだ生きていますので、二人が現在こちらに向かっていることだけは確認できたのですが」
「ありがとうございます。それと佐原先生、僭越ながら地下特別区画の封鎖は?」
「完了しています。ですが、なぜそのことを?」
「いえ、彼女の狙いは区画最深部にある『アレ』の可能性があるかと」
「ならこの襲撃は!?」
「陽動、でしょう。すでに彼女は学園内に侵入しているのかもしれません」

 ひとみは自分たちが嵌められたと悟る。派手に戦力を動かしてきた時点で気付くべきだった。ほぞを噛むひとみを見て、十蔵が静かに続ける。
 
「佐原先生、飛鳥先生と共に地下特別区画まで向かってください。今から行けばまだ間に合うかもしれません」
「しかし!」
「指揮は私が執ります。これでも昔は軍人でしたからね」
「ですがあなたは!」
「……責任は私が取ります。それに、誰一人として死なせはしませんよ」

 ひとみと十蔵の目が合う。その目は真剣そのものだ。

「分かりました。指揮権をあなたに預けます」
「お手数をおかけします」

 ひとみは鍵のついたロッカーから拳銃を取り出し、装弾数を確認する。確認すると、ひっつめ髪を解き三角の伊達眼鏡を外したみどりとともに部屋を飛び出す。残された教員たちは十蔵の顔を見る。

(やらせはせんよ、篠ノ之束。何一つ、誰一人として奪わせるものか)

「あなた……」
「大丈夫だ……各員に告ぐ! これからの指揮は私、轡木十蔵が代行する!」

 朗々と十蔵が告げると全員の雰囲気が引き締まる。十蔵は指揮官として矢継ぎ早に指示を出し始めた。

**********

 束はくーちゃんを連れて悠然とIS学園の通信施設を出る。バダンニウムパルス発生装置を背負わせた『ゴーレムⅢ』とリンクさせ、ゴーレムⅢが発するバダンニウムパルスを増幅・拡散させて学園周辺では専用機を展開出来ないようにした。今は衛星軌道上に待機しているゴーレムⅢを降下させている。
 専用機持ちが殆ど出払っているのも、『ちーちゃん』が不在なのも、仮面ライダーが無人機を叩き落としているのも想定外だが、誤差の範囲内だ。専用機持ちも、教師部隊も、仮面ライダーもゴーレムの迎撃で手一杯だ。援軍を要請しようにも衛星軌道上に待機させてある移動式ラボからのジャミングで、通信は『コア・ネットワーク』を含めて全て封じてある。仮面ライダーがこちらで妨害出来ない周波数で交信しているが、どの道すぐには来れないだろう。
 束は非常用地下通路出入口に入ると、階段を下っていく。途中の踊り場で立ち止まり、壁を探ると隠されていた電子ロックを発見する。束はコードと端末を取り出し、コードで端末と電子ロックを接続する。

「こんなセキュリティで私を止めようなんて、ちーちゃんも詰めが甘いね……よし、出来た」

 束が電子ロックを突破すると壁の一部が開き、隠されていたエレベーターが顔を出す。束はくーちゃんと一緒にエレベーターに入り、ボタンを押してエレベーターを地下へと向かわせる。少し時間が経過するとエレベーターは目的地、地下特別区画へと到着する。束は保管されているものには一切目もくれずに最深部へ進む。そして最深部にあるドアの前に立ち、センサーの下部分を取り払い、工具を使って無理矢理端末と接続させる。

「さすが人造人間を作った変態さん、正面から突破したんじゃ私でも時間がかかるかも。けど光明寺式じゃなくて、私が作ったコンピューターを搭載したのが運の尽きだね」

 軽い口調で言いながらめまぐるしくキーボードを操作していた束だが、遂に重い扉が開く。束は一度汗を拭うと奥で鎮座している『暮桜』へ歩み寄り、今度は『暮桜』に端末を接続して操作する。すると装甲の一部が開いてISコアが晒される。束がそれを無造作に抜き取ると、残った『暮桜』の装甲はバラバラになる。『暮桜』のコアをしまうとくーちゃんを連れて扉から出る。

「動かないで!」

 しかし別のエレベーターから降りてきたひとみが立ち塞がり、拳銃を突きつける。こちらの動きに気付いたらしい。だが束はひとみの存在に一切拘泥しない。最初から眼中にないからだ。だから威嚇射撃をしてきても無視している。

(それに、今地獄に堕ちて先生に会えるなら、それはそれでいいかな。私と違って、先生はもう天国に行っちゃってるかもしれないけど)

 とうとうひとみは束の足を撃ちぬこうと引き金に指をかけるが、即座にくーちゃんがホルスターから拳銃を抜き放ち、ひとみの拳銃を撃ち落とす。

「束さまは、やらせない!」
「子供が、どうして!?」

 動揺した一瞬の隙を突いてくーちゃんはひとみの背後に回り込み、首筋に手刀を当てて昏倒させる。続けて隣にいたみどりに掴みかかるくーちゃんだが、逆に腕を捻り上げられる。柔術だ。咄嗟に振りほどいたくーちゃんは一度飛び退き、腰を落として構えるみどりと睨み合いになる。
 先に動いたのはみどりだ。踏み込んで掌底の一撃を加えようとするが、くーちゃんは半身で回避し、逆にカウンターとなる蹴りを放つ。それを両手で逸らしたみどりだが、タックルを入れてきたくーちゃんに押し倒され、地面を転がりながら関節の取り合いとなる。だがグラウンドの攻防ではくーちゃんが一枚上手だったらしく、最終的にくーちゃんがみどりにチョークスイーパーを極め、みどりを気絶させる。だがくーちゃんも相当疲れたらしく、肩で息をしている。

「もう、くーちゃん、無茶しちゃダメだよ?」
「申し訳ありません……」
「けどありがとう。行こうか」

 束はくーちゃんを引き連れ、エレベーターへと乗り込むのだった。

**********

 丈二と箒、志郎と一夏を乗せたバイクが道をひた走る。猛スピードで道路を走り、殆ど減速せずにカーブを攻めて曲がる。並の運転技術ではまず出来ないが本職の志郎や、志郎に引けを取らぬ丈二には朝飯前だ。茂は亡国機業のIS部隊と交戦中である以上、援護に向かえる仮面ライダーは志郎と丈二のみだ。猛や学園側の奮闘で被害は抑えられているらしいが、いつまでもつかは分からない。

「先輩! 結城さん!」
「ケン!」

 後ろからバイクに跨った佐久間ケンが走ってくる。茂と行動を共にしていたらしいが、学園の危機を聞いて駆けつけたのだろう。ケンは2台のバイクに追いつくと並走を開始する。

「IS学園との交信は!?」
「いえ、こちらでもまだ回復していません!」

 通信状況は回復しきっていないようだ。やがて学園が見えてくる。上空には多数の無人機、それを迎撃している学園側のIS、変身して奮闘する猛の姿が見えてくる。

「猛さん!」
「ケン、一夏君を頼む! 結城、お前は箒さんと先に行け!」
「分かった!」

 志郎は一度バイクを停車させてケンのバイクに一夏を乗せ、ケンは先行した丈二に追いつくべく走り出す。志郎もまたバイクのスロットルを入れて走り始めるが、学園が近くなると立ち乗り状態となって両腕を横に伸ばし、左斜め上へ持っていく。

「変身……ブイスリャァッ!」

 一度右腕を引いて入れ替えるように突き出すと、志郎はトンボに似た改造人間の姿へと変わり、バイクもまた青い車体の『ハリケーン』へと変形する。志郎はハリケーンのスロットルを入れ、大ジャンプしてロケットエンジンのスイッチを入れる。

「ハリケーンラストダッシュ!」

 そのまま猛の近くにいた無人ISを跳ね飛ばして破壊すると、今度はハリケーンを踏み台にして高々と跳躍し、飛び蹴りを打つ体勢に入る。

「ビッグスカイキック!」

 上から踏みつけるような飛び蹴りで別の無人ISを撃破すると、今度は4機の無人機が一斉にブレードを掲げて襲ってくる。しかし志郎は慌てない。

「フリーザーショット!」

 志郎は全身から冷気を放射すると、4機はまともに浴びて凍りつく。そこに志郎が次々と一撃を加えていき、最終的に4機全て粉砕して着地する。

「ライダーシサーズ!」

 猛もまた両足で手近な1機を挟み込んで身体を反転させ、無人ISを地面に叩きつけて粉砕し、志郎の横に立つ。

「遅くなりました、先輩。結城は一夏君や箒さんと一緒に学園まで突入しています」
「そうか。だが、箒さんは納得しているのか?」
「ええ、彼女は妹である自分の手で止める、と」

 志郎と猛は会話を打ち切る。まだ敵の数は多い。ここは自分たち二人で食い止めるしかない。志郎と猛は並んで跳躍し、無人ISへと挑んでいく。
 一方、丈二とケンのバイクは学園敷地内を爆走している。本来なら乗り入れは禁止されているが、そんなことを言っている暇はない。

「一夏君、箒さん、学園で一番大きな通信設備がどこにあるか分かるかい!?」
「あのパラボナの所です!」

 一夏の言葉を聞いてバイクを向ける二人だが、地面にビームが着弾するとハンドルを大きく切る。上空ではダリルとフォルテが8機の無人IS相手に奮戦している。しかし敵の数が多すぎるのか、二人には疲労の色が見える。武装は殆ど失われてしまったのか、二人が持っているのは近接ブレードのみだ。やがてフォルテは一瞬の隙を突かれてブレードの一撃を受け、ケンのバイクの近くに叩き落とされる。

「サファイア先輩!?」

 ケンがバイクを停車させると、一夏は下車してフォルテを助け起こす。よく見ると装甲の一部が生々しくへこんでおり、頬からは血が流れている。

「お前は1年の……専用機は?」
「それが、バダンニウムパルスの影響で、さっきから展開出来なくて」
「だったら、早く逃げろ! ここは私たちが食い止めるから……ぐうっ!」

 フォルテは立ち上がろうとするが、疲労と負傷からか地面に膝が崩れる。同時にダリルが降下すると、フォルテの盾になるように前に立つ。無人機もまた4人の前に降り立つ。

「おいフォルテ! お前はさっさと後退しろ! もう後退命令が出てるだろ!?」
「それはお互い様じゃないですか、先輩。第一、この二人を放っておくわけにいかないっすよ!」
「我々は問題ありません! 私が少し時間を稼ぎますので、貴女達は後退を!」
「稼ぐってどうやって!?」
「なに、少し風邪をひかせて上げるだけですよ」

 ケンは懐から手投げ弾を取り出すと、無人ISめがけて投げつけ、手投げ弾が炸裂する。すると無人ISの動きがピタリと止まる。

「これは、一体!?」
「インターポールで開発中の、対無人IS用のスタングレネードです。元々は対人造人間用に開発されていたものを転用したのですが、効果は一時的なものでしょうね。」
「インターポールの……失礼しました。ご協力、感謝します!」

 ケンの解説を聞くとダリルとフォルテはケンに敬礼し、大人しく後退する。ケンと一夏もバイクに乗り丈二に追いつくと、目の前に建物が見えてくる。しかしすぐ近くにビームが着弾し、4人はバイクから放り出される。

「箒さん、無事かい!?」
「私は、なんとか」
「俺と佐久間さんは大丈夫です!」
「あれを見てください!」

 ケンが空を指さすと、パラボナのようなものを背負った無人ISと、護衛する3機の無人ISがいる。攻撃してきたのはあの4機だ。3機は一斉に突進してくるが、丈二達は地面を転がって避け、建物めがけて一目散に走り出す。しかしあと一歩というところで無人ISが回り込み、体当たりをしかけてくる。咄嗟に一夏と箒を突き飛ばす丈二とケンだが、体当たりを食らって地面を転がる。
 
「結城さん!? 佐久間さん!?」
「なんの、これしき!}

 しかし丈二とケンは頭を振って立ち上がり、1機に挑みかかってなんとか抑え込む。

「二人とも、早く建物の中へ!」
「我々が食い止めている内に、バダンニウムパルスを!」
「分かりました!」
「行くぞ、一夏!」

 一夏と箒は走り出すが、別の1機が飛来して一夏を掴み上げ、建物の壁へと叩きつける。

「があっ!?」
「一夏!?」

 息が詰まる一夏を見て足が止まる箒だが、その隙にもう1機が箒を左腕で掴み上げ、首を締め始める。箒は苦しみながらも背負っていた刀で抜き打ちを放ち、無人ISの拘束から逃れるが、数回咳き込んで動きが止まる。すると無人ISは箒を蹴り飛ばして一夏のすぐ隣の壁にぶつけ、ゆっくりとブレードを掲げて歩み寄る。

「箒!? おい、しっかりしろ!」
 
 咄嗟に箒を助け起こす一夏だが、箒は意識を失っている。このままいけば無人ISにやられる。一夏は刀を掴んで無人ISに斬りかかるが、打ち合う間もなく一撃で弾き飛ばされる。

「いち……か……一夏!?」

 ようやく意識を取り戻した箒だが、無人ISは近くまで迫っている。弾き飛ばされた一夏はフラフラだ。手元に刀はないし、足もふらついている。無人ISは無慈悲にブレードを振り上げる。

「ここまでか……!?」

 だが振り下ろされたブレードはガキン、という金属同士が激しくぶつかり合った音と共に弾き飛ばされ、無人ISも蹴り飛ばされる。

「結城さん!」

 箒をかばったのは丈二だ。無人ISを抑え込むのを一旦止め、こちらを庇ったのだ。しかし箒は違和感を抱く。丈二のブレザーの右袖の切れ目からは、人工皮膚の下に隠れたメカの腕が見える。なにより雰囲気が違う。いつもの穏やかさなど微塵もなく、怒りに震えているように見える。丈二はゆっくりと口を開く。

「篠ノ之博士、俺は貴女のことがよく分からない。それでも貴女が天才だと、何かに怒りを燃やしているとは分かっていた。身内には愛情を持っていると信じていた。だが、違ったんだな」
「……お前は己の怒りと欲望に飲まれた挙げ句、妹から居場所や大切な人を、そして命すら奪おうというのか!?」
「ならば、俺は!」

 丈二は顔を上げると胸の前で両拳を合わせ、両手を上に突き上げて手元にヘルメットを呼び出す。

「ヤァァッ!」

 ヘルメットを被ると右腕のアタッチメントと連動して身体が強化服に包まれる。

「結城さ……」
「仮面ライダーだ!」

 丈二は束に宣言するように、そして自分自身に言い聞かせる様に箒の呼びかけを遮る。

「ライダーマンが、結城丈二に代わって篠ノ之束を止めに来た!」

 復讐を乗り越え、右腕に誓いと贖罪と正義を込めた男……4番目の仮面ライダー『ライダーマン』は、科学者としてではなく仮面ライダーとして、教え子の凶行を止めるべく動き出す。

**********

「ロープアーム!」

 ライダーマンは無人ISに『ロープアーム』を射出して縛り上げると、別の2機へ投げ飛ばして纏めて吹き飛ばす。続けてライダーマンは右腕の『カセットアーム』の肘部分にカートリッジを差し込む。

「スウィングアーム!」

 すると右腕がロープの先端に分銅がついたアタッチメント『スウィングアーム』へと変わる。ライダーマンが一度スウィングアームを射出して無人ISに当てると、今度は左腕でロープ部分を持って振り回し、遠心力をつけながら何度も3機に向かって投擲し続ける。無人ISの装甲が次第にへこんでいくが、無人ISはビームを撃とうとライダーマンに左腕を向ける。

「させるか! スモークアーム!」

 しかしライダーマンが先手を取って右腕を『スモークアーム』へと変形させ、先端から煙幕を発射する。この煙幕は仮面ライダーZXのそれを参考に、ライダーマンが独自に改良したものだ。改造人間の感覚すら欺く煙幕に、流石の無人ISは照準が定まらずビームを撃つに撃てず、撃ってもライダーマンには当たらない。好機と見たライダーマンは懐に踏み込み、再び腕を変える。

「パワーアーム!」

 三日月型の爪がついた『パワーアーム』を装備したライダーマンは、一番近くにいた無人ISのブレードと激しく打ち合い始める。数合打ち合うと、パワーアームがブレードの腹を寸断してブレードが折れ飛ぶ。ライダーマンは渾身の力でパワーアームを振り下ろし、無人ISを縦に両断する。直後に無人ISは爆発四散する。だが残りの2機は上空へ逃れ、パラボナを背負った無人ISとともにライダーマンにビームを乱射する。

「くっ!? だが、まだまだ!」

 右腕で防御し、時にやり過ごしながらライダーマンは反撃の機会を窺う。
 一方、箒たちはコントロールルームに入り、端末をいじって電波の発信を停止させる。これで専用機を展開出来る筈だ。箒と一夏は外に出てISを展開しようとするが、やはり展開されない。

「そんな!? もうバダンニウムパルスは止まった筈なのに!」
「いや、まだあのISが残っている。発信源そのものはあのISだ」

 絶望する箒をライダーマンは冷静に窘める。一時的に無人ISの注意が箒と一夏に向き、好機が出来る。

「ディスクアーム!」

 今度はディスクカッター状のアタッチメント『ディスクアーム』に右腕を変え、パラボナを背負ったISに刃を射出する。スラスターを使い回避する無人ISだが、背後からブーメランのように戻ってきた刃に胴体を両断され、爆発する。ライダーマンがディスクアームの刃を回収すると、残りの2機が一斉にライダーマンめがけて突撃してくる。

「お前たちの相手は!」
「私たちだ!」

 しかし『白式』を展開した一夏が『雪片弐型』で、『紅椿』を装着した箒が『空裂』でそれぞれ一撃加える。一夏は『零落白夜』を発動させ、箒はエネルギー刃を放ちながら渾身の斬撃を放ち、それぞれ敵を真っ二つにして爆発させる。直後に8機の無人ISが上空からビームを撃ちながら降下してくる。一夏がエネルギーシールドで、箒が『展開装甲』のシールドでビームを防ぎきるとライダーマンはまたしても右腕を変える。

「ランチャーアーム!」

 ライダーマンは右腕を敵に向け、『パンツァーファウスト』に似た弾頭が先端についたアタッチメントから弾頭を射出する。すると弾頭が直撃した1機は粉微塵に吹き飛ぶ。

「チェーンアーム!」

 次に先端が銛状になった『チェーンアーム』を射出して別の1機の左腕を貫き、チェーンで拘束して地面に投げ落とす。ライダーマンはその反動を利用して跳躍し、宙返りを繰り返して飛び蹴りの体勢に入る。

「ライダー回転キック!」

 ライダーマンの右足が無人ISの胸に突き刺さり、直後に無人ISの五体はバラバラに弾け飛ぶ。一夏と箒もスラスターを駆使して敵に接近し、めいめい戦闘を開始する。
 一夏はパワーアシストと突撃の勢いを乗せて先頭の敵に蹴りを入れ、反動で上昇する。空中で反転すると再び飛び蹴りを放って敵を地面に叩き落とす。だが一夏の攻撃は終わらない。もう一度蹴りの反動で宙を舞い、またしても空中で反転すると、今度は雪片弐型の刃を向ける。

「これで、どうだ!」

 最後に一夏が雪片弐型で三連突きを放つと、胸を抉られた無人ISは動きを止めて倒れ込み、少しして爆発する。昨夜身に付けた『V3反転キック』の応用技だ。
 箒は『雨月』で敵の右腕を切り落し、ブレードを敵の胸に突き刺して1機処理する。突っ込んできた別の敵機を掴んで抱えると、スラスターを噴射して一気に上昇する。

「一夏、合わせろ!」
「ああ、任せろ!」

 箒の呼びかけに応えると、一夏は手近な無人ISを1機掴んで頭上に掲げ、首と足を持って高速回転させる。同時に箒は抱えた無人ISを逆さにし、一夏めがけて急降下を開始する。

「ライダーきりもみシュート!」

 一夏は遠心力をつけて敵をきりもみ回転させながら上へ放り投げる。箒も放り投げられた敵に、頭から叩きつけるように反転させた敵を打ちつける。

「反転ブリーカー!」

 箒に掴まれた敵は肩から上が粉砕され、一夏に投げられた敵も胸の装甲を突き破られ、箒が離脱した直後にどちらからともなく爆発して砕け散る。残りの2機は一度後退しようとスラスターを点火する。

「逃がさん! ネットアーム!」

 しかし地上のライダーマンがネットを射出して2機を絡め取る。

「今だ! 一夏君! 箒さん!」
「はい!」
 
 一夏は左腕の『雪羅』を向け、箒は両肩の展開装甲を変形させて『穿千』を形成させる。

「こいつで決まりだ!」
「墜ちろ!」

 同時に雪羅からは荷電粒子砲が、穿千からは熱線が放たれて2機を撃ちぬいて撃墜する。

「ライダーマン!」

 直後に1機の無人ISがライダーマンに突撃してくる。ネットを回収していないライダーマンは右腕を封じられ、抵抗出来ないだろう。箒もすぐには動けないし、一夏はエネルギーが危険域だ。しかしライダーマンは慌てた素振りを見せず、無人ISに左腕を向ける。

「覚えておけ。奥の手とは、常に最後まで取っておくものだ。マシンガンアーム!」

 直後に左手に銃身が形成され、そこから銃弾が吐き出される。1秒間に1000発の弾丸が放たれると、無人ISは蜂の巣にされて動きを止める。

(このアタッチメントも残しておいてよかったな)

 ライダーマンが使用したのは、カセットアームが不調の時、アタッチメントを使用できるようにした外付けタイプのアタッチメントだ。普段はスーツと連動して格納されており、必要な時に呼び出せるようにしてある。
 そこに建物内にいたケンがやって来る。

「結城さん、学園側が仕掛けた発信機で彼女の居場所が特定出来ました。一夏君と箒さんにも送信済みです」
「了解した。行こう、一夏君、箒さん」

 ライダーマンは二人を促すと、篠ノ之束と直接対峙すべく『ライダーマンマシン』に跨った。

**********

「これはそろそろ潮時かな。くーちゃん、準備出来た?」
「はい、もう間もなく打ち上げ準備が終わります」

 束は逃走用のニンジンに似たポッドの準備をしていた。束がやったのは航行プログラムの設定だけで、他は練習も兼ねてくーちゃんに任せてあるが。間もなく投入したゴーレムⅢは全て撃墜されるであろう。仮面ライダーが二人もいるのだ。こうなるのは目に見えていた。すると束の頭に付けている兎耳がぴん、と上を向く。

「へえ、私の居場所を見つけるなんて思わなかったよ、箒ちゃん」

 束が呟いて上を見ると、ISを装着した箒と一夏がホバリングしている。同時に束はくーちゃんの襟元に発信機がついていることに気付き、取って捨てる。みどりが仕掛けたのだろう。まんまとしてやられたらしい。箒と一夏は束の目の前に着陸する。くーちゃんが前に出ようとするのを束が遮る。一瞬一夏がくーちゃんを見て驚いたような顔をするが、間もなくそれも消え、どちらも真剣に束を見つめている。

「そんな怖い顔をしてどうしたの? 折角の再会だっていうのに、台無しだよ?」
「ふざけないで下さい! これは一体どういうことですか!?」
「どういうことって、見て分からない? ちょっと遊びに来たんだよ」
「一体何の目的でこんなことを!?」
「ちょっと欲しいものがあったから、死ぬまで借りにきたんだよ」
「あなたは、そのためだけにこんなことを……!」
「箒、落ち着け!」
「止めるな! これは私の手で止めるのが、けじめというものだ!」

 飄々とした態度を崩さない束に激昂した箒は一夏の制止を振り切り、『雨月』を向ける。

「強くなったね、箒ちゃん。あの時、6年前に私に初めて竹刀を向けた時よりもずっと、強く」

 しかし束がにへら、と笑うと箒は『雨月』を下ろし、震え出す。

「お、おい、一体どうしたってんだよ?」
「そっか、いっくんには話してないんだ。なら私が話してあげるよ。箒ちゃんはね、いっくんが誘拐されて戻ってきた次の日、私に竹刀を向けたんだよ。私が『箒ちゃんが頑張らなくても強くなれるようにしてあげる』って言ったら、ね」

 箒は黙って答えない。一夏もその反応で束の言葉が事実と判断したのか、押し黙ったままだ。

「けど箒ちゃん、私の様子がおかしいって気付いてたんだよね。だから変わっちゃった私が怖くて、力を追い求めた。そうでしょ?」
「どうして、それを!?」
「わかるよ、だって私は箒ちゃんのお姉ちゃんなんだから」
「さっきから、一体何がどうなってるんだ……?」
「ねえいっくん、いっくんは仮面ライダーって知ってる?」

 最早訳がわからず混乱するしかない一夏に、束が水を向ける。

「人類の自由と平和のために戦う正義の戦士。改造人間は勿論ISだって倒しちゃう規格外の存在。この世に悪のある限り戦い続ける無敵のヒーロー。そんなイメージを持っているんじゃないかな。それは間違いじゃないよ。けどね、仮面ライダーは無敵でも不死身でもない、ただの人間なんだよ。だから苦しんで、悩んで、傷ついて、だからこそ誰かに優しく出来る。結局は一人の人間でしかないんだよ。だから、時には死んじゃうことだって、あるんだよ……」
「いっくん、みんなを守りたいって思っているんだよね? だったら私がヒーローにしてあげるよ。仮面ライダーみたいに強くて、でも仮面ライダーと違って死んじゃったりしない、本当の意味で無敵のヒーローに。いっくんなら、きっとなれるよ。だって『ゴーレムⅠ』を送り込んだ時よりも、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が襲撃してきた時よりも、『ゴーレムⅢ』をけしかけた時よりも、仮面ライダーの偽者と戦った時よりも、ずっと強くなってるんだから」
「まさか、無人機を送り込んだ目的って!?」
「そう、いっくんをヒーローにするためだったの。そして箒ちゃんがいっくんの足手まといにならないよう鍛えるために、私は今までこんな悪いことをしてきた」
「どうして……どうしてそんなことを!? こんなこと、俺も箒も望んじゃいない!」
「私と、同じ目には遭って欲しくなかったから」

 吠える一夏とは対照的に、束は表情を変えず、静かに答える。

「あの時私が味わった悲しみと苦しみを、箒ちゃんには味わって欲しくなかった。亡国機業の連中だけが生き残った理不尽を、箒ちゃんに感じて欲しくなかった。だから私はちーちゃんやいっくんを利用して、箒ちゃんを傷つけて、先生の心を踏みにじった。箒ちゃんに嫌われても、いっくんに蔑まれても、ちーちゃんに憎まれても、世界中の人間に怨まれても、地獄に堕ちても、そうしたかった」
「そんなのおかしいですよ、束さん! それじゃ亡国機業と同じじゃないですか! そんなことしたって、誰も救われない! ただ憎しみを増やすだけじゃないですか!」
「分かってるよ、そんなこと。だから私は悪い子になったんだから」
「悪い子なんてものじゃない! それじゃまるで……」
「悪魔で、いいよ。血の凍った、世界で一番醜い悪魔で。そうでもしなきゃ、叶えられない願いだって分かってるから。って、お邪魔虫が来たみたいだね。話はここまでにしようか」

 バイクの排気音が聞こえてくると、すぐいつもの飄々とした口調に戻った束が指を鳴らす。直後に6機のゴーレムⅢが姿を現す。箒も正気に戻って雨月を構え直す。

「まだこれだけ隠れていたなんて!」
「こんな光学迷彩に気付けないんじゃ、まだまだだね」

 直後に束の背後にバイクが停車すると、束は面倒くさそうに振り返る。

「まったく、空気を読んでよ、君は。せっかくの再会が台無しだよ。私にバイク乗りの知り合いはもう……!?」
「これ以上お前の好き勝手にさせる訳にはいかない、篠ノ之束。ここでお前との……!?」

 しかし振り返り終えると束の身体が硬直し、思考が完全に停止する。機械の右腕、下半分だけ露出した仮面、そしてその声。間違える筈がない。一時も忘れたことなどなかったのだから。

「せん……せい……?」
「お前は……篠ノ之束は……君、だったのか? 俺の……」

 それは間違いなく『先生』だ。向こうも束が生徒と気付いた筈だ。だが先生は死んだ。死んだ人間はもう生き返らない。蘇生したとしても束の知っている『先生』ではない筈だ。だが目の前には先生がいる。二つの矛盾した事実に脳はマヒしかけながらも必死に回転し、ある結論を下す。

「……違う、お前は先生じゃない。先生は死んだんだ。あの時確かに、爆発に巻き込まれて死んだんだ」

 それは自己防衛のため、受け入れ難い現実から目を背けることだった。

「やはり君は、俺の! 違うんだ! 俺はあの時に死んでは……!」
「黙れ!」

 必死に説明しようとするライダーマンを束が遮り、目を閉じて耳を塞ぎ、何度も頭を振る。

「その声で私に話しかけるな! その姿で私の前に立つな! その目で私を見るな! その耳で私の声を聞くな! その右手を私が見えるところに出すな! 偽者のクセに本物みたいにするな!」
「違う! 頼むから俺の話を聞いてくれ!」 
「五月蠅い! 今すぐ私の目の前から、消えろ!」

 束の叫びに呼応するように、ゴーレムⅢが一斉に左腕からビームを発射する。ライダーマンは動揺のあまり回避も防御も出来ず、まともに全弾直撃する。ライダーマンが膝をつくと、今度は無人ISがビームを乱射しながら突っ込んでくる。

「まずい!?」
「クソっ!」

 あまりの急展開にどうすべきか分からず、傍観していた箒と一夏はすぐにライダーマンの前に回り込むと、それぞれシールドを展開してビームを防ぎ、無人ISと斬り結ぶ。しかし束の怒りが乗り移ったようなゴーレムⅢ2機の猛攻の前に苦戦を強いられる。今度は別の1機がライダーマンへと挑みかかる。ライダーマンはグロッキーだ。まともに戦えないだろう。

「V3必殺キック!」

 だが割り込んできた仮面ライダーV3が飛び蹴りを放ち、ゴーレムⅢを一撃で粉砕する。

「結城! ライダーマン! 無事か!?」
「V3、風見か……ああ」

 仮面ライダーV3はライダーマンの前に立つ。敵を斬り捨てた一夏と箒も仮面ライダーV3の横に並ぶ。束はくーちゃんと共にポッドに乗り込み、直後にポッドが打ち上げられる。

「クッ! V3バリヤー!」

 仮面ライダーV3は不可視の壁を展開してビームを防ぎ、二人もそれぞれビームを防御する。

「逃がす訳には!」

 箒がスラスターを噴射して追いつこうとするが、ゴーレムⅢが1機箒に組みついて至近距離で自爆し、まともに受けた箒は地面に落下する。残りの2機も一夏と仮面ライダーV3に組みついて自爆し、一夏は『絶対防御』の発動と同時に展開が解除され、仮面ライダーV3を倒れて立ち上がれない。仮面ライダーV3は辛うじて立ち上がり、V3ホッパーを射出してポッドを追跡しようとするが、すでに範囲外まで離脱してしまったのか確認出来ない。仮面ライダーV3、風見志郎は変身を解除して立ち上がる。一夏と箒、丈二も同じだ。

「箒さん、まさかあの女性は?」
「……間違いありません。篠ノ之束、つまり私の姉です」
「そして結城、彼女は……」
「見間違えるものか……聞き間違えるものか。篠ノ之束は、俺の生徒だ」

 その一言を最後に全員が沈黙する。

「俺はまた、罪を犯してしまったというのか? 俺が、彼女を……」

 少しの間違い、些細なすれ違い、僅かな不運。それらが積み重なり、上手く噛み合ってしまったことで、最悪の結末を招いてしまった。どれか一つでも欠けていたらこんなことにはならなかっただろう。

「いや、違うな。これもまた俺に与えられた罰、なんだろうな」

 丈二は自嘲するように呟くとその場から歩き去る。箒は丈二を呼び止めようとするが、志郎が肩を掴んで止める。

「今は、一人にしてやってくれないか?」

 それを最後に二人は沈黙する。
 最後に一夏が拳を打ちつける音が響いた後、その場は静寂に支配された。

**********

 突如として上空へと飛び立って離脱していく無人ISの群れを、猛、フォルテ、ダリルは学園施設の屋根の上で見送るしか出来なかった。補給と治療を受けて戦線復帰したフォルテとダリルは猛と共闘し、多数の敵機を撃墜した。その代償として装甲が焼け、スラスター翼に異常が発生し、フォルテの額には血の滲んだ包帯が巻かれている。猛も銀の手足にいくつもの焦げを作り、クラッシャーには赤黒い血の跡がこびり付いている。命拾いしたと言っていいだろう。入れ違うように変身した茂が『カブトロー』に乗って敷地内へ入ってくる。亡国機業の方は鎮圧したのだろう。

「間に合わなかったか! すいません先輩、遅くなってしまって」

 茂は跳躍して猛たちの近くに着地する。フォルテとダリルは茂を一瞥するが、猛は空を見上げたままだ。茂もまた何かを聞く動作をした後、黙って無人ISが飛び立っていた方向を見上げる。内心疑問に思いながらも、帰投命令が出たことで二人は飛び立ってその場を後にする。
 夕日が差し込み、風が悲しげに茂と猛の身体を通り過ぎると、学園内にアナウンスが鳴り響く。
 こうして、空前絶後の襲撃事件は幕を下ろした。

**********

 束は仮眠から目覚める。ここは四国某所にあるラボ。束が密かに所有しているラボでも最大級のものだ。バダンニウム鉱脈を含めれば相当な広さになる。くーちゃんがコーヒーを差し出す。一口飲む。酸っぱい。しかしおくびにも出さず、いつものようにおどけてみせる。

「うん、うーまーいーぞー」
「嘘です、酸っぱいに決まっています」
「なんで酸っぱいって分かったの?」
「一度私も味見しましたから」
「そうなんだ。けど味見するなんて進歩したねえ。それに私は酸っぱいの嫌いじゃないから」

 相変わらずのやり取りをする束だが、くーちゃんは束の目尻に残っている涙に気付く。しかしわざと気付かないふりをする。
 あれが本物の『先生』だと束も心のどこかで気付いている。だがそれを別の束が認めない。もう後には引けない。目の前に現れた『先生』が本物だと認めてしまえば、全てが崩れさる。無意識の恐怖が束に事実を認めさせようとしない。

「けど、あれはキツいなあ。これも私に与えられた罰、ってヤツなのかな」

 束がいつものように呟くと、くーちゃんはラボの一室から出て格納庫に向かう。格納庫には数百機はあろうゴーレムⅢが鎮座している。そこで初めて目を開く。両目は禍々しさすら感じさせるような金色に染まっている。

(ユウキ、ライダーマンとか言ったな……)

 くーちゃんは先日出会ったライダーマンについて思案する。あれから束が毎日のように流している涙の原因だ。許せない。自分を地獄から拾い上げてくれた、自分の全てとも言える人をあそこまで苦しめ、悲しませているのだ。

(だから束さまに手を汚させないように、絶対に……)

「私の手で、殺す」

 くーちゃんは憎悪を込めて吐き捨てる。
 憎しみの連鎖は、終わらない。 

**********

 丈二が一連の顛末を話し終えると、その場に沈黙が漂う。拳を掌に打ちつける和也はともかく、千冬はうつむいたままだ。箒は唇を噛み締め、一夏は拳を握りしめている。志郎も黙りこくっている。
 最初に沈黙を破ったのは千冬だ。

「すいません、結城さん。私が束を止めていれば、こんなことには……」
「いや、貴女のせいじゃない。貴女が悪いんじゃないんだ」

 丈二は歩き出すが、途中で立ち止まる。

「風見、滝さん、千冬さん、一夏君、箒さん。一度罪を犯してしまった人間、一回でも闇に染まってしまった人間は、もう悪になるしかないと思うか?」
「俺は、そう思わない。光があれば闇もあるのが人間だ。たとえ一度は闇に囚われ、罪を犯してしまったとしても、罪を償うことは出来る。俺だけでなく、彼女にもその権利はあるはずだ」
「結城……」
「俺は彼女をまだ救い出せると信じている。俺のために泣いてくれた子だ。きっとまだ光が残っている。だから俺は諦めない。彼女を、絶対にこの手で救い出してみせる」

 丈二は一度右手を強く握りしめると、再び歩き始める。

「一夏君、箒さん。俺たちも行こう」

 志郎が促すと、箒と一夏もまた丈二に続いて歩き出す。和也と千冬もそれに続く。だが千冬は一度立ち止まって外を見る。

(待ってるぞ、束。お前がまたこっちに来るのを)

 そこで千冬は歩き出し、今度は止まらずにその場を立ち去った。     



[32627] 第二十三話 見学者は全員男
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:22
 IS学園の食堂。佐久間ケンに連れられて帰った五反田兄妹を見送り終えた織斑一夏は、本郷猛の横に腰かける。他の面子も全員腰かけたのを見ると、滝和也が立ち上がって口を開く。

「これで仮面ライダーが全員揃ったって訳だ。最初に聞いておくが、なんで仮面ライダーが学園に集められたか分からない、って奴はいるか?」

 和也の質問に誰も手を挙げない。それくらいは一夏も承知している。

「ま、知っての通り、亡国機業への対策ってわけだ。大規模に動き出すとしたら、まず狙われるのがここだからな」
「一つ気になっていたんですけど、どうして亡国機業はIS学園を狙ってくるんですか?」
「力の象徴、だからだよ」

 ふと一夏が差し挟んだ疑問に、猛が答える。確かにIS学園には色々とあるらしいが、亡国機業が今までIS学園を狙い、ISを持ち出して襲撃してくることに、内心一夏は疑問を抱いている。

「力の象徴?」
「そうだ、一夏。世界最強の兵器を多数所持し、操縦者も楯無さんのような国家代表や国家代表候補生、それに織斑先生や山田先生のような元国家代表クラスの人間が世界中から集まっているIS学園は、言い換えればこの世界で最も力を持っている組織と言えるだろう。それを制圧することが何を意味するかは、分かるな?」
「自分たちの力を誇示するには丁度いいスケープゴートってわけだ。IS学園さえなんとかすれば、IS学園さえ制圧した相手に勝てるわけがない、って思わせることも、亡国機業に抵抗しようなんて気を削ぐことだって出来る。それが連中の考えなのさ」

 篠ノ之箒と城茂が吐き捨てるように続ける。その口調や表情からしてやり口が気にいらないのがありありと見える。

「それだけじゃない。学園には君の『白式』や箒さんの『紅椿』、そセシリアの『ブルー・ティアーズ』のような最新鋭機が集められているし、量産機だって30機も配備されている」
「学園を制圧してしまえば、仮にその過程で多少の被害を被っても、失った分を補って余りある戦力を補充できる、という寸法ですわね」
「まったく、根性が卑しいったらありゃしないわ。捕らぬ狸の皮算用とはよく言ったものね」
「それがあいつらのやり方。欲しいものは奪う。手に入らないなら壊す。それだけ」
「けど、操縦者はどうするんやろ? いくら性能が良くて、機体の頭数が揃っても、肝心の動かす人間がおらんと、ただの鉄屑と変わらんと違うか?」
「操縦者は問題ないと思います。軍隊でも専用機持ちはともかく、量産機は交代要員を含めた複数の操縦者が、ローテーションで使いまわすのが常ですから」
「それに、操縦者なら学園には沢山いるじゃないか。世界各国から集められた、数百人単位でね」
「確かに国家代表や代表候補生が複数いますし、他の生徒も含めればそうなりますね。特に教官を含めた教師の中には、元代表や代表候補生の方もいますから、優秀な操縦者には事欠かないかと」
「まさに一石二鳥だ。脅しにもなるし、実利もある。危険を冒すだけの価値がある」
「でも、私たちが言うことを聞くと思ってるのかな……?」
「聞かないなら、聞かせるだけじゃないかしら? 脅し、賺し、買収、扇動、情報操作、洗脳、脳改造……いくらでも方法があるわ」
「特に脳改造をされてしまったら、元には戻れないかもしれない……!」
「で、でも、脳改造なんてしたら命も危ないんじゃ? そんなリスクがあっても、やるものなんでしょうか?」
「やるさ。それが悪の組織なんだからな」

 神敬介、セシリア・オルコット、凰鈴音、アマゾン、がんがんじいこと矢田勘次、シャルロット・デュノア、筑波洋、ラウラ・ボーデヴィッヒ、村雨良、更識簪、更識楯無、南光太郎、山田真耶、そして一文字隼人が続く。特に隼人は静かに怒りを燃やしている。

「もっとも、敵は亡国機業だけとは限らない。もう一人、厄介な『天災』がいる」
「篠ノ之束、ですか~。こっちの方は目的も分からなければ、いつ学園を襲ってくるのかも分からないのが問題ですね~。ああいう人は、普通の人ととは考え方が根本的に違うって相場が……」
「本音! すいません、結城さん。本音も悪気があった訳じゃないんです」
「いや、気にしないでくれ。俺は大丈夫だ。心の整理は出来ている」
「すいません、俺がきちんと話していれば……」

 風見志郎、布仏本音、布仏虚、結城丈二と続き沖一也が締めると、織斑千冬は何も言わず、そこで全員沈黙する。丈二と篠ノ之束の関係は、ここにいる全員が周知しているし、いきさつも一夏や丈二本人から聞いている。
 しばらく続く気まずい沈黙を破るように、和也は猛に水を向ける。

「本郷、ISコアの解析はどうなんだ? 結城と一緒にやってたんだろ?」
「光明寺博士による解析結果と合わせれば、内部構造は分かった、といったレベルだな」
「本当ですか!?」
「ええ。あくまで推測の段階に過ぎませんが」

 猛の言葉を聞くと千冬が身を乗り出し、他の面々も猛に注目する。当然だ。ISの中枢部でありながら、今まで自己進化以外の情報が一切開示されず、ブラックボックス状態だったのだ。それを解析したと言うのだから、驚かない筈がない。
 束による襲撃後、猛と丈二は学園側の許可を得た上で3個保管されていた無人機のコアの一つを分解して解析し、1つを国際IS委員会の光明寺信彦博士らの下に送り、解析を依頼していたと一夏は聞いている。朝や放課後の特訓時以外は地下特別区画に籠り、解析を進めていたとは言っていたが、とうとう出来たらしい。蛇の道は蛇、ということなのだろう。
 猛は一度全員を見渡すと口を開く。

「最初に言っておくが、これはあくまでも現段階での仮説、推測の域を出ないし、無人機のコアを解析した結果、という前提は頭に置いておいてくれ。つまり推測が間違いである可能性も、有人機にも当てはまるとは限らないということだ」
「まずコアの構造だが、外殻部分となる『バダナイト』の結晶体内部に、全てを統轄する『篠ノ之式量子コンピューター』が搭載されたマイクロチップ、動力源となる『疑似RSチップ』、『コア・ネットワーク』の送受信に使うテレパシー用通信機、操縦者と疑似的に神経接続し、操縦者の思考や体調、反応を読み取り、時にコアで処理された情報をフィードバックするための生体センサー、それらをつなぐエネルギーサーキットで構成されているものと思われる」
「あ、あの……言っている意味がよく分からないと言うか……」

 聞き慣れない単語が続々と出てくることで一夏の頭が混乱する。猛は己の迂闊さに苦笑しながら、一夏に説明する。

「そうだな……一夏君、『バダナイト』については分かるかい?」
「はい。授業でも習いましたから。けど、篠ノ之式とか疑似RSとかそういうのはさっぱり……」
「最初に篠ノ之式量子コンピューターについて説明しようか。その名の通り篠ノ之束が考案、理論実証した量子コンピューターだ。『光明寺式量子コンピューター』を除く、既存のあらゆるコンピューターの性能を圧倒的に凌駕していて、今では簡易型が世界中で採用されている」
「この投影式ディスプレイに内蔵されているのも、簡易篠ノ之式さ。というより、篠ノ之式抜きではこのタイプのコンピューターは存在し得ない程の代物だ。革命レベルの技術革新を起こしたと言っていい」

 続けて丈二がポケットから空間投影式ディスプレイの端末を取り出す。

「けど、光明寺式量子コンピューターっていうのもあるんですよね。どうしてそっちは採用されなかったんですか?」
「性能面で言えば光明寺式量子コンピューター、特にその集大成とも言える『良心回路』の方が処理速度、並列処理可能な数は勝るんだが、中枢部の小型化に難航した上に材料や製造方法の関係で大量生産に向かず、その計算式が本人以外には理解できないくらいに複雑過ぎるんだ。一応、簡易版が『ダーク』や『シャドウ』の人造人間に搭載されていたんだが、それも『プロフェッサー・ギル』のように、考案者の光明寺博士にも匹敵するような天才でなければ理解できないくらいだ。それに光明寺式の製作には『DS鋼』を特殊加工した『ライブメタル』が必須なんだが、『DS鋼』の製法が失われてしまってね。事実上、新造が出来なくなってしまったんだ」
「それに比べれば篠ノ之式はずっと簡単だ。簡易版ならば専門家が見れば簡単に理解出来る。なにより、生産性では圧倒的に優れているし、中枢部も光明寺式に比べてずっと小型だ。性能面でもCPU1個当たりの処理速度や処理可能数で劣るだけで、CPU自体の大きさが小さい分、数で補うことで光明寺式を凌駕することも可能だ」

 一夏は猛の説明に納得する。同時に、一見するとそうは見えない束がいかに偉大な科学者であるかも痛感したが。

「次に疑似RSチップについてだが、まず『RS理論』から説明する必要があるな。これは原子が一つ崩壊すると莫大なエネルギーが発生するのを応用し、人工的に原子崩壊を起こすことであらゆる物質からエネルギーを取り出せる、という考えに立脚した理論だ。ただ、発生するエネルギーの量が膨大でその制御が非常に難しいことから、理論自体は存在していても、机上の空論レベルの話に過ぎなかった。しかし発生した膨大なエネルギーを制御し、動力源として実用可能なレベルにまでしたのが、『GOD機関』に拉致されて研究させられていた南原光一博士が発明した『RS装置』だ」
「GOD機関の壊滅により、RS装置の理論や設計図は失われてしまっていたんだが、篠ノ之束はRS理論を応用し、『多目的総力(マルチブル・エネルギー)理論』を構築し、『疑似RS装置』を開発したことで状況が変わった」
「多目的動力自体は知ってるんですけど、それとRS理論とどんな関係が?」
「RS装置の実用化に当たって一番難航したのが、発生したエネルギーをいかに制御して利用するか、という点だった。普通にやれば、発生したエネルギーはすぐに熱や光、運動エネルギーなどに変化する。つまり原子崩壊を起こした瞬間、大爆発が起こる。しかし南原博士は偶然、発生したエネルギーをある別のエネルギーに転換することに成功し、RS装置の完成にこぎつけた。ただ、そのエネルギー転換は本当に偶然の産物だったらしく、別のエネルギーの正体がなんであるかまでは、南原博士にも分からなかった。だから、南原博士の設計図通りに作らなければRS装置は完成しなかった。理論が分からないのであれば、完璧に再現する他にないからね」
「しかし、篠ノ之束は転換したエネルギーこそが多目的動力であると発見、実証した。そして多目的動力への転換方法を発明したことで、RS装置の製造が理論上は可能になったんだ」

 猛は一度そこで言葉を切る。続けて丈二が話し始める。

「同時に、これを応用すれば自然界に存在するあらゆるエネルギー、熱や電気、光は勿論、重力や力学的エネルギーまでも多目的動力に変換することが可能だと気付いた。ISコアに搭載されている疑似RSチップはそれを応用し、操縦者の生体電流を取り込み一度多目的動力に転換、ロスになる分の熱エネルギーや位置エネルギー、重力などを多目的動力として変換する。出力時にはそれを莫大な電気エネルギーとして機体全体に供給し、変換時のロスは多目的動力として蓄積される。要するに、ISは疑似的に生体電流を増幅しているんだ」
「でも、多目的動力はどうやって蓄積するんですか? コアって、見た目からしてそんなに大きくないし……」
「ISの場合は人間の血液と同じように、コアから発生させたエネルギーをエネルギーサーキットを通して各部に供給し、余剰エネルギーをコアに戻すことでエネルギーを循環させている。もっとも、疑似RS装置から発生する多目的動力の量は莫大だ。もし発生したエネルギーを全てサーキットに流せば、サーキットは過剰なエネルギーに耐え切れず、すぐに自壊してしまう。そこで多目的動力のある性質を利用するんだ」
「ある性質?」」
「多目的動力は通常は不安定だが、格子状に形成することで安定して一定の空間に保存出来る。格子状の多目的動力は外部から衝撃が加わるとその熱、運動エネルギーなどを多目的動力に変換して相殺、軽減、もしくは無力化する。これがシールドバリアさ。シールドは防御用装備であると同時に、エネルギーサーキットだけでは保存できない、莫大な余剰エネルギーの保存手段でもあるんだ。シールドバリアが展開出来ない状態と言うのは、外部に保存したエネルギーが一時的に散逸してしまい、利用出来ない状態でもある。シールドバリアが張れないと稼働にも支障が出るのは、そういう訳さ」
「さらに言えば、多目的動力の性質を利用して、まるで特定のエネルギーをなくしたかのように振る舞わせることも出来る。機体や操縦者にかかる慣性などを多目的動力に変換することで、慣性が存在しないかのように振る舞わせるPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)、シールドに使われている格子状の多目的動力を一点に集束することで、エネルギー兵器を完全に無力化する『零落白夜』、空間内に格子状の多目的動力を散布するように配置することで、運動エネルギーを多目的動力に変換し、物体を制止したように働かせるAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)がそれだ。もっとも、PICは重力制御装置、もっと言えばその基礎となった重力低減装置の応用でもある。実際、多目的動力利用の有無と軽減するのが慣性か重力か、という違いだけで、基礎的な理論や自分に対する力学的作用を軽減・疑似的な消失を起こす点は変わらない。マニュアル操作という前提になるが、やろうと思えばPICで重力を疑似的に軽減することも可能だ。もっとも、反重力力翼があるISでそこまでする必要があるかは微妙だが」

 丈二はそこで一度説明を止める。

「本当に何でもありなんですね。つまり、零落白夜がシールドエネルギーを消費するのは、シールドバリアに使っている多目的動力を集束して攻撃に回しているから、ってことでいいですか?」
「その通り。他の兵装ならば内部で転換して全身に行き渡っているエネルギーで稼働出来るが、零落白夜ばかりは、格子状の多目的動力をどこかから持ってこなければならない」
「だったら、なんで零落白夜じゃ実弾は無力化出来ないんですか?」
「シールドバリアを含むエネルギー兵装の場合、多目的動力に転換して無力化するのに重要なのは集束率だ。一定の空間内に格子状の多目的動力が詰まっていればいる程、より多くの熱エネルギーや光エネルギー、電気エネルギーを転換し、結果的に破壊力を奪って無力化出来る。だが、格子状の多目的動力を集束すれば当然その範囲や『厚み』は減る。実弾兵器の場合、弾体が持っている運動エネルギーだけではなく、弾体が押し出す空気圧や衝撃波、摩擦熱など弾体以外が持つエネルギーの割合がエネルギー兵器に比べて格段に多い。零落白夜が実弾兵器に当たっても、衝撃波や摩擦熱などを無力化するだけに終わり、弾体の運動エネルギーや内包する熱エネルギーなどを無力化するには至らない、という寸法さ」
「話を戻せば、ISコアは文字通りISに必要な機能の大半を賄っている。だから殆ど情報を開示しなかったのだろうけどね」

 猛が締めると、今度は千冬が話を切り出す。

「それで、コアの製造法は分かりましたか?」
「いえ、そこまでは。構造を把握出来たという段階で、製造法までは割り出すには至っていません」
「コアの書き換えも難しいでしょうね。プロテクトが堅過ぎる上に、どのようなプログラムが書き込まれているか分からない以上、どう弄ればいいのか我々にも判断のしようがありません。一応、構造は分かったので暴走した際にコア・ネットワークの再開通や緊急停止などが容易になるでしょうが、逆に言えば、現状で出来そうなのはそれくらいです」

 材料や構造が分かっても、肝心の作り方が分からなければコアを製作出来ない。作り方を全く知らない状態で材料と完成品だけを見せられて、高級フレンチを作ってみせろというのと同じだ。いくら猛や丈二が天才でも、それを求めるのは酷というものだ。丈二は話を続ける。
  
「さきほど連絡があったんですが、光明寺博士はプログラムやデータをいくつか引き出せたらしいんです。しかしどれも無人機の自律制御に関するものばかり。それも人造人間の制御プログラムを応用したものであったらしく、有人機に応用出来そうなものは、全くと言っていいほど出てこなかったそうです」
「それに有人機であれば必要である筈のデータが存在しないようなので、無人機のコアは、有人機のそれとは互換性がないのかもしれません」
「有人機に必要な筈のデータ、ですか?」
「ええ。ISが女性にしか扱えない理由、そして篠ノ之束すら分からないという、一夏君がISを操縦可能な理由。操縦者を篩にかけるために必要な、『染色体地図(ジーン・マップ)』が入っていないんです」
「染色体地図?」
「染色体上にある遺伝子の位置を簡単に示した図だ。遺伝子に関する研究では、塩基配列全ての情報を使うよりも効率がいいからよく使われる。ISも大まかにランク付けしたり、適性の有無を判断するくらいなら大雑把な違いが分かればいい、ということなんだろう」

 一夏の疑問に良が答える。 
 一夏もなぜ自分が男なのにISを操縦できるのか、常々疑問に思っている。むしろISについて少しでも知っていれば、疑問に思わない人間はいない。周囲は勿論、一夏本人も聞きたいくらいだが、肝心の束ですら原因が分からないと言っている。それだけに一夏もそれ以上は深く考えず、周囲で度々発生する事件もあり普段は頭の片隅に置いておく程度だった。
 同時に一夏は、織斑マドカを名乗る千冬とよく似た少女を思い出す。あの時マドカは「私はお前だ」や「私が私たる為に」などと言ってこちらを狙ってきた。言っている意味はよくわからないが、自身の記憶が殆どない幼少期に、なにかあるのではないかと一夏はおぼろげながら感じている。

「一夏、どうした?」

 少し沈黙して考え込んでいる一夏を見て千冬が怪訝そうな顔をして尋ねる。実の姉だけに内容までは分からずとも、一夏が何かを考えていることくらいは察したのだろう。
 一瞬織斑マドカについてや自身の過去について聞こうかとも思った一夏だが、それを飲み込む。千冬が家族について話したがらないのは昔からだ。一時期に比べれば大分丸くなった現在でも、両親や一夏の覚えていない過去、特に両親が失踪する前のことについては一切話そうとしない。僅かに自分が母親似であることを話してくれたくらいで、父親に関しては一切触れていない。余程触れたくないのだろう。ただでさえ苦労をかけているのだ。余計な心労を増やしたり、過去の傷を抉るような真似まではしたくない。

「いや、なんでもないよ、千冬姉。少し猛さんの話が気になっただけだから」

 一夏は首を振って答える。千冬は何か言いたげな顔をするが、他に人がいることもあってか大人しく引き下がる。
 今度は和也が話し始める。

「手間掛けさせて悪いな、本郷、結城。ところで千冬、明日の話は聞いてるか?」
「見学会の話、ですか?」
「ああ。まさか、聞いてないのか?」
「ええ、何も」
「おかしいな、もうみどりさんに話を通したはずなんだが……いやよ、明日の見学会に合わせて、全員学園に詰めることになったんだ。一人ならともかく、流石にこれだけの人数を学園に詰めようにも、職員室に詰めるスペースがねえだろ? それに何もねえと手持ち無沙汰だし、敬介や洋、光太郎なんかは一度授業風景を見てみたいとか言ってたし、丁度いい機会かと思ってな」

 定期的に行われるIS学園の見学会は、リクルートや学園の運営実態を外部から把握し易くするという意味合い、それに外部の目を入れやすくすることで、外部不干渉を利用して学園内部で何かしようとする者へのけん制といった意味まである。それを名目にして学園内を動きやすくし、不測の事態に対処出来るようにとの肚だろう。現に学園には行事や見学会に合わせて亡国機業の手の者が入りこんでいる。万が一、ということは十分にあり得る。

「そういうことならば構いませんが……」
「あ、俺は明日一日、真耶ちゃんの密着取材するから、そこんとこよろしく」
「密着取材って、そんな話聞いてませんよ!? というか、山田先生に取材するということは……!」
「当然、1年1組にくっついていくことになるな。なんせ真耶ちゃんは1年1組の副担任なんだからな」

 割り込んできた隼人の一言に千冬が顔色を変える。

「そんなの認められません! 規則に違反しています!」
「いや、本人と教頭、学園長にも許可取ったから違反しちゃいないぜ。それとも何か? 俺に知られちゃまずいことでもあるのか? 主にお前と一夏君関係で」 
「別にそういう訳では……だが山田君、次からは気を付けてくれ。万が一のことがあっても私が責任を取れないからな」
「すいません……ですが、隼人さんに熱心に頼まれてしまって」
「それと一文字さん、どうせ佐原先生を通して学園に申請したんでしょうけど、それはやめて下さい。あの人はあなたや和也さんほどではありませんが、いい加減な所があります。教頭先生も規則に則っていれば、良くも悪くも寛容な人なんですから」

 佐原ひとみは生真面目な千冬とは対照的に豪快でいい加減な所があるし、教頭の飛鳥みどりも違反行為には鬼のように厳しいが、寛容な部分は本当に寛容だ。でなければ学園祭で織斑一夏争奪戦が行われたり、食堂のフリーパスが景品として出されたりはしない。大抵はひとみが職員会議で提案したものをみどりが追認し、反対する千冬を宥めすかして収めるのが常だ。その点はひとみが授業中にぶっちゃけたり、たまに千冬が一夏に愚痴ったりするので間違いないだろう。

「よく言うぜ。本当は可愛い弟が、俺みたいな不純極まりない男に悪影響されるんじゃないか、って心配してるんだろ?」
「一夏だけではありません。この場合、もう一人悪影響を受けかねない生徒がいるんです。それは……」

「一文字さんも大胆ですわね。学園にいる時ですら山田先生と一緒にいたいと申し出るだなんて……まさか、全生徒の前でお二人は! ああ羨ましい、一夏さんもこれくらい大胆であったなら……」
「セシリア!? ちょっとあんた、どうしたのよ!? 聞こえてるの!?」
「無駄だよ、鈴さん。一度向こうに行くと中々戻ってこないんだ」

「セシリア・オルコットに、余計な妄想のタネを与えることになるんですから」
「桜ちゃんの同類かよ……けどな、一也がいる時点でどの道無駄だと思うぜ?」

「……ですがここに来てかつての恩人沖博士と再会してしまった織斑先生……滝捜査官とはまた違った魅力を持った初恋の人との再会で、滝捜査官に傾いていた心が揺れ動く……ああ、悩ましい。きっと織斑先生の胸は張り裂けそうに……」
「あの、セシリアさん、何を言っているかはよく分からないんだが、俺と千冬さんの関係を誤解しているんじゃないか? 俺と千冬さんはそうした関係ではなくて、もっと深い繋がりなんだ」
「と言いますと、すでにそこまで進んでおられるのですか!? つまり身も心も……!」
「いや、だから俺たちは……」
「やめとけ、一也。今のセシリアには何を言っても無駄だ」
「なんかすいません、神博士……」

「こんな風に極上のエサを与えられてる状態なんだからな」

 隼人の一言を聞くと千冬と鈴、敬介が溜息をつく。一也は不思議そうな顔をしている。きっとセシリアの妄想内容を半分も理解していないのだろう。

(一也さんって、意外とそういうところ鈍いんだなぁ……)

 他人が聞いたら「お前が言うな」と総ツッコミを受けそうな独白を内心呟く一夏だが、セシリアの妄想がエスカレートしそうだと判断した千冬により、この日は解散となった。

**********

 翌朝。IS学園1年1組の教室ではいつものように朝礼を終える。いつものように担任の千冬と副担任の真耶が一旦職員室に戻って教材を取ってくる。いつものようにクラス代表の一夏が号令して、いつものように粛々と授業が開始され……ない。
 生徒たちは落ち着きがない。時折隣や前後のクラスメートと話しており、いつもとは対照的にザワザワと騒がしい。普段ならば授業が始まると、情け容赦なく振り下ろされる担任の鉄拳を恐れ、私語を慎み割と静かにしているのだが、今回ばかりはいつもと違って全く私語が収まる気配がない。例外なのは一夏、箒、セシリア、シャルロット、ラウラ、本音くらいだ。鈴は2組なのでいないが、時折静かにするようにという声がこちらにも聞こえてくるので、2組も同じ状況なのだろう。簪のいる4組も同じかもしれない。
 見かねて制止しようとする一夏だが、先に千冬が机を出席簿で軽く叩いて……といっても、至近距離で拳銃を撃ったかのような轟音が教室中に響き渡ったが……生徒たちを無理矢理注目させる。先に堪忍袋の緒が切れたようだ。

「騒がしいぞ、お前たち。何かおかしなものでもあるのか?」

 すると事情を知らない生徒を代表し、鷹月静寐が口を開く。

「いえ、その……織斑先生は緊張しないんですか? 見学者の方が、こんなにも集まられていて」
「見学者などいつものことだろうが。もっとうまい言い訳を考えろ」
「ですが先生、見学者が全員男というのは例を見ないというか……」

 静寐はそのまま教室の後ろを見る。
 教室の後ろには見学者用の名札を首にぶら下げた敬介、茂、洋、勘次、良が立っている。勘次は流石に鎧兜を最初から脱いでいる。

「だからどうした。別に見られても不都合はないだろうが。それより、お前たちに一つ教えておくことがある。入って下さい」

 千冬がバッサリと斬り捨てると、ドアの外に声をかける。するとスーツを着た一也とカメラを首からぶら下げた隼人が入ってくる。生徒たちが再び騒がしくなる中、そこで妄想を開始したセシリアにチョークを投げつけて意識を軽く飛ばし、強制的に中断させた千冬は口を開く。

「こちらは『国際宇宙開発研究所』の沖一也博士だ。惑星開発用改造人間『スーパー1』と言えば、お前たちにも分かるだろう。本日午後より講演して頂くことになるが、博士たっての希望でこのクラスを見学することになった。いいか、くれぐれも失礼や粗相のないように気をつけろ」
「ご紹介に預かりました、国際宇宙開発研究所の沖一也です。今日一日、よろしくお願いします」

 一也が深々と一礼すると、再び教室が騒がしくなる。一也、というよりスーパー1は、唯一大々的に公開されている改造人間だ。しかもISの誕生とは深い関係がある。そのためISに関わる人間で、スーパー1の名を知らぬ者などいない。一夏も教本にスーパー1の名前が載っているのを初めて見た時は、約束してくれた仮面ライダーが世界的に有名な存在なのだと痛感したものだ。それに授業でも時折スーパー1の名前は千冬の口から出ている。そのスーパー1が目の前にいるのだから驚かないはずかない。

「それと、こちらは山田先生の取材をすることになった、フリーカメラマンの一文字隼人さんだ。まあ、変なことを聞かれても適当にあしらっておけ」 
「俺だけぞんざいな扱いなんだな……一文字隼人です、今日はお世話になりま……」
「しかし、ずいぶんと派手に壊してくれたな。これだけの被害で済んだだけ幸いと……」
「結城! 今は授業中だぞ!」

 隼人が自己紹介をしている途中でドアが開き、道具箱を持った丈二とそれを止めようとする志郎の姿が目に入って来る。
 教室内に、とても気まずい沈黙が流れる。

「あ……失礼しました!」

 ようやく自身のミスに気付いた丈二が慌てて退室するが、しばらく沈黙が続く。

(今日は厄日になるかもしれないな……)

 一夏は内心溜息をつく。
 今日はここにいる面子に加えてアマゾンが立花藤兵衛と一緒に1年2組に、南光太郎が4組にいるし一日用務員として猛と和也も丈二と志郎と共に轡木十蔵の手伝いをすることになっている。
 いつもの平穏とは程遠い一夏の長い一日は、こうして始まった。



[32627] 第二十四話 静かならざる日
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:24
 早朝。IS学園敷地内にある柔剣道場で二つの影が対峙していた。どちらも空手着に似た服を着て帯をきっちりと締めている。影の一つは精悍さを漂わせる男、もう一つは高校生くらいの年頃の少年だ。
 男と少年は構えたまま睨み合っている。どちらも右腕を前に出し、平手の形だ。しばらく睨み合いが続いていたが、やがて少年の方が踏み込んで右足で上段回し蹴りを放つ。男は突き出した左腕で弾くが、少年は続けて両腕で突き、掌打、手刀を立て続けに放つ。男は最低限の動きで、皮一枚の距離で回避しつつ手で弾き続ける。少年の攻めが単調になると、男の左手が少年の右手を外に払う。同時に右腕を正拳にして突き出すが、少年は咄嗟に腕を戻してガードする。
 今度は男が攻めに転じる。最初はガードやバーリングで凌いでいた少年だが、次第にガードが拳で弾かれ、バーリングも追いつかなくなる。男が蹴りまで交えてくると対応できず、少年は足払いで仰向けに倒される。倒れたところに男が顔面めがけて右正拳突きを放つが、当たる直前で止められる。男は少年を助け起こすと、口を開く。

「これほどの腕前とは思わなかったよ、一夏君。篠ノ之流の『零拍子』まで会得していたなんて」
「いえ、それほどでも。けど、どうして零拍子で仕掛けたのに捌けたんですか?」
「篠ノ之流も赤心少林拳も、呼吸を重視し、極意とすることには変わらない。君の呼吸を読んで、零拍子をしかけてくるタイミングに合わせた。それだけのことさ」
「そんなことが出来るなんて……」
「君も修練を怠らなければ、出来る。己の呼吸を知り、己の意志で呼吸をコントロールし、大気と一体となる境地に達すれば、自然と相手の呼吸も読めてくる。呼吸を読み、拍子の隙間にこちらの拍子を割り込ませ、出鼻を挫いて機先を制する。それこそが零拍子の真髄なんだ」

 男こと一也は一夏に笑いながら解説する。
 怪我が治った日から一夏は猛たちから、毎日朝と放課後に特訓を受けている。自身の実力不足は痛感していたし、戦い方や技術を参考にしたいという目的もあった。
 課題となったのが見切りや先読み精度の向上、シールドバリアに極力頼らない防御技術の習得だ。特に後者は燃費が最悪で、零落白夜がシールドエネルギーを削るので、シールドに頼り過ぎるのは危険な『白式』を扱う一夏には死活問題だ。そこで朝は今日のように生身で特訓を行い、放課後の特訓ではISを用いて鍛錬に明け暮れている。最初は志郎や猛とまともな攻防も出来なかった一夏だが、今では一也の攻撃を凌げるまでになっている。

「けど、どうして朝は素手での組手なんですか? 猛さん、武器を使うのも上手いのに」
「武器も素手も、基礎となる部分では変わらない。それに君の武器はどれも燃費が悪いし、素手でも戦えるようにしておけば万が一、という時にも対応できるだろう? 今日はここまでにしよう。掃除をしようか」

 一也の包拳礼に同じく包拳礼で返すと、柔剣道場の掃除を始める。
 今までみどりの許可を得た上で使用していたのだが、今回は一也が織斑千冬に無理を言って借りた。一夏も篠ノ之道場ではよく掃除をしていたし、異存はない。
 掃除を終えると一夏と一也は一礼し、道場から退室した。

**********

 未だ授業も朝礼も始まらぬ朝。IS学園の廊下を鈴が歩いている。秋も深まり、空気が冷えて肩を出したままだと少し肌寒いと感じるようになった鈴だが、一夏が歩いてくるのを見ると思考を中断する。

「おはよう、一夏」
「お疲れ、鈴」
「一夏、朝っぱらからどこ行ってたのよ?」
「一也さんから聞いてないのか? 特訓だよ、特訓。というか、また俺の部屋に無断で入ったのかよ!?」
「あんたの特訓に付き合ってあげようとしただけよ! 本郷さんも結城博士も解析で忙しかったのに、朝っぱらから特訓に付き合わせる訳にはいかないでしょ? あの人たちはアマゾンと同じで、平気な顔して無理するんだから」
「それで箒やセシリア、シャル、ラウラ、簪と一緒に部屋に乗り込んだら、もぬけの殻だった。違うか?」
「なんで分かったのよ?」
「俺がどれだけそんなことされてきたと思ってるんだよ……」

 いつものように雑談をしながら鈴と一夏は並んで職員室まで歩いていく。
 クラス代表などと大層な名前はついているが、要は学級委員と変わらない。職員室から配布予定のプリントを取って朝礼前に配ったり、ホワイトボードを見て予定を確認し、授業変更がないか確かめるのも仕事の内だ。

(また、貧乏くじ引かされたって感じね……自業自得だけど)

 最初はクラス代表の仕事もろくに知らず、一夏がクラス代表になったというだけで2組のクラス代表の座を強奪しようと鼻息も荒く『交渉』しに行った鈴だが、拍子抜けと言っていい結果だった。
 クラス代表の座が欲しいと鈴が切り出すや、クラス代表だった生徒は一瞬ポカンとした。そこまでは予測出来たのだが、続けて本当にクラス代表の座が欲しいのか、と何遍も念を押してきた。若干引きながらも頷くと、その生徒はとてもイイ笑顔で快諾し、しまいには2組の生徒が寄ってたかって英雄だ何だと鈴を囃したてる大騒ぎとなった。
 後で聞いたところによると、2組と3組とではクラス代表を誰もやりたがらず、1組と違った意味で代表選びに難航したらしい。1組と4組には国家代表候補生がいる。それに対して2組と3組にはいない。対抗戦で勝ち目などある筈もない。噛ませ犬となることは明らかな貧乏くじなど、誰も引きたくはないだろう。だがそんな2組に中国の国家代表候補生、しかも専用機持ちが転入してくることになった。専用機持ちならば優勝し、副賞をゲット出来るかもしれない。そこでどうにかして鈴をクラス代表に出来ないかを思案していた所に、鈴が自分からやってきた、といういきさつらしい。思えば、最初の反応の時点で気付くべきだったのかもしれない。
 いつもこんな感じだった。学校でも国家代表候補生になった後も、考えるより先に行動するクセが裏目に出て、貧乏くじを引かされてきた。だが、引き受けた以上は投げ出す気はない。クラスメイトも協力的なので、大抵グダグダになる一夏とは対照的に仕事は手早く済ませられるし、一夏と一緒にいれるだけで良しとしよう。

「あれ? 珍しいな。こんな時間にどうしたんだ?」
「うん、たまには一緒にどうかなと思って……」

 だがそ途中で合流してきた4組クラス代表の簪により台無しとなる。密かに火花を散らす鈴と簪だが、すぐに職員室が目に入ったので中断する。この中には最大の敵がいる。下手をしたらまとめて殴られかねない。

「よ、一夏君、鈴ちゃん、簪ちゃん」
「一文字さん、どうしたんですか?」

 ドアを開けると職員室の中に隼人が立っている。

「なにって、真耶ちゃんの取材さ。さっさと仕事を済ませた方がいいんじゃないか?」

 隼人の視線の先には、スーツを着た一也が職員の前に立って千冬から紹介を受けている。ホワイトボードを見ると午後の授業は一也の講演に変更となっている。話を聞いている限り、ISの成り立ちを知る意味でも、宇宙開発の最前線に携わっている人の肉声を聞くのも重要、という教頭の肝煎りで一也の講演が実現したようだ。
 長居しても邪魔になるので、鈴たちはさっさとプリントを取って退室した。

**********

 1年4組の教室では1時間目の授業が開始されている。未だに1年1組から聞こえてくるらしき喧騒が耳に入ってくるが、4組は簪の努力の甲斐あってようやく沈静化したところだ。だが生徒の大半、さらには授業をしている教師も教室の後ろで見学している光太郎が気になるのか、しきりに視線を光太郎に向けてくる。

(やっぱり、気になるよな。女しかいないIS学園に男がいたら)

 光太郎は内心苦笑しながらも授業内容に耳を傾ける。ISの構造に関することのようだ。
 今まで亡国機業のIS相手に戦い続けてきた光太郎だが、ISについては素人だ。構造やメカニズムは勿論、国家代表の名前など織斑千冬しか知らなかったくらいだし、代表候補生に至っては簪と知り合うまで存在くらいしか知らなかった。聞いた所によると、一夏も最初は光太郎と似たり寄ったりだったらしいので、ISに関係ない男にとってはそれくらいが普通なのかもしれない。一夏の場合は少々特殊だが。

(けど、IS学園って言っても、普通の女子高とそんなに変わらないんだな……生徒の雰囲気とかは、むしろ男子校に近い気がするけど)

 秋月杏子が朝霧女子高校に通っていたことや、朝霧女子高校で『ゴルゴム』絡みの事件がありって侵入したこともあるので何となくだが、女子高の雰囲気というものは分かる。IS学園の雰囲気はそれと同じだ。よく考えれば当然なのかもしれない。いくらISを扱うと言ってもごく普通の少女たちだ。時代が変わろうともそうした点は変わらないのだろう。もっとも、生徒間の雰囲気はどこか男子校、それも体育会系のそれに近い気もするが。
 同時に光太郎は、万が一IS保有国同士で武力衝突が起こった場合について思案する。この学園には各国からIS操縦者となるべく集められた少女たちがいる。彼女たちの中には国を越え、友情を育む者が少なからずいる。だが、万が一の時は彼女たちには割り切って、友人たちに向けて引き金を引けるのだろうか。軍属である以上、覚悟しているのかもしれないが、自分の経験から言って、簡単に割り切れるものではないだろう。ここで見ている限り彼女たちはごく普通の少女なのだから。
 そこまで考えていた光太郎だが、流石に視線が気になるので中断する。簪が教師からの指名に応え、模範的な回答をしている。同時にチャイムが鳴ると、授業が終わる。
 教室から出ようとする光太郎の下に、簪が歩いてくる。

「ごめんなさい、光太郎さん。私の力が足りなかったばっかりに……」
「いや、気にしてなんかいないよ。これくらいが当然の反応なんだから」

 簪と光太郎が話していると、他の生徒も続々と光太郎の下に集まってくる。

「簪さん、この方と知り合いなの?」
「う、うん、そうだけど……」
「最初からそう言ってよ! 織斑君に勝るとも劣らないイケメン、むしろハンサムとお知り合いだなんて」
「あの、南さんはどうして学園に? もしかして、簪さんと……」
「ちょっと待って。私、この人が朝早く、織斑君と柔剣道場から出てきたのを見たことがあるわ。もしかして、織斑君と……!」
「じゃあ織斑君があんなに鈍感だったのって、もう心に決めている人がいたから!?」
「いや、俺も一夏君も、男なんだけど……」
「そんな関係だったなんて……けど、それはそれで結構ありかも」
「どちらが攻めなんですか!? やっぱりここは、年上の南さんがリードする形なんですか!?」

(こういう所も、やっぱり時代は関係ないんだな……)

 光太郎は内心嘆息しながら、次の授業が始まるまで誤解を解くことに専念する羽目になった。

**********

 本郷猛は一日用務員である。原因は束がIS学園を襲撃し、施設が少なからず破壊されたことにある。その時に迎撃に参加していながら被害を食い止められなかったことへの責任や、自ら申し出た丈二に付き合う形で未だ修繕が完了していない部分の修復をし、轡木十蔵の仕事も手伝っている。一応大規模な部分は業者がやるが、自力でどうにか出来そうな部分や、細かい部分は経費節約と暇つぶしも兼ねて十蔵が手掛けている。
 猛は十蔵と共に廊下の蛍光灯を取り替えている。志郎、丈二、それに和也は別の場所の修繕に向かっている。
 今は2時間目らしく、廊下は静かだ。脚立を使い猛が蛍光灯を取り替えると、十蔵が口を開く。

「お手数をおかけします。気遣いなど無用でしたのに」
「いえ、私にも責任がありますので。私が壊してしまった部分もあります」

 互いの正体は承知している。そして、その過去も。だが二人はほとんど触れない。どちらが先に言いだしたという訳でもなく、暗黙の了解というものだ。

「本郷さん、織斑一夏君の様子を見なにいかなくてよいのですか?」
「一夏君なら、心配いりませんよ。ここ一週間、一緒でしたので」

 猛が莞爾と笑うと十蔵も柔和な笑みを浮かべる。脚立から降りて別の蛍光灯を取り替えようとした時、十蔵がふと呟く。

「本郷さん、あなたは後悔していませんか?」
「複雑、ですね」
「そうですか……」
「轡木さん、あなたはIS学園を創り上げたことを、後悔しているのですか?」
「少し、ですが」

 十蔵は柔和な表情を崩さずに答える。

「本郷さんもご存じの通り、ISは怪人と同じです。力を容赦なく振るえば核に匹敵する悲劇を生みだす。だからこそ扱う者の心までは兵器としてはならない、命令のままに殺戮を繰り返すマシンであってはならない。そう思い、IS学園設立を提言しました。操縦者から国や軍規というしがらみを一度取り払い、兵士としてではなく、まず一人の人間として育てようとして。ですが、上手くはいかないのが実情です。自由の意味を履き違え、自らの力を恃み、傲慢な振る舞いをする者が少なくありません」
「しかし、当然なのかもしれません。我々男はISに怪人の影を見て、恐れ、そして屈しました。ISを兵器として大々的に導入してしまったのも、我々大人の男がろくに検証もせず、配備を決めたことにあります。彼女たちは、本能的に気付いているのかもしれません。ISへの恐怖に屈してしまった男が、ビクトル・ハーリン博士の言う『ISシンドローム』に罹っていることに。そんな腑抜けが、歳端もいかぬ少女たちを戦場に立たせるための教育をさせていいのか。そう思う時はあります」

 十蔵は言葉を切る。十蔵もまた自衛官時代にゴルゴムとの戦いで実弟と義弟を喪い、未だにトラウマとして残っている。故に怪人にも対抗し得る力として、ISの導入には積極的な立場を取っていた。それだけにIS導入がきっかけとなった男女の関係悪化や、万が一の時には少女たちを最前線に立たせることになることなど、現状に一番忸怩たる思いを抱いているのだろう。

「しかし、同時に織斑一夏のように、あなた方の魂を継ごうとしている者に守れる力と、その意味を教えることが出来ること、それを継承していく場を作れたことについては、誇らしく思うこともあります」
「ええ。一夏君のような子がいる限り、私やあなたの精神は受け継がれていくと思います。我々の肉体はいつかは朽ち果てますが、精神は受け継ぐ者がいる限り、滅びませんから」

 本郷猛は改造人間である。未だに肉体は若々しい。子孫を残せるかも怪しいし、まともな老化も期待できないが、いつかは寿命がやってくる。IS操縦者は誰かを守るために戦えるし、血やそれ以外の方法で次の世代に伝えることが出来る。一夏たちが猛から何かを学び取り、次の世代に伝えてくれるのであれば、後悔などない。
 古い蛍光灯を全て取り替え終え、新しい蛍光灯が明るく輝いたのを確認すると、チャイムが鳴る。猛と十蔵は次の仕事場へと向かうのであった。
 
**********

 一也と隼人は柔剣道場に来ている。1年1組と1年2組合同の近接戦闘訓練があるからだ。一般見学者扱いの敬介、アマゾン、洋、良、勘次、藤兵衛はプログラムの都合でこちらにいない。光太郎も楯無のクラスを回っているので、別行動だ。
 生徒の服装はバラバラで、一夏と箒は胴着、鈴は拳法着、セシリアとシャルロットはスポーツウェア、ラウラに至ってはタンクトップに軍服のズボンだ。ただ全員オープンフィンガーグローブを両手に嵌めていることと、裸足であることは共通している。一番前には胴着姿の千冬とスポーツウェアを着た真耶が立っている。

「聞いての通り、今日から本格的な近接格闘戦訓練に入る。織斑、訓練の目的はなにか答えてみろ」
「えっと、近接戦闘における柔軟かつ効率的な身体の動かし方を習得するため、です」
「その通りだ。だから自分は射撃戦中心だからなのに、などと不満に思うなよ。万が一接近された場合、いかに敵の攻撃をやり過ごし、間合いを開けるかに関わってくるのだからな。織斑すら分かっていることを、お前たちが分からないとは思わんが」
「さりげなく俺、けなされてる気が……いえ、なんでもありません」

 不満げに呟く一夏を千冬が一睨みで黙らせ、ストレッチを始めさせるが、一つ問題が発生する。

「一夏、私と組め。昔よりも固くなっているだろう。私が矯正してやる」
「いいえ、ここは私が。乱暴な方にされたのでは、逆効果ですわ」
「あんただって人のこと言えないでしょ。ほら、一夏、さっさと座りなさい。まずは体前屈よ」
「一夏、早く押してよ。一人じゃストレッチの効果薄いからさ。出来れば、身体全体で押して欲しいな?」
「そうはいかん。一夏、まずは座れ。嫁の身体を、みだりに触らせる訳にはいかないからな」
「ちょっとずるい! たまには私も織斑君にストレッチして欲しい!」
「織斑君、私と組もう? こう見えて私、昔は新体操やってたんだよ?」
「そんなこと言ったら、私なんて現役の新体操部員なんだから! ストレッチとか、するのもされるのも得意だよ!」
「じゃ、じゃあ、ここは間を取って織斑君は私が……」
「山田先生は駄目です! その胸を押しつけて誘惑しようって肚なんでしょうけど、そうはいきませんよ!」
「いい加減にしろ、お前たち! 全員グラウンド十周させるぞ!」

 誰が一夏と組むかで揉めているのだ。一夏も困惑している。千冬の制止も虚しく騒ぎは大きくなるばかりだ。ストレッチするには当然身体を触れ合うことになる。またとないチャンスということなのだろう。一夏がいかにもてるかの証拠だが、本人は全く自覚していないのだから質が悪い。

「あの、私が彼と組みましょうか?」

 見かねた一也が提案すると、流石に騒ぎは収まる。

「お気遣い感謝します、沖博士。私が織斑と組みますので」

 千冬の答えにブーイングが起こりかけるが、睨みつけて沈黙させるとようやくストレッチが開始される。

「痛い痛い痛い! 織斑先生、本当に限界ですって!」
「馬鹿者。私なら自力でいける。お前の鍛錬がまだ不足しているだけだ」

 千冬の情け容赦のない押し方に一夏が悲鳴を上げる場面もあったが、無事にストレッチは終了する。今度は訓練で誰と組むかで揉めるかと思ったが、千冬により有無を言わさず一夏は箒と組まされることになった。
 訓練は二人一組での組手だ。スペースの関係で3グループほどに分かれて行い、時間を決めて1グループ毎に交代し、残りの2グループは観戦という形となる。一也と隼人は生徒達と共に離れて観戦している。隼人は取材として時折真耶と話している。余計なことを言うたびに黙って千冬が蹴りを入れているが。すると一夏と箒が一也のそばに来る。

「どうしたんだい?」
「いえ、一也さんの話も聞いてみたいって、箒が言うので」
「やはり武の先達として、お話を聞きたいと思っていましたので」
「授業中なのに、大丈夫かい?」
「織斑先生は博士の話を一度聞いておけ、と」

 一也が周囲を見渡してみると、周囲の生徒が聞き耳を立てている。

「話してやれよ、一也。どうせ暇だろ?」
「分かりました。なら、セシリアさんと鈴さんに注目してくれないか?」

 隼人のとりなしもあり、一也は組手をしているセシリアと鈴に視線を送る。

「一夏君、どう思う?」
「どうって……?」
「二人が使っている流派とか、二人が次にどんな手を使うかとか、最終的にどちらが勝つか、とか分かるかい?」
「いえ。一也さんは分かるんですか?」
「まあね。セシリアさんはボクシングがベースに、鈴さんは中国拳法、恐らく北派少林拳がベースになっているね。次にセシリアさんは勝負を掛けてくるだろうけど、鈴さんはもうクセを読んでるから、足を掛けて……」
「取った!」

 すると鈴は前に出てきたセシリアの足を払って仰向けに倒すと、顔面に肘を落とす直前で止め、助け起こす。

「今度は、こうはいきませんわ!」
「何度やっても同じよ。足元が御留守なのよ」
「本当だ。箒、お前は分かったか?」
「流派と次の手くらいはな。だが勝ち方までは……」
「俺はどっちも分かんなかったんだけど……」
「こればかりは多く試合を見ないと分からないさ。試合を見る時は動きだけじゃなくて、視線や呼吸、リズムの取り方、攻撃や防御のタイミングに注目した方がいい。さらに言えば、自分ならどうするかということも考えればより上達に繋がる。自分が試合をしている時は中々気付けないものだけど、他人を客観的に見れば、見えてくるものも大きいからね」
「だから見稽古も重要なのだ。分かったら、これから毎日剣道場に来い。私たちがたっぷりと見本を見せてやる」
「ちゃっかり勧誘すんなよ。じゃあ箒、シャルとラウラは?」
「うむ、シャルロットはサバット、ラウラはシステマに古武術が多少混じっているな。この調子ではシャルロットが勝つだろうが」
「そうか? 俺が見た限り、シャルはタックルで倒されそうなんだけど」
「なぜ、そう思う?」
「いや、いつもより重心が浮いている気がするっていうか。いつもなら多分切れるんだろうけど」

 直後に蹴りに合わせて入ったラウラのタックルを切れず、シャルロットは仰向けに倒される。

「ここは一夏君が正しかったね。どうして分かったんだい?」
「シャルの動きはいつも見ていますし、一也さんに言われたことに注目して見れば、違いくらい……なんで睨むんだよ?」
「いや、そんなことが分かるくらい、シャルロットを見続けてきたのか、と思ってな。この変態が」
「そんなんじゃないって!」

 そこで最初のグループが終わり、次のグループが入る。一夏は最後だ。こちらに来た4人と箒の間で熾烈な一夏の隣争奪戦が開始され、纏めて千冬に殴られるというハプニングこそあったものの、一也は相変わらず一夏に解説を続ける。一夏も徐々にだが予想が当たるようになってきた所で、一夏達のたちとなる。

(箒さんは篠ノ之流に古流柔術、一夏君も篠ノ之流か。経験やブランクも考えれば、箒さんに分があるな)

 構えている一夏と箒を見ながら内心一也は呟く。同時に一夏と箒が動き出し、一夏は右手で箒を掴もうとするが、逆に箒はその腕を取ろうとする。即座に腕を引いた一夏と箒は蹴りを交え、両腕で貫手や正拳、掌底で打ち合うものの、箒が一夏の襟を掴んで背負い投げで投げ飛ばす。

「どうした! この程度ではないだろう!」
「当たり前だ!」

 再び立ち上がった一夏だが、箒の方が1枚上手らしく、攻めを悉くいなされて逆に叩き伏せられる。

「今日の篠ノ之さん、少し機嫌悪くない?」
「織斑君、ちょっと可哀想」
「けど、仕方ないと言えば仕方ないのかな」

 そんな声が他の生徒から上がる中、一夏はまたしても投げ飛ばされて畳に背を預ける。

「一夏! 男のクセに情けないとは思わないのか!?」
「そう騒ぐなって……けど、どうせ負けるならやってみたいことがあってさ」

 すると一夏は立ち上がり、構える。ただし今度はそれまでとは異なり右手を平手にして前に出し、左腕を腰に引く構えだ。その構えがなんであるかを一也はよく知っている。

「まさか、赤心少林拳を使うつもりなのか?」
「馬鹿にしているのか? 一夏。そんな付け焼刃でやろうなどと」

 同時に箒の顔が明らかに不機嫌になる。当然だ。ろくに会得もしていない付け焼刃の技で戦おうなど、侮辱もいいところだ。

「まあいい。ならばその性根、叩き直してやる!」

 箒は踏み込んで鳩尾めがけて貫手を放つ。その踏み込みの早さたるや、見ていた生徒にはいつ一歩目を踏み出したか分からない程だ。そのまま貫手が一夏に直撃するかに思えた。

「なっ!?」

 しかし一夏がタイミング良く右手で貫手を外に払って逸らす。箒は怯まずに続け様に両手で突きを繰り出すが、一夏はそれらを両腕を箒の腕の内側に割り込ませ、時に払って逸らし、時に弾いて防ぎ、時に外へと受け流して箒に胴体を捉えさせない。箒は蹴りも混ぜて攻めるが、一夏は足をも割り込ませて箒の猛攻を防ぎ続ける。
 いつもと違う様子にざわつく周囲を余所に、一夏は集中しているのか一言も話さず、箒の攻撃を捌き続けている。

「あれは、村雨さんが見せた……」
「『梅花の型』に似ている、って言いたいのかい? ラウラさん」

 ラウラが頷くと、一也は言葉を続ける。

「間違いじゃない。赤心少林拳の防御の極意は内から外に気や拳を発し、攻撃を逸らすことにある。今、一夏君がやっているのがそれさ。これを極限まで追求したのが『梅花の型』なんだ」
「だが一也、いくら篠ノ之流と似ているからと言って、簡単に出来ることなのか?」
「普通は出来ません。俺も半年修行に明け暮れ、ようやく掴めたくらいですから。一夏君は俺と組手した時に理解し、実践しているのでしょう。相当の才がなければ、出来ない芸当です」
 
 直後に一夏は箒の右手を大きく外に払うと同時に右掌底で箒の顎を打ち抜き、ダウンさせる。どよめきすら起こる中で一夏が箒を助け起こすと同時に千冬が終了を宣言し、そのまま話し始める。

(間違いない、一夏君は箒さんの呼吸や拍子を読んだ上で『零拍子』を使った。箒さんの油断や不覚があったとはいえ、ここまでとは。血は争えない、ということなのか)

 内心一夏の才能に舌を巻いていた一也だが、箒が一夏に話しかけるのが目に入ると、思考を中断する。

「その、なんだ、腕を上げたな」
「いや、まぐれというか、一回こっきりの不意打ちみたいなもんだろ? 次からはこうはいかないだろうしな」
「わ、分かればいい。という訳で、次の時間の模擬戦は覚悟しておけよ! 最初から全力でいってやる!」
「そんな無茶苦茶な!?」
「一夏君の受難は続きそうだな……」

**********
  
 第三アリーナ。4時間目はISの実地訓練ということで藤兵衛らも一也と隼人と合流し、みどりと共にアリーナにいる。前の時間はみどりに連れられて施設を回っていたので、そのついでだ。いつもならば模擬戦ということで専用機持ちは張り切っていたが、今回は別の訓練を行うらしいので拍子抜けしているようだ。ただ、二人一組ということでやはり問題が発生した。

「一夏さん、ここは私と組むべきですわ! 二人の息をぴったりと合わせる必要があるのであれば、なおさら私と!」
「なに言ってんのよ! 一夏は私と組むに決まってるじゃない! そうでしょ!?」
「それじゃ一夏、頑張ろうね? 大丈夫、ちゃんと僕が一夏に合わせるから」
「騒がしいぞ! 私と組むのが一番いい。これでも軍人だからな、誰かと息を合わせることは、一番私が長けている」
「一夏! 早く始めるぞ! 機体的にも、私と組むのが最適だ」
「あら、お言葉ですが、国家代表候補生でもない貴女には、荷が重すぎるのではなくて? 大体あなたは、いつも一夏さんに暴力を……」
「そんなこと言ったら、ここにいる全員そうじゃないか……」

 千冬がこめかみを痙攣させているのを見て他の生徒が気が気でない中、アマゾンが近くに立つ敬介に話しかける。

「ケイスケ」
「どうした?」
「ずっと気になってたけど、コッカダイヒョウコウホセイってなんだ?」

 次の瞬間、アマゾンと良、ラウラ以外の面子が盛大にずっこける。

「ちょっとアマゾン! 今までそんなことも知らないで、私たちの話を聞いてたの!?」
「というより、テレビで見たことなどはありませんの!?」
「ない。ジャングルにテレビない。街でもラジオ聞いたり、マサヒコから話聞いたりするくらい」
「そうよね……アマゾンがテレビとか見たりなんか、しないわよね……」

 即座にツッコミを入れる鈴とセシリアだが、あっけらかんと答えるアマゾンに鈴は溜息をつき、セシリアは絶句する。

「けどアマゾン、私のこと、なんだと思ってたのよ?」
「普通のアイエス操縦者じゃないって思ってた。コッカダイヒョウコウホセイっていうのは、よく分からなかったけど、専用機持ってるのがそうだと思ってた。けど、専用機を持ってても、ホウキは違うんだろ? だから、聞きたくなった」
「私が説明しますわ。その名の通り、国家代表操縦者の候補となるエリートですわ。……国家代表操縦者くらいは、分かりますよね?」
「分かる。チフユみたいに、モンド・グロッソっていうのに出るんだろ? でも、息を合わせるのとなんの関係があるんだ?」
「それは、技術がある方が合わせやすいかと……」
「違うと思う。息合わせるなら技術より、一緒に戦った時間が長い方がいい。ホンゴウとイチモンジもそうだし、アクロバッターとコウタロウもそう。セシリアはイチカとどれくらい一緒だったんだ? ホウキやリンより長かったのか?」
「うっ……」
「鈴! 少しはアマゾンさんを躾けることは出来なかったのか!? セシリアが完全に意気消沈しているぞ!」
「無理に決まってるでしょ! 立花さんですらお手上げなのに、どうしろってのよ!?」

 アマゾンの悪気のない、しかし実に的確に心を抉る発言にセシリアは沈黙を余儀なくされる。箒はさりげなく暴言を吐くが、鈴が逆切れする。

「織斑、お前はオルコットと組んでおけ」

 千冬がこめかみを押さえながらそれだけ言う。プライドを粉砕されたセシリアを哀れに思ったのか、他の専用機持ちたちも異存はないようだ。しばらく一夏が慰めてセシリアがいつもの調子を取り戻したところで千冬が説明に入る。

「今回は『コンビネーション・ホイール』を行う。山田先生、説明を」
「はい。この訓練は2人1チームで行います。やり方はチームが円軌道を描くようにして飛行し、こちらからの合図で2人が同時に円の中央上空に向かうように瞬時加速で上昇、交差します」
「つまりお前たちは互いに僚機の尻を追いかけ、合図を出したら飛べばいい。猿でもわかるだろうが、今から実演してもらおう……ケイシー、サファイア、出番だ」
「待ってました!」

 千冬の一言と同時に専用機を装着したダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアが飛び出してくる。

「先生、あの二人って……?」
「『コンビネーション・ホイール』の実演に当たって私が呼んだ。『ホイール』はアメリカで連携訓練用に編み出されたものだからな」

 アリーナ上空ではダリルとフォルテが互いを追いかけるように円軌道で飛行し始める。最初はゆっくりと飛んでいた二人だが、次第に速度を上げていき、やがて超高速で円を描き始める。そして二人は中央めがけて瞬時加速で上昇し、空中ですれ違って位置が入れ替わる。

「と、まあ、このような感じだ」
「簡単ですわ! やりましょう、一夏さん!」
「簡単、ねえ……」

 自信満々にアリーナへと飛び立つセシリアを見て隼人が呟く。

「というより、『ライダー車輪』と同じだな」
「ライダー車輪?」
「敵と一緒に円軌道を描いて走り、スリップストリームを応用して加速、タイミングを合わせてまず自分達が跳躍して、一瞬敵が遅れて跳躍する。自分たちはギリギリですれ違えるが、敵はすれ違えずに激突、纏めて撃破する連携技だ」

 隼人の言葉に怪訝そうな顔をするシャルロットに藤兵衛が答える。

「セシリアちゃんの言う通り、理屈は簡単だ。だが、実際はそうはいかない。俺と本郷も、うまくいかなかったからな」
「お二人が、ですか?」
「ああ。理屈の上では易しい。だが……」

 隼人が何か言おうとするよりも早く、中央めがけて飛んだ一夏とセシリアはすれ違えずに空中で衝突し、弾き飛ばされて地面に落下する。

「痛ったあ……セシリア、大丈夫か?」
「ええ、ですが、タイミングを合わせた筈なのですが……」

 他のチームもまた空中で衝突するのを見届け、隼人が再び口を開く。

「少しでもタイミングがずれれば、空中ですれ違えず正面衝突だ。このタイミングは理屈じゃなくて、感覚を掴むしかない。シンプルだが、難しいのさ。村雨も俺の誘導がなきゃ出来なかっただろうしな」

 シャルロットとラウラ、箒と鈴も続けて『コンビネーション・ホイール』に挑むがやはり結果は同じだ。

「織斑先生は、どうしてこんなことを教えるんでしょうか? 本当なら2年生になってから教えるのに……」
「連中との戦いに備えて、なんだろうな。それとも、篠ノ之束と……」

 みどりの呟きに隼人が答える。
 空中で衝突する生徒たちを見ている千冬の目は、隼人からは窺えなかった。

**********

 IS学園の食堂。昼食時を迎え人だかりが出来ている中、光太郎と簪、楯無は同じテーブルに腰かけて昼食を取っている。一夏たちはまだ来ない。IS実習なのでその影響だろうか。その前に黛薫子が楯無のいるテーブルへとやって来る。

「あの、南光太郎さん、私は新聞部の黛薫子と言います。少し取材させていただいてもいいですか?」
「俺は構いませんけど……楯無さん、簪さん、どうする?」
「私たちはかまいませんよ?」
「流石たっちゃん。それじゃあ、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何か?」
「更識楯無さんとは、どのような関係なんですか?」
「どのような……なかなか難しいな……」

 光太郎はしばし思案する。実際光太郎と楯無、簪が知り合ったのは少々複雑な事情が絡んでいる。特に亡国機業絡みなので薫子に言うかどうか判断に困っている。そこで楯無が助け舟を出す。

「確かに難しいですね。私を散々弄んでポイ、したなんて言えませんよね」
「お姉ちゃん!?」
「それ、かなりのスキャンダルじゃない! 南さん、本当ですか!?」
「本当も本当よ。私は最初から簪ちゃんのおまけだったもの。だから光太郎さんは私を……」
「そんなこと言ってると、一夏君が本当に信じちゃうんじゃないかな?」

 相変わらず冗談交じりにそんなことを言う楯無に、苦笑しながらも光太郎は簪の背後を示す。
 そこには一夏と『イチカー軍団』が勢ぞろいしている。話を聞いていたのか一夏は光太郎に尋ねる。

「南さん、本当なんですか?」
「いや、冗談だからね?」
「どうかしら……一夏君の想像にお任せするわ」
「でも南さんって見た目もいいですし、実は楯無さんの方が好きなんだけど、南さんが気付けてないとか? 一也さんもそんな所がありますし」
「いや、君は人のことを言えた立場じゃないよ」

 一夏の自分を棚に上げる発言に、全員が一斉にツッコミを入れる。そこに茂、敬介、アマゾン、洋、良、藤兵衛、勘次がやってくる。

「それはないぞ、一夏」
「村雨さん、どういうことですか?」
「光太郎には、秋月杏子さんと白鳥玲子さんがいるからな」
「って、二股かけてるんですか!?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「どっちかと言うと、関係が進展してないって言った方がいいな」
「だったら早く決めてあげた方が……なんでみんなして俺を睨むんだよ!?」

 『イチカー軍団』に睨まれる一夏に苦笑し、藤兵衛らも椅子に腰かけるが、数人の女子生徒が藤兵衛に近寄る。

「あの、つかぬことをお聞き致しますが、オートレーサーの立花藤兵衛さん、ですよね? 現役時代は『小林レーシング』に所属していた」
「そうだけど……君たちは?」
「やっぱり本物よ! 最初からそう思ってた! みんな、本物の立花藤兵衛さんよ!」

 興奮した面持ちで女子生徒が大声を上げると、瞬く間に数十人の女子生徒がテーブル前に殺到して来る。

「な、なんなんだ君たちは!?」
「私たち、IS学園モトクロス部の者です! その、『攻めの立花』さんにぜひともサイン、駄目なら握手をさせて頂けないかと思いまして!」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
「いいじゃないですか、おやっさん。減るもんじゃありませんし。この中から将来有望な選手が出るかもしれませんよ?」

 面食らう藤兵衛を茂が取りなす。

「と、いう訳でみんな順番に並んだ並んだ! 早い者勝ちじゃないから、順番にサイン貰ってくれ」
「茂! まったく……何か書く物はないかい?」
「ありがとうございます! こちらにマジックがあるので!」
「それで、何に書けばいいんだい?」
「でしたら、このノートに!」
「分かった……はい、これでいいかい?」
「ありがとうございます! 一生の宝物にします!」

 藤兵衛はモトクロス部相手に即興でサイン会を開く。中には感激のあまり泣き出したり、写真を撮ったりと大騒ぎになり、藤兵衛は一旦立ちあがってテーブルから離れる。

「立花さん、実はすごい人でしたのね」
「すごいも何も、現役時代は世界的に有名な、伝説的なレーサーだったのさ。レーサーにとっては千冬さんみたいなものさ」
「それにコーチとしても評判いいって、聞いたことある」
「そうなんだ……アマゾン、代表候補生については知らないのに、なんでそんなことは知ってんのよ? ISのことは、どうでもいいって訳?」
「あんま言わんほうがええ。セシリアちゃん、また落ち込んどるで」
「気にしない方がいいよ、セシリア。ほら、アマゾンさんは立花さんと一緒だったし、その関係で知っていただけなんだよ」

 セシリアをフォローするシャルロットだが、薫子が追い討ちをかけるように敬介に質問する。

「神さん、オルコットさんとは親しいようなんですけど、どのようなご関係で?」
「彼女の祖父にあたるジョナサン・オルコット卿と俺の親父が、彼女の両親と俺が友人同士で。その縁です」
「3代続いてですか……ってことは、『極東の猿』発言って実はとんでもないことだったり?」
「猿?」
「いえね、初日に織斑君を極東の猿呼ばわりしたって話なんですよ」
「一夏君、それは本当かい?」
「あ、えっと、その……」
「……頭に血が上っていたとはいえ、敬介さんや神博士のみならず、父祖までも侮辱してしまい、大変申し訳なく思っています」

 言葉に詰まっている一夏に代わってセシリアがしゅんとして答える。事実のようだ。しかし敬介は穏やかに笑う。

「ジョナサン先生と同じことを言うなんてな……血は争えないってところか」
「祖父が、ですか?」
「ああ。最初は堂々と、親父を人前で極東の猿呼ばわりしたらしいんだ。そうしたら親父のヤツ、胸倉を掴んで『猿から進化したお前に猿呼ばわりされる筋合いはない!』って怒鳴って、殴り合いを始めたらしいんだ。それをきっかけに意気投合したって話だけど」
「神さんのお父さんも、結構過激というか。どんな人だったんですか?」
「頑固で、融通が利かなくて、気難しくて、不器用だったな」
「なんか千冬姉に似ているような……と立場的にも似ているというか」
「どういう意味だい?」
「俺の両親は失踪したらしくて、千冬姉に育てられてきたんです。村雨さんと同じ感じですね」
「そう言えば、村雨さんのお姉さんはどんな人なのですか?」
「千冬さんと同じでしっかりしていたけど、優しくて母親みたいな感じだったな。少し天然が入っていたけど」
「弟ですらこれだってのに、一体どれくらいボケてたんだ……」 
「ちょっと! 本郷猛さんに滝和也さんよ!」

 茂がぼやくと、今度は猛と和也もモトクロス部に取り囲まれる。すり抜けるように千冬、真耶、一也、隼人がテーブルにやってくる。同時に千冬が和也を見やる。

「一文字さん、あの人、本当にFBIなんですか?」
「ゲルショッカーとの戦いが終わるまで、表向き『村松レーシング』から立花レーシングクラブに移籍したレーサー、ってことになっているからな。実際レーサーとしても本郷共々グランプリを総舐めにしたくらいだ。レーサーの間じゃ、おやっさんには及ばずとも十分有名人さ」
「滝捜査官も本郷さんも、そんな特技があったなんて……」
「特技と言うか、副業と言うか。一夏君、隣いいかい?」
「織斑、座らせるな。そこは私が座る」
「流石ブラコン怪人、俺が何か吹き込むと思って警戒してやがるな……痛っ! 出席簿で殴んじゃねえよ!」
「なら俺が座るよ。それなら大丈夫だろう?」
「ええ、一文字さんよりはずっと」

 結局一也が一夏の隣に腰かけ、千冬、真耶、隼人は薫子と向かい合う形になる。

「けど皆さん、どんな経緯で知り合ったんですか?」
「偶然、だな」

 薫子が口にした疑問に茂が答える。

「たまたま出会う機会があって、共通点があって、意気投合した。そうとしか言いようがないな」
「それって、運命じゃないですか?」
「そうかしら? どんな出会いも、最初は偶然なんだと思うわ。どう捉えるかは人次第ね」

 楯無の一言に全員が頷く。楯無や簪が変われたのは一夏と出会い、自分が変わろうと思ったからだ。あるいは一夏達も猛達と出会えて、猛たちもまた誰かと出会えて変わったのかもしれない。
 遅れてやってきた志郎や丈二の助けもあり、解放された藤兵衛らもまたテーブルに戻ると、薫子の取材は昼休みが終わるギリギリまで続けられた。

**********

 講堂。いつもは全校集会に使われるこの建物で一也の講演が行われている。題目は『宇宙開発におけるIS~月面基地建設作業を中心に~』となっている。
 生徒は皆パイプ椅子に腰かけ、て壇に立つ一也の話を聞いている。千冬を含む教員陣も椅子に腰かけており、隼人はその後ろに立っている。流石に見学者は中に入れていない。講演は学園長による講演者の紹介を経て始まり、現在はISの成り立ちについて話が及んでいる。

「……ですので、ISの誕生には技術的にも、経緯的にも『スーパー1』の存在が契機となったと言えるでしょう。私個人としましても、国際宇宙開発研究所としても、ISこそが次世代の宇宙開発の中心となるものとみなしており、『マルチフォーム・スーツ』計画を次の段階へと進める大きな一歩として認識しておりました。将来的には……」

 実際に『白騎士』が開発された直後から、国際宇宙開発研究所では新たな宇宙開発の主力として期待されてきた。だからこそ『流星』の開発が進められていたのだが。

(あるいは、生身だからこそ、期待していたのかもしれないな)

「皆さんもご存じの通り、完成した『白騎士』は月面基地での建設作業に従事しました。そして一般的な宇宙飛行士が通常の宇宙服を着用した場合と比較し、16倍もの作業効率を発揮しました。これは技術的蓄積もまだなく、操縦者の織斑千冬先生が促成訓練のみを受けた状態、かつ初の船外作業という二重のハンデを背負っていたことを考慮すれば、驚異的な数値と言えるでしょう。もし彼女がそれなりに経験を積み、かつ『流星』を装着して作業した場合、倍率の桁が一つ増えるものと思われます」

 続けて一也は月面基地での作業について話し始める。時折一也は千冬の顔を見て話すが、千冬が月面基地で起こした問題行動の数々にはほとんど触れていない。流石にIS学園の教員、しかも『ブリュンヒルデ』がとんでもない問題児であったなど言えないだろう。当り障りのない内容で講演を締めると質疑応答に入る。すると手が一斉に挙がり始める。それを司会進行役のみどりが指名し、一也が答えていく。

「月面基地は、どれくらいで完成するんですか?」
「今後の作業の進捗状況にもよりますが、今年中には完成する見込みになっています」
「月面基地が完成したら、沖博士はどうするんですか?」
「当分は月面での調査や2つ目の基地建設に従事する予定ですが、将来的には火星探査にも赴くつもりです」
「月面基地に女の人っているんですか?」
「いないことはありませんが、まだまだ少数ですね。この学園とは逆に近い感じです」
「織斑先生が『ブリュンヒルデ』になったって聞いた時には驚きましたか?」
「ええ。その時私は月面基地にいましたが、しばらく月面基地がその話題で持ち切りになるくらいには」
「沖博士は、織斑先生の『嫁』なのですか?」
「織斑先生含め、三又かけているというのは本当ですか?」
「滝捜査官とはどのような駆け引きを……痛っ!」
「オルコットさん、ボーデヴィッヒさん、黛さん、そのような質問はしないで下さい。沖博士も答えなくていいので」

 ラウラ、薫子、セシリアに千冬とみどりが同時に出席簿を投げつけ、質問を強制的に中断させる。上手く三人を昏倒させた出席簿がブーメランの如く再び千冬の手元に戻ると、みどりは箒を指名する。箒は立ちあがってマイクを受け取ると、一瞬躊躇いの色を見せるものの口を開く。

「その……不躾なこととは存じていますが、元来宇宙開発を目的としたISが兵器として使われている現状について、どう思われますか?」

 質問を言い終わるとその場が静まり返る。誰もが疑問に思っていたが、敢えて口に出さなかった疑問だ。しかも口にしたのは開発者の実妹だ。一也としても答えにくいだろう。止めようとするみどりを手で制すと一也は再び口を開く。

「正直に言うと、複雑です。国際宇宙開発研究所の関係者に共通することですが、人類の夢のために創られたものが兵器として、時に人類の夢や希望、命を奪う存在として使われている現状には、忸怩たる思いがあります。宇宙開発が軍事目的で始められ、その成果が少なからず軍事利用されていることを考えれば、仕方ないのかもしれませんが」
「ですが、ISの力で人類の夢を守ることが出来るのも、また事実です。どのような兵器も使いようですし、ISには人間と同じように2本の腕がある。他の兵器より出来ることは沢山ある筈です。生体兵器でありながら、人類の夢のために創られた私、スーパー1と同じようなことがISにもきっと出来ると、私は考えています。皆さんにそうしろという気はありませんが、そんな考え方もあるのだと、頭の片隅に置いて貰えれば幸いです」

 一也の回答を聞くと箒は椅子に腰かける。千冬が隼人を見ると特に表情を変えていない。一也なら箒の質問にどのような答えを返すのか分かっていたようだ。最後に一夏が指名される。

「その、沖博士はどうして改造人間に?」
「人類の夢のため、ですかね」

 直後に隼人の表情が変わる。まるで一夏がとんでもない地雷を踏み抜いたとでも言いたげな表情だ。

「人類の夢のために、ですか?」
「ええ。宇宙開発は人類の長年に渡る夢です。現在、地球の総人口は70億を突破し、将来的には人口増加による弊害が非常に大きくなることが予想されます。そこで国際宇宙開発研究所は人類の新たな生活圏を宇宙に求め、最終的には『S-1星』の開拓と移住を目指し、先駆けとなる惑星開発用改造人間の製造に着手しました。私のコードネーム『スーパー1』とは、この『S-1星』を目指す者という意味で付けられたものでもあります。現在は第一段階の宇宙における橋頭保となる国際宇宙ステーションの建設は完了し、第二段階として生活圏の拡大のモデルケースとなる月面基地の建設が、間もなく完了しようとしています。その後は第三段階として月面基地での定住や長期滞在が……」

 一也は嬉々とした表情で、生き生きと話し始める。最初は特に何も思わなかった千冬だが、次第に一也が熱を帯びてくると同時に、千冬でも分からないような用語が出てくるようになると、なんとなく隼人の表情の意味を理解する。みどりも止めるべきかどうか悩んでいるが、一也は予定時間を超過しそうな勢いで話し続ける。というより、ついさっき予定時間を超過した。だが一也はまだまだ話している。とうとう火星の話にまで入ったようだ。

「それだけではなく、火星には地球上では採掘出来ない、あるいは採掘が著しく困難な物質が大量に埋蔵されているものと推測されています。これらを有効に活用出来るのであれば、月面で採掘出来る鉱物資源とともに有用なエネルギー資源として、エネルギー問題の解決に大いに役立つものと私は確信しております。そのためにも火星の有人探査や火星まで移動可能な手段を開発することが今後の課題となってきます。火星は月よりもずっと地球から距離がありますので、現行の手段では火星と地球間の往復は著しく困難ですし、補給の問題も付き纏います。そこで火星と地球を繋ぐ中継基地の建設も視野においているのが現状です。そのためにも月面基地施設の拡張も……」
「あの、沖博士、非常に申し上げにくいのですが、そろそろお時間が……」

 みどりの一言でようやく一也は我に返る。流石の一也も一夏たちが引いていることに気付いたようだ。

「あ、その……それが、改造手術を受けた理由です」

 一也がそれだけ答えると質疑応答は終わり、ようやく講演は終了となる。

「みどりさん、千冬さん、本当に申し訳ない! 貴重な時間を、このような形で潰してしまって……」
「いえ、別に沖さんが悪い訳では……」
「ですから、頭を上げて下さい。その、私たちも困るというか……」
「だ、そうだから、やめてやれ。見てるこっちがいたたまれないからな。千冬、お前は人のことを言えた立場じゃないからな。お前の弟自慢もこんな感じなんだぜ?」
「それは関係ありません! 山田先生も、この件に関しては他言しないように」
「やっぱり織斑君に知られたくは……すいません」

 生徒達が続々と講堂から出て行く中、演壇から降りるなり一也はみどりと千冬に駆け寄り、深々と頭を下げて謝罪する。みどりと千冬は困惑するも、隼人のとりなしもあって一也は頭を上げる。からかおうとする真耶を軽く睨んで黙らせると、一也が口を開く。

「箒さんなんだが、君と似ているね」
「私と、ですか?」
「ああ。彼女を見ていると、なんだか、昔の君を思い出してね」

 一也の視線の先では箒が一夏にツンツンとした態度を取っている。それが箒の弱さの裏返しだと気付いているのだろう。

「一夏君も、無意識の内に気付いているのかもしれないね。君と箒さんの共通点にも」
「そうですね。だから、一夏は守ることに拘るのかもしれません」

 一也と千冬はしばらく一夏と箒を眺めていたが、やがてSHRを行うべく講堂を後にした。

**********

 IS学園敷地内にある第五アリーナ内で、二つの影が激しく斬り結ぶ。片方は『白式』を装着した一夏、もう片方は銀色の『カイゾーグ』の姿となった敬介だ。敬介は右手の『ライドル』を『ライドルホイップ』に変形させ、軽やかな連続突きを放つが、一夏は雪片弐型の柄や鎬、鍔で突きを逸らし、半身で回避して全て凌ぎきる。逆に小手打ちから逆袈裟斬りを放って足懸かりとし、一気呵成に反撃に出る。敬介はライドルホイップで一夏の斬撃を受け流し、ライドルのスイッチを入れる。

「ライドルスティック!」

 ライドルがライドルスティックへと変形し、斬撃を弾くと今度は一夏を突いて姿勢を崩し、ライドルスティックを振るって追撃する。雪片弐型で辛うじて防ぐ一夏だが、敬介が横薙ぎに払おうとライドルを手元に引き寄せた瞬間、スラスターを噴射して急上昇する。

「ロングポール!」

 しかし敬介は地面にライドルを突き立て、スイッチを操作してロングポールにすると棒高跳びの要領で飛び上がり、一夏の目の前に急接近する。咄嗟に左腕の『雪羅』から荷電粒子砲を発射しようとする一夏だが、敬介も蹴りを放つ体勢に入る。

「Xキック!」

 一夏は荷電粒子砲を撃つと同時に後方めがけてスラスターを噴射し、蹴りの勢いを削ぐものの大きく吹き飛ばされる。敬介もまた荷電粒子砲の直撃を受け、爆風に包まれて姿を消す。

「ライドルロープ!」

 だが爆風の中でライドルをライドルロープに変形させた敬介は、ライドルロープを一夏の左腕に巻き付けて拘束すると、脚部のエアジェットを噴射して一夏に接近する。一夏は雪片弐型でライドルロープを斬ろうとするが、見た目以上に頑強なライドルロープを斬れず、悪戦苦闘する。敬介はスイッチを操作してライドルスティックに変形させ、エアジェットで上昇して一夏の上を取るとライドルの端を持つ。一夏も負けじと瞬時加速を使いながら雪片弐型を変形させ、零落白夜による渾身の一撃を放とうと柄を握る。

「うおおおおお!」
「ライドル脳天割り!」

 斬り上げられたエネルギー刃と振り下ろされた電磁波を帯びたライドルは拮抗し、敬介は大きく上に弾き飛ばされ、一夏はアリーナの地面に叩きつけられる。一夏が立ち上がる前に敬介はライドルスティックで大車輪を決めて方向転換し、落下しながらライドルをライドルホイップに戻す。そして体勢を立て直しきれない一夏の目の前に着地し、ライドルホイップで雪片弐型を跳ね上げ、首元にライドルホイップの切先を突き付ける。

「そこまで!」

 同時にアリーナ内に志郎の声が響き渡ると敬介はライドルを引いてベルトに戻し、一夏も雪片弐型を回収して量子化する。志郎がアリーナ内に入ってくると敬介は変身を解除し、一夏は展開を解除して『白式』を待機形態に戻す。

「見切りの精度も上がってきているし、シールドエネルギーの減り方も緩やかになっている。粗い部分はあるが、だいぶ腕を上げたね、一夏君」
「いえ、俺なんてまだまだですよ。神さんもありがとうございます」
「気にしなくていい。IS相手に戦えるいい機会だし、互いに有意義な特訓だ」

 敬介は笑って首を振る。
 一夏の放課後の特訓はアリーナの一つを借りて行い、敬介が来てからは志郎と丈二の監督の下、主に敬介が相手役を担当している。敬介は剣戟戦を得意とするので、一夏も参考になるだろうとの志郎の判断からだ。同じ理由で光太郎も学園に来てからは、敬介と交代で一夏の相手をしている。

「しかし、風見先輩から聞いていたけど、君の飲み込みの早さには驚いたよ。正直、あのキックを凌がれるとは思わなかった」
「そんなことないですよ。結局ライドルロープには対応出来ませんでしたし」

 最初は敬介とまともに打ち合う事すら出来なかった一夏だが、今では敬介でも容易に切り崩せないくらいに防御が堅くなってきたし、時に一太刀入れてくるなど攻守ともに巧みになってきている。特に一度突いた弱点は、次に対峙した時にはきちんと克服している。丈二もまたアリーナ内に入って来ると口を開く。

「ただ、一度興奮状態になると覚えたことも忘れ、突っ込んでいくクセはまだ抜けきっていないな。最初に比べればだいぶ改善されたとはいえ」
「そればかりは経験を積むしかない。覚えた技術を無意識で出来るようになるには相当な修練が必要だ。追い込まれても冷静さを保つのにも、かなり場数を踏む必要がある。流石に後者は難しいから、今はひたすら鍛錬をするしかないな」
「それじゃあ、少し休もうか。休むのもまた訓練の内だ」

 敬介が言うと4人は一度建物の中に入って椅子に腰かけ、コーヒーを飲み始める。

「一夏君、部活動はいいのかい?」
「俺は生徒会ですし、生徒会の方も、佐原先生が特訓を優先していいと言ってくれたので」
「けど、セシリアたちに教えなくてよかったのかい? 言ったら手伝ってくれたんじゃないか?」
「多分無理ですよ。明日は『無差別バトルロイヤルトーナメント』がありますし、一応メールで頼んでみたんですけど、返事は来てませんから。直接会って頼んだら、きっと命がいくつあっても……」
「無差別バトルロイヤルトーナメント?」
「簡単に言えば毎年行っている、バトルロイヤル形式でやる全学年参加の模擬戦だ。専用機持ちは強制参加、それ以外は希望者が参加する、という形になっているそうだ」
「一夏君とセシリア達は敵同士になるって訳か。敵に塩を送る真似はしないか……ですが先輩、どうしてそのことを?」
「俺は『倉持技研』株主として見る手筈になっているからな。行事の時に限って何か起こっているようだし、用心するに越したことはない。敬介たちも会場内に入れるように調整してくれるそうだ」
「頭が下がる限りですね。よし、続きにしよう。結城先輩、お願いします」
「ああ。次は遠距離戦だな」

 休憩を終えると今度は一夏と丈二がアリーナ内に入る。丈二がヘルメットを被り、一夏は『白式』を装着する。

「マシンガンアーム!」

 丈二が右腕のカセットアームを『マシンガンアーム』に変形させて発砲すると、一夏は飛び回って銃撃を回避し、荷電粒子砲で撃ち返す。銃口の動きを読んで銃撃を回避し、一夏は丈二に接近しようと試みるが、銃撃が激しく接近出来ない。

「だったら、視線を切れば!」

 一夏は急上昇してマシンガンアームの銃口が上を向いたのを見ると急降下して照準を切り、丈二に雪片弐型を向ける。だが丈二はバックステップで距離を取ると、カートリッジを差し込む。

「ランチャーアーム!」

 同時に右腕から弾頭を射出し、一夏の近くで炸裂させて視界を隠すとマシンガンアームに戻して銃撃を加える。銃弾を貰いながらも爆風から飛び出した一夏は、スラスターとPICを使って大きく動き回って銃撃を回避し、一撃を加えようとする。

「のわっ!?」
「何!?」

 しかし横からレーザーが一夏に向けて放たれると丈二と一夏は飛び退く。
 二人はレーザーが放たれた方向に向き直り、武器を構える。するとレーザーの主がアリーナに入ってくる。『紅椿』を装着した箒だ。

「って、箒!? 何のつもりだよ!?」
「それはこちらのセリフだ! 一夏、人が折角特訓に付き合ってやろうというのに、これは一体どういうことだ!? 部活が終わってお前の部屋に行ってみれば肝心のお前がいない。そこで茂さんに聞いてみればこれだ! まったく、お前は……!」
「話の途中で悪いんだが、一夏君は返事がこなかったと言っていたんだが」
「いえ、メールを送ってきたのが、部活中でしたので……」
「一夏さん! 私という者がおりながら、敬介さんを巻き込んで、一体どういうつもりですの!?」
「ちょっと一夏! 人に頼んどいて、なにすっぽかしてるのよ! アマゾンに聞かなかったら、ここでやってることすら分かんなかったんだから!」
「酷いよ一夏! 二人きりになれると思って、時間の都合付けてきたのに! お陰で洋兄さんと勘次さんにも迷惑かけちゃったんだからね!」
「一夏! 私との約束はどうした!? 教官に無理を言って少し早く抜けてきたというのに、これでは取りなしてくれた良さんに合わせる顔がないではないか!」
「私も光太郎さんやお姉ちゃんに応援されて、メニューだって考えて来たのに……!」
「君たちも、か……」

 続いてセシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪もISを装着して突入してくる。理由は箒と同じだろう。
 全員かなり殺気立っている。何も知らない状態で茂に「彼女達は新たな『デルザー軍団』だ」と言ったなら、何の躊躇いもなく超電子の技で首を刎ね飛ばしそうなくらいのプレッシャーを一夏に向けている。

「い、いや、落ち着けって! 部活中ってこと忘れててさ! また今度頼むからさ!」
「そうはいくか! 今のままでは治まりがつかん! 皆忙しい合間を縫ってこちらに来たと言うのに……ここは私たち全員で特訓してやるから、覚悟しておけ!」

 箒の一言で『イチカー軍団』は一斉に武器を一夏に向ける。本家『デルザー軍団』と違い、チームワークは抜群なようだ。

「待てって! これじゃ特訓じゃなくて、リンチじゃないか!」
「問答無用! さあ、お前の罪を数えろ!」

 一夏の叫びも虚しく『イチカー軍団』は一斉に突撃する。箒は刀を閃かせ、セシリアはレーザーライフルを構え、鈴は青龍刀を連結させ、シャルロットはアサルトライフルの引き金に指をかけ、ラウラはプラズマ手刀を発生させ、簪は薙刀を手元に呼び出す。

「ネットアーム!」

 しかし丈二の放った網にラウラと簪が絡め取られ、

「ライドルバリアー!」

 変身して一夏の前に割り込んだ敬介が、ロングポールを風車の如く回転させてレーザーと鉛玉を弾き、

「クロスハンド!」

 志郎が変身と同時に腕を交差し、箒と鈴の斬撃を受け止める。

「風見さん!」
「いくらなんでも、やり過ぎだ。少し頭を冷やした方がいい。非は一夏君にもあるがね」
「う……」

 志郎の穏やかながらどこか咎めるような口調に、イチカー軍団も冷静さを取り戻す。

「だが、君たちの好意はありがたく受け取るべきだし、一夏君も集団戦について学ぶいい機会だ。一夏君、彼女たち全員と戦うんだ」
「で、でも、それって……!」
「手の内を知られることにはなるが、向こうも同じだ。それに、君一人でやれと言っている訳じゃない。俺と結城も君と一緒だ。友軍との連携もまた、重要だ」
「つまり俺は、見届け役って訳ですね」
「ならば好都合ですわ。敬介さんと戦うのは気が引けますし、仮面ライダーと戦うのもいい勉強になりますわ」
「そういう訳だ。行こう、一夏君。君たちにも言っておく。俺と風見を、見くびるなよ?」
「もとよりそのつもりです。覚悟!」

 こうして一夏、志郎、丈二とイチカー軍団の戦いは幕を開けた。

**********

「やっぱり一夏に食べさせて貰うと、いつもより美味しいなあ……もう一回、食べさせて?」
「駄目だ、シャルロット! 一回ずつと決めたではないか! だから次は私の番だ!」
「なあみんな、なんでこんなことになるんだ?」
「すっぽかした罰だ。それより、さっさとしろ」
「そうですわ。このままだと料理が冷めてしまいます」
「けどよ、なんで俺が食べさせなきゃいけないんだよ? 俺が食えないぞ……」
「だから罰なんでしょ。少しは反省しなさい」
「でも、限界なら、私の食べてもいいから……」
「ありがとう簪。けど俺と間接キスなんて、嫌だろ? 気持ちだけ受け取っておくよ」
「そ、そんなことはないけど……むしろ大歓迎と言うか……」
「い、一夏! 腹が空いたのであれば、私のを一口先に食べてもいいぞ! 空腹では差し支えもあるだろうからな!」
「ラウラ、ずるい! だったら僕のが先だよ!」
「本当に、どうしてこうなったんだ……」

 夕食時の食堂。一夏たちは同じテーブルで食事をしている。
 結局戦いは志郎達が学園から出る時間がきたので決着がつかすに終わり、一夏たちは夕食を取りにここまできた。だが箒たちの提案で、すっぽかした罰として一夏が6人をいわゆる「あーん」して食べさせることになった。餌をねだるひな鳥のように今か今かと待ち受ける6人に、慣れた手つきで料理を食べさせながら一夏は溜息をつく。こういうことには慣れているが、数が多いと溜息もつきたくなる。

(けど、風見さんと結城さんの連携、すごかったな。あんなに息をぴったり合わせられるなんて)

 同時に一夏は志郎と丈二の戦い方を思い出し、内心感嘆する。数の上でも不利な上、機動力では明らかに劣っていた二人だが、その戦いぶりは獅子奮迅と言っていいくらいであった。一人一人でも強いのは勿論、連携も冴えわたっていた。一夏がほぼ箒一人にかかりきりだったにも関わらず、二人はセシリアと鈴、シャルロットとラウラというそれなりに息の合っているコンビと簪を同時に敵に回していながら堂々と渡り合い、こちらを救援した時は何事かと思ったものだ。もっとも、渡り合えたのは箒たちが一夏の前でいい格好をしようとしており、連携がいつもより噛みあっていなかったこともあるが。

(あの二人、どれくらい一緒に戦ってきたんだろ?)

 さらに一夏はアマゾンの言葉を思い出す。相当長い間、一緒に戦ってきたのだろう。

(それに風見さんも結城さんも、どうして仮面ライダーに……?)

「一夏、どうかしたか?」

 箸が止まる一夏を見てラウラが怪訝そうな表情を浮かべる。他の面子も同様だ。

「いや、風見さんも結城さんも、どうして仮面ライダーになったのかなって、気になっただけさ」
「一夏、誰にでも知られたくないことはある。そういうものだ」
「……そうだよな」

 ラウラの静かな一言を聞くと、一夏を含む全員が頷く。
 猛が仮面ライダーになった経緯は聞いている。自分を『ショッカー』に推薦しながら最終的には助けてくれた恩師を死なせてしまったことや、恩師の娘こそが他でもないルリ子であることを知るのは、当事者を除けば一夏だけだ。ラウラが良の正体を自分から口にしなかったように、他の皆も縁の深い仮面ライダーの秘密を知っているのだろう。あるいは束も丈二の秘密を知っているのかもしれない。

「それより一夏、早くしないか!」
「おっと、悪い……次は簪だな。ほら、口あけて」
「う、うん……」
「あら、面白そうなことしてるわね。私も混ぜてくれないかしら?」
「調子に乗るな。怪我をした訳でもないのに、何をさせている?」
「げえっ、千冬姉! 痛っ!?」
「もう千冬姉でいいじゃねえか。授業は全部終わっただろ?」
「そういう問題じゃありません。というか和也さん、さっさと帰って下さい」
「別にいいじゃねえか。それとも何か? まだ一夏君に悪影響とか考えてんのか?」
「いいえ、規則です。本郷さんはともかく、あなたと一文字さんは帰って下さい」
「おいおい、まだ取材が済んじゃいないぜ? なあ、真耶ちゃん?」
「そうですね。でも隼人さんがいると、織斑先生は心配で堪らないと思いますよ?」
「山田君、これから100セットほど格闘戦訓練をしないか? 丁度いい業物が手に入ったんだ」
「おっと、そうはいかないぜ? 『おとう党』の好きにさせる訳には……痛っ!」
「殴りますよ?」
「殴ってから言うことかよ。ところで一夏君、この前の聴取の続きなんだが……あがっ!? って何しやがる!?」
「まだ懲りないんですか、あなたは! 一夏に変なことを聞くのはやめて下さい!」
「うるせえ! 大体一夏君の好みのタイプが分かれば、ある程度解決しそうなことじゃねえか!」
「そうでもない気がするけどな。下手したら、一夏君の首が物理的に飛ぶぜ? 最悪ブラコン怪人の手で」
「それは……そうだな。すまん一夏君、危うく君の命を奪う所だった」
「まだ学習しないのか、あんたらは!」
「そこまでにしてやれ、滝、一文字。千冬さん、少ししたら帰りますので、今は一緒にさせてくれませんか?」

 千冬、和也、隼人が漫才を開始し、真耶が収拾に困っていたところに猛が仲裁に入る。楯無は騒ぎに乗じて一夏の隣に座る。

「一夏君、お腹空いたでしょ? 私が食べさせてあげるわ。はい、あーんして」
「え、あ、はい。って嫌ですよ! そんなことしたら、箒たちに殺されますって!」
「そういう部分だけ学習するのね。けどいいじゃない、同じ部屋で熱い夜を過ごした仲でしょ?」
「そこまでにしてやってくれ、楯無さん。一夏君、どういう意味だい?」
「いえ、一時期会長権限でいきなり押し掛けて、同室になったんで」
「ま、楯無嬢のことだ、大方一夏君を狙ってくる亡国機業を警戒してって所なんだろ?」
「ご名答。流石というべきですかね」
「これでも担当だからな」

 和也、千冬、隼人、真耶、猛も腰かける。楯無は千冬にどけられ、結果的に一夏の両脇には猛と千冬が座る。猛は金と銀の鈴がついた紐を箒に渡す。

「箒さん、『紅椿』を貸してくれてありがとう」
「いえ、お役に立てたのなら」
「箒、どうして猛さんに『紅椿』を貸したんだ?」
「コアの解析の参考のために、少し調べたくてね」
「それで本郷、何か分かったか?」
「ISは『進化』を前提としている、ということが分かったくらいだな」
「進化、ですか?」
「そうだ、一夏君。君のISも第二形態移行したから分かるだろうが、一定の経験を積むとISはその姿を大きく変える。コアから出力された大出力の多目的動力により、装甲に使われている『バダンニウム合金』が活性化し、新陳代謝に似た現象を行うことで純度を高める。第三形態移行では急激に起こり、バダンニウム合金は純度を増す。高純度のバダンニウム合金は『ライブメタル』と同じく、生物の細胞のような振る舞いを見せ、経験を積むことで理論上は無限に自己進化を続ける。俺たち改造人間と同じようにね。それを予め組みこんであるのが、『紅椿』の無段階移行(シームレス・シフト)だ」
「つまり『紅椿』には、高純度のバダンニウム合金が使われているってことですか?」
「ああ。それだけの純度を持ったバダンニウム合金を製造する技術は誰も持っていない。篠ノ之束を除いてね。それと、これは『紅椿』に限定されるようだが、『紅椿』の全身には疑似RSチップが組み込まれているようだ。『紅椿』の単一仕様能力の正体は、これだろうな」
「コアにも疑似ISチップが使われているって言っていましたよね? なんでそんなものを全身に?」
「通常のISに使われているバダンニウム合金では、多目的動力を各部に伝達しようとすると、多目的動力の不安定さ故に大幅にロスしてしまう。そこで安定した電気エネルギーに転換して各部に伝達、利用する。だが、コアで発生した多目的動力を全て電気エネルギーとし活用出来る訳じゃない。変換出来ずにロスとなる部分も出てくる。『紅椿』の場合、展開装甲の稼働に大量の電力を食う上に、電気エネルギーを多目的動力へ変換する手間がかかるし、かなりのロスが生じる。だが『紅椿』に使われている高純度のバダンニウム合金なら、多目的動力をロスなしで各部に伝達出来る。大雑把に計算すると、大体10倍の効率で各部にエネルギーを供給することが出来る。言い換えれば、エネルギーを10倍に増幅していると言っていい」
「さらに『紅椿』各部の疑似RSチップが稼働すれば、増幅率は百倍にも千倍にも、それこそ無限に向上する。リミッターがかかっているのか、今は百倍で収まる程度にしか稼働していないようだが」

 そこで猛は一度言葉を切る。ついでに一夏は聞いてみたかったことを聞いてみる。

「ずっと気になっていたんですけど、どうして『紅椿』は触れただけでエネルギーを供給できるんですか? 」
「通常のISの場合、ISコア間でエネルギーをやり取りするには双方のコアを同期させて、まず供給する側のコアから多目的動力を引き出し、それを電力に変換してケーブルを通じて受け取る側のコアへ送り、多目的動力へ再転換することでやり取りを完了する。だが『紅椿』の場合、有り余る量の多目的動力のお陰で、受け取る側のバダンニウム合金を一時的に変化させ、装甲そのものにエネルギーバイパスを構築して直接コアに多目的動力を供給する。つまり触れられたISの装甲がケーブルの役割を果たすんだ。しかも直接多目的動力を送り込むから転換の手間がかからないし、バイパス構築が瞬間的なものである関係上、『紅椿』に逆流する心配もない。だから触れただけでエネルギーが供給されるというわけだ」
「だが本郷、どうして疑似RSチップにリミッターがついているんだ?」
「疑似RS装置も安定性が増しているとはいえ、莫大な量のエネルギーを扱う。万が一制御を間違えて動作が不安定になれば、爆弾そのものと化す。箒さんがより安定して使いこなせるまでの安全装置、という意味もあるんだろう」
「仮にだ。『紅椿』が制御不能に陥って爆発した場合、被害はどうなる?」
「推測だが、ここで爆発した場合、学園の敷地全てが消し飛ぶと思って差し支えない。万全の状態かつ命を捨てて全力で放った『V3火柱キック』と同程度の被害が出る、と言えば分かるだろう」
「比喩じゃなしに、正真正銘の爆弾を送りつけてきやがったのか……!」
「むしろ『V3火柱キック』の威力が、明らかにキックの威力じゃないと思うんですけど」
「私としては、そんなに。太陽の光で全快する光太郎さんに比べたら……」

 一夏のツッコミに簪が呟く。流石に箒は絶句している。気まずい沈黙を破るように今度は隼人から口を開く。

「この話は終わりにしよう。リミッターが搭載されている以上、爆発しないんだ。有り得ない前提条件での仮定なんだから気にしない方がいい。まさに杞憂ってやつさ。しかし、前から疑問に思ってたんだが、どうして一夏君はこんなに好かれてるんだ? いや、一夏君の見た目や人柄がいいのも分かるんだが、少々愛が重いような気がしてな」
「言うほど好かれてませんよ。他の男に比べたらマシかもしれませんけど、みんな、俺以上に好きな人がいるみたいですし」
「まあ、その話は後回しにしよう。恋愛感情か友情かは置いておくとして、彼女たちが君に惹かれているのも事実だ。でなければ、君を助けにはこなかった筈だ。箒さんは、どうして一夏君を?」
「私と一夏は幼馴染みですが、きっかけは苛められていた時に庇ってくれたから、ですね」
「一夏さんが初めて面と向かって私に屈せず、向かってきたからでしょうか。あるいは、父の面影を見ていたのかもしれませんが」
「私の場合は、日本に転校してきて、最初に仲良くなったのが一夏だったから、っていうのが大きかったと思います。やっぱり日本に来て最初は、色々と苦労しましたから、なおさら」
「僕は一夏に居場所を守ってもらいましたから。シャルル・デュノアとしてでなく、シャルロット・デュノアとして生きられる居場所を」
「私は一夏に命を救われた上、守ってやると言われたから、だと思います」
「……私はヒーロー像と合致したのと、初めて自分と向き合ってくれた人って、思ったのもあります」
「正直、俺、そんな大したことしてないんだけどな……」
「そうでもないさ」

 首を傾げる一夏を隼人が遮る。

「君からすれば大したことないのかもしれないが、彼女たちにとってはそうじゃない。詳しい事情はよく分からないが、この娘たちにとって君は、無明の闇から掬い上げてくれたヒーローなんだろう。むしろ『光』と言っていい」
「俺が、ですか? でも俺は……」
「理屈じゃないのさ。事の軽重でも、時間の長さでも、意図の問題じゃない。動機やきっかけ、顛末は些細かもしれないが、君は確かにこの娘たちに希望を与えた。それがこの娘たちにとっては一番重要なのさ。しかも心の奥深くに、いつまでも根付いちまう。俺たちも君に比べりゃ霞んじまうだろうな。それくらい君の行動は彼女たちの救いになったんだ。本人は仲間を求めちまったって思っていても、それが救いになった男もいるくらいだ」
「一文字……」
「……なんてな。要するにつらい時に下心抜きで優しくしてくれたから、信頼してるのさ」
「つまり箒たちが好きな人は、それこそ命の恩人レベルってことですか?」

 一夏が結論を出すと全員が溜息をつく。首を傾げるしかない一夏だが、ふと猛と隼人を見比べる。

(一文字さんにとって、猛さんは『光』なのかもしれないな……俺にとってもそうであるように)

 一夏にとって猛は『光』だった。あの時猛と出会い、ISと戦って勝った姿を見た時から、ずっと心に焼き付いていた。もし出会わなければ、自分はもっと歪んでしまっていたのかもしれない。

「あの、猛さん、一文字さんが仮面ライダーになったのって、猛さんがいたからですか?」
「君の想像に任せるよ」
「俺も、猛さんみたいに……」
「なっているよ。彼女達や千冬さん、それに俺達の『光』に」

 猛は一夏に優しくも『太い』その独特の笑顔で言うと立ち上がる。

「我々はここで失礼します。俺たちと茂は『立花レーシング』に、風見と結城は田所博士宅に、敬介と洋は『ブランカ』に、アマゾンと村雨は旧村雨邸に、一也と光太郎は『谷モーターショップ』に滞在しているので、何かあったら連絡を下さい」
「一夏君、ブラコン怪人にうんざりしたら、いつでも来てくれていいからな?」
「そうそう、ショッカーの時から……だから出席簿投げるんじゃねえ!」
「あんたら二人はさっさと帰れ! ありがとうございます、本郷さん。では、また明日」

 千冬は隼人と和也を追い払って猛に一礼すると、猛もまた食堂から出ていく。

「光、か……」
「一夏、何か忘れていないか? さっさと私も二巡目が……痛っ!」
「何が二巡目だ馬鹿者。教師の前でそんなことをするな」
「うっ……ならば一夏! 部屋に戻り次第マッサージをしろ! そうすれば終わりにしてやる!」
「ずるいですわ! ならば私もお願い致します! 全身が凝ってしまいましたので!」
「なあみんな、明日何があるか、分かってるよな?」
「いいじゃない、たまには。私もお願いしようかしら。6人が7人に増えたくらいならいいでしょ?」
「……今夜は、寝れそうにないな」

 平穏など明後日の方向に投げ捨てられた一夏の長い夜は、始まったばかりだ。
 



[32627] 第二十五話 爪牙
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:25
 トーナメント当日の朝。副会長の一夏を含む生徒会メンバーは壇上で話をしている楯無の後ろに立っていた。

「おりむー、眠そうだね」
「いや、実際に眠いんだけど……」

 部屋に押しかけてきた『イチカー軍団』にマッサージしたり、喧嘩を仲裁したり、巻き添えを食らったり、乱入してきた千冬を宥めたり、騒ぎを聞き付けてやってきたルリ子を猛をダシにして無力化したり、仲裁に乗り出した肇に心底同情された後にベッドに入ったが、疲れが取れない。寝不足だ。いつもと違ってみどりも同情の視線を送っている。かえってそちらの方が痛いが。

「さて、今回の『無差別バトルロイヤルトーナメント』には皆さんもご存じの通り、要人が学園に訪れます。あまり羽目を外し過ぎないように」

 このトーナメントは整備科のための行事と言われている。操縦者以上に技術者は貴重なので、毎年各国政府や軍、企業が優秀な技術者の卵をリクルートするために関係者を送り込んでくるのだ。特に専用機の開発元から技術者が派遣されてくるので、生徒や教員としても貴重な意見交換の場となる。それに整備科所属を希望する生徒を集め、ひとみの監督下で専用機を含むISの整備を行うことになっている。

「という堅い話はここまでにして、今回も参加者は勿論、他の生徒も楽しめるような企画を生徒会で考えてきました。その名は『クラス対抗優勝者予想応援・学食デザートフリーパス争奪戦』!」

 そこで生徒たちがどよめく。今回は一夏もきちんと聞いている。クラス代表戦が事実上潰れた関係で宙に浮いたフリーパスを再利用しようということだ。クラス対抗というのはしがらみもあって少々厄介だが。だが、楯無がこの程度で終わる訳がなかった。

「さらに! 今回は優勝者を見事当てたクラスには、織斑一夏君のブロマイドを人数分進呈します!」
「はあ!?」

 その瞬間、一夏の眠気が一瞬で吹き飛ぶ。そんな話は聞いていない。だが楯無が扇子を開いて『秘蔵』と書かれた文字を見せると、ディスプレイの大画面一杯に一夏が写った画像が表示される。すると会場がそれまで以上の熱気に包まれる。

「見て! あの写真、執事喫茶の時のよ!」
「本当だ! 見逃してたから、私欲しかったの!」
「ちょっとあれ、上半身裸じゃない!?」
「やってやるわ! 何としてもこの賭けには勝ってみせる!」
「みんな、冗談抜きで勝ちにいくわよ! 一人はみんなのために、みんなは一人のために、よ!」
「こんな写真、どこから手に入れてきたんですか!?」
「それは内緒」

 一夏のツッコミも虚しく会場はヒートアップする一方だ。

「俺、こんな話聞いてないんですけど!?」
「だって特訓で忙しかったじゃない。こんな話があるって分かったら、特訓に身が入らなかったでしょう?」

 思えば、楯無があっさり許可してくれた時点で気付くべきだったのかもしれない。

「それだけじゃないわ。優勝者にも特典があります。それはずばり……」

「今夜、織斑一夏君と添い寝する権利です!」

 しん、と会場が一瞬静まりかえる。だが直後に会場の盛り上がりは最高潮に達する。

「流石会長! 私、一生ついていきます!」
「こんな特典あるなら、私も参加しとけばよかった!」
「専用機持ちだろうが国家代表だろうが、やってやろうじゃん!」
「今なら私、織斑先生にでも勝てそうな気がする!」
「フォルテ、いくらで売れると思う?」
「半年デザート食べられるくらいは、いくんじゃないッスかね」
「いやいやいや! 色々とまずいでしょ! というか俺、死ぬじゃないですか!」
「あら、あなたが勝てば問題ないのよ? 私は手を抜かない主義だけれども」

 会場の盛り上がりに比例して一夏の頭が痛くなる。誰が優勝しても待っているのは死、だ。ただ一つ、自分の優勝を除いて。

(本当に、『立花レーシング』で保護してもらおうかな)

 一夏の命と貞操を賭けた戦いの火蓋が、切って落とされた。

*********

 第一アリーナ整備室。他の整備室と異なり、この整備室は大きな部屋が一つあるだけになっている。そこではトーナメントに参加する8機のIS、それも専用機が整備されている。整備人員が少なかった関係で行き来しやすくなるようにした名残だ。操縦者待機スペースでISスーツを着た一夏は入念にストレッチを行っている。今度ばかりは負ける訳にはいかない。だが白衣を着た男が歩いてくると中断する。

「『白式』の調整は終わりました。反応速度と関節稼働率は向上しましたが、バランスが変わったので、着て確かめてくれませんか?」
「ありがとうございます、佐原さん」

 男の名は佐原茂。『倉持技研』第一開発室の室長として『白式』の調整やデータ収集、オーバーホール、後付武装(イコライザ)などの開発を担当している。一夏とも定期的に意見交換を行っているが、今回はリクルートついでに『白式』の調整をこちらで行うことになっている。他の専用機も同様で、各国の軍や企業から来た技術者が、整備科の生徒と話しながら調整を行っている。一夏は『白式』を装着して少し動いてみる。今までより動きは柔らかい。バランスもこれくらいならば問題ない。

「大丈夫です、佐原さん」
「分かりました。では私は『打鉄弐式』もあるので」

 一夏が『白式』から降りると、茂は同じ倉持技研製の『打鉄弐式』の調整に向かう。一夏が待機スペースに戻ると、珍しくスーツを着た志郎が声をかけてくる。隣には見慣れぬスーツ姿の女性が二人いる。

「調整は終わったかい?」
「はい。風見さんは倉持技研の株主としてここに?」
「ああ。『白式』や『打鉄弐式』は気になるし、本郷先輩から様子を見てくるように頼まれていたからね」
「それと、隣の方は?」
「君は知らないのか。こちらは倉持技研の専務で……」
「紀田克美よ。君の話は聞いているわ、織斑一夏君」
「私は秋月杏子。開発局長、簡単に言えば佐原室長の直属の上司ってところかしら。よろしくね?」
「はい、よろしくお願いします」

 一夏は紀田克美と秋月杏子と握手をかわす。そこにISスーツを着た箒がやってくる。調整が終わったようだ。

「一夏、こちらの方は?」
「倉持技研の紀田克美専務と、秋月杏子開発局長だ。俺もさっき紹介されたばっかりなんだけど」
「あなた、もしかして篠ノ之箒さん? 篠ノ之束博士の妹の」
「……はい」

 杏子の質問に箒は複雑な表情を浮かべる。杏子は『紅椿』を見やりながら言葉を続ける。

「やっぱり複雑よね、『紅椿』をくれたのは事実だけど、学園を襲ったのもまた事実。信じきれないけど、憎むことも出来ない。敵と割り切ってはいるつもりでも、姉を信じたい自分がいる。そんな所かしら」
「どうしてそれを……!」
「私も似たような経験をしたから、なんとなく分かるのよ。これはおせっかいだけど、信じるにしても敵と割り切るにしても、自分が納得して決めなきゃ駄目よ。そうでないと、あなただけじゃなくて、周りもずっと苦しめ続けることになるわ」
「私が……」
「ごめんなさい、余計な口出しをしてしまって。忘れて頂戴。じゃあ専務、行きましょうか」
「ええ」

 杏子と克美は歩き去る。見送る一夏、箒、志郎だが、一夏が口を開く。

「風見さん、秋月局長って……」
「残酷な運命を背負わされたのは、箒さんだけじゃない、ってことさ」

 理由は不明だが杏子も箒と同じように、肉親と戦うようなことがあったのだろう。

「二人揃って、なに辛気臭い顔してるのよ?」
「鈴……」

 今度は鈴が歩いてくるなり一夏と箒に言い放つ。

「何があったのかは知らないけど、そんな顔してたんじゃ私も調子出ないわ。悩みなら後でいくらでも聞いてあげるから、今はさっさと元気出しなさいよ」
「鈴……すまない」
「別にいいわよ、お礼なんて。それより一夏、今夜は逃げようって言っても、そうは行かないわ! その、一緒に寝るのは初めてだけど……」
「簡単に行くと思うか? 私がいることを忘れるな」

 いつもの調子を取り戻し、火花を散らし始める箒にどこか安堵する一夏だが、セシリアやシャルロット、ラウラ、簪までやってくると、自分の置かれた立場を思い出す。

「そう言えば、負けたら後がないんだよな……」
「一夏さん、私と寝床を共にするのが嫌なのですか!?」
「いや、相手が誰だろうが、それ以外の誰かが俺の命を取りに来るだろ?」
「それは……否定できないかも」
「安心しろ一夏。そのような真似、私が断じてさせん。嫁を守るのも軍人の務めだからな」
「わ、私もそんなことはさせないから……」
「そこは否定するのが常識なんじゃないか!?」

 イチカー軍団にツッコミを入れる一夏に志郎は苦笑するだけだ。

「しかし、随分贅沢な悩みじゃないか。世の男なら喜ぶだろうに」
「出来れば弾とか数馬辺りに代わって欲しいくらいですよ。正直、命がいくつあっても足りませんし」
「だったら、私が代わってあげましょうか?」

 一夏がぼやいた直後に声が響き渡る。するとイチカー軍団の顔色が変わる。天敵の声だからだ。全員が逃げようとした瞬間、鈴とラウラが背後から襲われる。

「うーん、鈴ちゃんとラウラちゃんを同時に堪能するのも、悪くないわねえ……」
「ル、ルリ子先生!?」

 ルリ子だ。震える鈴とラウラを『クンかクンか』すると、逃げようとするセシリアとシャルロットの背後に音もなく回り込み、同じように捕まえる。

「逃げようったって、そうはいかないわよ? セシリアちゃんとシャルロットちゃんも捨て難いわ」
「そ、そうだ! 用事があるのを思い出した! 一夏、後は頼んだ!」
「甘い!」

 逃れようとする箒と簪の背後にも瞬時に回り込んだルリ子は、やはり纏めてハグする。

「やっぱり、箒ちゃんと簪ちゃんは似た感じの匂いね。妹の匂いかしら?」
「どんな匂いなんですか……風見さん、ルリ子先生って、昔からこんな感じだったんですか?」
「一時期塞ぎ込んでいた反動だと思う。ですがルリ子さん、本郷先輩に見られたら気まずいんじゃないですか?」
「大丈夫よ、志郎さん。こんな所に猛さんが来る筈が……」
「ルリ子さん、海堂博士が話があると……」
「え……?」

 箒と簪をハグしていたルリ子が振り返ると、猛がいる。
 その瞬間、ルリ子は顔を耳まで真っ赤にして箒と簪を解放する。

「あ……え!? た、猛さん!? ど、どうしてここに!?」
「いや、海堂博士に頼まれたんだ。取り込み中だったかい?」
「そ、そんなことないわよ猛さん! じゃあ行きましょ?」

 ルリ子は猛に連れられてその場を後にする。ルリ子の恋する乙女そのものな表情を、信じられないと言いたげに見ている一夏達に志郎は苦笑して尋ねる。

「そんなにおかしいかい?」
「はい、正直言ってかなり違和感があるというか、信じられないというか」
「そんなこと言わないの。ルリ子先生だって人の子なんだから」

 直後に一夏は背後からやって来た楯無に脇の下をくすぐられる。しばらく悶絶していた一夏だが、楯無はひとしきりそれを楽しむとくすぐるのを止める。

「それに、自分の心配をした方がいいんじゃないかしら? 恋する乙女は無敵なのよ? 私は負けてあげる気なんてないけど」
「俺だって負けられませんよ。というか、色々とまずいんじゃないですか?」
「一夏君が勝てば問題ないわ。一夏君が勝ったら、おねーさんが特別に御馳走してあげるわ。『ブランカ』で」
「ありがたいんですけど、沼さんに何か言われそうな……勝てれば、の話ですけど」
「まだ勝負がついた訳じゃない。諦めなければ勝算はあるさ。今回の場合は特に、ね。じゃあ俺はここで」

 志郎は整備室から出て行く。他のアリーナでは試合が開始されている。
 相変わらず火花が飛び散る中、一夏は気持ちを落ち着けるよう、一也から習った赤心少林拳の呼吸法を実践してみるのだった。

**********

 第一アリーナのピット内では和也と隼人が千冬の監視下に置かれている。二人から目を離したら何をしでかすか分からない、という千冬の判断だ。他の面子はアリーナの観覧席で見ているが、和也と隼人、それに猛はこちらで見ることになっている。猛はとばっちりに近いが、快諾してくれた。

「遅くなりました」
「お手数をおかけしました、本郷さん」

 丁度ルリ子を医務室まで送り終えた猛がやってくると、千冬は一礼する。

「ったく、別に一夏君と会う訳じゃなし、生で見せてくれてもいいだろうが」
「駄目です。あなたも一文字さんも、何をしでかすか分かったものではありませんから」
「無駄だ、滝。ブラコン怪人に理屈が通じるかよ」
「本当にこりませんね、あなたも……一度、全身の血を抜きましょうか?」
「まあまあ……私は隼人さんと一緒に見たいですし」
「フォローありがとう、真耶ちゃん。ここは真耶ちゃんに免じてそういうことにしておくか」

 結局同席していた真耶の仲裁で漫才を終えると、今度は和也が疑問を口にする。

「しかしよ、なんで8人1グループのバトルロイヤル形式なんだ?」
「IS学園創立時に配備されたISが8機しかなくて、シミュレーターも無かった頃、多対一や乱戦時での戦闘訓練をより効率よく行えるように、という目的で全員参加で始められたそうです。任意での参加になった今でも8人1グループなのは、その名残だとか」
「バトルロイヤル形式ってのは、自分以外全員敵って状況を再現するには手っ取り早いな。けど山田先生、よく知ってるな」
「私も学園の卒業生ですし、教員ですから」
「第一グループ、本当に激戦区だな。他の3グループは代表候補生が一人入っているだけだってのに、ここだけ全員専用機持ちだぜ」
「下馬評じゃ楯無嬢が突破するのは当然として、2番手が誰になるかで割れてるみたいだ。ラウラが少し抜けてて、シャルロットと簪さんがそれに続く感じだな。と言っても、一夏君以外は殆ど横ばいみたいだが」
「そんな情報、どこから仕入れてきたんですか?」
「新聞部の黛さんってのが作ったオッズ表を貰ったんだよ。一文字、お前も見るか?」
「おう。一番人気はぶっちぎりで楯無ちゃんか」
「織斑君の人気が全然ありませんね。大穴なんてレベルじゃ……」
「タイマンならまだしも、『白式』じゃ分が悪いからな。その辺はシビアだな。一文字、お前は誰が2抜けすると思う?」
「装備や燃費なんかも考えれば、シャルロットちゃんじゃないか? 滝、お前は?」
「俺は大穴狙いで一夏君だな。で、負けた方は今夜の晩飯奢りな」
「どっちも外れたら?」
「その時は割り勘さ」
「人の生徒を、勝手に賭けに使わないで下さい!」

 千冬は和也と隼人の頭に手刀を叩きこむと、オッズ表を引っ手繰るや細切れに破いて捨てる。

「それはそうと、本郷さんはどう思いますか?」
「一夏君はともかく、他の7人の実力を把握している訳ではありませんが、一夏君にも十分な目があると思いますよ?」
「本郷、どういうことだ?」
「いや、彼女たちは全力で勝ちを狙いに行くだろう。同時に彼女たちは一夏君の実力や不利も俺以上に把握している。あとは、分かるな?」
「なるほど、『デルザー軍団』を相手にした茂みたいに、上手く立ちまわれば2番手になれるかもな」
 
 猛の説明を聞くと隼人と和也は納得したようだ。

「和也さん、どういう意味ですか?」
「見れば分かるさ。おっ、主役のおでましだ」

 モニターの先にはアリーナ内に出てきた8機のISが映っていた。 

**********

 『白式』の内部を高エネルギーが血液の如く通う。声援が一夏の耳を打つ。視線が一夏の全身に浴びせられる。ハイパーセンサーが観覧席に座っている志郎、丈二、敬介、アマゾン、茂、洋、勘次、一也、良、光太郎の姿を捉える。呼吸を整え、一夏は開始の合図が出るのを待つ。他の7人も同じだ。この試合は生徒のみならず、見学にきた関係者で観覧席は満員だ。一夏は平常心を保つべく呼吸を整える。呼吸が整うと同時に合図が出され、一夏を含む8人は一斉に動き出す。一夏の狙いは楯無だ。

(先に潰しておかないと、後々厄介……!)

 だがセシリアにロックされたという警報が耳元で姦しく鳴り響くと、中断される。

「クッ!」

 咄嗟にスラスター翼を大きく動かして軌道を変え、放たれたビームを回避するが、直後にビームはねじ曲がって襲いかかる。本能的に身をよじり直撃だけは避けるが、ビームは左肩に当たり、後方に持っていかれて鈍い痛みが走る。シールドエネルギーはさほど削られていないが、出鼻を挫かれたことに変わりはない。曲がったビームはラウラや簪にも襲いかかった後に消え去る。 

「あら、直撃を避けるとは予想外でしたわ。でも、これは!」
「させるかよ!」

 セシリアは『ブルー・ティアーズ』のビットを展開しようとするが、一夏は右半身のままスラスターを噴射し、『雪片弐型』を右手に持ち、一気に接近して切先をセシリアに突き込む。

「まとめて頂きよ!」
「今度は龍咆か!?」
「僕も忘れて貰ったら困るよ!」

 だが切先がセシリアに触れる直前、鈴が龍咆で一夏とセシリアを吹き飛ばす。シャルロットが体勢が崩れた一夏にショットガンを向け、散弾をばらまく。散弾のいくつかが装甲に当たるが、一夏はシャルロットに左腕を向け、雪羅の荷電粒子砲を叩きこもうとする。だがラウラのAICで拘束され、簪の春雷が降り注ぐと一夏は地面に叩き落とされる。シールドエネルギー残量も目減りしている。

「貰った!」
「こんな時に!」

 とどめとばかりに箒が雨月で斬りかかるが、一夏は雪片弐型で一太刀目を凌ぐと斬り合いとなり、数合斬り結んだ後に鍔迫り合いとなる。だが箒は雪片弐型を摺り上げ、一夏の体勢を崩すと胴めがけて突きを放つ。雪羅を楯にして防ぐ一夏だが、左手に痛みが走る。スラスターを噴射して追撃のレーザーから逃れた一夏だが、水が襲いかかってくる。

「楯無さんか!?」
「その通りよ、一夏君」

 飄々とした声と共に楯無が急接近し、ランスで突いてくる。それを雪片弐型で凌ぎ続けるが、反撃に移れない。

(攻め方がいやらしい……!)

 楯無の槍捌きを見ながら一夏は内心呟く。純粋な技量ならば敬介の方が上だったかもしれないが、楯無はこちらの苦手な部分や意識が及ばない部分を的確に突いてくる。お陰で防御するのに手一杯だ。

「防御ばかりじゃ勝てないわよ?」

 楯無のランスが一夏の右足に当たると、流れるように一夏の足を払って仰向けに倒し、ランスの切先を一夏に突き付ける。

「悪いけど、ここまでよ」

 笑顔でランスを一度手繰り寄せ、とどめの一撃を入れようとする楯無だが、山嵐が楯無めがけて飛んでくる。ビームやレーザー、衝撃砲、鉛玉、レールカノンが飛んでくると、楯無は残念そうな顔をしながら離脱し、簪や箒と斬り結ぶ。セシリアとラウラは撃ち合いを演じ、時折シャルロットと鈴に攻撃するが、二人も負けじと接近して白兵戦となり、乱戦に突入する。

(そう言えば、全員敵同士なんだよな……だったら!)

 一方、観覧席で観戦していた茂は疑問を口にする。

「しかし、ビームが曲がったり見えない砲撃だったり、一体どんな理屈なんだ?」
「俺から説明しよう。まず『ブルー・ティアーズ』のビームは、格子状に形成された多目的動力で出来た不可視のチューブを通って目標に着弾するんだが、チューブの軌道は『イメージ・インターフェース』を介して操作することが出来る。それが『偏向射撃(フレキシブル)』だ。その分、トリガーを引くとまずビームが通るチューブが形成され、目標をポイントしてからビームが発射されるから、実際にビームが発射されるまでにタイムラグが発生する。だからロックされてチューブが形成されただけの時点なら、ハイパーセンサーを使えば『見て』から回避出来ないこともない」
「セシリアから聞いたんだが、『BT兵器』の『BT』って言うのは、『Blue Tears』や『Brainwave Trace』の他にも、『Beam in Tube』って意味もあるらしい」
「龍咆の原理自体は簡単で、多目的動力で空間に圧力をかけて砲身を形成、発生する衝撃波を多目的動力で集束し、撃ち出すだけだ。一応エネルギー兵器に分類されるが、光学兵器と違い周囲の空気や余剰衝撃波を利用する関係で、機体側のエネルギー消費は少ない。代わりに破壊力の大部分は衝撃波など力学的エネルギーに依存することから、AICによる防御も効果的となるがな」
「ありがとうございます、先輩方」

 丈二と敬介が解説すると茂は礼を言う。鈴の龍咆はラウラのAICで防がれ、ビットから放たれたビームが降り注ぐ。

「けど、このまま行ったら一夏君、危ないんじゃなかろか」
「そうでもないぜ? むしろ出し抜くチャンスでもある。そうですよね、城さん」
「ああ。滝さんが言った通り、『イチカー軍団』みたいだしな」

 洋に振られた茂は不敵に笑って肯定する。

「それにしても、どの機体も想像以上に練り込まれているな。関係者にとってみれば、いい意味で誤算だろう」
「ですが、注目の的は『紅椿』ですね。性能という点では頭一つ抜けている」

 一方、志郎と一也はISの動きを見ながら感想を述べる。どちらも比較的ISとの付き合いは長い方だ。丈二は複雑な表情を浮かべているが、どちらも口は出さない。
 直後に簪が山嵐をノ―ロックで乱射し、観客保護用シールド内部が爆風と硝煙に包まれる。遭遇戦が発生しているのか、銃声や金属音がひっきりなしに聞こえてくる。

「簪ちゃんも結構乱暴ね。でも視界がなくては……!?」

 余裕綽々の表情で煙の中から出てきた楯無は、『アクア・クリスタル』で形成されたナノマシンの水流で纏めて始末しようとする。しかし背後から迫る雪片弐型、しかも『零落白夜』のエネルギー刃が迫ったのを関知すると、展開を中断して振り向き、ランスで雪片弐型を弾く。

「背後を取ったのは良かったけれども、詰めが甘いわよ!」

 すかさずランスを煙の中に突き込むが、手ごたえがない。

「雪片弐型を投げるなんて、面白いわ。けど、私を仕留めるには不十分ね」
「そうでも、ないですよ!」

 しかし一夏は楯無の真下から雪片弐型を回収し、煙を突き破って急上昇する。至近距離から左腕の荷電粒子砲を放つが、楯無は紙一重で回避する。

「残念、外しちゃったわね」
「いえ、当たりですよ」

 しかし一夏はしてやったりと笑う。一瞬不思議そうな顔をした楯無だが、直後に背後から飛んできたレーザーや衝撃波、レールカノン、ミサイルを見て一夏の狙いを悟る。

「最初から、私の位置を他の6人に教えるつもりで……!」
「ええ。楯無さんならきっと、俺の攻撃を紙一重で躱すだろうと思いましてね!」

 一夏は楯無にわざと荷電粒子砲を回避させ、6人に位置を割り出させて反撃させて楯無を盾代わりにしようとしたのだ。

「けど、簡単にはいかないわよ?」

 レーザーや衝撃波を回避し、ミサイルを振り切ろうとする楯無だが、一夏が放った荷電粒子砲がミサイルを撃ち落とすと、爆風で楯無の視界が一時的に塞がる。一夏はまたしても雪片弐型を投げつけるが、楯無は本能的にランスで叩き落とす。だが、ランスを引き戻そうとする一瞬の隙が命取りとなった。

「この時を、待っていた!」

 その瞬間、一夏は瞬時加速を使って一気に楯無の懐に飛び込むと、右手で楯無の首を、左手で足を掴んで高々と持ち上げる。

「村雨先輩!」
「まさか、使う気か!?」

 光太郎と良は一夏が何をしようとしているのかを悟る。
 一夏は楯無を頭上に掲げたまま高速で錐揉み回転させ、周囲に小規模な旋風が巻き起こり、煙が巻き上げられて徐々に晴れていく。猛が編み出し、良も会得した技だ。

「ライダーきりもみシュート!」

 十分遠心力がついたとみると、一夏は楯無を上空へと投げ飛ばす。
 特訓前にも『ライダーきりもみシュート』を会得していた一夏だが、改めて猛や良から『ライダーきりもみシュート』の指導を受けてコツを掴み、猛や隼人、良とは比べ物にならないが、威力も前より向上している。 
 空中に巻き上げられて動きが止まった楯無に、一夏は拾い上げた雪片弐型で追撃を加える。それを身をよじって回避する楯無だが、一夏が飛び蹴りを放つと回避を諦めて両腕でガードするものの、大きく弾き飛ばされる。すると会場がどよめきに包まれる。

「国家代表相手に決めるとは、やるな」
「俺からも食らってましたし、一夏なら覚えられるんじゃないですかね」
「しかし、あそこまで再現出来るとなると、『白式』の関節の柔軟性や強度は相当なものだぞ」

 続けてラウラがワイヤーブレードを一夏に射出するが、一夏は雪片弐型を横にして前に突き出し、左手を背に添える。ワイヤーブレードが雪片弐型に巻きつくとラウラはAICを発動させ、一夏の動きを止める。

「取ったぞ! 一夏!」
「こっちもな!」

 だが一夏は雪片弐型を量子化し、左腕から荷電粒子砲を叩きこんでラウラを吹き飛ばしてAICの戒めから脱する。敬介の『ライドルロープ』から逃れるために考えていた手だ。ラウラ相手に役立つとは思わなかったが。簪が春雷を連射して一夏を牽制するが、一夏は零落白夜を発動させると、柄を両手で持って風車の如く回転させる。春雷を全て無力化するとスラスターを噴射し、一気に太刀の間合いにまで踏み込もうとする。

「そうは……させない!」

 簪は山嵐を発射して一夏を食い止めようとする。一夏は即座に上昇に転じて上を取ると、スラスターを切り雪片弐型を鉄棒代わりにし、PICと反重力力翼を駆使して大車輪を決めて方向転換し、急降下しながら雪片弐型を構え直して振りかぶる。

「ライドル……じゃなくて、雪片脳天割り!」

 思い切り簪に雪片弐型を振り下ろすと、簪は呼び出した薙刀で防御するものの、威力を殺し切れずに地面に落下する。
 だがエネルギー残量が心許ない。荷電粒子砲はもう撃てないだろう。雪片弐型も持っているだけでエネルギーを削る代物なので、迂闊に展開出来ない。シャルロットとセシリア、鈴、箒は距離を取って一夏を攻撃するばかりで、一向に接近しようとしない。
 
「だったらこっちから……!」

 一夏はスラスターを噴射し、あらぬ方向へと飛び立つ。保護用エネルギーシールドに蹴りを入れると、三角飛びの要領でシャルロットへ突撃する。

「ライダー!」
「そんな手で!」

 一夏は飛び蹴りを放つが、シャルロットは左腕の実体シールドで防御する。

「反転!」

 しかし一夏はシールドに蹴りを入れると反動で空中に舞い上がり、大きく体勢を崩したシャルロットめがけて身体を反転させ、二撃目の蹴りを放つ。
 
「キック!」

 蹴り突き刺さると、シャルロットは大きく吹き飛んで土煙が上がる。だが一夏の攻撃は終わらず、さらに反動を利用してセシリアに突っ込んでいく。

「そのような直線的な動きで!」

 すかさずセシリアはレーザーライフルの銃口を向けて発砲しようとするが、突如として視界から一夏の姿が消える。

「消えた!? どこに!?」
「ここさ!」

 驚愕するセシリアに背面跳びを決めて上を取った一夏が答える。人間の目は構造上、横の動きに比べて縦の動きには反応しにくい。ハイパーセンサーを使っていても例外ではなく、一応見えてはいるが、意識して見ないと認識しにくい。それを一夏は利用し、背面跳びでいきなり上昇に転じ、セシリアの目から消えたように錯覚させたのだ。一夏は急降下しながら両足を揃え、蹴りを放つ体勢に入る。

「V3スカイキック!」

 両足をセシリアに蹴り込んで叩き落とすと、今度は双天牙月を持って突っ込んでくる鈴に向き直る。雪片弐型を手元に呼び出すと連撃を凌ぎ続ける。そこに箒が背後から迫ってくる。箒は雨月で突きを見舞うが、一夏が半身で回避するとレーザーが鈴に当たる。

「なにすんのよ!」
「見て分からないか?」
「あっそ、だったら、纏めて相手してあげるわよ!」
「望む所だ!」

 そのまま三つ巴の乱戦となるが、一夏は分が悪く、シールドを背にする形で追い詰められる。

「ここまでね、一夏!」
「せめてもの情けだ、ここで終わらせてやる!」

 箒と鈴はまず一夏を先に片付けようとするが、一夏は脳をフル回転させる。

(地形や状況さえ武器に出来るって……!)

 一夏がスラスターとPICを一瞬切ると、『白式』は自由落下を開始する。勢い余ってシールドに突っ込みそうになる鈴と箒は慌てて停止するが、再上昇した一夏は箒の腕を取り、一本背負いで鈴に叩きつける。

「ライダー返し!」

 鈴が吹っ飛んだのを見ると一夏は箒を放り投げる。しかし箒はPICを使ってたやすく空中で姿勢を立て直す。

「こんな手は通用しないぞ!」
「どうかな?」

 だが一夏は箒の目の前に接近し、飛び蹴りを放つ。

「V3ダブルアタック!」

 一夏が右足を蹴り込むと、箒はシールドに叩きつけられ、シールドを一気に削られる。
 同時に会場が大歓声に包まれる。

「凄い! 織斑君があんなに強かったなんて!」
「しかも会長にも一撃入れてたよね!?」
「これってもしかして、織斑君が勝っちゃうかも!?」
「だったら会長にしようなんて言うんじゃなかった!」
「こいつはまずいな……」

 しかし茂は左手をしきりに閉じたり開いたりしている一夏を見て呟く。

(今まで生き残ってこれたのも、他の皆が一夏君の不利を見越し、他の敵を片付けてからで十分と考えていたからだ。だが、その不利を引っ繰り返して見せたとなると……)

 直後に他の7人が一夏に集中砲火を浴びせる。ギリギリで回避した一夏だが、7人は上空へと飛ぶ。

「腕を上げたわね、一夏君。これからはあなたを敵として、最優先で潰しにいかせて貰うわ」
「これも優勝のため……悲しいけど、これはもう戦争だから!」
「悪く思うな、一夏。お前は私の予想以上に強くなり過ぎた。だから今の内に叩き落とす!」
「僕もどうしても勝ちたい理由があるから、ここで一夏には負けられない!」
「そういう訳よ、一夏。後でこの借りはたっぷりと返してあげるから、覚悟しておきなさい!」
「ですがご安心なさって。敬介さんのためにも私が勝って、沢山可愛がって差し上げますわ!」
「最早何も言うまい。大人しくここで果てて貰うぞ!」
「えっと……つまり射程内に入ったら優先的に攻撃する、と?」

 一夏の問いかけに対して7人は首を振る。

「だったら、他の誰かに落とされる前に自分で落とそう、と?」

 またしても7人は首を振る。

「まさか、みんな揃って俺を潰すのに全力を注ぐとか……」
「その通りだ。では、墜ちるがよい!」
「マジかよ!?」

 ものすごく良い笑顔と共に7人が一夏に殺到しようとした瞬間、会場に爆音が轟く。

「なんだ!?」

 同時に上部に張られたシールドが突破され、何かが続々とアリーナ内に突入し、アリーナ内に警報が鳴り響く。

「あれは……ドールにブラックメイデン! 無人機か!?」

 多数の無人機……『ゴーレムⅠ』と『ゴーレムⅢ』が一夏達の目の前に降り立つ。それぞれを腕を向けてビームを一斉に発射する。
 閃光が、アリーナを包み込んだ。

**********

「クソ! ドアがロックされてやがる! 篠ノ之束の差し金か!」
「下がってろ滝! 力ずくで……なんて頑丈さだ! びくともしねえ!」
「ISの攻撃にも耐えられるように出来ているので、下手をすれば変身しても……」
「千冬さん、避難状況は!?」
「それが隔壁が降りて、ゲートが封鎖されたも同然で……!」

 第一アリーナピット内では猛、隼人、和也、真耶、千冬が閉じ込められている。隼人が力ずくでドアをぶち破ろうとするが、分厚い特殊金属製のドアはびくともしない。和也と真耶も電子ロックを突破しようと奮闘しているが、一向に解錠される気配がない。千冬も通信機で他の教員たちに指示を出し、手に持ったブック型端末を操作する。
 レベル4の遮断シールドにドアのロック。千冬が過去2回経験した無人IS襲撃と全く同じ状況だ。加えて今度は敵の数がかなり多い。数十機は下らないだろう。幸い他のアリーナまでは侵入していないらしく、そちらは避難が完了したと報告が入っている。だが第一アリーナには部外者や生徒が多数残っている。避難させようにも隔壁が降り、出るに出られない状況だ。援軍もロックを突破するまでは入れない。一夏を含む専用機持ちが奮闘しているが、いつまで保つか分からない。万が一保護用シールドが突破されれば、人的被害は甚大なものとなるだろう。
 苛立ちまぎれに壁を殴ろうとする千冬だが、猛に止められる。

「落ち着いて下さい、千冬さん。指揮官のあなたがそれでは、他の皆が不安になります。とにかく、やれるだけやってみましょう。私のフォローをして下さい。システムコントロールを奪い返せれば、あるいは」

 千冬は頷くと近くの情報端末とブック型端末を接続し、猛が端末についてキーボードを叩く。

「くそう、セキュリティシステムは完全に掌握されているな。だが動力系統のコントロールは生きている。なら、こうすれば……!」
「本郷さん、一体何を?」
「アリーナ地下にある非常用自家発電ジェネレーターの電力を、シールド発生装置に回しているんです。こうすればシールドが突破される時間を遅らせることが出来ます。隔壁とドアのロックを解除しましょう」

 猛と千冬がめまぐるしく端末を操作する傍ら、何回かドアに体当たりをしかけていた隼人と和也だが、一向に破れる気配はない。隼人は両腕を水平に伸ばすが、直後にドアのロックが解除されてドアはすんなりと開く。

「ドアが!?」
「それだけじゃない、隔壁も全て解放されている。これは一体……?」

『本郷先輩、織斑先生、聞こえますか!?』

 端末を見ていぶかしむ猛だが、直後に千冬の通信機から志郎の声が聞こえてくる。

「風見さん!」

『よかった、ご無事でしたか。先ほど結城と光太郎がシステムのコントロールを奪還し、ドアロックと隔壁を解除しました。現在、我々と先生方で生徒や部外者の避難誘導をしています。ですが混雑が酷い状況です。織斑先生、避難経路の指示をお願いして貰っていいですか?』

「分かりました。周波数はそのままでお願いします!」
「失礼。風見、俺もサポートする。手抜かりがないように頼む。一文字、滝!」
「任せろ! 行こう、真耶ちゃん! 俺たちも避難誘導だ!」
「はい!」
「本郷! 千冬! そっちは任せたぞ!」

 和也、隼人、真耶が部屋から飛び出していくと、千冬と猛はそ端末の映像と見取り図を見て指示を出し始める。
 一方、アリーナ建物内の廊下では教員たちや志郎らによる避難誘導が行われていた。

「さあ、こちらへ避難して下さい!」
「慌てないで下さい! まだ時間はあります!」
「押さないで! ちゃんと出口は確保されていますから!」
「歩けないのには手を貸す! それと、こっちからでも出れる!」
「左手側の出口は空いています! ですからこちらだけでなくそちらも!」
「走らなくてもまだシールドは突破されていません! パニックにならないで!」
「もう少しやから辛抱してや!」
「アリーナから出たら先生方の指示に従って下さい!」
「シェルターにはまだまだ余裕がありますから焦らないで!」
「光太郎さん!」
「杏子ちゃん! 克美さん!」

 避難誘導していた光太郎の下に杏子と克美が駆け寄ってくる。

「二人とも早く外に!」
「待って! 光太郎さん、この襲撃はやっぱり!」
「間違いなく、篠ノ之束の差し金だ!」
「そう……だったら、止めてあげて! こんなの……実の姉妹同士で戦うなんて、悲し過ぎる!」
「杏子ちゃん……」

 杏子もそうだった。かつてゴルゴムを率い、光太郎とも殺し合ったシャドームーンこと秋月信彦は杏子の実兄だった。その経験が篠ノ之姉妹と重なってしまったのだろう。

「止めるさ! 絶対に! 今は早く安全な場所に!」
「はい!」

 光太郎が力強く頷くと杏子と克美も駈け出していく。それを最後に誰もこない。避難は完了したのだろう。

「光太郎!」
「光太郎お兄ちゃん!」
「茂先輩! ひとみちゃん!」

 今度は茂とひとみが走って来る。

「避難は完了した! 俺たち以外はアリーナにもう誰も残ってないか、確かめに行っている。俺たちも行くぞ!」
「はい!」
「光太郎お兄ちゃん、楯無と簪を……」
「大丈夫、絶対に俺たちが守り抜くから!」

 ひとみの一言に光太郎がいつものように朗らかに笑って応えると、茂と共に駈け出していく。
 その頃、教員と協力して避難誘導を終えた志郎、丈二、一也は隼人、和也、真耶と合流する。

「こっちは完了した!」
「お疲れ様です。山田先生、榊原先生、フランシィ先生はデッキへ! 後は私たちが引き受けます!」
「分かった! 俺はちょっと準備があるから、先に行くぜ!」
「必ず救援に行きますので、それまでは!」

 志郎の言葉を聞く真耶と和也は外へと飛び出し、隼人もピットへと戻っていく。

「結城、アリーナ内には入れるか?」
「シールドの一時解除に少し時間は要るが、すぐに出れる」
「なら、行きましょう!」

 同時に一也、志郎、丈二はアリーナ内部目指して走り出すが、丈二は二人の教員にブレザーの袖を掴まれ止められる。

「結城博士、危険です! 相手はISなんですよ!?」
「どんな武器があっても、無人機の相手は……ましてや、生身でなんて!」
「……そうなのかもしれません」

 丈二は立ち止まると静かに話し始める。

「貴女たちの言う通り、このような状況では爪を持たず、牙を抜かれ、有効な武器もなく、多少の腕力がある程度の男は、ISの前では、逃げ惑うだけの弱者となるしかないのかもしれません」
「ですが、中には身体に戦える爪を、心に抗える牙を持ち、研ぎ澄ませてきた者もいます」

「そう、我々のように」

 丈二が一度振り返ると気圧されたように教員は手を離す。すると丈二も前を向き、振り返らずに走り去っていく。

「榊原先生、私……」
「私も、何か仮面のようなものが見えた気が……」 

 ピット内では猛と千冬が報告を受けている。

「しかし、援軍の到着までに時間がかかる。このままでは学園全体に被害が……!」
「我々が、時間を稼ぎます。ここで食い止めれば被害は最小限で済む筈です」
「しかし!」
「それとも何か? 信用出来ないってか?」

 すると入口にもたれかかりながら隼人が千冬に声をかける。

「安心しろ、人形野郎なんぞに、真耶ちゃんの生徒を好き勝手させるかよ。それくらいは、信じろ」

 いつものように軽い口調で続ける隼人だが、目は真剣そのものだ。

「分かりました。後はお任せします」
「それと、指揮権はひとみちゃんに委任しといた方がいいんじゃないか?」
「指揮権を、ですか?」
「ああ。非常時はお前が指揮を執るんだろ? 引き継いどかないと余計な混乱を招くだけだしな」
「引き継ぐって……?」
「悪い、遅くなった」

 隼人の言葉にきょとんとする千冬だが、手元にヘルメットが投げられると反射的に受け取る。投げ渡したのは黒いプロテクターに身を包み、髑髏を模したヘルメットを片手に持った和也だ。

「それじゃ千冬、行こうぜ?」
「行くって、どこにですか?」
「挨拶しにだよ。本拠地を叩くとも言うがな」
「本拠地って、あの廃墟ですか?」
「ああ。一也の話じゃ、地下に研究施設が残っているらしいし、拠点にするには最適だろ?」
「つまり、我々だけで根を断とうと」
「嫌ならいいんだぜ?」 
「どうせ嫌と言っても、無理矢理にでも連れて行く気が満々じゃないですか。どうせ佐原先生には話は通してあるんですよね?」
「ああ。指揮はもう彼女が代行してる。それより、置いていかれるぜ?」
「置いていかれるって、いない……」

 ふと千冬が気がつくと猛と隼人の姿はない。

「あいつらはいつもこうなのさ。こういう時は、風よか速いぜ?」
「まったく、あなたたちは……なら、私たちも」

 一方、交戦を開始した専用機持ちたちは次第に数に押され始めていた。特に満足に補給出来ていない一夏は、シールドエネルギー残量が危険域に入っている。

「まだまだ!」

 それでも雪片弐型を振るい、手近な『ゴーレムⅠ』の胴体を薙いで叩き斬るが、別の『ゴーレムⅠ』が左腕で殴りかかり、『ゴーレムⅢ』が右腕のブレードで横薙ぎに払ってくると叩き落とされ、地面に強かに打ちつけられる。

「一夏!? この! 邪魔をするな!」

 箒が救援に向かおうとするが5機の『ゴーレムⅢ』が一斉に斬りかかり、同じ数の『ゴーレムⅠ』が回転しながら箒めがけてビームを乱射して一夏には接近出来ない。他の6人も似たり寄ったりの状況だ。数が違い過ぎる。奇襲とはいえ一機相手にしていても手間取ったのだ。それが10機も20機も集ってくれば苦戦は必至だ。しかも無人機独特の動きの一糸乱れる連携が加わり、どうしようもない。箒はゴーレムⅢに捉えられ、左腕で首を掴まれるとブレードで斬り裂かれて地面に落とされる。

「箒!?」
「一夏君! 伏せて!」

 慌てて助けようとする一夏だが、楯無の声で我に返ると、目の前にブレードを振り上げたゴーレムⅢが立っている。ゴーレムⅢには特殊なエネルギーを放射し、絶対防御を無力化する機能が搭載されている。このシールドエネルギー残量では、絶対防御抜きでこの一撃に耐えられない。これを受ければ一夏の命はない。地面に落下した箒もゴーレムⅠに踏みつけられ、ゴーレムⅠは箒をなぶるように、他の全員に見せつけて絶望させるように右腕のビームを最大出力までチャージしている。

「ここまでなのか……!」

 箒が唇を噛み締めるとゴーレムⅢが一夏めがけてブレードを振り下ろし、チャージが完了したという警報が箒の耳に入ってくる。

「『飛竜拳』!」

 しかしアリーナに入るや一也が跳躍し、飛び込みながら右拳をゴーレムⅢに叩きこんで派手に殴り飛ばす。

「させるか!」

 さらに志郎がゴーレムⅠに蹴りを入れて右腕をずらし、あらぬ方向にビームが発射される。続けてゴーレムⅠに体当たりを仕掛けて吹き飛ばし、距離を開けると箒を助け起こす。

「箒さん、大丈夫かい?」
「風見さん!? どうやってここに!?」
「なに、シールドを一部解除しただけさ」

 丈二も志郎の背後から現れて顔を出すと、6人は一度無人機を振り切って近くに降り立つ。

「ですが結城さん、ここまで乗り込んでくるのは危険です! せめて観客席から……!」
「そうはいかない。これは、俺の責任でもある。だこれ以上彼女に罪を犯させない為にも、俺の手で止める!」
「それに、君たちを危険に晒してしまっては弾君や蘭さんも悲しむだろうし、先輩たちに申し訳ない。なにより、後輩たちにも顔向け出来ないんでね」

 志郎は箒に笑いかけながら観覧席の一部を顎で示して見せる。
 観覧席ではアマゾンが無人機を睨みつけ、唸り声をあげている。良も黙って目付きを鋭くし、睥睨している。今はシールドが張られているので飛び出せないが、シールドが破られ次第外に飛び出していきそうな勢いだ。

「そう唸るなって、アマゾン。セシリアや鈴さんが驚くだろ?」
「村雨も、怖い顔して睨むなよ。ラウラさんはともかく、シャルが本気で怖がったらどうするんだ?」
「ケイスケ……」
「筑波さん……」

 だがアマゾンの横に敬介が、良の横に洋が立つと笑いながら窘める。

「まあ、気持ちは分かるけどな。俺だって腹に据えかねているんだ」
「これ以上ひとみちゃんの家族、楯無さんと簪さんを傷つけさせる訳にはいきませんから」

 茂と光太郎も歩いてくると並び立つ。

「箒さんにとっては、俺はただのお節介かもしれないけどよ!」

 茂が不敵に笑って手袋を脱ぎ捨て、スパークを発生させながら右拳を左掌に叩きつけると、他の5人も臨戦態勢に入る。猛と隼人もゲートから観覧席に現れる。
 
「ありがとうございます、一也さん」
「礼はいらないよ。まだ君たちを助けちゃいない」

 一礼する一夏に一也は首を振る。

「それと、言い忘れていたことがあったんだ。実は俺の両親も国際宇宙開発研究所の所員だったんだ。それで、俺も国際宇宙開発研究所に……」
「じゃあ、改造手術を受けたのは……!」

 一也は答えずに一夏と箒に穏やかに笑ってみせると表情を引き締め、無人機を正対する。

「行くぞ!」
「応っ!」

 猛は檄を飛ばすと左手を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出し、隼人は両腕を右方向に伸ばす。他もめいめい動作を開始する。
 
「変身!」

 一也は構えた腕を合わせて腰まで引き、両手で梅花を作るとゆっくりと前に突き出す。

「ブイスリャァッ!」

 志郎が左斜めに伸ばした両腕から一度右腕を引き、左腕と入れ替えるように右腕を突き出すと、『ダブルタイフーン』が回転し、11人の姿が一斉に変わり始める。
 変身が完了した丈二は高らかに名乗りを上げる。

「ライダーマン!」

 志郎は右腕を立ててVサインを作りそれに続く。

「仮面ライダーV3ァ!」

 一也も左腕を前に突き出して言い放つ。

「仮面ライダースーパー1!」

 シールドが遂に限界を迎えて消失すると同時に、11人の仮面ライダーは待ちかねたとばかりに一斉に無人機に挑みかかっていった。

**********

 仮面ライダーストロンガーは箒を襲おうとしたゴーレムⅢに蹴りを入れ、電流を流しこんでショートさせる。

「天が呼ぶ!」

 ビームを撃とうとするゴーレムⅠに『エレクトロファイヤー』を浴びせ、機能を停止させる。

「地が呼ぶ!」

 『電気マグネット』でゴーレムⅠを数体引き寄せ、『電タッチ』で感電させて行動不能に追い込む。

「人が呼ぶ!」

 締めとばかりにゴーレムⅢに『ストロンガー電キック』を叩き込むと、そのゴーレムⅢは電光火花を撒き散らしながら爆発四散する。飛び散った部品を着地と同時に踏みつけ、仮面ライダーストロンガーは口上を続ける。

「俺は、仮面ライダーストロンガー!」
「茂さん、無人機相手に名乗る必要があるんですか?」

 空裂でゴーレムⅠを一機斬り裂いた箒が、仮面ライダーストロンガーにツッコミを入れる。

「なに、会うのは初めてなんだ。名乗っておくのが礼儀ってもんだろう。長い付き合いになるかは分からないがね」

 仮面ライダーストロンガーは手近なゴーレムⅢを捕まえて、拳の連打を浴びせながら箒にこともなげに答えてみせる。

「それに、きっちり覚えて貰おうと思ってな。こいつらを全部ぶっ潰すヤツの名前を……よ!」

 締めに電流を纏った拳をゴーレムⅢに叩きこんで撃墜すると、4機のゴーレムⅠが上空から仮面ライダーストロンガーにビームを放とうとする。しかし仮面ライダーストロンガーは余裕とでも言いたげだ。

「ケッ! 相手が悪かったな! 電気人間の俺相手に精密機械、しかも無人のを送り込んでくれて、感謝してるぜ!」
「エレクトロサンダー!」

 仮面ライダーストロンガーが上空に向けて電流を放つと、ゴーレムⅠの上空に雷雲が発生し、直後に落雷が4機のゴーレムⅠに直撃する。ゴーレムⅠは全て焼け焦げながら地面に叩きつけられ、バラバラに弾け飛ぶ。直後に4機のゴーレムⅢが左腕からビームを乱射して仮面ライダーストロンガーの足を止めるが、箒が割り込んで展開装甲でシールドを形成して防ぎ切る。今度は展開装甲を変形させ、『穿千』を形成し、熱線を叩きこんで撃墜する。

「悪いな、箒さん」
「いえ。ですが、前言は撤回して下さい。無人機を全て潰すのは私ですから」
「言うねえ……だが、そうはいかねえぜ? 俺が触れたら、あいつらはイチコロなんだからな」
「ならば、あなたが触れるより先に、全て叩き斬るまでです」

 箒が不敵に笑うと、仮面ライダーストロンガーもまた仮面の内でニヤリと笑う。

「本当に、いいのかい?」
「これも、私がやらなくてはならないことですから」

 箒の本心は仮面ライダーストロンガーも承知している。家族と刃を交えるなど嫌に決まっている。それでも他人に心配をかけないように強がっているだけだ。仮面ライダーストロンガーも箒を気遣って、わざと合わせている。

(我ながら難儀なものだな、素直になれないというのは)
(まったく、意地っ張りで強がりなのはお互い様らしい)

 内心同じことを呟く箒と仮面ライダーストロンガーだが、目の前にいる多数の無人機を見ると、仮面ライダーストロンガーは拳を打ちつけながら体中から電流をスパークさせ、箒は雨月の腹を一度撫でて切先を向ける。

「次にスクラップになりたいヤツはどいつだ!?」
「来ずとも、こちらから行くがな!」

 セシリアはビットを、鈴は龍咆を展開してゴーレムⅠを叩き落とすが、2機のゴーレムⅢが右腕の大型ブレードを掲げて二人を斬ろうとする。

「ライドルホイップ!」
「ケケェェェェ!」

 しかし仮面ライダーXはライドルを引き抜き、ライドルホイップでゴーレムⅢを『X』の字に斬り裂く。仮面ライダーアマゾンはアームカッターとフットカッターで残る1機をバラバラに切り刻む。

「セシリア! 無事か!?」
「はい! ありがとうございます、敬介さん!」
「リン、怪我ないか?」
「大丈夫よ、アマゾン。私からもありがとう」

 仮面ライダーXと仮面ライダーアマゾンにセシリアと鈴は応えると、ゴーレムⅢ数機がビームを連射しながら突進してくる。

「この!」
「叩き落としてやるわ!」

 セシリアと鈴はビームを回避するとゴーレムⅢに反撃するが、ゴーレムⅢはシールドユニットを展開し、エネルギーシールドで攻撃を防ぎながら無理矢理接近してくる。

「ロングポール!」

 仮面ライダーXはライドルのスイッチを操作してロングポールに変形させると、棒高跳びの要領で高々と跳躍して身を捻り、ゴーレムⅢの背後を取る。

「ライドルロープ!」

 続けてライドルロープに変形させて先頭の1機に巻きつけると、高圧電流を流してゴーレムⅢを大破させる。

「ガァアアアア!」
 
 仮面ライダーアマゾンは接近してきたゴーレムⅢのシールドをアームカッターで斬り裂くと、ゴーレムⅢに組みついてモンキーアタックとジャガーショックを繰り返す。ゴーレムⅢの装甲に生々しい傷が増えていくが、仮面ライダーアマゾンは胸部装甲を食いちぎってコアを露出させ、クラッシャーでコアを咥えて離脱する。そのゴーレムの動きが糸が切れた人形のように止まり、直後に爆発する。

「ライドルスティック!」

 残りのゴーレムⅢとライドルホイップで斬り合いを演じていた仮面ライダーXだが、スイッチを操作してライドルスティックに変形させる。中央部分を持って自由自在に振り回し、ゴーレムⅢを打ち据え、突き倒し、叩きのめして装甲をへこませる。正面から来たゴーレムⅢを横薙ぎで弾き飛ばし、背後から迫る別の1機に振り向きもせず先端を突き入れ、右手からきた大型ブレードをあっさり防ぐと、ゴーレムⅢは一斉に上昇して仮面ライダーXに集中砲火をかける。ライドルで防いでいた仮面ライダーXだが、やがてライドルを高々と上に放り投げる。

「あとは私が!」

 セシリアはレーザーライフルやビットのビームを『偏向射撃』で捻じ曲げ、3機纏めて撃墜する。残りの機体は人間離れした動きで一度は回避するが、ライドルに当たって歪曲されたビームまではかわせず、装甲が一部消し飛ぶ。

「ほらほら! 後方注意よ!」

 直後に鈴が瞬時加速を使ってゴーレムの背後に回り込むと、双天牙月を2機の背後から突き入れ、胸から切先が飛び出した後に爆発する。1機は鈴に挑もうとブレードで斬りかかるが、鈴は連結させた双天牙月でブレードを受け流し、返す刀で袈裟がけに斬り捨てて地面に叩き落とす。残る2機は大人しく距離を取ろうとするが、目の前に空中でライドルを受け取り大車輪を終えた仮面ライダーXと、跳躍して右腕のアームカッターを振り上げた仮面ライダーアマゾンが現れる。

「Xキック!」
「大切断ッ!」

 エネルギーシールドを張る間もなく1機は仮面ライダーXの蹴りで上下に、もう1機は仮面ライダーアマゾンの斬撃で左右に両断されると爆散する。同時に2人の仮面ライダーとセシリア、鈴が着地する。仮面ライダーアマゾンは咥えていたコアを仕舞う。

「アマゾン、本当にそういう所は抜け目がないわね」
「コアがあると調べるの楽になる。それくらい、俺も知ってる」
「知識に偏りがあるような……代表候補生はアマゾンさんにとって、優先順位が低いのでしょうね、きっと」
「まだ根に持ってるのか? アマゾンも悪気はなかったんだ。それより、団体さんのお出ましだ」

 仮面ライダーXの視線の先には、20機程の無人機がこちらに向かってきている。しかし4人は微塵も焦らない。心強い味方がすぐ隣にいる。今ならばどれだけ来ようが倒せる自信があるくらいだ。

「あくまで悲しみの連鎖を増やすか……それでも望みとあらば、相手をしよう!」

 仮面ライダーXはライドルホイップを『X』の字を描くように振ると、セシリアと鈴の射撃と同時に、仮面ライダーアマゾンと共に無人機の集団へと突っ込んでいく。
 上空ではシャルロットとラウラがコンビを組んで奮戦している。ラウラがゴーレムⅠを1機AICで拘束すると、シャルロットが至近距離からショットガンを叩きこんで撃墜する。シャルロットがアサルトカノンでゴーレムⅢの手足を撃ち抜けば、ラウラがワイヤーブレードで胴体を滅多切りにして撃破する。しかしゴーレムが複数で襲いかかってくると劣勢に立たされる。その内ゴーレムⅠ数機が回転しながらビームを乱射し、シャルロットとラウラの逃げ道を塞ふ。接近したゴーレムⅢがブレードで斬りつけようとする。

「スカイ……」 
「ZX……」
「キック!」

 しかしゴーレムⅠはスカイライダーの、ゴーレムⅢは仮面ライダーZXの飛び蹴りを受けてバラバラに弾け飛ぶ。

「ありがとう、兄さん。また助けられちゃったね」
「気にしなくていい、シャル。当然のことをしたまでさ」
「ですが良さん、地上はいいのですか?」
「先輩方や光太郎がいるからな。ラウラの方が心配だったさ」

 スカイライダーとシャルロット、仮面ライダーZXとラウラが話しているとゴーレムの編隊が4人に襲いかかってくる。

「話はここまでだ。ラウラ、合わせろ!」
「はい!」

 仮面ライダーZXは脚部ジェットエンジンを噴射して、ラウラはスラスターを使って突撃する。仮面ライダーZXが虚像投影装置で分身をゴーレムの眼前に出現させると、ゴーレムの動きが止まる。仮面ライダーZXはスリットから電磁ナイフを引き抜き、ラウラは両手にプラズマ手刀を発生させ、分身をすり抜けるようにゴーレムの群れを斬り伏せていく。

「ラウラ、『黒兎影狼X斬り』だったっけ?」
「そんなイマイチな名前で呼ばれたくは……」
「ヒューリィみたいなことを言うんだな、ラウラ。俺も同感だが」
「あの、ヒューリィ教官をご存じなのですか?」
「『SPIRITS』第10分隊で一緒に戦ってきたからな。ラウラこそ知っていたのか?」
「はい、『シュバルツェ・ハーゼ』で一時格闘戦教官をされていたので、その時に」
「そう言えば、どことなくヒューリィっぽいな……お国柄ってヤツなんだろうな。セシリアのネーミングセンスも含めて」
「セシリアの、ですか?」
「ああ。その分隊にはイギリス出身のヤツもいたんだが、セシリアみたいなネーミングセンスをしていたんだ。アルベールはフランス出身らしいし、もしかしたらシャルロットも気難しく……」
「村雨さん!? ラウラに変なこと吹き込まないで下さい! スクール水着の件とか、村雨さんが言うとすぐに影響されちゃうんですから!」
「大丈夫だ、シャルロット。お前がどれだけ気難しかろうが、私はずっとお前の味方だ。お前が私の友達になってくれたように」
「ラウラも鵜呑みにしないで! 嬉しいのは嬉しいんだけど……っと、こんな時に!」
「まったく、無粋もいいところだな!」

 シャルロットがズレた会話を始めた仮面ライダーZXとラウラにツッコミを入れるが、ゴーレムⅢ6機がシャルロットに斬りかかってくると、スカイライダーと共に迎え撃つ。

「デザート・フォックスなら!」
「水平回転チョップ!」

 シャルロットが両手に持った重機関銃で3機を蜂の巣にすると、スカイライダーは回転しながら連続水平チョップを放ち、3機の胴体を纏めて寸断する。シャルロットはパワーアシストを最大にし、接近してきたゴーレムⅢを肩に担ぎ上げると、身体を反転させてゴーレムⅢの腕と脚を持ち、背中に右足をかけて急降下を開始する。

「三点ドロップ!」

 アリーナの地面にゴーレムⅢを叩きつけると、シャルロットは離脱する。土煙が朦々と上がり、ゴーレムⅢの姿は見えない。

「やった!?」

 しかし、煙の中からビームが発射される。咄嗟に回避するものの回避し損ねて左足に掠り、ビームの熱が直に伝わって焼けるような痛みが一瞬走る。直後に前面装甲が大きくひしゃげ、一部から火花が飛び散りながらもゴーレムⅢが姿を現す。

「しつこい……くっ!」

 シャルロットは内心己の迂闊さに舌打ちし、距離を取ろうとするが、まだ残った左足の痛みで一瞬足がもつれる。ゴーレムⅢはシャルロットにビームを放とうとする。

「三点……」

 しかし、真上から一機のゴーレムⅢを捕まえて肩に担ぎ、数回回転して遠心力を付けてから身体を反転させる。ゴーレムⅢの背中に右足をかけ、『重力低減装置』を切って急降下を開始したスカイライダーの姿を見ると、ビーム発射を中断して逃れようとするが、間に合わない。スカイライダーはゴーレムⅢの頭上に、自身が下敷きにしたゴーレムⅢを叩きつける。

「ドロップ!」

 両機が接触すると同時に右足に力を込めて踏み抜くと、下敷きになったゴーレムⅢは胴体が真っ二つになる。シャルロットに狙いをつけていたゴーレムⅢは腰から上が吹き飛び、スカイライダーがシャルロットの横に着地するとまとめて爆発する。

「いくらなんでも、無茶し過ぎじゃないか?」
「ごめん、ちょっといい所見せたかったから……」
「威力が足りないのは分かってただろ? これは特訓した方がいいな」
「僕は喜んで。兄さんや一夏が一緒なら、どんな特訓でも受けるよ」

 シャルロットは華やかに笑い、ショットガンでゴーレムⅠをまとめて吹き飛ばして沈黙させる。

「だから兄さん、こんなこと、絶対に止めよう。こんなの、箒や一夏、織斑先生を悲しませるだけで、何も始まらない!」

 シャルロットの言葉にスカイライダーが頷くと、仮面ライダーZXとラウラもゴーレムⅠに挑みかかる。仮面ライダーZXが十字手裏剣を投げつけると、ラウラが肩のレールカノンを連射してゴーレムⅠを撃墜する。別のゴーレムⅠ4機が回転しながらビームを撃ってくるが、ラウラはワイヤーブレードを、仮面ライダーZXは『マイクロチェーン』を射出し、それぞれ1機に巻きつけると独楽の要領で別の機体に接触させて撃墜する。

「終わりだ!」
「墜ちろ!」

 残った2機に仮面ライダーZXが『衝撃集中爆弾』を投げつけ、ラウラがレールカノンを浴びせると2機は蜂の巣にされた挙句、派手に爆発して粉微塵となる。

「怒りや憎しみ、悲しみに身を任せても勝てはしないと、俺が教えてやる!」

 仮面ライダーZXはラウラと共に無人機へと突っ込んでいく。

「俺たちも行こうか、シャル。今は俺たちが出来ることをするために!」

 スカイライダーとシャルロットも頷き合うと、二人を追って飛び込んでいく。

「RXキック!」

 仮面ライダーBLACK RXは跳躍し、両足を揃え赤熱化させると飛び蹴りをゴーレムⅠに炸裂させ、一撃で撃墜する。そこにゴーレムⅠ数機が一斉にビームを撃ってくる。

「キングストーンフラッシュ!」

 しかしサンライザーからキングストーンのエネルギーを放射すると、ビームは跳ね返ってゴーレムⅠを全機撃ち落とす。ゴーレムⅢが空中を旋回しながらビームを浴びせてくると、仮面ライダーBLACK RXは防御を固めて耐え忍ぶ。

「光太郎さんは……やらせない!」

 だが簪が山嵐を発射し、マニュアルで誘導して旋回していたゴーレムⅢを全て叩き落とす。別のゴーレムⅢが簪を斬ろうとするが、仮面ライダーBLACK RXは姿をバイオライダーへと変え、身体を液状化させて体当たりで叩き落として実体化する。

「バイオブレード!」

 バイオライダーは腰に手を当ててバイオブレードを形成し、ゴーレムⅢに斬りかかり、軽やかな斬撃の連携で装甲を切り取っていく。

「スパークカッター!」

 締めとばかりにバイオブレードを発光させ、逆袈裟に斬りつけると、ゴーレムⅢは斜めにずり落ちた後に爆発四散する。続けてロボライダーへと姿を変えると、ボルティックシューターを片手に真っ向から撃ち合いを展開する。その重装甲でビームを全て受け切り、次々とボルティックシューターで撃ち抜いていく。空中からゴーレムⅢが取り囲むようにして斬りかかるが、ロボライダーは怯まずにその剛力にまかせて殴り飛ばす。

「光太郎さん! これを!」

 楯無がランスをロボライダーに投げ渡す。ロボライダーはランスを両手で持つと、勢いよく振り回してゴーレムⅢを串刺しにして撃破する。楯無もラスティー・ネイルからの高圧水流と、アクア・クリスタルで発生させたアクア・ナノマシンで周囲のゴーレムⅠを一掃すると、ロボライダーの前に降り立つ。

「ありがとう、楯無さん、簪さん」
「礼には及ばないわ、光太郎さん。それより、気合いが入り過ぎじゃないかしら?」
「もしかして、信彦さんのことを……?」

 ロボライダーは答えないが、楯無と簪には肯定であると分かる。

「大丈夫だよ、二人とも。今は無人機を止めるのが先決だ!」

 仮面ライダーBLACK RXの姿に戻り、いつものように朗らかに答えると、仮面ライダーBLACK RXは一度地面を叩いて跳躍し、ゴーレムⅠに殴りかかる。楯無はランスを、簪は薙刀を構えて突撃し、当たるを幸いに無人機を薙ぎ倒す。
 一夏は雪片弐型を振るって奮戦している。目の前に現れたゴーレムⅠの胴を抜いて撃墜し、左右から挑みかかってくるゴーレムⅢには荷電粒子砲、零落白夜を発動させた突きを放って沈黙に追い込む。ビームクローをゴーレムⅠの右腕に突き立てて固定すると、一本背負いの要領で別のゴーレムⅠの頭上めがけて投げ落す。

「ライダー返し!」

 それで2機同時に処理した一夏に、ゴーレムⅢがビームを撃とうとする。しかし一夏は慌てた様子を見せず、別の敵に雪片弐型の斬撃を見舞う。無視されたゴーレムⅢはビームを発射するが、一夏には当たらない。

「無駄だ!」

 なぜならば仮面ライダースーパー1が一夏の盾となり、銀色の両腕でビームを防いだからだ。

「チェーンジ! エレキハンド!」

 仮面ライダースーパー1は腕をエレキハンドに交換すると、右腕をゴーレムⅢに向けて突き出す。

「エレキ光線、発射!」

 直後に3億ボルト以上の高圧電流が放たれ、ゴーレムⅢは火花を激しく飛び散らせて機能を停止する。それを見届けぬ内に仮面ライダースーパー1は一夏の前に出て、ゴーレムⅢ数機のブレードを全て両腕で捌き続ける。ゴーレムⅢの体勢が大きく崩れると、一夏は零落白夜を発動させる。

「これでどうだ!」

 一夏はガラ空きとなった胴体のエネルギー刃を次々と斬り込んで両断する。

「チェーンジ! パワーハンド!」

 仮面ライダースーパー1も腕をパワーハンドに交換し、ゴーレムⅢのシールドを殴りつけて無理矢理突破し、両拳を握りしめる。

「パワーパンチ!」

 仮面ライダースーパー1が繰り出した拳はあっさりとゴーレムⅢの胸を貫く。 

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」
「超高温火炎、冷凍ガス、同時発射!」

 両腕を冷熱ハンドに交換すると右腕から超高温火炎を、左腕から冷凍ガスを同時に発射し、ゴーレムⅠの動きを止める。すかさず仮面ライダースーパー1は腕をスーパーハンドに戻し、一度両手を腰まで引く。

「赤心少林拳、諸手打ち!」

 両手を手刀にして肩口に打ちこむと、肩が斬り落とされる。

「これはおまけだ!」

 残った胴体に一夏が荷電粒子砲を至近距離で叩き込んで粉々にすると、仮面ライダースーパー1は一度飛び退く。

「一夏君、君は攻撃に専念するんだ! 防御は俺が引き受ける!」
「分かりました! お願いします!」

 仮面ライダースーパー1と一夏が簡単な打ち合わせを済ませると、無人機がわらわらと群がってくる。仮面ライダースーパー1は無人機に左手を突き出して構える。

「篠ノ之博士、ISを夢を与えるためではなく奪うために使うというであれば、この拳、破壊のために使わせてもらう」
「行くぞ! 『土人形(ゴーレム)』共! 今度は仮面ライダースーパー1が相手だ!」 

 無人機はビームを撃ちまくるが、仮面ライダースーパー1は全て腕で弾き続ける。無人機故に正確だが、気持ち悪いくらいに一定のリズムとタイミングだ。仮面ライダースーパー1にとって、アルゴリズムさえ読んでしまえば狙いやタイミングに誤差や騙しがない分、有人機より与しやすい。仮面ライダースーパー1は前に出てビームを弾き続ける。

「一夏君、一気に前に出るぞ!」
「はい!」

 仮面ライダースーパー1が勝負に出るように走り出すと、一夏もスラスターを噴射して前に出る。ビームの嵐を突っ切り二人で敵陣まで切り込むと、仮面ライダースーパー1は拳打で、一夏は白刃で群がるゴーレム達を蹴散らしていく。 
 観覧席では2組の『ダブルライダー』が、無人機を相手に嵐の如く荒れ狂っている。

「ロープアーム!」

 ライダーマンはカセットアームをロープアームに変形させ、ゴーレムⅢの左腕に巻きつける。ゴーレムⅢはスラスターを噴射して上空に逃れようとするが、ライダーマンはびくともしない。一瞬ロームアームを緩めて体勢を崩すと、拘束したゴーレムⅢを分銅代わりにする。遠心力と慣性を利用して振り回し、付近のゴーレムⅠに打ち当てて叩き落とし、ゴーレムⅢをその上に投げ落す。

「V3スクリューキック!」

 仮面ライダーV3が跳躍して身体をスクリューのように回転させ、飛び蹴りを落下したゴーレムに放つと纏めて蹴りぬいて風穴を開け、爆散させる。着地した仮面ライダーV3にゴーレムⅢが斬りかかってくるが、カウンターで殴り飛ばすと両拳の連打を打ち込み、装甲をへこませていく。

「パワーアーム!」

 ゴーレムⅢの背後からライダーマンがパワーアームを振り下ろし、頭から胸までかち割って撃破する。同じタイミングで仮面ライダーV3は跳躍し、ライダーマンは右肘にカートリッジを差し込む。

「V3きりもみキック!」
「ドリルアーム!」

 仮面ライダーV3はライダーマンの背後から迫っていたゴーレムⅠに空中で錐揉み回転して飛び蹴りを放ち、ライダーマンは仮面ライダーV3の後背を突いてきたゴーレムⅢの胸にドリルアームを突き出し、2機のゴーレムは爆発して吹き飛ぶ。仮面ライダーV3とライダーマンが背中合わせに並び立つと、ゴーレムたちに取り囲まれる。しかし二人は余裕の態度を崩さない。

「フッ、少し数が多いか?」
「なんの、これくらい! ……付き合わせて、悪いな」
「……気にするな。だが、ちゃんと叱ってやれ。殴るくらいのことはしていい筈だ」
「ああ。そして罪は償わせる。でなければ、あの娘は……」
「っと、もう待てないらしいな。行くぞ、ライダーマン!」
「任せろ、V3!」

 ゴーレムが一斉に仮面ライダーV3とライダーマンに突撃してくるが、二人は同時に跳躍する。ゴーレムは追いかけて上昇し、ビームを撃とうとするが、ライダーマンが両腕を組んで仮面ライダーV3を打ちあげ、蹴られた反動でライダーマンは着地する。ゴーレムが逡巡する内に仮面ライダーV3は空中で三回前転し、ライダーマンはカートリッジを差し込む。

「V3回転三段キック!」

 仮面ライダーV3は手近なゴーレムに両足で蹴り砕くと、反動で飛び出して2機目、3機目にも蹴りを見舞って粉砕する。

「マシンガンアーム!」

 直後にライダーマンの右腕から特殊金属製の弾丸が吐き出され、残るゴーレムを全てバラバラに撃ち抜く。

「ライダーチョップ!」

 仮面ライダー1号は左手刀を真横に振り抜き、ゴーレムⅠの胴体を両断する。

「ライダーパンチ!」

 仮面ライダー2号は右拳をゴーレムⅢの胸に真っ向から叩き込み、風穴を開ける。

「ライダー!」
「キック!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は同時に跳躍し、別のゴーレムに飛び蹴りを叩き込んで撃破して着地する。周囲にはゴーレムの残骸が、死屍累々というに相応しい有様で散乱している。2機のゴーレムⅢが『ダブルライダー』を仕留めようとするが、仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は斬撃をいなすとゴーレムⅢを脇に抱え込む。

「一文字!」
「本郷!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー仮面ライダー2号は向き合って頷くと、ゴーレムⅢを抱え上げたまま跳躍する。

「ライダーダブルハンマー!」

 ダブルライダーは空中で抱えたゴーレムⅢの頭を正面衝突させ、膝蹴りを胴体にぶち当てる。するとゴーレムⅢはどちらも空中で爆発する。着地と同時に空中からゴーレムⅠがビームを乱射してくるが、ダブルライダーは両腕で防御し、時に回避しながら反撃の機会を窺う。
 いつもこうだった。改造手術から助けられた時も、帰国して強敵と戦った時も、新たな悪の組織が出現した時も、何度も追い詰められ、協力して戦いぬいてきた。何も言わずとも、どう動けばいいか、身体で理解している。

「ライダー車輪!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は互いに肩を組むと前転を開始し、車輪の如く高速回転して飛んでくるビームを弾き飛ばして瞬く間にゴーレムⅠの真下に到達する。上になった仮面ライダー1号を仮面ライダー2号が蹴り上げると、仮面ライダー2号も跳躍する。
 仮面ライダー1号はマフラーをゴーレムⅠに巻き付け、スクリューのように高速回転する。

「ライダースクリュー!」

 ゴーレムⅠを振り回して他のゴーレムに当てると、マフラーを解いてそのゴーレムⅠを蹴り砕き、反動で宙を舞って別のゴーレムⅠに飛び蹴りを放つ。

「ライダー反転キック!」

 一撃で1機撃墜すると、続けて別のゴーレムⅠの足を掴み、ハンマー投げの要領で振り回す。

「ライダーハンマー!」

 十分に遠心力をつけて別のゴーレムⅠに投げつけると、2機のゴーレムⅠは弾け飛ぶ。続けてゴーレムⅠの腰を両足で挟むと、身体を反転させて地面に叩きつける。

「ライダーシザース!」

 一撃でゴーレムⅠが砕け散ると仮面ライダー1号は着地する。入れ違いになるように仮面ライダー2号がゴーレムⅠの片足を掴み、軽々と振り回してゴーレムⅠを叩き落とし、締めとばかりに持っていたゴーレムを落下したゴーレムⅠの群れに投げつける。

「ライダー返し!」

 残りのゴーレムⅠが粉々に砕け散る。だがゴーレムⅢが左腕を向けてビームを撃ってくる。しかし突如として横合いからの射撃を受け、ゴーレムⅢは撃ち落とされていく。最後に残った1機は横を向こうとするが、胸を撃ち抜かれて沈黙に追いやられる。

「遅くなりました!」
「真耶ちゃん!」
「教員部隊は?」
「私以外も、間もなく到着します!」

 『ラファール・リヴァイヴ』を装着たた真耶だ。真耶の言葉通り、教員部隊も到着して交戦を開始する。敵の数はまだまだ多い。気を抜く訳にはいかない。

「隼人さん、大丈夫ですか?」
「なに、へなちょこビームなんて効きはしないさ。楽勝だぜ、楽勝」
「本当ですか? 実は大けがしていたりとかしてませんか?」
「……そんな不安そうな顔しないでくれよ。そっちの方が、よっぽど俺には効くんだ」

 仮面ライダー2号が敢えて明るく答えると、続々とゴーレムが集ってくる。

「一文字、いけるか?」
「誰に聞いてんだよ、本郷。答えは一つさ」
「まだまだいけるに決まってるだろうが!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は新たな敵を求めて真耶と共に戦場を駆ける。
 専用機持ちも少し余裕が出来たため、時折補給をしに行く。と言っても、絢爛舞踏を発動させた箒の所に向かい、エネルギーを供給して貰うだけだが。今はシャルロットと簪が一旦戦線を離脱し、箒の下に向かっている。

「ありがとう、箒」
「気にするな。早く戻らないと……」
「危ない!」

 しかし2機のゴーレムⅠに箒と簪は体当たりされて姿勢を崩し、ゴーレムⅠの長い両腕で滅多打ちにされる。

「箒! 簪! よくも!」

 激昂したシャルロットは左腕シールドをパージし、リボルバー式パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』を構え、ゴーレムⅠを引き離そうとする。しかしシャルロットの右からビームが迫ってくるとギリギリで回避し、追撃に備える。ゴーレムⅢが左腕をシャルロットに向けながら突っ込んでくる。咄嗟にアサルトライフルを呼び出して連射するシャルロットだが、ゴーレムⅢはシールドを張って強引に突破すると白兵戦に持ちこむ。箒と簪もゴーレムⅠから逃れようとするが、無人機特有の人間離れした動きに悪戦苦闘し、頭を掴まれる。ハイパーセンサーが悲鳴を上げ、二人とも足掻くが抜けられそうにない。

「そうは、行くか!」

 仮面ライダーV3が周囲の敵を蹴散らして救援に向かい、まずゴーレムⅠの上を取る。するとゴーレムⅠは腕を仮面ライダーV3に向け、ビームを撃つ。直前に『グライディングマフラー』を駆使して旋回し、ビームを回避して螺旋を描くように急降下し、2機のゴーレムⅠへと接近する。

「V3遠心キック!」

 ビームを撃つ前に、仮面ライダーV3が開脚蹴りで2機纏めて胴体を蹴り砕く。続けて仮面ライダーV3は反動で跳躍し、ゴーレムⅢに飛び蹴りを放つ。

「V3!」

 一撃目を蹴り入れるとシールドが割れ、右足が当たり装甲がひしゃげ、動きを止める。反動で仮面ライダーV3は高々と宙に舞い、風を『ダブルタイフーン』に取りこんでエネルギーを再チャージし、身体を反転させて二撃目の蹴りを放つ。

「反転キック!」

 二撃目が叩き込まれるとゴーレムⅢは大きく吹き飛ばされ、壁に当たると爆発する。着地した隙を突いてゴーレム数機がビームを撃ちまくると、仮面ライダーV3は動くに動けず、防御に徹する。しかし箒が割り込んで展開装甲を変形させてシールドを形成してビームを防ぎ、簪が山嵐でゴーレムを撃ち落とし、討ち漏らしをシャルロットがパイルバンカーで撃ち貫く。

「ありがとうございます。お陰で助かりました」
「もし遅かったら、私たちは今ごろ……」
「いや、礼には及ばない。……どうも俺は、『妹』に弱いらしいな……」
「え……?」

 仮面ライダーV3が箒と簪、シャルロットを見て呟いたのを聞き取ったシャルロットは首を傾げるが、仮面ライダーV3はすぐに首を振る。

「いや、なんでもない。俺の方こそありがとう。お陰で命拾いしたよ」

 ライダーマンはパワーアームでゴーレムⅢと激しく打ち合い、1機の頭をかち割るが、最後の抵抗としてライダーマンを捕まえ、身動きを止める。そこに別のゴーレムⅢがライダーマンに挑みかかるが、直前で動きが止まる。

「これは……AICか!」

 ラウラがAICを発動させたのだ。捕まえたゴーレムⅢを振り払うと、ライダーマンはAICの効果が切れるのに合わせ、渾身の一撃を入れてゴーレムⅢを撃破する。今度はラウラに集ってくるゴーレムⅠに右腕を向ける。

「ネットアーム!」

 右腕から網を発射してゴーレムⅠを絡め取ると、ライダーマンは声を張り上げる。

「今だ! ラウラさん!」
「はい!」
「ここは私も!」

 ラウラのみならず近くにいた真耶もそれに応え、ラウラはレールカノンを、真耶はアサルトライフルを掃射し、絡め捕られたゴーレムⅠを始末する。
 セシリアはビットを展開し『偏向射撃』を織り交ぜてビームを撃ちまくり、自身の周囲の空間を完全に制圧して次々と敵を撃ち落としていく。近づいてくるゴーレムⅠにミサイルを叩きこんで沈黙させ、一度ビットを戻すとライフルで鈴を援護する。だが撃ち漏らしたゴーレムⅢが踏み込んでくる。咄嗟に『インターセプター』を呼び出して斬り結ぶセシリアだが、近接戦闘では不利な上、パワーの差もあってジリジリと押しこまれていく。

「スーパーライダー旋風キック!」

 しかし仮面ライダースーパー1が跳躍して型を決めると、急降下しながら目にも止まらぬ速さで蹴り放つ。一瞬仮面ライダースーパー1の姿がぶれ、蹴りがゴーレムⅢの腹に当たると、ゴーレムⅢは上下に寸断されて地面に落下する。

「ありがとうございます、スーパー1!」
「こういう時は助け合いさ。それより、くるぞ!」

 会話をすぐに打ち切るとセシリアは再びビットを展開し、別の敵へ向かう仮面ライダースーパー1を援護する。

「あんまりしつこいと嫌われるわよ!」
「それこそ、男にも女にもな!」

 一方、鈴は仮面ライダー2号と合流してゴーレムを当たるを幸いに薙ぎ倒していく。仮面ライダー2号の拳が装甲を貫けば、鈴の双天牙月が腰から上を切り飛ばす。

「鈴ちゃん、下がってな。疲れが溜まってきてるだろ?」
「私は全然。一文字さんこそいいんですか? ビームを何発か受けてましたし」
「なに、屁でもないさ。これくらい」

 仮面ライダー2号は手刀でゴーレムを両断し、鈴は龍咆で敵を吹き飛ばし続ける。
 仮面ライダー1号と楯無は背中合わせの状態で佇んでいる。周囲を10機のゴーレムⅢが取り囲み、膠着状態となる。仮面ライダー1号も、楯無も、ゴーレムⅢも、動く気配がない。先に動き出したのはゴーレムⅢだ。大型ブレードを掲げて突っ込んでくる。同時に楯無と仮面ライダー1号も動き出す。
 仮面ライダー1号が接近してくるとゴーレムⅢはブレードを横に払う。仮面ライダー1号はギリギリのところでスウェーで回避し、発生した風圧でベルトの風車を回し、エネルギーをため込む。

「ライダーチョップ!」

 仮面ライダー1号が踏み込んで右手刀を放つと、大型ブレードもろともゴーレムⅢを袈裟がけに斬り捨てる。仮面ライダー1号の攻撃は終わらない。振り抜いた手刀を引き戻さず、その勢いのまま素早く一回転して遠心力をつけると、二撃目の手刀で別のゴーレムⅢを両断する。もう一度回転して遠心力をつけると、今度は右拳を固める。

「ライダーパンチ!」

 ゴーレムⅢの鳩尾に正拳突きを放つと、右拳は綺麗に身体を貫通する。右腕を引き抜いて飛び退くと、立ったまま爆散する。 
 楯無も先頭のゴーレムⅢの胸をランスで刺し貫くと、引き抜いた勢いを乗せて、振り向かずに背後から迫ってきたゴーレムⅢの腹部にランスを突き立てる。ゴーレムⅢを踏み台にして離脱すると2機のゴーレムが爆発する。追ってきた3機のゴーレムが左腕を向けるが、楯無はアクア・クリスタルから霧を発生させ、ビーム発射口に霧を侵入させる。そして清き熱情を発動させて腕を吹き飛ばす。それでも3機はブレードで斬りかかってくる。すると楯無はランスをあらぬ方向に投げつけ、蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を持つと3機と斬り結ぶ。
 楯無が投げたランスは、ゴーレムⅢの胸に突き刺さっていた。楯無の意図を理解した仮面ライダー1号はランスを抜き、両手で持ってそのゴーレムⅢの頭を叩いて砕き、別のゴーレムⅢとランスで激しく打ち合う。だが数合打ち合うと仮面ライダー1号はランスでブレードを跳ね上げ、ランスを手元に手繰り寄せて右足、左足、右肩、左肩、腹、胸、頭を連続で突き、締めにランスを楯無のいる方向に放り投げる。最後にゴーレムⅢの腕を掴んで投げ飛ばし、機能を停止させる。
 楯無は蛇腹剣に水を纏わせ、ナノマシンで高速振動させると1機に蛇腹剣を巻き付けて一気に引く。するとゴーレムⅢは細切れとなり爆発する。続けて1機のブレード結合部分を切断し、蛇腹剣を操って胸に突き立てる。

「これもアクア・ナノマシンの、ちょっとした応用よ?」

 楯無はアクア・ナノマシンを蛇腹剣を通して装甲内部に侵入させ、エネルギーを転換して内側から爆発させ、ゴーレムⅢをスクラップに変える。残る1機の腹にランスが刺さったのを見ると、ガトリングガンを至近距離から撃って沈黙に追い込み、静かに着地すると仮面ライダー1号に向き直る。

(これが国家代表の力、か。歳は一夏君と変わらないというのに、これほどの操縦技術があるとは。伊達に楯無の名を継ぎ、学園最強を名乗っている訳ではないな。一夏君とはレベルの桁が一つ違う。敵に回せば難敵だが、味方にすれば心強い。亡国機業がIS学園を狙うのもよく分かる)
(流石は最初の仮面ライダー、と言った所ね。飛べなければ飛び道具もないし、特殊能力がある訳でもない。でも経験と『技』で補い、スペック差をひっくり返す。純粋な技量だけなら、『ブリュンヒルデ』すら敵わないかもしれない。それだけ死闘を重ねてきた、ということなんでしょうね)

 仮面ライダー1号と楯無は内心互いの技量に感嘆するが、口には出さず敵に向かっていく。
 一夏は6人の仮面ライダーと共に戦っている。先頭に立つのは一夏とライドルホイップを持った仮面ライダーX、バイオブレードを持ったバイオライダーだ。雪片弐型で斬り伏せ、ライドルホイップで突き崩し、バイオブレードで斬り裂きながら、ゴーレムの数を減らしていく。

「はあああああ!」
「エレクトリックパワー!」
「逃がさん! バイオアタック!」

 一夏は零落白夜を発動させてエネルギー刃を振り下ろしてゴーレムⅢを正中線から両断し、仮面ライダーXはゴーレムⅠの胸を刺し貫くと高圧電流を流し込んで再起不能にする。バイオライダーは身体を液状化させて体当たりを繰り返し、ゴーレムⅢを叩き落とすとビームをバイオブレードで跳ね返して撃破する。

「ウォアアアア!」
「スカイドリル!」

 続けて仮面ライダーアマゾンとスカイライダーが前に出る。仮面ライダーアマゾンはフットカッターでゴーレムを斬り裂き、スカイライダーは高速回転させた右腕でゴーレムⅠの胸を貫く。仮面ライダーアマゾンはベルト『コンドラー』を操作してロープを射出し、ゴーレムⅢを拘束すると反動を駆使して何回も飛び蹴りを浴びせ、スカイライダーはゴーレムⅢを1機抱え、一度空中に飛び上がる。

「パイルドロップ!」

 空中でゴーレムⅢをひっくり返し、別のゴーレムⅢの頭上に急降下しながら叩きつけて撃破する。着地すると近くのゴーレムに貫手や回し蹴り、足刀蹴り、前蹴り、踵落としを決めて装甲をへこませていく。堪らずにゴーレムはスラスターを噴射する。

「そうはいくか! エレクトロファイヤー!」

 しかし仮面ライダーストロンガーが地面に手を置き、高圧電流『エレクトロファイヤー』を放ってゴーレムを感電させる。さらに仮面ライダーZXがマイクロチェーンを射出し、ゴーレムを全てチェーンで拘束して動きを止める。

「これで決めるぞ! 村雨! 一夏君! 電ショック!」

 仮面ライダーストロンガーはマイクロチェーンに触れ、『電ショック』で電流を流し込む。仮面ライダーZXも本体部分から高圧電流をチェーンに伝導させ、一夏は荷電粒子砲を撃ってゴーレムを一気に撃墜する。再び前に出た仮面ライダーXはライドルをライドルスティックに変形させ、向かってくるゴーレムを打ち据える。一夏が雪片弐型を弾かれたのを見ると、ライドルスティックを一夏に向けて放り投げる。

「一夏君、これを!」
「ありがとうございます!」

 一夏がライドルスティックを受け取って振り回し始めると仮面ライダーXは跳躍し、上空で雪片弐型を受け取って頭上に振り上げる。一夏も瞬時加速でゴーレムの上を取り、ライドルスティックを大上段に構える。

「ライドル!」
「脳天割り!」

 一夏はゴーレムⅠにライドルスティックを振り下ろして頭を叩き割り、仮面ライダーXは雪片弐型を振り抜いてゴーレムⅢを両断する。2人が武器を本来の持ち主に返すと、残りの5人も武器や己の五体でゴーレムをスクラップに変えていく。教員陣もゴーレムを順調に減らしていき、数は多いが増援も来ないようだ。仮面ライダー1号はゴーレムⅢと組み合うと静かに呟く。

「苦しいか? 妹を傷つけ、友を苦しめ、師の生存すら受け入れられないほどに悲しく、辛いか?」
「ならば喉を掻き毟るような悲しみ、俺達が止めてやろう!」

 仮面ライダー1号はゴーレムⅢを掴んだまま高々と真上に跳躍すると、ゴーレムⅢの両手で頭上に掲げ、高速で錐揉み回転させ始める。

「ライダァァァァァ!」

 すると仮面ライダー1号とゴーレムⅢの周囲が真空状態となり、竜巻が巻き起こってゴーレムが次々と巻き込まれていく。竜巻の勢いは増大し、巻き込まれるゴーレムⅢの数も増え続ける。

「きりもみシュゥゥゥゥト!」

 仮面ライダー1号はゴーレムⅢを地面に投げ落とす。直後に猛烈なダウンバーストが発生し、巻き込まれたゴーレム共々投げ落とされ、ゴーレムⅢはバラバラに砕け散り、巻き込まれたゴーレムも機能を停止する。 

「真空……地獄車ぁぁ!」

 仮面ライダーXは向けたゴーレムⅢを捕まえると、『マーキュリー回路』をフル稼働させて敵を抱えたまま飛び上がり、逆さ落としでゴーレムⅢの頭部を叩き付け、何回も繰り返した後にゴーレムⅢを上に投げ、仮面ライダーXもジャンプして追いつく。

「Xキック!」

 とどめに背後から飛び蹴りを食らわせると、ゴーレムⅢは空中で爆発四散する。

「スピンキック!」

 仮面ライダーアマゾンはゴーレムⅠに高速回転しながら体当たりし、逆回転して威力を強化した蹴りをお見舞いし。爆散させる。続けてフットカッターに力を込めて跳躍し、別のゴーレムⅢに挑みかかる。

「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンは空中で身体を捻り、両足で踵落としを決めるようにフットカッターを振り下ろし、『川』の字を描くように切断する。

「チャージアップ!」

 仮面ライダーストロンガーは『超電子ダイナモ』を作動させ、身体に銀色のラインが入った『超電子人間』の姿に変わると、大きくジャンプしてゴーレムの上を取り、空中で円盤のように高速回転し、飛んでくるビームを弾き飛ばしながら接近する。

「超電大車輪キック!」

 間合いに入ると仮面ライダーストロンガーは回転の勢いを乗せ、周囲をなぎ払うように右足で飛び回し蹴りを放ち、エネルギーシールドもろともゴーレムの胴体を斬り飛ばし、直後に大爆発が起きる。

「筑波さん!」
「よし、こっちも! 竹トンボシュート!」

 仮面ライダーZXが敵を抱えずにきりもみシュートを放ち、竜巻を起こしてゴーレムを巻き上げていく。スカイライダーも手近なゴーレムⅢを肩に担ぎ、高速回転して竜巻を起こして周囲のゴーレムを巻き込む。仮面ライダーZXが発生させた竜巻めがけてゴーレムⅢを投げつけ、発生した竜巻も仮面ライダーZXが巻き起こしたそれと重なり、一つの大きな竜巻となる。

「スカイスクリュー!」
「ZX穿孔!」
「キィィィィィック!」

 スカイライダーは身体をスクリューのように回転させて、仮面ライダーZXは孔を穿つべく高速回転し、竜巻の中央へと突っ込み、巻き込まれて中心に集まったゴーレムを蹴り抜いていく。

「リボルケイン!」

 仮面ライダーBLACK RXはベルト『サンライザー』に手を当てる。光を結晶化させて『リボルケイン』を引き抜き、飛んでくるビームを跳ね返してゴーレムⅢの左腕を吹き飛ばす。

「トゥア!」

 仮面ライダーBLACK RXは一度地面を叩いて跳躍すると、ゴーレムⅢの目の前に着地して大型ブレードを斬り飛ばし、腹部にリボルケインを突き刺してエネルギーを流し込む。離脱するとゴーレムⅢは地面に倒れて爆発する。

「派手にやるじゃねえか!」
「俺も負けてられないな!」

 仮面ライダー2号と一夏は同時に飛び上がり、一夏は雪羅のエネルギークローを手刀状に形成し、仮面ライダー2号は右手に力を込める。

「ライダァァァァダブルチョップ!」

 急降下しながら一夏が左の手刀を、仮面ライダー2号が右の手刀を振り下ろすと、ゴーレムⅢを一撃で斬り裂く。

「ネットアーム!」
「これもおまけよ!」
「エレキ光線、発射!」

 ライダーマンがネットを射出してゴーレム数機を絡め取り、楯無がアクア・ナノマシンを操作してネットに水を伝わせ、仮面ライダースーパー1が高圧電流を発射してゴーレムを感電させ、楯無が水蒸気爆発を発生させてゴーレムを仕留める。

「レッドボーンリング!」
「簪さん! ここは私と!」
「うん! これも受け取れ!」

 仮面ライダーV3が身を翻して車輪のように高速回転し、上空のゴーレムに突っ込んでいくと、セシリアはビットからビームを、簪は春雷から荷電粒子砲を仮面ライダーV3めがけて発射する。ビームと荷電粒子砲が乱反射して周囲のゴーレムを撃墜し、仮面ライダーV3に当たったゴーレムも撃墜される。仮面ライダーV3の攻撃は終わらず、今度は身体をブーメランのように曲げ、円盤のように横回転しながら別のゴーレムへ接近する。ビームが弾かれると見たゴーレムは一斉に退避する。しかし鈴が双天牙月を放り投げ、ラウラがAICで空中に固定すると仮面ライダーV3は双天牙月を足場代わりに蹴り、方向転換してゴーレムに追いすがる。

「V3マッハキック!」

 追い付くなり薙ぎ払うように右足で蹴りを放つと、ゴーレムの胴体を纏めて両断する。

「鈴さん! ラウラさん!」
「お願いします!」
「もう一撃いくぞ!」

 仮面ライダーV3は左足で鈴を、右足でラウラを蹴り出し、反動でゴーレムⅠに高速で突っ込んでいき、鈴とラウラも瞬時加速を併用してゴーレムに突撃する。

「V3キック!」
「こいつで、どう!」
「これならば!」

 仮面ライダーV3の飛び蹴りと鈴の双天牙月、ラウラのプラズマ手刀が同時にゴーレムを撃墜する。

「行こう、シャルロットさん! ドリルアーム!」
「はい! この『盾殺し(シールド・ピアーズ)』なら!」

 討ち漏らしたゴーレムⅢにライダーマンが右腕のドリルで、シャルロットが左腕のパイルバンカーで同時にしかけ、胸にドリルと杭が同時に突き刺さる。ドリルが回転している所に杭が撃ち出され、二人が離脱するとゴーレムⅢは爆発する。

「箒さん! 赤心少林拳と篠ノ之流、『梅』と『桜』の狂い咲きといこう!」
「分かりました! 私が『桜』を!」

 仮面ライダースーパー1は前に出て、箒がそれに続く。

「赤心少林拳、梅花の型!」

 仮面ライダースーパー1が腕を高速で突き出し、ブレードやビームの猛攻を全て両腕で捌き、弾き、受け流し、いなし、防ぎ続け、箒に攻撃が届かない。

「潔く散れ!」
 
 攻撃を弾かれて隙が出来たゴーレムⅢに、箒が空裂のエネルギー刃を浴びせて斬り捨てていく。
 『梅』も『桜』も赤心少林拳、篠ノ之流共通の符丁で『梅』は防御を、『桜』は攻撃を意味する。狂い咲きとは防御と攻撃をもう一人に預け、堅い守りと攻撃を両立させる連携を指す。残る敵が2機となると、仮面ライダースーパー1は跳躍し、箒も瞬時加速を使って間合いに入る。

「スーパーライダー梅花二段蹴り!」
「これも受け取れ!」

 仮面ライダースーパー1が空中で梅花を描くように回転し、1機に二段蹴りを叩きこみ、箒が空裂のエネルギー刃を刀身に纏わせてもう1機の胴を両断し、同時に爆発四散させる。

「すごい……相手が無人機で、専用機持ちと協力しているとはいえ、ISを……」
「これが、噂に聞く、仮面ライダーの力……」

 一部始終を見ていた教員から感嘆の声が上がるが、真耶はライフルでゴーレムを撃ち抜き、接近してきたゴーレムⅢを近接ブレードで斬り捨て、返り討ちにする。

「山田先生、冷静ですね」
「いえ、そんなことは。私たちもやるべきことをやりましょう。生徒や仮面ライダーたちにだけ戦わせていては、申し訳ないので」
「そんな心配しなくていいのにな、一夏君」

 仮面ライダー2号は一夏に声をかける。

「はい、猛さんたちがいますから」
「そいつは嬉しいねえ。さて、だったら」
「ジャンジャンいきましょうか!」

 一夏は仮面ライダー2号と顔を見合わせて笑うと、雪片弐型を握りしめて残り少ない敵に向かっていくのだった。

**********

 ISの研究施設を建設する予定だった、廃墟の地下。研究施設内を二つの影が走る。黒いプロテクターに髑髏を模したヘルメットを被った和也と、いつもの如くスーツ姿の千冬だ。建設用通路を通って廃墟の地下研究施設まで潜った二人は最深部まで来ると、ドアの両側の壁に張り付く。和也はショットガンを片手に持ち、ホルスターから大型拳銃と電磁ナイフを抜いて組み合わせて千冬に渡す。

「お前、拳銃は?」
「正直、あまり」
「ナイフだけ当てにしとけ。それじゃ、突入するぞ」

 小声でやり取りを済ませると和也は爆薬をドアに張り付けて爆破し、直後に和也はショットガンを、千冬は大型拳銃を構えて部屋に突入する。しかし中には誰もいない。和也が他のスペースにいないか探しに奥まで捜しに行くと、千冬は近くの机に備え付けられていた端末に自身のブック型端末を操作し始める。

「駄目だ、猫の子一匹いやしねえ。もう逃げられちまったってことか」
「いえ、最初からここにはいなかったようです」

 一通り部屋を調べ終えた和也がヘルメットを脱いで顔を出すと、千冬が端末をいじる手を止めて答える。

「いなかったって、どういうことだ?」
「遠隔操作で保管されていた無人機を全て起動させ、学園に向かうようプログラムしていたようです。ログを探ってみたらありました」
「それで、どこから送って来たか分かるか?」
「いえ、いくつも迂回ルートを通っている上、痕跡も消されているので……旧式らしいドールが見受けられたので、保管されていた無人機の処理も兼ねていたのかもしれません」
「在庫処分ってわけか……しかし、目的が分からねえな。単なる在庫処分ってだけじゃなさそうだが」
「我々の目を逸らそうとしているのかもしれません。あいつの所在や目的から」
「篠ノ之束の所在や目的から、か……」
「……聞かないんですか?」
「聞いてどうすんだよ? お前だって知らないだろ?」
「それは……」
「今は亡国機業が最優先だ。篠ノ之束については後で考えればいい。こっちの方がよっぽど切羽詰まってるんだからよ」
「すいません、私が……」
「この前も言ったが、その先は無しだ。それ以上言おうとしたら、お前を黙らせなきゃなんなくなる」
「……はい」

 申し訳なさそうに俯く千冬を窘めると、和也は通信機を手に取る。

「俺だ。すまん、本郷。篠ノ之束は不在だった。遠隔操作で無人機を起動させたようだ。そっちはどうだ? ……そうか、分かった。俺たちもすぐ戻る」

 通信を終えると話題を切り替えるように和也は話し始める。

「千冬、いいニュースだ。無人機の掃討が終わるらしい。俺たちも戻るぞ。ここにいても仕方ないからな」

 和也が促して先に退室すると、千冬もまたブック型端末を回収して続く。
 和也の言葉通り、無人機は殆ど掃討されて残りは2機となっている。

「うおおおおおお!」
「ライダァァァァキィィィィック!」

 最後のゴーレムに一夏が零落白夜を発動させた雪片弐型を振り下ろして両断する。仮面ライダー1号が飛び蹴りを放って胴体を寸断すると2機は爆散する。一夏と仮面ライダー1号は同時に着地する。だが二人とも気を緩めない。仮面ライダー1号は己の五感を研ぎ澄まし、一夏はハイパーセンサーに意識を集中させる。
 どれくらい時間が経っただろうか。仮面ライダー1号もなんら異常を察知せず、ハイパーセンサーも敵を感知しない中、指揮を執っていた佐原ひとみの通信が入ってくる。

『敵の全滅を確認しました。レーダー網に敵影はありません。教員部隊は第二戦闘配備に移行。生徒と協力者の方は事情聴取がありますので、ISを解除、別命があるまでその場で待機して下さい』

 すると仮面ライダー1号と一夏は緊張を解いて変身を解除し、ISを待機形態に戻す。他の仮面ライダーと専用機持ちも同様だ。教員部隊も一旦アリーナから引き揚げていく。

「ありがとうございました、猛さん。もし猛さんたちがいなかったら、どうなっていたか……」
「いや、礼には及ばない。俺も君達と同じく自分に出来ることをしただけさ」
「それより、怪我は大丈夫なんですか? 特に左足とか」
「なに、このくらい、すぐに治るさ。一夏君こそ怪我は大丈夫かい?」
「俺は、全然」

 一夏は服がところどころ破けている猛を心配するが、猛は笑って首を振る。他の仮面ライダーも同様だ。特に志郎はスーツがボロボロな上に至る所に傷が出来ており、一也も顔や腕から血がにじみ出ている。志郎は服こそ破けているが無傷の良と光太郎に押さえられ、同じく傷をほとんど受けていない丈二に治療されている。

「結城、俺は大丈夫だと言っているだろう!」
「そうはいきませんよ、風見さん。一夏君が真似したら困りますからね」
「結城、怒ってるんだな?」
「いや、とんでもない。少しは怪我を見る側のことも考えて欲しいって思っただけですから」
「怒ってるんだな!? すまん! いくらでも謝るし、これからは気を付けるから、もう止めてくれ!」
「分かればいいんだ。お前の身体は、もうお前だけの身体じゃないんだ」
「結城博士、笑いながら怒る人だったんだ……それより、光太郎さんは?」
「俺は大丈夫さ。前も言った通り、太陽の光さえ浴びれば回復するから」
「ですよね……村雨さんはどうして、キックを打った時に怪我が治ったんですか?」
「よく分からん。シンクロすると治るみたいなんだが、そういう風に出来てるんだろ」
「よく分からんって……ラウラは疑問に思ったりしないの?」
「良さんでも分からないものは仕方ない。とにかく、そういうものなんだろう」
「そんな考え方が出来るのが、羨ましい……」
「けど、ラウラちゃんの言う通りよ。自分に理解出来ないことを理解出来ない、と認めることも重要よ?」

 良に唖然とする簪は平然としているラウラに感心しつつ、楯無に窘められる。その近くでは洋とシャルロット、鈴がアマゾンと勘次に手当てされている。

「洋はん、ちょいと怪我し過ぎじゃなかろか?」
「数が数だったからさ……痛っ!?」
「ごめん! もしかして、強すぎた!?」
「大丈夫。この薬草、よく効く。けど刺激が強い。痛いのは最初だけ」
「けどアマゾン、どうして怪我が治ってるわけ?」
「ギギの腕輪の力だと思う。前も目が見えるようになった」
「本当に、なんでもありね……」

 敬介はアマゾンから借りた薬草で軟膏を作って茂、箒、セシリアの手当てを済ませ立ち上がろうとするが、セシリアに無理矢理引き戻されて上着を強制的に脱がされ、セシリアによる治療を受けさせられる。

「だからこれくらい、すぐ自己修復されるから大丈夫だって!」
「そうは参りませんわ! 見過ごしては私のプライドが許しませんもの! 相変わらずいい身体つきですわね。一夏さんも敬介さんと一緒に鍛えれば、このような身体になれるのでしょうか?」
「きっと俺以上に強くなれるさ。なんせ本郷さんが認めた……ん?」
「……しかし一夏さんは次第に尊敬ではなく、敬介さんへの禁断の愛に目覚めてしまい、私と敬介さんどちらを取るかを悩み、そして遂に! 敬介さん、絶対に負けませんわよ! わたく…… 痛っ!? 箒さん、何をしますの!?」
「それはこちらのセリフだ! 一体どこをどう間違ったら、そんな妄想が出来るんだ!? というより、一夏の性癖を勝手に捏造するな!」
「やれやれ。じゃあ後は俺がやっておきますよ」
「すまない、茂。別に悪気があるわけじゃないんだが……」

 妄想を展開したセシリアに箒がツッコミを入れ、結局茂が手当てをする。そこにようやくISを脱いだ真耶とルリ子、肇がやってきて肇が一夏の、ルリ子が隼人の治療を開始する。

「手ひどくやられたみたいね、一文字さん」
「なに、かすり傷みたいなもんさ。だから真耶ちゃん、そんな不安そうな目でみないでくれって。こっちがつられちまいそうだ」
「あ、ごめんなさい! つい……」
「やせ我慢ばかりしてきた報いね。信用されていないのよ」
「よし、これで君は大丈夫な筈だ。しかし、相変わらず無茶をしてくれるよ」
「俺も努力はしてるんですけど、すいません」
「いいさ。何度でも治せばいいだけの話だからね」

 肇が一夏の手当てを終えると、丁度千冬と和也が歩いてくる。すると一夏と一也が歩み寄る。

「千ふ……織斑先生、お疲れ様です」
「千冬姉でいい。どうせ身内しかいない」
「なら千冬姉、大丈夫だった?」
「問題ない。一也さん、私が言ったことを忘れましたか?」
「いや、忘れてはいないよ。単に順番が来てないだけさ。それより、何か手掛かりは」
「いえ、何も……」
「ログはインターポール本部に送っておいた。上手くいけばどの地域から送信したか絞り込めるかもしれないが、所在地を割り出すまでは無理だろうな。しかし……」

 和也は一度言葉を切るとアリーナ内を見渡す。

「随分と派手に暴れたな」
「すまない、千冬さん。つい……」

 アリーナの外壁は破壊され、地面は大きく抉られている。観覧席もへこみや焦げ跡が多数残されており、原型を留めている部分があるかも怪しい。

「こいつは、始末書じゃきかねえかもな……」
「和也さん、一応あなたが責任者なので、お話があります。示しがつきませんので」

 その後、日没まで仮面ライダー達が総力を挙げてアリーナの修復に取りかかり、和也が千冬にこってりと絞られたのは言うまでもない。

**********

 夜。どこかの森の中にポツンと建つ大きくも古ぼけた洋館の大広間。電灯もなくただ中央の燭台だけが周囲を照らす中、設置された円卓に沿って13個の椅子が並べられている。ただし座っているのは12人だ。大広間の両開きの扉が音を立てて開かれる。開けたのは黒服の男二人だ。男は恭しく一礼し、長身で長い金髪、スーツを着た女が中に入ると扉を閉じる。女が円卓に座ると、席を一つ挟んで左手に座っている男物のコートにバイザーを装着した女が腕を組んだまま声をかける。

「遅刻とは珍しいな、スコール・ミューゼル」
「どこかの誰かさんが、人の管轄で好き勝手やった尻拭いをさせられたのだから、当然よ。リブラ」
「それは皮肉か?」
「どう取って貰っても構わないわ」
「よさないか、スコール、リブラ。無駄話をしている暇ではないぞ」

 入ってきたスコール・ミューゼルとリブラを、二人の間に座っていた銀の短髪の女が窘める。 

「それもそうね。で、議題は何なのかしら? 『アスクレピオス』」

 スコールの言葉と同時に12人の視線が一斉に1人に集まる。
 鷲に似た鳥の頭部を象ったマスクを被り、体型を隠すような黒いローブを身に纏っている。左手には蛇が巻き付いた装飾が施された杖を手に持っている。その名は『アスクレピオス』。スコールを含む他の12人と同じく亡国機業の最高幹部にして、実働部隊への指揮権を持たない代わりに、最高幹部の会合や意見調整といった裏方の一切を取り仕切る『13人目』。そして唯一IS登場前から最高幹部を務める最古参だ。

「今回の議題は『V計画』と、その最初となるIS学園への一斉攻撃についてだ」

 アスクレピオスのマスクから男とも女とも判別出来ない、抑揚のない機械的な声が聞こえてくると、12人の雰囲気が変わる。

「我らの力を、世界に示す時が来たか……!」
「悲願が達成される時が来たのね」
「けど、マリオの生産状況はどうなのかしら?」
「問題ない。『ダーク』や『シャドウ』から接収した生産施設は順調に稼働している。予定していた生産量を超過しているくらいだ」

 そのまま最高幹部間で意見交換が開始される。アスクレピオスは黙ったままだ。ひとしきり意見交換が終わると、代表するように、アスクレピオスの横に座る黒髪を後ろに纏めた女が口を開く。

「問題はいつ実行するか、ね。私はすぐにでもいいのだけれども」
「いや、もう少し余裕が欲しい。IS部隊の再編成が必要だ」
「だが、まごまごしていると好機を逃すぞ。インターポールに食いつかれると厄介だ」
「時機などどうでもいい。向かってくるならば消す。それだけだ」
「相変わらずね、リブラ。けど私はアリエスに賛成よ。IS部隊なら並行して再編成は出来るし、そのためにマリオを用意したんじゃない。スコールの話だと『マスクドライダー』も日本に集結しているのでしょう?」
「かと言って明日にも、という訳にはいかないわよ。そうね……皆、聞いて頂戴。『V計画』実行を10日後とすることを提案するわ」
「ミス・ミューゼルからの提案に、異存のある者は?」
「私は問題ないわ」
「それだけあれば、再編成も当面必要な分は終わるだろう。やむを得ん」

 結局スコールの提案に他の最高幹部から異論は出ずに終わる。色々計算に入れれば、10日というのが一番丁度いいラインだ。仮にスコールが提案せずとも他の誰かが提案しただろうが。直後にアスクレピオスは振り返り、後ろに座る3人の男に声をかける。

「日取りは決定した。そちらの意見を伺いたい」
「我々は構わん。総攻撃の用意は整っている。一々会合など開く必要もないのでな」

 すると真ん中の椅子に座る死神のような風貌に黒いマントを着用した老人が皮肉交じりに答える。

「確かに必要ないか。未だに世界征服などと言っているのだから、迷いようがないという訳か」
「その通りだ。我々『ショッカー』の目標は変わらん。いくら月日が経とうともな」

 スコールの隣に座る女が不愉快だと言いたげに皮肉るが、ナチスドイツの軍服に眼帯を付けた男はあっさりと受け流す。

「ならばこの先、我々と矛を交えるこおtがあると?」
「なにを今さら。元より我らはそのような関係。邪魔とあれば叩き潰せばいいだろう。こちらも最初からそのつもりよ」

 最後に独裁者然とした格好の男が言い放つと、一気に険悪な空気が流れる。
 彼らはかつて世界征服を企み、壊滅させられた『ショッカー』の残党を纏める幹部だ。ミサイル基地占拠失敗後は表向きは同盟関係、事実上は亡国機業に吸収される形となったが、ショッカーが所有する施設と技術を提供する見返りに、ショッカー残党に資金援助や物資の提供を行ってきた。それ以来、彼らはアスクレピオスの提案でオブザーバーとして会合に参加しているが、不快感を抱く幹部も少なくない。

「そこまでだ。今は味方なのだ。内紛は望ましくない」
「では、ここで失礼する」

 老人が言うと3人は大人しく退室する。すると銀髪の女は不愉快さを隠そうともせず、不満をぶちまける。

「まったく、なぜ我々がショッカーと組まねばならない! 連中の手を借りずともいいだろう!」
「それは言えているわ。元々我々とは第二次大戦中にナチス、それもヒトラー自らの肝煎りで反『ゴルゴム』と、人が支配する理想社会の建設を掲げて設立された一つの組織だったにも関わらず、改造人間の使用や武力による世界征服という方法論の違いから袂を分かった彼らと、なぜ今さら組もうと思ったのかしら? アスクレピオス、答えて頂戴」
「敵の敵は味方、ということだ。それに亡国機業とショッカーが設立されてからの約定もある」
「本当にそれだけかしら? アスクレピオス、はっきり言って、私はあなたを信じていないわ。顔や名前はおろか性別、出身、過去、一切分からないのだから」

 アリエスの言葉にスコールも同意する。アスクレピオスの本名や性別など、パーソナルデータは一切分からない。それどころか最高幹部となる以前の過去も判然としない。亡国機業に入った時期や功績があいまいで、はっきりしないのだ。12人の最高幹部は多少なりとも疑念を抱いている。しかしアスクレピオスは気付いていないかのように続ける。

「ショッカーの改造人間再生技術は、恐ろしい物がある。改造人間が日本で暴れればマスクドライダーも釘付けに出来るし、諸外国の目もそちらに向くだろう。いわば連中は見せ餌、囮だ。万が一こちらに牙を向いても、ISがある。ISの力があれば叩き潰すのも容易い。違うか?」
「そう……ならば、それでいいわ」

 アリエスが引き下がると、他の皆も異論は出さない。

「今回はここまでだ。明日の幹部会で正式決定されるが、今から準備に当たるように」
「では……」

 アスクレピオスが立ち上がると同時に他の12人も一斉に立ち上がり、右手を一旦胸の位置で水平に構えた後に斜め上に突き出す。ナチス式敬礼と言われるそれを行うと、アスクレピオスが声を上げる。

「人間による世界の支配のために」

 他の12人もそれを唱和すると、アスクレピオスが最初に退室し他の最高幹部も部屋を出ていく。

「人間による世界の支配、ね……」

 最後に残ったスコールは燭台の蝋燭を吹き消すと大広間から出る。
 ナチスの系譜を引く二つの巨悪が動き出す日は、近い。



[32627] 第二十六話 操人形の夜(マリオネット・ナイト)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:26
 草木も眠り星明かりが煌々と街を照らす中、一つの影が上空を飛行する。箒の専用機『紅椿』だ。箒は一度ビルの上に着陸するとハイパーセンサーに意識を集中させる。街に潜んでいる『敵』を見つけ出すために。
 風が音を立て、箒の身体を通り過ぎる音と、ちらほら見える街の明かりを除けば何もない。あるのは暗闇に星明かりだ。だが静寂が破られる。スラスターを噴射する音と同時に、箒の『敵』が出現する。西洋の甲冑を模した姿に、髪の毛のように後頭部から伸びるコードらしき束。手には薙刀や十文字槍、ランス、パイク、ハルバードなど、いわゆるポールウェポンを持っている機械の人形だ。それが20機ほど箒めがけて突きかかってくる。

「出たか!」

 しかし箒は慌てずに『空裂』を振るい、敵を5機纏めてエネルギー刃を飛ばして斬り裂くと、『雨月』のレーザーで4機撃ち抜いた後にスラスターを噴射し、敵に踏み込んでいく。雨月を上段から振り下ろして1機叩き斬ると、横薙ぎに払って2機始末する。3機が薙刀を振り下ろしてくるが、雨月で受け止めると肩部展開装甲を分離させて攻撃し、まとめて撃墜する。残る5機は一度箒から距離を取ると、左腕を向ける。すると手首から銃身がせり出してニードルガンを発射する。しかし『紅椿』のシールドを抜くには至らないのか、シールドエネルギーが減る気配はない。正面から突撃して空裂にエネルギー刃を纏わせた箒は5機を一刀の元に斬り捨てる。
 直後に6機の敵が背後からポールアックスを振り下ろそうとしてくる。しかし箒は振り返ることすらしない。なぜならば、

「――ライ」

 すでに赤い手足をしたバッタ男が跳躍し、横からその敵に片足を向けているのを見たためだ。

「ダァァァァ!」

 ようやく敵も気付いたようだが、構わずにバッタ男は宙返りした後に飛び蹴りを放つ。

「キィィィィック!」

 バッタ男の蹴りは6機の胴体を容易く寸断してバラバラに吹き飛ばす。バッタ男がビルの屋上に着地すると、箒もまたビルに着陸する。

「ありがとうございます、一文字さん」
「どういたしまして。しかし、何機目だ?」
「私が今夜遭遇しただけでも、100は越えています」
「まったく、『マリオ』には困ったもんだぜ。飛べる戦闘員ってのがこんなに厄介とはな」

 バッタ男こと仮面ライダー2号が肩を竦めて見せながら周囲を見やると、敵こと『マリオ』の残骸が街中に散乱している。
 無差別バトルロイヤルトーナメントから3日後。IS学園のレーダー網が謎の影を捉え、専用機持ちが迎撃に出たことがきっかけだった。あまり強くなかったことからすぐに敵を撃墜出来たのだが、翌日には数百機近い数が街に出現し、住民も少なからず目撃して不安に駆られていた。それ以来、専用機持ちと一部の教員、仮面ライダーたちが街に出て迎撃しているが、一向にその数が減る気配はない。
 強さはISならば余裕で対処出来る程度、良曰く『コンバットロイド』以上『コマンドロイド』未満とのことで、1機1機は勿論、複数でも余裕で殲滅出来るくらいだ。だがISと同じく空を飛べることと、なにより数の多さが厄介だった。特に数の方はいくら撃墜しても次の日にはゴキブリのように次から次へと湧いてくる。この一週間、箒単独で撃墜した数は1000を超えている。それでもわらわらと湧いてくるのだから面倒だ。ちなみに『マリオ』とは『マリオネット』から取った敵のコードネームだ。直後にマリオが40機ほど、箒と仮面ライダー2号の目の前に現れる。

「またお出ましか。箒ちゃん、いけるかい?」
「私は、まだまだ」
「そうかい、だったら叩き落としてやりますか!」

 箒は一度汗を拭うと仮面ライダー2号と共に敵に向かっていく。
 街の外れにある山の上空ではセシリアと鈴がマリオ数十機を相手に交戦していた。『ブルー・ティアーズ』のビームがマリオを撃ち抜けば、『甲龍』の衝撃砲『龍咆』がマリオを吹き飛ばす。時折マリオが振るう薙刀がセシリアに当たるが、殆どシールドを削れずにミサイルビットや至近距離からのレーザーライフル、鈴が投げつける双天牙月で次々と撃墜されていく。

「V3チョップ!」

 地上では仮面ライダーV3が手刀の一撃で複数のマリオを両断する。

「カッターアーム!」

 ライダーマンもマリオを片っ端から両断していく。続けて仮面ライダーV3は跳躍し、ドリルのように身体を回転させながらセシリアの周囲にたかるマリオの群れへ突っ込んでいく。鈴も双天牙月を連結させ、バトンのように振り回しながらライダーマンの付近に集結しているマリオへと突っ込んでいく。

「V3ドリルアタック!」
「これで!」

 仮面ライダーV3がマリオを一掃し、鈴がスラスターの噴射や体当たりと合わせて全て始末する。セシリアと仮面ライダーV3は鈴とライダーマンの近くに着地する。

「セシリアさん、鈴さん、君たちは後退した方がいい」
「お気遣い感謝致しますわ、風見さん。ですが、退く訳には参りません。ここで退いてしまえば他の方の負担が増えますし、万が一取り逃がせば、街がどうなるか」
「結城博士こそ大丈夫なんですか? マリオについて調べていたんですよね?」
「これくらい、大丈夫さ。風見、次へ行こう。まだまだいるようだ」

 仮面ライダーV3とライダーマンはバイクに跨って、セシリアと鈴はスラスターを噴射し、別の地点でマリオを迎撃すべくその場を立ち去る。
 港付近の海上ではシャルロットが複数のマリオと交戦している。アサルトライフルでマリオを叩き落とすと、槍を構えて突撃してくる数機のマリオにショットガンで散弾を叩きこむ。左腕からニードルガンを連射してくるマリオに接近したシャルロットはブレードで次々と斬り捨てる。だが真下の海中からマリオが複数、薙刀を構えてシャルロットめがけて突撃する。

「ロングポール!」

 しかし1機は下から伸びてきたロングポ-ルで刺し貫かれる。直後に海中から仮面ライダーXが飛び出してくると、ロングポールを振るって残りのゴーレムを叩き落とし、クルーザーに跨る。

「クルーザーアタック!」

 港に侵入したマリオを跳ね飛ばした仮面ライダーXは建物の屋根に着地し、8機のマリオが降り立って仮面ライダーXを取り囲む。

「ライドルスティック!」

 仮面ライダーXはスイッチを操作してライドルスティックに変形させると、構え直してマリオと白兵戦を開始する。突き出されるマリオの槍をライドルスティックで横に払い、返しの一撃でそのマリオを打ち砕く。続けて横薙ぎに払って2機の腰を砕いて行動不能にし、振り向かずに突きを後方に放って背後のマリオを貫き、ポールアックスを受け止めて蹴りで1機倒す。最後の2機の頭をライドルスティックで刎ねて倒す。上空のマリオを一掃したシャルロットが仮面ライダーXと背中合わせになるように降り立つと、マリオがわらわらと出てくる。

「まだ、こんなに!?」
「この数、尋常ではないな!」

 シャルロットが重機関銃を連射してマリオを一掃し、仮面ライダーXがライドルスティックを振るって蹴散らしていくが、数が減る気配はない。

「消えろ!」
「ガアアアアア!」

 するとラウラとジャングラーに乗った仮面ライダーアマゾンが駆けつける。ラウラがレールカノンで空中のマリオを一掃し、ワイヤーブレードで切り裂いていけば、仮面ライダーアマゾンは建物の壁を蹴ってマリオに飛びかかって引き裂き、時に壁を伝い、よじ登ってマリオをバラバラに解体していく。シャルロットがアサルトカノンを連射し、仮面ライダーXも空中で大車輪を決めてマリオを次々と蹴り倒す。

「ありがとう、ラウラ。それとアマゾンさんも」
「うん、シャルロットもケイスケも大丈夫なら、それでいい」
「しかし、どれだけいるのでしょうか?」
「分からない。だが無限に湧いて出る訳ではないだろう。シャルロットさん、ラウラさん、アマゾン、行こう!」

 仮面ライダーXはライドルを握り直すとシャルロット、ラウラ、仮面ライダーアマゾンと共に次の敵を探し始める。

「電ショック!」

 廃工場群では仮面ライダーストロンガーがマリオに打撃と同時に電流を流しこみ、ショートさせていく。蹴りや拳打、手刀、奪ったポールアックスを振り回し、マリオの数を減らしていく。

「スカイパンチ!」
「これで……!」

 上空ではスカイライダーが渾身のパンチでマリオを数機撃墜し、簪が荷電粒子砲を連射して数を減らしていく。しかし春雷のエネルギーの底が尽き、トリガーを引くと虚しく空撃ちの音が響く。機体本体のエネルギーを食わないように別系統になっているのが裏目に出た格好だ。簪は今度は薙刀を持ってマリオの槍を掻い潜り、一撃を加える。スカイライダーも足刀や前蹴り、回し蹴りでマリオを蹴散らす。
 仮面ライダーストロンガーは地上で戦っていたが、周囲に霧が立ち込めてくると一度霧の範囲外に出て、両手を擦り合わせる動作をした後に地面に手を置く。

「エレクトロファイヤー!」

 仮面ライダーストロンガーの手から高圧電流が放たれ地面を伝わり、霧の中に入ると霧全体に高圧電流が放射されて内部にいた多数のマリオが火花を上げる。

「どかーん」

 直後に飄々とした声がどこかから降り注ぐと、霧が大爆発を起こしてマリオを全て消し飛ばす。スカイライダーと簪が仮面ライダーストロンガーの近くに着地すると、声の主もまた上空から降り立つ。楯無だ。

「城さん、さっきの攻撃ですけど、『霧中の電光火花(ミスティック・エレクトロファイヤー)』なんてどうかしら?」
「そいつはいい。ちょいと言うのが面倒だがね」
「お姉ちゃん、そんなこと聞かなくても……」
「いいじゃないか、リラックスしていた方が。簪さん、まだ行けるかい?」
「私は、まだまだ」
「だったら、ハーフタイム抜きで次だな!」

 仮面ライダースーパー1は街中でマリオと交戦している。赤心少林拳の技が冴え渡り、四肢が動いて空気を切り裂くたびにマリオがバラバラになっていく。さらに『ラファール・リヴァイヴ』を装着した真耶がライフルのスコープを覗き、次々にマリオを狙撃していく。しかし別のマリオ編隊が真耶に突っ込んでいく。

「おっと、そうはいかないぜ!」
「さっさと墜ちなよ!」
「行くぞ、光太郎!」
「はい! RXパンチ!」

 だが『ヘル・ハウンド』を装着したダリル・ケイシー、『コールド・ブラッド』を装着したフォルテ・サファイア、仮面ライダーZX、仮面ライダーBLACK RXが割り込む。ダリルは機関砲をマリオに掃射し、フォルテは荷電粒子砲でマリオをなぎ払い、仮面ライダーZXは電磁ナイフで斬り捨て、仮面ライダーBLACK RXは赤熱化した右拳を叩きこむ。

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」
「超高温火炎、冷凍ガス、同時発射!」

 仮面ライダースーパー1が腕を『冷熱ハンド』に替えて火炎と冷凍ガスをマリオに発射すると、真耶もアサルトライフルに持ち替えて敵を撃ち落としていく。残った僅かな敵が逃れようと上空に飛ぶが、真耶は瞬時加速で追いつく。

「逃がさない!」
「いい加減に!」
「ライダーパンチ!」

 真耶に加えて別の場所を掃討して来た一夏が雪片弐型を振り下ろし、仮面ライダー1号が右拳を握って飛びこみながら正拳突きを放って撃破する。3人が着地すると他の5人のみならず、別の場所で掃討していた専用機持ちと仮面ライダーも駆けつけてくる。

『こちらのレーダー網で敵は確認出来ない。各自、別命があるまで待機しろ。警戒を怠るな』

 織斑千冬からの通信が一夏の耳に入る。ようやく全滅したようだ。だが仮面ライダーたちや真耶はともかく、一夏を含む専用機持ちたちは多かれ少なかれ疲労の色を滲ませている。楯無含む上級生組はそうでもないが、1年生はラウラこそ比較的マシだが皆疲れが顔に出ている。特に一夏と箒は息も荒い。仮面ライダーたちも内心うんざりしているのか、仮面ライダー2号が真っ先に口火を切る。

「クソ、どれだけいやがるんだ。倒しても倒してもキリがねえ」
「こうも数が多いと、こちらが疲弊しきってしまう」
「やはり、亡国機業の仕業か!?」
「光太郎の言う通りだと思う。こんなことをする連中が、他にいるとは思えない」
「しかし、どうやってマリオを作ったんです? 施設も技術も、連中が持っているとは思えない」
「『ダーク』や『シャドウ』の施設や技術を接収したんじゃないか? それだけではないかもしれないが」
「その点についても、明日ミツ子さんから聞こう」

 仮面ライダー1号が言った直後に千冬から帰投命令が出る。その場に集まっていた面子はめいめい解散していくのだった。

**********

 夜明けのIS学園職員室。和也、ルリ子、肇、それに『国際IS委員会』からマリオ解析のために派遣されてきた光明寺ミツ子がモニターを見ながら話している。映し出されているのはマリオの内部構造が描かれた図だ。

「間違いないわ。使われている技術はダークの『アンドロイドマン』や『ハカイダー部隊』の『アンドロボット』、それにシャドウの『シャドウマン』と同じよ。飛行機構部分はISを参考にしたようだけれども」
「つまり、マリオも『プロフェッサー・ギル』の遺産って訳か」
「けどミツ子、本当にこいつはダークの?」
「ルリ子、あなただってショッカーを見間違える訳がないでしょ? 間違える筈がないわ。池田さんを殺し、私たち家族の人生を滅茶苦茶にしてくれたんだもの。間違いようがない。交戦したジローや残骸を調べたお父様も同じ見解よ」

 ミツ子が一度言葉を切ると、今度は肇がコーヒーを飲んで口を開く。

「それにしても、これがIS学園付近のみならず、世界中に出現していたとは……」
「はい。それも相当な数です。今は各国のIS部隊に加えて戦闘機、戦車その他を導入して撃退に成功しています。犠牲者がいまの所出ていないのが幸いです。ですが……」
「今度は軍内での男女間の軋轢が増大し、反IS勢力がこれをいい機会と見て、IS不要論や縮小論を盛んに展開している、って言いたいのね?」
「マリオは数が多い上に神出鬼没だ。増産も見込めないISよりは、頭数があって増産も利く戦闘機や戦車におあつらえ向きだ。しかもISよりずっと弱いからなおさらだ。今まで見下されてきた分、戦闘機乗りたちや戦車乗りたちは、IS操縦者にキツく当たっているだろうな」
「その通りです。目先のことしか見えていないという点では、同じ穴の狢ですよ。これから亡国機業が動き出してもおかしくないのに、内輪もめを起こすなと言ってやりたいくらいですよ」

 ミツ子は一度溜息をつく。亡国機業のような組織がいかに危険か身を以て理解しているだけに、各国の内情を嘆いているのだろう。これは国際IS委員会全体に言えることだが。直後に職員室のソファーで仮眠を取っていた千冬と真耶がむくりと起き上がる。和也が半ば無理矢理仮眠を取らせたのだ。その和也もルリ子に仮眠をさせられていた。睡眠薬入りコーヒーを飲まされたので、一服盛られたとも言うが。千冬は一度目を擦ると立ち上がる。真耶もあくびをしながらソファーから離れる。

「すいません、和也さん。予定よりずっと長く寝てしまって」
「気にすんな。今まで働き詰めだったんだ。もう少し寝てろよ」
「そういう訳にはいきません。私も教員ですし、あなたに寝顔を見られたくありませんので」
「ケッ、お前の寝顔なんざ見たって、なんの有難みもねえっての。そういうことは、もう少し色気付けてから言いやがれってんだ」
「余計なお世話です。大体いい歳して恋人だってロクにいないあなたにだけは、色気だなんだと言われたくはありません」
「うるせえ! 俺は一生現役だから、事件が恋人なんだよ! 弟可愛さに彼氏一つ作ろうともしねえお前が言えることかよ!」
「別に一夏が可愛いのとそれは、関係ありません!」
「一夏君が可愛いのは否定しないのかよ、ブラコン怪人!」
「まったく、朝っぱらから元気ね。二人とも小学生じゃないんだから、もう少し素直になりなさいよ」
「いや、ルリ子さん、俺は正直だぜ! こいつのブラコン加減には、飽き飽きしてるんだ!」
「私だって、あなたのその不真面目さといい加減さにはうんざりしているんです! 大体あなたのせいで、一夏が変に影響を受けてしまったじゃありませんか! 似て欲しくない所だけ似てしまって、一体どうしてくれるんですか!?」
「それは関係ないだろうが!」
「何とかは犬も食わないってところね。ところで真耶ちゃん、寝顔も最高に可愛かったわよ? お礼に目覚めの……痛たたたた! ミツ子、痛い!」
「黙りなさい! あなたは毎回毎回迷惑かけて!」

 和也と千冬がいつものように漫才をする傍らで、ミツ子がルリ子にアイアンクローを掛ける。

「こうも元気で羨ましいよ。山田先生、織斑先生、今日は休暇を取って、ゆっくり休んでください。それと滝くんも」
「休暇、ですか?」
「しかし、いつ襲撃があるか!」
「これは助言じゃありません。ドクターストップというやつです。このままでは本格的に身体を壊してしまう。今日は休んで、英気を養ってください。それも仕事の内ですから。専用機持ちの子にも伝えて下さい。折角の休日だ。休まなければならんでしょう」
「……分かりました。後はお任せします」

 肇の言葉を聞くと千冬も引き下がり、大人しく休むことにした。

**********

「……って、いきさつらしいんだ」
「へえ、お前も大変なんだな、一夏。世の中上手くいかないもんなんだ。綺麗なバラには棘がある、美女美少女揃いのハーレムには危険が一杯ってか」
「危険どころか、下手したら地獄だ。出来れば数馬か弾に代わって貰いたいくらいなんだが。特に弾、お前、学園祭の時に羨ましいとか言ってただろ?」
「冗談に決まってるだろ? 数馬、お前が本当に代わってやれよ」
「止めとくよ。あんな事件に巻き込まれちまったら、一夏の苦労は分かるからさ」
「悪いな、二人とも。こっちも冗談だよ」
「はい、お待ちどう。冷めない内にどうぞ」
「ありがとうございます、マスター」

 喫茶店『ブランカ』のカウンター席に一夏と弾、御手洗数馬が腰かけている。そこに谷源次郎がコーヒーを差し出す。
 千冬に休むように言われた一夏は先日弾と数馬に誘われたことを思い出し、弾に連絡を入れて数馬も交えてまったりと過ごすことにした。電話中にドアの外で『イチカー軍団』が聞き耳を立てていたが、気にしないことにした。最初に『ブランカ』で落ち合おうという話になったのだが、丁度源次郎がマスターとしてブランカに来ていたので、少しゆっくりしていくことになった。

「しかし、男3人っていうのも悪くないが、もっとこう、華があった方がいいんじゃないか?」
「いえ、いつも周りはほとんど女ばっかりなんで、正直たまには男同士の方が」
「なるほど。それに、男同士でしか喋れないことだってある年頃だしな……いらっしゃい!」
「谷君、邪魔するよ。一夏君、どうしてここに?」
「いえ、ここで集合することになっていたので。立花さんたちはどうしてここに?」
「なに、隼人と滝の腕が鈍っていないか見てただけさ。谷君、俺はいつもので」

 ドアを開けて藤兵衛が入って来ると、藤兵衛は一夏の隣に腰かける。源次郎がコーヒーを渡して藤兵衛が舌鼓を打つと、和也と隼人も少し遅れて入店する。

「先客がいたらしいな。一夏君、弾君、少し一緒してもいいかな?」
「俺は構いませんよ、和也さん」
「一夏、弾、この人は?」
「この人は滝和也さん。インターポール捜査官、佐久間さんの同僚だ。幽霊騒動の時に助けてくれたのも、誘拐された時に救出に来てくれたのもこの人なんだ」
「そうだったのか……御手洗数馬です。弾とは中学時代からの付き合いで」
「話は佐久間から聞いているよ。悪いね、君まで巻きこんじまって」
「なるほど、そっちの君が噂に聞く五反田弾君か。一文字隼人だ。君の話は本郷や風見、滝から聞いてるよ」
「よろしくお願いします、一文字さん。あの、一文字さんももしかして……」
「その通り。風見は、俺と本郷の血を分けた兄弟みたいなものさ」

 和也が数馬と、隼人が弾と握手を交わすとコーヒーを飲み始める。

「一夏君、これからどうするんだ?」
「それは追々考えますよ。ただ、ルミ先生に一度顔出そうかとも思ってるんで、いつにするかによりますけど」
「ルミ先生?」
「数馬は知らないか……街外れに一条ルミって医者の先生が診療所を開いてるんだよ。一夏は、そこがかかりつけだったんだとよ」
「なあ一夏、その人、美人なのか?」
「ん? ああ、千冬姉とはタイプは違うけど、美人の部類には……」
「すぐ行こう! 最初に挨拶しておくのが筋だしな! 俺もお前の親友として、挨拶しておきたいと思っていたんだ!」
「本当に現金な奴だな。で、足はどうすんだよ? ここからだと結構遠いぜ?」
「うっ……」
「だったら、俺のジープに乗っけてくよ。時間はあるんだ」
「ついでと言っちゃなんだが、弾君、少し取材させてくれないか? 取材と言っても、少しばっかり君たちに同行するだけだがね」
「いいんですか? 千冬姉にバレたら……」
「弾君の取材なら問題ないさ。よし、善は急げ、ブラコン怪人がこない内に行こうぜ?」

 和也の一言と同時に6人は代金を置いて店から出て、一夏たちは藤兵衛のジープに、隼人と和也はバイクに乗って走り出す。入れ違いにバイクが2台店の前に停車し、今朝からバイクで走り込んでいた敬介と洋が店に入ってカウンター席に座る。源次郎は二人にコーヒーとトースト、スクランブルエッグを出す。
 
「ありがとうございます、谷さん」
「先輩のコーヒーはいつ飲んでも美味しいですね」
「褒めても何も出ないぞ、洋。おっと、いらっしゃい! 誰かと思えば珍しい、千冬さんが誰かを連れてくるなんてね」
「いえ、真耶がどうしてもと言うので。いつものでお願いします」
「いつものって、いかにも常連って感じですね……私はコーヒーで」

 入って来た千冬と真耶もまたカウンターに腰かける。敬介と洋は会釈するとスクランブルエッグを突き、トーストに齧りつく。源次郎は千冬と真耶にコーヒーを出すと真耶と話し始める

「谷源次郎です。お話は立花藤兵衛さんから聞いていますよ、山田真耶さん」
「私も織斑君や織斑先生から話は聞いていました。よろしくお願いします」
「ところで谷さん、沼さんは?」
「沼さんは矢田君と一緒に買い出しに行っているよ」

 源次郎が質問に答えた直後、またしてもドアが開いて二人の少女が入って来る。

「セシリア! どうしてここに?」
「そんな格好をして、どうしたんだ? シャル」

 入ってきたのはセシリアとシャルロットだ。どちらも休日と言うことで私服姿だ。ただし、普通の外着にしては明らかに気合が入り過ぎている。まるでデートにでも出かけるような感じだ。セシリアとシャルロットは敬介と洋がいたのは予想外だったらしく、驚きの表情を浮かべて店内を見渡したが、すぐに口を開く。

「い、いえ、たまたま近くを通りかかったので、顔を出してみようかと……」
「そ、そうだよ! それに兄さんにも見てもらいたかったから!」
「というのは建前で、本当は一夏君目当てできたんだろう?」
「今回は『偶然』を装ってデートに持ちこもうとしたけど肝心の一夏君はいなかった、違うかい?」
「敬介さん!? どうしてそれを!?」
「君との付き合いはそれなりに長いからな。それくらい知っていて当然さ」
「セシリアさんもシャルもすぐに顔に出るんだ。あと、織斑先生がいるのを忘れてないかい?」
「敵わないな、洋兄さんには……そう言えば、そうだった。もしかして僕たち……!」
「何もしないから安心しろ、馬鹿者。あまり感心はしないがな」
「まあ、とにかく座りなよ。初めてだし今回は奢りだ」
「マスター、セシリアには紅茶を。泥水は口に合わないようなので」
「敬介さん、そこまで意地悪しなくとも……」
「ごめんごめん、冗談だから」

 セシリアが敬介の、シャルロットが洋の隣に座ると、今度は大挙して客が押し寄せてくる。

「そんな恥ずかしがらない方がいい、箒さん。勢いで押し切れば上手くいくもんさ」
「で、ですが、その、茂さん、本当に似合っているんでしょうか?」
「大丈夫だぞ、箒。ラウラも自信を持て。こればかりは慣れるしかないからな」
「は、はあ……ですがやはり、慣れないものです」
「ほら、簪ちゃんも自信を持って? 一夏君もきっと褒めてくれる筈よ?」
「う、うん……」
「そうだよ、いくら一夏君でも大丈夫だよ」
「さりげなく一夏君をけなしているように聞こえるが……しかし、ライバルが多いな、蘭さん」
「でも絶対に負けられませんから、特に鈴さんには」
「生意気言うわね、蘭。アマゾン、どうしたの?」
「イチカ、いない。多分、出てった」
「一也、一体どういうことだ?」
「いえ、特訓が終わって来たら、丁度入口前でうろついていたので」
「千冬さん、考えることは皆変わらないんですね……」

 茂、箒、良、ラウラ、楯無、簪、光太郎、志郎、蘭、鈴、アマゾン、一也が入って来ると、千冬は溜息をつく。楯無以外の格好からして、セシリアとシャルロットと考えは同じなのだろう。強引に誘わないのは、たまには男だけで遊びたいと願う一夏へのせめてもの配慮だろうか。

「マスター、おやっさんがどこに行ったか分かりますか? 店にはまだ戻っていないみたいで」
「立花さんなら、滝君と一文字君と一緒に一夏君たちを送りに……」
「和也さんと一文字さんが、一夏と!? それは本当ですか!?」

 次の瞬間、千冬と『イチカー軍団』が源次郎の目の前に詰め寄る。その眼光に怯む源次郎に構わず千冬は続ける。

「それで、どこに行ったかはわかりますか!?」
「たしか、旧村雨邸だったような……」
「あの人の所か……総員、あの二人から一夏を引き離せ! 放置したら、何を吹き込まれるか分かったものではないぞ!」
「はい!」

 するとイチカー軍団はそれぞれ縁の深い仮面ライダーを説き伏せ、協力を取り付けさせると続々と外に出ていく。

「風見さん!」
「流石の仮面ライダーも、泣く子と恋する乙女には勝てんな……」
「一也、行ってやれ。いざとなったら頼む」
「分かりました。楯無さん、行こう」
「あ、丁度良かった! 勘次さんも来てください!」
「え、あ、ちょっと!」
「おっと! 危ないな……」

 最後に丁度買い出しから戻って来た勘次がシャルロットに連行されて原付に乗り、一也のバイクの後ろに楯無が乗り込むと、バイクが一斉に走り出す。沼と運よく勘次が落としそうになった袋を拾った丈二と猛が店の中に入る。

「何があったんです?」
「若気の至りと言うヤツさ。もう少し放っておいて大丈夫だと俺は思うんだけどね」
「そうかもしれませんが……」
「一夏君くらいの歳になると、男同士でしか話せないことや共有できないことも増えてくるものですし、心配いりませんよ。特に一夏君は環境が環境なので」

 猛は笑いながら千冬と真耶の隣に座ると、丈二と共にコーヒーを頼むのだった。

**********

 ホテル『テレジア』最上階レストラン。その奥まった個室でスコール・ミューゼルとオータムは、少し早めのランチを摂っている。このレストランはスーツもしくはタキシード、ドレスでなければ入店出来ない規定になっている。同時に慣例としてスーツかタキシード、ドレスかで案内される席も異なる。特に全員スーツを着てくる時は大事な話があるということで、余人に聞かれないよう、奥まった個室に案内される。スコールとオータムが着ているのもスーツだ。一度フォークとナイフを置くとオータムがぼやき始める。

「エムのヤツ、もう行きやがったのか」
「他の皆もとっくに行ったわ。あとは私とあなただけ。それで、これからあなたはどうするの?」
「少しばかり、借りを返したいヤツがいるんだ。だから別行動させてくれ」
「構わないわ。私も私で用事があるもの。それじゃ、後で落ち合いましょ?」

 スコールとオータムは立ち上がり、スコールが会計を済ませている内にオータムはどこへともなく消えていく。スコールもまたレストランを出るとエレベーターに乗り込み、1階まで下りてホテルを出る。そのまま歩き出すスコールだが、途中で歩みを止めて振り返る。

「珍しいわね、あなたが私に用があるなんて」

 同じ亡国機業最高幹部である銀髪の女が街路樹にもたれて立っている。

「別に用があった訳ではない。たまたま近くにいたのでな」
「だから珍しいと言っているのよ。そんな理由であなたが私に近付くことはないでしょう?」
「ついでに一つ聞きたいと思ってな。お前はアスクレピオスについてどう思う?」
「一言で言えば信用ならないわ。でも、ショッカーとの連携については別に何も」
「そうか……」
「まあ、あなたには受け入れられないでしょうが、割り切りなさい。でないと、死ぬわよ?」
「要らぬ忠告、だな。こちらもこれだけは言っておく。好奇心猫を殺す、だ」
「ありがとう、忘れないようにしておくわ。それじゃ、幸運を祈るわ、シュヴェスター」

 スコールが銀髪の女……シュヴェスターに言うと、シュヴェスターは何も言わずに人混みの中に消えていく。スコールが懐中時計を取り出して見ると、もう正午だ。

「それじゃあ、私も会いに行こうかしら。織斑一夏に、ね」

 スコールは胸元から織斑一夏が入った写真を取り出すと、一度口づけして写真をしまい人混みに紛れる。
 今日という日が、世界を大いに震撼させる日になるとは、まだ誰も知らない。



[32627] 第二十七話 十六人の大幹部
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:27
 正午の旧村雨邸。村雨良の実家だったそこはバダンの襲撃以降、良の意向で肇の診療所となっている。肇がIS学園校医になってからは一条ルミが引き継いでいる。外観は良が住んでいた時とは異なり、庭一面が畑となっている。畑を突きぬける道を一夏と弾、数馬、隼人、和也、藤兵衛が歩いていく。畑を抜け、両開きの扉の前に立つと一夏がチャイムを押す。少し待つが反応がない。時間を置いてもう一度鳴らすが、誰かが出迎る気配がない。

「留守か?」
「いや、留守だったらドアに休診の札が引っかけてるし。もしかして、あっちかも」

 一夏は何か思い当たる節があったのか畑へ進んでいき、他の5人も続く。畑の奥へと歩いていくと、大勢の人がしつらえられたベンチやシートの上に座っておにぎりを食べている。その近くには秋野菜がかごに入れられている。

「あの!」

 一夏が声をかけると、座っていた者が一斉に振り返る。最初は怪訝そうな顔をしていたが、やがて驚愕に変わり、最後には喜色を露にする。

「誰かと思えば、一夏君か! 久しぶりだなあ!」
「前より背が伸びたんじゃないか? 一坊!」
「IS学園に入学したって聞いた時は本当に驚いて、腰を抜かしちまったよ!」
「それにあんたは、あの時の!」
「誰かと思えば、立花さんじゃないか! いやあ、元気そうでよかったよ!」

 同時に一夏を取り囲み、頭をワシャワシャと乱暴に撫でたり、和也や藤兵衛と談笑したりと、蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。嬉しそうな一夏と対照的に、何が何だか分からないと言いたげな弾と数馬の前に、一人の女性が姿を現す。袖を二の腕まで捲くった、白衣を着た女性だ。

「みんな、どうしたの?」
「ルミちゃん! 一夏君だよ、一夏君!」
「え? 一夏君が?」
「はい、お久しぶりです、ルミ先生」
「ええ、久しぶり。最後に会ったのは『藍越学園』を第一志望にしたって、報告しにきた時だったかしら。一応臨海学校の時もそうだったけど、一夏君は意識がなかったし、海堂先生に引き継いでそれっきりだったから。滝さんと立花さんもお久しぶりです」
「おやっさんはともかく、俺に至っては、最後に会ったのがバダンとの戦いが終わったすぐ後だから、結構経ってるな。それより、臨海学校の時に一夏君に会ったってのはどういうことなんだ?」
「IS学園で臨海学校があった時、丁度昔の患者さんで今は漁師をしている方に誘われて、漁船で釣りをしに行っていたんです。でも私たちが載っていた漁船の近くで、一夏君と箒さんが戦っている所に遭遇してしまって。墜落した一夏君をこちらで拾い上げて処置を施したんです。港に上がった時に千冬さんから聞いたんですけど、実は海上封鎖が解除されていなかったそうなので、一夏君がああなったのも、私たちが……」
「いや、君が悪いんじゃない。悪いのは亡国機業さ。というか、荒井さんと同じ船に乗ってたのか」
「後で海堂先生から聞いたんですけど、ルミ先生の処置がなかったら危なかったって聞いてます」
「そうでもないわよ? ISの操縦者保護機能のお陰で、私が出来ることなんてほとんどなかったんだから」
「一夏、この人が一条ルミさんか?」
「ああ。ルミさん、こいつは五反田弾。中学時代からの友達なんです。こっちも同じく中学時代からの友達で……」
「御手洗数馬です! お会いできて光栄です!」
「現金な奴だぜ……お話は聞いていました。よろしくお願いします」

 ルミにデレデレする数馬にツッコミを入れ、弾もルミと握手を交わす。

「それと、そちらの方は……?」
「こっちの姿で会ったのは初めてだったな。一文字隼人だ。またの名を仮面ライダー2号、と言えば分かるかな」
「あの時はどうも。滝さん、一つ気になるんですけど、亡国機業というのは?」
「簡単に言えば、バダンの同類だ。第二次大戦中のナチスドイツで誕生し、半世紀前から散発的に活動していたが、クライシス帝国壊滅からしばらくして活動を本格化させてきた連中だ。最近じゃISを使って色々と事件を起こしている。『キャノンボール・ファスト』の時、所属不明のISが襲撃して来たのもその一例さ」
「滝、一つ気になっていたんだが、誕生したのは第二次大戦中なんだよな? でも活動を開始したのは半世紀前なんだろ? 結成されてから活動が始まるまで、少々間が空いてやしないか?」
「厳密に言うと、第二次大戦中に誕生したのは母体となった組織なんです。ただ、方法論の違いで内輪もめが発生して、最終的に組織は改造人間の使用に反対し、政治的・経済的活動を重視して世界を裏から『支配』することを目指すグループと、改造人間を積極的に使用し、暴力や破壊工作などを重視して世界を力づくで『征服』することを目標とするグループに分裂したんです」
「前者は『亡国機業』を名乗り、世界各地で同志を増やして政治や経済といった分野に勢力を拡大し、ゴルゴム壊滅後はとって代わる形で豊富な資金源と政治力を持つに至った。その傍らで『ダーク』や『シャドウ』、『ダッカー』といった組織を援助し、今では組織を事実上吸収している。現在は蓄えた力を徐々に発揮している、ってところです」
「そして後者は『ショッカー』を名乗り、怪人を使って世界征服に乗り出した。違うか?」
「その通りだ。今はショッカー残党も亡国機業の支援を受けて、事実上吸収されたみたいだがな」
「連中とショッカーに、そんな関係があったなんてな……」
「結局、悪の系譜は終わらないのね……」

 ルミの独白が終わると隼人の表情が険しくなる。藤兵衛や和也、ルミなどショッカーや組織を知る者も表情を曇らせる。重苦しい沈黙が流れる中、数馬が気分を切り替えようと別の話題を振る。

「なあ、一夏、一つ聞いておきたいんだけどよ、ISとかで第何世代とかあるだろ? あれってどういう意味があって、どんな形で区別されてるんだ?」
「なんでそんなこと、今になって聞くんだよ?」
「それ、私も聞きたいわ。一夏君がどれだけ勉強したのか知りたいし」

 数馬の質問にルミや他の皆も同意する。重苦しい雰囲気を払しょくしたいのだろう。

「一言で言えば、兵器としての完成を目指したのが第1世代、『後付装備(イコライザ)』で汎用性を高めたのが第2世代、『イメージ・インターフェース』を利用した特殊兵器の搭載を目標としたのが第3世代、そして換装無しであらゆる領域、状況に対応することを目指すのが第4世代だ」
「なるほど、全然分からん」
「だったら、一から説明するしかないか。『モンド・グロッソ』を全部録画してた数馬なら分かるだろうけど、最初のISは専用の武器『初期装備(プリセット)』しか使えなかった。千冬姉の『暮桜』なら刀一本、フィンランド代表機なら専用ライフル1丁だけ、みたいな感じでさ。他の代表機も、みんな違う武器使ってただろ?」
「そういや、そうだったな。同じライフルでも形とか全然違ってたし」
「ただ、武器の規格が違ったんじゃ弾や部品を一々別々に用意しなきゃならないし、いざという時に部品や弾薬が流用出来ない。最初の量産型IS『刃鉄』は初期装備を共通規格の近接ブレードとライフルに統一し、問題を解決した。初期型の『刃鉄』は第1.5世代なんて言われたりするけどな」
「その考え方を発展させたのが、第2世代機だ。第2世代機は共通の量子化領域『拡張領域(バススロット)』を搭載し、その領域に形状や機構に関わらず格納可能な共通規格の武器を装備可能にした。これが後付装備だ。極端な話、ある程度相性が合っていれば日本製の機体にアメリカ製のライフルを積んだり、イギリス製機体の武器をドイツ製、フランス製、中国製、ロシア製の混成に出来るのが第2世代機だ。言い換えれば、拡張領域と後付装備の搭載が第2世代機の条件って訳だな。初の第2世代機にあたるフランスのデュノア社製『ラファール』や後期型の『刃鉄』、後継機種の『打鉄』、アメリカの『アナハイム・インダストリー』製で世界シェア1位の『バトルイーグル』みたいな、今の軍主力機がそれだ。分かったか?」
「ああ、大体分かった」

 一夏が数馬に確認すると、数馬は頷く。内心本当に分かっているのか不安になるが、説明を続ける。

「第3世代についてなんだけど、結構ややこしいんだよな。コンセプト的には第2世代とは真逆で、第1世代機、特に競技用ISの流れを組んでいる。つまり燃費や汎用性、整備性なんかを犠牲にして、機能を特化・先鋭化させることで第2世代機以上の戦闘力を発揮させようっていう流れだな。もう一つ、第2世代機のコンセプトを発展させ、改造や換装抜きに単機であらゆる状況に対応可能な究極の万能機、つまり第4世代機を開発するのに必要な新技術の実験や実証を必要とする流れがあった。その二つの流れを組んだのが第3世代機だ」
「要するに、使用技術で見ると第2世代機の発展型だが、コンセプト的には第1世代機を出発点として、第4世代機へ到達する通過点となる兄弟みたいなもの、って認識でいいかい?」
「はい。まず、従来のインターフェーズでは第4世代機に求められる万能性や対応力は実現不可能、ってことで操縦者の意志をダイレクトに読み取り、実行可能なイメージ・インターフェースと対応する武器を搭載した。同時に第4世代機にフィードバックするために、武器の運用や特定のコンセプトに特化した機体が製作された」
「例を挙げれば、ビットの装備や『偏向射撃(フレキシブル)』で敵を封殺することに特化し、一定空間内の完全制圧を目的とした『ブルー・ティアーズ』と『サイレント・ゼフィルス』、燃費の良さと遠近のバランスの取れた武装、パワー、頑強さ、対応し難い不可視の砲撃にモノを言わせての正面突破や強襲を得意とする『甲龍(シェンロン)』、奇襲や電撃戦を重視し、一対一に持ちこんでAICを使って倒す一方、閉所や乱戦時を考えて手持ち武器を持たない『シュヴァルツェア・レーゲン』、隠密行動や撹乱を得意とし、万一発見された場合でも敵の一掃も可能な『ミステリアス・レイディ』、格闘戦に特化した僚機との連携を前提に、砲撃による対多数と敵殲滅に特化した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』みたいな感じだな」
「なるほど、だから一癖も二癖もある訳だ」

 隼人は納得したように呟く。

「その分何かが犠牲になっていて、バランスがいい『甲龍』も最大火力や小回りでは劣るし、『シュヴァルツェア・レーゲン』は他の第3世代機に比べて制圧力の面で劣る。『ミステリアス・レイディ』も運動性や瞬発力、柔軟性の向上、レーダーやセンサーに反応され難くなるように装甲を大幅に削った分、防御能力が低下していたりするんだ」
「要するに第3世代機ってのは、イメージ・インターフェースを使った武器を搭載していて、特定の武器とか状況に特化した機体って訳だな?」
「ああ。そして第3世代で蓄積された技術を全て統合・集約したのが第4世代機だ。これの完成には攻撃、防御、機動その他を柔軟かつ最適に行える『展開装甲』が必須らしいんだけど、実現できた国や企業は存在しない。たった一人を除いて」
「篠ノ之束、そして『紅椿』か」
「ええ。ただ、『紅椿』も第4世代機の一つの形に過ぎないらしくて、他の誰かが第4世代機の開発に成功した場合、『紅椿』とはまた違った機体になるだろう、って話です」
「一夏、お前の専用機はどうなんだ?」
「『白式』は本体や元になった機体のコンセプト的には第3世代機に当たるんだけど、武器に第4世代相当の展開装甲が使われているから、厳密に言うと第3.5世代機とか準第4世代機に当たるらしい」
「世代分けって意外と面倒なんだな。けど、やけに詳しいな」
「まあ、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』とか『打鉄弐式』は、本体部分は第2世代だけど一部に第3世代相当の技術が使われているから、第2.5世代とか準第3世代とかに分類されるし。これでもIS学園の生徒だし、千冬姉から耳にタコが出来るほど教えられたからな。佐原さんや猛さん、結城さんの受け売りもある」
「けどよ、なんで第4世代機を作ろうとしてるんだ? 一体何と戦うつもりでそんなものを?」
「それは……」
「怪人、かもな」

 弾の疑問に一夏は言葉に詰まるが、隼人が静かに続ける。

「怪人、ですか?」
「ああ。弾君、君は考えたことないか? どうしてISが世界中を席巻したのか、なぜ各国がやっきになってISを採用し、熾烈な開発競争を進めているのか、とかな」
「そりゃ、無いと言えば嘘になりますけど……」

 和也の問いかけに弾のみならず一夏も数馬も頷く。ISの性能が圧倒的だから、と納得させてはいるが、疑問に思わないではない。和也は言葉を続ける。

「実際、ISの性能が圧倒的だったのもあるし、光明寺博士を始めとする科学者たちが総力を挙げてコア以外の解析・模倣や、さらなる発展に尽力したのもある。本郷が言っていたように、ISには改造人間や人造人間の技術が数多くスピンオフされている。言い換えれば、ISは誕生から10年しか経っていないが、技術や理論について言えば、第二次大戦前後から蓄積がある。しかも実働データは豊富に残っている。密接な関係があるスーパー1もな」
「だが、どれだけ性能がよかろうと、国際IS委員会が活動しようと、『白騎士事件』で力が証明されようとも、地位のある大人が決めなきゃ今のような状況にはならない。元々は宇宙開発用だったんだ。導入を決めた人間には、どうしてもISを兵器として導入し、一刻も早く配備したい理由があった。それが、ショッカーみたいな連中さ」
「けど、ショッカーはもう壊滅したんじゃないですか? ゴルゴムとかクライシス帝国が壊滅してから、もう四半世紀くらい経ってますし」
「確かに組織そのものは滅びた。だが、残党が残っているのさ。クライシス帝国が滅びた後もショッカーや流れを組む組織の残党は動いていた。ここだけの話、『白騎士事件』の時、基地を占拠して日本にミサイルを飛ばしてきたのは、ショッカー残党さ」
「で、でも、それって、外部からのハッキングじゃないんですか!?」
「表向きはそうなってる。ハッキングによるロック解除やミサイルのコントロール強奪が無ければ、『白騎士事件』は起こらなかった。だが、直接ミサイルを飛ばしてきたのは連中だ」

 驚愕する一夏に和也は首を振る。藤兵衛も初耳だったらしく、意外そうな顔をしている。

「連中はどれだけ潰しても力を蓄え、組織を再編成して戻ってくる。バダンとかゴルゴムはいい例だろうな。ISが急ピッチで導入されたのも、開発競争が盛んなのも、第4世代機の開発が急がれているのも、ショッカー残党や怪人への恐怖からさ」
「怪人への恐怖?」
「ああ。一夏君たちは生まれていなかったから分からないだろうが、バダンの世界同時侵攻やゴルゴムの総攻撃、もっと言えばショッカーが活動を本格化させてから、怪人によって多くの犠牲者が出た。それこそ遺伝子レベルで恐怖を刻み込まれるくらいにな。そんな時にショッカーが世界中のミサイル基地を占拠した。だから大人はみんなビビっちまった。次に怪人が出現したらどれだけ犠牲者が出るか、自分が生きていられる保証はあるか。仮面ライダーが助けてくれるとは限らないし、仮に助けに来ても、自分は助けられる前に死ぬかもしれない。ゴルゴムの時は頼みの仮面ライダーすら斃れた。だから生身の人間が怪人に対抗出来る兵器、つまりISに飛びついたのさ。女しか乗れないと分かっても、コアの数が467個に限られてもISに拘るしかなかった。それしか方法が存在しないからな」
「第4世代機の開発を目指しているのもそうだ。怪人ってのは、今で言うISみたいなもんだ。戦車や戦闘機、歩兵じゃ対抗出来ねえ。生身でも対抗出来ないことはないが、能力の多彩さで言えばISより厄介だ。火や冷気、毒を吐くヤツ、身体能力が高いヤツ、特異な体質を持っているヤツ、千差万別って訳だ。対抗するには相当の経験を積むか、あらゆる状況に対応出来る万能さが必要だ。まして、ISの数は限られているから、より少ない数で、より多くの怪人を抑える必要がある。だから即時対応万能機なんて代物が求められるんだ。もっとも、今の軍上層部や篠ノ之束本人がそこまで考えているかは知らねえし、俺もここまで広がるとは、思いもよらなかったけどな」

 和也が言葉を切ると一夏は沈黙する。自分が持っているISにそのような意味があったなどとは思いも寄らなかった。すると隼人が笑って付け加える。

「難しく考えなくていいさ。ISの意味は、君自身がゆっくり考えればいい。見つけられるのは、君だけだ。おやっさんも難しい顔しなくても」
「あ、いや、悪い。しかし、俺やルミちゃんもISと関係していたんだな。出てきた時は、別の世界の話だと思ってたんだが」
「私もそこまで凄い発明だったなんて……それはそうと、思い出したわ。一夏君、千冬ちゃんが診療費を毎月払ってくれるのは助かるんだけれど、夜中にこっそり封筒に入れていくんじゃなくて、直接会って払いに来て欲しいって伝えてくれないかしら?」
「分かりました。夜中にどっか行くと思ったら、そんなことしてたのか……じゃあ、俺たちはそろそろ」
「ええ、これからも頑張ってね?」

 一夏達が診療所を立ち去ると、ルミは名残惜しみながらも笑顔で見送るのだった。

**********

 街にある公園の一角。レストハウス内のレストランで一夏、弾、数馬、隼人、和也、藤兵衛は遅めの昼食を取っていた。最初はカラオケに行こうと決めていた一夏たちだが、ルミから『イチカー軍団』が隼人の後輩たちを引き連れ、一夏を血眼になって探しているとメールが入ったために急遽遠回りし、こちらで昼食を済ませることした。探している理由は不明だが、見つかれば命はないだろう。数馬は危険性を理解していなかったが、命がかかっている一夏とそれを知る弾が押し切った。最悪巻き添えを食らいかねない。隼人は食べ終わると、メモを取りながら弾に話を聞き始める。

「なるほどね、一夏君とは中学時代からよくつるんでいた、と……その一夏君が、今じゃ国際社会を揺るがしまくっている事について、どう思う?」
「どう思う、と言われても……一夏ってそんなに凄いんですか? 男でIS乗れるってだけで凄いと思いますけど、正直、俺も数馬も、実感が湧かないっていうか」
「凄いも何も、国際IS委員会じゃ一夏君をどうするかって話題で持ち切りだったし、『デュノア・スキャンダル』が発覚したのも一夏君の通報がきっかけだ。間接的には欧州連合統合防衛計画『イグニッション・プラン』の見直しや、『バトルイーグル』の寿命延長と2.5世代化を定めたアメリカ軍の『マクフライ・プラン』の策定に大きく関わって来ているからな」
「俺って、そんなに凄いことしたんですか? まあ、シャルの件は予想はしてましたけど、他国の主力機選定にまで俺が……」

 弾以上に隼人の話を聞いていた一夏が唖然としている。そこまで自分の行動が飛び火するとは予想外だった、とでも言いたげな表情をしている。今度は数馬が隼人に尋ねる。

「その『イグニッション・プラン』見直しっていうのは、どういう事なんですか?」
「簡単に言えば、欧州連合の次期主力機を第3世代機にしよう、っていうのが『イグニッション・プラン』第三次計画の骨子だったんだが、事実上凍結されて第2世代機の第2.5世代改修やアビオニクスの改良等で、寿命を延長させようって話に纏まってきているのさ」
「それと一夏になんの関係があるんですか?」
「『デュノア・スキャンダル』が発生した原因として、過度なまでの新型機開発競争が背景にあってね。それに乗り遅れていて挽回にやっきになっていたデュノア社と、自国開発に拘って『イグニッション・プラン』から離脱したはいいが、自国産の第3世代機の開発が難航しているし、かと言って今さら他国のを主力機に据えられないプライドから焦っていたフランス政府がグルになって、広告塔として『シャルル・デュノア』を送り込んだ。志度敬太郎博士の反対を押し切って、な。しかももう一つの目的、一夏君とその専用機のデータ奪取については、一切志度博士に教えなかったって念の入れようだ」
「けど、シャルの言ってた限り、フランス政府は知らなかったみたいですけど……?」
「あのな、一夏。仮にも国の代表候補生だぞ? 男か女かくらい調べるに決まってる。つまりフランス政府は最初からそれと知ってシャルル・デュノアを代表候補生にした。フランス軍のお偉いさんが辞任したのも、結局シャルル・デュノアの処分がうやむやに終わったのも、国内外からの非難が大きかったのもあるけど、そういう事情があったから。違いますか?」
「弾君の言う通りだ。シャルロットちゃんが代表候補生に復帰した時、少々面倒くさい手順だっただろ?」

 弾のツッコミとそれを肯定する隼人の言葉を聞いて、一夏は合点がいく。シャルロット・デュノアが本来の性別と名前でIS学園に通うことになった際、まず『シャルル・デュノア』から代表候補生の地位を剥奪し、表向きは『別人』の『シャルロット・バルドー』を代表候補生にスカウト、その『シャルロット・バルドー』がレオン・デュノアの実子で、レオンが認知して『シャルロット・デュノア』を名乗った、という筋書きになっていた。そのため、シャルロットは数日ほど母方の姓を名乗っていた時期がある。
 本当ならばデュノア姓を名乗らなくともよかったらしいのだが、レオンの従兄弟で、妾腹故にレオンの下では冷遇されていた現社長のモーリス・デュノア同様、第二の『シャルル・デュノア』を産み出さないように、という戒めと願いを込め、敢えてデュノア姓を名乗っているらしい。

「話を戻すと、そのことがきっかけで国際IS委員会が過度な開発競争について懸念を表明した。そこにシャルロットちゃんのIS学園での成績や第3世代機の不振や技術的不備の続発、『銀の福音』事件で第4世代機の『紅椿』が本来格下の、しかも暴走した第3世代機『銀の福音』に苦戦したことから、性急な世代交代より技術蓄積のために第2世代機に近代化改修を施し、腰を据えて長いスパンで第3世代機を開発していこうって流れになってね。それが『イグニッション・プラン』の見直しであり、『マクフライ・プラン』って訳さ。競技用ならともかく、軍用なら扱い辛い上に高価な第3世代機導入より、金も手間も然程かからず、性能も遜色がない第2.5世代化改修がずっと合理的だ。お陰でそっちには一日の長があるデュノア社には『ラファール・リヴァイヴ』の近代化改修依頼や、近代化改修機である『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』への切り替え需要が殺到して、経営危機が一転優良企業に早変わりだ」
「俺、とんでもないことやらかしたんだな……」

 流石の一夏も身を震わせる。

「しかし一夏、よくそんな無茶苦茶したな。いや、そこまでいくとは予想出来なかったんだろうけどよ」
「別に大したことじゃないって。親子だからって、誰かが誰かの人生を滅茶苦茶にしていい権利なんてないだろ? それじゃ亡国機業と同じじゃないか。それが、どうしても我慢出来なかっただけさ」
「一夏君、前々から思ってたんだが、『銀の福音』といい、この前のタッグマッチといい、もう少し身体を労わった方がいいんじゃないか?」
「そうかもしれませんね。けど、いくら密漁船でも一般人を見殺しにする訳にはいきませんし、簪の時は、なんとなく俺と重ねちゃって」
「簪さんと?」
「はい、少し違っていたら、俺と千冬姉も簪と楯無さんみたいな関係になってたんじゃないかなって思って。そう思うと、なんか放っておけなくて。けど和也さんには言われたくないというか」
「一夏君の言う通りだ。お前はもう少し自重して、俺や織斑先生を心配させるな。織斑先生はな、お前が入院していた時、いつも病院まで行って、ルリちゃんや海堂博士にお前の具合とか聞いてたんだぞ?」

 藤兵衛が和也を窘めると、数馬が一度用を足すために立ち上がって席を外す。隼人は弾に質問する。

「ところで弾君、鈍感で名高い一夏君だが、好みのタイプは分かるかい?」
「なんで俺に聞くんですか?」
「いや、本人に聞いたら、どっかのブラコン怪人が五月蠅いからさ。勿論、情報源は秘匿するさ」
「俺も聞きたいな。胸は大きいのがいいのか、髪は長い方がいいのか、背は低い方がいいのか、とか聞いてないかい?」
「そんなこと聞くんじゃない! 弾君、君も答えなくていい」
「いえ、俺も気になってたんで。一夏、お前の好みってどんな感じだよ? お前とはそれなりに長い付き合いだけど、どうしても分からねえ」
「どんな感じって、難しいな……正直、考えたこともなかったし」

 弾の質問に一夏は首を捻り、答えを導き出そうと悪戦苦闘している。一夏も木の股から産まれた訳ではないので、人並みには女性に興味はあるつもりだ。自身の周囲にいる少女達が魅力的であるとは承知しているし、可愛いと思ったこともないわけではない。ドキリとさせられたことだって何回かある。だが好みのタイプについては家事やバイト、IS学園入学後は勉強や訓練、原因不明のイチカー軍団による襲撃、事件に追われて考える暇もなかった。そんな一夏を見て弾が続ける。

「まあ、俺には分からないけど、お姉さんが美人だとそっちに引き摺られてるかもしれないな。一夏、年上の方が反応しやすいだろ?」
「言われてみれば、そんな気が……」
「胸は大きい方がいいし、背は高めの方がいい。大体こんな感じか?」
「うーん、どうなんだろうな?」
「ハッキリしないヤツだな……」
「つまり、千冬みたいなのがいいってことか。まったく、あのブラコン怪人め、弟の好みまで捻じ曲げやがって」
「何の話してるんですか?」

 和也が呆れて溜息をつくと、数馬が席に戻って来る。

「いや、一夏の好みの話をしてたんだけどよ。多分年上でスタイルがいい人が好みなんじゃないかって、話になってさ。本人は分かってないみたいだけど」
「なんだそりゃ? っと、忘れる所だった。一夏、お前を探してる人がいたんだけどよ、何かやらかしたのか?」
「俺を? 身に覚えがないんだが……どんな人だった?」
「金髪で、背が高くて、胸が大きくて、年上。お前の好みかもな。名前までは知らないけど……」
「やっと見つけたわ、織斑一夏くん。元気そうでなによりね」

 数馬が一夏を探している人物について話している途中、涼やかな声と共に一人の女性が歩いてくる。長い金髪にすらりとした長身、スタイルの良さを際立たせるスーツを着た、大人の色香を存分に漂わせる妖艶な美女だ。すると和也と一夏が顔色を変えて立ち上がる。

「スコール・ミューゼル!? どうしてここに!?」
「あら、いたのね、滝和也。あなたに用があって来た訳じゃないわ。その子に用があって来たのよ」
「滝、知り合いか?」
「知り合いもなにも、最近までパリで大暴れしてた『獅子の女王』さ……!」
「亡国機業の最高幹部だと!?」
「その通りよ、一文字隼人。いえ、『マスクドライダー・セカンド』と呼ぶべきかしら?」

 女性ことスコールが言葉を切って蠱惑的な笑みを浮かべると、隼人、藤兵衛も立ち上がり、弾と数馬を庇うようにスコールの前に立つ。即座に和也は大型拳銃を抜こうとするが、スコールが先手を打ってスーツの右袖に仕込んでいたナイフを一夏の首元に突き付ける。周囲の客はまばらな上、位置的にスコールの右腕は外部から死角となっている。藤兵衛は怯まずに啖呵を切る。

「亡国機業が、一夏君に何の用だ!?」
「そうね、ここではなんだし、外に出てゆっくりと話しましょうか。さ、行きましょう? お友達も一緒よ」
「待て! 二人は関係ない! 連れていくなら、俺と隼人だけにしろ!」
「嫌よ。2人がいないと、あなたたちが途中で暴れるでしょう? どうしてもというなら、私が暴れてあげましょうか? これくらいなら、誰か殺さずに壊すことくらい朝飯前だもの」

 スコールが艶然とした態度を崩さずにそう言うと、藤兵衛も引き下がる。スコールが一夏に身体を密着させて建物を出ると他の5人もそれに続き、公園でも人気のない区画にまでやってくる。スコールがようやく一夏から離れると和也と隼人は臨戦態勢に入り、藤兵衛も弾と数馬を庇うように前に出る。隼人と和也の隣に立った一夏は口火を切る。

「やっぱり貴女は! 俺に何の用が!?」
「そうね、あなたを気に入ったから、お持ち帰りしに来た、というところかしら?」
「ふざけやがって! 懲りずに一夏君を拉致しにきただけだろうが!」
「半分当たりよ、滝和也。けど、一夏くんを気に入ったのも事実よ。だって、あなたと違って可愛いんですもの。ちゃんと教育してあげれば、立派な紳士になるわ」
「だから一夏君にタキシードを買ってやったってか? 悪趣味なのは相変わらずだな!」

 隼人と和也に対峙しつつ、スコールは一夏に話しかける。
 
「織斑一夏くん、私と一緒に来ない? 今までの非礼は謝るわ。けど、考えてもみて? このままいけば、いずれどこかの国や組織、国際IS委員会によって、実験動物同然の扱いを受けることが確定している。そんなの嫌でしょう? だから、私たちが助けてあげる。男か女かなんて関係ない、あなたの能力が必要なの。身の安全は私が保証する。働きによっては地位や力、権力だって手に入る」
「断る! そんなもの要らないし、俺には千冬姉や学園の皆、弾や数馬たち、猛さんたちがいれば十分だ!」
「だったら、みんなで来ればいいじゃない。それなりの待遇で迎え入れる用意があるわ。いっそ、滝和也と『マスクドライダー』を説得してくれないかしら? 私たいはやり方こそ違えど目指す物は同じ。この世界の自由と平和を守ることが目的なんだから」
「自由と平和を?」
「ええ、そうよ。私たちはゴルゴムに対抗するために結成された。世界を怪人や超常的な力で征服しようとした組織と、ね。確かにゴルゴムは壊滅した。でもショッカーのような組織はまだ燻っている。むしろ、この世に人間がいる限り、根絶するのは不可能でしょうね。けど、連中を力で抑え込んで活動出来ないようにさせる、生殺しにすることは出来る。それには国やしがらみに囚われた従来の組織では駄目、そうしたものを無視して動ける、絶対的な力を集約させた組織が必要なの」
「だから世界中からISやその操縦者を集めて、世界を支配しようと?」
「物分かりが早くて助かるわ。勿論、達成には痛みが伴う。けれど、多数の犠牲者を出さないための、いわば必要悪というヤツよ。そのためにはあなたたちの力が必要なの。だから、もう一度聞くわよ。私と一緒に来ない?」
「なら聞くが、お前たちはあとどれだけの人間を犠牲にし、苦しめ続ける気だ?」

 しかしスコールを拒絶するように隼人が眼光鋭く睨みつける。

「それにな、個人を理屈をつけて切り捨てる連中に限って、自分たちの都合で自分たち以外全部切り捨てるって、相場が決まってるんだよ!」

 和也は一喝すると畳みかけるように続ける。

「なにより、お前の言葉から本気さが微塵も感じられねえ。本当はそんなこと、ちっとも考えちゃいないんだろ!?」
「あら、気付いていたのね」

 和也の追及にスコールはあっさりと肯定してみせる。立ち振る舞いを見る限り、動揺している様子もない。和也の言う通り、先ほどの発言は本心ではないのだろう。

「あんたは、嘘をついてまで俺が欲しいのか!?」
「言ったでしょ? あなたを気に入ったと。それに、半分くらいは嘘じゃないわ。これは組織の理念。私個人としてもゴルゴムのような連中を、のさばられておく気はないわ。気に入らないもの」
「だったら、なんのためにこんなことを!?」 
「気に入らないのよ、世界そのものが。あなたもそうではなくて? 親には捨てられ、織斑千冬の弟というだけで酷い目に遭い、世界唯一の男性IS操縦者というだけで国や組織から狙われ、妹の幼馴染みというだけで篠ノ之束に目を付けられ、モルモットにされ、然程好いてもいない娘たちに理不尽な暴力を振るわれ、世の男に妬まれ、怨まれ、女には既得権を侵す異物として敵視される。あなたの人格など知ったことではない、と言いたげにね。実際にあなたの人となりなどどうでもよくて、『ブリュンヒルデ』の弟や男性IS操縦者という肩書だけで見ている。それを疎ましく思わなかったと言い切れる? 本当は織斑千冬も、篠ノ之束も、その妹や友人も、国や国際委IS委員会も、この世界全てを内心疎んじ、憎んでいるのではないかしら?」
「あんたは俺を、全然理解出来てないらしいな……話にならない! 交渉は決裂だ!」
「そう、残念ね。あまりこういう手は好きではないのだけど」

 一夏がきっぱりと拒絶すると、スコールは残念そうな素振りを見せて指を鳴らす。すると光学迷彩で姿を隠していたらしきマリオが数十機ほど出現し、一斉にポールウェポンを構えて突きかかってくる。

「くっ! マリオ!? 実力行使ってわけか!」
「そうね。しばらく人形の相手をしていなさい。では、後ほど会いましょう」
「待て! この、邪魔すんな!」

 悠々と立ち去っていくスコールを追いかけようとする和也だが、割って入ったマリオの群れに押し込まれ、スコールの姿は忽然と視界から消える。和也は咄嗟に先頭のマリオを蹴り飛ばし、薙刀を奪うと次々とマリオを薙ぎ倒す。隼人も群がるマリオを突き蹴りで蹴散らし、背負い投げで思い切り地面に叩きつける。藤兵衛と一夏は弾と数馬を庇い、槍をひったくってマリオとやり合っていたが、マリオが空中からウジャウジャとやってくると藤兵衛が叫ぶ。

「こいつら、最近街に出てきた連中だな!」
「ああ! 亡国機業で間違いない! おやっさん! 滝! 弾君と数馬君を安全な場所に! 俺と一夏君で引き受ける!」
「分かった! 二人は任せろ! おやっさん!」

 薙刀を1機に突き入れると、和也はマリオに飛び蹴りを見舞って血路を開き、藤兵衛と共に弾と数馬を連れて包囲網を突破する。隼人は一夏の近くのマリオを拳打の連撃で一掃する。だが敵の数は増える一方だ。街中にも出現しているのかもしれない。

「行くぞ、一夏君!」
「はい、一文字さん!」

 しかし隼人はすぐに推測を振り払い、両腕を右横に突き出して円を描くように左へ持っていく。一夏は右手に嵌めたガントレットを掲げる。

「変身!」
「来い、 白式!」

 隼人が曲げた左腕を立てて動作を完了させるとベルトのシャッターが開き、風車が回って仮面ライダー2号の姿に変わる。一夏の身体を装甲が包みこんで『白式』が装着される。同時に続々と通信が入って来る。

『一夏さん! 聞こえますか!? こちらは現在、多数のマリオと交戦中!』

「聞こえてるぞ、セシリア! こっちも今から交戦する所だ!」

『気を付けろ、一夏! お前を「アラクネ」と「サイレント・ゼフィルス」が血眼になって捜しているぞ!』

「『サイレント・ゼフィルス』、あいつがか!? ラウラ、どういうことだ!?」

『どういうもこういうも、そのままの意味ですわ! 「サイレント・ゼフィルス」は敬介さんと、「アラクネ」は村雨さんと交戦していますわ!』
『だが、とにかくマリオの数が多い! 一文字さんにも伝えてくれ!』

「分かった! 無事でいろよ!」

 一夏がセシリアとラウラとの交信を終えると、仮面ライダー2号は回し蹴りでマリオの胴体を纏めて寸断する。

「一文字さん!」
「分かってる! 街中にうじゃうじゃ湧いているらしい! 一気に片付けるぞ!」
「はい!」

 一夏も雪片弐型を振るってマリオを片っ端から切り捨て、仮面ライダー2号ととも身近にいるマリオを一掃することにした。

**********

 少し時間を遡る。
 正午。ある公園のベンチに敬介は腰かけていた。旧村雨邸まで同行させられた敬介だが、ルミから話を聞いた後は二手に別れて探すことになった。ISは互いの位置を認識出来るようになっているのだが、隼人や和也の入れ知恵か、はたまた命の危険を感じた一夏本人の判断か、『白式』を『潜伏(ステルス)モード』に設定しているらしく現在位置は掴めない。セシリア曰く途中までは追跡出来たらしいので、だいぶ範囲は絞り込めているのだが。この公園を手分けして探していたが、見つかる気配はない。早めに終わってベンチで腰かけていた敬介だが、セシリアと箒、茂、志郎が戻ってくる。

「敬介さん、どうでしたか?」
「いや、全く。そっちも見つかってないか」
「ええ。茂さん、テレパシーを使って、一文字さんの居場所を割り出せませんか?」
「ズルは無しで行こうぜ、箒さん。こういう時こそ正攻法で攻めた方が上手くいくのさ」
「ところで敬介、アマゾンと鈴さん、蘭さんはどこに行ったか知らないか?」
「いえ……っと、噂をすれば、ですよ」

 敬介が志郎の背後を示すとアマゾン、鈴、蘭が丁度歩いてくる。ただし、アマゾンは元気そうだが、鈴と蘭は疲れているのがありありと見える。何があったか想像はついたが、一応敬介が代表して尋ねる。

「えっと、二人とも、どうかしたのかい?」
「いえ、探していた途中、アマゾンと一緒に近所の子供たちとの遊びに付き合わされちゃって……」
「どうにか解放されたんですけど……子供の元気って、無尽蔵なんだなって」
「リン、ラン、大丈夫か? 休んでからにすれば良かったか?」
「誰のせいだと思ってんのよ!?」
「鈴さん、苦労してるんですね……」
「二人とも妙に仲がいいな。誕生会の時は宿敵といった雰囲気だったが」
「そうなのか? 二人とも、トモダチじゃないのか?」
「前までは、ね。ある意味アマゾンのお陰で、仲良くなれそうよ」
「なら、いい。リンも、ランも、オレも、トモダチになれるなら」
「私も、ですか?」
「諦めなさい、蘭。それがアマゾンなんだから」

 二人ともアマゾンに散々振り回されていたようだ。そのお陰で奇妙な友情が芽生えたのだから、怪我の功名と言っていいのかもしれない。本人たちは疲れ切ったのか仲良くベンチに腰かけている。見かねた敬介が一つ提案をする。

「鈴さんも蘭さんも疲れているようだし、少し飲み物を買ってくるよ」
「それは賛成ですけど、流石に先輩にやらせるわけには……」
「気にしなくていい。アマゾンがまたどこかに行ったら困るだろう?」
「俺もいた方がいいか。飲み物なら俺は必要ない」
「俺も大丈夫なんで。けど、あの二人にはスポーツドリンクを。水分不足でしょうから」
「私はお茶で。セシリアは?」
「私も敬介さんと一緒に参りますわ。一人では持ち切れないでしょうし」
「なら決まり、だな」

 すると敬介は立ち上がり、セシリアと共に公園の外にある自動販売機に向かって歩き出す。後ろ姿を箒がずっと眺めていると、不審に思った茂が声をかける。

「箒さん、どうかしたかい?」
「いえ、なんとなく父のことを……」
「そうか、君のお父さんは……悪いことを聞いちまったな」
「いえ。その、茂さんはどうだったのですか?」
「あ、いや、気を悪くしないで欲しいんだが……俺は孤児ってヤツでね。自分の父親については全然。まあ、俺にはおやっさんがいるんだけどさ」
「茂に限った話じゃないが、俺たちにとっておやっさんは第二の父親ともいえる人だ。しかし、敬介が父親、か」

 志郎は敬介の背中を見て感慨深げに呟く。
 敬介とセシリアは自販機の前に立つと、敬介が硬貨を入れてボタンを押す。出てきた缶を何本かセシリアに渡し、自分も缶を持って歩き出そうとする。だが、敬介は殺気を感じて立ち止まる。それも並の殺気ではない。まるで鋭利な日本刀で胸を抉られるような、尋常ではないほどに先鋭化した殺気だ。セシリアも同じらしい。

「出てきたらどうだ? 隠れているのは分かっている」
「流石に気付くか、神敬介。いや、『カイゾーグ』と呼ぶべきか」

 敬介が物陰に向き直って誰何すると、冷ややかな声と共に一人の少女が姿を現す。少女の顔を見るとセシリアは驚愕し、敬介も驚きを隠せずに呟く。

「他人の空似にしては、悪質極まりないな。千冬さんと、こうもそっくりだとは」
「当然だ。私こそが、織斑一夏がいる場所にいるべき存在なのだからな」
「そうか、お前がそうだったのか。亡国機業の構成員エム。『サイレント・ゼフィルス』を強奪し、学園や国際宇宙開発研究所を襲撃した……!」
「なら、キャノンボール・ファストの時に襲撃してきたのも!?」
「その通りだ、セシリア・オルコット」

 少女ことエムは邪悪な笑みを浮かべると、敬介を見下すように続ける。

「しかし、下らんな。GOD機関に殺され、父親を死なせた『死に損ない』のお前が、ちょろい雑魚の父親気取りか。傷を舐め合う者同士、お似合いというべきか」
「なんですって!? 私のみならまだしも、敬介さんを侮辱することだけは許しませんわ!」
「なら、どうする? 私を黙らせるか? この前無様に負けたように、また地を這いつくばりたいのか? 生憎だが、そうはいかない。今度は確実に殺してやる」
「いいでしょう! このセシリア・オルコットが相手に!」
「落ち着くんだ、セシリア。安い挑発に乗ってやる必要はない。だが、ずいぶん調べたようだな。そこまで仮面ライダーが、いや沖一也が憎いか? お前が織斑千冬の妹の『なり損ない』と見抜いた、一也が」
「貴様……」

 怒りに任せて左耳のイヤーカフスを手に取ろうとするセシリアを制止し、敬介が逆に挑発するとエムは明らかに不機嫌な顔となり敬介を睨みつける。

「一つ警告してやる。一度は拾った命を溝に捨てたくなければ、その口を閉じるんだな。今すぐ私の目の前から失せろ、『カイゾーグ』。今は『ブルー・ティアーズ』に用があるのでな」
「そうはいかない。お前にはセシリアや一夏君、滝さん、一也の借りがある。強奪の際、調査船を沈められた借りも返し切っちゃいない」
「ほう、また死に損なったか。だが安心しろ、邪魔をするというのなら、ここで殺してやる!」
「なら、試してみるか? お前の怒りと俺の怒り、どちらが剛力か」

 エムと眼光鋭く対峙し、敬介はセシリアの盾となるように前に立ち、話し始める。

「セシリア、今すぐ走って、風見先輩たちに知らせるんだ」
「いいえ! 私が相手を致しますわ! 敬介さん、こそ早く!」
「冷静になれ、セシリア。君とヤツが暴れたらかなりの被害が出る。俺に任せるんだ」
「しかし!」
「茶番は、終わりだ」

 揉めている敬介とセシリアを鼻で笑うと、エムは『サイレント・ゼフィルス』を装着し、レーザーライフル『スターブレイカー』を構える。

「チイッ! 大――」

 敬介は咄嗟にセシリアを大きく突き飛ばし、両腕を上に突き上げて胸の『マーキュリー回路』を起動させる。

「変――」

 敬介の両腕が『X』の字を描くように斜め上に広がると顔の左半分に『レッドアイザー』が装着される。レーザーライフルの銃身が割れ、スパークと共にエネルギーがチャージされる。

「――身!」

 敬介が左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出すと顔に右半分にも『レッドアイザー』が装着され、口元にも『パーフェクター』が接続されてメカニズムが起動し、変身を完了する。敬介が『ライドル』に手を当てるとレーザーライフルが発射され、爆発と立ち込める煙で敬介の姿が消える。

「ふん、他愛もない。死んだか。次はセシリア・オルコット、お前の番……」
「ライドルホイップ!」

 エムが嘲笑してセシリアに狙いを定めようとした瞬間、煙の中からライドルホイップを持った敬介が飛び出して渾身の突きを放つ。突きをライフルで凌ぐエムだが、続く連続突きは防ぎ切れずにシールドエネルギーを削られ、締めとばかりに蹴り飛ばされる。敬介は虚空にライドルホイップを『X』を刻むように振ると、名乗りを上げる。

「Xライダー!」
「名前など知るか! まあいい。『スーパー1』から味わった屈辱、ここで晴らしてやる! 銀色の身体にした神啓太郎を恨むんだな!」

 仮面ライダーXがライドルホイップを掲げて斬りかかってくると、エムは一度上昇して距離を取る。すぐに6基のビットを展開して砲口からビームを発射し、集中砲火を浴びせる。時に回避し、時にライドルホイップで防御しながら仮面ライダーXはライドルのスイッチを操作する。

「ライドルスティック!」

 ライドルがライドルスティックに変形すると仮面ライダーXは跳躍し、スラスターを噴射して逃げようとするエムにエアジェットを使って追いつく。エムが連射するビームをその身に受けながら、ライドルスティックを構えるとエムに突き入れて動きを止める。仮面ライダーXはライドルスティックを巧みに操り、エムを打ち据え、突き、薙いで攻め立てる。
 仮面ライダーXがエムと交戦している隙にセシリアは走り出すが、血相を変えて飛び出してきたアマゾンと追ってきた鈴、箒、茂と鉢合わせになる。

「アマゾンさん!?」
「やっぱり! 匂いの正体はアイツか!」
「『サイレント・ゼフィルス』!? どうしてここに!?」
「そんなの後よ! 神博士の援護が先よ!」
「だが、 まずはアイツを誘導しないと!」
「フン、雑魚が集まっても所詮は雑魚。雑魚は雑魚らしく、磯で同じ雑魚の相手でもしていろ!」

 呼ナイフとライフルで仮面ライダーXの攻撃を凌ぐと、エムの合図と同時に一斉にマリオが飛び出す。上空からもマリオが多数降下してくる。

「マリオまで!」
「不味い! 風見さんたちが!」
「ここは、俺に任せろ!」

 マリオが突き出してくる槍を弾いてライドルスティックで打ち砕き、エムの『偏向射撃(フレキシブル)』を織り交ぜたビームの嵐をライドルスティックで防ぎ、その身に受けながら仮面ライダーXが声を張り上げる。セシリアたちはマリオを蹴散らしながら志郎と蘭のいる公園中央を目指す。
 懸念通り、志郎と蘭もまたマリオの襲撃を受けていた。志郎がマリオからポールアックスを奪って薙ぎ倒していくが焼け石に水、敵の数はそれを上回るペースでどんどん増えていく。蘭はマリオに捕まらないように逃げ回っていたが、足がもつれて転んでしまう。するとマリオがハルバートを構えて振り下ろそうとする。

「あ……」
「蘭さん!? やらせるか!」
「蘭に、触るな!」

 しかし志郎がポールアックスを投げつけてマリオの動きを止め、専用機を部分展開した鈴がマリオを派手に殴り飛ばして蘭を助ける。箒もまた薙刀を奪って振り回し、アマゾンが野獣のような動きでマリオに挑みかかるのに合わせ、茂は手袋を外してコイルが巻かれた両腕でマリオを殴ってショートさせる。

「大丈夫!?」
「はい、ありがとうございます、鈴さん……」

 鈴は恐怖のあまりへたり込んでいた蘭を助け起こすと、向かってくるマリオをセシリアと共に迎撃する。だが蘭がいるので迂闊に動けない。それを見越したかのように殺到してくるマリオだが、直後に横から突っ込んできたジープに蹴散らされる。ジープは蘭の前に停車し、運転席と後部座席から誰かが蘭たちに声をかける。

「みんな、無事か!?」
「蘭! 怪我はないか!?」
「おやっさん!」
「立花さん!」
「お兄!」

 ジープを運転していたのは藤兵衛、後部座席に乗っていたのは弾と数馬だ。弾はジープから飛び降りると蘭を抱えてジープに乗り込む。志郎が藤兵衛に近寄ろうとするマリオを片っ端から蹴り飛ばし、駆けつける。

「おやっさん、一文字さんと滝さん、それに一夏君は?」
「隼人と一夏君は、こいつらと戦ってる! 滝も俺たちを行かせるためにこいつらと!」
「分かりました。おやっさんは安全な場所に避難して下さい! ここは俺たちが引き受けます!」
「任せろ! 気をつけるんだぞ!」

 藤兵衛がジープを発車させてマリオを轢きながら離脱していくと、茂は箒の隣に立ってマリオを簡易版のエレクトロファイヤーで一掃し、両腕を右斜め上に突き出す。箒も左上に巻かれた金と銀の鈴がついた紐に手をかける。

「箒さん! 変身……ストロンガー!」
「はい! 行くぞ、『紅椿』!」  

 茂が両腕を左斜め上まで持っていき両手のコイルを擦り合わせるとスパークが走り、箒の身体に装甲が装着される。

「だったらこっちも! 行くわよ、『甲龍(シェンロン)』!」
「アァァァァマァァァァゾォォォォン!」
「変身……ブイスリャァッ!」
「おいでなさい! 『ブルー・ティアーズ』!」

 鈴、アマゾン、志郎、セシリアもまた変身を完了し、ISの展開に成功する。

「まずはこいつら、次は街の敵だ! 『サイレント・ゼフィルス』は敬介に任せればいい!」
「はい!」

 仮面ライダーV3の一言と同時に、一斉に動き出して敵の掃討を開始する。
 一方、シャルロット、洋、勘次、良、ラウラ、光太郎、簪、楯無、一也は路上でバイクを降りていた。光太郎のバイクに不調が出たからだ。光太郎がバイクを見ている間、他の皆はめいめい雑談している。

「けどシャルロットちゃん、いくら相手が鈍感でも、一夏君にISの武器使っちゃあかんやろ」
「でも、一夏といい、勘次さんといい、滝さんといい、人間って意外と頑丈じゃないですか。だから、大丈夫なんじゃないかなって……」
「いや、がんがんじいと滝さんは規格外というか、人間の基準にしちゃ駄目だと思うんだ」
「毎回思っていたんだが、確かにがんがんじいは頑丈だったな。滝さんといい一夏といい、本当になんなんだ?」
「一夏はまだ納得がいきます。教官の弟ですので」
「それ、理由になってないと思うんだけど……」 
「いや、千冬さんは怪人を素手で倒せる境地に達せる素質がある。一夏君がそれに匹敵する才能を秘めていても、おかしくはない」
「ラウラちゃんと村雨さんがいる前で、そんな話をしない方がいいと思いますよ? 光太郎さん、どうですか?」
「もう少し……よし、出来た。すいません、時間を取らせちゃって」
「気にしなくていいさ。それじゃ、行こう……!?」

 光太郎が直し終えると全員バイクに乗り込もうとするが、直後に砲撃が飛んできて洋達の足元に着弾してその姿が爆風と硝煙の中に消える。すると砲撃の主が1機上空から降下してくる。黄色と黒の配色に蜘蛛を思わせる8本の装甲脚、アメリカの第2世代機『アラクネ』だ。ロングヘアーの女は吐き捨てるように呟く。

「ハッ、肉片一つ残らず消し飛んじまったか。しかし事故とはいえ、生身の代表候補生までやっちまったのが痛いな。香典くらいは置いていって……」
「必要ないさ、俺たちには」
「クッ! 生きてやがったか! どこにいやがる!? 隠れてねえで、姿を見せろ!」
「ここにいるぞ!」

 声を聞くや女はハイパーセンサーを使い声の主を探し、声の主が近くの建物の屋根にいると気付いて向き直る。声の主はシャルロットと勘次を抱えた洋だ。砲撃が着弾するギリギリのところで逃れたのだ。洋は勘次とシャルロットを下ろすと女に向かって続ける。

「俺たちには祈りも、供物も、墓標も似合わない。多分、死後の安楽さえも」
「ただ、戦うだけだ、オータム。お前のような悪と、この命を懸けて」

 続けて楯無をいわゆるお姫様だっこで抱えていた一也が楯無を下ろし、洋の隣に立って女ことオータムに続ける。

「俺たちは死なん。戦いが終わる、その時がくるまで」
「そしてこの世に悪がある限り、俺たちは決して負けはしない!」

 さらにラウラを抱えていた良と簪と組んでいた光太郎も言い放つ。するとオータムが顔を歪めて口を開く。

「こいつはいい。鉄屑野郎に落とし前つけたかったんだが、化け物野郎までいやがったなんてな! ここで会ったが百年目! てめえら全員、スクラップにしてやる!」
「それはこちらのセリフよ。あなたには借りがあるもの。簪ちゃんを泣かせた罪、この場で償いなさい!」
「お姉ちゃんを悲しませたお前を、許してはおけない!」

 更識姉妹も専用機を展開しようとするが、オータムが手で制する。

「まあ待て。てめえらの相手は後でしてやる。その前に、そこのモジャ毛! てめえにベッド投げつけられてから、私やスコールの仕事は全部ケチの付きっぱなしだ! まずはてめえからスクラップにしてやるから、ありがたく思え!」
「八つ当たり、か。村雨、向こうからのご指名だぜ?」

 オータムの宣戦布告を受けた良は黙って屋根から飛び降りる。

「安心しな、お前たちにはおあつらえ向きのものが用意してある……来い! マリオ共!」

 するとオータムの合図と同時に上空からマリオが降下し、良以外の面子を取り囲んで一斉に攻撃を開始する。

「これで、1対1か」
「そういうことさ。それじゃ、たっぷり楽しませて貰うぞ! 『パーフェクトサイボーグ』が!」

 オータムは装甲脚を展開して砲撃を加えなが良に殴りかかるが、良は飛び退いて攻撃を回避すると右腕を右斜め上に、左腕を右斜め下に突き出す。そして円を描くように左腕を左斜め上に、右腕を右斜め下に持っていく。

「変……身!」

 左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出すと、良の身体が仮面ライダーZXの姿に変わる。仮面ライダーZXは砲撃を放ってくるオータムに十字手裏剣を投げつけて牽制すると、踏み込んで左腿のスリットから電磁ナイフを抜き放つ。刃を伸ばすと装甲脚を突き出してくるオータムを斬りつけ、装甲脚と電磁ナイフが激しく交差する。
 周囲のマリオを蹴りで散らすと、洋は一度右腕を前に突き出した後に左腕を入れ替えるように平手にして前に出し、時計回りに回転させて左斜め上に持っていく。シャルロットも首にかけたネックレストップに手をかける。

「スカイ……変身!」
「行こう! 『ラファール』!」

 洋が左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出すとベルトの風車が回り、ネックレストップから量子化されたISが展開されてシャルロットの身体を包み込む。

「行くぞ! 変身!」
「私に手向かったこと、後悔するといい! 『レーゲン』!」
「簪ちゃん、光太郎さん、私たちも一暴れといきましょうか!」
「うん! 光太郎さん、変身を!」
「ああ! 変身ッ!」

 一也と光太郎も改造人間としての姿に変わり、ラウラと更識姉妹も専用機の展開に成功する。

「一也と光太郎は地上の敵を! 空中の敵は俺たちに任せろ! がんがんじいは避難誘導を頼む!」
「よしきた!」
「ブルーバージョン!」
「アクロバッター!」

 仮面ライダースーパー1と仮面ライダーBLACK RXは『ブルーバージョン』と『アクロバッター』呼び出して跨り、近くのマリオを轢き飛ばして撃破すると別の場所へ転戦していく。

「セイリングジャンプ!」

 スカイライダーが『重力低減装置』を作動させて空中に舞い上がると、シャルロット達もまた飛行し、空中の敵との交戦を開始する。
 熾烈な攻防戦の火蓋は、切って落とされた。

**********

 IS学園の敷地内を猛と真耶、丈二と千冬を乗せた2台のバイクが疾走する。『ブランカ』でのんびりしていた4人だが、マリオが出現したと連絡が入るとすぐに切り上げて学園へと急いだ。途中マリオと何回か遭遇したが全て振り切り、学園まで戻った。だが学園も無数のマリオによる襲撃を受けており、現在出せる限りの戦力を繰り出して迎撃中だ。校舎の前でバイクが停車すると千冬と真耶は下車し、猛と丈二は迎撃に加わるべくバイクを走らせると立ち乗り状態になる。

「ライダー……変身!」
「ヤァァッ!」

 猛の身体が仮面ライダー1号のそれとなり、丈二の身体を強化服が包みこんでライダーマンへと変身する。仮面ライダー1号は『新サイクロン号』で、ライダーマンは『ライダーマンマシン』でマリオの群れに突っ込み、周囲のマリオを相手に交戦を開始する。
 格納庫に向かった真耶と別れた千冬は、職員室に駆け込んで指揮を代行していたひとみと交代して尋ねる。

「状況は?」
「学園生徒や非戦闘要員の避難は完了しています。出せる戦力は全て出していますが、数が多すぎて底が見えないのが現状ですね」
「佐原先生、余っているISはありませんか?」
「一応、本体修理が完了した『打鉄』はありますが……まさか、出る気じゃ!?」
「最悪の事態に備えるまでです。武器の方は?」
「近接ブレードは使えるようになっています」
「なら、いつでも出れるように整備をお願いしていいですか?」
「分かりました、すぐに」

 ひとみは職員室を出て、千冬はモニターを確認する。レーダーや各種センサーはマリオやそれを示す反応で埋め尽くされている。底は見えそうにない。だが職員から識別コード不明のISが学園に急接近してくるのが報告される。千冬は『開放回線(オープン・チャネル)』を使い、ISとコンタクトを取る。

「こちらIS学園。現在、そちらはこちらの防空識別区域に無断で侵入している。至急識別コードを出すか、当該空域から離脱されたし。こちらIS学園、聞こえるなら応答されたし。返答がない場合、敵対するものと見なし、こちらも相応の措置を取らせて貰う。繰り返す……」

 しかし所属不明機は何度呼びかけても答える気配がない。ならば、答えは簡単だ。敵。十中八九、亡国機業だ。そのISはダリルやフォルテが防衛しているエリアに侵入しようとしている。

「ケイシー、サファイア、敵ISが侵入してくる。油断するなよ」

『了解、任せて下さい……うわ!?』

「どうした!?」

『先輩がアイツに! クソ、速過ぎて狙いが……そんな!?』

「サファイア!? 映像をこちらに回せ!」

 千冬は即座にそのエリアの映像をモニターに映させる。映像では、ダリルとフォルテが所属不明機に圧倒されている。敵はダリルの重機関銃を紙一重で回避し、フォルテの荷電粒子砲も銃口や照準を読んで掠らせもしない。逆に両腕からクナイを発射して牽制すると、右手首から射出したワイヤーでフォルテを縛り上げ、左手首から展開した折り畳み式ブレードでダリルを切り裂く。ダリルとフォルテによる鉄壁のコンビネーション『イージス』も、ほんの僅かな切れ目に割り込んでダリルを蹴り飛ばし、裏拳でフォルテを吹き飛ばす所属不明機相手には意味をなさない。
 それどころか四肢に搭載されたスラスターやPICを極限まで駆使し、一瞬の内に最高速度まで加速、停止を繰り返して二人を翻弄する。すぐに背後に回り込んで防御すら許さずに回し蹴りや前蹴り、足刀蹴り、押し蹴りを十数発叩き込んでフォルテを叩き落とす。フォルテが地面に到達する前に先回りして蹴り上げて、再び回り込んで肘を落とし、ブレードで割り込みをかけてくるダリルの攻撃を最低限の動きで回避する。刹那の隙に6連突きをダリルの正中線に叩き込んで意識を飛ばすと、腕を掴んで小手投げの要領でフォルテに投げつけ、二人仲良く地面に墜落させる。それが終わると所属不明機は腕を組んで空中に静かに佇む。
 ダリルとフォルテのコンビすらあしらった敵に職員室は騒然となるが、千冬は別の驚愕に支配されていり。見間違える筈がない。あの身のこなしに短い銀髪。ISが兵器として運用されるに当たり、千冬からレクチャーを受けに各国から派遣された精鋭達の中でも最年長で、謙虚で物覚えもよく、千冬や他のメンバーから一目置かれていたドイツ軍少佐。第一回『モンド・グロッソ』格闘部門で千冬を相手に格闘戦で渡り合ってみせ、第二回大会では総合優勝者として『ブリュンヒルデ』の称号を得た実力者。ドイツ軍最精鋭部隊『シュバルツェ・ハーゼ』初代隊長にして、『キャノンボール・ファスト』世界記録を保持する『世界最速』と謳われる女。その女が初めてIS学園に通信を入れる。

『こちらは亡国機業先遣隊、ウルスラ・シュヴェスター。貴君らは我々の兵力により完全に包囲されている。直ちに武装解除し、こちらに投降せよ。投降に応じた場合、身の安全は保障しよう。抵抗するのであれば、実力によって無力化させて貰う。よく考えて返答されたし。これは警告だ、断じて脅しではない』

 女の名はウルスラ・シュヴェスター。第二回モンド・グロッソ直後、事故で死亡した筈の元ドイツ国家代表操縦者だ。ウルスラは何度も警告を入れてくるが、千冬は驚きのあまり声が出ない。それでも答えようとする千冬だが、丁度戻って来たひとみが先に通信機を引っ手繰って答える。レクチャーの時、整備士として参加していたひとみは歳が近いこともあってウルスラとは仲が良く、友人同士として交友があった。それだけに千冬以上にショックが大きいのだろう。

「ウルスラ!? 本当にウルスラ・シュヴェスターなの!?」

『いかにも。ひとみ、最後に会ったのは第二回大会の時に格納庫だったか』

「だったら、このタチの悪い冗談はなんなの!? なんで貴女がこんなことをするの!?」

『聞こえなかったか? 私は亡国機業先遣隊だと。お前ほどの者が、その意味を知らない訳がないだろう』

「じゃあ貴女は、亡国機業に魂を売ったわけ!?」

『どうとでも思ってくれていい。お前もいるのだろう? 織斑千冬。昔の誼だ、大人しく投降してくれるのであれば、お前は勿論、お前の可愛い弟や教え子たちの命や身の安全は保障しよう。無論、弟を実験動物扱いなど断じてさせん。だから、武器を捨ててくれ。旧友に銃を向けるのは、こちらも本意ではない』

「お断りする! 亡国機業の狗に成り下がった貴女の言うことなど、聞く気はない!」

『狗、か。仕方ない。ならば実力を以て抵抗する力を奪うまでだ!』

 ウルスラは通信を切り、ダリルとフォルテを完全に無力化することを決める。ダリルとフォルテは立ち上がってスラスターを噴射し、連携してウルスラを攻撃する。しかしウルスラは銃撃の嵐を腕を組んだまま全て回避し、屋根にふわり、と降り立つ。

「流石はアメリカ代表候補生。一人一人の技量のみならず、連携の冴えは見事としかいいようがない。だが、我々を相手にするには足りないものが多過ぎる。このままでは児戯に等しい。一言で言えば未熟、だな」
「言ってくれるじゃないか! 私たちも代表候補生だ! 意地ってものがあるんでね! 勝てぬまでも、食らいついてやるだけさ!」
「食らいつく、か。笑止。お前たちには足りないものが多過ぎると言った筈だ。それは!」

 次の瞬間、ウルスラはダリルとフォルテが反応する間もなく間合いに入る。四肢のスラスターやPIC、パワーアシスト機能を使い、両手に装備した手甲やつま先や踵に刃物を仕込んだ両足で、目にも留まらぬ猛ラッシュを二人に叩きこみ始める。

「経験! 執念! 技量! 反応! 感覚! 非情さ! 貪欲さ! そして何よりも、速さが足りん!」

 数十発もの打撃を二人に全て命中させ、締めとばかりに両踵落としで二人を地面に叩き落とす。どちらの装甲もひしゃげて、ひび割れ、粉砕されている部分も見受けられる。立ち上がることすら出来ない二人に止めを刺そうとウルスラは急降下する。しかし直前に殺気を感じ取ったウルスラはその場で急停止し、すぐに離脱する。直後にマリオの残骸が先ほどまでウルスラがいた空間を通り過ぎる。ウルスラは背後から迫ってくる拳をギリギリで回避し、お返しとばかりに浴びせ蹴りを放つが、敵は蹴りを全て銀色の両腕で捌いて無力化する。

「ほう、不意を突いたとはいえ、この蹴りを全て捌き切るか。流石と言うべきか、『マスクドライダー』」

 一度距離を取ると割り込んできた仮面ライダー1号を見て、ウルスラは感嘆の声を上げる。仮面ライダー1号はダリルとフォルテを庇うようにウルスラの前に立つと、ようやく立ち上がったダリルとフォルテに話しかける。

「ここは、私が引き受ける。君たちは一旦帰投して、修理と補給を」
「また借りが出来ちまったね、ミスターホッパー」
「けど、いつか必ず返すよ!」

 ダリルとフォルテはスラスターを噴射して離脱する。周囲のマリオは一掃されているのか、ここにいるのは仮面ライダー1号とウルスラだけだ。仮面ライダー1号は静かに話し始める。

「一つ聞きたい。なぜ亡国機業に加担する?」
「自ら悪にならねば為せぬ大義もある。それだけだ」
「悪と知り、多くの犠牲を生むと理解してもか?」
「そうだ。自らの身と未来を犠牲にして為す正義があるように、な」
「そうか……だが、認める訳にはいかない。俺の正義に賭けて」
「いいだろう。お前の正義と私の大義、どちらが勝つか、ここで試してやる!」

 仮面ライダー1号とウルスラは同時に動き始める。先に仕掛けたのはウルスラだ。全身のスラスターを使って瞬く間に間合いに入る。四肢に装備されたスラスターとパワーアシストを駆使し、両手足をガトリングか何かのように加速してパンチの連打や蹴りの連撃を浴びせ始める。

「どうした! どうした! どうした!」

 ウルスラがラッシュの速さを上げ、周囲からは残像で手足が多数あるように見えるほどの手数で一方的に攻め立てる。締めに連続蹴りと回し蹴りを見舞い、一度離脱する。最初の一撃から10秒にも満たないが、ウルスラが放った打撃は100発を超えている。しかし仮面ライダー1号はまだ立っている。それどころかダメージすら受けた様子がない。ウルスラもその理由は理解している。

「『ブリュンヒルデ』以外に見切れる者はいないと思っていたが、お前が初めてだ。連撃を全て捌いたのみならず、私に一撃を入れたのはな」

 ウルスラの連撃は仮面ライダー1号の銀の両腕や両足により全て防がれていた。ジャブやフックの連打はバーリングで全て弾かれた。マシンガンのように放たれた正拳突きや貫手の数々は内に入ってきた腕で外に逸らされた。蹴りも仮面ライダー1号の蹴りで迎撃され、腕で防御され一発たりとも胴体や頭には当たらず、直撃した一打すら無かった。それどころか締めに入った僅かな隙に正拳突きを貰ってしまい、シールドエネルギーが削られている。
 一方で仮面ライダー1号も、相手が今まで戦ってきた組織の大幹部に匹敵する強敵であると改めて認識する。

(最後以外、反撃する隙が一切無かった。格闘機なら幾分与しやすいと思っていたが、そうでもないようだ)

 あまりに速い連撃に仮面ライダー1号も防御に徹する他になく、カウンターの一撃を放つことが出来なかった。最後こそ僅かな隙を突いて一撃入れたが、それまで反撃することすら許されなかった。ここまで一方的に攻撃され続けたことなど、長きに渡る戦いの中でもそうはない。だが退く訳にはいかない。

「ならば、こちらでいかせて貰おう。この一撃、耐えられるか!?」

 するとスラスター翼の一部が分離して四肢に装着され、四肢が肥大する。ウルスラはスラスターを噴射して仮面ライダー1号に殴りかかるが、先ほどに比べればまだ遅い。仮面ライダー1号は冷静に防御を選択するが、拳が両腕に触れた瞬間、強烈な衝撃波が叩き込まれてガードがこじ開けられかける。ウルスラはラッシュと共に衝撃波を叩きこみ続け、ガードを無理矢理こじ開けて渾身の蹴りと共に衝撃波を叩きこむが、仮面ライダー1号の右ストレートをまともに受けて大きく吹き飛ばされる。だが仮面ライダー1号にもダメージが少なからずあったのか、追撃はしてこない。

「衝撃砲の一種か!?」
「その通りだ。一撃の速さが落ちるから、あまり使いたくはなかったのだがな」
  
 実際に一発の速さがだいぶ落ちている。それでも十分速いが仮面ライダー1号には対処出来る範囲らしく、手痛い一撃を貰ってしまった。

「だが、そうは言っていられん。次で決める!」

 ウルスラは再び拳を構えて突撃するが、今度は仮面ライダー1号が先手を打って踏み込んでくる。仮面ライダー1号が右拳を握りしめると、ウルスラも真っ向から左拳を作ってスラスター噴射と共に突き出す。

「ライダーパンチ!」

 しかし仮面ライダー1号の渾身の正拳突きが先に放たれ、ウルスラの左拳を放たれた衝撃波もろとも弾き飛ばす。さらに離脱する間も与えずに仮面ライダー1号はウルスラの首と足を掴み、持ち上げて上に掲げると竜巻を巻き起こしながら高速回転させ始める。

「ライダーきりもみシュート!」

 十分に遠心力を付けて高々と上空に投げ飛ばすと、仮面ライダー1号は跳躍して追撃に移る。
 竜巻に巻き上げられ、きりもみ回転しながら上空まで投げ飛ばされたウルスラだが、すぐにスラスターとPICを使って体勢を立て直す。仮面ライダー1号が追撃してくるのを見ると真っ向から迎え撃つことを決める。四肢のパーツを全て右足に装備すると、出力を全て右足に回して瞬時加速を使い、右足に纏った衝撃波が高熱のあまりに炎のように赤熱化して障壁を作る。負けじと仮面ライダー1号もまた空中で前転し、飛び蹴りを放つ体勢に入る。

「ライダァァァァキィィィィック!」
「墜ちろぉぉぉぉぉ!」

 ウルスラが踏みつけるように放った右足と、仮面ライダー1号の蹴撃は空中で衝突し、当たる瞬間にウルスラの右足から強烈な衝撃波が放たれる。ウルスラは吹き飛ばされて宙を舞い、仮面ライダー1号は地面に超高速で叩きつけられ、土煙が上がる。一瞬意識が飛んだウルスラだが、右足に装備していたパーツをスラスター翼に戻し、空中で姿勢を整えて着地する。大きく吹き飛んだ影響で学園敷地外にまで出てしまったようだ。そこで仮面ライダー1号が隔壁の上に立っているのを見つけると、ウルスラは初めて獰猛な笑みを浮かべ、仮面ライダー1号へと突っ込んでいく。
 学園の敷地内ではライダーマンが別の所属不明ISと交戦していた。赤い装甲のISは両手に持ったショーテルで斬りかかってくるが、ライダーマンはパワーアームを使い打ち合いを開始する。数十合打ち合っても決着がつかないと見るとISはスラスターを噴かし、一度距離を取る。

「貴女も亡国機業最高幹部とは思わなかった。機械工学の天才と言われ、国際IS委員会創設にも携わっていたシルヴィア・テイラー博士が」
「お褒めいただき光栄だわ、結城丈二」

 そのISの操縦者……シルヴィア・テイラーは微笑を浮かべると、今度はマシンガンを呼び出して引き金を引く。回避しながらライダーマンはカートリッジを右肘に押し込む。

「ディスクアーム!」

 右腕にディスクカッターが装着されたアタッチメントを装備すると、ライダーマンは隠れて銃撃をやり過ごし、反撃の機会を伺いつつ声を張り上げる。

「なせ亡国機業に入った!? このようなことをしてまで、何を望む!?」
「あなた、ISという存在について考えたことがある? ただの兵器だと思っているのなら、大間違いよ。あなたも知ってるでしょうが、ISには自己進化機能が搭載されている。ISコアは『コア・ネットワーク』を介した『非限定情報共有(シェアリング)』を行い、他のコアとの情報共有により進化を続けている。篠ノ之束すら全貌が掴めぬほどに。つまり、ISは人間の手で創られた物でありながら人間の手を離れ、独自に進化をしつつある。これって何かに似ていないかしら? 本来は人の身体の一部でありながら全体を蝕み、やがて死に至らしめる存在に」
「まさか、ISは癌細胞だとでも言うのか!?」
「そうよ。ISに悪気はないのかもしれない。けど、無制限かつ無秩序に進化を進めれば人間、いえこの星そのものを蝕む癌となる。今の状態でさえ、改造人間以上の悲劇を招きかねない存在なのよ。ましてや人間の手を離れて進化すれば、何が起こるかは分からない。今は人を必要としないISまで出現している。いずれは操縦は勿論、製造も人間の手を借りずに自己完結出来るようになるのではないかしら? そしてISコアには深層意識のようなものまである。やがては人間という存在そのものがいらなくなる、という可能性も否定出来ないわ」  
「確かに、バダンニウム合金は生物のように振る舞うことも出来る。だが、自己増殖まで可能だとは限らない! 答えを出すには早過ぎる! 第一それと、亡国機業に与することとなんの関係がある!?」
「別に亡国機業でなくとも良かったわ。けれど、既存の組織ではISという癌を食い止めることは出来ない。国際IS委員会もそう。危険性は理解していても、結局は各国の主張や利害に押されて対処出来ない。けど亡国機業は違う。そうした柵に囚われず、有効な治療を行うことが出来る」
「有効な治療だと!?」
「ええ。ISは本物の癌と違って転移出来ない。今のところはね。つまり、全てのISを文字通り1か所に集めてしまえば問題ない。そうなれば切除するもよし、害が無ければ放置でもいいし、コントロール出来る手段を開発出来れば、それでいいわ」
「全てのISを集約させるためだけに、世界の支配を望むのか!? それは傲慢だ!」
「随分なロマンチストね。人類が滅びるのかもしれないのよ? ならば痛みを伴っても、根本的な治療を行うのが当然ではないの?」
「それこそが傲慢だと言っている! 自分以外の人間を見下しているから、そんなことが言える! 他の者ではなく自分が管理すれば最善だいう傲慢も、他人の主張に耳を貸さずに暴力、それもISを以って達成しようとする独善が不幸を、そして悪を呼ぶ元凶だ!」 
  
 射撃の切れ目が出来るとライダーマンはディスクアームを射出する。一撃目はあっさりと回避したシルヴィアだが、ブーメランのように戻って来た二撃目には対応出来ず、スラスター翼の右半分が斬り飛ばされて地面に向けて落下を開始する。しかしシルヴィアは慌てる素振りすら見せない。

「一つ勘違いしているようね。このISもまた私の同志。過剰な進化を望まないISよ」

 直後に切り口からナノマシンが展開され、斬り飛ばされたスラスター翼が『再生』する。シルヴィアはスラスターを使って静かに地上に降り立つ。

「自己修復機能か!?」
「そうよ。言い忘れていたわね、この子の名前を。ISでありながらISに害をなす、ISにとっての癌。『キャンサー』、これが名前よ。似合うと思わない?」

 シルヴィアは2本のショーテルを左腕シールドに装備して鋏のような形状にすると、ライダーマンを挟み込もうとする。ライダーマンはサイドステップで回避し、後ろに迫っていたマリオ数機が纏めて寸断される。
 学園付近の街では仮面ライダーXと仮面ライダーZXが、エムとオータムがコンビを組んで激戦を繰り広げていた。市民の避難はほぼ完了している。仮面ライダー二人は街中で合流すると、マリオを蹴散らしつつ交戦している。

「この! 纏めて墜ちろ!」
「させるか!」

 エムが苛立ちながらライフルから実弾とビームを交互に連射して仮面ライダーXを攻撃するが、仮面ライダーXはライドルスティックを風車のように回転させて防ぎ切る。逆に踏み込んでライドルスティックの間合いに入るや、ライドルスティックで突きの連打を放ってシールドエネルギーを削る。仮面ライダーXは突き出されたライフルを横薙ぎで払いのけ、ライドルスティックを振り下ろそうとするが、オータムが投げつけたエネルギー・ワイヤー製の網に捕えられて雁字搦めにされる。

「どうだ! 蜘蛛の糸の味は!? 嬲り殺しにしてやる!」
「甘い!」
「この! チェーンか!?」

 しかしオータムも仮面ライダーZXが右手甲から射出したマイクロチェーンに拘束される。仮面ライダーZXは左膝から衝撃集中爆弾を外してオータムに投げつける。エムは当たる直前にライフルで撃ち落とすが、発生した爆発によりエムは大きく吹き飛ばされ、仮面ライダーXも拘束から解放される。仮面ライダーXはライドルスティックでオータムに突きかかるが、オータムは装甲脚の先端で挟みこんでライドルの先端を止める。

「甘えんだよ!」
「それはこちらのセリフだ! エレクトリックパワー!」

 仮面ライダーXはライドルから高圧電流を流し込み、オータムは堪らずライドルを離して後退する。仮面ライダーXもエアジェットを使って追撃する。だがエムが偏向射撃で捻じ曲げたビームをもろに受けて動きが止まり、その身体にまた一つ焦げ跡を作る。
 エムは6基のビットを展開し、今度は仮面ライダーZXに対して全方位(オールレンジ)攻撃を仕掛ける。全方位からのビームに加えてねじ曲がって襲いかかるビームを回避出来ず、身体に焼け焦げた跡を作っていく仮面ライダーZXだが、衝撃集中爆弾を炸裂させて爆発を起こすと爆風の中に姿を消す。警戒を怠らずにその光景を見ていたエムだが、仮面ライダーZXの姿をハイパーセンサーで捉えるとライフルを向ける。

「貰った! 何!?」

 しかしライフルのビームで撃ち抜かれた仮面ライダーZXは歪んで消える。虚像だ。同時にエムの周囲に無数の仮面ライダーZXが姿を現す。

「本物は!? 下か!」

 混乱するエムだが、下から突っ込んでくる仮面ライダーZXの姿を見るとシールドビットを展開して十字手裏剣を防ぐ。ゆえに背後から迫る仮面ライダーXに気付くのが遅れてしまう。

「ライドルアタック!」

 仮面ライダーXの渾身の一突きを受け、エムは地面に叩き落とされる。

「ZXパンチ!」

 オータムもジェットエンジンを使い突っ込んできた仮面ライダーZXの右ストレートを受けて墜落する。続けて仮面ライダーXはライドルを振り上げて、仮面ライダーZXは電磁ナイフを抜き放って追撃に移ろうとする。しかし仮面ライダーXは白いISのランスで横から突かれて、仮面ライダーZXは灰色のISが投げつけたダーツ型爆弾の爆発に巻き込まれて妨害される。乱入した白と灰のISはエムとオータムの前に立つ。

「エム、オータム、スコールの援護に向かえ。後はこちらで引き受ける」
「しかし、こいつらは!」
「これはアスクレピオスからの要請でもある。まだ、何かあるか?」
「……いや、後は任せる、リブラ」
「スコールのことなら、お安い御用さ!」

 灰色のISを装着したバイザーの女……リブラの一言を聞くとエムとオータムは離脱する。リブラはわき目も振らずにスラスターを噴射し、仮面ライダーZXめがけて突っ込む。両手に持ったダガーで電磁ナイフを持った仮面ライダーZXと激しく斬り結ぶ。数十合と斬り合いつつ、リブラは仮面ライダーZXに向けて無機質に話しかける。

「貴様、私が誰だか知っているか?」
「何のつもりだ?」
「そのままの意味だ。私は組織に入るまでの記憶がない。だから誰なのか分からない。だが、戦っていると何となくだが自分の正体が分かるような気がする。特に貴様のような者を殺す時にな。だから、貴様には死んで貰う。私が記憶を取り戻すためにな!」

 リブラは一度斬り合いを中断し、膝からニードルガンを連射して仮面ライダーZXの動きを止める。さらに鞭を呼び出して仮面ライダーZXを打ち据える。仮面ライダーZXは鞭を払って十字手裏剣を投げつけるが、リブラは姿を掻き消してしまい十字手裏剣は当たらずに終わる。

「光学迷彩か!?」
「その通りだ」

 どこからともなくリブラの声が響くと、今度は無数のリブラが仮面ライダーZXを取り囲む。リブラもまた虚像投影を使えるようだ。一瞬動きが止まった仮面ライダーZXの背後から楕円形の『何か』が放り投げられ、直後に大爆発が起こって仮面ライダーZXは爆発の中に消える。やや離れた上空からそれを見ていたリブラは鼻を鳴らす。

「他愛もない。所詮は雑魚、こいつも、私を満たすには至らんか……」

 飛び去ろうとしたリブラだが、直後に無数の仮面ライダーZXに取り囲まれる。衝撃集中爆弾が投げつけられると咄嗟に瞬時加速で逃れようとするが、爆弾が爆発する方が一足早くリブラは大きく吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直したリブラの背後に仮面ライダーZXは音もなく回り込み、呟く。

「お前が誰だか知っているか、と言っていたな。知らんな。一つだけ言えるのは、今、お前が刻んでいるのは、間違いなく最悪の記憶だ」

 リブラは振り向いてダガーで斬りつけるが、仮面ライダーZXは怯まずに拳の連打で応戦する。
 仮面ライダーXはライドルスティックを振るい、白いISが操るランスと激しく打ち合っている。仮面ライダーXがランスを跳ね上げれば、ISがライドルスティックを弾く。熾烈な攻防を繰り返しながら仮面ライダーXは口を開く。

「『シュヴァリエ・ド・フランス』まで言われた元フランス国家代表操縦者、マリアルイゼ・ビショップが亡国機業最高幹部だったとはな!」
「驚くことはない。他にもいるのだからな」

 マリアルイゼ・ビショップは一度後退し、ランスからレイピアに持ち替えると、今度はライドルをライドルホイップに変形させた仮面ライダーXと斬り結ぶ。だが途中で左腕の実体シールドから蠍の尾に似た節のある鞭状の武器を引き出し、鋭利な先端を仮面ライダーXに向けてしならせ、突き出す。

「ライドルロープ!」

 仮面ライダーXも負けじとライドルをライドルロープにして鞭と絡めて無力化し、膠着状態になる。

「一つ聞きたい、なぜ事故を装ってまで国を裏切った?」
「人間による支配を成し遂げられる組織は、亡国機業のみ。ただそれだけのことだ!」

 街の上空ではスカイライダーと白と青のツートンカラーのISが周りのマリオを蹴散らし、壮絶なドッグファイトを繰り広げている。ISが右肩のラッチに装備された肩担式の長銃身レールカノンをスカイライダーに連射するが、スカイライダーは全て回避し、接近して拳を叩き込もうとする。しかしISも大型ブレードを呼び出してスラスターを噴射して突撃し、スカイライダーに斬りかかる。斬撃を掻い潜ったスカイライダーの足刀蹴りをブレードを左腕の円形の実体シールドで防御し、追撃が来る前にスラスターを最大出力にして離脱してレールカノンを連射する。その繰り返しだ。

「このアリエス・フランカー以外に飛び方を知っている人間がいるとは思わなかったわ。あなた、もう一度聞くけど、私の仲間にならない? 私たちとあなたの目的は同じ。世界をショッカーのような組織の恐怖から解放することなんだから」
「何度言っても同じだ。断る。ショッカーに成り代わり、世界を恐怖と暴力で支配しようとするお前たちに、味方する気はない!」
「仕方ないのよ。世の中綺麗事では済まされない。巨悪に対抗するためには、力によって無理やり世界を纏める必要がある」  
「なら、どこまで切り捨て続ける気だ? 最後には自分たち以外全て切り捨てる連中に力を貸すなど、死んでも御免だ!」
「そう。だったら、ここで死んで貰おうかしら!」

 アリエス・フランカーは再び大型ブレードを構え直すと、スカイライダーに突っ込んでいく。アリエスとスカイライダーは白兵戦を展開しながら徐々に高度を下げ、スカイライダーに一太刀浴びせるがアリエスも手刀を受けて痛み分けとなる。後方に瞬時加速しながらアリエスはレールカノンを連射し、スカイライダーに弾丸を浴びせ続ける。スカイライダーが怯むと今度は前方に瞬時加速を行ってブレードに持ち替え、すれ違い様にブレードを一閃してスカイライダーを斬りつける。だが斬撃を防御したスカイライダーは逃れようとするアリエスを捕まえ、逆さ落としの状態で急降下を開始する。

「スカイドロップ!」
「そうはいかないわ!」

 しかしアリエスはスラスター出力を最大にしてPICをフル稼働させる。スカイライダーがアリエスを離した一瞬の隙を突き、地面に落下する直前に一気にスラスターを噴射して難を逃れる。だがスカイライダーが即座に追撃に入る。

「スカイパンチ!」

 直後に放たれた拳こそまともに受けたアリエスだが、すぐに体勢を立て直す。今度は盾で追撃に入ったスカイライダーの右フックを防ぎ、ブレードを持って斬りかかる。

「チェーンジ! 冷熱ハンド!」
「超高温火炎、冷凍ガス、同時発射!」
「『二頭龍(エアトウロン)』を、見くびるな!」

 仮面ライダースーパー1は『二頭龍』の名を持つ緑のISと交戦している。仮面ライダースーパー1が両腕を冷熱ハンドに交換して右腕から火炎を、左腕から冷凍ガスを発射する。負けじとISも両肩に装備された龍の頭部を模したアーマーを展開し、蛇腹状の延長アームを伸ばして龍の頭部を向ける。右の龍からは火炎放射を、左の龍からは冷凍ガスを発射して相殺し、爆発が起こる。ISは戟を構えて突撃し、仮面ライダースーパー1に挑みかかるが、仮面ライダースーパー1は腕で戟を防ぐと逆に蹴り飛ばして距離を開ける。だがISは怯まずに無手で仕掛け、仮面ライダースーパー1と拳打の応酬となる。ISの拳の連打を捌いていた仮面ライダースーパー1だが、あることに気付くと肩から体当たりをかけ、ISを吹き飛ばす。

「赤心少林拳、いや少林拳赤心派の使い手か!?」
「ようやく気付いたか、沖一也。少林拳赤心派、劉美鈴だ」
「赤心少林拳とは別れたとは言え同門、なぜ亡国機業に!?」
「同門だと? 笑わせるな! 余所者の分際で我々を差し置き奥義を会得したと嘯き、挙句の果てに赤心禅師の名を騙った連中など関係ないわ! ここで貴様を殺し、我々こそが真に赤心禅師の伝えた奥義に相応しいと証明してやる!」
「そのような理由で魂を売るか……! いいだろう! その根性、赤心禅師や樹海大師に成り代わり、俺が叩き直してやる!」

 劉美鈴の猛攻を仮面ライダースーパー1は全て両腕で弾き、捌いて逆に正拳突きや貫手、手刀、肘打ちで反撃に出る。
 仮面ライダーBLACK RXは赤い重装備のISが放つミサイルや機関砲、火炎弾の雨を潜りながらロボライダーへと姿を変える。火炎弾のエネルギーを吸収し、ボルティックシューターで撃ち返す。すると赤いISのシールドが徐々に削られていく。装着者の長い髪を垂らし、前髪で左目を隠した女は呟く。

「姿を変えて飛び道具を使うとは想定外だった。『マスクドライダー』故に距離を取ればいいと思っていたが」
「無駄だ! 俺は炎の王子! 炎も熱も、俺のエネルギーだ!」
「そうらしいな。こちらの装備では不利らしい。レムス、出番だ。……そうだ、好きにして構わん」
「一体何を言っている!?」
「すぐに分かる……っと、ようやくオレの出番かよ。てめえか? ロムルスを手古摺らせたバッタ野郎は」

 すると女の雰囲気が一変し、前髪で逆に右目を隠して女はロボライダーを見ると歯を剥き出しにして笑う。

「おいバッタ野郎! このレムス様はロムルスなんそと違って甘くはねえ! 久しぶりの獲物だ、簡単に死ぬんじゃねえぞ!?」

 同時に赤いISの装甲の一部が外れてスラスター翼と合体し、今度は青い軽装のISが姿を現す。レムスを名乗る女は二振りのブレードを構えてその刀身を舌で舐める。

「それじゃ、たっぷりと切り刻んでやるからよ!」

 レムスはスラスターを噴射してロボライダーに向かって一直線に突撃してくる。ロボライダーはボルティックシューターを構えて迎撃しようとする。

「遅えんだよ! ノロマが!」
「グッ! 速い!?」

 しかしレムスは背部のスラスター翼を動かして銃口を切り、切り返して間合いに入ると二振りのブレードを振り回す。

「そらそらそらそら! 飛べねえバッタは、生きる価値のねえバッタなんだよ! 男の分際で女に逆らったおとを後悔して死ね屑が!」

 しかしロボライダーの重装甲を中々斬り裂けずにいると苛立ちからか攻めが単調になる。防御を固めて耐え忍んでいたロボライダーだが、バイオライダーの姿に変わると身体を液状化させる。

「バイオブレード!」
「生意気な! バッタは大人しく、標本になってろってんだよ!」

 レムスは膝からニードルガンを連射するが針は全てバイオライダーの身体をすり抜ける。バイオライダーはバイオブレードを片手に斬りかかり、レムスと斬り結ぶ。何十回と打ち合っても決着がつかないと見ると、レムスは一度スラスターを噴射して距離を取る。

「チッ! これじゃ千日手だ! ロムルス、てめえに返すぜ!」

 するとレムスの前髪が最初に戻り、スラスター翼からパーツが装着されて赤い重装備のISへと戻る。ISから放たれるミサイルを液状化して回避しながら接近すると、仮面ライダーBLACK RXの姿に戻って両足を揃えて飛び蹴りを放つ。しかしISが左手に呼び出した重厚な実体シールドで防がれ、ISこそ吹き飛ばすものの大きく反動で後退させられて地面に着地する。ようやく仮面ライダーBLACK RXはタネを見破る。

「そうか! 多重人格か! 人格に合わせて変形を!」
「ほう、気付いたか。だが、お前は所詮、そこまでだ!」

 直後にロムルスは両肩に折り畳み式の大口径レールカノンを展開し、仮面ライダーBLACK RXに照準を定めて発射する。
 仮面ライダーアマゾンは姿なき狙撃手に苦戦を強いられている。最初はマリオを蹴散らしていたアマゾンだが、途中から何者かが執拗に狙撃してきているのだ。最初はビルの谷間に隠れて狙撃をやり過ごしていたが、途中から隠れていてもあらぬ方向からビームが飛んできて、仮面ライダーアマゾンの身体を焼く。その傷跡が何か所もある。今も背後から一発ビームが飛んで来て、空中で身を捻った仮面ライダーアマゾンの右腕に当たる。仮面ライダーアマゾンはビルの壁を蹴ってコンドラーからロープを射出し、ロープの反動を利用して動きまわると照準が定まらないのかビームは飛んでこない。仮面ライダーアマゾンは川に飛び込み、狙撃から逃れる。
 どれくらい時間が経っただろうか。スナイパーライフルを持ったISがゆっくりと川に向かって降下してくる。ISは川に向けてライフルからビームを数発発射するが、反応は無い。スナイパーライフルからサブマシンガン2丁に持ち替えて川近辺に滞空していたISだが、その足にロープが巻き付き、川から仮面ライダーアマゾンが飛び出してくる。

「くっ! 遂に来たか!」
「ガアァァァァ!」

 ISは両腕のサブマシンガンから鉛玉を仮面ライダーアマゾンに全弾叩き込むが、仮面ライダーアマゾンは怯まずにロープを巻き取りながら接近し、アームカッターで斬りつける。銃身下部にエッジのついたサブマシンガンで受け止めようとするISだが、アームカッターの斬撃で右手サブマシンガンが両断され、シールドを斬り裂かれる。それでも左手のサブマシンガンでロープを撃ち抜いて離脱に成功すると、今度は右腕にハンドガンを持って左腕のサブマシンガンと共に連射し、仮面ライダーアマゾンを牽制して距離を取る。

「この『ケイロン』相手によくやった。主義に反するが、正面から潰させて貰う!」

 するとIS『ケイロン』は弓を模したブラスターライフルを左手に呼び出すと、右手で胴部分についたトリガーに手を掛ける。仮面ライダーアマゾンは怯まずに跳躍して上を取ると、右のアームカッターに力を入れ、『ケイロン』はブラスターライフルを上に向けて発射する。

「大切断ッ!」
「砕け散れ!」

 放たれる熱線をアームカッターで切り裂き、ブラスターライフルを両断するが、ダメージを少なからず受けた仮面ライダーアマゾンは着地と同時に膝をつく。本体は無事な『ケイロン』は再びサブマシンガンで攻撃し、スナイパーライフルを呼び出して銃撃を加える。

「邪ァ!」
「そうはいくかよ! 電チョップ!」
「潰れろ!」
「なんの、まだまだ!」
「敵は全て排除する」
「V3バリアー!」

 日本刀を持った黒いISと仮面ライダーストロンガーが、太い四肢に鎖付き鉄球を持ったISと仮面ライダー2号が、全身に重火器を満載したISと仮面ライダーV3が街外れで交戦している。重火器を搭載したISが両腕に装備した大型ガトリングガンを連射し、肩や腰のハードポイントからミサイルを乱射して仮面ライダーV3の周囲一帯を爆発に巻き込むが、仮面ライダーV3は跳躍して手刀をISに叩きこむ。ガトリングガンを格納したISは回転しながら手首に仕込んだ刃物で仮面ライダーV3に斬りかかるが、仮面ライダーV3は身を開いて回避し、軸足を蹴って攻撃を中断させる。
 黒いISは左腕から仮面ライダーストロンガーに鎖分銅を射出するが、仮面ライダーストロンガーは掴んで高圧電流を流し込む。黒いISは鎖分銅をパージすると飛翔し、ショットガンを手元に呼び出して空中から散弾をばら撒く。
 太い四肢をしたISと仮面ライダー2号は手四つとなって組み合う。ISの四肢に搭載されたモーターが唸り仮面ライダー2号を捻りつぶそうとするが仮面ライダー2号は怯まず、逆に力を込めてISを押し返すと、ISは距離を取って腰に仕込まれた砲門から砲撃を加える。同時に仮面ライダーV3と仮面ライダーストロンガーも仮面ライダー2号の近くに着地する。

「元イギリス代表のサラ・リードと、元ロシア代表のアナスタシア・ザビコフに、こんな形で会えるなんてな」
「あの黒いIS、『白式』とのコンペに敗れた筈の第3世代機『黒鉄(くろがね)』か!?」
「よく気付いたわね、褒めてあげるわ。どうせ廃棄される運命だったんだもの、強奪しようが何しようが勝手でしょう?」
「盗人猛々しいとはこのことだな! 盗人に手を貸す連中も同じ穴の狢だけどよ!」
「一緒にしないで貰おうか。私には理念がある。成し遂げなければならぬ理念がな」
「そのためなら、どれだけの人間が苦しもうと構わんという訳か。ならばその理念、決して叶うことはないと教えてやる!」
「やれるものならやってみろ! 我等の理想はISという力を得た今、決して潰えぬ!」
「潰すさ、この力を存分に使ってな!」
「私はどうでもいいけど。けどいい時代よね、ISによって力こそ全てと証明されたのだから。だから邪魔されたくないのよね、あなたたちのような偽善者なんかに!」
「ヘッ、力が全てとか言うヤツには、何を言っても無駄か。ならこっちも、問答無用でいかせて貰うぜ!」

 上空でマリオを掃討していた楯無だが、街中を悠々と歩いている人影を見つけると近くに降下する。見間違える筈がない。人影は楯無の姿を見ると立ち止まる。

「あら、何か用かしら? 更識楯無さん」
「キャノンボール・ファストの時の借りを返そうと思ってね、『土砂降り(スコール)』」
「私にはスコール・ミューゼルという名前があるのだけど。ミス・ミューゼルと呼ぶのが礼儀ではなくて?」
「生憎だけど、亡国機業に対する礼儀は持ち合わせていないの。それにどうせ偽名でしょ? さあ、早くISを展開しなさい。フェアじゃないでしょ?」

 人影もといスコールにランスを向ける楯無だが、スコールは一向にISを展開する素振りを見せない。一夏たちも楯無に気付いて降下してくると、楯無は一夏たちに告げる。

「私一人でやるわ。みんな手出しは無用よ?」
「心配無用よ。出したくても出せないのだから」

 スコールがにこやかに笑って告げた瞬間、楯無以外の7人に一斉にビームが上空から降り注ぐ。

「そういうことか……見つけたぞ、織斑一夏。今日と言う今日は、醜く死ね!」
「『サイレント・ゼフィルス』!?」
「こっちにもいるぞ、クソガキ共が!」
「『アラクネ』まで!?」
「スコール、ガキどもは私たちに任せろ! そのガキはたっぷりと躾けてやってくれ!」

 降下してきたのはエムとオータムだ。エムは一夏、箒、セシリア、鈴と、オータムはシャルロット、ラウラ、簪と交戦を開始する。

「これで1対1ね。では、始めましょうか」

 スコールはISを展開すると全身を金色の繭が包み込む。繭が解けると目と髪を除き、全身に黒いゴツゴツとした装甲を装着したスコールが姿を現す。楯無がランスで突きかかるとスコールは右手で穂先を逸らし、素手でランスと打ち合い始める。

「ぶっ潰れろ!」
「そうはいくか!」

 オータムはシャルロットの射撃を掻い潜るとショットガンを装甲脚で引っ手繰る。すぐさまエネルギー・ネットでシャルロットを拘束して装甲脚で抑え込み、シャルロットを下敷きにするように急降下を開始する。しかし地面に落下させる直前にラウラがAICを発動させ、オータムの動きが止まる。

「これは、お姉ちゃんの分!」

 簪が山嵐を発射するがオータムは離脱してミサイルを砲撃やマシンガンで迎撃する。多数のミサイルがオータムに迫るが、エムが偏向射撃で捻じ曲げたビームがミサイルを一掃する。
 エムはビットやライフルからのビームで4人を同時に攻撃するが、セシリアも負けじとビットを展開して偏向射撃を織り交ぜてエムに攻撃を仕掛ける。舌打ちしつつもエムはライフルを向けるが、一夏が雪片弐型を持って突っ込んでくる。

「愚かな……」

 エムは軽蔑するように鼻を鳴らすと、一夏にライフルを向けて引き金を引く。だが一夏は『零落白夜』を発動させて柄を両手で持ち、雪片弐型を風車のように回転させながらビームを正面から無力化して間合いに入る。

「味な真似を……!」

 即座に回避行動を取るエムだが、セシリアが捻じ曲げたビームが背後から迫ると、回避のために姿勢を崩さざるを得なくなる。

「これもおまけよ!」
「借りは返したぞ!」

 そこに箒と鈴が突撃し、箒は雨月を、鈴は双天牙月を構えてエムを切り裂く。エムは怯まずにビットを操作してビームを撃ちまくるが、シャルロットが至近距離からショットガンを叩きこむと一度ビットの操作を中断する。
 楯無とスコールはしばらく打ち合っていたが所詮は無手、スコールの腕を楯無のランスが弾いて攻め立てる。スコールは身体を左右に開いてかわしているが、反撃出来ないのか手は出さない。

(これならば……!)

「これならば勝てる、と言いたいのかしら?」

 しかしスコールは楯無の内心を見透かしたように言うとランスを左手で受け止め、右手で楯無を殴り飛ばす。

「傲慢ね、更識楯無。確かに貴女は強い。ロシアの国家代表として、『学園最強』としての自負と見合った実力がある。けれども、所詮貴女にはそこまでの実力しかない。『学園最強』如きで粋がって貰っては、困るのよ」
「そっちこそ傲慢じゃないのかしら? そちらは世界最強とでも?」
「そんなこと、口が裂けても言えないわ。『ブリュンヒルデ』に比べれば、私など足元にも及ばない。私は事実を述べたまでよ」
「それが虚勢だと証明してあげるわ、スコール・ミューゼル!」

 楯無は再びランスを構えて突撃してくるがスコールは気だるげに呟く。

「一つ忠告しておくわ、更識楯無。私、礼儀知らずの女の子が嫌いなの」
「『脱着(キャスト・オフ)』」

 するとスコールが身に纏っていた黒い装甲が衝撃波と共に超高速で弾き飛ばされ、弾き飛ばされた装甲と衝撃波をまともに受けて楯無は大きく吹き飛ばされる。すぐに立ち上がる楯無だが、目の前の光景を見て眉を顰める。

「驚いたかしら? これが私のISの本当の姿。さっきのは偽装だった、というわけね」

 楯無の前にはISを装着したスコールが静かに佇んでいる。ただし姿は先ほどまでと大きく異なり、『ミステリアス・レイディ』と同じく、装甲は最低限にしか装着されていない。背部のスラスター翼はどことなく蝶の翅を思わせる形状をしている。カラーリングも瑠璃色になっている。

「『瑠璃立羽(ブルー・アドミラル)』。いい名前でしょう?」
「悪趣味、ね。けど、関係無いわ。IS学園生徒会長として、それらしく振る舞うだけ!」
「婉曲に言っても無駄みたいね。ハッキリ言ってあげるわ。貴女ごときでは、私に勝てないわ、お嬢ちゃん」

 次の瞬間、楯無が反応する間もなくスコールは懐に入り込むと、右貫手を顔面に向けて放つ。顔を捻って躱す楯無だがスコールは張り付き続け、右人差し指を顔面めがけて突き出し続ける。

「さて、最初はどこがお望み? 目? 耳? 鼻? 好きな所を削いであげるわ」

 にこやかに笑いながらもスコールの指は情け容赦なく楯無の頬を切り裂き、傷をいくつも作り始める。

「結構よ。それより自分の心配を……!」
「展開などさせないわ」

 楯無はアクア・クリスタルから水を展開して攻撃しようとするが、スコールが左手で水に触った瞬間、水は弾けて地面にばら撒かれる。

「そんな!?」
「言い忘れていたけれども、『瑠璃立羽』もナノマシン操作型。アクア・ナノマシンを操ることは出来ずとも、妨害することは出来る。『第二形態移行(セカンド・シフト)』すらしていない貴女のISが、『第三形態移行(サード・シフト)』に達した『瑠璃立羽』に勝てる道理などないわ」
「そんな!? 第三形態移行したのは、『暮桜』だけでは!?」
「表向きはね。けど、私たちは専用機をとっかえひっかえ出来ないから、付き合いが長くなるのよ。ついでに教えてあげるわ。ナノマシンとは、こう使うものよ」

 スコールが楯無に右手の指を向けると、金色の糸が放たれて瞬く間に楯無を縛り上げる。楯無は抜け出そうと必死に足掻くが糸の拘束は堅く、一向に外れる気配はない。直後に糸は高速で振動し始め、スコールは楯無に巻き付いた糸を引く。すると切れ味が増大した糸は楯無の全身を切り、糸が全てほどけると楯無の身体の至る所に切り傷が出来る。ISにより止血され、ランスを構え直す楯無だがスコールは何故か追撃せずに後退する。

「それと、粉塵爆発って知っているかしら?」

 スコールが言った直後、楯無は自身の周囲に細かい粒子上のナノマシンが大量にばら撒かれていることに気付く。

「しま……」
「今さら気付いても遅いわ」

 直後にスコールが指を鳴らすと楯無の周囲で大爆発が発生し、吹き飛ばされた楯無は高々と宙を舞う。しかしスコールは追撃の手を緩めず、両手指から糸を展開して楯無を一方的に切り裂いて嬲り始める。

「お姉ちゃん!?」
「あーあ、あいつ死んだな。スコールを本気にしちまったんだ、バラバラ死体の出来上がりだ。ざまあねえな!」
「楯無さんをやらせるかよ!」

 しかし一夏が割り込んで雪片弐型を振り下ろすと流石に無視できないのか、スコールは一度後退する。だが、突如として一夏は横から殴り飛ばされ、地面に叩きつけられる。するとスコールもまた飛び退いて乱入者を警戒する。
 乱入者は全身を黒い装甲に包まれ、手足に猛禽類のような鋭い爪が取り付けられている。背部には鳥類の羽を思わせるスラスター翼があり、頭部は鷲に似ている。『全身装甲(フルスキン)』のISだ。エムはビットを展開して乱入者に仕掛けるが、乱入者はビームをあっさり回避するとエムの目の前で停止し、男とも女ともつかぬ機械的な声を発する。

「味方を撃つとは、どういう料簡だ? そこまでして、父親を殺したいか?」
「あなた、『アスクレピオス』なの?」
「その通りだ、ミス・ミューゼル。作戦変更を伝達したかったのだが、時間が無かったのでな、直接こちらに出向いた次第だ」
「けど驚いたわ、あなたがIS操縦者だったなんて。内容は?」
「エムとオータムは補給がてら後詰めに回し、私が代わりを引き受ける。予想外に手間取っているのでな」
「了解よ。エム、オータム、下がりなさい。後は私たちだけで十分よ」
「分かったスコール、後は任せた」
「断ればどうなるか、分かっているな?」
「……了解」

 エムとオータムが後退するのを見送るや、アスクレピオスは急降下して立ち上がった一夏を蹴り飛ばし、またも地面に叩きつける。

「一夏!?」
「一夏さん!?」
「一夏君!? チィッ!」
「あなたたちの相手は、私よ?」

 上空で7人の専用機持ちとスコールが交戦を開始すると、アスクレピオスもまた一夏と交戦する。

「このっ!」
「無駄だ」

 一夏は雪片弐型を振り下ろすがアスクレピオスは片手で止める。もう片方の手にエネルギークローを形成させると逆に一夏のシールドを削り、蹴りを入れて一夏を屈ませて肘を振り下ろそうとする。だが背後から何者かにグレネードを撃ち込まれて動きが止まると、バイクが一台高速で突っ込んでアスクレピオスを撥ね飛ばす。

「無事か!? 一夏君!」
「和也さん!?」

 撥ね飛ばしたのは黒いプロテクターに髑髏を模したヘルメットを装着した和也だ。

「下がってな! こいつは俺が引き受ける」
「無茶ですよ! いくら和也さんでも、こいつの相手を生身でするなんて!」
「勝ち目なんてないのは承知の上さ。けどよ、子供が命懸けて戦ってるのに、大人が身体張らねえでどうするよ……!」
「愚かな。では死ね、己の無力さを噛み締めて」

 アスクレピオスは踏み込んで和也にボディーブローを食らわせ、ラッシュをかけて滅多打ちにし始める。

「やめろ!」

 激昂した一夏が零落白夜を展開して斬りかかるが、アスクレピオスはあっさり左手で掴み止め、一夏の首を右手で掴んで締め上げる。

「弱過ぎる脆過ぎる遅過ぎる。『出来損ない』に育てられてしまえば、『出来損ない』にしかならぬか……」
「が……あ……」
「一夏君から……離れろ!」

 しかしフラフラになりながら和也がアスクレピオスに電磁ナイフを突き立てて一夏を解放し、火薬仕込みのナックルで殴りつける。アスクレピオスが後退すると、和也は咳き込む一夏を守るように前に立つ。

「庇うか……いいだろう。まずは貴様から、殺してやる」

 アスクレピオスはスラスターを噴射し、和也めがけて突進する。

「やらせるか!」

 しかし割り込んできた『打鉄』の近接ブレードの一撃でアスクレピオスは弾き飛ばされ、『打鉄』はアスクレピオスに斬撃の嵐を見舞って後退させる。

「一夏! 和也さん!」
「まさか、千冬か!?」
「千冬姉!」

 『打鉄』の装着者は千冬だ。千冬は和也と一夏の前に出てブレードを構え、アスクレピオスと対峙する。

「あなたには色々言いたいことがありますが、それは後です! こいつも亡国機業の!?」 
「ああ! 13人目さ!」

 アスクレピオスは千冬と睨み合っていたが、アスクレピオスが先に動き出して突っ込んでくる。爪の連撃をブレードで受け流し、逆に一撃を見舞う千冬だが、性能差までは如何ともし難く、アスクレピオスが機動力を生かして逃げ回るようになると、有効な一打を与えられない。その攻防の中でもアスクレピオスから機械的な声が聞こえてくる。

「ふん、『出来損ない』の分際でまだ生きていたか。父親に捨てられ、不要と罵られても、なぜ生きようとする?」
「どうして……それを!?」

 すると千冬が目に見えて動揺する。アスクレピオスは離脱し、続ける。

「お前も、織斑一夏との正体を知っているだろう?」
「何を言っている!?」
「ほう、知らぬのか。その者が呪われし存在であると。愚かな。いつまでも隠し通せるものではないぞ?」
「なにが呪われし存在だ! 一夏は私の弟だ! それ以外の何者でもない!」
「ならば教えてやろう。その者はお前の父親、織斑秋二が……」
「その名を、私の前で口にするなぁぁぁぁっ!」

 アスクレピオスの言葉に激昂した千冬は瞬時加速を使って斬りかかるが、興奮のあまり乱れ切った太刀筋では捉えられずに終わる。千冬はアスクレピオスを追いかけるが、アスクレピオスは性能差を生かして逃げ回って捕まらない。
 上空ではスコールが7人を翻弄し、圧倒している。セシリアやシャルロットの射撃も糸により構成された盾は貫けず、白兵戦に持ちこもうにも変幻自在の糸の動きで間合いに入れず、7人は糸で拘束される。

「さて、これで終わりね。専用機はこちらで有効活用してあげるから……」
「そうはさせない!」

 しかし『ラファール・リヴァイブ』を装着した真耶がライフルで7人を拘束する糸を撃ち抜いて解放する。続けてアサルトライフルを持ってスコールとドッグファイトを展開する。スコールは糸を操り真耶を攻撃するが、真耶は糸の掻い潜ってアサルトライフルから銃弾を撃ち出す。

「いい腕ね。けれども、量産機では無理よ」
「一発では無理でも!」

 スコールは金色の繭を展開して銃弾を防御するが、真耶はスナイパーライフルに持ち替える。一点に銃弾を集中させて撃ち込むと、8発目の銃弾が繭を突き破りスコールまで届く。しかし威力が相殺されているのかスコールは平然としている。

「流石ね、山田真耶。なら、これはどうかしら?」

 複雑に動き回る糸に悪戦苦闘しながら、真耶はスラスターを噴射してスコールに接近して近接ブレードで斬り結ぶ。その隙に7人は一夏と和也の近くに着陸する。
 直後に近くのビルの陰からウルスラが仮面ライダー1号にクナイを連射しながら後退してくる。仮面ライダー1号はそれらを叩き落とすとサイクロン号に跨り、ウルスラに体当たりを仕掛ける。ウルスラが回避すると仮面ライダー1号もまた一夏の近くに着地する。

「一夏君! 滝! 無事か!?」
「俺は! けど猛さんは……!」
「このくらい、問題ない」

 残りの仮面ライダーや交戦していたISも続々と集結してくる。いずれの仮面ライダーも至る所に傷を作っている。アスクレピオスとスコールも千冬と真耶を振り切ると、一夏たちと正対する形で滞空する。千冬と真耶も仮面ライダーと同じく一夏たちを守るように前に立つ。

「お前たちは後退しろ。後は私たちでやる」
「そうはいかん。その専用機、こちらに渡して貰う!」

 ウルスラの言葉と同時に、13人の最高幹部と仮面ライダーたちは動き出そうとする。

『そこまでだ! 亡国機業、そして仮面ライダーの諸君!』

 しかし突如として虚空から声が響き渡り、全員が動きを止める。同時に空中に立体映像が映し出され、三人の男が姿を見せる。すると仮面ライダー2号が軍服を着た男を見て、真っ先に声を上げる。

「貴様は……ゾル大佐! 復活したと言うのか!?」

『いかにも! ショッカーの敵、仮面ライダーを始末すべく、地獄から蘇ったのだ!』

 軍服を着た男……ゾル大佐は仮面ライダー2号を睨み、鞭の先端を突き付けるように出す。

「それだけじゃない! 死神博士までいるぞ!」

『フフフフッ、驚くことはない。我らが首領の力を以てすればこの程度、造作もないわ』

 和也の叫びに死神のような風貌をした老人……死神博士は不気味に笑って嘯く。

「貴様まで復活していたのか!? 地獄大使!」

『ハハハハハ! 言った筈だぞ! 必ず甦って、貴様を倒すとな!』

 被り物にマントを着けた男……地獄大使が大笑し、仮面ライダー1号を見据える。

「猛さん、あれは……!」
「間違いない、ショッカーの大幹部だ。しかし、奴らの首領は……!」

『私が、どうかしたかね? 仮面ライダーの諸君』

 不気味な声が一帯に響き渡った直後、街の上空に巨大な髑髏のビジョンが浮かび上がる。すると仮面ライダーZXが驚愕を隠せずに、叫びを上げる。

「馬鹿な!? 貴様は……『JUDO』はあの時、確かに倒した筈だ!」

『その通り。君が「JUDO」と呼ぶ個体は「ツクヨミ」の犠牲により倒され、虚空の彼方へと消えた。だが奴も、所詮は私の僕に過ぎん』

「なんだと!? なら、貴様は何者だ!?」

『フフフフ……では、この姿と声に覚えはないかな? 仮面ライダーBLACK、いや世紀王「ブラックサン」!』

 すると声が途中で急に変わり、ビジョンが火の玉を思わせるものに変わると、今度は仮面ライダーBLACK RXが声を上げる。

「まさか、『創世王』!?」
「けど、ゴルゴムは滅びたんじゃ!?」

『言った筈だぞ、人間の心に悪がある限り甦るとな』
『それだけではない。余の言葉を忘れたか? それもお前たち、人間の罪なのだ!』

「クライシス皇帝!?」

 またしても声が変わり、今度は巨大な顔のシルエットが浮かび上がる。

「一体、何がどうなって……!?」
「アスクレピオス! これは一体どういうことだ!?」
「分からん。これでは、あの時と同じだ」 

 亡国機業も状況が把握できていないのか少なからず混乱している。一夏たちには訳が分からない。そこにIS学園から緊急通信が入る。入れてきたのはひとみだ。通信に出ると千冬が先に口を開く。

「佐原先生! これは一体……!」

『こっちが聞きたいくらいよ! 今テレビ、ラジオ、インターネット、無線、コア・ネットワーク……ありとあらゆる通信手段やメディアの、あらゆるチャンネルで、アイツの姿が映ったり、声が聞こえたりしているの! 声はここからでも聞こえているわ!』

「そんな……」

 あまりの異常事態に千冬を始め一同は絶句する。だが、異常はこれに止まらなかった。

「お兄! 立花さん!」
「なんだよ、あれ……」
「何が一体、どうなってやがるんだ……?」
「立花さん、これは!」
「ああ、バダンの時と一緒だ!」

 避難所の上空にも、

「これって、バダンの時と同じじゃない!」
「また、あれが繰り返されるというのか……!」
「それだけではない、ゴルゴムも!」

 IS学園の上空にも、

「束さま! これは!?」
「これって、『バダンシンドローム』の時と……!」

 四国を始め日本各地の空にも、

「佐久間さん!」
「分かっています。また動き始めるとは……!」
「光明寺博士! これは、一体!?」
「分かりません。ですが、考えうる限りにおいて、最悪の事態かもしれません」

 インターポール本部のあるパリや、国際IS委員会本部のあるジュネーヴの空にも、

「兄さん! まさか、また日本で……!」
「本郷君、日本で何が起こっているんだ……?」
「また、始まるというの!?」

 草原が広がるモンゴルの空にも、

「ナタル! ゴロー! 大変だ!」
「分かってるわ! ゴロー、これって……?」
「恐ろしい邪念だ。これほどまでに邪悪な念は、今まで感じたことがない」

 アメリカ軍基地上空でも、

「ミ、ミスター早川! そ、そ、空にが、が、骸骨が!」
「慌てるな、ハンペン。風見、こいつは一体……?」

 南米上空でも、

「失礼! ハカ……サブロー殿! 信彦殿!」
「言われなくとも分かっている!」
「貴様か、創世王……だが、邪魔はさせん!」

 アフリカ上空でも、世界各地、ありとあらゆる場所の空に映像が映し出されている。それは宇宙ステーションや月面基地の例外ではない。世界中の空に映るビジョンは今度は双頭の鷲を象った紋章に変化する。他でもないショッカーの紋章だ。

「首領! 貴様は一体……!」

『まだ分からぬか? 君たちが苦戦の末に倒したバダンの総統も、ゴルゴムの創世王も、クライシス帝国の皇帝も、皆、私の意を受けた下僕に過ぎない。バダンもゴルゴムもクライシスも、私の手足として作られた組織なのだ!』

 声は高らかに言い放つと、今度は仮面ライダー1号に語りかける。

『どうだ、本郷猛。我が軍門に下らぬか? 君ほどの力があれば、私の指揮の下で理想の世界を作ることも出来る。意地を張ることはない』

「グッ! 脳に直接……! だが、断じて屈するか!」

『一文字隼人、その力、この世界を変えるために振るってみないか? 私に協力すれば、争いのない世界を作るなど造作もないこと』

「ふざけるな! 誰が争いの種を巻き続ける貴様と!」

『風見志郎よ、私に忠誠を誓うのであれば、死した君の家族を甦らせてもいいのだぞ?』

「舐めるなよ! 父さんも母さんも雪子も、そんなことを望みはしない!」

『デストロンの子、結城丈二よ。父なる私のため、その科学を役立ててみたいとは思わないか? 良ければ君の弟子も引き入れよう』

「断る! 俺は貴様のような悪魔に、誰の明日も渡さないと誓ったんだ!」

『父や愛する者と再会したいとは思わぬか? 神敬介。私であれば、いくらでも再会させることが出来る』

「親父や涼子、霧子は俺の中で生きている! そんなまやかしなど、必要ない!」

『アマゾンよ、かつて人間を嫌ったお前がなぜ人間の味方をする? 私と組めば、お前に優しい世界も作れるのだぞ?』

「オレにはトモダチいる! トモダチを傷つけるオマエ、絶対に嫌だ!」

『愚かなだな、城茂。力を欲するのであれば私の下にくればいいものを。今の百倍、いや千倍の力をくれてやってもいいのだぞ?』

「誰が貴様なんかと! 五郎とユリ子を勝手な理由で殺した貴様に、死んでも屈するか!」

『筑波洋、なぜ私に逆らう? そのような身体にされ、家族は死に、何も残されていない。ではなんのために私と戦うというのだ?』

「決まっている! 俺のような目にあう人間を減らすため、そしてそれを生み出す元を断つためだ!」

『人類の夢などという絵空事など捨てよ、沖一也。私の部下となれば、お前の夢などいくらでも叶えてやる』

「人類の夢こそが俺の夢だ! それを貴様に否定される筋合いはない!」

『最後の者、ZX、村雨良。忌々しき記憶の数々、消したいとは思わぬか? また姉と幸せに暮らしたいとは思わぬか?』

「貴様らに改造されて、感謝したいことが二つだけある! 決して消えない怒りを抱けたことと、貴様を潰せる力を得たことだ!」

『南光太郎よ。親友を殺し、クライシスの民を見殺しにし、その上でお前に何が助けられるというのだ? その汚れた力を以て戦うのであれば、私の軍門に下ればいいだけの話だ。その苦痛、消し去ってやろう』

「だからこそ、俺は貴様と戦う! そのような運命を、俺以外に背負わせないために!」

『脆弱なる人間の身体で戦おうとする愚か者よ。私の下に来れば、仮面ライダーに勝るとも劣らぬ力を与えよう。君にはその力を得られる権利も、才能もある』

「ふざけんじゃねえ! あいつらの人生散々弄んで、まだそんなことが言えるのかよ!?」

『不完全なる人造人間よ、その苦しみから解放されたいとは思わぬか?』

「人造人間の思考回路にまでか!? 俺はそれを誇りに思っている! 人造人間として不完全で、そこだけは人間と同じであることを!」

『人間になりたいとは思わぬか? 完全故に人間とは程遠い存在となる良心回路が憎いとは思わぬか?』

「構わん! それで一人でも救われる人がいるのなら、俺は喜んで人造人間のままでいよう!」

『なぜ抗う? お前は悪を為すために作られた人造人間である筈だ。使命を思い出し、我が軍門に下れ』

「確かにそうかもしれない。けど、決めるのは私よ! ワルダーのためにも、屈したりなんかしない!」

『渡五郎、君は実に惜しい力の使い方をしている。私に従えばその力をより正しく使う術を教えてやろう。母とも会いたいであろう?』

「俺は人間の自由のためにこの力を使う! 母さんを奪ったバンバと同じ悪と戦うことこそ、この力の正しい使い道だ!」

『復讐を成し遂げ、されど昔には戻れない。それでも悪と戦うか? 早川健。もう戦う理由などないであろう』

「あるさ! 共に悪と戦う、それがあいつの遺言だった! だから地獄に堕ちるその日まで、俺は戦い続ける!」

『もう一人の世紀王よ、ヤツとの決着を付けたいとは思わぬか? 確実にヤツに勝てるだけの力を、私はお前に授けることが出来る。もう一度ゴルゴムに戻れ』

「黙れ! これは俺の戦いだ! 何者であろうと、邪魔はさせん!」

『破壊の使者よ。ヤツを破壊したいのであれば私の下に来るがいい。余計なしがらみもないと約束しよう』

「フン、俺は貴様やそのやり方が気にいらん! 邪魔立てするのなら、まず貴様から倒してやる!」

『失われしデルザーの改造魔人、誇り高きゴーレムの子孫よ。父の元へと戻れ。さすれば今までの罪は帳消しとしよう』

「かたじけない。されど二度も顔向け出来ぬ不義を犯した身。戻るということは、拙者自身が許せないのでござる」

『織斑一夏を靡かせたいと思わぬか? 力が欲しいとは思わぬか? ならば全てを憎み、怒れ。それこそが唯一君、篠ノ之箒に真の力を与えるのだ』

「なんだ!? 頭の中から声が!?」

『そのプライドの裏にある弱さ、焦り、劣等感。それを隠すことはない。それを肥え太らせ、怒りとすることでこそ君は欲する者を手に入れることが出来る。セシリア・オルコット』

「一体どうなっているの!?」

『凰鈴音、ただ一人自分だけがいつもそばに居れないことが悔しいか? ならばもっと妬み、憎め。全て殺せば自然と君の近くに織斑一夏は来るだろう』

「五月蠅い! 人の頭の中でごちゃごちゃと!」

『シャルロット・デュノアよ、自らに嘘をつくな。それこそが己が内にある欲望を満たすただ一つの手段だ。他の者は全て蹴落とせ。それを内心望んでいるのだろう?』

「違う! 僕はそんなこと考えてない!」

『内なる虚無を埋められるのは正義や希望ではないぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。破壊と暴力、血こそが君の虚無を、己の存在意義を満たすことが出来るのだ』

「戯言を! 勝手に!」

『楯無の名を憎むといい。そしてこの世界を恨むといい。自らにあらゆる困苦を課し、妹にすら避けられる苦しみを全て吐き出してぶつけるのだ!』

「余計なことを!」

『さあ、憎悪しろ、嫉妬しろ。お前は姉がいる限り何一つ手に入らない。織斑一夏も同様だ。その恨みを再燃させよ』

「お前みたいな悪の言うことなんて……!」

『何を躊躇う必要がある? 手に入らぬのであれば壊せばいい。実の兄であろうともな』
『隠すな、五反田弾よ。本当は織斑一夏が殺したいほど妬ましいのだろう?』

「お兄! なんか変な声が!」
「俺たちだけじゃない! 数馬や谷さん、立花さんにも!」

『君には失望した、山田真耶。嫌悪や劣等感、破壊衝動を捨てたと偽る君では期待出来ん』

「誰が、そんな期待に!」

『フフフフフ……その孤独への恐怖、裏切られた痛み、悲しみ、怒り、不安、憎悪……実に素晴らしいぞ、織斑千冬。もう一度それに身を任せて世界を変えてみる気はないか? 君にはそれだけの力がある。あの男に一矢報いることも、弟に近付く全ての者を排除することなど容易い。ただ己に正直になればいいのだ!』

「黙れ! 人の頭の中を勝手に覗き込むな!」

『篠ノ之束、私は君に感謝している。師を喪った悲しみや怒りを憎悪に変えて、未熟な人間が欲望のままに暴れ、破壊と嫉妬、憎悪を生みだし続ける鎧を創り、この負の感情に塗れた世界を完成させた。そして今も師の生存を認められずにはけ口を探している。それでいい。もっとこの世界を憎み、壊すのだ』

「私の頭に入ってくるな! 私の過去を勝手に見るな!」

『織斑一夏、呪われし子、我々の祝福を受けし新たな息子よ。さあ、時は来た。私の下に来るがいい。それこそがお前の生まれた理由であり、お前が存在する意義なのだ』

「なにわけが分からないことを言ってんだ!」

『ほう、知らぬか。まあいい。遅かれ早かれ、いずれお前は知ることになる。自分の運命を、残酷な真実を。その時、お前が姉と呼び慕う者も、お前が友と呼ぶ者も、お前を好いている者も、仮面ライダーたちもお前の味方ではない。真にお前の味方となるのは、この私しかいないのだ』

「馬鹿も休み休み言え! 俺を騙して洗脳しようって肚だろうが、そうはいくかよ!」

『無知とは時に幸せだ。やがて私の言うことが正しかったと後悔する時が来るであろう。もっとも、今のお前の意志など関係ない。いずれ嫌でもお前はこちらに付いているだろうからな』

 一夏たちのみならず亡国機業も頭の中に直接語りかけられたようだ。頭の中の声が鳴りやむと、今度はショッカーのみならずゲルショッカーからクライシス帝国まで、仮面ライダーたちに壊滅させられた組織の紋章が一斉に空に浮かび上がる。

『聞くがいい! 人類諸君! 今日をもって我が傘下の組織、すなわちショッカー、ゲルショッカー、デストロン、GOD機関、ゲドン、ガランダー帝国、ブラックサタン、デルザー軍団、ネオショッカー、ドグマ、ジンドグマ、バダン、ゴルゴム、クライシス帝国の復活をここに宣言する! そして私に逆らう愚か者共に罰を与えるべく、君たち人類に宣戦を布告する! 手始めとして1週間後、日本に総攻撃を仕掛ける! 私の尖兵によって日本と言う国が世界から消滅する様を、目に焼き付けるがいい!』
『だが、私は慈悲深い。君たちに1週間の猶予を与えよう。その間に我が軍門に下るならよし、そうでなければ日本と同じ目に遭うであろう。そして仮面ライダーという反乱分子を生み出した日本に住む者共よ、光栄に思え。私の力を示す助けとなるのだ。だから、死ね。お前たちに生存権は存在しない。お前たちに認められている選択肢は二つ。戦って死ぬか、座して死を待つかのみだ!』
『仮面ライダー諸君とそれに与する者たちよ。止められるものならば、私を止めてみよ。そして止められぬと知り、絶望せよ。お前たちの力では決して敵わぬと、無限の蒼穹の名を持つ鎧では私には勝てぬと知り、惨たらしく死ぬがいい! 諸君らの無駄な足掻きと死に顔が見れる時がくるのを、楽しみにしているぞ! ハッハッハッハッハッ!」

 最後に高笑いがこだまするとビジョンは消え去る。

『そういうことだ、仮面ライダー。また会える日が来るのを楽しみにしているぞ!』
『その時こそ、貴様たち仮面ライダーの最期だ!』
『首を洗って待っているのだな!』

 同時にショッカー大幹部の立体映像も消失する。

「……言いたいことは沢山あるでしょうけど、撤退しましょう。計画を立て直す必要があるわ」
「私も賛成だ。総員、退却だ」

 亡国機業もスコールの提案を受けて退却を開始し、マリオを含めて完全に撤収を完了する。仮面ライダーたちも追う気はないようだ。
 残った面子もあまりの事態に頭が混乱し、誰も一言も話さない。特に一夏はショッカーの復活、謎の黒幕、そしてその黒幕が自分に向けて言った訳の分からない言葉の数々が渦巻き、外からの情報が一切通り抜けてしまう状態であった。次から次へと頭の中で疑問が生まれ続ける。

「こいつは、動くぞ……世界が、大きく」

 ようやく和也が絞り出した一言も、一夏には聞こえていないも同然だった。   



[32627] 第二十八話 その名は大首領
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:28
 世界各地にビジョンが出現し、ショッカーからクライシス帝国までの歴代組織の復活が宣言された日の翌朝。一夏は自室のベッドで目を覚ます。IS学園に帰投した一夏だが、学園は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。千冬や真耶ら教員陣も事のあらましを報告する間もなく情報収集や確認、会議や各関係機関との調整に追われ、生徒たちは早々に解散が言い渡された。生徒の中でも楯無や簪、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラも本国と話すことがあり、忙しく動き回っていた。仮面ライダーたちも和也とともにインターポールと話すことがあるらしく、解散した後は誰とも話せていない。仕方がないので箒と話していた一夏だが、千冬からIS学園が無期限で休校になると通達が入ると、一人で部屋に籠って黒幕の言葉について考えていたが、結論は出なかった。
 あの声は全員の脳に直接聞こえていたようだが、内容は一人一人違っていたようだ。一夏は自分が聞いた声の内容については猛や箒は勿論、千冬にすら話していない。余計な心配まで掛けさせたくはない。過去や家族のことについてはタブーなのだ。起きた一夏は寝間着から着替えて食堂まで歩いていく。
 食堂につくと席は生徒で殆ど埋まっている。ただしいつもならば談笑が聞こえてくる筈の食堂だが、今は昨日のことについて持ち切りだ。誰も彼も不安そうな表情を隠さずに、今後について不安を漏らしている。一夏はそれに巻きこまれそうな自身を鼓舞しながらも席を探し、『イチカー軍団』が座っているテーブルを見つけて空いていた箒の隣に座る。

「おはよう、みんな。どうしたんだ? 元気ないぞ?」
「一夏……お前は、昨日のことについて何か思わないのか?」
「思わないと言えば嘘になるけど……大丈夫だって! 今はISだってあるんだし、猛さんたちだっているんだから、きっとなんとかなるって!」

 不安そうな表情を隠せない箒に一夏は敢えて明るく笑って答える。そうしければ、自分が不安に押しつぶされてしまいそうだ。ISでも改造人間は一筋縄ではいかないと一夏はよく知っている。仮面ライダーの戦いぶりを見れば嫌でも理解できる。それでも一夏は道化を演じ、少しでも自身や周囲の気を紛らわそうとするが上手くいかない。隼人はどうするだろうか、と考える一夏を余所に楯無が口を開く。

「一夏君、聞いてる? 昨夜、世界各地に怪人が出現したって話」
「怪人って、宣戦布告じゃ一週間後って!?」
「脅しとか示威行動って所でしょうね。それでもアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国、ロシア、エジプト、スイス……そこにショッカーやバダン、ゴルゴムの怪人が複数出現し、軍事基地を襲撃したのは揺るぎようもない事実よ。数自体は大したことが無かったから、IS部隊やインターポール、それに協力する助っ人のお陰で鎮圧されたし、人的被害は出なかったらしいけど、基地はある程度破壊されたし、宣言通りにバダンやゴルゴムが復活したというのは大きいわ」

 楯無が言葉を切ると流石の一夏も絶句せざるを得ない。続けてシャルロットが物憂げな表情を隠さずに続ける。

「それで、今朝、本国から話があったんだけど、僕たちは本国に召還される可能性がある、って」
「召還って……」
「私たち国家代表候補生は軍属の身。いつ本国が攻撃されるか分からない以上、呼び戻されるのは当然ですわ。ましてや、IS学園のある日本に総攻撃があると予告されれば、なおさら」
「どの国だって、自分の身を守るのに精一杯なんだから当たり前、よね。最前線に立っていた人から聞いたけど、バダンの時もそうだったって聞いてるし。今度はバダンだけじゃなくてゴルゴムまでいるから、私たち、二度と会えないんじゃないかって話が……」
「私は軍人だ。覚悟の上だし、簡単に死んでやる気はない。だが相手は仮面ライダーたちすら苦戦させたバダンや、一度は日本占領を成功させたゴルゴムだ。それらを同時に相手にし、余裕で勝てると言えるほど、私は楽天的ではない」
「そんな……」
「私だって、お姉ちゃんや一夏と離れ離れなんて、嫌だよ……でも……仕方ないんだよ……」
「もう少ししたら、正式な通達が来るでしょうね。そうしたら、どうにもならない。それが国家代表であり、国家代表候補生としての使命なんだもの」

 最後に楯無が締めると重苦しい沈黙がその一帯を漂う。そこに千冬と真耶が歩いてくる。一瞬何を言おうか迷う一夏だが、先に千冬が口を開く。

「丁度良かった。お前たち、少し話があるから来い。本郷さんや結城さんが、私たちに話しておきたいことがあるそうだ」

 千冬の言葉を聞くと全員立ち上がる。一夏たちは千冬についていくと会議室に入れられる。会議室では猛、丈二以外の仮面ライダーや和也が席に腰かけている。一夏たちも空いている席に座る。少し経つと猛と丈二が会議室に入り、一番端に座る。全員の視線が一斉に猛と丈二に集まる。他の仮面ライダーたちも内容は知らされていないらしく、代表して隼人が口を開く。

「本郷、結城、話ってのはなんだ?」
「俺たちに語りかけてきた、つまり全ての黒幕について話したいことがあってな」
「まさか先輩、正体が掴めたんですか!?」
「ああ、あくまで推測だが……結城」

 志郎が身を乗り出すと猛は頷く。続けて丈二が話し始める。

「これは俺がバダンにいた時に見た記録映像や村雨が見たという『JUDO』の記憶、残されていたゴルゴムの碑文の一部、クライシス帝国に伝わっていた伝承などを材料に、俺や本郷さん、海堂博士、ルリ子さんとミツ子さんとで導きだ出した一つの推測に過ぎないことを、念頭に置いておいてくれ」
「まず、地球が誕生するよりずっと前、『ある者』が『B26暗黒星雲』において、自らの意志を代行し手足となる3つの生命体を創り出した。1つは生体能力を極限まで強化し、『支配』への飽くなき欲求を植え付けられた。1つはその肉体をほぼ全て機械へと置き換え、どこまでも『破滅』を目指す衝動を与えられた。残る1つには先の二つの中間の肉体と本能を植え付けられた。仮に『支配』を植え付けられた方を『アマテラス』、『破滅』を与えられた方を『スサノオ』、中間の方を『ツクヨミ』と名付けよう」
「神にも準えられる強大な力を持った3体のううち、『ツクヨミ』は新天地を求めて次元の狭間へ飛び、『スサノオ』は自らを模した卷属2体と竜を従えて遠き星へと旅立った。残る『アマテラス』はB26暗黒星雲に留まり、その力を以て支配するようになった。一方、長い旅の果てに『スサノオ』は誕生したばかりの星を見つけた。『スサノオ』は卷属と共にその星に生命の種を巻き、多種多様な生命を育ませた。自らは卷属と共にそ支配者として頂点に君臨し、気まぐれに竜に生命を食わせたり、種そのものを繁栄させたり、滅ぼさせたりした」
「それが『JUDO』、ということですか?」

 敬介が一度確認すると丈二は頷き、続ける。

「だが『スサノオ』……JUDOの天下を揺るがす事態が起きた。突如として『アマテラス』がB26暗黒星雲から来訪し、自身がB26暗黒星雲の支配者であることをタテに、その星……地球の支配権を要求したんだ。無論JUDOは突っぱねたが、『アマテラス』もJUDOも互角の力を持つ者と争うのは得策ではないと判断したのか、地球そのものの支配権を『アマテラス』に与える代わり、JUDOに地球上に生息するあらゆる生命の生殺与奪権と、特定の種を自由に竜に食らわせる権利が認められた。『アマテラス』もまた地球に滞在し、地球上に住む生物でも優れている個体を改造し、自らの配下『怪人』とする権利をJUDOから認められた」
「最初はそれで上手くいっていたんだが、『恐竜』を竜に食らい尽くさせて竜の食料を『人間』に決めた時から、『アマテラス』とJUDOの関係に軋みが生じ始めていた。JUDOが気まぐれを起こして人間に知恵や技術を与えた。すると人間は地球全土に生息圏を広げ、他の生物を脅かしながら発展していった。それを不快に思っていたのが『アマテラス』や傘下の怪人たちだ。怪人としては、爪もなく牙もなく、少し知恵が回るというだけでありながらJUDOの庇護により、自分こそ地球の支配者とでも言いたげな振る舞いをする人間が疎ましい。『アマテラス』も約定故に手出し出来ない人間が、自身の支配下にないにも関わらず、勝手に自分の支配地で増え続けることを嫌うようになった。それに『アマテラス』もJUDOを排除してこの地球、ひいては全宇宙をこの手に収めたいという欲望が湧いていた」
「一方のJUDOも、自分が支配している生命を支配下におき、手出し出来なくした『アマテラス』を疎んじるようになったし、『アマテラス』が人間をも怪人にし、支配下に置こうとしていることに気付いていた。なにより、『アマテラス』を破滅させたいという衝動が抑えきれなくなっていた。そして『アマテラス』とJUDOは衝突した。だがほぼ同等の力を持った卷属が2体いたJUDOと違い、『アマテラス』は独り。多勢に無勢で『アマテラス』は敗れ、JUDOの力をある程度削ぐのと引き換えに肉体を破壊された。こうして邪魔者がいなくなったJUDOはますます人間に介入し、自身の記憶を元に神話を作らせたり、インカなどの古代文明に強大な力を与えるなどしていた」
「しかし『アマテラス』は死んでなどいなかった。自身が敗北することを最初から予測していた『アマテラス』は、布石を打っていた。怪人でも特に優れた者に自身の力の源を模した『天』、『地』、『海』の石を与え、自らの意志を代行して怪人を指揮する『神官』に仕立て上げ、自らの手足として働く組織を作った。次に肉体を破壊される直前、予め作っておいた異空間に自らの意識を移し、抜け殻となった肉体をJUDOに破壊させることで自らの死を偽装して油断させた。そしてJUDOが気付かぬ内に『アマテラス』は異空間から『神官』に指示を出して暗躍し、組織を拡大させることに専念した。やがてJUDOが人間を愛するようになった卷属の1体に反逆され、相討ちとなる形で『虚空の牢獄』に封印されるや、『アマテラス』配下の組織は古代インカ文明やアトランティス文明など、驚異的な発展を遂げていた文明を次々と滅ぼした。一方で組織の強大な力と、怪人となれば数万年単位の寿命や、人知を超えた能力を得られることを誇示して権力者層を懐柔し、世界を裏から支配するようになった」
「つまり『アマテラス』が最初の『創世王』で」
「配下の組織こそが、ゴルゴムってわけか」

 アマゾンと茂が呟くと、光太郎の顔が険しくなる。

「それだけではなく『アマテラス』……創世王は自らの力の源となった石を二つに分割し、自身とほぼ同一の構造をした2体の改造人間に埋め込み、自身の後継者候補として殺し合わせた。勝利した方が二つのキングストーンを手に入れた時、その肉体が往年の創世王と殆ど同じものとなり、異空間にいる創世王と勝利した方との間で人格交代が起こり、創世王は新たな肉体を手に入れる。そして肉体が限界を迎える度に創世王は限界となった肉体からキングストーンを分割し、世紀王同士で殺し合わせ、人格交代で新たな肉体を得て、その度に力を貯えていく。この仕組み、何かに似ていると思わないか?」

 次の瞬間、良が血相を変えて荒々しく立ち上がる。

「俺の身体、『ZXボディ』と全く同じ……!」
「そうだ、村雨。JUDOは創世王のやり方を真似たのさ。自身を出し抜いた創世王のやり方を、な。組織にしてもそうだ。裏で世界を支配するゴルゴムに不満を持っていたヒトラーを扇動し、ショッカーの母体となる組織を作らせた。自らはその意志を代行する影武者を送り込み、あるいは自分の配下を呼び寄せて首領とし、ショッカーからジンドグマまでの組織を支配した。ゴルゴムの生体改造と違い、機械化改造の技術は未発達であったことから、世紀王にあたる器はいくつものプロトタイプの製作を余儀なくされたがな。今度は逆に創世王を出し抜き、世界征服まであと一歩と言う所まで迫ったが、敗れ去ったのは言うまでもないだろう」
「一方、次元の狭間に旅立った『ツクヨミ』は、この地球に限りなく近い次元の狭間が比較的安定していることに気付き、自らの肉体を代償にもう一つの地球と付随する宇宙空間を創り上げた。『ツクヨミ』は長い年月を掛けて徐々に力を取り戻し、約1000年前に仮初の肉体を作りだすことに成功した。さらに『ツクヨミ』自らが皇帝となることでもう一つの地球を武力で統一し、自らの政策で環境破壊が進んでいたこともあり、移民政策と二つの地球の覇権を握る野心も兼ね、次元の境界を通ってこちら側の地球へ侵攻を開始した」
「その『ツクヨミ』こそが『クライシス皇帝』で、『怪魔界』はクライシス皇帝が創り上げた異次元世界、ということですね?」
「それを維持していたクライシス皇帝が倒されたことで、怪魔界は消滅した、と」
「その通りだ」

 洋と一也が確認すると丈二が頷く。続けて一夏が根本的な疑問を口にする。

「けどJUDOとか、創世王とか、クライシス皇帝を作り出した『ある者』って何者なんですか?」
「一言で言えば負のエネルギーの集合体、といったところだろうな」
「負のエネルギー?」
「ああ。怒り、悲しみ、嫉妬、憎悪、恐怖、怨恨、強欲、怨恨、狂気、怠惰、傲慢、絶望……この宇宙に存在するありとあらゆる負の感情が、高エネルギーとなって集積し、自我と意志を持ったもの。悪意の塊であり、悪意そのものが人格と目的を持ったもの、と言っていいのかも知れないな」
「悪意が、意志を……何の目的でその3つの生命体を?」
「自らの糧となる生命体、特に地球に住む人間の負の感情を集めるためさ。だから3体の深層意識を操作して地球を目指し、人類の自由と平和を脅かす組織を創り出すように仕向けた。人間の負の感情を大幅に引き上げるため、大々的に破壊活動や世界征服を行わせた。だが肝心の人間が全滅してしまっては本末転倒だ。そいつは時に『JUDO』や創世王、クライシス皇帝の深層意識を操って意図的に矛先を鈍らせ、時にそれらに対抗し、侵攻を遅らせる『抑止力』を作り出した」
「抑止力?」
「そうだ。古くはJUDOの卷属の1体で、JUDOの作らせた神話でツクヨミと言われた個体。そして俺たち、仮面ライダーだ」
「ちょっと待て! お前たちもJUDOの親玉が創ったっていうのかよ!?」

 丈二の一言に和也が思わず食ってかかる。それ以外の面々も驚きを隠せていない。しかし丈二は冷静に続ける。

「厳密に言えば、抑止力となるように仕向けられた、という所です。考えても見て下さい。なぜ本郷さんは脳改造前に意識を取り戻し、緑川博士の救援が間に合ったのか。なぜ一文字さんはギリギリのところで脳改造を免れたのか。なぜ再改造を受けた本郷さんが無事ショッカー基地から脱出出来たのか。なぜ在り合わせの部品、しかも瀕死の重傷を負った風見の改造手術が成功したのか。なぜ俺が右腕を失いながらも生き延びれたのか。なぜ一度は心停止した敬介の蘇生手術が完全に成功したのか。なぜアマゾン、山本大介だけが生き残り長老のバゴーに引き取られたのか。なぜ茂は自己催眠装置の入手に成功し、超電子ダイナモまで手に入れられたのか。なぜ洋の改造手術がネオショッカーに認められたのか。なぜ一也が変身出来ない半年の間ドグマに一切見つからなかったのか。なぜ村雨がZXボディに適合し、脱走することに成功したのか。なぜ光太郎だけが脱出に成功し、太陽の光でキングストーンが進化したのか。これらを偶然と片付けるは容易い。だが、抑止力を望む存在がそうなるよう、仕向けたとしたら?」

 丈二の言葉を聞くと全員が絶句する。丈二はまた口を開く。

「だが、ヤツにとって最大の誤算があった。俺たちはヤツの想像以上に強かった。本来ならば抑止力としてJUDOや創世王、クライシス皇帝と拮抗し、過度な暴走を抑える役割を果たす筈だった。だが俺たちはJUDOや創世王、クライシス皇帝が率いる組織を悉く叩き潰してしまい、目論みは大きく崩れ去った。皮肉にも効率的に負の感情を吸い上げるために誕生を促した抑止力が、負の感情を産み出して煽る存在を倒してしまい、ヤツが糧に出来る負の感情は激減した。だからヤツは、俺たちを潰すことにしたんだ。自分の手足となる存在を組織ごと甦らせてな。俺たちが倒れれば人間は絶望するしかない。一石二鳥ということだ」
「だから総攻撃を予告し、どの組織がどの地域でどんな作戦を行うかまで送りつけてきた訳だ」
「作戦を?」
「ああ。これを見てくれ」

 和也が手近にあった端末を操作すると、会議室の大スクリーンに日本地図と各地域にショッカーからクライシス帝国までの組織の紋章がポイントされた図が表示される。

「昨夜遅く、インターポールにデータが送られてきやがったのさ。沖縄では銀王軍によるΣエネルギーミサイル製造計画。九州ではゲルショッカーによるカルデラ火山一斉噴火計画。四国ではデストロンによる四国要塞空母化計画。中国地方ではGOD機関によるキングダーク量産計画及びRS砲製造計画。近機ではゲドンとガランダー帝国による近機占領並び『インカの光』復活計画。東海地方ではブラックサタンとデルザー軍団による富士山噴火及び日本両断計画。北陸ではネオショッカーによる酸素破壊爆弾製造計画。関東ではドグマとジンドグマによる首都占領とドクロガス生産計画。東北ではバダンによる時空破断作戦。北海道ではゴルゴムとクライシス帝国による日本水没計画と人工太陽製造計画。そして、ショッカーによるIS学園占領作戦。これが作戦って訳さ。止められるものなら止めてみろ、って挑発だろうな」
「作戦が一つでも成功すれば日本は勿論、世界全体が危うい。人類という種が滅びかねないくらいに」
「でも、それじゃ!」
「人間など、塵芥と同じなのさ。負の感情を得るために必要ではあるが、クライシス帝国五十億の民のように使えないと判断すれば、平然と世界ごと切り捨てる。それがヤツなんだ」
「悪意の塊だから、そんなことが……けど、どうして日本を?」
「日本が『特異点』だからなのかもしれないな」

 箒が口にした疑問に丈二が答える。

「特異点、ですか?」
「ああ。これまで日本からは色々と生まれている。仮面ライダー、人造人間、新人類(ミュータント)、ズバットスーツ、そしてIS……どれ一つ取ってもこの世界に大きな影響を与えうるし、組織を壊滅させられる力を持った存在を、日本はこれまで数多く生み出してきた。偶然で片付けるには出来過ぎているくらいに。イレギュラーな要素を多数出してきた日本は、この世界における特異点なのかも知れない。だからこそ、ヤツは常に日本を狙ってきた」
「そのヤツ、つまり悪意の塊が全ての黒幕で、今回の騒ぎの元凶であると?」
「ええ。そしてヤツを倒さなければ、この戦いは終わらない」
「そんな……実体もない、名前もないようなヤツ相手に戦って勝つなんて……」
「あるさ、名前ならば」

 一夏の呟きにそれまで沈黙を保っていたく猛がようやく口を開く。

「JUDO、創世王、皇帝、神、悪魔……ヤツの分身や一面を捉えた言葉は数多い。だがヤツそのものを指す言葉は、たった一つしか存在しない。それは――」

「――『大首領』。それこそが唯一、ヤツ自身の名前と言える言葉だ」

 猛が静かに言うと、しん、とその場が静まり返る。
 最初に沈黙を破ったのも猛であった。

「それに、勝つ方法ならある。ヤツは高エネルギー存在であるためにこの世界では実体化出来ず、自身で出来る干渉は限られる。だから手足となる存在を作り、意志を代行させていた。だがそれらは全て破壊され、悠長なことは言っていられなくなった。今回は自分から動くために大量のエネルギーを消費して仮初の肉体を作り出し、無理矢理維持している。それに意識を憑依させる形で実体化している筈だ。つまり肉体を破壊すれば、ヤツは実体化出来るだけのエネルギーを喪う。そうなれば、十分なエネルギーが蓄積されるまで、この世界に干渉出来ない。そうなれば俺たちの勝ちだ」
「けど、十分なエネルギーが蓄積されたら……!」
「それが来るのには、最低でも数百年単位の時間が必要となるだろう。だからこそ俺たちは戦って、勝たなければならない。人類の自由と平和を未来に残すために。そして大首領に勝ってみせたという事実と、『希望』を次に世代へ伝えるために」
「希望……ですか?」
「ああ、希望だ。どれだけ強大な力を以て大首領が立ち塞がろうとも、俺たちが勝利したという希望があれば、未来に大首領が復活してきても人類は戦える。俺はそう信じたい。絶望という闇の中でも、希望という光は信じる限り決して消えないからね」
「やっぱり凄いですね、猛さん。そんな先のことまで考えられるなんて。けど俺たちには……」
「そうだな、先駆けとなる俺たちには何の保障もないし、希望など誰も残してはいない。あるいは、希望など最初からないのかもしれない」

「――ならば、俺たちが希望になればいい。俺は、なるさ。誰かが望むのなら、大首領に抗う風として、大首領に対抗しようとする者の希望に」

「一夏君、君も君の出来る戦いをしてくれ。俺達や楯無さんたちとは離れ離れになる。もう会えないかもしれない。それでも希望を捨てず、出来ることを精一杯にやってくれ。それがきっと、他の誰かにとっての希望になるのだから」
「離れ離れって……猛さんたちもバラバラになって戦うってことですか!?」
「連中が同時攻撃を仕掛けてくる以上、こちらもそうするしかない。だが、負ける訳にはいかない」

 猛の静かな、しかし揺るがぬ決意が籠った一言に全員が沈黙する。他の仮面ライダーも同じ考えなのだろう。決して一筋縄ではいかない相手であることも、自分も生きて帰れる保証などないことも、全て覚悟の上なのだろう。だが、沈黙を破るようにルリ子と肇、ミツ子がドアを開けて入ってくる。

「あら、お取り込み中だった?」
「いえ。ルリ子さんこそ何か?」
「何か、じゃないわよ。楯無ちゃんとかに本国から通達が行ったんだけど、返事がまだ帰ってこない、って各国から確認の問い合わせが来てるのよ。だから知らせにきたの。みんな壮行会の準備をしてくれてるのに、肝心の主役が知らないんじゃ意味がないでしょ?」

 ルリ子の言葉を聞くと楯無らの身体が固まる。召還命令が正式に出されたようだ。不安げな表情を隠せない一夏と箒を名残惜しそうに一瞥すると、全員空間投影式ディスプレイを展開し、躊躇いながらも命令文書を読み始める。それに前後して和也の持っていた通信機に通信が入り、和也は一度席を外す。
 最初は物憂げな顔をしていた一同だが、やがて表情がきょとんとしたものに変わってまばたきしたり、目を擦ったり、ディスプレイを拭いたりし、何回も通達の内容を確かめるように読み直している。それでも通達の内容に偽りがないと確認すると今度は驚いたような、あっけにとられたような、困惑しているような微妙な表情を浮かべている。

「あの、楯無さん、どうかしたんですか?」
「え、あ、いえ、何と言うか、色々予想の斜め上を行ったというか……」
「本当か!? そうか、間に合ったのか! 分かった、詳しい話は合流してからだ」

 一夏の質問に珍しく歯切れ悪く答える楯無だが、部屋の外から和也の大声が聞こえてくる。和也は会議室へと戻ってくるが表情には喜びの色すら見える。

「和也さん、何かあったんですか?」
「ああ、いいニュースだ。本郷、お前たちだけで戦う必要は無くなった。インターポールと国際IS委員会が共同で募集・編制していた対亡国機業戦闘部隊改め、対怪人迎撃部隊の編制が完了したって佐久間から連絡が入った」
「対怪人迎撃部隊って、まさか!?」
「そのまさか、さ。ゴードンたちも合流しているらしい」
「今回は間に合ったか……」

 和也の言葉を聞くと仮面ライダーたちも安堵の表情を浮かべる。怪訝そうな顔で見ていた一夏たちだが、千冬がおずおずと尋ねる。

「その、和也さん。対怪人迎撃部隊とは何ですか? 話が分からないのですが……」
「名前の通りさ。元々亡国機業の大規模作戦に備えて各種戦闘術のエキスパートを集めて、仮面ライダーたちをサポートする部隊を編制させていたんだ。それを急遽対怪人部隊に編制し直すことになって、さっき再編成が完了したんだ。もっとも、装備はほぼそのまま流用出来るし、微調整くらいだったんだけどな。ところで楯無嬢に簪さん、セシリア嬢、鈴、シャルロット、ラウラ、君たちにいった通達の内容は、『貴君は国際IS委員会指揮下の対怪人迎撃部隊に出向し、以後は先方部隊長の指示に従われたし』って、感じじゃないかい?」
「どうして、それを!?」
「インターポールと国際IS委員会で、各国からIS操縦者を回してくれるように根回ししていたのさ。各国政府も日本をやらせれば、次は自分たちに矛先が向くって理解していたんだろうな。流石に国家代表や代表候補生が回されてくるとは予想外だったけどよ」
「もしかして、その隊長って言うのは……?」
「何を隠そう、この俺さ」

 和也がニヤリと笑うと、みどりが入ってくる。

「丁度良かった。織斑先生、山田先生。いきなりで申し訳ありませんが、お二人に通達したいことがあります。本日付で織斑先生と山田先生に、国際IS委員会及びインターポール指揮下の対怪人迎撃部隊に出向して頂きます。こちらで手続きは済ませてありますので、以後は滝和也『隊長』の指示に従って下さい」
「それって!?」
「お前と山田先生も道連れって訳さ。これは生徒の皆にも言えることだが、別に拒否しても構わない。今度は無事も帰れる保証は出来ねえ。無理矢理戦わせるなんて真似、隊長としてしたくねえ」
「お言葉ですが、私たちは最初から参加するつもりでしたわ。本国から止められた場合、脱走も辞さないくらいの覚悟でしたもの。この命令、喜んでお受け致します」

 和也の言葉を聞くと、代表してセシリアが力強く答える。他の代表候補生や楯無も同意見であるようだ。

「私も最初から参加するつもりでしたし、渡りに船ですよ」
「あなたに誘われないのは、それはそれで癪ですので」

 真耶、千冬もまた笑って参加する意志を見せる。

「分かった、ならこれからは俺の指示に従って貰うぜ? まず最初に……」
「待って下さい!」

 和也が何か言おうとすると、一夏と箒が割って入る。

「俺たちも入隊させて下さい!」
「私も一夏も専用機持ちです! 茂さんたちの足手纏いには絶対になりません!」
「簡単に言うな、馬鹿者。お前たちまでいなくなったら、IS学園を守る戦力はどうなる? ダリルとフォルテが召還されれば、専用機持ちはお前たちしかいなくなる。専用機を持っているなら、それくらい考えろ」

 一夏と箒を千冬が冷静に窘める。IS学園もまたショッカーに狙われているし、亡国機業がドサクサに紛れて襲撃してきた場合、量産機だけでは対抗し難い。学園の最高戦力である千冬やそ真耶、専用機持ちの大半が不在になるのだ。ここでダリルとフォルテまでアメリカに帰国してしまえば、専用機持ちは一夏と箒だけだ。一夏や箒まで抜ければ教員陣を負担は大きくなる。一夏と箒もその点は理解出来るのか、千冬に反論出来ない。しかし少し思案した後、肇が口を開く。

「織斑先生、その点ですが、なんとかなるかも知れません」
「海堂先生、どういうことですか?」
「いえ、ケイシー君とサファイア君は本国からの命令で、IS学園防衛のために残るそうです。世界唯一のIS教育機関がショッカーに占拠されたとなると一大事ですからね。それに、ショッカーに対抗する戦力ならばこちらにも当てはありますので、織斑君と篠ノ之君が残らずとも、なんとかなりそうです」
「そうですか……滝隊長、どうしますか? 最終的な決定権はあなたにあります。あなたが決定したことであれば、我々は大人しく従います」

 肇の回答を聞くと千冬は和也に判断を求める。他の皆が一斉に和也を見るが、和也は最初から決まっているとでも言いたげに即答する。

「去る者は追わず、来る者は拒まず、ってのが主義なんでね、志願するってんなら止めないさ。ただし二人とも、きちんとこっちの指示には従って貰うぜ?」
「はい!」

 和也の許可が出ると一夏と箒は笑って勢いよく返事をする。そして和也は早速指示を出す。

「よし、部屋に戻って荷造りしてくれ。壮行会が終わったら、すぐに出発できるようにな! 沖縄まで特別に輸送機をチャーターしてあるから、壮行会が終わったらすぐひとっ飛びだ!」

********** 

 IS学園付近にある街。その一角にある大衆食堂『五反田食堂』。未だに店が開いておらず客も入っていない店内に店主の厳、その娘で自称看板娘の蓮、それに弾と蘭が椅子に腰かけていた。昨日の騒動のお陰で学校は休校になっている。まず厳が最初に口を開く。

「弾、蘭、お前らも見たな? あの髑髏を」
「そりゃ、避難所の空にも映ってたし……」
「なら話は早い。二人とも、よく聞け。この街はIS学園が近くにある。ショッカーが本当に復活してくるなら、IS学園を狙ってくるだろう。この街だって危ない。だからお前たちは四国に行って、香川の讃岐麺吉ってヤツを頼れ。話はつけてあるし、足もこっちで確保した」
「なに言ってんだよじいちゃん! 急に言われても、俺も蘭も!」
「おじいちゃんやお母さんはどうするの!?」

 厳の意外な一言に弾と蘭が食ってかかる。言わんとしていることは理解出来る。だからこそ自分たちだけがこの街を離れるのが納得いかない。

「あの声が本当なら、日本のどこに居たって!」
「念のため、よ。それに私たちなら大丈夫。『大野練武館』の人たちとかがこの街にはいるし、仮面ライダーが来るまでは持ち堪えられるわ」

 言い募ろうとする蘭を蓮が窘める。確かに大野練武館の門下生は強い。特に道場主の大野勝は刀一本でISを撃墜出来るとまで言われ、実際に撃墜したとまことしやかに噂されるくらいの凄腕だ。厳も若い頃は喧嘩で鳴らし、柔道や空手の段位も持っている。蓮も合気道の心得はあるそうだ。心配する必要はないのかもしれない。引き下がるしかない蘭と弾だが、食堂の扉が開き女性が一人入ってくる。それを見ると蓮が声をかける。

「ホントに悪いわね、純子。忙しいのに手間かけさせちゃって」
「いいのよ、蓮。私とあなたの仲じゃない。それで、この子たちが弾君と蘭ちゃんよね?」
「お母さん、この人は……?」
「やっぱり、覚えてないか。高校時代の同期で珠純子っていうの。最後に蘭と弾を連れて会ったのは、まだ蘭が小さい頃だったから、忘れちゃってて当然よね」
「そういうことよ。だから二人のことは知っていたの。私が二人を香川まで送っていくことになったの」

 女性こと珠純子は弾と蘭に笑ってみせる。蓮とは同級生とのことなので、本来ならば相当な年齢の筈だが、蓮と同じく見た目が若々しい。

「二人のことは立花さんやケンちゃ……佐久間さん、志郎さんからも聞いてるわ。勿論、幽霊騒ぎの時の話もね」
「あの、珠さんは風見さんとはお知り合いなんですか?」
「ええ。『少年ライダー隊』の連絡係をしていたんだもの」
「そういうことだ。純子さん、弾と蘭を頼みます」
「分かりました。責任を持って、必ず」

 純子が頷くと蓮が弾と蘭にスポーツバッグを渡す。予め準備していたようだ。あまりの準備の良さに半ばあきれる弾と蘭だが、純子は笑って続ける。

「大丈夫よ、二人とも。私たちには仮面ライダーがついているわ。私たちも、私たちにやれることを精一杯やりましょ? 敵と直接対決することだけが、戦いじゃないんだから」
「……はい!」
「じいちゃん、母さん、行ってくるよ」
「私たちも絶対戻ってくるから、おじいちゃんとお母さんも元気でね?」
「いってらっしゃい、蘭、弾」
「麺吉によろしくって言っといてくれ」

 意を決した蘭と弾は厳と蓮に別れを告げて店を出て、外に止めてある純子の車に乗り込む。純子もまた運転席に座って車を発車させると、早速純子は口を開く。

「ねえ、蘭ちゃん、志郎さんって、やっぱり仮面ライダーV3なのかしら?」
「え? 珠さんは知らないんですか?」
「志郎さん、結局私には何も言わずに行ってしまったから……それと、純子でいいわ」
「分かりました、純子さん。はい、風見さんでしたよ。この目でちゃんと見ましたし」
「そう……なら、志郎さんについてもっと話さない?」
「はい、喜んで」

 その後、目的地に到達するまで車内は風見志郎の話で盛り上がったことは言うまでもない。

**********

 とある森にある洋館。大広間では亡国機業の13人の最高幹部とショッカーの3人の大幹部が、一触即発という事態になっていた。

「あの映像、それにあの宣言はどういうことだ!?」
「そのままの意味だ。我々は日本に総攻撃を仕掛ける。それだけのことだ」
「そういう問題ではない! ショッカーだけではなく、なぜバダンやゴルゴムまで復活させたかと聞いているんだ!」
「どの組織を甦らせるかは、首領がお決めになられること。部外者であるそちらに口出しされる謂われはない」

 ウルスラがゾル大佐に食ってかかるが、ゾル大佐は事もなげに答える。元々は同志と言えるショッカーはともかく、不倶戴天の敵とまで言えるゴルゴムの復活を、亡国機業としては許容出来ない。特にシュヴェスターを筆頭とする元国家代表組は、ゴルゴムのような組織を排除することを目的として亡国機業に加入したので、絶対に相容れない。ショッカーとの提携にも反対していたのを『アスクレピオス』が宥めすかし、一時的なもの、という条件を付けて同意したのだ。続けてスコールが口を開く。

「今回ばかりはシュヴェスターに賛成よ。そんな隠し玉を持っていながら支援を受けていたなんで、いくらなんでもアンフェアよ」
「これは異な事を。騙し騙され、互いに利用していた我らにフェアもアンフェアもない。本当はゴルゴムメンバーだった実父を思い出しただけではないのか?」
「レディのプライベートを覗くのは、失礼ではなくて? ドクター」

 死神博士が悪びれもせずに嘯くとスコールは眉をひそめる。死神博士の言う通り、スコールの実父はゴルゴムのメンバーだった。怪人になることを望んでいた父親は反対していた母親と、まだ生まれる前のスコールを捨てた。その後母は女手一つ必死に働きながら自分を育て上げた。亡くなった母親が遺言としてそのことを話して以来、スコールは父とゴルゴムに根強い不快感を抱いている。亡国機業に入ったのも、その過去によるものが大きい。

「ならば、実力で我々を排除したらどうだ? やれるものならな、小娘どもが!」
「いいだろう、望み通りにそうしてやる!」

 地獄大使が挑発するとマリアルイゼは部分展開してサーベルをゾル大佐に、アリエスはブレードを死神博士に、リブラはダガーを地獄大使に、ゾル大佐は鞭をマリアルイゼに、死神博士は大鎌をアリエスに、地獄大使はクローをリブラの首元にそれぞれ突き付ける。

「そこまでだ」

 しかしアスクレピオスが割って入り、持っている杖で武器をどけるとショッカー大幹部に向き直る。

「ショッカーの諸君。他の幹部も言っている通り、そちらの首領がゴルゴムまで復活させた以上、これ以上手を組むことは出来ない。提携は解消だ。このエリアをすぐ出て行って貰おうか。エリア外に出るまでの安全は保障するが、また戻ってきた場合には敵と見なして攻撃させて貰う。かつて同じだった組織の誼だ」
「いいだろう。そちらも接収した施設は好きに使えばいい。せめてもの礼と、迷惑料代わりだ。では」

 ゾル大佐の言葉と同時に3人は退室し、姿を消す。それを見送ったシルヴィアがアスクレピオスへと向き直る。

「アスクレピオス、今後のことについてだけれども、私は『V計画』の一時凍結と、対ショッカー戦略の練り直しを提案するわ。これはあなた以外の12人全員の総意よ」
「私も同じ考えだ。相容れない以上、仕方がない。各国の同志に計画の中止と、対ショッカーで各国政府と共同歩調を取ると伝達するしかあるまい」
「それで、我々がどう動くかだが……」
「静観するより他にあるまい。勿論怪人が跋扈するならばこちらも動くが、積極的に仕掛ける必要もない。日本にはマスクドライダーがいる。ならば邪魔者同士潰し合わせればいい。どちらが勝っても疲弊の極みに達する筈だ。我々はそこを叩けばいい」
「ふざけるな! そんな卑怯で姑息な真似をしろというのか!?」
「ならば聞くが、三つ巴になって誰が得をする? それこそ首領の思う壺だ。故に我々は卑怯と罵られようと、耐えねばならん。出来損ないの偽善者風情では、根本的な解決には至らぬ。真の平和を齎すために、我々は悪党にならなければならないのだ」

 アスクレピオスの言葉を聞くとウルスラは引き下がる。

「では、早速で悪いがもう少し詰めた話をしよう」

 アスクレピオスがそう言うと、13人の最高幹部は円卓に腰かけるのだった。

**********

 どことも分からぬ地下の奥深くにある、ショッカーのアジト。最深部にある司令室にゾル大佐、死神博士、地獄大使は戻ってきていた。

「イーッ!」
「うむ、ご苦労。お前たちは下がってよし!」

 覆面を被ったショッカーの戦闘員がナチス式敬礼を行って3人を出迎える。ゾル大佐は戦闘員たちの服装に弛みがないかチェックする。服装にいささかの弛みがないことを確認すると満足げに頷き、地獄大使が労をねぎらって戦闘員たちを退室させる。すると司令室の壁に掲げてある鷲のレリーフのランプが点滅し、電子音が部屋中に鳴り響く。3人の大幹部がレリーフの前に並び立つと、そのレリーフから声が聞こえてくる。

『ゾル大佐、死神博士、地獄大使、ご苦労であった。お前たちの働きにより、我が軍団の再編成は予想をはるかに上回る速度で完了した』

「とんでもない。我等はただご命令を忠実に実行しただけのこと。そのようなお言葉は、身に余る光栄というものです」

『流石だ、ゾル大佐。死神博士よ、進捗状況は?』

「全組織の再生と配備、インターポールへの情報横流しも完了しました。『Xデー』になり次第、すぐ怪人を展開出来るようになっております」
「そして今度こそ身命を賭して、必ずや憎き仮面ライダー共とそれに協力する愚か者共、それらを生み出した日本をこの世から消し去ってご覧に入れましょう!」

『楽しみにしているぞ、地獄大使。我が野望が成就した暁には、何なりと望むものを与えよう』

「……お言葉ですが首領、首領のお望みが叶う時こそ、我等の望みの叶う時でもあるのです」

 レリーフから聞こえてくる声に対して死神博士が静かに口を開く。

「どれだけの年月が経とうと、未来永劫、我等の宿願は変わりません」

 ゾル大佐が死神博士に続けて答える。

「何度地獄に墜ち、何度甦り、身体が不完全で朽ち果てていようと、我等の答えは変わりませぬ」

 地獄大使が最後に締めるとまたしてもレリーフから声が響く。

『ハハハハハハハ! それでこそショッカーに選ばれし者たちだ! では改めて聞こう。ゾル大佐、死神博士、地獄大使。お前たちその黄泉返りし身体と地獄から舞い戻った魂で、一体何を望むのだ?』

「それは」
「無論」
「ただ一つ」

「『世界征服』に……ございます」

 ゾル大佐、死神博士、地獄大使は声を揃えて変わらぬ望みを答える。
 レリーフからの声は聞こえなくなった後も、3人の大幹部はしばらくその場に佇んでいた。



[32627] 第二十九話 魂再び(スピリッツ・リターン)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:29
 沖縄にあるIS用訓練施設。夜が明けたばかりのそこに藤兵衛と和也、猛が並んで立っている。
 壮行会が終わってすぐに空港へ向かおうとした一行だが、学園を出た所で話を聞きつけた藤兵衛、源次郎、政夫、ハルミ、マサコも押し掛け、合流して沖縄まで飛んだ。ケンから結成式は5日後にやると聞いたため、今日から3日間、戦力の底上げや向上を兼ねて特訓を行うことにした。千冬としては国際宇宙開発研究所が特別に戦闘用に改修……と言っても近接ブレードを装備させただけだが……した『流星』の慣らしを行いたかったし、真耶も専用機化処置と2.5世代化改修を終えた『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』の調整をする必要もあった。シャルロットも新たに配備された対怪人用装備のテストもしたいとのことだったので、特訓を行うことになったのだ。
 今は全員準備体操やストレッチ、軽いスパーリングやアマゾンを探し回ったりし、身体を暖め終えた所だ。藤兵衛は皆を見渡して口を開く。

「昨日説明した通り、3組に別れてくれ。この第一アリーナは猛が、第二アリーナは滝が、第三アリーナは俺が監督する。早速始めようか」

 藤兵衛が言い終わると箒と志郎、鈴と茂、楯無と敬介は第二アリーナに、セシリアと洋、シャルロットと光太郎、ラウラとアマゾン、簪と良は第三アリーナに歩き始める。和也と藤兵衛も担当の場所に向かうと特訓が開始される。
 一夏と一也は、雪片弐型の刃とスーパーハンドの両拳を激しく交える。一夏の突きや摺り上げ、小手打ちが一也に打ち込まれれば、一也は両腕で弾いて防御する。そして弾かれて隙が出来た一夏にフェイントを織り交ぜながら拳打や掌打、手刀打ちを次々に浴びせる。一夏は雪片弐型で防御しようとするが、時にタイミングをずらし、時に軌道を途中で変える一也の前に意味をなさず、シールドエネルギーが削られていく。

「目先の動きに囚われては駄目だ、一夏君! 視野を広く取って、相手の全身を視界に入れるんだ。自然と虚実や呼吸、拍子が観えてくる。相手の本当の狙いや攻めに入る瞬間、攻めを止める瞬間も分かる。そして相手が打ち得ぬ瞬間、こちらの一撃を打ち込む。それが武術の基本にして要諦、真髄なんだ」

 一也が手技を放つと、一夏は視野を相手の全身に捉えれられるように調整して一也の攻撃を捌き始める。最初は悪戦苦闘していた一夏だが、次第に一也がどこに、どんなタイミングで打ち込んでくるのか読めるようになる。一也の一撃をタイミング良く弾くと、隙が出来たのを見つける。一夏はスラスターを噴射して突っ込み、雪片弐型を握り直す。

「そこだ!」
「そうだ! その感覚を身体に覚え込ませるんだ!」

 一夏が雪片弐型で渾身の逆袈裟を浴びせると、一也は大きく吹き飛ばされながら称賛して着地する。続けて一也は一夏と距離を取ったまま話し始める。

「相手が飛び道具を使ってくる時でも変わらない。ハイパーセンサーを使えば簡単だ。相手の呼吸を掴み、虚実を読み、拍子を理解し、銃口にも注意し、自分の得意とする間合いまで詰めるんだ。遠ければ遠い程、敵はより小さい銃口の動きで君を捉えられる。撃ち合いになればシールドエネルギーや武装の関係で君は不利だ。接近戦にいかに早く持ちこんで、優位に立てるかがカギになる。行くぞ! チェーンジ! エレキハンド!」

 仮面ライダースーパー1は両腕を『エレキハンド』へ換装すると、右腕を一夏に向ける。

「エレキ光線、発射!」

 すると高圧電流が発射されて一夏に直撃し、シールドエネルギーを削っていく。一夏はスラスターを噴射して電撃から逃れ、攻撃の切れ目が来るのを待つ。一也の腕の動きを読んで回避しながら接近し、攻撃が途切れると一気に踏み込んで雪片弐型を振り上げる。

「甘い! チェーンジ! パワーハンド!」

 しかし一也は腕を赤い『パワーハンド』に変え、雪片弐型の一撃を受け止めて逆に一夏を殴り飛ばす。

「油断するな、一夏君! 敵の誘いだったり、迎撃手段が残されている可能性もある! 闇雲に突っ込まず、最後まで見極めるんだ!」

 箒と変身した志郎は互いに一歩も退かず、丁丁発止とやり合う。箒が『雨月』を振るえば、志郎はパンチの連打でそれに応える。箒は『絢爛舞踏』を発動させ、ゴリ押して押し切ろうとする。志郎は箒が雨月からレーザーを放ちながら突きを繰り出すと半身で回避し、腕を取ると一本背負いの要領で投げ飛ばして地面に叩きつけて跳躍する。

「V3キック!」
「なんの!」

 飛び蹴りを放とうとする志郎だが、箒は前面に展開装甲でシールドを形成すると志郎めがけて突っ込み、志蹴りの威力を削いで凌ぎ切って逆に弾き飛ばす。しかし志郎は空中で身を翻すと、今度は空中で錐揉み回転して急降下しながら再び右足を箒に向ける。

「V3きりもみ!」

 脚力に加えて錐揉み回転を乗せた蹴りの前にシールドが破られるが、シールドバリアが箒を守り、大したダメージもなくシールドエネルギーはすぐ回復する。だが蹴りの反動でまたしても志郎は宙に舞い、腰のベルト『ダブルタイフーン』に風を受けてエネルギーをチャージすると、身体を反転させてまたしても飛び蹴りを放つ。

「反転キック!」

 続け様に放たれた蹴りが同じ場所に炸裂すると箒は吹き飛ばされ、地面に落下する。辛うじてPICとスラスターを使って着地に成功した箒だが、志郎は空中で三回前転すると両足を揃えてキックを打つ。

「V3フル回転キック!」

 箒は大きく蹴り飛ばされて地面に転がる。雨月を構えて立ち上がろうとする箒だが、志郎の右手刀が箒の脳天目がけて振り下ろされ、当たる直前で止められる。志郎は箒を助け起こす。

「どうだい? 新たな機能の発見には繋がりそうかい?」
「いえ、今のところはまだ。絢爛舞踏を発動してもシールドエネルギーが即座に回復するだけで、シールドバリアそのものの強度が上がるわけではないことが分かったくらいでしょうか」

 志郎の問いに箒は首を捻りながら答える。『紅椿』には志郎の『26の秘密』同様、様々な機能が搭載されていると箒や志郎は睨んでいる。二人は『紅椿』に隠された機能を引き出すために悪戦苦闘しているが、一向に発見される気配がない。少し思案して志郎が提案する。

「ここはもう一つの方法、地球上に遍く存在している力を使うしかないな」
「存在している力、ですか?」
「そうだ。重力、慣性、反動、遠心力。そうした力を使えば、より重く、効果的な一撃を放つことが出来る。『反転キック』や『回転キック』の原理については、説明しなくても分かるだろう。では『きりもみキック』の原理についてはどう思う?」
「私の見立てでは、空中で錐揉み回転することで遠心力を付け、地上に立っている時以上に腰を切ることで、より威力のある蹴りを打ち出すことが出来るものだと思います。極端に言えば、居合と原理は同じかと」
「その通りだ。これを応用すればキックだけでなくパンチやチョップ、斬撃の威力を増大させることも出来る。では、私が錐揉み、回転、反転の技をお教えしよう」

 空中では『ブルー・ティアーズ』を装着し、スラスター翼を駆使して飛び回るセシリアと、変身して『セイリングジャンプ』で飛行する洋が空中戦を繰り広げている。セシリアはビットを展開して洋の周囲に配置し、取り囲むようにしてビームを発射する。しかし洋は長く伸びたマフラーをたなびかせ、ビームの雨を舞い落ちる木の葉のようにひらり、と回避し、ビームの包囲網を抜ける。

「ならば、これで!」
「簡単にはいかないぜ?」

 セシリアはビットを操作し、発射されたビームを『偏向射撃(フレキシブル)』で捻じ曲げ、洋を取り囲んで撃墜しようとする。洋はビームとビームの間をすり抜け、ビットの制御中で動けないセシリアに突っ込んでいく。しかしセシリアは両腰に装備された『弾道型』ビットを分離・展開すると、洋に向かってミサイルを発射する。洋はミサイルをまともに食らってしまい、爆風と煙に包まれて姿を消す。油断なくビットを戻したセシリアだが、少し経過しても洋の姿が見えない。

「どこ!? 真下!?」
「もう遅い!」

 慌ててセシリアが索敵し、洋が爆発に紛れて真下を取っていたことに気付く。洋は急上昇してセシリアの背後に回り込み、セシリアの腰を両腕でホールドすると、今度は逆さ落としの状態で急降下する。スラスターを噴射しながらもがくセシリアだが、パワーでは洋に分がある上に、両腕できちんと腰を抑え込んでいるので抜けるに抜けられない。

「スカイドロップ!」

 洋はセシリアの頭を叩きつける直前に上昇に転じる。最初と同じ高度にまで到達すると静止し、セシリアを解放する。セシリアがPICを使い振り向くと洋は話し始める。

「とまあ、こんな具合に空中戦では地上の時と違い、敵も味方も自分も360度、全方位に動くことが出来るし、地上では想定しなくていい場所から攻めてくることもある。真下っていうのは人間の目の構造からして、ハイパーセンサーで捉えることは出来ても意識が及ばず、死角になり易い。セシリアさんの場合、ビットの操作中は動けないから、ビットを使う時には真下を取られないように位置取りやビットの配置、ビームを発射するタイミング、『偏向射撃』の軌道、敵の逃げ道とそ行動を意識するのが重要だ」
「逆に君のビットは、単機で敵の死角を複数突けるアドバンテージがある。『偏向射撃』でビームの軌道を変えられるなら、なおさらだ。攻撃する時は敵の死角を突くように縦方向、つまり真上や真下からの攻撃を交えるといい。人間の目は縦方向には対応し難いから当たり易くなるし、敵を追い込む時にも効果的だ。逆に上下からの攻撃で敵の動きを封じたり、逃げ道を誘導したりして本命を叩きこむ、という手もある。タイミングを遅らせたりして虚実を織り交ぜ、敵を揺さぶるのも効果的だ。特にビームは発射されてしまえばほぼ一瞬で標的に到達するし、敵は全方位を警戒しなければならないから、普通のIS以上に揺さぶられるとキツくなる。俺は射撃の方は専門外だから、これくらいしか言えないけどね」
「いいえ、とても参考になりますわ。ですが、どうやってビームを回避したんですの? 発射されるタイミングを読んでいたとしか思えませんでしたが」
「勘、かな。戦い続けていれば、感覚的に読めるようになってくるさ。さあ、続けようか」

 セシリアと洋は距離を取る。十分に距離が離れるとセシリアはレーザーライフル『スターライトmk3』を構えて引き金を引く。洋は空中で身を翻すことでビームを回避し、またしても空中戦が開始される。

「エレクトロファイヤー!」
「くうっ……!」

 『甲龍(シェンロン)』を装着した鈴は『改造電気人間』の姿となって茂と交戦しているが、茂の電撃を用いた攻撃の数々に手を焼かされる。鈴は肩のアーマーをスライドさせ、不可視の衝撃砲『龍咆』を放とうとする。しかし茂は先手を取って腕を擦り合わせ、地面に手を当てて高圧電流『エレクトロファイヤー』で鈴を攻撃する。龍咆の発射体勢に入っていた鈴の下に一瞬で電流が到達し、シールドエネルギーを削っていく。鈴は構わずに空間に砲身を形成し、不可視の砲弾を発射する。

「見え見えだぜ! ストロンガーバリア!」

 しかし衝撃砲は茂の周囲に張られた不可視の防壁に防がれ、茂は跳躍する。そして鈴の目の前に着地すると、左右のワンツーパンチで鈴を怯ませ、パンチのラッシュに加えてキックも絡めて攻め立てる。一旦スラスターを噴射して茂から距離を取った鈴は双天牙月を呼び出し、茂に斬りかかっていく。茂は電撃を放射しながら鈴を攻撃し、跳躍すると前方宙返りをして身体に電気エネルギーを集中させて飛び蹴りの体勢に入る。負けじと鈴も肩アーマーをスライドさせ、衝撃砲の砲身を形成する。

「これなら、回避も出来ない筈!」
「ストロンガー電キック!」

 茂が身体を赤熱化させて電気エネルギーを込めた蹴りを放つと、鈴もまた衝撃砲を発射する。衝撃砲をまともに食らった茂は大きく吹き飛ばされ、『ストロンガー電キック』を受けた鈴も膝を着く。茂は立ち上がる鈴に歩み寄って助け起こす。

「鈴さん、君の衝撃砲は砲身も砲弾も見えない。だが展開から発射までタイムラグがあるし、軌道も直線的だ。真正面から撃ち合いになれば出が早い、もしくは一瞬で到達する飛び道具持ちに先手を取られるし、発射するタイミングを読まれちまえば、防がれることもある。鈴さん、俺と正対しては駄目だ。君の衝撃砲のアドバンテージは砲身も砲弾も不可視で、『見て』から回避することが出来ない点だ。アドバンテージを最大限に生かせるのは、不意打ちや奇襲だ。ギリギリまで龍咆を展開していると気付かなければ、対処のしようがない。ヒットアンドアウェイで狙いを絞らせず、翻弄して本命を叩きこむんだ」
「つまり、エレクトロファイヤーを撃たせないように立ち回って、龍咆を叩きこめばいい、ってことですね?」
「そういうことさ。簡単には、やらせないけどな!」

 茂と鈴は飛び退いて距離を取る。茂が腕を擦ろうとするが鈴は瞬時加速を使って茂の視線を切ると、今度は腕部龍咆を展開して茂に砲撃を浴びせる。まともに受けた茂だが、電撃を放射して牽制しつつ、一撃離脱を繰り返す鈴に蹴りを入れるなどして退く気配はない。

「RXジャンプ!」
「これなら!」

 シャルロットは変身し、跳躍した光太郎にアサルトライフルを発射する。しかし光太郎はベルト『サンライザー』を光らせ、身体を青と銀の姿に変える。すると銃弾が光太郎の身体をすり抜けていく。

「銃弾が駄目なら、接近戦で!」
「バイオブレード!」

 シャルロットは即座にスラスターを噴射して光太郎に突っこみ、高速切替で近接ブレードに持ち替えて斬りかかる。光太郎も負けじと左腰に両手を持っていき、光を結晶化させてバイオブレードを手元に作り出す。シャルロットと光太郎は幾度となく斬り結ぶが、素早く動き回り手数の多さで攻めてくる光太郎に、シャルロットは劣勢に立たされる。ならばと高速切替でショットガンに持ち替えて散弾叩きこもうとするが、持ち替えから引き金を引く間の隙を突いて光太郎は身体を液状化させる。ショットガンの弾を無力化すると、纏わりつくように体当たりを仕掛けてシャルロットを弾き飛ばす。

「だったら、この装備を!」

 弾き飛ばされたシャルロットは、デュノア社で新たに開発されて送られてきた肩担ぎ式の長大なランチャーを呼び出し、光太郎に向ける。光太郎が液状化を解いて実体化すると、シャルロットはランチャーからナパーム弾を発射する。するとナパーム弾は光太郎に直撃し、爆発と共に炎が上まで吹き上がって光太郎の姿を覆い隠す。

「やった!?」
「ボルティックシューター!」

 勝利したかと思ったシャルロットだが、炎の中から光線が次々と飛んでくると、空に飛び立ってランチャーの弾頭を榴弾に戻して発射する。しかし光線が榴弾を撃ち抜いて空中で爆破すると、光線の主が炎の中から歩いて出てくる。黄色と黒の体色をし、右手に光線銃ボルティックシューターを持った光太郎だ。光太郎はシャルロットに狙いを定めると光線を撃ちまくる。シャルロットはスラスター翼を動かし、PICを最大限に使って逃れようとするが、逃げ道を先読みしてくる光太郎のボルティックシューターは徐々にシャルロットを捉え始める。
 シャルロットはチャフ弾頭に切り替えて発射し、チャフがばら撒かれるとボルティックシューターを乱反射させて無力化する。すぐさまアサルトカノンに持ち替えると光太郎に撃ちまくり、一定の距離を保ちながら周囲を旋回し、銃撃を加え続けて光太郎の反撃を許さない。シャルロットの猛攻を重装甲でひたすら耐え忍んでいた光太郎だが、シャルロットが武器を変えようとした瞬間、最初の姿に戻ってサンライザーの上で両拳を合わせる。

「キングストーンフラッシュ!」

 ベルトから眩い閃光と共にキングストーンエナジーが放射され、シャルロットの動きが一瞬止まる。すかさず光太郎は跳躍し、両足を揃えてシャルロットに飛び蹴りを浴びせて地面に叩き落とすと、サンライザーに左手を添える。

「リボルケイン!」

 光を結晶化させてリボルケインを抜き放つと、発光はさせずにシャルロットに突きかかる。負けじと近接ブレードで迎え撃つシャルロットだが、数合打ち合うとブレードを弾き飛ばされ、シールドをパージしてパイルバンカーで殴りかかる。それを半身に開いて避け、シャルロットの左腕が引き戻される前に脇に挟んで無理矢理止めると、光太郎はシャルロットが抵抗する間もなく首にリボルケインを突き立てる……ギリギリ手前で止め、シャルロットの腕を放す。

「シャルロットさん、先読みだけではなく、ギリギリまで見極めるんだ。0.1秒の隙も、俺の弱点もピンポイントで突ける筈だ。それが出来れば、この先どんな怪人と戦うことになっても、君なら絶対に勝てる筈だ!」
「0.1秒って、隙って言える時間じゃないような……?」
「俺だって最初はそう思っていたさ。けれども、往生際悪く諦めなければ、0.1秒という僅かな時間でも十分な隙になる。俺だって、戦いの中でそうなっていったんだ、シャルロットさんの能力なら、ハイパーセンサーの力を借りれば絶対に出来る! 最後まで諦めず、自分を信じるんだ!」
「分かりました、南さんみたいに僕もやってみます!」

 ラウラは姿を変えたアマゾンと交戦していたが、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)などともまた違った、三次元的かつ変則的な動きでアリーナを跳び回るアマゾンを、なかなか捉えられない。レールカノンを連射してもアマゾンは大地や保護用シールドを蹴り、射線上には入ってこない。ワイヤーブレードも、時にラウラの真後ろにまで飛んでくるアマゾンを捕縛するには至らない。AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)も変幻自在に動き回るアマゾンに翻弄され、それどころではない。

「ケケェェェェ!」

 逆にアマゾンは一瞬の隙を突いてラウラの頭上から急降下し、アームカッターを振り下ろす。咄嗟に腕を交差させて防御したラウラは、両腕からプラズマ手刀を発生させてアマゾンに斬りかかる。アマゾンは踏み込んで間合いに入ると爪や足のレッグカッターを使って追撃に入り、ラウラのシールドを削っていく。一度距離を取ろうとしたラウラだが、後退しようとした瞬間にアマゾンが飛びかかり、ラウラを地面に組みふせて馬乗りになる。モンキーアタックを繰り返した後にアマゾンはクラッシャーを開き、ラウラの喉笛を噛み切ろうとする直前で止め、ラウラを起こす。

「ラウラ、動きだけ見るな。どんな動きをするヤツでも、動きが止まる時、ある。次は動きが止まった時見つけて、攻撃する。アイエスは普通は見えない所、見えるから、そういうの、俺より得意」
「はい、もう一度お願いします!」
  
 するとアマゾンは再び大地を蹴って跳躍し、アリーナを縦横無尽に飛び回る。今度はラウラはハイパーセンサーに神経を集中させ、アマゾンの動きを観察する。そしてアマゾンがシールドを蹴って方向転換し、ラウラを攻撃しようと動きを止めた瞬間にAICを発動させ、アマゾンの動きを空中で止める。

「貰った!」
「まだだ! ジャングラー!」

 ラウラはプラズマ手刀とワイヤーブレードを浴びせようとするが、ジャングラーがラウラを撥ね飛ばすとAICが解除され、アマゾンは無事に着地する。

「それと、トドメを刺す時、もっと周りに気をつける。誰か割り込んでくるかもしれないし、何か隠し玉を持っているかもしれない。だからトドメは安全を確認して、確実にやる。誰かに任せるのもいい」

 『ミステリアス・レイディ』を装着した楯無はランス『蒼流旋』を手に、敬介はベルトから『ライドル』を引き抜き、ライドルスティックに変形させると激しく打ち合う。ランスの穂先が敬介を捉えようとすればライドルスティックで弾き、ライドルスティックが楯無を打ち据えようとすればランスが逸らす。楯無はアクア・クリスタルから霧を発生させて散布し、敬介の周囲に漂わせると熱を伝導させ、『清き熱情(クリア・パッション)』を発動させようとする。

「甘い! ライドル風車!」

 しかし敬介はライドルを風車のように高速回転させて霧を押し戻す。楯無は清き熱情の発動を中断し、蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を呼び出し、鞭のようにしならせ高圧水流を放ちながら敬介を打ち据える。

「ライドルロープ!」

 敬介はライドルのスイッチを操作してライドルロープに変形させ、ライドルロープを蛇腹剣に絡ませて攻撃を封じ、二人は綱引きの状態になる。最初は拮抗していた二人だが、単純なパワーでは敬介に分があるのか次第に楯無が引き寄せられていく。楯無はスラスターを使って抵抗しつつも霧を散布し、水を蛇腹剣に纏わせつつ高速振動させる。さらにライドルロープを介して敬介を水で覆い、高速振動させた水で敬介にダメージを与え続ける。

「ライダーショック!」

 敬介は身体全体に高圧電流を発生させ、逆に水を通して楯無に電流を流し込む。水の戒めから解き放たれるやライドルのスイッチを操作し、再びライドルスティックに戻して蛇腹剣を振り払い、動きが止まった楯無へ突っ込んでいく。楯無はランスに搭載されたガトリングを連射して迎撃するが、敬介は無理矢理突破し、ライドルスティックを振るって突きや薙ぎ払い、叩きつけの連携で楯無を防戦一方に追い込む。

「なら、これで!」

 楯無は敬介の足を蹴りで払って動きを止めると上昇する。続いて空中を踊るように飛び回りながら霧を散布し、アクア・クリスタルから展開した水やガトリングで敬介を一方的に攻め立てる。ライドルスティックでの防御が追い付かず、直撃をいくつか貰う敬介だが、大量の水流が敬介を押し流さんとばかりに向かってくる。敬介は跳躍して水流の中に足を踏み入れ、脚部のエアジェットを噴射して突進する。冷静に距離を取ろうとする楯無だが、敬介は勢いよく水流から飛び出して先回りし、ライドルスティックを楯無めがけて突き出す。

「これしきで!」
「まだまだ! ロングポール!」

 楯無は水のヴェールを即座に展開し、ライドルスティックの一撃を受け止めて無力化する。しかし敬介は慌てずにライドルを水のヴェールに突き入れたままスイッチを操作し、ロングポールへと変形させる。飛び出してくるように先端が水のヴェールを突き抜けて楯無に直撃し、まともに受けた楯無は地上へと落下していく。

「ライドルホイップ!」

 敬介は追撃の手を緩めずに急降下し、ライドルをライドルホイップに変形させ、空中で体勢を立て直したばかりの楯無に斬撃を放つ。

「X斬り!」

 ライドルホイップで『X』の字を描くように斬りつけると、楯無は墜落する。立ち上がりランスを持ち直す楯無だが、着地した敬介がライドルホイップの切先を首元に突き付ける。楯無がお手上げとばかりに手を上げ、反撃の意志がないことを示すと敬介はライドルホイップを引き、ライドルをベルトに収める。

「お見事、というべきでしょうか」
「いや、俺だってかなりダメージは貰ったし、流石は国家代表といった所だよ。実戦だったらこう上手くいっていたか」
「それで、どうでしたか?」
「いや、技術的には何も。敢えて言うなら、自分の武器は時に敵の武器にも成り得るし、その逆もしかりってところかな。後はひたすら精進を怠らず、経験を積んでいくしかない。遠回りだけど一番確実かつ確固たる力に繋がる」

 簪は良が投げつける『十字手裏剣』を回避し、『春雷』を展開して連射する。脚部のジェットエンジンを噴射して回避しながら、良は腕から『マイクロチェーン』を射出して簪を拘束しようとする。簪は回避して超振動薙刀『夢現』を構え、良に白兵戦を挑む。良は簪の薙刀を紙一重で見切り、左腿のスリットから電磁ナイフを引き抜いて刃を伸ばし、幾度となく斬り結ぶ。良が一度薙刀を跳ね上げて手元に入り込み電磁ナイフや蹴りで攻勢に出ると、簪はスラスターで後方に逃れ、ミサイルポッドを展開する。

「この距離なら、回避は……!」
「チイッ!」

 簪は山嵐から一斉にミサイルを発射し、ミサイルは一斉に良へと襲いかかる。良は十字手裏剣を投げつけて処理しようとするが、ミサイルは生き物のように動いて手裏剣を回避し、次々に良へと迫る。すると良は右ひざから『衝撃集中爆弾』を取り外すと、ミサイルが当たる直前に投げつけて起爆させる。爆発と同時にミサイルが誘爆していき、良の姿は煙と炎の中に消えていく。簪はハイパーセンサーに意識を集中させて良を探す。直後、ハイパーセンサーが真後ろに現れた良の姿を捉える。

「いつの間に!?」

 即座にPICを使いターンして薙刀を突き出す簪だが、良は突かれた瞬間に姿を消す。驚愕する簪だが、ようやくそれが虚像であることを知る。同時に簪の周囲に濃い煙が立ち込め、無数の虚像が分身のように現れる。

「本体は……本物の村雨さんはどこに……!?」

 ハイパーセンサーで透過率や組成などを分析し、本体を割り出そうとする簪だが、ようやく本体の位置を割り出し終えると、虚像を突き抜けた良が右拳を握り、ジェットエンジンを噴かしながら突っ込んでくる。

「ZXパンチ!」
「当たる訳には!」

 良が渾身の右ストレートを放つが簪は身を捻って回避し、反撃に移ろうと春雷を展開する。しかしハイパーセンサーが自身の背後にある衝撃集中爆弾の存在を感知し、警報を鳴らす。良はパンチを打つと同時に、左手に持った衝撃集中爆弾を投げておいたのだ。簪が気付くと同時に衝撃集中爆弾は変形する。

「しまっ……!」

 簪が逃れる間もなく衝撃集中爆弾は大爆発を起こし、良ともども簪を地面に叩きつける。クラクラする頭を振ると簪は立ち上がり、同じく吹き飛ばされた良にツッコミを入れる。

「あの、村雨さん、一緒になって吹っ飛ばされたんじゃ、意味がないような気がするんですけど……?」
「いや、最初からそのつもりだったしな。爆弾の威力は俺が巻きこまれても、そんなにダメージが行かないよう調整しておいたからな。それより、君はもう少しISに頼っていいんじゃないか? 勿論頼り切るのは問題だが、きちんと把握した上で使いこなすにもまた重要だからな。ある程度信頼することも大事だと思うぞ。まあ、やりながら掴んでいくしかないか」

 良は再び電磁ナイフを構え、簪も薙刀を持ってどちらも相手めがけて飛び込んでいく。

「ロープアーム!」
「その手には!」

 『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を装着した真耶は、丈二の右腕から射出されたフック付きのロープを回避し、アサルトライフルを丈二に浴びせる。丈二は回避しながら巧みにロープアームを操って真耶を牽制し、右肘にカートリッジを押し込む。

「ネットアーム!」

 今度はネットアームが射出されて真耶を絡め取り、動きを封じる。真耶は慌てずに右手のアサルトライフルをフルオートで撃って弾幕を張り、左手に呼び出したナイフで網を切り裂いて脱出する。真耶は空中を飛び回りながら丈二に四方八方から銃弾を浴びせるが、丈二は冷静に回避や防御を選択して再び右肘にカートリッジを押し込む。

「ランチャーアーム!」

 丈二の右腕にランチャーアームが装備され、真耶に発射する。あっさりと回避する真耶だが弾頭は空中で炸裂し、同時に大量のチャフが周囲に散布され、ハイパーセンサーが一時的に麻痺する。対IS用に丈二が開発した、ジャミング効果を持った弾頭だ。真耶の動きが一時的に止まると、丈二は再び右腕をロープアームに変えて射出し、今度は真耶の両足を絡め取って地面めがけて投げ飛ばす。スラスターとPICを使って無事に着地した真耶はスナイパーライフルを呼び出し、丈二は右腕にカートリッジを差し込む。

「マシンガンアーム!」
「こっちも!」

 丈二の右腕がマシンガンに変わると同時に、真耶はスナイパーライフルを引き金を引いて丈二に銃弾を浴びせる。丈二もまた真耶に右腕を向けて銃撃戦に応じる。真耶の身体に弾が着弾するとムース状の物質が付着して硬化し、真耶の動きを制限する。丈二の身体にライフルの弾が当たるとやはりムース状の物質が飛び散り、固まると丈二の行動を阻害する。最終的に二人とも身動きが取れなくなる。しばらく脱出しようともがいていた二人だが、渾身の力で丈二も真耶も左腕だけは自由を確保する。

「パワーアーム!」

 丈二は左腕のアタッチメントを起動させ、パワーアームを硬化した物質に押し当てる。するとスパークと共に硬化したムースが剥がれる。真耶も電磁ナイフを呼び出して刃を押し当て、戒めから解放される。

「『硬化ムース弾』は効果、強度、時間、持続ともに問題ないようですね。では、次の装備の実験に移りましょうか」
「はい、次はこの複合武器ですね」

 真耶は丈二に答えると右手にIS用拳銃を呼び出し、左手に持った電磁ナイフを銃剣のように銃身下部に取り付ける。『硬化ムース弾』もこの複合武器も、丈二が真耶用に新たに開発したものだ。硬化ムース弾はマシンガンアームの特殊弾をベースに改良を加えたもので、マシンガンアームにも使用されている。
 『流星』を装着した千冬は、近接ブレードを手に、隼人相手に慣らし運転……周りから見ると命の取り合いにしか見えないが……をしている。非武装の『流星』を持ち出したくなかったが、IS学園から貴重な戦力である訓練機をもう一機持ち出すのは難しいし、『打鉄』より反応速度や追従性の観点から『流星』の方が千冬的には有り難い。国際宇宙開発研究所の好意もあって特別に『流星』が千冬に貸し出され、学園から出向してきたひとみや草波良ら『流星』の開発チームが調整することにした。本当ならば『暮桜』があれば一番良かったが、無い物は仕方がない。
 千冬は風を切りながら近接ブレードで無数の斬撃を見舞うが、隼人は赤い両腕で斬撃を全て捌いて防ぎ切る。逆に隼人は左拳を固めて正拳突きを放つが、千冬は即座に瞬時加速を使って上に逃れると瞬時加速で急降下し、腕を引き戻したばかりの隼人めがけて大上段に振りかぶり、一撃を放つ。隼人が『十文字受け』で受け止めると、足元の地面があまりの圧力に抗しきれず沈み込み、円形のへこみが出来上がる。
 千冬は太刀を打ち込んで着地するとサブアームを展開し、隼人の関節を掴んで拘束する。そして腹部のベルトめがけて渾身の突き……流石に柄の方でだが……を放つ。隼人は上手く力を抜いて拘束を緩め、右腕をタイミングよく割り込ませて突きをガードする。みしり、と柄が隼人の腕に食い込むが、構わずに隼人はショルダータックルをかける。千冬は咄嗟に後方への瞬時加速を使って直撃こそ避けるものの、衝撃が千冬に襲いかかり、千冬も為すすべなく吹き飛ばされる。

「おお痛え。千冬、さっきから俺を殺す気か? 少しは手加減しろってんだ」
「あなただって、さっきから『流星』を壊しかねない勢いで暴れているじゃないですか」
「お前はそんくらいしなきゃ、足りねえだろうが。それとも何か? 一夏君絡みで根に持ってるのか?」
「別に一夏は関係ありません。一夏で思い出しましたが、あなた、一夏に何を聞いたんですか!?」
「そこまでだ、二人とも。千冬さん、『流星』の方はどうですか?」
「だいぶ動き易くなっていますね。このくらいで私には丁度いいかと」

 千冬と腕を痛そうに振っている隼人を猛が窘めると、猛は千冬に尋ねる。『流星』の調整には猛や丈二、一也も加わっている。『流星』はスーパー1の影響が色濃く出ている。ならば猛や丈二、一也の意見も参考にした方がいいとの判断だ。慣らしとして隼人と一戦交えているが、威力こそ落としているものの、互いに実戦と変わらない感覚でやり合っている。もっとも、本気でやり合えば、互いに五体満足でいられる保証はないが。
 アナウンスが流れると隼人は変身を解除し、千冬も『流星』を待機形態に戻してアリーナを出る。午前中の特訓は終了だ。シャワーを浴びて着替えてから食堂に向かうと、源次郎が用意したと思しきおにぎりと味噌汁がある。全員席に着いて食べ始めると、医療スタッフとして学園から出向してきたルリ子が猛の隣に座り、おにぎりを差し出す。

「猛さん、はいこれ」
「もしかして、ルリ子さんが?」
「ええ。上手く出来ているかはわからないけど」
「いやあ、とんでもない。いただきます……うん、美味しい」
「本当!?」
「……羨ましい」

 猛とルリ子のやり取りを見ながら一夏に視線を送り、『イチカー軍団』は嘆息する。一夏はおにぎりを味噌汁で無理矢理かきこむと、一也の隣に移動する。そんな一幕もあったが、昼食を終えると午後は自由時間だ。と言っても、特訓の反省や取り出した練習をする目的らしく、箒と志郎は早速鉄塔に向かったが。

「一夏君、俺たちは組手をしようか。生身でも出来ることは多いからね」
「はい!」

 一也と一夏は組手をすることを決めて武道場に向かおうとするが、背後に何かが迫ってくる。

「モンキーアタック!」

 誰かが一夏に飛びかかって押し倒し、一夏は下敷きになって気絶する。一也は慌てて一夏を抱え、医務室へと向かう。

「駄目だ、どうもうまくいかん……」
「ラウラ!? 何してるの!?」

 丁度近くで見ていたシャルロットが張本人のラウラにツッコミを入れる。先ほどから猿のように飛び回っていたが、制御しきれずに一夏にぶつかってしまったようだ。見ていた良が歩み寄って尋ねる。

「ラウラ、どうしたんだ?」
「いえ、アマゾンさんから『モンキーアタック』を教わったので、その練習を」
「そうか。だが一夏に当たってしまってはしょうがないからな。これからは外でやるんだ」
「分かりました。気を付けます」
「って、村雨さんも納得しないで下さい!」
「いや、良はんに言っても無駄や」

 なぜかラウラの言葉に納得したように頷く良にシャルロットはツッコミを入れるが、勘次が肩を叩いて首を振る。

「というか、なんでモンキーアタックの練習をするの!?」
「いや、私も最初はやる気はなかったんだが……」

「カンザシ、お前もやる! ムラサメも出来た! ラウラも出来そうだ! きっとカンザシも出来る!」
「え!? え!?」

「ああも熱心に先達に勧められたら」
「やるしかないだろう?」
「なに、この上下関係!?」
「シャルロットちゃん、これが真に恐るべき、仮面ライダー鉄の上下関係なんやで……」

 屈託のない笑顔で簪の肩に手を置いているアマゾンを見ながら、けろりとした表情で答えるラウラと良に、シャルロットはまたしてもツッコミを入れる。アマゾンと良、ラウラの間には謎の上下関係が生まれているようだ。誰が一番上かは、言うまでもない。

「簪、君もやるか。これもいい勉強だ」
「村雨さん!?」
「大丈夫だ、私でさえ出来たんだ。お前にもきっと出来る。私と一緒では嫌なのか?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
「なら決まりだな。先輩、行きましょう」
「うん。みんなでやればずっと上手くいく。ついて来てくれ」
「あの、勘次さん……」
「……任しときや。こういうのは良はんの相手で慣れとる」

 アマゾンに率いられて良とラウラは簪を巻きこんで外へと出ていく。絶句して見ているしか出来なかったシャルロットだが、勘次がストッパーとしてアマゾンたちを追っていく。丁度入れ違いになる形で光太郎が入ってくる。

「丁度良かった。シャルロットさん、さっきの内容について映像で確認するから、ついて来てくれないかな?」
「分かりました」

 シャルロットは光太郎に連れられてミーティングルームに向かう。するとセシリア、鈴、楯無、敬介、茂、洋が先客としている。今は茂がスクリーンに映った鈴と茂の映像を見ながら何か解説している。

「鈴さん、最初に比べれば動きも良くなってきているけど、たまに視線が進行方向に向いてることがあるな。この映像だと分かりやすいが……ほら、視線が釘付けになっているだろう?」
「本当だ、全然気付かなかった……」
「無意識の領域になってくるが、一流が相手になると、視線から次の動きを読むなんてのもよくあることだし、短時間とはいえ敵から目を離すんだから、少し危ないな。ギリギリまで視線を向けないように意識するか、逆にフェイントを入れて撹乱してやるといい。次から意識すれば読まれにくくなって、電撃を受けなくて済む筈だぜ?」
「鈴さんもセシリアも、楯無さんを参考にするといいと思う。茂、変えてくれ……見れば分かるだろうが、ライドルスティックからライドルロープへの変形に対応出来たように、最後まで見ていれば搦め手に引っかかる可能性はぐっと低くなる」
「セシリアさんも同じかな。俺も視線でどこを狙っているかが分かるし、ビットの動きもギリギリまで引きつければ、誘導出来ないこともないからね。まあ、視野を広く持つって条件がつくけどね。シャル、君にも当てはまる。この映像を見てくれ」

 洋が手近にあったキーボードを操作し、映像を切り替える。映像では光太郎がめまぐるしく姿を変え、シャルロットの読みを外しつつ翻弄している。ある時は銃弾がすり抜け、ある時は炎を吸収し、またある時は液状化して体当たりをしかけた直後に姿を変え、両足を飛び蹴りを食らわせる光太郎に唖然とするセシリアと鈴だが、光太郎が姿を変えようかという所で洋は映像を一時停止させる。

「見ての通り、光太郎は特性や武器が違う三つの姿を使い分けているが、隙がない訳じゃない。光太郎が姿を変える時は……」

 洋はスロー再生を開始する。映像の中で光太郎はまず腰のベルトを発光させ、少しずつ別の姿に変わってきている。

「こんな風に、まずベルト周辺の細胞を変化させて、全身が変化する。ここに隙がある」
「でもこれって、隙とは到底言えないような……?」

 洋の一言にシャルロットはツッコミを入れる。実際スローにしているから分かるだけで、姿を変えるのはほんの一瞬だ。酷い時には液状化し、ほぼ無敵に近い状態から別の姿に変わったりしているのだ。しかし洋は首を振る。

「けど、全くのゼロじゃない。諦めてしまえばそこで終わりだけど、諦めなければ突ける可能性はあるさ」
「アメフトでもそうさ。残り1秒しかなくても最善のプレイを実行すれば、タッチダウンまで行けるかも知れないのがゲームの醍醐味ってもんだ。最後まで食らいついていくのが重要だぜ」
「隙が無いのならば作ればいい。光太郎の姿は特性が違う分、弱点もある筈だ。シャルロットさんも分かるだろう?」
「ですが、コンマ1秒単位の隙を突くなんて……」
「あら、出来る可能性ならあるわ。光太郎さんや村雨さんは0コンマの隙を突いたっていうんだもの。光太郎さんや村雨さんも同じ人間、私たちにだって出来ない筈はないわ」

 洋や茂、敬介の言葉に加えて楯無まで同調するとシャルロットも反論出来ない。楯無の場合は光太郎の戦い方をその目で見てきたというのもあるのだろうが。

「一度やってみようか。セシリアさんや鈴さん、楯無さんもさ」

 光太郎が朗らかに笑って言うと8人はアリーナへと向かう。
 鉄塔の上には変身した志郎と『紅椿』を装着した箒、ストップウォッチを持った藤兵衛が佇んでいる。志郎は一度鉄塔の下を覗き込んで安全を確認する。やや遠い木々の間でアマゾン、良、ラウラ、簪が猿のような動きで飛び回っているが、志郎は気にしないことにした。だが、箒はそうはいかないようだ。

「あの、風見さん、アマゾンさんと村雨さんはどうにかなりませんか?」
「箒さん、俺たちは神じゃない。どうしようもないことだってある。一夏君の鈍感さのようにね。それはそうと箒さん、今から反転キックの練習を始める。やり方は簡単だ。鉄塔から飛び降りて着地、着地の時に発生する反動を生かして跳躍し、鉄塔の上まで戻る。上手く反動を使って跳躍出来れば、落下した時と同じ速度で戻ってこれる筈だ。まずは俺がやってみよう」

 志郎は鉄塔の端に立ち、藤兵衛がストップウォッチを構える。そして志郎は飛び降りると地面に着地し、反動を生かして再び跳躍する。空中で身を翻して反転すると飛び下りた地点に着地する。藤兵衛がストップウォッチを止める。

「いいぞ志郎、同じタイムだ!」
「このような感じだ。反転キックで一番重要なのは、いかにキックの威力を殺さずに跳躍し、もう一撃入れるかだ。肝になってくるのが、飛び上がるタイミングだ。君も分かるだろうが、力には作用と反作用がある。この場合作用となる力、つまり蹴りの威力が一番高い時に反作用の力、つまり反動も一番大きくなる。普段ならば反動はショックアブゾーバーなどで吸収してしまうが、反動を生かしてもう一度キックを放つのが反転キックだ。箒さん、スラスターは極力使わず、PICと反重力力翼を上手く使うんだ。無重力状態の時と同じで、反動を上昇の力に転じやすくなる。じゃあ、やってみよう」
「はい!」

 志郎の説明に頷くと箒も鉄塔の端に立り、地面めがけて飛び降りる。同時にハイパーセンサーを使って落下開始から地面到達までのタイムを計測・記録させる。着地と同時にPICと反重力力翼を稼働させ、着地の反動を上方向の力に変えるように足のパワーアシストの出力を上げ、跳躍して宙に舞う。すぐに空中で身を翻して反転しつつ着地する。ハイパーセンサーに記録させたタイムと、再上昇から鉄塔の上まで戻ったタイムが出される。再上昇からが遅い。飛び上がるタイミングが遅かったようだ。

「駄目だ、これでは……」
「箒ちゃん、最初は誰でもそうだ。今は数をこなして、タイミングを身体に覚え込ませるしかない。さあ、続けよう。継続こそが一番の力なんだ!」

 藤兵衛が鼓舞すると箒は頷き、再び鉄塔から飛び降りて跳躍して身体を反転させる。志郎も鉄塔の上から飛び降り、反動を使って再び宙に舞う。

「いいぞ、箒ちゃん! そのタイミングを身体で掴むんだ! 志郎! 少し早過ぎるぞ! ギリギリまで力を溜め込むんだ!」

 藤兵衛の声が飛ぶ中、志郎と箒は太陽が西の空に沈んで夕食の時間になるまで、飛び降りては宙を舞って鉄塔に着地することを繰り返す。
 こうして三日間特訓を続けていくと、

「今だ!」
「いい一撃だ!」

 一夏が一也の『エレキハンド』を全て回避して一太刀入れ、

「V3!」
「反転キック!」

 箒が志郎と反転キックの打ち合いを演じられるようになり、

「逃がしませんわ!」
「クッ、やるな……!」

 セシリアがビームとビットで逃げ道を塞いで、洋の身体にビームの雨を次第に浴びせられるようになり、

「これなら回避出来ませんね!」
「ぐおっ!?」

 鈴が死角から龍咆を茂にまともに叩きこんで吹き飛ばし、

「そこ!」
「ぐうっ! それでいい!」

 シャルロットが液状化を解いた瞬間の光太郎にナパームを当てられるようになり、

「取った!」
「いいぞ、ラウラ!」

 ラウラが一瞬の隙を突いてAICで動きを止めてレールカノンを叩き込み、

「同じ手は食いませんよ!」
「チイッ! 水で電気を……!」

 楯無が蛇腹剣に巻き付いたライドルロープ越しに水を纏わせて、敬介がライドルロープから電流を流し込むと逆に電流を伝わせ、

「本体はそこに……!」
「ぬうっ!?」

 簪がミサイルを誘爆させて分身を打ち消し、良に攻撃を仕掛けられるようになるという成果を上げ、特訓は終了となった。夕食を食べ終わった今は、千冬と真耶は猛と丈二と共に格納ハンガーでISの調整を行い、生徒組は主に隼人と志郎から今後戦う悪の組織についてレクチャーを受けている。今は沖縄で作戦を展開する『銀王軍』について説明している。

「銀王軍ってのは、一体何者なんですか?」
「50年ごとに他の惑星を滅ぼしてきたとされる機械生命体『銀河王』が率いる軍団だ。宇宙ステーション『天海』で研究されていた、水素を応用した『Σエネルギー』を狙って地球に降下、『ネオショッカー』と一時的に協力していた組織だ」
「Σエネルギー?」
「水素核融合の新たな利用法として、『天海』の総責任者羅門博士が中心になって開発した新エネルギーだ。大雑把にいえば、原理は太陽と同じだ。石油に代わる新たなエネルギー資源として期待されていたんだが……」
「Σエネルギーは『水素爆弾』に極めて近い存在だ。水素エネルギーを急激に反応させ、Σエネルギーを暴走させれば島一つ簡単に消し飛ばす『Σミサイル』となる。ただ、Σエネルギーを発生させるのに必要な水素エネルギーの組成式は、すでに失われている筈なんだが……」
「いや、羅門博士の実娘、羅門レミ博士が知っている筈だ。未確認だが彼女は亡国機業に拉致され、Σエネルギーの研究をさせらているという話もある」
「あいつら、まだそんなことを……!」

 洋と一也、志郎のやり取りを聞き、亡国機業のやり方に憤慨する一夏だが、すぐに怒りを抑える。今度はシャルロットが質問をする。

「洋兄さん、銀河王もやっぱり『JUDO』の手下なの?」
「ああ。ネオショッカー首領や『ドグマ』の帝王『テラーマクロ』、その分派である『ジンドグマ』の支配者『悪魔元帥』と同じく、『JUDO』がB26暗黒星雲から呼び寄せた尖兵の一種だと考えられる」
「でもこの前の話だと、B26暗黒星雲は『創世王』が支配していたって話だけど……?」
「肝心の創世王はJUDOとの戦いに敗れたからな。新たな庇護者を求め、JUDOの傘下に入ったのがネオショッカーであり、ドグマであり、ジンドグマであり、銀王軍ってわけさ」
「ならば、ショッカーから『デルザー軍団』までを操っていた『岩石大首領』というのも?」
「いや、あっちはJUDOの意志を代行する影武者というか端末さ。だからJUDO直属のデルザーが命令に従っていたんだ」

 箒が続けて口にした疑問に茂が答える。他の組織についてはすでにレクチャーは終えたので、最後に隼人が口を開く。

「まあ、こんな感じだな。他に質問がないならここで終わるが」

 一夏たちは特に手を上げる気配がない。本当ならば各仮面ライダーとの因縁についても聞きたかったが、『デストロン』について話していた時に志郎が口ごもった辺り、色々と複雑なようなのでやめておいた。そこに調整や部隊編制があると言って姿を消していた和也がひょっこりと顔を出す。

「よ、一文字。終わったか?」
「ああ。そっちも終わったみたいだな、滝」
「丁度良かった。一夏君たちがどの分隊に配属になるかが決まったから、見てもらおうと思ってな」
「分隊?」
「今度の戦いは『バダン』の時と同じで、全国各地で一斉に動くからな。部隊も11の分隊に別れて戦う。それで、これが部隊表だ」

 和也は部隊表を懐から取り出す。

「見て分かる通り、互いにやり易いように一番縁の深い仮面ライダーと一緒になって、本郷以外はその仮面ライダーと一番交戦してきた組織と戦うことになった。何か異存はあるかい?」
「いえ、俺は特に。それで俺は猛さんと一緒に沖縄で、山田先生は一文字さんと九州で、ってことなんですね?」
「四国にはIS操縦者を配備しない代わりに、俺と結城の二人でデストロンの相手をしろ、と」
「俺とセシリアは中国地方で『GOD機関』の相手をする訳か。そしてヤツ、アポロガイストとも」
「丁度いいですわ。シャーロック・ホームズやネルソン提督、ウィンストン・チャーチルに代わって、悪人共を成敗してやりたいと思っておりましたもの」
「私はアマゾンと一緒に、『ゲドン』と『ガランダー帝国』って連中の相手をする訳ね」
「けどシゲル、『ブラックサタン』とデルザー、どっちも相手して、大丈夫なのか?」
「なに、心配ご無用。箒さんも付いているんだ。逆に先輩方の援軍に行けそうなくらいですよ」
「ありがとうございます、茂さん。足手纏いにならないように、頑張りますから」
「俺とシャル、それにがんがんじいは北陸でネオショッカーを相手にするんだな……シャル、どうした?」
「え、あ、うん、その、実は開発中のデュノア社初の第3世代機が、北陸の提携企業で最終調整がされているって聞いてるから」
「なんちゅうタイミングやねん、ほんまに。シャルロットちゃんのためにも頑張らなあかんな」
「俺と千冬さんは関東でドグマとジンドグマの相手をする、と。赤心寺の皆にも連絡しておこうか」
「教官がおられるのでしたら、関東は安泰ですね。ですが良さん……」
「大丈夫だ、ラウラ。いくらバダンが甦ってこようと、俺は仮面ライダーZXとして戦う。それだけだ」
「私と簪ちゃんが北海道なのは、光太郎さんが『ゴルゴム』と『クライシス帝国』を同時に相手にするから、ってところかしら」
「その、光太郎さん、もしかして信ひ……『シャドームーン』も復活しているんじゃ……?」
「仮に復活していたとしても、復活したシャドームーンは俺の知っているシャドームーンじゃないと思う。だから、心配しなくてもいいよ」

 部隊表を見ながらめいめい話していた一同だが、全員見終わると和也は部隊表を懐に戻し、口を開く。

「他の分隊メンバーは明後日の結成式で顔合わせになるが、了承してくれ。それと、ついでに頼みたいんだが……部屋割を変えちゃくれねえか? ここ三日、一夏君と相部屋のお陰で五月蠅くて眠れやしねえ」

 宿舎ではイチカー軍団の熾烈な相部屋争いを抑えて一夏と相部屋となった和也だが、夜中まで一夏の下に居座ったり、朝早くから全員揃って強襲を掛けてきたり、真夜中に侵入して和也が仕掛けたトラップに全員引っかかったりといった事態が多発し、和也はろくに寝れずイチカー軍団には辟易していた。気まずそうに聞いていたイチカー軍団だが、一夏は和也に共感しているのか何度も頷いている。

「俺が代わりましょうか? 一晩寝ないくらい、研究で慣れていますから」
「結城、もう調整は終わったのか?」

 そこにISの調整をしていた丈二が入ってくる。同じく調整していた猛や千冬、真耶の姿はない。

「ええ。それとおやっさんからの伝言です。スナック『アミーゴ』臨時営業中、と」
「おやっさん、どこに行ったかと思えば、そんなことしてたのか……一文字、どうする?」
「行くに決まってるだろ、滝。本郷や千冬、真耶ちゃんは行ったみたいだしな」
「って訳で、ここで解散だ。君たちも争奪戦を繰り広げるのも結構だが、疲れを取るためにも早く寝とけよ?」

 和也は隼人と共に部屋を出ていく。しばらく経つと、イチカー軍団が一斉に立ち上がる。

「一夏、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「お前の部屋だ。ほら、早くしろ」
「え!? あ、おい!」

 怪訝そうな表情を浮かべる一夏だが、有無を言わさずイチカー軍団により連行されていく。

「結城、どうする?」
「俺が行こう。一夏君の身が保たないだろうしな」

 その後志郎の懸念通り、真夜中まで一夏のマッサージを受ける権利を賭けたイチカー軍団と一夏、そして丈二まで巻きこんだ長い『大富豪』が始まったのは言うまでもない。

「はい、これで上がりだ」
「また、結城さんが一抜け!?」
「結城さん、ズルしてるんじゃないですか!?」
「そもそも、一夏と結城さんしか『大富豪』になっていないような……?」
「結城さん、マッサージはどうします?」
「なら、お願いしようか……みんな、そんなに睨まないでくれないか?」

 勝利の女神が憐れんで慈悲をくれたのか、一夏と丈二が『大富豪』を独占し、イチカー軍団からブーイングが飛びまくったのはまた別の話である。

**********
 
 結成式の日。飛行場の一角には多数の輸送機と多くの人間が集まり、異様な熱気に包まれている。大半の者は黒いプロテクターのような服に兜を思わせるヘルメットを持っている。そんな中、白が基調のIS学園の制服を着ている一夏たちは嫌でも目立つ。他のIS学園生徒が結成式の会場で固まっているのはすぐに分かった。
 一夏たちが制服を着ているのは、全員揃って無事にIS学園に戻れるようにという願いを込めて一夏が提案したからだ。部隊側としても他の部隊員と区別出来る服装の方が楽らしく、仮面ライダーたちも私服姿だ。真耶もこちらに向かって歩いてくる。こちらは他の部隊員と同じく黒いプロテクターを装着している。その豊かな胸の膨らみがピッチリとフィットしているのを見て、一夏の視線が釘付けになる。

「えっと、織斑君?」
「なるほどね、やっぱり胸は大きい方がいいと」
「いや別にそんなkとおは……そんな目で見るなって!」

 イチカー軍団の冷たい視線に晒されていた一夏だが、袖を異様に伸ばしたIS学園制服を着た、どこか眠たげでのほほんとした少女と、彼女に顔立ちこそよく似ているが、いかにもしっかり者といった雰囲気を纏っている少女が歩いてくると、素っ頓狂な声を上げる。

「のほほんさん!? 虚さん!? どうしてここに!?」
「どうしてって、私たちも志願したからだよ~。かんちゃんのお世話も私の仕事だから~」
「私たちは更識家に仕える布仏家の人間、お嬢様方が戦いに赴くのならば、それにお供するのも務めなのよ」

 一夏の目の前に現れたのは、『のほほんさん』こと布仏本音と姉の布仏虚だ。どちらも楯無や簪に仕え、一夏と共に生徒会役員もしている。

「けど、いくらなんでも危なすぎるんじゃ……!」
「大丈夫よ、一夏君。光太郎さんがついているんだもの」
「そうよ。光太郎お兄ちゃんが付いているんだもの、君よりずっと頼りになるわ」
「佐原先生!」
「あのなひとみ、いきなりそんなこと言うなよ。けど、俺も同感かな」
「佐原室長!」
「茂くん! ひとみちゃん!」

 続けてひとみと佐原茂が揃って顔を出す。どちらも作業着を着ている。光太郎は驚きながら二人に尋ねる。

「二人とも、どうしてここに!?」
「俺たちも光太郎さんの力になりたいって思ってさ。だから杏子さんと克美さんに頼んで、楯無たちのIS整備担当ってことで志願したんだ」
「クライシスは私たちにとっても仇だもの。放ってなんておけないわ!」
「いや、でも……」
「諦めたら? 光太郎さん。一度言ったらこの二人は聞かないわよ?」
「玲ちゃん!?」
「俺もいるぜ、兄貴!」
「クライシスが動き出すというなら、私たちも黙ってなんかいられないもの」
「ジョー! 響子ちゃん!」

 さらにカメラマンの白鳥玲子と霞のジョー、的場響子も歩いてくる。響子はアーチェリーの弓を持っている。いずれも動きやすい私服姿だ。三人とも光太郎と共にクライシス帝国と戦った戦友だ。

「お久しぶりです、玲子さん」
「久しぶりね、シャルロットさん。セシリアさんと鈴さんも」
「シャルロット、知り合いなのか?」
「うん、フリーカメラマンの白鳥玲子さんっていう人で、何回か僕の取材に来たことがあるんだよ」
「あなたはドイツ代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒさん、よね? 軍の規制が厳しくて取材は出来なかったけど、噂はかねがね聞いていたわ。よろしくね?」

 玲子はラウラに笑顔で手を差し出して握手をする。玲子はフリーカメラマンとして主にIS絡みの取材をしている。『ISジャーナル』のような世界的に有名な硬派な雑誌から、『インフィニット・ストライプス』のような軽い若者向け雑誌まで幅広く写真を提供しており、各社から引っ張りだこの売れっ子だ。そのためラウラ以外の国家代表や国家代表候補生とは軒並み面識がある。ちなみに隼人とは兄弟弟子に当たる。続けて玲子は一夏と箒に向き直る。

「あなたが噂の織斑一夏君で、そっちの彼女が篠ノ之箒さんね? 黛渚子さんから聞いているわ。白鳥玲子よ」
「お噂はかねがね聞いていました。よろしくお願いします」
「俺は全然知りませんでしたけど……あの、俺の顔になにか付いてますか? えっと……」
「霞のジョーだ。ジョーでいい。いや、確かにいい男だけど、兄貴には一歩及ばないなって思ってさ」
「でも、ジョーさんよりはいい男だと思いますよ~。行き倒れたりなんかしてませんし~」
「はいはい、相変わらず俺だけ扱いがぞんざいで、涙も涸れ果てたよ……」
「何気に黒いな、のほほんさん……」
「けど、簪さんが惹かれるのも分かる気がするわ。渡さんが言っていたみたいに、優しい人のようだし」
「響子さん! 本人の前でそんなことを言っちゃ……!」
「えっと、何か勘違いしてるみたいですけど、俺じゃないと思いますよ? 俺は南さんや簪が好きな人に比べたら、まだまだですし」
「……のほほんちゃん、鈍感にも限度ってものがあるんじゃないか?」
「これがおりむーの恐ろしさなんですよ~」

 相変わらず予想の斜め上をいく結論を出す一夏に唖然とする一同だが、丈二が口を挟む。

「一夏君、君は渡五郎君と会ったことがあるのか?」
「はい、国際IS委員会の渡博士ですよね? 臨海学校の時に少し。詳しい話は色々とややこしくて面倒なんで、追々」
「それはともかく、私たちも志願って形で参加したの。だから光太郎さんと一緒に……」
「抜け駆けなんてさせませんよ? 玲子さん」
「ゴルゴムが関わってくるのなら、私たちだって黙ってられないしね」
「杏子ちゃんと克美さんまで!」

 今度は秋月杏子と紀田克美がやって来る。杏子はシャドームーンに改造された秋月信彦の実妹で、克美は信彦のガールフレンドであった。ゴルゴムとの戦いにはどうしても参加したかったのだろう。

「光太郎さん、私も戦うわ。力は光太郎さんや楯無さんたちには及ばないけれども、ゴルゴムの好き勝手にさせる訳にはいかないもの」
「光太郎、やらせてやれ。2人が選んだことなんだ。認めてやるのも重要だぞ」
「竜介さん!」
「私もお忘れなく」
「お前も参加することになるとはな、ケン」

 光太郎たちの前に滝竜介と佐久間ケンも現れる。どちらも黒いプロテクターを装着している。続けて同じく黒いプロテクターを装着した女性が姿を現す。ブロンドの髪に、千冬を思わせるキツそうながら怜悧な美貌、プロテクター越しにくっきりと見える良好なボディラインを持つ美女だ。すると丈二が真っ先に口を開く。

「久しぶりだな、こうして会うのは。相変わらずみたいだな、アンリ」
「ええ。あなたはあの時のままね、結城。それと、篠ノ之束についてだけど……」
「気にしないでくれ。気持ちの整理は付いている。それに、彼女を救えると俺は信じている。昔の俺と同じように、償う機会はあると」
「そう……ならば、いいわ。あなたとも十年ぶりね、村雨」
「『白騎士事件』の時に会ったきりだったな……月日が経つのも早いな」
「結城さん、村雨さん、お知り合いですか?」
「ん? ああ、バダンの時に『SPIRITS』の副隊長をしていた……」
「アンリエッタ・バーキンよ。あなたのことは知っているわ、織斑一夏。当然、セシリア・オルコットも、凰鈴音も、シャルル・デュノア改めシャルロット・デュノアも、ラウラ・ボーデヴィッヒも、更識楯無も、更識簪も知っているわ。そして篠ノ之箒、あなたのことも」

 女性の名はアンリエッタ・バーキン。元デストロンハンターにしてバダンとの戦いでは『SPIRITS』副隊長として第10分隊を率い、良と共の各地を転戦していた。丈二とはデストロン壊滅直後にタヒチで出会って以来の仲だ。アンリエッタは今度は箒に視線を向ける。

「あなたの専用機が、篠ノ之束が自ら作って手渡したものだとも勿論知っているわ。けど、そんなことはどうでもいい。それをどう使うかはあなた次第。あなたの心持ち次第で、その力は汚くも綺麗にもなる。それだけは言っておくわ。そして、あなたが南光太郎ね?」
「はい、話は竜介さんから聞いていました。よろしくお願いします!」
「竜介に何を吹き込まれたか知らないけど、あまり本気にしないことね」
「出鱈目を吹き込んじゃいませんよ。ただ、結城さんとの関係が中々進展しないって点に、少し触れただけですから」
「それが余計なことって言ってるのよ! まったく、減らず口は新人時代から変わらないわね」

 からかうように付け加える竜介に、アンリエッタはツッコミを入れて溜息をつく。ケンとコンビを組むまではアンリエッタとコンビを組んでいたこともある竜介だが、はみ出し者揃いのインターポールの中でも特にはみ出していると評判の竜介に、生真面目な部分があるアンリエッタは手を焼かされていた。和也よりはマシだったので、ある程度はコントロール出来ていたが。そんな光景をじっと見ている一夏に箒が質問する。

「一夏、どうした?」
「いや、なんとなく千冬姉に似てるなと。キツそうな所とか、生真面目そうな所とか」
「確かに似ているような気がするな。千冬さんと同じく怒らせたら……」
「人の陰口を叩くな、馬鹿者共が」
「げえっ! 千冬姉!」

 背後から千冬の声が聞こえてくると、一夏に千冬は情け容赦のない手刀を叩き込み、爆弾でも炸裂したかという音が周囲に響き渡る。千冬も真耶と同じく黒いプロテクターを着用しており、そのメリハリの利いたスタイルが際立っている。痛みも忘れて見とれかける一夏だが、藤兵衛、ルリ子、源次郎、ハルミ、政夫、マサコが歩いてくると中断する。一夏は今まで疑問に思っていたことを口にする。

「そう言えば、立花さんたちはどうするんですか?」
「俺とルリちゃんは、猛と一緒に行動することになったんだ」
「つまり君と当分は一緒だってことよ。本当ならば箒ちゃんの所でも……冗談だから怖がらないでよ」
「俺は洋や矢田君と一緒だな。ハルミにチョロ、マサコは一也と一緒だけど」
「先輩はこっちですか。頼もしい限りです」
「私たちはドグマやジンドグマが専門だし、『ジュニアライダー隊』のみんなも一也さんと一緒だもの」
「ジュニアライダー隊の皆が?」
「ええ。みんな、集合!」

 ハルミが声をかけると、人混みの中から黒いプロテクターを身にまとった6人の男と1人の女が出てくる。

「良! 大助! シゲル! マモル! タケシ! ミチル! マサル! みんなも参加するのか!」
「ええ。ジンドグマが復活するとなったら、ジュニアライダー隊も復活するしかありませんからね」

 やって来たのは『ジュニアライダー隊』として一也をサポートしていた草波良、秋田大助、松岡シゲル、村山マモル、田中タケシ、石川ミチル、石川マサルの7人だ。ミチルは真耶や箒、楯無の胸をじっと見ていたが、ルリ子が虎視眈々と狙っているからか手を出す気はないようだ。

「しかし、ジュニアライダー隊が復活か……」
「復活したのは、ジュニアライダー隊だけじゃありませんよ? 『会長』」

 感慨深げに呟く藤兵衛の背後から、黒いプロテクターを装着した4人の男が声をかける。

「君たちは?」
「忘れちゃいましたか? 『少年仮面ライダー隊』ですよ」

 一瞬怪訝そうな表情を浮かべる藤兵衛だが、4人が右手の中指と人差し指と付けて立ててみせると、ハッと気付いたように声を上げる。

「もしかして、ナオキか!?」
「はい。お久しぶりです、立花会長」
「ならば、こっちはミツルか!?」
「本郷さんも、お久しぶりです」
「転校した後にライダー隊に加入していたなんてな、五郎」
「そりゃ二人を紹介しといて、俺が入らない訳にはいきませんからね。一文字さん」
「お前まで参加していたなんてな、シゲル」
「デストロンが復活するっていうんです。俺だってじっとしてられませんよ」

 声をかけてきたのは石倉五郎、ナオキ、ミツル、珠シゲルの4人だ。
 元々は五郎が立花レーシングクラブに入り浸り、ショッカーとの戦いに参加していた。しかし両親の仕事の都合で五郎が転校することになり、代わりとなる形で友人のナオキとミツルが中心となり、藤兵衛を会長、和也を隊長とした少年仮面ライダー隊が結成された。
 ゲルショッカーが壊滅して和也がアメリカに戻り、デストロンとの戦いが開始されて旧少年仮面ライダー隊本部が破壊されてからは、ナオキとミツルに代わりシゲルが中心となっていた。ただ五郎も転校した先で少年仮面ライダー隊に加入していたし、ナオキとミツルもデストロンが壊滅するまでは少年仮面ライダー隊に籍を置いていた。

「あの、この人たちは?」
「君は織斑一夏君だね? 俺は『少年仮面ライダー隊』の元隊員で、今は対怪人迎撃部隊第1分隊の分隊長、つまり君と本郷さんをサポートすることになった佐々木ナオキだ」
「同じく、第1分隊副隊長の藤ミツルだ。ナオキや五郎とは小学校時代からの付き合いなんだ」
「俺は一文字さんをサポートする第2分隊分隊長の石倉五郎。ナオキとミツルを巻きこんだ元凶ってところかな。君の噂はかねがね聞いているよ」
「俺は風見さんをサポートする第3分隊副隊長の珠シゲル。風見さんや会長、姉さんと一緒に、デストロンと戦っていたのさ」
「少年仮面ライダー隊の皆さんとお会いできて光栄です。俺はジュニアライダー隊の草波良といいます」
「我々もあなた方の活躍は前から聞いていました。こちらこそよろしくお願いします」

 元少年仮面ライダー隊の面子は一夏やジュニアライダー隊の面々と固く握手を交わす。

「しかし、少年仮面ライダー隊まで集まって来るなんてな」
「集まっているのは、少年仮面ライダー隊だけじゃありませんよ?」
「マサヒコ! お前も来てたのか!」
「当たり前だろ? ゲドンやガランダーが相手なら、俺だってやるさ」
「それにアマゾンや鈴さんだけ、戦わせる訳にはいきませんからね」
「ビクトルさんまで! どうしてここに?」
「僕はアマゾンと鈴さんをサポートする第6分隊の医療スタッフとして、マサヒコは協力者として参加することにしたんですよ」
「ゲドンやガランダーの相手は、アマゾンと一緒にずっとしてきましたし、足手纏いにはなりませんよ」
「マサヒコはんとビクトルはんまで、これはえらい大所帯ですなあ……」
「俺のこと忘れてないかな? がんがんじい」
「君は……もしかして、叶茂なのか!?」
「ええ。それと姉さんが洋さんに宜しく言っといてくれって」
「兄さん、この人も?」
「君がシャルロット・デュノアさん、みたいだね。改めて、俺は叶茂。ネオショッカーの戦いの時、洋さんと一緒にやっていて、今回は君をサポートする第8分隊の分隊長をすることになったんだ」

 アマゾンと鈴が岡村マサヒコとビクトル・ハーリンと再会を果たし、洋が叶茂と再会するのを、城茂は複雑な表情で眺めている。

「あの、どうかされましたか?」
「いや、『シゲル』って名前のヤツが多くて、ややこしくなったなと」

 城茂は叶茂との区別を付ける意味合いで『城』と呼ばれることもあった。今回は叶茂に加えて珠シゲルに松岡シゲル、佐原茂までいるのだ。ややこしいこと極まりない。

「確かに面倒ですね。俺も言えた立場じゃありませんけど」
「ですが、あなたを『良さん』と呼ぶのは私だけですので、あまり問題ないかと」
「それは違うわ。私も『良さん』って呼んでいるから」
「まさか……その声、ルミか!?」

 村雨良が聞こえてきた声に反応すると、白衣を着たルミがひょっこり顔を見せる。

「ルミ先生、どうしてここに?」
「私もバダンとの戦いに参加したかったし、良さんの力になりたかったから。海堂先生や診療所のみんなに勧められたのもあるんだけど」
「いや、だが、危険だぞ? 今度の戦いはバダンだけが相手じゃない。それを……」
「だったら、お前が責任を持って守ればいいだけの話だ」

 良がルミの肩に手を置いて止めようとするが、何者かがそれを遮り、良の下まで歩いてくる。黒いプロテクターを着込んだ巨漢だ。強面に隻眼と威圧感がある外見に、槍が先端に装着されたランチャーを片手で楽々と肩に担いでいる。その男が前に立つと口を再び開く。

「それとも、しばらく見ないうちに臆病者になっちまったか?」
「口の悪さは相変わらずだな、ゴードン。久しぶりだな」
「ああ。バダンとの戦いからはなんだかんだで会ってないからな」

 良はその男……ゴードンに言うと、二人は顔を見合わせてニヤリと笑う。
 ゴードンはSPIRITSでも荒くれ者揃いで知られた第10分隊所属で、当初は父と兄をバダンの攻撃で失ったことから元バダンの尖兵であった良を憎悪し、時に殺害しようとするなど険悪な関係にあった。だが共にバダンとの戦いを繰り広げていく内にゴードンも良を認めるようになり、最終的には互いを認め合う戦友同士となった。再会を喜んだのも束の間、ゴードンは一夏を見つけると歩み寄る。

「お前が、織斑一夏だな? 暴走した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を撃墜した」
「え? は、はい、そうですけど……」
「……あんがとよ」
「へ?」
「だから、礼を言ったんだ。言葉通じてるか?」
「いえ、どうしてお礼を言われるのかが、分からなくて」
「『銀の福音』に乗ってたのは、俺の可愛い姪っ子だったんだよ。だから、礼だけは言っておきたくてな」
「はあ……」
「なあ、ラウラ」
「なんですか?」
「ゴードンって可愛いのか?」
「てめえ! 一体何を想像しやがった!?」
「人によっては、可愛いと思う人もいるのではないのでしょうか?」
「そこの銀髪チビ! お前も余計なこと言うんじゃねえ!」

 明らかにズレた会話を始めた良とラウラに、ゴードンが即座にツッコミを入れる。もっとも、一夏が一度会った『銀の福音』の操縦者、ナターシャ・ファイルスはゴードンとは似ても似つかぬ妙齢の美女であったのだが。ラウラも一度見ていたためか、さらに話し始める。

「ですが私の見た限り、『銀の福音』の操縦者は美女と言って差し支えないようでしたので。一夏が見ほれるくらいには」
「何!?」
「なんだ、その驚きは!?」
「一夏、正直に答えてくれ。『銀の福音』の操縦者って、どんな感じだった?」
「その、俺より年上な美人って感じで……だからそんな殺気立つなって!」
「私からも補足しておきますが、一夏の証言で間違いないかと」
「ゴードン、お前、嘘ついたのか?」
「うるせえ! 妹もナタルも、俺と違って母親似なんだよ! というか、まさかそこの銀髪がラウラ・ボーデヴィッヒじゃねえだろうな!?」
「はい、私がラウラ・ボーデヴィッヒですが」
「なんでよりによって村雨と同レベルの天然が担当なんだよ!?」
「まあまあ、ゴードン『分隊長』。それくらいの方が賑やかでいいじゃないですか」
「そうそう。ヒューリィの元教え子って言うからどんな仏頂面かと思えば、結構可愛いじゃない」
「ヒューリィ、腕の方はどうなんだ?」
「悪くはない、な」

 ゴードンが良とラウラにまたしてもツッコミを入れると、長髪を後ろで縛って棍を持った小柄な男に筋肉質な黒人の男、帽子を被りライフルを持った男、日本刀を持った物静かそうな男が歩いてくる。

「ウェイ・ペイ! ベイカー! アルベール! ヒューリィもか!」
「お久しぶりです。これで主だった『SPIRITS』第10分隊の生き残りは勢揃いって、訳です。凰さんも久しぶり、になりますかね」
「はい。というか、現役復帰するんですね、ウェイ・ペイ先生」
「って、誰かと思えば、セシリアじゃない! 私には及ばないけど、いい女の顔になったわね! もしかして、恋してるのかしら? それで、お相手は誰なの? ダーリン以外なら全力で応援するわ!」
「ありがとうございます、ベイカーさん。ダーリンという方はどなたか知りませんけど、とても素敵な殿方と」
「お前もいたか、シャルル・デュノア、いやシャルロット・デュノア」
「訓練を受けていた時以来ですから、半年ぶりになりますね。アルベール教官」
「腕を上げたか、ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「いえ、まだまだです。ヒューリィ教官」
「そう言えるようになれば、ようやく2流だ」
「なんだ、ラウラとヒューリィだけじゃなくて、他の面子も知り合いだったのか」
「ええ。僕は中国軍軍医をしていますし、凰さんを含めて国家代表候補生の担当でしたから。ちょっと拳法のコツを教えたこともありますけど」
「私は故国のイギリスに戻ってボクシングのインストラクターをしていた時、生徒にいたのがセシリアなの。アルベールとヒューリィも一時期フランスやドイツで教官をしていたから、その時の絡みね」
「ウェイ・ペイは聞いていたんだが、3人共、傭兵稼業に戻ったんじゃないのか?」

 小柄な男ことウェイ・ペイに黒人ことベイカー、ライフルを持ったアルベールに日本刀を持ったヒューリィを見て、良は疑問を口にする。鍼に通じていたウェイ・ペイは一線を退き、知識や技術を生かして軍医になったと良も聞いていたが、3人は傭兵稼業に戻っていたと聞いていたので、意外そうな顔をしている。

「それが、ISが登場してからは傭兵稼業も厳しくなってな。一時期は全く仕事が無かったくらいだ。私たちも伝手を辿って副業を見つけた、という所だ」
「無論、手を抜いたことはないが」
「それより、何回試しても私がISに乗れないのが、どうしても納得いかないわ! 心はセシリアと同じ乙女なのよ!? 篠ノ之束博士を見つけたら、思いっきり抗議してやらないと!」
「聞いた話だが、ベイカーがぶん殴ろうとしたら、一瞬ISが反応しかけたという話があってな」
「下手をすれば、世界最初の男性IS操縦者は一夏じゃなくて、ベイカーになるところだったのか……」
「ISで思い出した。お前が篠ノ之束の妹で、お前が織斑千冬だな?」

 思い出したようにゴードンは千冬と箒を見つけると口を開く。

「この際だから、後腐れのないようはっきり言おう。俺はお前らにいい感情を抱いちゃいねえ。こいつは俺以外の面子も、多かれ少なかれ感じていることだ。お前らはいわば『敵』の身内だ。まして、俺は姪まで殺されかけたんだ。割り切って水に流せって方が無理だ」

 ゴードンの静かな言葉に千冬は表情こそ変えないものの沈黙し、箒は動揺を露にする。ISの登場により軍部内では一般社会以上に女尊男卑の風潮が強くなり、実力を以て無理矢理黙らせられるほんの一部を除けば、男というだけでIS操縦者に嘲られることもある。ゴードンらも一部IS操縦者の専横は目に余ると感じている。男性、それも歩兵が多いこの部隊では、篠ノ之束の身内にあたる千冬と箒には少なからず思う所がある。特にゴードンは非公式ながら『銀の福音』の暴走が束が仕組んだと聞いており、なおさらだ。

「だから、信頼を得たければ行動で示せ。どっかのバダン野郎がそうしたように、な。最初は後から撃つ真似をする馬鹿がいても、お前たちが証明すればいい。いずれはお前たちを許すとまではいかなくても、お前たちの背中を守るくらいにはなるもんだ」
「ゴードン……」
「言いたいことは分かるんですけど、アメリカ軍IS部隊で教官をしているあなたが言えることなんですかね?」
「それと口の利き方には気を付けろ、ゴードン。特に織斑千冬は副隊長だから、俺たちより立場は上だぞ?」
「茶々入れんなウェイ・ペイ! それとコンラッドも!」

 ウェイ・ペイに加え、人混みから出てきたコンラッドという顔の右半分に火傷の痕がある男がゴードンにツッコミを入れる。すると敬介がコンラッドに声をかける。

「お前も来ていたんだな、コンラッド」
「当然だ、神敬介。バダンにもGODにも借りがある。お前がセシリア・オルコットだな? コンラッド・ゲーレン、お前たちのサポートを担当する第5分隊の分隊長だ」
「よろしくお願いします、ゲーレン分隊長。あの、敬介さんとはどのようなご関係で?」
「バダンの時にも神敬介のサポートを担当していてな。生き残りは俺だけだが」

 セシリアの質問にコンラッドは簡潔に答える。バダンとの戦いでも敬介をサポートするSPIRITS第5分隊に所属していたが、コンラッドを除き部隊は全滅し、GOD機関鎮圧後はコンラッドはゴードンら第10分隊と行動を共にしていた。ちなみにSPIRITS解散後はゴードンと共に軍に復帰し、今ではゴードンと同じくIS部隊の教官を務めている。一方、ゴードンはバッシングを一身に浴びている。

「少しはデリカシーってものを考えなさいよ! ごめんなさいね、うちの分隊長が無神経で野蛮な人で」
「いえ、ベイカーさ……」
「ベイカーお姉さまでいいわ。セシリアにもそう呼んで欲しいのだけれど」
「お姉さまはともかく、ベイカーの言う通りだ。いきなり士気を下げ、統制を乱すようなことを言うな。お前も分隊長なら、もう少し頭を使え」
「全くだ。沈黙は金、だ」
「次に変なことを言ったら、お灸じゃなくて鍼を死穴に叩きこみますよ?」
「ゴードン、気をつけなさい。今は見逃すけど、織斑先生にまた粗相を働いたら……潰すわよ?」
「相変わらず一言多いな、ゴードン。だからいつも痛い目に遭うんだ。ラウラ、見ての通りゴードンは口が悪くて、一言多くて、考えなしで、色々やらかすことはあるが、決して悪いヤツじゃないんだ。だから俺の顔に免じて許してくれないか?」
「いえ、私は別に気にしていません。見た目通りそういう方なのでしょうから」
「お前ら……ところで、隊長はどこに行ったんだよ?」

 ベイカー、アルベール、ヒューリィ、ウェイ・ペイ、アンリエッタ、良、ラウラから総スカンを食ったゴードンだが、ふと自分たちの『隊長』がいないことに気付く。

「和也さんでしたら、そろそろ……」
「おっ、懐かしい面子が揃ってるじゃねえか!」

 ケンが何か答えようとすると、黒いプロテクターを着て髑髏が描かれたヘルメットを持った和也が顔を出す。するとアンリエッタと千冬が同時に声を上げる。

「遅い! 5分遅刻よ!」
「肝心のあなたが遅刻してどうするんですか!?」
「第一声がそれかよ。別にいいじゃねえか、アンリ、千冬。開始まで時間あるだろ?」
「まずいい加減さをなんとかしなさい、滝和也。他の隊員は全員集合しているのよ。隊長なら、いい加減少しは自覚を持ちなさい」
「私以外に迷惑掛けるのは止めて下さい。大体あなたが来ないと始まらないって、分かってますよね?」
「分かったから。こっちも色々と……」
「言い訳しない!」
「大人しく聞いて下さい! 私もバーキン捜査官も、言いたいことはまだまだあるんですから!」
「これじゃ『両手に花』じゃなくて、『前門の虎、後門の狼』って感じだな」
「むしろ両手に鬼って感じが……」

 二人揃って和也への説教を開始したアンリエッタと千冬を見て、竜介と一夏が呟く。和也は面倒臭そうにして逃げようとするが、その度にアンリエッタと千冬は絶妙な連携プレーで和也を捕まえ、話を無理矢理聞かせている。
 
「そこまでにしてやりなよ、二人とも。滝、さっさと済ませちまおう」
「ええ、連中は待っちゃくれませんからね。佐久間、アンリ、竜介、千冬、行くぞ」

 藤兵衛のとりなしでようやく解放された和也はケン、アンリエッタ、竜介、千冬と共に前に出る。同時にゴードンら分隊長が隊員たちを和也らの前に整列させ、一夏たちは猛らと共に行動を共にする分隊の列の一番前に並ぶ。まずケンが一歩前に進み出て話し始める。

「皆さんお揃いのようですね。私は本部隊結成発起人の一人にして、部隊副隊長兼第3分隊分隊長の佐久間ケンです。これより第1分隊から第11分隊までの総勢3300名を以て、本部隊は正式に発足となります。私の横にいるのは同じく副隊長兼第11分隊分隊長の滝竜介、同じく第4分隊分隊長兼任のアンリエッタ・バーキン、同じく第9分隊分隊長代理の織斑千冬、そして本部隊隊長の滝和也の諸氏です」
「千冬姉だけ、どうして代理なんだろ……?」
「織斑先生はIS操縦者だから歩兵部隊の指揮経験はないし、最前線に立つから分隊員を指揮することが出来ないからね」
「本当は第9分隊は目黒圭一さんが分隊長なんだけど、事情があって目黒さんは現地で合流するから、織斑先生が代理ってことになっているのさ。指揮は副隊長が代行するけどね」

 一夏が口にした疑問にナオキとミツルが答える。千冬は欠伸をしている和也にアンリエッタと共に蹴りを入れている。しかし見慣れた光景なのか、誰一人としてツッコミを入れる者はいない。

「それでは、隊長より訓示があります。和也さん、お願いします」
「マジかよ、そういうのは苦手なんだよな……」

 和也は面倒臭そうに頭を掻くが、千冬とアンリエッタに睨まれて渋々前に出る。しばらく部隊を見渡していた和也だが、やがてやる気なさげな雰囲気を漂わせて話し始める。

「お前ら……怪人と戦いに来るなんて、本当に物好きだな。帰るなら今の内に帰った方がいい。実際、割の合わねえ仕事だぜ? こいつは。敵はIS並に厄介な化け物揃い、IS着けてたって勝てるかどうかも分からねえ。ましてやISにも乗れねえ、改造もされてねえ生身の人間共が束になってかかっていった所で、生き残れる保証なんてどこにもありゃしねえ。どんな大金積まれたって、命が無けりゃ何の意味もねえし、生き残ってもこの世の中だ、終わったらお払い箱になって食い詰めるだけさ。IS乗ってるヤツなんか、もっと割に合わねえぜ? 怪物共との戦いの最前線に立ったって、何の臨時収入にもキャリアアップにもなりゃしねえ。感謝されるのもほんの一瞬、喉元過ぎればなんとやら、命助けた筈の野郎共に敵視される毎日だ。残るとしたら死への恐怖と胸糞の悪さとトラウマだけ、青春を棒に振るには、割が合わなさ過ぎて……だから、後悔したくないならやめとけ、いっそ亡国機業にでも入った方が、ずっと待遇はいいんじゃねえか?」
「……俺はそんなの、死んでも御免だけどよ」

 千冬が和也にツッコミを入れようとするが、和也の雰囲気が一変すると言葉を飲み込む。

「俺はただの人間で、ISにも乗れねえ腑抜けさ。けどよ、俺はあいつらが許せねえし、命を賭けてでも、助けになりたいヤツがいる。だから割に合わねえ戦いに行くって、自分で決めたのさ。傍から見りゃ馬鹿に見えようが、阿呆呼ばわりされようが、ガキ扱いされようが、俺自身が決めたことだ。誰が何を言おうが関係ねえ。俺がやるって言ったんだ。他人にとやかく言われる筋合いはねえ」
「お前らもそうだろ? 理由はそれぞれだ。正義のため、平和のため、世界のため、国のため、誰かのため、復讐や因縁、金目的、プライド……ここにいる全員、違う理由でここに立っている。女も愛せねえ、子供もあやせねえ、まともな老化もロクな死に方も期待出来ねえ改造人間も、ただ乗れるってだけでチヤホヤされたり、怨まれたり、モルモット扱いされたりするIS操縦者も、生身でISにも乗れねえ俺みたいなヤツもいる。持ってる力だって全然違う。性別も、国籍も、経歴も、年齢も、性格も、何もかもが違う。それでも連中と戦うことを自分の意志で決めて、こんな割の合わねえ地獄に足を踏み入れた。それは事実だろ? だからこそ今も逃げずにいる。そうさ、俺たちは連中をぶっ倒すって目的と、それを自分で決めたってことだけは一致してるのさ」
「けどよ、折角同じ場所で命賭けて戦って、一緒に戦い続けて、同じ釜の飯を食って、場合によっちゃ一緒に死んで、墓場や天国か地獄でも一緒になるかもしれねえってのに、それだけじゃアレだろ? だからもう一つ、連中と戦っている間くらいは、せめて……」

 和也は一度言葉を切ると自身の胸を右手で叩いて示す。

「せめてもう一つ、ここだけは同じで、魂くらいは一緒でいたいじゃねえか。見た目も中身も違っても、ここくらいは……まだまだバラバラで、足りねえものが多過ぎて、全然釣り合わねえけどよ。それでも、俺たちは……」
「だから、部隊の名前は対怪人迎撃部隊なんて堅苦しい名前じゃなくて、『SPIRITS』だ! つまりこれはSPIRITSの再結成式ってわけだ。話もここで終わり、すぐに出撃だ! 一秒でも早く動いて、連中の鼻を明かしてやろうぜ!」
「総員、隊長の命令だ! 直ちに輸送機に乗り込め!」

 和也が最後に檄を飛ばすと、対怪人迎撃部隊改め『SPIRITS』の各分隊長は一斉に命令を下す。分隊員たちは輸送機に乗り込むべく走り出す。

「らしくはねえが、言ってくれるじゃねえか。行こうぜ、真耶ちゃん!」
「はい! 私たちも、一緒に!」
「こういう所は相変わらずだな、滝さんも」
「ああ。俺たちも行こう、風見!」
「行きましょう、敬介さん! 和也お義兄様のご期待に添うためにも!」
「そうなるかは知らないけれど、俺たちも応えないとな!」
「アマゾン、滝さんの言ってること、分かる?」
「分かる。タキの言ってること、理屈じゃない。感覚で分かる」
「行くか、箒さん。俺たちは、俺たちのやることをやりによ!」
「ええ、私たちは私たちのために、やるべきことを!」
「流石滝はん、最後はきっちり締めるなあ」
「勘次さんも見習ったらどうですか?」
「そう言うなよ。さ、置いていかれない内に行こう!」
「それでこそ滝さんだ! 俺もやらないと!」
「良さん、やはり滝さんは教官の戦友に相応しいですね」
「俺も同感だ、ゴードンたちに置いていかれないように急ぐぞ!」
「こういう所も、一夏君は似ているのかしら?」
「それは分からないけど、きっと魂は同じだよ。そして俺たちも」
「お姉ちゃん、光太郎さん、私たちも……」
「かつて散った魂の群れが新たな魂を加え、また一つになりましたか……」
「佐久間さん、行きましょう。俺たちは俺たちの戦いに」
「そうね。後は任せたわ、滝」

 沖縄を担当する猛と一夏、第1分隊以外の面子は千冬を除いて輸送機へと乗り込む。

「どうした、千冬? さっさと行かねえと、置いていかれるぜ?」
「いえ、一つお聞きしたいことがありますので。その、和也さんは私のことを……」
「その先は、言いっこなしだ。この戦いが終わったら、いくらでも聞いてやる。だから、必ず生きて戻ってこい。一夏君のためにもな」

 千冬が何か言いかけるのを和也が遮る。

「ええ、必ず。一夏を、お願いします」
「……任せろ」

 和也と千冬はそれだけ言うとハイタッチを交わし、千冬も輸送機に乗り込む。全員の搭乗が確認されると、輸送機は順次目的地に向けて飛び立っていく。見送ると和也は猛、一夏、藤兵衛、ルリ子、第1分隊に向き直る。

「それじゃ、行きますか。俺たちもな!」

********** 

 沖縄県那覇市。沖縄県庁が所在し『首里城』を抱えるこの街は、到る所が炎に包まれて人々が逃げ惑っていた。1週間前から避難が始められてほぼ完了していたのだが、復活した『銀王軍』の侵攻が予想外に早く、逃げ遅れた者がいるのだ。警察、消防、国防軍、在日米軍が総出で住民を避難させようと努力しているが、『銀王軍』の侵攻は沖縄全土に渡って開始されており、中々人員が裂けない状態だ。阿鼻叫喚の喧騒、子供の泣き叫ぶ声、燃え盛る炎。懸命の救助や避難誘導に当たっていた地元警察だが、通りに張られていたバリケードが突破される。

『こちら第6中隊! たった今防衛線を突破された! そちらに連中が向かっている!』

 無線機から国防軍の歩兵部隊と思しき声が聞こえてくると、銀王軍の配下で宇宙服を着たような戦闘員『スペースクルー』が大挙して殺到する。即座に警官たちは拳銃を発砲し、逃げ遅れた市民を守ろうとするが、倒しても倒してもスペースクルーは続々と現れる。数にまかせて警官を蹴散らすと一般市民を片っ端から捕まえ、やってくるトラックに無理矢理乗せていく。

「いや! 放して!」
「誰か! 誰か助けてくれ!」
「お父さん! お母さん! どこにいるの!?」
「もう駄目だ……おしまいだぁ……」

 助けを求める声、悲鳴、諦めの声が街中に響き渡るなか、長い白髪とひげを蓄え、将軍服に杖らしきものを持った謎の怪人物が、一帯を見渡せるビルの上に現れる。 

「ミーは、地獄から蘇った暗黒大将軍! 愚かなる人間共よ、喜べ! 偉大なる我らが主のため、死ぬまで働き続ける奴隷となる栄誉が、ユーたち沖縄のヒューマンに与えられたのだ!」
「そうはいくかよ!」

 暗黒大将軍を名乗る男は大笑し、スペースクルーが民間人や警官もを捕まえてはトラックに載せていく光景を眺めている。だが一台のバイクがスペースクルーを蹴散らして突っ込んでくる。

「なんだ!?」 
 
 バイクに乗っているのは、黒いプロテクターに髑髏を模したヘルメットを被った男だ。男はショットガンを片手にスペースクルーを蹴散らして警官や市民を助け、警官と協力して市民を逃がすとトラックに取りついて市民を解放する。

「ナオキ! ミツル!」
「はい! ミツル!」
「ここは俺が!」

 さらに黒いプロテクターを装着し、十字型のバイザーが付いたヘルメットを被った二人組が出てくる。ミツルと言われた方は『ミニガン』2丁をそれぞれ片手に持つと、引き金を引いてスペースクルーに撃ちまくり、数を減らしていく。ナオキと言われた方が同じ格好をした数人や国防軍、在日米軍の兵士らとともに突入し、トラックから人を解放していき、全てのトラックから市民を解放する。

「ここは我々が食い止めます! 皆さんは避難誘導や、他の場所の援護に!」
「分かりました! 後はお願いします!」

 ナオキが言うと兵士たちは警官と共に市民の避難を優先させ、ナオキらと共に市民を逃がすべく交戦を開始する。続々とスペースクルーは湧いてくるが、ナオキは怯まずにアサルトライフルを叩きこむ。続けて背中からグルカナイフ型の電磁ナイフを二本抜き放ち、舞うようにスペースクルーを切り刻んでいく。髑髏のヘルメットを被った男は電磁ナイフやスタンガン仕込みのナックルでスペースクルーを減らしていくが、親とはぐれて泣いている子供が近くにいることと、その上から瓦礫が振って来るのを見つけて駆けつけようとする。しかしスペースクルーに阻まれ進めず、子供の頭上に瓦礫が落ちていく。

「危ないっ!」

 しかし直前に誰かが飛び込んで子供を抱え、地面を転がり瓦礫を避ける。白いIS学園の制服を着た少年だ。少年はまだ泣きじゃくっている子供に、優しく声をかける。

「大丈夫かい? もう心配しなくていいからな。お兄ちゃんが君のお父さんとお母さんを見つけて、それまで守ってあげるから」

 少年は近寄るスペースクルーに蹴りを入れて追い払うと、ナオキらに護衛されてきた一組の夫妻が少年の下に寄って来る。すると少年はそちらに駆け寄っていく。

「お父さん! お母さん!」
「良かった! 良かった!」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。それより、ここは危険です! 早く避難を!」

 親子が兵士たちに守られて離脱していくのを見ると、少年はスペースクルーを落ちていた鉄パイプで打ち据えていく。同時に別のバイクが突っ込んでスペースクルーを蹴散らすと、乗っていた革ジャンを着た男は髑髏のヘルメットを被った男と並び、素手でスペースクルーを蹴散らしていく。

「本郷! 他は!?」
「粗方片付けてきた! あとはここだけだ、滝!」

 革ジャンを着た男……本郷猛がヘルメットを被った滝和也に言うと、暗黒大将軍は顔を歪める。

「おのれ本郷猛、いや仮面ライダー1号! またしてもミーの邪魔をする気か!?」
「暗黒大将軍! 何度甦ろうとも、俺たちがいる限り、貴様の野望が叶うことは決してない!」
「シャラップ! 全員纏めてここで始末してくれる! ゴー!」
「そうはいくか! 一夏君!」
「はい! 猛さん!」

 猛は少年こと織斑一夏と並び立つと、猛は左手を腰に引いて右手を左斜め上に突き出し、右斜め上まで持っていく。一夏は右手に嵌めたガントレットを掲げる。

「ライダー……変身!」
「来い! 白式!」

 猛が右腕を腰に引いて左手を右斜め上に突き出すとベルトの風車が回り、バッタを模した改造人間『仮面ライダー1号』の姿に変わる。続いて一夏の身体を装甲を包み込み、専用機『白式』が装着される。そして暗黒大将軍の命令で飛びかかってくるスペースクルーと対峙し、言い放つ。

「行くぞ! 悪党共!」
「今度は俺たちが相手だ!」

 沖縄を舞台に暴れ回る暗黒の怪人と機械仕掛けの侵略者を相手に、再誕せし白き騎士と共に悪に抗う風が吹き荒れる。 



[32627] 第三十話 開戦
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:30
 始まったのは、夜明けと同時であった。

『我々ハ「銀王軍」。偉大ナル我々ノ主ガオ前タチヲ罰スルタメニ使ワシタ、大イナル闇ノ尖兵。愚ナル人間共ヨ、我々ガオ前タチニ罰ヲ与エル!』

 何者かの声が響き渡ると沖縄上空に宇宙船が出現し、地上に砲撃を開始したのだ。即座に国防軍と在日米軍の戦闘機部隊や沖縄に配備されていたIS部隊が出撃し、その宇宙船に攻撃を加える。地上からはミサイルが発射されて迎撃するものの、宇宙船は戦闘機やIS、迎撃ミサイルの攻撃を一切無視して沖縄上空を旋回し、沖縄全土に砲撃を加えていった。一般市民の避難が粗方完了していたため人的被害こそ無かったものの、多数のスペースクルーが地上に降下、沖縄各地の街を襲撃して逃げ遅れた人間を浚っていた。
 那覇市上空ではSPIRITS第1分隊を乗せたヘリから隊員達が降下し、スペースクルーの掃討を開始する。

「これでも食らいやがれ!」

 副隊長の藤ミツルは両手に『ミニガン』を2丁持って乱射していたが、弾切れになると手近なスペースクルーをミニガンで殴り飛ばし、ロケット砲を手元に呼び出してスペースクルーの群れにぶっ放す。
 ミツルを始めとするSPIRITSが着ている黒いプロテクターとヘルメットは、結城丈二と皆川理紗が共同で開発した簡易型『シルベールスーツ』、通称『SPIRITSスーツ』だ。これは丈二の強化服の機構をベースに、シルベールスーツの強度や性能を大幅に落として扱い易さを重視して再設計されたものだ。ヘルメットと連動することで装着者の生体電流を使い、身体能力を強化する機構が組み込まれている。さらに丈二の強化服同様、簡易版の量子化技術が採用されている。仮面ライダーやズバットスーツ、ISには到底及ばないが、各種戦闘術のエキスパート達が装備すれば怪人ともある程度やり合える。滝和也が着ているプロテクターも同様の改修が施されている。和也は右手でショットガンを撃ち、左手に持った大型拳銃と電磁ナイフの複合武器でスペースクルーを近寄らせない。
 SPIRITS第1分隊や各軍、警察の働きもあり、他の都市は辛うじて敵を退けた。あとは那覇市中心部に居座っている暗黒大将軍と、スペースクルーだけだ。
 那覇市中心部では『白式』を装着した織斑一夏と、仮面ライダー1号がスペースクルーを蹴散らしていく。

「うおおおおっ!」
「ライダーチョップ!」

 一夏が『雪片弐型』で前方のスペースクルーを纏めてなぎ払えば、仮面ライダー1号の手刀が周囲のスペースクルーを胴体から両断し、全て破壊する。一夏は左腕の手甲『雪羅』から荷電粒子砲を発射してスペースクルーを一掃する。仮面ライダー1号は『サイクロン号』を呼んで跨ると、スペースクルーをサイクロン号で撥ね飛ばしていく。

「サイクロンカッター!」

 締めとばかりにサイクロン号のカウルからウイングを展開し、スペースクルーをすれ違いざまに切り刻んで全滅させる。仮面ライダー1号は跳躍し、ビルの上に陣取っていた暗黒大将軍の前に着地する。

「あとは貴様だけだ、暗黒大将軍!」
「シット! だがミーの手駒はまだいるぞ! ゴー!」

 暗黒大将軍は悔しげな表情を浮かべるも、自身の影に手を触れる。すると影がビルの上一面に広がり、中から多数の『デルザー軍団』の戦闘員が出現する。顔には蝙蝠を思わせる面を付けており、右手にはサーベルが握られている。

「デルザーの戦闘員だと!?」
「驚くことはない。『魔の国』の貴族たるミーも、『改造魔人』と同じく卷属を創り出すことが出来るのだ!」
「貴様、やはり改造魔人だったのか!?」
「ノー! 外れだ! 改造を受けていない、ただの魔人と言うべきか。行くぞ、仮面ライダー! 誇り高きドラキュラの子孫、暗黒大将軍様のサーベルの錆にしてくれる!」

 暗黒大将軍は杖をサーベルに変え、戦闘員と共に仮面ライダー1号へ斬りかかっていく。仮面ライダー1号は回し蹴りで突っ込んでくる敵を蹴散らし、左右のパンチの連打や蹴りのコンビネーションを織り交ぜる。暗黒大将軍の突きを半身で回避し、ハイキックを叩きこんで怯ませ、逆にパンチやチョップ、肘打ちで暗黒大将軍を攻め立てる。背後から突き出されたサーベルを引っ手繰ると、巧みにサーベルを操って戦闘員を突き崩していく。

「だったら、俺も!」
「そうはいくか!」
「一夏君!」

 一夏も暗黒大将軍に挑もうとするが、急降下してきた何者かの一撃を受けて地面に叩き落とされる。一夏を叩き落としたのは巨大な翼に4本の腕を持った、翼竜を思わせる怪人だ。怪人は一夏の前に降り立つと爪を振るうが、一夏は慌てずに雪片弐型で受け止め、爪を払って胴に斬撃を見舞う。荷電粒子砲を発射して怪人を引き離そうとする一夏だが、怪人は翼を使って再び空へと飛び立ち、一夏も空に飛び上がり怪人と空中戦を繰り広げる。『無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)』や『三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)』を使い、怪人の懐に入り込もうとする一夏だが、怪人は一度姿を消すと戸惑う一夏の背後を取り、爪の一撃を浴びせてビルの屋上に叩き落とす。一夏は戦闘員を下敷きにする形で着地する。

「一夏君! チイッ、邪魔を!」
「貴様の相手は銀王軍最凶最悪の戦士、このサドンダスだ、仮面ライダー!」

 怪人ことサドンダスは仮面ライダー1号めがけて急降下する。咄嗟に身体を大きく後ろに逸らし、サドンダスの一撃を回避すると、仮面ライダー1号はオーバーヘッドキックの要領でサドンダスに蹴りを入れて肉弾戦に突入する。

「猛さん!」
「ミーを忘れて貰っては困るな!」

 一夏は戦闘員を雪片弐型で斬り伏せ、救援に赴こうとするが、暗黒大将軍がサーベルで一夏に斬りかかり、雪片弐型で受け止める。暗黒大将軍と一夏は数十合ほど打ち合った末に鍔迫り合いになる。膠着状態に陥った一夏と暗黒大将軍だが、単純なパワーでは暗黒大将軍の方が上回っているのか、一夏は徐々に押されつつある。暗黒大将軍は一夏に向けて話し始める。

「織斑一夏、呪われし子よ。なぜミーに歯向かう? お前とミーは同じ主に仕え、そのために生まれてきた存在。それがなぜ邪魔をする? お前は本来、こちら側に付くべきであるというのに」
「お前もあいつみたいに、わけの分からないことを言って! そんな出鱈目を言って動揺を誘いたいのかもしれないけどな、そんな馬鹿らしいことを言われて、誰が信じるかってんだ!」
「愚かな、真実に目を背けてどうする? ユーも本当は気付いているのではないかな? 自分の異常さに。なぜ男なのにそのISを使えるのか、なぜ常人より優れた適応力や回復力があるのか……」
「こじつけを! オレオレ詐欺の方が、よっぽど手口が巧妙だってん……だ!」

 一夏は雪羅から荷電粒子砲を至近距離から発射し、鍔迫り合いを脱して雪片弐型を変形させる。白式の『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』である『零落白夜』を発動させ、エネルギー刃を形成して暗黒大将軍を斬ろうとする。だが上空に銀王軍の宇宙船が現れ、地上に向けて砲撃を開始すると一夏の近くにも着弾し、ビルが崩壊を開始するとやむを得ず空中に逃れる。

「潮時か……仮面ライダー、覚えていろ!」

 暗黒大将軍は捨て台詞を残してマントを翻すと姿を消す。崩れたビルから別のビルの屋上に飛び移り、一進一退の攻防を繰り広げていた仮面ライダー1号とサドンダスだが、宇宙船を見るとサドンダスは上空に飛び上がる。

「仮面ライダー! 貴様の命は預けておく! 次に会った時こそが、貴様の最期だ!」
「待て!」

 サドンダスは捨て台詞を残して姿を消す。追おうとする仮面ライダー1号だが、空から降り注ぐ砲撃には手も足も出ない。宇宙船は姿を消し、和也たちが残りのスペースクルーを掃討し終えると、その場は静寂に包まれる。感覚を研ぎ澄ませる一夏だが、他に敵が出てくる気配はない。

「敵の全滅及び撤退が確認された。引き続き警戒を怠るな」

 和也が隊員に言うと一夏はISの展開を解除し、仮面ライダー1号も変身を解除し一夏の隣に立つ。目の前には破壊された建物の残骸や瓦礫、燻る炎、未だに立ち込める煙、慌ただしく動き回る警官や消防士、周囲を警戒している兵士にSPIRITSの隊員。この襲撃で、数百人が連れ去られたと見られる。避難が殆ど完了していたにも関わらず、だ。連れ去られた市民がどこに行ったのかは分からないが、沖縄本島のどこかに地上拠点がある可能性が高い。

(俺は……また……!)

 目の前の光景を見て、自身の無力さを噛み締めるように両拳を握る一夏だが、本郷猛は一夏の肩に手を置く。

「自分を責めるな、一夏君。俺たちは神ではない。捕まった人たちが死んだと決まった訳でもない。どこに連れて行かれたのか、一刻も早く割り出す必要がある。滝」
「ああ。一旦帰投するぞ!」

 和也がそう言うと、一夏は握り拳を解いて猛と共に歩き出すのだった。

**********

 沖縄本島北部の某所。地下に建設された銀王軍の巨大な地下要塞。上空に1隻の宇宙船が現れる。すると地面が二つに割れ、地下格納庫の入口が出現する。宇宙船は解放された通路を通ってゆっくりと降下し、無事着陸する。同時に宇宙船のドアが開いてスペースクルーとサドンダスが降りてくる。暗黒大将軍がそれを出迎えると、サドンダスと共に要塞の奥へと入っていく。奥にある司令室らしき場所に、そいつはいた。
 ローブを纏った機械生命体、銀河王。銀王軍の指導者として、50年ごとに他の惑星を滅ぼしていた。地球にやって来た際は『ネオショッカー』と同盟を組み、Σエネルギーの強奪と東京壊滅を企んだ。しかしスカイライダーこと筑波洋ら8人ライダーに計画は阻止され、銀河王もネオショッカー基地の爆発で宇宙船ごと巻き込まれて倒された。今回は大首領の手により復活を果たし、またしてもΣエネルギーを手に入れるべく動き出したのだ。

「暗黒大将軍ヨ、コレデハ足リナイ。モット労働力トナル人間ト、ぶれいんこんぴゅーたーノ中枢トナル子供ヲ集メルノダ。ソウデナケレバ、作戦ニ支障ガ出ル」
「慌てるな、銀河王よ。あれはほんの挨拶、これからが本番になる。しかし、人間の子供をCPU代わりにする『ブレインコンピューター』など作って、どうするのだ? しかも1万人も集めてどうする?」
「人間ノ脳ハ情報処理ニツイテハ、普通ノこんぴゅーたーヲ大キク上回ル能力ヲ持ッテイル。特ニ子供ノ脳ハ大人以上ニ脳細胞ガ多ク、余計ナ知識モナイ。故ニぶれいんこんぴゅーたーニハ子供ノ脳ガ必要ナノダ。ソシテ一万ノ脳ガアレバ、地球上全テノこんぴゅーたーヲ支配出来ルダケノ性能ヲ発揮出来ル。ソレヲ使ッテ地球上ノアラユルこんぴゅーたーヲ乗ッ取リ、世界中ノ人間ガ大混乱ニ陥ッタ隙ニ、Σみさいるヲ日本各地ニ発射シテ日本ヲ壊滅サセルノダ」
「なるほど、ミーも一刻も早く連中を復活させねばならんな。スペースクルーやミーの卷属だけでは、仮面ライダーやISとかいうスーツの前では力不足だ」

 暗黒大将軍は銀河王と会話を交わすとサドンダスやスペースクルー、デルザー戦闘員を引き連れて司令室から出ていく。
 暗黒大将軍はデルザー軍団壊滅後に世界征服を目論み、デルザー軍団の構成員や『ブラックサタン』の怪人を甦らせた。手始めに遊園地の仮面ライダーショーに集まっていた子供たちを誘拐し、その身代金を世界征服の資金にしようとしたが、たまたま遊園地に来ていた7人の仮面ライダーに計画を阻止され、倒された。
 銀河王たちは連れ去った市民を働かせている現場へと向かう。連れ去った市民のうち、『ブレインコンピューター』に使う子供以外は、スペースクルーやデルザー戦闘員の監督下で工事に従事させている。老人だろうが構わずに鞭や殴る蹴るの暴行を加えて働かせているのを何の表情も見せずに眺めていた銀河王と、どこか満足げに頷いている暗黒大将軍だが、現場の一角で騒ぎが起こるとそちらに視線を向ける。

「もう嫌だ! こんなことやってられるか!」
「みんな、ここを脱出しよう! どうせ殺されるんだ!」

 そこでは16、7人の屈強な男たちが戦闘員やスペースクルーをスコップやつるはしで殴り倒し、脱走しようとしている。男たちが走っていると、銀河王はマントを翻して男たちの前に立つ。戦闘員やスペースクルーが男たちを止めようとするが、銀河王と暗黒大将軍が手で制する。

「こいつが親玉か!」
「こいつを倒しちまえば、全部終わるんだ!」
「愚カナ。我々ニ逆ラウコトガ如何ニ無謀カ、ソノ身体ニ教エテヤロウ!」

 男たちは一斉にスコップやつるはしで銀河王に殴りかかるが、銀河王が右手をかざすと男たちは何かに縛られたように動きを止め、宙に浮く。

「な、なんだ、これは!?」
「駄目だ! 身体が動かない!?」

 銀河王は慌てふためく男たちを無視し、腕を無造作に動かす。すると男たちは岸壁に勢いよく頭を叩きつけられる。銀河王が一度腕を動かすと一旦男たちは離れるものの、執拗に岸壁に頭を叩きつけられる。最初は抵抗しようともがいていた男たちだが、何回も叩きつけられていく内に、うめき声が上がるだけで抵抗する素振りすら見せなくなる。

「待ってくれ……戻る、戻るから助けて……!」
「黙レ! オ前タチハ見セシメトシテ、ココデ死ヌノダ!」

 頭から血を流し、顔面蒼白になりながらも弱々しく命乞いをする男を切り捨てると、銀河王はもう一度大きく腕を動かす。すると男たちは弾丸のように岸壁に頭から突っ込まされ、岸壁が砕けると同時にぐしゃ、と何かが潰れる鈍い音が聞こえた後に地面じぇ放り出される。地面に転がった男たちは最初はピクピクと痙攣していたが、やがてピクリとも動かなくなる。最初は理解出来なかった市民達たちが、やがて男たちが死亡したと理解し、悲鳴や絶叫が響き渡る。構わずに銀河王は話し始める。

「コレガ逆ラッタ者ノ末路ダ。コウナリタクナケレバ、オトナシクシロ」
「それにミーたちも鬼ではない。真面目に働き、功績を上げた者は取り立て、自由の身にしてやろう。さあ、働くのだ! そうすればチルドレンにも会わせてやろう!」

 暗黒大将軍が付け加えると、逆らう気力もないのか市民達は再び作業に取り掛かり始める。スペースクルーが死体の始末を開始するのを見届け、銀河王と暗黒大将軍は歩き出して現場を出る。

「ダガ暗黒大将軍、ドウイウツモリダ?」
「なに、嘘も方便というものだ。誰が『生きて』自由にしてやると、会わせてやると言ったのだ?」

 暗黒大将軍はまた別の場所へ銀河王と連れ立って歩く。途中で地下牢に閉じ込められ、泣いている子供たちの姿を満足げに眺めていた暗黒大将軍を銀河王が促し、今度はラボへと移動する。
 そこには培養液が詰まったカプセルに入れられた
蚊や馬、ワニ、ウツボ、トンボ、猫を模した怪人が鎮座している。暗黒大将軍が指示を出すと培養液が抜かれてカプセルが開き、怪人たちが外に解放される。少し時間が経過すると怪人たちは動き出し、暗黒大将軍の下に歩いてくる。

「よくぞ目覚めた! かつてショッカーヨーロッパ支部で活躍し、ショッカーの計画を追ってヨーロッパまで渡った仮面ライダー1号と戦い、敗れ去った者たちよ。デスキート! ホーサイド! クロコダイ! ウツボロン! トンボンバー! ヘルキャット! お前たちは我らが主のお陰で甦ったのだ! お前たちの役目は、憎き仮面ライダーを倒すことだ!」
「分かっています、暗黒大将軍。ですがもう一体、キラースネークがいないようですが?」

 リーダー格らしき蚊の怪人ことデスキートが暗黒大将軍に質問をする。猛が一文字隼人に日本の守りを任せ、怪人はヨーロッパでショッカーの計画を追っていた際にショッカーヨーロッパ支部の刺客として交戦し、敗れ去った経歴を持つ。ショッカーが復活させる予定が無かった彼らだが、銀王軍に所属する怪人がサドンダスしかいないことを懸念し、暗黒大将軍が復活させたのだ。

「キラースネークは行動を開始しておる。お前たちも早速だが動いて貰う。これを見ろ」

 暗黒大将軍が杖を出すとスクリーンに映像が映し出される。鬱葱と茂る沖縄特有の原生林の中に、ぽつりと建てられている施設が映ったのを確認すると、暗黒大将軍は再び話し始める。

「ここは亡国機業(ファントム・タスク)とかいう組織が、浚って来た研究者にΣエネルギーの研究をさせている秘密研究施設だ。我々の計画に必須となるΣミサイルを大量生産するには、Σエネルギーの第一人者で、水素エネルギーの組成方程式を知る羅門レミ博士をロブする必要がある。お前たちはミーやサドンダス、銀河王と共に、研究者どもを浚ってくるのだ!」
「はっ!」

 デスキートら復活した怪人は即座にラボから出ていく。同時に暗黒大将軍と銀河王もまたラボを出て、宇宙船の格納庫へと向かうのであった。

**********

 沖縄本島南部に位置する国防軍の駐屯地。そこでは間借りしているSPIRITSと国防軍、援軍として参加している在日米軍の指揮官が協議していた。和也は目の前のスクリーンを見ながら、沖縄本島の地図をレーザーポイントで示して話し始める。

「総合的に判断すると、市民が連れて行かれたはこの辺り。銀王軍の本拠地もこの近辺にあるものと思われます」
「すぐにでも救助隊を派遣したいところですが……」
「下手に刺激すれば、市民に危害が及ぶ可能性が高い。連中が避難所を襲撃してくれば、事態はさらに悪化するでしょう。基地や収容施設の場所を確定させなければ、救助隊は動かせないでしょうね」
「それと、羅門レミ博士の行方は掴めましたか?」
「いえ。亡国機業が拉致したと考えるべきでしょう。一応、山下研究員の弟、晴彦君から話を聞いていますが」

 和也が話を切ると、国防軍と在日米軍の指揮官は部下と協議を始める。SPIRITSでこの場にいるのは和也だけだ。
 現在は水素エネルギーの精製方法を知る羅門博士の実娘で、後を継いでΣエネルギーを研究しているレミの行方を追っている。しかし4日前に他の研究員共々那覇市郊外にある新エネルギー研究所に向かってからの消息が掴めない。Σエネルギーを狙った亡国機業が拉致したのであろう。その内、山下雪子という研究員の弟をこちらで保護して話を聞いているのだが、有用な手掛かりはなさそうだ。国防軍と在日米軍の指揮官が協議を終えると、和也は再びモニターを見て話し始める。
 一方、避難所では軍医や避難して来た医者、自ら志願して来た医師などに交じり、緑川ルリ子が兵士や市民、SPIRITS隊員の手当てをしていた。死者や集中治療が必要な重傷者はいないものの、打撲や捻挫、打ち身など比較的軽い怪我をしている者もいるし、中には骨が折れている者も数名いる。擦り傷切り傷内出血などを含めたらかなりの数がいる。逃げ遅れた市民の中には心の傷を負っている者が少なからずいるし、事前に避難していた者にも、不安やストレスから体調を崩す者も出始めている。伝染病が出ないとも限らない。だからルリ子らは避難所を回って診療をしている。今、ルリ子は数人の医師や看護師と共に、体調を崩していないか聞き取り調査をしている。

「今のところは特に大丈夫、と……ありがとうございます。些細なことでもいいので、いつでも私たちを呼んで下さい。すぐに駆けつけますので。だから君も、無理しちゃ駄目よ?」

 ルリ子は少年に笑いかけるが、少年は俯いたまま父親と母親の陰に隠れている。この一家に限った話ではなく、避難所では最早当たり前になりつつある。大人も子供も不安なのだ。ここも無事とは限らない。連れていかれたらどうなるか。口にこそ出さないが、大人が抱いている不安や恐怖を、子供が敏感に感じ取って不安に駆られているのだ。両親も不安そうな表情を隠せていない。だからこそルリ子は明るく笑って続ける。

「大丈夫よ! 私たちには、仮面ライダーがついているんだから! 悪いヤツなんて、仮面ライダーがみんなまとめてやっつけちゃうんだから!」
「仮面ライダー?」
「そう、仮面ライダーよ。悪いヤツらがいる所には風より速くやってきて、嵐のように悪人どもをやっつけちゃうの。最後に必殺のライダーキックで怪人を倒すと、次の悪党を倒すために去っていく。だから悪いヤツがやってきても、仮面ライダーがみんなを守ってくれるわ」
「本当!?」
「ええ。お姉さんが約束するわ。それに、ISに乗れるお兄さんもいるからきっと大丈夫よ。だから君も元気出して、ね?」
「うん! ありがとう!」

 子供がようやく元気を取り戻すとルリ子は微笑み、今度は両親に向き直る。

「お二人も希望を捨てないで下さい。今は私たちも信じましょう。かつて世界を守った仮面ライダーと、ISという力を」

 両親も頷いたのを見ると、ルリ子は次の聞き取り調査を行うべく歩き出す。
 同じ頃、国防軍基地の中では一夏と猛、それに立花藤兵衛が雪子の弟、晴彦から話を聞いていた。小学校に上がっていないくらいの年頃だろうか。

「晴彦君、お姉さんが出かける時、いつもと違うことは言ってなかったかい? なんかこう、気を付けろみたいな」

 長椅子に腰かけている晴彦の隣に藤兵衛が腰かけて尋ねるが、晴彦は黙って首を振る。意気消沈しているのが明らかに見てとれる。一夏は藤兵衛と反対隣に座ると晴彦に尋ねる。

「晴彦君、お父さんとお母さんはどうしたんだい?」
「いない……」
「そっか……ごめんな、辛いこと聞いちゃって」

 一夏が晴彦に優しく話しかけているのを見ると藤兵衛は一度立ち上がり、部屋の隅に立っている猛の下に向かう。

「猛、どう思う?」
「連中はいきなり研究所を襲い、無理矢理連れ去ったんでしょう。くそう、亡国機業め、たった一人の家族を、まだ幼い子供から引き離すなど……!」

 晴彦に見られないように背を向け、壁を軽く叩いて憤りを露にする猛だが、思考は冷静に巡らせる。銀王軍にレミの身柄が渡ってしまえば、Σミサイルの大量生産に大きく前進する。その前にレミたちを保護しなくてはならない。

「おやっさん、晴彦君と雪子さんが住んでいたアパートに向かいましょう。何か手掛かりがあるかもしれません」
「ああ。雪子さんやその友達か何かが、来ているかもしれないしな」

 猛と藤兵衛は頷き合うと、今度は猛が笑って晴彦に話しかける。

「晴彦君、一回家に戻ってみようか? お姉さんが帰ってきているかもしれないよ?」

 晴彦が猛の言葉に頷くと猛と一夏、藤兵衛は晴彦を連れて外に出る。一夏は猛のバイクに跨って、藤兵衛は晴彦と共にジープに乗り、晴彦と雪子が住んでいたやや手狭なアパートへと向かう。

「お姉ちゃん!」

 階段を駆け上がり、真っ先に部屋の中へと入った晴彦は姉に呼びかけるが、返事はない。部屋の中を駆け回り、何回も姉を呼び続ける晴彦の様子を心配そうに一夏は見ていたが、猛と藤兵衛と共に部屋を調べ始める。部屋の掃除は行き届いており、食器などは綺麗に片付けられている。雪子の性格が見てとれそうな部屋だ。猛はキッチンに入り、出されたままのマグカップを眺めていたが、すぐに棚に仕舞う。だがいくら探しても姉がいないと気付き、テーブルに突っ伏してすすり泣き始めた晴彦を見て中断し、藤兵衛が慰める。見ているしか出来なかった一夏だが、部屋に置かれている仏壇に目がいく。置かれている遺影や位牌の名前から察するに、晴彦と雪子の両親の仏壇であるようだ。

「猛さん……」
「晴彦君と雪子さんのご両親は、晴彦君が物心付くか付かないかの時に亡くなったらしい。それ以来、晴彦君は雪子さんと二人きりで生活していたそうだ」

 猛の言葉を聞くと、一夏は近くに置かれた写真立てを手に取る。写真に写っているのは晴彦と若い女性だ。どちらも笑顔で写ったツーショット写真だ。その女性が山下雪子であると理解出来る。同時に、この姉弟がとても仲睦ましい間柄であったとも理解する。

(晴彦君にとって、雪子さんは父親であり、母親であり、この世界の全てとも言っていい人なんだ。俺にとっての千冬姉と同じで……)

 そこで一夏は千冬について思い出す。一夏も物心つくかつかないかの頃に両親に捨てられ、千冬により育てられてきた。こちらは親戚の水沼マサコらの援助があったから少し違うが、自分にとってはたった一人の肉親で、いつも自分を守ってくれた。一夏が誘拐された時も決勝戦を棄権し、自分を助けに駆けつけたのだ。

(晴彦君と雪子さんはこのアパートで身を寄せ合って、それでも仲睦ましく暮らしていたんだ。それをあいつらは、自分たちの都合で引き離して……!)

 だからこそ晴彦の気持ちはよく分かるし、亡国機業のやり方には腸が煮えくり返りそうだ。許せない。なんとしても亡国機業の手から、雪子を取り返さなければならない。一夏は泣いている晴彦の隣に座ると、声をかける。

「晴彦君、お兄ちゃんたちが絶対にお姉さんを探し出して、必ず連れて帰って、君に会わせてあげるから」
「……本当?」
「ああ、男と男の約束だ。だから、もう泣くんじゃないぞ?」
「……うん!」
「いい返事だ」

 一夏が優しく笑って晴彦の頭をクシャクシャと撫でているのを、どこか感慨深げに、それでいて一抹の寂しさを漂わせながら見ていた猛だが、藤兵衛が話しかけると表情を戻す。

「しかし、居場所を突き止められないとどうにもならないな」
「一度、新エネルギー研究所に行ってみましょう。手掛かりが残っているかもしれません」
「その必要はないぜ」

 猛と藤兵衛が思案していると、黒いプロテクターを装着した和也がドアの前に立って声をかけてくる。

「滝! どうしてここが!?」
「探してたんですが、こっちに向かったって聞いたんでね」
「しかし滝、どういうことだ?」
「ああ、ルリ子さんが回ってた避難所に亡国機業の研究施設、それも羅門博士や山下山下研究員を浚い、無理矢理Σエネルギーについて研究させていた施設から脱走してきた研究者がいてな。その人の証言で、施設の位置を割り出せたんだ」
「それ、本当ですか!?」
「ああ。衛星写真やそれ以外の情報から候補を絞っていたんだが、その内の一つと合致したんだ」

 猛と藤兵衛のみならず一夏まで詰め寄ると和也は頷く。

「それで、お前たちに話があるそうだ。どうぞ」

 和也が声をかけると、若い女性が部屋の中に入ってくる。白衣を着ているが至る所が破けてボロボロになっており、腕や足、額には包帯が巻かれている。必死に逃げてきたことが容易に想像出来る。

「新エネルギー研究所で羅門博士の助手をしていた……」
「御子柴美代子です。山下雪子とは友人同士なんです」

 女性こと御子柴美代子は猛たちに一礼すると再び口を開く。

「それで、話と言うのは?」
「実は、連中が施設を引き払い、海外の拠点に移ると言ってきたんです。勿論羅門博士は反対しました。それでも連中が聞き入れる筈もなく、せめて幼い弟のいる雪子だけでも脱走させようという話になったんです。ですが、すぐ発覚してしまって……そこで私が脱走して、皆さんに助けて貰おうと……お願いです、雪子や羅門博士を助けて下さい! そうでないと、雪子は!」
「勿論です。一夏君、滝、行こう」
「ああ。銀王軍の侵攻がいつあるか分からない以上、俺たちだけで行くしかない。後のことはナオキとミツルに任せてある。美代子さん、晴彦君をお願いします。それとおやっさんも」
「待って下さい。私と晴彦君なら心配要りません。基地や避難所はすぐ近くですし。ですから、この方も一緒に」
「しかし、女子供を置いていくっていうのも……」
「大丈夫です。こう見えて私、琉球空手をやってますから。それに、三人よりは四人の方が助かる確率が高くなりますから」
「分かりました。そこまで言われるのであれば。では、晴彦君をお願いします」
「待って、お兄ちゃん!」

 美代子の言葉を受けて一夏、猛、和也、藤兵衛が走り出そうとするが、晴彦が一夏を呼び止め、棚からハーモニカを持ってきて一夏に渡す。

「晴彦君、これは?」
「お姉ちゃんに買ってもらったの。これあげるから、お姉ちゃんを連れてきて。男と男の約束だよ?」
「でも、これは君が……」
「受け取ってあげるんだ、一夏君。それが晴彦君の願いなんだ。晴彦君、このお兄ちゃんは強い。それに仮面ライダーも付いているんだ。絶対にお姉ちゃんは戻って来る。だから、いい子にして待っているんだぞ?」
「うん!」
「晴彦君、ありがとう。俺も勇気が出たよ。絶対にお姉さんと一緒に戻ってくるから」

 一夏は晴彦の目線に合わせてしゃがみこむと笑顔で晴彦の手を握って応え、猛、和也、藤兵衛と共にアパートの階段を下りてジープに乗り込む。そして猛と和也のバイクが走り出すと藤兵衛のジープも走り始め、その姿が見えなくなる。すると美代子は妖艶に笑って晴彦の目の前までしゃがむ。

「それじゃ、私たちも行きましょ? お姉さん……山下雪子の所に、ね」

**********

 沖縄本島北部。山原(やんばる)とも呼ばれる地域に立地する、亡国機業が用意したΣエネルギーの研究施設。地下にあるラボの中では、Σエネルギー開発を主導していたが宇宙ステーション『天海』を銀王軍に襲撃された羅門博士の娘で、Σエネルギーの研究に勤しんでいる羅門レミと研究員たち、亡国機業の者らしき黒服の男、スーツ姿の女2人が押し問答を繰り広げていた。

「言いなさい! 雪子さんはどうしたの!?」
「あなたが知る必要はないわ、羅門レミ博士。彼女はこちらの指示を無視し、脱走しようとした。少しこちらで『尋問』しているの。本当なら御子柴美代子の件も含めて貴女に責任を取って貰うつもりだったけど、貴女は貴重な人材、山下雪子はその代わり、スケープゴートと言った所ね」
「相変わらず強引なやり口ね、スコール・ミューゼル。こういう手合いは、強硬手段に出るとどんな手を使うか、分からないのよ?」
「それはあなたの経験則かしら? シルヴィア・テイラー『博士』」
 
 スーツ姿の女はスコール・ミューゼルとシルヴィア・テイラー。どちらも亡国機業の最高幹部だ。シルヴィアは機械工学の博士号を持ち、国際IS委員会の設立に参加していた経歴を持つ才色兼備の美女だ。片やスコールは亡国機業実働部隊からの生え抜きで、数多くの作戦を指揮してきた。長身でスタイル抜群の美女で、艶やかさとどこか威圧感のある二人に、レミは一歩も退かずに食ってかかる。それを1時間ほど繰り返している。だがラボのドアが荒々しく開かれ、別のスーツ姿の女と黒髪の少女が白衣を着た女性を蹴り飛ばし、部屋に放り込むと中断される。白衣はボロボロにされ、身体の至るところに出来た傷が痛々しい。

「雪子さん!」
「お疲れ様、オータム、エム。どうだった?」
「駄目だ。この女、弟に会わせてくれの一点張りで、何も話しやがらねえ。脱走した御子柴美代子のことも全然喋らねえし」

 レミが雪子の下に駆け寄ると、スコールはオータムとエムに尋ねるが、オータムは呆れたように首を振る。エムも黙ってはいるものの、不愉快と言いたげな表情を隠さずに立っている。雪子はレミに助け起こされるものの、スコールやシルヴィアを見るとレミの制止も聞かず、立ち上がって肩を掴んで必死に訴える。

「お願いします! 逃げようなんて考えません! これから先、一生このままでもいい! でも最後に一回、せめて一目でもいいので、晴彦に会わせて下さい!」
「駄目よ。機密が漏れる恐れがあるし、インターポールが嗅ぎつける可能性もある。今は銀王軍とか言う連中が暴れ回っていて、危険なのよ? 身の安全が保障出来ない以上、認める訳にはいかないわ。大人しくして貰えないかしら?」
「誰にも話しません! なんなら、私を見捨ててくれて構いません! ですから、お願いします! どうかご慈悲を!」
「くどい! てめえにそんな権利はねえって、何回言えば分かるんだよ!? いいか、てめえは利用価値があるから生かしてやってるだけだ! 利用価値がなくなれば死のうが何しようが知ったことじゃねえ立場で、生意気言ってんじゃねえ!」
「落ち着きなさい、オータム。あなたにしては珍しく冷静ね、エム」
「何をしても無駄だ。それくらい、私には分かる。どこかの馬鹿と違ってな」
「さり気なく人をけなすんじゃねえ!」
「仲間割れはよしなさい、二人とも」

 激昂したオータムが専用機『アラクネ』を展開し、背中から生えた蜘蛛の足を模した装甲脚で雪子を捕え、滅多打ちにしようとするとスコールが手で制する。エムの余計な一言で険悪な空気が流れるものの、シルヴィアの仲裁で二人は矛を収める。エムは鼻を鳴らしてそっぽを向き、オータムは舌打ちすると雪子を解放する。雪子を助け起こしたレミは一度立ち上がり、鍵付きの引き出しを開け、中からディスクを取り出してスコールたちに見せる。

「そういう態度を取るなら、こちらに考えがあるわ。これはΣエネルギー生成に必要な水素エネルギーの組成式。世界中を探しても、このディスクにしかデータは入っていない。けど……」
「まさか!?」

 次の瞬間、シルヴィアはレミが何をするか悟り止めに入ろうとするが、研究員たちが楯になって行く手を阻む。その隙にレミはディスクを荒々しく地面に叩きつけ、思い切り踏みつけてディスクを破壊する。そして二度と復元させぬと言いたげにディスクを執拗に踏みつけ、細切れ状態にする。

「今、無くなったわ。つまり水素エネルギーの組成式はこの世に存在しない。私の頭の中を除いてね。さあ、どうする? さっきみたいに脅す? 無駄よ。私は素直じゃないの。他の誰かを痛めつけるというのなら、この場で舌を噛み切って死んでやるわ」
「馬鹿ね、羅門レミ。羅門博士の遺志はどうなるのかしら? Σエネルギーの完成を目指していたのでしょう? 研究者であるならば知識欲や探究心、真実を突きとめ、使命感を優先させるべきでしょう?」
「生憎だけど、父はそのようなことを望んではいない。人の役に立てるためのものとして父も始め、私が引き継ぎ、皆もそうしてきた。それが悪用されるというのであれば、命と引き換えにしても阻止するのが科学者というものよ。もっとも、悪魔に魂を売った貴女には分からないでしょうけど」
「心外ね。自分なりの矜持を持っているつもりだけど。けど、抵抗しても無駄よ? なんなら、研究員の家族を殺しに行かせてもいいのよ? 特に山下雪子の弟は沖縄に一人きり、いくらでも命を奪うことが出来る。我々にはそれだけの力があることを忘れないで欲しいわ」
「じゃあ、後はお願いね? 行きましょうか、シルヴィア、オータム、エム」

 シルヴィアが最後に警告すると、スコールに促されてオータム、エムも連れ立って歩き出す。地下滑走路に用意された自家用ジェット機に乗り込むと、ジェット機は発進して離陸し、しばらく経つと沖縄から離れる。一方、研究員は黒服の男たちに銃を突き付けられ、ラボから退去するように強要される。その最中にレミは雪子を助け起こす。

「すいません、羅門博士。ご迷惑を……」
「いいのよ、雪子さん。貴女が無事なら。それより、希望を捨てちゃ駄目よ。救援が来るまで、私たちも我慢しましょう」
「羅門博士、貴女も急いで貰おうか」
「簡単に言わないで! Σエネルギーの研究をしてる意味が分からないの!? 装置を乱暴に扱えば、この施設なんて一瞬で木っ端微塵よ! 少し待ちなさい! さあ、出てった出てった! 素人が何人雁首揃えて突っ立っていても、邪魔なだけよ!」

 黒服の男の脅しに屈せず、レミが一喝する。男たちを露骨に邪険に扱って退室させると、レミは研究員に口を開く。

「みんなも諦めちゃダメよ。救援が来るかも知れない。出来る限り時間を稼ぎましょう」

 レミの一言を聞くと研究員はわざとゆっくり時間をかけて退去する準備をする。途中で痺れを切らした亡国機業の構成員たちが鼻息も荒く乗り込んでくるが、その度にレミが一喝して下がらせる。時にはわざと装置を暴走させ、爆発一歩手前にまでしてみせて脅して追い出す。それでも救援が来る気配はない。時間稼ぎも限界だろう。間もなく準備を終え、輸送機に乗せられるだろう。レミは諦めないが他の研究員、特に雪子は俯いている。励まそうとレミが雪子の肩に手を置いた直後、爆発音と共に振動がラボを襲い、地響きが聞こえてレミも足元がもつれて数人が倒れる。

「何!? どうしたって言うの!?」

 レミも冷静ではいられずに叫ぶが、亡国機業の構成員が続々と入ってくる。

「銀王軍の連中が攻撃してきた! 宇宙船から連戦闘員が降下してきていやがる! 羅門ルミ! こうなったのも、貴様がモタモタしていたからだ!」
「この期に及んで、なに寝言言ってるのよ!? あなたたちが無理矢理Σエネルギーの研究をさせていたからじゃない! 私たちを拉致しなかったら、こんなことにはならなかった! 私たちの言う通りにしていれば、こんな慌てふためくことは無かった! 連中がΣエネルギーを狙ってくることは分かり切ってたし、私だって何回も口を酸っぱくして言ったでしょう!?」
「何を生意気な!」
「とにかく! 今はそんなことをウダウダ言ってる暇はないわ! 脱出するのが先決よ! 連中は見境なしに攻撃してくるわ! 死にたくなかったら私の指示に従う、いいわね!?」
「黙れ! 戦うのは我々だ! 素人の貴様にとやかく口出しされる理由は無い! 大人しく俺たちの言うことを聞いて貰おうか! 貴様以外の全員、この場で殺してやってもいいんだぞ!?」
「この分からずや! そんなことを言ってるからこんな……!」

 しばらく口論を続けていたレミと亡国機業構成員だが、一際大きな爆発音が響き渡るとアナウンスが流れる。

『こちら警備班! 駄目だ、連中の施設内への侵入を許した! 至急援軍を!』

「なに!?」
「まったく、これだから……みんな、行くわよ!」

 唖然とする亡国機業構成員に対し、レミは研究員達に矢継ぎ早に指示を出し、避難する準備を整える。
 研究施設上空で銀王軍の宇宙船が地上に砲撃を加えて着陸する。タラップからサドンダスやショッカーヨーロッパ支部の怪人、スペースクルーやデルザー戦闘員、そして銀河王と暗黒大将軍が降り立ち、進軍を開始する。亡国機業側も応戦するものの防衛線を突破されていく。

「無駄ダ。ソノ程度ノ力デハ、我々ハ止メラレナイ。サア、Σえねるぎーヲコチラニ渡スノダ!」

 銀河王は高らかに宣言すると、研究施設内部へと入っていくのだった。



[32627] 第三十一話 罠
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:30
 猛と和也が乗った2バイクと藤兵衛と一夏を乗せたジープは、山原(やんばる)にある亡国機業の秘密研究施設を目指し走っていた。美代子が周囲の地形や外観を詳細に覚えていたことが幸いした。衛星写真などを用いて候補地を絞り込んでいたことから、秘密研究施設の位置を特定出来たのだ。

「猛さん! あれを!」
「銀王軍の宇宙船か! 連中め、もう嗅ぎつけてきたか!」
「本郷、おやっさん、急ごう!」
「ああ! 一夏君、しっかり掴まってるんだぞ!」

 しかし銀王軍の宇宙船が着陸して施設に砲撃を加え、スペースクルーやデルザー戦闘員が数に任せて亡国機業の構成員を蹂躙している光景が猛たちの目に飛び込んでくる。銀河王や暗黒大将軍の姿はない。バイクとジープが接近して来ると気付いた銀王軍は、猛達に向けて砲撃を開始する。しかし猛たちは砲撃を回避しつつ宇宙船に接近し、砲口の死角に入る。スペースクルーやデルザー戦闘員が殺到してくると猛はバイクに立ち乗り状態となり、和也はヘルメットのバイザーを下ろして強化服のメカニズムを起動させ、一夏は右手のガンドレッドを掲げる。

「ライダー……変身!」
「来い、白式!」

 猛が右手を突き出して姿を変えるための動作を行い、一夏の身体を装甲が包み込むと猛も変身を完了する。一夏も『白式』の装着に成功し、ジープからPICを使って空に飛び立つ。同時にバイクが『サイクロン号』へ変形し、仮面ライダー1号はサイクロン号のスロットルを入れる。そのままスペースクルーとデルザー戦闘員の群れへと突っ込んでいき、一夏のスラスターを噴射して猛に続く。和也もバイクのスロットルを握りながらマシンガンを持ち、スペースクルーやデルザー戦闘員に鉛玉を叩きこむ。藤兵衛もジープで次々と戦闘員たちを撥ねていく。しかし数体の戦闘員がジープに無理矢理乗り込むと藤兵衛を襲う。藤兵衛は咄嗟に急ブレーキをかけ、デルザー戦闘員に頭突きをかまして拘束から逃れる。

「この野郎! この立花藤兵衛、まだお前ら戦闘員に負けてやれるほど、錆ついちゃいないってことを教えてやる! どっからでも来やがれってんだ!」

 藤兵衛は戦闘員を蹴落とし、両手に唾を吐きかけて気合を入れるや、スペースクルーやデルザー戦闘員に蹴りやパンチを叩きこんで蹴散らしていく。トレーナーとして特訓に付き合ってきた藤兵衛だが、自身の身体能力や戦闘力も戦闘員くらいなら渡り合える。特に頑丈さでは手加減していたとはいえ、神敬介の技を受けても普通に立てるくらいだ。

「立花さん、やっぱり凄いなあ……」
「まったく、相変わらず無茶してくれるぜ!」
「俺たちも負けてはいられないな!」

 奮戦する藤兵衛の姿に感心する一夏だが、和也と仮面ライダー1号はバイクで周囲の敵を蹴散らすと、バイクから降りて藤兵衛と並び立ち、素手でスペースクルーやデルザー戦闘員を蹴散らしていく。一夏も着地して雪片弐型を振るい、戦闘員を斬り捨てていく。しかし宇宙船が砲撃を再開すると、仮面ライダー1号は和也と藤兵衛を抱えて離脱する。一夏もスラスターを駆使して空中に舞い戻り、砲撃を掻い潜って砲塔に接近しようとする。しかし砲撃が激しくなかなか近付けない。荷電粒子砲を発射するも、一発当てた程度ではびくともしない。

(だったら砲身の内側に、直接叩き込んでやれば!)

 そこで一夏は作戦を変更し、砲口の前にわざと出る。そして砲撃が発射される前に雪羅を向け、チャージされた荷電粒子を発射しようと照準を定める。

「何!?」 

 しかし荷電粒子砲を発射する直前、背後から何者かが自分をロックしたという警報が鳴り響く。一夏は本能的に瞬時加速を使って上に逃れる。直後にビームがねじ曲がった軌道で砲塔に襲いかかり、砲口の中を通って奥まで到達すると、内部で爆発が発生して砲塔が吹き飛ぶ。一夏はハイパーセンサーを使ってビームの主を捉える。

「『サイレント・ゼフィルス』! やっぱりお前だったのか!?」
「なんだ、生きていたのか。先ほどの一撃で死んでいれば、苦しまずに済んだものを」

 ビームを撃ったのは『サイレント・ゼフィルス』だ。一夏とは『キャノンボール・ファスト』の時に襲撃されて以来因縁がある。もっとも、それ以上に操縦者と因縁があるのだが。

「まあいい。ここで会ったが最後だ。私が私であるために、ここで死ね」
「また訳の分からないことを! お前に構っている暇はない!」
「私にはある。そのために私はISを使っているのだからな!」
「こんな非常時だってのに、まだそんなこと言ってるのかよ!? お前は!」

 『サイレント・ゼフィルス』の操縦者は憎悪を剥ぎ出しにし、一夏にライフル『スターブレイカー』を向けて銃身を解放し、エネルギーをチャージしてビームの発射体勢に入る。操縦者の名はエム。『キャノンボール・ファスト』直後に織斑マドカの名を名乗り一夏に接触してきた上、今と同じようなことを言って銃撃を加えてきた。顔は織斑千冬に酷似しており、丁度千冬を一夏くらいの年頃まで戻したかのようだ。しかし今はエムに構っている暇はない。
 エムはお構いなしとばかりにライフルからビームを撃つ。さらに6基のビットを展開して『偏向射撃(フレキシブル)』でビームの軌道を捻じ曲げ、一夏にビームの嵐を浴びせようとする。

「そんな見え見えの攻撃で!」

 だが一夏は強烈な殺気からエムの狙いを冷静に読み取ると、ハイパーセンサーに意識を集中させる。スラスター翼とPICを使ってビームを紙一重で回避し、ビームとビームの間の隙間を潜り抜け、ビームの包囲網から抜け出して上昇に転じる。エムが一夏の動きを先読みしてビームを捻じ曲げ、逃げ道を塞ごうとするが、一夏はスラスターを切ってPICを利用し、雪片弐型を鉄棒に見立てて大車輪を行う。上空でISでは有り得ないような軌道変更を行ってエムの読みを外すと、そのままスラスターを噴射してエムめがけて突っ込み、まず右足を向けてエムに飛び蹴りを叩きこむ。

「少し寝てろ!」

 意外な一夏の行動に対処出来ずにエムはまともに一夏の蹴りを受けてしまい、シールドが削られる。一夏は蹴りの反動で再び空中に舞い上がると身を翻して反転し、同じ場所にもう一撃飛び蹴りを叩きこんでエムを地面に墜落させる。砲撃が一夏の元に飛んでくるが、一夏はPICを稼働させてスラスター翼を動かし、自由自在に飛び回って狙いを絞らせない。

「くっ、舐めた真似を……!」

 立ち上がったエムは屈辱に打ち震える。しかし砲撃が飛んでくるとビットを展開して一夏を攻撃しつつも、邪魔になる砲撃を黙らせるべく宇宙船への攻撃を開始する。
 一方、地上では仮面ライダー1号がサイクロン号に、和也は自身のバイクに、藤兵衛はジープに乗ってスペースクルーやデルザー戦闘員を蹴散らし、仮面ライダー1号が砲塔を攻撃するチャンスを伺う。そして砲塔の照準が上空に集中したと見るや、仮面ライダー1号はバイクの座席を蹴って跳躍する。

「ライダーキック!」

 仮面ライダー1号の渾身の飛び蹴りが砲塔に直撃すると、砲塔は爆発して吹き飛ぶ。仮面ライダー1号は爆風で発生した風圧をベルトの風車で溜め込み、再び跳躍して別の砲塔の前に着地する。仮面ライダー1号は今度は砲身に手を触れると力を込める。砲身が飴細工のように容易く曲がっていき、エネルギーが行き場を失ったのか爆発が発生して破壊される。一度仮面ライダー1号は宇宙船の上から飛び降りてサイクロン号に跨り、再び敵を蹴散らし始める。
 和也と藤兵衛順調に敵の数を減らしていたが、何者かが放った砲撃が和也近くに着弾し、付近のスペースクルーを吹き飛ばす。和也はバイクを急停止させると砲撃の主が上空から現れる。黄色と黒の配色、背中から生えた蜘蛛を思わせる8本の装甲脚。アメリカの第2世代機で『ゴルゴーン・シリーズ』の1号機で、現在は『サイレント・ゼフィルス』と同じく、亡国機業により奪取されて運用されている『アラクネ』だ。すると和也はショットガンを向け、吐き捨てるように言葉を発する。

「お前とは腐れ縁ってヤツらしいな、オータム! 悪いが今はお前らに構っている暇はねえんだ。今回は特別に見逃してやるから、とっとと失せな!」
「ハッ、それはこっちのセリフだ、滝和也! 本当ならてめえを今すぐバラバラにしてやりてえが、こっちもてめえなんぞに構ってやる時間がねえんだよ! 私の気分が変わってぶち殺されない内に、目の前から消えろってんだ!」

 オータムは和也とも因縁浅からぬ仲だ。それだけに険悪な空気が流れるが、和也もオータムも狙いは銀王軍であるためかすぐに和也はショットガンをスペースクルーに連射する。オータムも装甲脚から砲撃を放ちつつマシンガンを呼び出し、地上のデルザー戦闘員に掃射する。途中で和也のすぐ近くに着弾すると和也がお返しとばかりにショットガンをお見舞いし、銃撃戦となる一幕もあったが、スペースクルーとデルザー戦闘員を見るとそれを中断して掃討に当たる。
 仮面ライダー1号は藤兵衛と共に敵を蹴散らし続けていたが、突如としてスペースクルーの一団がバラバラに切断され、少しした後に爆発四散する。面食らう藤兵衛とは対照的に、仮面ライダー1号はスペースクルーの一団を切り裂いたのが金色の細い糸のであることを見抜く。同時に糸を使った者の姿を上空にみとめる。瑠璃色の装甲に、蝶の翅を思わせるスラスター翼を持ったISだ。糸はISの指先から出ている。操縦者は長い金髪に豊かな胸、妖艶な雰囲気を纏った美女だ。だが女を見た藤兵衛の顔が強張る。

「お前は、あの時の亡国機業!」
「亡国機業最高幹部の一人、スコール・ミューゼルか!?」
「その通りよ、本郷猛。最初の『マスクドライダー』に名前を覚えて貰えているなんて、光栄ね」

 女の名はスコール・ミューゼル。亡国機業最高幹部の一人にしてエムとオータムの直属の上司、それに『瑠璃立羽(ブルー・アドミラル)』という専用機を持つIS操縦者だ。金色の糸はナノマシンを糸状に形成したものだ。身構える仮面ライダー1号だが、スコールは手で制すと今度は自分から話し始める。

「今は私たちで争っている場合ではないわ。連中にΣエネルギーを奪われれば、日本は勿論世界だって危ないわ。ここは一時休戦して、一つ共同戦線といきましょう」
「なにが一時休戦だ! そんな虫のいい話があって……」
「……いいだろう。その話、今は乗ろう。ただし、Σエネルギーも羅門博士たちも、お前たちに渡す気はない」
「それはこちらの台詞よ。けど銀王軍を撃退して羅門博士たちの安全が確保された時に、それは改めて決着を着けましょう? そしてその時が、あなたたちの最期になる。エム、オータム、いいわね?」

 仮面ライダー1号は一先ず話を飲むことを決め、スコールもまたエムとオータムに指示を出す。

「犬小屋臭くて堪らねえが、大首領の思うつぼってのは死んでも御免だからな。今回は本郷に賛成だ」
「まったく、こうするしかないのか……」
「おいジジイ! そんなにスコールと一緒が不満か!? てめえみたいな薄汚いジジイにも折角慈悲をくれてやったってのに、なんだその態度はよお!? なんならこの場で、てめえだけはぶち殺してやろうか!?」
「やめなさい、オータム。人生の先輩はもっと敬うものよ。それに生身の人間を殺したければ、今すぐ『アラクネ』を私に返して頂戴。ISを使うのはアンフェアよ」
「何がアンフェア、だよ」
「あら、なら一つ聞くけど、ISを使って生身の人間を殺すのは、『殺し合い』と言えるのかしら? それでは獣が獲物を狩るのと同じではなくて? そんなの野蛮だわ。人間同士の殺し合いは才能や能力、努力、武器の違いはあれど、同じ人間同士、同じステージに立ててる者同士、もっとフィジカルに競い合うべきよ。ごく一部の人間しか使えないISを使うのは、すでにそれ以外の人間とは違うステージに立っていることを意味するわ。改造人間と同じでね」
「ケッ、人殺しにフェアもアンフェアもあるかってんだ。それで、攻撃する気のない相手を因縁付けて攻撃し続けてるお前の部下は、フェアだってのか?」

 和也がスコールの言葉に皮肉を込めて返す。上空を見ると、一夏を執拗に狙っているエムの姿が視界に入る。一夏はエムの攻撃を回避して時折宇宙船を攻撃するが、エムの横やりが入って悪戦苦闘している。エムもまた砲撃が鬱陶しいのか、時折ビットを展開してビームを乱射して宇宙船を攻撃している。しかし宇宙船の装甲がかなり頑強なのか装甲を抜けそうにない。エムは砲撃を回避しつつも、一夏にビームを浴びせようとしているのでジリ貧になる一方だ。

「エム、私の命令が聞こえなかったのかしら? 今は銀王軍への攻撃を最優先よ」
「しかし!」
「なんなら『アスクレピオス』に伝えましょうか? あの男が今度はどんな目に遭うか楽しみだわ」
「……了解。フン、命拾いしたな」

 スコールがエムを止めに入ると、エムは露骨に不愉快そうな表情を見せる。一度鼻を鳴らしてみせ、一夏に向けて吐き捨てるとライフルを下ろす。一夏はスコールを見て何か言おうとするが、その前にスコールが口を開く。

「色々と言いたいことはあるでしょうけれども、それはこの敵をなんとかしてからにしましょう。まずはこいつらを黙らせ、施設内部にいる連中を片付ける。話は、それからよ。オータム、あなたは地上の敵を。私とエム、マスクドライダー、それに彼とで宇宙船をどうにかする。それでいいわね?」

 一夏もスコールの言葉に一先ず引き下がると、全員が一斉に動き出す。

「オラオラオラ! 雑魚がどんだけ集まろうが、ISに敵うわけがねえんだよ!」

 オータムは装甲脚を展開すると地上のスペースクルーやデルザー戦闘員を片っ端から貫き、爪で引き裂くことで片付けていく。しかしスペースクルーの頭が千切れ飛んで中から機械が見えると、流石のオータムも一瞬怯む。

「こいつらは機械生命体ってヤツなのさ。そんなことも知らなかったのか?」
「うるせえ! こっちだって、こんなことしたくてしてるんじゃねえんだよ!」

 電磁ナイフと拳銃で次々とスペースクルーとデルザー戦闘員を倒しつつ、和也はオータムに言い放つが、オータムはすぐにいつもの調子で和也を罵ると、今度はマシンガンも呼び出して和也や藤兵衛と共に地上の雑魚の掃討に専念する。
 仮面ライダー1号は跳躍して砲塔に飛び蹴りを入れて破壊し、スコールもまた砲口に糸を巻きつける、スコールはナノマシンを操作して糸を爆発させ、砲口を潰して無力化する。仮面ライダー1号が宇宙船の船体を蹴って跳躍すると、別の砲塔にパンチを叩き込んで潰す。すると宇宙船はエンジンを点火して上昇を開始する。しかし仮面ライダー1号はまたしても飛び上がり、今度はスコールがナノマシンの糸で壁を作り、仮面ライダー1号は糸の壁を蹴って方向転換する。同時にスコールは今度は壁を爆発させ、爆発の勢いを乗せて仮面ライダー1号は加速する。そして爆風で発生した風圧をベルトの風車に溜め込み、そのエネルギーを解放しつつ宇宙船のエンジンに飛び蹴りを放つ。

「ライダー反転キック!」

 仮面ライダー1号が反動をプラスして放った蹴りは、エンジン部分を容易く貫通して破壊する。メインエンジンを破壊された宇宙船はサブのエンジンで辛うじて滞空するものの、エムはビットやライフルから発射したビームを偏向射撃で捻じ曲げ、次々と砲口を撃ち抜いて沈黙させる。

「はああああああああ!」

 続けて一夏が砲撃を潜り抜けて砲塔に接近すると、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)『零落白夜』を発動させ、雪片弐型が変形してエネルギー刃が形成される。一夏は瞬時加速を使って太刀の間合いに入ると、思い切り雪片弐型を振るって斬撃を浴びせる。砲身が真っ二つになるとスラスターを使って急上昇に転じ、別の砲塔にも同じ要領で一撃を加えていく。エムと共に全ての砲塔を潰すと、宇宙船は激しく発光して一瞬の内に姿を消す。

「消えた!? どこに!?」
「馬鹿な!? 光学迷彩だとでも言うのか!?」
「いや、宇宙船は本当にこの空域から消えたんだ。空間跳躍、いわゆるワープというものだろう」 
「そんなものを、連中は……」
「あなたの言う通りでしょうね、本郷猛。あれだけの質量がある物体ならば、光学迷彩を使用しても空気の屈折率や空間の歪みで分かる。けれども、それがない。しかも一瞬膨大なエネルギーが宇宙船から放出されたと出ている。そう考えるのが妥当だわ」

 驚愕するエムと一夏とは対照的に、仮面ライダー1号は冷静に推測を述べてスコールも同意する。一夏は改めて敵の恐ろしさを痛感し、内心戦慄するがすぐに振り払う。

「とにかく、地上の敵を倒すのが先決だ」


 

仮面ライダー1号はスペースクルーやデルザー戦闘員に飛び込みながら蹴りを入れ、腕を振るって片っ端から倒していく。一夏やスコール、エムも和也と藤兵衛、オータムと共に残った敵を倒していく。最後に仮面ライダー1号の右手刀がスペースクルーの首を刎ね飛ばして沈黙させると、その場に静寂が訪れる。一夏やスコール、エム、オータムはハイパーセンサーに意識を集中させ、敵が他に潜んでいないかを確認する。しばらく経過してもう敵が残っていないと確認されると、仮面ライダー1号と一夏、和也、藤兵衛はスコールら3人と対峙し、睨み合いになる。しかしスコールは真っ先にISの展開を解除し、仮面ライダー1号も変身を解除する。

「まだ終わったわけじゃないわ。これからが本番なのだから。オータム、エム、ISの展開を解除しなさい。一時的とはいえ、今はまだ味方同士、互いにISを装着していたのでは、気が気でないでしょう? 君も早く待機形態に戻して頂戴。あなたもヘルメットを脱いで貰おうかしら、滝和也」
「お見通しって訳かよ。分かったよ、脱げばいいんだろ、脱げば」

 和也はヘルメットを脱ぐ。オータムも仕方ないと言いたげにISの展開を解除し、一夏も展開を解除する。エムは殺気を一夏と和也に放っていたが、忌々しげに鼻を鳴らしてISの展開を解除する。ようやくエムの素顔が晒されると猛と藤兵衛は驚きを隠せない様子であったが、エムが不愉快と言いたげに一夏と和也を睨み、すぐに表情を戻す。

「さあ、施設の中に入りましょう。銀河王や暗黒大将軍が何をしているか分かったものではないわ」

**********

 亡国機業のΣエネルギー研究施設内部。すでに銀王軍に蹂躙され、至る所が破壊されている地上部分の施設を猛、一夏、和也、藤兵衛、スコール、オータム、エムが固まって歩いていた。と言っても会話は殆どなく、大抵は施設のことを知るスコールの話を和也と猛が聞いて、いくつか質問するくらいだ。その質問もスコールははぐらかすこともあるので、相変わらず雰囲気は悪い。時折オータムが和也や藤兵衛に食ってかかるが、スコールに宥められるということを繰り返している。エムは一言も話さず、一夏をずっと睨んでいる。一時的とはいえ共同戦線を組むのが余程嫌と見える。

(この雰囲気、誰かに似てると思ったけど間違いない。あの時のレベッカって女に似てるんだ)

 一夏は第二回モンド・グロッソ決勝戦に際して亡国機業に誘拐されたのだが、主犯格とも言えたのがレベッカと名乗るIS操縦者であった。あの時はレベッカの言葉を理解出来なかったが、まともな人間ではないことだけは理解は出来た。後になって思い出すと、レベッカは極端な女尊男卑主義者で、千冬を『女王』にするつもりだったらしい。思い返せば、猛を鞭打っていたクララとかいう女も、レベッカの話を聞いていた時には引いていたように思えるし、一際異常な狂人だったのかもしれない。幸いレベッカは猛が撃破したので事なきを得たが、もしあの時猛がそばにいなければ、自分はあのレベッカとかいう女に殺されていたかもしれない。
 エムもまたレベッカと非常によく似た雰囲気を醸し出している。エムは一夏の視線に気付いたのか、露骨に不機嫌そうな顔をするが、特に何も言う気配はない。

「それより、私たちがなぜこちらに来たのか聞かないのかしら?」
「大体予想はついてる。施設から出たはいいが、連中の襲撃があって慌てふためいてこっちに戻ってきた、ってのが顛末だろう。どうせ宣戦布告を軽く見てたんだろうがな」
「てめえ、どうしてそれを!?」
「お前らの考えることなんて、俺にはお見通しなんだよ。どれだけお前らの捜査担当してきたと思ってんだ?」
「それより、地下に通じる非常用階段があるわ。エレベーターは使えないみたいだし、こちらを使うしかないわね」

 スコールはカードキーを取り出すと解錠し、7人は階段を慎重に下りていく。階段を降りるときも喋らない。長い階段を下りると薄暗い廊下に出る。スコールは先行してカードキーを取り出し、扉の前に立とうとする。

「待て!」

 しかし猛がスコールを制止し、全員をその場に立ち止まらせる。

「おい、てめえ! 一体なんのつもりだ!?」
「扉の前に、電磁バリアが張られている。もしこのまま進めば、全員感電してしまうぞ!」
「出鱈目言うんじゃねえ! 電磁バリアなんて代物、私たちは仕掛けちゃいねえぞ!」
「ならば、これを見ろ!」

 食ってかかるオータムに対し、猛は壁に備え付けの消火用斧を取り出すと扉に向けて投げつける。すると斧が扉に当たる直前、スパークとエネルギーの壁が発生し、斧は黒焦げとなり地面に落ちる。

「そんな馬鹿な!?」
「猛、一体どういうことなんだ?」
「仕掛けたのは銀河王の手下共でしょう。我々がこちらから侵入して来るのを見越し、全滅させる気だったのかもしれません」
「つまり連中は地下に入って、羅門博士たちの所に居るってことかよ!?」
「そうと決まった訳じゃない。だがこの先もトラップが続いている可能性が高いな」
「ならば一度地上に戻りましょう。建設中に使われた建設用の仮通路が残っているわ」

 猛の言葉を聞くとスコールの提案で7人は地上に出ると、今度はやや離れた場所にある建設時仮通路入口から地下へ潜っていく。今度はトラップは仕掛けられていないのか、すんなりと地下に侵入することが出来た。地下施設の探索を開始した猛たちだが、銀河王らがいる気配はない。猛は研究施設にある部屋をしらみつぶしに探し始めるが、研究員も見つかる気配がない。不安がよぎる中、最後の部屋の扉の前に到達する。この扉の向こうには、水素エネルギーの貯蔵庫が用意されている。猛は扉に手を掛け、一気に開く。

「誰!?」

 扉を開けると女性の声が響き渡り、猛の視界に白衣を着た女性二人に、多くの研究者らしき男性の姿を見つける。レミたちのようだ。

「安心して下さい。我々は敵ではありません。御子柴美代子さんの通報を受け、あなた方を救助しに来た者です」

 猛が安心させるように告げると、白衣の女性が安堵したように息を吐いて続ける。

「良かった、美代子さんが無事に脱出出来たみたいで。私が責任者の羅門レミです」
「そう、御子柴美代子は『マスクドライダー』に保護されていたのね」
「あなたはスコール・ミューゼル!? どうしてここに!?」
「あなたたちを救助に来たのよ。今はインターポールの滝和也と一緒だけれども、無事地上まで脱出出来たら、すぐにこっちに来てもらうわ。嫌なら力ずくで連れていくまでよ」
「捕らぬ狸の皮算用ってヤツだな。それはそうと、山下雪子さんという方はいませんか?」
「はい、私ですけど。私に何か?」

 和也がスコールに皮肉を浴びせつつ、山下雪子がいないか確認すると、白衣を着たもう一人の女性が怪訝そうな表情を浮かべて名乗り出る。間違いない。一夏が見たツーショット写真と同じだ。一夏が雪子に歩み寄ると話しかける。

「あの、実は晴彦君からお姉ちゃんを連れて来て欲しいって、頼まれてまして。それで、俺にこれを……」
「これは、私が晴彦に買ってあげたハーモニカ!?」
「はい、これをあげるからお姉ちゃんを探して欲しいって、俺にくれたんです。ですから、早く晴彦君の所に戻って、一杯甘えさせてあげて下さい。晴彦君もここにはいませんけど、ずっと頑張っているんですから」
「はい、ありがとうございます……」

 一夏と雪子が話しているのを冷めた目で聞いていたエムだが、視線を猛とレミに戻す。

「ところで博士、銀王軍の奴らはどこにいったか分かりますか?」
「それが、地下に侵入して私たちをここに閉じ込めた後、どこにいったかが分からなくて……」
「お姉ちゃん!」
「晴彦!? 晴彦なの!?」
「晴彦君!? どうしてここに!?」

 すると後ろの扉が開き、幼い少年と若い女性が歩いてくる。少年は晴彦、女性は美代子だ。晴彦は雪子の姿を見とめるや、即座に駈け出して雪子に抱きつき、雪子も驚きながらもしっかりと抱き止める。だが美代子は晴彦と共に避難所まで行った筈なのに、どうしてここにいるのか。

「美代子さん、どうしてここに来たんです? しかも晴彦君を連れて」
「ごめんなさい、滝さん。どうしても晴彦君を雪子に会わせてあげたくて。それに羅門博士や雪子には迷惑をかけてしまったので、私も助けになりたかったんです」
「いや、しかし、危険すぎる。この施設は銀王軍って連中にに襲撃されたところなんだ。今はどこに行ったかは分からんが、もしかしたら怪人がまだいるかもしれないんだぞ?」
「ハッ、馬鹿な女だ。私たちがいる所にノコノコと戻ってくるなんてな! 地上に戻ったら二度と私たちに逆らえないように、じっくり、たっぷり、ねっちりと痛めつけてやるから覚悟しておけよ!」

 困惑する和也と藤兵衛を余所に、オータムは忌々しげに美代子を睨みつけて威圧するように言い放つ。しかしスコールと猛は反応が違う。むしろ不審に思っているようだ。

「失礼ですが美代子さん、ここへどうやって入ったのですか?」
「エレベーターは封鎖されていたので、非常用階段を使って下りたんです」
「非常用階段を、ねえ……」

 スコールが意味深に呟いた瞬間、一夏と和也、藤兵衛は弾かれたように美代子から距離を取り、レミや雪子、晴彦を守るように立ちはだかる。エムとオータムは拳銃を抜いて美代子に狙いを定める。晴彦やレミ、雪子はわけが分からないと言いたげな表情を浮かべている。

「あの、美代子さんが何か……?」
「非常用階段の出入り口には、電磁バリアが張られていて、そこから出入りできないようになっているんです。美代子さん、これはどういうことですか? なぜ貴女は電磁バリアに引っ掛からず、ここまで来れたんですか?」

 レミが疑問を口にすると猛がその理由を答え、美代子に質問する。しかし美代子は答えない。俯いたまま一言も喋ろうとしない。不気味な沈黙と緊張が走る中、雪子がようやく口を開く。

「まさか美代子、あなたは……」
「それはミーから説明しよう!」
「この声は!?」
「まさか!」
「暗黒大将軍か!?」
「その通りだ! 本郷猛、仮面ライダー1号よ!」

 直後に聞き覚えのある声が貯蔵庫中に響き渡ると、床一面に黒い影が広がる。やがて影の中から暗黒大将軍とデルザー戦闘員が大挙して出現する。暗黒大将軍は杖をサーベルに変えて鞘から抜き放ち、猛に突き付ける。晴彦が怯えて雪子の背後に隠れるのを一瞥した後、暗黒大将軍は身構える猛と和也を手で制して言い放つ。

「本物の御子柴美代子はミーたちが確保してある。見るがいい!」

 暗黒大将軍がそう言うとデルザー戦闘員数人が現れ、白衣を着た女性を引っ立ててくる。

「美代子が、もう一人!?」
「これは一体!?」
「ごめんなさい、羅門博士、雪子。逃げ出せたのは良かったんだけど、いきなり蛇の化け物に襲われて、気が付いたらこいつらに捕まっていて……」

 捕まっているのは他でもない美代子だ。これで全員が状況を理解する。和也に接触した御子柴美代子は偽者だ。だからこそ電磁バリアを突破出来たのだ。猛がポーズを取ろうと右腕を左斜め上に突き出し、和也がヘルメットを被ってスーツの機能を起動させようとする。だが暗黒大将軍は本物の美代子の首にサーベルを突き付けて言い放つ。

「フリーズ! 変身してみろ、本郷猛。ミーのサーベルがこの女の血を吸うことになる。それでもいいのか!? お前もだ、滝和也! ヘルメットを被ればこの女は死ぬことになるのだ! さあ、滝和也。大人しくヘルメットと武器を全部捨てて貰おうか? あまりにもアンサーがスロウリィだと、御子柴美代子は本当に地獄に逝くことになるぞ!?」
「私には構わないで下さい! Σエネルギーを悪用されるくらいなら、ここで死にます! ですからこいつらを倒して、博士や雪子たちを安全な場所に!」
「シャラップ! これ以上余計な口を開くのであれば、その喉をセイバーで掻き切って、耳触りでノイジィな声を元から断ってやってもいいんだぞ!?」

 怯まない美代子にいらついたのか、暗黒大将軍はサーベルの切先を喉元に食い込ませる。血が滲んで僅かに流れ出すのを見ると、猛は歯噛みしながらも動作を中断し、和也はヘルメットと大型拳銃と電磁ナイフを投げ捨てる。他の武器はスーツを起動し、量子化してあるものを呼び出さなければならないのでこれで和也は丸腰だ。しかしエムとオータムは拳銃を構えて暗黒大将軍に銃口を向けたままだ。スコールも懐から投げナイフを取り出し、いつでも投げられるようにする。

「何のつもりかね? ファントム・タスクの諸君。ミーの言っていることが理解出来ないのかね? その武器を下ろさねば、この御子柴美代子を殺すと言っているのだ。アンダスタン?」
「ええ、理解しているわ。だったら早く殺しなさい。私たちの目的はあくまでも水素エネルギーの組成式を確保すること。組成式を知る羅門レミ博士以外がどうなろうと、私の知ったことではないわ」

 しかしスコールは顔色一つ変えずにナイフを構え続ける。 

「知ったことではないって、あんた、まだそんなこと言ってるのか!? こんな時に余計なことを考えているから……!」
「その薄汚い口を閉じろ!」

 スコールの非情な一言に食ってかかる一夏だが、エムが激昂し、拳銃を一夏の足元に一発放って続ける。

「勝利を得るために必要な犠牲を払うことを躊躇っていては、この先の戦いには勝利できん! ましてや相手は怪人共、一人や二人の犠牲で済むなら、それに越したことはない! 私には貴様と違ってやらなければならないことが、使命があるのだ! それをこんな下らないことで費やされて堪るか! ぬくぬくと堕落し切って育った偽善者風情が口を出すな!」
「そんな言い方ないじゃない! なら言わせて貰うけどね、彼女は大切な研究仲間で、研究は彼女による所も大きいのよ! それを犠牲にするって言うなら、私だって死んでやる! あなたたちにΣエネルギーを使われるくらいなら、私と一緒にΣエネルギーの存在自体を葬ってやるんだから!」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ、このお花畑女が! てめえのΣエネルギーなんざなくても、こっちには代わりはいくらでもあるんだよ! 大体てめえらが資金繰りで困ってるって聞いたから、甘い顔して資金援助の申し出をしてやりゃ科学者としての良心だ使命だのたまうから、仕方なく無理矢理連れて来てやったんだ! その恩を忘れて好き勝手ほざく恩知らずの馬鹿なんざ、どうなろうが知ったことか! しかも折角助けに来てやればこの態度、こっちはΣエネルギーがあいつらの手に渡らなきゃ、てめえらなんざ、どうだっていいんだよ! ましてあいつは脱走者なんだ、丁度いいからここで処刑してやる!」
「言い過ぎよ、オータム。けど分かったでしょう? 私たちにそんな脅しは通用しないと」

 スコールがナイフを投げようと構え、エムとオータムは拳銃の引き金に指を掛ける。しかし暗黒大将軍は動揺した様子も見せない。むしろ不敵に笑ったままだ。エムは不愉快そうな顔をしながらも拳銃を発射しようと引き金に指をかける。

「何!?」
「そんな!?」
「レーザー!? どこから!?」

 だがスコールのナイフとエムとオータムの拳銃は、どこからともなく飛んできたレーザーで叩き落とされる。驚愕しつつもレーザーが発射された方向に視線を送ると、レーザーの主を捉える。髪の毛を無数の蛇に変えて、蛇を思わせる目に長い舌をした偽者の美代子だ。レーザーは頭の蛇から発射されたらしい。同時に猛は偽者の美代子の正体を悟ったらしく、声を上げる。

「貴様はまさか、ショッカー怪人の『キラースネーク』か!?」
「その通りだ、本郷猛!」

 偽者の美代子は顔を覆うように両手を出すと、口から黒煙を吐き出して全身を包み込む。やがて煙が晴れると多数の蛇で構成された髪に、全身を鱗で覆った蛇を模したショッカーの改造人間『キラースネーク』が現れる。

「猛、こいつは一体何者なんだ!? こんなヤツがショッカーにいたなんて、俺は今まで見たことないぞ!」
「俺が一文字に日本の守りを任せ、ショッカーの別計画を追ってヨーロッパに渡った時に戦った、ショッカーのヨーロッパ支部に所属していた怪人ですよ! キラースネーク、まさか貴様も復活していたとはな!」
「当然だ! ショッカーから生まれながら、ショッカーを裏切った愚か者め! ここでキラースネーク様が貴様を処刑してやる! 死ね、本郷猛!」

 キラースネークは腰から蛇を模した形状の鞭を取り外し、しならせて猛の首に巻きつける。猛は抵抗しようと踏ん張るが、変身していない猛ではキラースネークの力には抗しきれないのか、徐々にキラースネークの方に引き寄せられていく。

(まともにやり合えば不利か。ならば!)

 単純な力比べでは不利と見た猛は地面を蹴り、キラースネークが鞭を引っ張るのに合わせて跳躍し、逆にキラースネークめがけて飛びかかる。するとキラースネークは大きく体勢を崩して仰向けに倒れ、猛は馬乗りになって数発パンチを叩きこむと鞭の戒めから逃れる。近くにいた暗黒大将軍に回し蹴りを放って吹き飛ばすとデルザー戦闘員を蹴散らし、美代子を助け出す。

「おやっさん! 美代子さんたちを頼みます!」
「任せろ!」
「俺たちもいこうぜ! 一夏君!」
「はい!」

 猛は美代子を藤兵衛に託すと和也や一夏と共に生身で暴れ始める。藤兵衛は美代子やレミ達と共に逃げようとするが、デルザー戦闘員を突破出来ずに立ち往生している。その隙にスコール、エム、オータムは武器を拾い直し、デルザー戦闘員を攻撃して血路を開こうとする。

「ソウハサセルカ! オ前タチヲ、ココカラ生カシテ帰スワケニハイカナイ!」
「くっ! やはり貴様もここにいたか! 銀河王!」

 デルザー戦闘員に加えて多数のスペースクルーが乱入してきて襲いかかる中、ローブを身に纏った機械生命体、銀王軍を率いる銀河王が遂に猛たちの前に姿を現す。

「こいつが銀王軍の親玉、銀河王……!」
「遅かったな、銀河王。こちらはもうスタートしていた所だ」
「ソレヨリΣえねるぎーノでーたダガ、ヤハリ全部破壊サレテイテ、復元ハ不可能ダ。ドウシテモ羅門れみヲ連行スル必要ガアル」
「好き勝手言いやがって! 偏屈機械野郎が! これ以上、お前らの好きにさせるかってんだ!」
「黙レ、滝和也。ソレヲ決メルノハ我々ダ。ソシテふぁんとむ・たすくノ手ノ者ヨ、オ前タチモココデ、我々ノタメニ死ヌノダ!」
「ふざけるな! 貴様のような出来損ないの機械など、この場でスクラップにしてくれる!」
「愚カナ。デハ私ノ力ヲ存分ニ味アワセテヤル!」

 銀河王はロープの内側から右腕を出してかざす。すると猛、一夏、和也、スコール、オータム、エムは何かに縛られたように動きが止まり、宙に浮く。全員逃れようともがくが不可視の拘束から解放される気配はない。

「なんだこれは!?」
「これがヤツの超能力か!」

 銀河王が腕を再び動かすと猛とスコール、和也とオータム、一夏とエムはそれぞれ別方向に飛ばされ、壁に叩きつけられて床に落下する。
 立ち上がった猛とスコールはスペースクルーやデルザー戦闘員にパンチやキックを叩きこみ奮闘していたが、突如として翼を持った怪人が姿を現す。猛とスコールの不意を突いて一撃を加え、右腕で猛を、左腕でスコールの首を締めあげながら壁に叩きつけて貼り付ける。

「貴様は、サドンダス!」
「本郷猛、スコール・ミューゼル、貴様らの相手はこのサドンダス様だ! そしてここが貴様たちの墓場となるのだ!」

 サドンダスは力を込めて二人の首を締めあげるが、スコールがナイフを突き立て、猛が顔面に渾身の手刀を叩き込む。すると流石に堪えたのかサドンダスは手を放し、猛とスコールはようやく解放される。だが休む暇もなくスペースクルーとデルザー戦闘員が襲いかかり、今度は蚊を模した怪人が猛とスコールの上から奇襲をかける。辛うじて防御した猛だが、怪人はレイピアを取り出して猛に突きかかる。紙一重で回避し、デルザー戦闘員から奪ったサーベルで斬り結ぶ猛だが、鍔迫り合いになると叫ぶ。

「貴様は、ヨーロッパ支部の『デスキート』! キラースネークのみならず、貴様も復活していたのか!?」
「そうだ! 本郷猛! ショッカーを裏切り、俺に屈辱を与えた貴様を地獄に送るために甦ったのだ! 仮面ライダー、覚悟!」

 怪人の名はデスキート。キラースネークと同じくヨーロッパで猛と戦い、敗れ去ったショッカー怪人だ。猛はデスキートとサーベルで斬り合いを演じる。デスキートが一気に決めようとレイピアを引いた瞬間、猛は大きく飛び退いて距離を取り、変身しようと右腕を突き出す。

「ライダー……変し……ぬうっ!?」

 しかし怪光線が猛に浴びせられると身体が急に動かなくなり、猛は地面に膝を着く。直後に腕が伸びて猛を捕まえると、その本体へと引き寄せる。胸に鷲を象ったショッカーのレリーフが描かれ、ショッカーベルトが巻かれたロボットだ。ロボットは猛を引き寄せると右腕で思い切り殴り飛ばし、もう一度左腕を伸ばして動きを止める。

「紋章とベルト、まさかこのロボットもショッカーなのか!?」
「貴様は知らないようだな。だが、当然か。これは対仮面ライダー用にショッカーヨーロッパ支部がデータを提供し、『ダーク』に発注して製作させながら、ショッカーが壊滅したことで未完成のまま放置されていた人造人間。そして暗黒大将軍が銀河王と協力し、完成まで漕ぎ着けたショッカー最後の遺産。その名も『ビッグマシン』だ! 貴様が浴びたのは機械を一時的に麻痺させる『メカライズビーム』だ! つまり、ビッグマシンが存在する限り、貴様は変身出来ない。変身出来ない仮面ライダーなど、恐れるに足らん!」

 デスキートは勝ち誇ったように猛を嘲ると、サドンダスとビッグマシンと共に猛とスコールに挑みかかり、事実上変身を封じられた猛に集中攻撃を浴びせる。
 

「本郷! クソ、邪魔すんじゃねえ!」
「マスクドライダーはどうなろうが知ったことじゃねえが、スコールに手出しすんな!」

 和也とオータムも立ち上がり、スペースクルーやデルザー戦闘員を蹴り飛ばし、殴り飛ばし、回し蹴りで纏めて吹き飛ばしながら救援に向かおうとする。だが剣と盾を持った馬を模した怪人と、牙を模した刀を持ったワニ型の怪人が和也とオータムに斬りかかる。和也は咄嗟にデルザー戦闘員からサーベルを引っ手繰り、怪人の剣を受け止める。しかし怪人は左手に持った盾で和也を打ち据え、強靭な脚力で和也を思い切り蹴り飛ばす。立ち上がった和也に剣を向け、馬の怪人が話し始める。

「俺はショッカーヨーロッパ支部随一の剣の名手と謳われた、その名も高き『ホーサイド』だ! 滝和也、ショッカーに逆らった貴様を、我が『ホースカリバー』の錆にしてくれる!」
「悪趣味な名前だぜ! 剣の腕はともかく、ネーミングセンスの悪さはショッカーでも一番だな!」
「ええい! 俺を愚弄するか! 貴様、俺を侮辱して楽に死ねると思うなよ!」
「一丁前に騎士気取りかよ。そんなの、いくら格好つけても似合わねえんだよ!」

 馬の怪人ことホーサイドは再び和也に斬りかかるが、和也はスペースクルーやデルザー戦闘員を蹴り飛ばし、時に盾代わりに使ってホーサイドの猛攻を凌ぐ。
 オータムはワニ型怪人の刀を回避して蹴りを入れるが、怪人は全く堪えていないのか逆にオータムを蹴り飛ばす。

「無駄だ! このクロコダイにへなちょこな蹴りが効くものか!」
「うるせえんだよ! このワニ野郎!」

 オータムは舌打ちしてクロコダイを罵ると、隙を伺うが中々専用機を展開出来ない。ホーサイドの攻撃を凌いでいた和也だが、死角から飛び出してきた何者かにより爪の一撃を貰い、回避し切れずに頬が浅く切れる。

「まだヘルキャットがいるのを忘れるな!」
「丁度いい! ヘルキャットよ、遊撃として滝和也とあの女の動きを止めるのだ! その隙に俺とクロコダイが仕留める!」
「騎士気取りのクセに、随分とせこい手を使うんだな! 一騎討ちをするんじゃねえのかよ!」
「ショッカーでは勝つことこそが最上の名誉だ! 命をかけた戦いに、せこいも卑怯もラッキョウもあるものか! これは作戦だ! 勝った方こそが正義なのだ!」

 ホーサイドが嘯くとネコ型の怪人ヘルキャットは縦横無尽に動きまわって撹乱し、その隙にホーサイドが和也を、クロコダイがオータムを斬ろうと得物を振り上げる。

「ミーも忘れるな!」

 加えて暗黒大将軍もまたサーベルで斬りかかり、ホーサイドと共に和也を攻め立てて防戦一方へ追い込んでいく。
 一夏とエムはキラースネークと戦闘員達に加えて、ウツボとトンボを模した怪人に襲撃されている。キラースネークが一夏とエムを鞭で打ち据え、ウツボ型怪人がウツボを模した右腕を伸ばして一夏の身体に巻き付けて締めつける。トンボ型怪人は両手に持ったバズーカをトンファーのように持ってエムに殴りかかり、エムに専用機を展開させる暇を与えない。

「どうだ! ウツボロンの『ウツボアーム』の威力は!? 苦しいだろう!」
「どうした!? ちょろちょろに逃げ回っていても、このトンボンバーは倒せんぞ!?」

 ウツボロンは一夏を壁に叩きつけ、トンボンバーもまたエムを殴り飛ばす。一夏は右手のガントレッドを掲げ、エムやオータム、スコールも専用機を展開しようとする。

「来い! 白式!」

 『白式』をコールする一夏だが、一向に展開される気配はない。他の専用機持ちも同じだ。驚愕を隠せない一夏を見ると、暗黒大将軍が呵々大笑して嘲り始める。

「無駄だ! この部屋にはバダンニウムパルスが発生させてある! いくらISをコールしても、ここにいる限りISを装着できないのだ!」
「そうか! 最初から俺たちをここに誘い込み、纏めて始末するつもりだったんだな! そのためにキラースネークを送り込み、誘導したのか!」
「ソノ通リダ、本郷猛。ソノタメニ施設ニとらっぷヲシカケタノダ。見事ニ効果覿面ダ。全テハ邪魔者、仮面ライダートソノ協力者ヲ排除スルタメノ作戦ダッタノダ!」

 銀河王は猛を超能力で拘束し、またしても壁に叩きつける。そこにサドンダスやデスキート、ビッグマシンが襲いかかり、猛やスコールを追いこんでいく。

「クソ、こいつら、キリがないぞ!」
「ごめんなさい、私が……」
「あなたのせいじゃないわ、美代子さん。雪子さん、晴彦君を離さないでね!」
「はい! 大丈夫よ晴彦、私が一緒だから」
「うん……」

 怯える晴彦と抱き締める雪子の姉弟、保護された美代子を庇うように藤兵衛、レミ、研究員たちは戦闘員を姉弟に近付けまいと奮闘しているが、いかんせん数が違い過ぎて押されていく一方だ。

「無駄だ! 今度こそ仮面ライダーにリベンジを果たし、醜く、惨たらしく処刑してやるのだ! フハハハハハハハハハ!」 

 暗黒大将軍は満足げに高笑いを上げる。

 銀河王と暗黒大将軍による卑劣な罠に嵌り、変身出来ない本郷猛と、『白式』を展開出来ない織斑一夏。果たして彼等はこの窮地を乗り越え、無事にこの施設から脱出出来るのであろうか。



[32627] 第三十二話 敗北
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:31
 結論から言えば変身を封じられ、ISも展開出来ない状況の中ではよくやったと言えるだろう。しかし多勢に無勢、藤兵衛やレミらの奮闘も虚しく、雪子と晴彦はデルザー戦闘員に捕まり、それを人質に暗黒大将軍は降伏を呼び掛けた。猛、和也、一夏は抵抗をやめてサドンダスらに袋叩きにされ、抵抗を続けていたスコール、オータム、エムも数に押され、結局は捕えられた。今は全員後ろ手に縛られた状態で地上に出て、底が見えない竪穴の淵まで連行させられている。猛たちの目の前をこれ見よがしに歩き回っていた暗黒大将軍は、杖を猛の鼻先に突き付ける。

「どうだ、本郷猛! 変身していなければ、特殊金属製の鎖は引きちぎれまい! 実にいい様だ! 伝説のダブルライダーの片割れが、ミーに為す術もなく捕えられたのだからな!」

 暗黒大将軍は誇らしげに言うと、捕えられた人間に聞こえるように大声で宣言する。

「聞け! これより愚か者共に罰を与える! すなわち、仮面ライダーと協力者、亡国機業の手先、ミー達に従おうとしない反乱分子の処刑だ! だがミーは慈悲深い! ミーに忠誠を誓うと約束するのであれば、命を助けてやろう! さあ、誰か名乗りを上げよ!」

 しかし誰一人として乗る気配はない。すると暗黒大将軍は苛立ちを露にし、大声で罵倒し始める。

「貴様たちは本当にフールなのか!? 折角ミーが命を助けてやろうと言っているのだ! これが生き残る最後のチャンスなのだぞ!? ならばミーの言っていることが、脅しではないと証明してやる! 本郷猛! まずは貴様からだ! 貴様はこの穴に落ちて死ぬのだ! 死体が見られないだけ、気分も良かろう! 安心しろ、貴様のフレンドたともすぐに後を追わせてやる!」

 暗黒大将軍はまず猛の処刑を決定すると、左右に控えていたデルザー戦闘員が猛を引っ立てていこうとする。

「猛さん!」
「大丈夫だ、一夏君。俺はまだ、死にはしないさ」
「でも!」
「心配しなくていい、一夏君。猛のことだ、きっと何か考えがあるんだろう」
「一夏君、簡単に、本郷はくたばりはしねえよ」
「ふん、強がりを! お前たちもすぐゴー・トゥ・ヘルするのだ! 博士もこれを見て考え直すといい。仮面ライダーなど所詮はこの程度なのだと、ミーたちに従うことこそが最善なのだと、思い知るがいい」
「嫌よ。あんたたちに従ってたまるもんですか! 殺すならさっさと殺しなさい!」
「そうはいかない。博士には協力して貰わなければならないのだからな。さあ、連れて行け!」

 一夏を安心させるように猛は優しく、それでいてどこか『太い』独特の笑顔を見せ、一夏を藤兵衛と和也が窘める。暗黒大将軍はレミに大仰に一礼すると、猛を崖の端まで連れて行かせる。

「お待ち下さい! 暗黒大将軍!」

 しかし怪人の一体が止めに入る。出鼻をくじかれた暗黒大将軍は不愉快と言いたげな表情を見せる。

「なんのつもりだ? ホーサイドよ。事と次第によっては、貴様にもデスペナルティーを与えるぞ?」
「いえ、仮面ライダーの処刑はこのホーサイドにお任せ下さい。仮面ライダーは怪人『バッタ男』として誕生する筈だった改造人間。それがショッカーを裏切って壊滅させたのです。ならば裏切り者の始末をつけるのが筋であり、けじめというもの。この場で仮面ライダーをホースカリバーの錆にしてご覧に入れましょう!」
「待て、ホーサイド! 抜け駆けはよして貰おうか! 暗黒大将軍、このクロコダイに仮面ライダー処刑の栄誉をお与えください! 我らが同胞を悉く葬り去っていった仮面ライダーを討ち、同志たちの仇を取りたいと存じます」
「黙れ、クロコダイ! お前如きに仮面ライダーを殺せるものか! 万が一仕損じてしまったらどうする気だ!? ここはショッカーヨーロッパ支部一の剣の使い手と名高い、このホーサイドが一番だ!」
「誰がお前をヨーロッパ支部一の剣の使い手と認めた!? ホーサイド、お前がヨーロッパ支部一の剣の使い手なら、俺はヨーロッパ支部一の刀の使い手。この『峨媚有』の錆となって消えた者は数知れず! お前こそ恥をかきたくなければ、消え失せよ!」
「生意気な! ならば決闘だ! お前に決闘を申し込む! 暗黒大将軍、俺はクロコダイとの決闘を所望する!」
「いいだろう、受けて立とう! 暗黒大将軍、決闘の許可を!」
「やめないか! どちらも見苦しいぞ!」
「ようやく仮面ライダーを倒せると言うのに、仲間割れをしている場合か!?」
「止めるなデスキート! ここまで侮辱されて引き下がっては、俺の面子が立たん!」
「部外者はひっこんでいろ! サドンダス!」
「イイ加減ニシロ!」

 ホーサイドとクロコダイが猛の処刑を巡って決闘しようと、止めに入ったデスキートやサドンダスを一喝する。ホーサイドは剣を、クロコダイは刀を構えて決闘を始めようとした瞬間、銀河王が超能力でホーサイドとクロコダイを弾き飛ばし、地面に強かに叩きつける。ホーサイドとクロコダイが立ち上がると、銀河王は珍しく怒りを露にして怒鳴り始める。

「オ前タチヘノ指揮権ハ我ラガ主、偉大ナル『大首領』ガ直々ニ私ト暗黒大将軍ニ一任サレタノダ。ソレニ逆ラウノデアレバ、恐レ多クモ大首領ニ逆ラッタ大罪人トシテ、コノ場デ私ガ処刑スル! コノ処刑ハ私ガ大首領ノ名ノ下ニ暗黒大将軍ニ任セタノダ。ソレニ異議ヲ唱エルナド、マカリナラン!」
「は、ははっ! どうかお許しを!」

 ホーサイドとクロコダイは平伏して服従の意を示す。銀河王が機嫌を直して引き下がると、フォローするように暗黒大将軍が声をかける。

「しかし、お前たちの気持ちは良しとしよう。なにも死に体の仮面ライダーなど斬らずとも良いではないか。作戦成功の暁には、残り10人の仮面ライダー共を剣や刀の錆にしてやればいい。もう下がってよし!」

 暗黒大将軍が言うとホーサイドとクロコダイは大人しく引き下がる。暗黒大将軍は猛を小突き、崖の端まで到達させる。暗黒大将軍はこれ見よがしに声を張り上げる。

「さあ、よく見ておくのだ! これが仮面ライダー1号、本郷猛の最期の姿だ! せいぜい無様な悲鳴を上げて、醜く死ぬがいい! グッバイ!」

 暗黒大将軍は大笑しながら猛に蹴りを入れ、崖から蹴り落とす。

「うわあああああああ!」
「ハハハハハハハハハハハハハ! 死んだ! とうとう本郷猛を殺してやったぞ! これでミーたちに恐れるものなど何もない! もう何も怖がる必要もないのだ!」

 猛の声が遠ざかっていくと、暗黒大将軍は大笑する。
 落下していく猛は声を上げながら、身体をよじって身体の正面に風が当たる姿勢になると、腰にベルトを出現させる。

(よし、風圧でベルトの風車を!)

 猛の思惑通りベルトに強い風が吹きつけ、ベルトの風車が回ってダイナモが起動し、内部にある原子炉が稼働し始める。
 猛の姿が奈落の底に消えたのを確認すると、暗黒大将軍はゆっくりと歩いて一夏たちの目の前にやってくる。

「どうだ? 頼みの綱の仮面ライダーが、こうもあっさりと死んでしまった気分は? 残念だったな、馬鹿者共が。お前たちがもっとクレバーであったなら、生き残れたかもしれないのにな。だが貴様らにデスペナルティーが課されることは決定している! さて、次にああなりたいのは誰だ? どの道順番が変わるだけで、死ぬことには変わりないがな!」
「クソ、せめて起動出来れば……!」
「滝和也、このスーツは回収して有効利用してやるから、心残りなく死ぬがいい。さて、次は……」

 デルザー戦闘員が髑髏を模したヘルメットを和也に見せつけ、暗黒大将軍は次の犠牲者を決めるべく思案を巡らせる。しかし不愉快な雑音に掻き消される。子供の泣き声だ。晴彦が恐怖に震え、姉が宥めるにも関わらず泣いているのだ。すると暗黒大将軍は晴彦の前に立つ。

「ヘイ、ボーイ。泣いても、叫んでも、助けなどこないぞ? 助けに来る筈のヤツは、今死んだ。ボーイも男ならばいつまでも泣かず、死ぬ覚悟を決めるといい。なにより、そのクライボイスは不愉快で、興醒めだ。泣きやまないのならお前にデスペナルティーを執行するぞ?」

 暗黒大将軍は低く唸るように晴彦を脅すが、晴彦が泣き止む気配はない。すると暗黒大将軍は激昂し、大声を張り上げる。

「いつまでも泣くなと言っている! よし、決めた! 次はお前を処刑してやる! 連れて行け!」
「待って下さい!」

 暗黒大将軍は晴彦を連れて行かせようするが、雪子が必死に身を乗り出して止めに入る。

「お願いします! 晴彦だけは! 晴彦だけは無事に帰して下さい! 晴彦はまだ子供なんです! ですから晴彦だけは! 身代わりなら私が!」
「シャラップ! お前に口出しするライトはない! ミーがこのボーイを処刑すると決めたのだ! お前に覆すことなど、インポッシブルなのだ! お前もリトルブラザーが先にゴー・トゥ・ヘルするのを、そこでじっくりと見届けるがいい!」 
「させるかよ、この野郎!」
「一夏君!」

 暗黒大将軍は雪子の決死の懇願も切り捨てるが、暴れてデルザー戦闘員の拘束から逃れた一夏が駈け出し、暗黒大将軍に体当たりをかける。一夏共々仰向けになって倒れ込んだ暗黒大将軍だが、デルザー戦闘員に一夏を引き起こさせ、杖で一夏を打ち据える。

「織斑一夏! 偉大なる大首領の祝福を受けた者だからと思っていれば、つけ上がりおって! いいだろう! そこのボーイに代わって、次はお前にデスペナルティーを執行してやる! 大首領様の恩寵に預からなかった己の不明を恥じ、死ぬがいい! 連れて行け!」

 暗黒大将軍が指示を出すとデルザー戦闘員は一夏を無理矢理歩かせ、崖の端まで連れて行く。今度は暗黒大将軍はエムの前に歩いていく。エムは不愉快と言いたげに鼻を鳴らして顔を背けるが、暗黒大将軍は上機嫌な様子でエムの前を何回もうろうろと歩き回り、口を開く。

「さて、エムとかいったそこのガール。今までリベンジしようとしていたあの織斑一夏が、ミーの手にで無様に死んでいくのを見ての感想は? 悔しいか? 憎いか? 嬉しいか? 安心するがいい。お前がヘイトしている滝和也も間もなく死ぬ。沖一也こと仮面ライダースーパー1もどの道地獄に逝く。織斑千冬も一緒にゴー・トゥ・ヘルするであろう。もっとも、お前はすぐに後を追うことになるがな!」
「フン、スーパー1はともかく、ねえさんを改造人間風情が殺せるものか。お前こそ、ねえさんや私に殺されないよう気を付けるんだな。この屑が!」

 暗黒大将軍がわざと顔を近付けて挑発すると、エムは嫌悪感を露にし、唾を吐きかける。暗黒大将軍は笑ったまま唾を拭う。

「忠告感謝する。これはその礼だ。たっぷりと受け取るがいい!」

 表情を憤怒のそれに変えた暗黒大将軍はエムを杖で滅多打ちにする。エムは反抗的な態度を崩さないが、飽きたのか暗黒大将軍は杖を収め、隣のスコールに向き直る。

「しかし、部下の躾がなっていないようだな、スコール・ミューゼル。ここまで反抗的で、野蛮な部下などミーや銀河王であれば真っ先に処刑しているというのに。これも亡国機業という組織の甘さなのかね? どんなに粋がっていても、所詮は女だからかね? あるいはISなどという人造人間は、勿論改造人間にもミュータンロボにもシルベールスーツにも劣る欠陥兵器、いや兵器と呼ぶにもおこがましい何かにすがり、その力の意味など考えず軽々しく使い、頼り切った無能で愚かしき人間共の性とでも言うのかね?」 
「それはあなたも言えるのではないのかしら? そこの改造人間が決闘騒ぎを起こすくらい、威厳がないようなあなたには。だって、そうでしょう? 仲間割れを起こすどころか、処刑方法に異議を唱えて誰が処刑するかで揉めているんですもの。それとも、資質の関係かしら? ならばそんな不安分子を使っている時点で、あなたのお里も知れたものね」
「なんだと、このアマが! クロコダイ様を虚仮にする気か!?」
「あら、レディに対してアマはないんじゃなくて? 少しでも品性があるのなら、ミス・ミューゼルとでも呼んで欲しいわ。もっとも、そんな品性なんて最初からないから、そんな醜い姿になったのでしょうけど。そちらの騎士気取りのお馬さんもね」
「言わせておけば! 暗黒大将軍! 銀河王! 生意気な牝猿を斬る権利をお与えください! 汚らしい猿めに罵られたままでは、ホーサイドの栄誉に関わります故!」
「良いではないか、ホーサイド。クロコダイも挑発に乗ってやる必要はない。遅かれ早かれデスペナルティーを執行されて死ぬ身なのだ。遺言と思ってほざかせておけばいい。ISも取り上げてあるのだ。口だけでも勝った気でいさせてやるのが、せめてもの手向けと言うもの。ではミス・ミューゼル、ミーは織斑一夏を処刑しなければならないので、ここで。では、ごきげんよう」

 暗黒大将軍はスコールの挑発を軽く流し、恭しく一礼してみせると、猛の時と同じように一夏を連れて行く。

「晴彦君、心配しなくていいからな。必ず君を助けに戻ってくるから!」
「強がりを! さあ、とっとと歩け!」

 暗黒大将軍は一夏を蹴って崖の端まで行かせ、再び大声を上げる。

「聞こえているか、本郷猛よ! これから貴様に協力していた、貴様が守ろうとした馬鹿者共がどんどん逝くぞ! まずは織斑一夏だ! せいぜい地獄でも仲良くやるんだな! シーユー・フォーエバー!」

 暗黒大将軍は一夏を崖の底めがけて蹴り落とす。姿が見えなくなったのを確認すると、その場で暗黒大将軍が声を張り上げる。

「次は二人纏めて逝くぞ! 亡国機業のエムとかいうガールに、晴彦とかいうボーイだ! さあ、連れてくるのだ!」

 エムと晴彦を指名するとデルザー戦闘員が二人を引っ立てて行く。雪子は止めようと必死に叫ぶが、デルザー戦闘員が無理矢理猿轡を噛ませて黙らせる。2人を崖の端まで連れてくると、エムを何も言わずに蹴り落とす。続けて晴彦を落とそうと首根っこを掴む。

「トオッ!」
「やらせるかよ!」

 しかし突如として似た影が飛び出してくると暗黒大将軍を蹴り飛ばす。エムを左腕に抱えた白い影もまた晴彦を掴んで着地し、エムと晴彦を下ろす。

「大丈夫かい? 晴彦君」
「……お兄ちゃん!?」
「ああ。言っただろ? 必ず助けに戻ってくるって」

 『白式』を装着した一夏だ。一夏は右手に雪片弐型を呼び出し、晴彦とエムを拘束していた鎖を斬ると、晴彦の頭を左手でくしゃくしゃと撫でる。

「これから俺と仮面ライダーで悪いヤツをみんなやっつけてやるから、いい子にしてるんだぞ? 晴彦君の応援があれば、あんな奴らなんて楽勝さ!」
「うん! 頑張ってね、お兄ちゃん!」
「ありがとう。さあ、ここで待ってるんだ」

 ようやく笑顔を浮かべた晴彦に笑い返す一夏だが、エムは鼻で笑う。

「ふん、下らん茶番だな。ガキがいても足手纏いにしかならん。さっさと殺しておけばいいものを。なぜ私を助けた?」
「理由は必要か?」
「ただ助けたかったから、とでもいう気か? お前を殺し損ねた私を、わざわざ。そんなみじめな理由で助けられたくもない。やはり貴様は、傲慢な偽善者だな」
「なんとでも言えよ。こんな状況で偽善もクソもないだろ。さっさとIS取り返してやるから、今は手伝え」
「命令するな! と、言いたいところだが、今は屑共を何とかしなければならないからな。いいだろう。その話、乗った!」

 エムと一夏が一時的な共闘を決めると、もう一つの影は和也と藤兵衛を拘束していた鎖を手刀で切り裂き、デルザー戦闘員を殴り飛ばして研究員を解放していく。和也もヘルメットを装着し、マシンガンでデルザー戦闘員を蹴散らしつつレミや雪子、美代子を解放する。藤兵衛もまたスコールとオータムの下に駆け寄る。

「本当は助けたくないが、悪の組織に捕まっちまった仲だし、仕方ない!」
「ありがとう、感謝するわ。けど、あなたの助けはいらないわ。このくらいならば自力でどうにか出来るもの。さあ、出番よ、 『瑠璃立羽(ブルー・アドミラル)』!」
「そういうことだ。エム、お前もだ! 来やがれ! 『アラクネ』!」
「私も出来るのを忘れていたな。『サイレント・ゼフィルス』!」

 しかしスコールとオータムがコールすると専用機が装着され、エムもまた遠隔コールで『サイレント・ゼフィルス』を装着する。スコールとオータムは自力で鎖を引きちぎると、スペースクルーを糸で切り裂き、砲撃を開始して吹き飛ばす。エムはビットを展開してビームを掃射し、敵を薙ぎ払う。藤兵衛は晴彦を抱きあげて雪子に託し、和也と共に血路を開くべく暴れ始める。
 暗黒大将軍は銀河王や怪人と共にバッタ男を忌々しげに睨みつける。

「馬鹿な!? なぜ生きている!? 確かに両腕を縛られ、変身を封じられていた筈だ! どうしてここにいるのだ!? 仮面ライダー1号!」
「忘れたか暗黒大将軍! ベルトの風車に風を受ければ、俺は変身出来ることを!」
「シット! 最初からそれが狙いで! だから余裕でいられたのか!」

 もう一つの影は仮面ライダー1号だ。
 仮面ライダー1号は能動的に変身出来るようになった今も、ベルトの風車に風を受けて変身することが出来る。突き落とされた猛はベルトの風車に風を受けて変身し、鎖を引きちぎって着地に成功していた。岸壁を蹴って登りながら途中で墜ちてきた一夏を拾い、『白式』を装着した一夏と共に飛び出したのだ。
 
「織斑一夏! 確かにミーはISを取り上げたのに、なぜ装着している!?」
「生憎だが、『白式』は遠隔コールで装着出来るようになっているのさ! 本当ならいつでもコール出来たんだが、晴彦君や雪子さんたちを巻きこむ危険性があったから、呼び出せなかったんだけどな!」
「私たちも同じよ。オータムが彼の専用機に『剥離剤(リムーバー)』を使ったお陰ね」

 『剥離剤』という装置は装着者からISを強制的に引き離し、ISコアを奪う恐るべき秘密兵器である。しかし『剥離剤』が使われたISには耐性が出来てしまい、同じISには二度使えないデメリットが存在する。耐性が出来たISには相反する性質、すなわち装着者とISを引き離す『剥離剤』に対し、離れた装着者とISを引き寄せる性質を得る。遠隔コールとはこれを応用したものであり、自己進化を可能とするISならではの特性なのだ。スコールたちのISも同様で、『剥離剤』への耐性は出来ている。

「暗黒大将軍! 銀河王! どのような手段を使おうとも、正義は決して負けはしない!」
「シャラップ! ならばミーたちが直接貴様らを殺してくれる! ゴー!」

 仮面ライダー1号が一喝すると、怒り狂った暗黒大将軍は銀河王とともに配下に指示を出す。サドンダスやデスキートらショッカー怪人も仮面ライダー1号らに挑みかかる。

「仮面ライダー! デスキートボムを食らえ!」

 真っ先に飛び出したデスキートは口に一度手を当て、大量の蚊型爆弾を飛ばす。しかし仮面ライダー1号がスペースクルーを数体蹴り飛ばして接触させると、デスキートボムは次々に誘爆する。周囲一帯が爆風に包まれて仮面ライダー1号の姿が見えなくなる。

「ぬう!? どこだ!? どこに消えたと言うんだ!?」
「俺はここだぞ! デスキート!」

 周囲を探るように見渡すデスキートに対し、仮面ライダー1号がデスキートの目の前に着地する。同時に左右のコンビネーションパンチを浴びせると、左右交互にパンチを打ち込み続け、怒涛のラッシュで一方的に攻め立てる。時折デスキートが反撃のパンチを放つが、仮面ライダー1号はそれを外に流し、体勢が崩れた所に払い腰を決めて地面に叩きつける。起き上ったデスキートに今度は前蹴りからの浴びせ蹴りに回し蹴りを決め、多彩な足技で数十発近い蹴りを入れて追い込んでいく。

「ビッグマシン! 仮面ライダーに『メカライズビーム』を浴びせてやれ!」

 デスキートはビッグマシンに指示を出す。するとビッグマシンは仮面ライダー1号に右腕を向ける。

「トオッ!」
「しまった!?」

 しかし仮面ライダー1号が跳躍して逃れる。メカライズビームはデスキートに直撃し、デスキートは内部メカがマヒして動けなくなり、その場で膝を着く。

「ビッグマシン! 撃って撃って撃ちまくれ! ヤツにメカライズビームを浴びせ、動きを止めて仕留めるのだ!」

 動けなくなったデスキートはビッグマシンに指示を出すと、ビッグマシンは右腕からメカライズビームをひたすら撃ちまくる。走り回り、スペースクルーやデルザー戦闘員を盾にして防ぎ、隙を伺っていた仮面ライダー1号だが、なかなかビッグマシンに近寄れない。

「サドンダスがいることを忘れるな!」

 さらにサドンダスが上空から急降下し、仮面ライダー1号に爪の一撃を放つ。着地すると体当たりを掛けて仮面ライダー1号を怯ませ、抑え込んでメカライズビームを当てさせようとする。しかし仮面ライダー1号はサドンダスの肩口に数発チョップを浴びせ、拘束から逃れるとサドンダスの顔面に右ストレートを入れて腑抜けさせる。腰が抜けたサドンダスを引っ張り起こし、ビッグマシンに向けて蹴り飛ばすことで両者の動きを封じる。

「ならば、デスキートノイズに耐えられるか!」
「ぬうっ!?」

 デスキートが特殊な妨害音波を羽から放つと、仮面ライダー1号は耳を押さえて苦しみ始める。改造人間としての優れた聴覚が仇となった形だ。

「フフフフフ、動けまい! これは改造人間に絶大な効果を発揮する、特殊な妨害音波なのだ! 貴様といえども耐えられまい!」
「なんの……これしき!」

 仮面ライダー1号は頭を振ってデスキートに挑みかかるが、デスキートは羽を使って空を飛び回り、『デスキートノイズ』を発生させて持久戦に持ち込もうとする。

「どうだ! 空も飛べないのろまの貴様では、手も足も出まい! サドンダス!」
「任せろ!」

 サドンダスもまた翼を使って飛翔し、デスキートと共に空中を旋回する。続けて仮面ライダー1号を挟み込むように同時攻撃を仕掛ける。仮面ライダー1号はまずサドンダスに膝蹴りを叩きこんで墜落させ、続けてデスキートに正拳突きをお見舞いし、デスキートにハイキックを当てて怯ませる。しかし背後からサドンダスが突っ込み、デスキートまでレイピアを持って攻撃してくると仮面ライダー1号はレイピアを回避し、サドンダスの猛攻を回避して凌ぐものの反撃に移れない。加えてビッグマシンがメカライズビームを発射してくると、仮面ライダー1号は動くに動けない。一瞬の隙を突いてデスキートとサドンダスは仮面ライダー1号を両側から抑え込み、もがく仮面ライダー1号にビッグマシンがメカライズビームを発射しようとする。

「今だ! ビッグマシン!」
「簡単に、やらせるかよ!」

 しかし一夏が割り込むと雪羅を構えてシールドを展開し、メカライズビームを相殺した後に荷電粒子砲を発射する。逆にビッグマシンを吹き飛ばすと、仮面ライダー1号はデスキートの足を払う。仮面ライダー1号がサドンダスに背負い投げを決めて地面に叩きつけ、一夏が雪片弐型でデスキートに小手打ちを決め、斬撃を連続して放って攻め立てる。

「チイッ! ガキの分際で!」

 割り込むようにキラースネークが頭部の蛇からレーザーを発射し、一夏をデスキートから引き離す。キラースネークは鞭を雪片弐型に巻き付け、再び頭部からレーザーを発射しようとする。

「お前たちの相手は、私だ! 先ほどの借りは、まだ返していない!」

 だがエムがビットを展開し、『偏向射撃(フレキシブル)』でビームの軌道を捻じ曲げる。ライフル『スターブレイカー』から発射されるビームと実弾を合わせ、キラースネークに集中砲火を浴びせる。キラースネークが怯むと一夏は鞭を雪羅のエネルギー爪で切り裂き、スラスターを噴射してキラースネークに斬りかかる。

「小癪な!」
「甘い!」

 キラースネークはレーザーを撃とうとするが、一夏はPICとスラスターを使って上昇に転じる。急に視界から一夏が消えて慌てふためくキラースネークを尻目に、一夏は背面跳びの要領で空中で身を翻すと、急降下しながら両足を揃えて飛び蹴りを放つ。それを受けてキラースネークがたたらを踏むと、一夏は雪片弐型で唐竹割りを放ち、キラースネークの周囲を飛び回りながら張り付いて斬撃を浴びせる。

「小僧! トンボンバーバズーカを受けてみろ!」
「聞こえなかったか? 貴様たちの相手は私だと!」

 今度はトンボンバーが両手にバズーカを持って乱射するが、一夏は即座に回避し、エムがビットでトンボンバーにビームを浴びせる。エムとトンボンバーは撃ち合いになるが、形勢不利と見たトンボンバーはエムへと接近していく。しかしエムはスラスター翼を動かして空中を飛び回り、ビットでの攻撃を続けてトンボンバーを間合いに入らせない。
 一方、スコールは『瑠璃立羽』の指先からナノマシンで形成された金色の糸を形成し、オータムは背中に装備された蜘蛛を模した8本の装甲脚を展開し、ホーサイドとクロコダイを攻撃している。

「おのれ! ホースカリバーの一撃を受けてみよ!」
「お断りするわ。そういう趣味はないもの」
「生意気を! クロコダイ様に歯向かった報いを受けさせてやる!」
「笑わせんな! 飛べるようになってから寝言を言えってんだよ!」

 ホーサイドが剣でスコールを斬ろうとするが、スコールは糸を束ねて受け止める。すかさず糸でホーサイドを絡め取って高速振動させ、一気に糸を引いてホーサイドを切り裂く。クロコダイも刀を振るってオータムに攻撃するが、オータムは装甲脚の先端で刀を挟み止めると、砲口をクロコダイに向けて至近距離からの砲撃をお見舞いする。駄目押しとばかりに上空からホーサイドに砲撃のみならずマシンガンを浴びせ続ける。

「ヘルキャット様がいることを忘れるな!」

 ヘルキャットが縦横無尽に飛び回ってスコールとオータムをかく乱し、一撃入れようと両腕から爪を出す。

「そんな手は通用しないわ。このISにはね」

 しかしスコールは惑わされることなくヘルキャットの動きを捉えると、ヘルキャットがオータムの背後から襲いかかろうとした瞬間に糸を伸ばしてヘルキャットを拘束する。オータムがスラスターを噴かして離脱すると、スコールは糸を形成するナノマシンを爆発させ、もろに受けたヘルキャットは吹っ飛ばされる。

「ならばウツボアームで動きを封じてくれる!」
「甘いんだよ!」

 オータムにウツボロンが右腕を伸ばすが、オータムは回避して砲撃をウツボロンに当てる。地上にいるスペースクルーやデルザー戦闘員、ホーサイド、クロコダイ、ヘルキャットにも砲撃を放って反撃を許さない。
 和也は両手に装備したスタンガン仕込みのナックルでスペースクルーを殴り倒し、火薬仕込みのブーツで飛び蹴りを放ってデルザー戦闘員を吹き飛ばす。そこにどこからか銃撃が放たれて敵を一掃する。和也が銃撃が飛んできた方向を見ると、ナオキ率いるSPIRITS第1分隊のメンバーが百人ほど駆けつけている。

「遅くなりました、滝さん! 残りはミツルに任せてあります!」
「そうか、助かったぜ! 博士たちを頼む!」
「分かりました。総員、民間人の避難が最優先だ! 雑魚は適当にあしらって、羅門博士たちの安全確保を第一に考えろ!」

 和也の指示を聞くとナオキは分隊長として指示を出し、アサルトライフルをフルオートで発射する。立ち塞がるスペースクルーやデルザー戦闘員を排除し、藤兵衛と共にレミたちの誘導や護衛に回る。和也はショットガンを手元に呼び出し、スペースクルーやデルザー戦闘員に散弾を発射して近寄らせない。マシンガンも左手に呼び出して乱射し、戦線を一人で維持せんばかりの勢いで暴れ回る。
 仮面ライダー1号や一夏、和也、亡国機業の3人の奮闘もあって怪人は釘付けとなり、スペースクルーやデルザー戦闘員も掃討され始めると、研究員たちは続々と戦域を離脱していく。雪子も晴彦の手を引いて逃げようとしているが、晴彦は急に立ち止まり、木陰に隠れて戦いの様子を見始める。

「どうしたの晴彦!? 早く逃げないと!」
「やだ! 僕、お兄ちゃんを最後まで応援するんだ!」
「なにを言っているの、晴彦!? ここは危ないのよ!? あのお兄ちゃんのためにも、早く逃げないと!」
「だってお兄ちゃんが、僕が応援してればあいつらみんな、やっつけてくれるって言ったんだもん。だから僕、ここで応援するんだ! お兄ちゃん、頑張れ!」

 雪子が止めるのも聞かず、晴彦は一夏を応援し始める。雪子は困った顔をしながら共に戦況を眺め始める。

「ライダーパンチ!」
「ビッグマシンが!? ぬおおおおおおっ!?」
「仮面ライダーめ! なんたるしぶとさ!」

 仮面ライダー1号はビッグマシンに渾身の右正拳突きを放ってビッグマシンの左腕を迎撃する。仮面ライダー1号とビッグマシンの腕がかち合うと、ビッグマシンの左腕が一方的に破壊される。そして正拳突きがビッグマシンの胴体にヒットし、ボディをへこませて弾き飛ばす。サドンダスとデスキートが仮面ライダー1号に仕掛けるが、仮面ライダー1号はデスキートを蹴り飛ばすとサドンダスと取っ組み合い、逃げる暇を与えずに打撃を食らわせ続けている。
 エムは一度トンボンバーを叩き落とし、スコール、オータムと合わせて一斉砲火を浴びせて怪人たちの足止めをしている。
 一夏は空中を自在に飛び回ってキラースネークを翻弄し、荷電粒子砲を放って攻撃し、レーザーをバリアで無力化するなど、獅子奮迅の働きを見せている。雪子もこのまま勝利すると思ってしまう。しかし、肝心の暗黒大将軍と銀河王が参戦していないことを見落とし、暗黒大将軍や銀河王の存在に思い至らなかったことが仇となった。

「見つけたぞ! 山下雪子! まずは貴様から捕えてくれる!」
「キャアアアアアア!」

 突如として雪子の足元に影が広がり、暗黒大将軍が出現する。暗黒大将軍は自由自在に影を操り、影を通って移動することが出来るのだ。

「雪子さん! 晴彦君!」
「チイッ! やらせる訳には!」
「クソ、相変わらずせこい手を!」
「こいつ! しつこいんだよ!」

 雪子の悲鳴を聞いた藤兵衛、ナオキ、和也、一夏は即座に突撃するが、藤兵衛とナオキ、和也はデルザー戦闘員に邪魔され、暗黒大将軍の下に進めない。

「やらせるわけには!」
「私ガイルノヲ忘レルナ!」 
  
 仮面ライダー1号もサドンダスを蹴り飛ばし、救援に向かおうとするも、銀河王が仮面ライダー1号を超能力で拘束する。そのままスコールめがけて高速で飛ばし、スコールのみならずエムとオータムをも巻き込む。立ち上がった仮面ライダー1号やスコールたちに銀河王は腕を出し、今度は衝撃波を放って攻撃し、デスキートはデスキートボムを、キラースネークはレーザーを放って4人を足止めし、サドンダス、ホーサイド、クロコダイ、ヘルキャットが接近して離脱を許さない。

「トンボンバー、あれを使うぞ!」
「よし、任せろ!」

 そして一夏にはトンボンバーが上空からバズーカを乱射し、ウツボロンがウツボを模した右腕で一夏を雁字搦めにする。最後にアーマーの一部に先端のウツボの頭部を噛みつかせる。

「こんなもので!」
「それはどうかな?」

 一夏は構わずにスラスターを噴射し、ウツボロンの腕から逃れようとする。しかし腕はキツく締まって抜けられそうにない。同時に、シールドエネルギー残量が急速に減っていくのが見えてくる。

(そんな!? 減りが早過ぎる!)

 驚愕しつつも一夏は必死に逃れようとするが、拘束は弱まるどころかますます強くなり、シールドエネルギー残量がレッドゾーンに達したと警告が鳴り響く。同時にウツボロンが得意げに話し始める。

「フフフフフフフ、驚いたか! ウツボアームは噛みついた相手のエネルギーを吸い取る効果があるのだ! そして吸い取ったエネルギーによりウツボアームの強度はアップし、巻きつく時間が長ければ長いほど、脱出が困難となる! いくらそのISとやらが高性能でも、エネルギーが無ければただの鉄屑。シールドバリアが張れなくなれば、クソの役にも立つまい!」
「ぐうっ……!?」
「ハハハハハハハハハハ! いくら足掻いても無駄だ! これで終わりではないぞ! 受けろ! ウツボロン必殺の『ウツボロン大風車投げ』を! ツーボー!」

 ウツボロンは一夏を嘲笑うと自身を軸に回転し始め、速度を上げながら風車のごとく一夏を回し続ける。十分な遠心力が付いたと見るとウツボロンは一夏を上へと放り投げる。為すすべなく上に投げ飛ばされた一夏だが、PICを使って体勢を立て直そうとする。

「そうはいくか!」

 しかし上空で待機していたトンボンバーがバズーカを一夏に浴びせて妨害すると、背中の翅を高速で振動させ始める。

「これを受けろ! トンボンバーソニックで地獄に落ちるがいい!」

 一夏がある程度接近したのを見ると、トンボンバーは羽を高速で羽ばたかせ、強力なソニックブームを発生させて一夏に直撃させる。一夏は『絶対防御』を発動させながら地上に墜落し、木をへし折りながら地面に叩きつけられる。朦朧とする意識の中、ハイパーセンサーを通して『誰か』が巻き込まれたことを察知する。

(晴彦……君……!?)

 木の陰で見ていた晴彦であった。運悪く吹き飛ばされた木の陰で見ていた晴彦は、一夏の墜落に巻き込まれたのだ。晴彦はぐったりと倒れ込んでいる。意識は無いようだ。同時に一夏の心を絶望が支配する。

(俺は……守るどころか……晴彦君を……俺のせいで……)

 後悔と自責の念に囚われた一夏に、ナオキの呼びかけに反応することも、暗黒大将軍に捕まって影の中に引き摺りこまれる雪子を助けることなど、出来る筈もなかった。そこで搭乗者保護機能が発動し、一夏の意識は闇の中へと落ちていった。

**********

 銀王軍の拠点。最深部にある蛇のレリーフの前で暗黒大将軍と銀河王は跪いていた。雪子の確保にこそ成功したものの、仮面ライダー1号らの頑強な抵抗や駆けつけたIS部隊の援護、戦闘機や戦闘ヘリ、戦車などによる攻撃を受けた。結局レミらの確保は困難と判断した銀河王により全員撤退した。今では傷ついた怪人は回復に努めさせ、銀河王は軍団の再編成を行うと同時に報告している。
 だが報告を開始するや大首領は暗黒大将軍の不手際を詰り始める。暗黒大将軍の申し開きを聞くこともなく、レリーフから発する怪光線で暗黒大将軍を拘束すると、暗黒大将軍の身体にスパークが走って激痛が襲いかかる。

「お、お許し下さい、大首領様! こ、このたびの失態はミー自身の手で始末をつけ、必ずや名誉を挽回してご覧に入れましょう! ですので、平に容赦を!」

『暗黒大将軍、分かっているだろうが、私は気まぐれや戯れでお前を甦らせたわけではない。お前は私の計画を遂行するためにここにいるのだ。それを下らぬ余興で仮面ライダーを取り逃がした挙句、Σエネルギー大量生産の目途すら立たぬとは何事だ!? 大失態を犯した無能者など、私には必要ない!』

「ぎゃあああああああああ!?」

 蛇のレリーフから厳しい糾弾の声が響き渡ると、強力な怪光線が発射されて暗黒大将軍を身を焼き、暗黒大将軍は絶叫を上げる。続けて蛇のレリーフは銀河王に声をかける。

『銀河王よ、これは暗黒大将軍だけの問題ではない。お前の責任でもあるのだ。今後もこれが続くようであれば、お前も暗黒大将軍と同じ目に遭うと記憶しておけ』

「ハハ、仰セノ通リニ」

 銀河王が一言で答えると、ようやく制裁が終わって暗黒大将軍は床に叩きつけられる。

『暗黒大将軍よ。今はその命、生かしておこう。もう一度チャンスをやろう。どんな手を使っても構わん。必ずや羅門レミを確保し、Σエネルギーの製造法を入手するのだ。それこそが名誉を挽回する唯一の条件だ』

「ははっ、ありがたき幸せ!」

『銀河王よ、次こそは朗報が来るのを待っているぞ!』

 蛇のレリーフがそれだけ言うとランプの点滅が停止し、声は途切れる。跪いていた暗黒大将軍と銀河王は立ち上がり、部屋を出て歩き出す。

「シカシ暗黒大将軍ヨ、何カ勝算ハアルノカ?」
「無論、ある。そのために山下雪子だけは確保しておいたのだ。羅門レミや憎き仮面ライダーをおびき寄せるには、丁度いい餌となるであろう。陽動を兼ねて人間狩りと、Σエネルギー爆弾の実験も行わねばならん。今ある水素エネルギーは爆弾一発分。羅門レミを確保して新規製造するにも、実験してみなければ分からん」

 暗黒大将軍と銀河王は格納庫に向かうと、研究施設に備蓄されていた水素エネルギーを奪い、Σエネルギーに変換させた実験用の『Σエネルギー爆弾』を見やる。

「四国の『デストロン』より輸送された、『バダンニウム83』の搬入が完了しました!」
「うむ。直ちに宇宙船の『次元破断装置』に搭載せよ。宇宙船の修理も速やかに行うように伝えよ」
「はっ!」

 デルザー戦闘員は暗黒大将軍に敬礼すると、銀王軍の宇宙船の中に入っていく。
 銀王軍の宇宙船には『時空破断システム』の簡易型が搭載されており、空間跳躍が可能になっている。その燃料となるのが四国でデストロンが採掘しているバダンニウム83だ。

「仮面ライダーめ、この屈辱、必ずや晴らして見せる!」

 暗黒大将軍は改めて憎悪を剥ぎ出しにすると銀河王と共に歩き出し、軍団の再編成が完了するのを待つのであった。



[32627] 第三十三話 回天
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:31
 一夏が意識を取り戻したのは病室のベッドの上であった。服はISスーツのままで、右手にはガントレッドが嵌められている。視界が徐々にはっきりとしてくる。身体が鉛のように重く、動かすのも億劫だ。一夏は周囲の状況を確かめるべく上半身を起こす。すると白衣の女性が安堵の表情を見せる。

「良かった。ようやく気がついたみたいね、一夏君」
「ルリ子先生、ここは……?」
「駐屯地の病院よ。って、まだ動いては駄目よ! 『白式』の搭乗者保護機能が働いたけど、動けるまで回復していないのよ!?」

 ルリ子だ。起き上がろうとする一夏をルリ子が押しとどめ、ベッドに寝かしつける。今度はルリ子が聴診器などの医療器具を取り出し、カルテに情報を書き込んでいく。IS学園に入学して以来何かしらの事件に巻き込まれ、負傷することの多い一夏にとっては、慣れたことだ。IS学園校医でもあるルリ子もそうだろう。

「すいません、ルリ子先生、また迷惑かけちゃって……」
「いいのよ、これが私の仕事で、今の私が出来ることんだから。それより、猛さんや滝さん、マスターも君を心配していたんだからね。早く身体を治して、安心させてあげなさい」

 ルリ子はデータをチェックして異常が無いことを確かめ、一夏の枕元に設置されている椅子に腰かける。同時に一夏は先ほどの戦いについて思い返す。
 あれは完全に一夏の負けであった。ウツボロンの思惑に気付かずに、ウツボアームに捕まってしまっていた時点で、こうなることは決まっていたのだ。確かにウツボアームは予想外の機能を持っていたが、怪人は特殊能力の方が厄介な場合が多いと言われていた。そのことを失念、あるいは軽視していなければ、こんな目には遭わなかったであろう。一重に自身の不甲斐なさが原因だ。

(そして俺は……晴彦君を……)

 続けて一夏の脳裏に、思い出すにもおぞましい記憶がよぎる。晴彦は自身のせいで墜落に巻き込まれた。晴彦がどうなったのかは分からない。だが原因は安請け合いをしてしまった自分だ。自分があんなことを言わなければ、晴彦があの木の陰にいることも、墜落に巻き込まれることも無かっただろう。雪子が囚われの身になることも無かっただろう。他でもない、原因は一夏自身だ。

「そうだ、晴彦君……晴彦君は!?」

 しばらく敗北感と罪悪感に打ちひしがれていた一夏だが、無理矢理身体を起こしてベッドから立ち上がる。晴彦が無事か否かくらいは知りたかった。まだ生きているという、わずかな希望にすがりつくために。

「駄目だって言ってるでしょ! いつも無茶してるんだから、こういう時くらいは大人しくしてなさい!」
「でも俺が晴彦君を! 今どうなってるかくらい、この目で確かめたいんです! お願いします、行かせて下さい!」

 ルリ子は必死に一夏を抑えつけようとするが、いかんせん男と女、腕力の差ばかりはいかんともし難く、一夏はルリ子の制止を振り切って立ち上がり、フラフラになりながらも走り始める。時折通りかかる患者や看護師、医師に道を尋ね、晴彦がいる病室へと向かう。

「一夏君!」
「ちょっと待ちなさいって!」

 病室を見つけてドアを開けると、病室には猛、和也、そして藤兵衛がおり、一夏を見ると驚愕する。少し遅れてルリ子も病室に入ってくる。しかし一夏の視線はベッドに釘づけになっている。
 ベッドには頭に包帯を巻かれた晴彦が横たわっていた。意識はないのか目を閉じて起き上がる気配を見せない。うなされているのか、苦しいのか分からないが、額には脂汗が流れており、何かうわごとを呟いている。放心状態となっている一夏に、ルリ子が言い難そうにしながら口を開く。

「私たちも、出来る限りの手は打ったわ。あとはあの子の生きる力や、生きようとする意志次第、と言った所よ。けれどもあの子の場合、強い精神的なショックを受けたみたいで。生きようとする意志の方に問題があるみたいなの。こちらも八方手は尽くしてはみたけど、あの子は徐々に衰弱していっている。言いたくはないけど、今夜がヤマ、と言った所でしょうね」
「精神的……ショック……」

 ルリ子は一夏の気持ちを考え、このことを切り出せなくて制止したのだろう。猛や和也、藤兵衛も黙って聞いている。同時に一夏の耳に晴彦のか細い声が聞こえてくる。

「おにい……ちゃん……おねえ……ちゃん……」
「俺だ……俺のせいだ。こうなったのも、全部俺のせいなんだ……ごめん、晴彦君……」

 一夏はそれだけ喉から絞り出すと、倒れそうになる身体を必死に支えて病室を出る。待合用の長椅子に倒れ込むように力なく身を預け、座りこんでうずくまる。
 精神的ショックの原因など決まっている。他でもない一夏だ。晴彦は必ず姉を取り戻すと、暗黒大将軍や銀王軍を全部倒すと、そして晴彦を守ると約束してくれた一夏を信じて木の陰でずっと一夏を応援していた。だが一夏はそれを裏切ってしまった。姉は暗黒大将軍に囚われて一夏は怪人に敗北してしまい、晴彦を負傷させてしまった。晴彦の心がどれだけ傷ついてしまったのかは、想像にするに余りある。

(なにが、守るだよ……結局俺は、昔のままじゃないか……)

 同時に一夏は絶望感、罪悪感、後悔、自責などに完全に打ち据えられ、自分の内側で何かがぽきり、と折れるのを知覚する。五反田弾の時と違い、晴彦が傷つく所はこの目で見た。原因は他の誰でもない、一夏自身のせいだ。そのゆるぎない事実が一夏の心に重くのしかかる。

(そうだよな、これが本当の意味で負けられないって、守るってことなんだよな……猛さんや和也さん、仮面ライダーと違って俺はそんなことも理解しないで、口先だけで……だから晴彦君は……)

 同時に『守る』という言葉の意味と、その重さを嫌でも噛み締める。もし言葉通りに誰かを守れなければ、その命や安全のみならず、心までもズタズタに引き裂いてしまう。だからこそ猛は負ける訳にはいかないと言った。なんの変哲もない言葉にはそれだけの重みがあったのだ。晴彦のような人間を出さないために、今の一夏と同じ気持ちを味あわせないために、己の全てを懸ける。それが仮面ライダーの言う『守る』ことなのだ。
 それに比べて一夏が口にしていた『守る』という言葉は薄っぺらで、軽過ぎた。もし守れなければどうなるかなど、まともに考えたことなど無かった。一応頭では理解しているつもりであったが、どこか能天気に考えていた。結果突き付けられるまで、守れなかったことで起こることの重さなど、実感出来なかった。命すら懸けて実現させてきた仮面ライダーたちに比べ、自分の『守る』など口先だけのお題目に過ぎない。それを改めて一夏は思い知らされる。

(やっぱり強いな、猛さんは……守るために我慢して、戦い続けて、守れなかった時でも折れないで、また立ち上がって……)

 そして一夏は猛の強さを噛み締める。
 猛はショッカーに拉致され、改造手術を施されたことで人間としての肉体と尊厳を奪われた。脱走した後は元人間で、自分の同類と幾度となく死闘を繰り広げた。自身を助けた恩師を始め多くの人を救えず、自らの限界を幾度となく痛感しただろう。それでも猛はショッカーに抗う風として戦い続けた。幾度となく打ちのめされてもまた立ち上がり、血の滲むような努力を重ね、全身を同類の血潮で染め、ショッカーや続く悪の組織から人々を守り続けてきた。『守る』という言葉の裏には、猛の血塗られた過去が詰まっているのだ。
 一方の一夏は、誰かを『守る』ために何の苦労も、努力もしていなかった。少なくとも猛に比べて量が足りなかったし、猛が続けてきたような自己鍛錬など、ほとんどやったことが無かった。なにより、猛ならばたとえ負けてしまっても、今の一夏のようにうずくまっていたりはしないだろう。
 自己嫌悪と絶望に支配され、まともに動けない一夏に猛と和也が声をかけようとするが、ナオキとミツルが廊下を全速力で駆け抜けてやってくる。ナオキとミツルは大急ぎで敬礼すると、間髪入れずに報告を始める。

「隊長! 銀王軍が再び行動を開始しました! 現在は沖縄各地の避難所を襲撃し、市民を次々と拉致しているそうです!」
「何!? あいつら、また人間狩りを始めやがったのか! それで、状況は!?」
「IS部隊や国防軍、在日米軍、警察が協力して対処していますが、怪人を投入しているので、苦戦を強いられているようです!」
「分かった、俺たちも直ちに出撃だ! 本郷、一夏君、行くぞ!」
「おうっ!」

 和也は即座に出撃命令を下し、ナオキとミツルは一目散に駈け出して行く。和也は猛と一夏に呼びかけて走り出そうとするが、猛と対照的に一夏は椅子に座ったまま動こうとしない。動けなかった。動ける筈が無かった。あんな現実を突き付けられてしまった今、『守る』ことなど出来る筈も無かった。一夏の心境を察したのか猛はしゃがみ、一夏の肩に軽く手を置いて話し始める。

「一夏君、君だけのせいではない。だからそんなに思い詰めないでくれ。晴彦君のためにも、もう一度戦うんだ。それが君だけにしか出来ない、本当の意味で晴彦君を守る唯一の方法なんだ」

 静かに語りかける猛を一夏は直視できない。続けて和也が口を開く。

「一夏君、君の気持ちは痛いほど分かる。けど、俺は敢えて何も言わないぜ。必ず戻って来るって信じてるからな。行くぞ、本郷」

 和也が肩を叩くと猛も立ち上がり、走り去っていく。一夏は黙って見送ることしか出来ない。すると病室から出てきた藤兵衛が一夏の近くに立って話しかける。

「一夏君、いかなくていいのかい? この沖縄だけでも、君の助けを待っている人は沢山いるんだ」
「……俺が行っても、猛さんや和也さん、SPIRITSの皆さんの足手纏いになるだけですから……」
「何を言ってるんだ一夏君! 君にはISだってあるじゃないか! それに君は、誰かを守りたいんじゃなかったのか!?」

 一夏の答えを聞くと慌てて両肩を掴んでゆする藤兵衛だが、一夏は黙りこくったまま力なく首を振り、口を開く。

「俺、猛さんたちと違って口先じゃ『守る』なんて言ってましたけど、意味とか重みとか、守れなかった時のこととか全然考えてなくて……弾が死んだって聞かされた時から、結局何も変わってなくて。猛さんと違って、俺の『守る』って言葉はただ憧れで、格好付けてただったんです、結局。俺に誰かを守るとか、おこがましくて言えませんよ……仮に戦ってもあいつらは……怪人は強い。戦って勝てる保証もないし、守れるかも分からない。晴彦君との約束を果たせるかだって……」
「馬鹿野郎!」

 次の瞬間、藤兵衛は一夏の右頬を思い切り張り飛ばす。藤兵衛は怒りを露にして叱責を始める。

「何もしていない内に、そんな弱気でいてどうするんだ!? 勝てる保証がないだ、守れるか分からないだ言う前に、勝つために努力はしたのか!? 守るために必死になって考えたか!? そういう弱音は最大限努力して、初めて言うことを許されるんだ! それをしない内からウジウジとするんじゃない!」
「それにな、なんでも自分のせいにすればいいって考えてるんだろうが、そんなんで収まると思うなよ! あの時戦っていたのは君だけじゃない! 猛や滝、俺だって戦っていたんだ! 晴彦君が怪我をしたのも俺や猛、和也のせいでもあるんだ! それをいかにも自分だけが晴彦君を守ろうとしていたみたいに言いやがって! 自分一人で戦っていたなんて、思い上がるんじゃない!」
「何より、守る資格がないなら、目の前で苦しんでる人を見殺しにしてもいいのか!? 苦しめられている人たちを放っておいていいのか!? 誰かを守るのに資格なんていらないだろ!? 君には守れる力が、銀王軍の連中から誰かを助けられるISがあるじゃないか! だったら四の五の言わず、止められても飛び出していくべきじゃないのか!? そんな屁理屈をウダウダ言って何もしないのが、一番最低なことなんだぞ!?」

 藤兵衛はそこで言葉を一度切ると、今度は一夏の隣に座って静かに話し始める。

「一夏君、君の気持ちは分かる。あいつらに負けて悔しいだろう。晴彦君との約束を果たせなくて、あんな怪我をさせてしまって辛いだろう。後悔とか罪悪感とかで一杯で、苦しくて泣きたいくらいだろう。それは俺や猛、いや仮面ライダーはみんな同じ気持ちを味わってきた。今の君みたいに落ち込んで、戦う気力だって無くしかけたことだってあるし。俺も仮面ライダーのそんな姿を何回も見てきた。けどな一夏君、仮面ライダーたちは最後には立ち上がれた。仮面ライダーも人間なんだ。君もきっと立ち上がれると俺は信じてる」
「それと、負けたこと自体は大した問題じゃない。負けはしたが、君も晴彦君も今は生きている。だから戦いには負けたけど、完全に負けたわけじゃない。次の戦いでリベンジしてやればいい。一番良くないのは、いつまでも負けたことに拘って、耳を塞いで目を閉じて、うずくまって自分の殻に閉じこもってしまうことだ。そうやっても、負けた事実と向き合ったことにはならない。ただ見えないふりをして、逃げているのと同じだ。このままじゃ君は完全にあいつらに負けてしまうんだ」
「第一、君がいなくても猛や滝、ナオキやミツルは強いし、沖縄だけでも戦う力を持った人間は沢山いる。君と同じくISを使える人間だっている。だから君が戦わなくても、銀王軍には勝てるかもしれない。雪子さんだって、無事に晴彦君の下に帰ってくるかもしれないさ。けれども、君と約束した晴彦君はどうなるんだ? 君とした約束は果たされないじゃないか。それに、君がまた立ち上がると信じた人の気持ちはどうなる? そして、ここで逃げ出したら君自身はどうなるんだ?」
「だから一夏君、もう一度戦うんだ。君が晴彦君とした約束は、仮面ライダーでも果たせない。果たせるのは世界に一人、晴彦君と約束した君だけなんだ。晴彦君を本当の意味で守れるのも、この世界中に君一人しかいないんだ。頼む、もう一度立ち上がって、そしてあいつらと戦って、勝ってくれ」
「でも、俺には……」
「俺は君に、無理なことを頼んでいるんだ!」

 藤兵衛は口ごもる一夏の顔を正面から見据えて言い切る。それを両者は最後に沈黙するが、病室からルリ子が顔を出して二人に声をかける。

「マスター、一夏君、ちょっと来て欲しいの。特に一夏君には」
「でも……」
「ああもう! 男なんだからグジグジ言わない! いいからさっさと来る!」

 ルリ子は及び腰の一夏を無理矢理引っ張っていくと、晴彦の枕元に立たせる。何かうわ言を続けている晴彦を直視できない一夏を見やり、ルリ子は口を開く。

「一夏君、この子が今何を言ってるか分かる? 少し聞いてみて」
「そんなの……」
「いいから聞く!」

 ルリ子は強引に一夏の耳を晴彦の耳元まで持っていく。同時に晴彦のうわ言の内容が聞こえてくる。

「……おにいちゃん……がんばれ……がんばれ……」
「これって!?」
「……この子はね、まだあなたを信じているのよ。きっと約束を果たしてくれるって。応援してくれれば、きっとお姉さんを助けてくれると、悪党どもをやっつけてくれると、絶対に守ってくれると信じている。これでもまだ、君は落ち込んでいるつもり?」

 晴彦の弱々しい、しかしハッキリと聞こえた応援の言葉が一夏の耳に入り、心に響く。

(何をやってたんだ、俺は……晴彦君だって俺のことを信じて、頑張っているのに、肝心の俺が落ち込んでてどうするんだよ……!)

 自身の不甲斐なさに腹が立ってくる。同時に一夏の身体に熱い何かが漲り、力が湧いてくる。

(確かに俺には何かを守る資格なんてないのかもしれない。けど今目の前に俺にしか守れない人が、俺が守るべき人が、守らなくちゃいけない人が、助けを求めてる人がいる。俺を信じて待っている、晴彦君がいるじゃないか!)

 一夏はポケットを探ってハーモニカを取り出す。姉を連れ戻してほしいと自分にくれた、姉が買ってくれた晴彦には何よりも大切なものだ。一夏は晴彦の右手を両手で握って話し始める。

「ごめんな、晴彦君。それとありがとう。お兄ちゃん、頑張るからな。頑張って、約束守って、絶対にお姉ちゃんを連れてくるからな。だから、晴彦君も頑張るんだぞ?」

 続けて一夏は立ち上がりルリ子に一礼する。

「すいませんルリ子先生、ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です。晴彦君のこと、お願いします!」
「任せなさい、これでもプロなんだから。あなたも胸を張っていきなさい。本郷猛が……仮面ライダーが認めているんですもの、あなたなら出来ると信じているわ」

 ルリ子が笑いかけると一夏は再び一礼して病室を出る。そのまま走り出そうとするが、藤兵衛が肩を掴んで一夏を止める。

「待つんだ一夏君。勝算はあるのか」
「ありません。でもきっと弱点はある筈です。最悪刺し違えてでも倒す。それだけです」
「駄目だ! 無策で飛び出して行っても、また負けるだけだ! ハッキリ言おう。一夏君、今のままでは万に一つも勝ち目なんてない。今出て行っても相討ちどころか、犬死するのが関の山だ!」
「それでも行かないといけないんです! 晴彦君のためにも!」
「いいから聞くんだ! 君はまず勝つための努力をする必要がある。十分に努力して、考え抜くことで初めて君はあいつらに勝つことが出来るんだ」
「勝つための努力、ですか?」
「ああ。一夏君、特訓しよう。仮面ライダーたちが強敵に敗れた時と同じように、敵の技や能力を対策し、勝利するための特訓を」
「……はい、お願いします、立花さん!」

 藤兵衛に一夏が頭を下げると、二人は連れ立って病院の外に出るのであった。

**********

 駐屯地付近にある鉄塔の下にジープが停車する。ジープから藤兵衛と一夏が下りると、藤兵衛は先端にかぎ爪が付いたロープを荷台から引っ張り出す。一夏は荷台から銛を発射するランチャーを出して組み立て始める。藤兵衛もロープを引き出し終えると組み立てを手伝い、組み立て終えると藤兵衛は一夏にロープを渡して話し始める。

「一夏君、負けた理由については、ウツボロンの腕に巻かれてエネルギーを吸い取られたと言っていたね。俺もその通りだと思う。ISは素人だからよく分からないが、一番必要なのはあの腕への対策だってことは俺にでも分かる。一夏君、これを見てくれ」

 藤兵衛は懐から独楽を取り出し、紐を独楽に巻き付けて地面に放つ。独楽が回転するのを確認して紐を一夏に見せる。

「回っている独楽を一夏君、紐をウツボロンの腕とする。俺が紐を独楽に巻きつけようとすると……」

 藤兵衛は独楽紐を投げる。すると紐は独楽に巻き取られていく。藤兵衛は独楽を止め、紐が巻き付いた独楽を見せて続ける。

「こんな風に、独楽は自分から紐を巻きつける。一夏君、もし独楽が巻き付ききる前に逆回転したら、どうなると思う?」
「紐は逆に解けていく、ってことですか?」
「そうだ。これが特訓で身につけることだ。回転して自分からウツボロンの腕に巻きつけ、先端の口で噛まれる前に逆回転して腕を振り払う。そしてトンボンバーが攻撃する前に上昇し、トンボンバーを叩く。これを覚えるんだ。一夏君、まずはロープを持って10秒以内に回転してロープの巻き付け、逆回転によるロープの引き離し、鉄塔までの上昇を全てこなすんだ。何か質問は?」
「理屈は分かったんですけど、どうして自分から巻きつきに行くんですか?」
「独楽と同じさ。独楽も回転方向と逆に紐を巻き付けて引くことで、より速く回すことが出来る。それを利用して、回転数を上げて早く引き離せるようにするためさ。さあ、始めよう!」

 藤兵衛が手を叩いて言うと、一夏は『白式』を展開してロープを持って鉄塔下まで歩いていく。藤兵衛はストップウォッチを手に、ジープの近くで待機している。

「こっちは準備オッケーだ!」

 藤兵衛が手を上げて声を上げる。一夏は息を吸って吐いた後にスラスター翼からエネルギーを噴射し、その場で回転し始める。するとロープが一夏の身体に巻きついてくる。ハイパーセンサーで正確に捉え、ロープが完全に巻き付ききる直前にPICを駆使して急停止し、反対方向にスラスター翼を向けて逆回転を開始する。すると藤兵衛が言った通り、ロープは一夏の身体から離れていく。最後にロープを離してPICを使って回転を止め、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って上昇し、鉄塔の頂上まで上昇を終える。同時に藤兵衛がストップウォッチを止め、タイムを読み上げる。

「14秒12! 一夏君! これじゃ遅すぎる!」
「本当ですか!?」

 藤兵衛の言葉を聞いた一夏は降下して藤兵衛の横に立つ。藤兵衛は少し考えると口を開く。

「一夏君、ISについてはよく分からないんだけど、PICは慣性を無視出来るんだろ? なら最初に瞬時加速ってのを使って、いきなり最高速度まで持って行って、それを保ったまま回転を続けることは出来るかい?」
「……そうか、それだ! ありがとうございます、立花さん! もっと回転出来るかもしれません!」

 藤兵衛の疑問を聞き、一夏は解決策の一つを見つけ出す。PICをマニュアル制御にし、最初に瞬時加速を使って回転を始めれば、最初から最高速度に達することが出来る。その分制御は難しくなるが、やってみる価値はある。

「一夏君、もう一つアドバイスがあるんだが、停止する時間はなるべく無くした方がいい。飛び上がる時も、回転したまま上昇するんだ」
「はい!」

 一夏はもう一度ロープを持って鉄塔の下まで歩く。藤兵衛が手を上げて合図を出すと、一夏はPICをマニュアル制御にし、スラスター翼を微調整して瞬時加速を使い、PICを作動させて回転を開始する。ロープの逆端まで巻き取られたのを確認すると、逆方向に瞬時加速を使用して即座に逆回転を開始する。ロープが全て解けたのを確認すると、3度目の瞬時加速で上昇に転じる。

「10秒81! さっきよりずっと早くなったぞ! 後はもっと腰を使って、切り返す感覚を掴むんだ!」
「はい! お願いします!」

 タイムは縮まったものの、まだ目標には遠い。後は感覚の問題だ。一夏は何十回となくロープを持って回転、逆回転、上昇のプロセスを繰り返す。時に逆回転への切り替えが遅くなり、ロープが絡まってしまうこともあった。時に逆回転から上昇に転じるタイミングが早過ぎ、ロープが絡まったまま上昇してしまうこともあった。一夏は自身で考え、時に藤兵衛のアドバイスを受け、時に一緒に原因と改善策を考え、徐々にだがミスを無くしていく。しかしタイムがあと一歩で縮まらない。10秒の壁を超えることが出来ない。一夏は逸る心を押さえながら藤兵衛の叱咤激励を受け、同じルーチンを繰り返す。今度もタイムが縮まらない。あとコンマ1秒。それが縮まらない。一夏は諦めず回転を始め、腰の動きとPIC、スラスター翼を駆使して何回目になるかも分からない逆回転を開始する。

(え……?)

 その時、いつもと違う感覚を一夏は味わう。一夏は逆回転を終えると上昇に転じ、鉄塔の上に到達すると藤兵衛がストップウォッチを止める。

「9秒99! いいぞ! 遂に10秒の壁を切ったぞ!」

 同時に藤兵衛が喜びの声を上げる。一夏も降下してストップウォッチを確かめる。10秒を切った。今まで越えられなかった壁を越えられた。その嬉しさが一夏の身体にも浸透していく。

「よし、この調子で成功率を上げていこう! もっとタイムを縮められるかもしれない!」
「分かりました、やってみます!」

 一夏は特訓を再開する。最初はタイムもまちまちで1不安定だったが、やがて一夏は10秒を切れた時、ある共通項があったことに気付く。

(そうか、あの感覚か! あの感覚を感じた時に早くなっているんだ!)

 感覚を掴むべく試行錯誤を繰り返す一夏は、感覚の正体に気付く。

(この感覚、何かに似てると思ったら居合だ。居合でうまく抜刀出来た時と同じ感覚なんだ)

 この感覚は居合でスムーズに抜刀出来た時のそれに近い。居合で重要なのは腰の動きだ。『鞘の内』とは刀を抜かず、相手を制する最上の勝ち方を意味すると同時に、手で抜いて加速を始めるのではなく、腰を切り、鞘の内に刃がある時点で加速を完了し、より速い一撃を放つという意味でもある、と師の篠ノ之柳韻から教えられた。今ならその意味が分かる。その感覚こそが秘訣だ。
 腰を切る感覚を掴み切るべく、一夏は腰を切ることに集中する。やがて感覚をモノにし、上手く腰を切れるようになると、タイムが安定して10秒を切るようになる。今度は回り始めるタイミングがまちまちと気付く。そこで最善のタイミングを探るべく、試行錯誤を繰り返す。一番いいタイミングが掴めるようになると、今度は上昇のタイミングと、欠点や甘い所を改善していく度に、次々と新たなステージが見えてくる。タイムも順調に縮んでいき、遂に9秒の壁も安定して越えられるようになる。

「8秒76! よし! これで15回連続で8秒台だ! 一夏君、次の段階に移るから一旦下りてきてくれ!」

 藤兵衛が呼びかけると一夏は一旦降下する。すると藤兵衛はロープをランチャーにセットする。

「次はランチャーで射出したロープに、自分から巻きつきに行くんだ。さあ、始めよう」

 藤兵衛はランチャーについて一夏にロープを射出する。一夏はロープへ自ら巻き付きに行き、最初の特訓と同じことを繰り返す。最初の内はかぎ爪が引っ掛かるなど悪戦苦闘していた一夏だが、すぐに10秒を切れるようになり、さらにタイムを縮めていく。

(視野を広く取る、これはどんな時も変わらない筈だ!)

 沖縄での沖一也の特訓を思い出し、最低限の動きで先端のかぎ爪を回避し、逆に巻き付けるとタイムは縮まっていく。幾度となく試行する内に完全に感覚を身体に叩きこみ、順調に8秒台に乗せていく。

「8秒55! 7回連続でベスト更新だ! 一夏君、下りてきてくれ!」
「はい!」

 藤兵衛が呼びかけると一夏は地上に降り立つ。

「よくやった! これで行ける筈だ! ついでにもう一つ、これを応用した別の特訓をしよう」
「もう一つの、ですか?」
「ああ。今度は新しい必殺技の開発だ!」

 藤兵衛はランチャーを分解し、ジープの荷台に積み込むと一夏と共にジープに乗り込み、次の目的地に向けて走り始める。ジープが到着したのは、街の瓦礫などを集めた仮の廃棄場だ。ジープから一夏と藤兵衛が降りると、一夏もそれに続く。ビルの一部らしき瓦礫が置かれている区画までやってくると、藤兵衛は一際大きなコンクリートの塊を指さす。

「一夏君、ISを装着して刀を思い切り振るんだ。いいか、何も考えず、あの瓦礫に向かって全力で振るんだ」
「分かりました、やってみます!」

 一夏は再び『白式』を装着してコンクリート塊の前に立つ。雪片弐型を呼び出すと両腕で握り、上段の構えを取る。少し呼吸を置き、裂帛の気合と共に雪片弐型を振り下ろす。しかし雪片弐型の刃は表面を浅く斬りつける程度で終わる。すると藤兵衛が声を張り上げる。

「駄目だ駄目だ! 全然思い切ってない! もっとこう、前のめりになって倒れるくらいに、一回回っちまうくらい思い切って振り下ろすんだ!」

 藤兵衛の駄目出しに一夏は戸惑うが、一夏は言われた通りにやってみる。雪片弐型を思い切り振り下ろすと、一回転しても勢いは衰えず、もう一度コンクリートの塊を切りつける格好になる。すると偶然最初に傷つけた部分を斬りつけ、先ほどより深く斬りこまれる。藤兵衛が一夏の下へ走り寄る。

「そうだ、それを応用するんだ。一夏君、一回斬っただけでは通用しない相手でも、同じ場所を2回、3回と斬られれば1回だけよりも深く傷が付く。『V3反転キック』やその応用技と同じ原理だな。君の『零落白夜』ってのは、時間経過でシールドエネルギーを消費するんだろ? 逆に言えば10秒間に1回斬っても100回斬っても、使うエネルギーの量は変化しないってことだ。これに回転を加えるんだ。一撃目を思い切り振り抜いて、発生する遠心力やPIC、スラスター翼を使って回転し、2撃目、3撃目と次々に斬撃を入れていく。1撃目よりも2撃目、2撃目よりも3撃目の方が遠心力も増大するから、放つ斬撃を増やせば増やす程、威力も増すって寸法だ。7回だ、一夏君。1秒間に7回の斬撃を同じ個所に放てるようにするんだ!」

 一夏は藤兵衛の言わんとしていることを理解すると、コンクリートの塊に袈裟がけで斬りつける。さらに勢いを乗せてその場で腰を切って回転し、一撃目と同じ軌道で2撃目の斬撃を放つ。それを3発、4発と繰り返す。すると7撃目を浴びたコンクリートの塊は深く斬られ、内部の鉄筋が断ち切られる。だがまだ遅い。一夏はより速く、より正確に、より重い連撃を放つべく、瓦礫を巻き藁代わりに斬撃を放ち続ける。

「いいぞ、その調子だ! もっと腰を入れて重い一撃を叩きこむんだ!」

 藤兵衛の指導を受けながら、一夏は時に斬り方や姿勢を変え、新たな必殺技を自らのものにすべく、特訓に没頭するのであった。

**********
 
 避難所では国防軍や在日米軍の兵士達がバリケードを築き、デルザー戦闘員やスペースクルーを相手に防衛戦を繰り広げていた。すでに沖縄各地で多数のスペースクルーとデルザー戦闘員、サドンダスやショッカーの怪人も出現し、避難所を襲撃して人々を浚っている。IS部隊を含めた全戦力で迎撃しているが、苦戦を強いられている。猛や和也らSPIRITSは各地を駆け回り、片っ端から鎮圧していったが、猛の身体は頑張っても一つしかない。救援が間に合わないケースもあるのだ。
 兵士たちは機銃や手榴弾、グレネード、時に戦闘ヘリや装甲車でデルザー戦闘員やスペースクルーを蹴散らすが、ワラワラと敵は湧いてくる。すると配置していた装甲車やトラックがいきなり吹き飛ばされ、デルザー戦闘員やスペースクルー、トラックが一斉に雪崩れ込んでくる。先頭に立つのは、ケンタウロスのような姿になったホーサイドだ。ホーサイドは後ろ足で装甲車を蹴り飛ばし、別の装甲車の上部を剣で切り裂く。搭乗員が脱出するのには目もくれず、前足で車体を踏み壊す。歩兵部隊が戦闘員の相手に手間取っている隙に、ホーサイドは二足歩行形態に戻ってスペースクルーやデルザー戦闘員を集める。しかし戦車や機械化歩兵が増援として駆けつけ、ホーサイドに集中砲火を浴びせて足止めする。

「馬鹿め! クロコダイ様がいるのを忘れたか!」

 しかしクロコダイが戦車に取りつくと、手に持った刀で砲塔部分を斬って切り口から手を入れる。そして渾身の力で砲塔部分を投げ飛ばし、さらに搭乗員を外に放り投げる。戦車兵も拳銃を抜いて抵抗するものの足止めには至らず、ホーサイドと合流して避難所内に雪崩れ込む。最初は状況を理解できなかった市民たちだが、避難してきた人間が次々捕えられていくのを見ると、たちまちパニックが発生し、避難所は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈する。

「いくら泣き叫んでも無駄だ! 死ぬまで我々の奴隷としてこき使ってやるから有り難く思え!」

 ホーサイドやクロコダイらは逃げ惑う人々を捕まえてはトラックに押し込めていく。そんな中ホーサイドは、一組の親子が身を寄せ合って震えているのを見つける。午前中にルリ子が話していた親子だ。ホーサイドは無造作に親子を引き離していく。

「お願いですから、この子だけは!」
「黙れ! お前たち大人は労働力として、そっちの子供はブレインコンピューターの中枢としてこき使ってやると、最初から決まっているのだ! 大人しくしろぃ!」

 ホーサイドはまず両親をデルザー戦闘員やスペースクルーに引き渡し、子供の首根っこを掴んで持ち上げる。子供は震えて小声で何かを呟いている。

「助けて……仮面ライダー……助けて……」
「小僧、いいことを教えてやろう。仮面ライダーは決して助けこない! なぜならば俺に殺される運命なのだからな!」

 ホーサイドは子供を嘲り、直接トラックの荷台に放り込む。避難所の市民は全員トラックに入れた。後は撤収するだけだ。

「さあ、後は適当に暴れるぞ! 連れて行けぃ!」

 ホーサイドが指示を出すとトラックは発車する。しかしバリケードの穴から外に出ことはなく、なぜかデルザー戦闘員やスペースクルーを片っ端から撥ね飛ばしてからバリケードの内側で停車する。

「どうした!? 何をしている!?」
「何って、救出さ!」
「何!? どこから!?」
「上さ!」
「今だ! 撃て!」

 驚愕するホーサイドに避難所の屋根から無数の火器が放たれ、デルザー戦闘員やスペースクルーを薙ぎ倒していく。上にいたのはSPIRITS第1分隊だ。戦闘のエキスパートである上、強化服を着用していることもあってミツルのようにIS用銃火器を改造し、使用している者も見受けられる。それらを用いた一斉射撃の前に、流石のホーサイドとクロコダイも怯む。同時にトラックの運転席からSPIRITSの隊員が降りてくる。護衛の兵士や降下してきた増援部隊、砲兵部隊や対戦車ヘリ、攻撃機の援護もあってトラックを中心に新たな防衛線が作られ、反撃を開始する。

「サイクロン……」

 さらに一台のバイクがデルザー戦闘員やスペースクルーを次々と蹴散らし、スピードを上げてホーサイドとクロコダイらに突っ込んでくる。

「アタック!」

 バイクはホーサイドに体当たりをしかけ、ホーサイドは盾で防御するが大きく吹き飛ばされる。同時にバイクが停車する。乗っているのは銀色の手足をしたバッタ男だ。

「貴様は、仮面ライダー1号!?」
「クロコダイ! ホーサイド! 貴様たちの好きには断じてさせん!」
「おのれ、死に損ないが! この場で始末してくれる!」
「俺も忘れて貰っちゃ困るぜ!」
「滝和也まで!?」

 サイクロン号に跨った仮面ライダー1号だ。続けて和也がバイクに乗りながらショットガンを連射し、クロコダイらを足止めする。ホーサイドは再びケンタウロスに似た姿に変わる。仮面ライダー1号もサイクロン号のスロットルを入れ、ホーサイドめがけて走り出す。ホーサイドはギャロップで駆けながら、仮面ライダー1号を踏みつぶそうと後ろ足で立ち上がり、前足を振り下ろす。しかし仮面ライダー1号は巧みにハンドルを操作して回避するとターンし、逆にホーサイドの胴体に体当たりをかける。跳躍して回避したホーサイドだが、すかさず仮面ライダー1号はサイクロン号を踏み台にジャンプし、ホーサイドの右前足を捕まえる。もがくホーサイドだが、仮面ライダー1号は背負い投げの要領でホーサイドを投げ飛ばす。

「ライダー返し!」

 地面に叩き付けられたホーサイドは起き上がれず、仮面ライダー1号はホーサイドの腹にパンチの連打を叩きこむ。堪らずに二足歩行形態に戻ったホーサイドは、右手に長剣を持って仮面ライダー1号に斬りかかる。仮面ライダー1号は紙一重でホーサイドの斬撃を全て回避し、カウンターで水平チョップをホーサイドの首元に打ち込んで怯ませる。

「ならば、俺が相手だ!」

 クロコダイが刀を掲げて仮面ライダー1号に挑むが、仮面ライダー1号は刀を真剣白羽取りで防ぐ。掴んだ刃を軽く捻ってクロコダイの重心を崩して投げ飛ばす。立ち上がったクロコダイに仮面ライダー1号は左右のラッシュパンチを叩きこみ、反撃を許さずにクロコダイを一方的に殴り続ける。右のハイキックでクロコダイをグロッキーにすると右腕を取る。

「ライダー投げ!」

 仮面ライダー1号は背負い投げでホーサイドめがけてクロコダイを投げつける。トドメを刺すべく跳躍し、空中で前転して右足をホーサイドとクロコダイに向ける。

「ライダーキック!」

 しかしキックがホーサイドとクロコダイに炸裂する前に影が広がり、ホーサイドとクロコダイは影の中に消えていく。暗黒大将軍が回収したようだ。キックは不発に終わり、仮面ライダー1号も着地する。同時にデルザー戦闘員やスペースクルーも和也らの活躍もあって掃討を終える。
 仮面ライダー1号と和也たちSPIRITSは各地を転戦し、最後にこの避難所に駆けつけた。しかし状況は芳しくない。銀王軍に拉致された人々は1000人を超えた。中には子供も含まれている。今は被害をある程度抑えることが出来たが、これが続くようであれば、被害はますます大きくなるだろう。一刻も早く本拠地を特定しなければならない。仮面ライダー1号らはトラックの鍵を壊して市民たとを解放する。するとトラックに乗せられ、仮面ライダー1号に下ろされた子供がふと尋ねる。

「もしかして、仮面ライダー?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ僕とお父さんとお母さんのこと、助けにきてくれたの?」
「勿論」

 するとその子供はようやく笑顔を浮かべる。

「お姉ちゃんの言った通りだ! ありがとう! 仮面ライダー!」
「どういたしまして。君こそよく頑張ったね」

 仮面ライダー1号は子供の頭を撫で、両親が駆け寄って来るのを確認するとサイクロン号に乗って走り去る。手を振って見送る子供を一瞥し、周囲を警戒していた和也だが、入ってきた通信を聞くと思わず聞き返す。

「何!? 暗黒大将軍から通信が!? それは本当ですか!?」

**********

 駐屯地内にある通信施設の一角。そこでレミと美代子、猛が椅子に腰かけている。間もなく事後処理を終えた和也も入ってくる。

「遅くなってすまない。羅門博士、暗黒大将軍からの通信と言うのは?」
「はい、これを見てください」

 レミは通信施設の機器を操作する。するとモニターに映像が映る。映っているのは後ろ手に縛られた雪子にデルザー戦闘員やスペースクルー、そして暗黒大将軍だ。暗黒大将軍は杖を何回か弄り、歩き回りながら話し始める。

『羅門レミ、そして仮面ライダー1号よ。山下雪子の命が惜しければ、2時間後に「首里城」まで来るのだ。もし来ない場合やお前たち以外の誰かが来た場合、待ち伏せをしていた場合はネゴシエーションがブレイクしたものと見なし、山下雪子を殺す。これは脅しではない。よく考えて行動するがいい。ではシーユー・アゲイン』

 そこで映像はブラックアウトする。目的など決まっている。雪子を人質にしてレミから水素エネルギーの組成式を入手し、レミの身柄も確保しようという魂胆だろう。
 美代子は先ほどから意気消沈したままだ。自分が捕まらなければ偽者に猛たちがおびき出されることも、雪子が暗黒大将軍に捕まることもなかった、という自責や後悔の念で一杯なのだろう。レミは美代子の隣に座ると手を握る。

「美代子さん、そんなに自分を責めないで? 悪いのはあなたじゃない。銀王軍や暗黒大将軍ってヤツが悪辣だったのよ」
「けど私が逃げなければ、雪子もあんな目には……」
「それは私たちに責任があるわ。だからいつまでもクヨクヨしないで? 雪子さんが悲しむわ」
「しかし、転んではただは起きないと言ったものだな。羅門博士、いかがされますか?」
「連中に会いに行きます。無駄かも知れませんが、組成式データを新たに作成して取引材料にしてみます」
「本郷、お前は……聞くまでもないな」
「ああ。雪子さんを見殺しには出来ない」

 和也は改めて猛とレミの意志が変わりないことを確認すると、しばらく思案する。このままでは暗黒大将軍の思う壺だ。何としても打開策を見つけ出さなければならない。思考を巡らせる和也だが、なかなかいいアイディアが閃かない。内心焦る和也の思案を知ってか知らずか、ルリ子が部屋に入ってくる。

「猛さん、滝さん、お疲れ様。コーヒーはどうかしら」
「ありがとう、ルリ子さん。しかし今はそんなことを言っていられる……」
「もう! 戦士たるもの、休むのも仕事の内よ! そんなことを毎回言ってたら、猛さんも身体を壊しちゃうじゃない!」
「諦めとけよ、本郷。今のルリ子さんに何を言っても通用しないさ。弟が絡んだどっかのブラコン怪人みたいにな」

「くしゅ!」
「千冬さん、大丈夫かい?」
「いえ、問題ありません、一也さん。どうせ不真面目な方の和也さんが、私のことをブラコンだなんだと言いふらしているんだと思います。まったく、あの人はいつも私に迷惑をかけるだけじゃなく、人をブラコンみたいに誇張して……」
「君もいい加減、もう少し素直になった方がいいんじゃないかな?」

「なら有り難く頂くよ、ルリ子さん。ところでおやっさんと一夏君は?」
「それが特訓するって出て行ったっきり。マスターがいるから大丈夫だと思うけど、猛さんより先に、一夏君が身体を壊しちゃうんじゃないかしら」

 ルリ子が呆れたように続けると、和也にある策が思い浮かぶ。一矢報いることが出来るかもしれない。ならば善は急げ、だ。

「なあみんな、ちょっといいか? 俺に考えがあるんだが……」

**********
 
 首里城。『琉球王朝』の王城として威容を誇りながらも戦災により焼け落ち、復元された正殿前。床に黒い影が広がると中から暗黒大将軍と後ろ手に縛られた雪子、キラースネーク、ウツボロン、トンボンバー、ビッグマシン、そして多数のデルザー戦闘員と円筒状の何かが出現する。間もなく取引の時間だ。監視や待ち伏せはないようだ。猛とレミが現れるのを待ちながら、暗黒大将軍は円筒状の何かを見てあごひげをしごき、満足げに頷いて口を開く。

「フフフフフフフフ、このΣエネルギー爆弾の爆破に成功すれば、ナハ・シティ全部を火の海に変えることが出来る。人間どもも少しは大人しくなるだろう。そして日本中、いや世界中にΣミサイルを撃ち込んで大混乱に陥れ、世界を征服してやるのだ!」

 この円筒は試作型のΣエネルギー爆弾だ。タイマーをセットすることで信管が起動し、爆発すれば那覇市全域を火の海に出来る。爆発したあとのことを考えると笑いが止まらない。だがバイクの音が聞こえてくると笑いを止める。キラースネーク、ウツボロン、トンボンバー、ビッグマシンに隠れるように指示を出して雪子の首にサーベルを押し当てる。
 直後にアタッシュケースを持ったレミと猛が現れる。約束通り二人だけで来たようだ。レミは雪子を見るなり駆けだそうとするが、暗黒大将軍が雪子の首にサーベルの刃を食い込ませると立ち止まる。続けて猛が声を発する。

「約束通り二人だけで来たぞ、暗黒大将軍! 早く雪子さんを解放するんだ!」
「ここにΣエネルギーの組成式が入ったデータがあるわ! これを渡すから、早く雪子さんを放しなさい!」
「ビー・クワイエット! お前たちがミーに要求する権利などない。ミーのみが要求をリアライズ出来るのだ。さあ、まずはアタッシュケースを渡して貰おうか。渡したら山下雪子はフリーにしてやる。さあ、カモン!」
「分かったわ。渡せばいいんでしょう?」

 レミはアタッシュケースを暗黒大将軍に投げて渡す。暗黒大将軍が中身を確認し、ディスクを確認する。アタッシュケースをデルザー戦闘員に預けると暗黒大将軍は要求を続ける。

「では次だ。羅門レミ、ユーにも来て貰う。本郷猛、動くなよ! 動いた時点で山下雪子を殺す。羅門レミが半分の距離まで来たら、山下雪子は放してやろう」
「足元を見て……!」

 レミは心底悔しそうにしながらも渋々、ゆっくりと歩き出す。半分までの距離に達すると意暗黒大将軍は雪子を解放する。すると雪子は一目散に駈け出し、レミの前に立つ。

「博士! 私なんかのためにこんな……!」
「いいのよ、気にしなくて。それより、これからは晴彦君の側にいてあげなさい?」
「博士……!」
「フフフフフフフフフ、今だ! やれ!」

 次の瞬間、猛に隠れていたビッグマシンがメカライズビームを当て、ウツボロンがウツボアームで猛を拘束して先端の口を噛みつかせる。上空からはトンボンバーが急降下し、レミと雪子を抱えてデルザー戦闘員に引き渡す。さらに身動きが取れない猛をキラースネークが鞭で滅多打ちにする。

「暗黒大将軍、卑怯だぞ! 最初から約束を反故にするつもりで……!」
「ハハハハハハハハハハハ! 誰が約束すると言った!? それより本郷猛、抵抗するなよ!? 抵抗すればこの二人の命はないものと思え! もっとも、ウツボロンの腕に噛まれてメカライズビームを浴びた今の貴様では、抵抗したくても出来ないだろうがな!」
「ぐうっ……!」

 暗黒大将軍の言う通り猛は動くに動けない。ウツボロンがウツボアームに力を込める。

「トンボンバー、アレで行くぞ!」
「おう!」

 トンボンバーが猛の真上まで上昇すると、ウツボロンは風車のように高速で回り始める。十分に遠心力が付くと猛を上空めがけて放り投げる。

「くらえ! ウツボロン大風車投げ!」
「トンボンバーソニックを受けろ!」

 猛はトンボンバーが発したソニックブームを受け、地面に叩きつけられる。立ち上がった猛にトンボンバーがバズーカを発射し、辺り一体に金属片がばら撒かれる。

「これも受けろ!」
「ぐっ!?」

 キラースネークが頭部からレーザーを発射すると金属片に当たって乱反射を繰り返し、全方位からレーザーが襲いかかって猛の身体を焼く。立ち上がろうとする猛だが、ビッグマシンが猛を羽交い絞めにしてキラースネークが猛を鞭打つ。そして暗黒大将軍がサーベルを引き抜き、ゆっくりと歩いてくる。

「死ぬ前に一つグッドニュースを教えてやろう。ここに設置されているのは、試作型のΣエネルギー爆弾だ。ミーがお前を嬲り殺しにしてやってからタイマーをスタートさせて、ナハ・シティごと貴様の仲間も焼き払われるのだ! 良かったな! 一緒にヘルをエンジョイする仲間が増えるぞ! やったな、仮面ライダー1号、本郷猛よ! フハハハハハハハハハ! さて、まずはどこから斬ってやろうか……そうだな、まずは鼻から削いでやろう。さあ、覚悟するがいい!」

 暗黒大将軍はサーベルを見せつけるように掲げ、猛の鼻に近付けていく。
 直後に上空から光が降り注ぎ、デルザー戦闘員たちが纏めてなぎ払われる。

「何事だ!?」

 驚愕を隠せない暗黒大将軍を余所に、空から何かが急降下してくる。すぐにレミと雪子を捕えたデルザー戦闘員を一撃で吹き飛ばし、レミと雪子を抱えて離脱すると離れた場所に二人を下ろす。その隙に猛が暗黒大将軍に蹴りを入れて怯ませ、頭突きと肘打ちで拘束から逃れて跳躍する。そして乱入者と共にレミと雪子を守るように立ちはだかる。

「猛!」
「おやっさん!」
「ぬう!? 立花藤兵衛か!?」
「俺もいるぜ!」

 さらに藤兵衛と和也が猛の下に走ってくる。そして乱入者もまた口を開く。

「すいません、猛さん。遅くなりました」
「いや、いいさ。俺は君が必ず戻ってくると信じていたからね、一夏君」

 乱入者こと『白式』を装着した一夏に、猛はその独特の『太い』笑顔を向けるのであった。

**********

 少し時間を巻き戻す。
 藤兵衛の下で特訓を続けていた一夏の下に連絡が入ったのは、丁度休憩を挟んでいた時だ。運良く和也が無線機に連絡を入れたのだ。和也との交信を終えると藤兵衛は一夏に向き直る。

「一夏君、いよいよ本番だ。いけるね?」
「はい。今度こそ、絶対に守って見せます!」

 一夏が力強く頷いたのを見ると藤兵衛は肩を叩き、ジープに乗り込む。一夏もジープに乗り込むとジープは発車して首里城を目指して走り出す。途中で和也がバイクに乗って走っているのを発見し、ジープを寄せて合流する。

「滝!」
「おやっさん! 一夏君!」
「すいません、和也さん、また迷惑かけちゃって……」
「気にしなくていい。それより、もういいのかい?」
「はい、晴彦君を守れるのは俺だけですから!」
「それでこそ一夏君、俺と本郷が見込んだ男だぜ!」
「俺も忘れるなよ! とにかく、暗黒大将軍のヤツも驚かせてやろう!」

 首里城が見えてくると一夏は『白式』を展開して先行し、荷電粒子砲を掃射してレミと雪子を救出して現在に至る。

「おのれ、織斑一夏! まだ生きていたか! この死に損ないめが!」
「フン、いくら負け犬がまた吠えようと、我等の敵ではないことを身体に徹底的に叩き込んで、いや嬲り殺しにしてやる!」
「心を折ってやるくらいで勘弁してやったものを、生意気な! もう一度捻り潰してやる!」
「暗黒大将軍! ウツボロン! トンボンバー! 俺だってもう昔の俺じゃない! その証拠を今から見せてやる!」
「本郷、雑魚は俺とおやっさんとで引き受ける。お前は一夏君と一緒に、暗黒大将軍を!」
「二人とも、博士たちは俺たちに任せて思い切り暴れてこい!」
「ハッ、残念だったな! 本郷猛はウツボロンのウツボアームにエネルギーを吸われ、変身するエネルギーすらエンプティのバッドコンディションなのだ! 変身出来ない本郷猛など、ただのスケアクロウよ!」
「……どうかな?」

 猛は不敵に笑うと左手を腰に当て、右腕を左斜め上に突き出す。

「ライダー……変身!」

 右腕を円を描くような軌道で右斜め上まで持っていき、入れ替えるように右腕を腰に引いて左腕を右斜め上に突き出すと、ベルトの風車が回って風を取り込み、猛は仮面ライダー1号に変身する。

「馬鹿な!? 変身するだけのエネルギーはもう……まさか!?」
「そのまさかさ! ソニックブームも空気を押し出す以上、『風』には違いないからな! ソニックブームをベルトの風車で受けて、俺のエネルギーに変えていたんだ!」
「ええい、何をしている! 仮面ライダーを地獄に送るのだ! ゴー!」
「行こう、一夏君!」
「はい、猛さん!」

 暗黒大将軍の指示と同時にキラースネーク、ウツボロン、トンボンバー、ビッグマシン、デルザー戦闘員が一斉に動き出す。仮面ライダー1号と一夏は並んで飛び上がると雑魚をある程度蹴散らし、仮面ライダー1号はビッグマシン、一夏はトンボンバーに挑みかかる。
 仮面ライダー1号は走り回ってメカライズビームがデルザー戦闘員に当たるように仕向け、隙を見て接近する。まず顔面に右ストレートを浴びせてビッグマシンを怯ませ、フックやブローなど、パンチを数十発ほどボディに叩きこむ。締めに前蹴りを放ってビッグマシンを吹き飛ばす。そこにキラースネークが鞭を振り回し、仮面ライダー1号に襲いかかる。仮面ライダー1号は鞭を全て紙一重で回避し、鞭を引き戻そうとした所を掴んで引き合いとなる。しかしビッグマシンがメカライズビームを発射すると、直撃を受けてしまい仮面ライダー1号は膝を着く。

「よくやった、ビッグマシン! レーザーでトドメを刺してやる! 死ね、仮面ライダー!」
「詰めが甘いぞ! キラースネーク!」

 キラースネークが頭部の蛇からレーザーを発射するが、発射される直前に仮面ライダー1号が跳躍して回避し、レーザーはビッグマシンに直撃する。

「馬鹿な!? メカライズビームを受けたというのに、なぜ立てるのだ!?」
「忘れたか? ビッグマシンの製作を依頼し、データを提供したのが死神博士だと。そして俺の身体を強化改造したのもまた、死神博士であることを! 俺の身体にはメカライズビームの対策などとっくに施されている! 変身した俺に、メカライズビームなど効かん!」
「忌々しい仮面ライダーめ! かくなる上は正攻法で貴様を殺すしかないか!」
「無駄だ! 貴様らが滅びるまで、俺たちは決して倒れん!」

 仮面ライダー1号は一喝すると踏み込み、キラースネークの顔面に右拳を打ち込んで怯ませる。今度は上中下段の多彩な蹴り技でキラースネークを一方的に攻め立てる。
 空中ではトンボンバーがバズーカを連射して一夏を攻撃するが、一夏はバズーカを回避して懐に入り込む。雪片弐型を呼び出すと、バズーカをトンファーのように持ち替えたトンボンバーと打ち合いになる。しあkしリーチでは雪片弐型に分がある上、PICとスラスター翼を巧みに使い、張り付きつつヒットアンドアウェイを繰り返す一夏にトンボンバーは苦戦を強いられる。

「小僧! 貴様の相手はここにもいるぞ!」

 ウツボロンはウツボアームを伸ばして一夏に攻撃する。一夏はあっさりと回避して地上に降下し、腕を戻し切れていないウツボロンを雪片弐型で斬りつける。トンボンバーが急降下して蹴りを放つと一夏は回避して距離を取り、その隙にウツボロンはウツボアームを戻す。

「トンボンバー! こうなればアレで行くぞ!」
「おう!」

 トンボンバーが上昇し、ウツボロンはウツボアームを一夏に向ける。

「織斑一夏! 今度という今度こそ、ウツボロン大風車投げで貴様を地獄に送ってやる! ツーボー!」

 ウツボロンは掛け声と共にウツボアームを伸ばし、一夏を拘束しようと動かし始める。

「それを待っていたんだ!」

 しかし一夏は逆に自分からウツボアームに向かっていく。先端の口による噛みつきはかわし、ウツボアームが巻きつこうとするのに合わせ、その場で高速回転して自分から身体に巻き付けていく。

「馬鹿め! 気でも狂ったか!?」
「そうでもないさ!」

 しかし全身にウツボアームが巻き付き、口が装甲に噛みつく手前で逆回転を開始する。するとウツボアームが一夏の身体から急速に引き離されていく。唖然としているウツボロンを余所に一夏はウツボアームを振り払い、瞬時加速を使い回転したまま上昇に転じる。上空にはソニックブームを放とうと羽を振動させ始めたトンボンバーがいる。

「なにぃ!?」

 しかしトンボンバーは即座に動ける状況ではない。かと言ってソニックブームを放つことも出来ない。つまり今のトンボンバーに出来ることは何もない。一夏は雪片弐型を構え、回転の力を乗せて思い切りトンボンバーの胸に突き入れる。トンボンバーは雪片弐型で見事に貫かれ、トンボンバーは口から大量の血を吐き出して墜落する。地面に叩きつけられるとトンボンバーの身体が液状化して消え去る。

「やった!」

 見ていたレミが思わずガッツポーズを取るが、デルザー戦闘員を蹴散らしていた和也と藤兵衛は複雑そうな顔をしている。

「滝、これで一夏君は、もう後戻り出来なくなっちまったんだな……」
「おやっさん……」
「……いい気分じゃないだろ、猛は勿論、一夏君だって。再生怪人とはいえ、元人間を自分の手で殺しちまったんだ。ただISに乗れるってだけの男の子を、俺はISに乗れるってだけで尻を引っ叩いて、猛たちと同じ道に足を踏み入れさせちまったんだ。猛が歩いてきた、終わりの見えない地獄に」
「だからこそ、俺たちが最後まで付き合うべきだと思いますよ、俺は。俺たち大人の力が足りないから、一夏君の手を血で染めさせちまったんだ。だから、俺たちも俺たちに出来ることをやるのが、けじめだと思います」
「そうだな、まず雑魚を片付けないとな!」
「それでこそおやっさんですよ!」

 藤兵衛が気を取り直してデルザー戦闘員を殴り飛ばすと、和也は電磁ナイフと大型拳銃で敵の数を順調に減らしていく。

(これが……この感覚が……)

 藤兵衛の懸念通り、一夏は初めて自らの手で元人間を殺した事実に戦慄を覚えてしまう。軽い。あまりにも軽い。真剣を握った時に感じた重さに比べ、あまりにあっけなく、軽い。こうも手応えもなく命とは奪えるのか。それでいてトンボンバーを殺した事実は重く圧し掛かり、感覚は生々しく手に残っている。左手を何回も握ったり開いたりして感覚を消そうとするが、感覚は消えない。嫌な汗が流れる。何とも言えぬ不快感が纏わりつく。

『いつまで繰り返せばいいんだ、こんな地獄を――』

 ふと一夏の脳裏に声が響く。同時に多数の怪人の死体を前に、両手を殺した怪人の血で染めたまま独り佇む猛の姿を幻視する。慌ててハイパーセンサーを使ってみると、仮面ライダー1号は地上でキラースネーク、ウツボロン、ビッグマシンを同時に相手し、果敢に戦っている。

(これって、もしかして……)

 一夏は『相互意識干渉(クロッシング・アクセス)』のことを思い出す。あの時と違い一瞬かつ断片的であったが、これもその一種だったのかも知れない。それが正しいのかは分からない。だが一つだけ理解したことがある。

(きっと、ショッカーと戦ってきた猛さんも、同じことを感じていたんだ。それも俺と違って独りで、ずっと……)

 仮面ライダー1号も一夏と同じことを感じていたのだ。それでも仮面ライダー1号は戦い続けてきた。多くの人々を戦いに引き摺りこんで、10人の男たちを地獄への道連れにしても、本郷猛は戦い続けてきた。一人でも多くを悪の手から守るために。

(だったら、俺だってやってやる! 俺には猛さんみたいな正義もない。足元にも及ばない。それでも魂くらいは、せめて向いてる方向くらいは一緒で、追いつけなくても、食らいついていきたいじゃないか!)

 一夏の手に握っている手の感覚が甦る。嫌な汗は引き、代わりにマグマのように熱い血潮が一夏の中を流れ始める。一人でも多く助けられるのであれば悔いはない。これは他の誰でもない、自分が選んだ道だ。

「はああああああああ!」

 一夏は急降下して雪片弐型をキラースネークめがけて振り下ろし、キラースネークが吹き飛ばされる。そして仮面ライダー1号の背中を守るように立つ。

「すいません、ちょっとボーっとしちゃってて」
「いいんだ、一夏君。それより……」
「俺は、大丈夫ですから」
「しかし……」
「……俺、猛さんと出会って、一緒に戦っていること、後悔なんかしてません。むしろ嬉しく思ってます。感謝はしてますけど、怨んでなんかいません」
「一夏君……」
「俺、まだ頼りにならないかも知れませんけど、今は猛さんの背中を守って見せます!」
「……分かった。ならば、預けるぞ!」
「はい!」

 仮面ライダー1号も一夏も振り向かず、仮面ライダー1号はビッグマシン、一夏はウツボロンに挑みかかる。
 
「おのれ! 今度こそウツボアームの餌食にしてくれる!」
「おっと!」

 ウツボロンがウツボアームを伸ばしてくるが、一夏はスラスラーを動かして上空に逃れる。しかしウツボアームは執拗に食らいつこうと伸びて一夏を追尾する。

「いくら逃げても無駄だ! ウツボアームは貴様を捉えるまで伸び続けるのだ!」
「そうかい、だったらこうしてやるだけさ!」

 しかし一夏はウツボアームの先端を掴むと、今度はスラスター翼を稼働させてΣエネルギー爆弾の下に向かう。一夏は空中を旋回してウツボアームをΣエネルギー爆弾に巻き付け始める。最後に雁字搦めにした後、解けないように幾重にも結ぶ。口をΣエネルギー爆弾に噛みつかせ、軽く叩いて牙をしっかりと食い込ませる。牙がしっかりとめり込んでいる上、結び目となったアーム部分に抑えられているので、ウツボロンはΣエネルギー爆弾から引き離せない。その間にウツボアームにΣエネルギーが吸収される。

「しまった! これが狙いだったのか!」
「そうだ! この爆弾にはたっぷりエネルギーが詰まってるだろうからな。腕の締め付けが強過ぎて、もう抜けないだろうよ!」

 ウツボアームの性質を逆手に取った一夏の策に、ウツボロンは悔しがる。
 一方、仮面ライダー1号はビッグマシンに左右の拳や蹴りの連打を浴びせていたが、ビッグマシンは腕を伸ばして攻撃する。仮面ライダー1号は跳躍して回避すると、空中で前転して右拳を握り締めて飛び込むように右ストレートを放つ。

「ライダーパンチ!」

 だがビッグマシンは光の壁を正面に展開し、仮面ライダー1号のパンチを跳ね返す。さらに壁の内側から左腕を伸ばし、体勢を崩した仮面ライダー1号へ一撃入れる。

「無駄だ! ビッグマシンにはバーリアが搭載されているのだ! 生半可な攻撃では、ビッグマシンのバーリアは突破できん!」

 キラースネークが仮面ライダー1号を嘲笑すると、今度は頭の蛇からレーザーを放って仮面ライダー1号の身体に焦げを作る。

「だったら、雪片弐型で!」

 一夏は荷電粒子砲でビッグマシンを牽制し、雪片弐型で一撃入れようとする。しかしビッグマシンはバーリアを展開して荷電粒子砲を防ぎ、右腕からメカライズビームを発射する。シールドを展開して防ぐ一夏だが、キラースネークが落ちていたトンボンバーのバズーカを持ち、一夏の付近に弾頭を炸裂させて金属片をばら撒く。するとメカライズビームは乱反射し、全方位から一夏に襲いかかり、当たると白式の機能がダウンして墜落する。それでも立ち上がる一夏だが、ビッグマシンの攻撃を雪片弐型で防御するのに精一杯だ。すると雑魚を蹴散らしていた藤兵衛が大声を張り上げる。

「何をしとるか! 俺との特訓を思い出せ! 今こそ『回天白夜』を使うんだ!」
「回天……白夜?」
「そうだ! 『天』を『回』すと書いて『回天』だ! 俺との特訓で身に付けた新しい必殺技を、そいつに叩きこんでやるんだ!」
「はい!」

 一夏は白式の機能が回復したことを確認し、再び空へと舞い上がる。

「何度やっても同じことだ!」

 キラースネークは仮面ライダー1号を頭部のレーザーで牽制し、再びバズーカを発射して一夏の近くに弾頭を炸裂させる。続けてビッグマシンがメカライズビームを放つ。

「同じ手が通用するかよ!」

 しかし一夏は高速回転しながらシールドを展開し、全方位から飛んでくるメカライズビームを全て無力化する。ビッグマシンが動けない隙に踏み込むと雪片弐型を変形させ、『白式』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)『零落白夜』を発動させる。すると変形した雪片弐型からエネルギー刃が形成される。一夏は雪片弐型を袈裟がけに振って一撃でバーリアを消失させる。続けざまに回転の勢いを生かして放った2撃目、3撃目でビッグマシンの両腕を斬り飛ばし、4撃目、5撃目、6撃目と斬撃を入れ、特殊金属性のボディに深い傷を刻む。
 零落白夜はエネルギー無力化という特性に目がいきがちだが、エネルギー刃自体の破壊力も高く、無人ISの片腕を両断したほどだ。7撃目が斬りこまれると、ビッグマシンのボディが綺麗な切断面と共にずるり、とずれ落ちる。直後にビッグマシンはスパークをまき散らし、部品を大きく吹き飛ばしながら爆散する。
 1秒に7回の斬撃を同じ軌道で放つ一夏の新たな必殺技、名付けて『回天白夜』だ。斬撃を放ち終えた一夏は即座に離脱し、雪片弐型を戻す。

「おやっさん、あれが一夏君の?」
「ああ。零落白夜の発動をより短くして、より多くの斬撃を浴びせる技だ」

 和也にどこか満足げに藤兵衛は解説する。

「そんな馬鹿な!? ろくに殺し合いも経験していないガキに、ビッグマシンが!?」
「たとえ人は負けても敗北や失敗に学び、どこまでも強くなれる。それが理解出来なかった時点で、貴様たちの負けは決まっていたんだ!」

 驚愕するキラースネークを仮面ライダー1号は一喝し、一気に踏み込んで拳や手刀、蹴りの猛攻を浴びせる。そしてキラースネークに反撃も回避も防御も許さず、パンチのラッシュを顔面に浴びせ、チョップを連続して頭や首筋に叩き込み、上中下段の連続蹴りで全身余すところなく蹴りつけてキラースネークをグロッキーにする。締めとばかりに仮面ライダー1号は跳躍し、空中で前転すると右足を向けて飛び蹴りを放つ。

「ライダァァァァキィィィィック!」

 必殺の蹴撃を受けたキラースネークは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられると立ち上がる。

「おのれ仮面ライダー! 織斑一夏! この恨み、地獄から甦って、必ず晴らして……!」

 憎々しげに恨み言を言い残すとキラースネークは仰向けに倒れる。地面に背中が着くと黒い煙が吹き上がり、間もなくキラースネークの肉体が消失する。
 さらに仮面ライダー1号はΣエネルギー爆弾を頭上に掲げると、ウツボアームを巻き付けたウツボロンもろとも高速回転させ、小規模な竜巻を巻き起こしてデルザー戦闘員を空高く舞い上げていく。十分に遠心力を付けると、仮面ライダー1号はウツボロン諸共Σエネルギー爆弾を上空めがけて放り投げる。

「ライダーきりもみシュート!」

 はるか上空まで竜巻に巻き上げられていくΣエネルギー爆弾に、一夏が最大までチャージした荷電粒子砲を発射する。するとエネルギーを吸収された影響か、本来の爆発に比べ小規模な爆発が発生する。それでも威力は十分らしく、爆発でウツボロンとデルザー戦闘員は木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「ええい、忌々しい仮面ライダーめ! しかし水素エネルギーの組成式は入手したのだ。今は大人しく退くしかないか。仮面ライダー! 織斑一夏! 覚えておれ! リメンバー・シュリ・キャッスルだ!」

 暗黒大将軍は悔しげに地団駄を踏むが、気を取り直してアタッシュケースを抱えると影へ入って姿を消す。一夏はハイパーセンサーを使って追跡しようとするが、流石に影を渡る相手を捉える機能などないらしく、捕捉できずに終わる。
 一夏が降下して『白式』の展開を解除し、仮面ライダー1号もまた変身を解除する。和也もヘルメットを脱いで藤兵衛、レミ、雪子と共に一夏と猛の下にやってくる。すると藤兵衛は一夏の肩に両手を置いて話し始める。

「よくやった。これからもこの調子で頑張るんだぞ、『一夏』!」
「はい。本当にありがとうございました。それと、これからもよろしくお願いします、『おやっさん』!」

 一夏が笑って一礼すると、藤兵衛は安堵の笑みを浮かべ、満足げに何回も頷く。二人を微笑ましく思いながらも眺めていた猛と和也だが、雪子が申し訳なさそうな表情を浮かべて猛に頭を下げる。

「申し訳ありません。Σエネルギーを渡す羽目になったのみならず、あなたや羅門博士にまで迷惑をおかけしてしまって。なんとお詫び申し上げたらいいか……」
「いえ、お気になさらないで下さい。あなたが無事なら、それで十分です」
「実は、あのケースにはちょっとした細工が施されているんですよ。連中、きっと泡を食って驚きますよ」

 しかし猛と和也は笑って答える。猛も和也もレミもただデータを渡しただけではない。さらに一夏が雪子の下に歩み寄って口を開く。

「それとすいません、俺が未熟だったばっかりに、晴彦君は……」
「いいえ、とんでもありません。私の方こそ感謝してもし足りないくらいで」
「いえ、俺は……それより、これから晴彦君の側にいてあげて下さい。いくつになっても、弟は姉が恋しいものですから。特に晴彦君の場合だと、なおさら」
「なんだか、ものすごく実感が籠っている言い方ね。あなたもお姉さんを?」
「はい。俺にとっての姉は、晴彦君にとっての雪子さんみたいなものでしたから」

 一夏が穏やかに言うと雪子は頷く。レミも感心したように尋ねると一夏は正直に答える。

「本当なら色々言いたいことはあるけれど、行こうぜ、一夏君。居場所を割り出せ次第、すぐに殴り込みだ。気合入れていこうぜ?」
「これからも頼りにさせて貰うよ、一夏君」
「はい! 俺も期待に応えられるように、頑張りますから」

 和也と猛が一夏の肩を叩いて歩き始めると、一夏も藤兵衛やレミ、雪子と共に続けて歩き出すのであった。



[32627] 第三十四話 勝利者達(ウィーナーズ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:32
 銀王軍の地下要塞。司令室で暗黒大将軍と銀河王が蛇のレリーフに報告していた。

『暗黒大将軍、単刀直入に聞こう。首尾はどうであったか?』

「ははっ。キラースネーク、トンボンバー、ウツボロンは勇敢に戦いましたが無念の戦死。ビッグマシンも破壊され、Σエネルギー爆弾の爆破にも失敗いたしました。しかし水素エネルギー組成式の入手に成功致しました」

『でかしたぞ、暗黒大将軍! 戦力の補充はいくらでも利くが、そのデータは何物にも代え難い。ましてや起爆実験など、後からいくらでも出来る! ただちに銀河王と協力してデータを解析し、Σミサイルの製造に取りかかるのだ! お前たちの計画は予想以上に遅延している。これ以上の遅れは許されない! くれぐれも遅らせることのないようにするのだ!』

「ははっ!」

 暗黒大将軍が跪いて答えるとレリーフの声が消える。暗黒大将軍は銀河王と共に立ち上がり、水素エネルギーの組成式が入ったディスクを端末に入れようとする。しかし銀河王が暗黒大将軍を手で制する。

「待テ、暗黒大将軍。万ガ一トイウコトモアル。コノでぃすくニナニカ細工ガサレテイナイカ、確認シテカラ解析ヲ始メルベキダ」
「銀河王、ミーたちにはあまり時間は残されていない。慎重なのはいいが、我らがゴー・トゥ・ヘルされかねない。ここはやるしかない」

 暗黒大将軍の反論を聞くと銀河王も納得し、ディスクは端末に挿入されてデータを読み込む。水素エネルギーの組成式で間違いない。暗黒大将軍があごひげをしごき、満足げに笑うと銀河王はラボににデータを送信し、Σエネルギーの製造に取りかかるよう命令する。銀河王と暗黒大将軍は歩き出してラボへと向かう。

「ダガマダ労働力ガ足リナイ。ぶれいんこんぴゅーたーニ必要ナ子供ノ数ニモ、マダ達シテイナイ。コレカラモ人間狩リヲ進メルノダ」
「分かっている。すでにミーが帰還して1時間は経過した。軍団の再編成や宇宙船の修理も完了しているであろう」

 暗黒大将軍が髭をしごいて答えるとラボに到着する。そこでは白衣を着用したスペースクルー達がせわしなく動き回り、機器を操作している。しばらく眺めていた暗黒大将軍と銀河王だが、先に暗黒大将軍が口を開く。

「なるほど、こうして水素エネルギーを生成し、Σエネルギーを作り出しているのだな?」
「ソウダ。モットモ、コノぺーすデハ本格的ナ生産マデハ程遠イダロウガナ」
「しかし銀河王よ、いつの間に機材を用意していたのだ? 準備が良いにも程があろう」
「Σえねるぎーハ元々我々銀王軍ガねおしょっかート手ヲ組ミ、狙ッテイタモノダ。ソノ生成ヤ大量生産ニ必要ナ設備モ、アラカジメ用意シテオイタノダ」
「流石だ銀河王、伊達に50年ごとに惑星を滅ぼしてきた訳ではないな!」

 暗黒大将軍が銀河王を褒めたたえると、銀河王は答えずに当然と言わんばかりの態度で歩き出す。あまりに機械的な同盟相手に半ば呆れつつ、暗黒大将軍は続けて歩き出す。向かったのは格納庫だ。宇宙船のメインエンジンや各砲門の修理はほぼ完了し、今は簡易型『時空破断装置』の再調整と動力源の『バダンニウム83』の積載作業に取り掛かっている。しばらく作業を眺めていた銀河王と暗黒大将軍に、作業に従事していたデルザー戦闘員が報告に現れる。

「暗黒大将軍、たった今、宇宙船の修復作業は完了致しました。現在は時空破断装置の調整とバダンニウム83の搭載に人員を充てています」
「うむ、御苦労。進捗状況は?」
「あと1時間でバダンニウム83の積載は完了し、空間跳躍が使用可能となる予定です。完全な調整にはもう1時間必要になるものと考えられます」
「そうか。少し急がせろ。悠長に構えている訳にはいかなくなった。Σミサイルの第一号が完成する前に、調整を完了しておかねばならぬ。その点はよく言い含めておけ」
「はっ!」

 デルザー戦闘員が敬礼し、持ち場に戻っていく。入れ違いにサドンダスとショッカー怪人のデスキート、ホーサイド、クロコダイ、ヘルキャットが歩いてくる。

「ホーサイドにクロコダイよ、リカバーは終わったようだな。それで、軍団の再編成は?」
「ご命令があり次第、すぐにでも出撃出来ます。ですが暗黒大諸軍、銀河王、キラースネークやウツボロン、トンボンバーの仇、仮面ライダーと織斑一夏という小僧の命をこのデスキート、ホーサイド、クロコダイ、ヘルキャットに頂きたい。任務に殉じたとはいえ、やはり仮面ライダーは討ちたかった筈。その無念はせめて、我等の手で晴らしたいのです!」
「うむ、心意気はよしとしよう、デスキート。しかしキラースネークも、ウツボロンも、トンボンバーも、自らのミッションを遂行して逝ったのだ。無論配慮はするが、本郷猛と織斑一夏の抹殺や我々の目的が達せられなくなっては、キラースネークたちの死が報われん。クールになって、作戦の成功を第一に考えるのだ。そうでなれば死を以て償うことになるであろう」
「ははっ、仰せの通りに」

 デスキートが恭しく一礼して下がると、暗黒大将軍は宇宙船に視線を戻す。銀河王もサドンダスを従えて修復作業を眺めていたが、突如として格納庫の上部ハッチが爆発して吹き飛び、無理矢理上空への道が解放される。直後に上空から多数の対地ミサイルが飛来し、宇宙船に着弾してデルザー戦闘員やスペースクルーを吹き飛ばす。暗黒大将軍は驚きながらも即座に声を上げる。

「ええい、これは何事だ!?」

 しかしデルザー戦闘員やスペースクルーが答える気配はない。サドンダスとデスキートが状況を確認すべく、それぞれ羽と翼を使って飛翔し、ミサイルを回避あるいは迎撃しながら上空まで出る。しばらくしてサドンダスとデスキートは帰還し、同時にデルザー戦闘員やスペースクルーが駆けつける。まず最初にデスキートが報告に入る。

「暗黒大将軍! 人間共が戦闘機や自走砲、海上からこちらへ攻撃をしてきております! ISや戦車、機械化歩兵部隊、戦闘ヘリなどがこちらの戦力を排除にかかっています!」
「馬鹿な!? なぜ今まで接近に気付けなかった!? とにかく防衛システムを作動させるのだ!」
「それが、何者かがハッキングを仕掛けているらしく、現在防衛システムは全てダウンし、使えない状況であります……」
「なんだと……」

 続くデルザー戦闘員やスペースクルーの報告に呆然とする暗黒大将軍だが、気を取り直して指示を出す。

「こちらには人質がいると思い知らせてやれ! 大人やキッドども連れてこい! 連中をヒューマンのシールドにしてくれる! お前たちもインターセプト出来るよう準備するのだ! 宇宙船もすぐテイクオフ出来るようにしておけ! バダンニウム83の搬入作業も中止だ!」

 矢継ぎ早にデルザー戦闘員やスペースクルーに指示を出す暗黒大将軍だが、ミサイルや砲弾が降り注ぎ、地上でも大きな爆発が幾度となく発生する。要塞の至る所から爆発音と衝撃が格納庫まで響き始めても、市民たちがやってくる気配がない。暗黒大将軍がさらなる命令を出そうとした矢先、ボロボロになったデルザー戦闘員やスペースクルーが駆け込んでくる。

「大変です……捕えていた市民は、既に地下要塞から脱走して……」
「そんなことがあってたまるか! 連中に脱出など出来る筈があるものか!」
「自力じゃ脱出出来なかっただろうな。だから俺たちが『救出』したんだよ」
「ぬう!? 何者だ!?」
「いや、この声は、まさか!?」
「ああ、そのまさかさ!」

 格納庫に男の声が響き渡ると隔壁が吹き飛ばされ、爆風の向こう側から多数の銃弾や榴弾、ロケット砲が一斉に飛んでくる。多数のデルザー戦闘員やスペースクルーが蹴散らされ、隔壁や天井から300人程の男たちが乗り込んでくる。全員が黒いプロテクターにヘルメットを装着している。

「貴様らはSPIRITS!? なぜここに!?」
「なぜって、決まってるだろ? 人質の救出が終わったから思う存分、お前らを潰しに来たのさ!」
「やはり貴様か! 滝和也!」

 男たちはSPIRITSの隊員だ。先頭に立つのは黒いプロテクターに髑髏を模したヘルメットを装着した和也だ。デスキート、ホーサイド、クロコダイ、ヘルキャット、サドンダス、デルザー戦闘員やスペースクルーSPIRITSの前に立ちはだかる。だがなぜSPIRITSが地下要塞にいるのか。どうやって地下要塞を突き止め、厳重な警戒を突破して来れたのか。

「ええい、どうやって地下要塞を突き止めた!?」
「それは俺から説明してやる!」

 暗黒大将軍の叫びに答えるように、別の誰かの声が格納庫に響き渡る。直後に格納庫上部にいたデルザー戦闘員やスペースクルーが床に叩きつけられ、革ジャンを着た男が白い制服を着た少年と共に跳躍して和也の前に降り立つ。革ジャンを着た男は暗黒大将軍と対峙し、話し始める。

「アタッシュケースに発信機を仕掛けておいたんだ! 勿論貴様が確保してアジトまで戻ると見越してな! それだけでなく、ディスクにはコンピューターウイルスも仕込んで、組成式をダウンロードした時点でシステムを破壊するようにプログラムしておいたんだ! 組成式のデータを読み込むには、地球のコンピューターを使うしかないだろうからな!」
「おのれ! 貴様のトラップであったか、本郷猛!」
「無警戒にデータを読み込もうとするからそうなるんだよ、間抜けが! 暗黒大将軍! 銀河王! お前たちの野望も終わりだ! 大首領の亡霊は、名前通り暗黒に帰れ!」

 革ジャンを着た男こと猛に歯噛みする暗黒大将軍に対し、制服を着た一夏は一喝してみせるのであった。

**********

 少し時間を遡る。
 地下要塞拡張工事区画。そこではデルザー戦闘員やスペースクルーの監督下で市民がつるはしを振るい、シャベルを突き立て、土を運び出し、岩をどけ続けている。途中で休もうものならデルザー戦闘員やスペースクルーが鞭や素手で痛めつけ、無理矢理再開させる。しかし市民は誰一人として逆らおうとしない。逆らおうとした者は銀河王に嬲り殺しにされた。抵抗する気力など湧く筈もない。やがて一人の老人がその場に倒れる。近くにいた数人が助け起こすが、デルザー戦闘員が鞭を手に歩いてくる。

「どうした!? さっさと働け!」
「み、水を……」
「ふざけるな! 寝言を言っている暇があったら、1センチでも多く掘り進めろ!」
「ちょっと待てよ! この爺さんは限界なんだ! 少しくらい休ませてやれよ!」
「黙れ黙れ! 庇う者は同罪とみなすぞ! さあ立て! 立って働くんだ!」

 デルザー戦闘員は周囲の市民を蹴散らし、老人を鞭打とうと鞭を振り上げる。しかし手にケースを持った複数のデルザー戦闘員が歩いてくると、鞭を下ろしたデルザー戦闘員が怪訝そうに尋ねる。

「どうした? 何かあったのか?」
「暗黒大将軍様からのご命令だ。お前たちはただちにここを出ろ、と。我々は交代要員だ」
「そんな話は聞いていないぞ? 何かの間違いじゃないのか?」
「間違いじゃないさ。それともう一つ。命令に従わないのであれば……こうしていいと!」
 
 次の瞬間、先頭のデルザー戦闘員は腰からグルカナイフに似た電磁ナイフを抜き放ち、瞬く間に数人のデルザー戦闘員を切り裂く。他の交代要員も拳銃を抜き放ってデルザー戦闘員やスペースクルーを全滅させる。他の個所でも同様で、交代要員らしきデルザー戦闘員が、監督していたデルザー戦闘員やスペースクルーを次々と全滅させる。唖然とする老人の前でデルザー戦闘員たちが覆面と服を取り払う。すると黒いプロテクターを装着した男や野戦服を着た男が姿を見せる。代表らしき男が老人や周囲にいる市民を集めて話し始める。

「我々は敵ではありません。私はSPIRITS第1分隊分隊長の佐々木ナオキ、あなた方の救助に来た者です。あなた方を安全な場所まで誘導致します。我々の指示に従って下さい。大きな声は上げずにお願いします」

 ナオキはケースからヘルメットを出して被り、バイザーを下ろす。他の戦闘員も正体を現し、同じように説明を終える。途中で疑う人間を粘り強く説得する一幕もあったが、結局は全員連れ出し、ナオキは先頭に立って市民を誘導する。地下要塞の非常用通路まで行くと、壁に大きく空いた穴に誘導していき、警戒しながら進んでいく。
 地下要塞はショッカーが建設途中で放棄した施設を転用、完成させたものであるとインターポール本部による照合と解析で発覚し、インターポールで入手した見取り図を元に市民救出作戦が立案された。SPIRITSや国防軍、在日米軍からの志願者と共に地下施設への潜入に成功したナオキらは、デルザー戦闘員から衣装を拝借し、味方を装ってデルザー戦闘員やスペースクルーを全滅させた。現在は侵入に使用した横穴から洞窟に出ている。衰弱した市民を助け起こし歩いていくと日の光が見え始め、やがてナオキを先頭に外へ顔を出す。殿を務めたSPIRITSの隊員数名に確認すると、再び市民を連れて歩き出し、入江に出て市民を待機していた上陸用舟艇に乗せていく。
 その間もSPIRITSのメンバーや兵士達は警戒を怠らない。すでにセキュリティシステムは麻痺し、監視カメラの前で海兵隊員が堂々と中指を立てても、尻や局部をカメラに押しつけても、国防軍の兵士がレンズに落書きをしても何も起こる気配が無かったが、油断は出来ない。市民を乗せた上陸用舟艇が沖合の揚陸艦まで避難したのを確認すると、ナオキらはその場を兵士たちに任せて再び地下要塞へ向かう。
 ナオキが市民を避難させていた頃、ミツル率いる別動隊も変装し、子供たちを監視していたデルザー戦闘員やスペースクルーを排除し終えていた。怯える子供たちを落ち着かせるようにミツルは人の良い笑顔を浮かべ、穏やかに語りかける。

「静かに。俺は君たちを助けにきたんだ。だから怖がらなくていい」

 子供を落ち着かせるとミツルたちもナオキたちと同じルートを通り、地下要塞を脱出する。途中でナオキたちと合流し、怖がる子供を抱きかかえて入江に着くと、兵士たちと共に子供を上陸用舟艇に乗せる。上陸用舟艇が全て揚陸艦に収容されたのを見届けるちと、先に侵入した猛、一夏、和也と地下要塞内で合流する。途中で各所を爆破しながら格納庫に雪崩れ込み、現在に至る。

「コノ愚カ者! ダカラ何カ仕掛ケラレテイナイカ確認シロト言ッタノダ! コノ責任ヲドウ果タスツモリダ!?」
「シャラップ! そんなことを言っている場合か!? 仮面ライダーが目の前にいる時に仲間割れなどしてどうする!」

『見苦しいぞ、暗黒大将軍!』

 言い争いを始める暗黒大将軍と銀河王の上に蛇のレリーフを模した立体映像が映り、暗黒大将軍を叱責する。

『暗黒大将軍、原因は全てお前にある! 最早お前に残された選択肢は一つしかない! 暗黒大将軍よ、ここで死ね! 生きてこの地下要塞を出ることは、断じて許さん! その命を以て仮面ライダーを打倒し、銀河王が体勢を立て直す時間を稼ぐのだ! それこそが罪を償う唯一の機会であり、名誉を回復するただ一つの方法だ! 銀河王よ、必ずや仮面ライダーを葬り去れ! そうでなければお前も暗黒大将軍と同罪とする! 生き延びたくば、仮面ライダーを殺すのだ!』

 その一言を最後に立体映像は消える。

「かくなる上は、全てに懸けて貴様を捻り潰してやる! 本郷猛!」

 暗黒大将軍がわなわなと身体を振るわせ、デルザー戦闘員やスペースクルー、怪人達が戦闘態勢に入る。SPIRITS第1分隊や和也も武器を呼び出して臨戦態勢だ。

「本郷! 一夏君! 雑魚は俺たちに任せろ! 怪人と暗黒大将軍、銀河王は任せた!」
「おうっ! 行くぞ一夏君!」
「はい! 猛さん!」

 猛は左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出し、一夏は右腕に嵌めたガントレットを掲げる。

「ライダー……変身!」
「来い、白式!」

 猛が右腕を円を描くように右斜め上に持って行った後に腰に引き、入れ替えるように左腕を右斜め上に突き出すと、ベルトの風車が回る。一夏の身体に量子化していた装甲が装着される。猛は仮面ライダー1号へ変身し、一夏は『白式』の装着に成功する。同時に全員が動き出し、格納庫の至る所で交戦が開始される。

「ここで会ったが百年目! 死ね! 仮面ライダー!」

 雑魚を両拳の連打で蹴散らし、暗黒大将軍へ挑みかかろうとする仮面ライダー1号に、盾と剣を持ったホーサイドが挑みかかる。仮面ライダー1号は剣を半身に開いて回避すると、首筋に水平チョップを打ち込んで怯ませ、盾を構えるホーサイドの足を払って仰向けに倒す。すぐに足を持ってジャイアントスウィングの要領で振り回す。

「ライダースイング!」

 遠心力を付けると仮面ライダー1号はホーサイドを放り投げ、デルザー戦闘員やスペースクルーの群れに突っ込ませる。ホーサイドは群れを蹴散らした末、壁に叩きつけられてようやく止まる。
 一夏はクロコダイと刀を手に斬り合いを演じている。一夏が雪片弐型で袈裟がけに斬りつければクロコダイはバックステップで回避し、クロコダイが『峨媚有』で突きを放てば一夏が鎬で逸らし、小手打ちを放つ。しばらく剣戟を繰り返していたが、いかんせん機動力では一夏に分があるためか、クロコダイは防戦一方となる。

「おのれ小僧! これならどうだ!?」

 クロコダイは歯噛みしながら『峨媚有』を変形させ、鎖分銅を射出して一夏を縛り上げる。同時にデルザー戦闘員に指示して格納庫の銃座を全て一夏に向けさせる。

「ハハハハハハハハ! どうだ! これこそがクロコダイが最終奥義『八方地獄』よ! 抵抗できぬ恐怖に怯えながら、潔く死ぬがいい!」
「そうは、行くかよ!」

 しかし一夏は高速回転であっさり鎖分銅を弾き飛ばして上昇すると、回転したまま荷電粒子砲を発射し、周囲に掃射して銃座を全滅させる。さらに一夏は急降下してクロコダイに一撃を入れ、クロコダイの首を右手に、足を左手に持って高々と頭上に掲げ、自身を軸にして掲げたクロコダイを高速回転させ始める。
 仮面ライダー1号はホーサイドにパンチの連打をお見舞いして腑抜けさせる。さらにホーサイドを無理矢理引っ張り起こし、一夏の真上に向けてに放り投げ、自身もホーサイドを追って跳躍する。空中で追いつくと仮面ライダー1号は両足でホーサイドの頭をしっかりと挟み、抜けられないように完全にホールドする。

「ライダーきりもみシュート!」
「ライダーヘッドクラッシャー!」

 一夏がクロコダイを投げ飛ばすと同時に、ホーサイドを両足に挟んだ仮面ライダー1号は空中で回転し、ホーサイドを脳天からクロコダイに打ちつける。叩きつけられたホーサイドは脳天を砕かれ、クロコダイもまた胸部を貫かれる。一瞬の間をおいてホーサイドとクロコダイは同時に爆散する。
 
「おのれ仮面ライダー! 今度はデスキートが相手になってやる!」
「織斑一夏! このヘルキャットに追いつけるか!?」

 今度はデスキートがデスキートボムを放ちながら仮面ライダー1号の周囲を飛び回り、ヘルキャットが一夏の周囲の壁を蹴り、変則的な軌道で跳躍して爪の一撃を入れる。一夏は上昇してヘルキャットの一撃を回避するが、変則的な動きで動き回るヘルキャットに中々狙いを絞れない。

「食らえ! ネイルミサイルだ!」

 ヘルキャットは爪のミサイルを発射し、上空の一夏を攻撃し始める。爪は一夏を追尾し始め、格納庫内では振り切るのは無理があるのか、迎撃に失敗した爪が何発か一夏に当たり、シールドエネルギーが削られる。

(だったら、誘導を切ってやるまでだ!)

 着弾時の鈍痛と衝撃に歯を食いしばって耐え、一夏は爪から距離を取るとスラスターを切る。雪片弐型を鉄棒代わりに大車輪を決めて方向転換すると、ミサイルは熱やエネルギーを探知できず、爪は一夏を追尾せずあらぬ場所に着弾する。驚愕するヘルキャットに一夏は急降下し、右足で蹴りを入れて反動でもう一度飛び上がる。空中で身を翻して反転すると、2撃目の蹴りを再びお見舞いして怯ませる。さらに反動でまたも宙に舞い空中反転すると、今度は雪片弐型を大上段に構えて急降下を開始する。

「雪片脳天割り!」

 零落白夜を発動させ、雪片弐型が変形してエネルギー刃を形成されると、一夏は思い切り雪片弐型をヘルキャットの脳天目がけて振り下ろす。ヘルキャットは咄嗟に爪を伸ばして盾にするが、あっさり両断されて痛撃を食らう。ヘルキャットが反撃しようと爪で引っ掻いてくると一夏は半身で回避し、エネルギー刃を発生させたまま三連突きを喉、胸、腹に放って離脱する。それでヘルキャットも限界を迎えたのか仰向けに倒れ、少し間を置いて爆発する。
 デスキートはデスキートボムに加えてデスキートノイズを出す。飛び回って仮面ライダー1号を撹乱しつつ接近し、レイピアで仮面ライダー1号の腹を貫こうとする。ベルトの風車を貫く手前で握り止めた仮面ライダー1号だが、デスキートは至近距離でデスキートボムを爆発させ、自分諸共仮面ライダー1号を爆風に巻き込む。デスキートは好機と見て周囲を飛び回り、デスキートノイズで仮面ライダー1号の集中力を奪い、一定の距離を保って旋回して隙を突いてもう一撃浴びせようとする。

「フフフフフフフ、どうだ、仮面ライダー! 所詮貴様はバッタの改造人間、翼がなければ手も足も出まい!」

(このまま行けば、デスキートの思う壺だ。なんとか打開しなければ。せめて飛行能力を奪うことが出来れば、どうにでもなるのだが……)

 仮面ライダー1号は冷静に思考を巡らせて策を練る。あの時はアジトへ侵入した時に交戦したことから、結果的に機動力を殺すことに成功し、勝利した。しかし今回は機動力を完全に殺すには少々広過ぎる。爆発で落ちてくる建材を回避しながら、仮面ライダー1号はデスキートを観察する。

(ならばその力、俺も利用させて貰う!)

 仮面ライダー1号は格納庫を全速力で駆け始める。

「ふん、一旦退いて体勢を立て直そうという肚積もりか。だが、そうはいかん!」

 デスキートは縦横無尽に飛び回りながらデスキートボムを発射する。仮面ライダー1号が地面に転がり、走り回り、跳躍して回避するとデスキートボムは壁や柱、天井に当たり、建材が次々と落ちてくる。

「チィ! 姑息な真似を! だが小細工が通用すると思ったか!?」

 デスキートは建材を回避して仮面ライダー1号に狙いを定めるが、仮面ライダー1号は跳躍する。好機と見たデスキートはデスキートボムを飛ばし、レイピアで串刺しにしようと突撃する。しかし仮面ライダー1号は落ちてきた床を蹴り、三角飛びの要領で壁に向かう。空中で身体を反転させて壁を蹴り、反動でデスキートに突撃しつつ右手を手刀に変える。

「ライダーチョップ!」

 渾身の手刀はデスキートの左羽を切り落とし、デスキートは落下して床に叩きつけられる。仮面ライダー1号は着地すると立ち上がったデスキートに左右のパンチを交互に叩きこみ、抵抗する力を無くしてグロッキーにすると、デスキートを上に放り投げ、自身も追って跳躍する。

「ライダーニーブロック!」

 仮面ライダー1号は落下してきたデスキートの腹部に右膝蹴りを打ち込み、デスキートを吹き飛ばす。デスキートはフラフラになりながら一度立ち上がる。

「返す返すも、仮面ライダーを殺せずに終わるのが、口惜しい……!」

 恨みを込めて言い残すとデスキートは力尽き、直後に爆発して死体も残さず消える。
 銀河王は潮時と見たのか宇宙船に乗り込もうとスペースクルーを連れて歩き去る。追おうとする仮面ライダー1号と一夏だが、姿なき敵から一撃を受けて一夏は地面に叩き落とされる。敵は続いて仮面ライダー1号に体当たりを仕掛け、足止めする。

「そうはさせん! お前たちの相手はこのサドンダスだ! 死ね! 仮面ライダー1号! 織斑一夏!」

 仕掛けてきたのはサドンダスだ。サドンダスは仮面ライダー1号の足に噛みついて動きを止めると、左右の爪の連撃を仮面ライダー1号に浴びせて防戦一方に追い込む。立ち上がった一夏が雪片弐型を振るうが、サドンダスは空中に舞い上がって斬撃を回避し、飛び上がった一夏とドッグファイトを開始する。一夏は荷電粒子砲でサドンダスを牽制し、本命の雪片弐型を叩きこもうとするが、サドンダスは不規則に飛び回って狙いを絞らせず、一夏に主導権を握らせない。再び姿を消して一夏を撹乱すると急降下し、仮面ライダー1号に蹴りを入れて揉み合いになる。
 奇襲に対応し、揉み合いを制した仮面ライダー1号はマウントポジションを取ると、サドンダスの顔面めがけて左右の拳を何発も振り下ろす。防御しようと首を振っていたサドンダスだが、噛みついて仮面ライダー1号の左拳を止める。仮面ライダー1号は右手でサドンダスの首筋を数度チョップし、ようやく腕は解放されるが、サドンダスもマウントポジションから脱する。サドンダスは再び姿を消して仮面ライダー1号を惑わし、翻弄する。

(このままじゃ猛さんが……どうにかして、サドンダスを捉える方法を見つけないと……!)

 一夏はハイパーセンサーに意識を集中させ、姿を消したサドンダスを捉えようと目を凝らす。そして僅かな空気の乱れと異常な空間の歪みを、ハイパーセンサーがキャッチする。

「そこか!」

 一夏が即座に荷電粒子砲を向けて発射すると、何もないはずの空間で爆発が起こってサドンダスが姿を現す。仮面ライダー1号は高々と跳躍し、空中でムーンサルトを決めると右足をサドンダスに向けて飛び蹴りを放つ。

「ライダー月面キック!」

 ムーンサルトの回転の勢いをプラスした蹴撃はサドンダスの胴体に突き刺さり、派手に吹っ飛ばされて壁に叩き付けられる。

「このサドンダスが……こんな最期を……!?」

 サドンダスは驚愕を隠せずに呟くと床に斃れ、全身から火花を上げて消失する。同時に銀河王はスペースクルーを引き連れて宇宙船に乗り込む。直後に宇宙船がエンジンを点火して浮上し、地下要塞各部で大爆発が発生する。自爆させようという肚だろう。

「待て!」
「逃がすかよ!」
「それはミーの台詞だ! 仮面ライダー1号! 織斑一夏! ミーのライフに代えてもここで始末してくれる! ここが貴様たちの墓場となるのだ!」

 追いかけようとする仮面ライダー1号と一夏の前に、サーベルを構えた暗黒大将軍が立ちはだかる。サーベルを振るって仮面ライダー1号と一夏を妨害する暗黒大将軍だが、和也が飛び蹴りと同時にブーツから高圧電流を流しこみ、暗黒大将軍にダメージを与えて叫ぶ。

「こいつらは俺たちが引き受ける! 本郷と一夏君は銀河王を!」
「分かった! 任せたぞ!」
「和也さんも気を付けて!」

 仮面ライダー1号と一夏はその場を和也とSPIRITS第1分隊に任せることを決め、宇宙船を追って走り出す。見送った和也は暗黒大将軍のサーベルを回避して電磁ナイフを突き立て、振り払われても果敢に立ち上がる。

「愚か者め! 改造手術を受けていない貴様が、ISにすら乗れない貴様が、この暗黒大将軍に勝てるとでも思っているのか!?」
「うるせえ! 男が一度やるって約束したんだ。出来るかどうかとか、そんな問題じゃねえ。『やる』のさ!」
「その傲慢こそが命取りだ! ミーがそのことを身体にたっぷりと教え込んで、地獄に送ってやる! 滝和也、覚悟!」

 暗黒大将軍は和也を嘲笑してサーベルで斬りかかる。和也は電磁ナイフで受け止めるが所詮は生身の人間、徐々に押され始める。しかし咄嗟に足をかけて暗黒大将軍を転ばせ、火薬仕込みのナックルを装備する。そして右拳を固めて暗黒大将軍の顔面に渾身の右ストレートを放つ。

「ライダーパンチ!」

 ストレートがヒットすると爆発が発生し、暗黒大将軍の顔面に炸裂する。しかし暗黒大将軍は怯まずに和也を蹴り飛ばすと、サーベルを掲げて突進してくる。和也はホルスターから大型拳銃を抜き放ち、弾倉兼電磁ナイフを装填して引き金を引く。

「へなちょこなバレットなど、ミーには痛くも痒くもないぞ!?」
「さて、そいつはどうかな?」
「ふん、強がりを……がはっ!?」

 最初は余裕と言いたげに銃弾を突っ切っていた暗黒大将軍だが、全弾撃ち込まれると動きが止まって蹲り、口から血を吐き出し始める。

「馬鹿な!? こんなことが!?」
「吸血鬼ドラキュラの子孫ってのは本当らしいな。お前に撃ち込んだのは、ニンニクエキスをたっぷり詰め込んだ、本郷特製銀の弾丸さ!」
「おのれ……こうなれば!」
「そうはいくかってんだ!」

 暗黒大将軍は床に手を当て、影を伸ばして和也を捕えようとする。咄嗟に和也は天井にぶら下げられた鎖を大型拳銃で撃ち、下りてきた鎖を掴む。鎖を掴むとブランコの要領で暗黒大将軍へ突っ込んでいき、暗黒大将軍に両足で蹴りを入れる。

「ライダーキック!」

 両足が暗黒大将軍に突き刺さると今度は火薬が炸裂し、暗黒大将軍を大きく吹き飛ばす。暗黒大将軍はフラフラになりながらもサーベルで斬りかかるが、和也は電磁ナイフで斬撃を逸らす。逆に足を払って暗黒大将軍を仰向けに倒すと、落ちていたサーベルを暗黒大将軍の心臓に突き立てる。それでも和也を蹴り飛ばし立ち上がった暗黒大将軍だが、息も絶え絶えだ。

「暗黒大将軍の悲願、またしても潰えるか……!」

 暗黒大将軍は倒れ込み、直後に身体がどす黒く変色して溶け落ちるように消え去る。デルザー戦闘員もすでに片付いたようだ。だがこれ以上留まるのは危険だ。

「本郷、一夏君、後は頼んだぜ……総員! ここから脱出するぞ!」

**********

 地下要塞上空。そこでは離脱する銀王軍の宇宙船に国防軍と在日米軍の戦闘機部隊、IS部隊が攻撃を仕掛けていた。しかし戦闘機は勿論ISの火器でも宇宙船の装甲を抜けない。逆に宇宙船からの砲撃を回避しつつ戦闘機部隊は散開し、反撃の機会を伺う。だが敵の攻撃も激しさを増しており接近できない。

「ペッカー1、FOX1!」

 国防軍の戦闘機『F-15J』の操縦桿を握っていた戦闘機部隊の隊長は、内心舌打ちして敵の砲口が火を噴く前にマニューバを駆使して射線から外れる。すぐさまコールサインを出してトリガーを引きミサイルを発射するが、ミサイルは装甲に当たって爆発するものの、宇宙船が損傷した形跡は見当たらない。
 
(クソ! やっぱりただの人間は無力だってのかよ……!)

 男は唇を噛みたくなる衝動に駆られるが、身体にかかるGと時折ディスプレイに映る砲弾を見て回避に集中する。
 30年ほど前、まだ子供だった頃に男はバダンの世界同時攻撃と、再生組織による日本攻撃を体験した。その時北海道に住んでいた男は、気丈だった父親が『バダン・シンドローム』に侵されて豹変し、女神のように美しい金髪の女性に治療されるまでは僅かな物音にも怯える日々を過ごしていたことを、今でも鮮明に記憶している。
 怪人の恐ろしさを体験したのもその時だ。街に繰り出して人を浚っていくネオショッカーの怪人や戦闘員に、大人も、子供も、男も、女も、老いも、若きも、皆無力であった。勇敢に抵抗しようした者もいたが怪人たちは歯牙にもかけず、蹴散らしていった。ニュースで自衛隊やアメリカ軍も壊滅したと聞いていたし、熊撃ち用の散弾程度なら何発浴びてもものともしない様はその目で見ていた。その日の自分は母親に連れられて蜘蛛と蝙蝠の怪人から逃げていたが、一緒に逃げていた人々はネオショッカーに捕まり、母親も捕まった後は独りで必死に逃げた。だがビルの屋上まで追い詰められ、捕まるくらいなら、と自分はビルから飛び降りた。
 その時だった。
 突如として何者かに掴まれて空を飛んでいた。掴んでいたのは明るい緑の体色にイナゴを思わせる仮面、踵まで伸びた長いマフラーが印象的な『仮面ライダー』だった。仮面ライダーは安全な場所に自分を下ろすと、襲いかかって来る怪人を素手で、たった一人で蹴散らし、最後に人々を解放するとバイクに跨り、どこかへ走り去った。
 それ以来男は『あの仮面ライダーのように空を飛びたい』という願いと、『仮面ライダーのように誰かを守りたい』という願いを同時に叶えるため、国防軍の戦闘機パイロットを志した。訓練は大変だったし、座学も一杯一杯だった。実地訓練に入っても教官から小言をよく貰った。一度ブラックアウトを体験し、危うく墜落という危機に陥ったこともある。長く苦しい訓練を終え、ようやく一人前の『イーグルドライバー』になったと思った矢先、『白騎士事件』が起った。
 『白騎士事件』によりISが究極の機動兵器として持て囃されるようになると、役割が被りがちな戦闘機のパイロットたちは軍縮傾向もあって待遇が悪化した。数に限りがあることや、戦闘教義が敵IS迎撃を第一とする『インターセプト・ドクトリン』が主流であることから出番こそあるものの、一番役割の被っている戦闘機部隊、特に『イーグルドライバー』が軍縮の槍玉に挙げられたのだ。ある者はそれをよしとせず退役し、ある者は配置転換や攻撃機のパイロットへの転向を受け入れ、またある者は経験を生かしISの運用や戦術構築、教官として第一線から退く道を選んだ。
 だが男はどれも選ばなかった。男は『イーグルドライバー』として空を飛び続けることに固執した。だからISに対抗心を燃やし続けた。プロ意識の欠片もない、歳端もいかない小娘がISに乗れるだけで大きな顔をしているのが許せなかった。女しか乗れない、数も揃えられない兵器失格の代物が金を食い潰し、空を我が者顔で飛んでいるのが我慢ならなかった。しかし最大の理由は苦労してようやく飛べるようになった空を簡単に、しかも戦闘機よりずっと自由に飛べるIS操縦者が妬ましかったのかもしれない。
 故に男は戦闘機こそが空の王者であると証明し、ISと女たちを軍から追い出すために何回も映像やデータを見返した。休む間もなく対IS戦術を研究し、同じ志を持った仲間と何度も演習を繰り返し、血の滲むような努力を続けた。それでも歯が立たなかった。IS操縦者の練度が向上し、戦術や装備が練り上げられ、機体性能が向上してくると戦闘機など歯牙にも掛けられなくなり、模擬戦を行う機会も、雪辱を果たせるときが来ることもなかった。男は諦めずに研究や訓練を重ねていたが、それを疎んじられたのか、故郷の北海道から沖縄まで飛ばされてしまった。沖縄で燻りながらも雪辱の機会を狙っていた男に最大のチャンスがやって来た。銀王軍の来襲だ。
 不謹慎だが銀王軍が出現したと聞いた時、男は内心小躍りした。IS操縦者の大半はクライシス帝国のことすら知らない若い世代、いわば小娘だ。しかもロクな実戦経験も積んでいない。そんな小娘が歴戦の兵士すら恐怖させた怪人相手に、まともに戦える訳がない。よくて戦意喪失、下手をすれば敵前逃亡だろうと踏んでいた。ISなど何の役にも立たないと証明されるし、IS操縦者などお払い箱で、戦闘機が空の王者だと証明出来る。呑気にもそう考えていた。

(ミサイルが何発直撃してもビクともしないのは、いくらなんでも反則過ぎるだろう……!)

 しかしいかに甘い考えであるか、今朝方この宇宙船に思い知らされた。第一陣として出撃し、一旦帰投してきたIS操縦者の顔色が悪いのを嘲笑い、嫌味を言って出撃したはいいが、すぐに自分もそうなった。いくらミサイルを撃ち込んでも効果が無い。空対空どころか対艦ミサイルすらもだ。
 ISにはシールドバリアはあるが、ミサイルを2、3発直撃させれば撃墜は可能だ。実際に合同演習で、潜水艦の対空ミサイルをまともに受けたISは撃墜されている。ましてや戦闘機のミサイルも改良されている。ISに発見される前にロックしてミサイルを発射、直撃させれば戦闘機にも勝ち目はある。もっとも、最新鋭の戦闘機と同等の最高速度に加え、PICによる従来兵器では有り得ない機動力と運動性を持ち、人間大という大きさや武装、ハイパーセンサーの機能で『迎撃』が容易な上、戦闘機のステルス技術がほぼ通用しないISを先に捕捉し、ミサイルを『直撃』させるのは困難極まりないが。
 例外は『F-22』くらいだが、それでもISにとって搭載ミサイルは大き過ぎる。なのでミサイルが当たる前に迎撃されたり、PICのみの飛行で空気との摩擦熱すら殆ど発生させず、ミサイルの誘導を切るなどされてあまり効果を為さなかった。
 しかしこの宇宙船は違う。いくらミサイルを当ててもビクともしなかった。男も必死に部下を鼓舞し、攻撃を続けたが市街地へ敵の降下を許してしまった。基地に帰投した時には最初の元気などなく、無力感に打ちひしがれるしかなかった。同時に敵にとってはISも戦闘機も、人間など歯牙にもかけていないと痛感した。敵にとって自分も女たちも同じ虫けらなのだと。だからろくに反撃してこなかったのだと。

(これじゃ、あの女を笑えないな。俺もあいつも、結局は無力な人間ということか)

 操縦桿を握る手を緩めず、油断なく計器に目を通し、回避行動を続けながら、男は回避行動を取っている『打鉄』の操縦者にも考えを巡らせる。
 大抵のIS操縦者が戦闘機乗りというだけで男を鼻で笑っていたが、その女は先任として敬意を払い、軽蔑することもなかった。もっとも、IS操縦者としての自負もあるのか、男の挑発に面と向かって戦闘機ではISには勝てないと言い返したこともあったが。女も戦意を喪失しかけている部下を叱咤しているが、自身も戦意が折れかけているのか、いつもの気丈さが6割ほどスポイルされているようだ。
 だがロックされたという警告で考えが頭の中から吹き飛ぶ。とうとう捕まったらしい。ISと違い小回りの利かない戦闘機で、ロックされてから回避するのは困難だ。直撃を避けることしか出来ない。チャフを巻きつつ大きく動いてロックを切ろうとするが、男の努力も虚しく砲門から砲撃が放たれそうになる。

「ライダーチョップ!」

 しかし砲撃が放たれる前に何かが上空から降ってくると、銀色の右腕を振り下ろして砲身を両断する。発射される筈だったエネルギーは行き場を失い、砲塔はすぐ爆発する。砲身を破壊した者は跳躍し、別の砲塔の前に立つ。今度は両手で砲身を抱え、砲塔上部を引き抜いて宇宙船に叩きつけて粉砕する。乱入者はまたしても跳躍して別の砲塔を潰しにかかる。同時に白い装甲を纏った者が刀から光の刃を発生させて砲身を一つ両断し、別の砲塔の砲口に光学兵器を叩きこんで内部から爆発させる。その白い装甲を纏った乱入者がISであることは男にも分かる。直後に砲塔を破壊したISから男たちに『オープン・チャネル(開放回線)』で通信が入る。

『こちらは国際IS委員会ならびICPO指揮下対怪人迎撃部隊、「SPIRITS」第1分隊所属の織斑一夏! ここは我々が引き受けますので、あなた方は後退して下さい!』
『織斑一夏……あの織斑一夏なのか!?』

 通信を入れてきたのは少年、それも世界初の男性IS操縦者である織斑一夏だ。世界的な有名人と遭遇した男以外のパイロットやIS操縦者は驚きを隠せない。だが男にとって操縦者が誰であるかなどあまり重要ではない。

「一つ聞きたい。砲塔を潰しているのは、『仮面ライダー』なのか?」

『はい、我々SPIRITS第1分隊がサポートする仮面ライダー、仮面ライダー1号です』

 一夏は男が絞り出した質問に答えると、仮面ライダー1号は砲塔に蹴りを入れて砕き壊す。さらにまた跳躍して別の砲塔に渾身のパンチを撃ち込んで真正面から破壊する。

(間違いない、確かに仮面ライダーだ。だったら!)

 もう一人の援軍が仮面ライダーであると確信した男は一夏に通信を返す。

「協力感謝する。だが気遣いは無用だ。これから貴君と仮面ライダー1号を援護する!」

『隊長!』
『しかし!』

「馬鹿野郎! ロクに空も飛べねえ仮面ライダーが頑張ってるのに、『イーグルドライバー』がケツまくってどうすんだ!? ましてやIS操縦者、しかも歳端もいかねえガキが一丁前に生意気ぬかしてきてんだぞ!? 悔しいとは思わないのか!? それでも『イーグルドライバー』か!?」

 部下が食ってかかるが男は逆に部下を一喝する。続けて男は一夏に向けて話し始める。

「そういうことだ。君に気遣われるほど、我々は落ちぶれてはいない。もし真に我々のことを思うのであれば、一刻も早く砲塔の破壊に戻り、仮面ライダー1号と共に宇宙船の主を倒してくれ。それが君に与えられた使命なのだろう?」

『……分かりました。ご協力感謝します!』

 一夏はしばしの沈黙の後に頭を下げて戦線に復帰し、エネルギー刃で砲身を両断する。男はオープン・チャンネルでIS操縦者に呼びかける。

「そういうことだ。貴官にも協力を要請したい。貴官らIS部隊が砲塔の向きを引き付け、我々がミサイルを撃ち込み砲塔を破壊する。そちらの搭載火器では難しいだろうが、こちらのミサイルであれば砲塔部分を破壊できる。無論『イーグルドライバー』の誇りにかけて、外しはしない」

『しかし……』

「死ぬのが怖いか? 万が一失敗した場合、どう責任を取ればいいか分からないか? 安心しろ、俺だって死ぬのは怖いし、どう責任をとればいいかなんて分からない。けどな、ガキを最前線に立たせて、自分は頬被りなんて情けないだろ? 信用できないならそれでいい。俺一人でもやってやる」

『……各機、動き回って砲塔の動きを撹乱するぞ』
『しかし!』
『責任は私が取る! どうしても嫌だと言うのなら、私一人でやる。子供やISに乗れない男たちにこの場を任せ、尻尾を巻いて逃げ帰る臆病者はさっさと帰れ!』

 女の一言を聞いて部下が反論しようとするが女は一喝する。部下も覚悟を決めたのか反論してくる様子もない。

「ご協力、感謝する。いいか! 俺たちがやるのはケツの青い小娘が飛び回って、敵が追っかけてる隙にミサイルを叩きこむ、涙が出るほどお優しいミッションだ! イーグルドライバーなら気合入れていけ!」

 男の一言と同時にIS部隊は散開し、空を自由自在に飛び回って砲撃を引き付け始める。戦闘機部隊も旋回して接近を開始する。今度の的は小さいので接近してミサイルを撃ち込まないと破壊は望めない。当然リスクが伴うがIS部隊が引きつけてくれているお陰で、こちらに砲撃が飛んでくることは殆どない。男はターゲットとなる砲塔をインサイトする。

「ベッカー1、FOX1!」

 ミサイルを当てられる距離に入るとトリガーを引いてミサイルを発射し、ミサイルが砲塔に直撃して砲塔が吹き飛ぶ。男は操縦桿を引いて急上昇に転じて離脱する。身体にGを感じながらも男は残弾を改めて確認する。積載されたミサイルは全て撃ち尽くした。他の戦闘機も同様らしい。自分たちに出来ることは終わったと言っていい。

「ベッカー1より各機、これより基地に帰投する」

 男が指示を出すと部下たちは基地に戻るべく機首を基地の方向に向ける。男もまた帰投しようと機体を旋回させるが、直後に砲撃がエンジン部分に当たり、爆発が起こる。

「しまった!? ……駄目だ、脱出する!」

 己の迂闊さに舌打ちし、計器をめまぐるしくチェックし、操縦桿を操作して不時着しようとする。それも不可能と判断するや男はペイルアウトを選択し、機体から脱出する。パラシュートを開こうとする男だが、視界の端で宇宙船の砲口がこちらに向いていることを知覚する。回避など出来る訳もない。そのまま砲口から光が走る。

「なっ!?」

 しかし直前に女が男を抱えて離脱し、直後に砲塔も仮面ライダー1号に蹴り砕かれる。

「……感謝だけはしとくぜ」
「友軍の救助も仕事の内です。あれが仮面ライダー、ですか?」
「お前は知らないか。この世界を守り続けてきた無敵のヒーローさ。ISだって敵わねえくらいにな」
「ISが、ですか?」
「ああ、見てみろよ」
「ライダークラッシャー!」

 男の視線の先では、仮面ライダー1号が空中で回転し、飛び蹴りを入れて装甲を破壊する。そして大穴から一夏と共に宇宙船内に侵入している。

「お前のISで、あんなことが出来るか?」
「……いえ」

 男が得意げに言うと、女は絶句する。

(しかし織斑一夏ってのが羨ましいな。自由に空を飛んで、しかも仮面ライダーと一緒に戦えるなんてよ)

 内心一夏へ羨望の念を抱く男だが、すぐに振り払って口を開く。

「さっさと基地まで送り届けてくれ。海の上じゃ歩けないし、飛んでった方が楽だからな」

*********

 銀王軍宇宙船。そのブリッジではスペースクルーが動き回っている。砲塔を全て破壊され、攻撃手段がない。時空破断装置を使おうにも、バダンニウム83の装填が不完全なまま出航せざるを得なかったので出力が確保出来ない。苛立ちを隠せない銀河王の耳に爆発音が響き渡り、衝撃でブリッジが大きく揺れて警報がけたたましく鳴り響く。

「ドウシタ!?」
「動力部ニ損傷発生! 現在修復中デスガ、コノママデハ船ガモチマセン!」
「ドウイウコトダ!? 何ガ原因ダトイウノダ!?」
「それは俺が教えてやる、銀河王!」
「ソノ声ハ、本郷猛! 仮面ライダー1号カ!?」
「俺もいるのを忘れるな!」

 ブリッジの扉をこじ開けた仮面ライダー1号が一夏と共に乗り込んでくると、銀河王は向き直る。仮面ライダー1号は油断なく対峙しつつ言葉を続ける。

「動力炉はすでに破壊してある! 間もなく宇宙船は爆発し、欠片一つ残さず消し飛ぶ! もう逃げ場はない。貴様の野望もここまでだ!」
「黙レ! ココデ貴様ヲ始末シテクレル! ヤレ!」

 銀河王が指示を出すとスペースクルーが一斉に攻撃を開始する。仮面ライダー1号がパンチの連打でスペースクルーを殴り飛ばす。一夏はエネルギークローで切り裂き、スラスターを噴射して吹き飛ばして順調に数を減らしていく。銀河王は右腕を一夏に向けて衝撃波を放って吹き飛ばし、超能力で動きを止める。そのまま仮面ライダー1号に向けて投げ飛ばすと、数体のスペースクルーを引き連れて立ち去っていく。一夏と仮面ライダー1号がスペースクルーを振り払うと、すでに銀河王の姿はない。

「クソ、こいつら、邪魔を!」
「一夏君! こいつらは俺が引き受ける! 君は銀河王を追うんだ!」
「分かりました! お願いします!」

 仮面ライダー1号が回し蹴りで周囲のスペースクルーを一掃し、声を張り上げると一夏は駈け出す。
 一夏はハイパーセンサーを使って銀河王の位置情報を逐一把握し、スペースクルーをあしらい追跡する。宇宙船の至る所で爆発が発生し、通路が塞がって先に進めない個所も存在する。銀河王が宇宙船上部へ出たことを確認した一夏はスペースクルーを蹴散らしてハッチをこじ開け、宇宙船上部でスペースクルーと共に歩いている銀河王の姿を捉える。

「逃がすかよ!」

 一夏は瞬時加速で銀河王に体当たりを仕掛け、銀河王はスペースクルー共々大きく吹き飛ばされるもすぐ立ち上がる。

「銀河王! お前の悪行もここまでだ! 悪あがきは見苦しいぞ!」
「織斑一夏メ! 私直々ニ貴様ヲ始末シテクレル! 爆発スルコノ宇宙船トトモニ、仮面ライダー1号ト貴様ハ海ノ藻屑トナルノダ!」

 激昂した銀河王は一夏に右腕を向け、超能力で一夏を拘束する。もがく一夏を何回も宇宙船の上部装甲に叩きつけ、吹き飛ばして距離を開ける。頭を振って立ち上がる一夏を嘲笑うように銀河王は何回も同じ攻撃を繰り返し、反撃のチャンスを与えない。

「ライダージャンプ!」

 しかし仮面ライダー1号が装甲をぶち破って外に飛び出してくると、銀河王は一度一夏を放り出す。挑みかかってくる仮面ライダー1号を超能力で拘束し、何回も叩きつけた後に放り出そうとする。

「そうはいくかよ!」

 だが今度は一夏が荷電粒子砲を発射して銀河王を怯ませ、仮面ライダー1号は拘束から逃れる。すぐさま踏み込むと銀河王が超能力を使う間も与えず、パンチやキックを叩きこんで攻め立てる。それでも腕から衝撃波を放って仮面ライダー1号を吹き飛ばすと、残るスペースクルーを飛びかからせ、自身は衝撃波を連射して仮面ライダー1号と一夏の接近を許さない。仮面ライダー1号は衝撃波を回避しながら一夏に声をかける。

「一夏君、敵は俺が引き受ける。君はハイパーセンサーでヤツの弱点を探ってくれ」
「はい、やってみます!」

 一夏はスペースクルーと銀河王が放つ衝撃波の処理を仮面ライダー1号に任せ、ハイパーセンサーに意識を集中させて銀河王に弱点がないか慎重に探る。しばらくハイパーセンサーで観察していた一夏だが、ふと衝撃波を放つ際、左胸のエネルギー反応が増大していることに気付く。

「猛さん! ヤツの左胸を!」
「任せろ!」

 一夏の叫びを聞くと仮面ライダー1号はスペースクルーを投げ飛ばし、銀河王にぶつけて攻撃を中断させると、跳躍して飛び蹴りを放つ。

「ライダーポイントキック!」

 仮面ライダー1号の右足が左胸に突き刺さり銀河王は吹き飛ばされる。銀河王は立ち上がって衝撃波を放とうとする。しかし衝撃波こそ出たものの、仮面ライダー1号は身じろぎひとつしない。

「シマッタ!? 超能力増幅回路ガ!?」
「ここまでのようだな、銀河王!」
「マダダ! コウナレバ戦略的撤退ダ!」

 仮面ライダー1号は踏み込んで銀河王に一撃を叩きこもうとするが、銀河王は纏っていたローブを仮面ライダー1号に投げつけて動きと視界を一時的に封じる。銀河王は背中にウイングとブースターを展開し、ブースターを点火して一目散に戦略的撤退もとい逃走を開始する。仮面ライダー1号は跳躍して後を追おうとするが、爆発が激しくなり立つのもやっとの状態だ。

「ドウダ! 追イツケマイ! 貴様ハココデ死ヌノダ! ソシテ大首領様ノ力ヲ以テスレバ、我ガ銀王軍ノ再建ナド容易イ! 見レオレ! 必ズヤ人間共ニ罰ヲ与エルベク、ココニ戻ッテクル! フハハハハハハハハハ!」
「そうは問屋が卸さない、ってな!」

 眼下に映る仮面ライダー1号を見て大笑する銀河王だが、ISの存在を失念していたことが仇となる。一夏がスラスターを噴射し、上空まで追いかけてきたのだ。

「オノレ! コンナ時ニ!」

 忌々しげに吐き捨てながら、銀河王は一夏を振り切ろうとブースターの出力を最大にする。しかし最高速度でも小回りでも『白式』の敵ではないのか、一夏は徐々に銀河王に接近していく。左手から荷電粒子砲を発射してウイングを片方破壊し、銀河王を失速させる。一夏は瞬時加速で間合いまで踏み込み、雪片弐型の一撃でブースター諸共ウイングを破壊する。そして雪片弐型を量子化するとパワーアシストを最大にし、銀河王を背後から羽交い絞めにして一度大きく上昇すると急降下を開始する。

「一体ナンノツモリダ!?」
「またまた、本当は分かってるクセに」

 もがく銀河王に一夏がニヤリと笑う。同時に仮面ライダー1号は宇宙船が爆発四散する手前で装甲を蹴り、勢いよく上に向かって跳躍する。さらに宇宙船の爆発で発生した爆風を風車に取り込み、逆立ちの姿勢になって銀河王に足を向けながらエネルギーを放出して全身に電光を纏う。ようやく銀河王は一夏の狙いを悟り、逃れられないと理解し、絶望する。一夏が銀河王を仮面ライダー1号めがけて放り投げると、銀河王は狂ったように捲し立て始める。

「コノ大馬鹿者共メ! オトナシク大首領様ニ降ッテイレバヨカッタモノヲ! 大首領様ニ逆ラウモノハ死ヌ! 皆死ヌ! 必ズ死ヌ! コノ宇宙カラ死ニ絶エル! タトエ我々ヲココデ倒シテモ、最後ニ勝利スルノハ大首領様ノホカニイナイノダ! 最後ノ勝利者ハ、我々ト最初カラ決マッテイル! イイ気ニナッテイラレルノモ今ノウチダ! セイゼイ自身ノ愚カシサヲ呪イナガラ、醜ク、苦シンデ死ヌガイイ!」
「いいこと教えてやるぜ、偏屈機械野郎。この世界には仮面ライダーがいるし、仮面ライダーと一緒に戦うって決めた人間だっているんだ。だから――」

「最後に勝つのは、俺たちだ!」

「電光ぉぉぉぉライダァァァァ!」
「回天……」

 仮面ライダー1号が蹴りを放つ体勢に入ると、一夏は雪片弐型を呼び出して握りしめ、零落白夜を発動させる。

「キィィィィィィィック!」
「白夜ぁぁぁぁぁぁ!」

「残念、無念……」

 銀河王が辞世の句を漏らすと同時に一夏の放つ七連撃が胴体を両断し、上半身部分に仮面ライダー1号の必殺の一撃が叩き込まれる。銀河王の上体は螺子一つ残さずに消し飛び、間もなく下半身も爆発四散する。
 こうして、沖縄を混乱に陥れた銀王軍は完全に壊滅した。

**********

 夕日が沈もうとしている公海上。一隻の輸送船が航行している。乗組員は見受けられず、スーツを着た美女が甲板上で一人佇んでいる。すると3機のISが着陸し、操縦者がISを待機形態へ戻す。スーツ姿の女は気にするでもなく口を開く。

「御苦労さま、スコール。それで、どうだった?」
「銀王軍はマスクドライダーに滝和也、それにあの子、織斑一夏によって鎮圧されたわ」
「そう。読み通りといったところかしら? けど、随分と機嫌が悪そうじゃない、エム」
「織斑一夏とかいうクソガキがピンピンしてるのが気に食わねえんだろ? 折角心が折れてると思って、わざと生かしてやったのにああも元気じゃ、腹が立つってもんだろうな」
「余計なことを言うな、オータム。どの道ヤツを私が殺すことには変わりない。心が折れていようが、知ったことではない」

 降り立ったのはスコール、オータム、エムの三人だ。乱戦の最中、正規軍まで来たことからレミの身柄確保は不可能と見切りをつけ、銀王軍との最終決戦も傍観していた。

「シルヴィア、これがバダンニウム83の輸送船?」
「ええ。確かめてみたけど、間違いないわ」
「人員がいないようだけれども?」
「ほぼ自動制御で航行出来るようになっているのよ。こちらでプログラムは書き換えたし、戦闘員も全員始末したわ」

 その間にシルヴィアは四国からデストロンが派遣したバダンニウム83の輸送船を襲撃し、亡国機業の勢力下まで移送する任務を遂行していた。Σエネルギーの回収はおまけに過ぎず、この船の制圧が主目的だ。スコールらは船の護衛を兼ねて一度日本を離れる。

「それにしても、格の違いってヤツを叩きこんでやりたかったのに、惜しいことしちまったな」
「そう言わないの。こちらの戦力も限られている以上、極力温存していきたいのよ。ああいう手合いはマスクドライダーやインターポールにでも任せておけばいいのよ。なにより貴女が怪我をしたらどうするの? 折角の美貌が台無しになっては、意味がないでしょう?」
「あ、うん、そうだな、分かってる」
「貴女もいつまでも不貞腐れているのはやめなさい、エム。折角の顔が台無しよ? 心配しなくても、あの子と決着をつける機会はあげるわ。その時は、フェアに行きなさい」
「ふん、余計なことを」
「おしゃべりはここまでにしましょう。立ち話もなんだし、まずは中に入らない? 他の幹部にも報告しなければならないことがたくさんあるわ」

 シルヴィアの一言を聞くとスコール達も船内へと入っていく。
 勝利者とは、漁夫の利を得た者の別名なのかもしれない。

**********

 晴彦が意識を取り戻したのは、日没を迎えた病院のベッドの上であった。晴彦がゆっくりと周囲を見渡すと、自分の隣に誰かが座っているのが見える。

「おねえ……ちゃん?」
「良かった、気が付いたのね。ええ、そうよ。私よ、晴彦!」
「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」

 座っていたのは雪子だ。保護された後は晴彦にずっと付きっきりであった。山下姉弟は再会を喜びあい固く抱き合う。一夏は病室のドアの影からそっと見守っている。すると猛と和也、ナオキ、ミツル、藤兵衛も廊下から歩いて一夏の近くに寄ると、声を落として話し始める。

「一夏君、いいのかい?」
「今は姉弟水入らずの方がいいじゃないですか。邪魔するのは野暮ってものですし」
「しかし一夏、こうやって覗きってのは、どうも。ここは堂々と入るべきじゃないか?」
「いいじゃないですか、おやっさん。こういう時の気持ちは、一夏君の方がわかるものでしょう」
「みんな、何してるの?」

 ドアの陰から覗いていた一夏たちに、晴彦の治療も担当していたルリ子が来て声をかける。

「ルリ子さん、晴彦君の意識が回復したみたいなんだ」
「本当!? よかった……で、どうしてみんなコソコソしてるわけ?」
「いえ、折角雪子さんと会えたんだから、二人の邪魔しない方がいいかな、と」
「もう! そんなこと言わないの! あなたは晴彦君にとってのヒーローなんだから、さっさと入る!」

 ルリ子は渋る一夏を押しのけて病室のドアを開け、一夏の背中を押して病室に入る。ルリ子に苦笑しながら猛たちも続く。最初はきょとんとしていた晴彦だが、すぐに満面の笑みを浮かべる。

「ありがとう、お兄ちゃん! 僕との約束、守ってくれたんだね!」
「ああ。男と男の約束だからな。晴彦君も、よく頑張ったね」
「私からも、ありがとうございました。あなたのお陰で、こうして晴彦の下へ戻ってこれたんですから」
「いえ、俺だけの力じゃありませんよ。猛さんや和也さん、ナオキさんやミツルさんたちSPIRITSの皆さんにおやっさん、沢山の人の協力があって、なにより晴彦君の力があってこそです。お礼が言いたいのは俺の方ですから」
「いや、これは君のお陰さ。晴彦君との約束を守ったのは、他でもない君なんだ。もっと胸を張っていい」
「そうだ、晴彦君、これなんだけど……」

 一夏はポケットからハーモニカを取り出すと晴彦に差し出す。晴彦が雪子に買って貰った宝物だ。一夏は約束を果たした今、返そうというのだ。しかし晴彦は受け取ろうとしない。

「どうしたんだい? 晴彦君?」
「それ、お兄ちゃんにあげる。僕の宝物だけど、約束だもん」
「でも……」
「一夏君、晴彦君は君と同じで、君との約束を果たそうとしているんだよ」
「そっか……ありがとう、これからもずっと大切にするよ」
「そうだ、晴彦、私からもプレゼントがあるの。はい、これ」

 一夏がハーモニカをポケットにしまうと雪子は手を叩き、バッグから箱を取り出すと晴彦に渡す。

「お姉ちゃん、これなに?」
「フフフ、開けてみれば分かるわ。さ、ここで開けちゃいましょう?」
「うん! ……これ、ハーモニカだ!」
「しかも俺とお揃いだね、晴彦君」

 箱の中に入っていたのは、一夏が貰ったものと同じハーモニカだ。和也が気を利かせて楽器屋の店主に頼み、買って来ておいたのだ。それを微笑ましげに見ていた猛だが、藤兵衛が声をかける。

「一夏、晴彦君の快気祝いで、一曲吹いてみたらどうだ?」
「でも俺、ハーモニカとか吹いたことなんかありませんし……」
「ミツル! お前、昔ハーモニカに嵌ってた時があっただろ? ここは一夏君の先輩として、ビシっとお手本見せてやれよ!」
「いや、でも中学生くらいの時だぜ? もう忘れてるんじゃないかな? 自信ねえよ、俺」
「藤ミツル! これはSPIRITS第1分隊分隊長としての命令だ! 拒否は抜きだぜ?」
「まったく、調子いいんだから。一夏君、少し貸してくれないか? えっと、確かこうやって……」
「……お前、下手だな。というか、こんなに下手だったっけか?」
「ブランクが長過ぎるんだよ! というか思い出した。ナオキ! お前も同じ頃、ハーモニカやってたじゃないか! そんな大口叩けるなら、お前は出来るんだろうな!?」
「いや、俺は分隊長として、ミツルにいいとこ見せる機会をやろうと……」
「おっと、そいつはフェアじゃねえな。佐々木ナオキ、隊長命令だ。お前もやってみな」
「滝さん! まったく、こうやってこうすれば……」
「……なんだよ! お前だって人のこと言えないじゃないか!」
「落ち着きなさい、二人とも。雪子さん、一曲お願いしてもいいですか?」
「はい、お聞き苦しいとは思いますが……」

 ナオキとミツルが一夏からハーモニカを借りて微妙な演奏をした後に、雪子が晴彦からハーモニカを借り、静かに口を当てて息を吹き込み演奏を開始する。曲は『埴生の宿』だ。綺麗なハーモニカの音色に全員が聞き入っているが、雪子が演奏を止めて一礼すると、誰からとなく拍手が起こる。

「二人とも、雪子さんに弟子入りしたら? 前より上手くなるかもしれないわよ?」
「あの、雪子さん、不躾とは思いますが、晴彦君との写真を一枚撮らせて貰ってもいいですか?」
「私は構いませんけど。どうしてですか?」
「いえ、こういう時には写真を撮っておくよう、姉から言われていたんです」
「そうですか、お姉さんが……いいですよ。さ、晴彦」
「うん!」
「はい、一夏君、君のデジカメだろ?」
「ありがとうございます、和也さん」

 一夏は和也が預かっていたデジカメをケースから取り出すと、笑顔で並んでいる雪子と晴彦の姉弟にレンズを向ける。姉の千冬から過去に誰が側にいたか覚えておけと言われているので、一夏は時折写真を撮っている。ふと一夏は幼き日の自身と千冬の姿を晴彦と雪子にダブらせるが、すぐに振り払ってシャッターを切る。素人ながらいい笑顔を撮れた。猛や和也、藤兵衛も覗きこんで確認する。

「なかなかいい写真じゃないか、一夏君」
「しかし意外な趣味だよなあ。いっそIS操縦者なんか止めて、隼人に弟子入りしたらどうだ?」
「とんでもない。下手の横好きってやつですよ」
「一夏君、君も晴彦君と一枚どうだい? 今度は俺が撮るよ」
「ありがとうございます、猛さん。でも……」
「いいのよ、私が許可するわ。さっさと行ってあげなさい」

 ルリ子が促すと雪子と入れ替わるように一夏が隣に座る。一夏と晴彦が同時に笑って見せると、猛も釣られたように笑い返し、シャッターを切るのだった。

**********

 出会いもあれば、別れの時もやってくる。
 翌朝、飛行場ではSPIRITS第1分隊が輸送機に乗り込んでいる。銀王軍を鎮圧した以上、沖縄に留まる理由はない。まだ他の悪の組織が暴れ回っているのだ。今度は一文字隼人と山田真耶、それに石倉五郎率いるSPIRITS第2分隊が、復活した『ゲルショッカー』と戦いを繰り広げている九州へと向かう。特にナオキとミツルは少年ライダー隊の一員として、因縁のあるゲルショッカー相手とあって気合いが入っている。輸送機の前で一夏と猛、和也、ルリ子、藤兵衛がレミ、美代子、雪子と晴彦の見送りを受けている。まず最初にレミが口を開く。

「皆さん、本当にありがとうございました。お陰で父の研究を悪用されずに済みました。なんとお礼を申し上げればいいか」
「いえ。ですが羅門博士、今後Σエネルギーの研究はどうなさるおつもりですか?」
「最初は封印することも考えました。ですが、破滅をもたらしてしまうからこそ、平和利用の方法を確立するのが科学者の使命であり、責任であり、存在意義なのだと思います」
「そうですか。きっと貴女なら、Σエネルギーの平和利用の方法を確立出来ると信じています」

 猛と和也がレミと話している横で、美代子は藤兵衛とルリ子に頭を下げている。

「申し訳ありません、私のせいで色々とご迷惑をおかけしてしまって」
「いや、気にしないで下さい。悪いのはキラースネークなんだから」
「そうよ、美代子さん。いつまでもそんな思い詰めた顔してたんじゃ、本当に蛇女になっちゃうわ。晴彦君のためにももっと笑顔で、ね?」
「じゃあ晴彦君、俺たちはもう行くけど、お姉ちゃんといつまでも仲良くな?」
「うん! お兄ちゃんもこれからも頑張ってね!」
「ああ、男と男の約束だ。悪い奴らはみんな俺と仮面ライダーがやっつけてやる!」
「もう、晴彦ったら。それと、写真を現像までしてくれてありがとうございます」

 晴彦の視線に合わせてしゃがみこんで笑う一夏に雪子は礼を述べるが、一夏は黙って首を振る。写真は現像して雪子と晴彦に渡してある。勿論一夏の分も確保してある。 

「お姉ちゃん!」
「こら、純!」
「あら、確かあの時の」
「あ、純君だ!」
「あれ? 晴彦君だ!」

 そこに一組の親子が飛行場にやってくると、晴彦と同じ年くらいの純という少年がルリ子に駆け寄ってくる。晴彦とは友達らしく晴彦が手を振ると、ルリ子そっちのけで晴彦と純は互いの無事を喜び合っている。苦笑しながら微笑ましく思っていたルリ子だが、純の両親がやって来ると純もルリ子に向き直る。

「あの、どうしてここに?」
「俺が許可を出したのさ。どうしてもこの子が仮面ライダーにお礼を言いたい、って聞かないらしくてね」
「すいません……純、もう、我儘言っちゃだめよ?」
「いいえ、気にしないで下さい。純君、もしかして仮面ライダーに会ったの?」
「うん!」
「純君、仮面ライダーってなに?」
「悪い奴らをやっつけちゃう、かっこいい人だよ。僕とお父さんとお母さんのこと、助けてくれたんだ!」
「じゃあ、僕にとってのお兄ちゃんと同じなんだ! お兄ちゃんって、もしかして仮面ライダーなの?」
「いや、俺は違うよ。けど俺も純君みたいに、昔仮面ライダーに助けて貰ったことがあるんだ」
「本当!?」
「ああ。だから純君も晴彦君もみんなと仲良くして、困ってる人をみたら助けてあげるんだ。そうすればいつかまた、きっと仮面ライダーに会えるよ。俺が約束する」
「俺からもだ。仮面ライダーは、君たちが悪い奴らに狙われてどうしようもない時、必ず助けにやってくる。君たちも仮面ライダーに負けないくらい、頑張るんだぞ?」
「うん!」

 純と晴彦が頷くと一夏に加えて猛もまた晴彦と純の視線に合わせてしゃがみ込み、晴彦と純の頭を撫でて立ち上がる。ナオキから間もなく出発するとの声がかかると、藤兵衛が口を開く。

「猛、一夏、行こう。俺たちの助けを待ってる人は、まだまだ沢山いるんだ」
「ええ。それじゃあ、俺たちはここで」

 一夏、ルリ子、猛は手を振る晴彦と純に手を振り返して輸送機に乗り込む。間もなく輸送機は離陸し、次の目的地へと向かう。

「さあ、行きましょう。私たちも、私たちに出来ることをするために」

 レミの一言と共に見送り組もまた飛行場から歩き去っていく。
 一方、輸送機の中では猛と和也の隣に腰かけていた一夏が、生徒手帳に2枚の写真を挟む。それ以外にも生徒手帳には篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識楯無、更識簪、山田真耶、織斑千冬とのツーショット写真、特訓最終日にIS学園関係者全員で撮った写真が挟まっている。元々は集合写真だけを撮るつもりだったが、箒たちがどうしても一夏とのツーショット写真を撮りたいとごねたため、隼人に頼んで全員分撮って貰ったのだ。相変わらず誰かが抱きつこうとしたり、際どい写真になりそうな所を他の面子が阻止した。そんないつもの、それでいて懐かしさすら感じる喧騒を思い出しながら、一夏は改めて決意を固める。

(俺は、もう迷わない。俺を信じてくれている晴彦君のためにも、絶対に負けられない。今は食らいつくのが精一杯だけど、それでも守ってみせる。それが地獄への道だとしても、俺は……)

 猛も改めて決意を固める。

(すまん、一夏君。俺の弱さ故に、君まで後戻りの出来ない地獄へ引き摺りこんでしまった。罪滅ぼしとなるかは分からないが、俺はこれ以上負けない。一夏君のためにも、どこまでも強くあり続けてみせる。それがほんの僅かでも先の見えない暗闇を照らす光に、道しるべになるのであれば……)

 男たちはそれぞれの使命や矜持を胸に、傲然と顔を上げる。輸送機は次の戦場に向かうべく道を急ぐ。

 ――織斑一夏はIS操縦者である。彼の戦う相手はかつて世界征服を企み、復活しても尚人類の自由と平和を脅かす悪の組織である。織斑一夏は仮面ライダーと共に人類の自由と平和、そして愛と絆を守るために今日も、そして明日も迫りくる悪の組織と戦うのだ。

**********

 九州地方。熊本県阿蘇地方に位置する『阿蘇山』。世界有数の大型カルデラを抱えるこの山は、鹿児島県の『桜島』、長崎県の『雲仙岳』と並ぶ日本有数の活火山でもある。その地下深くではゲルショッカーに拉致された人々が強制労働をさせられている。岩盤を掘り進めさせているらしく、監督のゲルショッカー戦闘員が鞭を手に、手を休めている人間を見つけて鞭で打ち据えている。蟹と蝙蝠が融合したようなゲルショッカーの怪人、ガニゴウモルが奥から出てくる。

「さあ、働くのだ! ゲルショッカーに無能な者は必要ない! 働けなくなったヤツから死刑にしてやる!」

 ガニゴウモルは労働者達に檄を飛ばすと、ゲルショッカー戦闘員がガニゴウモルの下に走り寄ってくる。

「ギーッ!」
「どうした?」
「たった今、マグマを活性化させるのに使用する『バダンニウム爆弾』が到着したとの報告が入りました!」
「そうか、ではゆくぞ。仮面ライダーに嗅ぎつけられる前にバダンニウム爆弾をセットするのだ!」

 ガニゴウモルは多数のゲルショッカー戦闘員を連れて坑道を出る。残ったのは見張り役のゲルショッカー戦闘員に、強制労働をさせられている男たちだけだ。その中の数人が限界を迎えたのか蹲る。するとゲルショッカー戦闘員が鞭を持って向かう。

「なにを愚図愚図している!? さっさと働かんか!」
「それが……もう限界でして……」
「ふざけたことを言うな! ガニゴウモル様が言っていた通り、貴様たちを処刑してやる!」
「お断りします。それに無理です。なぜなら……死ぬのはお前たちだからな! ゲルショッカー!」

 男たちは次の瞬間、隠し持っていたサブマシンガンを乱射し、ゲルショッカー戦闘員を射殺していく。さらに黒いプロテクターを着た男たちがカービンを装備して乱入し、瞬く間にゲルショッカー戦闘員を全滅させる。呆然と見ていた労働者に、リーダー格らしき黒いプロテクターを着た男がバイザーを上げて話しかける。

「落ち着いて下さい。ゲルショッカーではありません。私はSPIRITS第2分隊分隊長の石倉五郎といいます。我々は皆さんの救助に来た者です。これから安全な場所までお連れしますので、落ち着いて行動して下さい」

 一方、すでに坑道がSPIRITS第2分隊により制圧され、労働者が脱走しているとも露知らず、ガニゴウモルはゲルショッカー戦闘員を引き連れて山道に停車しているトラックへと向かう。しかしトラックを運転してきた筈のゲルショッカー戦闘員がいない。

「まったく、こんな時にどこにいったのだ。まあいい。早くバダンニウム爆弾を運び出すのだ! いいか、乱暴に扱うなよ? ここで爆発してしまえば、作戦に支障が出るのだからな!」
「ギーッ!」

 ガニゴウモルが命令を出すと、ゲルショッカー戦闘員数人がトラックの荷台から積荷を下ろそうと扉に手をかける。

「何!?」

 しかし扉を開けた瞬間、トラックは爆音と火柱と共に爆発し、ゲルショッカー戦闘員を吹き飛ばす。慌ててガニゴウモルとゲルショッカー戦闘員は周囲を見渡して叫ぶ。

「ええい、どういうことだ!?」
「なら、俺が特別に教えてやろう」
「ぬう!? この声は!?」

 直後にカウボーイハットを被り、革のジャケットを着た男が姿を現す。ゲルショッカー戦闘員とガニゴウモルは戦闘態勢に入るが、乱入者は続ける。

「トラックに乗っていたゲルショッカー戦闘員は地獄に行った。報告に行っている隙に眠らせて、細工させて貰ったのさ」
「おのれ! 我々の作戦を見抜いていたというのか!? 一文字隼人!」
「その通りだ、ガニゴウモル! どれだけ巧妙に隠蔽しようと、この世に正義のある限り、必ず暴かれると知れ!」
「黙れ黙れ! 貴様一人で何が出来る!? この場で捻り潰してくれるわ!」
「一人、とは限らないぜ? 真耶ちゃん!」

 ガニゴウモルが男こと一文字隼人に襲いかかろうとするが、ゲルショッカー戦闘員が横合いからの射撃で蹴散らされる。すぐにアサルトライフルを手に持ち、黒いプロテクターとメガネを着用した女性が山の斜面を滑り降り、隼人の隣に立つ。

「すいません、遅くなりました」
「いや、いいさ。これくらいが丁度いい。道に迷っちまったかい?」
「えっと、その……面目ないです」
「なに、真耶ちゃんらしくていいじゃないか。それより、お仕事だ。いけるね?」
「はい!」

 女性の名は山田真耶。IS学園の教師にして、SPIRITS第2分隊に所属しているIS操縦者だ。真耶は首に巻いたチョーカーに手をかけ、隼人は両腕を右横に伸ばす。

「出番よ、ラファール!」
「変身!」

 隼人が両腕を円を描くように左横に持っていき、左肘を立てて右手を曲げると、ベルトのシャッターが開いて風車が回り、隼人の身体をバッタを模した改造人間へ変える。同時に真耶の身体にも装甲が装着され、ISの展開を完了する。ゲルショッカー戦闘員が集まってくると隼人は啖呵を切る。

「ゲルショッカー! 何度甦ろうとも、お前たちの望みは何一つとして叶わん!」

 悪を叩き潰す紅き剛力は緑の旋風と共に、鷲と蛇を併せた悪魔を潰すべく九州の地で戦闘を開始する。




[32627] 第三十五話 魔窟
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:33
 一文字隼人と山田真耶、石倉五郎率いるSPIRITS第2分隊がゲルショッカーの動きを察知したのは、沖縄で銀王軍が攻撃を開始したしばらく後であった。ゲルショッカーの怪人が出現せず、街で複数の成人男性が行方不明になっていると連絡が入ったのだ。そこで潜入工作に自信がある者を一般市民に変装させ、街におとりとして出しておいた。案の定ゲルショッカーは戦闘員を繰り出して隊員を拉致し、責任者のガニコウモルをはじめ、誰にも気づかれることなく強制労働に従事させられた。予め仕掛けておいた発信機で追跡した隼人たちは、ガニコウモルらの居場所を察知した。
 そこで隼人と真耶、SPIRITS第2分隊は阿蘇山へ急行し、第2分隊は人々の救出を、隼人と真耶はガニコウモルらを表におびき寄せ、一気に叩くことにした。運良く『バダンニウム爆弾』を輸送して来たトラックを見つけ、ゲルショッカー戦闘員を始末するとバダンニウム爆弾近くに手榴弾を設置し、荷台のドアを開ければピンと安全装置が外れて手榴弾が爆発、それに反応してバダンニウム爆弾が不完全な爆発を起こすトラップを作った。ガニコウモルたちはトラップにまんまと引っ掛かり、現在に至る。

「おのれ、仮面ライダー2号め! そこの小娘共々、生きて帰れると思うなよ!」
「最初から生かして帰す気なんかないくせに、よく言うぜ!」

 今は仮面ライダー2号がゲルショッカー戦闘員を一撃で吹き飛ばし、パンチの連打で殴り飛ばして沈黙させる。
 『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を装着した真耶は、ホバリングしながらアサルトライフルを2丁構えてフルオートで発射し、片っ端から撃ち抜いてゲルショッカー戦闘員を蜂の巣にする。ゲルショッカー戦闘員が手投げ弾を真耶に投げつけるが、真耶は手投げ弾を全て回避する。今度はスナイパーライフルに持ち替え、地上のゲルショッカー戦闘員を狙撃して仮面ライダー2号を援護する。

「空を飛べるのは、貴様だけではないということを忘れるな! 生意気な小娘が!」

 ガニコウモルは飛翔し、不規則に飛び回りながら真耶に接近する。口から発火性の粉を吐いて真耶を牽制し、左腕の鋏を掲げて接近戦を挑む。アサルトライフルに持ち替えて連射する真耶だが、ガニコウモルは固い外殻を頼り無視して突っ込み、真耶も近接ブレードを呼び出して白兵戦を開始する。近接ブレードでガニコウモルの鋏の一撃を逸らし、受け流しつつ斬りつける真耶だが、ガニコウモルの外殻が堅過ぎるのか鈍い金属音と火花が散るだけだ。
 逆にガニコウモルは鋏で近接ブレードを掴み止め、至近距離から発火性の泡を発射して真耶を攻撃しようとする。真耶は即座に近接ブレードを量子化し、後方への瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って泡を回避する。続けてスナイパーライフルを手元に呼び出し、徹甲弾を装填してガニコウモルに連射する。流石に徹甲弾を叩き込まれると効果はあるのか、ガニコウモルはライフルから必死に逃れて降下し、地面に着地する。

「油断大敵、俺がいるのを忘れたか!」

 しかし仮面ライダー2号がガニコウモルに挑みかかり、左のジャブをお見舞いしてガニコウモルを怯ませる。すぐに左右のワンツーパンチを起点にフック、アッパー、ボディブロー、ストレート、レバー、ジョルト、肘打ち、ハンマーパンチ、チョップ、裏拳、貫手を立て続けに放ち、重い打撃音と共に打撃を打ち込んでガニコウモルを圧倒する。ガニコウモルも反撃はおろか防御も回避も出来ず、左ストレートを顔面に貰うと遂に尻もちをつく。仮面ライダー2号は腰が抜けているガニコウモルを無理矢理引っ張り起こすと、左拳を固めてガニコウモルにパンチの連打を叩きこむ。
 最初は為すがままにされていたガニコウモルだが、やがて口から発火性の粉を吐き出し、至近距離で仮面ライダー2号に浴びせる。仮面ライダー2号が怯んだ隙に自慢の鋏を振り回し、胸部に鋏を思い切り突き込む。すると仮面ライダー2号の胸にある『コンバーターラング』に当たり、甲高い金属音と共に火花が飛び散る。ガニコウモルは口から粉を吐いて仮面ライダー2号を牽制し、鋏で何発も殴りつけた後に首を挟んで力を入れ、仮面ライダー2号の首を締め上げ始める。

「どうだ、仮面ライダー2号! いくら貴様でも、このガニコウモルの鋏からは逃れられまい! このまま貴様の首をねじ切ってやる! あの女の首も貴様の首を落とした後、同じように斬り落としてやるから安心して死ぬがいい!」
「そう簡単に……やられてたまるかよ!」

 しか仮面ライダー2号はチョップの連打を頭に浴びせ、ガニコウモルが無意識の内に鋏の拘束を緩めると渾身の力で鋏を無理矢理開けて逃れる。仮面ライダー2号は真正面からノーガードでの殴り合いを選択し、パンチを次々にガニコウモルに打ち込んでいく。パワーで劣るガニコウモルが先に音を上げたのか、ガニコウモルは飛翔し、仮面ライダー2号から距離を取ろうとする。

「逃がさない!」

 だが真耶はハイパーセンサーでガニコウモルを捕捉すると、今度は特殊弾をガニコウモルに発射する。弾丸なガニコウモルに当たると白いムース状の物体が飛び散り、やがて急速に固まり始める。最初は真耶の銃撃を無視して飛行していたガニコウモルだが、やがて弾丸に仕込まれていた物体が硬化すると、動きが制限されていることに気付き、慌てて回避しようとする。ガニコウモルの動きは最初に比べると緩慢だ。真耶の撃つライフル弾が翼にまで当たり、ガニコウモルは飛行能力を喪失して墜落する。しぶとく立ち上がって真耶を攻撃しようとするガニコウモルだが、真耶は足にライフルの弾丸を集中させ、足を固めてガニコウモルを完全に動けない状態まで追い込む。
 必死にもがいて逃れようとするガニコウモルの努力も虚しく、一部を引き剥がすのに精いっぱいだ。仮面ライダー2号は高々と跳躍した後に空中で前転し、飛び蹴りを放つべく紅い左足をガニコウモルに向ける。

「ライダァァァァァ!」
「キィィィィィィック!」

 仮面ライダー2号の必殺の襲撃が放たれると、重厚な打撃音が響く。ガニコウモルは大きく吹き飛ばされ、岸壁に直撃してようやく停止する。ガニコウモルはフラフラになりながらも立ち上がる。

「ガニコウモルは死すとも、ゲルショッカーは死せず、これで勝ったと思うなよ、仮面ライダー! たとえガニコウモルが斃れようとも、ブラック将軍は必ずや貴様らを打倒し、世界征服を成し遂げる! ゲルショッカーは永遠に不滅だ!」

 ガニコウモルは前のめりに倒れ、爆発が発生して火柱が立ち上る。黙って見ていた仮面ライダー2号だが、周囲を索敵していた真耶が降下し、仮面ライダー2号の隣に降り立つと、仮面ライダー2号は変身を解除する。真耶も『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を待機形態に戻す。隼人は真耶に向き直る。

「お疲れ様、真耶ちゃん。大丈夫だったかい?」
「私は全然。隼人さんの方こそ大丈夫ですか? 鋏で首を斬られそうになったり、首を絞められたり、防御しないで鋏で殴られたりしてましたよね?」
「なに、大丈夫さ。ショッカーの時からそうだったんだ。これくらい、屁でもないさ。それにしても助かったよ。飛んで逃げ回られてたんじゃ、もう少し長引いていたろうからね」
「いえ、あれは私のお陰と言うか、結城博士が開発した硬化ムース弾のお陰ですから」

 隼人の言葉に真耶は控えめに笑って首を振る。真耶がガニコウモルに撃ち込んだのは、結城丈二が開発した新型の硬化ムース弾だ。これ以外にも丈二が開発した対怪人用装備はあるし、それとは別にデュノア社からの委託を受けた試験用の装備もある。

「それより真耶ちゃん、本当にいいのかい? いくら戦闘員とはいえ……」
「……大丈夫です。こうするしかないのは分かっていましたし、隼人さんと一緒なら、これくらい」

 隼人が心配しているのは戦闘員相手とはいえ、真耶が殺しに手を染めることだ。銀王軍のスペースクルーと異なり、ゲルショッカー戦闘員の素体は人間だ。元人間をその手で殺すのは、真耶もいい気分ではない筈だ。隼人ですら最初に改造人間と戦い、この手で倒した時は後戻りできないと感じたのだから。
 ゲルショッカー戦闘員は全て掃討されており、死体の大半は服用した『ゲルパー液』の効果で発火、あるいは液状化の後に消失しているが、死体はいくつか散在している。隼人は死体を見ていたが、攻撃により覆面部分が破け、露出した目元や口元が全て酷似していることに気付く。隼人は全ての残存死体の覆面を剥がし、顔を確かめる。真耶も最初は怪訝に思っていたが、顔を全て見比べると表情が驚愕のそれに変わる。

「隼人さん、これって!?」
「どうやら、俺の予想とは違ったらしい。クローニングか何かって可能性が高いだろうな」

 どのゲルショッカー戦闘員の覆面の下にも同じ顔が隠されていた。しばらく沈考え込んでいた隼人と真耶だが、第2分隊が顔を出す。五郎は早速隼人と真耶に報告を開始する。

「強制労働に従事させられていた人たちは、無事に安全な場所までお連れしました。他に街に怪人が出現したという報告も入っていません」
「ご苦労さん。そっちはみんな無事、みたいだな」
「ええ。怪人相手ならともかく、ゲルショッカー戦闘員だけなら我々でもどうにかなりますから。それより一文字さん、パリのインターポール本部から入った情報なのですが、この付近の山中に、ゲルショッカー怪人の製造・再生施設があると」
「本当か!? 一刻も早く叩き潰しておく必要があるな。真耶ちゃん、行けるかい?」
「はい、私なら大丈夫です」
「分かりました。では手分けして探しましょう」

 隼人と真耶はSPIRITS第2分隊とともに、ゲルショッカーの怪人製造施設の捜索を開始するのであった。

**********

 阿蘇山の外郭にある山々の一つ。その中腹に設けられたゲルショッカーの怪人製造・再生施設。山の洞穴や岩陰に偽装された出入り口を隼人と真耶が発見し、SPIRITS第2分隊が集結した後に突入する。しかしくまなく探しても施設内に怪人は勿論ゲルショッカー戦闘員の姿は無い。他の隊員に後詰めを任せつつ、隼人、真耶、五郎の3人は分厚い特殊金属製の扉の前に立つ。すると真耶と五郎が空間投影式ディスプレイを取り出す。電子ロックにコードを無理矢理接続するとキーボードを操作し、強引にロックを解除する。直後に分厚い金属製の扉が左右にゆっくりと開き、ラボの全貌が隼人、真耶、五郎の目にも飛び込んでくる。

「隼人さん、あのカプセルに入っているのは……?」
「怪人を製造したり再生したりするのに必要な素体、と言ったところだろうな」

 ラボ内の広大なスペースには多数のカプセルが鎮座している。カプセルは培養液らしき液体で満たされており、液体に漬け込まれた人の形をした何か、改造人間を製造するのに使う『素体』が収められている。隼人、真耶、五郎は周囲を探索する。五郎は手元にカービンを呼び出し、ヘルメットのバイザーを下ろしたまま、いつでも発砲出来るようにしている。真耶も拳銃を構えて隼人に付きっきりだ。
 敵がいないことを確認すると隼人は中を見渡す。近くにあったコンピューターのスイッチを入れると、ディスプレイに光が灯る。五郎がカプセルの近くに設置された端末を操作し、カプセルを吊るしているアームを下ろす。カプセルが床に置かれたのを確認すると、コンピューターの前に立ってキーボードを操作し始める。隼人は真耶と共にカプセルの中身を見ていたが、あることに気付く。

「隼人さん、このカプセルに入った素体って、みんな同じ顔をしてませんか?」
「ああ。それも顔だけじゃなく、体格や骨格も同じだ。しかもさっき見たゲルショッカー戦闘員とも同じだ」

 どのカプセルに収められた素体も同じ顔立ち、同じ体格、同じ骨格をしている。

「これって、やっぱりクローニング技術が使われている、ってことなんでしょうか?」
「半分は当たり、と言ったところですね。改造人間用素体には同一の遺伝子情報が使われています。その意味ではクローニングと言えるでしょうね」

 真耶が口にした疑問に五郎が答える。データベースへのアクセスに成功したようだ。真耶と隼人は一度カプセルの前から離れると、五郎の背後に回ってディスプレイに表示されているデータを眺める。

「ですが石倉分隊長、『半分は』当たりっていうのはどういう意味なんですか?」
「ええ。基本となる遺伝子情報は全く同じです。しかしごく一部に別の遺伝子操作が施されているんです。簡単に言えばドイツで研究されていた『遺伝子強化素体(アドヴァンスド)』に近い、と言えば山田先生にも分かるでしょうか」
「けど、どうして遺伝子操作が?」
「クローニングの繰り返しによる劣化を避けた、というのもあると思いますが、素体をどの怪人にするかによって最適化するための措置と言えるでしょうね」
「怪人ってのは基本的に一品物だからな。人体を改造するって都合上、素体となる人間によって向き不向きがあるし、適性ってのも存在する。だからショッカーもゲルショッカーもより相性のいい、能力を引き出せる人間を素体にしようとしていたんだ。同型の怪人を量産出来なくもないが、素体が変われば発揮出来る能力も変わってくるし、大抵のケースでは最初に素体となった人間より適性で劣る場合がほとんどだ。だからスペック上は最初と同じでも、相性や適性の関係で若干見劣りする。再生怪人が弱いってのは、そうした事情があるのさ」

 五郎のみならず隼人も解説を交えて真耶に説明する。

「そしてこの素体の遺伝子情報の基になったのは、ゲルショッカー大幹部の『ブラック将軍』だろうな」
「どうして分かるんですか?」
「そりゃ今まで戦って来た相手だし、京都で人の血を好き勝手吸いやがった野郎の顔を、忘れろってのが無理な話さ。それに組織の大幹部ってものは大抵怪人としての姿を持っているんだが、その性能は下っ端とは一線を画する。だが優秀な怪人の素体に成り得る人間なんてほんの一部、組織でも一人いるかいないかだ。怪人としての姿を持ってる大幹部ってのは、言い換えれば極めて優秀な素体でもあるのさ。ショッカーでも怪人になれる大幹部はゾル大佐、死神博士、地獄大使しかいないし、その3人はショッカーの幹部陣でも別格だ。というより、ショッカーで大幹部を名乗ることを許されてるのはその3人だけさ。これはゲルショッカーでも同じさ。ゲルショッカーの場合は大幹部となり得たのはブラック将軍しかいなかった」
「逆に言えば、ブラック将軍と同じ遺伝子情報を持った素体を大量生産すれば、優秀な怪人を好きなだけ確保出来るってことだ。拉致とかを実行しても俺たちに察知されるし、拉致してきた人間が適性を有しているかすら分からない。処理を施すにしても膨大な手間に時間がかかる。それに比べたらクローニングで素体を製造すれば高い適性は保障される。遺伝子工学やバイオケミカルみたいな分野は格段に進歩している。ブラック将軍が存命だった頃は、デザインベイビー関係の技術がようやく研究され始めたくらいだしな」
「皮肉にも、より発展した科学技術がゲルショッカーに新たな力を与えている、ということになりますね」
「ああ。道理で再生怪人の割に妙に強いと思ったら、素体の段階で強化されてたなんてな。ゲルショッカー戦闘員はこの素体の中でも出来の悪い失敗作を流用した、ってところだろうな」
「けど、命を道具みたいに使い捨てられるなんて……」
「それが連中、ゲルショッカーなのさ」

 真耶が呆然と呟くのに対し、隼人がカプセルを見ながら吐き捨てるように呟く。

「そう言えば一文字さん、ブラック将軍とはどんなヤツなんですか? 元は帝政ロシアの将軍で、アフリカの秘密結社『ゲルダム団』に招かれてその指導者になった。後にショッカー首領の誘いに乗ってゲルダム団とショッカーを合併させ、ゲルショッカーを結成させたとか、それ以前の経歴はもう調べてあるんですが。いかんせんゲルショッカーと仮面ライダーが戦っていた時は転校していて、ゲルショッカーとの戦いにはほとんど参加出来ませんでしたし、ブラック将軍と直接対峙した経験もありませんから」
「一言で言えば冷酷非情な男だ。役に立たないと見れば旧ショッカーの人間だけでなく、ゲルダム団出身のヤツも情け容赦なく切り捨てる。だが一たび自分や組織に有用と見ればどんなヤツでも取り立て、時に部下の失敗をフォローもする柔軟性を持っている。それに神経質なまでに用心深く、私情を挟まず自らを捨て駒とした作戦を立案し、何のためらいもなく実行できる勇敢さを兼ね備えた男だ。はっきり言って、敵に回すとひたすら厄介だ。恐らくガニコウモルは囮で、本命の爆弾はすでに阿蘇山に設置されているだろう。2重3重の策はヤツの十八番だからな。素体を処理して施設を使えなくしたら、次は本命の爆弾を探しにいこうぜ?」

 五郎は分隊員に命令して施設の各部に爆弾を設置させ、五郎もプラスチック爆弾をラボに設置する。無線式の起爆装置が無事に機能するかを確認すると、隼人と真耶を連れて施設を出る。最後に五郎が全員施設を出て安全が確保されているかを確認すると、起爆スイッチを押して爆弾を炸裂させる。施設は爆発音と火柱と共に木っ端微塵に吹き飛ぶ。真耶は『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を装着して飛び立つ。隼人はバイクに乗り込み、第2分隊も車両に乗って阿蘇山まで戻ると、再び手分けして爆弾を探し始める。間もなく日没と言うところで真耶から連絡を受け、隼人はそのポイントにバイクを向けて走り出す。
 そこは深い坑道であった。第2分隊は到着しており、最深部では五郎ら数人で爆弾を解体して無力化している。やがて無力化が完了したのか、五郎は一度額に浮かんだ汗を拭って立ち上がる。真耶たちも爆弾の前から離れると、爆弾の全貌が隼人の目にも入ってくる。

「こいつはまさか、『コバルト爆弾』か!?」
「ええ。それもショッカーで研究されていた、『コバルト120』を用いたタイプのものでしょうね」
「こんな所でもショッカーの遺産を有効活用しやがるか。流石はブラック将軍と言うべきか」

 設置されていた爆弾は、『コバルト120』を用いた新型のコバルト爆弾だ。ショッカーで研究開発されていたものだが、ゲルショッカーが引き継いでいたらしい。コバルト爆弾を使えば阿蘇山地下のマグマ溜まりを暴走させ、大噴火を起こすことが出来る。用心深いブラック将軍ならではの作戦だ。爆弾の無力化に成功して一度坑道から出ると、隼人が話し始める。

「ブラック将軍のことだ、これくらいで済ませる筈がない。今後も気張っていこうぜ。けど今は休んで英気を養うんだ。無理は禁物だからな」

 隼人の一言で、真耶とSPIRITS第2分隊は仮拠点としている基地に戻るのであった。

**********

 草木も眠る深夜。鹿児島にある『桜島』付近の地下奥深く。そこにゲルショッカーの地下アジトが存在する。最深部ではヨーロッパ風の将軍服を着た男が手に指揮杖を持ち、立体映像越しに何者かと会話していた。男の名はブラック将軍。ゲルショッカーの大幹部にして、事実上の最高責任者だ。今は日本各地で作戦を展開している『ショッカー』から『クライシス帝国』までの最高幹部陣と作戦進捗状況を報告し、協議している。だが銀王軍を率いる銀河王と暗黒大将軍はいない。今ブラック将軍が話しているのは、その件についてだ。

「ほう、銀河王と暗黒大将軍がもう斃れたか。少しは仮面ライダーを足止め出来るかと思っていたが、少々早いな」

『他人事ではあるまい、ブラック将軍。本郷猛と織斑一夏は次に九州に向かうであろう。本郷猛まで加われば作戦の遅れは避けられまい。くれぐれも舐めてかからないことだ』

「無論承知の上だ、死神博士よ。手を抜こうなどといささかも考えておらぬ。誇りと命に懸け、必ずやダブルライダーを打倒して我らが悲願、世界征服を成し遂げる。それでドクトルGよ、そちらはどうだ?」

『うむ、憎き仮面ラァーイダV3、風見志郎と、目をかけてやったわしをたばかり、デストロンを裏切った忌々しきラァーイダマン、結城丈二が邪魔をして、香川は我がデストロンの支配下から解放されてしまった。だがバダンニウム採掘場もサタンニウム鉱脈も指一本触れさせておらぬ。四国要塞空母化計画は順調そのものだ。だが、仮面ラァーイダよりも五月蠅い、篠ノ之束とかいう虫けらがちょっかいを出すようになっておるのだ』

「篠ノ之束……確か、報告では『インフィニット・ストラトス』というパワードスーツを生み出した科学者だと聞いている。その篠ノ之束がなぜ四国に?」

『うむ、あの女、四国で我々も知らぬバダンニウム鉱脈を保有し、採掘までしているらしいのだ。それに飽き足らず、無人のインフィニット・ストラトスを送り込み、散発的にバダンニウム鉱脈や採掘場に攻撃を仕掛けてきている。迎撃してはいるが愛媛のヨロイ元帥や徳島のツバサ僧正は動かせん以上、我が配下や香川を担当していたキバ男爵を高知に釘付け、と言うのも好ましくない。仮面ラァーイダどもの始末をしつつ、篠ノ之束をどうするかが今後の課題だ。しかしアポロガイストよ、なぜ最高司令官たる呪博士ではなく、お前が顔を出しているのだ?』
『呪博士は「キングダーク」の調整に忙しい上、キングダーク2号機の製作もある。それに失態の後始末や挽回を必死になって考えておられるのでな。私が代理としてここにいるというわけだ』

「失態? それはどういうことだ?」

『呪博士が無理をしたお陰で「RS砲」の完成が遅れそうなのだ。キングダーク量産計画は予定より若干速いくらいなのだが、GODは完壁を要求する。今はその対策を考えているが、いずれ解決を見るだろう。もっとも、一番の課題はXライダーの妨害をいかにして排除するかだが。十面鬼ゴルゴスよ、ゼロ大帝はどうした?』
『ユム・ゼロもキミル・ゼロも、今はインカの祭壇製作に勤しんでるのだ』

「『真のゼロ』に『偽りのゼロ』か……タイタン、マシーン大元帥も何かあったのか?」

『いつもの仲間割れだ。お陰で仮面ライダーストロンガーめを殺すどころか、忌々しい小娘にまでこちらの作戦を邪魔されておる! もっとも、大首領に制裁されれば少しは反省するだろうがな。魔神提督よ、そちらはどうだ?』
『怪人の中には相変わらず仲が悪い者もおるが、ゼネラル・モンスターが睨みを利かせておる内は大丈夫であろう。スカイライダーの妨害は激しいが、計画そのものに大きな変更はない』
『うむ、我がジンドグマはドグマと共に……ええい黙らんか! かき氷のことで、一々こちらにまで聞こえるような大声を出すな!』
『この通りジンドグマは少々五月蠅いが、作戦自体に支障は出ていない。憎き仮面ライダースーパー1に加え、赤心寺の連中が動いているのは目障りだが、いずれはこのテラーマクロが叩き潰すまでだ』
『我がバダンの方も「サザンクロス」の修復は完了した所だ。いずれは時空破断システムを完全に起動させ、虚空で眠りについておられる我らが総統、偉大なる「JUDO」様の復活も可能となるであろう』
『余は……ええい、やかましい! ボスガン、ガテゾーン、ゲドリアン、独断専行は許さぬ! マリバロン、それを決めるのはそちではなく余じゃ! グランザイラス! 余はクライシス皇帝陛下より最高司令官としての地位だけだなく、最強怪人「ジャークミドラ」としてそちを処断する権利を与えられておる! 余に逆らうことは皇帝陛下の命に逆らうことと同じと心得よ! ビルゲニア! 余は創世王より三神官と同じくそちへの指揮権も与えられておる! 余と三神官の承認なき限り、そちの出馬はまかりならぬ! 事と次第によっては創世王の名の下で処刑するぞ! すまぬが、余はここで席を外させて貰う! この愚か者めが! いい加減に静まらんか!』

 『クライシス帝国』の最高司令官であるジャーク将軍は通信を一方的に切る。クライシス帝国内の功名争いに加え、同盟相手である『ゴルゴム』内部のゴタゴタを処理しに行ったようだ。余計な苦労を一身に背負うジャーク将軍に一部の幹部は同情しているように思えたが、続々と通信が切断される。ブラック将軍も通信を切って部屋を出る。
 続けて向かったのはアジトに設置されたラボだ。ラボ内には多数のカプセルが鎮座している。中に入っているのは培養液と改造人間用の素体だ。ゲルショッカー戦闘員が敬礼するとブラック将軍は顎でしゃくり、ゲルショッカー戦闘員が装置を動かす。そしてカプセルの一つをブラック将軍の前にアームで設置する。同時に別のゲルショッカー戦闘員がキーボードを操作する。するとカプセルに変化が生じ、素体を中心に無数の泡が発生してカプセル内を全て覆い、外部からは殆ど中の様子が伺えなくなる。しばらく経過すると泡が徐々に消えていき、泡が晴れるとそこに蟹と蝙蝠が融合した改造人間、ガニコウモルが姿を見せる。カプセル内の培養液が引いてカプセルが開くと、ガニコウモルはブラック将軍の前に立ち、恭しく報告を開始する。

「申し訳ありません、ブラック将軍。このガニコウモル、役割を果たせずに終わったのみならず、仮面ライダー2号を始末出来ず、倒されてしまいました。この失態、どう申し開きをすればよいか」
「言い訳などゲルショッカーには必要ない。他の怪人たちはすでに集合しておる。行くぞ」

 ブラック将軍は再生が完了したガニコウモルを引き連れ、司令室へと向かう。怪人再生装置には通信用マイクロチップとデータリンクすることで、倒される直前までの記憶を保存出来る。それを新たに再生した怪人に刷り込むことで、倒されたことを報告するという芸当も可能となっている。
 司令室にはすでに怪人たちが、蛇の巻き付いた鷲を象ったゲルショッカーのレリーフの前に控えている。ガニコウモルも加わると怪人たちは跪いて控え、ブラック将軍は先頭に立つ。間もなくレリーフから電子音が鳴り響いてランプが点滅し、声が聞こえてくる。

『ブラック将軍、早速だが作戦の進捗について報告を聞こう』

「ははっ。ガニコウモル率いる阿蘇山担当班はバダンニウム爆弾を破壊され、ガニコウモルを含めて全滅。ネズコンドル率いる阿蘇山別動隊の仕掛けましたコバルト爆弾も、こちらで確認した限りでは解除されたようです。ですがそのお陰で長崎の『普賢岳』へのコバルト爆弾設置を始め、当初の設置予定地には全てコバルト爆弾、もしくはバダンニウム爆弾の設置に成功いたしました。これで全行程の半分を達成したことになります。明日には阿蘇山の警戒も薄くなるでしょう。その時こそが本番であります」

『そうか。流石はブラック将軍、抜け目のない男よ。ガニコウモル、お前は命を賭して重大な任務を全うしたのだ。褒めて遣わすぞ』

「ははっ。有り難き幸せ!」

 レリーフからの声が聞こえてくると、ガニコウモルは恐縮した様子で頭を下げる。
 阿蘇山のバダンニウム爆弾やコバルト爆弾は、囮だ。日本有数の活火山である熊本の阿蘇山と、長崎の雲仙岳は特に警戒が厳しいだろうと予測したブラック将軍は急遽予定を繰り上げさせ、阿蘇山と雲仙岳へ同時に爆弾を仕掛けることを決定した。その中でも阿蘇山はおとりと位置付けており、ガニコウモルに労働力を集めさせてわざと仮面ライダー2号たちの注意が阿蘇山に向くように仕向けた。結果的に阿蘇山の爆弾は無力化されてしまったものの、雲仙岳の方は見事に作戦に成功した。仮に雲仙岳の方が失敗し、阿蘇山が成功してもこちらも重要な個所であったので、どの道作戦は成功と言っていい。他の個所にも無事に設置出来たのだからなおさらだ。
 ちなみにガニコウモル以外はショッカーが掘り進めていた地下坑道を流用出来たので、掘削作業を行わずに済んだのも作戦成功の秘訣だ。

『しかしブラック将軍、ゲルショッカーは常にお前達に完璧を求める。必ずやこの作戦を成功させるのだ!』

「分かっております、首領。九州一体の火山のみならず、あらゆる場所からマグマを噴出させ、九州の地をズタズタに引き裂いて人間を全滅させる。のみならず、大量の火山灰がによって太陽の光を遮り、弱き者や劣った者の淘汰を促進させる。最終的には混乱に乗じて世界を征服、災害を生き残った優れた者たちによる理想社会の建設こそがゲルショッカーの最終目標。このブラック将軍、それを一時たりとも忘れてはおりませぬ」

『うむ。聞いての通り、沖縄の銀王軍は暗黒大将軍の愚かさにより壊滅し、仮面ライダー1号も九州の地へやってくるであろう。だが、好都合というもの。いいか、必ずや憎きダブルライダーを討ち果たすのだ! 奴らが醜く、苦しんで死ぬ姿を私に見せてこそ、真の意味で作戦は成功となるのだ。仮面ライダーを生かしておくのは許さん。火山一斉噴火作戦の成功のためにも、絶対に仮面ライダーを仕留めるのだ!』

「お任せ下さい。私の全てに代えても、仮面ライダー共は地獄へと送ります」

 ブラック将軍が力強く答えるとレリーフのランプは点灯を止め、電子音が消えて声も止む。ブラック将軍が振り向いて話し始める。

「聞け! 明日、作戦は第二段階に入る! いいか、くれぐれも作戦の邪魔をしないように心がけるのだ! 総員、別命があるまで待機! 準備が完了するまで、独断専行は許さぬ!」

 ブラック将軍が檄を飛ばすと怪人たちは一斉に司令室を出ていく。

「仮面ライダーめ、必ずやこのブラック将軍が仕留めてくれる!」

 残っていたブラック将軍も改めて仮面ライダー打倒を決意し、一度司令室から出るのであった。



[32627] 第三十六話 分断
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:33
 銀王軍が壊滅した翌日の昼間。阿蘇山。ショッカー時代に掘られていた坑道を目指し、3体の怪人がゲルショッカー戦闘員を引き連れて山道を歩いていた。巨大な球体をリアカーに乗せ、カバーをかけて運んでいる。昨日と同じコバルト爆弾だ。先導しているのはゲルショッカー怪人のサソリトカゲス、それにクラゲウルフとイノカブトンだ。
 ゲルショッカーは阿蘇山付近におとりのトラックを走らせ、その隙にサソリトガゲス、クラゲウルフ、イノカブトンがコバルト爆弾を輸送、坑道にセットする作戦を取ることになった。怪人たち地道な努力の甲斐もあり、間もなく坑道に到着しようとしている。隼人やSPIRITSが姿を見せる気配はない。阿蘇山だけではなく宮崎ではネコヤモリ、クモライオン、ムカデタイガーが作戦を遂行しているし、長崎ではカナリコブラ、ネズコンドル、ガラオックスが陽動を兼ねて派手に暴れ回っている。大分ではサボテンバットとガニコウモルが動いているし、福岡ではイソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリが爆弾のセットと都市への攻撃を行っている。本拠地の置かれている鹿児島にはブラック将軍のみならず、ハエトリバチやエイドクガー、ナメクジキノコが残留しているし、『切り札』も残っている。ゲルショッカーの勝利は揺らがない。通信機を背負っていたゲルショッカー戦闘員がサソリトカゲスに報告する。

「ギーッ! たった今、宮崎のムカデタイガー様より連絡あり。SPIRITS第2分隊が宮崎のゲルショッカー行動隊を攻撃中! 福岡のイソギンジャガー様に同行して居る戦闘員からの連絡で、国防軍部隊がこちらに攻撃を開始しているとのこと!」
「うむ、御苦労。仮面ライダーめ、長崎のガラオックスたちが陽動と気付いたか。だがこのサソリトカゲスが阿蘇山に、しかも徒歩で坑道まで来ているとは、気付いておるまい」
「一度設置に失敗した場所に、それも翌日に爆弾をセットしに来るとは思わないだろうからな。これもブラック将軍の作戦の賜物。仮面ライダーも詰めが甘い……」
「そうとは限らないぜ? サソリトカゲス! クラゲウルフ! イノカブトン!」
「この声は!?」
「一文字隼人か!?」
「その通りだ!」

 作戦が順調に進んで満足していたサソリトカゲスだが、仮面ライダー2号が岸壁の上から声をかけ、サソリトカゲスらの目の前に着地したことで台無しになる。

「馬鹿な!? なぜここに来ると分かったのだ!?」
「ブラック将軍が一度の失敗程度でこの山を見逃すはずがないと思ってな! 張り込んでいたら案の定、と言う訳さ!」
「ぬう!? 宮崎にいるSPIRITSは、どういうことだ!?」
「どういうこと? 決まってるだろ。五郎たちには時間稼ぎをして貰っているのさ! もっとも、俺たちが到着する前に倒してるかもしれないがな!」
「ええい、仮面ライダーめ! 我々が地獄に送ってやる! 何をしている! 早くコバルト爆弾をセットするのだ!」
「そんなこと、させない!」

 サソリトカゲスがゲルショッカー戦闘員を先に行かせようと声を張り上げる。上空で待機していた真耶がアサルトライフルを掃射しながら急降下し、低空飛行でアサルトライフルをフルオートで連射する。地上のゲルショッカー戦闘員を一掃すると今度はスナイパーライフルを呼び出す。すぐに硬化ムース弾をコバルト爆弾と台車に当てて台車を地面に縫い付け、コバルト爆弾を台車から引き離せないようする。サソリトカゲスとイノカブトンが慌ててコバルト爆弾を引き離そうとするが、硬化ムースの強度が高いのか、簡単に引き離せそうにない。

「どいていろ、サソリトカゲス! イノカブトン! 10万ボルトの高圧電流で黒焦げにしてくれる!」
「落ち着け、クラゲウルフ! コバルト爆弾まで爆発してしまうぞ! まずは仮面ライダーとあの女を殺し、それから何とかすべきだ!」

 クラゲウルフが副腕を硬化ムースに叩きつけようとするが、イノカブトンがクラゲウルフが制止する。一応正規の方法でなければ爆発しないように出来ているが、万が一ということがある。クラゲウルフも腕を下ろし、悔しげに地団駄を踏む。

「生憎だが、ここで倒れてやる気はない! 貴様たちの企みは、必ずや潰してみせる!」
「ぬかせ! ゲルショッカーを見くびるなよ! ソーリー!」

 仮面ライダー2号にサソリトカゲスは左腕の鋏を掲げて突っ込んでいく。仮面ライダー2号は鋏をバックステップで回避すると、右の前蹴りをサソリトカゲスの胴体めがけて放つ。咄嗟に両腕をクロスさせて防御するサソリトカゲスだが、仮面ライダー2号の右足はガードを突破する。鈍い音と衝撃波と共に蹴りが胴体へ突き刺さり、サソリトカゲスの身体が『く』の字に折れ曲がる。仮面ライダー2号が足を戻して踏み込むと、サソリトカゲスの後頭部に右ひじを落とす。続けて右手で頭頂部の蠍の尾部を模した器官を掴んで引っ張り起こし、左ストレートを顎にクリーンヒットさせて腑抜けさせる。

「クラゲウルフを忘れたか!?」
「ぐうっ!?」

 真耶の銃撃を無理矢理突破したクラゲウルフが右腕の触手を仮面ライダー2号に巻き付け、左腕を添える。すると触手を通して10万ボルトの高圧電流が流し込まれる。仮面ライダー2号の体中から火花が飛び散ってダメージを受け、追撃を諦める。アウトレンジから触手を振り回しながら、クラゲウルフは仮面ライダー2号を近寄らせない。

「イノカブトンの『イノカブトン角えぐり』に、耐えられるか!?」

 イノカブトンがカブトムシを模した角を向けて突っ込み、仮面ライダー2号を大きく撥ね飛ばす。立ち上がった仮面ライダー2号の腹に自慢の角を突き刺してやろうと、イノカブトンは体当たりを仕掛ける。仮面ライダー2号は角を両手でがっちりと掴んで突進を止め、持ち上げて一度地面に思い切り叩きつける。そのまま引っ張り起こして左右のパンチのラッシュを叩き込んで後退させ、逆に攻め立てる。

「仮面ライダー! 酸欠ガスを受けてみろ!」
「チィッ!」

 サソリトカゲスが『酸欠ガス』を放つが、仮面ライダー2号は攻撃を中断して酸欠ガスから逃れる。空中で身体を捻ると飛び込むように右ストレートを顔面に当てて怯ませ、着地と同時に猛ラッシュを叩き込む。それでもサソリトカゲスは一瞬の隙を突き、左腕の鋏で仮面ライダー2号の首をホールドして首を締め上げ始める。

「隼人さんは、やらせない!」
「貴様の相手は俺だ! 小娘が! 10万ボルトの雷を受けてみよ!」

 咄嗟に真耶がアサルトライフルを2丁持って釣瓶打ちにし、サソリトカゲスを怯ませる。しかしクラゲウルフが両手を擦り合わせて腕を上に掲げると、落雷が発生して真耶に当たり、真耶は地面に墜落する。腕を巻きつけようとするクラゲウルフだが、真耶の盾になった仮面ライダー2号が自らの身体に腕を巻き付ける。クラゲウルフをジャイアントスイングの要領で振り回し、遠心力を付けて岸壁めがけて放り投げると、クラゲウルフは岸壁に強かに叩きつけられて動きが止まる。仮面ライダー2号は接近してまず頭に右手刀を振り下ろし、パンチのみならずキックを織り交ぜて肉弾戦を展開し、高圧電流を発生させる間を与えない。真耶も頭を振って立ち上がるが、サソリトカゲスが鋏で真耶に殴りかかる。真耶は慌てずに近接ブレードを呼び出して鋏を受け流す。しかしイノカブトンが真耶の背後からから迫り、サソリトカゲスが口を大きく開ける。

「この距離なら、酸欠ガスは回避出来まい!」
「イノカブトンの発狂ガスを受けて、貴様も発狂するがいい!」

 サソリトカゲスは口から酸欠ガスを、イノカブトンは『発狂ガス』を発射すると、真耶の周囲を二つの毒ガスが包み込む。すると真耶はその場に力なく蹲る。

「『ダブル締め』でトドメを刺してやる!」
「食らえ! 必殺『イノカブトンとげ車』!」

 サソリトカゲスは鋏を展開して真耶の首を締め上げようとし、イノカブトンは身体を丸めて車輪のようになると、全身から鋭い針を生やして体当たりしようと突っ込んでくる。

「残念だけど、詰めが甘い!」

 しかし真耶は立ち上がると、瞬時加速を使って上へと逃れ、イノカブトとサソリトカゲスは正面衝突する。サソリトカゲスはイノカブトンの針で全身を刺され、大きく吹き飛ばされる。

「馬鹿な!? 一体どういうことだ!?」
「ISは宇宙開発を目的として作られたもの。酸素は外部から取り入れずとも自給できるし、機密性もある。有毒なガスなんて、通さない!」

 イノカブトンもサソリトカゲスもISについては無知であると踏んだ真耶は、ブラフとしてわざと毒ガスが効いたように振る舞って見せただけだ。

「お前の弱点が、その角だって言うのも解析済みよ!」

 真耶は空中で向き直るとスナイパーライフルを呼び出し、イノカブトンの角をロックオンサイトに収める。立て続けに徹甲弾を撃って1点集中で角に当て続け、10発目でイノカブトンの角は真ん中から折れる。イノカブトンは折れた角を押さえながら悶絶する。仮面ライダー2号はクラゲウルフに膝蹴りを入れて蹲らせると、角すっかり弱り切ったイノカブトンめがけて跳躍し、空中で前転すると拳を握り飛び込むように身体ごと突っ込んでいく。

「ライダーパンチ!」

 渾身のストレートを顔面めがけて放つと、イノカブトンは大きく殴り飛ばされて地面を転がる。それでもイノカブトンは最後の力を振り絞って立ち上がる。

「仮面ライダーならまだしも、小娘如きに一敗地に塗れるとは! イノカブトン、一生の不覚……!」

 イノカブトンはうつぶせに地面に斃れ伏し、間もなく大爆発を起こして死体を残さず消える。
 クラゲウルフは雷を落とそうとする。だが先手を打った真耶がスナイパーライフルから硬化ムース弾を連射し、両腕に当てて硬化ムースで両腕を固定し、擦り合わせられないようにする。諦めずに電流を発生させようとしたクラゲウルフだが、仮面ライダー2号はクラゲウルフを頭上に持ち上げると真上に跳躍する。そして頭上に掲げたクラゲウルフを高速で回転させ、竜巻を巻き起こす。

「ライダーきりもみシュート!」

 十分に遠心力をつけるとクラゲウルフを真下に放り投げる。クラゲウルフは錐揉み回転しながら為すすべなく地面に落下し、地面に叩きつけられる。それでもせめてもの意地と言いたげに立ち上がる。

「『力の2号』が、仮面ライダー1号と同じ技を使うとは思わなんだ……!」

 クラゲウルフは驚愕半分、負け惜しみ半分で捨て台詞を残した後、ゆっくりと地面に倒れる。背中が地面についたと同時に爆発を起こして吹き飛ぶ。
 残るサソリトカゲスは仮面ライダー2号に挑みかかるが、仮面ライダー2号は左腕を掴むとそのまま跳躍する。

「ライダー返し!」

 仮面ライダー2号が一本背負いの要領で空中で腕を取り、サソリトカゲスを地面めがけて投げ飛ばす。サソリトカゲスは背中から地面に叩きつけられてダメージを受ける。立ち上がったサソリトカゲスは仮面ライダー2号と手四つの状態に持ち込み、口を開いて酸欠ガスを放って仮面ライダー2号を葬り去ろうとする。しかし背後に回り込んだ真耶がスナイパーライフルを構え、弱点となる背中に向けてライフルを撃ちまくる。限界を迎えたのかサソリトカゲスの力が緩み、仮面ライダー2号は渾身の力でサソリトカゲスを蹴り飛ばす。

「稼げるだけの時間は稼いだ。後は全てブラック将軍が……ソーリー!」

 一度立ち上がって断末魔の叫びを上げると、サソリトカゲスはその場で爆発して吹き飛び、仮面ライダー2号と真耶の前からは敵がいなくなる。真耶はコバルト爆弾のすぐ近くに着陸するとケーブルを伸ばし、コバルト爆弾の起爆装置とISを接続する。ハイパーセンサーにめまぐるしくデータが表示され、空間投影式のキーボードを真耶が操作すると起爆装置を無力化する。真耶は慣れた手つきでコバルト爆弾から起爆装置を取り外し、コバルト爆弾を完全に無力化する。

「真耶ちゃん、次は宮崎までひとっ飛びだ。俺にかまわず急ぎで頼むよ」
「分かりました。しっかり掴まっていてくださいね?」

 仮面ライダー2号は真耶と肩を組むと、真耶はPICとスラスター翼を使って飛翔し、次の目的地に向かってスラスラーを噴射し、最大戦速で突き進む。
 阿蘇山でサソリトカゲスらと交戦していた頃。宮崎県南部にある『霧島山』。活火山の一つ『新燃岳』のふもとでSPIRITS第2分隊とネコヤモリ、クモライオン、ムカデタイガーと交戦していた。阿蘇山の守りを仮面ライダー2号と真耶に任せたSPIRITS第2分隊は五郎の判断で待ち伏せしていた。敵が現れると一斉射撃を浴びせてゲルショッカー戦闘員を蹴散らし、怪人との交戦を開始した。しかし戦況は芳しくなく、膠着状態に陥っている。ムカデタイガーは触角の音波で人間を操れるとデータで見ていたので、接近戦は厳禁としている。
 五郎はISのそれを改造したスナイパーライフルを構えてムカデタイガーを狙撃する。ネコヤモリとクモライオンが位置を割り出して来る前に量子化して走り出し、別のポイントに隠れてネコヤモリを狙撃する、ということを繰り返している。だが怪人が倒れる気配はない。他の隊員も狙撃や重火器による攻撃を遠くから怪人に浴びせているが、上手くいかない。このままいけばいずれは捕まるだろう。五郎は舌打ちし、恐怖の色すら浮かべ始めている隊員を叱咤する。スタングレネードを数個取り出して投げつけ、一度第2分隊を後退させて陣形を組み直させる。
 一方、ネコヤモリ、クモライオン、ムカデタイガーもまたSPIRITS第2分隊に翻弄され、いら立っていた。ネコヤモリもクモライオンもムカデタイガーも口から糸や火炎、煙を吐くことは出来るものの、遠距離戦は想定していないし、飛行能力も持っていない。そのためなかなか敵を捉えられない。ネコヤモリとクモライオンは機動力を生かして撹乱してやろうとするが、山の至る所に設置されたトラップが邪魔で、却ってこちらが撹乱されるばかりだ。それでも徐々にSPIRITS第2分隊を追い詰め、とうとう遮蔽物のない平野部分にまで追い込む。

「くっ!これじゃ奴らの……!」
「これで逃げ場はないぞ! 大人しくこの場で全員果てるがいい! ムカデタイガーを謀った罪、死を以て償え!」

 ムカデタイガーはSPIRITS第2分隊の銃撃をものともせず、ゆっくりと歩み寄りながら口から火炎を吐こうと、クモライオンは糸を吐きだそうと、ネコヤモリは『ネコ血しぶき』を放とうする。

「ライダーチョップ!」

 しかし仮面ライダー2号が落下の勢いを乗せてネコヤモリに手刀を振り下ろすと、ネコヤモリは頭を抱えて悶絶する。仮面ライダー2号はネコヤモリをローキックで蹴り飛ばす。続けてクモライオンの顔面に左ストレートを浴びせ、背負い投げで地面に叩きつけるとムカデタイガーと対峙する。

「馬鹿な!? 貴様は阿蘇山にいた筈だ! どうしてここにいる!?」
「決まってるだろ。奴らを倒して、貴様たちを倒しに来たんだ! ムカデタイガー!」
「阿蘇山からここまで、こんな短時間で来れる筈があるか!」
「貴様は何も知らないらしいな! ISは音速を超えて飛行することも出来る! ISを使えば阿蘇山から霧島山など、目と鼻の先に過ぎん!」
「仮面ライダー2号め! 貴様を血祭りに上げてくれる!」
「五郎、お前たちはいったん下がれ! 後は俺たちで引き受ける!」
「分かりました! お願いします!」
「それじゃ、第二ラウンドといこうぜ!」
「はい! 隼人さん!」

 仮面ライダー2号を『空輸』してきた真耶はナイパーライフルを構え、クモライオンを狙撃する。クモライオンが糸を吐いてくると上昇して回避する。ネコヤモリが跳躍して『キャットファイヤー』を吐いてくると、PICとスラスター翼を動かして真横に動き、ネコヤモリにアサルトライフルを浴びせて体力を削っていく。地上では仮面ライダー2号がムカデタイガーのパンチをスウェーで回避する。逆に踏み込んでボディブローを浴びせ、膝蹴りを放って追撃する。ムカデタイガーの身体が起き上がったところに左右のパンチの連打を浴びせ続ける。

「おのれ! これならどうだ!?」
「ぬうっ!?」

 しかしムカデタイガーも負けじと触角から怪音波を発する。すると仮面ライダー2号は頭を押さえて苦しみ始める。ムカデタイガーは口から火炎を放って身体を焼きつつ、怪音波で苦しめ、パンチの連打をお見舞いして仮面ライダー2号を追い込んでいく。クモライオンが口から糸を吐いて動きを止めると、ネコヤモリが仮面ライダー2号に飛びつき、両手の吸盤を付ける。すると仮面ライダー2号の身体から急速に力が抜けていく。

「どうだ! エネルギーを吸い取る『ヤモリ吸盤』の威力は! このまま貴様を嬲り殺しにしてやる!」
「私がいるのを、忘れるな!」

 真耶はネコヤモリの背中に集中砲火を浴びせ、弱点を攻撃されたネコヤモリは悶えながら仮面ライダー2号から離れる。真耶はスナイパーライフルでムカデタイガーの触手を撃ち落とし、怪音波の発生を止める。さらに銃身下部に電磁ナイフが銃剣のように装備された拳銃をクモライオンめがけて発射し、接近して電磁ナイフで仮面ライダー2号に絡みついた糸を切り裂く。割り込んで噛みつき攻撃をしてきたクモライオンの上あごに電磁ナイフを突き刺し、拳銃による接射を浴びせてクモライオンを後退させる。

「小娘が! ムカデパンチの餌食にしてくれる!」
「そうはさせるかよ!」

 激昂したムカデタイガーが右ストレートを真耶に放とうとするが、仮面ライダー2号が割って入る。ストレートを半身で回避すると、伸びきったムカデタイガーの右腕を取ると跳躍する。

「ライダー!」

 まず仮面ライダー2号はムカデタイガーを空中で一本背負いの要領で投げ飛ばし、地面に叩きつける。

「二段返し!」

 続けてもう一度『ライダー返し』を放って地面に叩きつけると、流石のムカデタイガーもダメージが大きいのか、すぐには立ち上がれない。着地した仮面ライダー2号にクモライオンは糸を吐いてまた絡め取ろうとするが、仮面ライダー2号は地面を転がって回避する。今度は仮面ライダー2号が跳躍して飛び膝蹴りをクモライオンの顔面に叩き込んで怯ませ、腰が抜けて腑抜けたクモライオンを引っ張り起こす。水平チョップを首筋に叩き込んで痛めつけ、ボディスラムで地面に強かに打ち据える。だがクモライオンはすかさず至近距離で糸を浴びせ、自身諸共仮面ライダー2号の動きを封じると、ネコヤモリが飛びついてヤモリ吸盤でエネルギーを吸収し始める。

「ライダー……パワー!」

 しかし仮面ライダー2号はベルト脇のスイッチを押す。一時的にパワーを増幅させる『ライダーパワー』を発動させてネコヤモリを振り払い、糸を力づくで引き千切るとクモライオンを引っ張り起こす。続けざまにパンチのみならずキックやチョップ、頭突きや肘打ちを織り交ぜた怒涛のラッシュで打撃を打ち込む。クモライオンがグロッキーになったと見ると、仮面ライダー2号は跳躍して空中で前転し、右足をクモライオンに向ける。

「ライダーキック!」

 仮面ライダー2号の右足がクモライオンに直撃すると、クモライオンは吹っ飛ばされて空中へと舞い上がり、地面に叩きつけられるとよろめきながらも立ち上がる。

「またしても仮面ライダーに敗れるとは……無念!」

 言い終わるとクモライオンは倒れ込み、直後に爆発が発生して爆炎と煙が立ち上る。
 真耶はネコヤモリにアサルトライフルを浴びせ、背後に回り込んで銃撃を浴びせてネコヤモリの体力を削る。ネコヤモリは吸盤で真耶のエネルギーを吸収してやろうと飛びかかる。真耶はスラスターを使って急上昇することで回避し、ネコヤモリは周囲の木や岸壁を蹴って執拗に真耶を捉えようと挑み続ける。

「どうした!? 逃げ回っているだけでは、俺は仕留められんぞ!?」
「だったら、こうして!」

 真耶は空中を飛び回ってネコヤモリをバダンニウム爆弾の近くまで誘導し、ネコヤモリの突進を紙一重で回避すると背後に回り込む。そのまま反応出来ないネコヤモリにタックルを仕掛けてバダンニウム爆弾に叩きつけ、両手のヤモリ吸盤をバダンニウム爆弾にくっつける。駄目押しとばかりに硬化ムース弾をネコヤモリの両手と胴体に撃ち込み、バダンニウム爆弾に固定する。

「しまった!? これが狙いだったのか!?」
「今さら気付いても、遅い!」

 ネコヤモリは必死にヤモリ吸盤をバダンニウム爆弾から引き離そうとするが、ネコヤモリの努力も虚しくヤモリ吸盤はバダンニウム爆弾のエネルギーを急速に吸い取っていく。ある程度バダンニウム爆弾のエネルギーを吸収したのを見計らい、真耶はスナイパーライフルを向け、バダンニウム爆弾に数発浴びせる。バダンニウム爆弾は爆発を起こしてネコヤモリを木っ端微塵に吹き飛ばす。
 残るムカデタイガーも立ち上がると、仮面ライダー2号とノーガードでの殴り合いを開始する。途中で口から火炎を吐き出そうとしたムカデタイガーだが、仮面ライダー2号が顎にアッパーカットを入れて火炎を封じ、前蹴りでムカデタイガーを吹き飛ばす。ムカデタイガーは右腕に力を込め、仮面ライダー2号に殴りかかる。

「行くぞ! ムカデパンチ!」
「望むところだ! ライダーパンチ!」

 仮面ライダー2号も左拳を固めてムカデタイガーを迎え撃ち、仮面ライダー2号の左ストレートとムカデタイガーの右ストレートが同時に放たれる。
 仮面ライダー2号の左ストレートは、ムカデタイガーの顔面に見事に突き刺さっていた。ムカデタイガーの右ストレートは、仮面ライダー2号の顔に当たる直前で止まっていた。ムカデタイガーはゆっくりとその場に崩れ落ち、倒れ込むと同時に仮面ライダー2号の両足を掴む。

「俺の負けだ、仮面ライダー……だが、ただでは死なん! 貴様を道連れにしてくれるわ!」

 ムカデタイガーは仮面ライダー2号を巻き添えにしようするが、仮面ライダー2号はムカデタイガーを振り払う。爆発に巻き込まれた仮面ライダー2号は大きく吹き飛ばされる。それでも変身を解除するが、連戦のダメージに加えてエネルギーを2度に渡り吸われ、無理矢理ライダーパワーを使った代償がここにきたのか、足元に力が入らずよろめいて地面に膝を着く。隼人は立ち上がろうとするが、展開を解除した真耶が慌てて駆け寄ってくる。

「無理しちゃ駄目ですよ! 隼人さん……きゃあ!?」

 隼人を押しとどめようとした真耶だが、足元に何かあった訳でもないのに足がもつれて前のめりに転び、隼人を押し倒す形で真耶は倒れ込む。思わず目を瞑って身を固くしていた真耶だが、少し経過して目を開けると、隼人の胸板に顔を埋め、その豊満な胸の膨らみを押しつける形になっていることに気付き、恥ずかしさのあまり顔を紅潮させてすぐに立ち上がる。

「ご、ごめんなさい! 隼人さん! またこんなことしちゃって!」
「いや、いいさ。真耶ちゃんらしいし、さ」

 しかし隼人は特に気にしていないのか、いつものように笑って立ち上がろうとする。やはり足に力が入らないのか一瞬動きが止まるが、すぐに足に力を入れて立ち上がる。

(もしかして私、隼人さんにはそんな目で見られてないのかな……?)

 不本意とはいえかなり際どい状態になっていたにも関わらず、いつものように笑っている隼人の姿を見て、内心女性としての自信がなくなりそうになる真耶だが、五郎達SPIRITS第2分隊が駆けつけてくるとすぐに振り払う。

「ご無事でしたか。次はどうしますか?」
「長崎か、大分か、福岡か……待ってくれ」

 五郎が指示を仰ぐと隼人は少し考える素振りをするが、右手を耳に当てて何か聞くような動作をした後、ニヤリと笑って見せる。

「五郎、俺たちは大分に行こうぜ? 長崎には『援軍』が到着したそうだ」
「援軍、ですか?」
「ああ。白馬ならぬ白いISに乗った王子様が、長崎に到着したらしい」

 隼人の言葉を聞くと『援軍』が誰かを真耶は悟る。沖縄の銀王軍はすでに鎮圧されたようだ。

「さ、俺たちも行こうぜ? もたもたしてたら先を越されちまう」

*********

 長崎県北部にの佐世保市。市民の避難が完了して人影も見当たらないこの街は非常に静かだ。しかし例外とも言える場所が存在する。在日米軍と国防軍が基地を構える区画だ。現在国防軍と在日米軍海軍陸戦隊が基地を防衛するため、共同でカナリコブラ、ネズコンドル、ガラオックス率いるゲルショッカーと交戦していた。しかしゲルショッカーは次々と防衛線を突破し、最終防衛ラインまで到達している。負傷者を多数出しながらも迎撃を続けていた兵士たちだが、嘲笑うかのようにガラオックスは飛翔し、角からガスを噴射する。するとコンテナや車両などで形成された即席のバリケードが、風船か何かのように軽々と持ち上げられて宙に舞う。

「無駄だ! 『ミスティガス』にかかれば、こんなバリケードなど屁でもないわ!」

 牛と人食い烏の能力を併せ持った改造人間ガラオックスは、角から水素の50分の1という軽さの『ミスティガス』を放出することが出来る。このガスを浴びた物体はたちまちの内に空中へと放り出されてしまう。その上ミスティガスは量によっては五重塔のような建築物すら空を飛ばすことも可能にする、恐るべきガスなのである。ガラオックスがバリケードの一部を取り払ったことでゲルショッカー戦闘員が雪崩れ込み、基地敷地内への侵入を許すことになった兵士たちと攻防戦が開始される。バリケードを無造作に地面に落したガラオックスだが、空母の艦載機と思しき戦闘機編隊がガラオックスをロックし、ミサイルを発射する。しかしミスティガスに触れた瞬間、ミサイルは呆気なく上空へと放り出され、ガラオックスには到達せずに終わる。

「カナリコブラがいるのを忘れたか!」
「ネズコンドルに盾突いた報いを受けさせてやる!」

 その隙に飛翔していたカナリコブラとネズコンドルが戦闘機編隊の背後に回り込み、接近戦を仕掛けようとする。戦闘機編隊は距離を取ろうとするが、小回りではカナリコブラとネズコンドルに劣る上、戦闘機編隊を嘲笑うようにガラオックスがバリケードを浮遊させる。バリケードの足を止めされた戦闘機編隊はミサイルを撃つものの、ミスティガスの効果で無力化される。とうとうある機体はエンジンをカナリコブラの『コブラハンド』で破壊され、ある機体は主翼をガラオックスの角で貫かれ、またある機体はネズコンドルのくちばしで燃料タンクを破壊される。最終的にはパイロットたちはペイルアウトを選択して次々と墜落し、戦闘機編隊は全滅を余儀なくされる。

「馬鹿者共め! いくら雑魚が雁首を揃えていようと、ゲルショッカーに敵う筈がないのだ! 仮面ライダーがこない以上、まず佐世保基地を陥落させ、逆らう愚か者共がどうなるか思い知らせてやる! ハハハハハハハハ!」

 ガラオックス、ネズコンドル、カナリコブラは高笑いを上げ、一度着地すると悠々と歩き出す。

「そこまでだ! ガラオックス! ネズコンドル! カナリコブラ!」
「ぬう!? この声は!?」
「どこだ!? どこからだ!?」
「上だ!」

 しかしガラオックス、ネズコンドル、カナリコブラに上空から声がかかる。直後に一台のバイクがガラオックスの近くに降り立つと、ガラオックス、ネズコンドル、カナリコブラに向かって突進し、ガラオックスたとをまとめて撥ね飛ばす。ガラオックスは立ち上がってバイクの主を見る。銀色の手足をしたバッタ男だ。乱入者には見覚えがある。忘れる筈がない。かつて自分たちを倒した宿敵なのだから。

「仮面ライダー1号! ここで会ったが百年目! 今度という今度こそ、貴様を徹底的に痛めつけ、じわじわと殺してやる!」

 カナリコブラが憎々しげに乱入者の名前を吐き捨てる。その名は仮面ライダー1号。日本を舞台にゲルショッカーと幾度となく死闘を繰り広げ、計画を悉く阻止し、ゲルショッカーを全滅させた不倶戴天の敵だ。仮面ライダー1号は昨日銀河王率いる銀河王を全滅させ、続けて九州までやってきたのだ。

「俺たちもいるぜ!」

 続けて上空で複数の輸送機が低空飛行で上空を通り過ぎると、パラシュートを装備し黒いプロテクターを着用した男たちが続々と基地へと降下する。着地すると手に持った銃火器を乱射し、地上のゲルショッカー戦闘員を掃討する。真っ先に降下した黒いプロテクターに髑髏を模したヘルメットを被った男が、右手に持った大型拳銃でネズコンドルを牽制し、左手に持った電磁ナイフでネズコンドルを切り裂いて怯ませる。さらにカナリコブラにスタンガンが仕込まれたブーツで蹴りを入れ、高圧電流を流しこんでカナリコブラの動きを止める。今度は火薬仕込みのナックルを両手で装備して渾身のストレートを左右連続で叩き込み、火薬を炸裂させてカナリコブラを腑抜けさせる。締めに対怪人用に改造されたらショットガンを至近距離から放って吹き飛ばす。

「貴様は、滝和也か!?」
「その通りだぜ、ガラオックス! SPIRITSもこっちに来てるのさ!」

 乱入してきたのは和也だ。SPIRITS第1分隊も分隊長の佐々木ナオキ、副隊長の藤ミツルを中心に降下し、兵士たとと即席の防衛線を築いて反撃を開始する。今は怪人たちを仮面ライダー1号と和也に任せ、ゲルショッカー戦闘員の掃討に当たっている。

「いくら蠅が集まろうとも!」
「他にもまだいるぞ!」

 ガラオックスは飛び立とうとするが、上空からの荷電粒子砲を浴びせられて墜落する。直後に仮面ライダー1号と和也の隣に乱入者が降り立つ。『白式』を装着した織斑一夏だ。

「ゲルショッカー! 俺たちが来た以上、貴様らの好きにはさせん!」

 仮面ライダー1号はガラオックスに、一夏はカナリコブラに、和也はネズコンドルにそれぞれ挑みかかっていく。
 ガラオックスは角と怪力を生かして突進を仮面ライダー1号に仕掛けるが、仮面ライダー1号は身を開いてひらり、と突進を回避する。逆に足を掛け、両足を掴んでジャイアントスイングで放り投げる。仮面ライダー1号は立ち上がったガラオックスの目の前に踏み込んで左右のワンツーパンチを顎に入れ、パンチの連打にフェイントや軌道変更を織り交ぜた多彩な蹴り技を駆使し、ガラオックスを翻弄しつつ一気に攻め立てる。
 カナリコブラと一夏は同時に飛翔して空中戦を開始する。カナリコブラはコブラハンドを伸ばして一夏を攻撃しようとするが、一夏は三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)で三次元的に動き回りつつ急旋回し、上下左右に自在に軌道を変えてカナリコブラを翻弄する。カナリコブラの後方まで回り込むと無反動旋回(ゼロ・リアクト・ターン)でその場で鋭く切り返し、軌道をまたしても変更すると、雪片弐型を呼び出しながら構えてカナリコブラめがけて突撃する。怪人では考えられない軌道で襲いかかってきた一夏に反応するのが遅れ、振り向くのに精一杯のカナリコブラは斬撃をまともに受け、突きや小手打ち、胴抜きまで放ってくる一夏に防戦一方となる。カナリアに変身して斬撃をすかし、攻めを中断させると背後に回り込んで元の姿に戻り、コブラハンドを構えて一夏に向ける。

「猛毒コブラハンドを受けてみよ!」
「生憎だが、その手の武器は対策済みだ!」

 カナリコブラはコブラハンドを一夏に向けて伸ばすが、一夏はコブラの口をかわすとそ高速回転を開始する。コブラハンドを自身の身体に巻きつけ、締まりきるギリギリ手前で逆回転を開始してコブラハンドを弾き飛ばす。回転しながら上昇した一夏は薙ぎ払うように荷電粒子砲を放ち、カナリコブラを怯ませる。一夏はまたしても方向転換し、カナリコブラを捉えて急降下を開始する。しかし下からトラックやコンテナが放り出されてくると一夏は驚愕しつつも回避に専念し、結果としてコースが大きく逸れる。ハイパーセンサーを使って索敵すれば、ガラオックスがミスティガスをばら撒いているようだ。その後もガラオックスは地上の仮面ライダー1号を爪から発射するロケット弾で牽制し、一夏めがけてトラックやコンテナを飛ばし続ける。コンテナを回避するのに悪戦苦闘していた一夏だが、その隙にカナリコブラが接近する。左腕で一夏の右手を抑え込んで動きを封じ、右手のコブラハンドを食らいつかせようとする。一夏は左手でコブラハンドを抑えて止めるものの、単純な腕力では改造人間であるカナリコブラに分があるのか、徐々にコブラハンドが一夏の首筋にゆっくり、少しずつ迫ってくる。

「さあ、小僧! いつまで耐えられるかな!?」
「一夏君!」
「貴様の相手はこのネズコンドルだ! 滝和也!」

 和也が思わず声を上げるが、すかさずネズコンドルが和也に突っ込む。特殊なペスト菌が付着したくちばしで突き刺そうとするが、和也は半身に開いて回避し、ネズコンドルが翼から展開した刃を電磁ナイフで逸らし、切り結ぶ。そこにもう一度ネズコンドルがくちばしを突き刺そうとするが、今度は電磁ナイフで受け止める。ジリジリと押されながらも右に受け流し、ネズコンドルを前のめりに倒れさせる。和也はストンピングでネズコンドルの頭を踏みつけ、ブーツから高圧電流を流しこむ。

「おのれ! 舐めた真似を!」

 ネズコンドルは激昂して立ち上がると、和也を両手で持ち上げて地面に叩きつけ、馬乗りになると執拗にくちばしを振り下ろす。和也は左手に持った電磁ナイフで防ぎ続けるが、ネズコンドルの猛攻の前に反撃できない状況だ。

「諦めろ、滝和也! 貴様も特製のペスト菌に感染させ、ペストにしてくれるわ!」
「そうは……いくかってんだ!」

 和也はホルスターから大型拳銃を抜き放つと目に銃弾を撃ち込んで怯ませ、ネズコンドルが目を押さえて悶絶している内に逃れる。咄嗟に近くで転がっていたバイクに跨ると、スロットルを入れて走り出してネズコンドルを撥ね飛ばす。
 カナリコブラはあと一歩で一夏の首筋にコブラハンドの牙を突き立てられるところまでいく。だが仮面ライダー1号が空中に放り出されているトラックやコンテナを蹴りながら上昇しているのを見ると、そちらに注意が向いてしまい、力が一瞬緩む。

「今だ!」
「何!?」

 一夏はスラスターをカナリコブラに向け、瞬時加速を行うことでエネルギーや衝撃波を浴びせて怯ませ、拘束から逃れることに成功する。その間に仮面ライダー1号はトラックやコンテナを蹴り、稲妻を描くような軌道でカナリコブラに迫り、足に稲妻のようなエネルギーを纏わせて飛び蹴りを放つ。

「ライダー稲妻キック!」

 まともに蹴りを食らったカナリコブラは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられると最後の力を振り絞って立ち上がる。

「またしても、仮面ライダー1号にやられるとは……!」

 直後にカナリコブラはゆっくりと倒れ、爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛ぶ。
 一夏はトラックやコンテナを回避しつつ、ハイパーセンサーを使ってガラオックスの弱点を探る。角がミスティガスを発生させているとハイパーセンサーに表示されると、一夏はスラスラー翼を大きく動かしてガラオックスの上を取り、急降下しながら雪片弐型を大上段に構えて、ガラオックスの角めがけて振り下ろす。

「雪片脳天割り!」

 雪片弐型を右角めがけて振り下ろすと右角は両断される。しかし一夏の攻撃はまだ終わらず、PICを駆使して再上昇して今度はガラオックスの左角を斬り上げ、角を両断してミスティガスを完全に封じ込める。慌てるガラオックスに構わずに一夏はまたしても方向転換し、間合いに入ると零落白夜を発動させる。そしてガラオックスへエネルギー刃を形成した瞬間に回転しながら袈裟がけに斬撃を放つ。

「回天白夜!」

 ガラオックスは7撃目で遂に胴体を両断され、断末魔すら残す間も与えられずに爆発四散する。
 残るネズコンドルは和也を執拗に攻撃し、くちばしでペストを感染させようとする。しかしミスティガスの効果が切れてトラックやコンテナが続々と地面に落下してくると、和也はバイクのスロットルを入れて離脱する。怒りのあまり気付いていないネズコンドルは追いかけようとするが、上空から落下してきたトラックの下敷きとなり、地面に叩きつけられる。

「これでも食らいやがれ!」

 和也はグレネードランチャーを手元に呼び出すとナパーム弾を装填し、ネズコンドルとネズコンドルを下敷きにしたトラックに発射する。グレネードが炸裂して周囲に燃え広がると、トラックのガソリンに引火したのか少し経過するとトラックは激しく燃え始め、大爆発を起こす。しかし息の根を止めるには不十分だったのか、ネズコンドルはトラックを無理矢理どけて立ち上がり、フラフラになりながらも飛翔しようとする。だがバイクで接近していた和也が強化服の機能を最大にし、跳躍するとその勢いを乗せて飛び蹴りを放つ。

「ライダーキック!」

 和也の右足がネズコンドルの頭に直撃すると、今度はブーツに仕込まれていた火薬が炸裂してネズコンドルのくちばしがへし折れる。ネズコンドルは和也を掴み上げるとコンテナに叩きつけるが、限界を迎えたのか膝を地面に着く。

「ネズコンドルが、改造手術を受けていない生身の人間ごときに、後れを取るとは……!」

 無念さを押し殺せていない様子でネズコンドルは辞世の句を述べると仰向けに倒れ、倒れ切ったところで爆発が起こって死体を残さず果てる。SPIRITS第1分隊もゲルショッカー戦闘員の掃討を完了したのか、周囲にゲルショッカー戦闘員の姿は見えない。それでも一夏はハイパーセンサーに意識を集中させて索敵を怠らず、仮面ライダー1号や和也、SPIRITS第1分隊のメンバーも周囲を警戒する。しばらく時間が経過して敵が残っていないことが確認されると、ようやく一夏は仮面ライダー1号の隣に降り立ってISの展開を解除し、仮面ライダー1号もまた変身を解除する。和也らSPIRITSの隊員もバイザーを上げて強化服の機能を停止させる。
 同時に一台のジープが猛と一夏、和也のすぐ近くに乗りつける。運転しているのはテンガロンハットを被った初老の男性、後部座席にはスーツを着てメガネをかけている女性が乗っている。

「猛、滝、一夏、終わったみたいだな」
「ええ。とりあえずは、とつきますが。おやっさんとルリ子さんは大丈夫でしたか?」
「なに、これくらいなら全然平気さ」
「そうそう。猛さんがいるんだもの、大丈夫に決まってるじゃない」

 乗っているのは立花藤兵衛に緑川ルリ子だ。一夏が猛に向き直って口を開く。

「猛さん、この後はどうするんですか? 山田先生と一文字さんはゲルショッカーと戦っているんですよね?」
「一文字からのテレパシーによれば、一文字に五郎、山田先生は宮崎に向かったそうだ。俺たちは福岡に向かおう」
「ヘリと陸路で行くしかないな。総員、車両に乗り込め!」

 和也が指示を出すとSPIRITS第1分隊は輸送してきた、もしくは現地の部隊から借りた兵員輸送車や輸送ヘリに乗りこみ、和也もまた自身の改造バイクに乗り込む。一夏も藤兵衛のジープに乗り込み、猛が自身のバイクに乗り込もうとすると、ルリ子がジープから降りて猛に駆け寄る。

「待って、猛さん。私は猛さんのバイクに乗せていってくれないかしら? 私が乗ってたんじゃ、一夏君がISを展開出来ないだろうし……」
「ルリ子さん、それは……」
「乗せてってやれ、猛。どの道向こうに着いたら変わりないんだから」
「そうそう。こういう時だからこそ応えてやれよ、本郷」
「この先ルリ子先生とタンデム出来る機会なんかないでしょうし、乗せてあげた方がいいと思います」
「他人のそういう所だけは気が回るんだから。少しは自分自身や身の周りに有効活用したらいいのに」
「……分かった。ルリ子さん、しっかりと掴まっているんだ」

 最初はルリ子の提案を渋っていた猛だが藤兵衛、和也、一夏のとりなしもあって結局は受け入れ、ルリ子に座席の下から予備のヘルメットを取り出して渡す。ルリ子は一夏に溜息をついてツッコミを入れると、バイクの後ろに乗って猛にピッタリと身体を寄せて、両手を回してきちんと掴まる。しっかりとルリ子が掴まったことを確認すると、猛はバイクのスロットルを入れて走り出し、和也や藤兵衛、兵員輸送車、輸送ヘリも福岡を目指す。

「……ニヒヒ」
「ルリ子さん、どうかしたかい?」
「え、あ、なんでもないわ。それより前よ、前。安全運転でお願いね?」

 その道中でルリ子が妙な笑い声を漏らす度に猛が聞き返し、ルリ子が誤魔化すという光景が繰り広げられるのは、また別の話である。

**********

 ゲルショッカー地下要塞。司令室にはゲルショッカー戦闘員とブラック将軍が詰めている。ブラック将軍は中央にある大モニターを眺め、九州が描かれた地図を見ながら報告を聞いている。

「長崎のカナリコブラ、ネズコンドル、ガラオックス率いる陽動部隊は沖縄から駆けつけた仮面ライダー1号と滝和也、それにSPIRITS第1分隊により全滅か。少し早いが、時間は稼げたな。熊本の阿蘇山と宮崎の新燃岳はどちらも失敗、か。流石は仮面ライダー2号、一筋縄ではいかんか。同時に、これで連絡網が寸断されたな」
「ブラック将軍、大分と福岡の部隊が目的を達成したので、指示を求めています。現在はブリーフィング通り陽動作戦を展開しているようです」
「陽動を続けろと伝えろ。後でこちらから伝令を出すともだ」 
「ギーッ!」

 ブラック将軍はゲルショッカー戦闘員に指示を出し、右手に持った指揮杖で左掌を一定のリズムで叩きながら思考を巡らせる。 阿蘇山も新燃岳も警戒されているだろうと読んでいたし、仮面ライダー1号がやってくることも承知の上だ。しかし怪人たちが倒されるペースが早過ぎるし、作戦の進捗に手間取っている。無論仮面ライダー2号は強敵であると理解しているし、仮面ライダー1号の手強さは身を以て理解している。だがこれだけの苦戦には意外の感がある。しかし理由をブラック将軍は理解している。新たな力、インフィニット・ストラトスの存在だ。
 ブラック将軍も『ショッカー』の大幹部からの報告で、インフィニット・ストラトスとはいかなる兵器か聞いている。なので本当に基礎的なことくらいならば把握している。ブラック将軍が最初に話を聞いた時に抱いた感想は、「馬鹿にしているのか?」という疑問と、ある種の軽蔑であった。
 改造人間も兵器としては欠陥品に近いとブラック将軍も理解している。改造手術の成功率はお世辞にも高いと言えないし、仮に成功しても適性によって強さは変動する。量産しても試作型より強くなるどころか、弱くなる可能性すらある。適性の方はまだ拉致などの手段を使うことで緩和できるし、優秀な素体をクローニングなどを駆使して生産すれば解消の目途は立つが。原材料の点を除けば、『ダーク』や『シャドウ』で研究された人造人間の方が、兵器として見ればずっと優秀だ。
 しかしインフィニット・ストラトスはそれ以上の欠陥兵器である、とブラック将軍には断言出来る。軍事的な観点から見ても明らかだ。むしろ『白騎士事件』の概要を聞くまで、なぜこんなものを採用したのか本気で理解に苦しんだくらいだ。
 まずインフィニット・ストラトスの中枢とも言える『ISコア』を、ブラックボックスのままにしておく理由が理解できなかった。勝手にコアを作れないので増産できない点もあるが、篠ノ之束とかいう小娘に、なぜ重要な秘密を握らせたままにしておくのかがブラック将軍には理解出来ない。言い換えれば、たった一人の小娘にインフィニット・ストラトスという兵器の全てを握られている。篠ノ之束が気まぐれを起こせば使えなくなることも起こり得るし、インフィニット・ストラトスを採用した国や機関は、たった一人の小娘の意向を窺わなければならない羽目になる。仮にゲルショッカーが採用してしまうと、万が一篠ノ之束が裏切っても処断出来ないだろう。兵器として使うならば拷問や催眠、脳改造で篠ノ之束からコアに関する情報を全て聞き出し、悪用されないように抹殺するか、自我を奪って反抗できないようにしてやるべきだったのだ。
 それに関連し、数に絶対的な上限があるのは非常に痛い。戦いとは最後には数がものを言うし、改造人間でも質を無視して手段を択ばなければ理論上際限なく量産出来る。しかしインフィニット・ストラトスには出来ない。コアの製造方法を篠ノ之束という小娘一人が独占しているからだ。だから篠ノ之束が姿を消した現在、ISはどうあがいても467個しか作れない。
 それでも警戒は怠っていないつもりだった。きちんと計算に入れているつもりであった。

(インフィニット・ストラトスへの認識を、多少改めねばならんようだな。使いたがる理由が分かるというものだ)

 しかしその力はブラック将軍の見た限り、侮れないものであるようだ。
 火力という点では怪人を相手にするには少々力不足であるし、格闘戦に持ち込めば有利だ。特殊能力では怪人の方が多彩だ。なによりインフィニット・ストラトスを操縦しているのは、ろくな殺し合いも経験していない尻の青い小娘だ。歴戦の勇士たる仮面ライダーたちに比べればあまりに脆く、弱い。
 だが空戦能力ではISは怪人に大きく勝っている。慣性を無視できるインフィニット・ストラトスに対し、怪人はどうしても小回りは利かない。音速を越えた巡航速度を出していてもその場で急停止し、いきなり最高速度で飛び始める芸当は怪人には出来ない。それにISは豊富な飛び道具を持っている。飛行能力を持っている怪人の中にも、飛び道具を持つ者もいないことはない。しかしあくまで地上の相手を牽制したりするのに使う程度で、インフィニット・ストラトスの火器には圧倒的に劣る。ましてや怪人が持つ飛び道具で、空中を飛び回る人相手に当てられるものなど、ほとんどない。怪人は飛び道具の撃ち合いなることなど、最初から想定していない。それに対してインフィニット・ストラトスは、同じインフィニット・ストラトスとの戦いを想定しているので、その点に関しては大きなアドバンテージがある。
 つまり火力の不利を補え、経験や技量、精神面が優秀な操縦者が操るインフィニット・ストラトスは、怪人にとっても十分な脅威たり得る。むしろ仮面ライダー2号と行動を共にしているインフィニット・ストラトスは、仮面ライダー2号と同程度の脅威と言っていい。熊本から宮崎まで短時間で移動できたのも、怪人が短時間でやられたのも、爆弾が処理されたのも、全てインフィニット・ストラトスによるところが大きいのだ。無意識の内に少し舐めてかかっていたのかもしれない。
 しかし作戦の変更はない。想定外の事態に備え、2重3重の策を用意しておくのが作戦と言うものだ。今回もインフィニット・ストラトスの評価を見直したくらいで、大筋を変える必要はない。

「ハエトリバチ! エイドクガー! ナメクジキノコ!」
「はっ!」

 思考を終えたブラック将軍がハエトチバチ、エイドクガー、ナメクジキノコを呼ぶと、3体の怪人が即座に司令室に入ってくる。ブラック将軍はアタッシュケースを3つ取り出すと、ハエトリバチ、エイドクガー、ナメクジキノコに渡して話を始める。

「ハエトリバチとナメクジキノコは作戦計画書を福岡に、エイドクガーは大分に届けよ。これは重要機密だ。紛失することはまかりならん。ましてや仮面ライダー共の手に渡ってしまえば、作戦は失敗に終わる。いいか、命に換えても仮面ライダー共に奪わせるな! 全員別のルートで進むのだ。ルートは地図に書かれておる。行け!」

 ブラック将軍が命令を下すと、ハエトリバチ、エイドクガー、ナメクジキノコはアタッシュケースを持って司令室を出ていく。通信は傍受される可能性が高いので、重要な命令は伝令に伝えさせるようにしている。今回の場合はその重要さに加え、鹿児島と福岡、大分が分断されたので怪人を投入したのだ。ブラック将軍は入れ違いに司令室に入ってきた6体の怪人に視線を向ける。皆同じ黄色の手足に、違う色のマフラーを巻いている。ショッカーが開発していたものをブラック将軍が完成させた、ゲルショッカーにおける対仮面ライダー用の切り札だ。

「お前たちも出番だ。打ち合わせ通りにやれ。必ずや仮面ライダーを仕留めるのだ!」

 ブラック将軍が語気をやや強めると怪人たちは司令室を出ていく。

「それと、『風谷生化学研究所』の方にも連絡を入れておけ」

 ブラック将軍は思い出したようにゲルショッカー戦闘員に告げると、再び視線をモニターに戻すのであった。



[32627] 第三十七話 呪われし遺産(ショッカーライダー)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:34
 福岡市。市街地は喧騒もなくひたすら静かだ。建物も道路も不気味なまでに沈黙が続いている。しかし所々で銃声や爆発音など、普段の街には相応しくない物音が響き渡る。やがて国防軍の第2世代IS『打鉄』がビルの外壁に叩きつけられる。操縦者である女は頭を振って日本刀に似た近接ブレードを呼び出して構えるが、ワシとカマキリを組み合わせ怪人が左手に持った大鎌を投げつける。『打鉄』はスラスターを噴射して上に逃れるが、大鎌はビルの外壁を豆腐か何かのように容易く深い傷跡を残して抉り取り、ブーメランのように手元に戻ってくる。『打鉄』はアサルトライフルを呼び出して怪人にフルオートで浴びせ続けるが、怪人は羽や体に穴が開きながらも羽を飛ばして攻撃する。『打鉄』が回避して羽が地面に当たると、ミサイルか何かのように爆発が発生してアスファルトが抉れる。

「しぶといヤツめ! いい加減にこのワシカマキリ様の大鎌の錆になるのだ!」

 ワシカマキリは苛立ったように一度口から血の塊を吐き出し、『打鉄』めがけてワシの羽をはばたかせ、左手に持った大鎌を投げつける。『打鉄』はブーメランのような軌道で飛んでくる回避するのに精一杯だ。
 福岡で怪人が暴れているとの連絡が入ったのは正午だった。戦闘機や陸戦部隊と共に迎撃に出るように命令された女は、同僚と共に『打鉄』を装着して福岡に向かい、ゲルショッカーとの交戦を開始した。最初は暴徒を鎮圧するようなものだろうと気楽に考えていた。バダンやゴルゴムが日本を攻撃した際に大きな被害が出たと教本で見ていたし、世界中で多くの犠牲者が出たことも承知している。バダンやゴルゴムの侵攻を経験した世代の人間から、恐ろしさは耳にタコが出来るほど聞かされてきた。しかし女は内心、時代遅れの臆病者と思い鼻で笑っていた。
 バダンやゴルゴムは強敵だったかもしれないが、ISがまだ無かった時代の話である。今はISという力がある。戦車や戦闘機を鉄屑に変えられるISがあれば、怪人など恐れるに足らない。未だ負けを知らない世界最強の兵器を相手に、淘汰されて姿を消した改造人間など敵うわけがない。そう考えていた。
 しかしその認識が甘いと思い知らされた。ゲルショッカー怪人にはISのあらゆる武器の効果が薄かった。戦闘機くらいならば簡単に装甲を突破でき、戦車も脆い部分を狙えばISならば簡単に撃破出来た。IS同士でもシールドエネルギーを削り切れば無力化出来るのでどうとでもなる。しかし怪人は違った。いくらISが銃弾を撃ち込んで、ダメージを与えても、足止めくらいにしかならない。女も幾度となく怪人に鉛玉をくれてやったが、ワシカマキリは傷こそ至るところに出来ているが、血を流しながら挑みかかって来る。
 怪人がISを含むどんな相手よりも異常なのは、殺気や狂気だ。怪人は勿論下っ端に至るまで、視線や纏う雰囲気には殺意が込められている。女も『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の引退試合に参加したことがあり、世界最強の名に違わぬ凄まじいまでの闘気や威圧感、殺気を感じて圧倒された経験がある。それに比べれ怪人の威圧感は劣るが、殺気の質は明らかに異質だ。むしろ飢えた上に負傷し、気が立っている猛獣の方が近い。いくら蹴散らしても損害も無視し、仲間の屍を平然と踏み越え、自己修復に任せて傷を気にせず突っ込んでくる怪人から狂気すら感じる。こちらを全滅させるか自身が全滅するまで退く気はないと、嫌でも分かる。そんな相手と殺し合いをした経験など女にはない。女を含めたIS操縦者には、本当の意味での実戦の機会すら与えられなかったのだから。
 女に最初のような元気などあろう筈もなかった。敵は人間ではなく人知を超えた怪物だ。そんな難敵がこちらを殺そうと全力で襲いかかってくるのだ。闘志など折れるし、恐怖で身体が震え出さない訳がない。女も何回も敵前逃亡しようかとも試みた。しかし佐世保にもゲルショッカー怪人が出現し、基地を襲撃しているとの連絡は入っているし、今は日本中に怪人が出現しているのだ。一体どこに逃げ場があると言うのだろうか。だから女は自分が生き残るために戦い続けている。プライドなどとっくに捨てた。ゲルショッカーを全滅させなければ、戦わなければ生き残れないのだ。
 地上ではスラスターが破損して飛べなくなった同僚のISが、陸戦隊やペイルアウトして戦闘機を喪ったパイロットと共に防衛線を敷き、ゲルショッカー戦闘員やイソギンチャクとジャガーを組み合わせたイソギンジャガーという怪人、ウツボとカメを合わせたようなウツボガメスという怪人を迎撃している。しかしウツボガメスが吐き出すスモッグによりバリケード代わりにしていた車両が溶け、ゲルショッカー戦闘員が雪崩れ込んで防衛ラインをまた一つ突破する。それでも火力を集中させてゲルショッカー戦闘員の数を減らしていくが、イソギンジャガーは銃撃をものともせず、すでにいくつもの銃創を作っているにも関わらず突き進んでいく。

「どこを見ている! 貴様の相手は俺だぞ!」

 しかしそワシカマキリが接近して大鎌を振り下ろし、女をビルの上に叩き落とす。咄嗟に近接ブレードを呼び出して追撃の大鎌を防ぎ続けるが、パワーで劣る上に不意討ちを受けた精神的ダメージも大きく、恐怖で動きが鈍っているのもあって近接ブレードが弾き飛ばされる。左肘に仕込まれていた匕首に似たショートブレードを抜き放ち、転がりながら必死にワシカマキリが振り下ろす大鎌から逃れる女だが、ワシカマキリは女の上に馬乗りになり、潰れた左目や口元から粘っこい血を流しつつ、執拗に大鎌を振り下ろし続ける。シールドエネルギーが削られ、ワシカマキリはトドメを刺そうと大鎌を振り上げる。食らえば命はないと女は直感的に理解し、完全に動きが止まる。

「手古摺らせおって! 死ね!」
「残念だけど、死ぬのはお前の方だ!」

 ワシカマキリが大鎌を振り下ろそうとした瞬間、白い何かがいきなり上空から急降下し、ワシカマキリを大きく吹き飛ばして女を庇うように前に立つ。白いISだ。右手には日本刀型の近接武器を持っており、左手には手甲が装備されている。だが目を惹くのはISの操縦者が男性、それも少年であることだ。ISはたった一人の例外を除き、女性にしか操縦できない。そのたった一人が今目の前にいる。少年はワシカマキリと対峙しながら、オープン・チャネル(開放回線)で通信を入れる。

「こちらは国際IS委員会竝ICPO指揮下対怪人迎撃部隊『SPIRITS』第1分隊所属、織斑一夏! ここは我々で引き受けます! 皆さんは一度後退して下さい!」

 少年の名は織斑一夏。『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬の実弟で、世界最初にして唯一の男性IS操縦者だ。一夏の通信と同時に女のハイパーセンサーも地上で起きた異変を察知する。地上ではヘリや兵員輸送車からSPIRITSの隊員が降り立ち、怪人やゲルショッカー戦闘員に果敢に銃撃を加えて蹴散らし始める。中にはISのものと思しきアサルトライフルを改造して扱っている者も見受けられる。SPIRITS第1分隊のさらに前では2台のバイクがゲルショッカー戦闘員や怪人に突っ込み、ゲルショッカーオートバイ部隊を瞬く間に全滅させる。戦闘員を片っ端から轢き飛ばした後にバイクから降り、ゲルショッカー戦闘員を次々と蹴散らしていく。片方は黒いプロテクターに髑髏のヘルメットを被った男、もう片方は銀色の手足に赤いマフラーを巻いたバッタ男だ。女はどうすべきか迷ったが、間もなく指揮官から一度後退するように指示が出ると、大人しく前線から後退する。
 見届けた一夏は雪片弐型を構えてワシカマキリに斬りかかる。ワシカマキリは羽を発射して一夏を牽制し、羽ばたきながら左手の大鎌を一夏に投げつける。スラスター翼を動かして上昇し、ワシカマキリの大鎌を横に飛んで回避した一夏は荷電粒子砲を発射してワシカマキリを怯ませる。すぐにスラスターを噴射してワシカマキリに接近し、自由自在に飛び回りながらワシカマキリにあらゆる方向や角度から斬撃を放って攻め、ワシカマキリに主導権を渡さない。
 地上では乱入者とイソギンジャガー、ウツボガメスが対峙している。イソギンジャガーとウツボガメスは忌々しげに叫びを上げる。

「おのれ本郷猛! 滝和也! またしても邪魔をしに来たか!」
「イソギンジャガー! ウツボガメス! ワシカマキリ! 何度復活しようと、結果は同じだ!」
「黙れ! 全員纏めて殺人スモッグでドロドロに溶かしてやる!」

 乱入者こと仮面ライダー1号と和也に激昂しながら、ウツボガメスはヘドロを濃縮して開発された『殺人スモッグ』を口から吐き出す。仮面ライダー1号と和也は地面を転がって殺人スモッグから逃れる。巻き添えとして付近にいたゲルショッカー戦闘員が殺人スモッグを吸いこんで倒れ、死体を残さずドロドロに溶け落ちていく。ウツボガメスは二人が別れたのを見ると、先に仮面ライダー1号から仕留めようと殺人スモッグを吐き続ける。しかし仮面ライダー1号は巧みにゲルショッカー戦闘員を盾にして逃れると一瞬の隙を突いて跳躍し、ウツボガメスが反応する間も与えず、踏みつけるように頭に蹴りを入れて着地する。まず顔面に右フックを入れてウツボガメスを怯ませ、その隙に胴体に左右のパンチを連続して打ち込み、殺人スモッグを吐かせる余裕を与えず、アッパーカットやジョルトブローで顔面を殴りつけ、ボディを攻め立てて体力を奪い続ける。
 地面を転がって殺人スモッグの洗礼から逃れた和也は、イソギンジャガーが背中から発射してくる毒液を回避する。大型拳銃を撃って牽制し、ゲルショッカー戦闘員を蹴飛ばして毒液への盾にすると、今度はマシンガンを呼び出してイソギンジャガーの顔めがけて発砲する。それに怯んだ隙にグレネードランチャーを呼び出し、榴弾をイソギンジャガーに浴びせて動きを止める。

「生意気な! ならば『イソギンジャガー触手隠れ』を見破れるか!?」

 イソギンジャガーは怒り狂いながらもいきなり姿を消す。和也は驚きつつもショットガンに持ち替えて油断なく警戒していたが、イソギンジャガーが真後ろに現れると反応が遅れ、和也はイソギンジャガーに殴り飛ばされる。イソギンジャガーは『イソギンジャガー触手隠れ』を繰り返し、和也に一撃入れては姿を消して翻弄する。

「どうだ! 捉えられまい!」
「どうかな?」

 しかし姿を消したイソギンジャガーに上空から一夏が放った荷電粒子砲が直撃し、イソギンジャガーは地面に転がる。ISのハイパーセンサーにはイソギンジャガー触手隠れも十分探知可能な範囲なのだろう。和也は踏み込んで、立ち上がったばかりのイソギンジャガーに至近距離からのショットガンを叩き込んで転倒させる。ストンピングでイソギンジャガーを踏みつけると同時に高圧電流を流しこみ、イソギンジャガーにダメージを与える。立ち上がったイソギンジャガーは怒りの咆哮と共に触手を伸ばして攻撃するが、和也はホルスターから弾倉と一体化した電磁ナイフを抜き放ち、触手を切り裂きつつ接近する。鋭い牙で噛みつこうとするイソギンジャガーにナックルを呼び出し、体重を乗せてカウンターのジョルトブローを放つ。

「ライダーパンチ!」

 渾身のジョルトブローがカウンターヒットすると、ナックルに仕込まれていた爆薬が炸裂する。イソギンジャガーの顔面に爆発の衝撃と爆風が浴びせられ、イソギンジャガーも怯む。その隙に電磁ナイフで斬撃を見舞う和也だが、イソギンジャガーもすぐに体勢を立て直して和也を蹴り飛ばすと、背中から毒液を発射して和也を近付けさせない。
 上空ではようやく窮地を脱したワシカマキリと一夏がドッグファイトを展開している。ワシカマキリが羽をミサイルのように発射して牽制し、左手の大鎌をブーメランのように一夏に投げつければ、一夏が三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)や無反動旋回(ゼロ・リアクト・ターン)、一零停止、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)などIS特有の急停止や急発進、その場での方向転換や急激な三次元的機動などを駆使して対抗する。一夏はワシカマキリの背後を突いて荷電粒子砲を浴びせ、雪片弐型を構えて瞬時加速で突撃して一太刀浴びせようとする。しかしワシカマキリは泡を一夏に浴びせて視界を奪い、それに驚いて一夏が攻撃を中断した隙にワシカマキリは大鎌で一撃を入れ、攻めに転じる。

「どうだ! 視界を奪われては、折角の武器も役には立つまい!」
「一夏君! 目だけに頼るな! 敵を『見る』手段は目だけでは無いぞ!」

 仮面ライダー1号がウツボガメスに浴びせ蹴りを放って腑抜けさせ、ワシカマキリに翻弄されている一夏に声を張り上げる。

(目だけに頼らず、見る手段は他に……そうか!)

 一夏は仮面ライダー1号の言わんとしていることを理解すると、後方への瞬時加速を用いて一度ワシカマキリから距離を取り、目を閉じて意識を集中させる。

「馬鹿め! 気でも狂ったか!?」

 ワシカマキリは一夏を嘲笑うように飛び回った後に突進し、大鎌でトドメの一撃を放とうとする。一夏は雪羅のエネルギークローを展開して貫手の形にすると、カウンターの一撃をワシカマキリの腹部に入れて墜落させる。同時に泡も消えて一夏の視界も元通りになる。
 ハイパーセンサーは視覚情報をダイレクトに脳に伝えることが出来るので、視界を封じられていても対象を『見る』ことが出来る。これを応用し、スピンオフした光学センサーをイージス艦に搭載すべく研究が進められているとの話もあるし、視覚に障害を負った人々に『見せる』研究も盛んだと一夏は聞いている。一夏はハイパーセンサーの特性を利用したのだ。ワシカマキリは立ち上がると、再び大鎌をブーメランのように投げつけるが、今度は一夏も負けじとばかりに雪片弐型をハンマー投げの要領で投げつける。大鎌と雪片弐型は空中で衝突して大きく弾き合い、ワシカマキリの大鎌は空中へと高々と撥ねあがり、雪片弐型はビルの屋上に深々と突きささる。一夏はワシカマキリの大鎌を空中でキャッチし、それを構えてワシカマキリに突撃する。ワシカマキリも雪片弐型を引き抜いて構え、一夏を返り討ちにしようと雪片弐型を振りかぶる。しかし雪片弐型が光となって消える。一夏が雪片弐型を量子化したのだ。

「しまった!?」
「これでトドメだ!」

 慌てるワシカマキリを尻目に一夏は間合いに入るや、『回天白夜』の要領で大鎌を6回連続で浴びせ、最後にワシカマキリの胸に大鎌の先端を突き入れる。一夏は突き刺さった大鎌に蹴りを入れて上に飛び上がり、空中で反転してもう一撃大鎌に蹴りを入れる。蹴り込まれた大鎌はワシカマキリの胸に深々と突き刺さる。ワシカマキリは墜落し、最後の力を振り絞って立ち上がる。

「小僧! 貴様が勝てたのは、貴様自身の実力ではないい! 貴様が勝てたのは、武器の性能差があってこそだと、忘れるなよ……!」

 ワシカマキリは負け惜しみを言い終えると倒れ込み、爆発四散する。
 ワシカマキリが倒されたのと時を同じくして、ウツボガメスは殺人スモッグを吐いて仮面ライダー1号から距離を取ると、頭を飛ばして仮面ライダー1号の右足に噛みつく。仮面ライダー1号は頭に数発チョップを打ち込んで引き離そうとするが、ウツボガメスの歯はしっかりと食らいついて離れない。

「無駄だ! 貴様の足を食いちぎってやる!」
「ならば……ライダーパワー!」

 仮面ライダー1号は右腕を腰に引き、左腕を右斜め上に突き出す。するとベルトの風車が唸りを上げ、ライダーパワーの発動に成功する。仮面ライダー1号はウツボガメスの上あごと下あごに手をかけ、無理矢理ウツボガメスの口をこじ開け、ウツボガメスの胴体に思い切り放り投げる。まともに当たった胴体は仰向けに倒れて転び、頭を戻したウツボガメスは仰向けに倒れたままもがいていたが、一度うつぶせになってから立ち上がる。だがその隙に仮面ライダー1号は跳躍し、空中でスクリューのように回転して勢いを付けると飛び蹴りを放つ。

「ライダースクリューキック!」

 スクリュー回転により威力が増大した必殺の蹴りを受けたウツボガメスは大きく吹き飛ばされるが、一度立ち上がる。

「仮面ライダーめ! 貴様を殺すまで、何度でも甦って、必ず貴様の首を……!」

 言葉が切れると同時にウツボガメスは倒れ、全身から炎が噴き出して死体も消え去る。
 
「『イソギンジャガー必殺触手締め』を受けてみろ!」

 イソギンジャガーは口から触手を伸ばし、和也の首を締め上げる。和也は電磁ナイフで触手を切り裂いて脱すると、大型拳銃をイソギンジャガーに発射して牽制し、地面を転がってイソギンジャガーから距離を取る。

「滝さん! これを!」

 見ていたミツルがIS用アサルトライフルをを和也に投げ渡す。和也は受け取るとセミオートに切り替えて構え、イソギンジャガーの頭部の一点に狙いを集中させ、狙撃する。最初は怯みつつ応えている様子もなかったイソギンジャガーだが、アサルトライフルの弾が一点集中で弾丸が貫通し、頭に仕込まれていた変身装置が破壊されると、イソギンジャガーは悶え苦しみ始める。

「しまった!? 変身装置が……!?」

 イソギンジャガーは倒れ込むと身体が液状化して消え去る。他の怪人と異なり洗脳した人間に変身装置を埋め込むことで怪人化させていたイソギンジャガーは、変身装置を破壊してしまうと身体を保てなくなるのだろう。和也は仮面ライダー1号や一夏と共に残りのゲルショッカー戦闘員の掃討を開始する。最後のゲルショッカー戦闘員を和也が蹴りで倒すと、ようやく敵は全滅したらしく、しん、と静まり返る。仮面ライダー1号が変身を解除し、一夏が『白式』を待機形態に戻すとナオキが和也と猛の下に駆け寄ってくる。

「隊長、ナメクジキノコとハエトリバチからの通信を傍受しました。間もなくこちらに到着する、と」
「そうか……丁度いい。まとめて始末してやろうぜ。通信機で位置を教えてやれ。痛い目に遭わせてやるぜ」

 和也はヘルメットの内側でニヤリと笑うと、残っている戦闘服や覆面を剥ぎ取り始める。
 その頃、ブラック将軍の命を受け、伝令としてそれぞれ別ルートで福岡を目指したハエトリバチとナメクジキノコだが、妨害を受けることなく福岡県に入った。最初に『黒島』まで赴いたハエトリバチとナメクジキノコは、そこで命令を伝達しようとしたが、黒島には仕掛けられたバダンニウム爆弾のみが設置されているだけだ。ハエトリバチとナメクジキノコは通信を入れて呼び出す。するとイソギンジャガー配下のゲルショッカー戦闘員から、すでに福岡の市街で暴れていること、それも敵を全て撃退し、仮面ライダー1号と協力者を捕えたので、すぐに来て欲しいと連絡を受ける。ハエトリバチとナメクジキノコは配下のゲルショッカー戦闘員を引き連れて街へと向かう。
 指定されたポイントに到着すると、鉄の柱に鎖で後ろ手に縛られている猛と、同じく鎖で拘束された白い服を着た少年が必死に足掻いている。ゲルショッカー戦闘員はいるが、肝心のイソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリはいない。ゲルショッカー戦闘員がハエトリバチとナメクジキノコに気付いて敬礼し、ハエトリバチが話し始める。

「御苦労であった。イソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリはどこへ行った?」
「イソギンジャガー様、ウツボガメス様、ワシカマキリ様は仮面ライダー1号との死闘の末、名誉の戦死を遂げられました。ですがイソギンジャガー様、ウツボガメス様、ワシカマキリ様の犠牲により、弱り切った仮面ライダー1号と協力者を捕えることに成功したのです」
「そうか、イソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリは任務を果たしたのみならず、命を賭して仮面ライダーを捕えることに成功したか。ブラック将軍もきっとお褒めになられるであろう」
「しかしハエトリバチ、作戦計画書はどうする? イソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリがいなければ意味がない」
「うむ、ブラック将軍の指示を仰ぐほかあるまい。ブラック将軍に連絡だ」
「ギーッ!」

 ナメクジキノコの言を聞いたハエトリバチはブラック将軍に連絡させ、回答を待つ。通信機を背負ったゲルショッカー戦闘員は通信機越しに話していたが、通信が終わったのかハエトリバチの前に駆け寄ってくる。

「ブラック将軍からの命令をお伝えします! ハエトリバチ様とナメクジキノコ様は、仮面ライダー1号とその協力者の処刑後、可及的速やかに残存部隊を吸収、再編成し、作戦計画書通り作戦を行えとのことです。仮面ライダー1号の処刑方法はハエトリバチ様とナメクジキノコ様に一任すると」
「分かった。では仮面ライダー1号と愚かなガキは、火あぶりにして嬲り殺しにしてやろう。ガソリンを用意しろ!」

 ナメクジキノコはゲルショッカー戦闘員に指示を出し、ゆっくりと猛と少年の前に立つ。

「フフフフフフ、いいザマだな、本郷猛! よく分かったであろう。最後に勝つのは、ゲルショッカーなのだ!」
「くっ! まだ日本には俺以外の仮面ライダーや滝たち、それにIS操縦者だっている! 貴様らの思い通りには決ならん!」
「笑わせるな! いくら日本に仮面ライダーがおろうとも、我等の作戦を阻止できなかった時点で負けは決まっているのだ! それにインフィニット・ストラトスが雁首を揃えておろうとも、殺し合いの経験もない小娘が使っている時点で、ままごとのおもちゃに過ぎん。いずれ貴様以外の仮面ライダーも、滝和也も、立花藤兵衛も、SPIRITSの連中も、インフィニット・ストラトスを扱う者も、皆地獄に送ってやる!」
「簡単にいくと思うな! 千冬姉だっているんだ! 簡単に千冬姉を倒せるなんて思うな!」
「小僧、そのチフユネエとかいう者が誰かは知らぬが、どれだけインフィニット・ストラトスを扱うのが上手かろうと、実戦を経験していない小娘など仮面ライダーの足元にも及ばん。それにチフユネエとやらがいかに強かろうと所詮は生身の人間、火山灰による日照時間の制限と深刻な寒冷化、食糧不足に耐えられるかな?」
「なんだと!?」
「どうやら知らないようだな、小僧。ならばせめてもの情けだ。死ぬ前に一つ教えてやろう。ゲルショッカーの火山一斉噴火計画とは九州地方、ひいては日本の壊滅のみを目的とするものではない。九州の火山が一斉に噴火し、マグマが暴走して九州各地から噴き上がれば、放出される火山灰は膨大な量になる。大量の火山灰が巻き上げられて気流により世界各地の空を覆えば、太陽光は遮られ、世界中に深刻な日照不足が発生して急激な寒冷化が襲いかかる。そうなれば気候は大きく変動して食料は不足し、残り僅かな資源を求めて人間共は世界各地で戦争や略奪、殺し合いを始めるであろう。争いは生き残る力のない、生きていく価値のない弱者を全て淘汰し、より優れた者、強い者だけが生き残る。そうしてゲルショッカーの世界征服は完全に成し遂げられるのだ!」
「そんな、気が狂ったことを!」
「フン、それこそがゲルショッカーの悲願なのだ。優れた者だけが生き残り、より優れた者が世界を支配する。これは動物の世界でも当たり前のことだ。それを間違いなどと言うのは、生き残れる力もない弱者の言い訳よ。そしてお前も仮面ライダーも、弱者に過ぎんのだ。ここで死ぬことにより、それは証明される。せいぜい地獄で悔しがりがりながら、見ているがいい!」

 ゲルショッカー戦闘員がガソリンをかき集めてくるとハエトリバチとナメクジキノコは猛と少年の前から離れ、ゲルショッカー戦闘員は猛達の周囲にガソリンをばら撒き、火種を近付けて火を付ける。するとガソリンは猛と少年の周囲で燃え盛り始める。ハエトリバチとナメクジキノコはアタッシュケースをこれ見よがしに見せつけ、話し始める。

「冥土の土産にもう一つ教えてやろう! これから我々は作戦計画書に基づいて作戦の指揮を執り、火山噴火作戦を完遂する! もうすぐ死ぬ貴様には関係ないことだがな!」
「そうか……それが、火山噴火計画の作戦計画書なんだな!?」
「そうだ! 貴様に倒されたイソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリに本来託されるべきものであったが、我々が吹き継ぐことになったのだ! イソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリのためにも、この作戦はハエトリバチとナメクジキノコの手で成功に終わるのだ!」
「そうか、それが……ならば、それを渡して貰うぞ!」

 次の瞬間、猛は鎖を外すと少年も鎖を外し、猛は少年を抱えて跳躍して炎から逃れる。

「馬鹿な!? これはどういうことだ!?」
「分からねえなら、俺が教えてやるぜ!」

 唖然とするハエトリバチとナメクジキノコだが、直後にゲルショッカー戦闘員がハエトリバチとナメクジキノコ配下の戦闘員を蹴散らし始める。最初は状況が理解できなかったハエトリバチとナメクジキノコだが、ゲルショッカー戦闘員がアタッシュケースを奪おうとするのを見て、罠であると気付く。即座に戦闘員を蹴り飛ばしてビルの屋上まで飛び上がったハエトリバチとナメクジキノコだが、ゲルショッカー戦闘員に変装していた敵が正体を現す。

「貴様は、滝和也!」

 変装していたのは和也とSPIRITS第1分隊だ。通信を傍受した和也は猛と一夏を餌にハエトリバチとナメクジキノコをおびき寄せ、自身はゲルショッカー戦闘員に変装していたのだ。和也らSPIRITSの隊員がヘルメットを被ってバイザーを下ろすと、猛は左手を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出し、円を描くように右斜め上に持っていく。一夏もガントレットを掲げる。

「ライダー……変身!」
「来い、白式!」

 猛が右腕を引いて左腕を斜め上に突き出すとベルトの風車が回って変身を完了し、一夏の身体を装甲が包み込んで『白式』の装着が完了する。

「謀りおったな、仮面ライダーめ! こうなれば貴様を殺し、イソギンジャガー、ウツボガメス、ワシカマキリの弔いとしてやる!」
「ハエトリバチ! ナメクジキノコ! この世に正義のある限り、悪が栄えることはない!」
「本郷! 一夏君! 雑魚は俺たちに任せておけ!」

 仮面ライダー1号がハエトリバチとナメクジキノコを一喝すると、和也たちはゲルショッカー戦闘員との戦闘を開始する。仮面ライダー1号はハエトリバチに、一夏はナメクジキノコに挑みかかる。

「仮面ライダー! ハエトリ液を食らえ!」

 ハエトリバチは頭の右側から溶解液を噴射するが、仮面ライダー1号は跳躍して回避し、ハエトリバチの頭部に右手刀を叩き込んで怯ませる。ハエトリバチが突き出した右腕の毒針を横に開いて回避し、逆に膝蹴りを叩き込んで動きを鈍らせ、肘打ちと左右の拳、蹴りを織り交ぜて攻勢に出る。

「仮面ライダー! ナメクジキノコがいるのを忘れたか!」

 しかし身体をゲル化させて一夏の雪片弐型をやり過ごしたナメクジキノコが元に戻ると、背後から羽交い絞めにし、仮面ライダー1号の動きを封じる。

「今だ! ハエトリバチ!」
「任せろ! 毒針で仕留めてくれる!」
「そうはさせるかよ!」

 ハエトリバチはナメクジキノコが仮面ライダー1号を抑え込んでいる隙に、自慢の毒針で仮面ライダー1号を殺そうとするが、一夏が上空から割り込み、急降下の勢いを乗せてハエトリバチの毒針を一刀の下に両断する。返す刀でハエトリバチに切り上げて斬撃を入れ、ハエトリバチを離脱させる間もなく斬撃の嵐を見舞う。仮面ライダー1号もナメクジキノコの弁慶に蹴りを入れて右腕の自由を確保し、鳩尾に右肘を入れて怯ませ羽交い絞めから完全に脱する。そして振り向いて液状化させる間も与えずにパンチの連打を浴びせ続け、猛ラッシュでナメクジキノコをグロッキーにする。好機と見た仮面ライダー1号はナメクジキノコを抱え上げ、高々と上に放り投げると背中から落ちてくるナメクジキノコ目がけて跳躍する。

「ライダードロップキック!」

 ナメクジキノコに跳躍の勢いを乗せた膝蹴りを背中に叩き込むと、ナメクジキノコは大きく吹き飛んで地面に叩きつけられる。一夏もハエトリバチのハエトリ液を上昇することで回避し、雪片弐型を構え直して渾身の力で振り下ろす。

「雪片脳天割り!」

 ハエトリバチが頭を押さえて悶絶するのを確認すると、雪片弐型を変形させてエネルギー刃を発生させ、連続突きを放った後にハエトリバチの右腕を掴んで上昇する。

「ライダー返し!」

 一本背負いの要領でハエトリバチをナメクジキノコに向かって投げつけると、ハエトリバチはナメクジキノコの上に墜落する。それでも立ち上がったハエトリバチとナメクジキノコはアタッシュケースをしっかりと抱え込む。

「仮面ライダーめ、作戦計画書を渡すくらいなら、道連れに死んでやる!」
「ゲルショッカーの機密は、これで守られる……!」

 ハエトリバチとナメクジキノコは倒れ込んで爆発し、アタッシュケースも跡形もなくなる。和也とSPIRITS第1分隊もゲルショッカー戦闘員の掃討を終え、仮面ライダー1号と一夏のそばまで走ってくる。

「手掛かりは潰えたか……本郷、どうする?」
「……待ってくれ、一文字からのテレパシーだ。滝、一文字も作戦計画書輸送の情報を掴んだそうだ。俺たちも行こう」
「ああ!」

 仮面ライダー1号は変身を解除せずにサイクロン号に跨って走り出し、一夏もスラスターを噴射して続く。和也らもめいめい車両やヘリに乗り込んで一路大分を目指すのであった。

**********

 大分県と四国の愛媛県の間にある『豊後水道』。一番狭い『豊予海峡』の幅はわずかに14kmしかない。豊予海峡の大分側に当たる『関崎』の海岸に、エイと毒蛾を掛け合わせたゲルショッカー怪人、エイドクガーが上陸するという情報を掴んだ隼人と真耶は、猛にテレパシーで連絡を入れると張り込んでエイドクガーが上陸するのを待ち構えていた。SPIRITS第2分隊は市街地に出たゲルショッカー戦闘員を掃討している。真耶も隼人も岸壁に隠れ、海を見ている。

「あの、窮屈だったりしませんか?」
「心配ご無用。缶詰には慣れてるしさ。真耶ちゃんこそ悪いね?」
「いえ、そんなことを言ってられる状況じゃないって、分かってますから」

 逆に真耶を気遣う隼人に首を振って見せながら、ふと真耶はある疑問について考えを巡らせる。

(私って、隼人さんのこと、どう思ってるのかな?)

 自分が隼人に抱いている、何とも言いようのない感情だ。その感情が間違いなく親愛に当たり、好意に根差しているものであるとは理解出来る。ただ、尊敬の念なのか、友情なのか、恋愛感情なのか、憧れなのか、感謝の念なのかはよく分からない。生徒の一夏が女性を自然と惹きつけている理由は理解出来ているし、自分も一夏にときめかされたことが何回もあった。ただ自分は一夏をどこか隼人と引き比べて、一夏に評価を下しているからか、だいぶ引いた視線で見れている。少なくとも千冬や『イチカー軍団』に比べればかなり冷めている。真耶も教師と生徒の一線を、本気で越えたいと思ったことはない。隼人は男性のものさしになっているのかもしれない。
 しかし、隼人を異性として意識しているか、と言えば微妙な所だ。隼人から一夏に感じたようなときめきを感じたことはない。尊敬や憧れと言う点でも、千冬に抱いている感情とは違うとも自覚している。友情や仲間意識かと言えば、それとも違う。そんな妙な感情だ。
 しかし海からエイと毒蛾を合わせたような怪人がアタッシュケースを手に持って海から上陸し、ガニコウモルとサボテンと蝙蝠を組み合わせた怪人が空から飛んできて、エイと毒蛾を合わせた怪人の前に降り立つと中断する。真耶は声を落として隼人に尋ねる。

「隼人さん、あの怪人が?」
「ああ、間違いない。エイドクガーにサボテンバットだ」

 上陸してきたのがエイドクガー、ガニコウモルと共にやってきたのがサボテンバットであるようだ。エイドクガーはサボテンバットとガニコウモルにアタッシュケースを見せ、何かを話している。真耶の耳では聞き取れないが、作戦計画書が入っているようだ。

「真耶ちゃん、この先は打ち合わせ通りに行こう。合図を出したら、これを」
「はい!」

 隼人が真耶にスタングレネードを数個渡すと姿を隠し、エイドクガー、サボテンバット、ガニコウモルの話している近くまで接近していく。隼人が手を上げて合図を出した瞬間、真耶は『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を部分展開し、スタングレネードを思い切り投擲する。即座にISを全身に展開し、アサルトライフルを呼び出してエイドクガー、サボテンバット、ガニコウモルに連射し、上昇して空へと飛び上がる。

「しまった!? 待ち伏せか!?」
「小癪な! 返り討ちにしてくれる!」
「簡単には、いかないぜ!」
「仮面ライダー2号、一文字隼人か!?」

 エイドクガー、サボテンバット、ガニコウモルは散開して銃撃を回避するが、変身していた隼人が跳躍し、エイドクガーが持っているアタッシュケースを奪い取ろうとする。揉み合いとなる仮面ライダー2号とエイドクガーだが、エイドクガーは不利と見てアタッシュケースをガニコウモルに投げ、ガニコウモルは空中でアタッシュケースを受け取る。真耶はスナイパーライフルでガニコウモルの翼を攻撃して撃ち落とし、ガニコウモルは地面に墜落する。

「エイドクガー! ガニコウモル! サボテンバット! 作戦計画書を渡せ!」
「黙れ、仮面ライダー! 我々の命に代えても、貴様に渡すものか!」

 仮面ライダー2号にサボテンバットとガニコウモル、真耶にエイドクガーが挑みかかり戦端が開かれる。サボテンバットは左腕の棘を突き刺し、仮面ライダー2号をサボテンに変えようとするが、仮面ライダー2号はあっさりと回避して前蹴りを入れて怯ませる。鋏を掲げて攻撃してくるガニコウモルの腕を取って背負い投げで投げ飛ばし、強かに地面に打ち付ける。

「おのれ! 貴様を眠らせてやる!」

 真耶の銃撃を回避して反撃の機会を窺っていたエイドクガーは仮面ライダー2号の上空を旋回し、催眠効果を発揮する毒粉を仮面ライダー2号に噴射する。仮面ライダー2号の動きが鈍り、ガニコウモルへの追撃の手が緩む。着地したエイドクガーは動きが鈍った仮面ライダー2号を右腕の刃で斬りつけ、仮面ライダー2号を羽交い絞めにする。

「隼人さん!?」
「貴様の相手は、このガニコウモルだ、小娘! 今度という今度は、じわじわと殺してやる!」

 真耶が救援に赴こうとするが、ガニコウモルが口から発火性の粉を吐き出して妨害し、サボテンバットが仮面ライダー2号に棘を突き刺そうとする。

「待て!」

 しかし何者かが割り込んでサボテンバットの頭に手刀を入れ、その隙に仮面ライダー2号はエイドクガーを振り払って投げ飛ばす。乱入してきたのは銀色の手足に赤いマフラーを巻いたバッタ男だ。そのバッタ男を見たエイドクガーが、驚愕しながら叫ぶ。

「貴様は、仮面ライダー1号!? どうしてここにいる!?」
「福岡のゲルショッカーはもう壊滅させた! 一文字からのテレパシーを受けて、作戦計画書を奪いにきたんだ!」
「すまん、本郷。おやっさんや滝、一夏君は?」
「残った雑魚と戦っている。俺は先行して、お前の救援に来たんだ!」

 乱入者は仮面ライダー1号だ。福岡から救援に来てくれたようだ。少々早過ぎる気もするが、気にしている場合ではない。真耶もガニコウモルの鋏攻撃を回避し、仮面ライダー2号と仮面ライダー1号の横に降り立つと、仮面ライダー1号は声を上げる。

「エイドクガー! サボテンバット! ガニコウモル! 今度という今度こそ、地獄に戻る時が来たようだな!」
「ええい、かくなる上は、ダブルライダーを纏めて葬り去るまでだ!」

 エイドクガーは激昂して仮面ライダー1号へと挑みかかり、サボテンバットは仮面ライダー2号に、ガニコウモルは真耶に挑みかかる。真耶はスナイパーライフルを構えてガニコウモルに集中砲火を浴びせ、アタッシュケースを叩き落とす。慌ててガニコウモルは急降下し、アタッシュケースを拾いにいくが、仮面ライダー2号もサボテンバットを蹴り飛ばして跳躍する。ガニコウモルの目の前に着地するとパンチの連打を浴びせ、ガニコウモルは殴り飛ばされて岸壁に叩きつけられる。すかさず真耶が硬化ムース弾を撃ち込んで岸壁に縫い付けると、仮面ライダー2号はアタッシュケースを真耶に投げ渡す。

「真耶ちゃん、これを持って早く安全な場所へ!」
「そうはさせるか!」
「それはこちらの台詞だ!」
「一文字! エイドクガーは俺に任せろ! お前はサボテンバットを!」

 真耶は仮面ライダー2号の言葉を受けてスラスターを噴射し、戦線を離脱する。サボテンバットは飛翔して追いかけるが、仮面ライダー2号はその場を仮面ライダー1号に任せ、サイクロン号に跨って走り出し、サボテンバットの追跡を開始する。最初は真耶に必死に食らいついていたサボテンバットだが、真耶が瞬時加速を織り交ぜてサボテンバットを引き離しにかかると、元々最高速度で劣るサボテンバットでは追い付けない。仮面ライダー2号がスロットルを入れるとサイクロン号はカウルからウイングを展開し、ブースターを点火して大ジャンプを行う。

「サイクロンアタック!」

 サイクロン号でサボテンバットに体当たりをしかけると、まともに受けたサボテンバットは為すすべなく地面に墜落する。着地してサイクロン号から降りた仮面ライダー2号はサボテンバットを引っ張り起こし、パンチの連打を見舞ってグロッキーにした後で跳躍し、空中から落下する勢いを乗せて手刀を振り下ろす。

「ライダーチョップ!」

 手刀を頭に受けたサボテンバットは頭を押さえて悶絶し、仮面ライダー2号を睨みつける。

「仮面ライダーめ! いい気でいられるのも今の内だ! 必ずやゲルショッカーは、貴様らに勝利を……!」

 サボテンバットは倒れ込み、間もなく爆死して果てる。それを見届けた仮面ライダー2号はサイクロン号に跨り、テレパシーで真耶に連絡を入れると、現在位置を確認しつつ走り出す。
 真耶は現場から離れた岸壁上に着陸して展開を解除し、アタッシュケースを開けようとする。しかし暗証番号を入力しなければ開かないように出来ているらしく、手が付けられない。しばらく一人で悪戦苦闘していた真耶だが、バイクの爆音が聞こえてくるとそちらに向き直る。サイクロン号に跨った仮面ライダー1号だ。仮面ライダー1号は近くにサイクロン号を停車させ、真耶の下に駆け寄ってくる。

「本郷さん、終わったんですか?」
「ああ、エイドクガーとガニコウモルは片付けてきた。真耶さん、アタッシュケースの方は?」
「それが……暗証番号を入力しないと開かないみたいで」
「どれ、少し貸してくれないか? ふむ……俺たちだけで開けるのは無理があるな。一度SPIRITSの拠点に持ち帰って、本格的に調べないとどうしようもないだろう。とにかく行こう。一文字には俺から連絡しておく」

 仮面ライダー1号はしばらく真耶からアタッシュケースを受け取って眺めていたが、アタッシュケースを持ってサイクロン号に乗り込もうとする。仮面ライダー1号の言動に内心違和感を覚える真耶だが、タイミング良く隼人がバイクでやってきて、サイクロン号の隣にバイクを停車させる。隼人は一度サイクロン号に視線を向けた後、真耶と仮面ライダー1号に歩み寄る。

「本郷、早かったな。それで、アタッシュケースの方は?」
「この通り、真耶さんが確保してくれた。これからSPIRITSの拠点に戻り、調べようと思っていた所だ」
「そうか……ところで本郷、いつサイクロンの塗装を変えたんだ? それに、お前にしては珍しく、真耶ちゃんに随分馴れ馴れしい口の利き方をしてるじゃないか。なにより、顔色が少し悪くなってないか?」

 隼人の言葉を聞いた真耶は、ようやく違和感の正体に気付く。
 猛は年下でも成人の真耶や千冬には礼儀正しく、敬語を使用している。一夏との区別を付ける必要がある千冬と違い、真耶は『山田先生』と呼ぶことが多い。しかし目の前の『仮面ライダー1号』は未成年者の生徒に接するように真耶を下の名前で呼び、敬語を使わなかった。同時に『仮面ライダー1号』の目の周りが黒くなっていることに気付き、確信する。今目の前にいる仮面ライダー1号は、偽者であると。

「真耶ちゃん、走れ!」
「そうはいくか!」

 隼人が声を上げて飛びかかるより早く、偽者の仮面ライダー1号の声色が変わり、アタッシュケースを奪って逃げようとした真耶を逆に捕まえる。偽者はチョーカーを無理矢理引き千切って投げ捨て、片腕で真耶の首を締め上げて人質にする。

「動くな、一文字隼人! 少しでも動いてみろ、この小娘の命は無いぞ!?」
「隼人さん……私に構わないで、こいつを……」
「黙れ小娘! さあ、両手を上げて貰おうか!」
「……分かった。俺のことは好きにしろ」

 真耶の首をキツく締め上げながら偽者が言い放つと、隼人は大人しく両手を上げる。すると弾丸が隼人に飛んできて着弾し、爆発と共に隼人は吹き飛ばされて地面を転がる。続いて偽者の仮面ライダー1号のクラッシャーが開いて火炎が放射され、隼人の身を焼く。同時に別の乱入者が2体が隼人を両側から押さえて無理矢理立たせ、5体の乱入者が偽者の仮面ライダー1号の横に並び立つ。乱入してきたのは黄色い手足に色違いのマフラーを巻いたバッタ男……仮面ライダーとほぼ同一の外見をした怪人だ。真耶を人質にした偽者の手足の色も黄色に変わり、マフラーの色も黄色になる。

「ガニコウモル! エイドクガー! 生きていたかのか!?」
「当然だ! 最初から貴様を抹殺するつもりで一芝居打ったのだ! それに気付かず、のこのこと罠にかかりおって!」

 隼人を両脇から抑え込んでいるのはガニコウモルとエイドクガーだ。偽者と共謀していたのだろう。

「そして、やはり貴様らだったか! ショッカーライダー!」
「いかにも! ショッカーライダー№1!」

 真耶を人質に取った黄色いマフラーの偽者……ショッカーライダー№1が名乗りを上げる。

「ショッカーライダー№2!」
「ショッカーライダー№3!」
「ショッカーライダー№4!」
「ショッカーライダー№5!」
「ショッカーライダー№6!」

 続けて白、緑、青、紫、桃色のマフラーを巻いたショッカーライダーも名乗りを上げる。
 ショッカーライダー。ショッカーが開発した仮面ライダーと同型の怪人で、ショッカー壊滅後にブラック将軍が改修を施し実戦投入した、ショッカーの呪われし遺産。性能と見た目がほとんど同じという点から、隼人ら仮面ライダーたちを大いに苦しめ、『アンチショッカー同盟』壊滅にも一役買った難敵と真耶も聞いている。手足やマフラーの色で区別がつくとも言われていたので、声に加えてマフラーや手足の色まで偽装していたのは予想外であった。ショッカーライダー№1は真耶を盾にし、他のショッカーライダーと共にジリジリと隼人に近寄ってくる。

「けど……どうして、私たちがここに来ると……!」
「フフフフフ、いいことを教えてやろう、小娘。我々は仮面ライダーの同型だ。仮面ライダー間のテレパシーに使っている周波数は俺たちが使っている周波数と同じなのだ! 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号のテレパシーなど簡単に傍受できる! それに感覚共有や位置情報の把握も出来て、分からない筈がないであろうが! 一文字隼人、抵抗しようとなどと思うなよ!」
「まずは俺からだ! 食らえ! ライダーキック!」

 ショッカーライダー№2が跳躍して空中で前転すると、隼人に『ライダーキック』を放つ。ショッカーライダー№2の右足が胴体にまともに突き刺さると隼人は大きく吹き飛ばされ、血反吐を吐く。しかしショッカーライダー№3とショッカーライダー№4が隼人を無理矢理立たせると、ショッカーライダー№5が指から高圧電流を放って隼人に浴びせる。ショッカーライダー№6が隼人に左右の拳を叩き込んで滅多打ちにし、エイドクガーとガニコウモルまで加わって集団リンチを開始する。それをショッカーライダー№1は真耶を人質に満足げに見ていたが、ショッカーライダー№2が隼人に毒霧を浴びせ、エイドクガーが手の刃で滅多刺しにしているのを見て声を掛ける。

「エイドクガー、交代だ。俺もまぜろ。小娘の見張りを頼む」
「任せておけ。たっぷりと痛めつけてやるといい!」

 エイドクガーはショッカーライダー№1の頼みを聞き入れると、真耶の首に刃を突き付けて見物役に回る。ショッカーライダー№1は他のショッカーライダーに加わり、隼人のボディを執拗に殴り続けた後に背負い投げで地面に叩きつける。何回も踏みつけた後に無理矢理引っ張り起こし、再び隼人を殴り始める。それを正視出来ずにずっと目を逸らしていた真耶だが、エイドクガーの注意が隼人に向き、腕の拘束が緩んでいることに気付く。

(隼人さんを……助けないと!)

 意を決した真耶は全力でエイドクガーの腕を振り払って突き飛ばす。慌てるエイドクガーを尻目に一目散にチョーカーを拾い上げて『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を緊急展開させ、アサルトライフルを呼び出してエイドクガーらにフルオートで弾丸を浴びせる。その隙に隼人も地面を転がって包囲から脱すると、両腕を右横に突き出し、円を描くように左へと持っていく。

「変身!」

 両腕の肘を曲げて左腕を立て、右腕を水平に左肘に付けて動作が完了すると、ベルトのシャッターが開いて風車が回り、隼人は仮面ライダー2号へ変身する。するとショッカーライダーは仮面ライダー2号に、エイドクガーとガニコウモルは真耶へと一斉に挑みかかる。6体のショッカーライダーはまず指先から弾丸を発射し、仮面ライダー2号に一斉射撃で浴びせる。ショッカーライダー№6が溶解液を吐き出して仮面ライダー2号を攻撃し、ショッカーライダー№1とショッカーライダー№2が跳躍する。

「ライダー!」
「パンチ!」
「へっ、効かねえ……ぜ!」

 2体のショッカーライダーは急降下しながらパンチを浴びせるが、仮面ライダー2号はショッカーライダーが着地した瞬間にまずショッカーライダー№1を蹴り飛ばす。ショッカーライダー№2にパンチのラッシュを入れ、締めにアッパーカットで真上に殴り飛ばした後に跳躍し、紅い左足をショッカーライダー№2に向ける。

「ライダーキック!」

 仮面ライダー2号の必殺の蹴りがショッカーライダー№2の胴体に炸裂する。ショッカーライダー№2のベルトが木っ端微塵に破壊されながら派手に吹き飛び、断末魔の叫びとともに空中で爆発四散する。仮面ライダー2号が着地した直後、残るショッカーライダーが再び指先から弾丸を発射しようとするが、エイドクガーに至近距離からのアサルトライフル2丁によるフルオート射撃を当て続けてダメージを与えた真耶が、スナイパーライフルで徹甲弾を発射する。流石のショッカーライダーも無視できないのか真耶に弾丸を発射する。真耶が回避しながら撃ち返している間、仮面ライダー2号が割り込むようにして跳躍し、空中でガニコウモルを掴むと頭上に掲げて高速回転させ始める。

「ライダーきりもみシュート!」

 竜巻が巻き起こり、仮面ライダー2号がガニコウモルを下に放り投げると錐揉み回転しながら地面に叩きつけられ、爆死する。着地したカメライダー2号は挑みかかってきたエイドクガーに前蹴りを入れて動きを止めると、足刀蹴り、踝蹴り、横蹴り、回し蹴り、押し蹴り、踵落としと次々に足技を決め、エイドクガーをグロッキーにした後に背負い投げで地面に叩きつける。するとショッカーライダー№1が仮面ライダー2号に火炎を吐き、エイドクガーへの追撃を中断させる。同時にショッカーライダー№3とショッカーライダー№4が跳躍し、仮面ライダー2号めがけて同時に飛び蹴りを放つ。

「ライダーキック!」
「隼人さん!?」
「貴様の相手は、この俺だ!」

 仮面ライダー2号は両腕でガードするものの大きく弾き飛ばされる。真耶が仮面ライダー2号の救援に向かおうとするがショッカーライダー№6が吐き散らす溶解液に阻まれ、仮面ライダー2号の下へは行けそうにない。仮面ライダー2号は立ち上がり、ショッカーライダー№5が跳躍するのと同時に自身も跳躍する。ショッカーライダー№5が蹴撃を入れようとすると、空中で数回前転して蹴りを放つ体勢に入る。

「ライダーキック!」
「ライダー回転キック!」

 ショッカーライダー№5の蹴りが当たると仮面ライダー2号はクラッシャーから血を吐き出し、刹那の間を置いて仮面ライダー2号のキックがショッカーライダー№5に直撃する。ショッカーライダー№5の胴体が綺麗に上下に寸断されて爆発し、死体も残さずに消える。空中で身を翻して着地しようとした仮面ライダー2号だが、ショッカーライダー№3が爆雷を直撃させると、仮面ライダー2号は吹き飛んで崖の隅にまで追いやられる。背後にはもう海しかない。

「今だ! やれ!」
「ぐおっ!?」

 好機と見たショッカーライダー№4が地割れを起こし、仮面ライダー2号を海へと転落させる。さらにショッカーライダー№3が無数の爆雷を放って仮面ライダー2号が落下した海域に放り込んで爆発させる。最後に一際大きな爆雷を投擲すると、大きな水柱が上がり、やがて沈黙がその場を支配する。

「隼人さん! 聞こえますか!? 隼人さん! 聞こえてるなら返事をして下さい! 隼人さん!」
「無駄だ、小娘! 仮面ライダー2号、一文字隼人は死んだ。ショッカーライダーの手によってな!」
「嘘だ! そんなの嘘に決まってる! 隼人さん、応答して下さい! 隼人さん!」
「フハハハハハハハハ! いくら呼びかけても無駄だ! 同型の我らが探知できなくなったということは、仮面ライダー2号が脳波を送信できない状態、すなわち破壊されたことに他ならないのだ! ゲルショッカーに逆らうからこうなるのだ、馬鹿者めが! だが安心するがいい! 貴様もすぐに地獄に送ってやる!」

 必死に呼びかけ続ける真耶を嘲るショッカーライダー№1だが、真耶はそれすら無視して必死に隼人に通信を送る。しかしいくら呼びかけても隼人から返事がくる気配はない。ハイパーセンサーも隼人の姿を捉えられていないし、隼人が海から上がってくる気配もない。ショッカーライダーとエイドクガーが挑みかかってくるのを上空に逃れて、回避しつつも呼びかけを続けるが隼人の声は返ってこない。ショッカーライダー№1の言葉が事実であると理解しそうになるのを必死に振り払い、祈るような気持ちで真耶は呼びかけ続ける。だがそれも虚しく、とうとうショッカーライダー№3の爆雷が運悪く直撃し、真耶は地面に叩き落とされる。ようやく我に返った真耶だが、ショッカーライダー№6はライダーキックを放つ体勢に入っている。

「サイクロンアタック!」
「ギッ!?」

 しかしショッカーライダーが蹴りを真耶に放つ直前、一台のバイクがジャンプしてショッカーライダー№6に体当たりを仕掛ける。バイクのカウルがショッカーライダー№6のベルトに直撃し、ベルトを破壊されたショッカーライダー№6は大きく撥ね飛ばされ空中で爆発する。

「貴様は、仮面ライダー1号!?」
「ショッカーライダー! 九州には俺もいることを忘れたか!? 山田先生、大丈夫ですか?」
「もしかして、本物の……本郷さん……?」
「ええ。申し訳ありません、もう少し早く到着していれば、ショッカーライダーの策などに……」
「山田先生!」
「チッ、誰かと思えば、ショッカーライダーにエイドクガーかよ!」
「織斑君……滝さん……」

 バイクに跨っているのは本物の仮面ライダー1号だ。少し遅れて一夏と和也も到着する。

「……本郷さん、隼人さんが!」
「分かっています。ですが、まだ決まったわけではありません。アタッシュケースを確保してからにしましょう」

 仮面ライダー1号が真耶を落ち着かせるように答えると、真耶も気を取り直す。直後に仮面ライダー1号はショッカーライダー№1に、真耶はショッカーライダー№3に、一夏はショッカーライダー№4に、和也はエイドクガーに挑みかかる。手始めに一夏は空中を飛び回ってショッカーライダー№4を機動性で撹乱し、左腕の雪羅に搭載された荷電粒子砲でショッカーライダー№4を攻撃して主導権を握らせない。

「これならどうだ! ライダーキック!」
「そんなもんが当たるかよ!」

 ショッカーライダー№4は一瞬の隙を突いて跳躍し、上空の一夏に蹴りを放とうとする。一夏は蹴りが当たるギリギリ手前で横に身体を開いて回避すると、動くに動けない状況のショッカーライダー№4の背後に回り込む。すぐに零落白夜を発動させ、雪片弐型を変形させてエネルギー刃が形成される。

「本物の強さはこの百倍じゃきかないぜ、偽者野郎!」

 一夏は言うとその場で回転しつつ斬撃を袈裟がけに放つ。

「回天白夜!」

 7回連続で放たれる斬撃はショッカーライダー№4の身体を容易く両断し、直後に爆発して跡形もなく消え去る。
 和也はエイドクガーを電磁ナイフで斬りつけて拳銃で追いうちを掛ける。駄目押しとばかりに高圧電流を流しこめるように改造したナックルでエイドクガーを殴り飛ばし、怯ませる。和也はショットガンを呼び出すとエイドクガーに至近距離から発射し、仰向けに転倒させる。すると真耶がスナイパーライフルを構えてエイドクガーの四肢に硬化ムース弾を撃ちこみ、エイドクガーを地面に張り付ける。真耶は空を大きく動き回って爆雷を回避し、今度は徹甲弾でショッカーライダー№3のベルトの風車を狙撃する。立て続けに銃弾がヒットするとベルトの風車が破損し、ショッカーライダー№3はその場に膝を着く。

「このショッカーライダーが、小娘如きに……!」

 いかにも無念さを隠しきれない様子で、ショッカーライダー№3は糸の切れた人形のように停止する。
 残るショッカーライダー№1は仮面ライダー1号に攻め手を全ていなされ、逆に仮面ライダー1号の多彩な手技足技を受け続けて追い詰められている。火炎を口から出そうにも仮面ライダー1号はアッパーカットを入れて無理矢理塞ぎ、足に仕込んだ刃物も踏み折られる。ショッカーライダー№1は大きく跳躍して後退すると、仮面ライダー1号と正対する。

「行くぞ、仮面ライダー1号!」
「望むところだ、ショッカーライダー!」

 仮面ライダー1号とショッカーライダー№1は同時に跳躍する、そしてショッカーライダーはライダーキックを放とうと飛び蹴りの体勢に入り、仮面ライダー1号もまたそれを迎え撃つべくライダーキックを放つ準備に……入らず、空中でショッカーライダーの頭部を両足で挟み込む。そして空中で身を捻ってエイドクガーめがけてショッカーライダー№1を叩きつける。

「ライダーヘッドクラッシャー!」

 一撃でショッカーライダー№1とエイドクガーは仲良く爆死し、仮面ライダー1号は着地する。和也はアタッシュケースを回収しようとする。

「そうは……させん!」

 しかしショッカーライダー№3が最後の力を振り絞って爆雷をアタッシュケースに投げつけ、粉微塵に吹き飛ばすとショッカーライダー№3は爆死する。しばらく真耶と一夏が周囲を警戒していたが、敵が来ないことを確認して地上に降り立つ。早速真耶は仮面ライダー1号に尋ねる。

「本郷さん、隼人さんは……隼人さんは!?」
「……今のところ、こちらでも安否は確認出来ません。あるいは……ですが、希望を捨てては……」

 しかし真耶には途中から仮面ライダー1号の言葉が聞こえなかった。仮面ライダー1号ですら安否が確認出来ないということは、仮面ライダー2号、一文字隼人は死んだ。今まで必死に否定しようとしてきただけに、一度認めてしまうともう止まらない。

(私が……私が人質になんかになったから……隼人さんは……)

 真耶は地面に突っ伏し、嗚咽と共に涙を流し始める。一夏、和也、変身を解除した猛が声を掛けて慰めようとするが、真耶の耳には入ってこない。
 太陽が西の空に沈んでも、隼人の安否は分からぬままであった。

**********

 夜。ゲルショッカーの本拠地では倒された怪人の再生が完了していた。再生装置にも限界があり、複数の怪人が一度に死ぬと再生に時間がかかる。ましてや一度全滅したのだ。再生には並々ならぬ時間がかかる。現在は再生が完了した怪人からブラック将軍が司令室で報告を受けている。エイドクガー、ハエトリバチ。ナメクジキノコ。それにショッカーライダーからブラック将軍は報告を受けている。ただし右こめかみはヒクヒクと痙攣しており、いつもに比べて指揮杖で取るリズムが速い。それが何を意味しているのかを知る怪人は萎縮している。しかしブラック将軍は苦虫を噛み潰したような表情のまま、どこまでも冷静に口を開く。

「つまり、作戦計画書を届けられなかった、というのだな?」
「申し訳ありません、ブラック将軍。ですが作戦計画書を処分することに成功いたしました」
「当然だ。いくら仮面ライダーをおびき寄せる餌も兼ねていたとはいえ、全滅とはどういうことだ?」

 ブラック将軍の冷徹な一言を前に、作戦計画書の輸送に当たっていたエイドクガー、ハエトリバチ、ナメクジキノコはますます萎縮する。
 ブラック将軍は作戦計画書輸送の情報を傍受させてダブルライダーを分断、ショッカーライダーに仮面ライダー間のテレパシーを傍受させて動きを計算、各担当地域の怪人や輸送してきた怪人と協力して各個撃破させるつもりであった。しかし全て作戦計画書を始末せざるを得ない状況に追いやられ、怪人は全滅、作戦に遅延が発生する羽目になった。怪人の不甲斐なさに苛立ちもする。続けてブラック将軍はショッカーライダーに報告を促す。

「それで、肝心の仮面ライダーはどうなったのだ?」
「仮面ライダー1号こそ殺し損ねましたが、仮面ライダー2号、一文字隼人を仕留めることに成功致しました。同型たる我らが脳波探知で所在を確認出来ぬ以上、間違いありません」
「勿論、死体は確認したのであろうな?」
「それが、状況的に確認が……」
「馬鹿者! あれほど死体を確認しろと言ったのを忘れたか!? 言い訳など、ゲルショッカーには必要ない! それで任務を果たしたと思っているのならば、大間違いだ!」

 代表してショッカーライダー№1が答えると、初めてブラック将軍が声を荒げて叱責する。作戦計画書を奪われる、もしくは喪うというリスクを負ってでも、仮面ライダーを確実に排除しなければならないからこそ、このような作戦を立案したのだ。それを肝心の死体を見つけず、いけしゃあしゃあと報告してくるのだから怒りも湧いてくる。ショッカーライダーも平身低頭でひたすら謝るだけだ。しかしこうなってしまった以上、とやかく言っても仕方がない。最善の案が使えぬのであれば次善の案を用いるまでだ。ブラック将軍は怒りを収めると、レリーフが電子音と共に点滅を開始してそちらに向き直る。

『ブラック将軍よ、私が言いたいことは分かっているな?』

「申し訳ございません、首領。全ての失態の責任はこの私、ブラック将軍にあります。作戦決行のタイムスケジュールは少しずれる事ことなるでしょう。ですが首領、僭越ながら、私に一つ案があるのですが、首領の許可を頂きたいのです」

『いいだろう、聞こう』

「恐れ入ります。と申しましても、最初の計画に九州に広がる断層、特に『中央構造線』にもコバルト爆弾およびバダンニウム爆弾をセットすることで破壊、九州その物を分断してやり、そこを流れるマグマをも噴出させてより大きな被害を出す、というものです。仮面ライダーめもこちらが火山を狙っていることに気付いているでしょう。なので断層への爆弾セットを陽動と見て、止めにこなければそれでよし、止めに来れば残る火山に爆薬をセットして初期作戦案の実行に移すことも出来ます。ですがデメリットと致しまして、予備の爆弾も全て使用するので、事実上爆弾が無力化されてしまえば終わりである点、大規模に動く分、仮面ライダーに察知させやすくなる点がございます。ですが、そちらの対策はすでに練っております。後は、首領の判断にお任せします」

『ゲルショッカーは、水も漏らさぬ慎重さを求める。だが、勇猛さもまた必要としている。いいだろう。許可する。ただし、これ以上の失敗は許されぬぞ?』

「ははっ、このブラック将軍の全てにかけて、必ずや」

 ブラック将軍が一礼するとレリーフからの声は聞こえなくなる。同時にブラック将軍は怪人たちを下がらせると、一人新たな策を数個練りつつ、こめかみを痙攣させるのであった。



[32627] 第三十八話 傷心
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:35
 隼人が消息を絶った翌朝。SPIRITS第2分隊および第1分隊は和也、猛、一夏、それに藤兵衛を交え話し合っていた。真耶は強い精神的ショックを受けてまともに戦える状況ではなく、精神的に追い詰められていたのでルリ子と和也の判断により一時的に外され、今は鎮静剤の効果で眠っている。

「猛、本当に隼人の行方は掴めないのか?」
「ええ。今朝も何回も呼びかけているんですが、返事がありません。位置情報も感覚共有も使えませんので、全く」
「……隼人のことだ、どうせひょっこり顔を出すだろ! だから、そんな顔をするな!」

 藤兵衛は敢えて明るく笑って猛に言うが、内心は心配で堪らないであろう。長年共に戦ってきた猛や和也、それに五郎、ナオキ、ミツルら少年ライダー隊の出身者も心配しているのがよくわかる。それでも誰も口には出さず、堪えている。一番隼人との付き合いが短く、浅い一夏でも気が重く、寝醒めが最悪であった。付き合いの深い真耶の悲しみは推して知るべし、だ。
 しかし沈んでいるわけにもいかない。ゲルショッカーの作戦が阻止できたわけではないし、ゲルショッカーの本拠地がどこにあるかも分からない。しかも倒されたゲルショッカー怪人が再生されているとの話がある。つまり倒したゲルショッカー怪人がまた出現する可能性は高い。

「本郷、ブラック将軍たちはどう動くと思う?」
「怪人の再生が済んだのであれば、仕掛けていない火山に爆弾をセットしに動くだろう。俺たちも爆弾のセットを防ぐだけでなく、仕掛けられている爆弾を無力化する必要もある」
「そうは言っても、一個や二個ならともかく、何十個も仕掛けられてるのを探し出す時間が無いぜ? 連中の作戦が開始されちまう」
「用心深いブラック将軍のことだ。猛たちに爆弾を解除されたりしないよう、怪人どもを街に解き放つに決まってる」

 最大の懸念は時間と怪人の襲撃だ。特に怪人は厄介だ。怪人が街で暴れれば相当な被害が出る。一応市民の避難はすでに完了しているが、避難所を襲われる可能性もある。向こうは戦闘員も非戦闘員も等しく殺害や拉致の対象としか見ていない。ゲルショッカーの暴挙をを見過ごせるほど、猛も和也も一夏も非情にはなりきれない。かと言って爆弾設置を無視すれば、今度はゲルショッカーの計画を止めることが出来ない。ブラック将軍は猛たちの性格を読んだ上でいやらしい二択を迫っているのだ。
 せめて作戦計画書を入手して、どこに爆弾が設置されているか分かれば話は別だが、どうしようもない。その場をしばらく沈黙が支配するが、一人のSPIRITS隊員が会議室のドアをノックして入室し、敬礼して報告する。

「失礼します。地震火山科学研究所の雨宮ちか子博士がこちらに到着しました」
「雨宮博士が? 分かった、すぐにお通ししてくれ」

 和也が答えるとSPIRITS隊員は一度退室して、少し経つとファイルを持った白衣姿の女性が部屋に入ってくる。すると猛は立ち上がって女性を出迎える。

「お久しぶりです、ちか子さん。お忙しい中時間を取っていただき、申し訳ありません」
「いいえ、そうは言っていられない状況だと分かっていますから」
「猛さん、この方は?」
「この人は地震火山科学研究所に所属している、地震学者の雨宮ちか子さんだ。今回は九州まで調査に来ていたらしいんだが、特別に協力を依頼したんだ。俺とは幼馴染みでもあるんだ。ちか子さん、この子は……」
「織斑一夏君ね? 噂は聞いているわ。それとこれが頼まれていたものなんだけど」

 女性こと雨宮ちか子は一夏と握手を交わすと、ファイルを取り出して猛に渡す。猛はファイルをしばらく捲って眺めていたが、最後の頁をめくり終えるとちか子に向き直る。

「ありがとございます、ちか子さん。これでどうにかなりそうです」
「あの猛さん、これって……?」
「これかい? これはちか子さん達地震学者や火山学者の人に頼んでおいた……」
「失礼します! 九州各地にゲルショッカー怪人が出現! 各地で破壊活動を展開しているそうです!」
「何!? もう動き出しやがったのか!」

 猛が説明しようと口を開くが、途中でSPIRITS隊員が急ぎの報告を入れる。全員が一斉に立ち上がると和也が口を開く。

「第1分隊は俺と本郷、一夏君と一緒にゲルショッカー怪人の迎撃に出るぞ! 第2分隊、それにおやっさんは雨宮博士の指示に従って別行動だ! 詳しい話は雨宮博士から聞いてくれ! みんな、行くぞ!」

 和也が檄を飛ばすと、一瞬疑問に思った一夏だが、続々と入ってくる情報を頭に叩き込んでいく内に吹き飛び、間もなく出撃すべく部屋から飛び出して行くのだった。

**********

 真耶が目を覚ましたのは、猛や一夏が迎撃に出た少し後であった。半ば錯乱状態にあった真耶は藤兵衛ですら手が付けられなかったが、駆けつけたルリ子に鎮静剤を打たれて眠ってしまっていた。少しは落ち着きを取り戻した真耶だが、病室のベッドの上で身体を起こすと、昨日のことが思い起こされて身体が震え始める。直後に白衣を着た女性がドアを開けて病室に顔を出す。

「おはよう、真耶ちゃん。無理に身体を起こさなくていいわ」
「ルリ子先生……すいません、私……」
「いいのよ、気にしなくて。心配しなくても猛さんや滝さん、一夏君がいるから大丈夫よ。今日はゆっくり休んで、ね?」

 入ってきたのはルリ子だ。真耶の服も黒いプロテクターではなく、寝間着になっている。首に掛っている筈のチョーカーがない。仮にあっても今の真耶に戦う気力などないが。今も昨日のことは夢ではないかと必死に思いこもうとしている自分がいるが、現実なのだと理解してしまっている真耶もいる。真耶は隼人についてルリ子に一言も聞こうとしないし、ルリ子も話そうとはしない。しばらく病室では沈黙が続くが、ルリ子が思い出したように手を叩いて口を開く。

「そうだ、気分転換に少し外を回ってみない? 私も羽を伸ばしたいと思ってたところだし」
「でも本郷さんや織斑君が戦ってるのに、私だけ……」
「だからこそよ。猛さんも滝さんも一夏君も、あなたが帰ってくると信じてゲルショッカーの怪人を倒しにいっているわ。みんなのためにも、気持ちの整理をきちんと付けなきゃ駄目よ? なにより、最後まで希望は捨てちゃ駄目。希望を抱いて信じるだけなら安いものよ。さ、早く着替えていきましょう?」

 ルリ子は真耶の私服を紙袋から取り出して渡す。しばらく躊躇っていた真耶だが、素直にルリ子の好意に甘えてベッドの上から立ち上がると私服に着替る。ルリ子もまた白衣を脱ぐとジャケット姿に着替え、真耶と共に医療施設から出る。すると出入り口付近に止められている一台のバイクにルリ子が近寄り、座席の下からヘルメットを二つ取り出して一つを真耶に渡す。

「さ、乗って? 私も猛さんやマスターに運転は仕込まれたんだから」

 真耶は頷いてヘルメットを被るとルリ子もヘルメットを着用し、真耶を後ろに乗せたバイクにルリ子がキーを入れる。スロットルを入れてエンジンを数回噴かした後に走り出す。ルリ子と真耶を乗せたバイクは佐世保の街や海辺を走り、時折ルリ子が真耶に話題を振るが、真耶は相槌を打つ程度だ。人が避難していて静まり返っている上に、どうしても隼人のことが頭から離れない。気分を切り替えることなど出来なかった。
 ルリ子は何も言わずにバイクを走らせていたが、とある海岸沿いの道路を通っている途中でバイクが停車し、ルリ子はバイクから下車する。真耶も怪訝そうな顔をしてバイクから降りるが、ルリ子はエンジン部分とにらめっこを開始している。

「どうもおかしいのよね。なんかこう、力がないと言うか……ま、いっか。ちょっと休憩して海でも見てきましょ?」

 ルリ子が頭を掻いた後にお手上げと言いたげな表情で提案すると、真耶は頷いてルリ子と共に海を眺め始める。海を眺めながらも真耶は隼人について考え、浮かぬ表情のまま潮風に吹かれている。最初はルリ子も黙って風に吹かれていたが、意を決したように口を開く。

「真耶ちゃん、一文字さんが死んじゃったとか、そんなこと考えてる?」
「それは……」
「確かに一文字さんは死んだ、と考えるのが妥当よね……常識に則って考えれば。けどね、仮面ライダー2号、一文字隼人はそんな常識で測れる存在じゃない。常識とか予測とか科学的見地とかを木っ端微塵に撃ち砕いちゃう人なんだから。真耶ちゃんは一文字さんが仮面ライダーになった時のこと、聞いた?」

 ルリ子の問いに首を振ると、話の内容に興味を持つ。言われてみれば、なぜ隼人が仮面ライダーになったか聞いたことが無かった。隼人に限らず、沖一也という例外を除けば改造された経緯を話す仮面ライダーはいない。少なくとも真耶は知らない。ショッカーに改造されたことを除き、隼人の改造経緯は聞いたことがない。無論本人から聞く気もなかったが、ルリ子の一言で今まで抱いていた疑問が頭をもたげてきたのだ。真耶の反応から興味ありと見たルリ子は、少し間を置いて再び口を開く。

「一文字さんはね、ショッカーの被害者の取材をしていた時、取材先の人たちを助けようとしてショッカーに捕まって……」
「ちょっと! そこの二人! 何をしてるの!? この一帯は怪人が出るから避難しろって放送を聞かなかったの!?」

 しかしルリ子が話し始めて間もなく女性の大声が割って入り、ルリ子は話を中断して真耶と共に乱入者の方を見やる。乱入してきたのは長い黒髪を後ろで一つ結びにし、首に紅いマフラーを巻いて白衣を着た女性だ。どことなく気が強そうな印象を抱かせる。女性は印象に違わぬハキハキとした口調で続ける。

「あら、見かけない顔ね。もしかして観光客? 呑気なもんね、こんな時に観光だなんて。けど、やめといた方がいいわ。さっきも言ったけど、この辺りには怪人が出没するようになってるのよ。たしかグランショッカーだか、ジョッカーだか……」
「ゲルショッカーよ、ゲルショッカー。どこのどなたか知らないけれど、お気遣いは感謝するわ。けど私たちも観光しに来たわけじゃないの。というより、あなたこそ早く避難したら? 民間人にしか見えないのだけど?」
「別に名前なんてなんでもいいじゃない。私はいいのよ、医者なんだから。とにかく、さっさと避難所に行きなさい。自殺しに来たなら、やめといた方がいいわ。死ぬより辛い目に遭うわよ?」
「ちょっと! どうして自殺志願者になるわけ!? 私は対怪人迎撃部隊『SPIRITS』の医療スタッフで、この子の治療に来てるのよ!」
「そんな出鱈目誰が聞くと思ってるの! いい加減にしないと、本気で怒るわよ!?」
「だから! 私の話を聞きなさいって!」
「言い訳無用! こうなったら、意地でも連れて行くわ! まさか、ゲルショッカーなわけ!?」
「なによ、この分からずや! 大体あなただって避難してない時点で、十分怪しいじゃない!」

 そのままルリ子と女性は丁丁発止とやり合い始める。真耶は虎と獅子の争いに巻き込まれた子猫のように萎縮していたが、ルリ子と女性の怒りのボルテージが頂点に達し、掴み合いに移行しそうになると勇気と気力を振り絞って止めに入る。

「あ、あの……」
「なに!?」
「あ、いえ、その……その人の言う通り、私、ルリ子さんに……」
「……どうやら、本当みたいね。ごめんなさい、誤解してしまって」
「ごめんね、真耶ちゃん。それよりあなた、どういう風の吹きまわしかしら?」
「私は医者よ? 患者の顔や態度を見れば、嘘をついているかどうかくらいは分かるわ。それに複雑な事情があるのだろうし……立ち話もなんだし、私の診療所に寄っていかない? バイクの調子も良くないんでしょう?」
「どうする? 真耶ちゃんに任せるわ」
「バイクをなんとかしないと戻れませんし、お言葉に甘えた方が……」
「決まりね。ついてきて頂戴」

 するとルリ子も女性も矛を収める。真耶の態度から嘘では無いと判断したようだ。真耶の一言で女性を先頭にバイクを押してルリ子と真耶が歩き出す。10分ほど道なりに歩いていくと、『伊野診療所』と書かれた看板が掲げられた小さな診療所に到着する。女性は一度ルリ子と真耶の方に振り向く。

「自己紹介がまだだったわね。伊野真美よ。診療所の所長というか、ただ一人の医者ね」
「私は緑川ルリ子。それでこっちが……」
「……山田真耶です」

 女性こと伊野真美に真耶は一礼する。

「緑川さん、だったわね。工具はガレージの中に入ってるから、好きに使ってくれて構わないわ。山田さん、こっちよ」

 真美はルリ子にガレージを指さして教えると、真耶を連れて診療所の中へと入る。応接間らしき場所に通された真耶は置いてある長椅子に腰かける。コーヒーを入れに行った真美を待ちながら、真耶はしばらく部屋の中を眺める。すると1枚の写真が目に飛び込んでくる。

(これって、隼人さん!?)

 写真には大勢の子ども達と笑顔で写っている隼人が写っている。慌てて写真立てに駆け寄ってみると、隼人だけでなく真美や和也まで写っている。写真立てを手にとってまじまじと眺めていると、バイクの整備が終わったらしいルリ子とコーヒーカップを手に持った真美が応接間に入ってくる。

「山田さん、その写真がどうかした?」
「どれどれ……って、一文字さんじゃない! どうしてあの人が……?」
「二人とも、隼人さんとは知り合いなの?」
「ええ、まあ。あなたも知り合い、みたいね。しかもかなり親密な感じの」
「そうね、なんと言ったらいいのか……とにかく掛けて。座りながらゆっくり話しましょ?」

 真美が座るように促して長椅子に腰かけると、真耶とルリ子も長椅子に腰かける。真美は真耶とルリ子にコーヒーカップを差し出し、一度コーヒーを口に含んだ後に写真を一瞥して話し始める。

「そうね、私と隼人さんが出会ったのは30年以上前の話よ。『ガモン共和国』って知ってるかしら?」
「ええ。東南アジアにあった国の一つで、独立を指揮したダモンって指導者が姿を消してからはずっと内戦続きで、『緑の地獄』とか『内乱の巣』とか言われてた国よね? 今はすっかり内戦も終わって、『サラジア共和国』って名前に変えてるけど」
「その通りよ。私も内乱が激しかった時期、4,5年くらい医療活動をしていたの。大学や両親は早く戻ってこいって言ってきてたけど、意固地になってガモン共和国に残ってた。取材に来た隼人さんと会ったのは、その時よ。それから滝さんが来るまで、ずっと私の手伝いをして貰ってたんだけど……」
「滝さんが来た時、一文字さんが『紅い拳の悪魔(ディアボロ)』こと仮面ライダーだと知ってしまった。違う?」
「どうして、それを!?」

 真美が途中で口ごもるとルリ子が引き取るように答えてみせる。驚愕する真美をよそに、真耶は疑問を口にする。

「あの、『紅い拳の悪魔』って?」
「当時のガモン共和国で正規軍、ゲリラを問わず無血で武装解除していた一文字さんに付いた、あだ名みたいなものだそうよ。もっとも、悪魔なんて物騒な言われ様をしたのは、便乗して改造人間兵士のテストとして正規軍、ゲリラを問わずに虐殺していたバダンのとばっちりらしいけど。まあ、滝さんからの又聞きだから詳しい事情は分からないけどね」

 ルリ子は真耶の疑問に答えてみせると、続けて真美に向かって話し始める。

「私も真耶ちゃんも、一文字さんが仮面ライダーってことは知っているわ。私も仮面ライダーとは浅からぬ縁があるもの」
「あなたたちも仮面ライダーを……なら、隼人さんに会ったらよろしく言っておいてくれないかしら?」

 真美としては何気ない一言のつもりで言ったであろう言葉が、今の真耶には深く突き刺さる。その隼人は自身の油断が原因で命を落とした。真美は不審そうな顔をしているが、真耶には真美の顔を直視出来ない。ルリ子が何か言おうとするが、真美が手で制し、先に口を開く。

「隼人さん絡みで、何かあったみたいね。別に根掘り葉掘り聞く気はないわ。けど、これだけは言っておきたいの。たとえ神や仏はいなくても、仮面ライダーはいる。私はそう信じてるわ。きっと、隼人さんは来てくれる。あなたも信じてみない?」
「ありがとう、助かったわ。話題は変わるけど、どうしてここから避難しないのかしら?」
「父が遺してくれた所だから、放っておけないのよ。ガモン共和国で好き勝手して心配かけたから、なおさら。弟は家族と一緒に避難しちゃったし、罪滅ぼしとして私が残っておかないと申し訳が立たないわ。それに『風谷生化学研究所』にいるうちの患者が研究が一段落するまで逃げない、って言って聞かないのよ。患者を見捨てて私だけ避難、なんて出来ないでしょ?」
「風谷生化学研究所って、確かバイオテクノロジーの権威で、造血細胞について研究してる風谷義彦博士が設立した研究所よね?」
「そうだけど……知っているの?」
「学会で何回か名前を聞いたことがあるのよ。もっとも、非人道的な実験を繰り返したから学会から追放されたとか、人嫌いが高じて学会に顔を出さなくなったとか、実はゴルゴムの信奉者だったとか、黒い噂で、だけど。もしかして風谷博士があなたの?」
「ええ。この近くに住んでいるのだけれども、持病持ちで父の代から……ちょっと失礼」

 話の途中で真美は立ち上がってポケットから携帯電話を取り出し、一旦部屋を出て誰かと話し始める。

「……なんですって!? 分かりました、すぐそっちに行きます!」

 やがて切迫した真美の声が聞こえてくると、表情を固くした真美が戻ってくる。

「ごめんなさい、患者が発作を起こしたからいかないと。ここは私が戻ってくるまで好きに使ってくれていいわ。けど怪人が出たら、まず自分の身の安全を第一にさっさと避難すること。いいわね?」
「待って! 私にも手伝わせて。これでも医者の端くれよ。誰かが病気と言うなら放っておけないし、あなただけ危険な目に遭わせる訳にもいかないわ」
「あの、私もいきます。民間人を置いていくわけにはいきませんから」
「分かったわ。ならついてきて!」

 すかさず真美は診察室から医療器具が入ったカバンを取って来ると、ルリ子と真耶と共に診療所を出て軽自動車に乗り込み、ルリ子と真耶の乗ったバイクを先導して風谷生化学研究所に向かうのだった。

**********

 佐賀県。九州では珍しく活火山が存在しないこの県の県庁所在地、佐賀市中心部では仮面ライダー1号と一夏、それに和也とSPIRITS第1分隊がゲルショッカーの怪人軍団と死闘を繰り広げていた。他にも熊本や大分、宮崎にも出現したが、そちらは鎮圧を完了した。残るは佐賀の怪人だけだ。

「ライダーパンチ!」
 
 仮面ライダー1号が飛びこみながら放った右ストレートがクラゲウルフの顔面に突き刺さると、クラゲウルフは大きく吹き飛ばされてから爆発する。

「この!」
「食らえ!」

 一夏が雪片弐型を変形させてエネルギー刃を発生させ、イノカブトンの角を切り落とした後に雪片弐型を腹に突き入れる。駄目押しとばかりに和也が飛び蹴りと同時に高圧電流をブーツから流し込むと、イノカブトンは限界を迎えて倒れ込んだ後に爆死する。残るはガニコウモルとサソリトカゲス、ムカデタイガーだけだ。
 しかし一夏も連戦の疲れが出始めたのか、肩で息をしている。仮面ライダー1号も体中に生々しい流血の痕がこびりついている。和也らSPIRITSも疲労の色が浮かんでいる。それほどまでにゲルショッカーの攻撃は苛烈を極めているのだ。仮面ライダー1号は跳躍して手近なビルの壁を蹴り、反動を乗せた飛び蹴りをムカデタイガーに放つ。

「ライダー反転キック!」
「ムカデパンチ!」

 ムカデタイガーは右ストレートで弾き飛ばそうとするが、ムカデタイガーが一方的に弾き飛ばされて地面を転がる。サソリトカゲスは好機と見て酸欠ガスを吐くが、仮面ライダー1号は地面を転がって酸欠ガスから逃れる。一夏が瞬時加速を使って雪片弐型の間合いに入ると、エネルギー刃を展開して腰を軸に回転し、サソリトカゲスに逆袈裟の一撃を入れる。

「回天白夜!」

 7撃目でサソリトカゲスの身体は綺麗に両断され、サソリトカゲスは断末魔を上げる間もなく爆発四散して果てる。斬撃を放ち終えた一夏にガニコウモルが鋏を突き出して攻撃し、鋏と発火性の粉を吐き出して一夏を攻め立て始める。だが和也がショットガンを撃ち込んでガニコウモルを転倒させ、一夏はお返しとばかりに左腕の雪羅から荷電粒子砲を発射する。動きが止まったところに仮面ライダー1号が踏み込んでガニコウモルを蹴り飛ばし、ガニコウモルが怯んだ隙に跳躍して頭めがけて右手刀を放つ。

「ライダーチョップ!」

 渾身のチョップは堪えたのかガニコウモルは頭を押さえて悶絶する。仮面ライダー1号はガニコウモルを上空に放り投げた後にそれを追って自身も跳躍する。

「ライダーニーブロック!」

 ガニコウモルの腹に膝蹴りを叩き込むとガニコウモルは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて爆発する。残るムカデタイガーはフラフラになりながら辛うじて立ち上がるが、和也、ナオキ、ミツルらSPIRITSの面々がここぞとばかりに一斉射撃を浴びせる。仮面ライダー1号はまたしても跳躍して一夏と空中で並び立ち、仮面ライダー1号は右手刀を作り、一夏は左手刀にエネルギークローのエネルギーを纏わせ、ムカデタイガーに急降下する。

「ライダーダブルチョップ!」

 仮面ライダー1号と一夏が同時に放った一撃を受けたムカデタイガーは倒れ込み、直後に爆発四散する。ようやく敵が全滅したのを確認すると、仮面ライダー1号や一夏、SPIRITSは周囲を警戒して討ち漏らしがいないか確かめる。一向に増援が来る気配がないと見ると仮面ライダー1号は変身を解除し、一夏も『白式』の展開を解除する。和也もまたヘルメットのバイザーを上げてパワーアシストをオフにする。

「ゲルショッカーめ、一体何を企んでやがる……本郷、お前はどう見る?」
「ブラック将軍のことだ、火山噴火計画に必要な爆弾をセットさせたに違いない」

 猛も和也も怪人が囮であると承知している。ブラック将軍得意の二面作戦で、今ごろ爆弾を設置しているのだろう。一応そちらにも備えはあるが、ゲルショッカーの好きにさせるわけにもいかない。爆弾の発見や怪人の撃退はあくまで対症療法に過ぎない。ゲルショッカーの本拠地を見つけ出し、叩かなければ終わらないのだ。
 途中で一夏に通信が入ったらしく、『白式』を部分展開しているのを余所に、猛と和也はブラック将軍の意図と行動について思案を開始する。一夏が通信を終えたらしく和也と猛に何か言おうとするが、第2分隊と交信していたナオキとミツルが血相を変え、和也に報告する。

「隊長! 佐世保にある風谷生化学研究所が、ゲルショッカーに占拠されたと第2分隊からの緊急連絡が!」
「何!? 数は!?」
「今のところは不明だそうです! ですが、交戦中の第2分隊によりますと、ブラック将軍自らが乗りこんでいるとの情報が!」
「ブラック将軍が、だと!?」
「そうか! ヤツの狙いはあそこで研究されている『無限造血細胞』だったのか! 滝、一夏君、急いで戻ろう! ブラック将軍が無限造血細胞を入手してしまえば、厄介なことになるぞ!」
「無限造血細胞?」
「簡単に言えば、理論上無限に血液を造り続ける細胞だ。詳しい説明は後で」
「総員、すぐ佐世保に戻るぞ! 一夏君、君は先行してくれ!」
「はい!」

 和也が号令を出すとSPIRITSはヘリや兵員輸送車に速やかに搭乗し、一夏は『白式』を装着して空へと飛び立つ。猛もまたオートバイに乗り込むとスイッチを入れてサイクロン号へ変形させて走り出す。腰にベルトを出現させて風圧で風車を回転させ、変身すると一路風谷生化学研究所を目指すのであった。

**********

 少し時間を遡る。
 風谷生化学研究所に到着した真美、ルリ子、真耶の3人は所長室に通され、真美とルリ子は風谷義彦の治療を開始していた。真耶は手伝うだけだ。真美とルリ子の話を聞いている限り、心臓に持病を抱えているようだ。時折義彦が大丈夫と言いながら無理矢理立ち上がろうとするが、真美がどやしつけつつ真耶が押さえて治療を続ける。ようやく治療が終わって義彦がぐったりとソファーに横になった頃には、真美もルリ子も汗だくになっていた。

「まったく、本当なら真っ先に避難しなきゃならないのに、どうして無理をするのかしら? そんなに研究が大事ってこと?」
「無限造血細胞っていうのは、それだけ重要な研究なのよ。特にこの人にとってはね。無限造血細胞の研究が進めば輸血は勿論、場合によっては白血病の治療にも役立つことが予想されるもの」
「あなた、随分と詳しいわね。けど病気で自分の命だって危ないのに……」
「これでも私は本職なんだから。だからこそ、じゃないかしら。先が長くないと自覚しているからこそ、一刻も早く完成させようとして焦ってるのよ。それが学者ってヤツなんだから」

 ルリ子に真美は更に何か言おうとするが、義彦が意識を取り戻してソファーから起き上がろうとする。しかし真美が無理矢理寝かしつける。

「まだ起きては駄目! 体力が回復するまで寝ていて下さい!」
「真美さん、そうはいきません。無限造血細胞の研究を、一刻も早く完成させなければ……!」
「それで自分の身体を壊したら本末転倒です! とにかく、体力が戻ったらすぐに避難して下さい。いいですね?」
「分かりました。もう少しで終わるので、早く研究を再開しなければ」
「だから、何回言えば分かるんですか!?」
「無駄よ、使命感の塊みたいな人には理屈は通用しないわ」
「見慣れない顔ですな。失礼ですがあなた方は……?」
「真美さんの友人で医者をしている者です。こちらは私の助手、みたいな感じですね」

 義彦はふとルリ子と真耶の存在に気付いて尋ねるが、ルリ子は適当に誤魔化して答える。下手に素性を明らかにすると、かなりややこしくなる。ましてや病人だ。義彦はしばらく何かと照らし合わせるようにルリ子の顔を眺めていたが、やがて思い出したように口を開く。

「あなたはもしや、欧州科学の緑川ルリ子博士ではありませんか? 生化学の権威で城南大学で教授をしていた緑川弘博士のご息女の」
「どうして、私のことを?」
「緑川博士とは学会で何回かお会いしたことがありまして。それに学会から爪弾きにされていたとはいえ私も生化学者の端くれ、共同研究者のカール博士と共に欧州科学や国際IS委員会のメンバーとして活動されているあなたのことは、承知しています」
「そうでしたか……申し訳ありません、余計なことを」
「いいえ、こちらこそ無用な気遣いをさせてしまって……」
「ちょっと! まだ立っては駄目ですよ!」
「大丈夫です。言い忘れていましたが、私も迎えを呼んであるので心配は要りません。ですからもう少し、あと少しだけ時間を頂きたいのです」
「でも……!」
「認めてあげたら? 言った所でもう聞かないわ。その代わり、私たちも立ち合わせて下さい。万が一、ということはあり得ますから」

 結局ルリ子の仲裁でその場を収めると義彦は歩き出し、3人も続けて歩き始める。ラボの前に到着すると全員消毒の上で防護服を身につけてラボに入る。研究員が一礼して義彦に進捗状況を報告すると、義彦は研究員に指示を出し、自身も電子顕微鏡を覗きつつ作業用のロボットアームを使って何かをしている。邪魔にならない場所で黙って見ながらも義彦の病が再発しないか気が気でない真美であったが、心配を余所に研究員の一人が喜び勇んで義彦に報告すると、ラボ内は歓声に包まれる。完成したらしい。研究員に撤収命令を出すと義彦はラボを出て3人も続く。

「ありがとうございます。無限造血細胞完成の目途が立ちました。あとは出先で仕上げを取り行うだけです」
「まずはおめでとうございます、と言うべきでしょうか。ですが風谷博士、無限造血細胞は細胞内のテロメアを無制限にする事で無限の細胞分裂と活動を実現している、と論文で拝見しました。それはつまりガンと同じ、あるいは将来的に無限造血細胞がガン化することに繋がるのでは?」
「緑川博士のおっしゃる通り、テロメアによる細胞分裂の制限を取り払った無限造血細胞は、ガンと極めて近い存在です。緑川博士も承知の通り、細胞分裂に際して遺伝子のコピーミスが起きる可能性がある以上、無限造血細胞がガンとなって全身を蝕む可能性もゼロではありません。ですが無限造血細胞は人体への移植を考えておりません。再生医療の一環として輸血でより拒絶反応が起こりにくいようにするため、患者の遺伝子で構成された無限造血細胞をストック、必要に応じて血液を生成させる形式を考えております。将来的には、骨髄移植にも応用できるのではないかと。もっとも、実現には無限造血細胞の完成だけでなくソフト、ハード両面での課題がまだまだ多いのが現状ですが」
「確かに細胞そのものを保存する方が、血液製剤を保存するよりも比較的楽で済む、というメリットはありますね。話は変わりますが、博士のおっしゃっていた迎えと言うのは一体?」
「私が教えよう、緑川ルリ子」

 防護服を脱いで応接間に戻りながら義彦と話していたルリ子だが、聞き覚えのない声が廊下に響き渡る。直後に覆面をした男たちが廊下の両側から多数詰め掛け、ルリ子、真耶、真美、義彦を取り囲み、近世ヨーロッパを思わせる時代がかった軍服と兜を着用した男が前に立つ。真耶には覆面の男たちは勿論、軍服を着た男が誰か分かった。見間違える筈がない。

「こいつらは、ゲルショッカー戦闘員!? そしてお前は……!」
「いかにも。ゲルショッカーが最高幹部、ブラック将軍とは私のことだ、山田真耶」

 男の名はブラック将軍。ゲルショッカーを率いる大幹部だ。咄嗟に真耶はルリ子と真美、義彦を守るように前に立つ。ゲルショッカー戦闘員は手にナイフや棒を持ち飛びかかろうとするが、ブラック将軍は指揮杖でゲルショッカー戦闘員を制すと、指揮杖で一定のリズムを刻みながら話し始める。

「風谷博士の言っていた迎えとは、ゲルショッカーのことだ。研究員は全員我らの同志だ。研究が一段落次第、ここを引き払う算段になっていたのでな。頃合いと見て迎えに来たのだ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 研究成果に目を付けて、風谷博士を拉致しにきただけでしょう!? 風谷博士、真美さんと一緒に逃げて下さい。私たちでどうにかしますから!」
「さ、早くこっちに!」

 ルリ子が真美と義彦に逃げるように促し、真美は義彦を連れて逃げようとするが、義彦は一向に動く気配を見せない。それどころかブラック将軍の下まで歩いていくと、真美に向き直って話し始める。

「ブラック将軍のおっしゃられた通り、我々はゲルショッカーの庇護の下で研究を続けると決めたのです。もっとも、ショッカーから鞍替えする形になりますが」
「まさか、ショッカーに魂を売り渡したの!? どうしてそんなことを!?」
「……我々の研究は、どうもこの世界では受け入れられないようでしてね。いくら研究成果を出しても学会では認められず、スポンサーが付く訳でもなく、研究所の維持すらままならない。金銭的に苦しい時期がありましてね。その時に資金援助を申し出てくれたのがショッカーであり、ゴルゴムであり、亡国機業でした。我々は彼らから資金援助を受けることで研究を続けられた。その見返りとして我々は研究成果を提供した。今回も我々の安全の確保と研究を援助してくれる代わりに、ゲルショッカーに協力する。ギブアンドテイク、当然のことですよ」
「あなた、自分が何を言っているのか分かってるの!? そいつらはあなたたちの研究成果を悪用しようとしている! 本当ならば人間を救うための技術で、人間の命を奪おうとしている! あなただって、それくらい分かっているでしょう!?」
「無論承知しています。ですが、何もしなければ無限造血細胞の研究そのものが潰えてしまう。そうなれば、無限造血細胞の完成により助けられる筈の命も助からない。私はゲルショッカーにより奪われる命と、無限造血細胞の完成により救われる未来の命とを天秤にかけ、選択した。それだけのことです」
「屁理屈だわ! 今を見ないでどこに未来があるって言うのよ!?」
「黙って貰おうか、緑川ルリ子。風谷博士は貴様や仮面ライダーと違い賢明な選択をした。それだけの話だ。貴様たちも連行させて貰う。本郷猛や滝和也にとっては、最高の人質だからな」
「そんなことは、させない!」

 ルリ子と義彦の会話を無理矢理打ち切らせたブラック将軍だが、真耶がゲルショッカー戦闘員を数人蹴り飛ばし、引っ手繰ったナイフを手にブラック将軍に挑みかかる。

「愚かな……生身の人間如きに、この私が殺せるものか!」
「そんな!?」

 しかしブラック将軍は真耶が突き出してきたナイフを左掌で受け止める。ナイフはブラック将軍の左掌に刺さるが、ブラック将軍は迸る血を無視してナイフの刃を左手で握り潰し、破片を無造作に抉り出して床に捨てる。真耶が怯んだ隙にブラック将軍は指揮杖で首筋を強打して昏倒させ、ルリ子と真美も指揮杖の一撃で気絶させる。直後に研究所の外から爆発音が響き渡り、ゲルショッカー戦闘員が大急ぎでブラック将軍の前に現れ、敬礼もそこそこに報告を開始する。

「ギーッ! SPIRITSに防衛線を突破されました! 間もなく研究所に乗りこんでくるものと思われます!」
「潮時だな。総員、引き上げるぞ!」

 ブラック将軍はゲルショッカー戦闘員に指示を出すと気絶した真耶、ルリ子、真美をゲルショッカー戦闘員に運ばせ、義彦と共に姿を消すのであった。



[32627] 第三十九話 力と技と
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:35
 風谷生化学研究所がゲルショッカーに急襲されたと連絡を受け、佐世保を目指した猛と和也、SPIRITS第1分隊であったが、SPIRITS第2分隊や一夏の報告でゲルショッカーが撤収したと連絡された。到着すると第1分隊を帰還させ、猛と和也は一夏や五郎と合流し、今は風谷生化学研究所を検分している。
 猛は所長室に入ると備え付けのパソコンを起動させる。机を漁り、引き出しの奥からメモを取り出す。それをヒントにパスワードを特定し、ログインしてデータを漁るが、めぼしいものは見つからない。一度パソコンの電源を落として今度は本棚を探し始める猛だが、途中である疑念を抱く。

(おかしい。荒らされた形跡も、処分した形跡もない、データを処分して研究所から立ち去ったのか、予め処分していたのか、あるいはゲルショッカーと風谷博士や研究員が通じていて、手筈を整えていたということなのか)

 あまりにもデータの消去や隠ぺいが完璧過ぎる。ラボも所長室も整然としているし、データも綺麗に消去されている。ゲルショッカーも床を引っぺがしてでも探すだろう。しかしそうした形跡は見られない。所長室を調べ終えた猛は退室し、応接間で待っていた和也と一夏、五郎と合流する。和也たちはすでに他の個所を捜索し終えたようだ。

「滝、どうだった?」
「駄目だ。猫の子一匹いやしなかった。一応、さっきまで人がいた形跡はあったんだが。本郷、お前は?」
「こちらも芳しくないな。ろくなデータが残っていなかった。しかし、先ほどまで人がいたとなると、ゲルショッカーの襲撃を予見していた、と考えるべきだろうな」
「それって、風谷生化学研究所は危険を承知で研究を続けていた、ってことですか?」
「いや、まだ断定出来ないな。五郎、何か手掛かりは?」
「いえ、今のところは。監視カメラの映像にブラック将軍が映っていたので、ここに来ていた可能性は高いですが、ブラック将軍や風谷博士たちの行方に繋がる手掛かりは、いまのところ見つかっていません」
「ブラック将軍が自ら来た理由は推測出来るが、風谷博士や研究員たちがどこへ行ったのかが問題だな。ゲルショッカーに捕まってしまったのなら厄介だ」
「とにかく基地に戻ろう。雨宮博士と少し話さないといけないこともあるしな」

 和也の一言でSPIRITS第2分隊と猛、一夏は研究所から出て国防軍の駐屯地へと戻る。すると基地に残っていた藤兵衛が猛たちを出迎える。

「おやっさん、今戻りました」
「ご苦労さん、猛、滝、五郎、一夏。無事でなによりだ。ところで猛、ルリちゃんと真耶ちゃんのことなんだが、二人を佐世保の街で見かけなかったか?」
「いえ、見ていませんが……どうかしましたか?」
「いやな、さっきからルリちゃんとも真耶ちゃんとも、全然連絡が取れないんだよ。ゲルショッカーが街に出たっていうから、危ないんじゃないかと思って連絡したんだが、うんともすんとも言わないんだ」
「ルリ子先生はともかく、山田先生が、ですか?」

 一夏は不思議そうな顔をして首を傾る。
 ルリ子が真耶を外に連れ出したことは猛や和也、一夏も承知している。しかし一切の連絡を入れないとは真面目な部類に入る真耶にしては珍しい。ルリ子が連絡を寄越さないのはいつものことだが。そこにミツルが血相を変えて飛び込んくる。

「隊長! ブラック将軍がこちらに通信を!」
「何!? 内容は!?」
「それが本郷猛、仮面ライダー1号を出せと!」
「本郷!」
「ああ!」

 猛、和也、一夏、藤兵衛、五郎はミツルと共に一斉に走り出す。
 司令室に到着すると、モニターには確かにブラック将軍が映っている。ナオキは険しい顔をしてブラック将軍を睨んでいる。ブラック将軍は指揮杖で一定のリズムを取り、こめかみをヒクヒクと痙攣させている。猛はヘッドマイクを装着すると、ブラック将軍に第一声を放つ。

「一体何のつもりだ!? ブラック将軍!」

『そう焦るな、本郷猛。貴様に見せたいものがあってな。連れてこい!』

 ブラック将軍が画面の外に指示を出す。間もなくロープで後ろ手に縛られた女性3人が、ゲルショッカー戦闘員に無理矢理引っ立てられて入ってくる。すると猛のみならず和也、一夏、藤兵衛が驚愕のあまり声を上げる。

「ルリ子さん!?」
「山田先生!?」
「あれって、ガモン共和国にいた!?」
「ルリちゃんと真耶ちゃんが、どうしてゲルショッカーに!?」

 ルリ子と真耶、それに真美だ。なぜルリ子や真耶、真美がゲルショッカーに捕まったのか。疑問が浮かんでは消える猛たちをよそに、ブラック将軍は再び話し始める。

『見ての通り緑川ルリ子、山田真耶、伊野真美の命はいま、我々の手中にある。この3人を生かすも殺すも、私の一存で決まるというわけだ。本郷猛、3時間後だ。3時間後に「桜島」のふもとまで来い。ただし、来るのは貴様一人だけでだ。他の誰かを連れてき場合や、待ち伏せが発覚した時点で交渉は決裂したものとみなし、こちらも相応の措置を取らせて貰う。無論、この3人を殺したくば、最初から無視してもいいのだがな』

「いいだろう。3時間後に桜島だな?」

『その通りだ。では、その時に……』

「待て! なぜ貴様がルリ子さんたちを!?」

『ならば本人に聞くがいい。さあ、話せ』
『猛さん、ごめんなさい。患者の治療をする真美さんの手伝いで風谷生化学研究所に行ったんだけど、風谷博士たちがゲルショッカーとグルになってるって気付かずに、こいつらに……』
『私が……私が不甲斐ないからこんな……』
『フン、所詮ISが無ければ、IS操縦者などこの程度か。仮面ライダー2号と肩を並べて戦い、ゲルショッカーの怪人を葬ってきたのだから、どれほど獰猛なものかと思えばこうも女々しいとは。失望させてくれる。では3時間後にまた会おう。首を洗って待っているのだな、仮面ライダー』

 ルリ子と真耶を鼻で笑うとブラック将軍は通信を切る。司令室は重い沈黙に支配されるが、まず和也が口を開く。

「本郷、間違いなく罠だ。一刻も早くアジトを見つけて、三人を救出するしかない」
「ああ。俺諸共ルリ子さんや山田先生、真美さんを処刑しようという魂胆だろう。しかし、風谷生化学研究所自体がゲルショッカーと結託していたとは」
「そんなことより、ルリちゃんと真耶ちゃん、真美さんって人はどうするんだよ? ゲルショッカーのアジトがどこにあるかが分かればいいんだが」
「あの、アジトの位置なんですけど、どうにかなると思いますよ?」

 猛、和也、藤兵衛が顎に手を当てて思案していると、一夏の口から意外な一言が飛び出してくる。

「一夏君、それはどういうことだい?」
「色々あり過ぎて機会がなかったんで、今まで中々言えなかったんですけど、驚かないで聞いて貰えませんか? 実は佐賀でゲルショッカーを撃退した後、アジトの位置を知らせるプライベート・チャネル(個人間秘匿通信)が……」
「失礼します。たった今計算が終わったのだけれども、少しいいかしら?」
「お疲れ様です、ちか子さん。ありがとうございます、助かりました」

 一夏が猛に事の顛末を話そうとするが、ちか子がファイルを手に入ってくると一旦止め、ちか子に注目する。猛はちか子からファイルを受け取ると、ファイルを開きつつ一夏、和也、藤兵衛、ナオキ、ミツル、五郎を集めて話し始める。

「みんな、勝利の鍵は揃った。ここからは各自別行動を取ろう。俺の予想が正しければ、俺が行動すれば向こうに察知されてしまうだろう。だから俺はこの先、3時間後までここを動くことは出来ない。だが、俺さえ動かければ恐らく向こうも察知できない。それにヤツは用心深く、少ない労力でより大きな戦果を挙げることを第一とする。それを利用して、ブラック将軍を出し抜いてやるんだ」
「ブラック将軍を、ですか?」
「ああ。一夏君、君はおやっさんと滝と一緒に、鹿児島の……」

 猛は己の腹案を打ち明け、その場で作戦を練り始めるのであった。

*********

 鹿児島のゲルショッカーアジトの最深部。そこに設置されている牢獄に真耶とルリ子、真美が監禁されていた。牢獄の前に見張りはいないが、部屋の入り口や廊下にはゲルショッカー戦闘員が見張りに立ち、監視カメラも至る所に設置されている。脱走は勿論、侵入も難しいだろう。
 脱走する手段を考えていたルリ子だが、監視の目が厳しく脱走出来そうもない。真美は強気の態度を崩さず大声で文句を言っているが、ゲルショッカー戦闘員はやってこない。真耶は意気消沈し、ベッドに黙って腰かけている。
 ゲルショッカーに捕まってしまったのは自分のせいだ。隼人が死んだと思って取り乱したりしなければ、ルリ子や和也、猛達の好意に甘えて戦線離脱しなければ、『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』さえ持ってきていれば、ブラック将軍に昏倒させられ、人質として利用されることはなかった。これも自分の弱さと不甲斐なさ故だ。自責の念に囚われている真耶に、気概も気力もあろう筈もなかった。
 真美が何か言おうとするが、ブラック将軍と研究員たち、ゲルショッカー戦闘員がやってくると、真美とルリ子は殺気すら込めて睨みつける。研究員は視線に怯んだような表情を見せるが、ブラック将軍は平然としている。しばらく無言で対峙していたルリ子だが、とうとう口を開く。

「一体何の用かしら? こっちは最高に機嫌が悪いのだけれども。出来ればあんたたちの顔なんか、二度と見たくないくらいよ」
「貴様たちを嗤いに来た、とでも言えば満足か? だが、そうではない。少しゲルショッカーに『協力』して貰おうと思ってな」
「協力? ふざけないで! 誰があんたたちに協力なんかするもんですか!」
「黙れ! ブラック将軍の前で無礼な! その減らず口が、永遠に叩けないようにしてやってもいいんだぞ!? それとも何か!? まずそこの小娘から血祭りに挙げてやろうか!?」

 ブラック将軍に食ってかかるルリ子にゲルショッカー戦闘員は激怒し、ナイフやこん棒を真耶と真美に向けるが、ブラック将軍が指揮杖で制す。続けてブラック将軍が黙って顎でしゃくると、ゲルショッカー戦闘員が持っていたアタッシュケースからアンプルを取り出す。研究員がジェット・インジェクターにアンプルを入れ、注射出来るように準備する。ゲルショッカー戦闘員がジェット・インジェクターを持ったのを見るとブラック将軍は再び口を開く。

「貴様らの意志など、我らゲルショッカーには必要ない。ただ、完成した無限造血細胞のテストに、貴様らも協力して貰おうというわけだ。始めろ」

 ブラック将軍が指示を出すと、牢獄の扉が開いてゲルショッカー戦闘員がルリ子や真美、真耶を無理矢理抑え込む。メガネを掛けた研究員はまず真耶の前に立ち、狂気を帯びた目で真耶の肢体を舐めまわすように視線を送った後、舌舐めずりして言葉を発する。

「いい身体だ。健康状態、発育共によし、実験材料にはうってつけだ。喜べ、女。お前は科学のための尊い犠牲となったのだ。子々孫々、未来永劫誇ってもいいことだぞ?」
「黙りなさいよ、この変態! 真耶ちゃんに手を出すんじゃないわよ! なにが科学のためよ! そんなのお題目で、結局はあんたたちの我欲のためじゃない! 科学の発展だなんだって理由付けて誤魔化す人間に、科学を語る資格はないわ!」
「黙れこのアマ! 五月蠅い奴め。まあいい。その様子じゃこっちはまだ男を知らないみたいだな。せめてもの情けだ、最期くらい、女の悦びを分からせてやるのもいいだろう」
「嫌! 触らないで!」

 研究員は真耶の服を脱がせようとするが、真耶も必死に暴れて抵抗する。研究員は加虐心を煽られたのか、下劣な笑みを浮かべたままスカートを下ろそうとする。しかしジェット・インジェクターを持ったゲルショッカー戦闘員が近付いてくると、露骨に残念そうな顔をして舌打ちする。

「そう焦ることはないだろう。こっちも働き詰めで溜まってたんだ。せめて俺たちも少しはたのしませて……!?」

 しかしゲルショッカー戦闘員は研究員にアンプルの中身を注入する。

「な、何を……!?」

 食ってかかろうとする研究員だが、真耶から離れた直後に呻き声と共に蹲る。間もなく首筋に赤い肉腫が出来ると瞬く間に肥大し、やがて肩まで広がって不気味に脈打ち始める。さらに顔や手足が徐々に膨らむと真っ赤に染まり、研究員は呼吸も苦しいのか息も荒くなり始める。すると義彦ともう一人以外の研究員の顔色が変わる。

「こ、これは一体!?」
「見て分からんか? 貴様たちには我々ゲルショッカーの礎として、無限造血細胞の実験台になって貰う。科学の発展に身を捧げ、犠牲となれるのなら貴様たちも本望であろう? それに秘密を知る者が少なければ少ないほど、秘密とは守り易いものだからな」
「じゃあ、この3人で実験するというのは嘘っぱちで、最初からこのつもりで!?」
「無論。やれ!」

 ブラック将軍が冷徹に言い放つとゲルショッカー戦闘員が義彦ともう一人を除いた研究員を抑え込み、同じ要領で注射する。すると他の研究員も同じようにその場に蹲る。しばらく経過を観察していたブラック将軍だが、肉腫が際限なく肥大化するのを見ると、こめかみを小刻みに痙攣させつつ指揮杖でリズムを取るのを止める。

「無限造血細胞の効果は立証されたが、細胞が無秩序かつ急激に増殖して血量が過剰に増量したか。風谷博士、第一段階は合格としよう。続けて第二段階に移行して貰いたい。引き続き無限造血細胞の改良、特に細胞増殖の制御を重点に置いてくれ。このままでは、使い道が限られる」

 ブラック将軍の肉体から蛭に似た管が伸び、研究員に次々と突き刺さりる。すると研究員の身体から急速に血液が抜かれていく。研究員は一転して収縮を開始し、肉腫も萎んで全身が骨と皮だけになっていく。

「助け……まだしにたくな……」

 真耶に暴行しようとした研究員は助けを求めて手を伸ばすが、間もなく斃れ伏すと全身が灰となって崩れ落ちる。他の研究員達も血を抜き取り終えたのか、全員灰になって骨一つ残さずに消え去る。真耶はおろか真美やルリ子まで絶句しているのを見たブラック将軍は、管を収めて口を開く。

「この通り、その気になればいつでも貴様たちを殺すことが出来る。分かったなら大人しくしているのだな。では、行くぞ」
「お待ちください、ブラック将軍」

 ブラック将軍がゲルショッカー戦闘員を引き連れて牢獄から出ていこうとすると、義彦が呼びとめる。

「申し訳ありませんが、私と美杉君だけでは改良をしようにも体力が足りませんし、もう少し人手が必要です。何卒、緑川ルリ子、伊野真美の二人を私に使わせて頂けないでしょうか?」
「いいだろう、許可する。聞いての通りだ、緑川ルリ子、伊野真美。貴様たちには風谷博士と美杉研究員の助手として働いて貰う。無論、断るのは勝手だが、山田真耶の命はないものと思え。さあ、回答を聞こうか?」
「……いいわ、引き受けましょう」
「けど、覚えておきなさい。いつか絶対、あんたたちを後悔させてやるんだから!」

 真美とルリ子は真耶を一瞥した後に頷くと、義彦に連れられて牢獄を出る。それを真耶はただ見送ることしか出来なかった。

********** 

 男は、ごく普通の人間であった。
 夫婦仲が円満な家庭で、3人兄弟の二男として生まれた。両親には適度に愛情を持って育てられ、学校や学会、それ以外での友人を持ち、研究者としては堅実に功績を挙げ、妻を娶り、子を為した。普段は血液の研究に勤しみ、休日には子供と遊んだり、時に妻を労わり、夕方には枝豆をつまみにビールを飲んでゆっくりと過ごす。そんな平穏で、充実した日々を男は過ごしていた。しかし、ある日を境にそれは崩れ去った。
 妻と子が交通事故に巻き込まれたと聞いたのは、造血に関する論文を書いていた最中であった。慌てて病院に駆けつけると、医師から妻も子も失血が激しく、輸血の必要があると告げられた。しかし当時は血液銀行方式から献血方式へ変わったばかり。血液の供給も不安定で、妻や子と同じ血液型の血液が不足していることを告げられた。ならばと臨床輸血を望んだが、臨床輸血の危険性を医師に指摘されて拒絶され、結局妻と子は輸血を受けられず亡くなってしまった。
 それから男は変わった。
 献血を周囲に呼びかけるなどという迂遠な方法は取らなかった。人の善意など当てにならないと理解していたからだ。男は根本的な解決方法を造血幹細胞に求めた。もし造血幹細胞を無限に増殖させ、血液を生産出来れば輸血用血液が足りなくなることもないと信じたからだ。妻子の葬儀を済ませると、狂ったように研究に打ち込んだ。学界からは悪いうわさを立てられ、家族や友人は忠告し続けたが、無視して研究を続けた。やがてショッカーにスポンサーになって貰ってからは、家族や友人とも疎遠になった。
 月日が流れてショッカーが壊滅し、スポンサーがゴルゴム、そして亡国機業(ファントム・タスク)に変わると、男は風谷研究所へと流れついた。研究所に集まっていた研究員は、能力こそあれど我欲や功名心、自己陶酔に塗れた、自分の同志とはなり得ない者ばかりであった。ショッカー残党を通じ、男は所長と共に復活したゲルショッカーに接触して庇護を求め、邪魔者の始末もブラック将軍に依頼した。しかし、あの日以来、どうしても胸に引っ掛かることがあった。

(どうしてだ? どうして笑わないんだ、澄子、薫……)

「美杉君、どうかしたかね?」
「いえ、なんでもありません。それより、ここから先の護衛は無用です」
「ギーッ!」

 あの時から時折目に浮かぶ、悲しげな妻と子の顔に疑問を抱いていた男こと美杉伸幸だが、義彦とゲルショッカー戦闘員が声をかけると打ち切られる。ルリ子と真美と共にラボに入ると、防護服を着て研究スペースに入る。真美とルリ子も渋々防護服を着て義彦に続く。
 ルリ子と真美を助手にし、無限造血細胞の製造に取りかかっていた伸幸と義彦だが、ふとルリ子が口を開く。

「一つ聞いていいかしら? アジトの中だって言うのに、監視カメラも何もないようだけれど?」
「電磁波などの影響を受ける可能性もありますからね。それに、このアジトは外部からの侵入が不可能です。なにせこの基地には、怪人や戦闘員が多数詰めているのですから」
「けど逆に言えば、一度内部に侵入されたらおしまいってことじゃないかしら?」
「それは無理でしょう。この基地を見て、まだお分かりになりませんか?」
「あら、そうとも限らないわよ? 例えば、捕虜とか……ね!」

 次の瞬間、ルリ子は手近にあった機器の一部を取り外し、無限造血細胞のサンプルを収めたガラスを叩き割って床にぶちまける。

「な、何を!?」
「何? 決まってるでしょ、無限造血細胞を、全部台無しにしてやってるのよ!」
「ふざけるな! 自分が何をしているか分かっているのか!? これには人類の未来がかかっているのだぞ!? それを小娘一人の我儘で無茶苦茶にしてもいいと思っているのか!?」
「人類の未来? 笑わせないでよ! ゲルショッカーみたいな手合いに渡ったら、それこそ人類に未来なんてないわ! 一人一人の命が人類の未来だって理解出来ないあなたに、そんなことを言う資格はない!」
「黙れ! 人質がいるのを忘れたのか!?」
「それはこっちのセリフよ。あなたこそ、連中への人質になるって分かってないみたいね!」

 ルリ子の凶行を怒り狂って止めようとする義彦だが、真美が背後から義彦を羽交い絞めにして動きを止める。ルリ子は片っ端から機器やケース、サンプルを破壊し、これ以上の作業が不可能なまでに破壊すると義彦は力なく蹲る。
 伸幸は一連の流れを黙って見ていた。止めようと思えば止められたし、ゲルショッカー戦闘員に知らせることも出来た。義彦とは妻子が亡くなる前から面識があり、行き場をなくしていた自分に目を掛け、主任研究員として迎えてくれた恩もある。しかし伸幸にはどうしても止める出来なかった。真美に通報した時と違い、迷ってしまったのだ。黙って立ちつくしている伸幸を見て、ルリ子が口を開く。

「どうして、私を止めなかったのかしら?」
「分かりません。本当なら止めるのが筋だったのでしょうし、私も無限造血細胞に全てを懸けていました。ですが、なぜか身体が動かなかったんです」

 伸幸にはそれしか答えられなかった。家族や友人を捨て、学会や栄誉を捨て、良心を捨て、悪魔に魂を売り渡した筈なのに、なぜか止めてはならないと思ってしまったのだ。

「本当は、風谷博士や自分がしていることが、間違いだと気付いているんじゃないの? 悪魔に魂を売ってまでこんなことをしていても未来はないって」
「戯言を! 美杉君、言い返してやりたまえ。我々の研究は、決して間違いではなかったと。無限造血細胞の完成こそが人類に希望と未来を与えるものだと。そのためならば手段など二の次、必要悪でしかないことを!」
「あんたには聞いてない! 美杉さん、よく考えて。なぜあなたは無限造血細胞の研究を始めたの? ゲルショッカーに提供して、沢山の人を殺すために研究を始めたの? 多くの人間を犠牲にしても研究を続けたいから、自分を正当化して、人類の未来のためなんてお題目を掲げているの?」
「口を慎め、小娘風情が! 美杉君、君は覚えているだろう。君の妻と息子が輸血出来ず亡くなってしまった時のことを。そしてその時に感じた無情、無念、無力を。どのような手を使ってでも悲劇を無くそうと誓い、研究に打ち込むようになったんじゃないか。こんな小娘の言葉など聞いてやる必要はない。美杉君、小娘共を少し押さえていてくれ。私からブラック将軍に報告し、三人纏めて処刑して貰う」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 亡くなった奥さんや娘さんが喜ぶと思ってるの!? 悲しまないとでも思ってるの!? あんたがどう思おうが勝手だけど、大切な人がそんなことしたら、悲しいに決まってるじゃない!」
「話にならん! 言い残すことはそれだけだな!? 美杉君、後は頼む」

 義彦は真美を振り払い、外に駈け出そうとする。しかし伸幸が機材の破片で頭を強打すると、信じられないと言いたげな表情を浮かべて意識を失う。唖然としていた真美とルリ子だが、伸幸はダクトのフェンスとフィルターを外し、二人に告げる。

「こちらなら、監視を抜けて外に出られます。さ、急いで」
「……どうして、私たちを?」
「このままでは妻と子が悲しむから、なのかもしれません」
「信じてもいいのかしら?」
「信じられないのであれば、構いません」
「そう……なら、今は信じさせて貰うわ。行きましょう」

 真美とルリ子は伸幸を信じてダクトに入る。ダクトを伝ってルリ子は真耶の下に行こうとするが、伸幸が止める。

「待って下さい。彼女を助けるにはまず牢獄の鍵、もしくはマスターキーが必要です。ついて来て下さい」

 伸幸はルリ子と真美と共に再生怪人用カプセルがあるラボへ向かう。マスターキーを含む重要な鍵はこちらに保管されている、とブラック将軍から聞いていたからだ。まず伸幸が配電盤の前に降り立つ。配線を露出させると器具を突き入れ、配電盤をショートさせて電源供給をストップさせる。ゲルショッカー戦闘員が大慌てで配電盤の前に走ってくると、伸幸は再び天井裏のダクトに戻る。今度は鍵の保管場所に降り立ってルリ子と真美と共に鍵を漁り始める。

「ありました、これがマスターキーです。これがあれば彼女を……」
「果たして、そう上手くいくかな?」

 伸幸はマスターキーを探り当てるが、同時にどこからか声が響き渡る。

「誰!? 一体どこから!?」
「焦らずともよい。俺はここだからな!」

 真美が思わず声を張り上げるが、背後の壁から壁から蛭とカメレオンを組み合わせた怪人が姿を現す。カメレオンの怪人らしく、擬態していたらしい。

「美杉伸幸! まさか貴様が裏切るとはな! このヒルカメレオンが、3人まとめて始末してくれる!」

 怪人ことヒルカメレオンは3人に襲いかかる。咄嗟に床に転がってヒルカメレオンの初撃を回避してラボに飛び出すが、ラボの外ではゲルショッカー怪人が待ち構えている。

「馬鹿な!? もう再生が完了しているなんて!?」
「いいことを教えてやろう。俺は他の怪人に血を分け与えることで、怪人の再生を促進することが出来るのだ!」

 驚愕する伸幸にショッカーライダーが弾丸を発射し、他の怪人たちも一斉に攻撃を仕掛けてくる。しかし機材が多い上に射線がロクに通っていないためか、怪人たちは結果的に同士討ちの形となる。さらに機材が全て破壊され、天井やカプセルが落下して怪人たちは足止めされる。その隙に3人はラボから一目散に逃げ出す。

「ええい、馬鹿者共が! 早く脱走者を捕まえろ!」

 ヒルカメレオンが怪人に檄を飛ばすと、天井やカプセルの残骸をどけた怪人たちは走り出す。
 その頃、伸幸たちは再びダクトに隠れていたが、伸幸が口を開く。

「お二人は外へ脱出して下さい。マスターキーがあれば鍵は開くはずです」
「けど真耶ちゃんは!?」
「彼女は私が責任を持って助けます。牢獄の鍵はこちらにありますので」
「分かったわ。気を付けて」

 伸幸はルリ子と真美を先に脱出させ、残る真耶を助けるべく牢獄へと向かう。
 牢獄の上に辿り着いた義彦はダクトから降り立つと、牢屋の鍵を扉に差し込んで開ける。

「あなたは!?」
「お静かに。私はあなたを助けに来ました。さ、こちらへ」
「残念だが、そうはいかん!」

 驚く真耶の口を塞いでダクトに誘導しようとした伸幸だが、突如としてサーベルが胸に突き立てられ、義彦は吐血して斃れ伏す。同時にブラック将軍が義彦とゲルショッカー戦闘員を引き連れて歩いてくる。サーベルを投げつけたのはブラック将軍だ。ブラック将軍は真耶をゲルショッカー戦闘員に捕えさせ、伸幸の胸に突き刺さったサーベルをゆっくりと引き抜き、話し始める。

「残念だ、美杉伸幸。一時の情に流され、我らを裏切る軟弱者は、ゲルショッカーの世界に必要ない」

 最後に首と心臓にサーベルを突き入れると、ブラック将軍は付着した血を拭ってサーベルを鞘に収める。代わって義彦が伸幸を罵倒し、顔を何回も踏みつけて唾を吐きかける。

(ようやく、笑ってくれたな……)

 しかし伸幸は朦朧とする意識の中で妻子が笑っているのを知覚すると、どこか満足げに目を閉じ、完全に意識を闇へと手放す。
 腹の虫が収まらないのか、しばらく罵倒や踏みつけを続けていた義彦だが、やがて冷静さを取り戻したのかブラック将軍に尋ねる。

「しかし、まさか美杉がこちらを裏切るとは予想外でした。妻子を亡くしてからは狂気の道に踏み込み、まさに悪魔へ魂を売り渡したという言葉が相応しい男でしたので。あるいは、先日ゲルショッカーのデータベースに不正アクセスしたのも、美杉なのでしょうか?」
「可能性は否定出来んな。なんにせよ、もっと内定調査を進める必要はあるがな」

 先日、ゲルショッカーのデータベースに何者かが不正にアクセスした形跡が見つかり、ブラック将軍はゲルショッカー内に内通者、もしくは侵入者がいると見ていた。今回はたまたま伸幸が引っ掛かったが、伸幸が不正アクセスした侵入者かはまだ分からない。今後も内定調査をする必要がある。

「それと、謝る必要はない。今まで御苦労であった」

 ブラック将軍は義彦にそれだけ告げ、管を伸ばして義彦の身体に突き刺す。

「ブラック将軍!? な、何を!?」
「分からないか? 貴様はもう用済みだ。裏切り者を出し、緑川ルリ子と伊野真美には逃げられ、挙げ句の果てに無限造血細胞のサンプルや機材を全て失うという失態、最早見逃すわけにはいかん。ゲルショッカーにおいて償いとは、死の他にない」
「そんな!? それに私がいなければ、無限造血細胞は完成しないので……!?」

 必死に抵抗していた義彦だが、ブラック将軍が懐からアンプルを一つ取り出すと絶句する。

「生憎だが、予備として残しておいたサンプルがあってな。もう貴様に頼る必要性がなくなったのだ」
「馬鹿な……それは、まだ未完成で細胞分裂の制御が……!」
「その通り。本当ならば完成させたものが欲しかったが、時間がない以上贅沢は言えん。造血さえ問題なく行われれば、我々には十分なのでな」

 ブラック将軍が冷淡に言い捨てた直後、義彦は血を吸われきって灰となる。

「もう取引の時間か。山田真耶を連れて行け! 緑川ルリ子と伊野真美も捕まえ次第、『処刑場』に直接移送するように伝達しろ!」

 ブラック将軍はゲルショッカー戦闘員に指示を出すと、真耶を拘束させて牢獄を出る。
 同じ頃、脱出したルリ子と真美はゲルショッカー戦闘員を振り切ろうと必死に走っていた。しかし足場が悪い上、所詮はか弱い女の身、ゲルショッカー戦闘員に取り囲まれ、追い詰められている。

「手間を掛けさせやがって!」
「ここまでだっていうの!?」

 逃げ場のないルリ子と真美は必死に打開策を探るものの、包囲網を抜けられそうにない。ゲルショッカー戦闘員はじわじわと包囲の網を縮め、一斉に飛びかかる。

「そうは、いくかよ!」

 しかし岩陰から白い服を着た少年がナイフを投げつける。額にナイフが刺さったゲルショッカー戦闘員は反応する暇もなく斃れ伏す。続けて少年は右腕に白い装甲を纏ってゲルショッカー戦闘員に殴りかかり、ゲルショッカー戦闘員を次々と殴り飛ばして沈黙させていく。

「くっ! ブラック将軍に報告を!」
「生憎だが、それは無しだぜ!」

 ゲルショッカー戦闘員は通信機を取り出すが、今度は黒いプロテクターを装着した男が飛び出す。大型拳銃で通信機を撃ち抜き、電磁ナイフと拳銃でゲルショッカー戦闘員を蹴散らし終える。唖然とする二人をよそに、テンガロンハットを被った初老の男性が顔を出し、二人に声をかける。

「二人とも無事かい?」
「マスター!」
「しかし、二人だけで逃げてくるとは、らしいというか何と言うか」
「滝さん! どうしてここに!?」
「詳しいことはおやっさんから聞いて下さい。ルリ子先生、山田先生は?」
「それが、私に協力してくれる人が助けてくれると言ったきりで」

 駆けつけたのは一夏と和也、藤兵衛だ。ルリ子と真美が3人に事情を説明すると、一夏と和也の顔が険しくなる。だがすぐに一夏と和也はゲルショッカー戦闘員から戦闘服と覆面を剥ぎ取って着込む。

「ここから先は、俺たちで何とかします。ルリ子先生と貴女はおやっさんと一緒に逃げて下さい」
「そう、上手くいくとは限らないぞ?」

 しかし別のゲルショッカー戦闘員が姿を現すと、和也と一夏は戦闘態勢に入る。まず一夏がナイフを投げつけて牽制し、『白式』を部分展開して殴りかかる。しかしゲルショッカー戦闘員はナイフを叩き落とし、一夏の拳打を半身で回避すると逆に一夏の腕を掴んで捻り上げる。和也が飛び蹴りを放つが、ゲルショッカー戦闘員はバックステップで飛び蹴りから逃れる。そのまま着地した和也と互角の格闘戦を展開し、一度飛び退く。ただの戦闘員ではないらしい。

「気を抜くなよ、一夏君! 分かっているだろうがこいつ、ただの戦闘員じゃないぞ!」
「悪いが俺は、戦闘員じゃないんでな」
「何!? だったら一体何者だ!?」
「おいおい、流石にその反応はないだろ、滝。まだ気付かないのか?」

 和也の誰何にゲルショッカー戦闘員は軽い口調で答える。するとルリ子と真美は相手の正体を悟り、驚愕する。

「あなた、まさか!?」
「そのまさかさ。ルリ子さん、真美さん」

 ゲルショッカー戦闘員はマスクを外す。一夏、和也、藤兵衛は驚いた様子は見せない。

「ったく、一々余計な手間取らせないで、最初から言えってんだ。マジで敵かと思ったぜ」
「そう腐るな。それより、二人にはまだ協力して欲しいことがあるんだが、いいかい?」

 男は声を落として相談を開始するのであった。

**********

 『桜島』の麓にある特設の処刑場。真耶は柱に後ろ手で縛りつけられていた。近くにはブラック将軍を筆頭に、ゲルショッカー怪人や戦闘員が多数控えている。しばらく経つとゲルショッカー戦闘員が拘束された真美とルリ子を連れてくる。捕まってしまったらしい。ブラック将軍はゲルショッカー戦闘員から報告を受けると、真美とルリ子も柱に縛りつける。

「手古摺らせおって。だがそれも終わる。本郷猛と共に地獄へ行くのだからな」

 ブラック将軍は指揮杖でリズムを取りながら静かに告げるが、真美もルリ子も睨みつけるだけだ。しばらく時間が経過すると、1台のバイクが処刑場へとやってくる。乗っているのは猛だ。丁度通信を入れてから3時間だ。

「約束通り、一人で来たぞ! ブラック将軍! ルリ子さんと真美さん、山田先生を解放するんだ!」
「よくぞ来た、本郷猛! その勇気は褒めてやろう。だが、簡単にはいかん! 貴様の身柄と引き換えに、まず伊野真美を解放してやろう。抵抗すればどうなるか、分かっているな?」
「……分かった、好きにしろ」

 ブラック将軍の言葉を聞くと猛は両手を上げ、抵抗する意志がないことを示す。6体のショッカーライダーが猛を取り囲んで柱まで連行し、ブラック将軍がロープをサーベルで切り裂いて真美を解放する。

「ルリ子さんと山田先生も解放しろ! それが取引の内容だろう!?」
「本郷猛、自分の立場が分かっているのか? 今すぐ小娘の首を刎ねてもいいのだぞ?」

 猛はルリ子と真耶の解放を要求するが、ブラック将軍がサーベルで真耶の首を薄く切り、血を流させると沈黙を余儀なくされる。猛もショッカーライダーによって取り押さえられ、こちらは鎖で柱に拘束される。同時にブラック将軍が合図を出し、真美をガラオックスとカナリコブラが抑え込んで連行してロープで縛り直す。最初から取引をする気などなかったのだ。

「やり方が汚いぞ! ブラック将軍!」
「汚くて結構。本郷猛、まずは自分の身を心配するのだな」

 憤る猛を冷たく切り捨てると、ブラック将軍は懐からスイッチを取り出して見せつける。

「死ぬ前にいいことを教えてやろう。我々の計画は火山の噴火のみではない。九州各地に走る断層を破壊、地震を誘発することで地上を破壊しつくし、断層からもマグマを噴出させる。そして世界に相応しくない者を粛清し、優れた者だけが生き残るのだ! 無論、桜島一体にも爆弾が仕掛けられている。爆弾が作動すれば、ここもマグマの海となる。どうだ、なかなか面白い趣向だろう? 我等の悲願成就を、こんな間近で見れるのだからな!」
「そうはさせない! たとえ俺がいなくとも、一夏君や滝が貴様たちの計画を必ず阻止する!」
「本郷猛、一つ勘違いをしているようだな。私が出来もしないことを、よりによって貴様に話すと思っているのか?」

 ブラック将軍は猛を嘲るとスイッチに指をかける。

「爆弾は3時間前に全て設置した」

 ブラック将軍はスイッチを押す。そして九州各地で爆弾が炸裂し、桜島もまた爆弾が爆発して大噴火を起こさ……ない。しばらく時間が経過しても桜島が噴火する気配がない。ゲルショッカー怪人たちにも徐々に焦りの色が見え始める。流石のブラック将軍も驚きを隠せていない。すると猛はしてやってりと言いたげに大笑し始める。

「馬鹿な!? なぜ噴火しない!? 本郷猛、何が可笑しい!?」
「ブラック将軍、俺たちがこれまでの3時間、ただ無為に過ごしていたと思っているのか?」

 猛がブラック将軍に告げた瞬間、ブラック将軍の足元に爆弾の信管が投げ込まれる。投げ込んできた方向を見ると、ボロボロの三度笠に薄汚れた道中合羽を羽織り、口に長楊枝を加えた渡世人風の股旅姿の男がいる。

「貴様、何者だ? これは一体どういうことだ?」
「さあ、あっしには関わりのねぇこって」
「ふざけおって! 何をしている! やれ!」

 ブラック将軍の質問にとぼけた答えを返す男に、怪人とゲルショッカー戦闘員が一斉に飛びかかる。すると男は笠を上げて顔を覗かせる。

「っと、ゲルショッカー相手なら、あっしにも大いに関わりのあることなんでな。派手に暴れさせて貰うぜ!」
「貴様は、滝和也!?」
「ようやく気付いたか、ブラック将軍!」

 股旅姿の男こと和也は三度笠と道中合羽を脱ぎ捨て、楊枝を口から放すとヘルメットを装着する。まずネズコンドルとイソギンジャガーにショットガンを浴びせる。拳銃と電磁ナイフを組み合わせて銃撃と同時に切りつける。時に同士討ちを誘って和也は単身奮戦する。呆然と見ていた戦闘員にブラック将軍は指示を出す。

「何をしておる! さっさとそいつらを処刑しろ!」
「ギーッ!」

 命令を聞いた2人のゲルショッカー戦闘員は処刑用の大斧を持って猛たちに歩いてくる。斧を振り上げようとしたゲルショッカー戦闘員2人を見ていたブラック将軍は、違和感を感じたのか呼び止める。

「待て、そこの戦闘員。本作戦の作戦名と貴様のIDを復唱しろ!」

 しかし戦闘員2人は黙りこくったままだ。

「聞こえなかったか!? 作戦名と貴様のIDを答えろ!」
「やなこった。誰が答えてやるもんかよ」

 ブラック将軍がもう一度言うと、戦闘員の片割れが軽い口調で拒否する。2人は斧で猛たちを戒めから解放すると猛はルリ子と戦闘員を、もう一人の戦闘員は真美と真耶を両腕に抱えて跳躍し、距離を取る。単身奮戦していた和也も、駆けつけたSPIRITS第1分隊および第2分隊の援護を受けて離脱し、猛たちの横に立つ。戦闘員の片割れがマスクと戦闘服を外すと、中から白い制服を着た少年が姿を現す。

「山田先生、大丈夫ですか?」
「織斑君!?」

 一夏だ。真美とルリ子はすでに知っていたようだ。なぜ一夏が変装していたのかは分からないが、それ以上に真耶には気になることがある。もう一人の戦闘員の正体だ。真耶は思い切って尋ねてみる。

「あの、あなたは……?」
「おいおい真耶ちゃん、そりゃないんじゃないか? これでもまだ分かんないのかい?」
「え……?」

 真耶は戦闘員の正体を確信し、表情が驚愕のそれに変わる。ブラック将軍も戦闘員の正体を悟ったらしく、憎々しげに顔を歪める。

「まさか……!?」
「貴様、生きていたのか!?」
「やれやれ。真耶ちゃん、ライダー2号を忘れていたな?」

 からかうような口調て真耶に言うと、戦闘員は覆面と戦闘服を脱ぎ捨てる。

「隼人さん!?」
「やはり貴様か! 一文字隼人!」

 変装の下には帽子を被り、首に赤いマフラーを巻いた男……一文字隼人がいた。

*********

 時間を遡る。
 真夜中の豊後水道。海に沈められていた隼人はようやく海から上がって海岸に出ていた。

(脳波を切り替えれば、ショッカーライダーも探知出来ないらしいな。とはいえ、このままだと俺も本郷と交信出来ないわけだが)

 隼人は咄嗟に脳波を違う周波数に切り替え、ショッカーライダーとのリンクを絶って死を偽装した。猛がショッカーに捕まり、洗脳されて敵対した際、脳波を切り替えて窮地を脱した時のことを応用したのだ。とはいえ受けたダメージも大きく、一時は意識を失っていたのだが、先ほどようやく意識を取り戻した。サイクロン号を呼び出そうとした隼人だが、ゲルショッカー戦闘員数人が歩いてくるのを見ると、咄嗟に岩陰に隠れる。

(こいつらを尾行すれば、ゲルショッカーの本拠地が分かるかも知れないな)

 隼人は最後尾のゲルショッカー戦闘員を音もなく倒して覆面と戦闘服を奪い、何食わぬ顔で隊列に戻ると待機していた輸送車両に乗り込む。輸送車両が走り出すと、隼人は小窓から外を観察していたが、輸送車両が停車してゲートらしき場所に到着すると、隼人の目にあるものが飛び込んでくる。

(間違いない。この山は桜島だ。ゲルショッカーのアジトは鹿児島、それも桜島近くにあったのか!)

 隼人は点呼が終わるとメインコンピューターにアクセスし、桜島や九州各地に仕掛けられていた爆弾の位置を確認する。司令室でブラック将軍が首領に報告している隙に、アジトから出てまず桜島に設置された爆弾を無力化した。そしてショッカーライダーに追跡されないようにテレパシーを切ったまま、九州各地の爆弾解除に向かった。途中で一夏に密かに連絡を入れ、爆弾の処理に動いていたSPIRITSと協力して爆弾を無力化し、再びゲルショッカー戦闘員に変装して桜島に向かった。そこで丁度ルリ子と真美が追い詰められている所を発見し、同じく変装した一夏と共に処刑場に向かい、現在に至る。

「良かった……隼人さん、本当に隼人さんなんですよね!? 私、私……」
「ああ。足もちゃんと付いてるよ。だからそんな泣かないでくれるかい?」
「だって……だって……隼人さんが死んじゃったかと……」
「ごめん、連中を出し抜くために、どうしても本郷には連絡を入れられなくてね」

 抱きついて泣きじゃくる真耶の頭を優しく撫でながら、隼人は苦笑する。仕方がなかったとはいえ、真耶に泣かれるのは一番堪える。ブラック将軍は空気を読む気もないのか声を荒げる。

「おのれ! やはり脳波を切り替えておったのか! 道理でショッカーライダーにも探知できぬ筈だ。だが、どうやって本郷猛や滝和也と連絡を取ったのだ!?」
「貴様は知らないだろうが、ISには個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)というものがあるんでな。一夏君の『白式』が持つ固有周波数に合わせ、テレパシーで通信していたんだ! いくら同型といえども、別周波数での交信までは探知出来ないだろうからな! しかし本郷、どうやって爆弾の設置場所を割り出したんだ?」
「ブラック将軍は用心深く、慎重だ。最低限の労力で最高の戦果を挙げる。そこでちか子さんたちに断層やマグマ溜まりの位置を教えて貰い、ついでに断層やマグマ溜まりをどこで、どう爆破すれば破壊出来るか計算して貰ったのさ。それに、狡猾なブラック将軍のことだ。取引までに準備は万全にしてあると読んだら、その通りだったというわけさ」

 猛は一夏から隼人が無事と聞かされると、断層やマグマ溜まりが書き込まれた地図を使って爆弾の設置場所を割り出し、ちか子や和也がSPIRITSや国防軍に指示を出して爆弾の解体・無力化を行っていた。ショッカーライダーに探知されることを恐れて猛は基地に留まっていたため、ショッカーライダーも気付けなかったのだ。

「まったく、心配かけさせやがって。それより山田先生、これを。リミッターの方は解除済みだ」

 泣き止んで隼人から離れた真耶に和也がチョーカーを渡す。『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』のリミッターは和也が隊長権限で外したらしい。真美とルリ子はナオキとミツル、五郎に連れられて後方に下がろうとするが、その前に声を掛ける。

「隼人さん、真耶さん、頑張って!」
「真耶ちゃんも、一文字さんに負けないようにね!」
「ルリ子先生、真美さん……はい!」

 隼人が笑って手を挙げて応えると、真耶も力強く頷いて答え、真耶とルリ子は大人しく後方に下がる。

「一文字、本郷、一夏君、山田先生、雑魚は俺たちに任せろ。思いっきり暴れてこい!」
「ああ! 行くぞ、本郷!」
「応っ! 一文字!」
「織斑君! 私たちも!」
「はい! 山田先生!」

 和也が檄を飛ばすとSPIRITSは戦闘態勢に入り、隼人は両腕を右横に伸ばし、猛は右腕を左斜め上に突き出す。一夏と真耶は待機形態の専用機に手を掛ける。

「変身!」
「ライダー……変身!」
「来い、白式!」
「出番よ、ラファール!」

 隼人と猛は同時に動作を完了すると跳躍し、ベルトの風車が回って変身を完了する。一夏と真耶も専用機の装着を完了する。

「おのれ仮面ライダー! こうなれば、我が命に代えて貴様らを抹殺してくれる!」
「生憎だが、ゲルショッカーある限り、仮面ライダーは死なん! それと、作戦名とIDだったな?」

「正義。仮面ライダー2号」
「同じく、仮面ライダー1号」

「ふざけた真似を! やれ!」

 仮面ライダー2号と仮面ライダー1号が静かに名乗りを上げると、こめかみを痙攣させたブラック将軍は怪人や戦闘員に指示を出す。『白式』を装着した一夏と『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を装着した真耶も、ダブルライダーと共に動き出すのだった。

**********

「こいつはあの時のお返しだ。釣りはいらねえよ!」

 戦いの火ぶたが切って落とされるや、仮面ライダー2号はガニコウモルの顔面に渾身のジョルトブローを叩き込む。続けざまに迫るゲルショッカー怪人へ左右の拳を次々と叩き込み、蹴りを織り交ぜた怒涛のラッシュで吹き飛ばし、後退させる。

「おのれ! 仮面ライダーめ!」
「ライダーチョップ!」

 クラゲウルフが長い右腕をしならせて叩きつけようとするが、仮面ライダー2号は軌道を見切り、踏み込んで右手刀でクラゲウルフの頭部を強打する。クラゲウルフは悶絶した後に爆発四散する。

「空から攻めれば、対応できまい!」
「そうはいかない!」
「ライダーフライングチョップ!」
「回天白夜!」

 ネズコンドル、サボテンバット、カナリコブラが上空から仮面ライダー2号を攻撃しようとするが、ライフルを呼び出した真耶が徹甲弾の集中砲火で3体の動きを止める。続けて跳躍した仮面ライダー1号が両貫手でネズコンドルの胸を貫き、『零落白夜』を発動させた一夏が7連撃をサボテンバットに浴びせる。ネズコンドルとサボテンバットは墜落し、間もなく爆死する。
 さらに仮面ライダー1号はカナリコブラの胴体を両足で挟み込む。仮面ライダー2号は突っ込んできたイノカブトンを前蹴りで屈ませ、首と足を掴んで持ち上げて頭上に掲げると竜巻を巻き起こしながら高速回転させる。

「ライダーシザース!」
「ライダーきりもみシュート!」

 仮面ライダー2号が竜巻とともにイノカブトンを上空へ放り投げると、仮面ライダー1号は身体を空中で捻り、イノカブトンめがけて挟み込んだカナリコブラを叩きつけ、まとめて爆発させて処理する。急降下しながら仮面ライダー1号は右拳を固め、ネコヤモリめがけて渾身の右ストレートを放つ。

「ライダーパンチ!」

 仮面ライダー1号の右拳が突き刺さるとネコヤモリは爆散し、着地した仮面ライダー1号はサソリトカゲスに挑みかかる。しかしサソリトカゲスは鋏で仮面ライダー1号の首を締め上げ、口から酸欠ガスを吐き出して仕留めようとする。

「ライダーキック!」

 しかし仮面ライダー2号が飛び蹴りで弱点の背中を思い切り蹴り飛ばすと、サソリトカゲスは悶絶しながら地面に叩きつけられ、爆発して果てる。仮面ライダー2号は仮面ライダー1号の前に着地する。

「本郷、行けるか?」
「ああ。俺は大丈夫だ」
「なら、残りも一気に片付けようぜ?」

 仮面ライダー2号は仮面ライダー1号と背中合わせに立つと、ムカデタイガー、クモライオン、ハエトリバチ、ウツボガメスが同時に攻撃してくる。クモライオンは糸を、ムカデタイガーは火炎を、ウツボガメスは殺人スモッグを、ハエトリバチはハエトリ液を一斉に発射してくるが、ダブルライダーは跳躍して回避する。仮面ライダー1号は空中でムーンサルトを決めてクモライオンに、仮面ライダー2号は空中で数回前転してウツボガメスに足を向ける。

「ライダー月面キック!」
「ライダー回転キック!」

 ダブルライダーの足が怪人に突き刺さると、どちらも空中に舞い上がって地面に落下し、その場に斃れ伏して爆発する。続けて仮面ライダー1号はムカデタイガーを、仮面ライダー2号はハエトリバチを小脇に抱えると跳躍し、ムカデタイガーとハエトリバチの頭部を空中で正面衝突させ、同時に膝蹴りを胴体に叩き込む。

「ライダーダブルハンマー!」

 ムカデタイガーとハエトリバチが空中で爆散すると、仮面ライダー1号と仮面ライダー2号はサイクロン号を呼び出し、仮面ライダー1号はエイドクガーに、仮面ライダー2号はナメクジキノコに体当たりを仕掛ける。

「サイクロン!」
「アタック!」

 エイドクガーとナメクジキノコは同時にサイクロン号に撥ね飛ばされ、空中で爆発四散する。続けて仮面ライダー1号はガニコウモルに、仮面ライダー2号はイソギンジャガーに挑みかかる。仮面ライダー1号はガニコウモルの全身を余すところなく蹴りつけて圧倒し、仮面ライダー2号はイソギンジャガーのボディや顔面にガードを無理矢理こじ開け、パンチの連打をヒットさせてイソギンジャガーに主導権を渡さない。

「凄い……これが、ダブルライダーの力……」
「織斑君、余所見は駄目!」

 ダブルライダーの強さに改めて感心する一夏だが、飛んできたワシカマキリの鎌を回避し、ガラオックスのロケット弾を振り切り、荷電粒子砲を放ってガラオックスの動きを止める。ガラオックスはミスティガスを放とうとするが、真耶が硬化ムース弾を角に放ってガスの放出を止める。ワシカマキリが接近して来ると真耶はアサルトライフルに持ち替え、フルオートで連射してワシカマキリの動きを止める。今度は右手に近接ブレードを、左手に電磁ナイフを装備させたIS用拳銃を手に挑みかかり、拳銃で牽制しつつ電磁ナイフと近接ブレードでワシカマキリの羽を貫き、地面に叩き落とす。
 ワシカマキリは悪あがきとして大鎌を真耶に投げつけるが、真耶はスラスターとPICを使って軽々と回避する。逆にライフル弾を浴びせ、地面に叩きつけられたワシカマキリに硬化ムース弾を浴びせて地面に張り付けにする。一夏もまたガラオックスの羽を切り裂いて飛行能力を奪うと、すかさず首を両足で挟んで空中で身を翻し、瞬時加速を併用して頭からワシカマキリに突っ込ませる。

「ライダーヘッドクラッシャー!」

 それを見た仮面ライダー2号はイソギンジャガーを背負って跳躍し、仮面ライダー1号はガニコウモルを持ち上げて飛び上がる。

「ライダー返し!」
「ライダーきりもみシュート!」

 仮面ライダー2号がイソギンジャガーを背負い投げの要領で、仮面ライダー1号が錐揉み回転させながらガニコウモルをガラオックスの上に投げ落とすと、ワシカマキリ、ガラオックス、イソギンジャガー、ガニコウモルは纏めて爆発する。そこにショッカーライダーが指から弾丸を発射してダブルライダーを攻撃するが、ダブルライダーはショッカーライダーに飛びかかって突き蹴りを入れると走り出す。するとショッカーライダーもダブルライダーを追って走り出し、8人の仮面ライダーは円を描くように走り始める。
 スリップストームを利用して加速し、竜巻が巻き起こる程の速さで走り続けていた仮面ライダーだが、タイミングを合わせてダブルライダーが円の中心めがけて跳躍し、一瞬遅れてショッカーライダーもまた跳躍する。するとダブルライダーは頂点に達し、衝突するギリギリ手前で身体を交差させて衝突を回避するが、交差させる暇もスペースもないショッカーライダーは空中で衝突し、五体がバラバラに砕け散る。

「マスター、あれが『ライダー車輪』って技?」
「ああ。特訓の末に身に付けた必殺技さ。しかし、いつ見てもいい気分じゃないな。偽者と分かってはいるが、猛や隼人と同じ姿をした改造人間が壊れるのは」

 一部始終を見ていたルリ子は藤兵衛に尋ねるが、藤兵衛は答えた後に複雑そうな表情を見せる。
 一方、ゲルショッカー戦闘員を部隊員に任せた和也、ナオキ、ミツル、五郎は、ブラック将軍と交戦している。和也は拳銃を放ちつつ電磁ナイフで、ナオキは両手に持ったグルカナイフ型電磁ナイフでブラック将軍に斬りかかるが、ブラック将軍は弾丸をサーベルで全て斬り落とし、返す刀で和也とナオキを一撃で弾き飛ばす。

「だったら!」
「これはどうだ!」
「甘いわ!」

 ミツルが改造したIS用アサルトライフルを、五郎が改造したIS用スナイパーライフルを呼び出し、ブラック将軍に向けて撃つ。しかしブラック将軍の身体から出た管が弾丸を全て防ぎ、ブラック将軍はヒルカメレオンへ変身する。ヒルカメレオンはジェット・インジェクターにアンプルを装填すると、自らの首筋に打ち込む。

「ギィィィィィィィィィッ!?」
「あいつ、まさか……未完成の無限造血細胞を注入したの!?」
「正気なの!? 自殺行為以外の何物でもないわ!」
「黙れ、小娘が! ゲルショッカーの勝利を実現できるのなら、この程度の苦痛、喜んで受け入れてやる!」

 ヒルカメレオンの首筋から真っ赤な肉腫が発生して背中に広がり、不気味に脈打つと同時に管が大型化して全身が真っ赤に染まる。しかしいきなり増加した血流量に耐えるのが精一杯なのか、息が荒くなっている。

「ブラック将軍、自らの命すら顧みずに勝利を望むか!」
「それより、不味いことになったぞ!」

 仮面ライダー1号が懸念の声を挙げると、ヒルカメレオンの全身から管が生えて先端から血煙が出る。するとゲルショッカー怪人が再生して出現する。ヒルカメレオンの怪人再生能力も強化されてしまったようだ。

「ならば、何回でも倒すまでだ! ライダーパンチ!」

 仮面ライダー2号は構わずに跳躍し、飛びこむように渾左ストレートを叩き込んでガニコウモルの頭を吹き飛ばす。しかしヒルカメレオンが血煙を浴びせると即座に再生される。ガニコウモルは鋏で仮面ライダー2号の首を締め上げ、口から発火性の粉を吐き出して攻撃する。

「ぐうっ!? なんという再生能力だ!」
「これじゃキリがない!?」

 仮面ライダー1号もエイドクガーにライダーキックを放って胴体を上下に寸断し、一夏も『回天白夜』でサソリトカゲスを両断するが、どちらも即座に再生して仮面ライダー1号と一夏に挑みかかる。他の怪人たちも仮面ライダーや一夏、真耶、和也、SPIRITSの攻撃で致命傷を受けるが、その度にヒルカメレオンの血ので再生して攻め立て、次第に仮面ライダーやSPIRITSを追い詰めていく。

「ナオキ! ミツル! 五郎! 一旦後退しろ! 下手したら、第1分隊も第2分隊も壊滅するぞ!」
「ですが俺たちが退いたら、滝さんたちが!?」
「こういうのは慣れてんだ! それくらい、信じやがれ!」
「了解! 第2分隊、後退します!」
「同じく、第1分隊も! 後は頼みます!」

 再生し続ける怪人達の苛烈な波状攻撃に耐えかね、第1分隊も第2分隊も押し込まれる。全滅の危険もあると判断した和也は後退命令を出し、ナオキ、ミツル、五郎が殿となって一度後退する。和也はイソギンジャガーとクモライオンにショットガンを当て、ヒルカメレオンに挑もうとするがムカデタイガーとナメクジキノコが邪魔で接近出来ない。

「山田先生! アレを使ってくれ! いくらISでも、あんな無茶苦茶な再生をされたら、並の火器で止めるのは無理だ!」
「分かりました!」

 和也が声を張り上げると、真耶は硬化ムース弾を怪人に撃ち込んで動きを止め、リミッターを解除して使える『奥の手』を呼び出す。
 頭部にバイザー型の精密射撃用センサーが装備され、右肩に身の丈程の長い砲身と対物ライフルに似た砲口、後部にタンクらしき機関と冷却用ファンが装備された、肩担式の荷電粒子砲だ。元々はデュノア社で開発が進められ、その威力から急遽対怪人用装備として再調整されていた。しかし小型化に難航し、量子化領域に余裕のないシャルロット・デュノアの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』に代わり、真耶にテストも兼ねて引き渡された武装だ。
 威力の方は『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』の武装の中でも別格だが、荷電粒子の集束率がよくないことや大き過ぎること、威力があり過ぎてまともに制御出来ず、照準精度もよくなく、市街地で使用するには危険なため、使用には和也の許可を必要としていた。
 真耶は精密射撃用センサーでショッカーライダー№3に狙いを定め、荷電粒子砲を発射してベルトを撃ち抜いて破壊する。残るショッカーライダーも頭部やベルトを撃ち抜き、機能を停止させる。死体に念入り荷電粒子砲を撃ち込み、バラバラに吹き飛ばす真耶だが、ヒルカメレオンが血煙を出すとショッカーライダーは何事もなかったかのように再生する。

「バラバラに吹き飛ばしても、駄目なんて……!」
「真耶ちゃん、下がれ!」

 唇を噛み締める真耶だが、仮面ライダー2号の声が飛ぶ。するとガラオックスがミスティガスで浮上させた岩が襲いかかる。装備の大きさ故に機動力が削がれている上、精密射撃体勢に入っていたことから回避出来ずに岩が直撃してしまう。さらにワシカマキリが投げた大鎌をまともに食らって叩き落とされ、飛行能力を持った怪人が真耶へ殺到する。

「山田先生をやらせるかよ!」
「真耶ちゃん!? クソ、どきやがれ!」
「その前に自分の心配をするんだな、仮面ライダー2号!」

 一夏がスラスターを駆使して飛び立ち、仮面ライダー2号も周囲の怪人を蹴り飛ばして真耶の救援に赴こうとするが、ヒルカメレオンが管を伸ばして仮面ライダー2号を絡め取ると、首を締め上げて吊るし上げる。仮面ライダー2号は元気に暴れるが、拘束から逃れられる気配はない。

「一文字!?」
「こいつ!」

 仮面ライダー1号と和也が救援に向かおうとするが、仮面ライダー1号はショッカーライダー6体に足止めされる。和也も怪人の波状攻撃を凌ぐのに必死だ。
 上空では荷電粒子砲を格納し、アサルトライフル2丁に持ち替えた真耶が一夏と協力し、飛行怪人とドッグファイトを繰り広げる。しかし真耶が銃撃を浴びせ、一夏が怪人を両断しても瞬時に再生される。真耶は硬化ムース弾で飛行怪人を処理し、地面に落下した所に硬化ムース弾を撃ち込むが、怪人たちはわざと自爆し、ヒルカメレオンによって再生されるので意味を為さない。真耶はスナイパーライフルでヒルカメレオンを撃つが、肥大化した管を貫くには至らないのか効果がない。

(こうなったら、もう一回……!)

 真耶は荷電粒子砲を呼び出し、精密射撃体勢に入る。ガニコウモルやネズコンドル、カナリコブラが妨害しようとするが、一夏が雪片弐型で一撃を入れ、地面に叩き返して射線を開ける。真耶はヒルカメレオンをロックし、荷電粒子砲のトリガーを引く。

「甘いわ!」
「ぬうっ!?」
「隼人さん!?」

 しかしヒルカメレオンは荷電粒子砲が発射される直前、仮面ライダー2号を盾にして荷電粒子砲を防ぎ、本体は姿を隠す。仮面ライダー2号は地面に叩きつけられ、辛うじて起き上がるものの、ヒルカメレオンの奇襲には対応出来ず、首を管で締め上げられる。

「あ……あ……」

 仮面ライダー2号を誤射してしまったことで、真耶は『VTシステム』が暴走して友軍や隼人を傷つけてしまったことを思い出し、完全に身体が硬直する。あの時は仮面ライダー2号の活躍でどうにかなったが、ISを暴走させてしまい、隼人を血まみれの姿にしてしまったことは、未だにトラウマとして残っている。今も付着している筈のない隼人の血が右手に付いている。拭おうと真耶は必死で右手を擦るが、血の幻影は落ちるどころかどんどん広がっていく。

「山田先生! どうしたんですか!? 山田先生!?」

 一夏が慌てて呼びかけ、ようやく正気に戻った真耶だが、一夏を振り切ったガニコウモルが発火性の粉を吐く。ショッカーライダー№3が爆雷を空中で炸裂させ、またしても真耶は地面に叩きつけられる。ショッカーライダー№4が地割れを起こして真耶が飛び立つのを妨害し、イノカブトンが体当たりを仕掛けて撥ね飛ばす。

「これでトドメだ! ライダーキック!」
「やらせる……かよ!」

 最後にショッカーライダー№1が真耶に飛び蹴りを放つが、手刀で管を斬り飛ばし、拘束から逃れた仮面ライダー2号が真耶を庇う。身体が揺らいで大量の血反吐をまき散らす仮面ライダー2号だが、着地したショッカーライダー№1を殴り飛ばす。ショッカーライダーが発射してくる弾丸から真耶を庇い、仮面ライダー2号はいつものように軽い口調で話し始める。

「大丈夫かい? いくらなんでも、油断のしすぎだぜ?」
「隼人……さん……私……」
「さっきのことかい? 気にしなくていい。あれは君が悪いんじゃない。ヒルカメレオンが悪辣だっただけさ」
「で、でも!」
「それに言っただろ? 俺はいつでも――」

 仮面ライダー2号……いや一文字隼人は振り返り、仮面の下で笑って続ける。

「――君の、味方だ」

 静かに真耶へ告げると、仮面ライダー2号は殺到してくるゲルショッカー怪人と対峙する。仮面ライダー1号や和也、一夏は何度も再生してくるショッカーライダーとヒルカメレオンに足止めされている。

「本当にしつこい連中だ。そんなんじゃ、女の子には嫌われるぜ?」
「ライダーパワー!」

 仮面ライダー2号が変身の時と同じポーズを取ると、ベルトの風車が回転して周囲の風を取り込む。助走を付けて左押し蹴りを放つと、先頭に立っていたナメクジキノコの胴体が吹き飛び、すぐ後ろにいたワシカマキリも蹴り飛ばされる。続けて右手刀でネズコンドルの首を斬り飛ばし、左正拳でウツボガメスの頭を叩き潰すと、四方に蹴りを放って怪人を吹き飛ばす。仮面ライダー2号はしつこく食い下がる怪人に一歩も退かず、パンチやキックを浴びせ続け、嵐のように荒れ狂って怪人を真耶に近付けさせない。
 どくん、と何かが真耶の中で脈を打つ。自分の心臓ではない。その感覚とは違う。この感覚を、真耶は一度だけ感じたことがある。VTシステムが発動した時だ。だから真耶にはこの感覚がなんであるか理解出来た。だからこそ躊躇いがある。感覚に身を任せてしまえば、どうなってしまうか分からない。

(それでも、やるしかない。あの時みたいに、ただ見ているだけなんて、出来ない!)

「お願い、ラファール。私に力を貸して!」

 真耶が決意を固めると、『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』は光り輝いてその姿を変える。

「あれは!?」
「第二形態移行(セカンド・シフト)か!?」

 一夏と仮面ライダー1号はそれが第二形態移行であると悟り、驚愕する。『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』は変化を終えると、『X』の字状に変化した背部スラスターを噴射して空中へ舞い上がる。空中で再び荷電粒子砲を担ぎ上げ、狙いを定めて怪人たちを撃ち抜いていくが、精密射撃中で動けないと見た飛行怪人が一斉に襲いかかってくる。

「甘い!」

 しかし真耶は慌てずにスラスターを稼働させ、精密射撃体勢のまま急上昇して回避すると、照準を調整し直して飛行怪人を撃ち抜いて返り討ちにする。
 背部のスラスターはX字に配置されているだけでなく、4枚のスラスター翼に分散されていたスラスターを一か所に集約し、必要に応じて可動させ、高い推力を得られるようになっている。第二形態移行による出力自体の向上もあり、荷電粒子砲を構えたまま回避行動が可能となったのだ。しかし怪人はヒルカメレオンの血により復活し、ヒルカメレオンは姿を消す。

(けど、このままじゃ状況は変わらない。何か他に、使えそうなものは……)

 真耶は新しい武器は無いか探るが、武器が増えた様子はない。落胆しつつも気を取り直し、別の方策を考えようとする真耶だが、最後の最後で見覚えのない装備が提示される。武器ではなく、『単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)』であるようだ。

(『ラプラスの目』? 武装ではないようだけど、今はやってみるしかない。それだけの価値は、きっとある!)

 真耶は意を決し、『ラプラスの目』の発動を承認する。すると真耶の頭部にバイザー型のヘッドギアが装着され、無数の情報が押し寄せてくる。最初は混乱し、何が何だか分からなかった真耶だが、IS側が情報整理を開始し、一度に入ってくる情報量が整理されると入ってくる情報が何であるかを理解する。

(これは、『未来』なの!? 今後私や味方、敵が取り得る行動を全て計算して、結果を教えてくれているのね)

 真耶は今見ているものが今後起こり得る『未来』だと悟る。ハイパーセンサーに加え、高速処理に長けるコアの機能が可能にしているのだろう。しかし『未来』がまだ確定していない。真耶が勝利するか、隼人が死ぬか、敵味方が全滅するか。全ての可能性はまだ並列して存在している。『未来』を確定させるには『観測者』、つまり真耶がどうするか決めなくてはならない。ならば、答えは決まっている。

「誰も死なせずに勝利する道を、私に示して!」

 ラプラスの目は計算を開始して、その結果を見せる。故に飛んできた岩石の数々を紙一重で回避するなど容易いことであった。ガラオックスが岩石を飛ばしつつ、飛行怪人が襲ってくると真耶は荷電粒子砲を構え、ラプラスの目をフル稼働させる。

「標的を、危険度が高い順に教えて!」

 ラプラスの目が敵をピックアップし、優先順位を提示する。真耶はまず数個の岩石を撃ち落とし、砕かれた岩の隙間めがけて荷電粒子砲を発射する。すると隠れていたガニコウモルが胸を撃ち抜かれて撃墜し、それを盾にして強襲しようとしたカナリコブラと、少し遅れたネズコンドルも仲良く頭部を吹き飛ばされる。真耶は当たらない岩は無視し、直撃コースに入る岩とワシカマキリ、サボテンバットを立て続けに撃ち抜くとスナイパーライフルに持ち替える。そして仮面ライダー2号のすぐ近くに狙いを定める。

「馬鹿め! 気でも狂ったか!?」
「いいえ、私の読み通りよ!」

 真耶がガラオックスを無視して地上に硬化ムース弾を連射すると、振り向きざまにガラオックスの翼を徹甲弾で撃ち抜く。しかしガラオックスは余裕の表情を崩さない。ヒルカメレオンがいるからだ。ヒルカメレオンは仮面ライダー2号の背後から姿を現し、管から血を吐こうとする。

「ギィ!?」

 しかし管から血が出ない。管の先端に硬化ムース弾が直撃し、管の先端が塞がれているのだ。

「まさか、最初からこれが狙いで!?」
「今さら気付いても遅い! 隼人さん!」
「ああ! 本郷! 滝! 一夏君! なにボサっと突っ立ってんだ!? 真耶ちゃんが作ってくれたチャンスなんだ。一気に決めるぞ!」
「一文字……おう!」

 仮面ライダー2号が真耶の呼びかけに応え、仮面ライダー1号、和也、一夏に檄を飛ばす。4人は頷いて一斉に残る怪人に挑みかかっていく。
 まず仮面ライダー2号は仮面ライダー1号と共に跳躍し、空中で前転した後に仮面ライダー1号は右拳を、仮面ライダー2号は左拳を握ってサソリトカゲスの顔面にストレートを放つ。

「ライダーダブルパンチ!」

 一撃でサソリトカゲスが吹っ飛んで爆死すると、今度はクラゲウルフを抱えて跳躍する。空中で仮面ライダー2号は左腕を、仮面ライダー1号は右腕を取り、二人でクラゲウルフを地面めがけて投げ飛ばす。

「ライダー返し!」

 クラゲウルフがその場で爆発四散すると、一夏はハエトリバチの頭部に飛び蹴りを入れる。その反動で空中に飛び上がって反転し、もう一度蹴りを入れた後に毒針を斬り飛ばす。背後からムカデタイガーが突っ込んでくると、一夏は振り向きながら瞬時加速を使い、ムカデタイガーのパンチにカウンターの突きを放つ。

「ムカデパンチ!」
「我流、『桜花もどき』!」

 突撃の勢いをも利用した渾突きはムカデタイガーの胸を突き破り、一夏にムカデパンチが当たるギリギリ手前でムカデタイガーは吐血し、ゆっくりと地面に斃れ伏す。沖一也が何回か披露してくれた赤心少林拳奥義の一つ、『桜花』を一夏なりに真似てみたものだ。威力こそ『桜花』に比べたら児戯に等しいが、原理上相手の力を利用するので効果は絶大だ。ムカデタイガーが爆発すると、一夏は毒針をナメクジキノコに投げつける。ナメクジキノコが毒で悶え苦しんでいる隙に、和也が電磁ナイフで喉笛を切り裂いて息の根を止める。

「殺人スモッグを受けろ!」
「ハエトリ液の餌食にしてくれる!」
「織斑君をやらせたりは!」

 激昂したウツボガメスとハエトリバチが殺人スモッグやハエトリ液を吐き出そうとするが、真耶が硬化ムース弾で口や発射口を塞ぎ、流れるような動作で荷電粒子砲に持ち替える。荷電粒子砲でウツボガメスの頭を吹き飛ばし、ハエトリバチの胸にも数発撃ちこんで風穴を開ける。

「本郷! 一夏君! 合わせろ!」

 仮面ライダー2号はクモライオンを、仮面ライダー1号はイソギンジャガーを持ち上げると、一夏もイノカブトンの角を切り落とし、ダブルライダーの横に立ってイノカブトンを持ち上げ、3人同時に敵を高速で回転させ始める。仮面ライダー1号が巻き起こす技の竜巻と、仮面ライダー2号が発生させる力の竜巻が合わさってより巨大な竜巻になると、飛びかかろうとしたネコヤモリ、エイドクガー、ガラオックスは竜巻に巻き上げられ、上空へと吹き飛ばされる。

「ライダートリプルきりもみシュート!」

 3人は一斉に怪人を錐揉み回転させながら放り投げ、怪人は竜巻に巻き込まれ渦の中心に集まっていく。仮面ライダー2号は高々と跳躍すると渦の中心に足を向け、身体を『卍』のような姿勢にして高速回転すると、竜巻の回転をも我が物として怪人に蹴りを放つ。

「ライダー卍キック!」

 必殺の蹴りはクモライオン、イソギンジャガー、イノカブトン、ネコヤモリ、エイドクガー、ガラオックスを容易く蹴り抜き、爆死させる。着地した仮面ライダー2号にショッカーライダー№2がガスを吐き出すが、仮面ライダー2号は地面に転がって回避し、立ち上がりながらアッパーカットを撃ち込んで怯ませる。仮面ライダー1号もショッカーライダー№1の火炎放射を跳んで回避する。同時に藤兵衛が声を張り上げる。

「猛! 隼人! もう一度、本物のライダー車輪をお見舞いしてやれ!」
「はい! おやっさん!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は円を描くようにショッカーライダー6体と共に走り出し、竜巻を巻き起こしながら加速していき、円の中心めがけて跳躍する。

「馬鹿め! 同じ手が通用するか!」

 しかしショッカーライダーはダブルライダーの脳波を盗聴し、ほぼ同じタイミングで真上に跳躍する。自然とダブルライダーが頂点で交差するのに対し、ショッカーライダーはダブルライダーを取り囲む形になる。空中には足場もないし、ダブルライダーには飛び道具もない。つまりダブルライダーは何も出来ない。ショッカーライダーは指から弾丸を放つ体勢に入る。

「死ね! 仮面ライダー!」

「どう」
「かな」

 しかし仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は空中で交差する直前、足を合わせて互いを蹴り出す。仮面ライダー1号はショッカーライダー№1に、仮面ライダー2号はショッカーライダー№2に向かっていきながら飛び蹴りを放つ。

「ライダーダブル反転キック!」

 蹴りをまともに食らったショッカーライダー2体は空中で爆発四散し、ダブルライダーは悠々と自由落下に入る。残りのショッカーライダーは唖然としていたが、慌てて追撃に入ろうとする。

「これはお返しよ!」

 しかしショッカーライダー№3とショッカーライダー№4は、真耶に荷電粒子砲でベルトと頭と胸を撃ち抜かれて息の根を止められる。

「いいこと教えてやるぜ、偽者野郎。ライダー車輪は、空中で交差するだけじゃないんだ! 回天白夜!」

 続けて一夏がショッカーライダー№5とショッカーライダー№6に回天白夜を連続して放ち、袈裟がけにショッカーライダーは下半分がずり落ちて爆発する。残るはヒルカメレオンだけだ。

「おのれ、仮面ライダーめぇぇぇぇぇぇ!」

 激昂したヒルカメレオンは姿を消すと仮面ライダー1号の背後に回り込み、管で締め上げる。仮面ライダー1号は必死に抵抗し、仮面ライダー2号が手刀で斬り裂いて助け出す。ヒルカメレオンは口から無数を蛭を吐き出し、仮面ライダーの視界を封じて姿を消す。

「でも、そうはさせない!」

『隼人さん、30秒後に隼人さんの背後からヒルカメレオンが来る筈です! 硬化ムース弾の効果も間もなく切れるので、これが最後のチャンスです!』
『分かった。なら足止めは任せたぜ?』

 真耶はラプラスの目でヒルカメレオンの動きを予測すると、個人間秘匿通信で仮面ライダー2号に伝える。予測通りヒルカメレオンが仮面ライダー2号の背後から出現し、首を絞めようとする。仮面ライダー2号は仮面ライダー1号と共に踏み込み、仮面ライダー2号は左手刀を、仮面ライダー1号は右手刀を振るう。

「ライダーダブルチョップ!」

 ヒルカメレオンが管を斬り飛ばされて怯むと、真耶が硬化ムース弾を放って足を固め、その場に縫い付ける。

「ならば、これでも食らえ!」
「往生際が悪いぞ! ヒルカメレオン!」
「これなら、どうだ!」

 ならばと口から蛭を吐き出そうとしたヒルカメレオンだが、一夏が割り込んで荷電粒子砲で蛭を焼き払って顔面に直撃させ、和也が電磁ナイフを肉腫に投げつけて突き刺すとヒルカメレオンは悶絶する。

「行くぞ! 一文字!」
「ああ! 本郷!」
「トオッ!」

 ヒルカメレオンの動きが完全に止まると、仮面ライダー1号と仮面ライダー2号は顔を見合わせて頷き合う。ダブルライダーは揃って跳躍し、同時に空中で前転する。そして仮面ライダー2号の左で仮面ライダー1号が右足を、仮面ライダー1号の右で仮面ライダー2号が左足を向け、必殺の蹴りを放つ体勢に入る。

「ライダァァァァァ!」
「ダブル!」
「キィィィィィィィック!」

 仮面ライダー1号の技と仮面ライダー2号の力が籠った蹴りがユニゾンし、同時にヒルカメレオンに炸裂する。ヒルカメレオンは大きく吹き飛ばされるが、それでも最後の力を振り絞って立ち上がり、ブラック将軍の姿に戻る。

「覚えておけ、仮面ライダー! ブラック将軍とゲルショッカーが敗れようとも、我等の同志が必ずや作戦を成功させ、貴様らに勝利する! 最後に笑うのは我々なのだ!」

「偉大なる首領に、栄光あれ!」

 仁王立ちのまま捨て台詞を言い終えるとブラック将軍は膝を着き、間もなく大爆発を起こして死体を残さず消える。

「ブラック将軍、敵ながら勇敢な男だった。だが、この世に正義ある限り、悪が栄えることは決してない!」
「たとえ何度甦り、どのような作戦を練ろうとも、俺たちがいる限り、その願いは絶対に叶いはしない!」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号はブラック将軍の勇敢さを称賛しつつ、きっぱりと言い切る。そして二人は向き直る。

「世話をかけたな、本郷」
「気にするな、一文字」

 同時にダブルライダーは手を差し出し、固く握手を交わす。
 二人が変身を解除すると、真耶と一夏、和也、藤兵衛、真美、ルリ子が歩いてくる。隼人はまず真耶に声を掛ける。

「ありがとう、真耶ちゃん。お陰で助かったよ。君がいなかったら俺は……のわっ!?」
「ちょっと隼人さん! もう少し早く助けに来てくれてもよかったんじゃない!?」
「そうよ! しかも真耶ちゃんを泣かせるなんて信じられない! 本当に最低よ!」
「馬鹿野郎! 俺や本郷、おやっさんだけじゃなくて、山田先生や一夏君にまで心配掛けさせやがって!」

 しかし途中でどついてきた真美とルリ子のタッグに妨害され、和也のボディブローをまともに受けて終わる。

「いや、悪い悪い。君やルリ子さんまで捕まってるなんて、思いもしなかったからさ。無事で良かったよ、本当に」
「もう、そういう所は相変わらずね、隼人さん」

 まず真美に謝りつつ、いつものように笑ってみせる隼人に真美も呆れながら笑い返してみせる。

「けど、ルリ子さん的には本郷に助けて欲しかったんじゃないのかい?」
「そんな贅沢言ってられる状況じゃなかったもの。そりゃ、本当は一夏君や滝さんなんかより猛さんの方がよかったけど」
「やれやれ、否定はしないのか。というか、地味にお前と一夏君の扱いが悪いな」
「恋は盲目、ってな。それより、一文字」

 ルリ子の態度に半ば呆れていた隼人だが、和也に促されて藤兵衛の前に立つと、頭を下げる。

「すいません、おやっさんにも心配かけさせてしまって」
「馬鹿野郎、いつもは全然連絡を寄越さないんだから、せめて死んだ時くらいは、死んだって電話の一つ寄越せ。けど、お前が無事なら、それでいいんだ」

 藤兵衛は首を振ると、隼人の肩に手を置いて嬉しそうに笑う。真耶と共に黙って見ていた一夏だが、頭を上げた隼人は一夏に声をかける。

「それと、ありがとう一夏君。君がいなかったらどうなってたか」
「いえ、俺は全然。一文字さんに比べたら、まだまだ」
「いや、少し見ない内にいい面構えになってるじゃないか。沖縄で何があったかは知らないが、君は俺や本郷、滝にも負けてないさ。もっと自信を持っていい」
「そうよ、織斑君。あなたは千冬さんと私の教え子なんだから。もっと胸を張っていい。私と隼人さんが保証するから」
「一文字さん、山田先生……」
「そんな顔しなさんな、一夏君。ところで真耶ちゃん、その首の傷は?」

 ふと隼人は傷跡を発見する。流石に止血はされているが、傷そのものはまだ残っている。

「これですか? 少しブラック将軍に……けど大丈夫ですから、これくらい」
「いや、そうは言っても、傷を見せびらかすのもあれだろ? そうだ、だったら……」

 すると隼人は自らが巻いていた赤いマフラーを真耶の首に巻き、傷が隠れるようにする。

「これなら傷跡が目立つこともないだろう。さ、行こうぜ?」

 隼人は真耶の肩を叩くと歩き出し、和也、一夏、藤兵衛、ルリ子、真美も歩き出す。猛も続こうとするが、立ち止まって隼人の背中を眺めている真耶に気付き、足を止めて尋ねる。

「山田先生、どうかされましたか?」
「いえ、私が隼人さんに感じていたことって、織斑君や隼人さんが、本郷さんに抱いていた感情なんじゃないかな、って」
「……そうですか。ならば俺が一文字に抱いているのと同じ、かもしれませんね」
「本郷さんが、ですか?」
「ええ。恐らく、ですが。自分の感情というものは、往々にして分かりませんからね。誰かに指摘されるまでは」
「私もそう思います。けど、今、隼人さんに抱いてる何かを大切にしたいなって、思うんです。それが何かは分かりませんけど、きっと私にとっても、隼人さんにとっても、忘れちゃいけないことなんだって、なんとなく分かるんです」
「本郷! 真耶ちゃん! 早くしないと置いてっちまうぜ!?」

 しばらく会話を交わしていた真耶と猛だが、隼人が振り向いて促すと会話を打ち切って歩き出す。
 こうしてゲルショッカーは壊滅し、悪の野望はまた一つ潰えたのだった。

**********

 翌日の昼下がり。佐世保の港では隼人、真耶、猛、一夏、和也、藤兵衛、ルリ子が昨日拿捕されたデストロンのバダンニウム輸送船に乗り込もうとしていた。見送るように真美と五郎、ナオキ、ミツル、ちか子らが向かい合う。まず和也が口を開く。

「と、いうわけで、俺たちは先行して四国に向かうから、第1分隊と第2分隊は爆弾の処理と、部隊の再編成が済んだら中国地方に向かってくれ。コンラッドには連絡してある」
「了解です、滝隊長。ですが、なぜ先に四国へ?」
「実は昨日の夜から風見と交信出来なくなってな。結城とはすぐ連絡が取れたんだが、どうも風見が手酷くやられたらしい。といっても、命に別条はないみたいだし、変身や交信が出来ないだけで本人はピンピンしてるそうだが」
「なるほど、丈二の負担を考えて俺たちが先に四国に行くのか」

 五郎に隼人が説明すると藤兵衛は納得したように頷く。
 昨夜、四国でデストロンと交戦中の風見志郎と交信できなくなった。行動を共にしていた結城丈二との交信から、志郎が変身不能になったと知った猛、隼人、和也は先に四国へ向かうことを決め、SPIRITS第1分隊及び第2分隊とは別行動を取ることにした。足はデストロンの輸送船の航行プログラムを猛が弄り、有効活用する形となった。

「二人とも、頑張ってね?」
「ありがとう。あなたも身体に気を付けなさい。医者の不養生ってよく言うし」
「本当にありがとうございました。私は……」
「その先は言いっこなしよ。けど、これからも隼人さんをお願いね。あの人、すぐに無理をするし、やせ我慢が得意だから。それを止められるのは、いつもそばにいるあなただけ。だから私の分も、お願いね?」
「……はい!」
「やれやれ、俺は全然信用がないらしいな」

 隼人から贈られたマフラーを巻いた真耶と真美、ルリ子が別れの挨拶を交わしているのを見てぼやく隼人を余所に、猛はちか子と話をしている。

「ちか子さん、あなたはこれからどうしますか?」
「流石に今は地震火山研究所に戻れないし、もう少し九州に残る予定よ。早く事態が終息すればいいのだけど」
「大丈夫ですよ。仮面ライダーだけでなく、一夏君たちがいるんです。きっと、勝てますよ」
「一夏君、本郷さんと一文字さんを頼んだぜ?」
「四国に着いたら、シゲルにもよろしくな?」
「俺たちもやることが済んだら、すぐ助けに行くからさ」
「はい。俺も皆さんに負けないように頑張りますから」

 その横では一夏が五郎、ナオキ、ミツルと話していたが、積み込みが終わったとの報告が入ると乗船を開始する。そして船が出港するのを見送っていた真美だが、やがて声を張り上げる。

「仮面ライダー! あなたたちは人間の希望よ! 絶対に生きて帰ってきなさいよ!」

 すると甲板に立っていた隼人が手を挙げて応える。

「さ、行きましょうか。ゲルショッカーはいなくなっても、私たちには私たちの戦いがあるもの」

 船が見えなくなるまで見送っていた真美だが、ちか子に促されると五郎、ナオキ、ミツルと共に港を歩き去る。
 出航したあともしばらく甲板に佇んでいた隼人だが、その横に真耶が立つ。しばらく黙って海を眺めていた真耶と隼人だが、先に真耶が口を開く。

「隼人さん、私、これからも頑張ります。隼人さんと、隼人さんの笑顔も守れるように」
「ありがとう、真耶ちゃん。君ならきっと出来るよ。俺はそうされてきたから、分かる。それよりあんまり潮風に当たってたら身体が冷えちまう。さっさと戻ろうか」

 隼人が屈託のない笑顔を浮かべると、真耶もまた笑い返して並んで歩き出す。

(今の私に隼人さんみたいなことが出来るのかは分からない。けど、隼人さんが本郷さんに付いて行ったように、私も隼人さんに付いて行こう。それが、私の一番したいことだから)
(本郷、お前には感謝してるぜ。お前がいたからこそ、俺はどうすればいいのかが分かる。どんなに甲斐がなかろうとも、俺は守るぜ。この娘も、その笑顔も、全部。それが仮面ライダー、だからな)

 胸に秘めた思いを笑顔で隠し、真耶と隼人は船の中に入る。甲板に海鳥が止まっても構わず、船は新たな戦場へ向けてひた走り続けるのだった。

 ――山田真耶はIS操縦者である。彼女の戦う相手はかつて世界征服を企み、復活しても尚人類の自由と平和を脅かす悪の組織である。山田真耶は仮面ライダーと共に人類の自由と平和、人々の笑顔を守る為に今日も、そして明日も迫りくる悪の組織と戦うのだ。

*********

 時間を遡る。
 四国と本州をつなぐ連絡橋の一つ、瀬戸大橋。蠍を模した紋章が入った戦闘服と覆面を着用した多数の男たちと、両腕が鋏になったジャガーを模した怪人、背中にバズーカを模したカメに似た怪人が姿を現す。怪人の名はハサミジャガーとカメバズーカ。率いているのはデストロン戦闘員だ。

「シザース! バダンニウム爆弾を使えばこの程度の橋など、あっという間に木っ端微塵だ! さあ、早くセットしろ。仮面ライダーに見つかっては面倒だからな」
「キキーッ!」

 デストロン戦闘員はハサミジャガーの指示を受け、乗ってきたトラックからバダンニウム爆弾を運び出そうとする。

「キキーッ!?」
「どうしたのだ!?」

 しかし突如としてトラックが爆発し、デストロン戦闘員達は吹き飛ばされる。慌てて周囲を見渡すハサミジャガーとカメバズーカだが、すぐに次の作戦へ移行しようとする。

「こうなれば! カメバズーカ!」
「ズーカー! バズーカ砲を撃ち込んで橋げたを吹き飛ばした後、体内の原爆を起動させればこんな橋など!」
「そうはさせんぞ! ハサミジャガー! カメバズーカ!」
「何者だ!?」
「俺たちを知らないとは、貴様らも大したことは無いらしいな!」

 だが聞こえてくる声と共に中断され、二人の男が姿を現す。
 片方は青いワイシャツにジーンズ、白いベストを着て両手に手袋をした男、もう片方は紺色のブレザーに黒い右手袋を嵌めた男だ。ハサミジャガーとカメバズーカは見覚えがあったのか、声を張り上げる。

「貴様は、風見志郎! 結城丈二!」
「なぜ貴様らがここにいるのだ!?」
「瀬戸大橋を狙ってくるのは予想済みだ。しばらく張り込ませて貰ったのさ」
「おのれ! 貴様らを家族や同僚の元へ送ってやる! シザース!」
「デストロンに歯向かったことを後悔させてやる! ズーカー!」

 ハサミジャガーが鋏を作り、カメバズーカが背中のバズーカを構えると、風見志郎と結城丈二は一度並んで跳躍し、それぞれ構える。

「変身……ブイスリャァッ!」
「ヤァァッ!」

 志郎が右に突き出した両手を左斜め上まで持っていき、右手を腰まで引いて左手と入れ替えるように突き出すと、ベルトの風車が唸りを上げる。丈二が頭上に掲げたヘルメットを装着すると、身体を強化服が包んで右腕のアタッチメントが起動する。

「仮面ライダーV3ァ!」
「デストロン! 何度甦ろうと、俺たちが地獄に送り返してやる!」

 四国を舞台に、地獄より甦った死を呼ぶ悪魔の軍団を相手に、家族と仲間を奪われた不死身の二人が戦闘を開始する。




[32627] 第四十話 死線(デッドライン)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:36
 ゲルショッカーが壊滅した日の夜。星と月が闇夜を照らす高知城付近では、異様な光景が展開されていた。

「V3回転三段キック!」

 トンボ男が跳躍して空中で前転し、勢いを付けた後に空中に舞い上がったバーナ―と蝙蝠を組み合わせた怪人、カメラと蚊を合成させた怪人、テレビとハエを組み合わせた怪人を両足蹴りで蹴り砕いて地面に着地する。すると右手にブレードを装備した黒いマネキン数体が肥大化した左腕を向け、ビームを発射する。しかし黒いマネキンもマシンガンとヘビ、水中銃とトドをそれぞれ合成した怪人に蜂の巣にされて墜落する。

「マシンガンアーム!」

 今度は口元が出た強化服を着た男が右腕にカートリッジを差し込んでマシンガンに変形させ、マシンガンで2体の怪人を蜂の巣にし返す。ブレードを掲げて飛んでくる黒いマネキン5体を発見した男は、再び右腕にカートリッジを差し込んで三日月に似た爪を右手に装備し、激しく打ち合う。だが電動ノコギリを装備したトカゲ女と両手で鋏を作ったジャガー男が割り込み、黒いマネキン、怪人2体、男の三つ巴で獲物が激しく交差し、火花が飛び散る。
 その近くでは黒いプロテクターを装着した者たちが市民を庇いながら黒ずくめの男たちを蹴散らし、その場を離脱しようとしている。

「馬鹿め! そう易々と逃がしてやるものか!」

 しかし鎧兜に身を包み手に斧と蠍の紋章が入った盾を持った男が指示を出すと、磁石を装備したイノシシらしき怪人、ナイフとアルマジロを組み合わせた怪人、鎖鎌とテントウムシを合わせた怪人、ゴキブリにスパイクを装備させた怪人が立ちはだかる。護衛の者がアサルトライフルやスナイパーライフル、ショットガンを浴びせ、足止めしようとするが怪人は構わずに突進する。

「そうは……させるか!」

 トンボ男は跳躍すると怪人と市民の前に割って入り、左腕に電撃のようなエネルギーを集中させる。

「V3電撃チョップ!」

 怪人が飛びかかってくるのにタイミングを合わせ、トンボ男は左手刀を薙ぎ払うように振り抜く。すると怪人は紙切れのように容易く胴体を両断される。だが黒いマネキンが空中から急降下してくるとトンボ男は跳躍し、マネキンを迎撃するがビームが何発か直撃して肉体にいくつもの焦げを作る。

(チッ、これではキリがないな……)

 空中で黒いマネキンに蹴りを入れて胴体を打ち砕きつつ、トンボ男こと仮面ライダーV3は内心舌打ちする。
 『デストロン』の戦線布告を皮切りにライダーマンと共に戦闘を開始した仮面ライダーV3だが、瀬戸大橋を破壊しようとしたハサミジャガーとカメバズーカを撃破した後、四国各地に出現したデストロン怪人の大攻勢に苦戦を強いられていた。いくら頑張っても身体は一つしかない。倒しても倒しても復活するデストロン怪人を相手にするのも限界がある。事実、香川県を勢力範囲にしていた結託部族のキバ一族こそ駆逐したが、徳島を本拠とするツバサ一族、愛媛で活動しているヨロイ一族は掃討出来ていない。ドクトルGとデストロン機械合成怪人軍団に至っては高知を中心に盛んに活動し、多数の市民を拉致して強制労働に従事させている。
 仮面ライダーV3とライダーマンは囚われた市民救出のため、SPIRITS第3分隊および第4分隊と共に高知にある拠点の一つに奇襲をかけ、市民の解放と機械合成怪人の掃討に乗り出した。しかしドクトルGが全戦力をこちらに投入したことから戦線を突破できず、黒いマネキンこと無人ISまで途中で多数乱入し、無差別に攻撃してきたことから三つ巴の乱戦に突入していた。

(篠ノ之束め、何の目的で無人機を……?)

 無人ISを送り込んだ相手など、篠ノ之束に決まっている。一瞬ライダーマンに視線を送る仮面ライダーV3だが、表情を窺う前にカメバズーカとミサイルヤモリがバズーカとミサイルを放ち、無人ISと仮面ライダーV3を纏めて攻撃する。無人機は耐え切れずに爆散する。仮面ライダーV3は直前に無人ISを蹴って再上昇し、グライディングマフラーを使って空中を旋回し、急降下する。

「V3遠心キック!」

 急降下の勢いと旋回の遠心力を乗せた開脚蹴りを浴びせると、カメバズーカとミサイルヤモリは腹部を蹴り抜かれて爆散する。
 傍らでは第3分隊分隊長の佐久間ケンがショットガンでデストロン戦闘員を蹴散らして血路を開く。カービンを手元に呼び出した第4分隊分隊長のアンリエッタ・バーキンが殿を務め、他の隊員と共にデストロン戦闘員の追跡を許さない。しかし地面から出現したドリルモグラがアンリエッタの足を掴み、地中に引き摺りこもうとする。

「くっ! しつこい!」
「無駄だ! 貴様を俺の花嫁にして、栄えあるデストロンの一員にしてやるから諦めろ!」

 アンリエッタはカービンと拳銃をドリルモグラに浴びせるが、ドリルモグラは構わずに抵抗するアンリエッタを引き摺っていく。

「そういうのは、モテない野郎がすることだぜ? モグラ野郎!」

 しかし第4分隊副隊長の寺田オサムが電磁ムチでドリルモグラの顔面を強打し、高圧電流を流し込むと流石のドリルモグラも痛がって手が緩む。さらにオサムが投げナイフ型の爆弾を数本投げつけ、ドリルモグラの顔面に突き刺すと刃の部分に仕込まれた爆薬が炸裂する。耐えかねたドリルモグラはとうとうアンリエッタから手を放す。アンリエッタはカービンを浴びせつつも離脱し、ドリルモグラの手から逃れる。

「ドリルアーム!」

 無人ISやハサミジャガー、ノコギリトカゲをパワーアームで撃ち砕いて処理したライダーマンは、腕をドリルに換装するやアンリエッタと入れ違う形でドリルモグラに接近する。激昂したドリルモグラのドリルを紙一重で回避し、胴体にドリルを叩き込む。ドリルモグラが糸の切れた操り人形のように斃れ伏すとライダーマンは離脱し、アンリエッタに駆け寄る。

「アンリ! 大丈夫か!?」
「ええ、私は。それより怪人の掃討を!」
「承知している。君もオサム君と共に皆を安全な場所まで!」

 アンリエッタとオサムはケンや他の隊員と合流し、ライダーマンはハリフグアパッチとピッケルシャーク、イカファイヤに挑みかかる。そこに上空の無人ISがビームを浴びせ、激しい乱戦が展開される。
 一方、血路を切り開こうと副隊長の珠シゲルと共に奮戦していたケンだが、戦闘員のみならず怪人までが殺到し、無人ISがブレードを掲げて突っ込んでくると先に進めない。仮面ライダーV3が駆けつけてパンチやキックの連撃で群がる怪人を蹴散らし、ケンやシゲルらSPIRITSの隊員が市民を引き連れて脱出する。しかし幼い少女が足がもつれて転んでしまう。咄嗟に仮面ライダーV3が助け起こすが、一瞬そちらに専念してしまったことが命取りとなった。

「先輩!」
「グッ!?」

 突進してきた2本の巨大な牙を持ったイノシシ型怪人から少女を庇う仮面ライダーV3だが、反応が一瞬遅れたために腹部のベルト『ダブルタイフーン』に鋭い牙が突き刺さる。辛うじて怪人を殴り飛ばした仮面ライダーV3だが、ダブルタイフーンに攻撃を受けてベルトの風車が破損した影響で力が入らず、足元がふらつく。気丈に立ち上がる仮面ライダーV3の耳に、太鼓の音が聞こえてくる。

「エレガミヨ……エレガミヨ……エレガミヨ……」
「この太鼓、やはり貴様か! キバ男爵!」
「キバ一族の再生は完了していたということか……!」
「その通りだ、仮面ライダーV3、ライダーマン! デストロンある限り、キバ一族は滅びぬ! V3、まずは貴様から血祭りに上げてやる!」

 キバ一族の長であるキバ男爵が牙を模した槍を持って姿を現す。ダブルタイフーンにダメージを与えたのはドクロイノシシだ。キバ男爵が指示を出すとドクロイノシシのみならずオニビセイウチ、ユキオオオカミが仮面ライダーV3に飛びかかる。仮面ライダーV3はドクロイノシシを足払いで転ばせ、オニビセイウチを背負い投げで雪オオカミに投げつける、しかし原始タイガーの牙を模したバイクの突撃をかわせず、撥ね飛ばされる。駄目押しとばかりにキバ男爵が槍でダブルタイフーンを突くが、仮面ライダーV3は槍を両手で止める。逆に前蹴りを放って怯ませ、首筋に手刀を打ち込んでキバ男爵を後退させる。

「風見!」
「貴様の相手はわしだ! 結城丈二、いやラァーイダマン! デストロンを裏切った罪、死を以て償わせてやる!」

 ライダーマンは救援に向かおうとするがドクトルGが斧を振りかざし、怪人の猛攻と合わせてライダーマンの足を止める。

「我らもいることを、忘れては困るな!」
「ツバサ大僧正!? ツバサ一族まで来るとは……!」
 
 続けて不気味な仮面を装着して杖を持ったツバサ大僧正がツバサ一族を引き連れ、空中の無人ISを蹴散らしてくると仮面ライダーV3は舌打ちする。このままいけば、数で押しつぶされるだろう。しかもライダーマンはともかく、仮面ライダーV3はダブルタイフーンに損傷し、まともに力を発揮できない。一刻も早く修復を受けなければ、変身を維持できるかも怪しいところだ。

(ならば、一か八かでやるしかないか……)

「結城、この子を頼む! ケン、皆を出来るだけ遠くへ離してくれ! それと、何かに掴まらせるんだ!」
「風見……まさか、あれを使う気か!? 危険だ! 今の状態であれを使えば、お前がどうなるか!」
「無論承知の上だ! だが、他に方法が無い!」
「……分かった。任せろ!」

 仮面ライダーV3の提案に渋々同意したライダーマンはロープアームを射出する。木に巻きつけると引っ張らせて包囲網から離脱し、少女を抱えてその場を離れる。多数の怪人とデストロン戦闘員が殺到し、便乗するように無人ISまでもが一斉に突撃してくるが、仮面ライダーV3が独り立ちはだかる。

「レッドランプパワー! レッドボーンパワー!」
「何を企んでいるかは知らんが、死ね! 仮面ラァーイダV3!」

 仮面ライダーV3は『26の秘密』の内、『レッドランプパワー』と『レッドボーンパワー』を発動させる。パワーを増幅させているのを見ていぶかしむドクトルGであったが、チャンスと見て怪人を一気に突撃させる。

「生憎だが、死ぬのは貴様らだけだ……逆ダブルタイフーン!」

 しかし仮面ライダーV3はダブルタイフーンを逆回転させて猛烈な風をベルトから噴射し、『逆ダブルタイフーン』を発動させる。レッドランプパワーとレッドボーンパワーによる強化と相まって、ダブルタイフーンから噴射させる風は勢いを増して小型のツイスターを発生させ、怪人や戦闘員達を次々と巻き上げて粉砕していく。同時に逆ダブルタイフーンの負荷に耐えられずにベルトの風車が完全に粉砕され、至る所に罅が入って砕けて装甲が剥がれ落ちる。

「ぬうっ!? このような手を! 今は退く他にないか……覚えていろ! 仮面ラァーイダV3!」

 自身とキバ男爵、ツバサ大僧正、僅かなデストロン戦闘員以外が全滅したと見るや、ドクトルGは退却を決断してキバ男爵、ツバサ大僧正と共に姿を消す。少し経過すると小型ツイスターが収まり、多数の無人機と怪人の残骸、それに独り佇む仮面ライダーV3が残る。

「逃がした……か……」

 仮面ライダーV3の口から声が洩れると変身が解除され、風見志郎の姿に戻りながらゆっくり倒れ込む。直前に駆けつけたライダーマンが志郎の身体を支えると、空に信号弾が打ち上げられる。撤退の合図だ。
 ライダーマンは自身の愛車『ライダーマンマシン』を呼び出すと、意識のない志郎を後ろに乗せる。そしてSPIRITSと合流すべくスロットルを入れて走り出すのであった。

**********

 夜明け前。香川県にある善通寺駐屯地。SPIRITS第3分隊と第4分隊が間借りしている駐屯地内の医療施設に、ライダーマンがいた。目の前には手術台の上に寝かされた志郎がいる。意識はまだ回復していないが命には別条ない。腰に巻かれたダブルタイフーンは辛うじて原型こそとどめているものの、大破していると言って差し支えない。
 志郎を回収した後はSPIRITSと合流し、市民を安全な場所まで避難させたライダーマンだが、修復に必要な部品の調達に思ったよりも手間取り、結局今まで修復に取り掛かれなかった。加えて志郎の疲労も大きく様子見をしていたが、修復手術に支障が出るほどでもなく、十分な資材を確保出来たことから修復に取り掛かることにした。

「オペレーションアーム!」

 ライダーマンが右肘にカートリッジを差し込むと右手が変形し、指先から多数の作業用アームが展開される。するとアームがめまぐるしく動いて修復作業を開始する。脳波コントロールでアームを細かく微調整しつつヘルメットに映る各種データに目を通していたライダーマンだが、表情はどこか芳しくない。それでも集中は途切れないのかアームはめまぐるしく動き回り、瞬く間にダブルタイフーンはその外観を取り戻し、罅がなくなり、元の形に戻っていく。
 夜が明けて太陽が東の空に昇る修復は完了し、ライダーマンは作業用アームを格納する。ようやくライダーマンはヘルメットを脱いで変身を解除し、結城丈二の姿に戻る。少し後に志郎が目を覚まして身体を起こす。

「ここは……?」
「善通寺駐屯地だ。まったく、相変わらず無茶をしてくれる」
「結城……すまんな。また世話を掛けた。ダブルタイフーンは?」
「ベルトの修復自体は完了した。だが、無茶をした代償なんだろう、変身機能やテレパシーは、損傷が酷過ぎてどうにもならなかった。自己修復が完了するのを待つしかない」
「そうか……お前の見立てでは、どれくらいかかる?」
「正確には分からないが、見た限りでは12時間、半日は変身出来ないだろう」
「12時間……それが俺の死線(デッドライン)、か」

 丈二は志郎に冷静に自身の見立てを伝えるが、志郎は大して動揺した様子も見せない。志郎は一度ベルトが完全に粉砕され、丈二が調達した部品でダブルライダーが再改造を施すまで、変身どころかベルトの修復すら不可能と判断された経験がある。それに比べれば半日とはいえ、修復完了するのはずっと楽だろう。なにより、変身出来ずとも丈二に託されたカセットアームを使い、『ブラックサタン』や『デルザー軍団』ともやり合って見せた男だ。このくらいで動揺しないと丈二も承知している。

「しかし、お前やSPIRITSのの負担が大きくなるな。もう一つくらいカセットアームがあれば、どうにでもなるんだが」

 志郎が懸念するのは丈二やSPIRITSの負担がその分大きくなることだ。特に四国にはIS操縦者は回されていないので、丈二の負担は重い。戦闘員ならともかく、怪人を相手に互角に渡り合えるのはやはりIS操縦者だ。一応単体ならば怪人と渡り合える隊員もいないことはないが、ごく一握りだけだ。IS用銃器を改造して使える者も1つの分隊に数人いるかいないか、それも人間にも扱えるように威力や命中精度を落としている。ISは銃器の機能を十全に発揮出来るし、並の怪人では太刀打ちできない機動力を持っている。それらを駆使して戦えば1分隊分くらいの働きを余裕でこなせるだろう。今の状況でIS操縦者がいないのは痛い。しかし、そうも言っていられない。

「いや、あるさ。カセットアームならな」

 すると丈二は機械が剥ぎ出しになった義手とカートリッジが入ったケースを志郎の前に置く。

「結城、こいつは?」
「俺が装着している完成型が出来るまでに作られた試作型の一つを改修し、手持ち武器として使えるよう調整し直したアタッチメントだ」
「どうして、そんなものが?」
「元々は滝さんのために用意しておいたんだ。SPIRITSスーツを使えばこいつの反動に耐えられるだろうし、あの人の無茶さ加減は相当なものだからな。もっとも、山田先生の『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』に装備させる対怪人用装備や『流星』の調整があって、昨日ようやく調整し終えたところなんだが」
「なるほど、少しは怪我をする確率も減るだろうと」
「ああ。いい機会だし、お前にテストをして貰う」
「望むところだ」

 丈二と志郎は滝和也のことを思い浮かべて苦笑する。
 丈二は志郎よりやや早く和也と出会っていることもあり、和也の無茶さを熟知している。
 志郎はアタッチメントを受け取り、カートリッジの入ったケースをベルトに挟み込むと立ち上がり、丈二と共に手術室を出る。すると待合用の長椅子に腰かけていたケンとシゲルが立ち上がる。

「先輩、どうでしたか?」
「無事、修復に成功したよ。結城のお陰でな。半日は変身出来ないらしいが」
「変身出来ないって、どういうことですか?」
「俺から説明しよう。変身機能を含む一部機能の損傷は、外部からの処置だけでは完全には修復出来ないんだ。あとは自己修復が完了するのを待つしかない」
「そうですか……分かりました。他の部隊員には私から伝えます」
「すまんな、ケン」

 志郎が謝るもケンは笑って首を振る。今回の件はSPIRITSに周知させる必要がある。もっとも、ケンやシゲルのように志郎の活躍を聞いている者や、実際に随伴してその奮戦を見ていた者が第3分隊には少なからずいるので、あまり動揺が起こりそうにないが。シゲルも分かっているのか別の話題を切り出す。

「それはそうと風見さん、結城さん、俺たちも讃岐うどんを食べませんか? 他の皆は先にやってるんで」
「うどん? シゲル、どういうことだ?」
「地元の業者や飲食店の方々が、我々SPIRITSに炊き出しがしたいとおっしゃっていたので。代表者の方が先輩や結城さんに『讃岐麺太郎』と言えば分かる、と」
「そうか、彼が、か」
「先輩、讃岐麺太郎と言う方をご存じなんですか?」
「ああ。バダンがデストロンを再生させた時に知り合ってな」

 ケンの質問に志郎は頷いてみせる。
 志郎と讃岐麺太郎は、『時空魔法陣』で四国が孤立した時に知り合っている。もっとも、丈二や志郎は長い付き合いというわけでもなかったが。あれから30年以上経過しているので、麺太郎も立派なうどん職人となったのだろう。

「しかし、よくアンリが許可してくれたな」
「そりゃ、アンリエッタ隊長も部隊の現状は把握してますからね。なんせウチは他の部隊と違ってむさ苦しい男所帯ですし。デストロンとの戦いが死と隣り合わせだってのに、女っ気がないと来てるんですから。それじゃストレスが溜まる一方で、目の保養も癒しもあったもんじゃありませんよ。せめて食事くらいは不味いレーションじゃなくて、本場のうどんでも食べた方がずっとストレス解消になりますから」
「まったく、アンリさんが聞いたら、なんと言うか……」
「正直、あの人も自分に色気がないことを承知してると思いますよ。それに、結城さんとの関係はみんな知ってますから、ねえ……」

 シゲルの言うことはあながち間違いでもない。アンリエッタはかつて危険人物の多さで知られた旧SPIRITS第10分隊を率いており、生半可な男なら一撃で昏倒させる実力と荒っぽさを併せ持っている。イタリア海軍の特殊作戦部隊『COMSUBIN』出身の隊員がアンリエッタを口説こうとしたところ、最初は無視していたのに構わずちょっかいを出し続けた結果、堪忍袋の緒が切れたアンリエッタに一撃で昏倒させられたことは、第4分隊のみならず第3分隊にも知られている。アンリエッタが一緒にいると緊張こそすれ、目の保養にはならないだろう。
 シゲルの言葉に丈二は苦笑しながら、志郎とケンを促して駐屯地の外まで出る。シゲルの言っていた通り、SPIRITSの隊員が立って、あるいは地面やコンクリートの上に腰かけてうどんを啜っている。かなり盛況なようだ。ケンの存在に気付いた第3分隊の隊員が敬礼する。隊員に集合を掛けるケンを尻目に、丈二と志郎は列の最後尾に並んでいたアンリエッタと合流する。

「かなりの盛況だな、アンリ」
「ええ。あなたの人徳の為せる業、と言ったところかしら、風見志郎」
「そうでもないさ、アンリさん。おやっさんのお陰でもある」
「身体の方は?」
「すっかり良くなった。変身機能を除いて、の話だが」
「そう……修復の目途は?」
「約12時間後には変身機能の自己修復も完了し、変身できるようになるだろう。それまで風見はアタッチメントで戦って貰うことになるが」

 合流したアンリエッタとしばらく話しながら順番を待っていた丈二と志郎の下に、分隊員への説明を終えたケンとシゲルもやってきて列に並ぶ。列が次第に消えて最後に丈二たちの番が来ると、一人の女性がシゲルにうどんを渡そうとする。しかし女性の顔を見るやアンリエッタ以外の面子と、女性の顔が驚愕の表情に変わる。

「シゲル!? どうしてシゲルがここにいるの!?」
「姉さん!?」
「純子さん!? なぜ貴女がここに!?」
「志郎さん!? 結城さん!? ケンちゃんまで!?」

 女性はシゲルの姉で、少年ライダー隊で通信係も務めていた珠純子であった。なぜ純子がここにいるのか分からず混乱する一同だが、純子の声を聞きつけてテントの奥から一組の少年少女がやってくる。

「純子さん、どうかしたんで……って、風見さん!?」
「結城さんまで!? じゃあ、麺太郎さんが言っていた仮面ライダーって……!?」
「弾君!? 蘭さん!? 君たちまで!?」

 純子のみならず五反田弾、五反田蘭の兄妹までいるのを見た丈二と志郎は、ただ絶句することしか出来なかった。

**********

 時間を遡る。
 朝方の善通寺駐屯地の前には多数のテントが設営されている。テントの屋根の下には大量の鍋にコンロ、思い思いの服装をした多数のうどん職人がひっきりなしに作業している。テントの前では黒いプロテクターを着たSPIRITSの隊員がうどんを受け取っている。テントの中でも一際人の多いテントで弾はうどんを茹でて水を切る作業を一度やめ、額に浮かぶ汗を拭う。
 祖父の厳の言いつけで蘭と共に純子に引率されて香川にやってきた弾は、厳の昔馴染みである讃岐麺吉といううどん職人の店に住み込むことになった。それからは麺吉の息子で今の店主である讃岐麺太郎・小麦夫妻、店で働いている風味掛之介、ウ・ドン・アレンらの手伝いする傍ら、麺吉や麺太郎からうどん作りのいろはを教わっていた。しかし予想に反してデストロンが四国に出現してから、店は事実上休業となっていた。
 ただ麺太郎世話になった仮面ライダーへの恩返しをしたい、と業者や飲食店に呼びかけた結果、麺太郎達が中心となってうどんを振る舞うことになり、弾や蘭、純子も手伝うことにした。

「お待ちどう様でした。冷めない内にどうぞ?」
「ありがとう、お嬢さん。しかし君のような可憐で美しい娘が、どうしてここに? 君くらいなら……あが!?」
「民間人を口説くとはいい度胸ね。ごめんなさい、うちの部下が粗相を」
「あ、いえ、私は大丈夫ですから……」

 蘭はイタリア系らしきSPIRITSの隊員にうどんを渡した所、手を握られ口説かれそうになったが、第4分隊の分隊長を名乗るアンリエッタ・バーキンに蹴りを入れられる。アンリエッタは蘭に謝罪し、その隊員をさっさと退散させる。

「アンリエッタって姉ちゃん、美人だけどおっかねえなぁ。ま、どっかの鬼嫁に比べりゃまだ可愛いもんだ……あべし!?」
「もう! 無駄口を叩いてないで、さっさと手を動かす! 弾君、もう休んでも大丈夫よ?」
「そんな、俺は大丈夫ですから。俺よりもアレンさんの方が……」
「ノープロブレム。まだまだ余裕だから、気にしなくていいヨ」

 麺太郎が小麦をからかうと小麦はコークスクリューブローを麺太郎の顔面にめり込ませ、麺太郎は数メートル程吹き飛ばされて地面に転がる。麺太郎曰く、空手の有段者である麺吉の特技『親父突き』に、小麦が独自に改良を加えた『小麦突き』らしい。威力は折り紙つきで、親父突きの倍はあるそうだ。蘭も小麦から会得したらしく、一度蘭に麺太郎と同じように殴り飛ばされたことがある。凶行の直後とは思えぬ穏やかな笑顔で休息を勧める小麦に、弾は首を振る。アレンは自分の倍以上は働いているのだ。そのアレンを差し置いて休憩するのは気が引ける。

「麺太郎! いつまでも寝てねえでさっさと手伝え!」
「少しは息子に気を使えっての……掛之介、汁の方は?」
「人数分はばっちり。兄貴。ちょっと味見てくれへんか?」
「分かった、すぐに行く!」

 麺吉にどやされながらも麺太郎は立ち上がり、掛之介のいるテントに向かい汁の味を見ている。近くではアンリエッタが小麦の父で粉問屋の瀬戸内社長と話している。

「ありがとうございます、瀬戸内社長。我々のために、無償でこんなことを」
「いいえ、とんでもない。我々も助けて貰ったんです。これくらい、どうってことはありません。それに提案したのは私の婿でしてね。私は提案に乗っただけですよ」

 瀬戸内とアンリエッタが話している間にも続々とSPIRITSの隊員はテントの前に並び、うどんを受け取っていく。アンリエッタも話し終えたのか列の最後尾に並ぶ。弾もアレンと共に人数分のうどんを茹で終えると、純子と交代して休憩に入った蘭や掛之介と共に一度テントの奥に入って休憩する。

(どの仮面ライダーかは知らないけど、やっぱり風見さんたちって凄いよな……)

 内心仮面ライダーの影響力や人脈について感心していた弾だが、テントの外から純子の素っ頓狂な声が上がる。何事かと弾と蘭がテントから出て見れば、そこに志郎や丈二、ケンがいて、現在に至る。

「……そうか、大将と麺吉さんに、そんな関係があったのか」
「はい、麺吉さんの話だと昔からの知り合いで、よく殴り合いになったり互いの料理を品評しあったりした仲だったとか」

 賄いとして出たうどんを啜りながら弾と蘭、純子は麺太郎たちと共に志郎、丈二、ケン、シゲル、アンリエッタに経緯を説明している。
 
「しかし、あの街も危ないが、四国に行かせなくともよかっただろうに。もっとも、どこに逃げようがあまり変わりないのかも知れないが」
「そうでもないと思うわ。四国には志郎さんと結城さん、二人も仮面ライダーがいるんですもの。デストロンの一つや二つ、どうってことないでしょう?」
「やれやれ、姉さんはいつもこれだよ。なんとかは盲目って言うけど……痛たたたたた!?」
「純子さん、あまりプレッシャーを掛けないで貰えるか? 弾君や蘭さんの前で言われると肯定するしかない。それに……」
「風見さん、どうかしたんですか?」

 純子の全幅の信頼が籠った一言と茶化して耳を引っ張られるシゲルに苦笑する志郎だが、途中で言葉を濁す。怪訝そうな表情をして尋ねる蘭だが、何か不味いことがあったと察した弾が止めようとする。しかし丈二が手で制し、意を決した様子で志郎が再び口を開く。

「実はベルトをやられてしまってね。まだ変身出来ないんだ」
「変身出来ないって……かなりヤバくないですか!?」
「ああ。もっとも、変身出来なくとも、俺はまだ戦えるがね」
「いや、そんな問題じゃ……!」
「そうでもないぜ? そこの少年」

 志郎が口にした意外な、それも最悪に近い発言に早口で捲し立てる弾に、後片付けを始めたオサムが割って入る。

「変身出来なくともその人は強い。バダンの時は変身せずに怪人とやり合っていたらしいし。それに、風見さんみたいな顔をしたいい男は、不死身で無茶苦茶強いって相場が決まってるのさ」
「俺も保証するぜ。目の前で見たことがあるからな」
「志郎さんは、それくらいでへこたれるような人じゃない。デストロンと戦っていた時も最後まで諦めないで、会長や結城さんの力を借りて戦い抜いてきたんだもの。だから、大丈夫よ」
「そうだよ、お兄。風見さんなんだから、心配しなくても大丈夫だよ。あの時だってそうだったんだから」
「君の負けだな、弾君。変身出来ないのは一時的なものさ」
「……そうですよね。すいません、風見さん」
「いや、心配を掛けて悪いね」

 オサムや麺太郎、純子、そ蘭の言葉を聞いた弾は結局折れる。廃墟で蘭が無人ISに襲われた時も、蘭が『亡国機業(ファントム・タスク)』に誘拐された時も無事に生き延びて、蘭と自分の救援に駆けつけている。志郎にとって、変身出来ないのも些細なことなのかもしれない。

「ところで、あなたは……?」
「ん? ああ、失礼。俺は寺田オサム。さすらいの私立探偵、だったんですけど、訳あってSPIRITS第4分隊の副隊長をやってます」
「私立探偵が、副隊長を?」
「同僚や知り合いから推薦を受けましてね。テストしたところ戦闘能力や各種技能に知識、判断力、応用力、精神力が優秀だったので。特に精神面では『バダンシンドローム』に強い耐性を持っていたのが、私やアンリを除けばシゲル君くらいでしたから」
「バダンシンドロームって、あの時の?」
「ええ。バダンやゴルゴムの侵攻を経験した世代では大なり小なり耐性はありますが、滝さんのように極めて強い耐性を持った方は稀ですから。バダンとの戦いでは分隊長がバダンシンドロームに罹患し、指揮系統に乱れが生じたこともありました。なので隊長や副隊長には戦闘能力や各種技能、指揮能力だけでなく、バダンシンドロームに耐性を持った者を優先的に振り分けているんです」

 オサムと純子、ケンが話している横でうどんを啜り終えた弾、志郎、丈二、蘭だが、隊員が一人大急ぎで駆け寄ってくる。ケンとアンリエッタ、シゲル、オサムが注目すると隊員は敬礼もそこそこに報告を開始する。

「高松市にデストロンが出現したとの報告が入りました! 現在、高松市各地の避難所を襲撃し、警察や国防軍部隊と交戦中とのことです!」
「何!?」
「デストロンめ、もう動き出したか!」
「総員、直ちに出撃準備を!」

 ケンとアンリエッタがテントから飛び出して部隊員に命令を下す。隊員は一斉に武器を持ちヘルメットのバイザーを下ろし、ヘリのある場所まで走り出す。ケン、アンリエッタ、シゲル、オサムもヘルメットを被って駈け出し、志郎と丈二も外に止めてある自分のバイクに跨る。

「先輩と結城さんは先行して下さい! 我々もすぐ追いつきます!」
「分かった! 行くぞ、結城!」
「ああ! トオッ!」

 志郎はバイクのスイッチを押して常用バイクから『ハリケーン』へ変形させ、丈二はヘルメットを被ってライダーマンへと変身して走り出そうとする。

「風見さん!」

 しかし蘭が呼び止めると志郎はそちらを向く。一瞬蘭は躊躇した様子を見せるが、弾が促すと意を決した様子で言う。

「……頑張ってくださいね!」
「ありがとう、蘭さん。勿論さ」

 志郎は蘭にいつものように穏やかに笑ってみせ、ハリケーンのスロットルを入れて高松市めがけて走り出す。

「蘭、まずは片付けからしようぜ。今の俺たちに出来ることは、それだ」
「……うん」

 見送っていた蘭を弾は促し、純子や麺太郎達と共に後片付けを始めるのであった。

*********

 秋月信彦ことシャドームーンがその女と出会ったのは、デストロンの侵攻が開始される前日であった。
 宣戦布告後はハカイダー、ワルダーと共に邪魔してくる怪人や進路上に立ち塞がる怪人を排除し、ハカイダーの専用バイク『白いカラス』に同乗して日本を目指したシャドームーンだが、仮面ライダーBLACK RXやハカイダーの標的人造人間キカイダー、ワルダーが探しているキカイダー01とビジンダーの行方は掴めなかった。彼らが日本防衛のために残っていることはシャドームーンも承知している。しかし、どこにいるかまでは分からない。
 結局、僅かな情報を頼りに徳島県までやって来たはいいが、酷使し続けてきたツケが回ったのか、白いカラスもワルダーの専用マシンも変調をきたし、徳島に釘付けされる形となった。どちらのバイクも修理業者に直せる代物ではない。サブローの姿になったハカイダーは公園前の道路に白いカラスを停め、修理しようと試みているが苦戦している。虚無僧の姿になったシャドームーンは黙って佇んでいたが、浪人笠を被った浪人の風体をした人間態のワルダーが街から戻ってくる。

「どうだった?」
「他の交通機関は運行を停止していたでござる。なんとしてもこれを修理する他に道はありますまい」
「シャドームーン、テレポートは使えないのか?」
「俺が出来るのはごく短距離のものだけだ。こんな時にはたいして役に立たん。お前の方はどうなんだ?」
「単刀直入に言おう。俺の手には負えん。修理は専門外だ」

 ワルダーは街に出て他の交通機関が使用できないか調べていたが、駄目だったらしい。サブローの方も性格から考えて嘘ではない。修復は無理だろう。しかしシャドームーンもサブローもワルダーも焦りは見せない。自分たちが探し求めている者が簡単に死ぬようことはないと熟知しているので、焦る必要もない。万が一の時はショッカーなりから足を強奪すればいい。
 どこか冷静に今後のことを考えていたシャドームーンだが、自分たちを見つめる視線に気付くと中断する。サブローやワルダーも同様らしい。サブローはブーツからナイフを抜くと、無造作に視線の主が隠れている木の幹にナイフを投げる。すると視線の主らしき銀髪で小柄な少女が木の陰から飛び出し、逃走しようとする。

「待て、どこに行くつもりだ?」

 しかしシャドームーンが先回りして少女の行く手を阻み、ワルダーが背後から歩み寄って逃げ道を塞ぐ。少女が先ほどからずっと目を閉じたままであることに気付き、内心いぶかしむシャドームーンだが、ワルダーやシャドームーン、サブローとの距離を測って隙を伺っているのを見てとると、構わずに質問を再開する。

「俺たちになんの用だ? なぜ俺たちを監視していた?」
「別に監視などは……!」
「しらばっくれても無駄だ。物陰に隠れてずっとこちらを盗み見る『偶然』などあるか」

 少女は白を切ろうとするが、サブローが切り捨てると歯噛みして黙りこむ。その間にシャドームーンは少女を透視し、改造人間の類ではないかチェックする。

(機械化改造は施されていない。生体改造も施されていない、身体的には生身の人間か。だが遺伝子操作やナノマシンの投与による身体能力や治癒力、一部感覚の向上措置が施されているようだな。目を閉じていてもこちらを『見る』ことが出来るのも、措置の効果といったところか)

 少女が只者ではないと確信したシャドームーンは相手が口を割らないと悟る。ならば精神操作で黒幕が何者か吐かせようと決め、一度口元に右手を持っていき少女にかざそうとする。しかしワルダーが少女の前に割って入り、シャドームーンの前に立ちはだかると一度動きを止める。

「ワルダー、なんのつもりだ?」
「シャドームーン殿、相手はまだ子供。無体な真似をせずともよろしかろう」
「ただの子供だと思うか? ナノマシンを注入され、遺伝子操作が施された子供が。それに、本当に子供とは限らん。俺も似たようなケースを知っているからな」
「それでも、拙者は納得出来もうさん。ここは穏便に済ませるのが上策というもの」
「俺もワルダーに賛成だ。洗脳だ拷問だというものは、気に食わん。こいつの親玉にどんな思惑があるのか知らないが、何か策があるのならば正面から突破すればいいだけ……」
「うおおおおおっ!?」

 ワルダーのみならずサブローもシャドームーンに異を唱えて対峙するが、ワルダーの上げた叫びにより台無しになる。

「また、犬か……」

 シャドームーンが半ば呆れた口調で漏らしたように、ワルダーの前に現れた一匹のポメラニアンが盛んに吠えかかり、ワルダーは身体を硬直させている。首輪やリードが付いているのを見ると、飼い主からはぐれた飼い犬のようだ。ワルダーが犬を苦手としていることは承知しているし、犬をなぜ苦手としているかはサブロー共々本人から聞いている。しかしこの欠点にはシャドームーンもサブローも少々辟易している。このせいで聞きこみが台無しになったことも少なからずある。とはいえ、人当たりが最悪なシャドームーンやサブローに比べ、外見や言葉遣いはともかく人当たりがまともなワルダーがいなければ、ここまでこれなかったのだが。
 少女はワルダーの様子がおかしいことも見えているのか、なんとも言えない微妙な表情を浮かべている。しばらくポメラニアンが吠える声以外は誰も喋らない、非常に気まずい沈黙がその場を支配する。しかし頭に兎耳を乗せた女が気配もなく、ごく自然にポメラニアンを抱き上げ、飼い主らしき少女に黙って渡すと中断される。ポメラニアンは飼い主に抱かれて落ち着いた様子を見せるものの、ワルダーやサブロー、シャドームーンに吠え続け、少女に抱かれてフェードアウトしていく。ようやく身体の硬直が解けたワルダーが口を開く。

「どこのどなたかは存じませぬが、かたじけない。なんとお礼を申したらよいか……」
「くーちゃん、こっちがセンサーが反応してた人造人間の片割れ?」
「はい、束さま。ライダースーツを着た方がもう片方で、変なヘルメットのようなものを被ったのは、改造人間かと。名前は確かシャドームーンと」
「あれは『深編笠』っていうんだよ。けどライダースーツはともかく、虚無僧に浪人ってセンスはいくらなんでも……それに、シャドームーンって言えば、ゴルゴムの世紀王もそんな名前だったねえ。けど、どうして世紀王が人造人間と一緒に四国にいるんだろ? インターポールの情報じゃ、四国はデストロンが復活する筈なんだけど」

 兎耳を付けた女はワルダーやサブロー、シャドームーンなど眼中にないかのように、くーちゃんという少女と話し始める。こちらの正体を把握していると悟ったサブローはブーツナイフに手を掛けるが、シャドームーンが手で制すと女に向けて話し始める。

「何を言ってるのか分からないんだが。俺はただの托鉢僧だ。改造人間などという、大それたものじゃない」
「五月蠅いなあ。惚けたって無駄なんだから黙っててよ。あのバイクが普通じゃないのは分かってるし。束さんの目を誤魔化そうなんて、百年早いよ」

 束を名乗る女はシャドームーンに面倒臭そうに手を振って応える。まともに話す気はないらしい。隠していても無駄なようだ。シャドームーンが笠に手を掛けるとくーちゃんが拳銃を抜き、サブローもブーツナイフを顔の前にかざそうとする。だがワルダーはサブローのナイフをどけ、再び話し始める。

「サブロー殿、しばらく。束殿と申されましたな。拙者、確かにロボットにござるが、厳密に言えば人造人間ではござらん。拙者を生み出したのは人ならざる者。その意味では『人造』とは言い難……うおおおおおっ!?」
「ありゃ? ぬいぐるみでも反応するんだ……」

 束が無造作に取り出した犬のぬいぐるみを見て硬直するワルダーに、束も呆れた顔をしてみせる。ぬいぐるみと知ったワルダーが元に戻ると興味を持ったのか、今度は束からワルダーに話しかける。

「それにしても、どうして犬が嫌いなの? ウサギほどじゃないけど、結構可愛いのに」
「犬と言うものは畜生でありながら善悪を見極め、悪に吠える。善悪の区別すら出来ぬ拙者には、それが無性に恐ろしいのでござる」
「善悪の区別、ねえ……そんなの、人間にしか理解できないと思うんだけど。ロボットには無理だろうし」
「そうとは限らん。貴様よりは善悪の区別の付く人造人間を、俺は知っている」

 束の一言にサブローが言い捨てる。くーちゃんは何か言おうとするが束が手で制し、今度はサブローに興味を持ったのかサブローに向き直る。

「それは興味深いけど、後にしようか。それで、人造人間と改造人間がなんで仲良く四国にいるわけ?」
「俺もワルダーもシャドームーンも探している者がいる。たまたま一緒になっただけだ」
「ふぅん、ところでそっちの改造人間さんが探してるのって、『仮面ライダーBLACK RX』じゃないかな?」
「……なぜ、それを?」
「束さんの情報網を舐めて貰ったら困るな。シャドームーンと対になるのは『ブラックサン』ってことも、それが進化したのが仮面ライダーBLACK RXだってことも知ってるよ。そこで本題に入りたいんだけど、私と組まない? 私は君たちに情報と足を提供して、君たちはその対価として労働力を提供する。どう? 悪い話じゃないと思うんだけど」
「話にならん。他を当たれ」
「生憎、貴様の遊びに付き合うほど暇じゃないんでな」
「なら聞くけど、仮面ライダーBLACK RXや他の探し物がどこにいるのか分かるのかな? それにバイクが使えなきゃ意味がないし、ショッカーとかバダンとかゴルゴムの攻撃が始まったら、陸路で移動出来ると思ってるの?」

 シャドームーンとサブローは唐突とも言える束の提案をあっさり蹴ると、踵を返して立ち去ろうとする。しかし束の一言を聞くと動きが止まる。仮面ライダーBLACK RXやキカイダー、キカイダー01、ビジンダ―が日本のどこにいるか分からない。特にショッカーやバダン、ゴルゴムが動き出してしまえば情報収集も出来ないし、仮に居場所を突き止めても行くのは困難だ。最悪入れ違いとなる可能性も否定出来ない。逡巡するシャドームーンとサブローへ、束が畳みかけるように続ける。

「だから情報や足は私が用意してあげる。こっちには当てがあるからね」
「ならば一つ聞きたい。なぜ俺たちの組もうとする? 貴様の狙いはなんだ?」
「私にはやりたいことが、まだやらなきゃいけないことがあるから」

 サブローの質問に対して束は静かに答える。

「そのためには亡国機業もデストロンも、全部潰さなくちゃいけない。特にデストロンのヨロイなんとかってヤツには借りがある。それを返すのに力が必要なんだ。どんなに汚くてもいい。邪魔者を全部排除出来る力が」
「それで俺たちの力が欲しい、と?」
「うん、そうだよ」
「どうしても、か?」
「どうしても、だよ」

 しばらくシャドームーンと束は無言で対峙する。目には軽々しさなど微塵も含まれていない。むしろ冷徹なまでの強靭な意志が籠っている。

「シャドームーン殿、この話は有り難く受けた方がよいのでは?」
「……いいだろう。その話、乗らせて貰う」
「ただし、使えないと判断すれば、すぐに切り捨てる。裏切りなどもっての他だ」
「契約成立、だね。案内するよ、私のアジトに」

 ワルダーに促されたシャドームーンとサブローは提案に乗ることを決め、束に促されて歩き出す。
 それから数日が経過し、高知県某所にある地下アジトの一つで、シャドームーンとサブローはモニターに映る映像を束と共に眺めている。あの後に束の姓が篠ノ之であること、束こそがISを創り出した科学者であること、くーちゃんの本当の名前は『クリスタ』であることが判明したが、シャドームーンとサブローにはどうでもよかった。ただ、バイクを直したことから科学者や技術者としては優秀らしい。今は無人ISとデストロン、それに仮面ライダーが交戦している様子を見ている。

「これが3番目の仮面ライダー『仮面ライダーV3』、そしてこちらが4番目の仮面ライダー『ライダーマン』、か。貴様の言っていた通り、仮面ライダーBLACK RXがここにいないというのは本当らしいな」
「厳密にはこっちは偽者だよ。本物のライダーマンは死んだ。少なくとも、私の知ってるライダーマンじゃない」
「なぜ言い切れる? 貴様にライダーマンの何が分かる?」
「互いの事情を詮索しない。それも決めたよね?」
「フン、そうだったな」
「俺からも聞きたい。無人ISがあるのに、なぜ俺たちを味方に引き入れた? 数や性能は十分だろう」
「確かにゴーレムの性能は優秀だよ。けど、それだけでしかない。進化できる可能性がないからね」
「進化?」
「そう、進化。無人機っていうのは有人機よりも完璧に近いよ。操縦者がいないから人間の限界を考える必要はないし、情報処理や反応速度から言っても無人機は有人機に優れているし、コンピューターの判断だって合理的だよ。けどね、それじゃ進化できないんだよ、特にISは。完璧に近いってことは、裏を返せば進化する余地がほとんどないんだよ。出来るのはせいぜい改良だけ。それじゃあいずれ袋小路になって、限界にぶち当たる。けど人間という可能性を加えれば進化する余地が出てくる。人間は機械に比べたらずっと不完全で、ひ弱で、非合理的だけど、だからこそ進化出来る。不完全だからこそ、より高みを目指して進化を追い求める。非合理的だからこそ、別の可能性が生まれる。失敗して、傷ついて、治して、学習して、それを糧に前よりも強くなる。これは人間に限らず、命ある物に与えられた特権なんだよ。それを捨てて全て機械に置き換えたり、動きも戦い方も全部機械任せにするなんて、自分で自分の首を絞めてるようなものだよ」
「完全故の不完全、ということか」
「そんなとこだね。仮面ライダーはそのいい例だよ。不完全だからこそ定められたスペックを超え、どこまでも強くなれる。さらなる高みへ進化出来る。これは機械じゃ出来ないことだよ。機械自らが不完全な存在にでもならない限り、ね」

 束の言葉を聞いたシャドームーンはしばし自らの宿敵のことを思い出すが、背後からクリスタが歩いてくるモニターの前から離れる。束はクリスタが持ってきた黒焦げのデンプンの塊と湯呑みに入った緑茶を口にする。

「うん? こっちのお茶はくーちゃんが入れたんじゃないね?」
「はい、ワルダーさんが手伝ってくれましたので」
「クリスタ殿、このゴミはどうすれば?」
「それは燃えるごみに捨てて下さい」
「承知した」
「ある意味、適応力があるよね、彼」

 奥の方でワルダーが律儀にごみを分別して捨てているのを見て束、シャドームーン、サブローは溜息をつく。義理固い性格故か、ワルダーはクリスタの仕事まで手伝っているらしい。ある意味シャドームーンやサブロー以上に人間臭いワルダーを横目に、シャドームーンもついでに疑問を解消することにした。

「俺からも一つ聞きたい。なぜこんな格好をしなければならない?」
「だって虚無僧なんて、いくらなんでも怪し過ぎるでしょ? あっちの彼は浪人姿にしかなれないから仕方ないけど、君は少しは変身出来るんだから」
「では聞くが、なぜ執事の格好をさせた?」
「なんとなくお似合いじゃないかな、と」

 今のシャドームーンは虚無僧の格好をした秋月信彦ではなく、執事の格好をした壮年男性の姿になっている。

「それはそうと、耳よりな情報を二つゲットしたよ」
「内容は?」
「まずは一つ。インターポールを通じてSPIRITSが流している広報によると、仮面ライダーBLACK RXは北海道でゴルゴムやクライシス帝国と戦ってるらしいよ。これがその映像」

 束がキーボードを操作すると、モニターに仮面ライダーBLACK RXが2機のISと共にゴルゴムの怪人やクライシス帝国の怪人と戦っている光景が映る。映像の中で剣と盾を装備し、真っ赤な刃をしたサーベルを振るっていた剣士の姿を捉えると、シャドームーンは鼻を鳴らす。

「ふん、創世王め。クライシス皇帝と組んだだけでなく、ビルゲニアまで手駒にしたか。『サタンサーベル』をくれてやった辺り、またしてもビルゲニアを当て馬にしたのか、ビルゲニアに俺を始末させようと本気で考えているのか、世紀王そのものを必要としなくなったのか……それで、北海道のどこかは分かったか?」
「分析した限りでは根室の辺りみたいだね。もう一つ、北海道までの足も確保出来るかもしれない」
「どういうことだ?」
「さっきデストロンの通信を傍受したんだけど、デストロンが北海道に送る『バダンニウム83』の輸送船が徳島から出港するらしんだよ。それを使えば北海道まで行ける」
「そうか……ところで、キカイダーの情報は?」
「そっちは全然。SPIRITSと行動を共にしてないみたいだし、日本にいるのかも……」
「ヤツは必ず日本のどこかにいる。キカイダー01もビジンダーもな。今は北海道まで行くしかないか。新たな情報が掴めるかもしれん」
「じゃあ、行こうか。船を借りに」

 束が椅子から立ち上がるとシャドームーンとサブローが歩き出す。続けてワルダーとクリスタも部屋を出て、最後に束がアジトを出るのであった。

**********

 高知県高知市。市街地からやや外れた場所に、デストロンが地下をくり抜いて建設した『サタンニウム』採掘場跡地が存在する。それを改修したデストロンの拠点の一つでは、捕えられた市民がサタンニウムやバダンニウムの採掘に従事させられている。市民を監視するようにそびえ立つデストロンアジトの建物の最深部では、ドクトルG、キバ男爵、ツバサ僧正、ヨロイ元帥が蠍のレリーフの前で跪いている。レリーフにあるランプが点滅して声が聞こえてくる。

『ドクトルG、人間共を逃がしたのみならず配下の怪人を全滅させ、仮面ライダーV3も、ライダーマンも、殺せなかったというのだな?』

「申し訳ございません、首領。全てはこのドクトルGの失態、どのような責めも負う覚悟であります」

『当然だ。キバ男爵、ツバサ大僧正、お前たちも同罪だ。お前たちがいながら仮面ライダーを仕留められなかったとはな。これ以上失望させてくれるな』

「最早言い訳などいたしません。いかなる罰であろうと、甘んじてお受け致します」
「我らが蘇ったのは憎き仮面ライダーを倒すため。それが出来ぬのであれば、地獄に送り返されて当然のことにございます」
「ふん、誇り高きデ~ストロンの大幹部たるものが情けない。首領、ここは私にお任せ下さい。必ずや憎き風見志郎と結城丈二を……」

『黙れ! ヨロイ元帥!』

 ドクトルG、キバ男爵、ツバサ大僧正を鼻で笑いつつ、身を乗り出すヨロイ元帥をレリーフからの声が一喝する。ヨロイ元帥が怯むと同時にレリーフからの声が続く。

『ヨロイ元帥、お前が自らの手駒を消耗することを惜しみ、他の大幹部に優位に立つべくわざと援軍に来なかったことくらい、私も承知している! 軟弱な臆病者はデストロンに必要ない! お前の罪は他の3人より遥かに重いと言える!』

「も、申し訳ございません首領! どうか、今一度チャンスを……ぎゃああああああああ!?」

 ひれ伏して謝り続けるヨロイ元帥にレリーフから怪光線が発せられ、あまりの痛みにヨロイ元帥は悲鳴を挙げて悶絶する。ひとしきりヨロイ元帥を苦しめ終えると怪光線は止み、ヨロイ元帥はようやく苦痛から解放される。

『しかしヨロイ元帥、私はお前の残忍さと狡猾さを高く評価している。その期待に応え、必ずや仮面ライダーを始末するのだ!』

「は、ははっ! ありがたき幸せ!」

 レリーフの声が途切れると幹部たちは立ち上がって司令室まで移動する。4人の大幹部が円卓に腰かけるとまずドクトルGが口を開く。

「ヨロイ元帥、何か策はあるのか?」
「うむ、間放棄予定の採掘施設ごとヤツを始末する。情報を流せば連中は駆けつけるであろう。口封じとして労働力を全滅させるついでに、風見志郎と結城丈二も始末してくれる。再生が完了した機械合成怪人を少し借りたい」
「怪人の方は構わん。だが愛媛をどうするかだが……」
「我等ツバサ一族に任せて貰おう。一族の再生は完了している」
「徳島はキバ一族が引き受けよう。こちらも再生は完了している。囮を送り込んだとはいえ、あの小娘が徳島のバダンニウム輸送船に手を出す可能性もある。未確認だが、シャドームーンらしきものも暗躍しているとの話もある。ドクトルG、例の物の設置は?」
「全てのサタンニウム鉱脈とバダンニウム鉱脈に設置は完了した。今夜にでも稼働出来るだろう。四国移動要塞計画は成就したも同然だ。仮面ラァーイダV3とラァーイダマンの首を取れば、首領もお喜びになるだろう。では、解散だ」

 最後にドクトルGが告げると、4人のデストロン大幹部は円卓から立ち上がり、一斉に動き出すのであった。



[32627] 第四十一話 潜入
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:37
 高松市内。デストロンの侵攻により市民は避難したため市街地は閑散としており、猫の子一匹いる気配はない。例外として市民が避難生活を送っている避難所だけは人がごった返している。不安を漏らす者や楽観視する者、希望を抱いている者など様々な人間が寄り集まっている避難所だが、今は阿鼻叫喚の悲鳴しか聞こえてこない。デストロンの戦闘員達が多数避難所に殺到し、警察や国防軍部隊と交戦しているからだ。
 アサルトライフルや重機関銃、迫撃砲に暴徒鎮圧用の放水車まで持ち出し、デストロンの戦闘員を次々と撃退していく警官隊と国防軍だが、徐々に防衛線の後退を余儀なくされている。オートバイ部隊まで出てくると機動力もあって苦戦を強いられる。オートバイ部隊の一部が防衛線を突破してバリケードを飛び越え、一気に避難所に雪崩れ込んでくる。

「ロープアーム!」

 しかしフック付きのロープがデストロン戦闘員を拘束し、バイクから放り出して地面に叩きつける。全てのバイクが横転して停止すると別のバイクが飛び込んでくる。ライダーマンマシンだ。ライダーマンは射出したロープアームを即座に回収し、ライダーマンマシンのスロットルを入れて逆にバリケードを飛び越える。そのまま外へと飛び出しデストロンオートバイ部隊と激しいバイク戦を展開し、体当たりで戦闘員をバイクから叩き落とし、バイクを蹴りつけて破壊し、上手くハンドルを操作してオートバイ部隊同士を衝突させ、次々に数を減らしていく。

「おのれ! まずは貴様から叩き落としてやる!」
「そうはいかんぞ! デストロン!」

 戦闘員のリーダーらしき者が指示を出すと、マシンガンを持ったデストロン戦闘員が前に出て、ライダーマンに一斉射撃を浴びせようとする。しかし今度は青いバイクに跨った男が蹴散らして妨害する。乱入して来たのはハリケーン、乗っているのは志郎だ。ただし変身はしておらず、アタッチメントを背中に背負っている。デストロン戦闘員が殺到してくると志郎はバイクを停車させてアタッチメントを持ち、ベルトに挟んだケースから取り出したカートリッジを挿入する。

「マシンガンアーム!」

 するとアタッチメントが一転してマシンガンへ変形し、トリガーを引くと1秒に1000発もの弾丸が吐き出され、デストロンの戦闘員を次々と蜂の巣にしていく。志郎はマシンガンアームを掃射してデストロン戦闘員を一掃すると、別のカートリッジをケースから取り出して差し込む。

「ランチャーアーム!」

 アタッチメントがマシンガンからランチャーアームに変形し、デストロン戦闘員の集団に発射する。弾頭が集団の中央で炸裂するとデストロン戦闘員はまとめて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。志郎はハリケーンのスロットルを入れ、戦闘員を次々と撥ね飛ばしていく。

「スウィングアーム!」

 一方のライダーマンもカセットアームをスウィングアームに変形させると、まずスウィングアームを射出して分銅をデストロン戦闘員に当てる。一度手元に引き戻すと今度はロープ部分を持ち、回して遠心力を付けては投擲してデストロン戦闘員に叩きつけ、瞬く間にデストロン戦闘員を一掃する。ライダーマンはスウィングアームを引き戻すと、分銅で直接戦闘員を殴り飛ばして処理する。さらにヘリや兵員輸送車から続々とSPIRITSの隊員が降り立ち、デストロン戦闘員と交戦を開始する。

「先輩! 結城さん!」
「ケン! お前たちは避難所の防衛を最優先にしてくれ!」
「分かってますって! この野郎! ここから先は一歩も通さないぜ!」
「アンリ、あまり突っ走りすぎるなよ!」
「誰に向かって言っているの!? 私は滝と違ってそれくらいは弁えているつもりよ!」
「やれやれ、十分突出してるじゃありませんか。フォローするのも結構大変なんですから。ま、俺としても望むとこだけどね! さっさと地獄に落ちな、悪党共!」

 ケンはショットガンで戦闘員達を吹き飛ばし、シゲルはロケットランチャーを敵集団に向けて発射し、アンリエッタはカービンとサブマシンガンを手にデストロン戦闘員に鉛玉を浴びせ、オサムはデストロン戦闘員を電磁ムチで打ち据えつつもナイフ型爆弾を投げつける。他の隊員も得意武器を手元に呼び出すと戦闘員を蹴散らしていく。最後にライダーマンがロープアームで絡め取ったデストロン戦闘員を投げ飛ばし、地面に叩きつけて沈黙させると、その場に静寂が訪れる。ケンとアンリエッタは警戒を怠らないように隊員に釘を刺し、志郎と変身を解除した丈二の下へ向かう。

「これで終わり、のようですね」
「ああ。少し気になることはあるがな」
「出てきたのは戦闘員だけで、肝心の怪人は一体もいなかった、と言いたいんだな?」
「妙な話ね。今までの人間狩りは少なくとも2、3体は怪人を連れていたというのに」
「怪人の再生が済んでいないのか、こちらの戦力を軽く見積もり過ぎていたのか、本命は別にあるのか、あるいは何かしら別の理由があるのか……」

 志郎、丈二、ケン、アンリエッタは怪人が一体もいないことに不審を覚えている。まだ怪人の再生が済んでいない可能性もあるが、何か別の理由があるのかもしれない。そこにシゲルが歩いてくると敬礼もそこそこに報告を始める。

「隊長、駐屯地に残った隊員からの連絡で、デストロンが発信した暗号通信をこちらで傍受したと。現在暗号の解読作業が開始されているそうです」
「そうですか……分かりました。一度我々も撤収しましょう」

 シゲルの報告を聞くとケンは駐屯地に戻ることを指示し、アンリエッタ、シゲルと共にヘリに乗り込む。志郎と丈二もバイクを発進させて一路駐屯地を目指す。
 先に戻ったケン、アンリエッタ、シゲル、オサムが司令室まで向かうと、基地要員から暗号を解読したものを渡される。やや遅れて志郎と丈二も入ってくると、ケンは志郎と丈二にも暗号解読文がプリントされた紙を渡す。

「今日の正午、市民を毒ガス『ギラードガンマー』の実験も兼ねて処刑する、か……命令者は、ドクトルGとヨロイ元帥の連名になっているな」
「結城、ギラードガンマーガスは、あなたが……」
「ああ。俺たちが研究していた麻酔用のガンマーガスの殺傷力を強化し、兵器に転用したものだ。挑発ということなのか、俺への罰ということか……」
「先輩、どう見ます?」
「十中八九、罠だろうな。ヨロイ元帥め、相変わらず薄汚い手を使ってくれる」
「だが、罪もない人たちが殺されるのを、黙って見過ごす訳にはいかない。アンリ、佐久間さん、俺と風見が先行してキラードガンマーを抑える。SPIRITSは捕えられた人たちの救出に当たってくれ。連絡はこちらから入れる」
「分かったわ。あなたたちに任せる。けど、気を付けて」

 丈二の提案にアンリエッタが承諾し、ケンも頷くと早速丈二と志郎は駐屯地から出る。自身のバイクにそれぞれ乗り込むと走り出す。見送ったアンリエッタもまた部下に指示を出し、SPIRITSがいつでも出撃出来るように準備させる。しかしシゲルがいない。

「そう言えば、珠シゲルはどこに?」
「シゲルですか? あいつならお姉さんと一緒に、どっか行きましたけど」
「姉と一緒にって……まさか!?」

 オサムの返答を聞いて嫌な予感がしたアンリエッタだが、一台のジープが基地から飛び出して志郎と丈二の後を追う。停めさせる間もなかったアンリエッタだが、ジープに乗っているのがシゲルと純子、それに弾と蘭であることだけは見えた。

「珠シゲル! 一体どういうこと!? ちょっと聞こえているの!? 佐久間さん!」
「大丈夫ですよ、アンリエッタ。私が許可しましたから」
「許可って、どういうことですか!?」
「情けない限りですが、珠純子さんも我々『デストロンハンター』よりずっとデストロンに精通していますし、彼女たちの方がずっと先輩の役に立っていました。彼女たちなら、きっと上手くやってくれる筈です。我々も急ぎましょう。いくら彼女たちが優秀でも、民間人を放っておく訳にはいきませんからね」

 シゲルに通信を入れて呼び戻そうとするアンリエッタをケンが宥めると、出撃準備が完了した事を隊員が報告する。ケン、アンリエッタ、オサムは隊員に出撃を命令する。
 一方、シゲルをせっついてジープに乗り込んだ純子、弾、蘭に、シゲルはジープのハンドルを握りながら溜息をつく。

「あのさ姉さん、どうせ風見さんの顔見ようと思ってたら、たまたま聞いちゃったんだろうけど、今回の件はかなり危険だって分かってるよね?」
「だからこそ行くんじゃない! 私だって元少年仮面ライダー隊だもの、志郎さんのことは放っておけないわ。それに讃岐さんたちからも、志郎さんの助けになるようにって言われちゃったんだもの」
「これだから姉さんは。けど、この二人まで連れて行くことは無かったんじゃないかな?」
「大丈夫よ。この子たちも強いわ。足手纏いにはならないもの」
「私、風見さんに助けられてばっかりだったから、少しでも風見さんの力になりたいんです」
「俺だってそうですよ。それに、妹が行くなら、兄貴の俺がいかない訳にはいきませんから」
「やれやれ、大した度胸だよ、本当に。ま、俺も人のことを言えた立場じゃないけどね。3人とも俺の指示に従って貰うからな。自分たちの身の安全を確保すること、風見さんや結城さんの邪魔をしないこと、民間人の救出を最優先すること、これは守ってくれよ?」
「はい!」

 元気よく弾と蘭が返事をしたのを聞くとシゲルは根負けし、ジープのアクセルを踏み込んで道を急ぐのであった。

**********

 徳島小松島港。四国の国際物流を支えるこの港には多くの船が寄港してくる。しかし今は船もほとんど停泊していない。デストロンが人員が避難したこの港を占拠しているからだ。
 今、港では採掘したバダンニウムを他の組織に送るバダンニウム輸送船に、コンテナに詰められたバダンニウムの搬入作業が行われている。キバ男爵率いるキバ一族が周囲を警戒しつつも眺めている。当然、港湾地区一体はデストロン戦闘員が見張りに立ち、侵入者がいないか目を光らせている。
 そんな港に兎耳を付けた女と長い銀髪の少女、黒いライダースーツを着た青年、虚無僧や浪人の格好をした男が姿を現したのは、間もなく出航という時間であった。見張りのデストロン戦闘員を音もなく倒したライダースーツの男と虚無僧、浪人は女と少女と共にコンテナの陰に隠れ、バダンニウム輸送船の様子を見る。

「あれがバダンニウム輸送船か。乗り込んでいる人数が妙に少ないな」
「かなり自動化が進んでいて、プログラムした行先まで勝手に航行出来るようになっているんだよ。あくまで推測だけど」

 ライダースーツの姿の男ことサブローは兎耳をつけた女もとい束と会話を交わし、キバ男爵と怪人の様子を窺う。航行プログラムを書き換えてしまえば、人員を確保せずともよい、ということらしい。少数での行動となるサブロー、シャドームーン、ワルダーには都合がいい。しかしキバ男爵は束たちが隠れているコンテナを見据えて言い放つ。

「いい加減に出てきたらどうだ、シャドームーンとその連れよ。貴様たちの存在に気付かぬほど、このキバ男爵は鈍ってはいない」
「フン、最初から気付いていたか」

 居場所がばれたと知るやシャドームーン、サブロー、ワルダー、束、クリスタは大人しくコンテナから出て、キバ男爵たちの前に姿を晒す。一斉に身構えるキバ一族とデストロン戦闘員をキバ男爵が手で制する。

「シャドームーン、我らになんの用だ? ようやく『ゴルゴム』に戻る気になったか?」
「生憎だが、俺とビルゲニアを天秤にかけている創世王と馴れ合う気はない。単刀直入に言おう。その船を渡して貰おうか」
「どういう風の吹き回しだ? なぜバダンニウムを欲するのだ?」
「バダンニウムになど興味はない。俺が欲しいのは船そのものだ。バダンニウムなど貴様らにくれてやる」
「なるほど、ブラックサン、いや仮面ライダーBLACK RXのいる北海道に向かおうと言うのか……見くびるなよ、シャドームーン! デストロンの邪魔をして、生きてここから出すと思ったか!?」
「交渉は決裂、だな。丁度いい、そういうことには飽き飽きしていた所だ……力ずくで奪わせて貰う!」

 キバ男爵が敢然とした態度でシャドームーンの要求を切り捨てると、キバ一族と戦闘員がシャドームーンたちを取り囲む。するとシャドームーンは深編笠を取り払い、腰にベルトを出現させて全身に銀の装甲を身に纏い変身する。ワルダーも腰から刀を抜き放って頭上に突き上げ、切先で上空に円を描くと元の姿に戻る。サブローはブーツから取り出したナイフを逆手持ちで顔の前に掲げ、姿が揺らいでハカイダーへと姿を変える。

「それじゃ、後はよろしく。行こう、くーちゃん」

 束がクリスタと共に陰に隠れると、デストロン戦闘員はシャドームーンが放ったシャドービームであっさり全滅する。キバ一族のドクロイノシシとオニビセイウチがシャドームーンに挑みかかる。ドクロイノシシは両手に持った巨大な牙と、自身の頭部に付いている牙で貫こうと突進するが、シャドームーンは身体を横に半身開いて突進を回避し、逆にドクロイノシシの足を払って転ばせる。ストンピングで頭を踏み抜こうとするシャドームーンだが、オニビセイウチが飛ばしてくる無数の火の玉が当たり、牙を模した槍を持ったデストロン戦闘員が突きかかってくると距離を取る。
 ワルダーは超銃槍に仕込まれた刀を抜き放ち、デストロン戦闘員を片っ端から斬り捨てていく。しかしユキオオカミが口から極低温の『ウルトラブリザード』を吐き出してくると、身体の一部が凍りついてワルダーの動きが鈍る。その隙にオニビセイウチが火の玉を飛ばしてワルダーに直撃させ、ワルダーの表面装甲を焦がして火花が散る。しかしシャドームーンが口に手を当ててシャドービームを放ち、オニビセイウチを怯ませて火の玉攻撃を中断させる。さらにワルダーが超銃槍をマシンガンに変形させて掃射し、ユキオオカミのウルトラブリザードを止める。

「かたじけない、シャドームーン殿」
「さっさと片付けるぞ。雑魚に手古摺っている暇はない」

 一方、ハカイダーは白いカラスを呼び出し、牙型のバイクに乗った原始タイガーと激しいバイク戦を繰り広げている。原始タイガーが先端の牙で白いカラスを貫いて大破させようとすれば、ハカイダーはハンドルを操作して牙の一撃を避ける。ハカイダーがフロントフォークに搭載された『サタンポット』からロケット弾を発射すれば、原始タイガーはスロットルを入れて加速し、ロケット弾を回避する。白いカラスと牙型バイクが幾度となくぶつかりあい、並走しながら互いのマシンに蹴りを入れていたハカイダーと原始タイガーだが、原始タイガーが口から火炎を吐いてハカイダーに浴びせる。負けじとハカイダーはブーツから『ハカイダーショット』を抜き放ち、高周波弾を原始タイガーにお見舞いする。一度ハカイダーと原始タイガーは距離を取ると、マシンのエンジンを一気に噴かして真正面から突撃し、同時にジャンプして空中で激突する。
 空中で激突した瞬間、原始タイガーが身を乗り出して爪と火炎放射でハカイダーにダメージを与え、ハカイダーはハカイダーショットで牙型バイクの燃料タンクとエンジンを撃ち抜く。すると牙型バイクは空中で爆発し、原始タイガーは地面に叩き落とされる。ハカイダーは着地と同時に白いカラスから降り、原始タイガーに挑みかかる。

「おのれ! 原始タイガーを本気にさせたことを後悔させてやる! 覚悟しろ!」
「そういう台詞は、地獄で存分にほざくんだな!」

 原始タイガーは口から火炎を吐いてハカイダーを牽制し、脚力を最大に生かして猛スピードで間合いに入ると爪と牙でハカイダーのボディに傷を付ける。ボディから火花を飛び散らせながらもハカイダーは原始タイガーの顔面に左ストレートを入れ、攻撃を中断させると右フックと右前蹴り、回し蹴りで追撃して原始タイガーを怯ませる。懐まで入り込むと左拳を握って身体を沈める。

「マグマアッパー!」

 伸び上がる勢いに加えて脚部のエアークラフトを最大出力で噴射し、渾身のアッパーカットが原始タイガーに決まり、原始タイガーの身体が高々と宙に舞う。ハカイダーは追撃の手を緩めずに自身も跳躍し、空中で原始タイガーの身体を掴む。

「地獄五段返し!」

 空中で原始タイガーを4回投げては回り込んでキャッチするのを繰り返し、原始タイガーを地面に思い切り投げつける。さらにハカイダーは急降下して原始タイガーの頭を両足で挟み込む。同時に胸の悪魔回路が唸りを上げ、原始タイガーの頭をホールドした状態で再上昇を開始する。原始タイガーは必死に逃れようともがくが、ハカイダーは最高高度まで到達する。

「ギロチン落とし!」

 ハカイダーは空中で身体を反転させると今度は急降下を開始し、渾身の力で原始タイガーの頭を地面に叩きつける。ハカイダーがようやく足を解いて原始タイガーを解放すると、原始タイガーは一度立ち上がるものの、すぐに断末魔の叫びを上げながら倒れ、爆発四散する。
 
ハカイダーが原始タイガーを葬り去った頃、シャドームーンとワルダーも決着を付けようとしていた。ドクロイノシシの突撃を牙を掴んで真正面から止めたシャドームーンは、逆に前蹴りを入れてドクロイノシシを蹴り飛ばすと、両肘の『エルボートリガー』を合わせる。

「シャドーセイバーを受けろ!」

 シャドームーンの両手に長短一対の赤い刃をした双剣『シャドーセイバー』が出現すると、シャドームーンはシャドーセイバーでドクロイノシシを斬りつけて猛攻を加え、顔面の牙をも斬り飛ばしてグロッキーにする。好機と見たシャドームーンはシャドーセイバーを交差させ『サタンサーベル』に酷似した長剣を創り出す。数回ドクロイノシシを斬りつけた後に刀身を真紅に光らせ、正中線を通るように斬撃を浴びせながらエネルギー波を発射し、ドクロイノシシの身体を縦に両断して間もなく爆発する。
 ワルダーもまた刀でユキオオカミの身体を数回斬りつけて攻撃し、ウルトラブリザードを跳躍して回避すると、急降下しながら渾身の斬撃を放つ。

「ワルダーつばめ返し!」

 斬撃がヒットするとユキオオカミは綺麗に身体を両断され、爆死する。さらにワルダーは風神村雨を抜き放って風の刃で火の玉を切り刻み、風神村雨を大上段に構えて間合いに踏み込む。シャドームーンも跳躍して両足の『レッグトリガー』を振動させ、両足を緑色に発光させる。

「ワルダー唐竹割り!」
「シャドーキック!」

 ワルダーの一撃とシャドームーンの飛び蹴りが同時に直撃すると、オニビセイウチは断末魔の声すら上げる間もなく爆発四散して果てる。
 そしてバダンニウム輸送船の上では、船に侵入した束とクリスタがキバ男爵に船から追い出され、追い詰められている。クリスタが銃撃を加えて引き離そうと試みるも、拳銃弾程度では怯む気配すらない。キバ男爵は余裕の態度を崩さぬままだ。同時に船が出航して港から徐々に離れていく。ハカイダーが追いすがろうとするがキバ男爵が槍を投げて妨害し、シャドームーンのテレポートもキバ男爵が呪文を唱えると失敗に終わる。船が完全に港から離れたのを見ると、ハカイダーとシャドームーンは追跡を諦め、キバ男爵も黒煙と共に姿を消す。ハカイダー、シャドームーン、ワルダーはそれぞれ人間態に戻る。

「チッ、取り逃がしたか……それで、どうだった?」
「やっぱり、殆ど自動で目的地に向かえるようになってたね。今度船を奪ったら、このプログラムを使えば北海道まで行けるよ。あの船は丁度北海道行きだったみたいだし」

 束はシャドームーンに船に潜入した際にコピーした航行プログラムが入ったディスクを渡す。侵入してキバ男爵がやってくる僅かな間に、コピーだけはしておいたのだ。シャドームーンは無造作に受け取って懐に仕舞うと、サブローと共にどこかへ歩き去ろうとする。

「ちょっと君たち、どこへ行くの?」
「俺たちの用は済んだ。これ以上貴様と組む理由がない」
「まだ私の用は済んでないよ。それにコピーしただけだから、そのままじゃ使えないよ?」
「狸が……次はどうしろと?」
「少し気になる情報を掴んでね。ヨロイなんとかが拠点で、捕まえた人間を処刑しようとしているって」
「今度は復讐、か。いいだろう」

 束の一言を聞くと舌打ちするシャドームーンとサブローだが、思い直して束やクリスタ、ワルダーと共に港から立ち去るのであった。

**********

 高知県と愛媛県の県境をまたがる『石鎚山脈』。峰々の高知側には、世界でも有数のバダンニウム鉱床が存在する。バダンニウム採掘場の一つでは多数の市民が四国各地から人間狩りによって集められ、無理矢理採掘に従事させられていた。今は採掘作業を止めさせられ、広場に全員集められている。無論銃やその他の武器を持ったデストロン戦闘員が取り囲んでいる。最初はざわめいていた市民であったが、高い監視塔の上にヨロイ元帥がヨロイ一族と共に現れると、恐怖や不安から一層騒がしくなる。怪人を見てパニックを起こす者もいたが、デストロン戦闘員が空中に向けてアサルトライフルを撃つと、間もなく鎮まる。ヨロイ元帥はどこか満足そうに頷いた後に話し始める。

「聞くがいい、労働者の諸君。諸君らの働きにより、このバダンニウム採掘場では予定を大幅に上回るバダンニウム83を採掘することに成功した。まずはデ~ストロンを代表して感謝しよう」
「ふざけんな! 俺たちをここから出せ!」
「そうだそうだ! 採掘が済んだんなら、俺たちを帰してくれよ!」
「静粛に! そう焦るな、まだ言いたいことがある。諸君らの働きに感謝して、このヨロイ元帥から特別なプレゼントがある。これを見て貰おうか」

 ヨロイ元帥が近くに立っているデストロン戦闘員に何か指示を出すと、巨大な空間投影式ディスプレイが市民達の目の前に出現する。ディスプレイにはデストロン戦闘員が閉じ込められている光景が映る。

「映っているのは使えなくなった役立たずの戦闘員だ。それでも通常の人間より能力が強化されている。しかし……」

 ヨロイ元帥が言葉を切るとガスが注入され、やがて全体を覆い始める。必死に抵抗していたデストロン戦闘員であったが、ある者は咳き込み、ある者は喉元を抑えて苦しそうにしながら次々と斃れ伏し、全員床に倒れ込んでピクリとも動かなくなる。映像を見た市民が震えあがるのを確認すると、ヨロイ元帥は再び市民に向けて話し始める。

「この通り、ギラードガンマーガスを使えば抵抗出来ずに死んでいく。これが諸君へのプレゼントだ。首領に選ばれなかったことを後悔しながら死んでいくがいい。間もなく、ギラードガンマーガスは諸君らに噴射される。安心しろ、すぐに死ぬというわけではない。じわじわと悶え苦しみ、命乞いをしながら無様に死んでいくのを、我々は存分に見物させてもらおう」

 ヨロイ元帥が口を歪めて笑って見せると、デストロン戦闘員とヨロイ一族、それにヨロイ元帥はガスマスクを装着する。市民は採掘場の出口に向かって一斉に駈け出していくが、戦闘員も怪人も余裕の態度を崩さず、手出しをしないで傍観している。出口は巨大な分厚い鉄の門で封鎖されていると分かっているからだ。ある者は悲鳴を上げて、ある者は狂ったような叫びを上げ、門を開けようとするが門は小揺るぎ一つしない。やがて採掘場の各所の岸壁に偽装されたハッチが続々と開き、中から何本ものパイプが出てくる。ギラードガンマーガスを放出するためのパイプだ。ヨロイ元帥が手を挙げて合図を出すと、デストロン戦闘員の一人がパイプに付いているハンドルを回して弁を開ける。
 だがギラードガンマーガスは出ない。いくら待てどもギラードガンマーガスが出てこないと見るや、ヨロイ元帥は苛立ちを隠さずにデストロン戦闘員を詰る。
 
「ええい、どうした!? なぜギラードガンマーガスが出ないのだ!?」
「答えは俺が教えてやる、ヨロイ元帥」
「ぬぅ!? その声は、風見志郎!?」

 しかし岸壁の上から志郎が姿を現し、岸壁から飛び降りてヨロイ元帥やヨロイ一族、デストロン戦闘員の前に着地する。

「結城がタンク内のガスを中和剤で中和し、無力化しておいたんだ。それに、これだけじゃない」

 志郎が淡々と説明していると今度は鉄の門が開き、市民が一斉に逃げ出す。慌てて追いかけようとするデストロン戦闘員だが、フックの付いたロープが射出されてデストロン戦闘員を一人絡め取ると、その戦闘員を分銅代わりにして振り回し、他の戦闘員に打ち付けて一掃する。間もなくロープを飛ばしてきた男も姿を現す。

「門も装置のコントロールを奪取して解放した。これで貴様の策は潰えたな、ヨロイ元帥」
「おのれ! またしても邪魔をするか、結城丈二!」

 姿を現したのはライダーマンだ。志郎とライダーマンは処刑が開始される前に採掘場に潜入していたのだ。ヨロイ元帥は怒りで身体を震わせるが、何かを思いついたように口元を歪め、歯を剥ぎ出しにする。

「まあいい。風見志郎、貴様にも借りがある。これからたっぷりと返してやる……ガルマジロン! プロペラカブト!」

 ヨロイ元帥が声を張り上げると、ヨロイ一族のガルマジロンと機械合成怪人のプロペラカブトが飛び出し、志郎とライダーマンの前に現れる。

「機械合成怪人の再生もされていたか……!」
「驚くのはまだ早い……やれ!」

 ヨロイ元帥がガルマジロンとプロペラカブトに指示を出す、ガルマジロンは志郎に、プロペラカブトはライダーマンに飛びかかる。

「貴様を殺し、その血を啜ってやる! 死ね! ライダーマン!」
「そうはいくか! パワーアーム!」

 プロペラカブトが右手のプロペラを回転させて突っ込んでくると、ライダーマンは右肘にカートリッジを差し込んでパワーアームに変形させる。そしてプロペラカブトが押しつけてくるプロペラをパワーアームで弾き返し、幾度となくパワーアームとプロペラで打ち合い続ける。プロペラとパワーアームが激突する度に激しい火花と金属音が流れ、時にライダーマンが姿勢を崩し、時にプロペラカブトが押し込まれる一進一退の攻防を繰り返す。
 一方、変身出来ない志郎はアタッチメントを片手に、身体を丸めて突進してくるガルマジロンを転がって回避する。志郎は立ち上がりながらカートリッジを差し込み、ガルマジロンに向ける。

「ネットアーム!」

 アタッチメントがネットアームに変形して網を射出し、ガルマジロンを絡め取る。しかしガルマジロンは自身の光る鱗を使って網を溶かして戒めから逃れる。志郎は舌打ちするも別のカートリッジを差し込もうとするが、ガルマジロンから距離を取るのに精一杯で反撃に移れない。それを見ていたヨロイ元帥が確信した様子で叫ぶ。

「そうか、風見志郎、貴様は変身出来ないのか! 無様だな、仮面ライダーV3! 変身出来ない貴様など何の価値もなければ、いかほどの脅威でもない! ガルマジロン、そこの無様な出来損ないをじわじわと、たっぷりと苦しめ、なぶり殺しにしてやれ!」

 ヨロイ元帥は狂ったように笑いながらガルマジロンに命令を下すが、ガルマジロンは急に動きを止める。

「どうした、ガルマジロン! なぜ止まる!? まさか、また情が移ったとでも言うのか!?」
「情……もしやお前は、高木祐介なのか!?」

 ヨロイ元帥の言葉を聞くと志郎はガルマジロンの正体に思い当たる。勉学でもスポーツでも常に競い合うライバルでもあった志郎の親友にして、デストロンに騙されてオリジナルのガルマジロンの素体にされてしまった男。その名は高木祐介。志郎の呼びかけにしばし沈黙を保っていたガルマジロンだが、やがて口を開く。

「すまない、風見。俺は甦っても、こうするしかなかったんだ、こうするしか……」
「ならばプロペラカブト、お前は黒田狂一だな!?」
「いかにも! 俺はかつて黒田狂一という人間だった。だが改造人間にとって、それが何の意味がある!? 兵器として生まれ、デストロンのために戦う我らにとって、人間であった過去など何の役に立つ!? 今の俺にとってこの姿こそが真の姿で、プロペラカブトが俺の名前、このプロペラこそ俺が俺である証明よ!」
「そうか……ならば、風見に代わって黒田狂一としてでなく、プロペラカブトのまま貴様を地獄に送り返してやる!」

 プロペラカブトはガルマジロンとは対照的に、何のためらいも見せずにライダーマンと打ち合っていたが、パワーアームがプロペラ中央に直撃すると火花が飛び散り、プロペラの羽が吹き飛んで破壊される。

「カッターアーム!」

 ライダーマンはカートリッジを挿入してカッターアームを装備すると、突進してくるプロペラカブトの首をすれ違い様に斬り落とす。首を落とされたプロペラカブトは勢い余って少し走った後に倒れ込み、落ちた首共々爆発四散する。ヨロイ元帥は歯噛みしながらも手に持ったスイッチを押す。するとガルマジロンが急に頭を押さえて苦しみ出し、志郎に襲いかかってくる。

「高木! 目を覚ませ! お前もデストロンの悪に気付いている筈だ!」
「無駄だ! そいつの脳には、服従用のマイクロチップが埋め込まれている。貴様と結城丈二を殺すかそいつが死ぬまで、どうにもならん! さあどうする!? また綺麗事をぬかして、自らの手で親友を殺すか!?」
「風見……俺をやれ。俺は……もう耐えられない……せめてお前の手で、殺してくれ!」
「高木……すまん!」

 ガルマジロン……いや高木祐介が最後の力を振り絞って自らの意思を伝えると、志郎はカートリッジを挿入する。

「マシンガンアーム!」

 アタッチメントがマシンガンアームに変形すると志郎は銃口をガルマジロンに向けて引き金を引く。直後に吐き出された弾丸はガルマジロンの強固な外殻をも打ち砕いて蜂の巣にする。ガルマジロンは断末魔の声を上げることもなく、どこか満足げな様子で爆発する。

「風見……」
「……いや、大丈夫だ。覚悟はしていた」
「チッ! 役立たずめが!」

 ヨロイ元帥は舌打ちするとアジト内部へと引っこんでいく。追おうとする志郎とライダーマンの前に、残りのヨロイ一族が立ち塞がる。

「風見、ヨロイ元帥を追ってくれ! ヨロイ一族は俺が引き受ける!」
「分かった、お前に任せる!」

 ライダーマンの言葉を聞いた志郎はヨロイ元帥の後を追う。一人残ったライダーマンを見て、サイタンクが嘲笑うように言い放つ。

「馬鹿め! 貴様ごときが、たった一人で俺たちを止めようと言うのか!?」
「そうだ。貴様ら『ごとき』、風見の手まで煩わせる必要もないからな」
「ほざくな! 貴様もこのカマクビガメが地獄に送ってやる!」

 逆に挑発し返したライダーマンに激怒したカマクビガメは首を伸ばし、ライダーマンを捕えようとする。しかしライダーマンは半身に開いて回避すると伸び切ったカマクビガメの首を左腕で掴み、右腕をパワーアームに変えて殴りつける。悶絶するカマクビガメに構わず滅多打ちにするライダーマンだが、サイタンクが突進し、吸血カメレオンが舌を伸ばして攻撃してくる。

「甘い!」

 しかしライダーマンが跳躍して回避すると、勢い余ったサイタンクは反対方向にいたカタツブラーを派手に撥ね飛ばし、吸血カメレオンの舌はオニヒトデに直撃する。ライダーマンはロープアームを射出してサイタンクの角にフックをひっかけ、巻きつける。

「小癪な!」
「サイタンク、貴様の怪力、こちらも利用させて貰うぞ!」

 怒り狂ったサイタンクはライダーマンを振り回すが、ライダーマンは逆らうどころかロープを操作し、遠心力が付くようわざと振り回され続ける。十分に遠心力が付いたと見るやフックを外し、高速でカマクビガメに突っ込んで飛び蹴りを放つ。

「ライダー遠心キック!」

 遠心力をも乗せた飛び蹴りはカマクビガメの胴体に直撃する。頑丈な甲羅でも耐え切れなかったのか、カマクビガメは大きく吹き飛ばされた後に動かなくなり、爆発する。シーラカンスキッドが口から風船爆弾を、オニヒトデが溶解液をライダーマンの前後から発射するが、ライダーマンがギリギリのタイミングで横っ跳びで回避し、風船爆弾はオニヒトデに、溶解液はシーラカンスキッドに当たって悶絶する。

「ネットアーム! マシンガンアーム!」
「馬鹿な!? 左腕がマシンガンアームに!?」

 ライダーマンが左腕のアタッチメントを起動させ、まず右手のネットアームでオニヒトデとシーラカンスキッドを拘束する。続けて左腕のマシンガンアームでオニヒトデとシーラカンスキッドを蜂の巣にして撃破する。しかしライダーマンの攻撃は終わらない。

「ディスクアーム!」

 左腕を戻して右肘にカートリッジを差し込み、カセットアームをディスクアームに変形させると、今度は吸血カメレオンにディスクアームの刃を飛ばす。咄嗟に回避する吸血カメレオンだが、背後にいたカタツブラーは対応出来ずに弱点の触角を斬り落とされ、自慢の殻により刎ねかえった刃で首をも落とされて間もなく爆発する。吸血カメレオンが舌を伸ばすが、ライダーマンが右腕を動かすと刃の軌道が変わり、吸血カメレオンの胴体を背後から両断する。

「残りは貴様だけだ、サイタンク!」
「おのれライダーマンめぇぇぇぇぇ!」

 激昂したサイタンクは後先も考えず猛スピードで突進を掛けるが、ライダーマンは慌てずに別のカートリッジを右肘に差し込む。

「ランチャーアーム!」

 すると右腕に弾頭が装備され、ライダーマンは弾頭をサイタンクに発射する。弾頭がが直撃すると破裂してムースが飛び散って全身を包み込み、瞬く間にムースが硬化する。サイダンプは突進どころか身動き一つ出来ない状況に陥る。

「どうだ、サイタンク。貴様らに四国で使った物を改良・強化した硬化ムースの味は」
「おのれ! 貴様ごときにサイタンクが後れを取るとは……!」
「覚えておけ、サイタンク。生きとし生けるものは皆成長し、進化する可能性を秘めている。それを否定している貴様らの野望は、決してかなうことはない!」

 ライダーマンはサイタンクを一喝するとランチャーアームの先端に別の弾頭を装着し、サイタンクの機能の中枢を担う角に向けて発射する。直撃すると爆発が起こって角が真っ二つに折れ飛び、硬化ムースから解放されたサイタンクは反撃に出る余裕もなく、角を押さえて転げ回っている。ライダーマンは跳躍して空中で数回前転し、右足をサイタンクに向ける。

「ライダー回転キック!」

 飛び蹴りがヒットするとサイタンクはその場に倒れ込んだ後に爆発する。ヨロイ一族が全滅したのを確認するとライダーマンも走り出そうとするが、背後から拍車を思わせる金属音と歩いてくる者の気配を感じ、振り返る。

「ほう、貴様が連中を全滅させたか。無駄足だったらしいな」
「お前は、シャドームーンか!?」
「やはり俺を知っていたか、ライダーマン」

 ライダーマンが振り返ると、ハカイダー、ワルダーと共に悠然と歩いてきたシャドームーンの姿があった。
 その頃、敵の掃討をシャドームーン達に任せた束とクリスタは、デストロンのアジトに潜入すべく電子ロックを解除していた。

「よし、出来た。さあくーちゃん、行こうか」
「はい、束さま」

 束とクリスタがアジトに侵入するのを遠目で見てプロテクターを着た男が呼びかけるが、束とクリスタは無視してアジト内部へと入っていく。

「ちょっと、そこの二人! 危険だから早く避難を……駄目だ、聞いちゃいない」
「シゲル、どうかしたの?」
「民間人がアジトに入っちまったみたいなんだ。逃げてきた人たちはみんな保護して、安全な場所まで誘導した筈だったけど、まだいたなんてな」
「それって、まずくないですか!?」
「シゲルさん、連れ戻しに行きましょう。まだ間に合うかもしれません」
「……そうだな。援軍はまだ到着しそうにないし、風見さんや結城さんはもう侵入して、えらいことになってるだろう。事は一刻を争う。行こう!」

 二人の片割れが丈二の教え子であるとは露知らず、駆けつけたシゲル、純子、弾、蘭もアジト内部へ潜入するのであった。



[32627] 第四十二話 わたしの先生(ライダーマン)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:37
 束から陽動を頼まれていたシャドームーン、ハカイダー、ワルダーはライダーマンと対峙していた。既にデストロン結託部族『ヨロイ一族』は全滅しており、シャドームーン達が陽動する必要がなくなったからだ。シャドームーンの正体を知るライダーマンは警戒し、無言で睨み合いになっていたがシャドームーンが口を開く。

「俺は確かにシャドームーンだ。世紀王だった記憶もある。だが、そんな事はどうでもいい。ゴルゴムがどうなろうが知った事ではない。貴様が仮面ライダーであろうと何ということもなく、戦う気もない。俺の目的はただ一つ、仮面ライダーBLACK RXの首をこの手で取る事。それだけだ」
「ならば、いくつか聞きたい事がある。なぜお前が四国にいるんだ? なぜまだ仮面ライダーBLACK RXを狙う?」
「俺も好きでこんな場所にいる訳ではない。俺の生きる理由だ。貴様にとやかく言われる筋合いはない。さっさと行ったらどうだ? 貴様の仲間が、仮面ライダーV3が先に潜入したのだろう?」
「……いいだろう。今は退こう」

 ライダーマンはシャドームーンに何か言っても無駄と判断したのか、ここで争ってもしょうがないと判断したのか、それ以上は何も言わずに踵を返して走り出そうとする。

「待て。ライダーマン、だったな」

 しかしハカイダーが呼び止める。ライダーマンが一度立ち止まって振り返ると、ハカイダーは続けて話し始める。

「お前は、キカイダーという人造人間を知っているか?」
「お前は『ダーク』のハカイダーだな? そちらはワルダーか」
「俺はもうダークではない。それより、質問に答えて貰おうか」
「キカイダーもキカイダー01もビジンダーも知っている。どこにいるかまでは知らないが」
「そうか……」
「かたじけない」

 ライダーマンが嘘を付いていない分析結果が出るとハカイダーは引き下がり、ワルダーは感謝の意を述べてライダーマンに一礼する。ライダーマンはアジト内部へと突入し、シャドームーン達は黙ってそ見送る。ライダーマンの姿が消えるとシャドームーン、ハカイダー、ワルダーは歩き出そうとするが、すぐに立ち止まる。

「いい加減に出てきたらどうだ? ジェネラル・シャドウ」
「残りの2体もだ。とっくに気付いている」
「ヨロイ騎士殿、磁石団長殿、拙者に何か用が?」
「流石だな、シャドームーン、ハカイダー、そしてワルダー」

 直後にシャドームーン達の目の前の空間にトランプが舞い散り、『デルザー軍団』に所属する改造魔人のジェネラル・シャドウ、ヨロイ騎士、磁石団長が姿を現す。身構えるシャドームーンとハカイダーをワルダーが手で制すと、ジェネラル・シャドウが口を開く。

「ワルダー、マシーン大元帥がお前を戦列に加えたいと言ってな。お前の説得に来たのだ」
「シャドウ殿、前にも話した通り、拙者は魔の国に立ち入る事すら許されぬ咎を背負った身。最早デルザー軍団に加わるなど出来ませぬ。ましてや魔の国を無断で抜けた時、迷惑をおかけしたマシーン大元帥殿には合わせる顔がござらん」
「ええい、相変わらずの石頭が! マシーン大元帥は全て水に流し、お前を迎え入れようと言っているのだ! 改造魔人ならば四の五の言わず、さっさと来ないか!」
「我等の下にはジェットコンドルですらいるのだ! マシーン大元帥が許すと言った以上、お前も参加するのが筋というもの! 第一、我らがJUDO様の為に産み出され、甦らされたのを忘れたのか!?」
「俺も気は進まないが、今度ばかりはマシーン大元帥の顔を立ててやらねばならん事情があってな。嫌だと言うのなら、力づくで連れて行かねばならん。さあ、回答を聞かせて貰おうか」

 ジェネラル・シャドウが静かに言うと、ワルダーは黙って『風神村雨』と『雷神村正』をジェネラル・シャドウに渡す。

「俺が研ぎ直させた刀を返す……断るか。いいだろう、ならば実力を以て雌雄を決するのみ! ヨロイ騎士、磁石団長、手出しは無用だ!」
「ハカイダー殿、シャドームーン殿」
「分かっている。お前とジェネラル・シャドウの戦いだ。断じて手出しはしない」
「改造魔人同士の問題に、俺が付き合う義理もない」

 ワルダーに促されるとハカイダーとシャドームーンは下がり、静観を決める。ワルダーは超銃槍に仕込まれた刀を抜き放ち、ジェネラル・シャドウもサーベルに似た『シャドウ剣』を抜いて構える。しばらく無言で対峙していたワルダーとジェネラル・シャドウだが、一瞬の間を置いた後、同時に両者が動き出す。
 ジェネラル・シャドウが右手に持ったシャドウ剣をワルダーの胸に突き入れるが、ワルダーは半身に開きつつも刀の鎬でシャドウ剣を防ぎ、踏み込んで前に出る。刀とシャドウ剣が触れ合って金属音が鳴り響き、火花が散るのも構わず、ワルダーは刀で袈裟がけに斬りかかるが、ジェネラル・シャドウはバックステップで回避する。一転して前に出たジェネラル・シャドウは追撃に移ったワルダーを一歩も退かずに迎え撃ち、両者は互いの得物を駆使し、激しい打ち合いを開始する。
 ジェネラル・シャドウの剣がワルダーの胸を浅く突いて火花が飛び散れば、ワルダーの刀がジェネラル・シャドウの左腕を掠って傷を作る。剣と刀の刃が空中で何十回と衝突し、何百回となくすれ違う。両者の気合の声と刃が風を切る音のみが響き渡り続ける。剣速の早さ故に柄しか見えないような剣戟であったが、武器の性能差までは覆せないのか、ワルダーの刀がシャドウ剣に弾き飛ばされる。しかしジェネラル・シャドウは一度飛び退いて距離を取り、風神村雨と雷神村正をワルダーに投げ渡す。

「抜け、ワルダー! 剣の腕は互角、ならば勝負を決めるのは武器の性能差。仕込み刀で俺に勝てると思ったか!?」
「いや、しかし……」
「ワルダー! 俺は本気のお前と戦う事を所望している! 剣豪とまで言われたお前が、俺の誇りを愚弄するというのか!?」
「……承知した。ならばシャドウ殿、今度は本気で参られい!」
「それでこそ剣豪ワルダー、魔の国一の剣客よ!」

 ワルダーが意を決して雷神村正を抜き放つと、ジェネラル・シャドウはシャドウ剣に闇を纏わせ、雷を纏った雷神村正と風を切りながら打ち合い始める。右手で剣を操りながらもジェネラル・シャドウは左手にトランプを持ち、一斉に放り投げる。するとカードの一枚一枚がジェネラル・シャドウの分身へと変化し、ワルダーを取り囲む。しかしワルダーは左手で腰に差した風神村雨を抜き放つと、円を描くように振って竜巻を巻き起こしてカードを巻き上げ、分身を一掃する。

「このような小細工、拙者には通じぬ!」
「ならば、トランプフェイド!」

 ワルダーの一喝を聞くとジェネラル・シャドウはトランプをばら撒いてワルダーを撹乱し、瞬間移動を繰り返してシャドウ剣を突き入れる。雷神村正で受け止めるワルダーだが、シャドウ剣を完全に止めるには至らず、腹部装甲を一部削られて火花が飛ぶ。ワルダーは追撃を避けつつも後退して距離を取ると、ジェネラル・シャドウが投げつけてくる無数のカードを超銃槍を変形させたマシンガンで全て撃ち落とし、爆発させる。ジェネラル・シャドウが投げつけてきたマントを超銃槍を投げつけて処理すると、一気に踏み込んできたジェネラル・シャドウの斬撃を雷神村正で防ぎ、両者は鍔競り合いとなる。
 最初は片手で得物を持っていたワルダーとジェネラル・シャドウだが、どちらも得物を両手で持って力を込め、膠着状態に入る。互いに脱しようとするが、結局は均衡状態に戻る。しかし均衡が突如として破られる。ワルダーの持っていた雷神村正があらぬ方向に引き寄せられ、大きく体勢を崩したのだ。

「ぬう!? これはもしや!?」
「なんのつもりだ!? 磁石団長!」

 原因は磁石団長だ。磁石団長は強力な磁力を発生させ、雷神村正を無理矢理引き寄せて姿勢を崩したのだ。ワルダーが必死に踏ん張り、ジェネラル・シャドウが声を荒げると磁石団長は鼻で笑って言い放つ。

「フン、力を貸してやっただけだ。俺達はワルダーを連れ戻しに来たのに、なぜ決闘などという酔狂に付き合わなければならないんだ?」
「しかし磁石団長、ワルダーには『殺人回路』が……」
「磁石団長殿ともあろう方が、なんたる不躾を! うおおおおおおおっ! 殺人回路が起動したぞ!」

 ヨロイ騎士が磁石団長を窘めようとした瞬間、怒りに身体を震わせたワルダーの頭部が赤く点滅し、頭部に搭載された『殺人回路』が起動する。さらにハカイダーがブーツからハカイダーショットを抜き放ち、磁石団長に発砲する。

「ぐっ!? 貴様! 何のつもりだ!?」
「黙れ下衆が! 貴様のような低能な卑怯者が一番気に入らん! ワルダーに代わり、俺がこの場で破壊してやる!」
「ハカイダー殿! ここは俺にやらせて貰おうか! 磁石団長のそっ首、この手で斬り落とさねば殺人回路は収まらぬ!」
「磁石団長! だから手出しは無用と言ったのだ! 決闘で済めば、まだ穏便に事が運んだものを……!」
「残念だったな、ジェネラル・シャドウ。連れて行く者をもう少し思慮深い者にしておけば、余計な手間を取る事もなかっただろうに。それで、どうする? ワルダーも、ハカイダーも、磁石団長も、すでに引っこみが付かないようだが」
「かくなる上は正面から……!」

『そこまでにしておけ、デルザーの者共』

「この声は!?」
「まさか!?」
「そんな!?」

 冷たく言い放つシャドームーンに歯噛みするジェネラル・シャドウだが、それもどこからか響き渡る声により中断される。同時にシャドームーン達の周囲が暗転し、目の前に金色の髑髏が出現する。髑髏の周辺を機械と仮面が覆って顔面が形成され、顔面から下も骨格が形作られてから肉付けされ、最終的に黄金の身体にマントを纏った怪人が姿を現す。するとワルダー、ジェネラル・シャドウ、磁石団長、ヨロイ騎士はその場に跪いて恭しく頭を垂れる。一方、相手の正体を掴みかねていたハカイダーとシャドームーンだが、尋常ならざる者だと直感的に理解する。それでも怯む気配も見せずにハカイダーが誰何をする。

「貴様、何者だ?」
「無礼者! このお方をどなたと心得る!? 我ら改造魔人が主にして全ての生命の長、『JUDO』様であらせられるぞ!」

 ハカイダーの言い草に激昂した磁石団長が相手の身分を明かすが、ハカイダーは特に恐れる様子も見せない。続けてシャドームーンが口を開く。

「つまりバダン総統にして、10番目の仮面ライダー『仮面ライダーZX』のオリジナル、か……その貴様が何の用だ?」
「貴様! JUDO様になんと無礼な!」

『捨ておけ。理由などない。虚空を彷徨うのも飽いた。それだけに過ぎぬ。彼の者の息子、シャドームーンよ』

「俺は『創世王』と縁を切った。貴様の遊びに付き合う程俺も暇ではない。さっさと失せ……ぐう!?」
「馬鹿な!? 身体が!?」

 シャドームーンが言葉を切ろうとした瞬間、JUDOの目が光り輝いてシャドームーンとハカイダーは金縛りにされ、地面に全身を押しつけられそうになる。必死に耐えるシャドームーンとハカイダーだが、JUDOの力はますます増していく一方だ。

「JUDO……俺を……なめるなよ……シャドーフラッシュ!」

 しかしシャドームーンがベルト『シャドーチャージャー』からキングストーンエナジーを放つと、シャドームーンとハカイダーはようやく解放されて立ち上がる。さらにハカイダーがハカイダーショットをJUDOの身体に叩き込むが、JUDOの身体はあっさりと崩れ去ってすぐに再生する。JUDOは何事もなかったかのように話し始める。

『フム、器も何もなければ、この程度が限界か』

「クッ! 幻影に過ぎないというのか!?」
「幻影ですらこれだけの力を持つとは……創世王にも引けを取らぬというのも、嘘ではないらしいな!」

『ほう、恐れを見せぬか。ワルダー。土くれの人形から生まれた貴様が、我に逆らうとはな』

「申し開きも出来ませぬ。ですが、何卒……」

『よい』

「今、何と?」

『よいと言っているのだ。土くれの人形が我に背き、下らぬ意地を通す。面白い、実に面白い。ワルダー、貴様に最後に命ずる。これより先は我に逆らい、歯向かい、抗え。これから先、貴様が我に服従を誓う事は許さん。塵芥となるまで我に逆らい続けよ。そして我を愉しませよ。土くれがもがき、生き長らえる様を以てだ』

「承知致しました、我が主」

『シャドームーン、貴様の父ともいずれ雌雄を決する時が来る。我が肉を得て貴様と貴様の同胞、貴様の父が我の糧となる日が来るのを愉しみにしているぞ』

 JUDOはそれだけ言い残すと姿を消し、暗闇も晴れて採掘場が姿を見せる。

「……JUDO様のご命令とあらば仕方あるまい。磁石団長、ヨロイ騎士、ここは退くぞ」

 ジェネラル・シャドウは磁石団長、ヨロイ騎士と共に『トランプフェイド』で姿を消す。

「JUDO……貴様が何をしようが勝手だが、俺の邪魔をするのなら徹底的に破壊するまでだ。たとえ貴様が、生命の長とやらであろうともな」
「俺は、貴様の糧になどなってやる気はない。次に会った時は貴様を返り討ちにするまでだ」

 ハカイダーとシャドームーンが衰えぬ闘志を燃やしている中、ワルダーは黙ってしばらくその場に佇んでいるのであった。

**********

 愛媛県今治市の『今治港』。古くから瀬戸内海航路の要衝として発展してきたこの港も、今ではデストロンが占領している。今治港にバダンニウム輸送船が一隻入港してくる。港に詰めていたデストロン戦闘員が建物から埠頭へ向かう。輸送船が無事に停泊してタラップが降りると、デストロン戦闘員は輸送船内部へと入っていく。

「キキーッ! 交代だ。下船してもいいぞ!」

 デストロンが船橋に入るや声を上げる。しかし本来いる筈のデストロン戦闘員の姿がない。デストロン戦闘員が何度も声を上げても返ってくるのは残響だけだ。不審に思ったデストロン戦闘員が一旦外に出て報告しようとした矢先、天井から音もなく降り立った3人の男に、声を上げる間もなく次々と倒されていく。

「貴様は!?」

 最後に残ったリーダー格のデストロン戦闘員はナイフを抜き放って斬りかかるが、革ジャンを着た男はナイフをスウェーで回避し、逆に前蹴りを叩き込んで吹き飛ばし、デストロン戦闘員は壁に叩きつけられて動かなくなる。

「上手くいったな、本郷、滝」
「ああ。だが、今治港まで占拠されていたとはな」
「風見や結城の手も回らないくらい忙しかったって事か。手始めにここから奪還するか。おやっさん、一夏君、山田先生、ルリ子さん、降りてきても大丈夫だぜ」

 3人の男は本郷猛、一文字隼人、滝和也だ。九州のゲルショッカーを壊滅させた3人は、拿捕されたバダンニウム輸送船に乗りこんでいたのだ。和也が天井に隠れている織斑一夏、山田真耶、立花藤兵衛、緑川ルリ子に呼びかけ、4人も天井裏から顔を出して天井裏から降りる。タラップを降りるとデストロン戦闘員の姿はない。和也が埠頭のクレーンを操作し、輸送船に積み込んでおいたバイクとジープを船から下ろす。クレーンから降りた和也がバイクに乗りこむとバイクとジープは発進し、目的地に向かって走り出す。

「猛、隼人、志郎と丈二は高知にいったのか?」
「ええ。結城からの連絡ではそうなっています。ヨロイ元帥が捕えた人々の処分を兼ね、罠に掛けようとしている、とも。罠は突破済みで、今はヨロイ元帥を追ってアジト内部に突入しているそうです」
「俺も佐久間とアンリから連絡は受けている。現在は民間人を保護しているそうだ」
「っと、迎えが来たらしいぜ!」

 藤兵衛と猛、和也が話していると、隼人が声を張り上げる。同時にデストロンオートバイ部隊が大挙してやってくる。

「連中め、嗅ぎつけてきやがったな。一夏! 真耶ちゃん! ルリちゃん! しっかり掴まるんだぞ!」

 藤兵衛が一夏、真耶、ルリ子に警告した直後、オートバイ部隊のバイクがウィリー走行で体当たりを仕掛けてくる。藤兵衛はハンドルを切ってギリギリのところで回避し、すれ違いざまに一夏が『白式』を右腕だけ部分展開し、デストロン戦闘員を殴り飛ばすと、デストロン戦闘員はバイクから転がり落ちてバイクは横転し、別のバイクの車輪を捉えて転倒させる。猛と和也もハンドルを操作してオートバイ部隊の脇腹に体当たりし、次々とオートバイ部隊の数を減らしていき、隼人も横から蹴りを入れてデストロン戦闘員をバイクもろとも蹴り倒し、数を減らしていく。
 ようやくオートバイ部隊を全滅させた猛達だが、今度は空に無数の蝙蝠が出現し、棺桶らしきものが姿を現す。バイクとジープが停車すると、妙な仮面を着けて杖を持った老人が姿を現す。さらに翼を持った怪人までも姿を現すと藤兵衛が声を張り上げる。

「あいつは、ツバサ大僧正! ツバサ一族が来たのか!?」
「ツバサ一族って、確かデストロン結託部族の一つで、飛行能力を持った怪人で構成された軍団でしたよね?」
「ああ。前に志郎も手酷くやられてる。猛! 隼人! 油断するなよ! 一夏、お前の出番だ。ツバサ大僧正に一泡吹かせてやれ!」
「はい!」
「いい気になっていられるのも今の内だ。翼のない虫けら風情と脆弱な女子供ごときに、我らツバサ一族は倒せぬわ!」
「よく言うぜ! そんなこと言ってるヤツに限って負けるんだよ!」

 ツバサ大僧正が杖を突き出して指示を出すと、ツバサ一族は一斉に降下を開始する。すると一夏は右手に嵌めたガントレットを掲げ、真耶は首に巻いたチョーカーに手をかけ、猛と隼人もベルトの風車を起動させる動きを始める。

「来い、白式!」
「出番よ、ラファール!」
「ライダー……変身!」
「変身!」

 一夏と真耶が『白式』と『ラファール・リヴァイブ・カスタム』を装着し、猛と隼人が仮面ライダー1号と仮面ライダー2号へと変身すると、和也もヘルメットのバイザーを下ろして機能を起動させる。
 まず火焔コンドルが一夏に嘴から火炎弾を発射するが、一夏は飛び立ちながらも真横に回避し、すぐ切り返し雪片弐型を呼び出して斬りかかる。火焔コンドルは翼を羽ばたかせて一夏から距離を取ると、爪をミサイルのように飛ばしつつ手首から砲門を展開して一夏に砲撃を加える。一夏は大きく飛び回って回避しながら荷電粒子砲を放ち、最高速度と小回りで勝る事を生かして火焔コンドルに接近し、雪片弐型の一撃を胴体に入れて地面に火焔コンドルを叩き落とす。
 横合いから木霊ムササビが両腕に備えたミサイルを飛ばし、一夏を妨害しようとするが、真耶が『ラプラスの目』を発動させ、ミサイルの軌道や発射タイミングを予測し、アサルトライフルで全弾撃ち落とす。木霊ムササビが挑んで来ると察知した真耶はミサイルを回避しつつ精密射撃体勢を崩さず弾丸を浴びせ、流れるようにスナイパーライフルに持ち替えて釣瓶打ちに弾丸を叩き込み、木霊ムササビを怯ませる。ミサイルを撃とうとする木霊ムササビの先手を取り、真耶は硬化ムース弾でミサイルを固着させて封じ、徹甲弾で撃ち抜いてダメージを与える。
 殺人ドクガーラは空中を飛びまわり、常人なら瞬時に白骨化する鱗粉を仮面ライダー1号にばらまこうとするが、和也が放ったグレネードランチャーが鱗粉に当たり、弾頭が溶けると瞬く間に鱗粉が燃え、殺人ドクガーラの翅にまで燃え移りそうになる。慌てて羽ばたきいて風を発生させ、燃え広がるのを防いだ殺人ドクガーラだが、その隙に仮面ライダー1号はサイクロン号に跨って大ジャンプし、フロントカウルからウイングを展開し、ブースターを噴射して飛行体勢に入る。仮面ライダー1号はサイクロン号を蹴って飛び蹴りの体勢に入る。

「ライダーキック!」
「甘いわ!」

 しかし殺人ドクガーラは翅を羽ばたかせて飛び蹴りを回避すると、空中で動けない仮面ライダー1号を嘲笑うように自在に飛び回り、鱗粉をばら撒きながら四方八方から体当たりを始める。仮面ライダー1号は体当たりを防御し、耐え忍ぶだけだ。和也が上空めがけてグレネードを放つが、殺人ドクガーラは翅から無数の蛾を放ってグレネードを防ぐと、逆にグレネードランチャーを鱗粉で溶かす。

「とどめだ! 死ね! 仮面ライダー!」

 殺人ドクガーラは仮面ライダー1号の足を逆さの状態にして捕まえると急上昇し、仮面ライダー1号をはるか上空から頭から落下させ、地面に叩き落とそうとする。

「それを待っていたぞ!」

 しかし仮面ライダー1号は左足を捻って拘束から抜けると、殺人ドクガーラの左腕に左足を絡め、右足の拘束も一度振り払った後に殺人ドクガーラの左腕に掛け直し、『腕ひしぎ十字固め』の体勢に入り、一気に力を込めて関節を極める。慌てて振り払おうともがく殺人ドクガーラだが、仮面ライダー1号の技が完全に極まっていて抜けだせない。仮面ライダー1号は一度足を緩めて拘束を解くと、今度は一本背負いの要領で地面めがけて投げ飛ばし、殺人ドクガーラに馬乗りになって翅を引き千切る。殺人ドクガーラが地面に叩きつけられると仮面ライダー1号は跳躍し、拳を固めてパンチを放つ体勢に入る。

「ライダーパンチ!」

 既にグロッキーとなっていた殺人ドクガーラは耐え切れずに吹き飛ばされ、間もなく爆散する。
 一方、人喰いバショウガンは雁の翼を模した葉で飛行しつつ、蔓を仮面ライダー2号に巻きつけて締め上げようとする。しかし仮面ライダー2号は腰を落として踏ん張ると、蔓を掴んで引き摺りおろそうと人喰いバショウガンを蔓越しに引っ張る。人喰いバショウガンと仮面ライダー2号は膠着状態に陥るが、一瞬仮面ライダー2号が力を緩めて人喰いバショウガンのバランスを崩すと、一気に手元まで引き寄せ、人喰いバショウガンの胴体に前蹴りを入れて吹き飛ばす。さらにもう一度引き寄せて右足刀蹴りを入れると、蔓を手元に巻き付けたまま仮面ライダー2号は跳躍し、空中で前転して飛び蹴りを放つ。

「ライダーキック!」

 仮面ライダー2号の左足が人喰いバショウガンに突き刺さると、衝撃で蔓が千切れて人喰いバショウガンは吹き飛ばされ、地上に落下する前に爆発する。
 地上に落下した火焔コンドルは一夏の追撃を受けていた。一夏は急降下しながらスラスターを噴射して飛び蹴りを火焔コンドルの胴体に叩き込む。反動を生かして再上昇すると空中で身を翻して反転し、もう一撃同じ場所に蹴りを入れる。火焔コンドルは嘴を開いて火炎放射を放つが、一夏は雪片弐型の柄を両手で持って前に突き出し、風車のように高速回転させて火焔コンドルの火炎放射を押し返す。ならばと火焔コンドルが爪や手首の砲撃を乱射するが、一夏はスラスター翼を細かく稼働させて素早く切り返し、三次元的な機動で翻弄しつつも間合いに入り、雪片弐型を変形させて零落白夜を発動させる。

「回天白夜!」

 変形した雪片弐型からエネルギー刃が発生すると、一夏は回転しながら袈裟がけに7回斬撃を加える。火焔コンドルも耐えられず、7撃目を受けると同時に身体が両断され、断末魔を上げることすら出来ず爆発四散して果てる。
 真耶も荷電粒子砲を呼び出して頭部に精密センサーを装備し、ラプラスの目で当たる可能性の高いミサイルを優先的に撃ち落とし、回避出来るものはスラスターをフル稼働させ、精密射撃体勢を取ったまま振り切る。ミサイルが無駄と判断した木霊ムササビは雄たけびと共に接近し、白兵戦に持ち込もうとするが真耶が放った荷電粒子砲が頭に数発直撃し、一点に集中させた荷電粒子砲により木霊ムササビの頭が吹き飛び、地面に墜落しながら爆発する。
 敵を仕留めた真耶と一夏だが、そこに無数の吸血コウモリが集ってくる。雪片弐型と雪羅のビームクロー、近接ブレードに電磁ナイフを取りつけた拳銃で吸血コウモリを追い払うが、ツバサ大僧正が死人コウモリに姿を変えると、翼をはばたかせて一夏に急接近し、一夏が放った雪片弐型の突きを半身で回避し、両足を掴んでジャイアントスイングの要領で高速回転し始める。

「織斑一夏! この愚か者め! キラー高速回転を受けろ!」
「そんなもんで……簡単に!」

 遠心力をつけて一夏を放り投げる死人コウモリだが、真耶がアサルトライフルを連射して死人コウモリを怯ませ、一夏は地面に叩きつけられるギリギリ手前でスラスターを最大出力で噴射し、PICを駆使することで踏みとどまって再上昇に転じる。さらに仮面ライダー1号がサイクロン号に跨って大ジャンプし、飛行体勢に入って飛び蹴りを放とうとする。

「チイッ! 数が違うか……だが時間は稼げた! 仮面ライダー共、覚えておれ!」

 死人コウモリは自分が入って移動してきた棺桶から無数の吸血コウモリを放ち、一夏や真耶、仮面ライダーのみならず地上の和也や藤兵衛、ルリ子にけしかける。

「おやっさん! 滝! ルリ子さん!」

 仮面ライダー1号は攻撃を中断して地上に降り立つと、仮面ライダー2号やショットガンに持ち替えた和也と共にコウモリを迎撃し始める。一夏と真耶もアサルトライフルや荷電粒子砲で吸血コウモリを一掃するが、その隙に死人コウモリは天高く飛び上がり、姿を消す。

「待て! クソ、逃げ足の速い野郎だぜ。一夏君、山田先生、ツバサ大僧正は追跡出来そうかい?」
「待って下さい……駄目です、ハイパーセンサーでも捉えられません。レーダーや他のセンサーにも反応はありませんし、探知範囲にはいないのか、ラプラスの目でも全然。いきなり消えてしまったような感じです」
「猛さん、ツバサ大僧正もワープした、ってことなんですか?」
「可能性は否定出来ないな。一夏君、エネルギー反応の増大がなかったか見てくれないか?」
「猛さん、ワープってどういう事?」
「ルリ子さんはあの時にいなかったんだよな……銀王軍の宇宙船がワープで姿を消したんだよ。使ったのは時空破断システム、ってとこだろうな」
「世界屈指のバダンニウム埋蔵量を誇る四国なら、バダンニウム83も沢山採れるからな。デストロンが使わない手もないか」
「まったく、相変わらず抜け目のない連中だ……一夏、どうだ?」
「エネルギー反応が増大した痕跡がありますね。ワープで逃げたみたいです」
「と、なると、手掛かりはなしか」
「いや、ツバサ大僧正の行先は高知だろう。デストロン最大の拠点となっているからな」
「風見と結城の応援が最優先だ。行こうぜ?」

 変身を解除した隼人が締めると、猛も変身を解除し、真耶と一夏も専用機を待機形態に戻してジープに乗り込み、一行は石鎚山脈のデストロンアジトへ向かってひた走る。
 一夏にとって、あまりに意外な人物がいるとも知らず。

**********

 石鎚山脈にあるバダンニウム採掘場。鉱脈に繋がる地下回廊に建設されたデストロンのアジト。ヨロイ元帥を追ってアジトへと潜入した志郎は、デストロン戦闘員や各種セキュリティシステムをやり過ごし、時に排除しつつ廊下を進んでいた。足音が複数聞こえてくると、志郎は天井にある排気用ダクトに繋がるフェンスを開け、潜り込んで巡回のデストロン戦闘員をやり過ごし、慎重にダクトを伝って進んでいく。

(ヨロイ元帥め、最深部に逃れたらしいな。だが、野放しにしておくわけにはいかない。ここで倒しておかなければ)

 天井の隙間やダクトのフェンスを覗いてヨロイ元帥がいないか確認する志郎だが、いるのはデストロン戦闘員だけだ。アジトの奥へと進んでいく志郎だが、ある会話が耳に留まる。

「キキーッ! 大変だ! 風見志郎だけではなく、別の侵入者までいるらしいぞ!」
「まさかライダーマン、結城丈二まで侵入してきたのか!?」
「いや、ライダーマンやSPIRITSではないらしい。二人組で片方は変な服に頭に兎耳を乗せた女、もう一人は長い銀髪をした女のガキらしい。こちらも話を聞いただけだが」

(兎耳を付けた女に、長い銀髪の少女、だと? まさか、篠ノ之束とその連れか? だとしたら、なぜデストロンのアジトに侵入したんだ?)

 志郎は戦闘員が話す別の侵入者について考えを巡らせる。
 束が丈二の『生徒』であることや、今までやってきたことは志郎も承知している。ある種の皮肉を感じつつ、デストロン戦闘員が立ち去ると志郎は廊下に降り立つ。廊下を慎重に歩いていく志郎だが、途中であまりに意外な人物を発見する。そ

「純子さん!? どうしてここに!?」
「志郎さん!? 良かった、無事だったのね……」

 純子だ。若干混乱する志郎だが、シゲルと弾。蘭を見て理解する。純子がシゲルに無理を言って連れてこさせたのだろう。弾と蘭は便乗したのだろう。相変わらずの無駄に高い行動力に呆れつつ小言を言おうとする志郎だが、シゲルが制する。

「言いたい事は沢山あるとは思いますが、後回しにしましょう。実は、二人ほど民間人がアジトに入っていくのを見たんです。間違ってなのか、何か目的があってのことかは分かりませんが、女子供だけで入るには危険過ぎます。今は民間人保護を最優先にすべきです」
「その民間人というのは、頭に兎耳をつけていなかったか?」
「え? あ、はい。遠目だったんで確証はありませんが、頭に乗せていたような……けど、どうして分かったんですか?」
「さっき戦闘員が話しているのを聞いたんでな。恐らくその二人はただの民間人じゃない。十中八九、篠ノ之束とその仲間だ」
「篠ノ之束って、ISを発明した科学者の?」
「一夏とは古い知り合いで、一夏の幼馴染みのお姉さん、って話は聞いてますけど」
「けど風見さん、どうして篠ノ之束博士だって分かったんですか? 本人と会った事があるとか?」
「ああ。この目で見た。無人ISを率いてIS学園を襲撃してきた時にね」
「IS学園の襲撃って……!?」
「無人ISの製造技術は彼女が独占的に保有している。つまり度重なる無人ISの襲撃も、廃墟の幽霊騒動も、元を辿れば彼女が仕組んだものだ」
「じゃあ、俺や蘭があんな目に遭ったのも……!」

 志郎の言葉を聞くとシゲルは勿論、純子や弾、蘭も表情を引き締める。

「なら身柄を確保しておかないと不味いですね。何をしでかすか分かったもんじゃない。急ぎましょう」

 行動方針が定まると慎重にアジトを進んでいき、や中央制御室に到着する。しかし本来いる筈のデストロン戦闘員は床に転がっている。代わりに中央の端末前に人影が二つ立っている。片方は兎耳をつけて端末を弄っている。志郎は持っていたアタッチメントにカートリッジを差し込んでマシンガンアームへ変形させる。シゲルもアサルトライフルを手元に呼び出し、二人で突入する。

「動くな!」
「束さま!」

 志郎とシゲルが制圧にかかろうとするのと同時に、兎耳をつけた人影こと束を庇うようにクリスタが飛び出し、拳銃を構えて対峙する。相手が子供であることに躊躇いを見せるシゲルと対照的に、志郎はマシンガンアームの銃口を束に向ける。

「篠ノ之束、今すぐそこをどいて貰おうか。そして俺達と一緒に来て貰うぞ。お前には色々と借りがあるんでな」
「束さま、私が時間を稼ぐので早く逃げて下さい!」
「ちょっと待ってね、くーちゃん。もう少しで終わりそうだから」
「お、おい! 話を聞いているのか!?」
「無駄だ。こいつは興味を持った対象以外、誰とも話そうとしない。認識しているかも怪しいくらいだ」
「そんな!?」
「無論、手は考えてある。向こうが認識しないなら、こちらから認識させてやればいい」

 志郎とシゲルを無視して端末を操作していた束だが、志郎が単発で放ったマシンガンアームの弾丸が兎耳の左を撃ち抜いて破壊すると振り返る。束は面倒臭そうに兎耳を外し、スカートから予備の兎耳を取り出して付け替え、初めて志郎に話しかける。

「酷いなあ、結構気に入ってるのに。それで、何か用? 束さんは忙しいから、さっさと済ませて欲しいんだけど。目的を50字以内で述べてよ」
「お前を確保しにきた。本来の目的のついでだがな」
「はい、よく出来ました。じゃあ答えてあげるよ。嫌だね。特別に教えてあげるけど、束さんはそういうのが一番嫌いなんだよ。顔を洗って出直してきなよ、仮面ライダーV3」
「そうはいくか。自分がなにをしてきたか知っているのか?」
「知ってる」
「どれだけ罪を犯したのか、もか?」
「勿論。今さら数えきれないよ」
「罪悪感を感じた事はないのか?」
「それで、次に何を言うわけ? 大人しく反省して、罪を償えとでも言う気かな? そんなの無理に決まってる。今さら反省して何になるの? 私の罪が償える程度に収まってると思うの? もう……私は後戻りなんか出来ないし、許されないんだよ」

 束の一言を最後に雰囲気が一気に険悪になる。志郎が続けて何か言おうとした瞬間、いきなり鎖付き鉄球が志郎に襲いかかり、志郎は回避出来ずにまともに食らって吹き飛ばされる。シゲルとクリスタが同時に銃を向けると、暗闇の中から赤い鎧兜を着たヨロイ元帥が姿を現す。すると束の表情が一変する。

「お前は……!」
「どうした? また俺に会って、絶望でもしたか? 篠ノ之束」
「いや、むしろ嬉しいかな……先生のお礼が済んでないんだから」
「先生の? ふん、まあいい。だが、貴様ごときに何が出来る?」
「その余裕が命取りだよ。ちゃんと奥の手は考えてある!」

 ヨロイ元帥が束を嘲るも、束はISのアームアーマーに似た移動型ラボ『吾輩は猫である』を実体化させ、ヨロイ元帥めがけて高速で射出し、爆発が起こって煙と爆風でヨロイ元帥の姿が隠れる。シゲルは純子、弾、蘭を庇うもすぐには立ち上がれない。伏せていたクリスタが先に立ち上がると、煙の中から影が一つゆらりと姿を現す。

「それが奥の手か? 弱い、実に弱い。怒りも憎しみも、本当に脆弱だな! この程度でザリガーナの甲殻を抜けるものか!」

 姿を現したのはヨロイ元帥の怪人態『ザリガーナ』だ。爆発寸前に変身していたらしい。舌打ちする束にザリガーナは突進していくが、束は咄嗟に横に転がってザリガーナの突進を避け、クリスタとシゲルがザリガーナに銃撃を加える。しかしザリガーナの硬い外殻の前には効果が無いのか、銃弾は虚しく弾かれる。

「無駄だと、言っているだろうが!」

 ザリガーナは左手の鋏の一撃でクリスタを吹っ飛ばして壁に叩きつけ、続けてシゲルを右手で持ち上げ、純子達に投げ飛ばして動きを封じる。束は志郎が吹き飛ばされた際に手放したマシンガンアームを手にしようとするが、ザリガーナが上からマシンガンアームを踏みつけ、左腕の鋏で束の首を締め上げて高々と持ち上げる。

「ククククク、弱い、あまりに弱過ぎて涙が出るぞ、篠ノ之束。貴様はこんな脆弱な怒りと肉体で、何をしに来たんだ? 愚かだな、小娘が。まずは貴様自身の血で、デ~ストロンの悲願達成の礎となれ!」
「か……は……」
「フン、聞こえていないのか、抵抗する気力も失せたのか。まあいい。楽には殺してやらん。ゆっくり、じわじわと殺してやる。まずはそうだな……結城丈二と同じく、右腕から溶かしてやろう!」

 ザリガーナは束を締め上げながら、口から発火性の泡を吐き出そうとする。しかし直前に横から割り込んできた誰かが顔を無理矢理横に逸らさせ、泡は束の右腕には当たらず壁を燃やすにとどまる。鋏の拘束が緩むと乱入者は束を鋏から引き摺り出す。

「ザリガーナ! 俺が風見志郎だと忘れたか!?」
「風見志郎め! 小癪な真似を!」

 乱入してきたのは志郎だ。意識を取り戻した志郎は咄嗟に右腕でザリガーナの頭を掴み、横に逸らしたのだ。右手袋は泡により焼け落ちている。怯まずにマシンガンアームを拾い直して構えようとする志郎だが、束がマシンガンアームを奪おうとし、志郎を妨害する形となる。

「やめろ! 何のつもりだ!?」
「うるさい! そいつは先生の仇なんだ! 私の手でもう一回殺さないと駄目なんだ!」
「そんな事を言っている場合か!? 大体結城は生きているのに、何を言っているんだ!?」
「違う! あれは先生じゃない! 先生はあの時に死んだんだ! そうじゃなかったら私は……!」
「よく分からんが、二人纏めて殺してやる!」

 束と志郎が揉めているのを見たザリガーナは、口からまたしても泡を吐き出そうとする。

「ランチャーアーム!」

 しかし弾頭が破裂してザリガーナの身体を硬化ムースが包み込むと、中断を余儀なくされる。

「これは……ライダーマンか!?」
「その通りだ、ザリガーナ!」

 ザリガーナが忌々しげに吐き捨てると、入口からシゲル達を助け起こしたライダーマンが入ってくる。束とライダーマンの目が合うが、どちらも何も言わず束がすぐに目を背ける。

「硬化ムースなど……甲羅崩し!」
「逃がすか! マシンガンアーム!」

 ザリガーナが甲羅崩しで内側から硬化ムースを吹き飛ばした直後、ライダーマンはカセットアームをマシンガンアームに変形させ、トリガーを引く。だが甲羅と飛んでくる硬化ムースにより弾丸が相殺されてザリガーナ本体に当たらず、その隙にザリガーナは床をぶち破って逃亡する。ライダーマンは銃撃を中止して後を追うが、身軽になった影響かザリガーナは深い穴を掘って潜っており、地上からでは姿が見えそうにない。ライダーマンは追撃を諦めると志郎に話しかける。

「風見、無事か?」
「ああ、俺はな。それより……」
「……風見、二人だけで話をさせてくれないか?」
「分かった。後は任せる。行こう」

 志郎はライダーマンにその場を任せる事を決めると、気絶しているクリスタを肩に担いでシゲル、純子、弾、蘭と共に中央制御室を出る。残るは束とライダーマンだけだ。
 ライダーマンはヘルメットを脱いで結城丈二の姿に戻ると、ゆっくりと束に歩み寄る。

「来るな! 偽者のクセに! 私の前から消えろ!」

 束は必死に丈二から目を逸らし、壊れた兎耳や予備の兎耳を投げつけて丈二を追い払おうとする。当然そんなものが堪える筈もなく、丈二は束の目の前に立つ。
 バシン、と乾いた音が部屋の中に響く。
 音と頬に走る痛みから自分の頬が叩かれたのを知覚した束は、思わず目を見開いて丈二の方を見る。殴ったのは丈二であった。あの時、『先生』が初めて怒った時と同じく、左手で束の頬を叩いたのだ。そのまま丈二は束の両肩をしっかりと、それこそ骨が軋むかと錯覚するくらいに強く掴んで口を開く。

「どうして……どうして、言う事を聞いてくれなかったんだ!? 君には俺と同じ道を歩んで欲しくなかった! 君には光が当たる場所で、日の差す道を歩んで欲しかった! 同じ業など背負わせたくなかった! それなのに、どうして……」
「でも、無事に生きていてくれて、よかった……」

 叱責の後に安堵の言葉を漏らした後、丈二は優しく束を抱きしめる。

(偽者……じゃない……だって……だって……)

 間違えようがなかった。今感じているぬくもりを、間違えられる筈がなかった。同時に必死に目を逸らしてきた事実に向き合わざるを得なくなる。

「ごめんなさい、先生……言う事聞かない悪い子になって……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 今の束には、ただ泣きながら丈二に謝り続ける事しか出来なかった。

**********

 クリスタが再び意識を取り戻したのは、中央制御室から出された少し後であった。始めは状況が理解できていなかったクリスタだが、見知らぬ男の肩に担がれている事に気付くや必死にもがき、腕や肩に噛みついて抵抗する。志郎は特に堪えた様子を見せないものの、鬱陶しいのかクリスタを床に降ろす。するとクリスタは飛び退いて志郎やシゲル、純子、弾、蘭から距離を取ると、拳銃を構えて志郎に狙いを定める。シゲルも銃を構えようとするが志郎が手で制する。クリスタは油断なく周囲を警戒しながら口を開く。

「……答えろ、束さまはどこだ?」
「お前もただの人間じゃないらしいな。何者だ?」
「質問に答えろ! 束さまはどこにいる!?」
「どこにも行っていない。結城と決着を付けている最中だ。篠ノ之束の事を本当に考えているのならば、邪魔をするな」
「ユウキ……ライダーマン……あいつが!」
「待て! チィッ、篠ノ之束め、厄介な連れを……!」

 次の瞬間、クリスタは中央制御室に向かって全速力で走り出す。志郎も舌打ちしつつクリスタを止めるべく走り出す。
 クリスタは中央管制室前に付くとドアを開ける。そこには丈二に抱き止められた状態で束が立っていた。束の目には涙を流した跡らしきものが見える。それを見た瞬間、クリスタの中でどす黒い怒りが湧き上がり、瞬く間に全身へと広がっていく。許せない。自分を拾い上げ、名前をつけてくれた太陽のような存在を、またしても涙で顔を曇らせたあの男が許せない。

「またか……また、貴様か……貴様が! 束さまを泣かせたのか!? ユウキジョウジ!」

 クリスタは丈二に憎悪と怒りを剥ぎ出しにして咆哮すると、今まで閉じていた目をカッと見開いて拳銃を丈二に向ける。禍々しいまでの金色に染まった両目は釣り上がり、強烈な殺意が周囲からでも見てとれる。少し遅れてきた志郎がクリスタを取り押さえようとするが、丈二が手で制する。丈二は一度束から離れると静かに話し始める。

「お前は……彼女にとってどんな存在か、そお前と彼女がどのような関係なのかは分からない。だが、お前は相当彼女を慕っているのだな」
「当然だ! 束さまは私の全てだ! それを貴様は泣かせたんだ! 許せるものか!」
「そうか……ならば俺を撃てばいい。それで気が晴れるなら、全てが終わるのなら、俺は喜んでお前に撃たれよう」
「なにを言っている、結城!?」
「止めるな、風見。元はと言えば、彼女が歪んだのも俺が原因だ。それに、憎悪の連鎖を俺で止めなければならない。俺が撃たれる事で、二人の救いとなるのなら……」
「結城……」
「良い心がけだ。ならば望み通り、全てを終わらせてやる!」

 クリスタは拳銃の引き金に指を掛けて、引く。乾いた銃声が響き渡る。
 結論から言えば、弾丸は丈二の身体には届かなかった。しかし志郎は言われた通り何もしていない。丈二も一切の抵抗をしていない。クリスタが大きく狙いを外した訳でもない。

「駄目だよ、先生……こんな所で……死んじゃったりしたら……」
「そんな……どうして……」
「束……さま……?」

 なぜならば、束が直前に丈二の前に立って弾丸を受けたからだ。束が丈二を庇ったのだ。クリスタが拳銃を取り落としてその場に崩れると、いつものように笑いながら束はゆっくりと倒れていく。慌てて束の身体を支えながらも丈二は銃創の位置を探る。腹部。致命傷にはなっていないが、すぐ処置しなければならない重傷だ。即座に丈二は傷の手当てをすべく医療キットを取り出す。志郎も応急処置を手伝う。手当てを受けながら、束は息も絶え絶えに話し始める。

「先生は……まだ、駄目だよ……仮面ライダーの助けが必要な人は……」
「喋るな! 傷に障る!」
「分かるよ、私……輸血しないと助からないって……まあ、散々好き勝手やってきたんだから……当然だよね……」
「どうして……こんな……」
「これしか、思い付かなかったから……ねえ、先生、お願い……私は……どうなってもいいから……くーちゃんは助けてあげて? 本当はとってもいい子なんだよ……けど私が悪い子だから、くーちゃんも……」
「ああ、大丈夫だ! 君も彼女も、絶対に助ける!」
「先生……相変わらず……嘘が下手だよ……本当ならちーちゃんやいっくん、お父さん、お母さん、なにより箒ちゃんにも、ごめんなさい、したかったな……」
「しっかりするんだ! 諦めるんじゃない!」
「落ち着け! 息はある! 血が足りなくなって意識を失っただけだ。だがすぐに輸血しなければ……結城、彼女の血液型は分かるか?」
「……AB型だ」
「ならば、俺に任せてくれないか? お前は彼女を頼む」

 志郎が言った直後に警報が鳴り響く。発見されたようだ。すぐにこちらに駆けつけてくるだろう。シゲル達は大丈夫だろうが、こちらも切羽詰まっている。

「分かった、彼女を頼む!」
「結城、ここで別れるぞ。お前はすぐ脱出しろ。俺は彼女を処置したら追いつく」

 簡潔に志郎と丈二は段取りを決めると、志郎は応急処置が済んだ束を背負って、丈二は放心状態のクリスタを抱え上げ、中央制御室を出て反対方向に向けて走り出す。
 志郎は束の容体に気を使いながらもアジトを駆け抜け、手術室を見つけると大急ぎで束を手術台に寝かせる。輸血用血液がないかを探す志郎だが、見つかりそうにない。

「いや、血液なら、ここにあるか」

 志郎の視線の先には、改造人間用血液の精製に使う機器が鎮座していた。

**********

 最初に感じたのは痛みであった。自らが名付けた少女に撃たれた腹部がズキリと痛む。同時に自分がまだ生きている事を悟る。死んだのならば痛みなど感じはしない。束は目を開いて周囲を確認する。手術室のようだ。腹部に目を向けると傷の処置は完璧にされており、すぐにでも歩けそうだ。束は少し痛む腹部を気遣いつつも身体を起こす。

「ようやくお目覚めか、篠ノ之束」
「君は……」

 束の近くには志郎が立っていた。顔色はこころなしか悪いように見える。

「どうして、私は生きてるの……?」
「輸血用の血液が手に入ったんでな。それを輸血したまでだ」
「輸血用血液?」
「お前に血液型は、幸いなことにAB型らしいな。本来はやっていいことじゃないが、AB型は誰からも輸血を受けられる点では得だ。命拾いをしたな」
「まさか、輸血したのって!?」
「俺たち改造人間の血は、特別なんでな。直接輸血する訳にもいかない。人間用に再精製したものを、輸血させてもらった」

 束は自分が助かった理由を悟る。志郎が自らの血液を人間用に再精製し、束に輸血したのだ。それも相当な量を束のために抜いたのだろう。顔色が悪く見えるのはそのせいだ。

「どうして……どうして、私なんかの為にそんな事を!? 私はあそこで死ぬべきだったのに、どうして!?」
「死ぬべきだっただと? 笑わせるな。散々好き勝手やって、他人に迷惑をかけ続けて、世界中を引っ掻き回しておいて、あそこで死ぬべきだっただと? そんな身勝手が、お前に許されると思っているのか?」
「だから私は死ななきゃならないんだ! そうしないと私のやって来た事は……!」
「甘ったれるのもいい加減にしろ!」

 束が志郎に食ってかかろうとすると、志郎は冷徹な態度で突き離して束を黙らせる。

「篠ノ之束、お前は天才でもなく『天災』でもなく、聞き分けのないただの子供だな。死とは償いではなく、逃げに過ぎない。お前は俺が生かした訳でも、運良く死ななかった訳でもない。ただ、死ねなかっただけの話だ」
「死ねなかったって……じゃあ私はどうすればいいの!? こんな生き恥なんか晒して! 罪も償えないなんて、私はどうすればいいの!? どう罪を償えばいいって言うの!?」
「聞くな!」

 なおも捲し立てる束を志郎が遮り、束に背を向けて歩き出す。

「理由はどうであれ、お前は死ねない身だ。生きているとは言っても、お前の命はお前だけのものではない。お前の一存では、殺せない」
「ならばその罪をどう償い、その命をどうすれば殺せるか、自分で答えを探すんだな!」

 それだけ言うと志郎は手術室の扉を開けて外に出る。束もまた手術台から立ち上がって志郎に追いつき、二人はアジトを脱出すべく、一時的に共同戦線を組むのであった。



[32627] 第四十三話 代償
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:3591bd8e
Date: 2013/09/14 17:38
 デストロンアジト。銃創の治療と自らの血液を再精製した志郎の輸血で一命をとりとめた束は、自力で歩けることを確認すると、志郎に続いて手術室から出て歩き始める。

「まったく、私の身体に改造人間の血が流れるなるなんて、夢にも思わなかったよ。改造人間の改造手術に使う血液とかなかったの?」
「ないから俺の血を使ったんだ。そうでなければ、自分の血を抜いて再精製する手間は掛けたりしない」

 志郎と束は会話は交わすものの、志郎が束に突き放した態度を取っていることや、束にとって志郎は身内でない上、いい印象を持っていないこともあり会話は途切れ途切れだ。雰囲気も険悪で、アジトの廊下にはただ志郎と束の足音のみが響き渡る。

「足音……巡回らしいな。隠れるぞ。声や物音を立てるなよ」

 途中で巡回のデストロン戦闘員らしき足音が聞こえてくると、志郎は天井裏に張り巡らされている排気用ダクトに繋がるフェンスを開け、自らが足場になって束をダクトに入れ、自分もダクトに入ってフェンスを元に戻す。フェンスから下を覗いて様子を見るが、天井を見ることもなくデストロン戦闘員は廊下を通り過ぎる。しばらく息を潜めて耳を済ませ、誰もこないことを確かめると、志郎と束はほぼ同時に一息つく。この繰り返しだ。志郎と束は丈二と合流すべく先を急ぐ。

「巡回の頻度が増してきてるし、私たちが先生やくーちゃんとはぐれたのもバレてるみたい。君は私なんか放っといて、早くここから出ないと不味いんじゃない?」
「フン、生憎だが結城や一夏君、千冬さん、そして家族に謝らせるまで、お前を死なせてやるわけにはいかないんでな。分かったら無駄口を叩いてないでいくぞ」
「なに、それ。そんなこと言ったら、君にだって家族は……むぐ!?」
「少し静かにしろ!」

 束が志郎に反論しようとした直後、志郎は束の口を押さえつつ声を落として黙らせる。何事かと思った束だが、隙間からデストロン戦闘員数人が話しているのが見えると納得して押し黙る。相変わらずデストロン戦闘員は志郎や束が話を聞いていると気付いていないようだ。志郎と束は意識を集中して耳をそばだてる。

「キキーッ! 風見志郎と結城丈二、それに小娘二人だけでなく『SPIRITS』の連中がアジトを嗅ぎ付けている! SPIRITSが何人か侵入したらしいとの報告もある! 風見志郎と結城丈二だけではなく、SPIRITSにも気を付けろとのご命令だ!」
「キキーッ! デストロンに歯向かう者には死を! 相手が何であろうと、見つけ次第ぶち殺してやる!」

 デストロン戦闘員が敬礼を交わした後に持ち場に走り出し、志郎と束が真上にいる廊下から離れていくと、まず志郎から口を開く。

「ケンたちがアジトにも到着したらしいな。そうなると、作戦変更といくか」
「作戦変更って、一体何をする気なの?」
「アジトのメインコンピューターにアクセスして、セキュリティシステムを無力化させる。そうすればSPIRITSでもやり易くなるだろう」
「つまりクラッキングを仕掛けるって訳だね。それで、どこにコンピューターがあるわけ?」
「比較的近い場所に端末がある。それを使えばいけるはずだ」

『各戦闘員に告ぐ! 結城丈二と小娘一人が中央ブロックの旧バダンニウム保管庫付近で発見された! 全戦闘員は直ちにそちらに向かい、裏切り者の結城丈二の連れを抹殺せよ! 決して生かして帰すな!』

「先生と……くーちゃんが!?」
「結城はすでに見つかったらしいな。急ぐぞ、結城とお前の連れは勿論、俺たちにもあまり時間がない」

 アジト中にアナウンスが鳴り響くと束の身体が硬直するが、志郎が小突いて気を取り直させる。二人は端末のある部屋へと向かうべく、先ほどより早めのペースでダクトを伝って移動し始めるのであった。

**********

 志郎と束が行動を共にしている頃、丈二は放心状態のクリスタを連れてアジトからの脱出を図っていた。ショックが大き過ぎたのか、クリスタは一言も喋ろうとしない。手を引いて共に歩いている丈二が時折話しかけるが、頷いたり首を振ったりして意思表示をする程度で、ほとんど無反応だ。丈二が心配しながら移動を続けていたが、いかんせん歩くのがやっとのクリスタを連れていては気付かれない筈もなく、警報が鳴り響く。
 丈二は舌打ちするとクリスタを抱えて走り始める。しかしアジト中からデストロン戦闘員が殺到し、最終的に丈二とクリスタは多数のデストロン戦闘員に四方を囲まれ、逃げるに逃げられない状況に陥る。

「結城丈二! デストロンの裏切り者め! ヨロイ元帥とドクトルGの命令により、デストロン首領の名の下に貴様をこの場で、そこの小娘共々処刑してやる!」
「そうはさせるか! 戦えるか!?」

 デストロン戦闘員が丈二に武器を向けて高らかに処刑宣告するが、丈二は毅然とした態度で突っぱね、クリスタに確認する。だがクリスタは首を振ることすらしない。

「私は……私を暗闇から助けてくれた束さまを、撃ってしまった。そんな私に生きる資格も、理由もない。私を置いてさっさと行け、結城丈二。お前は束さまに必要だが、私は、もう束さまに会わせる顔がない」

 それどころか丈二だけで逃げるよう勧めるクリスタだが、丈二は黙って首を横に振る。

「彼女にお前は必要ないと言ったな? それは違う。彼女にとってお前は必要な存在で、大切な『身内』だ。でなければ、自分で名前などつけるものか。だから、お前が何を言おうが必ず生きて帰す。それが、俺が『先生』としてしてやらなければならないことだ」
「でも私は束さまを……!」
「ならばなおさら、お前は彼女の下に帰らなくてはならない。死を償いの手段と考えているようだが、それは違う。自分で望んだ死とは償いでも罰でもない。自らの罪の重さに耐え切れず、目を逸らし、逃げ出したに過ぎない。罪を犯した者に『逃げ』は許されない。お前は、生きて償う必要がある」

クリスタに告げると丈二は両の拳を合わせ、手元にヘルメットを呼び出して頭上に高々と掲げる。

「ヤァァッ!」

 ヘルメットを被るとカセットアームが連動し、身体を強化服が包み込んで変身を完了する。デストロン戦闘員が一斉にライダーマンとクリスタにナイフや棍棒、槍を持って飛びかかる。

「ロープアーム!」

 ライダーマンは一番手近なデストロン戦闘員にロープアームを射出して絡めとると、姿勢を崩して分銅代わりに振り回し、周囲のデストロン戦闘員を一掃し、そのデストロン戦闘員を床に投げ飛ばして処理する。

「スウィングアーム!」

 続けてライダーマンは右肘にカートリッジを押し込んでスウィングアームへ変形させ、クリスタの背後から迫るデストロン戦闘員に射出して吹き飛ばす。スウィングアームが戻ってくるとライダーマンはロープ部分の中程を左手で掴み、振り回して遠心力をつけつつ分銅部分を投げつけ、デストロン戦闘員を片っ端から倒していく。しかしマシンガンが飛んでくるとライダーマンはクリスタを庇いながら地面を転がり、マシンガンを回避する。ライダーマンがマシンガンが発射された方向を見ると、マシンガンを装備したヘビの怪人が狙いを定めて立っている。

「貴様は、マシンガンスネーク! もう復活したというのか!?」
「フン! 復活したのは、俺だけではないぞ!」
「デストロンの裏切り者、結城丈二! このガマボイラー必殺の超高温蒸気であの世に送ってやる!」

 マシンガンを装備したヘビの怪人ことマシンガンスネークの背後から、ガマガエルとボイラーを組み合わせた怪人ガマボイラーが脇腹のスイッチをひねり、胸の噴射口から鉄をも溶かす超高温蒸気を放つ。ライダーマンは咄嗟にロープアームを射出して適当な箇所にフックを引っ掛け、クリスタを抱えてロープを巻き取って離脱する。それと前後するようにマシンガンスネークとガマボイラーのみならずイカファイヤ、カミソリヒトデ、クサリガマテントウ、ジシャクイノシシ、ピッケルシャーク、ミサイルヤモリ、カメラモスキートが姿を現して並び立つ。

「復活した機械合成怪人は、プロペラカブトだけではなかったか!」
「当然だ! 我らデストロン機械合成怪人軍団は、壊れた部分を修復すれば何度でも甦る! 粉微塵にされようが、デストロン首領がいる限りいくらでも復活出来る! 脆弱で愚かな貴様ら仮面ライダーに、勝ち目などないのだ! まずはライダーマン、貴様をそこの小娘共々なぶり殺しにし、変身出来ない役立たずの仮面ライダーV3、風見志郎をぶち殺してやる!」
「そうはさせるか! 人間を見くびるなよ!」

 カメラモスキートに敢然とライダーマンが反論するや、ミサイルヤモリがミサイルを乱射する。マシンガンスネークとガマボイラーがマシンガンと超高温蒸気で援護し、残りの怪人がライダーマンとクリスタを仕留めようと飛びかかる。

「そうはさせるか! ランチャーアーム!」
「これは!?」
「身体が動かん!?」
「おのれ! またしても硬化ムースを!」

 しかしライダーマンはミサイルを回避し、マシンガンや超高温蒸気に当てて誘爆させることでミサイル、マシンガン、超高温蒸気を処理する。すかさず右肘にカートリッジを差し込んで今度はランチャーアームへ変形させ、飛びかかってくる怪人達にランチャーを発射する。すると先頭に立っていたピッケルシャークのやや上で弾頭が炸裂する。弾頭内部からムースが飛び散り、怪人たちを包み込んで硬化すると怪人は身動きが出来ず立ち往生する。ライダーマンはカートリッジをベルト脇のケースから取り出し、右肘に挿入する。

「マシンガンアーム!」

 直後にカセットアームがマシンガンアームへ変形する。ライダーマンはマシンガンアームを身動きが取れない怪人に向け、脳波コントロールでトリガーを引き、マシンガンアームを発射する。特殊金属製の弾丸が1秒間に1000発の連射速度で怪人に叩き込まれ、数秒後に怪人は蜂の巣にされて爆発四散する。だが最後尾にいたジシャクイノシシのみは硬化ムースを完全には浴びていなかったためか、前面に立つ怪人達が盾となって時間を稼いでいる内に硬化ムースを破壊し、地面に転がってマシンガンアームを回避して立ち上がる。

「ライダーマン! スーパー磁石を受けてみろ!」
「ぐうっ!? カセットアームが……引き寄せられて……!?」

 ジシャクイノシシは左手に装備したスーパー磁石から強力な磁場を発生させる。するとライダーマンのカセットアームが磁力によって引き寄せられる。ライダーマンは体勢を崩しながらも引き寄せられまいと踏ん張るが、走行中の新幹線すら引き寄せるスーパー磁石の強大な磁力の前に、徐々にライダーマンの身体がジシャクイノシシの左手に引き寄せられていく。

「フフフフ……スーパー磁石に捉えられてしまえば逃げられぬと、貴様が一番理解している筈だぞ、結城丈二! なにせこのスーパー磁石は、デストロン科学グループにいた貴様が主導して製造したのだからな! その威力も当然把握しているのだろう!?」
「確かにな。だがスーパー磁石の弱点も把握済みだ! ランチャーアーム!」

 ライダーマンを嘲るジシャクイノシシだが、ライダーマンは諦めずに左腕をジシャクイノシシに向け、音声入力とヘルメットを介した脳波コントロールで外付け式アタッチメントを呼び出す。すると左腕にランチャーアームが装備され、すぐにランチャーアームが射出されてスーパー磁石に着弾する。着弾と同時に弾頭から高温の火炎が燃え広がり、瞬く間にスーパー磁石は燃え盛る炎に包まれる。最初は構わずに磁力を発生させ続けていたジシャクイノシシだが、やがて磁力が急に消え去るり、嫌な音を立ててスーパー磁石が破損して左手から落ちる。

「馬鹿な!? なぜ俺のスーパー磁石が!?」
「どのような磁石も『キュリー温度』に達するまで加熱すれば、例外なく磁力を失う。貴様の左腕に装備されたスーパー磁石も、ランチャーアームの焼夷弾で加熱してやればキュリー温度に達する。それだけのことだ」

 驚愕するジシャクイノシシにライダーマンは冷たく言い放つ。物理学の理論を応用しただけのことだ。

「おのれ! だが終わりではない! たとえスーパー磁石がなくとも、俺にはイノシシダッシュが残っている! 貴様を道連れにしてやる!」
「生憎だが、ここで死んでやる訳にはいかない! ネットアーム!」

 怒り狂ったジシャクイノシシはイノシシダッシュで突進するが、ライダーマンは慌てずに右肘にカートリッジを入れてネットアームに変形させ、ジシャクイノシシめがけてネットを射出する。いきなり頭上からネットが掛けられたジシャクイノシシは網目に足を取られて転倒し、ライダーマンが飛び退くと同時に自爆する。
 残るマシンガンスネーク、ガマボイラー、ミサイルヤモリはクリスタに狙いを定め、一斉に動き出す。だがライダーマンは右腕をロープアームに戻してミサイルヤモリを縛り上げ、思い切り床に叩きつける。ライダーマンは引き戻したロープアームを振るってマシンガンスネークとガマボイラーの足を払い、走りながら右肘にカートリッジを挿入する。

「パワーアーム!」

 右腕がパワーアームに変形するとライダーマンはマシンガンスネークに挑みかかり、パワーアームでマシンガンスネークに打撃を加える。パワーアームが命中する度にマシンガンスネークの身体からスパークが飛び散る。マシンガンスネークは苦し紛れに右腕のマシンガンを盾にするが、パワーアームを数回打ち込まれると甲高い金属音と共にマシンガンが破損する。
 ライダーマンはパワーアームで頭部を強打してマシンガンスネークを悶絶させると、右押し蹴りでマシンガンスネークと距離を取って跳躍する。空中で前方宙返りした後に右足をマシンガンスネークに向け、飛び蹴りの体勢に入る。

「ライダーキック!」

 渾身の飛び蹴りが胴体に炸裂すると、マシンガンスネークは壁に叩きつけられて爆発する。ライダーマンが着地した隙にガマボイラーが毒液を吹き掛けようとするが、ライダーマンは横っ飛びに回避し、背後からライダーマンめがけてミサイルを発射しようとしたミサイルヤモリが毒液をまともに浴びる。毒液を浴びたミサイルヤモリはエネルギーを奪われ、ミサイルを発射するどころか地面に膝をつく。ガマボイラーも奥の手と言える毒液を吐き出してしまい、フラフラで動くに動けない。それを見逃すライダーマンではなく、ガマボイラーの背後に回り込むとカートリッジを取り出し、カセットアームに押し込む。

「ディスクアーム!」

 今度はディスクアームにカセットアームが変形すると、弱りきったガマボイラーとミサイルヤモリに射出する。ディスクアームはガマボイラーとミサイルヤモリの胴体を両断し、ライダーマンがクリスタを抱えて跳躍した後にガマボイラーとミサイルヤモリも爆発する。
 それを黙って見ていたクリスタだが、ライダーマンがヘルメットを脱いで変身を解除すると、またしても丈二に連れられて動き出すのであった。

**********

 アナウンスが流れる中、同じくアジト内に侵入していた蘭、弾に純子とシゲルの姉弟は、志郎と束、丈二とクリスタと合流すべくアジト内を捜索していた。シゲルはヘルメットのバイザーを下ろし、パワーアシスト機能を起動させている。万が一の時はいつでも交戦出来るよう、武器を手元に呼び出して準備している。シゲルは油断せず、慎重にクリアリングして先に進む。

(あれがISを発明した人で、一夏さんや千冬さんとも友達だっていう篠ノ之束……)

 弾や純子と共に歩きながら、蘭は先ほど邂逅した束について考えを巡らせる。
 束は世界的な有名人であるし、蘭も束の業績をある程度理解している。同時に『幽霊騒動』に束が一枚噛んでいること、幽霊こと無人ISを作れるのは束しかいないことも承知している。特に無人ISに追いかけ回された挙げ句、兄共々殺される一歩手前まで追いやられた身としては、あまりいい印象を抱いていない。
 なにより、先ほど直接対峙した時のこちらを一切無視するような、人を人と思わぬような傲慢さすら感じられる態度は、蘭の束に対する印象を悪化させるには十分であった。蘭は口こそ挟んでいないが、束の人となりは朧気ながら理解出来た。

(あの目や雰囲気、有栖奈緒と同じだった。復讐に囚われて、破れかぶれになってたあいつと)

 同時に、束がどことなく有栖奈緒に似ていると蘭は思い当たる。そこまで考えていた蘭だが、ふと前を見るとシゲルがあるドアの前で立ち止まっている。弾と純子も同じだ。蘭は怪訝に思いながらもシゲルの視線の先、つまりドアの向こうを見やる。

「再生怪人用の素体ってところだろうな。と、いうことは再生怪人を生み出すラボか」
「けどシゲルさん、カプセルに入ってるヤツの顔や体格がそっくりと言うか、ほとんど同じじゃありませんか?」
「第2分隊からの報告によると、九州ではゲルショッカーが大幹部のブラック将軍のクローンを素体に怪人を再生させていたらしいから、その一環ってことなんだろうな。こっちはドクトルGが元になんだろうけど。少し調べてみよう」

 シゲルが言うと慎重にラボへ入る。誰かがいる気配はないようだ。天井にクレーンで吊り下げられたカプセルには、培養液と共に同じ顔をした人間の身体がある。どれも男性特有の生殖器はないが。シゲルは一度バイザーを上げ、設置されていた端末の前に立ち、キーボードを操作してディスプレイにデータを表示させる。

「再生装置は稼働していないみたいだ。とはいえ、危なっかしい代物を放置しておく訳にはいかないし……なるほど、素体をアポトーシスさせられるようになっているのか。だったら、使わない手はないな」

 シゲルは頷いた後に再びキーボードを操作する。するとカプセル内に上部から繋がっているチューブを介し、どす黒い液体が流れ込んでカプセル内に充満する。しばらく黒い液体によりカプセル内の状況が分からない状態が続くが、やがてカプセル内から黒い液体が回収されると、カプセル内の様子が見れるようになる。そこに素体の姿はなく、僅かに肉片がいくつかの残されているだけだ。同時に警報音がラボ内に鳴り響く。

「少し不味いことになったな……急いで出よう! 戦闘員が集まってきそうだ!」

 シゲルが指示を出すと蘭、弾、純子はラボから離れる。
 一方、端末のある一室に侵入した志郎はダクトのフェンスを外して顔を出し、誰もいないことを確認すると束を床に下ろし、自身も床に降りて端末の前に立つ。志郎がキーボードを操作している間も会話はない。だが志郎のキーボードを操作する手が止まり、束もディスプレイに映ったデータを見ると志郎が口を開く。

「デストロンめ、考えたな。これならば四国移動要塞計画を察知されず進めることが出来る、というわけか」
「サタンニウム鉱脈やバダンニウム鉱脈に時空破断装置を設置して、時空破断装置で繋げてサタンニウム鉱脈やバダンニウム鉱脈そのものを動力源にしようなんて、流石の私でも思い付かなかったよ」

 ディスプレイに映っているのは作戦計画書と付随する各種資料だ。もし志郎と束が作戦計画書の存在に気付かなければ、デストロンは四国移動要塞化計画の実現に成功していたであろう。だが志郎も束もやらせる気はない。作戦計画書の内容を頭に叩き込むと志郎はセキュリティシステムをクラッキングでダウンさせ、端末のスイッチを切る。束を連れて部屋を出るとアジトを脱出すべく歩き出す。
 しばらく廊下を歩いていると志郎は人の気配を複数感じ、ベルトに挟んだケースから取り出したカートリッジを差し込み、マシンガンアームへアタッチメントを変形させて振り向く。束が後ろに立つのを確認すると、志郎はマシンガンアームを構えたままゆっくり前進し、ドアの前に立つ。気配の主は向こうに隠れているようだ。意を決した志郎がドアを蹴破り、マシンガンアームを構えたまま突入するが、何者かにアサルトライフルを突き付けられる。

「そのプロテクター、シゲルか!?」
「良かった、無事だったんですね、風見さん。てっきりデストロンの戦闘員がやって来たのかと思って、びっくりしましたよ」

 アサルトライフルを突き付けてきたのはシゲルだ。シゲルもまた志郎と束に気付いてデストロンではないかと疑い、部屋に入ったようだ。シゲルがアサルトライフルを下ろし、志郎が構えていたマシンガンアームを戻すと純子、弾、蘭もシゲルの背後から姿を現す。

「純子さん、弾君、蘭さん、三人とも怪我はないかい?」
「大丈夫よ、志郎さん。見ての通り無事よ。シゲルもいたし、私だって元少年仮面ライダー隊なんだから」
「俺と蘭も怪我とかはしてませんし、デストロンの奴らとは会いませんでした。風見さんは大丈夫、みたいですね」
「風見さんは結城さんと合流出来たんですか? 私たちは結城さんと会えなかったんですけ」
「いや。脱出したのか、別のルートで脱出を図っているのか。俺たちも急ごう。結城なら、きっと大丈夫さ」

 志郎は笑って付け加えると蘭達を促して外に出る。外に出ると待機していた束と蘭たちが顔を合わせるが、束は何の反応も見せない。蘭たちも特に言いたいこともないのでシゲルが先頭に立ち、殿を務める志郎の前に弾と純子、蘭と束が並んで歩き始める。だが次の瞬間、志郎がすぐ前にいた束と蘭を思い切り突き飛ばす。束と蘭のみならず弾と純子、シゲルが何事かと思って一斉に志郎の方を見る。

「がはっ!?」
「風見さん!?」
「志郎さん!?」

 志郎は壁を破った何者かのドリルで右脇腹を貫かれていた。吐血しながらも志郎はドリルを無理矢理引き抜き、マシンガンアームで殴り飛ばすと、振り向いて乱入者と対峙する。

「貴様は……ドリルモグラ……!」

 乱入してきたのはドリルモグラだ。頭部のドリルで壁をぶち抜くついでに志郎の脇腹にドリルをお見舞いした、といったところだろう。ドリルモグラは血反吐を吐きつつマシンガンアームを構える志郎を嘲笑する。

「無様だな、風見志郎! 変身出来ればこのような醜態を、珠純子の前で晒すようなことはなかったものを! どうだ、珠純子。こんな死に損ないなどさっさと捨てて、俺と一緒に来ないか? 今ならお前を俺の、そしてデストロンの花嫁にしてやるぞ?」
「ふざけないで! 誰がそんなことを!」
「フン、口だけは達者なのは相変わらずだな、ドリルモグラ……そんなドリル程度で俺を殺せた気でいるのなら、ずいぶんとおめでたい奴だ。俺を殺すには……まだ足りんぞ!」
「ぬかせ! ならば貴様の身体を穴だらけにしてやる!」

 志郎の挑発に激昂したドリルモグラは頭部のドリルを回転させ、志郎の息の根を止めようと突進してくる。志郎は即座にマシンガンアームのトリガーを引き、突っ込んでくるドリルモグラを蜂の巣にして処理する。だが両手のナイフで鋏を作って切りかかってくるハサミジャガーを皮切りに、ライダーマンに倒された怪人を除く機械合成怪人が一斉に出現する。志郎はよろめきそうになる身体を無理矢理支え、ハサミジャガーの攻撃をパワーアームに変形させたアタッチメントで防ぎ、背後にいるシゲルに声をかける。

「シゲル、皆を連れて、逃げるんだ……ここは俺が食い止める」
「で、でも!」
「大丈夫だ。俺は、このくらいで死にはしない……早く行ってくれ!」
「ちょっと待ってよ! そんなことしたら、いくら改造人間の君でも……!」
「……失せろ!」
「失せろって……君も仮面ライダーなら、変身出来るんじゃないの!? さっさと変身して、こいつらをやっつければいいじゃない!」
「悪いが、こっちにも事情がある……死にたがりのお前を庇って、戦える余裕はないんでな……!」

シゲルのみならず束も志郎に抗議するが、志郎は蘭や弾が聞いたことのない冷徹な声色で束の抗議を斥ける。束は納得しないのか、構わずに志郎に食ってかかる。

「大体、偉そうなことを言ってたけど、君にも家族がいるでしょ!? これじゃ人のことなんか言えないよ!」
「家族、か……俺には、いない。俺にはもう……家族は……」
「なに言ってるんですか!? 風見さんには雪子さんって妹がいるって私に……!」

 ハサミジャガーとノコギリトカゲを殴り飛ばし、自嘲めいた笑みを浮かべて志郎が言い放った一言に蘭が食ってかかる。妹の話を聞いていたからだ。すると純子が顔色を変えて何か言おうとするが、志郎が振り向かずに手で制する。

「……すまない、蘭さん。もう、雪子は、いないんだ。父さんも、母さんも、雪子も、こいつらに……」
「じゃ、じゃあ、私に話してくれたことって……」
「……弾君、シゲルや純子さんと一緒に、蘭さんを連れて振り向かず、全速力で出口まで走るんだ。いいか、最後の最後まで、蘭さんの手を離すんじゃないぞ。妹を守るのは兄の役目だ……俺は、出来なかったけどね……」
「で、でも!」
「……行くぞ! 蘭! 走れ!」

 志郎の言葉に納得出来ない蘭の腕を弾が掴む。

「お兄!? 風見さんが危ないって分かってるよね!? 自分がなに言ってるか……!?」
「走れって言ってんだろ!」

 弾の手を振り払おうとする蘭だが、いつも以上に力の籠った弾の手を振り払えず、弾の剣幕に蘭も言葉を失う。

「風見さん! 絶対に戻ってきて下さいね!? 私もお兄も信じてますから!」
「ああ、約束するよ」

 テレビバエを振り払った志郎の一言を聞くと、蘭は意を決して言われた通りに振り向かず、純子と共に全速力で走り出す。ごねていた束もシゲルに無理矢理肩に担がれる。シゲルが走り出した直後、志郎は一度だけ振り返って束と顔を合わせる。

「篠ノ之束、お前は今まで散々家族に迷惑をかけてきたんだ。だったら、これからは……」

「――せめて、篠ノ之箒いもうとの傍にいてやれ」

 志郎は再びアタッチメントを片手に怪人へと挑みかかっていく。

「ここから先は……一歩も通さん!」

 同じ頃、高知市街のデストロン本拠地では石鎚山脈から戻ってきたヨロイ元帥にドクトルGが報告を受けている。

「ふむ、仮面ラァーイダV3は変身出来ぬということか。それでヨロイ元帥、自爆装置の方は?」
「無論手抜かりはない。そろそろ自爆する頃だろう。デ~ストロンの一大拠点を失うのは痛いが、憎き仮面ライダーを二人まとめて始末す出来るのであれば、安い代償というものだ」
「これで始末出来れば、だがな」

 丈二はクリスタを伴って脱出に成功し、採掘場の外で待機していたSPIRITS第3分隊と第4分隊に合流する。直後に蘭を連れた弾と純子、束を肩に担いだシゲルも合流に成功する。

「結城さん、純子さん、先輩は?」
「それが、まだアジトの中に……」

 息を整えた純子がアジトを指差した瞬間、採掘場の地下から轟音が鳴り響き、大地が揺れる。

「まさか……自爆装置が!?」
「じゃあ、風見さんは!?」

 蘭の悲痛な叫びの直後、激しい爆発音と地響きが続いた後にアジトの真上にあたる採掘場の一部が吹き飛び、火柱が吹き上がる。

「そんな……風見さんが……」

 蘭が力なく地面に膝を着き、重苦しい沈黙がその場を支配する。志郎が脱出できた可能性は限りなくゼロに近い。変身出来ない志郎では生還は絶望的だ。それを全員が理解しているが故の沈黙だ。
 しばらく爆発したアジト跡を見つめて、放心状態に陥っていた蘭だが、ふと視界に束の姿が入るとふらりと立ち上がり、ゆっくりと束に向かって歩いていく。

「蘭……?」

 同じく茫然自失の状態に陥っていた弾だが、明らかに様子のおかしい蘭の様子を見て我に返り、声をかける。しかし蘭はそれを無視して束に近寄ると、束の胸ぐらをキツく掴む。

「なんで……風見さんじゃなくて……お前が……」
「……え?」
「なんで、お前が……なんで風見さんじゃなくて! お前がここにいるんだ!?」

 次の瞬間、蘭は堰を切ったように束に怒りをぶちまけ始める。

「なんでお前が生きてるんだ!? 散々好き勝手やってきたクセに! 人間なんてみんな虫けら扱いしてたクセに! どうして風見さんじゃなくて、お前なんかが生きてるんだ!?」
「やめろ蘭! 落ち着けって!」
「離して! 答えろ! なんでお前なんだ!? なんでお前が風見さんの代わりに!? 返せ! 風見さんを返せ!」

 弾が必死に羽交い締めしようとしているのも振り払い、ひたすらに束を責め続ける蘭だが、純子が蘭の頬を張ると手を離す。
 猛、隼人、一夏、真耶、和也、ルリ子、藤兵衛が到着した頃には、地面に突っ伏して泣いている蘭の泣き声のみがその場に響き渡っていた。

**********

 善通寺駐屯地。志郎を発見出来なかったSPIRITS第3分隊と第4分隊は駐屯地へ帰投した。束も銃撃されたことを重く見て、今は医療施設に収容されている。
 格納庫では丈二とSPIRITSに同行している技術スタッフがSPIRITSスーツの点検や整備、再調整、補修作業を行っている。SPIRITSスーツはオリジナルの『シルベールスーツ』より格段に性能を落とし、扱い易さを向上させているとはいえ、並の軍人が着用してもただ頑丈な服に過ぎない。戦闘のエキスパートと呼ばれる程に鍛え上げられ、常人より強い生体電流を発せなければパワーアシスト機能を発揮出来ない。スーツの性能を最大限に発揮出来る人間も、各分隊に5、6人いるかいないかだ。
 より多くの隊員たちが性能を引き出せるよう、丈二たちはスーツの調整もたまに行っている。丈二はオペレーションアームを使って、他の技術者はISの整備や調整に使う作業用アームを駆使して作業を進め、1時間もしないうちに作業を終える。他の技術者が休憩に入ると、丈二は予備のスーツをいくつか出して調整を始める。しかし背後から人の気配を感じると、振り返ってヘルメットを脱ぐ。蘭だ。あの後ずっと泣きじゃくっていた蘭だが、最終的に一夏により宥められ、どうにか泣き止んで駐屯地まで戻ってきた。泣き疲れたのか目は腫れ上がっている。丈二が何か言おうとする前に蘭が口を開く。

「結城さん、何をしていたんですか?」
「SPIRITSスーツの調整をね。いつ連中が動き出すかは分からない。だから、準備しておくのさ」
「そう、ですか……」

 丈二の言葉を聞くと納得した様子で呟くが、声も表情も元気がない。続けて蘭が何かを言おうとする前に丈二が口を開く。

「風見が死んだ、と君が考えているかは分からない。だがもしそう考えているのなら、覚えておいた方がいい。風見は死なないさ。俺と同じで、あいつもまだ死ねないんだ。バダンの時だってそうだった」
「でも……」
「それに、風見が死んでしまったと思っているのなら、なおさら前を向いて生きなければならない。今を懸命に生きようとしない者に、過去も未来もない。死んでしまった者ならなおさらだ。生き残った者は先に死んだ者の分も、今を生きなければならない。それが、生き残ってしまった者の使命なのだから」

 丈二が言葉を切ると蘭は黙って一礼し、ふらりと歩き出して格納庫を出る。丈二は蘭に声を掛けようかと思案するが、蘭が遠くへ行ってしまうと思い直し、自身も格納庫を出る。
 同じ頃、会議室では和也とケン、アンリエッタ、それと猛、隼人、一夏、真耶、藤兵衛が話している。

「まあ、志郎なら、大丈夫だろう。あいつのことだ、どうせいつものように、ひょっこり顔を出すに決まってる」

 藤兵衛が敢えて明るく言うと、猛、隼人、ケンは頷いてみせる。何か言いたげな顔をしていたアンリエッタと真耶だが、和也が手で制して話し始める。

「風見の件は、デストロンを鎮圧してからだ。佐久間、新たな情報は入ってないか?」
「いいえ、今のところは。ですが、四国移動要塞化計画に関する動きがありませんし、我々が把握していないところで大きく動いているのかもしれません」
「静かな時ってのは、大抵ろくでもないことを企んでるって相場は決まってるからな。今は動きがあるまで待つしかないか。こっちはもう一つ厄介事を抱えてるからな」
「ああ。まさか彼女が四国に潜伏していたとは。一夏君、間違いないね?」
「はい。見間違いようがありませんから」
「それで、取り調べはアンリにして貰いたいんだが。無論、一夏君と結城を附けるけどな」
「ええ、こちらに任せて。彼女の容態は?」
「ルリ子さんの話では、風見の処置が完璧だったお陰ですぐに取り調べも出来るそうだ。今は経過観察として彼女の連れと一緒に病室に入ってる」
「彼女の連れていたクリスタという名の少女も気になるな。あの少女、肉体に何かしらの処置が施されているようだ。最低でも、ナノマシンによる生体強化はされているだろう」
「その点についても聞き出すしかないか。とりあえずここで解散だ。いつでも出撃出来るようにしてくれ」

 和也の一言で解散すると、一夏はドアを開けて共に部屋を出る。するとドアの外に立っていた弾が一夏に寄ってくる。

「一夏、終わったのか?」
「ああ。それより弾、蘭は?」
「まだショックが大きくてさ。少し一人にして欲しい、って」
「そっか……弾、行ってやれよ。お前、蘭の兄貴だろ? 多分、蘭の支えになれるのは俺や猛さん、おやっさんじゃなくて、お前だと思うから」
「一夏……だったら、お前に一つ頼んでもいいか?」
「俺にか?」
「ああ。お前も一緒に来てくれないか? お前もいた方が蘭にはいいと思うから」
「俺が? でも……」
「行ってきなさい、織斑一夏」

 弾を後押しするようにアンリエッタが一夏を遮る。

「篠ノ之束への取り調べなら私と結城だけでも出来る。けど、彼女を元気付けられるのは、あなたと彼しかいない。だから、いきなさい。あなたはまず出来ることをすべきよ」
「分かりました。後はお願いします」

 アンリエッタの言葉を聞くと一夏と弾は一礼してその場を立ち去る。アンリエッタは丈二を迎えにいくべく格納庫へ歩き出す。
 しばらく蘭を探して駐屯地内を歩き回っていた一夏と弾だが、駐屯地の外れで、蘭が夕焼けを独りで座って眺めているのを見つける。一夏は蘭の右脇に、弾は蘭の左脇に腰かける。

「お兄……一夏さん……」
「蘭、大丈夫……じゃないみたいだな」
「風見さんなら、大丈夫だって。デストロンを潰しに戻ってくるさ」

 一夏が敢えて明るく蘭を励ますが、蘭は黙ってうつむいたままだ。今度は弾が何か言おうとするが先に蘭が口を開く。

「私、風見さんと初めて会った時、妹さんの話を聞いたんです。風見雪子さん、って名前で、私みたいにやんちゃで、私がお兄にしたみたいにひっ叩いたり、しょっちゅう喧嘩したりしてたらしいんです。そして、風見さんは雪子さんを大切に思っていた、とも」
「でも、雪子さんはもうデストロンに殺されていたって、風見さんが……そんなことに全然気付かないで、私、風見さんに雪子さんの話とか聞いちゃって。風見さんだって、そんなこと話したくなかっただろうし、辛かったのに……お兄、一夏さん、私、どうしよう!? 風見さんが生きてても、私、どんな顔して会えばいいのかな!?」
「蘭……」

 蘭の悲痛な問いに一夏も弾も沈黙を余儀なくされる。蘭は知らなかったとはいえ、かなりストレートに志郎の過去の傷を抉ってしまった。その罪悪感は察するに余りある。 弾も一夏も、こんな時にどんな風に励ませばいいのか分からない。猛や隼人、なにより志郎なばどうしただろうか。一夏はポケットに忍ばせてあるハーモニカを握り締める。しかしそのハーモニカが誰かの手により抜き出される。

「束さん、どうしてここに?」

 一夏のポケットからハーモニカを抜き出したのは束だ。一夏は勿論、弾と蘭もあまりに意外な人物の来訪に驚いて絶句している。そんな三人に構わず、束はハーモニカに口をつけると息を吹き込んで演奏を開始する。
 その曲が『埴生の宿』であると一夏は気付く。一夏はおろか弾と蘭も束の演奏に聞き入っていたが、束は演奏を終えるとハーモニカを一夏に返す。そのまま誰に言うでもなく束は口を開く。

「この曲は箒ちゃんが好きだったから、よく吹いてたんだ。箒ちゃんに聞かせてあげたくて、いっくんとちーちゃんのお母さんから習って、この曲だけは吹けるようになったんだよ」
「箒がこの曲を……それに、俺の母親が……」
「いきなりそんなことを言って、どうするつもりですか?」

 束の一言を聞くと、蘭が刺々しさを隠すこともなく言い放つ。少しは冷静になったとはいえ、束に根強い不快感を抱いているのだろう。しかし束は答えずに続ける。

「それと君、仮面ライダーV3にどんな顔して会えばいい、とか言ってたよね。知らないよ、そんなの。誰も答えられないし、正しい答えなんてありはしない。答えは自分の手で探すしかないんだよ。本当に申し訳なく思ってるなら、なおさら」

 蘭に冷たく言うと束は踵を返し、一夏たちの前から歩き去っていく。途中で束は一度立ち止まって振り返らずに口を開く。

「だから私も、先生にどんな顔をすればいいか、どうやって許してもらえばいいか、自分で答えを探すよ」

 束は再び歩き出し、三人の前から姿を消す。しばらく立ちつくしていた三人だが、アンリエッタが丈二を連れて歩いてくると、そちらに向き直る。

「少しは落ち着いたかしら?」
「……はい。すいません、一夏さんやアンリエッタさんも忙しいのに、私のせいでこんな……」
「気にしなくていいわ。私も結城もやりたいようにやっただけ。行くわよ、織斑一夏」
「はい。弾、蘭のことは頼むぜ?」
「当たり前だ。俺は蘭の兄貴なんだから、そ当然さ」

 一夏はアンリエッタに促されて丈二と共に医療施設へ向けて歩き出す。
 医療施設に到着すると、束に付き添っていたはずのクリスタが血相を変えて飛び出してくる。普段は閉じている目も見開いており、いきなり一夏に飛びかかって胸ぐらを掴む。

「織斑一夏! 束さまはどうした!? 束さまはどこに行ったんだ!?」
「お、おい……一体何を言ってんだ……?」
「落ち着くんだ。クリスタ、だったな。彼女がどうしたと言うんだ?」
「束さまが織斑一夏に会うと言って出ていったきり、戻ってこないんだ! 織斑一夏! 束さまがどこに行ったか知っているだろう!?」
「そんな!? てっきり戻ったのかと……!」
「失礼します! バーキン分隊長! 結城さん! ドクトルGとヨロイ元帥から通信が入りました! 滝隊長と佐久間分隊長がすぐに戻ってきて欲しいと! 織斑君も出来れば!」
「分かったわ! 確かクリスタ、だったわね。詳しい話は後でしましょう。必ず篠ノ之束の行方は探し出す。行きましょう、二人とも!」

 オサムが大急ぎで駆けつけてアンリエッタに報告すると、アンリエッタがクリスタをなだめ、丈二と一夏を連れて急いで基地司令室に走り出す。
 アンリエッタ達がようやく気付いた頃、束は駐屯地を抜け出して街中を歩いていた。束は何かを察知して立ち止まると、スカートのポケットからディスクを取り出して無造作に街路樹の横へ投げる。すると街路樹の陰から腕が伸びてディスクを掴む。直後に街路樹から虚無僧の姿をした男とライダースーツを着た男、浪人の風体をした男が姿を現す。シャドームーンとサブロー、ワルダーだ。ディスクを受け取ったワルダーは懐に納める。

「束殿、これは?」
「コピーした輸送船の航行プログラムに、書き換え用プログラムを仕込んだディスクだよ。輸送船さえ奪えれば、北海道まで行ける。使えるのは一回こっきりだけどね」
「どういう風の吹き回しだ? なぜこんなものを渡す? ワルダーはともかく、俺やハカイダーは貴様と組む理由がなくなる。貴様も俺たちがどうするか、理解している筈だ」
「分かってるよ。最後のお願いだから、君たちにも後腐れなくしておこうと思ってね。今回のお願いを受けるかどうかは、君たちに任せるよ。私の我が儘だし、かなり危ない仕事だからね、受けなくても何も言わないよ」
「フン、舐められたものだな。何を考えているか知らないが、借りを作ったままというのも癪に障る。話を聞かせて貰おうか」

 サブローが鼻を鳴らして言うと、ワルダーやシャドームーンもサブローと同じ考えらしく、誰も立ち去ろうとしない。束は周囲を見渡した後、シャドームーン、サブロー、ワルダーに何かを話し始めるのであった。

**********

 石鎚山脈。高知県側にある山の麓。無人の寺らしき建物に、背広姿に指貫手袋を両手に嵌めた男が青いワイシャツに白いベスト、ジーンズを着用した男を背負って姿を現す。背負われている男の右手には火傷の痕らしきものがあり、服も所々破れている。流血の痕が生々しくワイシャツやジーンズにこびりついている。今は傷口に包帯が巻かれている。
 背広姿の男は建物の前に立つと右手で扉を開けて中に入る。建物内に敷かれたござに背負っていた男を降ろして寝かせると、背広姿の男は傷口に手を当てる。すると寝かされている男の身体がほのかに光り、全身の至るところに出来た傷が急速に癒えていく。傷が全て塞がったのを確認すると、背広姿の男は手を離して額に浮かんだ汗を拭う。そこに別の男がふらりと現れて建物内に入る。背広姿の男とは知り合いらしく、背広姿の男はござに寝かされている男と対面させる。
 入ってきた男は黒いテンガロンハットを被り、黒いレザーのジャケットとパンツという、いわゆるウェスタンルックの格好をしている。右手には白いギターを持っている。だが一番目を惹くのはその顔だろう。男の顔はござに寝かされている男と同一人物と間違えてもおかしくないくらい、よく似ていた。わずかに髪型の違いで辛うじて判別出来る程度だ。ウェスタンルックの男は背広姿の男に話しかける。

「それで、傷の方は?」
「出来る限りのことはしました。あとは本人の生命力次第、と言ったところです。すぐに目覚めるか、もう少し遅れるかの違いくらいですが」
「なるほど。しかし、どういう理屈で傷が癒えたんだ? 超能力の一種なのか?」
「ええ。俺の生命力を『ゼーバー』で増幅させ、分け与えたんです。もっとも、回復が速いのは改造人間だから、というのも大きいと思いますが」

 背広姿の男の言葉を聞くと、ウェスタンルックの男は寝かされている男に聞かせるように呟く。

「お前の死に難さは日本一らしいな、風見――」



[32627] 第四十四話 この者不死身につき(ダイ・ハード)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5b9478ff
Date: 2013/09/14 17:39
 日も沈んだ善通寺駐屯地。司令室には和也、ケンとシゲル、アンリエッタとオサム、丈二、猛と隼人、一夏と真耶が集まっていた。デストロンから通信が入ったため、その対応を話し合っているのだ。最初に和也から口火を切る。

「デストロンめ、ふざけた真似をしやがって。『仮面ライダーとSPIRITS、その協力者が高知市の本拠地まで来なければ市民を全員処刑する』とか吐かしてきやがった。だが、こいつは罠だ。俺たちの戦力を一ヶ所に集めて、その隙に別の作戦を展開しようって肚だろう」
「我々を全員まとめて始末してしまおう、という考えなのかもしれません」
「そしてこちらが拒否すれば、確実に処刑するだろう。つまり、俺たちに選択肢はない」

 猛が締めると全員沈黙する。

「ならば望み通り、本拠地に乗り込んでやろうじゃないか。連中だって馬鹿じゃない。今度は総力戦を仕掛けてくるだろう。つまり、俺たちが連中を叩き潰してやれば一気にデストロンを鎮圧出来る」
「まず民間人を早急に保護する必要があるわ。我々SPIRITSだけでなく、国防軍や地元警察の協力も必要ね」
「それは俺の方で調整しておく。本郷、一文字、一夏君、山田先生、結城は先行してくれ。俺たちも準備が出来次第、合流する」
「分かりました。デストロンのアジトまで案内します」
「結城、アジトがどこにあるか、分かるのか?」
「勿論。俺もデストロンに在籍していましたから、主要なアジトは今でも覚えています。四国で拠点に出来るアジトは、一ヶ所しか存在しない」


 丈二が言うと会議室に集まっていた面子は解散し、一斉に動き出す。
 丈二、猛、隼人は外に出て自身の愛車に跨がる。一夏は猛の、真耶は隼人の後ろに乗ると、3台のバイクは一斉にエンジンを唸らせ、スロットルが入ると走り始める。
 一方、和也率いるSPIRITSは続々とヘリに乗り込んでいく。最後にケン、シゲル、アンリエッタ、オサムが和也の前にやって来る。

「第3分隊、全員の搭乗が完了しました」
「第4分隊、いつでも出発出来るわ」
「シゲル、お姉さんをヘリに乗せてないだろうな?」
「馬鹿言うなよ、オサム。こんな時まで姉さんの言いなりにならないって」
「だといいんだけどな。それじゃ、総員出撃だ!」

 和也はヘリに飛び乗り、間もなくSPIRITSを乗せたヘリは続々と飛び立っていく。
 その頃、駐屯地の外ではジープに乗った藤兵衛と純子が、麺太郎・小麦夫妻、掛之助、アレンが乗ったジープと、麺吉が乗ったトラックと鉢合わせになっていた。藤兵衛は麺吉と共にトラックの荷台を覗いている。

「麺吉さん、こいつは何だい?」
「瀬戸内社長から譲って貰った、廃棄予定の小麦粉さ。俺も麺太郎が使うって聞いたから乗っけただけで、何に使うかは知らねえがね」
「しかし、君たちも無茶のし過ぎだろう。猛たちに任せておいたらどうだ?」
「そうはいかないよ、親父さん。俺たちだって、仮面ライダーに助けて貰ったんだ。今度は俺たちが仮面ライダーを助ける番だ。親父さんだって、居ても立ってもいられなかったから助けに行くんだろう?」
「当たり前さ。あいつらは確かに強いが、手が届かない時もある。あと一歩を踏み出させてやるのが俺の役目だ」
「立花さん! 純子さん!」
「弾君!? 蘭ちゃん!?」

 藤兵衛がトラックの荷台から離れて麺太郎と話していると、弾と蘭の兄妹が駆け寄ってくる。走ってくるなり蘭は藤兵衛にすがりついてくる。

「立花さん、一夏さんたちのところに行くんですよね!? 私達たち連れていってくれませんか!?」
「何が出来るのかは……向こうで考えるって顔をしているな。分かった、早く乗ってくれ。猛たちに置いていかれちまう」

 藤兵衛は弾と蘭を後部座席に乗せ、純子が助手席に乗ったことを確認するとエンジンを入れる。すぐに麺太郎が運転するジープと麺吉がハンドルを握るトラックと並んで走り出す。
 駐屯地では、クリスタもまたバイクを拝借しようとナイフをキー代わりに差し込み、エンジンを入れようと試みていた。

「ちょっと! 人のバイクをどうしようって言うの!?」

 しかし途中でルリ子により阻止される。ルリ子はいつもの白衣ではなく、かなりラフな格好だ。クリスタはナイフを向けるが、ルリ子は怯む気配も見せず話し始める。

「そんな怖い顔しなくていいわ。あなたも行きたくてしょうがないんでしょ? 私が連れていってあげるわ。置いてきぼりなんて嫌だもの」

 ルリ子はクリスタをバイクの座席から降ろすと、座席の下から予備のヘルメットを取り出して渡す。クリスタがヘルメットを受け取って着用すると、ルリ子もまたヘルメットを被ってバイクに跨がり、クリスタが黙って後ろに乗るなりバイクのエンジンを入れ、猛たちを追いかけるように走り出す。
 こうしてデストロンと仮面ライダー、両者に縁のある者たちが続々と高知に集結する。
 ただ二人、行方の分からない志郎と束を除いて。

**********

 高知市のデストロン本拠地では、強制労働させられていた市民が一人残らず集められていた。『時空破断装置』を応用した空間跳躍で輸送し、採掘場跡に押し込めている。集められた市民を怪人とデストロン戦闘員が取り囲んでいる。ドクトルG、キバ男爵、ツバサ大僧正、ヨロイ元帥がやや離れた場所から並んで眺めている。まずドクトルGが口を開く。

「キバ男爵よ、例の魔術の方は?」
「うむ、魔法陣は完成している。残るは魂を捧げるだけだが、万が一に備えて仕掛けをしておいたので、勝敗に関わらず、確実に発動するであろう」
「魔法陣? 一体どういうことだ?」
「ヨロイ元帥、魔術は専門外であったな。いわば奥の手よ。万が一我らが敗れても、キバ男爵が仕掛けた魔術が発動すれば我々の勝ちが決まる。それほどのものだ。妄りに口にするわけにもいくまい」

 ヨロイ元帥が疑問を差し挟むが、ツバサ大僧正が説明する。もっとも、『まんじ教』の教祖であるツバサ大僧正も、アフリカ奥地に伝わる『ドーブー教』の黒魔術は詳しく知らないが。しかし騒ぎが起こると会話が中断される。数十人の男たちがデストロン戦闘員を殴り飛ばし、アサルトライフルを奪ってドクトルGに向けている。素人ではあるが、堅気の人間ではないようだ。デストロン機械合成怪人が男たちに襲いかかろうとするが、ドクトルGが制する。男たちの中でも頭格らしき者が一歩前に出る。

「よくもヒトの縄張り(シマ)を荒らしてくれたな……一遍とは言わず、百篇死に晒せや!」

 男達は一斉にドクトルGにアサルトライフルを発射する。ドクトルGの身体に少なからぬ数の弾丸が叩き込まれるが、ドクトルGは全く堪えた様子を見せない。怯む男たちを余所に、ドクトルGは一歩前に進み出て口を開く。

「愚か者共が。折角生き永らえるチャンスを与えてやったというのに、自ら棒に振るか。いいだろう! 死にたければ、今すぐ殺してやる! 仮面ラァーイダどもを殺す前に、貴様らを血祭りに挙げてやる!」

 ドクトルGは左手に持った蠍の紋章が象られた盾を顔前にかざす。盾を顔の前から離すと、頭部にレーザー砲を装備した蟹の機械合成怪人『カニレーザー』へ姿を変える。
 男たちは驚きながらカニレーザーにアサルトライフルの弾丸を撃ち込むが、マガジンが空になり、空撃ちの音が響き渡ってもカニレーザーの身体には傷ひとつ付いていない。

「カァーバラァー! 試し撃ちの的にしてくれる!」

 カニレーザーは頭部のレーザー砲を男たちに向け、一瞬周囲が暗闇に包まれる。直後に暗闇を切り裂いて頭部からレーザーが一筋発射され、先頭に立っていた男の胸を貫き、風穴を開ける。肉が焼け焦げ、胸から腹にかけてぽっかり穴が開いた男が地面に倒れ伏すと、市民から悲鳴が沸き起こり、男たちはアサルトライフルを捨てて逃げようとする。

「馬鹿め! この姿を見せた以上、生かして出してやるものか!」

 カニレーザーは頭部レーザー砲から無数のレーザーを乱射する。男たちは次々とレーザーに撃ち抜かれ、最後に残った男の頭部がレーザーで消し飛ぶとカニレーザーはドクトルGの姿に戻り、デストロン戦闘員が死体を捨てにいく。市民は逃げようとする気力すらない。

「これで分かったであろう、人間共! これに懲りたのならば、未来永劫デストロンに逆らおうと考えないことだ! 逆らった者には例外なく死を! これこそがデストロンの法であり、秩序なのだ!」

 ドクトルGが怯える市民に高々と宣言する。しかし多数のヘリが飛来し、SPIRITSの隊員がラベリング降下を開始て、瞬く間に展開を完了する。同時に旧採掘場の扉が開き、市民は蛛の子を散らすように逃げ出す。

「ぬうっ!? 逃がすな、追え! 捕まえられないのなら、殺しても構わん!」
「そうはいくかってんだ!」

 ドクトルGが即座に命令するが、隊長の和也が指示を出すとSPIRITSが一斉に武器を構えてデストロン戦闘員を蹴散らし、怪人に集中砲火を浴びせて足止めして市民を逃がす。

「アレン! 後は頼む!」
「弾君! 立花さん!」
「任せるヨ!」
「はい!」
「デストロンめ、これでも食らえ!」

 続けて藤兵衛や麺太郎の乗ったジープと麺吉の乗ったトラックが突入し、アレンと麺吉がトラックの荷台から小麦粉の入った袋の口を開けて放り投げる。藤兵衛と弾が即席の松明を投げて粉塵爆発を起こし、デストロン戦闘員を吹き飛ばす。和也、ケン、アンリエッタも藤兵衛の策に気付いたのか、数人の隊員がアレンと麺吉を手伝う。和也も小麦粉の袋を銃で撃ち抜き、小麦粉をばら蒔きまくる。小麦粉を全てばらまき終えると、クリスタを後ろに乗せたルリ子のバイクが藤兵衛の前で停車する。
 最後にデストロンオートバイ部隊を蹴散らした猛、隼人、丈二のバイクがドクトルG前に停車すると、猛、一夏、隼人、真耶、丈二がデストロン大幹部と対峙する。真っ先に口火を切ったのは猛だ。

「ドクトルG! キバ男爵! ツバサ大僧正! ヨロイ元帥! これで貴様たちの策は潰えたな!」
「どのような手を使おうと、悪の企みが成功することは決してないんだ! 」
「ぬかせ! 我々の計画は失敗などしていない! いや、これを以て成功したと言っていい! 逃げ出した連中もこれから殺すか捕らえればいいだけのこと! 四国移動要塞化計画さえ成就すれば、デストロンの勝利は揺るがないのだ、仮面ラァーイダ諸君!」

 ドクトルGは余裕の態度を崩さず、逆に勝ち誇ってみせる。キバ男爵、ツバサ大僧正、ヨロイ元帥も余裕と嘲りの表情を浮かべている。

「強がりを! まだ四国移動要塞化計画は……!」
「生憎だが、計画は貴様らの手の届かないところで進行していたのだ。そして後は実行に移すのみとなった。これを見ろ!」

 一夏がデストロン大幹部に食ってかかると、ドクトルGは鼻で笑いながらデストロン戦闘員に指示を出す。すると何もない空間に巨大なスクリーンが投影され、何か所かポイントされた四国の地図が映し出される。スクリーンを見ながらドクトルGが話し始める。

「見るがいい。これはバダンニウム鉱脈とサタンニウム鉱床を表したものだ。我々はかつてこの大半を占拠し、採掘作業を行っていた。だが、気付いたのだ。一々バダンニウムやサタンニウムを採掘・精製する必要はない、とな。そこでデストロン科学陣は時空破断装置を応用し、鉱床そのものをエネルギー源とする方法を考え出したのだ!」
「そうか! 時空破断システムとは無数の時空を切り結ぶ法具。応用すれば空間と空間を繋げて鉱脈自体を巨大な動力源とすることも出来る。それが真の狙いだったんだな!?」
「その通りだ、結城丈二。流石は元デストロン科学者チームのリーダーと言ったところか。だが、気付いても遅すぎる! 我らは貴様らが怪人に釘付けとなっている間に、サタンニウム鉱床にも、バダンニウム鉱脈にも、時空破断装置の設置を完了した! 貴様たちはそれに気付きもせず、ノコノコとこちらに現れた! よく見ておれ! 貴様らの戦いが無意味であったと、そしてデストロンこそが真の勝利者であるとこれから証明される! 己の愚かさを悔い、絶望せよ! 仮面ラァーイダ!」

 ドクトルGが仮面ライダーたちを嘲笑い、時空破断装置の起動を指示しようとする。しかし科学班所属のデストロン戦闘員が転がりこみ、敬礼もそこそこに報告し始める。

「大変です! 四国各地のサタンニウム鉱床とバダンニウム鉱脈が、無人のインフィニット・ストラトスやシャドームーンたちに襲撃されています!」
「何!? 馬鹿な!? 状況は!?」
「すでに徳島、香川、愛媛に設置した時空破断装置は破壊され、インフィニット・ストラトスの自爆により坑道が埋まり、再設置不可能な場所もあるとのことです! 現在戦力をかき集めて防衛に当たっていますが、インフィニット・ストラトスの数が多すぎて対処しきれません! 防衛線が全て突破されるのも、時間の問題かと……!」
「狼狽えるな! 最悪ここの時空破断装置さえあれば、計画は実行出来る! 直ちに時空破断装置を起動させるのだ!」

『そう、上手くいくとは限らないんじゃないかな?』

「この声は!?」
「ええい、何をしている!? 早く侵入者を捕まえろ!」

 報告を聞いたドクトルGが顔色を変えるが、ドクトルGは冷静に対処しようとする。しかしスピーカーを通して響き渡る、どこか軽い口調の声により中断される。丈二、一夏、クリスタは声の主が誰かを悟る。聞き間違えようがない。

「束さん!?」
「束さま!?」

 その声は、間違いなく篠ノ之束のものであった。

**********

 初めて自分の異常さに気が付いたのは、幼稚園に上がるか上がらないかの頃であった。
 物心ついた頃は目に見える物全てが新鮮で、興味を惹いた。周りにとってはごく当たり前のことでも、自分には疑問に思えることばかりであった。だから疑問に思ったことはすぐ父親や母親に聞いたし、父親や母親も分からないなら納得がいくまで自分で調べ、自分で考えて答えを出した。幸い、自分は昔から物覚えは良かったので、自分の周りにあったことであれば自分で理解出来た。だが、物覚えの良さが仇となった。
 やがて未知だったものは無くなってしまい、それは人間も例外ではなかった。父親も、母親も、それ以外の周囲の人間も、一体何を考えて行動しているのか、なぜそのような言動を取るのか、子供心に理解してしまった。同時に普通だと思っていた自分が、決して普通ではないことにも気付いた。簡単に言えば、年齢の割に頭が良すぎたのだ。周囲が向ける野次馬根性に満ちた好機の目や、不気味な化け物でも見るかのような恐れの籠った視線は、自分の異常さのせいだと気付いてしまったのだ。
 そこで防衛策として、興味を持たないものは全て無視するようになった。自分が興味を持たないものは最初から存在しないと思い込めば、視線を感じなくて済む気がしたからだ。周囲の子供が気味悪がっていじめてきても、内心軽蔑しつつ無視した。両親は自分を庇ってくれたが、時折視線に嘆きや哀れみが僅かに混じっていることに気付き、失望と共に興味が薄れていった。
 それだけに、入園早々いじめていた男子を力ずくで蹴散らし、遊びに誘った『ちーちゃん』との出会いは印象的であった。そして自分を好機や畏怖の目で見ることなく、気味悪がることもなかった『ちーちゃん』に興味を持った。自分にとって、『ちーちゃん』は未知の塊だった。だからよく『ちーちゃん』と行動を共にし、つぶさに『ちーちゃん』を観察した。人となりをおおよそ知った頃には、既知の存在となっていたにも関わらず、一緒にいたいと思うようになった。
 だから大人が自分をもて余しているのを利用し、小学校に入ってからは一緒のクラスになるよう仕向けていたし、自分以外になかなか友達が出来ず、寂しい思いをしていた『ちーちゃん』のために父親が開いていた剣術道場を紹介した。
 『ちーちゃん』だけでなく偏見もなく純粋に尊敬の眼差しで見てくれた妹や『いっくん』、穏やかな眼差しを向けて『科学』を教えてくれた『先生』とも、一緒にいたいと思った。だから科学者を目指して勉強した。同時に自分でも分からないことが沢山ある科学自体に心惹かれた。
 『先生』が死んでしまい、理不尽な世界への復讐を誓った時も、『ちーちゃん』や『いっくん』、家族を巻き込むことへの迷いや躊躇いがあった。最初は復讐の念から逃れようと宇宙を目指した。無限に広がる宇宙なら、全て忘れられるくらい未知が溢れ、探求に没頭出来ると思ったからだ。言い換えれば、宇宙に出ることで『先生』から逃げようとした。
 しかし、『先生』を忘れることは出来なかった。結局、今度は復讐に逃げた。悩んでいる『ちーちゃん』から逃げ、苦しんでいる家族から逃げ、間違いに気付いている自分自身からも逃げ、『先生』から逃げ続けてきた。『先生』が生きていたと知っても、それを認めてしまうのが怖くて逃げた。だがそんな臆病者、篠ノ之束の『逃げ』も最後だ。
 ここへ奇跡的に忍び込めた時点で束は確信していた。これが運命なのだと。仮面ライダーV3が言っていた、生き長らえた命を使って償う方法で、命を殺せる時なのだと。束はいつものように明るく笑い、マイクに向けて話す。

「知っている通り、徳島、香川、愛媛に仕掛けられた時空破断装置は、束さんによって全部破壊されちゃったよ。今回は特別サービス! なんと高知に設置された時空破断装置が破壊されるところを、完全生放送でお送りしちゃうよ!」

 束は続けて端末のキーボードを操作し、スクリーンの映像に差し替える。直後に全アジトの自爆プログラムを発動させ、残り全ての無人ISを突入させる。映像の中ではデストロンの迎撃を無人ISが数で押し切り、全てのバダンニウム鉱脈およびサタンニウム鉱床で無人ISが自爆させ、坑道もろとも時空破断装置を破壊する。これで身辺の整理は完了だ。移動式ラボには『ちーちゃん』こと織斑千冬、『いっくん』こと織斑一夏、くーちゃんことクリスタ、両親、『先生』こと結城丈二、そして最愛の妹である箒宛に遺した遺言と、ISに関する文字通り全ての情報を残してある。クリスタや丈二ならパスワードを理解し、万事取り計らってくれるだろう。束は『悪い子』のまま消えるべく言葉を発する。

「最後に出血大サービス! アジトは束さんが直々に、盛大に爆発させちゃうよ! さあさあ皆さんお立ち会い! 篠ノ之束、一世一代、最後の爆破ショーの始まりだよ!」

『やめろ! やめるんだ! まだ早すぎる! いい子だからやめてくれ! 千冬さんや一夏君、箒さんのためにも、今すぐやめるんだ!』

 しかし丈二が束の真意に気付き、スピーカーに向かって必死に呼び掛ける。揺らぎそうになる心を必死に殺し、モニターのスイッチを切るとキーボードを操作し、自爆装置のロックを解除する。決定キーを押せばこジトは自爆する。束は笑顔で決定キーに指をかける。

「駄目だなぁ……篠ノ之束……こんな時に泣いてたんじゃ……悪い子じゃないみたいだよ……」

 しかし束の目から雫が落ちる。必死に涙を拭おうとする束だが、涙は堰を切ったように流れ出し、一向に止まらない。

「束さんは悪い子だから……ちーちゃんも、いっくんも、お父さんも、お母さんも、くーちゃんも、先生も、箒ちゃんも……死んでも、誰も悲しまないぞ? ただ、私もたんぱく質の塊に戻るだけなんだから……」

 必死に躊躇う自分に言い聞かせ、キーを押そうとするが、指が震えてキーを押そうとしない。

「本当は先生といっくんだけじゃなくて……ちーちゃんにも、お父さんにも、お母さんにも、箒ちゃんにも会いたいよ……会って……もう一回……」

 とうとう口から本音が漏れるが、デストロン戦闘員が向かっているだろう。もう時間はない。束は泣き叫びながら、キーを押そうと指に力を込める。

「残念だが、そうは行かない」

 しかしキーを押しかけたところで腕を掴まれ、無理矢理キーから指を引き離される。腕を掴んでいるのはデストロン戦闘員だ。間に合わなかったのだ。しかし束は必死に逃れようと暴れ回る。

「離せ! 離せ! こうしないといけないのに、邪魔するな! 早く離せ!」
「フン、また逃げるつもりか? 篠ノ之束」
「え……?」

 必死にもがいていた束だが、デストロン戦闘員の声を聞くと動きが止まる。聞き間違える筈がない。自らの逃げ場を封じ、贖罪を厳しく説いた男の声なのだから。千冬や箒、一夏、丈二と違う意味で印象に残る男の声を、忘れる訳がない。デストロン戦闘員は覆面を脱いで素顔を晒す。

「君は……!?」
「ようやく気付いたか。まったく、師弟揃って自爆で罪を償おうとするのはやめて欲しいもんだ。早川、爆薬のセットは?」
「俺を誰だと思っているんだ? とっくに完了して、後は起爆を待つばかり、さ」

 覆面を脱いだ男が声を上げると、黒いウェスタンルックに身を包み白いギターを担いだ男が姿を現す。覆面を脱いだ男と同一人物と見紛うくらいに酷似したウェスタンルックの男の顔を見て、束は絶句する。

「やれやれ、慣れたとはいえ、驚かれてばかりじゃ堪ったもんじゃないぜ。お嬢さん、俺たちはよく似てるかもしれないが、ほんの少しだけ俺の方が男前だろう?」

 ウェスタンルックの男は苦笑し、ジョークを飛ばしてみせるが、間もなくアジト内から爆発音が響き渡る。すると背広姿に指抜き手袋を着けた男が姿を現す。

「っと、もう起爆するのを忘れてたな。俺たちも脱出しますか。五郎、頼んだぜ?」
「ええ。さあ、篠ノ之博士も掴まって!」

 言われるまま束が男に掴まると、残りの二人も掴まる。四人が忽然と消え失せるのとタッチの差で、アジトは大爆発を起こして崩落する。
 その光景を丈二達は勿論、デストロン側すら唖然として眺めていた。必死に両拳を握り締め、唇を血が出る程に噛み締めて耐えていた丈二だが、嘲笑うようにヨロイ元帥が口を開く。

「フン、デ~ストロンに逆らうのみならず、最後の最後まで馬鹿な女だったな! 地下の装置に気付かず、アジトを自爆させただけで計画を阻止した気でいるとはな! 確かにアジトを破壊されたのは痛いが、直接時空破断装置のスイッチを入れればいいだけの話! 犬死にとはまさにこのことだな!」
「なんだと!?」
「貴様ぁぁぁっ!」

 激怒した一夏とクリスタが飛び掛かろうとするが、その前に丈二が変身もせず、右手でヨロイ元帥に殴りかかる。ヨロイ元帥は鉄球を投げつけて丈二を吹き飛ばすが、丈二はすぐに体勢を立て直して殴りかかる。もう一度蹴散らしたヨロイ元帥は丈二を嘲笑する。

「フン、愚かな弟子がそれに相応しい、無様な死を遂げたくらいで取り乱したか! 弟子も弟子なら、師もまた師だな! 所詮貴様も犬死にするのが相応しい無能だな!」
「黙れ! 貴様に彼女の死を汚す資格などない! 彼女の死は、決して犬死にでは……!」
「もう、勝手に殺さないでよ、先生」

 猛と隼人の制止を無視し、ヨロイ元帥めがけて突っ込もうとする丈二だが、遮るように声が聞こえてくると驚きのあまり絶句し、周囲を見渡す。すると声の主が頭に乗せた兎耳を揺らし、丈二の前までやってくる。見間違う筈がない。大切な『生徒』なのだから。

「ほら、足も付いてるから幽霊じゃないよ? それと先生、頭に血が上って突っ込んでいくのは、悪い癖だよ?」
「束さま!」

 『生徒』こと束が丈二に笑顔でダメ出しすると、クリスタが束に駆け寄り抱きついてくる。

「束さま……良かった……ご無事で……」
「ごめんね、くーちゃん、心配かけちゃって。もう大丈夫だから。これからはずっと一緒だよ。いっくんは驚いてばかりじゃなくて、もう少し喜んでくれてもいいんじゃないかな?」
「あ、いえ、その、どうやってあの爆発から無事に……?」
「『自由の戦士』に助けて貰ったんだよ。先生と同じように、ね」

 丈二は誰が束を助けたのか確信する。かつて自分が『プルトンロケット』で自爆した際、ギリギリで助けてくれた『自由の戦士』だ。

「そうか、五郎君が君を助けてくれたのか」
「先生、名前」
「え?」
「先生、私の名前、聞くの忘れてたでしょ? 分かるよ、先生はうっかりして、そんなところミスしちゃうんだから」
「そうだったね、ごめん。君の名前、教えてくれないか?」
「私は篠ノ之束だよ。じゃあ、教えたんだから、名前で呼んで?」
「ああ。おかえり、束」

 丈二と束はようやく顔を見合せて笑い合う。羨ましげに見ていた蘭と純子だが、ドクトルGの下にボロボロになったデストロン戦闘員が駆け込んでくる。

「どうした!? 一体何があったのだ!?」
「ヤ、ヤツが……か、風見志郎が、地下のバダンニウム鉱床に……設置された時空破断装置を……」
「何!?」
「風見さんが!?」

 デストロン戦闘員が力尽きると、ドクトルGのみならず蘭や弾、純子が驚愕する。すると採掘場内にアナウンスが響き渡る。

『メッセンジャーは、到着したみたいだな。聞いての通り、これから俺たちは地下のバダンニウム鉱床に設置した時空破断装置を破壊させて貰う。デストロンの野望は、完全に潰えたってわけだな』

「おのれ! 生きていたか! 仮面ラァーイダV3!」

『おや、その声はドクトルG! 悪の秘密結社デストロン生え抜きの大幹部にして、デストロン随一の斧の名手。ただし! 斧の腕前は、日本じゃあ二番目だ』

「シザーズ! 小癪な! ならば日本一は誰か、教えて貰おうじゃないか!」

 『風見志郎』に反発するハサミジャガーだが、舌打ちする音が数回聞こえた後に、答えが返る。

『何を隠そう、俺さ』

「生意気な! なぶり殺しにしてやる! 隠れていないで姿を現せ! 風見志郎!」
「言われなくとも現してやるさ!」

 アナウンスの直後、一人の男が岸壁から姿を現して跳躍し、蘭の目の前に降り立つ。青いワイシャツに白いベスト、ジーンズを着用した男だ。

「風見!」
「志郎!」
「ええ。おやっさん、しばらく」

 その男、風見志郎は和也と藤兵衛に穏やかに笑ってみせると、まず藤兵衛に一礼する。

「そうだよな、お前が簡単に、死ぬはずがないよなあ……」
「そんな顔をしないで下さいよ。先輩方と山田先生もすいません。手間を掛けさせてしまって」
「気にするな。これも俺たちの使命だ」
「しかし、無茶苦茶したみたいじゃねえか」
「あまり隼人さんは人のことを言えないと思うんですが。けど、風見さんが無事なら何よりです」
「いいえ。結城、ケン、アンリさん、迷惑をかけてすまなかった」
「我々は大丈夫でしたよ、先輩。伊達に第3分隊に所属している訳ではありませんから」
「デルザー軍団との決戦でも思っていたけど、あなたの生命力は味方から見ても驚異的ね、風見志郎」
「風見、まずは……」
「……そうだな」

 丈二に促されると志郎は振り向いて蘭と弾、純子に話しかけようとするが、蘭が志郎の胸にすがり付き、拳を固めて志郎の胸を何回も叩き始める。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 風見さんの馬鹿! 私……風見さんが……本気で死んだと思っちゃったじゃないですか! 死んでないなら死んでないって、連絡くらいして下さいよ!」
「志郎さん、今度ばかりは蘭ちゃんに同意するわ」
「……すまない、蘭さん、純子さん、弾君、迷惑をかけた」
「いえ、俺は……それと、蘭」
「うん……風見さん、ごめんなさい。私も風見さんに、家族のことなんか聞いちゃったりして……」
「気にしなくていい、蘭さん。黙っていた俺が悪いんだ」

『どうやら、真打ちが到着したらしいな』

「……へ?」

 ようやく志郎から離れた蘭だが、志郎の声がスピーカーからも聞こえてくると、素っ頓狂な声を上げる。弾や一夏、真耶、クリスタも同じ反応だ。デストロンも混乱しているようだ。

「馬鹿な!? 一体どういうことだ!? 風見志郎が二人いるとでも言うのか!?」

『おいおい、人を勝手に風見志郎にするなよ。俺は自分が風見志郎だなんて、一言も言ってないぜ? それとドクトルG、いいニュースがある。あんたはすぐ地獄一の斧使いになれる。風見志郎の手で地獄に送られて、な』

 スピーカーの声が切れると、オサムがニヤリと笑う。

「流石は日本一の私立探偵。俺も一番弟子として負けていられないな」
「まったく、相変わらずだな、あいつも。ドクトルG、キバ男爵、ツバサ大僧正、ヨロイ元帥、覚悟しておけ。俺たちが貴様たちを、もう一度地獄へ叩き返してやる」
「黙れ! 仮面ラァーイダV3、地獄へ堕ちるのは貴様の方だだ!」

 蘭、弾、束、クリスタはルリ子や藤兵衛、麺太郎たちのもとへ下がり、志郎が前に出て猛、隼人、丈二、一夏、真耶、和也と並び立つ。同時に志郎はアタッチメントとカートリッジの入ったケースを渡す。

「風見、こいつは?」
「結城が試作型カセットアームを手持ち武器として使えるよう、調整したものです。合流次第滝さんに引き渡すつもりでしたが、変身出来なくなっていたので」
「そうか、ありがたく使わせて貰うぜ。それと、雑魚は俺たちに任せて、思い切り暴れてこい!」
「ええ、無論そのつもりですよ」

 和也に答えると志郎は腰に『ダブルタイフーン』を出現させ、両手を右横に突き出し、左斜め上に円を描くように持っていく。猛、隼人、丈二も変身の動作に移り、一夏と真耶も待機形態の専用機に手をかける。

「変身……ブイスリャァッ!」
「ライダー……変身!」
「来い、白式!」
「変身!」
「出番よ、ラファール!」
「ヤァァッ!」

 志郎が右手を一度腰まで引き、左手と入れ換えるように左斜め上に突き出すと、ベルトの両輪が光輝きながら回転し、志郎の姿を蜻蛉に似た改造人間の姿へと変える。

「仮面ライダーV3ァ!」
「行くぞデストロン! 仮面ライダーがいる限り、貴様たちが勝利する日はないと知れ!」

 変身した風見志郎こと仮面ライダーV3は啖呵を切ると、他の仮面ライダーや一夏達と共に大地を蹴った。

**********

 戦闘が開始するや一斉に突っ込んでくるデストロン怪人に対し、仮面ライダーV3、仮面ライダー1号、仮面ライダー2号は三人同時に跳躍する。仮面ライダーV3は空中で錐揉み回転しながら急降下するように、仮面ライダー1号は空中でスクリューのように回転して、仮面ライダー2号は空中で数回前転して飛び蹴りを放つ。

「V3きりもみキック!」
「ライダースクリューキック!」
「ライダー回転キック!」

 仮面ライダーV3の蹴りはハサミジャガーに、仮面ライダー1号のキックはハリフグアパッチに、仮面ライダー2号の蹴撃はジシャクイノシシに直撃して一撃で五体を粉砕する。着地した仮面ライダーV3は、左手に電撃のようなエネルギーを集中させる。

「V3電撃!」

 続けて仮面ライダーV3は電気エネルギーを集中させて右手刀を赤熱化させ、右手刀が歪んで見えるほどの高熱を纏わせる。

「V3電熱!」

 怪人たちが仮面ライダーV3へと殺到するが、仮面ライダーV3は敵をギリギリまで引き寄せ、両手刀を横薙ぎに払う。

「ダブルチョップ!」

 電撃のようなエネルギーを纏った左手刀はノコギリトカゲ、ピッケルシャーク、プロペラカブトの胴体を斬り飛ばし、赤熱化させた右手刀はナイフアルマジロ、ハンマークラゲ、ギロチンザウルスを溶断する。
 レンズアリが熱線を、ガマボイラーが超高温蒸気を放とうとするが、真耶が『ラプラスの目』を発動させて一夏を仮面ライダーV3の援護に向かわせ、自身はライフルを構えて硬化ムース弾をガマボイラーめがけて放つ。タイミング良く割り込む形になった一夏は、雪羅からシールドを発生させて熱線を無力化する。硬化ムース弾はガマボイラーの蒸気口に直撃し、超高温蒸気は発射されずに終わる。真耶は荷電粒子砲を構えてガマボイラーの頭部を狙い、邪魔なミサイルヤモリのミサイルを撃ち落とし、マシンガンスネークとウォーターガントドの銃撃を紙一重で全て回避し、一点集中の精密射撃でガマボイラーの頭部を吹き飛ばす。入れ違うように一夏は瞬時加速を使ってレンズアリの前まで踏み込むと、雪片弐型を変形させてエネルギー刃を展開する。

「回天白夜!」

 7回の斬撃を同じ箇所に放つとレンズアリは耐え切れず、断末魔の叫びを上げて両断される。

「織斑君はマシンガンスネークとウォーターガントドを! ミサイルヤモリとカメバズーカ、タイホウバッファローは私が片付けるから!」
「はい! そっちは山田先生に任せます!」

 一夏は真耶の指示を受けるや、マシンガンと水中銃を空中旋回で回避し、螺旋を描くように急降下しながら並び立つマシンガンスネークとウォーターガントドに接近する。そして太刀の間合いに入るや、旋回の勢いと遠心力を乗せ、零落白夜を再度発動させ、雪片弐型を横薙ぎに7回払ってマシンガンスネークとウォーターガントドの首を斬り落とす。

「名付けて『遠心白夜』、ってな!」

 一夏が急上昇に転じるとマシンガンスネークとウォーターガントドは地面に倒れ、爆発四散する。
 真耶もミサイルヤモリがミサイルを発射しようとした瞬間にアサルトライフルを撃ちまくる。弾丸を発射直前のミサイルに直撃させて全身のミサイルを誘爆させ、ミサイルヤモリを爆死させると、上昇して何もいない崖に荷電粒子砲を構え、精密センサーを頭部に装備して狙いを定める。
 丁度その頃、カメバズーカとタイホウバッファローはドクトルGの指示を受け、砲撃に最適なポイントに到着しようとしていた。カメバズーカもタイホウバッファローも砲撃を主体とした怪人だ。高い場所から釣瓶打ちに砲撃を撃ち込めば、仮面ライダーも敵わないだろう。怪人が一体か二体いなくなっても気付かれないだろう。
 カメバズーカとタイホウバッファローはポイントに到着すると、カメバズーカは背中のバズーカ砲を構え、タイホウバッファローも装備した大砲の照準を仮面ライダーへ定める。カメバズーカとタイホウバッファローの砲身に砲弾が装填され、どちらも一発目を発射しようとした瞬間、カメバズーカとタイホウバッファローの砲身が荷電粒子砲で撃ち抜かれる。すると装填されていた砲弾が爆発し、内部からカメバズーカとタイホウバッファローに大ダメージを与える。

「馬鹿な!? 上からだと!?」
「最初から俺たちがこちらに来るのを読んでい……!?」

 タイホウバッファローとカメバズーカが最初からこちらの動きが読まれていたと悟るが、同時に頭を撃ち抜かれて沈黙を余儀なくされる。
 真耶は精密センサーを解除し、再びラプラスの目で予測しながら呟く。

「知らなかったの? 『ラプラスの悪魔』からは逃れられない。探知可能範囲内でなら、だけど」

 真耶は振り向かずに荷電粒子砲を格納し、その場でターンして両手に持ったアサルトライフルを掃射し、地上のデストロン戦闘員を一掃する。さらに自身に迫ってくるテレビバエ、カメラモスキート、火焔コンドルにアサルトライフルを浴びせ、足止めする。

「フン、小娘が! こんなへなちょこ、我らデストロンには足止めにしかならんわ!」
「ええ、最初から足止め狙いよ。それで十分だから」
「一文字! 結城!」
「ああ! ライダーキック!」
「マシンガンアーム!」

 真耶を嘲るカメラモスキートだが、真耶が冷たく言い放った直後に仮面ライダー2号が跳躍し、火焔コンドルに必殺の蹴りを放つ。ライダーマンと和也は武器を『マシンガンアーム』に変形させ、テレビバエとカメラモスキートを蜂の巣にし、三体纏めて撃破する。

「真耶ちゃん、ラプラスの目があるからって無茶のし過ぎだぜ?」
「すいません……けど、ラプラスの目がなくても、隼人さんならきっと助けてくれるって、信じてましたから」
「君に言われると、嫌でも期待に応えたくなっちまうじゃないか。だったら、二暴れでも三暴れでもしてやりますか!」

 仮面ライダー2号は突っ込んできたドクロイノシシの牙を掴み、自慢の怪力で突進を真正面から受け止める。ドクロイノシシは足に力を込めるが、仮面ライダー2号は小揺るぎ一つしない。逆に牙を持ったまま真上に高々と放り投げ、仮面ライダー2号はそれを追って跳躍し、空中でドクロイノシシの腕を取って投げ飛ばす。

「ライダー返し!」

 地面に叩きつけられたドクロイノシシは爆発する。着地した仮面ライダー2号は口から『ウルトラブリザード』を放とうとするユキオオカミの喉を掴み、顔を上に向けてウルトラブリザードをあらぬ方向に放たせる。仮面ライダー2号は跳躍してユキオオカミを両手で頭上に掲げたまま、高速で錐揉み回転させて竜巻を巻き起こす。

「ライダーきりもみシュート!」

 十分な遠心力を付けるとユキオオカミを地面めがけて投げ落とし、頭から落したユキオオカミはすぐに爆死する。
 ライダーマンと和也は並び立ってマシンガンアームを掃射し、バーナーコウモリ、スプレーネズミ、カマキリメランを撃破していく。サイタンクが突進してくると二人は一度銃撃を中止し、左右に別れて横に転がる。だが和也にカマクビガメが首を長く伸ばし、噛みつき攻撃を仕掛けてくる。

「生身の人間ごときが、我ら改造人間に勝てるものか! 死ね!」
「人間を……舐めんじゃねえ!」

 しかし和也はカマクビガメの攻撃を紙一重で回避すると、咄嗟にアタッチメントを手放す。右手でホルスターから抜き放った大型拳銃を撃ってカマクビガメを牽制し、左手で持った電磁ナイフをカマクビガメの鼻に突き立てる。カマクビガメが悶絶している隙にアタッチメントを拾い直し、和也はカートリッジを差し込む。

「カッターアームだ! 食らいやがれ!」

 アタッチメントがカッターアームに変形すると、和也は伸びきった首にカッターアームを降り下ろし、斬り落とした首を胴体めがけて蹴り飛ばす。カマクビガメが爆発すると、今度はカタツブラーが和也に襲いかかるが、和也は横に回り込んで再びカートリッジを挿入する。

「ドリルアーム!」

 今度はドリルアームに変形させ、カタツブラーの殻に突っ込ませる。ドリルがカタツブラーの殻に孔を開けると、和也はドリルを突き入れた状態でカートリッジを挿入する。アタッチメントをマシンガンアームにすると、殻の内部にマシンガンアームの弾丸を撃ち込み、カタツブラーを蜂の巣にして離脱する。

「……無茶苦茶だ」

 『ネットアーム』でシーラカンスキッド、ドクバリグモ、オニビセイウチを纏めて絡め取り、『ランチャーアーム』で一掃しながら、果敢に接近戦を挑む和也にライダーマンは呆れて呟く。ワナゲクワガタをディスクアームで両断し、ライダーマンは次の敵を狙う。
 仮面ライダー1号はイカファイヤの火炎放射を回避すると、ベルトの風車を狙って吐かれた墨を腕で防ぐ。するとカミソリヒトデが背後からカミソリを掲げて突っ込んでくる。仮面ライダー1号はソバットをカミソリヒトデに叩き込んで動きを止め、カミソリヒトデを上に放り投げて自身も跳躍する。

「ライダーニーブロック!」

 落下してきたカミソリヒトデに飛び膝蹴りを叩き込むと、カミソリヒトデは大きく吹き飛ばされて爆発する。着地した仮面ライダー1号にイカファイヤがムチを叩きつけようとするが、一夏が雪羅から荷電粒子砲を放ってイカファイヤの動きを止める。その隙に仮面ライダー1号は再び跳躍し、自由落下の勢いを乗せた右手刀を頭部に降り下ろす。

「ライダーチョップ!」

 イカファイヤは頭を押さえて悶絶し、すぐに爆発四散する。続けて仮面ライダーV3が跳躍してヒーターゼミの上を取ると、錐揉み回転したあとに、急降下しながら右手刀を放つ。

「V3きりもみチョップ!」

 仮面ライダーV3の手刀はヒーターゼミの身体を容易く両断する。
 それを見ていた一夏の背後から原始タイガーが飛びかかってくるが、ハイパーセンサーで察知した一夏は即座にスラスターを噴射して上昇し、逆に雪片弐型を脳天めがけて降り下ろす。雪片弐型を両手の爪で受け止めた原始タイガーは火炎を吐いて一夏のシールドエネルギーを削ると、距離を取った一夏を火炎放射で牽制しつつ、自由自在に地を駆けて反撃のチャンスを与えない。

「くっ!? こいつ、他の怪人より手強い!?」
「当然だ! 原始タイガー、魔女スミロドーンはあらゆる牙を持つ獣の母! 貴様のような牙を持たぬ小僧に、勝てる道理などない!」

 思わぬ強敵の登場に舌打ちする一夏をキバ男爵が嘲笑う。真耶が荷電粒子砲を放って援護しようとするが、クサリガマテントウや木霊ムササビ、殺人ドクガーラ、人喰いバショウガンがが邪魔をする。すると見ていた束が声を上げる。

「いっくん! 雪片弐型をただの刀と思っちゃ駄目だよ! それにも『展開装甲』が使われているんだから!」
「展開、装甲……」
「そう! 展開装甲! 『紅椿』がパッケージの換装なしで、装甲自体を変形させて対処出来るように、雪片弐型も刃を変形させられるんだよ! 零落白夜を発動させた時、いつも刃が変形してるでしょ!?」
「そうか……はい、分かりました!」

 束が何を言わんとしているか理解した一夏は、原始タイガーが再び火炎を吐くとその場で停止し、雪片弐型を握って強くイメージする。

(きっと神さん、Xライダーならこんな時……!)

 IS学園で特訓してくれた神敬介と『ライドル』について思い浮かべると、雪片弐型の刃と鍔が変形する。雪片弐型は日本刀から両側に柄の握りがついた身の丈ほどの棒となる。一夏は変形した雪片弐型の中程を両手で持つと、スラスターを噴射して原始タイガーめがけて突撃し、雪片弐型を風車のように高速回転させる。

「雪片風車火炎返し!」

 すると火炎は雪片弐型が巻き起こした風で押し戻され、逆に原始タイガーの身体を包み込む。敬介の『ライドル風車火炎返し』を真似たものだ。原始タイガーは辛うじて火を振り払うと、再び機動力で撹乱して好機を窺おうとする。

「簡単に逃がすかよ!」

 しかし一夏が雪片弐型を振るうと、今度は柄の先が先端に握りのついたロープに変形し、原始タイガーにロープが巻き付いて捕らえる。一夏は原始タイガーの重心を崩して投げ飛ばし、背中から地面に叩きつける。雪片弐型を刀に戻すと三連突きを放って原始タイガーを怯ませ、雪片弐型を振り上げる。

「雪片脳天割り!」

 渾身の一撃を頭にまともに受けて原始タイガーが悶絶すると、一夏は飛び蹴りを入れて反動で宙を舞う。空中で身を翻して反転すると、同じ箇所に蹴りを入れて原始タイガーを吹き飛ばす。原始タイガーは立ち上がるなり跳躍し、一夏の喉笛を牙と爪で引き裂いてやろうと突進する。一夏は地上に降り立つと腰を落とし、居合いのように雪片弐型を左腰に持っていく。

「篠ノ之流『薄墨』!」

 爪と牙が触れるか触れないかのタイミングで一夏は腰を切り、零落白夜を発動させて原始タイガーの胴体を両断する。篠ノ之柳韻から習った『篠ノ之流』の抜刀術を、特訓で会得した回転を応用して擬似的に再現したのだ。
 真耶がクサリガマテントウと木霊ムササビ、ゴキブリスパイク、殺人ドクガーラ、人喰いバショウガンの胸を荷電粒子砲撃ち抜いた頃、デストロン戦闘員はSPIRITSのみならず、民間人にも圧倒されていた。

「俺にバイクで勝負を挑もうなんざ、百年早いんだ! あとコースを百万回回ってから出直せ!」

 藤兵衛が奪ったオートバイで片っ端からデストロンオートバイ部隊を蹴散らしていけば、

「お前らにはあの時の借りが残ってるんだ! たっぷりとお返しをしてやる!」
「ヘッ、デストロンが怖くて讃岐職人が務まるかよ! それにな、てめえらより鬼嫁の方が余程恐ろしいんだよ!」
「兄貴、ちゃっかり本音を言わんでも……」
「ノープロブレム。小麦も聞いてないみたいダヨ」

 麺吉が自慢の『親父突き』でデストロン戦闘員を殴り飛ばせば、麺太郎とアレンが棍棒でデストロン戦闘員を叩き伏せ、

「ちょっと! 蘭ちゃんになにするのよ!?」
「小麦さんに触るな、変態!」

 小麦と蘭が捻りを加えた『小麦突き』でデストロン戦闘員を数メートルほど殴り飛ばし、近寄らせない。クリスタも拳銃を撃ち、時折ケンがショットガンで、アンリエッタがカービンで援護し、SPIRITSも順調にデストロン戦闘員の掃討を進める。ルリ子も拾った棍棒でデストロン戦闘員を痛打するが、撃ち漏らしのデストロン戦闘員が数体束に飛びかかってくる。だが束はデストロン戦闘員の小手を取り、綺麗な『小手返し』で投げ飛ばす。

「あら、意外とやるじゃない」
「束さんを舐めて貰ったら困るな。科学者には腕っぷしも必要だし、護身術くらいなら子供の頃、お父さんから習ったからね。昔取った杵柄ってヤツだよ」

 感心したように呟くルリ子に束は胸を張って言うが、デストロン戦闘員に腕を掴まれる。

「そうは、させるかよ!」

 しかし弾が跳躍して飛び蹴りをデストロン戦闘員の頭に入れて吹き飛ばすと、流れるような動作で別のデストロン戦闘員の首に右足刀蹴りを入れる。回し蹴りでもう一体のデストロン戦闘員の頭を蹴り抜き、突き出されたデストロン戦闘員の拳を回し受けでいなし、水月を正拳突きで綺麗に打ち抜き、デストロン戦闘員はその場に倒れ込む。
 最後のデストロン戦闘員はナイフを突き出して弾に挑みかかるが、弾はナイフの一撃をあっさり回避する。弾はデストロン戦闘員の腕を取って一本背負いを決め、デストロン戦闘員を地面に叩きつける。

「キキーッ! 貴様、一体何者だ!?」
「俺か? 俺は柔道三段空手二段、ただの人間、五反田弾さ!」
「お兄も小さい時からおじいちゃんの影響で、柔道も空手もやってたんだよね。私もすっかり忘れてたけど」

 蘭や束、ルリ子、小麦を守るように前に立って啖呵を切る弾を見て蘭が呟く。もっとも、回りがそれより強い人間ばかりだったことと、女尊男卑の社会になったことから、打たれ強さくらいしか生かす機会はなかったが。
 サイタンクが突進してくると全員散開して突進を回避し、真耶が硬化ムース弾を撃ち込んでサイタンクの足を止める。だがオニヒトデが身体をヒトデに変えて真耶を足止めしている隙に、吸血カメレオンが舌を伸ばして蘭を捕らえようとする。

「やらせるかよ!」

 一夏が割り込んで蘭の盾になるが、吸血カメレオンの舌は一夏の首に巻き付いて絞め上げ始める。

「ぐう……!?」
「一夏さん!?」
「フハハハハ! シールドバリアとかいう不可視の壁も、絞め技には効果がないようだな! ゆっくりと悶え苦しみながら死んでいけ!」
「させるか!」
「それはこちらのセリフだ、仮面ライダーV3!」

 仮面ライダーV3が一夏の救援に赴こうとするが、ヨロイ元帥の頭部レーザーで硬化ムースから解放されたサイタンクが突進する。続けてガルマジロンが和也に体当たりを仕掛け、仮面ライダー1号はツバサ大僧正に、仮面ライダー2号はキバ男爵に、ライダーマンはヨロイ元帥に足止めされる。
 一夏はもがいて舌から逃れようとするが、舌はますますキツく絞まっていく。苦し紛れに放った荷電粒子砲も保護色で姿を消した吸血カメレオンに当たらず、ハイパーセンサーに意識を集中出来ない一夏は吸血カメレオンを発見出来ない。加えてドクトルGが仮面ライダーV3の相手を引き受けたことで、サイタンクはSPIRITSに突っ込んで援護を封じる。

「一夏!? クソ、こんな時に……!?」

 弾は打開策を考えるが思い浮かばない。すると和也が弾倉下部に電磁ナイフがついた大型拳銃と、スタンガンが仕込まれたナックルを弾に投げる。

「弾君、使え!」
「使うって、俺、銃とか使ったことありませんって!」
「なんなら、適当に投げて使えばいい!」
「投げ付ける……そうか! いっくん、舌を掴んで前に出して! 君はいっくんが手を前に出したら、すぐに拳銃を投げ付けて!」
「で、でも……」
「四の五の言わずに、さっさとやる!」
「お兄も男なんだから、ウジウジ言わない!」

 束が一夏と弾に指示を出し、渋る弾を束が一喝し、蘭が檄を飛ばす。一夏が舌を掴んで突き出すと、意を決した弾は大型拳銃を思いきり投げ付ける。すると大型拳銃は回転しながら飛び、電磁ナイフが舌に突き刺さる。すると舌の拘束が弛み、電流が舌を伝って本体まで到達した吸血カメレオンが姿を現す。一夏が雪片弐型を構えようとするが、酸素が足りないのか膝から崩れかける。

「ったく、無茶のしすぎだぜ?」
「弾……お前……」

 しかし弾がギリギリのところで支える。キョトンとした顔の一夏に対し、弾はニヤリと笑って右手に嵌めたナックルを見せる。

「今度は、俺も混ぜろよ」
「手加減は出来ないぜ?」
「上等……!」

 一夏も笑い返すと弾と肩を組み、スラスターを噴射して飛び上がり、吸血カメレオンめがけて急降下を開始する。そして一夏は雪羅にエネルギークローを発生させて左拳に纏わせ、弾は右手のナックルをしっかりと握り締める。

「ライダァァァダブルパァァァンチ!」

 一夏が左手で、弾が右手のナックルで渾身のストレートを叩き込むと、吸血カメレオンはグロッキーとなる。直後にオニヒトデを倒した真耶が荷電粒子砲で吸血カメレオンの頭を吹き飛ばす。しかしサイタンクが銃撃を突っ切ってアンリエッタとクリスタを掴まえ、その場を離脱する。

「アンリ!?」
「動くな! 動けば二人の命はないぞ!?」

 ライダーマンが救出に向かおうとするが、ヨロイ元帥が制止する。真耶が荷電粒子砲を発射しても頑強なサイタンクを一撃では倒せない。サイタンクを倒す前に、アンリエッタとクリスタが殺されるであろう。故に仮面ライダーたちの動きが止まる。

「私に……構わないで。死ぬ覚悟はとっくに……くうっ……!?」

 アンリエッタは気丈に振る舞うが、サイタンクに首を絞められて苦しそうだ。クリスタは声も出せないようだ。ライダーマンの動きが止まったのを見ると、ヨロイ元帥はザリガーナへと姿を変え、抵抗しないライダーマンを鋏で滅多打ちにし始める。

「結城丈二、この偽善者め! すぐには殺さん! 俺に逆らった愚かしさを身体の隅々にまで教えてやる!」

 ザリガーナはライダーマンを罵倒し、なぶるようにライダーマンを痛め付ける。だが和也と対峙していたガルマジロンがいきなりザリガーナへ挑みかかる。

「ガルマジロン! 貴様、一体何のつもりだ!?」
「風見、これが俺に出来る精一杯の償いだ! 許してくれなどとはいわない! だがデストロンをお前たちの手で……!」
「ええい! 鬱陶しい! 甲羅崩し!」

 怒り狂ったザリガーナはガルマジロン、いや高木祐介を甲羅崩しを直撃させて吹き飛ばす。それでも必死に食らいつく高木を鋏で徹底的に切り刻み、泡を全身にかけて焼き払う。しかし高木が身を呈して稼いだ時間は無駄ではなかった。ザリガーナやサイタンクの注意が高木に向いた隙に、束はスカートから何かの銃身を取り出してライダーマンに投げ渡す。

「先生! これを使って!」
「これは、まさか!?」
「私が再現して、改良した先生の『奥の手』だよ! お願いだから、信じて!」
「あの小娘がぁぁぁぁぁっ!」

 束の行動に激昂したザリガーナは鋏を掲げて突進する。サイタンクもアンリエッタとクリスタから一度手を離し、自慢の突進で始末しようとする。時間がない。サイタンクとザリガーナは自分を挟んで丁度反対にいる。チャンスは一度きりだ。ライダーマンは銃身をカセットアームに取り付け、サイタンクに向ける。

「残念だったな、篠ノ之束! 大好きな『先生』は貴様ではなく、あの二人の命を取ったようだぞ!?」
「お前は本当に何も分かってないんだな、ヨロイなんとか。死ぬのは私じゃない。お前とサイの怪人だけだ」

 束は逃げ出さず、その場にしゃがみこむ。

「愚かな! 気でも狂ったか!?」
「ヨロイ元帥、残念だが彼女の言う通りだ……ブラスターアーム!」

 カセットアームに装備された銃身から閃光が放たれ、一瞬でサイタンクの頭を消し飛ばす。光線は直進して消えると予測していたザリガーナだが、光線はねじ曲がって背後からザリガーナの胸を貫き、大きな風穴を開けて束の上を通過した後に消える。

「馬鹿な……ビームが曲がった……だと……!?」

 ザリガーナは胸を貫いたのがブラスターアームであると理解したものの、信じられないと言いたげに呟き、その場に倒れ伏す。ライダーマンはアンリエッタやクリスタと共に束へ駆け寄る。

「束、大丈夫かい?」
「うん、全然大丈夫だよ。ありがとう。信じてくれて。改良型のブラスターアームなら、『偏向射撃(フレキシブル)』も使えるって気付いてくれてよかった」
「結城、よく彼女が『BT兵器』の技術が使ったと気付けたわね」
「当たり前さ。俺は『先生』なんだ。何を考えて、どんな答えを出したのかは理解しているよ」
「まあ、BT兵器の基礎理論自体、先生の奥の手を参考に考えたんだけどね」
「だが、どうしてブラスターアームの銃身を?」
「やっぱり、先生が忘れられなかったから、作っちゃったんだよね」
「ヨロイ元帥! あの迂闊者が! こうなれば、直々に仮面ラァーイダ共を葬り去るのみ!」
「丁度いい。俺も雑魚の相手は飽き飽きしていたところだ。ここで決着を着けるぞ、ドクトルG!」

 ドクトルG、キバ男爵、ツバサ大僧正はカニレーザー、吸血マンモス、死人コウモリへ変身し、三人ライダーへと挑みかかる。
 吸血マンモスは仮面ライダー2号と正面から殴り合いを展開する。仮面ライダー2号の左正拳が吸血マンモスに突き刺さり、吸血マンモスの右手が仮面ライダー2号を後退させる。その繰り返した。仮面ライダー2号がアッパーカットで顎を打ち抜き、前蹴りで締めると吸血マンモスは鼻を伸ばして仮面ライダー2号の身体に巻きつけて絞め上げ、振り回そうとする。しかし仮面ライダー2号も負けじと踏ん張って吸血マンモスを引き寄せようとし、両者は膠着状態に陥る。

「しぶといヤツめ! これならどうだ!?」

 痺れを切らした吸血マンモスは左腕で地面を殴り、小規模な地震を発生させて重心を崩すと、仮面ライダー2号を振り回して勢いよく地面や岸壁に叩きつけ始める。

「ヘッ、こんなの屁でもねえぜ。もっと気合いを入れないと、先にへたっちまうぜ?」
「ぬかせ! 望み通り、原型がなくなる程バラバラにしてくれる!」

 不敵な態度を崩さずに挑発する仮面ライダー2号に怒った吸血マンモスは、勢いをつけて仮面ライダー2号を振り回し続ける。反撃の機を窺う仮面ライダー2号は僅かに身をよじり、ベルト脇のスイッチを押す。

「ライダーパワー!」

 スイッチを押すとベルトの風車が回って風を急速に取り込み、仮面ライダー2号のパワーが増幅されて身体中に力が満ち溢れる。有り余らんばかりの剛力を駆使して仮面ライダー2号は鼻を振り払い、踏み込んでパンチの連打を吸血マンモスの顔面や胴体に打ち込み始める。吸血マンモスも仮面ライダー2号の猛攻に押されて後退するものの、防御を捨てて体当たりを仕掛け、仮面ライダー2号を吹き飛ばして攻撃を中断させる。もう一度左腕で地面を殴って地震を発生させ、優位を取り戻そうとするが、仮面ライダー2号は高々と跳躍して地震を回避する。空中で身を捻ると身体を『卍』のような体勢にし、回転しながら吸血マンモスに飛び蹴りを放つ。

「ライダー卍キィィィィィック!」

 必殺の蹴撃が突き刺さると、吸血マンモスはろくな防御も反撃も出来ずに大きく吹き飛ばされる。
 仮面ライダー1号は死人コウモリの牙や爪を両手で弾く。パンチやキック、チョップを巧みに織り交ぜ、時にフェイントを入れて死人コウモリに打撃を加え、順調にダメージを蓄積させていく。しかし格闘戦では不利と見た死人コウモリは一度距離を取り、翼を羽ばたかせて自由自在に空を飛び回る。そのまま飛行能力を最大限に生かしてヒット・アンド・アウェイ戦法を繰り返し、幾度となく爪や牙を仮面ライダー1号の身体に突き立てる。死人コウモリは仮面ライダー1号を嘲笑うように空中を旋回し、急降下しては爪で一撃を入れ、反撃される前に離脱することを繰り返し、仮面ライダー1号の体力と精神力を削りつくそうとする。時折仮面ライダー1号は跳躍して一撃入れようとするものの、死人コウモリはことごとく回避する。

「どうだ、仮面ライダー1号! 翼を持たない貴様では、死人コウモリに追い付けまい!」
「いや、まだ手はある!」

 死人コウモリが爪で仮面ライダー1号を攻撃しながら嘲笑するが、仮面ライダー1号はサイクロン号を呼び出して跨がると、岸壁をジャンプ台代わりに大ジャンプし、フロントカウルからウイングを展開して飛行体勢に入る。さらにサイクロン号のシートを踏み台にして跳躍し、死人コウモリに右ストレートを叩き込もうとする。

「そんなものが、通用するか!」

 しかし死人コウモリはパンチを半身で回避し、仮面ライダー1号の背中に蹴りを入れて吹き飛ばし、周囲を旋回して仮面ライダー1号を弄ぶように空中に打ち上げ続ける。仮面ライダー1号は防御を固めて耐え忍んでいたが、身体には傷が刻まれ、ダメージも蓄積されていく。死人コウモリは両足蹴りで上方向に仮面ライダー1号を打ち上げて回り込み、仮面ライダー1号の両足を抱え込む。

「トドメを刺してやる、仮面ライダー! ライダーキラー高速回転を受けろ!」

 死人コウモリはジャイアントスウィングの要領で高速回転して遠心力をつける。十分な遠心力がついたと見ると仮面ライダー1号の両足を放し、地面めがけて投げ飛ばそうとする。

「残念だが、それを待っていたんだ!」

 しかし仮面ライダー1号が死人コウモリから離れる気配はない。仮面ライダー1号は死人コウモリが両足を抱えた瞬間、両足で死人コウモリの胴体を挟み込んでいたのだ。死人コウモリが慌てて仮面ライダー1号を引き離そうとするが、仮面ライダー1号は身体をよじり、上手く身を捻って死人コウモリの身体を空中でひっくり返す。

「ライダーシザース!」

 同時にサイクロン号がブースターを使って大ジャンプし、仮面ライダー1号は挟み込んだ死人コウモリをサイクロン号のフロントカウルに叩きつける。死人コウモリは地面に叩きつけられ、立ち上がるものの翼に大ダメージを負い、まともに飛行出来ない。仮面ライダー1号はもう一度サイクロン号のシートを踏み台にして跳躍すると、空中でムーンサルトを決めて飛び蹴りを放つ。

「ライダー月面キィィィィィック!」

 仮面ライダー1号の渾身の蹴りが直撃した死人コウモリは高々と宙に舞う。
 残る仮面ライダーV3とカニレーザーの戦いも、決着しようとしていた。仮面ライダーV3のパンチやチョップをカニレーザーが盾で防ぎ、カニレーザーの斧を仮面ライダーV3が両手で逸らし、互いに蹴りを打ち合って格闘戦を繰り広げていた両者だが、カニレーザーが一度飛び退く。

「カァーバラァー! これで貴様を焼き払ってやる!」
「V3バリヤー!」

 カニレーザーがレーザービームを乱射して仮面ライダーV3を近付けまいとするが、仮面ライダーV3は『V3バリヤー』を発動させ、レーザービームの数々を防ぎきる。続けて仮面ライダーV3は跳躍すると、空中で前転して右足をカニレーザーに向ける。

「V3キック!」
「そんなものが!」

 しかし飛び蹴りは盾により弾き飛ばされ、斧の一撃を受けて仮面ライダーV3がダメージを受ける。カニレーザーは再びレーザーを連射して仮面ライダーV3を近付けまいとするが、走り回ってレーザーから逃れつつ、インターバルを見つけた仮面ライダーV3はまたしても跳躍する。

「カァーバラァー! いくらやっても同じことだ!」
「V3!」

 カニレーザーは再び盾を構えてキックを防ごうとする。仮面ライダーV3は盾に蹴りを入れると反動で高々と宙を舞い、ダブルタイフーンに風を取り込む。エネルギーをチャージすると空中で身を翻して反転し、二撃目の飛び蹴りを放つ。

「反転キック!」

 威力の増した二撃目の蹴りが同じ箇所に直撃すると盾は破損し、カニレーザーも大きく姿勢を崩す。しかし仮面ライダーV3の追撃は終わらない。もう一度宙を舞うと今度は身体をスクリューのように回転させ、キックを放つ。

「V3スクリューキック!」

 一撃でカニレーザーの頭部レーザー砲を破壊すると、ようやく仮面ライダーV3は着地する。最大の武器であるレーザー砲を破壊された上、少なからずダメージを受けたカニレーザーは一度頭を振ると、残った斧を掲げて仮面ライダーV3へ挑みかかる。斧を仮面ライダーV3が左手で横に逸らし、右手で首元に水平チョップを入れ、怯んだ隙にパンチの連打でカニレーザーを押し込んでいく。カニレーザーは体当たりで一度仮面ライダーV3と距離を取ると、斧を渾身の力で投げつける。仮面ライダーV3は跳躍して回避し、空中で錐揉み回転しながら急降下する。

「V3きりもみ!」

 錐揉み回転の力も利用した蹴りがカニレーザーにヒットすると、反動で仮面ライダーV3は再び宙に舞う。背面飛びの形でベルトの風車に風を受けると頂点で身を翻して反転し、降下しながら空中で3回前転する。

「フル回転ダブルキィィィィィック!」

 両足を揃えてキックを入れるとカニレーザーは吹き飛ばされ、吸血マンモス、死人コウモリと同じ場所に叩きつけられる。カニレーザーはドクトルGの姿に戻り、吸血マンモスと死人コウモリもまたキバ男爵とツバサ大僧正の姿になる。

「見事だ、仮面ラァーイダV3……わしの敗けだ。だが、いい気になるなよ! この敗北が、デストロンの勝利となるのだ!」
「我らが負けた時のことを考えず、備えをしていないと思ったか!? すでに四国にはドーブーに伝わる禁断の魔術と、発動に必要な魔法陣が施されている! そして発動に必要な、魂も今……!」
「偉大なるデストロンの首領よ! 我らの魂を、首領に捧げ奉ります! 願わくば、我らの魂がデストロンの理想実現と、憎き仮面ライダー共を始末する一助とならんことを!」
「では、先に地獄で待っているぞ、仮面ラァーイダ諸君! フハハハハハハハハハ!」

 ドクトルGが最後に高笑いをしながら倒れていくと、キバ男爵、ツバサ大僧正と同時に爆発する。仮面ライダーV3は見届けた後に口を開く。

「遂に逝ったか、ドクトルG、キバ男爵、ツバサ大僧正。しかし、何を企んでいる? ドーブーに伝わる禁断の魔術とはなんだ? それに魂とは……?」

 仮面ライダーV3が疑問を口にした直後、それまで雲一つ無かった空が突如として暗雲に覆われる。だが、異変はそれだけには止まらなかった。

「本郷!」
「一文字、お前もか!?」
「敬介たちを、探知出来ない!?」
「山田先生! コア・ネットワークが!」
「そんな……どうして位置が掴めないの!?」
「アンリエッタ!」
「駄目です! 無線は勿論、コア・ネットワークへの接続も出来ません! 現在、四国外への通信が一切出来ない状態です!」

 テレパシー通信やISのコア・ネットワークを含む通信手段が全て遮断されたのだ。そして、四国の外からも容易に確認出来た。

「あの黒雲は……まさか!?」
「敬介さん! 一夏さんと山田先生が!」

 中国地方の岡山県倉敷市。『瀬戸大橋』の上でSPIRITS第5分隊と共に『GOD機関』の『GOD悪人軍団』と交戦していた仮面ライダーXとセシリア・オルコットは、真っ先に異変に気付いた。橋の先にある筈の四国地方が黒雲に包まれ、ハイパーセンサーを駆使しても見えないのだ。

「コンラッド!」
「駄目だ! レーダーや衛星画像からも消えているらしい!」
「チィッ、これではバダンの時と……セシリア、話は後だ! 一気に片付けるぞ!」
「ええ!」

 セシリアは上昇するとビットを展開し、偏向射撃を織り交ぜて地上の悪人軍団にビームの雨を降らせる。ビームでジンギスカンコンドルとコウモリフランケンの翼を撃ち抜き、捻じ曲げたビームを頭部に集中させて吹き飛ばす。仮面ライダーXもクモナポレオンとアリカポネを『ライドルホイップ』で『X』の字を描くように切り裂くと、タイガーネロを掴んで『マーキュリー回路』の出力を最大にする。

「真空……地獄車!」

 仮面ライダーXはエアジェットを駆使して高々と飛び上がり、タイガーネロを逆さ落としでムカデヨウキヒの頭に叩きつける。他の悪人軍団にも同じように衝突させ、最後にカメレオンファントマの頭を粉砕するとタイガーネロも力尽き、全員爆発する。
 中国地方のみならず、日本各地で戦っていた仮面ライダーやIS操縦者、SPIRITS各分隊にも状況が瞬く間に伝わる。東海地方の篠ノ之箒と城茂も例外ではなかった。

「茂さん! 一夏と山田先生が!」
「分かってる。俺も風見先輩たちと連絡が取れなくなった。レーダーは?」
「駄目です、未だに四国は……」

 SPIRITS第7分隊の拠点に引き上げていた箒は、異変に気付き司令部に出向いていたが、茂やSPIRITSも同じ状況だ。茂は箒を見た後、一瞬躊躇いながらも意を決して話し始める。

「それと、驚かないで聞いて欲しいんだが、先輩方によると四国には君のお姉さん、つまり篠ノ之束がいるらしいんだ」
「そんな……あの人が、一夏と一緒に……」

 完全に外部から孤立した四国では倒した筈のデストロン怪人が復活し、巨大な猿人の頭骨を思わせる顔面をした、白マントの怪人が姿を現していた。

「貴様は……デストロンの首領!」

『いかにも! キバ男爵の魔術により、怪人や大幹部の魂を生け贄として私は甦ったのだ、仮面ライダー諸君!』

「貴様は何者だ!? 貴様はJUDOの端末ではなかったのか!?」

『そうでもあると言えるし、そうでもないと言える。私はJUDOの端末であり、JUDO自身であり、JUDOの父でもあるのだからな』

「そうか、貴様も『大首領』を構成する負のエネルギーの集合体、だからJUDOとは違う意志を持っていたということか!」

『その通りだ、仮面ライダーV3。故に魂なき怪人なら、いくらでも再生出来る。このようにな!』

 巨大な怪人ことデストロン首領は復活させた怪人を一斉にけしかける。仮面ライダーV3はハサミジャガーを蹴り砕くが、デストロン首領から放たれる怪光線を受けるや即座に再生する。

「クッ、なんという再生能力だ!」
「これじゃキリがないぞ!」

 仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、ライダーマン、和也、一夏、真耶も怪人を次々と倒していくが、怪人は同じように再生する。デストロン首領が無造作に手を突き出すと怪光線が発射され、怪人の約半数を代償に仮面ライダーたちを吹き飛ばす。着弾点近くにいた仮面ライダーV3のダメージは大きく、立ち上がるものの膝が折れる。そこに復活したカニレーザーがレーザー砲を発射する。だが赤い強化服に身を包んだ男が仮面ライダーV3の肩を支えて跳躍し、レーザーを回避する。

「逆転チェスト!」

 続けて放たれるレーザーも水色の体色にマフラーを巻き、蝶を思わせる外見をした超人が割り込むとレーザーが反射され、怪人たちを撃ち抜いていく。

「お前らしくないな、風見。もっとも、こんな連中が相手じゃ仕方ないか」
「早川……すまん」
「五郎君もありがとう。お陰で助かったよ」
「いえ、まだ終わってはいませんよ、結城さん。邪念の主を倒さなければ、怪人は復活し続けます」
「あの、風見さん、結城さん、この人たちは?」
「君が織斑一夏か。話は聞いている。俺は人呼んで『さすらいのヒーロー』、快傑ズバットだ」
「俺は『自由の戦士』イナズマン。君たちの援護に来たんだ」
「そういうことだ、一夏君。行くぞ、狙うはデストロン首領一人だ!」

 赤い強化服の男こと快傑ズバットと、超人ことイナズマンは一夏に簡単な自己紹介をすると、仮面ライダー1号の激のもと、復活した怪人を蹴散らしてデストロン首領に挑みかかる。

「V3必殺キック!」
「ゼェェット!」
「うおおおおおっ!」

 仮面ライダーV3が威力を増幅させた飛び蹴りを放ち、快傑ズバットが鞭を持って挑みかかり、一夏も雪片弐型を構えて突撃する。

「何!?」
「馬鹿な!?」
「そんな!?」

 しかし仮面ライダーV3のキックも、快傑ズバットの鞭も、一夏の突撃も、デストロン首領の前に張られた見えない障壁であっさりと弾き返される。

「ならばこれで……くっ!?」
「稲妻拳法電撃! ……チィッ!」

 真耶が荷電粒子砲、イナズマンが拳を突き出して放つ雷撃により障壁を突破するが、内側に張られた障壁により反射される。真耶はラプラスの目で、イナズマンは超能力で予知して反射された荷電粒子砲と雷撃を回避する。
 弾と蘭は唖然としていたが、束は空間投影式ディスプレイを取り出すと、目まぐるしくキーボードを操作してデストロン首領と二つの障壁を解析する。

「あの障壁は二重構造になってるみたいだね。物理攻撃を反射する外側の障壁と、エネルギー系の攻撃を反射する内側の障壁が展開されている」
「なら、障壁を突破する方法は?」
「外側の障壁にはエネルギー系の攻撃を、内側の障壁には物理的な攻撃を叩き込めば突破出来るよ。けど生半可な攻撃じゃ突破出来ずに反射される。全力全開で一撃を入れないと。仮に突破出来てもあいつは高エネルギーの塊、それを上回るエネルギーをぶつけないと、あいつは倒せない。けど、それだけのエネルギーは……私の移動式ラボの動力を暴走させれば、いけるかもしれないけど」
「エネルギー……熱量、か。ならば、当てがある」

 束の解析結果を聞いた仮面ライダーV3は静かに言う。藤兵衛は仮面ライダーV3が何を使おうとしているのかを悟る。

「志郎、あれを使うんだな?」
「ええ、方法は他にありませんから。先輩、お手数をおかけします」
「風見……」

 仮面ライダー1号と仮面ライダー2号も仮面ライダーV3の真意を悟る。だが怪人が一斉に突撃してくる。負けじと迎え撃つ仮面ライダーたちだが、仮面ライダーV3は一夏に声を張り上げる。

「一夏君! カニレーザー、吸血マンモス、死人コウモリ、ザリガーナの四怪人を君一人で倒してみろ!」
「風見さん!?」
「俺は奥の手を使う。出来るだけ体力を温存しなくてはならないんだ」
「で、でも!?」
「……分かりました。まずは見て下さい」

 食ってかかる蘭と束とは対照的に、一夏は静かに頷くとカニレーザー、吸血マンモス、死人コウモリ、ザリガーナへと突撃していく。
 まず吸血マンモスに挑みかかる一夏だが、背後に回り込んだザリガーナが鋏を突き出しながら口から発火性の泡を飛ばし、吸血マンモスも左腕で一夏を叩き潰そうと殴りかかり、口から毒霧を吐こうとする。

「敵の攻撃を恐れずに見切り、最低限の動きで回避する。これが基本だ」

 しかし一夏はギリギリまで吸血マンモスとザリガーナの攻撃を引き寄せ、最低限の動きで鋏と左腕を避ける。すると鋏は吸血マンモスを切り裂き、左腕はザリガーナの甲羅を粉砕する。泡と毒霧まで食らった吸血マンモスとザリガーナは悶絶する。死人コウモリが急降下して襲いかかるが、一夏は皮一枚の間合いで爪を回避し続け、雪片弐型を構える。

「そして恐れずに攻撃を見切れば、僅かな隙も簡単に突ける。ピンチをチャンスに変えるとは、このことだ」

 死人コウモリが爪を振り上げるや一夏は踏み込み、雪片弐型で胴を抜いて翼を切り裂く。背後でカニレーザーが自身を狙っていることに気付くと、レーザーが発射される直前に死人コウモリを掴んで振り向き、レーザーを死人コウモリを盾にして防ぎながらスラスターを噴射し、カニレーザーへ突撃していく。

「時には敵の武器や敵そのもの、状況すらも武器となる。よく見ておけ、篠ノ之束。織斑一夏の強さ、そして人間の強さとはこういうものだ」

 一夏は死人コウモリを蹴り飛ばしてカニレーザーにぶつけると、、雪片弐型を変形させてエネルギー刃を発生させ、大上段で振りかぶる。最初は一夏を見失っていたカニレーザーだが、上にいると気付くやレーザーを発射して撃ち落とそうとする。一夏は零落白夜でレーザーをかき消しつつ雪片弐型を振り下ろす。

「雪片脳天割り!」

 一撃で頭部レーザー砲を破壊するとカニレーザーを腑抜けさせる。一夏はカニレーザーと死人コウモリを吸血マンモスとザリガーナに向けて投げ飛ばし、追撃に入るとカニレーザーに斬りかかる。

「回!」

 まずカニレーザーに袈裟懸けに連続斬りを浴びせる。

「天!」

 次に逆袈裟の連続斬撃で吸血マンモスの身体を両断する。

「白!」

 さらに死人コウモリの胴体を横薙ぎに7回払って両断する。

「夜!」

 最後にザリガーナの正中線に雪片弐型を通して真っ二つにすると、四体の怪人は爆発して一夏は無事に離脱する。

「強い、強いよ。強くなったね、いっくん。もう私の力がなくても、箒ちゃんを守れるくらいに」
「彼は、もっと強くなれるさ。先輩が、そして俺が見込んだ男なんだ」

 仮面ライダーV3、風見志郎は一夏の成長ぶりに仮面の内側で目を細めるが、すぐに気を取り直す。だが仮面ライダーV3の前にライダーマンと快傑ズバットが立つ。しばらく無言で対峙していたが、先にライダーマンと快傑ズバットが口を開く。

「風見、死ぬなよ」

 仮面ライダーV3は答えず、レッドランプパワーとレッドボーンパワーを同時に発動させる。

「ダブルタイフーン、フルパワー!」

 ダブルタイフーンの出力を最大にすると周囲から風が勢いよく取り込まれ、風車が激しく発光しながら回り始める。

「風見、道は俺たちが切り開く! 山田先生! 五郎君!」
「はい!」

 ライダーマンは再びブラスターアームを装着し、真耶は荷電粒子砲のリミッターを解除した後に出力を回し、イナズマンは『ゼーバー』を取り出す。

「ブラスターアーム!」
「銃身が焼き切れてでも!」
「ゼーバーイナズマンフラッシュ!」

 ライダーマンの右腕から最大出力のブラスターアームが発射され、真耶が発射した荷電粒子砲、イナズマンがゼーバーから放ち、黒雲で増幅された雷撃が外側の障壁を消し飛ばす。しかし代償としてブラスターアームの銃身が破裂し、荷電粒子砲の砲身が焼け落ち、超能力を使い過ぎた反動でイナズマンは一瞬よろめく。

「ライダーダブルキィィィィック!」
「はあああああっ!」
「ズバットアタァァァァック!」

 続けてダブルライダーと快傑ズバットが渾身の蹴りを放ち、一夏が零落白夜の斬撃で内側の障壁を消滅させる。するとデストロン首領は上空へ逃れようと飛び立つ。

「逃がすものか!」

 仮面ライダーV3はグライディングマフラーで滑空して追跡すると、両手を胸の前でクロスさせ、右足に搭載された原子炉を起動して火を入れる。右足が赤熱化すると、束はディスプレイを見て声を漏らす。

「うそ……どうしてあれだけ熱量が……こんなの、人間サイズのものが出せる熱量じゃないよ! まさか、あの足に原子炉でも!?」

 束は莫大な熱量の正体を悟る。同時にこれだけの熱量が解放されれば、デストロン首領を消滅させられるが、仮面ライダーV3も無事では済まないと確信する。

『仮面ライダーV3め、邪魔をするつもりか!』

 デストロン首領も自分を追う熱量の存在と、仮面ライダーV3に気付くと怪光線を発射し、仮面ライダーV3を撃ち落とそうとする。構わずに仮面ライダーV3は赤熱化した右足をデストロン首領に向け、蹴りを放つ体勢に入る。

「フン、ここに来て生への執着にでも目覚めたか……だが、貴様はここで、俺と死ぬん……」
「風見さん!」
「死なないで!」
「くっ!?」

 蹴りを放とうとする仮面ライダーV3だが、弾と蘭の叫びが聞こえてくると中断する。

(と、言ってやりたいところだが……)

 仮面ライダーV3はもう一度胸の前で両手を交差させ、細胞強化装置を作動させる。

(だが、俺は死ねなくなった)

 ダブルタイフーンから風を取り入れ、残るエネルギーを集中させてフリーザーショットの冷気を全身から発し、全身を包み込む。

(俺は、俺の生還を信じて待つ兄妹のために、『不死身の男』でいなければならなくなった)

 数回前転して遠心力を付けるとダブルタイフーンが風を取り込み、右足以外に十分に冷気を纏わせ、熱を集中させて右足の先端が白熱化し、光輝く。

「だから、貴様はここで……貴様独りで死ぬんだ」

「V3火柱キィィィィィィィック!」

 直後に最後の切り札がデストロン首領に蹴り込まれる。
 仮面ライダーXとセシリアが突入準備を始めた時、目の前で黒雲を振り払い、月まで届かん勢いで巨大な白光の眩い火柱が天に立ち上る。少し経つと黒雲が晴れ、橋の先にある四国の地が姿を現す。コア・ネットワークやテレパシーも通じたのを確認すると、仮面ライダーXとセシリアは安堵の表情を見せる。
 茂も箒の横で交信していたが、やがて口を開く。

「全員、無事だそうだ。一夏君も山田先生も、君のお姉さんも全員、な」

 箒に告げると、茂は誰に言うでもなく呟く。

「相変わらず、無茶し過ぎっすよ、先輩――」

**********

 夜の太平洋上。一隻のバダンニウム輸送船が航行している。ただしバダンニウムは積み込まれていない。乗っているのはシャドームーン、サブロー、そして甲板に佇んでいる浪人姿のワルダーだ。
 徳島を担当していたシャドームーンから、北海道から戻ってきたバダンニウム輸送船の強奪に成功したと連絡を受け、ワルダーは愛媛からサブローと合流して駆けつけた。ワルダーが束から預かったディスクで航行プログラムを書き換え、すぐ出港したかったのだが、突如発生した黒雲に行く手を阻まれ、つい先ほど沖合に出た。
 ワルダーは独りで星空を見上げていたが、壮年の執事姿となったシャドームーンとサブローが甲板に出てくるとワルダーは振り返る。

「シャドームーン殿、サブロー殿、いかがされた?」
「お前が何をしているのか、気になっただけだ」
「……星を見ており申した。01殿やビジンダー殿と会った時のことを、少し考えておったでござる」
「それだけか? 本当はあの女、篠ノ之束とクリスタのことを考えていたんじゃないのか?」
「気付かれていたか、サブロー殿」

 サブローの質問に頷くとワルダーは言葉を続ける。

「短い付き合いであったとはいえ、別れの挨拶一つせずに出立したのが心残りでござる。それに、束殿の安否も気になって仕方がないのでござる」
「ヤツは死ぬ気だった。だがヤツがどうなろうが、どのような道を歩もうが、俺には関係ない。それはヤツ自身の問題であって、俺が口出しする問題ではない。生きていようが死んでいようが、俺と関わらなければそれまでだ。無論、邪魔をするならば潰せばいい。利用価値があるのなら再び手を組めばいい。俺たちとヤツは、それだけの関係だった筈だ」
「もっとも、今回だけでは終わらん気もするがな」
「サブロー、どういうことだ?」
「ヤツも仮面ライダーとは関係がある。お前が仮面ライダーBLACK RXを追い求めている限り、いずれまた会うことになるのでないか、と思ってな」
「拙者もサブロー殿と同じでござる。袖触れ合うのも多少の縁。縁があるのであれば、また会う機会があるのではないかと」
「だとすれば腐れ縁、だな」

 シャドームーンが締めると、サブローと共に船の中へと戻っていく。

「束殿、クリスタ殿、達者で」

 最後にワルダーは四国の方向を向いて頭を下げ、シャドームーンとサブローの後を追って船の中へと戻る。
 シャドームーン、サブロー、ワルダーと束にまだ縁があるのかは、誰も知らない。

**********

 意識を失っていた蘭が目を覚ますと、空は満天の星空になっていた。

「蘭、気が付いたか?」
「お兄……一夏さん……」

 弾と一夏が自分の顔を覗き込むと、内心一夏と自分の距離が近いことにどぎまぎしつつ、立ち上がる。自分を心配していたのか麺吉、麺太郎、小麦、掛之助、アレン、藤兵衛は蘭を見て安堵の表情を浮かべている。

「蘭、本当に大丈夫か?」
「うん、私は。それより、風見さんは?」
「いや、それは……」
「戻ってくるさ。あいつなら、絶対に」

 自分を気遣う弾に首を振りつつ尋ねるが、弾は首を振る。不安げな表情を隠せない蘭に、和也が遮るように言う。

「みんな、来たぞ!」

 丈二の声がすると、皆の視線が一斉に集中する。
 ボロボロの青いワイシャツに一部が千切れた白いベスト、破れが目立つジーンズに手袋が破損して露になった両手。風見志郎がフラフラになりながら、しかし自らの足でこちらに歩いてくる。志郎は丈二の前にたどり着くと、いつものように笑ってみせるが、倒れ込んで丈二に支えられる。

「フリーザーショットの冷気で全身を覆い、V3火柱キックの負荷を抑えたか……まったく、大したヤツだよ、お前は。もっとも、本当ならば三時間どころか半日は眠っていてもおかしくないんだが」
「そうは、いかんさ……俺もまだ、死ぬわけにはいかない」
「風見さん!」

 蘭たちが一斉に志郎に駆け寄る。まずは藤兵衛が志郎の肩を掴んで話しかける。

「志郎、お前ってヤツは昔から無茶苦茶ばっかりしやがって。もう少し俺に心配かけないよう、努力しろ!」
「そうよ! 本当に心配したんだから! けど良かった、志郎さんがV3って分かって、そして志郎さんが無事で……」
「純子さん……」
「ほら、姉さんも涙拭きなよ。風見さんも困ってるだろ?」

 目に涙を溜めていた純子をシゲルが宥め、落ち着かせる。猛と隼人も志郎の前に立つ。

「よくやったな、風見。お前の努力の賜物だな」
「しかし、お前の無茶さはある意味感心するけどな、いい加減自重しないと、純子さんや蘭ちゃんにまた泣かれるぜ?」
「そうそう、弾君や一夏君だって蘭ちゃんがいる手前、口には出してなかったが、本気で心配してたんだ。それによ、元の肉体がどれくらい残っているか分からなくても、お前は人間なんだ。もう少し、自分の身体と命に気を使えよ」
「一文字さんは、風見さんのことを言えた立場じゃありませんからね? 私だって気が気じゃないんですから」
「そうよ、滝さん。あなたは織斑先生や一夏君は勿論私や猛さん、一文字さん、結城さんに志郎さんだって気が気じゃないんだから。というより、カセットアーム片手に怪人に接近戦やるなんて、どんな神経しているのか小一時間くらい問い詰めたいんだけど」

 真耶が隼人に釘を刺し、ルリ子が和也にツッコミを入れると、志郎と猛は顔を見合わせて苦笑する。

「早川と五郎君は?」
「俺が気が付いた時には、どっか行った後でした。久しぶりに早川さんと話せるかと思ってたのに」
「彼らのことですから、IS学園に向かったのでしょう」
「すでにショッカーが動き出したと情報もあるから、なおさらね」

 オサムが心底残念そうな顔をすると、ケンとアンリエッタが付け加える。最後に志郎は弾と蘭、一夏に向き合う。

「心配をかけてすまなかったね、三人共。けど、俺はまだ死なないさ。この世に悪のある限り、悪の犠牲となる人が出ないように、俺は戦うと決めたんだから」
「でも、あんなことはしないで下さいね?」
「これから気を付けるよ、蘭さん。弾君、よくやったな。君は最後まで妹の蘭さんを守り抜いた。君は蘭さんにとって、世界一の兄だ。これからも大切にするんだ」
「勿論ですよ、風見さん。鬼より怖くても、たった一人の妹なんですから……痛い痛い痛い! 冗談だからやめてくれ!」
「やれやれ、兄ってヤツは……一夏君、前よりも一皮剥けて大きくなったな。君がどのような死線を潜り抜けたのか知らないが、あの戦いぶりは見事としか言いようがなかった」
「いえ、俺はそんな……」
「謙遜しなくていい。君の気持ちは決して間違いではない。だから、もっと欲張っていい」

 志郎は意識を失いかけるが、すぐに持ち直す。

「次は敬介の救援に行かないとな。ケンとアンリさんたちは茂の援護に向かってくれ。流石にブラックサタンとデルザーを同時に相手にするのは、茂と箒さんでもキツい筈だ」
「ケンもアンリも知ってるだろうが、第7分隊は色々と問題があるからな。隊長のブラウンはともかく、副隊長のグレイ以下は全員『死にたがり』だ。茂と一悶着起こしてるかも知れねえ」
「分かりました。こちらもすぐには動けませんし、部隊の再編成が済み次第、彼女と連絡を取ってみます」
「頼むぜ。さてと、問題は篠ノ之束の扱いなんだが……」
「待って、隊長さん」

 残る懸案である束について考えを巡らせるも、束から和也に話しかける。意外な行動に驚きを隠せない一夏を他所に、束は言葉を続ける。

「私とくーちゃんを、一緒に連れていって欲しいの」
「束さん!?」
「あなた、自分が何を言っているのか分かってるの?」
「勿論分かってるよ。けど、今まで好き勝手やってきた分の罪を償いたいの。償いになるかは分からないけど、私が決めたことだから」
「悪いな、篠ノ之束さんよ。ウチは懲罰部隊でもなんでもないんだ。罪を償いたいのなら、裁判を受けて刑務所に入るなり慈善事業をするなりもっと前向きなことをやった方がいい」
「……なら、私なら役に立つよ。私を入れてくれたら、損はないよ?」
「ウチは動物園でもないんだ。イタズラ兎を飼う気もねえし、猫の手は必要ないんだ」

 和也がすげなく束の提案を拒むと、束は俯いて唇を噛み締める。上手くいかないと覚悟はしていた。自分がどれだけの罪を犯し、恨まれているかは承知しているつもりだったが、ハッキリと突き付けられるとキツいものがある。和也が言葉を続ける。

「俺が聞きたいのは罪状の有無だとか、能力の高低とかそんなんじゃねえ。あんたにやる気が、怪人と戦い続ける気があるのか聞きたいんだ。別に理由なんて最初は復讐でも金目的でもいいし、過去に何をしていたかなんて、こっちも一々追及してる暇もねえ。能力の高いか低いかなんて、二の次さ。要はあんたに戦う意志があるのか、本郷たちと同じ方向を向けるのかを聞きたいんだ」
「うん、その気だよ。だから君たちと一緒に戦いたいんだよ。足りない物が多すぎて、魂だって足りてないかもしれない。けど、向いている方向は先生やいっくんと一緒でありたいの。我が儘かもしれないけど……」
「それで、あんたの連れは?」
「私は束さまを守ると決めた。束さまの敵は全て私の敵だし、亡国機業には借りを返したい」
「そう言われたら。断る理由もねえか。ただし、こっちの指示には従って貰うぜ? それと、個人的なアドバイスだが、箒と千冬にはきっちりと顔を合わせて謝っとけよ?」
「って、いくらなんでもあっさりし過ぎじゃない? そこはスパイじゃないのか疑って、もう一悶着あったりとか、誰かが反対して意見が割れるとか……」
「だああああっ! 面倒臭いヤツだな! 結城は生徒にどんな教育してきたんだよ!?」

 あまりにあっさり受け入れを表明し、特に反対もしない周囲に束が文句を言うと、和也が頭を掻いた後にビシッ、と束を指差す。

「いいか、これだけは覚えとけ! 疑ってる内は敵を見つけるのは簡単かもしれねえが、信じてみなきゃ仲間は見つからねえんだよ。あんたは結城の生徒で、箒の姉貴で、千冬のダチなんだろ? だったら、俺たちも信じてやらねえでどうするんだ? 裏切りだなんだなんて、まず信じてみてから考えればいい。あんたもそんなこと言わず、俺たちに信じさせろ」
「隊長さん……」
「お前の負けだな、篠ノ之束。それがお前が出した答えだと言うのなら、止める気はない。滝さん、あなたならそう言うと思ってましたよ」

 志郎が和也に笑って言うと、束も観念したのか引き下がる。すると蘭が前に進み出る。

「あの、私も連れていってくれませんか?」
「蘭さん!?」
「私も風見さんや一夏さんと一緒に戦いたいんです! 足手まといになんかなったりしませんから!」
「いや、しかし……」
「連れていってあげて、志郎さん」

 蘭の志願には流石に渋る志郎だが、純子が遮る。

「この子は志郎さんが思ってるより、ずっと強いわ。き足手まといになんかならない。蓮や厳さんには私から事情を話しておくから。だから蘭ちゃんもしっかりね?」
「もし厳の野郎が何か文句言ってきたら、俺が一発ぶん殴ってやるから安心しな。孫のことも信じてやれねえくらいケツの穴が小さくなってたら、思い切りシメてやらねえとな」
「それに蘭ちゃんは、デストロンなんか目じゃねえし。なにせ普段は猫かぶってるが、実際はウチの小麦と同じくらい狂ぼ……ぶへっ!?」
「余計なことは言わなくていい!」
「諦めろ、風見。ただし弾君、君も一緒だ。妹を守るのは兄の仕事だからな」
「はい! ありがとうございます!」

 和也に弾と蘭が頭を下げると、和也はすぐに顔を上げさせる。

「それじゃ、足の調達も考えねえとな。おやっさんのジープにルリ子さんのバイクもあれば。ギリギリ行けるか?」
「足なら私の移動式ラボを使ってよ。ゴーレムは全部無くなっちゃったからスペースには余裕あるし」
「早速有り難く使わせて貰うぜ。案内してくれ」

 和也の一言を聞くと束が先頭に立って歩き出す。他の面子も歩き始めるが、最後に丈二に支えられた志郎が歩き始めると、ズボンのポケットからカードが一枚落ちる。丁度近くにいた蘭がカードを拾い上げる。

「えっと、『この者不死身につき心配ご無用』。誰がこんなのを?」
「あいつめ、余計なことを……」
「一夏、あの人なんだけど、前から聞いた話と少し違う気がするんだが。態度とかはおかしいけど、普通に話してたし」
「彼女は逃げるのをやめて、向き合うことを決めたんだ。他人からも、自分自身からも」
「俺も結城さんの言う通りだと思います。人って、何かきっかけがあれば、変われるものだと思いますから」

 一方、先頭を歩いていた束の横に猛が並ぶ。

「篠ノ之博士、あなたは……」
「分かってるよ。私は、逃げないよ。誰からも、何からも。逃げ続けてきたものと向き合っていかなくちゃいけないんだ。それが、私に与えられた罰だと思うから」
「俺たちも手伝いますよ。あなたが罪を償うことを望むのであれば。結城も、そうだったんだ。あなたにも償う権利は、ある」

 その場から全員が立ち去っていくのを、高台から二人の男が眺めている。

「いいんですか? 何も言わなくて」
「なに、風見もオサムも大丈夫さ。俺たちも行こうぜ? ジローたちはとっくに着いてる」
「ええ。他の地域は彼らに任せましょう。俺たちは、俺たちに出来ることを」

 それだけ会話を交わすと二人の男、早川健と渡五郎も姿を消す。
 かくして四国を揺るがしたデストロンは壊滅し、戦士たちはそれぞれ次の戦場へ旅立つのであった。

**********

 広島県呉市。旧帝国海軍時代から重要な軍港として工厰や鎮守府が置かれていたこの街には、現在でも国防軍の基地が立地するなど軍港としての色を残している。
 呉にある港に一隻の船が停泊し、船から黒い覆面にゴーグルとベレー帽、黒い戦闘服に赤いマントを着用した男たちと三又の鉾を持った半人半魚の怪人が降りてくる。男たちは『GOD機関』に所属する戦闘工作員。怪人はGOD機関が生み出した『神話怪人』ネプチューンだ。ネプチューンはタラップを渡って港に降り立つと、GOD戦闘工作員に指示を出して船からバダンニウム爆弾の入ったケースを運び出させる。

「急げ! 一刻も早く基地にバダンニウム爆弾を設置し、爆破しなければ!」

 ネプチューンは国防軍基地を爆破して中国地方の防衛能力を削ぎ、かつそこを仮拠点にしているSPIRITS第5分隊、そして仮面ライダーXの始末を目的としている。指揮するネプチューンには焦りの色を見せている。

「しかし、応援部隊はまだ来ないのか? 何を手間取っているのだ? まさか、アポロガイストが余計なことをやったのではないだろうな?」

 準備を進めさせながら、ネプチューンはこの港で合流する手筈になっている応援が到着しないことを不審に思う。だが一台のトラックがやって来るとすぐに振り払う。応援部隊が到着したようだ。

「遅いぞ! こちらは作戦開始予定時刻ピッタリに来たと言うのに……!?」

 だがトラックはネプチューン達の前に到着してもスピードを上げ、GOD戦闘工作員を次々と撥ね飛ばして蹴散らすとようやく停車する。そして運転席と助手席から誰かが降りてくる。
 助手席から降りてきたのは長いウェーブのかかった金髪に青いリボンを着け、白い制服を着た碧眼の少女だ。ネプチューンやGOD戦闘工作員には見覚えがない。しかし運転席から降りてきた青いジャケットに青いジーンズを着用した男には見覚えがあった。見間違える筈がない。

「貴様は、神敬介! 作戦を嗅ぎ付けていたというのか!?」
「当たり前だ! GODが考えることなど、最初からお見通しだ! ネプチューン!」
「勿論、待機していたGODの戦闘工作員は私や敬介さん、SPIRITSの皆様が掃討済みですわ。最早、逃げ場はありませんわよ!」
「黙れガキが! かくなる上は、二人まとめて始末してくれる!」
「レディに向かってガキとは、GODには教養や礼儀というものがございませんのね、GOD神話怪人ネプチューン。私の名はセシリア・オルコット。その頭にしかと刻んでおきなさい!」
「行くぞ、セシリア!」
「はい、敬介さん!」

 少女ことセシリア・オルコットはネプチューンに啖呵を切るや、男こと神敬介の呼びかけに応えて左耳のイヤーカフスに手を添える。敬介も両手を腰に引いた後に上に突き出し、『X』の字を描くように両腕を斜め上に広げる。

「大変身!」
「おいでなさい、『ブルー・ティアーズ』!」

 敬介が左手を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出すと、胸の『マーキュリー回路』が起動して身体を強化服が包む。顔面に『レッドアイザー』と『パーフェクター』が装着され、全身のメカニズムが起動し変身を完了する。同時にセシリアの制服も量子化され、下に着込んでいたISスーツ姿になると身体に蒼い装甲が装着される。
 変身した敬介は腰のベルトから『ライドル』を引き抜き、『ライドルホイップ』を振って虚空に『X』の字を刻む。

「Xライダー!」
「行くぞ! GOD! お前たちの野望は、このXライダーが!」
「そして、このセシリア・オルコットが粉砕してみせますわ!」

 中国地方で銀の騎士と蒼き雫の名を持つ銃士が、神を騙り闇の政府と嘯く悪を相手に戦闘を開始する。



[32627] 第四十五話 海魔
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5b9478ff
Date: 2013/09/14 17:39
 宣戦布告後、予告された通り日本で復活した組織による破壊・征服活動が開始された。中国地方も例外ではない。広島県呉市の港では、GOD機関の『神話怪人』ネプチューンと仮面ライダーXが交戦を開始していた。

「ライドルスティック!」

 仮面ライダーXは腰のベルトから『ライドル』のスイッチを操作し、ライドルは『ライドルスティック』に変形する。仮面ライダーXは一度ライドルスティックを持ち直し、ネプチューンの鉾をライドルスティックで横薙ぎに払って外に逸らし、ライドルスティックを突き出す。仮面ライダーXはライドルスティックを振るって攻め立て、ネプチューンは鉾で防ぐが守勢に立たされる。
 ネプチューンは状況を打開しようと口から溶解泡を吐き出すが、仮面ライダーXは一度跳躍して距離を取って溶解泡を回避する。ネプチューンは海に入って退却しようとする。

「逃がしませんわよ!」

 しかし無数のビームが蛇行しながら襲いかかり、ネプチューンの身体に当たってはその肉体を焼く。ネプチューンも少なからずダメージを受けて足止めされる。
 ビームの主はセシリア・オルコット、装着しているISは『ブルー・ティアーズ』だ。セシリアはビットを展開してGOD戦闘工作員をビームで一掃し、『偏向射撃(フレキシブル)』でビームの軌道をねじ曲げてネプチューンに命中させたのだ。
 ネプチューンは怒り狂って標的をセシリアに変え、口から溶解泡を放つ。ビットをラッチに戻したセシリアはスラスターとPICを用い、踊るように溶解泡をかわす。続けて手元にレーザーライフル『スターライトmkⅢ』を呼び出し、トリガーを引くとビームが発射されてネプチューンの身体を撃ち抜く。三又の鉾で防御しつつもビームの雨から逃れようするネプチューンだが、厄介な敵の存在を失念したのが仇になった。
 ネプチューンの注意がセシリアに向くと、仮面ライダーXは脚部の『エアジェット』を噴射して跳躍する。両手でライドルスティックを掲げて大車輪の要領で方向転換すると、両手両足を開いて身体を『X』の形にしてエネルギーを集約し、飛び蹴りの体勢に入る。

「Xキック!」

 必殺のキックを打ち込むとネプチューンは海に叩き込まれ、間もなく爆死して水柱が上がる。仮面ライダーXが着地するとセシリアもふわり、と横に降り立つ。仮面ライダーXは変身を解かず、セシリアに話しかける。

「行こう、セシリア。第5分隊もGODの怪人軍団と戦っている筈だ」
「ええ。では私は先に」

 セシリアはPICとスラスター翼を使い静かに飛び立ち、スラスターを噴射して一路市街地へ向かう。

「クルーザー!」

 仮面ライダーXも専用バイク『クルーザー』を呼び出し、跨がるとスロットルを入れて走り出す。十分な助走がつくと空へと舞い上がり、セシリアを追って次の戦場へと向かう。
 仮面ライダーXの言葉通り、SPIRITS第5分隊は呉の市街地に出現した神話怪人と交戦していた。分隊長のコンラッド・ゲーレンは先頭に立ち、IS用のそれを人間もギリギリ扱えるようにデチューンしたアサルトライフルを構え、パニックにフルオート射撃を浴びせて怯ませる。パニックは角からロケット弾を発射するが、コンラッドは大きく飛び退いてロケット弾を回避する。お返しとばかりに銃身下部のランチャーから成形炸薬弾を発射し、パニックの角を片方破壊する。

「人間の分際で生意気な! 貴様を殺人鬼に変えてやる!」

 激昂したパニックは催眠音波を発する笛でコンラッドを殺人鬼へ変えようとする。だが他の隊員達が集中砲火を加えて笛が破壊される。ヘラクレスが放置された車を投げつけ、メドウサとキクロプスがレーザーを、ミノタウロスが角をロケット弾のように発射すると、コンラッド達は後退を余儀なくされる。

「イカルスデススモークを受けろ!」
「食らえ! アトラス大地球!」

 イカルスが空中を飛び回りながら『イカルスデススモーク』をばら蒔き、SPIRITSが身を隠している建物を次々と溶かす。それに合わせて鉄腕アトラスが逆立ちすると周囲一帯に地震が発生し、SPIRITS第5分隊は防衛線を後退させる。先ほどからその繰り返しだ。

「チィッ、怪人相手には足止めしか出来ないか……!」

 コンラッドは舌打ちしつつ、部下達に矢継ぎ早に指示を出していく。怪人の手強さと理不尽さは身を以て理解している。特にGOD相手には、所属していた旧SPIRITS第5分隊が自分以外全滅した苦い経験もある。
 コンラッドは新たに構築されたバリケードの内側に逃れ、部下から報告を受ける。

「分隊長、爆薬の設置は完了しています。退路も確保済みです」
「よし、指示を出したらすぐに爆破しろ! 命令するまで発砲するな! ギリギリまで引き寄せ、撃てるだけ撃ったらすぐに後退だ!」

 コンラッドはバリケードに設けられた銃眼にアサルトライフルを差し込み、他の隊員達も手持ちの銃火器や備え付けの重火器を向ける。怪人達はSPIRITS第5分隊を発見するとバリケードから炙り出そうと遠距離から攻撃してくる。コンラッドは攻撃命令を出さず、バリケードに隠れて耐え忍ぶ。

「分隊長!」
「まだ撃つな! もう少し引き寄せるんだ!」

 焦る隊員をコンラッドが制する。怪人達は防御を固めて撃ってこないSPIRITS第5分隊に気を良くしたのか、警戒心が薄くなり、ろくに周囲を警戒せず正面から突破しようと突撃を開始する。

「今だ! やれ!」

 コンラッドが指示を出すと、ビルなどに設置した爆薬を炸裂させて倒壊させる。そこにありったけの火力を叩き込んで怪人を足止めする。大急ぎで隊員たちとその場を離脱すると少し後に怪人達にビルの残骸などが降り注ぐ。市民は避難している上、所有者に手を回したから出来た手だ。

「やったか!?」
「立ち止まるな! この程度で倒されるほど、怪人は甘くない! 少しでも走って距離を開けろ!」

 立ち止まってガッツポーズを取る隊員をコンラッドは叱責する。

「イカルスデスウイング!」
「くっ!? 予想以上に早い!」

 だが瓦礫から抜け出したイカルスが羽を飛ばすとコンラッドは転倒し、アサルトライフルを取り落とす。イカルスが飛び立ってトドメを刺そうとするが、コンラッドは義足となった右足から銃を取り出すやイカルスに向けて連射する。

「そんな豆鉄砲で、このイカルスは倒せん! 大人しくイカルスデススモークの餌食となるがいい!」
「フン、残念だが死ぬのは貴様の方だ!」
「強がりを! 骨一つ残さず溶けて死ぬがいい!」

 イカルスは銃撃を続けるコンラッドを嘲笑い、口からイカルスデススモークを吐き出そうとする。

「残念ながら、そうは参りませんわ!」

 しかしイカルスが口を開いた所にビームが直撃し、イカルスデススモークが誘爆してイカルスの頭部が吹き飛ぶ。胴体も地面に叩きつけられて爆発四散する。

「ゲーレン分隊長、ご無事ですか!?」
「セシリア・オルコットか。ああ、見ての通り無事だ。Xライダーは?」
「Xライダー、敬介さんもすぐ到着します。ここは私が引き受けますので、一旦後退して下さい!」
「了解した。任せる!」

 救援に来たのがセシリアと理解したコンラッドは一度後退する。見届けたセシリアは、瓦礫の中から姿を現した怪人を捕捉し、4基のビットをラッチから切り離して怪人たちの周囲に展開する。

「さて、敬介さんが到着するまでの間、私と踊って貰いましょうか。この『ブルー・ティアーズ』が奏でる円舞曲(ワルツ)を!」

 直後にビットからビームが怪人達に降り注ぎ、偏向射撃でビームの軌道を自由自在にねじ曲げる。ビームは蛇行しながら怪人達浴びせ続けられる。ビームの雨にひたすら耐え忍んでいた怪人たちだが、やがてある事に気付く。

「あの小娘、妙な端末を操作している間は動けないのではないか?」

 セシリアはビットを展開している間、ほとんどその場から動いていない。ビット以外の武器を使う気配がない見るや、パニックが声を張り上げる。

「怯むな! ヤツは端末を展開している間は、回避も防御も一切出来ん! ヤツを叩き落とす好機だぞ!」
「よし、ならば任せろ! 食らえ! アトラス地球投げ!」

 鉄腕アトラスは地球の形をした鉄球を取り出すと、セシリアめがけて投げつける。咄嗟にビットを戻して瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い離脱するセシリアだが、ロケット弾やレーザーがセシリアめがけて一斉に放たれる。

「さあ小娘よ、踊れ踊れ! これがGODが誇る死の舞踏だ! いつまで逃げられるかな!?」
「これしきで、やられは……!」

 セシリアは怪人達の猛攻を回避してレーザーライフルを撃ち返し、偏向射撃を絡めて反撃する。怪人たちも一歩も引かずに飛び道具で反撃して真っ向からの撃ち合いとなる。もう一度鉄腕アトラスが鉄球を投げるとセシリアは大きく動いて回避するが、その隙に鉄腕アトラスは両手を組んでしゃがみ、足をかけたヘラクレスを高々と上に飛ばす。逃げ場を防ぐようにレーザーとロケット弾が放たれ、ヘラクレスはセシリアの頭を叩き潰そうと急降下しながら右手に持った棍棒を振り上げる。

「クルーザーアタック!」

 しかし仮面ライダーXを乗せたクルーザーがヘラクレスを撥ね飛ばし、ヘラクレスは大きく吹き飛ばされて空中で爆発する。クルーザーは旋回して地上に降り立ち、仮面ライダーXは怪人達の前に立ちはだかる。

「Xライダーある限り、GODの好きにはさせん!」
「おのれXライダー! ネプチューンの仇だ! 我らの恨み、晴らしてくれる!」

 怪人達は一斉に飛びかかるが、仮面ライダーXは慌てずライドルの柄に右手をかける。

「ライドルホイップ!」

 ベルトから引き抜くとライドルは『ライドルホイップ』となり、仮面ライダーXはパニックとミノタウロスにライドルホイップを掲げて突っ込んでいく。

「X斬り!」

 ライドルホイップを『X』の字を描くように斬りつけるとパニックとミノタウロスの身体が両断され、少しした後に爆発する。メドウサとキクロプスがレーザーを発射しようとすると、仮面ライダーXはライドルのスイッチを再び操作する。

「ロングポール!」

 ライドルが『ロングポール』に変形すると、仮面ライダーXは中央を持って風車のように回転させる。

「ライドルバリア!」

 メドウサとキクロプスが放ったレーザーはライドルに当たった途端跳ね返り、メドウサは額に、キクロプスは単眼に跳ね返ったレーザーが直撃して悶絶する。仮面ライダーXはロングポールを更に伸ばすと棒高跳びの要領で跳躍し、またしてもライドルのスイッチを押す。

「ライドルスティック!」

 ライドルをライドルスティックに変形させて急降下し、メドウサの上から大上段に構えて振りかぶる。

「ライドル脳天割り!」

 仮面ライダーXはライドルスティックをメドウサの頭に振り下ろす。脳天を強打されたメドウサは倒れ込み、爆発して消え去る。仮面ライダーXの攻撃は終わらず、ライドルをライドルホイップに変形させてキクロプスの単眼にライドルホイップを突き入れ、スイッチに手をかける。

「エレクトリックパワー!」

 直後に高圧電流が流し込まれ、キクロプスの身体から火花が飛び散る。キクロプスは渾身の力で仮面ライダーXを突き飛ばしてライドルホイップを引き抜くが、セシリアがビームを集中させ、傷口からビームがキクロプスの内部に到達する。流石のキクロプスも耐え切れずに上半身が内側から爆発して吹き飛ぶ。鉄腕アトラスは鼻から毒矢を放つが、仮面ライダーXはライドルホイップで全て斬り捨てる。

「Xライダーめ! これならどうだ! アトラス小地球!」

 鉄腕アトラスは人間の頭ほどの鉄球が先端に付いた鎖分銅を持つと、振り回して仮面ライダーXにぶつけようとする。仮面ライダーXはライドルをライドルスティックに変形させ、鉄球を横に払って弾き飛ばす。

「ならば! アトラス大地球!」
「その手を使ってくる事など、最初から織り込み済みだ!」

 仮面ライダーXは鉄腕アトラスが逆立ちした瞬間に跳躍して地震から逃れる。空中でライドルスティックを用いて大車輪を決め、空中で『X』字の体勢になる。

「Xキックなど打たせるか! 叩き落としてやる! アトラス地球投げ!」

 鉄腕アトラスは地球を模した鉄球を仮面ライダーXに投げつける。仮面ライダーXは構わず右足を向けて飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」

 仮面ライダーXの蹴りは鉄球に炸裂し、鉄球は鉄腕アトラスめがけて猛スピードで飛んでいく。鉄腕アトラスは跳ね返ってきた鉄球を受け止められずに吹き飛ぶ。仮面ライダーXはエアジェットを噴射して鉄腕アトラスに急接近すると、腑抜けた鉄腕アトラスを無理矢理引っ張り起こして抱え上げる。そして鉄腕アトラス共々跳躍するや右腕を取る。

「ライダーハンマーシュート!」

 仮面ライダーXは一本背負いの要領で鉄腕アトラスを地面へと投げ飛ばす。鉄腕アトラスは勢いよく地面に叩きつけられ、少し経つと動かなくなって爆死する。仮面ライダーXは着地して神経を研ぎ澄ます。上空で索敵していたセシリアがゆっくりと仮面ライダーXの近くに降下し、コンラッドが部下を引き連れて仮面ライダーXに合流する。

「他に反応はございませんわ」
「敵は発見出来ていない。基地のレーダーやセンサーでも、敵は確認されていないそうだ。取り敢えずは状況終了、だな」
「ああ。だがこれで終わるはずがない。一旦基地に戻ろう」

 仮面ライダーXは変身を解除する。まず口元の『パーフェクター』が外れ、顔面を覆う『レッドアイザー』が半分ずつ外れて素顔が晒される。最後に強化服が解除されて青いジャケットに青いジーンズを着用した神敬介の姿に戻る。セシリアも『ブルー・ティアーズ』を待機形態のイヤーカフスに戻し、ISスーツの上にIS学園制服が形成される。コンラッドもヘルメットのバイザーを上げて兵員輸送車に乗り込む。敬介はクルーザーに跨がり、セシリアが後ろに乗ると基地へと向けて走り出す。
 SPIRITS第5分隊が間借りしている国防軍基地に到着すると、敬介とセシリアは司令室に顔を出す。先に戻ったコンラッドも司令室におり、モニターに映し出された中国地方の地図を眺めている。敬介はコンラッドの横に立つと口を開く。

「コンラッド、GODのアジトは割り出せそうか?」
「いや、まだだ。通信を傍受させているが、暗号解読には時間がかかりそうだ。逆探知も進めさせているが連中も馬鹿ではない。割り出すのも簡単ではないな」
「そうか、こちらもしばらく迎撃に徹する他ないか。『キングダーク』や『RS砲』の生産工場を発見出来ればいいんだが」

 地図を眺めながら敬介とコンラッド思案する。セシリアも暫し考え込んでいたが、敬介はセシリアに一度向き直る。

「セシリア、こちらも動くに動けないから、今の内に休んでいてくれ」
「いいえ、そうは参りませんわ。敬介さんやゲーレン分隊長がお休みになられていないのに、私ばかりが休む訳には参りませんもの。お二人こそ、少し休まれた方がいいのでは?」
「ありがとう、セシリア。けど俺は大丈夫さ。俺は普通の人間より頑丈で、簡単には疲れない。嵐の海に放り出された時に比べたら、このくらい平気さ」
「あまり人間を見くびらないことだな、セシリア・オルコット。俺はこれでも元アメリカ海兵隊員(マリンコ)だ。代表候補生とはいえ、新兵(ルーキー)に毛の生えたヒヨッコに気遣われるほど落ちぶれちゃいない」
「もう! そういう問題ではありませんわ! 私は二人とも無理をなさるから心配しておりますの。敬介さんは勿論、ゲーレン分隊長も部下のことも考えて、休める時にはゆっくりと紅茶をたしなむなり、泥み……コーヒーを飲むなりして、きちんと休むべきですわ。ましてや、今は怪人が敵という異常な状況。指揮官が率先してリラックスしなければ、部下の緊張が増して休めず、かえって効率が落ちますわ」
「まったく、UKの人間には敵わんな。分かった、少し休むとしよう。ただし、俺はここで休む。それならばいいだろう?」
「ええ。私もここで休みますので」
「俺も休んでいくか。コーヒーや紅茶はセルフサービスだけど」

 結局折れたコンラッドと敬介は司令室の隅に移動し、セシリアと共に椅子に腰かける。敬介とコンラッドはコーヒーを入れにいく。セシリアも立ち上がろうとするが、横からティーカップに入った紅茶が差し出されると反射的に受け取って口に含む。

「このマスカテルフレーバー、パンジェンシー……ダージリンのセカンドフラッシュ、水も硬度が低いものが使われておりますわね。ですが日本、それも軍事基地にダージリンのセカンドフラッシュがあるとは思いませんでしたわ」
「当然です。私がセシリア様のため、特別に本国から取り寄せてご用意したのですから」
「そう……ありがとう、チェルシー。流石はオルコット家に仕える……え?」

 ごく自然に答える少女の言葉にセシリアはいつも通り称賛するが、明らかにおかしいことに思い至る。自分の隣から聞こえてきたのは、幼馴染みでもある専属メイドの声だ。しかし彼女は現在オルコット家の屋敷にいる筈だ。呉にある国防軍基地にいる訳がないのだ。
 恐る恐るセシリアが首を向けると、視線の先には自分の専属メイドがごく自然に控えている。見間違える筈がない。しばらく思考が停止していたセシリアだが、やがて驚愕の表情と共に声を上げる。

「チェ、チェルシー!? どうしてここに!?」
「私がセシリア様の専属メイドだからです」
「そういう問題ではありませんわ! 大体どうやってこの基地に……!」
「それは俺から説明する」

 セシリアはなぜか基地にいたチェルシー・ブランケットにツッコミを入れるが、敬介と共にコーヒーの入った紙コップを持って戻ってきたコンラッドが割り込む。

「チェルシー・ブランケットは現地で第5分隊に志願してきてな。隊長に連絡を取ったんだが、危険を承知で志願してきたのなら俺も隊長も断る理由もない。彼女の話では許可は取ったそうだが、お前は知らなかったらしいな。最低でも事前に連絡を受けていたと思っていたんだが」
「知らないも何も、寝耳に水とはこのことですわ! 私がこちらにいると、だれから聞いたんですの!?」
「はい、インターポールに在籍している兄やケビン様からお聞き致しました」

 セシリアの追及にチェルシーはさらりと答えてのける。チェルシーの兄であるジェームス・ブランケット、セシリアの従兄弟にあたるケビン・オルコットはどちらもICPO(国際刑事警察機構)、インターポールの捜査官だ。SPIRITSは国際IS委員会とインターポールの指揮下にある。なのでジェームスやケビンがセシリアがどの分隊と、どの地域で戦っているか把握しているのは納得いくが、身内とはいえ民間人に過ぎないチェルシーに教えるのはどうなのだろうか。

「兄もケビン様も、セシリア様を心配しておりましたので。私にセシリア様の様子を見てきて欲しくて、善意で教えてくれたのでしょう」
「……まさか、いつものように『お願い』したのでは?」
「いいえ、とんでもない。私はただ兄とケビン様がお酒の飲み過ぎて、私に抱き着いてきたことを大木カツミ様のお耳に入れたい、とお話し申し上げただけです」
「それは『善意』ではなく、『脅迫』というものですわ!」

 チェルシーがとんでもないことを口にすると、セシリアはまたしてもツッコミを入れる。チェルシーの実家ブランケット子爵家はオルコット侯爵家の分家筋にあたる。チェルシーの父はブランケット家を出た後、セシリアの祖父ジョナサンに拾われてオルコット家のランド・スチュワートを務めている。チェルシーもセシリアとは幼い頃からの付き合いなのだが、チェルシーはオルコット家の人間の弱味を握る機会が多く、たまにそれを使って『お願い』することもあった。例外はセシリアと豪快で細かい事は気にしない母親のリサ、人格者で握るべき弱味が見つからなかった父親のジョージくらいとはチェルシーの言だ。最早呆れるしか出来ないセシリアと対照的に、チェルシーは続けて敬介に向き直る。

「神敬介博士、ですね? お初にお目にかかります。私はセシリア様の専属メイドをしている、チェルシー・ブランケットと申します。お話はセシリア様や今は亡きリサ様、ジョージ様から聞いておりました」
「そうか、君がチェルシー・ブランケットか。話はセシリアから聞いているよ。それと、そんなに固くならなくていい。俺は一介の海洋学者だし、今は……」
「報告します! 島根県沖に不審船が航行しているのが確認されました! 付近には潜水艦が探知されたと!」
「GODめ、動き出したか! コンラッド、第5分隊を出撃させてくれ。セシリア、一緒に先行するぞ!」
「承知している!」
「分かりましたわ!」

 基地要員から報告を受けるや敬介、コンラッド、セシリアは飲み物を一気に飲み干して立ち上がる。基地全体にアナウンスが鳴り響くとコンラッドは司令室を飛び出していく。セシリアと敬介も駆け出そうとするが、チェルシーが呼び止める。

「セシリア様、ティータイムのお菓子にはスコーンをご用意しておきます。どうか、スコーンが冷めてしまわない内にお戻りを」
「ありがとう、チェルシー。ティータイムまでには必ず戻ってきますわ」

 チェルシーの気遣いと激励が籠った言葉に、セシリアは笑顔で頷くと敬介と共に基地の外へ飛び出していく。敬介はクルーザーに乗り込むと両手を突き上げた後に広げ、セシリアも左耳のイヤーカフスに手を添える。

「SET UP!」
「大変身!」

 セシリアが『ブルー・ティアーズ』を緊急展開し、敬介も変身する。敬介はクルーザーのスロットルを入れ、セシリアもスラスターを噴射して島根県へ向かうのであった。

**********

 島根県浜田港。島根県西部の石見地方にあるこの港は、朝鮮半島やロシアとの貿易港として知られている。港に大型船が到達するとタラップが降りる。すると乗り込んでいたGOD機関の神話怪人や戦闘工作員が降りる。浜田港に神話怪人が全員降り立つと、浜田港を占領していたGOD機関の戦闘工作員に迎えられる。

「ジーッ!」

 戦闘工作員が掛け声と共に敬礼すると、怪人達は用意されたサイドカーの側車に乗ろうとする。だがビームがサイドカーを撃ち抜くとサイドカーは次々と爆発し、運転席に乗った戦闘工作員が吹き飛ばされる。ビームは戦闘工作員を次々と撃ち抜き、怪人達にもビームが直撃して動きが止まる。そこにクルーザーに乗った仮面ライダーXが突っ込んで怪人達を撥ね飛ばす。仮面ライダーXがクルーザーから降りると、マッハアキレスが声を上げる。

「Xライダー! 俺達の邪魔をするつもりか!?」
「当たり前だ、マッハアキレス! 俺の命ある限り、貴様らの野望は叶わん!」
「黙れ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ! 貴様の血で、GODの栄光を赤く染めてやる! 食らえ! プロメテスナパーム!」

 火焔プロメテスは背中から『プロメテスナパーム』を取り出して投げつけるが、仮面ライダーXは跳躍して回避する。続いて怪人たちは一斉に仮面ライダーXに挑みかかる。

「ライドルスティック!」

 仮面ライダーXはライドルをライドルスティックに変形させると、先頭のマッハアキレスに突き入れて怯ませる。続けてライドルスティックを振り回し、怪人達の身体や頭を次々と打ち据える。しかしケルベロスが突っ込んでくると、仮面ライダーXは地面を転がって距離を取る。

「Xライダー! 体内に5万ボルトの電流を蓄電した俺には触れられまい!」
「ならば……ライドルロープ!」

 仮面ライダーXを嘲りながら接近するケルベロスだが、仮面ライダーはライドルのスイッチを操作する。ライドルをライドルロープへ変形させてケルベロスの首に投げつけて絡めると、ケルベロスを振り回して他の怪人に打ち当て、感電させた後に海に放り投げる。ケルベロスは高圧電流がショートし、水柱を上げながら爆発して果てる。
 アルセイデスが口から人間を木化するガスを放つが、仮面ライダーXはライドルをライドルスティックに戻して両手で持って前に突き出す。

「ライドル風車!」

 ライドルを風車のように高速回転させてガスを押し戻して怪人達の視界を塞ぐと、仮面ライダーXは跳躍して大車輪を決めて飛び蹴りの体勢に入る。

「X!」

 一撃目の飛び蹴りでキャッティウスの胴体を蹴り抜くと、反動で再上昇してライドルスティックを回収する。そのままもう一度大車輪を決めて飛び蹴りを放つ。

「二段キック!」

 二撃目の蹴りがサラマンドラの頭を蹴り砕くと仮面ライダーXは着地する。突き出されたユリシーズの剣をライドルスティックで払い除け、死神クロノスの『クロノス地獄鎌』と打ち合い始める。

「これを受けろ! Xライダー! 超能力オカルトス!」
「チィッ、身体が……!」

 するとオカルトスが仮面ライダーXを念力で金縛りにし、動きを封じる。金縛りから抜けられない仮面ライダーXにキマイラが口から火炎を吐きかけ、その身を焼く。

「敬介さんはやらせませんわ!」

 しかしGOD戦闘工作員を全滅させたセシリアがオカルトスに狙いを定める。ビットからのビームでオカルトスを滅多撃ちにし、ビームをねじ曲げてキマイラに集中させる。キマイラが口を閉じきる前にビームを叩き込み、頭部が吹き飛ばれたキマイラは爆死する。続けてマッハアキレスをねじ曲げたビームの鳥籠で追い込むと、仮面ライダーXに声を張り上げる。

「敬介さん、今ですわ!」
「ありがとう、セシリア! 行くぞ! 真空地獄車ぁ!」

 仮面ライダーXは動きが止まったマッハアキレスを捕まえ、胸の『マーキュリー回路』の出力を最大にする。もがくマッハアキレスを無理矢理抱えて高々と飛び上がり、急降下してマッハアキレスの頭をアルセイデスに叩きつける。さらにエアジェットで再上昇してユリシーズ、オカルトス、ヒュドラー、死神クロノスにもマッハアキレスの頭を叩きつける。最後にマッハアキレス共々車輪のように地面を高速回転し、頭を数回叩きつけた後に上に放り投げる。仮面ライダーXはマッハアキレスを追って跳躍すると両目を紅く光らせる。

「Xキック!」

 背面から飛び蹴りをまともに食らったマッハアキレスは爆死し、アルセイデス、死神クロノス、ユリシーズ、オカルトスも頭を砕かれて爆発する。しかしヒュドラーのみ頭部が再生し、爆発することなく起き上がる。

「無駄だ! ヒュドラーの頭はいくらでも再生させられると忘れたか!?」
「ならば、私が胴体を焼き払って差し上げますわ!」

 セシリアがまずビームでヒュドラーの頭部を消し飛ばすと、すかさず偏向射撃で一度ヒュドラーの真上にビームを集中させる。収束されたビームは首から侵入してヒュドラーの身体を内部から焼き払う。流石のヒュドラーも内部へのビームに耐え切れなかったのか、頭部を再生出来ずに爆発する。
 残る火焔プロメテスはプロメテスナパームを投げつけるが、仮面ライダーXはあっさり回避する。セシリアはビットからのビームでプロメテスナパームを撃ち抜き、背後に装備されたプロメテスナパームをねじ曲げたビームで撃って爆発させて火焔プロメテスを吹き飛ばす。セシリアは油断なくハイパーセンサーに意識を集中させ、敵襲に備える。案の定、隣の埠頭に潜水艦が一隻浮上し、中から怪人と戦闘工作員が降りてくる。ハイパーセンサーで怪人と従えている戦闘工作員の服装、潜水艦を捉えるとセシリアは絶句する。

「あれは『Uボート』に、ナチス時代の軍服、それに……!」
「ヒトデ! ヒットラー!」

 潜水艦が第二次世界大戦中にドイツ軍が使っていた『Uボート』、戦闘工作員の服装がナチスドイツの軍服、そして怪人がヒトデとナチスを率いたアドルフ・ヒトラーとヒトデを組み合わせた怪人であったからだ。万が一ヨーロッパに出現していた場合、間違いなく色々な意味で国際問題になりそうな怪人に唖然とするセシリアだが、上空から飛来してきた怪人の攻撃をすぐ回避する。海からも数体の怪人が上陸してくると仮面ライダーXはライドルを構え直す。

「敬介さん、この怪人たちは!?」
「GODの戦力は神話怪人だけじゃない。こいつらがGODの『悪人軍団』だ!」

 現れたのは『悪人怪人』により編成された『悪人軍団』だ。ヒトデとヒトラーを組み合わせたヒトデヒットラーが指揮棒を突き出すと、戦闘工作員が手に持ったマシンガンを乱射してくる。レーザーライフルを撃ち返し、沈黙させたセシリアに先ほど上空から襲いかかったジンギスカンコンドルが再び強襲をかける。

「食らえ! ジンギスカンファイヤー!」
「ギロチンハットを受けてみろ!」

 ジンギスカンコンドルが口から火炎を吐き、カブト虫ルパンが『ギロチンハット』を投げつけて追撃する、セシリアはスラスターを動かして回避しながら、レーザーライフルでジンギスカンコンドルとカブト虫ルパンを攻撃する。

「セシリア!?」
「貴様の相手はこちらだ! トマホークを受けろ!」
「貴様を釜茹でではなく、八つ裂きにしてやる! 死ね! Xライダー!」
「貴様の仲間共々、楽に死ねるとは思わない事だな!」

 セシリアの救援に赴こうとする仮面ライダーXだが、サソリジェロニモがトマホークを投げ、ガマゴエモンが斧と組み合わせた槍を構えて突っ込み、ヒトデヒットラーが体当たりを仕掛けてくる。仮面ライダーXはライドルスティックでトマホークを叩き落とし、ヒトデヒットラーを踏み台にして跳躍すると、着地してガマゴエモンと互いの得物を使い激しく打ち合う。やがてライドルスティックが槍を弾き飛ばすと、仮面ライダーXはライドルをライドルホイップに変形させて懐まで踏み込む。

「X斬り!」

 『X』の字を刻み込むように斬撃を加えると、ガマゴエモンの身体は寸断されて爆発する。続けてライドルをライドルスティックに変形させて跳躍し、一度大車輪を決めて方向転換すると渾身の力でライドルスティックをサソリジェロニモに突き入れる。

「ライドルアタック!」

 同時にサソリジェロニモに高圧電流が流し込まれ、サソリジェロニモは悶絶した後に爆発する。仮面ライダーXはライドルスティックをセシリアに投げる。

「セシリア、使え!」
「ありがとうございます!」

 セシリアはレーザーライフルを格納してライドルスティックを空中で受け取ると、火炎放射を『ライドル風車火炎返し』の要領で押し返して逆にジンギスカンコンドルの身体を焼く。背後からカブト虫ルパンがギロチンハットを投げてくるとセシリアは上昇してギロチンハットを回避し、ギロチンハットはジンギスカンコンドルの首を両断する。ならばとカブト虫ルパンはレイピアを取り出してセシリアに向かうが、セシリアは左手に近接ショートブレード『インターセプター』を呼び出し、右手に持ったライドルのスイッチを押してライドルホイップへ変形させる。

「私にサーベルを向けてくるとは、その精神には敬意を表しましょう」
「ぬかせ! このカブト虫ルパンに、フェンシングで敵うものか!」

 カブト虫ルパンは激昂して力任せにレイピアでセシリアに突きかかる。セシリアはインターセプターでレイピアを防ぎライドルホイップで突き返し、カブト虫ルパンとセシリアは激しく突きや斬りの応酬を続ける。やがてインターセプターがカブト虫ルパンのレイピアの突きを横に流す。胴体ががら空きになるとセシリアはスラスターを一気に噴射し、渾身の突きを放ってカブト虫ルパンの胸を貫く。カブト虫ルパンは信じられないと言いたげな顔をするが、すぐに地面に落下して爆発する。

「貴族たるもの、フェンシングは嗜むもの。この程度ではバロネス叔父様の足下にも及びませんわ」

 セシリアはライドルホイップを仮面ライダーXに投げて返す。
 最後に残ったヒトデヒットラーはUボートに乗り込むが、駆け付けたSPIRITS第5分隊がありったけの火力をUボートに叩き込む。セシリアもミサイルビットも含めた6基全てのビットを展開し、集中砲火を浴びせるとUボートは沖合に出る前に炎上して爆発四散する。ヒトデヒットラーは往生際悪く単身海に飛び込むが、仮面ライダーXもまた海に飛び込んで後を追う。

「バカめ! 渦巻き地獄を受けるがいい!」

 ヒトデヒットラーは渦潮を起こして仮面ライダーXを拘束すると、電気ヒトデを飛ばして攻撃しようとする。だが仮面ライダーXはエアジェットを噴射して渦潮から逃れ、ヒトデヒットラーの背後に回り込んで羽交い締めにする。もがくヒトデヒットラーを押さえこんだまま仮面ライダーXはエアジェットで上昇を開始する。

「ヒトデヒットラー、俺が『カイゾーグ』だと忘れたか?」

 悪あがきを続けるヒトデヒットラーに冷たく言い放った直後、仮面ライダーXが胸のマーキュリー回路を起動させる。

「真空……地獄車!」

 仮面ライダーXは海中から飛び出すと、空中でヒトデヒットラーを抱えたまま車輪のように高速回転して遠心力をつける。回転の速さと強烈な遠心力で抵抗出来なくなったヒトデヒットラーを上に放り投げ、エアジェットで再上昇して追い付く。

「地獄車キック!」

 最後にキックを放つとヒトデヒットラーはその場で爆死し、仮面ライダーXはクルーザーを呼び出してスロットルを入れる。
 一方のセシリアはSPIRITS第5分隊と合流しようとするが、ハイパーセンサーが民間人らしき者の姿を捉えるとスラスターを噴射してそちらに向かう。そして部外者の前にゆっくりと着陸する。部外者は白い服に黒い手袋を嵌めた青年だ。傍らにはバイクが一台停めてある。

「ここは民間人が妄りに立ち入って良い場所ではありませんわ。避難命令は聞いておりませんでしたの?」
「失礼。君が戦っている姿を見ていたら予想外に時間が経ってしまってね。すぐに退散するよ。では、ごきげんよう」

 青年は謝罪しつつもどこかキザな態度でセシリアに一礼し、バイクに乗ってヘルメットを被ると走り去っていく。青年の態度に引っ掛かりを覚えるセシリアだが、遅れて仮面ライダーXが駆けつけると向き直る。仮面ライダーXが変身を解除するとセシリアも『ブルー・ティアーズ』を待機形態に戻す。

「セシリア、どうしたんだ?」
「民間人らしき方がこちらにいたので。もう行ってしまいましたが」
「民間人?」
「ええ。白い服に黒い手袋を両手に嵌めていて。見た目の年齢は敬介さんと同じくらいで、どこか変わっているというか、キザというか……」

 すると敬介の顔色が一変する。

「セシリア、その男に何かされなかったか!?」
「いえ、別に何も……ですが、なぜそんなことを?」
「そいつは十中八九、俺たちの敵だ。それもかなり強大な」
「敵って、まさか!?」
「GOD秘密警察第一室長にして、『GODの殺人マシーン』とまで言われた男。その名はアポロガイスト。君がさっき遭遇したのは、恐らくヤツだ」

 敬介は驚きを隠せないセシリアを尻目に、青年ことアポロガイストが去った方向をしばらく睨み付けていた。

**********

 夜。島根県沖の海底。そこにはGOD機関が本拠地としている巨大な海底基地『第3アポロン宮殿』が鎮座している。破壊された2つのアポロン宮殿に代わる新たな大規模基地として建造が進められながら、完成直後にGOD機関が壊滅した事で使用されずに終わった施設だ。それでもGOD機関の残党が拠点としていたこともあり、GOD機関最高司令官の呪博士を筆頭としたGOD機関の首脳部および戦力が復活すると残党と合流、現在は中国地方での作戦遂行に当たっている。
 第3アポロン宮殿最深部にある総司令室に立ち入れるのはGOD機関でも最高司令官の呪博士を含めて僅か二人しかいない。総司令室内部では呪博士がGOD機関の紋章の前で畏まって控えている。同時にGとDの文字の中に埋め込まれたランプが点滅し、総司令室内に声が響き渡る。

『呪博士、もう一度確認する。お前は南原光一博士の記憶を「呪ステーション」から自分の脳にインストールしようとした結果、南原博士の記憶が拒絶反応を起こして保存されていたデータが破損・消滅した、というのだな?』

「ははっ、おっしゃる通りでございます。ですが私にはまだ考えが……」

『馬鹿者! あれだけ丁寧に扱えと言っておいたものを、消滅させるとは何事だ!』

 呪博士が恐る恐る答えると、声の主は呪博士を一喝する。

『「RS装置」の復元が完了し、キングダーク3号機、すなわちキングダーク量産計画により誕生した量産試作機への搭載は完了している。続く量産機も数を揃えてハイセリウムエンジンさえ積み込めば、世界を容易く焼け野原に出来る。しかしRS砲の完成には完全なRS装置の製造法、すなわち南原博士の記憶が必要不可欠なのだ! それをおめおめと失わせるとは!』

「も、申し訳ございません総司令! ですが既に手を打ってあります。南原博士がRS装置を開発する上で最も難航し、我々がRS装置を製造する上で最も困難なのは、発生したエネルギーの制御です。そしてRS装置のエネルギー制御にはあの男、神啓太郎が開発した『パーフェクター』の技術が応用されております。すなわち、神啓太郎の記憶をインストールしてパーフェクターの技術を解明してしまえば、RS装置の製造も可能になりましょう」

『ふむ、どのようにして神啓太郎の記憶をインストールするのだ?』

「ははっ、回収した『神ステーション』の記憶データは呪ステーションへ移植し、バックアップも取ってあります。今度は少しずつ私の脳にインストールしていけば、恐らく拒絶反応も起きないかと」
「お言葉ですが総司令、呪博士の脳は神啓太郎の記憶をインストールするには不適切であると私は考えます」

 呪博士が腹案を話していると、白い服に黒い手袋を両手に嵌めた青年が姿を現して異議を唱える。呪博士は舌打ちしながらも振り向く。

「何のつもりだ? アポロガイスト。私は総司令と大事な話をしている最中なのだ」
「呪博士、私はあなたに話しているのではない。総司令に話しているのだ」

 青年の名はアポロガイスト。GOD秘密警察第一室長にして、呪博士と並んで総司令室に出入りすることを許された者である。アポロガイストは総司令直属として怪人の監察などに当たっており、立場こそ呪博士の方がが上だがその指揮系統からは独立している。呪博士もアポロガイストにあまり良い感情を抱いていないが、総司令は違うようだ。

『アポロガイスト、どういう意味だ? 話してみろ』

「はい。南原博士の記憶データが消滅したのは南原博士の記憶データの一部、すなわち南原光一の人格に相当するデータが呪博士に取り込まれることを拒否したことが原因です。ゆえにインストール途中で大量のデータがシャットアウトされ、残りのデータも連鎖反応的に破壊されたものと推測されます」

『では、どうすればいいと考えているのだ?』

「インストール先を呪博士から別の被験体、それもGODではない者から選ぶ必要があるでしょう。まず人格関連のデータを被験体にインストールして脳に馴染ませ、数回に分けて残りの記憶をインストールすれば失敗は防げる筈です。そして、被験体には優れた脳の持ち主を選ばなければなりません」

『ならばアポロガイスト、よく検討しておくように。もし実行に移すのであれば、被験体の選定や実行をお前に任せる』

「分かりました」

『呪博士、私はお前を見込んでGODの全て、すなわちGOD最高司令官の地位と権限を渡したのだ。お前が無能であるというのなら、私も考え直さなければならない。くれぐれも肝に命じておくように』

「はっ、確かに」

 呪博士が答えた直後、ランプの点滅が消えて声が聞こえなくなる。呪博士とアポロガイストは総司令室を出る。

「アポロガイスト、当てはあるのか?」
「いくつか心当たりはあるが、まだ決まった訳ではない。あなたに名案があればいいのだが」
「フン、口の減らないヤツだ。私は研究室に籠る必要がある。会合はお前が代わりに出ろ」

 呪博士はそそくさと立ち去り、アポロガイストも倒された怪人を再生させるラボへ向かう。そこには復活したばかりの神話怪人や悪人怪人がたむろしていたが、アポロガイストを見るなり、露骨に嫌そうな顔をする。しかしアポロガイストは超然とした態度で口を開く。

「こんなところで何をしている? 再生が済んだのなら、さっさと持ち場に戻れ。明日にでも再出撃だ」
「一々命令するな! お前に命令される筋合いはない!」
「俺達は悪人軍団だ! どうして呪博士直属の俺達が、お前に命令されなければならんのだ!?」
「フン、悪人軍団と言ってもXライダーと小娘一人倒せず返り討ちに遭ったではないか。相変わらず口先だけは達者だな」
「なんだと!?」

 神経を逆撫でするアポロガイストに怒り狂ったジンギスカンコンドルがつかみかかるが、アポロガイストは手を払いのける。胸ポケットからハンカチを取り出して掴まれた箇所を払うように拭く。

「お前たちも気を付けるんだな。役に立たんものを何回も復活させてやるほど、GODも甘くはない」

 最後に言い捨てるとアポロガイストはラボを出て、各組織間で行われる通信での会合に出るべく司令室へ向かうのであった。



[32627] 第四十六話 暗躍
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5b9478ff
Date: 2013/09/14 17:40
 セシリアがアポロガイストと遭遇した翌日の朝。国防軍基地ではセシリアや敬介、それにSPIRITS第5分隊が朝食を採っていた。と言っても、パンにベーコンエッグというシンプルなものだ。セシリアがチェルシーの入れた紅茶を飲んでいると、SPIRITSの隊員がセシリアとチェルシーを見ながら話し始める。

「しかし、代表候補生だけあって結構美人だな。第1分隊や第3分隊、第4分隊には悪いが、眼福ってのはこのことだ」
「あのメイドの方も中々の上玉だと思わないか? 第4分隊のダチには悪いことしちまったな」
「おいおい、口説こうってのか? やめとけよ。お前と代表候補生とじゃ、いくらなんでも釣り合わねえよ。生半可な男じゃ、色々な意味で不足だろうよ」
「IS乗りは面倒臭い女ばかりだって、お前も経験的に分かってるだろ? ましてや相手はイギリスとはいえ、ブロンドだ」
「それにオルコット侯爵家と言えば、イングランドでも結構な家格の貴族だからな。なにせ遡れば10世紀中頃のスコットランド王家にまで行き着く上、一度は権力闘争に敗れてイングランドに亡命したにも関わらず、遺された娘のアンがスコットランド時代のコネを最大限に駆使して『ステュアート朝』の成立に貢献し、その功績から女ながら侯爵となり、時代が下って一人娘のメアリーがイングランドとスコットランドの同君連合に、孫のシェリーがグレートブリテン王国成立に寄与したことから、イングランド貴族では例外的に女系での継承を認められている家だ。そんな女傑揃いの家の女に手を出す者は、UKにも中々いない。もっとも、度胸のある変わり者もいるから血統が繋がっているのだがな」
「流石はイングランド伯爵家の三男坊だな、ジョン。そんなお前がSBSに入った挙げ句、SPIRITSに出向するなんて世の中分からねえもんだ」
「あのな、ヨーロッパでも大陸の方は知らないが、UKでは貴族なんて割に合わない身分なのさ。本当に裕福な貴族はオルコット侯爵家くらいさ。UKでも屈指の企業集団『オルコット・グループ』のオーナー一族だからな。それに比べてこちらは食うのがやっと、すぐ上の兄貴はやっぱり家を出てSASに入ったよ」
「おいおい、兄貴はSASでお前はSBS。家の中はお前と兄貴のせいで殺伐としてるんじゃないか?」
「それはそれ、これはこれで割り切ってるさ。むしろ双子なのに『ネイビーシールズ』と『デルタフォース』に行ったお前ら兄弟の方が驚きだ。お前の兄貴は第4分隊だったな?」
「ああ。今ごろバーキン分隊長にこってり搾られてるだろうよ」

 隊員の何気ない会話を聞きつつセシリアは紅茶を飲み終え、コンラッドは敬介、セシリアと共に基地司令室へと向かう。暗号通信解読に当たっていた隊員がコンラッドに敬礼し、報告する。

「隊長、暗号通信の解読と逆探知に成功しました。内容はGODの『キングダーク量産計画』に必要な資材の調達及び輸送要請、そして発信先、つまりキングダーク生産工場の位置はこちらです」

 隊員が手近にあるキーボードを操作すると地図がモニターに表示され、司令室正面にあるスクリーンにも表示される。

「GODめ、広島にも生産工場を設けていたとはな。だが、好き勝手にさせるわけにはいかない。行こう。まずは広島のキングダーク生産工場を叩くんだ」

 敬介が地図にポイントされた箇所を見て言うと、コンラッドとセシリアもまた頷いて司令室を出る。
 こうして、敬介たちとGOD機関のキングダーク量産計画をめぐる、熾烈な攻防戦の幕が開いた。

**********

 広島県廿日市市。『厳島神社』を抱えるこの街も市民の避難は完了し、市街地はひっそりと静まり返っている。猫の子一匹いる気配はない。街外れには廃工場に偽装されたキングダーク生産工場が存在する。
 工場ゲート前にトラックが数台やってくる。先頭のトラックが停車すると、運転席からGOD戦闘工作員が降りてゲートを開く。再び戦闘工作員がトラックに乗ると廃工場の中に入っていく。最奥にある建物内に入ると、トラックは車両用エレベーターに乗り、まず先頭のトラックが地下に降ろされる。残りのトラックも順次エレベーターで降ろされ、全てのトラックが地下にあるキングダーク生産工場へ到着する。今度はトラックに乗った戦闘工作員が全員降り、警備の戦闘工作員がトラックに乗り込んで奥へ入っていく。

「ジーッ!」

 戦闘工作員は敬礼を交わし合うと工場へと入っていく。工場内では組み立て前のキングダークの腕や足、胴体、頭部が鎮座している。上から吊り下げられた機械のアームが動き、部品を掴んでは接続や溶接を繰り返し、組み立ての行程を消化している。工程を見てトラックに乗っていた戦闘工作員が口を開く。

「ところで、RS装置の組み立ては? 資材はもう届けたんだが」
「うむ、こっちだ。お前たちが届けてくれた資材のお陰で、製造が再開出来そうだ」

 生産工場施設にいた戦闘工作員が答えると、最深部にある工場ラインへ案内する。ラインではキングダークの他の部位と同じようにRS装置が乗せられている。戦闘工作員が言った通り資材が足りなかったのか、天井から吊り下げられたアームは動いていない。ふと、工場側の戦闘工作員は、ある戦闘工作員に注目する。他の戦闘工作員の体格が良いのに対し、その戦闘工作員は小柄で、体格もどこか女性的で丸い。身体のラインを見れば、胸と尻が女性特有の膨らみを有しているのに対し、腰は括れている。不審に思った戦闘工作員が声を上げる。

「おい、そこのお前。今すぐマスクを外して貰おうか」
「どうしてだ?」
「お前には聞いていない。それより、早く外して貰おうか。それとも、見せられない事情があるのか?」

 別の戦闘工作員がその戦闘工作員を庇うように答えるが、質問した戦闘工作員はもう一度質問する。すると戦闘工作員が沈黙の末にようやく質問に答える。

「それは……出来ない」

 聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で戦闘工作員が答える。しかし声が男性にしては明らかに高い。トラックに乗っていた戦闘工作員は全員偽者だ。生産工場側の戦闘工作員はようやくその事実に思い至る。すぐにステッキを取り出し、剣や槍に変形させるが、侵入者が右足に偽装されていた銃を抜き放ち、戦闘工作員を次々と撃ち抜いていく。他の侵入者は踏み込んで打撃や投げで叩き伏せ、剣や槍を奪うと戦闘工作員を全滅させる。全滅を確認すると侵入者はマスクを取り払い、素顔を晒す。

「流石にバレたか。だが、ここまで来れたなら上出来か」
「ごめんなさい、敬介さん。私がもう少し上手くやっていれば……」
「君のせいじゃないさ。コンラッド、さっさとこいつを破壊しよう」

 戦闘工作員に変装していたのは敬介、セシリア、コンラッドを含むSPIRITS第5分隊の隊員だ。暗号通信を解読した敬介たちはトラックの一団を襲撃し、トラックに乗っていた戦闘工作員から服を奪い、こちらに入り込むことが出来た。トラックの荷台に入っていた資材は処分し、代わりにSPIRITS第5分隊の隊員を乗せてきた。残りの隊員もトラックに取り付けた発信器を探知し、こちらに向かっているだろう。

「行こう、セシリア! 大変身!」
「ええ! おいでなさい、ブルー・ティアーズ!」

 敬介が両手を突き上げた後に右手を左斜め上に突き出し、セシリアは左耳のイヤーカフスに手をかける。 
 一方、生産工場ではアナウンスが鳴り響き、戦闘工作員がRS装置の製造ラインへと集結していく。

「侵入者だ! ただちにRS装置製造ラインに向かい、侵入者を抹殺せよ! だが組み立て中のRS装置と製造ラインには傷をつけるな!」

 リーダー格の戦闘工作員が声を掛けた後、戦闘工作員を突入用意を始める。だが製造ライン内で爆発が発生し、入り口に待機していた戦闘工作員が吹き飛ばされる。

「なんだ!?」
「まさか、間に合わなかったというのか!?」
「その通りだ!」

 戦闘工作員が驚愕の声を上げると、銀色の装甲に身を包んだ騎士がら煙を振り払うように飛び出してくる。続けて乗馬用鞭に似た剣を振るい、戦闘工作員を斬り捨てて突き倒していく。

「くっ!? 馬鹿な!? Xライダーに生産工場を探知されていたのか!?」

 飛び出してきたのはライドルホイップを持った仮面ライダーXだ。歯噛みする戦闘工作員に、今度はビームや銃弾が乱射され、戦闘工作員を撃ち抜いていく。続けて『ブルー・ティアーズ』を装着したセシリアと、ヘルメットのバイザーを下ろしたコンラッドたちが武器を手に飛び出す。一部の戦闘工作員はマシンガンをを浴びせようとするが、仮面ライダーXとセシリアが盾となってその身に受ける。しかし仮面ライダーXと『ブルー・ティアーズ』に、マシンガンなど全く堪えない。逆に仮面ライダーXは銃撃を正面から突っ切り、ライドルホイップで戦闘工作員を切り裂く。セシリアもレーザーライフル『スターライトmkⅢ』を発射し、戦闘工作員を撃ち抜いていく。さらにトラックの荷台に乗り込んでいた隊員も攻撃を開始したのか、生産工場の至るところで爆発音と衝撃が響き渡る。

「よし、手分けしてキングダークの製造ラインを破壊するんだ!」

 セシリア、コンラッドは仮面ライダーXと別れて各製造ラインへと向かう。
 胴体の製造ラインに向かった仮面ライダーXは、戦闘工作員が槍を突き出してくるとライドルホイップで槍を止め、脇に逸らして戦闘工作員の陣形を崩し、スイッチを操作する。

「ライドルスティック!」

 ライドルをライドルスティックへ変形させると、槍を下から跳ね上げた後に横に払い、踏み込んで打撃を打ち込んでいく。背後から突っ込んでくる戦闘工作員にはライドルスティックを突き出し、カウンターで撃退する。戦闘工作員を蹴散らすと仮面ライダーXはパーツや部品を破壊して、一度跳躍すると再びライドルのスイッチを操作する。

「ロングポール!」

 ライドルはロングポールに変形し、仮面ライダーXが横薙ぎに払って振り回すと、アームが次々と破壊される。締めとばかりに仮面ライダーXは胴体に先端を突き入れる。

「エレクトリックパワー!」

 高圧電流が流し込まれ、キングダークの胴体は火花を散らして大破する。仮面ライダーXは最後に製造ラインの機械を全て破壊すると、別の製造ラインへと向かう。
 セシリアは脚部製造ラインに到着すると、一度天井ギリギリまで上昇する。そして4基のビットを展開し、ビームを発射して地上の戦闘工作員を吹き飛ばす。さらに偏向射撃(フレキシブル)でビームの軌道を不規則にねじ曲げ、パーツを撃ち抜く。締めとばかりに脚部にビームを集中させ、内側からビームで焼き払って破壊する。

「脚部は使用不能になりましたか。けれども、二度と使わせないようにしなければ!」

 セシリアはビットをラッチに戻すと、工作機械やコンソールを破壊し、戦闘工作員を蹴散らしながら次の製造ラインへ向かう。
 セシリアが製造ラインを破壊し終えたのと前後し、コンラッド率いるSPIRITS第5分隊も荷台に乗り込んでいた隊員と合流し、腕部製造ラインへ乗り込む。コンラッドはアサルトライフルを呼び出し、他の隊員もカービンやショットガンなどで敵を撃ち抜いていく。戦闘工作員が白兵戦を挑んでくるとコンラッドが右の義足から銃を取り出し、銃身下部に電磁ナイフを銃剣のように取り付ける。槍や剣を掲げて突撃してくる戦闘工作員に銃弾を浴びせつつ、電磁ナイフの刺突を浴びせて息の根を止める。
 戦闘工作員が沈黙するとコンラッドは銃を義足に戻して拳銃でコンソールを破壊し、プラスチック爆弾を製造ラインの至るところに設置して部屋を出る。十分に距離を取ってから起爆スイッチを押すと起爆し、爆発音が響き渡って壁や床に重い衝撃が走る。

「こちらは破壊出来たか。行くぞ、次は頭部だ!」

 SPIRITS第5分隊は戦闘工作員を排除しつつ最後に残った頭部製造ラインに到着する。すでに先客の仮面ライダーXがライドルスティックを縦横無尽に振り回し、セシリアがビットを展開した集中砲火で戦闘工作員を蹴散らし、製造ラインを破壊している。コンラッドたちも横合いから銃撃を浴びせ、戦闘工作員を切り崩す。仮面ライダーXは跳躍し、ライドルスティックを使って空中で大車輪を決めると、キングダークの頭部に飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」

 右足が頭部に突き刺さると一撃で粉砕され、着地した仮面ライダーXはライドルスティックを一度床に突き立てる。そのまま床と平行に大車輪の要領で回り、周囲の戦闘工作員に蹴りを浴びせて一掃する。そこで一際大きな爆発音が響き渡る。

「生産工場を自爆させ、俺たち諸共葬り去ろうという魂胆か。急いで脱出しよう! 残された時間は多くなさそうだ!」
「ええ! 私が出口まで誘導いたしますわ!」

 セシリアが先頭に立って脱出を開始し、コンラッド達と仮面ライダーXがそれに続く。
 先頭に立ったセシリアは車両用エレベーターに到着すると、殺到してくる戦闘工作員をレーザーライフルの連射と偏向射撃で蹴散らし、SPIRITS第5分隊が全員到着してセシリアの援護を開始する。殿を務めていた仮面ライダーXがターンテーブルに乗ると、コンラッドがスイッチを操作してエレベーターは上昇を開始する。地上に到着するとすぐに駆け出し、廃工場の外に出て待機していた残りのSPIRITS第5分隊と合流する。直後、廃工場の地下から大爆発が起こり、廃工場が火柱により吹き飛ばされる。

「命拾いしたな。一歩遅ければ俺たちも同じ運命を辿っていた、ということか」
「コンラッド、次の生産工場に向かおう。まだ完成していない工場が大半だろうが、時間をかければ、完成する量産型キングダークが増えてしまう」

 仮面ライダーXは変身を解かずにクルーザーに跨がり、スロットルを入れて走り始める。セシリアもPICで空に浮かんでスラスターを噴射して続く。コンラッドたちもヘリや兵員輸送車に分乗して次のキングダーク生産工場へと向かう。
 一部始終を隠れて監視していた『GOD秘密警察』の存在と、彼らが通信機で誰かに連絡していることも知らず。

**********

 島根県沖海底にある第3アポロン宮殿。総司令室から程近いGOD秘密警察第一室長室。白い服に黒い手袋を両手に嵌めたアポロガイストが椅子に腰掛けてコーヒーを飲んでいる。しかし所持していた通信機が鳴るとコーヒーカップをテーブルの上に置き、通信に出る。

「私だ」

『室長、XライダーとSPIRITS、それにインフィニット・ストラトスの操縦者は廿日市のキングダーク生産工場を破壊しました。現在は別のキングダーク生産工場に向かっているようです』

「分かった。引き続きXライダーの監視を続けろ。ただし、監視が最優先だ。万が一Xライダーに発見されても離脱を第一に考えろ。交戦は最後の手段だ」

『分かりました。では後程』

 秘密警察の工作員から連絡を受けたアポロガイストは監視を続けるように命令し、通信を切る。再びコーヒーに口をつけるアポロガイストだが、第一室長室のドアが荒々しく叩かれる。アポロガイストはコーヒーカップを持ったまま口を開く。

「入れ。最初から鍵はかかっていない」

 入室を許可するやドアが乱暴に開けられる。入室したクモナポレオンとタイガーネロはろくに挨拶もせず、掴みかからんばかりの剣幕でアポロガイストを詰り始める。

「アポロガイスト! 一体どういうことだ!? 秘匿していたキングダーク生産工場がXライダーに発見された挙げ句、製造中のキングダーク共々破壊されたそうではないか!」
「ほう、早耳だな。こちらにも先程報告があったところだ。Xライダーは次のキングダーク生産工場破壊へ出発したそうだ」
「暢気なことを言っている場合か!? 一刻も早くXライダーを止めなければ、キングダーク量産計画は頓挫してしまうぞ!」
「お前たちに言われなくとも分かっている。今さらとやかく言っても仕方がないことだ。こうなった以上、少しでも被害を少なくすることが肝要だ」
「大体、なぜキングダーク生産工場の場所が発覚したのだ!? 秘密警察は何をしていた!?」
「恐らく、SPIRITSに暗号通信が解読されたのであろう。ならば我々秘密警察でもどうしようもない。すぐに新たな暗号を作ることも出来ない」
「なぜGODの誇る暗号通信が、Xライダーに解読されたんだ!?」
「どのような暗号も完璧ではない。時が経てば、いかに破るのが困難な暗号であろうと、いずれは破られる。それで、お前たちはそんなことを言うためだけにここへ来たのか? 下らないことに時間を費やしている暇があるなら、さっさと生産工場の守備につけ!」

 クモナポレオンとタイガーネロをあしらっていたアポロガイストが逆に一喝すると、クモナポレオンとタイガーネロはアポロガイストを睨み付けて部屋を出る。アポロガイストを一回鼻を鳴らし、一度椅子から立ち上がって机のスイッチを押して執務用の椅子に座る。すると照明が落ちて正面にスクリーンが現れ、映像が流れる。映像ではインフィニット・ストラトス、『ブルー・ティアーズ』が怪人や戦闘工作員と交戦している。

(遠隔操作式の攻撃端末、いきなり曲がって軌道を変えるビーム、慣性を無視したような空中での機動力、運動性。『最強の機動兵器』という話も、あながち嘘ではなさそうだな)

 アポロガイストは新たな力、インフィニット・ストラトスが侮りがたい脅威と再認識する。他の構成員より早く復活されられた関係で、ある程度の情報を聞いてはいたが、正直、脅威であるとは認識していなかった。だがこの映像を見る限り、インフィニット・ストラトスは改造人間、もっと言えば仮面ライダーXに劣らぬ脅威だと判断せざるを得ない。他の怪人は脅威を認識していないか、軽視しているようだが、秘密警察第一室長として対策を練らなくてはならない。

(なにより、端末をどのようにして操作しているのか、なぜビームが曲がり、軌道を変更出来るのか気になるな。自動で行われているのか、脳波や思考を読み取ることでマニュアルで制御しているのか、もっと別の技術が使われているのか……)

 続けて端末の操作方法やビームがねじ曲がる原理について思考を巡らせる。オートで制御しているのであれば問題ないが、操縦者の空間認識能力など脳の働きが関わっている可能性も高い。その点も調べておく必要がある。
 アポロガイストはスイッチを押してスクリーンを戻し、照明をつけて別のスイッチを押す。少し時間が経過するとドアがノックされ、秘密警察の戦闘工作員が部屋に入ってくる。アポロガイストは敬礼する戦闘工作員を手で制し、早速仕事を言い渡す。

「Xライダーと行動を共にしているインフィニット・ストラトスと、その操縦者について徹底的に、どんな細かいことであろうと漏らさずに調べあげろ。通信課にはこちらから手を回しておく」

 アポロガイストが用件を告げると戦闘工作員は敬礼した後に退室する。GOD機関の通信課なら世界中の通信を傍受出来るし、手を組んでいた亡国機業はインフィニット・ストラトスや操縦者について詳細に調べあげている。そのデータベースをハッキングすれば、かなり詳細なデータを入手出来るであろう。アポロガイストは執務用の椅子から立ち上がると、第一室長室を出て廊下を歩き出す。
 自らを三度も殺した宿敵へ、『挨拶』しに行くために。

**********

 広島県福山市。広島県東に位置するこの街は、広島県でも2番目に大きな都市だ。福山市にもまたキングダーク生産工場、それも広島県では最大規模の工場が存在する。工場内では激しい爆発が幾度となく発生し、工場の外では沈みゆく夕日に紅く照らされ、5つの影が幾度となくぶつかり合っている。

「ライドルロープ!」

 仮面ライダーXはライドルロープでムカデヨウキヒを縛り上げると、足を踏ん張って綱引きとなる。一度力を僅かに緩めると、勢い余ったムカデヨウキヒが転びそうになる。そこで再び力を込めてムカデヨウキヒを投げ飛ばし、地面に叩きつける。

「Xライダー! これを受けろ!」
「チィッ! ライドルスティック!」

 横からアリカポネが葉巻に仕込まれた吹き矢を仮面ライダーXに放つ。ライドルのスイッチを操作し、ライドルスティックに変形させた仮面ライダーXは吹き矢を弾いて防ぐと、ステッキに仕込まれた剣を引き抜いて斬りかかってくるアリカポネに突きを放つ。ライドルスティックで突きや横薙ぎ、叩きつけを続け様に放って攻め立てる仮面ライダーXだが、ヒルドラキュラが長い舌を伸ばし、仮面ライダーXの首を絞めて攻撃を中断させる。

「死ね! Xライダー!」

 さらに空中のコウモリフランケンが大砲を発射して砲撃を加える。仮面ライダーXの身体に何発か砲弾が直撃して爆発が起こり、銀色の身体にいくつか焦げを作る。

「ライドル……ホイップ! ライダー……ショック!」

 仮面ライダーXはライドルをライドルホイップに変形させる。即座に身体の表面に高圧電流を流してヒルドラキュラを感電させ、ライドルホイップで舌を斬り飛ばし、ヒルドラキュラを悶絶させる。仮面ライダーXはアリカポネと斬り結び、回し蹴りを放ってムカデヨウキヒを蹴り飛ばし、コウモリフランケンの砲撃を飛び退いて回避する。
 仮面ライダーXたちは広島や隣県の生産工場を潰し、広島県最後の生産工場がある福山市に到着した。仮面ライダーXが陽動として怪人や戦闘工作員を引き受け、セシリアとSPIRITS第5分隊が工場へと突入している。
 工場の防衛に当たっていたコウモリフランケン、ヒルドラキュラ、アリカポネ、ムカデヨウキヒと交戦を開始した仮面ライダーXだが、連戦の疲労に加え、コウモリフランケンが空を飛び回り砲撃してくることでなかなか敵を撃破出来ず、持久戦を強いられている。それでも退かずに仮面ライダーXはライドルホイップを振るい、アリカポネの剣を弾き飛ばすと跳躍し、空中で大車輪のように前転して飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」

 必殺の蹴りが直撃したアリカポネは地面に叩きつけられ、間もなく爆発四散して果てる。そこにヒルドラキュラとムカデヨウキヒが同時攻撃を仕掛けてくるが、上空から飛んできたミサイルに吹き飛ばされる。

「敬介さん、遅くなりました!」
「セシリアか!」
「ゲーレン分隊長たちも、間もなくこちらに合流するそうです!」

 ミサイルを放ったのはセシリアだ。ビットを腰にマウントしたままミサイルを発射したらしい。セシリアはコウモリフランケンを砲撃をひらり、と回避し、レーザーライフルを向けてビームを連射する。偏向射撃で軌道が不規則に曲がって襲いかかり、コウモリフランケンはビームの嵐に曝され、その身体に焦げを作っていく。セシリアの攻撃が緩むことはなく、一度レーザーライフルを量子化すると、ビットをコウモリフランケンを囲むように配置し、全方位からビームを浴びせる。偏向射撃も織り交ぜてビームの雨を全身の至るところに浴びせ、大砲を吹き飛ばしてコウモリフランケンにダメージを与える。

「小娘が! 調子に乗るなよ!」

 コウモリフランケンはセシリアめがけて突っ込むと、口を開けて牙でセシリアから血を吸おうとする。しかしセシリアはギリギリでビットを戻すと、レーザーライフルを呼び出しながらコウモリフランケンの口めがけて突き出し、コウモリフランケンの口にレーザーライフルの銃口が突っ込まれる。コウモリフランケンは爪や蹴りをセシリアに浴びせようとするが、リーチの差が仇となりセシリアの身体に届かない。

「覚えておきなさい、名も無き怪物の化身。長い銃身には、このような使い方もあるのだと!」

 セシリアはコウモリフランケンに冷たく言い放つとトリガーを引き、コウモリフランケンの頭部をビームで吹き飛ばす。コウモリフランケンは地面に落下して爆発する。ムカデヨウキヒがカラス爆弾を飛ばしてくるが、セシリアは慌てずにレーザーライフルでカラス爆弾を爆発させ、大きく離れてレーザーライフルを構え直す。すぐにセシリアはスコープ型の補助センサーとハイパーセンサーを連動させ、精密射撃体勢に入る。

「心の醜さが、顔や立ち振舞いに出ていますわね。ここから狙い撃って差し上げますわ!」
「黙れ卑怯者が! 銃なんか捨てて、今すぐ降りてこい! なぶり殺しにしてやる!」
「殺されに戻ってくる者がいると? 言い残すことはそれだけならば、その醜い顔、二度と見れないように吹き飛ばしますわ!」

 セシリアはムカデヨウキヒの挑発を受け流し、レーザーライフルのビームをムカデヨウキヒの頭部にビームを連射する。逃れようとするムカデヨウキヒの逃げ道をセシリアは偏向射撃で塞ぐ。ムカデヨウキヒが苦し紛れにカラス爆弾を放ってくるとセシリアは射撃を中断し、カラス爆弾を処理している隙にムカデヨウキヒは離脱する。
 一方、ライドルをベルトに収納した仮面ライダーXは、ヒルドラキュラに左右のパンチの連打を打ち込んでグロッキーにする。ムカデヨウキヒが背後から飛びかかるが、仮面ライダーXはソバットで顔面に蹴りを入れ、振り向いて前蹴り、浴びせ蹴り、回し蹴り、押し蹴り、足刀蹴り、横蹴り、踵落としを連続して浴びせる。仮面ライダーXはライドルホイップを引き抜き、振り向きざまにヒルドラキュラの腹部にライドルホイップを突き立てる。仮面ライダーXが飛び退くと、ビットを展開したセシリアがビームをライドルホイップへ浴びせる。ビームはライドルホイップを伝ってヒルドラキュラの体内に侵入し、内部からヒルドラキュラを焼き払う。熱に弱い性質もあってヒルドラキュラは耐えきれずに爆発し、爆風で飛んだライドルホイップを仮面ライダーXは跳躍して回収する。 
 残されたムカデヨウキヒはカラス爆弾を爆発させて視界を封じ、ビームを掻い潜って逃げ出そうとする。だがセシリアはハイパーセンサーを使ってムカデヨウキヒを見つけると、ビットでカラス爆弾を処理しながら右手の指を銃に見立て、人差し指をムカデヨウキヒに向ける。

「バーン」

 カラス爆弾を撃ち抜いたビームが一斉に曲がり、驚愕のあまり硬直したムカデヨウキヒの顔面にビームが直撃する。ムカデヨウキヒの頭部は吹き飛んで沈黙を余儀なくされる。敵が全滅したことを確認しつつセシリアはハイパーセンサーに意識を集中させ、仮面ライダーXの隣に降り立つ。仮面ライダーXは変身を解かないし、セシリアも『ブルー・ティアーズ』の展開を解除しない。直後に飛んできた弾丸を仮面ライダーXは回避し、セシリアは再び空に飛び立って索敵すると、弾丸を放った怪人にレーザーライフルを向けてビームを放つ。怪人は左手で構えた盾でビームを防ぐと大きく跳躍し、仮面ライダーXとセシリアの前に着地する。
 怪人は赤い兜を着用し、黒い服の上に白いマントを羽織っている。右手には仮面ライダーXを銃撃したであろう連装銃が握られ、左手には日輪を思わせるエッジのついた盾を構えている。仮面ライダーXは怪人と油断なく対峙し、口を開く。

「やはり貴様だったか、アポロガイスト!」
「久しぶりだな、Xライダー。言った筈だ、私は貴様にとって迷惑な存在なのだ、と。そして会いたかったぞ。貴様には三度も殺されたのだからな。礼をこれからしてやる! マグナムショットを受けろ!」

 怪人ことアポロガイストは再び右手に持った『アポロショット』を発砲する。仮面ライダーXは横に跳躍してアポロショットを回避し、ライドルをライドルスティックに変形させる。続くアポロショットの銃撃をライドルスティックを風車のように回転させて防ぎ、接近してライドルスティックの打撃をアポロガイストに入れる。アポロガイストはアポロショットでライドルスティックの初撃を防ぐが、続く一撃でアポロショットを弾き飛ばされる。それでも左手の盾『ガイストカッター』でライドルスティックを防ぎ、前蹴りを放って仮面ライダーXを蹴り飛ばす。アポロガイストはアポロショットを拾い直して発砲する。仮面ライダーXが一度跳躍すると、アポロガイストは左手に持ったガイストカッターを構える。

「食らえ! ガイストカッター!」

 アポロガイストがガイストカッターを投げつけるが、仮面ライダーXはライドルスティックを振り下ろして叩き落とす。しかしガイストカッターが地面に突き刺さると爆発が起こり、仮面ライダーXは衝撃波で吹き飛ばされて地面に落下する。

「敬介さん!?」
「邪魔をするな!」

 好機と見たアポロガイストがアポロショットを撃ち込むが、セシリアがレーザーライフルを撃って妨害する。激昂したアポロガイストがアポロショットを撃ち返すが、仮面ライダーXが立ち上がってライドルスティックを構えると、大きく跳躍して距離を取る。

「Xライダー、これは挨拶代わりだ。いずれ貴様はアポロガイストが地獄へ送ってやる。では、また会おう!」

 アポロガイストが地面にアポロショットを撃ち込むと激しく光り、仮面ライダーXとセシリアの視界を奪う。セシリアがハイパーセンサーに意識を戻すと、アポロガイストの姿はない。逃げられたとセシリアは悟り、仮面ライダーXはライドルをベルトに収納する。

「申し訳ありません、敬介さん。アポロガイストという怪人には逃げられてしまいましたわ」
「いや、君のせいじゃない。ヤツと雌雄を決する時が必ずやってくる。決着は、その時でいい」

 『ブルー・ティアーズ』の展開を解除し、制服姿に戻ったセシリアが申し訳なさそうに告げるが、仮面ライダーXは首を振る。直後にSPIRITS第5分隊が合流すると、仮面ライダーXはようやく変身を解除するのであった。

**********

 その日の深夜。第3アポロン宮殿に戻ったアポロガイストはいつものようにGOD秘密警察第一室長室の椅子に腰かけ、コーヒーを飲んでいた。ドアをノックする音が聞こえてくると、アポロガイストは一度コーヒーカップを口から離す。

「入れ」
「失礼します。Xライダーと行動を共にしているインフィニット・ストラトス、ならびにその操縦者のデータをお持ちしました」
「ご苦労。下がってよし」

 秘密警察の戦闘工作員が紙束を置いて敬礼後に退室すると、アポロガイストは紙束に目を通し始める。

(ふむ、蒼いインフィニット・ストラトスの名前は『ブルー・ティアーズ』、操縦者の名前はセシリア・オルコットか)

 まずインフィニット・ストラトスの名前が『ブルー・ティアーズ』、操縦者の名前がセシリア・オルコットであると頭に叩き込むと、セシリアについて書かれた紙に目を通す。

(セシリア・オルコット。イギリス出身で生まれはロンドン。イングランドに亡命してきたスコットランド王家の末裔を祖とするオルコット侯爵家の現当主か。インフィニット・ストラトスを操縦するのに必要な適性はA+、BTシステム適性はA。BTシステムというのが何かは知らないが、特記されるだけの重要な適性ということか)

 資料に目を通しながら、アポロガイストはセシリアのデータを頭に叩き込んでいく。続けて『ブルー・ティアーズ』に関する資料を読み進めるアポロガイストだが、あるページを見て資料を捲る手が止まる。

(遠隔操作攻撃端末『ブルー・ティアーズ』とは、本体に搭載された『イメージ・インターフェース』で操作するのか。つまり端末のコントロールはマニュアルで行っている。ビームが曲がる『BT偏光制御射撃』も同じか。ならばセシリア・オルコットの空間認識能力や情報処理能力は、際立って優れていると見るべきだ。なにより、サポート抜きで接続すれば、発狂してもおかしくない『BTシステム』に高い適性を見せている、ということは……)

 アポロガイストはセシリアの優秀さと特殊性に気付き、ニヤリと笑みを浮かべる。呪博士から通信が入るとアポロガイストは資料を持ったまま立ち上がり、研究室へと向かう。
 アポロガイストが研究室に入ると呪博士から口を開く。

「アポロガイスト、クモナポレオンやタイガーネロから話は聞いている。忌々しいXライダーとうるさいハエ共に暗号を解読されてしまったそうではないか」
「遅かれ早かれ、生産工場の位置が特定されるのは予想していたことだ。暗号など、常に解読される危険があるのだからな。最悪RS装置を搭載した量産試作機さえ完成すれば、日本を焼き払うことなど容易い。それで、RS砲の目処は?」
「パーフェクターの技術入手のためには、どうしても神啓太郎の記憶をインストールしなければならない。それを解決出来なければ、RS砲の完成はままならん」
「丁度いい。被験体に最適な人間を見つけた。これを見るがいい」

 アポロガイストは呪博士に資料を見せる。目を通した呪博士はアポロガイストの言わんとしていることを理解し、頷く。

「なるほど、セシリア・オルコットという素材は実に面白い。だがセシリア・オルコットを連れてくるには困難を伴う。Xライダーが傍にいるのだ、簡単にはいくまい」
「私に腹案がある。少し作戦を纏める時間が欲しい」
「いいだろう。怪人共にはこちらから言い含めておく。しかし、その日が来るのが楽しみだ。仲間の脳と父親の記憶と技術で、地獄へ送られるXライダーの最期がな」
「ありがたい。では、失礼する」

 アポロガイストは呪博士から資料を受け取ると一礼し、研究室を出る。

「待っていろ、セシリア・オルコット。GODが掲げる理想実現のため、そしてXライダー打倒の礎としてくれる」

 アポロガイストは誰に言うでもなく呟くと、再び第一室長室へ戻っていくのであった。



[32627] 第四十七話 巨人(キングダーク)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5b9478ff
Date: 2013/09/14 17:41
 黒雲が四国地方を覆った翌日の午後。滝和也は高知県の町外れで、ICPO(国際刑事警察機構)、通称インターポール本部と国際IS委員会に連絡を取っていた。

「……ええ、はい。その通りです。すでに各分隊には伝達してあります。無論『彼女』たちにも……分かりました。お手数をおかけします」

 和也が通信を切ると立花藤兵衛が後ろから歩いてくる。和也が振り返ると藤兵衛が口を開く。

「滝、どうだった?」
「インターポールはどうにかなりました。国際IS委員会はかなり揉めたみたいですが、光明寺博士がなんとかしてくれたみたいです」
「流石に篠ノ之束を同行させるなんて話をされたら、インターポールはともかく、国際IS委員会はかなり揉めるだろうな」

 和也が話していたのは篠ノ之束の処遇についてである。束本人は和也らと行動を共にすることを希望し、和也はそれを自らの一存で許可した。しかし束を引き入れる以上、いくら隊長の和也でも自分の一存だけでは決められず、指揮権を持つインターポールと国際IS委員会に連絡する必要があり、昨夜の内にインターポールと国際IS委員会に連絡した。
 インターポールは本部長の大木カツミの判断で、悪の組織を鎮圧したあとすぐにインターポール本部に送致することで同意した。しかし国際IS委員会はすぐに回答が返ってこず、今朝急遽開かれた総会では意見が割れ、揉めに揉めたらしい。
 そこまでは和也も予想の範疇にあったが、非常事態の最中であるというのに、日本は束の『保護』には不適当と主張し、自国で代わりに『保護』しようと各国が駆け引きの真っ最中であると聞いた時は、和也も呆れる他になかった。バダンやゴルゴムの時も最初は日本だけで、やがて世界中に戦火が拡大したのを忘れてしまったのだろうか。
 結局は光明寺信彦の鶴の一声により、インターポールで取り調べの上で国際IS委員会本部に移送し、重要参考人として聴取することに決まった。和也が通信していたのは、国際IS委員会のカール博士からその旨を聞くためでもある。

「一番の問題は千冬の方ですね。覚悟はしてましたがね」

 和也が懸念しているのは織斑千冬のことだ。束の件については各分隊にも連絡しておいた。SPIRITSは歩兵を中心としているだけに揉めることが予想された。結局第10分隊分隊長のゴードンが多少文句こそ言ったが、最終的には受け入れた。しかし千冬が誰よりも難色を示した。沖一也の仲裁もあって折れたが、束が千冬に直接謝れるかは不透明だ。

「ところでおやっさん、ルリ子さんたちは?」
「丈二や一夏、志郎と一緒に移動式ラボを見学してくるとか言ってたな。猛や隼人、真耶ちゃん、弾君と蘭ちゃんもついて行ったらしい」
「俺も行きますか。これから先の足となるんだ。見ておいて損はないだろう」

 和也は藤兵衛を促すと近くに着陸させてある束のラボへと向かう。
 藤兵衛の言葉通り、猛、隼人、志郎、丈二、一夏、真耶、弾、蘭、それにルリ子は束とクリスタの案内で、巨大な人参の化け物のような外見をした移動式ラボを見学していた。束がスカートからリモコンを取り出してランディングギアを出し、移動式ラボに向けてスイッチを押す。すると外壁の一部が開いてタラップが出てくる。束とクリスタが先頭に立って登り、すぐ後ろに立つ丈二が口を開く。

「束、移動式ラボの名前は?」
「これ? 『我輩は猫である』だよ」
「君のすぐ脇に浮いている、作業用の腕は?」
「これも『我輩は猫である』だよ」
「じゃあ、臨海学校の時に乗ってきたポッドの名前は?」
「それも『我輩は猫である』なんだよね、これが」
「つまりどれも、『名前はまだ無い』ってことですか?」
「流石いっくん、大正解。実はどれも名前がついてないんだよ」
「あの、名前をつけてないって、物凄く不便じゃないんですか?」
「一々違う名前を考えるの面倒臭いじゃん。それに名前をつけるって行為は、人でもモノでもかなり重要なんだから、適当に名前をつけるなんて出来ないよ。いわばこれは全部仮の名前。君もいっくんの友達なら、そこのところはよろしく」
「弾、実を言うと俺、束さんを理解出来ない時がたまにあるんだ」
「安心しろよ、一夏。俺はこれから先いつも理解出来ないし、理解出来る日が来ない気がしてるんだ」

 弾は束が常人とは思考回路が違う『天才』であると理解する。蘭に至っては絶句している。すでに弾のような反応に慣れて気にしていない束はラボ内の廊下を通り、人参の先端に当たる部分へと案内する。

「ここは『我輩は猫である』の操縦席だよ。私がプログラムした場所まで自動で飛べるようになってるけど、いざという時は手動で操縦出来るようになってるよ。操縦するのはくーちゃんなんだけどね。さ、次に行こうか」

 束に促されると一夏たちは歩き出し、今度は古めかしい机と椅子、専門書がぎっしりと詰められた本棚が並んでいるスペースへ到着する。

「ここが私の研究室その一ってところかな。設計やアイディアを煮詰めるのはここでやってるよ。いつもより集中出来るからね。先生、この部屋に見覚えない?」
「見覚えがない訳がないさ。田所博士の書斎と同じだ。最初からそのつもりで?」
「うん。先生のことは忘れようとしたけど、やっぱり……ごめん、ちょっとしんみりしちゃったね。次に行こう」

 一瞬しんみりとした空気が流れるが、束は慌てて打ち消す。今度はコンピューターやディスプレイなどが設置され、作業用の台もしつらえられたスペースへと案内される。

「ここは私の研究室その二だね。私もくーちゃんも寝泊まりしてるから、実質リビング兼用だけど。ちょっと待ってて」

 束は一度椅子に腰かけ、コンピューターを起動させる。するとディスプレイとカスタマイズされたキーボードが出現する。束はめまぐるしくキーボードを操作し、詳細な図や計算式が画面に表示される。画面を見ると猛と丈二の顔色が変わる。

「これは、ISコアの製造方法!」
「流石先生とその先輩。一発で見抜いてくれると信じてよかったよ。一回コアの製造方法ってことを内緒にして、ちーちゃんに見せたことがあるんだけど、全然理解出来なかったって言われたから」
「俺や本郷さんだって『RS理論』や『多目的動力(マルチブルエネルギー)理論』、『バダナイト』や『篠ノ之式量子コンピューター』、『スーパー1』や『人造人間』、超能力に関する技術や理論を知らなければ、コアの製造方法だと理解出来なかったよ」
「『コア・ネットワーク』は俺たちのテレパシー能力と同じ、『空間跳躍通信』を応用したものでしたか。他はこちらの解析通りと言ったところでしょう」

 猛と丈二はディスプレイを眺め、一夏や弾には到底理解出来そうにない専門用語が飛び交う会話を始める。隼人と真耶も一夏と弾と同じようだ。志郎とルリ子は理解はしているようだが、口出しまでは出来ないようだ。ふと一夏は蘭とクリスタがいないことに気付く。

「あれ? 蘭はどこ行ったんだ? それにクリスタって子も……」
「ちょっと! コーヒーはそんな風にしちゃダメよ! あと砂糖はこっちで、それはベーキングパウダー!」

 一夏と弾が首を傾げているとキッチンから蘭の声が聞こえてくる。一夏と弾が覗きこむと、蘭がコーヒーにベーキングパウダーを入れようとしているクリスタを阻止している。

「蘭、お前何やってんだ?」
「あ、ごめん。この子がコーヒー入れにいくって聞いたから、キッチンを確認しようと思ってついてきたんだけど、かなり危なっかしかったから、つい」
「それで今、付きっきりで指導していた、と?」
「うん。人様に失敗したものを出すのを見過ごしたとあったら、南さんが許してくれても、五反田食堂の名が廃るってものだし。あと、砂糖はそんなに入れなくても大丈夫だから。さ、行こう?」

 蘭が促すとクリスタは頷き、束の下に戻る。

「束さま、コーヒーが入りました」
「ありがとう、くーちゃん。それじゃいただきます……ありゃ? これ入れたの、くーちゃんじゃない?」
「それは……」
「入れたのはこの子ですよ。私が少し口出ししただけで」
「そっか……ありがとう、くーちゃん。いつもに増して美味しかったよ」

 束が誉めるとクリスタは蘭を見て一礼する。蘭が鼻柱を撫でているのを見てルリ子が目を光らせるが、直感的にルリ子の危険性を察知した束が立ち上がる。

「それじゃ、もう一ヶ所見てもらいたいところがあるから、行こうか」

 束はさりげなくクリスタをルリ子から庇いラボの奥へと入っていくと、製造ラインらしきものがある。束が空間投影式ディスプレイを展開し、キーボードを操作すると機械が動き始める。

「これはISコアの製造ラインだよ。一番手前の機械が動力源になる擬似RSチップ。あっちが量子コンピューターのマイクロチップ。あれがコア・ネットワーク用の通信装置一式で、それが生体センサー。あそこがバダナイト基盤を作るヤツだよ」
「一つ聞きたいんだが、製造ラインはどうやって作ったんだ?」
「全部自作したに決まってるよ。コア作るための機械なんて無かったんだし」
「だったら、機械を作るための工作機械は?」
「それも自作したんだよ。機械用の工作機械なんてなかったんだから」
「その、どうやってそんなものを……?」
「こう見えて、国際特許を3桁いくくらい持ってるんだよ。国際宇宙開発研究所で資材は提供してくれたし」
「材料は一体どこに?」
「量子化技術を応用して、必要な分だけ実体化させているんだよ。このラボの動力源も同じだね」
「なるほど、合理的だな」

 束の発言に猛と丈二は心底納得した様子で頷いてみせるが、志郎、ルリ子、真耶の顔は引きつっている。
 束は簡単に言っているが、工場のラインを新設するのが難しいのは、工作機械も製造しなければならないからである。ネジ一本変えるだけで、工作機械をも新造しなければならないのだ。それを工作機械ごと新造したと言ってのけたのだから、顔が引きつらない筈がない。猛と丈二が納得しているのは、束と同じ『天才』故だろう。
 部品は一ヶ所に集まり基盤に擬似RSチップ、マイクロチップ、通信機が取り付けられると束は兎耳を頭から外し、触覚を思わせるヘッドギアを代わりに着ける。ラインを流れている基盤を眺めていた束だが、手元のディスプレイを確認した直後、天井から無数の作業用アームが降りてくると、基盤に次々とエネルギーサーキットが構築されていく。

「束さん、一体何を?」
「バダナイトはある程度不純物を混ぜないとすぐ砕けちゃうんだけど、不純物の量や偏りで、エネルギーの伝達率が微妙に変わるの。いくら精密な機械でも誤差は発生するものだし、擬似RSチップが発生させるエネルギー量は莫大だから、あるかないかの伝達率の誤差で、バダナイトに大きな影響を及ぼすんだよ。だから一回の生産ごとに何個かを確認して、最適なエネルギーサーキットを組まなきゃならないんだよ。一本足りなかったり、過剰だったり、コースや繋ぎ方がまずかったりすると、バダナイト基盤はすぐに変形したり、破損したりして使えなくなるからね」
「じゃあ、このアームは?」
「『イメージ・インターフェース』の応用で、私の思った通り作業してくれる機械だよ。最初に引き方をイメージすれば、あとは自動でやってくれる。昔は手作業でやってたけど、楽はしたかったし」

 バダナイト基盤は別の機械に入れられ、外側にバダナイトの結晶が形作られて機械から出る。最後にラインを流れてケースの中に続々と入っていく。一夏は手に取ってみる。間違いない。

「ま、こんな感じでISコアは作られてるんだよ。と言っても、一年くらい前まではハンドメイドだったんだけどね」
「一日でどれだけのコアを?」
「必要な分のコアしか作ったことがないし、一日中稼働させたことはないけど、二時間で1000個くらい作ったことはあるよ。ただ、プログラムの手間があるから実際の生産量は落ちるだろうね。それに有人機の場合は装備だけじゃなくて、操縦者とのマッチングも考えないといけないから、『紅椿』は設計から完成までは2ヶ月くらいかかったね」

 猛の質問にさらりと答える束に一夏も絶句するしかない。丈二はヘルメットを被って右腕のカセットアームをオペレーションアームへ変形させ、猛もヘッドギアの予備を受け取る。丈二はオペレーションアームで、猛は作業用アームを操作してコアのエネルギーサーキットを構築し始める。すると見ていた束がダメ出しを始める。

「先生、そこはバーッって引いちゃうんじゃなくて、スーッと行かなきゃ駄目だよ。先輩さんは力を抜いて、フワッと引かなきゃ。先生、だからそれじゃスーッじゃなくて、フゥッって感じだから駄目だよ」

(こんなところは血の繋がった姉妹なんだな……)

 擬音を交えて説明する束に猛と丈二も苦戦している。一夏は内心篠ノ之箒を思い浮かべる。

「私たちにはついていけない領域ね。それじゃ、コーヒーブレイクでもしましょ」

 結局ルリ子の提案で、未だに束にダメ出しされている丈二と猛を残して一行は外に出る。その際に我慢の限界に達したルリ子が一夏と弾の制止を振り切り、蘭とクリスタをハグして『クンかクンか』する騒ぎが起こったが、合流してきた和也と藤兵衛に止められ、ルリ子はハグを中断する。
 一方、束の感覚的な説明に悪戦苦闘していた猛と丈二だが、猛が今まで抱いてきた疑問を口にする。

「篠ノ之博士、三点、気になっていたことがあります。なぜISは女性にしか操縦出来ないのか。操縦資格や適性をどのように判別するのか。そしてなぜ一夏君だけがISを操縦出来るのか、です」
「そうだね、順を追って説明しようか。最初の点だけど、私が設定したからだよ。絶対数が制限されてるのに乗れるのが女だけ、適性による戦力差まであれば、侵略しようとか戦争してやろうとか考える気は失せるでしょ? 通常戦力は削られてるのに、ISの数はあんまり差がつけられないんだから、なおさら。市街戦とかテロで使われた場合は、改造人間以上に被害が大きくなるから、核兵器と同じで抑止力になっているんだけど」
「次に選別や適性の判別なんだけど、簡単に言えば女性にしか発現しない因子を読み取って判定するんだけど。先生、『MBG』って知ってる?」
「ああ。『特殊冬眠遺伝子』、何らかの刺激や感情の高ぶりなどをトリガーにし、ごく一瞬だけ身体の代謝や機能を極端に低下させ、肉体の構造を作り替える働きを持った遺伝子だ。冬眠とついているが、むしろ昆虫の蛹化と羽化を同時に行うようなものだ。MBGがISの操縦資格の有無に関係するということは、『MBG受容因子』が適性を?」
「その通り。先生や先輩さんなら分かるだろうけど、人によってX染色体に『MBG受容誘導遺伝子』がA、Bどちらかがあるんだよ。そして受容誘導遺伝子Aを持ったX染色体と、受容誘導遺伝子Bを持ったX染色体が揃うことで、始めてMBG受容因子が発現する。片方だけでは受容因子は発現しないし、一つのX染色体中で受容誘導遺伝子AとBは両立出来ないから、男性は受容因子が発現しない。MBGを読み取れない以上、男にISは操縦出来ないんだよ」
「受容因子を必要とする理由は?」
「擬似的に神経接続をするから、操縦者側がISを自身の身体と認識する必要がある。言い換えれば、ISを操縦するのは生身からISへ『変身』することなんだよ。けど普通は無理だよ。MBGがあれば話は別だけど、自然界に住む生物でMBGを持った生命体は存在しない。そこでMBGに似た働きをするナノマシンを用意して、肉体を弄ることなく操縦者をISと適合させる。つまり、ナノマシンが間に入ることで、拒絶反応なしにヒトはISに『変身』出来る。勿論実際に肉体を弄る訳じゃないから下着とか、もっと言えば義肢を着ける感覚に近いかな」
「ただ、MBGを受容する因子がなければ、ナノマシンも疑似MBGとして活動出来ない。適合させようにも、受け入れる素地がないと意味がない。だから、受容因子のないくーちゃんにISは操縦出来ないんだよ。一応解決出来ないことはないんだけど、一回こっきりしか使えないんだよね」
「それに因子を持っていても、発現には強弱がある。IS適性って言うのは、MBG受容因子がどれだけ発現しているか示しているんだよ。当然、強ければ強い程適合出来るから、より機体性能を引き出せる。まあ、目安に過ぎないけどね。精神状態やコアとの相性で大きく上下するし、戦闘の技量や才能にはあんまり関係ないし。それで、最後の質問なんだけど」

 束は一度言葉を切ると、少し考えた後に再び口を開く。

「私にも分からないんだよね。仮説はいくつか立てたけど、決定的な根拠がないというか」
「決定的な根拠が?」
「うん。最初にいっくんがISに乗った時、染色体地図(ジーンマップ)を弄って、いっくんの染色体地図を関知したら疑似MBG受容因子も生成させて、一回だけ操縦出来るようにしたんだよ。けどいっくんは他のISも乗れるみたいだし、今も普通に操縦出来てるわけだし」
「染色体地図や疑似MBG及び受容因子がコア・ネットワークを通じ、全ISに共有された可能性は?」
「否定は出来ないけど、それが原因じゃないよ。その手を使えるのは一回こっきりなんだから。疑似MBGと受容因子を用意して神経接続するって言うのは、人間の身体に異物を無理矢理繋げるようなものだよ」
「『ZXボディ』に多くの人間が耐えきれず、拒絶反応を起こしたのと同じく、本来素地のない人間が神経接続しても脳や神経が拒絶反応を起こすというわけか」
「大体そんな感じだよ。無理矢理神経接続しても遅かれ早かれ遮断されるし、接続できても歩ければ御の字だよ。しかも一度接続が遮断されたら、二度と接続出来ない。仮に出来ても最悪命に関わる。だからいっくんが『白式』を扱えることが、本当ならおかしいんだよ。まして、適性がBもあるわけないんだよ。MBG受容因子そのものがないんだから、適性なんてある筈がない」
「最初は仮説すら立てられなかったんだよ。けどね、これを見た時、ある仮説が立てられたんだよ」

 束は一度空間投影式ディスプレイを展開し、キーボードを操作する。するとIS適性値が表示される。どれも同じ値を示しており、B判定が相当な数値だ。

「束、これは?」
「いっくんのIS適性値。適性値なんてその時々で多少は前後するし、精神状態や体調、コアとの相性で簡単に大きく変化する。箒ちゃんは精神的に不安定だったから、本当なら適性S相当なのに、『紅椿』を手に入れるまでC判定になっていたくらいだしね」
「けどいっくんは、あるべき誤差すらない。いくら測定しても数値は常に一定。不気味なくらいに、ね。けどね、これと全く同じパターン、全く同じ数値のデータがあるんだよ」

 束がキーボードを操作すると、一夏のデータの隣にもう一つ適性値がが表示される。どちらも全く同じ数値で、一切数値が前後していない。

「こっちのデータはね、『世紀王』シャドームーンのデータなんだよ。受容因子はともかく、MBGそのものは『ゴルゴム』に改造された両世紀王にしか存在しないからね。それでちょっと調べてみたんだけど、ビンゴだったよ。両世紀王はMBGを組み込む前に、MBG受容因子を強制的に発現させるんだよ。IS適性で言えばSが4個か5個くらいの因子をね。ただ、シャドームーンはMBGも自前で持ってるから、ナノマシンとは互いに干渉して適性がスポイルされるんだよ。もっとも、シャドームーンは遺伝子が改造され過ぎて、ISが人間として認識しないから操縦出来ないんだけどね」
「一夏君には、光太郎やシャドームーンと同じくMBGが組み込まれていると?」
「数値を見た限りでは、そうなるね。けどいっくんの染色体地図を見た限り、MBGどころか受容因子すら見当たらないんだよね」
「別の原因があるのか、偽装が施されているのか……」
「なんにせよ、いっくんって、一体なんなのかな……?」

 束の一言を最後にその場は沈黙に支配される。しかし和也が入ってくると中断される。

「なに難しい顔してんだ、お前ら。それより、出発だ。敬介とセシリア嬢、コンラッドたちの救援に行く。敬介の救援には第1分隊と第2分隊が向かってるから、俺たちはセシリア嬢とコンラッドたちだ。行き先は山口の『秋芳洞』だ」

 和也が告げると束、猛、丈二は和也と共に操縦席まで向かう。束が航行プログラムを組み終えると、移動式ラボは空中に浮上し、一路秋芳洞へと向かうのであった。

**********

 岡山県。県庁所在地のある岡山市では、仮面ライダーXが神話怪人軍団と激闘を繰り広げていた。
 キングダーク量産計画を潰すために中国地方各地を飛び回って生産工場を破壊していた仮面ライダーXだが、残るは山口県の秋芳洞の奥に立地している工場と、キングダーク生産工場の中でも最大規模を誇る岡山市の工場だけとなった。しかし、傍受・解読したGOD機関の暗号通信で、キングダークの完成が間近であると情報を入手した。片方を潰してからもう片方を破壊する時間は残されていないと判断し、二手に別れて仮面ライダーXは単独で岡山の工場に、セシリアとSPIRITS第5分隊は山口の秋芳洞に向かうことになった。
 そして岡山の生産工場に突入した仮面ライダーXだが、待ち構えていた神話怪人軍団との交戦を開始し、上手く利用して工場施設の破壊には成功した。しかし神話怪人は半数以上が残っており、仮面ライダーXを嘲笑うように集ってくる。

「ライドルスティック!」

 アルセイデスとキャッティウスをパンチの連打で蹴散らした仮面ライダーXは、『ライドル』を引き抜きライドルスティックへ変形させ、死神クロノスの鎌を弾き飛ばして回し蹴りを入れる。続けてヘラクレスの棍棒を受け止め、ライドルスティックを突き入れるがヘラクレスは盾で防御する。そこにネプチューンが三又の鉾で突いてくるが、仮面ライダーXはライドルスティックで鉾を跳ね上げ、逆にネプチューンの頭部を強打する。仮面ライダーXは跳躍し、空中で大車輪を決めると飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」

 蹴りはオカルトスに突き刺り、オカルトスは倒れて爆死する。しかし仮面ライダーXの攻撃は終わらない。反動で空中に舞い上がると、今度は急降下しながらライドルスティックを大上段に構え、思い切り振りかぶる。

「ライドル脳天割り!」

 渾身の力でライドルスティックをキマイラの頭に振り下ろすと、キマイラの頭が砕かれて爆発四散する。鉄腕アトラスが『アトラス小地球』を投げつけ、ユリシーズが冠を飛ばしてくる。仮面ライダーXはどちらもライドルスティックで弾き飛ばすと、ライドルのスイッチを操作する。

「ライドルホイップ!」

 鉄腕アトラスとユリシーズに踏み込みながら、仮面ライダーXはライドルホイップへ変形させて間合いに入る。

「X斬り!」

 ライドルホイップを『X』の字を描くように振るうと、鉄腕アトラスとユリシーズの身体に斬撃が刻み込まれ、ユリシーズも鉄腕アトラスも爆発する。だがキクロプスがレーザーを放ち、ミノタウロスが鉄拳で殴りかかってくると跳躍して回避する。

「クルーザー!」

 仮面ライダーXはクルーザーを呼び出し、空中で身を翻して跨がると、スロットルを入れてケルベロスに突撃する。

「クルーザーアタック!」

 体当たりで撥ね飛ばすとケルベロスは高々と宙を舞い、空中で木っ端微塵となる。パニックがロケット弾を飛ばしてくるが、仮面ライダーXは構わずにクルーザーを走らせる。しかし火焔プロメテスが『プロメテスナパーム』がすぐ近くで炸裂する。仮面ライダーXはクルーザーから落ちるがすぐに立ち上がり、ライドルホイップを構え直す。仮面ライダーXの前には未だに倒されていない神話怪人が武器を構えて立ち塞がる。

「チィッ、こんな時に……!」
「フン、貴様一人で来たのが運の尽きだったな。いくら貴様といえども、これだけの数を相手にすれば、いつかは疲れ果てて死ぬ! 行くぞ、Xライダー! ここが貴様の墓場となるのだ!」

 死神クロノスの檄と共に神話怪人は一斉に動き出し、仮面ライダーXへと襲いかかる。仮面ライダーXも崩れそうになる膝を鼓舞し、力強く踏み出すとライドルホイップを掲げて突っ込んでいく。

「ぐおっ!?」
「何!?」
「一体どこから!?」

 しかし神話怪人達は弾丸やロケット弾、地対地ミサイルを受けて動きが止まる。仮面ライダーXはアルセイデスを十字に切り裂き、爆発直前に離脱する。すると上空からは多数の輸送ヘリが、地上からは兵員輸送車が仮面ライダーXの下へやってくる。輸送ヘリや兵員輸送車から黒いプロテクターを着た兵士たちが降り、陣形を組んで神話怪人達に攻撃を開始する。SPIRITSの隊員だ。

「こちらはSPIRITS第1分隊分隊長の佐々木ナオキです。仮面ライダーX、神敬介さんの援護に来ました!」
「同じくSPIRITS第2分隊分隊長の石倉五郎、秋芳洞には滝隊長達が向かっています!」
「佐々木分隊長、石倉分隊長、協力感謝する!」

 仮面ライダーXを援護したのは佐々木ナオキ率いるSPIRITS第1分隊と、石倉五郎率いるSPIRITS第2分隊だ。九州で部隊の再編成を終えた両分隊は、和也らに山口の第5分隊を任せてこちらに駆けつけたのだ。
 第1分隊副隊長の藤ミツルが両手にミニガンを連射し、他の隊員達も手持ち武器を叩き込んで神話怪人の足を止める。仮面ライダーXはヘラクレスを抱え込むと、胸のマーキュリー回路の出力を最大にする。

「真空……地獄車ぁ!」

 仮面ライダーXは跳躍し、ヘラクレスの頭をパニックに叩きつける。同じ要領で残りの神話怪人の頭にもヘラクレスの頭を叩きつけ、最後に死神クロノスの頭にヘラクレスの頭を衝突させると仮面ライダーXはヘラクレスを手放し、離脱する。直後に神話怪人はまとめて爆発し、仮面ライダーXも着地する。

「急ぎましょう! 秋芳洞にも怪人がいる筈だ!」

 ナオキの一言に仮面ライダーXは頷くと、クルーザーに跨がって秋芳洞を目指して走り出す。SPIRITS第1分隊および第2分隊も後に続くのであった。

**********

 山口県にある日本最大級の鍾乳洞、秋芳洞。かつては盛んに観光資源として利用されていたそこも、バダンの日本侵攻に際して入り口を含む各所が崩落し、現在では一般人の立ち入りが制限されている。当然洞窟内の道が整備されているということもない。洞窟内には一人を除き全滅した旧SPIRITS第5分隊、及び生存者の捜索に入って崩落に巻き込まれた旧SPIRITS第10分隊のプロテクターやヘルメット、武器が至るところに散乱している。
 洞窟の中を黒いプロテクターを着た男と蒼いISを装着した金髪の少女が銃を構え、慎重に進んでいく。男が一度ヘルメットのバイザーを上げると、酷く焼けただれた顔の右半分が露になる。。

「ゲーレン分隊長、こちらでよろしいんですか?」
「ああ。キングダークのようなデカブツを隠しておける空洞はこちらにしかない。バダンの時に俺とXライダーがキングダークと遭遇したのも、こっちの穴だった」

 男はコンラッド、少女は『ブルー・ティアーズ』を装着したセシリアだ。セシリアと共に秋芳洞へ向かった第5分隊だが、洞窟内の崩落が予想以上に酷く、大人数で洞窟内に突入することが事実上不可能と判明した。加えて警戒が厳重であることも予想されたため、コンラッドとセシリアだけで突入することになった。分隊の指揮は副隊長に任せ、外で待機させている。
 コンラッドとセシリアはゆっくりと、一歩一歩洞窟の地面を踏みしめて奥へと進んでいく。洞窟内で飛行すれば気付かれる可能性が高い上、岩などにぶつかる可能性もある。それにタイガーロイドと仮面ライダーXとの激戦の影響で、至るところが脆くなっている。コンラッドとセシリアは狭い道を抜け、一際広い空間に出る。岩肌が深く抉られた跡や、高熱で岩が溶けた跡も見受けられる。油断なくハイパーセンサーで索敵するセシリアだが、足下で何かが転がっているのを見つけて拾い上げる。何かの『握り』にも見える。ふとコンラッドに注目すると、コンラッドも古びた拳銃を拾い上げている。

「ゲーレン分隊長、その銃は一体?」
「30年以上前、ここで取り落とした銃だ。お前が持っているのは、ライドルの一部だ」
「ならここは、バダンの時に!?」
「大声を出すな。GODの連中に気付かれる」
「あ……申し訳ございません、ゲーレン分隊長。ですがここは、30年前のSPIRITS第5分隊が……」
「……俺を残して、文字通りの全滅だ。それより、先に進むぞ」

 コンラッドは簡潔に答え、目の前にある岸壁をよじ登り始める。セシリアはPICとスラスター翼を利用してゆっくりと上昇していく。セシリアが先に岸壁の上に静かに降り立ち、コンラッドを自分の隣まで引き上げる。直後にセシリアとコンラッドに通信が入る。

『コンラッド、セシリア、聞こえるか?』

「ええ。聞こえていますわ。岡山の方は?」

『すでに工場は破壊した。今はSPIRITS第1分隊と第2分隊と合流して、秋芳洞に向かっている。そちらは?』

「俺とセシリア・オルコットとで秋芳洞内部に入ったが、生産工場の発見には至っていない」

『そうか……気を付けてくれ。こちらには神話怪人しかいなかった。悪人軍団はそちらで待ち構えているだろう。場合によっては、アポロガイストもそちらにいるかもしれないし、最悪キングダークが完成している可能性もある。コンラッド、セシリア、工場の位置が分かったらすぐに退却してくれ。まずは自分の身が最優先だ。敵の排除は俺や先輩方と合流してからでいい。滝さんや一夏君も先輩方と一緒に向かっている。心配させないようにしないとな』

「ええ、一夏さんとまた会えるのが楽しみですもの。無事だとは聞いていますが、やはり顔を合わせた方が」

『それもそうだな。じゃあ、また後で』

 通信が切れると、コンラッドはヘルメットのバイザーを下ろしてセシリアと共に歩き出そうとする。

「ジーッ!」
「ぐうっ!?」
「ゲーレン分隊長!?」

 しかし拳法着を着用した戦闘工作員が突如出現してコンラッドに飛び蹴りを放つ。反射的にアサルトライフルで受け止めたコンラッドは蹴り飛ばされ、岸壁の下まで落下していく。コンラッドは咄嗟にナイフを岸壁に突き立て、落下の勢いを緩和して着地する。コンラッドを通常の戦闘工作員に加えて拳法着を着た戦闘工作員や貫頭衣を着た戦闘工作員、ナチスドイツの軍服を着た戦闘工作員、インディアン風の格好をした戦闘工作員が取り囲む。

「ゲーレン分隊長!? 大丈夫ですか!?」
「問題ない! それより、キングダーク生産工場があるのは間違いない! さっさと撤収するぞ、セシリア・オルコット!」

 コンラッドは右足の義足に仕込まれていた銃を引き抜き、戦闘工作員めがけて乱射して蹴散らし始める。セシリアもコンラッドを援護しようとするが、別方向から飛んできた弾丸がシールドバリアを削ると、そちらにビームを発射する。すると赤い兜に黒い服、白いマントを着用した怪人が盾でビームを防ぎ、右手に持った連装銃を発射してくる。セシリアはスラスターを噴射して銃撃を回避し、レーザーライフルで反撃すると怪人は感心したように呟く。

「ほう、アポロショットを回避するか。なかなか楽しませてくれる」
「アポロガイスト!?」
「GOD悪人軍団も忘れないで貰おうか!」

 銃撃してきた怪人がアポロガイストであるとセシリアが悟った直後、ジンギスカンコンドルが突っ込んでくる。回避して至近距離からレーザーライフルを浴びせると、ジンギスカンコンドルは後退する。他の悪人軍団も姿を現し、アポロガイストと共にセシリアの前に並び立つ。代表するようにアポロガイストが口を開く。

「キングダーク製造工場へようこそ、セシリア・オルコット。盛大に歓迎しよう。我らGOD流のもてなしでな!」
「レディを歓迎する態度とは思えませんわね。パーティーマナーというものを教えて差し上げますわ。鞭で打たれれば、ケダモノでも学習するでしょう」
「残念だが、君が教わった古くさいパーティーマナーなど、ここでは通用しない。通用するのは、ただGODのルールのみ!」

 アポロガイストはアポロショットを向けるが、セシリアが先手を打ってアポロショットを撃ち落とす。ガマゴエモンが火炎を吹いてくると、レーザーライフルを口に撃ち込んでガマゴエモンの頭を吹き飛ばす。サソリジェロニモ、トカゲバイキング、サソリジェロニモJr.が一斉に投げたトマホークと、カブト虫ルパンが投げつけたギロチンハットを紙一重で回避する。セシリアは正面から火炎を吐こうとするジンギスカンコンドルと、背後から大砲を放とうとするコウモリフランケンの位置を確認すると、コウモリフランケンの連続砲撃を上昇して回避する。すると砲撃で地上のサソリジェロニモ、トカゲバイキング、サソリジェロニモJr.、カブト虫ルパンがまとめて吹き飛ばされる。続けてジンギスカンコンドルの火炎をコウモリフランケンに浴びさせ、ギロチンハットを拾うとスラスターを噴射し、すれ違い様にコウモリフランケンの首を斬り落とす。
 今度はギロチンハットを地上のムカデヨウキヒに投げつけて胸に傷を刻むと、レーザーライフルを連射してビームが傷口から内部を焼き払い、ムカデヨウキヒは為す術なく倒れる。
 コンラッドは銃を手に戦闘工作員を倒していたが、突如として地響きが起こり、地面が揺れてコンラッドが体勢を崩しかける。

「この振動は!? まさか……キングダークが!?」
「その通りだ! キングダークはすでに完成している! では見るがいい! 貴様ら人間に絶望をもたらす、神(ゼウス)の力を!」

 アポロガイストの叫びと共に、岸壁が崩れ去る。落ちてくる岩を回避したコンラッドだが、頭部に角が二本ついた機械の巨人『キングダーク』が姿を現したのを見ると、セシリアに叫ぶ。

「不味い! セシリア・オルコット! すぐに脱出するぞ! ヤツは最悪だ! 俺たちだけでどうにかなる相手ではない!」
「ええ! 私に掴まって下さい!」

 セシリアもキングダークが挨拶と言わんばかりにパンチを放ってきたのを必死に回避する。セシリアは勝ち目がないと判断してコンラッドの手を掴み、スラスターを噴射して秋芳洞から離脱しようとする。

「ほう、お前も逃げるのか? 背中に傷を作ったお前の父、ジョージ・シラーのように。そして30年前、ここで犬死にしていった虫けら共のようにな!」

 しかしアポロガイストの嘲笑を聞き取るとセシリアの動きが止まる。アポロガイストは足下にある白骨死体を踏みつけ、セシリアめがけて蹴飛ばす。

「見ろ、この愚か者の死骸を。この臆病者は敵に背を向け、アリカポネの吹き矢で後頭部を射られて死亡した。無様で、醜い叫び声を上げて死んでいったのだろう。下らない、実に下らない最期だな! 魂だなんだと言っても、所詮は力も何もない惰弱で、臆病な虫けら共の集まり! 虫けらなら虫けららしくしていればいいものを、意気がって反抗しようとするから意味のない死を遂げ、骸を晒すことになったのだ! 虫けら同士、神敬介にはお似合いの取り巻きだったな!」
「お黙りなさい!」

 アポロガイストが敬介まで罵倒すると、セシリアは振り向き様にビームを放ち、コンラッドを地面に降ろす。

「私のことをどれだけ罵ろうと勝手ですが、父と敬介さん、そして人類の未来の為に命懸けで戦い、散っていったゲーレン分隊長の戦友方を侮辱することは、私が許しませんわ!」
「落ち着け! これは挑発だ! 冷静になれ!」
「ほう、臆病者同士庇い合い、傷を舐め合うか。仲間を盾にして生き延びた、生き汚く卑怯な死に損ないを庇うとは、お前のお里も知れたものだな! この卑怯者が! お前も貴族というのなら、恥というものを知れ!」
「いいでしょう! そこまで言うのであれば、私の名誉にかけて討ち果たして差し上げますわ!」
「待て! セシリア・オルコット! 神敬介の話を忘れたのか!?」
「待て? 私は躾けられた犬ではありません! 貴族たるもの、仲間や先達の名誉まで汚された以上、引き下がる訳には参りませんわ!」
「だからと言って、この状況で……ぐあっ!?」
「ゲーレン分隊長!?」

 セシリアを止めようとするコンラッドだが、キングダークが右手の指からロケット砲を放つと近くの地面で爆発する。コンラッドは吹き飛ばされ、近くを流れていた地下河川に叩き込まれる。セシリアは何回も呼び掛けるが、返事もなければ浮かんでくる気配もない。するとアポロガイストは鼻で笑う。

「フン、ガタガタ騒ぐな。また虫けらが一匹潰れただけだ」
「黙りなさいと……言った筈よ!」

 完全に激昂して我を忘れたセシリアはビットを展開し、アポロガイストにビームをひたすら乱射する。アポロガイストはガイストカッターでビームを防ぎ続けるが、偏向射撃でねじ曲がるビームが身体に浴びせられ、マントもボロボロになる。しかしクモナポレオンが放った糸の網がセシリアを絡めとる。最初は無視してクモナポレオンにもビームを浴びせていたセシリアだが、やがてシールドエネルギーの減り方が異常に早いことに気付く。

「これは!?」
「馬鹿め! ようやく気付いたか! この『蜘蛛の巣ジャングル』は、貴様のエネルギーを吸収するのだ!」

 セシリアは『インターセプター』を呼び出し、蜘蛛の巣ジャングルを切り裂こうとするが、何者かの腕がセシリアの腕を掴む。それがアポロガイストの右腕だとセシリアが悟ると、アポロガイストの右腕が外れる。

「アーム爆弾を食らえ!」
「しまっ……!?」

 アポロガイストの狙いに気付いたセシリアだがすでに遅く、アポロガイストの右腕は大爆発を起こす。セシリアを守るように『ブルー・ティアーズ』は絶対防御を発動させ、地面に叩きつけられた直後に展開が解除され、待機形態に戻る。

(敬介さん……一夏さん……ごめんなさ……)

 朦朧とする意識の中で敬介と一夏に内心謝罪した後、搭乗者保護機能が発動し、セシリアの意識は闇へと落ちていった。

**********

 一夏達が秋芳洞に到着した時、SPIRITS第5分隊は大騒ぎになっていた。移動式ラボから降りた和也が話を聞くと、セシリアとコンラッドと連絡が取れないというのだ。しかもジャミングが酷いらしく、一夏や真耶が調べても『ブルー・ティアーズ』の位置情報が判然としない。和也が自ら救助に赴こうとしたとき、捜索に当たっていた隊員が飛び込んでくる。

「ゲーレン分隊長が戻ってきました!」
「本当か!? それで、セシリア嬢は!?」
「それが、ゲーレン分隊長一人で……!」

 隊員が言い終えるか言い終えないかの内に、全身がずぶ濡れになったコンラッドが歩いてくると、よろめいて膝をつく。慌てて和也は駆け寄る。

「コンラッド、大丈夫か!? 一体何があった!?」
「隊長か……俺は、大丈夫だ。それより、セシリア・オルコットはどうした? 地下河川に叩き落とされた後、気を失ってしまってな。幸い、第5分隊のスーツは水中での活動も可能になっていたから、助かったんだが……」
「いや、見つかっていない。コア・ネットワークでも探知出来ていない」
「そうか……すまない、俺が止めていれば、こんなことには……」
「お前のせいじゃない。お前が戻ってきただけでも十分だ。きっと、セシリア嬢も無事さ」
「失礼します! セシリア・オルコットが無事に保護されました!」
「良かった、『ブルー・ティアーズ』の位置情報を確認出来ました。こちらに近付いてきています」
「敬介も間もなくこちらに合流するそうだ」

 和也がコンラッドを労っていると、別の隊員がセシリアを保護したと報告し、真耶も『ブルー・ティアーズ』の位置情報を確認し、猛もそれに続く。キングダークが完成していたのは問題だが、コンラッドとセシリアの生還は喜ぶべきことだ。セシリアが隊員に連れられて歩いてくると、一夏はセシリアの下に駆け寄る。直後にクルーザーに跨がった仮面ライダーXとSPIRITS第1分隊及び第2分隊が合流する。ヘリが着陸すると、メイド服を着た少女が降りてセシリアに駆け寄っていく。

「敬介、彼女は?」
「彼女はセシリアの幼馴染みで、専属メイドでもあるチェルシー・ブランケットさん。セシリアが行方知れずと聞いて、こちらに合流してきたんです」

 仮面ライダーXは隼人に答え、セシリアへ歩み寄る。

「セシリア、大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
「ええ。私は問題ありませんわ。あなたも、わざわざありがとう」
「いいえ、オルコット家に仕えるメイドたるもの、当然ですから」
「コンラッドさんも、お手数をおかけしました」

 セシリアは笑顔で一夏とチェルシーに応えた後、コンラッドに一礼する。だが一夏は目の前にいるセシリアに違和感を覚える。隣のチェルシーも同じようだ。一夏が何かを言おうとする前に、仮面ライダーXが言葉を発する。

「ところでセシリア、ジョージが君に誕生日プレゼントした腕時計はどうしたんだ? それと、イヤーカフスをなぜ右耳に着けているんだ?」

 仮面ライダーXが指摘した瞬間、一夏は違和感の正体を悟る。一夏の知るセシリアはイヤーカフスを左耳に着けていたし、コンラッドを『ゲーレン分隊長』と呼んでいた。そんなことに気付いていないのか、目の前の『セシリア』は慌てて口を開く。

「その、腕時計は落としてしまって。イヤーカフスは慌てて……ぐえええええ!?」

 『セシリア』が言い訳している途中、仮面ライダーXは左手でイヤーカフスをひったくり、右手で抜いたライドルホイップを『セシリア』の胸へ突き入れる。すると口から野太い男の声が漏れ、『セシリア』は瞬く間にカメレオンを模した怪人へ変わる。怪人がセシリアに化けていたのだ。仮面ライダーXは冷徹に言い放つ。

「いいことを教えてやる、カメレオンファントマ。セシリアはジョージから腕時計など貰ってはいない。彼女が受け取らなかったからな」

 仮面ライダーXは怪人ことカメレオンファントマに事実を告げる。すぐにライドルホイップを引き抜き『X』の字を描くように斬りつけ、だめ押しとばかりに蹴り飛ばす。カメレオンファントマの爆発から一夏を猛が、チェルシーを志郎が庇うと、仮面ライダーXは変身を解除する。

「敬介、こいつは一体……まさか。セシリア嬢は!?」
「いえ、生きています。死んでいるのであればGODのことだ、死体をそのまま利用してくるでしょう。セシリアは、GODに拉致された可能性が高い」
「そんな……どうして……どうして、セシリア様が……どうして、セシリアが拉致されなければならないんですか!? セシリアが何をしたって言うんですか!? なんでセシリアだけなんですか!?」

 自らの推測を述べる敬介に、チェルシーが掴みかかり、半狂乱の状態で詰るように詰め寄る。それに敬介は答えられない。

(GODめ、何が目的かは知らないが、俺たちからセシリアまで奪おうと言うのか……!)

 沈黙を保ちながらも、敬介はイヤーカフスをポケットにしまい、怒りを無理矢理押さえ付けるように拳を固く握り締めるのであった。



[32627] 第四十八話 虜囚
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:41
 それは、見覚えのないウェーブのかかった長い金髪の少女であった。
 自分は微睡みの中、夢のようなものを見ていた。幼い少女が両親に手を繋がれ、仲良くどこかを歩いている。周囲の景色はぼやけており、一体どこをどう歩いているのか判然としない。しかし三人が仲睦まじく歩いていることだけは理解出来る。同時に自分が『息子』に一度もしてやれなかったことであるとも。
 二人のうち、少女の右手と左手を繋いでいた父親に少女は話しかける。

『パパ、本当に明日、日本に行っちゃうの?』
『ああ、それが仕事だからね。だからって、ママを困らせちゃ駄目だぞ? ママにもお仕事があるんだから』
『私はいいの。でもパパ、海に行くんでしょ? 怖くないの?』
『大丈夫だよ、パパは泳ぐのは得意だし、日本には、パパを助けてくれる友達がいるからね』
『パパの、お友達?』
『ああ。鉄より堅くて、音より早くて、とっても強くて、とっても優しいパパの友達さ。パパだけじゃなくて、ママやセシリアが困った時はすぐ駆けつけてくれるし、危ない時は必ず助けにきてくれるんだ』
『私も、パパのお友達と会えるかな?』
『会えるとも。セ――アがいい子にしていたら、必ず』
『またそんな安請け合いをして。あの人が聞いたら、きっと「勘弁してくれよ、ジョージ」って苦笑いしそうね』
『ママもパパのお友達のこと、知ってるの?』
『ええ。ママともお友達なの。ママとパパが本当に危ない時に駆けつけて、守ってくれたのよ?』

 仲睦まじい親子の会話は、それが最後であった。母親と父親は仕事の都合で少女の前で顔を合わせることがほとんどなくなり、三人揃って話すこともなくなった。
 最初は自分のせいではないかと思った少女は、両親の気を惹こうと習い事を始めた。ピアノやバイオリンを皮切りに、思い付いたものはなんでもやった。貴族の嗜みとしてフェンシングや乗馬、古典教養、音楽、詩、舞踏、作法、礼節も熱心に勉強した。母親が好きだったテニスも母親を打ち負かすまでに上達し、父親が絵を描くのが趣味と気付くと、自分も絵を描くようになった。しかし両親は一緒に少女の前に立つことはなかった。何回か発表会に来てくれたことはあったが、必ず母親か父親のどちらかしか来なかった。そして見てしまったのだ。母親に婿養子の父親が腰を低くして振る舞っているところを。それこそが不仲の原因であると、少女は思い込んでしまった。
 少女は父親に怒りを抱いた。自分の努力を無にし、取り戻したかった思い出と笑顔を踏みにじった自分の父親を、疎んじるようになったのだ。少女は父親を軽蔑するようになった。父親との思い出に蓋をして、火事の中、自分を命懸けで助けてくれたことも無意識の内に忘却の彼方へ追いやった。そうしないと耐えられそうになかったからだ。それを補うように少女は母親を尊敬・美化し、自分と同一視して自分を保とうとした。故に父親が母親と共に列車事故で死んでも、どうということはなかった筈だった。
 少女が冷たくなった両親と対面した時、少女は無意識の内に父親のためにも涙を流していた。両親が遺した遺産を巡って親戚一同が揉めているのを見た時、少女の脳裏にある思い出が一つだけ、朧気ながら甦る。幼き日に父親と母親が話してくれた、日本にいる友人のことだ。
 父親が危ない時にすぐ駆けつけると言ったのに、父親は死んでしまった。母親が危険に晒されても守ってくれると話してくれたのに、母親は助からなかった。いい子にしていれば自分も会えると、困った時には駆けつけてくれると言っていたのに、その友人は来ない。今いるのは、両親が遺した財産をハゲタカのように食いつくそうと狙う男共だけだ。

『――臆病者で嘘つきのお父様なんか、嫌い。その友達も、その友達がいる日本も、世の中の男もみんな――みんな、大嫌い!』

 それが逃げと誤魔化し、八つ当たりにしか過ぎないとは少女も内心理解していただろう。それでも辛い現実から、醜い争いから、孤独から目を逸らし、何か別の誰かや何かのせいにして憎み、嫌うことでしか少女は自分を奮い立たせることが出来なかった。そうしなければ、現実に押し潰されてしまいそうだった。
 だから少女は『力』を求めた。周囲の男を見下し、男には絶対負けないように勉学と鍛練を重ねた。ようやく政府に遺産の保護を約束してもらえるまでに至った時、政府から日本に行かないかという打診があった。始めの内は少女はそれを断っていた。
 転機となったのは、少女が両親の命日にその墓前まで赴いた時だ。たまたま祖父の弟子で、母親とも親交があった父親の研究仲間の女性と両親の墓の前で再会した。前々から命日には墓は綺麗に掃除され、両親が好きだった花が飾られていた。それを疑問に思っていた少女は、女性がそうしたのだと思い、感謝するために屋敷に招いた。しかし女性から返ってきたのは、意外な言葉であった。

『私ではありませんよ。毎年そうしているのは、同業者のジ――ケ――ス――博士です』
『――ン――ケ博士、が?』
『ええ。お聞きになったことはありませんか? お二人とは大学時代からの友人で。私もレポートの添削や海洋調査に付き合って貰ったことがあるんですけど』
『母から名前と、古い付き合いの友人であるとだけは。それに財団の設立にも関与していたと――チェルシー、ファイルを』
『すでにお持ちしています。ジ――イ――スケ、日本出身で、フリーの海洋学者。深海探査の第一人者で、ジョナサン様の下に一時期身を寄せていたそうで、ジョージ様、リサ様とはその頃からのお付き合いのようです。父親はジョナサン様の共同研究者でもあったジ――ケ――ロウ博士、だそうです』
『あの「カ――ゾ――グ」を開発した?』
『はい。母親とはすぐに、博士とも「事故」で死別されたようですが』
『そう、日本の――』

 少女はその男に興味を持つ。日本の、今まで見下して男が毎年欠かさず両親の墓を掃除し、花を供えている。それが無性に気になったのだ。男が自分と同じ、天涯孤独の身の上ということもあったのかもしれない。少女は今まで八つ当たりに近い理由で嫌ってきたが、今時珍しく義理堅い男を生み育てた日本を、自分の目で確かめてみたいと思った。そして女性が帰った後、日本行きを受諾する旨を伝えた……ところで視界が暗転する。今まで微睡みの中にいた男は、先ほど見たのは自分ではない『誰か』の思い出であること、そして自分が生きていることを悟る。
 男は三度死んだ筈だった。一度目はGOD機関への協力を拒んだ末に致命傷を負い、一度は殺害された息子に改造手術を施して蘇生させ、命を落とした。二度目は生前の自らの記憶と人格をコンピューターに移植し、GOD機関と戦う息子をサポートするも、自分に頼る息子を自立させるべく自爆した。三度目は自爆した後、データとしてある男の脳に記憶データとしてインストールされ、男を解放した後に復活したGOD機関と運命を共にした。これはさしずめ、四度目の生と言うべきだろうか。
 同時に男は今回は二度目と三度目と違い、肉体があることに気付く。男は重い瞼を開ける。視界にあるのは飾り気も何もない暗い壁に、多数のコードが伸びている大きな機械。そして忘れもしないGOD機関の戦闘工作員と、GOD機関の最高司令官である頭髪のない不気味な男だ。不気味な男は目覚めた男に気付いたのか口を開く。

「ようやくお目覚めか。久しぶりにわしと会った気分はどうだ? 神啓太郎」
「私を蘇らせたのは、やはりお前だったのか、呪……!」

 男こと神啓太郎の目の前に立っているのは呪博士。かつては共に『城北大学』で教鞭を執る仲で、啓太郎はよき友人だと思っていた男だ。呪博士を睨み付ける啓太郎だが、同時に自身の肉体と、少女のように高い声に違和感を抱く。それを見越したように呪博士が指示を出すと、戦闘工作員が鏡を持ってきて啓太郎に全身を見せる。
 鏡に映っていたのは在りし日の啓太郎の姿ではなかった。ウェーブのかかった長い金髪に、たれ気味の目尻に蒼い瞳、女性特有の胸の二つの膨らみに、ほっそりとした腰と丸みを帯びた臀部、すらりとした足を白い上着とゆったりとしたスカート、黒いストッキングで包んだ少女だ。頭には無数のコードがついた機械を被せられ、身体は金属製の椅子に拘束具で手足を固定されている。そして啓太郎は鏡に映っている少女こそ、微睡みに出てきた少女だと理解する。同時に呪博士が何をしたのかを悟ると、椅子から身を乗り出さんばかりの勢いで吠える。

「呪! 貴様! この娘に私の記憶と人格をインストールしたんだな!?」
「その通りだ。理解が早くて助かる」
「ふざけるな! 一体なんの目的でこんなことを!? 今すぐこの娘を解き放て! 私の記憶データが欲しいのなら、こんなこと回りくどいことなどせずに、自分の脳にダウンロードすればよかっただろう!?」
「落ち着け。お前の人格と記憶の一部は、確かにセシリア・オルコットという娘にインストールされた。だがセシリア・オルコットの人格も記憶も、まだ消えてなどおらん。それにインストールした記憶も完全ではない。お前も思い出せないことはあるだろう? それと、事情もあってな。だが、それだけではない。わしもそうしたい理由があるからだ。それは」

 呪博士は一度言葉を切ると、啓太郎に顔を近付けて憎々しげな表情をかくすことなく吐き捨てる。

「お前を存分に苦しめ、消滅させてやりたかったからだ!」
「私を苦しめながら、だと?」
「そうだ! あの時までわしを親友だと思っていたようだが、わしはお前を親友だなどとは一時も、一瞬たりとも思ってはいなかった! 貴様はいつもわしの邪魔ばかりしていた! 貴様も人体改造を研究していたと言うのに、貴様の研究だけが認められ、わしの研究は誰からも認められなかった! 貴様だって人間を切り刻み、機械の化け物にする研究をしていたと言うのに、貴様は城北大学でも浮いていたくらいで学会では認められ、真っ当なスポンサーまでついていた! 神ステーションなどという、ふざけた代物を建設出来るくらいにはな! それに比べてわしに対する仕打ちはなんだ!? 大学どころか学会からも追放され、スポンサーがつくどころか鼻つまみ者だ! わしの方が優秀であったと言うのに、誰も彼もが貴様を評価した! そんなふざけたkとおが許されるものか!」
「だがGODは違う! GOD総司令はわしの業績と能力を評価し、わしにGOD最高司令官の地位と権限、わしこそがGODであると言えるだけの力を与えてくれたのだ! そして貴様がGODの協力者、すなわちわしの配下になればそれでわしは貴様の上に立ち、ようやく貴様よりわしが優れていると証明される筈であった。しかし貴様は屁理屈を並べ立て、せっかくのわしの申し出を断っただけでなく、勝手に死んで逃げおった! それがどれだけわしのプライドを傷つけたか分かるか!? だから貴様をいずれ蘇らせ、わしと貴様の立場の違いを、わしの方が貴様より断然優れていると分からせてやろうと考えていたのだ!」
「そんな理由で貴様は、矜持や魂を悪魔に売り渡したのか!?」
「矜持? 魂? そんなもの、必要ないわ! 必要なのは知識と技術、そして執念のみよ! 大体科学とは目的ではなく、手段に過ぎん! 科学とは己の欲望を満たすため、己の邪魔をするものを壊すため、己の力を示し、称賛されるための手段でしかないのだ! それを良心だ、倫理だ、人類の夢だ、などと下らない綺麗事と偽善で塗り固め、一生を捧げる愚か者など、貴様や南原のような吐き気のする偽善者くらいしかおらんわ! 貴様らも結局はカイゾーグやRS装置のように、人殺しの道具を作り出しているというのに、棚に上げてわしを非難しようなど片腹痛いわ! それと、消滅しようなどと考えるなよ!? 貴様の記憶と人格のデータが消えれば、このセシリア・オルコットに用などないからな! GODに逆らった報いとして辱しめながら、生まれてきたことを後悔するくらい、たっぷりと痛めつけてから殺してやる!」
「どこまでもゲスな……ぐうっ!?」

 狂ったように捲し立てる呪博士に反駁する啓太郎だが、頭の痛みと共に意識が薄れていくのを知覚する。呪博士は嬉しそうに解説し始める。

「どうやら、限界らしいな。貴様とて所詮は後から植え付けられたデータ、すなわち異物に過ぎん。頑張ったところで主導権はセシリア・オルコットにある。貴様が表面化出来る時間は限られているのだ。では、次に目覚める機会があるまで眠っているがいい。残りの記憶データを全てインストールし、セシリア・オルコットの脳に完全に馴染んだなら、貴様の人格など必要ない。用済みになった時こそ、貴様は最期の時を迎えるのだ!」
「そのような……ことなど……!」
「無駄だ! セシリア・オルコットの人格だけになってしまえば、こちらの思うがままだ! さあ、次の記憶データをインストールしてやるぞ! 各自準備をしろ!」

 呪博士は啓太郎を嘲笑した後に指示を出す。食ってかかろうとする啓太郎だが、口を開く前に急速に意識を失い、微睡みへ落ちていくのだった。

**********

 セシリアがに消息を絶った翌朝。呉市にある国防軍基地では一夏が朝食を食べ終えた後、五反田弾と五反田蘭にGOD機関について分かる限りのことを話していた。一通りレクチャーを受けていた一夏と異なり、弾も蘭もそちらの知識はからっきしだ。

「そのGOD機関ってのは、なんのために作られたんだ?」
「表向きは冷戦時代の東西両大国が目障りな日本を潰すために裏で手を組んで作られた組織、ってことになってるけど、実際はショッカー、ゲルショッカー、デストロンと組織が続々と日本で仮面ライダーに潰されてきたから、その仮面ライダーを生み出した日本を新たな仮面ライダーが生まれる前に壊滅させておこう、って思惑から出来た組織らしい。勿論他の組織と同じで、最終的には世界征服を目的としていたみたいだけど」
「そしてGODが戦力として使っているのが、『神話怪人』と『悪人怪人』ですね?」
「ああ。神話怪人ってのはギリシャ神話に出てくる神とか英雄、怪物をモチーフに、能力や特性なんかを付与した怪人で、弱点も神話と同じだったりするらしい。中にはギリシャ神話モチーフじゃないのもいるらしいけど。それに対して悪人怪人って言うのは歴史上、あるいは伝説上の悪人もしくは悪人とされることがある人物をモチーフに、何かしらの動物を組み合わせて能力を付加した怪人らしい。一部の怪人には本物の遺伝子情報が使われているとも聞いてるけど」
「それで、昨日神さんたちが話してたキングダークってのは?」
「GOD機関が開発した巨大ロボットで、『ダーク』の首領でGOD最高司令官の呪博士とも繋がりがあったロボット工学者『プロフェッサー・ギル』が設計した人造人間、『ジャイアントデビル』を参考に呪博士が設計した最終兵器らしい。動力源は『RS装置』をメインにしているらしいけど、サブとして搭載されている『ハイセリウム』を燃料とするエンジンがあれば、一部武装や機能が封印されて全力は発揮出来なくとも、ある程度戦うことは出来るらしい」
「そんなもんまで復活してきたのかよ……一夏、正直言って、勝ち目なんてあると思うか?」
「勝ち目のある無しの話じゃないさ。俺たちは勝たなくちゃいけない。待っている人のためにも、信じてくれている人のためにも、絶対。だから、勝たなきゃならない。勿論、勝てるように出来る限りのことはするけどさ」
「お前ならそう言うと思ってたぜ。それよりセシリア・オルコットさん、だったっけか? お前は心配じゃないのか?」
「心配しないわけないだろ? けど、きっと大丈夫さ。神さんも生きてるって言ってたし。それに俺まで不安になってたら、あのチェルシーって人は勿論、神さんだって……」

 弾の質問に一夏は首を振ってみせる。
 一夏もセシリアとは入学早々喧嘩沙汰になった挙げ句決闘して以来、それなりに長い付き合いだ。セシリアがGOD機関に拉致されたとあっては不安で堪らない。それでもチェルシー必死に敬介にしがみつき、詰るようにすがりついていた姿を見ている。もし自分まで不安を顕にし、同調していたらチェルシーは完全にパニックを起こしていただろう。実際、あの時でさえ緑川ルリ子が止めに入らなければ危なかったほどだ。ましてや、敬介が不安や怒り、悲しみ、強烈な殺意をも強靭な精神力で一瞬の内に無理矢理抑え込み、極力平静に、いつも通り振る舞っている姿を見ている。それを見て、不安を表に出すわけにはいかなかった。

「それじゃ、行こう。俺は作戦会議にも出ないといけないしさ」
「そうだな。忙しいのに悪かったな」
「私とお兄は、クリスタって子と一緒に外で待ってますから」

 一夏は不安を振り払うように立ち上がると弾と蘭を促して歩き出し、作戦会議室へ向かう。その外でクリスタが控えているのを弾と蘭が促し、食堂まで連れていく。見届けた一夏はドアを開けて作戦会議室に入る。そこには敬介や猛、隼人、真耶、志郎、丈二に和也、コンラッドや昨日合流したナオキとミツル、五郎、それに藤兵衛がいる。和也の隣には基地司令官と部下数人がいる。束は立場が立場なので隅の方に座っている。

「すいません、遅くなりました」
「いや、気にしなくていい。話は弾君から聞いてるさ。それより、『RS砲』の工場がどこにあるか分かった。これを見てくれ」

 和也は謝る一夏に首を振ると、手元にある端末を操作してスクリーンに映像を出す。

「見れば分かるように、工場があるのは鳥取だ。輸送船で資材を運搬した後、陸路で輸送しているらしい。国防軍は輸送船の拿捕もしくは撃沈、港と周辺海域の封鎖をお願いします。工場への突入と市民の救出、GODの制圧は我々が行いますので」
「分かりました。では、我々は準備があるので」

 和也の要請を聞くと司令官は頷いて立ち上がり、部屋を出ていく。その後に敬介が口を開く。

「しかし、GODが市民を拉致して強制労働させるとは珍しいですね。RS砲の製造という機密性が高い作戦ならば、なおさら」
「そうなんですか?」
「ああ。GODに限らず、足がつく作戦を嫌う傾向にある。特にキングダーク量産計画やRS砲製造計画のように重大かつ大規模で、誤魔化しが利かない計画を複数抱えている場合、そんな真似はしない。罠なのか、あるいは別の思惑があるのか」
「なんにせよ、慎重を期す必要があるな。そこで俺に考えがあるんだが……」

 和也は声を落として腹案を打ち明ける。一夏だけでなく他の皆も案に異存はないようだ。和也が解散を言い渡すと全員部屋を出る。一夏もまた部屋を出ると、外にはチェルシーが控えている。一夏のすぐ後ろから敬介が出てくると、チェルシーは敬介の傍に駆け寄って一礼する。

「昨日は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした、神博士。それで、セシリア様の行方は?」
「気にしなくていい。セシリアの行方はまだ掴めていない。間違いなくGODの本拠地にいるんだろうが……セシリアなら大丈夫さ。彼女は俺や君が思っている以上に強い。だから俺たちも、まず自分にやれることをやろう」
「……神博士は冷静なんですね。セシリア様に何かあっても、仕方ないと割り切っているようで」
「ちょっと待って下さいよ! いくらなんでも、そんな言い方はないじゃないですか! 神さんだって、セシリアを心配してるに決まってるじゃないですか! ただ俺やあなたのことを考えて……!」

 敬介が穏やかに笑って答えるのを見たチェルシーはややトゲのある口調で呟く。聞き咎めた一夏がチェルシーに食ってかかるが、敬介が黙って手で遮る。流石にチェルシーも悪いと思ったのかすぐに頭を下げる。

「申し訳ありません、また滅多なことを……」
「いいさ。チェルシーさんも元気を出してくれ。そんな調子じゃ、セシリアだって戻ってきた時に寝覚めが悪いだろう。俺が必ずセシリアを助けてみせる。今度こそは、絶対に」

 最後に聞こえるか聞こえないかの声で付け加えると、敬介はチェルシーと一夏の肩を軽く叩き、歩き去っていく。見送った一夏とチェルシーの下に志郎が歩いてくる。チェルシーが一礼しようとするのを志郎が手で制する。

「神博士はお強い方ですね。辛いのは同じ筈なのに、私たちのために無理矢理内に抑え込んで、いつものようにお振る舞いになられて」
「あいつは……敬介は、そんなに強くないさ」

 しかし志郎は静かに首を振り、続ける。

「一度愛する者を喪った人間は、臆病になる。二度と悲しみや苦しみを味あわないよう、人と深く関わることを避けようとしたり、無理矢理不安や恐れ、怒り、悲しみから目を逸らし、本心を押し殺す。そうしないと失ってしまうのが怖くなり、失ってしまう可能性に直面した時、耐えられないからな。敬介は強いからああ振る舞っているんじゃないのさ」

 志郎は言葉を切ると一夏とチェルシーの前から歩き去っていく。一夏も蘭から志郎がデストロンとの戦いで家族を亡くしたことは聞いている。敬介もGOD機関との戦いで大切な者を失ってしまったのだろうか。そこまで考えた一夏だが、すぐに振り払ってチェルシーに別れを告げ、その場から立ち去るのであった。

**********

 いつ目覚めるとも知れぬ微睡みの中で、昔のことを思い出す。
 父親と母親が列車事故で亡くなって以来、命日になる度に墓を掃除し、赤と白のバラを欠かさず供えていた日本人に興味を持ち、拒んでいた日本行きを受諾してIS学園へ入学した。同時に世界中から集まってくる生徒、特にISを生み出し『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬を輩出した日本の生徒には気圧されぬよう、敢えて高飛車な態度を取ることで自らを鼓舞しようとした。入学試験でも経験に勝る教員に必死に食らいつき、辛うじて勝利を収めた。
 それだけに、入学して教室に入った時には怒りを覚えた。そこに一人だけいた日本人の少年からは、何の気概も、自負も、エリートとしての矜持も、なにより自覚を一切感じ取れなかったからだ。自分が家名を守るため、夢を持つ暇もなく必死に努力してこの場にいるというのに、その日本人はISに乗れる男というだけでこの場にいる。それが許せなかった。だが、一番の理由は自分に比べて恵まれて幸せだったろう少年に、八つ当たりや嫉妬に近い怒りを無意識の内に抱いてしまったからだ。
 だから少年との決闘で自分が素人の少年に追い詰められたのも、内心では自分の怒りが間違っていた認めたからなのかもしれない。あるいは実力差があると理解していても、どれだけ追い詰めても負けを認めず、諦めずに食らいついてくる少年に、自分が記憶の奥底に押し込めていた、物腰こそ柔らかかったが、正しいと思ったことは決して曲げなかった父親の姿を見てしまっていたのかもしれない。
 そのことに思い至れたのは、クラスメートに非礼を詫びて少年こと織斑一夏に恋心を抱いた後、夏休みに入り神敬介と出会ってからだ。敬介が身を呈して庇ってくれたことがきっかけで、父親の本当の姿を思い出した。同時に自分が幼馴染みがいるにも関わらず抱いていた孤独感が、同じ苦しみを共有出来る者を求めていたことの表れだと悟った。そして敬介や一夏たちにもまた、辛い過去があることも。
 それからは敬介と定期的に連絡を取るようになった。敬介の仕事について、自分の学業や恋について、互いの夢について、時に悩みを打ち明け、時にアドバイスを受け、時に顔を合わせるなり掴み合いの喧嘩になって……

(え……?)

 違う。敬介と『美山島』で再会するまで一度も顔を合わせていないし、敬介は常に穏やかであった。掴み合いの喧嘩になったことなどない。しかし今自分が見ている記憶では、敬介は掴みかかりながら激しく口論している。若い女性が止めに入っても一向に喧嘩が収まる気配がない。
 同じように、身に覚えのない記憶が次々と再生されていく。GOD機関が協力を求めて脅しにかかっていた最中、久しぶりに敬介が沖縄から帰って来たこと。敬介の恋人がGOD機関に潜入するため、敢えて自分と敬介を裏切ったこと。敬介は一度死亡して自身も致命傷を負ったこと。そして敬介を蘇生させる為に最後の力を振り絞り、深海開発用改造人間『カイゾーグ』へ改造したこと。

『敬介、お前はもう人間ではない。お前の命を救うにはこれしかなかった――許してくれ』

 意識を取り戻さない敬介に謝罪の言葉を述べて改造手術を終える……ところで、セシリアは微睡みから目覚める。
 内心混乱しながらも周囲を見渡す。ここは牢獄のようだ。セシリアは両手を枷で拘束され、床に座らされている。GOD機関のアジトに連行されたらしい。セシリアは枷を外そうともがくが、一向に外れる気配がない。嘲笑うように牢獄の扉が開かれ、悪人軍団が歩いてくる。セシリアは怯むことなく睨み付けるが、悪人軍団は鼻で笑ってみせ、代表するようにトカゲバイキングが口を開く。

「ようやくお目覚めか。気分はいかがかな? セシリア・オルコット」
「最悪以外の何物でもありませんわ。私を捕らえた点だけは褒めて差し上げますが、レディを薄汚い牢獄に閉じ込めた挙げ句、手に枷をつけて床に座らせるとは、GODの野蛮さは想像以上のようですわね!」
「フン、強気な捕虜だ。貴様、自分の立場が分かっているのか? どれだけ粋がろうが、所詮は無力な小娘。生かすも殺すも我らの思うがままなのだからな」
「ならば、さっさと殺しなさい。お前たちのような下衆に囚われて生き恥を晒すくらいならば、誇り高い死を選びますわ! この下郎共!」
「一々態度が癪に障る上に、五月蝿い小娘だ! もう我慢出来ん! やれ!」

 セシリアの態度に怒りを爆発させたカブト虫ルパンが指示を出すと、戦闘工作員がセシリアを無理矢理抑え込み、トカゲバイキングがセシリアの制服を脱がそうとスカートに手をかける。

「離しなさい! この変態! 何をしようというの!?」
「呪博士の命令で、貴様を殺す訳にもいかんのでな。我々に逆らうとどうなるか、その生意気な身体にたっぷりと教えてやるまでよ!」
「嫌! 離して! 一夏さんならともかく、お前のような怪物に触らせるような肌など、持ち合わせてはおりませんわ!」
「一夏とは誰かは知らんが、そんな男のことなどすぐに忘れさせてやる! 抵抗しても無駄だ! 貴様はすでに、我々のものなのだからな!」
「一体何の騒ぎだ? トカゲバイキング」

 トカゲバイキングは抵抗するセシリアを嘲笑うと、スカートを力任せに引き裂いて脱がせようとする。しかし背後から白い服に黒手袋を嵌めた男が尋ねると、露骨に嫌そうな顔をしながら振り返る。

「アポロガイスト、何のつもりだ?」
「それはこちらの台詞だ。呪博士から、彼女を丁重にもてなすように言われた筈だ。それが何を血迷い、牢獄に閉じ込めた挙げ句乱暴まで働いている?」
「フン、あまりに五月蝿いんで、GODのやり方で丁重にもてなしてやるだけよ」
「馬鹿者! 誰がセシリア・オルコットを牢獄に閉じ込め、鞭打ちの拷問にかけろと命令した!? セシリア・オルコットをVIPルームまで案内しろと呪博士は命令した筈だ!」

 男ことアポロガイストはトカゲバイキングを詰り、戦闘工作員が持っていた鞭をトカゲバイキングの鼻先に突きつける。するとトカゲバイキングは不満そうな態度を隠さず反論する。

「しかしアポロガイスト! こいつは口うるさくて敵わん! 少しばかり痛め付けてやった方が……!」
「馬鹿ッ! インストールされた人格や記憶は不安定な状態だと言うのに、拷問にかけたショックでデータが失われたら、どう責任を取るつもりだ!? 貴様ごときの命では、いくら殺しても償いきれんほどの代物なのだぞ!?」
「うっ……」
「分かったら枷を外せ。後はこちらでやるから、お前たちは残りの悪人軍団と合流し、RS砲製造工場の護衛に当たるのだ。これは呪博士からの命令だ」

 アポロガイストが告げるとトカゲバイキングは枷を外させ、牢獄から歩き去っていく。見送ったアポロガイストはセシリアを助け起こし、胸ポケットからハンカチを取り出すと恭しく一礼してセシリアの身体に着いた埃を払う。

「配下が粗相をしてすまなかった。代わって私、アポロガイストが君をVIPルームまでお連れしよう。そのついでと言ってはなんだが、我らがGODが誇る第3アポロン宮殿も案内しよう」
「アジトを案内するとは、一体どういう風の吹き回しなのかしら?」
「こちらの誠意と、謝罪の印と思ってくれればいい。では、こちらへ」
「エスコートなどいりませんわ。自分で歩けますもの」

 アポロガイストが紳士的な態度で手を取ってエスコートしようとするが、セシリアはその手を拒む。アポロガイストは気にする様子も見せずに歩き出し、セシリアも続けて歩き出す。

「君の専用機、『ブルー・ティアーズ』はカメレオンファントマが神敬介に届けている。いくら私に探りを入れても無駄だ」

 最初にアポロガイストが釘を刺すと、アポロガイストとセシリアは廊下の先にある広い部屋に到着する。そこでは多数の戦闘工作員たちが素手、もしくは武器を持ち戦闘訓練に励んでいる。全員手練れとセシリアが理解したのを見計らうように、アポロガイストが話し始める。

「まず、ここはGOD警備課の訓練場だ。警備課に所属する戦闘工作員は、いずれもあらゆる武術や戦闘術、スポーツのチャンピオンに匹敵する能力を持っている。仮に国家代表候補生である君がここで暴れても、瞬く間に無力化出来るだけの実力がある」

 アポロガイストの言う通り、警備課の戦闘工作員には隙が見当たらない。国家代表候補生のセシリアでも、多数で取り囲まれれば勝ち目はなさそうだ。セシリアが訓練の光景を見終わるとアポロガイストは再び歩き出し、続けて数十人の戦闘工作員がモニターや機器の前に座っている部屋に案内する。

「ここは通信課が使用している通信室の一つだ。人工衛星や回線への割り込み、ハッキングなどを駆使し、世界各地と通信出来るだけでなく、あらゆる通信を傍受出来る。インフィニット・ストラトスのコア・ネットワークのように、例外も存在するが」

 説明を終えるとアポロガイストはまたしても歩き出し、今度は巨大なドッグへと案内する。そこには、『あるもの』が鎮座している。見忘れるわけがない。

「これは、キングダーク!?」
「その通り。現在はRS装置の最終調整をしているところだ。ここがGOD機関が誇る技術課の秘密工厰だ。他にも人事課、作戦課、車両課、医務局、G.D.などもあるが、その紹介はまたの機会にしよう」

 アポロガイストはまたしてもセシリアを先導し、両開きの扉の前に立つと取っ手に手をかけて扉を開く。

「ここが君の部屋だ。少々手狭だが、好きに使ってくれたまえ」

 部屋の中はヴィクトリア朝時代の『ルネサンス・リバイバル』様式の家具で統一され、部屋の中央にはテーブルと椅子が設えられている。アポロガイストが椅子を引いて座るように促すとセシリアは黙って座り、アポロガイストもセシリアと対面するように座って口を開く。

「それで、GODの力の一端を見た感想はいかがかな? 少しはGODに逆らうことの愚かさを理解出来たのではないかな?」
「何をふざけたことを……それより、なぜ私にアジトの内部を見せたのか、いい加減に説明して貰いたいのですけど。単なる謝罪で見せたのではないのでしょう?」
「察しが良くて助かる。単刀直入に言おう。セシリア・オルコット、GODに参加する気はないか? 君には資格と能力がある。その能力を生かせば、すぐ幹部待遇になるであろう」
「……正気ですか? 誰がGODになど降りますか!」
「落ち着きたまえ。我々も遊びで言っているのではない」

 意外な誘いにしばらく唖然としていたセシリアだが、すぐに食ってかかる。しかしアポロガイストは手で制すると立ち上がり、両手を背後で組みながらセシリアの周囲を歩いて言葉を続ける。

「GODの情報収集能力を舐めて貰っては困る。それに私は、他の者より早く復活させられた。君の立場や置かれている状況は理解している。連合王国では歴史的背景から、連合王国とは別に『モンド・グロッソ』に参加する権利を与えられた北アイルランドを除く、イングランド、ウェールズ、スコットランドから選ばれた地域の代表とも言える候補生から、優秀な者を連合王国代表とすることも、現在の代表操縦者が初代以来となるイングランド出身であるということも知っている。君がそれとは別に、『ブルー・ティアーズ』のテストパイロットという名の、BT兵器試験用のモルモットとして代表候補生に採用されたこともだ」

 アポロガイストは一度言葉を切るとセシリアの背後で立ち止まる。

「BT兵器について技術課に分析させたところ、面白い事実が判明した。BT兵器の運用に際しては脳波を読み取るが、攻撃端末の軌道や配置、ビームやミサイルを発射するタイミング、加えて『BT偏光制御射撃』の場合はビームの照準や軌道を、リアルタイムで強くイメージしなければならない。当然、高度な判断力に加え、並外れた空間認識能力に情報処理能力が無ければBT兵器を使うことなど儘ならない。だが、それらの資質は訓練や機体側のサポートでどうにかなる。先天的な適性など必要ない筈だ」
「しかしBT兵器には大きな欠陥があった。人間の脳波を攻撃端末や機体側が読み取るだけでなく、人間側がフィードバックを受けることで正確かつ柔軟な運用が可能になっている。故に端末や機体が位置情報や状態をリアルタイムで操縦者にフィードバックすることで、常に端末の位置や状況を把握でき、破壊された端末に指令を送るようなミスをなくせる。裏を返せば、操縦者の脳に莫大な情報が常に流れ込んでいる。端末や機体からのデータまで脳に流れ込めば、常人ならば脳の処理が追い付かずに拒絶、発狂、廃人化のいずれかに落ち着く。ましてや、他の武装との同時運用や高度な戦闘機動を行う余裕などない。故に『ブルー・ティアーズ』は幾重にもリミッターが搭載され、適性のない者が端末を起動出来ないようになっている。端末の操作中、他の武装が使用出来ず、最低限の機動しか出来ないのも安全対策の意味合いもある。だが、中には本来ならばあり得ない情報、つまり端末や機体からのデータを受け入れられる、極めて柔軟性に富んだ脳の持ち主もいる。つまりBT適性とはフィードバックにどれだけ耐えられるか、脳の柔軟性がいかに優れているかを表している」
「君の脳は、この世界に百人といないであろう、稀に見る柔軟性を持った素晴らしいものだ。しかし連合王国政府は君を途中で切り捨てる予定の実験動物扱いをしている。BT兵器搭載2号機の『サイレント・ゼフィルス』では君の運用データをフィードバックし、制御用プログラムと補助AIにより端末の操作性を向上させた。フィードバックに関しても機体制御と別系統とし、端末のデータはコアや補助AIで処理させることで、情報をほとんどカットした。つまりBT適性がなくとも判断力、空間認識能力、情報処理能力に優れた人間ならBT兵器を扱うことが出来るし、他の武装との併用や高度な戦闘機動も可能になる。もっとも、BT偏光制御射撃の使用には相応の資質が無ければならないが、いずれ技術進歩により問題は解決するであろう。そうなれば君などお払い箱、というのが連合王国政府の考えだ」
「だが、君ほどの優秀な脳の持ち主を捨て駒にするなど、愚かとしか言い様がない。しかしGODは違う。君ならばGODに参加する資格がある。通常の人間では耐えられない改造手術にも耐えられるし、フルスペックのキングダークを使いこなすことも夢ではない」
「キングダークを?」
「そうだ。キングダークは生身の人間にしか操縦出来ないようになっている。それも呪博士のように、極めて柔軟な脳の持ち主でなければフィードバックされるデータに耐えられず、フルスペックを発揮出来ない。マニュアル操作も可能だがRS装置は使えず、滝和也の脳を使った時はRS装置以外の装備をオミットする必要があった。しかし君ならば、フルスペックのキングダークを扱うことが出来る。GODに入れば君は神の雷を手に入れ、神(ゼウス)をも越えた存在となれるのだ」
「何を言い出すのかと思えば……『GODの殺人マシーン』がジョークを言い出すなど、思いもよりませんでしたわ。一度医務局とやらに診察して貰ってはいかがかしら? GODにはGODの健康保険があるのでしょうから、診療費は無料か安く済むのでは? ジョークセンスの無さは未来永劫治せないでしょうが」

 セシリアは鼻で笑いつつ皮肉を飛ばす。しかしアポロガイストは皮肉を受け流してセシリアの横に回り込み、テーブルの上に右手を置く。

「妄想と切り捨てるのは勝手だが、悪い話ではないと思うのだが? 君は織斑一夏を好いているのだろう? ならば織斑一夏が我らが大首領の祝福を受けてこちら側に立った後、君も傍にいたいと思わないのかね?」
「一夏さんが大首領の? ジョークにしても笑えませんわね。一夏さんがGODの手先になるなど、天地が引っくり返っても有り得ませんわ!」
「織斑一夏が手先? とんでもない。織斑一夏はこの世界を暗黒へと導く『鍵』となる者だ。立場で言えば私よりも上になる。本当は君も気付いているのではないかな? 織斑一夏という存在が、いかに異常であるのかを」
「馬鹿馬鹿しい! 一夏さんは人間ですわ! 人の心と魂を捨てて怪物に成り果てた者とは、根本的に違いますわ!」
「現実から目を逸らすのか? なぜ女にしか乗れない筈のインフィニット・ストラトスに乗れるのか。なぜろくな搭乗経験も無かったのに仮面ライダーと肩を並べて戦えるのか。なぜ回復力が尋常ではなく高いのか。そしてなぜ死を恐れる素振りも見せず、死に急ぐような面が見受けられるのか。君も疑問に思っていたのではないか?」
「こじつけを! それが一夏さんが人間ではないという証拠になるとでも!?」
「いや、今の織斑一夏は『まだ』人間だ。肉体的にも精神的にもな」
「先ほどからわけの分からないことばかり……!」
「まだ理解出来ないのか。ならば教えてやろう。織斑一夏とは……失礼、少し外させて貰う」

 アポロガイストはセシリアに何か告げようとするが、通信機が鳴り響く。アポロガイストはセシリアから離れると一度退室し、ドアの外で通信に出る。セシリアは部屋の中を見渡す。やがてアポロガイストは再び部屋に戻ると口を開く。

「話の途中で悪いが、急用が出来た。織斑一夏の件については記憶が馴染んだ後にでもゆっくりと話そう。では、失礼」

 最後にアポロガイストが恭しく一礼して背を向けるとセシリアが口を開く。

「その必要はございませんわ、アポロガイスト。Xライダーが必ずやGODを討ち滅ぼすのですから。それだけは覚えておきなさい!」

 するとアポロガイストは振り返ってつかつかと歩み寄ると、右手でセシリアの顎を掴んで無理矢理顔を引き上げ、鼻と鼻が触れ合わんばかりに顔を近付けて言い放つ。

「ならば一つ覚えておけ、セシリア・オルコット。Xライダーはこのアポロガイストが必ずや殺す。私の全てを擲ってでもな!」

 紳士的な態度から豹変し、『GODの殺人マシーン』として告げるとアポロガイストは部屋を出る。セシリアは脱出の算段を決めるべく、探索し始める。出入口はアポロガイストが出た扉だけだ。ダストシュートや通気孔は狭すぎ、伝って脱出するのは不可能だ。扉に手をかけてみるが鍵がかかっているのか、内側からは開きそうにない。現状では脱出不可能だ。状況が変わるのを待つしかない。セシリアは焦る気持ちを抑え、ベッドの上に腰かける。

『……こえるか……?』

「え……?」

『……こえるかね? 私の声が聞こえるかね?』

「何……!? 誰!? どこから!?」

 ベッドに座ったセシリアに誰かの呼びかけが聞こえてくる。立ち上がって周囲を見渡すが、人の気配はないしマイクやスピーカーは存在しない。なにより頭の中に直接語りかけてくるような感覚だ。混乱するセシリアに対し、声の主は困ったような声で話を続ける。

『聞こえているようだね。落ち着いて聞いてくれ、と言っても無理だろうが……聞いてくれるだけでいい。私は君の敵ではない。出来れば今すぐ君の中から消滅してやりたいところだが、私が消えれば呪が君をすぐに殺すだろう。しかし、このままでも君に危害が及ぶ。だから接触を図ってみたわけだが……』

「私の……中に……?」

 少し冷静さを取り戻したセシリアはアポロガイストが話していたことを思い出す。アポロガイストは『記憶』を『インストール』と言っていた。朧気ながらセシリアが意味を理解した時、声の主は再びセシリアに話しかける。

『君が考えている通り、私は君の脳にインストールされた、科学者の端くれさ。「RS装置」完成させるのに必要なもの、私が南原博士に提供した「パーフェクター」の製造法を入手するために君へ記憶をインストールしたようだ』

「パーフェクター……失礼ですが、あなたは神啓太郎博士ではありませんか? 海洋学者で、深海開発用改造人間『カイゾーグ』を開発した。そして神敬介さんの……」

『君は敬介を知っているようだな。あいつがカイゾーグであるとも。その通り。私は神啓太郎。神敬介は、私の息子さ』

「やはりそうでしたか。こんな状況ですが、お話出来て光栄ですわ。私はセシリア・オルコットと申します。博士の共同研究者であったジョナサン・オルコットは、私の祖父で……」

『敬介は君の父親代わり、か。しかし、あいつがジョナサンの孫と出会い、父親代わりになるとは、分からないものだな』

 啓太郎はセシリアの記憶を垣間見ているのか、感慨深げに呟く。セシリアも自分が見た記憶が啓太郎のそれだと確信する。喧嘩の記憶も、啓太郎の記憶なのだろう。

『ならば、なおさら君を無事に帰してやらないとな。とにかく、今は策を練ろう』

 啓太郎が切り出すと、セシリアは今後について相談し始めるのであった。

**********

 鳥取県境港市。島根県との県境にあるこの街には、日本海側の重要港湾である『境港』が控える。港はGOD機関に制圧されている。輸送船がコンテナを下ろし、トレーラーに積み直してはRS砲製造工場へと向かっていく。
 工場ではジンギスカンコンドルを始めとしたGOD悪人軍団に、捕らえた市民が強制労働をさせられている。戦闘工作員が作業の遅い市民に鞭打っている光景を見ながら、ジンギスカンコンドルやヒトデヒットラー、クモナポレオン、タイガーネロ、それに途中で合流したトカゲバイキングは満足げに頷いてみせる。

「これよ! 弱者を力を以て無理矢理従わせ、強者の礎とする。これこそが侵略であり、征服というものだ!」
「しかしアポロガイストは、市民を捕らえて労働力に使うなと言っていなかったか?」
「フン、文句と皮肉を言うしか能のない邪魔者が何を言おうが知ったことか! 自分が一向に手柄を立てられないことに嫉妬し、歯止めをかけようとしているだけだ! そんなものを気にする必要はない!」

 カメレオンファントマが懸念を述べるがジンギスカンコンドルは鼻で笑う。直後に足音も荒くアポロガイストが悪人軍団の前に現れ、悪人軍団が嫌そうな顔をする間も与えずに頭ごなしに怒鳴り付ける。

「一体なんのつもりだ!? 市民を拉致して働かせるなと言っておいたのに、この状況はなんだ!?」
「余計なお世話だ、アポロガイスト。作業の進捗を早めるために、労働力を徴発してきたまでよ」
「馬鹿者! 仮面ライダー共に製造工場を嗅ぎ付けられたらどうする!? 万が一市民に紛れて潜入していたら、どう責任を取るつもりだ!?」
「簡単に侵入出来るものか! 仮に侵入してきても、返り討ちにすればいいだけのこと! お前こそ余計な心配をしていないで、さっさとRS装置の製法を……!」

 敢然と反論するタイガーネロだが、工場内で盛大に爆発が起きる。

「ええい、何があった!? すぐに原因を調べさせろ!」

 タイガーネロは貫頭衣を着た戦闘工作員に指示を出す。入れ違いになるようにGOD秘密警察所属の戦闘工作員がアポロガイストに敬礼し、報告する。

「ジーッ! 報告します! 工場にXライダーとSPIRITSが侵入しました! 現在迎撃中ですが、数の不利もあって押し込まれているのが現状です!」
「何!? XライダーとSPIRITSはどうやって!?」
「悪人軍団が拉致した市民が、SPIRITSの隊員や仮面ライダーの変装だった模様!」

 戦闘工作員の報告を聞いた瞬間、アポロガイストは悪人軍団を怒鳴りつける。

「馬鹿ッ! だから何回も警告したのだ! 全員処刑してやりたいところだが、今は後回しだ! 一人残らず皆殺しにしろ! 秘密を知られてしまった以上、誰一人として生かして帰すな!」
「そうはさせないぞ! アポロガイスト!」
「ここでGODの野望は潰えるんだ!」

 アポロガイストが悪人軍団に指示を出すが、革ジャンを着た男とグレーのスーツに右手袋を嵌めた男が戦闘工作員を蹴散らし、アポロガイストと悪人軍団の前に立つ。クモナポレオンは誰何する。

「貴様ら、一体何者だ!?」
「俺たちを知らないとは、大したヤツではないらしいな、クモナポレオン!」
「私は知っているぞ! ライダーマン、結城丈二! そして仮面ライダー1号、本郷猛!」

 アポロガイストはスーツの男こと丈二と革ジャンを着た猛に、忌々しげに吐き捨てる。
 猛たちは避難所に先回りし、市民を隣の街に一時的に避難させると変装して自ら餌となった。工場まで連行された後は工場内の間取りを確認すると爆破し、戦闘工作員の掃討を開始した。現在では敬介、隼人、志郎が市民を逃がしている。

「まずは貴様らを血祭りにしてやる! アポロチェンジ!」

 アポロガイストは掛け声と共に怪人としての姿になる。負けじと猛は右腕を左斜め上に突き出し、丈二は両拳を胸の前で合わせた後に頭上へと突き上げ、ヘルメットを呼び出す。

「ライダー……変身!」
「ヤァァッ!」

 猛が動作を終えて丈二がヘルメットを被ると、ベルトの風車が回って猛は仮面ライダー1号へ変身し、強化服が丈二の身体を包んでライダーマンへの変身が完了する。

「仮面ライダー! アポロショットを受けろ!」

 アポロガイストはアポロショットを発射するが、仮面ライダー1号は両手で巧みに弾いて防ぐ。カブト虫ルパンがレイピアで突きかかり、サソリジェロニモがトマホークを投げつける。仮面ライダー1号はレイピアを半身で回避し、カブト虫ルパンにカウンターの膝蹴りを入れて吹き飛ばし、跳躍するとサソリジェロニモに渾身の飛び蹴りを放つ。

「ライダーキック!」

 必殺の蹴りはサソリジェロニモの身体を容易く上下に両断し、間もなくサソリジェロニモは爆発する。それを見たサソリジェロニモJr.が父の仇とばかりに怒り狂い、右手に持った槍をしごきつつ、左手に持ったトマホークで背後から仮面ライダー1号に斬りかかる。カブト虫ルパンもギロチンハットを投げつける。しかし仮面ライダー1号はギロチンハットの刃を右手の指でつまみ、背後のサソリジェロニモJr.に投げつける。対応出来なかったサソリジェロニモJr.の首が飛ぶと、仮面ライダー1号は踏み込んでムカデヨウキヒへと挑む。

「仮面ライダーめ! ジンギスカンファイヤーで焼き払ってやる!」
「そうはいくか! ロープアーム!」

 飛び上がったジンギスカンコンドルは火炎を吐いて攻撃しようとする。しかしライダーマンがロープアームを射出してジンギスカンコンドルを絡め取り、もがくジンギスカンコンドルを投げ飛ばして地面に叩きつける。ジンギスカンコンドルが悶絶している間にライダーマンは右肘にカートリッジを押し込み、カセットアームを変形させる。

「ドリルアーム!」

 右腕をドリルアームに変形させたライダーマンは、ジンギスカンコンドルが立ち上がって槍を構えきる前に、胸にドリルを突き立てる。そしてジンギスカンコンドルの動きが止まると同時に飛び退いて離脱する。

「ライダーマン! クモの巣ジャングルを受けろ!」
「甘い! ネットアーム!」

 クモナポレオンがクモの巣ジャングルを放つが、ライダーマンは右腕を変形させてネットアームを射出する。クモの巣ジャングルとネットアームはライダーマンと中間地点で互いに絡み合い、相殺される形で地面に落ちる。クモナポレオンはサーベルを抜き放つが、ライダーマンは右肘にカートリッジを挿入する。

「スモークアーム!」
「ぬうっ!? 視界が!?」

 ライダーマンが右腕をスモークアームに変形させ、煙幕をクモナポレオンの周囲にばら蒔く。視界を封じられたクモナポレオンは無闇矢鱈とサーベルを振り回し、ライダーマンを斬ろうとする。ライダーマンはクモナポレオンを遠巻きにし、またしても右腕を変形させる。

「そこか!」
「もう遅い! ディスクアーム!」

 変形した音でライダーマンの居場所を察知し、突撃していくクモナポレオンだが、ライダーマンはディスクアームを射出してクモナポレオンの胴体を両断する。

「パワーアーム!」

 続けてライダーマンは右腕をパワーアームに変形させ、カブト虫ルパンのレイピアと激しく打ち合い始める。しかしアポロガイストが何の躊躇いもなくアポロショットを連射し、ライダーマンもろともカブト虫ルパンに銃撃を浴びせる。

「何のつもりだ!? アポロガイスト!」
「仮面ライダーを倒すためならば、いかなる犠牲もやむを得ん! 射線上に入ってきた味方への誤射など、構っていられるか!」

 文句をつけるカブト虫ルパンを無視し、アポロガイストはアポロショットを撃ち続け、ライダーマンめがけて盾を投げつける。

「ガイストカッター!」

 ガイストカッターはカブト虫ルパンを切りつけて迫るが、ライダーマンが跳躍して回避すると、運悪く背後にいたヒルドラキュラに突き刺さり、ガイストカッターが爆発して吹き飛ばされる。ムカデヨウキヒを蹴り飛ばした仮面ライダー1号は踏み込んで右手刀を作る。

「ライダーチョップ!」
「ぐうっ!?」

 咄嗟にアポロガイストはアポロショットを盾にするものの、右手刀はアポロショットを寸断し、アポロガイストと仮面ライダー1号は格闘戦にもつれ込む。アポロガイストはジャブで牽制しつつフックやボディブローを放つが、仮面ライダー1号はバーリングでパンチを全て叩き落とすと、アポロガイストのミドルキックも中段蹴りで迎撃し、左右のコンビネーションパンチを顔面に入れて攻め立てる。格闘戦では不利と見たアポロガイストは大きく飛び退き、仮面ライダー1号に羽織っていた白いマントを投げつけて視界と動きを封じ、右腕を射出する。

「アーム爆弾で死ねぇ!」

 射出されたアポロガイストの右腕がマントに触れた瞬間、アーム爆弾が作動して大爆発が起こる。マントを振り払って直撃だけは避けた仮面ライダー1号だが、爆発の衝撃で吹き飛ばされる。アポロガイストの姿は煙に隠れて見えない。するとタイガーネロが吐き捨てるように言い放つ。

「フン、偉そうな口を叩いておいて、もう死んだか。これだから大口を叩く間抜けは……」
「アポロマグナム!」
「ぬおっ!?」
「ぐっ!?」

 しかし煙の中から弾丸が連射されてタイガーネロに当たり、仮面ライダー1号は両手で弾いて防ぐ。しかし防ぎきれなかった弾丸が数発胸の『コンバーターラング』に当たり、嫌な音を立てながら火花を飛び散らせる。仮面ライダー1号が視線を向けると、煙の中からアポロガイストが何事もなかったのように姿を現す。
 ただしその姿は幾分異なっている。最大の違いは右腕がレイピアが装備された三連装銃と一体化している点だ。兜には銀色のラインが入り、羽織っているマントには炎のような模様が描かれている。左手に日輪を模した盾を持っている点こそ変わらないが、左上腕部には小型の盾が新たに装備されている。一度仮面ライダーXに敗れた後に強化再生された時の姿だ。アポロガイストは感心した様に呟く。

「流石は最初の仮面ライダー。大型戦車の装甲すら撃ち抜く『アポロマグナム』を、不意打ちにも関わらずに防ぐとはな。その実力に敬意を表しよう。だが最後に勝つのは私、アポロガイストだ!」

 アポロガイストはアポロマグナムを向けて銃撃を開始する。走り回って回避する仮面ライダー1号だが、アポロガイストの銃撃が激しく、なかなか接近出来ない。

「本郷さん!?」
「貴様の相手は俺たちだ! ライダーマン!」

 ライダーマンが救援に赴こうとするが、ガマゴエモンを始めとする悪人軍団が立ち塞がる。背負い投げの要領でカメレオンファントマを射線上に投げ飛ばし、カメレオンファントマはアポロマグナムを受けてグロッキーとなる。仮面ライダー1号は跳躍し、右足をアポロガイストに向ける。

「ライダーキック!」
「なんの!」

 仮面ライダー1号の飛び蹴りに、アポロガイストは盾を出して防御する。衝撃で身体が揺らいで倒れそうになるものの、辛うじて踏みとどまる。続けて弾き飛ばされた仮面ライダー1号にアポロマグナムを浴びせる。仮面ライダー1号は急所への銃撃こそ両手で弾いて防ぐものの、右足に数発浴びて着地の際に右膝が崩れかかる。その隙を見逃さずにカメレオンファントマが仮面ライダー1号の足にしがみつき、アポロガイストは銃撃を加えながら先端の剣を掲げて突っ込んでいく。
 仮面ライダー1号は銃撃を弾いてカメレオンファントマを振り払い、アポロガイストの突きを半身に開いて回避すると、アポロガイストの右腕を取って跳躍する。

「ライダー返し!」

 アポロガイストを一本背負いの要領で投げ飛ばすと、地面に強かに叩きつけられて動きが止まる。着地した仮面ライダー1号は踏み込む。突き出されたアポロマグナムを左手で上に逸らし、右ストレートを顔面に叩き込んで殴り飛ばし、だめ押しとばかりに前蹴りを入れる。しかしアポロガイストも銃撃を再開し、仮面ライダー1号を引き離す。背後からカメレオンファントマが飛びかかってくるが、仮面ライダー1号はソバットで蹴り飛ばした後は無視し、アポロマグナムの回避と防御に専念する。

「仮面ライダーめ! 舐めた真似を!」
「回天白夜!」

 直後に一夏がスラスターを噴射してカメレオンファントマに接近し、回天白夜でカメレオンファントマを両断する。

「ライドルバリア!」

 続けて仮面ライダーXが割って入り、ベルトから『ライドル』を引き抜く。ライドルをロングポールに変形させて風車のように回転させ、アポロマグナムを全て弾き飛ばして防ぐ。合わせて仮面ライダー2号はガマゴエモンを、仮面ライダーV3はトカゲバイキングをそれぞれ蹴り飛ばし、真耶はアサルトライフルを両手に持ってフルオートで掃射し、悪人軍団を怯ませた後にライダーマンの傍に着陸する。

「敬介、避難は完了したんだな?」
「はい。滝さんやコンラッドたちSPIRITSが安全な場所まで護衛していてくれています。国防軍も海上封鎖と境港の奪還が完了したと」

 仮面ライダーXは仮面ライダー1号に頷いて答える。仮面ライダーXはライドルのスイッチを操作する。

「ライドルスティック!」

 ライドルをライドルスティックに変形させた仮面ライダーXは、アポロマグナムをライドルスティックを風車のように回転させて防ぎつつ接近し、ライドルスティックで突きかかる。ライドルを盾で防ぎつつ剣で突こうとするアポロガイストだが、仮面ライダーXもライドルスティックで剣を横に払って防ぎ、主導権を渡さない。

「ライドルホイップ!」

 続けて仮面ライダーXはライドルをライドルホイップに変えて連続突きを放つが、アポロガイストはアポロマグナムと盾を使って凌ぎ、鍔迫り合いへと持ち込む。

「アポロガイスト! 言え! セシリアはどこだ!? なぜセシリアを捕らえたんだ!?」
「誰が答えるか! そしてXライダー、貴様は永遠にセシリア・オルコットと再会できん。貴様はアポロガイストの手により死ぬのだからな!」
「易々と死んでたまるか! セシリアは返して貰うぞ!」

 仮面ライダーXはアポロガイストに回し蹴りを放って蹴り飛ばすと、一度ライドルを収納して踏み込み、がら空きになったボディにパンチの連打を叩き込む。
 一方、仮面ライダーV3はカブト虫ルパンのレイピアをスウェーで回避し、カウンターの前蹴りを入れて攻撃を中断させる。すぐに跳躍すると空中できりもみ回転し、急降下するように飛び蹴りを放つ。

「V3きりもみキック!」

 蹴りを受けたカブト虫ルパンは大きく吹き飛んだ後に爆死する。ヒトデヒットラーが着地の隙を狙ってヒトデに変身し、仮面ライダーV3に体当たりを仕掛ける。だが割り込んだ仮面ライダー2号が正面から両腕で受け止め、逆にベアハッグの要領でヒトデヒットラーを締め上げる。

「やれやれ、ラウラちゃんやシャルロットちゃんがいなくて、本当に良かったぜ。顔とか色々な意味でヤバすぎる……トオッ!」

 ヒトデヒットラーは苦しみながらもがくが、仮面ライダー2号の怪力からは逃れられない。仮面ライダー2号はヒトデヒットラーを一瞥して呟いた後に跳躍する。ヒトデヒットラーを頭上に掲げ、竜巻を巻き起こしながらきりもみ回転させて地面に投げ落とす。

「ライダーきりもみシュート!」

 投げ落とされたヒトデヒットラーは頭から地面に叩きつけられ、木っ端微塵に吹き飛ぶ。
 真耶は『ラプラスの目』を発動させ、スナイパーライフルでタイガーネロ、ムカデヨウキヒに徹甲弾を浴びせる。飛んでくるムカデヨウキヒのカラス爆弾、コウモリフランケンの砲撃を危険度の高い順から撃ち抜いて処理する。同時にアリカポネを上手く誘導して吹き矢をガマゴエモンの目に当てさせて、ガマゴエモンを悶絶させる。トカゲバイキングがトマホークを投げつけてくるが、ラプラスの目で予測していた真耶はスナイパーライフルをタイガーネロに向ける。精密射撃体勢に入って銃撃を浴びせながら、スラスターでその場からスライドするように動き、体勢を崩さぬままトマホークを回避する。すると砲撃を浴びせようとしたコウモリフランケンの頭にトマホークが突き刺さり、コウモリフランケンの砲撃が予測通りトカゲバイキングに直撃し、トカゲバイキングが爆散する。

(これじゃ火力不足、かな)

 しかし真耶はタイガーネロとムカデヨウキヒに銃撃を浴びせつつ、内心舌打ちする。荷電粒子砲は損傷が酷く現在は使えない。一応束が突貫工事で修理中だが、破損部位に問題があるらしい。真耶は杖から剣を抜いて飛びかかってきたアリカポネに拳銃弾を浴びせ、電磁ナイフと近接ブレードの斬撃を浴びせて叩き落とし、タイガーネロが起こした竜巻から逃れる。
 地上に叩き落とされたアリカポネは一夏の雪片弐型を仕込み剣で防ぐと、激しく打ち合い始める。雪片弐型の刃がアリカポネの腕や足を切り裂き、アリカポネの剣が『白式』のシールドを削る。やがて一夏とアリカポネは鍔迫り合いとなる。アリカポネは無理矢理押しきろうとするが、アリカポネが力を入れた瞬間、一夏は身体を半身に開いて雪片弐型を量子化する。勢い余ったアリカポネはガマゴエモンが放った炎に焼かれ、上昇した一夏が雪片弐型を呼び出して上段に構え、零落白夜を発動させてアリカポネの頭に雪片弐型を振り下ろす。

「雪片脳天割り!」

 まともに受けたアリカポネは悶絶しながら頭を押さえ、一夏が離脱した直後に爆発する。ガマゴエモンが斧がついた槍を構えて一夏に突進し、ムカデヨウキヒがカラス爆弾を一夏に飛ばしてくる。途中で真耶がカラス爆弾をアサルトライフルで撃ち落とし、仮面ライダーV3が割り込んで両手を胸の前で交差させる。

「細胞強化装置!」

 『26の秘密』の一つ『細胞強化装置』を発動させ、ガマゴエモンの槍を受け止めた仮面ライダーV3は、槍ごとガマゴエモンを上に放り投げ、それを追って自らも跳躍する。

「V3フライングキック!」

 両足で腹部を蹴り抜くとガマゴエモンは空中で爆発四散する。ムカデヨウキヒも仮面ライダー2号のパンチの連打を受けてグロッキーとなり、よろめく。仮面ライダー2号は跳躍して必殺の飛び蹴りをムカデヨウキヒに叩き込む。

「ライダーキック!」

 キックが炸裂するとムカデヨウキヒの五体がバラバラとなり、仮面ライダー2号は無事に着地する。残るタイガーネロは仮面ライダー1号とライダーマンのコンビに押され、劣勢に立たされている。ライダーマンがロープアームでタイガーネロを縛って壁に叩きつけ、仮面ライダー1号がだめ押しとばかりに渾身の右ストレートを放つ。

「ライダーパンチ!」

 タイガーネロが遂にダウンした直後、和也やコンラッドらSPIRITSが駆けつけ、仮面ライダーXと一進一退の攻防を繰り返していたアポロガイストに横から銃撃を浴びせる。

「多勢に無勢、潮時か……この勝負預けたぞ、Xライダー!」

 アポロガイストは地面に向けてアポロマグナムを放つ。すると着弾した箇所から激しい光が放たれて仮面ライダーXの視界を奪う。仮面ライダーXが視界を取り戻すとアポロガイストの姿はない。逃げられたらしい。仮面ライダーXはダウンしているタイガーネロを無理矢理引っ張り起こし、静かに口を開く。

「タイガーネロ、貴様なら知っている筈だ。セシリアはどこだ?」
「誰が貴様に、そんなことを!」
「アポロガイストは貴様を見捨てて逃げ出した。それでも義理立てするつもりか?」
「知らんものは知らん! 俺は知らんぞ!」
「とぼけるな! セシリアが第3アポロン宮殿に幽閉されていることを、俺が知らないと思ったか!?」
「な、なぜそのことを!?」
「そうか、やはりセシリアは、第3アポロン宮殿にいるんだな!?」
「しまった!? 誘導尋問だったのか!?」
「貴様たちが拠点にしているのが、第3アポロン宮殿ということくらい、俺たちも承知している!」

 誘導尋問にあっさり引っ掛かったタイガーネロは臍を噛むが、構わずに仮面ライダーXは質問を続ける。

「タイガーネロ、第3アポロン宮殿の場所を話して貰おうか!」
「わ、分かった! は、話す! 話すから耳を貸してくれ!」

 タイガーネロは観念したように仮面ライダーXの耳に口を寄せるが、直後に仮面ライダーXの身体を抱える。

「バカめ! 誰が話すか! 貴様を道連れにして死んでやる!」
「伏せるんだ!」

 仮面ライダーXは叫んだ直後に跳躍する。タイガーネロが自爆するギリギリ手前で拘束から逃れ、タイガーネロを蹴り飛ばして道連れを阻止する。伏せていた和也やコンラッドたちが起き上がると、仮面ライダーXは着地して変身を解除する。

「敬介、セシリアさんのことなら……」
「……大丈夫ですよ。他にもセシリアに繋がる手がかりはある筈です。基地に戻りましょう」

 敬介は志郎にいつものように笑い、歩き出す。
 しかしその背中は、どこか震えているように見えた。

**********

 間もなく夜を迎えようとしている島根県沖。その海底に鎮座する第3アポロン宮殿最深部にある総司令室。そこではアポロガイストが最高司令官の呪博士と共にレリーフに対して報告を行っていた。ただし現在矢面に立たされているのはアポロガイストだ。

『この馬鹿者が! よりによってRS砲を完全に破壊されてしまうとは! これではRS砲建造計画を放棄しなければならないではないか!』

「申し訳ございません、総司令。最早言い訳のしようもありません」

『アポロガイスト、私が怒っている理由は分かるな? 「GODの殺人マシーン」とまで言われたお前を信頼した上でRS砲製造計画を監督させていたというのに、お前は私の信頼を裏切った。原因は悪人軍団にあるにせよ最終的な責任はお前なのだ』

「無論承知しております。全てはこの私、アポロガイストの責任です」

『だが今さら過ぎたことを言っても仕方がない。最悪キングダークさえ完成してしまえば我らの悲願は達成出来るのだ。呪博士よ、キングダークの調整作業は?』

「今夜にも完了する予定です。ですが秘密警察の報告によると輸送船の内一隻ががよりによって敵に拿捕されてしまったので、Xライダーが第3アポロン宮殿の位置を割り出すのも時間の問題かと。それを考えますとキングダークの調整が間に合うかどうか……」
「総司令、その点につきましては私に一つ考えがあります。何卒、今回の失態を挽回するチャンスを頂きたいのです」

『アポロガイストよ、勝算はあるのか?』

「上手くいけばXライダーを仕留めることが出来ますし、最悪でもキングダークの完成までの時間は稼げます。それだけでなくあわよくば『黒き鍵』……すなわち織斑一夏をこちら側に引き入れることも可能かと」

『ほう、「黒き鍵」を、か?』

「はい。すでに『銀王軍』、『ゲルショッカー』、『デストロン』は壊滅して仮面ライダーも集結し始めております。そして今の状況は仮面ライダーと行動を共にしている織斑一夏をこちらに引き入れるには絶好の機会です。暗黒の叡知を我らにもたらし、闇が支配する世界への扉を開く『黒き鍵』である織斑一夏を。そのためにはどうしても『餌』が必要です。そこで、セシリア・オルコットを私の好きにさせて頂きたいのです。それ以外の兵力や物資の支援は望みません。セシリア・オルコットさえいればこの作戦は成功するのです」

『いいだろう、アポロガイスト。お前にもう一度チャンスをやろう。呪博士、セシリア・オルコットの身柄をアポロガイストに預けることに異存はないな?』

「はい。RS砲製造計画を放棄した今、パーフェクターのデータなど不要。当然、神啓太郎の記憶や人格にも最早用はありません。本当ならば神啓太郎をいたぶった上で消滅させてやりたかったのですが、必要であると言うのなら仕方がありません」

『うむ。ではアポロガイストよ、期待しているぞ。次こそは「GODの殺人マシーン」の名に相応しい成果を挙げることをな』

 その言葉の直後にレリーフからの声は途切れてランプの点滅も消える。アポロガイストと呪博士はしばらくした後に並んで総司令室を出る。

「アポロガイストよ、勝算はあるのか?」
「勝算がなければあのような提案はしないし、総司令も認めて下さらなかっただろう」
「その自信が仇とならねばいいがな。ではセシリア・オルコットについてはお前の一存に任せる。わしはこれからキングダークの最終調整があるのでな」

 呪博士とアポロガイストは別れて歩き出し、アポロガイストは秘密警察第一室長室へと向かう。そこで帰還後右腕に改めて搭載させたアーム爆弾がセットされているかを確認する。

「Xライダー、今度こそが決着の時だ。このアポロガイストの全てを賭けて、必ずや貴様を血祭りに上げてやる」

 アポロガイストは改めて宿敵仮面ライダーXへの闘志を燃やすと、廊下に出てセシリアが幽閉されている部屋に向かって歩き出すのであった。



[32627] 第四十九話 形見
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:42
 アポロガイストがアポロン第3宮殿に帰還し、総司令室に顔を出した頃。軟禁された部屋の中でセシリアは啓太郎と対話していた。戦闘工作員が入ってくることもなく、自力での脱出は無理と判断せざるを得なかった。そこでセシリアと啓太郎は情報や意見を交換し、今後に備えることにした。セシリアと啓太郎はある程度互いの記憶を共有出来るので、口頭での情報交換などあまり必要のないのだが、互いの人となりをよく知りたいからだ。

『ふむ、インフィニット・ストラトスは元々宇宙服の一種だったと言うことか。平和利用目的の道具を兵器として転用するのは「カイゾーグ」と同じであり、対照的とも言えるな。君に私の人格や記憶がインストールされたのも、君が「BT兵器」というものへ高い適性を持っているからだろう。君ほどの弾力性に富んだ脳の持ち主なら、私の人格に乗っ取られることも、拒絶反応(リジェクション)を起こすことなく、私の記憶を自らのものに出来る。呪からすれば、君はまさにおあつらえ向きの人材というわけだ』

「ですが、なぜ呪博士はあなたの人格を消そうとするのでしょうか? 普通ならば、私の人格を消しそうなものですが」

『呪は私を憎んでいる。私の人格など出来ればすぐにでも、苦しめながら消滅させたいと考えている。それに頑固な私より、君の方が懐柔や脅迫、場合によっては洗脳し、GODに協力させることも容易い、と踏んだのかもしれないな』

「だとしたら、このセシリア・オルコットを見くびった対価を、呪博士にはきっちりと払って貰わなければなりませんわね。ところで、神博士は呪博士のことをよく知っておられるようですが……?」

『呪とは昔「城北大学」で共に教鞭を執っていた仲でね。その頃の私は緑川と同じく、互いに切磋琢磨する親友だと思っていた。だが、結局ヤツは欲望や憎悪の為に悪魔に魂を売った男だ。もっとも、能力はともかく、科学者としては臆病で小心者過ぎるきらいはあるがね』

「そうでしたか……申し訳ありません。思い出されたくもないことを聞いてしまって」

『いや、気にしないでくれ。悪気があって質問した訳ではないと分かっているさ。それはそうと、私からも質問があるんだが、君の記憶に鮮明に残っていた織斑一夏という少年とは、どんな関係なんだね?』

「私と将来を誓い合った仲……になる予定の方ですわ。結婚して子供が生まれた時には、男の子ならば敬介さんから名前を取って、『ケイスケ・オルコット』と名付けたいと考えておりますの。二人目には滝和也さんから取ってカズヤ・オルコットと、女の子なら織斑先生から取ってチフユ・オルコットと……」

『滝和也、か。君と同じように呪や他の科学者、私の記憶と人格をインストールされた男も、そんな名前だった気がするな。もし同じなら皮肉としか言いようがない。しかし、恋人にもなっていないのに子供の名前というのは、いくらなんでも気が早過ぎるのでは……ん?』

「……成長したケイスケは、従兄弟で涼子と霧子の姉妹に恋をしてしまう。同じ顔ながら対照的な性格をした二人を前に、ケイスケは千冬お義姉さまが和也お義兄様と沖博士との板挟みになったように、迷い苦んでしまう。一方の涼子と霧子もケイスケに心惹かれ、恋愛感情と姉妹愛がせめぎ合う。ああ、なんて罪深いのでしょう。私と一夏さん、千冬お義姉さまが味わった苦しみを、子供にも味あわせてしまうなんて……」

『セシリア君、聞こえているかね? セシリア君? 駄目だな、完全に妄想の世界に浸ってしまっているようだ』

 セシリアが妄想を開始し、啓太郎が置いてきぼりになる一幕もあったが、セシリアが妄想から現実の世界へと戻ってくると啓太郎に尋ねる。

「博士の記憶を垣間見た時に思ったのですが、敬介さんと水城涼子という方は、恋人同士でしたの? 博士と敬介さんの記憶を見た限り、お二人の喧嘩を止めていらしたようですし」

『君は敬介から全然聞いていないらしいな。その通りだ。彼女は私の助手であり、敬介とは結婚を前提に付き合う仲でもあった。といってもそれは仮の姿、本当は双子の妹の水城霧子と同じく、インターポールの秘密捜査官だった。私の助手になったのも私の護衛と、GODへの潜入を円滑に進めるための偽装工作だった。GODへの潜入に際し、接触を受けた彼女はGODへの潜入を最優先するため、やむを得ず私をGODに引き渡すか殺すことに同意した。結果として私は致命傷を負い、敬介は一度は死ぬことになった。私が水城涼子について覚えているのは、ここまでだ。敬介がカイゾーグとなった後は水城霧子が敬介のサポートに当たっていたが、その先の二人がどうなったのかは私にも分からずじまいだ』

「敬介さんに、そんな過去があったなんて。父親をGODに殺され、偽装とはいえ恋人に裏切られ、その上恋人になったのも任務の一環に過ぎなかった。そんなの、いくらなんでもあんまりですわ」

『いや、水城涼子は本心から敬介を愛していたよ。出会ったきっかけは任務かもしれないが、彼女が敬介に惹かれて、愛し合うようになったのは無関係だ。恋愛のきっかけとは、そういうものさ。傍目から見たら些細で、滑稽で、おかしくても、人は時に想像もつかないような理由で恋に落ちるものさ』

「敬介さんも、前に似たようなことをおっしゃっていましたわ。私が一夏さんに恋をしたのも、傍目から見れば奇妙極まりないのでしょうし。この足音は……?」

『多分、アポロガイストだ。代わってくれ。パーフェクターについて聞き出す気だろう』

 部聞こえてきた足音から啓太郎がアポロガイストが来たと予測する。セシリアは啓太郎の提案に頷くと一度目を閉じる。セシリアに代わって啓太郎の意識が表面化した直後、扉が開かれる。白いスーツに黒手袋を着用したアポロガイストだ。意識を表面化させた啓太郎はアポロガイストを睨み、口を開く。

「私に用があるのだろう? アポロガイスト。残念だが、パーフェクターついての記憶はインストールされていない。どんな拷問にかけようとも、出てこないぞ?」
「神啓太郎博士か。まだ、対話が出来るレベルの人格が残っていたらしいな。だが、最早パーフェクターなどどうでもいい。セシリア・オルコットを出して貰おうか」

 面食らった顔をする啓太郎だが、目を閉じて身体の主導権をセシリアに返し、セシリアが意識を表面化させる。

「神博士ではなく、私に用があるらしいですわね、アポロガイスト。GODへの勧誘ならお断りですわ」
「用件はそれでもない。単刀直入に言おう。君を織斑一夏、そして神敬介に会わせてやろうと思っているのだが」
「あら、嬉しい限りですわ。今度はどんな手を使って私を勧誘されるのかしら? 三流詐欺師も使わない手管に引っ掛かるほど、セシリア・オルコットは甘くありませんわ!」
「疑い深いな。だが、事情が変わったのだよ。RS砲製造計画を放棄した現在、君の存在価値は大幅に低下している。無論処刑してやってもいいし、怪人共の好きにさせてやってもいいのだが、それも忍びない。そこで君にもう一働きして貰おうと思ってな。君に織斑一夏や神敬介との取引材料になって貰う。無論、取引が成立すれば君は解放される。悪い話ではない筈だ」
「……いいでしょう。今は信用しますわ」

 アポロガイストの提案に疑念を抱きながらも、セシリアは承諾する。何を企んでいるのかは知らないが、好都合だ。

「善は急げだ。すぐに支度……する必要もないな。ついてきたまえ」

 アポロガイストが促すとセシリアは立ち上がり、アポロガイストに続いて部屋を出るのであった。

**********

 夜。呉市にある国防軍基地。基地の一角で丈二は『白式』の整備を一夏立会の下で行っている。本来は束自ら行うのが最善だが、今は真耶の希望もあり荷電粒子砲の修理中で手が離せない。そこで丈二が『白式』の整備を担当している。ISには自己修復機能があるので整備せずとも当分は問題ないが、変な自己修復をして支障をきたす可能性もある。だからISは人間でいう健康診断として整備点検が必要になる。ISに整備士が必要なのはそのためだ。

「エネルギーサーキット、各種武装、装甲、スラスター、駆動系、関節部、パワーアシスト機能その他に異常なし。シールドバリア形成値は正常。生体センサー感度も問題なし。コアの稼働率も問題なし。一回着てみてくれ」
「分かりました」

 丈二は空間投影式ディスプレイを眺めて整備用のアームを操作し、一夏が『白式』を操作すると左手でキーボードを操作する。データが表示されるのを確認した丈二は再び口を開く。

「操縦者とのリンクにも問題無し。一夏君、待機形態に戻して大丈夫だ」

 そこで一夏が『白式』をガントレットに戻す。続けてSPIRITSスーツを着た二人が背後から歩いてくると、丈二は振り返る。

「お疲れ様。どうだい?」
「はい。動く分には全然問題ありません」

 二人はヘルメットを脱いで素顔を晒す。SPIRITSスーツを着ていたのは弾と蘭だ。戦いがさらに激化すると予測した丈二は、弾と蘭が身を守れるように予備のSPIRITSスーツを調整していた。とはいえ、弾と蘭ではパワーアシスト機能を発揮出来ず防御用でしか使えないが。それでも『シルベール繊維』の耐弾、耐衝撃性のお陰で、対人用火器ならほぼ完全に防げる。調整を終えた後は、和也が最低限自衛出来るようにレクチャーしていたが、終わったようだ。

「結城さん、束さんとクリスタって子はどうするんですか?」
「束とクリスタの防護装備は束でなんとかするそうだ。相応の対策はしてくれるだろう」

 丈二が一夏の疑問に答えると、ISスーツ姿の一夏と弾、蘭は着替えるために一度更衣室へと向かう。
 束は別の区画に着陸させてある移動式ラボで真耶の立会の下、荷電粒子砲の修理を続けていた。しばらく作業用アームを操作していた束だが、『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』本体の最終チェックを終え、待機形態に戻した真耶の方を向くと、お手上げと言わんばかりのジェスチャーをして口を開く。

「砲身どころか粒子を発生させる部分や冷却機構、加速器まで壊れちゃってるよ。修理できないか試してみたけど、無理だね。ここまで酷いと一から作り直すしかないんだけど、流石に不味いよね?」
「それは、そうですけど……」

 束が言うのであれば新造して欲しいが、束の立場が立場なので、実際にやれば問題になりかねない。特にデュノア社から委託された装備を『改良』されたら、国際問題になるだろう。真耶は思案するが、束は長銃身の火器を運搬用アームで持ってくる。

「荷電粒子砲は私と先生で『レストア』すれば問題ないと思う。表向きは先生がレストアしたってことにするから。それでも時間はかかるから、代替品を用意したよ」
「これは?」
「ゴーレムに搭載されたビーム砲を、手持ちで使えるようにしたものだよ。集束率とか出力を調節出来るよう設計したんだけど、機構が大型化しちゃってね。本当なら『紅椿』に拳銃くらいのサイズにして搭載予定だったんだけど、小型化が上手くいかなかったから見送ったんだよ。君のISなら量子化領域に余裕があるし、荷電粒子砲の代わりにこれを登録すれば済むからね。勿論データ上は荷電粒子砲そのままに偽装しておくから、直接見られない限り大丈夫だよ」
「はあ……なら、それでお願いします。火力不足が心配ですし。出来れば早めに直して欲しいんですが」
「私も先生も努力はするよ。じゃあ、登録と調整を済ませちゃおうか」

 束は続けて作業用アームを展開し、待機形態の『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』とビーム砲をケーブルで接続する。そして空間投影式ディスプレイを展開し、めまぐるしくキーボードを操作する。するとビーム砲が量子化されて姿を消す。尋常ではない速度でキーボードを叩いていた束は、やがてキーボードから手を放してディスプレイを格納し、ポケットに入れる。

「これで終わったよ。いっくんたちが着替える前に、私たちも着替えちゃおうか」

 束は真耶を促すとこの区画に一つだけある更衣室へ入る。この周辺の区画に更衣室は一か所しかない。大抵隣の区画で着替えてこちらに入るからだ。更衣室に入った束は着ている服を脱いで下着姿になり、真耶はISスーツの上からプロテクターを着用しようとする。しかし束はまじまじと真耶の胸に視線を向け、呟く。

「いつ見ても大きいねえ。お母さんや箒ちゃんも大きかったけど、それ以上だよ」
「はあ……って何するんですか!?」

 束から軽く距離を取ろうとする真耶だが、その前に束の手が伸びて真耶の胸をわし掴みにしようとする。真耶は掴み止めて抵抗するが、予想外に束の力が強く、引き離せない。

「むう、女同士なんだから、抵抗しなくてもいいじゃない。それに夏の時だって触ったんだから、今さら気にしなくてもさ」
「そんな問題では……ひゃあ!?」
「うわぁ、国際宇宙開発研究所の変態さんが拘るわけだよ。柔らかくて、それでいて張りがあって、こんなに揉み心地がいいものだったなんて、束さんも予想外だよ」

 遂に束は真耶の手を振り払い、真耶の胸を鷲掴みにして揉みしだき始める。顔を赤らめながら真耶は抵抗を続けるが、肝心の束は一向に手を放そうとしない。
 ハプニングとは、往々にして最悪のタイミングで訪れる。

「蘭、俺たちが先に着替えるから終わったら……って、束さん!? 山田先生!?」
「一夏の裸を覗こうなんて考えんな……って、あんたら、一体何してんですか!?」

 運悪く更衣室のドアを開けた一夏と弾の目に飛び込んできたのは、薄紫のブラジャーとショーツしか身に纏っていない束が、ISスーツ姿の真耶の胸を揉んでいるという光景であった。絶句する一夏と反射的にツッコミを入れた弾に気付いた束は、何事もなかったかのように屈託のない笑顔を浮かべる。

「やあやあ、いっくんとそのお友達。そんな所で固まってどうしたの?」
「そりゃ、いきなり下着姿でセクハラかましてる所を見たら、誰だってこうなりますって!」

 弾はツッコミを入れるものの顔を紅潮させ、必死に束と真耶から目を逸らす。一夏に至っては耳まで真っ赤になっている。真耶は勿論、束も真耶にはやや劣るものの十分に胸が大きい。沖一也と違い、スタイル抜群の二人があられもない姿で絡んでいるのを見て、平然としていられるほど弾も一夏も悟り切っていない。

「もしかしていっくん、興奮してるの? だったら、束さんがもっと……」
「まったく、通信に出ないから何事かと思って来てみれば……」
「あ、先生」

 弾と一夏が対応に困り果てていたところに、紺のブレザーを着た丈二が顔を出す。丈二は一目で状況を理解したのか、溜息をつきながら束を窘める。

「束、悪戯するのはいいんだが、せめてやり方と場所を考えてくれ。それと本気で嫌がっている相手に、そういうことはするなと君に教えた筈だ。あと風邪をひくから、早く服を着なさい」
「はーい。けど先生、もう少し空気読んだ方がいいんじゃないかな?」

 束は渋々丈二の言葉に従い、真耶の胸から手を放すと、ロッカーから服を出して着替えを済ませて兎耳を取り替える。真耶もプロテクターを着て、一夏も制服をISスーツの上から羽織る。真耶と束がいる前では着替えられない弾だが、丈二が手で制する。

「弾君と蘭さんはSPIRITSスーツのままの方がいい。GODが動き出した」
「GODって、キングダークが動き出したとか!?」

 丈二の言葉をきっかけに、雰囲気が一気に引き締まる。RS装置やそれを搭載したキングダークの危険性は全員承知している。緊張が束や真耶、一夏、弾の身体に走る。

「いや、キングダークの出現は確認されていない。アポロガイストから通信が入ったんだ。セシリアさんについてね」
「セシリアの!?」
「ああ。ついて来てくれ」

 丈二の先導で蘭と合流し、司令室へ入る。司令室には猛、隼人、志郎、和也、ルリ子、藤兵衛、コンラッド、チェルシー、そして敬介がいる。敬介の視線はそれだけで人が殺せそうなくらい先鋭化し、険しい表情を浮かべている。しかし一夏たちが到着したのを見ると、表情と雰囲気をいつものものに戻す。

「あの、アポロガイストから連絡があったって聞いたんですけど……?」
「ああ。先ほどアポロガイストがこちらに通信を入れてきた。『セシリア・オルコットを返して欲しければ、2時間後に織斑一夏一人で、こちらが指定したポイントへと来い』ってな。GODめ、一夏君をどうしようってんだ?」

 一夏の質問に和也が答える。意外そうな表情をする一夏だが、チェルシーが割って入る。

「あの、不躾な頼みだとは思いますが、一人で向かってくれませんか? 言うことを聞かなければ、セシリア様が……」
「GODのことだ、一夏が一人で来ないとなると、何をしでかすか分からない。かと言って、セシリアちゃんを解放する保証もないない。どっちにしろ、アポロガイストの思う壺だな」
「アポロガイストは必ずセシリアを連れてきます。大人しく返すかどうかは別として、きちんと取引場所まで連れてくるでしょう。アポロガイストとは、そういう男です」

 藤兵衛が疑問を口にすると敬介が答える。しかし、一夏の答えは最初から決まっている。

「俺、行きます。セシリアが無事に戻る確率が少しでも上がるなら、多少のリスクは承知の上です。それに、アポロガイストがなんで俺を呼び出したのか、気になりますから」
「俺が送っていくよ。だが、気を付けてくれ。アポロガイストは油断のならない男だ。目的は分からないが、君に狙いを定めたのであれば、どんな手を使っても君を確保しようとするだろう」
「敬介、一夏君、万が一の時は俺たちに連絡してくれ。いつでも出れるように準備しておく」

 猛の一言に一夏と敬介は黙って頷き、司令室を出る。2人はクルーザーの前に立つと敬介が一夏にヘルメットを渡し、敬介もヘルメットを被る。一夏が後ろに乗ったことを確認すると敬介はクルーザーのスロットルを入れ、アポロガイストが指定してきた場所に向けて走り出すのであった。

**********

 島根県某所の海岸。上空はどんよりとした雲に覆われ、星も月も姿を見せない。その海岸に白いスーツを着用したアポロガイストと、白いIS学園制服を着たセシリアが立っていると嫌でも目立つ。もっとも、周辺にはGOD秘密警察の構成員が隠れているが。アポロガイストは胸ポケットから懐中時計を取り出す。間もなく指定した時間だ。アポロガイストが一旦胸ポケットに懐中時計をしまうと、誰かが歩いてくる音が聞こえてくる。アポロガイストが足音の方を向くと、白いISを学園の制服を着た少年がアポロガイストとセシリアの方へ歩いてくる。少年がアポロガイストの前まで歩いてくると、セシリアが声を上げる。

「一夏さん!」
「セシリア! よかった、無事みたいだな。怪我とかはないか?」
「ええ、お陰さまで」
「再会の途中で悪いが、確認しよう。君が織斑一夏だな?」
「ああ、そうだ。お前がアポロガイストだな?」
「いかにも。連れはいないだろうな?」
「いないさ。早くセシリアを解放しろ!」
「待ちたまえ。一つ条件がある。君と話がしたい。君が最後まで話を聞くと言うのであれば、彼女はすぐに解放しよう」
「分かった。約束する」
「いいだろう。では、行きたまえ」

 一夏がアポロガイストの提案を受け入れると、アポロガイストはセシリアを一夏の下に向かわせる。一夏はセシリアと合流すると、すぐに前に一歩進み出る。するとアポロガイストは感心したように呟く。

「ほう、意外だな。すぐ逃げ出すかと思ったが、約束を律儀に守るとは」
「約束は約束だからな。それに、俺も気になってた所なんだ。なにより、逃げようとしたら、拳銃で俺とセシリアを撃つ気なんだろう?」
「なかなかの観察力だな。君の勇気と誠実さ、冷静さには敬意を表しよう」
「白々しい。それで、何の目的で俺を呼び出したんだ? セシリアをダシにしたんだ、それなりの理由があって呼び出したんだろ?」
「理解が早くて助かる。単刀直入に言おう。私と共に来い、織斑一夏。君は本来愚かな人間どもや、それを守る仮面ライダーではなく、我々と共に大首領の側に立つべき存在なのだ」
「お前も暗黒大将軍みたいなことを……寝言なら寝て言え!」
「一夏さん、アポロガイストに何を言っても無駄ですわ。誇大妄想に取りつかれているようですから」
「セシリア・オルコット、君の意見は聞いていない。これは私と織斑一夏の問題なのだ」

 一夏は沖縄でも暗黒大将軍に言われたことを思い出し、呆れ半分にアポロガイストの言葉を切り捨てる。セシリアが続けて皮肉を飛ばすが、アポロガイストは続ける。

「織斑一夏、本当は、君も自分の異常性を自覚しているのではないのかね? なぜ女にしか乗れない筈のインフィニット・ストラトスに、男の君が搭乗出来るのか。なぜ自分に幼き日の記憶がないのか。そしてなぜ大首領や暗黒大将軍、私が君を引き入れようとしたのか。それを疑問に思っているのだろう? ならば私が教えてやろう。君は大首領に選ばれた『黒き鍵』だ。暗黒の世界への扉を開き、闇の英知と邪悪なる力を齎すのに必要な鍵。それが君の存在意義なのだ」
「わけの分からないことを……! その『黒き鍵』ってのはなんなんだ!?」
「君自身が一番よく知っている筈だ。君はそのために生み出され、そのために育てられたのだから。さあ、思い出すのだ。君の父親、織斑秋二が姿を消す前に教えた筈だぞ?」
「そんなこと知るかよ! 俺をどうにかして、猛さんたちを動揺させようって肚なんだろうがな、そうは問屋が卸さないんだよ! 第一、俺が人間じゃないってんなら、なんでISに乗れるんだよ!?」
「君が人間ではないと言った覚えはない。君は身体的にも精神的にも『まだ』人間だ。大首領の祝福を受けて人の肉と魂を捨てることで君は初めて本来の役割、すなわち『黒き鍵』としての使命を果たすことになる。それは遅かれ早かれ、必ず為されることだ。君自身の意志など関係無い」
「変なことばっかり言いやがって! 質問の答えになってないぞ!」
「君もセシリア・オルコットも、婉曲な言い回しでは理解出来ないらしいな。ならば教えてやろう。織斑一夏、君の身体は大首領の……そこにいるのは誰だ!?」
「俺の顔を忘れたか? アポロガイスト!」

 アポロガイストが一夏に何かを告げようとした直後、アポロガイストは弾かれたように飛び退き、岩陰に拳銃を抜き放って発砲する。すると青いジャケットに青いジーンズを着用した男が戦闘工作員を盾にして銃撃を防ぎ、跳躍して一夏とセシリアの前に着地してアポロガイストと正対する。するとアポロガイストは憎々しげに、セシリアは安堵の表情を浮かべて名前を呼ぶ。

「見忘れるものか! 会いたかったぞ、神敬介!」
「敬介さん!」

 乱入したのは敬介だ。敬介は険しい表情のまま、アポロガイストと対峙している。そこに一夏が疑問を差し挟む。

「けど神さん、俺を降ろした後は基地に戻ったんじゃ……?」
「アポロガイストのことだ、君とセシリアを一網打尽にしようと目論んでいると予想してみたら、案の定、秘密警察を至る所に配置していた。だから君と別れた後、秘密警察を片付けてきたのさ。そういうわけだ、目論みは完全に潰えたぞ! アポロガイスト!」
「いや、それこそが私の目論みだ!」
「何!?」
「負け惜しみを!」
「負け惜しみでは無い、セシリア・オルコット。私は最初から貴様を誘き出すためにこの策を練ったのだ。貴様ならば必ずセシリア・オルコットと織斑一夏を助けるために姿を現す、と読んでな。そして見事に的中した。織斑一夏など、ついでに過ぎん」
「なるほど、俺を誘き出す時間を稼ぐついでに一夏君へ出鱈目を吹き込もうとしたんだな!?」
「フン、残念ながら話した事は真実だ。無論、最終的に貴様の敵になることもな」
「ふざけたことを! では『黒き鍵』とは何だ!?」
「貴様に教えることなど、何一つない。それに、知ったところで無駄だ。なぜなら、貴様はここで死ぬのだからな!」

 二人は距離を取ったまま身構える。敬介はセシリアと一夏に声を掛ける。

「セシリア、一夏君、手出しは無用だ。本郷さんたちもすぐ到着するだろう。大人しく下がっているんだ」
「ですが敬介さん!」
「これは俺とアポロガイストの戦いだ。俺の手でケリを着ける必要がある」
「……分かりました。私と一夏さんは、決闘の介添人となりますわ」

 敬介の言葉に折れたセシリアは一夏と共に下がる。アポロガイストは両腕を立てて、敬介は両腕を突き上げた後に開き、左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出す。

「大変身!」
「アポロチェンジ!」

 アポロガイストは赤い兜に白いマントを身に纏った怪人、敬介は仮面ライダーXへ変身する。

「マグナムショット!」
「ライドルホイップ!」

 アポロガイストがアポロショットを発射すると、仮面ライダーXはベルトからライドルホイップを引き抜く。銃撃を数発受けながらも弾丸を切り裂き、アポロガイストに切りかかる。アポロガイストはライドルホイップをガイストカッターで防ぎ、至近距離からアポロショットを放って仮面ライダーXを怯ませ、蹴りを入れて距離を取ろうとする。しかし仮面ライダーXが回し蹴りでアポロガイストの蹴りを迎撃して弾き飛ばすと、ライドルのスイッチを操作する。

「ライドルスティック!」

 ライドルがライドルスティックに変形すると、仮面ライダーXはライドルスティックを右手で持ち直す。そのまま槍のようにアポロガイストに突き入れ、一度手元に引いて中央部分を持って振り回す。ガイストカッターで防ぎながらアポロショットを発砲し、仮面ライダーXから距離を取るアポロガイストだが、仮面ライダーXはライドルスティックを前に突き出し、風車のように回転させて銃撃を防ぐ。アポロガイストは左手のガイストカッターを構える。

「ガイストカッターを受けろ!」
「ぐうっ!?」

 ガイストカッターを投げつけるとライドルスティックが弾かれ、がら空きの胴体にアポロショットが叩き込まれ、『ガードラング』から火花が飛び散る。跳ね返ったガイストカッターを回収したアポロガイストはアポロショットを連射し、仮面ライダーXに銃弾が浴びせられて身体に銃創を作っていく。それでも仮面ライダーXはライドルのスイッチを操作し、先端をアポロガイストへと向ける。

「ロングポール!」
「ちいっ! 味な真似を!」

 するとライドルの先端が伸びてアポロガイストの鳩尾に直撃し、アポロガイストも呻いて銃撃が中止される。ロングポールへ変形させて不意を突いたのだ。仮面ライダーXは好機と見てロングポールを地面に突き立て、棒高跳びの要領で跳躍する。ライドルを一度ライドルスティックに戻し、空中で大車輪を決める。急降下しながら『X』の字の体勢となり、エネルギーを集約する。アポロガイストはガイストカッターを構えて前に出す。


「Xキック!」
「なんの、これしき!」

 仮面ライダーXは渾身の飛び蹴りを放つが、ガイストカッターに当たると大きく弾き飛ばされ、アポロガイストもまた体勢を崩す。仮面ライダーXはエアジェットで再上昇し、ライドルスティックを回収する。

「一撃で無理ならば! X!」

 すると仮面ライダーXはもう一度空中で大車輪を決め、アポロガイストにキックを打つ体勢に入る。

「何度やっても同じことだ!」

 負けじとアポロガイストも足に力を込め、ガイストカッターを構え直す。仮面ライダーXは構わずに再び蹴りを放つ。やはり仮面ライダーXは空中に弾き飛ばされるが、アポロガイストが姿勢を崩した隙に空中でライドルスティックを受け取り、もう一度大車輪を決める。

「二段キック!」

 二撃目のXキックもガイストカッターでアポロガイストだが、今度はガイストカッターが一方的に弾き飛ばされ、アポロガイストもまた大きく吹き飛ぶ。空中で身を翻して着地に成功したアポロガイストは、走りまわりながらアポロショットを連射し、仮面ライダーXを近付けさせない。ライドルスティックで防御しながら、埒が明かないと見た仮面ライダーXはライドルのスイッチに指をかける。

「ライドルロープ!」

 ライドルがライドルロープに変形すると、仮面ライダーXは片端を持って振り回し、ライドルロープを投げ縄の要領で投擲し、見事にアポロショットに絡みつく。力を込めてアポロショットを奪おうとする仮面ライダーXだが、アポロガイストも踏ん張って引き合いとなり、膠着状態に陥る。

「エレクトリックパワー!」

 仮面ライダーXが高圧電流を流し込むと、アポロガイストは咄嗟にアポロショットから手を放す。アポロショットが嫌な音を立てて破損すると、アポロガイストは再びガイストカッターを拾い直して投擲する。

「これで終わりだ!」

 ライドルロープを回収した仮面ライダーXにガイストカッターが突き刺さり、爆発して仮面ライダーXの姿が爆風に消える。直後に爆風と煙を突き抜け、仮面ライダーXが高々と跳躍する。身体に焦げと傷跡を作りながら空中で大車輪を決め、アポロガイストに渾身の一撃を放つ。

「X必殺キック!」

 必殺の蹴撃を直撃させ、アポロガイストは地面に叩きつけられる。仮面ライダーXは無事に着地する。アポロガイストはフラフラになりながらも立ち上がる。しかし怪人の姿を維持出来ないのか、白いスーツを着た青年の姿に戻る。アポロガイストはキザな笑みを浮かべて胸ポケットからハンカチを取り出し、身体についた埃を払って仮面ライダーXへ歩み寄る。

「見事だ、Xライダー。私も前に比べてパワーアップしていたが、君はそれすらも上回っていた。大人しく負けを認めよう。最後に握手をさせてくれないか?」
「断る。同じ手に引っ掛かるほど、俺は甘くない」
「そんなことはないぞ、Xライダー。アーム爆弾が狙うのはお前では無く、セシリア・オルコットなのだからな!」
「チイッ! セシリア! 一夏君! 伏せろ!」

 仮面ライダーXはすげなく握手を断るが、アポロガイストニヤリと笑って右腕をセシリアと一夏に向ける。咄嗟に一夏がセシリアを庇うように覆い被さって地面に伏せ、仮面ライダーXがセシリアと一夏の前に立つ。同時にアポロガイストの右腕が射出される。

「アーム爆弾で、諸共死ね!」

 仮面ライダーXがライドルホイップで右腕を『X』の字に切り裂くと爆発し、仮面ライダーXの身体を煙と爆風が包み込む。左腕を突き出し、爆風を押しのけるようにセシリアと一夏を庇う仮面ライダーXだが、銃撃が再開されると仮面ライダーXの身体が揺らぐ。慌ててセシリアと一夏が僅かに頭を上げて確認する。晴れた煙の向こうには右腕と一体化したサーベルがついた三連装銃を構え、マントに炎の文様が描かれ、兜に銀のラインが追加されたアポロガイストの新たな怪人態が右腕を向けている。

「この卑怯者! 一度は負けを認め、握手まで求めておきながら不意討ちとは、恥と言うものを知りなさい!」
「フン、GODにとって勝利こそが最上の名誉。卑怯であろうと、最後に勝った者が尊いのだ! それに私は騎士でもなんでもない。私はGODの殺人マシーン、アポロガイストだ!」

 罵倒するセシリアを鼻で笑ったアポロガイストは、アポロマグナムを連射する。銃弾をライドルスティックを回転させて防御する仮面ライダーXだが、激しさを増した銃撃に苦戦を強いられ、身体の至るところに弾丸が当たって火花が散る。それでもエアジェットを噴射して跳躍した仮面ライダーXは、ライドルをライドルロープに変形させてアポロマグナムの先端に絡める。アポロガイストが引っ張るのに合わせて接近しながらスイッチを押し、ライドルホイップでアポロマグナムと鍔競り合いをする。

「この距離なら回避出来まい!」
「グッ! まだまだ!」

 アポロガイストはアポロマグナムの銃口を仮面ライダーXの身体に向け、至近距離からアポロマグナムを発射する。弾丸がひっきりなしに浴びせられると、蓄積ダメージもあって仮面ライダーXの動きが僅かに止まる。しかし前蹴りを放ってアポロガイストを怯ませると、仮面ライダーXは連続突きを放ってライドルホイップを浴びせる。ガイストカッターで防げなかった突きのいくつかが当たり、アポロガイストの身体が揺らぐ。仮面ライダーXはアポロガイストの腕を取って跳躍する。

「ライダーハンマーシュート!」

 仮面ライダーXが渾身の力でアポロガイストを投げ飛ばすと、アポロガイストは強かに地面に叩きつけられる。立ち上がるアポロガイストに、仮面ライダーXはライドルスティックを大上段に振りかぶる。

「ライドル脳天割り!」
「そんなもの!」

 ライドルスティックの一撃をガイストカッターで防いだアポロガイストは一度飛び退き、身体から炎を発して全身に纏い、自らを火の玉と化して仮面ライダーXへ襲いかかる。地面を転がって回避しつつ反撃の隙を窺っていた仮面ライダーXだが、火の玉が一度遠ざかるとライドルスティックを構え直し、前に突き出し風車のように回転させて風を巻き起こす。

「ライドル風車火炎返し!」

 すると発生した強風によってアポロガイストが身に纏っていた火が消え、火の玉状態から元の姿に戻る。しかしアポロガイストはセシリアにガイストカッターと左腕上腕部に装備した小型の盾を投げつける。

「ガイストダブルカッター!」
「セシリア!?」
「やらせるかよ!」

 仮面ライダーXは攻撃を中断して救援に向かうが、間に合いそうにない。一夏が咄嗟に『白式』を緊急展開してセシリアを庇うが、ガイストカッターと小型の盾がまともにヒットし、二度に渡り爆発が起こる。ギリギリで耐えていた一夏だが、同時に射出された左腕のアーム爆弾が一夏に当たり、爆発すると一夏は絶対防御を発動させて地面に転がる。

「一夏さん!? しっかりして下さい! 一夏さん!?」

 慌ててセシリアが駆け寄って一夏に呼びかけるが、返事はない。搭乗者保護機能が発動して一時的に意識を失ったと確認するとセシリアは安堵する。同時にアポロガイストへの怒りに身を震わせ、後先考えずに飛び出して行こうとする。それを仮面ライダーXが押しとどめる。

「落ち着け! 今の状態で突っ込んでも、ヤツの思う壺だ! 今の君にはISがない! 怒りに任せて突っ込んでいったところで、返り討ちにあうだけだ!」
「いいえ! そういう問題ではございませんわ! 卑劣な下郎を目前に大人しくしているなど、オルコット家当主として断じて出来ません!」
「頭を冷やすんだ! 君は後先考えずに突っ込んでいけばいいのかも知れないが、周りのことも少しは……!」
「茶番は、ここまでだ!」
「チィッ!」

 アポロガイストがアポロマグナムを向けると仮面ライダーXはセシリアを突き飛ばし、セシリアを守るように立ちはだかる。しかしアポロガイストの全身から炎が立ち上り、今度は右腕に炎が集約され、アポロマグナムから炎を纏った弾丸が発射される。弾丸が直撃すると大爆発が起こって仮面ライダーXは宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられ、数メートルほど地面をバウンドした後にうつぶせで地面に斃れ伏す。仮面ライダーXはピクリとも動かない。アポロガイストは仮面ライダーXの前にゆっくりを歩み寄る。

「言った筈だぞ、私も昔とは違うのだ。これで貴様に借りを返すことが出来る。セシリア・オルコットはGODが存分に利用してやる。安心して死ぬがいい、Xライダー!」

 アポロガイストは剣で仮面ライダーXを刺し貫こうとする。しかしセシリアが銃撃を加えてくると中断する。秘密警察が持っていた拳銃を拾ったようだ。

「敬介さんから、離れなさい!」
「セシリア・オルコット、君も理解している筈だ。私の勝利だと。そして手を出せば、君も死を免れないと」
「黙りなさい! お前のような下衆の手に堕ちて生き恥を晒すくらいなら、誇り高い死を選びますわ!」
「誇りか。やはり君は愚かだな、セシリア・オルコット。では望み通り、最初に殺してやる!」

 毅然とした態度で突っぱねるセシリアに、アポロガイストはアポロマグナムを発砲しようとする。しかし仮面ライダーXが突如として立ち上がり、アポロガイストの身体を抱えて正面から抑え込む。

「ぬうっ!? 死に損ないが! この期に及んでまだ抵抗するか!?」

 アポロガイストは振り払おうとするが、仮面ライダーXの力が凄まじく振り払えそうにない。仮面ライダーXはもがくアポロガイストに構うことなく、静かに話し始める。

「そうやって、セシリアまで奪う気か? 親父、涼子、霧子だけに飽き足らず、セシリアまで……!」
「黙れ! そんなボロボロの身体で!」
「そうか、貴様は受けたことがなかったな……ならば、貴様にも味あわせてやる。貴様が撃ち抜き損ねた、マーキュリー回路の真の力をな!」

 仮面ライダーXが言った瞬間、マーキュリー回路が唸りを上げてフル稼働する。余剰エネルギーがマフラーからあふれ出し、レッドアイザーが赤く光り輝く。

「真空……地獄車ぁぁぁ!」

 次の瞬間、仮面ライダーXはアポロガイストを抱えてエアジェットを最大出力で噴射して上昇する。最高点に達すると急降下し、逆さ落としでアポロガイストの頭を地面に叩きつける。再び上昇しては同じようにアポロガイストに逆さ落としを決める。それを数十回繰り返した後、仮面ライダーXとアポロガイストは海へ向かって行く。海に入ると逆さ落としが決まるたび、勢いよく水柱が上がるようになる。
 少し沖の方に出たところで静寂が一時訪れるが、今度は海が割れんばかりの勢いで水柱が連続して立ち上り始める。海岸の浅瀬にまで到達すると、セシリアはその水柱の正体が組み合って車輪のように高速回転し、アポロガイストの頭を何回も地面に叩きつけている仮面ライダーXと悟る。互いの姿が見えなくなるほどの速度で回転し、地面を転がっていた仮面ライダーXとアポロガイストだが、仮面ライダーXがアポロガイストを上空に蹴りあげて回転が止まる。アポロガイストは兜が粉砕されて素顔が露になっており、頭からは血が流れてマントや顔面が赤く染まっている。それでも抵抗する気力があるのか、仮面ライダーXがそれを追って跳躍すると、振り向いてアポロマグナムを仮面ライダーXへと向ける。しかし仮面ライダーXは構わずに飛び蹴りを放つ体勢に入る。

「アポロマグナム!」
「Xキィィィィック!」

 アポロガイストが残る力を振り絞ってアポロマグナムを発射しながら剣を突き出すと、剣が仮面ライダーXの胸に突き刺さる。構わずに仮面ライダーXは渾身の蹴りをアポロガイストに叩き込み、アポロガイストは大量の血反吐をまき散らしながら地面に落下する。仮面ライダーXは着地と同時に膝をつき、パーフェクターから血の塊を吐き出す。直後にアポロガイストは辛うじて立ち上がる。

「いい気になるなよ、Xライダー……この勝負は私の、勝ちだ……」

 最後に嘲笑を浮かべながら言い残すとアポロガイストは斃れ、間もなく身体が跡形もなく燃え尽きる。仮面ライダーXが変身を解除すると、セシリアが駆け寄る。

「敬介さん! よかった、ご無事ではないですけど……敬介さん?」

 安堵の表情を浮かべて寄り添うセシリアだが、敬介の様子がいつもと違う。表情は陰に隠れていて見えないが、身体が震えている。なにより雰囲気が全然違う。セシリアの両肩が、いきなり敬介に掴まれる。

「どうして……どうして君は! 俺の言うことを聞いてくれなかったんだ!?」

 敬介の口から洩れた厳しい言葉にセシリアは絶句する。だが敬介は両肩を掴む手に力を込めて言葉を続ける。

「俺は言った筈だ、自分の身が最優先だと。あの時に何があったのかは分からない。アポロガイスト辺りが君の逆鱗に触れたのかもしれない。だが、どれだけチェルシーさんが心配したか、分かるか!? 一夏君が不安に苛まれたか、分かるか!? 君の行動がどれだけ多くの人間を苦しめ、悲しませることになったか……!」
「敬介さん……」
「俺だってそうさ! 喪うのは親父や涼子、霧子だけで沢山だったのに! これ以上辛い別れをしたくなかったのに! 誰も俺みたいな目には……」
「……まったく、どれだけ成長したのかと思えば、昔の泣き虫のままだな、敬介」
「え……?」

 敬介がセシリアに思いの丈をぶちまけていると、途中でセシリアが呆れたような声を上げる。しかし敬介は違和感を覚え、顔を上げる。目の前にいるのはセシリアだ。だが身に纏っている雰囲気はセシリアではない。むしろ自分がよく知る男のそれだ。セシリア、いやセシリアの姿をした男が再び口を開く。

「それより、さっさと手を放してやれ。この子の肩を握りつぶす気か? 私はお前を、そんなことをさせるために蘇生させたんじゃないぞ?」
「まさか、親父……なのか?」
「ようやく気付いたか。色々あって、彼女の身体を少し借りているところだ」

 敬介はセシリアを通して語りかけているのが自分の父親、神啓太郎だと確信する。間違える筈がない。どれだけ年月が経ち、姿形が違っていても、血の繋がった親子なのだから。啓太郎は唖然としている敬介を優しく抱き締め、口を開く。

「頑固で、不器用で、痩せ我慢ばかりして。似て欲しくない部分だけ似ているのだから、本当にどうしようもないな。今は我慢しなくていい。こんなこと、お前にしてやれなかったが。今だけは、母さんの代わりにやってやる」
「親……父……父さん……俺……僕……」

 最初はあまりに意外な行動に驚愕していた敬介だったが、セシリアの身体を通して伝わってくる温もりを感じると、やがて堰を切ったように敬介の目から涙が溢れだし、敬介は幼き日に戻ったかのように泣きじゃくり始める。それを黙って啓太郎は抱きしめていたが、敬介が泣き止むと再び声がかけられる。

「もう、大丈夫ですか?」
「……セシリアか。ああ、情けない姿を見せちまったけど、もう大丈夫さ」

 声をかけてきたのがセシリアと悟った敬介は、セシリアから離れて苦笑し、鼻っ柱を擦ってみせる。セシリアをクスリと笑って言葉を続ける。

「けど意外でしたわ。敬介さんがそんな泣き虫で、甘えん坊さんだったなんて」
「まったくだよ。本当に、親父に比べたらまだまだだ」
「いいえ、そんなことはありませんわ。そんな弱さもまた、敬介さんらしさだと思いますからから。それと敬介さん、ごめんなさい。敵の挑発に乗ってしまい、心配をかけてしまって……」
「俺は、もういいさ。君が無事に戻って来てくれて、君が自覚してくれるなら。俺より、一夏君とチェルシーさんに謝った方がいい」
「……そうですわ! 一夏さんが!」
「俺は大丈夫だって、セシリア」

 敬介の言葉を聞いて即座に一夏の下へ向かうセシリアだが、一夏は立ち上がってみせる。

「俺の怪我なんて神さんに比べたら大したことないし、一番辛かったのはセシリアだろ? お前が無事ならこれくらいどうってことないし、俺には十分だ。結局セシリアを守ることは出来なかったけど、今度こそ守れるくらい強くなってみせるよ。神さんと違って、まだ何も足りないけどさ」
「一夏さん……私は、その気持ちを聞けただけで十分ですわ」
「こんな時に悪いが、増援だ!」

 セシリアと一夏が笑い合っているのを見ながら、敬介は二人を抱えて飛び退く。直後に溶解泡や鉄球、ナパームなどが地面に着弾する。続けて無数の上陸艇が海岸までやってくると、神話怪人や悪人軍団、戦闘工作員が上陸してくる。

「アポロガイスト、気にいらんヤツだったが、任務を成功させたことだけは褒めてやる。Xライダー! 我らGODは総攻撃を決定した! まずは貴様を殺し、景気づけとしてくれるわ!」

 タイガーネロが高らかに敬介に告げると、怪人が一斉に殺到する。しかし上空のヘリや地上からの一斉射撃により妨害され、4台のバイクが体当たりを仕掛けて怪人が吹き飛ばされる。ヘリや兵員輸送車から兵士たちが降下してくるのを見て、敬介は声を上げる。

「SPIRITS! 来てくれたのか!」
「ああ。揚陸艦が確認されたから来てみれば、ってわけさ」
「セシリア・オルコットは無事のようだな。お前の専用機だ」
「ええ。お手数をお掛けしました、ゲーレン分隊長」
「俺はいい。それより……」

 和也とコンラッドが敬介と会話を交わし、セシリアが頭を下げるとコンラッドはイヤーカフスをセシリアに渡す。すると背後から真耶と藤兵衛、緑川ルリ子に付き添われたチェルシーが姿を現す。

「ごめんなさいチェルシー。あなたにまで心配をかけてしまって」
「いいえ、私はいいんです。セシリア様が無事に戻ってこられたのであれば、それで」
「それと、山田先生にもご迷惑を……」
「ううん、私はいいの。きっと無事に戻って来てくれると信じてたから」
「敬介、手酷くやられたみたいだな」
「大丈夫ですよ、おやっさん。このくらい、すぐに治りますから」
「簡単に言わないでよ。待つ方は心配で堪らないんだからね、神君」

 藤兵衛とルリ子にいつものように笑って見せる敬介に、猛、隼人、志郎、丈二も顔を出す。

「先輩方もすいません。迷惑をかけて」
「気にするな、敬介。いけるな?」
「俺は大丈夫です!」
「織斑君、オルコットさん、今はGODを!」
「はい!」
「敬介、三下の相手は俺たちだけで十分だ。お前らはたっぷりとお返ししてやれ!」

 和也が檄を飛ばすとチェルシーは藤兵衛とルリ子に連れられて下がる。敬介は両腕を上に突き上げた後、『X』の字を描くように広げ、セシリアもイヤーカフスを手に持って掲げる。

「大変身!」
「おいでなさい、ブルー・ティアーズ!」
「ライダー……変身!」
「来い、白式!」
「変身!」
「出番よ、ラファール!」
「変身……ブイスリャァッ!」
「ヤァァッ!」

 『ブルー・ティアーズ』の展開が完了し、一夏と真耶も専用機の展開に成功する。仮面ライダーたちも変身に成功する。しかし敬介のみ姿が変わらない。

「ぐっ!?」
「敬介さん!? やはりダメージが!?」
「ハハハハハハハハ! どうやら、アポロガイストが変身機能を奪ったらしいな! 変身出来ないXライダーなど、鉄屑と同じよ! 無様だな、神敬介!」

 タイガーネロが敬介を嘲笑するが、動揺するセシリアとは対照的に、敬介は慌てる素振りを見せない。

「いや、大丈夫だ。アポロガイストめ、最後の最後にマーキュリー回路を破損させるとは。だがこのくらい、すぐに自己修復出来る」
「で、でも変身出来ないんじゃ、いくら神さんでも……!」
「出来るさ、変身なら。それに、この身体については誰よりも知ってる。開発者も含めてな」

 敬介はセシリアと一夏に笑ってみせ、腰にベルトを出現させる。するとチェルシーが口を挟む。

「その、開発者と言うのはまさか……?」
「とても頑固で、融通が利かなくて、不器用な男だったよ。まあ、俺も人の事を言えた立場じゃないんだが……もうGODに殺されて、この世にはいないけどね」

「――神啓太郎。俺の、親父さ」

 いつものように笑って答えると、敬介は左手を腰に引いて右手を左斜め上に突き出し、叫ぶ。

「セッタップ!」

 両腕を身体の前で『X』の字のようにクロスさせ、右手でベルトの右脇にある『レッドアイザー』を、左手でベルトの左脇にある『パーフェクター』を掴んで掲げる。すると身体を強化服が包み込み、レッドアイザーを顔の前に掲げるとレッドアイザーが顔面に半分ずつ装着される。最後に左手でパーフェクターを口元に装着すると、敬介の体内にあるメカニズムが起動して変身を完了する。

「行くぞ、GOD! 仮面ライダーがいる限り、貴様たちの企みが成就することはない!」

 仮面ライダーXがライドルを引き抜いて啖呵を切ると、5人の仮面ライダーと3人の専用機持ちは一斉にGODの怪人軍団へと向かって行くのだった。

**********

 仮面ライダーXはライドルホイップを掲げ、GOD戦闘工作員の繰り出す剣や槍を切り払い、踏み込んで斬撃を放つ。

「X斬り!」

 ライドルホイップを『X』の字を描くように振ると、戦闘工作員は纏めて斬り倒される。仮面ライダーXはネプチューンが突いてきた三又の鉾をライドルホイップで受け止め、横に逸らしつつライドルのスイッチを操作する。

「ライドルスティック!」

 ライドルがライドルスティックに変形すると、仮面ライダーXはネプチューンの鉾を払い落す。そのままがら空きとなった胴体にライドルスティックを突き入れ、怯ませる。さらに横薙ぎや振り下ろし、振り上げを繰り返して打撃を次々に叩き込んでいく。ネプチューンがグロッキーになると仮面ライダーXは跳躍する。ライドルスティックで大車輪を決め、急降下しながらライドルスティックを振りかぶる。

「ライドル脳天割り!」

 渾身の力でライドルスティックを振り下ろすとネプチューンは頭を押さえて悶絶し、地面を転がる。それでもネプチューンは最後の力を振り絞って立ち上がる。

「こうなれば、首爆弾を食らえ!」
「甘い!」

 ネプチューンは自らの首を外して投げつけるが、仮面ライダーXはライドルスティックで首を打ち返して胴体に直撃させ、間もなく首爆弾が発動して爆発が起こる。ライドルスティックを構え直した仮面ライダーXは、死神クロノスの鎌をライドルスティックで受け止めて打ち合いとなる。途中ソバットで背後から迫るヒュドラーを蹴り飛ばし、鎌を弾かれて姿勢を崩した死神クロノスをライドルスティックで攻め立てる。

「Xライダー! この笛で貴様の仲間も殺人鬼にしてやる!」
「ライダーチョップ!」

 パニックが催眠効果のある笛を構えるが、仮面ライダー1号が右手刀で笛を両断する。怒り狂ったパニックは角からロケット砲を発射するが、仮面ライダー1号は走りまわって巧みにパニックを誘導し、戦闘工作員やアルセイデス、キャッティウスにロケット弾を直撃させる。同士討ちの危険性を悟り、地団駄を踏みながらパニックは攻撃を中断して肉弾戦を挑む。
 まずは角で突いてやろうと頭から突っ込んでいくパニックだが、仮面ライダー1号は半身に開いて突進を回避し、右手刀を振り下ろして右角をへし折り、駄目押しとばかりに足を払う。出鼻を挫かれたパニックは立ち上がり、仮面ライダー1号に殴りかかかる。仮面ライダー1号はパニックの右ストレートを左手で払って逸らし、逆にジャブで牽制した後にストレート、フック、アッパー、ジョルトブロー、ボディブロー、チョップ、エルボーを立て続けに放つ。続いて右足で前蹴り、押し蹴り、浴びせ蹴り、鎌蹴り、踵落とし、回し蹴りを連続して打ち込み、パニックをフラフラにする。そして仮面ライダー1号はパニックを上に放り投げて跳躍し、自由落下を開始したパニックに膝蹴りを放つ。

「ライダーニーブロック!」

 胴体に仮面ライダー1号の膝が叩き込まれるとパニックは大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた直後、断末魔の悲鳴を上げながら爆発四散する。
 仮面ライダー2号はヘラクレスが振るう棍棒を紙一重で回避し、攻撃する隙を窺う。ヘラクレスが痺れを切らして棍棒を大きく上に振り上げた瞬間、仮面ライダー2号はヘラクレスの手首にハイキックを放って棍棒を蹴り飛ばす。ヘラクレスは盾で仮面ライダー2号の足を払おうとするが、仮面ライダー2号は返す足で踵落としを放って盾を弾く。丸腰になったヘラクレスは怯まずに掴みかかるが、足を戻した仮面ライダー2号もそれに真っ向から応じる。ヘラクレスと仮面ライダー2号は正面からがっぷりと組み合い、手四つの形となる。

「仮面ライダー、このヘラクレスの怪力に叶うわけが……ぬうっ!?」
「へっ、怪力無双の英雄と同じ名前の割に、大したことないじゃないか、ヘラクレス!」

 自信満々のヘラクレスであったが、仮面ライダー2号の剛力に押し込まれて地面に膝をつきそうになる。それでも抵抗を続けるヘラクレスであったが、仮面ライダー2号の力は増していく一方だ。

「こうなれば、この毒蜘蛛で!」
「おっと!」

 力勝負では勝てないと悟ったヘラクレスは、毒蜘蛛を呼び出しつつ剣を抜いて斬りかかる。仮面ライダー2号は毒蜘蛛を払いのけて踏みつぶし、剣を両手でしっかりと受け止める。ヘラクレスは剣を抜こうとするが、仮面ライダー2号はさらに力を込めて剣を握りつぶすと、ヘラクレスの顔面に左右のパンチの連打をお見舞いする。十分弱ったところで仮面ライダー2号は左正拳突きでヘラクレスを殴り飛ばし、跳躍して飛び蹴りを放つ。

「ライダーキック!」

 締めとばかりに必殺の蹴撃が叩き込まれると、ヘラクレスの五体がバラバラに弾け飛ぶ。そこにキクロプスがレーザーを飛ばして仮面ライダー2号を攻撃し、身体に焦げを作っていくが仮面ライダーV3が割って入る。

「V3バリア!」

 仮面ライダーV3が右腕を立ててV3バリアを起動させ、キクロプスのレーザーを防ぐと、仮面ライダー2号は跳躍してオカルトスへと挑みかかっていく。キクロプスはレーザーを撃ちまくって仮面ライダーV3を攻撃するが、レーザーは当たらない。ならばと白兵戦を挑むべく棍棒を取り出して飛びかかる。

「貴様を叩き潰してやる! 死ね! V3!」
「そうはいくか!」

 しかし仮面ライダーV3はキクロプスにショルダータックルを仕掛ける。そして肩に仕込まれた特殊スプリング筋肉を使用し、打撃を受け止めてキクロプスを吹っ飛ばす。たたらを踏んだキクロプスに対し、仮面ライダーV3は懐に入り込んで巨大な一つ目にパンチを打ち込んでキクロプスを怯ませる。次に左右のコンビネーションパンチや水平チョップの連打を浴びせた後に飛び上がり、空中で三回前転した後に両足を揃えてキクロプスに向ける。

「V3フル回転キック!」

 仮面ライダーV3が遠心力を乗せた渾身のキックを直撃させると、キクロプスは耐え切れずに爆発する。

「V3! 貴様は俺が痺れさせてやる!」
「お前の相手は俺だ、ケルベロス!」

 ケルベロスが仮面ライダーV3めがけて突進していくが、カセットアームを『スウィングアーム』に変形させたライダーマンが分銅を直撃させる。ライダーマンは戻ってきたロープを左手で持って回し、ケルベロスの前に立ちはだかる。

「ケルベロス、体表に高圧電流が流れる貴様との接近戦などごめんだ。近付かれる前にケリを着けてやる」
「ぬかせ! 貴様も爪と牙の餌食にしてやる!」

 ケルベロスが獣のような動きで突進してくるのに対し、ライダーマンは冷静に距離を保ちつつもスウィングアームを投擲し、分銅をケルベロスに当てて動きを止める。しかしライダーマンが一度分銅を手元に引き戻し、再び投擲すると横っ跳びに回避する。ケルベロスはライダーマンが分銅を引き戻した隙に踏み込んで、首筋に牙を突き立てようとする。

「パワーアーム!」

 咄嗟にライダーマンは右肘にカートリッジを押し込み、『パワーアーム』を装備すると、爪に牙を突き立てさせて噛みつきを防ぐ。ケルベロスは爪を突き立てようともがくが、ライダーマンはケルベロスの重心を崩して投げ飛ばすと、またしてもカートリッジを肘に挿入する。

「カマアーム!」

 するとロープの先端に鎌が装備された『カマアーム』へカセットアームが変形する。ライダーマンはカマアームを射出して振り回し、ケルベロスを斬りつけた後に全身を絡め取る。

「馬鹿め! 俺の身体に高圧電流が流れていることを忘れたか!?」
「生憎だが、このアタッチメントのロープは5億ボルトの電圧でも通さない特殊な絶縁素材で出来ている。お前の電流など、こちらには届かん!」

 ライダーマンはケルベロスに冷たく言い放つと、ケルベロスの体勢を崩して海へ投げつける。海に叩き込まれたケルベロスは身体に流れる高圧電流が体内でショートし、派手に水柱を上げながら爆発して果てる。

「流石結城さん、俺も負けてられないな!」
「余所見は禁物だぞ、織斑一夏!」

 右手に雪片弐型を持って剣を持ったユリシーズと斬り結んでいた一夏だが、背後からメドゥサがレーザーで狙ってくる。一夏がレーザーが放たれるギリギリ手前で上昇に転じると、レーザーがユリシーズの左腕に当たり、直撃した箇所が石化する。

「くっ! レーザーに当たれば石になるのか!?」
「その通りだ! 貴様も石にして、二度と再生出来ないように粉々に砕いてやるわ!」
「そうはいくかよ! 鏡がないのは残念だけど、見られただけで石になるよりはマシだ!」

 一夏はスラスターとPICをフル稼働させて空を自由自在に飛び回す。時に急停止と急発進を繰り返し、時に三次元的な軌道でメドゥサの視線を切り、なかなかレーザーを撃たせない。痺れを切らしたメドゥサが無差別にレーザーを撃ち、周囲の戦闘工作員を石化させたのを見ると、一夏はメドゥサの真上を取って瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、急降下して雪片弐型を大上段に構える。メドゥサが上を向いて額からレーザーを放つが、一夏は雪羅からシールドを展開してレーザーを無力化し、雪片弐型を変形させて零落白夜を発動させる。

「回天白夜!」

 一夏が7連撃を1秒の間に正中線を通るように放つと、メドゥサは綺麗に縦に両断され、自身の身に何が起きたのか理解する間もなく爆発する。

「おのれ! 食らえ! 超能力オカルトス!」
「しまった!?」

 するとオカルトスが杖を一夏に向け、念力を放って金縛りにする。一夏は必死にオカルトスの金縛りから逃れようとするが、上手くいかない。ようやく腕の石化が解けたユリシーズが弓に矢をつがえ、一夏に放とうとする。

「これ以上、お前たちの好きには!」

 しかし真耶がスナイパーライフルで弦を狙撃して無力化する。同時に『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』の単一仕様能力『ラプラスの目』を発動させ、オカルトスが『超能力オカルトス』を使おうしているのを読んで向き直る。

「受けろ! 超能力オカルトス!」
「そんなもの、当たらない!」

 オカルトスは真耶に杖を向けて金縛りにしようとするが、真耶は不可視の念力が見えているかのように最低限の動きで回避し、スナイパーライフルで杖を撃ち抜いて破壊する。

「馬鹿な!? 超能力オカルトスを見切っただと!?」
「超能力の正体は分からなくても、杖からエネルギーを発射していることくらいお見通しよ! ハイパーセンサーを使えば『見る』のも簡単だし、ラプラスの目なら撃つタイミングも!」
「ぐう……ここは一度退くか……!」
「簡単には、逃がさない!」

 真耶に超能力オカルトスが通用しないと悟ったオカルトスは、一度態勢を立て直すべく周囲に自らの立体映像を投影し、真耶の目が釘付けになった隙に逃れようとする。しかし真耶はラプラスの目であっさりと本体を探し当て、束が装備させたビーム砲を構える。精密射撃体勢に入るとビームをオカルトスの頭部の一点に集中させ、オカルトスは頭を撃ち抜かれて斃れた後に煙のように掻き消える。真耶が動けないと見た火焔プロメテスが『プロメテスナパーム』を投げつけるが、真耶はスラスターの位置を調整して噴射し、体勢を崩さずにプロメテスナパームを回避する。

「お前の相手は私ですわ! 火焔プロメテス!」

 セシリアがスターライトmkⅢを構えて火焔プロメテスにビームを撃ち込む。ラッチから4基のビットを切り離して火焔プロメテスを取り囲むようにビットを配置し、4基のビットから一斉にビームを放って離脱を許さない。

「セシリア・オルコット! これでも食らえ! アトラス地球投げ!」
「レディーをダンスに誘うなら、それなりのマナーを守りなさい!」

 鉄腕アトラスが地球を模した鉄球を投げつけてくるが、セシリアは一度ビットの操作を中断して回避する。逆にビットからのビームを『偏向射撃(フレキシブル)』で捻じ曲げて鉄腕アトラスに浴びせ、放ったビームをまたしても曲げて火焔プロメテスの肝臓に集中させる。すると火焔プロメテスは右わき腹を押さえて激しく悶絶する。

「どうやら、ハゲタカに啄ばまれた肝臓は今でも痛むようですわね。ならば!」

 セシリアは火焔プロメテスの弱点を看破し、ビームに加えてミサイルも火焔プロメテスの肝臓に浴びせ続ける。耐えられなくなった火焔プロメテスは力尽きて爆発する。

「今のところは問題なし。けど、キングダークがどこにいるのかが気になるね」

 地上で仮面ライダーや専用機持ち、SPIRITSが奮戦している最中、束はクリスタと共にヘリの中で空間投影式ディスプレイを展開している。ヘリの中ではミツルらが備え付けの機銃で地上のGOD戦闘工作員や怪人を攻撃し、地上の味方を援護している。弾と蘭も束と一緒だ。そんなヘリの中で、いきなり操縦士の声が飛んでくる。

「副隊長! 付近の海域から、何かが潜水して向かってきています!」
「何!? 潜水艦か!?」
「いえ! 潜水艦ではありません! むしろ人型に近いようです! ですが、怪人にしてはあまりに大きすぎます!」
「まさか……急いでヘリを散開させて! 間違いなくキングダークだよ!」
「し、しかし!」
「四の五の言うな! 各ヘリ、急いで散開しろ! キングダークが仕掛けてくるぞ!」

 束はキングダークが近付いてきていると確信し、渋る操縦士をミツルがどやして命令を飛ばす。ヘリが散開し始めた直後、海中からロケット弾が飛んできて空中で炸裂し、余波で束たちが乗ったヘリがバランスを崩す。そして海中からロケット弾を発射した『敵』が姿を現す。マントを背中に着け、頭に角が装備された巨人だ。仮面ライダーXが叫ぶ。

「しまった!? キングダークが!?」

 巨人の名は『キングダーク』。GOD機関が誇る最強の戦闘ロボットだ。キングダークは無造作に両手を前に突き出し、仮面ライダーたちに指を向けてロケット弾を発射する。巨体から放たれる弾頭が地面に当たるたびに大爆発が発生し、仮面ライダーたちは戦闘工作員共々大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「クソ! 総員、キングダークに攻撃を集中させろ! あんなデカブツに街で暴れられたら、尋常じゃない被害が出るぞ!」

 和也の指示の下、SPIRITS各隊は全火力をキングダークに集中させるが、キングダークの分厚い装甲の前には対地ミサイルすら効果がない。同時に呪博士の声がキングダークから響き渡る。

『貴様ら雑菌共が何をしようと無駄だ! 愚かな人間共は、このキングダークにより焼き滅ぼされるのだ! いくら抵抗しても、キングダークは止められん!』

「そんなこと、させませんわ!」
「クルーザーアタック!」

 セシリアは全ビットを展開してキングダークにビームを浴びせ、仮面ライダーXもクルーザーを呼び出して体当たりを仕掛ける。しかしキングダークはビームに全く堪えた様子も見せずに無視し、クルーザーを右手を軽く振って叩き落とす。

「クソ! なんて硬さだよ!」
「けど、ここで止めないと……!」
「ランチャーアーム!」
「ライダートリプルパワー!」

『無駄だと、言っておろうが! この虫けらどもが!』

 一夏が荷電粒子砲を、真耶がビーム砲を最大出力で発射する。ライダーマンと和也がアタッチメントを『ランチャーアーム』に変形させ、パンツァーファウストに似た弾頭を射出して炸裂させるが、キングダークの装甲には傷一つつかない。続けて仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、仮面ライダーV3が専用バイクに乗って並走する。両脇の仮面ライダー1号と仮面ライダー2号が中央の仮面ライダーV3の肩に手を置き、三人のエネルギーを集中させて体当たりを仕掛けるが、キングダークは両手を組み、ハンマーのように振り下ろすと三人ライダーが地面に叩きつけられる。
 キングダークは目から怪光線を発射し、4人の仮面ライダーを嬲るように地面を爆発させてまたしても吹き飛ばす。ナオキ、五郎も部下に檄を飛ばし、上空のヘリと協力してありったけの火力を叩き込むが効果はない。

『五月蠅い虫けらどもが。我らGODに逆らうことの愚かさを教えてやる! 見るがいい! これこそが神の雷! 「RS装置」の力だ!』

 呪博士が叫んだ直後にキングダークの目が怪しく光る。続けて二本の角が展開してスパークが発生し、キングダークは顔を束たちが乗っているヘリへと向ける。

「不味い! 今すぐキングダークの背後に旋回しろ!」
「急いで射線上から離れて! 巻き込まれたら、全員タダじゃ済まないよ!」

 仮面ライダーXと束はキングダークが何をしようとしているのか悟り、退避するように指示を出す。ヘリがキングダークの背後に回り込もうと旋回した直後、角で発生したスパークが途中で一筋の雷となり放たれる。雷をギリギリで回避したヘリは無事にキングダークの背後に回り込む。直後、空を覆う厚い雲に放たれた雷が触れると、少しの間を置いて激しい発光と共に大爆発を起こす。あまりの眩しさに皆目を閉じるが、光が収まると空を覆っていた分厚い雲が綺麗に消えている。続けて強烈な上昇気流が発生し、ヘリや地上のSPIRITSの隊員を巻き上げ始める。

「これが、火薬もプルトニウムも使わないで、自然発生的に核爆発すら起こせる、RS装置の力……どうしたの!?」
「ローダーがやられたようです! これ以上制御出来ません! 不時着します!」

 改めてGODの狂気を確信して呟く束だが、雷の影響でローダーが故障したのか、ヘリはゆっくりと不時着する。束たちはミツルにヘリから降りるように言われ、ミツルたちはヘリを放棄すると付近にいたSPIRITS第5分隊と合流する。完全な力を発揮しているキングダークを見て、仮面ライダーXはアポロガイストの真の狙いに気付く。

「そうか、キングダークが完成するまでの時間稼ぎが目的だったんだな! だからセシリアを使って俺を誘い出し、俺たちの注意を向けて……!」
「今さら気付いても遅いわ! 覚悟しろ、Xライダー! 今日こそが貴様の、そしてこの世界最期の日だ!」

 タイガーネロが仮面ライダーXに言い放つと、キングダークの攻撃に巻き込まれないように後退していた怪人が一斉に襲いかかる。

「くっ! なんとしてもキングダークを止めないと……!」

 仮面ライダーXはライドルホイップでガマゴエモンとミノタウロスを斬りつけ、カメレオンファントマを蹴り飛ばしてキングダークの下に向かおうとする。だがヒルドラキュラが舌を伸ばして仮面ライダーXの首を締め上げる。仮面ライダーXがライドルホイップで突いて無理矢理引き離すと、カブト虫ルパンがレイピアで突きかかって剣戟戦となり、キングダークの下へ向かえない。他の仮面ライダーもやはり怪人に張り付かれ、すぐには向かえそうにない。すると和也がアタッチメントをマシンガンアームに変えて乱射し、怪人を蹴散らすと声を張り上げる。

「敬介、ここは俺が食い止めるから、お前は行け!」
「しかし!」
「四の五の言ってる場合か! あんな砲撃が街に掠ってみろ! その前にキングダークを止めなきゃなんねえだろうが!」

『そうはさせんぞ、Xライダー!』

「うおっ!?」

 和也は仮面ライダーXを先に進ませようとするが、クルーザーを呼び出した直後にキングダークが目から怪光線を放ち、仮面ライダーXの足元に着弾させて妨害する。咄嗟に地面に伏せて難を逃れた和也だが、仮面ライダーXに怪人が殺到し始める。

「クソ! これじゃ駄目だ! だったら……!」

 地団駄を踏む和也だが、目の前のクルーザーを見るや、意を決してクルーザーに跨ってスロットルを入れ、キングダークに向けて走り出す。

「悪いな敬介! お前のクルーザー、少し借りるぜ!」
「滝さん!? 一体何を!?」
「なに、少し呪博士に礼をしにな! キングダークは俺に任せておけ!」
「そんな無茶苦茶な! チィッ!」

 仮面ライダーXは和也を慌てて止めようとするが、アルセイデスが剣で斬りかかりる。ヒュドラーとアリカポネが続くと舌打ちしてライドルホイップで斬り結び、怪人との交戦に専念する。
 クルーザーに乗った和也は高すぎる性能に苦戦しながらどうにか乗りこなし、崖をジャンプ台にしてキングダークへと飛びかかる。はたき落とそうとするキングダークだが、和也はアタッチメントをロープアームに変形させて射出する。上手くキングダークのマントにフックを引っ掻け、ロープを巻き取ってキングダークの右肩にしがみつく。

『小癪な! 捻り潰してやる!』

「お前の相手は、私ですわ!」

 キングダークは和也を握りつぶそうと手を伸ばすが、怪人を振り切ったセシリアがキングダークの顔の前に飛来する。セシリアはビットを展開して全ビームをキングダークの左目に集約して浴びせ、左目を潰す。

『この小娘がぁぁぁぁぁっ!』

 激昂した呪博士は和也を完全に無視し、セシリアを握り潰そうとキングダークの手を伸ばす。セシリアは巧みに回避して手を潜り抜け、今度は右目にビームを集中させて右目を潰す。キングダークも行動に支障がないのか、腕を振り回して暴れ回り、セシリアは一度距離を取って海の方に出る。セシリアはビットを操作し、キングダークの注意を惹きつけようと奮闘するが、キングダークは指先からロケット弾を釣瓶打ちに放って集中攻撃をじかける。偏向射撃を織り交ぜて迎撃するセシリアであったが、弾頭の大きさ故に発生する爆発も大きく、動きが止まった隙に直撃を貰う。そこで絶対防御を発動させてセシリアは墜落し、海へと叩き込まれる。

「セシリア!?」
「オルコットさん!?」
「邪魔をするな! コンラッド、セシリアを頼む!」
「任せろ!」

『そうはいくか! トカゲバイキング! ヒトデヒットラー! あの小娘を必ずや捕らえよ! 虫けらの分際で逆らった罰として、惨たらしく処刑してやる!』

 コンラッドは仮面ライダーXが遠隔操作で呼び戻したクルーザーに跨り、ヒトデヒットラーとトカゲバイキングは呪博士の命令を受けて海へと飛び込む。両者は海に落ちたセシリアを回収すべく道を急ぐのであった。

**********

 意識を失ったセシリアの耳に、潮騒の音が聞こえてくる。とても穏やかで、規則的で、どこか安らぎを覚える、そんな不思議な音だ。そこでセシリアは目を開く。
 目の前に広がっている光景は、戦場ではなかった。とても穏やかで、綺麗な砂浜だ。潮風が心地よく肌を撫でて長い髪をそよがせ、潮の匂いが鼻腔をくすぐる。物音は波が砂浜に打ち寄せる音だけだ。海を見てみれば静かに波打つ大海が広がり、沈んていく夕日が水面を紅く照らして幻想的な雰囲気を醸し出している。セシリアは自分が制服を着ていることと、イヤーカフスが無いことに気付く。

(これは、一体……?)

 ぼんやりと考えていたセシリアだが、砂浜を誰かが歩いているのが目に留まる。金髪の男女だ。特に女性はセシリアと同じく長い金髪を潮風に靡かせている。男女がセシリアから遠ざかっていくのを目にすると、セシリアは無意識の内に男女を追って砂浜を歩き始める。さくり、と砂を軽快に踏みしめながらセシリアは歩き続ける。男女の姿はいくら歩いても見つからない。セシリアは歩みを止めることなく、夕日に照らされながら砂浜を進んでいく。

『ねえジョージ、敬介さんは私たちのお願い、聞いてくれるかしら?』
『大丈夫さ。あの人ならきっと、私たちがいなくなった後もセシリアを守ってくれる。だって彼は――』

 砂浜を歩くセシリアの耳に一組の男女の会話が聞こえてくる。

『「ブルー・ティアーズ」、ですか?』
『ええ。リサとジョージがこのISコアで作られたISに付けたい、と生前私に言い残していた名前です』
『姉と義兄の遺言ですか……分かりました、神博士。BT兵器の愛称は「ブルー・ティアーズ」としましょう。機体そのものはキャリアーに過ぎず、別の名前を付けないことになっていたので』

 続けて聞き覚えのある男二人の声が耳に入ってくる。

『敬介、泣くな! 泣いても何も始まらん! さあ、続けていくぞ!』
『で、でも……』
『敬介、誰にでも泣きたくなるときはある。本当に耐えられないときは泣いても構わん。だがな、時にはお前が泣きたい時に、お前以上に辛い人がいるかも知れない。その時にお前が泣いてしまっては、その人まで泣いてしまう。だから敬介、強くなれ。誰かが泣きそうになっていたら、自分が泣きたくても励まして、笑顔に出来るくらいに強く、優しい男に。お前なら、きっとなれる』

 最後に一組の親子のやり取りを聞いたセシリアは立ち止まる。
 セシリアの目の前には、白衣を着た男性が海を眺めながら佇んでいる。歳は初老と言ったところだろうか。メガネをかけて鼻の下に髭を生やしている。しばらく黙って海を眺めていた男性はセシリアの方を向かず、話し始める。

「夕焼けの海は家内が好きで、一緒に見ていたんだ。私の友も、息子も、私自身も夕日の海は好きだった」
「あなたは……神啓太郎博士、ですね?」
「ああ。まさか、こんな形で対面するとは、思いもよらなかったけどね」

 セシリアは男性が神啓太郎であると直感的に理解し、確認する。啓太郎は頷いてセシリアに向き直る。

「君は確かにジョナサンの血を引いているな。顔つきにあいつの面影がある」
「ありがとうございます。ですが、ここは一体……?」
「君の深層意識、と言ったところだな。キングダークに撃墜されたことは覚えているね?」

 セシリアは啓太郎の言葉に頷いてみせる。セシリアは別の疑問を啓太郎にぶつける。

「ですがなぜ、私はこんなことに? それになぜあなたが……?」
「そうだな……詳しい原理は分からないが、君を保護しようとインフィニット・ストラトスが、君といつも以上に深く接続しているようだ。この空間は、君の深層意識をインフィニット・ストラトスが表現したもの、とでも言うべきものだ」
「つまり相互意識干渉(クロッシング・アクセス)の変形、みたいなものでしょうか。それでインストールされあなたも、こちらに表面化してきた、と」
「その通りだ。そしてインフィニット・ストラトスは、君に選択を迫っているようだ」
「選択?」
「その通りだ」

 首を傾げるセシリアに啓太郎は頷いて居住まいを正す。

「セシリア・オルコット、君は力を欲するかね?」
「え……?」
「君は力を欲するかね、と聞いているんだ。今、君はさらなる力を自分のものにすることも、しないことも出来る。それが君に与えられた選択だ」
「……力が欲しくないと言えば嘘になります。そしてあなたの前で、嘘はつきたくありません」
「ではなぜ力を欲するのかね? 今を生き延びるためかい? 織斑一夏の側にいるためかい?」
「それもありますが、一番の理由はこの世界を守るため、ですわ」
「この世界を? 君の両親はもうこの世界にはいない。それに君の命を狙い、理不尽を押し付ける人間が少なからずいる、この世界をかい?」
「ええ。父も母もこの世界にはいません。この世界がいかに理不尽に満ちているかも、承知しています。だからこそ、私は守りたいんです。かつて父と母が生きたこの世界を、父と母がこよなく愛していた海を、敬介さんや一夏さんが生きて、守ろうとしている今の世界を。あなたが敬介さんに『仮面ライダーX』の名前と共に託した、人類の自由と平和を守るために」
「しかし君も分かっているだろう? さらなる力を得て戦うということが、血塗れの道への第一歩だと。そして二度と後戻りできない、終わりなき地獄の始まりだと。それを理解しても君は力を望み、戦うのかね?」
「その通りです。他でもない私の決めた道ですわ。周りが何を言おうが関係ありません。私の道は、私が決めます。父や母が最後まで自分の道を貫いたように、私は私の道を行きます。それに、敬介さんを独りぼっちにしておくわけにはいきませんから」
「そうか……なら、早く行きたまえ。君の助けを待っている人は沢山いるんだ。これ以上寄り道している暇はない。まったく、君の頑固さは誰に似たのやら」
「父と母、祖父、それに敬介さんかも知れませんわ。そして敬介さんを通して、あなたに似てしまったのかもしれません」

 啓太郎がぼやくように呟くとセシリアが笑って答える。すると啓太郎は横を向いて再び海を眺めながら呟く。

「あいつめ、歳端もいかない自分の『娘』を戦いに巻き込んで、こんな覚悟まで決めさせて。そんな所まで似なくても良かっただろうに……」
「神博士……」
「分かっているさ、科学者ってのはそんなものだってな。緑川も南原博士も利用されるだけ利用され、勝手に死んで、娘に余計な苦労を背負わせて。私はその最たる者だ。何も知らない息子を争いに巻き込んで、肉体を切り刻んで、挙句の果てにその償いが敬介だけでなく、君をも戦いに送り出すことだとはな。結局私が敬介に残してやれたのは、機械の身体と、終わりのない戦いだけ、か……」
「いいえ、違いますわ、神博士」

 啓太郎が自嘲するように呟くのをセシリアが遮る。

「博士が残したのは、機械の身体と戦いだけではありません。敬介さんはあなたから『血』と『誇り』、それに『魂』を貰っていますわ。敬介さんはあなたに感謝しこそすれ、怨んでなどおりません。そして私も血こそ受け継げませんでしたが、誇りと魂は確かに受け継いで、今もここにあります。ですから、どうしてもお礼を申し上げたかったんです。ありがとうございました。敬介さんを育ててくれて。そして敬介さんと私に、誇りと魂を遺してくれて」

 セシリアは自らの胸を右拳で示して一礼する。すると啓太郎の頬に一筋の滴が流れ落ちる。

「そうか……私があいつに託したことは、間違いじゃなかったんだな。私こそ君に感謝しているよ。この世界と敬介を、頼むよ」
「ええ。必ず守って見せますわ。今度は、私が」

 セシリアは啓太郎に背を向けて歩き出す。同時にイヤーカフスが右手に握られていることに気付く。セシリアは右手のイヤーカフスを掲げ、叫ぶ。

「私に応えなさい、ブルー・ティアーズ!」

 セシリアが意識を失っている間。コンラッドは右の義足に仕込まれた銃を抜き、クルーザーを運転しながらヒトデヒットラーとトカゲバイキングを銃撃する。しかしヒトデヒットラーもトカゲバイキングも堪えた様子を見せず、セシリアを回収しようと海中を突き進む。

「チィッ! 奴らにセシリア・オルコットを殺させる訳には……!」

 コンラッドは舌打ちするとヘルメットのバイザーを下ろし、クルーザーを潜航させてセシリアを探す。セシリアは潮を流れも考慮すれば近くにいる筈だ。案の定、漂流しているセシリアらしき人影を発見し、コンラッドはクルーザーを浮上させる。しかしヒトデヒットラーが体当たりを仕掛けてコンラッドを妨害し、トカゲバイキングが人影に接近する。

「クソ! 邪魔をするな!」
「無駄だ!」

 コンラッドはトカゲバイキングとヒトデヒットラーに銃撃を浴びせ、自身と人影から引き離そうとする。トカゲバイキングは嘲笑うように人影へ到着し、海中に引き摺りこもうとする。

「言った筈よ。お前のような怪物に、触らせる肌など持ち合わせていない、と!」
「なっ!?」

 しかしトカゲバイキングが人影にに触ろうとした瞬間、派手な水柱が上がる。人影はトカゲバイキングを吹き飛ばして空へ舞い上がる。人影は蒼い装甲を身に纏い、背中に4基のフィン・アーマーを装備している。スカートアーマーにも2基のフィン・アーマーが装備されている。『ブルー・ティアーズ』を装着したセシリアだ。間に合ったようだ。セシリアはコンラッドのすぐ近くに降下し、海上に静かにホバリングする。そこでコンラッドは『ブルー・ティアーズ』の外見が異なっていることに気付く。
 それまで全身の装甲は角ばってゴツゴツとした、鎧を思わせるものだったのが、今は潜水艦を思わせる、丸みを帯びて流線形に近い。背中のフィン・アーマーの形状も異なり、より大型化している。

「ご心配をおかけしました、ゲーレン分隊長。もう大丈夫ですわ」
「そのようだな。だがその機体は……?」
「生まれ変わった『ブルー・ティアーズ』の第二形態、その名も『ブルー・ティアーズ・スペリオル』ですわ。もっとも、呼び名はこれまで通り『ブルー・ティアーズ』で通すつもりですけれども」
「何をごちゃごちゃと! 纏めて始末してくれる!」

 激昂したトカゲバイキングがトマホークを投げつける。セシリアはあっさりと回避してレーザーライフルを呼び出し、トカゲバイキングに告げる。

「空気というものがどこまでも読めませんのね、トカゲバイキング。そんな無粋なお前に踊って貰いましょうか、新たな『ブルー・ティアーズ』が奏でるワルツを!」

 背中のラッチに装備された4基のフィン・アーマーと、腰に装備された2基のフィン・アーマーが切り離され、トカゲバイキングに向けられる。次の瞬間、6基のフィン・アーマーが変形し、一斉にビームが放たれてトカゲバイキングに直撃する。

「馬鹿な……ビームを撃てるのは4基だけでは……!?」
「言い忘れていましたわ。これこそが進化したブルー・ティアーズユニット、『スペリオルビット』ですわ。では、存分に踊りなさい!」

 トカゲバイキングに冷たくセシリアが言い放つと、ビットは高速で不規則な軌道を飛び回り、トカゲバイキングにビームを浴びせる。ビームの出力が増しているのか、トカゲバイキングの身体に瞬く間に無数の焦げが出来ていく。それでもトカゲバイキングは潜航し、ビームから逃れようとする。

「どうだ! 海に潜ってしまえば、ビームしかない貴様では手も足も出まい!」
「逃がしませんわよ! 『タスラム』!」

 しかしビットのビーム砲口下部からミサイルが発射される。海面に到達すると弾頭が切り離され、魚雷としてトカゲバイキングに浴びせられ、爆発が起こる。その後もミサイルが発射されては魚雷が切り離される。たまらずに浮上したトカゲバイキングに6基のビットから放たれたビームが襲いかかり、頭を吹き飛ばす。

「ミサイルビットとビームビットが融合したのか!? だが、弱点は変わらん筈だ!」
「そうはいきませんわ!」

 ビットを操作している隙にヒトデヒットラーが体当たりを仕掛ける。セシリアは慌てずにビットを戻して回避し、新たな『ブルー・ティアーズ』の装備を確認する。

(確認できたのは名前とビットだけ、他に新たな装備は……『アンサラー』?)

 セシリアは武装を一通り確認すると、最後に見慣れない装備らしきものを見つける。第二形態移行(セカンド・シフト)したことで発現した単一仕様能力らしい。ヒトデヒットラーはまた体当たりを仕掛けようとしている。時間がない。セシリアは『アンサラー』の発動を承認する。

『「アンサラー」の発動を承認。BTシステムリミッター、各セーフティーの解除成功。BTシステムの最大稼働を確認。演算開始』

 ハイパーセンサーに文字が躍った瞬間、セシリアの脳に、それまでとは比べ物にならない量の情報が流れ込んでくる。最初は混乱するだけだったが、やがてコアが演算して情報を整理するようになると、アンサラーがいかなるものかを確認し、再びビットを展開する。ビットからビームを撃ちまくり、ヒトデヒットラーを攻撃するセシリアだが、ヒトデヒットラーは回転しながら体当たりし、ビームを弾き飛ばしながら迫ってくる。

「これならば避けられまい! 死ね!」

 ヒトデヒットラーは体当たりを仕掛けるが、セシリアは体当たりを紙一重で避けてライフルを構える。ヒトデヒットラーは元の姿に戻ると、大量の電気ヒトデをセシリアめがけて飛ばしてくる。

「フン、それを展開している間は、ライフルは使えないとお見通しだ!」
「あら、それはどうかしら?」

 セシリアが不敵に言った直後、ビットからビームが放たれ、セシリア自身は踊るように自由自在に飛び回る。そのままレーザーライフルを連射してヒトデを全て焼き払い、ビームをヒトデヒットラーに浴びせる。ビットと共に身動きが取れないヒトデヒットラーの周囲を高速で飛び回り、四方八方からビームを浴びせていたセシリアだが、締めとばかりに偏向射撃を駆使し、お手玉のようにヒトデヒットラーを撃ち上げながらレーザーライフルを真上に向ける。

「ヒトデヒ……」
「それ以上、お前には喋らせませんわ!」

 ヒトデヒットラーが口を開いた瞬間、セシリアはレーザーライフルを発射する。ビットからのビームで体中を焼き、レーザーライフルがヒトデヒットラーの頭を吹き飛ばして無理矢理沈黙させる。セシリアはビットを従え、仮面ライダーXの援護へと向かう。
 仮面ライダーXはキングダークの攻撃に加え、怪人の集中攻撃により苦戦を強いられている。ライドルホイップでアリカポネと斬り結び、サラマンドラを蹴り飛ばすも、死神クロノスが割り込んで鎌の一撃を加える。足止めされた仮面ライダーXにキングダークのロケット弾が放たれ、吹き飛ばされる。その繰り返しだ。仮面ライダーXは奮戦していたが、ヒュドラーを回し蹴りで怯ませたところにサソリジェロニモがトマホークを投げ、辛うじてライドルスティックで弾くものの膝が崩れる。コウモリフランケンが砲撃を放ち、キマイラ、ジンギスカンコンドル、ガマゴエモンが炎を発射し、ムカデヨウキヒがカラス爆弾を差し向ける。

「これで終わりだ!」
「ぐっ!?」
「そうはさせませんわ!」

 しかし4基のビットが仮面ライダーXの周囲に展開されると、ビットが変形し、仮面ライダーXを中心に三角錐を形作るようにビームシールドが展開され、砲撃と炎と爆弾を全て防ぎ切る。続けてレーザーライフルを撃ちながらビットを操作し、ビームを浴びせて周囲の敵を蹴散らすと、セシリアは仮面ライダーXの前に着陸する。

「すいません、心配をおかけしました」
「セシリア……大丈夫、なのか?」
「ええ。Xライダー、キングダークを頼みます。悪人どもは私が成敗しておきますわ」
「抜かせ! 小娘が、返り討ちにしてくれる!」
「口の利き方に気をつけたらいかがかしら? お里が知れるというものですわよ?」

 激昂して突っ込んでくる悪人怪人を挑発しながら、セシリアは再び空を舞ってビットを展開する。そのままスラスターを稼働させて飛び回り、ビットとレーザーライフルのビームを悪人軍団に浴びせて動きを止める。ジンギスカンコンドルが槍を構えてビームを無理矢理突破し、火炎を吐いてセシリアへと迫る。

「接近戦に持ち込めば!」
「そうはいきませんわよ! 『クラウ・ソラス』!」

 しかしセシリアは火炎を回避しつつレーザーライフルからビームを連射し、ジンギスカンコンドルの背後に回り込みながらビットに指示を出す。するとビットがまたしても変形する。先端からビット全体を覆うようにビームが刃状に形成されると、一斉にビットがジンギスカンコンドルに襲いかかる。目にもとまらぬ速さでビットがジンギスカンコンドルに全方位(オールレンジ)から襲いかかり、その身体を切り刻む。最後にジンギスカンコンドルにビームの刃が突き立てられ、ビーム刃の形成が解除されてビームが発射される。内側にビームを受けたジンギスカンコンドルは抵抗すら出来ずに爆発四散する。背後からカブト虫ルパンがギロチンハットを投げるが、セシリアは振り向かずに上昇する。今度はレーザーライフルの銃口からビームの刃を形成させ、瞬時加速を使い急降下してカブト虫ルパンの胸にビーム刃を突き立てる。カブト虫ルパンは悶えながらもレイピアでセシリアを刺そうとするが、セシリアはビットからのビームでレイピアを破壊し、離脱した直後にカブト虫ルパンは爆発する。

「猪口才な!」

 アリカポネが吹き矢を飛ばし、ガマゴエモンが火炎放射で攻め立てようとする。セシリアは吹き矢をレーザーライフルで撃ち落として火炎放射をビームシールドで防ぐと、レーザーライフルの先端からビームを鞭状に形成し、まずアリカポネの首に巻きつける。ビームの出力を上げてアリカポネの首を焼き切ると、今度はガマゴエモンをビームの鞭で撃ち据える。ビットからミサイルを連射し、ガマゴエモンの身体に塗られた油に引火させる。ガマゴエモンは悶絶した後にビームを浴びせられ、遂に斃れる。

「おのれ! こうなれば数で攻め立ててやる!」

 タイガーネロの号令の下、ムカデヨウキヒ、サソリジェロニモ、ヒルドラキュラ、カメレオンファントマ、コウモリフランケンが一斉にセシリアに飛びかかる。セシリアは慌てずにタイガーネロに突撃し、レーザーライフルから発生させたビーム刃をタイガーネロの胸に突き立てる。残る怪人にもビーム刃を形成したビットを突撃させ、胸や頭に突き刺す。

「バーン」

 セシリアが会心の笑みを浮かべて引き金を引くと、ビームがタイガーネロの身体を貫通する。ビットのビームも怪人の身体を内側から焼き払う。セシリアが離脱してビットを一度回収すると、悪人怪人は一斉に爆発して果てる。死神クロノスと斬り結びながら見ていた一夏は、感嘆の声を上げつつも疑問を口にする。

「すげえ……けど、なんでビームの刃やシールドが形成されたり、攻撃しながらビットの操作が出来るようになったんだ?」
「多分、BTシステムのリミッターが全解除されたんだよ。BT兵器のビームは多目的動力(マルチブル・エネルギー)のチューブを通って敵に着弾するんだけど、『イメージ・インターフェース』を使ってチューブの形を変えれば、シールドや刃を形成することも出来る。ただ、普通の人間がそこまでBTを稼働させると耐え切れないから、リミッターがかかっている筈なんだよ。恐らく単一仕様能力で負荷を抑えると同時に応答性を向上させて、ビームの自在な形成や操作性向上を実現してるんだと思う。勿論、操縦者がBTの力を引き出せることが前提になるけどね。全リミッターが解除されたってことは、最低でも85%は稼働率がいってるってことなんだけど」

 一夏の疑問に戦闘工作員を足払いで転ばせ、クリスタが電磁ナイフでトドメを刺したのを見届けた束が自らの推測を述べる。弾が足刀蹴りを戦闘工作員に入れて、蘭がクリスタと共に戦闘工作員を派手に殴り飛ばした直後、キングダークの角がまたしても展開される。

「あれって、また砲撃が!?」
「不味いよ! 早くアレを止めないと!」

『フン、もう遅いわ! 地上の虫けらどもを、全て神の雷で消し飛ばしてくれるわ!』

 破壊された目の部分から怪しい光が漏れ、角からスパークが発生する。弾と束が焦りの色を見せるが、キングダークの下へ向かった仮面ライダーXがエアジェットを使い跳躍する。同時に真耶が一夏とセシリアに通信を入れる。

『織斑君、オルコットさん、すぐに来て!』

「分かりました!」
「すぐそちらに!」

 セシリアと一夏は真耶が待つポイントへと向かう。キングダークの真横にあたるポイントだ。真耶はビーム砲を構えて精密射撃体勢に入ったまま説明する。

「私の合図で荷電粒子砲やビームをあの角に発射して。私がいいと言うまで、絶対に撃っちゃだめよ」
「はい!」

 セシリアと一夏は真耶の指示に頷き、セシリアはレーザーライフルを構えつつビットを展開する。一夏は左手を向けて荷電粒子砲をチャージする。キングダークはRS装置を稼働させ、砲撃を放つべく顔を地上へと向ける。

「今よ!」

 真耶が指示を出した瞬間、真耶は最大出力のビームを発射する。セシリアはレーザーライフルとビットのビームを途中で集束させる。一夏は最大までチャージした荷電粒子砲をキングダークの角へ放つ。仮面ライダーXもまたエネルギーを集束させて、飛び蹴りを放つ。

「X必殺キック!」

 仮面ライダーXの渾身の蹴りとセシリアたちが放ったビームや荷電粒子砲は、角を貫通して破壊する。するとチャージされていたエネルギーが行き場を失う。キングダークは頭を押さえて悶絶する動作をした後、爆発が起こって頭部が吹き飛ぶ。

「やった! ……って、敬介!?」
「敬介さん!?」

 マントにしがみついていた和也は片手でガッツポーズを決めるが、間もなく爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、変身が解除された敬介を見て叫ぶ。敬介は気絶しているのか反応がない。落下前に瞬時加速を駆使して駆けつけたセシリアが敬介の胴を抱え、ゆっくりと地面に降下する。セシリアは周囲の敵をビットで蹴散らし、敬介を地面に寝かせる。

「敬介さん! しっかりして下さい! 敬介さん!」
「……そんなに叫ばなくても聞こえてるよ、セシリア」

 セシリアの必死の呼びかけに意識を取り戻して苦笑し、起き上がろうとする敬介だが、セシリアが押しとどめる。

「無理をなさらないで下さい! 今は我々だけで対処しますから! 第5分隊と合流して、少し休んでください!」
「そうはいかない。GODを倒すのは俺の使命だ。そこれくらいなら、どうってことない」
「ですが、その身体では満足に!」
「馬鹿にするなよ、セシリア。もう万全の状態さ。マーキュリー回路も含めてね」
「本当ですか?」
「ああ」
「痩せ我慢とか、そんなものではありませんよね?」
「勿論」
「もしそれが嘘だったのなら、私は敬介さんと一生許しませんわ。これから先、ずっと敬介さんの前で泣き続けて差し上げますわ」
「そいつはキツいな……だったらなおさら、証明してやらないとな」
「おしゃべりはそこまでだ! Xライダー、死ね!」

 何度も釘を刺すセシリアに苦笑する敬介だが、クモナポレオンがサーベルを掲げて突進してくると、セシリアを庇うように敬介は前に出る。

「早速お出ましか。見ていていてくれ、セシリア」

(そして見ていてくれ、親父)

 敬介はセシリアに向かって力強く声を掛け、両手を上に突き出した後に『X』の字を描くように両腕を広げ、左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出す。同時にクモナポレオンが蜘蛛の巣ジャングルを敬介めがけて放つ。

「大変身!」

 胸のマーキュリー回路が作動し、敬介の身体を強化服が包み込む。顔面にレッドアイザーとパーフェクターが装着されて仮面を形成すると、マフラーから余剰エネルギーが勢いよく放出され、火柱が発生してレッドアイザーが光り輝く。

「ライドルホイップ!」

 続けて敬介はライドルを引き抜いて蜘蛛の巣を切り裂き、クモナポレオンに『X』の字を描くようにライドルホイップの斬撃を浴びせる。クモナポレオンの爆発を振り払うように左手を突き出し、名乗りを上げる。

「Xライダー!」

 敬介、いや仮面ライダーXが名乗りを上げると、怪人が仮面ライダーXの下へ迫る。しかし仮面ライダーXは怯む気配も見せず、セシリアと並び立つ。

「行くぞ! この世にGODある限り、仮面ライダーXは!」
「そしてセシリア・オルコットは死にませんわ!」

 仮面ライダーXとセシリアが同時に啖呵を切ると、仮面ライダーXはライドルホイップを掲げて突っ込んでいく。セシリアはビットを展開してビームを撃ちまくり、仮面ライダーXを援護する。仮面ライダーXはアルセイデスと剣戟を繰り広げて剣を弾き飛ばすと、ライドルのスイッチを操作しながら跳躍する。

「ライドルスティック!」

 ライドルをライドルスティックへ変形させた仮面ライダーXは、空中でライドルスティックを鉄棒に見立てて大車輪を決め、急降下しながら飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」

 一撃でアルセイデスを蹴り砕いて爆発させると、今度はミノタウロスに左右の連続パンチをボディに叩き込んで怯ませる。締めに落下してきたライドルスティックを突き入れて膝をつかせ、もう一度跳躍してライドルスティックを構えながら急降下する。

「ライドルアタック!」

 ライドルスティックを身体に突き入れると、ミノタウロスは耐え切れず悶絶した後に爆発する。

「Xライダー、これを食らえ!」
「ライダーキック!」

 着地した仮面ライダーXにサラマンドラが身体を丸めて体当たりを仕掛けるが、仮面ライダー1号が横から割り込んで飛び蹴りを入れて吹き飛ばす。鉄腕アトラスが投げてきた鉄球を仮面ライダー2号が受け止めて投げ返し、ユリシーズが投げつけてきた冠を仮面ライダーV3が叩き落とし、キャッティウスの爪攻撃をライダーマンがパワーアームで受け止める。イカルスがセシリアの正面に飛来して口からスモークを、キマイラがセシリアの背後から火炎を吐き出そうとするが、仮面ライダーXがセシリアの背後にエアジェットを使って回り込み、一夏がイカルスとセシリアの間に割り込んで雪片弐型を前に突き出す。

「イカルスデススモークで溶かしてやる!」
「キマイラの炎を受けろ!」
「雪片風車!」
「火炎返し!」

 一夏は雪片弐型を日本刀から両端に握りのついた棒状に変形させ、仮面ライダーXはライドルスティックを前に突き出す。二人は得物を風車のように回転させ、一夏はイカルスデススモークを、仮面ライダーXはキマイラの火炎放射を押し戻す。一夏はスラスターを噴射してイカルスの上を取ると零落白夜を発動させ、渾身の力で斬撃を放つ。

「雪片脳天割り!」

 雪片弐型の一撃を頭に貰ったイカルスは頭を押さえて墜落し、間もなく爆発して死体も残さず消える。キマイラも真耶が構えたアサルトライフルの連射を受けて怯み、仮面ライダーXは無事に地面に着地する。
 SPIRITS各分隊は怪人を仮面ライダーたちに任せ、戦闘工作員の掃討に専念する。キングダークはろくに攻撃してこない。クルーザーに乗ったコンラッドが義足に仕込んだ銃を連射し、束たちの近くに集まっていた戦闘工作員を一掃して上陸する。

「ここは俺たちだけで十分だ。お前たちは後退しろ!」
「待って! 分隊長さん、私も連れて行って! 分隊長さんも、隊長さんと一緒にキングダークを叩きに行くんでしょ? だったら私も行くよ。RS装置を早く止めないと、とんでもないことになるよ!」
「いや、しかし!」
「あの! 連れて行ってあげてくれませんか?」

 束の提案に渋るコンラッドだが、蘭が後押しするように割って入る。

「この人も自分に出来ることをしたいだけなんです。だから、連れて行ってあげてくれませんか? きっと後悔なんかしたくないと思ってますから。その代わり、クリスタって子のためにも、絶対生きて帰ってきてくださいね? それに、勝手に死んでも私は、許しませんから」
「……だ、そうだ。篠ノ之束、お前に生きて帰る気はあるか?」
「勿論。やらなきゃいけないことが沢山あるんだから」
「いいだろう。しっかりと掴まれ!」

 束の覚悟を見定めたコンラッドは束を後ろに乗せ、クルーザーのスロットルを入れて走り出す。大ジャンプするとコンラッドは束を抱えてクルーザーから飛び降り、キングダークの肩の上に着地する。コンラッドはマントをよじ登っていた和也の手を掴んで引っ張り上げる。

「コンラッド! 篠ノ之博士! まさか、キングダークを!?」
「そうでなければ、こんな所にいない。とにかく、さっさと侵入しよう」
「侵入するって、どうやって?」
「首は脆くなっている。楽にぶち抜ける筈だ」

 コンラッドは義手の銃に成形炸薬弾を装填し、和也はアタッチメントをランチャーアームに変形させる。頭があった箇所へ向かうと、至近距離から成形炸薬弾と弾頭を叩き込み、隔壁を爆破して侵入路を作ると内部に侵入する。

『おのれ仮面ライダー共め! こうなれば……!』

 呪博士は歯ぎしりしながらRS装置の出力を上昇させる。するとキングダーク全体が光り輝き始め、キングダークは足の裏に搭載したバーニアを噴射して空へ飛び立つ。SPIRITS各分隊が総攻撃を仕掛けようとするが、仮面ライダーXが止める。

「待て!あの光、キングダークそのものをエネルギー化しようとしているんだ! そんな時に攻撃すれば……!」

『その通りだ! キングダーク本体と周囲の物質を全てエネルギー化すれば、日本列島を火の海に出来る! 貴様らも迂闊に手は出せまい!』

「クソ! 撃ち方やめ!」

 ナオキと五郎は悔しげに攻撃中止を命令する。キングダークは上昇して高度を取ると、今度はマントをたなびかせて海へ向かって飛び始める。

『では仮面ライダー共、貴様らが手出しできない内にキングダークをゆっくりと修復し、改めて貴様らを消し飛ばすとしよう。それまで無駄な足掻きをしているんだな!』

 呪博士は仮面ライダーたちを嘲笑い、一路第3アポロン宮殿に向かって飛行していく。
 一方、和也達は胴体にある操縦室へと侵入していた。束が操縦席に座ってキーボードを操作していたが、キーボードから手を離す。

「ここからじゃRS装置は制御出来ないみたい。呪博士が優先権を持ってるみたいだし、呪博士を直接叩かないと」
「先に進もうぜ。確か俺もこの先で接続されてた記憶が……」
「そうはいかんぞ、人間共!」
「こいつは、サソリジェロニモJR.!」

 和也が促すが、直後にトマホークに代わって槍を持ったサソリジェロニモJR.と、インディアン風の格好をした戦闘工作員が姿を現す。和也は大型拳銃と電磁ナイフを組み合わせ、コンラッドは義足の銃を連射して戦闘工作員を蹴散らしつつ、束に拳銃を投げ渡す。

「篠ノ之束! ここは俺たちに任せて先に進め! そいつがあれば、護身くらいは出来るだろう!」
「で、でも!?」
「こういうことには慣れてんだ! これくらい、俺たちでも何とか出来る! いい加減に、それくらい信じやがれ!」
「……後は、お願い!」

 意を決した束が和也とコンラッドに任せて先に進む。和也は大型拳銃で戦闘工作員を撃ちつつ電磁ナイフで切り裂き、コンラッドと共にサソリジェロニモJR.以外の敵を全滅させる。サソリジェロニモJR.は槍を構えて突進してくるが、和也は槍を回避して拳銃を撃ち込み、コンラッドも銃撃を浴びせる。しかしサソリジェロニモJR.は怯まず槍を構え直して突きかかり、コンラッドは地面を転がる。

「さっきまでの威勢はどうした!? その調子では、簡単に串刺しにされてしまうぞ!?」
「くっ! なめんじゃねえ!」

 和也はコンラッドを突こうと槍を振るうサソリジェロニモJR.に飛び蹴りを入れる。ブーツに仕込まれたスタンガンから高圧電流を流し込み、サソリジェロニモJR.の動きを止める。サソリジェロニモJR.は振り向いて和也を蹴り飛ばし、壁に叩きつけると渾身の力で槍を投げつける。辛うじて回避した和也だが、サソリジェロニモJR.はトマホークを持って和也へと斬りかかる。和也は咄嗟に電磁ナイフでトマホークを防ぐが、パワーの差は歴然としており、一撃で電磁ナイフを弾き飛ばされる。
 和也はサソリジェロニモJR.の顔面に蹴りを入れ、今度はブーツに仕込まれた火薬を爆発させて怯ませる。その隙に壁に突き刺さった槍を引き抜く。そしてサソリジェロニモJR.の腹部に思い切り突き入れ、コンラッドにアタッチメントとカートリッジを投げ渡す。サソリジェロニモJR.は怒り狂って和也を殴り飛ばすが、コンラッドがアタッチメントにカートリッジを差し込み、刀剣型の『カッターアーム』に変形させて投げつける。カッターアームがサソリジェロニモJR.の頭を貫通すると、サソリジェロニモJR.も耐えられなかったのか倒れ込み、間もなく死体は液化して消え去る。和也はアタッチメントを回収するとコンラッドを促す。

「助かったぜ……急ごう、彼女は呪博士を見つけた筈だ」

 和也の予想通り、束はコントロールルームでケーブルで頭を接続された呪博士と対峙していた。呪博士は舌打ちして言葉を発する。

「フン、雑菌が紛れ込んできおったか。しかもこのような小娘とは。護衛として乗せておいたサソリジェロニモJR.は、一体何をしているのだ?」
「そっか、お前がGOD機関の最高司令官、呪博士なんだ? なら話が早くて助かるよ。さっさとRS装置を止めて貰おうか。このままいけば、何が起こるか分かってるでしょ?」
「無論承知の上だ。だからXライダーはキングダークに手出しは出来ん。そして貴様にもな! 今RS装置のコントロールを握っているのはこのわし! わしこそが人間共の運命を左右する神なのだ! 第3アポロン宮殿まで戻ったら、即刻貴様を処刑してやる! 我らがGODの悲願達成のための礎となれ!」
「つまり、自分は死ぬ気はないんだ。だったら……!」

 呪博士が束を嘲笑するが、束はコンラッドから受け取った拳銃の安全装置を外し、呪博士へと向ける。

「な、なんのつもりだ貴様!?」
「見て分からない? お前を殺してキングダークを止める。お前が死ねば命令の優先権は行使出来なくなるから、その間にRS装置を止めることだって出来る」
「RS装置を止めるだと? 調子に乗るな小娘が! これはGODが英知と技術を結集させて作り上げた神の雷だ! それをお前のような小娘ごときにどうにか出来るものか! それに貴様は分かっているのか!? わしがその気になればRS装置を暴走させ、キングダークそのものをエネルギー化することだって出来るのだぞ!?」
「お前には無理だよ。お前にGODや自分の目的のため、科学のために命を捨てられる覚悟なんてない。だからお前は仮面ライダーから逃げることを選んだんだ」
「黙れ! 貴様のような小娘ごときが……!」
「黙って聞け!」
「ヒッ……」

 束の言葉に激昂して罵倒しようとした呪博士だが、束が逆に凄んで引き金に指を掛けると呪博士は狼狽し、押し切られる。そのまま束は言葉を続ける。

「人間として当然なんだろうね。きっと私も、先生に出会ってなかったらお前みたいになっていた。けど私も先生に出会ったから、分かる。科学者の仕事は、銃や爆弾みたいな人を殺すものを作ることだけじゃない。人を助けて、次の世代に未来を託すことも科学者の仕事なんだ。だから先生はあの時、命を懸けて私を助けてくれたんだ。先生がその先生や仲間から託された未来を、私に託すために。そして私が未来を次の世代に託すチャンスを作るために。だから私も一人の科学者として箒ちゃんやいっくん、くーちゃんに未来を託さなくちゃならないんだ」
「だから私はお前を殺す! お前がRS装置が暴走させて死ぬって言うなら、いっくんや箒ちゃん、くーちゃんたちが生きる未来を守るために死んでやる! まだまだ未練はあるし、やらなきゃいけないことはあるけど、未来を失くすよりはずっといい! じゃあ、先に地獄で待ってろ、呪博士!」

 束が呪博士に啖呵を切り終えた瞬間、呪博士の醜い悲鳴と共にコントロールルーム内に銃声が響き渡る。呪博士は銃撃を額に受けて息絶えている。しかし束は拳銃の引き金を引いていない。咄嗟に束が振り向くと、義足の銃を構えるコンラッドがいる。銃口からは硝煙が出ている。呪博士を射殺したのはコンラッドだ。コンラッドは束から拳銃を取り上げ、安全装置を掛け直してホルスターに仕舞い、呟く。

「人殺しは科学者の仕事じゃない。俺たち軍人の仕事だ。それより、行くぞ。隊長が操縦席で悪戦苦闘してるところだ」

 コンラッドは束と共に操縦室へと向かう。操縦室では和也がキーボードを操作し、RS装置を止めようと悪戦苦闘している。束が和也に代わってキーボードを操作し始めると、それまでの苦戦が嘘のように画面がめまぐるしく変わり、RS装置の制御システムに到達する。

「流石は天才科学者、蛇の道は蛇ってわけか」
「それほどでもないよ。あとはこれを……嘘!? シャットダウンされた!? 呪博士はもう死んだ筈なのに!?」

『フフフフフ、わしは確かに死んだ。だが殺される直前、サブシステムに記憶と人格をコピーしておいたのだ!』

「チッ、往生際の悪い!」

 しかしシステムからシャットダウンさせられ、呪博士の声がスピーカーから聞こえてくると中断される。束はキーボードを操作して再び侵入を試みるが、優先順位は呪博士の方が上なのか突破出来ない。それどころかRS装置の出力が上昇する。

『この愚か者どもが! こうなれば皆殺しだ! わしだけ死ぬなど我慢ならん! 貴様ら雑菌も、仮面ライダーも、それに与する虫けら共も、全員キングダークの力で殺してやる! 己の愚かさを呪うんだな!』
『そうはさせんよ、呪博士』
『RS装置をこれ以上、悪用させる訳にはいかない』
『お前には、ここで我々と共に消滅して貰おうか』
『馬鹿な!? 南原、堂本、雨宮……科学者共の記憶が、なぜ!?』

 呪博士の嘲笑を遮るように別の男達の声が聞こえてくると、呪博士はシステムから遮断される。束は再びRS装置の制御システムに侵入する。

『さあ、我々が呪博士を抑えている隙に、早くRS装置を止めてくれ。これ以上RS装置を悪用されて欲しくない』
『南原、貴様ら消滅したと見せかけ、他の科学者共と記憶データと一緒にキングダークのシステムに紛れこんでいたな!? この偽善者が! RS装置を作ったのはそもそも貴様であろうが!』
『その通りだ。我々は人類の未来を切り開くためにRS装置を作ったが、悪用されてしまった。だからこそ、我々がRS装置を止めなければならない。さあ、急いでくれ!』

「……分かった。私が代わりに止めるよ、RS装置を」

 束が頷いてめまぐるしくキーボードを操作すると、RS装置の機能が停止した旨の文字が画面に踊る。続けてRS装置が起動できないようシステムを完全に破壊すると、下向きの重力が強くなる。

「おい、もしかして、落下してんじゃねえか?」
「そうだろうね。RS装置が停止した以上、キングダークは飛べなくなるから。早く脱出しよう!」

 三人はキングダークの胴体にあたる部分のハッチを開く。キングダークは海めがけて落下中のようだ。

「仕方ねえか。飛び降りるぞ!」
「ちょっと高すぎない!?」
「キングダークと心中するよりはマシだ!」

 三人は和也を皮切りに海へと飛び降りる。
 キングダークの発光が収まり、落下を開始したのは外部の仮面ライダーXからも確認できた。

「滝さんたちがRS装置を停止させたらしい。なら!」
「行かせはしないぞ!」
「貴様はここで死ぬのだ!」

 仮面ライダーXがクルーザーを呼び出して跨ると、マッハアキレスと死神クロノスが妨害しようと立ちはだかる。

「いくら音速でも、光には!」
「回天白夜!」

 しかしマッハアキレスはセシリアがビームを偏向射撃で曲げた鳥かごで妨害され、ねじ曲がったビームで両足のアキレス腱を撃たれる。死神クロノスは急降下してきた一夏が斬撃を袈裟がけに浴びせたことにより、揃って爆死する。

「敬介! 一夏君! セシリアさん! 残りは俺たちで引き受ける! 三人はキングダークを!」
「分かりました!」

 仮面ライダー1号が声を張り上げると、仮面ライダーX、セシリア、一夏はキングダークの下へと向かう。
 仮面ライダー1号はサラマンドラの吐く煙を地面を転がって回避して跳躍し、空中でムーンサルトを決め、飛び蹴りを放つ。

「ライダー月面キック!」

 仮面ライダー2号は鉄腕アトラスを一方的にパンチの連打で押し込んでいたが、いきなり鉄腕アトラスが逆立ちして腕に力を込める。

「受けろ! アトラス大地球!」
「甘いぜ! ライダー回転キック!」

 鉄腕アトラスが地震を起こした瞬間、仮面ライダー2号はジャンプして数回前転し、必殺の飛び蹴りを鉄腕アトラスに炸裂させる。

「V3反転キック!」
「ドリルアーム!」
「これなら!」

 地震で敵の体勢が崩れた隙に仮面ライダーV3はまずユリシーズに飛び蹴りを放ち、反動で宙に舞って空中反転し、2撃目の蹴りを入れる。
 ライダーマンは右腕を変形させたドリルをキャッティウスに突き入れる。
 真耶がビーム砲を一点集中で浴びせてキマイラの頭を吹き飛ばすと、残りの怪人も爆発する。

「よし! 残りはキングダークだけだ!」
「セシリア様、お気をつけて!」

 戦闘工作員を殴り飛ばした藤兵衛がガッツポーズを決め、チェルシーがセシリアの無事を願う。
 仮面ライダーXは海中に落下したキングダークを追うべく、クルーザーから飛び降りて和也たちの救助に向かわせる。自身も海中に飛び込んで脚部のエアジェットを噴射し、潜航を開始する。
 キングダークはしばらく科学者たちの抵抗により動くに動けなかったが、呪博士が一つ一つ記憶データを消去してようやく動けるようになる。キングダークは足裏のスラスターを噴射しながら第3アポロン宮殿を目指して潜航する。しばらく進んでいくとキングダークの目の前に巨大な建造物が姿を現す。第3アポロン宮殿だ。

『おのれ、科学者共が。一刻も早くキングダークのRS装置を再起動させ、日本を焼き払わねば……む?』

 呪博士は第3アポロン宮殿の前に一つの影が佇んでいることに気付く。銀の仮面に黒いマフラー、赤い胸に黒い手足。一時も忘れたことのない仇敵の姿だ。

『おのれ! またしても邪魔をするか! Xライダァァァァァ!』

 先回りしていた仮面ライダーXに怒りの咆哮を上げ、キングダークは両手の指を向けて魚雷を発射する。仮面ライダーXはエアジェットを駆使し、水中を踊るように動きながら巧みに魚雷を誘導する。魚雷を第3アポロン宮殿に直撃させて破壊すると、逆にキングダークめがけて突進する。キングダークは左手で仮面ライダーXを握り潰そうとするが、仮面ライダーXはギリギリでそれを回避し、親指を抱え込んで胸のマーキュリー回路の出力を最大にする。

「真空……地獄車!」

『同じ手が通用するか!』

 仮面ライダーXが水中の利を生かし、キングダークの身体を回転させてバラバラにしようとエアジェットを噴射した瞬間、キングダークは左手首から先を爆発させて阻止する。残る右手からありったけの魚雷を発射し、第3アポロン宮殿ごと仮面ライダーXを攻撃する。第3アポロン宮殿が大爆発を起こすと仮面ライダーXの姿も消える。

『ようやくくたばりおったか。せめて他の仮面ライダー共だけでも始末しておかねば……!』

 憎々しげに呪博士が洩らすとキングダークは浮上を始め、残る仮面ライダーを始末しようと行動を開始する。
 その頃、第3アポロン宮殿のある海域上空にセシリアと一夏は来ていた。現在は仮面ライダーXの指示で待機している。『ブルー・ティアーズ』も『白式』も水中戦に対応していないし、水中戦ならば仮面ライダーXの得意分野だ。なによりGODの亡霊との決着は、仮面ライダーXがつけるべきだろう。そんな考えから待機している。水中で爆発が発生して水柱が上がっても、セシリアも一夏もハイパーセンサーに意識を集中させる。

「この爆発、神さんが勝ったのかな?」
「まだ分かりませんわ。海では常に予想外のことが起こりえるもの。最悪の事態を想定し、備えなければ海では長生き出来ない、ですわ」
「それって、セシリアのお父さんとかお母さんの言葉か?」
「ええ。こういう時でも、いいえ、こういう時だからこそ、思い出が渦巻きますわ」

 最後に会った時、父から渡されそうになった誕生日プレゼントを突き返してしまったこと。名前の漢字を間違ったまま役所に届けてしまったことが発覚し、殴り合いのケンカになったこと。父親を軽蔑して周囲にその悪口を言いながら、どうしても憎みきれなかったこと。これでは駄目だと思いながら、いざ息子の前に立つと口うるさくなり、素直になれなかったこと。結局最後まで、生前の父に謝る事が出来なかったこと。結局最期を迎えるまで、息子に父親らしいことを何一つしてやれなかったこと。様々な思い出がセシリアの脳裏で渦巻いては消える。しかしハイパーセンサーが何か巨大な物体が急浮上してくるのを探知する。キングダークだ。

『織斑君! オルコットさん! くるわよ!』

 数キロ離れた地上で、ラプラスの目を発動させた真耶がビーム砲を構えて警告する。セシリアはビットを展開してライフルを構え、一夏は左腕に荷電粒子を最大までチャージする。次の瞬間、キングダークが水柱と共に海上に姿を現す。そして右手を上空のセシリアと一夏に向け、指のロケット砲発射口を開く。同時に真耶が放ったビームとセシリアが発射したビットとレーザーライフル、一夏の荷電粒子砲が発射口内部に直撃し、右手が爆発と共に吹き飛ぶ。

『馬鹿な!? 狙撃だと!? それもこのタイミングで、指の発射口を!?』

 ラプラスの目を併用し、最も効果的な狙撃をしてみせた真耶に呪博士は驚きの声を上げる。これでキングダークは丸腰だ。慌ててキングダークは再潜航しようとするが、逃がさんとばかりに何かが海中から飛び出し、キングダークの上を取る。

『Xライダーだと!?』

 飛び出したのは仮面ライダーXだ。仮面ライダーXは月明かりに照らされながら、エアジェットを使って最高点に到達する。セシリアがビットとレーザーライフルのビームを集約させ、キングダークの胸部に撃ち込み、装甲に焦げを作ると、叫ぶ。

「敬介! 呪博士(ヤツ)はそこだ!」

 セシリアの声を聞いた瞬間、仮面ライダーXはライドルをロングポールにし、キングダークの焦げた装甲めがけて投げつけ、胸のマーキュリー回路を起動させる。

「空中……地獄車!」

 仮面ライダーXはマーキュリー回路の力で車輪のように高速回転して勢いを付けると、エアジェットを噴射してマフラーから余剰エネルギーを放出し、ロングポールを追って飛び蹴りを放つ。

「Xキィィィィィック!」

 ロングポールがキングダークの装甲に触れた瞬間、仮面ライダーXの必殺の蹴りがロングポールに当たる。ロングポールはその勢いでキングダークの装甲を障子紙か何かのように貫通し、背中の装甲を突き破って外に出る。するとキングダークは糸の切れた人形のように仮面ライダーX諸共海中へ沈み、海底に到達して仰向けに斃れる。

『おのれ……わしの潜んでいた……データベースを……!』

 呪博士が信じられないとばかりに断末魔を言い残すと、キングダークは大爆発を起こし、月に届かんばかりの水柱が上がる。

「よくやったな、敬介……」
「セシリア!?」

 最後に呟くとセシリアは意識を失い、慌てて駆けつけた一夏に、いわゆるお姫様だっこの形で抱きかかえられる。セシリアの顔は、まるで子の成長を喜ぶ親のように穏やかな笑みを浮かべていた。

**********

 夜明け前。セシリアは一夏に保護された後、ルリ子の指示でテントを立てて設営した簡易ベッドに寝かされていた。GOD機関は全滅したが、油断なくSPIRITS各隊は周囲を警戒している。

「頭を動かさないで。一夏君の話を聞いた限り、洗脳かそれに近い処置を受けた可能性があるわ」

 ルリ子が心配そうにセシリアを眺めている一夏と真耶、チェルシーに釘を刺し、慎重に診察していく。

「分からないと言えば、Xライダーもそうね。猛さん、Xライダーは?」
「まだ戻ってきそうにないな。無事なのは確認しているんだが」
「なに、敬介のことだ。すぐに戻って来るさ」

 ルリ子はキングダーク撃破後、未だに戻ってこない敬介について尋ねるが、猛は首を振る。生きているのはテレパシーで確認できるが、連絡がないので状況が分からないらしい。藤兵衛は口ではいつものように言ってみせるが。隼人や志郎、丈二、和也と共に海をずっと眺めている。コンラッドも海岸の先に立ち、待っている。セシリアが目をうっすらと開くと、注目はそちらに向く。

「ここは……?」
「良かった、気が付いたみたいね。ここは海岸。あなたキングダークを倒した直後に気絶しちゃってたから、少しベッドで休ませてたの。気分はどうかしら?」
「私は何も問題ありませんわ。それと、お手数をおかけしました」
「いいのよ、私は。お礼なら一夏君とチェルシーさんに言いなさい。いままでずっと付き添っていてくれたんだから」
「そうでしたか……ありがとうございまいた、一夏さん、チェルシー」
「俺は別にいいさ。お前が無事なら。それより……」
「敬介さんが、戻ってきていないんですね?」
「はい。他の方の話では、まだ連絡がつかないと」

 セシリアは一夏とチェルシーから、敬介が未だに戻ってきていないことを告げられる。直後に弾と蘭がテントに飛び込んでくる。

「一体どうしたの?」
「神さんが戻って来たんです!」
「それで、ゲーレン分隊長がセシリアさんを連れて来いって」
「敬介さんが!?」

 蘭の一言を聞いた瞬間、セシリアは立ち上がって外へと駈け出して行く。

「ちょっと! と言っても、止められるわけないか。一夏君、真耶ちゃん、チェルシーさん、私たちも行きましょ?」
 
 ルリ子は諦めて一夏や真耶、チェルシーと共にテントを出る。
 セシリアが海岸に出ると先に発見していたコンラッド、猛、隼人、志郎、丈二、藤兵衛、和也に促され、前に出て足元を海に入れて立つ。視線の先に、敬介はいた。
 昇る朝日を背に受けてゆっくりと、しかし着実に変身した状態の敬介は歩いてくる。顔面からまずパーフェクターが外れ、レッドアイザーが半分ずつ外れ、最後に強化服が解除されて穏やかな笑みを浮かべた敬介の姿が現れる。敬介はセシリアの前に立つと口を開く。

「セシリア……ただい……!?」

 その言葉の途中、セシリアは敬介の腕と袖を取って背負い投げを決めようとする。だが敬介は即座にセシリアの腕を切ると、逆に足をかけ、払い腰でセシリアを背中から地面に叩きつける……直前に袖を引っ張り、背中が地面に着く前に止める。

「同じ手は食わないぜ、親父」

 敬介はセシリアを助け起こして言葉を続ける。

「ありがとう、セシリア。親父の最期の我儘に付き合ってくれて。親父はもう、いっちまったんだろ?」
「お気づきでしたか……はい、自分は死んだ身だからと。ですが、少しくらい騙されてもよかったのでは?」
「それは……無理だな。君との付き合いは一夏君より短いが、親父との付き合いは誰よりも長くて、濃かったんだ。間違えようがない。おやっさんと先輩方も、ご迷惑をおかけしました」
「俺はいいさ、お前が無事ならそれで。敬介、親父さんがどうかしたのか?」
「滝がそうされたように、セシリアさんの脳に神博士の記憶データをインストールされてしまったのでしょう。だが、敬介……」
「大丈夫ですよ、本郷さん。今の俺にとって、おやっさんこそが第二の父親で、仮面ライダーこそが俺の兄弟なのだから」
「ま、確かにな。特に風見は文字通り、同じ血が流れる兄弟だからな」
「どういう意味ですの?」
「敬介にマーキュリー回路を埋め込む手術をした時、俺の血を輸血したのさ」
「一応、血液が確保出来なかった時のことを考えて、俺がレクチャーしたんだが、本当にやるとは思わなかったよ」
「風見さん、そんなことまでしてたんですか? いくらなんでも身体張り過ぎって言うか……」
「先輩を責めないでやってくれ。それより……」

 蘭が志郎を見て呟くと敬介は苦笑し、沈黙を保っていた束に歩み寄る。束は何を言おうか迷っているようであったが、それと察した敬介が先に口を開く。

「ありがとうございました、篠ノ之博士。あなたがRS装置を止めてくれなければ、どうなっていたことか」
「そんな、私は……他に、何か言うことはあるんじゃない? そっちの娘とか特に」

 束は敬介が一礼すると、戸惑いながらセシリアを一瞥する。束とセシリアとは臨海学校で遭遇した際、セシリアが専用機を見て貰うように頼んだのを束がすげなく断ったことがある。なにより無人機を幾度となく送り込み、自身や親しい者に危害を加えてきた仇敵と言ってもいい。それだけに互いの表情は硬い。2人はしばし無言で対峙していたが、やがてセシリアが先に沈黙を破る。

「話は滝隊長から聞いています。ですが、話を聞いただけでは信用出来ません。そこであなたに、いくつかお聞きしたいことがあります」
「当然の反応だよね。何かな?」
「簡単な質問ですわ。あなたがSPIRITSに協力したのは自分自身の意志であるか。気持ちに嘘偽りはないか。そしてそれは今でも変わってないか、お答え願います」
「どれもイエスだよ。嘘じゃない。勿論信用するかは君次第だけど」
「セシリア、確かに束さんはやっちゃいけないことをやってきた。いくら言っても信用できないかもしれない。でも……」

 少し顎に指を当てて考える仕草をしているセシリアに一夏が助け船を出すが、敬介が黙って手で制する。するとセシリアは表情を柔らかくして言葉を続ける。

「その答えをお聞き出来れば、十分ですわ。これからよろしくお願いしますわ、篠ノ之博士」
「え? でも……」
「仮にあなたの過去がどうであれ、今のあなたが信じしている自分自身こそが、本当のあなた自身ですわ。たとえ周囲の誰が何と言おうとも、あなたが本当の自分であると信じているのであれば、それが本当の篠ノ之束という人間なのだと私は思います。それに敬介さんやゲーレン分隊長が信じると決めたんですもの、私も信じてみるのも悪くありませんわ」
「……あの、その、こんな時にはこう言うべきなのか分からないけど……ありがとう。お礼に君の専用機、見てあげようか?」
「今は遠慮しておきますわ。あの時は完全に浮かれていましたし、この『ブルー・ティアーズ』は父と母、それに神啓太郎博士が私に遺した『形見』ですもの。見せるのは、あなたの手を借りる必要がある時だけにしておきますわ」
「そっか、野暮なこと聞いちゃったね……それより君、なんで複雑な顔してるの?」
「あ、いえ、別に……」
「私が教えてあげるわ。セシリアちゃんが無事帰って来たのは嬉しいけど、恋のライバルが増えたことが心配なのよ」
「み、緑川博士!?」
「あら、そうでしたか。ですがこのセシリア・オルコット、たとえ年下であろうと、恋には決して手加減は致しませんわ。狙った相手は全力でものにせよ。それがオルコット家の、伝統的な恋愛の発想法ですわ」
「勝手にねつ造するなよ、セシリア。あと、肝心の相手が誰かを忘れてるんじゃないか?」
「神さん、セシリアの好きな人のこと、知ってるんですか? というか、セシリアと蘭が好きな人が一緒っていうのが意外って言うか。もしかして、俺の知らない所で共通の知り合いがいるってことなんですか? だったら、俺も一回会ってみたいんです。セシリアや蘭がどっちも好きな人ってことは、俺なんかよりずっとかっこよくて、ただ強いだけの人じゃないと思うから。俺もその人と仲良く出来そうな気がしますし」
「……蘭さん、お互い頑張りましょう? 今はライバルどうこう以前の問題ですわ」
「はい、多分、先は長いと思いますけど……」

 セシリアと蘭は一夏を見て同時に溜息をつく。一夏は気付いていないのか、不思議そうな顔をしている。するとルリ子が蘭とセシリアの背後に音もなく回り込む。

「溜息つかないの。幸せが逃げちゃうわ。だから、一夏君に代わって、私が幸せを分けてあげちゃう!」
「って、すっかり忘れてましたわ! チェルシー! ルリ子先生を……!」
「いえ、仲良くされている所に無粋な真似をするのは」
「無粋ではなく、これは救援要請ですわ!」
「悪いけどチェルシーさんは説得済みなのよ。というわけで、まずはセシリアちゃん成分を補充させて貰うわ!」

 逃れようともがくセシリアをしっかりとハグし、『クンかクンか』し始めるルリ子に一同は呆れるものの、和也は見慣れているためか無視して口を開く。

「今後のことだが、第1分隊と第2分隊、それと第5分隊は再編成が済んだら北陸の第8分隊の援護に向かってくれ。俺たちは先に近畿に行って、インカの祭壇をどうにかしなきゃならねえ。第6分隊からの報告だと完成したかもしれない、って話だからな」
「了解した。チェルシー・ブランケット、お前は引き続き俺たちと一緒に来て貰う。第5分隊に来た以上、こちらの命令には従って貰うぞ」
「分かりました。滝隊長、セシリア様をお願いします。神博士がいるのなら、大丈夫でしょうが」
「任せときな。俺たちはすぐ出発だ。ルリ子さん、そこまでにしてやりなよ。あんまりしつこくやってると、本郷に変な誤解をされちまうぜ?」
「あの!」

 和也がコンラッド、ナオキ、五郎に指示を出し、セシリアに助け船を出しつつ移動式ラボへと歩き出そうとするが、一夏が呼び止める。

「織斑君、どうしたの?」
「その、言うの忘れてたんですけど、アポロガイストが俺に色々と言ってきたんです。黒き鍵がどうだとか、闇の英知とか、暗黒の世界とか、俺の父親がそれを知っているとかどうだとか」
「一夏、そんなの出任せに決まってる。気にすることはない」
「けどあいつ、全くのでたらめを言ってた訳でもないような気がするんです。少なくとも、俺がISに乗れる理由に俺の父親らしい、織斑秋二って人が関わっているとしたら……」
「その点に関しては俺たちも少し調べてみよう。織斑秋二が何者かが分かれば、自ずとアポロガイストの言葉の真意が分かるだろう。今はそこまで気にしなくてもいいさ」
「それに、セシリアも言ってただろう? 今君が織斑一夏と信じている君自身が、本当の君なんだ。だからもっと胸を張っていい」
「そうよ、織斑君。あなたは織斑千冬の弟で私の生徒、それだけで私には十分。きっと、他の皆も」
「というか、そんなことウジウジ考えるなんてお前らしくないって。お前が何であっても、誰かを守るために戦うって決めたんだろ? だったら何を言われようが、それを貫けばいい。お前が今まで、そうしてきたみたいによ」
「ありがとうございます、山田先生、神さん。弾、お前もな」
「よせよ、照れ臭い。じゃあ、行こうか」

 真耶と敬介に礼を述べた一夏が弾と共に和也に続き、セシリアを解放したルリ子は猛や隼人と共に歩き出す。束はクリスタと蘭をルリ子から逃がせるようにし、志郎や丈二と共に移動式ラボへと向かう。

「コンラッド、向こうについたら洋と谷さんによろしく伝えといてくれ」
「チェルシーも、シャルロットさんと矢田さんによろしくと」
「必ず。セシリア様もお気をつけて」
「近畿は任せたぞ、神敬介」

 最後にセシリアと敬介がコンラッドとチェルシーに別れを告げ、SPIRITSも撤収を開始する。並んで歩いていたセシリアと敬介だが、敬介は立ち止まって海の方を見る。一瞬神啓太郎の姿を見た気がした敬介だが、すぐに視線を離す。

「敬介さん?」
「いや、なんでもないよ。急ごうか」

 キョトンとした表情を浮かべるセシリアに敬介は笑って答えると、今度は振り返ることなく歩いてその場を立ち去る。

(そうだ、この世界にはもう親父も、涼子も、霧子も、ジョージも、リサもいない。それでも俺はこの世界を守るぜ。親父たちが生きていたこの世界を、俺たちが生きているこの世界を、そしてセシリアたちが生きていくこの世界を。それが、俺の使命なんだからな)

 かくしてGOD機関は鎮圧され、セシリアと敬介も別の戦場へ向けて旅立つのであった。

 ――甦った悪の組織GODに仮面ライダーと共に立ち向かったセシリア・オルコットは、新たな力を手に入れて勝利を収めた。その使命は人間の愛と絆を守るため、敢然と悪の組織を相手に戦うことである。

**********

 大阪市。古代から重要な港湾都市として栄え、今では西日本最大の都市として発展を続けているこの街も、一週間前の宣戦布告から住民の避難が進んで静かだ。しかし今日に至るまでに避難せず、いつも通りの生活を続けている者も少なからずいた。それが仇となり、宣戦布告後のゲドンおよびガランダー帝国による人間狩りは、驚くほど順調に進んでいた。中にはゲドンやガランダー帝国に立ち向かう者もいた。しかしある者はゲドンの『赤ジューシャ』やガランダー帝国の『黒ジューシャ』に袋叩きにされ、またある者はゲドンとガランダー帝国が率いる『獣人』に返り討ちにされ、次々とトラックや『淀川』に待機しているボートに乗せられては移送されていく。
 『大阪城』の周囲でも、逃げ遅れた市民が多数の赤ジューシャと黒ジューシャに取り囲まれ、追い詰められていた。上空から蜘蛛の糸が降ってくると市民を絡め取り、ジューシャたちは市民をトラックに詰め込んでいく。ゲドンの獣人で蜘蛛の糸を吐いたクモ獣人と、ガランダー帝国の獣人で蜘蛛の糸を空中からばら撒いたハチ獣人は満足そうに頷く。

「フフフフフフ、これでインカの祭壇完成の暁に大首領へと捧げる百万の生贄も、他の地域も合わせれば残すところあと半分といったところか。馬鹿め、大人しく逃げていれば捕まらなかったものを」
「そう言うな、クモ獣人。おかけでアマゾンライダーに邪魔されることなく、生贄を集めることが出来たのだ。さて、次に行くとするか」

 クモ獣人とハチ獣人は残りの市民を狩りだすべく動き出そうとする。

「ケケェェェェ!」

 しかしトラックの方から怪鳥音とトラックが急停車した音が聞こえてくると、ハチ獣人とクモ獣人は一斉に駈け出す。そこではトカゲを思わせるまだら模様の服を着た男が、黒ジューシャを獣のような動きで蹴散らしている。赤ジューシャは全滅し、市民もトラックから逃げ出している。慌てて市民を捕えようとするクモ獣人とハチ獣人だが、黒いプロテクターを装着した兵士たちが乱入し、クモ獣人とハチ獣人に銃撃を浴びせる。警官や国防軍、黒いプロテクターを着た兵士たちに誘導されて市民は逃げていく。駄目押しとばかりに男はクモ獣人に飛びかかるが、クモ獣人は男を蹴り飛ばす。直後にボロボロになった赤ジューシャが一人転がりこんでくる。

「クモ獣人! ハチ獣人! 撤収だ! お前たち以外は全滅した! SPIRITSだけでなく、警察や国防軍までこちらの掃討を開始している! このままでは……!」
「どこに逃げても無駄よ!」

 赤ジューシャが息も絶え絶えにクモ獣人とハチ獣人に状況を告げるが、小柄なツインテールの少女が走り込んで赤ジューシャに飛び蹴りを入れ、赤ジューシャは沈黙する。すると男も少女の隣に立つ。

「おのれアマゾン! 毎度邪魔しおって! そこの小娘諸共食い殺してやる!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 死ぬのはあんたたちの方なんだから! 行こう、アマゾン!」
「ああ、リン!」

 クモ獣人が男ことアマゾンを睨みつけて吠えるが、少女こと凰鈴音が一喝し、右腕に嵌めた腕環に手を掛ける。アマゾンは一度手を横に広げた後、胸の前で両腕を交差させる。

「アァァマァァゾォォン!」
「行くわよ、甲龍!」

 アマゾンが手をもがくように広げると目が赤く輝き、光と共にトカゲを模した仮面ライダーアマゾンへと変わる。鈴の身体を黒とマゼンタの装甲が包み込み、専用機『甲龍(シェンロン)』の展開を完了する。

「行くぞ、ゲドン、ガランダー!」
「いくら謝っても、絶対に許さないんだから!」

 近畿の地にて獣性のまま暴れる悪しき獣の群れを相手に、密林の守護者と鋼鉄の龍を纏う少女が咆哮を上げる。 



[32627] 第五十話 獣(ビースト)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:43
 宣戦布告から一週間。全国各地で悪の組織による一斉攻撃が開始されている中、近畿地方では超古代インカの力を操る十面鬼ゴルゴス率いる『ゲドン』と、パルチア王朝の末裔を自称するゼロ大帝が統率する『ガランダー帝国』が、『獣人』による人間狩りを開始していた。近畿各地に出現した獣人は人間を次々と捕獲し、ゲドンの『赤ジューシャ』やガランダーの『黒ジューシャ』のより各地にのアジトへ次々に移送されている。
 しかしそれを察知したアマゾンと凰鈴音、『SPIRITS』第6分隊は近畿各地を転戦して獣人撃破し、残るは大阪城周辺で活動していたゲドンのクモ獣人とガランダー帝国のハチ獣人のみとなっていた。アマゾンと鈴はジューシャの掃討をSPIRITSや国防軍、それに『SAT』を中心に志願者で編制された選抜警官隊に任せ、自身は二体の獣人を片付けることにした。獣人が市民を捕らえようとしているところに遭遇するとアマゾンが奇襲を掛けて市民を解放し、アマゾンは変身してマダラオオトカゲを模した仮面ライダーアマゾンの姿になり、鈴は専用機『甲龍(シェンロン)』を展開して獣人との戦闘を開始していた。

「ケケェェェェッ!」

 仮面ライダーアマゾンは怪鳥音を発し、周囲のビルや街路樹を蹴ってクモ獣人の周囲を飛び回る。翻弄されたクモ獣人が隙を見せた途端にビルの壁を蹴って突っ込んでいく。クモ獣人は糸を放って仮面ライダーアマゾンを止めようとするが、仮面ライダーアマゾンは両手の爪や両腕に装備されたヒレ状の『アームカッター』で容易く切り裂いて意に介しない。クモ獣人は一度逃れようとするが、仮面ライダーアマゾンは腰のベルト『コンドラー』を操作してロープを射出し、クモ獣人を絡め取って身動きを止める。そのままクモ獣人を組み敷いて抑えつけ、噛みつき攻撃『ジャガーショック』と引っ掻き攻撃『モンキーアタック』を繰り返す。爪で皮膚を切り裂かれ、牙で肉を抉られたクモ獣人の身体の至るところから人間とは違う色の血が流れ出す。

「アマゾン、この毒針で地獄に行け!」

 飛行していたハチ獣人がすかさず尾部の毒針を射出する。仮面ライダーアマゾンはクモ獣人への攻撃を中断して飛び退き、ハチ獣人の毒針はアスファルトに深々と突き刺さる。それを回収したハチ獣人は再び尾部の針を射出すると、毒針は独立した生き物のように動いて仮面ライダーアマゾンを追尾する。毒針に合わせてハチ獣人が急降下して両手や口の毒針を突き刺そうとする。仮面ライダーアマゾンは攻撃を見切って紙一重で回避し、ハチ獣人を捕まえて地面に引き摺り降ろそうとする。しかしハチ獣人はその度に再上昇し、距離を取って仮面ライダーアマゾンに主導権を握らせない。

「私を無視するなんて、いい度胸じゃない!」

 だが鈴が両手に一対の青龍刀『双天牙月』を持ってハチ獣人へ突っ込んでいき、風切り音と共に両手の双天牙月を振り回す。力任せに叩きつけるように双天牙月をハチ獣人に浴びせ、仮面ライダーアマゾンへの攻撃を中断させる。負けじとハチ獣人は両手の針で突きかかるが、鈴はハチ獣人の針を両手の双天牙月を使って外へと受け流して反撃の機会を窺う。

「このチビが! いい加減に毒針の餌食となれ!」
「誰がチビよ! 減らず口が二度と叩けないようにしてやるんだから!」

 ハチ獣人に胸に次いで気にしていることを言われキレかける鈴だが、頭脳の方は対照的にハチ獣人が攻めあぐねていると冷静に分析する。ハチ獣人が状況を打開しよう尾部の針を飛ばすが、鈴はハイパーセンサーであっさり探知してハチ獣人を蹴り飛ばす。鈴が背後から迫る毒針をスラスター翼を動かして回避すると、肩のアーマーがスライドして隠された球体が姿を現す。

「何のつもりかは知らないが、ここで死ね!」
「お断りよ!」

 構わずにハチ獣人は両手の針を掲げて突っ込んでいくが、鈴が出力を肩部に回すと球体が光る。するとハチ獣人はいきなり吹き飛ばされてビルの外壁に叩きつけられる。『甲龍』に搭載された、空間を捻じ曲げて形成する砲身から不可視の砲弾を放つ衝撃砲『龍咆』だ。ハチ獣人は訳が分からないと言いたげに狼狽するが、鈴は構わずに肩部龍咆を再び発射してハチ獣人に直撃させる。
 タネまでは掴めぬまでも先ほどの衝撃が鈴によるものと悟ったハチ獣人は、一先ず距離を取ることを選択する。しかし砲身も砲弾も不可視な上、ほぼ斜角制限のない龍咆を回避出来ずにハチ獣人は地面に墜落する。鈴は双天牙月の柄を連結させると右手でバトンのように回しながら、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って急降下する。

「そうはさせるか、小娘が!」
「こいつ! 邪魔を!」

 しかしクモ獣人が糸を吐き出し、瞬時加速を終えたばかりで回避行動に移れない鈴を糸で妨害する。その隙にハチ獣人は離脱して鈴から距離を取る。クモ獣人は鈴を痛めつけようと足を展開し、鈴めがけて突っ込んでいく。

「ガアアアアアアッ!」

 すかさず仮面ライダーアマゾンが横槍を入れ、クモ獣人の足の一本にクラッシャーを開いて噛みつく。クモ獣人は仮面ライダーアマゾンを引き離そうともがく。しかし仮面ライダーアマゾンは牙を食い込ませ、足を食いちぎって無造作に吐き捨てる。クモ獣人は血を噴きだしながら悶えるが、仮面ライダーアマゾンが右回し蹴りと同時に踵に装備された『レッグカッター』でクモ獣人の身体を切り裂くとまたしても血が噴き出す。クモ獣人が抵抗する力を失ったと本能的に悟った仮面ライダーアマゾンは跳躍し、自由落下の勢いを乗せながら右手のアームカッターを渾身の力で振り下ろす。

「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンが放った斬撃はクモ獣人の身体を縦に両断する。クモ獣人の身体が大量の血をまき散らして地面に倒れると間もなく死体が液化して消え去る。ハチ獣人は懲りずに毒針を飛ばすが、鈴は連結した双天牙月をブーメランのように投げつけてハチ獣人の毒針を弾き飛ばす。残る本体にはスラスターで勢いをつけて放った飛び蹴りを入れて吹き飛ばす。ハチ獣人は空中で体勢を立て直し、尾部の毒針を飛ばして鈴を攻撃しようとするが、鈴は腕部衝撃砲で毒針を撃ち落として無力化する。同時に手元に戻って来た双天牙月を分解して両手で構え直すと、鈴は瞬時加速を使って一気に踏み込む。逃れる暇も与えずに双天牙月でハチ獣人の翅を切り裂いて飛行能力を奪い、返す刀でハチ獣人の身体を切りつけて傷を刻む。ハチ獣人の身体から白い体液が飛び散るが、無害と判断されたためかシールドバリアでは防がれず鈴の顔に白い体液の一部がかかる。
 それを指で拭い、鈴は至近距離からの龍咆を最大出力でハチ獣人に浴びせる。ハチ獣人は限界を迎えたのか地面に叩きつけられた後に動かなくなり、間もなくハチ獣人の死体も液化して消え去る。鈴は警戒を怠らずにハイパーセンサーに意識を集中させ、仮面ライダーアマゾンも五感を研ぎ澄ませて周囲を警戒する。周囲に敵がいないことを確認した仮面ライダーアマゾンと鈴の周囲に、ジューシャの掃討を終えたSPIRITS第6分隊が集結する。

「お疲れ様です。市内のゲドン及びガランダー帝国の掃討は完了しました。現在一部隊員とハーリン博士、それに岡村さんは国防軍や警察などと協力して近くの避難所で負傷者の手当てをしています」
「分かりました。ありがとうございます、キャプショー分隊長」

 SPIRITS第6分隊分隊長のキャプショーが鈴に報告すると、鈴は『甲龍』の展開を解除してIS学園の制服姿になる。仮面ライダーアマゾンも変身を解除し、いつものようにまだら模様の上着とパンツを着用したアマゾンの姿に戻る。

「リン、マサヒコとビクトルの所へ行くぞ」
「うん、けどあいつの血、なんかベトベトで、気持ち悪い……」
「大丈夫。あいつの血に、毒ない。それより、大丈夫か?」
「私は平気。覚悟の上だったから。けどちょっと顔だけ拭かせて?」

 鈴は未だにべとつくハチ獣人の体液をタオルで拭き取ると、アマゾンが呼び出した専用バイク『ジャングラー』の後部に乗る。SPIRITS第6分隊が兵員輸送車や輸送ヘリに乗り込んだのと同時に、アマゾンはジャングラーのスロットルを入れて岡村マサヒコとビクトル・ハーリンがいる避難所へと向かう。
 アマゾンと鈴が敵を鎮圧した頃、SPIRITS第6分隊医療スタッフのビクトルは協力者のマサヒコ、近隣の医師や看護師、国防軍の軍医や衛生兵と共に、避難所で負傷した市民や体調を崩した市民の診察や治療に当たっていた。と言っても医師でも看護師でもないマサヒコは力仕事の手伝いや子供をあやしたりしているだけだが。テント内でビクトルは額が切れた男性の傷口を消毒・縫合し終える。

「これで傷は大丈夫ですが、縫合したばかりなので無理はしないで下さい。1週間もすれば傷も塞がって、抜糸が出来るでしょう」

 ビクトルは患者を見送ると一度額の汗を拭う。今のところ手術が必要なレベルの患者がいないのは幸いだが、患者の数は多い。他の医師や衛生兵の協力があってもビクトルの負担は大きい。患者は次で最後のようだ。ビクトルがその患者を招き入れる。患者はまだ幼い少女だ。両脇には両親らしき人物が立っている。ビクトルは少女をベッドの上に腰かけさせ、まず少女に尋ねる。

「どうしたの? どこか痛いのかい?」

 ビクトルは少女に視線を合わせ、穏やかに笑いながら尋ねる。少女は手に抱えたクマのぬいぐるみを抱きしめたまま、答えようとしない。その表情を見てビクトルは直感的に少女の状態を悟る。

(重度のストレスで体調を崩したらしいな。親がこの調子だし、そうなって当たり前か)

 少女はストレスで体調を崩したようだ。ビクトルがまだ子供だった頃に発生し、自らもSPIRITSに協力して戦っていたバダンやゴルゴムの日本侵攻は世界中の人間に遺伝子レベルで怪人の恐怖を植え付けた。今回のゲドンやガランダー帝国の出現では、特にバダンやゴルゴムの侵攻を経験した世代を中心にストレスから『自家中毒』に似た症状を起こす者も出てきている。今のところ『バダンシンドローム』を再発したという話は聞かないし、バダンの侵攻後は『アンチバダンシンドロームシステム』が存在するので発症してもまだ何とかなる。しかしストレスばかりはどうしようもない。恐怖や不安は消せないし、特に子供は周囲の空気に敏感だ。親が不安なら尚更ストレスを感じるだろう。

「えっと、あなた方が親御さんですね? この子の症状は吐き気や食欲減退、身体のだるさ、そんな所ですね?」
「はい。ここ1週間避難所で生活していたんですが、昨日の夜から吐くようになって。今日の朝からは食欲も……」
「やはりそうですか。簡単に言えば、自家中毒と言われるものに近いですね。とにかくストレスを減らすことが大事ですが、糖分と水分はきちんと摂取させて下さい。こちらでも吐き気止めは出しますが」
「お、丁度よかった。君もちょっといいかな? 今甘いお菓子が届いたとこなんだ」
「マサヒコ、どうしたんだい?」
「いや、近所の店がどうせ捨てるくらいなら、ってことで在庫のお菓子をこっちに提供してくれたんだ。他の子供たちはみんな好きなお菓子貰ってるからさ。さ、お兄ちゃんと一緒に行こうか」
「ナイスフォローだよ、マサヒコ。お菓子は甘くて子供が糖分を補充するには最適だ。という訳ですので、少しの間、この子がお菓子を食べる時は多めに見てあげてくれませんか?」

 マサヒコがテントに入ってくるとお菓子という言葉に少女は反応する。少女がマサヒコに抱えられて外に出ると、外では近所のスーパーやモールから放出されたお菓子が子供たちに配られている。それを見た少女は不安そうな表情はどこへ行ったのか、嬉々としてお菓子を貰いに行く。両親がビクトルに頭を下げて少女を追って行くのを見送ったビクトルは一度伸びをして立ち上がり、マサヒコに投げ渡されたスナックバーの袋を開けて食べ始める。そのまま空間投影式のディスプレイを展開しようとしたビクトルだが、輸送ヘリから分隊長のキャプショー以下SPIRITS第6分隊の隊員が降下し、護衛役として残されていた隊員達や国防軍兵士、警察官に敬礼した後にビクトルとマサヒコの前にやってくる。

「お疲れ様です、キャプショー分隊長。ゲドンやガランダーの方は?」
「一先ずは掃討を終えたところです。ですが少なからぬ市民がゲドンやガランダーに拉致されています。正確な数は出ていませんが、近畿地方全体で50万人ほどが浚われたのではないかという試算もあります」
「避難が遅れていたとはいえ、それだけの人間を……しかし沢山の人間を誘拐してどうする気なんだろうな?」
「それは俺にも分からないけど……あ、アマゾンと鈴さんだ」

 暫く思案していたビクトルとマサヒコだが、ジャングラーから降りたアマゾンと鈴が歩いてくる。子供たちはジャングラーが珍しいのか、次々とジャングラーに近付いては触ったり眺めたりしている。

「ビクトル、マサヒコ、どうだった?」
「こっちは大丈夫だよ。幸い手術が必要な患者はいなかったし。鈴さんもご無事で何よりです」
「私はアマゾンが一緒でしたから。それで、ゲドンやガランダーはなんとかしたんですけど、捕まった人たちがどっかに連れていかれちゃって……」
「その点なら何とかなると思います。救出が間に合わなかった場合を想定して、発信機をジューシャや乗り物に付けておきましたから」

 続けて鈴が不安を口にするが、キャプショーがそれを遮って空間投影式ディスプレイを展開して近畿一帯の地図を表示させる。すると近畿地方の至るところにマーキングがされている。

「発信機の発信情報、及び最後に発信された位置を表示したものです。いくつかマーカーが集中している所がありますが、大規模なアジトかと。小規模なものを含めれば50か所近くあるようです」
「まったく、こんなにアジトを建設していたなんてな。再利用しているのも多いんだろうけど」
「ここから近いのだと、『金剛山』の近くですね。アマゾン、じゃあ……あれ?」

 マサヒコやビクトルと一緒にディスプレイを眺めていた鈴が呼びかけるが、顔を上げるとアマゾンの姿はない。ジャングラーも既に消えている。鈴はアマゾンが金剛山に向けて出発したことを悟って溜息をつく。

「もう、相変わらずすぐに出てっちゃうんだから。キャプショー隊長、私たちも行きましょう」
「ちょっと待って下さい。俺とビクトルも行きますよ。キャプショー隊長、例のものは用意できていますか?」
「ええ。ハーリン博士が開発した新型特殊弾頭も完成したようです」
「ならそのテストもしないとな。ここは国防軍と警察に任せてアマゾンを追いましょう」

 ビクトルの提案で鈴、マサヒコ、ビクトルはキャプショーらと共に輸送ヘリに乗り込み、金剛山へと向かう。

「待ってろ! 必ずオレ達が助ける!」

 場所を聞くや居ても立ってもいられなくなりジャングラーのスロットルを入れて飛び出したアマゾンは、囚われた市民の救出を決意して一路金剛山を目指すのであった。

**********

 大阪府と奈良県の県境にある『金剛山地』。金剛山を主峰とするこの峰々の地下には、かつてゴルゴムが怪人を送り込む拠点として開削した大空洞が未だに残っている。『月影山』に存在したゴルゴムの本拠地が破壊されて『創世王』が消滅した際に怪人たちも消滅し、最近まで誰にもその存在を気付かれることもなく放置されてきた。しかし現在は大空洞内には所狭しと人が押し込められている。主に大阪や奈良で人間狩りで集められた市民だ。
 ここはゲドンとガランダー帝国が保有するアジトの中でも最大規模のものだ。ゲドンとガランダー帝国は捕えた市民の一部を移送して監禁している。赤ジューシャと黒ジューシャが厳重に見張る中、5万人近い市民が20か所の空洞に分けて押し込められている。そのアジトの中にゲドンの獣人ヘビトンボが詰めている。他の獣人と異なりもう一体の獣人共々かつてゲドンの支配者十面鬼ゴルゴスを裏切ったことから、復活してからも獣人ヘビトンボともう一体の獣人は出撃を許されなかった。ヘビトンボは捕えた市民の監視役という形で押し込められている。出撃出来ないことを不満に思う獣人ヘビトンボであったが、もう一体の裏切り者が幽閉された上で拷問にかけられているのを考えれば、ゼロ大帝からの口添えでこの場にいれるだけマシであろう。
 そんなことを思案していた獣人ヘビトンボだが、ゲドンのカマキリ獣人、獣人大ムカデ、トゲアリ獣人、ガランダー帝国のゲンゴロウ獣人、ハンミョウ獣人が姿を現す。仮面ライダーアマゾンに敗北した後、ゴルゴスやゼロ大帝により復活させられたのだろう。代表してトゲアリ怪人がまず口火を切る。

「命令で応援に来てやったぞ、獣人ヘビトンボ。遅かれ早かれ、アマゾンにここを嗅ぎつけられるだろうからな」
「それは有り難いな。もっとも、一度ならず二度負けた連中を送られてもこっちとしてはどうすればいいのか困るがな」
「フン、相変わらず口は達者なヤツだな。そんなことを言っていると、お前もまたアマゾンに殺されてしまうぞ」
「その心配は無用だ。二度とあのような屈辱を味わう気はない。それに今の俺たちには5万もの人質がいるのだ。反吐が出そうなくらいに甘っちょろいアマゾンのことだ、人質がいる間は迂闊に手は出してくるまい。第一、アマゾンがどうやってアジトを見つけると言うんだ?」

 皮肉を飛ばされてムッとしたトゲアリ怪人が警告するが、獣人ヘビトンボはアマゾンなど恐れるに足らず、と言いたげな態度で自信を見せる。しかしアジト内に煙が徐々に広がっていることに獣人ヘビトンボが気付くと、赤ジューシャが飛び込んでくる。

「獣人ヘビトンボ! この愚か者が! こんな所で油を売りおって!」
「いきなり何の騒ぎだ? この煙は何だ?」
「黙れ! 貴様のせいだ! 貴様がこんな所で安穏としていたせいで、アマゾンとSPIRITSに侵入されたのだぞ!?」
「何!?」

 いきなり罵ってきた赤ジューシャに反駁する獣人ヘビトンボだが、続く赤ジューシャが告げた言葉にその場は騒然となる。それを証明するように、アジトの奥から爆発音が響き渡る。赤ジューシャは一しきり獣人ヘビトンボを罵倒した後、ゴルゴスにこの失態を報告するとだけ告げて姿を消す。

「アマゾンとSPIRITSを始末するのが先だ! 生贄を逃がされたのでは、どんな罰を受けるか分からんぞ!」

 獣人ヘビトンボは我に返って他の獣人に指示を出し、獣人たちは市民を閉じ込めている空洞へと向かう。だが煙が濃くなってくると獣人達の動きが鈍くなり、遂には身動きが取れなくなってくる。

「ぬう!? この煙はアマゾン川流域の……!?」

 赤ジューシャが報告した通り、アジトへと侵入したアマゾンは途中で合流したSPIRITS第6分隊と共に赤ジューシャと黒ジューシャを蹴散らしていた。市民を解放しては地上まで護衛することを繰り返し、次々に捕えられた市民を救出していく。脱出した市民は後詰めとして待機している国防軍が保護している。一通り市民を外に連れ出した後はマサヒコがSPIRITSの隊員に指示を出し、大量の草や木の枝を地面に置いて火を点ける。すると燃えた草や木の枝から独特の匂いがする煙が大量に出て、風下にあたるアジトの奥の方へと煙が流れていく。

「マサヒコさん、これって一体何なんですか?」
「アマゾン川流域のジャングルに生えてる木や草さ。こいつには強力な殺虫効果があって、特にアマゾン川流域に住む虫は絶対に食べようとはしない。これを焼くと虫には有毒な煙が出るんだけど、ゲドンやガランダーの獣人は動物が素体だから虫系の獣人には効果が絶大なのさ」

 鈴が不思議そうな顔をして尋ねると、マサヒコが笑って鈴に答えてみせる。分隊長のキャプショー以下、IS用のスナイパーライフルをデチューンした銃器を持った数人が、ビクトルが持ったアタッシュケースの中から一発ずつライフルの弾を取り出して装填し、いつでも発射出来るように構える。しばらくその場を沈黙が支配するが、アマゾンが鈴の前に出て唸り声を上げる。

「お出ましみたいだな。各員、油断するなよ! ギリギリまで引き寄せてから撃つんだ!」

 キャプショーが部下に指示を出してスコープを覗くと、煙から解放された獣人が姿を現す。全員虫ベースの獣人であったがため、効果がかなりあったようだ。先頭に立った獣人ヘビトンボはアマゾンを見つけるなり、憎悪を隠さずに声を荒げる。

「アマゾンめ! よくも大事な生贄を逃がしてくれたな! こうなればギギの腕輪とガガの腕輪を奪って殺し、貴様だけでも生贄としてくれる!」
「生贄とか冗談じゃないわ! そんなふざけたこと、やらせるわけないじゃない!」
「チビガキは黙っていろ! 俺を怒らせてただで済むと思うなよ!」

 獣人ヘビトンボが反駁する鈴を罵倒した直後、獣のような咆哮を上げたアマゾンが獣人ヘビトンボへと飛びかかる。そして獣人ヘビトンボの首筋に思い切り噛みつく。無理矢理獣人ヘビトンボがアマゾンを振り払うと、ゲンゴロウ獣人が槍状になった手を突き出す。アマゾンが横に逃れてかわすとすかさずカマキリ獣人が泡を吹き、アマゾンの動きを止めつつ鎌で切りつける。すると回避しきれずに掠ってしまったアマゾンの顔や肩が切れて血が流れる。そこにハンミョウ怪人が飛びかかって自慢の顎で噛み砕こうとする。アマゾンは慌てずにカウンターで蹴り飛ばし、鈴も部分展開して殴りつけて追撃する。マサヒコとビクトルはSPIRITS第6分隊の護衛を受けて距離を開ける。

「アァァマァァゾォオオン!」
「行くわよ、『甲龍』」

 アマゾンは変身を完了し、鈴もまた『甲龍』を装着して獣人へと挑みかかる。まずゲンゴロウ獣人が両手を突き出してくるが、鈴が双天牙月を交差させて受け止める。即座に両腕部衝撃砲を発射してゲンゴロウ獣人を吹き飛ばす。続けてカマキリ獣人の泡をスラスターを噴射して回避し、切り返して双天牙月を掲げてカマキリ獣人へ切りかかる。数合打ち合ってカマキリ獣人の注意が双天牙月に集中したところに龍咆を発射し、カマキリ獣人を大きく吹き飛ばして壁に叩きつける。トゲアリ獣人が口から蟻酸を吐き出して鈴を攻撃するが、鈴はスラスターを噴射して横に回避する。丁度背後から飛びかかろうとしたハンミョウ獣人に蟻酸が直撃し、ハンミョウ獣人はその場で悶絶する。
 一方、獣人ヘビトンボに飛びかかり爪のひっかきや回し蹴りで攻め立てていた仮面ライダーアマゾンだが、カマキリ獣人が泡を吹いて仮面ライダーアマゾンの動きを止める。獣人大ムカデがムカデの形態となって仮面ライダーアマゾンの身体に巻き付き、絞め殺そうとする。

「どうだ! 苦しいだろう!? このまま貴様を地獄に送ってやる!」
「ガアッ!」

 しかし仮面ライダーアマゾンは獣人大ムカデに噛みついて肉を食いちぎり、堪らずに獣人大ムカデは拘束を解いて後退を余儀なくされる。続けてゲンゴロウ獣人が仮面ライダーアマゾンに突進するが、仮面ライダーアマゾンは地面を蹴って跳躍する。踏みつけるように蹴りを入れ、ゲンゴロウ獣人を地面にうつぶせに倒しながらトゲアリ獣人へと挑みかかる。トゲアリ獣人は慌てずに身体の棘を発射し、仮面ライダーアマゾンを牽制しつつ横に飛び退いて回避する。しかしこれで仮面ライダーアマゾンと鈴が射線上から外れる形になる。

「撃て!」

 キャプショーの指示の下、待ち構えていたスナイパーが一斉に獣人めがけて発砲し、咄嗟に飛行した獣人ヘビトンボ以外の獣人にスナイパーライフルに装填された弾頭が叩き込まれる。平然と立っていた獣人達はスナイパーめがけて突撃しようとするが、いきなり獣人ヘビトンボ以外の獣人は力が抜けて糸が切れた人形のようにその場に倒れ込む。

「ば、馬鹿な……身体が動かん……」
「僕特製の対獣人用神経麻痺弾は、よく効いたみたいだね」
「神経麻痺弾?」
「ああ。獣人はアマゾンと同じで、通常の生物より強化された神経が全身に張り巡らされているんだ。神経麻痺弾はそれを逆手に取って、神経系統に過剰な電気信号を末梢から中心に向けて逆流させて麻痺させるんだ。もっとも、アマゾンみたいに神経が強靭過ぎると効果はないんだけど」

 ビクトルがしてやったりとばかりに笑ってみせ、疑問を口にしたマサヒコに解説する。

「それじゃ、まとめて片付けてあげるわ!」

 獣人が動けないのを見て、鈴はインストール済みの攻撃特化型の機能増幅パッケージ『崩山』を呼び出す。続けて肩部龍咆を展開すると2つの増設された砲口と共に向ける。直後に衝撃波を凝縮し、あまりのエネルギー量から赤熱化して炎を纏った衝撃砲が釣瓶打ちに発射され、獣人は為すすべなく受け続ける。締めに鈴は4門の砲口から形成させる砲身を一つに形成し直し、巨大な炎を纏わせて集束された衝撃砲を発射する。あまりの反動に一瞬鈴の身体が揺らぎ、『甲龍』が若干後退して動きが止まるが、衝撃砲は獣人をまとめて消し飛ばすのに十分な威力を発揮する。獣人ヘビトンボはこれ以上戦っても不利と判断し、翅を使って飛翔して逃れようとする。

「ジャングラー!」

 しかし仮面ライダーアマゾンはジャングラーを呼び出して跨ると、逃走を開始した獣人ヘビトンボを追って走り出す。獣人ヘビトンボがアジト内を飛行するのに悪戦苦闘している隙に、仮面ライダーアマゾンは巧みにジャングラーを操作して獣人ヘビトンボに追いつく。ジャングラーのカウルから先端に銛のついたロープを射出し、獣人ヘビトンボの身体に絡みつけて動きを止める。獣人ヘビトンボは慌ててロープを引きちぎろうとするが、ロープの強度が予想外に高く上手くいかない。逆にジャングラーがウインチの要領でロープを巻き上げ始めると、獣人ヘビトンボはジャングラーの下へと引き摺られていく。続けて仮面ライダーアマゾンが跳躍して獣人ヘビトンボに飛びかかり、右腕のアームカッターに力を込める。

「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンが渾身の力を込めてアームカッターを真横に振り抜くと、獣人ヘビトンボの首が斬り飛ばされ、まもなく傷口から大量の血を勢いよく噴き出す。獣人ヘビトンボの胴体が液化して消え去り、残る頭部も跡形もなくなる。仮面ライダーアマゾンは着地して油断なく周囲を見渡し、鈴も崩山を格納してハイパーセンサーに意識を集中させる。キャプショーらSPIRITS第6分隊のメンバーも油断なく周囲を警戒し、戦闘態勢を崩さない。

『よくやったな、アマゾンライダー、そしてSPIRITSの諸君!』

「誰!?」
「チッ、まだ残っていたか!?」

 仮面ライダーアマゾン、鈴、SPIRITS第6分隊は一斉に声の聞こえてくる方向を向く。炎を模したガランダー帝国の紋章の飾りのついた兜を被って目元にマスクを着け、全身に銀色に輝く鋼鉄の鎧を身に纏い、身体の右半分に赤い服を羽織り槍を持った男がいる。すると仮面ライダーアマゾンが声を張り上げる。

「ゼロ大帝!」
「あいつが、ガランダー帝国の親玉ってわけ!?」

『いかにも。わしこそがガランダー帝国の王者、その名も高きゼロ大帝よ! アマゾンライダー、それに協力する愚か者共よ。我らガランダー帝国の悲願達成を妨害し、偉大なる大首領に逆らおうなど言語道断! このゼロ大帝が直々に、貴様ら愚か者共に裁きを与えてくれる!』

「馬鹿言ってんじゃないわよ! けど、こっちとしては好都合ね。親玉のお前を倒せばガランダー帝国も動けなくなるんだから!」
「リン!」

『小娘が、無駄なことを!』

 ゼロ大帝が槍を突き付けて言い放つと、鈴は肩部装甲をスライドさせて龍咆を発射する。しかし発射された衝撃砲はゼロ大帝の身体をすり抜ける。驚愕する鈴であったが、即座にハイパーセンサーにゼロ大帝を分析させる。

「実体が……ない!? つまり立体映像ってわけ!?」

『その通りだ。誰が貴様らなどに大人しく姿を見せてやるものか。そしてアマゾンライダー、貴様に与えられる罰は一つしかない。ガランダー帝国が貴様らに与えるのは、死のみ! このアジト諸共果てるがいい! フハハハハハハハ!』

 ゼロ大帝が最後に高笑いを決めて立体映像が消えると、アジトの奥から鈍い衝撃と共に爆発音が響き渡る。

「まずい! ゼロ大帝はここを自爆させるつもりだ! 総員退避!」

 全員がゼロ大帝の意図に気付くと一斉にアジトからの脱出を開始する。爆発音が次第に大きくなり、岸壁が崩れ始める中でもSPIRITS第6分隊は足を止めず、仮面ライダーアマゾンはジャングラーに乗って殿を務める。鈴が先頭に立って最初に脱出に成功すると、SPIRITS第6分隊やマサヒコ、ビクトルも脱出に成功し、最後に仮面ライダーアマゾンが出入り口の洞窟から勢いよくジャングラーに乗って飛び出す。すぐ後に洞窟が崩落して出入り口が塞がれ、間もなく地鳴りが周囲一帯に響き渡る。完全にアジトは崩落したようだ。脱出が一歩でも遅ければ生き埋めになっていただろう。分隊長のキャプショーの指示で班ごとに点呼を取り、全員揃っていることを確認するとSPIRITS第6分隊は下山を開始する。仮面ライダーアマゾンも変身を解き、『甲龍』を待機形態に戻した鈴と共にジャングラーを押しながら続く。
 金剛山の麓では国防軍に護衛された市民が互いの無事を喜び合っていた。市民は国防軍や警察で大まかな住所を調べて避難所まで送ることになっており、市民は確認を待っているところだ。ふと鈴が市民の群れに視線を向けると、小学校高学年くらいの少女が両親と互いの無事を喜んで抱き合っている姿が見える。少女が両親と仲睦まじく話し始めると、鈴の胸に少女への羨望が僅かに渦巻く。

(そう言えば、私があの子くらいの時は、父さんと母さんも仲が良かったな……)

 鈴は自分と離婚した両親のことを思い返す。
 日本で言う小学五年生の時に日本へと渡った鈴は、料理人で若い頃は日本に滞在していたことがあったという父と、そんな父と結婚した元考古学者の母、そして自分の三人で仲睦まじく暮らしていた。最初は外国から来たと言うだけで苛められたことがあるし、文化の違いを感じたことも少なからずあった。しかし想い人の織斑一夏や友人の存在、理解のある大人に出会えたこと、なにより両親の仲が良かったことから楽しい時を過ごせていた。しかし鈴が中学二年生の三学期に入ると、次第に両親の仲が悪化していった。母親が学者仲間に誘われて考古学者として復帰したかったのを父親が渋ったのも原因の一つだが、最大の理由は鈴の将来について父親と母親とで見解の差異があったからだ。
 代々宮廷料理人を輩出してきた家の生まれで、実家の料理への権威主義に反発して家を飛び出し、一時は軍のコックとして働くなど色々と苦労してきた父親は鈴の料理の才能を見抜き、鈴が自分の跡を継いで料理人となり一夏と結ばれて共に自分の店を継いで欲しいと願っていた。一方で男尊女卑の時代故に慣習や不文律に阻まれ、学者として認められるまでに苦労したという母親は、自分の娘には好きな職業に、出来れば余計な苦労を背負わないで就くことを望んでいた。
 どちらも自らが背負って来た苦労ゆえ、愛する娘には茨の道を進んで欲しくないと思っての考えであり、父親も母親も互いに一歩も譲ることなく意見が対立して仲が冷え込んでいった。結局両親は鈴が中学三年生になる前に離婚が成立し、鈴の親権は母親が持つことになった。父親は店を閉めて鈴と母親の前から姿を消し、鈴も母親に連れられて中国へ帰国した。それから中国軍の広報を見て一念発起してISについて猛勉強を始めた。必死に勉強している間は鬱屈とした気持ちを忘れられたし、国家代表になれば父親も自分を見てくれる筈だと信じていたからだ。乗り気でなかったIS学園転入を承諾したのも、一夏に会えるからだけでなく、日本にいればしこりや寂寥を忘れられると思ったからかもしれない。
 親子を見ながら物思いにふけっていた鈴に気付いたアマゾンが、顔を覗きこみながら尋ねる。

「リン、どうした?」
「あ、ううん、なんでもないよ、アマゾン」

 鈴は慌てて笑顔を作って誤魔化して見せるが、作り笑いなどアマゾンには通じない。アマゾンは野性で動いている分、感情の変化や嘘、誤魔化しには敏感なのだから。案の定、アマゾンは鈴の前に回り込んでくる。

「リン、どうして嘘つく? 何かあったのか?」
「……ごめん、アマゾン。アマゾンには多分分からない問題だから。アマゾンって家族いないでしょ?」
「家族……いる。オレの家族、バゴー。一人ぼっちだったオレに、沢山くれた。このギギの腕輪もそう」
「そうなんだ……そのバゴーって人は、今どうしてるの?」
「……モグラと一緒で、もういない。バゴー、ゲドンに殺された」
「そっか……ごめん。私、思い出したくないことまで思い出させちゃって」
「いい。バゴー、この中にいてくれる。それにオレ、もう一人じゃない。マサヒコやビクトル、リンがいる。だから俺は大丈夫。リンはどうして、そんな顔するんだ?」
「えっと、昔のことを思い出したって言うか。ごめん、これはアマゾンにも相談出来ないことなんだ。だから少し、一人にして?」
「けど……」
「アマゾン、鈴さんを一人にしてやってくれないか?」

 アマゾンが左腕に付けたギギの腕輪を見せながら話すも鈴は首を振る。アマゾンが何か言おうとするのをビクトルが遮ると、鈴は一度アマゾン達の前から歩き去り、一人で佇んで物思いに耽り始める。遠目でみながらマサヒコはビクトルに尋ねる。

「ビクトル、鈴さんについて何か知っているのか? 多分、家族絡みのことなんだろうけど」
「うん、僕は鈴さんのカウンセラーでもあるからね。一応知っているよ。本当なら言いたくないし、言っちゃ駄目なんだけど、特別に話してあげるよ。ただし他言は無用だ。特に鈴さんの前では絶対に僕から聞いたと悟られないようにしてくれ」

 ビクトルは一度マサヒコに念を押すと言葉を続ける。

「実を言うと、鈴さんのご両親は二年前に離婚しているんだ。それで鈴さんは母親に引き取られて中国に帰国した、といういきさつらしい」
「なるほど、なら俺たちじゃ力になれないな。俺はすぐに両親を亡くしちゃったし、アマゾンは事情が事情だし」
「僕だって試験管ベビーだった上に、母親役ですら定期的に交代していたくらいだ。僕たちじゃ彼女の力になってやることは出来ないよ。幸せだった家庭が両親の不仲で崩壊したなんて過去、僕たちの周りを見てもなかったからね。彼女はある意味僕たち以上に辛い目に遭っているんだよ。昔には戻れない苦しみがね」
「けどビクトル、どうして俺に?」
「マサヒコのことだから、余計なおせっかいを焼いて彼女を傷つけるんじゃないかと心配でね。家族間の問題はデリケートだから迂闊に他人が立ち入っていい問題じゃないんだ」

 ビクトルが言葉を切るとアマゾンと共に鈴の姿をしばらく眺める。
 普段は明るく元気でそれを感じさせない鈴が、この時ばかりはいつも以上に小さく見えた。

**********

 夜を迎えた三重県伊勢市。『伊勢神宮』の門前町として栄え、伊勢湾を望むこの街の外れの地下には復活したゲドンとガランダー帝国の本拠地が存在する。アジトの最深部ではゼロ大帝の指揮の下、『インカの祭壇』の建設が進められている。
 インカの祭壇。かつて龍に食らわせる餌として人類の進化を促してきた『JUDO』より驚異的な発展を遂げ、JUDOが虚空の牢獄に閉じ込められた後でゴルゴムに滅ぼされた『超古代インカ文明』最後の遺産。全てを原子レベルで分解する破滅の力『インカの光』を封印するために作られた『ギギの腕輪』と『ガガの腕輪』と対照的に、インカの祭壇はインカの光を生み出すことが出来る。腕輪と異なり現物が存在しなかった上に、製造法が喪われてしまったことから建設は不可能かと思われていたが、ゲドン及びガランダー帝国に製法を改めて伝えられたことからようやく建設が可能となったのだ。ゼロ大帝は作業に当たっている黒ジューシャに念を押して立ち去り、十面鬼ゴルゴスが待つ謁見の間へと向かう。
 謁見の間では下半身に九人の悪人の首と頭脳を移植した人面岩を繋げた怪人こと、十面鬼ゴルゴスが控えている。背後にはゼロ大帝の上役で直接大首領の意を聞く立場にある、真のゼロ大帝とも呼ばれる白いフードとマントを着用した人物の姿もある。
 実はパルチア王朝の末裔たるゼロ大帝は、真のゼロ大帝の意志代行役に過ぎない。真のゼロ大帝は黒幕たるJUDOの意を受けて動いている傀儡に近い存在だ。一応フードの内側にはゼロ大帝と全く同じ姿をした真のゼロ大帝がいるが、これも仮の姿に過ぎないらしい。本当の姿がいかなるものかはゼロ大帝にも分からない。ゼロ大帝を一瞥し、まず十面鬼ゴルゴスが口を開く。

「ユム・ゼロよ。インカの祭壇の方は?」
「うむ、今のところは順調に進んでいる。数日の内に祭壇そのものは完成するだろう。そうなれば、この国をインカの光で消滅させることなど容易い。大首領様に捧げる生贄の方は?」
「今日だけで半分と言ったところだ。この調子で行けばインカの祭壇が完成次第、すぐに百万の生贄を捧げることが出来るだろう」
「だが、まだアマゾンライダーがいるぞ。ヤツの持つギギの腕輪とガガの腕輪は、インカの祭壇とは対になるものだ。なんとしてもアマゾンライダーがこちらの動きを察知する前に祭壇を完成させるか、アマゾンライダーを排除しなければならん」
「分かっておるわ、キミル・ゼロ。アマゾンライダーにはわしも借りがある。何としてもあやつめをこの手で惨たらしく殺さねば、怒りが収まらん」

『憎き仇敵、アマゾンには死を!』
『ヤツをバラバラに切り刻み、血と肉の塊にしてやるのだ!』
『ゲドンに逆らう者には死を! 歯向かう者には制裁を!』
『我らに従わぬ愚か者共は皆殺しだ!』

 十面鬼ゴルゴスの言葉に追従するように人面岩の顔面の口が開き、アマゾンへの憎悪が籠った言葉が次々と出てくる。

「しかしゴルゴスよ、なぜ私が『偽りの(キミル)ゼロ』で影武者の方が『本当の(ユム)ゼロ』なのだ?」
「ふん、お前が大首領の端末で、そのゼロ大帝の姿も仮のものだということくらいこちらも知っている。真のゼロ大帝というのも、アマゾンでも分かり易いよう勝手に名乗っただけではないか」

 真のゼロ大帝がキミル・ゼロという呼び名に対して十面鬼ゴルゴスに尋ねるが、十面鬼ゴルゴスは事もなげに答えてみせる。

「ユム・ゼロよ、会合にはわしが出ておこう。お前はインカの祭壇の建設を続けろ」
「待て、ゴルゴス。明日の作戦にお前の配下を一体借りたい」
「どうした? こちらの獣人は必要ならば、好きに使って構わんと言った筈だが」
「無論承知している。だが今度ばかりはそうはいかんのだ。あやつを使うには、どうしてもお前の承認が必要だ」
「まさか、あの裏切り者を使おうというのか!? 正気か!? あやつなど使えば、また裏切ることなど明白。それをお前ともあろう者が理解出来ないのか!?」
「無論理解しているし、承知の上だ。だがこちら考え無しに言っているのではない。どうしてもヤツの力が必要なのだ。万が一の時の対策はこちらでも用意しておく」
「そこまで言うのなら好きにするがいい。ヤツは今、地下牢で拷問にかけておる。ジューシャにはこちらから言っておくから、勝手に連れて行け」

 十面鬼ゴルゴスはそれだけ言うと姿を消し、真のゼロ大帝もまたアジトの奥へと引っこんでいく。残るゼロ大帝はその『裏切り者』がいるという地下牢へと向かうべく歩き出すのであった。



[32627] 第五十一話 土竜
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:43
 『デストロン』が跋扈していた四国が謎の黒雲に覆われた翌日の朝。SPIRITS第6分隊が間借りしている伊丹駐屯地。その一室ではビクトルが空間投影式ディスプレイを展開してキーボードを操作している。
 SPIRITS隊長の滝和也が四国で篠ノ之束の身柄を確保し、束をSPIRITSに参加させたいと言ってきた時は耳を疑った。どういう風の吹きまわしか予想も付かなかったからだ。しかし束が心から反省して罪を償おうとしていること、デストロン鎮圧に大きな功績を上げたこと、本人が悪の組織と戦っていく決意を固めているということを聞いたため、ビクトルはそれ以上反対しなかった。その後SPIRITS第6分隊全体に話は届いたのだが、渋ったビクトルとは対照的にあっさり分隊全体で賛成することが決定した。
 理由は他でもないアマゾンだ。SPIRITS第6分隊は旧SPIRITS第6分隊のメンバーが分隊長のキャプショーを筆頭に何人かいたし、他の隊員も人懐っこく、時折食べ物などを差し入れる天真爛漫なアマゾンの人柄を理解するようになった。それだけに束の一件を聞いたアマゾンが幼馴染みの織斑千冬との関係が改善する可能性も出てきたことを心から喜んでいる姿を見て、誰も反対する気にはなれなかったそうだ。
 ビクトルは国際IS委員会向けの答申書をメールで送付し、今はIS操縦者の選別方法についての論文を執筆している最中だ。と言っても、織斑一夏が発見されてからは上手くいっていないが。一応僅かな時間を見つけて執筆していたが、はかどりそうにない。ビクトルが椅子から立ち上がって伸びをすると、背後からコーヒーカップを持ったマサヒコがやってきてビクトルにコーヒーを渡す。

「ほら、ビクトル」
「ありがとう、マサヒコ」
「けど、何やってるんだよ? ゲドンやガランダーがいつ出るか分からない時に」
「少し時間が出来たからね。なぜISは女性にしか扱えないのかってテーマで論文を執筆してたところさ」
「こんな時に論文って、無理しすぎんなよ?」
「これくらいでへたってたら、国際IS委員会は務まらないさ」
「どんだけ大変なんだよ、国際IS委員会って。けどビクトル、ISに女性しか乗れない理由って、お前や国際IS委員会でも分からないのか?」
「ああ。『ISコア』については篠ノ之束博士が自己進化を除いて情報を開示していないし、貴重なものだから迂闊に分解する訳にも行かなかったからね」
「けどISが出てきて10年経ったんだから、仮説の一つや二つくらい出ても良かったんじゃないか?」
「いや、仮説はこの10年で様々なアプローチから沢山出てきたよ。遺伝子工学、生化学、心理学、機械工学、運動生理学、量子力学。ありとあらゆる学問分野から、時に複数の学問分野にわたって研究されてきたんだけど、どれもまだ実証されていない仮説止まりさ。既に否定された仮説や眉唾物を含めれば百近い仮説が提唱され、議論されてきたんだ。議論にすら上がらないようなものを含めれば、もう千は行ってるんじゃないかな。それでもここ数年は僕が提唱していた『MBG受容因子』説が最有力だったんだけど……」
「MBG受容因子?」
「簡単に言えば人間を『変身』させる遺伝子で、MBG受容因子はそれを受け入れるのに必要な因子さ」
「そのMBG受容因子って言うのと、ISに女性しか乗れないことが何の関係があるんだよ?」
「MBG受容因子を発現させるのに必要な二種類の遺伝子はいわゆる『伴性遺伝』ってやつでね。性染色体の中でもX染色体を通じて遺伝されるんだ。この遺伝子は3種類に分類されて、MBG受容因子を発現させるには必要な遺伝子Aを持ったX染色体と、必要な遺伝子Bを持ったX染色体が揃う必要がある。ただ、X染色体が二つ揃っていてもY染色体にはMBG受容因子発現を阻害する優性遺伝子があるらしくて、X染色体が二つ揃ってもY染色体がある人間、つまり男性にMBG受容因子は発現しない。それでIS操縦者とMBG受容因子について調べていたら、面白い事が分かってね。調査したIS操縦者は皆、MBG受容因子を保有していたんだよ。しかも興味深いことにIS適性が高い操縦者ほどMBG受容因子が強く発現している傾向にあったんだ。IS適性値って言うのはISと接続した際の応答性の高低を数値化したもの、と思われていたんだけど、MBG受容因子の発言度合いと同期していた。だから後はもっと実験を重ねて、証拠を固めるつもりだったんだけどね」
「何か問題があったのか?」
「ああ。MBG受容因子説を根本から否定するケースが見つかったのさ」
「それって織斑一夏君のことか?」
「その通り。MBG受容因子説に拠れば男性がISを操縦出来ることはあり得ないのに、織斑一夏はISを操縦してみせた。一応彼の遺伝子地図(ジーンマップ)をこっちに送って貰って解析してみたけど、彼にはMBG受容因子を発現している形跡がなかった。勿論織斑一夏が何らかの例外である可能性はあるけど、遺伝子地図を見た限りでは絶望的だね。なんにせよ織斑一夏という存在のお陰で根拠を否定されたも同然のMBG受容因子説は廃れて、今は遺伝子がIS操縦に関わっている可能性に疑問を呈されているくらいだ。お陰で僕も一から研究のやり直しだよ。今度篠ノ之束に会ったら、データ貰うついでに文句を言ってやりたいよ」

 ビクトルは言葉を切ると一度溜息をつく。コーヒーに口をつけて喉を潤すと逆にビクトルがマサヒコに尋ねる。

「それはそうと、鈴さんの様子はどうだい? カウンセリングでは今のところ大丈夫なんだけど、マサヒコの目から見た意見も聞きたいからさ」
「俺の見た限りでは元気そうだよ。アマゾンにも気取らせないくらい気丈に振る舞ってはいる」
「そっか。きっと普段から、両親について考えないようにしてるんだよ」

 続けてビクトルは鈴について言及する。あの日以来鈴は元気を取り戻しているかのように振る舞っている。専門家のビクトルや、恋愛以外の感情の機微に恐ろしく敏感なアマゾンにも悟らせないくらいだ。鈴の性格が竹を割ったようにさっぱりとした面があることから、あの時は一瞬ナーバスになってしまっただけなのだろう。しかし問題の本質的な解決には至っていない。マサヒコも同じ考えらしく、それとなく鈴に気を配っている。しばらく思案していたビクトルとマサヒコだが、分隊長のキャプショーが入ってくると中断して一礼する。

「御苦労さまです、ハーリン博士」
「いいえ。キャプショー分隊長、僕に何か用ですか?」
「ええ。実はゲドンとガランダー帝国の今後の動きについてですが、人質にされた市民の救出が半分まで完了しました。しかしインターポール本部から、ゲドン及びガランダーは神戸市を襲撃する可能性があると分析結果が送られてきました」
「確かにここ二、三日、神戸から目を逸らそうとしている動きばかりでしたからね。アマゾンにはこちらから伝えておきます」
「ありがとうございます。こちらもすぐに出撃を……」
「報告します! 神戸市にゲドン及びガランダー帝国の獣人が出現したとの報告が入りました!」
「何!? 直ちに出撃だ!」

 キャプショーは駆け込んできた隊員の報告を聞くとすぐに指示を出して部屋を飛び出していく。ビクトルとマサヒコも部屋を飛び出して後を追う。同じくヘリに乗り込もうとした鈴と合流するとビクトルは尋ねる。

「鈴さん、アマゾンは!?」
「すぐに飛び出していきました!」
「こういう時は判断も行動も素早くて頼りになるよ。我々も急ぎましょう! 連中、また人間狩りをする気だ!」

 安心したビクトルとマサヒコを乗せたヘリは間もなく離陸し、一路神戸市へと向かうのであった。

**********

 少し時間を遡る。
 兵庫県神戸市郊外にある避難所の一角は市民でごった返している。避難所ではホテルやレストランに勤務する料理人たちが合同で炊き出しを行っていた。無論彼らも避難者なのだが、避難所で温かい料理を食べられない人が少なからずいるのを見て、スーパーなどの協力で食材を入手すると国防軍や警察の許可を得て、この一帯の避難所で炊き出しを開始したのだ。発起人の一人でホテルレストランでシェフをしている中島吾郎と、中華料理店で料理人として腕を振るっている凰飛虎(ファン・フェイフー)も例外ではない。
 飛虎が神戸に住むようになったのは、離婚して自らの店を閉めた後であった。当初は故郷に戻ることも考えた飛虎であったが、若い頃に知り合った『華僑』の友人から誘われてその友人が経営する中華料理店で料理人として働くことになった。当初は高級志向の料理店で働くのは気が進まなかったが、高齢と病気で引退を決意した先代の総料理長が飛虎とも知り合いで、その推薦を受けたと聞いてからは総料理長として厨房を取り仕切っている。当初は他の料理人から先代の総料理長と比較されて苦労したが今は腕を以て信頼されている。その料理店もゲドン及びガランダー帝国の出現前に休業となっており、飛虎を含む店の料理人も避難している。
 燻っていた飛虎を炊き出しに誘ったのが若い頃に日本で知り合った吾郎だ。今は飛虎も吾郎を手伝って大鍋で大量のカレーを煮込んでいる。本当ならば出来たての中華料理を振る舞いたいが、状況が状況なので材料や調味料が手に入らない。カレーは必要な材料が簡単に手に入るし、調理も簡単だ。飛虎も若い時分には賄い感覚でたまに作っていた経験もある。吾郎が鍋を回っては味見をし、頷いてみせると調理は終わりだ。続けて他の料理人や協力を申し出た住民と一緒にカレーを振る舞い始める。皆にカレーが行き渡り始めた頃、飛虎は吾郎に尋ねる。

「中島さん、ずいぶんと手慣れてますね。前にも炊き出しをされたことが?」
「修行してた時から炊き出しはよくやってたましたし、駈け出しの頃にクライシス帝国が暴れてた時には炊き出しっぽいこともしてたんですよ」

 飛虎の質問に吾郎は照れ臭そうに笑い、手を休めずにカレーを目の前の男性に渡す。
 吾郎はホテルレストランのシェフになる前までは世界各地を巡って料理修業をしていた。駈け出しの頃は小さな航空会社の食堂で働いていたらしいが、社長夫妻がクライシス帝国の総攻撃に巻き込まれて亡くなった。自然と会社が畳まれてからは一念発起してあらゆる料理を美味しく作れる料理人になろうと決め、20年以上各地を巡ってその土地の料理を学んで咀嚼することを繰り返したという。飛虎と知り合ったのもその頃だ。何度かホテルやレストランの総料理長にならないかという話もあったが、未熟だからという理由で全て蹴っていたそうだ。だが調理師学校時代の同期に熱心に口説かれて根負けした結果、同期が総料理長をしているホテルレストランのシェフとして、総料理長の片腕的地位になったという。

「けど凰さんの娘さんはIS学園に通ってるんでしょ? 凰さんは心配じゃないんですか?」
「大丈夫ですよ。娘は中国の代表候補生になったそうですから。今ごろは本国に戻っていますよ。中島さんこそご家族は? 怪人が出ては不安でしょう?」
「親父もお袋も亡くなりましたから。怪人は慣れっこですし、日本には仮面ライダーがいますからね」
「仮面ライダー、ですか……」
「凰さんは仮面ライダーを都市伝説だ思ってるクチですか?」
「いえ、そんなことは。バダンやゴルゴムの時に仮面ライダーが戦っていた、という話は聞いていましたから」
「凰さんこそ中国に戻らないんですか? こんな非常時なんだ、故郷に戻ったって誰も文句は言いはしませんよ」
「日本に一度腰を据えると決めた以上、墓に行くまで日本で生きていく覚悟は出来ていますよ。それに私以外にも帰らない者がいるのを放ってはおけませんし、私も少々向こうには戻りにくい事情がありまして」
「そう言えば凰さんは実家から……悪い事聞いてしまいましたね」
「いえ、気にしないで下さい。私は気にしていませんし、自業自得と言ったところですから」

 カレーを配り終えて吾郎と話していた飛虎だが、吾郎が飛虎が実家から飛び出して久しいことを思い出して謝罪する。飛虎は笑って首を振りつつカレーを食べ始める。
 飛虎の実家は代々宮廷料理人を輩出してきた、料理人にとって名門と言える家柄であった。父親も中国では5本の指に入ると謳われて伝説とまで言われたほどの料理人だ。長兄もまた超一流の料理人として高級ホテルやレストランの総料理長を歴任し、次兄も政府高官御用達のレストランで総料理長を長年務めている。そんな料理人一家の三男として飛虎も育ってきた。しかし優秀な父や二人の兄にコンプレックスを持っていたことや、料理に関して高級志向で権威主義的な部分が見られる実家の料理に反発し、16歳で家を飛び出してからは各地を転々とした。時に軍のコックとして働いて糊口をしのぎながら、料理人としての修業をほぼ独学で続けていた。
 腕を見込んだ父や兄から実家に戻ってくるように言われ、働き口を斡旋してくれたこともあったが、家を飛び出した手前合わせる顔もなく、連絡こそ取っているものの直接顔を合わせる機会はない。だが中国に帰れない理由はもう一つある。

(あいつや娘に会ってしまいそうで怖い、とは言えないな……)

 飛虎にとって中国に帰れない最大の理由は帰国した元妻と娘の存在だ。離婚してからは娘の親権は元妻の方にあり、どのみち会うことは出来ないのだがやはり抵抗がある。愛情が冷え切った末に離婚したわけではないので尚更だ。なにより離婚と言う形で家族を離散させてしまったことで娘に合わせる顔が無い。そんな理由で日本に留まり続けていたのだ。娘が中国の国家代表候補生になったと人伝手に聞いた時も手紙や電話の一つもやれなかった。そんな自分に父親面をする権利などないだろう。
 物思いに耽りながらカレーを食べ終えた飛虎は後片付けを開始する。吾郎はそれ以上何も言わずに後片付けを手伝う。鍋を洗い終えて作業が一段落すると、炊き出しを手伝っていた料理人の一人が飛虎と吾郎の下に飛び込んでくる。

「大変だ! 街の方にゲドンとガランダー帝国が出たらしいぞ!」
「本当ですか!?」
「避難所を警備してる国防軍や警察がそう言ってるんだ、間違いないよ!」
「落ち着いて! すぐに仮面ライダーやSPIRITSが来てくれる! そうすれば怪人なんかあっと言う間に……!」
「落ち着いてなんていられないって! 怪人達は真っ直ぐ避難所に向かってるらしいんだよ!」
「何だって!?」

 冷静に対応するように窘める吾郎だが、続く言葉には流石の吾郎も驚愕する。直後に爆発音が響き渡る。近くで国防軍や警察が交戦を開始したようだ。続けて絹を引き裂くような悲鳴が避難所内から聞こえてくると、飛虎と吾郎は反射的に水道を離れて避難所へと向かう。

「誰か助けて!」
「は、離してくれ!」
「黙れ! 貴様らは生贄として連れて行く! インカの祭壇完成の暁に、大首領様へ捧げられるのだ! ありがたく思え!」
「そんな!? どうやって怪人が!?」

 避難所では獣人や赤ジューシャ、黒ジューシャが市民を捕えては大穴に市民を放り込んでいる。あの大穴を使って侵入してきたらしい。街のゲドンやガランダー帝国は囮だろう。吾郎と飛虎は呆然と立ち尽くしていたが、黒ジューシャが飛びかかえい、二人を無理矢理穴へと放り込む。そこでクモの糸に絡め取られた飛虎と吾郎は地面へ激突することだけは避ける。網から降ろされた二人は他の市民と共に獣人やレイピアに似た剣を持った赤ジューシャ、黒ジューシャに取り囲まれる。代表して赤ジューシャの一人が声を張り上げる。

「我々と一緒に来て貰う。抵抗しないのであれば命は保証してやろう。だがあくまで抵抗するのであれば、獣人の餌にしてくれる!」
「アホなこと言うんも大概にせい! 誰がお前らみたいな連中の好きにされるか!」

 赤ジューシャに反発した血気盛んな数名が吐き捨てるように言い、赤ジューシャに飛びかかって揉み合いの末に剣を奪う。その瞬間にゲドンのヘビ獣人やガランダー帝国のフクロウ獣人が男たちの前に立ち塞がる。

「抵抗するか、なら丁度いい。見せしめも兼ねて貴様ら全員食い殺してくれるわ!」
「やれるもんならやってみいや! 獣の出来損ないが!」

 先頭の男が果敢にもヘビ獣人に剣で突きかかるが、ヘビ獣人は長い尾を横に振るって剣を弾き飛ばす。そして男が怯んだ隙に口を開いて頭から丸呑みにする。男は必死にもがいて逃れようとするが、ヘビ獣人は嘲笑うように身体を締め上げる。やがて何かが砕ける音と断末魔の悲鳴がヘビ獣人の口の中から聞こえ、ヘビ獣人は抵抗しなくなった男を胃袋へと送り込む。続けてフクロウ獣人が別の男に飛びかかり、嘴で頭をめった刺しにした後に胴体を食いちぎっては飲み込む。他の獣人たちも男たちに次々と飛びかかり、肉片や血しぶきを飛ばしながら捕食していく。市民の間に悲鳴が流れ、気絶したり嘔吐したりする者がいるのを確認した赤ジューシャは声を張り上げる。

「これで分かっただろう。無駄な抵抗すれば貴様たちもこの愚か者同様、生きたまま獣人に貪り食われるのだ。分かったなら大人しく歩け! 従わなければ餌にするぞ!」

 誰一人として抵抗する気力などある筈もなかった。獣人たちが僅かな骨を残して男たちの捕食を完了したのを見届け、赤ジューシャが指示を出すと市民たちは大穴を歩かされるのであった。

**********

 鈴やアマゾンが神戸市に到着した時には一歩遅く、ゲドンやガランダー帝国は撤収を完了した後であった。国防軍や警察の話では瞬く間に撤退してしまったという話だ。不審に思った鈴とアマゾンだが、避難所の方に出向いていたビクトルとマサヒコ、SPIRITS第6分隊から連絡が入る。鈴とアマゾンは『ジャングラー』に乗って避難所へ向かう。
 避難所に到着すると敷地内には大きな穴が開いており、周辺をSPIRITS第6分隊が警戒している。鈴もアマゾンも避難所にいる筈の民間人が見当たらないことに気付く。アマゾンが穴の中に飛び込み、鈴が近くにいた隊員に質問しようとした時に避難所の建物内から出てきたビクトルとマサヒコ、キャプショーが鈴に声をかける。

「鈴さん、街の方は?」
「ゲドンもガランダー帝国も撤退しちゃったみたいです。それより、避難してきた人は?」
「それが、誰一人としていないんですよ。国防軍や警察からも話を聞いたんですが、ゲドンやガランダーが襲撃してくる直前までは人がいたらしいんです。調べてみた限りでは炊き出しが終わった少し後のようですし、荷物は残ってますので勝手に避難所から移動した可能性は低いでしょう。他の避難所にも照会してみましたが、こちらの避難所から移って来た人はいないと」
「まさか、ゲドンとガランダー帝国が!?」
「可能性は高いと思います。街に出現したゲドンやガランダー帝国のジューシャ達は囮で、本命は国防軍や警察の注意が囮に向いている隙に市民を拉致した、といったところでしょうね。穴はその為に掘り進めていたんでしょう。ところでアマゾンは?」
「それが、いきなり穴の中に飛び込んじゃって」

 鈴は深さ10メートルはあろう縦穴を覗きこむ。下は薄暗く底がどうなっているかは分からない。敵はいないらしい。鈴は一度『甲龍』を装着するとPICを使って降下を開始し、ハイパーセンサーに意識を集中させつつ穴の底に到達する。鈴の前に長い横穴が続いている。敵の反応は見当たらない。鈴が通信を入れて安全が確保されたことを教えると、キャプショーを始め数人の隊員がロープを使って穴の底まで降下し、ライトを照らして視界を確保する。鈴は『甲龍』の展開を解除するとしゃがみ込んで何かを見ているアマゾンへと歩み寄る。

「アマゾン、何してるの?」
「骨、見てた。これ全部、人間の骨」
「人間の骨って……!?」

 アマゾンの一言で、鈴は目の前に散乱している白いモノが人間の骨であると悟る。人間の頭がい骨らしき骨まである。鈴は恐る恐る骨を一本拾ってみる。何か鋭い牙でも突き立てられたかのような穴が空いている。

「アマゾン、この骨って、まさか……?」
「多分、ゲドンとガランダーの獣人に食べられた。この骨の噛み痕、ワニ獣人の牙で噛まれて出来た」
「じゃ、じゃあ捕まった人たちは、みんな食べられちゃったの!?」
「違う。食べられたのは少しだけ。残りはみんな連れて行かれた。ジューシャに獣人、それ以外の匂い、向こうからしてくる。それとリン、無理はするな。気持ち悪いなら休め」
「私は、まだ大丈夫。キャプショー分隊長、後はお願いできませんか?」
「分かりました。遺骨はこちらで回収しておきます」
「それじゃアマゾン、行こ? 早く捕まった人たちを助けないと。キャプショー分隊長、私とアマゾンで先に進んでみます。2人だけなら見つからないと思いますから」
「分かりました。アジト等が見つかったのならば『個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)』で連絡して下さい。こちらも用意しておきます」

 獣人が人間を捕食したことを考え、鈴もあまりの凄惨さに気分が悪くなる。同時にゲドンやガランダー帝国の残虐さに改めて怒りを燃やして持ち直す。アマゾンは静かに骨を見ているが、表情や雰囲気はゲドンやガランダー帝国への怒りで満ちている。そこで鈴はアマゾンを促して穴をたどることを決める。ジャングラーや『甲龍』を使えば目立つので、徒歩でいくしかない。鈴はキャプショーにその場を任せてアマゾンと共に慎重に進んでいく。時折アマゾンは匂いを嗅ぎ、地面に耳を押し当てて物音を聞いて巡回や待ち伏せがないか確かめているが、遭遇する気配はない。
 ふと鈴はアマゾンに気になったことを尋ねてみる。

「そう言えばアマゾン、アマゾンって本当は山本大介って名前の日本人なんでしょ? どうしてアマゾン河流域のジャングルで、バゴーって人の手で育てられたの?」
「オレの家族、オレが小さい頃、飛行機が落ちて死んだって聞いた。オレ、そこでバゴーに拾われた。バゴー、オレを育ててくれた。だから山本大介って名前、分からなかった」
「そうなんだ、育ての親だけじゃなくて、産みの親ももういないんだ……」
「大丈夫。バゴー、ギギの腕輪の中にいる。それにオレにはトモダチがいる。だからオレ、寂しくない」
「もう一つ気になっていたんだけど、バゴーって人がギギの腕輪にいるってどういうことなの?」
「バダンの時、インカの光封印したらバゴーが光から出てきた。それでバゴー、オレを一人にしないって言って、腕輪の中に入った。だからバゴー、いつでもオレと一緒」
「なんか全然シチュエーションが想像出来ないと言うか、意味がよく分からないんだけど……」
「分からなくていい。オレもあんまり良く分からない。けど、それでいい。大事なのは、バゴー、オレと一緒にいるって言ってくれたこと」

 アマゾンの説明を聞いてもちんぷんかんぷんな鈴だが、アマゾンも感覚的に理解しているだけらしく、鈴もこれ以上聞く気になれない。鈴はもう一つだけ質問する。

「アマゾン、やっぱりゲドンもガランダーも許せない?」
「ゲドン、バゴーだけじゃなくて、マサヒコとリツコの家族殺した。ガランダー、モグラ殺した。ゲドンもガランダーも沢山殺して、奪ってきた。だから、何回復活してきても、もうゲドンには殺させない。ガランダーには奪わせない」

 アマゾンは静かに、しかしいつもの能天気さを感じさせず鈴に答えてみせる。普段は呑気と言うかマイペースなアマゾンであるが、悪の組織を相手にするときは一切感じさせない。特にゲドンやガランダー帝国と戦っている時はそれが顕著だ。たまに怖いと思う鈴だが、ゲドンは育ての親の仇であり、ガランダー帝国は友の仇である。いつも通りに振る舞えと言われても無理だろう。だがいきなりアマゾンは鈴を抱えて飛び上がり、『コンドラー』からロープを射出して天井に突き刺して壁に張り付くようにぶら下がる。

「アマゾン、ちょっと……むぐっ!?」
「リン、静かにする。ジューシャが来る」

 アマゾンが鈴の口を右手で塞いで息を殺す。しばらくすると2人の黒ジューシャが奥の方から歩いて下を通り過ぎる。アマゾンは黒ジューシャが遠ざかったことを確認すると、地面に降り立って鈴を離した後にコンドラーを戻す。

「やっぱりアジトがあるみたいね。もう少し進んで、どんなアジトか確かめましょ?」

 鈴はアジトがあると確信すると慎重に進んでいく。30分ほど歩き進んでいくと広い空間が広がっている。咄嗟に物陰に隠れて様子を窺うと、多数の赤ジューシャと黒ジューシャが内部を巡回している。ゲドンとガランダー帝国のアジトらしい。鈴はプライベート・チャネルでキャプショーらSPIRITS第6分隊に通信を入れ、アジトの特徴を伝える。

「捕まった人たちがどこにいるか分からないわね。アマゾン、どうする?」
「ならオレ、囮になる。リンがその隙に捕まったヤツ探す」
「分かったわ。ならお願いね?」

 簡単な打ち合わせを済ませるとアマゾンは手近な黒ジューシャに猿のような動きで飛びかかり、地面に頭を打ち付ける。

「侵入者だ!」
「おのれアマゾン! ここを嗅ぎつけてきたか!」

 最初は何が起きているのか理解していなかったジューシャたちだが、侵入者がアマゾンと確認すると至る所から赤ジューシャや黒ジューシャが飛び出し、アマゾンを倒そうと挑みかかっていく。アマゾンは片っ端から蹴散らしながら赤ジューシャや黒ジューシャの注意を自らに引き寄せる。

「囮にしても、少し派手にやりすぎじゃない? あのジューシャ、まさか人質の所に?」

 アマゾンの陽動を見て溜息をつく鈴だが、一目散に走っていく赤ジューシャを見つけると追いかけるように走り出す。赤ジューシャは鈴に比べると速度は遅く、鈴は追い付くなり飛び蹴りを入れて赤ジューシャを蹴り飛ばす。奥から足音が複数聞こえてくると鈴は一計を案じ、IS学園制服を脱いでISスーツ姿になる。続けて赤ジューシャの服を奪って上に着込み、制服は量子化させて待機形態の『甲龍』に格納させる。赤ジューシャをダストシュートに入れた鈴は、奥からやってきた複数の黒ジューシャに何食わぬ顔で敬礼する。すると黒ジューシャが口を開く。

「侵入者は!?」
「向こうで暴れている! 気をつけろ、相手はアマゾンだ! 私は人質の様子を見てくるように命令された! 後は頼む!」
「分かった!」
「いや、待て!」

 黒ジューシャは鈴の言うことを鵜呑みにし、アマゾン迎撃に出ようとするが別の黒ジューシャがそれを止める。

「お前、本当にゲドンのジューシャなのか? その割には背も胸も小さいではないか」

 黒ジューシャが鈴が一番気にしている胸の小ささについて言及するとカチン、とくる。

「いや、胸が小さいジューシャがいてもおかしくないだろう」
「しかしこいつの胸は貧相過ぎるし、体格も小さ過ぎる」

 胸を貧相過ぎるとまで言われ、怒りのボルテージがどんどん上がっていく。

「そんなことより、アマゾンライダーの迎撃が先だ!」
「だから待て! こいつ、もしかするとアマゾンライダーの協力者かも知れないぞ。先遣隊の報告ではアマゾンライダーに協力しているのは、チビで胸が薄いガキだと聞いているからな」

 二度ならず三度までも言われたことで、鈴の堪忍袋の緒が切れる。鈴はニコニコと笑顔を浮かべながら拳を握る。

「誰が……」

 黒ジューシャが不審に思った瞬間、鈴の表情が一転して阿修羅の如き憤怒のそれになり、黒ジューシャが反応する間もなく腕を部分展開して殴りかかる。

「貧乳で! 貧相で! チビですって!?」

 鈴は怒りのままに黒ジューシャを殴り飛ばして沈黙させ、制服を着直すと怒りが収まらぬまま先へと進んでいく。しばらく進んで牢獄が見えてくると大急ぎで駆け込んで中を覗く。

「やられた!?」

 牢獄の中はもぬけの殻だ。壁に大きな横穴が空いている。ゲドンとガランダー帝国は市民を別の場所に移送したか、最悪獣人に食わせてしまったのかも知れない。焦りを覚える鈴だが、いきなり飛んできた毒針を床に転がって回避する。

「見つかった!?」
「隠れてきたつもりでも俺には通用せんぞ、チビガキが!」

 針を飛ばしてきたのはガランダー帝国のハチ獣人だ。鈴は咄嗟に『甲龍』を緊急展開するが、ハチ獣人は急降下して両手の針を突き出す。鈴は緊急展開が完了すると『双天牙月』を呼び出し、辛うじてハチ獣人の針を防いで鍔競り合いになる。すハチ獣人は口の針を突き刺そうとするが、鈴は首を振って針を回避し、肩の『龍咆』を展開して発射しようとする。ハチ獣人はギリギリで飛翔して距離を取り、尾部の針を飛ばしてくると鈴は龍咆で針を弾き飛ばす。ハチ獣人本体への追撃に入る。双天牙月を振るってハチ獣人とやり合いながら鈴は声を張り上げる。

「言いなさい! 捕まえた人たちはどこへ連れて行ったのよ!?」
「何をふざけたことを! 生贄を逃がしておいて何を言う!」
「そっちこそふざけんじゃないわよ! あんたらが捕まえた人たちをどっかに……!」
「そこのチビガキ! これを受けろ!」

 鈴がハチ獣人に反駁している途中、背後からゲドンのヤマアラシ獣人が身体を丸めて弾丸のように突っ込んでくる。鈴はスラスターを噴射して上昇に転じ、ヤマアラシ獣人の攻撃を回避する。続けて鈴は龍咆を展開してヤマアラシ獣人を砲撃するが、ヤマアラシ獣人は身体を丸めたまま再び体当たりを仕掛け、壁をバウンドするように鈴めがけて突進してくる。龍咆で撃ち落とすヤマアラシ獣人は身体を元に戻すが、その隙にハチ獣人が鈴に体当たりを仕掛ける。鈴を組み伏せて馬乗りになると両手の針で突いてくる。咄嗟に両手で掴み止めて防ぐ鈴だが、ハチ獣人が力を込めてくると徐々に針が胴体に近付いていく。鈴の額に汗が浮かび始めると、ハチ獣人は勝利を確信したのか鈴を嘲るように話し始める。

「フン、クソガキが。人間の分際で調子に乗りおって。だがどれだけ粋がっても貴様の命はここまでだ! アマゾンも助けにはこない。俺が口の針を使えば貴様は死ぬ。万事休すだな!」
「くっ、まだまだ……!」
「無駄だ! そんなへなちょこで俺の針は防げんぞ! それと死ぬ前に一ついいことを教えてやろう。貴様が浴びた俺の返り血には俺以外には感知できない特殊なフェロモンが含まれているのだ。だから貴様が侵入してきたことなど、俺には最初からお見通しだったということだ。では、あの時の借りを返してやる! 死ね!」

 ハチ獣人は口の針で鈴を突き刺そうと首を後ろに曲げる。

「チュチューン!」

 しかしネズミのような鳴き声が聞こえてくると、何かがハチ獣人に体当たりを仕掛けてハチ獣人を弾き飛ばす。乱入者は続鈴を助け起こして獣人の前に立つ。

「大丈夫か? 走れるならさっさと逃げろ!」
「あ、ありがとう……!?」

 ピンチを救ってくれた乱入者に思わず礼を述べる鈴だが、その姿を驚愕のあまり硬直する。
 鈴を助けてくれたのは人型ではあったが、人間の姿をしていなかった。一言で言えばゲドンやガランダー帝国と同じ獣人だ。モグラを思わせる外見につぶらな瞳、鼻の先端はまるで何かの花弁のように開いていて、他の獣人に比べて愛嬌がある。むしろ可愛いとも言える。その獣人を見たヤマアラシ獣人は全身の針を怒りで逆立てながら吠えたぎる。

「やはり裏切りおったか! 一度ならず二度死んで、またアマゾンライダーに与するか!」
「当たり前だ! 甦らせた後に散々痛めつけて。こき使うゲドンやガランダーに誰が味方するかってんだ! それに俺も一端の獣人、本当の仲間を裏切る程落ちぶれちゃいない! そういう訳だからお嬢さん、俺はこいつらと敵同士なんだ。ここは俺が引き受けるから、早くあの穴を通って逃げるんだ。あの穴はちゃんと地上に通じてるから安心していい」
「黙れモグラ獣人! ならばゲドンの裏切り者から始末してくれるわ!」
「モグラ……獣人!?」

 鈴は目の前に立っている愛嬌がある獣人こそ、かつてアマゾンに協力していたモグラ獣人であると知り、思わずその顔を凝視するのであった。

**********

 時間を巻き戻す。
 獣人たちがアジトに戻って来た少し後。穴を掘らされていたモグラ獣人は見張りの赤ジューシャに追い立てられ、最深部にある牢獄に入れられる。

「やいやいやい! ここから出せ! 折角言う通りに働いてやったのに、どうして俺が牢屋行きなんだ!?」
「黙れ! 汚らわしい裏切り者が! 貴様には牢屋で十分だ! 本来ならば八つ裂きにしても足らぬ罪を犯した貴様を、十面鬼様が特別な温情で生かしてやったのだ。無事に生きているだけ有り難いと思え!」
「何が温情だ! 目が覚めるなり火責めの拷問に掛けておいて、感謝しろってのか!?」
「やかましい! 大人しくしていないとまた問にかけるぞ! 次に働く時がくるまで大人しくしていろ!」

 赤ジューシャがそれだけ吐き捨て、文句を言い続けるモグラ獣人を無視して歩き去っていく。赤ジューシャに一しきり文句と罵倒を浴びせたモグラ獣人であったが、溜息をつく。

「くそう、せめてアマゾンやマサヒコに会えたらなあ……」

 モグラ獣人はかつての盟友二人を思い浮かべる。
 モグラ獣人もゲドンに生み出された獣人だ。当初は十面鬼ゴルゴスの命令を受けてギギの腕輪を奪うべくマサヒコを人質にし、アマゾンに挑むものの敵わずに逃げ帰ることを余儀なくされた。配下の失敗を許さない十面鬼ゴルゴスは激怒してモグラ獣人を処刑すべく、モグラ獣人を日干しにしようした。しかし通りかかったアマゾンにより助けられ、傷の手当てまでされてしまった。結局不本意ながらアマゾンに協力してしまったことからなし崩し的にアマゾンの協力者となってしまった。当初はゲドンに帰ることも考えたが、アマゾンやマサヒコと交流を深めていく内に友情に目覚め、本心からアマゾンに協力するようになった。
 だからガランダー帝国のキノコ獣人に猛毒のカビを植え付けられ、自らが死ぬと悟った時も後悔など微塵も感じなかった。怖くなかったと言えば嘘になるが、マサヒコやアマゾン、大勢の人を助けられると考えれば、自らの命など惜しくはなかった。それだけに目が覚めた時、十面鬼ゴルゴスと赤ジューシャ、獣人がいたのを見た時には何事かと思ったものだ。
 モグラ獣人は『大首領』という存在によって復活したこと、大首領の力によりモグラ獣人や獣人ヘビトンボも再生させられたことを聞かされた。当然、モグラ獣人を許す気など十面鬼ゴルゴスにはなく、モグラ獣人もゲドンに忠誠を誓う気はなかった。モグラ獣人は火責めの拷問に掛けられ、獣人ヘビトンボも裏切った時の成虫に成長させられた上で制裁を受け、制裁後も出撃を許されないという有様であった。
 モグラ獣人は苛烈な拷問にも屈せずに頑張っていたが、ゼロ大帝がある作戦に協力するなら自由の身にしてやる、と持ちかけてきた。当初は断固として拒否していたモグラ獣人だが、ゼロ大帝があまりにしつこく要請してきたことから裏で何かを企んでいると本能的に理解した。そこでゼロ大帝の思惑を突き止めた上でアマゾンに伝えようと決意して最終的には要請を呑んだ。それからというもの、モグラ獣人は毎日目隠しされた状態で移送され、指示された方角にトンネルを掘らされ続けた。しばらく掘り進めてトンネルの拡張が終わると別のアジトへという作業を繰り返していた。
 今回は避難所の真下に通じるトンネルを掘らされていたらしく、拡張工事がいつもより長引いた。焦るモグラ獣人だが、すぐに思い直す。

「ゲドンめ、俺がモグラの獣人だってのを忘れてるのか? たとえ分厚い岩盤だって、俺の手にかかれば……!」

 モグラ獣人は周囲に監視の目が無いことを確認すると、地面に爪を突き立てて穴を掘り始める。地面に穴があいて瞬く間に地面の下に身体が隠れるほどの深さになる。元々モグラを素体としている上、改造手術により能力は強化されている。モグラ獣人本人には覚えのない記憶だが、『阿蘇山』を噴火させるために分厚い岩盤をぶち抜いたこともある。アジトの地面を掘るなどモグラ獣人には朝飯前だ。一度深く下にもぐったモグラ獣人は、続けて横穴をある程度掘った後に一度場所を確認すべく上に向かって掘り始める。地表に近付くと息を殺して耳を澄ませる。
 視力はあまり良くないが聴覚や触覚、嗅覚は抜群だ。赤ジューシャや黒ジューシャが付近にいないことも、多数の人間が真上に閉じ込められていることも、啜り泣いている者がいることもモグラ獣人にはよく分かった。最初は脱出路確保を優先しようとしたモグラ獣人だが、泣き声が収まる気配がないと放ってはおけず、意を決して掘り進めて地面から顔を出す。
 モグラ獣人が穴を開けて顔を出すと、避難所から連行されてきた市民が牢獄に押し込められていた。中には女性や子供も少なからずおり、泣いているのは子供が大半だ。モグラ獣人の胸が痛む。こうなったのも自分のせいだ。同時になんとしても助けようと決意して身体を穴から出す。案の定人間たちは悲鳴を上げ、男たちが前に出て女子供だけでも守ろうとする。無駄かも知れないと頭では理解しつつ、モグラ獣人はまず落ち着かせようとする。

「まあ落ち着けって。そんなに騒いだんじゃジューシャ共が騒ぎを聞きつけて集まってきちまうよ」
「黙れ化け物! いきなり出てきて、約束を反故にして俺たちを食う気で来たんだろ!?」
「いや、そうじゃない。実は俺もゲドンに捕まって酷い目に遭わされてて、逃げようとしてたところなんだよ」
「そんな嘘に騙されるか! 早く俺たちをここから出せ!」
「そうだそうだ! 俺たちが一体何をしたってんだ!?」
「殺すならひと思いに殺せ! あんな風に生きたまま食い殺されるくらいなら、一発で楽になった方がマシだ!」
「いや、だからあんたらを出そうと思って顔を出してきたんだよ。せめて声は落としてくれないと……」
「アホなこと言うな! そんなんに誰が騙されるか!」
「いや待て! みんな、こいつ滅茶苦茶弱いんじゃないか? ほら、じょうろみたいで間抜けそうな顔してるし、本当は馬鹿みたいにヘボいから、騙し打ちでしか人間を食えないんじゃ……」
「ちょっと待った! 俺が弱そうだと!? アマゾンライダーと一緒にゲドンやガランダーと戦ってきた俺が弱そうとは、大した度胸じゃないか! 痩せても枯れても俺だって獣人だ! 見くびって貰っちゃ困る!」

 流石に我慢できずキレたモグラ獣人は猛然と反駁し始める。すると男の一人が前に出て、モグラ獣人の前に立つ。

「ちょっと待ってくれ、みんな。お前、アマゾンライダーと一緒に戦ってきたって言ってたよな? まさかお前、仮面ライダーアマゾンを知ってるのか?」
「知ってるも何も、俺のトモダチだよ。お前さんこそアマゾンを知ってるのか?」
「ああ。だから一つ聞きたい事がある。このサインが何を意味しているか知ってるか?」

 男は両手の指を組み合わせてサインを作って見せる。モグラ獣人にとっては懐かしく、そして大切なサインだ。モグラ獣人もまた両手の指を組み合わせ、サインを作って答える。

「どんだけ生まれ変わっても忘れはしないさ。こいつは俺とアマゾン、マサヒコにとって大事な『トモダチ』のサインなんだから。もしかしてあんた、アマゾンの友達なのか? だったらなおさらここから出さなくちゃなあ。頼むよ、あんたがアマゾンのトモダチ、いや知り合いでもいい。ここはアマゾンを信じるつもりで、俺も信じてくれないか? それが無理なら、せめて俺を信じてるアマゾンを信じてくれ。頼むよ、俺はどんだけ疑われてもいい。けどアマゾンとマサヒコだけは……」

 モグラ獣人が最早哀願するような口調で頼むと男はしばし考え込んだ後、口を開く。

「……分かった。今はお前を信じるよ」
「中島さん!?」
「いいから聞いてくれ、みんな。この怪人は経緯は知らないけど、仮面ライダーの味方だった怪人なんだ。だから俺は一回くらい信じてみたい。どの道生贄にされるか怪人に食い殺される運命なんだ、せめて仮面ライダーの友達を信じて死んでやりたいんだ」
「で、でも……!」
「このままだと俺たちは確実に死ぬ。だから僅かな可能性にでも賭けなきゃなんない。まず俺一人でこいつが嘘をついているかどうか確かめてくる。戻ってこなかったらこいつの言ったことは嘘だと思ってくれ。じゃあ、頼むよ」
「ちょっと待ってろよ。少し穴を作るから」

 中島という男が自分を信じると決めるや、モグラ獣人は再び穴に潜って今度は地上を目指して掘り進む。しばらく掘って地表に出てジューシャや獣人がいないことを確認する。出たのは街中の公園のようだ。続けてモグラ獣人は元来た道を戻り、今度は穴を拡張しつつも人間でも登れるように極力緩やかな勾配の穴を掘っていく。行きよりずっと時間がかかり、コースも途中でズレてくるが最終的に牢獄の土壁を大きくぶち抜いて到達する。モグラ獣人は中島を連れて地表へと向かう。中島はモグラ獣人の誘導を受けながら慎重に穴を進んで地表まで出る。中島はしばらく周囲を見渡して待ち伏せがないか確かめる。

「お前が言っていたことは本当らしいな。じゃあ、戻ろう」

 中島は約束通りモグラ獣人とともに牢獄へ戻る。それから中島とモグラ獣人の誘導で残る市民の避難が開始される。途中で渋る市民もいたが中島や賛同する者の説得を受けて地表へ出ていく。最後に中島とモグラ獣人が出てくると市民に安堵の表情が広がる。

「あんたらは早く逃げるんだ。俺はちょっと落とし前をつけてくるよ」

 モグラ獣人は再び牢獄へと戻る。すると鈴がハチ獣人とヤマアラシ獣人に襲われているのを発見する。モグラ獣人が咄嗟に助けに入って現在に至る。

「この裏切り者が! 小娘の前で格好をつけても無駄だ! ここで小娘共々始末してくれる!」
「舐めるなよ! 俺だって獣人の端くれだ! 簡単には負けてやるものか!」

 ヤマアラシ獣人は鈴を無視してモグラ獣人を始末しようと飛びかかるが、モグラ獣人はあっさり横に回避する。続けて残像が出来るほどの高速移動でヤマアラシ獣人の周囲を回り始め、スピードについていけないヤマアラシ獣人を翻弄する。ヤマアラシ獣人が痺れを切らせて身体を丸め、体当たりを仕掛けてくるがモグラ獣人には当たらない。逆に運悪く軌道上にいたハチ獣人と衝突してまとめて地面に転がる。その隙にモグラ獣人は踏み込み、爪の一撃をヤマアラシ獣人とハチ獣人に浴びせる。二体が反撃しようとすると再び高速移動で離脱して縦横無尽に走り回る。ヒットアンドアウェイを繰り返し、体力を削ろうというのがモグラ獣人の考えだ。
 しかしモグラ獣人の爪は殺傷用に出来ていないためか大したダメージは与えられていない。ハチ獣人が尾部の針を飛ばしてモグラ獣人を追尾させると回避に集中せざるを得ず、攻撃出来なくなる。その隙にヤマアラシ獣人は身体を丸め、ハチ獣人は両手の針を構えてモグラ獣人めがけて突進する。

「死ね! 裏切り者め!」
「やらせる訳にはいかないのよ!」

 だが鈴が肩部龍咆でまずヤマアラシ獣人を吹き飛ばし、続けて双天牙月を連結させてハチ獣人に投げつける。ハチ獣人の動きを止めるとスラスターを最大出力で噴射して突撃し、ハチ獣人にショルダーチャージをかけて地面に叩き落とす。最後に鈴はブーメランのように手元に戻ってきた双天牙月を分解して両手に持ち直し、モグラ獣人の前に立つ。

「お嬢さん、なんか知らないが強いなあ。そのヘンテコな鎧のお陰かい?」
「ヘンテコって……まあ、それでいいわ。あんたには色々聞きたいことがあるんだけど、話は後よ。まずはこいつらを片付けるわよ!」
「貧相なチビガキが! 返り討ちにしてくれる!」
「誰が貧乳よ! タダで済むと思わないでよ!」

 相変わらず気にしていることを言われてキレる鈴だが、ヤマアラシ獣人が丸のように突っ込んでくる。冷静に横にスライドするように回避する鈴であったが、ヤマアラシ獣人が壁で跳ね返る前に右腕を前に突き出す。

「このボルテック・チェーンなら!」

 すると右腕部衝撃砲が量子化され、代わりに先端に鉤爪のついたチェーンが射出されてヤマアラシ獣人に巻き付いて絡め取る。直後にチェーンから高圧電流が流し込まれると、ヤマアラシ獣人も耐えかねて身体を元に戻す。専用機持ちタッグマッチの際に要求していた高電圧縛鎖『ボルテック・チェーン』だ。腕部衝撃砲から換装することで使用可能となった新たな武装だ。鈴はヤマアラシ獣人を絡め取ったまま、何度も地面に叩きつけてヤマアラシ獣人を弱らせる。ボルテック・チェーンを格納すると双天牙月を手に持って瞬時加速を発動させて突撃し、すれ違い様にヤマアラシ獣人の首へ斬撃を浴びせる。ヤマアラシ獣人の首から大量の血が噴出するのを見た鈴は、トドメとばかりに肩部龍咆を叩き込んでヤマアラシ獣人に直撃させる。限界を迎えたヤマアラシ獣人は斃れて死体が液化する。
 続けて鈴はハチ獣人に左腕部衝撃砲を叩き込んで怯ませ、連結させた双天牙月を毒針に投げつけて叩き落とす。駄目押しとばかりに手元に戻ってきた双天牙月を針に振り下ろして叩き折る。ハチ獣人は標的を鈴に変えて襲いかかってくるが、鈴は慌てずに龍咆を発射してハチ獣人を返り討ちにし、今度は左腕をボルテック・チェーンに換装してハチ獣人めがけて射出する。すると先端の鉤爪がハチ獣人の腹を貫いて高圧電流が流し込まれる。ハチ獣人は内側からの電気責めに悶絶していたが、鈴は高圧電流を流し込みながらボルテック・チェーンを引き寄せる。そして手の届く距離まで接近するとボルテック・チェーンを格納し、左腕部衝撃砲を押し当てる。

「あんたたちに食い殺された人たちは、これよりずっと苦しかった筈よ」

 鈴はハチ獣人に冷たく言い放った直後に左腕部衝撃砲を躊躇いなく発射する。放たれた衝撃波が大きな穴をハチ獣人の胴体に開け、ハチ獣人は地面に叩き落とされた後で煙のように消え去る。鈴は静かに地面に降り立つとモグラ獣人の前に立ち、『甲龍』を待機形態に戻す。

「助けてくれてありがとう。それといくつか質問があるんだけど、あんたはゲドンのモグラ獣人で合ってる?」
「もうゲドンじゃないけど、俺は確かにモグラ獣人だ。けどなんで俺のことを知ってるんだ?」
「それは追々説明するわ。次に、このサイン、分かる?」

 鈴は指を組み合わせ、アマゾンから教わった『トモダチ』のサインを作って見せる。するとモグラ獣人の様子が変わり、かぶりつくように鈴に顔を近付ける。

「もしかして、お嬢さんもアマゾンのトモダチなのか!? アマゾンは今どこで、何をしているんだ!? ゲドンやガランダーと戦いに来てるんだろう!? マサヒコとりつ子は!? 二人は元気なのか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! こっちが話せないわよ。順番に答えるけど。私もあんたやマサヒコさんと同じで、アマゾンの『トモダチ』で凰鈴音よ。話はアマゾンやマサヒコさんから聞いてるわ。今はアマゾンと一緒にゲドンやガランダー帝国と戦ってるの。アマゾンならもうこのアジトに侵入してるわ。りつ子さんって人は分からないけど、マサヒコさんも一緒よ」
「そうか、良かった……なら鈴音、アマゾンを助けに行こう。一人じゃ大変だ」
「勿論そのつもりよ。ついてきて!」

 鈴はモグラ獣人と共にアマゾンの救援に向かう。
 その頃、縦横無尽にアジトを駆け回って暴れていたアマゾンは黒ジューシャと赤ジューシャを全滅させ、獣人の相手をしていた。ワニ獣人が噛み砕こうとすればアマゾンが首筋に噛みつき、ヘビ獣人が尾を振るえばアマゾンが跳躍して尾を回避する。空中から襲いかかろうとするフクロウ獣人を捕まえ、地面に落して掌底の連打を浴びせる。ガマ獣人が舌を伸ばしてアマゾンの首を締め上げて攻撃を中断させるとフクロウ獣人はその場を離脱する。アマゾンはもがいてガマ獣人の舌を掴むと思い切り噛みつき、ガマ獣人を悶絶させて拘束から逃れる。入れ替わるようにフクロウ獣人が爪で挑みかかり、ワニ獣人が噛みついてくるとアマゾンは地面を転がって回避する。そして起き上がろうとするのに合わせ、ヘビ獣人がアマゾンを丸呑みにしようと口を開ける。

「ここで食い殺してやる! 死ね!」

 ヘビ獣人は躍りかかってアマゾンを飲み込もうとするが、何者かに尾を引っ張られたことで床に叩きつけられ、その隙にアマゾンは離脱する。続けて部分展開した鈴がガマ獣人を殴り飛ばしてアマゾンの横に立つ。

「アマゾン、こっちは済ませてきたわ。後はこいつらを片付けるだけ」
「リン、ありがとう」
「お礼なら私じゃなくてこっちに言いなさい。結局私は何も出来なかったから」

 鈴は乱入者を示す。するとアマゾンはその乱入者の下へと一目散に駈け出して口を開く。

「お前、モグラか!? オレのこと、分かるか!?」
「当たり前だろ、アマゾン。お前やマサヒコ、りつ子のことはよく覚えてるさ。だって俺たち、トモダチだろ?」

 乱入者ことモグラ獣人が『トモダチ』のサインを作って見せると、アマゾンは嬉しさのあまりモグラ獣人に飛びつく。そんな天真爛漫なアマゾンの姿を鈴は微笑ましく思いながら見ていたが、空気を読まずに怒りの声を上げる獣人たちを見て舌打ちする。

「アマゾン、喜ぶのは後で! まずはこいつらを!」
「俺も助太刀するぞ! 死なない範囲で」
「ああ! リン、守るぞ!」

 さり気なく弱気な発言をするモグラ獣人に内心少し呆れる鈴だが、短いながらも決意の籠ったアマゾンの一言を聞くと改めて闘志を燃やす。鈴が右手の腕輪に手を掛けるとアマゾンもまた腕をもがくように動かして咆哮する。

「行くわよ、『甲龍』!」
「アァァマァァゾォォン!」

 鈴の身体を装甲が包み込んで『甲龍』の装着が完了し、アマゾンの身体を光が包み込んで変身が完了する。ワニ獣人が牙を剥ぎ出しにして襲いかかるが、鈴は双天牙月を両手に持つ。仮面ライダーアマゾンは両手の『アームカッター』に力を込めてワニ獣人に斬撃を浴びせる。仮面ライダーアマゾンが水平チョップや回し蹴りを連続して叩き込み、貫手で胴体を数回突いてワニ獣人を怯ませる。最後に上段回し蹴りを数回連続で顎に叩き込んでワニ獣人をグロッキーにすると、鈴が肩部龍咆を発射してワニ獣人を吹き飛ばす。仮面ライダーアマゾンは力強く大地を蹴ってワニ獣人へと突進し、鈴は双天牙月を連結させて右手に持つ。双天牙月をバトンのように振り回しながら瞬時加速を使ってワニ獣人へと向かっていく。

「ダブル大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンは右手のアームカッターで、鈴は連結させた双天牙月で渾身の斬撃を放つ。するとワニ獣人は首を斬り落とされた挙げ句に胴体も両断される。続けて仮面ライダーアマゾンはガマ獣人に、鈴はフクロウ獣人へとそれぞれ挑みかかる。
 仮面ライダーアマゾンはガマ獣人が伸ばしてくる舌を回避し、毒ガスを吐いてくるや地面を蹴って跳躍する。そのままアジトの壁を蹴って飛び回り、ガマ獣人の毒ガスを回避し続ける。痺れを切らしたガマ獣人は頭を取り外し、仮面ライダーアマゾンめがけて飛ばす。本体も跳躍して仮面ライダーアマゾンに追いすがろうとする。仮面ライダーアマゾンはガマ獣人の舌にノコギリに変形させたコンドラーを突き立てて怯ませる。
 続けてコンドラーをロープに変形させ、ガマ獣人の頭をロープで絡め取って本体めがけて叩きつける。コンドラーを元に戻すと咆哮を上げながらガマ獣人へ飛びかかって馬乗りになり、噛みつき攻撃『ジャガーショック』と引っ掻き攻撃『モンキーアタック』を繰り返す。その苛烈な攻撃によってガマ獣人の身体の至る所に噛み傷と引っかき傷が出来て血だらけになる。諦めずに毒ガスを吐くガマ獣人であったが、仮面ライダーアマゾンは一度跳躍して毒ガスを避ける。即座に天井を蹴って反転するとガマ獣人に足を向けて飛び蹴りを放つ。

「アマゾンキック!」

 仮面ライダーアマゾンの渾身の飛び蹴りがガマ獣人の胴体に突き刺さる。ガマ獣人は大量の血反吐を吐きだした後に動かなくなり、やがて身体が液化して跡形もなく消滅する。
 フクロウ獣人と対峙していた鈴は、フクロウ獣人が振るってくる両手の爪を双天牙月で防ぐ。時に爪や嘴を受け流して体勢を崩し、斬撃を浴びせるなど積極的に反撃してフクロウ獣人に主導権を渡さない。

「おのれ! これならどうだ! フクロウの術!」
「何!?」

 フクロウ獣人は自らの羽根を周囲一帯にばら撒いて鈴を幻惑し、一種の催眠により鈴の目が見えなくなる暗示をかける。鈴は突如として視界を失くして混乱し、攻撃を中断せざるを得なくなる。フクロウ獣人は音もなく鈴に接近し、爪の一撃を入れる。対応出来ずに鈴が双天牙月を闇雲に振り回すのを嘲笑うようにフクロウ獣人は飛び回り、爪の一撃を入れて鈴のシールドエネルギーを削っていく。ヘビ獣人と戦っていた仮面ライダーアマゾンは、鈴がフクロウの術にかかっていると直感的に理解して声を張り上げる。

「リン! 目に頼るな! 見えないなら、目じゃないとこ使え!」
「目じゃない……そうか!」

 最初は仮面ライダーアマゾンが何を言わんとしているか理解できなかった鈴だが、目を閉じて意識をハイパーセンサーに集中させる。

「馬鹿め! そんなことをしてどうにかなる術ではないぞ!」
「そうとも限らないわよ!」

 フクロウ獣人は嘲笑しながら鈴の背後から迫ってくる。しかし鈴は最初から見えているかのように最低限の動きで回避し、皮一枚のところでフクロウ獣人の爪は虚しく空を切る。続けて鈴は双天牙月でフクロウ獣人の身体に斬撃を見舞ってその身体に傷をつける。フクロウ獣人は怒り狂って嘴で突こうとするが顔面に正拳突きが入って殴り飛ばされる。

(なるほどね。ハイパーセンサーを使えば目を使わなくても、相手を『見る』ことは出来る。多分アマゾンが言いたかったのは違うんだろうけど)

 アドバイスがある意味適切であったことに感心しつつ、鈴は目を閉じたままハイパーセンサーでフクロウ獣人を捉えて攻撃の手を休めずに攻め立てる。フクロウ獣人がまた鈴を催眠にかけようとするが、ハイパーセンサーというワンクッションがあっては暗示がかけられないのか鈴がフクロウ獣人を見失う気配はない。逆に鈴は肩部龍咆を展開してフクロウ獣人に最大出力の龍咆を放って壁に叩きつけ、グロッキーになったフクロウ獣人に突撃する。渾身の力で連結させた双天牙月を頭に振り下ろすと、フクロウ獣人は頭から血を噴き出して斃れて間もなく死体が液化する。
 残るヘビ獣人は仮面ライダーアマゾンの連続チョップに左右の掌底の連打、上下段の回し蹴りのコンビネーションを受けて押し込まれる。それでも口を大きく開けて仮面ライダーアマゾンに噛みつこうとする。しかしモグラ獣人が横から体当たりしてくると、怒り狂ったヘビ獣人は長い身体を巻きつけてモグラ獣人を絞め殺そうとする。

「そんなこと、させないんだから!」

 しかし鈴が双天牙月を構えてヘビ獣人めがけて急降下し、双天牙月を振り下ろしてヘビ獣人の尾を断ち切る。ヘビ獣人が悶絶している隙にモグラ獣人は拘束から逃れ、仮面ライダーアマゾンが入れ替わるように踏み込む。間合いに入ると回し蹴りを放ちながら右足の『レッグカッター』でヘビ獣人の首へと斬撃を放つ。

「大切断ッ!」

 レッグカッターが回し蹴りの勢いを乗せて振り抜かれると、ヘビ獣人の首が見事に斬り飛ばされて地面に落ちる。死体が溶けて消えるのを確認した仮面ライダーアマゾンと鈴だが、直後に爆発音と重い衝撃がアジト内で響き渡る。アジトを自爆させて放棄する肚積もりのようだ。

「まずいぞ! アマゾン、鈴音、ついてきてくれ!」

 モグラ獣人は仮面ライダーアマゾンと鈴を誘導して穴へと駈け出し、先頭に立って走り始める。仮面ライダーアマゾンが最後に横穴を通っている最中、一際大きな爆発が起こる。一歩遅ければ巻き込まれていたであろう。鈴も仮面ライダーアマゾンも足を止めずに走り抜け、地上の光が見えてくる。やがてモグラ獣人を先頭に鈴と仮面ライダーアマゾンも無事に地上に出る。地上では連絡を受けたSPIRITS第6分隊が市民からの通報を受けて市民の保護や手当をしつつ周囲を警戒していた。仮面ライダーアマゾンと鈴が穴から出てきてSPIRITS第6分隊と合流すると、マサヒコとビクトルが顔を出す。

「良かった、二人とも無事で」
「アマゾンが一緒でしたから。それより……」
「マサヒコ! ビクトル! 一緒に来る!」
「え? ちょっと! アマゾン!?」

 変身を解除したアマゾンと『甲龍』を待機形態に戻した鈴をねぎらうマサヒコだが、鈴が何かを言う前にアマゾンがマサヒコとビクトルの手を掴んで歩き出す。訳が分からないとでもいいたげなマサヒコとビクトルであったが、アマゾンに連れられた先にいた『何か』を見るとマサヒコとビクトルの身体が硬直する。しばらく黙って何かと対峙していたマサヒコだが、やがて恐る恐る口を開く。

「なあ、もしかしてお前、モグラなのか……?」
「それ以外の何だってんだよ、マサヒコ。それにしても大きくなったなあ。あの時はこんなに小さかったのによ」
「じゃ、じゃあお前は、本当に俺が知ってるモグラなのか!?」
「だからそうだって。俺もアマゾンもマサヒコも『トモダチ』だろ?」

 モグラ獣人が『トモダチ』のサインを作って見せると、マサヒコはモグラ獣人に飛びつく。

「本当に……本当にモグラなんだな……」
「マサヒコ、せめて泣くなら泣く、笑うなら笑うでどっちかにしてくれよ。俺もどうしたらいいか困っちまうよ」

 嬉しさのあまり泣き笑いの表情をするマサヒコに、モグラ獣人は困ったような顔をする。

「驚いたな……今度の個体はバダンの時と違って、生前の記憶があるのか。となると、僕のことを覚えている訳ないか」
「なあ、お前、もしかしてビクトル・ハーリンって名前じゃないか?」
「どうして僕の名前を!?」
「いやよ、身に覚えはないんだけど、お前ともトモダチになった記憶があるんだよ。もしかして違うか?」
「奇跡だ……バダンによる再生時の記憶すらあるなんて。いや、君の記憶で合ってるよ。僕はバダンによって再生された君とトモダチになったんだ」
「なんか今一よく分からないけど、一度トモダチになったんなら、何回生まれ変わってもトモダチだ。これからもよろしくな?」
「まあ、そう簡単には行かないだろうけどね、君の場合」
「ビクトル、いきなり何を言い出すんだよ!?」
「マサヒコ、考えてもみてくれ。僕や君、それにアマゾンはモグラのことはよく知っている。だからモグラが味方だって疑う余地はないけど、他の人たちはそうじゃない。鈴さんはともかく、SPIRITSや一般市民からしたらゲドンやガランダー帝国の獣人と何ら変わらないんだから」
「でもそれは……!」
「いいんだ、マサヒコ。俺も獣人なんだ。それくらい、とっくに覚悟してるさ」
「それにオレ、モグラとトモダチ。だから、モグラと一緒にいる。それだけでいい」
「あとビクトルさん、案外大丈夫かも知れませんよ? 捕まった人達を助けてくれたお陰でだいぶ印象が変わったみたいですし」

 ビクトルが懸念を口にするとアマゾンと鈴がそれを打ち消すように答える。マサヒコが周囲を見渡すとモグラ獣人を敵視する視線は見当たらない。それどころか救助された市民を代表して中島吾郎がモグラ獣人の前にやってくる。

「あ、いたいた。お前にどうしてもお礼を言いたくてさ。ありがとう、俺たちを助けてくれて。見た目だけで疑ったりして悪かったな」
「なに、気にしちゃいないさ。そうだ、聞きそびれちまったんだが、アマゾンとは一体どんな関係だったんだ?」
「クライシス帝国との戦いに巻き込まれた時に知り合ったんだ。アマゾンライダー、茂君とひとみちゃんは元気かい?」
「うん、シゲルもヒトミも、今はコウタロウと一緒に、ゴルゴムとクライシスと戦ってる」
「そうかい、あの二人がそんなアグレッシブに育つとはなあ」
「中島さん、丁度良かった。少し話があるんです」
「えっ!?」

 吾郎がアマゾンの話を感慨深げに聞いていると、背後から別の男が声をかけてくる。無意識の内に視線を向ける鈴だが男の顔を見ると驚愕のあまり絶句する。男も鈴の顔を見ると驚愕してその場に立ち尽くす。アマゾンと吾郎がそれぞれ尋ねる。

「リン、知り合いか?」
「凰さん、知り合いですか?」
「凰って……鈴さん、まさかこの人は!?」
「……はい。父さん、です」
「鈴音、どうしてお前がここに……?」

 マサヒコが男と鈴の関係を悟ると、鈴は男が父親の凰飛虎であると認めるのであった。



[32627] 第五十二話 真情
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:44
 鈴はただ困惑していた。マサヒコとビクトルがモグラ獣人との再会を喜んでいるのを見た直後、離婚以来顔を合わせていない父親と再会してしまったのだ。鈴は頭が混乱してどうすればいいのか分からない。どちらも一言だけ言葉を絞り出した後は、沈黙を保っている。まず何を言うべきなのだろうか。やはり素直に喜ぶべきなのであろうか。続く言葉や対処に悩む鈴だが、飛虎も同様であったようだ。見かねた吾郎がとうとう口を出す。

「まあまあ、二人とも言いたいことはあるんだろうけど、折角の親子の再会なんだ。もっと和やかにというか、その、もう少し素直に喜んでもいいんじゃないか?」

 しかし鈴も飛虎も一向に口を開こうとしない。どちらも最初に何を言うべきか悩んでいる。鈴の親権は母親が持っているので、偶然かつ不可抗力に近いとはいえ、母親から許可を得ずに飛虎と会うのは問題だ。結局吾郎も口出し出来ずに重苦しい雰囲気が漂う。アマゾンが何かを言おうとするが、飛虎が先に口を開く。

「久しぶりだな、鈴音。元気だったか?」
「え、うん……」
「実家の親父から聞いたよ。本国に戻った後、中国の国家代表候補生になったんだってな」
「……うん」
「だが、中国の代表候補生のお前がどうして日本に? 宣戦布告があったのなら、本国に召還されてもおかしくなかっただろう?」
「私はSPIRITSに参加するよう、命令されたから」
「しかし相手は怪人、お前みたいな子供を無理矢理戦わせることなんてしない筈だ」
「私もそうしたかったから。命令されはしたけど、ここにいるのは私の意志よ」
「鈴音、自分がどんなことをしているのか分かっているのか? 相手は怪人、ISを使っても勝てるか分からない敵と戦っているんだぞ? 今はまだ大丈夫かもしれないが、これからどうなるか分からない。最悪怪人にやられて死んでしまう可能性だってあるんだ。悪いことは言わない、今すぐSPIRITSなんか止めるんだ。そうしないと、後悔することになるぞ?」
「分かってるよ、そんなことは覚悟の上で参加するって決めたんだから」
「分かってない! お前はバダンやゴルゴムの時は、まだ生まれてなかったからそんなことが言えるんだ! いいか鈴音、怪人と言うのは……!」
「うるさい!」

 飛虎が鈴の身を案じて説得しようとすると、鈴は声を荒げる。内心ここまで荒く、大きな声が出るのかと驚きを覚える鈴であったが、内心とは正反対に口からは次々に罵倒の言葉が放たれる。

「私だってもう子供じゃない! これでも国家代表候補生なんだから、この戦いがどれだけ危険かなんて分かってる! バダンやゴルゴムは勿論、改造人間がどれだけ危険視されてきたかも、どんなことをしてきたかも理解してる! 実際にバダンやゴルゴムと対峙してきた人から、話も聞いてる! そっちこそ素人のクセに口出ししないでよ!」
「鈴音! いいから聞きなさい! これはお前のためでもあるんだ!」
「何が私のためよ! 勝手に人の将来決めようとして、勝手に母さんと仲が悪くなって、勝手に離婚して、勝手に私に会わなくなって、今さら父親面してお説教? 馬鹿にしないでよ! もう私は誰かの言いなりになんかならない! 私の生き方は、私が決めるって決めたの! それをとやかく言われる筋合いなんてないわ!」
「リン! 落ち着け!」
「アマゾンは黙ってて! これは私たちだけの問題なんだから!」

 内心戦慄すら覚える鈴の内心を余所に、鈴の口はヒートアップして言葉もエスカレートしていく。アマゾンが見かねて止めに入るが鈴は強い口調で拒絶してしまい、飛虎や鈴に吾郎が何か言おうとするのを飛虎が手で制してしまう。マサヒコやビクトル、モグラ獣人も中々止めに入れず、どうやってこの場を収めるべきか苦慮している。事実上止めに入る者が誰もいなくなったことで雰囲気は一気に険悪になる。鈴はどうやって止めるべきか必死に考えるが、口は一向に衰えずにますます飛虎を罵倒し、飛虎も語気を強めて舌戦が開始される。

「失礼します! 和歌山で獣人が出現したと連絡が入りました! 国防軍が市民の保護を引き受けてくれるそうなので、我々は現場へ急ぎましょう!」

 キャプショーがゲドンとガランダー帝国の出現を知らせに来たのは、まさに僥倖であった。鈴と飛虎はようやく口論を止める。

「分かりました! 私は『甲龍』で先行します! アマゾン、行くわよ! ゲドンやガランダー帝国の連中に好き勝手させてやる訳にはいかないわ!」
「リン、でも……」
「喧嘩は後回しよ! じゃあ、向こうで合流しましょ!」

 ようやく落とし所が見つかり、内心ホッとした鈴はアマゾンに早口で捲し立てるように檄を飛ばす。飛虎が何か言おうとする前に『甲龍(シェンロン)』を展開し、間もなくスラスターとPICを使って空に舞い上がる。ハイパーセンサーでデータを確認し、一路和歌山に向けてスラスターを噴射して急行する。アマゾンもまたジャングラーを呼び出して跨ると、スロットルを入れて鈴を追うように走り出す。マサヒコとビクトル、モグラ獣人はやや遅れてキャプショーらSPIRITS第6分隊が分乗する輸送ヘリに乗り込み、最後に嫌そうな素振りを見せるモグラ獣人をマサヒコが乗せる。全員の搭乗が確認されるとヘリもまた一斉に飛び立ち始める。

(なんで……なんであんなこと、言っちゃったんだろ……本当は父さんにあんなこと、言う気なんてなかったのに。あんなこと、言いたくなかったのに、どうして……?)

 和歌山に向かう道中、自分の言動に自己嫌悪しながら現場へ向かっていた鈴だが、和歌山県新宮市上空に到達すると、船で『熊野川』を遡ろうとしている赤ジューシャと黒ジューシャを発見する。鈴はハイパーセンサーを使い照準を定め、肩の龍咆を展開し、船に不可視の砲撃を数発浴びせて沈没させる。獣人たちが川辺に駆けつけたのを見ると、鈴は急降下しながら双天牙月を呼び出す。まずサンショウウオ獣人を切りつけて攻撃し、上昇してトゲアリ怪人の蟻酸攻撃を回避する。今度は崩山を呼び出し、炎を纏った衝撃砲を獣人たちに片っ端から叩き込んでいく。

「この! 一匹残らず全滅させてやるんだから!」

 鈴は内心の屈託を振り払うように龍咆を連射し、獣人を蹴散らしつつ、赤ジューシャや黒ジューシャにも情け容赦なく龍咆を浴びせ始める。
 アマゾンやSPIRITS第6分隊が駆けつけた頃には獣人たちは残らず殲滅されていた。落ち着いたところで残敵や被害状況を確認したところ、大きな物的被害や人的被害はなかったとのことだ。不審に思うマサヒコやビクトルたちであったが、SPIRITS第6分隊は一度伊丹駐屯地へと帰投する。
 結局、鈴が飛虎と再び話す機会もないままその日は終わりを告げた。

**********

 三重県伊勢市にあるゲドン及びガランダー帝国の本拠地。日が沈んでで夜の帳が下り、星と月が空と地上を照らしている中、本拠地は僅かな照明で視界こそ確保されているが闇に包まれている。特に十面鬼ゴルゴスが詰める謁見の間は、十面鬼ゴルゴスを中心に深い闇に包まれている。十面鬼ゴルゴスは獣人たちを再生させるべく古代インカより伝わる秘術を執り行っている。

「オンゴル、ゴルゴル、オンゴルド……オンゴル、ゴルゴル、オンゴルド……」

 謁見の間に十面鬼ゴルゴスの口から洩れる不気味な呪文のみが響き渡る。やがて十面鬼ゴルゴスの下半身に接続された人面岩下部の顔にある目が怪しく輝き、口から黒煙が吐き出される。黒雲が晴れると倒されたゲドンの獣人が姿を現す。十面鬼ゴルゴスは全ての獣人が復活したことを確認すると、まず獣人たちを一喝する。

「この愚か者共が! 一度ならず幾度となく、アマゾンライダーや小娘ごときにやられおって! まったく、なんと不甲斐ない連中だ!」

 続けて十面鬼ゴルゴスが手をかざすと人面岩下部の口から火炎弾が発射され、獣人たちの近くに着弾する。さらに人面岩が炎を吐き出して獣人たちの身体を焼く。そこにガランダー帝国の獣人をショッカーを通じ手に入れた再生用カプセルで復活させたゼロ大帝が、獣人を引き連れて姿を現す。

「そこまでにしておけ、十面鬼。貴重な戦力を痛めつけてどうする?」
「フン、アマゾンライダーが跋扈しているというのに、随分な余裕ではないか、ユム・ゼロよ。だがあんな歳端もいかぬ小娘に一方的にやられていては腹が立ってくるというもの。それにわしの懸念していた通り、あの裏切り者のモグラ獣人がまた裏切りおった。大首領様はモグラ獣人といい、獣人ヘビトンボといい、なぜゲドンの裏切り者まで甦らせたのだ?」
「大首領様にとって獣人など塵芥も同然。裏切り者であろうとも例外ではない。一々裏切り者を除いて再生させる手間を掛ける気になられなかったのだ。もっとも、モグラ獣人には存分に働いて貰ったからな。お陰でインカの祭壇の完成を前倒し出来る。それと十面鬼よ、あまりインフィニット・ストラトスという鎧の力、侮らぬ方がいい。あの鎧のせいで沖縄の『銀王軍』、九州の『ゲルショッカー』、四国の『デストロン』がすでに沈黙した。他の組織も思いの外苦戦を強いられている。油断すればこちらの計画、インカの祭壇建造が失敗に終わるやもしれん。くれぐれも油断しないことだな」
「わかっておるわ。それに、アマゾンライダーはギギの腕輪とガガの腕輪を持っておる。ヤツが生きている限り、たとえインカの祭壇が完成しても油断はならん。あの腕輪はインカの光を封印する力があるのだからな」
「ならば、よい。鍵で思い出したが、『GOD機関』から面白い情報が入ってきた。我らの『黒き鍵』が、中国地方に到着したそうだ」
「ほう、『黒き鍵』が、か。確か今は織斑一夏とかいう名前を名乗り、我らに歯向かっているのだったな。フン、馬鹿な奴だ。いずれ自分が我らの側であると知る時が来ると言うのに、無駄なことを」
「とはいえ、近くに憎き仮面ライダー共がいる。今は分散している仮面ライダーたちも、いずれは力を集結させてくるだろう。それにショッカーの話では、仮面ライダー以外の邪魔者共がを妨害していると聞いている」
「三体の機械人形に新人類(ミュータント)、それにズバットスーツとかいう妙な服を着た男か。ならば尚更アマゾンライダーをここで葬り去らねばなるまい。そしてインカの祭壇を完成させねばならん。それこそ我らゲドンが黄泉帰りし意味なのだからな」
「ならばよい考えがある。十面鬼よ、明日一日はお前がインカの祭壇建設の指揮を執れ。わしはあの忌々しいアマゾンライダーに対抗するため、直々に作戦の指揮を執らねばならん」
「いいだろう。では解散だ」

 十面鬼ゴルゴスが話を打ち切ると、ゼロ大帝はガランダー帝国の獣人達を引き連れて謁見の間を立ち去る。ゲドンの獣人たちも赤ジューシャに連れられて謁見の間から出ていく。

「アマゾンライダーめ、今度という今度こそ、貴様を血祭りに上げて八つ裂きにしてくれる!」

 二度に渡り自らを殺した宿敵へ恨みの籠った一言を吐き出すと、十面鬼ゴルゴスもまた謁見の間から姿を消すのであった。

**********

 翌朝。伊丹駐屯地の医務室。その一角でビクトルがマサヒコと共にモグラ獣人の検査をしている。最後にレントゲンを撮影して検査を終了し、空間投影式ディスプレイに映し出されたレントゲン撮影画像を眺めていたビクトルは、モグラ獣人の方に向き直る。

「レントゲン撮影の結果も異常なし。検査は全部終了だよ、モグラ」
「ビクトル、どうしてモグラの検査なんかするんだ?」
「マサヒコの言う通りだ。お陰で俺、腹が減って仕方ないんだよ。まだ朝飯食べてないしよ。それに、なんか少し身体がだるいって言うか、頭も少し痛いし、鼻が詰まってしょうがないんだ」
「それはただの風邪だから、モグラの治癒力なら明日にでも完治するよ。精密検査したのは念のためってヤツだね。ゲドンやガランダー帝国がモグラの身体にトラップを仕掛けておいた可能性もある。モグラは一度裏切って、アマゾンやマサヒコと一緒にゲドンやガランダー帝国に歯向かったんだ。ましてやモグラには以前の記憶もある。裏切り対策として何か仕掛けておいても不思議じゃない。そう思ったんだけど、また裏切るとは思ってなかったのか、何か別の事情があったのか、裏切っても問題ないということなのか」
「けど、何もなかったならそれでいいじゃないか。俺たちが知ってるモグラに会えたんだしさ」
「正直、僕も驚いているよ。モグラ、君はマサヒコやアマゾンだけじゃなくて、僕のことも覚えているんだよね? それもバダンに再生されてから、最期を迎えるまでのことを」
「ああ。なんか俺じゃないって言うか、誰か別のヤツの記憶を見てるような感じだけどよ。十面鬼に岩盤まで掘らされて、マグマ誘導させられたりとか、ヘンテコな針飛ばしてくるヤマアラシ野郎のせいで俺がアマゾンの左腕切っちまった上、痛い目に遭わされたこととか、お前とトモダチになったこととか、最後にマサヒコとビクトルを庇ったこととかは、なんか記憶にあるんだよ。今一実感が湧かないんだけどよ」
「むしろ覚えている方が驚きだよ。本来は君を含めて、バダンが再生した怪人は素体から作り直した、魂のない別個体といっていい存在だ。肉体的にはガランダー帝国との戦いで死んだ君じゃない。ISで言えばコアが違う同型機みたいなものさ。そして君は生前の記憶だけでなく、バダンに再生された別個体の記憶も引き継いでいる。これは驚異的なこおtだよ。一体どんな方法で再生させたのか……滝さんから聞いた話だけど、ショッカーは生贄というオカルト的な手法で、記憶を保持させたまま倒された怪人を復活させることが出来たらしいけど」
「方法は分からないけど、記憶があるのは『魂』があるからじゃないかな。きっと俺の知ってるモグラと、バダンに復活させられたモグラの魂が、今のモグラにはあるんじゃないかな」
「詳しいことはよく分からないけど、覚えてるならそれでいいじゃないか。折角トモダチになったってのに忘れちまうなんて、忘れた方にとっても、忘れられた方にとっても悲しいだろ?」
「それは同意するよ。ただ、敵の怪人も同様だとするなら、歓迎すべき事態ではないね」
「ビクトル、どうしてだ?」
「考えてもみなよ。モグラに生前の記憶があるということは、他の怪人にも生前の記憶、仮面ライダーと戦い敗れ去った記憶があるということなんだ。それがどれだけ厄介なことかは、君もデルザー軍団との戦いで知っているだろう? あの時はアマゾンやストロンガー、ダブルライダー、滝さんやZXたちでさえギリギリまで追い詰められたんだ。ライダーマンの裏からの援護とV3の復帰がもう少し遅かったら、どうなっていたか。もっともあの尋常じゃない仲の悪さからして、デルザー軍団に限って言えば魂を持たせて再生させたのは間違いだろうね。内紛や抜け駆けをやってたんじゃ仮面ライダーを苦戦はさせられても、最終的に勝つことは出来ないよ」

 ビクトルは出自と立場の特殊性ゆえに、生前の記憶を保持したまま復活したデルザー軍団の例を挙げる。

「それとモグラ、少し気になることがあるんだけど。君は神戸で穴を掘らされる前まで、どこで作業させられていたか分かるかい?」
「いや、目隠しされてたし、働かされた時もただ穴を掘れとしか言われてないから、そこまでは……」
「ビクトル、気になることでもあるのか?」
「うん、少し調べていて分かったんだけど、ここ数日ゲドンやガランダー帝国が出現している場所には、ある共通点があってね」
「共通点?」
「実は襲撃した場所の近くには、必ずと言っていいほど発掘された古代インカ文明の遺物があったんだ。昨日ゲドンとガランダー帝国が出現した新宮市には、ある在野の研究者が京都大学にいる専門家に解析を頼む予定だった縄文字、『キープ』があったんだ。その研究者に連絡を取ってみたら、ビンゴだったよ。避難のドサクサに紛れて、ゲドンやガランダー帝国辺りに盗まれたみたいなんだ」
「じゃあ、ゲドンやガランダー帝国の襲撃は、生贄集めだけじゃなかったのか!?」
「可能性は高いね。恐らく目的は、インカの祭壇の建設。そのために古代インカ文明の遺物が必要なのかもしれない。モグラ、インカの祭壇について何か知っているかい?」
「名前だけは聞いたことがあるんだが、拷問されたり、働かされてばっかりだったりで、詳しい話は全然聞いてないんだ。それに俺は裏切り者だから、拷問とかされてなくても、どの道聞かされなかっただろうけどよ。そのインカの祭壇ってのは何なんだ?」
「古代インカ文明が自然科学の粋を結集し、作ってしまった最悪の兵器さ。あらゆる物質を分解する『滅びの光』、『インカの光』とも呼ばれる兵器を生み出す、古代インカの力に迫る鍵の一つ。ギギの腕輪とガガの腕輪とは対存在にあたるものだ。もしゲドンやガランダー帝国がインカの祭壇を完成させてしまえば、インカの光で世界が終わってしまう。それほどの力を秘めたものさ。僕もアマゾンから話を聞いただけだから、それ以上のことは分からないんだけどね」
「連中はそんなとんでもないものを完成させようとしてたのか。俺、あいつらに協力しなきゃよかったよ」
「今さら言っても仕方ないさ。それに、僕の予想が正しければ連中は遺物を集め終えちゃいない。その前に本拠地を見つけ出して、インカの祭壇を破壊出来ればどうにかなる」

 ビクトルがモグラ獣人を慰めると丁度鈴が入ってくる。カウンセリングの時間だ。ビクトルが目くばせすると、マサヒコとモグラ獣人は大人しく部屋を出る。ビクトルは鈴に腰かけるように勧める。

「すいません、モグラのことで少し話があったので。それで、気分はどうですか?」
「いいえ、私はもう大丈夫ですから。あの時は驚いちゃって、アマゾンにもキツいこと言っちゃいましたけど、本当に大丈夫ですから」
「鈴さん、大丈夫じゃないって言っているのと同じですよ? あまり無理はしないで下さい。今回は事情が事情だ、割り切れと言う方に無理がある。やせ我慢は状況を悪化させることはあっても、好転させることはありません。アマゾンは心配してますよ、鈴さんのこと。正直に言えば、僕やマサヒコもそうですから。あ、これは謝らないで下さいね? 謝らなくてもいいことなんだ」

 鈴が申し訳なさそうな表情で謝ろうとすると、ビクトルが制する。まだ心の整理が出来ないのだろう。

「そうだ、鈴さんの事情を根掘り葉掘り聞いてばかりなので、今度は僕から話しますよ。僕が鈴さんのことを色々知っているのに、僕だけ鈴さんに何も教えないのはカウンセラーとしてはともかく、友人同士としてはアンフェアですからね」

 ビクトルは笑って鈴に告げると再び口を開く。

「実を言うと、僕は鈴さんとはある意味正反対なんですよ。両親が最初からいなかったというか、家族そのものがなかったというか」
「両親や、家族が?」
「ええ。僕はゲノム社という企業が中心になって行われた、ある生物の遺伝子を受精卵に組み込み、人工的に天才を創り出そうというプロジェクトで生み出された、いわゆる試験管ベビーってヤツだったんです。遺伝的な意味での僕の父親と母親が誰かは分かりませんし、今でも知りたいとは思ってません。当然、僕の母体となった女性もいますが、あくまで僕を出産しただけです。後は僕の知能の発達レベルに合わせ、母親役はコロコロ変わりました。僕はなまじ頭が良かっただけに、向こうが僕に何の愛情も抱いていないどころか、まるで化け物でも見るかのような目で見ていて、心底に気味悪がっていることも分かってました。だからアマゾンに遭うまでは人間不信に陥ってましたよ。勿論今では納得は出来なくても、割り切れてますけどね」
「ですから鈴さん、こういう問題はよく悩んで、よく話して、自分が納得がいく方法で解決するしかないと、僕は思うんです。僕だって割り切るのに9年もかかったんだ。だからどれだけ時間を掛けてもいい、どうすれば自分の中で解決できるか、一緒に考えていきましょう。それが、結果的に一番だと思うから」
「失礼します!」

 ビクトルが静かに締めた直後、ドアをノックしてキャプショーが入室してくる。ビクトルも鈴も最初から用件は分かっている。ゲドンやガランダー帝国が動き出したのだろう。

「場所はどこですか!?」
「滋賀県大津市です! 報告では人間狩りを再開した模様です! アマゾンライダーは既に現場に向かっています!」
「僕たちも急ぎましょう!」

 ビクトルと鈴はキャプショーと共に部屋を出るのであった。

*********

 滋賀県大津市。日本最大の湖『琵琶湖』の湖畔では、出現した獣人により逃げ遅れた市民が追い詰められていた。各地で警察や国防軍が迎撃に当たっているが、いかんせんジューシャの相手をするのが精一杯で獣人相手には足止めが精一杯だ。その足止めを潜り抜けた獣人は、琵琶湖で待機していたジューシャたちを力を合わせ、湖に浮かべた船に市民を詰め込もうとする。

「ガアアアアアアアアッ!」

 しかしジャングラーに乗った仮面ライダーアマゾンが割って入る。体当たりやウィリー、ジャックナイフなどバイクテクニックを駆使して一撃を入れ、ジューシャたちを蹴散らして行く。続けて『甲龍』を装着した鈴が龍咆を連射し、獣人を蹴散らす。到着したヘリからも続々とラベリング降下したSPIRITS第6分隊が銃器を連射し、市民を連れてその場を離脱する。湖畔以外にもSPIRITS第6分隊が展開を完了し、各地で激しい戦闘が開始されたのか爆発音がひっきりなしに響き渡る。仮面ライダーアマゾンがジャングラーで体当たりしてくるのを回避したゲドンの黒ネコ獣人は、仮面ライダーアマゾンを睨みつけて咆哮する。

「またしても邪魔をするか、アマゾンライダー! 毒の爪で今度こそ殺してやる!」

 黒ネコ獣人は両手の爪を出し、仮面ライダーアマゾンへと飛びかかっていく。仮面ライダーアマゾンは怯まずに飛びかかり、黒ネコ獣人に『モンキーアタック』を浴びせて顔に爪痕を刻みつつ、クラッシャーを開いて『ジャガーショック』で喉笛に噛みついて黒ネコ獣人を抑え込む。そこにモモンガ―獣人が全身からガスを発生させ、仮面ライダーアマゾンに浴びせようとする。仮面ライダーアマゾンはガスから逃れ、まともにガスを浴びた黒ネコ獣人はその場で悶絶する。獣人吸血コウモリが急降下しながら仮面ライダーアマゾンに噛みつこうとし、ゲンゴロウ獣人が槍状の両手を構えて下に回り込む。しかし鈴がスラスターを噴射し、ショルダーチャージを入れて獣人吸血コウモリを吹き飛ばす。同時にモグラ獣人が地面に穴を掘って接近し、ゲンゴロウ獣人の足を文字通り引っ張って妨害する。ゲンゴロウ獣人はその場に転びモグラ獣人は一度地上に出てその場を離れる。仮面ライダーアマゾンは落下の勢いを乗せながら、ゲンゴロウ獣人に足を向けて飛び蹴りを放つ体勢に入る。

「アマゾンキック!」

 踏みつけるように放たれた仮面ライダーアマゾンの蹴りはゲンゴロウ獣人の胴体を寸断し、ゲンゴロウ獣人は間もなく液化して消滅する。

「裏切り者め! 嬲り殺しにしてやる!」

 激昂した獣人カタツムリとイソギンチャク獣人はモグラ獣人へ飛びかかっていく。モグラ獣人は高速移動で残像を残しながら回避し、地面に穴を掘って追撃から逃れようとする。しかし獣人カタツムリが口から吐く泡をまともに受け、一時的に身体の動きが止まる。すぐに動き出すモグラ獣人であったが、動きが止まった隙にイソギンチャク獣人がモグラ獣人に蹴りを入れ、獣人吸血コウモリが急降下して噛みついてくる。

「モグラ! 今助ける!」

 仮面ライダーアマゾンは黒ネコ怪人に回し蹴りを入れて吹き飛ばし、続けて右足のレッグカッターに力を込める。そのまま獣人吸血コウモリに飛びかかっていき、右足で渾身の回し蹴りを放つ。

「大切断ッ!」

 レッグカッターの一撃で獣人吸血コウモリの首が飛んでも仮面ライダーアマゾンは油断せず、イソギンチャク獣人に飛びかかっていく。

「アマゾンライダーめ! これでどうだ!?」
「これ以上、好きにはさせないんだから!」

 モモンガ―獣人はまたしてもガスを放出しようとするが、鈴が肩部龍咆を展開してモモンガー獣人に直撃させる。続けて両手に双天牙月を持ちスラスターを噴射して突進すると、両手に持った双天牙月を横薙ぎや袈裟がけに振るって斬撃を浴びせ、モモンガー獣人を防戦一方へと追いやる。モモンガー獣人が噛みつこうと首を後ろに下げた隙に腕部龍咆を発射し、モモンガー獣人へ衝撃波を奇襲気味に浴びせる。鈴はすぐに腕部龍咆を量子化して『ボルテック・チェーン』を呼び出し、射出する。モモンガー獣人は鎖に絡め取られて拘束され、もがくがボルテック・チェーンが頑丈で抜け出せない。鈴はスラスター出力とパワーアシスト機能を最大にし、モモンガー獣人を引っ張って湖の中に渾身の力で投げ落とす。

「これなら、電気も通り易くなるわね!」

 ボルテック・チェーンからモモンガー獣人に高圧電流が流し込まれる。水に浸かったことで電気が通り易くなったモモンガー獣人は激しく感電し、派手に爆発して水しぶきが上がる。続けて獣人カタツムリが泡を吐いて鈴に浴びせようとする。鈴は右に機体をスライドさせて回避し、肩部龍咆を連射して獣人カタツムリを吹き飛ばす。すると獣人カタツムリは首と手足を殻の内側に仕舞って防御態勢に入る。鈴は構わずに龍咆を浴びせるが、顔や手足を出してくる気配もない。双天牙月を連結させて思い切り振り降ろすが、殻が僅かに欠けただけで双天牙月が弾き飛ばされる。少し思案する鈴だが、モグラ獣人がどこから調達してきたのか塩の袋を開け、殻の口に塩を注ぎ込む。すると獣人カタツムリが悶絶しながら手足と頭を出す。

「ありがとう! それじゃ、決めるわよ!」

 弱った獣人カタツムリに鈴は急降下しながら連結した双天牙月を振り下ろし、獣人カタツムリは首を打ち落とされて沈黙を余儀なくされる。
 黒ネコ獣人は仮面ライダーアマゾンに爪を突き立てようとするが、仮面ライダーアマゾンが爪で引っ掻き返す。両者は跳躍やダッシュですれ違い、幾度となくぶつかり合うが勝負はつかない。痺れを切らした黒ネコ獣人は裏切り者から始末しようと身を翻し、モグラ獣人へと飛びかかる。

「撃て!」

 しかし駆けつけたキャプショーらSPIRITS第6分隊が集中砲火を浴びせる。さらにキャプショー含む数人が神経麻痺弾をライフルに装填し、黒ネコ獣人に発射する。

「ば、馬鹿な!? 身体が動かない……!?」
「スピンキック!」

 動けなくなった黒ネコ獣人に独楽のように回転しながら飛び蹴りを放つ。黒ネコ獣人は蹴りをまともに受けて大きく吹き飛ばされ、身体が液状化して消え去る。
 最後に残ったイソギンチャク獣人は湖を泳いで逃げようとするが、仮面ライダーアマゾンが湖に飛び込む。最初はすぐに逃げられると高を括っていたイソギンチャク獣人であったが、鰓を持ち水中でも活動可能な仮面ライダーアマゾンがしつこく食い下がってくる。ならばとイソギンチャク獣人は身体の一部を引き千切って小型のイソギンチャクに変え、仮面ライダーアマゾンめがけて投げつける。すると触手が仮面ライダーアマゾンの顔に張り付いて動きを止め、その隙に逃げようとする。

「残念だけど、あんたを逃がしてやる訳にはいかないのよ!」
「馬鹿め! 水場で俺を倒せるものか!」

 鈴は空中からイソギンチャク獣人を追跡し、時折肩からの龍咆を放つがイソギンチャク獣人は潜水して姿を隠す。しかし鈴は冷静に水面ギリギリまで降下する。両腕部龍咆をボルテック・チェーンに換装すると、先端に取り付けられた鉤爪を水中に突き入れる。仮面ライダーアマゾンが岸に上がったのを確認すると、鈴は一度深呼吸をする。

「それじゃ、行くわよ! 城さん直伝、エレクトロファイヤー!」

 直後に両腕の鉤爪から高圧電流が湖に流し込まれ、やがて水中に電流が走る。するとイソギンチャク獣人は感電し、堪らずに浮上して湖から顔を出す。

「これでトドメよ!」

 締めとばかりに鈴が崩山を呼び出し、高熱と火炎を帯びた龍咆を発射してイソギンチャク獣人の上半身を吹き飛ばす。ハイパーセンサーを使い敵の反応がないことを確かめると、鈴は変身を解除したアマゾンの下へ向かい、降下した後に『甲龍』を待機形態へ戻す。そこにマサヒコとビクトルが歩いてくる。

「お疲れ様です。キャプショー分隊長、急いで神戸に行きましょう。連中は神戸を襲撃する筈です」
「神戸を、ですか?」
「ええ。連中の目的は陽動でもあります。神戸には考古学の権威で、古代インカ文明研究の第一人者である夏目博士の自宅があるんです。そこにいくつか古代インカ文明の遺物があるらしいんです」
「それを狙い、ゲドンやガランダーが動き出す可能性があるということですか。分かりました、すぐに行きましょう」
「リン、どうした?」
「あ、ううん、何でもないよ」
「顔を出し難いのは分かりますが、これも必要なことですから。任務は夏目博士宅の警護になりますので、会う可能性は低いかと」

 鈴が複雑そうな表情を浮かべるが、ビクトルが窘める。今回は個人の心情を優先させる訳にもいかない。鈴は今度はビクトルやマサヒコ、キャプショーらSPIRITS第6分隊と共に輸送ヘリに乗り込む。アマゾンはジャングラーに跨って一路神戸へと向かうのであった。

**********

 神戸市。多くの市民は神戸市外へと避難し、残る市民も国防軍や警察の警備を受けて避難所生活を送っている。中には昨日捕えられた吾郎と飛虎の姿もある。避難所には残っている市民も少なからずいる。それを置いて逃げる気になどなれなかった。昼食時になり、残った料理人たちと共に炊き出しで豚汁を市民や警官、兵士たちに振る舞い終えた飛虎は、自分の娘と同じ年頃の少女が心ここにあらずと言わんばかりの様子で、黙って座っているのに気付く。飛虎や吾郎が住むマンションの近所に住む夏目光という少女だ。元々は親子三人で暮らしていたが、父親が亡くなってからは母親と二人で暮らしているのは飛虎も知っている。飛虎が光に歩み寄ると光は一礼する。

「どうかしましたか?」
「いえ……」
「お母様のことは聞いています。怪我の治療のためとはいえ、一人では不安で仕方ないでしょう。ですが、希望を捨ててはいけません。諦めなければ、打開策が見つかるものですから」

 飛虎は諭すように言うが光は俯いたままだ。吾郎も歩み寄ってくるが、直後にヘリのローダー音が上空から聞こえてくる。空を見上げると、大型の輸送ヘリが避難所上空を飛行している。輸送ヘリは避難所付近にある広場に着陸し、輸送ヘリからSPIRITSの隊員たちが降りてきて避難所へやってくる。隊長格らしき者が警護に兵士と話し始めると、光は立ち上がって歩き出し、飛虎と吾郎も続く。すると白衣を着た男性とジャングルのガイドらしき軽装の男性が光に話しかける。

「失礼。あなたが夏目光さん、ですか? 夏目薫博士の……」
「はい。あの、あなたが……?」
「ええ。私があなたに先日連絡させて貰った、ビクトル・ハーリンと言う者です」
「私は岡村マサヒコといいます。夏目博士とは、何回か発掘作業にご一緒させて貰ってまして」

 ビクトルとマサヒコが名乗ると光は一礼する。ついでにその横にモグラ獣人がいるが、誰も恐れる気配はない。光も気にしていないようだ。

「それで、先日お話しした件なのですが、少しお時間を頂いて構いませんか?」
「……どうしても、父についてお話しなければ駄目ですか?」
「出来ればそうして欲しい所ですが……何か?」
「正直に言うと、あまり父に関する思い出はありませんでしたから。父は母や私を残し、海外を飛び回って遺跡の発掘ばかり、家にはほとんど寄りつかなかったので。実を言うと私、父のことも良く分からないんです。飛行機事故で死んだと聞いた時は悲しかったんですけど、なんだか他人のように感じたと言うか……」
「そうでしたか……ならばどうしますか? 鍵を貸して貰えれば、我々だけで確認しますが」
「いえ、私も行きます。それが私に出来ることだと思いますから」
「ならば我々SPIRITSがご自宅まで護衛します。怪人が途中で現れないとも限りませんから」
「お願いします」

 光は一礼するとビクトルやマサヒコと共に歩き出し、SPIRITSもそれに続く。ふと飛虎が視線を向けると鈴を見つける。鈴もこちらに気付いて一瞬視線が合うが、黙って逸らす。飛虎も何も言えずに視線を逸らすが、モグラ獣人が口を開く。

「ちょっと待った。ゲドンやガランダーがこっちを狙ってくるかも知れないしよ、アマゾンくらいは残しておいた方がいいんじゃないのか?」
「……そうだな。アマゾン、どうする?」
「ならオレ、ここに残る」
「だったら決まりか。アマゾンはここを頼むよ」

 アマゾンと地面に穴を掘って移動を開始したモグラ獣人以外は輸送ヘリに乗り込み、アマゾンはそれを見送る。アマゾンはしばらく何かを探す素振りを見せていたが、やがて飛虎へと歩み寄る。それを疑問に思った飛虎だが、構わずにアマゾンは口を開く。

「お前、リンの家族だな? オレ、アマゾン。リンのトモダチ。お前に聞きたいこと、ある」
「はあ……」
「大丈夫ですよ、凰さん。見た目はこんなで、言葉もこうですけど悪い奴じゃありませんから」

 微妙に片言で妙な格好をしているアマゾンが娘の友人を名乗ったことに、少々戸惑いの色を浮かべる飛虎であったが、吾郎のとりなしもあってすぐに思い直す。見た目の年齢からして鈴よりは年上だが、鈴の態度も幼馴染みの織斑一夏に対するそれと同じような気安さがあったので、アマゾンの言うことは本当なのかもしれない。

「改めて、凰飛虎。鈴音の父親です。それで、私に聞きたいこととは?」
「フェイフーとリン、たった一人しかいない大事な家族。リン、素直になれないけど、昨日からずっと、フェイフーのこと、考えてた。どうしてフェイフー、リンと話さない?」
「……あなたには関係のないことだ、アマゾンさん。家族にはそれぞれの事情というものがある。それに私と鈴音はもう勝手に話せる関係ではない。既に離婚して、親権は向こうにありますからね」
「オレ、関係ある。オレ、リンのトモダチだから、リンが苦しいと、オレも苦しい。それに、家族は家族。フェイフー、リンの事。心配じゃないのか?」
「ですから、私はもう鈴音と話す権利はありません。鈴音の言う通り、私は勝手に喧嘩をして、勝手に離婚をして、悲しませてしまったんだ。そんな私に鈴音の親を名乗る権利など……」
「いい加減、意地張るのは止めましょうよ、凰さん」

 アマゾンの疑問に首を振って答え続ける飛虎を見かねたように、吾郎が口を挟む。

「本当なら他人の家庭の事情に踏み込むべきじゃないんでしょうけど、今度ばかりはそうはいきませんよ。娘さんの気持ちは俺も良く分かりますからね」
「中島さんが、ですか?」
「ええ。実を言うと、俺も昔はあなたの娘さんみたいに親父に素直になれなかった時期があるんです。いわゆる反抗期ってヤツですね。と言っても俺の場合は結構激烈というか、特殊だったというか」

 吾郎は苦笑しながらそう前置きすると話し始める。

「俺の親父は音楽家だったんですけど、息子の俺が言うのも何ですけど、かなり売れていたというか、有名だったんですよ。だから最初に音楽を始めた時は、どうしても親父と比べられましてね。おまけに俺は音楽の才能はなかったもんで、親父にコンプレックス持っちゃって。だから親父にはよく噛みついてましたよ。本当は別に親父が悪い訳でもないのに、全部悪いのを親父のせいにして、押し付けたりしちゃってて。結局親父とまともに話せるようになったのは、料理人としての道を進むって決めて一人立ちした後、親父から一度離れて、客観視出来るようになってからでした。そもそもきっかけは親父のアドバイスなんですけどね。だから凰さん、彼女は別に本気であなたを嫌ってる訳じゃない。まだ客観視出来なくて辛く当たってしまうだけなんだ。俺の親父が辛抱強く接してくれたように、凰さんも一度腰を据えて、じっくりと話してみましょうよ。今は聞いてくれないかも知れないけれど、いつか必ず分かってくれると俺は信じてます」

 吾郎の言葉を聞くと飛虎は黙って思案に暮れる。
 同じ頃、SPIRITSに護衛されたマサヒコ、ビクトル、光も夏目博士宅へと到着していた。SPIRITS第6分隊が周囲を警戒する中で光が鍵を開けて家に入る。二階に上って一番奥にある夏目博士の書斎へと入ったマサヒコとビクトル、光は書斎の至る所に飾られている遺物が全て無事か確認する。ビクトルは書斎の本棚や机の中にあるノートを開いてみる。フィールドワーク時の様子を記録したノートのようだ。中にはキープの解読文らしきものも散見される。ビクトルはノートから目を離すと振り返って尋ねる。

「光さん、不躾な頼みだとは承知していますが、博士の御遺品のいくつかを少しお借りしてもよろしいですか?」
「はい。私は構いません。母も遺品は好きに持って行ってくれていいと言っていましたので」

 光はビクトルの問いに頷きつつも書斎の中を見渡している。それを怪訝に思ったマサヒコは光に尋ねる。

「光さん、どうかされましたか?」
「いえ、私、父の書斎の中を覗いたことはあったんですが、中に入ったのはこれが初めてですから。たまに家に帰って来た時は、いつもこの部屋に籠っていたんですが、書斎にいる時の父は怖いというか、何かに憑かれていたんじゃないかと思うくらい、机に向き合っていたんです。研究熱心だったということなんでしょうけど、父にとって家族はこの部屋を維持するために必要なだけじゃないかって、考えたこともあります。遺品は価値があるのかも知れませんが、私や母には、その価値は分かりませんから」
「まあ、気持ちは私にもよく分かりますよ。考古学者ってのは往々にしてそういうものだって、身をもって理解してますから」
「岡村さんも、ご家族に?」
「はい。私の両親はすぐに亡くなったので、私と姉は叔父の世話になっていたんです。私の叔父も夏目博士と同じように考古学者で、しょっちゅう南米まで発掘に行ったり、学会に出席したりであまり家には寄り付きませんでした。叔父はよくこう言っていました。本当に好きなことなら、あらゆる手間を惜しんではいけない、その労力は必ず自分や誰かのためになると。だからこそ叔父は埋もれた歴史を少しでも多く掘り起こし、後世まで伝える為に発掘現場まで出向いたんでしょうけど。それに叔父は私や姉を大切にしてくれてました。忙しい合間を縫ってお土産を手に私たちの下にやって来て、外国の話をしてくれたり、姉の進路相談にも真摯に対応してくれていました。あなたのお父さんも家族が大切だからこそ、忙しい合間を縫って家に戻っていたのかも知れませんね」

 マサヒコが叔父の高坂教授について思い出しながら言った直後、荒々しい足音と共にキャプショーが書斎に入ってくる。

「ハーリン博士! 岡村さん! 避難所がゲドンとガランダー帝国に襲撃されたとの連絡が入りました! 我々も急行します!」
「分かりました! 光さん、部屋の資料お借りします! マサヒコ、手伝ってくれ!」
「任せろ! 光さんは先にヘリに乗っていて下さい!」

 キャプショーの報告を聞くやビクトルとマサヒコは光の了解を取り、使えそうな資料や遺物を持ってヘリに向かう。途中でビクトルが持ったノートの隙間から便箋が落ちたのを見たマサヒコは、それを拾ってポケットにしまう。持ち出した資料をヘリに積み込んだ後、外で待機しているであろう鈴とモグラ獣人を呼びに走る。
 一方、夏目博士宅前に到着した鈴は、モグラ獣人と共に付近の公園に佇んでいた。マサヒコとビクトルは光と共に屋内に入っているし、夏目博士宅付近はSPIRITS第6分隊が展開されて警備している。自然に鈴とモグラ獣人は暇になり、近くの公園で新たな動きがあるまで待機することになったた。鈴はベンチに腰掛けてしばらく物思いに耽る。だがモグラ獣人が鈴の顔を覗き込んで尋ねる。

「どうした? 考えごとか?」
「ううん、なんでもない。えっと……」
「モグラでいい。この方が呼ばれ慣れてるからな。それで、呼び方は鈴音でいいのか?」
「鈴でいいよ。こっちの方が呼ばれ慣れてるから」
「なら鈴、親父さんのことを考えてたんだろ? 隠したって無駄だぞ。俺にだってそれくらい分かる」

 モグラ獣人の言葉を聞くと鈴は沈黙する。図星ということだろう。モグラ獣人は続けて口を開く。

「鈴、俺が言うのも何だが、もう少し素直になってもいいんじゃないか? 本当は親父さんともう一回話して、仲良くなりたいんだろ?」
「……無理だよ、そんなの。だって父さんと母さんは、離婚したんだから。親権は母さんにあるんだし、父さんと会って話すなんて出来ないよ。仲良くだなんて、尚更……」
「それはルールってか、法律の問題だろ? 今は置いておいて、鈴がどう思ってるのかが俺は聞きたいんだ」
「だから、無理だよ。あんなこと言っちゃったのに、もう話せる訳が……」
「あのな鈴、何もしない内から諦めてたんじゃ、何にも解決しないぞ?」

 モグラ獣人はしゅんとする鈴の隣に立って話し始める。

「俺も似たような経験があるから分かるんだけどよ、やっぱり意地ってのは張るべき時と、そうでない時があると俺は思うんだよ。それで、今鈴が張ってる意地は、張るべき時に張ってる意地じゃない。鈴の親父さんが張ってる意地もな。鈴としちゃ向こうも意地張ってるのに、自分だけ止めるのは気が進まないんだろうけどよ。ここは鈴から素直になって飛び込んだ方がいいんじゃないか? 昔アマゾンが俺にそうしたようにさ」
「アマゾンが、モグラに?」
「なんだ、アマゾンやマサヒコから話聞いてなかったのか。鈴、俺だって最初からアマゾンのトモダチだったわけでも、トモダチになりたかった訳でもない。昔は一端のゲドンの獣人として、十面鬼にも忠誠を誓ってたもんだ。十面鬼のヤツにアマゾンからギギの腕輪を奪って来いって言われたから、何の疑いも迷いもなくアマゾンに挑んださ。そのた、えにマサヒコを人質にしたっけな。まあ、結局俺はアマゾンに負けて逃げ帰った訳だが、当然十面鬼は怒って俺を処刑しようとしたんだ。しかも処刑方法がとんでもないもんでなあ。俺が乾燥に弱いからって、照りつける日差しの中で縛り上げて放置しやがったんだ。一度死んだ身で言うのもなんだけど、あの時ばかりは死ぬかと思ったさ。けどな、そんな俺をアマゾンは助けてくれたんだよ。ギギの腕輪を奪おうとして、マサヒコを人質にした『敵』の俺をよ」
「最初は俺だって、ゲドンの獣人としてのプライドってもんがあったからな。意地張ってアマゾンの助けを断ってたさ。けど、ゲドンには裏切り者扱いされて処刑されそうになったり、なんか知らないけどアマゾンを助けたりしちまったりして、なし崩し的にゲドンと敵対することになってなあ。最初はゲドンに戻ろうかとも思ったんだけど、アマゾンが俺をトモダチだって言って聞かないから、なんか戻れない。その内ゲドンに戻る気も、アマゾンに敵対する気もなくなっちまった。そこでようやく俺は気付いたんだ。俺はつまらない意地張ってただけだったんだってな。あの時アマゾンに味方しなくても、ゲドンに戻れば処刑されるだけだってことは頭では分かってた。アマゾンと一緒の方がずっといいってことも分かってはいた。それでもアマゾンの味方になることを躊躇ってたのは、結局は俺の意地の問題だったってことさ」
「だから鈴、もう後戻り出来なくなる前に、駄目もとでいいから素直になってみないか? 俺と違ってお前にはまだまだ時間があるんだ。だったらこの先言わないで後悔するより、言って後悔した方がいいぞ?」
「でも、私父さんに会ったらまたあんなこと言っちゃいそうだし、仮に言わなくても、何を言えばいいのか……」
「失礼します! 先ほど避難所から襲撃を受けていると連絡が入りました! 今はアマゾンライダーや国防軍が防衛に当たっています!」
「何だって!? 鈴、出番だ!」
「で、でも……」
「何を言えばいいって、酷いことを言ったって思うなら、まずは『ごめんなさい』って謝ればいいじゃないか! とにかくアマゾンと親父さんを助けに行かないと! ほら!」

 珍しく煮え切らない鈴に痺れを切らしてモグラ獣人が檄を飛ばすと、ようやく鈴は『甲龍』を装着して避難所に向けて飛び立つ。続けてモグラ獣人が穴を掘ろうとするがマサヒコが駆けてくる。

「行くぞ、モグラ! 鈴さんはもう行ったんだろ!?」
「ああ! って、まさかヘリに乗れってのか!? 勘弁してくれよ! 俺、どうもヘリにはいい思い出がないというか、俺が乗るとガランダー辺りに叩き落とされそうな気がするんだよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! とにかく、来る!」

 こちらも珍しく渋ってみせるモグラ獣人を、マサヒコがツッコミを入れつつも輸送ヘリに乗せる。ヘリは飛び立って避難所へと飛び立つ。
 報告された通り、避難所では変身した仮面ライダーアマゾンを中心に激しい防衛戦が繰り広げられていた。剣を突き出してくる赤ジューシャを回し蹴りで蹴散らし、飛びかかってくる黒ジューシャに水平チョップや貫手を連続で浴びせて倒す。仮面ライダーアマゾンはハチ獣人が突き出してきた針を回避し、跳躍して右手のアームカッターに力を込めて振り下ろす。

「大切断ッ!」

 アームカッターはハチ獣人を縦に両断し、死体が液化して消え去る。続けて仮面ライダーアマゾンはサンショウウオ獣人へと挑みかかる。仮面ライダーアマゾンは回し蹴りを放ち、レッグカッターでサンショウウオ獣人の首を切りつける。しかし血こそ噴き出すものの、間もなく再生して傷口がふさがる。

「アマゾンライダー! 再生能力があることを忘れたか!?」
「ガアアアアアアアァッ!」

 サンショウウオ獣人が嘲るように言い放つが、仮面ライダーアマゾンは構わずにサンショウウオ獣人に馬乗りになる。そのままパンチの連打や引っ掻き攻撃を繰り返し、幾度となくクラッシャーで噛みついてダメージを与える。傷口が再生していくサンショウウオ獣人であったが、傷が多過ぎるのか再生に手間取っている。続けて仮面ライダーアマゾンがコンドラー中央部にあるノコギリをサンショウウオ獣人の目に突き刺すと、サンショウウオ獣人は悶絶する。すかさず跳躍した仮面ライダーアマゾンは急降下し、両手のアームカッターを振り下ろす。

「ケケェェェェェッ!」

 するとサンショウウオ獣人の両肩から先が斬り飛ばされ、大量の血が噴き出す。しかし追撃は終わらず、回し蹴りと共に放たれた右足のレッグカッターが首を刎ねる。流石に再生できないのかサンショウウオ獣人はその場に倒れ込み、身体が液化する。今度は着地と同時にトゲアリ獣人が蟻酸を吐いて仮面ライダーアマゾンの身体に浴びせる。仮面ライダーアマゾンは対応出来ずにまともに浴びてしまい、体から何かが溶ける嫌な音を発しながら体表の一部が爛れる。ギギの腕輪の力により傷の再生が開始され、木や壁を蹴って自由自在に跳び回る仮面ライダーアマゾンに、トゲアリ獣人は翻弄される一方だ。

「おのれ! こうなれば、この棘を食らえ!」

 痺れを切らしたトゲアリ獣人は全身の棘を発射し、仮面ライダーアマゾンに浴びせようとする。仮面ライダーアマゾンは棘を両手で全て叩き落とし、建物の壁を蹴ってトゲアリ獣人へと挑みかかり、足を向けて飛び蹴りを放つ。

「アマゾンキック!」

 飛び蹴りをまともに受けたトゲアリ獣人は大きく吹き飛び、間もなく地面に落ちて溶け落ちる。そこにカマキリ獣人が国防軍の攻撃を無視し、避難所へと雪崩れ込もうとする。

「ジャングラー!」

 しかし呼び出されたジャングラーからロープが射出されてカマキリ獣人に巻き付き、カマキリ獣人の動きが止まる。

「アマゾンライダー! これを受けろ!」
「アマゾンライダーめ! 人喰いカビの餌食にしてやる!」

 仮面ライダーアマゾンがカマキリ獣人の首をアームカッターで刎ねると、横からカニ獣人が泡を浴びせて仮面ライダーアマゾンを怯ませ、キノコ獣人が人喰いカビを仮面ライダーアマゾンに浴びせる。

「グ……ウ……!」

 流石の仮面ライダーアマゾンもその場で膝をつく。足に力を込めて立ち上がる仮面ライダーアマゾンだが、人喰いカビの影響で動きが鈍り、カニ獣人の鋏攻撃を防御するので精一杯だ。仮面ライダーアマゾンをカニ獣人に任せ、まず国防軍を壊滅させようと人喰いカビを吐き出すキノコ獣人だが、上空から鈴が割り込む。人喰いカビにシールドバリアが反応し、人喰いカビは無力化される。鈴は龍咆を展開してキノコ獣人を吹き飛ばす。鈴はようやく仮面ライダーアマゾンの動きが妙に鈍いことに気がつく。

「アマゾン!? どうしたの!?」
「無駄だ! 小娘、死ぬ前に一ついいことを教えてやる。あの人喰いカビは人間を一瞬で溶かせる威力を持った、我ながら実に恐ろしい生物兵器なのだ。そして今度のカビはパワーアップし、昔の解毒剤など通用しない。つまりこの人喰いカビを浴びたアマゾンライダーは、いずれ力尽きて死ぬことになる! だが貴様には人喰いカビが通用しないようだな……カニ獣人、交代だ! そこの小娘はお前に任せる!」
「任せておけ! そこのガキ! 我らに歯向かった罪の重さを身体に教え込んでやる!」

 キノコ獣人は仮面ライダーアマゾンへと飛び蹴りを叩き込み、入れ替わるようにカニ獣人が鈴に突進してくる。咄嗟に肩部龍咆を展開してカニ獣人を返り討ちにしようとした鈴だが、カニ獣人は背中を鈴に向けて足を踏ん張る。カニ獣人は背中の硬い甲殻で衝撃砲を受け止めて動じない。

「フン、この程度で甲殻を貫けるものか!」
「あっそ、だったらさばいて、カニ玉にでもしてやるわ!」

 鈴は双天牙月を両手に持ってスラスターを噴射して突進し、双天牙月を振り下ろす。しかしカニ獣人は両手の鋏で双天牙月を挟み止め、胴体の脇についている副脚で鈴の身体を挟んで無理矢理拘束する。鈴はパワーアシストやスラスターを噴射して逃れようとするが、カニ獣人の方がパワーでは分があるのか鈴は逃げるに逃げられない。逆にカニ獣人は押し倒すように圧し掛かって鈴を組敷くと、口から泡を吐き出して鈴を攻撃する。シールドバリアが泡を防ぐものの、状況は悪化する一方だ。密着されては肩の龍咆は使えない。腕部龍咆を使おうとする鈴だが、カニ獣人は両手の鋏に力を込めて鈴の両腕を押し込んでいく。黒ジューシャの掃討を終えた国防軍が援護射撃を浴びせるが、カニ獣人の硬い甲殻の前に阻まれて効果が無い。

「どうだ! これで手も足も出まい!」
「まだまだ……!」

 鈴は何とかして腕部龍咆を使おうと試みるが、カニ獣人の力はますます強くなる一方だ。
 一方、国防軍の兵士や警官に押しとどめられて遠巻きに戦いを見ていた飛虎と吾郎であったが、仮面ライダーアマゾンがキノコ獣人に押し込まれて劣勢になり、鈴もカニ獣人に抑えつけられているのを見て手に汗が浮いてくる。鈴は必死にカニ獣人の拘束から逃れようともがいているが、カニ獣人は嘲笑うように力を強めている。仮面ライダーアマゾンは鈴の救援に向かおうとするが、キノコ獣人のパンチやチョップ、キックの連打を防ぐのが精一杯だ。すると飛虎は居ても立ってもいられず避難所へ駆けもどり、吾郎も慌ててついていく。飛虎は避難する際に持ち出したアタッシュケースを開け、中に収められた厚刃の中華包丁を取り出す。吾郎は飛虎が一体何をしようとしているのかを悟る。

「凰さん、まさか怪人に立ち向かう気ですか!?」
「娘があんな目に遭っているんです! 離婚してもう親権はないとはいえ、私はまだ父親だ! 指を咥えて黙って見ていることなんて、出来ないでしょう!?」
「無茶だ! それに、その包丁は昔から使ってきた愛着のあるものだって、前に言ってたじゃないか!」
「包丁ならいくらでも代えが利きますが、娘は代えられません! 邪魔をしないで下さい!」

 飛虎は止めようとする吾郎を力ずくで押しのけ、再び走り出して現場に向かう。制止する国防軍の兵士や警官を振り払い、気合の声と共にカニ獣人に斬りかかる。

「父さん!?」
「フン、馬鹿め! そんなへなちょこな刃物でこの俺を……ぎゃあああああああああっ!?」

 飛虎の無謀とも言える行動に驚愕する鈴とは対照的に高を括っていたカニ獣人だが、中華包丁は甲殻がなく柔らかい左腕関節部分を深く切り裂く。カニ獣人は大量の血をまき散らしながら悶絶し、鈴の右腕が鋏の拘束から完全に外れる。鈴が即座に右腕部龍咆を展開してカニ獣人の顔面に連射すると、堪らずにカニ獣人は鈴を放して一度距離を取る。体勢を立て直して立ち上がり、飛虎を抱えて離脱した鈴は飛虎を地面に降ろす。すると飛虎は鈴に声をかける。

「鈴、私は教えた筈だ。蟹をさばくときは、胴体に一番近い関節から足を切り落とせとな。忘れたのか?」
「……覚えてるわよ、きっちり。けど、ありがとう!」

 鈴はぶっきらぼうに礼を言うと、両手に双天牙月を持って再びカニ獣人に挑みかかる。カニ獣人は両手の鋏を掲げて迎え撃とうとするが、鈴は瞬時加速を使って間合いに入るや、右手の双天牙月を振るってカニ獣人の左腕を関節から斬り落とす。間髪入れずに右腕も左手の双天牙月で斬り落とし、鋏を無力化する。傷口から血を噴出させながら悶えるカニ獣人に構わず、胴体の副脚も切り落とした鈴は、カニ獣人が泡を吐いてくると肩部龍咆を展開して発射する。衝撃砲は泡を押し戻しながらカニ獣人の顔面に直撃する。鈴が出力を回してもう一撃放つとカニ獣人の頭が吹き飛び、残った胴体は液化して消え去る。
 カニ獣人とは対照的に、弱っている仮面ライダーアマゾン相手に優勢に立っていたキノコ獣人であったが、輸送ヘリから銃撃を加えてきたSPIRITS第6分隊に妨害されると一度後退して態勢を整え直す。しかしモグラ獣人が仮面ライダーアマゾンの下に走っているのを見るや、激昂して一直線にモグラ獣人へと向かっていく。

「見つけたぞ裏切り者が! 前はアマゾンライダーにしてやられたが、今度はアマゾンライダー共々、俺があの世に送ってやる!」
「そうはさせるか! アマゾン、今度は俺がお前を守ってみせるぞ!」
「モグラ! 無理するな!」
「アマゾン! 俺だって元はゲドンの獣人だ! それにお前と俺はトモダチなんだ。だからアマゾン、ここは俺を信じてくれ! 俺が時間を稼いでいる隙に、早くカビを!」
「覚悟だけは褒めてやるぞ、モグラ! だが所詮ゲドンの獣人である貴様では、ガランダーの獣人であるこの俺には勝てん!」
「そんなもん、やってみなきゃ分からないだろ!」

 仮面ライダーアマゾンの制止を振り切ってモグラ獣人はキノコ獣人へ突進していく。身体を横に開いて突進を回避したキノコ獣人はモグラ獣人の胴体に前蹴りを入れて怯ませ、頭に何度もチョップを打ち込み、執拗にボディーブローを入れ続ける。モグラ獣人は歯を食いしばって攻撃に耐え続ける。勝負を決めようとキノコ獣人が右腕を振り上げた瞬間、体当たりを仕掛けてキノコ獣人を吹き飛ばし、キノコ獣人が体勢を立て直し切る前に両手の爪で引っ掻いて攻め立てる。しかしパワーや耐久力ではキノコ獣人が上なのか、モグラ獣人の爪をものともせず、キノコ獣人は回し蹴りを放ってモグラ獣人の頭に直撃させる。モグラ獣人がふらついた所にキノコ獣人は左右の連続ボディーブローを放ち、モグラ獣人をその場に屈ませる。キノコ獣人はモグラ獣人が悶えているのをみるや、左手で無理矢理引っ張り起こす。まず数回右拳で殴りつけた後に蹴り飛ばし、口の前に手を当てる。

「口ほどにもないな! 所詮ゲドンに見捨てられた半端者の獣人と、俺とでは格が違い過ぎたのだ! 最初に死んだ時と同じように、人喰いカビを存分に味わうといい! 死ね! 裏切り者のモグラ獣人!」

 キノコ獣人はモグラ獣人を罵倒するや口から緑色の人喰いカビを噴射し、モグラ獣人に浴びせ始める。

「そうら、苦しめ! 俺に逆らったことを後悔させてやる! 地獄でもアマゾンライダーとよろしくやるんだな!」
「残念だがなキノコ獣人、今回はそういう筋書きになっちゃいないぞ!」

 キノコ獣人は大量の人喰いカビをモグラ獣人に浴びせるが、モグラ獣人は悶え苦しむどころか平然と立ち上がる。逆にキノコ獣人へ勢いよく突進し、予想外の事態に反応出来ないキノコ獣人の口に思い切り右手を突っ込んで爪を突き立てる。流石のキノコ獣人も口内に爪を突き立てられれば効果はあるのか、痛みに悶えながら人喰いカビの噴射を中断してモグラ獣人から距離を取る。

「ば、馬鹿な!? なぜパワーアップした人喰いカビが効かないんだ!?」
「ヘッ、怪我の功名ならぬ、風邪の功名ってやつさ! まだ鼻がグズグズで、くしゃみが出ちまいそうだ……ヘックシッ!」
「貴様、風邪をひいていたというのか!?」
「お前らの親玉に、休みなしで散々こき使われたお陰でな! それじゃ、今度はこっちから行くぞ!」

 モグラ獣人は一度くしゃみをして鼻をすすると、今度は残像が出来る程の高速移動でキノコ獣人の周囲を回り始める。キノコ獣人がモグラ獣人のスピードに対応出来ず、立ち往生しているところに爪で引っ掻き、キノコ獣人が反撃しようとする直前に離れて周囲を高速移動で回る、というヒットアンドアウェイ戦法を繰り返す。

「まったく、モグラも無茶してくれるよ。いくらキノコ獣人の人喰いカビがウィルスに弱いからって、まともに人喰いカビを浴びることはないだろう」
「俺も同感だ。大丈夫だと頭では分かっていても、やっぱり気が気じゃないしさ」

 マサヒコとビクトルが安堵と懸念の溜息を洩らす中、仮面ライダーアマゾンはギギの腕輪に意識を集中させる。するとギギの腕輪が光輝き始め、その光が全身を包み込むと人喰いカビが跡形もなく消滅する。完全に回復した仮面ライダーアマゾンはキノコ獣人へと飛びかかる。

「そんな!? 人喰いカビを浴びたのに、解毒剤も飲まずに回復しただと!?」

 キノコ獣人は辛うじて避けると、仮面ライダーアマゾンに驚愕する。キノコ獣人は人喰いカビを仮面ライダーアマゾンに噴射する。しかし全く効果がないらしく、突進してきた仮面ライダーアマゾンに口を左手で掴まれ、無理矢理人喰いカビの噴射を止められる。続けて仮面ライダーアマゾンは連続貫手をキノコ獣人の胴体に入れ、裏拳やチョップ、回し蹴りを何十発も入れてキノコ獣人をグロッキーにする。腑抜けたキノコ獣人を無理矢理引っ張り起こすと、今までのお返しとばかりに頭部にチョップを連続で振り下ろし、水平チョップを首筋に何発も打ち込んだ後にハイキックで高々と蹴り飛ばす。キノコ獣人が地面を転がって立ち上がろうとすれば仮面ライダーアマゾンは跳躍し、急降下しながら飛び蹴りをキノコ獣人に入れて怯ませる。着地と同時に左右のパンチのラッシュを素早く顔面に叩き込み、爪で幾度となく引っ掻いてキノコ獣人の身体に傷を刻む。締めとばかりに仮面ライダーアマゾンは高々とジャンプする。背ヒレをすり合わせて威嚇音を出しながら急降下し、右手のアームカッターに力を込める。

「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンが渾身の力でアームカッターを振り下ろすと、アームカッターはキノコ獣人の頭頂部から正中線を通って縦に両断し、キノコ獣人は斃れて液化する。仮面ライダーアマゾンは周囲を油断なく警戒し、感覚を研ぎ澄ませる。鈴もまたハイパーセンサーに意識を集中させて索敵するが、一向に敵が出てくる気配はない。今回はこれで終わったようだ。仮面ライダーアマゾンが変身を解除すると、鈴もまた『甲龍』を待機形態に戻す。間もなくいつものIS学園制服姿になると飛虎が鈴の前に歩いてくる。

「鈴、ほら」
「凰さん、さあ」

 最初は互いに何を言うべきか分からず、ばつの悪そうな顔をして沈黙していた鈴と飛虎であったが、鈴はモグラ獣人に、飛虎は吾郎に促されると意を決して口を開く。

「すまなかった、鈴音」
「ごめんなさ……え?」

 鈴が謝罪の言葉を述べようとするギリギリ手前で、飛虎の口から謝罪の言葉が出ると、鈴の口から怪訝そうな声が漏れる。驚く鈴に構わず飛虎は言葉を続ける。

「鈴音、私はいつもお前のためと思って色々やってきたつもりだった。だが本当はお前が言っていた通り、ただお前を自分の思い通りにしたかっただけなのかもしれない。勝手な理由でお前の将来を決めようとして、勝手に離婚してお前を不安にさせて、あまつさえお前の意志を捻じ曲げようとしてしまった。今さら謝っても仕方ないのかもしれない。もう手遅れなのかもしれない。もうお前の親を名乗る資格などないと分かってる。それでも謝りたいんだ。本当に、すまなかった」
「……ううん、私は気にしてないから。父さんが私のためを思ってあんなこと言ったのも、分かってるから。私の方こそ、ごめんなさい。いきなりあんな酷いこと言っちゃって……」
「いいさ、本当はあんなこと言いたくなかったのに、私を見たらついキツく言ってしまったんだろう? それくらい、分かっているさ。お前は、私の娘なんだからな」
「それと、ありがとう。私のことを助けてくれて」
「あれくらい、当然のことだ」
「そうだ、父さん。一夏のこと、覚えてる?」
「ああ、覚えているさ。お前に連れられて店に来ていたし、時々お姉さんや谷さんたちも一緒だったな。一夏君がどうしたんだ?」
「実は一夏とまた会えたんだ、IS学園で」
「そう言えば、彼が世界最初の男性IS操縦者だとニュースで見たが、まさかお前と一緒にIS学園に入ったとはな。それで、どうなんだ?」
「相変わらず元気だったわよ。あの鈍さは悪化してたけど」
「そうか……どうも鈍い所はあったとは思っていたが、やはり懸念通りだったか」

 途切れ途切れながらも会話を続ける鈴と飛虎を、少し離れてアマゾン、マサヒコ、ビクトル、モグラ獣人が見守っている。横では光が吾郎に付き添われ、羨ましそうな目で鈴と飛虎の親子を眺めている。マサヒコはポケットから便箋を取り出すと光の前に立つ。

「光さん、ノートの隙間から落ちてきたものなんですけど、あなた宛みたいなので」

 光はマサヒコから便箋を受け取ると開封し、中に入っていた手紙を読み始める。最初は特に表情を変えなかった光だが、やがて表情が徐々に変わっていく。

「そっか、もうすぐ私の誕生日だったもんね。本当は日本に帰って一緒にお祝いしたかったのにね……けど顔が合わせ辛いから、手紙にしようとしたんだね……電話で一言『おめでとう』でも良かったのに……」

 光が読んだ手紙の内容はマサヒコやビクトルには分からないが、光がその手紙を抱きしめるように胸に抱えているのを見ると、聞く気にはなれなかった。光は手紙を畳んで便箋に入れ直すと、マサヒコとビクトルに向き直り一礼する。

「あの、ありがとうございました」
「いいえ、お礼を言いたいのは我々の方ですよ。それより、またゲドンやガランダー帝国が襲ってくるかも知れませんから避難所に戻っていてください」

 礼を述べる光にビクトルは笑って首を振る。最後に光は一礼すると吾郎に連れられて避難所の中へと入っていく。それを見届けたモグラ獣人が、再び鈴と飛虎を見ながら呟く。

「これにて一件落着、ってところだな」
「残念だけどモグラ、全然一件落着じゃないんだ。まだゲドンとガランダーのインカの祭壇建設を阻止しちゃいないんだし。鈴さんの件も解決しちゃいない。むしろここからが正念場だよ」
「ビクトル、そいつはどういうことだ? 鈴は親父さんと話せるようになったじゃないか」
「それ自体は喜ばしいことだけど、根本的な問題は解決しちゃいない。問題の本質はご両親が離婚したことにあるんだから。しかもこの場合、鈴さんの親権は母親側にあるからね。いくら偶然とはいえ、向こうの許可なく父親と会ってしまったんだ。母親側の理解が無ければ、却って問題がこじれるだけさ。だからここからが正念場なのさ。母親の理解を得ることが出来なければ最悪、傷が深くなるばかりさ」
「そう言えばそうだったよな。向こうからすれば自分の預かり知らぬ所で、娘が離婚した父親と会ったんだ。どんな理由があろうとも、内心は穏やかじゃないだろうね」
「まったくよ、そんなことで意地張ってたって、鈴を悲しませるだけだってのが分からないのか?」
「仮に分かってても簡単に譲れないのが人間ってものなんだよ。モグラだってそうだったろ?」
「それは、そうだけどよ……」
「きっとリン、二人を仲良くできる。フェイフーと母親、もう家族じゃないかもしれない。けどリン、フェイフーとも母親とも家族。それにリンなら、大丈夫。もし駄目なら、オレも手伝う。オレでも駄目なら、マサヒコとビクトル、モグラも手伝う。まだ駄目ならケイスケやイチカ、セシリアたちの力借りる。リン一人じゃ駄目でも、みんなでやれば、きっといける」
「僕もそう信じたいよ。それはそうと、アマゾン、マサヒコ、少し手伝って欲しいことがあるんだ。キープの解読ならアマゾンやマサヒコの方が得意だろうしね」

 ビクトルが締めると、アマゾン、マサヒコ、モグラ獣人と共に鈴と飛虎の親子の会話を暫く黙って眺め続ける。

「……けど一夏ったら、私が毎日酢豚食べさせてあげるって言葉の意味、全然理解してくれなくて」
「そこまで鈍感だったとは……私の見通しも甘かったらしいな」
「というか、最早鈍感を通り越して、悟りを開いているんじゃないかな?」
「マサヒコ、スブタ食べさせてあげるって、どういう意味なんだ?」
「アマゾンは知らなくてもいいことだよ。多分、説明しても分かって貰えそうにないし」
「そんなことより、酢豚の話なんかされたら、腹が減って仕方なくなってきやがったんだが。今日は結局朝っぱらから何も食べてないしよ……ヘックシ!」

 結局鈴と飛虎の話は、空腹を訴えるように盛大に鳴ったモグラ獣人の腹の音により終わりを告げるのであった。



[32627] 第五十三話 禍神(ユム・キミル)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:44
 鈴が実父の飛虎と親子としての会話を交わした翌朝。伊丹駐屯地の一角ではアマゾン、マサヒコ、それにビクトルが昨日夏目博士宅から持ち出した古代インカ文明の遺物、特に『キープ』の解読に当たっていた。
 縄の結び目で文字まで現していた古代インカ文明のキープを解読出来る研究者は、世界中を見渡しても多くはない。今は亡き夏目博士はキープの解読がほぼ完全に出来た数少ない研究者だ。ビクトルは夏目博士が遺した対照表と睨めっこをしながら解読を進めていくが捗らない。しかしビクトルは焦らない。世界で一番キープに精通しているアマゾンが解読を進めているのだから。
 アマゾンは赤ん坊の頃に飛行機事故に巻き込まれて生き残り、古代インカ一族の末裔の長老で、古代インカ文明の遺した科学技術の数々を伝えられた科学者でもあるバゴーに育てられた。その中でバゴーはアマゾンにジャングルで生きる術だけでなく、古代インカ文明の秘密のいくつかを教えたらしい。中にはキープの解読方法や作り方もあったそうだ。アマゾンにとってこの程度のキープなど簡単に読めるのかもしれない。ビクトルがキープを読み終えてノートに書き写すと、背後のドアが開いてアマゾンとマサヒコが部屋に入ってくる。マサヒコの手には多数のノートがある。アマゾンが読んだ内容をマサヒコが書き写すと形で解読作業を続けていたのだ。ビクトルは一度伸びをすると、アマゾンとマサヒコの方に向き直って口を開く。

「そっちは解読作業が終わったようだね」
「ああ。アマゾンのお陰で早く済んだよ。それで、解読結果だ」

 マサヒコはノートを開いてみせる。ビクトルは自分が書いた解読結果と照らし合わせて読みながら、確信した様子で呟く。

「間違いない。このキープはインカの祭壇、そして『インカの光』について書かれたものだ。連中に奪われていたらどうなっていたことか」
「けど祭壇の作り方、書いてない。インカの光の封じ方、書いてない。十面鬼、昔バゴーの弟子だった。インカの祭壇、完成させているかもしれない」
「その可能性はあるけど、材料が集まっていない筈だよ。特に祭壇の製造に必要な『空から降って来た赤黒い石』、つまり特殊な成分を含んだ隕石はほとんど現存していない。仮にあってもその加工にはかなりの時間がかかるから、加工が済んだ隕石が二つない限り完成しない。ただ、なんらかの手段で隕石を手に入れてる可能性もあるから、一応滝さんに連絡しておくよ」

 ビクトルは通信機を取り出して和也に連絡を入れる。

「ビクトル・ハーリンです。……そうですか、キングダークの方は片付きましたか。……いえ、インカの祭壇が完成している可能性があると、アマゾンが言っていたので念のため……分かりました。では後ほど」

 ビクトルは通信を切ると口を開く。

「いいニュースが一つ入ってきたよ。昨夜中国地方で活動していた『GOD機関』が仮面ライダーやSPIRITS、それにIS操縦者のお陰で鎮圧されたそうだよ。それで、まだ戻ってきてないXライダーが到着次第、滝さんたちが援軍に来てくれるみたいだ」
「そうか、滝さんやおじさん、他の仮面ライダーも来てくれるのか。この調子でいけば、勝てるな」
「いや、簡単にはいかないだろうね。今回の場合は特に」
「やっぱり『大首領』のこと、か?」
「その通り。あの『JUDO』や『創世王』、『クライシス皇帝』でさえ自分の下僕とまで言い切り、組織を復活させられる存在が、なぜか人類との攻防に甘んじている。本気を出せば人類など簡単に滅ぼせる力があるのに。その理由が分かるかい? 大首領はこの期に及んで、また負の感情を人間から吸い上げようとしているんだよ。仮に組織を全て打倒しても、大首領にとっては便利な手足がなくなって不便な程度。大首領そのものを叩かない限り、戦いは終わらないだろうね。その大首領がどこに潜んでいるかが分かれば話は別なんだけど」
「なら、見つけるまで戦う。オレ、トモダチがいるこの世界守る。この世界壊そうとする大首領、倒す。それだけ」
「ま、アマゾンならそう言うと思ってたよ。ビクトル、今は俺たちは俺たちに出来ることをするしかない。まずはゲドンとガランダーを倒してからだ。その先はこれから考えていけばいい」
「それもそうか。休憩しよう」
「そうだ。マサヒコ、ビクトル、これ食べる。元気になる」

 話を終えるとアマゾンがバナナを一房取り出し、マサヒコとビクトルに一本ずつちぎって渡す。アマゾンはバナナを一本房からもいで皮を剥いて食べ始める。マサヒコとビクトルも皮を剥いでバナナにかぶりつく。ほのかな甘みが口の中に広がり、頭が徐々にすっきりとしていくのをビクトルが感じると、食べ終わったアマゾンは同じく食べ終えたマサヒコに尋ねる。

「けど、どうしてリンとモグラは向こうなんだ?」
「二回もゲドンやガランダーに襲われたんだ、また襲われる可能性も否定できない。万が一あの避難所を襲ってきても鈴さんやモグラを残しておけば、獣人にも対処出来るだろ? それに鈴さんには親子水入らずの時間を過ごして欲しいしさ」
「本当なら問題になるけど、アマゾンはキープの解読があるし、護衛に残せるのは消去法で鈴さんとモグラだけなんだよね」

 マサヒコがアマゾンの質問に答えるとビクトルが付け加える。鈴とモグラ獣人は神戸市の避難所に残している。アマゾンにはキープの解読という仕事があったし、SPIRITS第6分隊が留まるにはあの避難所一帯は少々手狭だ。なにより市民に余計な不安やストレスを与えかねない。そこで鈴とモグラ獣人に護衛として避難所に詰めて貰うことにした。もっとも、ビクトルとしては飛虎と一晩くらい一緒に過ごしてほしい、という気遣いもないわけではない。後で問題になる可能性もあるが、その時はビクトルが責任を取るまでの話だ。鈴のカウンセラーとしてこれ以上無理をさせたくはなかった。
 ビクトルはバナナの皮をゴミ箱に捨てて空間投影式ディスプレイを展開する。メールをチェックしていたビクトルだが、一通の新着メールに気付く。送ってきたのはマサヒコの実姉で、ビクトルとは国際IS委員会の同僚に当たる生理学者の岡村りつ子だ。すると背後から覗きこんでいたマサヒコが口を挟む。

「お、誰からかと思えば姉さんからか。もしかして、ようやく姉さんにも春が来たってことなのかな? 姉さん、今まで男の影とか全然なくて、弟の俺でも不安になるレベルだったからな。けど相手がビクトルってのは正直複雑だな」
「そんなんじゃないよ、マサヒコ。マサヒコだって弟には浮いた話がないって岡村博士が言ってたんだから、人のことは言えないだろうね。僕もいつそうした話が出てくるのか不安なくらいさ。それはともかく、真面目な話をすれば岡村博士には高坂博士が残した、古代インカ文明に関する研究資料に当たって貰ってたんだ」

 マサヒコに軽口を叩き返しながらもビクトルはメールを開く。そこにはりつ子の添え書きや注釈入りで、高坂博士が鑑定を依頼された長野県の『九郎ヶ岳遺跡』の神殿跡から発掘された二個の霊石の鑑定結果と、石に関する所見が書かれている。りつ子の注釈によれば、九郎ヶ岳遺跡は古代インカ文明が繁栄していたのとほぼ同時期、長野県を中心に栄えた一大集落群であったらしい。その技術力も同時代としては異常なまでに発達していたが、古代インカ文明が滅びるのと時を善後して集落群も滅び、僅かに残った遺跡を除き、痕跡や文化は消えてしまったとのことだ。最初は日本とインカに何のつながりがあるのか疑問に思ったビクトルであったが、ある一文に目が止まる。
 その一文にある高坂博士の所見によれば、霊石は古代インカ文明で崇められた『空から降って来た赤黒い石』と同一の可能性が高いとあった。他の専門家の解析結果によれば、この石には地球には本来存在しない成分が含まれており、隕石として宇宙から降って来た可能性が高いとのことだ。
 ビクトルは続けてりつ子が添付した別のファイルを開いてみる。そこには京都大学の神崎博士が中心となって行われた日本、アメリカ、中国、ブラジルの合同発掘調査チームの報告書が添付されていた。内容は古代インカ文明の遺跡で『空から降って来た赤黒い石』の欠片を発掘したこと。成分分析の結果、京都大学で保管されている九郎ヶ岳遺跡の霊石とほぼ同一であること。そして古代インカと日本で、隕石信仰が見られた点は興味深いと書かれて報告書は締められている。

「京都、赤黒い石、九郎ヶ岳……まさか!?」

 ビクトルが荒々しく立ち上がった直後、キャプショーがドアをろくにノックもせずに部屋に入ってくる。

「失礼します! ゲドンとガランダー帝国が……」
「京都に出現したんですね!?」
「え、ええ。そうですが……なぜそれが?」
「説明は後でします! アマゾン、先に京都へ向かってくれ! キャプショー分隊長、鈴さんにも連絡をお願いします!」

 ビクトルが言うか言わないかの内にアマゾンは部屋を飛び出して行き、ビクトルもマサヒコやキャプショーと共に部屋を出て駈け出す。

「けどビクトル、どうしてゲドンとガランダーが京都に出たって分かったんだ!?」
「連中が一番欲しい『空から降って来た赤黒い石』が京都にあるって分かったからさ! だから今まで京都に姿を現してなかったんだ! こっちの目を京都から離すために!」

 ビクトルはマサヒコに答えるとすでに出撃用意が完了している輸送ヘリに乗り込む。最後にマサヒコとキャプショーが乗り込んで点呼を終えると、輸送ヘリは続々と空へと飛び立って一路京都を目指すのであった。

**********

 少し時間を遡る。
 神戸市にある避難所では飛虎や中島吾郎といった面子に加え、鈴も炊き出しを行っていた。今回の炊き出しはチャーハンだ。飛虎を始めとする料理人は勿論、鈴も中華鍋を振ってチャーハンを作っていく。最後に市民にチャーハンが行き渡ったのを見ると、飛虎らは余った材料で賄い用のチャーハンを作り、食材やガスボンベをひっきりなしに運んでいたモグラ獣人に鈴が声をかける。

「モグラ、もういいわよ。私たちもご飯にしましょ?」
「待ってました! 腹が減っては戦は出来ぬ、働いた後の飯は最高に旨いからな!」
「昨日あれだけ食べたのに、まだそんなに食欲があるのはある意味尊敬するわ。モグラってなんか太らなそうだし」
「そう言うなよ。俺たちモグラは沢山食わないと死んじまう体質なんだよ。それで、今日はなんだ?」
「チャーハンよ。一応聞いておくけど、食べられない食材とかはない?」
「いや、別にないけど。椅子とかじゃなければなんでも食えるぞ?」
「そうなんだ……モグラって、本当にモグラの獣人なのかな……?」

 ボンベを下ろして疲れなどないように喜ぶモグラ獣人を見て、鈴は半ば呆れたように呟く。昨夜もモグラ獣人は余った酢豚を全て平らげていた。モグラ獣人が動物のモグラをベースにしているだけに、人間用の料理を食べたら問題あるのではないかと鈴や飛虎、吾郎も懸念していたが、余計な心配だったようだ。
 モグラ獣人は鈴から自分のチャーハンとスプーンを受け取って座り、鈴も隣に腰かける。モグラ獣人は器用な手つきでスプーンを手にチャーハンをすくっては口に運んでいく。鈴はそれをまじまじと見てしまう。確かにモグラ獣人の手は人間のそれに近い形状をしているが、元はモグラと思えない程に器用にスプーンを使っている。それを見るとどうしても注目してしまう。流石にモグラ獣人もばつが悪いのか、一度手を止めて鈴に向き直る。

「鈴、そんな珍しいものでも見るような目で見ないでくれよ。恥ずかしいって言うか、やりにくいったらありゃしない」
「あ、ごめん。けど色んな意味でモグラは珍しいと思うんだけど。獣人なんて見たことない人が多いだろうし」
「それもそうか。だけど鈴、親父さんの所にいかなくていいのか? 親父さんと話してた方がいいだろ?」
「私もモグラも護衛するためにいるんだから、あんまり公私混同出来ないわよ。それに、父さんと母さんが離婚して親権は母さんにあるのは変わらないんだから。父さんと話してたら私だけじゃなくて、父さんにも迷惑がかかっちゃうんだから、なおさらだよ。私はモグラと話すのも結構好きだし」
「ありがとよ。けど本当は織斑一夏ってのと話すのが一番いいんだろ?」
「そんな情報、どっから仕入れてきたのよ?」
「昨日あれだけ一夏、一夏言ってれば嫌でも分かるって。まあ、どんな関係かはよく知らないが、たまには素直になれよ。どうせ一夏ってのにも、親父さんみたいにいつもつっけんどんな態度取ったりしてるんだろ?」
「それは、その……」

 内心を言い当てたモグラ獣人に言葉が詰まる鈴だが、モグラ獣人はそれ以上は追及せずにチャーハンを完食する。鈴もまた食べ終えてモグラ獣人と共に容器をゴミ袋に入れる。先に後片付けを始めていた飛虎や吾郎たちを手伝い、片付け終えた鈴とモグラ獣人は再び腰かける。するとモグラ獣人が鈴に尋ねる。

「ずっと気になってたんだけどよ、鈴が着てるあのヘンテコな鎧、シェーロンだかインフィなんとか言うヤツさ、あれって一体なんなんだ?」
「『甲龍(シェンロン)』のこと? これはインフィニット・ストラトスっていうパワードスーツよ」
「インフィ……パワード……俺、横文字は強くないから、もう少し分かり易く説明してくれないか?」
「インフィニット・ストラトス、よ。普通はIS(アイエス)って言うから、そっちで覚えてくれて構わないわ。もの凄く大雑把かつ乱暴に言うと、着れば生身の時よりも強い力が出せて、普通の人間じゃ使えないような武器が使えて、空を自由に飛べるようになる装備よ。けどモグラがそんなこと聞いてどうするの?」
「いやよ、また生き返ったのはいいんだけど、鈴やビクトルの話についていけないことがあってさ。俺ももう一回くらい、社会勉強をしておきたいんだ」
「そっか、モグラはISとか全然知らなくて当然だよね……」

 怪訝そうな表情を浮かべる鈴だが、続くモグラ獣人の言葉に納得する。モグラ獣人が一度目の死を迎えてからもう40年、別個体に近い存在とはいえバダンの手によって再生され、二度目の死を迎えてから数えて30年以上経過している。それだけの年月が経てば嫌でも世界は変化している。ましてやISが登場してからは、たった10年で世の中はめまぐるしく変化している。今の時代に甦っては分からないことだらけだろう。昨日も空間投影式ディスプレイを見て鈴に質問してきたくらいだ。あるいはアマゾンやマサヒコ、ビクトルと言った『トモダチ』に対し、自分だけ取り残されているのが寂しいのかもしれない。
 そんなことを鈴が考えているとは思いもよらないのか、モグラ獣人は続けて質問する。

「だから鈴にアイエスってのについて聞きたくてよ。とりあえず簡単に教えてくれや」
「簡単にって言うけど、結構難しいのよ? そうね、まずどうしてISが出来たか、ってのから始めようか。ISは元々宇宙開発のために作られた高性能な宇宙服、『マルチフォーム・スーツ』ってヤツだったの。モグラ、一応聞いておくけど、宇宙が何かは分かるわよね?」
「馬鹿にするな、鈴。俺だって空のずっと上には宇宙があることくらい知ってるぞ。けどよ、なんで宇宙で着るアイエスが怪人と戦ってるんだよ?」
「最初のIS『白騎士』が日本に飛んできたミサイルとか、集まってきた艦隊とかを無力化しちゃって、お偉いさんがISは兵器としても使えるって目をつけたのがきっかけよ。それが今から10年前の話。それから色んな国でより高性能なISを作ろうって研究が進んでるの。なんせ他の兵器じゃISには勝てないんだから、自分の国でもISを持っておかないと、いざISに攻めてこられたらどうしようもないでしょ?」
「だったら、なんでSPIRITSとかはアイエスを使ってないんだ? あれが人数分あったら、ゲドンやガランダーにだってもっと簡単に勝てるだろう?」
「簡単にはいかないのよ。ISには絶対に必要な『ISコア』っていう部品があるんだけど、世界中に467個しかないのよ。しかも作れるのはISを発明した篠ノ之束って人だけ。だからISは何個も作れるものじゃないの。それにISはたった一人の例外を除けば女の人にしか乗れないの。コアが沢山あって男の人でも乗れるようになっても、ISを作るのにお金がすごくかかるから、やっぱりSPIRITSの人たちには行き届かないだろうけど」
「なるほどなあ。けど、どうして誰も篠ノ之束ってのに、アイエスコアの作り方を教えて貰わなかったんだ?」
「誰も教えて『貰わなかった』んじゃなくて、教えて『貰えなかった』のよ。ISコアの情報はほとんど公開してくれなかったし。分解して分析しようにも数が少ないから、分解するコアをどこで出すかでもめて中止になったらしいし、分解しないで調べようにも、外部からの走査は一切できないらしいから。お陰で篠ノ之束って人が3年前にコアを作るのを止めて、姿を消してからはコアが467個から増えなくなっちゃったのよ。まあ、色々と例外はあるんだけどね」
「色々と面倒なんだな、そこら辺は。けど鈴、あの馬鹿でかいアイエスはどこにしまってるんだ?」
「大雑把に言うと、この腕輪の中にもの凄く小さくした状態で入ってるのよ。原理とかは簡単に説明するのが難しいから、アマゾンみたいに『変身』するって覚えてくれていいわ」
「大体分かったような、わかんないような……とにかくありがとうよ、勉強になった。しかしここまで進んでると、ラジオどころの話じゃないよな」

 モグラ獣人は鈴の説明を聞くと数回頷いて質問を打ち切る。一先ずは納得してくれたようだ。飛虎が歩いてくるとモグラ獣人は立ち上がって鈴から離れようとする。しかし飛虎はモグラ獣人を手で制する。

「お気遣いは無用です。大した話はしませんから」
「いや、そうは言っても、流石に部外者の俺がいるってのも」
「大丈夫だから。それで父さん、話って?」
「いや、これからどうするのかと思ってな。まだゲドンもガランダー帝国も倒しちゃいないだろう?」
「ゲドンとかガランダー帝国が動き出さないと、こっちもどうしようもないかな。ごめん、キャプショー分隊長からみたい」

 飛虎の質問に答えた後、鈴は一度その場を離れて通信機のスイッチを入れる。

「こちら……本当ですか!? 分かりました、すぐ行きます! ごめん、私もう行かないと! モグラはキャプショー分隊長が、ヘリで拾ってくれるらしいから!」
「鈴音!」
 
 鈴はモグラ獣人に京都にゲドンとガランダー帝国の獣人が出現したことを教えると、大急ぎで『甲龍』を展開する。しかし飛虎が呼び止めると振り返る。

「……頑張りなさい」
「うん、ありがとう」

 飛虎の激励に鈴は八重歯を見せるように笑い、高速機動パッケージ『風(フェン)』を呼び出し、スラスターを噴射して飛び立っていく。入れ違いになるように輸送ヘリが1機モグラ獣人の前に降下してくる。乗っているのはマサヒコとビクトル、それにSPIRITS第6分隊の隊員の一部だ。

「モグラ、早く乗れ!」
「ちょっと待った! マサヒコ、ビクトル、俺だけじゃなくて鈴の親父さんも乗せていってやってくれないか?」
「モグラ!? 一体何を言ってるんだよ!?」
「いや、親父さんは普通に送り出したけど、やっぱり心配で堪らないって顔してるしよ。連れて行ってやった方がいいんじゃないか?」
「分かりました。同行を許可します。ただしヘリ内で待機して貰います。いいですね?」
「申し訳ありません。お手数をおかけします」

 モグラ獣人の提案に反対するマサヒコとビクトルだが、キャプショーが少し思案した後に許可を出し、飛虎は一礼して輸送ヘリに乗り込む。モグラ獣人も渋りながらも嫌々ヘリに搭乗する。直後にヘリは再び飛翔し、一路ゲドンとガランダー帝国が暴れる京都へと向かう。
 京都で、鈴や飛虎にとってあまりに意外な人物が待っているとも知らずに。

**********

 京都府京都市。平安京が造営されて以来、明治維新を迎えるまで長らく宮城が立地したこの街には、多数の歴史的建造物が立ち並んでいる。中にはバダンによって復活させられて暗躍した『ゲルショッカー』の怪人『ガラオックス』によって浮遊させられ、『バダンシンドローム』を人々に発症されるのに利用された挙げ句、墜落して大破した『東寺』や、ゲルショッカーを率いる『ブラック将軍』が拠点とし、仮面ライダー2号と激闘を繰り広げた『清水寺』など、一度は破壊された建造物もあるが、比較的損傷が少なかった清水寺は勿論、完全に大破した東寺ですら復元を完了している。
 古くからの街並みを取り戻した古都では、ゲドン及びガランダー帝国の獣人やジューシャが跋扈している。そんな街を一台のワゴン車が猛スピードで通りを走り抜け、赤ジューシャが乗ったバイク数台が猛然と追いかける。ワゴン車はハンドルを大きく切って時にバイクに体当たりをかまし、追ってくる赤ジューシャを振り切ろうとするが、赤ジューシャは一向に追跡を止めようとしない。別の通りから赤ジューシャのバイクがワゴン車に突っ込んでくる。逃れようにも横への抜け道は細すぎて、ワゴン車では通れない。ならば強行突破といわんばかりにワゴン車はバイクに正面衝突し、前にいたバイクが撥ね飛ばされるがワゴン車も大きく減速してしまう。
 それでもワゴン車は先に進もうとするが、トゲアリ獣人が身体から飛ばした針がワゴン車のタイヤに直撃する。タイヤがパンクしてワゴン車は制御を失ってスリップし、数回スピンした後に路上に放置されていた車に追突してようやく停車する。乗っていた4人の男女は運転席や助手席、後部座席から降りて赤ジューシャや黒ジューシャから逃れようとする。

「馬鹿め! 誰一人として生かして帰すものか!」
「うわあああああああああっ!?」
「ソレル博士!?」
「張博士! 沢渡君! 振り向いては駄目だ! 走れ!」

 しかし運転席から出た金髪碧眼の壮年男性が、物陰から飛び出してきたハンミョウ獣人に圧し掛かられ、抵抗する間もなく噛み殺される。若い日本人らしき女性とそれより年上らしき女性が振り返るが、アタッシュケースを持った初老の男性の声を聞くと、金髪の男性がハンミョウ獣人に肉を食いちぎられて咀嚼される音を聞きながら、通りを走って狭い路地に入り、少しでも距離を開けようと必死に走る。

(連中の狙いは九郎ヶ岳遺跡で発掘された霊石みたいね。けど、どうして連中が霊石を狙ってくるのかしら?)

 必死に走りながらも年上の女性こと張妹蘭(チャン・メイラン)は思考を巡らせる。
 妹蘭は中国の吉林大学で教鞭を執るかたわら、古代インカ文明の専門家として何度もアマゾン川流域の発掘調査に赴いた考古学者だ。一時は結婚や出産、研究に行き詰まりを感じていたことから大学を辞め、日本に渡り夫の店を手伝っていた。しかし娘の進路をめぐって夫と対立した結果離婚にまで発展し、娘も大きくなっていたことから、元同僚の誘いで吉林大学の講師として復帰すると改めて研究に専念していた。
 今回も京都大学の神崎教授を中心とした中国、日本、アメリカ、ブラジルの4カ国による合同発掘調査団に加わっていた。古代インカで信仰された『空から降って来た赤黒い石』の破片を発掘し、京都大学で保管されていた九郎ヶ岳遺跡の霊石と同一と解明するなど、大いに成果を上げたところ宣戦布告がなされた。
 研究者たちの意見は大いに別れ、大人しく避難や国外退去をすべきという意見や、貴重な発掘物だけでも海外に移すべきなどの意見が噴出した。結局意志統一がなされないまま、ゲドン及びガランダー帝国の出現という事態を迎えてしまった。最終的にはは神崎博士の提案で避難することで合致し、しばらくくの間妹蘭も避難所で生活していた。しかし京都に一向にゲドンやガランダー帝国の獣人が姿を現さず、再び研究者の間で発掘物を持ち出そうという意見が強まった。そこで国防軍や警察の許可を得て研究者たちは京都大学に戻り、放置された発掘物を持ち出すことにしたのだが、途中でゲドンやガランダー帝国の襲撃を受けてしまった。
 不意討ちだったこともあり生き残ったのは妹蘭に神崎博士、神崎博士の助手をしている沢渡だけだ。残りはソレル博士のように獣人に食われたか、ジューシャによって惨たらしく殺されている。持ち出せた発掘物も、神崎博士が持っているアタッシュケースに収められた霊石だけだ。路地を抜けて必死に駆け抜け続ける3人だが、上空から音もなくフクロウ獣人が降り立ち、3人に襲いかかる。フクロウ獣人は先頭に立つ神崎博士を嘴で突こうとするが、咄嗟に神崎博士はアタッシュケースを沢渡に投げ、フクロウ獣人に飛びかかって抑えつけて叫ぶ。

「ここは私が食い止める! 君たちは早くそれを持って逃げるんだ!」
「し、しかし!」
「私なら大丈夫だ! 私を思うなら早く行ってくれ!」
「……分かりました! 沢渡さん、行きましょう!」

 内心神崎博士は助からないと確信した妹蘭であったが、命がけで時間を稼ごうとしている神崎博士を見て妹蘭は頷いてしまい、呆然とする沢渡の手を引き必死に走り始める。最初は神崎博士の名前を必死に呼んでいた沢渡であったが、黒ジューシャが殺到してくると沢渡も諦めたのか、アタッシュケースをしっかりと持って走り始める。追跡してくる黒ジューシャを路地に入ってまき、赤ジューシャの監視の目を逃れ、妹蘭と沢渡は一度息を整えるべく立ち止まって休む。息を大きく吸って吐きながら妹蘭は沢渡に声をかける。

「沢渡さん、あなたが付き合うことはないわ。連中の狙いは間違いなくアタッシュケースの中身よ。だから私がアタッシュケースを持って逃げる。あなたはその隙に別の方向に逃げて。少しは助かる確率が上がるはずよ」
「そうはいきませんよ! 私だって、神崎先生の弟子です。あいつら、アタッシュケースがなくても私たちを殺そうとしてくると思います。張博士こそ本当にいいんですか?」
「いいのよ。警告を無視して、本国から見捨てられた身ですもの。今さら生きて帰れるなんて思ってないわ」

 妹蘭は沢渡を気遣うが、沢渡は気丈に首を振って妹蘭に尋ねる。妹蘭ら日本以外の調査団のメンバーは宣戦布告後、本国から直ちに日本から退去するようにと警告を何度も受けていた。帰国したメンバーもいたが妹蘭のように発掘物を守りたいと考え、日本に残ることを選んだメンバーには本国から安全は一切保証しないという旨と、一切自己責任となる旨を告げられ、事実上本国から切り捨てられた。
 妹蘭以外のメンバーは身寄りがいない者ばかりで特に問題はなかったが、妹蘭には離婚した後に引き取った一人娘がいた。それを知るメンバーの中には帰国を勧める者も少なからずいたが、結局妹蘭は最後まで残ることを決めた。娘には放任主義を取っていたし、今の娘は中国の国家代表候補生、それも専用機持ちである。自分がいなくても十分に自活していける。

(それに、私みたいな母親はいない方がいいのかもしれないわね)

 妹蘭は内心娘に負い目がある。自分と夫が娘の進路が原因で仲違いをし、離婚に至ってしまったことは娘の心に深く影を落としている。あのときは本当に娘のことを想い、料理人を継がせて日本で過ごさせようという夫の考えに反対したが、本当は仲間から考古学者として復帰しないかと誘われ、その障害となる夫、さらには娘から離れてやりたいことをやろう、と心の奥底では思ってしまっていたのかもしれない。結局親権を勝ち取って中国に戻った後、娘と二人で暮らしながら考古学者として復帰し、娘が国家代表候補生となってからは本格的に発掘調査を開始するなど、娘を放置していたように思える。そんな自分が母親を名乗っていいのか、と今でも妹蘭は悩む時がある。
 しかし奇声と共に黒ジューシャが妹蘭と沢渡を見つけて走り寄ってくると、二人は休憩を止めて再び走り出す。二人はとうとう『三条大橋』を渡り始める。しかし前から別の赤ジューシャが走ってくる。さらに橋の下を流れる『鴨川』からゲンゴロウ獣人とサンショウウオ獣人が飛び出し、前後から挟むように立ちはだかる。最後にフクロウ獣人が『何か』を手に持って橋の欄干に降り立つ。フクロウ獣人はコリコリと音を立てながら、何かを嘴でついばんでは咀嚼している。妹蘭と沢渡はフクロウ獣人が持っているのが人間の死体であると気付き、服装を見て死体の正体を悟る。

「神崎、先生……?」

 フクロウ獣人が捕食しているのは神崎博士の死体だ。頭は半分以上齧られて原型を留めていない。あまりにショッキングな光景に限界を迎えたのか、沢渡はその場に倒れ込んで気を失う。

「沢渡さん! しっかりして! 沢渡さん!」

 慌てて沢渡を起こそうと身体をゆする妹蘭だが、沢渡は一向に意識を取り戻さない。

「どうやら年貢の納め時らしいな! 死ね! 人間ども!」

 ゲンゴロウ獣人とサンショウウオ獣人が一斉に妹蘭めがけて飛びかかる。

「ウォアアアアアアアアアッ!」

 だがトカゲを思わせるバイクが赤ジューシャや黒ジューシャを蹴散らし、勢いよく体当たりを仕掛けてサンショウウオ獣人を撥ね飛ばす。まだら模様の上着を着た妙な男がバイクから降りてゲンゴロウ獣人に飛びかかり、圧し掛かって地面を転がりながら何度も噛みつく。男は一度飛び退いて妹蘭と気絶した沢渡を庇うように前に立つ。

「あなたは……!?」
「逃げろ!」
「おのれアマゾン! やはり邪魔しに来たか!」

 男ことアマゾンを見て怒り狂ったフクロウ獣人は神崎博士の死体を放り出すと、アマゾンへ突っ込んでいく。アマゾンは怯まずに逆に踏み込み、両手を胸の前でクロスさせてもがくように動かす。

「アァァマァァゾォォォン!」

 直後にアマゾンの身体は光に包まれ、光が消えると変身を完了する。仮面ライダーアマゾンはフクロウ獣人めがけて突進し、右手のアームカッターに力を込める。

「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンが右腕を思い切り横に振ると、フクロウ獣人の首が刎ね飛ぶ。傷口から大量の血を噴き出しながらフクロウ獣人は斃れ、死体が液化して消え去る。ゲンゴロウ獣人は槍状の両手で仮面ライダーアマゾンを突き殺そうとするが、仮面ライダーアマゾンは突きを紙一重で回避する。その首筋に水平チョップを打ち込んで怯ませ、チョップの連打を浴びせてゲンゴロウ獣人を攻め立て、パンチを連続して胴体に叩き込む。締めに回し蹴りを頭に入れて蹴り飛ばした後に跳躍し、足を向ける。

「アマゾンキック!」

 蹴りを受けたゲンゴロウ獣人は大きく吹き飛び、ジューシャを巻き込んで死体も消える。死に顔を確認することもせず、仮面ライダーアマゾンは残るサンショウウオ獣人へ挑みかかっていく。サンショウウオ獣人は仮面ライダーアマゾンに体当たりをしかけるが、仮面ライダーアマゾンは半身で回避し、足を払うように下段回し蹴りを放ってサンショウウオ獣人を転ばせる。
 サンショウウオ獣人が立ち上がる前に仮面ライダーアマゾンは馬乗りになり、クラッシャーを開いて幾度となく噛みつき、両手の爪で引っ掻いた後に喉笛を食いちぎって飛び退く。再生能力のあるサンショウウオ獣人といえども再生が追い付かないのか、全身から血を流してフラフラになりながら辛うじて立ち上がる。好機と見た仮面ライダーアマゾンは高々とジャンプし、右足を振り上げる。

「ガアアアアアアアアアッ!」

 踵落としの要領で右足首に装備されたレッグカッターを振り下ろし、サンショウウオ獣人の身体を縦に真っ二つにする。流石のサンショウウオ獣人も再生できないのか、まもなく液化して死体が消え去る。だが背後から跳躍してきたハンミョウ獣人が顎の一部を手裏剣のように投げつけ、ガマ獣人が長い舌を伸ばして攻撃してくる。仮面ライダーアマゾンは振り向き様にハンミョウ獣人の顎の一部を手で払い落し、ガマ獣人の舌を左手のアームカッターで切り裂いて悶絶させる。
 仮面ライダーアマゾンが着地するとハンミョウ獣人は跳躍し、急降下しながら顎で噛み殺そうとする。仮面ライダーアマゾンは迎撃するように飛び上がり、独楽のように高速回転してハンミョウ獣人へ体当たりを仕掛ける。

「スピンキック!」

 ハンミョウ獣人が仮面ライダーアマゾンを噛み砕いてやろうと顎を閉じる。しかし高速回転しながら突っ込んでくる仮面ライダーアマゾンを止めるには力不足だったのか、顎が逆に削ぎ飛ばされ、体当たりをまともに受けたハンミョウ獣人の頭部が吹き飛ぶ。仮面ライダーアマゾンは急降下してガマ獣人の偽の頭を蹴り飛ばすと、本物の頭にチョップを数十発打ち込んでグロッキーにし、背びれを擦り合わせて独特で奇怪な威嚇音を立てる。

「ケケェェェェェェ!」

 仮面ライダーアマゾンは右腕のアームカッターをガマ獣人の頭に振り下ろして両断し、死体を蹴り飛ばす。だがトゲアリ獣人が蟻酸を飛ばすと、仮面ライダーアマゾンは妹蘭と沢渡を抱えて飛び退く。蟻酸は神崎博士の死体を一瞬ので骨も残さず溶かし尽くす。仮面ライダーアマゾンは欄干を蹴って跳躍し、建物の屋根から屋根に飛び移って逃走を開始する。トゲアリ獣人がそれを追いかけ、合流してきた獣人吸血コウモリとムササビ獣人が空を飛び、妹蘭と沢渡を抱えた仮面ライダーアマゾンを追跡する。獣人吸血コウモリとモモンガー獣人は建物の屋根を蹴って宙に舞い、動けない仮面ライダーアマゾンめがけて急降下する。

「あんたたちの好きにはやらせないんだから!」

 だが背後から瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って鈴が接近し、両手に持った刀刃仕様の双天牙月で獣人吸血コウモリとモモンガー獣人の首を切り落とす。仮面ライダーアマゾンが着地して妹蘭と沢渡を一際高い建物の前に降ろすと、輸送ヘリからSPIRITS第6分隊の隊員がラベリング降下し、妹蘭と沢渡を囲むように布陣を敷く。他の地点でも同じように輸送ヘリから隊員が降下していくと、鈴は双天牙月を構え直してトゲアリ獣人へ突っ込む。トゲアリ獣人は蟻酸を吐きかけるが、鈴は急上昇して蟻酸を回避し、飛ばしてくる針を両手の双天牙月を軽快に振り回して全て斬り落とす。仮面ライダーアマゾンがトゲアリ獣人へと飛びかかり、回し蹴りを放ちながらレッグカッターで首を切り裂き、トゲアリ獣人はその場に斃れ伏す。
 鈴は続けて仮面ライダーアマゾンと共に赤ジューシャや黒ジューシャの掃討を開始する。通常の双天牙月より重さを落とし、代わりに切れ味を増した刀刃仕様の双天牙月を振るって赤ジューシャを斬り捨て、黒ジューシャを真横に設置された衝撃砲で吹き飛ばし、衝角を兼ねた追加装甲を使った体当たりをお見舞いしてやる。

「小娘が! あの時の屈辱を晴らさせて貰うぞ!」

 鈴にイソギンチャク獣人が自らの一部を投げつけるが、鈴は腕部龍咆であっさり弾き飛ばす。続けて一気に加速して懐に踏み込むと、右半身でショルダーチャージを入れつつ龍咆を発射する。イソギンチャク獣人が吹き飛んで動けない隙に双天牙月を連結させ、素早く首を切り裂く。イソギンチャク獣人が首から大量の血を噴き出して斃れると、掃討が完了したのかSPIRITS第6分隊が集結してくる。残りは仮面ライダーアマゾンが相手をしている黒ジューシャだけだ。

「も、もう駄目だ! た、退却だ!」
「愚か者が! 我らガランダー帝国に逃亡は許されんという掟を忘れたか!」
「こ、この声は!? ぎゃああああああああああ!?」

 最早勝ち目はないと確信した黒ジューシャは逃走に転じるが、罵声と共に上空から放たれた雷撃により黒ジューシャは黒焦げになる。鈴が雷撃が放たれた方を見ると三頭の白馬に牽かれた古めかしい戦車と、ランスを持った黒ジューシャが乗った数頭の黒馬が宙に浮いている。非常識な事態に一瞬頭が混乱する鈴であったが、戦車に乗っている者を見てすぐに持ち直す。乗っているのは炎を模したガランダー帝国の紋章の飾りのついた兜を被り、目元にマスクを着け、全身に銀色に輝く鋼鉄の鎧を身に纏い、身体の右半分には赤い服を羽織り槍を持った男だ。仮面ライダーアマゾンは唸り声を上げ、男の名前を叫ぶ。

「ゼロ大帝!」
「今度は立体映像じゃない……とうとうガランダーの親玉が、直々にお出ましってわけね!」
「いかにも! アマゾンライダー! それに凰鈴音! 再三の警告を無視して大首領様や我らに逆らったのみならず、よくもわしの可愛い獣人たちとジューシャたちを殺してくれたな! ここでわし直々に罰を与えてやる! ガランダー帝国の法により、貴様らは全員死刑だ!」
「いきなり自分でジューシャを処刑しておいて、なに勝手なこと言ってんのよ!? けどいいわ。ここであんたを倒して決着をつける!」
「ガウアアアアアアア!」

 ゼロ大帝の無茶苦茶な物言いにツッコミを入れつつ、鈴は双天牙月を構え直す。仮面ライダーアマゾンは咆哮と共に跳躍し、空中のゼロ大帝へと挑みかかる。

「フン、返り討ちにしてくれる!」

 ゼロ大帝がランスを前に突き出すと黒ジューシャもランスを構え、一斉に雷撃が発射される。仮面ライダーアマゾンは雷撃に身を焦がされながら『コンドラー』を操作してロープを射出し、戦車を牽いている馬の足に巻きつける。

「小癪な! 叩き落としてくれるわ!」

 ゼロ大帝は仮面ライダーアマゾンを叩き落とそうと雷撃を連射するが、仮面ライダーアマゾンはロープの先にたどり着き、戦車に乗り込むとゼロ大帝に飛びかかる。ゼロ大帝が突き出したランスが掠り、右肩から血を出しばがら貫手を放った仮面ライダーアマゾンだが、ゼロ大帝は空いた左手で貫手を掴み止める。再びランスで突こうとするゼロ大帝だが、仮面ライダーアマゾンはランスを蹴り上げて封じ、続け様に回し蹴り浴びせ怯ませる。鈴は増設されたスラスターをフル活用し、黒ジューシャが放つ雷撃を回避し、逆に双天牙月の斬撃を浴びせて黒ジューシャを全滅させる。

「潮時らしいな。今回は見逃してやる! だが、次はこうはいかんぞ!」
「待て!」
「ええい、鬱陶しい!」

 ゼロ大帝は捨て台詞を残し、食い下がってくる仮面ライダーアマゾンを鈴めがけて放り投げる。回避出来なかった鈴は仮面ライダーアマゾン共々大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられそうになる。スラスター出力を最大にして踏みとどまった鈴は仮面ライダーアマゾンの手を掴んで再浮上する。しかし戦車は猛スピードで離脱しており、仮面ライダーアマゾンを抱えたままでは追い付けそうにない。かといって降ろせば探知圏外に出るだろう。鈴はやむを得ずSPIRITS第6分隊の前に仮面ライダーアマゾン共々着陸する。
 ヘリから降りたビクトルが民間人を介抱している。マサヒコとモグラ獣人はキャプショーと何かを話していたが、鈴と仮面ライダーアマゾンを見るとすぐに寄ってくる。

「すいません、ゼロ大帝には逃げられちゃいました」
「心配要りませんよ。こちらで戦車に発信機を撃ち込んでおきましたから。ゼロ大帝の戦車は伊勢方面へ向かっています」
「それで、悪いんですけど……」
「鈴音!? あなた鈴音なの!?」

 鈴はキャプショーに申し訳なさそうに報告するが、キャプショーは首を振って情報端末を見せる。続けてマサヒコが何かを言おうとするが、女性の驚愕に満ちた声が鈴の耳に入る。鈴が声のした方向を見ると、よく見覚えのある女性が立っている。

「母さん!? なんで母さんが日本にいるの!?」

 目の前に立っているのは母親の張妹蘭だ。南米にいると言っていた妹蘭がなぜ日本にいるのか。頭が混乱する鈴に対し、妹蘭は冷静さを取り戻して話し始める。

「調査の関係で日本に来ていたの。当局からは国外退去するように言われたんだけれども、色々あって出るに出れなくなってしまって。避難した後にゲドンやガランダー帝国が全然来ないから、大丈夫だと思って京都大学まで発掘物を取りに行ったら、沢渡さんと一緒に襲われてしまったの。けど、鈴音が日本で戦っていたなんで……」

 妹蘭は鈴に事情を説明していたが、視線をSPIRITSに向けるとある男を見つける。背が高く髭を蓄えたガタイのいい男だ。鈴とマサヒコが顔色を変え、慌てて止めようとするが、妹蘭は無視して男の前に歩み寄る。妹蘭はいきなり男の頬を張って言い放つ。

「どうしてあなたがここにいるのかしら? 凰飛虎。鈴音と会っていいと許可した覚えはないんだけど?」
「不可抗力、というヤツだ」
「不可抗力? ふざけないで! いい、あなたはもう鈴音の父親じゃないの! 私や鈴音とは他人同士なの! 慰謝料を取らない代わりに鈴音と会わない、そういう決まりだったでしょ!? 約束を破るような人じゃないと信じてたけど、見損なったわ!」

 妹蘭は飛虎を罵倒する。マサヒコが説明しようとするが飛虎が手で制し、続く妹蘭の罵倒を黙って聞いている。

「男っていつもそう! どうせ女だからと見下して、既成事実を作れば何も言わない、とか高を括ってるんでしょうけど、そうはいかないわ!」
「違う! そんなつもりでいるわけでは……!」
「言い訳しないで! 大体ろくに鈴音の話も聞かないで、勝手に自分の跡を継がせようとしただけじゃなくて、こんな非常事態にかこつけて鈴音に会うなんて、本当に最低よ! あなたは父親以前に、人間失格だわ!」
「黙って聞いていればいい気になって! お前こそどうしてここにいるんだ!? 非常時に娘にまで迷惑を掛けて、人様に苦労をさせて、どの口で人に説教が出来るんだ!? 第一、鈴音が大きくなったのをいいことに、遺跡発掘に現をぬかしていたからこんなことになったんじゃないのか!?」
「父さん! 母さん! やめて! とにかくこっちの話を聞いてよ!」
「鈴音は黙ってて! これは私たちの問題よ!」
「で、でも……!」
「安心して、鈴音。二度と手出しさせないよう、この場ではっきり白黒つけてあげるから! 大体あなたは……!」
「いい加減にしろよ、あんたら!」

 鈴が止めるのも聞かず、口論を再開しようとする妹蘭と飛虎に、堪忍袋の緒が切れたマサヒコが力ずくで二人を止めようとするが、その前にモグラ獣人が珍しく声を荒げて割って入る。妹蘭もモグラ獣人の姿を見て唖然とするが、すぐに持ち直して反論しようとする。しかしその前にモグラ獣人が再び口を開く。

「あんたらな、別に喧嘩すること自体は別に構わない。けどな、自分の娘の前で、自分の娘を泣かせてまでやらなきゃいけない喧嘩か!? あんたらも親だってんなら、少しは鈴の気持ちを考えたらどうなんだ!? 一番悲しいのは鈴に決まってるじゃないか!」
「あ……」

 モグラ獣人が一喝すると妹蘭と飛虎はハッとして鈴の顔を見る。鈴の顔は明るく勝気な表情を浮かべたそれではなく、不安そうな表情を隠さず、今にも泣き出しそうな顔をしている。流石の妹蘭と飛虎もばつの悪そうな顔をして口論を止める。
 その頃、ようやく目が覚めた沢渡はビクトルに頼まれ、アタッシュケースを開けようとしていた。暗証番号を入力してケースの留め金を外し、ケースを開けて中身を確かめる。きちんと赤黒い石が入っているのを確かめて安堵する沢渡とビクトルだが、沢渡が石の一つを手に取り眺めていると急に表情が変わる。

「……違う! これ、九郎ヶ岳遺跡の霊石じゃありません!」
「まさか、すり替えられたんじゃ!?」
「そんなことはあり得ません! アタッシュケースに入れてからずっと神崎先生や私が持っていたんですから!」

 しかしアタッシュケースに入っていたのは霊石ではなかった。妹蘭が慌ててそれを手に取ってみる。違う。一見すると同じ見た目をしているが、よく見ると跡や文様が本物と異なる。アタッシュケースに入れてからすり替える暇などなかったので、予めすり替えられていたのだろう。気が動転していたので偽物と気付けなかったのかもしれない。するとビクトルが顔色を変える。

「やられた! 最初から連中は霊石を手に入れていたんだ! これは陽動だ! それもインカの祭壇を完成させるための!」
「そんな!? でもどうやって!?」
「多分、モグラ獣人が掘らされた穴って言うのは、この霊石を手に入れて偽物とすり替えるために必要だったんだ。そしてそれを糊塗するために派手に暴れ回り、インカの遺物を狙って見せたり、アジトを放棄して人質を解放して、僕たちの目を霊石のすり替えから逸らしていたんだろうね。僕たちは霊石をこれから狙ってくるだろうと思いこんで、本当の目的に気付けなかった。急ぎましょう! インカの祭壇が間もなく完成してしまう筈だ!」
「アマゾンは……とっくに行ってるな。とにかく二人とも乗って下さい! 避難所まで送っていく暇がない!」

 ビクトルの一言でSPIRITS第6分隊は一斉にヘリに乗り込み、マサヒコの提案で飛虎のみならず妹蘭と沢渡も輸送ヘリに乗り込む。鈴は仮面ライダーアマゾンを追って飛び立ち、間もなく輸送ヘリも続々と飛び立つ。
 その内マサヒコとビクトル、モグラ獣人が乗ったヘリではパイロットがSPIRITS隊長の滝和也と交信していたが、いきなり大声が響き渡る。

「も、もう一度確認します! 敵は『ゼロ大帝』で間違いないんですね!?」
「どうした?」
「分隊長、滝隊長達が現在奈良県上空で『ゼロ大帝』の襲撃を受けていると……!」
「そんな馬鹿な!? ゼロ大帝は確かに伊勢で停止しているぞ!」

 パイロットからの報告にキャプショーは驚愕しつつも端末を確認する。
 端末に映し出された現在位置は、確かに三重県伊勢市を示していた。

**********

 少し時間を遡る。
 和歌山県と奈良県の県境にある奈良県吉野郡。その上空を篠ノ之束が開発した巨大な人参型の移動式ラボが飛行している。ラボの格納庫では立花藤兵衛が工具を手に、一人で仮面ライダー達の専用バイクの整備をしていた。横では篠ノ之束が結城丈二と共に織斑一夏の専用機『白式』や山田真耶の専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』、セシリア・オルコットの専用機『ブルー・ティアーズ』の調整をしている。藤兵衛が整備しているのは神敬介の専用バイク『クルーザー』だ。藤兵衛は慣れた手つきでエンジンや電装系、フレームのチェックを終え、タイヤの空気圧やブレーキの利き、オイルの状態も確かめる。作業していた束はクルーザーを見ながら呟く。

「けどおじさん、凄いね。こんな得体の知れないバイクもどきも整備しちゃうんだから。やっぱり先生や先輩さんの『おやっさん』だから変態さんなのかな?」
「誰が変態だ! 誰が! バイクなんてのは、エンジンや素材、使われてる技術が進歩しても基本的な構造までは変わらないもんだ」
「けど『新サイクロン号』もおじさんが作ったんでしょ? やっぱり変態さんなんじゃ……」
「だから、人を変態扱いするな! まったく、言葉の選び方に気をつけろってんだ。新サイクロン号を作ったのは俺だけじゃない。猛や滝も設計から参加してたんだ。それに大元になったのは大門洋一博士が開発した『旧サイクロン号』や、それを改造した『改造サイクロン号』だからな」
「大門洋一ってあの機械工学、特に自動車工学の世界的権威で、『ロボットの光明寺、バイクの大門』とか言われてた?」
「ああ。息子の大門明君ってのが猛や滝と同期のレーサーでな。猛や滝が日本にいた頃は、3人でレースの優勝を競い合うようなよきライバルだったんだ。その関係で大門博士が開発した『イオンケージ式原子力エンジン』搭載の新型バイク、つまりサイクロン号のテストをウチに頼んできたんだ。ところがバイクが届く前の日に盗まれちまってな。それでテストの話は中止になったんだ。こいつは後で聞いたんだが、ショッカーが大門博士の研究に目をつけていたらしくて、新しく開発する予定の改造人間専用バイクとして白羽の矢を立てていたらしい。それで武装を取りつけたんだが、肝心の新型改造人間、仮面ライダーがエンブレムをショッカーのにする前に脱走しちまった、ってのがいきさつさ。もっとも、データは取ってたのか『ショッカーサイクロン』なんて代物を作ってたけどよ」
「それだけじゃない。サイクロン号のデータは後継組織に受け継がれ、『ブラックサタン』は『カブトロー』を、『ネオショッカー』は『スカイターボ』を、『バダン』は『ヘルダイバー』を開発することに成功した。それだけでなく大門博士は神啓太郎博士の依頼でクルーザーを、国際宇宙開発研究所からの要請で『Vジェット』や『ブルーバージョン』の開発にも参与している。最後に開発した『ロードセクター』は、そうしたノウハウの結晶とも言えるバイクなんだ。まあ、中には光明寺博士と共同開発する予定だった、バイクに変形するロボットという案のように技術や素材の問題で実現の見通しが立たず、没になった案もあったみたいだが」
「先生、大門博士のことに妙に詳しいんだね」
「大門博士は俺が卒業した京都大学工学部のOBで、俺の指導教官とは同期だったんだ。その縁で何度か会わせて貰ったことがあるのさ。それより束、『ストライク・ガンナー』の調整は?」
「もう少しで終わるよ。けど急激な成長が予測できなかったからって、無責任な装備ホイホイ作らなくてもいいんじゃないかな。私が言えた立場じゃないけどさ」

 束は藤兵衛や丈二の話を聞きながら、4本の作業用アームと両手を駆使して『ブルー・ティアーズ』の強襲離脱用高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』の調整を続ける。
 『GOD機関』との最終決戦の最中、第二形態移行(セカンド・シフト)した『ブルー・ティアーズ』はビットが『スペリオルビット』へと進化した上、新たに発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『アンサラー』により、搭載されたBT兵器の応答性が大幅に向上するなど性能アップが著しい。しかしメリットばかりではない。
 『ストライク・ガンナー』はビットを全て腰部に接続し、遠隔攻撃端末としての機能を封じて追加スラスター代わりにして機動力を大幅に向上させるパッケージだ。それ自体は束も順当だと認めている。ただし実験用の兵装をセシリアに押し付けたのか、技術的もしくは時間的な制約があったのか、強度面で大きな問題を抱えている。束の推測では本来の『ストライク・ガンナー』は接続したビットは固定砲台でもあるようだが、実際の『ストライク・ガンナー』はビームを発射すると機体が分解する危険性があるため、砲口を塞いでいる。
 今回の場合は加えて第二形態移行によるビット1基1基の推力の増大、応答性向上による機動の複雑化などの要素が追加されているので、最悪『ストライク・ガンナー』が何もせずとも自壊する可能性があった。そこで束が丈二の協力を得て、強度の向上を図って全面的に改良を加え、今は最終調整に当たっているところだ。丈二も『白式』の調整を終えると束を手伝い始める。
 その頃、リビングも兼ねる研究スペースでは、織斑一夏とセシリア・オルコットが五反田弾と五反田蘭に、ゲドンとガランダー帝国について説明していた。

「まずはゲドンについてなんだけど、アマゾン奥地で秘術師のゴルゴスが古代インカ文明の生体改造技術を駆使し、結成した組織で、世界征服に必要なガガの腕輪とギギの腕輪を揃えようとした。そしてギギの腕輪を着けていたアマゾンさんを追って日本にきたはいいけど、獣人の裏切りもあって壊滅したらしい。それで、獣人の裏切りをそそのかした組織が、すぐ後に出てきたガランダー帝国だ。こっちはガガの腕輪をゲドンから奪った後は、ギギの腕輪は二の次で世界征服を狙っていたんだ。で、ガランダー帝国を率いているのが、パルチア王朝の末裔と言われているゼロ大帝だ」
「そしてゲドン、ガランダー帝国双方が共通して用いている怪人こそが、『獣人』ですわ。獣人は他の組織の怪人と違い、人間を素体に動植物の能力を移植した『改造人間』ではなく、大半が動植物を素体に人間並の知能を持たせた生物兵器なのだとか。元々は『JUDO』が人間に知識と技術を与えて繁栄させる過程で、『ゴルゴム』の生体改造技術を古代インカ文明の科学で模倣させたものだと聞いています。ゲドンやガランダー帝国が動物を素体にしているのは、ゴルゴムの改造技術の模倣という点が強いから、だそうですわ」
「アマゾンさんの改造技術も、ゴルゴムの『世紀王』の改造技術を真似て出来たものらしい。話を戻すと獣人は他の怪人以上に凶暴と言うか、獣性に特化していて、人間を殺傷するだけじゃなく捕食する場合もあるらしい」
「捕食って、人間を食べるんですか!?」
「こちらもアマゾンさんや結城さんから話を聞いただけですけれども……」
「大丈夫だって、蘭。アマゾンさんや鈴だけじゃなくて猛さんたちや山田先生、セシリアだっている。それにいざって時は俺が守るさ。この命に代えても」
「一夏さん……」
「簡単に命に代えてもなんて言うなよ、一夏。そんなこと言われて死なれたんじゃ、俺だって寝覚めが悪いしよ」
「それくらいの覚悟で行くって話さ。俺は負けられないしさ」
「ええ。私たちには負けられない理由がありますもの」

 窘めるような弾の言葉に一夏とセシリアが静かに答える。一夏には山下晴彦という少年との『約束』がある。だからこそこれ以上は負けられない。一夏はポケットに手を入れてハーモニカを握る。
 一方和也、本郷猛、一文字隼人、風見志郎、神敬介、緑川ルリ子、それに山田真耶は別室で話し込んでいる。和也が空間投影式ディスプレイを展開すると、まず猛が口を開く。

「滝、捕えられた市民が全員解放されたというのは本当か?」
「ああ。警察や国防軍、それにSPIRITS第6分隊からの情報が入ってる。今はSPIRITS第6分隊が京都でゲドンやガランダー帝国と交戦してるから、国防軍や警察で保護したらしい。本郷、どうみる?」
「何らかの理由で人質、生贄が不要になったと考えるべきだな。恐らく、インカの祭壇絡みだろう」
「考えられる可能性は二つ。祭壇建設が切羽詰まっているか、あるいはすでに祭壇が完成間近で高を括っているか、だろうな」
「どちらにしろ、早く根拠地を見つけなければいけませんね。特に後者なら、一刻も早く阻止しなければ」
「物質を原子レベルで分解する禁断の兵器。そんなものが解き放たれれば日本はおろか、世界が滅びてしまう」
「けど祭壇を完成させて発動させる前にアマゾンライダー、というよりギギの腕輪とガガの腕輪を狙ってくるでしょうね」
「インカの祭壇と対になる存在だから、ですか?」
「ええ。ギギの腕輪とガガの腕輪がある限り、インカの光は常に封印される危険性がある。それにアマゾンに恨みを抱いている。いずれにせよ、総力を上げてアマゾンを倒そうとするでしょう」

 最後に猛が締めると、部屋にクリスタが入ってくる。

「クリスタちゃん、どうしたの?」
「ルリ子さん、そんな狙ってたんじゃ話すに話せないだろうに。何か用があってここに来たんだろ?」
「はい、見て貰いたいものがありまして。来て下さい」

 クリスタの言葉を聞き首を傾げる一同であったが、すぐに椅子から立ち上がってクリスタについていく。一同は一夏たちがいる部屋へと入る。束と丈二も呼ばれている。

「くーちゃん、どうしたの?」
「それが、この先の上空に不審なものが……」

 束クリスタは空間投影式ディスプレイのキーボードを操作し、スクリーンに映像を出す。外の様子だ。クリスタが再びキーボードを操作すると画面が拡大され、古い帆船らしき物体を表示する。すると和也の顔色が変わる。

「おい、どれくらいの距離があるんだ!?」
「あと10分もすれば、鮮明な映像が見れるようになると思いますが……どうかしましたか?」
「どうしたもこうしたも、ガランダー帝国だ! 一夏君、山田先生、セシリア嬢、すぐに出撃してくれ!」
「俺も行きます!」

 和也の一言を聞くと全員に緊張が走る。専用機持ちは格納庫へ向かい、丈二、束、敬介もそれに続く。クリスタは操縦席へと駈け出して行く。猛、隼人、志郎、和也は待機だ。敬介以外の専用バイクは飛行出来ないか、出来ても空中戦がこなせるほどではない。
 格納庫へと駆けこんだ一夏、真耶、セシリアはその場で服を脱ぎ、下に着たISスーツを露にする。一夏と真耶が専用機を装着して出撃用意を整えている中、束はセシリアに話しかける。

「時間が無いから『ストライク・ガンナー』を装備したまま出撃して。調整は済ませてあるからビットも使えないこともないけど、なるべく使わないで」
「分かりましたわ!」
「敬介、クルーザーの調子はバッチリだ! 一夏、真耶ちゃん、セシリアちゃん、ガランダーに一泡吹かせてやれ!」
「ありがとうございます、おやっさん!」
「それじゃ、ハッチ開放するよ!」

 藤兵衛が檄を飛ばして敬介がクルーザーに跨ると、藤兵衛、丈二、束はその場を離れ、束はキーボードを操作する。すると格納庫のハッチが解放される。敬介はクルーザーに跨ったまま両手を上に突き出し、『X』の字を描くように開き、左腕を腰に引いて右腕を左斜め上に突き出す。

「大変身!」

 敬介の身体を銀色の強化服が包み込み、顔面に『レッドアイザー』と『パーフェクター』が装着されて変身が完了した直後、一夏たちはスラスターを噴射して外へ飛び出す。仮面ライダーXもクルーザーのスロットルを入れて外に出る。続けてプロペラとジェットエンジンを使い飛行体勢に入ると、仮面ライダーXは一夏たちを追ってガランダー帝国の帆船へと向かって行く。向こうも気付いたのか側面などに搭載された大砲を一斉に発射してくる。

「クルーザー大回転!」

 仮面ライダーXはクルーザーを一度上昇させて砲弾を回避し、縦に一回転させて軌道を元に戻す。同時に帆船に乗っている者の姿を捉える。炎を模したガランダー帝国の紋章の飾りのついた兜を被り、目元にマスクを着け、全身に銀色に輝く鋼鉄の鎧を身に纏い、身体の右半分には赤い服を羽織り槍を持った男だ。

「あれは、ゼロ大帝!」
「ガランダーの親玉が、俺たちを始末に来たってわけかよ!」
「ならば好都合ですわ! ゼロ大帝を討てばガランダー帝国は瓦解するのですから!」
「織斑君、オルコットさん、油断しちゃ駄目! 仕掛けてくるわよ!」

 船上で指示を出しているのが他でもないゼロ大帝であると知るや、一夏とセシリアは否が応でも闘志が高まる。真耶が警告を飛ばした直後、帆船からゼロ大帝の号令で大砲が一斉に発射されて飛んでくる。

「そんなの当たるかよ!」
「これを受けなさい!」

 しかしミサイルですら振り切れるISに大砲が当たる筈もなく、一夏もセシリアもスラスターとPICを駆使してあっさりと回避する。すでに回避行動を終えてスナイパーライフルを構えた真耶に続き、一夏は左腕に装備された『雪羅』の荷電粒子砲をチャージし、セシリアは全長が2mはあろう長銃身のライフル『スターダスト・シューター』を呼び出して射撃体勢に入る。真耶はスナイパーライフルのトリガーを引いて、一夏は荷電粒子砲を発射し、セシリアの持ったライフルからビームが放たれ、帆船の甲板に立つゼロ大帝へと向かって行く。

「何!?」
「弾かれた!?」
「バリア!?」

 しかしゼロ大帝に届く前に不可視の壁で防がれ、無力化される。バリアを装備しているようだ。甲板のゼロ大帝は一夏たちを嘲笑うようにランスをめがけて突き出し、大砲が釣瓶打ちに発射されて砲弾が一夏たちに襲いかかる。

「相手にもバリアがあるなら……オルコットさんは私と一緒に敵の撹乱を! 織斑君はXライダーと一緒にゼロ大帝を叩いて!」
「分かりました!」
「行こう、一夏君!」

 真耶の指示を聞くと一夏は仮面ライダーXと一度合流し、ゼロ大帝めがけて上下に別れて突っ込んでいく。真耶は単一仕様能力の『ラプラスの目』を、セシリアも『アンサラー』を起動させて同時に左右に別れる。

「報告します! Xライダーがこちらに突撃してきます!」
「フン、構わん。砲撃を集中させてXライダーを叩きおとせ!」

 黒ジューシャから報告を受けたゼロ大帝は仮面ライダーXへの砲撃を命令する。

「そう簡単には!」

 しかしレーザーライフルから放たれたビームがねじ曲がり、砲弾を全て撃ち抜いて破壊した後に帆船に襲いかかる。しかしビームはバリアで弾かれて消える。セシリアがビームを偏向射撃(フレキシブル)で捻じ曲げたのだ。するとセシリアに大量の砲弾が飛んでくるが、全ての砲弾が一直線に並んだところで真耶が発射したビーム砲が砲弾を撃ち抜き、一つ残らず破壊する。今度はゼロ大帝も驚いた顔をするが、真耶の卓抜した技量にラプラスの目が加われば、この程度の芸当は造作でもない。ならばと全砲門が開かれて四方八方に大砲が乱射され、仮面ライダーXのみならずセシリアや真耶に襲いかかる。

「そんなもの!」
「当たりませんわ!」

 しかし真耶は背後に装備されたX字型のスラスターをフル稼働させ、飛び回っては切り返して砲撃を潜り抜ける。セシリアも超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』から入ってくる情報を処理し、ターンや急上昇、急降下を繰り返しながら大出力BTライフル『ブルー・ピアス』を呼び出す。射撃精度と最大射程距離、貫通力では『スターダスト・シューター』に劣るが、その分ビーム出力や連射性、破壊力で勝る『ブルー・ピアス』ならバリアを破壊出来るかもしれないと踏んだからだ。しかしビームでバリアは歪みこそするものの破壊される気配はない。

「ならば、『ブリューナク』!」

 セシリアは埒が明かないと見るとブルー・ピアスの銃口からビームを発振し、槍のように長いビーム刃を形成し、帆船に向けてビーム刃を射出する。ビーム刃はバリアに刺さって止まり、周囲で激しくスパークが飛び散る。しかしセシリアが左指で銃を作って撃つ真似をするとビーム刃の形成が解かれ、貫通したビーム刃が高出力ビームとなってバリア内に襲いかかり、帆船の甲板を撃ち抜く。セシリアは同じ要領でビーム刃を射出して突き刺し、形成を解除することを繰り返して帆船にダメージを与えていく。

「ヌウッ、回避しろ!」
「簡単には、逃がさない!」

 ゼロ大帝は黒ジューシャや赤ジューシャに命令を飛ばすが、先回りした真耶がビーム砲の最大出力一点集中射撃でバリアを抜いて中腹を撃ち抜く。ビームは弾薬庫に当たったのか爆発が起こる。

「せ、船体中央損傷! 第二弾薬庫被弾しました!」
「怯むな! すぐに修理させろ! 弾幕を張って敵を近付けさせるな!」
「生憎だが、もう逃げられないぜ!」
「何!? 上!?」

 矢継ぎ早に指示を飛ばすゼロ大帝だが、上空から一夏の声が聞こえてくると上を向く。一夏は帆船の真上にいた。今まで真耶やセシリアに気を取られて、失念していたのだ。一夏は急降下を開始し、両手に持った『雪片弐型』が変形して『零落白夜』が発動する。一夏は発生したエネルギー刃を渾身の力で振り下ろす。

「うおおおおおおおおおっ!」

 バリアはあっさりと切り裂かれ、勢いが落ちぬまま一夏はゼロ大帝へ切りかかる。ゼロ大帝がランスで弾き飛ばした直後、駄目押しとばかりにクルーザーに跨った仮面ライダーXが正面から突撃してくる。

「クルーザーアタック!」

 クルーザーの体当たりで完全にバリアが破壊されて消滅すると、仮面ライダーXはクルーザーから降りて甲板上に立つ。一夏もまた体勢を立て直して仮面ライダーXの横に立つ。

「ゼロ大帝、最期の時が来たようだな!」
「それはこちらの台詞だ! Xライダー、貴様は私によって処刑されるのだ! そして我らが『黒き鍵』、織斑一夏よ! その無用な愚者の魂、この場で消し去ってくれる!」
「やれるもんならやってみろ! Xライダー!」
「ああ! ライドルホイップ!」

 仮面ライダーXは『ライドル』のスイッチを押しながら引き抜くと、右手にライドルホイップを掲げて一夏と共にゼロ大帝に突っ込んでいく。素手の黒ジューシャや細身の剣を持った赤ジューシャが妨害してくる。仮面ライダーXはライドルホイップで黒ジューシャを斬り伏せ、赤ジューシャの突きをライドルホイップで横に逸らし、回し蹴りで蹴り飛ばし、背後から斬りかかってくる赤ジューシャの胸にライドルホイップを突き入れる。一夏も雪片弐型を横薙ぎに払って黒ジューシャを斬り捨て、赤ジューシャの剣を弾き飛ばし、返す刀で赤ジューシャを蹴散らす。スラスターを噴射してゼロ大帝へと挑みかかる一夏だが、ゼロ大帝はランスで雪片弐型を正面から受け止め、鍔競り合いとなる。パワーではゼロ大帝が勝るのか次第に一夏を押し込んでいくが、仮面ライダーXは黒ジューシャを切り裂いた後にライドルのスイッチを操作する。

「ライドルスティック!」

 ライドルを『ライドルスティック』に変形させた仮面ライダーXはゼロ大帝へ飛びかかり、ライドルスティックをゼロ大帝に突き入れる。一夏と交代してライドルスティックを振るい、ゼロ大帝と激しく打ち合い始める。ライドルスティックが唸りを上げればランスがそれを弾き、ランスが貫こうとすればライドルスティックが大きく外に逸らす。それを繰り返し一撃を入れようとするが一埒が明かない。するとゼロ大帝飛び退いてランスから電撃を放ち、まともに浴びた仮面ライダーXの動きが止まる。

「ぐうっ!?」
「フフフフ、アマゾンライダーすら動けなくなった雷を受けては動けまい。嬲り殺しにしてやる!」
「そうはいくかよ!」

 動けなくなった仮面ライダーXを嘲笑うようにゼロ大帝はランスから雷撃を放つ。しかし一夏が割り込んで雪羅からエネルギーシールドを展開すると雷撃が無力化される。構わずに雷撃を放ち続けるゼロ大帝だが、突如して発生した爆発と振動で身体が揺らぎ、真下から貫通して来たビームを浴びて雷撃を中断する。

「ほ、報告します! 動力部損傷! このまま行けば船が爆は……ぐあっ!?」

 直後に甲板にボロボロになった黒ジューシャが駆けこんでくるが、飛んできたビームで撃ち抜かれて斃れ伏す。すると上空からセシリアが姿を現し、船の下から真耶が再上昇に転じる。すでにセシリアと真耶によって破壊されたのか、船の至るところで爆発と火災が発生している。

「おのれ、小娘共が!」
「お前の相手は、俺たちだ!」

 ゼロ大帝は真耶とセシリアに雷撃を発射する。真耶は左に、セシリアは右にスライドして回避し、真耶がアサルトライフルをフルオートで浴びせて動きを止め、セシリアがブルー・ピアスを発射してビームを浴びせる。一夏が零落白夜を発動させて突進し、ゼロ大帝の左腕を肩から斬り飛ばすと返す刀で右手のランスを弾き飛ばす。続けて仮面ライダーXが跳躍し、空中で大車輪を決めて方向転換する。身体で『X』の字を描くような体勢となり、エネルギーを集約して飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」

 仮面ライダーXの渾身の一撃が胴体にめり込むと、ゼロ大帝は大きく吹き飛ばされる。それでも空中で身を翻したゼロ大帝は無事に着地する。

「チイッ! まだ立てるのか!?」
「だったら、もう一回!」
「調子に乗るなよ! 小僧!」

 一夏は再びゼロ大帝に一撃を入れようとするが、いきなりゼロ大帝の声色が変わると目が赤く光り、斬り飛ばされた左腕がどす黒い煙になって一夏に襲いかかる。黒い煙は一夏に巻き付いて動きを止め、もがく一夏を仮面ライダーXへと飛ばすと左腕の傷口に吸収され、間もなく腕のようなものを形成する。仮面ライダーXは一夏を受け止め、ゼロ大帝の声が聞き覚えのあることに気付く。

「この声は、GOD総司令!」
「フフフフ、ようやく気付いたか、Xライダー」
「神さん、GOD総司令って……?」
「一夏君、目の前にいるのはゼロ大帝じゃない。こいつはガランダー帝国を裏から操っていた、真の支配者だ!」
「そうだ! 私こそが真のゼロ大帝と言える存在だ!」
「どちらにせよ、私のやることは変わりませんわ。ここで倒すだけなのですから!」

 ゼロ大帝、いやゼロ大帝と同じ姿をした真の支配者は大笑するが、セシリアは構わずにビームを撃ち込む。だが真の支配者の身体をビームが貫通した途端、黒い煙が噴き出してくるだけで真の支配者は平然としている。

「ふむ、何かしたかな?」
「効いてない!?」
「こいつ、実体がないの!?」

 真の支配者に驚愕するセシリアとは対照的に、真耶はハイパーセンサーで真の支配者を解析し、真の支配者には実体がないことを確信する。真の支配者はゼロ大帝の姿からどす黒い煙の塊へと姿を変え、一瞬の内に上空へと飛び立つ。

「では私は失礼しよう。せいぜい無駄な足掻きをするのだな!」

 真の支配者はどこかへと飛び去っていく。直後に大爆発が起こって船が空中で爆発四散し、一夏と仮面ライダーXは船から放り出される。一夏を真耶が、仮面ライダーXをセシリアが受け止め、仮面ライダーXがクルーザーに跨り一夏がホバリングすると、真耶とセシリアはハイパーセンサーに意識を集中させる。

「駄目、ラプラスの目の探知範囲から抜けてしまったみたい。オルコットさんは?」
「こちらでも確認できません。やられましたわね」

 悔しさを隠さずに呟くセシリアだが、移動式ラボに残った和也から通信が入る。

『敬介、一夏君、山田先生、セシリア嬢、第6分隊から連絡があった。アマゾンがゼロ大帝を追って伊勢に向かったらしい。鈴やSPIRITS第6分隊も向かってるそうだ。4人は伊勢まで先行してくれ』

「分かりました! 織斑君、オルコットさん、急ぎましょう!」

 和也からの通信に答えた真耶に促され、一夏とセシリア、仮面ライダーXは進路を変更し、一路伊勢を目指すのであった。

**********

 三重県伊勢市にある『高倉山』。伊勢神宮外宮の敷地内にあるこの山域は、森林保護のため人の入山は禁止されている。しかし今は何体もの異形が死闘を繰り広げていた。

「ガウアアアアアアアアッ!」

 仮面ライダーアマゾンは木々を蹴って梢を飛び回る。黒ネコ獣人を撹乱しながら隙を見て飛びかかり、首筋に牙を突き立て、喉笛を食いちぎる。黒ネコ獣人が悶え苦しんでいる所にアームカッターの斬撃を浴びせた後、クモ獣人が吐き出す糸を木々を蹴って避ける。
 行先を聞いてすぐに伊勢市まできた仮面ライダーアマゾンであったが、ゼロ大帝のみならず十面鬼ゴルゴスが率いる獣人達に攻撃され、各地を転戦していた。今は逃げた十面鬼ゴルゴスを追っている途中、足止め役の獣人と交戦中だ。仮面ライダーアマゾンは一瞬の隙をついて懐に入り、右足のレッグカッターに力を込めて回し蹴りを放つ。

「大切断ッ!」

 レッグカッターがクモ獣人の首を刎ねた直後、今度はハチ獣人とキノコ獣人が仮面ライダーアマゾンへ挑みかかり、毒針と人喰いカビを発射する。横っ跳びで回避した仮面ライダーアマゾンは、背後から迫る獣人カマキリとヤマアラシ獣人をソバットで蹴り飛ばす。すぐにハチ獣人とキノコ獣人へと突っ込んでいき、すれ違いざまに両手のアームカッターで2体の首を切り落とす。今度は先にある木を蹴って反転すると獣人カマキリとヤマアラシ獣人へ突撃し、両手を振り上げ獣人カマキリとヤマアラシ獣人の頭をまとめてかち割って撃破する。すると空中から火炎弾が浴びせられ、仮面ライダーアマゾンの身体を炎が焼く。炎を振り払った仮面ライダーアマゾンが上を見ると、空中に浮遊している十面鬼ゴルゴスの姿があった。

「アマゾンライダーめ! なんというしぶとさだ! だが持久戦に持ち込めば、いくら貴様とてどうにもなるまい!そして貴様が力尽きた時、愚かなる人間共が最後の時を迎え、新たなる闇の時代が訪れるのだ!」

『邪魔者は殺せ! 不要なものは壊せ!』
『ゲドンの栄光に血の祝福を! 大首領様に死の賛美を!』
『我らに盾突く愚か者共に、地獄の責め苦を!』
『殺せ! アマゾンライダーを殺せ!』
『この地にはびこる虫けらどもは、皆殺しだ!』
『そして大首領様の御力を借り、新たな闇の世界を開くのだ!』
『闇の英知と暗黒の力、黒き鍵を以て世界を破壊と殺戮で満さねばならん!』
『まだ死と血が足りん! まずはこの日本を死と血で埋め尽くし、全てを無に帰すのだ!』
『貴様にインカの光を封印させはせぬ! ここで貴様を殺し、我らの悲願を達成するのだ!』

 十面鬼ゴルゴスの下半身と一体化した人面岩の9個の顔が口を開いた後、人面岩下部にある口からまたしても火炎弾が発射される。

「ジャングラー!」

 しかし仮面ライダーアマゾンは十面鬼ゴルゴスめがけて飛び上がる。途中で呼び出したジャングラーにまたがると、フロントカウルから銛が先端についたロープを射出し、人面岩に突き刺す。仮面ライダーアマゾンはロープを巻き取りながら十面鬼ゴルゴスへ接近していく。

「ええい、振り落としてくれる!」

 十面鬼ゴルゴスは舌打ちして再上昇すると、空を飛び回りながらジャングラー共々仮面ライダーアマゾンを振り回す。仮面ライダーアマゾンは上手くバランスを取ってジャングラーから離れず、ロープを巻き取っていく。ある程度近付くと仮面ライダーアマゾンはロープをよじ登り、まず人面岩に爪を突き立ててしがみつく。上まで登ると十面鬼ゴルゴスの上半身を羽交い絞めにしながら首筋に噛みつく。

「ぬうっ!? 小癪な!」

 十面鬼ゴルゴスが空を飛び回りながらもがき、仮面ライダーアマゾンを引き離そうとする。しかし肘打ちやアッパーカットを入れても仮面ライダーアマゾンはしぶとくしがみついてくる。それを渾身の力で投げ飛ばす十面鬼ゴルゴスだが、限界がきたのか一度下にある市街地に降り立つ。仮面ライダーアマゾンは空中で身を翻して無事に着地するが、十面鬼ゴルゴスが火炎弾を発射して一方的に攻め立て、獣人大ムカデにヘビ獣人、ワニ獣人、カニ獣人、獣人カタツムリ、獣人ヘビトンボが一斉に襲いかかってくる。

「グウゥゥゥッ……!」

 獣人の攻撃を防御しつつ獣人大ムカデの首を刎ね、カニ獣人の無防備な顔面に踵落としの要領でレッグカッターの斬撃を浴びせた仮面ライダーアマゾンだが、十面鬼ゴルゴスが獣人などお構いなしに火炎弾を連射してくることから苦戦を強いられる。

「アマゾンライダー! わしがいるのを忘れたか!」
「遅いぞ、ユム・ゼロよ!」

 それだけでなく戦車に乗ったゼロ大帝が駆けつけ、雷撃を連射してくると仮面ライダーアマゾンは完全に防戦一方に追い込まれる。

「見つけたわよ、ゼロ大帝!」
「リン!」

 しかし『風』を装備した鈴が龍咆を前面に展開し、衝撃砲を乱射しながら割り込むと仮面ライダーアマゾンを取り囲んでいた獣人を蹴散らして横に立つ。続けて鈴は空中で一度停止し、双天牙月を実体化させた後に構える。瞬時加速を併用しつつ突っ込むと、すれ違い様にヘビ獣人とワニ獣人の首を切りつけ、2体は間もなく首から大量の血を流して倒れる。残る獣人カタツムリと獣人ヘビトンボは鈴に挑みかかるが、上空から浴びせられたアサルトライフルで動きが止まる。発砲したのは輸送ヘリに乗ったキャプショーだ。SPIRITS第6分隊を乗せた輸送ヘリは一度距離を取ってから降下を開始し、瞬く間に展開を完了する。
 ゼロ大帝は途中でヘリを撃ち落とそうとするが、仮面ライダーアマゾンが咆哮と共に飛びかかり、断念を余儀なくされる。今度はスナイパーライフルを持った隊員が獣人カタツムリと獣人ヘビトンボに神経麻痺弾を浴びせる。動けなくなった所に鈴は双天牙月を連結させて獣人カタツムリに、仮面ライダーアマゾンは右手のアームカッターで獣人ヘビトンボに渾身の斬撃を浴びせ、沈黙させる。残るは十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝だけだ。

「アマゾン、あいつは私が抑えるから、ゼロ大帝を!」
「生意気な! 小娘風情に倒される十面鬼ではないわ!」

『あの小娘の血を啜り、肉を貪ってやる!』
『殺せ!』
『殺せ! 殺せ!』
『殺せ! 八つ裂きにして血と肉の塊に変えろ!』

 人面岩の言葉の後に人面岩の口から炎が放たれるが、鈴は龍咆を前面に展開して発射する。すると火炎は一方的に押し戻されて衝撃砲と共に人面岩へ直撃し、人面岩にある顔のいくつかが焼けただれる。続けて鈴は距離を取って火炎弾を回避しながら腕部龍咆を格納する。少し時間を置いて『ボルテック・チェーン』を実体化させて換装すると、十面鬼めがけて射出する。鎖を全身にしっかりと巻きつけると周囲を高速で飛び回り、高圧電流を流し込みながら龍咆を連続で浴びせ始める。
 仮面ライダーアマゾンはゼロ大帝の戦車に飛び移り、両手の爪で引っ掻こうと連続で突き出す。ゼロ大帝はランスで防ぎながら時折反撃に出るが、足場が悪いのもあって押し込まれていく。電撃を放とうとしたゼロ大帝だが、地上からの対空ミサイルが数発戦車に直撃したことで墜落が始まり、ゼロ大帝の体勢が崩れる。その隙に仮面ライダーアマゾンは跳躍し、飛び蹴りを放つ。

「アマゾンキック!」
「ぬうっ!?」

 ゼロ大帝は大きく蹴り飛ばされて十面鬼ゴルゴスに衝突する。その十面鬼ゴルゴスも鈴の電撃と衝撃砲を受け続けてグロッキーだ。好機と見た鈴は仮面ライダーアマゾンに声をかける。

「行こう! アマゾン!」
「ああ! リン!」

 仮面ライダーアマゾンは戦車を蹴って、鈴はスラスターを噴射して十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝へと突っ込んでいき、アームカッターと連結させた双天牙月を渾身の力で振るう。

「ダブル!」
「大切断ッ!」

 仮面ライダーアマゾンと鈴が放った斬撃は十面鬼ゴルゴスの胴体を両断し、ゼロ大帝の身体を斜めに寸断する。十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝は仲良く地面に叩きつけられる。仮面ライダーアマゾンと鈴が遅れて着地すると、ヘリから降りてきたマサヒコとビクトル、モグラ獣人が二人に駆け寄る。

「やったな、アマゾン、鈴。これでゲドンだけじゃなくて、ガランダーも全滅だ」
「うん。でも、まだ終わってない。インカの祭壇壊すまで、終わらない」
「アマゾンの言う通りだ。早く連中の根拠地を見つけ出さないと」
「ならここは手分けして探しましょ? アマゾンは……何!? 高エネルギー反応!?」

 モグラ獣人が嬉しそうに勝利を祝うと、仮面ライダーアマゾンは静かに付け加える。手分けしてアジトを探そうとするが、鈴のハイパーセンサーが高エネルギー反応を探知して警告音が鳴る。仮面ライダーアマゾンも上空を見て唸りを上げると、上空からどす黒い『何か』が十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝の上に落着し、禍々しいまでの眩い光が発せられる。

「一体何が……!?」

 あまりの眩しさにハイパーセンサーも一時的に麻痺する。全員直視できないほどの光であったが、やがて光が収まる。ハイパーセンサーが回復し、他の皆の視力もようやく回復した頃、仮面ライダーアマゾンは死体があった場所を睨みつけている。鈴がそちらに意識を向けると、十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝の死体はなく、代わりに人影が一つ佇んでいる。
 金と黒の体色に顔面に仮面をつけ、上にゼロ大帝の兜と同じ炎をあしらった前立てがついている。両肩にはコンドルの頭を模した黄金の飾りを身に付け、両腕上腕部には腕輪らしきものが装着されている。なにより異様なのは胸に仮面ライダーアマゾンの顔面を模した仮面が、右肩前面には仮面ライダーZXの顔面を模した仮面が、そして左肩前面にはISコアに酷似した仮面が取りつけられていることだ。仮面ライダーアマゾンが全身のヒレを逆立てて威嚇すると、そいつは話し始める。

「フフフフフ、驚いたか? アマゾンライダー。これこそ大首領様が我らに下さった偉大なる力だ」
「お前は、一体……!?」
「ほう、知りたいか? ならば聞くがいい! 我は『真十面鬼』ゴルゴス・ユム・キミル! 大首領様に逆らう愚か者に天罰を与える裁きの神よ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝、それに真のゼロ大帝が同時に喋っているような声で高らかに名乗りを上げる。するとヘリに乗っている妹蘭と沢渡が顔色を変える。

「ユム・キミル……裁きの神ですって!?」
「知っているのか?」
「ええ。古代インカ語で『ユム』とは真実、『キミル』とは偽りを意味するの。そして語源となったのが古代インカ文明で語り継がれ、崇められた真実と偽りを両方司る裁きの神、ユム・キミルという名の神格よ」

 飛虎が疑問を口にすると妹蘭が簡潔に解説する。
 仮面ライダーアマゾンは咆哮と共にゴルゴス・ユム・キミルへ挑みかかる。跳躍してアームカッターに力を込め、急降下しながら渾身の斬撃を放つ。

「大切断ッ!」
「無駄だ! 『アマゾン返し』!」

 しかしゴルゴス・ユム・キミルの胸にある仮面の目が妖しく光ると、仮面ライダーアマゾンは大きく弾き飛ばされ、地面に落下する。立ち上がってゴルゴス・ユム・キミルに飛びかかる仮面ライダーアマゾンだが、胸の仮面が光るたびに仮面ライダーアマゾンは一方的に弾き飛ばされ続ける。

「だったら、これで!」
「甘い! 『IS返し』!」

 鈴が龍咆を前面に向けて発射するが、今度はゴルゴス・ユム・キミルの左肩についた仮面が光り、衝撃砲が跳ね返って鈴に直撃する。辛うじて持ち直した鈴はボルテック・チェーンを射出し、双天牙月を投げつけるが、左肩の仮面が光るたびに鈴の攻撃は全て跳ね返って掠りもしない。

「だったら同時攻撃で! アマゾン!」
「ああ! アマゾンキック!」
「無駄なものは無駄だ! アマゾン、IS返し!」

 仮面ライダーアマゾンは飛び蹴りを放ち、鈴は龍咆を発射するが今度は胸と左肩の仮面が同時に光り、仮面ライダーアマゾンと鈴の同時攻撃をあっさりと弾き飛ばす。

「どうだ、これこそが我が力よ! 貴様らに虫けら共に、勝ち目など未来永劫無いのだ!」
「ジャングラー!」

 ゴルゴス・ユム・キミルが誇るように言い放つが、仮面ライダーアマゾンは諦めずにジャングラーを呼び出し、カウルに仕舞われたガガの腕輪を取り出してギギの腕輪と合体させる。すると仮面ライダーアマゾンの身体に古代インカの力が漲り、ヒレが巨大化する。仮面ライダーアマゾンを見てゴルゴス・ユム・キミルは手を前にかざす。

「この時を待っていたぞ! 食らえ! 『アマゾン封じ』!」
「ガアッ!?」

 すると胸の仮面が眩い光を放って仮面ライダーアマゾンへと照射され、突如として変身が解除されて無防備な姿が晒される。驚いたアマゾンはもう一度変身しようともがいているが一向に変身できそうにない。

「では次はこちらからだ! 地獄へ行け! アマゾンライダー!」
「ガフッ!?」

 ゴルゴス・ユム・キミルは変身出来ないアマゾンを嘲笑うと、右手に光の槍を形成して動くに動けないアマゾンに投げつける。光の槍はアマゾンの胸を貫いて大きな風穴を空け、アマゾンは大量の血反吐を吐きながら地面に叩きつけられる。

「アマゾン!?」
「グッ、撤退だ! 一度態勢を立て直すぞ!」

 マサヒコ、ビクトル、モグラ獣人、そして鈴の悲痛な叫びと同時にキャプショーが撤退命令を出し、ありったけの火力を浴びせながら煙幕をゴルゴス・ユム・キミルの足元に炸裂させる。その隙に鈴は大急ぎでアマゾンを回収する。

「アマゾン! しっかりして! アマゾン! お願いだから目を開けてよ! アマゾン!」
「鈴さん! 急いでアマゾンをヘリに!」

 鈴は抱えたアマゾンに必死に声をかけるが、アマゾンは辛うじて呼吸こそしているが意識はない。最悪の結果が頭をよぎり、今にも泣き出しそうな表情をする鈴にビクトルが呼びかけ、鈴はアマゾンをヘリに乗せる。マサヒコとモグラ獣人が呼びかけを続け、ビクトルが必死の形相で応急処置を開始したのを見届けると、鈴は龍咆をゴルゴス・ユム・キミルの足元に着弾させ、殿となって伊勢市から撤退する。

「フハハハハハハハハハハ! 見よ、アマゾンライダーですらこのザマだ! この力があれば、たとえどれだけ仮面ライダー共が束になってかかってこようと返り討ちに出来る! 今度という今度こそ我らの勝利だ! フハハハハハハハハ!」

 ようやく視界が晴れたゴルゴス・ユム・キミルは、勝利を確信してしばらく高笑いを上げ続けるのであった。



[32627] 第五十四話 守人(ガーディアン)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:45
 三重県伊勢市にある『明野駐屯地』。飛行場に移動式ラボが着陸し、ルリ子と猛、丈二、和也、立花藤兵衛がストレッチャーとヘリが到着するのを待っている。
 アマゾンが倒されたと報告が入ったのは真のゼロ大帝と交戦してしばらく後であった。直前には猛と丈二を含む仮面ライダーはテレパシーで察知しており、キャプショーとの協議の結果、一時的に明野駐屯地を借りてアマゾンの治療と作戦の立て直しを図ることにした。先行していた敬介、一夏、真耶、セシリアは待機している。手術室も手配済みだ。やがてローダー音が聞こえてくると、輸送ヘリが続々と着陸して乗員が降りてくる。マサヒコとビクトルが乗っているヘリを見つけると猛、丈二、ルリ子はストレッチャーを押しヘリへと向かう。

「ビクトル君、患者(クランケ)の容態は!?」
「呼吸はありますが心拍、血圧はさらに低下中! ショック症状は起きてませんが意識がありません! 一刻も早く処置をしないと!」
「落ち着きなさい! 気持ちは分かるけど、今はあなたが医者なのよ!? あなたまでパニックになってどうするの!? とにかく大至急オペよ! 猛さん、結城さん、手伝って!」
「アマゾン! しっかりしろ! アマゾン! 俺の声が聞こえてるか!?」
「おじさん! アマゾンが新しい敵に!」
「みっともない声を出すんじゃない! まだアマゾンは生きてるんだ! マサヒコが信じてやらないで、誰がアマゾンを信じるんだ!?」
「って、お前、モグラ獣人か!? また再生されたのか!?」
「あんた、確かアマゾンと仲間だったよな!? けど話は後だ! 早いとこアマゾンを手当てさせてやらないと!」

 ルリ子がパニックになりかけているビクトルを叱咤し、藤兵衛がマサヒコを宥め、モグラ獣人に和也がツッコミを入れるのをモグラ獣人が制し、アマゾンはストレッチャーに乗せられてメディカルセンターにある手術室にまで運ばれていく。
 入れ違いに一夏、セシリア、弾、蘭が飛行場にやってくると、殿を務めていた鈴が降下してくる。鈴は一夏たちに気付くと目の前に降下し、『甲龍(シェンロン)』を待機形態に戻す。表情にはいつものような明るさや勝気さも、想い人に会えた喜びも、恋のライバルが二人もいる事への怒りや嫉妬もない。ただ顔面が青ざめて今にも泣き出しそうな、ほんの僅かな刺激で目から涙が出てしまいそうなくらい、不安に満ちた表情をしている。言葉にもいつもの快活さなど微塵も感じられない。

「一夏……アマゾンが……アマゾンが……」
「分かってる。話は猛さんたちから聞いてる。けど、お前のせいじゃないんだ。早くアマゾンさんの所にいこう」
「で、でもアマゾンがもし……」
「だあああああああっ! お前らしくもないな! お前はアマゾンさんと『トモダチ』なんだろ!? だったら、こんな時こそ側にいてやらないでどうするんだよ!?」
「ルリ子先生や本郷さん、結城博士、ハーリン博士が治療に当たってくれるなら、きっと大丈夫ですわ。だから元気を出して、ね?」
「とにかく行きましょう! 出来ることなんて、まず行ってから考えればいいんですから!」
「う、うん……」

 一夏の励ましや弾の叱咤、セシリアと蘭のとりなしもあって鈴は歩き出そうとする。

「君は、織斑一夏君か!」
「弾君と蘭さんまで!」
「おじさん!? おばさん!? どうしてここに!?」

 そこにヘリから降りた鈴の両親が一夏や弾、蘭に声をかけ、一夏も目を丸くする。なぜ離婚した鈴の両親が揃って日本に、しかもヘリに乗っていたのか。尽きることのない疑問が頭に浮かんでは消えるが、飛虎が話し始める。

「今は事情を説明している暇はないんだ。また機会があれば話そう。それより、鈴音と一緒に行ってやってくれないか? 今の私では鈴音の力になってやれそうにない」
「私からもお願いするわ。きっと、本当の意味で鈴音の力になってあげられるのは、あなたたちだけだと思うから」

 飛虎に加えて妹蘭まで後押しすると一夏が何か言おうとするが、セシリアがそれを止める。結局飛虎と妹蘭を残し、一夏達は鈴と共にメディカルセンターへと向かう。飛虎と妹蘭もまた歩き出すが、飛虎が妹蘭に質問をする。

「なぜ、私と同じことを?」
「あなたも私も、鈴音の親として失格だから、じゃないかしら。私も鈴音とアマゾンという人の関係を知らなかったから」

 妹蘭が答えると二人はそれっきり沈黙し、沢渡と共にSPIRITS第6分隊の隊員に連れられ駐屯地へと入っていく。
 鈴たちは手術室前に到着する。ランプが赤く点灯しており、ルリ子や猛、丈二、ビクトルの手により手術が行われているのが分かる。手術室の前では藤兵衛とマサヒコが待合用の椅子に座り、モグラ獣人がせわしなく歩き回っている。鈴は一夏に促されて待合用の椅子に腰かける。

「あの、マサヒコさん、アマゾンは……?」
「大丈夫、ビクトルだっているんだ。それに、アマゾンは簡単に死ぬような奴じゃありません」
「でも……」
「死なんよ、アマゾンは」

 不安そうな表情を隠せない鈴に、藤兵衛が静かに口を開いて割り込む。

「この世に悪のある限り、仮面ライダーは死なん。たとえどんなに絶望的な状況だろうとな」

 藤兵衛の静かな、それでいてゆるぎない確信が籠った一言に、鈴も思わず納得してしまう。本当ならば藤兵衛もアマゾンが心配な筈だ。それでも長年仮面ライダーと共に戦ってきた経験と、育まれてきた信頼がまだ冷静でいさせているのだろう。
 鈴だけでなく一夏たちもようやく人心地がついたのか、自分たちの近くにいる妙な生物について考えを巡らせる。始めは黙ってジロジロ見ていただけだが、一夏が代表して藤兵衛に尋ねる。

「おやっさん、その、このモグラみたいなのは……?」
「そういや、紹介するのをすっかり忘れてたな。こいつはモグラ獣人。見ての通りモグラの獣人で、元々はゲドンの獣人だったんだが、アマゾンの仲間として一緒にゲドンやガランダーと戦ったんだ。つまり俺たちの味方ってわけさ。けどモグラ、まさかまたお前が生き返るなんて、流石に驚いたぞ」
「生き返る?」
「実は俺、一回死んだ後、もう一回バダンって連中に生き返らせられたらしいんだよ。記憶自体はちゃんとあるんだけど、なんか実感が湧かないんだけどな。それで、お前さんが織斑一夏かい?」
「え? そうだけど……?」
「お前さんの話は鈴から聞いてるよ。これからよろしくな?」
「あ、えっと……」
「モグラでいい。そっちの方が呼ばれ慣れてるしな。それで、こっちの三人は?」
「私はセシリア・オルコットと申します。よろしくお願いしますわね、モグラさん」
「俺は五反田弾、それでこっちは五反田蘭。名字だとややこしいから、下の名前で呼んでくれ」

 モグラ獣人は一夏やセシリア、弾、蘭と自己紹介を済ませると鈴の側に立つ。

「鈴、アマゾンなら大丈夫だ。俺が言うのも何だけど、左腕斬り落とされても生き返ったくらいだ。あんまり自分を責めたりするんじゃないぞ? あれはお前が悪いんじゃない、ゴルゴス・ユム・キミルってヤツが悪いんだからな」

 モグラ獣人が励ますように言うと鈴は黙って拳を握りしめる。どうすれば力になれるか分からず悩む一夏だが、考えた末に鈴の手を優しく握る。

「一夏……?」
「俺、こういう時どうしたらいいか分からないけど、今はお前の側にいるよ。多分、それが今の俺に出来ることだと思うからさ。それに、お前の気持ちは少し分かる気がするんだ。俺もお前みたいに責任感じて、どうすればいいのか分からなくて、考えることさえ出来なかった時もあったからさ。だから、もう少し俺のこと、頼れよ。守ることはまだ出来なくても、力になるくらいなら出来るからさ」
「一夏、ありがと」

 一夏に鈴は珍しく素直に礼を述べると一夏の手を握り返す。セシリアと蘭は何も言わずに視線を外し、内心心配で堪らないだろう藤兵衛に視線を移す。
 その頃、駐屯地にある会議室の一つでは和也やキャプショー、真耶、隼人、志郎、敬介がゴルゴス・ユム・キミルの映像を見ながら話し合っていた。

「なるほど、アマゾンや鈴、二人の同時攻撃を全部反射しただけでなく、変身解除までさせたのか」
「ゴルゴス・ユム・キミルの力の秘密は、身体につけた仮面にありそうですね」
「しかし、十面鬼ゴルゴスとゼロ大帝の合体怪人か。敬介、確か『カイザーグロウ』と『サタンスネーク』も合体怪人になったんだよな?」
「ええ。組織間の関係も含め、似たようなケースですね。ただ、ゴルゴス・ユム・キミルには真のゼロ大帝も融合しているようですが」
「でも仮面ライダーやISの攻撃を全て跳ね返し、変身を解除してしまうなんて。どうやって対抗すればいいんでしょうか?」
「ヤツにもきっと弱点はある筈だ。ゴルゴス・ユム・キミルと戦ってみます。データが集まれば対策が立てられる筈です」
「落ち着け、敬介。逸る気持ちは分かるが、おやっさんやセシリアさんのことも少しは考えろ。それにマサヒコ君やビクトル君、鈴さんやモグラ獣人、おやっさんだって辛いんだ。お前がそんなことをしてどうするんだ?」

 敬介は会議室から出ようとするが、志郎が窘めると椅子に座り直す。敬介もじっとしていられないのだろう。和也が言葉を続ける。

「とにかく、厄介なのは変身を解除される点だな。ゴルゴス・ユム・キミルには、俺たちSPIRITSが中心になって攻撃した方がよさそうだな」
「ええ。こちらの牽制や煙幕には一切対応していませんでしたから、反射出来ないのかもしれません。単に使う必要がなかっただけかもしれませんが」
「無茶はするなよ? 特にお前はいつも無茶苦茶してくれるからな」

 和也が一先ず結論を出すと隼人が釘を刺す。一同は解散して隼人、志郎、敬介はバイクの整備に向かい、和也とキャプショーは隊員が詰めている格納庫へと向かう。真耶も『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』のチェックをすべく、格納庫へと歩き出す。
 真耶が格納庫に到着してISスーツ姿に着替えると、束がクリスタの手を借りて『ストライク・ガンナー』の調整をしていた。真耶がその横を通って『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を装着し、各部のチェックを開始すると束が真耶の方を向いて口を開く。

「どうだった?」
「データが不足していて、これといった対策は。篠ノ之博士はどうしてこちらに残ったんですか?」
「古代インカ文明の科学技術ならともかく、呪術は専門外だよ。先生や先輩さんならともかく、私は力になれそうにない。映像を見たけど、一体どんな原理で攻撃を跳ね返したり、変身を解除してるのかさっぱり分からなかったんだから。というか、今でも分からないんだけど。だから今の自分に出来ることをすることにしたんだよ」
「今の自分にできること、ですか?」
「そう。『行った後のことを考える者に今を超えることは出来ない』、目の前にある問題を解決しないで、先のことだけ考えてたんじゃ先に進めないって意味だよ。よし、出来た」

 束は作業の手を止めて立ち上がる。するとクリスタが束にコーヒーを差し出す。真耶も調整を終えてプロテクターを着直すと束はコーヒーを一口飲む。

「うん、腕を上げたね、くーちゃん」
「はい、蘭さんに教わりましたから。それより……」
「大丈夫だよ、くーちゃん。戦いが終わらない限り、仮面ライダーって死ねないものなんだから」

 クリスタが何かを言い出そうとするのを束が遮る。
 アマゾンの手術が無事に終わることを祈りながら、それぞれゲドン及びガランダー帝国との決戦に備えるのであった。

**********  

 伊勢市の街外れ。明野駐屯地とは中心街を挟んで反対側にあるその地下では、『真十面鬼』ゴルゴス・ユム・キミルが赤ジューシャや黒ジューシャ、それに獣人を指揮してインカの祭壇建設の総仕上げを進めていた。外観はほぼ完成しており、残りは手に入れた『空から降って来た赤黒い石』、隕石を加工した霊石を中枢部を搭載するだけだ。ゴルゴス・ユム・キミルは黒ジューシャが中枢部をインカの祭壇に搭載しているのを見つつ、無造作に自らの左腕を右手刀で斬り落とす。すると傷口からどす黒い煙が出て、瞬く間に左腕が再生されて煙が消える。

「ククククククク……そうだ、この力だ。この力があればもう我らは仮面ライダーごときに敗れることはない。ご照覧あれ、大首領様。生まれ変わった我らの力を。そしてあなた様に逆らう虫けら共が無様に死んでいく様を」

 ゴルゴス・ユム・キミルは感覚を確かめるように何度も手を開閉し、喜びを表すように身体をゆする。融合する前の十面鬼ゴルゴスも、ゼロ大帝も、そして真のゼロ大帝も生前は仮面ライダーアマゾンに苦杯を嘗めさせられた。バダンの手により復活させられた後も身体を両断され、腕を切り落とされ、口を粉砕され、最終的には塵となった。しかしその仮面ライダーアマゾンが倒された今、他の仮面ライダーなど恐れるに足らない。『JUDO』の複製である仮面ライダーZXや、『世紀王』の片割れで『キングストーン』を持つ仮面ライダーBLACK RXに少し注意を要するくらいだ。
 他の仮面ライダーを打倒し、『インカの光』で地上を『浄化』する光景を思い浮かべ、愉悦に浸るゴルゴス・ユム・キミルであったが、やがて黒ジューシャや赤ジューシャ、獣人がゴルゴス・ユム・キミルの前に立って報告する。

「報告します! たった今霊石の搭載が完了、インカの祭壇が完成しました!」
「うむ、御苦労であった」

 ゴルゴス・ユム・キミルは黒ジューシャをねぎらうと、完成したインカの祭壇をじっくりと眺める。高さ10メートルはあろうピラミッドのような形をしている。先端はテーブルのように平たくなっており、何かを嵌める窪みがある。色は黒一色で文様が表面に描かれている。ゴルゴス・ユム・キミルは確認すると、傍に控えている獣人やジューシャに向き直る。

「インカの祭壇の外観は完成した。だが、最後の仕上げに必要なものがある。それは血と命よ! インカの祭壇に血と命を吸わせねば、真に完成したとは言えぬのだ!」
「しかし生贄は逃がしてしまっています。これでは血と命を祭壇に捧げることなど出来ません」
「何を寝ぼけたことを言っている。血と命ならここにあるではないか」

 控えている黒ジューシャが疑問を差し挟むが、ゴルゴス・ユム・キミルは事もなげに答える。最初は首を傾げていた獣人やジューシャであったが、やがて自分たち以外はネズミ一匹いないことに気付き、ようやく真意を悟る。ゴルゴス・ユム・キミルは口を開く。

「その通り。祭壇に捧げる血と命とはお前たちのことよ! 光栄に思うがいい! お前たちは先んじて闇の世界の住人となる栄誉を与えられたのだ!」
「お、お待ち下さい! 生贄ならばなにも我らでなくとも! それにまだ戦力が必要では……!」
「ええい、くどい! どの道何度でも甦るのだ! 高々一回の死を恐れてどうするのだ! 大人しく血と命を差し出さんか! オンゴル、ゴルゴル、オンゴルドォォォ!」

 慌てて黒ジューシャや赤ジューシャが思い止まらせようとするが、ゴルゴス・ユム・キミルは意見を引っこめない。ジューシャや獣人は一斉に逃げようと走り出す。しかしゴルゴス・ユム・キミルが無造作に左手を前に突き出すと、逃げようとした獣人やジューシャが見えない力で拘束され、宙に浮かんで祭壇の真上に移動させられる。獣人やジューシャは必死にもがいているが、解放される気配はない。獣人とジューシャ達は一か所にまとめられ、ゴルゴス・ユム・キミルが左手で何握りつぶす動作をする。すると獣人とジューシャは祭壇の真上で断末魔の悲鳴を上げつつぐしゃり、と生々しい音を立てて潰され、大量の血が祭壇に降り注ぐ。血が注がれた文様が金色に輝き始め、祭壇全体が紅い光を発する。光が収まると黒一色だった祭壇表面は真紅に染まり、文様が金色になって浮き彫りになる。

「これで完成だ。後はギギの腕輪とガガの腕輪を消し去るのみ、だ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは満足げに数回頷いた後、近くに置かれている黒と金色に染まり、仮面ライダーを模した仮面が9つある人面岩上部の窪みに下半身を入れる。すると人面岩下部の両眼が妖しく光り、音もなく人面岩は宙に舞い祭壇の真上に到着する。人面岩がゆっくりと降下して窪みに収まると、インカの祭壇はゆっくりと地面から浮き始める。ゴルゴス・ユム・キミルが右手を翳して雷撃を放つと、天井が吹き飛んで空が見える。穴から外へ出たインカの祭壇はゆっくりと飛行し始め、やがて市街地の中心部上空で停止し、降下する。祭壇は宙に浮いた状態で停止し、ゴルゴス・ユム・キミルは両手を上に突き上げる。

「まずは残る仮面ライダーと、それに与する虫けら共をおびき寄せるとするか。オンゴル、ゴルゴル、オンゴルドォ! オンゴル、ゴルゴル、オンゴルドォォォォ!」

 すると上空に魔法陣が浮かび上がり、魔法陣から無数の光の矢が降り注いで建物を破壊し、道路を貫き、街路樹を焼き払う。

「さあ、選ばれし闇の民たちよ! 今こそ黄泉帰る時だ! 偉大なる大首領様を讃えよ! 大首領様に逆らう者共を殺せ! 塵にせよ! 人間共の血と屍を以てこの地を浄化せよ! オンゴル、ゴルゴル、オンゴルドォォォォォォッ!」

 続けてゴルゴス・ユム・キミルが手を振り下ろすと今度は祭壇前の地面に魔法陣が出現し、獣人や赤ジューシャ、黒ジューシャが姿を現す。ゴルゴス・ユム・キミルがインカの祭壇上で手を上げると、甦った獣人やジューシャは一斉に破壊活動を開始するのであった。

**********

 少し時間を巻き戻す。
 アマゾンが手術室に担ぎこまれて二時間後。祈るように待っていた鈴たちは扉の前にあるランプが消えたことに気付く。手術が終わったようだ。待合用の椅子に腰かけていた鈴やマサヒコ、藤兵衛が立ち上がり、モグラ獣人がドアの前に立つ。直後に手術室からビクトルとルリ子がドアを開けて姿を現す。

「ビクトル、アマゾンは?」
「大丈夫、手術は無事に成功したよ。ギギとガガの腕輪の力なのか、傷の再生がすごい速さで進んでいるんだ。傷口そのものはほぼ塞がりきっているくらい、ね」
「けど、まだ意識は戻りそうにないわ。あれだけ無茶苦茶な再生をしてるんですもの、いくら腕輪の力で生命力が強化されていても、相当再生に体力を使っているんでしょうね。それ以外は今のところ安定しているわ。いわゆる命には別条ない、ってところよ」
「そうか、良かった。ありがとうよ、ビクトル君、ルリちゃん」
「私は何もしてないわ、マスター。一番頑張ったのはビクトル君、それに猛さんや結城さんよ。それに彼自身の生命力がなければ、ここまで上手くいかなったでしょうね」

 アマゾンの手術が無事に成功したと聞き、鈴とマサヒコが安堵のあまりへたりこみそうになるのを一夏やモグラ獣人が支える。藤兵衛が礼を述べるとルリ子は首を振る。続いてストレッチャーに乗せられたアマゾンが猛と丈二によって押されてくると、鈴とマサヒコ、モグラ獣人はルリ子とビクトルと共についていく。付き添っていた一夏、セシリア、弾、蘭はそれを見送って格納庫へ向かう。途中で反対側から歩いてきた和也と隼人、志郎、敬介と合流すると敬介がセシリアに尋ねる。

「セシリア、アマゾンは?」
「意識はまだ戻っていないそうですが、手術は無事に成功したそうですわ。命に別条はないと」
「そうか、本当に良かった……」
「だが、アマゾンの意識が戻るまでが正念場だな。バダンの時もアマゾンを狙ってきたくらいだ。またアマゾンを狙ってくるだろう」
「あるいは、向こうから何仕掛けてくるかもしれません。アマゾンだけではなく、俺たちも奴らにとって大きな障害の筈だ」

 敬介は安堵の表情を見せるが、和也と志郎は懸念を述べる。敵はギギの腕輪とガガの腕輪、そして『守り手』のアマゾンを狙ってくるだろう。一夏たちは和也たちと別れて格納庫へと再び歩き出す。
 一夏たちと別れ、病室についた和也は先にいた藤兵衛、マサヒコ、ビクトル、モグラ獣人、ルリ子、それに猛と丈二に声をかける。

「一先ずは安心、ってわけか?」
「ああ。今のところはな。だが、いつ意識が戻るか分からない。かなりの出血量だった上、ギギの腕輪から伸びている強化神経の一部が損傷していた。幸い、縫合出来るものは縫合して残りは自力で再生したから良かったが、もう少し切られていたらどうなっていたか」
「だが油断は禁物だな。最悪向こうからこっちに……」
「失礼します! 獣人とジューシャ、ゴルゴス・ユム・キミルが市街地に出現しました!」
「何!?」

 隼人が何か言おうとした所にキャプショーが和也に報告する。

「よし! 俺たちも出撃だ! 一夏君たちにも知らせてくれ!」
「じゃあ俺もアマゾンの仇を取りに……!」
「モグラ、お前は残れ! 万が一の時はアマゾンを頼んだ!」
「そこまで言うなら、分かった!」
「お前も気をつけるんだぞ?」

 和也がキャプショーに指示を出すと猛たちは部屋を飛び出して行く。モグラ獣人も同行を志願するが和也に止められ、マサヒコ、ビクトル、ルリ子、藤兵衛と共に残ることを決める。和也はキャプショーと共に飛行場へと向かう。和也とキャプショー以外の隊員はすでにヘリに乗り込んでいる。キャプショーが点呼を取って全員揃ったことを確認すると、輸送ヘリは一斉に飛び立って現場へと向かう。
 市街地中心部ではゴルゴス・ユム・キミルが光の矢を無造作に連射し、獣人とジューシャが跋扈する地獄絵図が広がっていた。満足げにそ見ていたゴルゴス・ユム・キミルであったが、胸につけた仮面がほのかに光ると不機嫌になる。

「おのれアマゾンライダー、腕輪共々まだ生きておるか。今の内に消しておかねばなるまい。行け!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは手を振り下ろし、獣人が一斉に駈け出していく。

「これ以上いかせるかよ!」
「サイクロンアタック!」

 しかしハチ獣人は雪片弐型の斬撃を受けて弾き飛ばされ、クモ獣人は『新サイクロン号』に跨った仮面ライダー1号の体当たりで吹き飛ばされる。他の獣人も仮面ライダー2号や仮面ライダーV3、仮面ライダーXに蹴散らされ、ライダーマンと『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』を装着した真耶の硬化ムース弾で動きを止められる。『ストライク・ガンナー』装備の『ブルー・ティアーズ』を装着したセシリアが『スターダスト・シューター』のビームで次々と撃ち抜き、鈴が肩部『龍咆』を発射して獣人を始末する。同時にSPIRITSを乗せたヘリも到着して地上に展開し、ジューシャを掃討していく。しかしゴルゴス・ユム・キミルは慌てる素振りも見せず、乱入者たちへと声を張り上げる。

「よく来たな、仮面ライダー! そして仮面ライダーに味方する虫けら共よ! 逃げずに来たことは褒めてやろう! だが悪あがきもここまでだ! 有り難く思え! ゴルゴス・ユム・キミルが罪人共に裁きを与えてやる! 貴様らは血と屍を以て、偉大なる大首領様への供物となるのだ!」
「ゴルゴス・ユム・キミル! この世に仮面ライダーある限り、闇の世界など決して訪れはしない! インカの祭壇、ここで破壊させて貰うぞ!」
「ぬかせ! 古代インカの科学と呪術を結集したこのインカの祭壇に、傷一つつけられるものか! 我らの『黒き鍵』、織斑一夏よ! これが最後の警告だ! 運命に従い、我らの下に来るのだ!」
「またそれかよ……これが俺の答えだ!」

 うんざりする一夏だが、すぐに荷電粒子砲をチャージして発射する。それを左手で防いだゴルゴス・ユム・キミルは鼻で笑って見せる。

「フン、やはり愚者に育てられれば愚者にしかならんか。いいだろう、ならば貴様も塵へと変えてくれる! 肉体は余すところなく再生させよう。大首領様が必要とされておられるのは肉体のみ、愚者の魂など不要よ!」

 直後に地面に魔法陣が描かれ、倒された筈の獣人やジューシャが姿を現す。続けて祭壇からゴルゴス・ユム・キミルを乗せた人面岩が浮き上がる。

「では、死ぬがいい! 虫けら共が!」

 ゴルゴス・ユム・キミルが右手から光の槍を発生させて一夏に投げつけると、獣人とジューシャは一斉に動き出す。

「簡単にやられるかよ!」

 一夏はギリギリのところで光の槍を回避すると、スラスターを噴射してゴルゴス・ユム・キミルへ突撃していく。すると立ちはだかるようにモモンガー獣人や獣人吸血コウモリが襲いかかる。一夏は怯まずに『零落白夜』を発動させ、雪片弐型が変形してエネルギー刃を形成すると、回転しながらモモンガー獣人と獣人吸血コウモリに斬撃を放つ。

「回天白夜!」

 一夏の斬撃はモモンガー獣人と獣人吸血コウモリの胴体を纏めて両断する。そこにトゲアリ獣人が蟻酸を吐きかけてくるが、一夏はスラスター翼を動かしてその場から離れ、仮面ライダー1号が跳躍して飛び蹴りを放つ。

「ライダーキック!」

 一撃でトゲアリ獣人の胴体をあっさり寸断すると、着地した所に襲ってくるハンミョウ獣人のかみつきを身を開いて回避し、回し蹴りを頭に打ち込んで怯ませる。左右のパンチの連打を顔面に浴びせ、蹴りを織り交ぜて胴体を蹴りつけ、ハンミョウ獣人が弱ったところで前蹴りで蹴り飛ばした後に跳躍し、急降下しながら右手刀をハンミョウ獣人に振り下ろす。

「ライダーチョップ!」

 仮面ライダー1号の一撃はハンミョウ獣人の頭をかち割り、ハンミョウ獣人はその場で倒れて液化する。着地した仮面ライダー1号にヤマアラシ獣人が身体を丸めて体当たりしてくるが、今度は仮面ライダー2号が飛び蹴りを入れてヤマアラシ獣人を吹き飛ばす。ヤマアラシ獣人が身体を戻すと踏み込んでコンビネーションパンチで攻め立てて主導権を握ると、右腕を取って跳躍して一本背負いの要領で投げ飛ばす。

「ライダー返し!」

 ヤマアラシ獣人はまともに地面に叩きつけられて力尽きる。入れ替わるようにガマ獣人が舌を伸ばして仮面ライダー2号の腕を絡め取り、手繰り寄せようとする。しかし仮面ライダー2号はしっかりと踏ん張り、その場から動く気配がない。逆に仮面ライダー2号が力を入れて舌を引っ張ると、あまりの剛力にガマ獣人は踏ん張ることさえ出来ずに引っ張られる。ガマ獣人は偽の頭を外してガスを吐き出そうとするが、仮面ライダー2号は舌を右手刀で切り落とし、ガスが発射された瞬間に跳躍し、飛び込みながら左拳を握る。

「ライダーパンチ!」

 そのまま左ストレートがガマ獣人の胸へと炸裂し、紅い拳が貫通して血が溢れ出す。拳を引き抜くとガマ獣人はその場に倒れ込む。そこにフクロウ獣人が翼を静かに羽ばたかせて襲いかかり、目に両手の鋭い爪を突き立てようとする。仮面ライダー2号は両手でガードしつつ反撃の機会を窺うが、飛び回って攻撃してくるフクロウ獣人に有効打を放てない。フクロウ獣人が羽をまき散らして仮面ライダー2号の視力を奪うと、フクロウ獣人がほとんど無音で飛び回ることもあって防戦一方に追い込まれる。

「隼人さんは、やらせない!」

 しかし真耶がアサルトライフルを呼び出し、フクロウ獣人に弾丸を浴びせると動きが止まる。その隙に真耶は近接ブレードに持ち替え、スラスターを噴射してフクロウ獣人へ突っ込んでいく。フクロウ獣人は真耶の姿を確認して翼を羽ばたかせて向かっていく。間もなく間合いに入り、フクロウ獣人は真耶が右手に持つ近接ブレードを弾き飛ばそうと爪を振るう。だが真耶はスラスターとPICを使い、一瞬たりとも停止せずにベクトルを転換して急上昇に転じ、フクロウ獣人の上を取る。いきなり真耶が視界から消えたフクロウ獣人は混乱し、両目と回る首を生かして周囲を見渡すが真耶の姿はない。
 ようやく真上と思い至ったフクロウ獣人だが、真耶は急降下を開始している。勢いを乗せて近接ブレードを振り下ろす真耶に対し、フクロウ獣人は両手の爪を盾にして斬撃を受け止める。しかし真耶は呼び出していたIS用拳銃を連射し、怯んだ隙に銃身下部に取り付けた電磁ナイフでフクロウ獣人の目を切り裂く。
 両目を切り裂かれた上に電流の追い討ちまで加わり、フクロウ獣人は目を両手で押さえて悶絶し、翼を羽ばたかせて真耶を引き離し、羽を片っ端からばら撒いて逃れようとする。真耶は自らの視覚が奪われ驚愕するものの、すぐに冷静さを取り戻して『ラプラスの目』を発動させ、真耶の頭部をバイザー型の高感度ハイパーセンサーが覆う。フクロウ獣人の行動を予測し終えた真耶は、ハイパーセンサーに意識を集中させてフクロウ獣人を捉える。ビーム砲を呼び出して自分の真後ろに向かって左方向にターンしながら、時間差を置いてビームを連射し、回り終えた所で最大出力のビームを発射する。すると真耶の左手から回り込もうとしたフクロウ獣人にビームが全て直撃し、最後に最大出力のビームがフクロウ獣人の頭を撃ち抜いて沈黙に追いやる。
 視力が戻った真耶は些かも油断することなく、次の敵に狙いを定める。背後から突っ込んでくる獣人ヘビトンボを振り向きもせずに回避し、方向転換出来ない間にビーム砲を格納し、近接ブレードを呼び出す。獣人ヘビトンボがターンを開始したところで真耶が獣人ヘビトンボに向かい、すれ違いざまに翅を切り裂く。獣人ヘビトンボが地面に落下すると真耶は再びビーム砲を呼び出して構え、頭に数発撃ち込んで沈黙させる。そこにカニ獣人が泡を吹きかけてくるが、真耶は最低限の動きで泡を回避しながらビーム砲を撃つ。しかしカニ獣人は背中を向け、硬い甲殻でビームを受け切り平然としている。

「なら……!」

 真耶はビーム砲を格納して今度はスナイパーライフルを呼び出し、対装甲目標用徹甲弾を甲殻の一点に連射する。一発目の弾丸が甲殻に食い込み、2発目、3発目と同じ個所へ当たると弾丸は甲殻を貫通し、カニ獣人の腹を突き抜ける。弾丸の一部が体内に残って身体を内部から圧迫し、カニ獣人の動きを鈍らせる。すかさず仮面ライダーV3が駆けて跳躍し、飛び蹴りの体勢に入る。カニ獣人は本能的に仮面ライダーV3に背中を向けて甲殻で防ごうとする。

「V3!」

 飛び蹴りはカニ獣人の甲殻で防がれるが、仮面ライダーV3は蹴りの反動を利用して高々と背面ジャンプする。『ダブルタイフーン』に風を取り込んでエネルギーを再チャージすると、空中で身を翻して反転し、再びカニ獣人の背中にキックを放つ。

「反転キック!」

 威力の増した二撃目のキックはカニ獣人の甲殻を見事に粉砕し、その身体を両断する。着地した仮面ライダーV3は続けてサンショウウオ獣人へ挑みかかる。するとサンショウウオ獣人の姿が徐々に変わっていき、最終的に仮面ライダーV3と全く同じ姿へ変わる。

「俺の姿を真似て勝とうというのか……なら貴様に見せてやる。本物の風見志郎の強さをな!」

 仮面ライダーV3は冷静に言い捨てるとサンショウウオ獣人に挑みかかり、サンショウウオ獣人は右ストレートで仮面ライダーV3を迎撃しようとする。

「甘い! V3パンチ!」

 しかし仮面ライダーV3が放った左ストレートがサンショウウオ獣人の右拳を一方的に弾き飛ばす。続けて仮面ライダーV3は右フックをサンショウウオ獣人の顔面に叩き込み、左右のパンチや水平チョップ、ハイキックを織り交ぜてサンショウウオ獣人を防戦一方に追いやる。サンショウウオ獣人は一度距離を取ると飛び上がり、仮面ライダーV3めがけて飛び蹴りを放つ。しかし仮面ライダーV3は胸で平然と受けてサンショウウオ獣人を弾き飛ばすと、お返しとばかりに跳躍し、空中で錐揉み回転しながら急降下する。

「V3きりもみキック!」

 右足でサンショウウオ獣人を蹴りつけると、サンショウウオ獣人は元の姿に戻った後に倒れる。
 右腕を『パワーアーム』に変えたライダーマンは鎌を持った獣人カマキリと打ち合っていたが、やがてパワーアームが鎌を切り落とし、身体に打ち込まれると電流が走って獣人カマキリは悶絶する。咄嗟に泡を吐いてライダーマンの動きを止め、体勢を立て直そうとする獣人カマキリだが、ライダーマンは飛び退いて泡を回避しつつ右肘にカートリッジを押し込む。

「ディスクアーム!」

 ライダーマンの右腕が『ディスクアーム』に変形すると、獣人カマキリに向けてカッターを射出し、刃は獣人カマキリの首を斬り落とすと右腕に戻ってくる。ライダーマンは横から割り込んできたゲンゴロウ獣人の両手をディスクアームで防ぎ、刃を回転させて横薙ぎに振るう。両手を切り落とすと再びカートリッジを右肘に挿入する。

「ロープアーム!」

 ライダーマンはロープアームを射出し、ゲンゴロウ獣人を絡め取って拘束するや、振り回して壁や地面に叩きつけ、締めとばかりに投げ飛ばしてゲンゴロウ獣人を地面に激突させる。ゲンゴロウ獣人は数回痙攣した後にピクリとも動かなくなり、死体が液化して溶けさる。ロープアームを戻すとハチ獣人が尾部の針を飛ばし、誘導しつつ両手の針を掲げて突撃してくる。ライダーマンは慌てずに尾部の針を叩きおとすと、ロープアームを街灯に引っ掻けてロープを巻き上げ、その場を離脱する。ハチ獣人から距離を取ることに成功したライダーマンは、ビルの壁を蹴って反動をつけ、一度ハチ獣人の頭上を飛び越えると今度は反対側のビルの壁を蹴って反転し、ハチ獣人に飛び蹴りを放つ。

「ライダー反転キック!」

 ライダーマンの右足がハチ獣人の胴体に突き刺さるとハチ獣人は大きく吹き飛ばされ、ビルの外壁に叩きつけられて力尽きる。ライダーマンが無事に着地した所で黒ネコ獣人がビルの壁や街路樹、瓦礫を蹴りながら迫り、ライダーマンを不規則な動きで翻弄し、毒の爪で引っ掻こうとする。

「ライドルロープ!」

 仮面ライダーXがベルトから『ライドル』を引き抜き、スイッチを操作して『ライドルロープ』へと変形させ、黒ネコ獣人の足に巻きつけて動きを止める。ライドルロープから高圧電流が流し込まれると黒ネコ獣人は悶絶し、地面を転がり回る。仮面ライダーXがライドルロープを回収すると、黒ネコ獣人は怒り狂って仮面ライダーXへと飛びかかる。仮面ライダーXはカウンターの右ストレートを入れ、パンチのラッシュを放って黒ネコ獣人に何十発と言うパンチを浴びせ、ライドルのスイッチを操作する。

「ライドルホイップ!」

 今度はライドルを『ライドルホイップ』に変形させ、黒ネコ獣人の身体に突き入れ、連続突きに回し蹴りを織り交ぜて黒ネコ獣人を攻め立てる。黒ネコ獣人が抵抗する力を失った所で仮面ライダーXは踏み込み、ライドルホイップを思い切り振るう。

「X斬り!」

 『X』の字を描くような斬撃を浴びせると、黒ネコ獣人の身体が寸断されてその場に崩れる。仮面ライダーXは油断せずにライドルのスイッチを押し、キノコ獣人の方に向き直る。

「ライドルスティック!」

 ライドルが『ライドルスティック』に変形すると同時に、キノコ獣人が口から人喰いカビを噴射する。仮面ライダーXはライドルスティックを前に突き出し、風車のように高速回転させる。

「ライドル風車返し!」

 巻き起こされた風により噴射された人喰いカビは押し戻される。仮面ライダーXはすかさず跳躍し、ライドルスティックを鉄棒代わりに空中で大車輪を決めて急降下を開始し、ライドルスティックを大上段に振りかぶる。

「ライドル脳天割り!」

 落下の勢いを乗せて振り下ろされたライドルスティックは、キノコ獣人の脳天を見事にかち割って沈黙に追いやる。

「後は私たちが! 『ブリューナク』!」
「分かってる! これで最後よ!」

 セシリアは単一仕様能力『アンサラー』を発動させてスターダスト・シューターの先端に槍状のビーム刃を形成し、チューブが形成されたことを確認するやビーム刃を射出する。ビーム刃はヘビ獣人とワニ獣人の頭、イソギンチャク獣人の胴体を貫通して風穴を開け、背後のビルや瓦礫を数か所貫いてビームが消滅する。ヘビ獣人とワニ獣人はその場に倒れ込むが、イソギンチャク獣人は身体を再生させようとする。そこに鈴が双天牙月を構えて踏み込むや首を切り落とし、返す刀で背後から迫ってくる獣人大ムカデの頭を叩き割る。和也やSPIRITS第6分隊もジューシャを全滅させ、残るはゴルゴス・ユム・キミルのみだ。しかしゴルゴス・ユム・キミルは余裕の態度を崩さない。

「あら、もう一人になってしまったというのに、余裕そうですわね?」
「当然だ。貴様ら蛆虫を殺すなど、ジャガーがネズミを殺すより容易い。所詮は余興、いくら貴様らが足掻いても、我が勝利は揺るがぬわ!」
「その余裕、いつまで続くか見物ですわね!」
「待て! セシリア!」
「馬鹿め! 『IS返し』!」

 セシリアは挨拶代わりにスターダスト・シューターからビームを数発発射し、『偏向射撃(フレキシブル)』でビームの軌道を捻じ曲げ、ゴルゴス・ユム・キミルを取り囲むようにビームを撃ち込む。しかしゴルゴス・ユム・キミルの左肩につけた仮面が光るとビームは全てセシリアに襲いかかり、シールドエネルギーを削っていく。ラプラスの目を展開していた真耶だが、驚愕の声を上げる。

「そんな!? 解析できない!?」
「なっ!?」

 真耶の一言にセシリアも絶句する。

「フフフフフフ、どうした? この程度か?」
「だったら、これでどうだ!」
「人間風情が、生意気を!」

 和也がアタッチメントを『マシンガンアーム』に変形させ、ゴルゴス・ユム・キミルに向けて連射する。SPIRITS第6分隊も火力を集中させる。だがゴルゴス・ユム・キミルが発生させたバリアで防がれる。

「結城、フォローを頼む! 行くぞ、一文字! 風見!」
「ああ! ライダーキック!」
「分かりました! V3キック!」

 続けて仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、仮面ライダーV3が同時に跳躍し、ゴルゴス・ユム・キミルに飛び蹴りを放つ体勢に入る。

「何度やっても同じだ! 1号、2号、V3返し!」

 しかし胸と両肩の仮面が光って胸が仮面ライダー1号の、右肩が仮面ライダー2号の、左肩が仮面ライダーV3の顔面を模した仮面になり、装着していた仮面が人面岩に装着される。そして3つの仮面が同時に光って仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、仮面ライダーV3は一方的に弾き飛ばされる。しかし仮面ライダー1号とライダーマンは何かを確信した様子で頷き合う。

「結城、どうだった?」
「間違いありません。勝機はあります」
「よし、一斉に同時攻撃だ! そうすればヤツは対応出来ん!」
「し、しかし!」
「グダグダ言う前にまずはやってみようぜ、セシリア。考えるのは、それからでいい」

 仮面ライダー1号の意外な提案にセシリアは難色を示すが、一夏が付け加えると引き下がる。鈴と真耶は異存ないようだ。一夏は雪片弐型を握りしめ、仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、仮面ライダーV3、仮面ライダーXは同時に跳躍し、ライダーマン、真耶、セシリアは右手の銃を構え、鈴は龍咆を展開する。

「うおおおおおおおおおっ!」
「ライダーダブルキック!」
「V3必殺キック!」
「X必殺キック!」
「マシンガンアーム!」
「今は、やるだけ!」
「分の悪い賭けですが、嫌いではありませんわよ!」
「これはアマゾンの分よ!」
「チイイッ!」

 流石にこれだけの同時攻撃は捌き切れないのか、一夏の雪片弐型の斬撃をまともに受け、仮面ライダー達の蹴りが全て炸裂し、弾丸とビームが身体に風穴を開けて龍咆が直撃し、ゴルゴス・ユム・キミルの上体がバラバラに飛び散る。それを見た和也がガッツポーズを決める。

「よっしゃあ! しかし本郷、どうしてヤツは反射出来なかったんだ?」
「原理は分からないが、ヤツは身体に付けている仮面で俺たちやISの攻撃を反射する。ただし一度に発動できるのは身体につけられる仮面の上限、つまり3個だけだったようだ。それを上回る数で同時攻撃を仕掛けてみたら、案の定だったということさ」
「流石だな本郷猛、仮面ライダー1号。その頭脳、実に惜しい。だが詰めが甘かったようだな!」
「何!?」

 仮面ライダー1号が和也に説明した直後、ゴルゴス・ユム・キミルの声が周囲一帯に響き渡り、残った下半身からどす黒い煙が出ると上半身が再生され、仮面が再び胸と身体に装着される。

「あの状態から再生するとは……!」
「仮面を亜空の狭間に隠して正解だったな。言った筈だぞ! 我が勝利は揺るがんと! 今度はこちらからだ! オンゴル、ゴルゴル、オンゴルドォ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは仮面ライダーを嘲笑うと再び魔法陣を出現させ、倒したばかりの獣人とジューシャをまたしても復活させる。

「クソ! これじゃキリがねえぞ!」

 和也はマシンガンアームを掃射するが、倒しても魔法陣が発生し、敵が復活して意味をなさない。仮面ライダーや一夏たちも同じようだ。ゴルゴス・ユム・キミルは人面岩下部の口から多数の光弾を連射し、腕をかざす。

「ここで遊びは終わりだ! 1号、2号、V3封じ!」
「ぐうっ!?」

 直後に3つの仮面から光が発せられ、仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、仮面ライダーV3の変身が突如として解除される。

「これは!? 変身が!?」
「これってアマゾンの時と!?」
「クソ! ベルトが出現しないのか!?」
「ベルトに風を受けて変身する事すら……!」

 猛、隼人、志郎は再び変身しようと試みるが、ベルトが腰に出現することさえない。そこに獣人が殺到し、猛たちは生身で立ち向かうことを余儀なくされる。

「猛さん!?」
「そうら、余所見は禁物だぞ!」
「織斑君!」
「クッ! ロープアーム!」
「ロングポール!」

 慌てて猛の救援に向かおうとする一夏だが、ゴルゴス・ユム・キミルが大量の光の槍を投げつけてくる。咄嗟に真耶が一夏の腕を掴んで無理矢理離脱させ、ライダーマンがロープアームでゴルゴス・ユム・キミルの足を拘束する。仮面ライダーXはライドルを『ロングポール』へ変形させると、棒高跳びの要領で高々と跳躍し、ゴルゴス・ユム・キミルを両手でしっかりと掴む。

「真空……地獄車!」
「学習しない奴だ! 『X返し』!」

 仮面ライダーXは逆さ落としでゴルゴス・ユム・キミルを地面に叩き落とそうとするが、肩の仮面が仮面ライダーXとライダーマンのそれに変わる。右肩の仮面が光るとゴルゴス・ユム・キミルの姿が消え、拘束から逃れて仮面ライダーXの背後に姿を見せる。ゴルゴス・ユム・キミルはロープアームを光の槍で切り裂く。

「何!?」
「油断大敵だぞ! ライダーマン、X封じ!」
「しまった!?」

 続けて両肩の仮面が光ると、ライダーマンと仮面ライダーXも強制的に変身を解除させられる。やはり獣人が殺到して来るのを見ながら、ゴルゴス・ユム・キミルは仮面を最初と同じものに変える。直後、インカの祭壇が激しく光り輝き、胸に付けた仮面もそれに劣らぬ輝きを放つ。するとゴルゴス・ユム・キミルは憎々しげに言い放つ。

「この光、死に体となってまだ光を封印しようとするか! ならば腕輪諸共葬り去ってやる!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは人面岩に乗り明野駐屯地めがけて飛行を開始する。追おうとする一夏であったが、地上で猛たちが獣人に押し込まれ、SPIRITSや和也もジューシャの相手で精一杯な光景を見て一瞬躊躇する。すると猛が声を張り上げる。

「一夏君! 俺たちに任せてヤツを追うんだ! ヤツはアマゾンを先に始末するつもりだ! あそこにはおやっさんやルリ子さんたちも残っている! 俺たちなら大丈夫だ! 滝、お前も頼む!」
「……分かりました! ここは任せます!」
「お前らも、勝手に死ぬんじゃねえぞ!」

 一夏はセシリアと真耶、鈴に促されたこともあり、ゴルゴス・ユム・キミルの追跡を開始する。和也もまた赤ジューシャのバイクを一台奪い、ゴルゴス・ユム・キミルを追って走り出す。
 その頃、病室でもある変化が起こっていた。

「ギギの腕輪とガガの腕輪が、光ってる……?」
「うお!? 眩しい! 一体何がどうなってるんだ!?」
「もし僕の予想が当たってるとしたら、早くアマゾンをここから逃がさないと!」
「逃がすって、どういう意味だい?」
「多分、ゴルゴス・ユム・キミルがこっちに近付いてきているんです! せめて意識を取り戻すまで、あいつから逃げ切らないと!」
「大変です! ゴルゴス・ユム・キミルがこっちに近付いてきているって!」

 モグラ獣人が目を両手で覆っている横でビクトルが何かに気付き、蘭が病室に駆け込んでくる。即座にルリ子はビクトル、マサヒコと共にストレッチャーを持ってきてアマゾンを寝かせると、駐屯地内が慌ただしくなる。

「逃げるってどこに!?」
「とにかく、何か乗り物を確保しないと!」
「なら私のラボを使ってよ! それなら多分逃げられる!」
「篠ノ之……束!?」

 マサヒコが疑問を口にした直後、今度は弾とクリスタ、そして束が姿を見せる。すると束の顔を見たビクトルは驚愕の表情を浮かべる。あの『天災』がいるとは分かっていても、実際に間近で会うと驚きが先行してしまう。束もビクトルの反応が当然と理解しているからか、何も言わずに話を切り出す。

「色々言いたいことはあるだろうけど、今は置いておいて。とにかく、私を信じて」
「……貴女には色々と聞きたいことがある。それは事実だ。けど、そんな悠長なことをしている暇はない。お願いします!」
「なら、ついてきて!」

 ビクトルと束はアイコンタクトの後に頷き合うと、束とクリスタが先頭に立って格納庫へ駈け出す。ビクトルたちはストレッチャーを押しながら続く。そこに国防軍の兵士に連れられた飛虎、妹蘭、沢渡が駆け寄ってくる。国防軍の兵士は敬礼もそこそこにビクトルに話しかける。

「ハーリン博士、あなた方は一刻も早く避難して下さい! ヘリはこちらで用意します!」
「いえ、こちらの心配は無用です! 皆さんこそ退避を! ヤツの狙いは我々です!」
「そういう訳にはいきません! ですが、もし避難されるのであれば、この方も一緒にお願いします。この駐屯地では危険すぎます!」
「分かりました! さあ、三人とも早く!」

 ビクトルが飛虎、妹蘭、沢渡を促した直後、地鳴りと共に振動が建物一体に伝わって足元がもつれる。すると別の国防軍兵士が駆けつけてくる。

「報告します! 現在敵は駐屯地上空に到達! 『白式』、『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』、『ブルー・ティアーズ』と交戦中!」
「もう……! 急ごう、ビクトル!」

 報告を聞いたマサヒコに促され、一行は足を速めて格納庫を目指す。
 国防軍兵士が報告していた通り、明野駐屯地上空ではゴルゴス・ユム・キミルと一夏、真耶、セシリア、鈴による空中戦が展開されていた。しかし攻撃を悉く跳ね返すゴルゴス・ユム・キミルに苦戦を強いられている。一夏たちは諦めずに必死に食らいつき、人面岩の周囲を高速で飛び回りながら攻撃を加える。ゴルゴス・ユム・キミルも光の槍を投げつけるが、機動力ではISに分があるためか全く当たらない。

「小五月蠅い羽虫共が! こうなれば、この姿で……ガガガガガガガガガガガッ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは右上腕部の腕輪を外し、左上腕部の腕輪と合体させる。するとゴルゴス・ユム・キミルの身体が不気味に脈打ち、姿が急激に変わっていく。唖然とする一夏たちに変形を終えたゴルゴス・ユム・キミルが言い放つ。

「ククククククク、どうだ? アマゾンライダーと敵対した気分は!?」

 ゴルゴス・ユム・キミルの姿は仮面とコンドル飾り、頭の前立て、黒の体色に金色で縁取られたマダラ模様以外は仮面ライダーアマゾンと酷似した姿になっている。それを見た鈴は激昂し、双天牙月を手にゴルゴス・ユム・キミルへ突進する。

「ふざけんじゃないわよ! よりによってお前が、アマゾンの真似を……!」
「なんだ、その剥き出しの下らない感情は!? まあいい、その怒りも恐怖と絶望で染めてくれる! ケケーッ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは人面岩から下半身を出し、奇声を上げながら両手の刃を伸ばし、人面岩を蹴って鈴に突っ込んでいく。

「鈴!? クソ!」
「オルコットさんは、私と織斑君のフォローを!」
「気持ちは分かりますが、少しは押さえてくれなければ……!」

 一夏は慌てて鈴を追い、真耶はスナイパーライフルを、セシリアはスターダスト・シューターを構えて一夏と鈴を援護する。鈴は連結させた双天牙月を両手で思い切り振り下ろし、ゴルゴス・ユム・キミルの頭を切り割ろうとするゴルゴス・ユム・キミルは左手の刃で斬撃を受け止め、右手で鈴の左肩非固定部位(アンロック・ユニット)を掴んで身体を引き寄せる。その反動で一瞬の内に鈴の背後に回り込み、その背中を蹴飛ばして勢いをつけて一夏に飛び蹴りを放つ。

「アマゾンキック!」
「グッ!? ライダーキック!」

 一瞬面食らった一夏だが、すぐに瞬時加速を使用しながら足をゴルゴス・ユム・キミルに向け、飛び蹴りを放つ。一夏とゴルゴス・ユム・キミルの足が衝突して一瞬均衡するが、ゴルゴス・ユム・キミルは次の瞬間に蹴り足を軸に上に跳躍し、反応できない一夏に右手の刃を振り下ろす。

「大切断!」
「ぐあっ!?」
「一夏!?」

 咄嗟に雪片弐型で受け止める一夏であったが、あまりの威力に雪片弐型が弾き飛ばされてシールドバリアを削り、一夏は地面めがけて落下していく。すぐに空中で体勢を立て直した一夏だが、ゴルゴス・ユム・キミルは急降下し、一夏を攻撃しようとする。

「一夏さんに、手出しはさせませんわ!」

 しかしセシリアがビームを撃って偏向射撃を駆使して攻撃する。ゴルゴス・ユム・キミルは空中で身を翻し、足元に魔法陣を形成してそれを足場に跳躍し、今度はセシリアめがけて突っ込んでいく。

「空中を蹴って……反転した!? ですが、機動力ならばストライク・ガンナーの方が!」

 セシリアは怯まずに6基のビットをフル稼働させ、自由自在に飛び回ってビームを撃ちまくる。ゴルゴス・ユム・キミルは足場を形成しては蹴って空中を動き回るが、最大速度でも小回りでもセシリアには劣り、一向に追い付けない。セシリアはゴルゴス・ユム・キミルの背後に回り込むとスターダスト・シューターを構え、腰部ビットのビーム砲口とミサイル発射口を向ける。

「木っ端微塵に砕いてしまえば、再生も!」

 セシリアはスターダスト・シューターとビット6基の一斉射撃を浴びせ、ゴルゴス・ユム・キミルの身体はビームとミサイルの雨を受けてバラバラになる。しかしその身体が黒いガス状になってセシリアの背後に回り込むと、人型になってセシリアを背後から羽交い絞めにし、実体化する。

「無駄だ無駄だ! そんな攻撃で、我を倒すことなど出来ん!」

 必死にもがくセシリアに対し、クラッシャーを大きく開いて首筋に噛みつこうとしたゴルゴス・ユム・キミルだが、飛んできた弾丸が直撃すると硬化ムースが飛び散り、間もなく硬化してクラッシャーを塞ぐ。その隙にセシリアがショートブレード『インターセプター』の呼び出し、思い切り突き刺しながらスラスター出力を最大にし、ゴルゴス・ユム・キミルから離れる。妨害したのは真耶だ。ゴルゴス・ユム・キミルは魔法陣を蹴って空中を飛び回るが、真耶にはあっさりと軌道を先読みされ、硬化ムース弾を全身に撃ち込まれて身動きできない状況に陥る。真耶はそれでも油断せずにライフルを構える。

「確かに、今の私たちにお前を倒せる力はないのかもしれない。けれど、倒せないなら動きを封じればいいだけの話よ」
「フン、だから貴様ら人間は阿呆なのだ。虫けら風情が神に逆らうこと自体が間違いだというのに、神の動きを封じようなどと……IS返し!」

 冷真耶を嘲笑した後にゴルゴス・ユム・キミルは左肩の仮面を光らせると、硬化ムースが一瞬で剥がれて無力化される。冷静にライフルを撃ち込む真耶であったが、跳ね返されるとスラスターを噴射し、跳ね返ったライフル弾を回避しつつ飛びかかってくるゴルゴス・ユム・キミルを避ける。その光景を見た一夏が舌打ちする。

「クソ! 本当にあいつを倒せないってのかよ!?」
「弱音吐いてんじゃないわよ! マサヒコさんやビクトルさん、モグラ、アマゾンだって頑張ってるのよ!? こんな所で私たちが弱気でいてどうすんのよ!?」
「威勢のいいことだな。だが所詮は無駄な足掻きに……むっ?」

 鈴をせせら笑うゴルゴス・ユム・キミルであったが、地上から機銃やミサイルが飛んでくると地上を見てみる。駐屯地が対空砲火で攻撃してきているようだ。ゴルゴス・ユム・キミルは無造作に腕を翳すと地上に魔法陣が発生し、大量のジューシャが出現して駐屯地を襲い始める。駐屯地側がジューシャの迎撃に手一杯で対空砲火が止むと、ゴルゴス・ユム・キミルの胸の仮面が光り輝く。

「近いぞ、ヤツが……今度こそ喰らってくれる!」
「グッ、待ちなさいよ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは鈴たちを無視して急降下を開始し、鈴たちもスラスターを噴射する。
 地上に突如としてジューシャが出現して国防軍が対応に追われている頃、アマゾンを乗せたストレッチャーはようやく格納庫へやってきていた。だが格納庫の屋根が突如としてぶち抜かれ、異形の影がマサヒコ達に立ちはだかるように降り立つ。仮面ライダーアマゾンに酷似した異形は、意識を取り戻していないアマゾンを見ると笑うようにクラッシャーを開く。

「ガガガガガガガガ! 遂に見つけたぞ! アマゾン!」
「ゴルゴス・ユム・キミル!?」
「みんな下がってろ! ここは俺に任せて早くアマゾンを!」
「そうはさせるか! この裏切り者が!」

 異形がゴルゴス・ユム・キミルと全員が悟ると、モグラ獣人がアマゾン達を庇うように前に出る。しかしゴルゴス・ユム・キミルはモグラ獣人が反応する間も与えず踏み込み、右手の刃でモグラ獣人の身体を滅多斬りにして蹴り飛ばす。

「モグラ!?」
「お、俺は大丈夫だ……は、早くアマゾンを……」
「私たちがいるのを忘れるな!」

 傷そのものは浅かったモグラ獣人はフラフラになりながら立ち上がり、遅れて来た鈴たちがゴルゴス・ユム・キミルに挑みかかる。しかしゴルゴス・ユム・キミルは攻撃を跳ね返して主導権を渡さない。鈴たちを無視してアマゾンを殺そうと跳躍するゴルゴス・ユム・キミルだが、乱入してきたバイクの体当たりを受けて空中で身を翻して着地する。

「これ以上、好きにさせるかよ!」
「滝!」
「おやっさん! ここは俺たちで食い止める! アマゾンとモグラを!」
「分かった! ルリちゃん!」
「ええ! マサヒコ君はモグラ獣人をお願い! ビクトル君とマスター、クリスタちゃん、篠ノ之博士はアマゾンを運ぶのを手伝って!」

 和也がマシンガンアームを連射し、ゴルゴス・ユム・キミルを牽制しながら叫ぶ。マサヒコはモグラ獣人を助け起こし、残りはアマゾンを乗せたストレッチャーを押して移動式ラボに向かおうとする。この状況では引き返せない。ゴルゴス・ユム・キミルはアマゾンに突っ込んでいこうとするが、和也がアタッチメントをロープアームに変形させて動きを止める。一夏が背後からゴルゴス・ユム・キミルの首と脚を掴み、頭上に掲げてつむじ風を巻き起こしながら高速回転させる。

「ライダーきりもみシュート!」

 十分に遠心力がつくと一夏はゴルゴス・ユム・キミルを真上に放り投げ、追撃に移ろうと雪羅を向けて荷電粒子砲を連射する。しかしゴルゴス・ユム・キミルは空中で姿勢を立て直し、屋根を蹴って反転すると、両手で荷電粒子砲を防御しながら飛び蹴りを放ち、一夏を吹き飛ばす。

「味な真似を! 受けろ! 『IS封じ』!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは腕を一夏に向けると仮面から光が放たれ、『白式』の展開が解除されて待機形態に戻る。

「しまった!?」
「お、おい! 一体何がどうなってやがるんだ!?」
「分からない。けど謎の力場がISの展開を不能にしているみたい。でも一体何がどうなって……!?」

 いくら展開しようとしても展開出来ないと悟った一夏の顔が青ざめ、藤兵衛が異常事態に混乱している中、束は即座に空間投影式ディスプレイを展開してキーボードを操作し、理由だけは突き止める。しかし原因までは解析できず珍しく焦りの色が見える。ゴルゴス・ユム・キミルは踏み込んで一夏の頭を掴んで放り投げ、一夏はストレッチャーに当たってアマゾンと共に大きく吹き飛ぶ。

「一夏さん!?」
「一夏!? アマゾン!?」
「どこを見ている!? 『IS封じ』を受けろ!」
「凰さん! 危ない!」

 セシリアと鈴の動きが止まると、ゴルゴス・ユム・キミルはセシリアと鈴に仮面の光を放つ。真耶が咄嗟に鈴を体当たりで弾き飛ばすが、『ブルー・ティアーズ』と『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』の展開が強制的に解除される。鈴はすぐにスラスターを噴射して持ち直し、真耶とセシリアを抱えて一度距離を取って二人を下ろし、双天牙月を呼び出して構える。

「さあ、残りは貴様だけだぞ、小娘が! IS封じ!」
「させるかよ! ランチャーアームだ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルが右手を鈴にかざそうとした瞬間、和也がアタッチメントを『ランチャーアーム』に変形させてゴルゴス・ユム・キミルに撃ち込み、その上半身を消し飛ばす。

「やっぱり、俺の攻撃はバリアが無ければ通用するし、反射も出来ないみたいだな!」
「その通りだ。所詮虫けらの攻撃など、我には通用しないのだからな!」
「何!?」

 しかし下半身が黒い煙となって和也の背後に回り込む。和也が振り向こうとした所で実体化したゴルゴス・ユム・キミルは右拳でアタッチメントを叩きおとし、前蹴りで和也を思い切り蹴り飛ばして壁に叩きつける。鈴は龍咆をゴルゴス・ユム・キミルの足元に撃って足止めしようとするが、ゴルゴス・ユム・キミルは怯まず、手に光の槍を形成して投げつけて鈴の動きを止める。

「これで終わりだ! IS封じ!」

 締めとばかりに左肩の仮面が光り、遂に『甲龍』の展開も強制的に解除される。

「クハハハハハハハハ! どうだ! これで抵抗出来まい! では、死ね! アマゾンライダー!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは呵々大笑すると、獣のような動きでアマゾンに接近し、アマゾンにクラッシャーを突き立てて食い殺そうとする。

「チュチュゥン!」
「やらせるかよ!」 
「おやっさん、早くアマゾンを!」

 しかしモグラ獣人がマサヒコを離してゴルゴス・ユム・キミルに体当たりを仕掛け、立ち上がった和也が電磁ナイフを、一夏がラウラ・ボーデヴィッヒから貰ったナイフを突き立てる。その隙に藤兵衛がアマゾンを背負って走り出す。

「この、死に損ない共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは怒り狂ってまず和也にボディブローを入れて屈ませる。一夏の顎をアッパーカットで打ち抜いて昏倒させ、和也に両手を組んで振り下ろして気絶させ、モグラ獣人を右手の刃で切り裂いて蹴り飛ばす。目にも止まらぬ速さで藤兵衛の前に回り込むと、藤兵衛の頭を掴んで持ち上げ、一気に力を入れて握り潰そうとする。

「立花さん!?」
「立花さんとアマゾンさんから、離れなさい!」
「弾! アマゾンをお願い!」

 真耶、セシリア、鈴が飛びかかり、真耶がゴルゴス・ユム・キミルの腕を抑えて藤兵衛を開放する。セシリアが背後からゴルゴス・ユム・キミルを羽交い絞めにし、鈴が飛び蹴りをゴルゴス・ユム・キミルの顔面に入れる。

「アマゾンに、手出しはさせんぞ!」

 弾がアマゾンを背負った所で、藤兵衛もまたゴルゴス・ユム・キミルに飛びかかって抑え込みにかかる。

「虫けら共が何をしようが、無駄だと言っておろうがぁぁぁぁぁっ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルはセシリアを振り払うとソバットを入れて大きく蹴り飛ばす。続けて真耶を片手で持ち上げ、セシリアの吹き飛ばされた方へと投げ捨てる。壁に叩きつけられたセシリアと真耶は気絶し、ピクリとも動かなくなる。さらに藤兵衛を上に大きく蹴り飛ばし、藤兵衛が地面に落ちる前に鈴が放った蹴りを受け止め、足を持ったまま振り回し、落ちてきた藤兵衛めがけて投げつけて吹き飛ばす。鈴と藤兵衛は辛うじて立ち上がり、フラフラになりながらゴルゴス・ユム・キミルへと挑みかかる。

「この野郎!」

 今度はマサヒコが鉈を手にゴルゴス・ユム・キミルへ斬りかかる。しかしゴルゴス・ユム・キミルは再び藤兵衛を蹴り飛ばして弾に当て、鉈を手刀で斬り折り、鈴とマサヒコを投げ飛ばす。そしてアマゾンめがけて飛びかかろうとするが、鈴とマサヒコが足を掴んで必死に止める。

「アマゾンには触らせない……!」
「ビクトル、早くアマゾンとモグラを……!」
「鈴音!」
「父さんも母さんも、早く逃げて……ここは、私たちが食い止めるから……」
「友情に家族愛というヤツか、実に美しいな。美し過ぎて反吐が出る! この薄汚い偽善者風情が!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは鈴とマサヒコを振り払い、頭を踏みつけた後に蹴り飛ばし、構わずにアマゾンめがけて突進する。

「よくも、鈴音を!」
「私の娘に何をするの!」
「鈴!? クソ、ルリ子さん、蘭をお願いします!」
「束さま! 私が時間を稼ぎますので早くラボへ!」

 ビクトルとルリ子がアマゾンに肩を貸すと、激昂した飛虎、妹蘭、弾が一斉に飛びかかり、クリスタが拳銃を連射しつつ電磁ナイフで斬りかかる。しかし飛虎も妹蘭も弾も一撃で吹き飛ばされ、クリスタもゴルゴス・ユム・キミルに殴り飛ばされる。

「もう逃げられんぞ!」
「くっ、この!」

 束は『吾輩は猫である』を呼び出して高速で射出するが、爆風の中からゴルゴス・ユム・キミルが飛び出す。まずは束を庇いに入った蘭を弾の下へ蹴り飛ばし、ルリ子と沢渡を投げ飛ばし、締めにビクトルと束を思い切り殴り飛ばす。

「ぐぅ……この服、シルベール製なのに、衝撃が……」

 束は『シルベール繊維』を編み込んだ服ですら衝撃が殺せなかったことに驚きつつ、息が詰まって動けない。ビクトルも同じだ。これでアマゾンを守る者は誰一人としていない。ゴルゴス・ユム・キミルはクラッシャーを大きく開いて高笑いを上げる。

「フハハハハハハハハハハハハハハ! 勝った! 勝ったぞ! これでインカの光が封印されることはない! この世界の浄化は成し遂げられる! 喜べ、人間共! 貴様らは大首領様に捧げられる生贄となったのだ! そしてさらばだ! アマゾンライダー! せいぜい地獄で、我らに逆らったことを後悔しながら、永遠の苦しみを味わうがいい!」

 無抵抗なアマゾンに、ゴルゴス・ユム・キミルのクラッシャーが突き立てられそうになる。

「チュ、チュ……」
「モグラ……!?」
「裏切り者が! この期に至って、まだ我の邪魔をするかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 しかしモグラ獣人が背後からゴルゴス・ユム・キミルを羽交い絞めにし、止められる。完全に激昂したゴルゴス・ユム・キミルはモグラ獣人を振り払うと、標的をモグラ獣人に変える。

「モグラ獣人! 貴様に裁きの神、ゴルゴス・ユム・キミルが直々に裁きを与えてやる! 罰は死刑だ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは両手を貫手の形にし、モグラ獣人の身体を滅多突きにして風穴を開けていく。モグラ獣人は両手の爪をゴルゴス・ユム・キミルの胸に突き入れようとするが、胸を貫く手前でゴルゴス・ユム・キミルの右手がモグラ獣人の胸を深々と貫通する。モグラ獣人は口から血反吐を吐き、その場に倒れる。

「フン、ようやく死におったか。最後の最後まで馬鹿な奴だ」
「よくも、モグラを!」
「お前だけは、絶対に!」

 怒りで我を忘れたマサヒコは震える足に鞭打ってゴルゴス・ユム・キミルに飛びかかり、背中にしがみついて噛みつく。鈴も同じく立ち上がり、ゴルゴス・ユム・キミルの腕にしがみついて止めようとする。ビクトルはフラフラになりながらもモグラ獣人の元へ向かい、モグラ獣人を処置しようとする。

「待ってろよ、モグラ! 今度は僕が、君を助けるからな!」
「ビクトル……俺はいい。それよりアマゾンを……」
「喋るな! 大丈夫、君もアマゾンも、絶対に助けるから!」
「いや、俺はもう、無理だ……もう助からないって、本当はビクトルも分かってるんだろ……?」

 倒れ伏したモグラ獣人が息も絶え絶えに言うと、ビクトルの身体がピクリと震える。

「俺、2回も死んでるからさ、なんとなく死ぬ感覚ってヤツが分かるんだよ……痛みもなくて、力も入らなくて……」

 モグラ獣人は自分が助からないと確信していた。朦朧とする意識の中でモグラ獣人は意識を取り戻さないアマゾンと、必死に食らいついていくマサヒコと鈴の姿を捉える。

(待ってろよ……今度は、俺が……トモダチを……)

「チュ……チュチュゥゥゥン!」
「やめるんだ! モグラ!」

 モグラ獣人は最後の力を振り絞って立ち上がり、全身から大量の血が噴き出すのも構わず、ゴルゴス・ユム・キミルに全速力で突進し、その胸の仮面に爪を突き入れる。

「フン、そんな攻撃で!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは最初の一撃こそ受けるものの、続く一撃は弾いてモグラ獣人を地面に叩き伏せる。しかしモグラ獣人は根性で立ち上がり、ゴルゴス・ユム・キミルにしがみついて動きを止める。
 投げ飛ばされて受け身を取った鈴は立ち上がろうとするが、叩き落とされたアタッチメントとカートリッジが手元にあることに気付くと、カートリッジを装填してゴルゴス・ユム・キミルに構える。アタッチメントの先端に『パンツァーファウスト』に似た弾頭が装着されると、瀕死のモグラ獣人を振り払ったゴルゴス・ユム・キミルは右手に光の槍を形成し、鈴の方に向き直る。光の槍を投擲しようとした瞬間、モグラ獣人が立ち上がってゴルゴス・ユム・キミルを羽交い絞めにし、口から血反吐をまき散らしながら鈴に向かって叫ぶ。

「今だ! 鈴、撃て! 俺が抑えている内に、早くこいつを!」
「モグラ! 何言ってるんだよ!?」
「俺はもう助からない! だから構うな! こいつを抑えてれば、逃げられないかもしれない! だからお願いだ! 俺が動かなくなる前にこいつを……!」
「ええい、離せ!」
「やめろ! やめてくれ! モグラ!」

 マサヒコが悲痛な叫びを上げ、なんとか思い止まらせようとするが、モグラ獣人は構わずに力を込めてゴルゴス・ユム・キミルを抑え込む。鈴は沈黙していたが、静かに口を開く。

「ねえ、モグラ、一つ聞いていい? 私たち、トモダチだよね?」
「ああ、俺たちはトモダチだ!」
「これからもずっと、トモダチだよね?」
「勿論だとも! 俺もアマゾンもマサヒコもビクトルも鈴も、ずっとトモダチだ!」
「何回生まれ変わっても、トモダチだよね?」
「当たり前だ! 俺が何回生まれ変わっても、お前が何回生まれ変わっても、いつまでもトモダチだ。だから、そんなに泣くなよ……」
「だって、だって……」

 鈴の目からポロポロと涙があふれ出す。泣いては駄目だと理解していても涙が止まらない。それでも鈴はアタッチメントを構え、引き金に指をかける。モグラ獣人は静かに鈴に語りかける。

「鈴、俺はよ、本当はゲドンを裏切った時、死ぬはずだったんだ。けどアマゾンやマサヒコとトモダチになって、ビクトルともトモダチになれて、お前ともトモダチになれた。俺は、十分に生きたよ。だから、もう一回トモダチの役に立って死にたいんだ……ありがとうよ、鈴。俺とトモダチになってくれて。酢豚、本当に美味しかったかったぞ」
「モグ……ラ……」
「だから、早く撃て! そして憎いこいつらを、アマゾンと一緒にやっつけてくれぇぇぇぇぇぇ!」

 モグラ獣人の叫びと共に鈴はアタッチメントの引き金を引き、弾頭を射出する。弾頭は見事にゴルゴス・ユム・キミルに直撃し、力尽きたモグラ獣人諸共木っ端微塵に吹き飛ばす。

「モ……グ……ラ……」

 マサヒコはその場に力なく蹲り、地面に突っ伏して嗚咽を漏らす。鈴も力なくへたり込む。ビクトルは這うようにアマゾンに近寄ると、口を開く。

「アマゾン、やったよ……モグラが、ゴルゴス・ユム・キミルを、やっつけたんだ……」
「だったら、よかったのになあ……ビクトル・ハーリン」
「そんな……」

 しかし悲しみに暮れるビクトルたちを嘲笑う声が響き渡ると、黒い煙が出現し、ゆっくりと人の形になる。ビクトルが絶望の表情を浮かべた直後、煙が消えて無傷のゴルゴス・ユム・キミルが姿を現す。呆然自失の状態で見ているビクトルをゴルゴス・ユム・キミルは嘲笑し、口を開く。

「フン、馬鹿が。あんな攻撃で我が死ぬものか。最後の最後まで愚劣なヤツだ。犬死とはこのことだな。では次は貴様らだ! せいぜい絶望と恐怖の中で……む?」

 ゴルゴス・ユム・キミルはゆっくりとアマゾンの下へ歩み寄るが、マサヒコと鈴が飛びかかって抑え込む。

「クククク、どうした? 犬死した裏切り者の後を追って死にに来たか?」
「黙れ……」
「ほう、そうか。安心しろ。まずはアマゾンを殺し、貴様らもあの馬鹿と一緒に……」
「黙れ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルはマサヒコと鈴を嘲笑するが、マサヒコと鈴が声を荒げて一喝する。

「モグラは、犬死なんかしちゃいない! 今度は俺が、アマゾンを守ってみせる! モグラを無駄死になんか、絶対させない!」
「そうよ! それと覚えておきなさい! 絶対にアマゾンがあんたをぶっ倒してくれるんだから!」
「感情を処理出来んゴミ共が。いい加減に学習して、絶望せよ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルはまずマサヒコの顎を拳で打ち抜いて意識を飛ばすと、思い切り頭を掴んでビクトルめがけて放り投げ、ビクトル諸共吹き飛ばす。続けて鈴の腹にボディーブローを入れると腕を振り下ろし、再び歩き出そうとする。しかし鈴は息も絶え絶えになりながら、足を掴んでしがみつく。ゴルゴス・ユム・キミルは足にしがみついた鈴を蹴り上げ、鈴は高々と宙を舞った後に地面に叩きつけられる。それでも鈴は再び立ち上がり、アマゾンを庇うようにゴルゴス・ユム・キミルの前に立ち、殴りかかる。カウンターで殴り飛ばしたゴルゴス・ユム・キミルだが、またしても鈴が立ち上がってくるのを見ると、露骨に不機嫌になる。

「ぐう……鈴音……鈴音!?」
「鈴音!? 下がって!」
「クソ、こんな時に動けねえ……!」
「鈴さん……!」

 気絶していた飛虎と妹蘭が弾と蘭を起こすと鈴に向かって叫ぶ。しかし鈴の反応はない。

「不味い、鈴のヤツ、意識が……!」
「鈴! クソ、身体がまだ……!」
「畜生……何も出来ないのか……!?」

 立ち上がった和也は藤兵衛と一夏を肩で支えながら、鈴の意識が殆どないことに気付く。しかし一夏も和也も藤兵衛もダメージが大きく、立って歩くのが精一杯だ。

「オルコットさん、しっかりして……!」
「山田先生……鈴さんが……!」

 先に意識を取り戻した真耶がセシリアを目覚めさせると、鈴の危機に気付くが真耶もセシリアも立ち上がることさえ出来ない。マサヒコは朦朧とした意識の中でアマゾンの元まで這っていく。

「起きろよ、アマゾン……こんな所で寝てるなよ……モグラだって、頑張ったんだぞ? 鈴さんだって。頑張ってるんだぞ? みんな頑張ってるのに、お前だけ寝ててどうするんだよ!? だから起きてくれよ! アマゾン!」
「マサヒコ……」

 マサヒコは必死に未だに目覚めないアマゾンの身体をゆする。意識を取り戻したビクトルもまたアマゾンの下へと這って行く。そして鈴は朦朧とする意識の中、ゴルゴス・ユム・キミルに向かってゆっくりと歩いていく。

「大丈夫よ、アマゾン……今度は、私が、あんたを守ってあげるから……」

 うわ言のように呟く鈴を見て、ゴルゴス・ユム・キミルは醜悪な笑い声を上げる。

「そうだ、我にいい考えがある。アマゾン、貴様が食らわれる前に、最高の余興を用意してやろう! 貴様のトモダチとやらを、我が直々に、貴様の必殺技で処刑してやる! 実にいい考えだろう!? まず凰鈴音とかいうクソガキからだ! 行くぞ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは右腕を高々と振り上げて刃を伸ばし、一気に振り下ろす。

「大!」
「鈴音!?」

(父さん、母さん――)

「切!」
「鈴!?」

(一夏、アマゾン、モグラ――)

「だぁぁぁぁぁぁんっ!」

「――ごめんね」

 朦朧とする意識の中で両親と想い人、そして『トモダチ』へ謝罪の弁を述べた鈴に刃が迫る。

「何!?」
「え……?」

 しかしゴルゴス・ユム・キミルの右腕は途中で止まっていた。何者かがゴルゴス・ユム・キミルの右手を、左手で掴んでいるのだ。鈴はおぼろげながら誰かが右手を背中に回し、優しく自分を支えてくれていることに気付き、後ろを向く。マダラのジャケットを着た男だ。鈴は喜びを込め、ゴルゴス・ユム・キミルは憎悪を隠さず男の名を呼ぶ。

「アマ……ゾン……」
「おのれアマゾン! この死に損ないが!」

 鈴を助けたのはアマゾンだ。意識を取り戻したアマゾンはゴルゴス・ユム・キミルの右手を掴み、鈴を間一髪のところで救ったのだ。鈴は安堵のあまり意識を失いそうになりながら、口を開く。

「アマゾン……私……」
「何も言うな。リン、悪くない。モグラも、悪くない」
「そう……なら……今度は、アマゾンが……」

 いつもと変わらぬ笑顔でアマゾンが答えると、鈴は遂に緊張の糸が切れて意識を失う。アマゾンは鈴を支えつつも口を開き、左腕のギギの腕輪とガガの腕輪が激しく光り輝く。

「大丈夫。今度は――」

 同時にアマゾンの身体が緑に変わり、牙が光り輝く。

「俺が、みんな――」

 マダラ模様が燃えるような紅と共に現れ、爪が唸りを上げる。

「――守るから」

 トカゲを模した密林の獣神……仮面ライダーアマゾンへの変身が完了しても輝きは収まらない。そのまま仮面ライダーアマゾンは左手に力を入れると、ゴルゴス・ユム・キミルの右手首から先が握りつぶされる。

「ギャアアアアアアアアアア!?」

 ゴルゴス・ユム・キミルはあまりの痛みに悶絶しながら腕を放し、右手首から血を流しつつその場に蹲る。しかしすぐに怒り狂って胸の仮面を光らせようとする。

「ならば、アマゾン封じ!」
「ケケェェェェェェェェェェェェッ!」
「何!? ガバァ!?」

 しかし胸の仮面は光らずに罅が入り、仮面ライダーアマゾンが振った左腕の『アームカッター』で両肩の仮面諸共切り裂かれ、ゴルゴス・ユム・キミルの胸と肩から血が噴出する。続けて仮面ライダーアマゾンが貫手を放ち、ゴルゴス・ユム・キミルの胸を貫く。ゴルゴス・ユム・キミルは血反吐を吐きつつ、手を引き抜いて距離を取る。再生が遅い上に痛みがあることから冷静さを失いかけたゴルゴス・ユム・キミルだが、左手から光の槍を放って仮面ライダーアマゾンを牽制する。

「ぐうぅぅぅ、再生が遅いのも、痛みがあるのも、腕輪の力で我の力が抑え込まれているからか。だが、なぜアマゾン封じが……!?」

 思案を巡らせていたゴルゴス・ユム・キミルであったが、やがてある答えにたどり着く。

「まさか、裏切り者が仮面を!?」
「どうやら、そうらしいな!」
「ぬう!? 織斑一夏!? チィ、仮面はもう!」
「俺もいるぜ!」

 モグラ獣人の一撃で胸の仮面が破壊された事に気付いたゴルゴス・ユム・キミルに、『白式』の展開に成功した一夏が雪片弐型による一撃を入れる。アタッチメントを拾い直した和也がマシンガンアームを浴びせ、ゴルゴス・ユム・キミルを後退させて仮面ライダーアマゾンの横に立つ。ゴルゴス・ユム・キミルは格納庫の屋根をぶち抜いて外に退避する。

「タキ、リンを頼む」
「ああ、任せとけ」

 仮面ライダーアマゾンは右手で支えた鈴を和也に預けると、一夏の方を見る。

「イチカ、守るぞ!」
「はい!」

 一夏と仮面ライダーアマゾンは頷き合うと、ゴルゴス・ユム・キミルを追って外へ飛び出して行く。意識を取り戻したルリ子が沢渡を支えながら和也に歩み寄り、藤兵衛や弾、蘭、束、クリスタも続く。ルリ子は仮面ライダーアマゾンと一夏を見送りつつ、マサヒコとビクトルを助け起こすと呟く。

「相変わらず単純と言うかシンプルね、彼。だから一夏君も痺れちゃったんでしょうけど」
「一夏が、ですか?」
「ええ。一夏君は『守る』ことに拘っているけど、肝心の何を守るのか、なぜ守るのかってことを見つけるに、苦労したのよ」
「そんなの、決まってますよ。トモダチを、トモダチだから守る。それだけですよ」

 ルリ子が弾の疑問に答えると、マサヒコとビクトルが指を組み合わせて『トモダチ』のサインを作って見せる。そこに飛虎と妹蘭が駆け寄り、意識を失っている鈴に何度も呼びかける。ルリ子とビクトルは二人を抑えて横にすると診察を開始する。

「あ、あの鈴音は!?」
「大丈夫ですよ、この子は」
「あなたは確か、立花レーシングの……?」

 飛虎と妹蘭に藤兵衛が声を掛けて落ち着かせる。

「鈴ちゃんには今、一夏やアマゾンがついてるんだ。絶対に、大丈夫です」
「おやっさん、ここは頼みます。俺はあいつらの援護に」

 藤兵衛は仮面ライダーアマゾンと一夏が出て行った穴を見て力強く呟く。和也はバイクに跨って仮面ライダーアマゾンと一夏を追って走り出す。
 上空では最初の姿に戻って人面岩に乗ったゴルゴス・ユム・キミルが、地上からは『ジャングラー』に乗った仮面ライダーアマゾンに、空中では『白式』を装着した一夏に追跡されていた。ゴルゴス・ユム・キミルは人面岩下部から光弾を発射し、光の槍を投げつけるが、一夏はスピードを落とすことなく回避する。仮面ライダーアマゾンは槍を無視してジャングラーを走らせ続ける。ゴルゴス・ユム・キミルはインカの祭壇が見える所まで迫ると一気にスピードを上げ、インカの祭壇に取りつこうとする。

「簡単にいかせませんわよ! 『タスラム』!」
「何!? これは!?」

 しかし光のロープが伸びてきてゴルゴス・ユム・キミルを拘束し、四方八方からミサイルやアサルトライフルを撃ち込まれ、その身体に焦げや銃創を作る。

「遅くなりました! アマゾンさん!」
「マヤ! セシリア!」

 仮面ライダーアマゾンはミサイルや銃弾が飛んできた方向を見て叫ぶ。6基のビットを周囲に展開し、ビームロープでゴルゴス・ユム・キミルを拘束しているセシリアと、アサルトライフルを構えた真耶だ。どちらも専用機を展開している。ゴルゴス・ユム・キミルが暴れてビームロープの拘束が解けると、セシリアはビットを自由自在に飛び回らせつつ、レーザーライフル『スターライトmkⅢ』を構え、偏向射撃と合わせてビームの嵐でゴルゴス・ユム・キミルを攻め立てる。真耶はビーム砲を呼び出してゴルゴス・ユム・キミルや人面岩に集中砲火を浴びせる。逃れようとするゴルゴス・ユム・キミルだが、一夏は先回りして雪片弐型を手に斬りかかり、光の槍を形成したゴルゴス・ユム・キミルと鍔迫り合いとなる。

「ガウアアアアアアアアア!」
「オルコットさん! 人面岩の仮面を!」
「ええ! お任せを!」

 仮面ライダーアマゾンはジャングラーのカウルから銛がついたロープを射出し、真耶とセシリアは人面岩についた9個の仮面に狙いを定める。まず真耶がビーム砲で仮面ライダー1号と仮面ライダー2号を模した仮面を破壊すると、セシリアが6基のビットとスターライトmkⅢからビームを放ち、偏向射撃で捻じ曲げながら残る仮面を全て破壊する。仮面ライダーアマゾンがジャングラーを蹴って人面岩の上に乗ると、ゴルゴス・ユム・キミルは人面岩から下半身を出して跳躍する。

「逃げるな!」
「ええい、鬱陶しい!」

 仮面ライダーアマゾンはゴルゴス・ユム・キミルにしがみつこうとするが、ゴルゴス・ユム・キミルは光の矢を右掌から連射し、仮面ライダーアマゾンを牽制するとインカの祭壇まで一気に飛んで行こうとする。

「ロープアーム!」
「ライドルロープ!」
「ビッグスカイパンチ!」

 だが2本のロープに足を取られ上を取った何者かに思い切り顔面を殴られ、地面に叩きつけられる。

「風見さん! 結城さん!」
「ケイスケ!」
「チィ、ライダー共まで!」
「どうやら、仮面を破壊されてしまえば技を返すことも、変身を封じることも出来ないらしいな、ゴルゴス・ユム・キミル!」

 ゴルゴス・ユム・キミルを殴り飛ばしたのは仮面ライダーV3、足を縛ったのはライダーマンと仮面ライダーXだ。仮面ライダー1号と仮面ライダー2号も変身できるようになったのか、並び立ってパンチやキックの連打で獣人を蹴散らしている。仮面ライダーアマゾンも地面に降り立つと仮面ライダーXが声をかける。

「アマゾン、いけるな?」
「大丈夫。こいつ、倒す。インカの光、止める」
「ぬかせ! 調子に乗るなよ! やれ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは立ち上がると獣人に指令を出し、自らは空に舞い上がって人面岩と空中で合流する。

「ガアアアアアアアアアア!」

 仮面ライダーアマゾンは回し蹴りを放ちながらレッグカッターで周囲の獣人の首を切り飛ばし、残る敵を一夏たちに任せて先に進もうとする。

「馬鹿め! オンゴル、ゴルゴル、オンゴルド!」
「グウッ!?」

 だがゴルゴス・ユム・キミルが呪文を唱えると、斬り飛ばされた獣人の首が仮面ライダーアマゾンめがけて飛んでいき、その身体に噛みついて動きを止める。残った胴体も遅れて仮面ライダーアマゾンにしがみつく。ギギの腕輪とガガの腕輪が光り、あっさり引き離した仮面ライダーアマゾンだが、人面岩は再びインカの祭壇に収まってインカの祭壇は高度を上げる。

「こうなれば、腕輪諸共消滅させてやる! 見よ! これこそ滅びの光! 世界を浄化するインカの光よ!」
「駄目だ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルが叫んだ直後、インカの祭壇を中心に眩い光が放たれる。やがて光の球がインカの祭壇を包み込み、ゴルゴス・ユム・キミルの姿が外から見えなくなる。

「不味い! インカの光が!」
「アマゾン、早くインカの光を!」

『止めさせはせぬぞ!』

「ガウアッ!?」

 ゴルゴス・ユム・キミルの言葉が一帯に響き渡ると、光の球から雷が放たれて仮面ライダーアマゾンを吹き飛ばす。着地した仮面ライダーアマゾンに獣人が殺到してくる。

「グッ!? こいつら再生を!?」
「これではキリがありませんわ!」
「諦めちゃ駄目! アマゾンさんを祭壇まで行かせられれば……!」

 一夏が『回天白夜』で獣人を叩き斬り、セシリアがビットのビームを刃状に形成して突き刺して内部からビームで焼き払い、真耶がビーム砲の集中砲火を浴びせて倒すが、光の球から降り注ぐ光を浴びると即座に再生して仮面ライダーアマゾンに向かっていく。仮面ライダーアマゾンを数に任せて足止めしようという魂胆らしい。

「どけ! 邪魔するな!」

『無駄だ! せいぜい足掻くがいい! インカの光がこの世界を包むまでな!』

 仮面ライダーアマゾンが復活してくる獣人に足止めされ、他の仮面ライダー達や専用機持ち達が獣人を引き離そうと奮戦しているのを嘲笑うように、光の球は徐々に拡大していくのであった。

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 意識を失っていた鈴は、肌に伝わる冷たい土の感触に違和感を覚えながら目を開ける。続けて手足に力を入れて立ち上がり、周囲を見渡す。
 そこは格納庫内ではなく、鬱葱と高木が生い茂るジャングルであった。周囲には誰もいない。時折ジャングルの木々の間から鳥のさえずりが聞こえてくるだけだ。右手首を見てみると着けていた筈の腕輪、待機形態の『甲龍』がない。一体何がどうなっているのか分からず、ぼんやりとその場で考え込む鈴だが、一先ず歩き出す。
 どこをどう歩けばいいか、どうすればジャングルから出れるかも分からず、ただ漫然と足の赴くままにジャングルを分け入っていく鈴であったが、人はおろか獣や魚、虫の一匹さえいる気配がない。それを疑問に思いつつもジャングルを進んでいくと、空に煙が上がっているのが見える。煙の下には火がある筈だ。鈴は煙の下めがけて走り出す。
 恐ろしくなるほどの速さで、息切れ一つすることなくジャングルの木々の間を走り抜け、煙の下へ駆けている自分に内心驚きながら、鈴は煙が出ている場所へと到着する。

(飛行機……これって、墜落事故!?)

 鈴の前にあったのは墜落した飛行機らしき残骸だ。煙は残骸の一部から立ち上っている。

(とにかく、生存者を助けないと!)

 半ば本能的に決めた鈴は、残骸の中を歩きながら生存者を捜そうとする。しかし生存者はおろか死体すら見つからない。何度か声を上げて呼びかけても返事はない。不安になる鈴であったが、赤子の泣き声らしき声が聞こえてくると、そちらを目指して走り出す。その途中、残骸を手でどけようとするが、残骸に手を触れた瞬間に手が残骸をすり抜けてしまう。面食らった鈴は一度気持ちを整理し、改めて残骸に触れてみる。やはり鈴の手はすり抜けてしまい、何の感触もない。
 鈴はようやく残骸には実体がないことに気付く。結局残骸を無視して歩いてみると、唯一の生存者らしき赤子が杖をついた老人に抱かれてジャングルへと入っていくのが見える。追いかける鈴であったが、いくら声をかけても老人は反応しないし、走っても老人に追い付くことが出来ない。
 やがて老人の姿が消えてしまい途方に暮れる鈴であったが、いきなりジャングルの空が夜となり、一人の少年が数匹の『オセロット』に襲われている光景が鈴の目に飛び込んでくる。上半身裸の少年の身体には、オセロットにつけられたらしい傷が出来ている。少年の顔が誰かに似ていることに気付きながらも少年を助けようとする鈴であったが、やはり鈴の手足はオセロットや少年の身体を突き抜けてしまう。こちらも実体がないようだ。少しして赤子を拾った老人が松明を振り回し、オセロットを追い払った後に少年を連れて歩き出すと、鈴もついて行ってみる。老人と少年が簡易な小屋らしきものに入ったのを見ると、鈴は足を止める。すると中から話し声が漏れ聞こえてくる。

『ア――ン、なぜオセロットたちと戦う? 強くなりたいのか?』
『なりたい。オレ、一人。弱い、ダメ』
『ならば「力」が必要だな』
『チカラ?』
『そうだ。オセロットたちは炎を恐れて逃げただろう? あれが力だ』

 会話の直後に小屋は忽然と消え、周囲が一気に明るくなる。昼になったようだ。背後から何かの物音が聞こえてくる。歩き出すと開けた場所に出る。そこではオセロットに襲われていた筈の少年が、オセロットとじゃれ合って遊んでいる。オセロットを干し肉で手なずけたようだ。少年の天真爛漫な笑顔に、ある男の面影を見た鈴であったが、杖をついた老人が歩いてくると少年に尋ねる。

『ほお、干し肉で手懐けたか……どうした、強くなりたいんじゃなかったのか? 闘って勝ち取る力はもういらないのか?』
『アマゾン、闘わない。トモダチなる、もっと強くなれる』

(そうか、やっぱりこの子、小さい頃のアマゾンなんだ。けど、どうして……?)

 少年がアマゾンの幼少期の姿と確信した鈴であったが、疑問が尽きることはない。やがてアマゾンと老人、オセロットの姿が消え、鈴の周囲に無数の光の球が浮かぶ。光の球を覗くと中では『仮面ライダーZX』と酷似した姿にマントを羽織った黄金の怪人が、銀色の怪人2体を連れて空から舞い降りる光景が見える。ある光の球には大きな仮面をつけたシャーマンtsちが二つの腕輪を作り上げている光景が、別の光の球には数人のシャーマンが止めようとしているのをどなり散らし、王が『インカの祭壇』を建設させている光景が、また別の光の球には動物を模した無数の怪人が宮殿や集落を襲撃し、破壊と殺戮を繰り返している光景が映っている。

「これって、一体……?」
「それらは全てインカの『記録』であり、『記憶』だ」

 鈴の背後から何者かが声を掛ける。振り返るとそこには大きな仮面を着用し、地面に腰かけている老人の姿があった。脇にはコンドルを模した飾りがついた杖が立てかけられている。そんないかにも怪しげな人物に、なぜか鈴は警戒することが出来ない。老人は続けて話し始める。

「この光に入っているのは、発展に発展を重ねた挙げ句に『破滅の光』、『インカの光』と呼ばれる人間に過ぎたる力を得て、終焉へと向かって行った古代インカの記録であり、ギギの腕輪とガガの腕輪を介して残された、古代インカとそれを受け継いできた科学者たちの記憶だ。中にはわしの記憶も含まれておる」
「あの、あなたは……?」
「わしはバゴーと言う。古代インカより受け継がれてきたギギの腕輪とガガの腕輪を、先祖からこの記憶と記録と共に受け継ぎ、そしてアマゾンという男に受け継がせた科学者だ」
「じゃあ、あなたがアマゾンが言ってた……!?」
「そうだ。アマゾンの育ての親とは、わしのことだ」

 老人ことバゴーが仮面を外して素顔を晒すと赤子を助け、幼少期のアマゾンと一緒にいた老人の顔が現れる。同時に鈴は目の前にいる老人こそアマゾンの育ての親であると気付く。バゴーが鈴の言葉に頷くと鈴は再び口を開く。

「でも死んだ筈のあなたが、どうしてここに? ここは一体どこで、どうして私はこんな所に?」
「ここはお前の深層意識といったところだ。お前が持っている鎧がお前との意思疎通を図るため、このような空間を用意した。記憶や記録があるのは、その鎧もギギとガガの腕輪と同じく、異なる空間を繋げて通信する術を持っているからだろう。故に記憶や記録が一時的に流入した。わしがここにいるのは、その副産物と言ったところだ」
「つまりギギの腕輪とガガの腕輪にも、ISや仮面ライダーたちと同じ『空間跳躍通信』が使われていて、たまたまギギの腕輪とガガの腕輪にも混線した、ってところですか?」
「その通りだ。そして鎧はお前に選択を迫っている。鎧に代わって、わしがお前に伝えよう」

 バゴーは立ち上がり、改めて鈴に対して質問をする。

「凰鈴音、お前は力を望むか?」
「え?」
「さらなる力を望むかと聞いておる。状況を打開する力を得るか得ないか、それを決めるのはお前の権利だ。かつて科学の粋を集めた末、インカの光を得た先達と同じように力を得るもよし、アマゾンのように敢えて力を得ずに強くなる道を選ぶもよし。その選択を鎧は迫っているのだ」

 バゴーの話を聞くと少し考えていた鈴であったが、意を決して答える。

「私は力を、望みます。モグラとの約束を果たすために、アマゾンや一夏たちを守るために必要な、さらなる力を」
「ほう、アマゾンと逆の答えを選ぶか。だが本当にいいのか? さらなる力を得るということは、制御できなくなるリスクを負うことになるのだぞ? かつて古代インカが滅び去ったようにな。それに力とは人間を孤独にする。人間は大きな力を得れば得るほど、力を持たぬ大多数の者から恐れられ、避けられ、疎んじられ、憎まれる。その苦しみや悲しみを周囲が理解することもない。お前の選択には孤独という代償が必要となるやもしれぬ。それでも、望むか?」
「私の答えは変わりません。だって、力がなかったらアマゾンの隣で、一緒に戦えないじゃないですか。マサヒコさんやビクトルさんはいますけど、私と違って戦うことすら出来ないんです。だったらその分私が頑張って、戦いの時もアマゾンと一緒でいないと。そうでなきゃ、アマゾンはずっと独りぼっちじゃないですか。他の仮面ライダーもいますけど、トモダチは多い方がいいと思いますから」
「そこまで言うのなら、わしから言うことは何もない。お前が力に呑まれず、未来を切り開くことを祈ろう。では、行くがいい、お前もよく知るあの者が、外界へと案内してくれるであろう」
「ある者?」
「チュチューン!」

 バゴーの言葉に首を傾げる鈴であったが、聞き覚えのある声が背後から聞こえてくると振り向く。鈴の背後にいたのは確かに鈴がよく知る者であった。

「モグラ!? なんで!?」

 モグラ獣人だ。頭が混乱する鈴であったが、同時にここが自分の深層意識の中であることを思い出し、なんとなく目の前にいる『モグラ獣人』の正体を理解する。

「鈴、一緒に行こう。ゲドンもガランダーも、それ以外の悪い連中もアマゾンと一緒に倒すためによ」
「うん、行こう、モグラ。一緒に、あいつらと戦いに」
「罪深きものだな、我らも」

 鈴は笑ってモグラ獣人の手を取って走り出そうとするが、バゴーが呟いたのを聞くと一度振り返る。そのままバゴーは言葉を続ける。

「己で創り出した過ぎたる力を抑えられず、次の世代へと押し付け、あまつさえ若き者の未来をも閉ざし、戦いに駆り立てる。結局我らは良かれと思ってやってきたこともまた、繰り返してきた過ちと変わらぬのかもしれぬな。わしもまたアマゾンの優しさにつけ込んで、ただ戦うだけの獣神に仕立て上げ……」
「あの、そんなことはないと思いますよ?」

 バゴーの呟きに鈴が異を唱えるように口を挟む。意外そうな表情を見せるバゴーに鈴は再び口を開く。

「少なくとも、アマゾンは戦うだけの獣神なんてモノになってませんし、アマゾンはあなたを怨んでいません。アマゾン、私にあなたのことを教えてくれたんです。一人ぼっちだったアマゾンに、ギギの腕輪も含めて色々くれたって。それにギギの腕輪の中にいてくれているって。アマゾンにとってあなたは、ずっと大切な家族なんですよ」
「アマゾンがわしを家族と、意志を踏みにじり、過酷な運命を背負わせたわしを、まだ家族と?」
「ええ。家族の繋がりって、簡単に切れるものじゃありませんから。アマゾンにとってあなたは、ずっと大切な家族なんですよ」
「そうか……ならば、一つ頼んでもよいか?」

 鈴の言葉を聞いたバゴーが尋ねると鈴は黙って頷く。

「アマゾンを、頼む」
「任せて下さい。私も、アマゾンのトモダチですから」

 バゴーがそれだけ言うと、鈴は笑顔で頷いてモグラ獣人と共に走り出す。ジャングルを駆け抜けた所で眩い光に包まれる。

「……音! 鈴音! 聞こえるか!?」
「鈴音! しっかりして! 鈴音!」
「う……ん……」

 自分に呼びかける声を聞いた鈴が重い瞼を開くと、そこはジャングルではなかった。何がなんだか分からない鈴だが、しばらくするとここが格納庫で、ルリ子やビクトルの介抱を受けていること、そして両親が必死に呼びかけていることを知覚し、身体を起こす。飛虎と妹蘭が押しとどめようとするが、鈴はやんわりと手をどけて立ち上がる。

「鈴音、無理をしては駄目だ!」
「この人の言う通りよ! まだ意識が戻ったばかりで……!」
「父さん、母さん、心配してくれてありがと。けど私、もう行かないと。アマゾンや一夏たちが待ってるから」
「しかし……!」
「行かせてやりなよ、二人とも」

 揃って止めようとした飛虎と妹蘭だが、藤兵衛が遮る。

「離婚はしちまったが、鈴ちゃんとは親子なんだ。だったら心配して口を出すだけじゃなく、子供を信じてやるのも大切なことじゃないか?」
「しかし!」
「なんか不思議。私のことで今まで喧嘩してたのに。私のことで意見が合ったのって、これが初めてなんじゃないかな?」

 鈴の言葉を聞くと飛虎と妹蘭はばつが悪いのか引き止めるのをやめる。

「鈴ちゃん、2人とも心配で堪らないんだ。親ってのはそういうもんなのさ。それより、アマゾンたちの所に行ってやってくれ。きっと苦戦してるだろう」
「そういうつもりじゃなかったんですけど。勿論ですよ。私とアマゾンはトモダチ、ですから」

 鈴は笑顔で藤兵衛に答え、マサヒコとビクトルとも視線を合わせて一度頷いてみせると右手の腕輪に手を掛ける。

「行くわよ、甲龍!」

 鈴の身体が装甲に包まれ、すぐに『甲龍』の展開が完了するが、『甲龍』の姿は先ほどと異なっていた。
 色は黒とマゼンタを基調にしているのは変わらない。だが所々に黄色のラインが入った他、四肢のアーマーや両肩の非固定浮遊部位は大型化し、装甲表面が龍の鱗を思わせる形状に変化している。『甲龍』の姿を見たビクトルが驚きを隠せない様子で口を開く。

「まさか、第二形態移行(セカンド・シフト)したのか!?」
「そうみたいです。今の名前は『甲龍・那吒(ナジャ)』だって」
「しかし、どうして第二形態移行をしたんだろうか?」
「そんなこと、どうてもいいだろビクトル。鈴さん、俺たちの分も頼みます!」
「はい!」
「鈴音!」

 マサヒコの言葉に頷いた鈴は、生まれ変わった『甲龍』と共に戦場へ向かおうとするが、飛虎と妹蘭が声をかけると振り返る。飛虎と妹蘭は一瞬ためらいを見せるが、意を決したように口を開く。

「頑張っていきなさい。一夏君たちもお前の助けを待っている」
「けど無理はしないで。必ず、みんな一緒に戻ってくるのよ」
「父さん、母さん、ありがとう」

 鈴音は飛虎と妹蘭の激励に笑顔で答え、今度は振り向かずに空へと舞い上がり、スラスターを噴射して一路救援へ向かう。見送った飛虎と妹蘭は黙って立ちつくしていたが、藤兵衛が声をかける。

「それじゃあ、俺たちも行こうか」
「行くって、どこにですか?」
「勿論、鈴ちゃんを追いかけるんだよ。居ても立ってもいられないんだろう? 近くで応援するくらいいいだろう。足はちゃんとあるんだしな」

 藤兵衛は顎で移動式ラボを示して見せる。すでに束やクリスタ、五反田兄妹、それにルリ子は乗り込んだのか、その場にいるのはマサヒコとビクトル、沢渡だけだ。

「しかし、私たちは……」
「喧嘩や親権云々は後にしましょう。沢渡さんは駐屯地に残っていて下さい」
「さ、行きましょう。俺たちも、俺たちに出来ることをすべきです」

 ビクトルとマサヒコに促されると、妹蘭は沢渡を駆けつけた国防軍の兵士に任せ、藤兵衛と共に移動式ラボへと乗り込む。直後に格納庫の扉が開くとハッチが閉じられ、移動式ラボは間もなく空へと舞い上がる。
 その頃、仮面ライダーアマゾン達は倒しても復活する獣人に手を焼いていた。仮面ライダーアマゾンが獣人を無視して光の球に取りつこうとするが、光の球の内部からゴルゴス・ユム・キミルが雷や光の矢を連射し、仮面ライダーアマゾンの足を止める。獣人が一斉に仮面ライダーアマゾンにしがみつき、無理矢理地面まで引き摺り降ろす。その繰り返しだ。時折SPIRITS第6分隊が地対空ミサイルを撃ち込み、和也がランチャーアームを発射するが、光の球に当たった瞬間、即座に原子レベルで分解されて意味を為さない。
 セシリアはビットからビームを連射し、一夏や真耶も荷電粒子砲やビーム砲を放つが、光の球の拡大が止まる気配はない。仮面ライダーアマゾンたちの抵抗を嘲笑うかのように、光の球はどんどん拡大していく。

「クソ! インカの光が地上にまで広がっちまうぞ!」
「実弾兵器だけでなく、ビームまで無力化されるとは……!」
「とにかく、少しでも長く獣人を抑えるんだ!」

『無駄な足掻きを! 貴様らは塵芥となって消え去るのだ! 無駄な抵抗は止めて、大人しくしろ!』

「ゴルゴス・ユム・キミル! お前、オレが絶対に止める!」
「アマゾン! ぐうっ!?」

 仮面ライダーアマゾンは再び跳躍して光の球に取りつこうとするが、直前にトゲアリ獣人が一夏に首を斬り落とされながらも口から蟻酸を吐きかける。咄嗟に仮面ライダー1号が仮面ライダーアマゾンを突き飛ばして庇うが、仮面ライダー1号の左大腿に蟻酸が当たり、膝が崩れかかる。

「本郷!?」
「猛さん!?」
「俺は、大丈夫だ。それより一夏君、アマゾンをフォローしてやってくれ。ゴルゴス・ユム・キミルの攻撃さえどうにか出来れば、インカの光を封印出来る筈だ」
「分かりました! アマゾンさん!」
「イチカ! 任せる!」

 仮面ライダー1号の提案に頷いた一夏は、突っ込んでいく仮面ライダーアマゾンの前に出て光の球へ突撃していく。

『織斑一夏! まずは貴様から塵としてくれるわ!』

「そう簡単に、行くかよ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは一夏と仮面ライダーアマゾンに光の矢を連射し始めるが、一夏は左腕の雪羅から零落白夜を転用したシールドを展開し、光の矢を無力化する。ならばとゴルゴス・ユム・キミルは雷撃を発射するが、同じようにシールドで無力化される。その隙に仮面ライダーアマゾンは光の球に取りつこうとする。

『そうはさせんぞ!』

 だが光の球の中から人面岩が勢いよく飛んでくると、仮面ライダーアマゾンは回避出来ずに直撃して吹き飛ばされる。離脱しようとした一夏も巻き込まれて吹っ飛び、仮面ライダーアマゾンと共にビルの壁に叩きつけられる。仮面ライダーアマゾンと一夏は頭を振り再び立ち上がるが、獣人が殺到して仮面ライダーアマゾンはヘビ獣人に、一夏は獣人大ムカデに巻きつかれて身動きが取れなくなる。

「アマゾン!?」
「一夏さん!?」
「織斑君! この! 邪魔を!」

 仮面ライダーX、セシリア、真耶が救援に向かおうとするが、ゴルゴス・ユム・キミルが地上に向けて雷撃を連射し、動くに動けず救援出来ない。仮面ライダーアマゾンは自力でヘビ獣人を引き千切って離脱し、一夏も高速回転して獣人大ムカデを払い退ける。獣人は再生され、仮面ライダーアマゾンたちへと突っ込んでいく。

「くっ! これじゃインカの光が……!」
「諦めるのは早いわよ!」

 思わず舌打ちする一夏だが、直後に獣人達が不可視の砲撃と共に弾き飛ばされ、砲撃の主が一夏と仮面ライダーアマゾンの前に降り立つ。

「リン! 大丈夫なのか!?」
「見ての通り、大丈夫よ、アマゾン。一夏も大丈夫そうね」
「ああ、なんとかな。それより鈴、もしかして……?」
「一夏やセシリア、山田先生と同じで第二形態移行したのよ。武装も機能も確認しておいたから問題ないし」

 降り立ったのは、第二形態移行を果たした『甲龍』を装着した鈴だ。セシリアと真耶も到着すると鈴は声を上げる。

「それじゃ、反撃開始といくわよ! セシリアは山田先生や仮面ライダーと一緒に、一夏とアマゾンの援護をお願い! 獣人は私が抑えておくわ!」
「鈴さん! 油断は禁物ですわ! 第二形態移行を果たしたとはいえ、単機で獣人を抑えるのには無理がありますわ! ましてや、すぐに再生してくるというのに!」
「落ち着きなよ、セシリア嬢。鈴、勝算があるんだろうな?」
「勿論です。そうでなきゃ、提案しませんよ」
「……分かった。そこまで言うなら文句は言わねえよ。本郷、一文字、風見、結城、敬介、俺からも頼みたいんだが、鈴を信じてやっちゃくれねえか?」
「任せろ。だが鈴さん、無茶はし過ぎないでくれ」
「今回は折れて差し上げますが、この借りはいずれ返して頂きますわ。それまでは、ご無事で」
「ありがと、セシリア。アマゾン、一夏、お願い!」
「ああ!」

 和也のとりなしもあって鈴の提案を受け入れると、仮面ライダーアマゾンと一夏は再び光の球めがけて突撃し、セシリアたちもそれに続く。残る鈴は獣人を牽制し、手元に一対の青龍刀を呼び出す。

「これが『双天牙月・斬妖』ね。それじゃ、一気に行くわよ!」

 双天牙月が変化した『双天牙月・斬妖』を構え、鈴は獣人の群れへ突っ込んでいく。まず先頭に立つクモ獣人に横薙ぎで叩きつけるように斬撃を浴びせる。両手の双天牙月・斬妖を振るって獣人を蹴散らすと、クモ獣人、獣人カマキリ、ハチ獣人の首が宙に舞う。そこにヤマアラシ獣人、イソギンチャク獣人、獣人大ムカデが鈴に飛びかかってくる。

「今度は『双天牙月・砍妖』よ!」

 続けて鈴は一度双天牙月・斬妖を格納し、刀刃仕様の双天牙月が変化した『双天牙月・砍妖』を手元に呼び出すと、素早く振るって鋭く斬りつける。するとヤマアラシ獣人やイソギンチャク獣人、獣人大ムカデの腕が綺麗な切り口を残して切り落とされ、返す刀で首を切り落とす。鈴は双天牙月・砍妖の柄を連結させ、ワニ獣人、ヘビ獣人、ゲンゴロウ獣人に向けて投げつけると、その胴体があっさりと切断される。

「我ながら恐ろしい切れ味ね。っと、危ないわね!」

 手元に戻って来た双天牙月・砍妖を持ち直した鈴に、カニ獣人が泡を吹きかけてくる。咄嗟に上昇して回避した鈴は双天牙月・砍妖でカニ獣人へと斬りかかるが、カニ獣人は背を向ける。双天牙月・砍妖の斬撃を甲羅で受け止め、双天牙月・砍妖の刃が弾かれる。

「刃が通る相手にはこっちの方が強力だけど、硬い相手には弱いか……だったら、この『縛妖索』で!」

 カニ獣人が向き直って鋏を掲げて突っ込んでくると、鈴はスラスターを噴射して一度距離を取る。右腕部龍咆を格納すると『ボルテック・チェーン』が変化した『縛妖索』を射出する。縛妖索の鎖がカニ獣人の全身に巻き付き雁字搦めにすると、高圧電流がカニ獣人の身体に流し込まれる。カニ獣人も高圧電流には耐えられないのか目に見えて弱り果て、鈴はカニ獣人を振り回して地面に叩きつけた後に一度縛妖索を戻す。今度は先端の四爪のクロ―を閉じ、ドリルのように高速回転させながら射出する。縛妖索は比較的柔らかいカニ獣人の腹部を貫通し、今度は内側から高圧電流を流しこみ、カニ獣人の息の根を止める。
 鈴は手を止めずに縛妖索を格納して腕部龍咆に戻すと、第二形態移行に伴い発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を発動させる。

「それじゃ『乾坤圏』の力、見せてあげるわ!」

 同時に単一仕様能力『乾坤圏』が発動したとの文字がハイパーセンサーを躍り、コアがフル稼働して演算を開始する。獣人が全方向から殺到してくるが、鈴は慌てずに意識を集中させる。すると肩部衝撃砲の砲口が光り、自身の周囲に空間歪曲が発生する。直後に自身を中心に全方位に衝撃砲が発射され、獣人をまとめて吹き飛ばす。続けて鈴は正面から突っ込んできたトゲアリ獣人、キノコ獣人、サンショウウオ獣人へ突っ込んでいく。トゲアリ獣人が蟻酸と棘を、キノコ獣人が殺人カビを鈴に飛ばすが、鈴が手を前にかざすと、衝撃砲を応用した不可視の障壁によって攻撃は悉く阻まれる。鈴はその場で停止し、両肩部龍咆を向けて発射体勢に入る。直後に砲口が光り、集束された衝撃砲が発射される。衝撃砲は余剰エネルギーが変換された炎で龍の頭を象りながら飛んでいき、トゲアリ獣人、キノコ獣人、サンショウウオ獣人を飲み込んで全身を消し飛ばす。
 砲撃を終えたばかりの鈴の背後から、フクロウ獣人が音もなく回り込んで嘴で突こうとする。鈴はターンして衝撃砲を向けると、今度は集束率を落として不可視の衝撃砲を連射し。フクロウ獣人を迎撃する。集束率が落ちた影響で威力こそ落ちたが、連射速度で補ってフクロウ獣人を撃墜し、数十発の衝撃砲を浴びせたことでフクロウ獣人は力尽きる。その隙をつくように黒ネコ獣人とハンミョウ獣人が飛びかかり、フォローするように獣人カマキリが口から泡を吐く。咄嗟に双天牙月・斬妖を呼び出して振るう鈴だが、黒ネコ獣人とハンミョウ獣人は空中で身を翻して回避し、ビルや瓦礫を蹴って撹乱するように飛び回る。鈴の気が取られている隙にゴルゴス・ユム・キミルが獣人を復活させ、仮面ライダーアマゾンの方へと向かわせようとする。

「これじゃ、埒が明かないわね……ならモグラ、力を貸して!」

 鈴はディスプレイに映る『黄龍・火尖槍』という装備を選択する。すると非固定浮遊部位が分離・変形した後に右腕に装着され、先端にドリルが形成される。直後に獣人が正面から揉みつぶそうと一斉に襲ってくるが、鈴は右腕を前に向ける。するとドリルが回転すると同時に周囲にエネルギーフィールドが発生し、集束された衝撃砲と同じように、発生した余剰エネルギーが炎となって鈴とエネルギーフィールドを包み込む。

「一気に決めてやるんだから!」

 鈴は背部から衝撃波を発射し、スラスター代わりにすると獣人の群れに突撃を開始する。纏う炎が槍の穂先のような形となると鈴は自らの身体を『槍』に見立て、一気に距離を詰める。そして接敵すると獣人は悉くエネルギーフィールドに巻き込まれて粉砕され、あるいは炎に焼かれて一体残らず灰塵となる。

『人間風情が! 生意気に! 我が直々に全員消し飛ばしてくれる!』

「すげえ……あれが甲龍の……」
「コアによる演算で、空間歪曲の範囲や位置を自在に調整出来るようになった影響だろうな。衝撃波を衝撃砲だけでなく防御、機動に転用出来たのも、新たに発言した単一仕様能力によるもの、か」
「一夏君! 結城! くるぞ!」
「流石に派手にやられれば、再生するにも時間が必要って訳か!」

 鈴の戦いぶりを見た一夏が呟くと、ライダーマンが原理を推測する。しかしゴルゴス・ユム・キミルが獣人の再生を諦めて攻撃に集中し始めると、光の矢や雷撃が仮面ライダーアマゾンだけでなく地上の和也やSPIRITS第6分隊、鈴に降り注ぐ。鈴は雷撃と雷撃の間を潜り抜けつつ障壁で防御し、和也達は建物や瓦礫に隠れて攻撃をやり過ごす。しかし空中の仮面ライダーアマゾンはまともに浴び、一夏たちも数が増したことで防ぎ切れず、一度地面に叩き落とされる。それでも仮面ライダーアマゾンは怯まずに大地を蹴り、再びゴルゴス・ユム・キミルへと挑みかかる。ゴルゴス・ユム・キミルは仮面ライダーアマゾンに光の矢を集中させ、またしても叩き落とす。

「クソ! 獣人がいなくなっても、これじゃ意味がない! 攻撃が集中する前に、アマゾンさんを取りつかせることが出来ればいいんだけど……」
「俺に考えがある。『スーパーファイブキック』を応用すれば、突破できる筈だ」
「スーパーファイブキック?」
「簡単に言えば、誰か一人を残りのライダーが投げて加速をつけ、敵にライダーキックを打ち込む技だ。確かに一人では到達出来ないスピードを出せる。だが……」
「投げられる側、つまり今回はアマゾンの身体に強い圧力がかかる。深海開発用に設計された俺は大丈夫だが、万全な状態ならともかく病み上がりのアマゾンに、耐えられる保証は……」

 一夏が舌打ちすると仮面ライダー1号が少し思案して提案する。鈴が首を傾げて尋ねると、仮面ライダーV3と仮面ライダーXが説明する。今の仮面ライダーアマゾンは死の淵から生還したばかりの、いわゆる病み上がりだ。そんな仮面ライダーアマゾンに無理をさせるのは躊躇われる。しかし仮面ライダーアマゾンは静かに口を開く。

「オレ、やる。オレは大丈夫」
「しかし!」
「諦めろ、敬介。一度言ったらもう聞かないって、分かってるだろ?」
「それに、今はこれしか方法がない。一夏君、山田先生、セシリアさん、鈴さん、少し時間を稼いでくれないか? 加速には少し時間がかかるんだ」
「分かりました!」

 仮面ライダー2号が仮面ライダーXを窘めるとライダーマンが指示を出し、一夏、真耶、セシリアは空へと舞い上がる。しかし鈴は仮面ライダーアマゾンの前に立つ。

「アマゾン、大丈夫だって言ったんだから、絶対に無事に戻りなさいよ。大丈夫じゃなかったら、一生許さないんだから」
「リン、心配するな。オレ、まだモグラとの約束、守ってない」
「モグラとの、約束?」
「うん。ガランダー倒すって、モグラと約束した。だから、まだ死ねない。ガランダーも操ってた大首領倒すまで、絶対に」
「なら、信じるわ。ここは私たちに任せて!」

 鈴はアマゾンの言葉を聞くと空へと飛び立ち、仮面ライダー達は加速するのに十分な距離を開けるべく飛び退く。まず仮面ライダー1号が、仮面ライダーアマゾンを渾身の力で投げ飛ばす。

「一文字!」

『そう簡単には、やらせんぞ!』

「それはこっちの台詞だ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルが雷撃を放つが、一夏がシールドを展開して雷撃を無力化する。その隙に仮面ライダー2号が飛んできた仮面ライダーアマゾンを受け止め、全力で投げる。

「次だ! 風見!」
「ここは、私が引き受けます!」

 真耶は両手にアサルトライフルを持ち、ラプラスの目を発動させる光の矢の軌道を先読みし、アサルトライフルをフルオートで発射して光の矢を相殺する。仮面ライダーV3が仮面ライダーアマゾンを掴み、さらに加速させて投げる。

「結城! 行け!」
「防御は私にお任せを!」

 続けてセシリアがビットを展開してビームシールドを形成させ、飛んでくる光の槍や雷撃を全て防ぎ切る。ライダーマンは軌道を変えるように、仮面ライダーアマゾンを加速させながら投げ飛ばす。

「最後はお前だ! 敬介!」

『背に腹は替えられん! 纏めて消滅させてやる!』

「何!?」

 ゴルゴス・ユム・キミルの声が響き渡った直後、光の球の一部が切り離されて光弾を形成する。直感的にインカの光の一部と気付く仮面ライダーXだが、怯まずに鈴は仮面ライダーXと仮面ライダーアマゾンの前に出る。

「鈴さん! 駄目だ! あれは物質を分解する! いくらISでも直撃すれば!」
「分かってます! でも、もしかしたら!」

 鈴は仮面ライダーXの制止も聞かず、発射された光弾の前に立つと肩部龍咆を展開し、意識を集中させる。

(読みが正しければ私の勝ち、間違ってれば一貫の終わり……けど、今はやるしかない!)

 鈴はイメージインターフェースに、自身の前面に空間歪曲を発生させるイメージを伝える。すると鈴の前面の空間が歪んで障壁となり、光弾は歪曲した空間に阻まれ、間もなく消滅する。

「そうか! 空間そのものを歪め、インカの光を防いだのか!」

 仮面ライダー1号は鈴が前面の空間そのものを歪曲させ、光弾を防いだことに気付く。空間そのものを歪めてしまえば、いくらインカの光といえども突破出来ない。だが鈴も神経を使い過ぎたのか額に汗が浮き、息が乱れている。本来の使い方では無いため、操縦者への負担も大きいのだろう。

(かなり集中しないと使えないみたいだし、連続では使えそうにないわね)

 額の汗を拭った鈴は一度離脱し、仮面ライダーXが仮面ライダーアマゾンを上空の光の球めがけて投げつける。

「後は頼んだぞ! アマゾン!」
「ケケエエエエエエエエエッ!」

 仮面ライダーアマゾンは猛スピードで光の球めがけて突っ込んでいく。迎撃しようと光の矢や雷撃を放つが、加速に加速を重ねた仮面ライダーアマゾンを止めるには至らないのか、勢いが削がれる気配すらない。

『猪口才な! これならどうだ!?』

「不味い! あれでは!」

 しかしゴルゴス・ユム・キミルが人面岩を高速で飛ばすと、ライダーマンが声を上げる。実体のないエネルギー攻撃ならともかく、人面岩に当たってしまえば勢いは止まる上にダメージも少なからず受けてしまう。それを悟ったのか鈴はスラスターを噴射しつつ、声を上げる。

「アマゾン、上よ!」
「ガウァッ!」

 仮面ライダーアマゾンは即座に空中で身体を丸め、飛んでくる人面岩を蹴りつけて上に跳び上がる。

『馬鹿め! これなら攻撃も回避は出来まい!』

「そうとも限らないわよ? アマゾン!」
「ああ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは巨大な光の槍を形成するが、鈴は衝撃砲の砲口を仮面ライダーアマゾンに向け、仮面ライダーアマゾンは身を翻して両足を鈴に向ける。鈴は衝撃砲を発射し、衝撃砲を足に受けた仮面ライダーアマゾンは再び光の球めがけて飛んでいき、遂に光の球へと取りつく。

『馬鹿な!? だが、まだ終わりではない!』

「ガアアアアアアアアアッ!」

 ゴルゴス・ユム・キミルは驚愕しつつ、インカの光を消すまいと力を込める。仮面ライダーアマゾンは両手のアームカッターを大型化させ、光の球へと振り下ろして突き立てる。すると激しいスパークが発生して光の球の拡大が止まり、逆に収縮していく。だが収縮が一度収まると再び拡大を開始し、かと思えば収縮を始め、結局均衡状態となって膠着する。丁度市街地上空に移動式ラボが到着し、乗っていた束たちはモニターで外の様子を確認する。

「アマゾンが、インカの光に取りついたらしいね」
「けど待って。光が封印されていないんだけど?」
「多分、向こうも出力が段違いなんだ。ギギの腕輪とガガの腕輪が封印しようとしているのと、インカの祭壇が光を拡大しようとしているのが、拮抗しているんだ」
「それって、かなりヤバくないですか!?」
「ヤバいどころか、私たちも世界も終わるよ。あの光、物質を片っ端から原子レベルで分解してる。もしあんなのが広がったら……!」

 モニターを見ていたルリ子が拮抗している現状に疑問を漏らし、ビクトルが推測を述べると弾や蘭、クリスタ、ルリ子、妹蘭、束の顔色が変わる。特に束はインカの光がいかに危険なものかをよく理解しているだけに、表情も深刻そのものだ。対照的にビクトルとマサヒコは冷静そのものだ。

「大丈夫ですよ。きっとアマゾンが何とかしてくれますから」
「そんな呑気なことを言ってる場合じゃ……!」
「なんだ、こんな簡単なことも分からないのかい? 天才と言われた篠ノ之束が」
「むう、流石にそんなことを言われると、ちょっと腹が立つんだけど」
「ですが、光が拡大してしまえば、どうにもなりません! ましてや仮面ライダー一人では!」
「今のアマゾンは、一人じゃありませんよ」

 ビクトルの不敵な物言いにムッとする束に続いて妹蘭が懸念を表明するが、マサヒコは静かに首を振る。続けて藤兵衛が口を開く。

「アマゾンは仮面ライダーなんだ。守るべきものがある限り、仮面ライダーは負けはせんよ」

 仮面ライダーアマゾンは腕に力を入れるが、拡大を抑えるのに精一杯だ。光の球のエネルギーはさらに増大し続ける。しかし仮面ライダーアマゾンは諦めず、ギギの腕輪とガガの腕輪に語りかける。

「バゴー! オレに力を貸してくれ!」

 次の瞬間、ギギの腕輪とガガの腕輪が仮面ライダーアマゾンの言葉に応えるように光り輝き、光の球が急速に萎んでいく。

『ぬうっ!? 馬鹿な!? インカの光が腕輪に吸収されていく!?』

 慌ててゴルゴス・ユム・キミルは光を拡大させようとするが、インカの光はアームカッターを通じてギギの腕輪とガガの腕輪に吸収されていく。

「インカの光が消えていく……けど、どうして……?」
「ギギの腕輪とガガの腕輪は、インカの祭壇の対存在なんですよ。だからインカの祭壇の力が強まれば、ギギの腕輪とガガの腕輪の力も強まるんですよ」
「つまり目には目、歯には歯、インカの遺産にはインカの遺産って訳ですよ。もっとも、それだけじゃないような気もしますけど」

 妹蘭にビクトルとマサヒコが解説している頃、地上では鈴たちがインカの光が収縮していくのを見ている。勝利を確信する鈴であったが、和也が声を掛ける。

「行ってこい、鈴」
「え?」
「だから、アマゾンの所に行ってこいって言ってんだよ。本当は、行きたくて仕方ねえんだろ?」
「それは、そうですけど。けど、この戦いはアマゾンの……」
「誰の戦いでもないだろ? 敢えて言うなら、俺たち全員の戦いだ。お前もあいつには借りがあるだろ?」
「ここは鈴さんとアマゾンさんが決着をつけるべきですわ。あなたに後を託した散って行った、モグラさんのためにも」

 最初は和也の言葉の意味を理解出来なかった鈴であったが、続く言葉に躊躇いを見せる。しかし一夏とセシリアの後押しと、ゴルゴス・ユム・キミルが姿を見せると意を決して飛び立つ。

「じゃあ、行ってくるわ!」
「おう!」
「行け行け!」

 鈴がスラスターを噴射して飛び立つと、一夏と和也が鈴に檄を飛ばす。
 時を同じくして、インカの光は完全に消滅してゴルゴス・ユム・キミルが姿を現し、インカの祭壇が石化して砕け散る。ゴルゴス・ユム・キミルも力を使い果たしたのか、空中に浮いているものの動く気配はない。仮面ライダーアマゾンはゴルゴス・ユム・キミルめがけて降下しようとするが、自分の横に誰かが来たことに気付き、顔を向ける。

「リン……」

 鈴だ。仮面ライダーアマゾンと鈴はしばし顔を見合わせるが、先に鈴が口を開く。

「アマゾン、行こ?」
「……ああ!」

 仮面ライダーアマゾンと鈴は頷き合い、仮面ライダーアマゾンは右手のアームカッターをさらに伸ばし、ギギの腕輪とガガの腕輪から溢れ出すパワーを集中させる。鈴は双天牙月・斬妖を呼び出して刀の背で連結させ、一振りの剣『双天牙月・降妖』にすると衝撃砲のエネルギーを刃に纏わせる。余剰エネルギーが炎となって剣身を包み込み、『陰陽剣』が発動する。仮面ライダーアマゾンと鈴はゴルゴス・ユム・キミルめがけて急降下を開始する。

「ウォアアアアアアアアアアアッ!」
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「おのれアマゾンライダー! 今回は敗れたが、必ずやまた甦り、この恨みを晴らして……!」

 抵抗する気力すら残っていないゴルゴス・ユム・キミルに、仮面ライダーアマゾンはアームカッターを、鈴は双天牙月・降妖を思い切り大上段から振り下ろす。

「ダブル!」
「スーパー!」
「大ッ! 切ッ! だぁぁぁぁぁぁんッッ!」

 仮面ライダーアマゾンと鈴の放った必滅の斬撃は、見事にゴルゴス・ユム・キミルの身体を縦に切り裂く。そして膨大なエネルギーが解放されてゴルゴス・ユム・キミルを塵一つ、血の一滴も残さず消滅させる。
 かくしてゲドンとガランダー帝国は全滅し、悪の野望もまた一つ潰えた。

**********

 伊丹駐屯地。駐屯地の片隅に急遽拵えられた墓地に、アマゾンら仮面ライダーや鈴たちIS操縦者、和也とSPIRITS第6分隊が集まっている。今、目の前にあるのはモグラ獣人の仮の墓所だ。今回は死体すら残っていないが、本来の墓地へ葬り直す前に簡単でもいいから弔いをしておきたい、というマサヒコの意向で、特別に国防軍に土地を提供されたのだ。本当ならもっといい場所はあったが、他の犠牲者を優先した結果、駐屯地内の土地を一時的に借り受けた。マサヒコとアマゾン、ビクトル、鈴が花を捧げると猛、一夏、隼人、真耶、志郎、弾、蘭、丈二、束、クリスタ、敬介、セシリア、ルリ子、藤兵衛が黙祷を捧げ、和也が声を上げる。

「勇気の士、モグラ獣人に敬礼!」

 同時にキャプショーをはじめ、SPIRITSの隊員たちがモグラ獣人の墓に直立不動で敬礼する。隊員が敬礼を終えると、全員沈黙したまま墓の前に立ちつくしていたが、和也の号令でSPIRITS第6分隊は動き出す。ゲドンとガランダー帝国は滅びたとはいえ戦いは続いている。生き延びた者が立ち止まることは、まだ許されない。アマゾンもまた立ち上がって歩き出し、マサヒコとビクトルも続く。しかし鈴は墓を眺めたまま立ちつくしている。一夏が鈴を促そうとするが、蘭とセシリアが遮る。

「一夏さん、鈴さんのこと、お願いしていいですか?」
「私からもお願いしますわ。きっと、今は一夏さんだけが力になれると思いますから」
「……分かった。おやっさんたちは先に行ってて下さい。俺もすぐに行きますから」

 一夏は蘭とセシリアの提案を受け入れ、藤兵衛に先に行くよう伝える。藤兵衛たちは黙って歩き去り、墓の前に残っているのは一夏と鈴だけになる。一夏は何を言えばいいのか思い浮かばず苦慮するが、鈴は墓の方を見たまま、いつものように話し始める。

「一夏、モグラはさ、私の作った酢豚、美味しそうに食べてたんだ。一応モグラの獣人なのに器用に箸を使ってさ」
「鈴……」
「それにいつも腹が減ったとか言ってて、見た目通りちょっと間抜けで、愛嬌があって、でも会ったばかりの私のこともトモダチだって言ってくれて……それを、私は……」

 一夏は鈴の身体が震えていることに気付く。自らの手でモグラ獣人を死なせてしまった事実に押しつぶされそうになっているのを、今まで必死に我慢していた。それでも一夏や、鈴の為に悲しみを堪えているアマゾンに悟られまいとしていたのだ。そんな鈴に一夏は寄り添うように立って肩を抱いてやり、口を開く。

「鈴、無理すんな。お前には似合わないって」
「一夏……」
「だから、今は泣いていい。もう我慢しなくていいんだ、鈴」
「いち……か……私……」

 遂に耐えられなくなったのか、鈴は一夏の胸に縋りついて嗚咽を漏らす。やがて堰を切ったように涙を流し、大声で泣きじゃくり始める。一夏は黙って抱きとめ、泣き止むまで軽く肩を背中を叩いてやる。
 一方、先に戻った和也は移動式ラボの前でキャプショーと話していた。

「それで、隊長はこれからどうなさるのですか?」
「第7分隊の援護にな。東海の『ブラックサタン』と『デルザー軍団』、北陸の『ネオショッカー』を鎮圧しないと関東で戦ってる一也と千冬、第9分隊が本格的に孤立しちまう。第6分隊は再編成と後始末が終わり次第北陸に、もしネオショッカーが鎮圧されたら北海道に向かってくれ。『ゴルゴム』と『クライシス帝国』をどっちも相手にしてたんじゃ、光太郎たちもキツい筈だ」

 現在、東海地方は『ブラックサタン』と『デルザー軍団』が暴れ回り、北陸では『ネオショッカー』が、東北では『バダン』が活動している。IS学園を狙って『ショッカー』までもが動き出している影響で、関東地方へ向かうルートは閉鎖されており、『ドグマ』と『ジンドグマ』と戦う沖一也と織斑千冬、SPIRITS第9分隊は孤立している。そこで和也は、まず東海の仮面ライダーストロンガーと篠ノ之箒の援護に向かうことにした。
 その横では真耶と志郎、蘭、敬介、セシリアが駐屯地で保護された飛虎と妹蘭と話している。

「つまり、もう一度話し合いをするということですか?」
「はい。今まで私たちは娘のためと思い、いがみ合ってきました。しかし、単に自分たちのエゴを鈴音に押し付けようとしていたのかもしれません。だから、もう一度話してみようと思うんです。今度は娘のためという大義名分は抜きにして、本当の気持ちを」
「勿論、復縁するかまでは分かりませんが、納得がいくまで話してみたいんです。本当に離婚すべきだったのか、本当に鈴音のためになったのかを」
「そうですか、良かった。いい結論が出ることを祈ってます」
「私もですわ。家族がバラバラのまま、というのは辛いものですから」
「きっと鈴さんも喜ぶと思います。どんな結論が出るかは分かりませんけど」

 飛虎と妹蘭がもう一度互いに話し合いたいという意志を告げると、敬介とセシリア、蘭が安堵の表情を見せる。飛虎と妹蘭は敬介とセシリアを見て不思議そうな顔をしている。すると志郎がフォローに入る。

「蘭さんはともかく、二人には少し事情がありまして。話は変わりますが、沢渡さんの方は?」
「少し入院されるそうなので、彼女が退院するまで残ろうと思います。どの道腰を据えて話さなければいけませんから」
「まだ避難生活は続くでしょうからね。私も中島さんから炊き出しに誘われていますから。それと山田先生、でしたね。私の娘を……鈴音を、頼みます」
「はい、凰さんは私が責任を持ってお預かりします。この戦いが終わるまで」

 飛虎と妹蘭が頭を下げると、真耶は力強く頷いて応えてみせる。
 移動式ラボの前ではビクトルが猛とルリ子、丈二、そして束と会話を交わしている。束はクリスタに紙束を持ってこさせると、ビクトルに紙束を渡す。

「ISコアについてのデータは全部載ってるから、好きに使って」
「ご協力、感謝します。それと篠ノ之博士、織斑一夏君の件については?」
「それが、なんでいっくんがISを操縦出来るのかは私にも分からなくて。あるだけのデータは仮説と一緒に載せておいたけど」
「ビクトル君、君に調査して貰いたいんだ。君ならば俺や本郷さん、ルリ子さんが気付けなかった点に気付けるかもしれない」
「分かりました。サンプルは受け取りましたし、少し調べてみます。それと『織斑秋二』という人物と、その研究についてもこちらで調べてみます。篠ノ之博士の証言でどこまで出来るかは分かりませんが、ファイリングが出来る範囲で」
「ああ、頼んだよ。彼は研究者で、『亡国機業』となんらかのつながりがある筈だ」
「それより、ビクトル君はいいの?」
「だからこそ、ですよ。僕たちは死んでいったトモダチのために、前を向かなくちゃいけないんだ。それにアマゾンやマサヒコ、鈴さんだって我慢してくれたんだ。僕だって……」

 ビクトルは気遣うルリ子に対し、気丈に首を振ってみせる。
 隣ではマサヒコが藤兵衛と隼人、弾がマサヒコと話している。

「じゃあおじさん、アマゾンをお願いします」
「任せておけ。けど肝心のアマゾンはどこに行ったんだ?」
「俺にもさっぱり。あいつはいつも単独行動が多いんでね。それに、アマゾンだって一人になりたいときはあるでしょう」
「それもそうですね。それと五反田弾君、だったね。君もこれから先辛いかも知れないが、頑張ってくれよ? 君には君にしか出来ないことがあるんだから」
「俺にしか出来ないこと、ですか?」
「ああ。確かに君には仮面ライダーや一夏君たちと違って戦う力はないし、ビクトルみたいに何か技術とかがあるわけじゃない。けど、君には一夏君や鈴さんの『トモダチ』として出来ることがある。一夏君や鈴さんには君みたいな友人がいれば、きっと大丈夫だ」

 マサヒコが笑って弾に告げた直後、一夏に連れられて鈴がマサヒコ達の下まで歩いてくる。それを見るとまず弾が声をかける。

「鈴、もう大丈夫なのか?」
「うん。ごめん、なんか心配かけて」
「気にすんな。そんなしおらしいのは、なんかお前らしくないしよ」
「一夏にも同じこと言われたんだけど、私のイメージってどうなってんのよ?」

 弾の言葉に引っ掛かりを覚えたのか鈴はツッコミを入れる。どうやら落ち着いたようだ。続けて鈴が戻って来たことに気付いたビクトルと飛虎、妹蘭が歩いてくるなり声をかけてくる。

「もう大丈夫そうですね、鈴さん」
「お陰さまで。マサヒコさんとビクトルさんは、これからどうするんですか?」
「俺たちは後始末があるんで、第6分隊と一緒にここに残りますよ。ですからアマゾンのこと、お願いしますね?」
「勿論ですよ。それと、その……」
「私たちはここで待っているよ。話したいことが色々とあるからな」
「鈴音、ごめんなさい。今まであなたの気持ちも考えず、色々と押しつけてしまって」
「ううん、いいの。私はもう大丈夫だから。出来れば仲直りして欲しいけど、簡単にはいかないよね? これは父さんと母さんの問題なんだし」
「そうは思いませんわ」

 するとセシリアが話に割り込んでくる。

「鈴さんはお二人の娘なのですから、大いに関係ありますもの。お二人も本当に鈴さんのことを思うなら、最大限に努力すべきだと私は思います。それでも無理というのなら仕方ありませんが。それと鈴さん、今度からは抜け駆けは許しませんので、あしからず」
「そうですよ。元気になったなら、手加減はなしですから」
「あんたらね……けど一応お礼は言っておくわ。ありがとう、セシリア、蘭」

 蘭まで入ってきて牽制してくるとツッコミを入れつつ礼を述べる。肝心の一夏は話の真意を理解していないようだが。ふとそこで鈴はあることに気付く。

「そう言えば、アマゾンは?」
「アマゾンですか? アマゾンならさっき……」
「リン、もういいのか?」

 アマゾンの居場所をマサヒコが話そうとした直後、アマゾンがひょっこりと顔を出して鈴に尋ねる。今まで一人でいたようだ。理由をなんとなく悟った鈴だが敢えて口に出さず、質問に答える。

「うん、私は大丈夫だから、心配しないでいいよ。それよりアマゾンこそ、もういいの?」
「……モグラ、もういないし、戻ってこない。けど、それでもいい。オレ、モグラの分も世界ここ守る。モグラが生きて、モグラが守った世界を。オレは、それでいい」
「そっか……やっぱり強いね、アマゾンは」
「オレ、強くない。けどオレ、トモダチいたから、強くなれた。だからリンも、イチカも、強くなれる。お前たちには、トモダチ沢山いる」

 アマゾンが静かに言うと移動式ラボに入っていた束とクリスタ、真耶、和也、ルリ子、アマゾン以外の仮面ライダーが一度移動式ラボから顔を出し、藤兵衛が声をかける。

「アマゾン、一夏、セシリアちゃん、弾君、蘭ちゃん、鈴ちゃん、行こう。俺たちの助けを待ってる人は、まだ沢山いるんだ」
「はい、おやっさん。みんな、行こう。俺たちは俺たちの戦いに」
「じゃあアマゾン、頑張ってこいよ」
「僕たちは僕たちの戦いを続けるよ」
「鈴音も無事に戻ってくるのよ?」
「身体に気を付けて、後悔のないようにな?」
「うん。父さんも母さんも元気でね?」
「マサヒコ、ビクトル、行ってくる!」

 アマゾンはマサヒコとビクトルに、鈴は飛虎と妹蘭に別れの言葉を告げると移動式ラボに乗り込む。間もなく移動式ラボはスラスターを噴射して上昇し、次の目的地に向かって飛び立つ。見送りながら飛虎は誰に言うでもなく呟く。

「鈴音は、これで良かったんだろうか?」
「大丈夫よ。だって鈴音は私『たち』の娘なんだから。私たちも信じましょう、鈴音とその『トモダチ』を」
「その通りです。さあ、僕たちも行きましょう。ここでグズグズしている時間も惜しい」
「ああ。俺たちの助けを待っている人だって、まだ沢山いるんだ」

 ビクトルとマサヒコの一言と共に、見送り組も解散して歩き出す。
 移動式ラボの内部にある廊下を一夏やセシリア、弾、蘭、そしてアマゾンと並んで歩きながら鈴は内心呟く。

(もう悲しんでいるだけじゃいられない。いつまでも引き摺ってもいられない。モグラと約束したんだから。だから私は……)

「リン、どうした?」
「……ううん、なんでもないよ」

(……だから私はモグラの分もこの世界で心から笑って、楽しもう。それが本当の意味でモグラのために出来ること、だもんね)

 アマゾンが顔を覗きこむと鈴は作り笑いでは無い、いつものように明朗で快活な笑顔を浮かべ、首を振ってみせるのだった。

**********

 時間を遡る。
 静岡県と山梨県に跨る日本の最高峰『富士山』。その裾野に広がる樹海を通る道路を、数台のトラックがバイクに護衛されて走っている。バイクに乗っているのは『ブラックサタン』の戦闘員だ。
 日本への総攻撃予告から一週間。予告された通り、全国各地で復活した『ショッカー』から『クライシス帝国』までの悪の組織が復活し、日本壊滅作戦の遂行に当たっていた。
 東海地方も例外ではなく、ブラックサタンとデルザー軍団が富士山の噴火と、日本列島両断計画を実行すべく動き出している。手始めとして富士山のマグマ溜まりを爆破すべく、カンガルーを模したブラックサタンの『奇械人』ガンガルが率いる一隊が富士山まで派遣されたのだ。トラックにはバダンニウム爆弾が搭載されている。最後尾を走るトラックの助手席に座った奇械人ガンガルは、運転するブラックサタン戦闘員に指示を出す。

「急げ! ヤツに発見されれば作戦遂行は困難になる! なんとしてもヤツらに見つかる前に、バダンニウム爆弾の設置を完了するのだ!」
「ミュウ!」

 ブラックサタン戦闘員が奇声を上げて答え、トラックはさらにスピードを上げる。だが突然道路脇にある朽木が倒れてトラックの進行を阻む。咄嗟に先頭のトラックを運転するブラックサタン戦闘員は急ブレーキをかけて停車する。護衛のオートバイ部隊や後続のトラックも停車し、輸送隊は停止する。奇械人ガンガルはトラックから降りてオートバイ部隊のブラックサタン戦闘員に声をかける。

「何があったのだ!?」
「ミュウ! 進路上に木が倒れてきましたので、安全のために停車させたようです!」
「ならば木をどけろ! 我々に余計な時間はないのだ!」

 奇械人ガンガルが苛立った口調で命令すると、ブラックサタン戦闘員はトラックやオートバイから降りて朽木の撤去作業を開始しようとする。奇械人ガンガルも監督すべく最前列のトラックまで向かい、倒れている朽木を見やる。だが朽木の切り口を見て疑念を抱く。切り口があまりに綺麗過ぎる。明らかに自然に倒れたものではない。あまりに切断面が滑らか過ぎる。鋭利な刃物で勢いよく斬らなければ、このような切り口にはならない。奇械人ガンガルはブラックサタン戦闘員に撤去作業を中止させ、召集する。

「いいか、これは我々の邪魔をしようとしている者の仕業だ! 総員、武器を持て! 敵は近くにいる筈だ! お前たちは俺と共にトラックの護衛に残れ! 後の者は手分けして敵を探し出し、抹殺するのだ!」
「ミュウ!」

 奇械人ガンガルの命令を受けたブラックサタン戦闘員はナイフやマシンガンを持ち、道路脇にある樹海へ二手に別れて入っていく。しばらく奇械人ガンガル達は待機していたが、やがて数体のブラックサタン戦闘員が吹き飛ばされ、奇械人ガンガルの目の前に叩きつけられる。ブラックサタン戦闘員の身体には鋭い刃物で斬られたような傷がある。

「やはりまだ近くにいるのか! 気を抜くなよ! まだ敵は……この音は、まさか!?」

 奇械人ガンガルはブラックサタン戦闘員に警戒を促すが、突如として何者かの口笛の音が響き渡る。同時に奇械人ガンガルは『敵』の正体を確信し、叫ぶ。

「隠れても無駄だ! いるのは分かっているぞ! 城茂!」
「一々キャンキャン吠えるんじゃねえよ、奇械人ガンガル。言われなくても出てきてやるさ」

 すると樹海の中から不敵な声が響き渡り、間もなく一人の男が姿を現す。薔薇の刺繍が入ったデニムの上下に、胸に『S』の字が描かれたトレーナーを着た男だ。両手には黒い手袋が嵌められている。
 男の名は城茂。かつてブラックサタンに『改造電気人間』として改造手術を施されながらも脱走し、ブラックサタンを滅ぼした『裏切り者』だ。奇械人ガンガルも例外ではなく茂に倒された。それだけに声や視線に殺気が籠る。しかし茂はどこ吹く風と言わんばかりに、ふてぶてしい態度を崩さない。奇械人ガンガルは声を荒げる。

「よく来たな、この裏切り者が! だが貴様一人で、我々の計画を止めることは出来ん! 今度という今度こそ、貴様を地獄に送ってやる!」
「弱い犬ほど良く吠える、とはよくいったもんだな。それと、誰が俺一人だと言ったんだ?」
「ミュウ!」

 茂が不敵に笑って切り返すと、樹海からまたしてもブラックサタン戦闘員が吹き飛ばされてくる。やはり身体には傷がある。ようやく奇械人ガンガルはもう一人の敵の存在に思い至る。すると少女が一人樹海から姿を現し、茂の横に立つ。白い制服に身を包み、長い黒髪をポニーテールにした、凛とした雰囲気を漂った少女だ。手には鞘に入った刀が握られており、自然ながらも隙のない佇まいから、かなりの手練れであると分かる。少女は茂に声をかける。

「遅くなりました、茂さん」
「気にしなくていいぜ、箒さん。丁度君を紹介してやろうと思ってたんだ。いいタイミングさ」
「そこの女ガキ! 貴様も城茂の仲間らしいな! この場でぶち殺してくれる!」
「おいおい、女ガキや貴様はないだろう。彼女には立派な名前があるんだ。箒さん、あいつに名前を教えてやってくれ」
「名前を、ですか?」
「ああ。これからしばらく、嫌でもお付き合いしていく相手なんだ。名前くらいは教えてやるべきだろう?」
「はあ……」

 少女を罵倒する奇械人ガンガルをあしらう茂の提案に、少女は困惑の表情を浮かべる。しかし続く言葉に諦めたのか表情を戻し、よく通った声で高らかに名乗りを上げる。

「篠ノ之流、篠ノ之箒!」
「さて、自己紹介が済んだばかりで悪いが、戦闘開始だ。派手にぶちかましてやろうぜ!」
「はい!」
「たった二人で生意気な! かかれ!」

 少女こと篠ノ之箒が名乗りを上げると、奇械人ガンガルやブラックサタン戦闘員が戦闘態勢に入る。同時に茂が両手の手袋を脱ぎ捨て、コイルが巻かれた両手を晒して右斜め上に突き出す。箒は左手首に巻かれた金と銀の鈴がついた紐に手をかける。

「変身……ストロンガー!」 
「行くぞ、紅椿!」

 茂が両手を斜め左に持って行き、数回両手を擦り合わせると赤いカブトムシを模した改造電気人間の姿に変わる。箒の着ていた制服が消えて白基調のISスーツが露になり、紅い装甲が全身を包み込んで専用機『紅椿』の展開が完了する。茂は右手を天に突き上げて身体からスパークを発し、朗々と名乗りを上げる。

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ! 聞け、悪人共! 俺は正義の戦士! 仮面ライダーストロンガー!」
「いくぜ奇械人! 貴様らには何一つ!」
「そして、誰一人奪わせたりはしない!」

 悪を打ち据える赤き雷と、悪を斬り捨てる紅き椿が黒き悪魔と魔人の群れを討ち滅ぼすべく、東海の地で戦端を開く。



[32627] 第五十五話 因縁
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2013/09/14 17:46
 全ての悪の組織を操ってきたと嘯く謎の存在による宣戦布告から一週間。かつて仮面ライダーたちに倒された『ショッカー』から『クライシス帝国』までの組織が宣言通りに復活し、日本全国で一斉に破壊活動を開始した。それは山梨県と静岡県にまたがる『富士山』も例外ではない。
 今、富士山麓の樹海では復活した『ブラックサタン』の奇械人ガンガルと第4世代IS『暮桜』を装着した篠ノ之箒、かつてブラックサタンを撃破した仮面ライダーストロンガーが交戦している。奇械人ガンガルは全身に仕込まれたスプリングを生かして木々の間を跳び回り、ブラックサタン戦闘員に指示を出しつつ腹部に仕込まれたバズーカを仮面ライダーストロンガーに向ける。

「ストロンガー! ガンガルバズーカを食らえ!」
「そんなへなちょこ、当たるかよ!」

 仮面ライダーストロンガーは奇械人ガンガルが発射したバズーカをサイドステップで回避し、飛びかかってくるブラックサタン戦闘員を蹴り飛ばす。マシンガンを構えるブラックサタン戦闘員を見つけるや一度両手を擦り合わせる。

「エレクトロファイヤー!」

 直後に右手を地面に突き刺すように下ろすと、仮面ライダーストロンガーの右手から高圧電流が放たれ、地面を伝って周囲のブラックサタン戦闘員を一掃する。続けて奇械ガンガルやブラックサタン戦闘員が発射したバズーカを跳躍して回避すると、空中で前転して勢いをつける。

「ダブルキック!」

 急降下しながら仮面ライダーストロンガーはバズーカを構える2体のブラックサタン戦闘員を開脚蹴りで蹴り飛ばし、着地と同時にブラックサタン戦闘員をパンチの連打や回し蹴りで蹴散らし始める。

「俺がいるのを忘れたか? ストロンガー! ガンガルスプリングアタックだ!」

 そこに奇械人ガンガルが全身のスプリングを最大限まで縮めた後に解放し、仮面ライダーストロンガーに突っ込んでいく。そのまま仮面ライダーストロンガーに組みついて無理矢理押し倒し、マウントポジションを取ると両手で仮面ライダーストロンガーの首を締め始める。

「どうだ! 苦しいか!? だが俺たちブラックサタンが貴様ら裏切り者によって味あわされた屈辱と苦痛に比べれば、まだまだ軽い! 楽に死ねると思うなよ、ストロンガー!」
「そんなことを一々口に出すとは、随分な余裕じゃないか、奇械人ガンガル。だがな、その余裕が貴様にとって命取りよ!」
「フン、負け惜しみを! この状況では貴様とて抵抗できまい!」
「貴様は相当な間抜けらしいな! ここには俺以外にも……」
「私がいることを忘れたか!」

 仮面ライダーストロンガーは苦しむどころが余裕の態度を崩さない。苛立った奇械人ガンガルは声を荒げるが、直後に箒が右手に持った日本刀型の武装『雨月』からレーザーを発射する。レーザーが直撃した奇械人ガンガルは怯み、仮面ライダーストロンガーの首を絞める手が緩む。その隙に仮面ライダーストロンガーは奇械人ガンガルの手を振り払い、自身の右手を貫手の形にして奇械人ガンガルの顔面に突き入れる。

「電ショック!」

 すると仮面ライダーストロンガーの右手から高圧電流が流し込まれ、奇械人ガンガルは悶絶して仮面ライダーストロンガーの上から転げ落ちる。立ち上がった仮面ライダーストロンガーはお返しとばかりに左右のパンチを連続して叩き込み、奇械人ガンガルを一方的に攻め立てる。堪らずに奇械人ガンガルがスプリングを使って一気に飛び退き、仮面ライダーストロンガーから距離を取る。今度はブラックサタン戦闘員を雨月の斬撃とレーザーで蹴散らした箒が奇械人ガンガルへ挑みかかる。

「調子に乗るなよ! 小娘が! 先ほどは不覚を取ったが、ただの人間がブラックサタンの奇械人に勝てるものか!」
「茂さんの言う通り、貴様は相当な間抜けらしいな。ならここで確かめるんだな、本当に貴様に私を倒せるかどうかを!」

 鼻息の荒い奇械人ガンガルを鼻で笑いながら箒は雨月を構え直す。スプリングを使って跳躍してくる奇械人ガンガルを空中でひらり、と身を翻して回避し、スラスター翼とPICを使って瞬時に背後に回り込む。奇械人ガンガルが振り向いた瞬間に袈裟がけに斬撃を浴びせ、雨月を振るって空中で身動きの取れない奇械人ガンガルに斬撃の嵐を見舞う。全身に刀傷が刻まれた奇械人ガンガルは堪らずに腹部のバズーカを発射し、箒から距離を取ろうとする。箒はその場で上昇に転じてバズーカを回避し、二発目が発射される前に切り返し、降下の勢いを乗せて大上段からの斬撃を奇械人ガンガルの頭に打ち込む。まともに一撃を受けた奇械人ガンガルは頭を押さえて悶絶しながら地面へ落下し、地面に叩きつけられた後もあまりの痛みに悶えている。
 そこにブラックサタン戦闘員を全滅させた仮面ライダーストロンガーが奇械人ガンガルを無理矢理引っ張り起こす。数発パンチを打ち込んだ後に高々とジャンプし、空中で前転しながら全身を赤熱化させ、右足に電気エネルギーを集中させる。

「ストロンガー電キック!」

 仮面ライダーストロンガーの飛び蹴りが奇械人ガンガルに直撃すると、赤熱化した右足から高圧電流が流し込まれる。奇械人ガンガルの全身から火花が激しく飛び散り、大きく吹き飛ぶ。奇械人ガンガルは地面に叩きつけられた直後に爆発四散する。周囲に敵がいないかを確認すると、箒と共に樹海から出て道路に止めてあるトラックの前に立つ。ブラックサタンもバダンニウム爆弾が誘爆する可能性を考慮したのか、樹海まで来てくれたのが幸いだった。仮面ライダーストロンガーは両手を擦り合わせた後に右手を地面に置く。

「エレクトロファイヤー!」

 仮面ライダーストロンガーの右手から放たれた電流は地面を伝い、次々とトラックに火花を散らせる。間もなくトラックは一台残らず爆発する。バダンニウム爆弾の処理はこれで完了だ。仮面ライダーストロンガーは変身を解除して黒い絶縁手袋を両手に嵌め直し、箒も『紅椿』の展開を解除する。

「これで奴らの出鼻は挫いてやったが、ブラックサタンのことおだ。どうせ後からまた狙ってくるだろうし、他にも何か企んでるに違いない」
「どうしますか? 茂さん。一度『富士駐屯地』に戻りますか?」
「いや、SPIRITS第7分隊からの連絡を待とう。もしかしたら向こうで何か掴んだかも知れないからね」

 箒が尋ねると少し茂は思案した後に首を振り、二人は『SPIRITS』第7分隊からの連絡を待つことを決める。
 富士山周辺にブラックサタン戦闘員が出現したと連絡を受けた茂と箒、SPIRITS第7分隊は国防軍や警察と協力しながら市民の救助とブラックサタンの掃討に当たっていた。しかし国防軍から不審なトラック数台が富士山に向かっている、と連絡を受けた茂と箒は先回りして落ち合い、トラックを待ち伏せすることにした。そこでトラックを護衛しているのがブラックサタンのオートバイ部隊であることを確認し、箒が近くの朽木を斬り倒して足止めし、現在に至る。父親から譲り受けた刀の目釘が緩んでいないか確かめ、箒が刀を布で包んで背負った直後に通信が入る。SPIRITS第7分隊からだ。そのまま箒は通信に出る。

「篠ノ之箒です。こちらはブラックサタンのバダンニウム爆弾輸送部隊の撃破に成功しました。そちらは……分かりました。すぐに向かいます。茂さん、ブラウン分隊長がすぐに御殿場まで来て欲しいと。詳しいことは向こうで話すそうです」
「向こうで何かあったみたいだな……なら行こうか」

 箒が通信の内容を伝えると茂は頷き、直後に『カブトロー』が茂と箒の前に停車する。茂は予備のヘルメットを箒に渡してカブトローに跨る。箒も後ろに乗ったのを確認すると茂はカブトローのスロットルを入れて走り出す。
 しばらく走って御殿場市に到着すると、箒の案内でSPIRITS第7分隊が集まっている避難所へ向かう。避難所に到着すると周囲をSPIRITS第7分隊の隊員が固めている。茂と箒がカブトローから降りると隊員が寄ってくる。茂と箒が自分たちが支援する仮面ライダーとIS操縦者と確認すると、奥へ案内される。そこでは数人の一般市民がSPIRITS第7分隊の隊員に囲まれて、ヘルメットを脱いだSPIRITS第7分隊の隊員数人と話している。
 茂と箒は話している女性の下へと向かう。ややウェーブのかかった長い栗毛色の髪を風に靡かせた美女だ。女性は茂と箒に気付くとそちらに向き直る。箒は女性に一礼して口を開く。

「ブラウン分隊長、ただ今戻りました」
「御苦労さま、篠ノ之箒さん。けどそんなに畏まらなくていいわ。あなたは兵士ではないのだし、兵士であってはいけないのだから。それとあなたもお疲れ様、城茂」

 女性ことブラウンは箒に軽く手を振って見せると、箒と茂を労う。
 ブラウンは女性ながらSPIRITS第7分隊の分隊長を務めている。SPIRITS隊長の滝和也や副隊長の佐久間ケンによると、第7分隊のメンバーは全員ブラウンが独自の伝手で集めてきたらしい。ただ、SPIRITS第7分隊分隊長になる以前の経歴など、ブラウンという名前と、それが本名ではなくコードネームであること以外の情報は全て伏せられており、茂と箒もブラウンについて殆ど知らない。
 顔合わせの際、茂がなぜコードネームを名乗っているのか聞いたが、ブラウンには上手くはぐらかされて聞けずじまいであった。加えて副隊長のグレイ以下の隊員も過去の経歴を伏せてコードネームを名乗っており、隊員たちも一部を除いて互いの本名や経歴を知らないらしい。例外的にブラウンは全員の本名と経歴を知っているようだが、茂と箒に話す気はないだろう。

「それはそうと分隊長さん、俺たちを呼んだってことはブラックサタンが何か?」
「察しが早くて助かるわ。私たちがこの街に到着する前に避難所のいくつかが襲撃されて、避難していた市民がブラックサタンに連れ去られたらしいの」
「何!? それは本当か!?」
「ええ、残念ながらね。幸い、何人か逃げ延びた市民がいたからこちらで救助して、話を聞いている所なの。国防軍からの情報提供もあったわ」

 ブラックサタンに市民が拉致されたと聞いた途端、茂が身を乗り出さんばかりの勢いでブラウンに確認するが、ブラウンは冷静にそれを肯定してみせる。ブラックサタンの動きは想定以上に迅速だったようだ。ふと箒が市民の方に視線を向けると、何人か子供が混じっているのが確認出来る。

(……きっとご両親が最後の抵抗として子供だけでも、と思い逃がしたんだろうな)

 箒には理由がなんとなく想像がつく。同時に子供たちがどれだけ不安なのか手に取るように理解出来た。
 箒も姉の篠ノ之束がISを開発したために両親から引き離され、政府の監視下で日本各地を転々とさせられた過去がある。両親と引き離されて心細い所に、束が失踪してからは執拗な取り調べを受け、自分を保てず押しつぶされる一歩手前であった。それだけにブラックサタンへの怒りが箒の中で燃え上がる。

(あいつらは、こんな子供にまで苦しい思いを……!)

「箒さん、少し落ち着いた方がいい。折角の可愛い顔が般若になったんじゃ子供たちだって嫌だろ?」
「あ……」

 内心怒りを燃やしていた箒は茂に窘められ、ようやく子供たちが怯えたような顔をしていることに気付く。きっと怒りが雰囲気や表情として表に出ていのだろう。そうでなくても子供は敏感なのだ、箒が怒りを燃やしていれば、不安になるだけだ。内心己の軽率さと未熟さを恥じて後悔する箒だが、茂が気にするなと言わんばかりに軽く箒の肩を叩く。そして敢えて明るく笑いながら子供たちの下へと向かい、しゃがみ込んで視線を合わせながら語りかける。

「心配しなくていい。君たちのお父さんとお母さんは、絶対にお兄ちゃんとあそこのお姉ちゃんが連れてきてあげるからな」
「本当?」
「ああ、本当さ。お兄ちゃんが約束するよ。だから君たちもいい子にしてここで待ってるんだぞ?」

 茂の明るい態度と穏やかな語りかけで少し落ち着きを取り戻したのか、子どもたちは茂の言葉に黙って頷く。茂はそれを見ると立ち上がって子供たちの頭を撫で、ブラウンに尋ねる。

「それで、ブラックサタンに浚われた人たちはどこに?」
「情報を検討した結果、『山中湖』と『河口湖』周辺に二分されて連行されたみたいね」
「なら、同時に潰した方が良さそうだな。箒さん、俺たちも二手に別れよう。俺は山中湖にいくから、箒さんは河口湖を頼む。SPIRITSには後詰めと警戒をお願いしていいかい?」
「分かったわ。ブラックサタンのアジトを発見したら、まず我々にも連絡をちょうだい」
「了解だ。じゃあ箒さん、また後で落ち合おう。ブラックサタンの害虫共を駆除したら連絡してくれ」

 茂は不敵に笑いながら箒やブラウンと簡単な打ち合わせを済ませ、早速カブトローに跨って山中湖へ向けて走り出す。箒も少し遅れて『紅椿』を展開し、河口湖へ向けて飛び立つ。スラスターを噴射して目的地を目指して飛びながら箒は呟く。

「茂さんの顔、あの子たちに見られなくて良かったな」

 茂の不敵な笑顔の裏に激しい怒りがあったのを、箒は直感的に感じ取っていた。

**********

 『富士五湖』の一つ、山中湖。その湖畔にカブトローに乗った茂が到着する。風光明媚な観光地として知られる山中湖の湖畔も、ブラックサタンが出現した現在は人の気配もなく至って静かだ。静寂を切り裂くようにカブトローは湖畔の道をひた走る。だが茂はカブトローを停車させ、一度カブトローから降りると耳を済ませる。

(この排気音、近くに結構な数のトラックが走っているな。この辺りの避難はもう済んでいるし、国防軍が動くと言う話も聞いていない。ブラックサタンの可能性が高いか)

 改造人間としての優れた聴力で排気音を聞き取ると、茂は再びカブトローのエンジンを入れ、排気音の聞こえてきた方向へと走り出す。少し走ると、多数のトラックがブラックサタンのオートバイ部隊に護衛されて走行しているのを見つける。

(ビンゴ! なら、連中にアジトまで案内して貰いますか)

 それがブラックサタンの車列であると確信した茂は車列を追い始める。車列はしばらく湖畔の道を走った後、舗装されていない道へ入っていき、湖岸に到着するとブラックサタン戦闘員の一人がバイクから降りて湖岸にある岩の一つを押す。するとトラックやオートバイ部隊の乗った地面が地下へと沈みこんでいき、岩を押したブラックサタン戦闘員も自分のバイクへと戻る。やがてトラックやオートバイ部隊の姿が見えなくなり、しばらく時間が経過すると沈み込んでいった地面が再びせり出してくる。エレベーターのようだ。

「だったら、俺も有り難く使わせて貰うか」

 茂はカブトローから降りて周囲を見渡し、見張りや監視カメラの類が無いことを確認すると、ブラックサタン戦闘員が目の前でやっていたように岩を押し、エレベーターを起動させてその上に乗る。エレベーターが動き出して地下に降り立つと茂は素早く物陰に隠れ、テレパシーでSPIRITS第7分隊に連絡を入れた後にアジトへの侵入を開始する。

(まさか湖の地下にアジトを作ってやがったとはな。浚われた人たちを一刻も早く救出しなければ)

 茂は物陰に隠れて先に進み、巡回のブラックサタン戦闘員を息を殺してやり過ごし、アジト内を慎重に進んでいく。このアジトは未完成のものを急遽使えるよう最低限の補修をしただけらしく、壁や床の一部が剥げて岩や土が剥ぎ出しになっている部分が見受けられる。廊下を進んでいくと多数の足音が聞こえてくる。咄嗟に置いてある機材に隠れてやり過ごす茂だが、僅かに顔を出して様子を窺う。すると廊下を多数の市民がブラックサタン戦闘員にマシンガンを突き付けられ、どこかに連れていかれている。
 茂は慎重に後を追っていき、市民が地下牢に入れられたのを確認すると、再び姿を隠してブラックサタン戦闘員が立ち去るのを待って牢獄の前に立つ。捕えられた市民はここに閉じ込められていたようだ。市民が茂を見て驚きの声を上げると茂は小声で窘める。

「静かに。大声を出したら気付かれます。後で必ず助けに来るので、もう少し待っていて下さい」

 市民は慌てて口を押さえる。ブラックサタン戦闘員が来る気配はない。茂は元来た道を取って返すとアジト中心部を目指して進んでいく。途中でやり過ごせるブラックサタン戦闘員は隠れてやり過ごし、やり過ごせないブラックサタン戦闘員は倒して進み、アジトの司令室らしき場所に到着する。

(ここに奇械人はいないようだな。だったら、さっさと片付けた方が良さそうだ)

 茂は奇械人がこのアジトにはいないと気付くと、司令室のブラックサタン戦闘員を片付けることを決断し、両手の絶縁手袋を外して司令室に殴り込みをかける。

「何!? 侵入者だと!? ただちに警報を……!」
「生憎だが、そうはさせないぜ! エレクトロファイヤー!」

 不意打ちで数体のブラックサタン戦闘員が茂に殴り飛ばされ、侵入されたことに気付いたブラックサタン戦闘員が警報を鳴らそうとする。しかしスイッチに触れる前に茂が地面に右手を置いて高圧電流を放ち、スイッチのついた計器盤がスパークと共に破壊され、ブラックサタン戦闘員も感電してその場に倒れる。残るブラックサタン戦闘員が一斉に茂に飛びかかっていくが、茂はコイルが巻かれた両手で片っ端から殴り飛ばし、時に電流を直接流し込んで無力化し、司令室のブラックサタン戦闘員を全滅させる。茂は一度絶縁手袋を両手に嵌め直すと司令室にあるマイクを一つ手に取り、アジト全体に向けて放送を流す。

「司令室に侵入者、裏切り者のストロンガーだ! 総員、直ちに司令室に集結しろ! ブラックサタンに歯向かう裏切り者を抹殺しろ!」

 直後に茂はマイクを握り潰して両手袋を外す。
 そんな事情など知らないブラックサタン戦闘員達は武器を手に司令室前に集結する。中に向けて何回か声をかけて返事が無いことを確認すると、ストロンガーに司令室要員は倒されたものと判断し、ドアに爆薬をセットして各自武器を構える。

「突入!」
「エレクトロファイヤー!」

 しかしドアが爆破されてブラックサタン戦闘員が突入した瞬間、高圧電流が床を伝って突入したブラックサタン戦闘員を黒焦げにし、変身した茂が司令室から姿を現す。

「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな! 全員纏めてここで片付けてやる!」

 拳を打ちつけて気合を入れた茂は、手近にいるブラックサタン戦闘員を殴り倒して数を減らしていく。慌ててマシンガンを持ったブラックサタン戦闘員が茂めがけて発砲しようとするが、茂は一度両手を擦り合わせる。

「電気マグネット!」

 すると茂の身体が電磁石となり、ブラックサタン戦闘員の手からマシンガンが離れて茂に吸い寄せられる。続けて電流を流しこんでマシンガンを破壊すると、茂は飛び蹴りを入れてブラックサタン戦闘員を蹴散らし、連続蹴りやチョップの連打、パンチの連打を放ってブラックサタン戦闘員を全滅させる。これで制圧完了だ。茂は変身を解除すると地下牢へ向かう。地下牢の前に到着すると、怯える市民を安心させようと声をかける。

「もう大丈夫ですよ。さあ、早く外へ!」

 扉を開けて市民に脱出を促す茂だが、突如として市民が一斉に茂に襲いかかって取り押さえにかかる。慌てて振り払おうと暴れる茂だが、相手が生身の人間であることから無意識の内に手加減してしまい、なかなか振り払えない。市民は怯えた表情が一転、邪悪な笑顔を浮かべて茂に次々としがみついていき、ついに茂は身動きが取れなくなってしまう。

「グッ!? まさかこれは……ぬうっ!?」

 最初は市民の豹変に混乱していた茂だが、やがてその理由に思い当たる。しかしそれも束の間、市民の一人が何かのスプレーを取り出して茂に吹きつけると、茂は意識を失って力なく倒れ込む。茂が動かなくなると市民は茂から離れ、牢獄に三つ揃えのスーツに色つき眼鏡を掛けた男がブラックサタン戦闘員を引き連れて入ってくる。男が顎で意識のない茂を顎でしゃくって示すと、ブラックサタン戦闘員が茂を抱えて牢獄を出ていく。
 茂が窮地に陥っているとは露知らず、箒もまた河口湖の湖畔に到着していた。『紅椿』を待機形態に戻した箒は油断なく周囲に気を配り湖畔を歩いていたが、ブラックサタンはおろか猫の子一匹いる気配が無い。当てが外れたのか、もっと遠い場所なのかと思案に暮れる箒だが、ふと何者かの気配を感じると物陰に身を隠す。すると数人のブラックサタン戦闘員が武器を手に歩いてくる。息を押し殺して様子を窺う箒に気付いていないのか、ブラックサタン戦闘員は周囲を警戒することもなく話し始める。

「ミュウ! タイタン様は一体何を考えておられるのだ? 捕えた人間を改造もせずに地下牢に閉じ込めておくだけとは」
「ミュウ! 滅多なことを言うな! それより、早くアジトに戻るぞ。ストロンガーに捕まってしまったら不味いからな」

 ブラックサタン戦闘員はそそくさと歩き出す。アジトに戻るようだ。

(私は運がいいらしいな。こいつらを尾行すればアジトまで……)

 箒は付かず離れずの距離を保って尾行を開始する。少し歩いていくと船着き場に到着し、ブラックサタン戦闘員は船に乗って湖のに浮かぶ『鵜の島』へ渡っていく。箒は慌てて身を乗り出して後を追うも、船はすでに遠くへ行ってしまっている。船は調達出来ないので『紅椿』を使って行くしかないが、空を飛んでいけば嫌でも目立つし、潜航しようにも水中ではハイパーセンサーの機能が制限される。水中はともかく水上で何かあった時に対応出来ないことも考えられる。
 見つかっても簡単にやられるつもりはないが、捕えられた市民に被害が及ぶ可能性がある。箒も迂闊に身動きが取れず、しばしその場で考え込む。船を強奪することも視野に入れ始めた時、箒の背後から声がかかる。

「お嬢さん、何かお困りかな?」

 反射的に振り返ると、そこには釣り人の風体をした妙な男性が立っている。歳は初老といったところだろうか。縮れた白髪混じりの髪に帽子と色つき眼鏡を着用している。しかし箒は外見以上に、男性が自分に全く気取らせず背後に立ったことを不審に思い警戒する。すると男性は困ったように苦笑しながら話を続ける。

「別に怪しい者じゃない。見ての通り、通りすがりの釣り人さ。逃げ遅れた上に変な連中がうろつき回って、逃げるに逃げられなくてね。それよりお嬢さん、鵜の島に渡りたいのかい? やめた方がいい。今あの島には悪魔が住みついている」
「悪魔……やはりあの島に、ブラックサタンのアジトが!」
「そうだ。鵜の島からは風に乗って人の悲しむ声が聞こえてくる。それも沢山のな。それを承知で渡る覚悟があるというのなら、ついてきなさい。上陸させることは出来ないが、途中まで船で送っていくことは出来るだろう」
「失礼ですが、何のためにそんなことを? 第一、会ったばかりのあなたを信じろと言う方が無理な話です」
「なに、年寄りのおせっかいさ。君の言う通りだ。信じる信じないは君の勝手だ。ただ、私もあの悪魔をどうにかしたいと思っていることだけは本当だ」

 男性は箒に背を向けて歩き出す。どこか怪しく、それでいて悪意を感じさせない男性を信用すべきか迷う箒に対し、男性は一度振り向いて手招きをして見せる。

(ここは一つ信じてみよう。万が一の時は、力ずくでどうにかすればいいか)

 迷った末に腹を括った箒は男性を信用することを決め、小走りで追いつくと男性の先導で別の船着き場へ向かう。船着き場に着くと男性は小型の釣り船に乗り込む。箒も一瞬躊躇った後に船に乗り込む。男性が船のエンジンを入れて航行を始める。箒は油断なく男性を観察していたが、悪意や何かを隠している様子が無い。本当にただのおせっかいなのだろうか。船は島から少し離れた水域で停泊し、運転していた男性が船尾にいた箒の所へと顔を出す。

「私が送っていけるのはここまでだ。あとは自力で行くしかない。湖を潜っていけば、奴らに気付かれずにいけるだろう」
「その、ありがとうございました。それと、申し訳ありません。あなたを疑ってしまって」
「なに、気にしなくていい。お嬢さんも頑張るんだぞ。未来とは若者がその手で掴むものだ。地獄から甦った亡者共が弄んでいいものではない」
「あの、一つお聞きしたいのですが、あなたは一体……?」
「最初に言った通り、通りすがりの釣り人だよ。それより、急いだ方がいい。うかうかしていると向こうもこちらに気付く」

 箒は一礼した後に尋ねるが男性は笑って首を振り、先に進むように促す。箒は『紅椿』を装着して静かに湖に潜ると、スラスターを噴射して鵜の島へ接近していく。『紅椿』は水中での活動を想定されてはいないが、水中戦は出来ずとも10メートルくらい潜って進むだけならば朝飯前だ。ハイパーセンサーで位置情報を確認し、陸地に到達することを確認した箒は水中から顔を出し、PICとスラスター翼を使って音もなく飛び立って陸地に降り立ち、『紅椿』を待機形態に戻して物陰に隠れる。ブラックサタンは気付いていないのか誰も来る気配はない。

(あの人が無事に逃げられればいいのだが……?)

 箒は男性が無事に逃れられたかを確認すべく、頭部のみ部分展開してハイパーセンサーを起動し、船が停泊していた方向を見る。すでに船はない。ただないだけではなく、船の姿はおろかその痕跡すら発見出来ない。まるで忽然と消えてしまったか、最初から船など存在しなかったかのように。不思議に思う箒だがすぐ頭を切り替える。まだ問題は解決していない。むしろこれからが本番だ。
 島の探索を開始した箒だが、足音が複数聞こえてくると木陰に隠れて様子を窺う。丁度箒が立っていた場所にブラックサタン戦闘員がやってくると先頭のブラックサタン戦闘員が地面を探り、残るブラックサタン戦闘員が周囲を警戒している。やがて地面を探っていたブラックサタン戦闘員が何かを探り当てて押すと、前にある地面が音と共に沈み込み、地下に通じる階段が出現する。ブラックサタン戦闘員が階段を下りていくと地面が元に戻り、階段の姿が隠される。

(あれがアジトに通じる隠し階段といったところか)

 箒は周囲にブラックサタン戦闘員の姿や監視手段が無いことを確認して姿を現し、同じようにしゃがみ込んで地面を探る。すると石に偽装されたスイッチを発見し、押す。間もなく隠し階段が出現し、箒はもう一度周囲を警戒した後に階段を下りていく。地下アジトはかなり深い場所にあるのか、階段の先は長く途切れる様子はない。疲れを見せずに箒は階段を下り続け、明かりが見えてくると油断なく五感を研ぎ澄ませて先を急ぐ。そして階段を下りきりアジトへ侵入すると物陰に身を隠し、プライベート・チャネルでSPIRITS第7分隊に連絡を入れる。

(まさか島の地下にこれほどのアジトがあったとは。最早地下要塞と言っていいレベルだな)

 箒の眼前には広大な大広間が広がっている。そこでは捕えられた市民がつるはしやスコップなどを持たされ、鞭を持ったブラックサタン戦闘員が市民を痛めつけながら強制労働をさせている。

「ミュウ! キビキビ働け! 偉大なるブラックサタンが誇る湖底要塞建設に携われることを光栄に思うのだ!」

 このアジトを拡張するために市民をこき使っているようだ。中には倒れた市民を無理矢理引っ張り起こし、作業を強要させているブラックサタン戦闘員もいる。さっさと倒してやりたい衝動に駆られる箒だが、その場を後にする。
 身を隠しながら慎重にアジトを進んでいった箒は、一際大きく頑丈そうで厳重な施錠が施された扉の前に到着する。右腕だけ部分展開して鍵を破壊して扉を開けると、内部には多数の重火器や爆薬が置いてある。弾薬庫だ。かなりの量がありそうだ。少し思案すると、箒は『紅椿』を展開し、右手に『雨月』を呼び出し、左手に『空裂』を持つ。そして雨月からレーザーを連射しながら空裂を振るってエネルギー刃を飛ばし、肩部展開装甲を分離させて先端からレーザーを発射する。展開装甲を戻して離脱すると弾薬庫が大爆発を起こし、警報がアジト中に響き渡る。
 箒は両肩展開装甲を変形させて『穿千』を形成すると、敵がやってくるだろう方向に向き直ってPICを姿勢固定に回す。やがてブラックサタン戦闘員が駆けつけてくると挨拶とばかりに穿千を発射し、放たれた熱線は周囲の障害物ごとブラックサタン戦闘員を焼き払って一掃する。

「ミュウ! 侵入者だ! 直ちに抹殺しろ!」
「残念だが、死ぬのは貴様らだけだ!」

 展開装甲を戻して雨月と空裂を手にした箒は、ブラックサタン戦闘員の群れへと突っ込んでいく。体当たりでまとめて吹き飛ばした後に両刀を振るって片っ端から敵を斬り捨て、離れた敵はレーザーやエネルギー刃で切り裂いて始末する。肉弾戦を挑んでくる者には足刀蹴りや肘打ちを入れ、つま先の展開装甲を変形させてエネルギー刃を発生させ、回し蹴りで纏めて一掃する。最初はわらわらと湧いてきたブラックサタン戦闘員だが、箒が暴れている内に数が減っていき、最後にバズーカを持ったブラックサタン戦闘員を雨月のレーザーで倒すと、その場が静寂に支配される。全滅したようだ。
 箒はスラスターを噴射して廊下を突き進み、市民が強制労働させられていた広間へと着陸する。市民を監視していたブラックサタン戦闘員はおらず、残された市民は怯えたように箒を見ている。箒は一度『紅椿』の展開を解除し、声を上げる。

「安心して下さい、私はあなた方の救助に来た者です。すでにこのアジトのブラックサタンは排除しました。早くここから脱出しましょう」

 箒が自分の目的を告げると市民は安堵したのか立ち上がる。箒は市民を先導しようと踵を返して歩き出す。だが、突如して背後から多数の市民が飛びかかり、抵抗する間も与えずに箒を取り押さえる。

「な!? 一体何を!?」
「残念だがブラックサタンはまだいたんだよ。ここにな」
「まさかこれは……!?」

 驚愕しながらも逃れようとする箒を市民の一人が邪悪な笑みを浮かべて嘲る。続けて薬品をハンカチに染み込ませて無理矢理箒に嗅がせる。最初は抵抗していた箒であったが、急速に意識が薄らいでいくのを知覚し、口を開く間もなく昏倒する。箒が意識を失ったことを確認すると、市民は箒を抱えて自分の足で湖底アジトを出ていくのであった。

**********

 御殿場市郊外ではSPIRITS第7分隊が仮の拠点を設営し、後詰めとして待機している。茂と箒からほぼ同時刻にブラックサタンのアジトを発見したとの連絡を受け、それから3時間近く経過したが、茂は勿論箒からも連絡が来ない。
 二人の身に何かあったと判断したブラウンは、1時間前に河口湖と山中湖に偵察隊を出したが、山中湖のアジトは引き払われた可能性が高いと報告が入っている。河口湖はまだ報告が入っていないが、山中湖の偵察を終えた偵察隊に河口湖へ向かうよう通達してある。仮設司令部として立てたテントの中で素顔を晒したブラウンは、長い髪をかき分けた後に目の前に広がる地図を見て思案する。
 すると体格の良い隊員と細身の隊員がテントに入ってくる。二人は敬礼するとまず体格の良い隊員が口を開く。

「分隊長、我々の出撃はまだですか?」
「もう少し待ちなさい。もっと状況がハッキリしてからよ」
「しかし分隊長、仮面ライダー№7と『紅椿』の操縦者との連絡が絶えたことや他の情報、現状から判断すれば河口湖にブラックサタンが集結している可能性は高い。ならばこれを逃す機会はない。一気に叩くべきです」
「ええ、確かに可能性は高いわ。けど確実じゃない。だから偵察隊の報告を待ってからよ。それからどの作戦を使っていくか考えて行動すればいい。分隊長として余計な犠牲は出したくないし、ね」
「ブラウン! なんでそんなことを言うんだ!? 俺は、いや俺たち全員はとっくに死んでいるんだ! それに前にも言った通り、俺はあんたに命を預けたんだ! どんな犠牲だって俺たちは……!」
「まあまあ。あたしらはもう、エージェントじゃないんだ」
「別に昔のままで構わないわ、ブラック。それとカーキも」

 細身の隊員ことカーキが体格の良い隊員ことブラックを窘めるが、ブラウンが手で制する。
 ブラウンとブラック、カーキ、それに偵察隊を率いて河口湖へ向かったグレイを含む数人の隊員は、元アメリカ国家安全保障会議(NSC)直属のエージェントである。と言ってもその存在は公にされず、アメリカ政府関係者でも知っているのはごく一部だけだが。ブラウンたちはその中でもアメリカ国内で活動し、大統領の特命を受けて非合法活動にも手を染める『汚れ役』であった。しかしある事件でエージェントの大半が殉職し、生き残ったブラウン達も部署の解散とブラウン以外の解雇を言い渡された。ブラウンはインターポールへの出向を命じられ、残りのエージェントは投獄された。そんなことになったのも、ブラウンが『訳あり』の人材をかき集めてきたからなのだが。今のコードネームもこの時に名乗っていたものを流用している。
 ブラウンはSPIRITS結成の際、デルザー軍団の相手をする第7分隊の分隊長に自ら志願し、人員の選抜をブラウン自身が行った。副隊長のグレイやブラックなど、やはり『訳あり』の人材ばかり集め、特に隊長の滝和也に猛反対されたが、最終的には押し切った。一応他の隊員や茂たちの手前、元同僚にも分隊長と呼ばせてはいるが、ブラウン本人はあまり拘っていない。

「それとブラック、私たちが死ぬべき時は『今』じゃないわ。だからもう少し自重しなさい。どの隊員も死を恐れていないのは確かだけれども、みんながみんな、あなたのような『死にたがり』ではないのだから」

 ブラウンが静かに窘めるとブラックはそれ以上は反論せずに黙って引き下がる。
 SPIRITS第7分隊には訳ありの人間ばかり集めただけあって、死を恐れない人間しかいない。厳密にはブラックのように死に場所を求めて死に急いでいる人間か、逆にこの部隊に参加しなければ死しか無かったため、開き直っている人間しかいない。この点が和也から反対された理由であるが、デルザー軍団との戦いではこうした人間でなければ戦えないとブラウンが押し切った。

(それに、私も……)

「失礼します。河口湖方面偵察隊からの暗号通信です。内容はこちらに」
「ありがとう。下がっていいわ。それと、偵察隊には待機するよう伝えて。勝手に動いた場合私が直々に『処罰』するとも、ね」

 別の隊員が入ってくるとブラックとカーキは脇に退く。隊員は敬礼した後にグレイから送られてきた暗号通信の解読結果が書かれた紙を渡し、テントを出る。ブラウンは紙と地図を見比べて素早く思考を巡らせ、紙を破り捨てた後にテントを出て命令を出す。

「総員、出撃! プランBで行くわよ!」

 命令が出ると待ってましたとばかりに隊員たちは一斉に立ち上がり、慌ただしく出撃用意を開始する。
 同じ頃、意識を失っていた箒はようやく重い瞼を開ける。

「ここは……?」

 最初は視界がぼやけてろくに周囲が見えなかった箒だが、徐々に感覚が戻ってくると自分が置かれた状況を理解する。箒は湖畔で多数のブラックサタン戦闘員と奇械人に取り囲まれ、十字架に手足を鎖で縛られて磔にされている。左手に巻いていた待機形態の『紅椿』もない。必死にもがいて鎖を外そうとするが外れる気配はない。戒めから逃れようとする箒の前に、三つ揃いのスーツを着た男が紙煙草を吸いながら歩いてくる。

「気がついたかね? 篠ノ之箒」
「お前は……ブラックサタンか!? これはなんのつもりだ!? なぜ私の名前を知っている!? 」
「見て分からないか? 話し合いだよ。君は『黒き鍵』ほどではないが、我々にとっては少々特別な存在でね。出来れば君を傷つけずにこちらに引き入れたいのだよ」
「ふざけたことを! 誰が貴様らの軍門に下るか!」
「随分と強気だな。まあいい、君だけ私の名前を知らないのは不公平だろう。私は偉大なるブラックサタンの大幹部、タイタンだ」

 男ことタイタンは吠える箒を宥めると名乗り、再び口を開く。

「それと君にとってもこの話は悪くないと思うがな。君の幼馴染みにして我らが『黒き鍵』、織斑一夏もいずれ我らの下に来るのだから」
「一夏が? 寝言も休み休み言え! 一夏が貴様らの同類になるなど断じてない!」
「強気でいるのは結構だが、意地を張り続けていいのかな? 周りを見るがいい。君の周りにはブラックサタンしかいない。なんなら、力づくで言うことを聞かせてやってもいいのだぞ?」
「何度言おうが私の答えは変わらない。これが私の答えだ!」

 せめてもの抵抗として箒はタイタンに唾を吐きかける。箒が吐いた唾がタイタンのスーツにかかると、タイタンの表情と雰囲気が変わり、怒りのそれになる。

「貴様! 下手に出ていれば調子に乗りおって! 俺のスーツにその汚らわしい唾をかけおったな!」

 胡散臭いながらも紳士的な態度が一変し、激情を露にしたタイタンはスーツを脱ぎ捨てる。下に着ていた弾倉帯が巻かれたレザーの服を晒すと箒の頬を数回張り、手をハンカチで拭いてブラックサタン戦闘員にスーツの処理を命じる。直後にオオカミ、サソリ、カメ、トラフグを模した奇械人が前に進み出る。

「タイタン様、我々にお任せを。生意気な小娘を二目と見れないような惨殺死体にしてやりましょう」
「馬鹿者! こいつは生かしておけという指示を忘れたのか!? 忌々しいが、ヤツに引き渡すまで、殺してはならんというのが大首領からのご命令だ。それに、こいつの使い方は俺の方で考えている。別に殺しさえしなければいいのだ、存分に利用してやればいい」

 タイタンは奇械人をどやしつけると再び箒に向き直る。

「篠ノ之箒、貴様にいいものを見せてやろう。あいつを連れてこい!」

 タイタンが声を張り上げるとブラックサタン戦闘員が誰かを引っ立ててくる。それを見た箒は驚愕のあまり身を乗り出して叫ぶ。

「茂さん!?」

 山中湖に向かった筈の茂であった。罠に嵌められたのだろうと当たりをつけた箒だが、茂の様子がおかしいことに気付く。ブラックサタン戦闘員が手を放すとよろめきながらその場に立つが、すぐ近くにブラックサタンがいると言うのになんの反応も見せず、その場にただ立ちつくしている。箒は何回も呼びかけるが茂の反応は無い。

「茂さん! どうしたんですか!? ブラックサタンがいるんですよ!? 茂さん!?」
「無駄だ! 今の城茂に貴様の声は何一つ聞こえはせん! そして貴様も、この城茂と同じ目に遭うのだ!」

 必死に呼びかけを続ける箒を嘲笑うと、タイタンは懐から小箱を取り出し、中から醜悪な虫を一匹取り出す。それを茂の手に握らせて言い放つ。

「さあ、城茂! その手にある『サタン虫』の女王を篠ノ之箒に寄生させ、我らブラックサタンの忠実な下僕とするのだ!」
「茂さん! 目を覚まして下さい!」

 すると茂はサタン虫を持ったまま箒の下へとゆっくりと歩き出す。箒は目を覚まさせようと呼びかけを続けるが、茂は一切の反応を示さない。同時に箒はなぜ市民が襲いかかったのかを悟る。
 ブラックサタンが保有する寄生虫『サタン虫』は耳から脳に侵入し、人間を操る性質を持つと箒も聞いている。市民はサタン虫に寄生されていたのだろう。だが茂は違う。改造人間にサタン虫は寄生出来ないと茂本人から聞いている。だからなぜ茂がタイタンの言いなりになっているのか理解できない。混乱している箒の様子を見てとったのか、ワニを模した奇械人が前に進み出て、嘲笑しながら話し始める。

「いくら呼びかけても無駄だ! 城茂は通常の千倍の濃度の『スレープガス』を吸わされたのだからな!」
「スレープガスだと!?」
「そうだ! 吸引した者の意識を自由に操れるガスだ! いくら通常のスレープガスに耐えたヤツとて、千倍の濃度のガスには耐えられなかったらしい!」
「そんな……」

 ワニを模した奇械人の話を聞くと箒と言葉に詰まる。事実茂は幾度となく箒が呼びかけても目を覚ます気配はない。その事実が闘志を萎えさせる。茂は箒の前に立つとサタン虫をゆっくりと箒の耳へ近付けていき、サタン虫は全身を不気味にうねらせる。

「嫌……こんなの……茂さん、やめて……目を覚まして……」
「フハハハハハハ! 先ほどまでの威勢はどうした!? だが無駄なものは無駄だ!」

 必死に顔を逸らしてサタン虫から逃れようとするが、非情にも茂は箒の哀願するような呼びかけにも無反応だ。それどころか徐々にサタン虫を近付けてくる。それを見てワニを模した奇械人は勝利を確信し、高らかに声を張り上げる。

「喜べ! これで貴様も我らブラックサタンの一員だ! そして最後にいいことを聞かせてやろう! 貴様に寄生させるサタン虫の女王は、先ほど解き放った人間共に寄生させたサタン虫全ての女王なのだ! 解き放った人間共は何食わぬ顔で街へ戻り、そこでサタン虫を次々と寄生させ、我らブラックサタンの忠実な下僕とする! そうなれば仮面ライダー共でもどうにもならん! 女王に寄生された貴様を殺さぬ限り、人間共はサタン虫の支配下からは逃れられん! つまり貴様は仮面ライダーとそれに与する者への人質をいう訳だ!」
「……逆に言えば、女王さえ殺せば寄生された人たちは助かるって寸法だな?」
「え……?」

 奇械人が自慢げに言った直後、初めて茂の口から言葉が漏れる。最早これまで目を閉じた箒だが、その声を聞くとおずおずと目を開く。すると茂がそれまでの無表情から一変し、悪戯っぽく笑ってウインクしてみせる。すぐに手に持ったサタン虫を地面に投げ捨ててて踏みつぶし、タイタンを含むブラックサタンが反応出来ない内に鎖を引き千切る。そして箒を抱えて高々と跳躍し、ブラックサタンから距離を取って箒を下ろす。

「悪いね、箒さん。本当ならすぐにでも助けたかったんだが、サタン虫をどうすれば無力化出来るか知る必要があってね」
「茂さん、じゃあ最初から……?」
「ああ。芝居だったってわけさ。どうだい、アカデミー賞級の名演技だったろ?」
「馬鹿な!? 貴様、確かにスレープガスを、それも千倍の濃度のものを食らった筈なのになぜ!?」

 茂がいつものように語りかけると、安堵のあまり箒は身体の力が抜けそうになるが、即座に茂に支えられて持ち直す。タイタンとワニを模した奇械人は驚きを隠せない様子だ。茂は不敵に笑って言い放つ。

「タイタン! 俺に同じ手が二度も通用すると思ったか!? どのような手を使おうが、俺は断じてブラックサタンに屈しはしない!」

(しかし、前もそうだったが『自己催眠装置』ってのは案外便利なもんだぜ)

 タイタンたちに啖呵を切りつつ、茂は内心脳改造をやり過ごす際にも使った『自己催眠装置』を思い浮かべる。茂はスレープガスを吸うギリギリ手前でこれを使用し、スレープガスによる洗脳から逃れていたのだ。戦闘態勢に入った奇械人とブラックサタン戦闘員を見て茂は不敵に笑う。

「そうさ。奇械人を倒すたびサタン虫に寄生された人たちが解放されるから、妙だ妙だと思っていたんだ。なんのことはない、貴様らの体内に女王がいたってわけだ。だがそのタネも割れた以上おしまいよ!」
「黙れ! 貴様一人で何が出来る!? まして足手纏いを連れて勝てると思ったか!?」
「ぐっ……!」

 奇械人からの罵声に、箒は待機形態の『紅椿』が巻かれていない左手を見て唇を噛む。今の箒は所詮は生身の人間だ。ブラックサタン戦闘員程度なら問題ないし、奇械人相手でも一対一なら渡り合える自信はあるが、茂の負担が重くなるのは確実だ。しかし茂は平然と奇械人に言い返す。

「残念だが、箒さんは足手纏いなんかじゃねえぜ? タイタン! 右ポケットを探ってみな!」
「フン、一体何を……何!? 無い!?」

 タイタンは茂の言う通りに右ポケット探ってみる。するとタイタンの顔色が変わり、何回も両ポケットを確認するが何も出てくる気配はない。茂はしてやったりと言いたげに笑い、ポケットから何かを取り出す。

「お探し物は、これかな?」
「馬鹿な!? いつの間に!? どうやって!?」
「自慢じゃないが、手癖の悪さはぴか一でね。サタン虫を渡された時、ちょいとポケットに手を入れてくすねてやったのさ」

 茂が取り出したのは待機形態の『紅椿』だ。茂は箒に手渡すと続けて奇械人を見据えて言葉を続ける。

「それにしても奇械人オオカミンにサソリ奇械人、ゴロンガメ、トラフグン、そこにいるクラゲ奇械人と間抜けのワニーダ、モウセンゴケにカマキリ奇械人、あそこにいるハゲタカン、カメレオーン、クモ奇械人、エレキイカと、懐かしい顔ぶれじゃないか。おまけに脱走した直後にぶっ倒してやったカニ奇械人までいやがる。そしてタイタン、貴様もな」
「全くだ、実に懐かしい。貴様に三度も殺されたことが、昨日のように思える。貴様に殺された屈辱は、一時たりとも忘れておらんぞ! 城茂!」
「ほう、やはりバダンの時と違って昔の記憶があるんだな。嬉しい限りだ。それでこそ張り合いがあるってもんだぜ!」

 タイタンの憎悪が籠った一言と同時に奇械人とブラックサタン戦闘員が戦闘態勢に入り、茂が歯を剥ぎ出しにして獰猛な笑みを浮かべて手袋を外す。

(どうも、私がいてはいけない気がするな……)

 茂とブラックサタンの間にある深く、どす黒く、暗い因縁を見せつけられ内心疎外感を覚える箒だが、茂が箒の方を見るとすぐに振り払う。

「それじゃ、さっさと片付けちまおうぜ!」
「はい!」

 茂は両腕を右斜め上に突き出した後に左斜め上に持っていき、箒は『紅椿』を展開する。

「変身……ストロンガー!」
「行くぞ、紅椿!」

 茂の身体にスパークが走り、箒の制服が量子化して装甲が装着されるとブラックサタン戦闘員が一斉に飛びかかってくる。

「箒さん、下がってな!」

 茂が箒の前に立つとブラックサタン戦闘員は茂に飛びつくが、茂の身体からスパークが発せられると黒焦げになって吹き飛ばされる。姿を現した茂はゆっくりと歩きながら朗々と声を張り上げる。

「天が呼ぶ!」

 殴りかかって来たブラックサタン戦闘員をカウンターで殴り飛ばす。

「地が呼ぶ!」

 ナイフを手に突っ込んできたブラックサタン戦闘員に前蹴りを入れて蹴り飛ばす。

「人が呼ぶ!」

 左右から同時に仕掛けてきたブラックサタン戦闘員の喉元に水平チョップを打ち込む。

「悪を倒せと俺を呼ぶ!」

 背後から飛びかかってくるブラックサタン戦闘員を投げ飛ばす。

「俺は正義の戦士! 仮面ライダーストロンガー!」

 最後に仮面ライダーストロンガーは右手を高々と突き上げ、名乗りを終える。続けてブラックサタン戦闘員に向かって殴りかかり、箒も両手に雨月と空裂を呼び出して突撃し、並んでブラックサタン戦闘員を蹴散らしていく。

「小癪な! やれ!」

 タイタンが命令を下すと奇械人が仮面ライダーストロンガーと箒の下へと殺到する。

「ストロンガー! ガス弾で貴様をドロドロに溶かしてやる!」
「小娘! 貴様もたっぷりと痛めつけてやる!」

 奇械人オオカミンが仮面ライダーストロンガーにガス弾を発射し、サソリ奇械人が鋏を掲げて箒に襲いかかる。仮面ライダーストロンガーは横に飛び退いてガス弾を回避し、箒は鋏を雨月で逸らしてサソリ奇械人の体勢を崩す。がら空きになった胴体にエネルギー刃を纏わせた空裂を横薙ぎに振るい、綺麗にサソリ奇怪人の胴体を両断する。サソリ奇械人が爆発する直前に箒は離脱し、爆発で視界が塞がった隙に仮面ライダーストロンガーは跳躍する。空中で月面宙返りをして勢いをつけた後に飛び蹴りを放つ。

「スクリューキック!」

 キックが直撃すると奇械人オオカミンに電流が流し込まれて火花が散る。奇怪人オオカミンは大きく吹き飛んで地面に叩きつけられ、すぐに爆発する。着地した仮面ライダーストロンガーは、奇械人トラフグンが飛ばしてきた針を掴んで投げ返す。針が奇械人トラフグンに刺さって悶絶すると、仮面ライダーストロンガーは一度両手を擦り合わせる。

「エレクトロウォーターフォール!」

 直後に地面から電気の滝が間欠泉のように噴き上がり、奇械人トラフグンの全身がショートして爆発四散する。そこに奇械人ゴロンガメが甲羅に籠った状態で体当たりをかけ、仮面ライダーストロンガーを撥ね飛ばす。すぐに空中で受け身を取って無事に着地した仮面ライダーストロンガーは、再び体当たりしてくる奇械人ゴロンガメに回し蹴りを放つ。だがそれも硬い甲羅に阻まれ、逆に仮面ライダーストロンガーの蹴りが弾かれて体勢が崩れる。手足を出した奇械人ゴロンガメは仮面ライダーストロンガーに圧し掛かって首を絞めにかかるが、箒が瞬時加速を併用した体当たりで奇械人ゴロンガメを吹き飛ばす。さらに右手に持った雨月で斬りかかるが、奇械人ゴロンガメが背中を向けたことで雨月の刃が甲羅に弾かれる。

「くっ!? なんという硬さだ!」
「そんなへなちょこ剣で、俺の甲羅は突破出来ん! 次はこちらの番だ!」

 奇械人ゴロンガメは体当たりを仕掛けるが、箒はスラスターを噴射して空に舞い上がり、追撃も身を開いて回避しつつ隙を窺う。ハイパーセンサーで奇械人ゴロンガメを慎重に観察していた箒だが、やがてあることに気付く。

(あの甲羅は硬いが、口は塞がっていない……ならば!)

 箒は雨月を握り直すと、奇械人ゴロンガメが正面から突っ込んできたのに合わせ、雨月からレーザーを放ちながら渾身の突きを奇怪人ゴロンガメの頭部を収めている甲羅の穴へ放つ。するとレーザーを浴びせられて慌てふためき、頭を出した所に雨月が頭を貫き、少し経つと奇械人ゴロンガメは爆死する。爆発から逃れた箒は奇械人モウセンゴケの吐いた溶解液をかわし、雨月のレーザーで反撃しつつ空裂でカマキリ奇械人の投げつけてきた鎌を叩き落とす。
 一度と体勢を立て直した箒は空裂を格納して雨月を大上段で構え、肩や背中の展開装甲を変形させて瞬時加速を使用する。あまりの加速に反応出来ない奇械人モウセンゴケを余所に、間合いに入った箒は数回前転し、勢いを乗せて裂帛の気合と共に唐竹割りを放つ。奇械人モウセンゴケの身体を縦に真っ二つにすると上昇へ転じ、奇械人モウセンゴケが爆発するのを見届けることもなくカマキリ奇械人へ挑みかかる。
 カマキリ奇械人は左手のモーニングスターを振り回し、箒めがけて投げつける。箒はあっさりと横に回避して接近し、雨月で斬りかかる。右手の鎌で受け止めたカマキリ奇械人と数合打ち合うが、箒は鎌を擦り上げ、がら空きになったカマキリ奇械人の胴に膝蹴りを入れて屈ませる。さらに右肘の展開装甲を変形させてエネルギー刃を発生させ、肘打ちを打ち込んでエネルギー刃を突き刺す。締めとばかりに箒は雨月を振るって脳天を割り、カマキリ奇械人は遂に限界を迎えたのか爆発する。

「小娘が! このハゲタカンが相手をしてやる!」

 奇械人ハゲタカンは左手のバズーカを発射するが箒は雨月で弾頭を両断し、弾頭は地面に着弾して二つの爆発が起こる。それでも奇械人ハゲタカンはバズーカを連射するが、箒は全て回避して間合いを詰めていく。

「ならこれを受けろ!」
「なんのこれしき!」

 奇械人ハゲタカンは翼を羽ばたかせて突風を発生させるが、箒はスラスターの出力を上げて逆風を無視する。ならばと奇械人ハゲタカンは右手の爪で突き殺そうと突撃するが、箒も左手を貫手にすると展開装甲を変形させる。

「これでどうだ!」
「甘い!」

 奇械人ハゲタカンが力任せに右爪を突き出すのに合わせ、箒もまた左手を突き入れる。すると奇械人ハゲタカンの右手が箒の貫手で貫かれ、使い物にならなくなる。相手の力を防御も回避もせず、逆に利用して返す赤心少林拳の奥義『桜花』と同じ原理だ。とはいえ奇械人ハゲタカンは健在だ。だが箒は一瞬後に呼び出した空裂を腰の回転を乗せて勢いよく振り抜き、突進の勢いが殺されていなかったことで空裂は綺麗に胴を抜き、奇械人ハゲタカンは爆死する。

「おのれ! 今度は俺が相手だ!」
「それはこっちの台詞だ! クラゲ奇械人!」

 クラゲ奇械人が箒に挑もうとすると、奇械人ワニーダを蹴り倒した仮面ライダーストロンガーが飛びかかって妨害する。両者は組み合ったまま地面をしばらく転がり、仮面ライダーストロンガーが上を取って馬乗りになるとクラゲ奇械人の顔面を数発殴る。しかしクラゲ奇械人は身体を液状化させて逃れると、逆に背後に回り込んで実体化し、仮面ライダーストロンガーを羽交い絞めにする。すると奇械人ワニーダが長い尾で打ち据えようと仮面ライダーストロンガーに接近する。

「すぐには殺さん! たっぷりと痛めつけてから殺してやる!」
「そうはいくか! 電タッチ!」

 仮面ライダーストロンガーはクラゲ奇械人の右手を掴むと電流を流しこみ、奇械人ワニーダが尾を振るうギリギリ手前で拘束から逃れて跳躍し、奇械人ワニーダの尾はクラゲ奇械人の頭に直撃する。着地した仮面ライダーストロンガーは奇械人ワニーダの尾を掴んで振り回し、勢いよく放り投げてクラゲ奇械人にぶち当てた後に右手を天にかざす。

「エレクトロサンダー!」

 すると仮面ライダーストロンガーの身体から高圧電流が放たれ、上空に雷雲が発生してクラゲ奇械人と奇械人ワニーダに向けて雷が落ちる。雷を落とされたクラゲ奇械人と奇械人ワニーダは纏めて爆発して果てる。次に仮面ライダーストロンガーは奇械人エレキイカに飛び込みながらパンチを放ち、怯ませると左右のパンチを打ち込み続けて主導権を握る。
 一方、箒はクモ奇械人が吐く糸を回避して雨月のレーザーで反撃するが、糸による防御膜に阻まれて有効打を与えられない。クモ奇械人も糸では埒が明かないと見たのか、腕からチェーンを射出して箒の足を止めようとする。遠距離では泥仕合になると判断した箒は糸とチェーンをその場で切り返してやり過ごすと、一転して接近戦を挑む。クモ奇械人も迎え撃つように糸を吐くのを中断して挑みかかる。クモ奇械人の攻撃を回避しつつも斬撃を浴びせ、糸の防御膜を切り裂いていた箒だが、ハイパーセンサーで自分の背後に何かが回り込んだことを察知する。
 保護色で身を隠していたようだが、ハイパーセンサーの前には意味が無いと向こうは気付いていないようだ。しかし箒はその敵を敢えて泳がせることにし、わざと気付いていないフリをしてクモ奇械人を攻め立てる。

(馬鹿め。俺に警戒するどころか全く気付かないとはな。インフィニット・ストラトスとかいうものを着ていようが、所詮は小娘。頭の方はネズミと同じよ)

 背後に回り込んだ敵こと奇械人カメレオーンは箒の考えなど知らず、上手くいったとほくそ笑む。後は尾に仕込まれた毒液を無防備な背中にぶっかけてやるだけだ。奇械人カメレオーンは気付かれないよう、保護色で身を隠したまま尾の先端を静かに向ける。

「引っ掛かったな! 小娘が!」
「残念だが、引っ掛かったのは貴様の方だ!」

 しかし毒液を噴射しようとした瞬間に箒がタイミング良く上に逃れる。奇械人カメレオーンが放った毒液はクモ奇械人に直撃してしまい、クモ奇械人は地面を転がって悶絶する。

「何!? 俺の姿が見えていたというのか!? 一体どうして!?」
「そんなことは自分の頭で考えるのだな、間抜けが!」

 予想外の事態に混乱する奇械人カメレオーンに冷たく言い捨て、一転して奇械人カメレオーンめがけて急降下を開始した箒は、錐揉み回転した勢いを乗せて雨月を奇械人カメレオーンの胸に突き入れる。雨月は奇械人カメレオーンの胸をあっさり貫通し、奇械人カメレオーンは血反吐を吐きながらも最後の抵抗として左手の電動ノコギリで箒を切り裂こうとする。しかし箒はすぐに離脱してしまい、失敗に終わる。

「おのれ! ストロンガーへの復讐どころか、あのような小娘にやられるとは……!」

 最後に無念さを隠さずにそれだけ言い残すと、奇械人カメレオーンはその場に倒れ込んで爆死する。しかし箒の攻撃は終わらない。今度は矛先を毒液を浴びて弱ったクモ奇械人へと向け、肩部展開装甲からエネルギー刃を発生させ、遠隔攻撃端末として飛ばす。クモ奇械人を切り裂いた後に空裂を持った箒が突っ込み、クモ奇械人の首を切り落としてトドメを刺す。残る奇械人はカニ奇械人だけだ。箒はその場で方向転換して空裂で斬りかかるが、カニ奇械人が背中を向けると硬い甲殻に斬撃が阻まれる。

「無駄だ! このカニ奇械人の甲殻は、人間ごときには抜けん!」

 振り返ったカニ奇械人は自慢げに言い、口から泡を吐いて反撃に出る。泡はシールドバリアで防がれるが鋏攻撃には対応出来ず、連撃をまともに受けてシールドエネルギーが削られる。箒はすぐに持ち直すと雨月と空裂を使い鋏攻撃を受け流し、逆に二刀で斬撃を浴びせるが、ことごとく甲殻に阻まれて有効打とならない。

(これでは埒が明かないな……ならばここはあの技で!)

 箒は一度カニ奇械人から距離を取ると上空へ飛び立ち、瞬時加速を併用しつつ急降下し、右足の展開装甲を変形させてキックを放つ。

「V3!」
「無駄なことを!」

 エネルギー刃を発生させた右足飛び蹴りをカニ奇械人は背中を向けて防ぐが、エネルギー刃が僅かに甲殻に食いこんで傷を作る。箒は蹴りの反動を生かして再び宙に舞い、空中で身を翻して反転すると2撃目の蹴りを同じ個所に放つ。

「反転キック!」

 二撃目の蹴りが同じ個所にヒットすると今度はエネルギー刃が甲殻を貫き、カニ奇械人は苦悶の表情を浮かべる。だが箒の攻撃は終わらない。またしても空中反転すると手に持った雨月で三連突きを放ち、三撃目でカニ奇械人の身体に深く突き刺さり、レーザーを発射して内部から焼き払う。流石のカニ奇械人も耐え切れなかったのか、ゆっくりとその場に倒れた後に爆散する。仮面ライダーV3との特訓で会得した『V3反転キック』の応用だ。
 仮面ライダーストロンガーと奇械人エレキイカの決着も、間もなくつこうとしていた。右腕の鞭をチョップで切断され、煙幕を使おうにもそんな暇が無い奇械人エレキイカは追い詰められていた。

「こうなれば! エレキクロス!」
「甘い! 電パンチ!」

 奇械人エレキイカは目を光らせて仮面ライダーストロンガーの目を潰そうとするが、仮面ライダーストロンガーから高圧電流付きの鉄拳を貰って腰が抜ける。それを引っ張り起こして数発殴ってグロッキーにした仮面ライダーストロンガーは跳躍し、前転しつつ身体を赤熱化させる。

「ストロンガー電キック!」

 必殺の蹴りが見事に決まり、奇械人エレキイカが爆発するのを見届けた仮面ライダーストロンガーは、最後に残ったタイタンと対峙する。

「役立たず共が。まあいい。ライダーストロンガー、こうなれば正々堂々、一体一で勝負をつけてやる。手出しは無用だ」
「いいだろう。箒さん、君は手を出さないでくれ。こいつは俺とタイタンの勝負だ」
「分かりました。ですが、気を付けて」

 タイタンの提案に仮面ライダーストロンガーは乗ることを決め、箒は大人しく見届けることにする。タイタンは不敵に笑ってポケットからハンカチを取り出すと顔を隠す。ハンカチを仕舞うとタイタンは黒い頭の中央に一つ目がついた怪人態へ変化する。仮面ライダーストロンガーとタイタンは黙って睨み合いを続け、位置取りを変えていたが、どちらからともなく動き出す。

「タイタンパンチ!」
「電パンチ!」

 挨拶と言わんばかりに仮面ライダーストロンガーとタイタンは右ストレートを放ち、両者は同時に吹っ飛ばされる。それでも仮面ライダーストロンガーは追撃に入り、タイタンはガンベルトから拳銃を抜き放つ。

「タイタン破壊銃を受けろ!」

 拳銃から弾丸が発射されて地面に着弾すると爆発が起こる。仮面ライダーストロンガーは追撃を中止して走り回り、追うようにタイタンは銃を撃ち続ける。しかし仮面ライダーストロンガーはスライディングで身を低くして右手を地面に置く。

「エレクトロファイヤー!」
「ぐうっ!?」

 地面を通してタイタンに電撃が直撃し、タイタンの身体が揺らいで銃撃が止まる。好機と見た仮面ライダーストロンガーは一気に飛び込んで接近戦に持ち込むと、水平チョップを連続で打ち込んだ後に貫手や肘打ち、パンチのラッシュを連続で浴びせて攻め立てる。タイタンも負けじと殴り返し、激しくキックの応酬を続けるが遂に仮面ライダーストロンガーのハイキックがタイタンの側頭部に直撃し、タイタンがよろめく。仮面ライダーストロンガーは一気呵成に攻め立て、パンチの連打と浴びせ蹴りでタイタンをグロッキーにし、締めの回し蹴りで蹴り飛ばす。タイタンは地面を転がると、這いつくばって手を前に出して仮面ライダーストロンガーを手で制する。

「待て! ストロンガー、俺の負けだ! 降参する! 頼むから命だけは見逃してくれ!」
「タイタン、一体なんのつもりだ?」
「見ての通りだ! 俺も折角甦ったのにまた死にたくはない! なんならこの先お前たちに協力してもいい!」

 あまりに無様なタイタンの言動に仮面ライダーストロンガーは勿論、箒も困惑する一方だ。仮面ライダーストロンガーが回答に逡巡する素振りを見せると、タイタンは突如として仮面ライダーストロンガーの足を払って声を上げる。

「今だ! 撃て!」
「何!?」
「だと思ったぜ! ストロンガーバリア!」

 タイタンはダメージなどなかったかのように飛び退いて離脱する。直後にバズーカが仮面ライダーストロンガーめがけて撃ち込まれ、地面が抉れる程の爆発が起こる。しかし仮面ライダーストロンガーも即座にバリアを張って直撃を避ける。そこで箒はタイタンの思惑を悟る。最初からタイタンに正々堂々戦う気などなかったのだ。命乞いも本心ではなく、確実に仮面ライダーストロンガーにバズーカを当てるための時間稼ぎだったのだ。

「この卑怯者! 貴様に恥というものはないのか!?」
「相変わらず汚いヤツだな、タイタン! どうせこんな魂胆だろうと思ってたけどよ!」
「フン、作戦に卑怯も汚いもクソもあるか! 騙す利口が正しく、騙される馬鹿が悪いのだ! ブラックサタンにとって敗北とは恥より重い! ストロンガー、貴様を殺せるのならばどんな屈辱でも喜んで受けてやる!」

 タイタンは罵倒する箒を鼻で笑うと、仮面ライダーストロンガーへの憎悪を剥ぎ出しにし、再び銃を抜き放って発砲する。ただし今度はバズーカの援護付きだ。仮面ライダーストロンガーも反撃の糸口を掴めず、逃げ回るのが精一杯だ。加えてタイタンは目を光らせ、爆発や炎で攻め立てて追い詰める。

「茂さん!? 早く援護射撃を潰さないと……!」
「させるか! 火の玉スカーフ!」

 箒はバズーカを構えたブラックサタン戦闘員の位置を割り出すが、タイタンは首に巻いたスカーフを右手に持って振り、スカーフが多数の火の玉となって箒に襲いかかる。箒は火の球を振り切ってバズーカを潰しに行こうとするが、火の玉の数が多い上、銃撃や目の発光による攻撃が飛んできて動くに動けない。仮面ライダーストロンガーが無理矢理砲火の嵐を突破し、タイタンに取りつこうとするが、タイタンは慌てずにネットを取り出して投げつける。
 足が絡まり地面に転がった仮面ライダーストロンガーだが、すぐにネットを取り払って脱出しようとする。だがいくら引き千切ろうとしてもネットが切れる気配が無い。それどころかネットに電気エネルギーが吸い取られていることに気付く。するとタイタンは攻撃の手を緩めずに大笑する。

「フハハハハハハ! どうだ! 貴様のために特別に作らせた、電気エネルギーを吸収する吸電ネットの威力は!? 貴様の活動源である電気エネルギーを吸い取られては、貴様も動くに動けまい!」
「タイタン、貴様……!」
「せいぜい足掻くがいい。貴様が苦しんでいる間に俺は篠ノ之箒を片付けるとしよう」

 仮面ライダーストロンガーは必死にもがくが、電気エネルギーを吸い取られる一方で脱出出来ない。それをタイタンは嘲笑しながら標的を箒に変え、火の玉とバズーカの援護に合わせて銃撃や火炎攻撃で攻め立てる。展開装甲をシールドにして防ぎつつ反撃の機会を窺う箒だが、バズーカが動けない仮面ライダーストロンガーを狙ってくると、即座に盾となってバズーカを防ぐ。しかしタイタンが横合いから飛び蹴りを放って箒を蹴り飛ばし、体勢を立て直しきる前に拳打で箒を一方的に攻撃する。それでも両手で攻撃を捌いていた箒だが、タイタンは力任せに腕を掴んで無理矢理ガードをこじ開け、がら空きになった箒の首を左手で掴んで持ち上げ、締め上げる。

「フン、手古摺らせおって。安心しろ、貴様はまだ殺しはせん」

(駄目だ……シールドバリアが……)

 箒は首が締まらないように抵抗するが、単純なパワーではタイタンの方に分がある上、シールドバリアも締め技には効果を発揮しないこともあって息が苦しくなってくる。

「篠ノ之箒、貴様には特等席で見せてやる。ブラックサタンの裏切り者、仮面ライダーストロンガーの最期をな!」
「チィッ……!」

 タイタンは箒に見せつけるように銃を仮面ライダーストロンガーに向ける。仮面ライダーストロンガーは抵抗出来る状況ではない。タイタンが銃の引き金に指を掛ける。

「では死ね! せいぜい地獄で苦しむがいい!」

 そしてタイタンの銃から弾丸が発射されるかと言う時、突然タイタンの銃が手から弾き落とされる。

「何!? 一体何が……まさか、狙撃か!?」

 最初は何がなんだか分からなかったタイタンだが、すぐに狙撃に思い至り周囲を警戒する。同時にタイタンの通信機に通信が入る。

「どうした!?」

『ミュウ! こちら別働隊! 現在何者かによる攻撃を受けています! こちらの損耗率は現在……ミュウ!?』

「おい! どうした!? 何があった!? 報告せよ!」

 援護射撃をしていた別働隊からの通信が途絶えた直後、上空にヘリが到着する。黒いプロテクターを装着した兵士たちがラベリング降下を手早く終えて散開し、湖の周囲に隠れていたブラックサタン戦闘員の掃討を開始する。兵士のうち何人かがタイタンに銃撃を浴びせ、僅かに手が緩んだ隙に箒は拘束から逃れてネットを切り裂き、仮面ライダーストロンガーを解放する。仮面ライダーストロンガーは跳躍し、指示を出している隊長格らしき兵士の横に立つ。

「第7分隊! 来てくれたのか!」
「定時連絡が無かったから、あなたたちを探すのには苦労したわ。市民の方はこちらで保護しておいたわ。イエロー班とゴールド班が間もなく狙撃地点を制圧するから、あなたはタイタンの相手に集中して、ストロンガー。箒さんは私と一緒に戦闘員の制圧を」

 救援に来たのはブラウン率いるSPIRITS第7分隊だ。狙撃も第7分隊に所属するスナイパーによるものだろう。ブラウンは指示と報告を済ませると、隊員を引き連れて隠れているブラックサタン戦闘員の掃討に向かう。箒もハイパーセンサーでブラックサタン戦闘員の一隊を発見すると、バズーカを回避しつつスラスターを噴射して接近する。

「これでようやくサシの勝負になったな、タイタン。それじゃ、続きと行こうぜ!」

 仮面ライダーストロンガーは不敵に言い放つや跳躍してタイタンの前に着地し、お返しとばかりに連続して回し蹴りを放ってタイタンのボディを攻め立てる。タイタンが腹を押さえた所で跳躍し、空中で数回回転して遠心力をつけてパンチを放つ。

「ウルトラパンチ!」

 パンチがまともにタイタンの顔面に入ってタイタンが大きく吹き飛ばされると、仮面ライダーストロンガーは両手で手刀を作り、頭を挟み込むようにチョップを放つ。

「電チョップ!」

 インパクトの瞬間に電流が流し込まれてタイタンの頭から火花が飛び散るが、タイタンは目を光らせて火炎攻撃を開始する。それを後転で回避しつつ距離を開けると仮面ライダーストロンガーは跳躍し、身体を赤熱化させて右足に電気エネルギーを集中させる。

「ストロンガー電キック!」
「甘い! キック返し!」
「まだまだ! エレクトロキック!」

 仮面ライダーストロンガーの飛び蹴りを掴み、捻って地面に叩きつけようとするタイタンだが、仮面ライダーストロンガーは逆方向に身体を捻り、帯電させた左足でタイタンの一つ目を蹴りつけて怯ませ、拘束から脱する。タイタンが目を押さえて悶絶している隙に、仮面ライダーストロンガーは渾身の力で湖に投げ飛ばし、両手を湖の中に入れる。

「電気ストリーム!」

 湖に落ちたタイタンの身体が急激に冷やされている所に電気を帯びた水流が渦巻き、間もなく湖の中で爆発が起こり水柱が立つ。

「これで終わりか……?」
「ファイヤーボール!」

 しかし湖から水柱が上がると、無数の火の玉が仮面ライダーストロンガーめがけて放たれ、その身体にいくつもの焦げを作る。そして湖からタイタンが飛び出してくると、仮面ライダーストロンガーの前に着地する。ただし今度は頭だけでも十数個は目があろう、より不気味な姿へと変わっている。

「ストロンガー! 貴様を殺すまで百目タイタンは死なん!」
「おかしいと思っていたが、隠し玉にしていたとはな! だが、上等!」

 『百目タイタン』の姿になったタイタンは手から火炎弾を発射し、仮面ライダーストロンガーを攻撃する。走り回ってやり過ごそうとする仮面ライダーストロンガーだが、タイタンは百の目で仮面ライダーストロンガーの位置を正確に捉え、中々隙を突くことが出来ない。しかしタイタンは横合いからレーザーが飛んでくるのを読んで右手で遮る。

「伏兵は全て片付けました! あとはこいつだけです!」
「箒さん!」

 横槍を入れたのは箒だ。さらにSPIRITS第7分隊もブラックサタン戦闘員の掃討を終えたのか、続々と集結してくる。

「チッ、潮時か。ストロンガー! いずれこの借りは返す!」

 タイタンは右手を上げて頭上に円を描くように振る。するとタイタンの姿がかき消える。慌ててハイパーセンサーを使い追跡しようとする箒だが、一向に発見出来ない。逃げられたようだ。箒は変身を解除した茂の下に着陸し、『紅椿』を待機形態に戻す。

「それじゃ、捕まった人たちを送り届けるとしよう。無事に帰るまでが戦いだからな」

 茂の言葉に箒は頷き、SPIRITS第7分隊と共に市民を街まで送り届けるべくその場から立ち去る。

「あれが新たな力『インフィニット・ストラトス』、そして奴が求める『篠ノ之箒』、か」

 ほぼ同時に、事の顛末を見届けていた白い魔人が姿を消したことなど、誰も知らずに。

**********

 御殿場市にある避難所。護衛として残されたSPIRITS第7分隊の隊員がブラウンからブラックサタンを一先ず退けたこと、捕らえられていた市民は無事に避難所まで送り届けたことを伝えられる。間もなく市民を乗せた車両がSPIRITS第7分隊や茂と箒の護衛を受けながら到着する。市民は出迎えに来た者と互いの無事を喜び合い、脱出出来たことに安堵し、緊張の糸が切れたのかその場にへたりこんでしまう者もいる。喧騒が収まり人々が避難所の建物内へと入っていくのを箒は眺めている。そこに何組かの親子連れが箒と隣に立つ茂の前にやってくる。不思議に思う箒の前で一礼し、代表するように父親の一人が口を開く。

「ありがとうございました。おかげでこうして無事に戻れて、また家族が一緒になれました。なんとお礼を言っていいか」
「いえ、大したことはしちゃいませんよ」
「それで、この子たちがどうしてもお兄ちゃんとお姉ちゃんにお礼を言いたいと言って聞かなくて」
「俺たちに、ですか?」
「ええ。なんでも私たちを助けてくれると約束してくれた、とか」
「そうですか。君たち、約束通りにいい子にしていたみたいだね」
「うん! お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」

 子供たちが笑顔で礼を言うと茂は微笑んで鼻の下を指で擦る。そこに別の子供が箒と茂を見て尋ねる。

「ねえ、お兄ちゃんとお姉ちゃんって仮面ライダーなの?」
「私が、仮面ライダー?」
「うん。お父さんが僕に、仮面ライダーが助けに来てくれるって教えてくれたから。もしかして、お姉ちゃんが仮面ライダーなの?」
「いや、私は仮面ライダーじゃない。私は仮面ライダーみたいに強くないんだ」

 箒はその子供の目線に合わせるようにしゃがみ込んで首を振る。一時期は力のみを求め、力に溺れてしまった自分は仮面ライダーに比べ、あまりに弱い存在だ。その思いは今でこそ胸の奥に仕舞いこんでいるが、ずっと消えることはないだろう。子供たちが親に連れられ、手を振りながら避難所に戻っていくのを茂が手を振り返して見送る。子供たちが避難所に入ったのを見ると、茂は箒に向き直る。

「箒さん、気を悪くしないでくれ。あの子たちは悪気があって言ったんじゃない。あの子たちにとって、君は仮面ライダーと同じなのさ。それより、どうかしたかい?」
「いえ、もう少しあの子たちに愛想良く出来たのではないかと思って、つい」
「真面目に考えなくていいさ、箒さん。そいつが箒さんの個性ってヤツなのさ。変に直そうとするより、良い部分とか『らしさ』を伸ばしていけばいいのさ。そっちの方が却って自分に自信がついて、自然と他の部分も良くなるもんだ。アメフトと同じでな。ま、こいつは昔のツレの受け売りだけどさ」
「……もしかして、沼田五郎さん、ですか?」
「ああ。おっと、謝るのは無しだ。俺が勝手に思い出しただけなんだから」

 茂は笑って謝ろうとする箒を遮る。言葉を途中で飲み込む箒だが、かねがね抱いていた疑問をぶつけてみることにする。

「あの、茂さん。こんな時に聞くのは不躾だと思いますが、やはりブラックサタンのことは憎いですか?」
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「いえ、その、タイタンと対峙していた時に妙に気合が入っていたと言いますか、今まで一緒に戦っていた時と雰囲気が違っていたような気がして」

 箒がおずおずと言うと、茂の雰囲気が一変する。

「……あいつらを憎んでないと言えば嘘になる。あいつらは五郎を殺した。何もしちゃいない、生きていたくて、やりたいことだって沢山あった五郎をな。けど、大切な人を奪われた人は沢山いたし、命を奪われた人間だって少なくなかった。それを考えたら……なんてな」

 しかしそれもほんの僅かな時間だけで、茂はすぐいつもの雰囲気に戻って笑いかける。

「俺がそんな、辛気臭いこと考えてたと思うかい? そんなの俺らしくないだろ? 他の仮面ライダーだって、本郷さんならショッカーやゲルショッカーを相手にしてたら、君も同じことを感じるくらいに気合いが入るさ。なんせ仮面ライダーになってからずっと戦い続けて、最後にはぶっ倒した組織なんだ、それが復活してきて気合が入らない訳が無い。それだけさ。無論、デルザーも同じだ。さ、行こう、箒さん。今は休んで次の戦いに備えよう。君に無理をさせたんじゃ、一夏君に申し訳が立たない」 

 茂は箒を促して歩き出し、富士駐屯地に向かうべくカブトローに跨り、箒もその後を追って茂の後ろに乗る。

「そうさ、また会わせてやらないとな。それまでは……」

 その時、茂が聞こえるか聞こえないかくらいの小声で発した言葉が、妙に箒の耳に残っていた。



[32627] 第五十六話 群狼(ウルブズ)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2014/07/17 07:59
 『デストロン』が復活・活動していた四国が謎の黒雲に覆われた翌朝。富士駐屯地の一角ではSPIRITS第7分隊が朝食と装備の点検を済ませ、出撃準備を整えている。ブラックサタンは最初の出現後、富士山周辺によく出没しており、時に街に出て人間を誘拐し、サタン虫によって操ろうとしている。デルザー軍団が沈黙を保っているのも気になる。しかし今の箒にはそれ以上に切羽詰まった問題がある。

「そうですか、あの人がSPIRITSに……」
「ああ。滝さんや風見さんの話では本人も反省しているし、インターポールでも条件付きだが認めてくれたそうだ。国際IS委員会の方はまだ回答がないらしいが。それで箒さん、もう一度確認するけど、本当にいいんだね?」
「はい。私だけの問題ではありませんから、他の方が承諾するのであれば、私も異存はありません」

 今茂と箒が話しているのは篠ノ之束のことだ。昨夜仮面ライダーと共に四国のデストロンを鎮圧した和也から四国で束と接触したこと、束がSPIRITSに参加したいと言ってきたことを連絡され、他の分隊や箒たち、茂たちの意見も聞きたいとブラウンを通じて伝えられた。茂に反対する理由はないが、箒は事情が事情なので茂と和也の判断で一晩ゆっくり考えた後、改めて答えを聞くことにした。その表情は複雑そうだ。実の姉であると同時に、家族や友人から引き裂いた元凶でもあり、様々な事件に関与している疑いがある。内心は今も穏やかではないだろう。茂は箒に何か言おうとするがブラウンが遮る。

「ならこちらから隊長に連絡しておくわ。いつブラックサタンやデルザー軍団が動き出すかわからないから、ISの点検や整備くらいしておくのね」

 ブラウンは和也と通信すべくその場を離れる。箒はしばしの沈黙の後、『紅椿』を展開すると装着せずにその場に置き、空間投影式ディスプレイを展開して各部のチェックを始める。

「箒さん、ISには自動修復機能があるんだろ? 別にそんなことしなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、万が一ということは十分にあり得ますから。それにISも機械、きちんと自分で点検しなければ足をすくわれることもある、と授業で習いました。刀も日頃の手入れが大切ですから」

 茂の質問に首を振ると箒は『紅椿』のチェックを開始する。茂はそれ以上何も言わずに離れる。

(やっぱり複雑なんだろうな、篠ノ之束がいきなり味方になったんだ。血の繋がった家族間の問題ってのは、迂闊に首を突っ込めないけどよ)

 まるで屈託を振り払うように点検に没頭している箒を横目に、茂は内心呟く。
 茂は産まれてこの方天涯孤独の、いわゆる孤児であった。育てられた孤児院で聞いた話では、茂はまだ生まれて間もない時に孤児院の前に置手紙と共に捨てられていたらしい。置手紙に書いてあった城茂という名前こそ親から貰ったが、親の顔も知らなければ、人となりも分からない。
 そのせいなのか、生まれついての性格なのか、孤児院時代の茂はなかなか素直になれず、大人に対して反抗的でいわゆる不良であった。犯罪こそ起こさず警察の世話になったことはないが、孤児院や学校で問題を起こしては教師に叱責され、手を上げられたことも数えきれないくらいあった。それでも城南大学に進学できたのは、生来の負けず嫌いが高じてスポーツや勉学にも精一杯励んでいたこと、孤児院の職員や仲間の支えがあったからだと今では理解出来る。
 そんな過去があるだけに、家族の問題について口が出せる立場ではないと理解している。箒と違って最初から親はいないし血の繋がった兄弟もいない。自分では気持ちを理解出来ても、力にはなれないだろう。血とは水よりも濃いのだから。ただ、大切な者と引き離された痛みと苦しみは、身を以て経験している。それだけに、箒が束を無条件に受け入れられる状態ではないと分かる。大切な者を奪われた痛みや苦しみ、悲しみは決して消えない。歳月が悲しみを風化させると言うが、茂からしてみれば嘘だ。痛みに慣れて鈍感になることはあっても、痛みそのものや虚無感が無くなることはない。
 カブトローの整備をしようとする茂だが、ほんの一瞬だが箒と自分に向けられた視線に気付く。視線の先ではSPIRITS第7分隊の隊員が、2メートルはあろう長大な狙撃銃の手入れをしている。横を向いているので顔の左半分しか見えないが、黒髪黒眼で日本人もしくは日系人であるようだ。左目近くに消えかけているが銃創らしき傷跡が見受けられる。その隊員は時折箒に一瞬だけ視線を送り、また作業に戻る。その繰り返しだ。茂はふらりとその隊員の下へ歩き、声をかける。

「あんた、さっきから箒さんを見てたみたいだが、何かあるのかい?」
「ん? あんた、確か仮面ライダーストロンガー、じゃったかの。なんば言いおっと、俺はずっとこいつの手入れをしちょったんじゃ、そんな暇は無か」
「へえ、まさか日本人だったとはな。それもなかなかコテコテの九州男児と来たか」
「あ、いや……ワシは日本人(ジャパニーズ)じゃのうて、いわゆる日系人っちヤツたい。そぎゃんこつばお主以外にもよう言われおるが、そもそもがワシの親父殿が……」
「いや、そんな訛りに訛った英語で喋っても誤魔化せねえって」

 隊員は茂に母国語らしい九州訛りの混じった日本語で答えるが、慌てて英語で誤魔化そうとする。それにツッコミを入れながらも茂は言葉を続ける。

「ま、そういうわけだから日本語でいいぜ。どうせ名前も経歴もみんな教えちゃくれねえんだ、どこの出身か分かったところで俺にとっちゃ正直、な。しかし、随分と長い得物だな、特注品かい?」
「半分正解じゃ。こいつは対怪人用に何丁かアメリカ陸軍で試作された『MXX』の長銃身改造型、『ハザマ・スペシャル』っち銃たい。それ以上んこつは俺も詳しくは知らんとね」
「ハザマ・スペシャル、ねえ。妙に日本的というかなんというか」
「なんでも昔、アメリカで南北戦争が終わった頃合いに『狭間筒(はざまづつ)』を使うて暴れた日本人がおったけん、それに肖ったち話じゃ」
「狭間筒?」
「火縄銃の一種で、城を守る時に狭間、つまり銃眼に嵌めて使う銃たい」
「詳しいんだな……それは興味深いが、最初の質問に戻らせて貰うぜ。なんでさっきから箒さんを見てたんだ? 誤魔化そうったって無駄だ。目にはちょいと自信があるんだ。流石にあんな不躾な視線を送られたんじゃ、箒さんだって気分は良くないだろう」
「……すまん、俺にもIS絡みで事情があるんじゃ。無論あの女子に直接は関係ないっち分かっちょる。ばってん……」
「いや、悪いこと聞いちまったな、忘れてくれ。それとタイタンから助けてくれてありがとよ」
「へ?」
「いや、タイタンと対峙してた時、ピンポイントでタイタン破壊銃を壊してくれたのはあんただろ? 2キロくらい先から一発でタイタンの銃だけ狙い撃てるのは、あんたくらいしかいないだろうからな」
「ああ、あの時んこつか。よかよか、いわゆるマグレ当たりっちゅうヤツじゃ」
「ちょっとイエロー、なにのんびり話してんのよ? いつブラックサタンが出てくるか分かんないのに」
「いや、すまん、ア……じゃのうてホワイト殿。すぐに手入れば終わるけん」

 茂が隊員と話していると別の隊員が背後から声を掛けてくる。振り返ってみると金髪碧眼で気の強そうな女性が立っている。長い銃の隊員のコードネームはイエローで、声をかけてきた女性のコードネームはホワイトらしい。少々問題があるコードネームに思えたが、ホワイトは舐めまわすように、値踏みと言わんばかりに茂を観察し、最後に茂に顔を近付けて口を開く。

「ま、ギリギリ合格点ってところね。正義の味方って言うからもう少し堅物かと思ってたけど」
「おいおい、藪から棒になんのつもりだい? ホワイトさんよ」
「何って、今まであんたの顔とか遠目に見てばっかりだったから、たまには近くで見てみたかっただけ。あんた、いつも一人でいるか、あの娘と話してるか、オバサンと話してるから、ろくに顔を見る機会もなかったし。で、あんたの名前は? ストロンガーっていうのは本名じゃないんでしょ?」
「分隊長さんから、あんまり他の隊員に話しかけるなって言われてたんでね。姓は城、名は茂。この姿の時は城茂って呼んでくれ。それより、オバサンってのは分隊長さんのことか?」
「他に誰がいると?」
「いや、確かにあんたや箒さん、あそこの黒髪の娘に比べたら年嵩だが、流石にオバサンって歳じゃないだろ?」
「あら、知らないの? あのオバサン、実は……」

 ホワイトは茂の耳に口を寄せると何かを耳打ちする。すると茂は素っ頓狂な声を上げる。

「何!? あんなナリで光太郎より歳上なのかよ!? そりゃ、俺たちの周りには見た目と年齢が釣り合わねえヤツは沢山いるが、分隊長さんもそのクチだったとはよ」
「コウタロウ?」
「あ、いや、俺の後輩なんだが……」
「南光太郎。11人目の仮面ライダーで19歳の誕生日にゴルゴムによって世紀王ブラックサンに改造された、またの名を仮面ライダーBLACK。まあ今から25年前に壊滅した最後の組織、クライシス帝国との戦いで進化してからは仮面ライダーBLACK RXになっているけど。その南光太郎より私が、何なのかしら?」
「噂をすれば、かよ……」

 茂の背後からホワイトや箒とは別の女性の声が聞こえてくる。ブラウンだ。ただしいつもとは様子が違う。顔はニコニコと笑っているが、発しているのは怒気を通り越して殺気だ。ふと周りに視線を向けると、イエローはおろか茂の周囲にいた筈の隊員がいない。巻き添えはごめんということなのだろう。しかしホワイトだけは殺気など感じていないかのように口を開く。

「何って、聞こえなかったの? オバサンはそのコウタロウって人より歳上だって言ってたのよ。もしかして耳が遠くなり始めちゃった?」
「若いっていいわね、怖い者知らずで。けどその口の悪さもいつまで続くのかしら? 前々から言おうと思ってたけど、あなたいつか痛い目みるわよ?」

(やれやれ、これじゃ箒さんも大変だろうに)

 ブラウンとホワイトのやり取りを聞きながら茂は内心溜息をつく。
 茂や男性隊員は駐屯地の倉庫や格納庫で雑魚寝しているが、箒やブラウン、ホワイト、それにセピアという女性隊員は兵舎の一角に部屋が一つ用意され、そこで寝ている。箒は特に何も言っていなかったが、ブラウンとホワイトは前々から因縁があるのだろう。そんな二人と一緒に過ごすことになった箒とセピアはとんだ災難だ。しかしこのまま行けばブラウンもホワイトもホルスターから銃を抜き、撃ち合いを始めかねない。茂が仲裁に入ろうとするが、運が良いのか悪いのか隊員が一人飛び込んでくる。

「報告します! ブラックサタンが出現したと連絡が!」
「ついに出やがったか!」
「場所は!?」
「それが愛知、静岡、岐阜、山梨の四県、36箇所同時に出現したとの事です! 現在現地の国防軍と警察が迎撃に当たっています! 駐屯地からも岐阜と山梨にはISや機甲部隊を向かわせると!」
「なら私たちは静岡と愛知、二手に別れるわよ! 半分はグレイが指揮を執って城茂と愛知に、残りは私と篠ノ之箒と一緒に静岡よ! イエロー班は愛知、ゴールド班は静岡、残りはヘリに乗り込み次第追ってこちらから指定する! 総員、出撃! って、すでに一人、城茂は出ていったみたいね」
「見た目や性格は違っても、こういう所はどっかの誰かにそっくりね。仮面ライダーっていうのも」
「ブラウン分隊長、私も先行します!」
「ええ、お願い! 私たちもすぐに行くわ!」

 隊員の報告を聞いた途端、ブラウンはホワイトとの睨み合いを中断して指示を出す。その瞬間、隊員はヘルメットを被ってバイザーを下ろし、武器や装備を整えて一斉にヘリポートへと走り出す。ブラウンとホワイトは指示を出す前にカブトローへ走って行った茂を見送り、感心したように呟く。箒もその場で『紅椿』を装着する。

(ブラックサタンめ! また人間狩りかよ!)

 カブトローに跨った茂はスロットルを入れ、出現したブラックサタンに怒りを燃やす。最初にブラックサタンと対決して以来、ブラックサタンは街を襲っては浚った市民に強制労働をさせ、あるいはサタン虫を寄生させて操るといったことを繰り返している。その都度茂や箒、SPIRITS第7分隊が潰して市民を救助しているが、いつ犠牲者が出るとも限らない。やがてカブトローが富士駐屯地から出て爆走し始め、直後にSPIRITS第7分隊ヘリと『紅椿』もまた飛び立っていくのだった。

**********

 時間を少し遡る。
 静岡県浜松市。その街の外れにある避難所の一つ。そこには多数の市民が避難している。建物内では避難していた大勢の市民に囲まれる形で、髑髏のバンダナを頭に巻いた一人のアフリカ系アメリカ人の男性がマイクも使わずに、外にも聞こえてきそうな張りのある声で歌を熱唱している。伴奏もなくただ男性の陽気で、包み込むような優しさを含んだ歌声のみしか聞こえないが、聞いている者は皆静かに、熱心に男性の歌に聞き入っている。やがて歌声が止むと少しの静寂の後、割れんばかりの拍手が避難所内に響き渡る。男性が拍手に両手を上げて応えつつ、その場の物をどけただけの簡易なステージから出ると、別の男性が声をかける。

「ありがとうございます、スパイクさん。こんな時に」
「気にしなくていいって。こんな時だからこそ俺は俺に出来ること、つまり歌うことをやっただけなんだから」

 バンダナを巻いた男性ことスパイクは笑って首を振る。
 ニューヨークのスラム街で生まれ育ったスパイクは、31年前に行われたアポロ・シアターで開催される『アマチュア・ナイト』への出演をきっかけに、プロデビューを果たすに至った歌手だ。その間に『バダン』の侵攻もあり時間はかかったが、現在ではヒット曲を多数持ち、全米はおろか全世界でのツアーも何回か行っており、いわゆるトップシンガーの仲間入りを果たしている。もっとも、スパイク本人にあまり自覚はないが。
 今回も日本ツアーの途中に宣戦布告を聞き、とある理由で他のスタッフを帰国させて日本に留まり、今はこの避難所に身を寄せている。余所者ということもあって気が引けたスパイクだが、その分炊き出しを手伝ったり、即席のコンサートを開いて他の避難者を元気付けたりとやれるだけのことをやっている。スパイクは続けて大柄なアフリカ系アメリカ人男性と、その隣に立つやや小柄な少年に声をかける。男性の方は黒いスーツの上下に帽子を手に持ち、少年の方は長めの髪を後ろで無造作に縛っている。

「どうだい、ガブリエル、チリカ。俺の歌も捨てたもんじゃないだろ?」
「毎回思ってたけどさ、スパイクって普段はクソ中年だけど、本当に歌だけは一級品だよな」
「誰がクソ中年だ! せめてクソ青年って言いやがれ! このチンクシャ!」
「青年ならクソはいいのかよ!? というか、てめえはもう青年って歳じゃねえだろ! 大体俺だってもう少し経てば、ガブリエルまでは行かなくてもスパイクくらいは追い抜いて……!」
「無理だね! お前はどんなに頑張っても、一生チビのままさ!」
「もう! スパイクさん止めて下さい! 他の子たちが怖がっちゃいますよ!」
「うっ……」
「ざまあねえぜ! またスカーレットに怒られてやんの!」
「チリカもいい加減に静かにして!」
「ケッ、口じゃお前には敵わねえよ」

 少年ことチリカがスパイクと言い争いになっている所に、赤い肌に赤い瞳、長い黒髪が特徴的なスカーレットという少女が止めに入ると、スパイクとチリカは大人しく喧嘩を止める。大柄な男性ことガブリエルは黙って見ている。
 ガブリエルはスパイクと同じスラム街出身で古馴染みであったが、ボクサーとしての才能を見込まれ、スパイクがプロデビューするのと時を同じくしてニューヨークを離れ、プロボクサーとしてデビューした。それ以来圧倒的な強さを発揮し、デビュー戦以来無敗のヘビー級チャンピオンとしてボクシング界に君臨していた。現役時代は『沈黙の聖人(サイレント・セイント)』の異名で知られていたが、全盛期真っ只中であった10年前に突如として引退し、スパイクとも連絡が取れなくなっていた。しかし5年前にガブリエルはスパイクの前に姿を現し、その時に連れていたのがチリカとスカーレットであった。
 チリカとスカーレットはいわゆる『ネイティブ・アメリカン』、アメリカ先住民でチリカは『チリカワ・アパッチ』、スカーレットは『ウィシャ・スー』と呼ばれる部族の出身であるとスパイクは聞いている。それ以外の経歴や、ガブリエルとチリカ、スカーレットがどういう経緯で出会い、スパイクの下に来るまでに何があったのかは知らない。ただチリカとスカーレットが憔悴しきっていたことから、かなり過酷な目に遭ったのは確かだろう。
 結局スパイクはガブリエルが自分を訪ねた理由を察してチリカとスカーレットを引き取り、ガブリエルと共に世話をしていた。ちなみにスパイクからはチビ扱いされているチリカだが、それでも同年代の平均身長くらいは普通にある。単に当初の背がスカーレットより低かった上、ガブリエルとスパイクの背が高く、相対的にチリカが小さく見えるだけである。

「しかし、スカーレットも最初に比べて随分と元気になったじゃないか」
「それもガブリエルやチリカ、スパイクさんのお陰ですよ」
「なに、俺はきっかけを作ってやっただけさ。それよりスカーレット、一度聞いておきたかったんだが、本当にIS学園を受験するのか? IS学園って全寮制だから俺はともかく、チリカとガブリエルと3年は離ればなれになっちまうんだぞ?」
「それも覚悟の上ですから。私、どうしても知りたいことがあるし、自分の身を守れるくらいには戦える術も学びたいんです。でも他に方法がなくて……」
「そこまで言うなら、それ以上は聞かねえよ。チリカ、本当にいいのか?」
「いいんだよ、スカーレットが決めたんだから。一度言ったら梃子でも動かねえってスパイクも分かるだろ?」
「そうじゃなくてよ……お前、言わなくてもいいのか?」
「言うって、何を?」
「またまた惚けて。お前、スカーレットのことが好きなんだろ?」
「な、な、なに馬鹿なこと言ってやがる! そんなわけねえだろうが!」
「またまた、照れるな照れるな。まあ、ちょいと背と胸は小さめだが見た目も性格もいいしな」
「チリカ、スパイクさん、どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもねえ」

 スパイクに笑顔で答えるスカーレットだが、何やらスパイクとチリカが小声で話しているのを見ると、首を傾げて尋ねる。するとチリカは何か言おうとするスパイクの向こう脛を蹴り飛ばして黙らせると首を振る。
 当初のスカーレットとチリカはかなり精神的に憔悴しており、チリカも今では考えられないくらいに沈んでいた。それでも一か月も経つと今の調子になったが、深刻だったのがスカーレットだ。最初は表情を変えることもなければ、ろくに会話を交わすこともなく、まるで人形のようであった。チリカが戻った後もそのままであったが、ある時スパイクの歌に僅かに反応したことに気付いたチリカとガブリエルの提案で、毎日スパイクはスカーレットの前で歌うようにした。最初はチリカが見ても分かるか分からないか、くらいの小さな反応しか示さなかったスカーレットだが、何回も繰り返す内に反応が大きくなり、ある日スパイクの歌に合わせて歌うようになった。
 そこからは加速度的に元気を取り戻していき、半年後にはすっかり調子を取り戻していた。今では世話になってばかりで悪いからとスパイクの身の回りの世話もしている。と言ってもスパイクがチリカと精神年齢が然程変わらないためか、むしろチリカとスパイクの保護者役、ストッパーになっているが。
 そんなスカーレットがIS学園へ入学したい、とスパイクに切り出したのは半年前であった。前々からチリカやガブリエルには打ち明けていたらしいが、簡易IS適性検査の結果がAであったことから、いよいよ決意を固めたらしい。当初のスパイクは明確に反対こそしなかったものの、アメリカ軍への入隊を勧めた。IS学園は日本にあるし、入学試験の倍率も高い。仮に入学してもアメリカのIS操縦者となれるとは限らない。ならばチリカやガブリエルもいるアメリカがいいと考えたからだ。しかしスカーレットはアメリカ軍に入隊できないと言ってきた。理由は分からない。しかしスカーレットが嘘や誇張、根拠のない妄言を言う人間ではないとスパイクも承知している。相当な事情があると察し、それ以上は反対しなかった。
 今回のツアーは勉強に集中して貰うつもりで、同行させる気はなかったがスカーレットに押し切られた。そしてツアーの手伝いをしながら、僅かな時間を縫って勉強するという無理をしたスカーレットが倒れ、病院に担ぎ込まれたのがスパイクたちがこの避難所に転がりこむことになった原因である。幸いすぐスカーレットは退院できたものの、その頃にはアメリカに帰る手段はなくなっていた。その点についてスカーレットに謝られたが、スパイクは特に気にしていない。
 ただ、チリカが本当にそれでいいのか気になる。どうもチリカは内心スカーレットに想いを寄せているようなのだが、なかなか口に出さない。特にスカーレットの前では悪ぶって素振りすら見せない。最初はこの年頃の男子特有の照れ隠しかと思ったスパイクだが、それだけではないようだ。そんなことを考えていたスパイクだが、爆発音と鈍い衝撃が避難所内に響き渡ると避難所内がざわめく。

「まさか、ブラックサタンが動き出しやがったのか!? おいチリカ、お前はスカーレットの傍に……ってあいつ、こんな時に限ってどこいきやがったんだ!? 折角スカーレットに良いとこ見せられるチャンスだってのに!」
「多分、外に様子を見に行ったんだと思います」

 スパイクはブラックサタンが出現したと悟りチリカを促そうとするが、ふと見るとチリカの姿が見えない。スカーレットが苦笑しながら答えると、スパイクは頭を抱える。しばらくするとガブリエルに肩を叩かれて顔を上げると、チリカが外から戻ってスパイクの下にやってくる。頭に一発入れようとするスパイクにチリカは静かにするようジェスチャーをし、耳元で囁く。

「ビンゴだ。街中にブラックサタンが出てるみたいだ。今軍と警察が交戦してるみたいだけど、爆発がこっちに近付いてやがる」
「つまり押し込まれてるってわけか……クソ! 数が足りねえんだ! バダンにゴルゴム、クライシスまで同時に出てるってのに、日本だけで守りきれるわけがねえんだ」
「けどよ、アメリカ軍とかもいるんだろ?」
「確かにいるさ。けどアメリカだっていつ自分たちが攻撃されるか分からねえ。自分の国を守るのに精一杯で、これ以上援軍は送れねえだろうよ。情けねえぜ、人間ってのは怪物相手にはこんなに無力だってのか?」

 スパイクとチリカは声を潜めて話し出すが、ガブリエルが二人の肩を叩き、スカーレットやその周囲にいる子供を示す。スカーレットはそうでもないが、子供の目は明らかに不安や怯えの色を浮かべている。無理もない。大人ですら不安や恐怖を感じているのだから。スパイクはチリカとの話を打ち切って思案する。こんな時にはどうすればいいか。スパイクの歌も無力だろう。だが、もう一つだけ出来ることがあると思い至る。スパイクが目くばせするとガブリエルはどこかへと走っていき、スパイクが子供たちに向かって声をかける。

「そこのボーイズ&ガールズ、何を怖がっているんだい? 大丈夫さ! 俺たちには心強い味方がついているんだからな!」
「おいスパイク、まさかこんな時に『仮面ライダー』の話をする気かよ!?」
「馬鹿、こんな時だからこそだろうが! まあ見てなって、ガブリエルも戻って来たしよ」

 チリカが文句を言うが、ガブリエルが木の板を持って来たのを見るとスパイクを遮る。スパイクとガブリエルは子供たちの前に出て話し始める。

「さてさて、ボーイズ&ガールズ! これから俺が最高にカッコイイ、それこそコミックから飛び出たんじゃないかってくらいイカしたヒーローの話をしてやるぜ! その名は仮面ライダーだ! みんなは仮面ライダーを知ってるか!?」

 スパイクの問いかけに大人からは手が挙がるが子供からは挙がらない。バダンの壊滅からから30年、クライシス帝国の崩壊から25年も経過すると、知らない人間の方が多いだろう。仮に知っていても都市伝説扱いであることも少なくない。しかしスパイクは構わずに話を続ける。

「そうか、みんな知らないか。だったら今日はラッキーだぜ! 俺から話を聞けるんだからさ! 仮面ライダーってのは悪党が出てくるとバイクに乗って、どこからともなくやってくる! 敵は吸血鬼(ヴァンパイア)に食屍鬼(グール)と怪物揃い! 人を次から次に襲う、とんでもねえクソ野郎ばっかだ! しかしそこで一発……チリカ」
「仕方ねえな……ガブリエル、俺には打つなよ?」

 スパイクが小声で促すと、チリカは板を持ってガブリエルの前に立つ。するとガブリエルは軽くジャブを放って木板をあっさりと粉砕し、どよめきが上がる。

「……ライダーパンチ。岩をも砕く鉄拳でぶっとばす。そしてトドメのライダーキックで怪物共はイチコロってわけさ。それで、もっと話を聞きたいヤツはいるか?」

 続けてスパイクが飛び蹴りを放つ真似をしてみせて話を締める。すると子供たちは興味を持ったのか目を輝かせ、続々と手を上げる。それを見たスパイクは子供たちの期待に応えるようにガブリエルを助手にし、仮面ライダーについてさらに話し始める。
 一方のチリカはスカーレットと共にそれを眺めていたが、やがてチリカの方から口を開く。

「仮面ライダー、ねえ。どこからともなくやって来て、悪を倒すとどこかへ去っていく仮面の男。しかも無償で戦うって話だろ? スカーレット、スパイクが言うような酔狂なヤツがこの世にいると思うか?」
「チリカは、信じてないの?」
「そんな都合のいいヤツがいたら、俺たちの旅は最初から必要なかっただろ? それより、スカーレットはどう思ってるんだ?」
「私は……分からない、かな。もしかしたら仮面ライダーは都市伝説なのかもしれない。けど、スパイクさんとガブリエルにとってはただの都市伝説じゃないと思うの。あの二人の中で仮面ライダーは実在していて、現実として根を下ろしている。だから、ひょっとしたら仮面ライダーは本当にいるのかもしれない。私から言えるのは、スパイクさんが仮面ライダーから希望と勇気、『光』を貰ったのは紛れもない事実ってことだけかな」

 スカーレットが静かに答えた直後、避難所の扉が乱暴に開かれ、黒ずくめの男が多数乱入してくる。その手にはナイフや棍棒が握られている。最初は訳が分からないと言いたげな表情をしていた避難者だが、無理矢理手近な人間を捕まえて外に出しているのを見るや、誰かが叫ぶ。

「ブ、ブラックサタンだ!」

 叫びと同時に避難所内は阿鼻叫喚の地獄と化す。助けを求める悲鳴、恐怖のあまり泣き叫ぶ声、必死に抵抗しようとする者の罵声、逃げようとする者の絶望の籠った諦めの声、パニックになった者の声にならない声。それらが避難所内を包み、ブラックサタン戦闘員は片っ端から避難者を捕まえては、無慈悲に外へと運び出して行く。

「クソ! あいつら! スカーレット! お前はチリカと子供と一緒にここにいろ! 俺が片付けてくる!」
「スパイクさん! ガブリエル!」

 最初は混乱していたスパイクだが、すぐに気を取り直してブラックサタン戦闘員へと突っ込んでいき、ガブリエルも黙ってそれに続く。チリカもブラックサタン戦闘員に突撃しようとするがスカーレットに止められる。

「駄目よ! 武器もないのにブラックサタンの相手をするなんて!」
「安心しろ、武器ならここにあるぜ!」
「ナイフ!? どうしてそんなものが!?」
「昨日あいつらの死体からぶんどっておいたんだよ! スカーレット、お前はガキどもを落ち着かせとけ! すぐに片付けてくる!」
「チリカ!」

 チリカは懐からナイフを取り出して見せるとブラックサタン戦闘員へ飛びかかる。右手に持ったナイフで一番手近なブラックサタン戦闘員の首を掻き斬り、着地と同時に別のブラックサタン戦闘員へと挑みかかる。

「おらおら! アパッチ舐めんじゃねえぞ!」
「そうだガブリエル! 『沈黙の聖人』の強さと恐ろしさを、ブラックサタンのクソッタレ共に教えてやれ!」

 スパイクもブラックサタン戦闘員の殴り飛ばし、棍棒を奪うと片っ端から殴り飛ばして行く。ガブリエルはステップやスウェー、ダッキングを駆使して巧みにブラックサタン戦闘員の攻撃を回避し、次々とパンチを浴びせてブラックサタン戦闘員を蹴散らしていく。しかしブラックサタン戦闘員の数が減る気配はない。スパイクやチリカ、ガブリエルの奮戦も虚しく、人々は次々とブラックサタン戦闘員によって外へ運ばれる一方だ。

「クソ! これじゃキリがねえ!」
「弱音吐くんじゃねえ! こんなの、あの時の苦しさに比べたら……!」

 チリカの叫びにスパイクが怒鳴り返した直後、避難所の天井がぶち破られ、球状の物体がガブリエルの前に落下する。咄嗟にバックステップで回避したガブリエルは、油断なく両拳を顔の前に置いて構える。すると球体が形を変えてアルマジロを模した怪人の姿に変わる。しかしガブリエルは億さずに怪人の懐まで踏み込み、腕が消えて見えなくなるほどの速さで左ジャブを放つ。

「無駄な足掻きを!」
「!?」
「ガブリエルのパンチが!?」
「弾かれた!?」

 しかしガブリエルのジャブは怪人に当たった瞬間に弾かれる。ガブリエルは一瞬驚いたような顔をするがすぐ持ち直し、フットワークを駆使して間合いに入るや猛然とパンチのラッシュを仕掛ける。しかしパンチを何発受けても怪人は全く堪えた様子を見せず、逆に怪人の一撃を受けるとガブリエルが大きく吹き飛ばされる。辛うじて踏みとどまったガブリエルに怪人は身体を丸めて体当たりを仕掛け、まともに受けたガブリエルは避難所の壁に叩きつけられて意識を失う。

「ガブリエル!? この野郎!」

 怒り狂ったチリカがナイフを手に怪人に挑みかかるが、背にナイフを突き立てようとした瞬間にナイフが折れ飛び、振り向いた怪人はアッパーカットの一撃でチリカを昏倒させる。さらにスパイクへ突進してタックルをかまして意識を飛ばす。一連の流れを見ていたスカーレットや避難者の表情に絶望の色が浮かんだのを確認すると、怪人は指示を出す。

「さあ、続けて連れて行け!」

 抵抗する気など起きなかった。
 気絶したスパイク、チリカ、ガブリエルも含めた避難者は全員トラックへと乗せられ、どこかへ移送されていくのであった。

**********

 スパイクたちがブラックサタンの奇襲を受けた頃。浜松市内では国防軍の部隊と選抜警官隊がブラックサタンと市街戦を繰り広げていた。ビルとビルの間では国防軍の歩兵部隊が支援攻撃を受けつつ、ブラックサタンの集団を切り崩しにかかる。ブラックサタンもマシンガンを持ったブラックサタン戦闘員が撃ち返し、バズーカを持ったブラックサタン戦闘員が攻撃してくると歩兵部隊は身を隠し反撃の機会を窺う。その繰り返しだ。
 現在は一進一退の攻防を繰り広げており、国防軍側も負傷者が少なからず出ている。それでも国防軍は粘り強く防衛線を組んでブラックサタンの侵攻を食い止める。ここを通せば市民に危害が及ぶ。兵士の一人がアサルトライフルで数体ブラックサタン戦闘員を撃ち倒し、周囲の味方の支援を受けつつマガジンを交換しつつ悪態をつく。

「クソッタレが! まるでゴキブリみたいに湧いてきやがって!」
「桜井さん! そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
「月村! 2時方向からブラックサタン! 頭を下げろ!」

 悪態をつく先輩の桜井に横でアサルトライフルを撃っていた月村明が叫ぶが、続く班長の声を聞いて頭を下げる。2時方向からマシンガンの弾が飛んでくる。新手のようだ。無線からは怒号のような指示と、支援要請や状況報告の声が飛び交い、それをかき消すように銃撃音が響き渡り、班長からの指示が明たちに飛ぶ。

(援軍は……すぐには来ないだろうな。どこも一緒で手一杯だ)

 明はどこか冷静に考えながらも身体は敵の迎撃に動き出す。
 宣戦布告から一週間。アメリカを始めとする各国も明日は我が身、自国への侵攻に備えるのに精一杯で、在日米軍が日本防衛のために残ったのを除けば、日本の救援にやってきたのは国際IS委員会竝インターポール指揮下の対怪人迎撃部隊、つまりSPIRITSだけである。その上ISを含む国防軍の戦力は激戦が予想されるドグマとジンドグマが出現した関東、バダンが活動している東北、ゴルゴムとクライシス帝国が侵攻を開始した北海道へ重点的に振り分けているので、各地域とも特にISが不足している。それでも東海や九州、沖縄はISが数機ずつ配備されているのでまだいい。中には1機もISが配備されていない地域もあるのだから。
 明の聞いた話では、国際IS委員会からの特例措置として日本へのISコア貸与が行われたほか、研究用のコアも含めて根こそぎコアをかき集めて頭数を揃えたらしい。噂ではIS学園からも数機、『打鉄』の貸与すら行われたとの話もある。本来ならば問題もいいところだが、裏を返せば日本は勿論、世界各国が切羽詰まっているということだ。
 明はマガジンの弾が切れたことを確認する。周囲に援護を任せて再装填を済ませ、アサルトライフルを構えて銃撃を再開する。弾が数発頭上や横を掠めるが、構わずにトリガーを引き続ける。突然、2時方向からこちらに攻撃を仕掛けていたブラックサタン戦闘員の一団が、上空から放たれた熱線で根こそぎ焼き払われる。一瞬そちらに気が向きかける明だが、すぐに持ち直す。直後に熱線が放たれた方向から一つの影が急降下し、レーザーを連射してブラックサタン戦闘員を蹴散らし始める。紅いISだ。長い黒髪の少女が紅いISを纏い、ブラックサタン戦闘員を掃討しているのだ。加速度的にブラックサタン戦闘員の数が減っていく最中、ISの操縦者から通信が入る。

『こちら対怪人迎撃部隊「SPIRITS」第7分隊所属、篠ノ之箒! ここは私が引き受けますので、あなた方は後退して下さい!』
『協力、感謝する! 各隊、ブリーフィング通りB3ポイントに集結! 補給と再編成後にブラックサタンの掃討を再開する!』

「聞いたな? 移動するぞ!」

 班長の命令である程度銃撃を加えた後、明たちの部隊は箒に任せて移動を開始する。明は移動しながら時折箒の方を見やるが、箒は苦戦するところかブラックサタン戦闘員を軽々と片付けて別の地点へ飛び立っていく。順調に移動していた部隊だが、横合いからの銃撃を受けて進軍を一旦停止し、防衛布陣を敷いてブラックサタン戦闘員を迎撃しようとする。だが今度は上空にヘリが飛来すると、黒いプロテクターを装着した兵士がラベリング降下を開始し、即座に展開を完了するとブラックサタン戦闘員を手早く掃討し始める。

「今度はSPIRITSか。精鋭揃いとは聞いていたが、俺たちとはレベルが違い過ぎるぜ」

 その光景を見ていた桜井がポツリと呟く。
 実際に入隊して比較的日が浅い明の目から見ても、進軍速度から銃を構えて発砲するまでの時間、射撃の精度、ポジショニングの的確さ、クリアリングの早さ、一挙一動足に至るまで自分たちとはレベルが違う。明が知る限り、彼ら以上に機敏かつ的確に動ける兵士は殆どいない。しかも部隊としても連携や統率が取れており、もうブラックサタン戦闘員の一団を負傷者すら出さず壊滅させ、すぐに別の獲物を求めて走り出している。ここまで来ると頼もしいを通り越し、血に飢えた狼の集団にも思えて恐ろしさすら感じる。
 明たちは足を止めずに指定されたポイントに到着する。補給と負傷者の収容を終えたら再出撃だ。しかしその頃には浜松のブラックサタンは箒に蹴散らされ、SPIRITS第7分隊に殲滅され、明が交戦を開始した時には、明たちの部隊が対峙しているブラックサタン戦闘員の一団が最後の敵となっていた。案の定、獲物を見つけたSPIRITS第7分隊が殺到し、ある敵は狙撃で撃ち抜かれ、ある敵は大型ショットガンでミンチにされ、またある者は拳銃の曲撃ちで撃ち抜かれていき、明がアサルトライフルの引き金を引く前にブラックサタンの殲滅に成功する。
 SPIRITS第7分隊は油断せずに周囲を警戒し、国防軍部隊や選抜警官隊もしばらく待機して新たな敵の出現に備える。やがて司令部から敵の全滅を確認したと連絡を受けると、ようやく警戒を解いて集合場所への移動を開始する。SPIRITS第7分隊の隊長がこちらの部隊指揮官と会話を交わした後に互いに敬礼し、SPIRITS第7分隊はその場を去っていく。桜井が感心したように呟く。

「敵を倒した後は別の獲物を求めて去っていく。国際IS委員会も滅茶苦茶優秀な猟犬を抱えたもんだ」
「桜井さん、まだ作戦中です。私語は慎んだ方が……」
「おっといけね、また班長にどやされちまう」

 明が注意すると桜井はようやく口をつぐむ。桜井は腕も良く勤務態度も悪くないのだが、作戦中であろうと私語がやや多く、班長から耳にタコが出来そうなくらい注意されている。今回もそうなるだろうと考えていた明だが、班長の様子が違う。班長は桜井に背中を向けたまま静かに口を開く。

「桜井、本当にそう思うか?」
「は? いや……」
「今はいい。答えろ」
「はい、自分はそう思います」
「そうか……」
「失礼します。班長殿は彼らが頼りにならないと?」
「いや、そうではない。彼等は確かに精鋭だ。だが俺は彼らが頼りになるというより、不気味さや恐怖すら感じたよ」
「不気味さや恐怖を、でありますか?」
「ああ。思い出してみろ、彼らは戦闘中、身を隠そうとしていたか? クリアリングの時に遮蔽物を利用していたか? そもそも敵の攻撃に当たらないようにと考えていたか?」

 そこで明はSPIRITS第7分隊の戦いぶりについて思い出す。確かに銃撃戦の時も、行軍中も身を隠そうとしなかった。身を隠す必要が無いだけだと思っていたが、班長の見解はそうでないようだ。

「お言葉ですが班長、流石に穿ち過ぎではないかと自分は考えます」
「……そうだな。すまん、忘れてくれ」

 桜井の言葉を聞いた班長は少し思案した後に会話を打ち切り、部隊は集合場所に到着する。しばらく待機を命令され、明たちは装備の補充や給水を受ける。すでにSPIRITS第7分隊も到着しており、指揮官らしき栗毛色の髪をした女性とこちら側の指揮官と話している。その横で少女が白い制服を着て佇んでいる。少女の雰囲気からは些かの弛みも感じられない。もっとも、これはSPIRITS第7分隊全体にいえるが。
 聞こえてくる通信を聞く限り、愛知や岐阜、山梨に出現したブラックサタンの鎮圧も完了したようだ。特に愛知はSPIRITS第7分隊のもう半分と仮面ライダーの奮闘で早く掃討が終わったそうだ。桜井も聞いていたのか遠くを見てぼやき始める。

「しかし、彼女といい仮面ライダーといい、ウチの偉そうにしてるIS乗りよりずっと役に立つんじゃないか? あれじゃ穀潰しどころか、労働基準法違反レベルだぜ?」
「確かに彼女や仮面ライダーの働きは凄いと思いますけど、こちらのIS部隊も機甲部隊や他の兵科と協力し、岐阜と山梨のブラックサタンを鎮圧したんですから、決して穀潰しではないと思うんですが」
「相変わらずあいつらの肩を持つんだな、月村。やっぱり幼馴染みがIS操縦者だと同情しちまうってか?」
「それは関係ありませんよ! ただ、兵科は違っても今は非常時ですし、もう少し我々も向こう側と歩み寄った方がいいかと思っただけで」
「青いな、月村。人間関係ってのは溝を作るのは簡単だが、そいつを修復するのは難しい。10年って期間は人が一生かけても修復できないくらい深い溝を作るには十分すぎる長さなのさ」

 ぼやきに食ってかかる明に桜井は首をすくめて見せる。間もなく班長が点呼の上で休息を取るように言い、明と桜井も銃の点検をしつつ休息に入る。
 桜井の言う通り、明の幼馴染みはIS学園を卒業した後に国防軍のIS操縦者をしている。IS学園に入ってからは彼女とも疎遠になっていたが、訓練を終えた明が富士駐屯地に配属され、宣戦布告後に彼女が富士駐屯地へ配属となってからは久しぶりに話す機会があった。それを桜井に見られてからしょっちゅう言及されるし、先輩の中には明に嫌味を言ったり、彼女と話さないようにと忠告する者もいる。というより大半の隊員からは彼女と話すたび、白い目で見られる。
 その理由は明も承知している。『白騎士事件』をきっかけにISが軍に配備されて以来、IS操縦者は他の兵科を見下し、他の兵科はIS操縦者を妬み、嫌う。加えて『ラディカル・フェミニズム』の論客、レベッカ・ランバートが提唱した女尊男卑の思想が世界中を席巻したことで、男尊女卑が一変して女尊男卑の傾向が社会全体に広がっていた。その煽りを最も受けたのが軍隊だ。他の組織や社会と違い、軍では男と女の間にISを動かせるか否か、という絶対的な差が存在した。それまで男社会の傾向が特に強かった軍隊で、この差はあまりに衝撃的であった。女は復讐するかのように男を見下し始め、男はかつての地位を取り戻そうと女を憎悪する。それは時が経っても解消するどころか、逆に悪化しつつあるようだ。
 勿論現状を憂いている者は、明以外にもIS側、他の兵科側双方にいるがごく少数だ。大半の者は融和を目指す者を裏切り者として白眼視する傾向にあるのが現状だ。非常事態にも関わらず対立構造が残っているのは、日本における旧帝国陸軍と旧帝国海軍、イギリスにおけるSASとSBSのように最早宿命なのだろうか。内心嘆きを漏らしつつ装備の点検を終えた明の下に、班長がやってくる。

「新たな任務だ! この街の避難所のいくつかから避難した市民が拉致されたらしい! これから調査に行くぞ!」

 班長の口から出た非常事態にそれまでの嘆きなど即座に消し飛び、明と桜井たちは立ち上がるのだった。

**********

 岐阜県と滋賀県の県境にある『伊吹山地』。『伊吹山』を中心とするこの山地は、古代において『東山道』から畿内を防衛するのに重要な地として『不破関』が設置された。古代では大海人皇子と大友皇子による壬申の乱で戦場となり、戦国時代には伊吹山の麓にあたる『関ヶ原』で徳川家康と石田三成が中心となった東軍、西軍による関ヶ原の戦いが勃発するなど、地理的要衝故に激戦が繰り広げられた。
 その一方で伊吹山や不破関は和歌や詩の題材としてよく使われ、伊吹山は薬草を始めとする植生が豊かであることで知られる。そんな山地をSPIRITS第7分隊の兵士たちと共に、刀を差して歩けるようにブラウンが用意・改造したガンベルトに刀を差した箒が歩いている。
 箒たちが静岡のブラックサタンを一掃した後、最後に掃討を終えた浜松市では何か所かの避難所が襲撃され、避難していた市民がブラックサタンによって連れ去られたことが発覚した。目撃情報や衛星その他のデータから、連れ去られた市民は伊吹山の麓にある、かつてバダンニウムの試掘に使われた採掘場跡に連れて行かれたことが判明した。そこで茂たちと関ケ原町で合流した後に部隊を再編成し、二手に別れて現場へと向かうことになった。
 山間に拠点があることや防空網に引っ掛かる可能性を考慮し、山道を通って徒歩で現場まで向かっている。箒のISも使えないし、茂のカブトローを使おうにも道が悪過ぎる。故に茂と箒も二手に別れて歩いて山道を進んでいる。

「まったく、こんな山道いつまで歩き続けるんだか」
「ホワイト殿、そぎゃんこつ言っちょるとブラックサタンば俺っがらんこつ聞きつけよる。少しは箒殿ば見習って静かにするたい」
「ホウキ、あんたは大丈夫なの?」
「私は大丈夫です。昔は父に付き合って山道を歩いていたこともありましたから」

 ホワイトが小声で愚痴を言うのをイエローが宥め、ホワイトが箒に水を向けるが箒は首を振って見せる。ブラウンによると今回の作戦では要となるスナイパー、イエローとゴールドの二人の護衛として箒と茂が付くようになっている。そのため茂と箒は今回も別行動だ。
 当初は性格や経歴からイエローと上手くやれるか不安な箒であったが、同じ日本人ということもあってフレンドリーに接してくれている上、ホワイトも一緒であることから問題は起きていない。しばらく三人とも無言で山道を進んでいたが、いきなりイエローが立ち止まって手で制する。同時に他の隊員もその場で停止する。こちらの部隊を率いているブラウンがイエローや他の狙撃手と手信号を交わすと、狙撃手と観測手、それに護衛役の3人一組に別れて散開し、ブラウンはイエローとホワイト、それに箒と共に歩き出す。少し歩くと突如としてそれまで眼前にあった森が消え、代わりにすり鉢の状の窪地が箒の眼下に現れる。
 バダンニウムの採掘場跡だ。箒のいる丁度反対側の崖下に坑道の入り口がある。周辺はブラックサタン戦闘員が銃やナイフなどを持って警戒している。ブラウンが一度バイザーを上げて双眼鏡を覗き、周囲の状況を確認するとイエローに手信号を出す。イエローは頷いてホワイトと箒を連れて移動する。そして窪地を一望出来るポイントに到着すると、イエローは長銃身のライフルを呼び出して立て膝となり、ヘルメットを脱いで素顔を晒す。

「あの、イエローさん、ヘルメットを外してはパワーアシスト機能が発揮出来ないのでは?」
「俺っがスーツは特別製じゃ。狙撃手のスーツは狙撃ん時ヘルメットが邪魔にならんよう、ヘルメット無しでもパワーアシスト出来る造りになっとるけん。その分少々重いがの」

 箒の質問に答えながらイエローは手袋を外し、指に唾をつけて風向きと風速を確認し、一度スコープを覗いてレティクルを微調整するとライフルを下ろして両眼を凝らし、眼下に広がる敵全体を見据える。

「いつも思うんだけど、よくそんなやり方で狙撃出来るわね」
「ワシにはこん目があれば十分撃てるけん。他のヤツはデータやスコープば頼り過ぎじゃ。風の向きも速さも湿度も一々細かく計らんでも、肌触りで分かる。的との距離も見ゆる目があれば計れる。それだけじゃ」

 大雑把な調整しかしないイエローにホワイトは突っ込みを入れるが、イエローは事もなげに答えて敵を見据えている。狙撃するときは重力による弾丸の下降や気圧、湿度、風向きと風速などを計算し、照準も予め調整しておくものだと箒も知っている。しかしイエローがやったのは照準の調整くらいだ。内心不安になる箒であるが、すぐに抑えてブラウンからの指示が出るまで敵の襲撃に備え、周囲を警戒しつつ刀の柄に右手を添える。
 茂もゴールドとレッドという隊員と共に狙撃ポイントに到着する。すでに茂たちを率いていたグレイは姿を消し、ブラウンと合流するらしい。ブラウンの指示が出る前にゴールドもヘルメットを外し、IS用アサルトライフルを狙撃用に改造したらしい銃を呼び出す。同時に晒された素顔を見て茂が口を開く。

「あんた、その右目で大丈夫なのか?」
「こいつは眼帯型のハイパーセンサーでな。少々見え過ぎるのが問題だが、このくらいの距離ならば問題ないし、俺の役目はあいつらを全滅させることじゃない」

 ゴールドの右目は黒い眼帯に覆われている。歳は初老に入るか入らないかくらいだろうか。鼻の下や顎に髭を生やしており、雰囲気からして歴戦の古兵としての貫録を醸し出している。茂の懸念にゴールドはさばさばと答えつつ、風向きや風速を計算する。数回スコープを覗いて照準を調整し終えると伏せてライフルを構え、スコープを右目で覗いてレティクルを調整し、一度スコープから目を離した後に再びスコープを覗き、静止する。その横ではレッドが双眼鏡も使わず眼下のブラックサタンを観察している。

「レッド、だったな。そんな距離から見えるのか?」
「サバンナで狩りをするアフリカの先住民、平原でバッファローを狩り続けてきたネイティブ・アメリカン……広大な平原で狩猟や採集を生業としていた彼らの視力は、俺たちとは比べ物にならん。何十、何百と世代を重ね、長い年月をかけて狩りに適応してきた者たちだ。高々数世代狩りをしなくなったからと言って、すぐにその力が無くなるものではない。ましてや、何かきっかけがあれば先祖返りを起こす者ならばなおさら、な」

 続けて尋ねる茂にレッドは答えず、代わりにゴールドがライフルを構えたまま質問に答える。実際に2mは優にあろう身長にがっしりとした体格を持ち、野獣を思わせる軽い身のこなしをするレッドは、そう言われれば納得してしまいそうな雰囲気を漂わせている。もっとも、非常に無口かつ無愛想な性格らしく、茂はレッドの素顔を見ていないし、声も聞いていないのだが。茂は敵襲に備えて周囲を警戒し、指示を待つ。

『総員、狙撃用意』

 ブラウンの静かな声が通信機越しに聞こえてくると、イエローはライフルを構えてスコープを覗き、ゴールドを含む他のスナイパーたちも引き金に指をかけて狙撃体勢に入る。

『撃て!』

 ブラウンの声が響き渡った瞬間、スナイパー達が一斉に引き金を引いてライフルが火を吹き、ブラックサタン戦闘員がバタバタと倒れていく。最初は何事かと立ちつくしていたブラックサタン戦闘員だが、敵からの攻撃だと気付くや増援を呼び、物陰に隠れて銃撃をやり過ごそうとする。しかし第2射も次々とブラックサタン戦闘員を撃ち抜いていく。

「敵襲だ! 敵の数は不明! 現在こちらは狙撃を受けている!」
「狙撃部隊、出撃! 向こうからの狙撃を阻止するんだ!」

 直後に坑道の入り口からワラワラとブラックサタン戦闘員が湧いて出て、狙撃してきた方向に銃撃やバズーカを撃ち込みつつ、スナイパーライフルを持ったブラックサタン戦闘員が崖をよじ登り、SPIRITS側の狙撃手を迎撃しようとする。それを悉く狙撃して叩き落とすSPIRITS側のスナイパーだが、ブラックサタン戦闘員は仲間の死体を踏みつつ崖の上に到達する。狙撃を続けつつ見ていたイエローとゴールドはようやくスコープから目を離す。

「いっぺこっぺ炙り出されたごたるな。行くか」
「これで第一段階は完了、だな。行くぞ」

 イエローとゴールドは同時にライフルを量子化し、ヘルメットを被って立ち上がり、護衛役と共に窪地の東西にある二つの高台を目指して走り出す。
 今回の作戦はまず狙撃でブラックサタンをすり鉢状のこの地へ誘い出し、崖上から狙撃して数を減らす。続けて敵が崖上に登ってきた時に第二段階へ移行する。第二段階はイエローとゴールド以外の狙撃手が移動しながら崖下への狙撃を続行し、イエローとゴールドは東西の切り立った高台を制圧、狙撃手を狙う敵を狙撃する。いわばイエローとゴールド以外の狙撃手と護衛役は、ブラックサタンを誘い出すための『餌』だ。特に高台は狙撃手を狙う者にとって『急所』であり、あそこを制圧した方がこの戦場を制する、と作戦開始前に茂と箒も説明を受けている。
 箒も脚部のみ部分展開してイエローに追いすがるが、スーツのパワーアシスト機能があるとはいえ、イエローは部分展開した箒ですら追い付くのがやっとの速さで東の高台に続く山道を駆け昇っていく。箒もイエローを見失わないように気をつけつつ、口から一定の拍子で鋭い呼気を漏らしながら続く。

「ちょっと待ちなさいって! イエローはともかく、IS使ってるとはいえホウキも速過ぎじゃない!? そんな重い物ぶら下げてるってのに、山猫か何か!?」

 箒の背後かホワイトの声が響いてくると箒は振り返る。イエローや箒と違って急な山道を歩くのは慣れていないのか、ホワイトの速度は箒やイエローに比べて遅い。それでも息を切らさずについてこれるのは流石と言うべきだろうか。イエローは急な斜面をピョンピョンと跳んで登っていく。

「あの、手伝いましょうか?」
「遠慮しておくわ。それより、イエローのフォローをお願い! 私もすぐに追いつくから!」

 見かねた箒の提案をホワイトが断ると、箒も足に力を込めて大地を蹴って跳躍し、イエローと同じように斜面を登っていく。箒の息が徐々に乱れて来た頃、イエローが高台の頂上に到着し、ライフルを呼び出して構える。直後に箒も到着してイエローの周囲を警戒する。

「これで第二段階も成功ですね」
「いや、まだじゃ。確かに俺は奪えたごたるが、ゴールドは間に合わんかったらしか」
「え?」

 箒が一先ず安堵して呟くがイエローはヘルメットを置いて首を振り、西の高台を睨む。箒が頭部を部分展開しハイパーセンサーを起動させると、西の高台には狙撃銃を持ったブラックサタン戦闘員が数体いる。高台の重要性を認識していたらしい。即座に箒は『紅椿』を展開しようとするが、イエローは手で制し、即座にライフルを構えて西の高台めがけて発射し、ブラックサタン戦闘員を撃ち抜く。向こうも狙撃銃を構えるが、イエローは即座に排莢して間髪入れずに2射目を放ち、もう一体ブラックサタン戦闘員を狙撃する。ブラックサタン戦闘員が照準調整を終えて撃ち返してくるが、弾丸は排莢して構えるイエローや身を伏せた箒には当たらず、ブラックサタン戦闘員が再調整をしている隙にイエローは3射目を放って排莢する。

(凄い、ボルトアクションなのにあんなに早く、しかも正確に撃てるなんて……)

「箒さん! 向こうより後を頼む! ヤツら、こっちにも来るけん!」

 ボルトアクション方式のライフルは信頼性に優れ精度は良いが、連射速度に劣る上に排莢の際に引き金から手を離し、照準と目標がズレてしまう欠点がある。それをイエローは類い稀なる技量で補い、驚異的な速度で撃ち合いを演じているのだ。銃に関しては素人同然の箒でも感心してしまうほどだが、イエローが声を張り上げるとすぐにイエローの背後につく。するとこちらにもブラックサタン戦闘員が到着してきたらしく、手にナイフや棍棒を持ったブラックサタン戦闘員が高台までよじ登り、一斉にイエローめがけて飛びかかる。

「遅い!」

 しかし箒は瞬く間に踏み込んで間合いに入り、抜き打ちで先頭のブラックサタン戦闘員を斬り捨て、返す刀で残りのブラックサタン戦闘員をも斬り伏せる。締めに斬られたブラックサタン戦闘員を蹴落とし、まとめてブラックサタン戦闘員を処理する。イエローは一度弾丸を装填して再び構え直し、箒に尋ねる。

「箒さん、ぬしも居合ば使うか?」
「ええ、多少は。どうかされましたか?」
「ああ、いや、なんでも無か」

(私『も』、か……)

 一瞬イエローが複雑な表情を浮かべたのを見逃さなかった箒だが、それ以上追及しない。人に言えない事情があるのだろう。そこまで考えていた箒だが、背後や下から弾丸が飛んでくると身を伏せて思考を中断する。向こうの高台やこちらの高台下にブラックサタン戦闘員が集結しているようだ。イエローも撃ち返す頻度が減っていき、箒は迂闊に頭を上げることが出来ない。その隙にまたしてもブラックサタン戦闘員が高台によじ登る。今度はマシンガンを持っている。箒は舌打ちしつつ立ち上がり、刀を抜き放つが、ブラックサタン戦闘員は構わずにイエローに狙いを定め、マシンガンの引き金を引こうとする。

「ニャー」

 しかし下から放たれたマシンガンでブラックサタン戦闘員が蜂の巣にされる。直後にマシンガンを片手に持ったホワイトがよじ登ってくる。下を見るとブラックサタン戦闘員が全員倒れている。ホワイトが片付けたようだ。

「子猫と思って甘く見るからこうなるニャー。それはそうと、二人ともまだ生きてるわね?」
「はい、ありがとうございます。お陰で助かりました」
「お礼は後よ。イエロー、それより早く向こうを」
「いや、もう必要無か」

 ホワイトは一礼する箒に首を振ってみせ、イエローを促すがイエローは首を振る。ゴールドとレッド、茂が高台を制圧したようだ。
 イエローたちが順調に高台を制圧したのと対照的に、敵の侵攻が予想以上に早かったことからゴールドたちは足止めを食らわされ、高台はすでにブラックサタンに制圧されていた。それでもゴールドが粘り強く銃撃戦を展開し、茂が簡易のエレクトロファイヤーでブラックサタン戦闘員を一掃し、制圧を完了した。これで第二段階も完了だ。ゴールドとイエローは他のスナイパーの援護に移る。箒と茂、レッドとホワイトは時折登ってくるブラックサタン戦闘員を倒す。

「ミュウ!」
「させるか!」
「箒さん! ここはもう……なっ!?」
「イエロー! どうしたの!?」
「し、し、白じゃ……」
「って、なに見てんのよこのエロザル!」
「落ち着いて下さい! 下はISスーツですから!」

 途中、掴みかかって来たブラックサタン戦闘員を箒が巴投げで投げ飛ばし、何か言おうとしたイエローが運悪くスカートの中を見てしまい、ホワイトに拳銃の銃底で頭を滅多打ちにされるハプニングもあったが、他のSPIRITS隊員も順調に掃討しているのを見て、イエローが声を上げる。

「箒殿! ホワイト殿! 次の段階じゃ! ぬしどまは早く下へ!」
「待って下さい! 護衛はどうするのですか!?」
「心配せんでよか。俺一人で死守するけん。それが今回の作戦じゃ」

 イエローの一言に箒が食ってかかる。第三段階ではイエローとゴールドが高台を死守し、狙撃手の援護を受けて茂と箒、SPIRITS第7分隊の主力が坑道に突入、ブラックサタン戦闘員を殲滅して市民を救助することになっている。その点は箒も承知していたが、護衛役すら残さないとは思わなかった。当然狙撃手、特にイエローとゴールドの負担は大きくなるのだから。しかしイエローは笑って言葉を続ける。

「なに、俺とゴールドの班、50人で敵の大半を引きつける。良い計算じゃ」
「しかしそれでは!」
「最初から覚悟は決めとるたい。もし本当に俺ば思うなら、早く行って、早く助けるんじゃ」
「イエローさん……」

 イエローの言葉と態度で、イエローやゴールドを含むスナイパーたちは最初から捨て駒になる気でいたと箒は悟る。あまりに潔く、従容と死すら受け入れた表情を見て、箒は何も言えなかった。ホワイトが黙って促すと、箒は『紅椿』を装着してホワイトを抱え、一気に窪地の下へと向かう。直後に窪地上の淵から、SPIRITS第7分隊の主力が武器を連射しつつ崖を滑り降り、茂も変身するとレッドを抱えて跳躍し、箒のすぐ近くに着地してレッドを下ろす。他の隊員も集合し、ブラウンが号令をかける。

「振り向かずに一気に行くわよ!」

 その瞬間、SPIRITS第7分隊全体から獣のような殺気と咆哮が上がり、武器を手に坑道めがけて殺到する。ブラックサタン戦闘員がマシンガンを連射するが、隊員は強引に突っ切りブラックサタン戦闘員を蹴散らして行く。先頭に立つのはレッドだ。人間が扱うには大き過ぎるリボルバーを片手で連射し、弾丸はブラックサタン戦闘員の胴体や四肢を吹き飛ばす。左手に持った片手剣並に長いナイフで、まとめて胴体を両断する。返り血を全身に浴びながら、レッドはブラックサタン戦闘員を薙ぎ倒して道を開き、レッドが空けた穴にSPIRITS第7分隊が殺到する。隊員の姿に最早狂気すら感じつつも茂と箒は殿を務め、突入に成功する。

「さて、ここからは根比べと行こうか」

 見届けたゴールドはアサルトライフルやマシンガン、ショットガン、分隊支援火器などを全て実体化させ、狙撃しつつ撃ってくる敵に銃器を持ち替えて反撃する。他の狙撃手も同じように窪地を狙撃し、登って来た敵の掃討に従事する。
 箒たちは内部のブラックサタン戦闘員を蹴散らし奥へ進んでいくが、抵抗が激しくなかなか前に進めない。茂が電撃で一掃し、箒がレーザーで焼き払い、レッドがリボルバーで吹き飛ばしても数は一向に減らない。

「ビリジアン!」
「了解!」

 大型ショットガンでブラックサタン戦闘員をミンチにしたブラックが声を張り上げると、グレネードランチャーを持ったビリジアンという隊員が敵の集団めがけて榴弾を発射し、まとめて吹き飛ばして道を作る。そこを潜って進むと広大な空間に出る。

「どうやら、ここが強制労働の現場みたいね」

 市民が強制労働させられていた場所らしく、市民が隅で戦々恐々としている。すぐに市民の保護に向かおうとするブラウンだが、通路からブラックサタン戦闘員が大挙して出現する。マシンガンを連射しながらナイフや棍棒を持って突撃し、両横にある高台から援護射撃をかける。

「箒さん!」
「分かりました!」

 咄嗟に茂は左手の、箒は右手の高台へ向かい、ブラックサタン戦闘員を蹴散らして援護射撃を止める。SPIRITS第7分隊もまた正面のブラックサタン戦闘員に突撃して全滅させる。安全を確保すべくブラウンたちは市民の下へと向かう。

「安心して下さい。我々はあなた方を救助しに来た者です。グレイ! あなたは志願者と共に奥へ先行して!」
「了解っと。それじゃ、行きたい奴だけ付いてこい! 先着50名様には地獄までの片道切符を進呈するぜ!」

 ブラウンの指示を受けた副隊長のグレイが声を上げると、瞬く間に50人が集まり、グレイを先頭に奥へと突撃していく。残りは市民の安全が確保されるまで残るようだ。

「クソ! 死ぬ気かよ!?」

 無謀な突撃命令に悪態をつきつつ、茂も箒と共にそれを追って奥へと突き進む。案の定、グレイ達は三方向からブラックサタン戦闘員に取り囲まれる。レッドは身体中にマシンガンを浴びても無視し、正面の敵集団へと突っ込んでいき、ブラックら数人が続く。レッドがリボルバーを乱射してブラックサタン戦闘員の四肢を吹き飛ばし、ナイフで斬り飛ばす。返り血を一身浴びつつも怯まず、さらなる血を求めるように敵に向かって行くレッドの姿に寒気すら感じる箒だが、すぐにグレイたちを守るように着陸して右側の敵を掃討する。しかしグレイたちは隠れるどころか箒の前に出て敵に突っ込んでいく。

「副隊長! 後退して下さい! そんな戦い方では!」
「心配ご無用。俺たちは簡単に死にはしない。SPIRITSスーツは対人火器程度ならほぼ完全に無力化出来る。それに、死人をもう一回殺すのは大変なのさ」
「何を言っているんですか!? このような無茶な戦い方をしていたらいつか……!」
「なら、レッドを見てみるんだな」

 しかしグレイは飄々とした態度と声で答えると、アサルトライフルで敵を撃ちつつも、リボルバーを再装填し、最前線でブラックサタン戦闘員を吹き飛ばしていくレッドを顎でしゃくって示す。

「あいつの使っている銃は、最初期に作られたIS用オートマチックリボルバー、『ヘイトソング2』を人間でもギリギリ使えるようにしたもんさ。だがあいつはとんだ化け物銃でな。SPIRITSスーツを着ていても、余程の筋力と反動制御能力が無ければ使えないし、仮に使えなくてもいつかは腕が使い物にならなくなる可能性だってある、いわば欠陥品さ。俺は勿論、他の連中だって誰も使えないし、使いたがらない代物だ。それでもレッドがあれを使う理由は、分かるかい?」
「あいつが何にもない、空っぽな生ける屍だからさ。あいつには生きる理由も、守るものも、帰る場所も、愛する者もない。死への恐怖も、生への執着もない。昨日も、明日もあいつには存在しない。あいつは生きてなんかいない、まだ死んでいないだけだ。間違っても生きちゃいねえ。だから自分の腕がどうなるか、銃弾を浴びたらどうなるかなんて考えはしない。今この瞬間を戦うだけだ。それがあいつに残された、たった一つのものなのさ。だからレッドは強い。悪魔すら可愛く見えるほどに、な」
「俺たちも同じさ。そういうヤツに限ってなかなか死ねないし、仮に死ねてもすぐに引き戻される。それが世の中ってものなのさ。だから俺たちを心配する余裕があるなら、まず自分の心配をした方がいい」
「そんな……」

 グレイの静かな言葉に応えるように、レッドはリボルバーを乱射してブラックサタン戦闘員の四肢を飛ばし、ナイフで首を斬って返り血がヘルメットにこびりつく。茂は横目にみながら左の敵集団を壊滅させ、気を取り直した箒とグレイ達も右の敵集団を全滅させる。中央の集団もレッドたちによって惨殺死体に変えられる。レッドがナイフをリボルバー銃身下部に装着した直後、多数のスモークグレネードが投げ込まれて、煙が一帯に立ち込める。直後に四方八方から銃撃が襲いかかる。

「舐めた真似を!」

 茂はエレクトロファイヤーで、箒は雨月のレーザーで反撃するが、グレイ達は煙幕に邪魔されて迂闊に攻撃できない。それを嘲笑うようにブラックサタン戦闘員は一度奥へと引っこみ、別の通路から顔を出しては銃撃を加えることを繰り返す。

「目を塞いでこっちの攻撃を封じようって魂胆か。だが、このカーキ相手には通用しませんぜ?」

 するとカーキという隊員が耳を済ませて何かを聞く素振りをする。少し経つと手元にサブマシンガンを呼び出し、叫ぶ。

「左から20!」

 その瞬間、グレイたちは一斉に左に向いて銃を乱射し、丁度左手から出現したブラックサタン戦闘員は為すすべなく倒れる。

「右から13! 前から19! それと後ろから8!」

 カーキが矢継ぎ早に指示を出し、それに従ってグレイたちは煙幕越しに襲ってくるブラックサタン戦闘員を返り討ちにする。

「この音の回り具合……不味い! 上から12! 間に合わない!」

 しかしカーキが叫んだ直後、上からナイフを持ったブラックサタン戦闘員が降ってくる。対応出来ずにカーキのマシンガンやグレイのアサルトライフルが叩き落とされ、一番手近にいたグレイとカーキにブラックサタン戦闘員が殺到する。

「おっと!」

 咄嗟にグレイは腰の左右にあるホルスターからリボルバー2丁を抜き撃ちし、瞬く間に弾丸をブラックサタン戦闘員の頭に当てて全滅させる。グレイが手際よくリロードを済ませると箒や茂もブラックサタン戦闘員を蹴散らし終える。
 そのまま先に進み、時に敵集団を血祭りにあげ、時に部屋を片っ端から捜索して他に捕らえられた市民がいないか確認する。最後に司令部を制圧し終えるとグレイがブラウンに連絡を入れ、一度戻るように指示される。変身を解除した茂は『紅椿』を格納した箒と共に司令室の端末を弄っていたが、未探索の場所はないようだ。グレイたちと共にブラウンたちが待機している場所まで戻った箒だが、一悶着が起こっていた。

「だから! これで全員じゃなくて、一人いないんだって! あいつらに連れて行かれたんだから、絶対まだどこかにいるって!」
「ですから、こちらでも捜索しましたが、ここ以外には誰もいないと……」
「だから俺が探しに行くって言ってんだよ! 俺の目で確かめねえと納得出来ねえ!」
「あの、何かあったのですか?」
「彼らの連れがブラックサタンに連れ去られたまま戻ってきていないらしいの。勿論あなたたちの話は聞かせたのだけど」

 髪を後ろで縛った少年とバンダナを巻いた男性が、隊員と押し問答を繰り広げているのを見て箒が尋ねると、ブラウンは溜息をついて答える。直後にグレイら数人の隊員が少年とその背後に立つ大柄な男性を見て反応を示す。

「あれは……ガブリエル!?」
「チリ……カ……!?」
「副隊長さん、レッド、知り合いか?」
「……いや、こっちの気のせいだ」

 茂が口を挟むが、グレイは静かに首を振り、レッドは沈黙を保つ。不審に思いながらも茂は箒に目配せし、少年たちの下へと歩いていく。

「失礼。その話、詳しく聞かせて頂けませんか?」
「ん? あんたもSPIRITSなのか? その割には格好が違うと言うか。まあいいや。詳しくも何も、そのままさ。俺と一緒にここに連れて行かれたヤツが、ブラックサタンに連れていかれたっきり戻ってこないんだ。あんたらが来た方向に連れてかれたんだけどよ」
「探してみた限りじゃ、誰も見つからなかったんですがね。そのお連れさんの名前は?」
「スカーレットって言うんだ。歳はそっちのお嬢さんと変わらないくらいで、目は緋色、それで肌は赤みかかっていて身長はお嬢さんより少し低いくらい」
「いや、見かけちゃいませんね……」

 男性が『スカーレット』という名前と特徴を述べた途端、グレイとレッドが一瞬だが身体を震わせて動揺を露にする。それを見逃さなかった茂と箒だが、数人の隊員がバンダナを巻いた男性と大柄な男性の下に駆け寄ってくる。

「あんた、歌手のスパイクだよな!? 俺、あんたのファンなんだ! 後でサインくれないか!?」
「まさかこんな所で『沈黙の聖人』に会えるとは思わなかったぜ!」
「やめなさい。まだ終わっていないわ。それで、どうする?」
「俺が探してみる。まだ何かあるかもしれねえ。分隊長さんは箒さんと一緒にこの人たちを安全な場所へ」
「あの、私も行きます。ブラックサタンの罠かも知れません。なら一人より二人の方が安全だと思います」
「ちょっと待った! 俺たちも連れて行ってくれよ! 特にチリカはスカーレットにぞっこんなんだ! ここは男を上げさせてやっちゃくれねえか?」
「駄目だ! 危険過ぎる!」
「危険? ナマ言ってんじゃねえ! 俺だってそこらのガキと違うんだ! 足手纏いになんかなったりしねえよ!」
「そんな問題では……!」
「諦めて行かせてあげたら、二人とも。三人とも梃子でも動かないわよ?」
「……分かった。ただし、俺たちから離れて単独行動はとらないでくれよ?」

 バンダナを巻いた男性ことスパイクやガブリエル、チリカという少年の発言に反対する茂と箒だが、ブラウンの仲裁が入ると渋々認める。残りの市民はブラウンに任せることとし、箒たちは再びアジトの奥にある司令室に戻る。

「ですが茂さん、もう部屋らしきものはないようですが……?」
「いや、隠し部屋や隠し通路があるかも知れない。もう一回見取り図を洗ってみよう」

 司令室に到着すると茂は端末を操作して見取り図を表示させ、しばらく眺める。ふと見ると司令室近くに不自然な部屋のようなものがある。箒は一度廊下に出てみるが、そこに繋がる筈の扉がない。茂も気付いたらしく、チリカたちと共に箒の下へやってきて数回壁を叩く。

「もし見取り図にあるのが隠し部屋なら、仕掛けがある筈なんだが……」

 壁を探っていた茂だが、何かを探り当てると壁の一部を押す。すると目の前の壁が開いてエレベーターが姿を現す。

「隠し部屋ならぬ隠しエレベーターって訳か。行こう。ブラックサタンとスカーレットって子がいる筈だ」

 茂に促されてチリカ、スパイク、ガブリエルがエレベーターに乗り込み、最後に箒と茂が乗ってボタンを押すと、エレベーターは地下へ向かって降下し始めるのだった。

**********

 スカーレットは目を覚ますと、両手に枷を嵌められ、暗い部屋の壁に貼り付けられていることに気付く。
 ブラックサタンに連行された当初は、他の子供たちと牢獄に閉じ込められていたスカーレットだが、怯える子供たちを励まそうと歌い、時に自分自身を鼓舞して状況が好転するのを待った。しかし他の子供たちはどこかへ連れて行かれ、スカーレットだけが牢獄に残された。スカーレットもまた、入ってきたブラックサタン戦闘員に気絶させられ、目を覚ましたらこのような状況となっていた。鎖を外そうと足掻いてみるスカーレットだが、所詮はか弱い少女の身、どうにか出来る筈もなかった。
 諦めずに打開策を練ろうとするスカーレットだが、扉が開いて部屋にブラックサタン戦闘員数体と、右腕に三日月型の爪を着け、マントを羽織ったライオンを思わせる怪人が入ってくる。その怪人はブラックサタン戦闘員に左手で下がるようジェスチャーすると、ブラックサタン戦闘員は一歩下がる。怪人もブラックサタンのようだ。怪人はスカーレットをくまなく、舐めまわすように観察していたが、やがて口を開く。

「なるほど、こう貧弱でひ弱なら、ストロンガーも女王もろとも殺すのを躊躇うだろう」
「あなたは一体だれなの? 早く私をチリカたちの所へ帰して!」
「ほう、俺が誰か知らないのか? ならば小娘、とくと聞け。そして光栄に思え。あの世に行く前に俺の名前を聞けるのだからな。俺は偉大なるブラックサタンの最高幹部、その名も高きデッドライオン様だ!」

(ちゃんと質問に答えてくれた辺り、そんなに悪い人じゃないのかな?)

 怪人ことデッドライオンは誇らしげに自らの名前を名乗る。少々ズレた感想を抱くスカーレットだが、デッドライオンは今度は自分から口を開く。

「それと、チリカとかいう奴の所にはきちんと帰してやろう。サタン虫の女王を寄生させた上でな!」
 
 デッドライオンは箱から蜘蛛に似た虫を取り出し、スカーレットの前に突き出す。

「それは何なの!?」
「言っただろう、サタン虫の女王だとな。サタン虫とは人間の脳に寄生し、ブラックサタンの忠実な下僕とする寄生虫なのだ。そして女王に寄生した者を殺さぬ限り、サタン虫に寄生された人間は解放されん。つまり、これを貴様に寄生させれば、貴様を殺さぬ限りサタン虫に寄生された人間は助からないのだ! 」
「どうしてそんなことを!?」
「どうして? 決まっているだろう、世界をブラックサタンが征服し、地上に恐怖の国を打ち立てるためよ!」
「恐怖の……国?」
「そうだ! 劣った者、弱き者を殺し、壊し、奴隷とし、優れた者、強き者が絶対の力を以て支配する、ブラックサタンの理想郷。それを打ち立てることこそがブラックサタンの悲願よ!」
「そんな身勝手、許される筈がないわ! 人が人にそんなことをする権利なんてないもの!」
「ハッ、何も物を知らぬ小娘が。ならば聞くが、人間はそんなに上等な生物か? 他の生物を絶滅に追いやり、人間同士でも殺し合い、憎み合うしか出来ない愚かな生物など、さらなる力で従え、管理してやらなければならんのだ! それに強い者が弱い者を踏みにじるのは当然のこと。自然の摂理だ!」

 デッドライオンが話す狂気の沙汰とも言えるブラックサタンの理念に食ってかかるスカーレットだが、デッドライオンは鼻で笑って切り捨てる。

「さて、おしゃべりはここまでだ。貴様もブラックサタンの礎にしてやる。有り難く思うんだな」
「嫌! 離して!」

 デッドライオンは左手にサタン虫の女王を持ち、必死に抵抗するスカーレットの耳にゆっくりと近付けていく。しかしもう少しでサタン虫がスカーレットの右耳に触れる、という所でブラックサタン戦闘員が慌てた様子で部屋に入り、デッドライオンに耳打ちする。

「何!? それは本当か!? ストロンガーめ、とうとう来たか……ようし、お前たち、後は手筈通りに行くぞ! お前たちは小娘を見張っておけ! それと、サタン虫の女王は粗雑に扱うな!」
「ミュウ!」

 デッドライオンはブラックサタン戦闘員にサタン虫の女王を預けるとマントを翻し、一瞬の内に姿を消す。サタン虫の女王を受け取ったブラックサタン戦闘員は箱に女王を戻し、黙ってスカーレットの監視を始める。

(とにかく、早くここから出て誰かに知らせないと!)

 スカーレットは打開策を考えるも、策など今のスカーレットにはない。それでも鎖を外そうともがくスカーレットだが、ブラックサタン戦闘員は鼻で笑って止めようともしない。外れる訳がないと高を括っている。非力なスカーレットでは鎖をどうにも出来ないだろう。諦めずに足掻いていたスカーレットだが、突然扉が開く。

「ん? 何があった……ミュウ!?」

 怪訝に思ったブラックサタン戦闘員が振り向いた瞬間、誰かが乱入すると同時に何かが閃き、ブラックサタン戦闘員が倒れ込む。最初は何が起きたのかが分からなかったスカーレットだが、間もなく長い黒髪を後ろで縛った人物が、腰に差した日本刀でブラックサタン戦闘員を斬り捨てたことを理解し、思わず呟く。

「ムラサキ、さん……?」
「え?」
「スカーレット! 無事だったんだな!」
「って、チリカ!? どうしてここに!?」
「どうしてって、お前が心配だったからさ」
「スパイクさん! ガブリエルまで!」
「なるほど、この娘がお目当てのスカーレットってわけか」

 一瞬かつて知り合った男を思い浮かべ、名前を呟くスカーレットだが、直後にチリカが部屋に駆け込んでくるとスカーレットは思わず声を張り上げる。さらにスパイクとガブリエルが胸に『S』の字が描かれたトレーナーを着た男に連れられ、部屋に入ってくる。スカーレットを救出するために侵入したようだ。ようやくスカーレットは、最初に乱入してきた人物が、自分と然程歳が変わらない少女だと気付く。少女は腰に巻いたガンベルトに差した刀を抜き、スカーレットを縛る鎖を綺麗に両断する。チリカとガブリエルが複雑そうな顔をすると、少女は怪訝そうな顔をして尋ねる。

「その、何か?」
「……別に。ただ、いけ好かねえ奴を思い出しただけだ」
「悪いね、箒さん。こいつら、訳ありみたいなんだ」

 スパイクが少女こと箒に言った直後、両手に黒手袋を嵌めた男がスカーレットに声をかける。

「君がスカーレット、だね? 話はこの三人から聞いている。俺は城茂。君を探しに来たんだ」
「ありがとうございました、城さん。それと……」
「篠ノ之箒だ。一つ聞きたいんだが、ムラサキと言う人は知り合いなのか?」
「あ、はい。その人も篠ノ之さんみたいな剣を使っていたので、つい思い出してしまって」
「それよか、武器庫とかねえのか? あれだけの武器を持ってたんだ、ここら辺りにもあるんだろ?」
「確かこの近くにあった筈だけど、そんなの聞いてどうするんだ?」

 城茂と箒が自己紹介を済ませ、箒の質問にスカーレットが答えた後にチリカが口を挟む。スパイクが答えた直後、チリカの姿が消える。武器庫へ向かったようだ。

「あいつ、せわしねえな。とにかく、追いかけようぜ?」

 スパイクの提案を受けてスカーレットを含む一同は部屋を出て、スパイクが見つけた武器庫へ向かう。武器庫の中へ入ると、案の定チリカは武器庫を漁っている。

「マシンガンにバズーカ、手榴弾、対戦車ミサイル、武器なら何でもござれって感じだな。あいつら、どこと戦争する気なんだか」
「おいガブリエル、スパイク、それとオッサン、これ持っててくれよ」
「おっさんって、城さんに失礼でしょ!」
「もうオッサンどころじゃない歳けどよ。それより、何に使う気だ?」
「何って、決まってんだろ? 脱出するんなら連中も邪魔してくんだし、武器があった方がいいだろ? オッサンもそっちのポニーテールも、素手や剣一本じゃキツいだろうしよ」
「いや、私はこれがあれば十分だ。それに万が一の時は……」
「いいから持っとけって。お守りみてえなもんだと思ってよ」
「だから私は……」
「それよりチリカ、また危ないこと考えてるの!?」
「うるせえな。こんな時に危ねえとか言ってる場合じゃねえだろ」

 チリカはマシンガンやバズーカ、手榴弾、プラスチック爆弾など大量の武器弾薬を棚から下ろし、ガブリエルやスパイク、茂に渡して渋る箒のガンベルトに拳銃を一丁差し込む。ツッコミを入れるスカーレットを軽く流し、チリカは銃や弾薬を持てるだけ持つ。直後に警報がアジト中に響き渡る。

「どうやら、流石に向こうも気付いたらしい。急ぐぞ!」

 全員武器庫を出て駈け出し、採掘場に通じるエレベーターを目指して走る。しかしブラックサタン戦闘員が集結し、銃火器を乱射する。やむを得ず物陰に隠れて銃撃をやり過ごそうとするが、いかんせん敵の攻撃が激しく、動くに動けない。チリカとガブリエルは慣れた手付きでマシンガンに弾倉を装填し、安全装置を外して撃ち返す。数体のブラックサタン戦闘員が倒れるが、ブラックサタン戦闘員は銃撃を続行する。

「クソ! これじゃ動くに動けねえ!」
「チリカ、下がっていろ! 私が突破口を開く!」
「馬鹿言ってんじゃねえ! やけっぱちになるには早えんだよ!」
「いや、だから私は……!」
「黙って聞きやがれ! いいか、一番大事なのは気合だ気合! それじゃ、行くぞ!」

 前に出ようとする箒をチリカが無理矢理押し止め、いきなりアパッチの言葉で、大声で歌い始める。スパイクや箒、茂は歌の内容を理解出来ていないが、あまりに下手なチリカの歌に顔を顰めている。

「いきなり何をやっているんだ……?」
「これはアパッチの歌、らしいです」
「アパッチ?」
「アメリカ先住民、ネイティブ・アメリカンって分かりますか? その一部族にチリカワ・アパッチと言われている部族がいるんです。チリカはそのアパッチの言葉で、アパッチの歌を歌っているんです。意味は『黒い七面鳥が東の方で尾を広げ、その先端が白い夜明けとなる。夜明けが遣わした子供たちがやってくる。彼らが履いているのは光で織られた黄色い靴』という感じです」
「スカーレット、君はチリカの……アパッチの歌が分かるのか?」
「はい、私も部族は違いますけど、チリカと同じですから」
「つまりスカーレットも……!」
「ウィシャ・スー。それが私の部族名なんです」
「あ、すまない、そんなことを不躾に聞いてしまって……」
「いえ、気にしないで下さい。私が勝手に言っただけなんですから」
「おいチリカ! こんな時になに歌ってやがるんだ!? しかも相変わらず下手な歌い方しやがって!」
「うるせえクソ中年! お前もそんなこと言ってる暇があったら銃撃ってろ! それじゃ、二番!」
「こんなこと、絶対したくねえって思ってたのによ! こん畜生!」

 スカーレットと箒が話している横で、スパイクがチリカの歌に抗議する。チリカは怒鳴り返しつつマシンガンをリロードし、終わると再び歌いながらマシンガンを連射する。肚をくくったスパイクもマシンガンを連射する。時折ブラックサタン戦闘員が仲間の死体を踏み越え、ナイフや棍棒を手に突撃してくるが、茂とガブリエルが派手に殴り飛ばし、箒が一刀の下で斬り捨てる。スカーレットは銃撃から身を隠しつつ、とりあえずチリカの歌を箒に通訳する。

「虹が遣わした女たちは踊りながらやってくる。彼女たちが来ているのは光で織られた黄色のシャツ。彼女ら夜明けの女たちは吾々の上で躍っている、って意味です」
「よし次、三番! 三番は……えっと……」
「そんなのどうでもいいだろうが! それより、このままだと不味いぞ!」
「分かってるっての! 思い出した、じゃあ、三番!」

 チリカはさらに声を張り上げて歌い、床に置かれた武器弾薬の中から何かを漁って取り出そうとしている。

「こうなれば、やはり私が!」
「待って下さい! チリカじゃありませんけど、まだ諦めるのは早いと思います!」
「いや、だから私はだな……!」
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! こうなりゃヤケだ! 全員纏めて派手にぶっ飛ばしてやるぜ!」

 左手に巻いた紐に手を掛け、飛び出そうとする箒をスカーレットが止める。直後にチリカが凄くイイ笑顔で『何か』を取り出してスカーレットに見せると、スカーレットと箒の目が点になる。それが何かまでは分からなかったスカーレットだが、直感的に今チリカが持っているものが非常に危険な代物であると察知する。スカーレットは恐る恐る口を開く。

「チリカ、それ、何か聞いていい?」
「馬鹿者! それはプラスチック爆弾だぞ!?」
「そうさ、建物解体する時に使う奴だ。これでも食らいやがれ!」

 チリカはスイッチを押した直後に爆弾を放り投げ、爆発が起こって壁の一部もろとも敵を纏めて吹き飛ばす。余波からスカーレットをガブリエルが、箒を茂が庇う。スカーレットが顔を出すと、敵は一掃されたようだ。

「みんな、生きてるか?」
「……死んでるかもな」
「そう言えるならまだ生きてるだろ……うおっ!?」
「何!? 爆発!?」
「チリカ!」
「俺のせいかよ!?」
「いや、ブラックサタンめ、アジトを自爆させる気らしい! 急がないと不味いぞ!」

 響き渡る衝撃と爆発音の正体を真っ先に看破した茂の一言で、全員一斉に走り出し、エレベーターに乗り込んでスイッチを押す。エレベーターが上昇している間にも爆発音は大きくなり、衝撃が来る間隔が短くなっていく。エレベーターが採掘場まで到着すると、スカーレットたちは再び走り出す。

「ミュウ!」
「チィッ! 足止めか!」
「こいつら、正気かよ!? 自分たちだって危ねえのによ!」

 しかしブラックサタン戦闘員が飛び出し、茂たちが応戦するが数は中々減らない。天井の落下や落盤が起こりつつある。すると茂は声を張り上げる。

「箒さん! 4人を連れて早く脱出を! ここは俺が食い止める!」
「しかし!」
「心配御無用! 俺も脱出の算段はある! だから早く4人を!」
「分かりました!」

 箒が答えた瞬間、箒の着ていた白い制服が消えて瞬時に紅い装甲が装着される。それがISだと理解したスカーレットは目を見開いて声を上げる。

「篠ノ之さんはIS操縦者、それも専用機持ちだったんですか?」
「そうだ。私は何回も言おうとしたんだが。とにかく、掴まれ!」

 箒はガブリエル、チリカ、スパイク、スカーレットを掴まらせ、そのままPICとスラスター翼を使って飛翔し、一路出口に向かって飛び立つ。
 その頃、イエローたちはブラウンから市民を保護し、アジトを制圧したとの報告を受けた後、突如出現したブラックサタンの奇械人に苦戦を強いられていた。今はゴールドや他の隊員と合流して奇械人と交戦しているが、奇械人はイエローたちの攻撃に堪えている様子が見受けられない。イエローは引き金を引くが、ゴリラを模した奇械人には効果が薄いらしく、平然と左手のハンマーで地面を殴って地震を発生させる。さらにクワガタを模した奇械人やエイに似た奇械人、サメ型の奇械人が一斉に襲いかかり、やむを得ずイエローたちは後退する。

「確か奇械人が出現した場合は遅延戦闘。市民確保及び本拠地制圧後は本隊及びストロンガー、篠ノ之箒と合流、が指示だったな。ならば、大人しく従うとするか」

 ゴールドは後退しつつも奇械人を牽制するが、打ち合わせ通りに坑道に向かって走り出す。他の隊員もそれに続き、イエローは殿を務めて追撃してくる奇械人を牽制する。坑道ならばやってくる方向が限られるので、迎撃が比較的容易となる。しかしゴールドが坑道入口に向かうと、市民を連れた本隊が一斉に出てくる。怪訝に思ったゴールドは先頭にいたブラウンに尋ねる。

「分隊長、一体どういうことだ?」
「状況が変わったわ。連中はアジトを自爆させるつもりよ。ゴールド、あなたがここにいるということは……」
「ああ。こちらも状況が変わった。奇怪人が現れた」

 ゴールドが言った直後に坑道から一機のISが飛び出してくる。箒の操縦する『紅椿』だ。その身体にはスカーレット、チリカ、スパイク、ガブリエルがしがみついている。箒は4人を下ろすと、ブラウンに報告する。

「分隊長、連中がアジトを自爆させました!」
「分かっているわ。それで、城茂は?」
「それがブラックサタンを食い止めると言って……!?」

 ブラウンに箒が報告をしている途中、坑道から一際大きな爆発音が響いたかと思うと、入口が崩落して塞がれる。同時に12体もの奇械人がブラックサタン戦闘員を引き連れて姿を現し、箒たちを包囲する形となる。これで逃げ場は無くなった。おまけに自分たちの後ろに市民がいる。かなり不利な状況だ。箒は雨月と空裂を呼び出して構え、第7分隊も市民を庇うように前に出ち一斉に武器を構える。奇械人側は一斉に飛びかかろうとするが、ライオン型の奇械人が手で制し、口を開く。

「落ち着け。ストロンガーはアジトの自爆に巻き込まれて死んだ。最早こいつらに我らに対抗できる力などないのだ。SPIRITSの諸君、貴様たちは完全に包囲されている。大人しく偉大なるブラックサタンの軍門に下れ! そうすれば命だけは助けてやろう!」
「白々しい! 私たちや市民を見せしめのために殺すつもりだろう、奇械人!」
「貴様! 俺を奇械人と言うな! 俺はただの奇械人ではない! 俺は栄誉あるブラックサタンの最高幹部、デッドライオン様だ!」
「ならばデッドライオン! お前たちの言うことなど、何一つとして信用出来ん!」
「それは私たちも賛成ね。どうせ殺すか、殺さずとも強制労働や実験動物扱いが関の山でしょう?」
「フン、気付いていたか。人が折角寛容な所を見せてやったというのに、台無しにしおって。貴様らに忠実な奴隷となるか、惨たらしく死ぬかを選ばせてやろうと思っていたものを」
「何が選択だよ。要するにいつものパターンじゃねえか」
「なんだか知らねえけど、あいつ本当に偉いのか? 正直他の怪物と変わんねえというか、雑魚の匂いがプンプンしてやがる」
「そこのクソガキ! 今、俺のことを雑魚と言ったな!?」

 奇械人ことデッドライオンはグレイの悪態に合わせて呟いたチリカの一言に反応し、怒り狂って右手の爪を突き出す。無駄に耳は良いようだ。

「ストロンガーを殺して気分がいいから生かしてやろうと思ったが、いいだろう! 貴様ら全員皆殺しだ! メカゴリラ! クワガタ奇械人! ブブンガー! コウモリ奇械人! 電気エイ! 毒ガマ! 奇械人アリジゴク! サメ奇械人! ドクガラン! ハサミガニ! アルマジロン! やれ!」

 デッドライオンが指示を出すと、奇械人とブラックサタン戦闘員が一斉に飛びかかろうとする。しかし口笛の音が一帯に響き渡る。

「口笛!?」
「まさか!?」
「しかし奴は確かに死んだ筈だ!」
「ええい、どこだ!? どこにいる!?」
「あそこだ!」

 口笛の音を聞いた途端、ブラックサタンは奇械人、戦闘員問わずに周囲を見渡し、血眼になって口笛の主を探し出す。やがて奇械人の一体が坑道上の崖に立つ口笛の主を見つけ、声を張り上げる。スカーレットやチリカは驚きを込めて、箒は安堵の色を浮かべながら、デッドライオンは憎悪を隠しもせずに口笛の主の名を呼ぶ。

「茂さん!」
「城さん! どうやってここに!?」
「オッサンか!?」
「おのれ、生きていたか! 城茂!」
「生憎だったな、デッドライオン! 生き埋めにしようという肚だったんだろうが、そうは問屋は卸さない、ということだ!」

 口笛の主は茂だ。茂は跳躍して箒たちの前に着地すると、まず箒に声を掛ける。

「悪いな、雑魚の始末に手間取ってね。ちょいと登場が遅れちまった」
「いえ。それより、どうやって脱出したのですか?」
「なに、ブラックサタンを倒すまで、天国も地獄も俺を受け入れる気がないだけさ」
「ふざけたことを! どうせ身体を電気分解し、隙間から出ただけだろうが!」
「ほう、相変わらず間抜けなままかと思っていたが、少しは利口になったらしいな、デッドライオン!」
「身体を電気分解って、地味にとんでもないことやらかしてない?」

 茂とデッドライオンのやり取りを聞いてホワイトが小声でツッコミを入れる。

「ええい、相変わらず忌々しい奴め! まあいい。ならば貴様も含めて皆殺しにするまでよ!」
「ヘッ、相変わらず威勢の良さだけは一人前だな! まだやられ足りねえって言うなら、お望み通り何遍でもぶちのめしてやるぜ!」

 茂は闘志を剥ぎ出しにするように不敵に笑うと、両手の黒手袋を外してコイル状の両手を晒し、手を右に突き出した後に左斜め上に持っていく。

「変身……ストロンガー!」

 両手を擦り合わせると全身が光り輝いて、赤いカブトムシを模した電気人間の姿へと変わる。するとスパイクが身を乗り出して叫ぶ。

「まさか、あんたも仮面ライダーなのか!?」
「へえ、その様子じゃ仮面ライダーを知ってるらしいな。そうさ、俺は悪党の恐れる正義の戦士、仮面ライダーストロンガー!」

 スパイクの質問に答えるように仮面ライダーストロンガーは名乗りを上げ、続けてデッドライオンへ向き直る。

「デッドライオン! お前たちが何を企もうが、ライダーストロンガーある限り、思い通りにはさせん!」
「吐かせ! やれ!」
「SPIRITSは護衛を最優先にしてくれ! 奇怪人共は俺たちで叩く! 行くぞ、箒さん!」

 デッドライオンが指示を出すと奇械人とブラックサタン戦闘員は一斉に動き出し、仮面ライダーストロンガーと箒も突撃する。

「ここで会ったが百年目! 今度という今度こそ、死ね! ストロンガー!」
「はいそうですか、と死んでやる奴などいるものか!」

 奇械人メカゴリラが左手のハンマーで殴りかかるのを半身でかわし、奇械人ブブンガーやサメ奇械人の追撃にカウンターで右ストレートと膝蹴りを入れる。両手の鋏で両断しようとするクワガタ奇械人の突進を止めると、鋏を掴んで挟まれないように力を入れ、前蹴りで吹き飛ばす。

「エレクトロファイヤー!」
「甘いわ!」

 駄目押しとばかりに右手を地面に置いて高圧電流を放つ。しかし奇械人ハサミガニが地面めがけて胸から泡を発射すると、電流はクワガタ奇械人まで届くことなく泡に止められる。

「ストロンガー! 俺の泡は貴様の電気など通さないと忘れたか!?」

 続けて奇械人ハサミガニは左手の鋏を飛ばして攻撃し、奇械人アルマジロンが左手の鞭で殴りかかる。仮面ライダーストロンガーは鋏を右手で叩き落とし、鞭をスウェーやバックステップで回避して反撃の機会を窺う。アンカーを飛ばしてきた奇械人メカゴリラめがけて跳躍し、目の前に降り立つとパンチの連打を入れて怯ませる。

「しぶとい奴め! 大人しく死ね!」
「お前の相手は、私だ!」

 コウモリ奇械人と奇械人ドクガランが急降下してくるが、箒が割り込むように雨月のレーザーを連射し、体当たりで吹き飛ばし、空裂のエネルギー刃でニ体を斬りつける。奇械人電気エイの鞭攻撃と身体を丸めた奇械人アルマジロンの突進攻撃を振り向きもせず回避し、奇械人アルマジロンが着地して身体を戻したところに雨月の斬撃を見舞う。

「小娘が! 毒ガスを受けろ!」
「そんなもの、通用するか!」

 奇械人毒ガマが毒ガスを吹きかけるが、『紅椿』を装着した箒には何の効果もない。コウモリ奇械人の猛毒液も、奇械人ドクガランの毒鱗粉もシールドバリアに弾かれて通用しない。箒は正面から猛毒液と毒鱗粉を突っ切り、脚部展開装甲からエネルギー刃を形成し、回し蹴りと同時に斬撃を浴びせる。続けて振り向きながら雨月のレーザーを地上に放つが、奇械人アルマジロンが背中を向けるとレーザーが弾かれる。
 SPIRITS第7分隊は仮面ライダーストロンガーに言われた通り、防衛布陣を敷いて市民の防衛に専念している。レッドやグレイも大人しくブラックサタン戦闘員の掃討を進め、仮面ライダーストロンガーや箒の援護に当たっている。しかしイエローとゴールドはあることに気付く。

「ゴールド、やはりおらんな」
「ああ。奇械人が一体足りない」

 奇械人アリジゴクの姿がない。仮面ライダーストロンガーや箒も気付いているのか、時折何かを探しているが、奇械人の猛攻もあってじっくり探すことが出来ないようだ。ブラウンがイエローとゴールドに指示を出そうとした矢先、突如として地面が砂に変わってSPIRITS第7分隊、そして市民の一部が地面に沈み込んでいく。

「かかったな! 馬鹿め!」
「流砂!?」
「いや、蟻地獄か!?」
「しまった! 奴の狙いはこれだったのか!?」

 仮面ライダーストロンガーは、デッドライオンの狙いを悟る。他の奇械人は足止め役で、奇械人アリジゴクが蟻地獄を作って市民やSPIRITS第7分隊の動きを封じ、嬲り殺しにしようという肚なのだろう。間もなく奇械人アリジゴクは砂と化した地面から顔を出す。そしてたまたま一番近くにいたスカーレットと目が合うと、強烈な殺気が奇械人アリジゴクの身体から放たれる。

「小娘、まずは貴様からだ! 死ぬがいい!」
「スカーレット!」
「やらせる訳には!」

 だがスカーレットの一番近くにいたレッドがヘイトソング2を連射する。グレイやイエロー、ホワイト、ゴールド、呑みこまれなかった隊員の一部が火力を集中させて奇械人アリジゴクを足止めする。流石にIS用火器は多少堪えるのか、まず隊員の中では一番近いレッドに向き直る。

「五月蠅い羽虫が! これでも食らえ!」

 奇械人アリジゴクは胸の装甲を分割してレッドに飛ばす。レッドは身を捻って回避しつつ、ヘイトソング2のリロードを済ませて反撃する。だが砂に足を取られて思うように動けず、数発が掠ってSPIRITSスーツが切り裂かれ、左腕や両足から血が噴き出す。構わずに銃撃を続けるレッドだが、再び奇械人アリジゴクが装甲を飛ばす。今度は一撃でヘイトソング2を弾き飛ばされ、ヘルメットが粉砕されて素顔が晒されると額が割れて流血する。レッドは舌打ちし、腰のホルスターからヘイトソング2に似た大型のオートマチックリボルバーを抜き放ち、引き金を引く。

「え……?」

 スカーレットは晒されたレットの素顔を見て唖然とする。スカーレットと同じ赤い肌に赤い瞳、長く伸びた真っ白な髪。それを見たチリカやガブリエルも驚愕の表情を浮かべる。しばらく沈黙を保っていたスカーレットだが、やがて口を開く。

「レッド……レッドなの? レッドなんでしょ!? どうしてレッドがこんな所にいるの!?」
「嘘だろ……レッド! お前、レッドなのかよ!?」

 スカーレットとチリカの叫びを無視するように、レッドは一心不乱にオートマチックリボルバーを連射し、リロードして奇械人アリジゴクに銃弾を浴びせ続ける。しかし効果が薄いのか、奇械人アリジゴクは腕のドリルを回転させて標的をレッドに切り替え、ゆっくりと砂の中を進んでいく。他の奇械人を回し蹴りで蹴り飛ばした仮面ライダーストロンガーは、箒に向かって声を上げる。

「こんな状況じゃ使いたくはなかったが……箒さん、一気に決めるぞ!」
「分かりました!」

 仮面ライダーストロンガーは跳躍し、奇械人アリジゴクに向かって急降下しながら叫ぶ。

「チャージアップ!」

 その瞬間、胸の『S』マークが高速回転して胸に埋め込まれた『超電子ダイナモ』が起動する。直後に仮面ライダーストロンガーは身体の各所に銀色のラインが入った、通常の百倍の出力を発揮できる『超電子人間』の姿へと変わる。

「逃げるか! ストロンガー!」
「お前たちの相手は、私だ! 紅椿!」

 残る奇怪人は仮面ライダーストロンガーを追おうとするが、箒が割って入る。すぐに『紅椿』の単一仕様能力『絢爛舞踏』を発動させ、各部から金の光が溢れ出す。
 仮面ライダーストロンガーはチャージアップ完了と同時に右拳を握り、急降下しながら奇械人アリジゴクめがけて渾身の右ストレートを放つ。

「超電急降下パンチ!」

 超電子の力を込めたパンチは一撃で奇械人アリジゴクを頭から叩き潰し、発生した衝撃波で蟻地獄の砂が10メートルほど真上に吹き飛ぶ。蟻地獄に嵌っていた市民や隊員も巻き添えで地上に吹き飛ばされる形で全員脱出する。もっとも、あまりに荒っぽい救助方法であるためか、強かに身体を打った者も少なくなかったが。
 奇械人アリジゴクを粉砕した仮面ライダーストロンガーは間髪入れずに跳躍し、身体を丸めて体当たりを仕掛けてくる奇械人アルマジロンに右足を向け、溢れ出す超電子の力を込めてドリルのように高速回転する。

「超電子ドリルキック!」

 仮面ライダーストロンガーが奇械人アルマジロンを障子紙のようにぶち抜くと、直線上にいた奇械人ハサミガニは泡を吹いて超電子ドリルキックを無力化しようとする。しかし高速回転によって泡を弾かれ、奇械人ハサミガニの身体も仮面ライダーストロンガーによって貫かれ、奇怪人アルマジロン共々大爆発を起こす。
 電気技の時とは桁違いの爆発によって、市民はおろかSPIRITSスーツを着ている隊員すらまともに立つことが出来ない衝撃波が襲いかかり、全員の動きが止まる。コウモリ奇械人と奇械人ドクガランが突っ込むが、箒が立ちはだかる。

「言った筈だ。お前たちの相手は私だとな!」

 箒は右手に持った雨月でコウモリ奇械人めがけて突きを放つ。咄嗟に横に逃れようとしたコウモリ奇械人だが、左翼に雨月が命中する。その瞬間、先ほどは比べ物にならない威力のレーザーが左翼を貫通して焼き払い、コウモリ奇械人は墜落する。奇械人ドクガランが箒を叩き落とそうと突っ込んでいくが、箒は左手に持った空裂を振るい、エネルギー刃を纏わせながらその胴を抜く。すると奇械人ドクガランの身体が豆腐か何かのように容易く両断される。

(やはり、絢爛舞踏発動時の出力が上がっている……!)

 『紅椿』の絢爛舞踏は機体のエネルギーを増幅させる効果があり、発動させている限り『紅椿』は事実上エネルギー切れの心配もなく、存分に性能を発揮できる。それでもブラックサタンとの戦闘が始まるまでは、急激な武器威力の上昇はなかった。しかしブラックサタンとの戦闘に突入してからはリミッターが外れたことに加え、奇怪人の耐久力が予想外に高く、当初の雨月や空裂では若干力不足なきらいがあった。故に無段階形態移行(シームレス・シフト)で、『紅椿』が対抗すべく『進化』しつつあり、絢爛舞踏発動時はレーザーやエネルギー刃の出力が大幅に向上している。
 ブラックサタンとの戦いで優位に立てるのは良いのだが、奈何せん周囲へ与える被害も増している。生身の人間が近くにいる状況で使うには、外した時の危険性を考えると躊躇われた。加えてリミッターの解除で絢爛舞踏を発動させずとも十分に戦えること、奇械人との戦いは短期決戦が基本であることから、箒も近くに生身の人間がいる時は絢爛舞踏を使わず戦うつもりであった。
 これは仮面ライダーストロンガーの超電子ダイナモも同じだ。出力が急激に向上する分、発生する爆発や余波も大幅に増す。1分間という時間制限やエネルギーの消耗が激しくなる欠点もあり、生身の人間が近くにいる時は極力チャージアップせずに戦っている程だ。
 その仮面ライダーストロンガーは着地と同時に奇械人電気エイを殴り倒し、両足を掴んでジャイアントスウィングの要領で振り回し始める。すると仮面ライダーストロンガーの周囲に電気を纏った強烈な旋風が巻き起こる。近くにいたブラックサタン戦闘員が上空に巻き上げられ、感電して黒焦げになっていく。奇械人電気エイの胸に装備されたエネルギー残量ゲージが一瞬で振り切れてショートし、奇械人電気エイの全身から火花が飛び散り始める。

「超電ジェット投げ!」

 十分に遠心力をつけると、仮面ライダーストロンガーは奇械人電気エイを奇械人メカゴリラめがけて放り投げる。奇械人メカゴリラは自慢の怪力で受け止めようとするが、あまりの勢いに奇械人電気エイを止めるどころか仲良く吹き飛ばされる。両者は岸壁に叩きつけられた直後、まとめて爆死する。

「これで、最後だ!」

 残る奇械人は一斉に箒に挑みかかるが、箒は両肩展開装甲を変形させ、大型ブラスターライフル『穿千』を形成させる。PICで姿勢を固定し終えると、穿千から真紅のエネルギー・ビームが放たれる。ビームは地面を抉りながら残りの奇械人とブラックサタン戦闘員を一撃で焼き払う。さらに射線上にあった岩壁を10メートルほど溶かし、ようやくエネルギー・ビームは消失する。残る敵はデッドライオンだけだ。仮面ライダーストロンガーは電気人間の姿に戻り、不敵に言い放つ。

「タイムアウトどころか、45秒をフルに使う必要もなかったか」
「チィッ、余裕のつもりか!? ストロンガー! まだ俺が残っているのを忘れたか!?」
「この惨状を見て、そこまで強気に出れるお前は間違いなく大物だな。忘れちゃいねえぜ、デッドライオン。お前らブラックサタンを忘れたことなど、一瞬たりともない!」

 仮面ライダーストロンガーは跳躍し、着地すると再会の挨拶と言わんばかりに左右のパンチを放つ。デッドライオンはまともに受けてたたらを踏みつつも持ち直して右手の爪で殴りかかり、仮面ライダーストロンガーが身を開いて避けると好機と見て一気に攻め立てる。しかし仮面ライダーストロンガーは両手で爪を受け止め、前蹴りを入れてデッドライオンを吹き飛ばすと、一度右手を胸の前に持ってきた後に右ストレートを放つ。

「電パンチ!」

 仮面ライダーストロンガーの拳がデッドライオンの顔面に入ると高圧電流が流し込まれ、デッドライオンは怯んで大きく吹き飛ばされる。

「ストロンガー! これでも食らえ! デッドハンド!」

 デッドライオンは気丈に立ち上がると右手の爪を飛ばし、頭につけたたてがみ状の飾りを外して仮面ライダーストロンガーに投げつける。爪と飾りは仮面ライダーストロンガーの周囲を飛び回りながら執拗に襲いかかり、仮面ライダーストロンガーも時に打撃で叩き落とし、時に回避し、時に防御を選択して防ぐが、足止めを食らう。

「磁力扇風機!」

 しかし仮面ライダーストロンガーのベルトのバックルが回転して風を巻き起こし、爪と飾りを吹き飛ばす。デッドライオンがそれを回収した隙に仮面ライダーストロンガーは一度手を地面に置く。

「エレクトロファイヤー!」
「ぐおっ!?」

 地面を伝って高圧電流が流し込まれ、デッドライオンは怯んで地面に膝をつく。しかしすぐに立ち上がり、口を開く。

「クソッ、タイタンがいればこんな無様な姿を晒すことも無かったが……覚えていろ、ストロンガー! 次こそは必ず貴様を八つ裂きにしてやる!」

 捨て台詞を言い終えたデッドライオンは跳躍し、姿が跡形もなく消え去る。ハイパーセンサーを使って追跡しようとする箒だが、タイタンの時と同じくデッドライオンの反応も痕跡もない。またしても逃げられたようだ。仮面ライダーストロンガーが変身を解除し、箒も『紅椿』を待機形態に戻して歩き出すと、今度は別のトラブルが発生していた。

「レッド! あなた、生きてたの!? どうして私に知らせてくれなかったの!?」
「おいレッド! さっきから無視するんじゃねえ! スカーレットがどれだけてめえのために泣いて、てめえらのために頑張ってきたのか分かってんのか!? 今まで死んだと思ってたてめえが生きてる理由は知らねえが、少しはスカーレットに何か言ってやったらどうなんだ!?」
「……俺はお前たちなんか、知らない。人違いだ」
「とぼけんじゃねえ! ならその『ヘイトソング』はなんだ!? そのウィシャ訛りはなんだ!? その匂いはなんだ!? どんだけ惚けても、俺やスカーレットの目や耳、鼻は誤魔化せねえぞ!」
「だから、人違いだ」
「どうして……どうしてそんな嘘をつくの? あなたが無事に生きている理由なんて知らないし、どうでもいい。生きてさえいるなら嬉しいから。けど、どうして知らないフリをするの!?」
「分隊長さんよ、何かあったのかい?」
「さあね、私には分からないわ」
「とぼけてんじゃえよ隊長さん! あんた、あのレッドって奴がスカーレットやチリカ、ガブリエルの知り合いかどうか、分かってんだろ!? そうならそうと、違うなら違うと、ハッキリ言ってくれよ!」
「私からは答えられないわ、ミスター。本人に聞いて」

 スカーレットとチリカが隊員に取り押さえられながら、予備のヘルメットを被り直したレッドへ必死に叫ぶが、レッドは無機質な声で時折否定しつつ無視している。スパイクがブラウンに食ってかかるがブラウンは取り合おうとしない。薄々レッドとスカーレット、チリカが只ならぬ関係であると感付く茂と箒だが、念のためにスカーレットとチリカに声をかける。

「二人とも、レッドって隊員の知り合いなのか?」
「知り合いも何も、レッドはスカーレットと同じウィシャなんだよ!」
「同じ部族ってわけか。けど、それだけじゃねえんだろ?」
「そうだ! この二人はたった二人しかいない……!」
「チリカ!」

 チリカが何かを言おうとするが、スカーレットが遮る。不審に思う茂と箒に今度はスカーレットが話し出す。

「ごめんなさい、詳しいことは言えないんです。でも、これだけは信じて下さい。あの人は間違いなく私の知ってるレッドなんです。あの時に死んでしまったと思っていた、私にとって大切な人なんです」
「……分かった、スカーレット。私は君を信じる。事情はよく分からないが、スカーレットにとってレッドさんは、今までずっと離れ離れで、長い間探し求めて、二度と会えないと一度は諦めて、それでもまだ会いたいと思ってしまうくらい大事な人なんだろう? なら、納得するまで食い下がるべきだ」
「箒さん……」
「付き合ってられねえな。スカーレットにチリカ、だったな。お前たちの言ってたウィシャのレッドってヤツは、死んだよ。俺が殺した。俺はウィシャでもなんでもねえ、ただのレッドだ。お前たちが探してる奴とは、別人だ」

 レッドはそれだけ言い捨てると歩き去る。他の隊員も市民を先導して歩き始める。スカーレットとチリカ、スパイク、ガブリエルもブラウンに促されて渋々歩き出す。殿としてブラウンが茂と箒と共に歩き出すと、茂がブラウンに話しかける。

「初めて会った時からおかしいと思ってたんだ。どいつもこいつもコードネームばかり。過去の経歴一切不明。隊員への不必要な接触を控えろってあんたの指示。あんたも含めて訳ありだとは思っていたが、第7分隊は相当訳ありな連中を集めてたんだな。それも営倉入りの兵士とか、刑務所入りの犯罪者なんてチャチなもんじゃねえ。処刑されるか、自殺するかしかないような、死ぬことをどうでも思わないくらいに追い詰められた『死にたがり』か、レッドみたいな『生ける屍』ばっかりだったなんてよ」
「今さら隠してもしょうがないわね。その通りよ。彼らはいずれも優秀なプロフェッショナルだったけど、軍法会議にかけられて銃殺刑寸前だった者、ゲリラやテロリストとして処刑される一歩手前だった者、死刑か終身刑になった者、そうした死を恐れない人間が集まっているわ」
「なるほど、だから無茶で無謀な戦い方が出来るってわけか」
「不満そうね、城茂。けど、こうしなければ第7分隊をすぐに編制出来なかったでしょうね。ましてや相手はあのデルザー軍団。文字通り命を捨てられる人間でなければ、あなたや箒さんのサポートは出来ないわ」
「つまり後腐れなく『捨て駒』に出来るように第7分隊は編制されたと?」
「ええ。それに彼らは自分の死に場所を求めている。それも自殺や処刑ではない、戦場での死を、ね」

 ブラウンが言い切ると茂が露骨に不機嫌になる。

「あら、やっぱり御不満? けど、これが現実なのよ。誰もがあなたたちのように強くはなれない。だから私たちが必要とされた。それだけの話よ」
「確かに理屈じゃそうなのかも知れねえよ。けどな、俺は死にたがりってのと、捨て駒とかいう余計な犠牲って奴が、ブラックサタンやデルザーの連中と同じくらい大嫌いなんだよ」
「青臭いことを言うのね、城茂。あなただって綺麗事だけではどうにもならなかった現実を、今まで沢山見てきたでしょう?」
「悪いな、分隊長さんよ。ガキの言い分かも知れねえが、俺のケツはまだまだ青くてな」

 茂が吐き捨てた直後、茂は耳に手を当てて何かを聞く動作をする。箒も通信が入ったことに気付き、ブラウンもまた通信機を取り出す。

「茂さん!」
「分かってる! ブラックサタンめ、また動き出しやがった!」
「市民はこちらで安全な場所まで送り届けるわ! 二人は先行して頂戴!」
「分かりました!」
「箒さん、頼んだぜ!」

 ブラックサタンがまたしても出現したとの連絡が入ると茂は変身し、『紅椿』を装着した箒がそれを抱えて飛び立ち、その場をブラウンたちに任せて次の現場に向けて飛び立つのであった。

**********

 夜。富士駐屯地の外にはSPIRITS第7分隊のベースキャンプがある。夜襲に備えてのことだ。あの後、茂と箒は夜になるまで各地に出現したブラックサタンの掃討に追われ、SPIRITS第7分隊と共につい先ほど富士駐屯地に戻ってきたところだ。ブラックサタンは富士駐屯地の近くにも出現して小競り合いにもなった。また攻め込んでくる可能性も考え、今夜はSPIRITS第7分隊と茂、箒はテントを張って駐屯地の外で寝る。もっとも、駐屯地の外にいる理由はそれだけではないが。

「さあ、今回は豪勢に酒盛りだ! 最期の酒になるかも知れないんだ、よく味わって呑んでおけよ!」
「まったく、酒が手に入ったからとはいえ、こんな時に飲むなんてな」
「それじゃ、乾杯(トースト)といこうか!」

 グレイの一言を皮切りにSPIRITS第7分隊の隊員は酒を手に一斉に乾杯し、思い思いの場所で、思い思いの相手と酒を酌み交わし始める。ブラックサタンの襲撃等もあり、廃棄する予定だった酒類をグレイが自腹で引き取ったらしい。というより、ブラウンがグレイの資産の一部を握っているらしく、無理矢理支払わせたという方が正しいようだが。もっとも、当初は食料品などが無償で提供される予定だったらしい。だが食料は市民や警察、国防軍への提供を優先した方がよく、万が一の時は消毒などにも使えることから、グレイの判断で敢えて廃棄予定の酒類を貰ってきたらしい。茂は酒盛りを横目に見て呟くが、箒の様子がおかしいと気付いて声を掛ける。

「箒さん、どうしたんだ? 気分でも悪いのかい?」
「あ、いえ、その、私、どうも体質的にアルコールに弱いみたいで……」

 箒は慌てて首を振るが、鼻に入ってくるアルコールの匂いで身体の力が抜けそうになる。箒は体質的にかなりの下戸で、白ワインのようにアルコール度数が低い酒をグラス一杯飲んだだけで意識が飛ぶ程だ。無論、普通ならば酒の匂いを嗅いだ程度で酔いかけることはないが、運悪く近くで非常にアルコール度数の高い『スピリタス』の呑み比べが行われていた。すでに何人かは酔い潰れた様子だが、その中で平然とイエローはスピリタスをストレートで飲んでいる。

「なんじゃ、もう潰れたごたるか。まあ良か。ワシ一人でも楽しむけん」
「スピリタスって、そのまま飲む代物じゃなかった筈なんだが……?」

 平然とスピリタスを開けたイエローに、負けた隊員が水を呑んで立ち直るとツッコミを入れる。イエローは顔色も変わらず素面のままだ。今度は芋焼酎の瓶を開けて飲み始めている。最早見ているだけで泥酔しそうなイエローの飲みっぷりに、箒は堪らずその場を離れる。少し離れたところで佇んでいると、隊員が数人箒に寄ってくる。どうやら出来上がっているらしく、酒気を身体から漂わせている。隊員の一人は箒を見ると声をかける。

「おいお嬢ちゃん、一杯やらなくてもいいのかい?」
「いえ、私はお酒は飲めませんし、仮に飲めても飲む気にはなれませんから」
「固いこと言うなよ。どうせ明日とも知れない命なんだ、酒の旨さを知らずに逝っちまうなんて勿体ないぜ?」
「明日とも知れない命だなんて、そんな不吉なことを……」
「不吉? 十分にあり得る事態だぜ? お前さん、まさかISがあるから自分は大丈夫だなんて思ってるのか? そいつは間違いだぜ。お嬢ちゃんも知ってるだろうが、奇怪人って連中は俺たちは勿論、ISにとっても厄介な敵には違いない。しかも向こうはハナからこっちを全力でぶち殺しにくるんだ。そんな奴を相手にして、生き残り続けられると断言できる程、俺たちは自信家じゃない。それに、俺たちだって敵を殺してるんだ、俺たちも敵に殺されもするさ。そのISを使って敵を殺してきたお嬢ちゃんも、な。お嬢ちゃん、こいつはスポーツじゃない。殺し合いなんだ。敵を殺す覚悟と殺される覚悟は決めておくんだな」
「ご高説どうも。だが子供に酒を飲ませていい理由にはなんねえぜ?」
「ホウキも酔っ払いの寝言なんて聞かなくていいから、私に任せておきなさい」

 隊員が箒に絡んでいる所を見たグレイが途中で割って入り、ホワイトが隊員の首根っこを掴んで箒から引き離す。するとその隊員は酒気を帯びた息を吐きながら文句を言う。

「ホワイト、俺はな、まだスポーツ気分が抜け切れてない新兵に戦場での心得をな……」
「なら聞くけど、覚悟して殺すのがそんなに上等なわけ? 殺される側からしたら覚悟の有る無しなんて関係無いでしょ?」
「それに、『罪の対価は死なり』って一節も聖書にはある。人間の裁きと違って、天上におわします主が人間に与える罰は、例外なく死しかない。覚悟を決めて、どれだけ言い繕おうが、罪を犯した時点で死を罪人に与えることは決まっている。ただ、それがいつ、どこで、どんな形でやってくるかが分からないだけでな。ま、ブラックサタンなんて名前からして喧嘩を売ってる連中だ。どんだけ派手にやってもお咎めはないだろうがね」
「あんた、牧師みたいなこと言うんだな」
「これでも神学校をちゃんと出た牧師なんだ。まあ、今じゃ『元』が前につくけどな」
「はいはい、有り難いお説教ありがとう。それじゃ、飲み直すわよ? ホウキに絡むだけの元気があるんだから、まだ飲めるでしょ?」

 ホワイトは隊員を連れて再び酒盛りの輪へと入っていく。入れ違いになるように、顔を赤らめた黒髪の女性隊員ことセピアが箒の所に歩いてくる。

「箒さん、大丈夫だった? 彼等も悪気があって言ったわけじゃないんだけど」
「いいえ、私は気にしていませんから」
「そう、なら良かったわ。けど、彼らの言うことも分かるの。私たちは明日とも知れない命どころか、本当ならとっくに死んでいてもおかしくなかった。むしろ一度死んでいると言っていい人間ばかり。だからいつ死を迎えてもおかしくないのよ。だからこそ、私たちは死を恐れない。彼の言葉を借りれば、覚悟は出来ているの。だから、そんなに心配そうな顔をしないで?」
「そういうこった。命がけの汚い仕事は俺たち死人に任せておけばいい。君は俺たちと違って、ずっと綺麗なままでいるべきだ。そのために俺たちがいるんだからな」
「セピアさん、グレイさん……」

 箒はしばらく沈黙するが、ふとあることに気付く。

「あの、レッドさんは?」
「レッドか? あいつなら向こうに行っちまったよ。元々こういう場が好きじゃないからな。それで、レッドに何か用があるのかい?」
「あ、いえ、そういう訳では……」
「ま、大体分かるけどさ。一つだけ、個人的に忠告しておく。人違いされたままってのは、結構キツいんだぜ? ほどほどにしておくんだな」

 グレイはセピアと共にホワイトたちを追って輪の中へ入っていく。箒は少し思案した後にグレイが指差していた方向に向かって歩き出す。
 しばらく歩いて木々の間を抜け、木々が無くなって開けたところに、レッドはいた。月に照らされながら箒に背を向け、長い白髪を風に靡かせて空を見上げていたレッドだが、箒に気付いたのか振り返る。スカーレットと同じような赤い肌と赤い瞳だ。SPIRITSスーツに包まれている身体も同じ肌の色なのだろう。だが、それ以上に箒の目を惹いたのは、赤い瞳の奥であった。
 瞳の奥からは何の感情も感じ取れず、ただ深い虚無だけがポツンとあるように感じられた。目が死んでいる、と表現されることはあるが、まさしく今のレッドのような状態を言うのだろう。何の興味も、感情も、偏見もなく、ただ視線を向けるだけ。それがレッドの目だ。そんなことを箒が考えているとも知らず、レッドが先に口を開く。

「何か用か?」

 何の感情も籠っていない、温かみと言うものが感じ取れない無機質で、どこか疲れ果てた声だ。内心人間がこのような声を出せるのかと驚く箒だが、すぐに気を取り直して話し始める。

「その、スカーレットのことなのですが」
「向こうの人違いだ。俺には関係ない」
「嘘、ですね? あなたはあの時、スカーレットの名前と特徴を聞いた時、確かに動揺していた。本当はあなたがスカーレットの大切な人、スカーレットが探し求めていたレッドだ。なぜあんな嘘をついたんですか?」
「だから、俺は違うから関係無いと言ってるんだ」
「関係無くない!」

 あくまで白を切り通そうとするレッドに箒が声を荒げる。

「あなたには分からないんですか!? 大切に思っていた者と望まぬままに引き離された人間の気持ちが! 大事な人から繋がりを否定されたことが、どれだけスカーレットを傷付けたか! どんな事情があるかは知りませんが、スカーレットの気持ちをもっと考えたらどうなんですか!?」
「無駄だぜ、箒さん」

 自分の過去とスカーレットを無意識の内にダブらせて捲し立てる箒だが、茂が歩いて来て声をかける。言葉を切ってそちらを見る箒とは対照的に、レッドは相変わらず乾き切った目を茂に向けるだけだ。茂はレッドを一瞥した後に口を開く。

「そいつはとんだ臆病者だ。生きる勇気も、自分で死ぬ勇気もない、な。だからスカーレットやチリカに会った時に無視を決め込んたんだ。事情は分からないが、自分が保てなくなりそうで怖いから、スカーレットやチリカと正面から向き合えないのさ」

 茂は一度言葉を切ると、続けてレッドに話しかける。

「しかし、レッドってコードネームは似合わねえな。特に目は赤いが、中身はむしろ青ざめてやがる。いっそ『ブルー』ってコードネームに変えたらどうだ?」
「俺が、青ざめた瞳の、『ブルー』だと……?」

 その瞬間、何も帯びていなかったレッドの目に感情が宿る。怒り、悲しみ、憎しみ、怨み、殺意。負の感情が凝縮された、どす黒い炎がレッドの目に宿ったように箒には思えた。

「ストロンガー、俺がヤツ、ブルーと同類だって言いたいのか?」
「さあな、俺はそのブルーってヤツは知らねえからな。ただ、お前がそう思うなら、今のお前はブルーって奴と同類なんだろう」
「貴様……!」
「ほう、やるかい? 上等、俺も簡単には……!」
「やめて下さい!」

 低く、殺気すら籠った声を発するレッドに対し、茂は不敵な態度を崩さない。レッドと茂があわや一触即発、という所で箒が声を張り上げる。茂とレッドは同時に箒の方を向き、目が合う。

「……チッ」

 最初にレッドが舌打ちしながら視線を外し、目と雰囲気を戻してその場から歩き去ると、茂が口を開く。

「悪いね、箒さん。つい頭に血が上っちまってさ」
「いえ。それより茂さん、少し一人にしてくれませんか?」
「いや、しかし……」
「お願いします。今は、一人でいたいんです」
「……分かった。くれぐれも気をつけてくれ」

 茂もまた歩き去る。箒はレッドがしていたように髪を風に靡かせ、月を黙って眺めて内心呟く。

(私はこれから、どうすればいいんだ? 一夏、今は無性にお前に会いたい……)

 内心不安を吐露しながらしばらく沈黙していた箒だが、茂やレッドの後を追ってその場から立ち去るのであった。



[32627] 第五十七話 魔人(デルザー)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5b9478ff
Date: 2014/07/17 07:59
 両親や幼馴染みと引き離されたのは10歳の頃、小学5年生に進級する直前であった。
 第二回モンド・グロッソ決勝戦で『ブリュンヒルデ』の弟が誘拐されたのをきっかけに、自分や両親に重要人物保護プログラムを適用されたのだ。なにせ姉はISを創り上げ、数多くの功績を上げた天才科学者、篠ノ之束だ。束にとって数少ない弱みである家族、特に箒の身柄を狙ってくる組織が出ないとは限らない。それが適用された理由だ。もっとも、実際は身内以外には冷淡で、何をしでかすか分かったものではない束への『人質』というのが本音だろう。
 保護プログラムが適用された後は日本各地を転々とさせられた。一か所に留まるのは長くて三ヶ月、短い時は一ヶ月もなかった。性格もあって友達は出来ず、出来てもすぐに引き離された。それどころか偽名を名乗らされ、転校する度に偽名も変えられた。両親役兼監視役も転校に合わせて交代した。この時は誰も『篠ノ之箒』としての自分を見てくれなかった。監視役や政府関係者は『篠ノ之束の妹』としてしか見ず、警戒や侮蔑、怨恨の視線こそあれ親身になってくれる者などいなかった。たまにある程度親切にしてくれる者いたが、すぐに交代となり交流を深めることなど出来なかった。
 特に束が姿を消してからは執拗な取り調べが始まり、向けられる視線の刺々しさは増す一方であった。篠ノ之束の妹だから『保護』しているのであって、それ以外に自分の存在価値などなかったのだろう。転校先である程度親しくなった子も、見ていたのは偽りの自分だけであった。
 唯一、剣道をやっている時だけは本当の自分、『篠ノ之箒』でいられる気がしていた。面をつけて竹刀を持ち、対峙している時はしがらみも偏見もなく、相手が自分と向き合ってくれた気がした。互いに撃ち合い、力と技を尽くして競い合っている時だけは、剣を振るう喜びと充足感に浸ることが出来た。試合になれば経歴や事情など関係無く、剣士として戦うだけ。それが無性に嬉しかった。だから剣道だけは欠かさず続けた。政府の意向で大会には出られなかったが、それでも構わなかった。しかし一年前、通っていた学校の剣道部顧問から大会参加を打診されたのが転機となった。その場は断ったが、ある考えが頭をもたげてくるようになった。
 監視役から父や母が生きていることだけは教えて貰えたし、父と母も自分の無事だけは伝えられていると聞いていた。しかし父も母も自分がどこにいて、何をしているのか知らなかった。だからせめて自分が元気で、剣の修業を続けていることは知って欲しかった。あるいは、幼馴染みに自分のことを知らせたかったのかも知れない。大会で優勝すれば新聞記事になり、父や母、幼馴染みが自分の名前と活躍をみてくれる。そんな考えだ。
 最初に本名で大会に出場したいと言った時、監視役はほぼ全員反対した。敵に狙ってくれと言うようなものだと説得されたし、偽名での出場にしてくれと強く頼まれた。しかし一人だけ、一番若い女性の監視役が箒への同情から他の監視役を説得し、最終的に今回限りかつ監視付きという条件で承諾された。そして大会で優勝し、新聞からの取材がきた。しかし、思えば話が上手くいき過ぎおり、この時点で疑うべきだったのかもしれない。
 剣道が憂さ晴らしの手段になっていたことに気付き、自己嫌悪に苛まれながら会場を出た自分を待っていのは、滝のように降り注ぐ土砂降りの雨と雷光、そして他の監視役を気絶させ、サイレンサー付きの拳銃を構えた女性の監視役だった。混乱している自分に女は自分から色々教えてくれた。女は日本政府とは別の組織に属すスパイであること。命令で自分の身柄を確保する為に潜入し、機会を窺っていたこと。大会に出ればISを迂闊に持ち出せないので確保が容易になると考え、同情したふりをして他の監視員を説得したこと。利用されたことに呆然とする自分に、女が言い放った言葉が耳に残っている。

『あんた、誰かが親切にしてくれるとか本気で考えてたの? バッカじゃないの!? 誰が悲しくてあんたなんかに親切にしてやんなきゃなんないのよ!? 人様があんたのために働いてくれるとか、本気で勘違いしてるのかしら? そんなわけないでしょ! あんたの存在価値は篠ノ之束の妹って立場だけなの。なんの力も才能もないあんた自身には、これっぽっちも存在する価値も意義もない。他人から見たら、あんたはそこらのゴミクズと同じかそれ以下なわけ。分かったら大人しく来なさい。無駄に酸素を使っている穀潰しのあんたが、生まれて初めて人の役に立てる瞬間なんだから、これ以上私に手間掛けさせんじゃないわよ!』

 その瞬間、手に持った竹刀も胴着も捨て、雨の中を走り出していた。不意を突かれた女が拳銃を乱射し、罵倒しながら黒いISを展開して追いかけてきても、水たまりを蹴って足を止めずに走り続けた。己の生まれを、運命を、無力を呪いながら、視界が曇って頬に何かが伝っても足を止めなかった。

『なんで――なんで誰も私のことを見てくれないんだ!? 私は、私なのに――なんでみんな、私を――』

 必死に走り続けていた箒が十字路で男にぶつかるところで箒の視界が暗転する。

「……ウキ、ホウキ、ちょっとどうしたのよ? もう起きる時間よ?」
「う……ん……」

 誰かが身体を揺さぶりながら声をかけてくるのを知覚すると、箒は重い瞼を開ける。目の前では金髪の女性が箒の顔を怪訝そうに覗き込んでいる。

「ホワイト、さん? 私は……」
「まだ寝ぼけてるわけ? 寝起きのいいあんたがいつまでも起きないから、こうやって私が起こしてあげたのよ」
「そう、ですか……」

 女性ことホワイトの言葉で箒はここが富士駐屯地にある兵舎の一室であること、先ほどまで見ていたのが夢だと気付く。そこにホワイトが言葉を続ける。

「それよりホウキ、何か悪い夢でも見たの? さっきまで魘されてたし、目にも、さ」
「え? あ……」

 ホワイトの指摘で箒は目から涙がこぼれていることに思い至る。慌てて袖で涙を拭う箒に、ホワイトが敢えて明るく笑って口を開く。

「別にいいわよ、気にしなくて。どんな夢を見てたかは知らないけど、夜は怖いものなんだから。コヨーテも、山ネズミも、大鷲も、夜の闇が怖くてひっそりと泣いている。男も、それに女も、ね」
「ホワイトさん……」
「おはよう、箒さん。これで全員お目覚めね。さあ、早く支度なさい。食べられる時に食べておかないと、身体を壊すわ。それともトーストとかじゃなくて、イエローやタキみたいにライスとミソスープがお好みなのかしら?」

 箒が起きたことに気付いたブラウンが声をかける。ブラウンやすでに起きていたセピアも箒が起きるのを待っていたようだ。セピアは替えようと服に手を掛けている。兵舎内で寝る時はホワイトやブラウン、セピアもSPIRITSスーツを脱いでいる。箒も寝巻代わりにジャージを着ている。ホワイトとブラウンも服を脱ごうと上着のボタンに手をかけ、箒もISスーツに着替えようとする。しかしドアの外から気配を感じると全員の動きが止まる。ブラウンとホワイトはホルスターから拳銃を抜き、なんの躊躇いもなく安全装置を外してドアへ向ける。

「どうやら、おしおきが必要なのが何人かいるみたね」
「同感。どれだけの重罪か、身体に教えてやらないと」

 同じ頃、先に朝食を摂り終えたグレイはインターポール本部からの暗号通信解読文を手にグレイやホワイト、セピア、箒が寝ている部屋へ向かっていた。朝食と言っても大半はオートミールや干し肉、握り飯のような簡素なものだ。『カブトロー』からの充電で済ませたのは一人しかいないが。兵舎に入って部屋の前に到着すると、数人の隊員が息を潜め、部屋の中の様子を窺おうとしている。

「お前ら、一体何してんだ?」
「副隊長!?」
「あ、いや、これは、その……」
「皆まで言うな。どうせ着替えを覗きに来たんだろ? 最優先目標は篠ノ之箒、第二目標はセピアかホワイト、ブラウンはついでってところだろうな」

 グレイの言葉に全員が沈黙する。図星のようだ。

「覗きとは罪深いな。気持ちは分からんでもないが、そうした邪な欲望もまた罪の一つだ。それも聖書では七つの大罪に数えられるほどのな。確かに人間という生き物は罪を背負って生きているものだし、俺たちなんかその最たる例だ。どの道地獄に堕ちるのには変わらないだろう。だが、だからと言ってさらに罪を重ねてもいい理由にはならない。むしろ罪人だからこそ罪を重ねないように努力することが……」
「……すげえよ、あの元牧師。覗きながら俺たちに説教してやがる」

 グレイは真面目に、厳かに他の隊員を諭しながら迷わずドアノブに手をかけ、覗きを敢行しようとする。しかし銃声が鳴り響いて銃弾がドアを突き抜ける。

「おい! 副隊長がやられたぞ!」
「スネーク! 返事をしろ! スネーク!? スネェェェェェェェク!」
「ああ! ジャン・ルイがやられた!」
「柿崎ぃぃぃぃぃ!」
「なんてこった! ケニーが殺されちゃった!」
「この人でなし!」
「やかましい!」

 グレイら数人が倒れた直後、拳銃を持ったホワイトがドアを蹴り開けて残った隊員を蹴散らす。最後に残されたグレイを蹴って起こすと、ブラウンが顔を出す。

「悪戯が過ぎたようね、グレイ。それで、私になにか用が?」
「まったく、マジで地獄行きかと思ったぜ。それはそうと、本部からの暗号通信だ。解読はこっちでしてある」
「分かったわ。あなたは他の隊員を集めて、いつでも出撃出来るようにして。それと、城茂にもお願い」
「了解、っと」

 ブラウンは解読文を受け取るとグレイを下がらせ、手早く着替えを済ませて兵舎を出る。ホワイト、セピア、箒も続いて兵舎を出て隊員たちが詰めている倉庫へ入る。ホワイトとセピア、箒はゴールドから渡されたパンにかぶりつき、ブラウンは腰かけてパンを食べながら暗号文に目を通す。箒がブラウンに近付くと、食事を終えたブラウンが箒へ向き直る。

「箒さん、まずは良いニュースよ。昨夜Xライダーとセシリア・オルコット、第5分隊がGODの鎮圧に成功したそうよ。それと、第3分隊と第4分隊もこちらの援護に来てくれるらしいわ。バダンニウム輸送船を確保出来たから今日中には到着する、と」
「そうですか、良かった」
「もう一つ。ブラックサタンの大規模なアジトの位置が分かったわ。すぐに潰しに行くことになるけど、大丈夫かしら?」
「はい、私は。場所は?」
「ここよ。丁度断層とマグマ溜まりの中間地点となる場所。断層の爆破と同時にマグマを一気に流し込んで、日本列島両断作戦を実行する気なんでしょうね」

 ブラウンは箒に地図を見せると立ち上がり、他の隊員や茂が待っているブリーフィングルームに向かう。箒とホワイト、セピアもそれに続く。ブリーフィングルームにはグレイたちがすでに集合している。箒が茂の隣に腰かけると、ブラウンはスクリーンに映像を投影させて話し始める。

「早速だけれども、作戦目標の説明に移るわ。インターポール本部からの連絡で、富士山麓のバダンニウム鉱脈付近にブラックサタンの大規模施設が確認されたわ。詳しい情報は端末に送ったから、各自確認して頂戴」

 すると隊員は一斉に携帯式の情報端末を取り出し、データを確認し始める。箒も空間投影式ディスプレイを展開し、茂と共に送られてきた情報をチェックする。全員確認したと見たブラウンは続けて話し始める。

「見て分かる通り、アジトは山中に立地し、向こうも警戒してくるでしょうからヘリや車両での進軍は厳しいわ。今回も隊を分けて山道を通って移動、強襲してライダーストロンガーと『紅椿』を援護、一気にアジトを制圧する。細かい点については後で話すけど、この時点での質問は?」
「ちょっといいかい、分隊長さん」
「何かしら? 城茂」

 ブラウンが一度話を切ると真っ先に茂が手を挙げる。ブラウンが指名すると茂が立ち上がり、話しだす。

「今回の作戦、俺と箒さんだけでやらせてくれないか?」
「どういうことかしら? 私たちが足手纏いだとでも?」
「いや、そうじゃない。このアジトは前にも増して山の中にあるから大人数の移動がしにくいし、ブラックサタンも警戒を強めてる。第7分隊まで連れて行ったら向こうに気付かれちまう。なにより奴ら、『デルザー軍団』が何の動きも見せていないのが気になる」
「つまり私たちが出払っている隙に、デルザー軍団がなにか仕掛けてくると?」
「可能性は十分にあると思うぜ。悪賢い連中だ、それくらい考えていてもおかしくない」
「……そうね。分かったわ、あなたたち二人に任せる。我々は万が一の時の後詰めとして待機する。それでいいでしょう?」
「ああ、頼んだぜ。箒さん、行こう」

 茂とブラウンの間で話が纏まると、茂は箒を促してブリーフィングルームから出る。外に停めてあるカブトローに向かって歩きながら、箒は茂に尋ねる。

「その、茂さん、やはりまだ……?」
「そんなんじゃないぜ、箒さん。気のせいってヤツさ」

 レッドとスカーレット、チリカの一件以来、茂や箒と第7分隊の関係が微妙におかしくなっている。無論茂も第7分隊も表向きはそんな素振りを見せていないし、本人たちも気付いていないのかもしれないが、特にグレイやブラウンが茂や箒にどこか余所余所しくなったように思えた。

「それより、急ごう。さっさと潰しておかないと、後で厄介なことになる」

 茂はヘルメットを箒に渡してカブトローに跨る。箒が後ろに乗ったことを確認すると、スロットルを入れてカブトローを走らせるのだった。

**********

 愛知県名古屋市。東京や大阪に次ぐ日本有数の大都市として発展してきたこの街も、ブラックサタンの出現以来住民は避難し、不気味な沈黙が支配している。その街外れの地下にはブラックサタン、そしてデルザー軍団の根拠地が存在する。アジトにある作戦室で人間態となったタイタンとデッドライオンが協議している。

「デッドライオン、バダンニウム爆弾製造工場の稼働率は?」
「1番から8番、10番と12番は順調、今日中にも予定していた数のバダンニウム爆弾が貯蔵施設に届く。しかし9番と11番が少々遅れている。ここのところバダンニウム爆弾設置が妨害される一方で、四国からのバダンニウム供給がストップしたのが痛い。おまけに富士山麓にあるバダンニウム採掘場のいくつかをストロンガーに潰され、輸送ルートも半分近く潰されている。これではバダンニウム爆弾は減る一方だ。一応、13番工場を閉鎖してその分の人員と資材を回したが、ストロンガーによる妨害を排除しなければ話にならん」
「北陸を管轄している『ネオショッカー』との協議は?」
「互いの作戦に干渉しないという条件で、向こうもこちらの作戦遂行を認めた。本当ならば手を貸してほしいところだが、ネオショッカーもスカイライダーの妨害が予想以上に激しく、人員を割けないようだ。タイタン、作戦の進行状況は?」
「ストロンガーの妨害のせいで芳しくないな、現時点で設置率は38パーセント、想定より13パーセントも下回っている。それだけでなく、富士山麓のアジトを嗅ぎつけられた可能性もある。あの一大拠点が陥落すれば今後の作戦遂行に支障が出るだけでなく、山梨と静岡の確保すら難しくなるだろう」
「再生が済んだ奇械人は全てあちらに送り込んだ。指揮は俺が執ろう。タイタンは引き続き爆弾の設置を頼む。それと、例の弾丸が完成した。今の内にお前に預けておく。身体の強化は問題ないな?」
「ああ。今回は十分に馴染ませてある。暴走するようなことはないだろう。それと、『奴ら』の再生は?」
「言われた通り済ませてある。しかしタイタン、あいつらを再生させてどうする気だ?」
「ほほう、作戦会議か。ご苦労なことだな」

 デッドライオンから渡された弾丸をタイタンが受け取った直後、二人に声がかけられる。タイタンとデッドライオンが声がした方に顔を向ける。視線の先には不気味な顔を透明なフードで覆い、白マントを羽織った白い魔人がトランプを手で弄び、壁にもたれかかるように立っている。するとタイタンは露骨に不機嫌そうな顔をして魔人の名を呼ぶ。

「一体何の用だ? ジェネラル・シャドウ。ここはブラックサタンの作戦室だ。入っていいと許可した覚えはないが」
「俺も元はブラックサタンの幹部だ。入れてもおかしくはあるまい?」

 魔人の名はジェネラル・シャドウ。タイタンが一度命を落とした後にブラックサタン首領に呼び寄せられ、ブラックサタンの雇われ幹部として在籍していた。タイタンやデッドライオンとは元『同僚』の間柄だ。もっとも、性格的に反りの合わないタイタンとジェネラル・シャドウの仲は険悪で、タイタンが復活した後は足の引っ張り合いばかりしていたが。なによりジェネラル・シャドウは最終的にブラックサタンを裏切り、壊滅するきっかけを作っているのだ。それだけにタイタンとジェネラル・シャドウの仲は今でも悪い。タイタンはジェネラル・シャドウに吐き捨てるように続ける。

「フン、貴様はデルザー軍団の一員だろうが。貴様らデルザーが纏まって動いていれば、我々もこんなことをする必要もなかったのだがな」
「文句ならマシーン大元帥とストロンガーに言うがいい。皆ストロンガー打倒しか考えておらんからな」

 そしてジェネラル・シャドウの正体は魔の国から来た『改造魔人』の一体で、デルザー軍団のメンバーでもある。もっとも、デルザー軍団は一部のメンバーを除き、今のところまともに働いていない。仮面ライダーストロンガーと戦う順番で揉めているらしい。血筋や実力の関係でまとめ役を務めるマシーン大元帥が仲裁に当たっているが、マシーン大元帥を含むデルザー軍団構成員は立場上全員同格であるため、なかなか上手くいかないのが現状だ。もっとも、マシーン大元帥を出し抜き、あわよくばデルザー軍団の実権を握ろうと画策しているジェネラル・シャドウが、他のメンバーの対立を煽っているのも大きいのだが。

「自分で散々煽っておいて、どの口でそれを言う。シャドウ、少しマシーン大元帥に話がある。今はどこにいるんだ?」
「今ごろは作戦室だろう。俺も行かねばならん。トランプフェイド!」

 ジェネラル・シャドウがトランプをばら撒いて姿を消す。デッドライオンとタイタンも作戦室を出て、デルザー軍団の作戦室へ向かう。しばらくアジトの廊下を歩いて部屋に到着すると、中では円卓に腰掛けた改造魔人が激しく言い争っている。

「マシーン大元帥! ストロンガー打倒の一番槍は俺にやらせてくれ! 前も邪魔さえ入らなければ、ストロンガーなど容易く捻り潰せたのだ! 憎きストロンガーめを排除出来るのは、この鋼鉄参謀を置いて他にはいない!」
「お黙り鋼鉄参謀! マシーン大元帥、ここはこのドクターケイトに任せておくれよ。パワーアップしたケイトガスなら、ストロンガーも、その取り巻きもイチコロさ」
「フン、口で言うだけなら猿でも出来る。マシーン大元帥、一つ提案なんだが、俺とあんたで手を組まないか? 俺たち二人でかかれば、ストロンガーなぞ敵ではないというもの」
「カカカカカカカカッ、他力本願は相変わらずか、荒ワシ師団長。ならばストロンガー抹殺は俺が引き受けよう。ヤツには返し切れない程の借りがある」
「田吾作が! ストロンガーを倒すのはワシ、岩石男爵に決まっとるんじゃ! 邪魔するならここで擦り潰しちゃるぞ!」
「馬鹿はお前だ! ストロンガーなど、作戦を成功させれば死んだも同然というのに、なぜそこまで拘る!? ストロンガーを倒した者がリーダーとなる約束もないのだぞ!?」
「磁石団長! 偉大なる血を引いた誇り高き改造魔人が、機械を肉に縫い合わせただけの出来損ない、穢らわしい下等種族ごときに、一度ならず二度も負けたのだぞ!? お前も改造魔人ならそれを恥と思わないのか!? 先祖の顔に泥を塗り、敗れ去った屈辱を忘れたと言うのか!?」
「しかし狼長官、先日も大首領様にお叱りを受けたばかりではないか。今は功名争いをしている場合ではない。まずは作戦を成功させ、人間どもを地上から消し去るのを優先すべきだ」
「それは、そうだ。だがヨロイ騎士、ストロンガー、俺が殺す!」
「そんな頭じゃストロンガーは殺せないよ、隊長ブランク。マシーン大元帥、ここは一つ私に任せちゃくれないかい? ヘビ女の毒牙にかかれば、ストロンガーもイチコロさ!」
「マシーン大元帥、いかがされますかな? 俺はあんたに判断を一任する。今度という今度は、ダブルライダーが伝説ではないと理解しただろうからな」

 最後にジェネラル・シャドウが皮肉を飛ばすが、円卓に座るミイラを思わせる改造魔人ことマシーン大元帥は腕を組んだまま沈黙を保っている。再び言い争いが再開されるのにタイタンとデッドライオンが呆れ、マシーン大元帥に声をかけようとする。すると会議室の扉が開いてコンドルに似た改造魔人が入ってくる。その改造魔人が入ってくると他の改造魔人は口論を中断する。入ってきた改造魔人はマシーン大元帥に声をかける。

「マシーン大元帥、言われた通りにバダンニウム爆弾の設置は完了した」
「うむ、御苦労だったな、ジェットコンドル」
「ところでマシーン大元帥、仮面ライダーストロンガー討伐の先鋒はまだ定まっていないのだろう? ならばここは我輩、ジェットコンドルが引き受けよう。偉大なるデルザーを滅ぼしたと聞いていたが、未だに見たことはないのでな。挨拶しておきたいと思っていたのだ」
「簡単に言うがな、ジェットコンドル。ストロンガーは一筋縄ではいかん相手だ。いくら貴公とて……」
「黙れ黙れ! 貴様には聞いておらん! 穢れ混じりの劣等種族が! 貴様ごときが我輩に馴れ馴れしく口を利くな! 我輩の耳と舌が腐れ落ちるわ!」

 マシーン大元帥との話にジェネラル・シャドウが割り込んだ途端、コンドル型の改造魔人もといジェットコンドルはジェネラル・シャドウを口汚く罵倒して黙らせる。
 ジェットコンドルはデルザー軍団に所属する改造魔人で、『ロック鳥』の血を引いているとされる。その名の通り翼とジェットエンジンの飛行能力を生かし、太平洋を中心に南米からインドまで広く荒らしまわっていた。特に拠点としていたバミューダ海域で猛威を振るい、船舶や航空機を発見次第無差別かつ徹底的に破壊していた。日本でブラックサタンやデルザー軍団が活動していた頃、アメリカやインドで仮面ライダー1号、仮面ライダー2号と幾度となく交戦し、太平洋上では『自由の戦士』を名乗る新人類(ミュータント)とも戦っていた。
 しかしマシーン大元帥に呼び寄せられて日本に向かう途中、待ち構えていた新人類と交戦し死闘の末に重傷を負った。辛うじて追撃を振り切ったもののエンジントラブルが発生し、近くを飛行していた秘密結社『シャドウ』の輸送機をかわせずに衝突した。そして積荷の超高性能爆薬の爆発で致命傷を負い、太平洋に沈んで無念の死を遂げた。
 そのためジェットコンドルは改造魔人で唯一、仮面ライダーストロンガーとの交戦経験がない。後にバダンによってデルザー軍団が再生された際も、死体の発見に難航したことや損傷が激しかったことが重なり、再生が完了する前にバダンが壊滅してしまい、またしても仮面ライダーストロンガーと対峙することはなかった。
 ジェットコンドルはヘビ女同様、デルザー軍団では珍しく階級や役職、称号を名乗っていない。
 ヘビ女は本来、魔の国でも暗黒大将軍に匹敵する高貴な一族の出身だ。しかし人間の血を引いているとも魔道に堕ちた人間の成れの果てとも言われるジェネラル・シャドウに心酔し、その下につくために自ら地位や称号を捨てたとも、改造魔人の一体で『剣豪』の称号を持つワルダーが魔の国から抜け出し、その穴埋めとして急遽デルザー軍団に加入したという経緯から称号などを持っていない、とも言われている。
 一方、ジェットコンドルはヘビ女とは逆にジェネラル・シャドウを『成り上がり者』、魔人でありながら人間の血が入った『穢れ混じり』と徹底的に蔑んでいた。名前も元々は『カーネル・コンドル』と名乗っていたのをカーネル(大佐)ではジェネラル(将軍)の下になる、という理由で自らカーネルの称号を捨て、ジェットコンドルを名乗っているほどだ。ジェットコンドルはジェネラル・シャドウを今でも蛇蝎の如く嫌っている。そんなジェットコンドルまで加わって議論は白熱し、遂に鋼鉄参謀が実力行使に出ようとした時、ようやくマシーン大元帥が口を開く。

「偉大なるデルザーの諸君、どうしても仮面ライダーストロンガーを倒したいのだな?」
「無論だ! ヤツに敗れた屈辱は一時たりとも、幾年経とうとも忘れたことはない!」
「ならば、仮面ライダーストロンガーに勝てる自信はあるのだな?」
「当然だ! あの時は油断や邪魔があってのこと。それさえなければストロンガーなど簡単に倒せる!」
「いいだろう、ならばストロンガー討伐を許可する。ただし、順番は早い者勝ちだ。かかる人数も、使う手段も一切問わん。やれると言った以上、確実にストロンガーを殺してもらう。異存はないな?」
「しかしマシーン大元帥、それでは面倒になるのではないか?」
「無論、公平を期すためにストロンガーをここにおびき寄せてから討伐を開始とする。抜け駆けは一切許さん」
「おびき寄せると言っても、どうやってだ?」
「それは考えてある。デッドライオン、バダンニウム爆弾製造工場新築の件だが、立地が決まった。地図を貸してくれ」

 マシーン大元帥はデッドライオンから地図を借り受けると、バダンニウム爆弾製造工場の建設予定地を指で示す。

「ここ全域をバダンニウム爆弾製造工場にすれば、一気に増産が進むだろう?」
「お前、ここがどこだか分かってるのか? 市街地だぞ? 土地をどうやって確保するんだ?」
「何を言っている、デッドライオン。土地ならこんなにあるではないか」
「いや、ビルとかが並んでて、土地がないからそう言っているんだが」
「だから、人間共が作った街など全て更地にしてしまえばいいのだ。我らデルザーの力を以てすれば、容易いものだ」
「待て! マシーン大元帥! まさか我らに街を更地とさせる気か!?」
「そうだ。土地を確保出来るしストロンガーをおびき寄せることも出来る。一石二鳥とはこのことだ。それとも、この程度のことも出来ないと言うのか? ならばストロンガー討伐からは降りて貰おう。そのような軟弱者に、参加する資格はない」

 マシーン大元帥の一言に他の改造魔人は沈黙を余儀なくされる。少し経過してヨロイ騎士が懸念の声を上げる。

「しかしマシーン大元帥、街を壊したところでストロンガーは来ないのではないか? もう街に人間はいないぞ」
「いや、奴は必ず来る。それが仮面ライダーストロンガーという男だ。もっとも、誘き寄せられたところで上手く行くとは限らんがな」
「シャドウ、どういう意味だ?」
「あんたも含めて、皆忘れていないか? 今度の敵はストロンガーだけではない。今回はインフィニット・ストラトスという新たな脅威まで加わっている。一筋縄ではいかんだろう」
「ハッ、人間が猿知恵を絞って作った玩具の力など高が知れたもの。我らデルザーにとって恐れるに足らんわ! 向かってくるのならば、全て正面から叩き潰してやるまで!」
「鋼鉄参謀の言う通りだ。それに我らは未だにインフィニット・ストラトスと交戦したことがない。実際に当たって見極める必要がある。話はここまでだ。タイタン、お前にも手伝って貰うぞ」

 マシーン大元帥が話を打ち切ると、ジェネラル・シャドウ以外の改造魔人とデッドライオンは作戦室から出る。しかしジェネラル・シャドウはトランプ占いをして、呟く。

「果たして、そうかな?」
「どうした?」
「占いの結果が気になってな。篠ノ之箒という娘、この戦いの鍵を握ると出ている」
「どういうことだ?」
「俺にも分からん。だが、『あの者』が拘るに足るだけの理由があるか、見極める必要がありそうだな」

 それだけ言うと、ジェネラル・シャドウもタイタンと共に作戦室から出るのであった。

**********

 茂と箒が富士山麓へ向かった後。富士駐屯地にある施設の一角。ブリーフィングルームでは軍服を着た女性達がスクリーンに映し出された映像を見ている。スクリーンの前に立つ女性がレーザーポインターで映像を示し、手元の端末に時折目を落としつつ話している。

「神代、これを見れば分かる通り、お前は倒れた敵への警戒が薄過ぎる。今回は敵も対人火器しか持っていなかったから良かったが、敵が怪人やISならばお前もただでは済まなかっただろう。これは他の者も同じだ。繰り返すが、これから先の戦いは試合じゃない。敵の息の根を止めるまでは決して油断するな。その油断がお前たちの命を奪うことになるぞ」

 映っているのは先日国防軍のIS『打鉄』とブラックサタンが交戦した際の映像だ。スクリーンの前に立つ女性の説明や注意を他の女性たちは静かに聞いている。やがて話が終わって部屋が明るくなると、女性たちは一斉に立ち上がり、ブリーフィングルームから出る。中でも一際若い女性が一回伸びをして立ち上がると、やや年上の女性が声をかける。

「お疲れ様、梨沙。珍しく柳さんに酷くやられたわね」
「いえ、大丈夫です、紅林さん。私が油断していたのは事実だと思いますから。柳さんも私のためにあそこまで言ってくれたんだと思いますし」

 若い女性こと神代梨沙は声をかけてきた紅林に首を振って答える。
 梨沙と紅林、それにスクリーンの前で説明していた柳を含む女性は、全員富士駐屯地に配属されたIS操縦者である。梨沙はIS学園を卒業し、国防軍での訓練を終えてから日も浅く、この駐屯地に配属されたのも宣戦布告のすぐ後であった。それだけに最年長でIS部隊を率いる柳も心配しているのだろう。もっとも、国防軍で実戦を経験しているのは自衛隊時代からの在籍者くらいだが。この駐屯地にも何人かいるが、基地司令や整備班長など年配かつ最前線には出ない者ばかりだ。紅林と共に廊下を歩いている梨沙に、時折刺すような視線が突き刺さる。すると紅林は鼻を鳴らして呟く。

「まったく、これだから男ってのは。私たちに親でも殺されたっていうの? 大体、前だって何とかなったのは、あいつらの力だけじゃなくて仮面ライダーとSPIRITS、なにより専用機持ちの娘のお陰じゃない。それを理解できてるのかしら?」
「あの、紅林さん、そこまで言わなくても。我々や仮面ライダー、それに専用機持ちだけでどうにかならなかったのも事実なんですから」
「相変わらず男どもの肩を持つのね、梨沙。そりゃ幼馴染みがこの基地にいるんだから、そうしたくなる気持ちは分かるけど、やめておいた方がいいわよ。あんたの気持ちも、いずれ向こうから裏切ってくる。それが分かる時がくるんだから」

 梨沙が窘めると紅林は逆に梨沙を諭すように語り、足を速める。
 日本に限らず、各国でISが兵器として投入されてからというもの、IS操縦者とそれ以外の兵科に所属する兵士との間に軋轢が絶えない。理由として挙げられるのはIS操縦者の傲慢さだが、梨沙に言わせれば偏見と言うものだ。確かにISに乗れることに笠に着て傲慢な振る舞いをする操縦者もいるが、それは一部に過ぎない。問題はイメージだけが独り歩きし、兵士たちが向ける目が偏見に満ちたものになっていることだ。むしろIS操縦者は侮蔑と偏見に満ちた態度への反発から、紅林のように男に高圧的になることの方が圧倒的に多い。梨沙も心を痛めて何とかしようと考えているが、対立構造が再生産されつつあり、中々上手く行きそうにない。普通科に所属している梨沙の幼馴染みも同じような苦境に立たされている。

(けど、柳さんに比べたらまだまだだよね。あんな謂れのない噂をされてるのに、IS操縦者とそれ以外の人たちを繋ごうと頑張っているんだから)

 内心梨沙は柳について思い浮かべる。
 柳はIS登場初期から操縦者を務めているベテランであり、現日本国家代表の門矢、門矢と最後まで国家代表の座を争った代表候補生の海東とは同期であったと聞いている。腕の方も二人に引けを取らないほどだったと梨沙は聞いている。しかし8年前の演習で発生した事故で戦闘機のパイロットだった恋人を失うと、次第にISに乗る機会が減るようになり、3年前に現役を引退して指揮に専念するようになった。
 問題は事故が柳が故意にパイロットのペイルアウトを阻止し、殺害したとの噂がまことしやかに囁かれていることだ。無論、フライトレコーダーの解析によって、パイロットが柳による救助を拒んだことが原因、つまり半ば自殺であることは判明しているのだが、偽造であるという主張は根強く残っている。現にそれを理由に過激派反ISテログループに、パイロットと同じ熊本出身で幼馴染みだった兵士たちが加担、演習中の要人暗殺未遂及びISへのテロ攻撃を起こした挙げ句、失敗すると行方不明となった三名を除き全員自殺、行方不明者のうち一人は後に変死体で発見されるという凄惨な事件まで発生している。しかし梨沙の思案も、突如鳴り響いた警報によって中断される。

「どうやら出たみたいね……行くわよ!」

 紅林の一言と共に梨沙は思考を切り替えて走り出し、格納庫へと向かう。
 その頃、ブラウンが顔を出していた司令部には衛星からの映像が映し出され、司令室内は騒然となっていた。

「これは一体……?」

 ブラウンが見ているモニターには、大規模な空爆でも受けたかのように荒れ果てた名古屋市街の様子が映っている。ビルは無残に倒壊し、道路は至るところが陥没し、高架橋は崩れ去り、一面に瓦礫だけが広がっている。しかも建物の倒壊や施設の破壊は拡大の一途を辿っている。このまま行けば名古屋市全域が更地となりかねない。地上でバダンニウム爆弾を爆発させたのかとも思ったブラウンだが、衛星からの情報によれば大きな熱源は確認されていないらしい。衛星が何かを捉えて映像の拡大をしている最中、グレイが司令室に飛び込んでくる。

「ブラウン、インターポール本部からの緊急入電だ! 名古屋市に……」
「司令! これを見て下さい!」
「これは、怪人!? まさか怪人がこれだけの被害を出したと言うのか!?」

 グレイが緊迫した様子で何かを伝えようとするが、同時に映像の拡大が終わってオペレーターが声を張り上げる。映像には鎖付き鉄球を持った怪人が鉄球を振り回し、鉄球を掠らせるだけでビルを次々と破壊している光景が映っている。今まで交戦してきた奇械人ですら比べ物にならないパワーだ。最早災害レベルの破壊活動に基地要員はおろか、ブラウンすら唖然とする。だが、ブラウンはすぐに気を取り直してグレイを促す。

「それでグレイ、内容は?」
「ああ。インターポール本部からの緊急入電で、分析の結果、名古屋市にデルザー軍団の改造魔人が出現した可能性が高いと」

 グレイの言葉を聞いた瞬間、その場の空気が一瞬で凍りつく。
 デルザー軍団。怪人一体一体が『JUDO』直属の大幹部にして、純粋な戦闘能力だけなら歴代暗黒組織中最強と謳われる精鋭集団。あまりの強さと攻撃性の高さから存在自体が核兵器や災害に擬され、復活した暗黒組織の中でも特に危険視されている。デルザー軍団に対する国防軍の交戦規定は『戦うな』以外に存在しない。第7分隊も仮面ライダーストロンガー抜きでは絶対に戦うなと厳命されており、仮面ライダーストロンガーがいる場合でも直接の戦闘は避けるように通達が出ているくらいである。そんな国防軍や第7分隊を嘲笑うように、改造魔人は暴れ回って名古屋の街を破壊していく。しばらく呆然としていたブラウンだが、司令室の方は動き始めていた。

「司令! IS部隊が名古屋への出撃許可を求めています! 機甲部隊もいつでも出撃出来ると!」
「絶対にならんと伝えろ! 我々が出て行ったところで、無駄死にするだけだ! 市民の避難とブラックサタンへの警戒が最優先だ! 名古屋市から全市民を避難させるよう連絡しろ!」

 そのまま司令室は怒号の飛び交う戦場と化す。司令の言う通り、現状の国防軍の戦力ではデルザー軍団と交戦したところで、ブラックサタンに対処出来る戦力が残るとは思えない。それを司令は理解しているからこそ出撃を許可しないのだろう。ブラウンが思案していると、グレイが声をかける。

「分隊長、出撃許可を。ストロンガーと『紅椿』が動けない以上、最早我々以外に動ける戦力は存在しません」
「グレイ、忘れたとは言わせないわよ? 我々の交戦規定を、ね」
「分かっています。ですが我々の存在意義を果たせるのは今だけです」

 グレイの据わった目を見てブラウンは言葉に詰まるが、畳みかけるようにグレイが声をかける。

「他の隊員も、そしてあんた自身もそれを望んでいる筈だ。ブラウン、出撃命令を」

 ブラウンは答えずに司令室を後にし、隊員が待つ格納庫の一角へと向かう。ブラウンがグレイと共に顔を出すと、隊員が一斉に詰めよってくる。

「分隊長、話は聞いています。一刻も早い出撃命令を!」
「我々は最初から死を恐れていません! 少しでも時間を稼ぐために出撃命令を!」
「俺たちは捨て駒、ライダーストロンガーが到着するのを待てる状況ではありません! 分隊長、ぜひ出撃命令を!」
「分隊長!」
「早く行けとご命令を!」

 全員グレイと同じ目をしている。ここが死に場所だとでも言いたげだ。ブラウンはしばらく沈黙し、目を閉じる。隊員は固唾を呑んで見守る。

(ごめんなさい、タキ。あなたの信頼を裏切ってしまって)

 エージェントになる前の同僚で、自分をインターポールに誘って今はSPIRITSの隊長をしている男に内心謝罪すると、ブラウンは遂に決断する。

「これより、SPIRITS第7分隊は名古屋に出現したデルザー軍団の迎撃へ向かう。拒否したい者は今の内に言いなさい。止めはしないわ」

 ブラウンがようやく目を開けて静かに言うが、誰一人として申し出る気配はない。決まりだ。

「総員、出撃!」

 続く命令に第7分隊全体から獣のような咆哮が上がり、手早く準備を整えていく。そして国防軍に通達を入れると、SPIRITS第7分隊は一路名古屋のデルザー軍団に向けて出撃していくのだった。

*********

 静岡県。富士山麓にあるブラックサタンのアジト。その外では仮面ライダーストロンガーと『紅椿』を装着した箒が、デッドライオン率いるブラックサタンと激戦を繰り広げていた。ブラックサタン側は奇械人をほぼ全て投入し、アジトを死守する構えを見せた。奇襲を仕掛けた仮面ライダーストロンガーと箒相手に一歩も退かず、一進一退の攻防を繰り返していた。しかし激闘の末にアジトは仮面ライダーストロンガーと箒に爆破され、奇械人との戦いも間もなく終わりを迎えようとしている。

「超電!」

 チャージアップした仮面ライダーストロンガーが、コウモリ奇械人に超電子の力を込めた飛び蹴りを入れる。

「三段!」

 続けて奇械人メカゴリラの胸に二撃目の飛び蹴りを入れる。

「キック!」

 最後に三撃目の飛び蹴りが奇械人ブブンガーに直撃すると仮面ライダーストロンガーは着地し、息を吐いて肩を鳴らしてみせる。すると奇械人が一斉に爆発四散し、仮面ライダーストロンガーはチャージアップを解除する。

「これで、終わりだ!」

 箒もまた『絢爛舞踏』を発動させて『穿千』を展開すると、奇械人ワニーダ、奇械人アルマジロン、奇械人ガンガルをまとめてエネルギー・ビームで焼き払って撃破する。そのまま箒は仮面ライダーストロンガーの隣に着陸する。仮面ライダーストロンガーと箒の周囲には、ブラックサタン戦闘員や奇械人の残骸がいくつか散らばっている。これでブラックサタンはデッドライオン以外全滅だ。残されたデッドライオンは悔しそうに地団駄を踏みながら、余裕と言いたげな仮面ライダーストロンガーに向かって爪を突き出す。

「おのれストロンガー! 貴様、余裕のつもりか!?」
「ああ。余裕も余裕、超電子の力に箒さんまで加われば、ブラックサタンがどれだけ湧いてこようと大余裕よ」

 仮面ライダーストロンガーはデッドライオンに対し不敵に答えてみせる。もっとも、仮面ライダーストロンガーの手足には傷や焦げが出来ているし、箒もシールドエネルギーこそ回復しているが息が上がっている。一見すると余裕綽々なふてぶてしい態度も、箒に対する気遣いや鼓舞の意味合いがあるようだ。しかしデッドライオンはそんなことに気付いていないのか、地団駄を踏む。

「クソ、これで勝ったと思うな! いいか、必ずこの恨みは晴らすから絶対に覚えていろよ!」

 一しきり悔しがった後にデッドライオンは姿を消し、箒が追跡する間もなく反応が消える。仮面ライダーストロンガーは変身を解除せずに箒へ向き直って話し始める。

「あんな捨て台詞が似合うようになったらおしまいだな。あいつは別として。それより、大丈夫かい?」
「はい。私はまだまだ。茂さん、やっぱりデルザー軍団が気になりますか?」
「……気にならないと言えば嘘になるな。肝心の連中が出てこないんだ。それも不気味な沈黙を保って、な」

 箒が額の汗を拭って逆に質問すると、仮面ライダーストロンガーは静かに肯定する。
 仮面ライダーストロンガーとデルザー軍団の因縁は承知している。それまでの電気技が通用せず、ブラックサタンより苦戦を強いられたことは箒以外も知っている。もっとも、その過程でパートナーの電波人間タックル、岬ユリ子を失くした事実を知っているのは、仮面ライダーと関係者を除けば箒くらいだが。因縁深い強敵が動きを見せていないことが気になっているようだ。アジトでデルザー軍団が待ち構えている可能性も考慮していたが、デルザー軍団は現れなかった。仮面ライダーストロンガーだけでなく箒も不審に思っていたが、疑問は国防軍から入ってきた緊急通信によりすぐ解決される。

「こちら篠ノ之箒……え!? 第7分隊が!? 単独で!? それは本当ですか!? ……はい、分かりました! すぐに向かいます! 茂さん! デルザー軍団が名古屋市に出現したと国防軍からの緊急通信が!」
「何!? デルザーめ! とうとう出やがったのか!」

 箒が仮面ライダーストロンガーにデルザー軍団出現の報を伝えると、仮面ライダーストロンガーが目に見えて色めき立ち、闘志を漲らせる。デルザー軍団と仮面ライダーストロンガーの間に横たわる因縁を感じずにはいられない箒だが、もう一つ重大な事実を仮面ライダーストロンガーに伝える。

「それと、その、第7分隊なのですが……」
「どうかしたのかい?」
「その、私たちを待たず、名古屋へ向かったと……」
「なんだと!?」

 箒が歯切れ悪くSPIRITS第7分隊がこちらとの合流を待たずに出撃したと伝えると、仮面ライダーストロンガーは驚きの声を上げる。一体一体が仮面ライダーにも引けを取らないデルザー軍団との戦いは、仮面ライダーストロンガーが中心になって行うことになっている。SPIRITS第7分隊も直接デルザー軍団と戦闘することは避けるようになっている筈である。それがなぜSPIRITS第7分隊単独で出撃したのか。少なからず頭が混乱する箒だが、やがてあることに思い至る。

(まさか、死に場所を求めてデルザー軍団との戦いを……?)

 ブラウンやグレイ、セピアとのやり取りからなんとなく感じていたが、SPIRITS第7分隊は全員が死に場所を求めている。今回の出撃はそうした感情の暴発である可能性が高い。仮面ライダーストロンガーも同じことを感じ取ったのか、どことなく苛立っているように見える。しかし言葉や態度には出さずに箒に声を掛ける。

「箒さん、カブトローじゃ間に合いそうにない! 俺を抱えて名古屋まで飛んでいってくれないか!? 俺のことは気にせずに、全速力で飛ばしてくれ!」
「分かりました! 掴まって下さい!」

 仮面ライダーストロンガーの言葉に頷くと、箒は仮面ライダーストロンガーを抱えて空へと飛び上がる。仮面ライダーストロンガーがしっかりと腕に掴まったのを確認すると、スラスターの出力を最大にし、全速力で名古屋めがけて飛び立っていく。
 名古屋がすでに地獄と化していることなど、知る由もなく。

**********

 瓦礫の山となった名古屋市の市街地。ヘリから降下したSPIRITS第7分隊は慎重に周囲を索敵しながら、荒れ果てた街中を進む。

「こいつは……ひでえな。たった12体の怪人が街を壊滅させたってのか?」
「13体よ。それに怪人じゃなくて改造魔人。あまり見くびらないことね。バダンによって復活したデルザー軍団は、たった7体で東京の半分を瓦礫の山に変えたのよ? むしろ、連中の活動がまだ名古屋市内で留まっているだけ幸いというべきだわ」

 無残に倒壊したビルの数々を見てブラックが呟くと、ブラウンが窘めるように声をかける。他の隊員は武器を手に油断なく周囲を警戒している。ふと先頭に立っていたレッドが立ち止まり、ある一点を見据える。イエローとゴールドもレッドの様子を見ると視線の先を見やり、ホワイトが怪訝そうに尋ねる。

「レッド、どうかした?」
「何かが、こっちに来る」
「何かって……?」
「これは不味いぞ……全員散開しろ! 建物や瓦礫の陰に入るんだ!」
「ちょっとゴールド!?」
「ゴールドの言う通りじゃ! 早く隠れるたい!」

 ゴールドとイエローが切迫した様子で声を張り上げると、隊員達は反射的に残った建物や瓦礫に隠れようと一斉に動き出す。しかし『何か』がレッドが見ていた方から飛来して通り過ぎると、強烈な衝撃波が発生して道路が深く抉られる。瓦礫や建物の外壁が削ぎ落とされ、隠れていた隊員が数十メートルほどバラバラに吹き飛ばされ、壁や瓦礫、地面に叩きつけられる。

「くっ!? 一体何がどうなってるのよ!?」
「まさか、ソニックブーム!?」
「分隊長、あれを!」

 壁に強かに叩きつけられて一瞬息が詰まったブラウンだが、近くに吹き飛ばされた隊員が『何か』が通り過ぎた方向を指差す。別方向に吹き飛ばされた隊員も気付いたらしく、皆同じ方向を見ている。視線の先では、ジェットエンジンがついた翼を持つコンドルに似た怪人が、腕を組んで低空でホバリングしている。『何か』の正体はこの怪人だろう。ブラウンたちが一旦合流して武器を構えると、怪人は鼻を鳴らして一度地面に降り立つ。

「ほんの挨拶代わりとはいえ、劣等なる畜生が我輩の一撃を凌いだとは驚きだ。しかし貴様ら下衆に誇り高きデルザーの改造魔人、このジェットコンドル自らが手を下すまでもなし。下郎の相手は我が卷属のみで十分よ!」
「どうやら、改造魔人のお出ましらしいわ!」

 怪人、いや改造魔人ジェットコンドルの言葉を聞くと、ブラウンはアサルトライフルを呼び出して引き金を引き、他の隊員もジェットコンドルに集中砲火をかける。しかしジェットコンドルには効果がないのか、鬱陶しそうな様子は見せつつ、構わずに地面に手を触れる。すると地面に落ちたジェットコンドルの影が広がり、中からコンドルの横顔を模した仮面を着けた、黒づくめの『デルザー戦闘員』が出現する。

「行け! 煩いハエどもを皆殺しにするのだ!」
「ジェッ!」

 ジェットコンドルの指示に奇声を上げてデルザー戦闘員が答えると、デルザー戦闘員は背負ったジェットパックのエンジンを入れて空に飛び立ち、SPIRITS第7分隊へ次々に突進していく。

「チッ! こいつがカミカゼってヤツかよ!」
「邪魔をするな!」

 ブラウンたちはデルザー戦闘員に銃撃を浴びせて撃ち落としていくが、デルザー戦闘員は銃弾を無視して突撃を敢行し、無理矢理銃撃を突っ切ると両手に装備した鉤爪で白兵戦を挑む。レッドがヘイトソング2のナイフでまとめて切り裂き、ブラックがショットガンを叩き込み、グレイが2丁拳銃でデルザー戦闘員を処理しても数が減る気配はない。ジェットコンドルは再び空に浮かんで文字通り高みの見物を決め込んでいたが、デルザー戦闘員がSPIRITS第7分隊を全滅させるどころか、逆にろくな出血を強いることなく全滅しそうなのを見ると、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「役立たずどもが。まあいい、不本意だが我輩自ら劣等種族を征伐する必要があるな。では、死ぬがよい!」
「クッ、散開!」

 ジェットコンドルが組んでいた両手を解くとSPIRITS第7分隊は一斉に散開し、ある者は建物や瓦礫に身を隠し、ある者は距離を開ける為に走り続け、またある者は抉られた道路から地下に潜り、ジェットコンドルから距離を取ろうとする。しかしジェットコンドルは身体を鳥にもジェット機にも似た形態に変え、目にも止まらぬ速さで一直線に突進する。すると先程とは比べ物にならないソニックブームが発生し、進路上にあったビルがいくつも倒壊し、瓦礫が粉砕され、近くに隠れていた隊員や逃げ遅れた隊員が死体すら残さずに消し飛ばされる。

「これが、デルザーの……各員、一度退くわよ! 集合場所はブリーフィング通りで!」

 ブラウンが通信機に向かって叫ぶと、隊員達は身近な隊員と合流してジェットコンドルをやり過ごすべく、バラバラの方向に向かって一斉に走り始める。

「フン、逃げたか。まあいい。逃げたネズミの処理など他のヤツ、シャドウ辺りにでも任せておけばよいか」

 ジェットコンドルは侮蔑するように鼻を鳴らしてみせるだけで、追跡はせずにどこかへと飛び立っていく。
 レッドはブラックやカーキ、ビリジアンらと合流し、未だに残っているビルの間を走り抜ける。レッドはヘイトソング2のリロードを済ませ、ブラックも大型ショットガンの装填を完了する。

「チッ、情報としちゃ知っていたが、奇怪人より桁違いにヤバいなんてよ!」
「しかもさっきのと同じくらいヤバいヤツがあと12体。こいつはいよいよ、その時が来たってことなのかね」

 舌打ちするブラックとは対照的にカーキは飄々とした態度を崩さないが、ブラックもカーキもジェットコンドルの力に驚きこそすれ微塵も恐怖を感じていない。レッドやビリジアン、他の隊員も同じようだ。しかしカーキが突如として立ち止まり、残る隊員も釣られて停止する。

「カーキ、どうした?」
「どうやら、あたしらにもお迎えが来たようで」

 怪訝そうな顔をするブラックにカーキが答えた直後、地面から鉄仮面をつけて手に鎖を持ったデルザー戦闘員と、岩を模した仮面を着けたデルザー戦闘員が多数出現し、レッドたちの行く手を阻む。

「ギュウ! ギュウ!」
「イワッ! イワッ!」
「新手か!?」
「新手だろうが関係ねえ。邪魔するなら、蹴散らすだけだ!」

 レッドは特に驚いた様子も見せず、ヘイトソング2を構えてデルザー戦闘員を撃ち抜きつつ突撃する。ブラックも大型ショットガンを手にレッドに続き、散弾を片っ端からデルザー戦闘員に浴びせる。カーキは両手にマシンガンを呼び出して他の隊員と共にレッドとブラックを援護し、ビリジアンは時折グレネードランチャーに持ち替えてデルザー戦闘員を一掃する。鉄仮面のデルザー戦闘員がレッドやブラックを止めようと鎖を投げて縛り上げようとするが、カーキやビリジアンによって妨害される。岩仮面のデルザー戦闘員が岩に変身してカーキやビリジアン達に体当たりを仕掛けるが、レッドのヘイトソング2やブラックのショットガンで撃ち抜かれて止められる。順調にデルザー戦闘員の掃討を進めていたレッドたちだが、曇天の空からレッドたちに何かの影が差す。レッドが上を見上げると、何かがレッドたちめがけて落下してくる。

「散れ!」
「イワァァァァッ! 『岩石落とし』じゃあ!」

 レッドが叫んだ直後、直径10メートル程の岩の塊が空から落下してくる。レッドと即座に反応したブラックは飛び退いて回避に成功するが、それ以外の10人はかわせずに生々しい音と共に岩の塊に潰され、血が地面に流れる。岩の塊は一度バラバラに砕け散ると人型に再形成され、岩のようにゴツゴツとした肌に棍棒を持った怪人が姿を現す。レッドは何も言わずにヘイトソング2を怪人に撃ち込み、ブラックはショットガンを叩き込みつつ声を張り上げる。

「まさか、こいつもデルザーの改造魔人か!?」
「なんじゃ、ワシのことも知らんのか、田吾作共が。ワシはスフィンクス様の子孫、岩石男爵様よ! おめえらはここでワシに殺されるんじゃ! ありがたく思えよ!」
「馬鹿面晒しやがって! 殺せるもんなら殺してみやがれ!」
「ワシがバカだと!? 人をバカにしくさりおって! 決めた! おめえら全員ワシが磨り潰しちゃる!」

 デルザー軍団の岩石男爵にブラックが悪態をつくと、岩石男爵は怒り狂ってブラックめがけて頭から突っ込んでいく。ブラックはあっさり身体を横に開いて回避し、脇腹や背中に散弾をぶちこむ。しかし岩石男爵には全く効いておらず、岩石男爵は元気よく瓦礫の山に頭から突っ込む。瓦礫の山を粉砕すると平然と向き直ってブラックを罵倒する。

「逃げんな! おめえが逃げたらワシの攻撃が当たらんじゃろが!」
「……こいつ、本当にスフィンクスの子孫なのか?」
「おめえ、ワシのご先祖様までバカにする気か!? そこを動くなよ!? 今からおめえを殺しに行くんだからな!」

 とても旅人に謎かけをしていた魔物の子孫とは思えぬ岩石男爵に、ビリジアンは無意識の内にツッコミを入れる。岩石男爵は怒りの矛先をブラックからビリジアンに変更し、棍棒を掲げて走り出す。ビリジアンはグレネードランチャーから榴弾や火炎弾、硫酸弾、冷凍弾などを片端から発射し、全弾岩石男爵に直撃させる。だが岩石男爵にダメージを与えるどころか怯ませることすら出来ない。やむを得ずビリジアンは横に飛び退いて岩石男爵から距離を開け、対戦車ミサイルを呼び出して構え、岩石男爵めがけて発射する。しかし対戦車ミサイルが直撃し、爆発が発生したにも関わらず岩石男爵は平然と爆風の中から姿を現す。

「対戦車ミサイルすら効かないのか!?」
「ワシ、頑丈なんよ。そんなへなちょこ、痒くもならん」

 ビリジアンは驚愕しつつももう一発対戦車ミサイルを発射するが、岩石男爵は自慢げに胸を張ってミサイルの直撃をわざと受けてみせ、平然と喋り続ける。レッドがヘイトソング2を撃ち込み、ブラックがショットガンを連射しても岩石男爵の身体に弾丸が食い込むことはない。

「スティィィィィィィルッ!」

 すると今度は鋼鉄の鎧で全身を覆った怪人が出現し、片手に持った鎖付き鉄球を頭上で回しながらレッド達の下に歩いてくる。鉄球が回転する勢いで怪人を中心に旋風が発生し、鉄球がビルの外壁を掠るたびに数階分の階層が吹き飛び、先ほどまで立ち並んでいたビルが次々と倒壊していく。すると岩石男爵は怪人に向き直って口を開く。

「なんじゃ鋼鉄参謀。こいつらを殺しに来たのか? 手助けなぞいらん。殺すのはワシ一人で十分じゃ」
「別に手助けに来たのではないぞ、岩石男爵。ストロンガーでもやって来たかと思って顔を出したが、ただの人間風情だったとはな。岩石男爵、ここはお前に任せる。俺まで出る必要はないだろう」
「チッ、舐めんじゃねえ!」

 新たに出現した鋼鉄参謀はレッドたちを一瞥すると、興味を失ったのか鉄球を振り回すのをやめて地面に下ろし、傍観を決め込もうとする。しかしブラックが挨拶代わりに散弾を鋼鉄参謀に浴びせ、ビリジアンが対戦車ミサイルを直撃させる。鋼鉄参謀は全く堪えた様子を見せないが、不愉快と言いたげに鎖を握り直す。

「フン、人間ごときが調子に乗りおって。いいだろう! そこまでして死にたいのならば、俺が直々に、心置きなく貴様らを殺してやる! 岩石男爵、手出しは無用だ。行くぞ!」

 鋼鉄参謀は岩石男爵に釘を刺すと、両手で鎖を握りしめて鉄球をハンマー投げの要領で回し始める。鋼鉄参謀を中心に小規模な竜巻が巻き起こり、レッドたちは立って前を見ることすら出来ない程の暴風に曝される。すぐ近くにいる岩石男爵も風圧が厳しいのか顔を背けている。周囲の瓦礫や倒木を巻き上げながら遠心力をつけると、鋼鉄参謀は鉄球を投擲する。

「スティィィィィィルッ!」

 投擲された鉄球は風を切りながら飛んでいく。咄嗟に横に大きく飛び退いたレッド、ブラック、カーキ、ビリジアン以外の隊員は、鉄球に触れた瞬間に肉片すら残さず血霧と化す。鉄球は後ろにあったビルに直撃して階層を五つほど粉砕し、余波でビルの後ろにあった倒壊した建物の階層も消し飛ばす。直撃しなかったレッド、ブラック、カーキ、ビリジアンも、鉄球が通り過ぎた際に発生した衝撃波で吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。さらに一番逃げるのが遅かったビリジアンの右足が折れる。

「ぐあっ!?」
「ビリジアン!? クソ、ここは一旦退くぞ!」

 足を押さえるビリジアンをブラックが背負い、カーキが先頭に立ってブラックを誘導する。レッドは殿となって鋼鉄参謀と岩石男爵に銃撃を加えていたが、ブラックが振り返って声を張り上げる。

「レッド! お前も来い!」
「……チッ」

 レッドも最後に数発銃弾を浴びせるとブラックに続いて走り出す。

「フン、逃がしてなどやるものか!」
「探し出してまとめて叩き潰しちゃる!」

 鋼鉄参謀と岩石男爵は逃げるレッドたちを嘲笑すると、後を追うべくゆっくりと歩き出す。
 しばらく走って鋼鉄参謀と岩石男爵から距離を開けたブラックはビリジアンを下ろし、カーキが瓦礫で即席の添え木を作ってブラックと共に手当てを開始する。レッドは見張り役として周囲を警戒していたが、ビリジアンの手当てが一段落したと見るとナイフをヘイトソング2の銃身下部に取り付け、どこかへ歩き出そうとする。それに気付いたブラックが呼び止める。

「待てよ、レッド。てめえ、一体どこに行くつもりだ?」
「……お前には関係ない」
「ケッ、今回ばかりは関係大有りだ。どうせデルザーのクソ野郎共相手に時間稼ぎでもしに行くんだろ? やめとけ、てめえ一人だけじゃ、あいつらに時間稼ぎだって出来やしねえ。行っても無駄死にするだけだ」
「関係ねえな、俺には。奴らが敵だから戦う、それだけだ。お前らがどうなろうが知ったこっちゃねえ。俺が戦うと決めたから戦うんだ。お前らのためなんかじゃねえ。勘違いするな」

 レッドはブラックに対してぶっきらぼうに言い捨てる。するとカーキが口を挟む。

「抜け駆けはずるいんじゃありませんかね、レッドさん。あんただけじゃなくて、あたしらも死に場所を探してここに来てるんだ。そしてあたしらの死に場所は、恐らくここになるとも分かってる。だから、あんたがさっさと死にに行きたい気持ちもよく分かる。ただ、あたしとしてはあんたに死なれちゃ困る理由があるんですよ」

 カーキの意外な一言にレッドもきょとん、とした様子でカーキの方を見る。するとカーキは言葉を続ける。

「実はレッドさんに前から聞きたかったことがありましてね。あたしは生まれついて目が見えないもんで、『赤』ってのがどんな色か分からないんですよ。よく血の色とか言われるんですが、散々返り血に染まってるのに恥ずかしい話で、血の色ってのが何色かが分からない。そこで『赤(レッド)』を名乗ってるあんたに、赤とはどんな色なのかを聞きたいと思ってたんですよ」
「……赤は赤子の赤、生命の色だ。人は産まれた時は皆赤い色をしている。それが赤の意味だ」
「よく言うぜ。本当はその答えに納得してねえんだろ? 相変わらずてめえはウソつき野郎なんだな、レッド。その調子じゃまだ赤が何色なのか分からねえみたいだな」
「なんだブラックさん、もう話してたのかい、その話。だったら……来た!」
「スティィィィィィィルッ!」
「イワァァァァッ!」

 ブラックとカーキがレッドに対して不敵に笑った直後、身を隠していた瓦礫が吹き飛び、鋼鉄参謀と岩石男爵が姿を現す。どうやら見つかったようだ。レッドがヘイトソング2を構えようとするが、ブラックが押し止める。

「レッド、行け。てめえはまだ死ぬんじゃねえ。地獄で俺たちと再会した時に、赤が一体どんな色なのか、てめえの口から言えるようになるまでは、絶対にな」
「待て! ならお前たちはどうする気だ!?」
「決まってるだろ、時間稼ぎだ。てめえが逃げるくらいの時間は稼いでやるよ」
「それにここまで追い詰められたんだ。今さら生き残れるなんて思っちゃいませんよ」
「俺はもう逃げられそうもないからな。せめてあいつらに一矢報いてやりたいんだ。なにより、一度死んだ身とはいえ、俺たちは仲間だ。同じ死ぬなら、仲間を生かすために死んでいきたい」
「下らん三文芝居はそこまでにしてもらおうか。全員まとめて始末してくれる」
「時間がねえ! 早く行けよ! 『ティヨーレ』!」
「……任せた!」

 レッドはブラックたちに背を向けて一目散に走り出す。鋼鉄参謀が鉄球を投げつけようとするが、ビリジアンがグレネードランチャーから硫酸弾を発射し、鋼鉄参謀は一瞬怯んで攻撃を中断する。その隙にブラックがビリジアンから借りた対戦車ミサイルを撃ち込み、カーキも手榴弾を投げつける。さらにビリジアンは量子化を解除し、大量の『何か』を自分の周囲にばら蒔く。鋼鉄参謀と岩石男爵はミサイルを受けながらも平然と、ゆっくりブラックたちの下に歩み寄る。鋼鉄参謀は鉄球を、岩石男爵は棍棒をそれぞれ構え、鋼鉄参謀が冷たく言い放つ。

「赤が何色か、と言っていたな。ならば俺が貴様らに教えてやる。赤とは貴様ら弱者の色、愚か者の色だ。それ以外に意味などない」
「そんなの分からねえぜ。あいつなら赤が何色か教えてくれるかもしれねえ。だから、まだ死なせる訳にはいかねえんだよ」
「何を訳のわからんことをゴチャゴチャと! 俺たちの身体に傷ひとつつけられない、惰弱な人間の分際で生意気な! その減らず口もここまでだ!」

 遂にブラックたちの目の前に立った鋼鉄参謀と岩石男爵に、ブラックは不敵に笑って鋼鉄参謀に飛びかかり、カーキも岩石男爵に飛びつく。

「貴様! 何のつもりだ!?」
「これだけのC4があればその鎧ももたねえだろ! ビリジアン!」
「了解!」

 ビリジアンが大量にばら蒔いたC4爆弾のスイッチを押す。爆弾は一斉に起爆して鋼鉄参謀と岩石男爵が逃げる間もなく道路が抉れ、瓦礫が吹き飛ぶ程の大爆発が発生し、全員の姿が爆風の中に消える。しかししばらく経つと鋼鉄参謀と岩石男爵が姿を現す。

「田吾作共が。こんな爆発でワシらが死ぬと思っちょったのか。まあいい、逃げたあいつも探してぶち殺したる」
「待て、岩石男爵。ヤツは生かしておけ。ストロンガーへのメッセンジャーになって貰わなければな。それにたかが人間一匹、生きていようが何も出来まい」

 鋼鉄参謀の言葉を聞くと岩石男爵もレッドの追跡を諦めてその場を立ち去る。
 同じ頃、イエロー班は一旦集合した後、銃器を所持したデルザー戦闘員と遭遇し、銃撃戦を繰り広げていた。イエローはライフルを構えてデルザー戦闘員を次々と撃ち抜く。他の隊員も狙撃しては移動して位置を探らせず、主導権を渡さない。デルザー戦闘員も撃ち返してくるが瓦礫や建物、車両を盾にするイエローたちには当たらない。

「ヴィィ!」
「しかし、銃からナイフが飛んでくるとは珍しか」

 銃からナイフが飛んでくるのを見て感心しつつ、イエローは手を止めずに排莢を済ませて次弾を発射し、手早くデルザー戦闘員を片付けながら建物の陰に隠れて移動する。するとどこからともなく頭にボルトのついた大柄な怪人がやってくる。その怪人はデルザー戦闘員からライフルを受け取って構える。

(あの怪人、狙撃も出来るごたるな。やり辛くなりおる。ばってん、下手に逃げれば却って不利たい)

 イエローはライフルを持った怪人もまた狙撃手であると気付き、慎重にライフルを構えて頭部に弾丸を撃ち込む。しかし怪人は全く堪えた様子を見せず、イエローがいた方向にライフルを向ける。イエローが移動している間に別の狙撃手が怪人の胸を狙撃するが、怪人は即座にライフルを構え直し、狙撃手が隠れた瓦礫に向けて無造作にライフルを撃つ。

「ガフッ!?」
「なっ!?」

 すると怪人のライフルから放たれた弾丸は瓦礫を容易く貫通し、SPIRITSスーツすらも突破して狙撃手の胸に風穴を開ける。怪人はライフルを乱射し始め、狙撃手も数人弾丸に撃ち抜かれて倒れる。だめ押しとばかりに横転していたダンプを無造作に両手で持ち上げ、狙撃手が隠れていそうな場所に放り投げる。間髪入れずにライフルを撃ち込んでガソリンタンクに直撃させ、間もなく爆発が起こる。

「不味い! ワシが時間を稼ぐけん、みんな集合場所まで逃げるんじゃ!」

 やり合えば全滅すると判断したイエローは自ら時間稼ぎを買って出て他の隊員を逃がそうとする。しかし突如として火の玉がいくつも襲来し、やがて骸骨を模した仮面を装着したデルザー戦闘員が音もなく姿を現す。

「ホネッ! ホネッ!」
「なんじゃこいつら!? 忍者か!?」

 気配もなく現れたデルザー戦闘員に驚くイエローたちに、出現したデルザー戦闘員は手裏剣を投げつけて攻撃してくる。咄嗟にライフルで手裏剣を防いだイエローだが、直後にどこからか無数の弾丸が飛んでくる。

「マシンガン!? どこじゃ!?」
「カカカカカカカッ! ここだ、人間共!」

 慌てて周囲を見渡すイエローたちだが、不気味な笑い声と共に火の玉が降り立ち、大鎌を手に持ち軍服を着た骸骨の怪人へと姿を変える。イエローはライフルを構えつつ声を張り上げる。

「貴様、デルザーの改造魔人じゃな!?」
「いかにも! 俺はデルザー軍団のドクロ少佐。隊長ブランクの様子見がてら、貴様らを狩りにきたのだ!」
「狩りじゃと!?」
「そうだ。貴様ら人間は我ら魔人に狩られるものと決まっている。せいぜい楽しませて貰うぞ、人間共! ドクロ火炎!」

 骸骨の怪人ことドクロ少佐はそう言って口から火炎を放つ。数人の隊員が瞬く間に炎に包まれて燃え尽きると、ドクロ少佐は大鎌を構え直してイエローたちに斬りかかる。必死に斬撃を回避するイエローだが、鎌の刃に触れた者は勿論、発生した衝撃波だけで身体を両断される者もおり、徐々に数が減っていく。最後にイエローを含めて7人だけ残ると、ドクロ少佐は鎌を大きく振りかぶって力を込める。

「伏せろ!」

 イエローが叫んで地面を転がると同時にドクロ少佐が渾身の斬撃を放ち、背後のビル残骸もろともイエロー以外の6人を綺麗に両断する。

「グッ……また、俺だけ……!」
「カカカカカカカッ! 所詮は脆弱な人間、肩慣らしにもならんな。貴様、これから走ってストロンガーに伝えろ。貴様の首はこのドクロ少佐が必ず獲るとな」
「ここは、退くしかなか……!」

 ドクロ少佐は大笑してイエローに伝言を託すと、敢えて見逃された屈辱に耐え、イエローはその場から走り去っていく。それを見た隊長ブランクがライフルを構えて狙撃しようとするが、ドクロ少佐が制する。

「待て、隊長ブランク。ヤツはストロンガーへのメッセンジャーだ。殺したらお前にとっても損だ」
「……分かった。今はヤツ、見逃す」

 ドクロ少佐の言葉を容れた隊長ブランクはライフルを下ろし、ドクロ少佐が火の玉となって消える。隊長ブランクもまた配下のデルザー戦闘員を引き連れてその場を後にする。
 ゴールド班は突然出現した狼の群れに襲われ、苦戦を強いられていた。ゴールドはライフルで狼を撃ち抜いて数を減らしていくが、それを上回るペースで狼は増えていく。今ではゴールド班は高架橋の上に防衛布陣を敷いて防いでいるが、あまりの狼の多さに動くに動けない。それだけでなく狼は満月を模した仮面に槍を持ったデルザー戦闘員へと変身し、槍を投げつけて攻撃してきていた。

「単なる狼ではないと思っていたが、この狼もまたデルザー軍団の配下ということか」
「その通り。偉大なる狼男様の血を引く狼一族だ」

 ゴールドの呟きに答えるように近くの建物の屋上から声が聞こえてくる。ゴールドが視線を向けると、軍服を着て頭に妙な飾りをつけた狼の怪人が指揮棒を手に佇んでいる。声の主はこの怪人らしい。ゴールドはライフルを怪人に向けて口を開く。

「なるほど、お前もデルザー軍団の改造魔人か」
「いかにも。俺はデルザー軍団の狼長官。貴様ら下劣な人間共を殺し尽くす、誇り高き狼一族の長よ! 歯形爆弾を食らえ!」

 狼長官は名乗りを上げると歯形爆弾を投げつける。ゴールドは地面を転がって爆発から逃れ銃撃を加えるが、狼長官にはダメージがないのか、指揮棒を投げつけて隊員を次々と高架橋から叩き落としていく。落下した隊員は受け身をとるものの、衝撃の大きさ故にすぐには動けず、狼長官配下のデルザー戦闘員に苦戦を強いられる。

「ビュッ! ビュッ!」
「空からもか……!」

 狼長官の猛攻に加えて空から翼を装備したデルザー戦闘員が続々と降下してくると、ゴールド達はそちらの迎撃も行いつつ狼長官の攻撃を凌ぎ続ける。ゴールドがライフルのマガジンを交換した直後、ゴールドを何かの影が覆う。

「盾……?」

 ゴールドが上を見ると、表面に十字の紋章が描かれた巨大な盾が急降下してくるのが見える。即座に盾に銃撃を加えるゴールドだが、銃弾は弾かれてなんの効果もない。やがて盾の右側から斧が出てくるのを見ると、ゴールドは叫ぶ。

「飛び降りろ!」

 ゴールドが高架橋から飛び降りた直後、急降下の勢いを乗せて斧が降り下ろされ、高架橋が両断されて崩落する。ゴールド以外の隊員は斧の斬撃に巻き込まれたか、高架橋の崩落に巻き込まれて命を落とし、あるいは虫の息だ。そこに狼が殺到して隊員達に次々と牙や爪を突き立て、補食していく。同時に煙の中から、盾と斧を持った鷲にも鴉にも似た怪人が姿を現す。改造魔人はもう一体いたらしい。

「ここは、退くしかないか……」

 自分一人でどうにかなる相手でないと判断したゴールドは、ライフルで狼長官ともう一体を牽制しつつ退却する。狼長官は逃げるゴールドを無視してもう一体の改造魔人に声をかける。

「荒ワシ師団長、ずいぶんと遅かったではないか」
「少し野暮用があってな、狼長官。しかし、あのジジイを取り逃がしたか。老いぼれた虫けら一匹を追いかけて殺したところで、何の得にもならんが」
「ヤツにはストロンガーを誘き出す餌になって貰わねばならん。そうでなければあんな人間、とっくに殺している。それはそうと荒ワシ師団長よ、ここは一つ手を組まないか? 我らが手を組めばストロンガーは勿論、あの忌々しいシャドウを追い落とすことも容易い。上手くいけばマシーン大元帥すら従えられるかもしれん」
「今は考えておく、とだけ答えておこう。だが、我らの目的が同じである以上、いずれは手を組む時が来るであろうな」

(小賢しい鳥頭め。大した力も策もない癖に提案に乗らんとは。プライドだけは無駄に高いヤツだ)
(名門気取りの無能が偉そうに。俺を利用しようという肚だろうが、そんな浅知恵しか浮かばん時点でシャドウやマシーン大元帥を追い落とせるわけがない。利用するのは狼長官、お前ではなくこの荒ワシよ)

 内心互いを貶し合いながら、狼長官と荒ワシ師団長もどこかへ去っていく。
 セピアたちと合流したホワイトはケイトウの花を思わせる毒々しい怪人と、ヘビを模した怪人、両者が呼び寄せたデルザー戦闘員と交戦していた。怪人はどちらも女性型のようだ。ホワイトは次々に銃を切り替えながらデルザー戦闘員を撃ち抜き、他の隊員もアサルトライフルを連射し、デルザー戦闘員を蹴散らしていく。するとケイトウの花を思わせる怪人は苛ついたように声を上げる。

「何をしてるんだい!? 人間共くらい、さっさと始末しておしまいよ!」
「悪いわね、そう簡単に殺されてやるほど、私は安い女じゃないのよ!」
「黙れ、生意気な小娘が! 仕方ない、ドクターケイト様が直々に相手をしてやるよ! ヘビ女、あの小生意気な娘にだけは手出しをするんじゃないよ!」
「相変わらず若い女には執念深いねえ、ケイト。まあいいさ。少しは手柄を立てて、シャドウ様がやり易くなるように頑張ろうかね!」

 ケイトウの怪人ことドクターケイトはヘビ女に釘を刺すと、ホワイトに杖を向けて先端から不気味な色の液体を発射する。反射的に地面を転がって液体を回避するホワイトだが、別の隊員に液体がかかるとSPIRITSスーツが燃え上がり、隊員はもがき苦しみ始める。地面に倒れて悶絶した隊員はピクリ、とも動かなくなり、間もなく死体が白骨化する。

「毒液!?」
「ほらほら! 私がいるのを忘れるんじゃないよ!」

 立ち上がったホワイトは拳銃を二丁構えてドクターケイトに発砲しようとするが、ヘビ女が手に持った鞭でホワイトの両手を一度打ち据え、手首を返して別の隊員の首へと巻きつける。巻きつけられた隊員は必死に振りほどこうとするが、ヘビ女は軽く引っ張って無理矢理引き寄せ、左手についた蛇の頭を噛みつかせ、血を一瞬で吸い尽くして隊員を灰へと変える。さらにドクターケイトは周囲に無数のケイトウの花を出現させ、ヘビ女はマントで自分の鼻と口を覆う。

「ケイトガスを食らうがいいさ!」
「今度は毒ガスってわけ!?」

 ケイトウの花から赤いガスが噴出すると、ホワイト達はそれが毒ガスであると悟り、ガスから逃れようと走り出す。しかしガスの拡散が速いこともあって隊員は倒れていき、セピアもその場に倒れ込む。

「セピア!?」
「身体が痺れて、もう……ホワイト、あなただけでも逃げて……時間くらいなら、稼ぐから……」

 最後に残されたホワイトはセピアに駆け寄ろうとするが、セピアはホワイトを手で制し、最後の力を振り絞って焼夷手榴弾をドクターケイトめがけて投げつける。

「ぎゃあああああああ!? 火が!? 火が私の身体に!?」
「まったく! 世話を焼かせてくれるよ!」

 焼夷手榴弾がドクターケイトのマントに当たって火が点いた途端、ドクターケイトは悶え苦しみ、ケイトウの花が全て枯れ果ててガスの噴出が止まる。ヘビ女が自分のマントを外して火を消し止めている間に、ホワイトは走ってその場から離脱する。ようやく火が消えるとドクターケイトは立ち上がり、ナイフで瀕死のセピアを刺そうとするが、すぐに思い直す。

「どうせガスの効果ですぐに死ぬんだ。せいぜい苦しみ抜いて死ぬがいいさ」

 ドクターケイトは瀕死のセピアを嘲笑うとヘビ女と共に姿を消す。
 半ば廃墟と化したビルの内部では、グレイと合流した13人の隊員が弾丸の装填や装備の点検を行っていた。グレイも腰に差したリボルバーの弾倉を確認すると、ホルスターに納める。すると見張り役を買って出ていた隊員がバイザーを上げて双眼鏡を覗きながら声を上げる。

「クソ! またあの百目野郎だ! 俺たちを嗅ぎ付けてきやがったんだ!」

 グレイもバイザーを上げて窓の外を双眼鏡で覗くと、そこには黒い頭に巨大な一つ目と多数の小さな目を備えた怪人が立っていた。グレイたちは合流した後にあの怪人から執拗に狙われ、すでに何人もの隊員が犠牲になり、グレイもリボルバー以外の武器を喪失している。しかも銃撃やグレネードも効果がなく、グレイたちは逃げることしか出来なかった。怪人はグレイらの存在に気付いたらしく、一度目をグレイたちが隠れているビルへと向けると、身体から何かを千切り取る。

「タイタンの目を誤魔化せると思ったか!? すぐに炙り出してやる!」

 怪人ことタイタンは千切った何かを4つの火の玉へと変えてビルの方向へ放り投げ、しゃがみ込んで地面に両手を置く。

「我が240万度のマグマの力、存分に味わえ!」

 4つの火の玉はビルの周囲4方向に着弾すると、天を貫かんばかりの巨大な火柱へと変わり、ゆっくりとビルへ迫っていく。

「不味い! ビルから出るぞ!」

 本能的に危険を察知したグレイは窓から身を乗り出す。フックショットを呼び出して隣のビル残骸にフックを射出し、飛び降りながらブランコの要領でビルから離れる。他の隊員も同じようにビルから脱出し、地面に着地して走り出した直後に4つの火柱は遂にビルへと到達する。

「タイタン火柱攻め!」

 そしてタイタンが力を入れると4つの火柱が合わさり、巨大な一つの火柱となってビルを包み込んで灰すら残さずに一瞬でビルを蒸発させる。あまりの熱量に周囲の瓦礫が溶けてアスファルトも液化する。

「クソ、なんて火力だよ!」

 ある程度距離を開けても熱さを感じるほどの火力に驚きながらグレイ達は走り続ける。タイタンも火柱攻めを使うと体力を消耗するのか、すぐには立ち上がれそうにない。一気に距離を開けようとするグレイたちだが、突然グレイたちの前に身の丈ほどのトランプが飛来し、トランプの中から白マントを着けた怪人が出現する。グレイたちは立ち止まり、即座に怪人に向けて銃を構える。ホルスターに手を当てたグレイがまず口を開く。

「お前もデルザー軍団の改造魔人、らしいな」
「ほほう、このジェネラル・シャドウを知らぬとは、貴様もよほど迂闊な奴。まあいい、挨拶ついでに一つ占ってやろう。好きなカードを引くがいい」

 怪人ことジェネラル・シャドウは胸の前で無造作にトランプを広げてみせる。

「舐めやがって!」

 それが挑発と悟ったグレイはホルスターに収めたリボルバーを抜き撃ちする。別の隊員もアサルトライフルを発砲してカードを撃ち抜き、ジェネラル・シャドウの胸に銃弾を叩き込む。しかしジェネラル・シャドウは怯む様子すら見せず、飛び散ったカードを回収する。そして銃弾で孔を穿たれた一枚のカードを一瞥し、吐き捨てる。

「スペードの4、か。ゴミめが」

 次の瞬間、剣に手をかけたジェネラル・シャドウの姿がぶれたかと思うと一陣の風が通り過ぎる。そしてグレイたちが反応する間もなくジェネラル・シャドウが背後に現れ、呟く。

「振り向くな」
「何を……!?」

 ジェネラル・シャドウが何をしたのか分からなかったグレイたちだが、声に反応して一斉に振り向く。振り向き終えた直後、グレイ以外の隊員の全身から大量の血が勢いよく噴出し、身体が13の肉塊に分割されてボトボトと地面に落ちる。残されたグレイは唖然としていたが、ジェネラル・シャドウは背を向けたまま孔が開いた別のカードを取り出し、呟く。

「貴様が選んだカードはクラブのA。クラブは幸運、そのエースを撃ち抜くとは貴様もかなりの強運、いや悪運と言うべきか。このカードは貴様に進呈しよう」

 ジェネラル・シャドウはグレイが一瞬早く真ん中を撃ち抜いたカードを投げつける。カードが当たると爆発が起こってグレイを大きく吹き飛ばす。 

「さあ行け! そしてストロンガーに伝えろ! 貴様の首を獲るのはこのシャドウだとな!」

 立ち上がったグレイは一度頭を振って走り出し、ジェネラル・シャドウは見送ると背後からやって来たタイタンへと向き直る。

「後はストロンガーが来るのを待つばかり、だ。トランプフェイド!」

 ジェネラル・シャドウがトランプをばら蒔いて姿を消すと、タイタンも右手を掲げ円を描くように振って忽然と消え去る。
 そしてブラウンたちは磁石を模した怪人、甲冑姿の怪人、ミイラを思わせる怪人の襲撃を受けていた。

「隠れても無駄だぞ! 観念して姿を現せ! カチュウ!」

 甲冑姿の怪人は両手に持った長短一対の双剣を交差させて熱線を放つ。熱線はブラウンたちが隠れている場所のすぐ近くにあるビルの下部分を一撃で吹き飛ばし、ビルを倒壊させる。ブラウンの指示で隊員たちはその場を離れ、別の瓦礫に隠れつつ改造魔人の様子を窺う。すると磁石を模した怪人が前に出る。

「マシーン大元帥、ヨロイ騎士、ここは俺に任せろ。連中を無理矢理にでも引き摺り出してやる」
「磁石団長、何か策があるのか?」
「隠れ場所を根こそぎ奪ってやれば連中は嫌でも姿をみせる。行くぞ! マグネットパワー! シャァァァァイ!」

 磁石団長が右手に持った電磁棒を掲げると、周囲の金属類が磁石団長に引き寄せられ、ある程度近付くと突然発火して燃え尽きる。鉄骨やコンクリートに埋め込まれた鉄筋も例外ではなく、建物や瓦礫から鉄骨や鉄筋が根こそぎ引き離される。遂にブラウンたちが隠れていた瓦礫も鉄筋を根こそぎ持っていかれて姿を晒すことになり、銃の一部も磁石団長へ引き寄せられる。

「見つけたぞ、人間共! 文字通り我が血肉となるがいい! キキィィィッ!」

 マシーン大元帥はブラウン達を発見するとしゃがんで地面に手を触れる。すると赤い液体が広がり始め、ブラウン達の足下へと迫ってくる。即座にブラウン達は液体から逃れようと走り出し、ブラウンは瓦礫の上に乗って液体から逃れ、続く隊員に手を伸ばして引っ張り上げようとする。

「あ、足が動かない!?」

 しかし他の隊員は液体が足に固着して身動きが取れなくなる。必死の抵抗も虚しく瞬く間に全身の水分を奪われていき、最後には肉体が砂と化してこぼれ落ちる。残されたブラウンが退却していくのを磁石団長が追跡しようとするが、マシーン大元帥が止める。

「待て。奴はストロンガーを誘き寄せる餌だ。まだ殺すな」

 それだけ告げると、マシーン大元帥は磁石団長とヨロイ騎士を引き連れてその場から歩き去るのだった。

**********

 『紅椿』を装着した箒が仮面ライダーストロンガーと共に名古屋市上空に到着すると、眼下には廃墟と瓦礫しかない荒廃した街の姿が広がっていた。

「これは!?」
「間違いない、デルザーの仕業だ。連中め、何を企んでこんなことを……?」

 最早災害レベルの被害に唖然とする箒と対照的に、仮面ライダーストロンガーはこの惨状がデルザー軍団によるものだと即座に理解する。しかし目的までは予想がつかずに少し思案する。

「箒さん、第7分隊とは連絡が取れそうかい? 俺もさっきから何回も呼びかけているんだが、ちっとも返事がないんだ」
「いえ、こちらも定期的に呼びかけていますが、誰も通信に出てくれません」

 仮面ライダーストロンガーの質問に箒は首を振って答える。SPIRITS第7分隊との連絡が取れない。仮面ライダーストロンガーや箒がすでに何回も通信を入れているが、返答がない。余程状況が切迫しているのか、あるいは全滅したのか。悪い予感ばかりが頭を過り不安に苛まれる箒だが、ハイパーセンサーが地上に倒れている人影を探知する。箒は仮面ライダーストロンガーを抱えたまま人影の近くへ着陸し、仮面ライダーストロンガーを下ろす。
 仮面ライダーストロンガーと箒が倒れた人影へと近寄る。人影は格好からしてSPIRITS第7分隊の隊員のようだが、先ほどからピクリとも動かない。何を意味するのか薄々理解しつつ、受け入れられない箒を気遣うように仮面ライダーストロンガーは手で制し、黙って横たわる隊員の近くでしゃがみ、ヘルメットを取る。

「……駄目だ」

 仮面ライダーストロンガーが静かに言うのを聞くまでもなく、箒はその隊員が既に死んでいることを理解する。隊員の顔は半ば白骨化しており、残された表情の一部からかなり苦しみ悶えて亡くなったことが窺える。それをハイパーセンサーがハッキリと捉えてしまい、気分が悪くなるのを箒は無理矢理抑え込む。

「茂さん、やはりデルザー軍団の仕業ですか?」
「ああ。ドクターケイトの毒だ」

 仮面ライダーストロンガーは路上に点在している隊員の死体を見やりながら呟く。声や態度からは何の感情も窺えない。むしろ必死に押し殺しているように思える。仮面ライダーストロンガーは死体の手を組ませると、箒へ向き直る。

「箒さん、少し待っていてくれ。俺はまだ生きている人がいないか確かめてくる」
「あの、ここは私がやりますから、茂さんは別の場所をお願いします」
「無理をしなくていい。君はこういう光景は見慣れてない筈だ。今は少し休んでくれ」
「いいえ、大丈夫です。それにこの人たちとは短い間ですが一緒に戦ってきた仲ですから」
「……分かった。だが気分が悪くなったらすぐに止めてくれ」

 仮面ライダーストロンガーは箒の頑なな態度に折れると跳躍して瓦礫を飛び越え、他に生存者がいないか探しに出かける。箒はそれを見送ると、倒れている隊員のヘルメットを外して生きているか確認する。しかしどの隊員も同じだ。目を反らしたくなるのを耐え、死体の両手を組ませてやりながら進む箒だが、最後に残った隊員の胸がまだ微かに上下していることに気付く。

(まだ生きてる!?)

 確認した途端、箒は無我夢中で駆け出して隊員へと近寄り、しゃがみこむ。すると隊員も箒に気付いたのか、顔を向けて弱々しく声を発する。

「箒、さん……?」
「セピアさん!?」

 聞こえてきた声がセピアの物であると悟り、箒はヘルメットを外す。ヘルメットの内には衰弱してこそいるが確かにセピアの顔があった。目の焦点は合っておらず、口からは苦しげなか細い息吹きが漏れている。気が動転しながらも箒は顔を寄せて必死に呼びかける。

「しっかりしてください! 茂さんも到着しています! すぐに医療施設まで運びますから! もう少しの辛抱ですから!」
「ごめんなさい……残念だけど、無理よ……もう、助からないって、分かるから……」
「喋らないで! きっと大丈夫! 絶対に助かります! ですからまだ諦めないで下さい!」
「私には分かるの……あのガスを吸った時点で、助からないって、経験的に理解できたから……私も、昔はガスを使って、あんな風に人を殺してきたから、分かるの……ねえ、箒さん……最後に私の話、聞いてくれないかしら……?」

 必死に呼びかけ続ける箒にセピアは儚げな笑みを浮かべながら咳き込む。咳き込む度に口から血が吐き出され、口元に血がこびりついていく。しかしセピアが最後の力を振り絞るかのように語りかけると、箒は思わず頷いてしまう。するとセピアはゆっくりと、途切れ途切れになりながら話し始める。

「実は私ね……テロリストだったの。私の故郷では、祖国から独立しようとする組織が活動していて、私もそのメンバーだった。まあ、この世界ではよくある話よね……私も捕まるまでは色々やったわ。恐喝や誘拐なんて日常茶飯事、殺しや爆弾だって何回もやったわ……それに、毒ガスも……その時に死んでいった人たちもきっと、今の私たちみたいに……」

 セピアは咳き込むと、再び言葉を続ける。

「……私たちは故郷のため、独立のためと信じて、そうしてきた……けど、白状しちゃうと、私はそうじゃなかったのかもしれない。本当は昔の恋人が、私の生まれや民族を理由に、弄んで捨てたから、その復讐がしたかっただけ、なのかもしれない……だから、報いを受けたってことなのかしら……」
「セピア、さん……」
「ごめんなさい……けど、誰かに話したくて仕方がなかったの……懺悔と言うか、胸の支えを取りたかったかと言うか……ついでに、もう一つ……白状しちゃって、いいかしら?」

 セピアの言葉に箒が頷くとセピアは自嘲するように微かに笑う。

「私ね、本当に今さらなんだけど……ここにきて、死ぬのが、怖くなっちゃった……死にたくない、って……死ぬ覚悟なんて、とっくに出来てた筈なのに、もう死んだ筈なのに……このまま独りで消えていくのが、怖い……」
「何か、私に出来ることはありませんか?」
「なら……手を握ってくれないかしら?」

 セピアが力なく言って吐血すると、箒は即座に『紅椿』の展開を解除し、セピアの両手を顔の前まで持ってきて握る。するとセピアは安堵したのか、徐々に力が抜けていく。

「ありがとう、あなたの手、暖かいわ……まさか最後の最後で、また人に手を取って貰えるなんて……私、幸せ者ね……」
「そんな、そんなこと……」
「……私なんかのために泣いてくれるなんて、優しいのね、箒さん……優しすぎるくらいに……けど、泣かなくていいのよ……私は、あの時に、罰を受けて死ぬ筈だったから……今、その時が来ただけだから……泣かないで……」
「セピアさん……」

 セピアは最早聞こえるかどうかの声で優しく箒をたしなめるが、箒の目から涙が止まることはなく、箒も首を振るだけだ。セピアの手から力と生気が抜けていくのを箒は知覚する。

「私、もうセピアじゃないわ……私の本当の名前は……マリエ……ル……」
「マリ……エル……」
「……箒さん、あなたは、私みたいにならないで……幸せになって……ずっと……好きな人と……一緒にいられると……いいわ……ね……」

 その一言を最後にセピアことマリエルから力と生気が消え去り、動きが完全に止まる。最初の内は必死に呼びかけて身体を揺すり続ける箒だが、握っている手は冷たくなっていき、脈も呼吸もなく、瞳孔が開ききる。そして箒は理解する。マリエルは死んだのだと。もう二度と目を開けることも、立ち上がることもないのだと。しばらくマリエルの手を握ったままその場で蹲り、嗚咽を漏らしていた箒だが、通信が入ってくる。最初は出る気力すらなかった箒だが、少し落ち着くと通信に出る。通信を入れてきたのは仮面ライダーストロンガーだ。

『やっと出たか……箒さん、大丈夫かい?』

「茂さん……マリエル……セピアさんが……さっき……」

『……箒さん、気持ちは分かるが、君のせいじゃない。君が悪いんじゃないんだ。だから、そんなに自分を責めないでくれ』

「すいません、私、まだ……」

『今は、いいさ。落ち着いたらでいいから、何かあったらまた連絡してくれ』

 箒が涙声で力なく答えると、仮面ライダーストロンガーは箒の気持ちを察して通信を一度切る。箒はひとしきり涙を流し終えると、マリエルの目を手で閉じてやる。直後にまたしても通信が入る。何事かと思って出ると、途切れ途切れに声が聞こえてくる。

『こちら……イト! ストロ……ウキ、聞こえる!?』

「この声、ホワイトさん!?」

 通信を入れてきたのがホワイトだと気付いた箒は即座に周波数を合わせ、位置情報を確かめるべく逆探知を開始する。

『ホウキ、聞こえてるのね!? 良かった、時間がないから手短に済ませるわ! 名古屋には近付かないで! もし入ったならすぐに逃げて! デルザー軍団が罠を張ってる! こっちの通信も妨害が激しくて、いつまで出来るか……』

「ホワイトさん!? どこにいるんですか!? ホワイトさん!?」

 箒は慌ててホワイトに呼びかけるが、通信妨害が激しいのか聞こえてくるのはノイズだけだ。幸い逆探知には成功したことから箒は仮面ライダーストロンガーに通信を入れる。

「茂さん、聞こえますか!?」

『聞こえてるぜ。その様子じゃ、何かあったんだな?』

「はい! ホワイトさんから通信がありました! 逆探知の結果、今は名古屋駅近辺にいるようです!」

『分かった。箒さん、君は残りの生存者を集めてすぐに基地に戻るんだ』

「分かりました! ですが茂さんは?」

『俺かい? 俺はちょいとデルザーに挨拶してかなきゃならないんでね。だいぶ遅れそうだが気にしないでくれ』

「待って下さい! ホワイトさんから敵は罠を張っていると……!」

『箒さん、今まで俺がなにを見てきたか、分かるかい?』

 仮面ライダーストロンガーが単身デルザー軍団と戦う気であると悟り、箒は慌てて止めようとするが、仮面ライダーストロンガーの様子がおかしい。仮面ライダーストロンガーは極力穏やかに、どこか自嘲の色を滲ませながら言葉を続ける。

『ぶっ壊されたビルに陥没した道路、溶けたアスファルト、何かに潰されてグチャグチャになった死体、胸板を撃ち抜かれた死骸、真っ二つにされた人の身体、瓦礫に埋もれた人間の手、狼に食い散らかされた誰かの骨、綺麗にバラされた肉塊、SPIRITSスーツから零れる砂……箒さん、どうやら俺は、また間に合わなかったらしいぜ……』

 仮面ライダーストロンガーの怒りはとっくに臨界点を突破していた。今までは箒を気遣って抑えていたが、目の前に広がっている凄惨な光景を作り出したデルザー軍団と、止められなかった自分自身への怒りと憤りが積もりに積もり、怒りの炎は240万度のマグマすら一瞬で蒸発させそうなくらいに燃え盛り、今すぐにでも暴発しそうな状態なのだ。

「落ち着いて下さい! あなたのせいではありません!」

『箒さん、俺は冷静だぜ。不思議と頭がクリアになってるんだ。今、俺が何をすべきなのかよく分かる。とにかく、君は生存者の救出を優先してくれ。デルザーの相手は俺の仕事さ』

「待って下さい! 一人でデルザー軍団に挑むのは危険過ぎます!」

『悪いね、箒さん……俺は躾けられた犬じゃねえ! 待てと言われて大人しく待ってられるほど、俺はいい子に出来ちゃいねえんだ!』

 遂に仮面ライダーストロンガーの怒りが爆発して通信が切られると、箒は慌てて『紅椿』を装着して飛び立ち、位置情報を割り出して仮面ライダーストロンガーの後を追う。
 同じ頃、鋼鉄参謀と岩石男爵から逃れたレッドはブリーフィングで指定された通り、名古屋駅へやって来ていた。敵によるジャミングが激しいのか、通信は途絶したままだ。レッドはリボルバーを構えて慎重に進むが、そこに長銃身のライフルを持った隊員が姿を現す。

「ヌシ、レッドか!? 無事じゃったか!」
「イエロー……他のヤツは?」
「こん近くに隠れとるけん、ついてくるたい」

 隊員ことイエローはヘルメットを脱いで素顔を晒すと、同じくヘルメットを脱いだレッドを先導して瓦礫の山を進んでいく。瓦礫の山の奥にはブラウン、グレイ、ゴールド、ホワイトが腰かけていた。全員ヘルメットを脱いでいる。ブラウンはレッドを見ると口を開く。

「どうやら、生き残ったのはあなただけらしいわね、レッド。ブラックも、カーキも、ビリジアンも、ネイビーも、他の皆もデルザーにやられたのでしょう?」

 ブラウンの言葉にレッドが黙って頷く。グレイとゴールド、イエローは黙りこくったままだ。グレイ、ゴールド、イエロー、ブラウン、ホワイトも辛うじて生き延びたのだろう。ふとレッドがホワイトの方を見ると、ホワイトの身体が小刻みに震えている。

「どうした?」
「どうしたって、あんた! あいつらとやり合って、何も思わなかったわけ!? あいつら一体なんなのよ!? まるで『あの男』に会った時みたいに、身体が勝手に……」
「そいつは違うぞ、ホワイト」

 ホワイトがレッドに向かって捲し立てると、銃の点検を終えたゴールドが静かに割って入り、続ける。

「確かに俺たちが連中と対峙した時に感じたのは、恐怖だろう。しかし本質が違う。ヤツの恐怖は得体の知れないものに対する、理解出来ないが故の恐怖だ。だがヤツはある意味、どこまでも人間に過ぎなかった。だが、デルザーは違う。連中の恐怖は、その本質を理解したが故の恐怖だ。核兵器と同じように、恐ろしさを理解しているから感じる恐怖なのだ。お前さんも理解出来た筈だ。デルザーの連中は我々人間とは決して相容れない、力のみを信仰し、狂気と妄執の赴くままに破壊と殺戮を繰り返す、正真正銘の魔物だとな」

 ゴールドの言葉に全員が沈黙する。直後にレッドが外を見てみると、多数のデルザー戦闘員が駅の周囲を徘徊している。他の面子もめいめい外の様子を窺って確認する。

「まさか、見つかったのか?」
「いや、まだこちらには気付いていないようだ。だが、遅かれ早かれ……」
「様子を見に来てみれば、こんなところにネズミが隠れていたとはな!」
「お前は!?」
「デッドライオン!?」

 全員がデルザー戦闘員の様子を窺っていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。慌てて振り返ると丁度レッドたちの背後からデッドライオンがブラックサタン戦闘員を引き連れて姿を現す。デッドライオンは右手の爪を突きつける。

「SPIRITSめ、コソコソ隠れても無駄だ! デッドハンドを受けろ!」
「ミュウ!」

 デッドライオンがデッドハンドを向けると、ブラックサタン戦闘員が一斉にレッドたちに飛びかかっていく。レッドはヘイトソング2を振るって先頭のブラックサタン戦闘員にナイフの斬撃を浴びせると、グレイとホワイト、ブラウン、ゴールドも拳銃を抜き放ってブラックサタン戦闘員を撃ち抜き、イエローはブラックサタン戦闘員を小手投げや払い腰で次々と投げ飛ばす。そこにデッドライオンが爪を掲げて突っ込み、レッドの銃撃を無理矢理突破して爪を降り下ろす。レッドが受け止めようと出したヘイトソング2を一撃で弾き飛ばし、レッドの身体に蹴りを入れて吹き飛ばしたデッドライオンは追撃に移ろうとする。グレイが目を狙ってリボルバーを連射し、一瞬怯んだ隙にレッドはヘイトソング2を拾い直し、一度距離を開けるべくブラウンを先頭に銃撃しながら走り出す。

「おのれ! 逃がすものか!」

 デッドライオンはブラックサタン戦闘員に指示を出しつつ自らもレッド達を追いかける。
 ひとまずデッドライオンから逃れたレッドたちだが、どこからともなく鎖が飛んでくるとレッドたちを絡めとって動きを封じる。

「ギュウ! ギュウ!」
「こいつら、デルザーの!?」

 鎖を飛ばしてきたのは鋼鉄参謀配下のデルザー戦闘員だ。さらにジェネラル・シャドウ配下以外のデルザー戦闘員やブラックサタン戦闘員が続々と姿を現し、デッドライオンもまたレッドたちに追いつく。

「フン、大人しく尻尾を巻いて逃げ帰っていれば良かったものを。ストロンガーがこの街に来たのならば、予定は変更だ。貴様らは我らにまとめて処刑されることで、ストロンガーへのメッセンジャーになって貰う!」
「クッ、ここまでか……!」

 デッドライオンは右手の爪を見せつけるように、身動きが取れないレッドたちへとゆっくりと歩いていく。

「エレクトロファイヤー!」
「ミュウ!?」
「何!?」

 しかし突如として地面から高圧電流が流れ、ブラックサタン戦闘員やデルザー戦闘員が感電して次々と倒れていく。

「私もいるぞ!」

 続けて箒が上空から舞い降りて雨月の刃とレーザーでデルザー戦闘員を一掃し、鎖を切り裂いてレッドたちを救出する。

「皆さん、ご無事ですか!?」
「ホウキ!? あんた、私の通信を聞かなかったの!?」
「そう言うな。箒さんはあんたたちが心配で仕方がなかったんだ」
「チイッ! ストロンガーめ! まさかこんなに早く合流してくるとは!」

 さらに仮面ライダーストロンガーが跳躍してデッドライオンの前に降り立つと、デッドライオンは舌打ちしてみせる。仮面ライダーストロンガーはデッドライオンに構えてみせるが、突然レッドを突き飛ばす。

「何を……!?」
「ぐうっ!?」
「茂さん!?」

 一瞬何事かと思ったレッドだが、仮面ライダーストロンガーが突き飛ばした直後にどこからか銃弾が飛来し、仮面ライダーストロンガーの胸部に当たり、仮面ライダーストロンガーがたたらを踏む。しかしすぐに持ち直すと、銃弾が飛んできた方向に向き直る。

「不意討ちとは、いつまで経ってもその汚さは健在か! タイタン!」
「何とでも言うがいい! 正々堂々と戦って負ける阿呆に比べれば、汚かろうが確実に勝つ方が余程利口で上等なのだからな!」

 仮面ライダーストロンガーの言葉に呼応するかのごとく、右手にタイタン破壊銃を持ったタイタンが姿を現す。箒もまたタイタンに向き直った瞬間、今まで感じたことのない異質かつ強烈な殺気を感じ、反射的に殺気が飛んできた方向へ雨月と空裂を向ける。仮面ライダーストロンガーもまた殺気を感じたのか、顔は向けずに静かに話し出す。

「ヘッ、とうとう真打ちのご登場ってわけか」
「茂さん、ならばこいつらが!?」
「ああ。こいつらがもう一つの組織、デルザー軍団だ!」

 箒の視線の先には13体の改造魔人が並び立っていた。仮面ライダーストロンガーもデルザー軍団に向き直ると、ジェットコンドルが前に一歩進み出る。

「貴様が仮面ライダーストロンガーだな? お初にお目にかかる。我輩は誇り高きデルザー軍団の一員、ジェットコンドルだ。しかと脳に刻み込んでおけ、ストロンガー」
「なるほど、貴様が先輩が言ってた13体目か。他の連中は、今さらか。特にシャドウ、貴様はな」
「久しぶりだな、ストロンガー。また会えて嬉しく思うぞ。貴様との戦いの日々、そして貴様に敗れた記憶は地獄に堕ちようが、幾度甦ろうが、片時も忘れたことはない。だが、それもここまでよ! ストロンガー、今度こそ貴様をこの手で討ち果たしてくれる!」
「俺も嬉しい限りだぜ。貴様とは長い付き合いだったからな。二度と甦れないくらいに叩きのめして、貴様との因縁も断ち切ってやるぜ!」
「吐かせ! ストロンガー、貴様ら仮面ライダーは全員、我らデルザーによって葬り去られるのだ! そして貴様が第一号だ! 生かしては返さんぞ!」
「上等だ、マシーン大元帥! やれるものならやってみろ! 貴様らの方こそ、俺たちがまた全滅させてやる!」

 仮面ライダーストロンガーとデルザー軍団が互いに殺気と闘志を隠そうともせず睨み合っているのを見て、ブラックサタンの時以上に疎外感を感じる箒だが、気を取り直してレッドたちに声をかける。

「ここは私たちが引き受けます! 皆さんは後退して下さい!」
「断る」
「レッド!?」

 箒の提案にレッドはすげなく答えてヘイトソング2のリロードを済ませ、マシーン大元帥に向けて構える。

「これは俺の戦いだ。お前に指図される覚えはない」
「駄目です! 言いたくはありませんが、足手まといです!」
「余計なお世話だ。どうせ俺たちは捨て駒だ。気にせずに戦えばいい」
「捨て駒なんかじゃない! 私はもう、誰かが死んでいくところなんか見たくない!」

 レッドがぶっきらぼうに答えると、箒が思いの丈をぶつけるように叫ぶ。レッドが思わず箒を見ると、箒の目に涙がたまっている。するとイエローがレッドの肩を叩く。

「レッド、箒さんば任せるたい。ワシらがいても、箒さんやストロンガーの邪魔になるけん」
「……チッ」
「なら、ここはあなたたちに任せるわ!」

 レッドがそっぽを向いて渋々同意すると、ブラウンの指示で退却を開始する。それを追おうとするデッドライオンだが、箒が雨月のレーザーを発射して妨害する。すると仮面ライダーストロンガーが箒に顔を向ける。

「箒さん、君も行った方がいい。デルザーの連中は一筋縄じゃいかない。下手をすれば君だって命を落としかねない。俺だって君を庇う余裕はないかもしれない。俺とこいつらの因縁に、君まで付き合う必要はない」
「お言葉ですが茂さん、これは私の戦いです。ブラックサタンやデルザー軍団と戦おうと決めたのも私です。たとえあなたの言うことであったとしても、それだけは曲げられません」
「それを聞いて安心したよ。なら、行こうか!」
「小娘風情が意気がりおって! 俺が狙うのはストロンガー! 貴様一人だけだ! そこの小娘は女か、女の腐ったような荒ワシ師団長にでも譲ってやる! 行くぞ、ストロンガー! スティィィィルッ!」

 仮面ライダーストロンガーが左手で右手袋の裾を引くような動作をすると、鋼鉄参謀が鎖付き鉄球を仮面ライダーストロンガーへと投げつける。仮面ライダーストロンガーは跳躍し、下を通り過ぎる鉄球を蹴ってデルザー軍団へ突撃していく。

「ストロンガー! 私の毒液でさっさと死になよ!」
「カカカカカカッ! ドクロ機関砲を食らえ!」
「ストロンガー! 俺がこの手で、殺す!」
「高速熱線を受けろ! カチュウ!」
「なんの! ストロンガーバリア!」

 ドクターケイトが杖から毒液を、ドクロ少佐が大鎌の先端から機関砲を、隊長ブランクがライフルからナイフを、ヨロイ騎士が剣を交差させて熱線を発射するが、仮面ライダーストロンガーは前面に不可視の障壁を張って防ぎ、無事に着地する。

「イワァァァァッ! ワシがここでぶっ潰しちゃる!」
「ここで会ったが百年目だ、ストロンガー! シャァァァイ!」

 着地した仮面ライダーストロンガーに岩石男爵が棍棒を、磁石団長が電磁棒を手に殴りかかるが、仮面ライダーストロンガーは岩石男爵にハイキックを入れて怯ませ、電磁棒の連撃をかわしつつ反撃の機会を窺う。

「ストロンガー! 歯形爆弾を食らえ!」
「私を忘れるな!」

 磁石団長と岩石男爵が得物を手に仮面ライダーストロンガーを攻め立てているところに狼長官が歯形爆弾を投げつけるが、着弾する直前に箒が雨月のレーザーで撃墜する。すると狼長官が怒りを露にする。

「貴様! 下等な人間の分際で俺の邪魔をしたな! 下等生物として生まれたことを後悔させてやるぞ、小娘が!」

 狼長官は指揮棒で箒に殴りかかるが、棒は雨月の鍔で受け止め、軽く体勢を崩しつつ脚部展開装甲からエネルギー刃を展開して蹴りつける。狼長官が怯んだ隙に箒は雨月と空裂の二刀流で攻め立てるが、狼長官は指揮棒で一度空裂を払い除けて跳躍し、距離を取る。

「こうなれば、プラズマ光線を受けろ!」

 狼長官の頭部についた飾りから箒に向けて光線が放たれるが、光線が当たっても『紅椿』のシールドバリアはほとんど削られずに終わる。すると狼長官は地団駄を踏む。

「おのれ! 月が出ていないとはいえ、あんな小娘一人殺せる威力すら出ないとは!」
「カアアアアアッ! ならば俺が相手をしてやる!」

 すると翼を広げた荒ワシ師団長が急降下し、右手に持った斧で箒に斬りかかる。箒はスラスターを噴射して上に逃れる。荒ワシ師団長も箒を追って上昇に転じる。

「貴様、8号ライダーと同じく虫けらの分際で空を飛ぶか。まあいい、貴様を先に潰しておけばストロンガーも動揺するだろう。大人しくこの荒ワシ師団長の糧と……」
「ジェェェェェェット!」
「うおっ!?」

 荒ワシ師団長が盾と斧を掲げた直後、鳥を模した姿を変えたジェットコンドルが箒めがけて突っ込んでいき、進路上にいた荒ワシ師団長が撥ね飛ばされる。箒が咄嗟に横へ逃れると、通り過ぎた際に発生したソニックブームが襲いかかる。シールドこそ削られなかったものの、一瞬あおられかけた箒はすぐに体勢を立て直す。駅の建物に当たって倒壊させたジェットコンドルは人型形態に戻って瓦礫から姿を現す。

「なんのつもりだ!? ジェットコンドル! 俺まで殺す気か!?」
「ボヤボヤしているのが悪いのだ、荒ワシ師団長! そんなことより荒ワシ師団長、お前は下等生物が不遜にも空を飛んでいることに何も感じないのか!? それでも誇り高き翼を持った改造魔人か!?」

 文句をつける荒ワシ師団長をジェットコンドルは逆に怒鳴り飛ばし、続けて両手に鍵爪を装備して箒に向かって吠える。

「貴様! 劣等種族の分際で空を飛ぶとは! 貴様ら虫けらは虫けららしく、地面を這いずり回っておればよいのだ! それを不遜にも我輩の領域たる空を汚そうとは! 決して許さんぞ! 貴様ら人間共が二度と、永遠に空を飛ぼうなどと考えられないように! 貴様の身体を八つ裂きにし! 血の一滴も残さず灰塵にし! その愚かさを分からせてやるために、我輩直々に惨たらしく殺し尽くしてやる! 光栄に思うがいい! ジェェェェェェェット!」
「くっ!?」

 ジェットコンドルは翼につけたジェットエンジンを点火して箒に突っ込んでいき、両手の爪で攻め立てる。箒も雨月と空裂を駆使してそれを防ぐが、中々攻勢に転じられない。

「まったく、ヤツの人間嫌いには参ったものだ。まあいい。横取りを狙うなら丁度いいだろう」

 荒ワシ師団長もジェットコンドルにブツブツと文句を言っていたが、すぐに気を取り直してジェットコンドルに続けて箒に襲いかかる。

「箒さん!」
「どこを見てるんだい!?」

 仮面ライダーストロンガーの視線が一瞬、箒へ向いたところにヘビ女が右手の鞭を叩きつけてくる。咄嗟に払い落とした仮面ライダーストロンガーに、鋼鉄参謀が鎖付き鉄球で殴りかかってくる。一撃でガードを弾き飛ばされ、二撃目で吹き飛ばされる仮面ライダーストロンガーだが、切り札を切ることを決める。

「行くぞ! チャージアップ! ……ぐうっ!?」

 仮面ライダーストロンガーは超電子ダイナモを起動しようとするが、銃弾を撃ち込まれた部分からスパークが発生し、超電子エネルギーが外部に漏れ出して姿が変わらない。仮面ライダーストロンガーがふらつきそうになる身体を辛うじて支えるのを見ると、デッドライオンが勝ち誇ったように声を上げる。

「どうだ! 貴様のためにブラックサタン科学陣に作らせた特別弾頭の味は!? 貴様に埋め込まれた超電子ダイナモは、元々我らが正木洋一郎を捕らえて研究させていたものだ。超電子ダイナモの力や弱点も承知していて当然だろう! 貴様に撃ち込まれた弾丸は超電子ダイナモの起動を抑制し、かつ超電子エネルギーを全て外部に発散して使えなくするのだ! つまり、今の貴様は超電子人間になることも、超電子の技を使うことも出来ない、ただの電気人間なのだ!」
「口先だけは達者だな、デッドライオン! だが、超電子の力が使えなくなった程度で、仮面ライダーストロンガーが怯むと思ったか!?」

 デッドライオンが胸を張って自慢するのを仮面ライダーストロンガーはあっさり切り捨てる。ドクロ少佐が鎌で斬りかかってくるのを両手で柄を掴んで止め、ヨロイ騎士の胸に蹴りを入れて吹き飛ばす。隊長ブランクが瓦礫を投げつけてくると飛び退いて回避し、磁石団長の電磁棒をガードした後に右手を地面に置く。

「エレクトロファイヤー!」

 地面に高圧電流が伝って地上の改造魔人が動きを止めると、仮面ライダーストロンガーは高々とジャンプして一度右手を胸の前に持っていき、空中で前転する。

「ストロンガー電キック!」

 そのまま身体を赤熱化させて右足に電気エネルギーを集中させると、渾身の力で飛び蹴りを放ち鋼鉄参謀に右足を蹴り込む。

「ぐあっ!?」
「何!? 馬鹿な!?」

 右足が鋼鉄参謀に蹴り込まれると、流し込まれた筈の電気エネルギーが仮面ライダーストロンガーへ逆流し、仮面ライダーストロンガーは大きく弾き飛ばされる。しかし鋼鉄参謀にもダメージがあったのか、全身から火花が散って片膝を地面につく。仮面ライダーストロンガーが空中で身を捻って無事に着地すると、鋼鉄参謀も再び立ち上がる。

「ストロンガーめ、俺の身体でも反射しきれんほどの電気エネルギーをぶつけてくるとは! だが、ここまでだ! スティィィィルッ!」
「なんの! 反磁力線!」

 鋼鉄参謀は風を巻き起こしながら鉄球を振り回した後に投げつけるが、仮面ライダーストロンガーの身体から発せられた反磁力線によって鉄球は跳ね返され、ついでに磁石団長も吹き飛ばされる。
 『絢爛舞踏』を発動させた箒とジェットコンドル、荒ワシ師団長は上空で激しい空中戦を繰り広げている。箒が雨月のレーザーと空裂のエネルギー刃を飛ばしてジェットコンドルと荒ワシ師団長を攻撃するが、荒ワシ師団長は身の丈程に巨大化させた盾でレーザーとエネルギー刃を全て防ぎ、斧を手に箒へと接近する。

「カアアアアアッ! 無駄だ! さっさと死ね! 小娘が!」
「そうはいくか!」
「小癪な!」

 荒ワシ師団長が渾身の力で斧を降り下ろすが、箒はスラスター翼とPICを使い風に舞い落ちる木の葉のようにひらり、と横に開いて回避し、斬撃の余波が直線上にあったビルの壁に新たな傷を抉るだけに終わる。逆に箒は荒ワシ師団長の無防備な背後に一瞬で回り込むと、エネルギー刃を纏わせた空裂の斬撃を浴びせる。動くに動けない荒ワシ師団長はまともに斬撃を浴びるが、着込んでいたチェインメイルのお陰で致命傷には至らず、振り向きながら斧を横薙ぎに払う。箒はスラスターを噴射して後ろへ逃れつつ雨月からレーザーを放つ。しかし最初の数発こそ荒ワシ師団長に当たるが、残りは盾に防がれる。

「我輩を無視するとは、不遜極まりないな! 下等種族! ミサイルを食らえ! ジェェェェット!」

 一連の攻防を見て勝手に激昂したジェットコンドルは、翼に備え付けられたミサイルを箒めがけて発射する。箒は一気にスラスター出力を上げて追尾してくるミサイルから逃れつつ、レーザーやエネルギー刃を飛ばしてミサイルを撃ち落とす。

「バカめ! ミサイルを撃ち落としたところで、我輩が残っておるわ!」

 すかさずジェットコンドルがジェットエンジンを噴射し、鉤爪を掲げて突っ込んでくるが、箒はスラスターを使い一気に急降下を開始する。ジェットコンドルもそれを追いかけるが、箒は地面に追突するギリギリ手前でPICを最大限に使って急上昇に転じる。PICなどないジェットコンドルは慌てて方向転換しようとするが、減速すら間に合わず地面に自ら突っ込んでいく形となり、地面が抉れてクレーターが出来て煙が上がる。さらに箒は上空で待ち構えていた荒ワシ師団長の斧をあっさり横に逸れて回避すると、その場でターンしながら肩部展開装甲を変形させて穿千を形成する。

「これなら、どうだ!」
「しまった!?」

 箒が右目のターゲットスコープで荒ワシ師団長をロックオンすると、荒ワシ師団長は舌打ちしながら振り向いて盾を巨大化させ、箒へ向かっていく。

「貫け!」
「ぬうっ!?」

 しかし盾すら飲み込まん勢いの熱線で荒ワシ師団長は一方的に押し戻される。荒ワシ師団長は盾を構えたまま耐えようと踏ん張り、ジリジリと押されていく。やがて穿千から放たれた光が消えて肩部展開装甲が元に戻ると、盾は表面が溶け落ちて絶縁体が無くなりこそしたが、辛うじて原型を留めている。だが荒ワシ師団長は左手から盾を落とす。

「お、俺の左手が!?」

 穿千自体は防げたものの膨大な熱量までは防ぎ切れず、熱が盾を伝って荒ワシ師団長の左手をも焦がしたのだ。焦げた左手は再生を開始するが、その隙が命取りとなった。

「そこだ!」
「何!?」

 すかさず箒が瞬時加速を使って踏み込み、雨月と空裂を振るう。咄嗟に斧で逸らし直撃だけは避けた荒ワシ師団長だが、外れた雨月は翼を貫いて焼き払い、空裂は翼を両断して荒ワシ師団長は為す術なく地面に落下し、叩きつけられる。箒もそれを追って地上に降下すると、仮面ライダーストロンガーがデルザー軍団相手に苦戦を強いられている。

「電パンチ!」
「無駄だ! 貴様の電気技、俺には効かない! ガッ!?」
「隊長ブランク!? おのれストロンガー、この剣の錆にしてやる! カチュウ!」
「カカッ、いい加減にくたばるがいい!」
「ヨロイ騎士! ドクロ少佐! 手出しは無用だ! ストロンガーは俺が仕留める! スティィィルッ!」

 仮面ライダーストロンガーは高圧電流付きの右ストレートを隊長ブランクの顔面にお見舞いし、隊長ブランクが怯むとヨロイ騎士とドクロ少佐が仮面ライダーストロンガーに斬りかかる。鋼鉄参謀がヨロイ騎士とドクロ少佐を押し退けて鉄球を投げつけ、仮面ライダーストロンガーを吹き飛ばす。仮面ライダーストロンガーは鉄球のダメージに加えて蓄積されたダメージもあるのか、立ち上がる時に僅かに足がふらつく。しかしすぐに持ち直すと、棍棒で殴りかかってきた岩石男爵を掴み、高々と跳躍する。

「行くぞ、岩石男爵! 反転ブリーカー!」

 仮面ライダーストロンガーは岩石男爵を逆さにすると、岩石男爵の両足首を掴む。上腕を両足で踏みつけるようにして固定すると、急降下して岩石男爵を頭から鋼鉄参謀に叩きつける。岩石男爵は勿論、巻き添えを食らった鋼鉄参謀もダメージを受けたのか、岩石男爵を何とかどけて立ち上がるが、フラフラで立っているのもやっとなようだ。そこに仮面ライダーストロンガーが踏み込んでパンチの連打や連続蹴りに投げ技を織り交ぜて鋼鉄参謀を攻め立てるが、磁石団長が電磁棒で殴りかかり、ドクターケイトも杖を振るい、狼長官が指揮棒を手に襲いかかる。
 一方、デッドライオンとタイタン、マシーン大元帥、そしてジェネラル・シャドウは少し離れた場所で静観に徹していた。

「タイタン、お前は手を出さないのか?」
「改造魔人がストロンガーを殺すと言っているのだ。ならば連中にやらせてやればいい。俺まで出ていって無駄な力を使う必要はない」
「安心しろ、デッドライオン。超電子の力が使えないストロンガーと小娘に負けるデルザーではない。それに万が一の時は我ら後詰めがストロンガーを倒せばいいだけのこと。いくらストロンガーとて、無傷で改造魔人を倒せはしまい」
「俺はそう思わんがな」

 漁夫の利を狙っているタイタンと、自信満々に腕を組んで傍観を決め込んだマシーン大元帥と対照的に、ジェネラル・シャドウは瓦礫の上に座ってトランプを手で弄びながら口を挟む。

「シャドウ、どういう意味だ?」
「改造魔人とて所詮は烏合の衆、数だけ揃えて勝てるほどストロンガーは甘くはない。ヤツを殺せるのは、俺だけだ」

 ジェネラル・シャドウがカードを一枚引いた頃、仮面ライダーストロンガーは箒と合流して荒ワシ師団長とジェットコンドルとも交戦を開始する。仮面ライダーストロンガーはジェットコンドルの鉤爪を両手で受け止め、蹴りを入れる。

「電タッチ!」
「貴様も雷を使うか! 虫けらめが!」

 仮面ライダーストロンガーが両手から電流を流し込むと、ジェットコンドルは僅かに怯む。しかしダメージよりも怒りの方が強いのか、すぐに持ち直して再び挑みかかる。箒は荒ワシ師団長をレーザーとエネルギー刃で牽制し、ジェットコンドルにエネルギー刃を纏った回し蹴りを叩き込んで怯ませる。その隙に仮面ライダーストロンガーもジェットコンドルの顔面にハイキックの連打を打ち込み、グロッキーにする。

「スティィィィィィィルッ!」

 直後に両手で鎖を持った鋼鉄参謀が鉄球を振り回して竜巻を起こし、周囲の物を巻き上げながら遠心力をつける。その風圧で仮面ライダーストロンガーの動きが止まったところに、鋼鉄参謀が全力で鉄球を投げつける。

「箒さん、離れろ!」

 仮面ライダーストロンガーは反磁力線の発動が間に合わないと判断し、箒に向かって叫ぶと正面から鉄球を両手で受け止める。しかしあまりの勢いに踏ん張っているにも関わらず、地面を抉りながら仮面ライダーストロンガーは大きく押し込まれる。

「茂さん!?」
「ほうら、どこを見てるんだい!? ケイトガスを食らいなよ!」

 箒が仮面ライダーストロンガーの方へ気を取られていると、ドクターケイトが頭部からケイトガスを噴射する。しかし『紅椿』を装着している箒には全く効果がなく、杖からの毒液もシールドバリアにあっさりと弾かれて何の意味も為さない。

「こいつ! 私の毒が効かないのかい!? 人間の小娘の分際で! こうなったら私の手で寸刻みにして殺してあげるよ!」

 ISのことなどろくに知らないドクターケイトは毒の数々が箒に効かないことに驚きつつも、それ以上に屈辱と怒りを感じて箒にマントを投げつけて動きと視界を封じ、ナイフで滅多刺しにしようとゆっくり歩み寄る。

「こんなもの!」

 しかし箒は展開装甲をスラスターに変えてマントを吹き飛ばすと、即座に雨月のレーザーをドクターケイトに浴びせて攻め立てる。

「どいていろ、ドクターケイト! 次はこのドクロ少佐が相手だ!」
「邪魔するんじゃないよ! こいつとストロンガーは私の獲物なんだ!」

 ドクロ少佐が割り込んで大鎌で箒に斬りかかり、パワーの差で防御した箒を一撃で吹き飛ばして瓦礫に叩きつけ、追撃に移ろうとする。だがドクターケイトが背後からドクロ少佐を杖で殴って無理矢理どける。箒は一度頭を振って体勢を立て直すと、揉めているドクターケイトとドクロ少佐にエネルギー刃を飛ばしつつ、剣を手に挑みかかってきたヨロイ騎士と数十合近く打ち合った末に一度距離を取る。

「田吾作が! どこに行くんじゃ!?」
「ぐっ!? なんという力だ……!」

 そこに岩石男爵が飛びかかって箒を無理矢理地面に引き摺り下ろすと、雨月や空裂の斬撃をものともせずに怪力で箒を組み敷き、馬乗りになって棍棒で殴ろうとする。

「どけ! 岩石男爵! ケイトガス!」
「な!? ドクターケイト! ワシじゃぞ!? 何をするんじゃ!?」
「黙れ! 私の邪魔をするヤツは全員敵で、皆殺しだ!」
「俺まで巻き込む気か……ならば! ドクロ火炎!」
「ぎゃああああああ!?」

 ドクターケイトが怒り狂って頭やケイトウの花からケイトガスを周囲一帯へ無差別にばら蒔き始め、岩石男爵や背後にいたドクロ少佐がガスを吸って苦しみ始める。岩石男爵の力が弱ったと見た箒は、肩部展開装甲を分離させて岩石男爵の顔面を展開装甲から発生したエネルギー刃で斬りつけ、岩石男爵は箒の上から転がり落ちる。ドクロ少佐は射線上にドクターケイトがいるのを無視して火炎を放つが、箒は上空へ逃れてドクターケイトの身体が焼かれるだけにとどまる。
 仮面ライダーストロンガーは鋼鉄参謀の鉄球をかわしつつ反撃の機会を窺う。磁石団長が電磁棒で背後から殴りかかってくると電磁棒を押さえ、荒ワシ師団長を蹴り飛ばす。ジェットコンドルが飛行形態に変わって突っ込んでくると、仮面ライダーストロンガーはジェットコンドルを両手で受け止めようとする。しかし止められずにビルへと叩きつけられ、余波でビルが崩壊する。するとヨロイ騎士と隊長ブランクが前に出る。

「でかしたぞ、ジェットコンドル! トドメは俺に任せろ! 高速熱線……カチュウ!?」
「鋼鉄参謀! 何をする!?」
「黙れ! ストロンガーは俺一人で十分と言った筈だ! スティィィィィィィルッ!」
「俺たちまで巻き込む気か!?」
「単細胞め! ストロンガーを仕留めるのは俺だ! 邪魔は……うおっ!?」

 ヨロイ騎士と隊長ブランクは鋼鉄参謀の鉄球で殴り飛ばされ、鋼鉄参謀は鉄球を振り回して仮面ライダーストロンガーめがけて投げつける。磁石団長は罵倒しながらも大きく飛び退くが、荒ワシ師団長は盾を巨大化させて鉄球を防ごうとする。しかし穿千を受けて脆くなった盾は一撃で砕け散る。荒ワシ師団長は鉄球をもろに食らって吹き飛び、ジェットコンドルを巻き添えにする。鋼鉄参謀は荒ワシ師団長とジェットコンドルのことなど気にするでもなく豪快に笑う。

「どうだ! 仮面ライダーストロンガーを叩き潰してやったわ! 超電子ダイナモ抜きで頑張ったことは誉めてやるが、所詮は人間の身。この鋼鉄参謀を倒すことなど出来ん!」
「詰めが甘いぞ! 鋼鉄参謀! スクリューキック!」
「ぬうっ!?」

 しかし地下から姿を現した仮面ライダーストロンガーがきりもみ回転した後に飛び蹴りを放つと、鋼鉄参謀は大きく姿勢を崩す。仮面ライダーストロンガーは鉄球が飛んでくる直前、咄嗟に地下へ潜ってジェットコンドルを身代わりとしたのだ。着地した仮面ライダーストロンガーにヨロイ騎士が斬りかかり、ヘビ女が鞭を首に巻き付けてて左手の蛇を噛みつかせようとする。そこに隊長ブランクが殴りかかるが、上空から何かが降ってくる。

「イワァァァァッ!」
「岩石男爵!?」
「今だ! 電チョップ!」

 それが巨岩に姿を変えた岩石男爵だと気付いたヨロイ騎士、ヘビ女の注意が上に向いた隙に、仮面ライダーストロンガーは電気を纏った手刀で鞭を切り落とし、隊長ブランクに水平チョップを入れつつその場を離脱する。直後にヨロイ騎士、ヘビ女、隊長ブランクが岩石男爵の下敷きになる。

「逃げよったか! ストロンガー!」
「いいからさっさとどいておくれよ! 岩石男爵!」
「重い! 降りろ!」
「ストロンガーを仕留められるいい機会だったものを……!」
「こうなれば、マグネットパワー!」
「やめろ磁石団長! 俺まで引き寄せてどうする気だ!?」
「やかましい! ストロンガーを倒せるならこの程度! それにさっきのお返しだ!」
「付き合ってられるかよ! マグネットパワーチェンジ!」

 磁石団長が両手から磁力を発生させると鋼鉄参謀が引き寄せられ、その身体が燃え始める。仮面ライダーストロンガーは磁極を変えてあっさり磁石団長から距離を取る。

「ええい、馬鹿者共が! 少しは学習したらどうなのだ!?」
「まったく、呆れた連中だ。ならば仕方ない。こちらも手を貸してやるか」

 あまりの惨状に罵声を飛ばすマシーン大元帥とは対照的に、呆れながらも予想はしていたタイタンはストロンガーを仕留めるべく、『隠し玉』を使うことを決めて指を鳴らす。
 仮面ライダーストロンガーが箒と合流すると、ジェットコンドルは二人を無視して鋼鉄参謀にミサイルを撃ち込み、荒ワシ師団長が斧で磁石団長もろとも鋼鉄参謀を斬りつける。磁石団長から解放された鋼鉄参謀はヨロイ騎士が止めるのも聞かず、荒ワシ師団長とジェットコンドルを鉄球で殴り飛ばす。隊長ブランクはライフルで、ヘビ女は鞭で岩石男爵を滅多打ちにし、ドクターケイトとドクロ少佐は互いに得物を構えて睨み合っている。漁夫の利を狙い手出しをせずにいた狼長官も、吹き飛ばされた荒ワシ師団長にぶつかってひっくり返る。
 最早仮面ライダーストロンガーが眼中にあるのか怪しいデルザー軍団だが、箒には呆れる余裕すらない。息がこれまでにないくらいに上がり、膝が笑っている。喉が乾き、汗が全身を滝のように流れている。それを今までまったく気付けなかった。

(これが、改造魔人の力……!)

 箒は改造魔人の力を痛感する。奇怪人すら可愛く見えるほどの強さだ。幸い、大半は仮面ライダーストロンガーが相手を引き受けてくれた上、連携がまったく取れていなかったことから何とかなったが、いつまで上手くいくか分からない。時間にすればIS学園での模擬戦よりずっと短いが、肉体的にも精神的にも戦いでここまで疲弊した経験はない。初めて命懸けで戦った『銀の福音(シルバリオ・ゴスベル)』との長い死闘ですら、先ほどまでの戦いに比べればずっとマシに思えてくるほどだ。
 箒以上に危機感を感じているのが、仮面ライダーストロンガーだった。

(クッ、あとどれくらい持ちこたえられる? 連中の救いようのない仲の悪さと慢心、箒さんのお陰でなんとか誤魔化してこれたが……!)

 超電子ダイナモが使えない現状、今の仮面ライダーストロンガーは自力で改造魔人を仕留めることが出来ない。それほどの強敵を相手に今まで持ちこたえられたのも、向こうの仲間割れと箒の存在が大きい。何より改造魔人たちは手を出していないジェネラル・シャドウを警戒し、こちらの相手に集中していない。だが誤魔化しにしかならないと仮面ライダーストロンガーは身を以て理解している。それでも負ける訳にはいかない。ここで自分が倒れれば東海地方はデルザー軍団に蹂躙され、日本分断作戦が発動する。たとえ刺し違えてでもデルザー軍団を全滅させなければならないのだ。

「電波投げ!」
「何!? この技は!?」
「茂さん!?」
「電……キック!」

 しかし仮面ライダーストロンガーの身体が突如として宙を舞い、投げ飛ばされたかのように地面に叩きつけられる。何が起きたのかが分からず混乱する箒だが、電撃を纏った飛び蹴りをまともに受けて吹き飛ばされる。立ち上がった仮面ライダーストロンガーとすぐに体勢を立て直した箒の視線の先には、顔の下半分が露出したテントウ虫を思わせる奇怪人と、仮面ライダーストロンガーに似たカブトムシ型の奇怪人がタイタンの隣に立っている。すると仮面ライダーストロンガーの身体が一瞬ピクリ、と震える。

「茂さん……?」
「フフフッ、どうだ? タックルとスパーク、いや岬ユリ子と沼田五郎に再会した気分は?」
「……ヘッ、こんな子供騙しに引っ掛かるかよ。どうせ素材からでっち上げた偽物だろうが。それに、ユリ子と五郎はあの時に死んだんだ。あの時死んだユリ子と五郎が本物なのさ。死人は、もう生き返りゃしねえんだよ」

 タイタンと仮面ライダーストロンガーの言葉から、奇怪人がかつて仮面ライダーストロンガーのパートナーだった電波人間タックルこと岬ユリ子、改造手術に失敗して廃棄されたスパークこと沼田五郎であると悟る。タイタンは仮面ライダーストロンガー、城茂のユリ子や五郎への思いを知った上で、タックルとスパークを再生させてぶつけるつもりだったのだろう。
 それを理解した瞬間、箒の中で何かが切れて世界がスローになる。雑音が聞こえなくなり、頭がクリアになる。許せない。茂が死してなお、大切に思い続けてきたユリ子と五郎を汚し、利用したタイタンが許せない。

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 次の瞬間、箒から怒り以外の感情と疲労が一気に吹っ飛び、タイタンに向かって怒りの咆哮を上げて突っ込んでいく。

「どこへ行く気だ!」
「邪魔だ!」

 鋼鉄参謀が鉄球を投げつけるが、今の箒には止まって見える。箒は鉄球をかわすと雨月で鎖を切り落とし、鋼鉄参謀が反応する前にその頭を踏み台にして加速する。

「逃がすか!」
「どけぇぇぇぇ!」

 荒ワシ師団長、ドクロ少佐、磁石団長、ヨロイ騎士が一斉に飛びかかるが、箒は荒々しく空裂を振るってがら空きの胴体を纏めて抜き、一刀の下に斬り伏せる。さらにノロノロと突っ込んくるジェットコンドルの頭を無理矢理掴むと、地面にジェットコンドルの頭を思い切り押し付けて引き摺り、進行方向にいたドクターケイトとヘビ女を纏めて撥ね飛ばす。締めとばかりにジェットコンドルを岩石男爵の胸に叩きつけ、どちらも吹き飛ばす。隊長ブランクのライフルを全て雨月で切り払ってレーザーでライフルを破壊し、遂に箒はタイタンに接近して雨月を振り下ろす。

「ぬうっ!?」

 タイタンは一撃目こそ防ぐものの、展開装甲をスラスターに変えて加速して放たれる二撃目でガードを弾かれ、三撃目はまともに受けてしまい地面に膝をつく。仮面ライダーストロンガーが制止の声を張り上げるが箒には一切聞こえず、執拗に雨月と空裂を振り下ろし、タイタンに離脱すら許さずに一方的に攻め立てる。

「ほう、思ったよりもやるではないか、篠ノ之箒」
「邪魔を!」
「遅い!」

 しかしタイタンを荒々しく蹴り飛ばしたところでジェネラル・シャドウが割り込む。箒は雨月を振るおうとするが、ジェネラル・シャドウは抜き打ちで雨月を一撃で弾き飛ばし、剣を構えて無数の連続突きを放つ。咄嗟に空裂で剣を逸らしつつ離脱するが、あまりの剣速故に捌き切れず、シールドバリアを突き抜けた剣が箒の手足や身体、顔にかすり傷をつけて血が流れる。そこでようやく箒は冷静さを取り戻し、ジェネラル・シャドウと対峙する。

(隙が、ない!?)

 ジェネラル・シャドウは剣を構えているだけだが、まるで隙がない。箒は本能的にジェネラル・シャドウの方が剣士として格上だとと理解し、勝てないと悟る。しかしタックルとスパークを蹴り飛ばした仮面ライダーストロンガーが割り込むと、ジェネラル・シャドウは箒への興味をなくし、殺意と闘志を剥ぎ出しにする。

「流石だな、ストロンガー。だがここまでだ!」
「箒さん、下がってな!」

 ジェネラル・シャドウは一気に踏み込んで無数の突きを放つが、仮面ライダーストロンガーは手で弾きつつ蹴りを入れる。ジェネラル・シャドウは半身で回避すると剣を斬り下げ、仮面ライダーストロンガーの身体に傷をつくる。

「シャドウ! そいつは俺の……ぐおっ!?」
「電波投……!?」
「手出しは無用! これは俺とストロンガーの戦いよ!」

 ジェネラル・シャドウは割り込もうとしたタックルやスパーク、デルザー軍団に爆発するトランプを投げつけて吹き飛ばし、仮面ライダーストロンガーと激しく交戦しながら駅を離れていく。箒もそれを追い、動けないタックルとスパーク以外の敵も続く。やがて仮面ライダーストロンガーとジェネラル・シャドウは街外れに到着する。

「ストロンガー電キック!」
「甘いわ!」

 仮面ライダーストロンガーの渾身の蹴りをマントで防ぎ、逆に剣を突き入れて胸に傷を刻むジェネラル・シャドウだが、割り込んできた鋼鉄参謀が鎖の切れた鉄球を抱え、大きく跳躍してのし掛かってくると仮面ライダーストロンガー共々飛び退く。すると地面が陥没して大穴が開き、地下にある何かの施設が露出する。

「不味い! ここはバダンニウム保管庫の上だ! 慎重に戦うのだ!」

 マシーン大元帥の叫びから察するに、地下にあるコンテナに入っているのはバダンニウムらしい。間もなく雨が降り始めると、着地した仮面ライダーストロンガーの横に箒が降り立つ。

「茂さん! 今は退きましょう!」
「なに、心配ご無用。俺はまだまだいけるぜ」
「大丈夫じゃありません! そんな身体で……!」

 仮面ライダーストロンガーの白い両手は滲んだ血で拳部分が赤黒く変色し、全身には傷が出来て内部の回路が露出し、生々しい音と火花を至るところから立てている。クラッシャーには吐血した血がこびりつき、胸の『カブテクター』もボロボロだ。しかし仮面ライダーストロンガーはクラッシャーから血の塊を吐き出すと、箒に話しかける。

「箒さん、君は逃げろ。こいつらをまとめて始末する、いい考えがあるんだ」
「しかし!」
「逃がさんぞ、ストロンガー!」

 そこにジェネラル・シャドウが剣を掲げて突っ込んでくる。仮面ライダーストロンガーが迎え撃つが、いかんせん万全ではない状態では防戦一方だ。しかし仮面ライダーストロンガーは声を張り上げる。

「箒さん! とにかく飛べ! 俺のことを本当に思うなら、振り返らずに飛んでくれ!」
「で、でも!」
「四の五の言わずに、飛べって言ってんだよ!」
「……分かりました!」

 箒は声を張り上げる仮面ライダーストロンガーを信じ、スラスターを噴射して一気に上空へと飛び上がる。直後にジェネラル・シャドウの剣が仮面ライダーストロンガーの胸を貫き、仮面ライダーストロンガーのクラッシャーから血が吐き出される。

「がはっ!?」
「勝ったぞ、ストロンガー!」
「いや、俺の……勝ちさ……」

 ジェネラル・シャドウが勝利を確信して叫ぶが、その瞬間に仮面ライダーストロンガーはジェネラル・シャドウの身体をしっかりと抑え込む。

「悪あがきとは見苦しいぞ、ストロンガー」
「悪あがき? 違う、ね……貴様を逃がさないための……布石って、ヤツだ。貴様らデルザーは、バダンニウムパルスに弱いらしいな……これから俺がたっぷりと貴様らに……」
「何を言って……!?」
「でかしたぞシャドウ!」
「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇっ!」
「憎きストロンガーを殺せぇぇぇぇっ!」

 仮面ライダーストロンガーが不敵に言い放つと、マシーン大元帥以外のデルザー軍団が殺意をみなぎらせ、一斉に殺到してくる。しかしマシーン大元帥は空とバダンニウムを見て、何かに気付く。

「まさか、ヤツは……やめろ! 全員その場から離れろ! これはストロンガーの罠だ!」
「罠……まさか、貴様は最初から!?」
「ヘッ、これくらいしないと……特に貴様は……すぐ、逃げちまうだろうが……」

 仮面ライダーストロンガーの狙いを悟り、ジェネラル・シャドウは慌てて剣を引き抜いて逃れようとするが、仮面ライダーストロンガーがしっかりと押さえて逃がさない。そのまま仮面ライダーストロンガーは最後の力を振り絞るように声を張り上げる。

「血も涙もねえ……デルザーのクソッタレ共が……てめえらの集めた大好きなバダンニウムで! まとめて地獄に墜ちやがれぇぇぇぇぇぇ!」
「茂さん! 駄目!」

 上空に逃れた箒はようやく仮面ライダーストロンガーの狙いを悟り、急降下を開始する。箒の叫びも虚しく、仮面ライダーストロンガーは全身から高圧電流を放ち、雨を伝って地下にあるバダンニウムを反応させ、火柱が上がるほどの大爆発を発生させる。

「茂さ……!?」

 爆発に巻き込まれた箒は絶対防御の発動と同時に意識を失う。
 目を開けると、箒は雨に打たれながら地面に倒れていた。『紅椿』は既に待機形態に戻っている。重い身体をどうにか起こしてみると、すぐ近くに巨大なクレーターが出来ている。嫌な予感が頭の中を支配しそうになるのを必死に振り払い、5メートルほど窪んだ爆心地を覗く。そこには、変身を解除した茂がうつ伏せに倒れていた。

「茂さん!?」

 箒は居ても立ってもいられずにクレーターを滑り降りて茂に駆け寄る。SPIRITS第7分隊の死体が、マリエルの死に行く姿が頭をよぎる。茂を起こすと必死に呼びかける。

「茂さん! しっかりしてください! 茂さん!」
「ほう……き……さんか。ヤツら……デルザー……は……」
「喋らないで下さい! ヤツらはきっと……!」

 全身はボロボロでもまだ意識があるのか、茂は途切れ途切れになりながら尋ねる。箒は喋らせまいとするが、何かを感じてクレーターの上を見る。そこには赤いピラミッド状のバリアに守られたデルザー軍団とタイタン、デッドライオンの姿があった。バリアを張っているのはマシーン大元帥だ。

「そんな……」
「魔のレッドピラミッドバリアを張るのが、もう少し遅ければ……全滅していた……」

 しかしデルザー軍団も無事ではないのか、タイタンやデッドライオン、マシーン大元帥も含めて地面に倒れ込んだまま動けない。ジェネラル・シャドウに至っては息も絶え絶えだ。呆然とする箒に抱えられた茂もそれに気付き、呟く。

「チク……ショ……」
「茂さん!?」

 茂が意識を完全に失うと、箒は慌てて地面に寝かせてパニックになりかけながら必死に呼びかけ始める。

「茂さん! 目を開けて下さい! 茂さん! デルザー軍団がいるんですよ!? 早く起きて下さい! これは前みたいにお芝居なんですよね!? 答えて下さい!」

 必死に身体を揺すって呼びかけ続ける箒だが、茂の反応はない。呼吸も弱りに弱り、今にも止まってしまいそうだ。

「嫌……嫌! 茂さん! 死んじゃ嫌です! 茂さん! お願いだから目を開けて!」

 雨だけでなく、目から溢れた涙が頬を伝うのを止めようともせず、呼びかけを続ける箒だが茂は答えない。
 マシーン大元帥は最後の力を振り絞って自らのデルザー戦闘員を召喚し、茂の下へと向かわせる。箒は『紅椿』を展開しようとするが、バダンニウムパルスの影響でまだ展開出来ない。そこにデルザー戦闘員が殺到して箒を取り押さえ、茂を無理矢理連行しようとする。

「やめろ! 離せ! ストロンガー! 茂さん!」

 箒はデルザー戦闘員を振り払って茂を助けようとするが、疲労困憊した今の箒ではデルザー戦闘員にすら抵抗出来ず、取り押さえられる。箒の叫びも虚しく、瀕死の茂はマシーン大元帥の下へ連れていかれる。

「電波投げ!」
「エレクトロファイヤー!」

 しかし箒を取り押さえていたデルザー戦闘員はまとめて吹き飛ばされ、茂を運ぼうとしたデルザー戦闘員は地面を伝う高圧電流で感電し、茂を地面に落とす。直後に二つの影が箒と茂の前に降り立ち、デルザー戦闘員と対峙する。

「女の子を泣かせるなんて、男の風上にも置けないわね! 茂もデルザーも!」
「まったく、相変わらず世話を焼かせてくれるぜ、茂!」
「タックル……スパーク……」
「お嬢さん、無理しちゃ駄目だ!」
「ここは私たちに任せて!」

 乱入してきたのはタックルとスパークだ。二人はデルザー戦闘員を蹴散らすと、タックルは箒を掴み、スパークは茂を抱えて跳躍し、一気にクレーターから出る。直後にヘリが数機飛来して地上のデルザー戦闘員を機銃で一掃すると拡声器から声が響く。

『こちらはSPIRITS第4分隊分隊長、アンリエッタ・バーキン! あなたたちの援護に来たわ、篠ノ之箒! 第7分隊は第3分隊が収容したから、あなたもタックルとスパーク、城茂と一緒に退却して!』

「そういうこと。話は後でじっくりするから、今は一緒に富士駐屯地までツーリングよ? テントロー!」
「俺も同型なら呼び出せると思うんだが……カブトロー! おっ、本当に来やがった」

 ヘリに乗っているのはSPIRITS第4分隊だ。タックルが専用バイク『テントロー』を、スパークが茂のカブトローを呼び出すとスパークは茂を後ろに乗せてカブトローに乗り込み、箒はテントローに跨がるタックルの後ろに乗る。そのままヘリは後退し、テントローとカブトローは動けないデルザー軍団を背に悠々とその場から走り去る。
 ひとまず危地を脱すると、箒はあまりの急展開に頭がついてこれずに混乱し始める。するとタックルが苦笑しながら箒に声をかける。

「ごめんなさい、さっきまで敵だった私たちがこんなことしたら、誰だって混乱するわよね。けど、信じて。私たちはあなたの、そして仮面ライダーストロンガー、城茂の味方よ。さっきのはあいつらを騙すためのお芝居だったのよ」
「あ、あの、あなた方は……?」
「おっと、自己紹介がまだだったぜ。俺は『電気人間』スパークってとこだ。ま、本当は沼田五郎って言うんだけどな」
「あなたが、沼田五郎さん……!」

 スパークこと沼田五郎が名乗って変身を解除すると、ガタイのいい青年が姿を現す。箒が目を見開くと、タックルが疑問を口にする。

「あら、あなたたち、知り合いだったの?」
「いや、お互い初対面の筈なんだが」
「そう? 私はどこかで会ったことがある気がするのよね」
「あの、不躾ですが、あなたは岬ユリ子さん、ですか?」
「驚いたわ。私、そんなに有名になったのかしら。その通り。私は岬ユリ子。またの名は『電波人間』タックルよ」

 タックルこと岬ユリ子もまた変身を解き、箒と同じ年頃だろう黒髪の女性になる。ユリ子は振り向かずに箒に声をかける。

「あなたの名前も聞かせて貰えないかしら? あなたの口から聞いておきたいし」
「私は、篠ノ之箒です」
「箒さんね、覚えたわ」
「とにかく茂をなんとかしないとな。一気に飛ばすぜ?」
「ええ。しっかり掴まってなさいよ!」

 ユリ子と五郎はそれぞれスロットルを入れてマシンを加速させ、箒と茂を乗せて富士駐屯地を目指すのだった。



[32627] 第五十八話 戦友(パートナー)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:ce22c0c1
Date: 2014/07/17 08:00
 富士駐屯地の医療施設。外で雨が降りしきる中、病室のベッドに意識のない茂が寝かされている。ユリ子と五郎、箒は富士駐屯地に到着すると、先に戻っていた佐久間ケン率いるSPIRITS第3分隊やアンリエッタ率いる第4分隊の衛生兵を借り、茂の応急手当てを済ませ、病室に寝かせておいた。流石に改造人間の治療が出来る医者は駐屯地にいない。特に今の茂は生命維持すらギリギリだ。今の箒には祈ることしかできない。ヘリや車両からデルザー軍団によって壊滅した第7分隊の亡骸が、遺体袋に入れられた状態で駐屯地に運び込まれる。駐屯地の国防軍兵士は遺体袋に合掌しつつ、仮の遺体安置所に指定された倉庫に遺体を安置していく。改めてデルザー軍団の惨たらしさと己の無力さと痛感し、俯く箒にケンが声をかける。

「篠ノ之さん、少し休まれたらいかがですか? ここは我々だけで十分ですので」
「いえ、私は大丈夫ですから。それで、第7分隊は?」
「……こちらの確認した限り、生存者はあなた方と接触した6人だけです。死体も回収出来るものは回収し、死体が残っていない者は遺品を持ち帰ってきたのですが。申し訳ありません。我々がもう少し早く到着していれば、状況が好転していたのでしょうが」
「そんなことは……私こそ、もっと……」
「あなたのせいではありません。どのような力を持っていても届かない時も、救えない命もある。自分を責めないことです。肝心のあなたが落ち込んでいては、散っていった彼らが報われません」

 ケンはそれだけ言うとSPIRITS第3分隊の隊員に指示を出し、自身も遺体袋の搬入作業に加わる。箒は一度遺体安置所に向かって合掌すると、その場を歩き去る。歩いている途中、施設の前でアンリエッタとブラウンが何かを話しているのを見て立ち止まり、聞き耳を立てる。

「ごめんなさい、アンリエッタ。世話をかけさせてしまって」
「私に謝らなくてもいいわ、ブラウン。私は私の出来ることをしただけ。謝るなら滝に謝りなさい。もう少ししたらこちらに到着するらしいから。それと、盗み聞きは感心しないわ。篠ノ之箒」

 アンリエッタが振り返って箒に声をかけると、箒はブラウンとアンリエッタに歩み寄る。

「その、ごめんなさい。つい気になってしまって」
「別に怒っているわけじゃない。ただ、私もブラウンも職業柄、盗み聞きされるのが嫌なだけ。特に聞かれて困るような話はしていないわ」
「ありがとうございます、バーキン分隊長。ブラウン分隊長、他の皆さんは?」
「怪我はないから、別命あるまで待機させてあるわ。と言っても、部隊が壊滅した今、私も含めて全員第4分隊に組み入れられることになったのだけど」
「それより、城茂のところに行きなさい。沼田五郎と岬ユリ子はもう行ったわ」

 アンリエッタが最後に付け加えると箒は一礼して歩き出し、茂が寝かされている病室の前に到着する。すると病室の前にある長椅子に、五郎とユリ子が腰かけている。箒が歩いて来たのを見ると二人は立ち上がる。

「これで全員揃ったわね。それじゃ、入りましょ?」

 ユリ子が病室のドアに手を掛けて口を開くと、五郎と箒は黙って頷く。ユリ子がドアを開けて三人は病室に入る。病室の中で寝かされている茂は、生命維持装置を取り付けられた状態でベッドに横たわっている。意識はまだないのか、か細い呼吸音が聞こえるだけで何の反応もない。そんな茂の枕元に立った箒は、一度五郎とユリ子を見た後に口を開く。

「茂さん、聞こえていますか? 今、私の隣に本物の岬ユリ子さんと沼田五郎さんがいるんです。タイタンが連れてきたのは素材からでっち上げた偽者じゃなかったんです。私たちを攻撃したのはお芝居で、すぐに私と茂さんを助けてくれたんです」

 極力いつもの調子で箒は声をかけるが、当然ながら茂の反応はない。

「今もこうして、あなたを心配して私と一緒にいるんです。だから茂さん、早く起きて下さい。お二人もきっと、茂さんの元気な姿が見たいと思っている筈ですから」

 しかし茂からは今にも消えてしまいそうな呼吸音が聞こえてくるだけだ。その痛ましい姿を見ていると、箒も自責と後悔の念に苛まれる。あの時、茂が何を考えているか読めていれば、茂の言うことを大人しく聞いていなければ、自爆という手を使うことはなかっただろう。たとえ殴ってでも止めなければならなかったのだ。そう考えると胸が苦しくなってくる。それを振り払って声をかけようとする箒だが、ユリ子が大声を上げる。

「ちょっと茂! あんた、まだ目が覚めないわけ!?」

 ユリ子は茂の枕元に寄ると、胸倉を掴んで引き寄せながら茂を叱咤し始める。

「こんな怪我くらいでへたるなんて、あんたらしくないわ! どうせいつもの寝たふりなんでしょ!? そんなの、箒さんや医者には通用しても、私の眼は誤魔化せないんだから!」
「落ち着いて下さい! 茂さんはまだ……!」
「第一、手術だってしてないんだぜ!? そんな乱暴にしたら傷に障っちまう!」
「二人とも黙ってて! 茂、起きなさい! 箒さんはね、あんたの無鉄砲のせいで泣きそうになってるの! あんたが後先考えないで無茶したから責任感じて、思い詰めちゃってるの! あんたも男ならさっさと起きて、箒さんに謝りなさい! それとも、なに!? 私の知らない内に、女の子泣かせて喜ぶような変態になっちゃったわけ!? 本当に最低! 起きないと本気でぶつわよ!? 起きろ! この馬鹿茂!」
「箒さん、俺っがらが代表して見舞いに……っち、どぎゃんした!?」
「あんた、怪我人になにしてんのよ!?」

 五郎や箒の制止を振り払い、手を上げんばかりの勢いでユリ子は食ってかかる。丁度ヘルメットを脱いだイエローとホワイトが病室に入ってくるが、ユリ子が茂に平手打ちをかまそうとしているのを見て慌てて五郎や箒と共にユリ子を押さえこむ。

「ユリ子さん、とにかく落ち着いて下さい! 私は全然大丈夫ですから!」
「ほら、茂! この娘はね、自分だって辛いのにあんたや私たちを気遣って気丈に振る舞ってるのよ!?」
「やめなさいって! 大体、あんたはストロンガーの何なわけ!?」
「相棒よ! これは私たち二人の問題なんだから、邪魔しないで!」
「出鱈目言ってんじゃないわよ! あんたみたいなケツの青いガキンチョに、ストロンガーのパートナーが勤まるわけないでしょ!」
「誰がガキンチョですって!? そんなこと言ったら、あんたなんかもう年増の域じゃない!」
「年増ぁ!? 私はどっかのオバサンと違って、まだ30にもなってないのよ!?」
「30手前ってだけで十分年増よ!」

 ユリ子とホワイトは標的を変え、そのまま怒涛の勢いで口喧嘩を始める。内心いつホワイトが拳銃をぶっ放すか心配な箒だが、いかんせんユリ子とホワイトの剣幕が凄まじく、虎と龍に挟まれたハムスターのように大人しくしていることしかできない。しかしユリ子を五郎が、ホワイトをイエローがそれぞれ押さえる。

「悪いな、箒さん。少し二人の頭を冷まさせてくる」
「後は箒さんに任せるけん」

 五郎とイエローはユリ子とホワイトを引き剥がして病室の外へと連れ出す。しばらく病室の外から大声と物音が響き渡るが、やがて静かになる。気を取り直して茂の様子を見る。すると、茂の口が僅かに動き始める。何かを喋ろうとしていると気付き、箒はすぐに枕元に立ち、耳を茂の口元まで近付けて神経を集中させる。

「ご……ろ……ゆ……こ……やく、そ……」
「茂さん、まだ二人との約束を……」
「起きなさいよ、ストロンガー! まだ起きないってんなら、私が叩き起こしてやるわ!」
「アニ……じゃのうてホワイト殿! ぬしまで乗せられちどぎゃんするんじゃ!?」
「いいのよ! あいつもレッドに負けず劣らずの最低野郎なんだから! それに、今さら鉛玉の一発や二発くらいぶち込んでも死にはしないでしょ!」
「あんたもいい加減に諦めろって!」

 しかし何が起きたのか、ユリ子とホワイトは揃って病室に入り、五郎とイエローを引き摺りながら茂の下へ向かおうとする。ホワイトが拳銃を手に持っているのを見て危険を察知すると、箒はユリ子とホワイトの前に立ち、一礼する。

「その、失礼します!」

 謝罪した直後、箒は『紅椿』の両腕を部分展開してユリ子とホワイトの前に立ち、きょとんとしている二人を軽く突き飛ばして病室から追い出す。五郎とイエローはその隙にユリ子とホワイトを取り押さえ、扉が閉まる。
 ユリ子とホワイトを病室から追い出した箒は溜息をつき、振り返るとすでに茂の口は動いていない。部屋の外が静かになったのを確認すると、箒は茂に一礼してから病室を出る。病室の外ではユリ子とホワイトが待合用の椅子に腰かけ、談笑している。似た者同士、馬が合うようだ。

「そう! レッドのヤツ、相変わらず何かあるとすぐに黙って飛び出してくの! まったく、少しはフォローする身にもなって欲しいってもんよ」
「分かる! 茂も昔からそんな感じなのよ! 人に何も知らせないでどっかいったり、そのクセ私やおじさんがピンチになるとタイミングよく出てくるんだから、こっちとしてはたまったもんじゃないわ!」
「あの、ホワイトさん、ユリ子さん」
「あ、さっきはごめんなさい。あいつの情けないところ見たら、ついカッとなっちゃって」
「けどホウキ、もう少し丁寧に扱ってくれてもよかったんじゃない?」
「すいません……」
「謝らんでよか。箒さんも座るばい」
「それよか、一つ聞きたいことがあるんだが、いいかい?」
「なんでしょうか?」

 からかうホワイトに律儀に頭を下げる箒をイエローが止める。待合用の長椅子に腰かけた箒に五郎が怪訝そうな顔をして尋ねる。

「さっき、腕に装甲がついていたんだが、あれはなんだったんだ? そもそも、あの時に着ていた鎧みたいなものは?」
「知らないの? ISの部分展開ってヤツよ。専用機だと出来るらしいんだけど」
「IS? 部分展開? 専用機?」
「あんた、ISのことも知らないの!? まさか今の時代に、レッド以外でそんな人がいるとは思わなかったわ」
「そんなこと言わないでよ。私たちは病み上がりならぬ死に上がりなんだから。そういうわけだから、ISってものについて出来れば分かり易く教えてくれない?」
「努力はします。まずISですが、正式名称は『インフィニット・ストラトス』と言って、元々は宇宙服として作られたものを兵器として転用したものです。それで、私が装着していた『紅椿』のように普段は『待機形態』にして持ち運べる、専用機と呼ばれるタイプの機体があるんです。専用機は一部だけを展開することも出来て、さっきのはその応用です」

 箒は五郎とユリ子に左手に巻いた紐を見せて説明する。

「けど、あんな御大層なものを入れておくにしては小さすぎない?」
「普段は量子化して格納しているんです。その、量子化については詳しく説明出来ませんので物凄く乱暴に言いますが、細かく分解して中に格納しています」
「他にも聞きたいことはあるけど、今聞いても仕方ないし、やめておくわ。ありがとう」
「いえ。私からもお二人に聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「ああ。構わねえぜ」
「お答え難いかもしれませんが、どうして、生前の記憶と自我が?」
「いや、実は俺たちにもサッパリ分からないんだ、これが」
「気が付いた時には目の前にタイタンがいて、勝手に私たちが洗脳済みだと勘違いして街まで連れ出したのよ。それを利用して一芝居打ったんだけど、なんで洗脳されてないのかは私にも分からないの。それに、なんか覚えのない記憶があるみたいだし」
「覚えのない記憶?」
「ええ。他人の記憶を見せられてるような感覚なんだけど、ウルトラサイクロンをストロンガーに使った気がするのよ」
「俺もあるな。どうも茂に胸を抉られて生命維持装置をむしり取られた気がしてな。その時、茂が泣いてたような気がしてさ」
「ねえ、さっきから話の中身が全然見えてこないんだけど」
「話したら話したでややこしくなるから、今はそれでいいわ。詳しいことは時間が取れた時にゆっくり話してあげるから」

 話についていけないホワイトにユリ子は付け加えると立ち上がる。

「ユリ子さん、どちらに?」
「ちょっと茂の様子をね。手は出さないからそんなに身構えないでよ」

 即座に立ち上がる箒とイエローにツッコミを入れ、二人が座り直すとユリ子は病室に入る。その間に箒はある疑問を五郎にぶつける。

「その、なぜ私があなた方のことを知っているのか、訊かれないのですか?」
「どうせ茂があることないこと吹き込んでたんだろ? お嬢さんがいつ、どんな経緯で茂と知り合ったか知らないが、いつも迷惑かけて悪いな。代わりに俺が謝っておくぜ。あいつ、昔から無茶で無鉄砲なところがあったからな」
「いえ、そんな。私の方こそ……」
「ぬしもストロンガーの知り合いか?」
「大学時代からのツレさ。もっとも、俺は茂がストロンガーになる前に……な」

 イエローの質問に言葉を濁して五郎が答えた直後、ケンとアンリエッタが病室の前まで歩いてくる。箒が立ち上がって一礼しようとするのをケンが手で制する。続けてアンリエッタがイエローとホワイトに声をかける。

「あなたたち二人にもブラウンが話があるそうよ。グレイやゴールド、それにレッドはもういるらしいわ」
「了解、と。それじゃ、ホウキもいつまでも気を落としてんじゃないわよ? あれは、あんたのせいじゃないんだから」

 ホワイトは箒に声をかけると椅子から立ち上がり、イエローと共に病室の前から歩き去る。丁度入れ違いとなるように病室からユリ子が出てくる。するとケンが口を開く。

「もう一度確認しますが、あなたが岬ユリ子さんで、そちらが沼田五郎さんで間違いありませんね?」
「街でも答えたけど、その通りよ。嘘だと思うならいくらでも調べて貰って構わないわ」
「疑っているわけではありませんよ。ただ、立花藤兵衛さんも間もなく到着されるそうなので、連絡する前に確かめておきたいと思いまして」
「おじさんが?」
「ええ。先ほど近畿で活動していたゲドンとガランダー帝国の鎮圧に成功し、6人の仮面ライダーと共に間もなくこちらに到着するそうです」
「そうですか……分かりました。おじさんにはよろしく伝えといて下さい。箒さん、五郎さん、行きましょ?」
「待って下さい。一体どちらへ?」
「決まってますよ。ブラックサタンのバダンニウム爆弾製造工場を壊しにいくんですよ。私たち三人で」
「待ちなさい。あなたたちだけで行くのは危険過ぎる。それに、デルザー軍団がいつ動き出すか分からないのよ?」
「あなたたちは万が一に備えてここに残っていて下さい。デルザーならおじさんや他の仮面ライダーがすぐ到着するから大丈夫でしょうし。むしろ、ブラックサタンを野放しにしたままにする方が危険だわ」
「しかし、茂さんが……!」
「いいのよ、寝てる方が悪いんだから。今の内に手柄を立てておいて、起きた時にぎゃふんと言わせてやらないと。箒さんも舐められないように、茂なんかに気を使わないで一発かましてやりなさい。きっと慌てふためくわよ?」
「それに、あいつはこれくらいでくたばるタマじゃねえ。天国どころか地獄からも拒否されるようなヤツだ。杞憂ってものさ」

 ユリ子と五郎の言葉を聞くと箒やケン、アンリエッタも反論できない。

「それとも、箒さんは私たちと一緒じゃ嫌かしら?」
「いえ、そんなことは……」
「なら決まりね。それじゃ、後は頼みます」

 ユリ子と五郎はケンとアンリエッタに後を託すと、箒と連れてカブトローとテントローの下へ向かう。ユリ子の乗ったテントローの後部にヘルメットを箒が座ると、カブトローとテントローは走り出すのであった。

*********

 摩耗し、消え去りかけたかつての記憶が甦る。まだ人間としての自分を捨て、魔人となる前の話だ。
 当時の自分はいわゆる『ジプシー』に分類される、『ロマ』の魔術師であった。多くのロマと同じように自分もまたヨーロッパ各地を放浪した。しかしどこへ行っても『余所者』として冷たい目で見られ、差別と蔑視に晒され続けてきた。生業の占いもロマと言うだけで代金を踏み倒され、暴行を受けたこともしばしばあった。加えてロマからも自分は迫害され、孤立を強いられていた。
 自分の先祖はやはりロマの魔術師で、優れた魔術の腕からロマやそれ以外の者に迫害され続け、魔道に堕ちた末に魔人となった。自分もまたその魔人となったロマの血を引いており、ゆえにロマから見た自分は『余所者』であった。最後に自分の名前を呼ばれたのがいつだったかは覚えていない。ロマ以外からはロマの魔術師と呼ばれ、ロマからは影の魔人としか呼ばれてこなかったので、本当の自分の名前などすでに忘れている。

『なぜだ!? なぜ俺をロマや魔人としか見ない!? なぜ誰も俺を――と呼んでくれないんだ!?』

 若い頃の自分は愚かにも人間であることにしがみつき、今考えれば実に下らないことでウジウジと悩んでいた。
 例外的に、戦争に傭兵として参加すると差別や蔑視から逃れることが出来た。戦場に立ち、敵の返り血を浴び、肉を引き裂き、骨を立ち切り、土に還している時だけは敵からは畏れられ、味方からは称賛すらされた。知と力を競い合い、互いの命を削り合い、謀略の限りを尽くし、味方すらも出し抜き続けている時は、純粋に命がけのスリルと充足感に身を委ねることが出来た。自分はさらなる戦いを求めて各地の戦場を巡り、ひたすら戦い続けた。一心不乱に殺し続け、味方からも『死を呼ぶ影(シャドウ)』と呼ばれて恐怖の対象となり、何度となく味方の裏切りに遭い、いくつもの傷を作っても戦場に身を置いた。
 しかし所詮は人間の身、疲弊の極みの中で参加したある戦いで致命傷を負ってしまった。あやうく命の灯が消えるかという時に思い浮かんだのは、戦いの日々であった。同時にその中で感じていた快楽を感じられなくなるのが惜しくなり、初めて死にたくないと強く願った。その時に先祖を魔人へと変えた万物の長、『JUDO』に声をかけられた。
 JUDOは己に忠誠を誓えば自分にさらなる力と無限の闘争を与えると言ってきた。無論、自分は二つ返事で承諾し、躊躇いもなく人間の肉体と魂を捨てて魔人となった。さらなる力を得た自分は二つの世界大戦を気まぐれで荒らし、両軍の兵士を片っ端から殺し、作戦を台無しにし、戦略を狂わせ、手玉に取り続けた。その中でさらなる力を求めて改造手術を重ね、改造魔人となりJUDOの親衛隊であるデルザー軍団の一員となった。
 改造魔人となってからも自分は常に『余所者』であった。今度は人間の血や過去が他の魔人から差別や蔑視を招くことになった。無論、中にはマシーン大元帥のように実力を高く評価する者や、自分に心酔して自ら身分と称号を捨てたヘビ女、生真面目な上に求道的で他の魔人に対しても常に敬意を払っていた剣豪ワルダーはいたが、大半は狼長官とジェットコンドルを筆頭に大なり小なり出自で差別してきた。
 しかし、差別する者を憐れんだことこそあれど、一度たりとも気に病んだことはない。むしろ魔人となったことでますますスリルと充足感を感じることが出来なくなり、退屈に飽いていたことの方が問題であった。最早同じ改造魔人の中でも自分に匹敵する者はおらず、戦争に顔を出しても戦いとは名ばかりで一方的な虐殺の連続であった。誰も自分の命を脅かせず、知恵を絞って計略を巡らす必要さえなくなった。同じ魔人でもワルダーや鋼鉄参謀、岩石男爵など正面切ってのぶつかり合いなら自分と互角以上の者もいたが、性格故に謀略に弱い。ゆえに誰も自分を正面切って排除しようとはせず、裏でこそこそ動くか妬むことくらいしか出来なかったのだ。
 それだけにブラックサタンの雇われ幹部となった時、幾度となく対決したその男の存在は強く印象に残っている。腕力のみならず知力においても自身に匹敵し、時に出し抜くほどの強敵、まさに好敵手であった。互いに策を巡らし、知恵を極限まで絞り、戦いとなれば真正面から競い合う。その時に感じた生の実感はそれまでとは比べ物にならないほどであった。だからこそ自分は今もその男に拘り続けている。

(そうだ、ストロンガーを倒すのはこの俺、ジェネラル・シャドウを置いて他にないのだ)

 そしてジェネラル・シャドウはゆっくりと目を開く。今は培養液に満たされた改造魔人用の治療カプセルに入れられている。改造魔人は他の怪人と異なり、記憶と魂を持った状態で再生させるのに手間がかかる。一度倒された場合、当分は戦線に復帰出来なくなる。本拠地に治療カプセルが設置されているのはそのためだ。ジェネラル・シャドウは数回右手を握って回復具合を確かめる。

「シャドウ様、お目覚めかい?」
「見ての通りだ。もう問題ない」

 するとカプセルの前に立っていたヘビ女が顔を近付ける。ジェネラル・シャドウが答えた直後にカプセル内の培養液が引き、完全になくなるとカプセルが開く。ジェネラル・シャドウが外に出るとヘビ女が剣とマントを手渡し、ジェネラル・シャドウが着用したところで話を切り出す。

「早速で悪いけど、マシーン大元帥がシャドウ様に話したいことがあると」
「俺に、か。大体予想はついている。それで、他の改造魔人は?」
「シャドウ様以外はタイタンやデッドライオンも治療が終わったよ。もっとも、鋼鉄参謀やドクターケイトはまたカプセルに逆戻りするかもねえ」
「フン、自業自得というものだ。とにかく、行くか」

 仮面ライダーストロンガーを取り逃がす原因の一端を担った鋼鉄参謀とドクターケイトを鼻で笑いつつ、ジェネラル・シャドウはヘビ女は連れてアジトの作戦室へと向かう。案の定、作戦室ではヨロイ騎士と狼長官以外の改造魔人がマシーン大元帥に叱責されている。タイタンとデッドライオンも同席している。

「この、大馬鹿者共が! チャージアップ出来ぬストロンガーを仕留め損なった挙げ句、仲間割れを始めるとは何事だ!? 大首領の信頼に背き、JUDO様の顔に泥を塗り、デルザーの名を貶め、ストロンガーと小娘を始末出来ずに終わるとは、デルザーの改造魔人として恥ずかしいとは思わないのか!?」
「し、しかしマシーン大元帥! ストロンガーを仕留められなかったのは鋼鉄参謀やドクターケイトが邪魔したからだ! それさえなければ仲間割れは起こらず、こんな無様な結果には……!」
「黙れ! 荒ワシ師団長、お前や磁石団長、隊長ブランク、ドクロ少佐も喧嘩を買った以上は同罪だ! 鋼鉄参謀、ドクターケイト、何か申し開きは?」
「処罰はあんたに任せる。俺は倒せるといったが、結果はご覧の通り。どんな邪魔があったにせよ、俺がストロンガーを倒せなかったのは事実。どんな罰も甘んじて受けよう」
「私だって今さら言い訳はしない。これでも改造魔人の端くれ、先祖の名を傷つけた以上、ただで済むとは思ってないよ」
「よくぞ申した! では受けろ! 魔のピラミッドレッドバリア!」

 鋼鉄参謀とドクターケイトが潔く円卓から立ち上がると、マシーン大元帥は防御用バリアの性質を反転させ、赤いバリアのピラミッド内に鋼鉄参謀とドクターケイトを閉じ込め、特殊な波動で両者を苦しめ始める。一しきり痛めつけ終え、鋼鉄参謀とドクターケイトが床に膝をつくとマシーン大元帥はバリアを解除する。

「だが、ストロンガーを仕留められなかった責任は、全てこのマシーン大元帥にある。他の者への罰は与えん。残りの者も含め、大首領には私から取りなしておこう。以後、気を付けるように」
「あんたも大変だな、マシーン大元帥。それで、俺に話とは?」
「来たか、シャドウ。お前に一つ聞きたいことがあってな」

 マシーン大元帥はジェネラル・シャドウの方に向き直る。その表情はどこか険しい。理由は察しているが、ジェネラル・シャドウは敢えて素知らぬふりをして口を開く。

「はて、身に覚えがないのだが」
「ふざけたことを。タイタンからすでに報告は受けている。私としてもぜひ理由が聞きたくてな。シャドウ、なぜスパークとタックル、いや沼田五郎と岬ユリ子に自己催眠装置を埋め込んだのだ?」
「さて、なんのことだか分からんな」
「惚けても無駄だ。監視カメラの映像は解析済みだ。貴様がラボから自己催眠装置を盗み、再生途中のスパークとタックルに埋め込んだことなど、とっくに承知している」

 タイタンが吐き捨てるように言うと、ジェネラル・シャドウは白を切っても無駄と判断してとぼけるのをやめる。続けてデッドライオンが詰るように続ける。

「シャドウ、なんのつもりだ? あいつらは大首領様のお力で素体から再生させた、対ストロンガー用の切り札なのだ。それを裏切らせるとは、どういうつもりだ?」
「理由など、決まっておろう。俺は卑怯な手が嫌いでな。一言で言えば、癪に障った」
「卑怯、だと?」
「そうだ。岬ユリ子と沼田五郎を利用してストロンガーの矛先を鈍らせ、あまつさえタックルとスパークにストロンガーを仕留めさせようなど、猿でも簡単に出来るくらい横着で、姑息で、卑怯で、安直で、なんの満足も面白みもない退屈極まりない策だ。そんなもの、俺は認めん」
「退屈? ストロンガーを倒すのが大首領からの至上命令、手段など選んでいられるか!」
「だから貴様はつまらんのだ、タイタン。戦いとは正々堂々と知を競わせ、力をぶつけ合うことに意味があるし、そうあるべきだ。そうでなければ、大首領が望む進化は生まれん。なにより、生とは死と隣り合ってこそ輝くものだ。ギリギリまで互いの生死を競い合う時、初めて我らは生の充足が得ることができる。その快楽は何物にも代え難い。あの感覚は、卑怯な手を使った安直な勝利では決して味わえん。我らは幸運にもまた甦ることができた身だ。少しは新たな生を愉しんだらどうだ、タイタン」

 語気を強めるタイタンにジェネラル・シャドウはどこ吹く風とばかりに嘯いてみせる。

「嘘ではなかろうが、それだけが理由ではあるまい。抜け目のないお前のことだ。あの二人に発信機を仕込んだのだろう? 隠しても無駄だ。すでに発信電波をキャッチし、追跡させている。岬ユリ子と沼田五郎は本拠地を出て、バダンニウム爆弾工場の破壊に向かっている。お前が狙うのは、ストロンガーただ一人。大方ストロンガーが回復すれば二人は一度本拠地に戻ると踏み、二人が戻った時にストロンガーと雌雄を決しようという肚だろう」
「流石だな、マシーン大元帥。あんたの言う通りだ」

(もっとも、相変わらず抜けている部分もあるがな。岬ユリ子と沼田五郎が、ストロンガーへ会いになど行くものか。寧ろ狙い目は、岬ユリ子と沼田五郎がここへやってきた時だ)

 ジェネラル・シャドウは表面上マシーン大元帥を讃えつつ、内心読みがもう一つ足りない点を嘲笑う。岬ユリ子と沼田五郎は、茂が回復しても基地には戻らない。むしろブラックサタンへの攻撃を優先するだろう。三人の間には、それだけ深い信頼がある。

「シャドウ、本来ならばお前も処罰の対象だが、お陰で敵の本拠地を特定出来た点に免じて、今回は不問にする。もっとも、俺の指示には従って貰うがな」
「俺からも一つ、あんたに聞きたいことがある。篠ノ之箒について、どう思う?」
「うむ。インフィニット・ストラトスの性能に胡坐をかいただけの小娘かと思っていたが、侮れんな。シャドウ、それがどうかしたのか?」
「いや、どうも気になってな。俺も確信しているわけではないが、篠ノ之箒という娘、もしかすると『真人類(マイス)』なのかもしれん」
「真人類?」
「魔の国にある伝承だ。原初の人間はよりJUDO様に近い存在であり、現生人類とは比べ物にならぬほどの高い身体能力と回復力、生命力を備えていた。それをJUDO様に利用されることを恐れたツクヨミが力を封じ、人間は今のように無力な存在に成り果てた。だが、力そのものが消えたわけではなく、稀に先祖返りを起こして潜在能力を覚醒させる者がいる。それを原初の力を取り戻した本来の人間、真人類と呼ぶ。そう考えればあの者、クジョウが篠ノ之箒に拘る理由も理解出来る」

 デッドライオンの質問にマシーン大元帥が答える。しかし、ジェットコンドルと狼長官が異議を唱える。

「フン、そんなものはデタラメだ! 我輩の先祖、偉大なるロック鳥様と違い、人間などJUDO様が気まぐれとお情けで猿から進化させた下等生物、劣等種族に過ぎん! あんな下劣な生命体がJUDO様に近い存在など、冒涜もいいところだ!」
「ジェットコンドルの言う通りだ。人間とは所詮魔人に狩られるしか能のない、脆弱で愚かな種族と決まっている。大方、どこかの人間崩れが自分の経歴に箔をつけようと言いふらしただけだろう」

 狼長官が揶揄と侮蔑の籠った視線をジェネラル・シャドウに向けるが、ジェネラル・シャドウは鼻で笑う。

「その下劣な人間に傷一つつけられなかった狼長官殿は、さぞや立派で由緒ある伝説をお持ちなのでしょうな」
「貴様! 俺と狼男様を侮辱するか!?」
「やめろ、狼長官。確かに真人類は今のところ伝説に過ぎん。だが、現在ショッカーと戦っている早川健とかいう男のように、真人類と考えた方が自然な者がいるのもまた事実だ。なんにせよ、篠ノ之箒がストロンガーに劣らぬ強敵であるのは間違いない。そこで、デルザーの諸君に新たな提案がある。これから二人一組でバダンニウム爆弾製造工場防衛に向かってもらう。組み合わせはこちらで指定する」
「カカッ、どういうつもりだ? 護衛なら我々一人一人で十分。ましてや、ストロンガーがいない現状では護衛すらいらないのではないか?」
「状況が変わった。先ほど、ゲドンとガランダー帝国の全滅が確認された。6人ライダーもこちらに到着するだろう」

 疑問を差し挟んだドクロ少佐にマシーン大元帥が腕を組んで答えると、改造魔人は一斉に色めき立つ。他の仮面ライダーもまたデルザー軍団とは因縁深い強敵だ。それだけに否が応でも気合が入る。続けてマシーン大元帥は地図を広げ、他の改造魔人を呼び寄せる。

「他の仮面ライダーも、手分けしてバダンニウム工場を破壊しに来るだろう。シャドウ、お前は荒ワシ師団長と共にこの工場へ向かえ」
「マシーン大元帥! なぜ俺がシャドウと一緒なんだ!?」
「お前としても都合がいい筈だ。シャドウが抜け駆けしないか監視できるのだからな。それとも、何か不都合があるのか?」
「いや、だが……!」
「個人的な感情を考慮する暇はない。鋼鉄参謀とヘビ女はこの工場に、ドクターケイトとドクロ少佐はここ、岩石男爵と隊長ブランクはここ、狼長官とジェットコンドルはこっちだ。準備が出来次第、すぐに向かってくれ」
「待ってくれ。俺とヨロイ騎士はどこに行けばいいんだ?」
「それは後で指示を出す。ブラックサタンについてはタイタンとデッドライオンに任せる。早速だが、解散だ」

 磁石団長の質問に答えたマシーン大元帥がそこで話を打ち切ると、改造魔人は作戦室を出る。タイタンとデッドライオンもブラックサタン側の作戦室へ戻る。ジェネラル・シャドウが廊下を歩いていると、ブツブツと荒ワシ師団長が文句を言っているのが聞こえてくる。

(マシーン大元帥め、俺と荒ワシ師団長の抜け駆けを牽制するために組ませたか。ヘビ女を俺から引き離し、鋼鉄参謀と組ませたのも俺の動きを封じ、かつ余計なことを鋼鉄参謀に吹き込ませないためか。岩石男爵と隊長ブランク、狼長官とジェットコンドルは比較的利害が対立していない者同士、ドクターケイトとドクロ少佐は消去法、だな。あのような醜態を晒した手前、他の者による抜け駆けや内紛も期待できんか)

 マシーン大元帥の意図をそれとなく察しつつ、ジェネラル・シャドウは思案を巡らせる。小賢しく猜疑心が強い荒ワシ師団長を騙して抜けるのは困難ではないが、手間がかかる。ジェネラル・シャドウが動けない以上、ヘビ女が鋼鉄参謀を丸めこんでも意味がない。

(しかし、篠ノ之箒が『エキストラ・ジョーカー』というのも気になるな。織斑一夏ほどではないが、我らと仮面ライダー共との偉大なる戦いの鍵を握るというのか)

 ジェネラル・シャドウは人間であった頃からの習慣としてトランプ占いをよく行う。的中率はほぼ100%といっていいレベルで、皮肉にも自らの死を告げる託宣すらも2度に渡り的中させている。
 他にもジェネラル・シャドウは作戦の成否や戦いの勝敗だけでなく、敵味方問わずその人物がどのような者であるか占うことがある。大抵の場合、占いの結果は同じでその人物を象徴するカードが引かれる。たまに占いの結果が違うこともあるが、やはり引かれるカードには傾向がある。ジェネラル・シャドウならばスペードのK、ヘビ女ならばスペードのQ、仮面ライダーストロンガーならばスペードのA、他の仮面ライダーや織斑千冬はハート、ダイヤ、クラブいずれかのA、IS操縦者ならばスペード以外のQ、そして『黒き鍵』織斑一夏ならばジョーカーが象徴だ。
 しかし、篠ノ之箒のみは53枚のカードでは何度占っても結果がバラバラであった。他の者と異なり引くカードの傾向すらバラバラで、なんの法則性も見出せなかった。そこで、54枚目である白黒のエキストラ・ジョーカーを加えて占ってみたところ、何回やってもエキストラ・ジョーカーを引き続けた。すなわちカラフルなジョーカー、織斑一夏ほどではないが仮面ライダー以上に一連の戦いの鍵を握る存在であるということなのだろう。

(なんにせよ、もう少しヤツを見極める必要もあるか)

 ジェネラル・シャドウは一度考えを打ち切ると、出撃準備を整えるべくアジトの廊下を進んでいくのであった。

**********

 太陽が西に傾き始め、雨が止んで徐々に雲が晴れだした頃。山梨県上空に篠ノ之束の移動式ラボが到着する。その内部では結城丈二がラボの設備を借り、ケイトウの花を使って何か実験している。すると束がひょっこりと背後から顔を出して尋ねる。

「先生、なにしてるの?」
「新装備の開発さ。一応、昔からやっていたんだが……よし、出来た」

 何かのガスを吹き付け、ケイトウの花が一瞬で枯れたのを見ると、丈二は立ち上がって『スモークアーム』のカートリッジをケースに入れる。

「それより、心配じゃないの?」
「心配していないと言えば嘘になるな。だが、あいつもまだ死ねないんだ。それに、茂だけでなく第7分隊も……」
 
 名古屋市に出現したデルザー軍団により茂が瀕死の重傷を負い、第7分隊が壊滅したことは丈二や束も知っている。特に第7分隊壊滅の聞いた時、滝和也が何とも表現し難い表情をしていたのを束と丈二はハッキリと見ている。立花藤兵衛も複雑な表情を浮かべていた。織斑一夏やセシリア・オルコット、凰鈴音、五反田弾と五反田蘭には和也から伝えるらしい。

「束は、箒さんが心配じゃないのか?」
「そりゃ、心配だよ。けど、会った時にどうすればいいか分からなくて。勿論、謝りたいんだけど、箒ちゃんの前に立った時、私がどうなるか分からないから、怖いんだよね」

 丈二に対して束は力なく笑って答える。直接会って謝ると心に決めていたが、いざ会う段になると、どうしたらいいのか分からない。それを誤魔化すためにいつものように軽薄な振る舞いをしてしまいそうで、内心恐れはある。

「今は正直に謝ることだけを考えるんだ。上手くいかないかもしれないが、とにかく謝りたいという気持ちを伝えられれば、きっと箒さんも応えてくれる。そこから先どう接するかは、会った後に決めればいいだけの話さ」

 丈二はそれだけ言って椅子から立ち上がる。
 その頃、リビング兼用の研究室では一夏と鈴が弾と蘭にブラックサタンとデルザー軍団について話していた。

「つまり、ブラックサタンってのはサタン虫って寄生虫を人間に寄生させて、世界を征服しようとした組織ってわけか」
「そのブラックサタンが使う戦力が奇怪人、でいいんですよね?」
「ああ。それまでの怪人に比べて機械化が進んでいるのが特徴らしい。それと、特殊な措置が施されていてサタン虫に寄生されないようになっているとか。それどころか、サタン虫と同化して人間に対して憑依に近いことも出来るらしい」
「もっとも、なまじ機械部分が多い上に技術的には後発の怪人より練られていないから、許容量以上の電流を流しこまれた場合はショートするらしいけど。そして、城さんたちがブラックサタンを壊滅させた後に出てきたのがデルザー軍団よ」
「デルザー軍団は、太古の昔にJUDOが遺伝子操作とかを駆使して創り出した最初の怪人、『魔人』の子孫にさらなる改造を加えた『改造魔人』で編制された組織だ。最大の特徴としては全員がJUDO直属の大幹部扱いで、構成員の間に明確な上下関係が存在しないってところだな。つまり、他の組織と違ってデルザー軍団には構成員を統率するリーダーが存在しない。勿論、調整役やまとめ役になる改造魔人はいるし、全員黒幕のJUDOや大首領には忠誠を誓っているんだけどな」
「リーダー不在って、そんな組織で大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃなかったから問題なのよ。城さんの話だと、アマゾンたちがくるまで持ち堪えられたのも、デルザー軍団が勝手に内紛を起こしていたかららしいし。バダンの時も、また仲間割れを起こさなかったら危なかったらしいわ」
「話を戻すと、戦闘能力は折り紙つきで、純粋な戦闘力なら歴代最強とも言われてる。1体1体が猛さんたちに匹敵する上に、全員何かしらの電気技対策がされたらしくて、パワーアップする前の城さんはかなり苦戦したらしい」
「そんなの相手にして、城さんと篠ノ之さんは大丈夫なのか? しかも、改造魔人って12体もいるんだろ?」
「いや、13体だ」
「風見さん、ハリケーンの整備は終わったんですね。けど、どういうことですか?」
「改造魔人は12体だって、城さんも言ってましたよね?」

 弾が一夏に疑問をぶつけると、黒いライダースジャケットを着て首に白いスカーフを巻いた風見志郎が入室し、一夏の代わりに答える。すると一夏と鈴は不思議そうな顔をして首を傾げて尋ねる。志郎は壁に凭れかかって続ける。

「ああ。日本にやってきた改造魔人はね。だが、実はもう1体、日本に来る前に死亡した改造魔人がいる。そいつはバダンの日本侵攻でも復活させられず、実際に交戦した本郷先輩や一文字さん、五郎君も最初はデルザーの改造魔人とは知らず、だいぶ後になってそいつもデルザー軍団の一員と気付いたらしいんだが……ケンやアンリさんからの報告によると、13体目の改造魔人の復活が確認されたそうだ。名前はジェットコンドル、その名の通り翼とジェットエンジンを装備した改造魔人だ」
「それって、結構ヤバくないですか? 城さんも確か……」

 茂が名古屋に出現したデルザー軍団と交戦し、瀕死の重傷を負ったことはこの場にいる全員が承知している。前から話を聞いていた一夏や鈴は勿論、弾や蘭もその事実を知ればデルザー軍団がどれほどの強敵であるか理解出来る。
 弾の言葉を最後に、しばらく沈黙がその場を支配するがティーカップを盆に載せたクリスタとセシリアがキッチンからやってくる。クリスタは紅茶が入ったカップを一夏や鈴、弾、蘭の前に置き、セシリアが志郎にカップを渡す。

「お疲れ様です、一夏さん、鈴さん。その様子では、お話は大体終えたようですわね。何があったのかは敢えてお聞きしません。とにかく、ティータイムにしましょう。休むのもまた、戦士の務めですわ」
「悪いな、セシリア。ところで、これはクリスタが入れたんだよな?」
「はい。と申しましても、セシリア様に少し手伝って頂きましたが。紅茶には一家言あるそうで」
「風見さんも一杯いかがですか?」
「ありがとう。頂くよ。一夏君、鈴さん、どうしたんだい?」

 志郎は笑ってカップを受け取るが、一夏と鈴が渋い顔をしていると怪訝そうな顔をして尋ねる。弾や蘭も不思議そうな顔をしている。一夏と鈴は顔を見合わせ、意を決して鈴から口を開く。

「本人の前で言いたくないんですけど、やめておいた方がいいと思いますよ?」
「風見さんは知らないと思いますけど、セシリアの料理は、いつも、その……」
「二人とも失礼ですわね! 私もイングランド貴族、紅茶にはそれなりに自信がありますのよ!?」
「一夏、お前はもう少しデリカシーってものを考えろよ。折角入れてくれたんだから、ここは飲むのが男ってもんだろ?」
「そうですよ。実際に入れたのはクリスタで、少しは上達したんですから、いくらなんでも不味くはならないですよ」
「セシリア、あんたは一回自分で飲んでみなさい。まず自覚するのが大事なんだから」

 鈴はそのままセシリアにカップを突き出す。セシリアは自信満々な態度でカップを受け取ると、弾、蘭、志郎とともにカップに口をつけて紅茶を口に流し込む。
 次の瞬間、弾と蘭、そしてセシリアは口から紅茶を噴き出し、志郎は顔をしかめる。

「なんじゃこりゃ!? 苦いとか渋いとかじゃなくて、純粋に不味いとしか言いようがないぞ!」
「どうやったらこんな気持ち悪い味に!?」
「ちゃんとチェルシーが出してくれたものと同じ見た目になるよう、調整したというのに、なぜ……!?」
「何を入れたのかは、敢えて聞かないでおくよ」

 クリスタと蘭が吐き出された紅茶だったものを拭き、クリスタが後片付けに行く。入れ違いになるように和也が入ってくる。和也は一夏たちを見て一瞬逡巡するような素振りを見せるが、極力事務的な口調である事実を伝達する。

「さっき、第3分隊から連絡があった。デルザー軍団と交戦した第7分隊の内、294名の死亡が確認されたそうだ」

 それを聞いた一夏たちは最初は内容を理解すら出来ず、少し経過してなにを意味するか理解すると今度は絶句し、思考が停止する。300名中、生き残ったのは僅か6名。あまりに衝撃的な事実に思考が追い付かない。志郎も沈黙している。しばらく静寂がその場を支配するが、一夏が重い口を開ける。

「その、本当、なんですか?」
「ああ。第3分隊と第4分隊が死体の大半を回収し、収容できなかった者については遺品となるものを回収したそうだ」

 僅かな希望に縋るように言う一夏に対し、和也は首を振る。にわかには信じ難いが、間違いないようだ。またしても沈黙が続くが、直後に下向きの重力を感じる。同時に束が顔を出す。

「富士駐屯地についたよ。もう降下を始めたから、降りる準備をしといた方がいいよ」

 束の一言で一夏たちがようやく我に返ると同時に移動式ラボはランディングギアを出して富士駐屯地の敷地内に着陸し、和也を先頭に続々とラボから降りる。SPIRITSの隊員が和也を敬礼して出迎えると和也、一文字隼人、志郎、神敬介、アマゾンは隊員に連れられてどこかへ行き、本郷猛、緑川ルリ子、丈二、束、クリスタ、そして藤兵衛は医療施設へ向かう。

「山田先生、俺たちはどうすれば?」
「私たちはあっちに行きましょう」

 しばらく佇んでいた一夏が山田真耶に指示を仰ぐと、真耶は和也たちが向かった方向を示し、一夏たちを引き連れて歩き出す。
 猛たちは医療施設に到着すると、茂が寝かされている病室の前まで歩いていく。扉を開けると同時に藤兵衛が真っ先に茂が寝ているベッドへ駆け寄り、声をかける。

「茂! しっかりしろ! まさか、死んじまったんじゃないよな!?」
「いえ、まだ大丈夫です。生命維持装置を損傷していますが、修復不可能なレベルではありません。結城、ルリ子さん、篠ノ之博士」

 藤兵衛の肩に猛が手を置き、丈二とルリ子が運んできたストレッチャーに茂を乗せ、束と共に手術室へと向かう。それを藤兵衛とクリスタが見送る。
 同じ頃、一夏たちは真耶に連れられて倉庫に到着していた。隊員が数人入口の前に立っているが、真耶を見ると敬礼して道を開ける。真耶も一礼で返すと隊員が倉庫の扉を開き、一夏たちを中へと招き入れる。中には黒い袋に詰められた『何か』が倉庫の床に置かれている。志郎や神敬介、アマゾンは倉庫の奥でケンやアンリエッタ、ブラウンと話している。一夏やセシリア、鈴はそれが遺体袋であることを悟り、この倉庫が今は何に使われているのか、そして遺体袋の中身が何であるかを悟り、口を開く。

「山田先生、これって……?」

 真耶は黙して答えない。それが何を意味するのか理解した一夏、弾、蘭は遺体袋に向けて合掌し、真耶と鈴は黙祷を捧げ、セシリアも無言で十字を切る。ここに寝かされているのは第7分隊の遺体だ。
 しばらく無言でその場に佇んでいた一夏だが、ふと視線を向けると和也がしゃがみ込んで遺体袋の中を見ている。付き添いの隊員が和也に色々と説明しているようだが、和也は黙って遺体を眺めている。一夏たちがいる場所からは和也の表情は窺えない。

「クソ、絶対にこの仇は取ってやるからな……!」

 和也は小声で、しかしはっきりと無念さを滲ませて呟くと、右掌底で右目に溜まった『何か』をグシ、と荒々しく拭う。そこに付き添っていた一文字隼人がしゃがみ込み、黙って肩を叩いて一夏たちを顎で示す。すると和也はすぐに立ち上がり、隼人と共に一夏たちへと歩み寄る。一瞬何を言おうか迷う一夏だが、先手を打つように和也から口を開く。

「悪いな。こんなことは最初から覚悟してたのに、みっともない所を見せちまった」
「いえ、そんな……もういいんですか?」
「ああ。隊長の俺がいつまでも情けねえ面を晒してたんじゃ、第7分隊だって浮かばれねえ。なにより、まだ生き残りだっているんだ。君たちはもう出た方がいい。こんな光景、見慣れちゃいないだろ?」
「俺は大丈夫ですから。それに、束さんやおやっさんもすぐに来ると思いますし」
「滝、そろそろ第7分隊の分隊長さんと話してこいよ。お前も言いたいことはあるんだろ?」

 和也は死体を見慣れていないだろう一夏達を気遣うが、一夏が代表して首を振る。隼人に促されると和也はブラウンの下へ向かい、一夏らは隼人に先導されて和也に続く。途中、遺体袋から胸に大穴の空いた遺体や真っ二つにされた遺体、半分ほど白骨化した遺体が見えてしまい、気分が悪くなった蘭がよろめいて弾や一夏、隼人に支えられるという一幕もあったが、なんとか踏み止まって和也たちの輪に加わる。ブラウンは和也に謝罪している。

「ごめんなさい、滝。こうなったのも全ては私の責任。謝って済む問題ではないけど、あなたにはどうしても謝っておきたくて」
「謝んじゃねえよ、ブラウン。とにかく、お前たちだけでも生き残ったならそれでいい。詳しい話はブラックサタンとデルザー軍団の鎮圧が終わってから聞かせてくれ」
「でも私は彼らに無駄死にをさせて……!」
「ブラウン分隊長、それは違う」

 謝る和也に食い下がるブラウンだが、敬介がやや語気を強めて割り込む。隼人や志郎、アマゾンも同感らしく敬介を止めようともしない。敬介はそのまま言葉を続ける。

「前後の事情がどうであれ、理由がなんであれ、この戦いにおいて無駄な死など断じて存在しないし、してはならない。彼らの死は決して無駄なものではないと、生き延びた貴女方や俺たちが証明しなければならない。貴女の責任を問うのは、それからでも遅くない」
「敬介さん……」

 表情はいつも通りながら、僅かに熱と無念さを込めた敬介の言葉にセシリアは心配そうな顔をして視線を送るが、それに気付いた敬介が黙っていつものように笑ってみせる。そこに隼人が口を挟む。

「滝、ずっと気になってたんだが、ブラウン分隊長とは前からの知り合いなのか?」
「FBIの元同僚さ。そこまで長い付き合いでもないんだが。ブラウン、他の隊員は?」
「今はここで待機させているわ。第4分隊に組み込まれることになったから、私の一存では出撃できないけど」
「分かった。もう下がっていい。別命があるまで休むようにグレイたちにも伝えてくれ」

 ブラウンは視線を倉庫の端の方へと向ける。視線の先ではグレイ、ゴールド、ホワイト、イエロー、そしてレッドが遺体袋の中身を確認している。レッドは遺体袋の一つに手を突っ込み、シリンダー部分が異様に大きい妙な形をしたリボルバーを取り出す。レッドがショルダーホルスターにリボルバーを収めるとブラウンが踵を返し、レッドたちを集めて和也の言葉を伝える。ブラウンら第7分隊の生き残りが倉庫から出るのを見ていた隼人だが、イエローを見て呟く。

「あれは、もしかして……」
「隼人さん、どうしたんですか?」
「あ、いや、さっきいた東洋人っぽい隊員なんだが、もしかしたら『伊東伊衛郎』じゃないかと思ってな」
「伊東伊衛郎? 前にどこかで聞いたことがあるような……?」
「ほら、10年くらい前に話題になってただろ? クレー射撃の世界選手権で日本人初の連覇を達成して、オリンピックでも金メダル確実って言われてたあの伊東伊衛郎さ」
「そう言えば、テレビで見たことがあります。やっぱり隼人さんも、伊東さんに取材されたことがあったんですか?」
「まあ、そんなところなんだが……」

 真耶が何かを思い出しそうな素振りを見せると、隼人が補足する。真耶が続けて質問すると、珍しく隼人が言葉を濁し、和也の方を見る。和也が黙って頷くと隼人は意を決して口を開く。

「実を言うと、俺が取材したのは8年前に富士演習場で起きた反ISグループによるテロ事件でね。伊東伊衛郎はそのテロ事件の関係者というか、実行犯の一人だったんだ」
「テロ事件?」
「ああ。国防軍による演習中に過激派反ISグループ『反IS同盟』と結託した国防軍兵士が指揮所を襲撃し、混乱した隙に演習を見ていた当時の国防大臣、来栖川源三を火縄銃で狙撃したって事件さ。風見、確かお前もあの場にいたんだよな?」
「ええ。倉持技研の役員と一緒に本部で演習を観戦していました。結果的にではありますが、最終的に撃たれたのは俺でした」

 隼人が志郎に振ると志郎は頷く。真耶達はあまりに意外な話に絶句している。しかし真耶がまず口を開く。

「その、来栖川源三さんも反ISだったんじゃ……?」
「当時はまだ『グリーンアース・アンド・ブルースカイ』、GEABSが設立されていなかったし、来栖川源三も巧みに隠してIS推進派であるかのように振る舞っていたからな。反IS同盟にとっては憎むべき敵だったのさ。むしろ、武力闘争を主体にした反IS同盟がこの事件をきっかけに壊滅したことから、武力闘争に拠らない反IS組織としてGBARSが立ち上げられたんだが」
「でも、なんで国防軍の兵士が反IS同盟と結託したんですか?」
「こいつが結構ややこしい話なんだが……鈴ちゃんも知っての通り、ISが出てきた当初は性能をテストする為に既存の兵器と演習を繰り返していた。ISはほとんどの演習で圧勝していたわけだが、既存兵器側もISに負けないように色々と対策を立てたり、作戦を練ったりした。特に戦闘機は領域が被る分、なんとかしてISを打ち負かそうと無茶な操縦をするパイロットが増加してね。演習中の墜落事故が多発していたんだ。なかでも、9年前に起きた事故ではF-15に乗っていたパイロットが脱出せずに死亡する、って事故が起きたんだ。伊東伊衛郎たちが反IS同盟に加担した直接の原因がその事故さ」

 真耶に続けて鈴が疑問を差し挟むと隼人が答える。続けてセシリアが口を挟む。

「ですが、事故とテロに何の関係が?」
「実を言うと、その事故でパイロットが死亡したのは演習に参加していたIS操縦者が脱出を妨害したからだ、って噂が国防軍部内で広がっていたんだ。勿論、フライトレコーダーの解析で実際はパイロットが脱出を自ら拒んだのが原因だと分かったんだが、それもねつ造だという声も絶えなかったんだ。問題は、伊東伊衛郎たちとパイロットは同じ熊本の葦北出身の幼馴染みで、特に伊東伊衛郎とパイロットはかなり親しい間柄で、事故の前日にも会っていたってところなんだ。そこに目を付けたのが反IS同盟ってわけさ。どうも、反IS同盟の連中は事故後からしきりに伊東伊衛郎たちと接触して、色々と吹き込んでいたらしいんだ。なにより、当時は女尊男卑の風潮がどこの軍でも広まりつつあったからな。それに対する不満が色々と溜まっていた。そうした要素が絡み合って伊東伊衛郎たちがテロに加担したってわけさ」
「事情は分かったんですけど、なんで狙撃に火縄銃を使ったんですか?」
「伊東伊衛郎たちは演習への参加を命じられなかったからな。当然、演習場には入れないし銃器類も持ち込めない。そこで彼らは自分たちが『御郡筒』の末裔で、同じ演習場の別の場所で火縄銃の大会が行われることを利用したんだ」
「御郡筒?」
「大雑把にいえば、鉄砲隊の家柄さ。特に伊東伊衛郎たちの家は代々狭間筒という銃を扱っていて、テロに加担した兵士たちは全員『葦北狭間筒保存会』って団体の一員だったんだ。葦北狭間筒保存会も大会に招待されていたから、それを利用して狭間筒を演習場に持ち込んだ。加担した兵士の中には富士の樹海で鍛えられたレンジャー課程修了者も何人かいたからな。一度演習場に入ってしまえば、指揮所の襲撃なんて楽勝だったってわけさ」
「それはそうと、風見さんが狙撃されたっていうのはどういうことなんですか?」
「なに、指揮所の襲撃があった時、たまたま来栖川源三の狙撃が本当の狙いじゃないかと気づいてね。近くにいたから咄嗟に庇いに入って、運悪く右肩に弾丸が当たってしまったんだ。もっとも、向こうが500メートルも先から狙ってきたお陰で傷は出来なかったけどね」

 蘭の疑問に志郎が答える。さらに隼人が続ける。

「話を戻すと、結果的に伊東伊衛郎による狙撃は失敗し、残りの兵士たちと共に指揮所に立てこもって事故の公正な再調査やIS運用の凍結を要求する声明を出した。無論、国防軍はそれを撥ねつけて演習を中断、そのままテロの鎮圧に当たって兵士たちを富士の樹海に追いやり、あと一歩で拘束できるところまで追い詰めた。ところが、テロに加担した兵士たちは伊東伊衛郎を除いて全員その場で自殺、伊東伊衛郎も行方不明という最悪の結果に終わったんだ。こいつは後で分かったんだが、反IS同盟は最初から口封じのために事が済んだら兵士たちを殺すだったらしい。しかも、万が一捕まっても自分たちの関与が発覚しないように家族を人質に、兵士たちに自殺を強要したって話もある。幸い、兵士たちが自殺したのとほぼ同時刻に公安が反IS同盟を摘発したから事なきを得たが。とはいえ、肝心の伊東伊衛郎が行方不明になったもんで、事件の真相は明らかにならなかった。今までの話も、俺が取材した中で出来た推測の一つに過ぎないってことは覚えておいてくれ」

 隼人がそこで一度話を切ると、藤兵衛が倉庫に入ってくる。藤兵衛が遺体袋を見て死体に合掌すると和也が歩み寄って口を開く。

「おやっさん、茂の傍にいてやらなくていいんですか?」
「今は猛や丈二、ルリちゃんが治療に当たってくれてる。それはそうと一夏、箒ちゃんを見かけなかったか? あの娘も気にしてたんだが」
「え? 俺はてっきり、城さんの傍にいるかと思ってたんですけど。『紅椿』はステルスモードになってるみたいで、こちらからじゃ探知できないんです」

 藤兵衛の質問に一夏は不思議そうな顔をして首を捻る。箒は責任を感じて茂の傍につきっきりだろうと踏み、後で会おうと考えていた一夏だが、茂の傍にはいなかったようだ。するとケンが言いにくそうにしながらも口を挟む。

「篠ノ之さんは、つい先ほどブラックサタンのアジトを潰しに行きました」
「まさか、一人だけで行かせたのか!?」
「いえ、もう二人ほど同行者がいます。驚かれるかもしれませんが……岬ユリ子さんと沼田五郎さんのお二人が、篠ノ之さんを連れて行ったんです」

 ケンの言葉を聞くと隼人と敬介の顔色が変わる。藤兵衛は驚きを隠そうともせずケンに詰めよる。

「沼田五郎とユリ子……スパークとタックルが、箒ちゃんと一緒なのか!? その二人は、本当に本人なのか!?」
「ええ、少なくとも本人たちはそう言っています。それで、岬ユリ子さんが『おじさん』によろしく、と」
「あの、沼田五郎さんと岬ユリ子さんというのは?」
「どっちも、シゲルのトモダチ。ゴロウ、ブラックサタンに浚われて、手術に失敗して死んだ。ユリコ、ブラックサタンに改造されて、モグラみたいにシゲルと一緒に戦った。でも、デルザーに殺された」
「それで、スパークとタックルってなんなの?」
「改造された後の名前って聞いた」

 鈴の疑問にアマゾンが答える。藤兵衛も異論を挟まない辺り、間違いないようだ。

「そうか……モグラが生き返ったから、もしやとは思ってたが」

 藤兵衛も落ち着きを取り戻し、帽子を被り直す。実際、志郎やアマゾンはそれぞれ高木祐介とモグラ獣人が生前の記憶と自我を保った状態で甦り、モグラ獣人に至ってはまた共闘するということがあったので、さほど驚いていないようだ。そこに国防軍の制服を着た男が数人が和也の下に駆け寄る。

「失礼します。先ほど来客がありまして、滝隊長に面会を求めているのですが」
「私に、ですか?」
「はい。その方は我々の駐屯地に慰問へいらしたのですが、状況が状況なので駐屯地まで来た時に急遽お断りする形となってしまいまして。ただ、この近くに避難所もありませんので、その方々にはしばらくこの駐屯地にいてもらうことになったのですが、SPIRITSの責任者と面会したいと希望されているんです。我々としても、こちらの都合で慰問を取り消してしまった以上、断りにくいと言いますか。無論、滝隊長の判断に任せますが」
「分かりました。とにかく、会ってみます。一夏君たちは指示があるまで好きにしていてくれ」

 和也は少し思案した後に一夏らに解散を言い渡すと、先導されて駐屯地にある基地施設の一角へ向かう。
 基地にある会議室の前につくと、和也は扉を開く。机と椅子がしつらえられた部屋の中には、アフリカ系と思しきバンダナを巻いた男性と大柄な男性、それに赤い肌をした少年と少女が座っている。4人の視線が和也に集まり、和也がバンダナを巻いた男性に声をかけようとするが、ふと顔とバンダナに見覚えがあることに気付き、すぐに目の前にいるのが自分の古馴染みであることに気付く。男性の方も和也の顔を見ると一瞬怪訝そうな顔をするが、やがて表情を驚愕のそれに変え、和也と同時に声を張り上げる。

「まさかお前、スパイクか!?」
「タキさん!?」

 和也は目の前にいるのが古い『友人』のスパイクと気付き、そのまま駆け寄る。スパイクも嬉しそうな表情を浮かべて椅子から立ち上がり、ハグを交わす。自分より背が伸びたスパイクを見やりながら和也が口を開く。

「久しぶりだな、本当に。最後に会ったのはお前がプロデビューしたすぐ後くらいか。世界を股にかけるスターになるなんて流石だな」
「そんな大したもんじゃないよ。タキさんは30年前から全然変わらないな。それと、こっちの方にも見覚えはないかい?」
「思い出したぜ。ガブリエルだろ? よくスパイクとつるんでたし、覚えてるさ」

 続けて立っているガブリエルとハグすると、隣で面倒くさそうに鼻をほじっていたところを少女に小突かれ、頭を掻いていた少年が口を開く。

「なんだ、おっさんとスパイクは知り合いかよ。しかもガブリエルまで」
「チリカ! 人をいきなりおじさん呼ばわりするなんて失礼でしょ!」
「スパイク、この二人は?」
「こっちの行儀がいい方がスカーレット、それで、生意気で口の悪いチビな方が……」
「誰がチビだよ! 俺はチリカワ・アパッチのチリカだ。あんた、もしかしてスパイクが話してた滝和也か?」
「ああ。しかしスパイク、どうしてお前がこんな所に?」
「日本にツアーで来たんだけど、途中でバダンの時みたいにドクロが出ただろ? 本当はアメリカに戻りたかったんだけど、色々事情があって帰るに帰れなくてさ。仕方がないから避難所にいたんだけど、ついでに慰問ライブを頼まれてさ。俺としても国防軍とかSPIRITSにはブラックサタンから助けて貰ったお礼をしたかったから、渡りに船ってことでここに来たんだけど急遽中止ってことになっちまって。まあ、携帯壊されて連絡出来なかったんだから、ドタキャンって形になったのも仕方ないんだけどさ」
「お前も大変だな……あとでこっちからも礼を言っておかないとな。それで、用件は?」

 和也が促すとスパイクは一度スカーレットを見やった後に話を切り出す。

「実は、頼みたいことがあってさ。レッドって隊員と会わせて欲しいんだ」
「どうしてそんなことを?」
「レッドって隊員はスカーレットやチリカの知り合いらしいんだけど、向こうは知らぬ存ぜぬで惚けてくるし、分隊長もはぐらかしてくるもんだから、一番偉いヤツに直談判してやろうと思ってさ」
「スパイク、流石にその頼みは聞けねえよ。今はまだブラックサタンとデルザーがいるんだ。しかし、そのレッドってヤツと二人の関係は?」
「それは……」
「ウィシャ、です」

 和也がスパイクに疑問をぶつけるとスパイクは口ごもる。しかし代わってスカーレットが静かに口を開く。

「ウィシャ?」
「はい。私とレッドは、同じウィシャ・スーという部族なんです。部族と言っても、私とレッドのたった二人だけになってしまいましたけど」
「まさか……君は、あの『ウィシャのスカーレット』なのか!? 『ホワイトリバー』から生き残った……!」
「おっさん、知ってんのか?」
「そりゃ第666特殊作戦・兵装運用実験小隊、またの名を『ブルー小隊』関係者のことなら名前といきさつくらい知ってるさ。だが、それとこれとは話が違う。一応、こっちで調べてみるけどよ。実を言うと、俺も第7分隊に集められた隊員の詳細な経歴までは把握し切れてねえんだ。ブラウンも最低限のことしか教えてくれなかったしよ」

 和也がスカーレットとチリカに答えた直後、SPIRITSの隊員が入室して和也に耳打ちする。

「本郷と結城が? 分かった、すぐ行く。スパイク、ガブリエル。悪いが俺はもう行かなきゃなんねえ。レッドに会いたいからって勝手に駐屯地をうろつき回ったりすんなよ?」
「分かってるよ、タキさん。俺たちも応援してるから頑張ってくれよな」

 スパイクの激励に手を上げて応えると、和也は会議室を出て倉庫へと戻る。
 しばらく歩いて倉庫に到着すると、茂の手術をしていた猛と丈二が藤兵衛とともにいる。ケンやアンリエッタ、ブラウンたちもいる。他の仮面ライダーと一夏たちも間もなく顔を出す。

「本郷、結城、茂の手術は?」
「手術そのものは成功した。自己修復も今は順調に進んでいる」
「ですが、全身の電気回路が断絶していただけでなく、生命維持に関わる部分が酷く損傷していました。今はルリ子さんと束が経過を観察していますが、あとは茂の生命力次第といったところです」
「とにかく、茂が助かったならそれでいい。どれくらいで回復する?」
「難しいな。一応ルリ子さん達が治療を続けてくれるが、果たしていつ目を覚ますのか……」
「とはいえ、ブラックサタンのバダンニウム爆弾製造工場の破壊もしなければなりません。『地震発生装置』の復元が完了しているかも分からない以上、少しでも向こうの手札を潰しておくべきだ」
「しかし、場所は分かるのか?」
「ええ。本部からの情報で位置は特定出来ました。もっとも、第7分隊がブラックサタンの通信を傍受し、それを本部に送ってくれたお陰でもありますが」

 ケンは地図を広げて和也に見せる。和也は他の面子も招いてから口を開く。

「なら、俺たちも動こう。本郷と一夏君はこの工場、一文字と山田先生はここ、風見と結城、敬介とセシリア嬢、アマゾンと鈴はここだ」

 和也は地図にマークされた工場の位置を指差しながら指示を出していく。

「それで、第3分隊と第4分隊はそれぞれ二つに別れてもらう。第3分隊は本郷と一文字、第4分隊は敬介とアマゾンの支援に当たってくれ。第7分隊の割り振りはアンリとブラウンに任せる。風見と結城の担当は大人数で行ける場所じゃねえから、俺がサポートする」
「分かりました。早速ですが、部隊割を決めてきます」

 和也の指示を聞くとSPIRITSの隊員達は敬礼して倉庫から出る。すると藤兵衛が口を挟む。

「それで、俺はどこに行けばいい?」
「おやっさんはここに残ってくれ。俺たちがいない間に目を覚ました時、おやっさんまでいないんじゃ茂も困るでしょう。弾君と蘭ちゃんもおやっさんと一緒だ。質問がないなら解散だ」

 和也の言葉を最後にそれぞれ別れて倉庫を出てバイクが止めてある場所へと向かう。
 猛と共にバイクの前に着いた一夏はヘルメットを受け取り、バイクに跨った猛の後ろに座る。間もなく猛がバイクのエンジンを入れて数回スロットルを捻り、やがてバイクが走り出して駐屯地内の道を通って正面ゲートに到着する。真耶やセシリア、鈴もそれぞれ隼人、敬介、アマゾンの後ろに乗って合流する。志郎と丈二、和也も各自バイクに乗って追い付く。

「ケンとアンリエッタたちは編制を終え次第、向こうで合流するそうだ。俺たちは先行するぞ」

 和也がそれを全員に伝えた後にバイクはゲートを出てしばらくの間、一本道を並走する。しかし一本道が終わるとそれぞれの目的地を目指してバラバラに道を曲がり、ミラーからも他のバイクの姿が映らなくなる。
 他のバイクが見えなくなると、猛は内心闘志を燃やす。

(そうだ、彼らを無駄死になど絶対にさせない。ブラックサタンとデルザーは俺たちが、必ず……)

「必ず、叩き潰してみせる」

 一夏に聞こえるかどうかの声で猛は呟くと、スロットルを入れて道を急ぐのであった。

**********

 雲がすっかり晴れ、西日がまぶしく感じられるようになる時間帯。静岡県焼津市。古来より漁港を中心に発展し、水産業が盛んなこの街にある『大井川港』。桜エビやシラスの漁だけでなく、石油の陸揚げが盛んで港には油槽所もあるこの港も、今は無人でブラックサタンに占拠されている。至る所にマシンガンを持ったブラックサタン戦闘員が歩哨や立哨を務め、厳重な警戒態勢が敷かれている。ある油槽所の前で歩哨をしていたブラックサタン戦闘員が、油槽所から出てきた3人のブラックサタン戦闘員に敬礼を交わす。

「ミュウ! どうした?」
「交代の時間だ。お前たちはもう休んでいいぞ」
「しかし、交代はまだ先ではなかったのか?」
「事情が変わったそうだ。とにかく、歩哨は俺たちが変わろう」
「分かった。なら、後は任せる」

 一番体格のいいブラックサタン戦闘員がよどみなく答えると、歩哨を務めていたブラックサタン戦闘員はひとまず納得し、油槽所の中に入ろうとする。しかし、最後尾にいた歩哨のブラックサタン戦闘員がやや後ろの方で黙って控えているブラックサタン戦闘員を見て立ち止まる。

「待て。そこのお前、なんだその体つきは? まるで女のようだな。この場で覆面と戦闘服を脱いでみろ」

 そのブラックサタン戦闘員が言う通り、声を掛けられたブラックサタン戦闘員の身体はどこか丸みを帯びており、胸のふくらみと豊満な臀部が窮屈そうに戦闘服の内に収まっている。じろじろと舐めまわすように全身に視線を送るブラックサタン戦闘員だが、隣に立つブラックサタン戦闘員が窘めるように口を開く。

「大方、そいつは余った女型素体を基に作られたタイプなんだろう。俺も本拠地で何体かこいつと同じような女性型戦闘員を見たことがある。細かいことを気にしていたら、それだけで一日が終わってしまうぞ」
「それもそうだな」

 ブラックサタン戦闘員は説明に納得して背を向け、油槽所に入ろうとする。すると見咎められたブラックサタン戦闘員は背中から日本刀を取り出し、音もなく背後に忍び寄ると腰だめにして構える。
 一瞬の間を置き、刀を持ったブラックサタン戦闘員は抜き打ちで4人のブラックサタン戦闘員の背中を斬りつけ、返す刀でもう2人斬り伏せる。

「なに!?」

 異変に気付いたブラックサタン戦闘員が振り返った直後、刀を持ったブラックサタン戦闘員が頭に一太刀浴びせ、同じく油槽所から出てきた2人のブラックサタン戦闘員が顔面に右ストレートを叩き込み、あるいは投げ飛ばして下突きを入れる。最後に残ったブラックサタン戦闘員が袈裟がけに斬られて斃れ、他にブラックサタン戦闘員がいないことを確認すると、残った3人が戦闘服を脱ぐ。

「上手くいったな。今度ばかりは流石にバレるかと思ってヒヤヒヤしたが」
「申し訳ありません。私がもっと上手くやっていれば……」
「いいのよ。不可抗力ってやつなんだし。それとも、今まで一度も疑われなかった私に対する嫌味とか?」

 ブラックサタン戦闘員に変装していた箒は鞘に収めた刀をホルスターに差し直し、五郎とユリ子も戦闘服を投げ捨てた後に倒れたブラックサタン戦闘員を見えない場所に隠す。
 富士駐屯地を出た箒たちはユリ子の提案で、ブラックサタンのバダンニウム爆弾製造工場の中でも最大規模を誇る焼津の秘密工場を最初に潰すことを決め、手始めに見張りのブラックサタン戦闘員を始末している。ブラックサタンやデルザー軍団がISの探知技術を持っている可能性も否定できないため、『紅椿』はステルスモードにしてある。あとは資材輸送用トラックの到着を待ち、製造工場の入り口を探り当てるだけだ。今まで、箒はその体つき故に何度か疑われたが、その度に相手の勘違いや五郎とユリ子の機転で切り抜けてきた。とはいえ、五郎はともかくユリ子は同じ女性、それも歳頃も近いだけあって少々複雑な気持ちのようだが。

「それにしても、今時の子は発育がいいのね。箒さん、16なんでしょ? こんな体なのに私と同い年なんて信じられないわ」
「あの、ユリ子さんは私と同じ歳なのですか?」
「上に享年ってつくけどね。けど、どういう意味? まさか、私が16に見えないってでもいうの?」
「いえ、私と同い年というには少し落ち着きが……って、なにを!?」
「別にいいじゃない。女同士なんだからさ。けどこれって不公平よね。それとも、時代が変わったってことなのかしら?」

 箒がユリ子の年齢を聞いて僅かに驚きの表情を見せた直後、ユリ子は箒の豊かな胸を鷲掴みにしようとして箒に止められる。五郎は呆れ顔をしてツッコミを入れようとするが、エンジン音が聞こえてくるとユリ子の手を無理矢理箒から引き離す。

「お遊びは後にしてくれ。トラックが来た」

 五郎がそれだけ言うとユリ子は大人しく箒から離れ、五郎や箒と共に物陰に隠れて外の様子を窺う。直後にトラックが数台油槽所の前を通過する。通過してしばらくするとまず五郎が顔を出し、間もなくユリ子と箒も顔を出してもう一度安全を確認する。

「それじゃ箒さん、頼んだぜ」

 五郎は隠していたカブトローに乗り込み、同じくテントローにユリ子が跨ると箒は後ろに乗って『紅椿』の頭部のみを部分展開する。カブトローとテントローはゆっくりと走り出してトラックを慎重に尾行する。やがてトラックは埠頭の一つに到着し、停車する。カブトローとテントローはやや離れた倉庫の陰に隠れて停車し、箒がハイパーセンサーを使ってトラックの様子を窺う。トラックからブラックサタン戦闘員が数人降りると、一度周囲を見渡した後にマンホールへと向かい、残りが周囲を警戒している間に一人が蓋を開ける。するとマンホールの中から続々とブラックサタン戦闘員が地上に出て、トラックから降りた残りのブラックサタン戦闘員と共にトラックの荷台を開け、バケツリレーの要領で資材の入った木箱をマンホールの中へと搬入していく。
 木箱のリレーはしばらく続き、最後のトラックから木箱が運び出されてマンホールに入ると蓋が閉じられ、ブラックサタン戦闘員がトラックに乗り込んでどこかへと走り去る。一部始終を見届けた箒は周辺を索敵して敵がいないことを確かめ、五郎とユリ子に告げる。

「あのマンホールの下にアジトがあるようです」
「よし、さっさと潰してやるとしますか」

 五郎とユリ子、箒はカブトローとテントローから降りるとマンホールの前に立つ。五郎が取っ手に指をかけて蓋を上げ、頭部を部分展開した箒が下を覗き込んで安全を確認する。最初にユリ子が梯子を伝って下に降り、箒がそれに続くと五郎が殿となって蓋を内側から閉め、梯子を降りていく。五郎が梯子を降りきると、目の前にトンネルがあり、線路らしきものが敷かれている。線路は海方向に向かって伸びている。

「移動用のトロッコってとこだろうな。工場は海底ってわけか」

 3人は線路の脇を通ってトンネル歩き始める。箒はハイパーセンサーで周囲を警戒し、五郎とユリ子も油断なく目や耳、鼻、触覚に神経を集中させるが、人の気配はない。特に妨害も受けないままトンネルを抜け、線路の終点らしきトロッコ乗り場に到着する。トロッコが数十両停めてあるのを確かめ、トロッコの陰に隠れながら箒は索敵する。乗り場に敵はいないようだ。ようやく箒は部分展開を解除し、五郎やユリ子と共にトロッコの陰から出て乗り場を後にする。
 監視カメラその他や見回りのブラックサタン戦闘員を隠れてやり過ごし、廊下を進んで製造ラインを発見する。箒が左手首に巻いた紐に手をかけようとするが、ユリ子が手で制する。

「まだよ。最初にアジトの電源を落としておかないと」
「この先は廊下を歩いて行くのは無理そうだな。ダクトを使おう」

 製造ラインで作業に当たっているブラックサタン戦闘員の出入りが激しいのを確認すると五郎を先頭に一度引き返し、天井にあるフェンスを外してダクトの中に入り込み、這って電源がある場所を目指して進んでいく。途中、物音に気付いた見回りのブラックサタン戦闘員が立ち止まることが何度かあったものの、なんとか切り抜けて配電盤のある部屋に到着し、フェンスを開けてユリ子から床に降り立つ。まずユリ子が配電盤のカバーを外して電源を落とし、続けて五郎がカバーを外して配線を露出させ、ペンチでコードを切った後に1組を残してバラバラに繋げ直す。

「よし、あとは最後の仕上げだな」

 五郎がニヤリと笑った直後にその両手が茂と同じくコイルが巻かれたものへと変わり、コードの切れ目を指でつまむ。すると五郎の両手から高圧電流が流し込まれ、バラバラに配線し直したこともあって配電盤がショートして火花が飛び散り、コードが焼き切れて破損する。

「それじゃ、派手に暴れてやりましょうか!」

 照明が落ちて荒々しくも慌ただしい足音がいくつも聞こえてくると、ユリ子は不敵な笑みを浮かべて両腕を回す。

「エイッ! ヤアッ! トオッ!」

 配電盤が破壊されたとも知らず、急に電気が供給されなくなり生産ラインや各種機器が使用不能となったことから復旧作業に当たろうとブラックサタン戦闘員は配電室の前までやってくる。先頭のブラックサタン戦闘員がドアに手をかけた瞬間、何者かに内側からドアごと荒々しく蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられて沈黙する。呆気に取られるブラックサタン戦闘員を余所に、3つの影が部屋から飛び出してブラックサタン戦闘員の前に現れる。

「なっ!? 貴様らは!?」
「あら、見忘れたのかしら? なら思い出させてあげるわ。私は、電波人間タックル!」
「電気人間スパークだ! 覚えておけ!」
「タックルに、スパークだと!? どうやって工場に侵入した!?」
「知らないわよ、そんなの。頭が飾りじゃないなら自分で考えなさい!」

 飛び出してきたのは変身したタックルとスパーク、それに『紅椿』を装着した箒だ。タックルは右手を上に、左手を下に構えながらも箒に尋ねる。

「箒さん、名乗りは上げないの?」
「いえ、今さらこいつらに名乗る名前などありませんから」
「ええい、相手は欠陥品二体と小娘だけ! ストロンガーがいない以上恐れるに足らん! やれ!」

 リーダー格らしきブラックサタン戦闘員は檄を飛ばすと、残るブラックサタン戦闘員とともに一斉に3人へ飛びかかる。スパークは先頭に立つブラックサタン戦闘員にカウンターとなる右ジョルトブローを叩き込むと、タックルが左水平チョップを別のブラックサタン戦闘員の喉に叩き込み、箒も右手に呼び出した雨月で斬撃を次々と浴びせてブラックサタン戦闘員の数を減らしていく。最後にタックルがブラックサタン戦闘員を投げ飛ばして沈黙させると、廊下の両側から荒々しい足音が数多く聞こえてくる。

「ここで別れましょう! 全部壊し終わったら集合で!」

 タックルが指示を出すとスパークは廊下の右方向に、タックルと箒は左方向にそれぞれ駈け出し、タックルと箒も十字路に差しかかると別れて各自迎撃のブラックサタン戦闘員を撃退しつつ工場のラインを破壊し始める。

「エレクトロファイヤー!」

 次々と襲ってくるブラックサタン戦闘員を蹴散らしながら製造ラインの一つに雪崩れ込んだスパークは、一度両手を擦り合わせた後に右手を床に置き、高圧電流を周囲一帯に流し込む。すると床を伝って電流が流れて周囲のブラックサタン戦闘員がまとめて感電して倒れる。続けてスパークはラインにある工作機械に電流をまとわせたパンチを打ち込んで次々と破壊し、締めに製造途中の爆弾も破壊してその場を後にする。

「電波投げ!」

 群がるブラックサタン戦闘員を手で触れずに投げ飛ばし、道を作ったタックルは作業途中の製造ラインへと乱入し、待ち構えていたブラックサタン戦闘員と交戦を開始する。ブラックサタン戦闘員は素手やナイフを手に挑みかかるが、タックルは小手返しや払い腰、一本背負いなどで投げ飛ばし、チョップや裏拳、ミドルキックを叩きこんでブラックサタン戦闘員の数を減らしていく。途中でラインに乗せられた組み立て途中の爆弾を投げつけて爆発させ、ブラックサタン戦闘員を吹き飛ばしつつライン自体を破壊していく。最後に残った爆弾を一か所にまとめて爆発させると急いでその場を離れて別のラインを潰しに向かう。

「邪魔をするな!」

 スラスターを噴射し、突撃で一気にブラックサタン戦闘員を蹴散らした箒は製造ラインに入ると肩部展開装甲を切り離して飛ばし、両手に持った雨月と空裂を振るいつつ肩部展開装甲からエネルギー刃を展開してラインを破壊し始める。マシンガンやバズーカを持ったブラックサタン戦闘員が箒に集中砲火を浴びせるが、『紅椿』のシールドエネルギーを削るには至らない。箒は雨月のレーザーや空裂のエネルギー刃を飛ばしてブラックサタン戦闘員を一掃し、ラインの破壊が終わると別の場所へ向かうべくスラスターを使い低空飛行を開始する。
 工場内にはブラックサタン戦闘員しかいないこともあって3人は順調に工場の破壊を進め、最後に司令室へ集合して残りのブラックサタン戦闘員を殲滅すると、司令室の設備も破壊する。タックルとスパークは変身を解除せずに『紅椿』を装着したままの箒に話しかける。

「ちょろいもんね。この調子でどんどん工場をぶっ壊してやりましょう」
「連中、気付いたらきっと一泡吹くどころじゃないレベルで驚くぜ」

『残念だが、そういう筋書きにはなっていないのでな』

「何!?」
「この声は!?」
「タイタン!?」

 しかし直後に司令室のスピーカーから声が響き渡り、間もなく司令室のモニターに人間態のタイタンの顔が映し出される。

『貴様ら裏切り者がこのバダンニウム爆弾製造工場を狙ってくることなど、とっくにお見通しよ! 飛んで火にいる夏の虫とはこのこと、工場諸共消し飛ぶがいい!』

 タイタンの顔がモニターから消えると、爆発音と鈍い衝撃が司令室全体に響いてくる。

「工場ごと俺たちを始末しようって肚か! 急いで脱出だ!」

 スパークたちが司令室を出た頃、港ではブラックサタン戦闘員と奇械人ガンガルー、奇械人エレキイカ、サメ奇械人を連れたタイタンが紙煙草をふかしつつ、海底にあるバダンニウム爆弾製造工場の方を見ていた。

「製造工場を丸々一つ失うのは痛いが、裏切り者を二人始末できるのなら、惜しくはないな」

 タイタンが煙草を一度口から離して煙を吐き出すと、海から轟音と共に水柱が上がる。水柱がしぶきとなって海に降り注いだのを見届けると、タイタンは背を向け、煙草を投げ捨ててその場から立ち去ろうとする。

「タイタン様! あれを!」

 だがタイタンに続こうとしたサメ奇械人が海中から飛び出してきた何かを指差し、声を上げる。タイタンが振り向くと、紅い装甲を纏った何者かがスパークとタックルを抱きかかえ、上空を飛んでいる。間もなく着陸してスパークとタックルを下ろすと、タイタンは目を見開く。

「馬鹿な!? 篠ノ之箒までいたというのか!?」
「どうやら、そっちの筋書きとも違う結果になったみたいね、タイタン!」

 司令室こそ出たものの、工場の爆発が酷く浸水が始まっていた。そこで箒はスパークとタックルを抱えて工場に出来た亀裂から海中に出て、スラスターとPICを最大限駆使して浮上して脱出に成功していた。タイタンも箒が同行しているのは想定外であったようだが、すぐに平静を取り戻す。

「フン、まあいい。どの道ここで始末すればいいだけの話だ。オートバイ部隊、出撃せよ!」
「ミュウ!」

 タイタンが手を振り下ろすと建物の陰から黒いオートバイに乗ったブラックサタン戦闘員が複数飛び出してくる。さらに奇械人ガンガル、奇械人エレキイカ、サメ奇械人が箒とタックルの前に立ちはだかる。

「出来損ないのタックルが! ストロンガーさえいなければ、貴様らなど非力な小娘に過ぎん! この場で処分してやる!」
「スパークはオートバイ部隊をお願い! 奇械人と戦闘員、それとタイタンは私たちでなんとかするわ!」
「分かった。カブトロー!」
「敵を舐めるなよ、ガンガル、エレキイカ、サメ奇械人。特にタックルはかつて我らを裏切った時とは別人と思い、心してかかるのだ!」
「なあに、細工は流々、仕上げはなんとやら。ミスタータイタンはそこで高みの見物でも」

 スパークがカブトローを呼び出して跨ると、オートバイ部隊とバイク戦を開始する。奇械人はタイタンの警告を話半分で聞き流してブラックサタン戦闘員とともにタックルと箒に挑みかかる。
 スパークはオートバイ部隊の一台に横から体当たりを仕掛けてバイクから叩き落とす。即座にスロットルを入れて離脱し、オートバイ部隊の体当たりを回避する。そのまま幾度となくバイクが交差し、互いに体当たりをしかけようと隙を窺う。スパークは巧みにハンドルを操作して隙を突かせず、オートバイ部隊側も数に任せて攻め立て、スパークに反撃の機会を与えない。痺れを切らしたスパークは円を描くように走り、オートバイ部隊を誘導して一か所にまとめる。そこで自身は一度集団から離れ、ターンして敵の一団へ突っ込みながら両手を擦り合わせる。

「バッテリーショート!」

 スパークを乗せたカブトローが敵集団の中央を横切るように通り過ぎると、カブトローとすれ違ったバイクのバッテリーが次々とショートして使い物にならなくなる。しかし数台のバイクはまだ動けるのか、邪魔なブラックサタン戦闘員を撥ねながらスパークに追いすがる。スパークは舌打ちしつつも再びバイクをターンさせ、オートバイ部隊へと向かっていく。

「まだ生きてやがったか! カブトローサンダーだ!」

 カブトローのフロントカウルにある飾りから雷撃が放射され、すれ違い様にオートバイ部隊のバイクに高圧電流が流し込まれる。しかしオートバイ部隊のバイクには全く効いておらず、すぐにターンしてカブトローをまたしても追いかける。

「クソ、一体どうなってやがるんだ!?」
「フフフフ、ならばタネを教えてやろう。おい、見せてやれ!」
「ミュウ!」

 またしてもカブトローをターンさせたスパークが悪態をつくと、タイタンは腹の底から響くような笑い声を上げ、オートバイ部隊に指示を出す。オートバイ部隊は一度バイクを停車させ、メーター部分についたスイッチを押す。するとそれまで乗っていたバイクが変形し、フロントカウルに大きな飾りのついたカブトローに酷似した黒いバイクへと変形する。それを見て唖然としているスパークを嘲笑うようにタイタンが言葉を続ける。

「驚くことはない。元々貴様らを改造し、カブトローを製造したのは我らブラックサタンだぞ? ストロンガーやタックル、貴様のような事実上の『一品物』はともかく、時間と資材さえあればカブトローくらい量産出来て当然だろうが! 貴様の目の前にいるのはただのオートバイ部隊ではない。オートバイ部隊から選りすぐった精鋭と量産型カブトローにより編制された、対ストロンガー用オートバイ部隊だ! 電気技が通用せず性能の優位がない以上、所詮バイクは素人に過ぎない貴様には勝ち目などない!」
「そんなの、まだまだ分からねえだろうが!」

 しかしスパークの闘志は衰えず、再びスロットルを入れてオートバイ部隊と激しいバイク戦を繰り広げる。
 タックルと箒はブラックサタン戦闘員を瞬く間に蹴散らす。タックルは奇械人ガンガルに、箒は奇械人エレキイカとサメ奇械人にそれぞれ挑みかかる。奇械人ガンガルは全身のバネを使ってタックルの周囲を跳び回り、隙を突いて一撃入れようとする。タックルは慌てずに奇械人ガンガルから仕掛けてくるのを待つ。奇械人ガンガルが跳びかかってくると向き直り、両手から電波エネルギーを変換した衝撃波を放つ。

「電波投げ!」
「猪口才な! ガンガルバズーカ!」

 衝撃波を浴びた奇械人ガンガルは宙を舞い、投げ飛ばされたかのように地面に叩きつけられる。しかし奇械人ガンガルはすぐに立ち上がり、腹部の顔から砲弾を連射してタックルを攻撃する。タックルは走り回って砲撃を回避するが、奇械人ガンガルは砲撃を続ける。そして全身のバネを使ってタックルを追跡し、執拗に砲弾を浴びせようと追いすがる。

「ユリ子さん!」
「貴様の相手は俺たちだぞ! エレキムチを受けろ!」

 一瞬、タックルに視線を向ける箒だが、雨月を呼び出して奇械人エレキイカが右手から伸ばした鞭を払う。鞭と雨月の刀身が触れた瞬間にスパークが発生する。箒は慌てずに雨月のレーザーで奇械人エレキイカを牽制し、一気に踏み込んで叩き斬ろうとする。だがサメ奇械人がサメの頭部を模した腕からロケット弾を発射し、箒を引き離しにかかる。箒はPICを使って即座に上昇に転じ、ロケット弾は奇械人エレキイカに当たるだけで終わる。箒は急降下してサメ奇械人を雨月で斬りつけ、一方的に攻め立てる。するとタイタンの指示を受け、バズーカを持ったブラックサタン戦闘員が砲撃を開始する。箒は一度サメ奇械人への追撃を止め、左手に呼び出した空裂を横薙ぎに振るってエネルギー刃を飛ばし、ブラックサタン戦闘員を一掃する。
 黒い量産型カブトローに乗ったオートバイ部隊と幾度となくぶつかり合い、交差するスパークであったが、数的不利を覆すには至らず、なかなか決着がつきそうにない。痺れを切らしたスパークは一度カブトローを停車させ、両手を擦り合わせた後に右手を上空めがけて高々と突き上げる。

「これならどうだ! エレクトロサンダー!」

 するとスパークの右手から高圧電流が放たれ、間もなく上空に雷雲が発生する。そして雷雲から数筋の雷がオートバイ部隊めがけて降り注ぐ。

「馬鹿め! カブトローは雷のエネルギーを吸収できることを忘れたか!? そんな技、量産型カブトローには通用せんぞ!」
「ああ。『カブトローには』通用しないだろうな。だが……」
「ミュ……ウ……!?」

 タイタンはスパークを嘲笑するが、スパークは自信満々に答えてみせる。タイタンの言う通り、量産型カブトローは雷の直撃を受けても平然と自らのエネルギーと変えている。しかし、乗っているブラックサタン戦闘員は雷の高電圧に耐えられないのか、一瞬だけ耐えた後に全員黒焦げとなる。バイクから転がり落ちた直後に炭化した死体が崩れ去り、量産型カブトローも間もなく全台横転する。

「電気を吸収できる俺たちならともかく、ただのブラックサタン戦闘員じゃ雷は耐えられないだろうよ」
「おのれ、小癪な!」

 スパークの言葉にタイタンが歯噛みしていると、奇械人ガンガルの砲撃がタックルの足元に炸裂し、タックルの動きが止まる。その隙に奇械人ガンガルは全身のバネを最大限に生かして勢いよく跳びかかり、渾身の右ストレートを放つ。咄嗟に両腕を交差させてガードするタックルだが、構わずに奇械人ガンガルは力押しで押し切ろうとする。一切の防御を捨ててパンチの連打をタックルの顔面やボディを狙って放ち、タックルは防御に手一杯で反撃できない。

「どうだ! 貴様は強化改造の済んでいない、不完全な改造電波人間だ。完全な奇怪人の俺に通用する技を持たない貴様では、俺は倒せんぞ!」
「どうかしら? だったら、あんたにも味あわせてやるわ。私の必殺技をね!」

 攻めが単調になって隙が出来ると、タックルは一度前蹴りを入れて奇械人ガンガルの攻撃を中断させる。続けて両手を手刀の形にして相手の首筋を挟み込む。

「貴様、死ぬ気か!?」
「残念だけど、死ぬのはあんただけよ……ウルトラサイクロン!」

 タックルが何をしようとしているのかを悟り、奇械人ガンガルは慌てて逃れようとする。構わずにタックルは両手から衝撃波を送り込み、内部からその身体を破壊し始める。奇怪人ガンガルは悶絶しつつ、タックルを道連れにしようとしがみつくが、タックルはあっさりと振り払って飛び退く。

「自爆技ではなかったのか……!?」

 奇械人ガンガルは驚愕を隠そうともせずに言い残し、間もなく倒れて爆死する。

「ガンガルめ、だから気を抜くなと言っておいたというのに。そいつは対ストロンガー用に最初から強化改造済みだ」

 タイタンは油断した末に倒された奇械人ガンガルを見て舌打ちする。
 今回のタックルは洗脳と同時に強化改造も完了しており、本来の力が発揮できるようになっている。そのため、生前は発生する衝撃波を制御出来ず、自分にも耐え切れないレベルの衝撃波が送り込まれてしまい、結果的に命と引き換えの技となってしまったウルトラサイクロンも、今では衝撃波を自在に制御できるようになっている。十分実用に耐える必殺技となっているのだ。今のタックルはパワーこそ仮面ライダーストロンガーにやや劣るものの、奇械人を倒せるだけの力を持った強敵だ。
 失敗作だったものを最新技術を投入して実戦投入可能なレベルに仕上げたスパークも、元々が仮面ライダーストロンガーのプロトタイプだっただけのことはあり、今のタックルと同程度の戦力を備えている。本来は仮面ライダーストロンガーやそれ以外の仮面ライダーが救援に来た際の対策として用意したものだが、皮肉にもまたブラックサタンの敵となってしまった。

「おのれタックル! エレキクロスを食らえ!」

 雨月による斬撃を受けながらも奇械人エレキイカは目を光らせ、タックルの視界を一時的に奪う。箒の相手をサメ奇械人に任せ、タックルを嬲り殺しにしようと襲いかかる。しかしタックルは触角から電波を飛ばし、レーダーの要領で状況を把握するとエレキムチをバックステップで回避する。続く煙幕をものともせずに攻撃を防ぎ続け、カウンターのミドルキックを入れて奇械人エレキイカを怯ませる。

「電波投げ!」

 タックルは衝撃波で奇械人エレキイカを吹き飛ばし、地面に叩きつける。奇械人エレキイカが立ち上がろうとしたところ、カブトローに跨ったスパークが体当たりを仕掛けて撥ね飛ばす。奇械人エレキイカが地面を転がるとスパークはカブトローから降り、奇械人エレキイカへ挑みかかる。エレキムチを右手で掴み取ったスパークは一度両手を擦り合わせる。

「電ショック!」

 するとスパークの右手から高圧電流が発せられ、奇械人エレキイカを感電させる。奇械人エレキイカが動けなくなるとスパークは踏み込み、引っ張り起こして右ストレートを数発叩き込む。さらに押し蹴りや回し蹴り、膝蹴りを叩き込み、ジャーマンスープレックスで地面に叩きつける。最後に奇械人エレキイカを蹴り飛ばした後にスパークは跳躍し、空中で前転して右足に電気エネルギーを集中させる。

「電キック!」

 スパークの右足が胴体に蹴り込まれると、奇怪人エレキイカの身体に高圧電流が流し込まれ、至る所から火花が飛び散る。

「失敗作風情にやられるとは……!」

 無念さを押し殺そうともせず、スパークを睨みつけて恨み言を吐き終えると奇怪人エレキイカは倒れ込み、間もなく爆発四散する。
 残されたサメ奇械人は右腕についたサメに牙を箒の首筋に突き立てようとするが、箒はエネルギー刃を纏わせた空裂で防ぐ。逆に牙が高エネルギーで蒸発し、サメの頭部が内部から焼かれてサメ奇械人が悶絶する。箒は右足踵部分の展開装甲を変形させ、エネルギー刃を発生させながら回し蹴りを放ち、胸に真一文字の傷を入れる。サメ奇械人が胸を押さえて後退すると、箒は回し蹴りを勢いを殺すことなくその場で一回転し、エネルギー刃を纏った空裂を振るう。その一撃でサメ奇怪人の首を斬り落とす。サメ奇械人の胴体がゆっくりと仰向けに倒れた直後、爆発が発生して胴体と首は木っ端微塵となる。

「役立たず共が……!」

 タイタンは部下の不手際に舌打ちして吐き捨てるも、すぐに姿を消す。箒のハイパーセンサーやタックルのレーダーでもタイタンを追跡出来ないと悟ると、タックルとスパークは変身を解除し、箒もまた『紅椿』を待機形態に戻す。五郎が横転している量産型カブトローの下に歩いていくのを見て、怪訝に思いながらもそれに続こうとする箒だが、白いIS学園制服の胸ポケットから生徒手帳が落ちる。箒がそれに気付かず歩いているのを見てユリ子は生徒手帳を拾って箒に追い付いて渡そうとするが、閉じられた生徒手帳の間から写真が出ていることに気付き、視線を向ける。
 写っているのは今よりだいぶ幼い箒と同じ年頃の少年だ。両端はなぜか折ってある。少年の方は屈託ない笑顔を浮かべているが、箒の方は照れているのか微妙に恥ずかしそうな表情を浮かべている。好奇心にかられたユリ子は生徒手帳を開いて写真を取り出し、折られた部分を折り返してみようと考えるが、ようやく生徒手帳を落としたことに気付いた箒が振り返る。ユリ子が生徒手帳を開こうとしているのを見て慌てて駆け寄り、生徒手帳を引っ手繰る。

「何をしようとしているんですか!?」
「なにって、あなたが落としたから届けてあげようとしただけよ? ついでに中身も拝見しようと思ったけど」
「そうでしたか、申し訳ありません……ですが、誰が落としたか分かっているのに中を見る必要があるのですか!?」
「別に見ようと思って見たわけじゃないんだけど。それより、写真に写ってる男の子、誰? 弟さん? お兄さん? それとも、やっぱり初恋の人?」
「そ、そんなは、は、初恋だなんて、そ、そんなことはて、て、天地神明に誓ってあり得ません! 一夏はただの幼馴染みで……!」
「ふうん、その子の名前、一夏君って言うんだ。それで、一夏君に告白とかはしたの? どこまでヤったの? ABCで言うとAもまだ? Bまでは済ませた? それとも、Cまでヤっちゃったとか?」

 写真に写っている少年こと一夏と箒の関係と、箒が一夏に想いを寄せていることを理解したユリ子がニヤニヤとどこか意地の悪い笑みを浮かべながら箒をからかい始める。箒もABCのたとえについては理解できていない素振りをするも、すぐに顔を傍目から見ても分かるくらいに紅潮させて必死にし定死始める。

「私と一夏は決してユリ子さんが思っているような関係ではありません! 第一、一夏は私のことをそのような目では見ていません!」
「なるほど、まだ片思い中ってわけね。彼、少し女っぽい感じだけど顔立ちは整ってるし、箒さんとはお似合いなんじゃないかしら」
「わた、私といち、かが、お似合い!? い、いえ決してそのようなことはありません! 一夏はどこか抜けていて、鈍感で、無神経で、察しが悪くて、どうしようもない朴念仁で、唐変木で、女の敵なんです! 誰かがストレートに想いを伝えても全然気付かないくらい、どうしようもないヤツなんです。そんな一夏をす、好きになる者などいる筈が……そ、そうだ! ユリ子さんの方こそ茂さんをどう思っておられるのですか!? 茂さんはあなたのことを今でも愛しているんですよ!?」
「箒さん、誤魔化そうったって無駄よ。あいつが私をそんな目で見るわけがないじゃない。仮にそうだったとしても意地っ張りでひねくれ者のあいつがあなたにそんなことを教えると思う? そりゃ、一緒にブラックサタンやデルザー軍団と戦ってきた仲なんだから、好きか嫌いかで言えば好きなんでしょうけど、好きの中身についてはあなたの勘違いよ」
「そんなことはありません! 茂さんは確かに……!」
「お願いだから、あなたの勘違いってことにしてくれないかしら?」

 箒が慌てふためきながら食い下がろうとすると、ユリ子が苦笑しながらも静かに言葉を続ける。少し様子のおかしいユリ子を不思議に思った箒は疑問をぶつけてみる。

「その、どうしてですか?」
「なんというか、認めたくないのよ。私が茂のことを好きで、茂が私のことが好きだってことを。それを認めちゃったら、私はもう茂のパートナーではいられなくなるような気がして」
「パートナーに、ですか?」
「ええ。茂のことを好きだと認めちゃったら、私は茂にとってパートナーじゃなくて、ただの女になってしまいそうで、怖いのよ。あいつ、見ての通り意地っ張りで痩せ我慢が得意だから、放っておいたら全部一人で抱え込んじゃうでしょ? だから私は茂に守られるばかりなただの女じゃなくて、茂と一緒に戦って、時に茂を助けられるパートナーでいたいのよ。一緒に戦うパートナーがいなきゃ、茂はそれこそ戦いの時は独りきりになっちゃう。茂、改造された後も私よりずっと強くて、私も追い付くことだって出来なかったわ。むしろ足手纏いになった時の方が多かった。そのことを最後まで認めたくなくて、ずっと手柄争いと意地の張り合いばっかりしてたっけ。だから、正直に言うと箒さんがちょっと羨ましいの」
「私が?」
「そうよ。あなたはそのISを使って茂の隣で、茂の足を引っ張らずに、むしろ茂を助けて一緒に戦っていける。別に僻んでるわけじゃなくて、そこだけは純粋に羨ましいかな。勿論、あなたもそれなりに苦労しているってことも、茂と一緒に戦うようになって見たくもないものを見せられたりしていることも分かってるけどね」
「そんな……私が『紅椿』を手に入れたのは、あなたと違って……」
「その先はなしよ。私が言うのもなんだけど、茂がストロンガーになった方法だって褒められたものじゃないんだから。大事なのは、力を手に入れる経緯じゃなくて、手に入れた力をどう使うかよ。誇るのはよくないけど、そんな過剰に貶める必要だってない。本当に後ろめたいと思うなら、むしろ進んでその力を正しく使うべき。なにより、あなたが一夏君って子の隣で戦いたい、助けになりたい、一夏君に守られるだけじゃなくて、一夏君の背中を守れる対等の戦友、一夏君のパートナーになりたいって思ったのは嘘じゃないでしょ?」
「なぜ、そのことを!?」
「感覚的に分かるのよ。あなた、妙に私に似てるところがあるから。あなたが何を考えてそのISを手に入れたのか、なんとなくだけど予想がつくのよ。私だって、実力は茂に追いつけなくても、せめて立場くらいは対等で、尻を叩けるパートナーでいたかったんだけどね」

 ユリ子は一度言葉を切るといつものように明るく笑ってみせる。

「はい、辛気臭い話はこれでおしまい。ごめんなさい、こんなの私らしくないわよね。それより、いい加減に五郎さんのバイク漁りをなんとかしないと」

 ユリ子は箒の肩を叩くと量産型カブトローを起こしてスロットルを入れたり、クラッチレバーを引いてギアを切り替えたりなどして品定めしている五郎に声をかける。

「ちょっと、なにしてるのよ? さっさと次の工場を潰しに行かないと」
「まあ待ってくれって。茂のカブトローの代わりになる足を探してるんだからさ?」
「カブトローの? 故障でもしたの?」
「いや、いい加減茂も起きるころだろうし、どうせ起きたらすぐに飛び出してくんだから、カブトローがないと格好がつかないだろ? それに、俺は赤より黒の方が好きなんだよ」
「いくら茂さんでも、立花さんが止めてすぐには飛び出していかないと思いますけど……」
「立花さんってのがどんな人かは知らないが、茂が大人しく出来るようなヤツかよ。それに、あいつも『仮面ライダー』になっちまったんだろ? だったら、なおさら誰にも止められねえよ」

 五郎は一番状態がいいと判断した量産型カブトローを押して箒とユリ子の前に歩いていくと、指令を出してカブトローを富士駐屯地まで自走させる。カブトローがスピードを上げて姿が見えなくなると、五郎は感慨深げに呟く。

「しかし、茂まで仮面ライダーになるなんてな。都市伝説かと思ってたんだが」
「仮面ライダーで思い出したのですが、五郎さんはともかくなぜユリ子さんは仮面ライダーと名乗られないのですか?」
「仮面ライダーを名乗ったら、岬ユリ子でいられないような気がして、ちょっと怖かったから、かな。多分分かって貰えないと思うけど」
「いや、言いたいことは分かるぜ。仮面ライダーってのは、孤独だからな。考えてもみよろ。仮面ライダーは人間でもあり怪人でもある。だが、人間に混じろうとすると怪人の身体が邪魔になって、普段は人間の姿で紛れ込むことしか出来ない。かと言って怪人の仲間に加わるには人間としての心を捨てるしかないし、むしろ怪人と敵対するのが仮面ライダーの生き方だ。仮面ライダーを名乗るってことは、人間にも怪人にもなりきれねえ半端な立場、誰にとっても『他者』になるって意味があるんだろうな。だから、一度仮面ライダーになったらもう後戻りは出来ねえ。今も仮面ライダーの名前と存在が都市伝説として一人歩きしてるみたいに、きっと茂はこれから先も人間でも怪人でもない存在、つまり仮面ライダーとして生きて、そして死んでいくんだろう。恐らく死んだ後も仮面ライダーの名を背負い続けて、な。って、なに面食らったような顔してるんだ?」
「だって見た目はバリバリの体育会系なのにそんなこと言うんだから、誰だって驚くわよ」
「あのな、俺だって茂と一緒で城南大学に現役で合格したんだぜ? 体育会系はみんな馬鹿だなんて思わねえでくれよ」

 五郎は面食らった表情をしているユリ子にツッコミを入れる。一方の箒は何か考え込んでいるのか沈黙を保っている。

「ま、そんな難しく考えなくていいさ。今は考えるより行動だ。次の工場を潰しに行こう。次の工場は一番規模がデカいし、警戒も厳重だ。心してかからねえと」

 五郎は量産型カブトローに跨りながらユリ子と箒を促すと、ユリ子はテントローに跨り、箒はユリ子の後ろに乗ってヘルメットを被る。五郎とユリ子がそれぞれバイクのスロットルを入れると、2台のバイクは次の目的地を目指して走り出すのであった。

**********

 夕暮れ時の岐阜県岐阜市。濃尾平野の北端に位置し、長良川が流れるこの街の一角には廃工場に偽装されたブラックサタンのバダンニウム製造工場が立地している。その工場上空を無数の影が飛行している。影はしばらく上空を旋回していたが、やがて続々と降下を始め、最後には全員着地する。降り立ったのは荒ワシ師団長とその配下で翼を模した仮面を着けたデルザー戦闘員だ。荒ワシ師団長は周囲を見渡すと、訝しげな表情を浮かべて呟く。

「シャドウめ、どこに行った? まさか、ストロンガーの下へと行ったのか?」
「安心しろ、荒ワシ師団長。どこかの誰かと違ってこんな時にまで抜け駆けを考えるほど目先の利に囚われてはいない」

 荒ワシ師団長の呟きに答える声が聞こえたかと思うと、突如として目の前の空間に多数のトランプが舞い散り、その中からジェネラル・シャドウが姿を現す。荒ワシ師団長は不満そうな様子を隠そうともせず鼻を鳴らして口を開く。

「俺を待たせるとは、お前はいつからそんな大物になったんだ? ましてや、今のお前はマシーン大元帥からも信用されていない身だというのに」
「少し占いをしていてな。少々気になる結果が出たのだ」
「フン、それより、さっさと中に入るぞ。仮面ライダー共が来る前にブラックサタンの連中を使ってバダンニウム爆弾や資材を運び出しておかなければ」
「いや、その必要はなさそうだ」

 荒ワシ師団長はデルザー戦闘員を連れて廃工場に入っていこうとするが、ジェネラル・シャドウが引き止める。

「シャドウ、なぜ止める?」
「考えてもみろ。この工場はブラックサタンは勿論、我々にとっても重要な施設だ。それなのに、なぜ警備の者がいないのだ?」
「……そうか! 仮面ライダーはもうここに侵入していたのか! ならばまだこの辺りにいる筈、しらみつぶしに探すのだ!」
「ビュウッ!」

 ジェネラル・シャドウの言いたいことを理解すると、荒ワシ師団長は配下へ命令を下す。デルザー戦闘員は翼を使って飛翔し、廃工場とその周囲一帯を飛び回って仮面ライダーを捜索し始める。
 しばらく探索を続けていたデルザー戦闘員が続々と帰投して荒ワシ師団長に一度報告し、再び空へと舞い上がる。ジェネラル・シャドウは横目で見ながら手元に戻ってきたトランプを一まとめにしてシャッフルする。裏返して積み上げたトランプの山を左手に持ち、一番上のカードを右手で引き、反転させて表面を確認する。するとジェネラル・シャドウは不敵な笑みを浮かべる。

「色つきのジョーカー……そうか、ヤツが来ていたのか。我らの黒き鍵が、ここに」
「なに!? それは本当なのか!?」
「間違いない。そういうわけだ、いい加減出てきて貰おうか!」

 荒ワシ師団長が驚きながらも尋ねるとジェネラル・シャドウは肯定し、引いたカードを廃工場の物陰へ無造作に投げつける。カードは弾丸のように空気を切り裂いて飛んでいき、進路上にあった障害物を容易く切り裂いて物陰に吸い込まれていく。切り裂かれたものが倒壊し、その場に土煙が上がる。少し経って土煙が晴れると、土煙の向こうから二つの人影が姿を現す。片方は白い制服を着た少年、もう片方は黒い革ジャンを着た男だ。男は右掌をジェネラル・シャドウに向け、人差し指と中指でカードを挟み取っている。男の顔を見た荒ワシ師団長は驚愕を隠そうともせず、ジェネラル・シャドウは不敵な態度を崩さず同時に言葉を発する。

「貴様は、1号ライダー!?」
「もう一人は貴様だったか、本郷猛!」

 カードを掴み取ったのは猛、もう一人は一夏だ。猛がカードを無造作に投げ返し、ジェネラル・シャドウが受け取ってトランプの山に入れる。まず猛が口火を切る。

「荒ワシ師団長! ジェネラル・シャドウ! 生憎だが、工場はすでに破壊してある!」
「勿論、製造途中のバダンニウム爆弾も処理済みだ! 飛んで火にいる夏の虫ってのは、まさにこのことだな!」

 猛に続いて一夏もまた啖呵を切る。
 富士駐屯地を出発した猛と一夏は手始めにこの工場へ侵入した。珠シゲル率いるSPIRITS第3分隊の一部と共に警備していたブラックサタン戦闘員や奇械人を排除し、工場の設備や製造途中のバダンニウム爆弾の処理を終わらせていた。残りをシゲルたちに任せ、丁度製造工場から出ようとしたところで荒ワシ師団長とジェネラル・シャドウを発見し、隠れて様子を窺っていた。
 ジェネラル・シャドウは猛と一夏の言葉を聞いても取り乱すことなく、平然と言い返す。

「飛んで火にいる夏の虫とは、むしろこちらの台詞よ。我らの黒き鍵、織斑一夏よ。これが最初で最後の警告だ。大人しく大所領の下へ行き、闇の祝福を受けるのだ。お前にとっては父親に当たる者も、それを誰よりも望んでいるだろう」
「そっちにとっては最初で最後なのかもしれないけどな、こっちはもう耳にタコが出来そうなくらい聞かされて、飽き飽きしてるんだよ! 寝言は寝てから言うものだって大首領に伝えておけ!」
「人間風情が! さっきから黙っていればいい気になりおって! 生意気なガキが! どうせ手遅れなら殺して構わんという話だったのだ。ならば貴様らを殺して俺の手柄の一つとしてやる! 有り難く思えよ、虫けらども!」
「そうはいかない! ここで倒れるのは貴様らの方だ! 荒ワシ師団長! そして、ジェネラル・シャドウ!」
「吐かせ! 簡単にやられるシャドウではない! 荒ワシ師団長、お前は織斑一夏をやれ。本郷猛は俺が引き受ける。さあ、早く変身しろ! そして技の全てを俺に見せてみろ、本郷猛!」

 ジェネラル・シャドウが剣を抜いて猛に切先を向け、荒ワシ師団長が翼を広げて飛翔する。猛は腰にベルトを出現させた後に左手を腰において右手を左斜め上に突き出し、一夏は右腕に着けたガントレットを掲げる。

「ライダー……変身!」
「来い、白式!」

 猛が円を描くように右腕を右斜め上まで持って行ったあとに腰に引いて左腕を突き出すと、ベルトの風車が回って仮面ライダー1号の姿へと変身する。一夏の制服が格納されてISスーツ姿となり、白い装甲が装着されて『白式』の装着が完了する。
 一夏がスラスターと反重力力翼、PICを使い荒ワシ師団長を追って空に舞い上がる。荒ワシ師団長は一度斧を顔の前に掲げる。

「フン、貴様もあの小娘と同じくインフィニット・ストラトスを使い、空を飛ぶか。あの時は不覚をとったが、今度ばかりはそうはいかん。空で俺と戦ったことを後悔させてやるぞ! 虫けらが!」
「さっきから虫けら虫けら五月蠅いんだよ! お前こそさっさと捌いて手羽先にしてやるから、覚悟しておけよ! このカラス野郎!」

 一夏は右手に雪片弐型を呼び出す。そしてスラスターを噴射し、斧と盾を掲げて突っ込んでくる荒ワシ師団長と、続くデルザー戦闘員を迎え撃つように向かっていく。
 一方、地上の仮面ライダー1号とジェネラル・シャドウはどちらも動かず、黙って対峙している。空中で一夏と荒ワシ師団長がぶつかり合うと、両者はほぼ同時に動き出し、跳躍する。僅かに上を取ったジェネラル・シャドウは剣を振り下ろす。下になった仮面ライダー1号は左貫手をジェネラル・シャドウの顔面めがけて突き出しつつ、腕全体を使って剣の腹を押しのけて刃を逸らす。ジェネラル・シャドウも首を僅かに動かして貫手を回避し、ほぼ同時に放たれた仮面ライダー1号の右正拳を左手で受け止める。仮面ライダー1号もジェネラル・シャドウの右手首を取り、剣を封じて睨み合いとなる。
 一夏と仮面ライダー1号が改造魔人と交戦を開始した頃、静岡市にある『東名高速道路』の高架橋上ではバイクに乗った隼人と真耶の前に鋼鉄参謀とヘビ女が立ち塞がり、睨み合いとなっていた。隼人と真耶がバイクから降りると、鋼鉄参謀が一歩前に進み出る。

「仮面ライダー討伐に向かおうと思っていたところだが、まさか貴様の方からこちらに来てくれるとはな、一文字隼人! 工場まで出向いて到着を待つ手間が省けたというものだ」
「フン、よく言うぜ。単に重い身体が邪魔で素早く動けなかっただけだろうが。静岡市にあったバダンニウム爆弾製造工場は破壊済みだ。目的を達成できなくて残念だったな!」
「ブラックサタンの製造工場などどうでもいい! 俺の目的は貴様ら仮面ライダーの首をこの手で取ることだ! 一文字隼人、まずは貴様の両手を二度と使えぬよう、噴き出す血すら枯れ果てるまで念入りに潰してやる!」
「上等だ、やれるもんならやってみろ! って、真耶ちゃん、どうかしたかい?」
「いえ、その、隼人さんがいつもより少し怖いかな、って」

 隼人と鋼鉄参謀は互いに殺気と敵愾心を隠そうともせず睨み合っていたが、隼人は振り向いて口を挟むに挟めなかった真耶に尋ねる。すると真耶は言いにくそうにしながらもおずおずと口を開く。隼人はようやく自分の険しい表情を自覚して苦笑し、雰囲気をいつもの明るいものに戻す。

「っと、悪い悪い。あのデカブツ、鋼鉄参謀とは少しばかり因縁があってね。つい顔や態度に出ちまった。けど、心配ご無用。あんなノロマに負けはしないさ。だから真耶ちゃんはヘビ女の相手に専念してくれ。鋼鉄参謀は、俺一人で十分だ」
「隼人さん……」
「俺を前にして女とおしゃべりとは、大した度胸だな! だが、その余裕もここまでよ! ヘビ女よ、手出しは無用だ。あの小娘はお前の好きにするがいい」
「相変わらず面倒な男だねえ、鋼鉄参謀。まあいいさ、私もシャドウ様のためにもう一働きといこうかね!」

 ヘビ女と鋼鉄参謀が地面に手を置くと、影が広がって中から鉄仮面を着けたデルザー戦闘員と、蛇を模した仮面を着けたデルザー戦闘員がそれぞれ出現する。

「ギュウ! ギュウ!」

 鉄仮面を着けたデルザー戦闘員は手に鎖を持って振り回しながら鋼鉄参謀の前に立ち、ヘビ女のデルザー戦闘員が甲高い奇声を上げながら真耶と隼人を威嚇し始める。威嚇を無視して隼人は両手を右に突き出し、真耶は赤いスカーフの下に巻かれたチョーカーに指を当てる。

「変身!」
「出番よ、ラファール!」

 隼人が両腕を左に持っていって曲げるとベルトのシャッターが開いて風車が回り、仮面ライダー2号に変身する。同時に真耶もまた『ラファール・リヴァイヴ・カスタム』の展開に成功し、空へと舞い上がる。変身が終わると同時に鉄仮面を着けたデルザー戦闘員が鎖を仮面ライダー2号に投げつける。真耶は即座にアサルトライフルを呼び出し、フルオート射撃で鎖を全て途中で撃ち抜き、そのまま掃射を続けて鋼鉄参謀配下のデルザー戦闘員を瞬く間に全滅させる。

「なるほど、1対1でやりあえということか。女のクセに腕が良いのみならず、戦いの醍醐味というものをよく分かっているではないか」
「さり気なく私をけなすんじゃないよ。しかし、なかなか歯ごたえのありそうな小娘じゃないか。まあ、私の牙にかかってしまえば関係ないけどね!」
「簡単には、やらせない!」

 鮮やかな手並みでデルザー戦闘員を一掃した真耶を称賛する鋼鉄参謀にツッコミを入れつつ、ヘビ女は鞭を真耶の足に巻きつけようとする。真耶はPICとスラスター翼を稼働させて紙一重で鞭を避け、アサルトライフルをヘビ女に向けて発射する。ヘビ女はマントを外して盾として銃撃を防いでその場をしのぐが、自在に空中を飛び回りながら銃撃を加えてくる真耶に対抗するすべがないため、瞬く間に防戦一方へと追いやられる。

「行くぞ、2号ライダー!」
「望むところだ、鋼鉄参謀! トオッ!」

 鋼鉄参謀は仮面ライダー2号を睨み据えると鉄球の鎖部分を両手で持ち、ハンマー投げの要領で振り回して旋風を発生させながら遠心力をつける。仮面ライダー2号はその風圧に一歩も怯むことなく正対し、高々と跳躍して空中で前転すると鋼鉄参謀めがけて急降下する。

「スティィィィィィィィィィルッ!」
「ライダァァァァキィィィィック!」

 鋼鉄参謀が鉄球を仮面ライダー2号めがけて投擲するのと同時に、仮面ライダー2号は左足を飛んでくる鉄球へと向けて渾身の飛び蹴りを放つ。投げつけられた鉄球と仮面ライダー2号の左足が正面からぶつかり合い、轟音が周囲に響き渡ると同時に衝撃波が発生する。
 伊豆半島の下田港では、ドクロ少佐とドクターケイトが何者かにより火をつけられ、盛大に燃え盛っているバダンニウム爆弾製造工場を発見していた。ドクロ少佐は近くに転がっているブラックサタン戦闘員の死体を検分し、死因を確かめるとやや離れた場所で遠巻きにしているドクターケイトに歩み寄り、声をかける。

「なにをグズグズしているんだ、ドクターケイト。火の勢いからして、火をつけたやつはまだそう遠くへは行ってない筈だ」
「私は火が苦手なんだよ! あんな盛大に燃えてるところになんて近付きたくもない! 見るのだって嫌なんだ!」
「あら、いいことをお聞きしましたわね。ケイトウの魔女がこうも火に弱いとは。意外と大したことありませんのね」
「何!? どこだ!?」
「そこか!」

 ドクターケイトがドクロ少佐に顔すら向けずに答えると、どこからか少女の声が響き渡る。慌てて周囲を見渡すドクターケイトとは対照的に、ドクロ少佐はマキビシを手にすると振り向いて声のした方向へと投げつける。しかしマキビシは物陰から伸びてきた青い装甲を纏った腕にあっさり掴まれ、投げ返される。直後に物陰から白い制服を着た金髪の少女が出てくると、ドクターケイトは敵意を剥ぎ出しにして吠える。

「お前だな! ドクターケイト様にふざけた口を利いた不遜な小娘は! 工場を焼いたのもお前の仕業だな!?」
「他に誰がやると? それと、私は小娘ではなくセシリア・オルコットですわ。これからお前たちを退治する者の名を、しっかりと覚えておきなさい!」

 少女ことセシリアが啖呵を切ると、ドクターケイトは怒り狂って杖を構える。しかしドクロ少佐が鎌でそれを抑え、油断なく身構えながら言葉を続ける。

「工場を破壊したのは貴様だけではないな? 共犯者はどこへ行った?」
「共犯者とは失礼ですわね。ですが、資材を持って逃げたブラックサタンの掃討を終えて間もなく戻ってくる頃だと思いますわ」

 殺気が籠ったドクロ少佐の視線にも怯まず、セシリアが言い放った直後にドクロ少佐とドクターケイトの背後からバイクのエンジン音が聞こえてくる。ドクロ少佐とドクターケイトが振り返ると、プロペラが装備されたバイクが青いジーンズを着た男を乗せた状態で停車している。男の正体を掴めず訝しげに首を傾げるドクロ少佐と対照的に、バイクを見て男の正体を悟ったドクターケイトが声を上げる。

「貴様、Xライダーだな!?」
「その通りだ、ドクターケイト!」

 男こと敬介は専用バイクのクルーザーから降りてドクロ少佐とドクターケイトを睨み据える。

「ドクターケイト! ドクロ少佐! 貴様たちデルザーの命運もここまでだ!」
「吐かせ! Xライダー、それはこちらの台詞よ! 貴様ら仮面ライダーの命は、最早我らデルザーの手中にある! まずは貴様とそこの小娘から血祭りに挙げてやる!」
「ドクロ少佐! あの小娘は私の獲物だ! 邪魔するんじゃないよ!」
「カカッ、勝手にしろ。俺はXライダーを仕留める」
「まだ戦ってもいないのに、気の早い。行きましょう、敬介さん!」
「ああ!」

 ドクロ少佐とドクターケイトのやり取りを聞いてセシリアは呆れながらも左耳に着けたイヤーカフスに手をかけ、敬介は両腕を上に突き出した後に『X』の字になるよう腕を広げる。

「おいでなさい、ブルー・ティアーズ!」
「大変身!」

 セシリアの身体を『ブルー・ティアーズ』の青い装甲が包み込み、敬介の顔面にレッドアイザーとパーフェクターが装着されて仮面ライダーXの姿になる。同時にドクロ少佐の周囲に多数の火の玉が出現して骸骨の仮面をつけたデルザー戦闘員が大挙して出現し、仮面ライダーXへと向かっていく。

「ホネッ! ホネッ!」
「ライドルホイップ!」

 仮面ライダーXはベルトに手をかけるとライドルホイップを引き抜き、デルザー戦闘員が投げつけてくる手裏剣を全て叩き落とし、接近してくるデルザー戦闘員を片っ端から斬り捨て、回し蹴りの連打で数を減らしていく。

「カカカカカカッ! Xライダー、その首貰った!」

 するとドクロ少佐は跳躍して大鎌を大上段に振りかぶり、自由落下しながら渾身の力で大鎌を仮面ライダーXめがけて振り下ろす。左手をライドルホイップの刃部分に添えて鎌を受け止める仮面ライダーXだが、発生した斬撃の余波で地面が深くえぐられ、圧力に抗しきれずに仮面ライダーXの足元が数センチほど沈み込む。
 セシリアはスターライトmkⅢを呼び出すと飛翔しながらドクターケイトめがけて連射し、時に偏向射撃で軌道を捻じ曲げて逃げ道を封じ、ドクターケイトを防戦一方に追いやる。

「おのれ! ケイトガスを受けろ!」
「そんなもの、私とブルー・ティアーズには通用いたしませんわ!」

 ドクターケイトは頭部から毒ガスをセシリアめがけて噴射するが、効果範囲内にいるにも関わらずセシリアには何の効果もない。するとドクターケイトは怒りを爆発させ、杖をセシリアに向ける。

「一人ならず二人も通用しない奴がいるなんて! なんという屈辱! セシリア・オルコット! 貴様と篠ノ之箒だけは絶対に! 私の手で! 惨たらしく! 全身のありとあらゆる箇所を腐らせ! 五寸刻みにして! 溶かして嬲り殺す! 骨一本、皮一枚たりとも残してやるものか! 私の名誉にかけて、貴様らだけは決して生かしておけない!」
「威勢だけはよろしいようですが、私を倒すにはまだ足りませんわね!」

 続けて杖から発射された毒液がシールドバリアで防がれ、ますます怒り狂うドクターケイトに対してセシリアは冷徹に言い放ち、腰部ビットをマウントしたまま地上のドクターケイトめがけてミサイルを発射する。
 長野県と岐阜県の県境にある『恵那山』の麓一帯では、狼長官率いる狼一族と戦闘員を引き連れたジェットコンドルがそれぞれ地上と空中から何かを捜索していた。山の中腹にあったバダンニウム爆弾製造工場が何者かによって破壊されたため、破壊した敵を探しているのだ。狼長官はその嗅覚で侵入者が複数の人間であること、その内の一人は他でもない仮面ライダーアマゾンであることを探り当て、今は狼に変身したデルザー戦闘員に匂いを追わせている。ジェットコンドルも上空から捜索しているが、茂っている木々が邪魔で発見には至っていない。ジェットコンドルは一度狼長官の近くに降下する。

「狼長官、この辺りで間違いないのか?」
「確かに匂いはここから流れてきている。きっとすぐ近くに……!?」
「ガアアアアアアアッ!」

 疑問をぶつけるジェットコンドルに対して狼長官は自信満々に答えるが、配下の狼が風上の方を向いて唸り声を上げる、時をほぼ同じくして狼長官も匂いを嗅ぎつけて風上を向く。直後に月を模した面を着けたデルザー戦闘員が茂みの向こうから吹き飛ばされ、まだら模様のジャケットを着た男が飛び出し、狼長官へと飛びかかる。男が首筋にかみつくと狼長官は杖で数回殴って噛みつきを中断させ、思い切り男を突き飛ばす。男が空中で身を翻して無事に着地すると、狼長官が憎々しげに口を開く。

「我ら狼一族に対して風上を取るとは、相変わらず不遜なヤツだ! アマゾンライダー!」
「なに!? こやつが6番目の仮面ライダーか! 先祖返りを起こして猿に戻ったのは殊勝だが、野蛮なのはいただけぬな!」

 飛び出してきた男ことアマゾンは唸り声を上げて狼長官とジェットコンドルに飛びかかるが、今度はジェットコンドルが翼に搭載したエンジンの噴射口をアマゾンに向け、エンジン出力を上げてアマゾンを吹き飛ばす。そこにジェットパックを背負ったデルザー戦闘員がアマゾンに突進し、人型になった狼長官配下のデルザー戦闘員が槍を手に続々とアマゾンへ突きかかる。しかし雷鳴のような轟音が響いたかと思うと突如して数体のデルザー戦闘員の腕や胴体が千切れ飛び、同じ轟音がさらに5回響いて狼長官配下のデルザー戦闘員やジェットパックを背負ったデルザー戦闘員が次々と身体の一部をちぎられ、胴体が泣き別れとなり、頭が消し飛ぶ。

「まだ敵がいるのか!?」
「当たり前じゃない!」

 狼長官とジェットコンドルがアマゾン以外にも敵がいることに気付き、音がした方へと向き直る。すると青龍刀を持った小柄な少女が轟音の原因だろう大型リボルバーを持った者やリボルバー2丁を持った者、狼長官とも交戦した老人と同じライフルを持った者など、SPIRITSの兵士とともに飛び出してくる。先頭に立つ少女は青龍刀でデルザー戦闘員を斬り伏せ、すぐ後ろの隊員は電磁ムチでデルザー戦闘員を打ち据えて道を作る。大型リボルバーを持った隊員は片手剣に似た刃物を左手に持ち、狼に変身したデルザー戦闘員の喉笛を慣れた手つきで切り裂いていく。アマゾンもまた獣のような動きでデルザー戦闘員に飛びかかって蹴散らし、少女と合流する。

「リン、大丈夫か!?」
「それはこっちの台詞なんだけど……私は見ての通り全然平気よ。すぐに寺田副隊長たちと合流できたし、こっちには全然敵が来なかったし。というか、私たちはアマゾンを探しに来たんだけど」

 少女こと鈴はアマゾンにツッコミを入れつつも狼長官やジェットコンドルと対峙する。狼長官は鈴を見て侮蔑するように鼻を鳴らしてみせると、挑発するように言い放つ。

「フン、誰かと思えば筋ばかりで肉や脂肪も全然なく、食っても硬くて不味そうな貧相なチビガキ一匹と、死に損ないのSPIRITSか。我らデルザーも舐められたものだな」
「誰が貧乳のチビよ!? そんなこと言ったら、あんたなんか軍服着て犬の被り物しただけにしか見えないじゃない!」
「貴様、俺を犬と言ったか!? 下等生物が! 貴様らなど、我が狼一族の餌にしてやるのも勿体ない! ぶち殺して土へと還してやる!」
「やれるもんならやってみなさいよ、犬っころ! アマゾン、隣の鳥頭もデルザーなの?」
「うん。匂い、似てる。でもオレ、こいつ知らない」
「なんだと!? 誇り高きロック鳥様の子孫、ジェットコンドルを知らぬと言うのか!? まあいい、ならば我輩が教えてやる。我輩の偉大さと恐ろしさ、そして我らデルザーに逆らった貴様らの愚かしさをな!」
「そんなこと、させない! お前たち、ここで倒す! リン、行くぞ!」
「分かってる!」
「戦闘員の相手は俺たちに任せて下さい!」

 第4分隊副隊長の寺田オサムが他の隊員と共にデルザー戦闘員の相手をし始めると、アマゾンは両手を胸の前でクロスさせ、鈴は右手に嵌めた腕輪に手をかける。

「アァァァマァァァゾォォォン!」
「行くわよ、甲龍!」

 アマゾンの身体が光り輝いて仮面ライダーアマゾンの姿になる。鈴が『甲龍』を装着して空に舞い上がると、ジェットコンドルは怒りのあまり口汚く罵声を飛ばしながらジェットエンジンと翼を使って空へと舞い上がる。

「糞尿にも劣る下等生命体のクソガキがァッ! 貴様も篠ノ之箒とかいう腐れメスガキと同じく虫けらの分際で空を飛ぶかァッ! 狼長官、我輩はこの劣等種の雌猿を狩る! アマゾンライダーはお前に任せる! この下劣で低俗な雌畜生が! 我輩、ジェットコンドルが直々に貴様へ引導を渡してやるから有り難く思え! そして大人しく貧相な屍を晒して木々の肥やしとなるがいい! ジェェェェェェェット!」
「わけわかんないこと言って、勝手にキレてんじゃないわよ!」

 ジェットコンドルが両手に鉤爪を装備して突っ込んでくるのに合わせ、鈴も肉厚の青龍刀『双天牙月・斬妖』を両手に呼び出し、鉤爪の一撃を弾いて防ぐとそのままジェットコンドルへと斬りかかる。

「気持ちは分かるが、勝手が過ぎるのが問題だな。アマゾンライダー、貴様にも恨みがある。バダンの時の借り、ここで返させてもらうぞ!」

 狼長官は歯型爆弾を仮面ライダーアマゾンに投げつけ、さらに指揮杖をも飛ばす。仮面ライダーアマゾンは残像すら残るほどの高速移動で全てかわし、両手の爪を出した狼長官と木々の間を人間の目では捉えられないような速さで飛び回り、互いに爪や牙を突き立てようと幾度となく交差してぶつかり合う。
 その頃、箒とユリ子、五郎は愛知県にある渥美半島で、伊良子岬のバダンニウム爆弾製造工場へ向かう途中で岩石男爵と隊長ブランクに遭遇し、交戦していた。

「イワァァァァァッ!」
「クッ!?」

 岩石男爵が自身の身体を岩塊へ変えると隊長ブランクが岩塊を持ち上げ、空を飛んでいる箒めがけて渾身の力で投げ飛ばす。箒はスラスターを横方向へ噴射して岩塊から逃れるが、その隙に隊長ブランクがライフルを構えて銃撃を加え、箒は飛んでくる銃弾やナイフを回避するのに精一杯で岩石男爵に攻撃を入れることが出来ない。

「イワッ! イワッ!」
「ヴィィ! ヴィィ!」
「しつこいんだよ! 電気マグネット!」
「電波投げ!」

 スパークとタックルは岩に姿を変えて体当たりしてくる岩石男爵配下のデルザー戦闘員を片っ端から蹴り飛ばし、隊長ブラン配下のデルザー戦闘員が持つナイフを射出する銃をスパークが身体を電磁石に変えて引き寄せ、タックルがまとめて一掃する。

「イワァァァッ! まだワシが残っちょるぞ!」

 地面に無事落下した岩石男爵は人型に戻り、棍棒を右手に持ってスパークとタックルに殴りかかっていく。咄嗟に身を開いて振り下ろされる棍棒を回避するスパークとタックルだが、棍棒は地面に当たってへこみを作る。背後に回り込んだタックルが岩石男爵の背中に蹴りを入れるが、岩石男爵の頑強な身体にはダメージを与えられずに逆に弾かれ、タックルの姿勢が崩れる。振り向いた岩石男爵が棍棒でもう一撃加えるとタックルは両腕で防御するが、ガードが一撃で弾かれる。

「なんじゃ、さっきので攻撃のつもりか? そんなもん、痒くもならん。攻撃ってのはこうやるんじゃ!」

 岩石男爵はそのまま怪力に任せて棍棒を振り回し始め、タックルはそれを回避するのに精一杯だ。

「ユリ子さん!? こいつ、邪魔を!」
「逃がさん! お前、俺が仕留める!」
「なら! エレクトロファイヤー!」
「だから、効かんと言うとるじゃろうが!」

 箒は咄嗟に雨月のレーザーを岩石男爵に向けて飛ばすが、レーザーが直撃しても岩石男爵の動きはほとんど鈍らない。隊長ブランクが銃撃を放ってくると箒は岩石男爵への攻撃を中断し、スパークが地面に手を置いて高圧電流を放つが岩石男爵はまったく堪えた様子を見せず、スパークへと標的を変更する。頭から突っ込んでくる岩石男爵に対して身を開いて回避したスパークは跳躍し、空中で前転しながら右足に電気エネルギーを集中させる。

「電キック! ぐあっ!?」

 しかしスパーク渾身の飛び蹴りも岩石男爵の胸に当たるとあっさりと弾かれ、弾き飛ばされたスパークは空中で身を捻って辛うじて着地に成功する。岩石男爵は身をゆすって笑ってみせる。

「ワシ、他のヤツより頑丈なんよ。だからそんな中途半端なキックじゃワシは倒せん」
「だったら、これで!」

 入れ違いになるようにタックルが前に出て、岩石男爵の攻撃を掻い潜って首筋に両手刀を打ち込む。

「ウルトラサイクロン!」

 直後に電波を変換した衝撃波が岩石男爵の身体に流し込まれ、間もなくバラバラになって地面に飛び散る。タックルはそこで飛び退くとスパークと共に残る隊長ブランクへ挑みかかろうとする。それとほぼ同時に飛び散った岩の欠片が再び結集すると、またしても人型となって岩石男爵が復活する。

「そんな!? ウルトラサイクロンも効かないの!?」
「ワシは身体をバラバラに出来るんじゃ、何遍バラバラにされても痛くも痒くもない」
「クッ、だったら!」

 驚愕するタックルとスパークに対して余裕綽々と言いたげな態度で正対する岩石男爵だが、隊長ブランクに雨月のレーザーを入れて銃撃を中断させた箒がスラスターを噴射して一気に間合いに入り、左手に呼び出した空裂にエネルギー刃を纏わせ、一撃で首を刎ね飛ばす。しかし首が無くなったにも関わらず岩石男爵の胴体は普通に動いて箒の足を掴み、無理矢理地面に投げ落とした後に全力で蹴り飛ばす。あまりの異常事態に呆然としてしまい、反応さえ出来なかった箒は為すすべなくシールドエネルギーを削られて吹っ飛び、スパークとタックルを巻き込んで地面を転がってようやく止まる。タックルとスパークに支えられた箒が頭を振りながら立ち上がると、隊長ブランクが拾った頭を岩石男爵は着け直し、すぐに傷が再生して元に戻る。岩石男爵は首を鳴らすような動作をしてみせる。

「そんな……まさか、不死身だとでもいうの!?」
「そうじゃ、改造魔人は不死身なんじゃ。少なくとも貴様ら出来損ないにワシらを殺すことなどできん!」
「ただし、心臓と脳を同時に潰されなければ、という条件がつくがな」
「そうそう、いくらワシでも流石に心臓と脳をいっぺんに潰されたんじゃかなわ……って、誰じゃ!? ワシの弱点をあいつらに教えたのは!?」
「どこだ!? どこにいる!?」
「騒がなくても出てきてやるさ」

 岩石男爵が自慢げに胸を張ってみせた直後、別の男の声が割り込む。岩石男爵は墓穴を掘って自ら弱点を明かしてしまった後で乱入者に気付く。隊長ブランクが周囲を見渡していると、並び立っている岩石男爵と隊長ブランクの背後から声の主が姿を現す。
 声の主は黒いトレンチコートに身を包み、黒い帽子を被って黒いサングラスをかけた男だ。その男はゆっくりと歩いて岩石男爵と隊長ブランクに近寄りながら、今度は箒たちに視線を向けて話し始める。

「聞いての通り、岩石男爵は心臓と脳のどちらかが健在である限り何度でも甦る。しかも全身を岩に変えてバラバラにすることで、やろうと思えばウルトラサイクロンすら無力化してしまう。岩石男爵を倒す方法はただ一つ、再生される前に心臓と脳をどちらも潰すこと。それが出来なければ君たちに勝機はない」
「あの、あなたは……?」
「貴様、一体何者じゃ!?」

 不思議そうな顔をして男に尋ねる箒を遮るように、岩石男爵は声を荒げる。男は岩石男爵の質問には答えず、着ているコートに手をかける。
 そして、名古屋市にあるデルザー軍団の本拠地では、マシーン大元帥が蛇のレリーフ前で通信機越しに磁石団長とヨロイ騎士の報告を受けていた。

『マシーン大元帥、地震増幅装置の設置は完了したぞ』
『予想通り、仮面ライダーは妨害に現れなかった。これで作戦は成功したも同然だな』

「そうだ。ここにある地震発生装置が起動すれば、地震増幅装置によって各地で揺れが増幅される。それによって地層が破壊されて日本列島は分断される。それだけでなく各地のマグマ溜まりからマグマと火山灰が噴き出し、この地球は軟弱な人間共が住めなくなる。それこそが我らデルザーが望む世界征服の形よ! 我らの住まう闇と魔の世界に、群れることでしか生きられぬ弱者など不要なのだ!」

『それで、俺たちはどうすればいい?』

「ヤツらの本拠地、富士駐屯地へと向かえ。そこにまだストロンガーがいる筈だ。他の仮面ライダーたちと合流する前に、必ずやストロンガーを始末するのだ!」

 マシーン大元帥が次の指示を出すと、磁石団長とヨロイ騎士は承諾して通信が切られる。マシーン大元帥が通信機から離れて背後にある地震発生装置を顎を撫でながら見ていると、蛇のレリーフに仕込まれたランプが点灯し始める。マシーン大元帥が跪いたところで声が響き渡る。

『マシーン大元帥、作戦は順調のようだな』

「ははっ。こちらの読み通り、仮面ライダー共はブラックサタンや他の改造魔人の相手にかかりきりで、本命の作戦には気付いてすらおりません。まずは憎きストロンガーめを討ち果たし、残る仮面ライダーもいずれ我らデルザーの手で仕留めて御覧にいれましょう」

『フハハハハハ! そうだ! 我らに逆らう者は一匹残らず殺せ! 邪魔な物は一つ残らず破壊せよ! それこそが私の望む世界征服なのだ!』

 マシーン大元帥恭しく答えるとレリーフから高笑いが響き渡る。

**********

 未だに目覚めない仮面ライダーストロンガー、城茂に迫る最大の危機と、仮面ライダーたちとデルザー軍団の戦いの陰でマシーン大元帥が進める、地震発生装置と地震増幅装置を利用した日本両断計画。
 果たして、岩石男爵と箒たちの前に現れた謎の男は何者なのか。
 仮面ライダーたちはマシーン大元帥の恐るべき計画を阻止できるのか。
 そして仮面ライダーストロンガー、城茂の運命はどうなるのだろうか。



[32627] 第五十九話 タッチダウン(前篇)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2014/07/17 08:02
 伊良子岬では岩石男爵と隊長ブランクが謎の男と対峙していた。

「貴様、一体何者じゃ!?」

 箒たちに背を向けたまま岩石男爵は声を荒げる。隊長ブランクもライフルを向ける。男は不敵な態度を崩さず、着ているトレンチコートに手をかける。

「といやっ!」

 次の瞬間、男はトレンチコートを取り払って放り投げる。さらに帽子も投げる。

「な、なんじゃこれは!?」

 コートがかかり、視界が暗転した岩石男爵は混乱して闇雲に棍棒を振り回す。巻き添えを食らった隊長ブランクやデルザー戦闘員が叩き伏せられた。トレンチコートの下に黒いライダースーツと白いスカーフを着用する男は跳躍し、岩石男爵の頭を踏みつけて箒たちの前に着地する。スパークとタックルは警戒して身構える。しかし男がサングラスを下げると箒は男の正体を悟る。

「待って下さい。この人は味方です」
「箒さん、知り合い?」
「はい。茂さんの『先輩』でもあるんです」
「先輩って、まさか!?」
「沼田五郎君と岬ユリ子さん、だね? 話は茂から聞いて……あいつら、まだやってるのか」

 男はスパークとタックルに笑ってみせるが、一度振り返ると呆れたように呟く。

「なんじゃ、脅かしおって。って、どこ行きよった!? 隠れてないで出てこい!」
「見えない! 早く外せ!」
「ヴィィ!」

 ようやくコートを外した岩石男爵はコートを隊長ブランクへ投げてしまい、運悪く隊長ブランクの頭にコートがかかる。岩石男爵は男が背後にいることにも気付かない。一方、隊長ブランクはまた視界が暗転したことで混乱し、デルザー戦闘員が外す。男がサングラスが投げると岩石男爵の後頭部に当たる。ガチャリ、と落ちたサングラスが音を立てると岩石男爵は背後に向き直り、隊長ブランクも男と対峙する。岩石男爵は棍棒を突きつけて吠える。

「そんなところに居おったか! 貴様、まずは名乗らんか! なんでワシの弱点を知っとるんじゃ!?」
「岩石男爵、俺が誰だか分からないのか?」
「知らん! 覚える必要もないからな!」

 男の問いに岩石男爵は胸を張って傲然と答える。しかし隊長ブランクが声を荒げる。

「俺、貴様知ってる! 貴様、風見志郎だな!?」
「流石に覚えていたようだな、隊長ブランク!」

 隊長ブランクに対し、男こと志郎は不敵に笑う。するとスパークが驚いた様子で志郎に話しかける。

「あんた、あの風見志郎なのか!? マットの白い豹と言われて、何をやらせても日本一とも称された!」
「一部、誇張というか人違いも混じっているが……その通りだ。箒さん、タックル、スパーク、富士駐屯地に戻るんだ。こいつらは俺たちで引き受ける」
「ちょっと待って! この先に、バダンニウム爆弾製造工場があるの。それを潰さないと……!」
「心配は無用だ。間もなく、工場は破壊されるはずだ」

 志郎の提案にタックルが異を唱えるが、志郎は笑って首を振る。直後に岩石男爵の背後から爆発音が響き、火柱が立ち上る。岩石男爵と隊長ブランクは唖然としている。

「一体、なにがどうなっとるんじゃ!?」
「さっき爆発したのはバダンニウム爆弾工場だ。残念だったな」
「やかましい! 大体、ワシの弱点をバラしたくらいでいい気になるなよ! たかが人間一匹増えたとことでワシを倒せるもんかい!」
「岩石男爵、ここに来ているのは俺だけじゃない」
「なんじゃと!?」
「風見の言う通りだ!」
「俺たちもいるぜ!」

 冷たく志郎が言い放つが、岩石男爵は強気の態度を崩さない。すると2台のバイクが突っ込んでくる。バイクはデルザー戦闘員を蹴散らすと箒の前に停車する。乗っているのは紺のブレザーを着て右手袋をした男と、黒いプロテクターに髑髏が描かれたヘルメットを被った男だ。二人がバイクから降りると箒が声を上げる。

「結城さん! 滝さん!」
「すまない、箒さん。遅くなった」
「あんたらが岬ユリ子と沼田五郎だな? 話は聞いてる。俺は滝和也、SPIRITSの隊長だ」

 ブレザーを着た男こと丈二は箒に声をかけ、プロテクターを着た男こと和也はタックルとスパークに簡単な自己紹介をする。
 富士駐屯地を出た志郎、丈二、和也は伊良子岬のバダンニウム爆弾製造工場を目指した。警戒は厳重だったが、志郎たちは三か所だけ警戒網に穴があることを探り当て、工場を破壊した。途中で岩石男爵と隊長ブランクの通信を傍受した志郎は先行し、残った丈二と和也も工場を自爆させて現在に至る。

「箒さん、他のライダーや一夏君たちも東海に到着した。第3分隊と第4分隊も動き出している。それに、君と会いたがっている人もいる。すぐ富士駐屯地に戻ってくれ」
「まさか、あの人が!?」
「ああ。今は茂の治療に当たっている」

 丈二の言葉を聞くと、箒は複雑な表情を浮かべる。事情を知らないスパークとタックルはきょとんとしている。続けて志郎が語りかける。

「気持ちはわかるが、彼女の気持ちも少しは汲んでやってくれ。それにマシーン大元帥のことだ、茂を始末しようと企んでいてもおかしくない。だから、念のために戻って欲しいんだ」
「けど風見さんはともかく、他の二人は大丈夫なの?」
「私も風見や茂と同じだ。心配は無用さ」
「おいおい、人間舐めんなよ? こちとらショッカーの時から戦ってきたんだ。あんたらとは年季が違うぜ?」

 不安を口にするユリ子に丈二は穏やかな口調で答え、和也は不敵に笑ってみせる。癪に障ったのか岩石男爵が声を荒げる。

「舐めくさりおって! たかが人間三匹で、ワシを止められると思うなよ!」
「貴様こそ、たかが二匹で俺たちを止められると思わないことだな! 行くぞ、岩石男爵!」
「黙れ! 風見志郎、ここで死ね!」
「貴様の相手は俺だ! 隊長ブランク!」
「第7分隊の借りがあるんでな! まずここで返させて貰うぜ!」

 志郎は啖呵を切ると足を広げて両手を伸ばし、右から左斜め上に持っていく。丈二は両拳を胸の前で合わせ、和也はヘルメットを被ってバイザーを下ろす。

「変身……ブイスリャァッ!」
「ヤアァッ!」

 志郎が一度右腕を引いてから左斜め上に突き出し、丈二が両手を頭上に掲げて呼び出したヘルメットを被る。するとダブルタイフーンが勢いよく回り、志郎が跳躍すると空中で肉体が変異を終える。同時に丈二の身体を強化服が包み込んで変身を完了する。和也もアタッチメントを構えると、志郎は名乗りを上げる。

「貴様、ライダーV3じゃったんか!?」

 志郎が仮面ライダーV3と気付いた岩石男爵は驚愕する。仮面ライダーV3は声を上げる。

「さあ、今のうちに早く!」
「分かった、ここはお願いするわ!」
「茂は任せてくれ! 箒さん!」
「はい! 皆さんも気をつけて!」

 意を決してタックルとスパークをマシンに跨り、箒は空に舞い上がって離脱する。

「逃がさん!」
「やらせん! ロープアーム!」

 隊長ブランクはスパークを撃とうとするが、ライダーマンがロープアームでライフルを絡め取る。

「ええい、なにをしちょる!? 追いかけるんじゃ!」
「させるかよ! マシンガンアーム!」

 岩石男爵が指示を出すと、デルザー戦闘員がタックルたちを追跡しようとする。しかしアタッチメントをマシンガンアームに変えた和也が妨害する。和也はデルザー戦闘員が銃を撃ってくると物陰に隠れ、声を上げる。

「風見! 結城! 雑魚は任せておけ!」
「田吾作どもが! ワシが直々に叩き潰しちゃる!」
「最初に言った筈だぞ。貴様の相手は、俺だ!」

 仮面ライダーV3は岩石男爵に立ちふさがり、棍棒を両手で受け止める。岩石男爵が棍棒を振り上げると、仮面ライダーV3は前蹴りを鳩尾に入れて怯ませる。続けてパンチの連打を顔面に叩き込み、ハイキックを右側頭部に入れる。しかし岩石男爵は平然としている。

「なんじゃ、仮面ライダーV3も所詮は人間を改造しただけのポンコツか。ワシには通用せんぞ!」
「ならばこれはどうだ!」

 仮面ライダーV3は右足刀蹴りを岩石男爵の喉元に入れる。続けて額に数回足刀蹴りを叩き込み、左右の連続上段蹴りを両側頭部へ浴びせる。そして渾身の右回し蹴りを頭に入れる。最後に首投げで岩石男爵を頭から地面に叩きつける。岩石男爵は平気な顔をして立ち上がり、首を鳴らしてみせる。

「無駄じゃ無駄じゃ! 痒くもならん。今度はこっちの番じゃ。これから本当の暴力ってヤツを……おろ?」

 岩石男爵は棍棒を振り上げて殴りかかろうとする。しかし歩き出した途端によろめき、這いつくばる。

「なんか、世界がグルグルしよる……」
「頑丈な貴様でも、脳ばかりはどうしようもなかったようだな!」

 仮面ライダーV3は岩石男爵を引っ張り起こし、上へ放り投げる。すぐに自分も跳躍して岩石男爵の背後をとる。

「V3ダブルアタック!」

 背中めがけて仮面ライダーV3が飛び蹴りを放つと、岩石男爵は地面に叩きつけられる。仮面ライダーV3は着地して土煙が晴れるのを待ち、追撃に移ろうとする。しかし岩石男爵の姿はない。

「ヤツは、どこだ……?」
「イワァァァァッ!」
「地面だと!?」

 直後に地面から伸びた手に両足を掴まれ、仮面ライダーV3はひっくり返される。すると地面を突き破って岩石男爵が姿を現す。岩石男爵は棍棒を執拗に振り下ろして追撃する。仮面ライダーV3は胸に蹴りを入れて岩石男爵をどけ、立ち上がって連続パンチを浴びせる。しかし岩石男爵は僅かに怯む程度で、棍棒で仮面ライダーV3を殴り飛ばす。

「逃げるな! 裏切り者! 大人しく死ね!」

 隊長ブランクは右手に弾丸を発射するライフルを、左手にナイフを射出するライフルを持ち、左右交互に撃ってライダーマンを近寄らせない。弾丸を横っ跳びで回避し、ナイフを叩き落とすライダーマンだが、弾丸が何発か当たりダメージを受ける。ライダーマンが物陰に隠れると隊長ブランクは右手のライフルを発射し、数回跳弾させた末にライダーマンに着弾させる。

「跳弾射撃か……ならば!」

 ライダーマンは動き回って跳弾を回避し、右腕をマシンガンアームへと変える。隊長ブランクは一度射撃を止め、裏に回ってライダーマンを仕留めようとする。だがライダーマンが飛び出してくる。隊長ブランクは咄嗟に左手のライフルからナイフを連射するが、マシンガンアームやヘルメットに弾かれる。同時にマシンガンアームから二発の弾丸が放たれる。弾丸が直撃するとムースが飛び散り、ライフルの銃口が塞がれる。

「おのれ、ライダーマン!」

 怒り狂った隊長ブランクはライダーマンに殴りかかるが、ライダーマンはバックステップで距離を開ける。隊長ブランクはナイフを2本拾うと、ライフルの銃身下部へ取りつける。

「パワーアーム!」

 ライダーマンも右腕をパワーアームにして隊長ブランクへ挑みかかる。隊長ブランクはライフルを力任せに振り回し、パワーアームと打ち合い始める。隊長ブランクが右手のライフルを突き出せばライダーマンは身を開いて回避し、ライダーマンがパワーアームを振り下ろせば隊長ブランクが左手のライフルで防ぐ。それを幾度となく繰り返し、無数の火花が飛び散る。

「イワッ!」
「ライダーキック!」

 和也はマシンガンアームを掃射するが、数体のデルザー戦闘員が岩塊に変身して和也に突進する。和也は岩塊に飛び蹴りを入れ、高圧電流を流しこむ。岩塊に変身していたデルザー戦闘員は感電し、人型に戻って倒れる。

「ヴィィ!」
「チイッ、しつこいヤツらだぜ。カッターアーム!」

 今度はブランク狙撃隊のデルザー戦闘員がナイフを手に襲いかかってくる。和也はアタッチメントをカッターアームに変え、投げつけて串刺しにする。続けて和也はホルスターから大型拳銃と弾倉兼用の電磁ナイフを抜き放つ。まず迫るデルザー戦闘員に銃弾を浴びせる。間合いに入ると残るデルザー戦闘員に電磁ナイフを突き刺す。続けて蹴りを入れてブーツに仕込んだ火薬で吹き飛ばし、左手に装備したスタンガン仕込みのナックルで殴り飛ばす。残る岩仮面のデルザー戦闘員にマシンガンアームを浴びせて一掃する。

「雑魚の始末は終わりだな。風見と結城は……」

 和也はマシンガンアームを構えたまま、仮面ライダーV3とライダーマンへ視線を向ける。
 仮面ライダーV3と岩石男爵は一進一退の攻防を繰り返す。仮面ライダーV3が水平チョップを連続して首筋に叩き込み、頭頂部に右手刀を浴びせて攻め立てる。かと思えば岩石男爵が棍棒を振るい、仮面ライダーV3のガードを突破して強烈な一撃を浴びせる。今も岩石男爵は棍棒を振り回し、仮面ライダーV3に打撃を加える。岩石男爵が棍棒を振りかぶった瞬間、仮面ライダーV3が喉元へ右足つま先蹴りを入れ、攻撃を中断させる。

「しぶといヤツじゃ! 大人しくワシに潰されて楽になっときゃいいもんを!」

 岩石男爵は仮面ライダーV3を罵り、棍棒をかなぐり捨てて取っ組み合いとなる。

「トオッ!」

 仮面ライダーV3は岩石男爵と組み合ったまま跳躍すると、空中で腕を取って岩石男爵を地面に投げ落とす。地面に叩きつけられる直前、岩石男爵は身体を岩塊に変えて地面を転がる。仮面ライダーV3が着地すると再び身体を繋ぎ合わせ、人型になる。そして仮面ライダーV3を羽交い絞めにする。

「ぐうっ……!」
「ワシ、頑丈なだけじゃのうて、力も強いんよ。これでもう逃げられんぞ!」

 仮面ライダーV3はもがくが、なかなか逃れられない。

「風見!? この野郎! これでも食らいやがれ!」

 咄嗟に和也がマシンガンアームを浴びせると、岩石男爵は僅かに怯む。

「ありがとうございます! レッドランプパワー!」

 仮面ライダーV3は一時的に力を増幅させ、岩石男爵を振り払う。振り向いて顔面に連続パンチを浴びせると、岩石男爵は後退を余儀なくされる。仮面ライダーV3は跳躍し、空中で右拳を固めると岩石男爵の左胸へ三連ストレートを放つ。

「V3トリプルパンチ!」

 パンチが一発、二発と突き刺さり、三発目のパンチは岩石男爵の胸を貫通する。仮面ライダーV3が拳を引き抜くと、岩石男爵はよろけながら棍棒を構え直す。しかし胸の穴が再生しない。

「貴様、ワシの心臓を……!」
「心臓は他の場所より再生に時間がかかることも、お見通しというわけだ!」

 憎々しげに言う岩石男爵に仮面ライダーV3は冷たく言い放つ。
 ライダーマンと隊長ブランクは打ち合いを続けていたが、ライダーマンが隊長ブランクの顎にハイキックを入れ、左手のライフルをパワーアームで両断する。

「生意気な!」

 隊長ブランクはショルダータックルでライダーマンを吹き飛ばし、押し蹴りを入れて追撃する。隊長ブランクは馬乗りとなり、ライフルの銃底で執拗に殴り始める。

「これでカセットアーム、使えない!」
「甘い! ドリルアーム!」
「ぐあああああっ!?」

 隊長ブランクは勝利を確信するが、ライダーマンは左腕のアタッチメントを音声操作で起動する。そして隊長ブランクの右目へドリルアームを突き出す。隊長ブランクはあまりの痛みに絶叫し、ライダーマンの上から転がり落ちる。立ちあがったライダーマンは、右腕をロープアームすると隊長ブランクを絡め取り、投げ飛ばして地面に叩きつける。

「ここは、退く……!」

 隊長ブランクは銃身下部のナイフを取り外し、足元に投げつける。するとナイフが爆発して激しい閃光が周囲を包み、ライダーマンの視界を奪う。閃光が消えると、隊長ブランクの姿はない。

「名古屋に戻ったか」

 ライダーマンは逃げた先を予測し、和也の下へと向かう。
 蹴りの連打を浴びた岩石男爵は辛うじて立ち上がる。胸の穴はまだ塞がっていない。好機と見た仮面ライダーV3は跳躍する。岩石男爵は本能的に危険を察知し、一度頭を振る。

「悔しいが……岩隠れ!」

 すると岩石男爵の全身を岩が覆い、巨大な岩塊が出現する。構わずに仮面ライダーV3はキックを放つ。

「V3キック!」

 仮面ライダーV3の右足が突き刺さると岩塊は一撃で砕け散る。
 着地した仮面ライダーV3が、ポツリと呟く。

「逃げられたか……」

 仮面ライダーV3は和也とライダーマンの下へ向かう。

「滝さんは、ご無事みたいですね。しかし、ヤツらを逃がしてしまった」
「俺を誰だと思ってるんだ? 借りは今度返せばいい。それより、次の工場へ……待ってくれ」

 通信が入ると和也は背を向けて交信を開始する。仮面ライダーV3とライダーマンもまた右手を耳に当てる。通信を終えた和也が振り向くと、仮面ライダーV3とライダーマンも右手を耳から離す。

「風見、結城、少し気になる情報が入ったんだが……」
「こちらも聞いています。富士山麓などで、磁石団長とヨロイ騎士の目撃情報があると」
「なら話は早い。佐久間によると、地震発生装置が仕掛けられた可能性があるらしい。それで、一夏君たちとSPIRITSは富士駐屯地へ戻るそうだ」
「分かりました。滝さんも富士駐屯地に戻って下さい。工場は我々で潰しておきます」
「ああ、頼んだぜ」

 和也は話を打ち切り、バイクに跨ると次の目的地を目指して走り出す。
 同じ頃、一夏と荒ワシ師団長は激しいドッグファイトを繰り広げていた。

「カアアアアアアアッ! さっさと墜ちてしまえ!」
「そうはいくかよ!」

 空中で幾度となくすれ違う一夏と荒ワシ師団長だが、最高速度、小回り共に劣る荒ワシ師団長は劣勢を強いられている。すれ違った一夏がターンして荷電粒子砲を発射すると、振り返るのが遅れた荒ワシ師団長の後頭部に直撃する。頭を振りつつ振り向き終えた荒ワシ師団長は左手の盾を掲げ、続く荷電粒子砲を防ぎきる。

「ビュウッ! ビュウッ!」

 一夏が雪片弐型を握り直すと翼を持ったデルザー戦闘員が旋回しながら襲いかかる。一夏はデルザー戦闘員へ突撃し、数体を体当たりで弾き飛ばす。さらに雪片弐型を振るってデルザー戦闘員の胴体を両断し、首や腕を斬り飛ばす。デルザー戦闘員は一夏の四方八方から一斉に飛びかかる。一夏は高速回転しながら荷電粒子砲を連射し、まとめて薙ぎ払う。

「まだまだ!」

 一夏は回転したまま雪片弐型を両手で構え、上方向にスラスターを噴射する。そのまま四方のデルザー戦闘員を次々と斬り捨てつつ上昇し、包囲網を脱する。瞬時に急降下すると雪片弐型でデルザー戦闘員をまとめて切り裂く。だが生き残った2体のデルザー戦闘員が一夏にしがみつく。

「カアアアアアアッ! 死に晒せ!」

 荒ワシ師団長は一夏に突撃し、斧を振り上げる。

「グッ、鬱陶しいんだよ!」

 一夏は左腕にしがみついたデルザー戦闘員を振り払い、後方への瞬時加速を使い離脱しようとする。だが荒ワシ師団長は瞬時加速が発動するギリギリ手前、右肩にしがみついたデルザー戦闘員もろとも一夏を斬りつける。

「クソ、なんて腕力だ!」

 一瞬早く瞬時加速が発動して一夏は直撃を避ける。しかしあまりの威力にデルザー戦闘員は両断され、掠っただけに関わらずシールドエネルギーが削られる。

「役立たずが。最後まで押さえておれば仕留められたと言うのに」

 荒ワシ師団長は吐き捨てると、斧を構え直して一夏へ向かっていく。一夏はすぐに姿勢を立て直し、雪片弐型を構えて斬撃を放つ。しかし荒ワシ師団長が盾を巨大化させて突き出すと、雪片弐型の刃は盾に弾かれる。

「馬鹿め、そんな鈍刀が通るものか!」

 荒ワシ師団長が斧を横薙ぎに払うと一夏は上昇し、荒ワシ師団長は一度舌打ちして一夏を追う。
 地上では仮面ライダー1号とジェネラル・シャドウがぶつかり合っていた。ジェネラル・シャドウの連続突きを仮面ライダー1号は両手で捌き、仮面ライダー1号の蹴りの連打をジェネラル・シャドウが剣で逸らす。仮面ライダー1号とジェネラル・シャドウは一度飛び退く。睨み合いの末に仮面ライダー1号がジャンプし、ジェネラル・シャドウに右足を向ける。

「ライダーキック!」
「トランプフェイド!」

 仮面ライダー1号が飛び蹴りと放つとジェネラル・シャドウはトランプをばら撒き、姿を消す。着地した仮面ライダー1号を巨大なトランプが取り囲み、ジェネラル・シャドウへ姿を変える。

「分身!?」

 仮面ライダー1号は動きを止め、五感を研ぎ澄ます。分身したジェネラル・シャドウは同じ動作で剣を抜き、一斉に突きかかる。

「右か!」

 しかし剣を抜く音を聞きとった仮面ライダー1号はスウェーで突きを避け、突き出された剣がコンバーターラングを掠って火花が散る。直後に分身が消えるとジェネラル・シャドウは追撃に入る。仮面ライダー1号は両手で斬撃を防御し、ジェネラル・シャドウが突きを放つと半身で回避する。伸び切った剣を左手で掴むと、ジェネラル・シャドウの胸にジョルトブローを叩き込む。ジェネラル・シャドウはまたも距離を取る。

「やるではないか、1号ライダー」

 ジェネラル・シャドウは仮面ライダー1号を称賛するとトランプを取り出し、手裏剣のように投げつける。両手を交差させて防ぐ仮面ライダー1号だが、腕に触れた瞬間にトランプが爆発する。

「これでどうだ!」

 ジェネラル・シャドウは煙を突き抜けて仮面ライダー1号のベルトに剣を突き出す。仮面ライダー1号はベルトの前で両手を交差させる。剣は仮面ライダー1号の両腕を貫くが、風車に届かず止まる。ジェネラル・シャドウが剣を引き抜くと仮面ライダー1号の両手から血が流れ出す。しかし仮面ライダー1号は怯まず挑みかかり、右ストレートを胸に叩き込む。
 上空で幾度となく斬り結ぶ一夏と荒ワシ師団長だが、やがて鍔競り合いとなる。荒ワシ師団長が力を込めた瞬間、一夏は身を開いて雪片弐型を量子化する。すると勢い余った荒ワシ師団長が姿勢を大きく崩す。一夏は荒ワシ師団長の背をとって荷電粒子砲を叩き込み、左手にエネルギークローを発生させて一撃加える。

「猿知恵を!」

 荒ワシ師団長は振り返ると斧を横に払って反撃するが、一夏は離脱する。一夏は雪片弐型を呼び出すと刃をロープ状に変形させて荒ワシ師団長の斧へ巻きつけ、引っ手繰って地面へ投げ捨てる。慌てて荒ワシ師団長は斧を拾いに行くが、一夏が瞬時加速を使い突撃する。荒ワシ師団長は鼻を鳴らし、巨大化させた盾を前に突き出す。

「無駄だと分からないか? 何度やっても同じことよ!」
「そうとも、限らないぜ?」

 しかし一夏は零落白夜を発動させる。そして高速回転しながら盾めがけて斬りかかる。

「回天!」

 一撃目こそ盾の表面を浅く斬るだけに終わるが、二撃目、三撃目と斬るうちに盾が深く抉られ、六撃目で盾が両断される。

「白夜!」
「クカアッ!?」

 そして七撃目の斬撃が荒ワシ師団長の左前腕部を斬り飛ばし、鎖帷子を突破する。荒ワシ師団長は腕と胴から血を噴き出し、驚愕と混乱に支配される。

「ここは大人しく、退却するか……覚えていろ!」

 荒ワシ師団長は旋風を巻き起こし、姿を隠す。

「逃がすかよ!」

 一夏が荷電粒子砲を撃つが手応えはなく、ハイパーセンサーにも反応はない。逃げられたようだ。
 ジェネラル・シャドウの連続突きを両手で捌いていた仮面ライダー1号だが、捌き損ねてコンバーターラングに当たり火花が散る。剣が弾かれてジェネラル・シャドウの体勢が崩れると、仮面ライダー1号が前蹴りを入れて反撃する。仮面ライダー1号は右拳を握りしめ、ジェネラル・シャドウは剣を構え直して同時に踏み込む。

「ライダーパンチ!」
「食らえ!」

 仮面ライダー1号の右ストレートが胸に直撃する直前、ジェネラル・シャドウの剣が仮面ライダー1号の左肩を貫く。ジェネラル・シャドウが吹き飛び、仮面ライダー1号はよろめく。間もなく両者は体勢を立て直し、ほぼ同時に跳躍する。仮面ライダー1号が上を取り、飛び蹴りの態勢に入る。

「ライダーキックなど打たせん!」

 ジェネラル・シャドウはマントを投げつけて仮面ライダー1号の動きを封じると、剣を思い切り突き入れる。しかし仮面ライダー1号はマントを振り払い、空中で身を捻り皮膚一枚の差でかわす。そしてジェネラル・シャドウの右手を取る。ジェネラル・シャドウはもがくが、仮面ライダー1号は腕を取ったまま落下していく。そしてジェネラル・シャドウの身体をひっくり返し、頭から地面へ投げ落とす。

「ライダーバスター!」

 ジェネラル・シャドウは頭から地面へ叩きつけられ、地面にへこみが出来る。仮面ライダー1号は無事に着地する。ジェネラル・シャドウは頭を振って立ち上がり、仮面ライダー1号に剣を向ける。しかし一夏が降下してくるのを見ると剣を鞘に納める。

「荒ワシ師団長め、所詮は口先だけか。1号ライダー、この勝負は預ける。マントフェイド!」

 ジェネラル・シャドウはマントを翻して姿を消す。仮面ライダー1号は周囲を警戒するが、一夏が着陸すると構えを解く。

「猛さん、肩とか大丈夫ですか?」
「これくらい、すぐ治るさ。それより一夏君、頼みがある。富士駐屯地へ戻ってくれ。ブラックサタンやデルザーが茂を狙ってくるかもしれない」
「1号ライダー、一夏君、少し話が」

 仮面ライダー1号と一夏が話していると、廃工場から珠シゲル率いるSPIRITS第3分隊が姿を現す。

「お疲れ様です。バダンニウム爆弾の処理は終わったんですか?」
「なんとかね。それで1号ライダー、少し気になる情報が入ってきまして。富士山付近でデルザー戦闘員が何かを運んでいた、という目撃情報があると。佐久間隊長と協議した結果、一度富士駐屯地に戻って調査することになったんです。出来れば一夏君かライダー、どちらかに同行して欲しいんですが」
「工場破壊は私が引き受けよう。一夏君は富士駐屯地へ」
「分かりました。また後で」

 段取りを決めるとシゲル達はヘリに乗り込み、一夏は飛翔して富士駐屯地を目指す。仮面ライダー1号もサイクロン号を呼び出し、別方向へ走り出す。
 東名高速道路の高架橋上では真耶とヘビ女が交戦していた。真耶は飛び回りながらアサルトライフルを連射し、ヘビ女は防御を固めて耐え忍ぶ。真耶がリロードすると、ヘビ女は地面に手を当ててデルザー戦闘員を呼び出す。

「こうなったら、アレを使うんだよ! お前たち!」

 ヘビ女が指示を出すとデルザー戦闘員は一列に並ぶ。するとデルザー戦闘員は一匹の大蛇へ姿を変える。頭の上にヘビ女が乗ると大蛇は鎌首をもたげる。真耶は一瞬驚いたような表情をするも、冷静さを取り戻してヘビ女の鞭を回避する。しかし大蛇が尾を振るってくると真耶も回避に専念せざるを得ない。

「イヒヒヒヒッ! ほうら、私を忘れちゃだめだよ!」
「くう……!」

 大蛇の尾や噛みつきを回避する真耶だが、ヘビ女が真耶の首に鞭を巻きつけ、足を踏ん張って締め上げ始める。真耶も必死に抵抗するが、鞭は締まる一方だ。しかし近接ブレード『ブレッドスライサー』を右手に呼び出し、鞭を切り裂いて戒めから逃れる。真耶は襲いくる大蛇の尾を回避しつつ、ハイパーセンサーで鋼鉄参謀と仮面ライダー2号の様子を見る。

「スティィィィルッ!」
「まだまだ!」

 鋼鉄参謀が鎖付き鉄球を力任せに投げつけると、仮面ライダー2号は両手で抱え込んで投げ返す。鋼鉄参謀はよろめきながらも全身で鉄球を受け止める。仮面ライダー2号は鋼鉄参謀に殴りかかるが、鋼鉄参謀は鉄球を右手に殴り返す。仮面ライダー2号はたたらを踏むが持ち直し、鋼鉄参謀の腹に蹴りを入れる。そして両者は真正面から殴り合いになる。鉄球が直撃した仮面ライダー2号が後退すれば、パンチをまともにもらった鋼鉄参謀がよろめき、一進一退の攻防を繰り返す。

「2号ライダー、これを受けろ! スティィィィルッ!」

 鋼鉄参謀は飛び退く鉄球を振り回し、渾身の力で投擲する。仮面ライダー2号は鉄球を受け止めるが、道路を削りながら数メートルほど押し込まれる。

「今回はどれくらいで血を噴き出すか、楽しみだな」
「フン、余裕でいられるのも今だけだぜ、鋼鉄参謀。今度は貴様が血を流す番なんだからな!」

 仮面ライダー2号は両手に力を込め、指を鉄球に食いこませてひびを入れる。鉄球を軽く上に放ると、左拳を固める。

「ライダーパンチ!」

 仮面ライダー2号が左ストレートで鉄球を殴り飛ばし、一気に踏み込む。鋼鉄参謀は鉄球を受け止めてバランスを崩すが、すぐに鉄球で追撃の右ストレートを弾き、仮面ライダー2号の胸を鉄球で殴りつける。しかし仮面ライダー2号は怯まずに続く鉄球を左拳で迎え撃ち、右拳の一撃で押し戻す。鋼鉄参謀が体勢を崩すと左右の連続パンチを打ち込み、ボディブローを入れる。鋼鉄参謀も負けじと鉄球を打ち下ろすように叩きつけ、両者はノーガードでの攻防に移行する。

「このままだと、隼人さんが……」
「お前の相手は、私だよ!」

 大蛇が口を開けて襲ってくると真耶は回避に専念する。

(早く蛇を無力化しないと……なら!)

 大蛇の動きを見た真耶は、大蛇の頭の前で浮遊する。大蛇が丸呑みにしようとするが、真耶は紙一重で避けて鼻先で静止する。大蛇はまた噛みつこうとするが真耶は回避し、今度は胴の方へ逃れる。大蛇は尾を振り下ろして叩き落とそうとするが、真耶は瞬時加速を使って離脱し、尾はヘビ女もろとも大蛇の頭を強打する。

「グエッ!?」

 ヘビ女は大蛇から転がり落ち、大蛇もデルザー戦闘員に戻ってしまう。真耶は両手にアサルトライフルを呼び出し、フルオート射撃でデルザー戦闘員を一掃する。

「潮時、かねえ……」

 立ち上がったヘビ女は見切りをつけ、マントを翻して姿を消す。
 ノーガードで殴り合いを続けていた仮面ライダー2号と鋼鉄参謀だが、どちらも足元がおぼつかなくなる。仮面ライダー2号の左ジョルトブローと鋼鉄参謀の鉄球攻撃が同時にヒットすると両方が吹き飛び、地面に転がる。鉄球は至るところがひび割れ、仮面ライダー2号の両手にも血が滲んでいる。

「お互い、長くは保たないようだな。ならばここで決着をつけるぞ!」
「上等だ! 行くぜ! ライダーパワー!」 

 仮面ライダー2号はポーズを取って一時的にパワーを増幅させるとジャンプし、鋼鉄参謀は風を巻き起こしながら鉄球を振り回す。

「スティィィィィィィルッ!」

 鋼鉄参謀が全力で鉄球を投擲する。

「ライダァァァァァ!」

 仮面ライダー2号が左拳を固め、ベルトに風を受けながら左腕を引く。

「パァァァァァンチ!」

 仮面ライダー2号はあらん限りの力を込めた左正拳突きを放つ。鉄球と拳がぶつかると、鉄球はついにバラバラに砕け散る。同時に仮面ライダー2号の左手も限界を迎え、血が噴き出す。

「グッ……!?」

 仮面ライダー2号は着地するも足元がふらつき、左腕を力なく垂らす。左手から地面に血が垂れていく。

「ククク……ここらで限界、のようだな。だが安心しろ。せめてもの情けだ、あの小娘は見逃してやる」

 鋼鉄参謀は身体を揺すって笑うと、仮面ライダー2号の下まで歩いていく。しかし仮面ライダー2号は構え、言い放つ。

「舐めるなよ、鋼鉄参謀。なんなら、右腕一本で相手してやってもいいんだぜ?」
「強がりはよせ。その右手も、すぐ使い物にならなくなるのだからな!」

 鋼鉄参謀は仮面ライダー2号の首に手をかけようする。しかし仮面ライダー2号も掴みかかって妨害し、両者は手四つとなる。鋼鉄参謀は仮面ライダー2号の手を握り潰そうと力を込め、仮面ライダー2号の左手から血が絞り出される。右手もきしみ、今にも血が噴き出しそうだ。

「諦めろ、2号ライダー。そんなボロボロの手ではどうにもなるまい」
「貴様は一つ、勘違いしてるようだな。今の左手は、貴様にとっての鉄球と同じなのさ」
「鉄球だと?」
「そうさ。よく見ておけ。血に染まったこの左手こそが俺の武器で、俺の証明だ!」
「ぬうっ!?」

 仮面ライダー2号は両手に力を込め、鋼鉄参謀の右手部分にひびが入る。鋼鉄参謀が呻くと仮面ライダー2号が押し込んで姿勢を崩す。組み合ったまま仮面ライダー2号は跳躍し、鋼鉄参謀の右腕を取って一本背負いを仕掛ける。

「ライダー!」

 しかし仮面ライダー2号は投げずに空中で一回転し、もう一度鋼鉄参謀の身体をひっくり返し、地上へ投げ飛ばす。

「二段返し!」

 鋼鉄参謀は高架橋に叩きつけられ、土煙が上がる。仮面ライダー2号が着地すると、フラフラになりながらも鋼鉄参謀が立ち上がる。

「まだ、余力があったとな。まあいい、俺も一先ず退くとしよう」

 鋼鉄参謀は足元を殴りつけ、高架橋の一部を倒壊させて土煙に紛れる。仮面ライダー2号は追跡しようとするが、降下してきた真耶に止められる。

「駄目です! そんな酷い怪我をしてるのに!」
「これくらい、唾でもつけときゃすぐ治るさ。なにより、ヤツを野放しにしておくわけにはいかない。だから……」
「駄目!」

 仮面ライダー2号は鋼鉄参謀を追いかけようとするが、真耶が立ちはだかる。真耶の目に涙が溜まっているのを見ると、仮面ライダー2号は追跡を諦める。

「……分かったよ、真耶ちゃん。今回は諦める」

『山田先生、一文字さん、少しよろしいですか?』

 仮面ライダー2号が肩をすくめた直後、真耶と仮面ライダー2号にケンから通信が入る。爆弾の処理を終えたようだ。

『気になる情報が入りまして。デルザー戦闘員が何か運んでいるのを見た、と』

「装置、ですか?」

『ええ。かつてデルザー軍団は地震発生装置を使用して日本を壊滅させようとした、という記録が残っています。我々は一度富士駐屯地に戻り、現場へ調査に向かおうと考えています。そこで、一文字さんか山田先生に同行して貰いたいのです』

「なら、真耶ちゃんが調査へ向かってくれ。俺は残りの工場を潰してくる」
「いいえ、私が残ります。隼人さんは怪我をされてますし……」
「だから、怪我は大丈夫だって。それに、現場にはデルザーの磁石団長とヨロイ騎士がいる可能性がある。工場を潰す方がずっと楽さ」

『私も一文字さんと同じ考えです。なので同行をお願いしたのですが』

「……なら、工場は隼人さんに任せます。けど、絶対無事に戻ってくるって約束して下さい」
「ああ、約束するよ。仮面ライダーの名に誓って」
「隼人さんの場合、信用出来ません。ですから、指切りしませんか?」
「我ながら、信用を失い過ぎたな」

 仮面ライダー2号は苦笑して右手を出す。真耶も一度展開を解除し、右手の小指を仮面ライダー2号の小指に絡める。真耶が指を外すと、仮面ライダー2号はサイクロン号を呼び出す。

「真耶ちゃん、油断するなよ?」
「あ、言い忘れてましたけど、治るまで左手は使っちゃ駄目ですよ?」
「はいよ」

 仮面ライダー2号はサイクロン号に跨るとスロットルを入れ、真耶が飛び立つのと同時に走り出す。
 真耶の姿がミラーに映らなくなると、仮面ライダー2号はクラッチレバーを引こうとする。しかし真耶からプライベート・チャネルが入る。

『隼人さん、左手でクラッチを引いちゃ駄目です』

「いや、ギアが切り替えられないんだが……」

『駄目なものは駄目です。自動操縦とかでなんとかして下さい』 

「やれやれ、将来君の旦那さんになる人は大変だな。おちおち怪我も出来ねえ」

『そういう話で、誤魔化しても駄目です。とにかく、左手を使うのはなしですからね?』

 真耶は念を押すと一方的に通信を切る。仕方なく仮面ライダー2号はシグナルを送ってギアを切り替え、左手が回復するまで待つ。
 下田港では仮面ライダーXのライドルとドクロ少佐の大鎌がぶつかり合っていた。ドクロ少佐が鎌を振り下ろすと仮面ライダーXはライドルホイップで横に逸らし、胸に突きを入れる。ドクロ少佐はバックステップで回避し、鎌の先端を向ける。

「ドクロ機関砲を受けろ!」
「ロングポール!」

 鎌から銃弾が放たれると仮面ライダーXは銃撃を横っ跳びで避け、ライドルをロングポールに変形させる。

「ライドルバリア!」

 すぐにロングポールを前に突き出し、風車のように高速回転させて弾丸を弾く。ドクロ少佐は銃撃を中断し、鎌を持ち直して飛びかかる。

「ライドルスティック!」

 仮面ライダーXもライドルをライドルスティックへ変形させ、一度軽く上に放って持ち替える。振り下ろされる鎌の刃を受け止め、払いのけるとドクロ少佐の腹に突き入れる。ドクロ少佐が柄頭でライドルスティックを弾くと、仮面ライダーXとドクロ少佐は得物がぶつかり合う音しか聞こえないほどの早さで打ち合い始める。瞬く間に数十合に達すると、仮面ライダーXの周囲に無数の火の玉が出現する。

「ホネッ! ホネッ!」
「チイッ!」

 火の玉がデルザー戦闘員に姿を変えると仮面ライダーXは舌打ちし、前蹴りを入れてドクロ少佐から距離を取る。続けて背後から掴みかかるデルザー戦闘員にソバットを入れる。手裏剣をライドルスティックで弾き返し、デルザー戦闘員を蹴散らす仮面ライダーXだが、ドクロ少佐は左手を口に当てる。

「ドクロ火炎を食らえ!」
「なんの! ライドル風車……」
「ホネェ!」
「グッ!? しまった!」

 仮面ライダーXはライドルを前に突き出そうとする。しかしデルザー戦闘員がしがみついて動きを止める。ドクロ少佐は火炎を吹き、デルザー戦闘員もろとも仮面ライダーXの身体を焼く。炭化したデルザー戦闘員を振り払い、ドクロ少佐に挑みかかる仮面ライダーXだが、またしてもデルザー戦闘員が飛びかかって妨害する。

「カカカカカカッ! そのまま足止めしろ! Xライダー、ここで貴様を断頭してやる!」

 ドクロ少佐はデルザー戦闘員に指示を出すと鎌を渾身の力で振りかぶる。

「ホネッ!?」

 しかし銃声が響き渡り、デルザー戦闘員が頭を撃ち抜かれて倒れる。周囲には仮面ライダーXを除き、敵はいない。

「狙撃!? どこからだ!?」

 ドクロ少佐は一度鎌を下ろして狙撃手を探す。しばらく周囲を探り、3キロほど先にある建物の屋上から、2mはあろう長大なライフルを背負った男がロープで降下しているのを見つける。

「あいつは、あの時の……向かい風の中、頭を正確に撃ち抜くか。ええい、何をしている!? 早く仕留めろ!」

 ドクロ少佐はすぐに命令を下すが、別方向からの銃撃がデルザー戦闘員を次々と射殺していく。銃弾が飛んできた方向に伏兵を置いていたとドクロ少佐が思い至った直後、デルザー戦闘員がドクロ少佐に報告する。

「ホネッ! 報告します! SPIRITSがこちらを急襲、別働隊は壊滅状態です!」
「馬鹿者! なぜ接近を許した!? 見張りはなにをやっていたのだ!?」
「そ、それが、スナイパーに……ホネェッ!?」

 ドクロ少佐にデルザー戦闘員が不手際を詰られるが、途中で頭部を撃ち抜かれる。同時にSPIRITSの隊員が雪崩れ込む。

「Xライダー! 遅くなったけど、運び出したバダンニウム爆弾の処理は完了したわ!」
「あとはこいつらの掃討だけ、と言ったところね」
「アンリさん! ブラウン分隊長もか!」

 仮面ライダーXは先頭に立ちカービンを構える隊員がアンリエッタで、隣で拳銃を持つのがブラウンと気付いて声を上げる。

「Xライダー、戦闘員は私たちに任せて!」
「あんたらには、色々とお礼をしてやりたいのよね! 遠慮せずに全弾受け取っときなさい!」

 ホワイトが二丁拳銃の曲撃ちでデルザー戦闘員を撃ち抜いたのを皮切りに、SPIRITSは交戦を開始する。ドクロ少佐はブラウンに視線を向け、侮蔑するように鼻で笑う。

「カカカッ、味方を全滅させた無能を生かしておくか。戦犯を処断せずにまた戦場へ出すとは、か弱い人間どもらしい馴れ合いだな」
「敵の前で余所見とは、デルザー軍団きっての殺し屋の名が泣くぞ!」

 仮面ライダーXはライドルスティックをドクロ少佐の頭めがけて振り下ろし、ドクロ少佐は鎌の柄で打撃を受け止める。
 
「お行きなさい! クラウ・ソラス!」
「無駄だよ!」

 一方、最初はセシリアに押されていたドクターケイトだが、今は身体をガスへ変えてセシリアを翻弄している。セシリアが『アンサラー』を発動させると、ビットが変形する。先端にビーム刃が形成されるとセシリアはビットを一斉に突撃させる。しかしドクターケイトは身体をガスに変えて無力化し、セシリアの背後に回り込む。そして実体化と同時に杖を両手で振り上げ、殴りつけようとする。セシリアはスラスターを噴射して逃れ、杖は空振りする。続くスターライトmkⅢのビームもガス化で避ける。この繰り返しだ。

「どうだい、ライミーの売女! 手も足も出ないと分かっただろう? だが、すぐ殺してなんかやるもんか。たっぷりと絶望させて、二度と生意気な口が利けないようにしてやってから、全身の肉と皮を余さず寸刻みにして、じっくりと苦しめながら嬲り殺してやる!」
「まだまだ! ブリューナク!」
「無駄だって言ってるだろう? いい加減に学習しなよ!」

 セシリアはビットの先端にエネルギー刃を形成させ、ドクターケイトめがけて発射する。ドクターケイトは身体をガスに変え、またセシリアの背後に回り込もうとする。セシリアは離脱しつつ頭をフル回転させる。

(こちらも向こうも決定打はなし、あとは根競べとなりますか。ですが持久戦ではこちらが少々不利ですわね)

 セシリアの攻撃はドクターケイトに通用しないが、ドクターケイトも同じだ。毒ガスや毒液はシールドバリアに阻まれ、全身に毒腺もスキンバリアがあるセシリアには意味がない。あとは杖の打撃とナイフくらいだが、非力なドクターケイトでは大した威力は望めない。だが『ブルー・ティアーズ』のエネルギーも事実上有限、体力ではまかりなりにも改造魔人のドクターケイトが上だろう。持久戦になれば不利だ。
 持久戦を嫌っているのはドクターケイトも同様らしく、苛立っているのが見てとれる。しかしSPIRITS第4分隊を見ると、何かを思いついたような素振りを見せる。

「だったら、あいつらを利用してやればいいんだ……そうら!」

 ドクターケイトは一度地上に降り、杖を振ると周囲一帯に毒々しいケイトウの花が出現する。

「みんな、離れて!」

 真っ先にホワイトが叫び、隊員が花から遠ざかる。直後に花から毒ガスが噴出する。逃げ遅れたデルザー戦闘員は煙に巻かれ、仮面のみを残して溶け去る。

「まだまだ! 逃がさないよ!」
「クッ、やらせませんわ!」

 ドクターケイトはケイトウの花を出現させるが、セシリアはビットで花を焼き払う。しかし花は続々と出現しては毒ガスを噴き、セシリアは花の処理に追われる。

「ほらほら、私を忘れるんじゃないよ!」

 ドクターケイトはガス化してセシリアの上を取り、杖を振り下ろす。セシリアはギリギリで回避するも、花を焼き払うのに手一杯だ。
 配置についたイエローは自分ではどうにもならないと理解して歯噛みする。

(歯痒か……せめて、こん状況ばどげんかせんと……!)

 イエローのライフルでは花を処理出来ない。ドクロ少佐を狙撃しても状況は変わらないだろう。イエローは思案するが、ドクターケイトの動作を見ている内にあることに気付く。

(もしや、あの杖さえなけりゃ、ケイトウは出せんじゃなかか?)

 ドクターケイトは花を出現させる時に必ず杖を振っている。ならばイエローにも出来ることはある。

(こん特殊弾、使う機会はなかと思っちょったが、今がそん時たい)

 イエローはブラウンから渡された特殊弾をケースから取り出し、ライフルに込める。着弾すると発火する、焼夷弾を応用した弾丸だと聞いている。テストも済ませていいない試作品らしいが、賭けてみる価値はある。ドクターケイトが杖を取り出すと、イエローは照準を定め直す。そして杖を振ろうとした瞬間、引き金を引く。すると弾丸は杖の先端へ命中し、着弾直後に発火する。

「ひ、火ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 自身の杖が突然発火したことでドクターケイトはパニックを起こし、杖を捨てる。直後にセシリアが最後のケイトウを焼き払う。ドクターケイトは火から離れると身体をガス化させるが、セシリアはドクターケイトを無視し、燃え盛る工場へ飛んでいく。

「逃げるのか!? 卑怯者め! 大人しくこっちへ来い!」

 ドクターケイトは追撃を中断し、地上に降りてセシリアを罵倒する。セシリアは横転したブラックサタンのジープを見つけ、近くに降下する。そして燃料タンクに左手に持った『インターセプター』を突き立て、ガソリンに刃を漬ける。続いてセシリアは工場に飛びこみ、インターセプターを火へ突き入れて刃を火で包む。さらに未だに燃えている鉄骨を右手に持つとドクターケイトの下へ取って返す。

「く、来るな! 来るなぁッ!」
「何を寝ぼけたことをおっしゃいますの? 来いといったのはお前でしてよ!」

 セシリアはドクターケイトに鉄骨を突き入れつつインターセプターで斬りかかる。ドクターケイトは必死にナイフと鉄骨を回避するが、鉄骨がマントに当たって火が燃え移る。同時にセシリアが投げつけたインターセプターが右肩に突き刺さると、ドクターケイトは絶叫を上げながら地面を転がる。

「相変わらず、世話を焼かせてくれる!」

 仮面ライダーXと打ち合っていたドクロ少佐は戦闘員を派遣し、消火させる。ドクターケイトは立ち上がるが、最初の勢いがなくなっている。

「悔しいけど、今は見逃してあげるよ!」

 ドクターケイトはマントを翻し、姿を消す。するとドクロ少佐も飛び退く。

「俺も潮時だな。火炎隠れ!」

 ドクロ少佐は巨大な火の玉に変わって姿を消し、デルザー戦闘員も火の玉となって消える。仮面ライダーXがベルトにライドルを戻すと、セシリアが降下してアンリエッタが駆け寄ってくる。

「セシリア、アンリさん、先輩から連絡があって……」
「佐久間さんから話は聞いている。私たちは一度戻るわ」
「敬介さんは工場の破壊をお願いします!」

 すぐに話がまとまると仮面ライダーXはクルーザーに跨り、セシリアたちと別れて走り出す。
 恵那山の麓では仮面ライダーアマゾンと狼長官が爪と牙をぶつかり合わせている。仮面ライダーアマゾンは大地を蹴るとアームカッターで斬りかかるが、狼長官は横っ跳びで回避する。着地した狼長官は指揮杖を投げつけるが、仮面ライダーアマゾンは左手で叩き落とす。

「アマゾンライダー! 歯型爆弾を食らえ!」

 狼長官は歯型爆弾を投げつけるが、仮面ライダーアマゾンは素早く動き回って歯型爆弾を避ける。デルザー戦闘員が槍を構えて襲いかかるが、風下を取ったSPIRITS第4分隊が援護射撃を浴びせ、デルザー戦闘員を蹴散らす。

「この匂い、あのじじいもいるのか。丁度いい、まとめて喰い殺せ!」

 狼長官はゴールドの存在に気付くとデルザー戦闘員に指示を出す。するとデルザー戦闘員は黒毛の狼に姿を変え、SPIRITS第4分隊へ挑みかかる。

「さて、狼狩りの時間だ」
「おいレッドっての! そんな前に飛び出すなよ!」
「あいつには何を言っても無駄さ」

 ゴールドがライフルを構え直した直後、レッドがヘイトソング2を手に飛び出すとオサムが咎める。レッドは振り返りすらせず、先頭の狼にヘイトソング2の弾丸を叩き込む。続けて飛びかかってきた狼の喉笛をナイフで切り裂くとヘイトソング2に取りつけ、ショルダーホルスターからリボルバーを抜き左手に持つ。ゴールドがライフルで狼の額を撃ち抜き、グレイやオサムが他の隊員とアサルトライフルを掃射する。レッドは3体の狼の首をヘイトソング2のナイフで斬り飛ばす。さらに横から迫る狼に左手のリボルバーを向けて引き金を引く。すると轟音と共に散弾が発射され、狼を数匹吹き飛ばす。

「散弾を発射するリボルバーか……しかもどっかのガラガラヘビ撃退用と違って射程と精度も十分みたいだし」

 投げナイフで狼を仕留めたオサムはポツリと呟くが、すぐに電磁ムチを持って迫る狼を打ち据える。
 上空ではジェットコンドルと鈴が空中戦を展開している。ジェットパックを背負ったデルザー戦闘員は両手に鉤爪を装備して一斉に鈴へ襲いかかる。しかし鈴は慌てずに『乾坤圏』を発動させ、衝撃砲が全方位へ発射されてデルザー戦闘員を一掃する。

「なんと面妖な! どのようなカラクリか知らぬが、正面から潰してくれる! ジェェェェット!」

 ジェットコンドルは飛行形態に姿を変えると鈴へ突撃する。即座にスラスターを噴射して回避する鈴だが、発生したソニックブームをもろに浴び、体勢を崩しかける。ジェットコンドルは一度人型に戻って振り向くと、再び飛行形態へ変わる。

(直線距離でなら『風』装備の『甲龍』より速いけど、小回りは全然利かないみたいね。けど、なんであれだけのソニックブームが?)

 鈴は冷静に思案を巡らせ、瞬時加速を使って距離をとる。ジェットコンドルが突撃してくると、鈴は両肩部『龍咆』を展開し、衝撃砲を発射する。続けて離脱しようとスラスターを噴射する。

「無駄だ!」
「そんな!?」

 しかし衝撃砲はソニックブームに相殺され、離脱が僅かに遅れた鈴の足がジェットコンドルの身体を僅かに掠る。鈴は大きく吹き飛ばされ、シールドが削られる。衝撃砲とソニックブームが相殺された轟音が響くと鈴は体勢を立て直し、ジェットコンドルは人型に戻る。

「分かったぞ、貴様が使った飯綱のカラクリがな。カラクリのカラクリまでは知らぬが、貴様が飛ばしていた弾丸は空気そのもの、すなわち衝撃波だな? ならば我輩に貴様の攻撃など通用せぬ! 大人しく雄猿ともに尻を振っていれば生き永らえたものを。己の愚劣さを呪うがいい、淫売めが!」
「こっちもソニックブームのタネが分かったわ! あんたはISと逆に、全身の羽毛を振動させてソニックブームを増幅してたのね!?」
「いかにも! だが、そんなことが分かって何になる!? 貴様がここで骸を晒すことには変わりないのだ! せめてもの情けだ、ジセイのハイクとやらを詠め! 我輩が直々にカイシャクとかいうものをしてやる! ジェェェェェット!」
「それを言うなら『辞世の句』よ!」

 ISは衝撃波や摩擦熱を『多目的動力(マルチブル・エネルギー)』へ転換し、スラスターに取り込んで再利用している。これが『流動波干渉』だ。ゆえにISは音速を超えてもほとんどソニックブームを発生させず、摩擦熱も発生しにくくなっている。外からソニックブームを受けても多少は問題ないが、流石にジェットコンドルのそれをまともに浴びた場合、中和しきれずに体勢を崩されてしまう。
 鈴はジェットコンドルと対峙しつつ頭を回転させていたが、ようやく糸口を見つける。

(もし私の読み通りなら、いけるはず!)

 鈴は決断を下し、ジェットコンドルがまた突撃してくると今度は上に逃れる。ジェットコンドルが自分の真下を通り過ぎる直前、ジェットコンドルの進路上めがけて衝撃砲を発射する。すると衝撃砲が当たったのか轟音が響き渡る。ジェットコンドルは停止し、人型に戻る。しかしジェットコンドルの様子がおかしい。

「貴様、我輩のジェットエンジンを……!?」
「読み通りね。流石にジェットエンジンまで振動させたら空中分解しちゃうものね!」

 鈴はエンジン周辺は比較的ソニックブームが弱いと判断し、エンジンを狙って衝撃砲を発射した。幸いジェットコンドルの動きは直線的で先読みも容易く、簡単に見越し射撃を当てることが出来た。ジェットコンドルのジェットエンジンは破損し、辛うじて飛行している程度だ。しかしジェットコンドルはデルザー戦闘員を呼び出し、一斉に突撃させる。

「無駄だって言ってんのよ!」
「無駄ではないぞ!」

 鈴は衝撃砲を連射してデルザー戦闘員を蹴散らすが、ジェットコンドルはデルザー戦闘員を盾にして突撃する。そして突破に成功すると鉤爪を両手に装備する。

「こいつで、どう!」

 しかし鈴は右腕部衝撃砲を『縛妖索』へ換装し、チェーンを射出してジェットコンドルを縛り上げる。ジェットコンドルから距離を取ると、鈴は高圧電流を流しこむ。悶絶しながらもチェーンを切り裂いて拘束から逃れたジェットコンドルだが、いきなり怒り狂って罵声を飛ばす。

「貴様ァァッ! 不遜にも空を飛ぶのみならず、あの忌々しい蝶もどきの猿畜生と同じく雷撃まで使うかァッ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺すゥゥゥゥゥッ!」

 奇声を発して突っ込んでくるジェットコンドルだが、速度は非常に遅い。鈴は『双天牙月・砍妖』を呼び出し、カウンターでジェットコンドルの両翼を切り落とす。ジェットコンドルは罵声を飛ばしながら地面に叩きつけられる。
 ジェットコンドルが頭を振って立ち上がると、蹴り飛ばされた狼長官が地面に転がっている。狼長官は立ち上がると指揮杖を仮面ライダーアマゾンへ向ける。

「食らえ! プラズマ光線!」
「ケケェェェェェッ!」

 狼長官の頭部についた飾りからプラズマエネルギーが発射されるが、仮面ライダーアマゾンは平然としている。のみならず間合いに入ると狼長官の顔面に左右の掌底を入れる。ジェットコンドルも鉤爪を装備して挑みかかるが、回し蹴りを入れられて吹き飛ぶ。さらに鈴が双天牙月・砍妖で斬りかかると、狼長官とジェットコンドルは一度飛び退く。

「おのれ人間どもめ! これで勝ったと思うなよ!」
「これは戦略的撤退だ! 次に会ったら必ずこの爪と牙で引き裂いてやる!」

 狼長官が歯型爆弾を足元に投げると爆発と共に閃光が広がる。仮面ライダーアマゾンと鈴の視界が戻ると狼長官とジェットコンドルの姿はすでにない。
 少し経つと、デルザー戦闘員の掃討を終えたオサムたちがやってくる。

「鈴さん、佐久間分隊長から連絡がありました。デルザーが動いているらしいので、一度富士駐屯地に戻って欲しいと。それで、あなたかアマゾンライダーに同行して欲しいのですが」
「分かりました。アマゾン、どうする? ……って、もういない」

 鈴は一度振り返るが、仮面ライダーアマゾンの姿はない。鈴は富士駐屯地へ戻ることを決め、オサム達もヘリに乗り込む。
 スパークとタックルは富士駐屯地を目指していたが、突如バイクをターンさせる。先行していた箒はすぐにスパークとタックルの下へ向かう。

「お二人とも、どうかされたのですか?」
「箒さん、よく考えてみたんだけど、私たちが富士駐屯地に戻っても仕方ないと思うの」
「他の仮面ライダーなりISの操縦者がいるんだろ? だったら、連中の本拠地を叩いてやったほうが効果的じゃないか?」
「私たちは名古屋へ行くわ。箒さんは富士駐屯地に戻ってて」
「私も行きます。一夏がいるなら、向こうは大丈夫でしょうから」

 箒はスパークとタックルに同行することを決め、一路名古屋へと向かう。
 それが運命の分かれ道になるなど、思いもせず。

**********

 夕日が西の空へ沈もうとしている頃。富士駐屯地の医療施設。病室ではルリ子と束が茂の経過を観察している。藤兵衛は弾や蘭、クリスタとともに病室の外で控えている。ルリ子は一度額の汗を拭って束に声をかける。

「お疲れ様。私だけで十分だから、休んでていいわよ」
「そうはいかないよ。この人は箒ちゃんを助けてくれたんだし、箒ちゃんのためにも助けてあげないと」

 束は首を振ってみせる。ルリ子も何も言わずに茂の治療を開始し、束も手伝う。
 その頃、スカーレットは落ち着かない様子で扉を見ていた。

(チリカ、遅いな。戻ってきてもいい頃なんだけど)

 チリカはトイレに行くと言って会議室を出たのだが、まだ戻ってこない。

(やっぱり、勝手に出歩いているんじゃ……早く連れ戻さないと)

 スカーレットは立ち上がり、会議室を出ようとする。しかしスパイクが呼び止める。

「スカーレット、どこに行くんだ?」
「その、チリカを探しに行こうかと」
「放っておけよ。まさか男子トイレまで行って催促でもするのか?」
「いえ、長引いているにしても遅すぎます。チリカのことですから、勝手に歩き回ってると思いますし」
「だったら、俺かガブリエルが探そうか? ガブリエルは行く気満々だしな」

 スパイクは立ち上がったガブリエルを顎で示してみせる。しかしスカーレットは静かに首を振る。

「いいの、ガブリエル。私の勘違いかもしれないし。すぐ戻るから心配しないで?」
「お前が言うなら大人しくしてるよ。ただし、ミイラ取りがミイラになった、なんてことにはなるなよ?」

 スカーレットの意志が固いことを悟ったガブリエルは座り直し、スパイクも折れる。スカーレットは会議室を出てチリカを探し始める。最初は建物内を探していたスカーレットだが、いくら探しても見つからない。途中で歩哨や立哨の兵士に聞いてみるが、誰も見ていないようだ。結局、建物内を一通り探しても見つからず、スカーレットは溜息をついて外を眺める。すると、不審な人影を見つける。目をこらしてみると、チリカだ。スカーレットは慌てて外に出ると、必死に走ってチリカに追い付く。

「チリカ!」
「げえっ! スカーレット!」

 スカーレットが声を上げるとチリカは逃走しようとする。しかしスピードを上げる前に腕を掴まれる。

「待ってよ、チリカ。どこに行くの?」
「うるせえな。トイレだよ、トイレ。道分かんねえから適当に歩いてんだよ」

 チリカはとぼけてみせるが、スカーレットの力が強く振り払えない。

「嘘をつかないで! トイレを探すのになんで外に出る必要があるの!?」
「ちぇっ、バレちまったら仕方ねえや」

 スカーレットに追及されるとチリカも大人しく抵抗を諦める。スカーレットは腕を放して尋ねる。

「チリカ、私に黙ってどこに行こうとしてたの? むやみに出歩いては駄目だって、タキのおじさまにも言われていたでしょ?」
「お前、まだいい子ぶってんのかよ。レッドに落とし前つけるチャンスだぜ? やっと基地には入れたんだし、使わねえ手はねえ」
「けど、レッドはいないかもしれないし……」
「あのなスカーレット、スパイクの慰問がドタキャンされたのを忘れたのか? つまり、何かヤバいことがあったに決まってるだろ。だとしたらレッドはまだ残ってるかもしれないだろ?」
「けど……」
「ちょっと! そこで何してるのよ!?」

 チリカの反論で言葉に詰まるスカーレットだが、ヘアバンドをして黒いプロテクターを着込んだ少女が駆け寄ってくる。年はスカーレットと同じくらいだろうか。スカーレットとチリカがきょとんとしていると、少女は畳みかけるように言葉を続ける。

「あなた達、こんなところで何をしてるの? 駐屯地の人じゃないみたいだし、どこから入ってきたの?」
「ヘッ、そっちだって民間人じゃねえか。俺たちがどこから来ようが関係無いだろ」
「チリカ! すいません、私たちは慰問に呼ばれたスパイクさんの付き添いできたんですけど、チリカが道に迷っちゃって。私はチリカを連れ戻しに来たんです」
「そう……なら私が送っていくわ。部屋はどこ?」
「あっちの会議室です」
「おい、ちょっと待てよ。さっきから偉そうにしてるけど、お前こそ何様なんだよ?」
「私は一応SPIRITSの所属なのよ」
「おい蘭、そんなとこで何してんだ?」

 チリカが鼻をほじってスカーレットに足を踏まれるのと同時に、少女とよく似た少年とテンガロンハットを被った男性が歩いてくる。

「お兄はともかく、立花さんがどうしてここに? 城さんと一緒じゃなくていいんですか?」
「ルリちゃんたちの邪魔になったら悪いからな。蘭ちゃん、この二人は?」
「えっと、確かスパイクさんって人の付き添いで……」
「スカーレットって言います。それでこっちが……チリカ! 真面目にして!」
「うるせえな。人がどうしようと勝手だろ。大体こっちのオッサンも……おっ、取れた」

 蘭と呼ばれた少女にスカーレットが名乗って一礼するが、チリカは鼻をほじっている。スカーレットがツッコミを入れるとチリカは面倒くさそうに答える。しかし鼻から一際大きな鼻くそが出てくると、チリカは睨んでいるスカーレットの顔と鼻くそを見比べる。そしてごく自然に鼻くそがついた指をスカーレットの鼻の穴へ差しこむ。

「い、いやあああああああっ!」
「って、何してんのよ!?」
「ぶへらっ!?」

 スカーレットが悲鳴を上げるのと同時に、蘭がコークスクリューブローをチリカの顔面へ叩き込む。チリカは数メートルほど殴り飛ばされてダウンする。蘭はポケットティッシュで鼻くそをふき取る。蘭がふき取ったティッシュをチリカの顔面に投げつけると、スカーレットは落ち着きを取り戻す。少年と男性にとっては見慣れた光景なのか、ツッコミは入れない。

「まったく、幼稚園児じゃないんだから。それはそうと、私は五反田蘭。それで……」
「五反田弾だ。こっちは立花藤兵衛さん。俺たちは仮面ライダーの手伝いをするためにここへ来たんだ」
「仮面ライダーの……一つお聞きしたいんですが、弾さんと蘭さんはご家族なんですか?」
「見ての通り、兄妹よ。お兄の方が頼りなく見えるかもしれないけど」
「やれやれ。ここは俺たちが送っていくよ。いつまでもここにいたら怪しまれるだろう」

 男性こと藤兵衛が提案すると、伸びているチリカに少年こと弾が活を入れる。直後に爆発音が響き、地鳴りのような振動が襲いかかる。

「なんだ!?」
「一体どうしたってんだ!?」

 スカーレットとチリカは勿論、弾や蘭、藤兵衛もわけが分からぬと言いたげな表情を浮かべるが、またしても爆発音と衝撃が響き渡る。

『敵襲だ! 総員、配置につけ! 繰り返す! 直ちに配置に……』

 同時に駐屯地内にアナウンスが流れる。するとチリカは一目散に駈け出す。

「チリカ! 待って!」
「ちょっと待ちなさいって!」
「お、おい! どこ行くんだよ!?」
「俺たちも追いかけよう!」

 一瞬遅れてスカーレットもチリカを追いかけ、藤兵衛たちも走り出す。

「クソ! 警備担当は昼寝でもしてたのか!? なんで侵入されるまで気付かなかったんだよ!?」
「桜井! 口を閉じろ! 月村、援護しろ!」
「了解!」
「シャイィィィッ! 無駄な足掻きを。さあ、ドンドコ行け!」
「シャイッ!」
「人間どもに構うな! ストロンガーの捜索を優先しろ!」
「カチュウ!」

 その頃、テレポートで駐屯地内に出現した磁石団長とヨロイ騎士はデルザー戦闘員を召喚し、明と桜井を含む国防軍と交戦していた。明たちは小銃を連射するが、磁石団長とヨロイ騎士は平然としている。班長がリロードを終え、明がリロードを始めるのに合わせ、桜井が悪態をつき始める。

「なんて頑丈さだ! 戦車か自走砲でも持ってこなきゃ話にならないんじゃねえか!?」

『こちら第三小隊! 対人火器ではとてもヤツらを倒せない! 至急、砲撃支援を!』
『馬鹿を言うな! 駐屯地内で砲撃出来るか! お前たちまで巻き込まれるぞ!?』

「ここでは戦車も使えん。支援砲撃も無理か……!」

 無線から怒号が飛び交う中、明もリロードを終える。途中で珍しく班長が悔しさを滲ませて呟くが、誰も指摘する余裕がない。時折無反動砲や対戦車ミサイルが磁石団長とヨロイ騎士に発射されるが、どちらも直撃したにも関わらず平然としている。

「しかし、煩くてかなわん。行くぞ! マグネットパワー!」
「何!? 銃が!」

 磁石団長は全身から強力な磁力を発し、銃を引き寄せようとする。明たちは銃を両手で抱えて抵抗するが、銃火器は磁石団長の身体へと引き寄せられていく。呆然と見ていた明だが、磁石を模した仮面をつけたデルザー戦闘員が突撃してくるのを見て班長が指示を飛ばす。

「月村! 拳銃を使え! 一度後退するぞ!」

 明はプラスチック製の拳銃がまだ残っていると気付き、ホルスターから抜いて安全装置を外す。機器が破損したのか、通信は一切聞こえてこない。桜井が先頭のデルザー戦闘員を撃ち抜き、明も数発拳銃を撃つと後退を開始する。他の班もすでに後退しており、明たちの班が一番最後だ。磁石団長が兵士を鼻で笑った直後、上空から銃撃を受けて身体が揺らぐ。

「ぬおっ!?」
「空だと!?」
「IS部隊か!」

 混乱する磁石団長だが、ヨロイ騎士は空を見上げる。明も空を見上げ、IS部隊が到着したと気付く。IS部隊は一斉に降下し、磁石団長とヨロイ騎士を銃撃で怯ませつつデルザー戦闘員を一掃する。

「皆さん、大丈夫ですか!?」
「ここは我々に任せて、後退を!」

 IS部隊は一度上昇し、再び銃撃を浴びせて磁石団長とヨロイ騎士を後退させる。その隙に2機のISが明たちに後退を促す。すると明と桜井が表情を変える。

「梨沙!」
「ケッ、まさか紅林に助けられることになるなんてな。厄介なことになってくれたもんだぜ。敵中で孤立した方がマシだったかもな」
「明! あんた、またぼさっとしてたの!? 早く後退して!」
「なんだ、誰かと思えば桜井か。助け損とはこのことだな。お前じゃあいつらには逆立ちしても勝てないんだから、さっさと私の前から消え失せろ」

 『打鉄』を装着しているのは梨沙と紅林だ。明と梨沙がどこか砕けた雰囲気を漂わせているのに対し、桜井と紅林は物凄く嫌そうな顔をしている。明と梨沙は桜井と紅林を窘めようとするが、班長と柳から指示が飛ぶ。

「何をしている!? 後退しろ! 装備を受け取ったら再出撃だ!」

『紅林! 神代! 止まるな! 攻撃を再開しろ!』

 桜井は紅林を睨んだ後に走り去り、明もその場を離れる。
 紅林は鼻を鳴らすとPICを使って飛翔し、梨沙も上空に舞い戻る。梨沙は他のISと合流して上空を旋回し、銃撃を再開しつつ紅林に個別間秘匿通信を入れる。

『紅林さん、先ほどの方とはどういった関係で?』
『私の人生最大の汚点よ。無駄口叩いてないで、突っ込むわよ』

 紅林は簡潔に答えると近接ブレードに持ち替え、梨沙と共に急降下を開始する。他のISから援護を受けながら、紅林と梨沙は一気に間合いに入って近接ブレードを振り下ろし、反撃される前に離脱する。梨沙と紅林は火器支援用パッケージ『八幡』を装備し、両肩非固定部位に追加されたガトリングやロケット弾を連射する。残る『打鉄』は近接戦用パッケージ『不動』を呼び出す。そして一斉に突撃し、手に持った長槍を同時に突き出して一撃を加える。電磁棒や剣で防御する磁石団長とヨロイ騎士だが、反撃する前に『打鉄』は上空へ離脱する。
 磁石団長は罵声を張り上げるが、梨沙たちは銃撃を再開する。磁石団長とヨロイ騎士は先に進もうとするが、『打鉄』に足止めされて思うに任せない。

「こうなったら……行くぞ! マグネットパワー! 最大出力! シャクゥッ!」
「くっ!?」

 痺れを切らした磁石団長は己の磁力を最大まで引き上げる。すると『打鉄』の動きが急に止まる。引き寄せられまいと抵抗する梨沙たちだが、磁力から逃れることが出来ない。今度はヨロイ騎士が前に出て長短一対の剣を交差させ、大上段に構える。

「高速熱線! カチュウ!」

 双剣を振り下ろすと、剣から熱線が発射されて梨沙に直撃する。熱線は梨沙を叩き落とし、土煙が上がる。

「梨沙!」
「まず自分の心配をするんだな! おい、アレを持ってこい!」
「シャイッ!」

 磁石団長が呼び出したデルザー戦闘員は背負い式の装置を持ってくる。装置を背負うと磁石団長はISに小型磁石を次々と投げつけ、『打鉄』の装甲に吸着させる。

「こいつで締めだ! 千倍マグネットパワー!」

 磁石団長は装置で増幅した磁力を『打鉄』へと集中させる。すると『打鉄』のハイパーセンサーが異常を告げ、システムの大半がダウンして墜落する。

「まさか、磁力でシステムが!?」
「あり得ない! 磁気嵐の直撃にだって耐えられる筈なのに!」
「装甲を直接磁石に変えちまえば、どんなコンピューターでも耐えられまい。ヨロイ騎士!」
「任せろ! 者ども、さあ行くぞ!」
「カチュウッ!」

 パワーアシストすら働かない紅林たちにヨロイ騎士と配下のデルザー戦闘員が突撃し、取り囲んで滅多打ちにする。紅林たち辛うじて稼働するシールドで防ぐが、ヨロイ騎士の一撃は強烈でシールドが削られ、装甲が軋む。

「これ以上やらせるわけには……!」
「おっと、貴様の相手はこの磁石団長だ! シャァァァイッ!」

 一瞬意識を失っていた梨沙は紅林たちを救援しようとするが、磁石団長が妨害する。一度空へと舞い上がる梨沙だが、磁石団長は磁力で梨沙の動きを止め、小型磁石を数個投げつけて装置を起動する。すると梨沙の『打鉄』も墜落する。辛うじて立ち上がる梨沙を磁石団長が電磁棒で滅多打ちにし始める。梨沙は左肘に仕込まれたショートブレードを抜き放って必死に防ぐが、パワーアシストがダウンしているためか動きは鈍く、すぐに息が荒くなる。間もなくショートブレードも弾き飛ばされる。シールドの残量が少ないことが梨沙に告げられるのと同時に、磁石団長は電磁棒を大きく引く。

「こいつでトドメだ!」

『神代! 離脱しろ!』

 磁石団長の動きを見た梨沙の身体が硬直し、思考がフリーズする。あの一撃を貰えば絶対防御が発動して意識を失う。後は嬲り殺しにされるだけだ。故に柳の指示も耳に入らない。味方もヨロイ騎士の猛攻を防ぐのに精一杯だ。思わず目を瞑る梨沙だが、横からの銃撃で装置が破損する。磁石団長は電磁棒を下ろして周囲を見渡す。

「磁力増幅装置が!? どういうことだ! 探せ! 装置を壊したヤツを見つけ出して、ぶち殺せ!」
「やれるもんならやってみやがれ! 磁石頭が!」
「子供!?」

 磁石団長がデルザー戦闘員に指示を出すと、拳銃を構えた少年が立て続けに発砲する。デルザー戦闘員が数人撃ち抜かれて倒れると、磁石団長は少年と対峙する。意外な救援に面食らう梨沙だが、すぐに気を取り直すと『打鉄』を緊急パージし、絶対防御分のエネルギーを全て衝撃波に変換し、磁石団長へ直撃させる。離脱する梨沙を尻目にガンスピンをする少年だが、駆けつけた少女が止めに入る。

「チリカ!」
「邪魔すんな、スカーレット! 俺たちも闘わねえと、あいつらにぶち殺されるぞ!」
「待つんだ、君たち! ってあいつらは、磁石団長! ヨロイ騎士!」
「立花さん、知ってるんですか?」
「知ってるとも。デルザーの改造魔人だ!」
「ややっ、貴様は立花藤兵衛! 貴様がなぜここに!?」

 少年ことチリカはスカーレットを押しのけ、磁石団長の眉間に狙いを定める。遅れて駆けつけた藤兵衛は声を張り上げる。ヨロイ騎士と磁石団長も動きを止めて藤兵衛の存在に気付く。弾と蘭はスカーレットと共にチリカを連れて逃げようとするが、チリカは頑として動こうとしない。

「そこの民間人! 危険だから早く逃げなさい!」
「そうはいかん! 立花藤兵衛、飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのこと!ライダーストロンガーの居場所を吐いて貰おうか!」
「馬鹿にするなよ! 死んでも言わんぞ!」
「強がりを。まあいい、人間どもは皆殺しにする予定だったのだ。痛めつけて聞き出すまでよ!」

 紅林が藤兵衛たちを逃がそうと声を張り上げる。だが磁石団長とヨロイ騎士は目標を変更し、藤兵衛へ襲いかかる。

「おいオッサン! あいつらと顔なじみだったのかよ!?」
「顔馴染みもなにも、昔からの敵同士だ!」

 チリカは拳銃を撃ち尽くすと、デルザー戦闘員の短剣を奪い取り、デルザー戦闘員を蹴散らし始める。藤兵衛、弾、蘭もスカーレットを庇いながらデルザー戦闘員を殴り倒し、チリカを連れて逃げようとする。

「逃がさんと言っただろうが!」

 しかし磁石団長が立ちはだかり、電磁棒で殴りかかる。弾は右に、蘭とスカーレットは左に身を開いて回避する。藤兵衛も後ろに下がって回避するが、続く突きを受けてしまい膝をつく。

「立花さん!?」
「馬鹿! スカーレットは下がってろよ!」
「どこに行く気だ? クソガキが! カチュウ!」

 スカーレットが藤兵衛へ駆け寄るのを見てチリカは舌打ちして走り出すが、ヨロイ騎士が割り込む。

「どきやがれ! ヨロイ野郎! てめえに構ってる暇はねえんだよ!」
「それはこちらの台詞だ! ガキはガキらしく昼寝でもしていろ!」

 チリカは短剣を手に飛びかかるが、ヨロイ騎士は短剣の柄でチリカを殴り飛ばす。チリカは壁に叩きつけられて動きが止まる。気絶したようだ。

「チリカ! しっかりして!」
「クソ、蘭は立花さんとスカーレットを頼む! 俺はチリカってヤツを助けてくる!」

 弾はチリカへ駆け寄って活を入れる。藤兵衛も辛うじて立ち上がるとスカーレットと蘭を連れて逃げようとする。

「逃がさんぞ! マグネットパワー!」
「な、なんだ!?」
「あいつに引き寄せられていく!?」

 磁石団長が全身から磁力を発すると藤兵衛たちは引き寄せられ、デルザー戦闘員に取り押さえられる。

「さあ、城茂の居場所を吐いて貰おうか!」
「この! 放せってんだよ!」
「抵抗しても無駄だ。なんなら、先に女ガキを痛めつけてやってもいいんだ……む?」
「シャクゥ!?」

 デルザー戦闘員を振り払おうと暴れる藤兵衛だが、磁石団長が鼻で笑う。直後、横合いからの銃撃でデルザー戦闘員が次々と倒れる。磁石団長が顔を向けると小銃を構えた明たちが周囲に展開している。その隙に藤兵衛たちはチリカや弾と合流する。

「紅林さん! 私が援護しますから後退して下さい!」
「ええ! こいつは始末書じゃ効かないでしょうね……!」

 兵士に混じってアサルトライフルを持った梨沙の姿を発見すると、紅林たちは『打鉄』を脱ぎ、兵士たちと合流する。磁石団長とヨロイ騎士はデルザー戦闘員を呼び出す。
 その頃、ルリ子と束は茂を安全な場所へ連れ出そうとしていた。しかし混乱は大きく、ストレッチャーの確保どころか病室に戻ることすら難しい。ようやくストレッチャーを確保したルリ子と束を、駆けつけた兵士が呼び止める。

「待って下さい! ここは危険です! 一刻も早く避難して下さい!」
「まだ重症患者がいるんです! 患者を見捨てられるわけがありませんよ!」
「敵はすぐそこまで迫ってきています! 安全は保障出来ません!」

 ルリ子と国防軍兵士の間で押し問答が繰り広げられるが、クリスタが血相を変えて飛び込んでくる。

「束さま! 大変です! あの人が!」
「落ち着いて、くーちゃん。なにがあったの? まさか、怪人がすぐそこまで来ちゃった?」
「そうではありません! とにかく、来て下さい!」

 束はクリスタを落ち着かせようとするが、クリスタは大慌てで束の手を引いて走り出す。ストレッチャーを押しながらルリ子も病室へと向かう。兵士たちも束やルリ子を護衛すべく隊伍を組んで後を追う。
 病室の前に着いた束は、ルリ子がストレッチャーを運んでくるのを待ち、クリスタにせかされながらもドアを開ける。

「え? これって……」
「嘘でしょ……!?」

 病室に茂の姿はなかった。大きく開けられた窓のみが残された病室を見て、束とルリ子は絶句する。
 その時、国防軍兵士たちは追い詰められていた。デルザー戦闘員は次々と呼び出され、挑みかかってくる。その心理的重圧が兵士たちを消耗させる。今は防衛ラインを下げて持ち堪えるのが精一杯だ。明はリロードを終えると、藤兵衛たちに声を張り上げる。

「ここは我々で食い止めます! あなた方は早く避難を!」
「馬鹿め。人間どもに安全な場所も、安息の時もありはしないのだ……シャイィィッ!」
「言った筈だ、逃がす気はないとな。カチュウ!」

 磁石団長とヨロイ騎士は鼻で笑うと、同時に跳躍する。そして藤兵衛の前に立つと得物を構える。防衛線を飛び越えた磁石団長とヨロイ騎士を見て一瞬思考が停止する兵士たちだが、慌てて発砲しようとする。

「待て! 同士討ちする気か!」
「今撃てば民間人に当たるぞ!」

 しかし同士討ちや誤射を懸念する声が上がり、トリガーにかかった指が止まる。磁石団長とヨロイ騎士はゆっくりと藤兵衛に歩み寄る。藤兵衛たちは徐々に後退し、兵士たちは銃を構えて威嚇するがどちらも一瞥すらしない。

「こうなったら……これで!」
「月村! 待て!」

 明は意を決し、アサルトライフルに銃剣を取り付けると気合と共に突撃する。桜井が止めるのも聞かずに磁石団長へ銃剣を突き立てる明だが、銃剣が弾き飛ばされて尻餅をつく。磁石団長は面倒くさそうに明を一瞥する。

「恐怖のあまり気でも狂ったのか? まあいい、そんなに死にたければお前から殺してやろう!」

 磁石団長は電磁棒を無造作に突き出すが、明は地面を転がって回避する。明は再び立ち上がって銃を構え直すと藤兵衛が声を上げる。

「何をしてるんだ!? 早く退却を!」
「あなたこそ逃げて下さい! 時間は自分が稼ぎます!」
「月村! 無茶言うな! あんな化け物相手に足止めなんて出来るかよ!」
「出来る出来ないの問題じゃないんですよ! やらなきゃいけないんです!」

 藤兵衛だけでなく桜井も静止するが、明は怒鳴り返して再び磁石団長へ挑みかかる。しかしヨロイ騎士の長剣で小銃を叩き落とされ、思い切り蹴り飛ばされる。頭を振って立ち上がる明を見て磁石団長は鼻を鳴らす。

「しつこいヤツだ。まあいい、立花藤兵衛! 抵抗するなら、まずはこいつから殺してやるぞ!」
「させるか!」
「明!」
「立花さん!」
「おい馬鹿! やめろ!」

 磁石団長が電磁棒を構えると、藤兵衛と梨沙が磁石団長へ飛びかかる。磁石団長は藤兵衛と梨沙を地面に打ち据え、梨沙を明めがけて蹴り飛ばす。同時に紅林が桜井から銃を引っ手繰る。

「おい紅林! 何すんだよ!?」
「何って、後輩を助けるんだよ!」
「馬鹿野郎! 射線上には月村や民間人もいるんだぞ!?」
「お前は神代を見殺しにしろって言うのか!?」
「なら後輩のために他のヤツまで射殺しようってのか!?」

 桜井と紅林が口論している間に、藤兵衛はデルザー戦闘員に取り押さえられる。弾やチリカが藤兵衛を助けようとするが、ヨロイ騎士配下のデルザー戦闘員が妨害する。さらに輪の外から多数のデルザー戦闘員が突撃し、兵士たちを押し込む。

「ここまでのようだな。立花藤兵衛、死にたくなければ城茂の居場所を吐け!」
「殺すなら殺せ! 絶対に吐かんぞ!」

 ヨロイ騎士が両手の剣を向けるが、藤兵衛は頑として要求を撥ねつける。磁石団長が一発殴ろうとした直後、梨沙と明は頷き合い、一瞬の隙を突いて藤兵衛を捕らえたデルザー戦闘員に体当たりを仕掛ける。デルザー戦闘員が吹き飛ばされて藤兵衛が解放されると、磁石団長が怒りに任せて電磁棒を振るって明と梨沙を地面に叩き伏せる。ヨロイ騎士も怒りで身を震わせながら磁石団長の隣に立つ。

「人間の分際で生意気な! まずは貴様らを殺してやる!」
「逃げようなどとは思わないことだな!」
「クッ、梨沙! 早く逃げろ! お前が逃げる時間くらいなら稼いでやるから!」
「明こと早く逃げて! 男のあんたじゃ無理よ!」
「お前だってISがないじゃないか! 俺も昔のままじゃない! 鍛え方だって全然違うんだ!」
「全部昔のままじゃない! 大体、あんたが私に腕相撲で勝てたことがあった!?」
「それは高校までの話だろ!」
「高校生になっても私に勝てないってだけで十分よ!」
「黙って見てりゃ痴話喧嘩なんぞ始めおって! ヨロイ騎士、どっちを先に殺ればいいと思う?」
「わざわざ聞く必要があるのか?」
「そうだな……両方殺しちまえばいいだけの話だ! 死ね! クソガキども!」
「やめろ!」

 藤兵衛の叫びも虚しく、磁石団長の電磁棒とヨロイ騎士の長剣が明と梨沙に突き出される。

「ストロンガーダブルキック!」
「シャイィィッ!?」
「カチュウ!?」

 しかし両者は背後から飛び開脚蹴りを食らって吹き飛ばされる。蹴りを放った乱入者は着地と同時に地面に手を置く。

「エレクトロファイヤー!」

 すると地面に電流が伝ってデルザー戦闘員を感電させ、一掃に成功する。乱入者は明と梨沙を助け起こす。磁石団長とヨロイ騎士は頭を振って起き上がると乱入者と対峙し、驚愕する。呆然としていた藤兵衛も乱入者の正体に気付く。

「ば、馬鹿な!? なんで貴様がここに!?」
「あれだけの傷を負ってまだ戦える筈が……!」
「俺が寝込んでいると思ってノコノコやって来たようだが、残念だったな! おやっさん、怪我は?」
「茂! 本当に茂なんだな!? もう大丈夫なのか!?」
「ええ、お陰さまで。心配させてすいませんね。それと弾君、蘭さん、少し驚き過ぎじゃないか?」

 乱入したのは変身した茂だ。喜色満面で出迎える藤兵衛に茂は軽い口調で答える。弾や蘭は喜び以上に驚きで絶句している。茂は二人を正気に戻すが、梨沙がおずおずと質問する。

「あの、あなたは一体……?」
「なんだ、俺を知らないのか? ま、別行動ばかりだから仕方ないか。俺は……」
「ええい、何をしている! やれ!」
「シャクゥ!」
「カチュウッ!」
「っと、相も変わらず空気が読めない連中だぜ。おやっさん!」
「ああ! さあ、下がるんだ!」

 茂は梨沙に名乗ろうとするが、新たに召喚されたデルザー戦闘員が一斉に飛びかかる。藤兵衛が梨沙たちを下がらせると、茂はデルザー戦闘員にジョルトブローを叩き込んで声を張り上げる。

「天が呼ぶ」

 デルザー戦闘員は茂を遠巻きに取り囲む。茂は悠然と歩き出し、磁石団長とヨロイ騎士はジリジリと後退する。途中で剣を持ったデルザー戦闘員が背後から茂に突きかかる。しかし茂は半身で剣を回避し、カウンターの裏拳叩き込む。

「地が呼ぶ」

 茂はヨロイ騎士を睨み、再び動き出す。今度は電磁棒を持ったデルザー戦闘員が奇声と共に横から殴りかかる。

「人が呼ぶ」

 デルザー戦闘員に蹴りを入れて沈黙させると、手近にいたデルザー戦闘員を背負い投げで地面に叩きつける。

「悪を倒せと俺を呼ぶ」

 茂は立ち止まると、磁石団長とヨロイ騎士を正面から見据える。

「俺は、仮面ライダーストロンガー!」

 最後に右手を天に突き出して名乗りを終えると、ヘリが飛来してデルザー戦闘員に銃撃を浴びせ始める。同時にバイクが一台疾走してくる。

「おやっさん! 無事か!?」
「滝! 戻って来たのか!」
「ええ。SPIRITSや一夏君たちも一緒ですよ」
「月村! 後退だ! SPIRITSが到着したとよ!」
「梨沙も急いで!」
「はい!」

 バイクから降りた和也が藤兵衛たちの無事を確認すると、国防軍の兵士は後退する。ヘリから降下したSPIRITSが展開を完了し、上空から4つの影が飛来する。

「おやっさん! 弾! 蘭!」
「一夏! 真耶ちゃんにセシリアちゃん、鈴ちゃんもか!」

 飛んできたのは一夏、真耶、セシリア、鈴だ。和也はスカーレットとチリカもいることに気付く。スカーレットは申し訳なさそうにしているが、チリカは不貞腐れている。一瞬疑問を抱く和也だが、磁石団長やヨロイ騎士と対峙する茂を見てすぐに振り払う。

「本当は色々聞きたいところだが、今は後回しだ。早く安全な場所へ!」
「ストロンガーだけでなく、SPIRITSとインフィニット・ストラトスまで来おったのか!」
「お前らの悪知恵なんて最初からお見通しなんだよ、間抜けが!」
「別にあんたが見抜いたわけじゃないでしょ、一夏」
「城さん、もうお身体は大丈夫ですの?」
「心配ご無用。見ての通り本調子さ。いつも以上に身体が軽いくらいだ」
「ったく、心配させやがって……茂、一夏君たちと一緒に改造魔人を頼む!」
「言われなくても! 行くぜ、磁石団長! ヨロイ騎士!」
「織斑君と凰さんはフォワードを! オルコットさんは私と一緒にバックアップに!」

 歯噛みする磁石団長に一夏が不敵に笑い、鈴がツッコミを入れる。セシリアが茂の身を案じると茂はいつもの調子で応える。和也は安堵の呟きを漏らすと指示を飛ばし、真耶も分担を決める。茂は跳躍して磁石団長に挑みかかり、真耶がアサルトライフルで援護する。一夏と鈴も得物を手にヨロイ騎士に突撃し、セシリアはスターライトmkⅢを呼び出す。

「電パンチ!」
「シャクウッ!?」

 茂が磁石団長の顔面に右ストレートを叩き込むと、高圧電流が流れてスパークが発生する。磁石団長がたたらを踏むと、茂のハイキックが側頭部に叩き込まれ、大きく姿勢が崩れる。追撃の左フックを左手で払った磁石団長は、電磁棒を振るって反撃に転ずる。バックステップで間合いを開けた茂は電磁棒を避けて反撃の機会を窺う。

「私もいるのを忘れていたようね!」
「ぬうっ!? なんだこのムースは! 固まって剥がせんぞ!」

 しかし真耶が硬化ムース弾を足元に打ち込み、磁石団長の動きを止める。磁石団長は足を動かそうとするが、硬化ムースの強度が高過ぎてびくともしない。電磁棒で数回打ち据えて戒めを解くが、茂が飛び蹴りを胸に入れて蹴り飛ばす。

「さあ立て! このくらいでへばって貰っちゃ困るぜ!」
「猪口才な! 大口を叩いたことを後悔させてやる!」
「山田先生、磁石団長は俺一人で十分だ! 貴女はヨロイ騎士や戦闘員の始末を!」
「分かりました!」
「ほざけ死に損ないが! 勝負はまだ一回の表、これからワシらが大逆転って寸法よ!」
「ヘッ、口だけは達者なヤツだ。なら第2クォーター開始と行こうか!」

 怒り狂う磁石団長を鼻で笑うと、茂は拳を握りしめて磁石団長を迎え撃つ。

「クソガキ共が! まとめて剣の錆にしてくれる! カチュウ!」
「力任せが通用するかよ! 鈴!」
「分かってる!」

 ヨロイ騎士は長剣を大上段から振り下ろそうとするが、一夏が踏み込んで手元に入る。鍔迫り合いに持ち込むと、一夏は身体を開いてヨロイ騎士の姿勢を崩す。一夏が上に離脱すると鈴が肩部龍咆を発射し、ヨロイ騎士を吹き飛ばす。立ちあがったヨロイ騎士は剣を交差させ、鈴に熱線を放とうとする。

「やらせませんわ!」
「なっ!? 光のロープだと!?」

 しかしセシリアがビットからビームロープを放ち、ヨロイ騎士の四肢を縛る。暴れるヨロイ騎士に一夏が突撃し、袈裟がけに斬りつけて上空に離脱する。鈴が双天牙月・斬妖を連結させて投擲し、セシリアがビットからミサイルを発射してヨロイ騎士を吹き飛ばす。よろめくヨロイ騎士に一夏が急降下し、刃をロープ状に変形させた雪片弐型を首に巻きつけて締め上げる。
 和也たちはデルザー戦闘員の掃討に専念する。和也がマシンガンアームを掃射すればレッドがヘイトソング2でデルザー戦闘員の頭を吹き飛ばす。オサムが電磁ムチで剣や電磁棒を叩き落としたところにアンリエッタやシゲルらがサブマシンガンを叩き込む。イエローやゴールドの援護を受けたグレイとホワイトが2丁拳銃で巧みに敵を撃ち抜き、ケンがショットガンで敵をミンチに変える。他の隊員たちも思い思いの武器を手にデルザー戦闘員を蹴散らす。

「おやっさんたちの心配はしなくてよさそうだな……おっと!」
「余所見をするとは大した度胸だ! だが、その油断が貴様命取りよ!」

 左回し蹴りを磁石団長の肝臓に入れた茂は感嘆の声を漏らす。磁石団長が電磁棒で突きかかると、茂は身を開いて避ける。磁石団長は連続突きを放ち、茂を近付けない。

「戦法としては悪くないが、相手が悪かったな!」

 茂は電磁棒の先端を掴んで止める。慌てて電磁棒を引き抜こうとする磁石団長だが、茂は左手で右手を擦る動作をする。

「電ショック!」
「があああああっ!?」

 すると茂の右腕から高圧電流が流し込まれ、磁石団長の絶叫と共に全身から無数のスパークが飛び散る。

「馬鹿な……超電子ダイナモ抜きで、耐電装備を突き抜けたっちゅうのか……!?」
「磁石団長! まだ終わっちゃいないぞ!」

 驚く磁石団長に茂が組みついて高々と跳躍する。
 同じ頃、ヨロイ騎士と一夏、鈴は斬り合いを演じていた。ヨロイ騎士が長剣で一夏の額を割ろうとすると鈴が連結させた双天牙月・斬妖を割り込ませる。ヨロイ騎士が長剣で鈴を弾き飛ばすと、今度は一夏が突きを放つ。ヨロイ騎士が短剣で突きを外に払い、心臓めがけて長剣を突き出す。スラスターを噴射して一夏が後退すると、セシリアがビットでビームの雨を降らせ、鈴は集束率を落とした龍咆を連射する。

「まったく、なんて馬鹿力と硬さよ! 一夏の雪片弐型も刃が通ってないみたいだし」
「デルザーを舐めるな! 小娘ども! 貴様らの攻撃など、蚊に刺されたようなものだ!」
「まだ虚勢を張れるとは、そのしつこさだけは敬意を表すに値しますわね!」

 数と機動力の優位もあって優勢な一夏たちだが、ヨロイ騎士は予想外に剛力で頑強だ。一夏も舌打ちするが、すぐに雪片弐型を握り直す。

「一夏君! 合わせろ!」
「はい! 鈴! セシリア!」
「お任せを!」
「思い切りやってやりなさい!」

 しかし茂が声を上げると、一夏はハイパーセンサーを使い茂を視界に入れる。発言の意図を察した一夏はスラスターを噴射し、セシリアと鈴がビットと龍咆でヨロイ騎士を牽制する。ヨロイ騎士が双剣を交差させて防御していると、間合いに入った一夏は大上段からの一撃で双剣を押しのける。一夏は雪片弐型を格納し、パワーアシストの出力を上げてヨロイ騎士を両手で高々と持ち上げる。すぐにヨロイ騎士を頭上に掲げたまま高速で回転させる。茂は磁石団長を空中でひっくり返す。磁石団長の両脇に足を乗せて両足を抱えて関節を極めると、一夏めがけて急降下する。

「ライダーきりもみシュート!」
「反転ブリーカー!」

 一夏がヨロイ騎士を上に放り投げると、磁石団長の頭がヨロイ騎士の腹部に叩きつけられる。茂が磁石団長から離れて着地すると、少し遅れて磁石団長とヨロイ騎士が地面に叩きつけられる。立ち上がる磁石団長とヨロイ騎士だが、地団駄を踏む。

「おのれストロンガー! これで勝ったと思うなよ!」
「次こそは貴様とガキどもの首をこの手で……!」

 捨て台詞を吐き終えると磁石団長は跳躍し、ヨロイ騎士はマントを翻して姿を消す。一夏たちがISの展開を解除すると茂も変身を解除する。藤兵衛は茂の下へ駆け寄る。

「茂。お前に教えておかなくちゃいけないことがあるんだ。驚かないで聞いてくれよ。今、箒ちゃんと……」
「分かってますよ、おやっさん。箒さんが飛び出してったまま帰ってこないんでしょ? 箒さんのことだ、どっかの誰かに唆されたんでしょう。すぐ援護に行きますよ」
「どうしてそれを……いや、もっと大事なことがだな……!」
「滝さんたちはデルザーが何か仕掛けてないか調べて下さい。じゃあ、俺はここで。カブトロー!」
「茂!」
「ったく、これだから仮面ライダーってのは……それとチリカ、スカーレット、申し開きするなら今のうちだぜ?」

 藤兵衛が話を切り出す前に茂は一瞬顔を下に向け、すぐに顔を上げてカブトローを呼び出す。ヘルメットを被って乗り込むとスロットルを入れて駐屯地から走り去る。藤兵衛は呼び止めようとするが、カブトローは止まらずに視界から消える。
 和也は呆れたように溜息をつくと、ヘルメットを外してスカーレットとチリカに向き直る。スカーレットは申し訳なさそうにしているが、チリカはしゃがみ込んで地面を眺めている。スカーレットが何回小突いてもチリカは和也の方を向こうとしない。不審に思った和也が視線の先に目を向けた直後、束とルリ子が駆け込んでくる。

「マスター! 大変なの! 一緒に来て頂戴!」
「どうしたんだい、ルリちゃん。まさか怪人が出たのか!?」
「そんな陳腐なもんじゃないわ! とにかく大変なのよ! 説明するのも面倒だから、今すぐ来て!」
「落ち着いて下さいよ。立花さんだって混乱するでしょうし。クリスタ、何があったんだ?」
「は、はい。ですが、その……」
「まあ、私だって未だに信じられないんだけど……いっくんたちも驚かないで聞いてね。実は……」
「おい! 一体どういうことだ!?」

 弾がクリスタに説明を求め、代わりに比較的冷静さを保っている束が答えようとする。しかし和也が驚きの声を上げると視線が一斉に集まる。
 和也の視線の先には血溜まりが広がっている。チリカはこの血溜まりを見ていたのだ。スカーレットはチリカに尋ねる。

「チリカ、これって……?」
「見りゃ分かんだろ。オッサンが吐いた血だ」
「これが城さんの!?」
「ああ。かなりヤバい色と量だぜ、こいつは。あのオッサン、まさか……!」
「ちょっと君! 今、『城さん』って言わなかった!? まさか、城くんが姿を見せたの!? それで、今はどこ!? まだ生きてるの!?」
「確かに茂はここに来て、デルザーを追って行っちまったんだが……どうかしたのかい?」

 チリカが顔を歪めると、スカーレットの発言を聞き咎めたルリ子が詰め寄る。剣幕に押されて口を開けないスカーレットに代わり、藤兵衛が答える。するとルリ子の顔色がみるみる内に変化する。

「どうして止めなかったの!? マスターは城くんを殺す気なの!?」
「お、おい、何を言ってるんだい? 茂はとっくに回復したって……」
「そんなわけないでしょ! 回復どころか、内臓の至るところが損傷してるのよ! 本当なら戦うどころか、身動きだって出来ない筈なのに……!」
「あいつ……一夏君! 乗れ! 佐久間とアンリ、ブラウンは調査を頼む!」
「はい!」

 ルリ子の発言を聞き藤兵衛の顔面が蒼白になる。和也はヘルメットを被り直してケンやアンリエッタに指示を飛ばす。一夏に予備のヘルメットを投げ渡すとバイクに跨り、一夏が後ろに乗るとすぐに走り出す。

「茂のヤツ、なんで黙ってたんだ! やっと沼田五郎やユリ子と再会出来るって時に!」
「待って」

 藤兵衛もジープへ走っていこうとするが、ブラウンに呼び止められる。

「そろそろ話してあげたら? 城茂と沼田五郎、それに岬ユリ子の関係について、ね」

**********

 日が沈み満月が顔を出した頃。ユリ子と五郎、箒は名古屋市に到着していた。瓦礫を乗り越えて街外れに到着すると、巡回らしきブラックサタン戦闘員を発見する。だいぶ本拠地に近くなったようだ。瓦礫に身を隠してやり過ごすと、五郎が声を落として話し始める。

「そろそろ隠し通路の入り口に着く。気をつけてくれよ」

 五郎を先頭に三人は再び瓦礫の中を歩き始める。児童公園に到着すると五郎はマンホールの蓋を開ける。五郎に続いてユリ子と箒もマンホールに入る。五郎は下水道の脇を少し進み、壁を手で探り始める。やがて五郎がスイッチを探り当てて押すと壁がスライドし、隠し階段が姿を現す。

「こんなものを仕込んでいたなんて……」

 箒が呟くとユリ子が階段を降り、箒が続いて五郎が殿を務める。階段をしばらく降りていくと、ドアが見えてくる。ユリ子が慎重にドアを開ける。安全を確認したユリ子が手を上げると箒と五郎も中に入る。アジトの廊下に出たようだ。監視カメラに警戒しつつ手近な部屋に隠れる三人だが、足音が聞こえてくると息を潜める。

「あいつらから服を貰った方が良さそうね」

 ユリ子が小声で提案すると、五郎と箒は黙って頷く。箒が外を確認すると、ブラックサタン戦闘員が数人歩いてくる。箒がわざと大きな音を立ててドアを閉めると、ブラックサタン戦闘員が部屋へ駆け込んでくる。

「貴様は……ミュウ!?」

 ブラックサタン戦闘員が部屋に入ると三人は当て身で昏倒させる。戦闘員から服を剥ぎ取って着込むと、部屋から出る。幸か不幸か、別のブラックサタン戦闘員が駆け寄ってくる。

「ミュウ! 作戦室へ集合せよとの命令だ」
「ミュウ! 了解した」

 何食わぬ顔で五郎は返事をし、命令を伝えたブラックサタン戦闘員の後についていく。探す手間が省けたようだ。廊下を進んでいくと首尾よくブラックサタンの作戦室へ到着する。室内には多数の戦闘員が集合している。箒たちが隊列に加わった直後、デッドライオンが姿を現す。

「聞け! 先ほど、スパークとタックル、篠ノ之箒がアジトに侵入したとの情報が入った。なんとしても見つけ出して捕えろ! ライダー共への見せしめとして惨たらしく処刑してやるのだ!」

 デッドライオンの訓示を聞くと箒は内心動揺する。なぜこんなに早く侵入を察知されたのか。しかし隣のユリ子が小突くと平静を取り戻し、解散が伝えられると巡回のふりをして作戦室を出る。

「けど、どうして侵入がバレたのかしら?」

 廊下を歩きながらユリ子が疑問を口にした直後、デルザーの紋章が描かれた扉を見つける。扉の向こうがデルザー軍団側のアジトだろう。箒たちは一度戦闘服を脱ぎ捨て、天井のフェンスを開けるとダクトを伝って進み始める。デルザー軍団も箒たちの侵入を察知しているのか、デルザー戦闘員が廊下を巡回している。音を立てないように慎重に進んでいくと、ダクトの先から話し声が聞こえる。声のする方へ進んでいくと、部屋の天井裏に出る。三人がフェンスから下を覗くと、培養液に満たされたカプセルが13個設置されている。話し声はここからしている。

「手酷くやられたな、荒ワシ師団長。再生が済んだのはお前が一番最後だ」
「シャドウ、嫌みはいい。他の改造魔人はどうした?」
「タイタンとともに第二アジトへ移っている。間もなく日本列島分断作戦が開始するからな」
「フン、俺たちを囮にして地震増幅装置を設置するとはな。マシーン大元帥も第二アジトか?」
「いや、今は作戦室だろう。それより、俺たちも行くぞ」

 ジェネラル・シャドウと荒ワシ師団長は連れ立って部屋を出る。

(不味いことになったな……一刻も早く止めなければ)

 まんまと陽動に乗ってしまったことにほぞを噛みつつ、箒たちは作戦室を目指す。しばらくダクトを伝い続けた末、ようやく作戦室の天井裏に出ると再びフェンスから下を覗く。
 作戦室ではマシーン大元帥が顎を撫でながらモニターを眺めている。モニターには何か所かポイントされた日本地図が映っている。壁には黄金のマシンガンが掛かっている。

「フフフ、作戦は成功したも同然だ。仮面ライダーめ、今度ばかりは俺の勝ちだ」

 マシーン大元帥は満足げに呟く。五郎はユリ子と箒に目配せをする。ユリ子と箒は一度部屋の天井裏から出て、廊下に降り立つ。そして五郎がフェンスを開けるのと同時に作戦室へ突入する。一瞬面食らうマシーン大元帥だが、すぐに声を張り上げようとする。

「静かにしろ!」
「ぬうっ!?」

 しかし天井裏から飛び降りた五郎が壁から取ったマシンガンを構える。するとマシーン大元帥の動きが止まる。

「へへ、知ってるぜ? こいつが改造魔人すら射殺出来るってな。さあ、大人しくしてもらおうか」
「無駄な抵抗はやめて、地震発生装置まで案内しなさい」
「貴様ら、俺を人質にしたつもりだろうが、甘いな! このアジトには他の改造魔人もいることを忘れたか!?」
「残念だが、先ほど第二アジトへ移動したそうだ。貴様を除いてな。ハッタリなど通用しない」
「おのれ、人間風情が……!」
「貴様こそ自分の立場を弁えろ。さっさと案内しろ」

 箒が冷たく告げるとマシーン大元帥は歯噛みする。五郎は背後に回ってマシーン大元帥にマシンガンを突き付ける。マシーン大元帥も諦めたのか、大人しく歩き始める。箒とユリ子は五郎とともに少し距離を開けて慎重についていく。マシーン大元帥は部屋を出ると廊下を進み、一番奥にある重厚な扉の前に立つ。箒たちは油断なく身構える。マシーン大元帥が扉横のロックにカードキーを通すと、扉がゆっくりと開く。

「ちょっと、何もないじゃない」
「慌てるな。地震発生装置のある部屋は二重構造になっているのだ」

 何もない部屋を見るとユリ子が文句をつけるが、マシーン大元帥は首を振る。奥の扉で最後のようだ。マシーン大元帥を先頭に立たせ、罠に警戒して部屋に入る。マシーン大元帥は扉の前に着くと立ち止まる。

「装置はこの扉の先だ。さっさと開けるがいい」
「いや、開けるのはお前だ。罠かもしれないからな」

 五郎は先にマシーン大元帥が入るように要求する。渋々マシーン大元帥は扉の前に立ち、ロックを解除しようと端末の前に立つ。

「かかったな! 阿呆が!」

 次の瞬間、マシーン大元帥がスイッチを押すと床が開き、マシーン大元帥は床下へ落下する。唖然とする箒たちの前で床が閉じると、今度は部屋の各所から赤いガスが噴射される。

「クソ! 罠は罠でもこういう罠かよ!」

 五郎は舌打ちし、ユリ子や箒とともに扉を開けようとする。しかし扉は非常に頑強で、どちらも突破できそうにない。抵抗する箒たちを嘲笑うように、ガスは瞬く間に部屋に充満する。
 一方、落下したマシーン大元帥は地下道を通ってアジト内に戻ると、配下のデルザー戦闘員を引き連れて部屋の前に立つ。

「この部屋には強化されたケイトガスが充満している。いくら改造人間とはいえ、5分と保つまい」

 抜け駆けや内紛を警戒して罠を設置したのが功を奏した。ガスの噴射から15分ほど経過すると、マシーン大元帥はガスを排気した上で扉のロックを解除し、デルザー戦闘員を突入させる。

「エレクトロファイヤー!」
「電波投げ!」
「舞い散れ!」
「キキーッ!?」
「何!?」

 しかし突入したデルザー戦闘員は高圧電流を浴び、床や壁に叩きつけられ、レーザーで焼き払われる。マシーン大元帥が驚愕すると、部屋の中からスパーク、タックル、そして『紅椿』を装着した箒が現れる。

「馬鹿な!? なぜ全員生きているのだ!?」
「お生憎さま。完全に改造された私たちに、ケイトガスなんて効かないわ!」
「流石に少し身体が痺れたけどな!」
「忘れたか? ISに毒ガスなど効かん!」

 スパークとタックル、箒が不敵に言い放つと、マシーン大元帥はデルザー戦闘員を召喚してけしかける。スパークとタックルはデルザー戦闘員を殴り倒し、箒は脚部展開装甲からエネルギー刃を発生させてマシーン大元帥へ回し蹴りを放つ。マシーン大元帥は回し蹴りを片手で受け止めると、足を掴んで箒を壁に放り投げる。すぐに箒は体勢を立て直し、空裂を構えて斬撃を飛ばす。

「無駄だ! 魔のレッドピラミッドバリア!」

 しかし空裂はバリアに弾かれる。続く雨月のレーザーもバリアにかき消される。マシーン大元帥は一度バリアを解除し、頭部の飾りから怪光線を連射する。

「この野郎! 食らいやがれ!」
「ぐうっ!?」

 箒が怪光線を避け続けていると、スパークがマシンガンを撃つ。弾丸のいくつかが当たると、マシーン大元帥は身体から血を垂らして後ずさる。デルザー戦闘員が全滅すると、スパークのみならず箒とタックルまでマシーン大元帥に突撃する。

「ここまでか……覚えていろ!」

 潮時と判断したのか、マシーン大元帥は跳躍して姿を消す。
 箒は武器を格納し、マシーン大元帥が落としたカードキーを拾う。

「お二人とも、大丈夫ですか? 少し咳をされていたようですが」
「あなたと違って、ガスを遮断出来たわけじゃないからね。けど、随分とあっさり引き下がったわね」
「とにかく、装置を破壊しよう」

 タックルが疑問を口にするが、スパークが促して部屋に入る。奥の扉にカードキーを通して開けると、慎重に部屋に入る。
 部屋の中心には怪しい装置が置かれている。これが地震発生装置だろう。スパークが装置に手を触れ、高圧電流を流しこんで破壊する。

「これで一段落、ってわけね」
「ああ。だが、油断は禁物だ。なんせブラックサタンもデルザーも……うおっ!?」

 タックルが一息ついた直後、突如として地鳴りと衝撃が部屋に響く。同時にスピーカーから声が聞こえてくる。

『聞こえているか? 愚か者ども!』

「マシーン大元帥!?」

 声の主はマシーン大元帥だ。

『貴様らは上手くいったと思っているようだが、大間違いよ! 貴様らはまんまと罠に嵌ったのだ!』

「なんだと!? どういうことだ!?」

『フン、戦いとは常に二手先、三手先を読んでおくもの。こんなこともあろうかと、地震発生装置が破壊されるとアジトが自爆するようセットしておいたのだ! アジト諸共死ぬがいい!』

「悪いけど、簡単に死んでやる気はないわ! 待ってなさい! すぐに脱出してぶん殴ってやるから!」

『フフフ、脱出、か。果たして、脱出できるかな? その部屋にはもう一つ仕掛けがあってな。自爆装置が起動した場合、部屋の中にいる人間が一人になった瞬間、爆薬が起爆してアジトを吹き飛ばすようになっている。部屋に残った者は勿論、出た者も部屋を出た瞬間に木っ端微塵という寸法よ! つまり、部屋から出れるのは事実上一人だけなのだ!』

「出鱈目を!」

『信じる信じないは貴様らの勝手だ。だが自爆装置が作動した以上、30分もすればアジトは吹き飛ぶ。それまでに誰を逃がすか考えておくんだな! なんなら、他の二人を殺して脱出してもいいぞ? 死体が2つ残っていれば起爆はしないからな! そうら、仲間同士で殺し合え! 口では綺麗事を言いながら、いざとなれば他人を蹴落として醜く生き延びるのが貴様ら人間の十八番だろう!? せいぜい後腐れがないよう完璧に殺しておくんだな! フハハハハハハハハ!』

 最後にマシーン大元帥の高笑いが響くと、声は途切れる。タックルが床に手を当てていると、箒は部屋から出ようとする。

「五郎さん、ユリ子さん、ハッタリに決まっています! そんな都合のいい罠を予め設置している筈がありません! 早く脱出しないと……!」
「残念だけど、ハッタリじゃないみたいよ?」

 箒が声を上げるが、床から立ちあがったタックルが静かに首を振る。

「おいおい、冗談だろ!?」
「冗談なんかじゃない。さっき走査してみたけど、分かった限りでこの部屋には動体、重量、生体センサーが設置されてる。走査出来ない箇所に設置されたのを含めれば、もっとあるでしょうね。多分、あいつの言う通り、二人目が部屋を出た瞬間に爆発するわ」

 タックルは電波人間の名の通り、電波を自由に操れる。レーダーの応用で部屋を走査したのだ。スパークと箒も、タックルの言葉を信じざるを得ない。

「そんな……」
「チイッ、だったらセンサーをどうにかして壊さねえと! 電ショック! ……クソ! 絶縁素材か!」
「こっちも妨害電波は出しているんだけど……!」

 呆然とする箒に対し、スパークは床に手を当てて電流を流し始める。しかし電流は床に阻まれて通らない。タックルも床に手を当てて妨害電波を出しているが、上手くいっていない。箒も床や壁へ雨月や空裂を突き立て、レーザーやエネルギー刃を飛ばすが、表面を傷つけるだけで終わる。ウルトラサイクロンや穿千なら部屋もろともセンサーを破壊できるかもしれないが、三人もただでは済まないだろう。スパークとタックル、箒の努力も虚しく、時間だけが過ぎていく。絶望が頭を支配しそうになるのを振り払い、箒は無我夢中で刀を振るう。しかしスパークとタックルは手を止め、箒に呼びかける。

「箒さん、センサーの破壊は無理だ。こうなったら、別の策を考えるしかねえ」
「別の策って、他に手が!?」
「まだないわ。けど、このまま行けば全員共倒れが確実よ」
「ですが……!」
「まあ落ち着きなって。あと20分は時間がある。いい案を一つ考え付くには十分な時間さ」

 スパークとタックルは妙に冷静だ。箒も渋々作業する手を止め、スパークやタックル同様思案する。聞こえてくる爆発音や迫るタイムリミットに焦りつつ、必死に知恵を絞るが案が浮かばない。

(二人を死なせるわけにはいかない。茂さんと再会させるまでは……!)

 スパークとタックルも脳をフル回転させているのか、時折咳き込む以外は声を発しない。箒の思考が最悪の回答を導き出すギリギリ手前で、スパークが突然声を上げる。

「閃いた!」
「え?」
「閃いたんだよ! 逆転の秘策ってヤツが! まさに天啓が来た、ってやつだな!」

 スパークが策を思いついたらしい。スパークがタックルに耳打ちすると、タックルの口元が緩む。

「名案じゃない! 流石元アメフト部! やっぱりただの脳筋じゃなかったのね!」
「あ、あの……」
「おっと、勝手に盛り上がって悪いな。突然名案が浮かんだんで舞い上がっちまった」
「その、名案というのは?」
「説明してる暇はないんでな。ユリ子さん、頼んだぜ?」
「ええ。テントロー!」

 箒の疑問を余所に、タックルはテントローを呼び出す。少し時間が経つとテントローがドアを突き破って部屋に到着する。

「あの、これが秘策、ですか?」
「まだ段階を踏む必要はあるけどな。次は箒さん、ISを脱いでくれ」
「『紅椿』を、ですか?」
「ああ。ISを着けたままじゃどうにもならないんでな」
「なぜ『紅椿』を格納する必要が?」
「ちょっと説明に時間がかかるんでな。質問は抜きにしてくれ」
「大丈夫よ。別に取って食おうってわけじゃないんだから」

 箒は疑問を抱きながらも、スパークとタックルの言う通り『紅椿』の展開を解除する。

「それで、次はどうすれば?」
「次で最後よ。先に謝っておくけど……ごめんね?」
「え……?」

 呟きを箒が聞き咎めた直後、タックルは口を押さえて咳き込んだ後に当て身を食らわせる。

(ユリ……子……さ……)

 何が起きたのかすら理解出来ないまま、箒の意識が途切れる。
 ゆっくりと倒れる箒の身体を支えると、タックルはテントローの座席に箒を乗せ、そのままアジトの外へ自走させる。同時にタックルは激しく咳き込み、口から鮮血が飛び散るのに合わせて変身が解除される。

「流石に……無理、かな。我ながら名演技だったけど、痩せ我慢も、限界か……」
「ヘッ……聞いちゃいたが、ケイトガスってのがこんなに強烈だとは、思わなかったぜ……」

 ユリ子の背後では、すでに変身の解けた五郎が座りこんでいる。口元は吐き出された血で汚れている。
 ケイトガスは、確かにユリ子と五郎の身体を蝕んでいた。それも致命的なレベルで、だ。

(ケイトのやつ、やるじゃない……毒が前より、ずっと強力に……)

 立つことすらおぼつかなくなったユリ子はその場にへたり込み、激しく咳き込む度に血が吐き出される。
 ガスが噴出された直後に変身した五郎とユリ子だが、一分と経たずに全身が痺れて動けないほどであった。しかし箒に気を使わせないために必死に身体を鞭打ち、今まで悟らせないできた。しかし、限界のようだ。全身の痺れが酷く、意識を保つのがやっとだ。むしろ、箒を逃がすまで立てていたことが奇跡なのかもしれない。

「あんたも、良かったのか? あの娘だけ、脱出させちまってよ……」
「いいのよ……それとも、あの子に私たちの死に顔、見せたいわけ……?」

 五郎もユリ子も、自分の命が長くはないことを悟っている。だからこそ、五郎が箒だけ逃がすという案を思いついた時、ユリ子も即座に賛成した。一緒に脱出しても、自分たちは箒の目の前で死ぬことになる。ただでさえ繊細な箒の心は、自分たちの死を目の当たりにすれば深く傷つくだろう。だから、箒を騙して単身脱出させた。

「けどよ、本当に、いいのかよ……折角茂と……」
「なに、言ってんのよ……私たちは、もう死んだんだから……あいつに会ったら……」

 ユリ子は薄れつつある意識の中で茂のことを思い浮かべるが、すぐに振り払う。きっと茂は、自分たちが甦ったことを知らない。もし死に際に会ってしまえば、それこそ茂を苦しめ続けることになる。死してなお足手纏いになるなど、絶対に御免だ。だからこそ、茂には何も知らないままでいて欲しい。

(けど、未練ってヤツかな……駄目って分かっていても、もう一回、茂に……)

 ユリ子の目から何かが滴り落ちる。悲しみか、悔しさか、無念か、未練か。今のユリ子にはそれすらも分からない。

「なあ、ユリ子、さん……未来は、きっと素晴らしいものになってる……そう、だよな……?」
「当たり前、でしょ? 茂が守って、箒さんたちが作る、未来なんだから……きっと、素晴らしくて、綺麗な未来に……私たちは、また、見れない……けど……」

(茂、今度も、先に逝くぜ……この一戦、絶対に……落とすんじゃねえ……ぞ……お前が、今度こそ、タッチダウンを……)
(箒さん、家族や一夏君と、幸せにね……私と茂みたいには、絶対に……茂も……箒さんたちを、引き離すんじゃ……ないわ……よ……)

 ユリ子と五郎は身体から力が抜けるのを知覚し、同時に倒れて意識が完全に途切れる。
 同じ頃、真耶とセシリア、鈴を乗せた藤兵衛のジープは間もなく名古屋へ到着しようとしていた。和也と一夏は先行し、すでに名古屋へ入っている。ジープに備え付けの無線機からは、地震増幅装置の解体に当たっているSPIRITSの通信が聞こえてくる。SPIRITSに同行しているルリ子や束、弾、蘭、クリスタの声もだ。解体は殆ど終わり、今はヘリに乗って名古屋へ向かっているようだ。するとルリ子の通信が入る。

『マスター、沼田五郎と岬ユリ子、この二人について話してくれないかしら? 無理に、とは言わないけど……』

 助手席に座る真耶や後部座席のセシリアと鈴の視線も藤兵衛に集まる。藤兵衛は意を決して無線機のスイッチを入れたまま口を開く。
 
「……茂は昔、城南大学でアメリカンフットボール部に入ってた。そこで出来た一番の親友が、沼田五郎なんだ。二人はしょっちゅう喧嘩したけど、ずっと試合に勝とうと互いに切磋琢磨し合う、最高の相棒だった。一緒に山籠りしてクマに襲われたり、泥棒と間違えられたり……とにかく、一緒に馬鹿をやってたらしい」
「けど、沼田五郎はブラックサタンに拉致された。そして改造手術の実験台にさせられ、失敗して死んだんだ。沼田五郎の死を知った茂は、あらゆる手を使ってブラックサタンの情報を集めた。とうとうアジトの場所を突きとめた。茂はブラックサタンに対抗する力を得るために、アジトに乗り込むと自分から改造人間になることを志願したんだ。本当は憎くて仕方ないブラックサタンに取り入ってな」
「いくら親友のためとはいえ、そんな……」
「俺も、沼田五郎についてはほとんど聞いたことがない。たまに茂が話すくらいだったしな。一つだけ言えるのは、茂にとっての五郎は、文字通り全てを擲てるくらいの存在だったんだ。人間の身体も、平穏な生活も、夢も、人生も、全て捨てて棒に振れるくらいのな」
「茂がブラックサタンを脱走する時に出会ったのが電波人間タックル、つまり岬ユリ子だ。兄と一緒にブラックサタンに捕まって改造されたらしいが、脳改造をされる前に茂が助けたんだ。それから二人は一緒にブラックサタンと戦い続けた。茂に負けず劣らずの意地っ張りで、いつも喧嘩ばかりしてたっけ。けど、そんな二人がどうもおかしくて、いじらしくてな。俺も放っておけなくて、いつもおせっかいばかり焼いてたよ」
「けど、ユリ子はデルザーのドクターケイトに、毒を浴びせられた。それも、長く生きられないレベルの強さのヤツをな。でも、ユリ子はそれを茂に伝えなかった。俺も、口止めされたよ。茂の足手纏いにはなりたくないって。そして、ユリ子は、ドクターケイトを道連れに……」
「……まだ、16だぞ? 箒ちゃんと同じで、まだ16年しか生きてなかったんだぞ!? やりたいことだって沢山あった筈なのに! もっと遊んで、恋をして、結婚して、家族を作って、どこか遠くて美しい場所へ一緒にいったりして……でも、ユリ子は……」
「ユリ子はな、茂に惚れてたんだ。そして、茂もユリ子を愛していた。でも、二人ともどうも素直になれない質でな。結局、どっちも最後の最後まで言わず仕舞いで終わっちまった。あんなことになるって分かってたら、なんて、俺が思っちまうくらいに、さ……」

 藤兵衛が締めると、その場を沈黙が支配する。

「あいつも、俺と……」

 それは、ヘリ内で無線を通じて聞いていたレッドも同じであった。
 レッドもまた15年前、『ホワイトリバー』で全てを喪った。家族、仲間、兄貴分、弟分、そして一番の親友。レッド以外は全員『ブルー小隊』に殺害された。しかし、全ての真実は巨大な権力と暴力によって闇に葬られ、仇は全員のうのうと生き延びて新たな人生を謳歌していた。許せなかった。だからこそ、『ウィシャのティヨーレ』としての自分を殺し、『ウィシャの亡霊』、『レッド』になった。
 ストロンガーもまた、自分と同じだ。大切な者と過去を喪い、来るはずだった明日を奪われた。ただ、ストロンガーが正義のために戦ったのに対し、自分は復讐に走った。それだけの違いだ。だからこそ、レッドにはストロンガーのことが理解できない。なぜストロンガーは復讐ではなく正義を選んだのか。
 黙って考え込むレッドに、無線から別の声が入る。

『おいレッドっての、聞こえてるか? 聞こえてなくても、今は聞け』

 和也の声だ。レッドは僅かに驚きながらも沈黙している。和也はお構いなしとばかりに話し始める。

『お前がおやっさんの話を聞いて何を思ったかは知らねえし、聞く気もねえ。けどな、これだけは言っておくぜ。あいつら……仮面ライダーも、お前らと同じなんだよ。巨大な力に為す術なく、全部奪われた。懐かしい昨日も、来るはずだった明日も、全部失くしちまった。そこまではお前らと変わらないんだ。ただな、その後どっちを向いたかだけが違うんだよ。お前らが失くした昨日を追い求めて復讐に走り、地獄の底を突き抜けちまったように、あいつらは来るはずだった明日のために、ずっと自由と平和を守ってきたんだよ。自分には二度と来ない明日を、せめて他のヤツには見せられるようにな』

 和也の声が途切れてもレッドは沈黙したままだ。
 そして名古屋では、気絶した箒がようやく目を覚ます。箒はテントローに乗せられている。テントローはすでに停車している。今はアジトの外のようだ。テントローから降りつつも頭が混乱する箒だが、五郎とユリ子がいないことに気付く。

(二人は一体どこに? それに、なぜわざわざ私を気絶させて……)

 二人を探しつつ思案する箒だが、ふとテントローのタンクに何かが付着しているのを見つける。
 血だ。それも鮮やかな赤色をしている。まだ着いて時間が経ってないのか、まだ乾いていない。同時に箒は、五郎とユリ子が時折咳き込んでいたのを思い出す。策の内容を話そうとしなかったことも、気絶する直前にユリ子が謝っていたこともだ。その瞬間、自分でも驚くくらいに頭が素早く回転し、結論を導き出す。

(まさか最初から、私だけを逃がすつもりで!?)

 五郎とユリ子は致命傷を負っていた。恐らく、ケイトガスの毒が原因だろう。それでも箒を心配させまいと必死に堪え、死にゆく姿を見せまいと敢えて箒を一人で逃がした。無論、推測に過ぎないがこれならば全てが繋がる。それを認めまいと箒は『紅椿』で五郎とユリ子に通信を入れ、必死に呼びかける。

「五郎さん、ユリ子さん、聞こえてますか!? 私は無事に脱出しました! お二人は今、どこにいるのですか!? 返事をしてください! 五郎さん! ユリ子さん!」

 いくら呼びかけても返事はない。二人の位置を探知出来ない。全身に広がる嫌な感覚を振り払うように、箒は呼びかけを続ける。しかし、何度目かも分からない呼びかけの途中で一際大きな爆発音と衝撃が響き、アジトのある場所から盛大に火柱が噴き上がる。呆然とその様子を見ていた箒だが、最後の希望へ縋るように呼び続ける。

「返事をして下さい! 私は絶対に認めませんから! ようやく茂さんと再会出来たんですよ!? 茂さんだってきっと喜びます! 五郎さん! ユリ子さん! お願いだから返事をして!」

 最後の叫びが響いても、返事はこない。そして箒は完全に理解してしまう。沼田五郎と岬ユリ子は死んだのだと。自分だけが生き延びてしまったのだと。

(どうして、私だけを……私なんかを……)

 箒はその場に力なくへたりこむ。最早、泣く気力すらない。

「ほう、生き残ったのは貴様か、篠ノ之箒。どうやって脱出したのかは知らんが、貴様が一番生き汚い恥さらしだったとはな」
「所詮は小娘、仮面ライダーのような自己犠牲など出来る筈もあるまい。どれだけ取り繕っても、これが人間の本性というものだ」

 直後に奇械人を引き連れたデッドライオンとマシーン大元帥がビルの瓦礫を乗り越えて出現する。しかし、箒は振り向きすらしない。続けてトランプが舞い散り、ジェネラル・シャドウが出現する。

「スパークとタックルは……死んだようだな。しかしマシーン大元帥、まさか本拠地を爆破するとはな俺も思わなんだ」
「なあに、厄介な裏切り者を始末出来ると考えれば安いもの。本当ならば仮面ライダー共に取っておきたかったが、仕方あるまい」

 発信機でスパークとタックル、箒がアジトへ向かっていると知ったマシーン大元帥は一計を案じ、本拠地機能の大半を付近のアジトに移した。当然、地震発生装置や再生怪人用のカプセルも向こうに移してある。そしてわざと捕虜となって三人を罠にはめ、纏めて始末しようとした。結果的にスパークとタックルしか仕留められなかったが、今の箒に戦意はない。ストロンガーへの人質としてはうってつけだろう。

「しかしデッドライオン、名古屋にもう一つアジトを用意していたとはな。随分と用意がいいではないか」
「本拠地の機能がマヒした時でもすぐ立て直せるよう、バックアップを用意しておかねばならんからな。一度ブラックサタンが滅びたのも、先に地底王国が潰されてしまったのが大きい。本来、本拠が落とされた場合はあそこに機能を移す予定だったのだからな」

(流石はデッドライオン、伊達に最高幹部を務めてはおらんか。俺にすら気付かせずアジトを築くとは)

 ジェネラル・シャドウはデッドライオンへの評価を改める。ブラックサタンの最高幹部となったのも、戦闘力よりむしろ人事や資金調達、アジト建設や怪人製造計画の立案など、組織の拡大や維持、整備に大きく貢献したからと聞いている。タイタンをスカウトし、地底王国を任せるよう首領に進言したのもデッドライオンだ。ある意味、デルザー軍団にも欲しい逸材だ。第二のアジトも、計画が遅延しないよう上手く資源や人員をやりくりして建設したのだろう。

(その要領の良さを戦闘に生かせればよかったのだがな)

 ジェネラル・シャドウが内心皮肉を漏らしたことにも気付かず、デッドライオンは呆然としている箒を見て嘲り出す。

「フン、それにしても情けないヤツだ。高々虫けら二匹が死んだ程度でこの有様とは。どれほどの力があろうが、所詮は戦いの真似ごとしか知らないガキ、我々やライダー共と違って覚悟が全く足りていなかったようだな!」

 デッドライオンの嘲笑にも箒は一切反応しない。

「肝心の娘がこのザマでは、スパークとタックルも報われまい。もっとも、折角甦った命をわざわざこんな小娘のために使い果たすような愚か者共だ。感情を処理出来んゴミ共に相応しい犬死にだったな。むしろ、犬にすら呆れられるほどの、まさに無駄と言っていい死だ」
「俺はそう思わんがな」

 続くマシーン大元帥の言葉に、ジェネラル・シャドウが反論する。僅かに箒の身体が動いたことにも気付かず、ジェネラル・シャドウは言葉を続ける。

「肝心の篠ノ之箒はこのザマだが、スパークとタックルの死は決して無駄なものではない。恐らく、本当は毒が効いていたのだろう。故にヤツらは自ら死を選び、篠ノ之箒を逃した。ヤツらは無様な生ではなく誇り高い死を選んだ。むしろ、ヤツら自身は立派な最期を遂げたと言えるだろう。もっとも、助けた者がこんな無様でみじめな姿を晒し、自害すらせず醜く生きていては死んだ両名が浮かばれまい」
「黙れ……」

 ジェネラル・シャドウの話に割り込むように、ようやく箒が言葉を絞り出す。箒はゆっくりと立ち上がり、ジェネラル・シャドウたちに向き直る。するとデッドライオンは嘲笑を浮かべて、マシーン大元帥は冷静に、ジェネラル・シャドウは感心した様子で口を開く。

「フン! 今まで泣くことすら出来なかった負け犬が偉そうに! どれだけ虚勢を張ろうが中身が脆弱な貴様では、我らには決して勝てん!」
「多少戦意を取り戻したようだが、無駄なことだ。貴様の能力は侮れんが、所詮は鎧の力に頼った小娘一人。俺とジェネラル・シャドウを同時に相手にして、勝てるわけがない。諦めて投降しろ。貴様はストロンガーへの人質だ。そして後悔するがいい! 貴様とストロンガーの生と死が、無駄なものであったとな!」
「ほほう、ようやく闘志に火が点いたか。流石はストロンガーが見込んだだけのことはある。貴様も女とはいえ一人の戦士。ならば生きて虜囚の辱めを受けるのではなく、あの二人のように雄々しい最期を遂げてみよ! それこそが見事な死に様を見せたあやつらへの弔いに……」
「黙れと言っている!」

 次の瞬間、箒の身体から異質な殺気が放たれ、デッドライオンや奇械人が思わず怯む。ジェネラル・シャドウやマシーン大元帥さえ一瞬気圧され、口を閉じてしまう。

(馬鹿な!? この殺気は……まさか、篠ノ之箒は本当に真人類だとでもいうのか……!?)

 ジェネラル・シャドウは一度、箒が放ったものと極めてよく似た殺気を一度だけ感じたことがある。他でもないバダン総統、JUDOだ。
 魔人になったばかりの頃、JUDOが戯れで放った殺気にジェネラル・シャドウは圧倒され、立っていることすら出来なかった。箒が纏う殺気は大きさこそJUDOのつま先にも及ばないが、質そのものはあの時感じたものと極めてよく似ている。伝承通り、神に似過ぎたが故に封印されたのが真人類ならば、今の箒がまさにそれなのかもしれない。
 ジェネラル・シャドウの驚愕を無視し、箒はゆっくりと話し始める。

「無駄な死、だと? 誇り高い死、だと? 立派な最期、だと?」
「貴様ら血も涙もない化け物には分からないだろうがな、五郎さんと茂さんは親友同士で、ユリ子さんと茂さんは愛し合っていた。本人から話を聞いて、よく分かった。お二人は茂さんを本当に大切に思っていた。茂さんが死してなお二人を思い続けたのと、同じくらいに。きっと私が一夏を想っているのと同じか、それ以上に」
「二人とも貴様らのせいで大切な人と引き離された。でも、もう二度と会えないと思っていた茂さんと、また会う機会が出来た。お二人がどんな気持ちでいたか、分かるか? 40年近くも引き離されて、やっと会えるんだぞ?」
「二人とも、茂さんとまた会いたかったに決まっているだろ! 貴様らのせいで引き裂かれて、ようやく再会のチャンスをつかんだのに! 汚いと言われようが、無様と誹られようが、醜かろうが、茂さんに会うまではもっと生きていたかったに決まっているだろう! なのに二人は死んだ! 貴様らの勝手な都合で! 私を助けるために! 挙げ句の果てに無駄だとか誇り高いとか立派だとか、貴様らで勝手に殺したクセに、勝手なことを言うな!」
「わけのわからんことを! さっさとあのガキを取り押さえろ! 抵抗するなら殺しても構わん!」

 デッドライオンが箒の叫びをかき消すように、爪を突き出して命令する。奇械人は雄たけびと共に箒へ殺到する。しかし箒は臆するどころか、正面から睨み据える。

「上等だ。私が茂さんに代わって、貴様らを滅ぼしてやる!」

 箒の身体に『紅椿』が装着され、瞬時に絢爛舞踏が発動する。同時に箒の見る世界がスローモーションになる。

「食らえ! ガンガルバズーカだ!」
「ガス弾でドロドロに溶かしてやる!」
「俺の針を受けて地獄へ行け!」
「遅い!」

 奇械人ガンガル、奇械人オオカミン、奇械人トラフグンが一斉に仕掛けるが、箒は3体が反応する間もなく背後へ回り込む。そしてエネルギー刃を纏わせた空裂の一振りでまとめて首を跳ね飛ばす。続けて甲羅に籠った奇械人ゴロンガメが体当たりを仕掛ける。箒は避けるどころか自ら突進し、頭の入った穴に雨月を突き刺してレーザーを発射する。奇械人ゴロンガメは頭を焼き払われ、甲羅に籠ったまま爆発四散する。
 
「小娘が! このエレキムチで痺れさせてやる!」
「この蜘蛛の糸で絡め取ってくれる!」
「篠ノ之箒! クラゲ奇械人から逃げられると思うな!」
「スレープガスなど必要ない! 逆らえないよう徹底的に打ちのめしてやる!」

 奇械人エレキイカは腕を、クモ奇械人は糸を、クラゲ奇械人は触手を、奇械人ワニーダは尾を使って箒を攻撃する。箒は急上昇して視線を切り、まず奇械人エレキイカと奇械人ワニーダの頭に雨月と空裂を投げつける。雨月が奇械人エレキイカに、空裂が奇械人ワニーダに突き刺さった直後、脚部展開装甲を変形させた箒が急降下する。そして回し蹴りと共に放ったエネルギー刃の斬撃でクモ奇械人とクラゲ奇械人の首を刎ね、雨月と空裂を引き抜きつつレーザーとエネルギー刃を放つ。4体の奇械人は同時に倒れ、爆死する。
 ならばと奇械人モウセンゴケは消化液を発射し、奇械人カメレオーンも毒液を噴射する。箒は紙一重の間合いで回避し、空裂のエネルギー刃で2体の喉笛を切り裂き、沈黙させる。今度は踏み込んでクワガタ奇械人の額を雨月で突き、カマキリ奇械人の胴を空裂で両断し、奇械人メカゴリラの喉元へエネルギー刃付きの右つま先蹴りを入れる。3体が同時に爆死すると、箒はエネルギー刃を纏った肩部展開装甲を飛ばす。展開装甲は奇械人カメレオーンと奇械人電気エイの胸を貫き、刃のエネルギーを解放して内部から焼き払う。
 残る奇械人は取り囲んで一斉に突撃するが、箒は僅かな隙間を見つけて上に逃れ、すぐに下を向きながら穿千を展開する。奇械人は正面衝突してその場に固まっている。間髪入れずに穿千が発射され、奇械人を根こそぎ焼き払う。

「馬鹿な!? 小娘一人を相手に、奇械人が3分も経たずに全滅だと!?」

 デッドライオンは愕然とする。構わずに箒はデッドライオンに迫り、反応する間すら与えずに右手の爪を雨月で両断する。

「お、俺の爪が!? うがっ!?」

 続けてデッドライオンの顔面に押し蹴りを入れ、地面に押し倒す。直後に、背後からジェネラル・シャドウが迫るのをハイパーセンサーで感知する。

「これを食らえ!」

 ジェネラル・シャドウは刃が見えなくなるほどの速さで無数の突きを放つ。いつもの箒なら反応すら出来なかっただろう。しかし、今の箒にとっては見切れる範囲だ。大半の突きがフェイントであることも、本命の狙いが喉であることも、突き一つ一つの軌道まで、手に取るように理解出来る。
 箒はフェイントを無視し、本命の突きを雨月と空裂の刃や鎬でタイミングよく全て外にそらす。結果的に箒は突きの嵐を無傷で切り抜ける。

「むうっ!?」

 流石のジェネラル・シャドウも驚きを露にする。反応が僅かに遅れ、箒の回し蹴りがマントを掠る。エネルギー刃でマントを切られつつも離脱したジェネラル・シャドウは、トランプをばらまき自身の分身を作り出す。分身は本体と同じ動きで箒を取り囲み、同時に剣を突き出す。
 箒はハイパーセンサーで候補を二体まで絞り込むと、雨月を左のジェネラル・シャドウへと投げつける。だが雨月が刺さった直後にジェネラル・シャドウはジョーカーに変わる。直後に本体が背後から迫る。
 しかし、箒は振り返り、展開装甲でシールドを形成する。そして空裂を両手で持ち、エネルギーを集中させる。ジェネラル・シャドウの剣がシールドを貫くのに手間取る間に、箒は3メートルほどのエネルギー刃を纏わせた空裂を横薙ぎに振るう。

「ぐっ!」

 ジェネラル・シャドウは剣を引き抜いて飛び退くが、かわしきれずに身体を浅く斬られ、血が流れる。

「おのれ! よくもシャドウを!」

 マシーン大元帥が怪光線を発射して割り込むが、箒は全身の展開装甲をスラスターへと変える。そして急激な方向転換を繰り返して接近し、マシーン大元帥に狙いを絞らせない。

「食らえぇぇぇっ!」
「うおっ!?」

 箒は急加速の勢いを乗せて空裂を振り下ろし、まともに斬撃を受けたマシーン大元帥は膝をつく。一度箒が後退して雨月を回収すると、ジェネラル・シャドウとマシーン大元帥は怒りに身を震わせる。
 屈辱だ。仮面ライダーではなく人間の小娘一人に、魔の国きっての腕自慢が一太刀浴び、改造魔人の統率者が膝を着いた。これほどの屈辱は空前絶後と言っていい。しかしジェネラル・シャドウは怒りや屈辱に震える自分とは別に、新たな強敵に出会えた喜びと興奮に震える自分がいることも知覚する。

(甦るのも悪いことばかりではないか……だが!)

「篠ノ之箒、なかなか見事な太刀筋だった。次は俺も本気で行かせて貰うぞ!」

 ジェネラル・シャドウが剣を顔の前に掲げた瞬間、どこからかミサイルが飛来する。ミサイルは箒だけでなくジェネラル・シャドウにまで襲いかかる。

「このミサイル、ジェットコンドルだな!」

 ジェネラル・シャドウはミサイルの出所を悟り、トランプを投げつけて処理する。箒はスラスターを噴射して上に逃れ、雨月と空裂で追尾するミサイルを撃墜する。

「ジェェェェェットッ!」
「カアアアアアアアッ!」

 すると上空からジェットコンドルと荒ワシ師団長が飛来し、鉤爪と斧を振り下ろす。箒が身を開いて回避すると、両者は一度地上に降下する。ジェットコンドルはジェネラル・シャドウを見ると露骨に残念そうな顔をする。

「なんだ、生きていたのか。忌々しい雌猿共々死んでくれればよかったのだがな」
「気をつけろ、ジェットコンドル。今はマシーン大元帥の前だぞ?」
「全く学習する気がないのだな、お前も。まあいい。次に内紛を起こせばどうなるか……今さら言うまでもあるまい」

 ジェットコンドルを荒ワシ師団長が窘め、マシーン大元帥が釘を刺す。

「スティィィィィルッ!」
「ドクロ機関砲!」
「イワァァァァッ!」
「死ね! 篠ノ之箒!」
「イヒヒヒヒヒッ!」
「高速熱線! カチュウッ!」
「タイタン破壊銃を受けろ!」

 今度は瓦礫を吹き飛ばしながら現れた鋼鉄参謀が鉄球を投げつける。ドクロ少佐が機関砲を発射し、岩石男爵が岩塊となって上空から落下し、隊長ブランクがライフルを連射する。ヘビ女の投げつけた鞭とヨロイ騎士が放った熱線をも回避する箒だが、奇械人とブラックサタン戦闘員を引き連れた百目タイタンまで現れ、箒を銃撃する。さらにデルザー戦闘員が大挙して出現し、ドクターケイトと磁石団長、狼長官まで出現する。箒は銃撃を回避すると一度距離を開ける。

「磁石団長、やっておしまいよ! あの忌々しい小娘を、地べたに引き摺り下ろしてやらないと!」
「任せておけ! 千倍マグネットパワー! シャイィィィィッ!」
「ぐっ!? 身体が!?」

 装置を背負った磁石団長が全身から磁力を発生させると、箒の動きが止まる。必死に磁力を振り切ろうとする箒だが、上手くいかない。

「これを食らえ! 満月プラズマ光線!」
「チィッ!」

 狼長官が頭部の飾りから光線を発射する。直撃した箒はシールドエネルギーを削られ、墜落する。すると鋼鉄参謀が鉄球を投げつけ、マシーン大元帥が戦闘員から受け取った予備のマシンガンで銃撃する。箒は辛うじて直撃だけは避けるが、大きく吹き飛ばされて瓦礫に叩きつけられる。すぐに頭を振って立ち上がると、箒は飛びかかってくる狼長官に雨月を突き出す。

「無駄なことを! 満月の俺は不死身なのだ!」
「何!?」

 しかしレーザーは弾かれ、刃も通らない。逆に指揮杖で滅多打ちにされる箒だが、咄嗟にスラスターを向け、最大出力で噴射することで狼長官を吹き飛ばす。今度はマシーン大元帥が前に出て、両手の親指と人差し指で三角形を作る。

「これならどうだ! 魔のピラミッドレッドバリア!」
「くぅ……頭が……!?」

 すると箒の周囲を赤いバリアが覆い、放たれる謎の波動が箒を苦しめる。箒は頭を両手で押さえ、薄れそうになる意識を必死に保とうとする。シールドバリアも謎の波動には効果がないのか、箒の苦痛は増すばかりだ。それどころか、突如として『紅椿』の展開が解除される。箒が地面に膝をつくと、バリアが解除される。

「見たか、魔のレッドピラミッドバリアの威力を! 貴様のインフィニット・ストラトスもしばらくは展開出来まい。これが最後の警告だ。大人しく我らの虜となれ。一応、ある男に貴様の身柄確保を頼まれているのでな。貴様が大人しくしているのであれば、貴様を生け捕りにしてそやつへ引き渡してやらんこともない」

 マシーン大元帥は一度マシンガンを下ろし、勧告する。箒は答えず、ガンベルトに刺した刀を抜いて躊躇いもなくマシーン大元帥へ斬りかかる。立ちはだかるブラックサタンとデルザーの戦闘員を次々と斬り伏せる箒だが、割り込んだジェネラル・シャドウがカードを投げる。するとカードが爆発し、箒は吹き飛ばされて瓦礫に叩きつけられる。しかし箒はすぐに立ち上がり、またしてもマシーン大元帥へ向かっていく。ジェネラル・シャドウは剣の一撃で刀を弾き飛ばし、蹴りを入れて再び吹き飛ばす。流石に堪えたのか、箒もすぐには立ち上がれない。ジェネラル・シャドウは剣を納め、口を開く。

「小娘とは思えぬ見事な戦いぶりであった。最後に一つ聞いておきたい。何がお前をそこまで駆り立てる? 怒りか? 憎悪か?」
「無論、怒りだ。茂さんと五郎さん、そしてユリ子さんの『絆』を引き裂いた、身勝手な連中へのな!」
「絆、だと?」

 怒りを込めて睨みつける箒に、ジェネラル・シャドウが聞き返す。

「そうだ。貴様らには理解出来ないだろうが、お二人と茂さんの間には、人間にとって一番大切な繋がり、絆があった。それを貴様らは土足で踏みにじったんだ!」
「ふざけるな! 貴様は、そんな下らないもののために戦っていたというのか!? 戦場でもっとも唾棄すべき、偽りに満ちたもののために!」

 箒の答えを聞いた瞬間、ジェネラル・シャドウが失望の色を露にして激怒する。直後にドクターケイトが前に出て、箒に杖を向ける。

「ま、尻の青い小娘なんて所詮そんなものだろうさ。さあて、お前には借りがあるからね。まずはケイトガスで全身を麻痺させてから、たっぷり時間をかけて嬲り殺してやるよ! いいかい、こいつは私の獲物だ。マシーン大元帥でも手を出したらただじゃおかないよ!」
「退け、ドクターケイト。こやつは俺が殺す」
「黙りなよシャドウ! インフィニット・ストラトスに乗った小娘どもは、私が皆殺しにするって決めたんだ! 邪魔するならまずはお前から……!」
「聞こえなかったか? 退け」

 ジェネラル・シャドウの妨害に怒り狂うドクターケイトだが、静かに怒気と殺気を放つジェネラル・シャドウに威圧され、思わず後ずさる。

「おやおや、あの小娘、シャドウ様の逆鱗に触れちまったよ。みんな、死にたくなきゃ手を出さないのが身のためだよ」

 ヘビ女が嘯くと、ジェネラル・シャドウはゆっくりと箒の前まで歩いていく。箒は怯むどころか、反抗的な目で睨みつける。ジェネラル・シャドウは剣を抜き、怒りを込めて吐き捨てる。

「貴様に一つ教えてやろう。絆とは、弱者が馴れ合い、強者に阿り、利用するために使う言葉よ。我らの崇高な戦いにおいて絆など、上等な料理に反吐をぶちまけるような思想だ!」

 ジェネラル・シャドウが人間であった頃から、弱者は絆という言葉で馴れ合っていた。普段は魔人、ロマと蔑んでおきながらいざとなると絆という言葉を持ち出し、すり寄ってくる。戦場でも最後に生死を分かつのは当人の資質だ。しかし弱者は強者にすがり、あわよくば道連れにしようと絆を口にし、強者を弱者の群れへと引き入れる。そのくせ喉元を過ぎれば異物として排除し、妬みや嫉みを露にする。ジェネラル・シャドウにとって、絆とは非常に悪質な偽善で、最も忌むべき言葉だ。

「貴様も哀れなヤツだな、ジェネラル・シャドウ」
「ほざいていろ! まずはその耳障りな声、潰させてもらうぞ!」

 箒の言葉を一蹴すると、ジェネラル・シャドウはまず喉を貫こうと剣を構える。

(ここまでか……!)

 唇を噛み締め、観念する箒の耳に、バイクの走行音が聞こえてくる。

「何!?」
「え……?」

 次の瞬間、横から一台のバイクが突っ込み、ジェネラル・シャドウへ体当たりをかます。咄嗟に大きく飛び退くジェネラル・シャドウは、突っ込んできたバイクがカブトローであると気付く。
 一瞬、なにが起きたのか理解出来なかった箒だが、バイクから降りた男が声をかける。

「ヘヘ、間一髪だったぜ。待たせたな、箒さん」
「茂……さ……」
「貴様は、城茂!」
「おのれ! とうとう嗅ぎつけてきおったか! 死に損ないが!」
「待ちかねたぞ! 城茂!」

 乱入したのは茂だ。デッドライオンが驚きを込めて、マシーン大元帥が忌々しげに、ジェネラル・シャドウがどこか喜びを滲ませて名前を叫ぶ。残りの改造魔人も一気に色めき立ち、奇械人も殺気立つ。しかし茂は無視して箒を助け起こす。

「箒さん、自業自得とはいえ寝ててすまない。戦えるかい?」
「茂、さん……私……」

 いつものように笑う茂の顔を見た瞬間、箒の緊張の糸が切れる。同時に今まで怒りに隠れていた感情がどっと溢れ出す。五郎とユリ子の死、二人の状態を悟れず、死なせてしまった自責の念、自分だけが生き残ってしまった後悔、そして何も知らずに笑っている茂への罪悪感。そうした感情が一気に噴き出し、箒はその場にへたり込んで号泣する。そして茂に真実を伝えるべく、泣きじゃくりながらも必死に喋り始める。

「ごめん……なさい……私の、せいで……私、なんかのために……五郎さんと、ユリ子さんが……」 
「言うんじゃねえ!」

 しかし茂の叫びで箒の口が止まる。茂は箒に背を向け、敵と正対しながら言葉を続ける。

「俺が寝ている間に何があったかなんて聞く気はねえし、聞く状況でもねえよ。だがな、これだけは言っておくぜ。君がどう思っていようが、あいつらは君に全てを賭けるだけの価値があると信じて、命を張ったんだ。なのに、『私のせい』とか『私のなんか』とか、ふざけたこと言うんじゃねえよ。だったら、君のために命張った五郎はどうなる? ユリ子はなんで君を助けて死んだんだ? あいつらの死を、君自身が無駄にしちまうのか? なら、俺は君を許さない。次に言ったら、一発張り倒す程度じゃ済まさないと思うんだな」
「茂さん……どうして……?」

 箒は、茂が全てを理解していると確信する。なぜかは分からなかった箒だが、すぐに結論を導き出す。

(そうか……私が何も言わなくともわかるくらいに、お二人との絆が深いんだ。だから……)

 今度は別のバイクが一台、箒と茂の横に停車する。

「箒! 無事か!?」
「一夏……」
「流石ですね。こんなに早く追い付くとは思いませんでしたよ、滝さん」
「馬鹿野郎! お前、なんで飛びだして行きやがったんだ!?」

 乗っていた一夏は箒に駆け寄り、和也は茂に食ってかかる。しかし茂は平然と答えてみせる。

「そりゃ、あいつらが箒さん連れて抜け駆けしたんです。俺も負けてられないって話ですよ」
「茂、お前、まさか……! それで、二人とは会ったのか!?」
「タッチの差ってヤツで、会えず仕舞いですよ」

 茂の言葉を聞いた途端、和也は絶句する。一夏もやがて茂の真意を理解する。

「じゃあ、沼田五郎さんも岬ユリ子さんも、もう……!」
「へえ、驚いた。君まで二人のことを知ってるのか。大方、おやっさんから聞いたんだろうけどさ」

 一夏も藤兵衛から二人について聞いていたようだ。すると、今まで蚊帳の外に置かれていた鋼鉄参謀が声を荒げる。

「貴様ら! さっきから俺たちを無視するな! この状況が分かっているのか!? 俺たちがどれだけ貴様をこの手で殺すことを愉しみに……!」
「うるせえんだよ! チンコロ共が! 少しは空気読みやがれ!」

 すると茂が鋼鉄参謀の話を途中でぶった切り、罵倒する。ジェネラル・シャドウとマシーン大元帥以外の改造魔人は激昂する。

「貴様! 俺たちをチン……コロ……狗と言ったか!?」
「おうよ。てめえらはご主人様に尻尾振るしか出来ねえ、能無しのチンコロ共って言ったんだよ。耳の奥まで錆びついちまったか?」
「おのれ! 我ら誇り高きデルザーの改造魔人をコケにするか!」
「笑わせんじゃねえ! 何が誇り高きデルザーだ! 口じゃ偉そうに言ってるが、要はJUDOに這いつくばって、その威を借りて踏ん反り返ってるだけじゃねえか! そんなてめえらをチンコロと言わず、何と言えばいいんだ? 分かったら犬っころらしくそこらへんの電柱に小便引っ掛けてろ! 後始末はしてやるからよ!」
「どこまでも口の減らない奴! ふざけた口を利いたことを後悔させてやる!」
「へえ、どんな芸を見せてくれるんだい? 三回回ってワン、とかならやめてくれよ。やるならせめて玉乗りくらいやって欲しいね」
「この……!」

 茂の挑発の数々に我を忘れ、改造魔人は一斉に飛びかかろうとする。しかし、マシーン大元帥が手で制する。

「落ち着け。挑発に乗ればヤツの思う壺だ。城茂よ、強がりは結構だが少しは状況を考えるのだな。たった4人で何が出来る? 人間風情とガキ二人しか味方のいない死に損ないが、我らに勝てると思っているのか?」
「生憎だが、まだ味方はいるぜ?」
「その通りだ! こちらに6人!」
「こちらにも3人おりますわ!」
「まさか、仮面ライダーV3だと!?」
「この声、ライミーのクソガキか!」

 マシーン大元帥の嘲笑に茂は不敵に答える。同時に二つの声が割り込むと、マシーン大元帥とドクターケイトが反応する。間もなく、6台のバイクが続々と到着し、3機のISが箒たちの近くに降下する。バイクに乗っているのは6人の仮面ライダー、ISを装着しているのはセシリア、鈴、真耶だ。ハリケーンから降りた仮面ライダーV3が真っ先に茂に駆け寄る。

「茂、スパークとタックルは……」
「分かってますよ、風見先輩。あいつらは命を賭けて、箒さんを救った。次は、俺が命を張る番だ」
「シゲル、無理するな。お前、まだ治ったばかりだ。傷に障る」
「心配ご無用。いつもより調子がいいくらいっすよ」

 心配する仮面ライダーアマゾンにも茂は笑って答える。今度はマシーン大元帥が声を張り上げる。

「仮面ライダーめ! いつもいつも最悪のタイミングで!」
「マシーン大元帥! 貴様らの野望もここまでだ!」
「バダンニウム工場は全部俺たちで破壊させて貰った!」
「無論、貴様らが仕掛けた地震増幅装置もSPIRITSと国防軍が解体処理した!」 
「最早、日本両断計画は潰えた! 大人しく地獄へ戻って貰うぞ!」

 仮面ライダー1号、仮面ライダー2号、ライダーマン、仮面ライダーXが啖呵を切ると、マシーン大元帥が顔を歪める。
 
「黙れ黙れ! 計画など、貴様らを始末してしまえばすぐ再開できる! 貴様らこそ、今度という今度はガキ共と一緒に地獄へ送ってくれるわ!」
「残念だけど、私たちもまだ死ぬ気はない!」
「負けるのはお前たちブラックサタンとデルザー軍団ですわ!」
「覚悟しなさいよ! 第7分隊の人たちの分まで、きっちり落とし前つけてやるんだから!」

 真耶、セシリア、鈴がキッパリ言い放った直後、ジープがやってくる。乗っていた藤兵衛はジープを急停車させると、茂の下へと駆け寄る。

「茂!」
「おやっさん、どうしたんです? 今にも泣き出しそうな顔して。そんなの、おやっさんらしくないですよ?」
「馬鹿野郎! 誰のせいだと思ってるんだ!? お前ってヤツは、どうしていつも意地ばっか張って……!」
「生憎、生まれながらの性格でしてね……すいません、また迷惑をかけてしまって」
「いいんだ、今はいいんだ。だが茂、あの二人は……」

 茂は答えない。藤兵衛も二人の死を悟り、沈黙する。しかしすぐにいつもの調子に戻す。

「茂、ここが正念場だ。こうなったら、総力戦だ。なんとしても、ここでブラックサタンとデルザー軍団を叩き潰してやれ!」
「言われなくても分かってますよ!」

 一方、一夏も箒に手を差し出す。

「箒、立てるか?」
「大丈夫だ、これくらい……」
「箒さん! 今回は、特別に、私からの厚意として、あなたに一夏さんの手を掴む権利を差し上げますわ。いいですか? 今回限りの、特例措置というものですから、お間違いのないよう」
「ほら、さっさと立つ! なんなら、私が無理矢理立たせてやってもいいのよ?」
「セシリア、鈴、すまない……一夏、手を借りるぞ」

 箒は自分で立ち上がろうとするが、セシリアと鈴が割り込む。遠回しな気遣いに感謝しつつ、箒は一夏の手を取って立ち上がる。手を通して一夏の温もりを感じつつ、一度手を放して一夏とともに一歩進み出る箒だが、途中で茂が遮って前に出る。

「おっと、ラインは俺に任せて貰おうか。王子様とお姫様の露払いは、騎兵(ライダー)の仕事と決まってるんでな」

 茂は一度振り向き、再び箒の右手と一夏の左手を繋がせて敵に向き直る。茂の行為に戸惑い、手を離すべきか思案する箒だが、手を握ったまま一夏が話しかける。

「箒、行くぞ」
「……ああ!」

 箒は一夏の手を握り返し、力強く頷く。そして一夏は右手のガントレットを、箒は左手に巻かれた鈴を同時に掲げる。

「来い、『白式』!」
「行くぞ、『紅椿』!」

 一夏と箒の身体に装甲が装着され、同じタイミングで『白式』と『紅椿』の展開が完了する。
 茂は誰に言うでもなく口を開く。

「それじゃ、始めるとするか。ブラックサタンの害虫駆除と、デルザー軍団のチンコロ退治をよ」
「ほざけストロンガー! ブラックサタンに逆らった罪、今度という今度こそ償わせてやる! 240万度の業火でな!」
「ストロンガー、俺も貴様との宿縁に決着をつけたいと思っていたのでな。この戦い、俺の勝利で決着させてもらうぞ!」
「やれるもんならやってみな! もっとも、仮にやれでも無駄だけどな」

 茂は不敵に笑い、右手袋の中指部分を咥える。

「城茂死すともストロンガーは死せず、貴様らが何度でも甦るってんなら、あの世からだって駆けつけてやるぜ!」

 そして荒々しく右手袋を外し、左手袋も脱いで両手を晒すと右斜め上に突き出す。

「変身――」

 両手をゆっくりと左斜め上まで持っていく。 

「ストロンガー(STRONGER)!」

 両手を擦り合わせるとスパークが飛び散り、仮面ライダーストロンガーは変身を終える。
 待ちかねたと言わんばかりに、空を黒雲が覆い尽くす。仮面ライダーストロンガーはゆっくりと歩き始める。

「天が呼ぶ」

 一歩進むと天に稲妻が走り、雷鳴が轟く。

「地が呼ぶ」

 二歩目を踏み出すと、唸るような地鳴りが響く。

「人が呼ぶ」

 三歩目と同時にSPIRITSが到着し、ヘリから降下する。

「悪を倒せと、俺を呼ぶ」

 雷光が、静寂を切り裂いて仮面ライダーストロンガーを照らす。

「聞け、ブラックサタン! そしてデルザー軍団!」

 稲光が、闇に紛れたブラックサタンとデルザー軍団の姿を映す。

「俺は正義の戦士――」

 仮面ライダーストロンガーは右手を高々と天に突き上げる。

「仮面ライダーストロンガー!」

 その瞬間、仮面ライダーストロンガーの右手に一筋の雷が落ち、仮面ライダーストロンガーの全身をまばゆいばかりのスパークが包む。

「行こう、箒!」
「ああ!」

 箒と一夏は手を放し、軽く拳を合わせる。

「それじゃ、試合開始だ!」

 仮面ライダーストロンガーも左手で右手袋の裾を引く動作をすると、他の仮面ライダーたちと共に敵へ飛びこんでいくのだった。



[32627] 第六十話 タッチダウン(後篇)
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2014/07/17 08:02
 先頭に立った仮面ライダーストロンガーはブラックサタン戦闘員を当たるを幸いに薙ぎ倒す。

「エレクトロファイヤー!」
「ミュウ……!」

 一度地面に手を置くと高圧電流が放たれ、周囲のブラックサタン戦闘員を一掃する。仮面ライダーストロンガーは跳躍し、全身を赤熱化させる。

「ストロンガー電キック!」

 右足に電気エネルギーを集中させて飛び蹴りを放ち、奇械人ガンガルを一撃で爆散させる。仮面ライダーストロンガーは反動で宙を舞い、今度は両足に電気エネルギーを集中させる。

「ストロンガーダブルキック!」

 並び立って毒液と消化液を噴射する奇械人カメレオーンと奇械人モウセンゴケに蹴りが入り、高圧電流が流し込まれるとその場に倒れて爆死する。

「ストロンガー! 俺の鋏で貴様を断頭してやる!」
「遅いぜ! 電パンチ!」

 奇械人ハサミガニが着地直後の隙を狙い、鋏を掲げて突進する。しかし仮面ライダーストロンガーは慌てず、カウンターのジョルトブローを顔面に叩き込む。鋏が首を挟む直前で止まり、奇械人ハサミガニの身体に電流が走る。奇械人ハサミガニは身体を痙攣させた後、仮面ライダーストロンガーが飛び退くのに合わせて爆発する。今度は奇械人エレキイカと奇械人アルマジロンが腕の鞭を仮面ライダーストロンガーの両手に巻きつける。しかし仮面ライダーストロンガーは腕に力を込め、鞭を引っ張りながら無理矢理両手を合わせる。

「電ショック!」
「馬鹿な……!?」

 すると大量の電気エネルギーが奇械人エレキイカと奇械人アルマジロンに流れ込み、2体は全身から火花を飛び散らせながら息絶える。

「どういうことだ!? ヤツの電気エネルギーが増大しているとでもいうのか!?」
「デッドライオン! お前がこさえた特殊弾のお陰で、超電子ダイナモや電気回路がイカれちまったんでな。こいつはその反動、いわゆる『超回復』ってヤツよ!」
「まったく、相変わらず無茶を……」
「余所見をしている暇はないぞ! V3!」

 胸を張る仮面ライダーストロンガーに、仮面ライダーV3がツッコミを入れる。しかし奇械人メカゴリラが腕のハンマーで殴りかかる。スウェーやサイドステップでハンマーを避け続けると、攻撃が大ぶりになった瞬間に喉へ足刀蹴りを入れて怯ませる。すると仮面ライダーV3は跳躍し、前転して右足を向ける。

「V3!」
「なんの!」

 仮面ライダーV3の飛び蹴りを奇械人メカゴリラが発達した大胸筋で受け止める。奇械人メカゴリラはよろめきながらも体勢を立て直す。しかし蹴りの反動で再び宙を舞った仮面ライダーV3は、空中で反転して二撃目の飛び蹴りを一撃目と同じ箇所へ炸裂させる。

「反転キック!」

 二撃目までは耐えられなかったのか、奇械人メカゴリラは大きく吹き飛び、地面に叩きつけられると爆発する。仮面ライダーV3の着地と同時に、クワガタ奇械人が両手で顎を象って挟み斬ろうとする。仮面ライダーV3は向き直って突進を止め、両手を掴んで閉じさせまいと力を込める。しばらく力比べが続くが、仮面ライダーV3がクワガタ奇械人の腹に膝蹴りを入れて怯ませる。その隙に仮面ライダーV3は右手を赤熱化させる。

「V3電熱チョップ!」

 仮面ライダーV3が右手刀を振り下ろすと、クワガタ奇械人は頭から縦に溶断される。

「ライドルホイップ!」
「ケケーッ!」

 仮面ライダーXはライドルホイップを引き抜き、カマキリ奇械人の鎌と斬り結ぶ。仮面ライダーアマゾンは奇械人オオカミンの毒ガス弾を走り回って回避し、切り返すと飛びかかって爪で攻撃する。仮面ライダーXがカマキリ奇械人と鍔迫り合いとなり、仮面ライダーアマゾンと奇械人オオカミンは爪と牙の応酬を繰り返す。カマキリ奇械人が鍔迫り合いに負けて体勢を崩すと仮面ライダーXの前蹴りが炸裂する。吹っ飛ばされたカマキリ奇械人は頭を振り、一度奇械人オオカミンから離れた仮面ライダーアマゾンを見る。

「オオカミン!」
「任せろ! ガス弾を食らえ!」

 カマキリ奇械人は声を張り上げ、仮面ライダーアマゾンへカマを投げつける。同時に奇械人オオカミンはガス弾を仮面ライダーXの足元めがけて発射する。

「ライドル風車!」
「ガウアァァァァッ!」

 しかし仮面ライダーXはライドルをライドルスティックに変え、風車のように回転させてガスを押し戻す。続けて仮面ライダーアマゾンがカマキリ奇械人に飛びかかり、圧し掛かって噛みつき攻撃を繰り返す。仮面ライダーXは跳躍し、空中で大車輪を決めると両手両足を広げてXの字を象る。

「Xキック!」

 仮面ライダーXの右足が蹴り込まれ、奇械人オオカミンの胴体を粉砕する。仮面ライダーアマゾンも一度飛び退き、威嚇音を立てながらアームカッターに力を込めて突進する。

「大切断っ!」

 立ち上がったばかりのカマキリ奇械人の首が、すれ違いざまに斬り落とされる。

「アマゾンライダー! 毒針を食らえ!」
「こうなれば、貴様の血を吸い尽くしてやるぞ! Xライダー!」
「アマゾン!」
「ケイスケ!」

 仮面ライダーアマゾンの背後から奇械人トラフグンが、仮面ライダーXの背後から奇械人ブブンガーが出現する。仮面ライダーXと仮面ライダーアマゾンは位置を入れ替え、背中合わせに立つ。そして奇械人トラフグンの針をライドルで叩き落とし、奇械人ブブンガーの口先をクラッシャーで噛み止め、砕く。仮面ライダーXと仮面ライダーアマゾンは同時に跳躍し、仮面ライダーXはライドルスティックを握り直す。仮面ライダーアマゾンは右足を奇械人ブブンガーへ向ける。

「ライドル脳天割り!」
「アマゾンキック!」

 ライドルスティックが奇械人トラフグンの頭に振り下ろされ、奇械人ブブンガーが大きく蹴り飛ばされる。

「仮面ライダーどもめ……!」
「必ずまた甦り、貴様らの首を……!」

 奇械人2体は怨み言を残し、同時に爆死する。

「ロープアーム!」

 ライダーマンは右腕からロープアームを射出し、奇械人ゴロンガメの首に巻きつける。奇械人ゴロンガメは首を引っ込めることが出来ず、必死に踏ん張って首が締まらないよう抵抗するのに精一杯だ。ライダーマンは左腕を向け、アタッチメントを起動させる。

「ディスクアーム!」

 左腕にディスクカッターが装備されると、ライダーマンはカッターを射出して奇械人ゴロンガメの首を切り落とす。ロープアームを戻すと、サソリ奇械人が鋏を掲げてライダーマンへ挑みかかる。

「パワーアーム!」

 ライダーマンは右手のアタッチメントをパワーアームにすると、鋏を受け止める。鋏を外に逸らすと肩口にパワーアームを振り下ろし、爪が当たって火花が散る。怯まずにサソリ奇械人が鋏を突き出すと、そのまま爪と鋏の激しい応酬が始まる。サソリ奇械人は喉を掻き切ろうとするが、ライダーマンは左手で鋏を掴み取る。同時にパワーアームでサソリ奇械人の頭を強打し、地面に膝をつかせる。するとライダーマンは跳躍し、空中で数回前転する。

「ライダー回転キック!」

 ライダーマンの右足が突き刺さると、サソリ奇械人はその場で倒れて爆発する。

「死ね! ダブルライダー!」
「貴様らなど、所詮は伝説に過ぎないと証明してやる!」

 奇械人電気エイが電気を纏った鞭を仮面ライダー1号へ叩きつけ、奇械人毒ガマが仮面ライダー2号へ毒ガスを吐きかける。しかしダブルライダーは同時に地面を転がる。すると鞭が奇械人毒ガマに直撃し、ガスを浴びた奇械人電気エイが苦しみ始める。その隙に踏み込んだ仮面ライダー1号は奇械人電気エイを掴んで跳躍し、仮面ライダー2号は奇械人毒ガマへ走り込みながら右拳を握る。

「ライダーきりもみシュート!」
「ライダーパンチ!」

 仮面ライダー1号は奇械人電気エイを頭上に掲げると、高速で錐揉み回転させた後に地面へ投げ落とす。同時に仮面ライダー2号の正拳突きが奇械人毒ガマの胸を貫く。奇械人電気エイが頭から叩きつけられ、奇械人毒ガマが倒れ伏すと同時に爆発が起こる。仮面ライダー1号が着地する直前、奇械人ドクガランが割り込み、仮面ライダー1号を抱えて飛翔する。

「そうら、毒鱗粉を受けろ! いくら貴様とて幻覚作用のある俺の鱗粉には耐えられまい!」
「ぬう……!」

 奇械人ドクガランは翅から鱗粉を仮面ライダー1号へ浴びせ始める。毒と幻覚に苦しみながらも仮面ライダー1号はもがき、右腕の自由を確保する。

「ライダー……チョップ!」
「何!?」

 仮面ライダー1号は力を振り絞って右手刀を振り下ろし、翅を両断する。驚愕した奇械人ドクガランは思わず拘束を緩めてしまう。仮面ライダー1号は奇械人ドクガランの右腕を取り、ジャンプで追い付いた仮面ライダー2号が左腕を掴む。

「ライダー返し!」

 ダブルライダーは息を合わせて奇械人ドクガランを地面に投げ飛ばす。勢いよく地面に叩きつけられた奇械人ドクガランは数回痙攣した後動かなくなる。

「本郷、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」

 仮面ライダー1号は仮面ライダー2号の手を借りて立ち上がると、鎖を振り回すデルザー戦闘員の集団を蹴散らし始める。

「生意気なガキどもが! ブラックサタンに逆らった報いをその身で味あわせてやる!」
「生憎だが、簡単にやられる俺じゃないぜ!」
「織斑君、後退して!」
「私も援護しますわ!」

 サメ奇械人はロケット弾を発射し、コウモリ奇械人と奇械人ハゲタカンが空中から一夏に迫る。一夏はロケット弾を回避しつつ、雪羅から荷電粒子砲を発射してコウモリ奇怪人と奇怪人ハゲタカンを足止めする。一夏が離脱すると真耶がアサルトライフルでサメ奇械人を銃撃し、セシリアがビットのビームでコウモリ奇械人の身体を焼く。残る奇械人ハゲタカンは急に戻ってきた一夏に対応出来ず、雪片弐型の一撃をまともに食らう。
 一方、鈴は地上のカニ奇械人を龍咆で攻撃していたが、カニ奇怪人は背中の固い甲殻で防ぎ続ける。

(あいつ、やっぱりカニ獣人にそっくりね。モチーフだけじゃなくて見た目が被ることもあるの?)

 内心、目の前の敵が前に戦ったゲドンのカニ獣人によく似ていると思う鈴だが、クモ奇械人の糸が飛んでくるとすぐ回避する。両手に双天牙月・砍妖を呼び出した鈴は、奇械人ハゲタカンの放つバズーカの弾頭を両断し、スラスターを噴射して一気に突っ込む。

「まずは一匹!」

 すれ違いざまに奇械人ハゲタカンの首を切り裂くと、大量の血が噴き出す。奇械人ハゲタカンは墜落し、地面に叩きつけられた直後に爆発四散する。

「二匹目は私が! ブリューナク!」

 セシリアはアンサラーを発動させ、レーザーライフルからビームロープを放ってコウモリ奇械人を締め上げる。そして6基のビットがコウモリ奇械人を取り囲み、槍状のビーム刃を射出する。刃はコウモリ奇械人の身体を貫き、ビームが解放されて内部から焼き払う。

「これで、三つ!」

 続けて真耶が電磁ナイフ付拳銃を右手に、サメ奇械人めがけて急降下する。銃撃でロケット弾を撃ち落とすと、電磁ナイフをサメ奇械人の鼻先へ突き刺す。痛みのあまりサメ奇械人の口が開くと、真耶は量子化領域の空きに入れておいたIS用ハンドグレネードを左手に呼び出す。そしてサメ奇械人の口内に放り込み、下顎に膝蹴りを入れて無理矢理口を閉じさせる。サメ奇械人の身体が大きくのけぞった直後、グレネードが爆発して頭を吹き飛ばす。

「こいつで四匹! 回天白夜!」

 一夏が糸を避けながら急降下し、クモ奇械人へ回転の勢いを利用した七連撃を浴びせる。クモ奇械人は自分が何をされたのかすら理解出来ないまま、袈裟がけに両断される。一夏の攻撃は終わらず、今度はカニ奇械人へと突撃する。カニ奇械人は背中を向けて防ごうとするが、構わずに一夏は背中に蹴りを入れる。

「無駄なことを!」

 カニ奇械人は平然と踏み止まるが、一夏は蹴りの反動で宙を舞う。空中で反転すると二撃目の蹴りを背中に入れ、カニ奇械人は前のめりに倒れる。すると真耶がスナイパーライフルを構え、一点集中で徹甲弾を浴びせる。6発目の弾丸が甲殻を破り、背中の肉に食い込むとカニ奇械人はうめき声を上げる。すかさず鈴が縛妖索を射出し、カニ奇械人を縛ると無理矢理引っ張り起こしつつ電流を流す。

「セシリア!」
「お任せを!」

 最後にセシリアがビットを展開し、レーザーライフルと同時にビームを発射する。放たれたビームはねじ曲がり、集束されてカニ奇械人の頭を吹き飛ばす。

「降りてこい! 篠ノ之箒! 正々堂々と勝負しろ!」
「小娘が! ちょろちょろと飛び回りおって!」
「無理矢理にでも叩き落としてやる!」

 箒が空を自由自在に飛び回り、レーザーやエネルギー刃で攻撃していると、飛び道具を持たない奇械人ワニーダの罵声が飛んでくる。クラゲ奇械人は泡を吹き、奇械人アリジゴクは装甲を飛ばして箒を攻撃する。しかし、箒には全く当たらない。し奇械人ワニーダの罵声が収まらないのを見ると、箒は一度着陸し、冷たく告げる。

「望み通り、降りてきてやったぞ? ワニーダ」
「フフフ、余裕のつもりだろうが、俺の前に立ったのが運の尽き! 飛び回っていれば死なずに済んだものを! 貴様に不覚をとったのは貴様がちょこまかと飛び回っていたから! 地上に降りてきた以上、この顎で装甲ごと噛み砕いてやる!」

 奇械人ワニーダは自信満々に嘯くと言葉に反して尾を振るって攻撃する。クラゲ奇械人は腕を伸ばし、奇械人アリジゴクは左手のドリルを回転させて突っ込む。箒はほとんど動かずに髪の毛一本の距離で尾を回避すると、クラゲ奇械人の腕を雨月で弾き飛ばす。そして向かってくる奇械人アリジゴクに浴びせ蹴りを放つ。同時に右脚部展開装甲を変形させ、つま先にエネルギー刃を形成しつつ踵をスラスターにし、頭部めがけて蹴り込む。エネルギー刃は頭を貫通し、奇怪人アリジゴクはその場に倒れて爆発する。

「小癪な!」

 クラゲ奇械人が再び腕を伸ばし、奇械人ワニーダが装甲に任せて正面突破を図る。箒は雨月のレーザーで奇怪人ワニーダを牽制しつつ、駆け出す。奇怪人ワニーダが大口を開けて突っ込むと、箒は跳躍して奇械人ワニーダの頭を踏みつける。

「貴様、俺を踏み台に……!」

 奇械人ワニーダが驚愕するのと同時に、箒はスラスターを噴射してクラゲ奇械人へ接近する。即座に空裂を呼び出すとエネルギー刃を纏わせ、唐竹割りでクラゲ奇械人の身体を縦に両断する。クラゲ奇械人の死体が爆発すると、箒は残る奇械人ワニーダへ雨月と空裂を向ける。

「こうなれば、俺の命に換えてでも!」

 やけくそになった奇械人ワニーダは防御を捨て、箒の頭にかぶりつこうと大口を開けて特攻する。箒もまた正面から迎え撃つ。肩部展開装甲を飛ばしてつっかえ棒代わりにすると、雨月で口内にレーザーを撃ち込みつつ空裂で喉笛を掻き切る。それで限界を迎えたのか、奇械人ワニーダは立ったまま爆死する。
 一方、SPIRITSとともに装置の処理に当たっていた束は、戦場まで同行していた。とはいえ、ルリ子や藤兵衛、弾、蘭、クリスタ共々後方に下がっており、たまに来る戦闘員を迎撃しているくらいだが。

「おらおら! 人間舐めんじゃねえ!」

 和也は先頭に立ち、デルザー戦闘員に片っ端からマシンガンアームを浴びせている。ケンとシゲル率いる第3分隊、アンリとオサム率いる第4分隊、それにブラウンら第7分隊の生き残りも戦闘員を順調に掃討している。今、最後の奇械人は箒が倒した。残るは戦闘員を除けば百目タイタン、そして改造魔人だけだ。

(箒ちゃん、見ない内に成長したね。私の予想より、ずっと)

 束は内心、箒の成長ぶりに感嘆する。IS学園を襲撃した時以上に『紅椿』の力を引き出している。無論、肉体的や技術的な成長もあるが、一番大きいのは精神面の成長だろう。すでに、箒は一人立ち出来るレベルに達しているのかもしれない。
 束を横目にしつつ、戦況を見ていた藤兵衛は首を傾げる。

「おかしいな、あいつがいないぞ」
「マスター、どうしたの?」
「いや、デッドライオンの姿がないんだが……」
「ようやく気付いたか! 馬鹿者めが!」
「不味い!」
「後ろ!?」

 デッドライオンがその場にいないことに言及した直後、デッドライオンが束の背後に出現する。そして束が振り返る間も与えずに後ろから取り押さえ、声を張り上げる。

「全員その場を動くな! 動けばこいつの命はないぞ!」

 デッドライオンは装着した予備の爪を束の首筋に突き付ける。クリスタが拳銃を向け、仮面ライダーたちが一斉に向き直る。箒もまた、デッドライオンの方を向く。

「姉さん!?」

 そして人質となったのが束と知ると、動揺を露にして叫ぶ。束が東海に来ているのは知っていたが、ここにいるとは思わなかった。箒の叫びを聞いた百目タイタンが一歩進み出る。

「デッドライオン、どうやらそやつは篠ノ之箒の姉らしい。でかしたぞ。これで我らの勝利は決まったも同然だ」
「おっと、余計な考えを起こさないことだな! 娘、その端末を戻して貰おうか。それと、肩のカバーも閉じろ。後ろの小僧も、余計な手出しをすればこいつの首が飛ぶものと思え!」
「くっ……!」

 デッドライオンがセシリア、鈴、弾に釘を刺すと、セシリアはビットを腰に戻し、鈴は肩部龍咆のカバーを閉じる。背後から奇襲をかけようとした弾も、歯噛みして引き下がる。一夏や真耶、仮面ライダーたちも動くに動けない。イエローとゴールドが狙撃しようとするが、束とデッドライオンの距離が近すぎる上、遮蔽物がないので迂闊に接近できない。

「どうやら我らが出るまでもなかったらしい……シャドウ、不満そうだな」
「当たり前だ。このような小細工、見ていて楽しいものでもない」

 マシーン大元帥が一連の流れを見て呟くが、ジェネラル・シャドウは不満げに顔を背けている。
 誰もがこの状況をいかに打破すべきか考える中、箒と束の視線が、一瞬合う。
 お互い、言いたいことが沢山ある。言えなかったことなど数えきれない。一時は敵味方に別れた姉妹が、皮肉にも味方同士となって再会した。二人の胸中に様々な感情が去来する。しかし、束が目で合図を送ると、箒は瞬時にその意図を理解する。理屈ではなく、本能的なものだ。箒は一瞬仮面ライダーストロンガーとアイコンタクトを取り、頷き合う。そんなことにも気付かず、百目タイタンは箒の前へ歩み寄る。

「見ての通り、貴様の姉の命は最早我らの手中にある。篠ノ之箒、ここは大人しく我らの軍門に下れ。そうすれば貴様と貴様の姉の命だけは助けてやろう。一応、貴様を必要としている者がいるのでな。俺としても、余計な殺しはしたくないのでな」
「白々しいこと言いやがって! いざ箒ちゃんが投降したら、俺たちと一緒に殺す気なんだろ!?」
「貴様には言っていない! さあ、早く武装解除するのだ。俺もデッドライオンも、気が長いとはいえん。あまりに回答が遅いと、デッドライオンが腹いせに姉を殺してしまうかもしれんぞ?」

 藤兵衛を一括した百目タイタンが畳みかける。少しの沈黙の後、箒はいきなり大笑する。

「何がおかしい!? 気でも狂ったか!?」
「これが笑わずにいられるか。貴様らは姉を人質に出来て良かった、などと考えているようだが。勘違いもいいところだ。私はあんな女、一瞬たりとも姉と思ったことはない! むしろ、事あるごとに問題ばかり起こして私から家族を奪い、一夏からも引き離したヤツがようやく無様な死に顔を晒すかと思うとせいせいする! 分かったらさっさと殺せ! その爪は飾りではないのだろう!? 私たちの苦しみを少しでも理解出来るよう、痛みと苦しみのあまり豚のような悲鳴をあげるくらい、たっぷりと痛めつけて、じっくりと嬲りながら殺せ!」
「ハッタリを! そんな手がこの俺に……!」
「流石箒ちゃん、相変わらずの吐き気がするほどの邪悪っぷりで安心したよ。昔からそうだったもんね。いつもいつも澄ました顔してるくせにさあ、本当は欲しいものは暴力を使ってでも手に入れようとする、ゲスな子だったもんね。この際だからはっきり言ってあげるよ。私は、お前が嫌いだ。お前と同じ血を引いて、同じ空間で過ごしてきたことが苦痛に思えるくらいにね。なのに小さい頃のお前はベタベタベタベタくっついて来て、今でも都合にい時だけすり寄って来てさあ……胸糞悪いんだよ! この掃除用具が!」

 それを皮切りに箒と束は罵倒の応酬を開始する。内容も次第にエスカレートし、間違いなく公共の電波には乗せられない言葉まで連発されるようになる。周囲は口を挟むことすらできない。

「お、おい! いい加減にしないか! お前たちは実の姉妹なんだろう!? なのにそこまで言う必要があるのか!?」
「うるさいんだよ、お前。人の家庭の事情に首を突っ込むなって、ママに教わらなかった? っていうか、お前、なに? そんなナリしてライオン名乗るとか、舐めてるの? そんなブサイクな猫の出来損ないみたいな格好してさあ。お前、これからブサネコモドキに改名ね。勿論、異論は認めないから。はい決定」
「なんだと!? 貴様、このデッドライオン様をコケに……!」
「お前の意見なんか聞いてない! お前に許されてる答えは、はいかイエスしかないんだよ! 分かった? 分かったよね? ……分かったかって聞いてるんだよ!」
「は、はい……」
「いい子ね、ブサネコちゃん。あそこの屑とは大違いで助かるよ。それと、殺す時は一思いにやって。あんなヤツの顔を見る時間を、一秒でも短くしたいからさ」

 なぜか説教くさいことを言うデッドライオンを、束がいつもとはまるで違う低く唸るような声で脅す。有無を言わさぬ迫力に、デッドライオンは思わず従ってしまう。しかし百目タイタンは腹底に響くような笑いを上げ、箒にタイタン破壊銃を向ける。

「猿芝居もそこまでだ。我らを欺き、策を練る時間を稼ぐために敢えて本心から憎しみ合う姉妹を演じたのだろうが、タイタンの目は誤魔化せんぞ! 一言も交わさずとも互いの真意を理解し、躊躇いもなく行動したのは見事だ。美しき姉妹愛、といったヤツか。だが、この俺をペテンにかけようなど百年早いわ! 小娘ども!」
「フン、尻の青い雌猿らしい浅知恵だな。退屈過ぎて欠伸がでるわ」
「そう言うな。虫けらがありもしない知恵を必死に絞って考えたのだ。もう少し生温かい目で見てやるのも一興だろう」

(目糞鼻糞を笑う、だな)

 百目タイタンが一喝し、狼長官と荒ワシ師団長が嘲笑する。すでにあることに気付いていたジェネラル・シャドウは、内心狼長官と荒ワシ師団長を嘲る。
 一方、半ば蚊帳の外に置かれていたヨロイ騎士が、ようやく異変に気付いてマシーン大元帥に声をかける。

「しかしマシーン大元帥、ストロンガーはどこへ行ったんだ?」
「むっ、そう言えば……まさか!? デッドライオン! これは罠だ!」

 仮面ライダーストロンガーの姿がないことに気付いたマシーン大元帥は、ようやく姉妹の真意を察知して声を張り上げる。

「罠……?」

 デッドライオンが聞き返した直後、いきなりマントの付け根を背後から引っ張られる。

「感動の再会を邪魔するなんて、無粋だとは思わないか? ブサネコモドキさんよ!」
「貴様は……ストロンガー!」

 マントを掴んでいるのは仮面ライダーストロンガーだ。姉妹の罵倒合戦に全員気を取られている隙に、背後から接近していたのだ。デッドライオンは束を手放し、必死にもがくが相手の力が強く動くに動けない。

「家族の絆を利用して、踏み躙るのは貴様らブラックサタンの十八番だったもんな……相変わらず、反吐が出るぜ!」

 仮面ライダーストロンガーはデッドライオンを片手で持ち上げ、そのまま全力で投擲する。デッドライオンは綺麗な放物線を描きながら50ヤードほど飛んでいき、勢いよく瓦礫に叩きつけられて土煙が上がる。気絶したのか、少し経ってもデッドライオンは起きてこない。

「ストロンガーめ! 俺を謀りおったな!」

 激昂した百目タイタンは仮面ライダーストロンガーと束に発砲する。仮面ライダーストロンガーは束を抱えて跳躍する。箒もその隙にスラスターで飛翔し、着地した仮面ライダーストロンガーの傍に降り立つ。仮面ライダーたちもすぐ動き出し、一夏らやSPIRITSと共に戦闘員の掃討を再開する。一番近くにいた和也が、クリスタと共に三人へ駆け寄る。

「ったく、演技なら最初からそう言えよ……マジでビビったぜ。しかし、二人ともよく即興であんなことが出来たな。テレパシーでも使えるのか?」
「勿論、って言いたいけど、違うんだろうね。理屈じゃないし、科学者としては屈辱だけど……多分、姉妹だからなんとなく通じ合った、ってとこかな。くーちゃん、さっきのは全部口から出まかせの演技だからそんなに怖がらないでよ」

 束はいつもの調子で答えるが、どこか怯えているクリスタを宥める。もっとも、あのような声も表情も今まで出したことがなかったので無理もないが。実際、自分でも少し驚いている。それに束はともかく、箒は多少本音が混じっていたかもしれない。
 束は、ようやく箒と向き合う。箒は束にどう対応すべきか、何を話すべきか戸惑っているようだ。束も同じだ。言いたいことは沢山ある筈なのに、口が動かない。こうして、久しぶりに箒と正面から向き合おうと柄にもなく緊張してしまう。今まで向き合うことなく箒から逃げてきたツケだろう。しばらく沈黙が続く。仮面ライダーストロンガーに促された箒が何か言おうとする直前、意を決した束は口を開く。

「……ごめん!」
「え?」

 束が頭を下げて謝罪すると、箒は困惑する。目は泳ぎ、頭が混乱しているのか変な声が漏れている。束が頭を下げ続けていると、箒が声を絞り出す。

「その、頭を上げて下さい。私も、かなり酷いことを言ってしまいましたから、あの、お互いさま、というか……」
「ううん、そっちじゃないの。私、今まで箒ちゃんから逃げて、色々悪いことをやって来た。もう、数えきれないくらい箒ちゃんたちに迷惑をかけて、厄介事を押しつけて……もう、言い訳のしようがなくて、何を言ったらいいかも分からないけど、とにかく箒ちゃんに直接会って、謝りたかったの。許してくれなんて、厚かましいことは言えないよ。でも今までのこと全部、箒ちゃんに謝りたいの。だから……」
「私は……私は、いいんです。私も姉さんに迷惑かけてばかりで、勝手なこと言って、勝手に嫌って……本当は10年前からおかしくなっていたって気付いていたのに、聞くのが怖いから指摘も出来なくて……私の方こそ、ごめんなさい。姉さんのこと、止められなかったクセに、勝手に恨んで、勝手なことを言って、勝手に暴力を振るったりして」
「箒ちゃん……」
「正直に言うと、私には分からないんです。姉さんを許せるかなんて。私は、弱くて臆病な自分自身が、一番許せなくて。他の人を許すとか許さないなんて考える余裕がまだないんです。だから、今は謝るのを保留にしてくれませんか? 私が私自身のことに、ケリを着けられるまで」
「……待つよ、いくらでも。私は、箒ちゃんのお姉ちゃんなんだから」
「でも、千冬さんには直接謝って下さいね? そして、贖罪もして下さい。私も、今までの分も含めて、頑張って手伝いますから」
「っと、二人とも悪いがお客さんだ」

 不器用ながらも会話を始めた二人に、仮面ライダーストロンガーが割り込む。ブラックサタン戦闘員を引き連れた百目タイタンがやって来たのだ。仮面ライダーストロンガーは肩を鳴らすと、百目タイタンに言い放つ。

「悪いな、タイタン。今は家族水入らずってとこなんだ。用事があるなら後にしな」
「そうはいかん! 俺はここで貴様を葬らねばならんのだからな! 無論、そこの人間どもも一緒だ!」
「ヘッ、やれるもんならやってみな! タイタン、俺もいい加減貴様とはサシでケリを着けたいと思ってたんだ。貴様こそ自分が入る棺桶の心配をするんだな!」

 仮面ライダーストロンガーは束の前に立ち、百目タイタンと正対する。

「箒さん! 戦闘員は任せる! 滝さんは篠ノ之博士とその娘を!」
「分かりました!」
「箒ちゃん、ファイト!」
「茂も一発ぶちかましてやれよ!」

 束とクリスタは和也に連れられて離脱し、箒は雨月と空裂を振るってブラックサタン戦闘員を蹴散らし始める。
 仮面ライダーストロンガーと百目タイタンは睨み合う。そして百目タイタンから動き出す。百目タイタンがタイタン破壊銃を連射すると、仮面ライダーストロンガーは銃撃を避けつつ両手を擦り合わせる。

「電気マグネット!」

 すると銃が仮面ライダーストロンガーの身体に引き寄せられ、張り付くと高圧電流が流れて破損する。百目タイタンは首に巻いたスカーフを外す。

「火の玉スカーフを食らえ!」

 スカーフが無数の火の玉に分裂し、百目タイタンの号令で一斉に仮面ライダーストロンガーへ襲いかかる。

「なんの! 磁力扇風機!」

 だが仮面ライダーストロンガーのベルトのバックルが回転し、強風で火の玉を吹き飛ばす。火の玉が百目タイタンの手許に戻り、再びスカーフに変わると、今度は身体にある無数の目をいくつか取り出し、握る。

「ファイヤーボールだ!」

 目を火の玉に変えると、仮面ライダーストロンガーめがけて投げつける。地面や仮面ライダーストロンガーの身体に当たると火の玉は爆発し、仮面ライダーストロンガーにもいくつか焦げが出来る。走り回っていた仮面ライダーストロンガーだが、回避を諦めると火の玉へ向き直る。

「ストロンガーバリア!」

 続く火の玉を全てバリアで防ぐと跳躍し、右手を胸に当ててから前転して全身を赤熱化させる。

「ストロンガー電キック!」
「無駄だ! キック返し!」

 仮面ライダーストロンガーは右足に電気エネルギーを込めて飛び蹴りを放つ。百目タイタンは両手で蹴り足を掴むが、流される電流の強さから捻ることも出来ずに投げ飛ばしてしまう。仮面ライダーストロンガーが身を捻って着地すると、百目タイタンも持ち直す。

「チイッ、今の貴様と俺は互角ということか。ならば、タイタン火柱……!」
「エレクトロファイヤー!」

 百目タイタンは大技を決めようとするが、発動前に潰される。

「小賢しいヤツ! だが、貴様の切り札も切らせはせんぞ! ファイヤーシュート!」

 すると百目タイタンは身体の目玉をいくつか外し、それを火種に火炎放射を放つ。仮面ライダーストロンガーはステップや後転で回避しようとするが、火炎は執拗に浴びせられてチャージアップする間がない。

「どうだ! いくら一時的に力が増したとはいえ、電気技では俺を倒せまい!」
「電気技では、か……ならこの勝負、俺の勝ちさ!」

 仮面ライダーストロンガーは不敵に言うと、再び跳躍して飛び蹴りの体勢に入る。

「何度やっても同じこと! 今度は火炎キック返しで返り討ちにしてやる!」

 百目タイタンは両手に炎を纏い、地面を踏みしめて待ち構える。
 次の瞬間、仮面ライダーストロンガーはドリルのように高速回転し、足先にエネルギーを集中させる。

「超電子ドリルキック!」
「超電子の技だと!?」

 仮面ライダーストロンガーの蹴りが触れた瞬間、百目タイタンの左前腕部が吹き飛び、百目タイタン自身も地面を転がる。しかし百目タイタンは痛みより先に混乱が頭に押し寄せる。なぜチャージアップしていないのに超電子の技が使えるのか、理解出来ない。
 箒と並び立ってデルザー戦闘員を掃討していたライダーマンは、少し思案して結論を導き出す。

「まさか、超電子ダイナモのオーバーロードか!」
「オーバーロード?」
「ああ。本来はチャージアップで一時的に身体の構造を変化させなければ、超電子ダイナモの力を使うことは出来ない。しかし、超電子ダイナモに過重な負荷をかければ、チャージアップせずとも一時的かつ限定的に超電子の力を使える。もっとも、使えるのは超電ドリルキック一発だけで威力も半減するが。しかし、今のストロンガーは超回復の副産物で超電子ダイナモがオーバーロードを起こしている上、電気回路から流れ込むエネルギー量も増大している。つまり、結果的にチャージアップした時と同じ超電子エネルギーを、無理矢理引き出し続けている状態なんだ。だが、当然代償も大きい。エネルギーの制御は非常に不安定で、本来ならばいつバラバラになってもおかしくない負荷がかかっている筈なんだが……」
「きっと、お二人が力を貸してくれているんだと思います」

 箒が呟いた直後、仮面ライダーストロンガーは再び跳躍し、全身に超電子の力を滾らせる。百目タイタンは目から衝撃波を放つが、仮面ライダーストロンガーは無視して飛び蹴りを放つ。

「超電三段キック!」

 渾身の三段蹴りが右肩、左肩、喉元に炸裂すると、百目タイタンの両肩から高温の蒸気が溢れ出し、目に見えて弱り始める。

「ぐう……馬鹿な……!」
「どうやら、完全には治りきっていなかったようだな! これで最後だ!」

 仮面ライダーストロンガーはもう一度ジャンプすると、空中でスクリューのように回転してからキックを打つ。

「超電スクリューキック!」

 右足が頭部に突き刺さると百目タイタンは大きく吹き飛ばされる。それでも辛うじて立ち上がるが、両肩からマグマが溢れている。

「ストロンガー! またしても俺は負けたが、JUDO様、そして大首領様がおられる限りブラックサタンは不滅だ! 先に地獄で待っているぞ!」
「ブラックサタンに、栄光あれ!」

 最後にブラックサタンを讃えると百目タイタンは立ったまま爆発し、火柱が噴き上がる。
 仮面ライダーストロンガーが黙って百目タイタンの最期を見届けた直後、一枚のトランプが飛んでくる。カードを掴み、表を見るとスペードのKが描かれている。投げた相手など、最初から分かっている。

「相変わらずの挨拶だな、シャドウ」
「挨拶ではないぞ、ストロンガー。それは託宣よ」

 仮面ライダーストロンガーが振り向かずに投げ返すと、ジェネラル・シャドウはカードを受け取ってトランプの山に入れる。

「託宣?」
「そうだ。この勝負は俺が勝つと告げる、貴様にとっては死を意味する託宣よ」

 仮面ライダーストロンガーがようやく振り向き、ジェネラル・シャドウと正対する。

「その自信過剰も相変わらず、か。バダンの時もそうだったな。貴様はいつもそうだった。キザで、執念深くて」
「貴様こそ、いくら年月が経とうとも変わらんな。口の減らなさ、鼻っ柱の強さは特に、な」

 両者は静かに言葉を続ける。不倶戴天の宿敵同士とは思えぬほど静かで、むしろお互いに懐かしさすら覚えているような会話だ。

「いい加減、終わらせようぜ。二度あることは三度ある、三度目の正直と言うように、物事は三度目で終わらせなきゃなんないのさ」
「全くだ。我らの怨念、俺の執着、そして貴様との宿命……この場で全てを断ち切るとしよう」

 仮面ライダーストロンガーは一度右手袋の裾を直す動作をし、ジェネラル・シャドウは静かに剣を抜く。

「行くぞ! シャドウ!」
「来い! ストロンガー!」

 そして両者は同時に闘志を剥ぎ出しにする。仮面ライダーストロンガーが左手を握って突撃し、ジェネラル・シャドウは剣を構える。

「電パンチ!」
「食らえ!」

 仮面ライダーストロンガーの左拳と、ジェネラル・シャドウの剣が同時に突き出される。拳と剣はクロスカウンターの形となり、剣が外に逸れて拳がジェネラル・シャドウの頭に迫る。ジェネラル・シャドウが頭を僅かに振って回避すると、仮面ライダーストロンガーが追撃の前蹴りを放ち、ジェネラル・シャドウが左手で受け止める。
 一方、デルザー戦闘員の掃討に当たっていた箒だが、改造魔人が次々と召喚してくるので埒が明かない。

「ジェェェェットッ!」

 さらにジェットコンドルが飛行形態で突っ込んでくると、箒は一度飛翔して回避する。

「忌々しい雌猿め! 今度という今度こそ、我輩の爪と翼で八つ裂きにしてくれる!」
「しつこいヤツだ……!」
「篠ノ之さん!」
「カアアアアアアアアッ! 貴様の相手は俺だ! 虫けらめが!」

 真耶が援護しようとスナイパーライフルを向けるが、斧を掲げた荒ワシ師団長が配下の戦闘員を引き連れて急襲する。真耶は方向転換してライフルを撃つが、荒ワシ師団長の盾に悉く弾かれる。荒ワシ師団長は盾を構えたまま突撃し、真耶を叩き切ろうと斧を振りかぶる。
 セシリアもまた地上から銃撃を受け、鈴の頭上から大岩が降ってくる。二人が回避すると鎌を持ったドクロ少佐と、大岩から姿を変えた岩石男爵が並び立つ。

「カカカカッ、シャドウばかりにいい格好をさせてはたまらんのでな。景気づけと点数稼ぎも兼ねて、手始めに貴様らを狩らせてもらうぞ!」
「イワアアアアアッ! ドクロ少佐、おめえはどっちをやる? 俺はどっちでもいいんじゃがよ、多少骨があった方がいいから、あっちの貧相なガキは譲っちゃる」
「誰が貧相よ!? あんたみたいに臆面もなく馬鹿面晒してるヤツに言われたくないわよ!」
「ワシが馬鹿じゃと!? やっぱやめた! あのガキはワシがぶっ殺しちゃる!」
「勝手にしろ。俺はどっちでもいい。どうせストロンガーやXライダーと戦う前の肩慣らしなのだからな」
「生憎ですが、どちらとも戦うことは出来ませんわ。お前はここで、私に倒されるのですから!」

 セシリアはキッパリ言い放つと、レーザーライフルをドクロ少佐に向けて発射する。ドクロ少佐は火の玉となって消え、セシリアの背後に出現すると鎌を横薙ぎに振るう。直前に察知して避けるセシリアだが、ドクロ少佐が追撃に入る。

「ドクロ火炎で焼け死ね!」
「そんな手には!」

 セシリアはビットを正面に展開し、ビームシールドを形成して火炎を防ぐ。

「これでも食らいなさい!」
「そんなへなちょこ、効かんわい!」

 一方、鈴は乾坤圏を発動させると地上の岩石男爵に向けて集束率を落とした衝撃砲を連射する。しかし岩石男爵は全身に衝撃砲を浴びせられても平然としている。ならばと集束率を上げ、炎を纏った衝撃砲を撃ち込むが、岩石男爵は吹き飛ばされるだけですぐに立ち上がる。

「ワシ、他の改造魔人より頑丈なんよ。こんどはこっちの番じゃ。お前たち、ドンドコ並べ!」
「イワッ!」

 岩石男爵の号令で岩仮面の戦闘員が整列する。戦闘員が岩に姿を変えると、岩石男爵は左手で岩を放ると棍棒を振るってトスバッティングの要領で鈴へ飛ばし始める。

「ええい、ちょこまかと! 大人しくしてねえと当たらんじゃろが!」

 鈴がスラスターを駆使して回避すると、岩石男爵は罵声を飛ばす。鈴は双天牙月・斬妖を呼び出すと連結させ、飛んでくる岩を掻い潜りながら急接近する。そして間合いに入ると渾身の力で岩石男爵の首を切り落とす。しかし首が飛んで鈴が離脱した直後に腕が動き、首を掴むと元の位置に着ける。

「こいつ、不死身なの!?」
「当たり前じゃろが! ワシら改造魔人は、JUDO様ある限り不死身なんじゃて!」

 驚く鈴を余所に、岩石男爵は岩飛ばしを再開する。

「クソ、こいつら、しつこい……!」
「一夏君! 雑魚に構うな! 君はライダーと一緒に改造魔人を!」
「スティィィィルッ!」

 空中で荷電粒子砲を連射し、デルザー戦闘員を攻撃する一夏だが、和也が声を張り上げると仮面ライダー1号の援護へ向かう。しかし突如として旋風が巻き起こり、雄たけびと共に鉄球が飛んでくる。咄嗟に身を捻って直撃を避ける一夏だが、鉄球が掠っただけにも関わらずシールドエネルギーが一気に削られ、衝撃で大きく吹き飛ばされて墜落する。頭を振りながらも立ち上がる一夏の下へ、鉄球を振り回しながら鋼鉄参謀が歩いてくる。

「貴様が我らの黒き鍵、織斑一夏か。人間風情が我らより上位に立つとは癪だが、まあいい。貴様の力、ここで試させてもらうぞ。大首領様が求めるに相応しい力があるかをな!」

(クッ、結構ヤバい相手に当たったか)

 一夏は直感的に厄介な相手と当たったことを理解する。特に鉄球の一撃をまともに貰えば、絶対防御が発動しても無傷では済まないだろう。正面からぶつかるのは危険だ。かと言って、逃げようと背を向ければその隙に痛撃を貰うだろう。

(正面から当たらず、かつ相手に背を向けず……どっちもやらなきゃいけないのが辛いとこだな。けど、覚悟はとっくに決めたんだ。やるしかない!)

 しかし一夏は自らを奮い立たせ、スラスターとPICを使って飛翔する。

「スティィィィル!」

 鋼鉄参謀は鎖を握り直し、上空の一夏めがけて再び鉄球を投擲する。
 その頃、狼長官は仮面ライダー1号の猛攻を受けていた。

「ライダーチョップ!」
「ぐおっ!?」

 仮面ライダー1号の手刀が狼長官の頭部に当たり、ダメージを与える。続けて左右のコンビネーションパンチを胴体に打ち込み、狼長官の体力を奪っていく。

「おのれ! 満月さえ出ていれば……!」

 一度飛び退いて距離を取ると、狼長官は地団駄を踏む。満月が隠れてしまったお陰で、今の狼長官は不死身でもなんでもない。現に仮面ライダー1号には終始押されている。しかし狼長官は頭を振り払い、哀願するように声を上げる。

「我らの先祖、偉大なる狼男様! どうか私に力をお貸しください! 忌々しい仮面ライダーに勝つために!」

『世話の焼けるヤツよ。いいだろう! 狼一族の名に賭け、必ず勝つのだ!』

 するとどこかから狼男の肖像画が飛来し、狼長官に答える。肖像画は空に消え、間もなく一部の雲が消えて満月が露になる。狼長官は駆け出し、仮面ライダー1号の追跡を振り切って月光の下へ逃れる。

「おお、ありがとうございます! 1号ライダー、これで俺の勝ちは決まったも同然よ!」
「クッ、ライダーキック!」

 仮面ライダー1号は即座に飛び蹴りを放つが、狼長官の身体に当たると一方的に弾き飛ばされる。

「無駄だ! 今度はこちらの番だ。楽に死ねると思うなよ!」

 狼長官は月光が照らす場所に留まったまま、歯型爆弾を投げつけ始める。

「2号ライダー! 死ね!」
「おっと!」

 隊長ブランクは両手のライフルを連射するが、放たれる弾丸やナイフは全て仮面ライダー2号に叩き落とされる。仮面ライダー2号は跳躍し、飛び蹴りを入れて無理矢理銃撃を中断させる。隊長ブランクはライフルを投げ捨て、仮面ライダー2号と肉弾戦を展開する。隊長ブランクの右ストレートをバーリングで弾くと、仮面ライダー2号の左拳が胸に叩き込まれる。一瞬怯んだ所にハイキックが放たれるが、隊長ブランクが両手で掴み止める。そのまま力任せに投げ飛ばそうとするが、仮面ライダー2号は身を捻りながら浴びせ蹴りを放って中断させる。
 しばらく殴り合い、蹴り合いを続けていた両者だが、仮面ライダー2号は隊長ブランクと組み合うと一緒に跳躍する。そして空中で腕を取り、一本背負いの要領で地面に投げ飛ばす。

「ライダー返し!」

 隊長ブランクは受け身も取れずに地面に叩きつけられ、土煙が上がる。着地した仮面ライダー2号はすぐに駆け寄るが、隊長ブランクの姿がない。

「ヤツめ、どこへ行った?」
「ここだ!」

 仮面ライダー2号の背後に回っていた隊長ブランクが、身の丈ほどのコンクリート片を投げつける。振り向いて受け止める仮面ライダー2号だが、その隙にライフルを拾い直した隊長ブランクがライフルを連射し、弾丸が仮面ライダー2号へと叩き込まれる。
 仮面ライダーV3はヘビ女の鞭を回避しつつ、反撃の機会を窺う。ヘビ女も仮面ライダーV3の意図と接近戦での自身の不利を理解してか、鞭を使ってアウトレンジからの攻撃に徹している。ヘビ女は鞭をしならせ、仮面ライダーV3の首に巻きつけると一気に力を込める。

「イヒヒヒヒヒ! このまま貴様を絞め殺してやるよ!」
「そうは行くか!」

 仮面ライダーV3は鞭を思い切り引っ張り、高々と跳躍すると反動でヘビ女との距離を詰める。着地と同時に鞭を手刀で斬り落とすと、ヘビ女が鞭を振る前に間合いに入る。お返しとばかりに中段蹴りを入れると、そのまま回し蹴りの連打や連続パンチで頭や胴を攻め立て、ヘビ女に主導権を渡さない。しかしヘビ女は蛇に変身して攻撃を回避し、距離を取ると元の姿に戻って再び鞭を振るい始める。

「裏切り者の結城丈二! ケイトガスであの世の送ってやる!」
「生憎、ガスは対策済みだ!」

 ドクターケイトは頭からガスを放つが、ライダーマンはパーフェクターを模した多目的マスクを装着し、顔の下半分を覆う。すぐに右肘にカートリッジを装填し、右腕を変形させる。

「マシンガンアーム!」
「無駄だよ!」

 ライダーマンはマシンガンアームを連射するが、ドクターケイトは身体をガス化して避けると、再び風上を取って今度は杖から毒液を噴射する。咄嗟に地面を転がって回避するライダーマンだが、毒液はビルの瓦礫やアスファルトを急速に腐食させる。ライダーマンが立ち上がると、ドクターケイトは再び杖から毒液を連射し、ライダーマンに主導権を握らせない。

「Xライダー! 借りは返すぞ! カチュウ!」
「望み通り、決着をつけてやる!」
「ガアアアアアアッ!」
「ええい、相も変わらず鬱陶しいヤツよ!」

 仮面ライダーXはライドルホイップを振るってヨロイ騎士と斬り結び、仮面ライダーアマゾンは磁石団長の周囲を残像が出来るほどの速さで走り回る。どちらにとっても幾度となくぶつかり合った因縁の敵だ。ヨロイ騎士は左手の短剣でライドルホイップを防ぎ、右手の長剣で斬りかかる。磁石団長も電磁棒を突き出し、仮面ライダーアマゾンの動きを止めると反撃を開始する。

「……そうだ。命令があり次第、すぐ起動出来るようセットしろ」

 その頃、マシーン大元帥は戦いに加わらず、何者かと通信していた。同じ頃、気絶していたデッドライオンがようやく目を覚ます。

「おのれ……こうなれば!」

 デッドライオンは頭を振って立ち上がり、どこかへと駆け出す。

「グレイ、行くわよ」
「了解っと」

 デルザー戦闘員を掃討していたブラウンとグレイはデッドライオンを見つけると、他の隊員にその場を任せてデッドライオンを尾行する。

「これで!」
「なんだ、その程度か!?」

 一夏はスラスターをフル稼働させ、鋼鉄参謀の周囲を飛び回りながら荷電粒子砲を浴びせる。しかし鋼鉄参謀の装甲に阻まれる。ならばと急降下して雪片弐型を振り下ろすが、刃が通らずあっさり弾かれる。体勢が崩れたところに鋼鉄参謀が鉄球で殴りかかるが、一夏は急上昇して逃れる。鋼鉄参謀がまたしても鉄球を投擲すると、一夏は大きく距離を取って再び旋回を開始し、狙いを定めさせない。この繰り返しだ。

(なんて硬さだよ! 全然刃が通らない!)

 一夏は舌打ちしつつ、再び荷電粒子砲で鋼鉄参謀を牽制する。向こうはパワーこそ恐ろしいがスピードは遅いので、飛び回っていればまず攻撃される心配がない。しかし『白式』のエネルギーも無限ではない。特に今は箒もジェットコンドルと交戦しているので、絢爛舞踏による補給も期待できない。先にこちらのエネルギーが切れるだろう。しかし、雪片弐型の刃が通らない以上、決定打がない。回天白夜なら突破できるかもしれないが、リスクも甚大だ。ある程度弱らせないと厳しいだろう。
 その近くではレッドがヘイトソング2でデルザー戦闘員を撃ち抜き、弾が回し蹴りで顎を蹴り抜いている。最初は二人とも別々の場所で戦っていたが、いつの間にか合流していたのだ。レッドが弾の背後に迫るデルザー戦闘員をナイフで貫き、弾が別のデルザー戦闘員の肚に正拳突きを叩き込んだ直後、鋼鉄参謀が再び鉄球を振り回して旋風を起こす。

「スティィィィィルッ!」

 鋼鉄参謀が鉄球を投げる直前、一夏は鋼鉄参謀の右手に向けて荷電粒子砲を放つ。すると鉄球のコースが大きくずれる。

「え……?」
「弾!?」

 鉄球の先にいるのは、弾だ。一夏は居ても立ってもいられずに助けに入ろうとするが、間に合わないだろう。弾の身体は硬直している。その瞬間、レッドの脳裏に喪った親友の顔と、死んだ時の情景がフラッシュバックする。

「クソが!」

 レッドは反射的に飛び出して弾を突き飛ばし、自身も地面を転がって回避しようとする。しかし鉄球が右肩をわずかに掠ってしまい、右肩が吹き飛ぶ。通り過ぎた際の衝撃波でレッドの身体が瓦礫に叩きつけられ、ヘルメットが割れて素顔が露になる。立ち上がった弾は慌ててレッドの下へと駆け寄る。赤い肌に赤い瞳、白い長髪が目を引く。額が割れて血が流れている。内心スカーレットを思い出す弾だが、右腕があった箇所を見ると絶句する。
 右肩部分から先が無くなってはいるが、僅かに機械らしきものが肩に残っている。飛び散った部品も含めて考えると、レッドの右腕は機械製の義手だったのだろう。困惑する弾を余所に、レッドはよろけながらも立ち上がる。

「あんた、一体何を!?」
「お前には……関係ない」
「関係ありますよ! 大体なんで俺を庇ったんですか!?」
「だから、お前には、関係無い」

 レッドはゆっくりと、まだ残った義手の前腕部の下へ歩いていく。
 一方、レッドが弾を庇うのを見た一夏はすぐ切り返し、伸び切った鎖を両断して鉄球を無力化する。そして弾やレッドから引き離すべく、反対側の地上に降り立って雪片弐型を構える。すると鋼鉄参謀は振り向いて一夏と正対する。

「味方から引き離すために敢えて機動力の優位を捨てるか。大した心意気だが、それが命取りよ!」

 鋼鉄参謀は不敵に言い捨て、今度は素手で殴りかかる。打撃を見切って避け続けながら、一夏はかつて篠ノ之柳韻に教わったことを思い出す。

(鎧武者を切る時は、関節部分を……!)

 戦国時代、剣術は鎧武者を相手にすることを前提に発展した。ゆえに鎧に覆われていない部分を狙うことを旨としていた。一夏もある程度習ったことがある。打撃を慎重に回避しつつ、関節を斬る隙を窺う。そんなことにも気付かず、一方的に打撃で攻め立てる鋼鉄参謀だが、背後から殺気を感じて振り向く。
 背後には、義手の前腕部を咥えたレッドが立っていた。目は獣のように鋭く、野獣のような殺気を放っている。何より、鬼気迫る表情をしている。一瞬呆気にとられ、動きが止まる鋼鉄参謀だが、レッドは最後の力を振り絞って身体ごと咥えた義手を鋼鉄参謀の顔面に叩きつける。すると、仕込まれた爆薬が爆発し、爆風が目に直撃する。

「ぬおっ!?」

 レッドがその場に倒れると、鋼鉄参謀は右手で目を押さえる。
 それが、致命的な隙となった。

(今だ!)

 右腋が完全に開くと、一夏は一気に踏み込み、雪片弐型を変形させて零落白夜を発動する。そして回転しながら右腋を斬り上げる。

「回天白夜!」
「なんだと!?」

 一夏渾身の七連撃は鋼鉄参謀の右腕を七撃目で斬り落とす。同時に切断面からオイルに似た鈍色の血が大量に溢れ出す。腋は数少ない鎧武者の急所でも、心臓への近さや血管の多さから特に効果のある場所だ。反射的に鋼鉄参謀が左手で切断面を押さえると、今度は開いた左腋へ連撃を放つ。

「もう一つ!」

 同じ要領で左腕をも斬り落とすと、一夏は回転の勢いを乗せたまま、振り向いた鋼鉄参謀の首めがけて斬撃を放つ。

「これでどうだ!」

 鎧の隙間を通って一撃が入り、鋼鉄参謀の首から血が噴き出す。駄目押しとばかりに一夏はもう一撃斬りつける。

「こいつはおまけだ!」
「ぬううううううっ!?」

 最後の一刀が鋼鉄参謀の目を切り裂くと、一夏はその場を離脱する。
 両腕を失い、首や胴から大量の血を流しているにも関わらず、鋼鉄参謀は膝もつかなければ闘志も衰えない。

「猪口才な! どこへ行きおった!?」

 それどころか聴覚を研ぎ澄まし、音を頼りに一夏へ向かっていこうとする。一夏は静かに弾の前に着陸する。

「弾、大丈夫か?」
「ああ、あの人が俺を……」
「そこか! 織斑一夏!」

 弾と話し始めた途端、鋼鉄参謀は位置を割り出して頭から突っ込んでくる。一夏は舌打ちすると、弾を抱えて飛翔しようとする。すると弾が一夏の耳に口を寄せる

「一夏、俺に考えがあるんだけど……」

 小声で打ち合わせを終えると、一夏は弾を抱えPICのみを使って静かに飛翔する。鋼鉄参謀は気付いていないのか、一夏たちの背後にあった自身の鉄球まで向かっている。

「今だ!」

 弾を右手で抱えた一夏は鋼鉄参謀の足元めがけて荷電粒子砲を発射する。鋼鉄参謀が鉄球の上へ前のめりに倒れると、一夏はスラスターを噴射して突っ込み、弾と共に渾身の力で鋼鉄参謀の頭を蹴りつける。自身の突進の勢いに一夏らの蹴りまでプラスされ、鋼鉄参謀の頭が鉄球に叩きつけられる。すると頭部装甲にひびが入り、額が割れたのかオイル状の血が迸っている。

「そこにいたか! 小童共!」
「もう遅いんだよ!」

 弱るどころか意気盛んな鋼鉄参謀は振り向き、一夏めがけて頭突きを放とうとする。しかし一夏は間一髪で避け、鋼鉄参謀の首が伸び切ったところで額に雪羅のエネルギークローを突き立てる。鋼鉄参謀が首を振って無理矢理クローを引き抜くと、一夏は一度後退して弾を下ろす。弾から離れると雪片弐型をわざと瓦礫に打ち当て、音を立てて鋼鉄参謀を誘い出す。鋼鉄参謀が突進してくると一夏はPICとパワーアシストを使って跳躍する。空中で身を捻り突進を紙一重で回避すると、逆さになった状態で零落白夜を発動させ、両膝裏の関節部を切り裂く。だが鋼鉄参謀は足を踏ん張って耐え、振り向きながら蹴りを放つ。回避が遅れた一夏は蹴り飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。

「口惜しいが、貴様の力は本物だ! だが、俺はまだ負けてなどおらん! さあ立て! この程度で死ぬほどヤワではあるまい!」

 鋼鉄参謀は傲然と立ち、一夏に言い放つ。
 頭を振って立ち上がった一夏は、まだ立っている鋼鉄参謀に驚きつつも雪片弐型を構え直す。一か八か、カウンターで仕留めるしかない。一夏は地面を踏んで音を立てつつ、鋼鉄参謀が突進してくるのを待つ。しかし鋼鉄参謀は動かない。両者はしばらく睨み合いを続ける。痺れを切らした一夏が先に動き、一度飛翔して鋼鉄参謀の頭めがけて急降下する。

「雪片脳天割り!」

 零落白夜を発動させた雪片弐型を振り下ろすと、砕けた装甲を通って鋼鉄参謀の頭に斬撃が直撃する。鋼鉄参謀は微動だにしない。瞬時にスラスターを後方に噴射して荷電粒子砲を撃つ一夏だが、鋼鉄参謀は反応すらない。再び距離を取って正対する一夏だが、ようやく鋼鉄参謀の様子がおかしいことに気付く。よく見ると、血も出ていない。

(まさか、死んだ、のか?)

 油断なく構えつつも一夏は思案する。ためしにもう一度荷電粒子砲を撃ち込んでも、反応がない。それでも一夏は構えを解かない。頭では鋼鉄参謀が死んだと理解しても、身体が警戒を緩ませない。

「一夏!」

 だが、弾が声を上げて駆け寄ってくると、遂に緊張の糸が切れて一夏はその場に座り込む。同時に息が上がり、大量の汗が全身を伝っていることと、膝が震えて全身が鉛のように重くなっていることに気付く。

(勝った、のか? 俺は、本当に?)

 一夏は勝利の喜びよりも安堵と少々の敗北感を感じる。自分は鋼鉄参謀の死に気付けず、最後まで気圧されていた。勝てたのは運だろう。試合に勝って勝負に負けたとは、まさにこのことだ。同時に、一夏はほんのわずかだが鋼鉄参謀に畏敬の念を覚える。最後の最後まで立ったまま終わる姿勢は、敵味方や善悪に関係なく尊敬に値するのかもしれない。

「そうだ、あの人は?」
「確か、あっちだ」

 しばらく座って息を整えていた一夏だが、人心地つくと立ち上がる。弾の質問に答えると一夏は歩いてレッドの下へ向かう。
 倒れているレッドを助け起こすと、一夏と弾は顔を寄せる。額からの出血が酷い。慌てて止血する弾と一夏だが、朦朧とする意識の中でレッドが呟く。

「お前たちも……親友(コラ)、か……」
「え?」

 弾と一夏が聞き返すと同時にレッドは意識を失う。混乱する弾と一夏だが、SPIRITSに護衛されたルリ子が駆けつける。

「どいて! ちょっと見てあげるから!」

 ルリ子はレッドの頭をしばらく調べ、結論を出す。

「大丈夫。少し血を失って気絶しただけ。頭に強い衝撃を受けた影響もあるでしょうけど。一夏君は猛さんたちの援護をお願い。この人は私が治療しておくわ」
「はい! 弾、ルリ子先生を頼む!」
「任せとけ!」 

 一夏は空へと飛び立ち、弾はルリ子の護衛としてその場に残る。
 空中では、真耶が苦戦を強いられていた。ラプラスの目を発動させた真耶だが、なかなか有効な戦術を導き出せない。荒ワシ師団長自体が強敵で突ける隙自体が少ない上、戦闘員がとにかく鬱陶しい。いくら絶好のポイントを割り出せても、荒ワシ師団長がその都度戦闘員を突っ込ませて妨害する。戦闘員を処理している内に荒ワシ師団長が大きく移動し、振り出しに戻る。その繰り返しだ。とにかく戦闘員が無限に湧いてくるのと、少しでも間があればこちらの攻撃を完全に防ぐ盾が厄介だ。しかも接近されれば大きく不利になるので、立ち止まる暇もない。
 一方の荒ワシ師団長も苛立っている。要所要所に戦闘員を送り込むことで決定打こそ打たせてないが、機動力と火力に勝る真耶に主導権を握られ続けている。荒ワシ師団長に出来るのは、盾で攻撃を防ぐことと戦闘員をけしかけることだけだ。しかも真耶は荒ワシ師団長が最も狙われたくないポイントを、的確に突き続けている。戦闘員に足止めさせて未遂に終わっているが、お陰でうかうか攻撃も出来ない。戦闘員に取り押さえさせようにも、まるで最初から分かっていたかのような的確かつ迅速な行動で包囲を突破される。
 真耶も荒ワシ師団長も手詰まり感が漂うが、真耶は戦闘員をアサルトライフルで撃ち抜きながら思案する。

(将を射るならまず馬を、ね)

 真耶はラプラスの目の予測を『荒ワシ師団長の撃破』から『盾の無力化』に切り替え、演算を開始させる。
 荒ワシ師団長も戦術を変え、戦闘員に周囲を飛び回らせて撹乱し、盾を構えて真耶へ正面から突っ込む。戦闘員に気を取られて真耶が動かなければそれでよし、真耶が動けば戦闘員が動きを止められる。万が一反撃されても盾さえあれば防げる。荒ワシ師団長は斧を振り上げる。

「死ね! 間抜け面をした虫けらが!」

 真耶は慌てず、僅かに横へスライドしつつスナイパーライフルを数発撃つ。放たれた徹甲弾は斧の刃に当たって跳弾し、荒ワシ師団長の左手首に全て直撃する。

「クカァッ!?」

 荒ワシ師団長は思わず盾を放してしまい、攻撃を中断する。地面に落ちていく盾を拾おうとする荒ワシ師団長だが、予め落下コースを予測していた真耶が先回りし、呼び出したビーム砲を撃つ。荒ワシ師団長が追い付くのと同時に、ビームは盾の持ち手部分を消し飛ばし、荒ワシ師団長の左手を焦がす。

「しまった! 最初から盾を封じるつもりで!」
「気付いた時には、もう遅い!」

 ようやく真耶の意図を悟った荒ワシ師団長へビームの雨が浴びせられる。全身を焦がされ、両翼を焼き払われた荒ワシ師団長は為すすべなく墜落し、地面に叩きつけられる。真耶はビーム砲を構えたままスラスターの推力を生かし、全周囲にビーム砲を連射する。大半の戦闘員は正確に頭を消し飛ばされ、ある戦闘員は見越し射撃で数体まとめて貫かれ、逃げようとした戦闘員の逃げ道にビームが飛んで始末する。10秒程度で戦闘員を全滅させた真耶は、地上へ降下する。
 墜落した荒ワシ師団長は這いずりながらも左手を地面に当て、新たなデルザー戦闘員を召喚しようとする。しかし直前に真耶が降下し、右手から何かを落とした後で荒ワシ師団長の左手を急降下の勢いを乗せて思い切り踏みつける。痛みのあまり絶叫を上げる荒ワシ師団長を余所に、足をどけた真耶は駄目押しとばかりに瓦礫を左手の上に蹴り落とす。さらに斧を足で退けると、何の躊躇いもなくスナイパーライフルを荒ワシ師団長の額に突きつける。精密センサーに覆われた真耶の表情は外から窺えない。すると荒ワシ師団長はその場で土下座する。

「ま、待ってくれ! 俺が悪かった! この通りだ、見逃してくれ! 頼むから俺を殺さないでくれ!」
「呆れた。プライドはないの?」
「プライドなんぞクソ食らえだ! なんなら、これから先お前たちに協力してやってもいい! 折角甦ったのにまた死にたくなどない! 頼む! 今回だけでいいんだ! 今回だけは見逃してくれ!」
「……拍子抜けしちゃった。いいわ。後はどこへでも行きなさい」

 毒気を抜かれたのか、真耶はスナイパーライフルを格納する。そして荒ワシ師団長に背を向けて歩き出す。すると荒ワシ師団長はほくそ笑む。

(馬鹿め! 所詮はろくな実戦も経験していない小娘に過ぎんか)

 荒ワシ師団長は真耶に気付かれぬよう、斧を掴む。そして渾身の力で真耶の背中に投擲し、立ち上がろうとする。

「なっ!? 動かん!」

 しかし左手が動かない。いくら力を込めてもまるで張り付いたように左手が持ち上がらない。慌てる荒ワシ師団長を余所に、振り向きもせず上昇して斧を回避した真耶が、急降下しながら荒ワシ師団長の頭を踏みつける。荒ワシ師団長が奇声を上げると、真耶はブレットスライサーを取り出す。そして荒ワシ師団長の右手甲に突き刺し、踏みつけて地面に縫い付ける。痛みに悶絶する荒ワシ師団長に見せつけるように、真耶は瓦礫を足でどかす。

「これは……硬化ムース!」

 荒ワシ師団長の左手は、硬化ムースで地面に固められていた。そこでようやく、最初に落としたのが硬化ムース弾だと悟る。弾丸を直接踏みつけ、ムースを飛び散らせたのだ。荒ワシ師団長が顔を上げると、センサーに頭部が覆われた真耶と視線が合う。真耶はビーム砲を荒ワシ師団長の頭に突き付け、最大出力までチャージし始める。僅かに聞こえる音に恐怖心をあおられ、今度は本心から命乞いを始める。

「ま、待て! 今のは……!」
「次にお前は『今のはほんの出来心だ。今度という今度は反省するから、命だけは助けてくれ』と言う」
「い、今のはほんの出来心だ! 今度という今度は反省するから、命だけは助けてくれ! ……ハッ!?」

 真耶が命乞いの言葉を先に言うと、荒ワシ師団長は唖然とする。

「それともう一つ。同じように命乞いをした人を、何人殺してきたの?」
「いや、待て! とにかく待って……!」
「ごめんなさい。悪党の言葉は聞かないことにしてるの」

 チャージが完了した瞬間、ビームが発射されて荒ワシ師団長の頭を吹き飛ばす。真耶はブレッドスライサーとビーム砲を格納すると、死体を一瞥すらせずに飛び立つ。間もなく荒ワシ師団長の胴体が爆発四散する。

「お行きなさい! クラウ・ソラス!」
「カカカカカッ! ドクロ分体!」

 セシリアがビットを変形させ、ビーム刃を纏わせたビットをドクロ少佐へ突撃させる。ドクロ少佐は身体をバラバラにして飛び回る。ビットで各部を追跡させるセシリアだが、パーツの動きが不規則でなかなか捉えられない。

「ドクロ火炎!」
「簡単には!」

 ドクロ少佐の頭がセシリアの背後に回り込んで火炎を吐くが、セシリアはスラスターを使って回避し、レーザーライフルで撃ち返す。そのまま空中でビットとドクロ少佐のパーツが飛び交う乱戦が始まる。ビットのビームを回避し、時に分身を出して撹乱するドクロ少佐だが、銃声が響いて左手の眼帯に弾丸が当たる。ドクロ少佐が地上に目を向けると、スナイパーライフルを構えたイエローがいる。狙ってあたるものではないが、見越し射撃で当てたようだ。ドクロ少佐は舌打ちし、両手のパーツに鎌を持たせ、機関砲を撃つ。

「やらせませんわ!」

 だがセシリアがビットを4基イエローへ向かわせ、ビームシールドを展開して機関砲を防ぐ。残るビットを従えてドクロ少佐の頭部を追うセシリアだが、負担は大きい。分身をハイパーセンサーで識別し、イエローに飛んでくる機関砲をビットで防御し、ドクロ火炎を回避して撃ち返す。それらを並列処理し続けるセシリアに、少しずつ疲労が蓄積する。僅かにセシリアの集中力が途切れた瞬間、ドクロ少佐の身体がセシリアの真上で合体し、急降下しながら全力で鎌を振り下ろす。反応が遅れたセシリアはレーザーライフルの銃口にビーム刃を形成し、受け止めようとする。しかし均衡したのはほんの一瞬で、鎌はビームを切り裂いてセシリアに迫る。反射的にスラスターを逆噴射して後方に逃れるセシリアだが、斬撃で発生した余波がシールドを削る。
 すぐに体勢を立て直し、レーザーライフルを撃つセシリアだが、ドクロ少佐は再び身体を分離し、今度はイエローへ一斉に襲いかかる。

「そんなことは……!」
「読み通りだな!」

 セシリアは咄嗟に瞬時加速を使い、先回りするとイエローの腰に左手を回して離脱する。ドクロ少佐はセシリアの判断を嘲笑い、分身を出しながら四方八方から攻撃し始める。

「このままではやられるだけじゃ! ワシを放って、早うあいつを!」
「馬鹿なことをおっしゃらないで! 味方、それも第7分隊の方を見殺しにするなど出来ませんわ!」
「カカカカカッ、甘い、実に甘いな! 甘過ぎて反吐が出る! 戦場では味方など盾と囮にしかせぬのが定石、助け合いなど愚の骨頂!」

 左手にイエローを抱えているセシリアの動きは鈍い。下手に戦闘機動を行えば、いくらSPIRITSスーツを着たイエローでも耐えられないだろう。ゆえにろくな反撃も出来ず、地上に降りることさえ出来ず回避に専念せざるを得ない。しかしセシリアは頑としてイエローを放そうとしない。するとイエローは決意する。

「足手纏いは、ごめんたい!」

 イエローはセシリアの手が緩むと全力で振り払い、自ら地上へと飛び降りる。セシリアは慌てて追おうとするが、ドクロ少佐が妨害する。
 落下しつつもイエローは空中で身体を丸め、上手く受け身を取って着地する。もっとも、SPIRITSスーツの保護があっても痛みと衝撃ですぐには立ち上がれないレベルのダメージを受けたが。少し離れた場所にある自分のライフルを拾いに行こうとするイエローだが、周囲に火の玉が出現してドクロの仮面をつけた戦闘員に変わる。

「ホネッ! ホネッ!」
「こいつは、しょんなか……来い!」

 拳銃どころかライフルも持たないイエローは腰を落として構える。そして飛びかかってくる戦闘員を次々と投げ飛ばす。しかし戦闘員は何度でも立ち上がり、イエローに挑みかかる。
 一方、数人の隊員を率いて戦闘員の掃討に当たっていたシゲルだが、孤軍奮闘しているイエローを見て援護に向かう。少し離れた場所にいたオサムも援護に向かおうとするが、一度立ち止まってヘリの操縦士に連絡する。

「俺だ。ヘリの中に2mはある長物はないか? そうだ、それだ。そいつをイエローのところに下ろしてやってくれ」

 オサムは通信を終えるとシゲルと共にイエローを援護する。しかし敵の数は増える一方だ。

「歯痒か……! ドクロ少佐を倒さんと、こいつらは終わらん!」
「もう少しの辛抱だ! セシリアさんがヤツを倒すまで、持ち堪えるぞ!」

 歯噛みするイエローをオサムが激励し、戦線を維持する。空中ではセシリアとドクロ少佐がぶつかり合っている。そこに、布に包まれた何かがヘリから投下される。オサムは電磁鞭で周囲の戦闘員を蹴散らすと、パラシュートで減速したそれを掴み、イエローへと投げる。

「イエロー! お前の『お守り』だ!」

 イエローは咄嗟に受け取り、布を取り払う。すると2mはあろう長大な火縄銃が姿を現す。
 狭間筒。御郡筒の血を引くイエローが最初に撃った銃で、祖父との思い出が籠ったもの。何か大きな転機がある度に行動を共にし、多くの困難に打ち勝ってきた相棒。そしてSPIRITSに入った後も持ち込んでいた『お守り』だ。無論、性能など高が知れているので、使う気はなかった。しかし、長い旅路の要所要所で活躍したのは他でもないこれだ。
 イエローは腰のポーチから黒色火薬の入った容器と、弾丸と火薬を予め調合した『早合』を取り出す。慣れた手つきで銃口に早合の中身を込め、銃身下部に収めた『カルカ』で押し固める。火皿に火薬を入れると火蓋を閉め、ライターで点火した火縄を火挟に挟む。そして火蓋を切り、狙いを定める。
 ドクロ少佐は火炎に加えて鎌の機関砲でセシリアを攻撃する。セシリアも負けじと撃ち返すが、あまりエネルギー残量に余裕がない。内心焦り始めるセシリアを嘲笑うように、ドクロ少佐の頭がセシリアの喉笛を噛み切ろうと突っ込む。
 その瞬間、地上から雷鳴が轟き、ドクロ少佐の頭に何かが当たって動きが止まる。

「あれは……?」

 ドクロ少佐とセシリアが同時に地上を見ると、狭間筒を構えたイエローがいる。するとドクロ少佐の全身が一斉に怒りで震え始める。

「ふざけるな! そんな骨董品で俺を殺せると思ったのか!?」

 ダメージなど無きに等しい。しかし、骨董品の銃で撃たれたという事実がドクロ少佐のプライドを酷く傷つける。ドクロ少佐は完全に怒りで我を忘れ、セシリアすら無視してイエローへ向かっていく。イエローは慌てずにオサムやシゲルの援護を受けながら再装填している。

「舐めた真似を! 貴様だけは八つ裂きに……ぬあっ!?」

 憎悪を吐き散らすドクロ少佐の頭部だが、焼けるような痛みを感知して動きが止まる。ビットからのビームがねじ曲がり、各パーツを焼き払ったことをようやくドクロ少佐が知覚すると、レーザーライフルの先端にビーム刃を形成したセシリアが迫る。そして声を上げる間もなく切断面から串刺しにされ、ビームが解放されて内部からドクロ少佐の頭を消滅させる。
 鈴は、頑強な岩石男爵を攻めあぐねていた。衝撃砲も効果が薄く、双天牙月も刃が通らない。縛妖索で電流を流しても平然としている。かと言って動きを止めれば岩石男爵は瓦礫や岩に変わった戦闘員を投げつけてくる。だが格闘戦など自殺行為だ。岩石男爵は岩石男爵で、飛び回る鈴を捉えきれずに終わっている。

「おいお前! 飛び方がなっとらんっちゅうとるに! 田吾作が!」
「岩飛ばすのに戦闘員は関係ないでしょ!」

 なぜか岩となって飛んだ戦闘員に当たり散らす岩石男爵に、鈴はツッコミを入れる。ある意味、鈴にとって一番厄介なのは岩石男爵の頭の悪さだ。そんな状況ではないと頭では分かっていても、つい口が出てしまうのだ。岩石男爵は岩石男爵で鈴に口答えするので、ますます収拾がつかない。

「やかましい! 大体さっきから自分だけ頭良さそうなフリしてワシを馬鹿呼ばわりしちょるがな、ワシより若いチビのクセに偉そうなこと言うんじゃないわい!」
「馬鹿を馬鹿って言って何が悪いのよ! この馬鹿男爵! 百篇生まれ変わって、せめて算数が出来るようになってから出直しなさい!」
「なんじゃと! またワシを馬鹿と言いおったな! 生まれてきたことを後悔させてやるからな! お前ら、整列だ!」

 岩石男爵はまたしても戦闘員を整列させるが、やって来たゴールドの狙撃で戦闘員が一掃される。

「あんのジジイ! 邪魔しおって!」

 岩石男爵はゴールドへ向かっていくが、鈴がゴールドを抱えて飛翔する。ゴールドがスモークグレネードを数個投げつけると、岩石男爵は煙に包まれる。

「クソ、前が見えん! 待てよ、ワシにヤツらが見えんなら、ヤツらにもワシは見えんのじゃ……」

 何か思いついた岩石男爵は身体の一部を外してこね始める。
 鈴はゴールドを瓦礫の陰に下ろし、岩石男爵に向かっていこうとする。しかしゴールドに止められる。

「待て。無策で飛び出してもエネルギー切れになるのが関の山、もう少し敵を見定めた方がいい」

 ゴールドに諭されると鈴は大人しく瓦礫に隠れ、岩石男爵の観察を開始する。岩石男爵は鈴とゴールドに全く気付かず、周囲に泥人形を設置している。

「どうじゃ! これなら見分けがつくまいて。チビガキがこいつに気を取られている隙に本物のワシが後ろからガツン! って寸法じゃ」

(全然似てない泥人形で騙すつもりなわけ? 自分の作戦口に出すってどういうこと? そもそも煙幕切れた後にそんなことやってバレないと思ってるの?)

 岩石男爵の言動にツッコミを入れ続ける鈴だが、ある結論が頭に浮かぶ。

「そっか……私、あいつに舐められてるんだ」

 その瞬間、鈴の中で何かが切れる。ゴールドの制止も無視し、忍び足で岩石男爵の背後に回り込む。そして悦に入ってる岩石男爵の肩を叩く。

「おい、じゃれんなよ」

 岩石男爵は手を振り払うだけだ。続けて鈴は背中に軽く蹴りを入れる。

「じゃれんなって」

 まだ岩石男爵は振り向かない。そこで右手から棍棒を奪い、後頭部を殴りつける。

「いい加減にせんか! さっきから調子に……おろ?」

 ようやく振り返った岩石男爵と鈴の目が合う。傍目で見ていたゴールドは溜息をつく。鈴はニッコリと笑って棍棒を振り上げ、表情を怒りに変える。

「いい加減にしなさいよこの大馬鹿男爵!」

 そのまま棍棒で岩石男爵の頭を滅多打ちにし始める。岩石男爵が抵抗するのも構わずに叩き続ける鈴だが、途中で岩石男爵の頭が砕け、再生が開始される。

(これなら、行けるかも!)

 すると鈴はようやく勝ち筋を見つけ、棍棒を持ったまま一度距離を開ける。
 岩石男爵は頭部の再生を済ませると、鈴を見つけて吠える。

「おいチビ! ワシの棍棒を返さんか!」
「返して欲しかったら、頭を使ってなんとかしなさい! あんたじゃ無理だろうけど!」
「田吾作が! ワシの頭を舐めたこと、後悔させちゃる!」

 岩石男爵は鈴の挑発に乗り、頭から突っ込んでいく。鈴は身体を半身に開くと、棍棒をバットのように持ち直す。そして岩石男爵が突っ込んでくるのに合わせて棍棒をフルスイングする。すると棍棒と岩石男爵の頭が同時に砕け散る。鈴は上昇して『黄龍・火尖槍』を右足に装備する。
 すぐに頭を再生させる岩石男爵だが、違和感を感じる。額の部分に何かが挟まっており、再生しきっていない。不審に思った岩石男爵だが、上から熱を感じると空を見上げる。

「いっけえええええ!」
 
 右足にドリルを装着した鈴が、炎を纏いながら急降下してくる。岩石男爵が驚く間もなく、ドリルは塞がりきっていない額部分から頭部に侵入し、衝撃波を放って一瞬で消し飛ばす。さらに首を通じて胴体をも貫通し、周囲の衝撃波で全身が余すところなく粉砕される。脳と心臓をまとめて潰されたことで、岩石男爵は違和感の正体が再生途中でゴールドが撃ち込んだライフル弾とも気付かずに死を迎える。

「満月プラズマ光線!」

 月の光に照らされた狼長官は、光線を連射して仮面ライダー1号を近付けさせない。時折跳躍から急襲してくることもあったが、不死身となった狼長官にとって仮面ライダー1号の攻撃など恐れるに足らない。悉く返り討ちにしている。

「思い知ったか! これが俺の実力よ! まずは貴様を血祭りに挙げ、次に他のライダー共、そして最後はシャドウだ! 俺の栄光の礎になれることを光栄に思え!」

(クッ、だがまだ手がある筈だ)

 仮面ライダー1号は光線を走り回って回避しつつ、頭をフル回転させて打開策を見つけようとする。
 一連の流れを見ていた束は、戦闘員の処理をクリスタや蘭に任せ、空間投影式ディスプレイを展開して分析を開始する。

(不死身なんて有り得ない。絶対に何かタネがある筈……)

 キーボードを目まぐるしく操作し、解析を進める束だが、やがて『不死』の秘密を割り出す。すぐにISのプライベート・チャネルに通信する要領で仮面ライダー1号へ通信を入れる。

『先輩さん、聞こえてる?』
『篠ノ之博士! どうやって俺にテレパシーを?』
『これもコア・ネットワークのちょっとした応用だよ。それで、あの犬っころについてなんだけど、身体能力強化はともかく、不死身の秘密は分かったよ。あいつ、全身をプラズマエネルギーのバリアで覆っているんだよ。多分、月の光をプラズマエネルギーに変換してる』
『変換している場所は?』
『頭の飾りのてっぺん。けど、破壊は難しいかも。そこ以外は全部バリアで覆われてるから、装置をピンポイントで攻撃しないと』
『いえ、なんとかなるかもしれません』
『一応、データをそっちに送るね』

 束からの通信が切れると、仮面ライダー1号の視界に解析データが表示される。テレパシーによる感覚共有の応用だろう。狼長官は歯型爆弾を投げつけ始める。

「狼長官、貴様に勝利などない。あるのは、俺たちの勝利だけだ!」
「抜かせ! 歯型爆弾で吹き飛ばしてやる!」

 仮面ライダー1号は啖呵を切るとサイクロン号を呼び出し、爆弾を避けながら飛び乗る。すぐにスロットルを入れると、狼長官の周囲を周るように走り出す。狼長官は片っ端から歯型爆弾を投げつけ、サイクロン号の近くに爆弾が当たると一際大きな爆発が起きる。

「フン、とうとう吹き飛びおったか! 次はどのライダーに……ん?」
 
 爆風の中から無人のサイクロン号が出てくると、狼長官は鼻で笑う。しかし上に影が差すと、空を見上げる。
 空には、飛び蹴りの体勢に入った仮面ライダー1号がいた。しかし狼長官は動じない。むしろ嘲りの色すら浮かべている。

「学習しない奴! 何度やっても結果は同じよ!」
「ライダーポイントキック!」

 仮面ライダー1号は構わず、頭の飾りにある変換装置へ飛び蹴りを放つ。すると仮面ライダー1号の右足は装置をピンポイントで破壊し、頭部の飾りが嫌な音を立てて破損する。

「馬鹿な!? プラズマエネルギー変換装置が!」
「どうやら、ここまでのようだな」
「黙れ! バリアがなくとも、月の光がある限り貴様に後れは取らんわ!」

 仮面ライダー1号が冷たく言い捨てると、激昂した狼長官は残像が残るほどの速さで周囲を走り始める。そして背後から仮面ライダー1号に飛びかかるが、カウンターのソバットで迎撃され、振り返りながらの裏拳を受けて怯む。仮面ライダー1号は反撃を開始し、ボディーブローの連打で狼長官の体力を奪うと、レバーブローで足を止める。屈んだ狼長官を首相撲に持ち込むと、膝蹴りを連打して攻め立てる。狼長官がグロッキーになると、真上に放り投げて自らも後を追って跳躍する。

「ライダー二ードロップ!」

 自由落下を開始した狼長官の腹に仮面ライダー1号が飛び膝蹴りを叩き込む。狼長官は地面に叩きつけられるが、立ちあがって指揮杖を構える。

「負けん……俺は負けんぞ! 狼一族の名にかけて! 人間風情には!」

 よろめきながらも指揮杖を投げる狼長官だが、仮面ライダー1号は大きくジャンプして回避する。そして三角飛びの要領で瓦礫を蹴って方向転換すると、仮面ライダー1号は右拳を握って狼長官へ突っ込んでいく。

「ライダーパンチ!」

 渾身の右ストレートが顔面に入ると、狼長官は殴り飛ばされる。それでも最後の力を振り絞り、立ち上がる。

「狼一族、またしても滅ぶか……!」

 無念さを隠そうともせずに一言洩らすと、派手な爆発が起こる。
 隊長ブランクはライフルを連射し、仮面ライダー2号を攻撃する。仮面ライダー2号は両手で弾き、時にコンバーターラングで銃弾を止めるとジャンプで距離を詰める。隊長ブランクがライフルで殴りかかれば身を開いて回避し、腕を掴んで肘打ちを叩き込む。隊長ブランクが苦痛に顔を歪めると、今度は背負い投げで投げ飛ばす。地面を転がった隊長ブランクは身の丈ほどのコンクリート片を持ち上げ、仮面ライダー2号へ投げつける。

「おっと!」

 しかし仮面ライダー2号は避けずに左ストレートで迎撃し、コンクリート片を粉砕する。すると隊長ブランクは距離を開けてライフルを連射する。その繰り返しだ。防ぎきれなかった銃弾やナイフで出来た傷が至るところに出来ている。

「2号ライダー、貴様では俺に勝てない! このまま一方的に殺してやる!」
「言ってくれるじゃないか!」

 仮面ライダー2号はガードを固めて反撃の機会を窺うが、射撃に加えて瓦礫まで蹴り飛ばしてくるとますます接近できなくなる。隊長ブランクの猛攻をやり過ごしつつ、仮面ライダー2号は思案する。

(通用するかは分からないが、やってみるか)

 その場で作戦を考えると仮面ライダー2号は跳躍し、隊長ブランクから距離を取って着地する。

「逃げても無駄だ!」

 隊長ブランクはライフルを発砲するが、構わずに仮面ライダー2号は走り出す。そして隊長ブランクを中心に円を描くように走り続ける。隊長ブランクはその場を動かず、身体を向けて発砲する。仮面ライダー2号がスピードを上げていくと、自然と隊長ブランクもその場で回転するようになる。仮面ライダー2号がトップスピードに達し、何回も周囲を回っていると、追っていた隊長ブランクが目を回し、その場にへたり込む。
 好機と見た仮面ライダー2号はコースを変更し、隊長ブランクへタックルをかける。スピードの乗った一撃で大きく吹き飛ばされた隊長ブランクは頭を振り、ライフルを投げ捨てて肉弾戦で対抗する。仮面ライダー2号の蹴りを無理矢理掴むと、力任せに持ち上げて地面に叩きつける。仮面ライダー2号の抵抗を無視し、もう一度地面に叩きつけると今度は瓦礫に向かって全力で投げ飛ばす。粉砕された瓦礫の中から仮面ライダー2号が立ち上がると、隊長ブランクはベアハッグをかけて背骨を折ろうと力を込める。

「さっさと死ね! 死ね! 死ねぇ!」
「なんの……まだまだ!」

 身体が軋む音を立てながらも、仮面ライダー2号は両手刀を隊長ブランクの肩に振り下ろし、力を緩めさせる。一気に拘束から抜けだすと顔面に左フックを当てて怯ませ、跳躍する。

「ライダーキック!」
「これしき!」

 仮面ライダー2号の飛び蹴りを、隊長ブランクが両手を交差させて防ぐ。仮面ライダー2号は弾き飛ばされ、隊長ブランクもよろめく。

「へえ、流石は腐ってもデルザーの改造魔人か。なら!」

 しかし仮面ライダー2号に、小細工をする気はない。力で突破出来ないならさらなる力で突破するだけだ。隊長ブランクも立ち上がり、真っ向から受けて立つ姿勢を見せる。仮面ライダー2号は空中で数回前転し、遠心力をつける。

「ライダー回転キック!」
「ガッ!?」

 威力の増大したキックまでは防げず、隊長ブランクが一方的に吹き飛ばされる。しかし隊長ブランクは立ち上がり、雄たけびと共に右拳で殴りかかる。仮面ライダー2号も受けて立ち、左ストレートで迎撃する。

「食らえ!」
「ライダーパンチ!」

 隊長ブランクの右拳の内を仮面ライダー2号の左拳が通り、クロスカウンターが決まる。隊長ブランクはその場に倒れ、仮面ライダー2号が飛び退いた直後に爆発する。
 仮面ライダーV3はヘビ女の鞭攻撃を回避し、跳躍する。

「V3キック!」
「ぬうっ!?」

 仮面ライダーV3が飛び蹴りを放つと、ヘビ女はマントを使って受け止める。しかし大きく姿勢を崩し、着地した仮面ライダーV3の追撃を受けてしまう。左手の蛇の口で殴りかかるが、あっさり回避されて頭にハイキックを入れられる。仮面ライダーV3はアッパーカットで顎を打ち上げ、開いた喉元に左貫手を放ってヘビ女を怯ませる。

「こうなったら、これで!」

 ヘビ女は一度距離を取り、仮面ライダーV3めがけてマントを投げつける。仮面ライダーV3はすぐにマントを振り払うが、視界が塞がれた一瞬の隙をついてヘビ女は蛇へ姿を変える。

「ヤツめ、どこへ消えた……?」

 視界が戻るとヘビ女の姿がないことに気付き、仮面ライダーV3は油断なく周囲を警戒する。しかし蛇となったヘビ女は仮面ライダーV3の背後で元の姿に戻り、反応する間も与えず首筋に左手の蛇の頭を噛みつかせる。

「しまった……!」
「イヒヒヒヒ! ほうら、貴様のエネルギーをこれから存分に吸収してやるよ!」

 仮面ライダーV3は蛇の頭を剥がそうとするが、エネルギーを徐々に吸収されていく。それでも辛うじて口を引き剥がし、ジャンプで距離を開けるが、ヘビ女は左手から火花を放って仮面ライダーV3を攻撃する。さらに鞭を仮面ライダーV3の首に巻きつけ、エネルギーが吸収されたばかりで回復していない仮面ライダーV3を徐々に引き寄せつつ、火花で一方的に攻め立てる。
 ホワイトはデルザー戦闘員に銃撃を浴びせていたが、仮面ライダーV3の旗色が悪くなると見るや、即座に二丁拳銃でヘビ女を銃撃する。しかしいくら撃ってもヘビ女は怯むどころか反応すらしない。

「無駄さ無駄さ! お前もよく見ておくんだね! ライダーV3が私にエネルギーを吸い尽くされて死ぬ様を!」
「私には、どうしようもないっての!?」

 ホワイトは必死に銃撃を続けるが、ヘビ女は嘲るばかりだ。

「だったら、ここは……!」

 ホワイトは手榴弾を取り出し、ヘビ女の鞭めがけて投げつける。同時にホワイトは拳銃で手榴弾を撃ち抜き、派手に爆発させる。それで鞭が切れると仮面ライダーV3は解放されるが、エネルギーが足りないのかその場で膝をつく。

「どうやら、ここまでのようだねえ!」
「ちょっとあんた! 早く立ちなさいって!」

 ホワイトの叫びも虚しく、ヘビ女は仮面ライダーV3へ歩み寄る。そして再び蛇の頭を噛みつかせようとする。

「これでおしまいさね!」
「残念だが、終わるのは貴様の方だ!」

 しかし仮面ライダーV3は両手で蛇の頭を押さえつける。ヘビ女はもがくが、仮面ライダーV3の力が強く抜けられない。

「馬鹿な! まだこんなエネルギーが残っていたと言うのか!?」
「いや、残っていなかったさ。ただ、途中でいい風が来たんでな」
「まさか、手榴弾の爆風でエネルギーを!」

 仮面ライダーV3は手榴弾の爆風をベルトに取り込み、エネルギーをチャージしたのだ。

「だが、まだ五分五分に戻っただけのこと! 勝負はこれからだよ!」
「いや、貴様の負けだ。V3フリーザー!」

 ヘビ女は強気に出るが、仮面ライダーV3は全身から冷気を放ち、ヘビ女に浴びせる。するとヘビ女は目に見えて弱り始める。

「貴様、私が寒さに弱いことを……!」

 仮面ライダーV3は答えず、一度背面ジャンプでベルトに風を取り込み、着地する。再びジャンプすると今度は空中で錐揉み回転し、遠心力を付けて足を蹴り出す。

「V3きりもみキック!」

 右足が突き刺さるとヘビ女は大きく吹き飛ばされる。

「シャドウ様、また、先に……」

 最後にそれだけ言い残すと、ヘビ女の身体が爆散する。仮面ライダーV3は爆風のエネルギーをベルトに取り込み、エネルギーを完全に回復させる。
 ライダーマンとドクターケイトは、風上を取り合おうと大きく動き回る。毒ガスが効かないとはいえ、視界が塞がれることを考えればガスにまかれないことは重要だ。この戦い、風上を取った方が勝つ。それが両者の共通認識だ。ライダーマンはロープアームを射出し、杖を絡め取ろうとする。しかしドクターケイトが杖から毒液を発射し、ロープの中ほどを腐食させて千切る。

「ほらほら! 死にたくなければさっさとお逃げ!」

 さらにドクターケイトはケイトウの花を出現させ、ガスと花粉をばらまいてライダーマンの視界を塞ぐ。ライダーマンが悪戦苦闘している隙にドクターケイトは風上を取り、頭からケイトガスを散布し始める。

「私の勝ちだ! このまま他の仮面ライダーと邪魔者どもをまとめて毒の餌食にしてやるよ!」

 ガスでライダーマンの姿が見えなくなると、ドクターケイトは杖から毒液を乱射してトドメを刺そうとしている。
 ライダーマンは物陰に隠れ、毒液をやり過ごしつつ反撃の機会を窺う。今のライダーマンは宇宙に出ても短時間は活動出来るくらいの気密性が保たれているので、ガスや毒花粉は怖くない。全身の毒腺もよほど長時間触っていない限りは大丈夫だ。しかし、毒液を食らえばライダーマンのスーツもただでは済まされない。故に動き回って毒液を避けている。だが、このままでは追い込まれる一方だ。
 慎重に出方を窺うライダーマンだが、毒液が無差別に放たれているのを見てあることに気付く。

(ヤツもガスで視界が塞がれているのか……ならば!)

 ライダーマンは両手をランチャーアームに変形させる。
 どこにライダーマンが潜んでいるかも分からず、毒液を飛ばし続けていたドクターケイトだが、一度手を止めてガスが消えるのを待つことを決める。遠くには逃げていない筈だ。そこに、ガスの中からパンツァーファウストに似た弾頭が飛んでくる
。咄嗟に杖を構え、毒液で弾頭を溶かすドクターケイトだが、弾頭が炸裂すると周囲に煙幕が発生する。

「小癪な! 目潰しで時間稼ぎを!」

 ドクターケイトは咳き込みつつもライダーマンを嘲るが、直後に飛んできた二発目の弾頭への反応が遅れる。

「生意気な!」

 またしても杖を構えて毒液を放つドクターケイトだが、迎撃距離が近すぎて炸裂した弾頭から出た炎に杖が巻き込まれる。

「火、火ィ!?」
「トオッ!」

 ドクターケイトは杖を投げ捨て、その場を離れる。するとガスの中からライダーマンが飛び出し、ドクターケイトの頭上を飛び越えて風上を取り返す。

「これで形勢逆転だな!」
「ふざけたことを! この距離なら風下でも関係ないわ!」

 ライダーマンとドクターケイトの距離は近い。まだケイトガスの届く範囲内だ。ライダーマンは右肘にカートリッジを差し込み、ドクターケイトは頭の花を開く。

「ケイトガスを受けな!」
「スモークアーム!」

 ライダーマンの右腕から白いガスが、ドクターケイトの頭から赤いケイトガスが発射される。しかしケイトガスが白いガスに当たると急速に中和されていく。白いガスは風に乗って拡散し、ばら撒かれたケイトガスを全て中和する。同時に、ガスを吸ったドクターケイトの全身が痺れ始める。

「これは、一体……?」
「貴様のケイトガスを分析して作った中和ガスだ。もっとも、貴様にとっては猛毒だろうが」

 ライダーマンは再び右腕を変形させる。

「無論、貴様の毒が熱に非常に弱いことも解析済みだ。だから貴様が火を恐れることも……ランチャーアーム!」

 右腕から弾頭が発射され、ドクターケイトに直撃すると激しく燃え上がり始める。ドクターケイトは絶叫を上げて地面を転がるが、火は一向に消えない。

「なぜだ!? なぜ私が人間の坊やなんかに! 私の毒は、私の科学は完璧だった筈なのに!」
「科学に完璧などないし、決して訪れない。常に完璧を目指すのが科学だが、完璧になってしまった科学など、それは死んだ科学だ」
「そして俺の科学は、完璧ではない。だからこそ、前に進み続けることが出来る。簡単な話だ」
「バ……カ……な……」

 ドクターケイトが燃え尽きると、ライダーマンはマスクを外す。

「Xキック!」
「高速熱線!」

 仮面ライダーXの飛び蹴りと、ヨロイ騎士の双剣が衝突すると爆発が起きる。仮面ライダーXは吹き飛ばされ、ヨロイ騎士は大きくよろめく。両者の身体には至るところに傷や焦げ跡が出来ている。仮面ライダーXの口元は血で汚れ、ヨロイ騎士の兜の一部が欠けている。
 仮面ライダーXはライドルスティックを持ち直し、何度目になるか分からないヨロイ騎士との白兵戦を開始する。互いの武器が見えなくなる程の速さで打ち合い続ける両者だが、やはりなかなか決着がつかない。仮面ライダーXがライドルスティックを喉に突き出すが、ヨロイ騎士の短剣で防がれる。ヨロイ騎士の長剣が胸を貫こうとするが、ライドルスティックで弾かれる。両者は同時に飛び退くと、ヨロイ騎士が双剣を交差させ、仮面ライダーXはライドルをロングポールに変形させる。

「カチュウ!」
「ライドルバリア!」

 双剣から熱線が放たれると仮面ライダーXはロングポールを回転させて防ぐ。ヨロイ騎士が短剣を投げつけると仮面ライダーXはライドルをライドルホイップに変形させて叩き落とす。ヨロイ騎士は長剣を手に仮面ライダーXへ斬りかかり、ライドルと斬り結ぶ。仮面ライダ―Xの前蹴りが炸裂すると、ヨロイ騎士の身体が揺らぐ。ライドルホイップを突き出して追撃に入るが、短剣を拾い直したヨロイ騎士が剣を交差させて防ぐ。

「Xライダー! 毎度のことながらしぶといヤツだ! いい加減に我が剣の錆となれ!」
「この世に悪のある限り、俺たちは死なん! ここで負ける訳にはいかないんだ!」

 苛立ちまぎれにヨロイ騎士が双剣を振り上げる。すると仮面ライダーXは身体を低くしてタックルし、ヨロイ騎士の腰を取る。そしてマーキュリー回路の出力を上げ、レッドアイザーが赤く輝く。

「真空地獄車!」

 仮面ライダーXはヨロイ騎士と組み合うと、車輪のように地面を高速回転しながらヨロイ騎士の頭を何度も地面に叩きつける。十分に弱らせると上に放り投げ、仮面ライダーXも後を追って跳躍する。

「Xキック!」

 背中に渾身の蹴りを炸裂させると、ヨロイ騎士は大きく吹き飛ばされる。仮面ライダーXは着地し、ライドルを回収する。ヨロイ騎士は地面に叩きつけられるが、剣を手に立ちあがる。兜は粉砕され、血が流れているが構わずに剣を交差させる。仮面ライダーXもまた跳躍し、空中で大車輪を決めるとエネルギーを集約して飛び蹴りを放つ。

「カチュゥゥゥゥウッ!」
「X必殺キィィィィィック!」

 ヨロイ騎士の放った熱線が直撃しながらも仮面ライダーXは必殺の襲撃を叩き込む。仮面ライダーXの足は長剣をへし折ってヨロイ騎士の胸に直撃し、ヨロイ騎士は地面に膝をつく。しかし最後の力を振り絞り、着地直後でまだライドルを回収していない仮面ライダーXへ短剣を投げつける。

「グッ!?」

 咄嗟に左腕を出して防ぐ仮面ライダーXだが、短剣は左前腕部に深々と突き刺さる。ヨロイ騎士はその場に倒れ、派手に爆死する。短剣を引き抜くと仮面ライダーXはライドルを回収する。

「ヨロイ騎士……恐ろしい奴だった」

 ポツリと呟くと仮面ライダーXは傷の自己修復が開始されるのを待つ。
 仮面ライダーアマゾンは瓦礫の山を駆け巡り、磁石団長を翻弄する。磁石団長は電磁棒を手に追いかけるが、仮面ライダーアマゾンのスピードに追い付けない。戦闘員も召喚して後を追わせているが、悉く返り討ちに遭うか、SPIRITSの援護射撃で倒されている。

「このままじゃ埒が明かん。マグネットパワー!」
「ガウッ!?」

 息を切らした磁石団長は立ち止まり、全身から磁力を発生させる。すると仮面ライダーアマゾンの動きが封じられ、身体が磁石団長の下へ引き寄せられていく。

「貴様とて血には鉄分があるだろう。アマゾンライダー、今までのお返しをたっぷりとしてやる!」

 磁石団長は身動き出来ない仮面ライダーアマゾンを、電磁棒で滅多打ちにし始める。しばらく電磁棒で打ち据えても仮面ライダーアマゾンは威勢よく暴れており、クラッシャーを突き立てようともがく。しかし磁石団長は電磁棒の間合いギリギリで一方的に殴り続け、締めとばかりに磁力を反転させて今度は勢いよく瓦礫に叩きつける。

「グウッ……」
「まだ終わりじゃないぞ! あと百セットくらいはやらなきゃ気が済まんからな! さあ、ドンドコ行くぞ!」

 磁石団長は同じように磁力で仮面ライダーアマゾンを引き寄せ、電磁棒で殴打し続けた後に吹き飛ばすという行為を繰り返す。仮面ライダーアマゾンもダメージを受けているのか、至る所に打撲が出来始める。15セット目を終えて仮面ライダーアマゾンを吹き飛ばすと、磁石団長はまたしても磁力で引き寄せようとする。

「ギギの腕輪よ! 力貸してくれ!」

 引き寄せられている途中で仮面ライダーアマゾンがギギの腕輪に意識を集中させる。すると磁力の拘束が解け、仮面ライダーアマゾンの身体が自由になる。しかし引き寄せられた際の慣性はまだ消えていない。仮面ライダーアマゾンは右足を向け、錐のように身体を回転させながら蹴りを放つ。

「スピンキック!」
「シャクウッ!?」

 威力が増幅された蹴りが磁石団長の腹に突き刺さり、磁石団長は吐血しながら吹き飛ばされる。着地した仮面ライダーアマゾンは咆哮を上げ、倒れた磁石団長にのしかかるとひっかきと噛みつきを繰り返し、頭部の磁石を噛みちぎり始める。磁石団長は磁力で引き離そうとするが、ギギの腕輪の効果なのか磁力が全く作用しない。仮面ライダーアマゾンは一度立ち上がり、無理矢理磁石団長を引っ張り起こすと掌底の連打を顔面に打ち込み、回し蹴りを入れる。磁石団長がよろけると跳躍し、空中で威嚇音を立てながら右アームカッターを振り下ろす。

「大切断ッ!」

 アームカッターが振り下ろされ、磁石団長の頭から血しぶきが飛び散る。磁石団長はよろめき、地面に膝をつく。

「シャイイッ! アマゾンライダー! 次こそは必ず、貴様を地獄へ……!」

 言い終わると磁石団長は斃れ、間もなく爆発して果てる。
 箒はジェットコンドルと空中戦を繰り広げる。ミサイルを回避して雨月のレーザーを撃ち返し、空裂で追撃する。ジェットコンドルが戦闘員を召喚して盾にすれば、全身の展開装甲を変形させて突進と同時に全身の刃で切り裂き一掃する。

「憎たらしい小娘よ! ならば、我輩の奥義を受けよ!」

 ジェットコンドルは飛行形態に変形し、ソニックブームを発生させながら箒へ突撃する。その速さは『紅椿』の最高速度を超えているが、今の箒にとっては亀のように遅く感じる。すぐにスラスターを稼働させて上に逃れ、流動波干渉の出力を上げてソニックブームを無力化する。ジェットコンドルが一度人型に戻ると、瞬時加速を使って間合いに入り、雨月と空裂を振るって攻め立てる。

「フン、貴様の剣などワルダーに比べれば……ぬお!?」
「お喋りしていていいのか?」

 ジェットコンドルは鉤爪で剣戟を防いでいたが、エネルギー刃を纏わせた箒の蹴り上げには対応出来ず、胸に浅く傷が出来る。ジェットコンドルは怒り狂って攻めに転じるが、箒は二刀を巧みに操って捌く。ならばと戦闘員を呼び出し、四方八方から箒へ特攻させる。

「阿呆め! 誰が一対一で戦うと言った! このまま嬲り殺しにしてやるぞ! 雌猿が!」
「だから貴様は甘いんだ! 鳥頭が!」

 しかし箒は慌てずに肩部スラスターを変形させ、遠隔攻撃端末として飛ばす。展開装甲は戦闘員を残らず切り刻み、ジェットコンドルの背後に回り込むと背中に傷を入れる。箒が展開装甲を戻して距離を取ると、飛行形態になったジェットコンドルがミサイルを連射して逃げ道を塞ぎ、またしても突撃する。

「これで逃げ場はない! 大人しく狗の餌にでもなるがいい! ジェェェェェェェット!」
「ならば、こちらも正面から撃ち穿つのみだ!」

 箒はジェットコンドルと正対し、肩部展開装甲を穿千へと変形させる。ジェットコンドルが突っ込んでくるのに合わせ、高出力のエネルギービームが発射される。ジェットコンドルは無理矢理突破しようとするが、先にジェットエンジンが爆発して翼が吹き飛び、為すすべなく墜落する。箒も穿千を戻すとジェットコンドルを追って地上に降下する。
 地面に叩きつけられたジェットコンドルは、怒りと屈辱に身を震わせる。箒が近くに降り立つと、発狂したと言わんばかりの奇声を張り上げて箒に挑みかかる。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 貴様だけはなんとしても我輩の手で殺す! 殺してやるぞ! 嬲り殺しだ皆殺しだ! 殺す殺す殺すぅぅぅぅぅぅぅ!」

 鉤爪を振るい喉を狙ってくるジェットコンドルの左手を、箒は空裂の小手打ちで切り落とす。さらに顔面に蹴りを入れて怯ませると、踵落としを頭に入れて地面に這いつくばらせる。怒りと共に立ち上がろうとするジェットコンドルだが、箒が頭を踏みつけて阻止し、蹴り飛ばして瓦礫に叩きつける。

「付き合いきれん。あとは一人で勝手にやっていろ」

 箒は冷たく言い捨て、ジェットコンドルに背を向けて歩き始める。ジェットコンドルは怒りのあまり喉を切って血を吐きながら絶叫する。

「雌猿があああああああああああ! 我輩を、我輩をぉ! 無視するなあああああああああああ!! 我輩は貴様のような雌猿とはぁ! 生まれからして違うのだああああ! 我輩の先祖偉大なるロック鳥様は……」
 
 ジェットコンドルは叫びを上げながら突っ込んでくる。箒はハイパーセンサーでそれを捉える。すると、またしても思考がクリアになって全てがスローモーションになる。何を叫んでいるかは聞こえない。右足の展開装甲が変形し、右足全体が刃を纏う。ジェットコンドルは右鉤爪で殴りかかってくる。

「……なのに貴様はぁ! 我輩の名誉に傷を付けたあああああ! バミューダを死の海域に変えぇ! 人間どもの艦隊さえ……!」
「続きは地獄でやれ」

 箒は振り向きざまに、カウンターの右回し蹴りを放つ。回し蹴りは綺麗に入り、一撃でジェットコンドルの首を飛ばして話を強制的に打ち切る。ジェットコンドルの胴体は糸が切れた人形のようにその場に倒れ、間もなく爆発する。
 箒がハイパーセンサーに意識を戻すと、仮面ライダーストロンガーとジェネラル・シャドウの戦いも大詰めを迎えていた。

「超電大車輪キック!」

 ジェネラル・シャドウの分身に取り囲まれた仮面ライダーストロンガーは、その場で回転しながら回し蹴りを放ち、分身諸共ジェネラル・シャドウを蹴りつける。一撃で分身が消え、ジェネラル・シャドウが大きく吹き飛ばされると、仮面ライダーストロンガーは跳躍して右手刀を振り下ろす。

「電チョップ!」
「トランプショット!」

 しかしジェネラル・シャドウがトランプを投げつけると爆発し、仮面ライダーストロンガーは勢いよく地面に叩きつけられる。それでもすぐ立ちあがり、着地したジェネラル・シャドウへと向かっていく。すでに仮面ライダーストロンガーのプロテクターや角には傷や欠けが出来、ジェネラル・シャドウも少なからず傷が出来ている。だが両者の動きは鈍るどころかますます激しさが増している。

「エレクトロウォーターフォール!」
「マントフェイド!」

 仮面ライダーストロンガーが手を突き出し、電気の滝を地下から噴出させると、ジェネラル・シャドウはマントを翻して姿を消す。直後に身の丈ほどあるトランプが仮面ライダーストロンガーを取り囲み、一斉に炎を噴射して身体を焼く。仮面ライダーストロンガーは炎に苦しめられつつも、右手を天に突き上げる。

「エレクトロサンダー!」

 同時に雷雲から雷が落ち、トランプを纏めて消し墨にする。トランプの陰からジェネラル・シャドウが飛び出すと、仮面ライダーストロンガーは踏み込んで殴りかかる。ジェネラル・シャドウが剣を突き出し、仮面ライダーストロンガーの左肩が貫かれる。仮面ライダーストロンガーは構わずに右ストレートをジェネラル・シャドウに叩き込む。そのまま剣と拳が次々と放たれるが、互いに決定打を与えることなく終わる。両者は一度飛び退き、睨み合いになる。しかしジェネラル・シャドウがトランプをばら撒き、またしても分身を作る。

「カブトキャッチャー!」

 仮面ライダーストロンガーは分身を2体まで絞り込む。2体のジェネラル・シャドウは並び立ち、同時に剣を抜いて構える。すると仮面ライダーストロンガーは両手を擦り合わせ、地面に手を置こうとする。

「エレクトロファイヤー!」

 その瞬間、右のジェネラル・シャドウが跳躍する。仮面ライダーストロンガーも手を置かずに跳躍し、右貫手をジェネラル・シャドウへ放つ。

「電ショック!」

 ジェネラル・シャドウは剣で貫手を止めるが、剣を通して高圧電流が流れ込む。仮面ライダーストロンガーはその場で回転しながらパンチを放つ。

「ウルトラパンチ!」
「トランプパンチ!」

 今度はジェネラル・シャドウも手に持ったトランプをやや大きくし、直接手に持って斬りつける。パンチがジェネラル・シャドウの顔面に入り、トランプがプロテクターを切り裂くと仮面ライダーストロンガーはもう一度両手を擦り合わせる。

「エレクトロキック!」
「トランプフェイド!」

 続け様に放たれた蹴りを瞬間移動で回避したジェネラル・シャドウはトランプを回収し、着地する。仮面ライダーストロンガーは空中で身を捻って方向転換し、錐揉み回転した後で飛び蹴りを放つ。

「スクリューキック!」
「トランプカッター!」

 しかしジェネラル・シャドウの投げた身の丈ほどのトランプに迎撃され、仮面ライダーストロンガーは右腕を斬られて落ちる。すぐに立ち上がり、睨み合いを再開するが、このまま行けばスタミナ切れを起こしそうだ。ジェネラル・シャドウも同じらしく、息が荒くなっている。

「どうやら、お互い長くは保たないみたいだな。だったら、次で決めてやるぜ!」
「望むところだ! ストロンガー!」

 両者は今まで取っておいた大技を使うことを決める。仮面ライダーストロンガーはジャンプし、空中で両手両足を広げて高速回転する。すると雷雲から一際大きな雷が降り注ぎ、仮面ライダーストロンガーに直撃する。

「超電稲妻!」

 ジェネラル・シャドウは剣を両手で持ち、力を込める。すると剣にエネルギーが集中して闇を纏い、余剰エネルギーがジェネラル・シャドウのマントを通じて火花として拡散する。

「シャドウパワー!」

 ほぼ全ての力を集中させる大技だ。ジェネラル・シャドウは飛びあがり、マントを投げつけて仮面ライダーストロンガーの動きと視界を封じ、渾身の突きを放つ。

「勝った!」
「いや、まだだ!」

 しかし仮面ライダーストロンガーはマントを無視し、突き出された剣の腹を両手で横に逸らす。剣先は仮面ライダーストロンガーに当たらず、逆にジェネラル・シャドウの胴ががら空きになる。そしてそこに仮面ライダーストロンガーの右足が蹴り込まれる。

「キィィィィィィック!」

 超電子エネルギーを集中させた必殺の一撃は、ジェネラル・シャドウを大きく蹴り飛ばす。その瞬間、54枚のトランプが飛び散り、ジェネラル・シャドウは地面に叩きつけられる。しかし立ち上がり、憎々しげに仮面ライダーストロンガーを睨みつける。

「おのれ……ストロンガーめ……!」

 ジェネラル・シャドウの胸に憎悪や怨恨、怒りが渦巻く。負けたことに対する悔しさがこみ上げてくる。常に全力で戦い、謀略を巡らし、文字通り全てを賭けていたのだ。悔しくならない筈がない。自分のさらに上を行ったストロンガーが憎くない筈がない。

(しかし、俺の託宣がやっと外れたか……)

 崩れかかる膝を支えつつ、ジェネラル・シャドウは内心自嘲する。今まで作戦の成否から自らの死まで、あらゆる結果を的中させてきた自分だが、今回は初めて外れた。そして死を迎えようとしている。皮肉を感じずにはいられないジェネラル・シャドウの前に、飛び散ったトランプが裏向きに落ちてくる。しかし、最後のカードのみが表向きのまま、ジェネラル・シャドウの目の前に落ちる。

(これは……!?)

 54枚目のカードは、スペードのエース。他でもない仮面ライダーストロンガーを象徴するカードだ。

(結局、俺の占いは当たっていたのか……ただ、途中で結果が変わって、いやヤツが変えたのか……なんという悪運、なんという理不尽よ……結局、俺の辿る結末は……)

 ジェネラル・シャドウは仮面ライダーストロンガーの理不尽なまでの運の強さに乾いた笑いを洩らす。自分が占った運命すら捻じ曲げて勝利を掴んだのだ。これを理不尽と言わず、なんと言えばいいのか。

(いや、それでこそ、ヤツに執着する意味がある)

 しかし、ジェネラル・シャドウは妬むどころか愉しさを覚える。実力だけでなく、運命すら引き寄せる豪運と魂があるからこそ、執着する価値がある。簡単には倒せないからこそ、何度甦っても挑み、そして勝利する意味がある。ジェネラル・シャドウが魂ある限り仮面ライダーストロンガーへ執着し、勝負を挑み続ける理由はこれに尽きる。

「それでこそ……我が宿敵……!」

 悔しさと憎悪、そして一抹の充足感と宿敵への称賛を胸に、ジェネラル・シャドウは大地に背を預けることなく爆発する。

「あばよ、シャドウ」

 着地した仮面ライダーストロンガーは、ジェネラル・シャドウの最期を見てポツリと呟く。これで残るはデッドライオン、そしてマシーン大元帥だげだ。

「聞けい! 皆の者!」

 するとタイミングを見計らったかのように、マシーン大元帥が声を張り上げる。

「ブラックサタンのみならず、デルザーの改造魔人すら倒すとは恐るべき連中よ。だが、我らとてただでは死なん! たった今、アジト最深部に設置した地震発生装置を起動させた。あと10分でこの名古屋を震源地とするマグニチュード10の地震が発生するのだ! そうなれば日本列島両断とまでは行かずとも、日本を壊滅させることなど容易い! 作戦を完遂できなかったのは無念だが、止むをえまい。ならばせめて一人でも多く道連れにするまでよ!」
「マシーン大元帥! そのような暴挙、俺たちがさせると思うか!?」
「ほざけ! アジトの位置も分からぬクセに、どうやって装置を止めるつもりだ!?」

 仮面ライダーストロンガーが反駁するが、マシーン大元帥は嘲笑する。和也は即座に指示を出す。

「クソ! 時間がねえ! マシーン大元帥は放っておいて、手分けしてアジトを探すぞ!」
「残念だが、そうはいかんぞ!」

 しかしショベルカーに似た奇妙なキャタピラ付き機械に乗ったデッドライオンが現れる。デッドライオンが指示を出すと機械から倒された筈の奇械人たちが続々と出現する。

「馬鹿な! あいつらは全員倒した筈じゃ!」
「フフフ、聞いて驚くがいい。このマシンは光明寺信彦が設計したロボット再生装置を応用し、俺が資材と人員をやりくりして昨日完成させた奇械人再生装置だ! これがある限り、ブラックサタンは不滅だ! やれ!」

 デッドライオンは得意げに説明すると、復活した奇械人をけしかける。仮面ライダーストロンガーは他の6人やSPIRITSと共に迎え撃ちつつ、箒に声を張り上げる。

「箒さん! こいつらは俺が食い止める! 君たちはアジトを探して、地震発生装置を!」
「分かりました! ですが、手掛かりが……!」

『手掛かりなら、あるわよ?』

 全員の気持ちを代弁するように焦りを口にする箒に、ブラウンから通信が入る。すると和也が割って入る。

「ブラウン、お前今どこにいるんだ!? それと手掛かりってのは……!?」

『今、私たちはそのアジトらしい場所の前にいる。今から信号弾を上げるわ。そちらも急いで頂戴』

 ブラウンからの通信が切れた直後、空に信号弾が上がる。真耶はハイパーセンサーで解析して位置情報を割り出すと、箒たちにデータを送信する。

「みんな、行きましょう!」
「そうはさせんぞ!」
「おっと! 貴様の相手は、俺だ!」

 箒たちが一斉に飛び立とうとすると、マシーン大元帥がマシンガンを構える。しかし仮面ライダーV3が横から飛び蹴りを入れて妨害する。
 ブラウンとグレイは信号弾を打ち上げた後、多数のデルザー戦闘員と銃撃戦を繰り広げていた。グレイはリボルバーを2丁持ち、ブラウンは大型拳銃を片手撃ちしてデルザー戦闘員を排除する。しかし、時間は刻一刻と過ぎていく。間もなく、あと8分になる。

「こいつは、いよいよお迎えの時ってヤツか?」
「馬鹿言わないの。私たちは、とっくに死んでいるのだから」

 グレイの軽口に答えつつブラウンは拳銃のリロードを済ませる。グレイは父を殺し母を壊した時、ブラウンは大切な者を貶めた同僚を射殺した時に一度死んだのだから。焦りを抑えてリボルバーのリロードを済ませたグレイの耳に、何かが空を切る音が聞こえてくる。

「ISってことは、ようやく真打ち登場か!」
「グレイさん! ブラウンさん!」

 飛来したのは箒たちだ。箒はすぐにデルザー戦闘員を蹴散らそうとするが、ブラウンが制する。

「私たちはここで戦線を維持するわ。あなたたちは早く装置を」
「しかしそれでは!」
「時間がないの! 早くしなさい!」
 
 箒の反論を、ブラウンが有無を言わさず封じる。すると一夏が黙って箒の肩を叩く。

「分かりました。お願いします。ですが、我々が戻ってくるまで、必ずご無事で」

 そして箒たちはデルザー戦闘員を無視してアジトに突入する。

「あと、6分40秒……!」

 仮面ライダーV3はマシーン大元帥のマシンガンを回避しつつ、跳躍して飛び蹴りを放つ。

「V3キック!」
「魔のレッドピラミッドバリア!」

 だがマシーン大元帥が張るバリアで弾かれ、体勢を崩す。その隙にマシーン大元帥は怪光線を発射して仮面ライダーV3にダメージを与える。

「V3、無駄な足掻きはやめろ。アジトには戦闘員が多数詰めている。それだけでなく、トラップも満載だ。いくらインフィニット・ストラトスとはいえ、あと6分では突破できまい!」
「そうかな? 俺は彼女たちの、そして人間の可能性を信じる! 行くぞ!」

 仮面ライダーV3は着地し、再びマシーン大元帥へ殴りかかる。
 仮面ライダーストロンガーは奇械人ガンガルを殴り飛ばし、右貫手を突き立てる。

「電ショック!」

 奇械人ガンガルが爆発し、他の奇械人も続々と倒されていく。しかし奇械人再生装置から倒された奇械人が続々と復活してくる。

「いくら貴様らが頑張ろうと無駄だ! あと5分で、全てが終わる!」

 奇械人再生装置の上で、デッドライオンが高笑いを上げる。
 アジトに入った箒たちは戦闘員を蹴散らし、作戦室に入る。真耶が端末を操作してマップを取得し、他の4人にも送信する。

「装置はアジトの最下層ね。急ぎましょう! あと4分しかない!」

 真耶を先頭に部屋を出ると、最下層に通じるルートを設定して先に進む。
 和也は仮面ライダーを援護していたが、無限に復活する奇械人に加えブラックサタン戦闘員の攻撃まで受ける。マシンガンアームで敵を蹴散らす和也の下に、藤兵衛がジープに乗って駆けつける。

「滝、乗れ! あの装置を潰さなきゃジリ貧だ!」
「おやっさん、無茶し過ぎだぜ!」
「馬鹿野郎! 一夏や箒ちゃんみたいな若い子が頑張ってるんだ! 3分あれば、あいつを壊すことくらい俺たちにも出来る筈だ!」

 和也は藤兵衛に頷いてみせると、ジープに飛び乗り奇械人破壊装置へ接近を開始する。
 レーザートラップや隔壁、爆破などのトラップを無理矢理突破した箒たちは、最下層に通じる分厚いドアの前に立つ。セシリアが電子ロックにハッキングを仕掛け、少し経つとドアがゆっくりと開く。直後に待ち構えていた戦闘員がマシンガンを掃射するが、無視してスラスターを噴射し、体当たりで蹴散らしながら進む。

「思ったより時間をかけてしまいましたわ! あと2分で止めなければ!」

 ケンとアンリエッタは戦闘員を排除しつつ、他の隊員を引き連れて奇械人破壊装置の破壊に向かう。しかし次々と再生する奇械人がロケット弾や溶解液を飛ばして妨害する。仮面ライダーたちも奮戦しているが、やはり装置を破壊しなければどうしようもない。すると、一台のジープが突っ込んでサメ奇械人を跳ね飛ばす。

「フン、勝てぬと見て死にに来たか。さっさと殺せ!」

 デッドライオンが爪を突き出すと、奇械人はジープに攻撃を開始する。ジープは左右に大きく動いて攻撃を回避し続ける。

「おやっさん! もう少し寄せてくれ!」
「任せろ!」

 助手席に乗った和也は立ち上がり、ショットガンを呼び出す。銃口に弾頭を付けると足元へ置き、マシンガンアームを奇械人再生装置めがけて掃射する。だが弾丸は盾となった奇械人に阻まれ、再生された奇械人が出てくるだけに終わる。

「残念だったな! これで貴様らは終わりだ!」
「終わるのは、お前らの方さ!」

 和也は右手でマシンガンアームを構えつつ、ショットガンを左手に持つ。そしてマシンガンアームで奇械人をまとめて掃討する。間髪入れずにショットガンから弾頭を発射し、奇怪人再生装置の中枢部に直撃させる。すると奇怪人再生装置が爆発し、デッドライオンも上から放り出される。

「どうやら、奇怪人の方はどうにかなりそうですね」
「ですが、時間はあと1分しかない」

 ケンとアンリエッタは時刻を確認しつつ、残る奇械人や戦闘員の掃討に当たる。
 箒たちは全ての障害を突破し、最深部へと辿りつく。電子ロックにハッキングを仕掛け、外のドアを突破する。あとは内側のドアを突破するだけだ。しかし、時間はあと30秒しかない。ハッキングでの解除では遅すぎる。意を決した箒は穿千を展開する。一夏は雪羅に出力を回し、セシリア、鈴、真耶も最大火力を叩き込んでドアごと装置を破壊することを決断する。

「あと20秒……!」

 全エネルギーを火器に回し、最大出力で放つ。分厚いドアが融解し、形がなくなっていく。

「あと、15秒!」

 怪光線で仮面ライダーV3を牽制しながら、マシーン大元帥が高らかと宣言する。

「あと10秒か……!」

 ハイパーセンサーに表示されるカウントに、箒は焦りを覚える。もう少しで、ドアを突破できる。

「5秒前!」

 仮面ライダーストロンガーが奇械人メカゴリラを蹴り砕くと、デッドライオンがカウントダウンを開始する。

「4!」

 ドアが完全に溶け、ビームや荷電粒子砲、衝撃砲が部屋内に飛び込む。

「3!」

 高熱と衝撃が、徐々にだが装置を破壊し始める。

「2!」

 まだ残る装置の中枢部が、命令を完遂させようと働き続ける。

「1!」

 箒の頬を、大粒の汗が伝う。

「ゼロだ!」

 デッドライオンは高らかにカウントダウンを終える。
 その場を、静寂が包む。

「間に合った、のか……」

 箒は大きく息を吐き、崩れそうになる膝を支える。目の前では、破壊された装置が火花を立てている。残り1秒のところで装置が破壊され、阻止に成功したのだ。絢爛舞踏を発動させている『紅椿』以外は文字通り全エネルギーをつぎ込んだためか、行動不能だ。箒がすぐに触れてエネルギーを回復させる。同時に、どこからか爆発音が聞こえてくる。アジトを自爆させるようだ。箒たちはそのままアジトからの脱出を開始する。
 一方、しばらく待っても地震が起きないことで、デッドライオンとマシーン大元帥は作戦失敗を悟る。

「あり得ん! いくらインフィニット・ストラトスの力があったとはいえ、人間にこんなことが!」
「諦めろ、マシーン大元帥! 人間の底力を舐めるからこうなるんだ!」
「ええい、こうなれば仕方ない。かくなる上は、せめて貴様らだけでも道連れにするまでよ!」

 仮面ライダーストロンガーは跳躍し、仮面ライダーV3に並び立つ。自暴自棄になったマシーン大元帥は手にしたマシンガンを乱射しつつ怪光線を撃ちまくる。

「V3バリア!」
「電気マグネット!」

 しかし怪光線を仮面ライダーV3が不可視のバリアで防ぎ、仮面ライダーストロンガーは自らの身体を電磁石に変えてマシンガンを引き寄せる。マシンガンを握り潰すと仮面ライダーストロンガーと仮面ライダーV3は並んで跳躍し、空中で前転する。

「ストロンガー電キック!」
「V3フルキック!」
「なんの! 魔のレッドピラミッドバリアだ!」

 マシーン大元帥はバリアで二人まとめて弾き飛ばすと、今度は素手で殴りかかる。仮面ライダーストロンガーの蹴りを片腕で受け止め、仮面ライダーV3の右ストレートを掴み止める。逆に力を込めて二人の態勢を崩すと、重いパンチの連打で仮面ライダーストロンガーのボディを攻め立てる。負けじと仮面ライダーストロンガーも顔面にジョルトブローを叩き込む、合わせて仮面ライダーV3が足刀蹴りを喉に入れる。マシーン大元帥は一度飛び退き、怪光線を連射して二人を近付けさせない。

「マシーン大元帥! 今度は俺たちが相手だ!」

 入れ替わるようにダブルライダーが揃って跳躍し、マシーン大元帥の前に立つ。マシーン大元帥は怯むことなく殴りかかるが、ダブルライダーは左右に身を開き、それぞれ腕を取って押さえると同時に膝蹴りを入れる。マシーン大元帥は腕を振り払い、仮面ライダー1号にアッパーカットを入れつつ仮面ライダー2号にソバットを叩き込む。仮面ライダー2号は蹴りを捌き、体勢を崩したマシーン大元帥の背中に左正拳突きを入れる。仮面ライダー1号も持ち直し、お返しとばかりに左フックで顎を打ち抜く。

「ロープアーム!」

 今度はライダーマンがロープアームでマシーン大元帥を絡め取り、大きく投げ飛ばす。マシーン大元帥が空中で身を捻って着地すると、仮面ライダーXと仮面ライダーアマゾンが同時に飛び蹴りを放つ。

「Xキック!」
「アマゾンキック!」
「何度やっても結果は同じだ!」

 マシーン大元帥のバリアがまたしてもキックを弾き、無力化する。残る仮面ライダーも攻撃に加わるが、バリアの強度が高過ぎて突破出来ない。

「フハハハハハ! このバリアを力づくで突破するなど不可能だ! 諦めるのだな!」
「そうかい、ならバリアを消してやるだけさ!」
「何!?」

 胸を張るマシーン大元帥の上から声が響く。マシーン大元帥が空を見上げると、零落白夜を発動させた一夏が急降下してくる。

「これならどうだ!」
「ぬうっ!? バリア発生装置が!」

 雪片弐型は一撃でバリアを切り裂き、マシーン大元帥の頭部にある飾りを破壊する。するとバリアが解除される。さらに真耶、セシリア、鈴、そして箒まで降下し、仮面ライダーストロンガーと並び立つ。

「貴様ら! よくも俺の邪魔を!」
「黙れ! マシーン大元帥、これから俺たちが貴様に味あわせてやる! 貴様らに殺され、苦しめられた人たちの痛みと恐怖、そして怒りをな!」

 仮面ライダーストロンガーが高らかに宣言すると、7人ライダーと箒たちは一斉にマシーン大元帥へ向かっていく。
 最初に仮面ライダーストロンガーが飛び足刀蹴りを顔面に入れ、一夏が荷電粒子砲を額に直撃させる。

「ライダーダブルチョップ!」

 ダブルライダーが並んで手刀を放てば、真耶が至近距離からのアサルトライフル掃射を浴びせる。仮面ライダーV3が回し蹴りを頭に当てるとライダーマンがロープアームのフックで殴りつけ、セシリアがビットからビームとミサイルを一斉に浴びせる。仮面ライダーXと仮面ライダーアマゾンがライドルホイップとアームカッターで斬撃を加え、直後に鈴が衝撃砲を当てて吹き飛ばす。

「マシーン大元帥! 第七分隊の方たちの苦しみを思い知れ!」

 箒は雨月と空裂を振るい、全身の至るところからエネルギー刃を形成して打撃に合わせてマシーン大元帥の身体を切り刻む。マシーン大元帥が力を振り絞って箒を突き飛ばすと、最後に仮面ライダーストロンガーが跳躍する。そして全身に超電子の力を漲らせる。

「ストロンガー超電キック!」

 蹴りが当たるとマシーン大元帥に莫大なエネルギーが流れ込み、全身から火花が散る。しかし、マシーン大元帥は倒れない。

「まだだ! ストロンガー! せめて貴様の首を獲らねば……!」
「させるか!」

 マシーン大元帥は自爆装置を起動させ、せめて仮面ライダーストロンガーだけは道連れにしようと歩き出す。だが仮面ライダーストロンガーはパンチで動きを止め、箒が渾身の力でマシーン大元帥を投げ飛ばす。マシーン大元帥は立ち上がり、声を張り上げる。

「聞けい! 7人ライダーとインフィニット・ストラトスを持つ者ども! デルザーはここに敗れた。しかし、JUDO様と大首領様が居られる限り、必ずやこの世界は闇が支配する! その時こそが、我らの真の勝利なのだ!」
「デルザー軍団、万歳!」

 最後に軍団を讃えると、そのままマシーン大元帥は爆発する。

「こいつでデルザーも終わりか。後は……」
「ギギギギギ……殺せ! ブラックサタンはまた滅びた! あの時やバダンの時のように、またしても生き恥をかく気など、俺にはない! さっさと殺せ! ストロンガー!」

 和也が感慨深げに呟くと、最後に残されたデッドライオンが叫ぶ。生き恥を晒すくらいなら、死を選ぼうというのだろう。仮面ライダーストロンガーが何か言おうとするが、突如として声が響き渡る。

『よくやったと誉めておこうか、仮面ライダー諸君』

「この声は!」
「まさか!?」

『そのまさかだ。ブラックサタンもデルザーも倒された以上、私自ら出るほかあるまい!』

 すると上空からどす黒いエネルギーが降り注ぎ、人型に形成される。しばらくするとエネルギー体が実体化し、岩の巨人が姿を現す。

「岩石大首領!」

 現れたのは岩石大首領。デルザー軍団の黒幕だ。するとデッドライオンは態度を一変させる。

「ハハハハハハハ! まだだ! まだブラックサタンは終わってなどいなかったのだ! 覚悟するがいい、ライダーども! 今から首領自らが、貴様らの抹殺に乗り出されたのだからな!」

『デッドライオンの言う通りよ。仮面ライダー! そして欠陥品の織斑一夏! ここが貴様らの墓場となるのだ!』

「気をつけろ! こいつはキングダーク以上に厄介だ! 気を抜くんじゃないぞ!」

 仮面ライダーXが警告を飛ばした直後、挨拶と言わんばかりに岩石大首領が足を上げ、踏み潰しにかかる。7人ライダーは散開し、箒たちは飛翔する。一夏が荷電粒子砲を発射し、セシリアがビットからビームを連射するが、岩石大首領には全く効いていない。和也らSPIRITSの援護射撃も効果がなく、7人ライダーも攻めあぐねる。岩石大首領は腕を振るって箒たちを叩き落とそうとする。慌てて回避し、頭の後ろを取った箒は穿千を展開して後頭部に撃ち込む。だがわずかに表皮が焼かれる程度で堪えた様子を見せない。

「クルーザーアタック!」

『無駄な足掻きを!』

 7人ライダーはバイクを呼び出し、周囲を走り回って岩石大首領を撹乱すると、仮面ライダーXが体当たりをかける。しかし岩石大首領はあっさりクルーザーを叩き落とし、仮面ライダーXを掴むと力を込めて握り潰そうとする。

「ぐうっ……!」
「敬介さん!」

 仮面ライダーXが全力で抵抗し、セシリアがビットのビームを集中させると僅かに指が緩む。その隙に仮面ライダーXは手から逃れ、地上に降り立つ。岩石大首領は瓦礫を蹴り飛ばして仮面ライダーを圧倒し、瓦礫を拾っては投げつけてISを近寄らせない。デッドライオンは瓦礫の上で得意げに喋りまくっている。

「どうだ! 貴様らでは敵うまい! これが首領の、ひいてはブラックサタンの力なのだ! このまま己の無力さとブラックサタンに逆らった愚かさを後悔しながら……ん?」

 笑いが止まらないデッドライオンだが、岩石大首領の手がデッドライオンの乗った瓦礫に伸びる。そして、デッドライオンもろとも瓦礫を掴み、振りかぶる。

「首領、お待ちください! まだ俺も……うわあああああああっ!?」

 慌てて自分の存在を知らせようとするデッドライオンだが、岩石大首領には聞こえていないのか、構わずに上空の箒へ全力で瓦礫を投げつける。箒は瓦礫をあっさりと回避し、デッドライオンを乗せた瓦礫はそのまま空の彼方へ消えていく。

「こうなったら、あの時と同じように!」
「待て! 今のお前は病み上がり、それも電気エネルギーの出力が不安定だ。身体を電気分解して侵入するどころか、爆発して終わってしまう」

 仮面ライダーストロンガーの提案を、ライダーマンが却下する。前に戦った時は7人の力を合わせて身体を電気分解し、体内に侵入したが、今は肝心の仮面ライダーストロンガーが本調子ではない。まず失敗するだろう。SPIRITSのミサイル攻撃も通じず、手詰まり感が漂う中、箒のハイパーセンサーにある文字が表示される。

(『建御雷』? 新たな装備、なのか?)

 装備欄に新たな文字があるのだ。迷う箒だが、岩石大首領は相変わらず大暴れしている。意を決し、箒は『建御雷』の発動を許可する。すると全身の装甲が展開し、金色の光が漏れ始める。箒はエネルギーの増幅量が急速に増大していることを知覚する。同時に両腕の装甲が変形し、一部が量子化される。最後にシリンダーのような機関が両腕部に追加される。するとそれを見た束が声を上げる。

「あれって、建御雷!」
「束さん、知ってるんですか?」
「あの装備はスーパー1のパワーハンドを参考に私が開発した、パワー強化用の装備なんだよ。スペック自体はパワーハンドと遜色ないんだけど、その分燃費が劣悪でね。稼働率が78パーセントを超えない限り発動出来ないようにセットしていたんだけど……」

 箒もまた建御雷の特性を理解し、同時に解放されたもう一つの装備『十束剣』を確認する。

(十束剣は、建御雷の装備時限定の武装か……なら!)

「みんな、少し岩石大首領をかく乱してくれ! もしかしたら、どうにか出来るかもしれない!」
「箒、本当か!?」
「分からないが、可能性はあるといったところだ」
「それで十分ですわ。このまま座して死を待つよりは、ずっと有意義ですもの」
「その代わり、ちゃんと決めなさいよ!」

 箒の言葉を聞くと、一夏、セシリア、鈴は岩石大首領の両眼に攻撃を加え、注意を惹きつけつつ空を自在に飛び回る。途中で真耶も加わり、岩石大首領の注意が箒から逸れる。箒は十束剣の発動を承認する。すると両肩展開装甲が分離し、合わさると装甲が展開されて剣の『鍔』へと変形する。さらに接合部分から柄が実体化し、1mほどの長さにまで伸びる。箒が両手で柄を掴んで構えると、本体から莫大なエネルギーが流しこまれ、エネルギー刃が形成される。最終的に刃は5メートル程度まで伸び、安定する。
 箒は十束剣を構え直すと、全身の展開装甲をスラスターに変えて岩石大首領の首へ向かう。そして渾身の力で十束剣を横薙ぎに振るう。エネルギーが凝縮された刃は岩石大首領の首を深々と切り裂き、岩石大首領の動きが止まる。箒は一度方向転換し、捕まえようとする岩石大首領の右手を避け、腕が伸び切ったところで右手首に斬撃を放つ。すると十束剣は岩石大首領の手首を容易く両断する。

「すげえ……」
「あれが、『紅椿』の力か」
「ええ。もっとも、あれもブラックボックスの一部に過ぎないのかもしれませんが」

 一夏が感嘆の声を漏らし、仮面ライダー1号とライダーマンも感心した様子で呟く。

『人間にしてはよくやった、と言うべきだな。だが、貴様は所詮ここまでよ!』

 だが岩石大首領の傷が瞬く間に癒え、新たな右手首が傷口から生えてくる。
 箒は構わずに十束剣を振るうが、岩石大首領は再生を繰り返す。
 一連の流れを見ていた仮面ライダーストロンガーは、ある決意を固める。

「こうなったら、最後の切り札を使うしかないか」
「まさか……今の状態でチャージアップする気か!?」

 仮面ライダーV3は仮面ライダーストロンガーの意図を悟る。

「ええ。他に使える手が思いつかないもんで。それに今の俺は電気人間の状態で100倍のパワーを引き出せている。つまり、超電子人間になって超電子ダイナモのパワーを完全に引き出せるようにすればその100倍、つまりいつもの一万倍のパワーが出るって計算です」
「無茶だ! 確かにチャージアップすれば、さらに超電子の力を引き出せるだろう。だが、オーバーロードを起こしている超電子ダイナモに負荷を加えれば、どうなるか分からない! 下手をすれば一分どころか一秒も……!」
「そいつはないぜ! 風見さん、人には誰にでも命の懸け時ってもんがある。今回は、俺にその時が来たってだけです。風見さんだってそうだろ!? 命を懸ける時だったから、命を捨てる意味と価値があったから火柱キックを使ったんだろ!?」

 仮面ライダーストロンガーの言葉に、『前科』のある仮面ライダーV3は反論できない。

「それに、あの娘たちが命張って戦ってるのに、俺が死ぬのビビってたら世話ありませんよ」
「一応警告しておくが、成功する確率は極めて低い。仮に成功してもどれだけ保つか分からない。それでも、やる気か?」
「当たり前ですよ。どんなに確率が低くても、何もしないでゼロのままよりはずっとマシだ」
「分かった。ならば俺も止めはしない。その代わり、必ず成功させろ」

 仮面ライダーV3が引き下がると、仮面ライダーストロンガーが声を張り上げる。

「チャージアップ! うおっ!?」

 超電子ダイナモをフル稼働させた瞬間、全身から火花が散って激痛と衝撃が襲う。角の一部が砕け、プロテクターが罅割れ、手足の至るところが切れて電気回路が露出する。少しでも気を抜けば一瞬でバラバラになってしまいそうだ。

「茂! やめろ! そんなんじゃお前まで死んじまう!」

 藤兵衛が必死に静止するが、仮面ライダーストロンガーは諦めない。

「まだ……まだぁぁぁぁぁ!」

 すると徐々にだがプロテクターに銀色のラインが入り、角が銀に染まっていく。次第にエネルギーが安定してスパークが消えると、仮面ライダーストロンガーは無事に超電子人間へと姿を変える。
 空を見上げると、箒が十束剣を岩石大首領の頭に突き刺していた。しかし岩石大首領は平然と箒をはたき落とし、剣を引き抜いて上に放り投げる。その瞬間、仮面ライダーストロンガーの視界がスローになる。そして仮面ライダーストロンガー、城茂は沼田五郎と共に出場した最後の試合を思い出す。
 関東大学選手権で勝てば甲子園ボウル、という試合だった。試合は一進一退の攻防を繰り返し、迎えた第4クォーター。残り時間は使い切り、次のプレイでラスト。点差は3点。キックで同点、タッチダウンなら逆転だ。しかし敵陣45ヤードはキックを狙うには少々遠い。そこで五郎と共に考えたスペシャルプレー『STRONGER』を使うことにした。
 このプレーはまずWRの五郎がQBに、QBの茂がRBとなる。そして茂は俊足を生かして後方からエンドゾーンに向かい、五郎が強肩を生かしてロングパスを通す。RBから始めてライン以外のポジションを一通り経験した茂と、背の高さと当たりの強さを買われてQBからWRに引き抜かれた五郎のコンビだからこそ出来る作戦だ。しかし五郎の投げたボールを、茂は取れなかった。そのボールと、十束剣が重なる。茂はジャンプし、『ボール』をキャッチしようとする。
 吹き飛ばされた箒もまた、走馬灯のようにある試合のことを思い出していた。まだ小学1年生だった頃、剣道を始めたばかりの一夏に全く勝てなかった時期のことだ。自分より後から始めた一夏に負け続けたのが悔しくて、ひたすら練習に励んだ。両手に肉刺が出来、潰れてもしまうこともあった。そんな努力の甲斐もあって、あの試合では始めて一夏に勝つ一歩手前まで行った。あと一つ、有効が出れば勝てる。判定に持ち込んでも一夏は効果すら取れていない。しかし残り時間10秒、一夏が一気に勝負に出た。防御を捨てて全力で面を打ちにきたのだ。余裕を持って抜き胴を決めようとした箒だが、潰れた肉刺が激しく痛み、竹刀が手からすっぽ抜けてしまった。そして為すすべなく面を打たれて逆転負けだ。
 一夏は無効試合だと言ってくれたが、父親の言う通り、自分の負けであった。箒は初めて、試合後に泣いた。ようやく掴みかけた勝利を、自分のミスでふいにしてしまった。悔しさと情けなさで、涙が止まらなかった。姉や母が慰めてくれなければ、本気で剣道をやめていたかもしれない。その時の竹刀と、十束剣が重なる。箒はスラスターを噴射し、掴み直そうと空を駆ける。
 仮面ライダーストロンガーが右から、箒が左から同時に落下途中の十束剣を掴む。

「行くぜ」
「ええ」

 言葉少なく頷き合うと、仮面ライダーストロンガーは超電子エネルギーを、箒は絢爛舞踏で増幅された多目的動力を十束剣に流し込む。するとエネルギー刃の長さが先ほどの3倍以上になる。仮面ライダーストロンガーと箒は共に柄を握ると急降下する。柄を両手で逆手持ちして頭上に掲げ、刃を岩石大首領の頭に向ける。

『愚かな! 自ら死にに来たか!』

 岩石大首領は右腕を伸ばして妨害しようとするが、ギギの腕輪とガガの腕輪を合体させた仮面ライダーアマゾンが飛び出す。そしてアームカッターを伸ばし、渾身の力で岩石大首領の右肩へ振り下ろす。

「スーパー! 大ッ切ッ断ッ!」

 古代インカの超エネルギーが解放され、斬撃と共に岩石大首領の右肩から先を消し飛ばす。ならばと岩石大首領は左腕を伸ばす。

「V3! 今だ!」
「逆ダブルタイフーン、フルパワー!」

 しかし残る5人ライダーが星形に並び、先頭の仮面ライダーV3が5人の力を集約した逆ダブルタイフーンを発動させる。発生したツイスターが岩石大首領の左腕をバラバラに吹き飛ばす。岩石大首領は崩れたビルの一部を蹴り上げ、仮面ライダーストロンガーと箒を叩き落とそうとする。

「やらせるかよ!」
「みんな、『白式』にパワーを!」
「これだけのエネルギーを集中させれば!」
「一夏、しっかり決めなさいよ!」

 今度は一夏たちが立ちはだかり、一夏の雪片弐型にエネルギーを集約する。すると零落白夜の光刃が伸長し、一夏が渾身の力で振るうと瓦礫を綺麗に両断する。岩石大首領の頭部は、すぐそこだ。

「うおおおおおおおおおっ!」

 仮面ライダーストロンガーと箒は、十束剣を全力で振り上げる。

STスト!」

 仮面ライダーストロンガーが、二度と離さぬと言わんばかりに力を込める。

ロンRON!」

 箒が、決して手からこぼれさせぬようにと左手を強く握る。

GERRRRRRRRガアアアアアアアアッ!!」

 落下の勢いを乗せた十束剣が深々と突き刺さり、岩石大首領の動きが止まる。さらに刃を形成していたエネルギーを解放すると、爆発が起こって岩石大首領の頭が吹き飛ぶ。大穴が開くと仮面ライダーストロンガーと箒は穴の中へ降下し、そのまま体内へ侵入する。
 迷路のように入り組んだ道を通ると、広い空間に出る。中央には眼球に似た化け物が鎮座している。

『おのれストロンガー! またしても行く手を阻むか!』

 化け物の声を聞くと、箒は直感的にこれが岩石大首領の本体であると気付く。仮面ライダーストロンガーは答えず、誰に言うでもなく呟く。

「城南大学『スパークス』、タッチダウン。トライ・フォー・ポイントだ。ここでキックを決めれば1点、もう一度タッチダウンなら2点。普通は確実なキックを取る。だが、スパークスは違う。ウチは常に攻めるチームなのさ。ここは、ツーポイントコンバージョンを狙わせて貰うぜ」

 仮面ライダーストロンガーは、このまま勝負に出る気だ。それを理解した箒に仮面ライダーストロンガーが話し始める。

「スペシャルプレーが決まったところで、次だ。箒さん、スパークスにはゴール前で使う伝統的なアサインメントがある。『サイクロン』、ボールを持ったQB以外全員前に出て、道を作るパワープレイだ。ぶっつけ本番だが、頼むぜ?」
「はい!」

『ほざけ! 二人まとめて地獄に送ってくれる!』

 首領は周囲の壁から触手を伸ばし、二人に殺到させる。

「SET……HAT!」

 仮面ライダーストロンガーが合図を出すと、箒が先頭に立って仮面ライダーストロンガーの走るコースを作る。迫る触手を蹴りで切り裂き、建御雷の怪力に任せて全て引きちぎる。すると触手が前方に集合し、大きな壁を形成して行く手を阻む。

「盛大にこじ開けてやる!」

 しかし箒は怯まずに指に刃を形成させ、突き刺すと建御雷に出力を回す。そして壁を無理矢理開いて道を作ると、仮面ライダーストロンガーが首領の前に到着し、両手刀で挟み込む。触手が仮面ライダーストロンガーを排除しようとするが、仮面ライダーストロンガーは頑として動かない。

「箒さん、行け! 今度の技はちょいとばかり手加減が利かねえ! ここにいたら、間違いなく君まで巻き込んじまう!」
「嫌です! もう、置いてきぼりは沢山だ! 私も残ります!」
「なあに、安心しなって。こいつ以外誰も死にはしないさ。俺と君が命を張るには、安過ぎる」

 仮面ライダーストロンガーの言葉を聞くと、箒も反論に詰まる。触手はどんどん集まってくる。傷も間もなく塞がり、これ以上留まっていては脱出も困難だろう。

「……嘘だったら、一生許しませんから!」

 箒は決断し、その場を離脱する。それを見届けた仮面ライダーストロンガーは、静かに口を開く。

「そういうわけだ。貴様独りでさっさと死んでくれや」

(行くぜ、五郎、ユリ子)

 仮面ライダーストロンガーは息を吐き、叫ぶ。

「超!」
「電!」
「ウルトラサイクロン!」

 仮面ライダーストロンガーは全エネルギーを衝撃波に転換し、岩石大首領の身体全体に流し込む。すると岩石大首領の全身が激しく振動し、余剰エネルギーが漏れて周囲の空気を激しく震わせる。
 外にいた一夏たちも、異変を感知する。

「この振動は……」

 岩石大首領を中心に空気が激しく振動している。近くにいる仮面ライダーたちも感じているのか、岩石大首領を黙って見ている。

「まさか……茂! やめろ! その技だけはやめてくれ!」
「おやっさん! 駄目だ!」

 藤兵衛は仮面ライダーストロンガーが何をしたのか理解し、和也の制止も聞かずに叫ぶ。和也は近付けさせないよう取り押さえるので精一杯だ。

「箒ちゃんは!? 箒ちゃんはまだあいつの中なの!?」
「落ち着いて下さい! まだ決まったわけじゃ……!」

 束もまた突入した箒が出てきていないことに気付き、飛び出そうとするが蘭が押さえる。
 次第に岩石大首領の表皮がバラバラに崩れ落ち、動かなくなる。そして、間もなくその巨体が月にも届かんばかりの火柱を上げて大爆発を起こす。

「箒ちゃん!」
「茂ぅぅぅぅぅ!」

 束と藤兵衛の悲鳴が、夜空に響いた。 

**********

 頬を、熱気が籠った風が撫でる。背中を何か柔らかいものが包む。
 箒はゆっくりと目を開ける。倒れていたのか、視界には空しかない。空は雲ひとつない快晴だ。重い手足に鞭打って起き上がると、芝生が広がっている。右手と左手には二股に別れたポールがある。芝生の向こうには観客席や照明がある。どこかのスタジアムのようだ。ここはどこで、なぜ自分がここにいるのか。様々な疑問を抱きながらも、箒は立ち上がる。周囲を見渡しても、猫の子一匹いない。ただ、風が頬を撫でて髪を靡かせるだけだ。呆然と立ち尽くしている箒に二つの人影が歩み寄る。

「懐かしいな。現役時代は、よくここで試合をしてたもんだぜ」
「へえ、アメフトの試合会場なんて初めて見たわ」
「あなた方は……!?」

 箒は歩いてきた相手を見て、絶句する。死んだはずの五郎とユリ子だ。しばらく驚愕のあまり声が出せない箒に、五郎が苦笑する。

「おいおい、いくらなんでも驚き過ぎだろう」
「驚いて当たり前でしょ。その様子じゃ疑問が多すぎて何から聞いていいか分からないみたいだし、分かる範囲で先に教えておくわ」

 ユリ子が五郎を窘めると、再び話し始める。

「まず、私たちは死んだわ。それは事実。死因も、あなたの予想通りよ。ごめんなさい、最後の最後にあなたを騙して。どうしてもあなたにだけは生き延びて欲しかったから」
「次に、ここはどこかについてだけど、あなたの深層意識。多分、あなたのISがこの空間を形成したんだと思うわ。ISは詳しくないから推測に過ぎないけど」
「それで、私たちがどうしてここにいるかって言うと、簡単に言えばあなたのISが私たちの残留思念をキャッチして、再現してくれたのよ。多分、テレパシーとISの通信が似てるから、混線した副産物ってとこでしょうね。私としても箒さんには謝っておきかたかったし、ISがブラックサタンと違って空気を読めて助かったわ」

 ユリ子が疑問のいくつかに答えるが、箒は沈黙したままだ。

「他にも疑問はあるでしょうけど、あとは専門家にしてくれないかしら? 正直、私たちにも分からないことだらけで……」
「いえ、そうではありません。でも、どうしてもお聞きしたいことがあって」
「何かしら?」
「……なぜ、そこまでして、私を?」
「そりゃあ、電波人間タックルは良い子の味方だからね。ブラックサタンと戦って来たのも復讐だけが目的じゃなかったし」
「それに、茂だって君まで死なれたら寝覚めが悪いだろう?」

 五郎とユリ子は笑って答えるが、箒は納得していないのか黙っている。するとユリ子が一息つき、口を開く。

「仕方ないわね。本当なら墓場まで持って行きたかったんだけど……私は、箒さんに自分を重ね合わせちゃったの。だからあなたには私と同じ目には遭って欲しくなかったの。つまり、本当は他の誰でもない、自分のためだったの。悪かったわね、勝手に変な目で見てて」
「いいえ、むしろ安心しました。私たちは出会ったばかりでしたから」
「そう? 時間はあんまり関係ないと思うけど……って、そろそろお別れか。こんな形になっちゃったけど、ここで今度こそお別れね」
「死ぬのは勘弁だが、生き返るってのは悪くないな。箒さんとも出会えたしな。また会う時は、箒さんたちがヨボヨボになっちまった時だろうけど」
「それじゃ、元気でね? たまには一夏君にも素直になるのよ?」

 五郎とユリ子は踵を返し、スタンド下の出口へ向かう。箒は慌てて追いかけようとする。

「来ないで!」

 しかしユリ子が制する。続けて五郎が話し始める。

「君が帰るのは、向こうだぜ?」

 背後を見ると、反対側の出口に仮面ライダーストロンガーが立っている。まるで、箒が来るのを待っているようだ。

「いきなさい、箒さん。あなたにはまだ、生きてやらなきゃいけないことが沢山あるんだから」

 ユリ子の言う通り、箒はこれからも生きていかなければならない。それが、遺された者に出来る最大の弔いだ。
 箒は最後に一礼し、背を向けて出口へと歩いて行くのだった。

**********

 デッドライオンが目覚めたのは、樹海の中であった。
 痛む身体を鞭打って身体を起こすと、クレーターの中にいる。這い出ると広がっているのは見覚えのある木々ばかりだ。

「ここは……青木ヶ原か!?」

 デッドライオンは岩石大首領に瓦礫もろとも投げられた後、富士山麓まで飛ばされていたのだ。途中で振り落とされたのか、瓦礫は見当たらない。そしてデッドライオンは悟る。またしても、自分だけが生き残ってしまったのだと。結局、ブラックサタンが滅び、放浪した末に辿りついたここにまた戻ってしまった。

「くそう……結局、ブラックサタンはまた俺一人かよ……」

 デッドライオンは涙を拭い、人間態に姿を変えて樹海の奥へと入っていく。
 その頃、名古屋市には国防軍が到着し、残敵の掃討や危険個所の確認、復旧の下見を開始していた。その内、市街地を探索していた明の班は、高架橋下に差しかかる。

「こいつは、早く修繕しないと崩れそうだな」
「月村! 桜井!」

 すると高架橋の一部が崩れ、明と桜井の頭上に落ちてくる。だが、付近を巡回していた梨沙がスラスターを噴射して二人を庇い、紅林がショットガンで瓦礫を撃ち砕く。

「ありがとう、梨沙」
「いいのよ、お互いさまなんだから」
「桜井さんも、ほら」
「……ありがとよ、お嬢ちゃん。言っとくが、紅林も含めてじゃなく、君個人に対してだからな?」
「フン、余計な御世話だ」

 明と梨沙は顔を見合わせる。まだまだ先は長そうだ。しかし、少しずつ前進していくしかない。たとえ自分たちの代では変えられなくても、次の世代が解決する糸口くらいは残しておきたい。明と梨沙はその場を離れ、再び自らのやるべきことをしに戻る。
 レッドもまた、意識を取り戻そうとしていた。

「……ッド! レッド! 聞こえてる!? レッド!」
「スカー……レット、か……?」

 目を開くと、スカーレットの顔が見える。他にもチリカやホワイトの顔もある。レッドが目覚めると、スカーレットは安堵の表情を浮かべ、チリカが溜息をつく。

「よかった、全然目を覚まさないから……」
「心配し過ぎだっての。医者のねーちゃんが気絶しただけって言ってただろ」
「……イエローは、いるか?」
「いるわよ。イエロー、レッドがお目覚めよ」
「レッド、起きたか。それで、どげんした?」

 レッドは、視界に映っていないイエローの安否を尋ねる。するとホワイトがイエローを呼び、イエローがレッドに顔を寄せて尋ねる。レッドは何か言おうとして、言葉に詰まる。しばらく沈黙した末、ようやく口を開く。

「……お前に話したいことが沢山あるんだが、何から話すのか、忘れちまった……」
「なんじゃ、ヌシらしくもなか。ばってん、ワシもじゃ。話したいことがいっぺこっぺあって……」

 イエローが苦笑して締めると、レッドは右腕に目をやる。予備の義手が取り付けられている。グレイ辺りがやったのだろうか。レッドが身体を起こすと、スカーレットに止められる。

「駄目よ! まだ寝てないと!」
「スカーレット、赤色の意味を知ってるか?」

 しかしレッドはスカーレットの手を退ける。

「お前は赤子の赤、生命の色って言ってたな。多分、そいつは間違いねえ。けどよ、赤ってのは戦いの色なんだ。生まれた時から自分を殺そうとするクソッタレな外界と戦うために、赤子は泣く。そして人間は赤い血が流れている間、何かと戦い続けるんだ。最後の最後まで、自分を赤く燃やしてな。それが、生きるってことなんだ。だから、自分や他人を殺そうとするクソッタレな悪党や運命と戦うストロンガーは、あんなに赤いんだ。恐らく、篠ノ之箒ってヤツのISもな」
「だから、俺はまだレッドでなくちゃならねえ。こんなところで死んでられねえんだ。俺とヤツは違うと、証明し続けるためにな」

 レッドは憑き物が落ちたように呟く。目に炎が宿り、口を歪めて笑う。レッドの戦いは終わらない。ブルーの命だけでなく、思想や理念、言動の一つ一つを完全に否定し、奪い去ってやらなければ本当の意味で勝ったことにはならない。だからこそ、自分はレッドとして生きなければならない。生きた屍になるなど、ブルーに負けたのと同じだ。仮面ライダーストロンガーと篠ノ之箒を見て、レッドはそう確信する。
 イエローはレッドの生気が戻ったのを見ると、少し離れてホワイトと話し始める。

「これで、レッドもブルーん亡霊からは解放されたんじゃな」
「まったく、世話が焼けるわね。やっぱりあいつは、今みたいにギラギラしてないと」
「ホワイト殿、本当に良かか?」
「いいのよ、今だけはいい思いさせてやっても。どうせすぐ離れ離れになるんだし。それと、もうアニーでいいわ。イエローこそいいの? 日本には確か……」
「……アニー殿、ええんじゃ。伊東伊衛郎は、8年前に死んだ。それが皆にとって、一番幸せなんじゃ」

 イエローは空を見上げる。雲は晴れて、満天の星空だ。

(すまん、柳さん。ぬしには謝っても謝りきれんこつば……合わせる顔もないけん、せめて赤井ん分も幸せに、の)

 一方、ブラウンとグレイ、ゴールドはスパイクとガブリエルと話していた。

「しかし驚いた。国防軍に便乗してやってくるなんてな」
「かなり無理言っちまったけどな。これから慰問コンサートしても足りるかどうか……けど、あんたら、やっぱりスカーレットたちと知り合いだったんだな。それも結構深い関係のような」
「知り合いと言うより、共通の目的のために集まって共に死線を潜り抜けた仲だ。俺やグレイは一度死んでるが」
「爺さん、冗談キツいって」
「冗談ではない。厳密には、死から引き戻されたといったところだが。今の医療技術、特に再生医療は15年前と比べ物にならんな。欠損した四肢や目、傷付いた内臓くらいなら簡単に治せる。もっとも、損傷が酷い場合や長い年月が経った場合はその限りでないようだがな」

 ゴールドが右目の眼帯を外すと、抉られて長く経ったであろう眼窩が姿を現す。

「あんたら、訳あり過ぎだろ。そんなのとスカーレットに付き合いがあるなんて、意外過ぎるぜ」
「むしろ、訳ありだからこそあの子と接点が出来たのよ。ブルーという接点が、ね」

 ブラウンは胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。しかし途中で思い返し、煙草を離す。
 箒が再び目覚めると、満天の星空が広がっていた。

「良かった、ようやくお目覚めね」
「ルリ子先生……」
「箒ちゃん!」

 するとルリ子が顔を見せる。『紅椿』は待機形態に戻り、今はISスーツ姿だ。箒が顔を上げようとした途端、ルリ子のそばにいた束が顔を寄せる。

「箒ちゃん、自分が誰か覚えてる? ここがどこか分かる? 私が誰か分かる? いっくんやちーちゃん、お父さんとお母さんのことは? 生年月日と血液型は? 身長と体重、スリーサイズは? これ、何本に見える?」
「……二本、です」

 立て続けの質問に困惑しつつ、箒は突き出された指を見て答える。すると束は目に見えて安堵し、座りこむ。

「良かった……なんか安心したら、力抜けちゃった。あの時は、本当に危なかったんだから。もしあの時バイクが箒ちゃんを押し出して盾になってなかったら、どうなってたか」
「バイク……?」

 箒は重い身体を起こして立ち上がり、周囲を見渡す。すると、原型を留めていないレベルまで破損したバイクが二台転がっている。箒がバイクの正体を悟ると、束が口を開く。

「……箒ちゃんが爆発に巻き込まれる直前に、いきなり自走してきてね。爆発から箒ちゃんを庇って、壊れちゃったんだよ。そのお陰で箒ちゃんは『紅椿』の展開が解除されるだけで済んだんだけど」

 大破したバイクはテントローと量産型カブトローだ。
 箒が起きたことに気付いた一夏、セシリア、鈴、真耶も集まってくる。

「箒、もう立てるのか? 肩、貸そうか?」
「見た限り、その必要もなさそうですわね、箒さん。とにかく、無事で何よりですわ」
「本当、あの爆発に巻き込まれてたの見た時はヒヤっとしたんだから」
「もう少し休んでいても大丈夫よ。残敵の確認はSPIRITSと国防軍でやるそうだから」

 続けて藤兵衛の姿が目に入ると、箒はあることに思い至る。

「そうだ、茂さんは? 茂さんはどうしたんです!?」
「お、おい、落ち着けって!」
「……まだ、見つからんよ。猛たちも探してるんだが……」

 藤兵衛は力なく答える。箒は呆然とし、力なくその場に膝をつきそうになるが、一夏に支えられる。

(また、私に嘘をついたのか? そんな嘘、却って誰も救われないってことくらい……)

「おらデッドライオン! どこへ行きやがった!?」

 箒の耳に、聞きなれた声が聞こえてくる。直後、岩石大首領の残骸らしき岩を吹き飛ばし、何者かが上半身を出して這い出てくる。

「敵か!?」
「待て!」

 周囲を警戒していたSPIRITSが銃を向けると和也が制する。周囲を探索していた猛たちも集まってくる。

「いい加減に出てきやがれ! あれくらいでくたばるお前じゃないだろう! ここでブラックサタンとも決着つけてやるからよ!」
「茂、か……」

 飛び出してきたのは仮面ライダーストロンガーだ。瓦礫の上に立つと、全身からスパークを発生させながらデッドライオンを探している。志郎は安堵と呆れを込めて名前を呟く。仮面ライダーストロンガーは、意気盛んに声を張り上げ続けている。

「うん、シゲル、元気。よかった」
「まあ、無事なら無事に越したことはないんだが……」
「なんというか、ちょっと元気過ぎる気が……」
「しかも、ますます元気になってるみたいだし」

 アマゾンは嬉しそうに見ているが、敬介、弾、蘭は呆れた様子だ。束も歩いてきた丈二に尋ねる。

「先生、止めなくていいの?」
「止めても無駄だろう。今はやらせてやればいい」
「ま、空でもそうでなくても元気が一番さ」
「そういう問題でもないと思うんですが……」

 丈二と隼人の答えを聞くと、真耶がツッコミを入れる。
 仮面ライダーストロンガーはデッドライオンを見つけられず、ますます意気盛んになるばかりだ。

「チッ、逃げちまったのか。だったらついでだ! JUDO! 創世王! クライシス皇帝! そして大首領! 次はお前らだ! 二度と悪さが出来ないように、徹底的にぶちのめしてやるから首を洗って待ってるんだな!」
「ったく、心配して損しちまった気分だぜ。おやっさん、止めなくていいのかい?」
「いや、もういい。いつものことだから、すっかり慣れちまった」
「なんか、医者として自信無くすわ。あれだと治療する必要もなさそうだし」
「そうでもありませんよ。本当なら立っているのも、やっとの筈だ」
「ですが、何が城さんをあそこまで突き動かしているのでしょうか?」
「確かにね。正義のためもあるんだろうけど、なんかそれだけじゃない気がするのよ」
「……拘り、だろうな」
「拘り? 箒、どういうことだよ?」
「いや、天に召された愛する者と、大地に眠る大切な人の分まで悪を倒す、という拘りがあるのではないかと思って、な。行こう。あの人はもう心配ない。私たちにはまだ、やるべきことがあるのだから」

 箒は言葉を切り、踵を返して歩き出す。しかし途中で立ち止まり、一夏に尋ねる。

「一夏、戦いが終わって、世の中が平和になったら、一緒にどこか遠い……美しいところに行かないか?」
「……そうだな。行こうぜ、一緒に。おやっさんや城さんも連れて、みんなでさ」
「ちょっと一夏! 途中まではいいとこだったのに、なんでそうなるのよ!?」
「いくらなんでも酷すぎますわ! 一夏さん、もう少し空気を読むべきですわ!」

 最後でぶち壊しにした一夏に鈴とセシリアがツッコミを入れる。しかし、箒からは意外な答えが返る。

「ああ、みんな、一緒だ。茂さんも立花さんも、五郎さんとユリ子さんも、みんな、一緒だ。みんな、一緒に……」
「箒、お前……」

 その瞬間、全員が箒の真意を理解し、沈黙する。ただ一人、藤兵衛を除いて。

「ああ、ああ……そうだな、行こう。戦いが終わったら、遠い、美しいところを、二人にも……」

 藤兵衛は帽子で目元を隠すが、頬を涙が伝う。箒は振り返らず、再び歩き出す。
 立ち止まることは許されない。箒たちはまだ生きているのだ。散っていった者のためにも、天が呼び、地が呼び、人が呼ぶ限り戦い続けなくてはならない。

(そうですよね? 五郎さん、ユリ子さん……)

 問いかけに答えるかのごとく、風に吹かれた金と銀の鈴がチリン、と鳴った。

**********

 時間を巻き戻す。
 宣戦布告から1週間後。富山県にある『黒部ダム』。日本有数の規模を持つダムの周囲を黒い影が走り回る。
 黒い影はやがてダムの事務所へと集合する。すると、事務所からカメレオンを模した怪人が現れる。黒い影は整列し、一斉に敬礼する。

「ケイーッ! ガメレオジン様、爆薬のセットが完了しました」
「うむ、御苦労」

 怪人はネオショッカーの改造人間ガメレオジン、影はネオショッカーの戦闘員『アリコマンド』だ。
 復活したネオショッカーは、本命の酸素破壊爆弾製造計画を円滑に進めるべく、いくつか陽動を仕掛けることになった。ガメレオジンが担当する黒部ダム爆破計画もその一つだ。

「こいつが爆発すれば、下流の街もただでは済むまい。ついでに間引きも上手くいく、という寸法だ!」

 ガメレオジンは爆破したあとのことを考え、大笑する。あとはガメレオジンがスイッチを押せばアリコマンドの設置した爆弾がさく裂し、ダムを破壊する。そうなれば、大量の水が下流の町を押し流すのだ。笑いが止まらないガメレオジンだが、どこからか耳障りな歌が聞こえてくる。

「ガーンガンガンガラガッガガンガンガンガンガン!」
「ええい、なんだこの歌は!?」

 『軍艦マーチ』の替え唄のようだ。ガメレオジンとアリコマンドが歌の主を探していると、歌の主が姿を現す。
 珍妙な鎧に読むのも馬鹿らしくなるほどふざけた幟を背負った男だ。ガメレオジンとアリコマンドは男を威嚇する。

「貴様、何者だ!?」
「なんやお前ら、わてを知らんのか? なら教えたる。わいは日本一のスーパーヒーロー、がんがんじい様や! おいネオショッカー! わてが来たからには、もう悪さはさせんで!」
「笑わせるな! ガンガンだかゴンゴンだか知らんが、たった一人で何が出来る!?」
「生憎だが、あと二人いるぞ!」

 すると今度は二つの人影が現れ、アリコマンドを数体殴り倒してがんがんじいと並び立つ。
 少女の方は長めの金髪を後ろで束ね、白い服を着ている。男の方はガメレオジンにも見覚えがある。

「貴様は、筑波洋!」
「ガメレオジン! 俺がいる限り、ネオショッカーの好きにはさせん! シャル、行けるな!?」
「うん!」

 男こと筑波洋は少女ことシャルロット・デュノアと共にがんがんじいの前に出る。洋は一度頭の上で両手を交差させると一瞬右手を前に突き出し、すぐに左手を平手にして出す。そして円を描くように左斜め上に持っていく。シャルロットは首に掛けたネックレストップに手を触れる。

「スカイ……変身!」
「行こう、ラファール!」

 洋は左腕を腰まで引き、右手を左斜め上に突き出す。するとベルトの風車『トルネード』が回り、洋の身体を変異させる。同時にシャルロットの制服が量子化し、橙色の装甲が装着される。

「行くぞ、ネオショッカー!」
「お前たちに、誰の自由も奪わせない!」

 北陸に蠢く新たな鷲の悪魔を、天空の守護者と橙の疾風が迎え撃つ。  



[32627] 第六十一話 空戦
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2016/12/03 22:53
 ブラックサタンが壊滅し、デルザー軍団が撃破された翌朝。富士駐屯地。SPIRITS第7分隊が仮の拠点を置いていたそこでは、倉庫から戦死者の遺体が運び出されていた。

「ブラウン、本当に埋葬しなくていいの?」
「いいのよ。遠い異郷の地で眠るよりは、最期くらいは故郷で眠らせた方が彼らのためになる」

 遺体がチャーターした輸送機に乗せられるのを見ながら、アンリエッタ・バーキンとブラウンが会話を交わす。
 SPIRITS第7分隊は元戦争犯罪者や収監されたテロリストなど、入隊しなければ死刑か終身刑となっていた者ばかりだ。大半の者は身寄りもいないし、経歴もほぼ抹消されているのでまともな形で埋葬するなど不可能に近い。だからこそ、ブラウンは戦死者を故郷の地へ埋葬することを進言した。中には不可抗力や運命に翻弄され、今の境遇に落ちた者が少なからずいる。せめて死んだ後くらいは呪縛から解放し、人間として葬ってやりたかった。
 この後、遺体はインターポールと国際IS委員会が遺体を故郷へ送ることになる。ブラウンが滝和也など、一部の理解者の協力を取り付け、あらゆる方面に働きかけた結果だ。無論、ブラウンが把握している各隊員の前歴などは送信してある。
 一方、和也と立花藤兵衛、佐久間ケンは司令室にいた。今は和也が関東でドグマやジンドグマと戦っている沖一也、それに織斑千冬と交信している。

「何? IS学園と連絡が取れない?」

『はい。四国が黒雲に覆われた次の日の夜から、連絡が途絶えたんです。ショッカーがジャミングを仕掛けているのかもしれません。コア・ネットワークを使って今も呼びかけてはいるんですが』
『我々のテレパシーも同じです。早川さんと渡さんからイチローさんたちと合流した、と連絡があってから全く通信が繋がらず、安否も確認出来ません。それどころか、IS学園一帯がどうなっているのかも判然としない状況です』

 千冬と一也の答えを聞くと、藤兵衛やケン、和也が思案する。IS学園には大半の教員や専用機持ちのダリル・ケイシー、フォルテ・サファイヤ、専用機こそないが代表候補生のサラ・ウェルキンが残っている。さらにはインターポールから荒井誠と東条進吾が、国際IS委員会から丸目豪作がジロー、イチロー、マリと共に派遣されている。加えて四国で一時共闘した早川健と渡五郎も遅れてIS学園の守りについている。余程のことがなければ連絡が途絶えるようなことはない。千冬の言う通りジャミングでもされているのだろうか。

「と、なると、こっちもチームを分割した方がいいかもしれないな。と言っても、まずはネオショッカーとドグマ、ジンドグマを排除しなきゃ話にならねえが」

『分割、ですか?』

「ああ。昨晩にはブラックサタンとデルザーが片付いたんでな。残る組織はネオショッカー、ドグマ、ジンドグマ、バダン、ゴルゴム、クライシス、そしてショッカーになった。つまり、ようやく折り返しってことだな。援軍に回せる仮面ライダーも7人になった。IS操縦者もいるし、ここらで俺たちも二手に別れようと思ってな。SPIRITSは補給や装備の補修、足の確保なんかで移動に少し時間が必要だが、俺たちは最悪身一つでどうにか出来るしよ。本郷や一文字、山田先生とも相談して、関東と北陸に誰を行かせるか考えてたのさ」

『そうでしたか……なら、こちらは後回しでいいので、全員で北陸へ向かって下さい。我々には国家代表の門矢を筆頭に国防軍IS部隊の腕利きがいますし、赤心寺の協力もあります。それに、小沢博士が新たに試作された「EOS」を数機、こちらに回してくれるそうです。ですが北陸にはISが配備されていません。ネオショッカーの規模も考慮すれば、我々よりも筑波さんとデュノアの方が厳しいでしょう』

 千冬の言う通り、国防軍のISは組織の規模などを考慮して関東、東北、北海道へ重点的に配備されており、四国や近畿のように1機もISが配備されていない地域もある。北陸もその一つだ。

「だ、そうです。おやっさん、どう思います?」
「織斑先生の言う通りだな。谷君たちはかなりキツいだろう。かと言ってショッカーを放ってもおけない」
「ドグマとジンドグマも油断出来ません。なにより、東北にはバダンがいます。可及的速やかに関東と北陸双方の組織を潰さなければ、却って危険でしょう」

 藤兵衛とケンが意見を述べると、和也はしばし思案する。
 その頃、篠ノ之束の移動式ラボがある格納庫では、束がラボの最終チェックを行っていた。あとは司令室にいる和也たちと、城茂の治療を担当する結城丈二と緑川ルリ子が来るのを待つだけだ。束はチェックを終えると額の汗を拭う。すると、誰かが飲み物を横から差し入れる。

「その、どうぞ。喉、渇いたかと思って」
「え? あ、うん、ありがとう、箒ちゃん」

 差し入れたのは篠ノ之箒だ。その動作や口調はどこかぎこちない。束も束で慣れていないのか、戸惑いの色が隠せていない。束は一度ボトルに口を付ける。箒は何か言いたそうにしているが、なかなか言い出せない。束も聞きたいとは思っているのだが、口に出せない。和解したとはいえ、こうして話すのは久しぶりだ。小さい頃は自然に出来ていた距離の保ち方も、どのように会話を進めるかも、ほとんど忘れてしまった。どちらも相手にどう接すればいいのか、手探りの状態だ。しばらく気まずい沈黙が続くが、束から話し始める。

「箒ちゃん、あんまり敬語とか使わないで欲しいんだけど……」
「その、ごめんなさい。慣れてしまって、なかなか直らないといいますか……」

 それを最後に、またしても沈黙する。同じように一言二言交わしては黙りこむ。その繰り返しだ。焦りすら覚える束だが、ある疑問を口にする。

「そう言えばさ、沼田五郎と岬ユリ子、だっけ? どうして、あの二人の埋葬に反対したの?」

 駐屯地に戻った後、戦死した五郎とユリ子を埋葬するか、と和也が茂と箒に聞いてきた。すると箒が猛反対し、茂も埋葬しないで欲しいと頼んでいた。短い時間だったとはいえ、箒は二人と共に戦ってきた。なぜ埋葬に反対したのか。束には不思議でならなかった。箒は少し考える素振りをしてから答える。

「……お二人は、最後まで茂さんがお二人の蘇生を知らない、と信じていたんです。だからこそ、私だけを脱出させて、茂さんに自分の死にゆく姿を見せないようにしたんだと思います。なのに、茂さんの前で埋葬してしまったら、茂さんがお二人の蘇生と死に気付いていたと、お二人にも知られてしまう。だとしたら、五郎さんもユリ子さんも、悲しむと思います。二人とも、茂さんの足枷になってしまうのを、嫌がっておられたようですから。その、私の勝手な考えですから、分からないと思いますけど……」
「なんとなくだけど、分かるよ。二人の気持ちも、箒ちゃんの気持ちも。ただ守って貰うだけの足手纏いなんて、私も嫌だもん。だからこそ、箒ちゃんに『紅椿』を作ったんだけどね」
「『紅椿』を?」
「そう。箒ちゃんにはいっくんと一緒に戦えて、時に支えて、時に尻を叩ける対等なパートナーになって欲しかったから。私は、全然出来なかったからさ。あの時の私は、先生にとっての足手纏いにしかならなかったから……」
「あの、詳しいことは分からないんですけど、多分、違うと思うんです。力の有無とか、そういうことはあまり関係ないんだと思います。戦える力より、戦おうとする意志そのもの。それが、仮面ライダーのパートナーとして一番重要なことだと思うんです。そして、仮面ライダーという生き方に必要なのも」
「驚いたなあ。それって、あの二人から教えて貰ったの?」
「いいえ、私がお二人や茂さんを見て勝手に思っただけなので。おかしい、ですよね。私なんかが、偉そうに……」
「成長したね、箒ちゃん。私とは大違いだよ。ライダーストロンガーやあの二人に会えるって分かってたら、『紅椿』なんか渡さなきゃよかった。そんなもの、箒ちゃんには必要ないしさ」
「そんなことはありません。もう一つ、負けて守れるものも、貫ける正義もない、ということも教わった気がするんです。だから、仮面ライダーは守るために、正義を貫くために負けられない。負けられないから強くあり続ける、と。私も、『紅椿』がなかったら何も守れなかったと思います。だから、姉さんには感謝しきれないくらいなんです」

 途切れ途切れになりながらも、姉妹はようやく会話が繋がり始める。
 格納庫では織斑一夏と風見志郎、セシリア・オルコット、凰鈴音、神敬介、アマゾン、五反田弾と蘭、それにクリスタが物陰に隠れ、姉妹の会話を眺めていた。二人とも不器用ながら、少しずつ距離を詰めているようだ。

「死せる二人が、生ける姉妹をも動かした、か」
「これで少しずつ関係が改善されるといいですわね。生きている間に和解出来れば、またやり直すことも出来るのですから」
「うん、ホウキとタバネ、これからもっと仲良くなればいい。時間は、まだある」
「けど、どっちもどっちね。姉妹の会話というより、お見合いって感じのぎこちなさだし」
「お互い、張り合うのをやめて素直になると、どう接していいのか分からなくなるのさ。慣れの弊害ってヤツかな」
「それよりクリスタ、いいのか?」
「はい。今は束さまとあの方が、家族水入らずで過ごすべき時ですから」
「そんな寂しそうな顔して言われても、説得力無いわよ。けど、あの人はクリスタを嫌いになったりはしない。箒さんは箒さんで、クリスタはクリスタで、どっちも大切な人なんだから」
「けど、箒も言うようになったな」

 篠ノ之姉妹の様子を見ながら呟く一夏たちだが、志郎たちにテレパシーで、一夏たちにコア・ネットワークで通信が入る。志郎と一夏、鈴が右手を、敬介とセシリアが左手を耳に当てる。束と話していた箒も通信に気付き、一度話を止めて左手を耳に当てる。

「何……!?」
「シャルたちが!?」

 すると、志郎たちの顔色がみるみるうちに変わっていく。
 同じ頃、思案していた和也の下にも本郷猛、一文字隼人、山田真耶が血相を変えて飛び込んできていた。和也が口を開く間もなく、隼人が話し始める。

「滝! 大至急出発だ! 北陸に行くぞ!」
「筑波さんとデュノアさんが、ネオショッカーに!」
「お、おい、一体どうしたってんだ? 本郷」

 隼人と真耶の話についていけず、混乱する和也は比較的冷静な猛に水を向ける。
 少しの沈黙の後、猛が口を開く。

「――シャルロットさんとスカイライダーが、倒された」

**********

 時間を遡る。
 宣戦布告から一週間後。朝。富山県の黒部ダム。岸壁の上ではネオショッカーのガメレオジンとアリコマンドが、スカイライダーと『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を装着するシャルロットと交戦していた。がんがんじいはガメレオジンに挑んでは返り討ちにされ、アリコマンドにどつかれたりどつき返したりしている。

「ケイーッ!」
「トオッ!」

 アリコマンドは奇声と共に続々と殴りかかるが、スカイライダーは先頭のアリコマンドの喉元へ足刀蹴りを入れる。そのまま右足で立て続けに蹴りを放ち、向かってくるアリコマンドを片っ端から返り討ちにする。するとアリコマンドはどこからか棍棒を取り出し、スカイライダーを取り囲む。

「僕を忘れるな!」

 だがアサルトライフル『ヴェント』を呼び出し、シャルロットが銃撃を加えると瞬く間に全滅する。シャルロットは舞うように飛び回り、アリコマンドを空中から一方的に撃ち抜いていく。中には棍棒を投げつけてくる者もいるが、シャルロットは棍棒を撃ち落とすついでにそのアリコマンドを銃撃する。スカイライダーも残るアリコマンドを始末すると、ガメレオジンと対峙する。

「仮面ライダー! ネオショッカーに命を救われながら歯向かう裏切り者め! ここで俺が始末してやる!」
「それはこちらの台詞だ! 私たちがいる限り、ネオショッカーの好きにはさせんぞ!」

 スカイライダーが一喝すると、ガメレオジンは舌を伸ばす。スカイライダーが身を開いて回避すると、舌はコンクリート壁の一部を抉って縮む。ガメレオジンはスカイライダーと距離を取り、舌を伸ばしてアウトレンジからの攻撃に専念する。しかしスカイライダーは悉く舌を回避し、隙を窺う。

「ええい、ちょこまかと!」

 ガメレオジンが苛立ちを露にすると、額に着いた逆三角形のランプが赤く点滅する。同時にガメレオジンの姿が消える。

「擬態か……だが、俺には通じないぞ!」

 スカイライダーはガメレオジンの目論みを喝破すると、両眼を点滅させつつ視野を切り替える。すると、横から忍び寄り、舌を伸ばそうとしているガメレオジンを見つける。ガメレオジンは発見されたと思っていないのか、舌を首めがけて突き出す。

「貰った!」
「甘い!」

 スカイライダーはスウェーで舌を避けると、引き戻される前に左手で掴む。向き直って舌を引き寄せつつ、スカイライダーは右手刀を作る。

「スカイチョップ!」
「なっ!?」

 渾身の右手刀が舌を両断すると、ガメレオジンは擬態を保てず体色を戻し、口を押さえて悶絶する。その隙にスカイライダーが踏み込み、右回し蹴りを入れる。ガメレオジンが怯むとスカイライダーは八連続で回し蹴りを入れ、最後に押し蹴りを放ってガメレオジンを吹き飛ばす。ガメレオジンはグロッキーになりながらも立ち上がる。

「こうなれば最終手段だ! 今すぐダムを爆破して貴様らを道連れにしてやる!」
「させるか! シャルロット!」
「任せて!」

 ガメレオジンが事務所めがけて駆け出そうとすると、スカイライダーは姿が消えて見えるほどの高速移動で回り込み、逃げ道を塞ぐ。ガメレオジンが混乱する中、シャルロットは爆薬のスイッチがある事務所へと向かう。
 事務所では、後詰めとして残っていたアリコマンドがダムの爆破準備に入っていた。今は起爆装置にコードを繋ぎ終えたところだ。

「よし、後はこのスイッチを押すだけだ」
「ケイーッ!」

 アリコマンドの一人が配線を確認し終えると、別のアリコマンドが起爆スイッチを押そうとする。

「待たんかい! どうせそんな事やろう思っとったわ! がんがんじい様がおる限り、ネオショッカーの好きにはさせんで!」
「またお前か! 構わん、爆破しろ!」
「そうはさせんと、言うとるやろが!」

 だが事務所のドアを蹴破り、がんがんじいが乱入する。アリコマンドは罵声を飛ばすも、構わずに爆破させようとする。しかしがんがんじいが事務所の机を軽々と持ち上げ、アリコマンドめがけて投げつける。アリコマンドが怯むと今度は近くにあったロッカーを一度倒し、よろめきながらも頭上に持ち上げる。そして中身が入ったままのロッカーを投げつけ、アリコマンドを纏めて下敷きにする。すると残ったアリコマンドは優先順位を切り替え、がんがんじいの排除に乗り出す。

「ようやくその気になりおったな! 必殺のがんがん頭突きでいてもうたるわ!」

 がんがんじいは一度両手を胸の前で打ちつけ、頭からアリコマンドの群れに突っ込む。だがアリコマンドたちは左右に身を開く。勢い余ったがんがんじいは前につんのめり、転倒する。するとアリコマンドはがんがんじいを取り囲み、棒で袋叩きにし始める。

「勘次さん!」
「シャルロットちゃん! 待っとったで! けど、早う助けてえな!」

 直後にシャルロットが事務所に侵入する。がんがんじいこと矢田勘次はボコボコにされながらも声を上げる。シャルロットは即座にショットガン『レイン・オブ・サタディ』を呼び出し、アリコマンドに発砲する。散弾でアリコマンドをまとめて始末すると、シャルロットは勘次を助け起こす。

「ほんま、おおきに。柄にもなく油断してもうたわ」
「油断以前の問題だと思うんですけど……」

 相変わらず調子のいい勘次にシャルロットがツッコミを入れる。すぐにシャルロットは起爆装置へ向かい、コードを切断した後に基盤を破壊して無力化する。これで当分は爆破出来ない筈だ。
 スカイライダーとガメレオジンの戦いもまもなく終わろうとしていた。ガメレオジンが蹴りを放つとスカイライダーは右手で受け、すぐに蹴り足を払い落す。ガメレオジンの体勢が崩れた所に左貫手を額に入れ、くるぶしに下段蹴りを当ててよろめかせる。締めに人中、喉元、鳩尾、丹田へ四連突きを入れると、ガメレオジンはその場に蹲る。

「今だ!」

 好機と見たスカイライダーは跳躍し、空中で前転する。

「スカイキック!」

 そして渾身の飛び蹴りを叩き込むと、ガメレオジンは大きく吹き飛ばされる。よろめきながらも立ち上がったガメレオジンは、着地したスカイライダーを睨みつける。

「おのれ仮面ライダー! だが、ネオショッカーある限り我らは死なん! 次こそは貴様の首を……!」

 捨て台詞を言い終えると、ガメレオジンはその場に倒れる。死体もすぐに青白く発光して消滅する。

「洋!」
「先輩!」

 直後に谷源次郎がスカイライダーへ駆け寄ってくる。

「爆弾の方は茂たちSPIRITSで全部解体処理したそうだ」
「そうですか……間に合ってよかった」

 源次郎の話を聞くと、スカイライダーは安堵する。
 黒部ダム周辺でネオショッカーが動きを見せているとの情報を掴んだスカイライダーたちは、叶茂率いるSPIRITS第8分隊と共に急行した。調査の結果、ダムの至るところに爆薬が設置されていることが判明した。そこで源次郎と茂たちは爆弾の発見と解体処理に当たり、スカイライダーたちは爆薬を仕掛けた怪人の撃退に向かったのだ。
 今度は事務所の方からISを装着したままのシャルロットと勘次が歩いてくる。

「起爆装置の解体は終わったよ。それで、叶分隊長から連絡があって、長野県の松代に『ネオショッカー戦車』の極秘工場があるって情報が入ったみたい。SPIRITS第8分隊はすぐに出るって」
「分かった。先輩、俺とシャルも松代へ先行します。がんがんじいと一緒に向こうで落ち合いましょう」
「ああ。二人とも、無理はするなよ?」
「それとわいの分も、残しといてな?」
「努力はするよ、がんがんじい」
「でも、あんまり遅いとアリコマンドまでいなくなっちゃってるかもしれませんよ?」

 威勢のいい勘次にスカイライダーは仮面の内で苦笑し、シャルロットはどこか悪戯っぽく笑ってからかう。しかしすぐに表情を戻すと、スラスターとPICを使って飛翔する。

「スカイターボ!」

 スカイライダーも自らの愛車を呼び出し、飛び乗る。そしてネオショッカーの次なる計画を潰すべく走り出すのであった。

**********

 長野県松代町。山々の奥。比較的開けた丘陵地帯では今、ネオショッカーが開発した『ネオショッカー戦車』のテストが行われている。さらに奥には秘密工場が設けられており、現在急ピッチで量産が進められている。工場の警備を務めるサイダンプとクラゲロン、ジャガーバンとアルマジーグは少し離れた場所からテストを見ている。製造を監督するヒルビランは工場で最後の追い込みを掛けている最中だ。

「しかし、ゼネラルモンスターも魔神提督も、なぜダムの破壊作戦を俺に任せなかったのだ。今まで破壊してきたダムの数は数知れず、ダム破壊のプロであるこのサイダンプに任せてくれればよかったものを」
「そう言って作戦に失敗した挙げ句、スカイライダーに倒されてしまったのは、どこの誰だったか、覚えてないか?」
「貴様! 俺に喧嘩を売っているのか!?」
「落ち着け、サイダンプ。今回の作戦は、擬態能力で人間どもの目を欺けるガメレオジンが適任、と判断されたのだろう。それに、俺たちの役割も重大だぞ? ネオショッカー戦車量産の暁には、仮面ライダーなど一捻りよ!」
「今回の戦車は、我々のあらゆる技術を投入した新型だ。完成すれば、街を焼き払うのも容易い」

 ジャガーバンとアルマジーグはサイダンプとクラゲロンを仲裁する。力押しを得意とするサイダンプと、奸智に長けるクラゲロンは相性が悪く、口を開けばすぐに喧嘩をする。今も互いにそっぽを向いている。もっとも、互いの実力だけは認めているのでまだマシだが。
 ネオショッカー戦車は、開発初期から市街地での運用や運動性の向上を考慮しているため、通常の主力戦車よりやや小型である。しかし、今回の戦車は最新技術を盛り込んだことで機動力だけでなく耐久力も向上した。流石に火力は『バリチウム弾』を使用した旧型には劣るが、主力戦車として使う分には及第点だ。さらに各車両のデータリンク機能などアビオニクス面も充実している。その分居住性と安全性は非常に劣悪だが、同じ戦車の相手は怪人が担当する上、使い捨てのアリコマンドを乗せるので問題ない。
 戦車は主砲のテストを行っている。走行しながら2キロ先の標的に当てるというものだ。結果は全弾命中。まずまずと言っていい。続けて特殊弾のテストを開始しようとした矢先、上空から銃撃を受ける。上部装甲が瞬く間に蜂の巣にされ、少し経つと戦車は爆発する。

「なんだ!?」
「空からだと!?」
「何者だ!? どこにいる!?」
「見ろ! あそこだ!」

 事態急変に対応しきれず、混乱するサイダンプたちであったが、クラゲロンが上空を指差す。上空には橙の装甲を身に纏ったシャルロットがいる。同時に、一台のバイクが走ってくる。バイクも乗り手も、サイダンプたちには見覚えがある。

「貴様は、スカイライダー!」
「おのれ! もう嗅ぎつけたと言うのか!」
「巧妙に隠していても、悪の所業は必ず白日の下に晒されると知れ! サイダンプ! クラゲロン!」

 バイクに乗っていたのはスカイライダーだ。スカイライダーはスカイターボから降りると、憎々しげに口を開くサイダンプとクラゲロンを一喝する。

「黙れ! ここで会ったが百年目、戦車を壊した小娘共々ぶち殺してやる!」
「やれるものならやってみろ! 返り討ちにしてみせる!」
「口の減らないガキめ! もう我慢ならん! 行くぞ!」

 シャルロットも滞空しつつジャガーバンとアルマジーグと睨み合う。アルマジーグが身体を丸めると、ジャガーバンがシャルロットめがけて蹴りつける。シャルロットはあっさりと回避し、アサルトカノン『ガルム』を叩き込む。しかし身体を丸めたアルマジーグには効果が薄いのか、無事に着地して身体を戻す。

「スカイライダー、まずは貴様からだ! ガンジィィィィ!」

 サイダンプは雄たけびと共に頭から体当たりを仕掛ける。スカイライダーは身体を右に開いて突進をいなし、背中に蹴りを入れて体勢を崩す。クラゲロンが右腕を伸ばしてくると逆に先端部分を掴み取り、手刀を打ち込む。するとクラゲロンの腕が切断され、クラゲロンが怯む。

「ならば、ジャガー剣を受けろ!」

 ジャガーバンは右手に剣を持ち、左手に盾を構えてスカイライダーへ挑みかかる。頭めがけて剣を振り下ろすジャガーバンだが、スカイライダーに白羽取りされて終わる。押し切ろうと力を入れるジャガーバンの腹を、スカイライダーの前蹴りが襲う。つま先は腹に深々と突き刺さり、ジャガーバンは呻いて蹲る。踵落としで追撃するスカイライダーだが、両側からサイダンプと身体を丸めたアルマジーグが突っ込んでくると跳躍する。サイダンプとアルマジーグが正面衝突し、両者がひっくり返る。
 スカイライダーは一度着地し、今度はクラゲロンに中段刈り蹴りを浴びせる。しかしクラゲロンの身体に当たると、蹴り足が一度深くめり込んだ後に跳ね返り、弾き飛ばされる。

「無駄だ! 俺の柔軟な身体に打撃など効かない! たとえ貴様がどれほどパワーアップしていようがな!」
「だったら、斬撃はどうだ!?」

 スカイライダーが体勢を崩すとクラゲロンは嘲るが、シャルロットが近接ブレード『ブレッドスライサー』を手に急降下してくる。するとクラゲロンは目に見えて動揺する。慌てて逃れようとするクラゲロンを、シャルロットは左手に呼び出したマシンガンで足止めし、ブレッドスライサーをクラゲロンの背中に突き立てる。

「ぐえっ!? 俺の身体は、刃物に弱いと言うのに……!」

 クラゲロンは痛みに耐えかねて奇声を上げるも、すぐに振り返る。そして先端が切られたままの右腕を振るってシャルロットを牽制する。しかしシャルロットはPICとスラスターを最大限に駆使し、離脱と急接近を一瞬で繰り返し張り付き続ける。ブレッドスライサーが振るわれる度にクラゲロンの身体に傷が刻まれ、体液が迸る。クラゲロンが弱ってくると、シャルロットは左腕シールドをパージする。リボルバー式パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』、通称『盾殺し(シールド・ピアーズ)』だ。
 シャルロットはスラスターを噴射し、突撃の勢いを乗せてクラゲロンの腹に杭を突き刺す。そしてリボルバー内の炸薬を炸裂させ、杭を深々と撃ち込む。クラゲロンは口から大量の体液をまき散らし、身体を数回痙攣させる。杭を引き抜いたシャルロットが離脱すると、クラゲロンはその場に倒れて爆発する。

「クラゲロン!? おのれ、クソガキが!」
「貴様の相手は俺だ! アルマジーグ!」

 アルマジーグが激昂し、身体を丸めてシャルロットへ突進する。だが、スカイライダーが胴回し蹴りで蹴り飛ばす。アルマジーグは身体を戻して着地し、両手の爪を掲げてスカイライダーに挑む。首に爪を突き立てようとするアルマジーグの左腕を、スカイライダーはハイキックで止める。一度腕を蹴り払って体勢を崩すと顔面に連続蹴りを入れ、締めに振り向きからの後ろ上段蹴りで顎を蹴り抜く。アルマジーグの意識が一瞬飛ぶと、スカイライダーが身体を掴んで一緒に大ジャンプする。そして空中でアルマジーグの身体をひっくり返し、両手を両足で踏みつける。

「スカイアームドロップ!」

 アルマジーグを頭から地面に突っ込ませると、スカイライダーは飛び退く。アルマジーグは断末魔を残す間もなく爆死する。
 今度はジャガーバンがスカイライダーに挑みかかる。スカイライダーの足刀蹴りを盾で防ぎ、剣を振るって攻勢に出るが、スカイライダーも剣戟を最低限の動きで回避する。ジャガーバンの攻め手が荒くなると、シャルロットが背後に回り込み、ショットガンを叩き込む。散弾がめり込んで呻くジャガーバンだが、すぐに振り向いて斬りかかる。
 シャルロットはスラスターを逆噴射して距離をとりつつ、即座に機銃『デザート・フォックス』を呼び出す。間髪入れずに発砲するとジャガーバンは立ち止まり、盾を構えて防ぎ始める。するとシャルロットは瞬時に機銃を格納し、長大なランチャーを呼び出すと成形炸薬弾を装填する。またしてもジャガーバンの背後に回り込み、背中に弾頭を叩き込む。ジャガーバンは大きく吹き飛び、剣と盾を手放してしまう。シャルロットは低空飛行で剣を拾うと加速し、立ち上がったジャガーバンの喉へ剣を突き立てる。ジャガーバンは声も出せずに斃れ、死体が爆散する。

「あとは貴様だけだ! サイダンプ!」
「スカイライダーめ! 俺の体当たりで全身をバラバラにしてやる!」

 サイダンプは角を向け、全速力で突進を開始する。スカイライダーはサイダンプの頭を踏みつつ飛び越え、背後を取る。遅れてサイダンプが振り向いた直後に喉へ水平チョップを入れ、頬に左正拳突きを入れる。しかしサイダンプは多少よろめく程度ですぐに殴り返す。スカイライダーはサイダンプのパンチを両手で払い、押し蹴りを腹に当てる。だがサイダンプは怯む程度だ。

「俺の身体が貴様のキックなど通さないこと、忘れたとは言わせんぞ!」
「ならば、もう一度試してやる! トオッ!」

 スカイライダーは一度バックステップで距離を開け、跳躍する。サイダンプは尾を支柱に変えて地面に突き刺し、正面から受ける構えを見せる。

「スカイキック!」
「うお!?」

 飛び蹴りが喉元に蹴り込まれると、サイダンプの支柱が折れて一方的に蹴り飛ばされる。しかし、フラフラになりながらも辛うじて立ち上がる。

「前より、キックの威力が上がっているとは……だが、ただでは死なんぞ! 貴様だけでも道連れにしてやる!」

 サイダンプは相討ち狙いで最後の突進を仕掛ける。スカイライダーは慌てず、一度右腕を腰まで引いて待ち構える。

「スカイドリル!」

 拳の間合いに入った瞬間、スカイライダーはドリルのように高速回転させた右正拳をサイダンプの喉元へ打つ。拳は喉を貫通し、サイダンプの動きが止まる。スカイライダーが拳を引き抜き離脱した直後、サイダンプは倒れて爆発する。
 シャルロットは一度スカイライダーの近くに降下する。

「とりあえず、怪人は片付いたかな」
「恐らくな。とにかく、工場を破壊しよう」
「うん……危ない!」

 工場の破壊に移ろうとするシャルロットだが、砲弾が飛んでくることをハイパーセンサーが感知する。反射的にスカイライダーを抱えて上昇すると、立っていた地面に着弾して土煙が上がる。スカイライダーがシャルロットから離れると、間もなく11台の戦車が並走して姿を現す。中央を走る戦車が停止し、ハッチが開いて怪人が姿を現す。

「貴様は、ヒルビラン!」
「一足遅かったな、スカイライダー! すでに戦車の量産は開始されている! その記念に、まず貴様らから血祭りに挙げてくれるわ!」
「どうやら、間に合わなかったらしい。だが、まだだ! 完成した戦車もここで破壊すればいいだけの話だ! シャル、行けるな?」
「僕は、全然。それよりも早く戦車を破壊しよう! 時間をかけすぎたら、数が増える一方だ!」
「ぬかせ! ライダーはともかく、小娘に破壊されるネオショッカー戦車ではないわ! やれ!」

 怪人ことヒルビランが指示を出す。10台の戦車が一斉に走り出し、砲塔をスカイライダーとシャルロットに向ける。スカイライダーはスカイターボに乗るとスロットルを入れ、シャルロットは空に舞い上がる。戦車はスカイライダーを追いつつ機銃をシャルロットに発射する。だが瞬く間にシャルロットは上昇を完了し、機銃が届かない。
 シャルロットはランチャーを呼び出すと、一番近くを走行している戦車に向ける。そしてナパーム弾を選択し、上部ハッチに向けて発射する。するとナパーム弾が着弾して炎を噴き上げる。釣瓶打ちにナパーム弾を叩き込むと、炎に巻かれた戦車は煙を上げて停止する。中のアリコマンドは蒸し焼きになっているだろう。シャルロットが次の戦車を破壊しようとすると、対空ミサイルを担いだアリコマンドがやってくる。

「ケイーッ!」

 指揮官役のアリコマンドが奇声を上げると、数十発のミサイルが発射される。シャルロットはミサイルを悉く振り切り、逆にアリコマンドへ向かっていく。慌ててアリコマンドが2発目を発射しようとするが、数メートル手前でシャルロットは瞬時加速で上昇に転じ、すぐにPICのみの飛翔に切り替える。追尾する術を失くしたミサイルはアリコマンドに直撃し、まとめて吹き飛ばす。シャルロットはランチャーの弾頭をチャフ弾に切り替える。
 スカイライダーはスカイターボのスピードと小回りを生かし、走り回って戦車を撹乱する。戦車は幾度となくターンや砲塔旋回を強いられ、照準を定める暇がない。スカイターボは時に戦車を飛び越え、時に戦車の横数cmを通り、機銃すら掠らせない。するとヒルビランが戦車内に戻り、他の戦車へ通信を入れる。

「馬鹿者! 無闇矢鱈に追いかけ回すヤツがあるか! 各車、データリンクを開始しろ! 1号車、足を止めてスカイターボの北200メートルを砲撃! 2、3、4号車は機銃を撃ちながら東西南から進撃しろ! 5号車と6号車は後方で静止後、包囲網から飛び出してきたスカイターボを砲撃! 7号車と9号車と10号車は後ろと横からプレッシャーをかけてコースをずらさせるな! やれ!」

 ヒルビランが指示を出すと、戦車は一斉に動き出す。まず1号車が砲撃を放ち、スカイターボの進路を変えさせる。同時に三方向から戦車が押し寄せ、1号車が砲撃を続けて四方を封じる。スカイライダーはスロットルを入れ直し、南から来る戦車を飛び越えて包囲網から抜け出す。着地直後に5号車と6号車が砲撃を開始する。スカイターボは北東に進路を向ける。すると7号車、9号車、10号車が三方向からスカイターボを追いかけつつ、主砲や機銃で攻撃する。さらに周囲一帯に他の戦車が砲撃を開始すると、スカイターボは逃げるに逃げられず直進を続ける。その正面にヒルビランが乗る戦車が出現する。すでに砲塔はスカイライダーに向けられており、発射準備は整っている。逃げ場のないスカイライダーはスカイターボを停車させ、他の戦車もスカイライダーを取り囲んで砲塔を向ける。

「馬鹿め! 獲物の誘導は狩りの鉄則よ! これで終わりだ!」

 ヒルビランはスカイライダーが自分の前で停止するよう、他の車両に指示を出して誘導したのだ。スカイライダーは観念したのか、スカイターボから降りて戦車の前に立つ。

「潔いヤツだ……撃て!」
「ケイーッ!」

 ヒルビランは感心しつつも砲手に指示を出す。直後にスカイライダーへ砲弾が発射される。

「トオッ!」

 しかしスカイライダーは飛んでくる砲弾へタイミングよく右逆回し蹴りを放ち、コースを大きく横に逸らして6号車に直撃させる。すると6号車は爆発炎上する。

「そんな馬鹿な!? いくらなんでもあれは反則だ! ええい、ならば一斉砲火だ! 同士討ちをしようがスカイライダーを仕留められるなら安いものだ!」

 ヒルビランは再装填を急がせつつも他の戦車に砲撃を指示する。だが、シャルロットが発射したチャフ弾が周囲に着弾し、金属片がばら撒かれる。

「ヒルビラン様、チャフで妨害されて照準センサーが使えません!」
「馬鹿者! だったら赤外線誘導に切り替えろ! それでも駄目なら目視と根性だ!」

 アリコマンドにヒルビランが罵声を飛ばしている最中、スカイライダーは再びスカイターボに乗り込む。そして背後の戦車に向けて全速力で走りだす。慌てて機銃で迎撃する戦車に構わず、スカイライダーはスカイターボをウィリー走行させ、体当たりを仕掛ける。

「ライダーブレイク!」

 フロントカウルを振動させながらぶち当たると、前面装甲が粉砕されて戦車の上半分が吹き飛ぶ。無事に戦車を突き抜けたスカイライダーは跳躍し、別の戦車へ右足を向ける。

「スカイキック!」

 スカイライダーの飛び蹴りは装甲を蹴り抜き、操縦手もろともコンソールを破壊する。すると戦車内に火花が散り、さらに装填された砲弾に誘爆する。最後に未装填の砲弾や燃料タンクまで爆発し、木っ端微塵となる。スカイライダーは再び宙を舞い、今度は別の戦車の車体上に立つ。そして砲塔と車体の接合部分に指を掛けると、一気に力を入れて砲塔を引き剥がす。ついでに機銃も破壊すると、戦車が停止して中からアリコマンドが出て襲いかかる。スカイライダーは悉く返り討ちにする。そして一端車内に入ると内部を徹底的に破壊し、未装填の砲弾を2発持ち出して離脱する。残る砲弾は間もなく爆発し、戦車を吹き飛ばす。
 シャルロットは空を飛び回り、アサルトカノンで瞬く間に2台の上部装甲を撃ち抜き、乗員をミンチに変える。流れるような動作でランチャーに持ち替えると、今度は成形炸薬弾を別の戦車の砲塔に撃ち込み、誘爆と合わせてスクラップに変える。ただでさえ空からの敵に弱い戦車では、ヘリ以上の速度と火力を誇るISには無力だ。
 1台の戦車がシャルロットから逃げようとするが、シャルロットはランチャーから榴弾を発射してキャタピラを破壊する。戦車の動きが鈍るとシャルロットは戦車の上に降り、IS用ハンドグレネードを呼び出す。ハッチをこじ開けると車内に放り込んで離脱する。アリコマンドが逃げる間もなくハンドグレネードが爆発し、戦車は内部から吹き飛ぶ。
 砲弾を持ち出したスカイライダーは、一発を軽く上に放って蹴り飛ばす。すると砲弾が近くを走行する戦車に直撃し、派手に爆発する。スカイライダーは残る砲弾を手にスカイターボに飛び乗る。1台の戦車がスカイターボを追跡し、機銃を撃つが当たらない。スカイライダーは跳躍すると、砲弾を戦車の上部装甲めがけて思い切り投げつける。すると戦車の上半分が吹き飛び、車体も爆発に巻き込まれる。これで残るはヒルビランの戦車だけだ。

「忌々しい連中だ! 突撃!」

 ヤケクソになったヒルビランは突撃を命令し、戦車はスカイライダーへ向かっていく。

「往生際が悪い!」

 だがシャルロットがブレットスライサーを手に接近し、すれ違いざまに砲塔と機銃を切り裂く。さらにアサルトライフルに持ち替えると周囲を飛び回り、キャタピラのピンを正確に撃ち抜く。するとキャタピラが外れ、スピードを出していた戦車は勢い余って横転する。ヒルビランが這い出した直後、シャルロットが燃料タンクを撃ち抜いて戦車を爆破する。

「ここまでのようだな、ヒルビラン!」
「黙れ黙れ! ヒル爆弾を食らえ!」

 スカイライダーが立ちはだかると、ヒルビランは全身に付着したヒルを投げつける。スカイライダーはヒルを片手で叩き落とし、ヒルが地面で爆発する。すかさず踏み込んでヒルビランの側頭部へ上段蹴りを入れると、下段蹴りで動きを止め、中段横蹴りで体勢を崩す。ヒルビランがよろめくと追撃の右貫手を放つが、ヒルビランが両手で掴み取る。そのまま両者はローキックの打ち合いとなる。スカイライダーは僅かに身を入れ、打点をずらしてキックの威力を殺す。逆に膝蹴りを腹に叩き込んでヒルビランを屈ませると、両手で腰を掴んで渾身の力で真上に放り投げる。自身も後を追って跳躍し、空中で追い付くと肩に担ぎあげて風車のように高速回転する。

「風車三段投げ!」

 スカイライダーはヒルビランを投げ落とすと、マフラーを伸ばして滑空し、落下地点に先回りする。そして真上から降ってくるヒルビランめがけて右正拳を突き上げる。右拳はヒルビランの腹に突き刺さり、ヒルビランの身体がくの字に曲がる。スカイライダーが振り払って離脱すると、ヒルビランは吐血しながら地面に叩きつけられ、爆発する。
 スカイライダーがシャルロットと合流するのと同時に、工場で爆発が起きる。二人が工場へ向かおうとすると、SPIRITS第8分隊が駆けつける。

「ライダー、シャルロットさん、工場の制圧と破壊が完了しました。当分、ネオショッカー戦車が作られることはないでしょう」
「お疲れ様です、叶分隊長」

 先頭に立つ茂が報告すると、スカイライダーは変身を解いて筑波洋の姿となり、シャルロットもISの展開を解除する。直後、どこからか軍艦マーチの替え唄が聞こえてくる。

「やいやいやい! ネオショッカーの悪だくみも、このがんがんじい様が来たからには……あら?」
「遅刻ですよ? 勘次さん。怪人どころかアリコマンドも倒しちゃいましたし」
「戦車製造工場の方も俺たちで破壊済みなんで、あしからず」
「そんな殺生な……折角わての活躍みんなに見せたろ思て張り切っとったのに」
「なに、がんがんじいの活躍する場面がないってことは、まだ大丈夫な証拠さ。この先がどうなるかは分からないけど」

 すでにネオショッカーが鎮圧されたと知り落胆する勘次を見て、シャルロットはクスリと笑う。相変わらず少々抜けているところがやはり憎めない。源次郎を乗せたジープも少し遅れて到着する。

「先輩も遅れるなんて。何かあったんですか?」
「矢田君の原付が故障してね。しばらく修理で立ち往生する羽目になったんだ」
「谷はん、ほんまおおきに。いきなりやったんで助かりましたわ」
「気にしなくていい。俺もプロだからな。ただ、これからはもう少し大切に扱ってやって欲しいね。バイクってのは、乗り手の性格や扱い方、運転方法まで如実に表れるのさ。だからろくに整備もしない乗り手のバイクは、何回修理してもまた同じような故障をする。俺も若い頃にはレーシングチームの先輩に『バイクは生娘の如く大切に扱え』なんて言われ続けてたしな」
「マスター、それじゃセクハラになりますって」

 シャルロットの前で迂闊な発言をする源次郎を茂が窘める。直後に一人の隊員が茂に駆け寄り、耳打ちする。

「……何!? 分かった! 洋さん、シャルロットさん、ネオショッカーだ! 上越市では怪人とアリコマンドによる人間狩りが、長岡市ではカビによる街の腐食が、新潟市ではネオショッカーによる爆破予告が確認されたそうです!」
「なんだって!?」
「ならシャルは長岡を頼む! 先輩とがんがんじいはSPIRITSと一緒に新潟へ! 俺は上越に向かう!」
「分かりました!」
「聞いたな? 俺たちも行くぞ!」

 洋が指示を出すと全員一斉に動き出す。源次郎と勘次はSPIRITSとともに迎えのヘリに乗り込む。シャルロットは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を装着し、飛翔する。洋もバイクに乗って走り出す。

「スカイ……変身!」

 途中で変身してバイクを変形させると、一路上越市を目指すのだった。

**********

 正午近く。新潟県上越市。市民が避難した市街地は静まり返っている。しかし、市民が避難した避難所となると話は別だ。今はネオショッカーに続々と襲撃され、悲鳴と怒号が飛び交う地獄と化している。
 リングベアもアリコマンドを率い、人間狩りをしている。数十台のトラックに分乗して避難所に突入すると、建物内に雪崩れ込む。泣き叫ぶ者を無理矢理引き離し、抵抗する者を黙らせ、市民を次々とトラックの荷台へ放り込んでいく。リングベアの担当はここが最後だ。あとは別の箇所を担当しているタガメラスとクチユウレイと合流するだけだ。最後の一人が放り込まれたことを確認すると、リングベアはトラックの助手席に乗る。トラックは一斉に走り出し、中心街へと向かう。
 リングベアたちが到着すると、タガメラスとクチユウレイの隊が待っている。リングベアはトラックから降り、タガメラスとクチユウレイに話しかける。

「首尾はどうだ?」
「上々だ。陽動のミミンガーやヘビンガー、ドロニャンゴーが上手く警察や軍を足止めしているようだ」
「しかし、忌々しいことに人間どもが街から出るルートを全部封鎖している。これでは輸送ができない」
「だったら、正面突破あるのみだ。俺たちがいれば人間どもの封鎖など簡単に突破できる」
「簡単に言うな。下手に労働力を減らせば、ゼネラルモンスターに何を言われるか。とにかく、まずはミミンガーたちと合流しなければならん」
「それもそうだな。お前たちはここで待機だ!」
「ケイーッ!」

 リングベアはアリコマンドに待機を命じ、タガメラスやクチユウレイを連れてミミンガーたちの下へ向かう。アリコマンドは敬礼すると、トラックの近くに立って周囲を警戒する。時折トラックの荷台を叩きながら怒鳴り、騒ぐ市民を黙らせていたアリコマンドだが、バイクの走行音を聞きつける。慌てて集合し、音が聞こえてくる方へ向き直る。しばらくすると無人のバイクが一台走ってくる。バイクはアリコマンドを数体撥ね飛ばして停車する。いきなり突っ込んできたバイクに混乱するアリコマンドだが、やがてバイクに見覚えがあることに気付く。

「このバイクは!?」
「もう遅い!」

 直後、近くのビルからバイクの持ち主がアリコマンドめがけて飛び降りる。
 その頃、ミミンガーたち陽動部隊は警察と国防軍を押し込んでいた。アリコマンドこそ続々とやられているが、なんの問題もない。銃撃は勿論、ミサイルや迫撃砲もミミンガーの鎧を貫くには至らない。警察も国防軍も負傷者が続出しており、前線を下げるので精一杯だ。ヘビンガーとドロニャンゴーは前に出て攻め立てている。

「フン、無駄な抵抗を。耳を狩る価値もない。死にたくなければ、とっとと失せろ!」

 ミミンガーは余裕の態度を崩さず、人間たちを嘲笑う。するとリングベアたちがミミンガーの下へとやってくる。

「どうやら、ノルマを達成したようだな」
「ああ。後は封鎖を突破し、仮面ライダーが来る前におさらばするまでよ」

 人間たちが一度退却するのを無視し、ヘビンガーとドロニャンゴーもリングベアたちに合流する。あとはトラックに戻るだけだ。

「待て!」
「何!? まだいたのか!?」
「ええい、どこだ!?」
「あそこだ!」

 しかしリングベアたちは呼び止められる。慌てて周囲を探すが、ドロニャンゴーがビルの上を指差す。ビルの上には、明るい緑の体色をしたイナゴ男が立っている。

「貴様は、仮面ライダー!」
「リングベア! 貴様らが浚った人たちは全員解放した! あとはここで貴様らを倒すだけだ!」

 スカイライダーは一喝し、ビルから飛び降りる。スカイターボを囮にし、アリコマンドを殲滅したスカイライダーは国防軍や警察の別働隊と協力して市民を逃がしたのだ。

「またしても邪魔をするか! ここで貴様の首を貰うぞ!」

 ミミンガーは鼻から槍を取り出し、リングベアは怒り狂って突進を開始する。身体を横に開いて突進を回避すると、スカイライダーは飛びかかってくるドロニャンゴーの喉へ足刀蹴りを入れる。ドロニャンゴーが怯むと、頭に手刀を数発振り下ろしてグロッキーにする。

「スカイライダー! 爆弾で吹き飛べ!」

 クチユウレイが歯を外して投げつけてくると、スカイライダーは飛び退いて回避する。そこへヘビンガーが左腕を鞭のようにしならせて叩きつける。スカイライダーが左腕を掴み止めると、蛇の頭部を模した右腕を伸ばす。スカイライダーは回し蹴りで右腕を蹴り飛ばし、力を込めてヘビンガーを引き寄せる。腕が届く間合いに入ると、スカイライダーはヘビンガーを上空めがけて投げ飛ばし、ジャンプする。

「パイルドロップ!」

 空中でヘビンガーの身体を逆さにすると一緒に急降下し、勢いよくヘビンガーの頭を地面に叩きつける。ヘビンガーはその場に倒れ、間もなく爆死する。

「こいつでどうだ!」

 ドロニャンゴーは爪をミサイルのように飛ばして攻撃する。両手で叩き落としつつ接近を図るスカイライダーに、クチユウレイが噛みつく。ギリギリのところで掴み止めるスカイライダーに、右手の爪を掲げたタガメラスが襲いかかる。咄嗟に左足を蹴り出して爪を止めると、押し蹴りでタガメラスの体勢を崩す。クチユウレイを首投げで地面に叩きつけると、スカイライダーはタガメラスを掴んで大ジャンプする。

「水平回転チョップ!」

 そしてタガメラスの首筋めがけて、回転しながら四連水平チョップを放つ。四撃目でタガメラスの首が飛び、スカイライダーが着地すると同時に爆発が起きる。続けざまに地面へ倒れこんだクチユウレイを無理矢理引っ張り起こすと身体を掴んだまま高々と跳躍し、肩に担ぎ上げる。そしてその場で高速回転して周囲に猛烈な暴風を巻き起こし、ダウンバーストを発生させつつクチユウレイを地面へ投げ落とす。

「竹とんぼシュート!」

 荒れ狂う暴風によって身動きを阻害されたクチユウレイは受身も取れずに頭から地面に叩きつけられ、断末魔の悲鳴と共に爆発四散する。

「リングブーメランを受けろ!」
「貴様の鼓膜を潰してやるよ!」

 スカイライダーが着地した直後にリングベアが胸の月の輪からブーメランを取り出して投げつけ、ドロニャンゴーは鈴を構える。スカイライダーはブーメランを掴むと、ドロニャンゴーめがけて投げつける。ブーメランは鈴を両断し、ドロニャンゴーの胴体に突き刺さる。ドロニャンゴーの動きが止まると、スカイライダーが跳躍する。

「スカイキック!」

 キックがドロニャンゴーの胸に入ると、ドロニャンゴーは大きく吹き飛ばされる。

「無念……!」

 一度立ち上がったドロニャンゴーは一言呟き、盛大に爆散する。スカイライダーが着地するとミミンガーが槍で突いてくる。しかしスカイライダーは背面ジャンプで槍を回避し、空中で身を捻ると槍の上へ静かに降り立つ。

「なんだと!?」

 99の技の一つ、『槍渡り陽炎の術』だ。ミミンガーはスカイライダーを振り払おうとするが、いくら槍を振り回しても離れない。ミミンガーは槍を捨て、今度は鼻から刀を取り出す。スカイライダーも着地し、油断なく構える。ミミンガーが刀を振りかぶると、スカイライダーが踏み込んで喉元へつま先蹴りを入れる。ミミンガーは動作を中断するが、スカイライダーの拳が顔面へ立て続けに放たれ、防戦一方となる。

「スカイライダー! 俺が絞め殺してやる!」

 すると横からリングベアが割り込み、タックルをかける。スカイライダーに抵抗する間も与えずベアハッグを仕掛け、背骨をへし折ろうとする。

「ぐっ……だが!」

 スカイライダーは苦しみながらも両手刀で頭の角を叩き折る。リングベアは怯み、腕の力が緩む。スカイライダーは額に肘を落とすと力を込めて拘束から逃れる。さらに背後から迫るミミンガーの顔面にソバットを入れ、振り返ると顔面に連続蹴りを当てて抵抗する力を奪う。そして一度跳躍すると、ビルの壁を数回蹴って反転を繰り返し、キックを放つ。

「大反転スカイキック!」

 スカイライダーの右足が突き刺さり、一撃で兜もろともミミンガーの頭を粉砕する。
 残るリングベアは額を押さえて悶絶していたが、スカイライダーが殴りかかると頭を振り、雄たけびを上げて真っ向から迎え撃つ。 

「スカイパンチ!」

 スカイライダーの左正拳とリングベアの右ストレートがぶつかり合い、どちらも弾かれる。先に体勢を立て直したスカイライダーはリングベアの弁慶に下段蹴りを入れ、リングベアの足を止める。

「今だ! トオッ!」

 スカイライダーはジャンプし、空中で数回前転して飛び蹴りを放つ。

「大回転! スカイキック!」

 遠心力で威力が増大した蹴りはリングベアの胸板を打ち抜き、大きく吹き飛ばす。

「最低限、時間は稼いだ……あとは……!」

 リングベアは断末魔を言い終える途中で倒れ、そのまま爆発四散する。

(長岡は……大丈夫そうだな。なら、残るは新潟だ)

 スカイライダーはスカイターボを呼び出し、新潟市へ向かう。
 長岡市では、キノコジンの護衛を受けたアオカビジンがカビを散布し、街を腐食させていた。ネオショッカーの戦力は他にいない。カビに影響されないのがキノコジンしかいないからだ。カビはビルを浸食し、すぐに倒壊させる。

「俺には効かないと分かっていても、カビの威力には寒気がする」

 カビが広がる様を見ながら、キノコジンは呟く。とはいえ、至る所で置き去りにされた車が爆発炎上してしまったせいで、カビの広がり方は遅い。ビルも先ほど倒れたのでようやく6棟目だ。アオカビジンは全身から追加のカビをばら撒き、カビの浸食速度を上げようとする。

「これ以上は、やらせない!」
「何!? うお!?」
「上だと!?」

 しかしランチャーを構えたシャルロットが飛来し、カビに向かってナパーム弾を連射する。ナパーム弾が着弾すると炎が燃え広がり、瞬く間にカビを死滅させていく。アオカビジンのカビは強力な分、炎や熱には極端に弱いのだ。さらにアオカビジンの近くにナパーム弾が炸裂すると、アオカビジンは大慌てでその場を離れる。そしてキノコジンとともに上空のシャルロットを睨みつける。

「貴様が仮面ライダーに与する、インフィニット・ストラトスとかいう鎧を着たガキだな!」
「たった一人で我らの邪魔をするとはいい度胸だ! 先に地獄へ送ってくれるわ! カビ爆弾を食らえ!」

 アオカビジンは身体の一部を取り外し、シャルロットに投げつける。シャルロットが呼び出したアサルトライフルで撃ち落とすと爆発が起こる。シャルロットは距離を保ったままアサルトライフルを連射し、アオカビジンとキノコジンの足を止める。アオカビジンは身体の一部を投げつけて反撃するが、全く当たらずアサルトライフルを一方的に浴びせられるだけだ。

「ならば毒胞子を食らえ!」
「そんなもの、ラファールには通用しない!」

 キノコジンは金色の毒胞子を吐き出すが、シールドバリアに阻まれて効果をなさない。シャルロットはショットガンを呼び出し、今度はスラッグショットを装填する。急降下して至近距離でキノコジンに叩き込むと、すぐに離脱してランチャーを構え直す。

「まずは、お前を!」

 シャルロットはアオカビジンに狙いを定めると、ナパーム弾を発射する。弾頭が直撃するとアオカビジンの身体が激しく燃え上がり、地面に転がって悶絶し始める。続けて榴弾を数発当てるとアオカビジンは動かなくなり、間もなく燃え尽きる。
 至近距離からスラッグショットを受けて転倒したキノコジンは、立ち上がって退却しようとする。しかしシャルロットはキノコジンにもナパーム弾を叩き込む。キノコジンの身体を炎が包むと、シャルロットは成形炸薬弾をキノコジンの頭に直撃させる。キノコジンの頭部が吹き飛ぶと、キノコジンの死体もまた灰になる。

(上越市は大丈夫みたいだし、新潟市の方へ行かないと)

 シャルロットもまた新潟市へ行くことを決め、スラスターを噴射する。
 新潟市ではSPIRITS第8分隊が警察や国防軍と協力し、避難所周辺や市街地に設置された爆弾を捜索していた。幸い、避難所近辺の爆弾は全て処理したが、市街地の捜索が難航している。今のところネオショッカーは出現していないが、警戒が必要だ。ヒントもないのでSPIRITS第8分隊も3人一組に別れている。茂も隊員二人に源次郎と勘次を連れ、ビル街の周辺を探っている。

「処理出来たのは推測で6割か……さっさと無力化しないとどれだけの被害が出るか」

 爆破予告は爆破する範囲こそ指定してきたが、爆破予定時刻や爆破条件などは一切触れていない。内心なぜ予告したのか疑問に思う茂だが、ビルとビルの間にある路地で不審な物体を見つける。茂は勘次と源次郎を止まらせ、慎重に物体に近付いて探り始める。黒い箱のようなものだ。子供の背丈くらいは高さがある。全面がねじ止めされており、表面にはネオショッカーの紋章が描かれている。爆弾だ。茂は工具を取り出し、慎重に爆弾を解体していく。
 起爆装置は時限式ではなく遠隔操作のようだ。水銀レバーなど、解体を阻害するようなトラップはない。今まで何個か解体してきたが、解体自体は簡単な代物だ。隊員の一人が起爆装置と爆発物を切り離すことに成功すると、茂はスプレーガンを実体化させる。そして冷凍ガスを爆発物に吹きかけ、無力化する。残る隊員が爆弾の位置を情報端末に記録して送信すれば処理は完了だ。まだ爆弾は少なからず残っている。今は無力化だけして、本格的な処理は後回しだ。

(とはいえ、さっさと避難した人たちの不安を取り除かないとな。パニックが起こらないとも限らない)

 爆破予告をされた後、一部の市民は自宅や職場などから持ち出せる物を持ち出そうとし、警官や兵士、周囲の市民に静止されるということが何回もあったと聞く。あるいは、市民の不安や恐怖を煽り、パニックを引き起こそうというのがネオショッカーの狙いなのだろうか。思案している茂に、スカイライダーとシャルロットから通信が入る。

『茂、こっちは片付けてきた。爆弾は?』

「避難所周辺は全て無力化しましたが、市街地には4割ほど未処理の爆弾があるものと推測されます。まだ我々が未探索の地域もあるくらいです」

『なら、私たちも手伝います。爆弾と未探索のエリア情報を送ってくれませんか? 私からスカイライダーに伝えます』

「分かりました。少し待って下さい」

 茂は手元の情報端末を操作し、シャルロットに爆弾と未探索エリアの情報を送信する。端末をしまうと茂たちは探索を再開する。
 シャルロットとスカイライダーは交信し、分担を決めるとそれぞれの担当エリアに着陸する。スカイライダーがいるのは繁華街、シャルロットが降り立ったのは小学校付近の住宅街だ。スカイライダーとシャルロットは慎重に探索を開始する。
 手始めにシャルロットは小学校の敷地に入る。しばらく敷地内を歩いていると、校舎前に異様な黒い箱が一定間隔で置かれている。データと照合してみると、爆弾で間違いないようだ。シャルロットは一番手前に置かれた爆弾に歩み寄り、工具を取り出して解体を開始する。
 スカイライダーもまた、店の一軒一軒に置かれた黒い箱を発見する。シャルロットから教えてもらった爆弾の外見と同じだ。近寄って目をこらすと、ネオショッカーのマークも描かれている。当たりだ。スカイライダーは一度周囲を見渡し、一番手近にある寿司屋前に設置された爆弾の処理にとりかかる。
 スカイライダーとシャルロットが視野の端に虻を捉えた直後、爆弾から警告するように電子音が鳴る。

「まさか!?」
「間に合わなかったのか!?」

 シャルロットもスカイライダーも本能的に危険を察知し、大きく飛び退く。すると解体しようとした爆弾が爆発し、隣接する爆弾も続々爆発する。あまりの威力に店がどんどん吹き飛ばされ、小学校が炎に包まれる。それどころか、スカイライダーやシャルロットのいるエリアの爆弾が一斉に爆発したのか、爆発音と衝撃が一帯に響き続け、至る所から爆炎と煙が立ち上る。

「セイリングジャンプ!」

 スカイライダーはベルト両側のスイッチを押し、重力低減装置を起動させて空へと舞い上がる。マフラーをつま先まで伸ばして風に乗ると、上空から状況を確認する。エリアの至るところで爆発が断続的に発生し、煙と炎が視野の四割を占めている。どれだけの爆弾を仕掛けていたのか、想像もつかない。
 探索していた茂たちも異変に気付き、予め決めた集合場所まで走っていた。通信機越しに怒号飛び交う警察無線や軍の通信が聞こえてくる。

「そうだ! 後退だ! 今はまず自分の身を守ることを考えろ!」

 茂は部下に指示を出しつつ、自らも足を速める。

「洋はんとシャルロットちゃん、大丈夫なんか!?」
「なあに、二人のことだ、心配いらないさ! それよりも、俺たちまで巻き込まれないことが重要だ!」

 足を止めずに勘次が疑問を呈すと、源次郎は気丈に答える。

(まさか、残りの爆弾は最初からあそこに集中させていたのか? ならば俺たちの動きはヤツらに誘導された結果だと?)

 茂は走りながらも思案する。
 今のところ、爆発はスカイライダーとシャルロットがいた箇所に集中している。爆発の大きさから察するに、かなり密集して設置されていたようだ。つまり、茂たちの処理していた爆弾は囮で、本命は二人が処理しようとしていた爆弾ではないのか。だとすれば、茂たちはまんまと罠にかかったということになる。茂は思案しつつも周囲を警戒し、いつネオショッカーが出現してもいいようにアサルトライフルを手元に呼び出す。
 シャルロットも状況を確認すると、一度スカイライダーの下へと向かう。

「兄さん、これって!?」
「分からない。まさか、俺たちの到着に合わせて起爆を……ん?」

 スカイライダーは極力冷静に答えるが、周囲を飛び回る虻を捕まえる。虻は機械で出来ており、カメラが内蔵されている。スカイライダーが虻の出所を悟った直後、スカイライダーとシャルロットに複数の影が差す。上を見ると、翼や翅を持ったネオショッカー怪人が待ち構えている。スカイライダーは虻を模した怪人と正対し、声を上げる。

「アブンガー! 俺たちを監視し、爆弾を起爆させたのは貴様だな!?」
「いかにも! 貴様らをあそこへ誘い出し、爆弾で始末しようと思ったのだが、上手くは行かんか。だが、まあいい。ならば空中戦で貴様を殺せばいいだけのこと! そこの小娘共々、嬲り殺しにしてくれるわ!」

 怪人ことアブンガーはスカイライダーとシャルロットを睨む。数の上ではスカイライダーとシャルロットが不利だ。しかしシャルロットは怯まない。

「生憎だけど、僕たちは簡単に倒れない。むしろ、後悔するのはそっちの方だ! 僕たちに空中戦で勝てると思ったら大間違いだ!」
「ほざけ! ロクな実戦も経験していない小娘が生意気に! 行くぞ!」

 アブンガーの声と同時にネオショッカー怪人は一斉に動き出す。

「シャル、こっちも行こう!」
「うん! 本物の空中戦を教えてやろうよ!」

 シャルロットとスカイライダーは軽く互いの拳を合わせた後、並んで敵へ突っ込んでいく。

「死ね! スカイライダー!」
「貴様に殺された恨み、ここで晴らしてやる!」

 コウモルジンが右手の爪を掲げて突っ込み、ドクガンバが鎖付き鉄球を投げつける。スカイライダーは左に身を傾け、コウモルジンと鉄球を回避する。姿勢を戻すとドクガンバに向かっていき、身体ごとぶつかっていきながら右正拳突きを顔面に叩き込む。

「スカイライダー! 俺がいるのを忘れるな!」

 今度はアブンガーが右手の針を掲げて突進する。スカイライダーは風に乗って上昇して回避する。スカイライダーと怪人たちは空を大きく飛び回って幾度となくすれ違い、激突する。

「小娘が! ムササベーダー兄弟を敵に回したこと、後悔させてやる!」
「変な鎧をつけたくらいで、ネオショッカーに勝てると思わないことだな!」
「貴様はこのゴキブ……」
「お前は喋るな!」

 シャルロットはムササベーダー兄弟とゴキブリジンを相手にしている。兄のムササベーダーαが炎を吐くと、シャルロットはその場でターンして回避する。すぐにスラスターを噴射して弟のムササベーダーβに接近する。ムササベーダーβは剣で斬りかかるが、シャルロットは即座に急上昇して避ける。ゴキブリジンが喋ろうとした途端、ショットガンを頭部に叩き込んで黙らせる。

(いくらなんでも原型残し過ぎと言うか、むしろ不気味さがプラスされて気持ち悪さが三割くらい増してる気が……)

 シャルロットは内心、ゴキブリジンの見た目に戦慄する。
 フランスではほとんど見たことがなく、今は料理部所属ということもあり、シャルロットにとってゴキブリは最早天敵だ。ゴキブリジンの見た目はまさにゴキブリそのもので、顔が中途半端に人間を模していることから不気味さまでプラスされている。ムササベーダ―兄弟がまだモチーフの可愛らしさを微妙に残しているので、なおさらゴキブリジンの見た目が気になる。しかし表には出さず、体当たりしてくるゴキブリジンをひらり、と回避してその場で振り向く。背中にアサルトライフルを向けて発砲すると、ゴキブリジンが呻いて動きを止める。
 チャンスと見たシャルロットはスラスターを噴射し、瞬く間に音速を超える。ゴキブリジンは振り返る間もなく背中にショットガンを叩き込まれる。ムササベーターαが火炎を吐きかけるとシャルロットはPICで急停止し、刹那の間を置いて瞬時加速を発動して上に逃れる。

「なんだあの動きは!?」
「物理法則もあったものではないぞ!」

 シャルロットの動きを見たムササベーター兄弟が驚きの声を上げる。超音速で飛ぶ物体が急停止し、すぐ上に飛ぶなどムササベーター兄弟の知る物理法則では有り得ない。超音速で飛べばかかる慣性も凄まじいものになるからだ。少なくとも、ムササベーター兄弟にはどうにもならないくらい大きな力の筈だ。上に逃れた後のシャルロットもまるで慣性など存在しないかのように急停止と急加速を繰り返し、ムササベーター兄弟とゴキブリジンに銃撃を浴びせている。強いことは強いが、一応物理法則に従っているスカイライダーの方がまだマシかもしれない。シャルロットの相手を引き受けたことを後悔するムササベーター兄弟だが、すぐに頭を振ってシャルロットを追いかける。

「スカイキック!」
「アブンガースカイキック!」

 一方、一進一退の攻防を繰り返していたスカイライダーたちだが、途中でスカイライダーとアブンガーがスカイキックの打ち合いとなる。スカイライダーとアブンガーの右足が衝突すると両者は一瞬だけ均衡する。しかしすぐにアブンガーが一方的に弾き飛ばされ、背後にいたドクガンバを巻き添えに大きく吹き飛ぶ。

「スカイライダー! コウモリ笛を受けろ!」
「ぐうっ……!」

 コウモルジンが笛を吹いて催眠音波を発すると、スカイライダーは耳を押さえて苦しみ始める。コウモルジンが笛を吹き続けるとスカイライダーの身体が意志に反して勝手に動き、徐々にコウモルジンの下へ向かっていく。スカイライダーは頭を振って催眠を振り払い、力を振り絞って上に逃れる。

「無駄なことを。催眠音波で……うおっ! 眩しい!」

 コウモルジンは視線を上に向けて再び笛を吹こうとするが、太陽の光を直視してしまい、目を押さえて悶える。コウモルジンは優れた聴覚と暗視能力を持つが、強い光に弱い。スカイライダーは太陽の光を直視させるため、わざと上に逃れたのだ。コウモルジンが苦しんでいる間にスカイライダーは急降下し、その勢いを乗せて手刀を叩きつける。

「スカイチョップ!」

 すれ違いざまに笛を破壊するとスカイライダーは一度減速し、今度は上昇に転じてコウモルジンへ向かっていく。ようやく視界が戻ったコウモルジンだが、スカイライダーの姿がない。慌てて周囲を見渡すコウモルジンにドクガンバが声を上げる。

「下だ!」

 コウモルジンが足元を見た直後、逆立ちした状態のスカイライダーがコウモルジンの顎を蹴り抜く。コウモルジンがのけぞると、スカイライダーは逆立ち状態から足を前に振り下ろして踵落としを肩に入れる。姿勢を戻すとスカイライダーは横に飛び、今度はドクガンバへ向かっていく。

(スカイライダーめ、相変わらずやるな。だが、それ以上にあの小娘が厄介だ)

 アブンガーは冷静に戦況を分析する。数ではこちらが優位なのだが、戦況は劣勢だ。特にシャルロットはムササベーター兄弟とゴキブリジンを手玉に取ってさえいる。最高速度、小回りともにシャルロットの方が圧倒的に優れている上、飛び道具も多い。威力はすぐに致命傷となるほどではないが、全く堪えないわけではない。ゴキブリジンが弱っているあたり、アブンガーとて無視できないだろう。かと言ってシャルロットに全戦力を集中させると、今度はスカイライダーが野放しになる。アブンガーは空を見上げる。いくつか雲の塊があることを確認すると、声を張り上げる。

「まともにやり合っていても埒が明かん! C作戦で行くぞ!」

 アブンガーは雲めがけて上昇し、他の怪人もアブンガーを追って雲に突入する。スカイライダーとシャルロットも少し遅れて雲に入る。

(馬鹿め、ノコノコ誘い出されおって。いくら速く飛べようが、敵が見えなくては意味があるまい)

 雲の中に潜みながら、ゴキブリジンはほくそ笑む。視界が悪ければ向こうも同士討ちを恐れ、迂闊に飛び道具は使ってこないだろう。こちらも視界は悪いし、スカイライダーの目は誤魔化せないが強敵を減らせるのは大きい。こちらにも聴力に優れたコウモルジンがいるので後れはとらないだろう。
 しかし、その認識が間違いであるとゴキブリジンは身を以て知ることになる。

「ぐあっ!?」

 ゴキブリジンの背中に、いきなり散弾が命中する。慌てて振り返るが、敵の姿は見えない。すると今度は足元からアサルトライフルの弾丸が襲いかかる。かと思えば頭上から榴弾が飛んできて、右手から機銃掃射を受ける。
 シャルロットには、雲中の敵もハッキリと見えていた。最初はゴキブリジンの予想通り、雲で視界を隠されていた。しかしすぐにハイパーセンサーの設定を変更し、雲によって変化した光の屈折率や透過率を補正したのだ。今のシャルロットにはゴキブリジンの動きが手に取るように見える。音を立てないようPICと翼の稼働だけで雲中を飛び回り、四方八方から攻撃を加えた。案の定、ゴキブリジンはシャルロットの位置を掴めず混乱している。

「そこか!」

 しかし銃声で嗅ぎつけたのか、コウモルジンが右手の爪を掲げて突っ込んでくる。すぐに身体を捻って身を躱すシャルロットだが、ムササベーター兄弟とドクガンバ、さらにゴキブリジンが殺到する。加えてアブンガーが背後に回り、右手の針を飛ばしてくる。

「俺がいるのを忘れたか!」

 しかし今度はスカイライダーが雲から飛び出し、ドクガンバに蹴りを入れる。さらにムササベーター兄弟に回し蹴りをお見舞いする。シャルロットは即座に振り向き、アサルトライフルを連射して針を叩き落とす。逃げようとするアブンガーだが、シャルロットが張る弾幕で逃げ道を塞がれると、一転してスカイライダーへ向かう。スカイライダーは方向転換し、アブンガーへと突撃する。両者は雲の中を飛び回りながらぶつかり合いを再開する。
 シャルロットは残る怪人をまとめて相手することを決める。まずはスラスターを噴射し、コウモルジンへ急接近しながらアサルトライフルで牽制する。間合いが近くなるとショットガンに切り替え、散弾を胸に撃ち込む。締めにブレッドスライサーで頭を斬りつける。コウモルジンが動き出す前にシャルロットは急停止し、すぐに下へ逃れる。

(な、なんだ!? あのアサルトライフル、散弾で敵を斬る武器なのか!?)

 コウモルジンは武器の切り替えにすら気付かず、自分が何をされたのかよく理解できていない。シャルロットの得意技『高速切替(ラピット・スイッチ)』だ。量子化した武器を実体化する場合、通常は1秒から2秒程度のタイムラグが発生する。しかし、シャルロットの場合はほぼタイムラグなしで武装の呼び出しや格納、持ち替えが可能となる。コウモルジンは散弾を浴びたことと頭を斬られたことしか認識できていない。
 続けてシャルロットはムササベーダー兄弟を攻撃する。アサルトカノンでムササベーダーαを牽制すると、瞬く間に踏み込んでショットガンとサブマシンガンを浴びせる。ムササベーダーαが剣で斬りかかると、後退しつつ機銃を浴びせる。ならばと炎を吐こうとすれば、吐く直前にブレッドスライサーで切り裂く。そして炎を吐くのに合わせ、ムササベーダーβへ向かう。ムササベーダーβは剣を手に突進するが、シャルロットはアサルトライフルを頭に撃ち込み、ブレッドスライサーを手に突撃する。

「舐めおって! 俺に白兵戦を挑むとは!」

 ムササベーダーβは両手の剣を交差させ、振り下ろされるブレッドスライサーを受け止めようとする。しかしブレッドスライサーと剣が交わった瞬間、シャルロットは高速切替でショットガンに持ち替え、ムササベーダーβの顔面にスラッグショットをお見舞いする。ムササベーダーβは悶絶するが、ショットガンを格納したシャルロットは背後に回り、延髄に蹴りを入れる。

「猪口才な小童め! 一斉攻撃で仕留めるぞ!」

 単独では勝ち目が薄いと判断したドクガンバは声を上げる。まずドクガンバが鉄球を投げつけ、ムササベーダーαが炎を吐く。それに合わせてコウモルジンが上から迫り、ムササベーダーβが下に回り込む。ゴキブリジンは背後で逃げ道を塞ぐ。右に逃げればドクガンバが、左に逃げればムササベーダーαが追撃し、また包囲網を形成する。これならば勝ち筋はある。
 しかしシャルロットはどちらにも逃げず、逆に正面のドクガンバとムササベーダーαへ突っ込む。飛んでくる鉄球を身を開いて避け、スピードとシールドバリアに任せて無理矢理炎を突っ切る。すぐにアサルトカノンを呼び出して掃射すると、ドクガンバとムササベーダーαの身体が揺らぐ。ドクガンバが鉄球を引き戻そうとすると、シャルロットはブレッドスライサーに持ち替えて鎖を両断する。すぐにスラスター翼を動かし鋭角を描いて軌道変更すると、ムササベーダーαの剣を叩き落とす。ムササベーダーαは炎を吐いて逃れようとするが、シャルロットは追いすがって両手にショットガンを持つ。そして胸板に二丁分の散弾を浴びせ、すぐに離脱して炎を回避する。
 続けて突っ込んでくるゴキブリジンを機銃の連射で足止めしつつ、一度距離を取ろうとするドクガンバに至近距離からのスラッグショットをお見舞いする。ムササベーダーβが突撃すれば距離を離してアサルトカノンを浴びせ、コウモルジンが雲に隠れてやり過ごそうとすれば接近し、マシンガンを接射する。背後から迫るムササベーダーβの背後を逆に取ると、背中にブレッドスライサーを突き立てる。シャルロットは敵にとって嫌な距離や位置を保ちつつ目まぐるしく武器を切り替え、一方的に攻撃し続ける。『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』、シャルロットの得意技だ。
 蜃気楼のように捉えどころのないシャルロットの動きに苦しめられるゴキブリジンたちだが、ムササベーダーαが相討ち覚悟で真正面から特攻する。同時にムササベーダーβも体内の自爆装置を起動させ、シャルロットの背後から全速力で突っ込む。

「こうなれば、刺し違えてでも貴様を仕留めてやる!」
「至近距離から俺の爆弾を爆発させれば、いくらその鎧のバリアとて耐えられまい!」

 シャルロットはムササベーダーαにアサルトライフルを浴びせるが、ムササベーダーαは構わずに突撃する。

「だったら、これで!」

 シャルロットはランチャーを呼び出し、榴弾を数発直撃させる。爆発でムササベーダーαのスピードが遅くなると、シャルロットは振り向き、終わり際の一瞬だけブレッドスライサーに持ち替えてムササベーダーβの首を切り裂く。

「ランチャーに仕込み刃、だと……!?」

 ブレッドスライサーを振り抜くとすぐにランチャーを呼び出し、成形炸薬弾を叩き込んで頭部を吹き飛ばす。ムササベーダーβは自分が何をされたのか理解出来ぬまま沈黙する。少し遅れて背後からムササベーダーαが迫ると、ギリギリまで引きつけてから瞬時加速で離脱する。ムササベーダーαは止まり切れずにムササベーダーβの亡骸に衝突する。直後にムササベーダーβは爆発し、巻き込まれたムササベーダーαも木っ端微塵となる。
 今度はゴキブリジンが雲に紛れてシャルロットに仕掛ける。シャルロットはランチャーを向け、榴弾を発射する。一発目で進行方向を塞ぎ、二発目で回避先を潰すと三発目を直撃させて怯ませる。シャルロットはマシンガンに持ち替え、弾幕を張りつつ接近する。そして間合いに入るとブレッドスライサーを右手に持ち、横薙ぎに払う。

「馬鹿め! そんな攻撃、当たるわけ……ぬあっ!?」

 ゴキブリジンはスウェーで斬撃を避けて嘲笑うが、いきなり爆発が起こったかと思うと全身を炎が包む。ゴキブリの改造人間故にゴキブリジンの全身は油脂が覆っている。当分炎は消えないだろう。

「面妖な! 着火する剣とは……!」

 実は振り終えた一瞬に持ち替えたランチャーからナパーム弾を放っただけなのだが、ゴキブリジンには分からない。シャルロットは左腕シールドをパージし、パイルバンカーを腹に突き刺して炸薬で杭を発射する。杭は深々とゴキブリジンの身体を貫き、シャルロットが杭を引き抜いて離脱するとゴキブリジンが爆死する。
 残るコウモルジンとドクガンバが攻めあぐねていると、シャルロットはスカイライダーに『プライベート・チャネル』で通信を入れる。

『兄さん、僕が合図したら右斜め下にスカイスクリューキックを打って。細かい座標は後で送るから』
『分かった、任せるぞ』

 アブンガーにカウンターの蹴りを入れると、スカイライダーはアブンガーを攻め立てつつ合図を待つ。
 シャルロットは右手にアサルトライフル、左手にマシンガンを持つと、コウモルジンとドクガンバに浴びせ始める。堪らずにコウモルジンが上に逃れ、ドクガンバは下降する。シャルロットはスラスターを噴射する。機動力の違いを生かし、コウモルジンの顔面にショットガンを叩き込んだかと思えば、ドクガンバの腹に機銃を浴びせるなど雲中を自由自在に飛び回る。コウモルジンとドクガンバは全く反撃できない。
 シャルロットの攻撃が一旦止むと、コウモルジンが耳を済ませる。やがて雲の向こうからスラスターを噴射している音が聞こえてくる。コウモルジンは極限まで神経を集中させて位置を割り出すと、ドクガンバに通信を入れる。

『ドクガンバ、俺が合図を出したら、真上へ突っ込め。ギリギリまで近付いて、一気に決めるぞ』

 コウモルジンは翼を使い音もなく飛翔し、シャルロットの真上に到達する。気付かれないよう、慎重に接近する。ついに肉眼でおぼろげに捉えられる距離まで迫る。シャルロットはまだ気付いていないようだ。

(どのような目をしているかは知らんが、真上と真下までは見れないようだな)

『今だ! やれ!』

 合図を出すと、コウモルジンとドクガンバはシャルロットを上下から挟み撃ちにする。あと数センチでコウモルジンの爪とドクガンバの拳が触れるかという瞬間、シャルロットの姿が消える。一瞬の間を置き、コウモルジンとドクガンバは勢いよく正面衝突する。

「スカイスクリューキック!」

 さらにスカイライダーが急降下し、スクリューのように身体を回転させながら蹴りを放つ。コウモルジンとドクガンバはまとめて胴体を貫かれ、爆散する。

(相手を照準に入れるのではなく、相手から照準に入らせる、か)

 シャルロットはかつて教官を務めていたアルベールの言葉を思い出す。
 IS同士の戦闘では、ただ狙って撃っただけではまず射撃が当たらない。互いに高速で動き回っている上、回避側に有利な条件が多いからだ。ゆえに射撃側は相手の回避コースを予測して撃つ必要がある。『ヴァルキリー』クラスともなると相手を狙うのではなく、いかに相手の回避コースを誘導して自分の狙いに飛び込ませるかが重要になる。ヴァルキリー同士の試合で時間の大半が読み合いと位置の取り合いに費やされるのはそのためだ。アルベールの言葉は、ISの射撃戦において重要なポイントを端的に述べたものだ。
 今回もコウモルジンとドクガンバの動きをコントロールし、上手く死地へ誘い込んだ。向こうはそれに気付かず、見事に釣られて突進してきた。そこで真横にスラスターを噴射して離脱した。両者からはシャルロットが突然消えたとしか思えないだろう。両者が正面衝突したところへ、合図を受けたスカイライダーが蹴りを放って終わりだ。
 スカイライダーは上昇し、残るアブンガーと対峙する。シャルロットも油断なくアサルトライフルを構える。アブンガーは他の怪人とは一味違うと、シャルロットの勘と読みが告げている。出来ればここで仕留めておきたい。スカイライダーも同じ考えらしく、一気に勝負を決めようとする。だがアブンガーは応じない。

「敵を侮り過ぎたか……スカイライダー、勝負は預けた!」
「待て!」

 アブンガーは大量の虻を呼び出すとスカイライダーとシャルロットにけしかける。スカイライダーが虻を払った瞬間、虻が次々と爆発して激しい閃光が発生する。スカイライダーの視力が奪われ、ハイパーセンサーがダウンし、二人は立ち往生する。しばらくすると光が消える。スカイライダーの視力が戻ってハイパーセンサーが回復する。アブンガーの姿はない。シャルロットは痕跡を探るが途中で消えている。逃げられたようだ。スカイライダーとシャルロットは一度雲から出る。

「逃げられてしまったか。よりによって、あの中で一番厄介なヤツに」
「あの怪人、やっぱりかなり危ないの?」
「ああ。俺もヤツにはかなり苦しめられたからな。とはいえ、過ぎたことを言っても仕方ない。SPIRITSや先輩、がんがんじいの無事を確かめよう」

 スカイライダーはゆっくりと降下を開始し、シャルロットも続く。するとシャルロットに茂から通信が入る。

『良かった、二人とも無事のようですね』

「はい。茂さんたちは?」

『SPIRITSは死傷者なし。今は残敵の確認と引き続き爆弾の捜索をしています。マスターとがんがんじいも無事ですよ。ただ、少しトラブルがあって……マスターとがんがんじいはしばらく動けそうにないんです』

「分かりました。お二人の座標を送って下さい」

 通信が切れると座標を受信する。避難所の一つだ。首を捻りつつもシャルロットはスカイライダーと共に飛翔する。
 避難所の近くに降下するとスカイライダーは変身を解き、シャルロットは展開を解除して制服姿になる。少し歩くと、避難所の前で騒ぎが起きている。洋とシャルロットは駆け出し、人混みへ向かう。

「落ち着いて下さい! まだ火災が発生している箇所があるんです!」
「放してくれ! まだ家のローンが20年も残ってるんだ!」
「家には親父の仏壇が置いてある! 放ってなんかおけるか!」
「駄目だ! 今飛び出していっても、あんたが巻き込まれちまうだけだ! 気持ちは分かるから、今は辛抱するんだ!」
「すぐに戻りますから! せめてアルバムだけでも取りに行かせて下さい!」
「危険です! 現在、消防と国防軍で消火作業に当たっていますので、もう少しお待ちを!」
「待ってなんかいられるか! 店が焼け落ちるかどうかの瀬戸際なんだぞ!?」
「まだ職場に大事な書類が残ってるかもしれないんだ!」
「ええから落ち着きや! 火事が収まって、安全確認されてから確かめても遅うない! まずは自分の命大事にせんと!」

 爆発したエリアに住んでいた市民が、他の市民や警官たちに制止されている。源次郎と勘次も制止する側に回っている。しかし数人の市民が制止を振り切り、飛び出していこうとする。慌てて洋とシャルロットが止めに入る。

「待って下さい! 危険です! まだ爆弾が残っているかもしれませんし、二次災害の危険もあります!」
「放せ! 8代前からやってる店なんだ! 俺の代で潰しちまったら、親父に顔向け出来ないんだ!」
「今出て行っても、火に巻かれるだけです! せめて火事が収まるまではここに……!」
「うるさいんだよ! どうせお前の家は無事なクセに! こっちは家も仕事場も焼かれて、家族の生活だってかかってるのに!」
「あなた!」
「お父さん!」

 シャルロットを罵倒した男は腕を振り払おうとするが、妻らしき女性に止められる。二人の子供であろう少女が歩いてくるのに合わせ、男は止めようとする妻と言い争い始める。それを少女が不安そうに見ている。シャルロットはしゃがみ込み、優しく抱いて背中を叩いてやる。

「大丈夫だよ。お父さんもお母さんも、君を嫌いになったんじゃないから。お姉ちゃんがお父さんを元に戻してあげるから」

 シャルロットは立ち上がり、男の下へ向かう。男は子供など眼中にないのか、妻すらも振り払おうとしている。
 ぱしん、と乾いた音が響く。
 シャルロットが男の頬を叩いたのだ。男は一瞬唖然とするも、すぐにシャルロットへ食ってかかろうとする。しかしシャルロットは有無を言わさず、黙って顔を少女の方へ向けさせる。
 少女は、今にも泣きだしそうだ。

「あなたの言ってることは分かりますし、気持ちは理解できます。そこまで必死になるのは当然だと思います。でも、あなたはこの子のお父さんなんですよ!? この子を本当に安心させてあげられるのは、仮面ライダーでもISでも軍隊でもない! あなたしかいないんです! なのに、あなたがそんなんでどうするんですか!? 取り乱すなとは言いませんが、せめて子供の前では見せないで下さい! どんなに貧しくても、厳しい目に晒されても、あなたが胸を張っていればあの子は辛くない! どんなことにだって耐えられる! 僕だってそうだった! だから、この子の前でだけは、我慢して下さい」

 シャルロットの言葉を受けると、男は力なくへたり込む。やがて妻に助け起こされると、子供と共に避難所へ戻っていく。他の避難者もある者は洋たちの説得を受け入れ、ある者は他の住人に諭され、またある者は諦めをつけて避難所へ戻る。
 それを、シャルロットは黙って見送ることしか出来ない。勘次と源次郎も黙っている。洋はシャルロットの横に立ち、煙が出ている方を見やる。

「幸い、死傷者は出てないそうだ。街も無事な箇所の方がずっと多い。そんなに、自分を責めたら駄目だ」

 洋は平静を保ってシャルロットの肩に手を置くが、内心は穏やかではない。

(確かに、誰も死んでいないさ。命さえあればまたやり直せる。俺もそう信じている。街の被害だってまだ少ない方だろう。だが、実際に家を焼かれて店を壊され、生活基盤を奪われた人にとって、それが何の救いになる? たとえ戦いが終わっても住むところや働く場所がない。電気もガスも水道もない。いつ生活が再建できるかも分からない。なにより、一緒に焼かれてしまった思い出は二度と返ってこないし、不安や心の傷はいつまで経っても消えはしない)
(ネオショッカーめ……よくも!)

 表情にこそ出さないが、洋は改めてネオショッカーへの怒りを燃やすのであった。

**********

 深夜。日本海に浮かぶ新潟県の『佐渡島』。その地下奥深くにネオショッカーの本拠地が存在する。
 本拠地にある司令室では、カーキ色の軍服を着用し、左目に眼帯を付けた男が立っている。右手には指揮杖を持ち、左手は機械製の義手となっている。男の前ではコウモルジン、ゴキブリジン、ドクガンバ、ムササベーダー兄弟が身を縮めて畏まっている。男は怪人たちを睥睨しつつ、口を開く。

「つまり、お前たちはスカイライダーではなく、シャルロット・デュノアとかいう小娘一人に、空中戦で翻弄された末に敗北を喫した、というのだな?」
「しかしゼネラルモンスター! あの小娘は摩訶不思議な攻撃を……!」
「言い訳など聞きたくない。お前たちの真の目的は、酸素破壊爆弾完成までスカイライダーの目をこちらから逸らし続けることにある。お前たちは、いわば捨て駒だ。だが、決してスカイライダー抹殺を軽視しているわけではない。ましてや、改造人間ですらない小娘に負けたなど、聞きたくもないわ」

 男ことゼネラルモンスターが視線を鋭くすると、怪人たちは震えあがる。
 ゼネラルモンスターはネオショッカーの大幹部で、日本支部長を務めていた。しかしスカイライダーに煮え湯を飲まされ続け、最後は自ら挑んだが敗れ去った。ゆえにスカイライダーの実力は敵ながら高く評価している。だからこそ、怪人たちが倒されることなど織り込み済みだ。どうせいくらでも復活させることが出来る。しかし、どこの馬の骨かも分からぬ小娘に負けたとあっては腹が立ってくる。
 ゼネラルモンスターが怒りの行き場を探していると、今度は角の付いた兜と派手な鎧を付け、赤いマントを羽織った怪人物が姿を現す。ゼネラルモンスターは怪人物へ向き直る。

「魔神提督、会談は終わったのか?」
「うむ。今日、沖縄の銀王軍が1号ライダーに倒されたそうだ」
「ほう、予想外に早いな。もう少し保つかと思ったが」

 怪人物こと魔神提督の言葉を聞くと、ゼネラルモンスターは意外と言いたげな顔をする。
 魔神提督もまたネオショッカーの大幹部で、ゼネラルモンスターの後任として日本支部長を務めていた。着任の際、魔神提督はスカイライダーを道連れにしようとしたゼネラルモンスターを処刑した。もっとも、ゼネラルモンスターは根に持っていない。失敗は死で償うのがネオショッカーの鉄則、単に処刑するタイミングが悪かっただけの話だ。
 魔神提督は先ほどまで他の組織の幹部と通信で会談していたが、どうも銀王軍が壊滅したようだ。

「しかしゼネラルモンスター、随分と機嫌が悪いではないか」
「こやつらの報告を聞けば分かる。お前たち、魔神提督にもわしと同じように報告せよ」
「し、しかし!」
「いいから報告せよ」

 ゼネラルモンスターに加え魔神提督にまで凄まれ、怪人たちは観念する。そして、まずゴキブリジンから報告を始める。

「は、はい。我々はご命令通り、スカイライダーと小娘を上空に誘い出しました。ですがあの小娘、なかなかの強敵で……」
「前置きはいい! 本題に入れ!」
「ははっ。あの小娘、超音速で飛行できる上に我々よりも小回りが利きました。その上、音速を越えたにも関わらずその場に静止したり、静止した状態から一瞬で音速に到達したりと、慣性を無視したかのような動きをするのです」
「武器も武器で驚異的なものを使っております。私めはアサルトライフルの散弾で首を斬られました」
「私は振り下ろされた剣からのスラッグショットを頭に受け、ランチャーの隠し刃で頭を爆破されました」
「私も剣から出た炎に全身を焼かれ、杭で腹を貫かれました」
「それどころか、あの小娘は超能力が使えるようです。今回も雲に隠れた我々を透視能力で探知し、私とコウモルジンの突撃をテレポートで回避したものと思われます。結論を申し上げますと……」
「もういい!」
 
 ドクガンバの言葉を切り、怒りを剥ぎ出しにした魔神提督が剣を抜き放つ。怪人たちは震えて平伏する。

「お前たち、わしが最も嫌いなものがなにか、分かっておるな? それは無能よ! 小娘一人に翻弄されたのも許せんが、それ以上に敵の手の内すら分からぬとは!」
「落ち着け、魔神提督」

 怒り狂う魔神提督をゼネラルモンスターが制する。
 魔神提督とゼネラルモンスターは、色々な意味で対照的だ。比較的冷静なゼネラルモンスターに対し、魔神提督は割と感情的になり易い。作戦方針もゼネラルモンスターが堅実さを優先するのと反対に、魔神提督は派手で大規模な作戦を好んで採用する。意志決定もブレーンを抱えるゼネラルモンスターと違い、魔神提督はほとんど他人の意見を聞こうとしない。しかし、一番の差異は部下への接し方だろう。
 ゼネラルモンスターは元軍人なので上下関係には厳しいし、規律も重んじる。なので部下には威圧的に接するが、感情に任せて部下を処刑することはない。一方の魔神提督は有能な部下にはかなり鷹揚に接する反面、無能と見ればその場で部下を処刑するなど扱いが極端だ。しかも魔神提督は部下を能力でしか見ないので、怪人の性格面での相性を考慮せずに二体同時投入することが多い。能力的には申し分ない組み合わせだが、性格的な相性が最悪なせいで失敗した作戦がいくつもある。

「それと、いい加減に出てきたらどうだ?」
「お前の存在に気付かぬわしらではないぞ、アブンガー」

 ゼネラルモンスターと魔神提督は同時に物陰で隠れているアブンガーへ呼びかける。アブンガーは姿を現し、口を開く。

「申し訳ありません。私に気付くとは流石ですな」
「世辞はいい。用件を述べよ」
「ははっ。単刀直入に申しますと、シャルロット・デュノアとかいう小娘、侮ってはなりません。流石に超能力は使えないでしょうが、仮面ライダーとは別方向に厄介な能力を持っております。飛行能力もさることながら、どうも我々にすら反応できない速度で武器を切り替えることが出来るようです」
「なるほど。それで、対策は?」
「これから映像を解析してみようと思います。スカイライダーと違いデータがありませんので、まずはもっと必要なデータを集めねば話になりません」
「うむ。ならばすぐに取りかかれ。お前たちも下がってよし」
「ははっ!」

 魔神提督が怪人を下がらせると、ゼネラルモンスターが口を開く。

「インフィニット・ストラトス、か……人間どもめ、厄介な代物を作ってくれた」
「なあに、アブンガーのことだ。何かしら糸口を見つける筈だ。それより、今後の作戦はどうする?」
「うむ。陽動に成功したお陰で、資材は無事に搬入できた。あとは製造を開始するだけだが、なんとしてもスカイライダーをこの島から引き離しておかねばならん。しばらくは戦線を派手に動かしつつ、やつらと根競べをすることとなろう」
「ならばわしに考えがある。今、石川に『ボーヒネン財団』理事長、フレイヤ・ボーヒネンが滞在しているそうだ」
「データによるとバイオテクノロジーの権威、ボーヒネン博士が『製造』した解毒能力を持つ改造人間だったな」
「うむ。しかもそやつ、筑波洋めと面識があるという。わしが言いたいことは……わかるな?」
「なるほど、スカイライダーを引き寄せるには十分すぎる餌というわけだ」

 ゼネラルモンスターは魔神提督の意図を悟り、口元を歪める。
 直後に一体のアリコマンドが入室し、敬礼すると魔神提督に耳打ちする。

「なに? まことか? ならばいますぐ連れてこい!」
「ケイーッ!」

 魔神提督は喜色を浮かべ、アリコマンドに命じる。

「ほほう、あの男の蘇生に成功したか」
「うむ。幸い脳が生きた状態で保存されておったのでな。これで酸素破壊爆弾の完成を一気に前倒し出来る」

 ゼネラルモンスターも内容を察し、満足げに頷く。するとアリコマンドに引っ立てられて一人の男が連れてこられる。ゼネラルモンスターと魔神提督は笑い、男へうやうやしく一礼する。

「博士、気分はどうですかな? おっと、そんなに睨まないで頂きたい。我々はまた、あなたに協力してもらいたいのです」
「博士の力があったから、我々は酸素破壊爆弾の製造に成功した。博士、もう一度酸素破壊爆弾を製造して欲しい。酸素破壊爆弾の大元を作ったあなたの協力がなければ、短時間で完成させることなど不可能だ」

 最後に、ゼネラルモンスターと魔神提督が声を揃え、連れられてきた男の素性を口にする。

「『オキシジェン・デストロイヤー』の発明者、芹沢大助博士――」 



[32627] 第六十二話 疑心
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:be6c493f
Date: 2016/12/03 22:52
 四国地方が一時黒雲に覆われた翌朝。石川県小松市にある『小松基地』。現在はSPIRITS第8分隊が間借りしている基地の格納庫。寝袋に包まって仮眠を取っていたシャルロットが目を覚ます。洋はネオショッカーのアジトを探索しに行ったのか、周囲を見渡しても姿が見えない。
 開戦以来、ネオショッカーは都市への攻撃や発電所をはじめとするライフライン関連施設の襲撃、さらには新兵器のテストなど北陸中で派手に動いている。その都度シャルロットたちが出撃して潰しているが、いたちごっこなのが現状だ。無論、シャルロットたちも手を拱いているただけではない。インターポールからの情報や目撃証言などからネオショッカーのアジトを割り出し、先手を打って潰したこともある。石川だけでもすでに三つのアジトを発見し、二度と使えぬよう徹底的に破壊した。だが、ネオショッカーの動きは激しさを増す一方だ。酸素破壊爆弾の存在もあるので、一刻も早く本拠地を見つけ出して叩かなければならない。
 シャルロットは寝袋から出て、寝巻代わりでもあるISスーツの上に制服を羽織る。時刻を確認すると、間もなく七時だ。建物内では一部の隊員が壁や床を背に仮眠を取っている。夜間は四交代で見張りや事態急変に備えているそうなので、頭が下がる。今朝も茂率いる一隊が偵察に出ている。特にシャルロットはまとまった睡眠時間を取るよう茂から言われているので、なおさらだ。もっとも、洋と並んで対怪人の主力となるシャルロットが万全の状態でないと困る、というのが寝かされている理由だが。
 いまだに重い瞼を擦り、一度欠伸をするシャルロットにコーヒーの入ったマグカップとサンドウィッチが差しだされる。

「おはよう、シャルロットさん。モーニングコーヒーでもどうだい?」
「ありがとうございます、谷さん」

 差し出したのは源次郎だ。シャルロットはマグカップに口を付ける。砂糖とミルクが入っているが、どこかあっさりとした飲み口だ。コーヒーを飲みながらサンドウィッチを食べ終えると、シャルロットの頭が本格的に覚醒する。どこかぼやけていた視界もはっきりしてくる。

「それで、昨夜滝君が話してくれた件についてなんだが、本当に良かったのかい?」
「……篠ノ之博士のことについては、本人たちの意志を尊重すべきだと思いますから」

 源次郎の問いに、シャルロットが静かに答える。
 昨夜、四国で篠ノ之束がSPIRITSと接触、協力してデストロンを撃退したことや束がSPIRITSに志願したと和也から伝えられた。そこで束をSPIRITSに編入しても構わないかと打診され、洋や勘次はすぐに賛成した。SPIRITS第8分隊でも協議の末に賛成することが決まり、源次郎は敢えて賛否を表明せず和也に判断を一任した。
 シャルロットの回答は、条件付きでの賛成だ。今の状況では敵が少ないに越したことはないし、本人が望むのならシャルロットも志願についてとやかく言う気はない。なにより、自分は人のことをとやかく言える立場ではない。事情がどうであれ、自分のやってきたことは紛れもなく犯罪だったのだから。しかし、流石に箒と千冬の意向は考慮すべきだろう。部外者のシャルロットと異なり、この二人には束と個人的な繋がりがある。
 そこまで考えたシャルロットは立ち上がり、未だに寝ている勘次を起こしにいく。勘次は鎧兜をつけたまま、壁に寄り掛かって盛大にいびきをかいている。シャルロットがしゃがんで数回身体を揺すると、勘次も目を覚ます。兜を被ったまま欠伸をすると、一度兜を外して源次郎から受け取ったコーヒーとサンドウィッチを口にする。

「そう言えば、洋はんはどこに?」
「多分、ネオショッカーのアジトを探しに行ったんだと思います」
「洋はんも朝から大変やな。けど、ほんならわいも連れてってくれりゃええもんを」
「なに、洋なりの気遣いだろう。前にもここへ夜襲があったりして、最近はろくに寝れてないんだ。俺やSPIRITSはともかく、シャルロットさんや矢田君はキツいと思ったんだろうな」
「僕は全然大丈夫なんですけど……徹夜とかは結構慣れてますし」
「わてもこんくらい、屁でもないっちゅうのに。洋はんこそいつも無理し過ぎやで」

 源次郎の言葉にシャルロットは苦笑し、勘次は愚痴るように呟く。
 昼間だけでなく夜間にもネオショッカーが出現することもある。なので、ここ数日シャルロットや勘次の眠りは浅くなっている。シャルロットは元々徹夜は慣れていたし、代表候補生となった後は夜間戦闘訓練も経験したので問題ない。勘次も一見すると問題なさそうだ。ただ、改造人間の洋と違って二人ともそこまで無理は出来ない、という判断だろう。とはいえ、いくら改造人間でも脳は生身のそれだ。いずれは洋も休ませないと限界が来る。シャルロットや勘次が言っても聞かない可能性が高いので、源次郎から言って貰うのが一番なのかもしれない。
 シャルロットが思案していると、勘次がサンドウィッチを食べ終えコーヒーを飲み干す。カップを片付けようとすると、偵察に出ていた茂が部屋に入ってくる。他の隊員も一緒だ。部屋に残った隊員が敬礼すると、茂は敬礼を返しつつシャルロットへ歩み寄る。

「シャルロットさん、先ほどネオショッカーのアジトを発見しました。これから潰しに行くので、準備しておいて下さい。洋さんが戻り次第出発します」
「分かりました」

 どうやら茂たちがネオショッカーのアジトを発見したようだ。シャルロットは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を展開し、空間投影式ディスプレイと接続して各部のチェックを開始する。
 一方、後片付けを終えた源次郎の通信機にも通信が入る。

「谷だ……洋か。さっき、茂が偵察から戻ってきた。ネオショッカーのアジトが見つかったそうだ。……何? そっちもだと? 場所は? ……分かった、少し待ってくれ」

 通信を一度終えた源次郎は、集合した隊員に説明を終えた茂の下へ向かう。

「茂、洋から連絡だ。なんでも、あいつもネオショッカーのアジトを見つけたらしい。今は少し張り込んで様子を見ているそうだ」
「アジトの場所は?」
「福井県敦賀市、だそうだ。あそこには発電所もあるからな。前にも襲撃があったし、洋も目星をつけてたんだろう」
「と、なると少し困ったことになりますね」
「困ったこと?」
「ええ。我々が発見したアジトは七尾市にあるんですよ。福井とは、丁度反対方向だ」
「それがどうしたんだ? 多少時間がかかってもどっちかを先に潰して、残った方を後から潰せばいいじゃないか」
「簡単には行かないと思いますよ。時間を稼ごうって肚なのか、向こうは消耗戦を仕掛けてきているようです。今は我々も十分に戦えていますが、長引けばこちらが不利になる。だったら、こちらは出来るだけ早い内に敵戦力を消耗させないといけません。片方のアジトを潰しているうちに、もう片方のアジトから資材を無傷で運び出されるのが一番まずい。出来れば、両方のアジトを迅速かつ徹底的に破壊しておきたんです。残された時間も分からないなら、なおさら」
「確かに、酸素破壊爆弾がどうなっているかもハッキリしないからな。なら、これからどうするんだ?」
「幸い、今の我々には仮面ライダーと同じくらい頼もしい味方がいます。二手に別れて同時攻撃をかけるのが上策かと」
「分かった。洋には俺から連絡しておく」

 茂の案を聞いた源次郎は一度洋に通信を入れる。

「洋、俺だ。いや、アジトの件なんだが二面作戦で行こうって話になっているんだ。そいつをお前に伝えておきたくてな……なに? お前一人でどうにかする気か? おいおい、いくらなんでも……分かった。だが、無理はするなよ?」

 通信を終えた源次郎は茂に向き直る。

「マスター、どうかしたんですか?」
「洋のヤツ、敦賀のアジトは自分一人で潰すと言ってきやがった。詳しいことは分からないが、あまり時間がないとも言っていたな」
「もしかすると、敦賀市のアジトで大きな動きがあったのかもしれません。なら、我々も急いだ方が良さそうだ。今は洋さんの言う通りにしましょう」

 洋の返答を伝えると、茂は少し思案した後に隊員を再招集する。茂が隊員に事のあらましを説明し始めるのと同時に、整備を終えたシャルロットも『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を待機形態に戻し、説明を聞きにやってくる。勘次もやや遅れて説明を聞き始めるが、洋が単独行動すると聞くと、不満そうな顔をする。

「なんや洋はん、抜け駆けは勘弁と前も言うといたのに。そんなにわいが活躍するチャンスを奪いたいんか?」
「そう腐りなさんな。あいつにもちゃんと考えがあるんだ。とはいえ、洋だけにやらせるってわけにもいかないな……」

 勘次を窘めつつも源次郎は顎に手を当てて考え始める。茂が説明を終えると、結論を出した源次郎が声を上げる。

「茂、ちょっといいか?」
「何か?」
「アジトの件だが、俺は矢田君と一緒に敦賀へ行こうと思う。いくら洋でも、単独行動は不味いだろう」
「分かりました。洋さんはマスターに任せます」
「僕たちも終わり次第、すぐ援護に向かいますから」
「心配せんでもええ、シャルロットちゃん。敦賀のネオショッカーは日本一のスーパーヒーローがんがんじい様と、スカイライダーとで面倒みたるからな」

 源次郎の提案を受けて胸を張る勘次に、シャルロットや茂が苦笑する。他の隊員も慣れたのか、特にツッコミを入れない。

「よし、すぐに出撃だ! ネオショッカーのクソッタレ共に、人間の底力ってヤツを見せてやろうぜ!」

 茂が檄を飛ばすと、隊員たちは駆け出して続々とヘリに乗り込んでいく。シャルロットも『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を展開し、空へと舞い上がる。

『位置情報を送信しますので、先行して下さい。我々が到着するまでは待機で。しかし、もし向こうに大きな動きがあるのならあなたの判断で先に攻撃しても構いません』

「了解です。敵の状況も含めて、向こうに到着次第追って連絡します」

 茂との交信を終えたシャルロットは送信されたデータを確認する。間もなくハイパーセンサーにアジトの位置情報が表示され、一路七尾市に向かって飛んでいく。SPIRITS第8分隊を乗せたヘリもシャルロットを追って飛び立つ。

「俺たちも行こう。洋がもう始めているかもしれないしな」

 シャルロットたちを見送った源次郎はジープに乗り、勘次は原付に跨る。そして敦賀市の方向に走り出すのであった。

**********

 福井県敦賀市。古来から交通の要衝とされ、発電所も多く抱えるこの都市にある『敦賀港』。その埠頭ではひっきりなしにジープが走っている。乗っているのはアリコマンドだ。巡回のようだ。
 早朝から偵察に出ていた洋は、敦賀市の郊外でアリコマンドが乗ったトラックを発見し、尾行を開始した。今は港にある倉庫へ上手く入り込み、巡回のアリコマンドをやり過ごしている。どうやら、近くにアジトがあるのは間違いないようだ。密かに源次郎へ連絡を入れた後、洋は倉庫の窓から外の様子を窺い始める。

(巡回は20分に1回、ジープ3台か。それなりに規模があるだけでなく、重要度も高そうだな)

 巡回するアリコマンドの様子を見て、洋は内心思案する。
 アジトの正確な所在は不明だが、十中八九海の中だろう。潜入するにせよ強行突入するにせよ、洋たちにとっては面倒な立地だ。アジト内に怪人が詰めている場合、洋も無傷というわけにはいかない。最悪ここで足止めされて、他のアジトから無傷で撤退されてしまうかもしれない。今のうちに敵戦力を削っておきたい洋たちにとって、好ましくない状況だ。出来れば、ここと七尾市のアジトは同時に潰しておきたい。すると洋が持つ通信機に通信が入る。

「こちら洋」

『洋、俺だ』

「先輩! なにかあったんですか?」

『いや、アジトの件なんだが二面作戦で行こうって話になっているんだ。そいつをお前に伝えておきたくてな』

 通信を入れてきたのは源次郎だ。どうやら、茂たちも同じ考えであったようだ。とはいえ、小松基地からここまでは少し距離があるし、警戒も厳重だ。ISを持つシャルロットはともかく、SPIRITSの到着は遅くなるだろう。かといって、シャルロットをこちらに回して貰うわけにはいかない。その間にも、複数のトラックが港に到着しては倉庫前を通ってどこかに走り去っていく。

(なら、ここは俺一人で潰した方が良さそうだな)

 少し考えた後に洋は決断し、口を開く。

「先輩、敦賀のアジトは俺一人でなんとかします。先輩はシャルやSPIRITSと一緒に七尾市のアジトを」 

『なに? お前一人でどうにかする気か? おいおい、いくらなんでも……』

「ケイーッ! 怪電波の発信源はここだな?」
「きっとスカイライダーの一味に違いない。探し出して処刑してやる!」

(ネオショッカーめ、逆探知してきたか)

 通信途中で複数のアリコマンドが入ってくると、洋は舌打ちする。どうやら、残された時間は長くないようだ。アリコマンドは探知機を手に、倉庫内をくまなく調べ始めている。

「すいません、状況が変わりました。また後で連絡します」

『分かった。だが、無理はするなよ?』

 一度通信を切ると、洋は物陰に身を潜める。アリコマンドが徐々に近づいてくると、息を押し殺して待ち構える。そして一体のアリコマンドが洋の隠れている場所へ顔を出した瞬間、右正拳突きを顔面に叩き込む。

「ケイーッ!?」
「トオッ!」

 殴られたアリコマンドが吹き飛ぶと、他のアリコマンドも立ち止まって一斉に視線を向ける。その隙に洋は跳躍し、別のアリコマンドに上段回し蹴りを入れる。

「筑波洋だ!」
「増援を要請しろ!」
「アジトにも連絡だ!」
「そうはさせるか!」

 残るアリコマンドは一斉に洋へ飛びかかり、通信係の一体が通信機を取り出す。洋は先頭のアリコマンドを渾身の力で投げ飛ばし、通信係に直撃させて同時に処理する。残るアリコマンドにも裏拳や足刀蹴り、手刀を打ち込んで沈黙させる。最後のアリコマンドに踵落としを決めると、洋は適当なアリコマンドから覆面と戦闘服を剥ぎ取る。

(この顔はゼネラルモンスター!?)

 そこでアリコマンドの顔がゼネラルモンスターに酷似していることに気付き、残るアリコマンドの覆面も剥がしてみる。半数近くがゼネラルモンスターと、残る半数が魔神提督とよく似た顔立ちをしている。一文字隼人の報告通り、大幹部をベースにした素体のうち、品質が悪い物を戦闘員に仕立てたのだろうか。洋は一度思考を打ち切り、戦闘服と覆面を着用する。

「ケイーッ! どうした!?」
「スカイライダーの仲間は捕まえたのか!?」

 少し遅れて別のアリコマンドの一隊が倉庫に突入してくる。洋は何食わぬ顔で姿を見せると、奇声と共に敬礼して口を開く。

「残念だが、俺以外はスカイライダーにやられて全滅だ」
「スカイライダーだと!? まさかヤツ自身が来ていたとは! それで、今はどこに!?」
「逃げられてしまった。だが、そう遠くには行っていない筈だ」
「分かった。すぐに応援を要請して、この一帯を封鎖させよう。お前はアジトに戻ってヒカラビーノ様に報告を」
「ああ。後は頼んだぞ」

 最後まで気付かれぬまま、洋は倉庫を出て別のアリコマンドと共にジープに乗り込む。間もなくジープが走り出し、倉庫から離れていく。しばらく走って貨物船用の埠頭につくと、アリコマンドたちはジープから降りる。洋も少し遅れて降車すると、海の中から何かかが浮上してくる。

(潜水艦……アリコマンドの移動にはこれを使っていたのか)

 顔を出した大型潜水艦を見て、洋は内心呟く。トラックに積んだ資材は別の方法でアジトに運び入れているのだろうか。アリコマンドに促され、埠頭から潜水艦の甲板に飛び移った洋はハッチを開けて中に入る。梯子を下りると、潜水艦の発令所らしき場所に出る。洋は敬礼しつつ潜水艦の奥にある船室に入る。残るアリコマンドも船室に入ると潜水艦は潜航する。少し時間が経つと、艦内にアナウンスが流れる。アジトに到着したようだ。洋は他のアリコマンドと共に甲板から出て、潜水艦から降りる。到着したのは、アジトのドックのようだ。
 洋はアジト内をそれとなく見回していたが、アリコマンドに促されて歩き出す。ヒカラビーノへの『報告』がまだ残っているのだ。長い廊下を進んでいくと、司令室の前に到着する。扉が開くと洋は敬礼し、部屋の奥へ進んでいく。案の定、ヒカラビーノがいる。その横にはゾンビーダも立っている。他に怪人はいないようだ。ヒカラビーノは洋に気付く様子もなく、敬礼するのを手で遮ってから口を開く。

「敬礼はいい。早急に聞きたいことがある。お前が発見したのは、スカイライダーで間違いないんだな?」
「はい、見間違える筈がありません。ヤツは確かにスカイライダーでした」
「しかし、なぜお前だけが生き残ったのだ?」
「スカイライダーは何か急いでいるようでした。自分が生き残っていたとも気付かず、倉庫の外へ飛び出していったのです」
「ならどうしてお前も足止めしなかったのだ? 情けない」

 ヒカラビーノは洋に難癖を付け始める。怪しまれないよう、洋は怯えたような素振りを見せる。ヒカラビーノは少し思案していると、ゾンビーダが割り込んで杖を突き付ける。

「ゾンビーダ、なんのつもりだ?」
「なんのつもりもクソもあるか! こやつは卑怯にもスカイライダーに立ち向かわず、ノコノコと生き延びたのだ! そのような臆病者、生かしておいては士気に影響する! 臆病者はこの場で処刑しなければならん!」
「それもそうだな。というわけだ、貴様にはここで死んで貰う!」

 納得したヒカラビーノは身体に巻いた包帯を伸ばし、ゾンビーダは杖を振り下ろす。しかし洋は身を開いて杖を回避し、包帯を掴み取る。

「貴様! アリコマンドの分際で俺たちに逆らうつもりか!?」
「生憎だが、ネオショッカーに殺されてやるわけにはいかない!」
「なんだと!?」
「ヒカラビーノ! ゾンビーダ! 俺が誰なのか、まだ分からないようだな!」
「訳の分からんことを! お前たち、取り押さえろ!」
「ケイーッ!」

 洋が不敵に言い放つと、ゾンビーダの命令を受けたアリコマンドが一斉に飛びかかる。洋は跳躍して包囲網を脱出すると、着地と同時に覆面と戦闘服を脱ぎ捨てる。

「筑波洋だと!?」
「まさか、我々を謀ったのか!?」
「その通りだ! 今まで気付けなかったのが運の尽きだな!」
「黙れ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ! ここが我らのホームグラウンドであることを忘れたか!? 返り討ちにしてくれる!」

 ヒカラビーノが掴みかかり、ゾンビーダが杖を振り上げて襲ってくると洋は床を転がって距離を取る。近くのアリコマンドを数体殴り飛ばすと、両手を頭上で交差させた後に一度右拳を突き出す。

「スカイ!」

 すぐに右拳を引いて開いた左手を突き出し、円を描くように左腕を動かして左斜め上で止める。

「変身!」

 左手を腰に引き右腕を左斜め上に突き出すと、ベルトの風車が眩く光りながら回転する。光が消えると、スカイライダーに変身した洋が姿を現す。

「ヒカラビーノ! ゾンビーダ! この世に仮面ライダーがいる限り、貴様らの思い通りになることは何一つとしてないぞ!」
「相変わらず減らず口を! やれ!」

 スカイライダーが啖呵を切ると、アリコマンドが奇声を上げながら殺到する。先頭のアリコマンドへ中段つま先蹴りを入れたスカイライダーは、両側から迫るアリコマンドの首筋に手刀を同時に打ち込み、背後のアリコマンドにソバットをお見舞いする。別のアリコマンドの頭に回し蹴りを入れると、スカイライダーは一度跳躍してアリコマンドの肩に乗る。

「必殺飛び石砕き!」

 スカイライダーはそのまま飛び石の要領でアリコマンドの上を次から次へと飛び移り、その度にアリコマンドの肩や頭を踏み砕いていく。ある程度数を減らすとアリコマンドから降り、残るアリコマンドへ連続蹴りやチョップの連打を浴びせて全滅させる。

「役立たず共が! 仕方ない、我々の手でスカイライダーの息の根を止めてやる!」

 地団駄を踏んだヒカラビーノは額のランプを点滅させ、ゾンビーダと並んでスカイライダーに挑む。ヒカラビーノが全身の包帯を伸ばし、スカイライダーの右腕に巻きつけようとするが、すんでの所で掴み止められる。ならばと包帯から溶解液を噴出する。しかしスカイライダーは包帯を放し、ジャンプして一度距離を取る。そこにゾンビーダが杖で腹を狙って突きを放つ。両手を交差させて杖を受け止めると、スカイライダーの放った上段蹴りがゾンビーダの顎に入る。

「ええい、ならば甦れ! ゾンビー!」

 大きくよろけたゾンビーダは杖を振り上げ、倒されたアリコマンドを復活させる。復活したアリコマンドは続々と飛びかかってはスカイライダーに倒されるが、何度やられても平然と立ち上がる。

「どうだ、俺様のゾンビーの力は! いくら貴様とて、動く死人をもう一度殺すことまでは出来まい!」

 ゾンビーダは杖を破壊されないよう、必死に逃げ回りながらスカイライダーを嘲る。アリコマンドを殴り倒しつつ、杖を破壊しようと接近を試みるスカイライダーだが、ヒカラビーノが包帯から溶解液を飛ばして妨害する。溶解液をかわして、杖の破壊を狙うスカイライダーだが、打撃を入れても溶解液を浴びてもすぐ復活するアリコマンド相手に苦戦を強いられる。背後から掴みかかるアリコマンドの顎を後ろ蹴りで砕いたスカイライダーの首に、とうとうヒカラビーノの包帯が巻きつく。
 両手で包帯を掴み、必死に引き剥がそうとするスカイライダーを見て、ヒカラビーノとゾンビーダは高笑いを上げる。

「どうやらここまでのようだな! なあに、すぐには殺さん。積年の恨みを晴らすために、溶解液で全身をゆっくりと溶かしてやる!」

 ヒカラビーノは包帯を通し、溶解液を全身から送り込もうとする。

「生憎だが、詰めが甘いぞ!」 

 包帯の先端から溶解液が噴射される直前、力を振り絞って巻きついた包帯を引き剥がしたスカイライダーはその先端をゾンビーダに向ける。すると勢いよく噴射された溶解液が杖に直撃し、瞬く間に溶かしてしまう。同時にアリコマンドがその場に倒れ、ピクリとも動かなくなる。

「しまった! ゾンビーが!」
「今度はこちらの番だ! 行くぞ!」

 悔しがるゾンビーダにスカイライダーが飛びかかり、ドロップキックを顔面に入れる。大きくよろけたゾンビーダの背後を取ると腰を掴み、柔道で言う反り投げで頭から床に叩きつける。スカイライダーは倒れたゾンビーダの両足を抱えると、ジャイアントスウィングでヒカラビーノの下へ投げ飛ばす。まとめて壁に叩きつけられたヒカラビーノとゾンビーダへトドメを刺すべく、スカイライダーが跳躍する。

「スカイ!」

 空中で前転したスカイライダーはヒカラビーノに飛び蹴りを放ち、蹴りの反動でもう一度宙に舞う。

「ダブルキック!」

 スカイライダーは再び空中で身を翻し、二撃目の飛び蹴りをゾンビーダの胸に打ち込む。スカイライダーが着地すると、ヒカラビーノとゾンビーダは悔しさを隠そうともせず口を開く。

「おのれ! またしても貴様などに……!」
「だが、ただでは死なんぞ! せめて貴様だけでも、アジト諸共道連れに……!」

 両者が同時に倒れ込んで爆発すると、アジト内に警報音が鳴り響く。不審に思うスカイライダーだが、怪人の爆死ともまた違う爆発音を聞きとる。

(そうか! アジトの自爆装置は怪人の死と連動していたのか!)

 怪人を倒したことでアジトの自爆装置まで起動したようだ。爆発音の間隔は徐々に短くなっており、鈍い衝撃も伝わってきている。あまり時間はなさそうだ。スカイライダーはすぐに司令室を飛び出して潜水艦のあるドックを目指す。廊下を突き進み、ドックに到着すると壁に亀裂が入る。そして亀裂から大量の海水が入り込み、みるみる内に浸水していく。潜水艦の発艦用水路も瓦礫で塞がれている。

(どうやら、自力で脱出するしかなさそうだ)

 スカイライダーは意を決して水嵩の増した水路へと飛び込む。水路を塞ぐ瓦礫をどけてスペースを作ると、そこから水を掻いてアジトの外へと出る。脱出したスカイライダーが浮上を始めてしばらくすると、アジトが大爆発を起こして崩落する。衝撃波にもみくちゃにされつつもスカイライダーは無事に海面まで出る。港まで数キロはありそうだ。

「セイリングジャンプ!」

 スカイライダーはベルトの両脇にあるスイッチを押し、海面から飛翔する。そのまま風に乗って一度港を目指す。埠頭に降り立つと、ジープに乗った源次郎と原付に跨った勘次が近くまで来ている。

「先輩! がんがんじい!」
「洋!」
「洋はん!」

 スカイライダーが声を上げると、源次郎と勘次が駆けつける。

「その様子じゃアジトは潰し終わったようだな」
「ええ。連中がこちらを逆探知してきた時はどうなるかと思いましたが」

 スカイライダーは頷くと、右手を斜め上に突き出してスカイターボを呼び出す。

「俺たちも七尾市まで行きましょう。シャルなら大丈夫だと思いますが、油断は出来ない」

 一方、七尾市の『観音岬』に到着したシャルロットは、灯台の近くでSPIRITS第8分隊の到着を待っていた。アジトがあるのはこの先の海上だ。頭部のみ部分展開したシャルロットはハイパーセンサーでアジトの様子を窺う。黒いドーム型の建物で、出入り口は見当たらない。船やヘリでの出入りも確認されていない。

(どうやってアジトに出入りしているんだろ?)

 内心疑問を抱くシャルロットだが、ヘリのローター音を聞きとると上に視線を向ける。第8分隊が到着したようだ。続々とラベリングで降下した隊員は油断なく周囲を警戒し、ヘリが飛び去るのと同時に茂がシャルロットの下へやってくる。

「アジトの様子は?」
「今のところ、動きはないみたいです。アリコマンドの出入りもないのが少し気になりますけど。どうやって入るのかも分かりませんし」
「出入り口は地下にあるようです。追跡したアリコマンドは大体この辺りで姿を消していましたから」
「なら、これからどうするんですか?」
「ある程度目星はつけたので、手分けして探すしかないでしょう。それと、例の物はこちらに」
「ありがとうございます。助かりました」

 シャルロットは茂から男装時に使っていた特殊なコルセットを受け取る。潜入工作に使えないかと考え、一応持ち込んでおいたものだ。続けて別の隊員からアリコマンドの戦闘服と覆面を渡される。茂を含めた一部の隊員もヘルメットを脱ぎ、SPIRITSスーツの上から戦闘服を着込み始める。シャルロットはコルセットと戦闘服を持ったまま、キョロキョロしている。

「シャルロットさん、どうしました?」
「あ、いえ、その……」
「っと、失礼しました。灯台の入り口は俺が見張っておきますから、着替えはそちらで。そういう訳だから、覗きなんて考えるなよ?」

 シャルロットの言わんとしていることを理解した茂は灯台で着替えるよう勧め、隊員に釘を刺す。シャルロットが扉を開けて灯台に入ると茂が立哨に立つ。
 灯台に入ったシャルロットはかつて使われていた事務室に入り、一度制服を脱ぐ。続けてISスーツの上部分だけ脱いでコルセットを巻き、スーツを戻すとネックレストップを首に掛け直す。

(やっぱり、窮屈だな……)

 胸を締め付ける感覚に閉口しつつも、シャルロットはISスーツの上から戦闘服を着用しようとする。しかし突如として背後から口を塞がれ、首元にナイフを突きつけられる。突然の出来事に驚きつつも視線を周囲に巡らす。袖から察するに敵は黒いスーツを着ているようだ。

「大人しくしろ。声を上げれば命はないものと思え。なあに、まだ殺しはしない。貴様もまたスカイライダーやSPIRITSに対する人質となるのだからな。連れて行け!」

(こいつ、ネオショッカー!)

 敵が指示を出すと、アリコマンドが奇声を上げて数体出現し、シャルロットに目隠しをする。そのままシャルロットはアリコマンドの肩に担ぎ上げられ、どこかへと運ばれていく。
 一方、しばらく経ってもシャルロットが出てこないことに不審を覚えた茂は、何度か通信を入れていた。しかしシャルロットは応答しない。少し思案した茂は一度様子を見に行くことを決め、信用のおける数人の隊員を連れて灯台に入る。そしてシャルロットがいるであろう事務室の前まで来ると、茂がトアをノックする。

「シャルロットさん、叶です。どうかしましたか?」

 呼びかけても返事はない。数回呼びかけを繰り返すが、結果は同じだ。ホルスターに手を掛けた茂はゆっくりとドアノブを掴み、一気に開く。
 室内にシャルロットはいなかった。ただ、複数の足跡とIS学園の制服が残されているだけだ。

「隊長!」
「どうやら、当たりを引いちまったらしい。アジトの入り口は地下だろうな」

 事の顛末を悟った茂は残る隊員を呼びつつ、携帯情報端末を取り出す。

(まさかこんなに早く見つけられるとは。運が良いと言うべきか)

 シャルロットの位置情報はコア・ネットワークを通してこちらに筒抜けだ。画面に表示された地図には、海を渡ってアジトへ向かう光点が表示されている。茂は一度端末を仕舞い、他の隊員と協力して廊下にある隠しスイッチを発見する。スイッチを押すと廊下の一部が沈み込み、階段が出現する。多人数で向かえばネオショッカーに察知されるだろう。
 茂は当初の予定通りアリコマンドに変装し、少数の隊員を連れて地下に降りる。残りの隊員は副隊長が率いて別命あるまで待機だ。長い階段を降りると、コンクリート壁に覆われた地下道が姿を現す。茂たちは隊列を組んで地下道を進んでいく。途中、巡回のアリコマンドに何食わぬ顔で敬礼を返したりしながら、とうとうアジトの入り口に到達する。そのまま茂たちはアジト内を回りつつ、時折情報端末を見てシャルロットの位置を確認する。
 そのシャルロットはアジト最下層の地下牢に放り込まれていた。地下牢には他にも何人か閉じ込められている。ネックレストップが無事なことをシャルロットが確認すると、先に閉じ込められていた中年男性が声を掛ける。

「お嬢さん、とんだ災難だねえ。灯台なんかに逃げこまなけりゃこんなことにはならなかったのに」
「灯台に逃げ込む?」
「ああ。あいつら、いきなりやってきて灯台を占拠したらしくてね。あの黒いヤツに追いたてられた私もここ2日は地下牢暮らしだ。他の皆も似たようなものさ。連中に追いかけられて、たまたまここへ入り込んだら捕まったんだ」

 男性の話を聞きつつ、シャルロットは視線を走らせて周囲を確認する。三方を分厚い金属製の壁に囲まれ、正面は太い鉄格子となっている。天井までの高さは3メートルくらいだろうか。鉄格子の向こうには薄暗い廊下と金属製の壁しか見えない。続けてシャルロットは鉄格子を両手で掴んでみる。かなり頑強なようだが、ISを使えば簡単に突破出来そうだ。
 すぐに『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を展開しようとするシャルロットだが、複数の足音が聞こえてくると中断する。間もなく、黒スーツにサングラスをかけた男と三葉虫を模した怪人がアリコマンドを引き連れて牢の前に現れる。すると中年男性をはじめ、捕まった人々が一斉に鉄格子へ張り付く。

「おい! ここから出してくれ! 俺たちが何をしたって言うんだ!?」
「頼むから助けてくれ!」
「まだ死にたくない!」
「絶対にここのことは言わないから!」
「やかましい! 貴様らはスカイライダーへの人質として、特別に生かしてやっているのだ。なんなら、一人だけ残して皆殺しにしてやってもいいんだぞ!?」

 しかし三葉虫を模した怪人が荒々しく鉄格子を蹴ると沈黙を余儀なくされる。続けて男がシャルロットの前に立つ。

「無論、貴様もその一人だ、シャロット・デュノア。まさかこんな大物が罠にかかるとは流石の俺も思わなかったぞ」

 シャルロットは内心男の言葉に疑問を抱くが、表には出さない。ネオショッカーも馬鹿ではない。こちらについて調べてくることも予測はしていた。もちろん、シャルロットが専用機持ちであることもネオショッカーは把握しているだろう。だからこそシャルロットには分からないことがある。

「どうして僕をここに? お前たちも僕が専用機持ちであることくらい、分かっている筈だ」

 その気になれば、シャルロットはいつでも『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を展開出来る。だからこそ、正体を分かった上でアジトまで拉致してきた理由が分からない。しかし、男は意外な答えを返す。

「だったら、今すぐ展開すればいい。展開出来れば、の話だがな」
「どういう意味?」
「すぐに分かる……全員、俺の目を見ろ!」

 男は不敵に笑うとサングラスを外し、鱗に覆われた目元とヘビに似た瞳が露になる。シャルロットを含めた全員の目が、一斉に男へ集まる。

「これは……!?」

 次の瞬間、シャルロットの意識が徐々に薄れていく。咄嗟に手の甲をつねって正気を保つシャルロットだが、身体がろくに動かない。額から大量の汗が流れる。目を合わせ続ければ完全に意識が刈り取られると判断し、シャルロットは男の眼から視線を外そうとする。だが、周囲にいた人々がいきなりシャルロットを押さえつける。突然の豹変に動揺しつつ、振りほどこうともがくシャルロットは、ようやく男の思惑を悟る。

「まさか、催眠!?」
「その通りだ! 俺の目を見た者は俺に逆らえなくなる。つまり、そやつらはこのコブランジンの忠実なしもべとなったのだ!」

 同時に男の身体が光り、コブラを模した怪人ことコブランジンの姿に変わる。すぐに専用機を展開しようとするシャルロットだが、操られた人間の力が予想外に強くて振り払えない。

「どうした? さっさとインフィニット・ストラトスを装着したらどうだ? そこの人間共を巻き添えにする覚悟があるのならな!」

 コブランジンに痛い所を突かれたシャルロットは言葉に詰まる。この狭い空間でISを展開して暴れれば、牢にいる者はただでは済まない。動くに動けないシャルロットを見て、今度は三葉虫を模した怪人が前に進み出る。

「ここまでのようだな、シャルロット・デュノア。なあに、まだ殺しはせん。貴様はスカイライダーへの人質兼見せしめとして、ザンヨウジューの化石ガスで石像にしてくれるわ!」

 ザンヨウジューが言い放つと、コブランジンやアリコマンドは牢の前から離れる。直後にザンヨウジューの口からガスが放たれる。ガスは次第に牢の中へと充満していく。このままではシャルロットもガスにやられてしまうだろう。

(なんとかしてISを展開しないと……!)

 意を決したシャルロットは背後から羽交い絞めにする男性の向こう脛を蹴り、拘束を緩めるとネックレストップに手を掛ける。直後に牢全体がガスに覆われ、中にいる者の姿が見えなくなる。化石ガスは牢の外にも漏れ出し、ガスに巻かれたアリコマンドまで石化してしまう。

「ザンヨウジュー! やめろ! 俺まで石にする気か!?」
「おっと、すまん。お前たちがいるのをすっかり忘れておったわ」

 慌ててその場を離れたコブランジンの叫びを聞き、ようやくザンヨウジューはガスの噴射を止める。ガスは次第に薄れていき、完全に拡散して牢の中がハッキリと見えるようになる。

「よし、石像を運び出せ! まだ壊すんじゃないぞ!」
「ケイーッ!」

 ザンヨウジューは残ったアリコマンドに指示を出し、牢内の石像を運び出させる。アリコマンドは壊さないよう、一体一体石像を慎重に牢の外へ出していく。最後に残った像が出てくると、ザンヨウジューは石像を一体一体点検する。しかし、全ての石像を確認し終えた途端に首を傾げ始める。

「どうした?」
「いや、シャルロット・デュノアの石像が見つからないのだ」
「そんな馬鹿な! 化石ガスから逃れる隙間など無かった筈だ!」

 ザンヨウジューの口から出た意外な言葉にコブランジンが食ってかかる。だがザンヨウジューの言う通り、シャルロットの石像がない。アリコマンドに命じて一度石像を脇にどけさせると、ザンヨウジューとコブランジンは中を確認すべく牢に入る


「ぐおっ!?」

 牢に入った瞬間、天井から何かが降り立つ。そしてコブランジンとザンヨウジューの顔面に蹴りが叩き込まれ、牢の外へ叩き出される。ザンヨウジューとコブランジンが立ち上がると、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を装着したシャルロットが牢から出てくる。

「貴様! 化石ガスを浴びたのになぜ動けるのだ!?」
「ISにガスなんて通用しない! お前たちがそれに気付けなかったのが悪い!」

 驚くザンヨウジューに対してシャルロットは毅然と言い放つ。
 拘束を振り払ったシャルロットはガスに巻かれる直前、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の展開に成功した。牢内にガスが充満するとPICで飛翔し、天井に張り付いて機会を窺っていた。石像が運び出されたのを確認したシャルロットは床に降り立ち、ザンヨウジューとコブランジンを奇襲したのだ。

「おのれ小娘め! 姑息な手を使いおって!」
「ここから生きて出れると思うなよ!」

 先制攻撃を受けたコブランジンとザンヨウジューは怒りに任せ、シャルロットに殴りかかる。シャルロットはPICを使ってふわり、と浮き上がる。そしてコブランジンとザンヨウジューを踏み越えると、スラスターを噴射して廊下を一気に突き進む。

「お前たち、ぼさっとするな! 追え!」

 コブランジンはアリコマンドに指示を出しつつ、ザンヨウジューと共にシャルロットを追跡する。

(なんとかあいつらを広い場所まで誘い込まないと)

 牢獄から離れたシャルロットは一度床に降り立つ。そして続々とやってくるアリコマンドを蹴散らしつつ、アジトを探索する。アジトの廊下や牢獄など、狭い場所ではこちらの機動力を生かせない。しばらくアジト内を駆けまわっていたシャルロットは階段を駆け上り、地上部分に出る。さらに進むと上陸艇が停泊しているドックらしき広い空間に出る。

(ここなら、行ける!)

 十分な広さがあると確信すると、シャルロットはその場に留まって両手にアサルトライフルを呼び出す。
 その頃、出遅れたコブランジンとザンヨウジューはアリコマンドを叱咤しつつ、シャルロットを捜索していた。アジトの部屋を虱潰しに探していたコブランジンたちだが、先行していたアリコマンドの一隊から通信が入る。

『ケイーッ! コブランジン様、シャルロット・デュノアを発見しました! 地上の上陸艇ドック内です!』

「よし、そのまま足止めしろ! 我々が駆けつけるまで、絶対に奴をそこから逃がすな!」

『ケイーッ!』

 一度通信を切るとコブランジンとザンヨウジューは足を速め、一目散にドックを目指す。途中で増援のアリコマンドと合流したコブランジンたちは一斉にドック内に雪崩れ込む。
 ドック内にはアリコマンドの死体が多数転がっていた。原因はシャルロットだ。今もアサルトライフルを両手に掃射を続け、残ったアリコマンドを全滅させている。それを見たコブランジンは前に進み出て声を張り上げる。

「そこまでだ! 最早貴様に逃げ場などない。ここで貴様を始末してスカイライダーへの見せしめにしてくれる!」
「僕はただ逃げていたわけじゃない。倒されるのはお前たちの方だ!」

 シャルロットは毅然と言い返すや両手のアサルトライフルをコブランジンとザンヨウジューに向け、間髪入れずに発砲する。コブランジンとザンヨウジューは左右に散開して銃撃を回避するが、周囲のアリコマンドは回避しきれず弾丸の餌食となる。駆けつけたアリコマンドの一隊がバズーカを発射しようとするが、その前にシャルロットが呼び出したランチャーから榴弾が発射されて返り討ちに遭う。コブランジンは口から火炎を、ザンヨウジューは化石ガスを吐いて反撃に移る。
 シャルロットはスラスターとPICを使って急浮上し、一気にドックの天井まで到達する。するとコブランジンはドックの壁を蹴って登り、天井が近くなるとシャルロットに飛び蹴りを放つ。しかしシャルロットは即座にショットガンに持ち替え、スラッグショットを顔面に叩き込んでから空中で身を捻って蹴りを回避する。空中で大きくバランスを崩したコブランジンは背中からドッグに床に叩きつけられて呻く。転倒したコブランジンへ、シャルロットが追い討ちとばかりに散弾を撃ち込むとコブランジンは苦悶の表情を浮かべる。

「小娘が! 俺が押し潰してやる!」

 今度はザンヨウジューが跳躍し、ドッグの天井まで到達すると天井を蹴って反転する。同時に自らの身体を岩に変えて体当たりを仕掛ける。スラスター翼を少し動かしてシャルロットが簡単に回避すると、岩となったザンヨウジューはコブランジンの上に落下してしまう。

「重い! さっさと降りろ!」
「やかましい! 今降りようとしているところだ!」

 下敷きになったコブランジンと元の姿に戻ったコブランジンが揉めている隙に、シャルロットはランチャーからナパームを発射してコブランジンとザンヨウジューの身体を焼く。ザンヨウジューがコブランジンの上から転がり落ち、コブランジンも悶絶しながら地面を転がると、シャルロットは左手のシールドをパージしてパイルバンカーを露出させる。そしてスラスターを噴射しながら急降下し、まずコブランジンの額にあるランプめがけて杭を突き出す。同時にリボルバー内の炸薬を炸裂させ、杭を深々と撃ち込んで離脱する。コブランジンは炎に包まれたまま数回痙攣し、動きが止まると爆発して果てる。

「小娘が! おい、早く消火しろ!」
「ケイーッ!」

 同じく地面を転がっていたザンヨウジューはアリコマンドに消火を命令し、アリコマンドが消火剤を吹きかけようとする。

「おっと、そうはいかないぜ!」

 しかしアサルトライフルを持ったアリコマンドの一隊がドックへ突入し、消火剤を持ったアリコマンドを銃撃して一掃する。ザンヨウジューの動きが止まり、シャルロットの視線も釘付けとなる。銃撃したアリコマンドが覆面と戦闘服を脱ぐと、ザンヨウジューとシャルロットは同時に事の真相を理解する。

「貴様らはSPIRITS! なぜ我らのアジトに!?」
「ISと一緒に浚うからだ、間抜け! シャルロットさん、アジトの司令室はすでに制圧しました! 表のハッチも開けたので、残りの隊員も間もなくこちらへ突入してくる筈です!」
 
 アリコマンドの正体は変装した茂たちだ。基地に潜入した茂たちはシャルロットが暴れている隙に司令部を制圧し、本隊の突入を手引きしたのだ。少し遅れて副隊長率いる本隊もアジトへ突入し、捕らえられた一般人を保護しつつアリコマンドの掃討を開始する。

「おのれ……こうなったら死なば諸共! 貴様だけでも道連れにしてくれるわ!」

 観念したザンヨウジューはせめて相討ちに持ち込もうとシャルロットめがけて突進する。アサルトカノンや機銃で迎撃するが、構わずに突っ込んでくる。本気で刺し違えるつもりだと理解したシャルロットはランチャーを呼び出し、トリモチ弾を足元めがけて発射する。ザンヨウジューの足にトリモチがへばりつくと足を取られて速度が鈍る。シャルロットはそのままトリモチ弾を連射し、最終的に足を完全に覆わせて動きを止めてしまう。

「ヌウウウ……! こうなれば足を引き千切ってでも!」
「そんな暇は与えない!」

 怒り心頭のザンヨウジューは自らの足を攻撃しようとするが、続けざまにシャルロットが成形炸薬弾をザンヨウジューの口へ発射する。弾頭が口に飛び込んで爆発するとザンヨウジューの動きが止まる。好機と見たシャルロットは弾頭を連続して口内に命中させ、限界を迎えたザンヨウジューは糸の切れた人形のように動きを止めてその場に倒れる。

「ただでは、死なんぞ……アジト諸共貴様らを道連れに……!」

 断末魔を呟いたザンヨウジューは爆発し、破片が周囲に飛び散る。その一部がシャルロットの方にも飛んでいき、シールドバリアに爆風もろとも虚しく弾かれる。シャルロットはハイパーセンサーで周囲を索敵し、敵の全滅を確認する。直後にアジトの各所から爆発音が響き渡る。
 
「アジトの自爆は最早様式美だな……総員退避! 最後の悪あがきに巻き込まれたんじゃ話にならないぞ!」

 爆発音の正体を悟った茂は愚痴りながらも退避命令を出し、シャルロットが殿を務めてアジトを脱出する。SPIRITSが外で待機していた船に乗り移り、船がアジトを離れるのに合わせてシャルロットも飛び立つ。少し経過して大爆発が起きてアジトは吹き飛び、発生した波で船が揺さぶられる。しかし一隻も転覆する事なく港へと向かい、それを見届けたシャルロットも陸へ戻る。
 救助された人質を下ろして駆けつけた国防軍や警察に保護を頼み、一度シャルロットと合流した茂に通信が入る。

「叶です。ええ、少しトラブルはありましたがアジトを潰せました……本当ですか!? 分かりました、すぐに向かいます!」
「叶分隊長、何があったんですか?」

 通信に出た茂の様子から何かあったとシャルロットは確信する。勿論、その何かがネオショッカー絡みであることくらい想像がつく。案の定、茂は顔を強張らせてシャルロットに向き直る。

「金沢にネオショッカーの一団が襲来、人間狩りを開始したと連絡がありました! すでに国防軍や警察が迎撃を開始していますが、数が多い上に怪人までいるので苦戦していると!」
「分かりました! 僕は先行します!」
「お願いします! スカイライダーはすでに金沢へ向かっているそうです!」

 シャルロットはすぐに飛翔し、一路金沢を目指してスラスターを噴射させる。茂たちSPIRITSも続々とヘリに乗り込んで次の目的地へと向かうのであった。

**********

 石川県金沢市。市街地からやや外れた場所にある避難所の一角。宣戦布告以来、多くの住民がネオショッカーの襲撃に怯えつつ日々を過ごすそこの前では妙な人だかりが出来ていた。人だかりの中心には一人の女性がいる。
 腰まで伸びた長い金髪に雪を思わせる白い肌、顔立ちや瞳にはどこか少女のあどけなさや初々しさが残っている。白い上着を羽織り人だかりの中心に座っているその姿には、優しげながらもどこか気品と侵し難い神々しさを感じさせるだけの何かがある。今、女性は力なく寝転がっている幼き少年の額に片手を当て、目を閉じている。少年の顔色は悪く、息も荒い。意識も朦朧としているのか、ぐったりとしたまま動かない。近くに立ち尽くしている少年の両親は不安そうな顔をしながら様子を見ている。しかし女性が手を当ててから少し経つと少年の呼吸が落ち着いていき、次第に顔色がよくなってくる。やがて顔に血色が完全に戻り、少年の目が開くと両親は驚きと喜びが入り混じった表情で少年と女性を交互に見比べる。少年が目を覚ましたのを確認した女性は手を離して目を開け、微笑みながら口を開く。

「はい、これでもう大丈夫ですよ。また何かあれば言ってくださいね?」
「ありがとうございます、ですが一体どうやって治したんですか?」
「いいえ、私は何もしていませんよ? 私はこの子が早く病気を治せるようにおまじないをかけただけですから」

 少年の父親が女性に尋ねるが、女性は笑ったまま首を横に振る。父親は納得していない様子であったが、女性の笑顔を見ると諦めたのかそれ以上は追及しようともせずに終わる。最後に女性が少年の頭を撫でると、少し離れていたところで立っていた顔に傷跡のある大柄な男性が歩み寄り、声をかける。

「ボーヒネン理事長、そろそろお時間が……」
「あ、はい。では私はここで。皆さん、希望を捨てないでくださいね? 人間は絶対あんなやつらなんかに負けませんから」

 男性から呼びかけられた女性は立ち上がり、一言告げてから歩き出す。途中で手を振る子供たちに笑みと共に手を振り返して外に出ると、男性と並んで避難所の近くに停められた車の助手席に乗り込む。男性が運転席に座り車を走らせると窓から外を眺めていたが、再び男性が口を開く。

「ボーヒネン理事長、今さらだとは思うのですが、大人しく避難所に居た方がいいのではありませんか? 今はネオショッカーが跋扈して危険です。理事長の身にも何が起こるか」
「ありがとうございます、グレゴリー警部。でも私は大丈夫ですから。あなたも知っての通り、私はただの人間じゃありませんし」
「しかし連中は……!」
「それに、困っている人がたくさんいるのに黙って見ているなんて出来ません。罪もない子供たちがいるのならば、なおさらです。もちろん危なくなったら避難しますので、もう少しだけやらせてくれませんか?」
「……わかりました、ですが私からくれぐれも離れないように。あなたの護衛として同行しているんですからね」

 穏やかながらも意志の強さが見え隠れする女性の言葉を聞き、グレゴリーと呼ばれた男性は渋々諦めて運転に専念する。
 女性の名はフレイヤ・ボーヒネン。かつて暗躍していた暗黒組織に家族を奪われた子供たちを支援すべく、ノルウェーで設立された慈善事業団体『ボーヒネン財団』の理事長だ。25年前に最後の組織『クライシス帝国』が壊滅した後は、同様の経緯で戦災孤児やストリートチルドレン、児童虐待の問題解決にも取り組んでいる。その傍らでは崩壊したクライシス帝国からの移民及びその子弟の支援も行っている。
 フレイヤが金沢にいるのは、現地の大学から講演を頼まれたからだ。古い知り合いであるインターポール捜査官のグレゴリーことグレゴリオ・バレージ警部の護衛を受けて来日し、講演を済ませた後はボーヒネン財団の提携団体と会談する予定になっていた。しかし、滞在中に『バダン』の時と同様に宣戦布告がされ会談はキャンセルとなった。グレゴリーからは一刻も早く日本を離れるよう進言されたがフレイヤは固辞し、今は警護を受けつつ金沢各地の避難所を回り、先ほどしたような『治療』を無償で行っている。
 一見すると線が細く、病弱そうに見えるフレイヤだが、実は改造人間である。もっとも、バイオテクノロジーによる生体改造のため機械は埋め込まれていない。更に言えば能力も解毒や治癒促進に特化しており、身体能力は常人と変わらない。それでも免疫や毒物への耐性、頑強さは常人の比ではなく、30年以上前から一切老化が進んでいないのだが。
 フレイヤの父、ラルス・ボーヒネンはバイオテクノロジーの権威だった。幼くして母を亡くしたフレイヤは双子の兄フレイと共に父の手で育てられた。幼かったフレイヤは親子3人で仲睦まじく暮らす生活が当たり前のものと思っていた。しかし、父や兄と自家用セスナに乗った際、事故にあってフレイヤとフレイは瀕死の重傷を負った。ラルスはフレイヤとフレイを助ける、という名目で自分たちに改造手術を施したのだが、それが全ての始まりであった。
 改造手術の最中、おぼろげながら意識を取り戻したフレイヤが見たのは、今まで見たこともない狂気に満ちた笑みと共に嬉々として改造手術を進める父の姿であった。その時はすぐ意識を失い、手術を終えた直後は父がいつもと変わらぬ優しい姿を見せ、改造手術を施したことを告げて涙を流したことから、夢か何かと思いこもうとした。しかし、狂気じみた姿こそが父の真の姿であると身を以て知った。
 解毒能力や治癒能力を与えられたフレイヤと対照的に、フレイは体内で毒物を生成する能力を与えられた。最初は肌に触れたら少しかぶれる程度で命に関わる中毒を起こさない、とても弱々しい毒であったが、日増しに強度は上がっていった。やがてフレイヤ以外の生物は触れただけで即死し、鉄程度なら短時間でボロボロに腐食するほどの猛毒を全身から分泌するようになったフレイは、フレイヤと共に特殊金属で覆われた地下室に閉じ込められた。
 窓もなく灯りもほとんどない地下室で一日の大半を兄と過ごしながら、フレイヤは父に疑問を抱くようになった。父は以前と変わらぬ態度を取っていたが、フレイヤとフレイを実験台としたり、自分たちが眠っている内に何らかの処置を施すようになった。地下室に閉じ込められてからはその傾向が強まり、実験施設に連れ出すこと以外では決してフレイとフレイヤを外に出そうとせず、食事や水も小窓を通して最低限のモノしか与えられなかった。それにフレイが毒を制御しきれず花を枯らし、小鳥や愛犬をも死なせて深く傷ついたことを見かね、何度も対策するよう頼んでも曖昧な返事ばかりであった。そして手術の最中に見た父の表情を思い出したフレイヤは、父が科学の狂気に魅入られたと気付いてしまった。
 しかし、父やフレイに言うことは出来なかった。心のどこかで父が自分たちに愛情を持っていることと、実験も何か事情があって仕方なくやっているのだと思っていたし、当のフレイが父のことを信じ切っていた。そんなフレイに父への疑念を話し、心を完全に壊してしまうのが無性に恐ろしかった。最終的に毒が完全に制御出来なくなることを恐れたフレイは父を恨まぬよう言い残し、地下室から脱走して姿を消した。
 フレイがいなくなったことでフレイヤは地下室から解放され、成長するに従い父の研究を手伝うようになったが、その中で父の本性を幾度となく知った。しかし、フレイが言い残したことを無駄にしたくない一心で気付かないふりをずっと続けていた。たとえ自分たちが父にとって道具でしかないと悟っても、何度も行われた処置が自分と兄の能力をより強化すべく行われたのだと気付いても、地下室に閉じ込めたのは毒の生成と解毒を繰り返させることで互いの能力を高めあわせ、過酷な環境下でのストレスで毒がより強力になるのを期待してのことだと知っても、目を逸らした。耳を塞いだ。必死に忘れようと試み、向き合おうともしなかった。ただ、二度と普通の人間に戻ることが出来ない事実と、一生父の道具として生きていくしかない自分を諦観の念と共に受け入れることしかできなかった。ある二人の男と出会わなければ、今の自分はなかっただろう。

(洋さん、がんちゃん、今も元気かな?)

 車窓から通り過ぎていく街並みを見ながら、かつて出会った二人の男……筑波洋とがんがんじいこと矢田勘次のことを思い浮かべる。
 二人とフレイアが出会ったのは30年以上も前、フレイヤが父と共に『トロムソ』近郊の古城で生活していた時のことだ。当時バダンが優秀な科学者を次々と拉致しており、ラルスも狙われると踏んだ洋は勘次と共にトロムソを訪れた。しかしハンググライダーで古城付近を飛行していた洋が城内へ墜落、誤解からラルスを護衛していたインターポールと一悶着が起きた。ちなみに護衛の指揮を執っていたのがグレゴリーだ。
 結局、騒ぎを聞きつけたフレイヤのとりなしと面倒を嫌ったラルスの意向もあり、洋と勘次は解放された。ラルスはすぐに追い返すつもりだったが、久しぶりに外の人間と話すチャンスを逃したくなかったフレイヤの希望で少しの間城に逗留することが許可された。最初は他愛もない話をしていたが、フレイヤから長年城の外に出ていないことや街へ行ってみたいことなどを聞いた洋の計らいで、勘次と共に密かに城を抜け出し街へ繰り出すことになった。
 10年ぶりに出かけた街は、何もかもが新鮮に感じた。通りを歩く大勢の人と、至る所から聞こえてくる喧騒。色々な商品が並ぶ店に食欲をそそる様々な匂い。街灯やイルミネーションの光。仲睦まじく街を闊歩するカップルや、楽しい一時を過ごす親子連れの姿。それまで触れることのできなかったモノが街には沢山あった。しかし心のどこかでは勘次や洋と違いこの中に二度と入れない、という思いが心の奥底にこびりついていた。自分は改造人間、普通の人間とは違うという諦観からだ。
 結局、街の空気を楽しんだ後で城に戻ったフレイヤだが、その間にバダンが城を襲撃しており、運悪く怪人と鉢合わせになってしまった。しかも怪人の正体は成長したフレイであり、バダンの命令で父を迎えに来たと言われた。城を抜け出した後にバダンへ参加し、改造手術を受けたことでそれまでを大きく上回る毒の精製能力と制御能力を手に入れ、事情を知らずに食ってかかった勘次へ毒攻撃を仕掛けた際、自らの能力を駆使して中和したものの体力を大幅に消耗してしまうほどであった。その場は洋の乱入とラルスが呼んだノルウェー空軍の介入により収まり、城の中へ逃げ込んだ。
 逃げ込んだ後、洋がフレイの毒に侵されていることに気付いたフレイヤだが、治療しようとした際に洋もまた改造人間であることに気付いた。だからこそ常人ならば大抵即死、運が良くても重度の中毒症状に苦しむ毒を受けたにも関わらず、フレイヤと勘次を助けることが出来たのだ。
 その後は洋を含めた数人を治療したところで体力が限界に達して意識を失った。目を覚ますまでのことについては人伝てにしか聞いていない。ただ、意識を失ったフレイヤへ無理矢理強化処置を行おうとしたラルスに洋が激怒し、身の危険も顧みずフレイヤを救出したこと、フレイを化け物呼ばわりしたことでフレイヤを傷つけてしまったことに罪悪感を抱いた勘次が単身フレイを説得しようとし、毒にやられて瀕死となったことは聞いている。そして洋が『仮面ライダー』として、兄を殺害したことも。
 フレイが洋に倒されたことは、話を聞くまでもなく理解できた。洋がフレイを殺害したことを告白し、謝罪しようとした時は途中で遮った。フレイがバダンの怪人となり果て、死を迎えた原因は自分にもある。あの時、狂った父から目を逸らさず向き合っていれば兄はバダンに魂を売ることはなかったかもしれない。むしろ洋は自分たち親子の問題に巻き込まれた被害者であるとも言えるし、自分を助け兄を苦しみから解放してくれた恩人でもあった。だから洋に罪悪感を抱いて欲しくなかった。
 全てが終わった後、フレイヤは今まで向き合ってこなかった父親の姿と悪行、そして改造人間の宿命に向き合うことを決意した。同じ改造人間でありながら目を逸らすことなく、人間らしく生きる洋のようになりたいと思ったからだ。その手始めとして城を孤児院とし、親を亡くした子供たちを引き取った。親からの愛に餓えて兄のように道を間違えてしまう子供を一人でも減らしたかったのだ。
 バダンの宣戦布告と日本侵攻後は自分に出来ることをするため、そして世界中の人間を苦しめ兄を利用したバダンの壊滅に少しでも役立ちたいと思い、志願して日本へ渡り各地で『バダンシンドローム』の治療に携わった。バダンが壊滅した後は暗黒組織に親を奪われた子供たちを支援する『石倉育英会』の存在を知ったこともあり、父から相続した多額の遺産を元手に『ボーヒネン財団』を設立、運営に携わっている。バダンとの戦いで再会した洋や勘次とはたまに会っており、よき友人関係が続いている。
 昔のことを思い返しながら窓の外を見るフレイヤに、グレゴリーが声をかける。

「……筑波洋のことが気になりますかな?」
「ええ、今はどこで戦っているのかな、って思いまして」

 グレゴリーの問いかけにフレイヤは素直に頷く。
 今もまた、日本は復活した歴代暗黒組織から攻撃を受けている。当然洋と勘次も戦いを始めているだろう。ただ、どこで戦っているのかは情報が入っていない。北陸で戦っている仮面ライダーがいるのは聞いているが、それが洋なのか、面識のある仮面ライダーXや仮面ライダーZXといった別の仮面ライダーなのか、はたまた噂に聞く『11人目』かは分からない。いずれにしても仮面ライダーは決して負けないとフレイヤは信じているが。
 市街地からやや離れたところにある学校の体育館が見えてくる。次に訪問する予定の避難所だ。話は責任者へ事前に通してあるため、護衛として学校近辺を守る国防軍にはあっさりと通された。避難所ではろくに医者の診療を受けることもできないので、治療はありがたいようだ。グレゴリーが校庭の片隅に車を停めるとフレイヤは先に降り、グレゴリーが降りるのを待って体育館の中に入る。
 そのままいつものように治療を開始し、幼稚園生くらいの少年の怪我を直すべく膝へ手を当てた直後、外から大きな爆発音と銃声が聞こえてくる。

「ネオショッカーか!?」

 誰かが叫んだ途端、避難所内がどよめきで満ち、グレゴリーは声を上げる。

「ボーヒネン理事長、あなたはここにいて下さい! 外の様子を確かめてきます!」
「ですがそれでは……!」
「なあに、これでも30年前は『ドグマ』の相手もしましたからね……では」

 グレゴリーを止めようとするフレイヤだが、グレゴリーは不敵に笑うと懐から大型のリボルバーを取り出して外に走る。見送るしかないフレイヤだが、顔を向けると少年が不安そうな顔をして口を開く。

「お姉ちゃん……ぼくたち、死んじゃうの?」

 驚きのあまり目を見開くフレイヤだが、避難所の空気を察してすぐ納得する。思っていた以上に悲観論が主流になっているらしく、子供たちは敏感に感じ取っているようだ。他の子供たちも不安に満ちた顔をしている。ならばフレイヤの答えは決まっている。子供たちを見渡し、逢えて明るく笑ってみせる。
 
「いいえ、そんなことはないわ。誰も死んだりなんかしない。だって、私たちには仮面ライダーがついているんですもの。きっと外にいる悪いやつらをみんなやっつけてくれる。だから心配しないで?」

 フレイヤの笑みを見た子供たちが少し落ち着きを取り戻すと、そのまま傷の治療を再開する。外はますます騒がしくなり、子供のみならず大人も不安を訴えるが、その度にフレイヤが優しく声をかけて宥める。やがて避難所内にいる怪我人や病人の手当てが一通り終わり、額に浮かんだ汗を拭いつつ騒ぎが収まるのを待っていたフレイヤだが、床の下から妙な物音がする。最初は気のせいかとも思ったフレイヤだが、次第に音が大きくなる。

(一体何が……?)

 フレイヤが不審に思い床へ耳を当てた直後、突然床面が全て陥没する。

「何!?」

 一瞬何が起きたのか分からず、驚きの声が各所から上がる。フレイヤも反応出来ず、為すすべなく落下していく。しかしすぐに柔らかい砂の上に着地し、腰まで埋まってしまう。

「これは……蟻地獄!?」

 フレイヤを含めて必死に砂の中でもがき続けるが、抜け出すどころか埋まっていく一方だ。やがて砂が崩れて少しずつ中央にある穴の中へ落ちていき、最後まで抵抗していたフレイヤも逆らいきれずに滑り落ちる。
 穴の先にはネットが張られており、落下したフレイヤもネットに絡め取られて宙づりとなる。すでに何人もの避難者が同じようにネットへ詰め込まれている。下を見ると、広い空間がありネオショッカーのアリコマンドとアリジゴクを模した怪人が立っていた。地面を怪人が蟻地獄へと変え、基礎もろとも床を地下まで落下させたようだ。

「ようし、進捗状況は計画通りだ……連れて行け!」

 怪人が指示と出すと、フレイヤを包むネットが地上に下ろされ、アリコマンドたちによってトロッコに放り込まれてどこかへ連れて行かれるのであった。

**********

 洋たちが駆けつけた頃には、すでにネオショッカーは金沢から撤退していた。各避難所を護衛していた国防軍や警察の話では、突如としてネオショッカーの怪人やアリコマンドが出現して各地で暴れ回っていたようだ。避難所にも襲撃はあったが、散発的なものであり防衛網は突破されていないそうだ。しかし、連絡が取れない避難所が数か所あるらしい。そこで洋たちは手分けして調査することにした。今、洋はシャルロットをバイクの後ろに乗せて街外れの避難所へ向かっている。
 避難所の前に到着すると、すでに国防軍や警察が体育館の前に警戒線が張っていた。警官や兵士からの敬礼に会釈で返し、線を潜って中に入ると洋は思わず絶句する。

「これは……!?」

 目の前には、床が抜けて出来た巨大な蟻地獄が広がっていた。地盤を弄って床を崩し、避難者を丸ごと拉致したのだろう。ネオショッカーもなりふり構ってはいられないのだろうか。洋の隣に立つシャルロットも唖然としている。

「ネオショッカーめ、こんなバカげたやり方で人間狩りをしてくるとは……街に出たネオショッカーは囮だったのかもしれない」
「十分考えられるよね、あいつらの動きからして。全部の避難所に同じことをする余裕はなかったみたいだけど」
「シャル、先輩やがんがんじい、茂たちにも連絡してくれないか? 連絡が取れない他の避難所も同じ状況なのかを確認したいんだ」
「うん、わかったよ。少し待ってて」

 源次郎の言葉に頷いた洋はシャルロットへ連絡を頼み、自身は一度穴の中へ飛び降りて蟻地獄を進んでいく。中央まで辿りつくと無事に地下へ着地する。蟻地獄の下には巨大な空洞が広がっており、地下道まで掘削されている。自分たちと戦っている裏で掘削を進めていたのだろうか。大きく跳躍して蟻地獄から飛び出し、天井の梁まで飛び上がると器用に渡り、出入り口まで戻る。そこで通信していたシャルロットが声をかける。

「さっき叶分隊長に連絡したんだけど、インターポールの捜査官が兄さんを呼んでいるんだって」
「インタポールが?」
「うん、グレオリオ・バレージって言えば分かるって」
「グレゴリオ……グレゴリー警部が日本にいるのか!」
「兄さん、グレゴリー警部っていうのは?」
「昔からの知り合いさ。何があったのかは分からないが、行ってみた方がよさそうだ」

 どうやら、グレゴリーが日本へ来ているらしい。意外そうな顔をする洋だが、気を取り直して避難所から出てバイクに乗り、シャルロットが後ろに乗ったことを確認して発車させる。
 金沢の中心部から見てちょうど反対側にある避難所へ到着し、建物の前まで来ると大柄な男が一人立っている。グレゴリーだ。洋は急いで駆けより、声をかける。

「お久しぶりです、グレゴリー警部。最後に会ったのは10年前になりますか。お元気そうでなによりです。しかしなぜ日本に? それと俺を呼んだ理由を教えてくれませんか?」
「そっちも相変わらずみたいだな……ここにいるのは、ボーヒネン理事長を護衛するためさ」
「ボーヒネン……フレイヤさんの?」
「そうだ。大学から講演を頼まれて、ついでに財団の提携団体と会談する予定だったらしい。しかし立場が立場だ、インターポールから護衛が派遣されることになって、白羽の矢が立ったのが俺ってワケだよ」
「なるほど……もしかして、俺を呼んだ理由もフレイヤさんと関係が?」
「ああ。情けない話だが……この避難所に彼女がいたんだ。だが、ネオショッカーを追い払って戻ってきたら避難者が全員浚われていたってオチさ」
「フレイヤさんがネオショッカーに!?」

 日本に滞在していたフレイヤも巻き添えを食らったようだ。驚きを隠せない洋だが、蚊帳の外に置かれているシャルロットを見て我に返る。

「っと、すまない。勝手に話を進めてしまって……この方がグレゴリー警部。さっき話したフレイヤさんというのは、俺やがんがんじいの友人なんだ」
「そうだったんだ……私はシャルロット・デュノアです」
「話は滝やアンリから聞いている。今回の協力には我々インターポールとしても頭が下がる」

 シャルロットが軽く会釈をして挨拶すると、グレゴリーは敬礼で返す。

「それはそうと、ネオショッカーにさらわれた人たちを助けなければ。地下通路が塞がっていなければいいんだが……俺は一度地下を探ってみる」
「SPIRITSと谷さん、あと勘次さんには僕から連絡しておくよ」

 洋とシャルロットは段取りを決めるとめいめい動き始める。
 一方、ネオショッカーに捕らわれ、『医王山』のアジトまで連行されたフレイヤは子供たちと共に地下牢に閉じ込められていた。フレイヤを除く大人たちは強制労働に従事させられ、子供はフレイヤがいる場所を含めた数十か所の地下牢に分散して押し籠められている。啜り泣く子供たちを慰めるフレイヤだが、足音が聞こえると一度顔を上げる。やって来たのは、アリジゴクを模した怪人とアリコマンドだ。怯える子供たちを庇うように前に出て、睨みつけるフレイヤを見ても怯むことなく怪人は口を開く。

「まさかフレイヤ・ボーヒネンの身柄を確保出来るとは思わなんだ……探す手間が省けたというもの! ゼネラルモンスターや魔神提督もお喜びになるだろう!」
「私を知っているの……?」
「我らネオショッカーを見くびらんことだ。貴様の正体も北陸にいる理由も全てお見通しよ……無論、憎き仮面ライダーとの関係についてもな。貴様は仮面ライダーへの人質として選ばれたのだ!」
「ならこの子たちは関係ないわ! 私だけ閉じ込めておけばいい! この子たちを親元に帰してあげて!」
「そうはいかん! ガキどもはライダー共にとっては最高に効果がある人質だからな……それにアジト建設に人手はいくらあっても足りん! 仮に貴様がおらずとも結果は同じことよ!」

 フレイヤを嘲笑した怪人はアリコマンドを引き連れてその場を立ち去る。
 その様子を悔しげに見ていたフレイヤだが、すぐに気を取り直す。今は怯える子供たちを落ち着かせるのが先決だ。周囲にいる子供たちに優しく声をかけ、励まし続けるフレイヤだが、ふと視線を動かす。

「お兄ちゃん、ぼくたちどうなっちゃうの? あいつらに食べられちゃうの……?」
「大丈夫さ。仮面ライダーがやって来て、ネオショッカーをみんなやっつけてくれるって」
「仮面ライダー?」
「ああ。ネオショッカーの悪いヤツらをみんな倒してくれるヒーローだ。今回もきっと助けにきてくれる。だからみんな、諦めるんじゃないぞ?」

 先ほどから、小学生くらいの年頃の少年が周りの子供たちを励ましているのだ。
 この牢にはフレイヤのいた避難所以外から連れてこられた子供もいる。しかし、この少年のみは自分たちが入れられる前から牢におり、他の子供たちも見覚えがないと言うのだ。それを不思議に思っていたフレイヤだが、事情を聞き出そうとしてこなかった。しかし、仮面ライダーやネオショッカーについて知っているようなところがあるのは気になる。単に知識として聞いたといった感じではなく、以前も仮面ライダーに助けられたことがあるかのような言い回しだった。
 フレイヤは一度立ち上がり、周囲の子供たちを落ち着かせた少年の下に歩み寄り、隣にしゃがんで声をかける。

「ねえ、君は仮面ライダーのこと、知ってるの? 前に会ったことがあるみたいな言い方だったけど……」
「うん、助けてもらったことがあるんだ。お姉さんは仮面ライダーのこと、知ってるの?」
「ええ。私も昔、仮面ライダーに助けてもらったことがあるから。ところで君、名前は? 私はフレイヤ・ボーヒネンって言うの」
「僕はボン……ゴ、ロウ。梵悟朗って言うんだ」
「梵、悟朗君か……一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 少年こと梵悟朗の隣に一度腰かけたフレイヤは一拍間を置き、再び口を開く。

「お父さんとお母さんもネオショッカーに捕まっているの? 気を悪くしてしまったらごめんなさいね」
「……うん。お母さんはネオショッカーに捕まって、酷い目に遭わされているんだ。きっと、今も……でも僕は信じているんだ、仮面ライダーが助けてくれるって」
「そうだったの……お母さん、無事だといいわね。私も仮面ライダーは来てくれると信じているけれども、それだけじゃダメよ? 頼るだけじゃなくて自分に何が出来るかも考えないと。今のあなたに出来ることなんて限られているかもしれないけれども、自分に出来ることを最大限にやることが仮面ライダーの助けになるわ」
「分かってるよ、だからみんなを励ましているんだ。今の僕に出来ることはそれくらいだから」
「いいえ、重要なことよ? 誰かに希望を与えるということは、一番難しいことなんだから。ところで、さっきはお母さんのことしか言わなかったけど、お父さんもネオショッカーに捕まっているのよね? お母さんとは別々に捕まったのかしら?」
「僕に、お父さんなんかいない。あんな奴、お父さんなんかじゃない」
「……ごめんなさい、触れてはいけないところに触れてしまったみたいね」

 フレイヤが父親について尋ねると、悟朗は無表情になって吐き捨てる。相当な確執があり、憎悪を抱いているのだろう。自分もまた似たような親子関係だったので、悟朗の気持ちはよくわかる。すぐに謝罪するフレイヤだが、悟朗は黙って首を横に振る。しばらく沈黙が流れた後、今度は悟朗が何かを言おうとするがフレイヤの耳に不自然な重低音が入ってくる。フレイヤが反射的に顔を上げて牢の外を見ると悟朗は怪訝そうな顔をする。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「いえ、気のせい……じゃないみたい。何か、振動が……」

 悟朗をはじめとする子供たちは気付いていないようだが、微かながら重低音が断続的に聞こえている。牢の地面もほんの少しだが振動している。一時期ほとんど光の届かぬ暗闇の中で生活していたことで視覚以外の感覚が鋭敏になっているフレイヤだからこそギリギリ感じ取れる程度の音と振動だ。音が響く間隔は少しずつ短くなっており、地面が揺れる頻度も上がっている。何かがあったようだ。

(もしかして、仮面ライダーが来てくれたのかしら?)

 床から伝わる振動が大きくなるを感じながら、フレイヤは淡い期待を抱く。
 フレイヤの予想通り、アジトにはスカイライダーとシャルロット、SPIRITS第8分隊が踏み込んでいた。拉致に使った地下通路は塞がれていたが、穴の掘られた方向から大まかな位置を特定したのだ。そして運悪く巡回に出ていたアリコマンドを捕まえ、アジトの位置を吐かせた。今、無数のアリコマンドを相手にSPIRITSの隊員たちが各自武器を構えて応戦している。アサルトライフルが火を噴き、ある者はミニガンを片手持ちして掃射し、またある者はグレネードを撃ち込んでアリコマンドを一掃する。先頭に立つのはスカイライダーだ。

「ケイーッ!」
「トオッ!」

 奇声と共に素手や鈍器を手にして殴りかかるアリコマンドの頭に次々と上段蹴りを放ち、蹴散らして道を開ける。時には地面や土壁からいきなり姿を現して奇襲してくるアリコマンドもいたが、スカイライダーの勢いを止めるにはいたらない。それでも数で押し潰そうと殺到してくるアリコマンドへ蹴りのみならず正拳突きや手刀、抜き手、掌底を織り交ぜ、頭や胸を打ち抜いて撃退する。

「往生せいや! 必殺がんがん頭突、きぃ!?」
「勘次さん! 危ない!」

 別ルートではシャルロットがSPIRITSの別働隊と勘次と共に進攻し、迎撃のアリコマンドを撃退していた。シャルロットは両手に持った機銃を掃射し、ろくな飛び道具を持たず空も飛べないアリコマンドを一方的に攻撃し続ける。SPIRITSもシャルロットの銃撃に巻き込まれないよう注意して攻撃を加えている。勘次もまたアリコマンドに殴りかかり、頭から突っ込むなど奮闘しているが、あっさり返り討ちにあったり勝手に転んだせいで袋叩きにあったりとろくな目に遭っていない。その都度シャルロットがアリコマンドを撃退している。今もアリコマンドに囲まれて棒で叩かれていた勘次を助けたところだ。周囲の敵を一掃したシャルロットは先行し、通路を抜けて強制労働の現場に突入する。
 現場にはアリコマンドの姿がなく、市民だけが残されていた。罠かとも疑いハイパーセンサーを使い索敵するシャルロットだが、伏兵やトラップは確認できない。放棄したのだろうか。何があったのかも分からず、疑いや恐れの篭った視線が自分に向けられていることに気付いたシャルロットは一度地上に降下して口を開く。

「私はネオショッカーではありません。対怪人迎撃部隊『SPIRITS』第8分隊所属のシャルロット・デュノアです。皆さんを救助・保護するために来ました」
「君が……SPIRITS、なのか?」
「はい、もうすぐ仲間も到着するはずです」
「シャルロットさん!」
「ちょっと速すぎやって!」

 穏やかな態度と口調でシャルロットが答えた直後、勘次とSPIRITSが遅れて到着する。ようやくシャルロットを信用したのか、張り詰めていた緊張感が緩んで安堵の息がどこからか漏れる。更にスカイライダーと共に侵入したSPIRITSも現場に到着する。シャルロットは一度振り向いて歩いてきた茂へと声をかける。

「叶分隊長、スカイライダーは?」
「途中で鉢合わせになった市民の案内でアジトの奥へ向かいました。シャルロットさんも引き続きアジトを進んでくれ、と。この人たちは我々で外まで案内しますので、構わず先へ」
「分かりました、お願いします」
「ほな、わてもシャルロットちゃんと一緒に行くで。シャルロットちゃん、本格的なアジトに1人で踏み込むのは初めてやろ? アジトに入ったときのいろは、教えてたるわ」
「ありがとう、勘次さん。でも次は取り囲まれて棒に叩かれたりしないでくださいよ?」

 先に進もうとするシャルロットに呼びかけ、なぜか先輩風を吹かせる勘次に苦笑しながらも市民の保護をSPIRITSに任せ、シャルロットと勘次は先に進む。途中、シャルロットはスカイライダーから『プライベート・チャネル』で通信を受け、その内容をSPIRITSに伝達する。
 一方、SPIRITSと別れたスカイライダーは、一人の青年とともにアジトの奥へと進んでいた。敵を蹴散らして先を急いでいた際、一人の青年がアリコマンドに追われているのを発見して救助したのだ。最初はすぐにアジトから逃げるよう告げたスカイライダーだったが、青年はまだ捕らわれている人がいることやネオショッカーの横暴を見過ごせないこと、そして脱走する際に中枢部に通じる道を発見したことを理由に同行を申し出た。そこでスカイライダーは青年の意志を汲み、SPIRITSに他の市民を救助することを要請して青年とアジトの中枢部へ向かうことにした。今は迎撃に出てくるアリコマンドを倒しながら通路を目指しているところだ。

「必殺飛び石砕き!」
「チェイサーッ!」
「ケイィッ!?」

 スカイライダーがアリコマンドの肩や頭の上に乗り、次々と踏み砕いて倒していけば青年も上段足刀蹴りを顔面に直撃させてアリコマンドを打ち倒していく。そして迎撃に出たアリコマンドを全滅させて再び進み始める。

「しかし君は強いな。格闘の心得が?」
「これでも空手黒帯でね。雑魚相手なら負けはしないさ。でも怪人にはほとんど通用しなくて……クソ、あんたみたいに強かったら仲間も助けられたのに」
「それは君が弱いからじゃあない。怪人がしぶといのと手口が悪辣なだけさ」

 青年の速度に合わせて走りながらスカイライダーは言葉をかける。アリコマンドを苦もなく退ける身のこなしから格闘技経験者と予想していたが、その通りだったようだ。加えて中国拳法の動きも若干混じっており、たまに怪鳥音を上げたりしている。スカイライダーが青年を連れているのはアリコマンドなら問題なく倒せる実力を持つからだ。もっとも、最大の理由はまた別にあるが。
 アリコマンドを倒しつつ通路を進んでいたスカイライダーと青年だが、十字路に差し掛かったところで青年は一度立ち止まり右の通路を指差す。

「ここから怪人が出てきたんだ。無我夢中で逃げていたからそれくらいしか覚えていないけど……」
「いや、十分さ。怪人はどんな姿をしていたのか、覚えていないか?」
「確か、ムカデみたいな姿をした怪人だった気がする」
「ムカデのような怪人……ムカデンジンか。他に怪人は見かけなかったか?」
「俺が見たのはヤツだけさ。他にもいるかもしれないけど……」
「可能性は十分にありえるな。気をつけて進もう」

 怪人の目星を付けたスカイライダーは青年を連れて通路をひた走る。青年の証言が正しかったのか、進めば進むほどアリコマンドの数と出現頻度が増える。しかしスカイライダーには多少の足止めにしかならない。次々と蹴散らして道を開き、ついに司令部らしき部屋に到着する。
 部屋の中には怪人はおろか、アリコマンドもいない。

「これは……逃げた後か?」
「いや、罠かもしれない。少し部屋を調べよう」

 スカイライダーは青年と共に部屋を調べ始める。端末を調べるがモニターに何も表示されない。電源が切られてたのだろうか。青年も手がかりを見つけることが出来なかったようだ。

「ここは引き払われた後らしい。別の場所を探そう」

 スカイライダーと青年は揃って部屋を出ようとするが、突然ドアが閉まる。手をかけて開けようとしても動かない。軽く体当たりしてみるが、びくともしない。

「しまった! 罠か!」

 自分たちが罠に嵌められたことをスカイライダーが確信した直後、壁の至るところから赤いガスが噴出されて室内を満たし始める。スカイライダーが数発殴ってもドアは壊れない。ガスが室内に充満すると、青年は咳き込んで床に倒れ込む。

「しっかりしろ! 気を確かに持つんだ!」
「だ、ダメだ……体が痺れて、動けない……」
「人体を麻痺させるガスか……くっ!?」

 倒れた青年を助け起こしたスカイライダーもまたその場に倒れてしまい、両者は動かなくなる。しばらく経過してガスが排気され、アリジゴクジンがアリコマンドを引き連れて部屋に入る。アリコマンドはスカイライダーが倒れたまま動かないことを確認し、青年の肩を叩く。すると倒れていた青年は何事もなかったかのように立ち上がる。アリコマンドは青年に槍を渡し、アリジゴクジンが目配せをする。青年は槍を両手で構え、スカイライダーの後頭部へ思い切り突き入れようとする。

「甘い!」
「何!?」
「こいつ!」

 しかし槍が当たる直前にスカイライダーが動き、床を転がって穂先を回避しながら立ち上がる。青年はたじろぐがアリジゴクジンは前に出る。

「バカな!? 改造人間用に調整した麻痺毒ガスを吸わせたハズなのに!」
「そんなものは通用しない! 俺がどれだけ息を止めていられるか、きちんと計算して罠を仕掛けるべきだったな!」

 スカイライダーは酸素の薄い高高度での戦闘も考慮して改造された。深海探査用の『カイゾーグ』や宇宙開発目的の『S-1』には劣るが、30分程度なら外気を取り入れずとも戦闘出来るようになっている。息を止めて寝転がるだけならば余裕だ。
 青年は槍を投げ捨て、震えながらスカイライダーに向けて口を開く。

「す、すまない! 実は俺、こいつらに脅されて……協力しないと、大切なダチが殺されちまうんだ! だから脱走したフリをして誘い込んで、トドメを刺せと……!」
「だがそれも失敗した! この役立たずめが!」

 事情を説明している途中でアリジゴクジンは青年を鞭で打ち据え、地面に這い蹲らせてから頭を思い切り踏みつける。そして鞭で首を締め上げながらスカイライダーを睨む。

「全ては聞いた通りだ! よく見ておけ! 貴様のせいでこいつが処刑される瞬間をな!」
「待て! 彼は関係ない!」
「黙れ! 役立たずを生かしておくネオショッカーではない! それとも、貴様が代わりに死ぬか!? そうすればこいつの連れともども助けてやらんこともないがな!」
「相変わらず卑劣な……!」
「お、俺に構うな……あんただけでも逃げて、俺のダチを……」
「うっとうしい! これ以上喋ると舌を切って口を縫い合わすぞ! さあどうする!? 仮面ライダー! どちらの命を取るのだ!?」
「……俺が命を差し出せば、彼とその友人は助かるんだな? いいだろう、抵抗はしない」

 スカイライダーは静かに頷き、変身を解除して洋の姿になる。アリコマンドが数体駆け寄り、洋の身体をロープで縛るのを見て青年は呆然と口を開く。

「あんた、どうして……」
「君が死ねば、命を落とした友人も悲しむし、向こうも生かす理由がなくなる。君達の命とは代えられない」
「相変わらず甘いやつだ。ようし、フレイヤ・ボーヒネンとガキ共を連れてこい! ガキ共やSPIRITSの目の前で、貴様を公開処刑にしてくれる!」
「やはり貴様らがフレイヤさんを捕えていたんだな!?」
「その通りだ! 貴様との関係を知った魔神提督の指示でな! なあに、安心しろ。あの女を殺せとは命令されていない……ネオショッカーの本拠まで連れていけとの命令が出ているのだ」
「そうはさせん! フレイヤさんをネオショッカーの思い通りになどさせるか!」
「生意気な! 今の貴様に何が出来る!? 抵抗すればこやつらは死ぬことになるのだぞ!? 貴様の仲間もあの女については知るまい。連れて行け!」

 吠える洋を鼻で笑い、アリジゴクジンはアリコマンドに命令しつつ青年を立たせて部屋から出る。
 洋はアジトの外にある高台まで連行され、頂上に突き立てられた鉄の柱に鎖で縛り付けられる。ロープはそのままだ。青年とアリジゴクジンが少し離れたところで見ている中、アリコマンドは木を柱の周囲に並べてポリタンクから液体をばら撒く。数体のアリコマンドは手に松明を持っている。

「お、おい、一体何を撒いているんだ……?」
「ガソリンよ! これから筑波洋を火炙りの刑に処すのだ!」
「火炙りだって!?」

 アリジゴクジンから液体の正体を教えられ、青年は愕然とする。洋は身じろぎ一つせず、静かにアリジゴクジンを見据えている。

「そう睨むな、筑波洋よ……いずれ他の仲間もまとめて地獄に送ってやるわ」
「ケイーッ! アリジゴクジン様、フレイヤ・ボーヒネンとガキどもを連れてきました!」
「うむ、連れてこい!」

 アリコマンドが1体駆け寄り、敬礼して報告するとアリジゴクジンは洋から顔を背けて命令を下す。少ししてアリコマンドに縛られた子供と、1人と女性が連れてこられる。女性を見た洋は身を乗り出して声を上げる。

「フレイヤさん!」
「洋、さん!?」

 少し遅れて女性ことフレイヤも洋に気付き声を上げる。駆け寄ろうとしてアリコマンドに押さえこまれながら、驚きを隠せずにフレイヤは問いかける。

「洋さん、どうしてここに!? なぜネオショッカーに捕まっているの!?」
「それはこやつの口から聞くといい。話してやれ!」
「あんた、あの人の知り合いなのか? すまない、俺のせいなんだ……ダチの命と引き換えにあの人を嵌めるように脅されて、罠のある部屋まで誘い出しちまって。それだけじゃなくこいつらは俺とダチの命をタテにして……」

 アリジゴクジンにせっつかれた青年は申し訳なさげに事情を話し、フレイヤは表情を険しくする。

「やっぱりそんな卑怯な手を使って!」
「フン、卑怯で結構、我々ネオショッカーは勝ってこそよ! よし、スピーカーを入れろ!」
「ケイーッ!」

 アリコマンドからマイクを手渡されたアリジゴクジンは大声で話し始める。

「聞こえるか、SPIRITSのバカモノ共! 筑波洋の命は今、我々の手中にある! そしてこれから最期を迎えるのだ! 最早お前たちに勝ち目はない! 大人しく姿を現し、降伏せよ!」

 呼びかけてからしばらくしても、何の反応もない。

「臆病風に吹かれたか……まあいい、出てこないのならば構わん。物陰から見ているがいい! 仮面ライダーの最期を! そして我らに逆らったものの末路を目に焼き付けろ! やれ!」

 アリジゴクジンが命令を下し、アリコマンドが松明を投げつけると火が激しく燃え上がって洋の周囲を包み込む。洋が暴れても2重の拘束は解けない。

「洋さん!」
「フハハハハ! 苦しいか!? だが筑波洋、我らが味わった地獄の苦しみはこんなものではなかったぞ! このまま悶え死ね! 仮面ライダー!」
 
 フレイヤの叫びも空しく、火は燃え盛って洋を炙る。子供たちは呆然と炎が広がるさまを見つめ、青年は罪悪感からか目を伏せている。洋も抵抗を諦めたのか、急に大人しくなる。

「とうとう観念したか。いくら貴様と言えども、対改造人間用特殊金属製の鎖は引きちぎれまい! 変身していない状態ならば特にな!」
「残念だが、観念するのはお前のほうだ」

 しかし洋はアリジゴクジンの嘲りにも動じず言い返す。

「ハッ、負け惜しみか? 見苦しいぞ、筑波洋!」
「負け惜しみ? 違うな……頼もしい味方が来てくれた」
「味方だと?」
「せやで! ヒーローは仮面ライダーだけじゃあらへん!」
「何!?」
「増援か!?」
「どこだ! どこにいる!?」
「ここや!」

 洋の言葉に応えるように、別の声がどこからか響き渡る。アリコマンドたちが慌てて周囲を探していると、高台の木陰から人影が飛び出し、軍艦マーチの替え歌を歌いながらネオショッカーの前に出る。するとフレイヤが驚きのあまり叫ぶ。

「がんがんじい……がんちゃんなの!?」
「おお! やっぱりフレイヤはんがおったか! 洋はんの言ってた通りや! みんな安心せいや! このがんがんじい様が来たからにはネオショッカーの好きにはさせんで!」
「……なんだ、報告にあったバンバンジーとかいうバカか。放っておけ」
「ってちょい待ち! わての名前はばんばんじいやのうてがんがんじいや! が・ん・が・ん・じ・い! ちゅーかなんやねんその態度! それがネオショッカーの宿敵、正義の味方に対する態度か! フレイヤはんからもビシっと……って何なんその目は!?」

 人影、がんがんじいこと勘次は胸を張るが、フレイヤは何とも言えない表情を浮かべている。ネオショッカーに至ってはアリコマンドすら鼻で笑って無視する始末だ。憤りを露にする勘次をよそに、アリジゴクジンは再び口を開く。

「さあ、苦しめ筑波洋! 己の愚かさと孤独を噛み締めて!」
「だから! わいを無視すんなや! こうなったら今のうちに洋はんを助けたる!」
「せめて何人か仲間を連れていればこうはならなかっただろうに……もっとも、SPIRITSの雑魚どもでは結果は同じだったろうがな!」
「やはりお前は何も分かっていないな、アリジゴクジン。聞こえなかったか? 頼もしい味方が来てくれたと」
「貴様、頭がおかしくなったのか? まさかこのトントンチキが頼もしいと?」
「ああ。俺にとっては頼もしい味方さ。それに誰が味方が1人だと言った?」
「味方はここにもいる!」

 不敵な態度を崩さずに洋が返した途端、上空から銃弾の雨が降り注いでアリコマンドを撃ち抜き、洋を縛る鎖やロープも弾丸を受けて千切れ飛ぶ。すぐに跳躍した洋は鉄柱から離れて勘次と並び立つ。

「バカな! 上からだと!? ヘリなどは飛んでいないし、狙撃をしたにしても弾道が……まさか!」
「そのまさかだ、ネオショッカー!」

 何が起きたのか分からず混乱しながら上空を見上げるアリジゴクジンの近くに、上空から何かが急降下してくる。オレンジ色のISを装着した少女だ。少女は急降下しながら手にしたアサルトライフルでフレイヤや子供を捕らえているアリコマンドを正確に射撃し、瞬く間に全滅させる。そして少女がフレイヤを守るように前に立ち、残るアリコマンドやアリジゴクジンに銃口を向ける。

「僕もいることを忘れていたようだな、ネオショッカー!」
「シャルロット・デュノアだと!? 貴様、いつの間にここまで!?」
「ISを使えばお前たちがアジトのどこにいても目と鼻の先、だから勘次さんに目を取られた隙に駆けつけたんだ!」
「だからわてを無視すんなと言うたんや! 援軍がわしだけと見て甘く見とるからこうなったんじゃ!」
「それと他の人質はみんな救出してあるし、アジトの機能も破壊した。後はお前たちを倒すだけだ!」

 銃撃を加えたのはシャルロットだ。シャルロットと勘次は洋からの通信を受けた後、アジトをくまなく探索して人質の解放を進めた。そして洋がネオショッカーに捕らえられた頃には解放も終わり、アジトの破壊に専念していた。最終的にシャルロットが自爆装置をハッキングで起動させ、脱出したところで先行していた勘次がネオショッカーに無視されているのを見つけ、駆けつけたのだ。

「けど洋はん、わいが駆けつけたのによく気付いたなぁ。バレんよう隠れながら進んどったのに」
「のぼりが隠しきれていなかったんだよ、がんがんじい。ネオショッカーより早く見つけられてよかったけど、次からはのぼりは下ろしなよ?」
「そいつは譲れへんわ、洋はん。こいつを下ろしたらわいはただの矢田勘次になってまうんやから。けどシャルロットちゃんに気付けたのは?」
「そっちはシャルがプライベート・チャネルで連絡してくれたからだよ」
「待て! 貴様ら、一切打ち合わせをしていなかったのか!?」
「ああ、がんがんじいもシャルロットも自分の役割を自分で判断してくれたのさ! 俺の仲間を舐めないでもらおうか、アリジゴクジン!」

 洋と勘次の会話を聞き、事前に示し合わせたわけではないと知ったアリジゴクジンが愕然とする。
 一方、シャルロットは両手に持ったアサルトライフルをアリコマンドに向けて牽制しつつフレイヤに声をかける。

「あなたがフレイヤ・ボーヒネンさん、ですね? 話は洋さんから聞いています。ここは我々に任せて、あなたは子供たちを連れて避難してください」
「ありがとう、あなたが洋さんの言っていた……ええ、子供たちは任せて!」
「そうはいくか! 人質がまだいることを忘れたのか!? そこを一歩でも動いてみろ、こいつを絞め殺してやる!」

 フレイヤが子供たちを連れて逃げようとしたところで、我に返ったアリジゴクジンが声を上げつつ青年の首に鞭を巻きつける。するとフレイヤは顔色を変えて動きを止める。シャルロットや洋も青年とアリジゴクジンを交互に見比べる。

「フハハハ! これで形勢逆転だな! さあ、大人しく武器を捨てろ! 所詮貴様らのような甘ったれでは我らネオショッカーを倒すことなど出来んのだ!」
「……なら、やってみろ」
「何ぃ? 聞こえんなぁ! 命乞いならもっと大きな声でしてくれんと……なんだと?」
「人質を殺せるものなら殺してみろと言ったんだ、アリジゴクジン」
「洋さん!?」
「なっ!? 貴様、本気で言っているのか!?」

 洋の口から非情な言葉が飛び出すと、フレイヤやアリジゴクジン、青年は驚愕する。シャルロットや勘次も洋に注目する。しかし洋は平気な顔をしてアリジゴクジンと対峙している。

「貴様! どうせ脅しだと高を括っているな!? ならばこうしてやる!」
「ぐ、ぐえ……苦しい……」
「どうだ! 後少しでも力を込めればこいつは簡単に死んでしまうぞ! バカなヤツめ、俺を怒らせなければこうはならなかったものを!」
「いくら脅したってムダだ。どうせお前には殺せない」
「なんだと!?」
「やめて洋さん! 今のあいつには逆効果よ! このまま刺激したら、あの人は……!」
「大丈夫さ、フレイヤさん。いくらネオショッカーでも俺たちを目の前にしてみすみす『仲間』を死なせることはしないさ」
「……え?」

 洋が言葉を続けると、フレイヤの表情が固まる。同時にアリジゴクジンと青年の動きも止まる。

「洋さん、何を……」
「ムカデンジンと人質は最初からグルだったってことさ。もちろん人質を取られて云々も全部作り話、最初から俺たちを騙すためのウソだったんだ」
「き、貴様! 気でも狂ったか!? 我々とこんな男が手を組んでいるなどどは片腹痛い! あくまでもハッタリを押し通す気か!?」
「そ、そうだ! 確かに俺はこいつらの言いなりになっているけどそれは仕方なくなんだ! ダチだってちゃんと牢屋に閉じ込めてあるんだぞ! こいつをペテンにかけるハッタリにしたっていくらなんでも酷すぎるぞ!」
「いや、ハッタリじゃないさ。それともこう言った方がよかったか? 下手な猿芝居はやめろ、アリジゴクジン! そしてムカデンジン!」

 洋は青年を睨み、一喝する。慌てふためくアリジゴクジンと青年だが、先に青年が反論する。

「お、俺がネオショッカーの怪人だなんてデタラメだ! だ、大体どんな証拠があってそんなこと!」
「そうだそうだ! 人質にまで疑いをかけるとは見損なったぞ、仮面ライダー!」
「証拠なら、あるよ」

 それまで事態を静観していたシャルロットは静かに告げ、青年が顔を向けてくるのに合わせて通信を入れる。

「叶分隊長、出番です」

『よしきた!』

 通信を入れて少しすると茂が率いるSPIRITSが処刑場の周囲から姿を現す。今までずっと隠れていたようだ。SPIRITSがアリジゴクジンたちを取り囲み、銃を構えるとアリコマンドは怯むがアリジゴクジンと青年は少し身構えるだけに止まる。

「おのれ、やはり隠れておったか!」
「い、いきなりこんなの呼び出してどうしようってんだ!? それより俺が怪人だって証拠、見せてもらおうじゃないか!」
「そう慌てなさんな……まずはこれを見てもらおうか」

 息巻く青年に笑ってみせた茂は隊員に合図を出し、ロープで腕を拘束された青年と同じ年頃の男性を数人連れてこさせる。

「そうだ! それが俺のダチだ! これのどこが証拠だってんだ!?」
「へえ、そうかい。まさかあんたらのダチがネオショッカーだったとは思わなかったよ」

 青年の答えを聞いた瞬間、男性を連れてきた隊員が服に手を書けて一斉に取り払う。すると中からアリコマンドが一斉に姿を見せる。愕然とする青年をよそに、茂は再び話し始める。

「洋さんに言われた通りアジトの探索中に見つけたんだが、間抜けな連中でね……俺たちが近付いてくるのに気付かなくて自分達の正体やら作戦目的をペラペラ喋ってたよ。そこを押さえてちょっと痛めつけたら全部ゲロってくれたけどね」
「申し訳ございません! アリジゴクジン様! ムカデンジン様! どうかご慈悲を!」
「ええい、黙れ! 黙らんか!」
「これは罠だ! きっと俺のダチとネオショッカーが入れ替わって……!」
「まだ認めないのか……俺が進堂誠の顔を見忘れたと思っているのか?」
「バ、バカな!? そんなハズはない! 今回はちゃんと整形して……!」

 洋が呆れたように指摘した途端、青年は慌てて自分の顔を触り始める。

「ああ、ちゃんと整形されているさ。中身まではどうしようもなかったみたいだがな」
「何を……ハッ!? まさか俺を引っ掛けたのか!?」
 
 続く洋の言葉にようやくブラフに引っかかったことに青年は気付き、アリジゴクジンは青年を放す。同時に青年の身体が光ってムカデを模したネオショッカー怪人、ムカデンジンへ姿を変える。

「ええい、あと少しでうまくいくところだったというのに! 筑波洋め、小ざかしい真似を!」
「一度は見抜いたお前の作戦、二度目ならば見抜けないと思ったか! ムカデンジン!」
「黙れ黙れ! こうなればこちらも小細工は無用、今度という今度こそ貴様をこの手で地獄へ送ってくれるわ!」

 ムカデンジンが吠えるとアリコマンドが一斉に地中から飛び出し、洋たちの前に立ちはだかる。

「それはこちらの台詞だ! たとえネオショッカーが何度蘇っても、俺たちが必ず叩き潰す! フレイヤさん、ここは俺たちに任せて子どもたちと安全なところに! SPIRITSはまずフレイヤさんたちの護衛を!」
「わかったわ! さあ、みんなこっちよ!」
「野郎共! お嬢さん方にアリコマンドの触角一本触れされるなよ!」

 フレイヤは子どもたちに声をかけて走り出し、茂を中心としたSPIRITSも逃げ道を塞ぐアリコマンドを蹴散らしつつ先導と殿を務めて脱出を援護する。

「シャル、がんがんじい、いこう!」
「うん!」
「よしきた!」

 呼びかけられたシャルロットは片手にアサルトライフルを呼び出し、勘次は兜を拳で叩いて気合を入れる。そして洋は両手を交差させて右腕を伸ばし、すぐ腰まで引いて左手を突き出して大きく回す。

「スカイ……変身!」

 左斜め上に伸ばした左腕を腰付近に置き、右腕を左斜めに突き出したところでベルトの風車が激しく発光しつつ回転し、スカイライダーへの変身が完了する。

「行くぞ、ネオショッカー! 子どもたちをおびえさせ、苦しめたお前たちを許すわけにはいかない!」
「どうせハナから許す気もないクセに何を言うか! 我らも貴様を許す気などないがな! やれ!」
「ケイーッ!」

 アリジゴクジンの号令の下、アリコマンドはナイフや棍棒、マシンガン、バズーカを手に持ちスカイライダーとシャルロットへ攻撃し始める。

「そんなもの!」
「俺たちに通じるものか!」

 だがスカイライダーは飛んでくるマシンガンやバズーカの弾を連続蹴りで全て払い除けつつ迫るアリコマンドの側頭部を蹴り抜き、胸や喉下へ足刀を叩き込んで吹き飛ばす。シャルロットも銃撃を無視して飛翔すると上空からアサルトライフルを掃射し、瞬く間にアリコマンドを殲滅していく。地上のアリコマンドが1分と保たずに全滅し、シャルロットの銃口がアリジゴクジンに向くが、アリジゴクジンも地面を砂に変えて地下へと潜り込み、銃撃を回避する。
 ムカデンジンはスカイライダーへと挑みかかり、長い尾を鞭のようにしならせて叩き付けるが、スカイライダーは左の回し受けで防御し、踏み込みながらつま先を後頭部へ蹴り込む。ムカデンジンの体勢が崩れたところで追撃に移ろうとするが、いきなり足元に蟻地獄が発生してスカイライダーの足が飲み込まれ、身動きが取れなくなる。

「仮面ライダー! これでも食らえ!」

 直後にアリジゴクジンが砂中から姿を現し、手にした鞭でスカイライダーの背を打ち据える。振り向こうとしても砂に足をとられて満足に動けないのをいいことに、アリジゴクジンは何度も鞭を振るってスカイライダーを攻め立てる。それでも急所への攻撃は両腕を使って防いで反撃の機会を窺うが、今度はムカデンジンが尾で頭を叩いてくる。

「どうだ仮面ライダー! これでは抵抗できまい!」
「まだ、僕がいるのを忘れるな!」
「そうはいくか! ガスを食らえ!」

 シャルロットが上空からアサルトカノンを連射し、アリジゴクジンとムカデンジンを止めようとするが、ムカデンジンはスカイライダーめがけて尾の先端からガスを放出する。すると銃弾がガスを突っ切ったところで爆発が起こり、炎と衝撃がスカイライダーを襲う。

「ぐっ!?」
「スカイライダー!?」
「ハハハハハ! どうだ、これでもう飛び道具は使えまい! 銃弾の摩擦熱でも俺のガスは爆発するのだ!」
「まだだ! セイリングジャンプ!」
「無駄なことを!」

 シャルロットは思わず銃撃を止めてしまい、スカイライダーも辛うじてセイリングジャンプで上空に飛翔するがその隙にアリジゴクジンはムカデンジンを連れて砂の中に潜り、姿を消してしまう。シャルロットはハイパーセンサーを、スカイライダーもディメンションアイを使って行方を追うが、地下深くまで潜ったのかなかなか発見できない。

「ネオショッカーめ、どこへ……む?」

 シャルロットと共に上空からの捜索を続けるスカイライダーだが、近くの地面に蟻地獄が出来たことに気付き、高度を下げて確認する。シャルロットも少し遅れて降下し、油断なくアサルトカノンを構え直す。

「バカめ! ひっかかりおったな!」
「チッ、後ろか!」

 しかしシャルロットたちの背後側にあたる地面がいきなり盛り上がり、伸びてきた鞭がスカイライダーの片足に巻き付く。2人が振り向くと同時に顔を出したムカデンジンの尾がガスを吐き出し、スカイライダーとシャルロットの周囲を包み込む。咄嗟にシャルロットはスラスターを噴射するが、放出されたエネルギーに反応してガスが大爆発を起こし、鞭に拘束されたスカイライダーはその場に残りシャルロットだけが吹き飛ばされてしまう。

「スラスターを使うのもダメだなんて……!」
「どうだ小娘が! これで手も足も出まい! そして死ね、仮面ライダー!」
「そうはいかへんで! まだがんがんじい様がいることを忘れとったな!?」

 そこにアリコマンドと一進一退の攻防を繰り広げた後、どこかに消えていた勘次が身の丈の倍は優にある長さの丸太を抱えて突進してくる。しかしムカデンジンも後から顔を出したアリジゴクジンも鼻で笑って無視を決め込む。

「また無視しおってからに! ほんならいくで! 新必殺技のがんがんジャンプ! そしてそこからのがんがんスカイ頭突きや!」

 あまりにあんまりな態度に憤った勘次は全速力で走り出すと丸太を蟻地獄へ突き立て、棒高跳びの要領で跳躍する。そして最頂点に達したところで丸太から手を離し、自由落下しながら頭からアリジゴクジンへ突っ込む。完全に無視していた相手からの想定外な攻撃だったこともあり、アリジゴクジンの頭頂部へ勘次が被っている兜の上面に取り付けられた鋭利な突起がモロに突き刺さってしまう。

「うおっ!?」
「痛ったあ……!」
「勘次さん!?」
「だ、大丈夫やでシャルロットちゃん! 兜にはありったけのスポンジが詰め込んであるから、へっちゃらや! ついでに先っぽもいつも以上に研いで鋭くしてあるからダメージも倍増やで!」
「がんがんじい、相変わらず無茶をしてくれるよ。けど、助かった!」

 勘次は心配するシャルロットに強がってみせ、スカイライダーは苦笑しながらもその隙に鞭を手刀で両断して戒めから逃れる。だが、今度は勘次が窮地に陥っていた。

「なんやこれ、深く刺さり過ぎて全然抜けへん! 洋はん、シャルロットちゃん、どないしよ!?」
「ええいこのマヌケ面め! さっさと俺の頭からどかんか!」
「アホ言うなや! お前の頭に逆さまで突き刺さっとんのに力なんて入るわけないやろ!」
「なんだと!? どこまでもネオショッカーを舐めくさりおって! だったらさっさと兜を脱がんか!」
「お前にぶつかって兜が歪んだのとありったけ詰め込んだスポンジのせいで脱げなくなってしもたんや!」
「もう黙れバカが! ムカデンジン、手伝ってくれ! 無理矢理引っこ抜いてくれるわ!」
「任せろ! ……ぬうっ!? 思ったより深いぞ! ええい、さっきからじたばたするな!」

 兜の先端がアリジゴクジンに突き刺さり、逆さの状態で身動きが取れなくなった勘次を引き剥がそうとアリジゴクジンとムカデンジンは奮闘する。しかし勘次がもがいていることもあってなかなか抜けずに悪戦苦闘している。ちなみに、勘次の株とは突き刺さっているだけでアリジゴクジンには一時的な痛みと衝撃、鬱陶しさ以外のダメージは一切与えられていないようだ。

「よし、チャンスだ! 一気に決めるぞ、シャル!」
「うん!」

 その隙を逃さず、スカイライダーとシャルロットは一旦空中で合流し、並んで急降下を開始する。

「ぬうっ!? こんな時に来おったか!」
「ガスを食らえぃ!」
「遅い!」

 勘次をどうにかしようとしていたアリジゴクジンたちは反応が遅れ、ムカデンジンがガスを噴出し始めた直後にシャルロットが口元めがけて右手に呼び出したアサルトライフルを発砲する。するとガスが引火してまたしても爆発が起きるが、先ほどまでと比べてだいぶ威力が小さい。ムカデンジンは口を押さえて悶絶し、アリジゴクジンも身体が大きく揺らぐが勘次は爆発の勢いで思い切り吹き飛ばされる。

「のわっ!?」
「シャル! がんがんじいを!」
「任せて! 勘次さん、掴まって!」

 するとシャルロットはアサルトライフルを持ったままPICを駆使して軌道を変え、地面に叩きつけられる勘次の首根っこを掴んで急上昇に転じる。勘次はそのまま両手を伸ばしてシャルロットの左腕にしがみつき、一息つく。

「ふう、助かったわ、シャルロットちゃん。けどさっきの爆発、ほんま死ぬかと思ったで……文句を言うのは忍びないけど、助けるにしたってもっと丁寧にやってほしかったわ」
「あれくらいで死にませんよ、勘次さんなら。日本一のスーパーヒーローなんでしょ?」
「確かにそうやけど……なんかシャルロットちゃんに上手く乗せられとる気がするわ。それとついでや、ちょっと兜のこっち側叩いてくれへん?」
「え? こうですか?」

 救出の荒っぽさにぼやきながらも上手く言い包められた勘次は、続けて兜の右側を叩くように頼む。シャルロットはアサルトライフルの銃床で少し強めに叩く。

「あたっ!? シャルロットちゃん強すぎやで! 一夏くんへのツッコミといいなんか出会った頃より暴力的になっとらへんか!?」
「ごめんなさい、ついうっかり……けど、どうして叩かせたんですか?」
「これで兜の凹みが……おおっ、脱げた! ちゃんと脱げたで!」

 側頭部を押さえてぼやく勘次だが、凹みが矯正されて兜が脱げるようになると一転して大喜びする。表情をコロコロ変える勘次を眺めて微笑んだシャルロットは、地上を見て表情を引き締める。

「勘次さん、ちょっと我慢しててね」
「え? 我慢ってぇー!?」

 シャルロットが地上へ向けてスラスターを噴射するとあまりの風圧に頬の肉が重力に逆らって歯茎が露出し、形容しがたい表情を勘次が晒す。
 地上では地面に潜ろうとしたアリジゴクジンの角をスカイライダーが掴んで引き摺り出し、蟻地獄から普通の地面に放り投げると遅れて投げ飛ばしたムカデンジン共々、蹴りの連打で猛攻を仕掛けていた。鞭や尾を上段回し蹴りの連打で払い除け、軽く跳躍してからの開脚蹴りでムカデンジンとアリジゴクジンの頭部を蹴り飛ばし、地面に転がす。そしてアリジゴクジンの両足を脇に挟み込み、ジャイアントスウィングで投げ飛ばす。

「おのれ! だがまだまだ!」
「逃がすか!」
「お前の相手は俺だ、スカイライダー!」

 地面に叩き付けられた後、頭の角を地面に押し付け、激しく振動させることで周囲の地面を砂にし始めたアリジゴクジンを止めようとするスカイライダーだが、ムカデンジンに妨害される。地面の砂化が進んで次第に蟻地獄か生成されると、アリジゴクジンはまたしても地面へ潜ろうとする。

「僕がいるのを忘れるな!」
「チィ、小娘が!」

 そこに駆けつけたシャルロットが銃撃を浴びせて動きを止め、手早くショットガンに持ち替えると散弾を連射してアリジゴクジンの背中に金属玉をいくつも食い込ませる。勘次はなんとか左腕にしがみついているが、肩で息をしている。

「シャルロットちゃん、タンマタンマ……ちょっと流石にキツいわぁ」
「こうなれば逃げるのは止めだ! 真っ向から貴様を血祭りにあげてやるぞ!」

 アリジゴクジンは振り返り、離脱しようとしたシャルロットの左脚に鞭を巻きつけて思い切り引っ張る。シャルロットも抵抗するが、いかんせん単純なパワーでは向こうに分があるうえ、勘次を左腕にしがみつかせているので銃撃で鞭を千切ろうにもちょうど死角となっている。それでも何とか拮抗状態を保つが、次第に勘次が左腕からずり落ちていく。

「もう、限界……すまんシャルロットちゃん」
「勘次さん!?」
「隙ありだバカめが!」

 とうとう勘次が腕を離して落下していくと、慌てて拾いに戻りギリギリのところてキャッチに成功するが、その隙を突かれて思い切り引っ張られ、シャルロットは蟻地獄まで一気に引き摺りこまれてしまう。

「この! 瞬時加速も、使えないか……!」
「無駄だ無駄だ! 足掻けば足掻くほど深みに嵌る、これぞ蟻地獄の真骨頂なのだ!」

 シャルロットの全身は左足の鞭が巻きついた部分と右腕、首から上を除いて全て砂で埋まっており、スラスターも砂に深く埋もれてしまって迂闊に使えない。PICを使って浮くことが出来ればスラスターを一気に噴射して砂を取り払えるが、PICのみではアリジゴクジンの腕力に抗えないだろう。身体の大半が埋まって動くに動けないシャルロットを嘲笑い、アリジゴクジンは蟻地獄の持つ傾斜の助けもあって少しずつシャルロットを引き寄せていく。

「くっ、このままじゃ……!」
「抵抗しても無駄だ! この鋏で貴様の首を斬り落としてくれるわ!」

 シャルロットは自由の利く右腕にアサルトライフルを呼び出して撃ち込むが、不安定な体勢故に照準がぶれてしまい、なかなか有効打とならない。それどころかアリジゴクジンはますます引く力を強め、左手の鋏を開閉させる様を見せ付ける。
 シャルロットに助けられたはいいが、今度は蟻地獄へ嵌りこんでしまった勘次は辛うじて顔だけ出すと兜を被り直し、シャルロットが追い詰められていることに気付く。

「これはあかん、なんとしても助けな……待っとってな、シャルロットちゃん」

 勘次は意を決し、わざと蟻地獄の中心まで滑り落ちていき、砂に自ら潜ってアリジゴクジンの背後まで忍び寄る。幸い、アリジゴクジンは勘次の存在さえ忘れているのか、シャルロットの相手に夢中だ。うまく真後ろを取ることに成功すると、勘次はいきなりアリジゴクジンの腰を掴み、全体重をかけて砂の中に引き込みにかかる。

「ぬおっ!? 何があった!?」
「やっぱりわいを忘れとったようやな! ネオショッカー」
「また貴様か! バンバンジーめ!」

 その瞬間、アリジゴクジンの身体が砂中に沈み込み、シャルロットにかかる力が大幅に弱くなる。慌てて周囲を見渡し、背後から腰にしがみついている勘次の存在にようやく気付くと、振り向いて引き剥がそうとする。

「今だ!」

 振り向いた瞬間、シャルロットはアサルトライフルの狙いを定め、鞭の根元を撃ち抜くことで戒めを破る。そしてPICを使って砂から浮き上がり、一度スラスターを空噴かしすることで噴射口に詰まった砂を掃き出し、再び砂を吸引しないようになるまで続ける。

「おのれおのれ! だがこの距離ならば!」

 勘次を引き剥がしたアリジゴクジンは再び振り向き、砂を払っている最中のシャルロットに鋏を掲げて突っ込む。

「甘い!」

 だがシャルロットは突き出された左腕にPICを使って飛び乗ると、右手に今度は近接ブレードを呼び出し逆手に持つと、頭に出来た傷めがけて渾身の力を込めて突き刺す。

「うぎゃあああああああ!」

 刃で頭を貫かれたアリジゴクジンは絶叫して身悶える。その隙にスラスターを噴射して上昇したシャルロットは、瞬時加速を使ってアリジゴクジンめがけて突っ込み、右足を突き刺さったブレッドスライサーに向ける。

「これでぇっ!」

 近接ブレードの柄に右足が勢いよく蹴り込まれると、近接ブレードは根元付近までアリジゴクジンの頭部にめり込み、切っ先が下顎から飛び出し、アリジゴクジンの動きが止まる。近接ブレードを格納し、埋まっていた勘次を回収した直後にアリジゴクジンは倒れ、頭から血を流し身体をビクビクと痙攣させてから爆発を起こす。

「ふう、またシャルロットちゃんに助けられたわ。ほんまおおきに」
「勘次さんこそありがとうございます。今日『は』大活躍でしたね?」
「今日『も』、やで。シャルロットちゃん」
 
 ムカデンジンはその頃、スカイライダーに追い詰められていた。
 ガスを噴き出そうと尾の先端を向けた瞬間、スカイライダーの姿が消えたと思うといきなり拳が口に叩き込まれて悶絶させられた。かと思えば一瞬前まで目の前にいたはずのスカイライダーに背後を取られ、バックドロップで投げ捨てられる。それから一瞬の間も置かずにムカデンジンの体がうつ伏せにひっくり返され、尾を手刀で両断される。それでも立ち上がり、振り向きざまに殴りかかるムカデンジンの拳を、スカイライダーは頭突きで迎撃して逆に砕く。

「ぐぅっ……!」
「ムカデンジン! もう終わりだ!」
「黙れ黙れ黙れ! まだまだ勝負はこれからよ!」

 右拳を押さえて悶えるムカデンジンだが、なおも抵抗しようと連続で足刀蹴りを放って反撃に移る。スカイライダーは両手を使って受け流し、あるいは弾いて体勢を崩すと喉元へ爪先を蹴り入れる。ムカデンジンが怯むとスカイライダーは踏み込み、右足を思い切り蹴り上げてムカデンジンの下顎を思い切り突き上げ、頭をのけぞらせる。そして軽く前に跳躍しながら振り上げきった蹴り足で踵落としを放ち、残る左足も蹴り上げることでムカデンジンの頭部を両足で挟み込んで痛撃を加える。仰向けに倒れる形になったスカイライダーが立ち上がると、一瞬意識が飛んだムカデンジンの両手を掴んで上空まで投げ飛ばす。そしてそれを追ってスカイライダーも跳躍し、空中で前転してから右足で飛び蹴りを放つ。

「スカイキィーック!」
「ぐほぁ!?」

 逃げ場のない空中で必殺の蹴りが直撃したムカデンジンは大きく吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。ムカデンジンは虫の息ながらも何とか立ち上がり、着地したスカイライダーを睥睨する。

「おのれ……なぜだ!? なぜ二度も俺の策を見抜けたのだ!? 前に基地まで誘い込んだ時も、整形までした今回も、なぜ俺の正体に気付けたのだ!?」
「簡単な話だ。ネオショッカーに無理矢理身体を改造され、人間に戻ることも家族と共に過ごすことも出来なくなってしまった女性を、俺は知っている……その人の目は、言いようのない悲しみに満ちた目をしていた。しかしお前は違った。お前の目には俺を騙そうという悪意しか感じられず、あの人と同じ目をしていなかった……一時たりとも忘れたことのない、あの目を、な!」
「そんな、バカな……」

 スカイライダーが静かに、それでいて力強く告げると信じられないと言いたげにムカデンジンは呟き、身体が青白く発光して消滅する。
 スカイライダーは変身を解除せず周囲の安全を確認し、他に敵がいないかを確かめる。そこに上空からシャルロットがやってきて声をかける。

「周囲に反応なし、この辺りの敵は全滅したみたいだよ」
「そうか……お疲れさま、シャル」

 ようやくスカイライダーは警戒を解き、シャルロットがISを格納するのに合わせて変身を解除する。やや遅れて勘次も駆けつける。

「ネオショッカーめ、わいを舐めるからこんな目に遭うんや。仮面ライダーと一緒にネオショッカーやバダンと戦ってきたがんがんじい様を」
「相変わらずだな、がんがんじいは。いつも頼もしい限りだ」
「けど今日はいつもより活躍していたんですよ? 勘次さんの助けがなかったら僕も少し危なかったですし」
「だから! わいはいつも大活躍しとるやろ!」

 相変わらず調子のいい勘次に洋とシャルロットは苦笑するが、このひたすら前向きな精神に救われたこともあるのは確かだ。だからこそ憎めないのだが。

「さて、ひとまずの安全は確保できたしフレイヤさんたちと合流しよう」

 洋の一言を受け、3人は並んで歩き始める。少し経つとSPIRITSに護衛されたフレイヤたちがこちらへ歩いてくるのに気付き、すぐ駆け寄る。

「フレイヤさん、どうしてここまで?」
「さっき爆発があったからもう戦いが終わるんじゃないかと思って。洋さんたちならあれくらいの敵、楽勝でしょう?」
「それにしたってまだ終わっていない可能性もあったのに……」
「すいません、洋さん。俺たちも止めに入ったんですけどなかなかどうも意志の強い人で」
「頑固って言ってくれてもいいんですよ?」

 困ったように後頭部を掻く茂に対し、フレイヤはいたずらっぽく笑ってみせる。何人の隊員はフレイヤの笑顔に見とれていたが、茂が咳払いをすると正気に戻って姿勢を正す。今度は勘次がフレイヤに話しかける。

「けどフレイヤはん、こうして会うのはホンマ久しぶりやなぁ。相変わらず元気そうやし、キレイでなによりや」
「褒めたって何も出ないわよ? がんちゃんも元気そうね、そして洋さんも」
「ああ。けどフレイヤさんが日本に来るなんて思ってもみなかったよ。しかもこんな時期に」
「私もあの宣戦布告には驚いちゃったから……って、このまま話していたらいつまで経っても終わらなくなりそうね」

 フレイヤは洋や勘次との話を打ち切ると、シャルロットと正対する。

「改めて……はじめまして。フレイヤ・ボーヒネンよ。あなたのことは洋さんやがんちゃんから色々と聞いているわ。洋さんの『妹』ってことも含めてね」
「あ、はい、僕……じゃなくて私もあなたのことは聞いていました。こちらこそよろしくお願いします」
「ふふっ、変にかしこまったりしないで? がんちゃんと同じように接してくれればいいから、ね?」

(すごい……こんなにキレイな人がいるなんて……)

 微笑むフレイヤと握手を交わしながら、シャルロットはその美しさに魅入られる。
 IS学園にも美女や美少女は多いが、フレイヤのように繊細なタイプの美女はいなかったし、フランスにいた時も見たことがなかった。ほっそりとした体型に雪よりも純白なきめ細かい肌、それを引き立てる滑らかな金髪、普段のどこか女神を思わせる神秘的な美しさ、時折見せる子どものようなかわいらしさがいずれも反発しあうことなく、フレイヤ・ボーヒネンの美しさを際立たせている。同時に、どこか中性的な容貌をしている自分に僅かながらコンプレックスを抱く。しかし頭を振ってすぐ振り払う。

「とりあえず、子どもたちを無事親元まで帰してあげないとダメだな……茂、身元の確認は?」
「フレイヤさんが聞き出してくれたおかげで、大体は把握できました。と言っても少し時間がかかるかも……」
「おーい、洋!」

 続けて子ども達を見てどうやって親元に帰すか思案する洋だが、茂が言葉を切る直前に源次郎の声がどこからか聞こえてくる。周囲を見渡してみると、1台のマイクロバスが洋たちの前にやってくる。源次郎はその助手席の窓から上体を出して呼びかけてきたのだ。マイクロバスが停車すると源次郎はドアを開けて下車し、洋たちの前に立つ。

「先輩、どうしてこちらに? 確か浚われた子ども達の親御さんを落ち着かせるために街へ残るって言ってましたよね?」
「ああ、そのことなんだが……俺も説得したんだが、どうも自分たちで探すって言ってきかなくてね。しょうがないから俺とグレゴリー警部で連れてきちまったんだよ」
「そういうことだ。もっとも、すでにネオショッカーの排除は終わったようだがな」

 続けて運転席からグレゴリーが顔を出し、後部ドアからは大人たちが続々と降りてくる。するとある大人は自分の子どもを見つけ、ある子どもは自分の親を見つけて一斉に駆け寄る。

「パパ! ママ!」
「美紅ちゃん!」
「怖かったよぉ~!」
「もう絶対に離さないからね!」

 親子が続々と再会を喜び合っていると、邪魔にならないように洋や源次郎は少し離れてそれを見守る。フレイヤとシャルロットは仲睦まじい親子の会話を、目を細めて眺めている。

「どうやら手間が省けたみたいですね」
「ああ。1人を除いて、だが」

 茂は安堵するが、洋は1人だけ親と合流できていない子どもを見つける。他の子どもよりは年齢が高めの、小学校中学年くらいの少年だ。少年は他の子どもたちが親と再会できた様子を嬉しそうに、それでいてどこか寂しげな様子で眺めている。シャルロットや勘次も少年に気付いたのか、洋とほぼ同時に歩み寄る。洋は少し身を屈めてなるべく視線を低くしながら尋ねる。

「君のご両親は来ていないのかい?」

 少年はそこでようやく洋に気付いたのか、少し驚いた顔をしている。するとシャルロットが笑みを浮かべつつ話しかける。

「驚かせちゃったならごめんね? 私たちはあのお姉さんのお友達なの。だから、君だけが残っていたのが気になっちゃって」
「……ネオショッカーに捕まってるんだ、僕のお母さんは」
「そうだったんだ……ごめんね? 聞きたいくないことを聞いちゃって」
「でも大丈夫やで! この日本一のスーパーヒーローがんがんじいと仮面ライダーがおるんや、ネオショッカーなんかあっと言う間にギッタンギッタンにして君のお母さんを助けたるわ!」
「だから君もほんの少し、頑張って? 君の頑張りと勇気がきっとお母さんにとっても大きな力になるんだから。名前、聞いてもいいかな?」
「梵悟朗、悟朗って呼んでよ」
「なら悟朗君、これからどうしようか? お母さんが戻ってくるまで、どこかの避難所にいる? それとも誰か親戚はいないかな?」
「それについてなんだけど、私から提案があるの。この子、どうも母親以外に身寄りがいないみたいで……悟朗君がよかったら、お母さんが見つかるまで私と一緒にいない?」
「え? いいの?」
「ええ。せっかくこうして出会えたんだから、最後まで付き合うわ。グレゴリー警部、すみませんけどこの子の護衛も一緒に頼めますか?」
「どうせ断っても無駄でしょうけど……構いませんよ」
「なら俺からも提案が。グレゴリー警部、しばらく俺たちと一緒に行動してくれませんか? 護衛は多い方がいいと思いますし」
「こっちとしては渡りに船だ」
「じゃあ決まりですね……悟朗君、私はシャルロット・デュノアって言うんだ。これからよろしくね?」

 シャルロットは笑顔で梵悟朗に自己紹介をし、握手を交わすと軽く頭を撫でてやる。
 それを見ていた洋に源次郎が小声で話しかける。

「洋、少しいいか?」
「先輩、どうしたんです?」
「あの梵悟朗って子のことなんだが……他の人、特にシャルロットさんとフレイヤさんに聞かれたら不味いからな。ちょっと来てくれ」

 悟朗について話があるという源次郎に疑問を差し挟もうとする洋だが、その真剣な表情を見ると黙って頷き、シャルロットたちから少し離れた場所に移動する。
 源次郎は一度悟朗のいる方を見ると、少し躊躇う様子を見せてから口を開く。

「洋、こいつは俺の憶測に過ぎないんだが……あの子、実は『ボンゴ』なんじゃないか?」

 ボンゴ。ネオショッカー怪人『ゾウガメロン』と怪人態を持たない改造人間『エルザ』の息子で、その特性から生まれながらにして怪人へ変身できた特殊な改造人間。ネオショッカーの作戦により、人間の赤子として誕生したボンゴを薄々疑いながらも育てるハメになった洋だが、不慣れな子育てをこなしていくうちに情が移っていった。だがボンゴはわずか5日で急激な成長を遂げ、人並み外れた腕力や凶暴性を発揮するようになった。それでも洋が吹くハーモニカの音色を気に入り、その音を聞くと大人しくなったことから人間性もあることを確信した洋は、自分を親と慕うボンゴのことを信じた。たとえ源次郎がいずれ成長して凶悪な怪人となり、その際に情が移った洋では倒せないことを懸念して苦言を呈しても洋にはボンゴを倒すことは出来なかった。
 最終的に、エルザをダシに洋とボンゴを呼び出したゾウガメロンはボンゴを利用して洋の殺害を目論んだ。しかしあと一歩というところで駆けつけた源次郎がハーモニカを奏で、洋への愛情を一時的に取り戻したボンゴは洋を庇ってゾウガメロンに反抗し、怒り狂ったゾウガメロンにより親としての愛情を最後の最後で見せて庇いに入ったエルザ共々殺害された。
 そんな因縁のある名前を出されて洋は言葉に詰まる。しかしすぐに気を取り直す。

「先輩、まさかとは思いますが、名前が似ているから、とか言い出すんじゃないんでしょうね? 確かにネオショッカーの怪人は復活していますが、いくらなんでも……」
「あり得ないと言い切れるのか? バダンの時と違ってネオショッカーは記憶と人格を持って復活しているんだ。それに名前だけじゃない。あの子の顔立ちは人間の姿のボンゴに似ているし、話しかけられた時の驚きは明らかに洋の顔を見てからの反応だった。なにより、父親のことには一切触れず、母親だけがネオショッカーに捕まったというのがどうしても引っかかるんだ。前に洋たちが誘い出されたときもそうだった」
「考えすぎですよ、先輩。顔が似ている人はいくらでもいますし、知らない顔を見たら誰だって驚きます。第一、母親のことにしか触れなかったからと言って疑うのは早すぎるんじゃないでしょうか?」
「洋っ!」

 あくまでも認めようとしない洋を、源次郎が一喝する。

「本当は、お前も薄々感付いているんじゃないか? あの子がただの子どもじゃないことに。そりゃあ一つ一つの要素だけなら偶然やこじ付けで済む話さ。だがな、それがいくつも重なったら……イヤでも疑うしかないだろう」

 源次郎が極力冷静に説くと、洋も沈黙する。
 全く疑っていないと言えばウソになる。源次郎が挙げた要素には引っかかりを覚えていたし、何より長年の戦いで磨かれた勘が悟朗は怪しいと告げている。それでも極力直視しないでいようと無意識のうちに思ってしまっていたようだが、源次郎はそれを見抜いたようだ。

「洋、ネオショッカーのしてきたことを忘れたんじゃないだろうな? ボンゴのことだけじゃない。ヤツらはお前の家族を殺し、お前の優しさや罪悪感に漬け込んだ悪辣な策を何回も仕掛けてきた。ネオショッカーの連中ならお前の優しさとボンゴへの情を利用して、お前たちの抹殺を企むくらいごく当たり前にやってくるんだぞ? 疑いすぎかもしれんが、やはり俺はあの子を信じることが出来ん。ネオショッカーが裏で糸を引いていると思うと、どうしても信じることが出来ないんだ……」
「先輩……」

 源次郎もまた、家族をネオショッカーに殺害された過去を持つ。
 レーサーとして第一線を退いた後、跡継ぎの絶えた本家へ養子に入った源次郎は長らく加藤姓を名乗っていた時期があった。城北大学のハンググライダー同好会と関わるようになったのはこの時期のことであり、洋もまた『加藤源次郎』として源次郎の名前を覚えていた。
 しかし、洋が改造手術を受ける少し前に実の両親や兄弟がネオショッカーによって皆殺しにされ、それを知った源次郎は急遽養子を取って本家の跡を継がせてから谷姓に復し、ネオショッカーとの戦いに身を投じるべく志度敬太郎博士と接触したらしい。
 このことを知っているのは洋と志度博士、そして立花藤兵衛の3人だけだ。他は茂たちはもちろん、洋と同じく源次郎と縁の深い沖一也でさえ詳細は知らない。

「先輩の気持ちは、俺にもよくわかります……それでも、それでも俺は、あの子を信じたい。あの子がボンゴでなければそれでいいし、たとえボンゴであっても最後に人を愛する心を持ったボンゴだと、俺は信じたい」
「洋、お前……」
「……俺は甘いのかもしれません。先輩の言うことが全面的に正しいのかもしれません。でも俺は、最後の最後まで信じたいんです」
「だが、もし俺の言う通りだったら、どうする? あの子はすでにフレイヤさんやシャルロットさんと仲良くなりつつあるぞ?」
「もしあの子がボンゴで、凶暴な怪人に成り果てていたのなら……その時は、誰かが犠牲になる前に俺の手で止めます。シャルやフレイヤさん、がんがんじいたちが傷つけられる前に」
「……辛い道になるぞ? お前はこれからあの子を信じ抜き、それでいて疑い抜きながら行動を共にしなければならない。他の誰かに気付かれずそれを続けるのは、かなりの困難が伴うぞ」
「もとより、覚悟の上です」

 洋と源次郎はしばらく黙って正対する。
 先に折れたのは、源次郎だ。

「……わかった。あの子については、お前に任せる」
「ありがとうございます、先輩。それとボンゴのことなんですが……」
「他のみんな、特にフレイヤさんとシャルロットさんには絶対話さないようにするさ。それくらい、俺もわかっている」

 フレイヤもシャルロットも実の父親により野心を叶えるための道具として利用され、大切な肉親を失ったというボンゴを想起させる過去を持っている。特に実の母親を謀殺されたシャルロットには話すわけにいかない。

「それじゃあ、戻るぞ」
「はい」

 洋と源次郎は頷き合うと、そのまま何食わぬ顔をしてシャルロットたちの下へ戻るのであった。 



[32627] 機体設定
Name: 無銘◆e18ca1f5 ID:5027a9c0
Date: 2012/12/15 23:15
ここでは主に専用機を中心に本作に登場したオリジナルISの紹介をしていきます。独自設定及び解釈等が含まれておりますのでご了承下さい。今後も定期的に追加していく予定です。

ラファール・リヴァイヴ・カスタム
操縦者:山田真耶
機体解説:怪人との戦闘を念頭にデュノア社開発の第2世代機『ラファール・リヴァイヴ』に近代化改修と専用機化措置を施した機体。待機形態は首に巻いたチョーカー。便宜上第2.5世代機に分類される事もある。改修前から本機は真耶に合わせてカスタマイズされており、真耶の技量も相まってその戦闘能力は第3世代以降の専用機にも引けを取らない。
ゲルショッカーとの決戦では第二形態移行を果たして単一仕様能力が発現した他、スラスター翼がXの字状の配置に変化。4枚のスラスター翼に分散していた推力が背部中央に搭載された可動式のメインスラスターに集中する事で、形態移行前に比べて運動性や機動性が向上している。
武装解説
51口径アサルトライフル『レッドパレット』:アメリカのクラウス社製IS用アサルトライフル。実用性と信頼性が高さから真耶もカスタム化前から愛用している。バダニウム合金による銃身強度の大幅な向上や弾丸と装薬の改良により、それまでの銃器に比べて格段に弾速や貫通力、破壊力が向上しており、ISに対してもダメージを与えられる程である。
60口径狙撃銃『シルバーブレット』:アメリカのクラウス社製IS用狙撃銃。『スナイパーライフルの優等生』と称される程バランスの取れた優秀な狙撃銃。セミオートマチックながら比較的構造が単純かつ堅固で信頼性も高い。通常弾の他に徹甲弾など用途に合わせて様々な弾丸を使用可能で、本機の物は結城丈二が新たに開発した硬化ムース弾も使用出来る。ただしマシンガンアーム用の硬化ムース弾との互換性はない。
50口径拳銃『ホエールキラー』:アメリカのクラウス社が開発したIS用自動拳銃。IS用としては最初期に開発された拳銃ながら優秀な基本設計と高い拡張性からIS用拳銃のスタンダードモデルとして広く採用されている他、ライセンス生産も盛んに行われている。本機の物は銃身下部に電磁ナイフを取りつける事で白兵戦にも対応出来る。
IS用近接ブレード『ブレット・スライサー』:ラファール系列機の標準装備である近接ブレード。近接ブレードしては短めだがその分片手でも扱い易く、射撃戦を重視する機種ではこちらが採用される事が多い。元々は欧州連合統合防衛計画『イグニッション・プラン』の第一次計画において共同開発されたもので、フランスがイグニッション・プランから離脱した後もデュノア社でのライセンス生産が許可されている。
試作型荷電粒子砲:デュノア社が新たに開発した大型の荷電粒子砲。開示された『白騎士』及び『白式』の技術情報を元に開発されたが、肩に担いで使用しなければならない程に大型化している上に格納時にも量子化領域を大幅に圧迫する。その為比較的量子化領域に余裕のある本機でテストを行う事を兼ねて真耶に引き渡された。威力そのものは十分高く怪人すらも撃破可能。デストロンとの決戦時に破損、現在は修理中で使用不能。
試作ビーム砲:修理中の荷電粒子砲に代わって篠ノ之束がその代用品として搭載させたビーム砲。束が開発した無人ISが装備するビーム砲を手持ち式に改修したもので当初は『紅椿』に搭載する予定であったが、小型化に難航した為取りやめとなった。無人ISのそれ同様にビームの出力を変更可能。
単一仕様能力
ラプラスの目:一定範囲におけるあらゆる情報をISコアにより高速で収集・分析する事で操縦者に今後起こり得る事象を予測し、それに対する最適な戦術や行動を提示する。いわば一定範囲内における限定的な未来予知を可能としており、範囲内であれば敵のあらゆる動きを先読み出来る。ただし提示する『未来』には様々な可能性が混在して確定しておらず、本当の意味で使いこなすには操縦者自身の確固たる意志と強靭な精神力が必要とある。

ブルー・ティアーズ・スペリオル
操縦者:セシリア・オルコット
機体解説:イギリスの第3世代機『ブルー・ティアーズ』が第二形態移行を果たして変化した機体。アーマーの形状が潜水艦を思わせる流線形に近いものになったほか、遠隔攻撃端末を兼ねるフィンアーマーが大型化している。全体的に性能が向上しており、セシリア・オルコットの成長によりBT兵器稼働率が上昇した事で各種BT兵器の性能も上がっている。
武装解説
自立機動兵器『ブルー・ティアーズ・スペリオル』:通称『スペリオルビット』。第二形態移行に伴い4機の特殊レーザービットと2機のミサイルビットが統合され、6機のビット全てでビームとミサイルの同時運用が可能になった。通常時はビームと対潜ミサイルとしても使用可能なミサイル『タスラム』による攻撃が主だが、後述の『アンサラー』発動時には変形してビーム刃を発生させる『クラウ・ソラス』やビームロープ、ビーム刃を射出する『ブリューナク』の使用、更には一定範囲を囲うビームシールドの形成も可能になる。
特殊レーザーライフル『スターライトmkⅢ』:ブルー・ティアーズ時代からの主力武装。特に変化はないがBT稼働率の向上によりビーム発射速度等が向上している他、スペリオルビット同様アンサラー発動時にはビーム形成が可能となる。
近接ショートブレード『インターセプター』:ブルー・ティアーズ唯一の白兵戦用装備。ブルー・ティアーズのコンセプト上、緊急時のサブウェポンとしての使用が前提となっている。
強襲離脱用高機動パッケージ『ストライクガンナー』:ブルー・ティアーズのオートクチュール。ビットを全て腰部に連結し、全て推進力に回す事で高い機動性と運動性の両立を図っている。ただし強度面の問題でビットによる砲撃が不可能となった他、ビットの動きが複雑化すると自壊する可能性もある為にビットの動きが制限され、結果的に機動性こそ向上したが運動性は低下している。後に篠ノ之束と結城丈二によって改修され、本来のコンセプトの完全な実現に成功した。
大型BTレーザーライフル『スターダスト・シューター』:ストライクガンナー装備時の主力武装。射撃精度や貫通力、最大射程に優れる。
大出力BTライフル『ブルー・ピアス』:ストライクガンナー装備時の主力武装。こちらは出力や連射性、破壊力で勝る。ただしスターダスト・シューター共々取り回しが悪く、接近戦では不利。
単一仕様能力
アンサラー:ブルー・ティアーズ・スペリオルに搭載されたBTシステムのリミッターやセイフティーを全て解除、コアで演算や情報処理を補助する事でビットとそれ以外の武装の併用やビットの展開と戦闘機動の両立、ビームの自在な形成を可能とする。ただしその分操縦者への負担も大きく、セシリア・オルコットかそれと同等以上のBT適性がある者以外が使用した場合、脳に流れ込んでくる大量の情報に耐え切れず廃人化もしくは発狂する危険性がある。

甲龍・那吒
機体解説:中国の第3世代機『甲龍』が第二形態移行を果たした機体。装甲表面が龍の鱗を思わせる形状に変化し両肩の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)や四肢のアーマーが大型化した他、両肩非固定浮遊部位を分離・変形させて四肢に装着する特殊兵装が追加された。
武装解説
空間圧作用兵器・衝撃砲『龍咆』:甲龍の主力武装。後述の単一仕様能力によりパッケージ無しで集束や拡散が出来るようになり、全方位への衝撃砲の発射が可能となった。
近接兵装『双天牙月・斬妖』:1対の青龍刀(柳葉刀)型白兵戦用武装で通常の双天牙月が変化したもの。肉厚で刀幅が広く頑丈だが切れ味はやや鈍く、その重量と振り回す際に発生する遠心力をつけて敵を叩き斬る武器である。前と同じように柄を連結させる事も可能な他、刀の背を連結させる事も可能となった。
近接兵装『双天牙月・砍妖』:刀刃仕様の双天牙月が変化したもの。斬妖に比べて細身で肉薄な分切れ味で勝り、対生物では斬妖以上の殺傷力を発揮する。こちらも柄を連結させる事は可能だが刀の背を連結させる事は出来ない。
近接兵装『双天牙月・降妖』:斬妖の刀背同士を連結させた両刃剣型白兵戦用武装。単一仕様能力により衝撃砲を応用して斬撃と共に熱エネルギーや衝撃波を敵に叩き込む『陰陽剣』の発動が可能となる。
高電圧縛鎖『縛妖索』:『ボルテック・チェーン』が変化したもので使用するには腕部龍咆から換装する必要がある。先端にクローがついた鎖を射出して敵を拘束し、本体から高圧電流を流し込む。ウィンチとしての使用も可能で10トンまでの物体を牽引出来る。先端のクロ―を閉じてドリルのように回転させる事で貫通力を向上させる事が可能。
特殊兵装『黄龍・火尖槍』:両肩の非固定浮遊部位を分離・変形させて形成するドリル型兵装。右腕部に装備して使用し、使用時には右腕部を中心に衝撃砲を応用したエネルギーフィールドが発生、甲龍そのものを巨大な『槍』と化して衝撃波をスラスター代わりに敵へ突進、粉砕する。その際に余剰エネルギーが高温の炎となって機体を覆うように展開する。
単一仕様能力
乾坤圏:コアが演算処理を行う事で衝撃砲の使用に必要な空間歪曲の範囲や場所の詳細な指定や操作を可能とする。これにより衝撃砲の集束率を自在に操作可能となり、四肢や近接兵器に衝撃砲のエネルギーを纏わせる事が可能になる他、障壁の形成、衝撃波の推進手段への転用を可能にする。更に機体前方に空間歪曲を発生させる事であらゆる攻撃を防ぐ事も可能とするが、使用には非常な集中を要する事から事実上それ以外の行動は一切とれなくなる。


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