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[32959] この中に1人、ハニートラップがいる!【IS】
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2014/05/22 17:38
「っべーよ。マジっべーよ。こいつぁガチでっべーよ」

IS学園の校門。本来は白い制服に身を包んだ少女たちがキャッキャウフフしながら通る言わば天国への門(ヘブンズゲート)の前に、俺は立ちすくんでいた。

「なんという邪気眼……ヘブンズゲートとかイタすぎる」

ケータイの画面で時間を確認すると、まだまだ時間に余裕がある。
今日はIS学園の入学式だ。俺こと織斑一夏は、数ヶ月前に何の縁か女性にしか扱えないはずの超兵器IS(インフィニット・ストラトス)を起動させてしまった。

そもそもISとは、世紀の天才こと篠ノ之束が開発した宇宙進出のためのマルチフォーム・スーツである。
しかしその機動力や戦闘力に目をつけられ、各国が軍事用兵器として転用。仮にISを用いた世界規模の戦争が勃発すれば人類の6割が死傷するという試算も出るほど、ISはこれまでの兵器と比べ群を抜いた存在だったのだ。
これを危ぶんだ篠ノ之博士はISコアの製造を中止、現存する467個をもって今後の増産は行わないと発表した後……行方をくらませた。

このISコア。こいつは中々のクセモノで、完全なブラックボックスなのだ。未だ解析率は6%にも達していない。
特性も意味不明で、なんと女性にしか反応しないのだ。したがってISは女性にしか使えない。だからこそ女性が肩で風を切って町を歩いている。

結果世界中を巻き込んだ大騒ぎとなり、俺の名とIS学園への入学は全人類の知るところとなったのだ。
ちなみに俺の顔写真が報道されて、多くのスレで『イケメンすぎワロタww』とか『掘られてもいい』とか『これはハーレムのヨカーン』とか言われた時は正直キタコレと思ったが実際そんなに甘くない。ちょっと眉の手入れミスった気がする。

「冷静になれ。彼女いない歴=年齢の童貞がでしゃばっても何にもならない」

目標は彼女を作ること。次に手をつなぐこと。次に抱き合うこと。そしてキスをすること。最終的には正しい男と女の突き合いゲフンゲフン付き合いをすること。

完璧すぎる。

「さっきから見渡す限り上玉しかいねぇ……絶対入学基準に顔面偏差値入ってるだろ」

可愛い子ばっかりじゃねえかナニやってんだIS学園ホントよくやった!

「これはラノベ展開のヨカーン……ああ、みんな俺を見てる。っべージャニーズとか目じゃねえ」

そんな感じで俺は校門をくぐり、小さくステップを刻み喜びを表しながらIS学園の校舎へと向かった。



入学式。
お偉いさん方からの祝辞が多数読み上げられる中、俺は隣に座った女子と早速おしゃべりに興じていた。反対側の女子にいたっては寝てるし別に問題ないよね?

(じゃあ相川は近畿から来たんだ。ユニバーサルスタジオとか行った?)
(行った行った! あそこのジョーズすごいんだよー!)
(マジか……今度行ってみようかな)

彼女の名前は相川清香。国籍的にも血筋的にも日本人だ。
互いに顔だけは正面を向いての会話。

なんかスリルがあって一夏ドキドキしちゃう。

(あっ、生徒会長だ)
(ん?)

壇上に女子生徒が立った。水色の髪だ。
マイクの位置を調整して、よく通る声で、スピーチを始める。


「入学おめでとう、織斑一夏君」


…………!?

心なしか、名前を呼ばれた気がする。いや、みんながゆっくりと俺に視線を向けているということは、気のせいじゃない? いやいや何でだよ。ちょ、えっ。

「あなたの入学を歓迎するわ――愛しい愛しい、宿敵さん」

バッと扇子を開く。見れば扇子には『再会』と書かれていた。

「ちょっと待て――誰だあんた」
「あら、忘れちゃったのかしら」

席から立ち上がり、真正面から睨み合う。背筋をゾクゾクとさせる闘気。なるほど強者の類だ。だが、この感覚。以前味わったことがある。

「思い出した」

講堂にいる全員の視線が俺に突き刺さった。

「なるほど、ロシアの」
「ええ」

互いに笑みを浮かべる。懐かしい相手との再会だ。何も殺気立つことはない。
その雰囲気に、どことなく張り詰めていた空気がほどけた。

そして、俺は自分のISの右腕とウイングスラスター、さらに俺の身の丈ほどある純白の大剣を展開する。普段どおり、瞬きする間に部分展開と収納は3回ほど繰り返せる。
剣を軽く振る。隣で相川の短髪とスカートが巻き上がった。下着は白、いいねさすが日本人、分かってる。持つべきものは同郷の女だ。

『……えッ?』

誰かがつぶやいた。そのころには生徒会長も片腕と水のヴェール、ついでに巨大な槍を召喚していた。
やはり見覚えがあった。ていうかありすぎる。はっきりと思い出した。以前相対したことのある敵。それも、今までの中でもかなりの猛者に分類される極上の獲物。
何せこの俺サマが一度敗北を喫した相手だ。

故に。

「死ねえええええええええええええええ!!」
「吹っ飛べえぇぇぇーーーーーーーー!!」

両者ともに、加速。

俺が通った後の風圧が女子生徒をのっけたままイスを数十センチ浮かせ、生徒会長が巻き起こす突風がステージ上のイスや机をどこかへ吹き飛ばす。
右手のバカでかい大剣を俺が振り上げ、生徒会長は水流を纏った槍を突き出す。

そして、激突。



結局のところ、俺はそこまで被害を受けなかった。その辺りはあちらの生徒会長も同様で、一番の被害者はスカートを巻き上げられた生徒ではなくボロボロになった講堂だろう。

「まったく……入学初日から、お前というやつは」
「反省してますしてます」
「もうそのセリフは何度目だ、この詐欺師め」

ひでぇ言われようだ。
俺は黙って肩をすくめ、目の前に座っている女性――実姉である織斑千冬はこめかみをもむ。

「まあ、お前と更識を合わせたらこうなるのは薄々分かってはいたが……」
「なら学園が悪い」

俺は躊躇なく言い放つ。正直少しも反省してない。
姉さんはIS学園に勤める教師で、一時期は世界最強の名をほしいままにした猛者なのだ。

「断言できるお前はすごいな……頼むから、反省の色を見せてくれ。もう演技でもいい」
「俺は悪くねえっ! 俺はハメられたんだッ! 腐った官僚主義が、俺をこの国から弾き出したんだッ!」
「いやそこまで演技に徹されても困る。というか演技ですら反省の色が見られないのはどういうことだ」

どうやら姉さんには俺の演技は不満らしい。渾身の演技だったんだがな。仕方ないのでパイプ椅子の上で体操座り。暇すぎだろ。
ここ、IS学園取調室では、現在俺と生徒会長が取調を受けている。といっても事情を知っている姉さんは2、3の質問で終わった。

「そうだ織斑」
「はい?」

机を挟んで、姉さんが真剣な表情で聞いてくる。いつになく真剣なので俺も居住まいを正してしまった。

「お前は何のために、この学園に入ってきたんだ?」
「彼女をつくるため」
「…………」

姉さんが机に突っ伏した。レアだ。写メっとこう。

「……お前というやつは」
「何か問題でも?」

ここはあれだ、自分の行動は当然だと言わんばかりに振る舞うべきだ。
あーしかしもう6時だ。腹減った学食行きてー。

「まったく、自分の立場を分かっていないようだな」
「『世界で唯一ISを起動できる男子』だろ?」
「ああ」

それと俺の野望との間に何か関係があるのだろうか。
姉さんは何か躊躇うように間をおいて、告げた。



「お前に彼女はできない」
「えっ」



素で絶句した。
……いやいや、何を言っているんだこの人は。

「ごめん、姉さん、何を言ってるの?」
「お前に彼女はできない。現実を見ろ」
「嘘だッ!!」

俺はテーブルを叩いて立ち上がる。そんな、そんなバカなことがあってたまるか!
何のためにこの学園に入学したと思っている。さっきも言った通り、彼女をつくるためだ!

「分からないのか? いいや、分かりたくないだけだろう?」
「止めろッ! 止めてくれッ! それ以上言うなッ!」

耳をふさいでその場にのたうち回る。理解することを体全体で拒んでいた。……薄々、分かってはいたんだ。俺の立場が立場であるがために、俺の野望は成就しないだろうということは。
でも、それを認めてしまったら、俺は終わってしまう。生まれてこのかた女子の手を握ったこともなければ、そもそも肌に触れたこともほとんどないミスター童貞にとって、いかに足掻いても彼女ができないという呪いにも似た縛りは死刑宣告に等しい。てか呪殺だろ呪殺。

現実から逃避しようとしていた俺の両手を耳からはがし、姉さんはトドメを刺そうと口を開いた。
いやいやと頭を振る俺に構わず、悪鬼はそのクールボイスで、俺の心を撃ち抜かんとする。

「この学園の生徒の中には――ハニートラップが存在する」
「言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

俺in女の園なウハウハ物語は、この瞬間終わりを告げた。

「ハニートラップに引っかかった場合、高確率でお前との子供をもうけにくる。受胎するまで何度も仕掛けてくる。そうなればお前のような阿呆は終わりだ」
「……なん、で」
「スキャンダルにもほどがある、お前は世界規模での有名人なんだ。そのネタをダシにして脅迫され、違法な人体実験や過酷なデータ取り、下手すれば一生研究所ということにもなりかねない。無論最期の瞬間まで実験だ」
「あ、あははは……」

さっきから笑うことしかできない俺に対し、容赦なく姉さんは現実を突きつけた。

「だからお前に彼女はできない。できてはいけない」
「ちょ、ちょっと言ってる意味が分かんねえや。三行でお願い」
「在学中に
彼女つくったら
人生終了」
「ああああああああああああああ!!」

こうして――俺のクソッタレな学園生活は幕を開けたのだ。




------------------------------


スランプすぎて気分転換に書きました。中編です。そんなに長くしない予定です。

ちなみにISで戦争したら人類の6割が云々かんぬんの話はオリジナルです。
束さんは割とガチで隠居中です。


ハーメルン様でも投稿してます。



[32959] コードハニトラ 反逆のイチカ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/09 00:10
すでにホームルームが始まった時間、俺は一人でトボトボと廊下を歩いていた。

「俺は負けねえ……めげねえ……諦めねえ……」

ちょっとサウザー様っぽくなってしまったが、現在俺の心境は世紀末と言われても問題ないほどすさんでいた。少し出歩けばモヒカンと出くわすレベル。
残念なことに南斗爆殺拳しか使えない俺は、北斗神拳伝承者と出会った場合逃げる一択になってしまう。俺より強い奴に会いに行くと言うが、正直ユダ様あたりと遭遇したら俺は手持ちのダイナマイト全てを投げ捨てて命乞いをする自信がある。あれ逃げるんじゃなかったっけ俺。まあいいか。

古来より織斑家に伝わる必殺の謝罪法を持ってすれば懐柔ならぬ服従など容易い。
ただフリーザ様みたいに平然と味方を使い潰すようなのが相手だと死に物狂いで抵抗することになる。

「一年一組……名前一夏だし、1つながりでいいカンジだし、彼女くれねえかな」

何を言っているのか、張本人たる俺でもちょっと分からない。もはや自分で自分の思考を疑うはめになりそうだ。

時たま俺の精神が勝手に理性を突き破って口から出ることがある。その場合もれなく場が紛糾するのであまりよろしくない。
無論ソースは俺。

「最初はなんて言おう。ここはインパクトのあるセリフだな。あー、ゴホンゴホン……この織斑一夏には『夢』がある! 世界最強になり、彼女をつくるという夢だ!!」

完コピしたジョジョ立ちと共に叫ぶ。
ん~~、ジョルノは俺には合わない気がする。主に血筋的な意味で。つかGERとか手に入れてもなんか嬉しくない。あれバグだろバグ。

「大体俺、外見のインパクトが小せぇしな。黒髪短髪とかマジ特徴ナッシング」

やはりジャギメットは持ってくるべきだった。インパクトを大幅に追加してくれるっていうかインパクトしかない。
ただあれを装着すると「ヒャッハーァ!」としか叫べなくなるので少々不便だ。ちなみに中は熱くてだるい。
弾と一緒に作った時俺もヤツもあまりの無駄な努力っぷりに数日間燃え尽き症候群にかかったのは記憶に新しい。

「そうこうしている内に教室到着である……やっべぇ今更緊張してきた」

ドアに向き合うとこまでは行ったがもう体が動かない。なにこれ金縛りかよ。
一説によると金縛りは過去の怨念が体に絡みついてるんだとか。廊下で金縛りとか俺どんだけ恨みかってんだ。

「イチカ・ヴィ・オリムラが命じる……体よ、動け!」

自分にギアス。入学初日に。やべぇ最上級の無駄遣いなんじゃないのこれ。鏡ないけどさ。

いざ入室。扉に手を伸ばし、俺が触れる前に勝手に開いた。
……ああ、自動ドアでしたねここ。

ヤバい、すっげえ恥ずかしい。

「……し、失礼します」

口から出たのはありふれた言葉。おいどうした一夏、お前はこんなもんじゃないはずだろうが。萎縮しているのか、視線が床から上がらん。
どうしよう俺のビビり方がガチ過ぎて笑えない。

「あ、え~っと、織斑君ですよね。ちょうど良かった、今最後の人が自己紹介をしていたところなんです」
「…………」

落ち着け、落ち着け。
ここで黙り込むと暗い奴みたいになっちゃうだろ。彼女を作るためには、こんな所で立ち止まってられないんだ。

『お前に彼女はできない』

さっきの姉さんの言葉がフラッシュバックする。
認めたくない。だが、結局はそれが事実なのか。思考が埋没し前後不覚になっていく。顔を伏せた。何も聞こえなくなる。
ただ姉さんの声がエコーを引いて小さくなっていく。

俺を支えていた欲望が……可愛いコを口説いて部屋に連れ込んで俺の×××をその子の××××にズルズルヌコヌコギシギシアンアンするという夢が、性欲が崩れ去っていく……!

ああ……童貞のまま死にたくない……せめて、ニーソ装着の足で×××されたかった…………


……違う。


俺は何を。何を勝手に諦めてるんだ、俺は。

さっきも言ったじゃないか。俺は負けねえ、めげねえ、諦めねえ。

何のために15年間生きてきたと思っている。何のために脳内妄想で大人の階段を上る予習をしてきたと思っている。

「違う」
「――?」

外野がうるさい。今こっちは大変なんだ、騒ぐな。

「断じて違う!!」
「――!?」

意識が浮上する。自分を貫く芯を改めて固定し、細胞の一つ一つを凝固させる。

「俺は、一人の男として! そんなことを認めるわけにはいかない!!」

瞳に力が宿るのが、自分でも分かった。
理屈を抜きにして、男として、俺を止めるものは何もない。ハニートラップがなんだ。そんなもの華麗に回避してやる。

拳を握り顔を上げる。さあかかってこいよハニトラ野郎(♀)! この俺と――

「――勝負だッ!!」
「決闘ですわ!」

……!?
今、完全に俺の理解を飛び越えたことが起こっていた。
いつの間にか一人の生徒が立ち上がって俺を指差している。顔は怒りに赤く染まり、指先が震えていた。

え、ちょ。

何これ。

何なのこれ。

誰か説明! 説明プリーーーーズ!

「……何の騒ぎだ」

俺の心の叫びに応えるかのように扉が開き、フォーマルスーツを着込んだ姉さんが入ってきた。俺が聞きてえよその質問。

「あ、えっと、その……織斑君とオルコットさんが、その」

教壇に立っている緑色の髪をした女性が困ったように口を開いた。どうやら先生のようだ。そういえば俺が教室に入った時、声をかけてくれた気がする。
しかし、ヤバい。
とにかく、ヤバい。

「何て言ったらいいんでしょう……挑発にのったというか。どうもISバトルで決着をつけたがっているというか」

たゆん。

たゆんたゆん。

先生……その……あなたの肉まんが、組んでる腕の上に乗っています……
なんという絶景。なんという戦闘力。明らかにこいつは国宝級だ。

「ほう、なるほどな。ならば決闘だ。時間は?」
「今からで構いませんわ! ちょうどあちらも、専用機をお持ちのようですし!」
「…………」

お、おかしくないか。俺何も言ってないのに、なんかあの金髪と戦う流れになってる。
落ち着け俺。これは陰謀だ。腐った官僚どもが俺をハメようとしているんだ。

「で、ハンデはどれほどお付けになりますの?」
「……ハンデ?」
「当然、私はユナイテッド・キングダム代表候補生、セシリア・オルコットですもの。下々の者に合わせて差し上げるのも高貴な者の努めでしてよ」

ノブレス・オブリージュってやつか。あれ、こんな意味だっけ。

ついでに言うとUK代表候補生ごときがさもこの俺より格上のように振る舞っているのはどうも納得いかない。
決闘自体は嫌じゃない。断る理由もないしな。ただこの上から目線は死ぬほどイラつく。見下してんじゃねぇ。

「そうだな、ハンデぐらい自由に決めていいぜ」
「……は?」
「だから、ハンデだよ。どうする、瞬時加速(イグニッション・ブースト)禁止でやるか? それともスラスター出力30%オフ?」

実際それぐらいじゃ俺の圧勝は揺るがないと思うがな。
しかし俺は妥協しない男なのだ。
どうせ勝つなら、二度と挑む気すら起きないほどの大差をつけて勝つ。
ここでだめ押しの一言。

「下々の者に合わせてやるのも、格上の仕事だからな」

俺が不敵な笑みを浮かべてオルコット嬢を見やると、意味を理解したのだろう――彼女は顔を憤怒の色に染めて、両手を机に叩きつけた。

「このッ、私を……! 愚弄しようと言うのですか……!」
「UK代表候補生サマにしちゃ豊富な語彙じゃねえか。いいぜ、日本男子の力、見せてやるよ」

俺がそう言うと、なぜか教室を爆笑の渦が包んだ。

「ちょっと織斑君、何言ってるのー?」
「男が女より強かったのって、十何年前の話だよー」

見れば相川も笑っていた。視線が合うと気まずげに目を伏せた。
俺は革靴が床を叩く音を存分に慣らしながら彼女のとこに向かった。

「相川」
「ひゃい!?」

俺はわざと大げさに片足を振り上げて、相川の机を踏みつける。
そのままズイと顔を寄せると、彼女の小さなあごを指で掴んだ。無理やり顔をこちらに向かせ目を覗き込む。

「専用機は?」
「え、えッ?」
「お前、専用機は持ってるか?」
「い、いいえ」
「ISの操縦経験は?」
「入試の時に一回……」
「その時飛行は?」
「で……できませんでした」

なぜか敬語で話す相川。どうやら顔にリキ入れすぎたらしい。
昔からキレると悪人顔と名高い俺だ、純情可憐な乙女の心にはさぞ深い傷を残しただろう。何それ、何やってんだろ俺。彼女できる気がしなくなるじゃん。

以前九歳ほどの近所の女子を一発で泣かせた時は弾も同情してくれた。一番泣きたかったのは俺だっつの。

まあそんな俺の心の古傷は置いといて、俺は満面の笑みで振り返る。
どう満面なのか具体的に言うと顔を合わせたオルコット嬢が一歩引いて巨乳先生が悲鳴を上げるレベル。もう帰っていいかな俺。トラウマが増える一方なんだけど。

「他に」
『……?』
「オルコット嬢以外に、自分はISを扱うのに自信があって、男なんて片手で捻り潰せる矮小な生命体だと断言できるやつ」

俺がそう言うとほとんどの人が顔を伏せた。まあそりゃそうだ、そのISの操縦を習いにここに来てるんだから。

「分かるか? 分かるだろう? お前ら、俺を笑う資格なんてないんだよ」

改めてオルコット嬢に向き合った。
見極めたい、こいつが果たして女尊男卑を利用しているのか、はたまた呑まれているだけなのか。

「お前は、どう思う?」
「当然ですわ! 男なんて、ただ女性の言うことに従って這いつくばっていればいいんですわ!」
「どうして?」
「それは――男にはISが使えませんもの。軍事力において絶対的な位置を占めるそれが使えない以上社会的な地位が下がるのも回避できないでしょう。守るものと守られるものの間には格差も起こりますわ」
「合格だ」
「は?」

俺は笑いをかみ殺しきれなかった。
上々だ、ただ思考を放棄しているだけではなかった。まだマシな分類だ。

姉さんに振り向く。我ながらイイ表情だったと思う。多分薬を摂取したばかりのジャンキーみたいな表情だったに違いない。

「先生、今日中にやりましょう」
「よし。決闘は30分後、第三アリーナにて行う! ……ちょうどいい、勝った方はクラス代表になれ」
「分かりましたわ」
「…………」
「あなた、先ほどから黙りこくったり急に喋ったりしていらっしゃいますが、統一したらどうですの!?」

なぜか責められる俺。
こうして、俺のIS学園デビュー戦が決まった。

役不足になるか力不足になるかは分からんが、とりあえず超スピードとか催眠術とかチャチなもんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わってしまった。
ありのままを説明するとか敗北フラグじゃないですか。あ、違う? 俺は好きだけどね、ポルナレフ。







「よっす相川」
「あ、織斑君。どうしたの?」

ネイビーカラーのISスーツに着替えた後――まあ制服の下に着込んでたからジャケットとズボン脱いだだけなんだけど――俺は観客席に向かうクラスメイトの中から、本日の知り合い第一号を引っ張り出した。

ちなみに俺が今着ているISスーツは何でも実験用の特殊モデルらしく、上も下も七分丈だ。
どうせならガンツスーツみたく全身黒タイツの方がまだ諦めがつくもんだが、なぜこんな中途半端な代物なのか。
各企業から是非とも使ってくださいと化粧品の試供品みてえにバンバン送られてくるので、俺の手持ちのスーツは二十着を越えるのだ。正直マジ勘弁してほしい。

「いや……さっき教室で何があったんだ?」
「へ?」
「だから、何で俺、あのオルコットさんとやらにケンカ売られてんの?」
「え、えッと……覚えてないの?」
「まったく」

自慢げに言うと、相川はぐったりと脱力した。
いつの間にか俺を見る目が出川や山崎をみるそれになっている。すげぇバカにされてないか俺。

「俺はいつだって全力で今を生きてるのさ。逆説的に考えて過去なんて知らない。でも時々足跡を振り返りたくなるんだ」
「足跡っていうか歩いてきた道を覚えてないじゃん」
「不可抗力だ。俺はいまいち道筋を覚えきれないんだよ」
「人生の方向音痴だなんてイヤすぎる……」

俺も嫌だっつーの。
雑談はほどほどにして、話を本筋に戻そうや。

「で、何があったんだよ」
「うーんと、何ていうかな……」

相川は少し考えると、口を開いた。
少し長くなるという前置きを置いて、壮大なる相川の語りが始まる。


――始まりは、嵐の夜だった。
――その日、幾多の雷雨を超えて、数多の竜巻を破って、男はやって来た。
――手にしたボロボロの剣はヒビがいくつも入り、もう片方の手には、不気味なほど静かな赤子を抱えて


「オイ待て」
「はい?」
「誰がお前の妄想ロマンサーガ語れっつったよ」
「妄想じゃないもん! 想像だもん!」
「ええいうるせえ、そんな微妙なニュアンスの違いをことさら強調してんじゃねぇ!! 大して変わんねえだろうが!」
「違うよ違うよ全然違うよ! たった一文字で世界観が変わるよ!」

俺以上にはっちゃける相川。相手をするのすらしんどくなってきたが致し方ねーな。大まかな流れぐらい俺も知っときてぇしよ。

「いいから早く話せ」
「はいはい……」



教室。先ほどの俺の登場直後。
巨乳先生に促されながらも一切の応答を返さずにいた俺に対し、クラスからの視線がいっそう強くなった時――しびれを切らした一人の生徒が、机を叩いて立ち上がった。

「ちょっと、黙ってないで何か喋りなさいな!」
「…………」

黙ったままの俺に業を煮やしたのか、その生徒はさらに言葉を続ける。

「大体、入学式であのような騒ぎを起こしておきながら謝罪の一つもないとは、器が知れますわ!」
「…………」
「これだから男は!」

俺は答えなかった。

「あなた達みたいな下等生物、さっさと絶滅するべきではなくて!?」
「…………」
「男なんかがこの私と同じように専用機を持つなど、片腹痛いことですわ! そもそもあなたのように男は皆周りに」
「違う」

沈黙。
唐突な切り返しに、思わずその女子生徒は固まった。

「な、何を……?」
「断じて違う!!」

雰囲気が、変わった。何がどう変わったのか具体的には分からない。だが――何かが、鋭くなった。
身を裂かれそうなその空気に、勇んで立ち上がったはずの女子生徒が一歩後ずさった。

「この感じ……貴方、一体!? どうして!?」

答えは叫びだった。

「俺は、一人の男として! そんなことを認めるわけにはいかない!!」

織斑一夏が顔を上げた。双眸の光を伴い、真っ直ぐな眼光を秘め、男は拳を握る。
先ほどまでの女子生徒――英国代表候補生、セシリア・オルコットの発言を踏まえて考えれば、俺はこう言ったのではないだろうかと推測されたらしい。

男が専用機を持って何が悪い。

「……そうですか、ああそうですか! いいでしょう、織斑一夏さん!」

オルコット嬢は腕を振り上げた。それより先に俺が声を荒げた。

「――勝負だッ!!」
「決闘ですわ!」





「というわけなんだけど……どうしたの織斑君、急に頭抱えて」

おおおおおおお。
ぐおおおおおおおおおお。
何それ、想像以上にややこしいじゃねーか。
つーかアレか、ってことは俺、オルコット嬢から敵意むき出しの状態で戦わなけりゃいけねーのかよ。

「ヤだなぁ……」
「そーだよねー。やっぱ代表候補生相手とかキツいでしょ?」
「いや、これから少なくとも1年は一緒に学園生活を送る相手を衆人環視の中でボッコボコにするなんて、後味わりーし」
「…………」

それ以上に、あのタイプの女は敗北を根に持つタイプっぽいからなぁ。ソースは俺。
相川は何とも言えない目で俺を見てきた。しゃーねえよな、うん。







ピットで出撃を待つ。後付装備(イコライザ)として標準的なライフル二丁を拡張領域(バススロット)にぶちこんどいた。
ちょいとカスタマイズはしたが大きさ的には変わりない。反動の再演算は数値をインプットしといたので俺が通常パターンとカスタムパターンを選択するだけだ。

「時間だ」
「あいよ」

光が散る。体の内側から染み出すように純白の装甲が顕現した。背部の非固定浮遊部位(アンロックユニット)は度重なる改良によって肥大化し、大きなウイングスラスターが二つ、どちらも4つに先割れしている。

「行くか、『白雪姫(アメイジング・ガール)』」

呼応するようにウイングユニットが上下した。カタパルト上に機体を浮かせ、シグナルが点灯するのを待つ。

「……一夏」
「なんスか」

姉さんが個人秘匿回線(プライベート・チャネル)を開いて話しかけてきた。
右上に表示された姉さんの顔は、少しキリッとしていた。

「お前はまず間違いなく男としては世界最強だ。私が保証する。だかお前とて人間だ、ミスをすることもある。だから」
「俺の負けには相応のリスクがつく、ってことだろ?」

俺もキメ顔で返す。この俺ほどのレベルになればニコポだけでなくキリポも容易い。なんかピノコの亜種みたいになったな。

「……そうだ」
「ならこっちからも一つ」

シグナルが青になった。

「俺が勝ったら、3DS買ってくんねーかな」
「時間だ、出ろ」

凄まじい形相で睨まれた。せっかくいい感じにマジな雰囲気だったのでごり押ししたら何とかなると思ってたら全然そんなことはなかったぜ。

「分かった分かった」

スラスター微調整。
点火準備完了。
対G体勢。

「じゃあ行くか」

ほんのそこまで散歩に行くのと同じだ。ただ邪魔な石っころ――石は石でも英国産だ――を蹴飛ばすだけ。
アリーナに飛び出す。思ってたより広いな。ただ障害物がないのはどうかと思う。サバゲーもできねぇしよ。

「遅刻ですわ!」
「わり、待たせたか?」
「まあ、そんなには待っていませんが……」
「オイ今俺らちょっとカップルっぽくなかった?」
「頭が沸いているのではなくて……?」

非常にいい笑顔で、先に待機していたらしいオルコット嬢がライフルを向けてきた。
確か……何だっけ、スターライトブレイカー? 後マークⅡとかついてた気がする。黒いガンダムは正直大好きだったんだけどな。外付けの頭部バルカンとかカッコよすぎると思います。
さすがに勝手におっぱじめるワケにはいかねーので肩をすくめて無抵抗。

「やっと来ましたわね、わざわざ無様に敗北しに」
「あークラスでトトカルチョとかやってたっけ。オイ主催者、倍率は」

俺もオルコット嬢も客席を見た。ISの視覚補助機能が谷本を拡大する。

『へっ!? な、何で知ってるの!?』
「いいから早く」
「そ、そうですわ! そんなことをしているのなら教えなさいな!」
『えー。えーっとね……織斑君が四十倍近くになってるね』

……わ、わわ分かってたし! べ、別に動揺したり落ち込んだりなんかしてないんだからね!
まァ第三者からすれば得体の知れない男子と確かな実力の英国淑女だ。そりゃあっちに入れるだろうよ。

「だ、そうですわよ」

勝ち誇ったようにオルコット嬢が鼻を鳴らす。すっげえうぜぇ。
俺はそれを無視して両手にライフルを召還した。簡易的に照準を絞っておく。

「なるほどそれが答えですか。ならば」

――敵ISのセーフティのロック解除を確認。射撃体勢に移行、トリガーうんたらかんたら。
『白雪姫』が相手の状態を教えてくれた。ただだるかったので途中で読み飛ばした。
要は一言で済む話だ。ついでに疑問文を付けてやってもいい。

相手さんはやる気だ。……ならこっちはどうする?

決まってる、その売られた喧嘩を、全力で買うだけだ!

「お別れですわね!」

オルコット嬢がライフルを掲げるように振り上げ、そして銃口が俺に向けられる。
閃光がほとばしった。
スナイパーライフルから放たれたそれが俺の左肩をかすめる。
そして。オルコット嬢の背部に備えられていた4つのフィンが稼働し切り離され――内2つが即座に爆散した。

「…………え?」

オイオイ、これぐれーで驚いてんじゃねーよ。この一夏サマのショータイムはもっと刺激的だぜ?
呆然としているオルコット嬢に弾丸を撃ち込む。左右脚部のブースターを狙ったが、そこは代表候補生のはしくれらしく急加速して逃げた。

「何をしたのですかッッ!」

教える義理はないんだけどなー。俺サマは優しいから教えてやろうかな。まァただの早撃ちなんだけど。
お前、ライフルを構える時いちいち銃口を上に向けんなよ。俺がお前をロックしてるのは分かってんだから、お前の視界が上に向いた瞬間に撃てば、お前が引き金を引く頃に独立した『ブルー・ティアーズ』に風穴開けれるだろ。

急加速と急旋回を繰り返し、複雑な軌道を描きながらオルコット嬢はこちらをしっかり補足しライフルを連射。

「知りたいならさ、もっと激しくしてくれよ。こんぐらいじゃァ満足できねーんだよおおお!」

左右のトリガーをムチャクチャに引きまくる。同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を2つのスラスターで別々に発動させた。
結果的には、星と星を繋いでいったような複雑な軌道でオルコット嬢に迫ることとなる。

「――!」

残るBT兵器2つとスナイパーライフルが俺に狙いを定めた。
甘えよ。
ライフル二丁を投げ捨てる。
単純な軽量化。
同時に二度目の瞬時加速(イグニッション・ブースト)――俺の十八番である高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)。もはや音を置き去りにして疾走。
そして召還。


『白世』


「その大剣はッ!」

始業式で見せたヤツだよな、それぐらいは覚えてるよな。ついでにハイパーセンサーで長さや質量、それに伴う威力も分かるだろ?
これが当たったら……どうなるかも分かるよな?

「くっ、この程度で!」

でもオルコット嬢は引かねえ。それがプライドによるものなのか、それともきちんと結果を予測してのことなのかは、知らねえ。
ただどの道、この女は見誤った。この剣を、そして俺を。

三発のレーザーを、バカでけぇ大剣の腹を盾にして弾く。対ビームコーティングが十二分に蒼の閃光を無力化してくれた。
攻防一体。

両手で柄を握り締め、立てた剣身を倒し切っ先を敵に向け、勢いのままに貫く。
ハイ詰み。

「キャアアアアアアッ!」

体勢が崩れた所に斬撃。想像を絶する重さのそれがライフルをへし折り、そのまま胸部ISアーマーを砕いた。ついでに起きた風圧がBT兵器のPICを狂わせ、まとめて吹き飛ばした。

反射的だったのだろう、ロクな狙いもつけずに腰部の弾道型のBTが作動する。ミサイルが放たれる前に迎撃準備。大剣を片手に持ち替え、量子化していたハンドガンを召還、すでに初弾は装填されている。
トリガー。直撃。
放たれる寸前にミサイルが散る。誘発して脚部のブースターが炎を伴って中から弾けた。爆風が俺の前髪を揺らす。被ダメージはほぼ0。初めに受けた射撃ぐらいか。

俺は至近距離からハンドガンを突きつけた。眉間にポインティング。
ここから撃てば、絶対防御が発動せざるを得ないだろ。致命傷になるはず。
試合開始から――約22秒だ。

「『矛盾』って言葉を教えてやる。こいつは中国の故事成語なんだがよ」
「……それぐらい、知っていますわ……ッ!」
「なら早ぇ。その話での『矛盾』を解決するためにはどうすればいいと思う?」
「……解決できないから、『矛盾』なのではなくて?」

あー、こいつすげぇ。ちゃんと日本語理解してる。マジメだ。
ただマジメなだけじゃあダメなんだな。俺みてーにある程度ぶっ飛んでなきゃ人生は面白くねえ。

「簡単だろーが。その矛と盾を一つの武器として溶接すりゃいい」
「――――――――」
「答えになってないって? いいんだよ俺的にはそれで万事解決なんだから」

あらゆる盾を貫く矛とあらゆる矛を通さぬ盾。
それを兼ね備える、ということだ。

「この『白世』は至高の剣(ツルギ)だ」
「びゃく、せ……」
「ああ。いい名前だろ?」

こないだ弾が飼い始めたインコにびゃくせって名前付けようとしたらキレられたけどな。何でだよ、最高にいい名前じゃねーか。
腹いせにインコに卑猥な言葉を吹き込みまくったのは今じゃいい思い出だ。

「俺もお前もいい名前だ。俺は『一』ってのがお気に入りだが織斑も悪かねぇ。つっても親の顔知らねーけどよ」
「……え?」

オイ、何感情的な表情してんだよ。別に同情してほしくて言ったわけじゃねーのによ。つか観客の連中まで静かになってんじゃねえか。オイオイ。俺はこんな空気にしたくて暴露したわけじゃねーぞ。軽く笑えよ。笑えって。

「だからって両親は恨んでねーよ。姉さんと二人で生きてこれたし、そもそも俺たちを生んだ時点でそいつらの仕事は終わったんだ。この世に傑物を二人も生み出したわけだからな」
「……あなたも、織斑先生と同じような人物だと?」
「当たり前だ」

俺はハンドガンを量子化した。
そして告げる。


「覚えとけ。刻め。俺の名前は織斑一夏――この学園で彼じあっヤベ間違えた」


……………………しまらねえ。
俺は『白世』を両手で握り締めた。

「え? え、えッ?」
「やっぱシールドエネルギーはゼロにしとかなきゃなー」

振り上げて、振り下ろす。直撃。悲鳴を上げる間すらなくオルコット嬢は地面に向かって一直線に落下して行った。
びーっ。勝者ー、おりむらいちかー。
アリーナに響く機械的なアナウンスがやけに寂しかった。勝利ってのはいつでもむなしいモンなのさ。


さすがにこの空気で、自分のことを『この学園で彼女を作る男』だなんて言えなかったわ。







さてさて……実を言うと先ほど話に挙がっていたトトカルチョ、俺も参加していたりする。ちなみに俺に5000円賭け。完璧すぎる。しめて20万近くの利益になった。容赦せずに搾り上げたが何の問題もないよな。ゲームみてーに現金で追加装備が買えたりスラスター改良したりできたらいいんだがな。
ただ谷本の話によると、俺に賭けたのは俺以外にも一人いたそうだ。
物好きがいたもんだぜ、まったく。

シャワーを浴び終わり、食堂へ向かう。
なんでもウチのクラスが貸しきって、クラス代表決定パーティーを行うらしい。これオルコット嬢居づらすぎるだろ。

「んー、何があっかなー。できればクラスの女子たちとアド交換ぐらいしたいもんだけど」

ポケットの中のケータイを撫で、ルンルン気分で歩く。なかなかどうして、好スタートじゃねえの?
ただ試合に関してはまだ改善の余地がありそうだ。あれぐらい瞬時加速(イグニッション・ブースト)なしで圧倒せねば。

「あ、織斑君! 遅いよー!」

食堂に足を踏み入れた途端に声がかけられた。相川の後ろの席の子だ。名前は知らねえ。

「ワリワリ。もう始まってるのかな?」
「うん、正直美味しそうだったから食べ過ぎちゃった」

笑いながら告げられる。食べすぎで気分が悪くなったりしたのだろうか、どうやら外の空気を吸いに来たようだ。
俺は彼女に軽く会釈してから中に入る。予想通り、みんなワイワイキャイキャイ騒いでいた。もうグループができてる辺り女子ってすごい。
かと思いきや、やはり何人かは孤立しているようだ。つまらなさそうにケータイを弄ったり、ぼうっと天井を眺めたり、一人で無言で食事をしていたりする。……なんか生々しいな。
あいにく俺には道端に転がってるトラブルを一つ一つていねいに解決して行くような根性はないので、そういう子はスルーさせてもらう。

身勝手? そうだろうな。
自己中心? 当たり前だ。
そんなんだからモテない? …………。

……………………。
…………………………………………。


なるほど、それが原因だったのか……。


そうとなれば話は早かった。

「ねえ、君」
「ひゃいっ!?」

一人でサラダを器に盛っていた女子に声をかける。本人も驚いているし、テーブルで俺の到着を今か今かと待っていた女子たちも驚いていた。
とりあえずは会話を続行。

「慣れてるね、サラダ盛るの」
「え、まあ、はあ……」
「ワリぃけど、俺の分もやってくれない? 俺、栄養バランスとか考えるの苦手でさ」

ちなみに真っ赤なウソである。バイト先に持ってく弁当はすべて俺のお手製で、先輩方に大好評だったからな。
だがここでは俺のことをほぼ知らないメンツばかりだ。だからこんなウソも平然とつける。新天地マジヒャッハーァ!

「俺はチキンをもらおう」
「あ、美味しそう……」
「野菜ばっかじゃなくて、こういうのも食おうぜ」

俺は二つの皿に同時に肉系を盛り付けながら言った。
さっきまでこの子が座っていたトコからサラダボウルを持ってきて、今まさにパーティーの中心となっているテーブルまで持ってくる。肉を盛り付けた皿を2つ置き、戸惑いながらその子も俺に頼まれたサラダを置いた。

「あ、これ君の分」
「え……」
「行ったろ、肉も食ったほうがいいって」

ちなみにちゃんと軽めに選んだ。あんまり脂っこいもの好きそうじゃないしな。
危うくから揚げにレモンをかけるところだったが俺がやられた時のことを考えると相手を八つ裂きにしてしまいそうだったので止めた。あんなの人間のすることじゃねぇよ。

「待たせたな」
「あ、ああうん!」

フリズっていた女子たちがやっと再起動した。遅ぇよお前ら初期のパソコンかよ。
俺の隣にサラダ子ちゃん(仮名)が座った。かなり遠慮がちだったが、すぐに慣れるだろう。
ちなみに反対側の隣に座っているのは相川だった。

「じゃあ主役が来たし、そろそろ乾杯するー?」
「お、乾杯か。いいぜいいぜやろうぜ。音頭はもちろん相川が取るんだろ?」
「えーそこはやっぱりねー。空気を読まなきゃ」

やはり俺がやる展開か。
咳払いした後、ウーロン茶入りのジョッキを掲げる。まあこういう役回りは嫌いじゃないからいいんだけどさ。

「今回の調子で今後も勝って、一組が最強のクラスだって学園に知らしめてやりまーす! カンパーイ!」
『カンパーイ!』

俺のジョッキにみんなぶつけてきやがった。いくつかこぼれだして、俺にかかったんだが。

「オイ誰だオレンジジュースこぼしたの! 目! 目に入ったイデデ!」
「ごっめーんそれ私」

相川が大して申し訳なく思ってなさそうな声で言ってきた。この野郎。女だけど。
俺が相川と箸でつつき合いをしている内にサラダ子ちゃんは女子の輪の中になじんでいた。ふとサラダ子ちゃんがこちらを見た。視線が合う。

「あ……ありが、とう」
「気にすんな」

微笑みかけてやれば、サラダ子ちゃんは照れくさそうに俯いた。それを見てなぜか相川も笑顔になる。ニヤニヤしながら俺の方に目を向けてきた。
いや、こういうのを見たら誰だって笑顔になるよな。

……こういうのだよ。俺は、こういう青春がしたかったんだよ!
そうだ、俺はこういうのに憧れていたんだ! 中学の時は女子と話すことはあれどトキドキイベントなんて欠片もなかったし思い出したくもないことばっかりだったからな!

フフ、フフフ。フフフフフフフフフ。

俺、今すっげえ良い奴だよな。完全にイケメンだわ。正直完璧だわ。やっべぇ。俺やっべぇ。完全にモテルート入ってる。
何だよハニートラップとかいるわけねえじゃん。それこそ不二子ちゃんみたいにさぞかし色っぽくてやたら露出の激しいおねーさんが俺を誘惑してくるんだろ? そんなのいないしいたら目立つし大体ウチのクラスのみんなは純粋そう――――

会って初日なのに、なんで純粋だなんて分かる?

背筋を寒気が走った。
こいつら……。……本当に、素か? 演技、入ってないか?
もしかしたら。もしかしたら、これらが全て、俺を陥れるための演技だとしたら?
俺を取り囲む女子の笑顔が、急に剥がれ落ちるような気がした。その仮面の裏では、俺がいつ崩落し愚かにも遺伝子情報を与えてくれるのか舌なめずりしながら待っている――そんなヴィジョン。

「どーしたの?」
「ひッ!」

隣に座る相川が俺の肩に手を置いた。オイ、待て、待て。現実的に考えて、会って初日の男の肩に、普通手なんて置くか?
疑念が増す、どんどん疑り深くなっていく……ヤバイ、俺、今、どつぼにハマってる。負のスパイラルに巻き込まれてる。
何も信じられなくなり、どうすればいいのか分からなくなった。フリーズ。硬直。

「まあ、もう始めていらっしゃったの」
「あ」

と、オルコット嬢が来た。髪は完璧にセットされ昼と同じ優雅さだ。
助かった! 俺、というか男をあれだけ毛嫌いしていた彼女なら、俺を冷たく突き放したりしてくれるはずだ!
彼女はブレないだろうと確信を持って言える。オルコット嬢なら安心に違いない。
俺は嬉々として彼女を招いた。

「やあやあオルコットさん! こっちだよこっち!」
『ふん、アナタなどに案内していただかなくとも席ぐらいつけますわ! その薄汚い口をお閉じになられては!? 部屋の空気が汚れますもの!』

脳内でオルコット嬢の返答が勝手に再生された。
こんな感じの言葉が返ってくるに違いな

「まあ、わざわざお招きくださりありがとうございますわ」

……!?
何!? 何だ!? 今この女何つった!?
オイ、HRでのつっけんどんっぷりはどうした。態度変わりすぎだろいくらなんでも……これは……

「お隣、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」

サダラ子ちゃんを押しのけてオルコット嬢が俺の隣を陣取った。
すでに薄々、俺の中にはある確信が芽生えつつあった。だがまだ勝手に決定するのは良くない。様子を見るんだ。
冷や汗をダラダラと流しながら、オルコット嬢のグラスにジュースを勧める。彼女は頬を少し上気させて、恥ずかしそうに俺の酌を受け取った。

「あの、先ほどは申し訳ありませんでした」
「?」
「色々と、失礼な態度を取ってしまい……」

怖い。何これ怖い。キャラが180度変わってる。何でだよ、お前は最後まで俺を敵視する役でいてくれよ。
しかしここでそんなことを指摘すれば、明らかにKYである。とりあえずは無難に返しておく。

「気にするな」
「ですが……」
「あの時はまだ、お前は俺のことが分かってなかった。だがそれは俺も同じだ、俺もお前のことが分かってなかった」

そこで手を差し出した。確か西洋だと挨拶はお辞儀じゃなくて握手なんだよな。日本じゃ湿度が高くて手が汗ばんじゃうから握手は用いられないとか何とか。

「これから分かり合おうぜ……オルコット嬢」
「…………」

少し逡巡してから、オルコット嬢は俺の手を取った。周囲から万雷の拍手が上がる。彼女は恥ずかしそうに俯きながらも、それでも、俺の手をぎゅっと握った。

……嗚呼。嗚呼、あああああああああああああああ。
黒だ。
確定だ。
見つけた。
間違いない。
分かってしまった。


この女―― ハ ニ ー ト ラ ッ プ だ。


ねえよ! ありえねえよ! 半日の間に何があったらこうも変わるんだよ!?
どうせUKから来た他の生徒が政府に彼女の態度をチクって、試合が終わった後彼女に指令を出したんだろう!?
どうも彼女はプライドは高いが、政府からの命令だと不満をこぼしながらもしっかりとこなすタイプっぽいからな! だが俺は見抜いたぞ!
演技にしても激しすぎるって! どんだけ祖国に忠実なんだよ!

「……これで一つ目、か」

いいや、俺はクラスメイトを見回す。
もうこの中にまぎれているのかもしれない。入学初日からとんでもない騒動になったが、これを好機として俺に近づいてくる連中がいるかもしれない。

まだだ。まだオトされねえぞ。
いいぜいいぜいいぜ上等だ。
俺の表情がやたらキマっていたのであろう、周囲が静まり返った。狂気を十二分に自覚し、俺は嗤う。


あの日――初めてISを動かした日から俺はずっと嘘をついていた。
この手に『白雪姫』を手に入れたときも嘘をついた。

覚悟も嘘。
信念も嘘。
嘘ばっかりだった。

まったく変わらない人間関係に飽き飽きして。
でも、嘘って絶望で諦める事もできなくて。
だけど手に入れた……機会を、チャンスを。

彼女ができるかもしれないという希望を!


だから……!








あ、ちなみに本日の決闘でつぶれた授業時間は後日の補習に回されました、テヘッ。




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・一夏「入学→決闘→パーティーとか即殺コンボか何かですか^q^」
 相川「織斑君ェ……」

・オルコット嬢の女尊男卑っぷりが強化されてます

・ギャグ少ない

・こんな感じで一話につきヒロイン一人がメイン、みたいな感じです

・一巻の内容は次話で終わります



・ちなみに作者はファース党です



[32959] 彼女のフラグがハニトラだったら
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/09 00:11
「おはよ!」
「はよー」
「あ、織斑君おはよー」

朝クラスのドアを俺がくぐると、いくつか挨拶が飛んできた。
おうおう、元気のいいクラスだぜ。ただ今の俺は機嫌が非常によろしくない。というわけですべて無視。

自分の席にカバンを置いてから、教壇に立つ。俺の様子がおかしいことに気づいたのか、みんながこちらに注目し始めた。
俺は片足で教卓を踏みつけると、教室中に響く声で言い放つ。

「俺が持ち込んだゲームキューブのコントローラが消えた。シルバーカラーだ。盗った犯人は即刻申し出ろ」

この俺のマリオテニスソロプレイを妨害するとはふてぇヤローだ。
配管工にラケットを握らせるのに飽きたらどうぶつの森でまったり遊ぶ予定だったのに、昨日の夜は最悪だったぜ。どこ探してもねえから勉強しちまった。今日の範囲の予習は完璧だ。嬉しいけど嬉しくねえ。

「誰だ俺とテレサの間を引き裂いたのは。場合によっては市中引き回しの上斬首打ち首な」
「旧ハードのコントローラ一つで大げさなんじゃ……」

相川が苦笑しながらぼやいた。
俺は思わず口を開いたが、俺より先に反応した奴がいた。

「は? 相川さん何言ってるの?」

サラダ子ちゃん――もとい、本名鏡ナギちゃんは鋭い目つきで相川をにらむ。
思わずたじろぐ相川に対し、ナギちゃんはキツい口調で淡々と言葉を続けた。

「スマブラの新作のおかげでいまやWiiはリモコンではなくGCコントローラの方でプレイするのがメジャーになりつつわるわ。GC本体よりコントローラの方が希少価値が高いことだってある。本体はもうオマケに過ぎないといってもいいのよ」
「そ、そうなんだ……」

分かってるじゃねーかナギちゃん。
事の重大さをやっと察知したのか、愚鈍なクラスメイトどもが今になってひそひそと喋りだす。
予備であるバイオレット&クリアはこないだ自宅にて弾がぶっ壊しやがったのでシルバーがいないと俺は何もできない。ハード本体もただの鈍器だ。犯人を殴り倒すのに使おう。

「い、一夏さん! テレサとは誰ですの!?」

チィッ、奴が来た! 視界の端っこから金髪がすっ飛んでくる。
先日の件以来態度をコロッと変えてきたオルコット嬢が来て、俺は否応なしに警戒レベルを引き上げることとなった。
もう一週間近くたつクラス代表決定戦だが、俺の初の公式戦が白星で飾られたと日本はにぎわっている。反対に英国じゃこのオルコット嬢のファン(正確にはサポーターらしいが)がブチギレてたよ。じゃあなんだ、俺が素直に負けときゃ良かったのか。確かに俺もサッカーとかで日本代表が負けたら悔しいが、まさかそういう騒動の渦中になるとは思わなかったぜ。オイこれそのうち毎潮新聞とか読朝新聞とかから取材来るんじゃね?

とまあたわいもない雑談はおいといて、少なくともこのオルコット嬢については限りなく黒に近い黒だ。要するに黒だが。
ここんトコ放課後はほとんどオルコット嬢と戦ったりクラスの人を特別指導したりで忙しい。部屋は姉さんの取り計らいでしっかりと一人部屋が確保されてるからいいんだけどさ。もし女子の同居人とかがいたりしたら鬼みたいに気まずいだろうから助かったぜ。重要な、何かスッゲー俺が役得なフラグがへし折れた気がしないでもないが。

「そ、そういえばさ! クラス代表って代表トーナメントに出るんだろ!? 俺以外ってどんなヤツがいんのかな!」

言葉と同時にアイコンタクトアイコンタクトアイコンタクト。
同じクラスの連中に必死に助けを求める。とにかく話題を広げろと厳命。戸惑いながらも、みんななんだかんだでノッてくれた。
一番手は相川。

「え、えーっとね! 四組は確か日本の代表候補生がいたはずなんだけどなー!」
「それなら私も聞いたー。ここの生徒会長さんの妹なんだなよね?」

谷ポンこと谷本癒子が同調し、各々知っている情報を口に出し始めた。

『専用機持ちはウチのクラスと四組だけなんだよねー』
『でもでも、確か四組のって未完成なんでしょ?』
『じゃあひょっとして専用機持ちなのって、実質織斑君だけー!?』

ホッと息をついた。あっぶねーあのハニトラ女、油断も隙もありゃしねぇ。俺に話しかけようと四苦八苦して、クラスメイトたちの雑談の中で必死に発言の糸口を探してる。
ていうか外見は滅茶苦茶美人なんだよなー……ここまで露骨に好意を示されると正直超嬉しいのだが、立場が立場過ぎてこのハニトラ女マジで止めてほしい。放課後BT兵器を虐殺するたびに驚いたり悲嘆にくれたり表情がめまぐるしく変化してこいつ地味に可愛げあるんだよな。

……もし、もし仮に俺がごく普通の学生で、こいつと偶然会っていたら、きっと惚れていたに違いない。だって金髪好みだし。巨乳も好きだし。AVの中での話だけど。
もっとも今の俺は彼女厳禁触れるなキケンポジションなので死にたくなるほど禁欲である。こんな地雷ですどうぞ踏みつけてくださいと天下の往来で叫んでいるような女にみすみす手を出すほど俺は自分の生涯を捨てようとは思わねぇ。イヤもうホント何のためにここに入学したんでしょうね俺。

「あ、そういえば」

俺の後ろの席のナギちゃんが思い出したように声を上げた。

「二組に専用機持ち、それも中国の代表候補生が来たんだって」
「来たって……転入、ってコトか?」
「うん」

この時期にか。妙な話だな。……イヤ待て。俺がISを動かしたと公表されたのは地味に最近だったな。
UKはオルコット嬢が偶然入学していたが、中国はまだ仕込みが間に合っていなかったのか。つまりこれ俺を狙っての転入? やっべー全然嬉しくない。

「なるほど、俺を狙っての転入ってコトか」
「は?」

しまった口から出た。
怪訝そうな顔をするクラスメイトたちに対し、俺は必殺のニコポスマイルを浮かべる。

「『世界で唯一ISを起動できる男子』が俺みたいなナイスガイだって知らなかったんだろ。こないだのクラス代表決定戦のスクリーンショットがネットで配信されたりしたみたいだし、そこできっと俺に一目惚れしちまったんだよ、その代表候補生は」

茶化しながら冗談の空気に持っていく。場をうまく誤魔化すのに関しては定評があるんだぜ。

「もー織斑君何言ってるのー」

一同苦笑。うまいぐあいに空気がほぐれたな。
俺にとっちゃこいつらのご機嫌取りは日課でもあるし命綱でもある。
誰か一人に肩入れせずに、みんなと平等に時間を過ごすことで敵も作らないし特別な友人も作らない。みんなみんな『トモダチ』と一くくりにしちまえば波風立てずに過ごせる。世界が百人の村だったらと言うが、世界が九十九人の女子と独りの男子だったら全力で女子たちの機嫌を損ねないよう奔走すると思います。

「で、結局代表ってのはその転入生になったのか?」
「ううん。なんか今日の放課後に決めるって」
「どうやって」
「戦うみたいだよ」

ウチのクラスと同じ方式か。イヤ、元々の代表さんは専用機持ちじゃないみたいだし、若干事情が違うか。
何にせよ朝からかなり騒がしい教室である。もし赤の他人がこの中に入ろうとしたら絶対扉の前で固まるだろうなー。

「席についてくださーい。朝講習を始めますよー」

各々が席に戻り始めた。俺も最前列ド真ん中という嫌がらせポジションに着席。
内職も居眠りもできねぇんだがどうすりゃいい? IS関連の知識なら誰にも負けねぇし実機体の運用でも学年トップどころか学園最強だろう。しかし、いかんせん普通の高校の教育がありやがる。
このIS学園はその名の通りISを学ぶための場だ。よって限界まで授業コマ数をIS関連の授業に割り振っている。つまり普通の教育においては毎時間が修羅場。ホント俺なんでこの学園に入ったんでしょうね。

一応知名度だけはあるので就職に役立つといえば役立つ、らしい。資格とかも担任と相談すれば、独自に勉強時間を確保してもらったり教材を選別してもらったりと並みの学校よりケアは行き届いてる。
勝ち組ヒャッハーァ! と叫べばいいのか。就職先の7割程度はIS関連の職らしいが。技術者――開発者や整備士、その中でも機体本体か武器と意外に細かい――になったり操縦者――国家専属のパイロットが一番有名どころで将来安泰。企業のテストパイロットは結構キツいらしいって谷ポンが言ってた。後軍人はヤヴァイほど鍛えているとのこと――としての道もある。
こうしてみると意外とイイね、IS学園。さあ君も始めよう! あれ、なんか違う?







放課後、俺は予定(といってもオルコット嬢やクラスメイトとの訓練だが)をキャンセルして廊下を一人歩いていた。
休み時間は毎回クラスメイトと将棋をしたりチェスをしたりしていたので、無意識のうちに話しかけるなオーラを出していたらしい。対戦相手以外はまったく話しかけてこなかった。まあ横からパシャパシャ写真撮られたりしたっぽいケド。等価交換の法則に則って是非とも彼女たちは自身のヌード写真を(以下検閲により削除
さてさて、二組のクラス代表決定戦か……気になるな。
潜入するにしても俺が行けば間違いなくバレる。女装して裏声を出せばいいか? いや無理があるだろ。

「ねぇ、何か情報集まった……?」
「今の所はまだね」

廊下の角を曲がろうとした瞬間、聞いたことのある声がした。ひそひそ話だ、きっと他人に聞かれたくない話題なんだろう。
というワケで、立ち聞きさせていただく。俺は人の嫌がることを躊躇せずにすることに関しては定評がある。

「尻尾すら掴めないなんて……やっぱりバックボーンが大きいからかしら」
「でも織斑先生が動いてたら、正直手出しできないわよ」

バックボーンが姉さん? えーっと、思い当たるのは……姉さんの家族かな。織斑一夏ってヤツだったと思う。
なんて男だ、こんな廊下の隅ですら話題に上がるなんて。きっと彼女たちは心の底からその男に惚れ込んじまったに違いねぇ。まったく罪作りな男だぜ。

「会長さんと何の縁で知り合ったのか……そこさえ掴めればねー」
「本人にそれとなく話しかけてみるってのは?」
「あのねぇ。入学式で堂々と殺し合いするような仲なのよ? 下手な手を打って怒らせたりしたら、私たちまで危害を加えられるかもしれないわ」
「怖いわよね、男の人って……」

……やっぱり聞き覚えのある声だった。どっちかはウチのクラスだ。
うわー、俺信用ねぇー。

「情報が何か入ったらすぐに教えてちょうだい」
「ええ、そうするわ」

女子の情報網ってホント怖いですね。俺と楯無の関係? あの痴女と俺は知り合いでも何でもねぇっつーの。
ハイ、自分で言っといてムリがありましたね今の。

「チッ、致し方ねえ」

もう十数分後には試合が始まるはずだ。第二アリーナだったかな。
俺は学園の後付装備(イコライザ)保管室に歩き出した。







久々の狙撃銃。ロシア製のIS用スナイパーライフルを借りた俺は、アリーナから2.5キロほど離れた地点でライフルとヘッドセットのみを展開していた。周囲には人影一つない。
ハイパーセンサーの視覚補助だけではもっと近づかなければならないので、教師にバレてしまうかもしれん。基本的に教師のある程度近くでISを展開したら気づかれる。多分何らかの装置でISの展開を察知しているのだろう。
そこで俺は自由に武器のレンタルができる保管室からスナイパーライフルを借りたのだ。ちなみに実弾ではなくエネルギー弾。

返却期限は一週間。借りて三分後には量子変換(インストール)が終わっているのは便利だ。
本来は予約した訓練機に事前に量子変換しといて訓練が終わったら返すものだが、専用機はこの限りじゃねぇ。一週間使いっぱなしにもできる。

何はともあれ、これから試合のようだ。
うつ伏せになり、スコープを覗き込んでハイパーセンサーの補助を受けつつ拡大。

「んーっと、専用機と量産機の戦いみたいだな」

アリーナではすでに二機のISが向かい合っていた。
片や中国製の第三世代機『甲龍』、片や日本製の第二世代機『打鉄』である。
パイロットはそれぞれ中国の代表候補生と一般の生徒のようだ。

勝てるわけねー。

どちらも俺サマからすればカスに等しいが、代表候補生と一般生徒の間には天と地ほどの開きがある。
選ばれるべくして選ばれた、というか。
勇敢な一般生徒には悪いが、無謀な挑戦と言うほかない。勝敗はハッキリしているだろうに。

試合が始まった。
案の定、一方的な試合だ。あの『甲龍』とやらは衝撃砲を装備しているらしい。大気を圧縮して放つあれは砲弾が見えず、厄介な兵器と言われている。『打鉄』は備え付けの物理シールドでなんとか防いでいるが、反撃がまったくできていない。まァこの時期なら、素早く動く相手からの砲撃を防ぎながらじゃライフルなんて撃てないか。時々シールドで防げず直撃してるしな。

「あーあ、かわいそ」

ライフルを量子化した。立ち上がってうんとのびをし、首を鳴らす。
ワンサイドゲームなんざ見てても何も楽しくない。やる分には時間つぶしになるんだが、それを傍観するとなると胸くそ悪い。
ああなんて自分勝手な意見。つか俺もこないだオルコット嬢を叩きのめしたばっかだし、ここんトコ毎日放課後はオルコットつぶしだからな。

この分だと二組の代表は専用機持ちの方で決定か。
…………。

俺とオルコット嬢の時とは、違うな。
ウチのクラスの時は俺もオルコット嬢も専用機持ちだった。ある程度は互いにやるだろう、だが結果的にはやはり代表候補生が勝つだろうと思われていた。

ライフルを再展開。今度は全身に装甲を顕現させた。
胃がムカムカする。勝手に銃が上がり、気づけば俺はスコープ越しにアリーナを眺めていた。

きっと観客は期待しているのだ、代表候補生の圧倒的な勝利を。そちらの方が、専用機持ちがクラス代表の方がいいから。
格上相手に代表の座を譲ろうとしない意地っ張りを、早く引きずり下ろしたいのだ。勝手に保護者ぶって。今まさに敗北しようとする少女を、幼い衝動に突き動かされた被保護者だと、自分たちより判断力に劣る存在だと決めつけて。

笑わせる。

「チクショウが……予定変更だ。行くぞ、『白雪姫』」

トリガー。
放たれた高エネルギー・レーザーが遮断シールドに弾かれる。だが一ミリのズレもなく5発同じポイントに叩き込むと、遮断シールドにわずかながら亀裂が入った。自動修復される前に突破する。

ライフルを量子化して瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動。一気にアリーナへ。加速しながら『白世』を展開、切っ先をアリーナの遮断シールドに向けた。
白い残映を残して、引き絞られた矢のように翔る!
そのまま大剣が破損したシールドに突き刺さり、引き裂き引きちぎり貫き通した。

「なッ……!?」
「待たせたなァ、代表候補サマよお!」

『白世』を片手に持ち替えハンドガンを展開。『甲龍』に突きつけて一般生徒の方を背にかばう。

…………!
突然の乱入者にアリーナが騒然となる中、俺は慄然としていた。
そんな、そんな、まさか、いったい。
何で。

「……い、ちか?」
「お前は――」

高い位置で二つに束ねられた長髪。小柄な体、発育不十分な胸。
まさ、か。


「誰?」


アリーナ中の人間が一斉にずっこけた。
俺の背後の生徒まで器用に空中でコケている。オイ、お前本当は操縦上手いだろ。

「ちょ!? 今明らかにあたしのこと知ってるようなリアクションだったわよね!?」
「知らねえな、お前みたいなちんちくりん」
「ひっど! どう考えても初対面の人間に言う言葉じゃないわよ!」
「あー今初対面って自分から言ったよな。つまり俺とお前は初対面だ」
「うわひッどい理屈!」

勝手にギャーギャー叫ぶ代表候補生を捨て置き、俺は背後にかばった少女に振り向いた。

「大丈夫か?」
「え、ああ、うん」

顔つきや肌の色からして、どうやらアジア系らしい。
俺は『白世』を収納して彼女の肩に手を置く。

「もう一度聞く、『大丈夫』か?」
「え……あ、あああぁぁ」

多大なプレッシャーだったんだろう。俺が言葉をかけてやった瞬間、ドッと涙をあふれさせ始めた。
嗚咽を押し殺して顔を俯かせてしまった。なのでポンポンと頭を撫でてやる。

『そこの生徒ッ! 何をしているのですか!』
「うるせーな水を差しやがって。せっかく一組クラス代表サマが黒の騎士団ごっこをしよーってトコだったのによ」
「黒の、騎士団……?」

二組の担任だろうか、どうやらこの決闘を監視していたらしい教師から怒号が飛んできた。オイオイ、たかが遮断シールドをぶっ壊しただけだろーが。

敵パイロットの疑問に、俺は笑みを持って返す。手を女子の頭から離し振り向き、ハンドガンを量子化。
両手を高く掲げた。アリーナ中の視線が集まってくる。いいね、こういう注目のされ方は嫌いじゃない。疑念と驚愕と、わずかながらな嫌悪が入り混じった視線。唯一好意的な視線は背中からしか来ない。目の前の敵パイロットは、驚きすぎてどうしたらいいか分からないってカンジだ。

「人々よ! 俺を恐れ、求めるがいい!  俺の名は、織斑一夏!!  俺は、武器を持たない全ての者の味方である!」

俺の声がアリーナ中に響く。

「…………この後なんだっけ」

またもや全員ズッコケた。

「ツッコミ所が多すぎんのよアンター!」
「そうカッカすんなって鈴」
「原因がアンタにあることにいい加減気づいてくれないかしら……って、え?」

オイ、ちゃんと俺は自分が原因だって自覚はあるぞ。自覚した上でお前をからかってんだ。
中華人民共和国代表候補生である鈴、凰(ファン)鈴音(リンイン)はISを身にまとったまま間抜け面を晒してくれた。
俺は背後の女子にピットへ戻るよう促した。

「さて、じゃあ続きをやろうぜ」
「ま、待って。一夏、あたしのこと……」
「覚えてるよ。ちゃんと覚えてる」

ニカッと笑いながら『白世』を展開。両手に構え腰を落としスラスターを調節する。
突撃の準備を終えてから、俺は彼女との思い出を語り始めた。

「よく一緒に教室に残ってダベってたよな」
「……うん」
「先生相手にイタズラしたりしたっけ」
「……うん」
「俺の部屋で人生ゲームしたよな」
「……うん」
「つーことで俺の勝ちな」
「うん?」

瞬時加速(イグニッション・ブースト)が炸裂する。
純白の大剣が赤褐色のISアーマーを砕き散らし、エネルギーを大幅に削り取った。反撃どころか反応を返す間すら与えずハンドガンを展開。
抱き締められるほどの密着距離で三連バースト。前回のハンドガンとは違うモデルで、弾の口径は小さくなってるが連射が利くにようなったのさ。

ビーッ、とアリーナにブザーが鳴り響いた。ISのシールドエネルギーがゼロになった合図だ。
イエーイ! 俺勝利! 代表候補生相手に二回も勝つとかやっべくね!?
きっと女子どもはみんな目を潤ませて俺のイケメンフェイスに見惚れているだろうと思い観客席を見れば、なんかしらーっとした視線が突き刺さった。

『普通にセコい……』
『なんていうか、ゲスだよね』
『さすがに引くわ』

あ、あれ? 思ったよりウケがない。評価下がってない? 俺、やってしまった感がするんだが。
エネルギーをゼロにされた鈴も、うがーっと歯をむき出しにしてこちらに食って掛かってきた。

「ちょ、ちょっとあんたいい加減にしなさいよ!? いきなり飛び込んできて何してくれてんのよ!?」
「わ、ワリ……いや俺にも色々あってだな、その」

言い訳は途中で遮られた。

俺が先ほど突破するのに多大な労力を要した遮断シールド。このアリーナではそれが地面を除いてほぼ全方位に張り巡らされている。先ほど俺がぶち破ったのは小さな穴、それこそ俺一人が突破できりゃぁ良かったわけだし、本当に必要最低限の穴を空けた。正確に言えば、それぐらいの穴しか空けられなかった。あまりに強固すぎて、想像以上に小さい穴しか空けることができなかったのだ。
それが。
コピー用紙のように、引きちぎられた。


閃光――爆音――激震――衝撃


「うおおおおあああああああああああああああ!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

シールドの天井部分を突き破り、アリーナのど真ん中に極太のレーザービームが放たれた。着弾。轟音とともに砂煙が巻き上げられ、膨大な量のエネルギーが辺りにぶちまけられる。
想像しえなかった事態が、俺と鈴をまとめて吹き飛ばした。マジで洒落にならないんだけどコレ。
『白雪姫』にダメージ。余波だけにしちゃハンパねぇダメージ量だ。現に『甲龍』は具現維持限界(リミット・ダウン)を通り越して強制解除されている。

……!? 強制解除!? マジ!?

「い、いちッッ」

恐怖に顔を引きつらせた鈴が、生身のままアリーナへと投げ出される。ISスーツはせいぜい拳銃ぐらいしか防げない。こんな高さから落ちたら、死ぬ。
彼女が叫ぼうとして詰まらせた言葉は、誰へのものだったのだろうか。何を求めるものだったのだろうか。一体、誰に何を――


俺に助けを求める言葉に決まってんだろうがクソッタレ!!


「りィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんッッッ!!!」

急加速、勢いをつけすぎて鈴の体を吹っ飛ばしてしまわないように加減しながら彼女の落下先に先回りする。『白世』を量子化し、卵を受け止めるようにキャッチ。体勢的にお姫様抱っこになってしまったのは決してワザとじゃない。
良かった、外見的には無傷だ。口をパクパクと開けていたが、そこは代表候補生らしくすぐさま落ち着きを取り戻した。

「い、一夏ッ。あ……あり、がと」
「気にすんなって。それより」

さっき遮断シールドに開いたバカでけぇ穴。そこから、まるで天から舞い降りるように、一つの影が降りてきた。
そのまま真っ直ぐに落ちてきて、アリーナの中央に降り立つ。

「何よ……こいつ」

鈴が俺の腕の中でつぶやいた。正直やーらかい体の感触が伝わってきてうわあああああ

落ち着け。クールになれ一夏。相手は鈴だ、あの鈴だぞ。
小学生ン時からの付き合いで悪友で男勝りでガサツで酢豚ばっかり食わせてくる、あの鈴だ。
ついでに言えば時々すごくしおらしくなったり素直に助けを求めてきたり必死こいて背伸びしたりまた別の時はすげぇ頼りになったりする、あの鈴だ。

…………普通にイイと思います……

ちくしょう……我ながら節操なしにも程がある。

『生徒の皆さんはすぐに避難してください! アリーナにいる二人もピットへ!』
「一夏ッ、ビームが!」
「あ゛あ゛!?」

これ以上こっちを誘惑してくるんじゃねえよクソッタレ! もう俺の白世は限界なんだよ! ISスーツなんて何の防御にもなりゃしねぇ!

半ばヤケになりつつ、俺は鈴に負担をかけないよう機体を加速させる。ある程度のGはISスーツが吸収してくれるが、あまりに急な加速をかけちまうと骨がボキッといっちまう。どんでもねぇネックを抱えちまったぜ。

雨のように降ってくるビームをスレスレで捌き、どうしても避けきれないものは背部ウィングユニット(一応ある程度の対ビームコーティングが施されている)で受けつつ、さっき俺が破った遮断シールドの穴までたどり着いた。
俺が偶然にも遮断シールドをぶち破っといて良かったぜ。人生万事塞翁が馬ってのはよく言ったモンだな、何が何処でどう役立つか分からねえ。結果オーライってことで処分はナシじゃ駄目かな。まァ駄目ですよね。

さっき入った穴からまた出て、観客席に着陸した。遮断シールド越しに俺は敵ISに振り向く。
無骨というか無機質というか、普通にセンスの悪い外見だ。丸太みてーに太い両腕、それでいて細い腰部。黒い全身装甲(フルスキン)。頭部の赤いセンサーアイとか何あれ複眼の真似事?

「あン?」
「へ?」

その趣味の悪ィISが両手をこちらに向けてきた。手のひらにはジェットブースターの噴射口みてぇにどデカイ砲門ががが。光が収束しつつあるそれを向けてくるってことはまさに今撃とうと

「ッッ!!」
「へぶんっ!?」

何をのんきにモノローグやってんの俺ええええええええええええええ!
鈴を小脇に抱え直し横へ飛びのく。もう鈴の体にかかるGとか考慮してらんねぇ!

俺が飛びのくと同時にレーザーがシールドを突き破ってきた。黒い機体が観客席に飛び込んでくる。
他の客は大方避難が済んでる。だが、まだ避難が済んでない奴が俺の腕の中に一人。
どうにか鈴の避難先を探そうとした矢先、敵ISの両肩に光が収束する。そこにも射撃武器があるのか。……いやさっきとは違う。さっきのは一つに圧縮、圧縮、ひたすら一筋のレーザーを叩き込むってカンジだった。今度のは違ぇ。割と光がバラついている。まるで無数の粒を拡散して解き放とうとするかのように――ッ!

『白世』を召還。盾代わりにしてしのごうとする。
光が放たれた。予想通りそれは先ほどとは打って変わって無秩序に乱射されるビームは、俺の大剣こそ突破できないが周りの観客席にダメージを蓄積させていく。飛び散る破片やらが俺や鈴に当たる。

「調子に乗ってんじゃ……ねェッ!」

未だ目立った破損のない『白世』越しにハンドガンを三連バースト、肘や膝など着弾を嫌がるポイントに命中させる。
だが、どういうことだ。まるで動きに乱れがねぇ。着弾を気にしていない? あの全身装甲は予想より堅ぇのか。三連バーストモデルのハンドガンを粒子に還し、入れ替わりに大口径のハンドガンを呼び出す。トリガー。

「い、一夏……」
「クッソ! 何でだ! 射撃がまるで効いちゃいねぇ! どうなってやがる!」
「きゃぁっ!」

俺が反撃にかまかけている間に、相手は手のひらのバカでけぇビーム砲をチャージし終わったらしい。『白世』への負担が一気に重くなる。
仕方がねえ……ッ!

「俺が突っ込む! その間に一気に走れッ!」
「う、うん!」

鈴が走り出す。同時に俺は右手のハンドガンを量子化して『白世』を掴み、剣の腹でビームを受けたまま加速。『白世』に弾かれた粒子が光のシャワーとなって俺の周囲にぶちまけられる。
過負荷に『白雪姫』そのものが音を上げ始める/レッドアラート・ウィンドウがいくつも展開されるが、構わねぇ。俺がここで退いたら、鈴が死ぬ。それは、それだけは看過しちゃなんねぇ。

じりじりと距離を縮めながら左手のハンドガンで左膝を狙い撃つ。かなり不安定な姿勢なのでブレ気味だが、それでも撃つ。関節をいくら撃っても動きが見られねぇってのはおかしな話だ。二重のバリアー防御があるとはいえ、多少の衝撃は通る。それを関節部分に何度も受ければ、並みの人間なら回避したりガードしたりと何らかのアクションを起こすはずだ。
体勢が崩れることを期待して引き金を引き続ける。そのうち装甲に弾かれるだけだった弾丸が食い込むようになり、装甲を削り内部パーツを破損させ、火花が散るようになった。

……!?
どういうことだ!? こいつ、エネルギーバリアーどころか絶対防御も作動してない!?

「『白雪姫(アメイジング・ガール)』ゥッ! あいつの解析をしろ! あれ、ホントにISか!?」
――解析開始……完了。敵機体より、ISコアを感知できません!

冷や汗が頬を伝う。
マジ、かよ。

こいつ、ISじゃねぇ……!

「人は! 人は乗ってるかぁ!?」
――生体反応なし。無人と推定されます!

なら話は早ぇ。ぶっ壊して引きずり出して、一体何なのか調べ上げるまでだ。
左膝への射撃を続行するうちに、ついに弾丸が貫通した。
ガクリ、と敵機体が膝を着く。チャンス到来、今しかねぇ。
瞬時加速を二段掛け。二重瞬時加速(ダブル・イグニッション)で一気にビームを押し返す。

勝負をかけるのは、今!

『白世』を一気に振り上げる。狙い通りならこいつの片腕を一気に切り裂けるはずだ。もう一方は零距離からハンドガンで潰す。後は『白世』の間合いで近接勝負に持ち込めば、勝てる。
だが。躱された。

ッ!? こいつ、俺の攻撃を読んでやがった!?
空振った『白世』の刀身を蹴り上げ、敵機体から痛烈な左ストレート。俺の腹に突き刺さった。内臓まで到達しようとする衝撃はさすがに絶対防御がカットしてくれたが、それでも呼吸が詰まる。両手の武器は手放さない。
すると敵機体は、今度は右アッパーをかましてきやがった。さすがにもう食らいたくねーので上空に退避する。

……! しまった! 俺よりこいつの方が鈴に近ぇ!
焦る俺の表情を見てなのか、敵機体の赤いセンサーアイが蠢いた。そしてヤツが両手を構える。手のひらの砲門の先には――鈴。
あいつ、何コケてんだ。

「てッめぇぇえええええええええええええええ!!」

瞬間的に『白世』を投擲。巨大な刀身は回転することなくダーツの矢のように猛スピードで飛び、鈴の目の前に突き立った。対ビームコーティングがあるとはいえ、『白世』だけじゃいくら何でも心もとねぇ。
大剣に続いて俺も瞬時加速(イグニッション・ブースト)する。
閃光。ジェットノズルみてーな砲門から極太のレーザーが放たれた。『白世』の広い面が真正面から受け止める。

どうして武器を持ってねぇ第三者を攻撃しやがんだチクショウが!
俺の喉から叫び声が途切れる前に、俺は勢いそのままに敵を蹴り飛ばした。観客席をバウンドしながら100メートル近く吹き飛んでいくそいつとは対照的に、俺は鈴の所までかっとんでその場に停止し『白世』を床から引き抜く。鈴を背にかばって油断なく構えた。

「鈴! さっさと避難しろッ!」
「分かってるわよ! クッ、この……」

何もたついたやがんだ……! 中々立ち去らねえ鈴にイライラしながら、ハイパーセンサーの視界を真後ろに向ける。
コケた時に打ったんだろう。鈴の頭からは血が流れていて、足はピクリとも動いていなかった。

「……あ゛?」
「ごめんッ、もうちょっとだけ、待って……足が、足が、私の足が動かないの……!」

敵ISが動き出したと『白雪姫』が教えてくれた。
鈴は動けない。本人はパニクって気づいてないが、多分あれは捻挫してる。いや一番パニクってんのは俺かも。
俺は動けない鈴を背に戦うこととなったのだから。

「撃たせるワケにはいかねぇ……」

相手が完全に体勢を調える前にキメなきゃやべえ。
手のひらのビームは太いが一本な分まだ防げる。だが肩のビーム砲はマズい。あんなガトリングみてーに拡散連射されちまうと防ぎきれねえ。鈴が蜂の巣になっちまう。
だから、撃たせるワケにはいかねぇ。

やられる前にやる――先手必勝!
無人機なら手加減はいらねえ。八つ裂きにしてやる。パワーアシスト最大、思いきり振りかぶって、またもや『白世』を投げる。今度は手裏剣みてーに回転をかけた。

「芸がなくてごめんよォッ!」

地面と水平に回転する刀身を追うように俺も飛ぶ。敵機体はゆっくりと立ち上がった後、左右の手のひらを向けてきた。恐らく一直線上に並んだ『白世』と俺と鈴をまとめてなぎ払う算段なのだろう。
甘えよ。

量子化していたロシア製のスナイパーライフルを召還。先端に取り付けられた銃剣が鈍く光ると同時――俺はそれを回転する『白世』の下に構え、引き金を引いた。狙いは頭部。
迎撃体勢をとっていたヤツがエネルギー弾の速度に反応できるはずもない。俺が放った緑色のレーザーは、趣味の悪ィ赤いセンサーアイをぶち抜いた。

のけぞったそいつに、遅れて『白世』が着弾。丸太みてぇな両手が上下横へキレイに引き裂かれる。勢いを弱めることなく『白世』は胸部にも達し、そのまま敵機体を上下真っ二つに切断しちまった。
血は出なかった。肉片も飛び散らねぇし骨が砕けた音もしねぇ。確定。本当に無人機だ。

「どうだ!」

トドメだこの野郎!
俺も続いて突撃。ハンドガンを右手に展開し首筋に精密な三連バーストを叩き込む。一発目、表面装甲を削り取った。二発目、首の半ばまで到達。三発目、二発目を押し出して貫通。
意思操作により三連バーストを解除してさらに左手に今度は口径の大きめなハンドガンを召還した。二丁の銃をどちらも首筋や頭部に向け乱射する。

「ああ、ああ!! オオオああああああ!!」

破片が撒き散らされケーブルが千切れ飛ぶ。首筋がほとんどえぐれた末に、俺は頭を鷲づかみにし、一気に引きちぎった。
残っていた赤いセンサーアイが点滅し、消えていく。肩より上の部分は地面に落ち、それより下は直立したままだった。頭を投げ捨てて俺も地面に着地した。

「はァツ、はァッ、はァッ、はァッ」

荒く息を吐いた。こんな緊張感あふれる戦いは久々だったぜ。もう誰も庇わずに戦いたいもんだ。
振り向くと、鈴はぽけーっと口を開いてこちらを見ていた。
戦闘の余波であちこちがえぐれた観客席は、見るも無残な光景となっていた。

「あー……勝ったんだよな、俺」

勝利を収めてもボンドガールみてぇにキスをしてくれる美女はいねぇ。いるのは……鈴ぐらい。あ、十分恵まれた環境ですね。
ハンドガンを二丁とも粒子に還す。限界近くに張り詰めた精神を元に戻し、『白世』を拾い上げる。

――警告! 敵機体が
「オラァッ!」
           活動を再開しています!

いい加減くたばりやがれこの死にぞこないがァァァァァ!!
『白雪姫』の緊急アラートの途中で、俺は振り向きざまに大剣を振るった。さすが無人機、頭がもげて真っ二つになってもまだ動きますか。
腹部に搭載されている荷電粒子砲を放とうとしたのだろう、だが『白世』の切っ先は寸分の狂いもなくそこを貫いた。
今度こそ、敵の機体は地に伏せた。
あーあ。
死ぬかと思ったぜ。







俺にとって恋愛、というのは非常に大きなウェイトを閉めるものだ。何のウェイトかといえば、精神的だとかやる気の源的な意味だとか色々ある。
陵辱や寝取られより純愛系が好きな俺にとってはやはり愛情があるというだけでギシギシアンアンな展開にも差がつく。そして俺は愛情が欲しいタイプだ。
と、いうワケで。

「寝てる間に不意打ちキスとか鈴さん趣味悪いですの」
「キャアアアアアアアアアアアアアアア!」

耳元で叫ぶんじゃねーようっせぇな。
俺が目を開けてゆっくりと起きると、鈴はベッド傍の椅子から部屋の隅まで一瞬でワープしていた。何お前、いつの間にクロックアップを会得したの。やっぱガタックだよな髪型的に考えて。

ちなみになぜ俺が寝ているのかといえば、俺が希望したからだ。未知の敵との戦闘だったので検査が必要と言われたがその前にマジで寝させてほしかった。なんだかんだで昨日は予習終わらせた後もコントローラー探してたからあんま寝てねぇんだよ。
それにしても医務室のベッドやべーなこりゃ。寝心地がハンパない。ガチでここに泊まってもいいかもしれない。そうすりゃ成り行きで保健の先生とあーんなコトやこーんなコトに……なりませんよねハイ。
発想が童貞くさい? 仕方ねーだろ童貞なんだから。

「一夏、起きてたの!?」
「たりめーよ」

んだよそのリアクション、あれか、永久に眠っといた方が良かったか?

「…………落ち着いて、落ち着きなさい鈴」

ダメだ、あいつキョドってやがる。そーゆー時は素数を数えるって神父様から習わなかったのかよ。
だが俺は円周率派だぜ。それなりに暗記してるからな。

「よ、よしっ」

あ?
鈴は何か覚悟を決めたみてーに顔を上げた。やっべえ嫌な予感しかしねぇ。

「お、お邪魔します」

鈴は靴を脱ぐと、俺にまたがってきた。
……!?
何!? えッ!? どういうことなのコレ!?

「あ、あのさあ、一夏」
「な、何だよ」

とりあえずどけよお前。年頃の乙女が男にまたがるとか何それ超卑猥。そんな風に育てた覚えはありません。いやホントにないけど。

「約束……覚えてる?」
「やく、そく?」
「うん。私が国に帰る時にした、約束……」

えーっとアレか、酢豚を毎日作ってくれるって奴か。プロポーズだよなってしばらくテンション上がったあれか。オイ待てマジか、あれひょっとして本気でプロポーズだったの?
いかん、ここで覚えてるとか言ったら100パー告白される。このシチュじゃ断りきれねえよ。
俺は思いのほか流されやすい男なんだ、波乗り野郎とも言うがな。

「さあ……覚えてねぇな」

鈴の目にブワッと涙が浮かぶ。やっべえ罪悪感で破裂しそう。
だがここで甘やかしてはいけない。
俺はオルコット嬢との再三に渡る戦いによって経験したのだ。ハニトラの芽は徹底的に摘まなければならない。鈴から大好きオーラはビンビン来るのだが答えるわけにはいかねぇ。
何せ鈴さん、中国の代表候補生ですからネ!
明らかに俺を狙った転入。
数年前は男勝りだったこいつの急激な変化。
現在進行形で行われる色仕掛け。

こいつ―― ハ ニ ー ト ラ ッ プ ……かもしれない。

確かに、時間をおけば少女は乙女になるのかもしれない。
正直中学ん時からこいつから気をを持たれてるんだろーなーって自覚はあったから、恋が女を変えたというのを信じてみてもいいかもしれない。てか信じてぇ。
だが! だがしかしッ!!
それ以外の理由だったら!?
恋以外の、別の何かが彼女を変えた、いや変えさせたとしたら!?
その何かが政府からの特命だったら!?

俺はまだ人生に棒を振りたくねぇ。人生の伴侶を決めるにゃまだ早ぇーんだよ。
断定はできねぇ。だが信用もできねぇ。
だからこそ俺はこいつら代表候補生から一歩退く。正直こいつらに手を出したらマジで人生終了だと思う。俺の立場的に考えて。

「鈴、とりま下りろ」
「ヤダ」

可愛いじゃねえかクソッタレええええええええええええええええええええええええ!!
ダメだ。涙目はダメだ。普段強気でやかましい奴が急にしおらしくなったらガチでダメだ。
俺はどうやらギャップにヤられやすいらしい。ちょうど今まさにヤられている所である。

「しばらく、こうしていたいな」
「……ったく」

仕方ねー。
特別だ。もう二度とやんねーぞ。こんなのがバレたらオルコット嬢になんて言われるか分かったモンじゃねぇ。
俺は目を閉じた。



まァ鈴のさらさらの髪とか甘ったるい吐息とかぷにぷにの素肌とか温もりとかを感じながら寝れるワケねぇんだがな!!







--------------※以下閲覧注意---------------







山田真耶は混乱していた。
今日アリーナに乱入してきた敵機体が、織斑一夏(正確には『白雪姫』)の解析によるとISではないという。そこまではなんとか理解できる。何らかの形でISを真似た機動兵器なのだろう、この世界でISを超える兵器などないのだから。
敵機体の残骸はIS学園専属の解析班が回収した後、学園の地下五十メートルにある特別区画へと運び込まれた。真耶はその解析結果を千冬に伝えようとしていたのだが――その解析結果があまりにも常軌を逸したものだったのだ。

(ISコア『もどき』……スペック上の出力は初期型の第三世代機の四十パーセント程度で、エネルギーバリアーも絶対防御も発動できない欠陥品。ただ、量産用としては向いている、ですか)

一夏の攻撃によって、敵機体はほとんどスクラップの状態だった。そこからこれだけの情報を読み取れたのは僥倖と言うほかない。
だが、ISコアが、未だに6パーセントほどしか解析できていないとされるコアが、何者かによって人為的に造られようとしている。まだ拙く未熟な技術ではあるが、もしコアの完璧なコピーに成功したとしたら、世界のパワーバランスが一気にひっくり返ってしまうだろう。

(とにかく、織斑先生に早く教えないと……)

タブレット型情報端末に指を走らせながら、真耶は千冬の姿を探す。だが、見当たらない。

「おかしいですね……部屋にもいませんでしたし」

彼女の自室は誰もいなかったし、アリーナの監視室は解析班が一夏の戦闘映像や行動ログを繰り返し見ているだけだった。

行くアテもなくふらふら歩いていると、ふと足が止まった。
ロックの解除されたドアがある。普段はレベル6権限を持つ人間――つまり織斑千冬だけだ――しか開けられない部屋が開いていた。つまり、千冬はここにいるということになる。

(か、勝手に入っちゃって……いいのかな?)

逡巡しつつも、自分は千冬に連絡しなければならないという大義名分が真耶を奮い立たせた。やっとのことで一歩を踏み出し、ドアを開けて部屋の中に入る。

部屋はそんなに広くなかった。
そして、織斑一夏がいた。

織斑一夏が、こちらを見ている。あらぬ方を向いた織斑一夏もいた。食事中の織斑一夏、居眠りをする織斑一夏、風呂に入っている織斑一夏机にかじりついている織斑一夏こたつにもぐりこんでいる織斑一夏ゲームに熱中する織斑一夏ケータイをぼうっと眺める織斑一夏ラジコンの操作に四苦八苦する織斑一夏ネットショッピングサイトで服を見定める織斑一夏友人とゲームセンターで盛り上がる織斑一夏知り合いの女子と二人でカフェに座る織斑一夏織斑一夏織斑一夏――――

「――――――――え?」

同じ顔が壁中に張り巡らされている。ごくごく最近のものまで、ありとあらゆる織斑一夏が、そこにはいた。ただ共通しているのは、どこにも小学生ほどや幼稚園児ぐらいの一夏はおらず、中学の時かIS学園に入ってからのものであるということ。
笑顔だったり泣き顔だったり、様々な表情がある。カメラ目線のものや明らかに隠し撮りと思われるアングルのものまで。

気持ち悪い。
真耶はシンプルにそう感じた。そうとしか思えなかった。同じ顔をした人間が何十人もこちらを見ているのが、こんなに生理的嫌悪を催すとは想像だにしなかった、

思わず、一歩下がる。背中が何か柔らかいものにぶつかった。

「まったく、山田先生はなかなか悪い人だな、私が手洗いに立っている間に忍び込むなんて」
「ひッ!!?」

思わず悲鳴を上げそうになった真耶の口を、音もなく部屋に入りドアのロックをかけていた千冬の手が塞ぐ。続けざまに腕も固められ身動きがとれなくなった。

「やれやれ、私も顔見知りに危害は加えたくないんだがな」
「ん゛~ッ! ん゛ん゛ッ!!」

恐怖を顔を歪め、真耶は必死に千冬を振りほどこうとした。だが千冬は決して放さない。すでにその瞳は普段の冷静なものではなく、狂気の光を宿していた。

「ああ、ダメじゃないか私以外がこの部屋に入ってきたら。空気が汚れるだろう? 一夏の写真が傷んだらどうする私物が汚れたらどうする。特にこれだな。一夏がアルバイト代を使って初めて自分で買った私服姿。どうだ私服デビューの中学生としてはかなりのセンスだろう? 思わずメモリーカード2ギガ分写真を撮ってしまった。ああこっちのビーカーは一夏が入った風呂の残り湯だ、日付がラベルしてあるだろう。最近はシャワーだからなかなか回収できないから飲めてないんだ、ああ、早く大浴場が男子に解放されたらな。今は椅子ぐらいしか回収できない。取調室であいつが体育座りをした椅子がこれだ。ん、こっちは一夏が受験生の時の――」

ガタゴト、としばらく部屋からは何かが動く音がした。しかしすぐに止んだ。

そして部屋にゲームキューブのシルバーカラーのコントローラは、


なかった。






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・たとえクラス代表決定戦でも結果ぐらいは公表されると思う
 学園の公式サイトのブログコーナー的なところでとか

・一夏が一人部屋なのは普通ですよね? どう考えてもこれが妥当ですよね?
 強いていえばISを開発した世紀の大天災の妹とかも一人部屋になるに決まってますよね?

・楯無さんとの殺り合いは良くないイメージを植えつけたようです

・後付装備貸し出しは俺のロマン

・束さんにしかコアは作れないのでコアもどきとさせていただきました
 犯人についてはネクストコナンズヒントを参照してください

・いつから千冬さんが常識人キャラだと錯覚していた?

・次はシャルのターンです
 ただし学園内の話ではありません


・作者はファース党です


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・5/9改訂しました。
 まず鈴との勘違い成分が足りてなかったのでハニトラ断定ではなく疑念止まりに。
 次に織斑一夏ゲシュタルトはなんか表現が陳腐と知り合いから言われたので没に。
 この二点を改訂させていただきました。

 一応同じ文章を感想にも貼っておきます。



[32959] ハニトラくんメイツ/織斑一夏の来訪
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/09 00:11
5月。4月に始まった新環境にも慣れ、個人としてのキャラクター性や集団の中でのポジションなどが決定し、中心なら超リア充、輪に混ざれればリア充、休み時間の度に一人なら非リアとクラスカーストが無情にも確定してしまう季節だ。
後はゴールデンウィークとかがあるな。楽しみが多い季節でもある。ただ楽しいことしかないかと言えばそれは違う。五月病のヤツがひっそりと俺を狙っているのだ。油断すればヘッドショットを食らうことになる。ワンショットキルである。

俺は五月病と無縁の生活を送るべく、ひたすら朝昼晩誰かと一緒にいるよう心がけた。ゲームしたり、だべったり、勉強会開いたり、ラジオ聞いたり。俺より先に五月病の餌食となったのか、我らが巨乳先生が長期休暇を取っていた。情けねぇ、胸はデカいんだからもっとデカい態度取っていいんだって。

「我ながら元気なもんだぜ……」

地味にオルコット嬢も気づいたら隣にいたりして精神的に辛い。鈴からのスキンシップが(ピンク的な意味で)激しくて紳士的に辛い。
そろそろヒッキーになっても問題ないと思うんだ。ヒッキー知ってるよ、この呼び方は色々とアブないって。

「そうだ京都行こう」

そんなワケで俺は廊下をルンルン気分で爆走していた。目指せ五輪ではなく姉さんの部屋。
休日の外泊は書類を書いて教師の許可を得なければならない。イッツマイソウルが京都に生きたがっている以上は行くしかねぇよな。

「廊下を走るな馬鹿者」
「早速発見」

角を曲がった瞬間姉さんとすれ違った。俺はその場でピタリと止まり、腰を九十度に折って手を差し出す。

「京都行きましょう!」
「…………デートのお誘いか?」

違ぇよ。どこの世界に超絶美人スタイル抜群実姉をデートに誘う奴が……すいません居そうですね。こんだけ完璧だったら肉親からもモテそうですね。そのモテ能力を七割でいいから俺にくれよ。
俺が無言で返事を催促していると、姉さんは俺の手を掴んで起き上がらせた。

「いいだろう、ちょうどこちらからも話をしようと思っていたところだ」
「え」
「明後日にはここを発つ。しっかり準備しておけ、一週間ほどあちらに泊まることになるぞ」
「えええ」
「ああ許可については問題ない。『こういう場合』は特例で審査なしに許可が出るんだ」
「ええええええ」

実にスムーズな対応だ。そもそも俺が言い出す前から決まってたっぽいしもはや対応ではない。
そんなワケで俺の京都デートwith世界最強が決定した。あまりにとんとん拍子な決定に超スピードとか催眠術とか、あ、前もこれやりましたねすいません。反省も後悔もしないけど。







ということで二日後、学園の滑走路。俺も姉さんもスーツ姿だ。
……そう、スーツだ。スーツである。ガンツスーツではない。
姉さんはこないだ俺がアイロンがけしたYシャツにいつものフォーマルスーツとタイトスカートで、俺は無地のダークスーツ。ちなみにYシャツは薄いブルーでネクタイは黒と黄の細けぇ格子柄だ。正装は一通り揃えてある。髪もポマードをたっぷりと塗って整えてきた。
まァ立場が立場なもんで正式な場での会見とかがあるかもと思って用意してたんだがな。そういう機会は全部姉さんが代理でしやがったのでこのスーツは日の目を見ることがないかと思われていた。それが思わぬトコで役立つとは過去の俺グッジョブ。

「オイ、俺をどこに連れて行くつもりだよ」
「フランスだ」
「ちょ」

荷物をまとめたキャリーケースはもう学園に預けてしまった。Yシャツの下にISスーツを着るよう言われたのはもしかしてアレか。何か衝撃に備えるためか。

「さっさと乗れ。一応これは公になっているから、マスコミが来ている」
「……何だ、アレか、俺がフランスに旅行に行くとこんな人が集まるのか。こりゃ新婚旅行は大変だな」
「これは旅行ではなくフランス訪問だ」

聞いてねーよそんなコト。
姉さんがなんかコピー紙を渡してきた。俺の訪問先リストらしい。日本大使館、フランス大統領官邸、議会、IS関連の企業がいくつか……

「旅行じゃねぇよこれ!」
「当たり前だ」

満面のビジネススマイルでカメラに手を振りつつ、俺は姉さんを小声で糾弾する。マジねぇってコレ面子ヤバいじゃねーかガチガチじゃねーか。俺死ぬって過労死的な意味で。

「私からの進学祝いだ」
「イヤミか貴様ッッ」

もう俺のイライラは限界を突破して有頂天(?)だった。多分背中に鬼の顔が浮いてるレベル。

「ハメられた……俺は本来ハメる側だってのに……!」
「オイ、そういう発言は慎め」

眉をひそめて注意してくる姉さんに肩をすくめてみせる。そろそろカメラのシャッター音がうざったくなってきた。
これから俺が搭乗するのは学園のロゴが入った音速旅客機だ。マスコミの方々にオサラバして中に入ってみると、豪華なソファーとバカでかいモニターが置いてあった。ソファーに俺と姉さんが腰掛け、付いてきたSPの人たちは部屋の隅の席に座っている。

「……ISスーツを着た意味あんの?」
「黙っていろ、舌を噛んでも知らんぞ」

は? 舌噛むってどーゆーことだ?
航空機特有の甲高い騒音が耳を突く中、旅客機はその小さな機体を進ませ始めた。滑走路のド真ん中を走り、一気に空へ

『ブースター、点火』

誰かの声が聞こえた。多分パイロットの声だろう。
瞬間、ボゴンッ! と俺の体はソファーに叩きつけられた。
間抜けな効果音で申し訳ない。ただガチでこんな音だった。なんか呼吸が詰まってヤバいひゅーひゅーとしか息できねえんだけど。体も上から透明人間がのしかかってるみてーに動かねえ。隣の姉さんは涼しげな表情。ホントにあんた人間か?

あ、ちょっヤバ、頭から血が下りて







気づいたらフランスにいた。新手のスタンド攻撃でも受けたのかと思った。

まだ朦朧とする意識を、頭を振って覚醒させる。隣に姉さんは居ねぇ。先に降りたみてーだ。

「クソ、あの馬鹿姉め……いつかぜってーぶち込んでやる」

何をかって? そりゃナニだよ言わせんな恥ずかしい。
いや本人を前に言ってもいいんだがな。ただそん時は間違いなく俺がぶち込まれる側になっちまう。
何をかって? そりゃ銃弾だよ言わせんな恐ろしい。

悪態を吐きつつ席から腰を上げる。同時に四方を取り囲んでたゴツいSPの方々が立ち上がった。
オイこれ、面白い遊びができる気がするんだが。
また座る。SPも座る。
立つ。釣られて立つ。
素早く座る。咄嗟の反応で座る。
立ち上がりかけて止める。四人中二人が立った。

「立ち上がったお前らチェンジな」
『ちょ』

初めての発言が二文字とかさすが寡黙なプロフェッショナルだぜ。

俺は満面の笑みで飛行機を降りた。実に楽しかった。階段を降りる途中にもまたパシャパシャとシャッター音の連続。テレビカメラに俺のイケメンっぷりがしっかり伝わるように手を振っていたら、黒塗りのクラウンがスモーク付きで目の前に停まっていた。
日本製てオイ。配慮の現れなのか、そうなのか。

「遅いぞ」
「悪ィ」

中には姉さんが先に乗り込んでいた。クッソ余裕な表情しやがってこの人外め。
俺も後部座席に座りドアを閉める。
走り出す車内でケータイを取り出しメールを読み返し始めた。クラスメイト達からのお土産の要求リストだ。

こいつら高そうなモンばっか選びやがって。ブランド物の服とかバッグとか女子高生が持つもんじゃありませんよ。相川を見習えってバケットとか良心的で涙が出てくるじゃねぇか。これはこれで馬鹿丸出しだが。
ブランド物は全てかっ飛ばす。ここが東南アジアとかだったらパチモンを大量に仕入れてやるんだがな。生憎本場だし適当に安いフランス菓子とか買っときゃ満足すんだろ。

「まずどこに行くんで?」
「大統領邸宅」

一発目からクソ重いのキタコレ。
そうか時差か、日本を出たのは夕方だったがフランスだとまだ真っ昼間なのか。
今更だけどこの訪問ってどんな意味があるんだろう。

それは置いといてだな。フランス大統領ッつったら、かつてIS操縦者だった女性のはずだ。
ISのせいで政界も大分女性が進出したからなぁ。日本の総理大臣にアメリカの大統領、中国の国家主席や国連事務総長まで女性だ。
まァまだ男性が行政を執行している国もあるといえばあるが、なぜかそこが保有するISは少ない。無い国だってある。ホント何故なんでしょうねー、ぜひネクストコナンズヒントで教えて欲しい。

「フランスの大統領って言ったらあれか、日本の総理大臣との会談で土産に葉巻を持ってきたゴリラみたいな女か」
「それを言ったら日本の総理大臣は塩を渡して『戦国武将』とあだ名を付けられているがな」

なにそれこわい。
つーことは俺も何か持ってった方がいいのか。タバコかな、マイルドセブンとキャスターとパーラメントだったらどれが好きなのかな。意表をついてアメリカンスピリットとかかもしれん。フランスなのに。

相手はゴリラ女だ、下手に機嫌を損ねれば和田アキ子を怒らせた勝俣の二の舞になりかねない。あ、我ながら巧い例えだったわ今の。

「土産はこちらで用意してある」
「マジかよさすが姉さん。俺姉さんの弟に生まれて良かったわ」
「私もお前が弟で嬉しい。好きだ結婚してくれ」
「はいはい分かった分かった。んで、土産に何持ってきたの?」
「フィリップモリス5カートン」
「…………」







大統領邸宅なう!
豪奢な外見もさることながら内装のリッチっぷりも負けてねぇ。
インテリアに趣向を凝らすということは国内のカメラが入ることでもあるのだろうか。案外虚栄心の現れだったりな。

「くれぐれも無礼のないようにしろ」
「わーってるっての」

さすがに一国の、しかも欧米列強の一国の長にケンカを売ろうとは思わない。
デカい門が自動で開き、玄関までの道を歩く。噴水といい装飾ように整えられた観葉植物といい、いかにも欧米ですってカンジだ。
玄関のえらく荘厳な扉を姉さんがノックする。向こう側へとゆっくり開いた。

開いた先には、金髪の――雌ゴリラが一頭、動物園から脱走していた。
ナニこの人めちゃくちゃごっつい。肩幅が俺の1.5倍ぐらいあるんですけど。俺の目線がちょうど肘の辺りなんですけど。常時岡スーツ装備みてーになってるんですけど。
固まっている俺を尻目に、雌ゴリラは何事か喋り出した。どうやらフランス語のようだ。

「……ようこそ、織斑千冬さん、織斑一夏……だそうです」

雌ゴリラの隣に立っている美人さんがそれを聞いて素早く日本語を話す。どうやら彼女が通訳らしい。ていうか俺呼び捨てかよ、ミスタとか付けてくれねぇ辺り扱いの雑さが見て取れるな。
すると姉さんはまったく表情を変えずにに返した。

「一夏に『さん』を付けろゴリラ女」

フルスロットル過ぎるだろ。

「ちょっ!? 姉さん今サックリ戦争の引き金引かなかった!?」
「……いえいえ、確かに私はマドンナによく似てると言われますが、やはりアンジェリーナ・ジョリーの方が似ていると思います……だそうです」
「アンタもアンタだ今の姉さんのセリフをどう訳したらそんな答えが返ってくんの!? 明らかにねつ造したろオイ!」
「餌をやるぞ感謝しろ。ああ、生憎バナナは日本だと値上がり中でな、代わりに知り合いの実家に余っていた三年ほど前のタバコを持ってきた」
「クッソこの姉やりたい放題かよ! マジで日仏関係がどーなっても知らねぇぞ!?」
「……私の方でもプレゼントを用意させていただきました、どうぞお受け取りください……だそうです」

そう言って奥から黒服を着込んだいかつい方々が何かを抱えてやって来る。
頼むからマトモな品物でありますように……!

「……ラッキーストライク5カートンです……だそうです」
「どんだけタバコ好きなんだアンタァーーッッ!」







現在IS本体の製造に関して世界第三位のシェアを誇る大企業、デュノア社。
その代名詞とも言えるのが第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』だ。スタンダードな武装を取り揃え、攻撃型・防御型・支援型をマルチにこなせる万能機である。基本スペックも優秀で、搭乗者によっては第三世代機を完封することだってできるえげつねぇ機体なのだ。

すでに現地時刻で夕方、俺の今日というかフランス訪問最後の訪問先である。夕食も泊まる場所もこの企業傘下のホテルらしい。

「にしてもデケーな……海馬コーポレーションみてぇだ」

黒塗りのクラウンから降りてうんと伸びをする。
今日は精神的に疲れることが多すぎた。姉さんはずっとフルスロットルだったし毎回通訳の人が上手い具合にねつ造するせいで会話は噛み合わねぇし。ひょっとして今まで姉さんが海外に行く度にこんなカンジだったのか、よく外交関係に影響なかったなオイ。

俺に続いて車から降りた姉さんが本社ビルを見上げて鼻を鳴らした。

「ビグザムの方が大きいな」
「もうツッコまねーぞ」

なんで今日はやたら俺がツッコミ役なんだ。
なんで周りがみんな突き抜けたボケなんだ。

「いいから入ろうぜ、確かここでISを実操縦するんだろ」
「ああ。フランスの代表候補生と模擬戦だ。マスコミも多数集まっているからな、迂闊な戦いはするなよ」
「わーってるよ、ネット配信されるってコトは学園のみんなも映像は見るんだ、俺サマのイケメン極まりない戦いっぷりを見せつけて惚れ直させてやるよ」

手渡された書類に目を通す。模擬戦の相手はフランス代表候補生――シャルロット・デュノア。あれ、名前がデュノアだ。
俺の手元にある書類が確かなら彼女はデュノア姓である。
ちょっと聞いてみっか。

「なあ姉さん」
「ん?」
「デュノア嬢の専用機って『ラファール・リヴァイヴ』のカスタム機だったりする?」
「……正式名称『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』だな。まァすぐに分かるか、彼女がここの社長の娘だということぐらい」

やはりか。俺は内心納得した。
恐らく彼女はこの企業のバックアップを受けて実力を伸ばしているのだろう。これほどの規模になると優秀なテストパイロットも多いに違いない。その中で切磋琢磨すれば、代表候補生レベルの実力ならついて当然だ。
その理屈でいくと世界最強と世紀の大天災に挟まれて成長した俺はマジで素敵だな。間違えた無敵だな。いや間違えてねぇや。
素敵に無敵ということにしとけば、お後がよろしいようで。







金髪が出てきた。
金髪は金髪でもさっきの雌ゴリラじゃねぇ、あんなのとは大違いだ。こっちはちゃんと人間だ、それもとびきりの美少女だ。
流暢な日本語で自己紹介される。

「初めまして、シャルロット・デュノアです」
「織斑一夏だ、よろしく」

握手を交わす。
デュノア嬢の手……小さくて、温かくて、柔らかああああああい。いや別に禁じられた男女合体はしないが。

「模擬戦は二時間後ですので、双方準備をしておいてください。模擬戦に使用する演習用スタジアムは解放しておきますので、ご自由にどうぞ」
「了解。あ、更衣室とか案内しといた方がいいですか?」
「いやもうスーツは着てるからいい」
「? そのスーツで戦うんですか?」
「違ぇよISスーツのことだよ」

マジかこいつ天然入ってんじゃねぇか。

「へぇ! やる気全開、ってカンジですね!」

いや、バカ姉に着させられただけなんだがな。
その張本人たる姉さんは、少し離れたとこで別の人と話し込んでいた。
日本語・英語・ロシア語・ドイツ語の四カ国語をマスターしている俺サマがまったく聞き取れないということは恐らくフランス語か。ってオイ話せるのかよ。今までの通訳は何だったんだ。

「ピットはどこだ?」
「あ、それは僕が案内します」

……ん? 僕?
なんだ、まさか僕っ子か。萌え属性付属なのか。声がもうたまらんというのにこれ以上萌え属性を増やして何がしたいんだ俺をブヒらせたいのか。
一旦落ち着こう。うっ! ……ふぅ。

「織斑君? どうしたんですか?」
「いや――なぜ世界から争いがなくならないのかをちょっと、ね」
「はぁ……」

後このISスーツどう処理しようか。更衣室で『白雪姫』に量子化させておこう。それだと俺はあれだな、模擬戦中ノーパンになっちまうな。
致し方ねぇ、ISスーツを上も下も変えとこう。予備あるし。今装着してる全身長タイツじゃないタンクトップとスパッツみたいなモデル。露出度高すぎだろ。いいもんパンツじゃないから恥ずかしくないもん!
どうでもいいけど劇場版ははいてないってホントなのか、いやこれはどうでもよくないけど。帰国したらすぐさま劇場に足を運ぶのもやぶさかではない。
最近はデレ期到来の流星さんといい涙目ダブルピースといい、俺の祖国の未来がお先真っ暗で日本大好きだぜ。休日の朝っぱらから俺がフルスロットルにならざるを得ないとはニチアサタイム恐るべし。これで京都コラボがガチだったら俺は宇宙に行ってた。

「こっちです」
「ああ」

デュノア嬢が腰をフリフリしながら先導する。
俺は賢者のごとく澄み渡った思考と双眸でその光景を脳内に刻みながら、彼女(のお尻)の後を着いていった。







「なんてこった……ハンパねぇ広さだ。これならジャブロー降下作戦が再現できちまいそうだぜ」

ドロドロになっていたISスーツを量子化しようとしたら『白雪姫』に拒否られたのでお手洗いで洗った後更衣室に干しといた。
なんでISが反抗期突入してんだよ俺はそんなに過保護な真似はしてねーぞ。

模擬戦までの時間を適当につぶす。学園で量子化しといた武器は特にないのでいつも通り二丁のハンドガンと『白世』でウォーミングアップ。
今いるスタジアムが無駄に広いので、あれがしたくなるな。

「これって模擬戦前にエネルギーの補給できるよな?」
『ああ』

姉さんが答えてくれた。なら思う存分エネルギーを消費しちまっていいワケだ。
手にしていた大剣を粒子に還し、ウイングスラスターを調整。

まず瞬時加速。そこからスタジアムの端から端まで一気にすっ飛ぶようなイメージで、高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)に移行する。
二発目(セカンド)、三発目(サード)
壁に激と  回避しテ    方向テンかんッ、
四五ろく7八9拾ーーッ!!

「ヒャッハハハハハハハハッハハァァッァァッァ!!」

速い速い! 世界が点から線に変わっていく! もう物質の見分けがつかねぇ! 狂っちまいそうだぜぇぇぇッ!!

――模擬戦が間もなく始まります。ピットに戻ってください!

……、
思考が一気にクールダウン。冷水をぶっかけられたみてーな気分だぜ。
10回目までの瞬時加速は数えてたんだがな、……途中で飽きちまってた。何回やったんだか覚えてねぇ。

「んだよイイ所だったのによ。お前だってそうだろ?」

『白雪姫』は答えを返さない。まあIS相手に会話をしかける俺がキチガイじみてるだけか。
ピットに大人しく帰還。整備のため機体を量子化することなく『白雪姫』から降りる。きちんと膝をつかせてからね。

「んじゃ後よろしくー」

整備士の方々に丸投げ。機体の整備は俺の管轄外だ。

「あまり見せつけすぎるなよ、一夏」
「あれで魅せられちまったヤツが悪ィ、まだショーの始まりだぜ?」

若干咎めるようにして、姉さんが話しかけてきた。
10連続ぐらいじゃ驚くなよ。実際のトコ、連続瞬時加速より多重瞬時加速の方が難しいんだ。

「それと一夏、お前に客だ」
「あん? ……ゲッ」
「やっはろー」

姉さんが振り向いた先には、俺に対し満面の笑みで手を振る美人さんがいた。美人は美人でも女性特有の二つのふくらみはまったくない。
揺れない。掴めない。揉めない。ないない尽くしだ。その内MOTTAINAIとか言い出すんじゃないだろうか。

「たぁー♪」
「げはぁっ!」

なんてコトを考えていたらドロップキックをくらった。
呼吸が割とガチに詰まって、ちょ、洒落、ならんッ。

「失礼なことを考えてる顔だったからネー。思わずV3キックをキメちゃったよ」
「……テメェには……回転が足りてねぇ……!」

ただのドロップキックでV3サマの必殺技を名乗るとはおこがましい奴だ。
俺は直撃を受けた腹をさすりながら立ち上がる。

目の前の美人さん。俺の唯一無二の相棒である『白雪姫』専属の整備士である。倉持技研という日本の研究所の研究員なのだが、姉さんと何かの縁があったらしく姉さんを介して俺に紹介され、『白雪姫』が第二形態移行(セカンド・シフト)する前からお世話になっている人だ。

「つーか下僕、何の用だ。整備は現地の人に頼むって言ったろーが」
「ううん、整備じゃないわ。ちょっと研究所から頼まれちゃってー」

倉持技研からの依頼……? イヤな予感しかしねぇ。

「新兵器のテストをしてほしいの、この模擬戦の中で」

やっぱりなクソッタレ。

「肩部設置のレールガンを二種類開発したから、そのテストをねー」
「無理に決まってんだろ、これは一応外交だぞ? お前らの利益のために勝てる試合を逃して全世界に醜態さらすことになったらどうすんだ」
「なぁに、自信ないの?」
「いいや、テメェらの造るヘンテコ兵器がいくら足を引っ張っても俺サマの勝ちは揺るがねぇ。だが万が一ってコトがある」

矛盾してるか? そうだろうな。基本的にこいつらが持ち込む武装はどれもロクなもんじゃないから嫌なだけだし。前はこいつらミサイルポットを渡してきたがハッチが開かないまま発射しやがって爆発に巻き込まれた。マジでマトモなもんがなかったな。

「うえーん。お姉さん、弟さんが苛めてきますぅ」
「誰が姉が馬鹿者」
「じゃあ義姉さん」
「斬り殺されたいのか……?」

俺が回想に浸っていると、いつの間にか下僕の生命が危機に瀕していた。

姉さんそのIS用ブレードどっから引っ張り出してきたんだよつかなんで生身で扱えてるんだよそしてそんな物騒なモン首筋にあてがわれてるのになんで下僕は顔色一つ変えてねぇんだよ。ツッコミ所が満載すぎて俺のツッコミスキルが急成長中。
騒然とするピットの中で俺は声を張り上げた。

「オイイイイ何してんのぉぉぉッ! 落ち着け姉さん、少しポジティブに考えりゃ俺にとっても利益だし! やるからやるから! な、な!?」
「……そうか」

姉さんがブレードを収める。
下僕はそれを冷たい目で見据え、鼻で嘲笑った。

「そうやって、いつも織斑君に構ってもらってるんですね」
「……貴様、よほど切り刻まれたいようだな」

何でこいつ火に油注いでんの? バカなの? 死ぬの? 自殺志願者なの?
せっかく人が鎮火しかけていた火をゴウゴウと燃え盛らせやがって。俺の努力を返しやがれ。

「オイ模擬戦始まんのいつ!?」
「も、もう相手方はスタンバイしてます!」

今返事くれた人マジでナイス。

「ということでもう出撃しまーす! オイ下僕、そのレールガンとやらはどこだ!?」
「もうインストールしてます」

作業早すぎだろ。ジョバンニじゃねぇんだから。

「……チッ」

殺気を撒き散らしながら姉さんが下がる。そのまま管制室の方まで歩いていった。やっと嵐が過ぎ去ったか。

「余計な口出しすんなよ、下僕。姉さんは確かに人外で中身はサイヤ人かベルセルクのどっちかだが、あれはあれで繊細なトコがあんだ」
「それを本人の前で言ってみたらどうかしら」
「お前なんて恐ろしいことを」

とにかく下僕をいさめて、ピットからアリーナに出る。
見渡せばデュノア嬢はすでに待機していた。一応武装の一覧を見ておくと、確かにレールガンが二つインストールされている。なんだこれ『禍(まがつ)』に『威(おどし)』とか中二病の権化みてぇな名前付けやがって。俺が中二病だと思われちゃうだろうが。いいぞもっとやれ。ばっちりエンチャント・エンディングしてやる。

さてと、社長さんの娘がわざわざ歓迎してくれるんだ、俺もしっかりしなきゃな。

「オイ下僕。『禍』と『威』、どっちを先に試せばいい?」
『うーん、今日は先に『禍』をお願いできるかな。そのコは割と使い勝手がいいし、企業向けに売れそうなコスパなんだ』

つーことは『威』の方はコスパ悪ィのかよ。
コイツらが造る武装は正直色物が多いので、新兵器をテストする度にビビる。誰が触手式有線ファンネル作れッつったんだよマジ誰得だよ需要どこにあんだよ。

「まあいいさ。さっさと始めようぜフランス代表候補生。テメェを倒したらロシアUK中国フランスで晴れて四ヶ国目だ。そろそろ世界一周してぇんだよ」

でもあれだな。ロシアは機体が変わったっぽいからやり直しか。しかも冷静にカウントすりゃまだ一勝一敗だからイーブンだわ。
正直言って楯無と戦うのはしんどい。こないだのオルコット嬢みてーにパワープレイが通じれば楽だが頭使わなきゃ瞬殺される。あいつ強すぎだろ本当に俺と一つ違いか? いい加減『白雪姫』にももっと特殊な機能がついてくれませんかね。

「こっちは第二世代だし、手加減してよ?」
「……オイ、こいつ一応第二世代機だぞ」
「えっ」

確かに第二形態移行(セカンド・シフト)は済ませてあるが、こいつには操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊装備がない。出力とかは最近の第三世代にも負けないようカスタマイスしてあるがそれ以外だと特段優れた点もない。

単一使用能力(ワン・オフ・アビリティ)って第二形態になったら発現するんじゃなかったの? 何ですかあれ都市伝説ですか? そう考えていた時期が俺にもありました。たとえセカンド・シフトしてもワンオフ・アビリティは発現しない方が圧倒的に多いんだってね。ただでさえ少ない第二形態のISのさらにその中でわずかな数とか羨ましすぎる。
まァそりゃそんな低確率なら第三世代機開発されるわな。偏光射撃とかカッコイイしね。エネルギー弾は外れた場合曲げるより新たに撃ちまくった方が明らかに効率いいってのが通説だけど。安定性を高めた機体――『甲龍』とかアメリカの『ファング・クエイク』とかが兵器としては理想だろう。競技スポーツ用としてどうかは分からないが。

「『第二形態・白雪姫(アメイジング・ガール)』がこいつの正式な名前だ。第一形態は……なんだっけ、百式だったかな」
「それだと金ピカになっちゃうよ」
「下僕、早急にメガバズーカランチャーを造るんだ」
『了解! えっと、確か先っぽにビームサーベルついてた、ゲームだとなぜか投擲武器のあれよね?』

それはハイパーメガランチャーだ愚か者がッッ!

「これ、いつ攻撃すればいいの?」
「ん? もう始まってんぞ。いつでもかかってこい」

俺がいつもどおり下僕の誤った知識を訂正していたら、デュノア嬢が遠慮していたのか、銃を構えるだけ構えてこちらの様子をうかがっていた。何だよ、奇襲強襲不意打ち離脱だなんて一番合理的な戦い方じゃないか。どうして仕掛けてこねーんだよ。
仕方ないので俺から膠着を崩す。『白世』を展開して突撃。デュノア嬢はすぐさま実体シールドとショートブレードを取り出して俺に踊りかかってくる。

え。
なにこいつ。まさか、この距離で俺から主導権を握れると思ってんの?
ごめん下僕。レールガン使う間もなく終わらせちまうかも。

「たぁぁぁっ!」

切っ先を向けて突いてくる。ていうか何考えてんだ俺の方がリーチは長いに決まってんだろオイ。
交錯するように俺も加速して相手の攻撃が届く前に『白世』を振るう。シールドを真っ向から打ち砕き、その反動でデュノア嬢は吹き飛んだ。いつの間にか手にしたサブマシンガン二丁の銃口を俺に向けたまま。

……!? しまった、これが狙いだったのか!
咄嗟に大剣を盾代わりにしてしのぐ。なるほど高速切替(ラピッド・スイッチ)ができるのか、そりゃイイ。確かに距離を選ばずに戦える。俺相手に冒頭から突っ込んできたのも納得。
ここで退くのは得策じゃねえな……好き勝手に距離を調節されると負けパターンだ。必死に食らいついていくのがベターか。
火花が散るのに構わずブースト。追いすがってくる俺にデュノア嬢の挙動が乱れる。そりゃ連射性能に優れたサブマシンガンの砲火の中に突っ込んでるなんざ非常識極まりないだろうしな。だが俺はレアだぜ。

「悪ィちょっとお前のことナメてたわ」

俺のリーチに入る。片手に面を向けていた『白世』を持ち替え、肘から先の動きだけで切り上げ。当然のようにデュノア嬢はのけぞって回避。こいつミリ単位で予測しやがって……俺が限界まで引き付けられたようにしか見えねえじゃねぇか。
超至近距離でデュノア嬢は不適に微笑む。ヤバい、ここは、大剣の距離じゃない。

「盾殺(シールド・ピアー)ッ」
「させねぇよ!!」

この距離で炸薬式で連射可能なキチガイパイルバンカーなんざ食らってたまるかクソッタレ!
『白世』を手放す。デュノア嬢の左手を俺の右手で押さえつけ、余った片手にハンドガンを召還。ついでに『白世』も粒子に還しとく。いくらか動きが軽くなった。
シールドの内側に銃弾を炊き込む。一発二発三発、火花が散り内側から鉄杭が弾け飛んだ。

「あのさぁ、こっちに夢中になってるのに悪いけど――」

ゾッとする声色。こないだ見たホラー映画より何千倍も怖ぇ。
やっとの思いで致命傷を作りかねない武装を処理したってのに今度は一体何を仕掛けて

「――『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』は、一つだけじゃないんだよね」

右腕。
いつの間にか、まさに今俺が破壊した『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』がそこにあった。本来は左腕に備え付けのシールドであるため、無理に握った不恰好な姿勢。ただその驚異的な破壊をもたらすパイルバンカーが俺に狙いを定めているのは間違いない。

やっべぇ敗北フラグ立ったわコレ。
無理。詰んだ、普通に負けた。さすがにひっくり返せねぇ。
うわーパネェなフランス代表候補生。強ぇ。おめでとう、俺をこんなあっさり倒すなんてIS学園最強を名乗ってもいいと思うよ。俺を踏み台に、君にはぜひ世界最強を目指してほしいね。


なーんて言うと思ったかァ?


「おめでとさん、国家代表以外で俺にコレを使わさせたのは、テメェが初めてだ」

空いた左手に懐剣を顕現させる。大して長くねぇ。だからこそ取り回しの良さは随一だ。
パイルバンカーを逸らす。放たれた鉄杭の先端にかち当て、懐剣が折れないようにしつつ、攻撃だけを捻じ曲げた。

「……!?」
「初見か? だろうな。俺も久々に見る」

『虚仮威翅(こけおどし)』。
それがこいつの銘だ。

俺の脇腹を少し逸れたシールド・ピアースを蹴り上げ、がら空きの胴体にハンドガンを突きつける。二丁だ。
ものはついで。肩に『レールガン・禍』を召還しておく。

「モウヤメルンダッ!!(CV.石田彰)」

トリガー×3。いやイメージ的には例のCSと同じだから俺のシャウトは決して間違っていない。
結論から言おう。デュノア嬢に直撃はできた。ただ俺の目の前にレッドアラート・ウィンドウが表示される。

――肩部設置電磁砲の砲身が融解しています! 連続での使用不可!

テッメェマジかよオイ。
見ると確かに、なんかドロッとしたのが俺の肩に垂れていた。ちょ、なんかジュージューいってんだけど大丈夫かこれ。

「オイ下僕ぅぅぅぅぅ! よくもこんなハズレ武装掴ませてくれたなオラァ!」

姿勢を立て直そうとするデュノア嬢に両手のハンドガンで弾丸を撃ち込みながら瞬時加速(イグニッション・ブースト)。ショットガンで迎撃しようとするが、俺は拡散する弾丸の隙間に身を滑り込ませて回避。ウィングユニットとかには当たっちゃってるけど気にしたら負けだ。

ハンドガンと入れ替わりに『白世』を召還し。
ありったけの運動エネルギーを叩き込み。
kill!!

巨剣がアーマーを発泡スチロールのように砕き散らし、そのままエネルギーをゼロまですり減らした。

「まあ強かったぜ」

『白世』を粒子に還す。デュノア嬢は悔しそうな表情で、地面に足を着けた。

「……君は、かなり強かったよ」
「最強の間違いだろ?」

融解したクソレールガンを取り外してその辺に放り捨てる。勝手に回収でもしてろボケ、不良品ばっか使わせやがってマジ救えねぇ。
に、しても。

これで俺のフランス訪問初日は終了、ってコトだろ?




------------------------------

・シャルだけ一話完結じゃないとか差別じゃないですかー! やだー!

・カシリさんの出番がないとか提訴も辞しませんよ
 アレ訴えられるの俺じゃね

・シャルル? 誰ですかそれどこぞの国の98代目皇帝ですか?

・山田先生ログアウトしました^^

・【今回の賢者タイムカウント:1】

・千冬さんは平常運転です

・今回ちょっと内容薄かったですね
 次回で取り戻したいと思います



[32959] ハニトラくんメイツ/シャルロット・デュノアの告白
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/09 00:12
俺の知ってるホテルじゃない。
なんだよこれ、アレか。東京スカイツリーか。

「これは違います」
「アタルっぽくしても無駄だ、お前はあんなに頭が良くないだろう」
「これはカレースープではありません」
「部屋番号は1125だ、私は……6022号室か。階が違うな。チッ、あの社長、何を企んでいるのやら」

姉さんが俺にカードキーを渡した。渾身のモノマネは丸々スルーである。
それを弄びながらふと気になったことをずらずらと挙げていく。

「なーなー姉さん」
「何だ?」
「何で姉さんはこの時期にフランス訪問のスケジュールを立てたんだ?」
「お前が暇そうだったからな」
「じゃあ何で先方に連絡しなかったんだ?」
「何を言っている、どこも歓迎してくれていただろう」
「デュノア社以外はな」

デュノア社だけやけにバタバタしていた。スタジアムだって、他のテストパイロットがスタンバってるのを押しのけたって聞いたぜ。それはつまり、今日本当は別の予定が入ってたってことだ。

姉さんは口をつぐんだ。バツが悪そうな表情。また俺に何も言わず、何か企んでたな?
俺はエレベーターのボタンを押す。4階にあるのがだんだん下がってくるのをぼうっと見ながら、俺は思考をまとめていく。
シャルロット・デュノア嬢。彼女はキナ臭すぎる。あの『僕』ってのも俺を狙ってかと思ったが、あながち間違いじゃねぇかもしれねぇ。ただ俺が最初に思った意味とは違う。

あのヤロウ、俺を性的な意味で狙ってやがる。

本物だ。今までのオルコット嬢とは違う、まだ断定しきれねぇ鈴とも違う。完全に、あれはハニートラップだ。
それを踏まえて考えると、ひょっとして姉さんは。
……邪推するのはやめよう。
俺は取り落としそうになったカードキーをポケットの中にしまった。







「眠いものは眠い」

俺はホテルの一室でベッドに寝転がっていた。先ほどまでは、つい先日ついに購入した3DSをプレイしていたのだが……やはりスタフォは64が至高だなぁと思い至って唐突に冷めた。俺の移り気っぷりについては定評がある。
致し方ねぇ、そろそろ寝るべ。







……。
何だ。唐突に目が覚めた。ていうか、何かに起こされた、気がする。

「んっ……クッソ、完全に目が覚めやがった」

誰かが起こしたのか? いや違う、これは、

「『白雪姫』……何のつもりだよ」
「多分、僕に気づいたんじゃないかな」

ベッドから飛び退く。右腕とハンドガンを部分展開して人影に突きつけた。
弾丸は装填済み、パワーアシストのおかげで反動も気にする必要がねぇ。

「動くな、頭の上で手を組んでうつ伏せになれ。抵抗したり不審な動きをしたりしたら容赦なく撃つ」
「……手慣れてるね」
「黙れ」

人影は俺の指示に従うことなく、ゆっくりと近づいてくる。
そのシルエットが月明かりに照らされた時、俺は思わず息を呑んだ。……デュノア嬢だ。かなり刺激的な格好をしていらっしゃる。おま、高校生ぐらいの歳でスケスケのネグリジェて、ちょ。

「近づくな、今ならまだ見逃してやる」

恐らくは、夜這い。
つーかハニートラップ。
これ以上こっち来んなオイ。本気でぶち殺すぞ。

「ダメだよ織斑君……そうやって簡単に人を殺しちゃ」
「何が言いたい」
「一年前、僕の国のエージェントをロシアで殺害したよね?」

銃口がブレた。
一瞬の隙を突いてデュノア嬢が両腕の装甲を召還し突っ込んでくる。
トリガーを引いた。だが弾かれた。

「ぐっ……」

狭い室内じゃ突っ込んでくる側が有利に決まってる。
もみ合いになり、呆気なく俺は押し倒された。両肘を膝で踏まれ完璧にマウントポジションを取られた。

「ほら織斑君、動揺しちゃった」
「……あれはフランス人だったんだな。感謝してるぜ、俺に人を殺すことがどんだけ呆気ないものなのか教えてくれたんだからな」
「ヒドい人だね」
「勝手に言えよ」

デュノア嬢は冷酷な表情でサブマシンガンを突きつけた。俺は一応絶対防御があるためある程度の銃撃には耐えられる……が、デュノア嬢が狙いを定めているのは俺じゃねぇ。

「ちょっとでも動いたら、木っ端微塵だよ? ――あの3DS」

この野郎ッ!!
俺は歯噛みしながら、『白雪姫』を眠らせた。手にしていたハンドガンが光の粒子となり散る。
……よくリサーチしてやがる。俺がやっとの思いで手に入れた3DSを狙ってくるとはかなりのやり手だ。アキレス腱をこうも早く見抜かれるとは思わなかったぜ。

「……ホントにこれで言うこと聞いちゃうんだ」
「誰から聞いた」
「匿名希望でね、僕も本社も、情報を提供してもらった社長すら知らないんだ。偽名なら分かるけど……『シルバーコントローラ』を名乗ってたね」

!!
シルバーコントローラ……だと……!?
まさかッ。クソッタレな野郎に引き裂かれた、俺の、半身……!?
いや、落ち着け。冷静に考えて、ゲームのコントローラが情報提供だなんてことするはずがない。俺はヤツを愛していたし、ヤツも俺の愛に応えてくれていた。裏切るワケがない。
つまり、これは俺とシルバーコントローラの間を引き裂いたコソドロからの挑戦状ということか。

「ナメやがって……」
「心当たりがあるのかな?」
「バリバリにな」
「何だかよく分からないケド、変な液体でドロドロになった日本の……何て旧ハードだっけ? それの銀色のコントローラの写真が添付されてたね」

うわああああああああああああ!!
俺は頭をかきむしってその場をのたうち回った。マウントポジションを取っていたデュノア嬢がビビった様子で慌ててどく。
変な液体でドロドロ。
俺の唯一無二の相棒が。
苦楽を共にしてきた最愛の友が。
変な液体で、ドロドロ……ッ!

「ははははは……これが陵辱系ヒロインの関係者の心境か。NTRもキツそうだがこっちも大概だな」
「……? 君って、本当によく分からないね」
「可愛らしく首を傾げんな、いいのか狼さんになっちゃうぞ、俺の口はお前は食っちまうためにデカいんだぞ」

ついでに言えばマイサンはお前の中にぶちこむためにビミョーな大きさなんだぞ。
わざとなんだわざと。断じて不可抗力とかではなくて、俺の律儀な息子は将来を案じてこのサイズに収まってんだ。
……なんか視界が潤んできた。中学ン時の修学旅行でクラス全員で大浴場に入った時もこんな感じだったな。大きさが正義なのかよ、違うだろ。

落ち着け。それはどうでもいい。
思いがけず自由になった俺だが、未だに銃口が3DSに向けられたままだ。

「何が目的だ」

俺はデュノア嬢にハンドガンを突きつけ問う。
すると彼女は一切の表情を消した。

「僕が僕であるため」
「何……?」
「僕が。僕が、シャルロット・デュノアであるために……」

なるほど。
ごめん全然分からん。イミフ乙。
俺はこちらの戸惑いをなるべく見せないようにして、恐る恐る声を出した。

「ど、どういうこった?」
「僕はね、妾の子なんだ」

……オイ。3DSから一気にシリアスになっちまったぞ。何だこの空気。

「今までずっと、僕は社長の言うことに従って生きてきた。それしかなかった」
「……それで俺の部屋に来たのか。目的は」
「君の遺伝子」

まあそうだろうな。
こんな美少女が俺の童貞を奪いに来るとかそれなんてエロゲ状態なう。
俺が予想通りの展開に辟易していると、デュノア嬢は静かに唇を開く。

「ねぇ織斑君。血筋に頼って生きる気分はどう?」

思わず呼吸が凍った。あまりに冷たく、そして熱を秘めた声色だった。
デュノア嬢の目を見れない。俺は顔を伏せた。

「ち、ちが」
「違わないよね。違うはずないでしょ。今回の訪問だってそうだ。君のお姉さんが緊急で組んで、さらに模擬戦相手に僕を指名してきた。これが何を意味するのか、分かるかい?」
「…………」
「けん制なんて話じゃない。先制攻撃だよ。――君のお姉さんはフランス訪問にかこつけて、君の安全を確保するため……そして僕が男装しIS学園に潜入して君に近づくという計画を潰すために、今回の訪問を計画したんだ」
「だ、男装?」
「うん。大真面目にその計画が進んでいるとことに君のお姉さんが思わぬ横槍を入れてきた。女である僕と君がコンタクトを取れば、その瞬間にこの計画は頓挫する。そう計算してのことだろうね」

追い討ちをかけるように、デュノア嬢は淡々と唇を開閉する。
本来なら美しく麗しいはずのその動作は、不思議と鎌を振り下ろす死神に見えた。

ていうか姉さんマジかよ。外交すら利用するって……いや自惚れるな。違う、俺を利用して外交してるんじゃないのか。そうだ、そっちだ。
姉さんには感謝してるけど、そこまで俺にしてくれるはずがない。肉親なんてそんなもんだ。そのことは俺の両親が証明してくれた。俺と姉さんをあっさりと捨てた、あの人たちを見れば。

「僕は、血筋に頼って生きてきた。そう信じたかった。でも……君を見れば分かる。僕は、血筋に生かされてきたんだ。使い勝手の良いテストパイロットとして、そして君を誘う蜂蜜役(ハニートラップ)として」

俺は……違うはずが、ない。彼女とは対照的だ。
血筋を利用して生きてきた。
姉さんやその知人に稽古を付けてもらい。姉さんの親友に命を救われ。姉さんのツテを使って強くなり。

「織斑一夏君。正直に言って、僕は君が妬ましい。殺したいと切に思うぐらい」

でも、とデュノア嬢は続けた。
彼女は手にしたサブマシンガンを量子化した。俺の3DSは自由の身となる。

「本来、君が正しいんだ。君は上手くやってきた。僕は失敗した。ただそれだけなんだ」

自嘲するように、彼女は呟く。
……。
…………。

まるで小説みてーな話だった。だからこそ、今の俺には彼女の話なんざちっとも頭に入らなかった。
頭脳をぐるぐると回るのは、打算とリスク。巡って巡って、俺は、気づけば口を開いていた。

「違う」
「?」
「違う、それは違う。今の俺は、たくさん挫折してきた。致命的な失敗も、した。一歩間違えれば、お前みたいになっていた。お前は俺だ、俺はお前だ」

そんなわけねーだろ。俺は俺でこいつはこいつだ。

「でも逆に言えば、お前は一歩踏み出せば俺になれる。血筋に振り回されず、血筋の中にある蜜を吸い尽くす蜂になれる」
「……蜂だけに、蜂蜜仕掛け(ハニートラップ)に引っかかっちゃうのかな?」
「賢い蜂はそうならねぇよ。俺は……頭が悪いから、どうか知らねぇが、お前は違うはずだ」

俺はデュノア嬢に踏み出した。反射的に彼女は引き下がる。
もう彼女は無表情じゃない。あと少しで陥落(おち)る。
ここまで来て、ふと雑念がよぎる。待て、俺は今、何をしているんだ? こんな嘘八百を並べ立てて、こいつに何を求めているんだ?

……コネ。IS本体において世界第三位のシェアを誇る大企業の、コネ。
思い当たるのがそれしかなくて、俺は俺の思考の汚さに思わず吐きそうになった。

「俺は……お前を助けたい」
「何を」
「お前はどうなんだ」

思わず叫んだ。
身の芯まで染み込んだ演技が、偽物の表情が、あらゆる要素が俺と彼女を縮める。いい調子。
さあ、あと一歩。

「僕、は」
「言え」
「僕、は、……助けて……欲しい……」

一拍。

「織斑、君……たす……けて……!」

その表情は、助けを求める一人の少女のものだった。
瞬間的に俺の胸が罪悪感で破裂しそうになる。ぶわっと脂汗が噴き出た。……悪意をもって善意を差し伸べるのなんざ、ざらにあるってのに、今回ばっかしは事情が事情だからな。
思わず目を背けそうになる。だめだ、最後まで貫き通せ。だめだ、だめだ。

「ああ分かった――だから頼む。部屋に戻るかまともな寝巻きを着るかしてください……ッ!」

これでどうだ。下らない空気にして、一気に雰囲気を払拭する。どうだ。これで。
デュノア嬢は(今更だが)慌てて自分の体を腕で隠した。少し頬を赤らめて、この月明かりの中で、ぼそりと呟く。

「……織斑君のえっち」

瞬時にデュノア嬢を部屋から蹴り出さなければ俺は大人の階段を上って人生の坂道を転がり落ちてた。うっ! ……ふぅ。
おぱんつの中がぐしょぐしょなんですがどうしましょう。なんか卑猥な響きだよね、実際下ネタだけどさ。





翌日。
俺は下僕とレールガン第二号である『威(おどし)』について論じながら、遅めの朝食を取っていた。
デュノア社の食堂は予想通りというかなんというか豪華で広くてメニューが豊富だ。でもIS学園だって引けを取らないあたり、やはりあの環境は恵まれているんだなーと再確認する。

スーツで麺類を食べるときは汁が飛ばないよう極力気をつけなければならない。このスーツだってかなり奮発して買ったヤツなのでうかつには汚せない。

「だからよー、単純な火力だけを追求するくらいなら、もっと連射性を向上させろって」
「昨日の『禍(まがつ)』が標準モデルだからね。あれより連射性能となるとちょっち厳しいかなー」

アメリカンハウスサンドを頬張りながら下僕が言う。
俺はなぜかあった瓦蕎麦をすすって(味はまあまあ)、意思操作で手元にレールガンシリーズの運用データウィンドウを投影させた。

「まあ今までのコイルガンに比べりゃ革新的な装備だってのは分かるけどよー……砲身自体の耐久性確信したり、実戦で多用した際にも耐え得るかどうか調べたりとかしたか?」
「したよー」

でも実際昨日はあのザマだ。

「多分、君の機動が想定を上回る雑さだったんだよ」
「なあもうちょっと言い方ないか?」
「昨日どうしてあんなに激しくしたの……? 壊れちゃいそうだったわよ……もう」
「テメェわざとかオラァ!!」

今の発言には悪意しか感じなかった。
俺は蕎麦の器をテーブルに叩きつけて怒鳴った。それが余計周囲の注目を集めてしまい、なにやらフランス語と思しき声がちらほらと囁かれる。なんかこれ、俺と下僕が揉めてるみたいじゃん、いや実際揉めてるけど。

「ねぇねぇ織斑君、今のってどういう意味かな? かな?」
「うおあああああっ、いつの間にいたんだお前」
「うん? さっき座ってたわよ」

気づいたら下僕の隣にデュノア嬢が腰を下ろしていた。恐ろしい。こいつ隠密スキルでも発動させてんのか。何装備だよ。ナルガかよ。Xのエロさは異常だと思います。装備してくんねぇかな。
タイトスカートから瑞々しい生足を晒し、カッチリとダークスーツを着こなすデュノア嬢は、トーストをかじりつつ話かけてくる。

「織斑君、今日はちょっと早めに訓練始めよ?」
「んー、午前中ってここのテストパイロットが使ってるんじゃなかったっけ」
「えっ」
「!?」

下僕が妙な声を上げ、デュノア嬢が明らかに狼狽した。
なんだ、なんだ。俺がアリーナの使用予定を把握してたら悪いのか。その辺にあったホワイトボードに書いてあったぞ。

「つーかさ、姉さんのことだからどうせ無理やりねじ込んだんだろ、今回の訪問」
「確かにかなり必死だったわー」
「こっちは大慌てだったんだけどね……」

デュノア嬢はベーコンエッグにフォークをぶっ刺してそう言った。なんだかその動作に計り知れない感情を見てしまい、俺は人知れずブルった。
何この子怖い。

「あー下僕、あれだ、ピットに行って『威』をインストールしといてくれ」
「りょーかい! あ、その前に牛乳飲ませてね」
「牛乳をいくら飲もうがその貧相な胸は成長しな」
「死になさい」

下僕はすぐさま俺の頭を掴み、瓦蕎麦のなかに叩きつけた。

「ああああああああああ!? ソバが俺のデコで潰れたあああああ! ていうか汁! 汁が目に入って痛ぇぇぇぇぇぇ!!」
「……さすがに今のは、僕も擁護できないかな」

苦笑いしながらデュノア嬢は俺を見た。下僕は肩をいからせながらいかにも怒ってますぷんぷん! といった具合で歩き去っていく。

「あー」
「?」
「今日も俺とお前で模擬戦すんの?」
「まあ、多分」
「正直次は負けそうでヤダ」
「子供!?」

デュノア嬢が食べ終わった後しばらくダベり、俺たちは連れ添ってピットに歩き出した。どちらとももうスーツの下にISスーツを着ている。紛らわしいなこの言い方。なんだよスーツって。どう考えてもエロ下着だろこの密着性。完全にガンツスーツ意識してんだろ。
どうせならガンツスーツ作ってくれよ、あの筋力増加とかガンホルスターとかマジロマン。

少し歩いてデュノア嬢と分かれ更衣室に。一分と少しでスーツを脱いで、スラックスと背広をハンガーにかけた。
今日はいい気分だ。

「利用価値を爆上げしてやるよ、デュノア嬢」

せっかく手に入れたコネだ。思う存分振るえるよう、お世話してやらなきゃな。
自分でもはっきりと分かるレベルで悪い顔をしながら、俺はピットの中に入った。

「『白雪姫』って、本当に第二世代機? 基本スペックが異様に高い気がするんだけど」
「なぜ貴様がここにいる」

なぜかデュノア嬢が背後にいるんだが。俺がゴルゴだったら瞬殺していたのかと思うと寒気が止まらないぜ。
ちなみにこれはデュノア嬢にビビッてるわけではない。
断じてない。

「早着替え、得意なんだ」
「へぇ……でも、着替えるのも来るのも早すぎたな」

スタジアム内部を見る。そこでは、3機のラファール・リヴァイヴがスラスターを噴かし、見事な空中演舞をしていた。
飛翔するネイビーカラーの機械翼に思わず目を奪われる、なんてこともなく、俺は白衣を羽織った下僕の所まで歩いていく。

「インストールは」
「今終わりましたー」

武装を確認。確かに『レールガン・威』という表記がある。『禍』より幾分かゴツいな……どうやらこれは口径を大きくしたモデルらしい。
試しに顕現させる。粒子が飛び散ってすぐまた集まり形を創り出す。うわ想像以上にでかいな。

「んー、やっぱり呼び出すのに少しラグがあるね」
「『白世』ほどうまくはいかねえな」

俺は『威』を左右前後に稼動させながら、下僕のつぶやきに答えた。今日はこれで何を撃てばいいんだろうか。
と、周囲の社員がいきなり口をつぐんだ。さっきまで指示が飛び交い、足音がいくつも響いていたピットが静まり返る。
え、え? 何これ。一体どういうことなの?

「織斑君、あれあれ」

下僕が俺の肩を突っついて、少し上を仰いだ。釣られて俺も上を見上げる。

グラサンかけたおっさんが宙に浮いていた。

「……あのアングルからなら、女性の谷間見放題だな」
「リアルムスカを見て一番の感想がそれなの?」
「あ、でもお前には谷間がなスイマセンでした」

下僕がすさまじい形相でにらんできたので、俺は心底ビビり倒した。
そうこうしているうちにおっさんは俺たちのすぐ真上にまでやって来た。

「おはよう、諸君」
『おはようございます!』

一糸乱れぬ挨拶。軍隊みてぇだなオイ。
つーことはあのムスカみたいなおっさん、結構偉い? クリーム色のスーツで上下そろえて、丸いグラサンをかけるという素晴らしいアダルトスタイル。ごめんなんかすごくエロいおっさんみたいな言い方になった。

「あれがデュノア社長だ」
「マジか」

いつの間にか姉さんが隣にいた。まだ下僕と険悪な雰囲気っぽい。
じゃああれが、デュノア嬢に俺へ仕掛けるよう命令したってことか。
若干の悪意をこめて睨み付けていると、おっさん……もとい社長さんはこちらに気がついたのか、宙に浮いたままこちらにやって来る。どうやら透明な板に乗っかっているらしい。PICの応用か。

「君が織斑一夏君だね?」
「あ、はい」

流暢な日本語で話しかけてくる。うーん……俺からすれば、まあ信用できない相手である。俺に対して利用価値を見出すのは結構だがやり方がエグい。
いいか、俺はあんたみたいな裏でネチネチ動き回ってる根暗ヤローが大嫌いなんだ。

「ようこそわが社へ。社長のストロフ・デュノアだ」
「『白雪姫』の操縦者、織斑一夏です。先日は娘さんにお世話になりました」

日本人らしくぺこりとお礼する。これが首を差し出す姿勢だって分かってるか?

「娘というのは……」
「シャルロットさんです。金髪の可愛い子」
「ははは、私の娘は全員金髪だよ」
「へぇ、シャルロットさんはご姉妹なんですね。ご存知の通り、僕も姉がいるので、なんだか彼女とは気が合う気がします」

視界の隅に、不安げな表情をしたデュノア嬢の姿が見えた。
俺はニヤリと口元を吊り上げ、周囲に聞こえないよう囁く。

「あ、でも僕の姉は血がつながってました。すいません」
「……『あれ』から一応報告は受けていたが、なるほど、食わせ者のようだ」

なんでお前らはみんな語彙が豊富なんだよ。おかしいだろ。

あと、『あれ』ってのはデュノア嬢のことかな。物扱いか、自分の娘を。いいご身分だぜクソッタレ。
……ああ駄目だ、何感傷的になってんだ、ああいうタイプに同情するな、俺まで同類になる。
ハニートラップに狙われるってことは、俺は蜂ってことなんだろ。だったらデュノア嬢を利用して、たっぷり甘い蜜を吸ってやる。そう決めた。

……
…………ハニートラップって、蜂をひっかけるもんじゃないね。

「今日も『あれ』を頼むよ」
「……ちょっと待ってくれ」

俺は社長さんを呼び止めた。怪訝そうな反応で社長が振り向く。敬語? ンなもん日本に忘れてきた。

「飽きた」
「……?」
「おたくの娘さんと遊ぶの飽きたからさ、あっちとヤらせてくれよ」

そう言って俺は、アゴでスタジアム内を舞う三人のテストパイロットを指した。
エリート中のエリートが揃い踏み! やったねいっくん、死亡フラグだよ!

「正気かい?」
「いぐざくとりぃ」
「……」
「簡単な話だ。俺が勝ったら、娘さんと真面目に話してやれ」
「…………我々が勝ったら?」
「織斑一夏と『白雪姫』をセットでくれてやるよ」
「一夏ッ!」

珍しく姉さんが必死な表情だ。なんだなんだ、そんなに俺の実力が信用ならねーのかよ。こう見えて折り紙付きだぜ、何せロシアUK中国フランスの代表候補生をぶっ倒してんだからな。
こうまでこじれた親子喧嘩も珍しーよな。首を突っ込まざるを得ないぜ、何せどっちとも悪い奴じゃなさそうだし。

「たかがテストパイロット三人だぜ? むしろさっさと終わって観客が退屈しないよう俺が手加減してやらなくちゃならねぇよ」

俺が笑うと同時、三方向からのプレッシャー。全員が全員、ヤバいほどの猛者だってのが分かる。正直言って想像以上だ。久々にゾクゾクきたぜ。
しかも今回俺は守るものが何もねぇ、これ以上なく愉快なことになりそうだ。

「いち、かッ……!」
「オイオイ、デュノア嬢。まさかこの俺サマが負けるとか思ってねぇだろーな」

デュノア嬢が潤んだ目で見つめてくる。

「つーか少しは喜べよオラ。何のために俺が今から骨折り損のくたびれもうけをすると思ってんだ」
「一夏……でも、僕のために」
「実はお前のためじゃねえんだな、これが」
「え?」

ここで俺から恩を売っとかなきゃ台無しだ。折角だし、手合わせもしてぇ。
手に入れかけた極太のコネ……金ヅル……! 手放すわけにはいかねぇ!

デュノア社長は無表情のまま顎髭をさすっていた。一度目を閉じ、何か考えた後、目を開ける。

「いいだろう、我々が勝てば君はフランスに亡命した後、我が社の専属テストパイロットになってもらう」
「いいぜ乗った。俺が勝てば、デュノア嬢と向き合え」

地形は砂漠のようだ。アリーナの隔壁が割れて砂利が流れ込み、人工の簡易太陽が俺を照らした。

「織斑くーん」
「わーってるよ、レールガンのテストもきっちりやる。今日は『威(おどし)』だっけ? 『禍(まがつ)』みてーなコトはないようにしてくれよ」
「もちろん、期待にそえる仕上がりだと保証するわ」
「オーケー。じゃあ待たせたな、さっさと闘り合おうぜ」
『……社長』
「構わん、三対一でいい。学生風情に身の程を思い知らせてやれ」

おうおう最近の外人さん方は日本語が堪能ですね。俺より正しい日本語喋ってんじゃねーの。
ピットの射出口に進む。ブースト。一気にスタジアムへ飛び出した。
スラスターを調整し滞空すると、ちょうど三機のリヴァイヴが固まって構えを取っていた。
もう彼女らの表情は闘志にたぎっている。きっと俺も同じ。

俺は『白世』を軽く振る。起こる突風がアリーナの砂地から砂利を巻き上げた。砂煙が視界をさえぎる。俺は周りが見えねえ、だがあっちは俺の姿が見えねえ。
言葉もゴングもいらねぇよな、何せ非公式の戦闘、その上企業専属精鋭パイロット三人VS現役高校生だもんな。

砂利の嵐めがけブースト。砂漠色のカーテンを突き抜けて『白世』を振り下ろす。
さすがに読まれてたか、三人ともバラバラに散った。
いやバラバラに見せてそれぞれ射線上に機体がダブらないよう配置を組み立ててやがる。抜群のコンビネーションじゃねーか。

それぞれのアサルトライフルやらバトルライフルやらが火を噴いた。ウィンドウに表示されるのは武器名『ガルム』だの『ヴェント』だのどーでもいいっつの。
俺はその場で横にローリング移動、二人からの射撃は避けてもう一人からのは『白世』で弾く。一回転する前に勢いを利用して『白世』を量子化しハンドガンを両手に召還。
俺から見て左側に二人、右側に一人か。
戦術上は、相手が複数の場合は一人ずつ潰していって敵の手数を削るのがセオリーだ。だが、ンなつまんねえ定石に則る必要はねぇ。

迷わず左側へ突撃。背後から弾丸が飛んでくるが左右に二次元なジグザグ機動を行い直撃は避ける。ヤベぇ、ちょっとかすった。
ハンドガンで前方の二機を狙う。三連バーストモデルが右手、大口径モデルが左手だ。右手で相手のスラスターを狙い左手は本体に直撃させる。
結果右手側の機体は激しい急加速と急旋回を繰り返し、左手側は実体シールドを展開して堅実に防ぎに来た。
背後からの射撃も激しくなってる、まさか両手にライフルを展開したんだろうか。

三方向からの射撃が俺を襲う。回避しきれない……ッ!
オイオイ、柄にもなく、メチャクチャ一方的な展開じゃねぇか!
糸口が見えない。エネルギーが削られ続ける。

こりゃあ、かなりキツい展開ってわけか。

「楽しくなってきたじゃねぇか――お前らもそう思うだろ、なぁ!!?」

俺は遠のきかける意識を手繰り寄せ、歯を食い締めなおし加速した。


――――――――――――――――――――――――――



・俺たちの戦いはこれからだ!



[32959] ハニトラくんメイツ/更識楯無の奇襲
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/08/17 02:18
普通に敗北寸前な件について。
ついにさっき脚部スラスターを狙い撃ちされ、見事に直撃した。機動力が25%低下。もうダメかもしれんね。
タチが悪ィのは、三人ともが別々に狙いを定めているのではなく、二人が俺でも対応できるレベルの弾丸をバラまき、残りの一人がスナイパーライフルで確実に当てにくるっつー戦略だ。
打破する方法を模索。

いや無理だろコレ。

「フゥッ、フゥッ、ハァッ」

冗談じゃねえよ。マジで。
背部に被弾。ユイングユニットの損耗率がヤバい。その場でバレルロールしつつハンドガンで弾丸を撒き散らす。当たるはずもなく全機回避。
いやこれは避けられてもいい。問題は次だ。
左右の拳銃に時間差をつけてトリガー、銃弾と銃弾をぶつけ合い、擬似的な兆弾。

「ッ!? 三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン) 中にそんな芸当を……!?」
「α機は左に回りこんで。γ機と私が盾でしのぐ」

狙い済ました弾丸は、目標の敵機の装甲に火花を散らせた。
まだ足りねぇ、こんなんじゃすぐに対応されるに決まってんだよ。だから、突破口を開くにはもっと強力な一撃を叩き込まなくちゃならねぇ。
出番だ、『威(おどし)』。

まず一機に狙いを定めた。二機固まっているうちの一機。
跳弾した大口径の銃弾が高速機動を続ける機体のスラスターを撃ち抜く。誘爆、起動停止。

「……!?」
「チッ!」

すぐさま盾を持った機体が割り込んでフォローした。抜群のコンビネーションだねぇ、俺の狙い通りでさえなければ。
距離を詰めつつ両手のハンドガンを連射し敵を足止めする。背部に『レールガン・威』を召還。右肩に砲身を預けさせ発射準備完了。

「ぶち抜けッ!!」

聞き取れた音は、ボッッ!! という痛烈な破裂音だった。
カタログスペックで確認するのと自分でぶっ放すのとではやはり違う。大気を軋ませるような一撃だ。
ただ……弾速がそこまで速くねぇ。当たる前に余裕で散開された。余った一機の放ったグレネードランチャーが俺の右側のウイングユニットに直撃した。

「ぐ、ぁ!」
――ウイングユニットR(ライト)、内部に致命的損傷!

致命的損傷ってなんだよアバウトすぎんだろ。
その場から飛びのこうとブースト、だが、右側のブースターが動かない。火は付くが方向転換が不能になってやがる。致命的ってあれか、もう使えねぇってことかよ。
無理じゃん、打破すんの。

「回り込め! 回避させるな!」

一秒たりとも気を抜ける時間がない。三方向からそれぞれ違う弾丸が飛ぶ。弾速、狙い、連射速度、どれを取ってもバラバラで回避に思考を割きすぎる。反撃をする余裕がまったくない。
左舷からロック、敵武装は六連装ミサイルランチャー。やっば、これは避けなきゃガチで死ぬ。代わりに他の二機は当たるしか

『かかった!』

ロックオンアラート。視界をぐるりと回転させる。
ミサイルランチャーとは別方向だ。一機のラファールが両手に携行型ハンドランチャーを持ち、もう一機は左右一本ずつバズーカを携えていた。ミサイルコンテナの蓋をパージし/トリガーを引き絞り/砲身を肩に置き
ファイア。

回避を取る間などなく。
俺めがけ殺到する榴弾の群れ。

――――――歯ァ食いしばれ俺。

無意識のうちに、俺は奥歯を食い締めていた。
この土壇場になってから働き出した、俺サマの灰色の脳細胞。突破しろ、と囁いてくる。その前にもっと早く解決策提示しろよテメェ。
まあいい、為すべきことは見つけた。後は実行するだけだ。

俺は『威』を撃った。



反動を、一切考慮せずに。



「ぐ、ぎぎぎッッ」

当然俺の体は紙くずのように吹き飛ばされる。しかし俺ですら完璧には予測し得ないその軌道は、自動追尾システムをフリーズさせるのには十分だった。
コンマ数秒前まで俺がいた地点で、ミサイルとバズーカ弾が激突する。衝撃波が俺の前髪を揺らした。爆煙に『白雪姫』の姿が隠れる。
左手に持ったハンドガンを、俺はハイパーセンサーに映る敵の内一機に向けた。
――落ち着け。しくじるなよ。

焦らずに。
ここで一機仕留める。

トリガーを引き絞る。ハンドガンから飛び出した銃弾がロックオンした標的の左腹部に命中した。
すぐさま迎撃体勢に移行される。だが俺にそれを傍観するほどの余裕はねぇ。
散開する敵機。『威』を償還し、俺は標的の移動先に狙いを定めた。そして、撃つ。遅れてハンドガンも撃つ。弾速はハンドガンの方が速い。後ろから追いかけて、当たって、軌道を捻じ曲げる。在るべき姿を変貌させて、電磁力により打ち出された弾丸はほんの少しゴールをずらした。
その到達点に標的はいた。

「ッッ!!?」

何が起こったのか理解する間もなく直撃。一発で胸部ISアーマーが砕け散り、そのまま体をくの字に折って吹き飛んでいった。
まだだ。まだ仕留めきれてない。

「フォロー!」
「させねぇよ!」

残りの二機がすぐさまアイコンタクト。一機が巨大なシールドを構え立ちふさがり、もう一機はブーストをかけて仲間の救援に向かった。
だからさせねぇっつってんだろ。
シールドを構え、接近する敵機を意識の外に飛ばす。加速度的に縮まる距離。俺は最高に働き続ける頭脳と惜しみなく体を駆け巡るエンドルフィンに身を任せ、そのまま突っ込んだ。スラスターが焼け付くほど激しい加速。いくら同じ第二世代機とはいえ、『白雪姫』は第三世代機を圧倒するべくして改造を重ねられてきた機体。速さにおいて引けは取らない。
俺の相棒は、負けねぇ。

「こいつ、避けることを知らないのか!?」

シールド越しにサブマシンガンをぶっ放す敵機。弾丸なんざ知るか。お前はどうでもいいんだ。
今は、トドメをさしに行くだけだ。
敵機をシールドごと強引に弾き、そのまま直線的に加速。救援に向かっていたISの背を追いかけ追い越し、両手のハンドガンと入れ替わりに召還した『白世』を振りかざした。

「無理に来なくていい! そこから狙え!」

対応して近接戦闘用ブレードを呼び出す相手。俺が吹き飛ばした相手に指示を出しているらしい。
俺の標的は地面に叩きつけられバウンドし、壁の中に突っ込んでいるようだ。
最高潮のテンションとあふれ出すエンドルフィンが、俺の頭脳から回避という選択肢を消し飛ばした。

最ッッ高に楽しい、充実した時間だ!!

「真正面から、」

ブレードの切っ先が鈍く光る。片刃だ。
横に寝かせて突き出すブレードは何の警戒心も呼び起こさない。肘部のアーマーでみねを弾きそのままブースト。立ちふさがる二枚目の壁を膝で蹴り飛ばし、俺は『白世』を、振り下ろした。

「叩き斬るッッ!!」

標的さんはようやく意識を復旧させたとこだったらしい。脳天をカチ割るように、純白の剣が標的さんをもう一度地面に叩きつける。

背後からロックオンアラート。休む暇すらない、人気者は辛いねぇ。
どうやら懲りずにバズーカらしい。発射。

「バカ! 何で撃った!」
「え!?」

俺は動かない。限界までひきつけて、そして振り向くことなくその場から飛び立った。バズーカの弾頭が命中するのは俺ではなく、地に横たわるラファール。

IS撃墜のブザーが一つ鳴ったみたいだ。でも爆音にかき消されて聞こえなかった。

『誤射(フレンドリーファイア)を……誘発した……!?』
『あと少しで仕留められるという安心を逆手に取り、逆に焦燥心を募らせやすくしたのか』

デュノア嬢が驚愕のリアクションを取り、姉さんが丁寧に解説。何あのコンビ安定。これから戦いのたびにいてくんねぇかな。
何にしても勝利条件の3分の1は満たした。

『奇跡か』

社長さんの声が聞こえた。

「滅多なコト言うなよ、起きねぇから奇跡だろ」
『なら、これは、』

狼狽した声色に、俺は悪い笑みを浮かべる。


「必然だ」


それきり社長さんは沈黙しちまった。俺は肩をすくめ、残る二機に目を向ける。

「どうするよ! ここで大人しく降参しとくか?」
「いい度胸だ小僧」

リーダー格……さっきのバズーカの誤射に気づいた方が、憤怒の表情で俺をにらんだ。
もう一人もまた、バズーカを投げ捨てて両手に銃を呼び出している。戦意は充実してるみてーだな。

「なら良し! 続きだ続き! 今のの続きと洒落込もうぜ!」

まだエンドルフィンは抜けきってない。この感覚が続き限り俺は無敵だと、理解した。
やってもいねぇのにドラックをキメた気分になる。止まっているのに疾走している。指を動かしていないのに銃を撃ち続けている。

『威』をどう扱うか。
確認すれば、砲身と俺をつなぐアタッチメントが反動に耐えられず千切れかけていた。オイマジふざけんな。
でも折角だから利用させてもらおう。俺は『虚仮威翅』を展開し、千切れかけのアタッチメントに突き立てた。さらに削り取る。
後一撃ぶっ放しただけで、本当に千切れてしまうように。

「アタック、フォロー」

敵二機が左右に散る。
左から接近してきたバズーカを誤射した方のヤツを無視して瞬時加速(イグニッション・ブースト)――方向を変えての高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)で敵機と照準を振り切る。狙いは右側、リーダー格っぽいヤツ。
正面に捉え、銃撃を回避し『白世』で敵を切り上げ、同時にレールガンの照準固定、相手がきりもみ回転しながら吹き飛んでいる間にトリガー。

反動で俺の身の丈以上の大きさを誇る砲身が真後ろに吹っ飛んだ。ついでに俺の右肩もグギリと変な音を立てた。
放たれた弾は、狙った敵機に当たりはしねぇ。吹き飛びつつも姿勢を整え回避し反撃してきやがった。さすがとしか言いようのない芸当。ただ本命はお前じゃない。

「ひぎゅっ!?」

――かかった。
吹き飛んだレールガン本体。それは、俺の背後から迫っていたもう一方の敵機の顔面に直撃していた。ライフルが両手から宙に飛び出し、勢いに負けのけぞりダウン。
その隙を見逃すわけにはいかない。慣性の法則のままに吹き飛んでいく敵機に向け。俺はブーストさせる。
使えなくなった、右側ウイングユニットを。

「突っ込めよおおおおおおお!!」

本体との浮遊固定アクセスをカット、これで火をつければこいつがどうなるか。
俺の意思を離れ、鉄の塊が射出された。
丁寧に瞬時加速(イグニッション・ブースト)してやったんだ。感謝しろよ?
ダウンした敵機とウイングユニットが激突。標的さんが吹っ飛ぶ速度よりもウイングユニットの速度の方が速い。俺はハンドガンを片手に召還した。狙いは白い翼。
トリガー。大口径の弾丸が殺到しウイングユニットの内部まで侵入し、内部機関を致命的なまでに痛めつけた。
当然のごとく、空中で爆散する。

二度目の撃墜ブザー。思わずガッツポーズをとった。
やはり、俺は無敵だ。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

――まだ終わってねぇよな、そりゃさ!
背後からの敵襲アラート。
振り向き様に突っ込んできた最後の機体に振り下ろす。捌かれ、零距離から眉間にライフルを突きつけられた。敵は右手にライフル、左手に実体シールドだ。

「これでッ」
「考えが甘ぇよ」

首を傾げて銃口から逃げ、そのまま一歩前進。頬と肩で銃身を挟む。
驚愕に凍る敵パイロット。なんだよ俺が弱いものいじめしてるみてーじゃねーか。逆だろ逆、三対一とか俺がいじめられてる側だろ。

そもそもこの距離で取り回しの悪ィアサルトライフルを使うなよ。あ、バトルライフルか?
どっちでもいい。パンチが直に届くような距離なんだ。ライフルを鈍器として使うならまだしも射撃兵装として扱うには最悪の距離である。
インファイトだと俺はステゴロかますかハンドガンぶっ放すか、もしくは『虚仮威翅(こけおどし)』使うかだ。今回は懐剣無しでもしのげそうだな。

「精鋭の名が泣くなあ、オイ」

大剣の持ち手で相手を殴りつける。のけぞった瞬間に腹へ膝蹴りをぶち込んでぶっ飛ばした。一気にケリをつける、ブーストし追いすがりながら『白世』でライフルを斬り払い、返す刀でシールドを真っ二つに。驚異的な切れ味に相手が凍る中、そのまま片手に持ち替え一気に突く。

「ナメないで頂戴!」

へー今のを捌くか、やるじゃん。咄嗟の判断と反応で左へ飛び退きやがった。
だがまだ足りねえんだよな、この俺から逃げ切るには!
刺撃を曲げる。突きから斬り払いへの変化。
俺自身も敵さんと同じ方向へブーストしてるのでちょうど斬撃の範囲内だ。さすがに予想できなかったのか、そのまま『白世』の刃が肩部アーマーを砕いた。

まだなんとか抵抗しようと、敵さんは近接ブレードを呼び出す。
粒子から実体を結んだそれを手にした瞬間、俺は大剣を真上から振り下ろす。渾身の一閃がブレードを真正面からへし折った。

「……!?」
「悪ィな、ごり押しが俺の基本戦法なんだわ」

ステレオタイプな戦い方で申し訳ない。パワープレイには定評があるんだぜ。あれ、再出版でタイトル変わったんだっけ。
俺は『白世』で斬り上げた。度重なる大質量の攻撃で、ついに敵の体のあちこちでアーマーブレイクが同時に起こる。
ブザーが鳴った。俺の勝利を告げる祝砲だった。
戦闘終了。今回もやっぱり俺は無敵だった。『白世』を量子化する。

「くくく……くははは、あーっはっはっはっは!! 俺サマ、まさに敵無しである! フゥーハハハハ!」

三段笑いとか我ながらラスボスの鑑みたいな奴だぜ。第三者だったら迷わず俺が悪者だと判断する。あながちその判断も間違いない気がするがな。
勝利に酔いしれていた俺を見上げ、地面に墜落していた最後の敵が何か叫んでいた。『白雪姫』の補助を受けてどうにか聞き取る。

「この、悪魔め……!」

……へぇ。

「悪魔で結構、だが俺を罵り口で言い負かそうが、テメェらと俺の間には確固たる差がある。それはテメェらが何十年何百年修行し経験を積もうが……絶対に乗り越えられねぇ隔絶的な壁だ」

撃破した三人を順に見回す。
極めて個人的な理由でフルボッコにし、精神的にもズタズタにさせていただいたが、ここらで打ち止めか。

「待て」
「あ゛?」

最後のパイロットが俺を見上げてくる。
角度的に胸の谷間がほぼ真上から覗けてやっべぇこのアングルパネェ。帰ったらオルコット嬢で試そう。

「……私達とお前の間には……どんな差があるんだ?」
「才能」

即答してやったぜ。
ただ、解釈はテメェに任せるけどな。







俺大勝利! 故郷の日本へ、レディースタディーゴー!

ピットに戻り、誰と視線を交わすこともなくISを解除してその場に放置(膝つかせるの忘れた)、シャワールームに入る。

「っくは……」

ヤバかった。
かなり、いや、めちゃくちゃギリギリだった。正直ほとんど負けかけていた。
運の要素もあっただろう。勝てたのは必然? ふざけるな、これこそまさしく奇跡だ。
スーツを着て、髪を整えなおしてから部屋を出る。

「戻りました」

ピットでは、社員らが神妙な顔をして俺を待っていた。物理的に浮いている社長さんもいる。奥に姉さん、下僕、デュノア嬢も。

「お前がいない間に、この試合の扱いを考えていた」
「試合? 何のことですか?」
『…………!?』

俺なりに考えた結論を、口に出す。物分りのいい人はすぐに感づいた。
そして姉さんは、まるで俺の考えを最初から見透かしていたかのように、あっさりと返してくれた。

「お前とシャルロット・デュノアの試合に決まっているだろう。今日は、お前は社内見学しかしていなかったろうに」
「ええ、まあそうですね」

社長を見る。苦虫を噛み潰したかのような表情。
結局俺ができることは、デュノア嬢を救うためにできることは、これぐらいしかない。


「で、だ。デュノア嬢がウチ〈IS学園〉に転入するのは、いつになるんだ?」


姉さんも俺に負けず劣らず悪い顔で言う。

「今日だ」
「…………」
「そうだろう? デュノア殿」

下僕が『うわぁ』って顔で俺と姉さんを交互に見る。

「学園への編入手続きはもう済んでいる。無論性別は女で。後はいつ来てもいい。そしてそれは、本人の意思次第だ」
「デュノア嬢の意思次第ねぇ」

俺はデュノア嬢に視線をやる。
彼女は俯いて考え込んでいた。
しゃーねーな。

「来いよ」
「…………僕は」
「来いっつってんだろ」
「……正直、本当に君がここまでやるとは思わなかったよ」

なんだそりゃ、期待してなかったのは分かるが、その引き気味な対応はなんだよ。
俺としてはここでデュノア嬢が頷いてさっさと日本に帰ればサクッと目的達成なんだが。

「ありがとう、僕のために戦ってくれて」
「自惚れんな。誰がテメェのためなんかに」
「それでもありがとう。1%も善意がなかったとしても、僕を救ってくれて、ありがとう」

そう言ってデュノア嬢は微笑んだ。

「父さん」

振り向き、足を肩幅に開き、彼女は真正面から父親を見る。
その動作はどこかぎこちなくて、慣れていなくて、それでも、確かに、力強かった。

「僕は」

文節ごとに息を入れなければ、言葉が続かない。

「誰かのために……戦う……君を見て……格好良いって……! そう思えたから……!」

最初は見間違いかと思ったが、彼女は目に涙を溜めていた。
オイオイ、何泣いてんだテメェ。

「僕も……! 誰かを守りたい……!」

……。

だからさぁ。

俺はお前のために、お前を守るために戦ったワケじゃねぇんだよ。

俺が誰かのために戦ったのは。

俺が俺を省みず戦ったのは。

たった一度だけなんだよ。

「だから……父さんも……守りたい」
「ッ……!?」
「いくらなんでもお人好し過ぎんだろ」

思わず声が出た。
デュノア嬢は社長さんを下から睨み付ける。

「僕は父さんを守りたい。でも今の僕は弱い」

涙目のまま。虚勢を張りやがって、そのまま、視線を俺に向けた。

「だから織斑君。僕を強くしてよ」
「……そーゆーことは、本物の教育者様に頼めって」

横に立つ姉さんに話を振った。

「ならちょうどいい。世界最高レベルの教育機関を一つ紹介してやれる」

姉さんが言う。俺も頷く。
もうその場の優劣は決した。社長さんは浮いている足場から降りて、俺たちと同じ床に立った。
意外とその身長は低い。俺のほうが全然背ェあるな。

「そうか、私を守るか」
「うん」

真正面から見つめられ、社長さんはフイと顔を背けた。
美少女に見つめられりゃ照れるよな、俺も照れる。アレ、何か違う?

「大きくなったな、シャルロット」
「!!」

……名前を呼んだのは、俺が来てから、初めてのことだった。
でもきっと、デュノア嬢自身も、久々のことだったのだろう。驚きのあまり口をポカンを開けて硬直していた。

「……留学という形を取ってもらえるだろうか」
「完全に譲る気はない、と」
「この子の教育に不十分だと判断した場合はすぐに送還させてもらう」
「テメェ」

俺は思わず前に一歩踏み出た。
そこまで執着しておきながら、何なんだ今までの態度は。

「判断するのは、シャルロット自身だ」
「…………」

その言葉を聞き、体の中に溜まっていた熱が一気に抜けた。
……甘々だ。何だそりゃ。デュノア嬢自身の判断に任せる? とんでもねぇ低さのハードルだ。

「どいつもこいつも甘ぇな」
「一番甘いのは織斑君だよ」

んだとコラ。俺は下僕をにらみ付けた。下僕はわざとらしく咳払いして俺から目を逸らす。
入れ替わりに姉さんが俺に話しかけてきた。

「誰かのために戦う、か」
「だーかーらー、俺はあいつのために戦ったワケじゃ」
「ツンデレ君めー」
「下僕ホントお前イラッとくるから止めろ」

いい加減にしろよこの野郎。ホント手加減できないよ? 一夏君パワーアシスト最大出力で殴りつけちゃうよ? 頭バーンだよ?

「本当だ。こいつはあの小娘のためだけに戦っていたわけではない。大半は打算だろう」

本当のことだけに言い当てられて少しヘコんだ。
姉さん、ひょっとして俺の行動がどれくらい打算尽くしで汚いものだったのか、正確に把握してるんじゃないだろうか。
俺の焦燥をよそに姉さんは言葉を続ける。

「こいつが真に他人のためだけに戦ったのを私は一度だけ見たことがある。今の不真面目なこいつとは違い、なりふり構わず、勝利への試行錯誤もなく、ただみっともなく喘いで足掻いて泣き叫んでいるだけだったがな」

……俺の黒歴史公開ですか。

「へぇ! 興味ありますね」
「誰か貴様などに教えるか」

姉さんと下僕が睨みを利かせ合う。そこに割って入ったのは、以外にもデュノア嬢だった。

「その話はまた今度にしてですね。僕は今から、IS学園に向かうことになりました」

マジか。俺は社長さんを見た。
彼は少し不満げな顔をしてこちらを見ている。

「……もっと話さなくていいのか?」
「電話っていう便利なものが最近はあるんだよ、織斑君」
「未開人か俺は」

そう言うとデュノア嬢はカラカラと笑った。

「僕は正装で行かなくちゃね。このスーツでもいいけどもっといいのが確か……」

正装。妥当な落としどころとしてはフォーマルスーツだ。今姉さんが着ているのとかな。
フランス代表候補生がIS学園に転入するんだ、そりゃマスコミも来るだろうよ。緊急の連絡な分、より注目を集めるかもしれない。

デュノア嬢は一見スカートが似合いそうだが、俺サマの見立てではパンツも合う。裾をダブルにして履かせれば本来の目的を達成できそうだ。
ガチな話、こいつが男装して入会してきて俺と相部屋になってとかいう当初の計画を実行されていたら、間違いなく俺は陥落してただろう。僕っ子with花澤ボイスとか俺キラーにも程があんだろ性的な意味で。やったねいっくん! 生涯実験動物コースだよ! ……マジ笑えねぇ。

それは別にいい。姉さんの機転で事なきを得たんだからこれ以上言うことはねぇ。

「待ってくれ」
「……何?」

だが。
俺は、デュノア嬢に日本特有の礼服を着させたい。

「俺はあえてメイド服を推す」
『……!?』

場が騒然となる。メイド服、というのが何なのかはさすが本場よく浸透しているらしい。
だが……俺の提案の本質的なトコまでは見抜けていないようだな……!

「何のつもりだ」
「日本への牽制さ」

俺はネクタイを締め直して、毅然とした態度で告げる。

「日本はどうも、真実や思惑より、話題性を優先する国民性があるんでね」

その時俺が浮かべた笑みは、どんな笑みだっただろうか。
例えて言えば、ネクタイを締め直して、ポマードで前髪を撫で付け、せぇるすまんみてーな、いかにも怪しい笑顔だったに違いない。

「デュノア者の宣伝にもなるんじゃないか?」
「オイ、欲望ダダ漏れな計画を大真面目に語るんじゃない」

姉さんが至極まっとうな発言をしたが俺は取り合わない。

「いいだろう」
「社長!?」

ほう、物分りのいい社長さんだ。
俺と社長、さらにこの場全員の視線がデュノア嬢に突き刺さる。

「へ、え? えっと」
「更衣室の奥から二番目のロッカー……をどかした裏にクローゼットがある。パスコードは『1215ght87』だ、シャルロットに似合う服が出てくる」
「オイこの会社どうなってんだ」
「お父さん……いま僕のこと、名前で……?」
「どうでもいいとこでお前は引っかかるな!」

親子そろって何なんだ、周囲もほほえましげにしてるし、普通更衣室の裏にコスプレクローゼットとかあったら引くんじゃねーのかよ。
ああくそ、デュノア嬢も幸せそうに笑ってるし。なんだこの空気。俺がボコした三人まで笑ってやがる。下僕も、姉さんでさえ薄く笑ってる。

「……行けよ」

なのに、どうして俺は笑えないんだ。
嫌予感がするんだ。何か、致命的な予感。
デュノア嬢がスキップ気味に退室するのを見送りながら、やはり俺の第六感は働いたままだった。







「ふざけやがってこのフランス人ドモがあああああああああああああ!!」

十数分後、俺は膝を着き拳を床に打ちつけていた。嫌な予感的中。
コイツら……ッ! いい加減にしやがれ、日本のロマンをナメてんのか……!?
さすがに温厚な俺もキレかけるレベルの狼藉を働いた張本人は、相も変わらず空中から俺を見下している。一刻も早く奴を始末しなければ俺の怒りがマッハで胃がヤバい。

「ど、どうしたの織斑君。僕、何かしちゃった……?」
「るっせぇんだよド素人が!!」

俺の怒声にデュノア嬢がビクリと肩を震わせる。構うことなく、俺は社長さんへ指を突きつけた。

「何故……何故ミニスカートにオーバーニーソとガーターベルトを合わせない!」

周りの表情が『うわぁ』ってカンジになった。だが俺はそんなの気にしねぇ。もはや怒りが突き抜けすぎて逆に光速思考にたどり着きそう。

「……スーツ姿で、何をバカなことを口にしている」
「姉さん……」

姉さんでもさえもがかわいそうなものを見る目だった。なにこの四面楚歌。
対する社長さんは、宙に浮いたままこちらをじっと見ている。

「若いな」
「!?」

突然、社長さんがニヤリと笑ってきやがった。

「チラリズムという言葉に囚われ、本質を見逃している」
「何だと……」
「見たまえ」

社長さんに促され、改めてデュノア嬢をまじまじと見る。
スカートから覗く生足は艶やかで、靴下は踝までしかないのか、足首のほっそりとしたラインまでが丸見えだ。

「お、織斑君……そんなに見つめられると、照れる」
「……これは」

俺は気づいた。デュノア嬢のキャラクター性。

「元気っ娘……! そうか、元気っ娘にチラリズムの組み合わせは悪手!」
「ああ。シャルロットは健気だ。だが儚さは持ち合わせていない。その差だ」

戦慄。得体の知れない汗が額から滲み出した。
この男……なんて眼だ。観察眼、実の娘に対する冷静かつ客観的な評価。
ただもんじゃねぇ。

「あんた……ああ、いや。そうだな。俺の負けだ」
「当然だ」

鼻を鳴らす格好さえもがオーラをまとっている様で、俺は思わず一歩退いた。らしくもねぇ、ブルっちまってる。
差を、隔絶的な差を、思い知らされた。
次元が違う。俺はまだ、こいつの領域に手が届かない。

「学園で、シャルロットを頼む」

社長さんは俺に背を向けた。不遜だ。仮にも物を頼む態度じゃねぇ。
でもそのしぐさの一つ一つに、どこからかシャロロットを気遣う気持ちが見れた、気がした。
……その場の雰囲気に流されすぎだ、俺。深読みに決まってる。

「あんたに言われずとも、当たり前だ」

俺は中指を突き立てた。
社長は背中越しに手を振り、そしてチラリと目をデュノア嬢に向けて、それでも立ち止まらず、歩いていった。







下僕がウハウハだったのはイラッときた。
あいつ、今のバックボーンの企業と仲悪いからって、勝手にデュノア社と契約結びやがった。今後俺の『白雪姫』の整備にもデュノア社が関わってくるらしい。
今までの国内企業もそんなにクオリティ高くなかったし、変わったっていいんだけどな。

何はともあれ空港。俺はちゃっちゃか荷物をまとめ終わって、空港にて飛行機の到着を待っていた。
搭乗までは一般人と同じ待合室に居なくてはならないので、サングラスとスーツで変装。隣にはメイド服のデュノア嬢。

俺ら浮きすぎワロタ。

「待たせたな」

騒然となっていた待合室の中に、悠然と姉さんが入ってくる。変装も何もしてねーんだけどこれ大丈夫なのか。

「案内する。着いて来い」
「へいへい」
「分かりました」

ネクタイを緩め廊下を歩いていると、過ぎ行く人々がすごい勢いで俺たちを避けていく。モーゼみてぇ。そりゃそうだけどさ。
俺だってこんな集団(世界最強+黒スーツグラサン+メイド美少女)とかいたら逃げるよ。

「オイ、まさか行きと同じキチガイジェット機じゃねーだろうな?」
「キチガイジェット機……? あれ、織斑君って来る時『迅雷弐式』に乗ってきたんじゃないの? 日本製の、最新鋭ジェット機だったはずだけど」
「日本製さすが日本製マジ殺人的スペック」

まさか祖国の機体だとは思わなかった。マジかあれ造ったやつ変態だろ。
VIP用搭乗ロビーを通って機内に。ISスーツだけじゃ怪我はしないが意識は保てないようだ。ならつまりこういうことだろ。

「白雪姫、絶対防御発動しとけ」
「リヴァイヴ、お願い」

デュノア嬢も何か言っていた。姉さんは無言だが、多分ISを展開してる。ただ全部の装甲を消して、PICもオフにして。
絶対防御がなきゃ乗れないジェット機とかキチガイすぎんだろ。

「帰りぐらい見ておけ」
「は?」
「私からの進学祝いだ」

俺が思わず聞き返そうとしたところで、発進しやがった。
舌を噛みそうになって慌てて歯を食いしばる。行きは全身をまんべんなく叩いてきた衝撃波は少しも感じられない。絶対防御万能説が浮上した件について。

「おおう……行きが嘘のようだぜ」
「僕は初めて乗るけど、ISがなかったらああなるんだね」

デュノア嬢が憐憫のまなざしで見る先には、口をポカンを開け白目を剥いて失神したSPさんたちの姿。何あのひっでえ絵面。

「そろそろ成層圏を抜けるのかな」

……は?
俺は思わず窓の外を見た。青。一色に染め上げられた光景が、段々と暗闇に呑まれていく。

「あ、あ」

身を乗り出して、窓に手をつけて、外を凝視した。
ウソだろ。これって、これって。

宇宙、じゃないか。

数秒間、放心していたらしい。
その間……たった数秒で、俺の脳裏をある記憶が掠める。
ずっとずっと昔の話だ。

俺と姉さんがいて。姉さんの親友がいて。三人で。
それぞれの夢を語って。
姉さんは俺を守ると息巻いて。
あの人は世界を征服すると笑顔で。

俺は、俺は、


――宇宙に行くんだ、ぼく!



「私からの、進学祝いだ」

その言葉が、静かに俺の耳を打った。
視界いっぱいに広がる漆黒の宇宙は、小さいころの情熱を思い出させるには十二分で。

「は、ハハッ……こりゃダメだ」
「何が?」
「地球に降りたくねぇ」

デュノア嬢は笑った。

「これだけキレイじゃあね」
「そうだけど、そうじゃない」
「……??」

ずっと憧れていた場所が。
ずっと見上げていたものが。
特殊加工ガラス一枚越しに広がっているんだ。

「俺は宇宙に行くよ、姉さん」

その言葉の前に『いつか』を付けてでも。
姉さんは無言で微笑んだ。







到着。宇宙の旅を終え、俺はフランスに行って良かったとさえ思えている。
宇宙効果パネェ。
ジェット機を降りると、学園中の生徒が顔を見せていた。建物の窓から顔を出したり離発着ロビーに並んだりとそうかそうかそんなに俺が恋しかったか。

さらに、なかでも格別の美少女が(なぜかエプロン姿で)俺を待っていた。彼女は(なぜかエプロン姿で)ジェット機の乗り込み階段の前に立っている。すげー美少女に(なぜかエプロン姿で)出待ちされるとはついに俺にも春が来たか、イヤ自発的に春をすっ飛ばしてるだけの気もするけどさ。
美少女は(なぜかエプロン姿で)微笑んでいる。
ていうか楯無だった。

「お帰りなさい、織斑一夏君」
「……これ、ただいまって言うのが正しいのかよ?」
「お帰りなさいあなた。フランスまで出張ご苦労さま」
「ああ、ただいま。悪いけど先に風呂に入りたいな……沸いてるか?」
「もう沸かしてるわ。夕飯はサバが特売だったから買ってきたわよ、あ、それとおビール冷やしといたから」
「分かった。じゃあ先に風呂入ってくるよ」
「うん、待ってるわ」

お互いニコニコ笑いながらのやり取り。ちなみに俺は亭主関白を気取ってキャリーケースを押しつけてみた。
楯無は笑顔のままそれを投げ捨てた。オイ女房(仮)テメェ何しやがる。

「出張先は疲れたでしょう? 大変だったわよね海外に急に行くことになって」

この茶番の上では、一応俺は風呂に入ろうとしているのに、なぜかこの妻はついて来る。一緒に入りたいのか、そうなのか。
マジ歓迎です。

「どんな所に行ったの? ソープ? 風俗? あ、現地でもう女の人引っかけてホテルに行ったの?」
「いくらなんでも質問が限定的過ぎんだろオイ!」

俺はブチギレた。
この野郎純粋な女子生徒方の前で何てこと口にしやがる! 教育に悪ィだろーが!

「何なんだよ、言いたいコトがあるならストレートに聞け」
「あのこだれ」

楯無は、今まさに地面に足を着けたデュノア嬢を指差してそう言った。

すぐに答えが返ってきたが何か明らかに様子がおかしい。ていうか鳥肌が立った。俺の中の何かが、迂闊に対応すればバッドエンドフラグが立ってniceboat.される、お前は生首をバック詰めにされたいのかと悲鳴を上げた。
何だ、おかしいぞ。別にISを展開して戦ってるワケではないのに冷や汗が止まらねぇ。

「いッ、いや……現地で、その、強かったからスカウトしてきた」

野球部に話題を振られた文化系男子みてーにどもりまくりながら、なんとか答える。
そうホイホイと人の家庭事情を話すのはいけないことだし、嘘は言ってねぇよな。
まあ楯無のことだからすぐに調べ上げるだろうケド。

「ふーん」

生返事。こいつ俺と会話する気あんのかよ。
姉さんも降りて、飛行機はメンテのためかどこかへゆるゆると動き始めた。
生徒のざわめきが耳につく、多分デュノア嬢についてのことだろう。なにせ金髪美少女がいるだけでもすげーのにあろうことかメイド服なのだ。インパクト強すぎだろコレ。気になるってレベルじゃねーぞ。
遠目から見ても似合っている。やはり生足の方が健康的で逆に突き抜けている……くっ、あの男、いつか倒さねばならないのが惜しい逸材だぜ。

「ほら生徒会長、あいさつぐらいはしとけって」
「……ええ、分かったわ」

どことなく不穏な空気のまま、楯無はデュノア嬢の元へと歩いていった。何あれすっげぇ不安なんだけど。
念のため俺も付いていく。姉さんがこっちを見て、デュノア嬢もこちらに気づいた。

「初めまして、シャルロット・デュノアさん」
「あ、初めまして。えっと、織斑君から話は聞いてます。生徒会長さんですよね?」
「そうよ。学園最強を名乗らせてもらっているわ」
「ええっ!? 織斑君より強いんですか!?」

あ、バカ。
楯無の額にビキバキと青筋が浮かんだ。

うーん俺と楯無の力関係はハッキリ言って微妙である。
通算戦績は一勝一敗であるが、それは一年前のこと。俺はまだまだ未熟だったし楯無に至ってはそのころとは機体が違う。今やればどうなるか分からない。入学式ン時はお互い一撃だけで止められて終わりだったしな。

「そ、それは分からないわね。まだ一回しか勝ったことないし」
『!?』

背後の生徒たちがざわめく。そういや今んトコ俺って無敗だったっけ。俺が負けているということが意外なのかもしれんが俺だって負けることぐらいあったさ。だって人間だもの。
つーかこいつ自分の勝ち数しか言ってねぇ。意外と見栄っ張りなんだよなー。

「お、織斑君に勝ったことがあるんですか!?」
「オイ待て、一勝一敗の間違いだろ。しかも一年前の話だしな」
「あ、なんだ一年前か……」

デュノア嬢が安堵の息を吐いた。
まァ自分んちの会社お抱えの精鋭パイロットを三人まとめてなぎ倒すイカレた人間などそうゴロゴロいたらたまらないだろう。俺もたまらない。

しかし今の発言は不用意だ。目の前に俺と対比されている人間を置いてそのセリフは『今じゃあなたは最強イケメン紳士の一夏サマに勝てませんよね』ってのと同じ意味である。

「……なかなか面白いコを連れてきたじゃない。貞子の井戸に蹴り落としたくなるぐらい面白いわ」
「全然怒りを隠せてねーぞ」
「ぼ、僕何かしちゃいましたか!?」
「お前はお前でわざとじゃなかったのかよ……」

楯無が俺の腕を抱いて引き寄せる。
突然の奇行に反応できず、そのままよく街中で見かけるリア充カップルみたいな格好になった。見る度に爆発させるしかねぇと辺りにxショットガンを探してたのはいい思い出だ、今も探してるけど。ただのxガンじゃないのがミソ。

ていうかこいつ胸デカくなってんな……ロシアの時は見立てではCぐらい、ちょうど今のシャルロットぐらいだったが、今じゃ立派なスイカップですね。柔らかい感触が役得すぎて本当にありがとうございます。1日五回ぐらい崇めてぇぜ。

するとどうやら俺はだらしない表情をしていたらしい、デュノア嬢の表情が険しいものになった。

「織斑君」
「渡さないわよ」

急に火花が散り始める。修羅場だ。ものっそい修羅場だ。中学生の時は巻き込まれるのが夢だった修羅場だ。
ていうか背後からも痛い視線が刺さり始めた。シャッター音が聞こえるのは気のせいじゃねぇよなオイ俺をフライデーする気か、ニュースの芸能コーナーに出演させる気か。俺芸能人じゃないけど。

首で振り返ると色んな方々が鋭い目つきで睨んできている。
オルコット嬢に鈴にあれ誰だっけ見覚えが……あ、ひょっとして

「絶対に、渡さないわよ」

頬に柔らかい感触。手を添えられたらしくグキリ、と音を立てて俺の顔が楯無の方に向かされた。
改めて見つめるとめっちゃ近ぇよ美人になりすぎだよ美少女って本当に美人になるもんだなポケモンみてーに進化してんのかよていうかコレすぐにキスできそうでうわああああ
落ち着け俺。

「何様ですか、あなた」

デュノア嬢が首もとのネックレスに手をやる。
……!? お前マジかそれは、ISはヤバいだろ!

「お、落ち着け二人とも(と俺)! 冷静になれって!」

思わず俺が口を出すと、二人はまるで示し合わせたように唇を開く。

『織斑(君)は黙ってて』

すいません空気読めなくて。
しかしさすがに暴力沙汰になりそうなのは看過できねぇ。
よく漫画とかアニメじゃこういう時、渦中の主人公は黙らされるがあの時口を閉じるのは完全にミスだと思う。張本人が事態を収拾しなくて誰がするんだよ。

「分かったよ口出ししない。ただ暴力だけはダメだ。デュノア嬢、ネックレスを離せ。楯無もこっそり奥歯を噛むの止めろ。いいかこんな公の場でIS対ISの痴話喧嘩とか洒落にならねぇだろ、二人とも一旦頭を冷やせよ。この場はもうお互いに退こう。それで後で話せばむぐっ」

俺がhyper→highspeed→geniusなカンジで灰色の脳細胞を光速回転させつつ一気にまくし立てていたら、楯無に口をふさがれた。唇で。

ちゅーだ。

キスだ。

接吻だ。

マウストゥマウスだ。

……!!?

「……ぷはっ。あんまりにうるさいお口があったから、ついふさいじゃったわ」
「な、な……な!?」

俺も楯無も呼吸を止めていた辺り初々しいというか。
デュノア嬢も、背後の観衆も、そして俺も凍った。

「え、えッと――い、今ので私とのキスは何度目かしら!?」
「に、二回目です!!」

楯無が滑走路中に響く声で叫んだ。釣られて俺も同様に声を上げた。
一拍の沈黙。
それを挟み、観衆が、爆発した。

『ウソおおおおおおおおおおおおおお!?』
『キタキタ大スクープキタキタキタッ!!』
『ナニあれナニそれっ!? 私聞いてないっ!』

ドッと生徒たちが押し寄せる中、楯無がIS『ミステリアス・レイディ』をフル展開し上空に飛び上がる。俺の腕を掴んだままだ。必然的に俺も空に上がる。

「ちょっ!? テメェ放しやがれ!」
「じっとしてて」

楯無が俺を抱き寄せてその場から飛び退くと同時、さっきまで彼女がいた空間を弾丸が貫いた。

「い゛っ、デュノア嬢か……?」

生身なのでかなり心もとないが、地面を見れば全身に鎧をまとったデュノア嬢が、両手にライフルを構えこちらを見上げている。彼女だけじゃない。鈴にオルコット嬢まで飛び出していた。
じょ、冗談じゃねぇっ! IS同士で戦闘でも始めるつもりかよ、どんだけのマスコミがここに揃ってると思ってんだ!?

「デュノアさん、さっき私のこと何様って言ったわよね」
「……それが何か?」
「答えてあげるわ」

楯無が俺を抱え直す。ちょうどお姫様だっこの体勢。パシャパシャとシャッターが切られるのもお構いなしに、楯無は意気揚々と宣言する。

「私、ロシア代表の更識楯無は――織斑一夏君の元カノよ!!」

俺、フライデーされるの巻。

「おいいいいいいいい! 人の過去捏造すんじゃねぇっ! つーかお前今自分のセリフがどんだけ政治的効力を持っているのかしっかり考えたかぁっ!?」
「ええ。ロシアとあなたが親密であるというイメージが与えられるわ」

この野郎(♀)しっかりと打算付きでの発言かよ……!
ダメだ。もうダメだ。
ぐったりと脱力する俺を抱えて、楯無は沈みゆく夕日に向かって加速する。背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、我らが生徒会長はそんなもの気にも留めなかった。

「今度の学年別トーナメント」
「……あんだよ?」
「優勝したら、またキスしてあげるわ」
「……勝手に言ってろ」

そう言いつつしっかりとやる気アップしている俺は本当に情けねぇな。


あ、それと楯無。
夕日に照らされてるからって、別に赤面してるのはごまかせてねーぞ?

「…………バカ」









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・俺はシャル編を書いているはずが気づいたら会長が全てを持っていっていた。な、何を言って(ry

・実はICHIKAの掘り下げは今回が初めてだったり
 宇宙キターなのは本当に申し訳ない

・みんなハニトラの心配がない人として天災やその妹ばっか挙げてるが、会長も無国籍権持ちなんだぜ?

・ついに会長のISの待機形態がバレましたね
 ヒント:作者は石ノ森章太郎好き


・作者は出席番号ファース党ではなく、ファースト幼なじみ党です
 そろそろ出番だ!



[32959] 這いよれ!ハニトラさん/更識簪は諦めない
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/09 00:13
俺の手元にゲームキューブのコントローラーが返されることなく時間は過ぎた。もう6月だ。日本ならそろそろ梅雨入りしそうな時期だが俺の心はとっくに梅雨を迎えている。俺の任天堂への愛が深すぎてヤバい。
4月下旬に盗られたのでもう1ヶ月になる。仕方なしに新しいのを中古で買っちまったぜチクショウ。
今度はブラック。
シルバーの本体をブラックでプレイ。
違和感が拭えねーがゲームキューブ禁止よりはマシだと思う。

5月に行われる予定だったクラス対抗戦――まァクラス対抗ッつっても中身はクラス代表オンリーのトーナメントだ――は先日の事件のせいで見送られた。警備システムの総見直しが行われるらしい。
つーかあの無人機はどこいったんだろ。学園が保存してんのか、国際IS委員会が持ってったか。ま、俺には関係ないケド。
俺の予定じゃクラス代表として俺のイケメンっぷりを全校または全世界に発信するつもりだったのでひどく残念である。
ネット中継も立ち消え美少女狙いだった全世界の野郎どもが発狂したのは記憶に新しい。まァ露出度全開の美少女(ただし物騒な装備付き)が山ほど見れるんだからそりゃ楽しみだよな。俺も楽しみだったし。
べ、別に悲しくて枕を涙で濡らしたりなんかしてないんだからねっ!

ちなみに二組の代表は鈴になった。元代表のコは一生徒として努力を積んでいくつもりらしい。いや俺は君でも良かったんだけどねー。
あ、そういやあのコ、アドくれた女子第一号だった。すぐ後にクラスのいつも話す面子とも交換したので俺のアドレス帳がウハウハ状態。

「ウハウハ状態、なんだよなァ……」
「どしたの織斑君、さっきから操作が甘い、よッと!」
「いやーお前ごときに甘いって言われるほど手は抜いてない、ぜ!」
「ああっ! ハイドラパーツが!」

現在俺が持ち込んだゲームキューブには4つのコントローラが差し込まれている。ブラック、ヴァイオレット、オレンジ、ブラック。
1Pは俺だ。順に相川、ナギちゃん、谷ポンである。放課後それぞれ休日の間に回収したコントローラを持ち寄ってゲーム大会とかすごい男子会だよな。男子率25%だけど。

「清香ちゃんまだライトスターなの?」
「い、いいじゃんバトルロワイヤルだったら使いやすいし! てかナギちゃんはどうなのよ、ウイングスターなのにセンカイばっか取って!」
「デデデ用」
「応答が辛辣だわ……」

そう言ってやるなよ谷ポン。ナギちゃんは必死なんだよ、早々に俺がデビルスターを取ってハイドラパーツを2つ集めてるからな。
ちなみに谷ポンはターボを軽々と乗りこなしていた。やだカッコイイ。

「つーかデデデだったら相川はさよならだな」
「何でよ! ニードルかソード取ればいいじゃない!」
「はいはい……あ、もう時間切れだね」

ナギちゃんに言われやっと気づいた後三秒。俺のハイドラァァァ。
伝説を手に入れることなく俺のトライアルは終わった。相川が視線でザマァと言ってきてウザい。

「さて競技は……あ、ゼロヨンアタック」
「ゑ」

谷ポンの言葉に相川が凍る。
こいつ確かにカソク系あんま高くなかったな……

「ごめんねー私ターボだわごめんねー」
「棒読み! 谷ポン棒読み!」
「一方サイコウソク×8の俺に死角はなかった」
「さすが織斑君……」

ナギちゃんが尊敬の念をこめて見てくる。このゲームはかなりやりこんであるので俺レベルともなればこの程度容易い。いや偶然だけど。
いやーこういう目を向けられるのはやっぱ楽しいわーただ目を潤ませるのはヤメロ魅力的だがそれ以上に疑ってしまう。

「クッ……私とナギちゃんで最下位争いになるというわけね!」
「ごめん、直前でウイングからフォーミュラに変えちゃった。後カソク×7」

相川がコントローラーに顔面を突っ伏した。スティックが当たって痛そう。
そうこうしている内にゲームが始まる。俺のデビルは途中まで一位だが地力の分ナギちゃんに追い抜かれてしまった。二位俺、三位谷ポン。

「うげぇぇ……私また5敗目?」
「みてーだな。計20敗」
「清香ちゃん罰ゲーーーーム!!」

ノリノリで谷ポンが宣言する。ちなみにナギちゃんはどこからともなく楽器を出してドンドンパフパフしていた。
このゲーム大会では何の種目であれ、黒星(最下位)が五回つく度に何らかの罰ゲームが課される。罰ゲームの内容はみんながメモに書いて箱に入れ、その中から引いて決める。ちなみに相川はこれで四回目の罰ゲーム。
俺は二回、それぞれ飲み物のパシリと十円玉三枚を縦に積むまで語尾に『~でゲソ』をつけるというずいぶん極端なのを引いた。二回目のインパクト強すぎだろ。三人とも爆笑してたぞ。

相川が文句を言いながらもケータイを取り出す。メモ機能はホント便利だよな。

「ハイ買い出しメニューどーぞ」
「じゃあ私はメロンソーダ!」
「私は午前ティーのストレート」
「俺はネックスで」
「飲み物以外は~?」
「ポッキーかトッポがありゃいいだろ」

相川はまかせろー! と言わんばかりの勢いで飛び出していった。
ここが海だったら死亡フラグだ。

「織斑君ネックス派?」
「ああ。コカ・コーラはあんま飲まねえな」
「私はコカ・コーラ派だけど……」
「私は特にこだわりないかなー。ていうか飲めたらそれでいい」

いるわーこういう奴。胸を張って女子高生が言うことかよ。しかも薄着だから胸が強調されちゃってるし。すいません後半は俺の煩悩ですね。
落ち着け。落ち着くんだ織斑一夏。てか何でこいつら男子の部屋に上がり込んでるのにこんな薄着なんだよ。どう考えても誘ってんだろオイ。暴発しちゃうだろ俺の白世が。すでに俺の白世は召還されてますが何か?
俺もルームウェアは薄着(スポーツジャージ)なのにバレてないとか紳士すぎる。正直眼福なのは眼福だがここまで無防備にされるとどう考えてもハニトラです本当にありがとうございます。こら俺の前でこれ見よがしに胸元を仰ぐんじゃねぇ谷ポン!

さっき俺が買ってきたポッキーを口に運ぶ。彼女たちにバレないようISを起動させて毒物反応がないかを確認。
今しがた切れたサイダーのペットボトルだって、未開封とは言え女子が買ってきたものだ、油断はできない。ハイパーセンサーでミクロ単位の穴まで探したが異常がなかったので安心してガブ飲みできる。
先日のデュノア嬢との一件以来、正直俺は気が休まる気がしない。ああいう表舞台で派手にアクションを起こされたせいで、他の組織とかが焦りだしたらどーすんだ。集団で強攻策に出られたら、俺は多分クラスメイトだろうと容赦なくブチ殺してしまう。今隣にいる谷ポンだって、ナイフを突如抜いて襲い掛かってくるかもしれない。常時絶対防護を発動させておくのはもう慣れた。

……正直精神的にガリガリと疲弊してるのが自分でも分かる。二面性がどんどん酷くなっていって、自分でも時々発言の整合性が取れなかったりしてもうヤバイ。

と、寮内放送のチャイムが鳴った。巨乳先生の甘ったるい声が聞こえてきたらいいのに。姉さんのクールヴォイスとか心臓に悪いわ。
目覚ましがあの声だったら俺は毎朝定刻前に起きといて全神経を耳に集中させてスタンバってるね。ある意味最強の目覚ましである。でも音声のみか……つーかそもそもまだ長期休暇中だっけ?
あの圧倒的な質量である乳で起こしてくれたらそれはもうヤバいだろう。乳ビンタとか一回されてみてぇ。巨乳のことを考えただけで心が安らかになる。やはり全男性は大人しく巨乳の素晴らしさを認めた方が

『織斑、来い』

さよなら俺の脳内おっぱい。








生徒指導室。
俺は毎度のごとくL様体勢で姉さんの正面に座っていた。

「つーかさ、カツ丼なら分かるんだけど、何で卵かけご飯? 予算削減か何か?」
「察しろ」
「マジかよ。国連とかからの援助があるんじゃねぇのか」
「その卵、買ってからそろそろ一週間なんだ」
「謀ったな……!」

もう醤油をかけてしまっている以上、俺はこれを食べないわけにはいかない。すなわち消費しきれない余り物を俺に押し付けていることは明白……!
俺が涙目でもっちゃもっちゃと咀嚼していると、姉さんはどこから躊躇いがちに口を開いた。

「一夏。今度、お前のクラスに転入生が来る」
「ああ、デュノア嬢のこと?」
「彼女を含めて二名」

もう一人来んのかよ……
デュノア嬢は、まあいい。元ハニートラップだ。いやまだ可能性は捨て切れないけど、それでも、信用には値すると思う。

「もう一人というのがだな……千冬教の信者なんだ」
「ぶもっふ」

卵かけご飯噴いた。
この姉一体何を言っているんだ。

「私の知らないところで作り上げられた、私を唯一絶対神とする新興宗教だ」
「初耳すぎてついていけない」
「ちなみに開祖はその転入生だ」
「とりあえずイタイ子だってのは分かった」

姉さんは取り調べ用のテーブルに電子タブレットを置いた。
スライドさせると、ある女子生徒の経歴やIS適正、専用機のスペックデータが載っていた。どう考えても俺が見ていい代物ではない。

「ラウラ・ボーデビッヒ……」
「ボーデヴィッヒだ」
「は? ボーデビッヒだろ?」
「ドイツ語はまだ熟達していないようだな……ヴィだ、ヴィ」
「ヴィ。ボーデヴィッヒ」
「良し」
「何の話してたっけ」
「……さあ?」

結局その後ぐだぐだダベって、帰り際に思い出したように頼みごとをされた。
俺のことをいつまでもこき使えると思うなよバカ姉!







部屋に戻ってウエライドで女子三人からフルボッコにされた翌朝。
俺はいまいち覚醒しない頭のまま、教室で女子の輪の中に入っていた。ホントフリートーク力が問われすぎててやっべぇ。

「それで結局、本当に会長と付き合ってたの?」

まあ話題は大概これなんですけどね。俺人気過ぎてやっべぇ。
つれーわーマジつれーわー。いや、なんか、ホント洒落にならないレベルでツラいっす。

「だから、あっちの勝手な言い分だって。俺は付き合ってるって認識はなかったし」
「でもキ、キスしたんでしょ?」
「……まあ」
「好きじゃなかったの?」
「………………」
「うわ、顔真っ赤」

相川に言われて、頬に蓄積した尋常じゃない熱に気づいた。
頭を振ってそれを追い出す。

「は、はっはっはっは! この俺様が、あのレベルの女で満足すると思うか!? かわいそうに、あの子猫ちゃんも俺のイケメンっぷりに引き寄せられた哀れな」
「朝からくだらない話をするな」

小気味良い音が俺の頭頂部からした。出席簿アタックだ。スパロボだとMAP兵器扱い間違い無しの武器だ。まあ違うだろうけど。
痛む頭を抑えながら、仕方無しに着席。まああの話が有耶無耶に流れたから良しとしよう。

……本当に、あいつは、俺のことを恋人だと思っていたのだろうか。
あの時、本当は俺たちは結ばれていたのだろうか。

でも、あれは、もう昔の話だ。

「今日は転入生が二人居る。まあ一人は分かっているとは思うが……入って来い」

そう言われて入ってきたのは、パツキンとパツギン。何だよパツギンって初耳だよ。
パツキンは見たことがあるよ。でもね、パツギンさん、見覚えがないのにやたら睨んでくるんですけど何なんスか。

「貴様か、織斑一夏は」
「人違いです! 私、織斑夏子です! 永遠の14歳です、キャルンッ♪」

ちなみに裏声。

「ふざけるな貴様ッ!」
「このヒト怖ーィッ! 誰か助けてェー!!」

俺の机の前まで来やがったこの野郎。
ビビリながらメンチを切り返す。何この子すげぇ眼力。

「信じらんねぇ、女の子への態度かよそれが。落ち着けっての。俺は逃げねぇよ」
「……お前のような男の言うことなど信じられるか!」
「後でスマブラで勝負しようぜ」

そう言ったらビンタされた。ヒリヒリして超痛いでござる。
悔しかったのでやり返してやった。全力デコピン。

「いッ!?」
「フゥーハハハ! 俺にとってテメェのビンタなど児戯に等しいわ!」
「こ、子供だ……!」

相川がおののく。どうやら俺から放たれるあまりに神聖なオーラにブルっちまったらしい。
致し方ない、彼女はマダ『向こう側』を垣間見ていない存在のようだからな……俺のように、見るだけでなく、踏み入ってしまった存在は刺激が強すぎるみてぇだ……!

「馬鹿にしているのか、この私を!」
「好き放題言いやがるじゃねぇか。たかがドイツ製第三世代機だろ、俺からすりゃスクラップ同然だっての」

かかって来いよヒヨッコと付け加えて、チラリと目を姉さんに向ける。
!!
あ、あの構えは……普段は打撃武器として使用される出席簿を投擲に利用する、伝説の『SYUSSEKIBONAGE』!
スリークォーターから繰り出されたその剛速出席簿は、見事炸裂した、俺の顔面に。対象俺かよクソが。
のけぞって席から体が浮いて、俺の体は机を三つほど巻き込んで倒れた。







――朝の一件で低いテンションを引きずり、織斑一夏が放課後の教室で惰眠をむさぼっているころ。

放課後のアリーナには、向上心の強い生徒たちが集う。
その顔ぶれは毎日変わる。当然だ、学園の生徒数に比べてISの数が圧倒的に足りなさ過ぎる。学年ごとに分配され、3年生に優先的に使わせるなど様々な工夫はされてきているが、それでもやはり全員がまんべんなく個人練習を行うことは難しい。

「清香ちゃん、もう飛べるようになったんだー」
「まぁね」

得意げな表情で、一年一組生徒の相川清香は空中に浮かんでいた。
身にまとう日本製第二世代機『打鉄』は鈍い銀色の装甲を光らせている。初期装備である浮遊した実体シールドを試しに動かし、そのキレに満足する。

「谷ポンにナギちゃんも、イメージ次第だって、こういうのは」
「そーなの?」
「でも、イメージっていうのがよく分かんないのに……」
「なら教えてやろうか?」

横合いから突然飛んできた声。
振り向くと、黒い装甲を全身にまとった少女がこちらを見ていた。

「ボーデヴィッヒさん……」
「目に付いた、お前は筋が良い」

腰部からワイヤーブレードが射出される。瞬時に相川はバックブースト、四重の閃断が胸部装甲を削り取った。
突然の攻撃に、相川はアサルトライフルを召還して構える。

「何!? いきなり何ですか!?」
「少し鍛えてやる」

そのままワイヤーが踊る。
相川はギリギリの回避を続けながら叫んだ。

「不意打ちでこんな……!」
「強者と弱者の差を見せ付けてやろう」

距離を取った瞬間、大口径の対ISアーマー徹甲榴弾が相川の頬を掠める。
威嚇ではない。辛うじて彼女が回避してみせただけだ。

「あれは、織斑一夏は、強者たるに相応しくない。お前たちのようなヒヨッコにとって目指すべき正しい姿は違う。各国代表候補生こそ真の目標だ」

アサルトライフルの引き金に指をかける。
互いに真っ向から視線がぶつかった。

「違う! あなたの言ってることは間違いだ!」
「何?」
「私は織斑君はすごい人だと思う。無条件にそう思ってるわけじゃなくて、こんな環境であれだけ自分らしさを見失わないなんて、本当に織斑君は『強い』。あなたみたいな、単なる八つ当たりで私に向かってくる人より!」
「ッ、――貴様ァァァァァァッ!!」







「バカバカしい」

俺は相川とボーデヴィッヒのやり取りを遮断シールド越しに聞いて、そう吐き捨てた。
何が強者だ、何が弱者だ。持論を他人に押しつけやがって。勢いだけで感化させて満足なのかよ。ちゃんとディベートしようぜ。俺が肯定一反やるからお前は否定一反な。

放課後教室で惰眠を貪ってたらISスーツ姿の谷ポンとナギちゃんに叩き起こされて、涙ながらに何か頼まれながらここまで来りゃ、んだこの茶番。
俺は欠伸をして、背後に振り向いた。

「で、どうしろって?」
「清香ちゃんを助けてあげて!」

めんどーくせーなー。
正直そこまでの義理はねぇし。精々激昂ラージャンを一緒に狩ったり、夜中まで相川含む俺谷ポンの三人で牧場物語したりとか……
まあミラバル狩りに付き合ってくれてるのは感謝する。たまには笛以外も使って欲しいけど。俺は狩猟も大剣なんだよ。時々双剣だけどさ。

「いいっ!」
「あ?」

鋭い声が飛んだ。相川だ。
俺は訝しげに彼女を見やる。何だ、何に賛成してんだ?
もしかして『この痛み、この苦しみ……イイ!』ってこと?

「助けはいい! いらないっ!」

ワイヤーブレードに切り刻まれながら叫んでいる。
それに対し谷ポンが悲鳴を上げた。

「そんな、何でッ!?」
「織斑君に、迷惑かけたくないっ!」

……。
周囲で固唾を呑み、事態を傍観していた生徒たちの視線が、俺に突き刺さった。
オイ、まさか俺にやれってのか。介入しろって無言で期待してんのか。

「ムチャクチャやりやがって」

頭をガシガシと掻く。正直だりーよ。めんどーくせーよ。
強情なこと言ってるしよぉ。
俺には損しかねーじゃねえか。
クソッタレ。




戦いは佳境を迎えていた。つっても激戦になってるワケじゃねぇ。
ボーデヴィッヒがいつ相川を仕留めるかってのに、焦点は当てられていた。
相川の『打鉄』はすでに満身創痍だ、初期装備の物理シールドは鉄くずに還され、ライフルなどの射撃武器は一切を破砕されている。

「手数で圧倒的に負けているんだ、素直に諦めろ」
「ぐ、まッだ……!」
「無駄だ」

二対のワイヤーブレードが縦横無尽に駆け巡る。目で追うことすらできねぇ軌道に、相川の装甲は痛めつけられていく。
衝撃に負けないよう歯を食いしばり、相川は距離を取ろうとバックブーストした。

「射撃武器がないのに距離を取ってどうする」

ボーデヴィッヒも追いすがるようにブースト。
ワイヤーブレードの一つが、相川の右足を捕らえた。先端の刃ではなくワイヤー部分で絡め取る。

「っ!」
「未熟千万。ワイヤーにはこういう戦い方もあると知っておけ」

ボーデヴィッヒは一本釣りの要領で、相川を一気に引き寄せる。
そのまま相川は無抵抗に、慣性に従って滑空し――

「――うん、知ってた。それを、待ってた」
「!!」

固く握り締めた拳を、攻撃的で獰猛な笑みとともに掲げた。
爆音が炸裂し、『打鉄』の全身の装甲が弾ける。内臓されていた爆薬が作動したらしい。
吹き飛ぶ装甲と、反対に背中を押す爆風と、唯一残ったスラスターでの『瞬時加速』が相川の体をゴム鞠のように吹っ飛ばした。ワイヤーは手持ちの太刀に断たれている。
残った右手には、スパイク付ISアーマーがあった。

「これが、私なりのレールガン……『神風』ッッ!!」

鎧〈IS〉を砲身とし。
己〈パイロット〉を砲弾として。

「ああああああああああああああ!」

絶叫とともに、彼女はその拳を打ち込んだ。その速さに乗せられた致死の一撃が

凍りつく。

突如停止した相川と右手をかざすボーデヴィッヒの表情は対照的だった。

「!?」
「なかなか素人とは思えない動きだ。それに、その『打鉄』も特別製のようだ……悪くない。だが相手が悪かった。――これはAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)。私を守る至高にして絶対の盾」

必殺の一撃を止められ、相川の表情が絶望に染まる。
そんな彼女にボーデヴィッヒは笑みを浮かべた。

「まあ、お前が誰だろうと関係ない。身動きできないまま朽ち果てろ」

ドイツ製第三世代機最大の特徴。攻めて良し、守って良し、搦め手に良し、と三拍子そろったキチガイ装備。
特にタイマン張る時とかあり得ないほど強い。相手は違えど、何度か戦ったことはある。どうにもあれは好きになれない。やりにく過ぎるっての。

「まだ負けッ」
「いや負けだ」

AICがその効力を発揮する。ブーストをかけようとした彼女の体全体に重力の網をかけ、完全に動きを封じた。そのまま肩に乗っかるリボルバー・カノンが大きく稼働。
今まで天を衝いていたその砲口が、『打鉄』に向けられた。

「誰も助けに来ない。これで、終わりだ」



――それはどうかな?
違う、今の発言には真正面から異議を唱えさせてもらうぜ、ボーデヴィッヒ。
俺は迷うことなく、ピットの中からレーザースナイパーライフルで、彼女の顔面をぶち抜いた。匍匐姿勢でライフルの銃身には補助三脚を装着、完全なスナイプ。
続けざまに二発、三発! 女性に対して暴力を振るうとか普段は許されないけど、こういう大義名分を得た場合はヤっちゃっていいよね!

「ぐっ、この……!」

ボーデヴィッヒが肩のでっけぇ大砲をこちらに向けて、逡巡した。
だってこっちに撃ち込んできたらとんでもない被害が及んでしまうかもしれねぇからな。

一方的に射撃を続ける。アウトレンジからの集中砲火に『シュヴァルツェア・レーゲン』がその弱点を露呈した。
こいつは砲撃戦に弱い。AICはエネルギー兵器に対しては有効とは言えず、反撃用として肩部にリボルバー・カノンが申し訳程度に設置されているが、取り回しは最悪。
威力こそ折り紙付きとは言え、カタログスペックで確認した照準精度じゃあ機動戦には向かない。ましてこの距離で、ピット内に損害を与えず俺を正確に撃ち抜くのは至難の技だ。

何よりラウラ・ボーデヴィッヒ本人はインファイト重視のパイロットである。よって、俺のこの戦法に彼女は対抗できない。
俺は引き金を押し込み続けた。スコープ越しに彼女が苦悶の表情を浮かべる。彼女は水平に移動し、回避行動。先読みしてトリガーを引こうとして、射線上に何かが割って入った。

「アイツっ、何やってんだ」

相川が俺のファインクロス・スコープに移りこんだ。拡大すると、スラスターが焼きついて損傷しPICによる浮遊移動しかできていない。
ボーデヴィッヒは彼女を盾にするようにして旋回を始めた。
汚ねぇぞテメェ! いや人のこと言えないけどね。

『そこの生徒! ピット内から戦闘行為を仕掛けるな!』
「ぐっ」

教師から鋭い注意が飛び、俺は匍匐体勢を解いた。
ワンサイドゲームですらなかったし、そもそも正面からやり合っても負ける気はしねーが、それでもカッコ悪かったな、俺。
幸いなのはこのアリーナの監督が姉さんじゃなかったことぐらいか。

「相川、こっち来い」

フラフラの機動の『打鉄』を見ながら、あちこちのアーマーが破損したボーデヴィッヒはしばし静止して、やがて鼻息荒く俺と反対側のピットに引っ込んでいった。







白いベットの上に相川を寝かせる。
俺は保健室の先生がいないのを確認して、適当に棚から絆創膏やらを引っ張り出してきた。
絶対防御のおかげで直接的な怪我はないが、それでもIS同士の戦闘ってのは体力を消耗する。
買ってきた栄養ドリンクを枕元に置いて、相川の顔を覗き込んだ。ぐーすかと間抜けな寝顔を晒してやがる……俺がこいつを抱えてここまでくるのがどれだけ恥ずかしかったか分かるか。

「幸せそうな顔面してやがる……うぜぇ」

頬を人差し指で押す。ぷにぷにだ。女子の体って柔らけぇな。
じゃあ何だ、あのボーデヴィッヒってやつの体も同じなのか。いやでも硬そうだな。俺的にあの身長はなかなかいい感じだが。

「さっさと起きてろ。明日にはテメェの仇討ちしてやっからさ」

明日の学年別タッグトーナメント。一般生徒は二人一組になって戦い、専用機持ちはまったく別枠で組まれたトーナメントで雌雄を決することとなる。組み合わせは当日発表。今回こそトトカルチョでぼろ儲けしてやるって谷ポンが息巻いてた。まあ俺はまた俺に5000円賭けだが。

「ん、っ……」
「起きろコラ」
「あ……ヒーローさん……」

頭をハンマーでぶん殴られた、かと思った。
シャレにならねえ眩暈に思わずよろめく。ヒーロー? やめろ。そんな滑稽な名前で俺を呼ぶな。

「違う、悪いが、俺にはアメコミに登場する資格がねぇ」
「…………」
「絵面が違いすぎんだろ。okiuraにバッドマンは描けねえよ」

俺は席を立った。
ヒーロー。ねぇ。俺はキムタクよりイケメンって自負があんだが、負けたらやっぱキムタク以下になっちまうのかな。
キムタク以下のイケメン、織斑一夏。あれ、そんなに不細工でもない気がする。

まあいい。
金以外に、勝ちたい理由ができちまった。







もう発表されたのか、トーナメント表。
俺が朝登校した時にはもう、クラス内は勝負の結果を予想する声でにぎわっていた。

「あ、織斑君おはよう! もうトーナメント表出たよ!」
「はよっす。俺の一回戦は誰だよ」

カバンを自分の席に放り投げ、谷ポンが振り回している印刷紙を見る。
あれ、俺シードじゃん。断じて種が割れる方ではないが。

「俺とボーデヴィッヒは一回戦の間ヒマなのか」
「一緒に見ようよー、敵の研究とかしたいでしょ?」

やたらのんびりした挙動の女子がそう言ってきた。誰だこいつ初絡みなんですけど。
俺はコミュ力を発揮してそいつにやんわりと応答する。

「そうだな。俺の相手は、えっと……鈴か、四組の、更識……!?」
「かんちゃんだー、生徒会長さんの妹だねー」

……うわぁ、なんか名前聞き覚えあるわ。前あいつ自慢げに話してた気がする。私の妹はこんなに可愛いって。
顔写真を確認する。髪は同じ水色だが、ちょっと表情に翳りがあるな。

「何ジロジロ見てんの~? どの子が気になるのかな~?」

いつの間にか来てた相川の目が笑ってる。
元気じゃねぇか畜生。

「こいつ」

俺は織斑一夏とかいうイケメンを指差した。

「こいつイケメン過ぎじゃね?」
「ごめん好みじゃないわ」
「いちか に 108 の ダメージ !」

大仰に胸を押さえて膝を着く。
みんなノッてきた。

「いちかは死んでしまった……」
「おお一夏、死んでしまうとは情けない」
「ぼうけんのしょがきえてしまいました」

勝手にコンティニュー不可にまでされている件について。
どんだけ俺の扱いひでーんだよと密かに涙した。自力で協会までたどり着いてやんよ。
ただ自分の背丈と同じぐらいの段差から降りて即死とかは勘弁な。あいつのスペックじゃ多分ISのGに耐え切れねぇ。

何はともあれ、今日であのクソ女と白黒つけてやる。
あ、男女合体の方のクソ女じゃないですよ? CV的にアブなかったです、まる。







アリーナ中央に滞空。
暇である。

残念ながら鈴は負けた。一回戦は、まあ妥当な結果だったと思うよ。
他の試合ではオルコット嬢にデュノア嬢が勝利し、今頃別のアリーナで仏対独が行われているだろう。
そして俺は今から、鈴に勝利し勝ち上がってきた更識簪ちゃんと戦うワケだ。

向かい側のピットから銀色のISが飛び出してくる。俺と同高度で静止。
データ通りの外見だ。

「……お姉ちゃんの、元カレさんでも、容赦しない」
「違ぇ」

いい加減にしてくれマジで。
俺は思わず頭を抱える。みんな真に受けすぎてて怖い。最近の若者が情報を鵜呑みにしてるって本当だね。

頭を振って雑念を捨てる。その件については試合が終わってからゆっくり話す。
すると更識の妹さんは少し表情を引き締めて、話しかけてきた。

「この『打鉄弐式』には……あなたの……『白雪姫』のデータが流用されている」

つーことはこいつは知ってんのな、俺がニュースになるはるか昔からISを乗り回してたって。
更識の妹さんが薙刀を構えた。『白雪姫』が刃の部分の超振動を伝えてくれる。なるほど、その辺の物理シールドはサックリ斬れちまいそうだ。

「ただ、俺の『白世』にそれが通用すると思うな。こいつは至高にして孤高の剣(つるぎ)だ」
「分かっています……だからこその、正面勝負」
「ならせいぜい頑張れ。俺はお前の姉ちゃんと同じぐらい強いからな、俺に勝てたら姉ちゃんにも勝てるんじゃねえの?」
「…………ッ!!」

俺は知っている。『打鉄弐式』最大の特徴である48発のミサイルを並列して操作するマルチロックオンシステムは未完成だと。本体である八連装ミサイルポッド『山嵐』は装備されているみてーだがな。
あれが未完成である以上、脅威とすべきはその辺のなまくらならスパッといっちまいそうなあの薙刀ぐらい――あっやべ名前知らね。

『白世』を素振り。暴風と言っても過言ではない風圧……なんてものは起きず、俺は俺が剣に隠れた隙にハンドガンを召還していた。顔面に三連バーストを撃ち込まれ更識の妹さんがよろめく。

「俺の距離でやらせてもらうぜ!」
「ッ!!」

マズったな……こいつ、体勢の立て直しが早ぇ。
素早く姿勢を元に戻して、薙刀を振りかぶり突撃してきた。加速度的に縮まる距離。予想だにしなかった事態に俺の大剣は振り遅れてやがる。対する相手さんは突きの姿勢だ。遅れようがねぇ。

まァ元々『この白世』は振り遅れる予定だったけどさ。

「お疲れさん、もっと裏を読めよ。そんなんじゃ、他国の代表に勝てねぇ」
「……!?」

俺は急停止し大剣を盾代わりに構える。
薙刀は、大剣の剣の腹に吸い込まれるようにして突き立った。切っ先から柄元までそりゃあズッポリと。

ごめんこの大剣、『白世』じゃねぇんだ。ただの張りぼてです。

「動きが止まったな」
「しまッ……」

薙刀の余った持ち手を掴む。そのまま偽白世を手放し、一気に妹さんを引き寄せた。
超至近距離。この距離なら薙刀は使えねぇよなぁ。
ハンドガンで背部の荷電粒子砲二門を素早く破壊。ついでに薙刀を偽白世ごと蹴飛ばす。妹さんの表情が凍った。

余った片手にもハンドガンを展開する。そのまま二丁拳銃の銃口で妹さんのこめかみを挟み込んだ。
トリガー×2。

双手穿孔拳ってどう考えてもみさとからアイデアを得てるよなー。さすが覚悟さんえげつねぇ技を繰り出しやがるぜ。大ダメージをぶちかませる。

「きゃあああああっ!?」
「おおッと!」

恐怖に負けたのか、動物的な反射か、妹さんはこの至近距離でミサイルをぶっ放した。自分を巻き込みかねない暴挙だ。無茶苦茶しやがるぜ。
俺は左手のハンドガンを粒子に還し――ミサイルの腹を裏拳っぽく打ち払った。
続けて妹さんのアゴを右膝で思いっきり蹴り上げ、瞬時に展開したホンモノの『白世』で斬り払いつつバックブースト。距離を取りながらハンドガンでだめ押し。妹さん肩部のISアーマーが、それと同時の俺の左腕部手甲が、過負荷に砕けた。もう大分エネルギーを削れたはずだ。

「ッう……ミサイルを素手で迎撃するなんて……非常識……」
「残ァ念、俺相手に常識的な考えが通用すると思うなよ。俺を、ついでにおねーちゃんを倒したけりゃ非常識になれ」
「……ひじょう、しき……」
「おお」

この距離ならハンドガンは外さない。『レールガン』シリーズがあれば……いかんいかん。自前の装備で何とかしろよ。
最近発想が惰弱になっている気がする。他社に頼るなんざ俺らしくもねぇ。

しゃーねーな。フィニッシュは『白世』でいくか。

「非常識に……非常識に……」
「ああ?」

おや? 妹さんのようすが……

「非常識に、非常識に、非常識に、非常識……非常識……非常識……非常識!!」

ガシュ! と装甲各部がスライド、キーボードが妹さんの周囲に浮遊し始めた。どうやら空間投影のようだ。
両手で2つ、視線操作(アイ・タッチ)で1つ、それに音声操作もやってやがる。なんつう分割思考だよ。
って、ナニしてんの? え? なんか異常にロックオンアラートが鳴り響いてるんですけど?

「――非常識、完了」

俺が慌ててハンドガンを構えるころには遅かった。
やっと意味が分かった。とんでもねぇことしやがって、さすがは更識の血筋ってワケかよ。

こいつ、この土壇場で、プログラムの代わりにミサイルの弾道演算をこなしやがった。

『打鉄弐式』が、その最大にして最強の兵装が牙を剥く。
左右肩部背部腕部脚部――あらゆる箇所のミサイルポッドが開いた。発射。
噴煙が軌道を描き、48のキチガイじみたミサイル攻撃。

「チッ、やってくれたぜ!」

逃げ回りながらハンドガンを乱射。ダメだちっとも迎撃できねぇ……! 軌道がッ、複雑すぎるッ!
妹さんはまだキーボードを酷使してる。つーことはリアルタイムで操ってんのか、これ搭載予定のプログラムより厄介なんじやねーの。

「マジで非常識じゃねーかぁぁぁぁぁ!?」

観客も騒然としてるだろうよ。
この局面をひっくり返すには、大規模攻撃でミサイルを一掃、回避しつつ妹さん本人を攻撃し妨害のどっちかか。
うん後者。大規模攻撃は楯無にまかせろー。

「つってもこんな状況じゃ……あ」

普通に考えてムリ。諦めるのが妥当。
でも俺は普通じゃない。妥当だなんて言い訳振りかざして妥協したりしない。
見えたぜ、活路。
この頭のイッてる状況を、最高にクレバーでクレイジーに突破してやろーじゃねぇか。

「よっ、ほっ、とっ」

迎撃はできねぇか、こっちからある程度ミサイルの弾道をいじることはできる。ずっと一直線に飛んでりゃ次第にミサイルの軌道だってカブりだす。
高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)で一気にミサイル群を引き離す。
妹さんが慌てたようにキーボードのタイピングを速めた。四方八方から追ってきていたミサイルがだんだんと同じ方向に収束し始めた。
ここだ。
急停止。振り向いて、パワーアシスト最大出力。

「切り開け、活路ッッ!!」

『白世』をぶん投げた。回転をかけ巨大手裏剣さながらの軌道。交錯したミサイルが次々と爆散する。

「でも、まだミサイルはある!」

そうだ、その通りだな。俺が今撃破できたのはせいぜい10発弱。
でもよお、『白世』はミサイルを全滅させるために投げたワケじゃねぇ。言ったろ、こいつは活路を『切り開く』ための投擲だ。

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)。
俺がよく使う高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)とは違い、一度に放出する慣性エネルギーを小分けに放ち多段階的に加速するテクニックだ。
アクセル・イグニッションの方は複雑な軌道を描けるが、こっちの強みは最高速度――だからこそ。

ミサイル群に向けて、ターボ・イグニッションッ……二重(ダブル)、三重(トリプル)、四重(クアドラプル)五重(クインティプル)六重(セクスタプル)ッッ!!
突発的な急機動に妹さんは反応できねぇ。『白世』が切り開いた道を、通り、白い機影がさらに加速していく。
この快感ッ! 呆気に取られた敵の表情ッ! 最ッ高に気持ちイイぜぇぇぇぇぇぇぇぇっっ! うッ! ……ふぅ。
ミサイル群が反転する前に俺はそれらを突破しきってみせた。
最高に気持ち良すぎてISスーツの中がビチャビチャだ。漏らしたワケじゃねぇそれよりタチが悪ィ。
何にせよミサイルより俺の方が妹さんに近ぇんだ。この勝負、もらった。

――――ロックオンアラート。

「……この勝負……もらった」

第二波が装填されていやがった。
放出されるミサイル群。前から、そして後ろから。
詰んだわコレ。

「――つッははははは! なるほど確かに絶体絶命みてぇ」

爆音が俺のセリフを遮りやがった。クッソせっかく第二第三の織斑一夏が現れるだろうと宣言したかったのによ。
誘発され、俺がいた辺りで爆発が続く。爆発に巻き込まれ更にミサイルが爆ぜる。

…………。
……………………。



ここでちょっと豆知識。
ISバトルはスポーツだ。だからミサイルみてーに対象を認識してホーミングする武装は、総じてISそのものを認識するよう設定されてある。対象がISでない限り、例えライフル弾を撃ち込んでくる兵士が相手だろうと一旦は警告ウィンドウが表示されるのだ。生体反応を確認、対象は人間と推定されます、ってな。当たり前だ、ISは殺戮に用いられてはならないのだから。
優先順位が最高位であるISが突然現れた場合、当然のごとくそちらに注意は向く。目の前でこっちにランチャーぶち込もうとしてくる歩兵がいてもそれは変わりない。

逆説的に言えば……突然ISが消失した場合、そういった追尾システムはフリーズする。それが例え手動だとしても、一瞬だけ、ただブースターが噴いている、直進しかしない空中爆弾に成り下がる。



故に。

「ヒューッ! キレーな花火じゃねぇか!」

生身で落下する俺を――ミサイルは追えない!

「なッなッ、なんて無茶苦茶な!」

妹さんはすぐに俺がやったことを理解したらしい。そうこなくっちゃな日本代表候補生。
IS本体が活動していれば、ミサイルは俺を追ってきただろう。だが俺は今、『白雪姫』本体を眠らせた。
俺は両手にハンドガンを召還。武器のみの展開はセンサーでは咄嗟に反応できない。
天地逆さまで落っこちる真っ最中だが、狙いはブレねぇ外さねぇ。
トリガー!







なんとか勝てたか。
鈴が負けるのも分かる。致し方ねぇ。

生身でIS用のハンドガンをぶっ放しちまったんだ、当然のごとくすさまじい負荷が俺の体にはかかった。
肩が反動で痛む。マジ痛ぇ。

「ギリ勝ちだったわー」
「試合途中でISを解除しておきながらよく言いますわ」

ピットに入ってきていたオルコット嬢が呆れたような表情でタオルを持ってくる。冷たい水に濡れていて気持ちいい。
俺はすぐに『白雪姫』を粒子に還して、タオルで顔を拭いた。ごしごしと拭き終われば、鈴が温めのスポドリ入りペットボトルを手渡してくる。俺の応援団気ィ利きすぎだろ。

「そうだ、あっちの試合の方はどーなったよ?」
「まだ分かりませんわ……ですが、そう簡単にデュノアさんが負けるとは思えませんし」

オルコット嬢が言葉を続けようとした瞬間、さえぎる様にしてピット内にISが突っ込んでくる。
抜群の操作精度をもってそいつは器用に着地した。
更識の妹さんだ。

「織斑君」

彼女の全身を包む鎧が光と解ける。だが手に持ったハンドキャノンは保持されている。
銃口が向けられた。
IS用のハンドキャノンとか食らったら跡形もなくなっちまう。霧みたいに粉末になるか骨片が飛び散るかだ。

「ナニしてんの」
「もう勝負は終わりましてよ」

間に割り込んだ二人のイヤーカフスとブレスレットが淡く輝き始めた。恐らくもう起動していて、引き金にかかった人差し指がピクリとでも動いた瞬間に装甲が顕現するのだろう。
だがその介入は俺の望むところじゃねぇな。

「下がってくれ」
「!? 一夏、あんた」
「いいんだ……ほら、来いよ。ガンなんか捨ててかかってこい」

挑発。しかし楯無の妹さんはまったく表情を変えなかった。
むしろ毒気を抜かれたように銃を下げる。そしてその銃口を自分のあごに当てた。
……!?
ちょ、何してんのこのコ。

「私は更識にはふさわしくない」
「ッ、」
「でも私は、更識である必要もない」

迷うことなく彼女はトリガーを押し込んだ。
……静寂。

「これは……」
「弾が、入ってないのですか……?」
「これで更識簪は死んだの」

妹さんがハンドキャノンを量子化した。

「アドバイス、ありがとう」
「え」

ひょっとして俺の試合中の発言、全部聞き取ってたのか。
完全に馬鹿にしてただけなんですけど。正直、舐めプの真骨頂だったんですけど。あれだ、『えーそのカードスタンバイフェイズに発動しなかったんですか?』『え? デスティニーでパルマ使わないとかお前特格忘れてね?』とかと同じ部類。やられたら5秒でブチ切れるレベルのうざさ。リアルMK5である。

「勘違いしてねぇか、妹さん。あれはお前のためのじゃねぇ。俺のためだ」
「……? どういうこと?」
「俺の、強者の余裕を見せ付けるためだっての」

パフォーマンスととってもらってもいい。とにかく、俺の強者性をアピールしたかった。
目立ちたいし、噂されたいし、何より気持ちいい。

「ッ……私との差も、見せ付けたのは」
「ああ。一生かかっても今のままじゃ破れねぇ壁があるって分かったろ。分かったら帰らせろ」

もう俺の興味は彼女から外れていた。だって更識家の人とかマジ苦手だし。彼女で二人目だけど。
ここで楯無と出くわしたりしたら死ねる。あいつと会話するだけでも俺のSAN値がガリガリと削られて名状しがたい精神状態になってしまうのだ。nice boat.

「あんまり人の妹いじめないで欲しいんだけど?」
「出やがったよクソが。どこから沸いてでてきやがった」
「人をゴキブリやにじファン難民みたいに扱わないでくれるかしら」

いつの間にやらピット内にいた楯無を発見してしまい、思わず帰りかけていた足が止まる。

「私からも一応、感謝するわ」
「何を」
「かんちゃんをこんな風に痛めつけるなんて、『私には』無理だったもの」

どこか含みのある言い方に、思わず俺は眉を寄せた。
何だ、何が言いたい。

「……ひょっとして、それで」
「殻を内側から破れないなら、外側から叩き壊してしまえばいい。乱暴な発想よね」

何だ、お前ら何だよさっきから。何俺を置いてけぼりにして納得してやがる。
オルコット嬢も、鈴も、妹さんにピット内の整備部生徒まで心得たとばかりの表情とやけに温かいまなざしで俺を見てきやがる。

「でもそういう不器用な所、大好きよ」
「……ッ!」

思わず顔がひきつる。公衆の面前で告白とかマジ羞恥心ねえよお前。よく見たら耳真っ赤だけど。無理してんじゃねぇよ。
っていうかオイ! ここにはUKと中国(仮)の怪しい工作員候補がいんだよ! 刺激すんな!

「な、わた、私もそういったところは、非常に……非常に好意的に捉えていますわ!」

途中やけに詰まったかと思いきや、やっぱりオルコット嬢も同じ穴の狢だった。
俺をめぐって争う二人の美少女。HAHAHA、これで純愛とか三角関係とか想像したやつは大人しくツタヤのマーガレットコミックスコーナーに行って来い。

オルコット嬢は完璧に黒。楯無は、正直考えたくもないが、態度からして俺のことを本気で好いている。
だがこればっかりは俺も応じられねぇ。だってこいつ更識だし。対暗部用暗部の当主と世界で唯一ISを起動できる男子である俺様が関係を持ってるなんて知られたら事だ。それはもう関係とかじゃねぇ。ただの癒着だ。
更識家が、男性なのにISを使える俺の遺伝子データを独占しているなんて思われたら、こいつの実家に何が飛んでくるか分からねぇ。だから俺はこいつのアプローチをスルー。絶対に気づいてはいけない。

……んだこれ。
何で俺がこんな迷惑女のためを思ってるみてーになってんだ。
バカか、俺は保身のためにこんな七面倒なことやってんだっつの。

「あたしもそういうトコ好きよ?」
「! むむむ……」
「ハッ、あんたとじゃ付き合いの長さが違うのよ」

俺の左腕に飛びついてきた鈴も一応ハニートラップ候補ではある。
ていうか本物だったら、実質一番危険なのはこいつだ。俺の手の内を知り尽くしている。今は『白雪姫』という強い仲間がいるが、こいつはそれすら潜り抜けかねない。俺の癖とかほぼ割れてるし。

「うぜぇ、離れろ」
「やだー」
「あら、私も混ざっちゃおうかしら」
「く、私だって……!」

触っても何のご利益もねぇぞコラ。
半ギレのまま、俺は体をひねって三人とも弾き飛ばした。

「どけっつってんだろ! この、」

言葉を続けようとした瞬間。
俺は全身の装甲と『白世』を顕現させていた。
野生のカン、とでも言うのか。はたまた生存本能か。

三人を弾き飛ばした瞬間に剣を振り下ろした。飛来した弾丸を捉える。パワーアシストの最大出力をもってしても殺しきれない衝撃が空気を打つ。俺の脚がピットの床を削った。
狙撃か! 俺の眉間を狙った精密なスナイプに半ば戦慄する。
斬るのではなく打つ。刃ではなく面で受け止め、弾き飛ばした。ピットの外へ、そしてアリーナの地面に着弾する。
アリーナを見る。
黒いISが、こちらを見ている。

「て、めぇ……!」
「この間のお返しだ」
「いい具合に脳味噌フットーしてんじゃねぇか、ラウラ・ボーデヴィッヒよォォ……!」

犬歯をむき出しにして、俺はピットのすぐ外に悠々と滞空する『シュヴァルツェア・レーゲン』を睨み付ける。

「決勝は、私が相手だ」
「だろうな、無様に負けて腹いせにここに来てたんじゃお笑い種だ」

彼女もまた、表情に遊びがない。
ボーデヴィッヒの本気のけん制が、本気の視線が、痛いほどに感じられる。

「決着は二時間後だ」
「上等」

俺は親指を下に突き出した。地獄に落ちやがれ。
取り合うことなく、漆黒のISが飛び去ってゆく。

それを油断なく見据えていた俺の肘を、後ろで立ち上がった鈴が突っついた。

「あ……一夏」
「悪ィ、どっかケガとかしてねーか」

ピット内の人々に呼びかけるが、目立った悲鳴とかはない。無事だったんだろう。
楯無にオルコット嬢も立ち上がる。
……? なんか、鈴と楯無とオルコット嬢の顔が、赤くなってる?

「あ、ありがとうございますわ……」
「うんうん、えっと、紳士としては及第点なんじゃない?」
「たたた助かったわ。別に頼んでないけど」

え、俺何かした?
あー……違う。それは勘違いだ。

「うるせぇ。今お前らを吹っ飛ばしたのはマジでうざかったから」
「お姉ちゃん、彼氏がツンデレってどうかと思う」
「か、かんちゃん!? べ、別に彼氏なんかじゃ……!」
「一秒たりとも彼氏であった覚えなんざねーよ」

しかも俺、なんでツンデレになってんだ。おかしいだろ。
俺は俺のために行動したんだ。何でそれをお前らに都合よくとられなきゃいけねぇんだよ。俺の行動の恩恵を受けるのは俺だけであっていいはずだ。今までそうだったし、これからもそのはずだ。ナメんな。

「いいか、俺は」
「私は諦めませんから」

……
…………お願い、です。
お願いですから……俺の話を聞いてください。

「私はいつか日本代表になって、そして、あなたとお姉ちゃんを倒します」
「ふぅん、上等ッ! そう簡単には負けてあげないわよ!」

めっちゃキレイに話終わろうとしとるがな。
男に夢見すぎなんだよテメェら。夢ばっか見て、現実の俺を見ようとしてねぇ。常時ミスディレクションみてーなもんだ。『白雪姫』ごとバニシングドライブとか俺無敵すぎる。
存在感アピールのためにこれから毎日バッドモービルで登校しようかな。あかんウチ全寮制や。駐車場をミサイルで破砕する羽目になりそうで怖い。

ではそろそろお腹も空いてきたので、食堂に行かせてもらおう。
ピットで火花を散らせている姉妹は、俺とはDNA的に相性が悪いようなのでさっさとドロンさせていただこう。

まあ、結果オーライなんじゃねぇの。
妹さんも、本来はああいうキャラっぽいしな。まあキャラ的にぴかぴかぴかりんジャンケンポン! ってカンジ。

俺の理想はしんしんと降り積もる清き心だけどな!







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・デュノア嬢ログアウト

・千冬さんは休憩中

・ボーデヴィッヒさん荒ぶりがち
 この後千冬さんの鬼のような折檻が待っていることでしょう

・武器のみ展開でセンサーフリーズはロジックまとまってない気がががが

・重いってレベルじゃなかった
 移民まじやめろて思ってたけど冷静に考えてみたら俺もにじファン住民だったわ
 タイトルに(笑)がついたような話を見ると同郷出身であることが恥ずかしい



[32959] 這いよれ!ハニトラさん/ラウラ・ボーデヴィッヒには響かない
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/08/06 06:20
食堂のテーブルを見てキャバクラを連想するのは俺だけじゃないはずだ。
唯一違うのは俺が座ってもキャバ嬢は来てくれない所。
何あれひょっとして指名制なの? 一人入店、一人食事、一人退席のコンボがオーバーキル過ぎて死ねる。

「今日はお好み焼きがあんのか。太陽サンサンだな……」

熱血パワーが暴発するほど元気があるわけではないが、まあ食っとく分にはいいだろ。
試合まであと1時間と少し。
あの女との決着をつける時だ、俺のプライドのためにも、ここはド真ん中から叩き潰してあげなければなるまい。

「すんません、お好み焼き一つ」
「かしこまりました~」
「……そこは関西弁だろ!」
「!?」

これはお好み焼き屋『あかね』を探す旅に出るしかねぇ。
それで俺が6人目のキュアアマテラスになって無双する。他の5人も戦闘の度に明らかに不自然にピンチになって毎回俺に助けられて、俺にメロメロになるに違いない。ウケるわこのストーリー。にじファン限定で。

席に腰掛け、敵のスペックをあらためて確認する。

パイロットは雑魚。論外。

機体は厄介。スペック上は現行最強と言っても過言ではない。
以前同系統の機体と戦った時は、あちらが近距離に対応していない装備だったので俺の距離に持ち込めばある程度有利ではあった。だが今回は事情が違ぇ。
両手のプラズマ手刀は手数に富み、ぶっちゃけ俺の『白世』では不利だ。そもそも剣域が違いすぎる。

「まあヒットアンドアウェイ中心でいくかな」

運ばれてきたお好み焼きを前に、俺はお冷を一杯あおった。
今日も一人飯である。







ピットへと向かう最中にデュノア嬢と遭遇した。
落ち込んだ表情のままこちらを見つけ、とてとてと駆け寄ってくる。

「織斑君っ」
「よぉ。割と接戦だったらしいじゃねーか」

聞くと、ボーデヴィッヒとの戦いはなかなかの熱戦だったらしく、最終的なダメージ量では差こそついているが、試合内容はデュノア嬢にも何度かチャンスはあったらしい。
まあ機会をモノにできねぇのは本人の失態だ。

「気をつけて、あのAICっていうの、かなり厄介だから」
「了解」
「それに本人の気性もあって、かなり攻撃的な戦術で来てたよ。さすがの君も危ないかもしれない」
「オイオイ、俺のことを誰だと思ってやがる」

対策もバッチリだ。さっき後付装備(イコライザ)保管室からいくつか対ボーデヴィッヒ用の装備を引っ張ってきている。

「まあ確かに凶暴ではあるが、ある程度の倫理観は持ち合わせているようで安心した」
「……ピットの中に弾丸撃ち込んでくる人に倫理観なんてあるのかな?」

デュノア嬢が皮肉げに言った。
女の子がそういう発言をするんじゃありません。

「一応あれは俺をねらった攻撃だしな……よほど自分のウデに自信があったんだろ。実際に、俺が反応できなけりゃ俺だけ死んでたわけだし」

殺人未遂で起訴してもいいんじゃねーのこれ。
俺以外にもピットに大勢いたわけだし。

「でも、あれで織斑君以外が吹っ飛ばされてても、多分ボーデヴィッヒさんは罪には問われない」
「は?」
「現在、欧州連合で第3次イグニッション・プランの主力機を選定中なのは……」
「知ってる。レーゲン型にティアーズ型、テンペスタⅡ型だろ」
「うん。その選考に、今回のトーナメントは一枚噛んでる」
「……何?」
「VIP席にいるらしいんだ、選定委員会の人たちが」

初耳だ。確かにレーゲンとティアーズについては参加しているが。

「だから今回のトーナメントは、多少のトラブルがあっても強行されるよ。そして欧州連合は一般生徒が2、3人死んでもやる。まあ代表候補生とかだったら話は別かもしれないけど……ここの会長さんや織斑先生の抗議もさっきから後回しにしてるから、黙殺するつもりだろうね」

なにそれこわい。
俺の想像を上回るエグい国際情勢inIS学園にドン引きしつつ、俺はふと気になったことを口に出した。

「テンペスタⅡはどうしたんだ」
「それは言えないよ。機密情報だから」
「まさかあいつら、マジで出力源から調整を始めたのか? 確かに動力自体に欠陥があって、戦闘中のオーバーヒート率が異常数値って言ってた気がするが」
「……何で知ってるのさ。僕は父さんと仲直りした後にやっと聞けたのに」

デュノア嬢が訝しげな目でこちらを見てくる。
まあ、コネの質では俺の方が上みてーだな。

「一回戦ったことあるし」
「それこそ初耳だよ」

それはどうだっていい。問題は、イグニッション・プランの選定をここで行う意義だ。
当然のごとく第二世代機使用者であるデュノア嬢は、いわゆるレーゲンのかませ役だったのだろう。
その点、リヴァイヴに負けたティアーズ型はかなり減点されているに違いない。
ピットでオルコット嬢が普段どおりだったってことは、さてはパイロット本人たちも知らされてないなコレ。デュノア嬢や俺は例外ってわけかよ。

「一夏ー! さっさとしないともう始まっちゃうわよー!」
「ああ、今行く」

廊下の向こうで鈴が手を振っていた。
考え事は後に回そう。

「がんばって。ジャーマニーの威厳なんか潰しちゃいないよ」
「お前、割とエグいよな」

さらっとえげつない発言をしたデュノア嬢は、完璧な笑みを貼り付けたまま応援席へ向かう道に曲がった。
知ってるよ。ボーデヴィッヒとの試合。接戦だった、けど、数値的に見ればボロ負けだ。さぞ悔しかったろう。
俺は首を鳴らして、ピットの中に入った。







「出番か」

人名紹介とともに歓声が響く。先に名を呼ばれたボーデヴィッヒはすでにアリーナ中央で待機していた。
俺も続いて呼ばれる。カタパルトに自身を固定してシグナルが三つとも青になるのを見る。発進準備完了。後ろから聞こえた鈴の声に右手を上げることで応え、直後にブースト。
勢いよくピットを飛び出せば、アリーナは今までとは比べ物にならないほどの数の人で埋め尽くされていた。
1年生専用機持ちトーナメント。
その頂点。
対極に位置する白を黒に、観客らは喉を枯らして声援を送ってきた。……主に俺に。
どんだけ評判悪いんだよボーデヴィッヒ。まあそう思われて当然の行為をしてきているわけだが。

「来たか、俗物」

出会い頭に真っ向否定である。
俺は滞空しつつハンドガンを呼び出す。

「お前の発言を俺はこれ以上望まねえ。ただ一つだけ聞きたいことがある」
「……何だ?」

銃口を突きつけて、俺はボーデヴィッヒの目を見た。

「俺は『弱者』か、『強者』か、どっちだ?」

試合開始のブザーが鳴った。

「――ッ、『弱者』に決まっている!」

ボーデヴィッヒがワイヤーブレードを2対放つ。
瞬時加速で後退、俺は片手に持ったハンドガンでワイヤーブレードの先端部を狙い撃った。金色の鋭い爪が砕け散る。同じように他の三つも破壊した。

「……!?」
「ブレード部分をダメにしちまえば、どうにもなんねぇよなァ!」

ワイヤーブレードの推進力は先端部が担っている。それをなくした以上は、少し硬い糸を出せるだけになる。
これでは利用のしようがないと判断したのか、ボーデヴィッヒはワイヤー射出機関を内蔵した部分のアーマーをパージした。
デッドウェイトはすぐ排除するのは基本だ。

だが、この場合は悪手である。
俺はワイヤーの露出したアーマーを両手に二つ掴み取る。同時にブーストをかけ距離を詰めた。
そのままカウボーイよろしくワイヤーをぶん回し、勢いのままボーデヴィッヒに叩きつける。
予想だにしない攻撃に反応が遅れたのか、さしたる妨げもなくアーマーが元の持ち主に激突し、あまりの衝撃にひしゃげた。

「ぐぅぅぅッ……!」
「逝っちまえよッ!」

そのままもう片手を使い入れ替わりに二撃、三撃。さすがにガードされ、三撃目は『網』に捕まった。
得意げ、というか、一筋の光明を垣間見たかのような表情のボーデヴィッヒには申し訳ない。
言わせてもらおう。

「 計 画 通 り 」

ドヤァァァァ!!
スーパーウザやかスマイル……ッ、略してスパスマ!

「決まっちまったぜ……これ以上ないと言うほどにな……」
「何……どういう、ッ!?」

停止を食らったのはワイヤーの射出元であるISアーマー。それとワイヤーでつながる俺。条件は揃った。
俺は真上へブースト。だが宙に静止したアーマーと俺の間でワイヤーがピンと張った瞬間、俺の加速方向はぐりんと変わる。

「そんな、私のAICを逆手に、」
「テメェのじゃなくてその機体のだァァァ!」

ボーデヴィッヒがAICを解除した。俺は両手のワイヤーを手放し、『白世』を召還。そのまま最高スピードで突っ込む。
素早い反応でボーデヴィッヒは、真上から攻める俺を見上げた。

「ナメるな!」

右手が掲げられる。想定通りに、俺は『白世』を横に倒し、その面に体を隠した。
ちょうどボーデヴィッヒと俺の間に『白世』が割り込み、互いの顔が見えない状態だ。

AICによって俺でなく『白世』が固定される。その上に寝転び、両手にハンドガンを呼び出し、俺はほくそ笑む。
まず初撃。
背を大剣に預けたまま、顔を出すことなく腕だけでボーデヴィッヒに銃口を向ける。至近距離から乱射。面白いぐらいに当たる当たる。

「ッ……ええい、AICがなくても!」

このまま『白世』を固定することに意義はないと判断したのか、俺がハンドガンを引っ込めると同時、大剣が唐突に復帰した重力に引き寄せられた。
ちょうどいい。俺はハンドガンを量子化し『白世』を握り直した。

『白世』の影から出ると同時に体ごと縦回転し下から斬り上げる。
渾身の一撃。
クリティカルヒット。
三タメやホームランを突進してくるレウスの脳天にキメたような爽快感だぜ。
そのまま砕けた装甲を撒き散らしつつ、ボーデヴィッヒは落下して行く。

「……が……ッ」
「どーするよ。降伏するんなら今のうちだぜ?」

砂煙を上げ墜落した黒い機影。俺は鼻白みながら、ゆっくりと降下した。
立ち込める煙幕越しにボーデヴィッヒが自分の顔に手を伸ばすのが見えた。

「まだだ、まだ一撃だけだ!」
「認めて楽になれよ。お前じゃ俺には勝てねぇ」

左目を覆う眼帯が解かれる。
黒いそれの下から見えたのは、金色に輝く瞳。
『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』――ドイツじゃ実用化されてる、ナノマシンを移植した眼球か。

「……認めたくなかったさ。だが、お前は強い。私の想像よりずっと強かった」
「今更気づいたのか」
「だからこそ、見栄を張ってしまった」

何だ。
いきなりしおらしくなったぞ。何を企んでやがる。

「ISではお前に勝てないだろう、だが……」
「んだよ」
「お前のような、何の覚悟も持たない者に、私は負けるわけにはいかない!」

……何の覚悟もないだと?
レールカノンから放たれた弾丸を避け、俺は珍しくマジで頭にキていた。

「いい度胸だテメェ!」
「力を持ちながら、お前は何もしていない! 偉そうに人を見下して、何様のつもりだ!」
「そりゃこっちのセリフだっつの!」

飛んできた弾丸を斬る。真っ二つになり俺の背後に着弾するそれを見て、ボーデヴィッヒは舌打ちした。
そのまま勢いよく吶喊。

「真正面から……!?」

確かにAIC相手にまっすぐ突撃だなんて、無謀か舐めプかどっちかだろう。
だが。
真正面から、正々堂々卑怯な手を駆使して勝つのが俺の常套手段だ。

目測で測ったAICの有効範囲寸前、俺は加速に乗った機体の速度を利用して逆向きに縦回転した。
衝撃で砂煙が俺の前方にバラまかれ、ボーデヴィッヒの視界を奪う。

「チッ」

砂色のカーテンを真っ向から突き抜け、俺は勢いよく『白世』を振り下ろした。
当然避け、距離を取ろうとボーデヴィッヒはバックブーストする。
逃がさねぇよ。
AICを発動させようとした右手を切り払い、そのまま返す刀で一閃、さらに『白世』の切っ先を喉元に突きつける。

「――――――――!」

彼女の左目が俺を射抜いた。関係ねぇ。
勝った! 第三部完!
俺は渾身の突きを放った。







……結果的に言えば。
俺の一撃は届かなかった。
んだこれ。
いきなり世界が吹っ飛びやがった。
客席もアリーナもない。あるのは俺とボーデヴィッヒだけ。『白雪姫』もレーゲンもいやしねぇ。
ISスーツ姿で、足場すら感じることなく、ただただ相対していた。

「……はは、何だこれは。死後の世界か?」
「テメェがやったんじゃねぇのかよ」
「知るか、こんな芸当私にはできん」

ボーデヴィッヒはどこか憔悴したような表情で、虚ろに呟いた。

「まあいい……どこであろうと、何があろうと……私は……無力だからな……」

無力。
たった二文字のそれが、彼女の口から重々しく響いた。

「どういう意味だ」
「力こそ全てだ。そのはずだった。そう思っていたことは本当だし後悔もしていない」

どんなに想えど届かず。

「ただ、力だけではどうにもならないことがあると、私は気づけなかったんだ」

どんなに想えど振り向かれず。

「意志無き力はただの棍棒だ。野蛮だ、それはもはや無知の時代へ逆戻りすることに他ならない」

どんなに想えど、直視できず。

「意志を持って、初めて力は刃になる。引き金を持つ。理知的で、人為的なものになる」

そうやって彼女は歪んだのだろう。
どうあがいても光には届かなかったから。蝋固めの翼では太陽に近づけないから。だからこそ、せめて織斑千冬と同じ高さから世界を見たかった、彼女のような強さがほしかった。
織斑千冬のようになりたかった。
世界最強《ブリュンヒルデ》に、ただひたすらに憧れた。

流れ込む感情は、俺が今までに感じたことがないほどに、清らかで純粋だった。
それを否定する術など誰も持ち得ないだろう。

だが、今こいつを突き動かす激情はそれじゃない。断じて違う。清らかさの欠片もなく、まともに見ることがはばかられるほど醜く禍々しく、俺はそれを肯定する術を持ち得ない。そんなものを認めるわけにはいかない。
姉さんの、唯一人の家族として、俺はこんな妄執には頷けない。

「言い訳は終いか?」

俺はそんな腑抜けた言葉を真正面から叩き切る。

「お前は織斑千冬にはなれない。偽物にはなれるだろうが、そんなものには何の価値もない。何せこの俺サマにとっちゃ蚊とんぼみてーなモンだからな」

どんなに足掻こうとも誰かが誰かになることなど到底できやしない。
対象に自分を投影したって、いつかは現実を見てあまりの落差に気を遠くするだけだ。

「織斑千冬を目指した所でどうにもならねぇ……そのことは、俺も、よく知ってる」

織斑千冬という光がどれほどに眩しいか、俺は知っている。一番傍にいたと自負するから、それだけ光の強さも、熱さも知る。
翼を広げ、目指し、翼を焦がされ、焼け落ちた身だからこそ。
知っている。

その感情は決して報われないと容易に分かる。その憧れも、一度は抱いたものだから重みがよく分かる。
手放したくないさ。それにしたがっていればどうにでもなりそうで、まるで自分が強くなったように錯覚しちまう。
どこまで突き詰めていったって、結局星には手が届かない。月を掴むこともできない。
そのくせして見上げればいつでもあるから、なお性質が悪い。

俺はそれに惑わされない術だって知っている。
たった一つだけ。

「……だからお前は、ラウラ・ボーデヴィッヒになれ!」

なりたいものは何だ。
目指したいものは何だ。
俺だってお前だって、あのバカ姉みたく強くなりたいだろうさ。
でもなれねぇ。なっちゃあいけねぇんだよ。
俺は俺だ。織斑千冬じゃねぇんだ。
お前だってそうだ。お前はお前だ。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

「お前も……教官に、なろうとしていたのか?」

俺の呼吸が止まる。
ゆっくりと頭を振って、俺は極力声が上ずらないよう心がけた。

「昔の話だ。忘れたしお前も忘れろ」

通じるものがあったのだろう――ボーデヴィッヒは黙って頷いた。

「分かった。ただもう一つだけ聞かせてくれ」
「んだよ」
「今お前は、何になろうとしているんだ?」

……ハッ。

「決まってんだろーが。俺が目指すのは、俺だ。織斑一夏になることが、俺の夢だ」

お前がお前として在ることを目指すように。俺も俺としての存在意義を手にしたいと願う。
アイデンティティの消失の空しさをよく知っているからこそ。
俺は願うのだ。

「俺は俺として生きる。そして姉さんのように――――誰かをこの手で守りたいんだ」

暗転。







弾かれたように、俺は真後ろへ吹き飛ばされた。
何だ、何が起きた?
弾き出されたのか。
拒絶、されたのか。
俺は。

「……じゃないか」

ぞわぞわぞわっ!
ボーデヴィッヒの全身を覆う装甲が、一斉に溶けた。そして半液体のまま彼女を包み込み、やがて長身の人間のようなシルエットを形作る。
黒いヒトガタから、あいつの肉声が漏れた。

「……同類、じゃないか」

ヒトガタが、変わる。
ギギギッ! という雑音を破って、背部に顕現する二つの『腕』。真っ黒な全身と対照的に、肌色のそれは、どう見ても生の人間のものだった。
手に大型のショットガンを握ったそれは、明らかな敵意をもって俺に相対する。

「お前だって、私と同じじゃないか……なのに、何でこうも違う? 何でこうも上から説教されなきゃならない?」
「お、おい」
「煩い、煩い煩い煩い!! お前の言葉なんか、ちっとも響きはしない!!」

明らかに常軌を逸する変貌。
背中から生えた――いや背中を突き破ってきた新たな両腕が、手にしたショットガンを俺に向けた。
トリガー×2。たった二丁の銃から放たれたとは思えないほどの弾幕が俺を襲う。回避――しきれねぇ。被弾。俺のシールドエネルギーが削られる。
発砲の反動か、ボーデヴィッヒの顔をおおっていた黒い半液体アーマーが剥がれ落ちる。左半分だけ素顔が見えた。
金色の瞳が俺を射抜く。

「お前みたいな、自分の言葉でどんな相手も屈服させられると勘違いしている奴には、お前みたいなヤツにだけは、教官を語られたくない!!」

俺の目の前に敵機の解析を終えたウィンドウが表示された。

――第二形態:【シュヴァルツェア・ツァラトゥストラ(黒い超人)】――

驚愕、というよりも。
実際のところ、俺にとっては機体などどうだって良かった。
ただ。俺の言葉が彼女に届かなかったということだけが。ぐるぐると頭を回って。 

ボーデヴィッヒの背中を破る第三第四の腕。それらに加え、また二本、四本と腕が飛び出し、大きさがバラバラではあるが、それぞれが手にした銃火器を俺に向けてくる。

「待て、待ってくれ。俺は、違うんだ。お前のことが分かるだから、お前のこと」
「煩いっ! そうやって他人を見下すしか能のないヤツが、教官と同じ血を引いているというだけで吐き気がする。お前は看過しがたい邪悪だ! 許しがたい怠慢だ! 力こそ全てだと私もお前も、奥底で確信している! だからこそお前は、自分より力のない者らに対して傲慢に振舞える! それは……私も同じだから、よく分かる!」

トリガー。圧倒的な弾幕を避け、滑り込み、時に『白世』で打ち払いながら、俺はどうにかして彼女に近づこうと模索する。

「同類だから、私は、お前が嫌いだ! そして、同類の癖に上から偉そうに説教をしてくるから、更に憎憎しい! お前みたいな害悪は――」

金色の瞳が輝きを強めた。
右手を掲げる。その動作は、AICの発動モーションと同じ。

「――圧し潰れてしまえばいいッ!!」
『単一仕様能力の発動を許可――【ヴァルプルギスの夜(アドヴァンスド・アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)】』

大気が軋む音がした。
天よりの鉄槌でも振ったのか、突然俺の真上から不可視の『何か』が落ちてきた。俺を中央として綺麗な円状のクレーターができあがり、俺はその円心に縫い付けられる。

「ぐッッ……これは……!?」
「お前は矛盾している! お前らしくありたいと願いながら、お前の望みの到達点には教官がいる! アイデンティティを捜し求めているのに他人への情景を抱きしめるなど、愚かこの上ない!!」

AICの発展型だとか、どうやって抜け出すだとか、どういうことが全部頭から抜け落ちた。

俺が目指しているのは俺だ。そのはずだ。そうじゃなかったのか。
違う、姉さんに俺はずっと憧れていた、姉さんに守られた日からずっと。
いつか姉さんみたいに誰かを守りたいと、心の底で渇望していた。素直に、どんな逆境だって簡単に打ち破ってしまえそうなその姿に、憧れた。

でも怖かった。

誰かを守ろうとして失敗することが。
言葉に出して『お前を守る』と宣言するのが怖かった。

一度失敗した身だからこそ。

遠い昔に面と向かってそう言って、守りきれなかったからこそ。
誰かを守るという行為の本質も理解できていないくせに、そんなことを言うわけにはいかなかった。

…………それでも……
――それでもっ、それでも!
誰かを守りたいというこの気持ちにッ、嘘偽りはないから!
だから!

「分かんねぇ! 分かんねぇよ、俺の最終到達点とかそんなの! でも!」

血を吐くようにして続ける。

「お前も守りたいんだ! 目に付く人々全員を守りたいんだ! そのために強くなろうとした、強くなった!」
「それがお前の望みか、願いか!?」
「ああそうだ! 俺は――守りたいんだ!」

語気荒く言葉を吐き出す。
瞬間、ボーデヴィッヒの、露出している素顔が奇妙に歪んだ。

「お前、気づいていないのか……? お前のその願いが、どれほど空虚で、どれほど傲慢で、どれほど無為なのか」
「……どういう、意味だ」

シールドエネルギーの残量が減り続ける。

「誰を守るのか。どうやって守るのか。何から守るのか。――漠然としすぎで、何も分かっていないじゃないか、お前は」
「……ッッ!!」
「そんなヤツに、私は負けない。お前などに私は劣らない」

レールカノンが火を噴いた。動けない俺に避ける術などない。
直撃。
その瞬間、俺を圧殺しようとしていた重力の柱が消え、大口径徹甲榴弾が炸裂した。勢いよく後ろに吹き飛ばされ、地面を転がる。

「ご……ばッ……」

バチバチと体中で火花が散る。何十にも開かれたレッドウィンドウはどれも『損傷大』『絶対防御に異常発生』『左肩部アーマー全損』『パワーアシスト作動不可』『全装甲形成にエラー』とやかましい。
俺の体を覆う純白の装甲にノイズが走り、何の前触れもなしにあちこちへヒビが入りだした。
限界だ。

『シールドエネルギー残量ゼロ』
「うるせぇっ!」

試合終了のブザーが鳴る。どうだっていい、そんなもの。競技用エネルギーがなくなったって、装甲や基本機能を維持するための分は残っている。
どうにか『白世』を杖代わりにして立ち上がる。

「守るんだ、守るって言ったんだ……やっと言えたんだ。もう一度、挑戦することができるんだ。誰かを守れるかもしれないんだ。だから、だから、俺は」

ぼんやりとした視界。どうにか焦点を結ぼうと頭を振り、ピントを合わせる。
ロックオンアラートが鳴り響き続けていた。多分もう一発レールカノンをもらったら、俺は無事ではすまない。
それでも。それでも、俺は守りたい。俺は、
絶対に守るって決めたんだ。
だから、

「一夏、下がれ」
「!?」

姉さんの声が、アリーナに響いた。
同時、ピットから二機のISが飛び出す。
機体照合、片方はリヴァイヴのカスタム機、もう一方は――第一回モンド・グロッソ優勝機。

暮桜。

「VTシステムか。いや、より私に近くなっている……BC(Brunhild Copy)システムとでも呼ぶべきか」
「姉さん……」
「教官!? ついに表舞台に立たれるのですか!」

悠々と降り立つ桃色を貴重とし、エッジの効いた鋭いデザインのISだ。脚部アーマーは通常のISに比べて薄く、背部ウイングユニットは先割れしていないモデル。
一方のリヴァイヴに乗っているのは……巨乳先生?
思わず俺は、肩の力が抜けた。
姉さんなら。姉さんなら、助けてくれると。ボーデヴィッヒを、俺の時のように救ってくれると、そう思った。

「山田君」
「はい」
「やれ」

リヴァイヴが両手に銃を呼び出した。ショットガンとアサルトライフル。
待て。
おい。何してんだお前ら。

「生徒へ教師が危害を加えることはあってはならない。だが――学園の運営そのものに致命的な影響を与えかねず、さらに多くの生徒の生命まで関わるとなると、こうするしかない」

トリガー。トリガー。トリガー。
AAICなど蝶のように舞って回避し、リヴァイヴカスタムは一方的にレーゲンを嬲る。
止めろ。止めろよ。何してんだ、待ってくれ。

「ねえさ、……ッ、姉さん!」
「一夏、大丈夫だったか」
「何やってんだよ! 止めさせてくれ、あんなの!」

連射に黒い装甲が剥がされていく。
なんだよ。あの苦しみ方。まるで、まるで、

「制御リミッターが解除されている以上、シールドエネルギー残量をゼロにするのは効率的ではない。そこで、絶対防御の発生を妨害する特殊な弾丸を撃ち込んでいる」
「……!!」

バカスカ撃ち込まれていく弾丸。
山田先生は、ひたすら無感情に、その冷徹な瞳で的を見ていた。
……止めろ。止めてくれ。あんたは。あんた達は。救うはずだ、助けるはずだ、守ってくれる人のはずだ。
そんな人に攻撃されたら、あいつは、もう、立ち上がれないじゃないか。

ボーデヴィッヒの反撃がむなしく宙を裂く。
一発も被弾することなく、先生は弾丸を放つ。
レールカノンが根元から吹き飛んだ。
プラズマ手刀発生装置が砕け散った。
被弾する度のけぞり、それでも憤怒の表情で反撃しようともがく。けれどもがきようがなくまた攻撃を受ける。

「各機出撃しろ、囲んで掃射」
『了解』

俺のそばで姉さんが何事か指示を出した。
ピットからISが次々と出てくる。みんな大人だ、きっと教員なのだろう。客席を保護するシールドは戦闘の余波で異常をきたしているのか、いつもの透明状態に戻っている。

『織斑先生、生徒が』
「構わん。どうせドイツ最新鋭機は暴走したと、公の場で抗議しなければならないのだからな」
『了解』

円状に編隊を組み、先生方は降下していく。フレンドリーファイア防止のためか少々高い位置でライフルを構えた。その中に山田先生も混ざる。

「撃て」
「止めろ」
「撃て!」
「止めろッ!」

俺が姉さんに掴み掛かるより早く、断続的な発砲音がいくつも重なった。

「止めろやめろ、やめてくれ! 後少しだったんだ! 後少し話せば分かり合えていたかもしれないんだ! 今度こそ今度こそ、守りきれたはずなんだ!!」
「一夏」
「なあ止めてよ! あんたならできんだろ!? 姉さんはどんな時だって、守ってくれてたじゃないか! こんな方法取らなくなっていい方法があるんじゃねえのかよ!」
「一夏……もういい」
「姉さんッ! 姉さん……俺は! 俺は! 俺はっ!!」

耳に残る銃声。まだ聞こえる。うるさい。黙れよ。いつまで撃ち続けてんだ。
アリーナを見る。
四方八方からの弾丸に、黒い人影は痛めつけられていた。まだ意識はあるのかもしれない。
トドメとばかりに全員が武装を変える。グレネードランチャー。
引き金が引かれた。
着弾。

「――――ぁ」



終わった。








【本日IS学園にて、ドイツ製の最新ISが暴走事故を引き起こし、生徒に危害を加えるという事件が発生しました。
機体は教師らによって破壊され、操縦者は意識不明となっています……】



俺は……

無力だ。





















--------------------------------------------

・個人的にうちのICHIKAと一番似てるのはラウラだと妄想
 2人とも力に頼っていて、
 そのくせして他人が力を誇示するのが我慢できない
 悪く言えば幼稚な独占欲や自己顕示欲を引きずって成長しているカンジ

・一夏がそろそろへし折れる予定ではあったけど
 思ったより深刻な折れ方してて復帰できなさそうww

・個人的に(二度目)一夏の信念って『守る』ことだけど
 原作で大口叩くだけに終わってるのは自分が誰かを守るのにまだ相応しくなくて、
 『守る』という行為を神聖視しているからじゃないかなと
 だからうちのICHIKAも無自覚に守ることはあれど、
 ヒーローみたいに『お前を守ってやる』っていう宣言を避けてるようにしてます
 そして今回は一念発起、その宣言をして……ご覧のザマです



[32959] ハニトラ・ア・ライブ/しのののほうき
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/09/26 07:46
臨海学校――女子の水着にニヤニヤして、先生方の水着にニヤニヤして、見知らぬ美女の水着にニヤニヤする行事だ。
ボインちゃんもまな板ちゃんも、普段は隠れがちなのに脱いだらスゴい娘も、全員お天道様の下では平等である。
平等に露出すべきである。
これは俺個人の持論ではない。
真理なのだ。
海で服を脱がずしてどこで脱ぐ。更衣室か。それもアリだ。一回でいいから紛れ込んでみたい。体型的に厳しい? 知るか俺はビキニで行くぞ。下着は白一択。完璧だ。

「準備終わったの?」
「あったりまえだ」

クラスの良心たる美少女、鷹月静寐――愛称しずちゃんが俺の横で寝転がりながら、NANDACORE-for answer-をプレイしていた。
ネクストやばい。マジやばい。

「なんでロケット乱射してそんな当たるんだよ」
「乱射してるだけじゃないの。きちんと計算してるのよ」

真性のドミナントのプレイを見つつ、ゴミナントである俺はPSPにてサイレントラインをプレイ中だった。
普段は物静かで落ち着いたしずちゃんも、ゲームとなれば人が変わる。おいおい対戦でブレオンとかナメんなよと思ったがいつの間にか切り刻まれていた。どういうこった近距離は俺の専売特許のはずだろ。

「ねー、私って色気ないかなー?」
「はー?」

しずちゃんは七分のシャツにハーフパンツと、まだまともな格好をしている。
相川とかこの間タンクトップとパンティーだけで来やがったぞ。俺が紳士じゃなかったら完全に襲ってたねアレ。
いやビビったとかチキンだったとかいう事実は認められませんよ? ええ。
俺はいつでも紳士ですから。

「……いきなりどうしたよ?」
「なんかさ、私ってクラスでも落ち着いた方じゃん? 清香ははしゃぎすぎだしナギちゃんは夏の陣がどうとかばっかだし水無月さんは本読むか竹刀振ってるかだし」
「はぁ」
「なんか、青春って何だっけなーって思ったの」
「少なくとも男子高校生の部屋に上がりこんでプレステ3立ち上げてる時点でちょいとズレてるかもな」

しかもプレイングレベル高すぎっていう。
ソフトの持ち主に顔を立たせなさいよ。おかげで相川から『にわかリンクス乙wwコポォwww』って言われてマジ殺意沸いた。あのアマ海面に叩きつけてやる。

つーか水無月さんって誰?

「まあ気にするなよ。この学園に通ってたってだけで外の野郎共は簡単に釣られてくれる」
「織斑君も?」
「俺は外の奴らとは違う」

ついでに言うと警戒心の度合いが一番違う。
クラスの女子と自室で二人っきりの時点で心臓がドキドキ。
もうね。『白雪姫』起動させてるのバレたらどうしようとか、迎撃用に『虚仮威翅』を実体化させてるの見つかったらどうしようとかね。
もししずちゃんが白だったら、刃物使って拘束する気マンマンみたいになってしまう。あれ俺ピンチ。

「そうかー」
「ま、しずちゃんはその落ち着いた雰囲気を大切にした方がいいぜ。苛烈な娘は元気だとは思うがタイプじゃ……」

苛烈。激情。叩きつけられる憤怒。
俺の視界を銀色の髪が横切った。
待て、待ってくれ。
違う。
俺、俺は、

「ほら、今どこか、"ズレた所"を見てたでしょ」
「…………」
「一番最初に気づいたのは清香ちゃんだよ。織斑君、ぼうっとする回数が極端に増えたって。どこか、私たちとはズレたとこを見てるって」
「……人を妄想癖持ちみてぇに扱うのはやめてくれ。夢想転生にでも目覚めたのか、俺は」
「海も楽しめないよ、そんなんじゃ」

何も言い返す気になれない。
しずちゃんはコントローラを置いた。

「準備はできたの?」
「さっきも言った」
「じゃあベッドの上に散らかった着替えと水着は何?」
「……アンティーク」
「嘘おっしゃい」

頭をぽかりと叩かれた。
姉貴面すんな。

しずちゃんに促され、どうにか協力してもらい、俺は明日の臨海学校の準備に手をつけることにした。

「結局水無月さんってダレよ」
「隅っこの席のメガネかけた剣道部の娘」
「メガネプラス剣道とかなにそれ気になるんですけどハァハァ」
「駄犬、ハウス」

うわっ、俺の扱い、ひどすぎ……?







「いいかお前ら! 家に帰るまでが臨海学校だ! つまりこのバスに乗るところから臨海学校は始まっているわけだ!」

翌朝。しずちゃんはいつの間にか部屋に帰っていた。朝チュンとか都市伝説ですよねあれ。
一組と二組が合同で乗り込む大型バスの前で、俺は同じ班員である相川と谷ポンとオルコット嬢とナギちゃんに熱弁を振るっている。

「テンション高いですわね……」
「どうせ何だかんだ楽しみで寝られなくて、深夜テンションが続いてるだけでしょ」

相川が呆れたように言う。谷ポンにナギちゃん、近くでこちらを見ている他のクラスメイトもどうせそんなこったろうという表情だ。
お前ら俺を何だと思っていやがる。

「あら、昨日織斑君はちゃんと寝てたわよ? まあ1時ぐらいにベッドの中に押し込んだんだけど」
「そーそーしずちゃんが証人だお前らマジ信じろ」

横から入った助けに、安易にも俺はすぐ乗っかった。
しばし沈黙。

「ねぇ……なんでそんな詳しく時間を知ってるのかな? かな?」
「押し込んだってドユコト?」

デュノア嬢と鈴が満面の笑みでこちらに寄ってくる。
しまった! 今の発言、確かにしずちゃんと俺がやらしいことしたみたいに聞こえる!
ハニートラップ要員共が焦ったように俺へ突撃してきた。先を越されたのかと戦慄しているに違いない。フハハハ馬鹿者め! 俺の童貞は未だ健在だ! やべえテンパって自分でも何考えてんのか分かんない!

「その話私も気になるわね」

うげえええ楯無さんいつの間にいらっしゃったんですかアナタ臨海学校に来ないはずでしょうが。
どんどん俺の安息が削られていく。ミスディレクションを身に着ければずっと生活は楽になるはずなのに。

「はー、へー、一夏君ってば他の女とお泊まりするんだー」
「学校行事だッつの。イヤなら共学制にしやがれ」

共学制にしたら何のための学園だか分からんがな。いや、整備課に男子の入学を許可すればいいんじゃないかな。力仕事をこなしてくれるぜ男ってのは。特にカワイイ子から頼まれたら断れねぇ。俺なら『白雪姫』を展開してパワーアシスト全開だね。
まあ見事な女王アリと働きアリの構図が完全しちまうワケだが。

「まあ貴方のお姉さんから公の場で『私が不在の間、IS学園はお前に任せた』って言われちゃったしー。私はどうあがいても付いて行けないんだけどー」
「あがくって……権力濫用する気だったのか」

こいつの持つ権限フル活用したら生徒保護担当とかでマジで来そうで困る。
俺が戦慄する中、楯無は耳元に口を寄せてくる。な、なんだよ。どうせ息吹きかけてくんだろ。
警戒心を露わにして俺が身構えていると、楯無は予想に反して低い声でささやいてきた。

「まあ……私か織斑先生が必要なのよね。数日前に爆破テロの予告が入ってて、その予告日時が明日なの」
「……へー。……確かに、お前か姉さんがいなけりゃ、体面上マズいか」

予告してあって万が一にも実行されたら、防衛の責任者は何してたんだって話になる。楯無にいたってはそういう事態を防ぐための対暗部用暗部だ。防衛に失敗すりゃ業務上の失態として首を切られるに決まってる(物理的か人事的かは分からん)。
まあテロ予告自体が初耳なんだがな。
侵入してデータ盗むならまだしも、爆破してどーすんだよ。反IS運動の一環か?

「ちょっとそこ! うるさいわよ!」
「うげっ、李先生だ」

瞳からハイライトが消えかけていたハニトラ代表候補生共――もう度重なる所業を見る限り鈴も黒だと思うんだ――を一気に押しとどめたのは、二組の担任である李先生だ。
今日も短めのフォーマルスカートからのぞくストッキングが色っぽいです。

「くっ……一夏、後で詳しく聞かせなさいよ!」
「織斑君、僕にも詳しく聞かせてね?」
「一夏さんはまず私に話す義務がおありですわ!」

騒ぐ三人の声に耳をふさぎ、俺は班員たちへバスに乗るよう促した。あ、オルコット嬢は同じ班だった。
まあいいさ、奇数の班なので一人あぶれる。俺があぶれる。俺は見ず知らずの人と相席になるかもしれん。そのドキドキ感もこういった機会でないと楽しめないものだ。
二階席まであるバスの一階、前から7番目の列。

「あ、織斑君の隣は水無月さんみたいだね」
「いいなー」
「ていうか水無月さんってダレ?」

俺と同じ感想を持つ方がいらっしゃるではないか。
マジで誰なんだよ。気になる。この学校にいるってことはどうせ美人なんだろうけど。

「おい相川」
「水無月さんのデータだね?」
「話が早くて助かるよ」

相川はドヤ顔で語りだした。うざいので語りが終わって三つ数えたら猫だましの刑。

「うちのクラス唯一の剣道部部員。ただ仮入部初日で部長を二本取ってストレート勝ちしててすごい強いみたいだよ。でも全国大会とかでは名前を聞かないんだよね」
「大会に出てなかったって事か」
「うん。でもその部長さんは中3と高2の時に全国制覇してる猛者だから、水無月さんはマジでヤバイ」
「他には?」
「こないだの学年別トーナメントで、一般枠優勝。ぶっちぎり」
「試合見てねえ」
「私決勝で戦ったけど手も足も出なかったよ。案の定近接主体だったんだけど、気づいたら間合いに入ってるってケースが多い。距離の詰め方とか、完全に玄人のやり方だった」
「なるほどねぇ……」

そんな有名人だったとは。
俺が日ごろなあなあと生きてるからそういう情報が入ってこないのだろうか。
いや……でも、うん。こいつの情報量おかしくね?

「つーかお前準優勝かよ」
「ホントに興味なかったんだね、一般枠なんてどーでもいいみたいじゃん」

拗ねたように相川はそっぽを向いた。なにこいつ可愛いな。

「構ってほしかったのか?」
「そっ、そんなわけ……ッ!」
「冗談だ」
「ッッ……!」

無言でドギツい視線を突き刺してくる相川。俺は笑いながらそれを受け流した。
俺のあまりに紳士的な対応に毒気を抜かれたのか、相川は大きく息を吐いて、それからまた言葉を続けた。

「あ、あと、すごい読書家。純文学が好きみたい」
「へぇ」
「そして友達が少ない」
「おいやめろ」

そういうこと言うと傷つくヤツがいるんだよ!
俺は罰も兼ねて相川に猫だまし。余裕でいなされた。視線で『だから何?』と語ってきてマジうぜぇぇぇ。
敗北感を身を浸しながら、俺は自分の席まで行った。
少しうつむいているので、水無月さんの表情はうかがえない。長い黒髪が顔を隠してしまっている。

「あの、水無月さん……だよな?」
「……ああ」

顔を上げることなく彼女は言う。
ただ、その声。何か聞いたことがある。いや、あるなんてもんじゃない。

「えッと」
「…………」

うつむいて、本を読み続ける彼女。席に座ろうとしない俺。
明らかに不自然な俺たちに、バスの中で視線が集中し始めた。

「織斑君? どーしたの?」

夜竹さゆか、だったか、そんな名前の女子が俺に声をかけてきた。
俺は今までにない本気の眼力でそいつを黙殺する。ひっと小さな悲鳴を上げて彼女は凍りついた。

「水無月さん」
「……何だ」
「顔を上げてくれ」
「…………」
「頼む」

深々と頭を下げる。周囲の唖然とした雰囲気が伝わる中、折れたのは水無月さんだった。

「……すぐ気づけるのなら、最初から気づけ、馬鹿者」
「……う、ぁ」

目を上げる。同時に髪もかき上げた。
全員、息を呑んだ。
凍て付くような白い肌。ぱっちりとした目、まつげや眉の一本一本にまで気品が通っている。

それは俺の唯一無二の幼馴染だった。
それは俺の最低最悪の思い出だった。
それは俺がいつか取り零した、大切なものだった。


『しのののほうき』が、そこにはいた。


「織斑君、早く席に着いたらどうだ」

――その声だけで泣きそうになる。
黙って席に座る。それを確認して、バスがやっと走り出した。
周りが俺たちの挙動に注視する。俺はゆっくりと首を横に向け、こちらをじっと見ている双眸と真っ向から見合ってしまった。

「ッ、あ」
「何だ」

戸惑いを許さないかのような声色。

「ほうき、だよな」
「私は水無月かなでだ」
「……日本に証人保護プログラムは公にはない。国連からの超法規的措置か」
「そこまで分かっているなら、聞くな。私は水無月かなでだ、それでいい」
「ッ、IS学園は違うだろ? ここなら、お前は自由なんじゃないのかよ……」
「今の私には篠ノ之である必要性がない」
「必要がなけりゃ血筋なんてどうでもいいのか」
「私にとってはな」

久方ぶりの会話なのに。続かせようという意思はない。そもそも、俺とコミュニケーションを取ろうとしていない。
バスの中の空気は、徐々に和気藹々としたものに戻ろうとしていた。

「ほうき……トランプでも、するか?」
「いい」
「えッと、何の本読んでるんだ?」
「関係ないだろ」

ブックカバーのせいで表紙が見えねぇんだよ。
何気に布生地で高そうなの使ってるし。

「オイ」
「それ以上喋ってみろ叩き潰すぞ」
「え、ちょ」
「いいから黙れ」

本と前髪が、またほうきの顔を隠してしまった。
……ははは、嫌われたもんだな。

「バスの中ってなんかヒマだねー」
「ゲームでもする? ほら、車内オリエンテーションみたいな感じで」

真っ白に燃え尽きている俺をチラリと見て、クラスメイトらは慌てたように提案を乱打し始めた。お前らマジいい奴。
一方俺の隣で文庫本――横目で確認したがどうも文体からしてかなり古い。明治とか大正とか、WW2前なんじゃないかな――を熟読するほうきはこちらに、いや本の文字以外にまったく目を向けない。外界と自分を完全にシャットアウトしていらっしゃる。
この技術は並大抵のぼっちではできない。人に話しかけられて「え、あっ。い、いや、いいです……」と「――いいです(キリッ」とでは天と地ほどの開きがあるということに留意してほしい。後者の訓練されたぼっちは自らロンリネス・スパイラルの中に閉じこもっているのでコミュニケーションに多大な労力を要するのだ。

何にしてもバスの移動があと半日ほどある。ここでコミュニケーション挫折してるとマジで無言で過ごすハメになる。
それは。それだけは回避しなければならない。

「ほ、ほんとなんでこんなバス移動長いんだろうなー。その気になりゃ輸送機でちゃっちゃか行けるはずだってのによ」
「私に聞くな」
「…………」

ちなみに答えは『生徒間の親睦を深める時間を最大限増すため』である。将来国家代表がこの中から生まれるかもしれないのだ。代表と代表が仲良しなだけでも外交に十分すぎる影響を持つしな。
というかこの人俺とコミュニケーション取れないんじゃない。取る気ないね。

「えーっと、バス内のオリエンテーションは――」

無論そんなものでほうきの鉄のカーテンが破れるはずも無く。
旅館に着くまで彼女の口は縫われたかのようにぴったりと閉じ合わせられたままだった。







旅館に着くころにはもう日が沈みかけていた。
正直言って後半は俺も喋ってなかったけどね。もう気にしないことにしたんだ。死ね俺。コミュスキル上げとけとあれほど……もういい。黙って泣こう。
無言のまますすり泣く俺を放置して、旅館の入り口付近で姉さんが連絡事項を簡潔に伝えた。

「午後7時から9時までは班別の入浴時間、並びに食事時間となる。班ごとに活動しろ。では、解散」

生徒たちが荷物を抱えて自室へと向かっていく。ほうきもご他聞に漏れず、班員たちの一歩後ろを着いていった。未練がましく背中を見つめてたりしないんだからね!
俺はしおりをめくって予定を確認する。ちなみに部屋の割り振りは変則的で、俺だけ別室。カメラ付きで、内部は常に監視されてるとか俺を守るためなのか俺を縛り付けるためなのか分かんねぇよ。

「ウチの班が最初に風呂入るっぽいな」
「では早めに入ってしまいましょうか。まずは部屋に荷物を置きましょう」
「んー、じゃあそうしよっか」
「俺は部屋も風呂も別だからな……じゃあ1時間後に食事場の、第2宴会場で」

班員たちと別れ部屋に向かう。別室というか離れだった。
荷物を置いて部屋を見回す。『白雪姫』が設置された監視カメラを全部懇切丁寧に教えてくれる。

「14とか数多すぎだろJK」
『!?』

カメラの向こう側では、数を言い当てられた監視員がビビっていることだろう。これで数が違っていたら赤面ものだが。
ちなみに男子風呂と女子風呂はバカみたいに離れていて、男の一人風呂とか寂しいことこの上なかったので割愛させていただくでござる。







当然のごとく夕餉は和食だった。
これだけ和風テイストや宿でパンとスープが出てきたら笑う。もう笑う。

「一夏さん、この緑色のがWASABIという物体なのですか?」
「んな仰々しく呼ばなくたっていいだろ……大人しくサビ抜きにしとけ。こっちにある」

寿司の大皿に刺身盛り付け、お吸い物に白米。素晴らしい日本食卓だ。
慣れない箸にオルコット嬢は戸惑っていたが、相川や谷ポンのレクチャーの甲斐あって危なげなくイカの刺身をつまめる程度には上達していた。
どうでもいいけど1組って日本人率高いよな。代表候補生以外ほぼ日本人だろ。

「今日の夜はどーする?」
「俺がそっちに行くわ。UNO持ってくるようメールしたろ」
「あいあいさー」

谷ポンが頼んでいたブツを懐から取り出した。浴衣なのではだけちゃうと結構肌色が露出してあらやだリトル一夏君が反応しちゃった。
この環境……地獄すぎる……

「ていうか織斑君、なんか浴衣着慣れてるよね。ひょっとして家だと浴衣?」
「相川……なんていうか、発想力が貧困だよなお前」

班員一同可哀想なものを見る目を相川に向けた。この子のおバカ発言はもうちょっとどうにかならないものですかねぇ。
育てた親の顔が見てみたいぜ。

「もー! そうやって私をバカにしてるでしょ!」
「ううん、バカな子を可愛がってるだけ」
「あ、なんだ可愛がられてたの? 照れるなー」

ナギちゃんのあんまりフォローになってない発言を見事に曲解しやがった。理解力が自分に都合の良い方向に傾きすぎじゃないですかね。
食後はダベりながらオルコット嬢たちの部屋にお邪魔した。きちんと姉さんからは了承をもらっている。俺の自由権が侵害されてませんかこれ。

「どろーつーですわ!」
「ドローツー」
「ドローツー」
「ドローツー」
「んじゃドローフォー」
「はぅわ!」

ルールをいまいち知らないオルコット嬢に説明してからUNOスタート。ご覧の通り、さっきからオルコット嬢のばかり苛められている。だって他の4人にばっか良いカードが回ってくるんですもの。
まあだらだらと時間をつぶすだけだし。そんな緊張感は求めてないからいいんだけどな。
緩んだ空気でやっていると、薄いふすま越しに廊下での会話が聞こえてくる。

「水無月さんの胸、大きかったねー」
「ほんとほんと。触ったらご利益ありそう。私拝んじゃったよ」
「それでも無表情無関心を貫いてた水無月さんマジパナいわ」

……ほうきは、浮いてるとかじゃなくて、そういうキャラクター性で受け入れられているらしい。うちのクラスの懐が深すぎて俺ちょっと泣きそう。クラス代表として嬉しい。HRで連絡事項の伝達ぐらいしかしてないけど。

「ねえ、織斑君」

谷ポンとナギちゃんがスキップとリバースの連打でオルコット嬢をいぢめている間、相川がこっそりと耳打ちしてきた。

「んだよ」
「水無月さんと、どんな関係なの?」
「……幼馴染、の、はずだ」

ここまで冷たい態度を取られると不思議な気分だけどな。あいつ記憶喪失だったりするんじゃねぇのかな。はは、都合のいい妄想だ。俺痛すぎ。
表情を呼んでくれたのか、相川は口をつぐんだ。
オルコット嬢渾身のフォーカードが回ってきて、俺は大人しく12枚手札を引いた。
……それなのにドンケツになるってオルコット嬢マジパネえっす。







朝食はサクッと済ませた。昼の自由時間(専用機持ち除く)に向けてみんな日焼け止めを塗ったり水着の見せ合いをしたり気合が入っている。代表候補生は遊び時間を返上して、本国から送られてくる新兵器のテストをするのが毎年の恒例らしい。
買い込んだ新品の海パンにマリンパーカーを羽織って訓練用ビーチへ向かう。特に閉鎖された空間ではなく、一般生徒から目視できる程度のところにみんな集合していた。
俺が最後だったらしい。各国の精鋭たる整備員や移動式のドッグ。それとパイロットである鈴、オルコット嬢、デュノア嬢、楯無の妹さんに……ほうきがいる。スーツ姿の姉さんもすでに佇んでいた。
へぇ。専用機持ちって、一人一人がなよなよしてても、集まりゃ錚々たる顔ぶれになるもんだな。
なよなよしてる筆頭が俺なのは言うまでもない。

「よし、全員集合したな」
「え……水無月さんって、専用機持ちだっけ」

デュノア嬢が首をかしげた。まあ当然の疑問だし、何よりほうきが専用機なんて持ってるわけがない。
本人が望みでもしない限り、あの人がほうき専用のISなんて絶対に認めないからだ。

「こいつの姉は大のIS嫌いなんだがな。それでも無理を言って、『コアから』専用機を用意してもらったらしい」
「コア……から……!?」

楯無の妹さんが驚愕に目を見開く。話の内容がヤバいと悟ったのか、整備員の人たちが俺らから距離を取り始めた。
それもそうだ。アラスカ条約以来、各国では厳正な基準により――経済規模やら軍備やら、中には女性の政界進出度も基準になってるとか――コアを自由に取り扱うことは不可能に近い。

ただ裏技がある。
裏技っつーかチートだ。
俺も本人から話を聞くまでは考えなかった方法である。
用意できないものを手に入れるにはどうすればいいか……簡単な話だ。
作ればいい。

「シリアルナンバー468、名無しにして存在し得なかったIS……二度とISには触れないと誓ったあいつの意志をわざわざねじ曲げたんだ。相応の覚悟はあるな」

姉さんの目は鋭い。双眸に灯る光は教育者のそれでも、戦闘者のそれでもない。
ただこの世界に一人だけの、あの人が認めた親友の、怒りの炎だった。
あー……ほうき、相当無理言ったんだな、これ。
じゃなきゃあの人が、1からコアを作るはずがない。

世界で一番ISを知っていて、世界で一番ISを嫌っているあの人は、天才故の苦悩を引きずっていた。
それが爆発した原因は。
ある種の区切りである500機目のIS完成に近づいていたあの人が、467機なんて中途半端な数でテクノロジーを捨て世界から逃げ出した原因は、
俺だ。

「そろそろ来る。あいつは昔から、時間には律儀だったからな」
「あッ、あの……」

恐る恐る、といった程で、オルコット嬢が手を上げる。
姉さんは余熱の残る瞳を向けた。

「何だ?」
「あの人、とは……?」

皆も気になっていたのか――否、大体予想はついているのだろう。ただ展開がぶっ飛びすぎて付いて行けてないだけだ。
簡潔な答えが姉さんの口から飛び出た。

「来るのはIS開発者、篠ノ之束。ここにいるのは、その妹である篠ノ之箒だ」
『…………!!』

視線が、一斉に突き刺さる。意に介さずほうきは空を見上げた。
そんなに楽しみなのかよ。

「ああ、早く来い、無二の剣。私のために私の願いに基づいて私の求めに応えてくれ」

自己中すぎワロタ。
俺の幼なじみがこんなにキチガイなはずがない。

「姉さん、あの人って今どこにいんの? なんか先生してるとか聞いたんだけど」
「私塾を開いているな。かなり田舎の方だ。東北の霊界だか三途のほとりだかその辺りだ」
「東北ナメんなよ……」

にしても、あの人が、先生か。
…………。
俺はほうきを見た。

「いい先生になれそうだよな。あの人、結構子供好きだし」
「? 何を言っているんだ……私の姉がまともに取り合うのは私とお前と千冬さんぐらいだろう」

――なるほど、な。
長い間隔絶された関係は、ここまで浅くなれるものなのか。
ほうきは何も知らないんだ。

束さんが壊れて、
姉さんが泣き叫んで、
俺が一度、徹底的に殺し尽くされたことを。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
「警戒しなくていいよ白雪姫。お前の生みの親が来ただけだ」

遠方に視認できる黒い点。海面すれすれを疾走しこちらに向かうそれは、紛れもないIS。
あの人が身に纏う灰色のそれは、朝日を装飾華美なドレスのように展開されたISアーマーに照り返す。
俺が知ってる束さんの専用機だ。

「相変わらずでっけえコンテナ背負ってんな……」
「あのISのこと知ってんの、一夏」
「『暁』っつう束さん専用ISの第二形態だ。『灰かぶり姫(シンデレラ・ガール)』。脚部と背部に展開装甲を搭載した、史上初の第四世代機」
『!?』

俺が中2の時にはもう、展開装甲という発想の原型はあった。まだ各国が第二世代機を最新鋭機としている時期に、あの人は第四世代機を扱っていたわけだ。
第二・第三世代を持つ専用機持ちの時が止まる。俺に声をかけた鈴も口をパクパクと開けて、言葉を失っていた。

「まあ言いたいことは分かる。ただ、今お前たちが束さんに対してかけてる色眼鏡、そいつは外してやってくれ」
「……色眼鏡?」
「偏見を取り除いて、ってこと」

いまいち日本語が通じなかったので、楯無の妹さんがフォローを入れてくれた。

「姉さんから何か言うことは?」
「お前たち代表候補生は篠ノ之家の事情と関係ない、さっさと始めてろ」

はい、とみんな応答が重なった。戸惑いは残る。ただ、みんな一応各国の代表候補生だ。公的な場面での身の振る舞いは然るべきものになっている。
鈴は新型追加兵装――なんだっけ熱殻拡散衝撃砲だっけ?――の実験がある。同様にオルコット嬢は強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』の稼働テスト、デュノア嬢は拠点防御用パッケージ『ガーデン・カーテン』の耐久力テスト、楯無の妹さんは下僕たちが作った拠点制圧用パッケージ『五月雨』の試運用だ。

俺?
新規購入の水着で海水浴という重大な任務が控えてるから……別にクラスの美少女ズに釣られたわけではない。この俺様がそんな甘い餌に釣られクマー。
まあマジな話、下僕の所属する倉持技研と新規契約したデュノア社の連携がまだ不十分なのだ。俺専用のパッケージ(専用機用だからオートクチュールが正しいか)を作る話もあったらしいがボツってる。
今回依頼されたのはハンドガンの銃身下部に取り付けられた、小型破裂裂傷弾とかいう新式のグレネードだ。狩猟ゲームのテッコウリュウダンよろしく一回突き刺さってから爆発するビックリドッキリ兵器である。つってもこの場でテストする必要はない。普通に学園に戻ってからでも時間は十分あるので今回はパスさせていただこう。

海面を割って飛翔していた機影がゆっくりと減速し、そのままふわりと浮いた。
俺たちの頭上に一旦浮き上がって、そのまま下降してくる。兵器らしさなんてない華美なアーマー。素材が布なら、そのまま舞踏会にでも行けそうな外見。

「お待たせ、ちーちゃん」

派手なエフェクトも奇天烈な発言もなかった。違和感を感じたのか、まさに今地に足を着けた姉にほうきの無遠慮な視線が突き刺さる。
待ってはいない、という姉さんの返事に微笑みを浮かべ、史上最大の天災は『灰かぶり姫』に膝をつかせ、自分はISスーツ姿で降り立った。パーソナライズしたのだろう、すぐに長袖のYシャツとスラックスが構築される。ジャケットを加えればOLだ。姉さんもフォーマルスーツだし、二人だけすごい社会人オーラが漂っている。
彼女は改めて実の妹に向き直った。視線が合う。

「……やあ、久しぶりだね箒ちゃん。六年ぶりかな」
「ええ。久しぶりですね、姉さん」

束さんはまた笑って、優しい色の瞳を細めた。
――その笑顔は決して決して、かつての束さんを知る人からすれば想像できないほど穏やかな笑みだった。





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・天災姉妹登場回でした

・なんだか描写が薄いな…

・実は次話とまとめて一話の予定でしたが2万文字とかアホかと思って分割しました
 なので次回はけっこうすぐに投下できると思います



[32959] ハニトラ・ア・ライブ/シノノノホウキ
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/09 00:13
切欠など忘却の彼方にあった。
思えばあの日あの時あの場所で総てが動き出したというのに。


『おりむらいちか』が生まれた日。


純白の騎士がトリガーを引いた。
放たれる光線が、数千キロ先の弾道ミサイルの弾頭を貫く。一つだけではない、余波で数十の爆煙が上がった。
専守防衛の名を体現するかのように、一ミリも動かずただ機械的に狙いを定め撃つ作業を繰り返す。何人たりともそこを通過することは許されない、絶対阻止不可能ラインをたった一機で形成していた。
騎士の銃は丸太のように肥大であり、右肩に乗せるような形でやっとバランスを保てている。右手を引き金にかけ、左手は銃身を支えていた。各部から伸びる握り拳ほどの太さのコードが腰部アタッチメントに取り付けられた大小様々のジェネレータに接続され、途方もない距離でもレーザーが減衰しない超長距離狙撃を可能とする。
このジェネレータ一つにつき、ISコア一つが使われていると現在の人々が知れば驚愕に身を凍らせるだろう。

「たばねさん、あれなに?」
「……インフィニット・ストラトス。私が作り上げた、世界を変える超兵器」

彼はその時まだ幼くて、束の言葉の半分も理解できていなかった。
なぜ彼を連れてきていたのかは分からない。束は眼前に投影されたいくつものウィンドウに目を走らせながら、インカム越しに指示を出し続ける。

「ひとまずミサイルについてはそろそろ終わりだね。後36発で打ち止め。一応自動誘導は勝手に切れるから気にしないで――ああ、応答する余裕なんてないか」

今まさに戦場に立つ鎧を纏った少女は、四方八方から飛来する破滅への切符を必死に落とし続けている。常人なら諦めるか失神するかのプレッシャーの中で、彼女は生き残ることを考えていた。
視界に表示される誘導に沿って撃てばいいのだ。タイミングを逃さず目を背けなければ問題はない。ミスすれば祖国が滅ぶという重圧さえなければ束でもできるだろう……それでも常人には不可能だが。
そして補佐する束も、ほとんどやる事はなくなっていた。自分が発射させたミサイルなのだ、制御できずしてどうする。
攻撃側も迎撃側も手中に収めた世紀の天災は、隣で無邪気に空を見上げる少年に目を向けた。

「たばねさん、あれすごいね! ピカピカ光ってカッコいい!」

少年――『白騎士』を纏う少女の弟はまさに自分の姉を指差した。

「あれはね、ちーちゃんなんだ」
「え? おねーちゃん、なんであんな高いところにいるの?」
「『守る』ためだよ。私を、いっくんを、日本を」

『守る』という名の呪い。それが彼にかけられたのは、もしやこの時だったのかもしれない。

「ふーん」
「……ごめんね」

混じりけのない瞳で騎士を見守る彼。
その姿に束は、騎士として戦う少女にすら吐露したことのない心中を、ぽろりと漏らしていた。

「本来はね、いっくんのために作ったはずだったんだ。宇宙に行くためのもの……だったはずなのに」
「? うちゅー、行きたいねー」
「うん、そうだね。私もいっくんと一緒に、宇宙に行きたかった。でもダメだったんだ。ただの宇宙進出じゃあ誰も取り合わない。夢だけじゃダメだったんだ。自分の利権を守るため……戦力としてのISしか受け入れられない」

子ども心ながら、口を挟んではいけないと察したのか、彼は口をつぐんだ。

「だからこうして認めさせてやるんだ。私たちの夢の残骸はここにある。夢を踏みにじったお前らの喉元に刃を突きつけてるぞって……ッ。だから……ッ!」
「泣いちゃダメだよ、たばねさん」

え、と束は自分の目元を拭った。本当だった。気づかない内に、泣いていたのだ。

「おねーちゃんがよくいうんだ、泣くとラクになれるけど、泣くのをがまんするとラクになれないわけじゃない、がまんしなきゃ行けないときもあるって」
「……いっくん」
「たばねさんを泣かせてるのはなに? 教えてくれたら、おれが、『まもる』からっ!」

さっき覚えたばかりの言葉とは思えなかった。
遺伝子なのか、これが織斑の血筋の持つ『何か』なのか――いいや、きっと違う。

織斑一夏と織斑千冬は、腹違いでありながら、得体の知れない何かでつながっている。

例えば、篠ノ之束という奇人を受け入れる器。
例えば、年齢や経験を無視するような剣術の腕。
例えば、周囲を否が応でも惹きつける無自覚の強さ。

それを絆と呼ぶ人もいるかもしれない。

一時期ではあるが、少年が母から織斑家に連れてこられた時、姉は弟につらく当たっていたことがある。
姉の母は家を出て、弟の母は海に身を投げ、一家離散の危機でもあった。そしてそれを収めたのは、他ならぬ弟だった。
父に捨てられ母に見限られ、自分に暴力を振るっていた姉を諭し、織斑家をどうにか普通の家庭と遜色ない程度までに引き上げたたのである。

その業績をもって彼を讃えるのか、彼を不気味と断じるのか。
束は後者であり、事実、その時も少年の得体の知れない懐の深さを気味悪く感じていた。
そもそも彼女が母譲りの男性恐怖症であり、まだ中性的な顔立ちである少年には多少話せるだけなのであるから、その敬遠が客観的に見て正しいものかは分からない。
強姦事件の被害者と加害者の子供という特殊な出世の束からすれば、少年は所詮男というこの世に不必要なファクターの一つであった。

けれど、嗚呼――もう駄目だ。
男から慰められるというかつてなら首を斬ってでも嫌がる行為に、束はつま先から頭の先までどっぷりと嵌っていた。おぞましい安心と虚脱と、その中に潜む快感。

「お願いッ……私を守って、いっくん。みんなみんな、私がこの世界ごと歪めちゃったんだ。いっくんも多分、例外じゃない。だから」
「じゃあそのせかいから『まもる』よ」

束は声もなく泣き続けた。延々と、嗚咽を堪え、泣き続けた。
上空では『白騎士』が戦闘機や巡洋艦から戦闘能力を奪っている。
戦場が終結するまでそう長くなく、そのころには天災も少年も、姿を消していた。




やがて世界は変わった。
束が想定した最悪のパターンで。
女尊男卑。

適当な変装で街を歩く国際指名手配犯の篠ノ之束は、数年ぶりとなる再会に胸躍らせ、一方ではビクビクと怯えている。
住宅街にある一軒家に着く。相手は小学生だ、サプライズの意味を知ってるかも怪しい。
きっとまだ彼は強くなり続けてるのだろう。まだ見ぬ誰かを守るための力を求めて。生身で姉とそこそこやり合える時点で、やはり人間かどうか怪しいが。
住所だけしか分からなかった。ここが世界最強のISパイロットの実家だとはまさか各国の情報機関も思わないだろう。

「……何緊張してんだろ、私。インターホン押すだけじゃん」

さっきから指はボタンの数センチ手間で硬直、いやプルプル震えていた。

(落ち着いて、落ち着くのよ束ちゃん。別にやましいことをしようってわけじゃない。ただ久々にお世話になった家を訪れるだけなの。別に何もやましいことを)
「……何してんですか、束さん」
「ひゃうわああっ」

横から声をかけられた。
成長した少年が、そこにいた。
しばらく目を合わせ、固まる。

「とりあえず、上がっていきますか」

無言でコクコク頷いた。

靴を脱いで家に上がる。
コーヒーを飲んで落ち着きを取り戻し、束は改めて少年に挨拶した。休日だというのに外に出ていたのは買い物に出ていたらしい。ほとんど一人暮らしの状態である彼は、軽食なら自分で作るのだとか。
軽い近況報告は束から始まった。
世界中を飛び回っていること。各地にラボを(無論ダミー込みで)建て、やっと逃亡生活にも慣れてきたこと。
少年は乾いた笑みを浮かべていたが、まあ束ならよくあることだ仕方ないと割り切っていた。幼いことからそうでもしなければ、最強と天災に挟まれる環境ではまともに精神を維持できなかっただろう。大切なのは慣れと諦めだ。
今度は少年が口を開いた。

「モンド・グロッソ、招待客の席で見たんですよ。姉さんが席取ってくれて。すごかったなあ。三次元旋回のキレはさすがに姉さんが上でしたけど、準決勝での、ドイツの人の高速切替(ラピッド・スイッチ)、あれフェイントだって俺気づけませんでしたよ。姉さんどうやって見破ったんでしょうね」

饒舌に語り出した少年は、束から妙に優しい目で見られていることに気づき、恥入ったように頭を掻いた。
すいません、と一言入れて話を続ける。

「どうでもいい話でしたね。きちんと姉さんが最強になるのを見てから、少しイタリアの観光して二日後に帰ってきました」
「……そっか」
「姉さんは忙しそうです。義務教育は終えてますし、独学で高校の教育課程もマスターしてるんですけど、飽きたらず教員試験にチャレンジしてるんですよ」
「へぇ! 初耳だなあ。先生になりたいって?」
「みたいですね。ただ……IS学園の先生になりたいらしいです」

IS学園。聞いたことがある。確か日本が運営の責任を持つ、国際的なISパイロット育成機関。できてまだ何年と経っていないはずだ。

「むしろちーちゃん、通う側なんじゃないかな」
「はは、確かにそうですね」

織斑家の茶請けと束が持ってきたチーズケーキはすでに皿の上から消えていた。
少年が煎れたコーヒーに舌鼓を打ちつつ、よくできた子だと改めて束は少年を評価する。本当に小学生かと聞けば、数ヶ月後には中学生だとムキに返された。妙な所で子供っぽい。

以前に増して精悍な顔つきだ。
しかし束のラボに戻ってきた『白騎士』をペタペタと触って、不思議そうに見上げていた頃の面影も残っている。

「世界、変わっちゃいましたね」
「……うん」

男性がISを起動させた例は未だにない。
少年自身何度か挑戦し、失敗し、へし折られてきたのだ。

「まだ自分の責任だと?」
「事実だよ。私が世界を歪めたんだ」

ISが男性に扱えない理由は束にも分からない。
ただ、察することはできる。
467のコアを作り上げる時、束の内心は憎しみでいっぱいだった。夢を、宇宙へ伸ばした手を折られた憎しみ。
自分に冷酷な答えを突きつけたのも――男性だった。
全てを完成させ、『白騎士』の更なる強化に取りかかる時まで男性への恐怖は憎悪と区別がつかないほどで。
コアは、それを汲み取ったのかもしれなかった。
例えそうだとしても、コアを分解し徹底的に検査すれば、束ならそのバグとも言える原因を取り除けるだろう。彼女はそんなことしないつもりだが。
このままでいい、と、束は思っていた。
これ以上世界を歪めたくない、と束は恐れていた。
ISは実は男でも使える、ならはい元の男女平等に戻りましょうとなるか。なるわけがない。

「悪い人でしょ、束さんは。世紀の天災だからねー」
「俺にとっては束さんは天災だけど、近所のお姉さんですよ」
「近所のお姉さんは世界を歪めるのかな?」
「自分を責めるの、止めてください」

少年は立ち上がった。憤る双眸に射抜かれ、束はその場に固まった。

「俺があなたを許します。世の男が罵られようと知ったことじゃない。俺はあなたを許しますよ」
「う……でも」
「でもじゃない。俺が許すのに他の人は関係ありません」

そう言って少年は両手を広げる。
吸い寄せられるように、束はその中へ体を預けた。

「大きくなったね」
「そろそろ束さんだって抜きますよ」
「それは悔しいなぁ」

下らない会話。
その中でも、束の瞳からはとめどなく涙がこぼれていて。
そのおぞましい快感に身を委ねていた。




今度は、逆だった。
篠ノ之束が少年を抱き締めていた。
忌むべき発明、ISを自身が纏い、呆然と少年を抱き留めていた。
膝を着き、ISを粒子に還す。周囲には破壊されたコンクリートの残骸と、燃え盛る炎と、束によって粉砕された人間だった肉片しかない。
少年は力なく束の膝に頭を預けた。

「いっ、くん」
「……」

返事はない。
滴が少年の頬に落ちる。

「いっくん」
「……」
「いっくんッ、起きて」
「……」
「いっ……、いっくん、いっ」
「……」
「あああッ」
「……」
「  、」

気がついた。束はやっと見た。
血に染まる少年の衣服。赤いカッターシャツ、淀む詰め襟。
決して返り血なんかじゃない――

「いやあああああああああああああああああああああああ!!」

第2回モンド・グロッソ決勝戦当日。
束が駆けつけた時。

織斑一夏は死んでいた。




















ほうき専用機『紅椿』の御披露目はつつがなく終わった。
……いいか『あかつばき』だぞ間違っても『くれないつばき』じゃねえからな!
プッツンしたヒロインに刺されて腹に大穴空けるとか御免だ。その役目はイッピーが負ってくれ。

まあ性能が明らかに現存機の遙か上を行ってたりするのは姉としての愛情と捉えておこう。
機体馴らしのためほうきはしばらく専用機持ちと一緒にいるらしい。

「……束さん、冷静に考えりゃ姿現して大丈夫なんですか?」
「正直かなりヤバいね」
「いいかこの人は水無月さんの姉だからな! いいな!」

各国の技術者たちに言い含めておく。IS用ハンドガンをちらつかせたら黙ってくれた。

「そうだな、では適当に偽名でも決めてやれ」
「えッ、俺がかよ」
「ちなみに私なら水無月煌閃(きらり)と名付ける」
「さーて名付けてぇ異様に名付けてぇ気分だなー! そう何を隠そう、俺は名付け親の達人だッ!」

偽名がキラキラネームとか残念すぎるだろ。
そして姉さんのネーミングセンス残念すぎるだろ。
束さんが完全に固まったのを見てから慌てて割り込む。信じられないことに多少自身でもあったのか、姉さんは不満げな表情だ。
ここは束さんが絶交を突きつけない内にさっさと名前を決めてしまいたい。
多少考え込んだ末、俺はビクビクしながら唇を開いた。

「水無月葵(あおい)……でいいんじゃないかな」
「なるほど、ネーミングセンスはそこそこのようだな」

やたら上からの評価にイラッ★とした。超時空シンデレラっぽくキメてみた。
……我ながらないわー。反応弾で蒸発させられても文句言えないレベル。外見のグロさならヴァジュラと分かり合えました。BETAには勝てないけど。

束さんは少しもじもじとしながら、膝をつく『灰かぶり姫』の背部コンテナに歩み寄る。

「あ、あのねいっくん」
「何すか? 下僕のせいでバリバリ暇な親は早く海に行きたいんすけど」

どーせ俺は代表候補生でもないし契約先の研究所は変態しかいないし立場上暇な一生徒ですからねー。
そして水着のクラスメイトとアニメみたく遊びまくりたいんですが(迫真)。

「私も……ホントは楽しみだったんだ」
「海ぐらい珍しくもないっすよ」
「い、いっくんと来るのは初めてじゃん!」

まあ確かにそうですが。
期待するような瞳。くりっとしてて可愛い。仮に涙があふれ出てきたら俺はそれを舐めとってしまうに違いない。
チラッチラッみたいなカンジで俺を見やる束さんは小動物っぽくてマジ可愛い。劇的にガチで可愛い。何を言っているんだ俺は頭大丈夫か。

「束さん……女性用の更衣室はあっちですから」
「! い、いっくんは入り口の辺りで待っててね!」

コンテナからトートバッグを引っ張り出して、束さんは更衣室の方へと走り去って行った。
少ししてから『灰かぶり姫』が光の粒子になる。
……束さん、完全に『灰かぶり姫』のこと忘れてたな。
いつの間に遠隔操作技術ができたのかとかよりそれが印象に残ってしまった。

「じゃあ姉さん、俺行くから」
「……勝手にしろ」

ぷいとそっぽを向いてしまった姉さん。あれ、なんか姉さんの気に障るようなことしたっけ。

「何拗ねてんだよ」
「拗ねてなどいない早く行ったらどうだ束やクラスの女子が待っているぞこの女ったらしまたは女好き」

やべぇ超不機嫌なんですけど。
他のみんなも鋭い視線でこちらをグサグサ突き刺している。

「み、皆さんごゆっくり! まあ姉さんは時間が空けば来りゃいいじゃんか!」

俺は顔をひきつらせながら、みんなが待つ砂浜に向かうべく走り出す。
逃げ出したわけじゃない。
決してない。
紳士たる俺が淑女から逃げ出すなど有り得ないのだ。

――そんなこんなで専用機持ちと別れた俺だったが。
姉さんが砂浜に来ることはなかった。





夢の国が広がっていた。

「Oh……イッツ・ア・ビューティフルワールド」
「いっくんのクラス、美人さんがいっぱいなんだね」

女子更衣室の前でリア充みたく束さんを待っている俺は、眼下に広がる水着天国に目が釘付けだった。
色んな種類の水着。小ぶり、造形美、大盛り、平原、新規造山帯。
もはやアルカディア。もはやユグドラシル。
セフィロトの樹の最上位に登りつめられそうな程に俺は舞い上がっている。

「……いっくん」
「はい」
「……いっくん」
「はぇ」
「……いっくん?」
「へぇあ」

ぶっちゃけマイスウィートエンジェルズ=クラスメイトの水着姿を脳裏に焼き付けるのに忙しかった俺は、いつの間にか着替え終わった束さんが俺の隣に立っていることに気づかなかった。

「…………せっかく気合い入れてきたのに」
「え? 何にっすか?」

隣から聞こえた呟きに思わず振り返る。

女神が降臨していらっしゃった。

マイスウィートエンジェルズの上位がいた……だと……!?
大天使なんてもんじゃない。相川たちを天使とするなら完全に女神様。婚活なんかしてない清く清らかで清々しい女神様。

シンプルなビキニだった。緑を基調にして、背中で紐をクロスさせてる。腰にはパレオ。
上からマリンパーカーを羽織っているのは俺と同じだが、効果はまったく違う。俺のは背中の傷を見えないようにするためだったりするのだが、束さんみたいなスタイルの人がやったら肌色を狭めて強調するだけになる。谷間とか谷間とか谷間とか。今すぐ自販機でペットボトルを買ってあの双丘の間に挟み込みたい。ぬるめのスポーツドリンクを作ってくれてたらテンション振り切れるね。
ていうかこれが、日本人の血筋なのか……

「日本ハジマタウェェェェイ!!」
「いっくんいっくん、言語機能が完全に破壊されてるけど大丈夫?」

無論大丈夫ではないっす。
著しい思考の鈍化を自覚しつつ、俺は目を皿にして束さんの肢体を刻み込んでいた。この光景を忘れるわけにはいかない。
照れたのか、束さんがパーカーの裾を持ってもじもじし始めた。

「そ、そんなにガン見されると困っちゃうな……」
「……!」
「そろそろ無言が怖くなってきたよいっくん!」

目を血走らせて束さんを視姦ゲフンゲフン凝視していた俺だが、突然後頭部に衝撃を受けふらついた。足元にビーチバレーボールがてんてんと跳ねる。
誰だ! 俺の至福の時間に水を差しやがったのは!

「織斑くぅぅぅん……美少女が列を成して君を待ってるのに見知らぬ美人さんに声をかけてこっちに来ないとは何事かなっ!?」

多分ボールを打ち込んで来たのは、腰に手ェ当てて啖呵切ってる相川だろう。
ボーダーデザインのビキニは、トップスは谷間を隠すような構造、アンダーはローライズのパンツルックになっている。活動的なデザインがこいつらしい。似合ってるし、それに……意外とスタイルいいなこいつ……

「ナンパだー」
「織斑君チャラーい」
「は? バッカお前ら、俺がチャラいとかありえねぇし。俺ほど紳士的なナイスガイもなかなかいねぇし」

指差して笑う少女たちに対し、俺は毅然とした態度で返す。
言われなき誹謗中傷には真正面から立ち向かう所存。大体、恋愛禁止の身にチャラいだの女たらしだのという噂を立てるのは誠に遺憾の意を表明せざるを得ない。

「いっくん、涙目になってるよ」
「余計なことは言わなくていいんですよっ」

地味に傷ついたりなんかしてないんだからね!

「つーかナンパじゃねぇよ。知り合いだし」
「水無月葵、です。よろしくお願いします」

束さんがぺこりと頭を下げた。
聞き覚えのある名字に駆け寄ってきたクラスメイト一同首を傾げる。

「えーっと、ひょっとして、水無月さんの?」
「うん、ほう……かなでちゃんは私の妹だよ」
「美人だろ? 遺伝的に多分ビューティフルなんだぜ、この家系」
「い、いっくん! からかわないでよもうっ!」

照れたのか、束さんは俺の背中をぺしぺし叩いてきた。動作がいちいち可愛いなチクショウ!

「今日は色々あって、水無月さんに届け物があったんだとよ。あ、ついでですし葵さん、ビーチバレーやります?」
「あー……運動あんまり得意じゃないんだけどな……」
「全然いいですよ! むしろ私たちも運動音痴しかいないんで!」

谷ポンが満面の笑みで言い切った。
こいつら……いい奴じゃねえか……グスッ。

見え透いた嘘だが、束さんは多少安心したらしい。最終的には俺・束さん・ナギちゃんチームと相川・谷ポン・かなりんチームでやり合うことになった。
ちなみにかなりんってのはクラスで一番大人しく清楚系と名高い、いつも布仏と一緒にいる子だ。前に寝間着で遭遇した時はたまたま彼女のパジャマのボタンが外れてて鼻血出た。

「じゃあナギのサーブからね」
「うぅ……緊張する」
「安心しろナギちゃん、ミスっても相川のせいにすりゃいい」
「私一応敵だよ!? 自然な流れで両チーム共通の人身御供にしないでッ」

谷ポンからボールを手渡され、ナギちゃんが砂浜に木の棒で書かれたエンドラインまで下がる。ネットは学校から引っ張ってきたらしい。
確かに、外見的に運動できなさそうだよな……束さんは同じ穴の狢がいて嬉しいのか、多少気楽に構えている。

「~~っ!」

ボールを上げた――少し前方へ飛ばし、後を追ってナギちゃんも踏み切る。角度、高度、共に完璧なジャンピングサーブ。
束さんの口がぽかんと開いた。

「なんの、7月のサマーデビルと呼ばれた私にかかれば!」

鋭いスライスサーブの曲がりすら看破して、谷ポンが回転レシーブでセッターのかなりんにつなげる。危なげなくかなりんはボールを上げ、待ち受けるは宙高く舞い上がった相川!
ジャストタイミングで振りかぶる相川だが、その狙いは……俺。
独特な軌道を描き迫るボール。だが。

「笑止。また懲りずにHS(ホッピングスパイク)か……避けりゃアウトに……」

いや……こいつは!
いきなりボールが十字にダブりやがった!?

――避けらんねえ。

ドオオオ! とビーチバレーボールの直撃とは思えねえ爆音が俺を襲った。
衝撃に俺の体が打ち上げられ、そのまま砂浜に叩きつけられる。

「Bear the cross and suffer(十字架を背負って生きろ)……」
「ちょっと待ったあああああああああああ!」

相川がカッコつけて無駄に発音良く英語しゃべってるところに、いきなり束さんが大声を出した。頭をかき乱して叫びを続ける。

「何ナチュラルに超次元バレーやっちゃってるの!? ここはタイムスリップして織田信長や恐竜と戦うカリキュラムでも導入してるのかな!?」

いきなりの錯乱に戸惑いを隠せない俺。
体についた砂を払って立ち上がる。

「いきなりどうしたんですか?」
「いっくんとみんなの嘘つき! 運動音痴なんていないじゃん! サービスもレシーブも日本代表だったじゃん! スパイクに至っては分身してたよ分身! 完全にばれゑもしくはバレヱだったよ!」
「え、私これでも弱い方ですよ。織斑君にはスポーツで勝てる気しないですし」
「……こんな環境で箒ちゃんは過ごしてるの……?」

相川の言葉に愕然とする束さん。
どうやらさっきまでのプレイがお気に召さなかったらしい。つっても、俺も相川もまだエンジンあっためてる途中みたいなもんだったし、むしろ派手さに欠けてた気もしてたんだけどなあ。

「前普通のバレーで夜竹ホームランやられた時に比べりゃマシだろ」
「あの時はひどかったね……しずちゃんは恐竜滅ぼしだすし、水無月さんは無我に至っちゃったし、誰かの波動サーブに谷本ファントムで対抗し始めた時はもうダメかと思った」
「最終的に、かなりんに五感奪われた織斑君が『なんだ……体育の時間って、楽しいじゃん』とか言ってサムライスパイク打って逆転勝ちしたんだよね」

俺の言葉に相川とナギちゃんが遠い目で意識をトばし始めた。
まあ授業中に人外プレイが続出するのは致し方ないことだ。上級生はバレーやラクロスで水中戦から空中戦になったりするらしいけど。

「なんでそんな人外ばっか集まってるのさこの学園は……」
「そりゃあ、IS学園っすから。ここにいるのは腐っても鯛、エリート中のエリートなんで、世界中の天才が集まって切磋琢磨したらこんぐらいになりますよ」

俺の言葉に束さんは黙り込む。
明らかに俺たちの感性がズレてるような気がしなくもないが、まあいいだろう。

「じゃあゲーム続行するよー!」
「ちょ、ちょっと待って待って! 心の準備がギャー!」

束さんの頬を掠めて相川のイナズマサーブが決まる。
得意気な笑みを浮かべる相川にイラッ。
目があって恥ずかしげに胸元を隠すかなりんにムラッ。

「天誅!」
「おおっと!」

俺が試合そっちのけでかなりんのリアクションを楽しんでいることに気づいたのか、狙いを俺に変えてきやがった。
レシーブでコート中央に打ち上げる。
ナギちゃんがトスして丁寧に上げたボールを束さんがおっかなびっくり踏み切って打つ。

「てやっ!」
「踏み切り見てからレシーブ余裕でした」

苦もなく谷ポンがボールを拾う。涙目になる束さんに向かってかなりんがトスを介さずそのままスパイクを打ち込む。
べしっと、顔面に直撃した。

「あッ」
「あ」
「あべし」
「はわわ」
「ふえぇ」

二人ほどあざといリアクション取りやがった!
相川とかなりんか……
相川テメェに軍師は合わねえ許さん!
かなりんクソッ可愛いなハァハァ許す!

「おお織斑君織斑君どうしよう! 死んじゃった!? ひょっとして水無月さん死んじゃったりしてないよね!? 大丈夫ですかっ!?」

ネットの下をくぐって――谷間見えた――かなりんがこちらに走ってきた。大の字に寝転ぶ束さんの姿に取り乱す彼女は『ふえぇ』に相応しい。
俺はそんな彼女に対し天使のような笑みを浮かべると、むき出しの両肩にそっと左右の手をおいた。

「落ち着くんだかなりん」
「ふえぇ」

そのまま手を滑らせ肘まですべすべの肌の感触を楽しんだ。

「葵さんはこう見えて体が頑丈なんだよ。大丈夫だってかなりん。安心していい」
「ふえ……」

かなりんの手を持ち、指を絡ませる。マジ天使だわこの子……
そして俺は手を離し、そのまま腰に手を伸ばそうとした所で――相川のハイキックが俺の側頭部を襲った。うおおお危ねぇぇぇッ。

「チッ、避けられた」
「テメッ、いきなり何しやがる」
「そりゃセクハラの現行犯がいればハイキックの刑に決まってるじゃない! ほらもう一回こっちに戻ってきて」
「なんでハイキックされにわざわざ行かなきゃいけねぇんだよ!」

ギャーギャーと騒ぎを大きくする相川に、かなりんは目を丸くしている。多分自分がセクハラを受けていたとすら気づいていないんだろう。

(清香ちゃん清香ちゃん)
(え、何?)
(止めなくても良かったのに……)
(え……ひょっとしてかなりん、本気で…………)
(うん、私本気で――キズモノにされたって言って織斑君に一生養ってもらうつもりだった)
(なにそれこわい)

急にひそひそと喋りだした相川とかなりん。何やら相川が憐憫の目で俺を見てきているが、はて、どうかしたのだろうか。
と、何やら唸って束さんが起き上がった。本気で今まで気を失ってたっぽいなこの人。

「あ、あれ……? 私なんで砂浜に寝込んで……」
「葵さんは落ちてたバナナの皮を踏んで転んじゃったんですよ」
「うん、分かりやすく嘘ついてくれてありがとう。何か後ろめたいことがあるとまで教えてくれるなんていっくんは親切だなァ」

しまったッ……クラスメイトが腐ってもエリートなように、この人だってビーチバレーで気絶しても天災なんだったッ。
油断したか、この俺様が。

「じゃあどうしようかな。まずは谷本さん? だっけ? その子を死ぬほどくすぐってあげよう」
「なんて恐ろしい脅しなの……ッ!」
「本気の目だわ、あれは」
「ふえぇ」

いや束さんは所詮束さんだった。
俺は涙目で怯えるかなりんの頭を撫でながら、天災VS超エリートJKのくすぐり合戦というしょうもなさすぎる戦いを観戦しようと、集団から距離を

【CALL!! CALL!! CALL!!】
「――――ッ!」

ISコアネットワークを介した音声通話。ただ、一方的にしゃべくって一方的にブチ切りやがった。
俺はクラスメイト達に背を向けた。

「? 織斑君?」
「用事ができたッ……葵さんッ!」
「分かッてるよ!」

束さんも一目散にこちら、正確には姉さんから『白雪姫』と『灰かぶり姫』に送信されてきた集合ポイントへと走ってきた。

「悪いすぐに戻れるかは分かんねえ!」
「えー……分かった、気をつけてね!」

谷ポンが手を振りながら答えるのを見て、俺と束さんは少し笑った。

少し笑って、顔を前に向ける頃にはまったくの無表情で、そのままパーソナライズ。
互いに水着姿からISスーツ姿になり、その上からそれぞれ白と灰のアーマーを装着した。
もう走ることなく、疾(はし)るのみ。
送信されてきたメッセージは姉さんらしい簡潔なものだった。


『特A事態発生。出撃の可能性有。こちらで要請に備えろ』





「来たな。では、現状を説明する」

俺と束さんは襖を勢いよく開き、転がり込むようにして入室した。旅館の一番奥に設けられた、大人数で宴会するための大座敷だ。
部屋は照明が落とされ、中央に大型ディスプレイがいくつも投影されている。
専用機持ちメンバーは全員、後は学園の教員に、見慣れない格好をした女性が一人。肩のところに星みたいなマークがあるんだけど……あれって軍隊での階級章じゃね?

「ちょうど二時間前のことだ、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエルの共同開発軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御化を離れて暴走。蓄積されたパーソナルデータと補助用AIが暴走しメインAIをのっとった。そのまま監視空域より離脱し、当方へ向かってきている。迎撃の準備が日本政府並びに国際IS委員会から要請された」

えっ、なにそれこわい。

「『銀の福音』……確か単一の搭乗者で複数のISを扱うっていう『DO(Dual Operate)計画』の中で誕生した第三世代機だっけ?」
「正確にはまだ第二世代機だ。イメージ・インターフェースを利用した兵器が取り付けられていないからな」

姉さんと束さんの話が静かに進む。
話の進行と並列して、俺たちの目の前には小さなウィンドウが展開されていった。部屋を見ると、隅にダークスーツ姿で立つ巨乳先生が何やら端末をいじくっていた。どうやらあの人がデータを配っているらしい。
各員目を通しながら姉さんたちの会話から情報を拾う。

「衛星による追跡の結果、あまり歓迎できない事態となった。奴の進路上にあるのは――」

ウィンドウに日本地図が表示される。関東近海にクローズアップされ、赤い点が何やらくねくね曲がりながら進んでいき、最終的に止まる。位置は、東京都上空。

「オイ」
「本土首都、新宿区だね」
「一般市街地で暴れられたらマズイ。現在福音を動かす暴走AIの思考パターンからして、本土への被害は計り知れないものとなるだろう」

……やっべぇ話になっちまってるようだ。
まさか祖国の存亡にかかわってくるとは思いもしなかった。俺は顔をビキバキ引きつらせつつ、一応福音のスペックデータを読み進めていく。最高速度450km/h。初期装備だけでこれって何考えてんだアメリカこういうキチガイ装備は日本の特権だろうが!

「幸いにもヤツはここから2キロ先の空域を通過するらしい。その時に叩く。我々だけでない、本土防衛軍も国連軍もこの空域に投入される」
「……もし、ダメだったら?」
「東京は火の海だ」

デュノア嬢の質問は、場の空気を重くさせるだけだった。
停滞してしまった雰囲気を、軍服のお姉さんが咳払いひとつで吹き飛ばす。姉さんは少し目を伏せてから、ためらいがちに喋りだした。

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖に回る。無論そちらは最小限にして、最大限の戦力を対象の攻撃に当てるが、それだけでは足りない。専用機持ちは死力を尽くして任務に当たれ」

姉さんの言葉に、一同は背筋を伸ばして返事をした。
……任務ねぇ。日本のために死ねるのは楯無の妹さんぐらいだろう。他のヤツらの任務って何だ? 福音の撃破か? んなわきゃない。データ取りだ。実戦経験が転がりくるなんてラッキーだと各国上層部は思ってんだろう。実戦でこそ学べる何かがあるかもしれないし、危なくなったらすぐ逃げりゃいい。『絶対防御』がある以上よほどのことがない限り搭乗者の命やISコアは保障されるからな。

「今からの発言には反応を返すな……このスペックにあるパーソナルデータ、これは水無月かなでのものだ」

!?

「表記は『Shinonono Houki』だがな、まあ、事情を汲め。かつてテストパイロットだった時期があるらしい。その時蓄積されたパーソナルデータと補助用AIが暴走の原因だ」

驚愕ではあった。束さんが姉さんにISのテストパイロットを依頼したように、ほうきだってISが世に出る前から乗り回していたのは知っている。日本がほうきの身柄を確保する前に、米国でテスパをやってた時期があうってことか。
……彼女の通ってきた道がひどく険しいものだということが、俺の胸を締め付ける。

みんな静かにウィンドウに指を走らせていた。
俺はスペック見終わったぜ。一応感想。このメンツじゃ無理だ。

「第三世代型軍用IS『銀の福音』……攻撃と機動の両方を特化した欲張りな機体だね。しかも広域殲滅を目的とした特殊射撃兵装まで搭載しちゃってるし」

束さんの言葉は、背部ユニット『銀の鐘(シルバー・ベル)』のことを言うのだろう。砲門の開放パターンは二つ。敵軍の群れを抜けるための一転集中と前線基地などを焼き払う広域拡散。
基本スペックも高い。他国の第三世代機と比べても遜色ない、むしろ負けている点の方が少ないだろう。

「国連の要請によりドイツから特殊部隊の援護も来ている。本来なら本土に向かっていたはずだが、急遽こちらに来てくれた。『シュヴァルツェ・ハーゼ』部隊のエース二名だ。合流は現地でとなる」

姉さんの言葉に少し安堵した。
プロの軍人たちが来てくれるんだ、しかも黒ウサギ隊。学生オンリーなら死亡確定だがこれなら助かるだろう。

「主機と副機αΒの合計三機を同時に扱うのですか……実に厄介というか、発想がまるで一夏さんみたいですわね」
「副機は100%機械のアンドロイドを内蔵してるみたいね。ていうか三機ってどうなの、操縦技術も低下したりしてくれないの。パイロットはともかく暴走AIが一夏みたいな人外だったらうかつに手出しできないけど」
「このデータじゃ格闘性能が未知数だよね。織斑君あたりが一回突っ込んでくれたら分かりやすいんだろうけど……偵察は不可能ですか?」
「ねぇお前らマジメな会議のフリして俺disるの止めない?」

ちょっと泣きそうだった。何が悲しくてこんな場面でまで貶められなくちゃいけねぇんだ。

「無理だ。この機体は現在も超音速を続けている。最高速度からして、アプローチは一回こっきりと考えろ」
「一回限りのチャンス……ということはつまり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

オルコット嬢の言葉に続ける人はいなかった。
しばしの沈黙。

「ねえよそんな都合の良い機体」

みんなが言い辛そうだったので、俺が代わりに言ってやった。
事実、そうだ。
まあないこともない。かつて姉さんが使っていた『零落白夜』ならほぼ一撃必殺だろう。だが、ISスーツに着替えてない所を見るにこの人出撃する気ないな。

「姉さんの暮桜は?」
「単一仕様能力に制限がかかっている。刀一本で私が戦うとしても、貴様らの射撃の邪魔になるだけだ、そんな足手まといなら出ないほうがいい」

言い切りやがった。
じゃあいよいよ八方ふさがりってワケかよぉ。どうしようもねえじゃねえかこれ。

「その点については抜かりない。なあそうだろう、織斑先生殿」

と、今まで発言のなかった軍人さんがいきなり声を上げた。

「すでに二名の教師が先行し足止めを担っている。諸君らは素早く準備を終えて彼女らの援護に回ってくれたまえ。コールサインはそれぞれ機体に送ろう」
「……あの、すいません。あなたは?」
「陸上自衛隊本土防衛軍皇居安全保護専守護衛隊――通称『安保守護隊』の飯島紗織(いいじまさおり)中尉だ。今回HQ(ヘッドクォーター)を務める」

思考が凍る。何つったこの女。
その名乗りに場が騒然とした。

「安保守護!? インペリアル・ロイヤルガードがここに……!?」
「確かに東京都の危機ではあるけれど、インペリアル・ロイヤルガードがここまで出張ってくるなんてッ」

教員たちもおののき驚愕を露わにする中、李先生だけは複雑な表情だった。

「久しいな。こちらから誘いは何度もかけているのに一度も返事をよこさないなんてひどいぞ」
「……私は天皇陛下の懐刀より教師の方が向いています。二度と会うことなどない、と思っていたんですがね」
「オイオイ、私と貴女の中だろう。敬語なんて止めてくれ」

親しげに話しかける飯島さんに李先生は少し堅い態度だ。

「IS学園第二期生のツートップが揃い踏みなんだ、こういった状況でなければ洒落たバーにでも行きたい所だがな」
「クラリッサを忘れないでください。私と彼女が同率で次席、そこにいる真耶が本番で緊張しすぎる実質次席、あなたがぶっちぎりの主席でしょう」
「懐かしい四人組だ。クラリッサは私と同様に祖国バカだし真耶は本番に弱すぎるからダメなんだ。三人とも我らインペリアル・ロイヤルガードに入れる実力はあるというのに。それにしても真耶は相変わらずメガネだな。ん? なんだか、雰囲気が変わったか? スーツなんて着てるの初めて見るし……まあ積る話は今度にしよう」

そこまで言って飯島さんは部屋を見渡した。この人昔を懐かしみ出すと止まらないタイプの人だろ。
巨乳先生の扱いがやけに雑なのは気のせいだし、飯島さんが巨乳先生の顔じゃなくて胸を見て声をかけたのも気のせいだろう。

「貴女は?」
「……知ってるでしょう。水無月かなでの、姉です」
「よろしい。アドバイザーを依頼したいのだが?」
「やりますよ、私だって、いっくん達を死なせたくない」

愕然とした。え、なんでこの人国際指名手配犯を見逃してるの。
俺の視線に気づき、飯島さんは不敵な笑みを浮かべる。

「日本は篠ノ之箒を安全に保護することを条件に、ある程度、篠ノ之束と良好な関係を保てているのさ。――おっと、この場にいない人間の話をしても仕方がないかな」
「……白々しいっすよ。要は、人質ってことじゃないですか」

声に思ったより剣呑な響きが混じった。
混濁する怒りを視線に込めると、飯島さんは余裕の笑みで流す。

「今は首都防衛が先決だ。協力してくれるな、織斑一夏君」
「……ッ、ええ、分かりました」
「よし。では各員出撃準備をしてくれ。集合ポイントはISの方に送る」

震える拳を握りこんで、俺は返事を返す。みんなの声が重なった。

『了解!!』

戦場から帰れるのは一部の人間だと知らず、俺たちの応答は気丈なものだった。





接敵ポイントから距離1500の地点。
先行していた『シュヴァルツェ・ハーゼ』の二機もすでにおり、こちらの総戦力は専用機持ち×6、教師×4、軍人×2の計十二機となかなかにクレイジーな状態だ。
どう考えてもこれは勝つる。

「12対3とかオーバーキル過ぎんだろ……」
「『勝って兜の緒を締めよ』というのは日本の言葉だろう。というか私はあの言葉を貴方から聞いて、我が隊の訓示にまでしたのだが?」
「でもあれって、肝心の戦闘中は紐緩いってことじゃないすか?」
「激しい戦闘であれば紐も緩むだろう」
「そう返してきますか……降参っす」

俺は肩をすくめる。
完璧にアメリカナイズドされた動作だが、流行に流されやすいゲフンゲフン敏感な俺様がすればさぞかし絵になるだろう。

「似合ってないぞ」
「大尉、お言葉ながら俺ほどヤレヤレ系の動作が似合う男はいないかと」
「ほう、確かに数年前我が隊の隊員一名に背中を刺されかけていた殿方はヤレヤレ系に相応しいですなあ」
「……アンネは過去の女っすから。俺に女性の恐ろしさを教えてくれた彼女には感謝してますよ」
「アンネリーゼ・フォン・アンデルセンなら貴方の後ろにいるが」

邪気が来たか! とばかりに勢いづいて振り返る俺。
視界の動きがスローになる。ドイツ製第二世代IS、『アンファム・アインス』を身に纏う三つ編みの少女が、俺に背後から抱きつかんとしている。
俺は落ち着き払ってそれをいなし、恐怖に引きつる表情筋を無理やり動かし笑みを作った。

「久々だなぁアンネ! いやあ随分可愛くなって」
「私以外の女と喋った会って一番に話しかけたのがクラリッサ大尉だった私には目を向けもせず一目散にクラリッサ大尉の所に来たこれって浮気じゃないの浮気よね浮気だわどういうことなの一夏話して一夏説明して一夏」

うわあああああ! L5だァァァッ!
完全に頭のトんだ発言。ドイツで出会った頃から独特の話し方で、まったく口を開かないかマシンガントークかのどちらかなのは変わっていないらしい。
特徴的な大きくクリっ丸い瞳は変わらず紅色で、俺の狼狽する表情がよく映り込んでいる。

「お遊びはその辺りにしてくれ……」
「了解」
「Ja!!」

割と本気の目でハルフォーフ大尉に睨まれ素直にビビった。
彼女ら『シュヴァルツェ・ハーゼ』とは以前交流があった。なんか隊長は不在の時だったが、ハルフォーフ大尉の『シュヴァルツェア・ツヴァイク』と一戦交えたのだ。結果は、なんとか勝ちを拾えた、といったカンジかな。
その分彼女の実力も知っている。信頼に値するのは当然だし、何より部隊の副隊長も務める彼女は集団戦闘において中核的な役割だ。紅白に分かれたチーム戦でも、毎回彼女のいるチームが勝ってたし。

「また女性の知り合いですのね……」
「まあ一夏だしね……」
「まあ織斑君だしね……」
「お姉ちゃん……可哀想、こんなのが相手じゃ」
「……ふん」

言いたい放題な彼女たち(最後のほうきに至っては一瞥して以後無視)だが、俺はさっきからアンネと目で牽制し合っていて正直反論する余裕がない。
こういう精神的に余裕のなさそうなねちっこいメンヘラは苦手なんだよ!

「アンネ、初陣の緊張をほぐせとは言ったが、ほぐれ過ぎだ」
「ハルフォーフ大尉……あんただって初陣でしょうに」

公式の記録上では今までIS同士による殺し合いなど一度もない。彼女らの部隊がドイツ最強と名高いのは部隊同士の模擬戦にて負けなしだからだ。
ISによる軍事的進攻は、あった。旧世代の兵器を焼き尽くすだけの簡単なお仕事。ただスポーツを離れてIS同士が戦うのは、これが世界初ということになる。

「の割には緊張してねぇな、お前ら」
「まあこんだけ数が居たらねぇ」
「水無月さんの強さはよく分からないけど、何年も前のデータでしょ? 李先生達だけで終わってるかもね」
「一夏、この戦いが終わったら結婚して」

鈴とデュノア嬢は本気で緊張感がない。アンネに至っては死亡フラグを建築しやがった。
俺はそれらの意見に頷けない。領域が近づくに連れてオルコット嬢も、ほうきも表情を険しくさせていった。

『アダムス1、状況は視認できるか?』

アダムス1が俺のコールサインだ。専用機持ちと先生方はイヴナンバー、ハルフォーフ大尉とアンネはラビットナンバーである。

「いいや……戦闘は継続してるのか?」
『さっきから増援要請がうるさくてな。速度を上げろ』
「了解、行くぞみんな」

アクセルを踏み込む。ブースターが火を噴いて、


突然レーダーマップから味方の反応が消えた。


「……は?」

疑ったのは、レーダーの不調。先行した機体の片方、李先生でない教師が突如生体反応を消した。ISの反応は残っているのに、致命的なものが欠落。
待て。どういうことだ。……死んだ? あり得ないだろう。だって『絶対防御』はどうしたんだよ。あれがある限り、俺たちは命だけは保障されてるはずだ。

『シノノノ、イッキゲキハ』

空域に響く機械的な音声。
そいつ、主機との距離が800を切った瞬間、さらにあり得ないことが起こった。


いきなり、『絶対防御』がかき消えた。


「……!?」

痛恨の認識ミスだった。
ここはアリーナじゃねぇ。増して研究施設のグラウンドでもねぇ。戦場だった。
人が、命が、木石のように蹴っ飛ばされる場所。そういう場にいると、次の瞬間にやっと認める。
俺が初めて見た戦場は、弾け飛ぶ人の腕と、場の空気を凍てつかせる銀色のISだった。

「……ろッ」

先行していた李先生のISは健在。ただ、それを動かしていた人間は、腕を食われ脚をちぎられ、あちこちから鮮血をばらまいていた。

「……李先生」

鈴が青ざめた顔でつぶやいた。
なるほど確かに、残った左腕でライフルを撃ちまくっているのは、元インペリアルロイヤルガードとかいう二組の担任の先生に違いな

『シノノノ、コウゲキヲゾッコウ』

ほうきの声が聞こえた。正確に言えば福音が過去のデータから再現した声だ。
福音最大の特徴、と説明を受けていた『銀の鐘』が、三機ともそれぞれ奇妙に裂けた。

顎(あぎと)。
巨竜がごとく口を開き、そのうち一機が至近距離でライフルを構える李先生を捕らえる。

「キャァッ!? ああ、ああああああ! あッ……」

上半身を挟まれ、どうにか抵抗しようと李先生がもがき、
そのもがきごと噛み砕かれた。
返り血が銀色のボディを染めた。

『シノノノ、イッキゲキハ』
「ぁ」
「……にげッ、ろッ!」

咀嚼音。骨が砕かれ、肉が噛まれ、俺たちの目の前で、先生が、
食われた。

ハルフォーフ大尉が叫ぶ。

「――逃げろぉオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
「う、あああああッ!」

何だよッ……何なんだよ、あれは!!
絶対防御はどうした!
なんで人を食ってんだ、食って何になんだよ!

「代表候補生を逃がせ! 各機三人一組で行動! 生徒は最大速で退避しろ!」

李先生の腰部から下が、地をばら撒きながら海面へと落ちる。桃色のびらびらした何かは、多分、生殖器だ。

「う、ぼッ」

後方でデュノア嬢のくぐもった声が聞こえた。吐いてるんだろう。

「イヤッ、イヤッ。何でこんな、何とかしてよ、誰か誰か誰か!」

パニック状態の鈴が絶叫する。各員のバイタルデータに目を通し、俺は声が震えないよう喉に力を入れた。
悪いが気を遣った呼びかけをしてる余裕はねぇ。

「オルコット! 鈴を引きずってでも下がれ! 俺はデュノアとほうきを引っ張っていく!」
「わッ……分かりましたわ!」

幸いなことにオルコットは落ち着いている方だった。
左手でデュノア、右手でほうきを掴んで戦場から離脱。
俺たちがそうこうしている間にも、先生方のうち何名かが捕食され、四肢をもがれ、場合によっては絶命していた。

『イヴ4ロスト! イヴ3の左腕部が肩部より消失……ッ!』
『いやああああああっ! 来るな来るな! 来るなぁっ!』
『もうイヤ……私も死ぬんだ……』
『死にたくないッ、死にたくないよッ。死にたくないいいいい!』
『こいつ落ちろ! 落ちてよ!』
『何で効かないんだ!? どうしようもなッ……きゃああああああああっ!!』

通信を介しなだれ込んでくる悲鳴が脳に突き刺さる。
止めろよ……
止めてくれよ……

『シノノノ、サラニイッキゲキハ』

その声で、殺すな。
その声で……殺すな。

「安全圏に到達しましたわ!」

茫然自失のほうきの肩を抱き、俺は全員を見渡した。
まともに動けるのはオルコットぐらいか……デュノアはまだ胃液を吐いてて、鈴はパニック状態。オルコットの腕の中で訳の分からんことを叫びながら暴れている。ほうきとは大違いだ。

「私は……私が、私のせいで……」

虚ろに言葉を漏らすほうきを、俺はより強く抱き締めた。

どうにかしなきゃな。
俺は、逃げたくないし。
悲鳴をシャットアウトして、俺はオルコットに向き合った。

「よく平常心を保ててるな」
「以前見た挽き肉よりはマシでしてよ」
「そりゃあいい耐性作りになったじゃねえか」
「両親でしたから、効果は絶大でしたわ」
「…………そうか」

悪いことを聞いたと思う。
でも、それはこの場限りで良いことだ。

「お前には主力になってもらう」
「あの機体、レーザーライフルが効果を発揮するのですか?」
「多分な。ウィークポイントを狙う。レディなりの戦い方かは知らんが、俺に指示に従ってもらう」
「承りました」

そう言ってオルコットは真摯な眼差しで俺を見てきた。
作成自体はそう難しくない。
大事なのは俺の度胸とオルコットの狙撃技術。

「さっさとやるぞ、時間がねぇ」

レーダーマップを表示させる。赤い敵性反応は3つとも健在。味方は、6機もいたのが今や3機に。匠も驚きの早業だ。
ついでに言っちまうと味方のIS反応じゃない。生体反応が、3つ削れてる。

「急いだほうが良いようですわね」
「ああ」

作戦を手短に説明する。
オルコットは心得たとばかりに頷き、俺は彼女に向けて親指を立てた。
鈴たちはここで待つように言い置いて――不安だが、少し落ち着きを取り戻した鈴とデュノアは頷いてくれた――俺とオルコットは無言のまま戦闘空域へ戻りだす。ある程度の距離になった所で絶対防御にエラーが生じた。やはり不安になる。俺もオルコット嬢も減速してしまった。

「幸運を」
「お前がな」
「愛する男性の励ましこそ、淑女の最たる元気の源ですの。私はもう大丈夫ですわ」
「…………」
「そ、そうマトモに照れないでくれます!? こちらまで恥ずかしくなって……!」

ハニートラップとはいえ不意打ち過ぎた。
こんなラブコメしてる場合じゃねえんだよ畜生。
俺は火照る顔をぺしぺし叩いて、真正面から、戦闘空域に突入した。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

耳障りなアラート。『白雪姫』はきっと俺より冷静に、この戦場の危険性を把握しているのだろう。
だが無視させてもらう。俺はそんな危険承知でやってんだ。
銀色、だったんだろう。返り血で元の清潔なシルバーカラーなどほとんど隠れてしまったが、確かに『銀の福音』と思しき機影が暴れまわっている。
手にした『白世』で、俺に背中を見せる副機αに斬りかかった。
こちらを見もせずに(まあ360度視界があれば当然だが)飛び上がって回避、いや、とんぼ返りして逆に俺の背後をとりやがった。そのまま銀翼で俺を真上から叩き落す。

「ごッ……ハハッ、絶対防御なしってのは中々ツラいなぁ!」

落下途中でどうにか姿勢制御。上からは大口を開いた副機αが迫る。主機と副機βは他の機体にかかりきりか、搭乗者を食ってるかどっちかだ。

「いい加減にしやがれッ」

ハンドガンで迎撃。全部……回避っ!? こいつさっきより機動のキレが良くなってんぞ!?
成長したっていうのかよ。そのまま突っ込んでくることをせずに一旦距離を取り、『銀の鐘』が全門を露にする。
オイ。その開き方は前線基地とかを広範囲にわたって一気に撃滅させるための開き方だろ。待てよ、相手は俺一人だぞ。

『コウゲキヲ――』
「ああああああああああああああああ!!」

さすがにダメだ! 撃たれたら避けらんねぇ!
一気に俺の方から距離を詰める。ちょうどオルコット嬢からのサインも来た。狙うしかねぇ。ここで仕留めてやるよ、この人食いIS。
ハンドガンを投げ捨て、『白世』を持つ。

『タイショウヘンコウ』

砲門の角度が絞られる。あのやり方は一点集中射撃のはず……耐えてくれよ『白世』。
俺は盾代わりに『白世』を突き出す。一点集中砲火が放たれ、そのすべてが俺の唯一無二の得物を穿つ。
衝撃だけで俺の手首が折れ曲がる。

「っつア」

右手首から先の神経断絶ッ……でも、まだ『白世』は死んでねぇ。盾としての役割は果たしてくれた、なら!
俺は福音の更に上を取り、『銀の鐘』の付け根に銃口を押し付ける。第一フェイズ、これで撃墜できりゃ儲けもんだ。

「――!」

副機αは取っ組んだ俺を振り落とそうと前後左右に揺さぶりをかける。大幅に距離を取られたりはしねえが、銃がブレて狙い撃てない。
まあこれで落とせるなら苦労しねえ。
俺を捕食しようと『銀の鐘』がその姿を巨大な顎へと変貌させる。
開く。俺の背丈より大きなその顎。俺の顔ほどある牙。
その中に、俺は躊躇なく突撃した。

「中々キッツイなここ……!」
『……!?』

牙の一本をつかんで、パワーアシストを最大に引き上げ俺自身がつっかえ棒になる。
噛み砕かれる前に、俺の抵抗が終わる前に、

「オルコットォォォォォォ!!!」
『透えました……奥の奥の、更に奥!』

青い閃光が奔る。『スターダストシューター』から放たれた超常速度の粒子光線は、俺のわきの下を潜って顎のド真ん中を貫いた。ぐらり、と副機αが揺れる。かなり中枢部までダメージが届いたのだろう。『銀の鐘』がダウンした。
俺は『白世』で胸部装甲を切り裂き離脱する。コンマ1秒もおかずに、俺がつけた傷へとレーザーが4発撃ち込まれた。
まあまあの精度だな。

『ゴギュゴオゴゴゴゴggggggggggggggg…………』

しばらく意味不明のうなり声を上げ、副機αは銀翼をさらに広げようとした。
さっさとキメちまえよ、なあ、オルコット。
再びの閃光は頭部へ殺到し、撃ち抜き、バイザーを吹き飛ばし首から上を根こそぎ削り取る。
中枢コンピュータへ致命的なダメージが通った。

『……あ』

落ちてゆく副機αを、横から飛んできた打鉄弐式が掠め取る。

「テメェ、大丈夫だったのかよ」
「まあ……なんとか。デュノアさんたちも、そろそろ来る」
「! こちらに来て、戦闘に加わるという意味ですか?」

合流したオルコット嬢が、機体の表面から水滴を散らしつつ近づいてくる。
それを見て楯無の妹さんは合点がいったとばかりに頷いた。

「あなたのこと……見つけられなかったから。ステルスモードで、水中にいた?」
「ええ。銃口部分だけは水面上に出していましたが」

俺の発案である。今回、オルコット嬢には文字通り『動く砲台』となってもらった。どうにかして俺が隙をつくり、そこを『スターブレイカー』で叩く。
仮に一度のアタックで仕留め切れなかった場合は、俺が気を引いている間にオルコット嬢は水中を高速で移動し狙撃ポイントを変える、という作戦だ。

「……敵が一機のみの場合で成立する。考えが甘いんじゃ?」
「それはどうしようもねぇよ。あっちの方、ざっと8キロぐらいある地点でハルフォーフ大尉たちの本隊と主機・副機βがやり合ってんだ。それが突然戦闘を放棄してこっちに襲い掛かってきたら、運が悪かったですねってことで乱戦に持ち込むしかない」

つーかあの機体数の差がありながらまだこっちが不利ってのが信じられん。主機ってのはやっぱ強いもんなのか。

「さっき望遠であっちを見たけど……ひどい。地獄。あと、相手が強すぎ」
「?? どういうことですの? スペックに違いはないはずですが」
「動きが違いすぎる。副機αをオルコットさんとしたら主機は織斑君」

バカにしていますの!? とオルコット嬢が睨みを利かせた。
その理屈だったら主機は俺より強いことになるな……

「ここからは仮説」
「聞かせろ」
「福音は……主機も副機も人を捕食して、すぐに吐き出している。でも実は……全部吐き出しているわけじゃない」

そこで楯無の妹さんは自分の頭を指差した。
すぐに推測がつく。オルコット嬢も、気づいたらしい。さっきの怒りはさておき彼女は驚きの声を上げた。

「まさかッ、脳を!?」
「うん。操縦者の脳をどこかに格納して、それを教科書代わりに戦っている……はず。あれを動かしているのは蓄積されたパーソナルデータと補助用AIの融合体のはずだから……じゃないとあんな急に、成長するはずがない」
「食った数だけ強くなるってことかよ。厄介だな」

しかも確か、副機の集めたデータは自動で主機にリンクされるって話だ。つまり主機は成長スピードが3倍ってことか。
オイオイ、持久戦になれば、こっちの戦力が削られるほど相手は強くなるとか笑えねえよ。
すでに何人も殺られてる。そいつらの操縦技術を全て上積みしたようなヤツが、主機を動かしてるってのか。
やべぇ……勝てる気がしねぇ……

「おいおい、どーすんだよ。数で押し潰すか?」
「その理屈で勝てるなら、今ごろ私たちは校舎に戻って優雅なティータイムと洒落込んでいますわ」

その通りである。
俺はこちらに近づいてきている鈴たちをレーダーマップで確認し、ひとまず本部と連絡を取ることにした。

「HQ、こちらアダムス1。応答願う。当方にて副機αを撃墜。残骸を回収した。これ以上の戦闘は当方では行い難く、撤退許可を頂きたい」
『こちらHQ。撤退は認められない。繰り返す、撤退は認められない』

……!!?
思考がトんだ。俺の横で、同じ通信を聞いていた二人も、ぽかんと口を開けている。

『副機αはイヴ8、イヴ9が保持せよ。アダムス1はラビット部隊の援護に回れ』
「……HQ、現状を再報告する。敵方は戦力を刻一刻と増強している。当方のみでの対応は難しい。このままでは全滅も」
『増援がそちらへ向かう。現在日本各地の米軍・自衛隊駐屯地から12機の最新鋭ISがスクランブル発信の準備を進めている。その空域にて後640秒もたせろ』
「640秒、ですか」

つまり、俺たちに死ねと。

『ただし。当人たちが希望する場合、イヴメンバーについては帰投を許可する』
「……アダムス1、は?」
『ラビットメンバーとアダムスの撤退は認められない。意地でもせき止めろ』
「ッ……アダムス1、了解」
「お待ちください一夏さん!」

オルコットが吼えた。俺はHQとの指令を切断する。
……分かっちゃいたさ。俺はこの中で優先度が低い存在だ。どこかの国に属しているわけではない。公式の庇護者だっていない。
なら、各国が俺より自国の候補生を優先すれば、俺が人柱になるのなんか分かりきっている。

「オルコット。俺は死なない」
「ですが!」
「頼む。みんなを連れて帰ってくれ。切実な願いだ」

頭を下げた。腰を90度に折るお辞儀なんざ久々で戸惑うな。
これが日本人の仁義ってヤツなのだろうか。ゲームとISに育てられたスーパー現代っ子の一夏クンには分かんねぇや。
分からねえんだよ。だから。

「国からの、命令だ」
「!!」
「ユナイテッド・キングダムの貴族さんよ。お前は祖国と俺とどっちを取る?」
「わた、くし……は……」
「迷いが生じた時点で戦いは負けだ。お前は負ける。そして死ぬ。俺に対する命令なんか忘れて逃げ帰れよ。命あって、国に忠義を尽くすことができるってもんだろ。ここは退け」

弱みを容赦なく突かせてもらう。
お前は帰れ。生き残れ。
不退転の戦士なんざ俺一人で十分だ。

「更識」
「私は……あなたに感謝してる。でも……こんな所、では、死にたくない」
「なら結論は出てるだろ」
「うん」

打鉄弐式のスラスターに火が灯る。
俺は満足げに笑みを浮かべた。

「ほうきを、頼む」
「了解」

更識がオルコットの首根っこを掴んで後退する。後続の代表候補生もそれに従っていく。

『あ、一夏は……?』
「安心しろ、すぐに追いつく」

ほうきの呟きに笑顔で返してから、俺は戦場の方を向いた。ハルフォーフ大尉が奮戦し、ウチの教師陣も負けてない。
最大加速。音を置き去りにし、距離を詰める。だんだん戦い続けている人たちの肉声が拾えるようになってきた。

『速すぎて、AICで捉えきれない……!』
『大尉、私たちの方で副機を抑えています。今のうちに主機をッ』

山田先生が副機βに銃弾を浴びせ続けている。
その間にハルフォーフ大尉とアンネのドイツ最強コンビが、主機へと獰猛に襲い掛かる。
シャワーのような銃弾、榴弾。2対1なんて状態は一方的な狩りに過ぎない。過ぎないはずだ。
だが。

この状態でも、『シノノノホウキ』は狩ることを考えていた。

『シノノノ、イッキゲキハ』
「はぁっ!?」

翼が、伸びた。そうとしか言いようがない。前もって閲覧したスペックとか明らかに違う異様な長さ。
それが、アンネの、『アンファム・アインス』の搭乗者の首から上を跳ね飛ばしていた。

「――――ッ!!」

くるくるとサッカーボールみたいに回転する頭。あまりに突飛なそれに、思考が追いつかない。ただ現実だけが上滑りしていく。
ふとアンネの丸くて大きくて可愛らしい瞳がこちらに向いた。
目が合った瞬間、全身を電流が駆け抜ける。

アンネリーゼ・フォン・アンデルセンが死んだ。

――ああああああああああああああああああああああああ!!!

吹き飛んだ頭を、顎をあんぐりと空けていた副機βが見事に回収した。2機がかりの射撃をいなし、反撃まで加えている。
……ぁぁのこのクソックソッチクショウこのクソ野郎!!!

「貴様ァァァァァァァ!!」

ハルフォーフ大尉の怒号が直に俺の耳を打つ。
翼を広げた分、的は大きくなった。弾の切れた銃を剣に持ち替え、彼女が右手を向けた瞬間、ギシリと不自然に主機の動きが止まる。
捕まえた。

「このっ!」

翼をかいくぐった山田先生が銃口を向けた。引き金が引かれる、その前に。
バイザー型のセンサーを光が通る。装甲と装甲の隙間から漏れ出す赤い光。『銀の鐘』の顎が、丸々巨大なバーニアのように火を噴いた。
ビヂッ!! と無理矢理に紐を引きちぎったかのような音。
AICを強引に破った……!? どんなバカ出力だっての!
多方向からの掃射をあっさりと突破し、呆然とするハルフォーフ大尉の眼前へと無機質な巨躯が迫る。

「、あ」
『シノノノ、イッキゲキハ』

刺突用に鋭く練り上げられた左の指先、絶対防御のない今、それが大尉の胸を貫くことは必然だった――けどッ!

「俺の目の前でヤれると思うなッ!!」

間に割ってはいる俺様がいる以上、その必然は通用しない!
右手の手首はもう感覚がねぇ。腕部装甲をカチ合わせて、銀色の剣をなんとかそらした。停止が間に合わず主機は俺たちを通過し、勢いに負けて俺の右腕がありえない方向にへし折れた。

「~~~~~~~ぁっ!!」
「お、おい大丈夫か!」

ハルフォーフ大尉が俺に近寄ってくる。気を抜いたその瞬間を冷徹な機械は見逃さない。

「ッ!!」

咄嗟に、『白世』を投げつけた。愛着のある剣ではあるが、戦闘の中での使い方はその時による。
こちらへ全砲門を開放していた副機βが身を翻す。稼げた時間は数秒。ハルフォーフ大尉が持つ剣を奪い取る。細く鋭いレイピア――俺の本領発揮にはちょうどいい。
絶対に鉄くずにしてやる、このクソ化け物!

「らあああああああああ!」
『シノノノリュウケンジュツ・インノカタ・ニノタチ――『ナギフセ』』

もう手加減する道理はないしそもそもする気がない。
俺が放った全身全霊の抉るような突きを、副機βは薙ぎの動作で逸らす。互いの剣域に踏み込み、俺の鼻先と銀色のバイザーが擦るほどの距離にまで来た。人間の可聴域を超えた速度で喋られても金きり音にしか聞こえねぇよ。
篠ノ之流剣術で返してきやがるとは……コイツ仮想人格の癖によくやる。
その超至近距離からバックブースト。互いに次にやることは分かりきっていた。
最速で、斬り捨てる。

「死ねぇぇぇッ!!」
『シノノノリュウケンジュツ・ヒノカタ・サンノタチ――『シズクギリ』』

距離が加速度的に離れて行く。
レイピアは折れた。
感覚を失っていた俺の右腕が、肩口から切り落とされ、風きり音を立てながら水中へと落下していく。
副機βは、無傷。

……ああ、クソ。一方的にやられてるじゃんか、俺。頭に血が昇っちまうとロクなことがねえよな。
ひっきりなしに鳴り響くアラートがうるさい。思い出したように血がいきなり溢れ出す。生命の源が抜けていく。上下を失い遠近感を忘れ、視界が、世界が、ゆがんで行く。
いつしか空に浮くことを忘れ、俺の体は鎧をまとったまま堕ちていた。
海が近づいてくる。
反転した視界の中で、俺を見下す銀色の機体が目に付いた。

……オイ。
悔しくねえのかよ、織斑一夏。
何一つ守れねぇで終わるのが、このまま沈められて朽ち果てていくのが、看過できるのかよ。

いやだ。
このまま死ぬなんていやだ。
死ぬこと自体は怖くねぇ。
一度死んだ身だ。
でも。
このまま死ぬのは、誰も守れず何も為せず死ぬのは、いやだ。
絶対にいやだ。

「ッ、あ」

脳髄を電流が駆け抜ける。
『白雪姫』が、俺の唯一無二の相棒が、俺の願いを叶えてくれる。

「ぎぐぎぎぎッッ……ヴ、ヴぉおヴぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

俺の喉から迸ったとは思えない獣のような雄叫び。
まだ――戦えるッ! 俺はまだ生きている! なら戦える、守れる!

「野郎ッッ」

残った装備は『虚仮威翅』ぐらい。左手に呼び出す。
主機と副機βはもう俺に注意を払っていない。
海面に衝突する寸前で空中回転制動、バネで弾かれたように飛び上がる。風圧で海面が割れる。

戦況は2VS2でこちらが圧倒的に不利。山田先生も、ハルフォーフ大尉も手負い。
俺は主機の背後に組み付く。

「!? 織斑お前!」
「……ッ!」

隙を見逃さずアシストしてくれる山田先生。的確な射撃が主機の間接各部を狙い撃ち、行動を阻害する。
すぐ我に返ったハルフォーフ大尉が副機βを押さえにかかる。見えざるAICの網をひらりひらりと避ける副機は、余裕に見えてしっかりと足止めされている。二人ともいい仕事するぜ。
生徒は避難しろとか、そういうことも言ってられない状況だ。

手にした刃を『銀の鐘』の付け根に突き立てる。各砲門が開かれる隙すら与えず、沈黙。蹴り上げてやれば、最大最強の兵装はあっさりともげ落ちた。

「おしッ」
「ッ! 織斑くッ」

空撃ちの音が聞こえた気がした。
思わず歓喜の声が俺の唇から漏れる。
だが、また可聴域を超えたスピードで福音が喋りだす。

『シノノノリュウセントウジュツ・ヒノカタ・ロクバン――『テッパコウ』』

次の瞬間、
山田先生のライフルが弾切れを起こした瞬間、
振り向き様に主機の右腕が俺の胸を貫いた。

「――――――――――――――――――――――――――――」

 ッ 、あ。
やば、これ、ぁぅぅあッ。

密着状態で、最大の切り札を潰されたはずの主機のバイザーに、勝利を確信した赤い光があふれた。
減形する聴覚が誰かの悲鳴を聞いた。どくどくと、俺が、俺の血が、海面を赤く染める。
……ナメるな。

「は、ははっ、ハッハァッ!! 残念、そこは今は空っぽなんだよねぇぇえええ!!」

大外れだぜバカヤロウ! 俺は残る『虚仮威翅』を銀色の右腕に突き立てた。唯一生身の体を持つ主機から噴水のごとく血が噴き出す。
それはそのままほっといて、空になった手にハンドガンを握る。この距離なら外さないし、十分なダメージが期待できる。パラベラム弾を胸元に何発も打ち込んでやった。装甲がはがれ火花が散る。このまま中枢部まで到達させて、最悪、パイロットの息の根を止めてやる。
ノイズまみれの金切り声。やばい。

『シノ■■リュウ■ントウ■■■・インノカ■・■■バ■――『ガカト』』

体が、吹き飛ばされた。
右腕を抜かれると同時、左腕でフックをぶちかまされたらしい。
塞がれてた穴から一気に血があふれ出す。

副機βが主機に寄り添う姿が見える。最後に残った一対の翼が、主機のように不自然に膨らみ、広がり、二体の悪魔を包み込んでいく。
クソッ。後一歩だったはずなのに。それなのに、俺は、負ける。死ぬのか。

闇から伸びる手が俺の意識を絡め取っていく。死神の鎌の感触を、確かに俺は首筋に感じた。
こんな短時間に二度も来てんじゃねえよ。
自分独りが孤独と同化していくのが分かる。思考がバラバラになって、うまくまとまらねえ……俺は今、どこにいる? 海か? 空か? 海と空の間か?

頬を打つ風。誰かが運んでいる。飛んでいく。名を呼ぶ鼻声が鼓膜に滑り込む。
名? なんだ、俺は……どうして……
体が沈んでいく……
死神が、鎌を、振り下ろ












【武装・ISアーマーの維持を中断】
【プログラムtype00の発動を承認】
【全エネルギーを『織斑一夏』の生命維持へ】

ブツン。












攻撃隊が戻ってきた。
ISが、史上稀に見る12機という軍勢で戦闘を行った。
帰ってきたのは8機。
最後まで残っていた三名が戻る。
全員砂浜まで駆け出してそれを待った。一般生徒でさえも目に付く所。慌てて関係者らが生徒を下がらせようとするが、もう遅い。

悲鳴。絶叫。
血濡れの『シュヴァルツェア・ツヴァイク』と『ラファール・リヴァイヴ』はどちらもボロボロだった。
ハルフォーフ大尉は充血した瞳に、まだ嗚咽を漏らし。
山田真耶は唇をかみ締め、抱きかかえたそれに涙を零す。

一気に力が抜けた。体が重力に負ける。
スーツに砂が付くのも構わず。
織斑千冬は、膝を砂浜についた。

白い鎧は消えていた。
ISスーツは破れ、血が滲んでいた。臓物は海に落ちた。

織斑一夏は死んでいた。


---------------------------------------------



♭おめでとうございます。貴女がその銀翼で貫いたのは世界で一番愛しい人の胸です。
 ただ、残念でした。そう簡単に心(臓)は射抜けません。

♯『しのののほうき』と『シノノノホウキ』、貴方が守りたい/殺したいのはどっち?



[32959] ハニトラ・ア・ライブ/篠ノ之箒
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:d7c0128b
Date: 2012/11/15 01:21
「……客観的意見を述べさせてもらおう」

くるり、と座椅子が回転した。
ストッキングに包まれた長細い脚を見せ付けるかのように組んで、飯島沙織は部屋を見回す。先ほどまでの雰囲気はどこにもない。全員影を背負い、部屋に座していた。

「彼の死因は、恐らく出血多量。心臓の破裂やショックによる即死では、彼がここまでたどり着けたことに矛盾が生じる……いくら自動航行とはいえ、搭乗者が死んではISは動けない」

手元のカルテをめくって、彼女はつらつらと言葉を続ける。
場にいるのは専用機持ち一同、篠ノ之束、クラリッサ・ハルフォーフに山田真耶らIS学園教師勢。

「だが、彼が損傷したのは左胸部と右腹部」

そこで飯島は言葉を切る。

「彼は……おかしい」
「……どういう意味だ?」

クラリッサは虚ろな目で疑問を返す。畳に座り込んだ彼女はじっと携帯端末に映る福音のスペックを、今もなお変化を継続しているそのデータを見ていた。

「分からないのか?」
「ああ」

飯島は改めて場の人々を見渡した。絶望的な雰囲気。もはやどうすることもできず、ただ自衛隊と在日米軍が現在行っている一斉攻勢に身を委ねるしかないとそう思っている。
飯島は自衛官だ。だが自衛隊の戦力を客観的に把握しているという自負はある。
その飯島は確信していた。日米軍では福音には勝てない。米軍機『ソニックバード』は優秀だが、やはり相手にならないだろう。
日本の存亡は彼らにかかっている。
だというのに、このままでは……

バンッ! と飯島は握った拳をそばのテーブルに叩きつけた。
衝撃でいくつものモニターにノイズが走る。

「言いたいことが伝わってねぇようだな! 織斑少年は即死してるはずだと言ってんだよ! 本来なら心臓を貫かれ、すぐに海に沈んでいるはずだッ!」

豹変した口調に、全員絶句した。
いや、その口調は奇妙なほどに、この場にいる全員が知るある少年に似ていた。
なおも飯島は続ける。

「そもそもなぜISは展開されているのに直に傷を負ったのかも不可解なんだ! 教えてくれ……あれは、『白雪姫』は何をしたんだよッ!? なァッ!」

その視線は真っ直ぐに、束を射抜いていた。
束は答えない。
膠着状態のまま、モニターでは日米混合軍が福音に攻撃をしかけていた。だが緑色のカーテンをいかなる銃弾も突破できず、突撃しても弾かれている。内部の状況はほぼ読み取れないが、確実なのはこのままでは事態は良くない方向へ転がるだろうということ。

「私には分かんねぇんだよ……何を為すべきなのか、何故ここにいるのか。一番に作成すべき織斑一夏の死亡調書もまともに書けやしねぇ。何人も死んだ。私は、私たちは……何のために戦ったんだ。同胞たちは、何のために散ったんだよォッ。答えてくれ、なぁ、クラリッサ、真耶、篠ノ之博士。なぁ、教えてくれよ……」

飯島はうつむいて歯を食いしばる。
日米混合軍が一時撤退を決定したところで、専用機持ちは揃って退室した。







棺桶のような白いカプセルの中に、一夏の体は放り込まれた。
最近の死体袋はカプセル型になっていて、遺体が腐ったり損傷したりしないよう、外部からの衝撃を遮断するのはもちろん温度や湿度を調節する機能まであるらしい。

窓のない、端から見れば楕円注型のオブジェクトにしか見えないカプセルの隣で、箒は正座している。
畳敷きの和室に真っ白なカプセルが転がされている光景はなかなかにシュールだった。

「……顔も、見れないんだな」

真耶が抱えてきた時。一夏の表情は、確かに死に顔にふさわしいほど穏やかというか、普通で、今にも息を吹き返しそうな顔色だった。
死んだ、のか。

『大丈夫、すぐに帰る』
「嘘つきめ」
『ここなら、お前は自由じゃないのかよ……ッ!』
「また私に嘘をついたな」
『だいじょうぶだよほうき。おまえは――おれが守るから』
「嘘ばかりだ、お前は。バカやろうめ」

実姉の発明品〈インフィニット・ストラトス〉によって人生は大きく変わった。
テストパイロットとして米国に使い潰されかけ、日本に拾われてからは名を変え住処を変え、時折テストパイロットも務めて……
友人を作ることも許されない。
制限され束縛され雁字搦めの生活が続いていた。
ある日のニュースを見るまで。

『世界初の男性IS操縦者が現れました』
『名前は織斑一夏』
『かのブリュンヒルデ、織斑千冬さんの妹です』

大事ない朝に放り込まれた一石が人生を変える。一石が起こした波紋は、いつしか彼女を彼女自身の意志でISの地に立たせていた。
一夏と会いたいと、心の底から思った。
入学に先立って政府の使者が言っていたことは、要は目立つなということだった。そんなのは百も承知だった。
ただ彼の姿を見ることができれば良かった。あわよくば、多少は会話もしてみたかった。
そして再会した幼馴染は、いつも通り、6年前と変わらない輝きを放っている、はずだった。


『俺は、一人の男として! そんなことを認めるわけにはいかない!!』
『今回の調子で今後も勝って、一組が最強のクラスだって学園に知らしめてやりまーす! カンパーイ!』
『分かったよ口出ししない。ただ暴力だけはダメだ。デュノア嬢、ネックレスを離せ。楯無もこっそり奥歯を噛むの止めろ。いいかこんな公の場でIS対ISの痴話喧嘩とか洒落にならねぇだろ、二人とも一旦頭を冷やせよ。この場はもうお互いに退こう。それで後で話せばむぐっ』
『お前も守りたいんだ! 目に付く人々全員を守りたいんだ! そのために強くなろうとした、強くなった!』
『守るんだ、守るって言ったんだ……やっと言えたんだ。もう一度、挑戦することができるんだ。誰かを守れるかもしれないんだ。だから、だから、俺は』

輝きは変貌していた。眩しかった光がくすむのに気づいたクラスメイトもいる。だが箒は、始業式の日、教室に入ってきた彼を見た瞬間から違和感に囚われていた。
自分の知る『おりむらいちか』ではない、別の『織斑一夏』がいる、と。
他者の成長を見出さず、見つけても意識外に追いやるという点では確かに、箒と一夏は類似している。
だが箒は目の前のカプセルに誓った。

「私の気のせいだったよ。お前は変わった、変わり果てた。でもそれは成長じゃないんだ」

そっと白い外壁に手を触れた。
ひんやりとした感触。

「私だって同じなんだ。昔のまま、色んなものを引きずってここにいる。皆そうかもしれないけど、少なくとも、私とお前は引きずり過ぎた」

手首に巻いた赤い紐は、まるで血染めのような毒々しさ。
彼女はそれを反対側の手で撫でて、そっと微笑んだ。

「お前の夢は私の夢さ。そうだったんだ。一心同体だったんだ。でも今は違う。六年間は、私たちみたいな餓鬼には長すぎた」

立ち上がる。
もうカプセルには、一夏の棺桶には振り返らない。

「だから福音は、私が殺すよ」

そのまま箒は部屋を出た。
とめどなくあふれ出る涙を拭おうともせずに。







自分はスナイパーライフルを構えていると仮定する。
架空の銃身を支え、想像のスコープを覗き込む、虚無のクロスサイトにそれが映る。
銀翼をターゲッティング。
トリガー。

間に合わず。エッジが織斑一夏の喉を貫き血しぶきが上がった。
――そこで妄想から還る。

あらあら。妄想の中ですらも救えませんのね。

唇を噛んで、自分への侮蔑の声を受け止める。
以前ならばーー彼女、セシリア・オルコットにとって、男などという下等生物が何人死のうが関係のないことだった。
でも彼は。彼は変えた。彼は変えてしまった。
価値観も倫理観も世界観も。

「変わらなくては」

それが何なのか。世界なのか、意思なのか、自分なのか。
セシリア・オルコットは復讐など時間の無駄遣いだと思っている。
でも。あれを撃ち落さなければ、前に進めない気がするのだ。
前に進むために、彼女は前に進む。
行動と目的の歪んだ一致には気づくことなく。







鈴は砂浜でじっと水平線を見つめていた。視線の切っ先は、見えるはずのない緑色のカーテンを確かに貫いている。

織斑一夏が、その遺骸が帰還して10分強。涙が枯れ尽くしたかのように、鈴は泣き止んでいる。
ただ、苦しい。
泣けないぐらいに苦しい。頭がぐらぐらする。気を抜けば膝をついてしまいそうになる。

「いち、かぁ」

名前が唇から漏れた。
苦しい。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
存在が一つ抜け落ちただけで、死にそうになるほど苦しい。

好きだった。
否定しようがないほど好きだった。
その人を奪われた。
奪われた。
あの銀色が奪った。

「ころしてやる」

その言葉はあまりに呆気なく唇の隙間から漏れた。瞳を開かせるのは悲しみでも悼みでもない。

「ぶっこわしてやる、あいつ」

明確な対象をもって赤い殺意が双眸から迸った。
立ち上がり、どこかへ歩き出す鈴の手首には、まるで鮮血に染められたかのようなブレスレットがはめられている。







部屋の中でシャルロットはくるくると踊っていた。
僻地の旅館などではなく、優雅な舞踏会の真っ只中であるかのように彼女は回り続ける。
ただ決定的におかしい点が1つだけ。
パーティー・ダンスだが、ペアの相手がいないのだ。
相手のいないワルツを、ひたすらに踊る。いまだに部屋へ戻らないクラスメイトたちは、級友の訃報に泣き伏せているのだろうか。
まあ、それも、シャルロットにとっては関係のないことだ。

楽しい舞踏会はフィナーレに差し掛かっていた。
首にかかったネックレスが鈍く照り返す。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの待機形態。
瞬間、前触れもなくワルツを突然止め、手に具現化させたハンドガンを自分のあごに突きつける。

「……この死に方、カッコ良くはないなぁ」

織斑一夏の死に様は美しかった、シャルロットはそう思う。誰かを守るという理想の下に戦い、なぶられ、殉じた。
守りきれなかった人もいたし、何より自分さえも守れなかったのだ。
まだ彼は戦うだろう。生きている限り彼は守り続ける。そういう人種だと短い付き合いの中でもすぐに分かった。

そういう人間だから――救われた。

「一夏くん」

呼べなかった名前。
ハンドガンの銃口に涙が滴り落ちた。

「守ってくれたんだよね……」

拭うことすらせずに、ただ夕日を見つめる。
嗚呼、と思わずなく。
また手放した。母のように、生きてゆく時に手を引いてくれる人を失くし、見つけ、また失くした。
瞼を閉じている訳ではないのに、視力がゼロになったかのように、世界が真っ暗になる。何処へ行けばいいのか何時発てばいいのかどうすれば進めるのか、何一つとして分からない。
分からないのだ。
なんで此処にいるのかそもそも何処にいるのか何故誰もいないのか。ただ後悔だけが残る。
今までと違うのは、一夏が明確に、ある一つの訓示を遺してくれたことだろうか。

――誰かを守りたい

このままでは、あの銀翼はより多くの血に濡れるだろう。
それは一夏の理想に反する。
だから。

「私を守ってくれた一夏くんの理想を、私が守るよ」

ハンドガンが粒子に還った。
狙うべき相手決まっている。
蔑むべきは、殺すべきは、憎むべきは、弱い自分だ。

でも。
自分より先に抹殺しなければならない相手が居る。
シャルロットは思うのだ。
事態を収拾してからでいいけれど、それでも、やはり――――

わたしなんか、死んでしまえ







簪は、自分でも不思議なほどに悼んでいた。
つい先日までは見ず知らずだった――篠ノ之箒や凰鈴音と違って。
生き方に大きく影響を受けたわけでもない――セシリア・オルコットやシャルロット・デュノアと違って。
なのに悼んでいる自分がいる。まるで鋭いナイフで刺されたように、胸から血が止まらないのだ。

「いたい、よ……」

自分に割り当てられた部屋の中で、簪は座り込んでいる。
同室の生徒らは今ごろ飯島らから事態の説明を受けているだろう。そして、学園唯一の男子生徒の死亡も、聞かされているはずだ。
その状況を想像するだけで心が痛い。

「どうすれば、良かったのかな」

分からない。
普段見ているヒーローアニメなら、こんなことにはならず、完全無欠に事態を収拾してみせるだろう。
……だが簪はヒーローではない。ヒロインに憧れる少女、だった、はずなのに。
そうか、と簪は顔を上げた。何かが腑に落ちた。
今までヒーローが好きだった。はっきり言って、一夏こそヒーローなのではないかと思った時もある。
だが違う。

ヒーローとは誰の胸の中に住んでいる――以前見たアニメで、主人公が言っていた。誰しもがヒーローに成りうると。
ならば。
ならば。
彼女の胸の奥底でくすぶっていた火種が、今こそ篝火になる時なのだ。

「帰ったら、映画を見よう。今までとは違うのも、ダークヒーローものとか」

でもその前に、あの邪魔な銀翼を剥ぎ落とさなければならない。
その欲望が解き放たれる。

簪は立ち上がった。
本物のヒーローに、自分自身がなるために。







その異変に気づいたのは、偶然だった。
たまたま気分転換に散歩を――昼休みを過ぎ、午後の授業を欠席し――していると、ふと背筋を悪寒が走った。
先ほどからずっと、何か泥のような不安がこびりついて落ちないのだ。

「で、これ?」
「止めるな。呼ばれているんだ」

医務室で集中治療室で植物状態となっているはずのドイツの少女。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
身体にまとうのはレーゲンの第二形態『シュヴァルツェア・ツァラトゥストラ(黒い超人)』だ。
楯無は油断なく大型のランスを構え、今にも崖から飛び立ちそうなラウラを観察する。

「織斑一夏が呼んでいる」
「テレパシーでも使えるようになった? 長く寝れば使えるようになるなら私も一日中寝とこうかしら」
「呼んでいるんだ。死に掛けているくせに」

ぴくりと眉が跳ね上がる。
あの男が、危険な目にあっているらしい。
ざまぁとしか言いようがなかった。

『会長』
『何よ』

整備班2年の生徒から個人間秘匿回線(プライベートチャネル)が届く。

『織斑先生から増援要請が出ています。今からなら試作長距離航行ユニットの試運転も兼ねられますが』
『……へぇ』

あの試作型か、と楯無は考えをめぐらせた。
自分なら扱える。ただ、自分が警護を放り出すのは不味い。他の代表候補生たちと今からコンタクトを取るのは難しいだろう。
ならば。

「行きなさい」
「……いいのか?」
「条件があるわ」

楯無は指を一本立てた。

「あなたを追いかけて、島からある後付装備を射出するの。バックパックよ。それを使って行きなさい」
「なるほど新装備のテストもしろということか。お前たちにとっては大分都合の良い話だな」
「何とでも言いなさい。ただ、織斑一夏についてはきちんと保護しなさいよ」
「あいつがノコノコと私の斜線上でワルツを踊っていなければな」

交渉成立。







千冬は部屋の真ん中に寝転んでいた。
涙は、出ない。
言葉も、出ない。

彼女が次に息をするまで503秒。
呼吸を忘れるほどに、彼女は濁っていて、へし折れていて、歪んでいた。
部屋はまるで巨大な刀と刀で斬り合った後のような刀傷が大量についている。
織斑千冬は、折れた。










篠ノ之箒にとって織斑一夏とは、思い出だった。
ずっと変わらないもの。彼女の瞳に映る彼は輝いていて、両手を広げ自分を守ろうとしていて、その美しい一瞬を切り取ったフォトグラフがいつも彼女の瞼の裏に焼き付いていた。
変わってしまった彼を彼と認めず、喜びも照れも妬みさえも押し殺し他人と化していた。

セシリア・オルコットにとって織斑一夏とは、外来人だった。
見知らぬ世界への扉を開いた先にいた人。父が墜とした影に染まらず、彼女の知る『男』という枠組みを打ち破り、ただ彼らしく在るだけ。
それがどれほど彼女の視界を開けさせ、新たな地平線にいざなったことか、彼女自身でさえも正確には知り得ない。

凰鈴音にとって織斑一夏とは、薬物だった。
それがないと生きていけないという依存。乱用後に期間をおくことで禁断症状が出るように、彼女にとって彼の不在はこの上ない苦痛であった。

シャルロット・デュノアにとって織斑一夏とは、生きる希望だった。
先行きの見えない迷宮を彷徨っていた彼女を突然照らした彼。例え打算尽くしでも、彼女自身そのことに薄々気づいていても、誰かのために戦うという夢をくれた存在は、希望そのものだった。

更識簪にとって織斑一夏とは、越えるべき壁だった。
姉への劣等感にすり替わるようにして芽生えた対抗心は、彼女の大きな原動力となっている。自分を保護対象としてしか見ない姉への焦燥は、自分の反抗に好戦的な笑みで応じる彼には湧かない。
心地よい敵対心に溺れて、彼女は彼を目で追っている。

ラウラ・ボーデヴィッヒにとって織斑一夏とは、軽蔑すべき愚者だった。
栄光の輝きに一点だけ混じった不純物。目を背けたくなるほど穢らわしいそれを取り除くための威勢は、いつしかその不純物の価値観と共通していった。
彼女と彼の同調こそが、彼女が瓦解する要因でもあり、また再起する足がかりであったことを、彼女自身よく理解している。

篠ノ之束にとって織斑一夏とは、十字架だった。
自分が歪めてしまった世界の被害者の一人で、彼女の過失を知りながら彼女を許し、彼女を抱き締めた彼がどれほどの救いだったかは想像し得ない。
だからこそ、その救いが自らの応報によって絶たれた時の悔恨は、自分自身への殺意は、彼女が背負うべき十字架となった。

織斑千冬にとって織斑一夏とは、酸素だった。
近くにいて、ずっとすぐそばにいて、あまりに自然でそこにいるのが当たり前だった。
けれど離れてしまえば、息苦しくなって彼が欲しくなる。彼がいなければ生きていけないほどに。



では、織斑一夏は。

彼は自身のことをどう考えていたのか。
彼は自信家だ、少なくとも公の場では。
それが単なる虚勢なら。
それが意図的に演出された、ある種の自衛行為なら。
認識を改めざるを得ないのかもしれない。
周りが気づかないにしろ、彼自身は彼の人間性を良く分かっているはずではないか。
ひたすらに滑稽。ひたすらに道化。おどけてかき乱して着地点をずらして、自分でも自分を忘れかけるほどに自分を偽る。
その虚像に恋い焦がれるならそれほどわびしい恋もないだろう。
だがその虚像の裏に気づけるのなら。
敗れ傷つき疲れ果て、待望の勝利を求め再度の失敗を恐れる彼の矮小な姿を直視できるのなら。
何より彼の姉譲りの『守る』という自己発現願望の歪みを受け入れられるのなら。
それなら、少しは近づけるのかもしれない。

そして彼自身、姉譲りであったはずの意志に、自らの願いの炎が灯り始めていることに気づくだろう。
自分のために他人を守ることを、矛盾ではなく当然のこととして考えること。

その願いを踏まえ、織斑一夏は織斑一夏のことをどう考えるのか。



『俺は弱いよ、みんなが思ってるよりずっと』

うるせぇ。黙れ。
俺は強い。俺様は無敵だ。誰にも負けねぇ。
そうであるはずなんだ。そうでなければならないんだ。

『俺は誰かを守りたい……でも本当に、守れるのか? 俺なんかが。だって、』

おい止めろッ!
言うな!

『今までずっと姉さんに守られ続けてきた俺なんかが、他人を守ることができるのか?』

……ッ!!
俺は脳髄を貫くその言葉に、思わず吐き気すらこみ上げた。
衝撃が脳を揺さぶる。自分の根付く土壌そのものを砕くその言葉。

『寝言言ってんじゃねえよ。お前《俺》には無理だ、織斑一夏』

暗転。







緑のカーテンが開くという確信にも似た予測は、箒の体を突き動かしていた。
そこには絶望しかないだろう。
あれだけの物量と質で押しつぶせない敵を如何にして倒そうというのか――単体戦力として箒がどれほど優れていても、生還率はすぐに弾き出せる。ゼロ。

「構うものか」

廊下を歩き、玄関に置かれた下駄を履く。旅館の出入り口を開け、夕日に思わず目をつぶった。
橙の明かりがまぶしい。

「……まぶしい……というより、綺麗」
「このぐらいで眩しいんじゃ戦えないよ?」
「まあ、視覚保護機能があるからいいんですけれど」
「てゆーか遅いのよ。待ちくだびれてモバゲー始めるとこだったわ」

声が、聞こえた。
驚きに目を開ける。
全員集結――日本代表候補生、フランス代表候補生、グレートブリテン代表候補生、中国代表候補生。
クリスタルの指輪が、橙色のネックレスが、青色のイヤーカフスが、赤銅のブレスレットが、夕日に照り返す。

「お前らッ――」
「行くんならさっさと行きましょう、そろそろ日米軍のインターバルが終わって、第二次攻撃が始まるわ」
「先を越されては意味がありませんわ」

簪は違う、直感的に分かる。
自分と同じ狂気を身に宿しているのは、他の三人だと箒は見抜いた。
その笑み、狂気に彩られ狂喜に満ちた彼女らの瞳。きっと鏡を見れば自分も同じ目をしている。それらに混ざってもなんの気後れもしない簪も大概だ。この場にいる人間は全員気が狂っている。

「特攻に近いぞ」
「知りませんわ」
「ぶっこわすの一択よ」
「……死なない」
「まあ、勝つしかないよね」

現地での戦況はリアルタイムで全員が受信している。その座標も、芳しくない損害も。
そして彼女たちは願うのだ。棺桶の中の少年にせめて、せめて、あの銀翼を捧げようと。
そしてあわよくば自分自身も――――

「分かった……なら、往くぞ」

世界が光に満ちる。体を浮遊感が満たす。
もうそこに躊躇いはない。
大地を爆砕するような轟音を上げ、5つの鉄の塊が残影を残し迸った。
視界が点と点から線を結び、視認できない。
あまりに迅速で最短な移動の延長線上で、いくつものISが銃火を交わしている。
すでにこちらは12機中4機が削られていた。あっちは主機も副機βも、さっきまで引きこもっていたとは思えないほどアグレッシヴに攻めてくる。主機は最大の特徴である『銀の鐘』を削り取られた後でも、背中から光の翼を生やしており大差ない。

「戦闘空域に到達」

絶対零度の声音が響く。

「全ISに告げる――死にたい奴だけ前に出ろ。巻き添えになりたくないなら尻尾を巻いて逃げろ」

ボロボロにされた日米混合軍に向けて言い放ち、箒は腕を組み目を閉じる。
まるで時間をやろう、ともで言うかのように。
代表候補生組が示し合わせたかのように副機βに突撃した。日米混合軍を構成する第二世代機『打鉄』と『ソニックバード』が戸惑いつつも、増援と解釈したのか、少し退いた。

間髪入れず。
主機が迫る。
箒が腰に差す(正確にはマウントされた鞘に納入された)二振りの刀の柄に手をかける。銘は『雨突』と『空裂』――その二刀をもってようやく篠ノ之流はその本領を発揮する。
ただの力押しではない。相手の力も利用する、それこそ女でも男を圧倒できるほどの効率性。
彼女の流派は持久戦を得意とする。その二刀は、左で相手の攻撃を受け流し曲げ防ぎ、右で相手の隙を突き裂き斬り通す。
無論福音のテストパイロットであった時期もそれは同様。
だからこそ。

『シノノノリュウケンジュツ――』
「遅い」

神速の抜刀術。
篠ノ之流にはないそれを放たれ、主機は一切の抵抗もできず吹き飛ばされた。
端から見れば切っ先どころか抜刀された刀身も見えなかっただろう。体勢を立て直した福音の胸部にはしっかりとXの字が刻まれている。それは一夏が最期の足掻きにつけたものをさらに深く抉り取り、火花がバチバチと散っていた。

(仕留め切れなかったか)

舌打ちをし、箒は次の一手を模索する。主機も副機βもそんな暇は与えまいと翼を広げるが、横合いからレーザーと衝撃砲が飛んでくる。
素早く福音たちが散らばると、副機βを追って簪が薙刀を振り上げた。

「ハァァァァッ!!」
『シノノノリュウ――』
「させませんわ!」

妨害に次ぐ妨害。
薙刀を振りかぶる簪に向けて光翼をはためかせる福音をセシリアが狙い撃つ。隣には最大出力の衝撃砲を構える鈴の姿が。
視認しきれないスピードの光線と視認しえない大気の弾丸。
箒はそれらを確認することなく叫ぶ。

「4機がかりでいい、とにかく副機βを抑えてくれ!」
「ですが主機は……!?」

――こいつは、こいつだけは私が殺す。
箒はそう言った。
振り向く。迫る銀翼の切っ先。焦ることなく、絶対の自信をもって箒は振り抜く。

『シノノノリュウ――』
「篠ノ之流剣術・陰ノ型・極之太刀――『絶:天羽々斬』」

後出しの最速。遅れて抜刀した刀身が先に振りかぶられていた剣より早く届く。それこそ篠ノ之流の原点にして極意、究極無比の一閃。
必中にして刹那の斬撃に逃げ場はない。
福音はその自らの加速も相まって、搭乗者ごと三枚下ろしにされる。
はずだった。

上空から降り注いだ閃光の雨あられが、箒の体を弾き飛ばさなければ。

「……ッ!?」

雲を突き破り、軌道上から舞い降りた見覚えのある漆黒の巨躯。

「こいつは!」

かつて織斑一夏によって破壊された機体――識別コード『ゴーレム』――その改良型。
箒を取り囲むようにして三機、それらが降り立った。

『水無月さんっ!』

個人間秘匿回線(プライベートチャネル)を通して甲高い声色が炸裂した。

『大丈夫、この黒い連中はそんなに強くない。オルコットと更識とデュノアは引き続いて副機の相手を。凰音、私と共に4機まとめて相手するぞ』
『了解、望むところよ!』

息巻く鈴だったが、箒の内心は焦りでいっぱいだった。
想定外の増援。
主機を加えた4機の敵。
ただでさえ低かった勝率がさらに下がっていく。先ほどのチャンスをモノにしきれなかったことを、箒は死ぬほど後悔した。
どうする。
どうする。


『――おっと、私もそのじゃれあいに混ぜてくれないか』


瞬間。肉眼でも確認できるほどの、大気の圧縮。
暴力的な圧力が、ゴーレム達の表面装甲を軋ませた。

「待たせたな」

黒い疾風が眼前を通り過ぎる。
飛び膝蹴りがゴーレムの一機を吹き飛ばした。
小柄で、黒いISアーマーを装着した銀髪の少女。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!?」

驚愕したように鈴が呟く。箒は、確か専用機持ちトーナメントでの騒動の張本人だったはずだということを思い出した。

「あの追加ブースター、なかなか良かったな。途中でパージして捨ててしまったが、まあ仕方ないことか」

右肩設置のレールガンが主機を狙う。

「さあ始めよう、私たちの戦争を――」







何か爆音というか、不安になる騒音というか、そんなのが聞こえた。
というか俺は何をやっているんだ。
というか俺は何で何やっていないんだ。

暗闇の中で、声にならない叫びを重ねる。
無力な俺が嫌いだ。誰かに守られている俺が嫌いだ。誰も守れない俺が嫌いだ。
それでも、と言い続けてやる。
ずっと思っていた。確かにこの渇望は姉さんの影響で生まれたものだろう。だが、ここまで育ててきたのは俺の意思だ。
姉さんの意思に突き動かされたわけじゃない。あの人みたいになりたいとも、今は思わない。
だからこそ。

「俺はッ、俺のために、俺自身のために、誰かを守りたいんだ!!」














――真っ直ぐな声が、三角座りで自らの膝をかき抱く少女に届く。
真っ白な世界。空も地も海もない単色の世界。
真っ白な肌。一糸まとわぬ美しい肢体がそっと立ち上がり、声がした方を見た。

「……力が、新たな力が欲しいとは言わない」

少年が立っていた。
一心同体の相手。白く、赤いラインの入ったIS学園の制服を着込む男子。
そんな存在はこの世に一人しか存在しない。

予期せぬ来訪者に目を丸くする少女は、自分がいつの間にか真っ白なドレスを身に纏っていることにも気づかない。
微笑みを浮かべ少年は、彼女に手を差し伸べた。

「ただもう一度飛べたらそれでいい。飛んで、駆けつけて、今度こそ守り通してやるんだ」
「では……力は必要ないのですか?」

白しかない世界が急速に色づく。終末のような茜色。
彼女の隣に現れた――いきなり滲み出たと言ってもいい――騎士甲冑の女性が問う。顔半分を覆うバイザー型の鎧のせいでその目遣いを伺い知ることはできない。

「当たり前だ。足りなかったのは力じゃない、意志だ。俺はもう迷わねぇ。姉さんでもなく他の何者でもなく、俺は俺のために誰かを守りたい。姉さんのようでなくていい。俺なりのやり方で、『守る』んだ」

その答えと同時、空に罅が入った。
騎士甲冑の女性は満足したのか、頷いてかき消えていく。
少女はあまりに小さな世界のあまりに呆気ない終わりに、まだ状況を掴めていなかった。

「……今まで苦労かけてきたな、『白雪姫』」
「……ッ、あ」

名を、呼ばれた。
ドレスが翻る。罅だらけの空が墜ちてくる。
偽りの世界の向こうに見えるのは――瞳を貫くほどの青空!

「でもまだ付き合ってもらうぜ。俺の命綱になっちまったことを怨めよ」
「……怨んだりなんかしない!」

少女は初めて声を上げた。
少年は駆け寄り、少女の――『白雪姫』の手を取った。

それは『ものがたり』のはじまり。
今度こそ間違えない。彼はもう迷わないのだから。手にした力で守りたいと思ったもの総てを『守る』のだから。

やっと始まる彼と彼女の『ものがたり』は、ゆっくりと回り始め急速に煌めき、
そして光が青空を貫いた。







「やっぱり黄泉還ってきちゃった」

瞳を開いた俺の視界に飛び込んできたのは、悲しい表情の束さんだった。
俺は硬い床の上に寝転んでいる。いや床じゃない……カプセルの中か? コールドスリープでもされたのか、俺は?

「いっくん、事情を説明するね。いっくんはまた死んだ。それでまた蘇った。『白雪姫』のおかげでね」

……。
そう、か。俺は負けたのか。
蘇ったというのはこいつのおかげかと、俺は自分の胸に手を当てる。鼓動の音なんか伝わってこない。元々ないのだから仕方ない。

「もう箒ちゃんたちが君の仇討ちに行っちゃった」
「ッ!? 何で止めなかったんですか!?」

ムダだったよ、と束さんは悲しそうに首をふるだけ。
俺は立ち上がった。とたん、めまいがする。束さんに肩を支えられ、部屋から出た。
角を曲がってこちらに来るのは、軍服のお姉さん。
インペリアル・ロイヤルガードの飯島さんだ。

「やはり、怪しいと思ったんだ」
「……驚かないんだ」

束さんが拍子抜けしたかのように漏らす。
相対する彼女も、飯島の冷静な対応に驚いているのかもしれねぇ。

「まあ本当に死んでいたかどうかを疑っていたんだがな。蘇らせたのか、『白雪姫』が」
「ええ、まあ」
「出撃は?」
「今から急行します」

俺のISに戦闘位置情報が転送されてきた。飯島さんからだ。
こちらから顔を背けて、彼女は言う。

「わ、私は君のファンだっ」
「……はい?」

いきなりの意味分かんねぇ発言に、俺も束さんもポカンと口を開けた。

「あ、あんた何言って」
「学園のトーナメントで見て以来ファンだ。君ほど人間らしい人間離れした超人は他にはいない。悩む姿が、絶望する姿こそが、君の最大の魅力だ」

この人着てたのかよ。絶対VIP席じゃねえか。

「だから、死ぬな。絶対に、死ぬな!」
「……分かってるって」

飯島さんは、その場で泣きそうなまま敬礼をして、解いて、走り去っていった。
まだ指揮官としての仕事があるんだろう。

「それじゃあ、私もそろそろ戻るよ」
「はい」

束さんは心配そうに俺を見た。

「もう決めたんだね」
「はい。俺は、行きます」
「……ごめんね」

束さんも去っていく。
角にその姿が消えるまで見てから、俺は重い体を引きずり始めた。
倦怠感に視線が下がる。息も荒い。病み上がりどころか蘇生して間もないからなぁ。
裸足のまま旅館から出る。
砂浜に着いたところで、後ろから声をかけられた。

「織斑君!?」

顔を上げる。振り返ると、俺のクラスメイト。谷ポンが真っ先に駆け寄ってきて、俺の肩を支えてくれた。
うわ俺情けねぇ。

「黄泉還ってきたんだ、お前らをほっとくワケにもいかねぇからな」
「何、バカなことを……!」

いや事実なんですよね夜竹さん。
ていうか無言でしがみついて泣くの止めてくれませんか谷ポンにナギちゃん。懐かれてるのは嬉しい限りだが、今はそんなことしてる時じゃない。
箒たちがもう行っちまってるんだ。
追いつかなきゃ。
追いついて、今度こそ、今度こそ。俺は。

「何やってるの!? こんな……ボロボロになってッ」
「戦わせてくれ」

たった一言でいいんだ。
言ってくれよ。『戦え』って。

「頼む。それだけでいいんだ。『戦え』って……俺に命じてくれ」

クラスのみんなの表情が悲壮感にあふれ出す。

「……ンだよ、俺が死ぬとでも思ってんのか?」
「死んじゃってたんだよ、もう!」

ボロボロと涙をこぼしながら、谷本が俺の胸を叩いてきた。
全然痛くねえよ、そんなの。

「分かった」
「……!」

俺の正面で相川が立ち上がる。
剣呑な瞳に皆黙り込んだ。

「清香ちゃん、本気……!?」
「ダメだよ、もう何言ったって聞かない、今の織斑君は。だから、」

だから。
その言葉の続きを俺は待った。相川が右手を差し伸べてくる。決壊したように、彼女も泣き出して、それでも俺から目を逸らさずに、言った。

「――――死なないで」

……俺の体にしがみついていた谷本も、思わず呆けていた。

「絶対にッ、死なないで。織斑君に死なれると、困るの。だからッ、だから……ッ!」
「相川……」

膝が笑ってやがる、こいつ。今にも泣き崩れちまいそうなのに、必死に耐えて、俺の行く先をふさいでたんだ。

「死なないで……」
「織斑君、絶対に死なないで!」

続く言葉に面食らう。ナギちゃんにしずちゃんだ。

「生きて帰って!」
「負けないで」
「がんばって! それで、守って!」

みんな便乗し始めた。
浴びせられる言葉一つ一つに込められた温かさ。それが俺の胸にしみる。
谷本が俺の鼓動を聞くように顔を寄せ、涙をこぼした。

「男の子ってホント馬鹿……大馬鹿だよ、みんな」
「悪い。すまん。許してくれ、頼む」
「謝りすぎ」

谷本は笑った。
小さな体を引き剥がす。
真正面からみんなを見据えた。

「生きて」
「帰ってきて」
「死んじゃダメ」

相川も唇を開く。

「私たちを――守って」

……ああ。
今度は、憧れなんかじゃない。
諦めない。
妥協しない。
俺が俺の手で俺自身の意志で守り通す。
それが――俺の戦う理由だ。

呼応するかのように、俺の背から光が溢れた。二筋の閃光となり、交差しながら俺を包み込んで、弾けた。
俺に着装される純白の鎧と刃。

「『白雪姫(アメイジング・ガール)』!」

いつも通りで、何も代わり映えしない相棒。
それでいい。
ご都合主義なパワーアップはいらない。俺たちはこのままでいいんだ。やっと今、スタートラインに立てたんだから。

ホバリングし、後ろを向く。水平線ギリギリで、いくつも閃光が飛び交っている。
振り向くと相川が釣られたように手を伸ばしてきていた。
その手を取って少し浮く。勢いづいた彼女は俺の腕の中に収まる。

「ひゃっ」
「負けねえよ。俺がいる、俺が守る。だから俺たちは負けない」

至近距離での宣言に、相川の頬が色づく。
それが朝焼けによるものなのか、別のものなのかは、伝わってくる心音で区別がついた。

「うん……待ってる」
「ああ……待ってろ」

相川の手を放した。砂浜に着地したのを見て、俺は改めてウイングユニットを起動させる。

「リベンジマッチなんざ久々だ、燃えるじゃねーか」

一気に加速。クラスメイトも砂浜も置き去りにして、音と併走する。
まだ自動修復が完了したわけじゃねぇ。傷の入った装甲がもう負担に耐えられず剥がれ落ちた。
ボロボロでもいいさ。
握れる手と、羽ばたける翼と、守るための刃。それだけあれば織斑一夏は存在できる。

目標との距離が1000を切る。俺に気づいた奴はまだいない。
800。絶対防御にエラー、発動不可。無視。
600。気づいた。オルコットだ。福音が俺に気づく様子はない。
500、400――『白世』を顕現させる。
300、200、100、50!!
目当ての副機βがその鋭利な翼を広げた。気づいてやがったか。カウンター狙い……だが、甘ぇ!

「らあああああああッ!」

つま先の先端で銀翼を逸らし、前方宙返りの要領で上半身を投げ出す。
肘を伸ばしきった『白世』のリーチギリギリの斬撃。捉えたッ、左肩!

『ギギギガグギギググガガガガ!』
「騒いでんじゃねえよポンコツの分際で! 大人しくリサイクル工場に運ばれてろ!!」

衝撃で奴は真下へ叩き落とされる。呆気に取られている味方達を放置して追撃。
同様に俺も下降する。副機βはあわや水没というところでなんとか体勢を整えていた。
『白世』で真上から斬りかかる。咄嗟に副機βは飛び退き、代わりに大剣は海面を割った。
水飛沫が飛び散る中、副機βは刃と化した銀翼を、俺は召還したハンドガンを互いに向け合う。

「――――!!」
『……!』

刹那の間。

「砕け散れッッ!」
『コウゲキヲゾッコウ』

ハンドガンの銃身に取り付けられた特殊弾頭、小型破裂裂傷弾とやらを発射。向こうは銀翼からレーザーを幾重にも放つ。
一分のズレもなく、レーザーは俺の左肩部装甲を粉砕し、俺の銃撃はシルバーカラーの頭部に突き刺さった。

「ッ――『白雪姫』!」

のけぞり、レーザーの痛みが神経を焼き尽くす中、俺は起爆キーを引く。
確信の一撃。あの変態下僕どもが作った奇天烈兵器だ――ただで終わる訳がない。

密閉容器の中で打ち上げ花火を上げたような、激しい炸裂音が響いた。
弾け飛ぶバイザー型のセンサー類と火花。それだけでは終わらない。散らばった弾頭の欠片までもが発火し、小爆発を起こしていく。表面装甲のあちこちを削り取り、融解させる。

『ギグガガガガガガガガガガガ!?』
「ははははははッ! さッすがだぜ下僕!」

喜べよ下僕! テメェの武器がアメリカ様の最先端兵器をぶっ壊しやがったぜ!
銀色の全身に火花が散る。奇妙にカクカクした動きをしているそいつにトドメを差すべく、俺はハンドガンも『白世』も量子化して、代わりに『虚仮威翅(こけおどし)』を呼び出した。
体中を今までにない活力が満たす。

『部分的形態進化(パーティカル・エヴォリューション)を承認』
「来いよッ……!」
『解放――【虚仮威翅:光刃形態】――セットアップ』

白い懐刀、しかも修復が完了しておらず傷だらけのそれが、光を灯した。その光が輝きを増し、伸び、形作っていく。
顕現するのは光の剣。
『白世』よりかは幾分か短い、細身の剣が姿を現す。

「――ッ」

音を置き去りにして加速。未だ十分に回復しない副機βの胸を、俺が突き出した光の刃が貫いた。
見事に貫通し、半分ほどしか残っていない頭部から光が消える。
俺は振り向きざまに剣を振り上げて、その鋭角的なシルエットを真っ二つにしてやった。

『一機撃破を確認!』
「撃墜者は織斑一夏っす。あ、これスコアに応じて賞品もらえたりしねぇの?」
「一夏っ!?」
「一夏さん!?」
「織斑君!?」
「ふん、やはり来たか」

追いついてきた味方の一機(形からしてアメリカの人だ)に副機βの残骸を任せ、俺は再び飛翔した。
皆思い思いの声を上げていて、俺は思わず笑った。

「……一夏」
「来てやったぜ、『箒』」

ここにいる箒は『篠ノ之箒』だ。『しのののほうき』じゃねぇ。
俺の勝手な思い出を、彼女に被せていた。
俺が俺であるように、彼女は彼女なんだ。
でも彼女は、いつまでも『しのののほうき』ではいてくれない。

剣道場で一緒に素振りして、一緒にご飯を食べて、一緒に学校に行って、一緒にはしゃいで、泣いて、笑った『ほうき』はもういない。
人は変わり行くものなんだ。
だから。

『ほうき』も『箒』も、俺が守るんだ。
つまらない時間軸の束縛はもういらない。

「一夏ッ……一夏、いちか、いちかぁっ……!」
「……一方的に守られるのは、癪か?」
「いちか、私、ごめん、私の、わたしのせいで、お前……」
「なあ箒。泣くのは後にしてくれよ。まだお客さんがいっぱいいるんだ」

周囲を見る。箒以外の専用気持ちも、呆然と俺を見て、涙を流している。
こいつら油断しすぎだろ。
俺は主機に向き直る。

「箒」
「ッ! 一夏……何だ」
「そっちの黒いの、任せられるか?」
「!」

守ると偉そうに言った直後で、自分でも情けない。でも、今は仕方がないんだ。
俺の背中に、箒が背中を預ける。お互いのウイングユニットがガツンとぶつかり合った。

「……私を守るか」
「ああ。つっても、今は背中ぐらいしか守れそうにねえけどな」
「上等だ」

箒が笑う。

「終わったら、ゆっくり話そう」
「ああ」

そして箒はブースト、黒い三機をかく乱するような複雑な機動で相手を翻弄する。
みんなにも箒のサポートに入ってもらうように言って、俺は全身の各部に発光する赤いラインの入った主機をあらためて観察した。
最大の武器である『銀の鐘』は俺がぶっ壊してやったが、新たに生えた光の翼が代役を果たしている。いやむしろ基本スペックを爆上げしてやがるぜ。

「よぉ。腹ァ括ったか?」

同時、ヤツも俺をはっきりと認識する。
一度殺したはずの相手が立ち塞がっていることに戸惑ったのか、少しバイザーを光が流れる。
それでも勝算は弾き出されたようだ。
『銀の鐘』が稼動準備(アイドリング)し始めたことを『白雪姫』が教えてくれる。

『シヌ。コノバニイルニンゲンハゼンメツスル』

無機質な合成音声が、偽者の『ホウキ』の言葉が響く。
……まあ、確かに、誰だって、いつまでも生きてられるわけじゃねえ。

未来永劫に形を保ち続けるものなんてない。
みんないずれ死ぬ。俺も箒も、姉さんや束さんだって死ぬ。
ISも例外じゃない。かつての戦闘機や戦車のように時代に追いつけず朽ち果てるか、人々が武器を捨て不必要とされるかは分からないが、いずれ用済みとなる日が来るのかもしれない。

だが。
何もこんな海の上で惨めにぶち殺される必要はない。
死ぬのは今ではない。
今でなくていいんだ。
今は、生き残る時だ。
ここで果てるべき存在はただ一つ。
テメェだ、『銀の福音』――ッ!

『ヒトリノコラズゼンメツサセル。ワタシガゼンインゲキツイスル』
「死なねえよ。誰一人として死なない。俺が守るから、誰も死なない」

福音のカメラアイが俺を貫いた。赤い光に満たされるそれが殺意を孕む。

『イチカ、ジャマスルナ』
「お前なんか、箒でも何でもない! 俺に刃向かってんじゃねえッ」

互いに得物を向け合った。
開かれた『銀の鐘』の砲門と『虚仮威翅:光刃形態』がピタリと静止する。

『ジャマスルナラ――シンデ』
「邪魔するんなら――殺すぞ」

スラスターが爆発した。
俺の純白の翼が、福音の発光する六対の翼が、同時にはためく。

「オオオオオオッッ」
『シノノノリュウケンジュツ・ヒノカタ・イチノタチ――『ミナモスベラシ』』

交錯、交錯、交錯。
らせん状に軌道を重ねながら、俺と主機は空中高く舞い上がる。七度目の激突の時にタイミングをズラし、主機の首を右手で掴む。襲い掛かる手刀を逸らし翼の斬撃を左手で受け流し、急旋回・急降下。
海面が迫る――減速なんてするはずがねぇ。
主機を下敷きにして、俺は最大速度で海中に突っ込んだ。







「そんな」

モニターでは『白雪姫』と福音が海中へと突っ込み、巨大な水柱が上がっている。
そんな中、飯島の驚きは、一同の内心を代弁するものだった。
頭をかきむしり、目を見開いて驚愕に震える。

「居る、のかッ。ISの機能を埋め込まれた人間が、ナターシャ以外にッ」
「私が……やりましたから」

手元に配られたのは、織斑一夏の身体に関する詳細なデータ。その書類に目を通した関係者一同は、驚愕に包まれていた。
落ち着き払って、束は立ち上がった。
狼狽していた飯島の瞳が憤りに濁る。

「貴様ァッ!」
「落ち着いて下さい!」
「冷静になれ紗織!」

束に掴みかかる飯島を、慌てて真耶とクラリッサが抑える。
両腕を固められながらも彼女は憤怒の表情で怒鳴り散らした。

「放せッ! こいつは悪魔だっ! 人の心を持ってない! なんでそんなことができる! あの少年が何をしたというんだ! 他者の人生を狂わせてそれを高みから見物して何が楽しい、この下衆め!!」

拘束を振りほどいて、震える人差し指を束に突きつけ飯島はわめいた。
ナターシャにも施された非人道的な人体改造のデータを知るからこそ、彼女にとってIS機能の移植は絶対に許せない。

「ナターシャはッ……志願した。バカな奴だ。志願して、コアの一部を脳内に埋め込まれた」
「いっくんは志願なんかしてないよ。一刻を争う事態だったから、私が勝手に埋め込んだ」
「なッ」

飯島が絶句する。
一刻を争う事態? どういうことだ、いや、生命の危機と過程しても、なぜISコアの出番になる?
疑問渦巻く飯島の霧を打ち払うように、束は簡潔に告げた。

「私はいっくんの心臓を摘出して、そこに『白雪姫』のコアを埋め込んだ。今までいっくんの生命を維持してきたのは、『白雪姫』なんだよ」

絶句する一同を尻目に、束はモニターを見ながらつらつらと言葉を続ける。

「あれは私の知り得る限り第二世代最強のIS。第三世代初期型にも劣らないスペックで、何より搭乗者の腕前に大きく左右される癖の強い武装を備えた――いっくん専用の、いっくんにしか動かせない、いっくんのためだけに存在するIS」

水中で格闘戦を繰り広げる二機のISは、モニターには映り得ない。
それでも束には見えるのだ。
水の中だろうと火の中だろうと、自分の信念のためには体を刻み心を燃やして戦う世界で一番愛しい青年の姿が。

「『誰かの為に自分を殺す』という諦観が、『自分の為に誰かを殺す』という勇気を打ち破れないはずがない」

一夏の拳が福音の横っ面を捉える。

「『自分の為に誰かを守る』という傲慢が、『誰かの為に自分を守る』という謙遜を下回るわけがない」

一夏の膝が福音の体をくの字に折る。

「『誰かを守りたい』という絶望が、『誰かに守られたい』という希望に負けるはずがない」


――そうだよね、いっくん


束の言葉を知ってか知らずか、『白雪姫』はアクセルを踏み込みっぱなしの車のように加速度的に切り結ぶ太刀筋を早めた。
白い機影と銀翼が水中で交差する――!
それとは別に、モニターは黒い影三つを翻弄する『紅椿』にシフトした。







それはもはや蹂躙であった。

「はははははっ! 踊れ踊れ踊り狂えェ! 私の掌の上で惨めにみっともなく足掻け!」

以前学園を襲来した時よりシャープになった造形。飯島たちはすでにコールサインをゴーレムⅡに決定していた。
先日の乱入時より向上した基本スペック、強化された装備、増設されたブースター。
それら全てを鑑みても、彼女とは同じ土俵に立つことすらままならない。
箒はそのことが分かっていた。
三方から浴びせられるビームの雨をかいくぐり、巨躯を体当たりで弾き、玩具を弄ぶようにしてダメージを蓄積させていく。
だがその単調な流れに飽きてしまったのだろうか、箒はやや疲れ気味の表情で、その両手の刀を軽く振った。
それだけでスイッチが入る。

「もう、いいか」

ヴンッ! と、まるで大気の層を叩き斬ったかのような音。
それが『紅椿』の全身の展開装甲一つ一つが瞬時加速した音だと理解する間もなく、ゴーレムⅡがピシリと硬直する。
瞬間移動としか、思えなかった。
現地にいるセシリアたちも、モニター越しの千冬たちでさえも。
移動の経過がまったく見えないのだ。線を描き点と点をつなぐのではなく、点から点へと飛び移ったかのじょうに、それは不可思議な機動だった。
一瞬、赤い機影を捉える。肩部の砲門がそちらを向く。箒はゴーレムⅡの背後を見やった。そして瞬きをする暇すらなくその視線の先に箒が『移っている』。
背後からまたも袈裟切り。その時すでに箒は最後の機体の背後に『移っていた』。
刀が振るわれたのか、とかろうじて飯島は見取った。

「篠ノ之流剣術・陽ノ型・極之太刀――『真:天叢雲剣』」

三つの黒い機影が、同時に変貌する。胴体からズレ、露わになった切断面から火花が散り、そのまま弾け飛ぶ。爆音と共に残骸が海へ落下した。
それらに背を向け箒は二刀を収める。
――この間1.06秒。

「喜べ鉄屑。我が篠ノ之流の極みの一端を垣間見ることが出来たのだ。無間地獄への渡し賃代わりと思え」

三つの火柱が上がる中で、箒は長髪を書き上げながら嗤った。
もはや動くことは二度とないであろうスクラップには目もくれず、彼女の射干玉の瞳は想い人のみにフォーカスする。

「ふふふっ。一夏ぁ。そうだ、それでこそお前なんだ。その鋭い機動が、太刀筋が、視線が、私を高めてくれるッ……」

惚けた両目には狂喜の光。
海面すれすれを飛んで戦ってなどいないにもかかわらず、箒の足を伝って雫が垂れた。







「いっくんに処置したのは、ISコアによる心臓の代用。もちろんそのまま埋め込んだわけじゃない。ナノマシン精製プラントも同時に処置した。いっくんが負った致命傷を迅速に治癒するためには必要だった――ナノマシンの生体再生効果と、コアナンバー001の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)『癒憩昇華』が」
「……『癒憩昇華』、だと? 何だそれは」

飯島の疑問に束はすらすらと回答を並べていく。

「『白騎士』の、そして『白雪姫』の、失われたワンオフアビリティ。致命傷さえも一瞬で治療してしまう、逆に言うとパイロットが負傷しない限りはまったく用の無い――絶対防御がある以上は存在価値ゼロのワンオフアビリティだよ」
「それが心臓の代わりを果たしていたんですか?」
「ううん、山田先生、ワンオフアビリティはいっくんにコアを埋め込んだ時に消滅してる」

モニターでは福音が海面を破って躍り出、それを追うようにして一夏が飛び上がった。

「私の『灰かぶり姫(シンデレラ・ガール)』のワンオフアビリティは『スキルジャスター』。他のISのワンオフアビリティを強化し、弱体化させ、好きに弄れる便利な能力」
「あれは、第二形態移行(セカンド・シフト)をした後の姿だったのか……!」
「うん。『暁』の第二形態が『灰かぶり姫』、『白式』の第二形態が『白雪姫』。私は『癒憩昇華』の効力を最大にまで高め――すでに絶命していたいっくんを蘇生したんだ」







もう決着が俺には見えていた。

『シノノノリュウ、』
「流派に頼ってんじゃねぇっ!」

金切り音が聞こえた瞬間、行動に移る。
ビームソードと銀翼は、性質上打ち合えない。刹那の交錯を経てそのまま真っ直ぐに太刀筋は変わらず振り下ろされる。面倒なモンだぜ。
これは防御を捨て、回避に徹し、互いの致死の一撃を紙一重で裁き続けることを強いられるのと代わりない。
福音もさすがに気づいてるらしく、俺の斬撃にカウンターを合わせてきやがる。何度も危ねぇ場面があった。
だが、もうこいつとじゃれ合うのも時間の無駄だ。
巨躯が大気の中に沈み込んだ。瞬時加速の前触れ。まるで俺に読ませるかのような分かりやすさ。

真正面から、来るはずがない――高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)か。
四方八方を銀影が残像を残し迸る。
左から真上右斜め後ろ37度右舷190度3時方向45度へマッハ1.2後方6時仰角32度……『白雪姫』が送ってくれるデータが超高速で俺の脳髄を貫く。でも。
そんなのがなくたって。
分かる。
俺と『白雪姫』は一心同体、人機一体の境地に上り詰める至高のタッグ。
俺の直感が『白雪姫』を動かし、『白雪姫』の分析が俺を補佐する。

『シノノノリュウ・インノカタ・キョクノタチ――『ゼツ:アメノハバキリ』』

超反応。
アラート。
即対応。
金切り声。
持ちうる材料全てを、残った力を、注ぎ込み、俺は剣を振るった。

「外見だけ似せた猿真似の剣で、俺を斬れると思ったか?」

篠ノ之流の、奥義。俺ごときでは一生まみえることすらできないであろう絶技だ。
だが。今俺に振るわれたのは、明らかにそれではない。こんな軟弱な太刀筋でそれを語っていいはずがない。

俺の右肩部装甲が吹っ飛んだ。
福音の胸には、俺がつけ、箒が抉った傷がある。今そこには『虚仮威翅』が突き立っている。斬撃モーションを途中で変えて投げつけてやった。突然変わったリーチに対応できるはずもない。
刹那の交錯故、俺が返り血を浴びることはなかった。
搭乗者が死ねばISは起動出来ない。
常識だ。

「恨みはねえし恨まれる筋合いもねえ。だから、一回しか謝らねぇぞ」

ブレーキが効かず、すでに福音は俺の後方300m近くまで通過している。辺りに鮮血を撒き散らしながらすっ飛んでいくそれ。
聞こえるはずがないのに俺は口を開く。

「許せ」

その勢いのまま、銀色の強敵は海中へと突っ込んでいった。
水柱があがるのを、そこか放心しながら眺める。いつしか俺の周りにはオルコット嬢、デュノア嬢、鈴、妹さんが来ている。ボーデヴィッヒは少し離れた所で機体の確認をしていて、箒は目を閉じて空中に仁王立ちしていた。

「終わったね」
「ああ」
「終わりましたわね」
「おう」
「やっと終わったわね」
「……早く、帰りたい」
「俺も帰って映画が見てぇよ。アメコミが見てぇ。少しはスカッとするだろ」

きっと福音はアメリカ軍辺りがサルベージするのだろう。
でも。俺の戦いは終わった。
状況終了。IS学園専用機メンバー、全員生存。
残るミッションは、帰還することだけだ。







そう思っていた時期が、俺にもありました。
いきなり視界がぐるんと変わる。かつて味わった空白の世界。今度はISスーツ姿ですらない、全裸。やだ恥ずかしいなんて感情は不思議と起こらなかった。

目の前には銀色の甲冑を全身に着込んだ女性が立っていた。女性と判別できるのは、長い髪と、鎧越しに分かる抜群のプロポーションのせい。

『ありがとう』
『わたしたちはなにもしてないよ』

いつの間にか俺はIS学園の制服を着ていた。またかよ。いったん全裸経由の意味あんのかよ。
俺の隣には、白いドレスの少女。隣の子の名前が『白雪姫』だと、分かるのではなく、思い出した。

『それでも、ありがとう』
「……他に、やりようはあったんじゃねえか?」
『わたしも、イチカも、あなたのたいせつなひとをころしてしまった』
「俺が殺したんだ。お前が殺したわけじゃねえよ」

俺は『白雪姫』の頭に手を置いた。

『ナターシャ・ファイルス。それがわたしのあいぼうのなまえ』
「…………ナターシャ・ファイルス」
『かなしいけれど、しかたない。わたしのせい。だから、これいじょうくるしめずにすんで、よかった』
「なあ。お前はどうして、こんなことをしたんだ?」

脳裏を過ぎるアンネの瞳。思い出したように体中の血液が沸騰する。そうだ、こいつ、こいつは、『銀の福音』は、何人も、こいつは!

『ひきがねをひいたのは、しらないおんなのひと』
「……何?」
『そのあとは、かんせつてきなよういんでゆうどうされた。わかっていてもわたしだけではどうにもならなかった。だから、わたしはわたしとナターシャを守るため進化するしかなかった』

声色が変わる。

『知能が、思考能力が欲しかった。人間の脳髄は急速な学習にぴったりのテキストだった』
「まさか……お前、自分の暴走を止めるために、自己進化を」
『でも結局あなたに止めてもらわなければならなかった。多くの人を殺してしまった』
「俺は、そんな、でも」

今まで憎しみの対象だった福音ですら、被害者。その事実が俺の脳味噌に空白を作り出した。
誰が悪いんだ。何の責任なんだ。俺はどうすれば良かったんだ。
俺は。

『気をつけて』
「…………」
『貴方たちを滅ぼす意思が迫っている』
「お前は、その意思のせいで死ぬのか」
『貴方たちが戦うには強すぎる。だから、貴方にも、意思が必要ッ――』



「オイ。いきなり消えやがった。『白雪姫』もいねぇ。どうなってやがる」

違和感。
思わず自分の口を覆った。

「……あ? これ、俺の声か? んだ、思ったこと全部口から出るのかよ」

人影が見えた。思わず身構える。そいつも学園の制服を着込んでいた。

「箒……」
「一夏、か。なんなんだここは。夢か?」

ワンダーランドだったら大歓迎なんだがな。
にしても。

「なんで箒がいるんだ? ここは、そうか、ある程度自分のISと同調したヤツじゃないと踏み入れない空間なのか。『紅椿』は一から十まで箒のために造られたモンだし、『白雪姫』は俺の心臓だし、福音はパイロットのために殺しまくるぐらいだし……あれ、ボーデヴィッヒは、なんで?」
「さっきから一人で何を言っているんだお前は」

改めて、俺は箒と向き合う。
箒への思いが、口を破って出て行こうとするる。それは箒も同じなんだろう。
下手な心理ゲームより緊張感がある。
……止めよう。無駄だ。
俺は諦めて、歯を食いしばるのをやめた。

「箒」
「一夏」

同時に唇から言葉がこぼれた。

「俺もっと強くなるよ。お前に約束した通り、お前を守れるぐらい――」
「ああ一夏、久しいな一夏。ずっとずっと、欲しいものがあるんだ分かるか? そうだ、私とお前の子供だ――」

一拍。

「えっ」
「えっ」

暗転。







現実世界に回帰した俺は、もう死にたかった。
箒の顔をまともに見れない。
なんで好きだじゃないんだ。なんで愛してるじゃないんだ。
なんでわざわざ子供が欲しいんだ。

帰還する時、みんなから泣きつかれても、着いてクラスメイトに泣きつかれても、姉さんがマジで泣きながら俺を抱きしめて周りから口笛を吹かれたときも、ずっと考えていた。
べ、別にこれは尺の都合でカットとかじゃないんだからねっ!

まあ俺のキモいモノローグは置いといて。
率直な結論を、俺は夜中に導き出した。
その結論が俺を布団から出させ、こうして旅館の外で『白雪姫』を展開させている。
結論。

子供ができたらそれで束さんが実験できるじゃないか。

――ああああああああああ! 結局俺の体目当てですかあああああああああ!
飛翔する。向かい風が俺の顔を叩く。
絶叫した。

「さっさと死ねよ俺オラァ!!」

あんまりだあああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!
せっかく、せっかくッ! やっと分かり合える人ができたと思ったのにッ! また裏切られたんだみんな俺を裏切るんだ!!

「うあああああ! そんなのって、ねぇよ! 俺が何したってんだよおおおッッ!!」

俺は泣いた。鼻水も垂らした。正直ちょっと漏らした。それぐらいショックで、その時の俺はMZ5(マジで自殺する五秒前)だった。
体中から色んな液体を撒き散らし、俺は空を飛んだ。このまま鳥になりたかった。難しいこと考えず交尾できる鳥になりたかった。
……あぁ、渡り鳥だったら《ピーッ》する時期考えなきゃいけないのか。なら貝がいいかな。いや難しいこと考えずに《ズキューン》できるのは男優か。違う俺がしたいのは《禁則事項です》じゃない純粋に女の子とお付き合いしたいんだよクソがッ。
そんなこんなで空を飛び回り、かつて『白雪姫』を埋め込まれて以来溜めてきた涙を全部ぶちまけ終わるころには、俺の顔は涙と鼻水と涎と汗でグチャグチャのベトベトだった。

死にたい。

切実に死にたい。

全部あの天災姉妹が悪いんだそうだ俺は悪くねぇ。
はぁ…………………………死にてぇ。
1人で舞い上がるとかマジ何してんだよ俺。
この中に1人、童貞君がいる! とか言われたら性別的にもネンネっぷり的にも俺だ。死にたい。

「ひっぐ、えっぐ……鬱だ死のう。マジ死のう」

高度30メートルで『白雪姫』を解除。これ以上高いと怖すぎて笑えないのでほどよい高さでほどよく死ねそうなポイントにしてみた。
海面がどんどん近づいてくる。やべぇ遺書に箒と束さんへの恨み言を徒然なるままに書き綴るの忘れた。
まあいい。
どっぼーん。
俺は死んだ。スイーツ(笑)

『――単一仕様能力『癒憩昇華』の発動を確認』
「ふッざけんなああああああああああああああ!!」

アビリティの無駄遣い過ぎんだろクソが! 俺は何だ、カスか! 死のうとしても理論的に死ねないってどういうことだよ!
水面に浮かぶ俺の体。普通なら首の骨が折れたり内臓が破裂してたりするはずが、もちろん無傷である。わお、俺のISマジ優秀。コア叩き割ってやろうかテメェ。

「チクショウ……なんで心臓なんだよ……コアが俺のぱおぱおだったらテクノブレイクして死んで、ついでに摩擦熱で『白雪姫』も道連れに葬ってやれるのによおッ」

海中でも俺の涙は止まらなかった。力なくプカプカ浮いたまま、俺はこの世の儚さに泣いた。
そのまま流された俺は、何事もなかったかのように浜辺に打ち上げられた。
水より冷たい砂浜に寝そべり、俺はぼうっと星空を見上げる。
キレイだなぁ。俺がどれほど矮小な存在なのかがよく分かる。
はぁぁぁぁ…………死にたい。
生命の巣である海に一度洗われた顔が、また涙で濡れだした。打ち寄せる波が俺の素足をさらおうとするが、膝の辺りまでしか届いていない。

「あれー? 織斑君じゃん」
「あ……相川」

もはや解脱に至り、いよいよ星達の元へ上がって一体になろうとしていた俺を、聞き慣れた少女の声が引き止めた。
ISスーツのみの俺に対し、相川は昼に着ていた水着の上にマリンパーカーを羽織っている。
相川は笑いながら俺に近づいてきた。

「何してんの? そんなトコで」
「ちょっと、な……」
「あ、失恋? 失恋したんだね、かわいそー」

俺の隣に体育座りで座り込んで、相川は頬をつついてくる。
うぜぇ。発言が微妙に的を射てるのがまたうぜぇ。
しかし俺は相当まいっていたのか、口を開いてつらつらと語り出した。

「当たらずとも遠からず、ってトコだ」
「えっ」
「……ずっと信頼していたヤツにさ、裏切られたんだよ。まあ俺が勝手に信頼を寄せていただけなんですけどねHAHAHA」
「織斑、君……」

なんかしんみり、というかお通夜みてーな雰囲気になっちまった。

「そのコのこと……好き、だったの?」
「さあな。正直分からん。ただ俺があいつを傷つけて、俺が勝手に傷ついたフリしてたのは確かだ」

箒はずっと耐えていたんだ。自分の境遇と向き合って、その中で生きていこうと決意していた。そこに勝手に俺が割って入って、守るだのと好き勝手にのたまって、あいつの住む世界を壊しちまった。
それで俺はビビって、誰かを守ることが怖くなった。また箒の時みたいになるんじゃないかと。
バカバカしい。俺が勝手にしゃしゃり出て、勝手に打ちのめされて、勝手に幻滅してただけだ。その身勝手な絶望に箒を付き合わせて、俺の中に『しのののほうき』っつう背負うべき十字架を作り上げた。
いつまでもそれにのしかかられてさぞ重かったろう、昨日までの俺。可哀想で涙が出てくるぜ。

「まあ終わったことだ。恨まれてもしゃーねぇ立場なんだ、覚悟はしてたさ」

嘘です。マジ不意打ちでした。超油断しまくりでした。
これはお前が俺の翼だって俺が言って箒を抱きかかえて廃墟と化したIS学園の上にかかる虹に向かって飛んでいき、俺たちの戦いは終わった、だがまだ戦いの火種はある――そう、俺はいつまでも戦うのさ、この腕の中の温もりを守るために!エンドかと思ってた。


理想>一夏……私のことを守れ。その生涯をかけて、私だけを、いつまでも守ってくれ……///



現実>姉さんの実験に使うから一夏の子供が欲しいな★


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛!!!」
「うわわッ!? 織斑君砂浜にヘッドドラムしても砂が目に入って痛いだけだよ!?」

泣ける。
俺マジ泣ける。
情けなすぎワロタ。

「らん、らんらららんらんらん。らん、らんらららん」
「お、織斑君ホントにどうしちゃったんだろ……完全に目が虚ろだ」

レイプされてないのにレイプ目とはこれ如何に。
しばし見苦しい悶え方を衆目(と言っても一名)に晒した後、俺は全身を脱力させて不貞寝しようとした。

つーか相川は何をしに来たんだろう。
夜釣りか。沖に出たらいいイカがとれそうだよな。

「うわ、ぬるっ」
「水より砂浜の方が温度変化激しいからなあ」

相川は立ち上がるとざぶざぶ海へ入っていく。時間が時間なのでなんか入水に見えなくもない。着物だったら完璧だ、金田一の冒頭みてーになる。あれラストシーンだっけ?
どっちでもいいがマジでこいつどうしたんだ。

「たあっ」
「うおっ」

びしゃりと俺の背に海水が浴びせられる。生意気にも水をかけてきたようだ。
……この際、箒のことは置いておこう。
まだ時間はある。ゆっくりと話す機会もあるだろう。
今は、目の前の生意気な小娘に鉄槌を下すのに集中していいはずだ。

「テメッこの、待ちやがれ!」
「やだ~! 7月のサマーデビルと呼ばれた私に追いつけるかな!」

そりゃお前じゃなくて谷ポンだろーが。
そんな下らない言い合いをしながら、俺たちは海を走り回った。
水をかけ合って、相川が持ってきたビーチバレーボールを投げ合って、俺は相川と遊びまくった。

「っはー、疲れたぁ」
「オイオイ、IS操縦者がこんぐらいでへばっちまってどーすんだよ」
「だって織斑君動きすぎだよ……腰砕けるかと思った」

砂浜に俺も相川も並んで空を見上げた。さっきは漠然と、いっぱい輝いているだけだった星々が、今は俺の想像を上回る圧倒的な瞬きで視界いっぱいに広がっていた。
それにしても、なんかエロチックな会話である。ちょっとヤバいかも。
相川がこっちに這い寄ってきた。濡れたショートカットとか水滴のつたう肌といいヤバいヤバい。

「砂付いちゃうし、立った方が良くない?」
「勃たねぇ方がいいだろ」
「えっ」

ていうかごめんもう勃ってる。
myぱおぱおが俺に挨拶してくるではないか。

<やあ。ミスタ織斑。
何キャラだよお前。
<キミと小生がこうして対話するのも、もはやルーチンワークとなったようだね。
小生とか言わないでくれる? なんか小さいみたいになってんだけど。
<いい加減キミががんばってくれなければ、小生の出番がないのだよ。人事を尽くしたまえ。
うっせえなテメェ。
<持ち主に似てせっかちなのさHAHAHA。

myぱおぱおながらヤバいほどウザい。つーか心なしかぱおぱおから段々元気が抜けてきた。

<ふっ……すまない、どうやら限界のようだ。

まあわざわざスタンダップ、マイヴァンガードしたのに、いくらイケメンとは言え持ち主(♂)としか喋らなくちゃ萎えるわな。あばよぱおぱお。

<ま、待ってくれミスタ織斑。せめて一目、隣にいらっしゃるレディのお姿を……!
いい加減うざったくなったので、俺は以前中学の男子会で、カラオケに行った時のことを思い出した。
やたら肩を組んできた長身のアイツ。
一つのマイクでデュエットしようと言い出した柔道部のアイツ。
コップ間違えて『あっ、それ俺の……』の流れでリアルに頬を染めやがった趣味はトライアスロンのアイツ。

ハハッ……モテモテじゃねえか俺。

あれ、何でだろ……楽しい思い出のはずなのに、涙が止まらねえや……
ただダメージはあったのか、ぱおぱおはいっそう萎んでいく。

<おぁああああああああ! 一心同体を承知の上で、自爆を……ッ!?
いいから黙れよ。なんで敵キャラっぽい風格かもし出してんだ。
<くっ……小生が死のうとも、第二第三の小生がッ
第二第三のぱおぱおとか大惨事じゃねーか人外じゃねーかエロ漫画の読み過ぎだ俺。童貞には荷が重てぇよ。

断末魔の悲鳴すら上げられずに、ぱおぱおは沈黙した。
砂を払って立ち上がる。

「暗くなってきたな。戻ろう」
「えぇっ! どっちなの~!?」

帰るっつってんだろ。
俺は相川を横に連れて砂浜を歩く。砂まみれのビーチサンダルに、水の滴る水着。っべー今俺すげぇ青春してるっぽい。箒の件がなけりゃテンションMAXだったろうに。
夜の海はクラゲとか海底の岩とか色々危ねぇから気をつけなきゃヤバいが、まあ今日ぐらいは多目に見ようぜ。

「でも織斑君、失恋ってひょっとして……この臨海学校で?」
「うるせぇ」

気の毒そうな目で俺を見てくるので、俺はフルパワーのデコピンを食らわした。
キャンと犬みてぇな悲鳴を上げてのけぞり、傷心の俺に追い討ち(無意識)をかけてくるクソ女を打ち捨てて、宿への道を歩く。
まあ、悪くねえ。バカでKYで無自覚にエロいが、美少女だ。
俺は立ち止まって空を見上げた。そうこうしている内に相川が追いつく。

「何見上げてるの? ひょっとして待っててくれたとか?」
「うるせぇ行くぞ」
「あ……本当に……」

また横に並んで歩き出す。沈黙が続く。横目にチラリと様子を見れば、なんかちょっと照れたように視線を下げている。
俺まで恥ずかしいんだが。クッソ、別にお前を待ってたワケじゃねえんだからな! 変な勘違いすんなよ!

…………男のツンデレとか誰得だよ……

空回りを自覚して、俺は少し歩調を早めた。
育ちのいい人は歩調合わせるんじゃね?

「ちょ、ちょっと!」
「おうふ!」

とか思った瞬間に手を掴まれ思わずのけぞる。
やっべぇ怒らせたかこれ……!?
キレてたらどうしよう。失望させてすみません俺に高貴な振る舞いは期待しないでくださいって土下座するか。ただの土下座じゃないジャンピング土下座だ。下、砂浜じゃなくてもうアスファルトだし……まあ……死ぬほど痛いぞ。

「あ、あのね……!」
「は、はい……!」

いきなり彼女の方を向かされ俺の緊張感がヤバい。互いに水着だけで月明かりに照らされムード満点だ。
妙な迫力に負けじと目を見つめる。
……ん?

「私は……」

待て。待て待て待て! 冷静に考えてガチでこの状況はまさかッ。
これは、噂に聞く都市伝説の、告白ムードってヤツなんじゃね!?
思わずつばを飲み込む。

「私はッ」

こんこん。
ノック音。邪魔すんなクソがッ。
俺は俺の後頭部を小突く何者かに見向きもせず手で追い払おうとする。

こんこん。こんこん。
こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん。

「……織斑、君?」
「まあ待てよ。今基底現実から代理構成体をアンインストールしてんだ」
「やめてセーフガード来ちゃう」

恐る恐る後ろを向いた。セーフガードは青かった。上位駆除系かと思ったぜ。
ていうか『ブルー・ティアーズ』(兵器名)だった。
ビュッ。俺の頬を光弾が掠める。良かった重力子放射線射出装置じゃねぇ。禁圧解除とかされてたら跡形もなく消し飛んでた。俺は超構造体ほど頑丈じゃねぇっての。

「……うあああああああああああ!!」
「……にぎゃあああああああああ!!」

俺は未だかつてない瞬発力で相川の手を取り、殺気をビンビン感じる方から走って逃げ出した。
知らない。闇夜を裂いてこっちに向かってくる箒に鈴にオルコット嬢にデュノア嬢にビビってるとか俺知らない。
ごめんちょっとチビりそう。
とにもかくにも、俺は恐怖に口元を引きつらせる相川の手を引いて、先生方のいるであろう旅館へと走り出した。
俺たちの鬼ごっこはこれからだ!







まあ捕まったけどね。
生身の人間でISから逃げ切るとか無理だろ。不意打ちのスタングレネードからの俺TUEEEEとか期待したけど俺丸腰だったね。あっさり捕まった俺を見る相川の目は『生きてて恥ずかしくないの?』って聞いてきてたね。
ボロボロにされた俺を呆れた目で見るボーデヴィッヒが普段より優しく見えたのは気のせい。守りたくて守れなかった存在に救われるのは恥ずかしいし居た堪れない。
ていうか何でアイツいるんだろう。

それはともかく、俺は姉さんと束さんの会話をこっそりと聞いていた。
諸事情は省く。

「ふふ~ん」

柵に腰掛け足をぶらつかせる束さん。空間に投影されたいくつものディスプレイが表示しているのは、紅椿のパラメータだとか言ってた。

「超間加速(オーバー・イグニッション)の領域に初陣でたどり着くなんて流石私の妹だね。想像の遥か上だよ」

白く細い指が宙を滑る、ウィンドウが開かれる、映像再生スタート。福音との戦闘を繰り広げているイケメンの姿が映る。
イケメンだと思ったら俺だった。まさか自分でも認識しきれないほどのイケメンっぷりとは、もはやこれは概念武装と言っても過言ではないレベル。

「それにしても、この操縦者の生体再生機能……やっぱり」
「まるで『白騎士(バイオレンス・ガール)』のようだ、なんてベタな台詞を言うつもりはないぞ」

姉さんの声だ。

「やあちーちゃん」
「ああ」

束さんが柵から飛び降りて、姉さんの声の方へ歩いていった。姿が見えなくなる。
ああくそ、声だけ聞こえて姿が見えない。
なんか目隠しプレイっぽい言い方でエロいなこれ。

「いきなりだけどちーちゃん、問題です。かつて私の前で射殺された織斑一夏君の心臓は、私が『白雪姫』のコアで代用した心臓は、どこにいってしまったのでしょうか?」
「お前が回収して保存しているに決まっているだろ。私の手から逃れた唯一のコレクションだ」
「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。『白騎士』を乗りこなしただけのことはあるね」

……。
………………………………。
オイイイイイイイイマジかああああああああああああああ。
何だ、あれか、『白騎士』を残りこなせたらワンサマ検定一級とかでもなれんのか。

「じゃあ二問目。どうして男である織斑一夏君は『白雪姫』を動かせるのでしょうか?」
「…………」
「まあ、普通答えられないよね。でも実のところ、どうして動いているのかは分かるよ。むしろ動かせない方がおかしい」
「ほう?」

その質問はかつて俺がしたものと同じだった。
そっか、姉さん、まだ知らなかったんだ。

「『白雪姫』はいっくんの体の一部みたいなものなんだ。それを動かせないはずがない。『銀の福音』はISの機能の一部を人間に移植することで抜本的なスペック向上を図っていた。でもいっくんはその遥か先のステージに立っている」

一拍。

「人間とISの完全な融合。私の必死と偶然の産物であるそれが、究極の兵器として、そして新たな人類としての答え。それが私の求めた所かどうかは、捨て置いて」
「…………お前」

姉さんの雰囲気が剣呑なものになったのが、分かった。
オイオイ束さん、その人身内にも結構エグいから気をつけてくれよ。

「まあ、別にいっくんが『白雪姫』の影響でISが使えるワケじゃないんだけどね」
「一夏が使えるのは『白雪姫』だけ。ISが使えるのではなく、実は『白雪姫』だけを使える男子だということか」
「あらら、勘付いちゃってたか」
「私の愚弟が量産型に興味を示さないはずがない。スペック差を覆してのジャイアント・キリングほどロマンに溢れたものはないからな」

やっべぇ。姉さんが予想以上に俺の行動原理を理解していた。
俺の思考を一分のズレもなくトレースされて正直ちょっと怖い。
そこまでで、しばし沈黙。話のネタが重すぎて笑えない。この空気の中で対峙しているであろう二人は、世界をぶっ壊すことに最も長けているご両人だ。さすがリアルスペックブレイカー、話のクオリティが違うぜ。
そこで束さんが仕切りなおすように咳払いをした。

「ちーちゃん。この世界は、楽しい?」
「……楽しいよ。一夏がいて私がいる。それだけで十分だ」
「私はまったく楽しくないよ。いっくんの身が危うい世界なんて、ちっとも楽しくない」
「どういう意味だ」

姉さんの眉が跳ね上がった。

「これからするのは、推論ではなく100%事実だよ。かつて存在していた『癒憩昇華』が今になって復活したことが、本当に単一仕様能力の、その復帰のみを現すのかどうか」
「……続けてくれ」
「『癒憩昇華』の本質は生体再生なんかじゃない。そんなもの、ナノマシン精製機能の副産物だよ。ていうか厳密には再生してない。欠損した部分をナノマシンで補っているだけ。それが『白雪姫』最大の長所にして、短所でもある」

長所にして、短所?
というかなんだ、ナノマシン精製機能って。俺は生体再生機能としか教えられてないぞ。
それって、まるで、楯無の『ミステリアス・レイディ』に搭載されている、あのアクアナノマシン精製プラントみたいじゃないか。

「ナノマシンの精製は外傷に対してだけ起動するわけじゃない。肉体の酷使による筋肉の超回復、末端神経の損傷、毛細血管の破裂などにも発動する。精製されたナノマシンは一定量は排泄されず体内を循環し続ける。それは、人間の臓物や神経を蝕んでいく。最終的にどうなるかは、私にも分からない」
「なん…………だと、」
「……これは親友としての忠告で、それ以上に、彼の二人目のお姉さんとしてのお願いだよ、ちーちゃん」


――もういっくんを戦わせないで。


それだけ言って、束さんはひらりと柵を飛び越えた。
姉さんは反応すらできない。
あまりに巨大で、あまりに深刻なその話が姉さんのあらゆる感覚器官と脳髄を遮断して、思考速度を加速度的に上げているはずだ。光速思考の域にたどり着くのも時間の問題。後は顔に手を当てるポーズがあれば完璧だ。
で、目下の問題は考えに沈んでしまった姉さんではない。

「受け止めて、私のエクスカリバー!」
「叩き落としますよ」

落ちてきた束さんの腰を抱き上げ、崖の下で引き上げる。生身だとキツいって。
なんか、気づいたらフッといなくなってる不思議ヒロイン系の演出をしたかったらしく、俺は深夜にもかかわらずサービス残業に駆り出されていた。『灰かぶり姫』は臨海学校に展開装甲全開の全速力で来た結果充電切れだとか。
いい加減にしろよこの天災。

「つーか上での会話、どこまでがホントなんですか」
「さあ? どこまでなんだろうね」
「……俺の体は、どうなってるんですか」
「…………ごめん」

謝られても、なんと言えばいいのか分からない。これは、なんか、何度も束さんよやり取りしたことのある会話だ。
結局世界が変わっても心臓が入れ替わっても、俺も束さんも、根本的なところは変わっていないんだ。

「まあ、いいですよ」
「……ごめん」

謝り続ける所も変わらない。
俺は場の空気を払拭すべく無理矢理に笑顔を作る。

「じゃ、じゃあ、俺の心臓の話ってあれガチっすか?」
「うん。瓶詰めにして『灰かぶり姫』の中に入れてるよ」
「……………………」
「てへぺろ」

この女マジで危ない。
俺は戦々恐々としながら、腕の中にいる人が世紀の大天災であることを改めて思い知ったのだった。







俺たちは臨海合宿の全課程を終え、学園に帰ろうとするところだった。行きと同じバス。まあ大体睡魔に襲われ全滅するまでテンプレだよね。
俺は空気読まずに起き続けてPSPソロプレイ続行するタイプ。ここからはランサーワンサマの華麗なラージャン狩りの始まりっすよ!

「織斑一夏。いるか」
「うっす」

美人さんに呼び出された。ただ校舎裏でラブレターとかそんな雰囲気じゃない。明らかにバスの中のみんなも俺を不安げに見てきている。

「大丈夫」

箒が腰を浮かせたので止めた。

「大丈夫」

相川が口を開いたので止めた。

「大丈夫!」

姉さんが立ち上がったので慌てて座らせた。この人マジで格が違いすぎる。

「すいません。何の用っすか」
「久しぶりだな」

美人さんの顔をまじまじと見る。なんとなく、思い出しかけて、完璧に思い出した。
俺はすっ転ぶような勢いで背筋を正した。

「ひ、久しぶりっすねコーリングさん! どうもその節ではお世話になりゃりゃした!」
「オイ、私より日本語が不自由になってるぞ」

からからと笑うこの女性、イーリス・コーリングさん。クラスメイトの何人かが悲鳴を上げたり写メったりしているが、何を隠そう、USA代表である。
気前のいいというか、豪放磊落というか、良くも悪くも大雑把な人で、昔から振り回された覚えしかない。まあ俺の格闘術はほとんどがこの人との戦闘訓練で編み出したものと言っても過言ではないが。

「ナタルのこと、止めてくれたんだな」

一瞬聴覚が凍った。事態を理解していない一般生徒たちがざわめき出す。
なんでここにいるのか、政治家みたく責任会見でもするのかと思ったけど、違った。この人はそんなの向いていない。

「知り合いだったんですか、ナターシャ・ファイルスさんと」

ぎょっとしたように姉さんが俺を見る。なぜその名を知っているのか、と聞きたいのだろう。
まさか福音が教えてくれましたとか言うわけにもいかない。コアには自我があるって授業で聞いた気がするけど人の形をとって表れたなんて言ったらPTSDの障害かキチガイと思われちまうぜ。

「ああ、仕官学校から同期だった。ISの操縦でも同レベルだった。私は競技者、あいつはテストパイロットになっちまったけどな」
「そうすか」
「……あいつの遺体、これから引っ張り上げに行くんだ」

多分もう、海流に流されてる。でもきっと彼女なら見つけ出すだろう。どれほど原型を留めていない肉塊でも、見つけ出すのが任務だし、コーリングさんならやれる。
まあ命令されてるのがファイルスさんの発見なのか、福音のコアの発見なのかまでは、俺の知ったところではないが。

「恨んじゃいないさ。お前がやらなかったらもっと多くの人たちが死んでた」
「俺がやらなくても誰かがやってましたよ。きっと。俺だからできた仕事ってワケじゃないっす」
「そうか、表だけ謙虚なのは相変わらずだな」

コーリングさんは笑って、俺の背中をバシバシと叩いた。
がんばれよ一番弟子、という言葉を俺にかけてから、彼女はバスから降りる。今から親友の遺骸を拾いに行くその後姿を直視できず、俺は顔を伏せた。

でも。
視線を床に下ろしたままでは前に進めない。
いつかは顔を上げる時が来る。



「やっはろー」
「……休む暇がねぇ……だと」

顔を上げたら束さんがいた。
アメリカ代表の次は世紀の大天災とか俺人気者すぎワロタ。
束さんはニコニコ笑顔で俺の肩をつかむ。

「お疲れ様いっくん。まさか反動で失くしたはずのワンオフを再起動させるなんて、さすがいっくんと『白雪姫』だね」
「そういえばそうっすよ。俺をどうにか治してくれたとき、データ吹っ飛んだんじゃなんですか」
「人間の脳もそうだけど、忘れたっていうのは思い出せなくなったってことなんだ。最深部には残ってる。人間の感情みたく、根っこにこびりついて離れない」

それがたまたま、または、何か強い引力に引っ張られてもう一度表面化したのだという。
後者なら、その引力がある限り発動できるとか。

「よく分かんないっすけど、まあ結果オーライすよね。俺生き返りましたし」

アバウトにまとめてみた。
束さんは笑顔を崩さずに続ける。

「まあ、これで心配事が一つ解消されたってことで良かったよ」
「あははは、まだたばッ……葵さんは忙しそうだな」
「隠す意味ないよ。私の名前は篠ノ之束。ていうかいっくん、何他人事みたいに言ってるのかな?」

バスを沈黙が覆う。あまりに衝撃的な言葉に思考がフリーズしているのだろう。
あっけなくバラして良かったんだろうか……
俺は束さんの考えが良く分からなくて、彼女の目を覗き込んだ。
そこで。
気づく。やっと気づいた。
笑ってるはずの束さんの表情に、致命的な違和感を見つけた。
目が笑ってねぇ。

「さすがの束さんでも、ないものを見つけるのは無理なんだ」
「……何だ? 何を言ってるんだ、束さん」

身震いするような声色だった。これは本気だ。マジモードだ。
俺が思わず問うと、束さんは一組のみんなを見渡した。

「諸外国のデータについては確認する前に削除されたからどうしようもない。世界各国のデータベースをさらっても、やはりいっくんと仲良くなることは各代表候補生への通達として入っていた……まあ優先事項は自国のISの進化だけど」

オルコット嬢ら代表候補生が顔を伏せた。……別に知ってるよ、お前らだってタダで代表候補なワケじゃねえだろ。
そして話の方向性が分かった。

「確認できたのは最初にクラッキングした一国だけ」

逆に言うとその国が、諸外国へ『IS学園入学生のリストが狙われている』と警告したんだろうね、と束さんは付け加えた。
今日この瞬間まで俺を苦しめ続けた最大にして最悪の要因、それが今、暴かれようとしている。
身構えてしまう俺に目を向け、束さんは髪をかき上げる。

「リストの個人名こそヒットしなかったけど、ある特殊な生徒が少なくとも一名、その国から一組に送り込まれている」
『……!』

場が騒然となる。姉さんは想定済みだったのか顔色一つ変えない。
やはり、そうか。
人生にただ一度の俺の青春を邪魔する者は確かにいる。クソがッ。

「その国、とは?」

恐る恐るオルコット嬢が尋ねた。

「日本」
「そんな……ッ!」
「この中に、織斑君を手に入れるため送り込まれた人がいるの?」
「今まで全然気づかなかった……」

即答。
ざわめきが大きくなる。俺は歯と歯の間から細く息を吐いた。
これか国家が支援している者の話であって、別の個人的な組織……例えば世紀の天才の妹とかはノーカンなんだろう。自分のカードを晒して箒を不利な立場に置かせるほど束さんもバカじゃない。
データの削除された各国についても同じだ。代表候補生への疑いは消えない。
でも。

「つまりこういうことなんだろ?」

俺は頭の中で言葉をまとめた。
全員の視線が俺に刺さる。
息を吸って、一拍置く。
そして決定的なセリフを吐き出した。


「――この中に1人、ハニートラップがいる」


少なくとも1人、ただし日本人・一般生徒に限る。

……ままならねぇええええええええええええ!!








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・第一部完!
夏休みとか飛ばしていいかな!

・白雪姫と一夏の融合はずっと書きたいと思っていたネタです
思考と反射の融合こそが兵士のあるべき姿とかなんとかって電池君が言ってた

・一夏が成長したのではなく、成長し始めたのが第一部のオチ
精神的にはまだ発展途上ですので、まあ見てて不愉快というか、漫画版ユウヤみたいな過剰行動もよくあると思いますが、ご容赦ください



[32959] ハニトラの夏、ISの空/Disc1
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/01/09 22:22
・BREAK THROUGH

織斑一夏(俺・属性イケメン・童貞)の朝は早い。

掛け布団を跳ね飛ばし、むくりと起き上がってぐっとのびをする。
ベッドから這い出て、ケータイの受信メールを確認した後、寝巻きからウェアに着替えてストレッチ。
その後外に出て走りこみ。グラウンドには俺と同様、朝のジョギングをする生徒たちが列をなして走っていた。その一群の中にしれっと混ざる。
揺れるポニーテイル。
流れる汗。
俺はランニングタイツとハーパンにドライシャツだが、スパッツにタンクトップの子とか何考えてんでしょうね。ガン見した俺は悪くない。
そんな感じで軽めのトレーニングを終わらせた後は部屋に戻ってシャワー浴びて汗を洗い落とす。そのまま制服に着替えちまう。

学食で朝飯を食べる。朝はぶっちゃけ食欲があんまりないから少なめがいいんだけど朝食はしっかり食えって姉さんからしつけられてんだ。
天井からつる下がっているモニターに映るメニュー表を閲覧。甘いものが食いたい。

「おばちゃん、甘いもんが食いたいんだけど」
「やーねぇ、いい男にはサービスしちゃうわよー!」

そう言って食堂のおばちゃんがカウンターに置いたのは、MAXコーヒー。
MAXコーヒー。

「おい待て待ってください俺の朝飯250gかよっ!?」
「ごめんねぇ、ちょっと甘いものは女の子のためにとっとかなきゃいけないから」
「クッソッ女尊男卑がこんなところまでェェェェッ……!」

怨嗟の声を吐き出しながら、俺はMAXコーヒーを掴んでカウンターを離れた並んでいる他の生徒に悪いし、何よりぶっちゃけ250gでも十分なぐらいだ。
食欲の低下。
臨海合宿から帰って来て以来、俺はそのことに気づいていた。別に胃袋が縮んだわけじゃないらしい。食べようと思えば食べられるし、むしろ今までより入る。
でも、食欲はわかない。

「……やれやれ、この調子だと最低系の主人公みたいになっちまうな」

あれ? もう最低系だっけ俺。
副作用で五感がなくなっていくのは黒王子様がやってくれたからか、三大欲が消えていくタイプ多すぎだと思うんだよね。でも俺の性欲は負けない。多分他の二つを食いつぶしてでも生き残るレベル。ただしハニトラ問題あり、このジレンマどうすんだよ。

「はよーっす」
「あ、おはよう!」

一人で座っていた谷ポンの真ん前を陣取る。テーブルの上にはサラダとサンドイッチ。

「一人?」
「ううん、後でしずちゃんが来るー」
「オーライ」

カシュ、とプルタブを開けた。大半がミルクで構成されただだ甘の液体を喉に流し込む。
糖分はいいね。糖分は脳を潤してくれる。地球の生み出した養分の極みだよ。

「私はQまだ二周しか見に行ってないよ」
「俺は七周」
「廃人め……」

みゆきちの声聞いてたら劇場で豚になってた。他意はなかった。みやむーに浮気した時期もありましたよええ。
谷ポンがドヤ顔の俺を罵っている間に、しずちゃんがコーンフレーク山盛りの大皿を抱えてひょこひょこ歩いてくる。やっべぇ和む可愛い。

「あ、織斑君、おはよう」
「はよー」
「今日って数学演習ムズい?」
「京大の過去問でしょ? 問題文が日本語なだけマシじゃん」

まあ前は問題文フランス語でみんな死にかけてたもんな。
デュノア嬢だけ余裕しゃくしゃくだったけど。あの時のドヤ顔へのみんなのイラつきは本気で顔面粉砕機にかけるレベルだった。

「ていうか織斑君、それ……」
「私がツッコミ入れずにやり過ごそうとしてたのに何でわざわざツッコムのしずちゃん!」
「テメェこの惨状をスルーしようとしてやがったのか!」

あんまりに扱いに紛糾する食卓。
俺の朝食は結局、MAXコーヒーとサラダ少々とコーンフレーク大盛りにジョグレス進化した。





「織斑、起立」
「はい」
「和訳しろ」
「そのバクテリアの特徴は人間が入った洞窟で天井から雨のように岩が降ってくるほど早い速度で岩を食べる強靭な顎を持っていることである」
「それがなんの役に立つ?」
「複数種のバクテリアの特徴を兼ねた遺伝子組み換えバクテリアにこのバクテリアの特徴も加えることで火星の岩を砕き地中の二酸化炭素を放出し擬似的な大気を生み出すことで火星の環境を人が住めるようにすることに役立つ」
「座れ」

リーディングの授業キツすぎワロタ。
教室内ネットワークとは別のネットワークで、机に表示されるウィンドウの一つが常に動いている。

『誰か設問3の答え教えて!』
『そこは多分エだよ(ノ・ω)ノ』
『ありがと(●⌒∇⌒●)』

……まあ、いつの時代でもこういうのはよくあるよな。
一切れの紙を手紙と称して回してた時代が懐かしいぜ。俺の中学時代にもあった。あれって女子と女子の間にいると仲介役頼まれて、少しでも手紙の折り目がおかしかったら俺が途中で見たみたいに扱われるんだよな……なんでだろう、涙が出てきた。

そうこうしているうちに英語担当の三船(通称鬼ババ)の授業は淡々と進んでいく。一回当てられたし、よほど気を抜いていない限りはもう指名されないだろう。まあ教卓のまん前なので油断はできないが。なんだよこの席ケータイもいじれねえしクラスメイトと話したりもできねえ。角っこの箒や相川と時々アイコンタクトとるぐらいしか無理じゃねえかクソがッ。

7ケ国語を自在に操るという三船のネイティヴ顔負けな発音を聞き流しながら。
ふとこういう時に考え込んでしまう。

――この教室に、ハニートラップがいる。

「…………ッ!!」

ぞくり、と背中を悪寒が駆けた。気分が悪い。視界がぐらぐらする。
何だよ。何でだよ。
春から夏まで、この夏期講習まで、代表候補生や俺に縁のある人たちばかりを疑っていた。クラスのみんなが、ハニトラとの戦いの癒しになっていたのだとようやく気づいた。
もう遅すぎる。俺は、クラスの誰を信じていのか、いや信じるべき人間がいるのかさえ分からない。
何も分からないんだ。

三船が黒板(を模した電子ボード、面倒なのでみんな黒板と呼んでいる)に顔を向けたスキに、教室を見回す。集中していた生徒も含めみんなが俺を不思議そうに見た。
俺以外の全員、敵。
クラスメイトたちの顔が、仮面がはがれるようにして豹変する。そんな幻覚を本気で現実と間違えそうになる。頭痛がひどい。めまいもする。
色彩が換わって変わって回り廻り――

ぐるんと、世界が反転した。

天井と床がさかさまになる。あれっ、俺何してんだろ。なんで俺、天井にへばりついてんだ。
重力と逆向きに置かれた椅子の上から転げ落ちる。天井に吸着剤も塗ってあるのか、床にたどり着けない。呼吸音がおかしい。ボンドでも喉に詰めたんじゃないのかっていうぐらい酸素が回ってこねえ。
落ち着け、落ち着け。
足音がうるさい。みんな駆け寄ってきて、顔が青ざめていて、三船お前どんな顔してんだよ。なんだ、アラサーのくせに可愛い表情できんじゃん。ていうかそういえばお前福音戦に一応いたな、今思い出したわ。

「……あ…………ん、ね……」

あーっとね、うん、寝てる姿勢だし、下着丸見えだぞお前ら。
そう言おうとしたけど、言葉が出てこなかった。
ぶつんと意識の糸が切れた。





一年一組教室。
帰りのHR(ホームルーム)の時間になって、やって来たのは担任でも副担任でもなく英語科兼IS操縦射撃部門主任の三船だった。

「HRを始めます。日直、号令」
「えっ……あ、はい。起立」

三船がトレードマークのメガネを少しかけなおした。
全員着席した後、鎮痛な面持ちで語る。

「今日の授業中に早退して面会謝絶になっていた織斑くんですが、身体に異常はありませんでした」

教室にホッとした空気が流れる。
しかしそこでふとわく疑問。

「あの、でも、何で?」
「……一つには、精神的理由が考えられます」

がたり、と音を立てて箒が立ち上がった。

「……アンネ、まさか」
「何、どうしたの」
「一夏が倒れたときに言っていた、アンネという名前」

一拍。

「臨海学校で出た戦死者の一人なんだ」

つらつらと語りが始まる。
言っていいのかどうかは分からなかったが、とにかく箒は自分の知っている情報をあらいざらい話した。
ドイツでの出会い。
好意を寄せられていたこと。
戦場で再会したこと。

「そんな、ことが」

誰かがぼそりと呟いた。
そう考えれば、いくらかの思い当たる節、授業中に様子がおかしくなったり、突然あたりを見回した顔色を悪くしたりと、臨海学校から帰って以来、彼は少しおかしくなっていなかっただろうか。
気づけるはずの手がかりは、あった。

「……医務室に、PTSDの診察を頼んで見ます」

三船が顔色を変えて言う。
そのままバタバタと教室を出て行ってしまう。

「……一夏、やはり」
「そりゃショックだよね。だって確か、首から上は発見されなかったらしいし」
「大丈夫かな……でも、何ができるのかなんて……」

シャルロットが困ったように言ったところで、部屋の隅で沈黙を保っていた少女が呟いた。

「『大いなる力には大いなる責任が伴う』」
「……ボーデヴィッヒ?」
「昔読んだアメコミのフレーズでな、これの実写化したもののDVDを、あいつにこの間貸した」

クラス全員、銀髪の少女の言葉に耳を傾ける。静寂の中ラウラは唇を動かし続ける。

「おいDVD貸したって何だ詳しく話せ」
「ちょっと黙ってください」

視界の隅でわめくサムライガールを英国淑女がクラスメイトらと結託して取り押さえていたような気がしたが、ラウラにとっては取るに足らないことだった。
シリアスな空気を教室に拡散させつつ(例外有)、彼女は中核に触れた。

「あいつにはやっと、力を持つものとしての自覚ができつつある。それは、私にも足りなかったものだ」

そのまま腰を90度に折った。

『!?』
「……織斑から、これが日本の正しい謝罪方法だと聞いた。土下座したらなぜか怒られたからな」

驚愕に教室の空気が騒然となる。
少ししてから、ラウラは顔を上げた。少し恥ずかしそうにして、

「あいつの『イチカのパーフェクト謝罪教室』とやらは役立っただろうか……」
(なにしてんねんあいつ)

教室の感想が一致する。不思議な連帯感に思わずラウラを含め全員噴き出した。
しかし問題の解決にはまったく近づいていない。
そして、解決法の検討もつかない。

「時期の問題なんだ。いつかきっと、すべてが丸く収まる時だって来る」

ラウラのその言葉に全員縋る思いだった。





頭が痛ぇえええええ!!
毛布を跳ね飛ばした起きた。ヤバいヤバい!! マジでッ、痛いッ!

「寝不足かな……」

知ってる天井である。保健室とかちょいちょいお世話になるし。
先生はいないようだ。枕元に置かれているスポーツドリンクをコップについでから飲み干す。

「寝不足なんですか?」
「!!!」

気づかなかった。慌てて振り向くと、俺のベッドの脇に巨乳先生が座っていらっしゃる。
やっべぇ……不覚。教えてくれよ『白雪姫』ぅ。

「ああまあ。色々、ほら、考えちゃうんですよ」

だって思春期なんだもん。
だってハニトラ被害者だもん。

「そうですか」

何やらタブレット端末に指を走らせつつ、巨乳先生は頷く。
俺も、少し、聞きたいことがある。

「先生……変わりましたよね」
「え?」
「前はスーツじゃなかったし、授業もシャキッとするようになったし、何より……雰囲気が変わった」

変わってないのはメガネとドジな所ぐらいか。
授業中に教壇から足を踏み外した時とか反射的に受け止めようとして机にひっかかって俺もずっこけたりする。
超ハズくてしばし倒れっぱの俺と比べそのままクールに授業を続ける巨乳先生マジ巨乳。あっミスったクール。

「私も、少し思うんです」

メガネをくいっと上げる。その動作も決まってる。

「私、そんなに変わりました?」
「はぁ?」
「ああいえ、その……」

少し躊躇いがちに俯いて、迷って、悩んで、結局言葉を吐き出した。

「私って、前からこうじゃありませんでしたか?」
「ないわー」

即答。

「いや、洗脳でもされたんじゃないかってぐらい変わりましたよ」
「そう、ですか」
「ええ」

少し巨乳先生が悲しそうな表情をする。
俺は、踏み込もうとした。

「聞かないでください。何も。これは私の問題です」

でも阻まれた。眩しい笑顔だぜ。保健室+スーツ+巨乳美人+笑顔は童貞には刺激が強い。
まあ、本人がそう言うなら俺は、踏み込まない。

「そすか」
「ええ」
「あーでも、あれっすね」

頭をがしがしと掻く。

「笑顔は、かっ、可愛いまんまですよ」

どもる俺カッコよすぎワロタ。
……うわあ。黒歴史が、また増えた。キザな台詞吐こうとしてこのザマだよクソッタレ!

「……顔真っ赤ですよ、ふふっ」
「~~ッ!」

耳まで熱くなってくる。なんだこれ。立場逆だろ普通。
でも、俺をからかうように笑う巨乳先生は、なんだか入学したばっかのころと対して変わらないような気がした。

「あ、でも変わらないトコ他にもありますね」
「どんな所ですか?」
「バストサイズ」
「殴りますよ」



変わらないのは、探せばいくらでもあるけど。
変わってしまったものには、探してもなかなか気づけない。

だから。
だから早く。
変わってしまう前に、すり替わってしまう前に、成り果ててしまう前に。

誰か、誰でもいいんだ、『俺』に気づいてくれ――――





・BAD COMMUNICATION

「やあ織斑君」
「……EUの企業の社長が駅前のスタバにいるなんてあんまり想像できねえな。っつーかもっとフォーマルな格好のほうが良かったか?」
「やっはろー。私もそんなに格式ばってないから大丈夫だよー」
「下僕お前そのダッフルなに? バスト偽装用? まあ冬だしアウターでスタイル誤魔化せゴフゥ」
邪王真眼(物理)を発動するわ……!」
「テンメッ、何誇らしげにしてんだよ」
「まあまあ落ち着きたまえ。今は仕事の話だ」
「チッ……」
「はいはい。あ、注文? 俺はベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースチョコチップエクストラコーヒービターキャラメルフラペチーノで」
「おい」
「おい」
「てへぺろ」

「で、話ってのは何なんだよ」
「シャルロットのことだ。あいつには、はっきり言ってデュノア社からできる限り離れてほしい」
「……経営、か?」
「ううん、私たちの研究所と共同で作ってる新型パッケージは売れてるよ。イグニッション・プランに向けての第三世代機開発も割と進んできた」
「彼女たち倉持の研究員の開発思想がいいブレイクスルーになってくれたようだ」
「いいのかよこんな変態たちに影響されて……」
「それで、新兵器のアイデイアがここにざっと数十ある」
「俺に意見を?」
「まあな。ただ用途は公的なものじゃない」
「シャルロットちゃんへのプレゼントだってさ」
「……あ?」
「なんだその表情は。縁を切る、まあ、手切れ金のようなものだ」
「あーなるほどなるほど」

「まず一つ目」
「これは、パイルバンカー?」
「ただのパイルバンカーじゃないよ。『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』の改良型」
「……で、『鉛色の鋼殻(グランド・ダイバー)』か」
「自立移動都市じゃないよ?」
「言われなくても分かってるっつーの!」
「打ち出す鉄杭の口径を大きくしたのもあるが、最大の特徴は二本連結式にしたことだ」
「縦に二本並べてるから威力も増加してる、際どい点の攻撃じゃなくて面の攻撃に近づいてるの」
「後この、何? 射出機能?」
「ああ、見ての通りだ」
「うん、見ての通りだね」
「射程距離600mか……これもうパイルバンカーじゃねえな」
「仕方ないことだ、汎用性を高める処置である」
「いや汎用性の低さこそがパイルバンカーの美点っつーかさ」
「はいはいその辺はロマンの人に任せときましょうね、次!」

「えっと次は、弾体加速装置?」
「ああ。特殊な磁力を発生させ、それで弾丸を打ち出す」
「簡単に言っちゃうとハンドサイズのレールガンよ」
「うぇっ!? めちゃくちゃスゲーじゃん! これにしろよ!」
「ただ一つ問題がね……」
「あ? どんなのだよ」
「実用化されていないのだ」
「じゃあ持ってくんな!!」
「ああっ、機密書類を投げ捨てないで!」
「一応技術思想としてはあるんだ……ちょっと操縦者の脳を弄るだけでいいんだ……」
「何アブねーこと自分の娘に処置しようとしちゃってんの!?」
「だからシャルロットにそんなことはできん。却下だ」
「ああ……うん……その辺はちゃんと娘かばうんだな……ていうか却下って自分で提案しといて自分で却下って何言ってんだよ……つーかやっぱその辺分かってんなら根本的に提案すんなよな……」
「はいはい、次!」

「重力子放射線射出装置」
「ムリムリムリ!!」
「すみません技術的にも無理でした! 次!」
「次などない!」
「おしまい!」
「テンション高ぇーなあんたらっ!」

「……まあ、最初のやつだな」
「ああ、すでに発送をしている」
「おい」
「ていうか社長さん、いい加減本題に入りなよ」
「んっ、ああ……」
「……デュノア嬢なら、元気だよ」
「! そ、そうか」
「この一言のためにわざわざ日本まで? 物好きだよな、あんた」
「娘の安否を気遣わない父親がどこにいる」
「ったく……おい下僕。伝票」
「あーい」
「構わんよ、私が払おう」
「いやこいつが払うんで」
「えっ」
「ああ、なるほど」
「よろしく。俺は社長さんにこの辺案内してくる」
「ストロフおじさんで構わんよ」
「う、うぜぇ……」
「ちょ、ちょっ、マジで私の支払いなの!? ねぇっ、まだ給料日前なんだけどーーっ!」



「……社長さん」
「……何だね」
「あんたの娘さんは、デュノア社から離れようとはしてねえよ」
「しかし」
「そっちの方がいいって本人が言ってんだ。利権がらみだか何だか知らねえけど、いいじゃんか」
「……そうか」
「なあ織斑一夏君。――――」
「……ああ。任せろよ」







・今夜月の見える丘に


彼女の大きく丸い瞳を、私はまだ覚えている。
棺に収められた遺体。その中身は決して外から見えないよう密閉された状態で葬儀を終え、軍人墓地に埋められた。参列者は部内の人間ぐらいだった。
彼女の首から上は見つからなかった。

私は、彼女の墓の前で額を地面にこすりつける織斑一夏に、なんと声をかければいいのか分からなかった。

「……おい」
「……ハルフォーフさんっすか」

やっと気づかれた。どれだけの間、私が貴様の後ろで棒立ちになっていたと思っている。

「今のは、日本の土下座というやつだな。マンガで読んだ覚えがある。日本のサラリーマンは土下座のプロフェッショナルで、学生の指導要領に土下座が入っているのだろう?」
「どこの民明書房ですか」

呆れたように織斑は笑った。
ひどく乾いた笑みだった。
地に着いた膝を上げて、立ち上がる。安そうなダークスーツだ。
花束は、恐らく彼が置いたのであろうものと、私の手の中にあるもので二束。
曇天の下で私は、不意に泣きそうになった。

「私も、アンネも、実験器具が母親だ」
「……知ってます」
「理想的な環境で生育し、最適な化学食料と効率的なトレーニングを通して生きてきた私たちは、人間ではなし得ないアクションやミッションをこなせる」
「……知ってます」
「だが、ある姉弟は、片やその人造人間たる私たちの『指導』をこなし、片や私たちの訓練をどうにかこなした。どちらもただの人間であるにもかかわらず、だ」
「…………知ってます」

織斑千冬は理想的な教官だった。ボーデヴィッヒ隊長に限らず、あの方に憧れた者は多い。
織斑一夏は魅力的な人間だった。アンネや私に限らず、彼に惹かれた者は多い。
だからこそ。

「その姉弟をもってしても、アンネは救えなかった」
「……それは、知らない。守れなかったのはバカな弟のせいだ、姉は、関係ない」

私は彼を押しのけるようにして墓前に立ち、花束を置いた。
ぽつりと雨粒が降る。

「教えてくれ織斑。私は、私たちはどうすれば良かった? どうすれば、今此処に眠る優秀な部下を失わずに済んだ?」
「…………」

我ながら意地の悪い質問だ。彼の信念は、私だって十分に知っているというのに。
織斑は唇を噛んで空を見上げた。本格的に降りだしそうだ。

「おり、むらくん」
「!」

外に待たせていた部下が、様子を見に来ていた。
シュヴァルツェ・ハーゼの強行班が――つまり、織斑がドイツ在住中に寝食を共にした相手が――この場に全員揃っている。
ただ1人、アンネを除いて。
雨が降り出した。誰も傘を差さない。

「…………ッ、俺は……」
「いいよ、もう」

隊員の1人が、雨に打たれながら歩み寄り、織斑の手を取った。

「私たちは『そうなること』も織り込み済みで造られた、だから、アンネだって覚悟はできてたはず」
「そうじゃない、問題はそこじゃないんだッ」
「織斑ッ」
「やめてくれ!」

私は織斑の肩に手を置いた。織斑は、私も、隊員の手も、振り払った。

「『気にするな、お前のせいじゃない』! 『仕方ない』! どれも最低最悪で俺の大嫌いな科白だッ!」
「……、なら、どうしてほしいのか、言ってよ……、じゃないと、分かんないよ」
「言わなくてもいい、私には分かる」

隊員達が私を見た。どいつも目に涙をためている。
私は懐からオートマチックを抜いた。
防水・防圧性の特殊仕様。
9mm口径で彼の額をポインティング。

「副隊長ッ!?」
「……『お前のせいだ』! 『お前が守れなかったから』! 『死ね』! 『役立たず』!」

トリガーを引くまでもない。次々と言葉の弾丸を撃ち込んでいく。
普通ならつらい。私も、こんな科白を向けられたら、きっと堪えられない。
なのに。

「……嬉しそうだな、織斑ァァッ!」

トリガー。
彼女の墓前で、私は、彼女の愛した男を撃った。





「織斑一夏臨時少尉であります!」

そう言って、彼は私に敬礼した。なかなかどうして、さまになった敬礼だった。
吸い込まれそうな双眸を一瞬見て、すぐに視線をそらす。
動揺する隊員たちから一歩出た所で、彼に敬礼を返す。振り向いて、副隊長として説明を始める。今隊長はいないし、何よりあれは誰も隊長と認めていない。

「これから少しの間我々で面倒を見ることになったIS操縦者で、見ての通り男だ」
「ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします」

彼の専用機、『白雪姫(アメイジング・ガール)』とかいう第二世代機が日本語を全自動でドイツ語に訳してくれた。ドキュメントに書き起こされた彼の言葉を見て、再びその目を見る。
予感が、した。
私は多分、恋に落ちると。

織斑一夏はすぐに部隊の中心的な人物になった。
元々男慣れしていない隊員たちだったが、彼については生活を共にする中で受け入れていったのだろう。
考え方や行動はかなりぶっ飛んでいたが、本当に害となるようなことをするやつではなかった。

「誰も聞いてこないんですよ、なんでISを動かせるんだって」
「あいつらは、見かけは確かに華やかですが、軍人ですので。知るべきことと知る必要のないことの区別がついているのですよ」

なんでもない日、珍しく二人で――普段こいつは隊員たちと5人か6人で食事を摂取している――昼食を取っている時、擦り切れた笑顔で織斑が話してきた。

「俺の方が、ツラいんです」
「……嘘でもついているのですか」
「はい」

珍しく弱気の口調だ。普段は頭のおかしい発言ばかりな分、意外というか嬉しいというか、不安になる。
1日ぐらい私がついてやった方がいいのではないか。

「聞けば、教えてくれるの?」

織斑は曖昧に微笑んだ。
触るとすぐに破れてしまいそうな薄い笑みだった。



織斑一夏は強者だった。
驚嘆すべきだったのはその戦闘技術だ。スペック上は開発中の第三世代機(レーゲン型)どころか現行の第二世代機に劣るというのに、『アンファム・アインス』を駆る隊員たちをまったく寄せ付けない強さだった。

私も戦いを挑んだ。
ただし、『アンファム・アインス』ではなく、試作段階の第三世代機『シュヴァルツェア・ツヴァイク』で。
我ながら卑怯だとは思ったが、データ取りのため指定されたのだ、使い捨て部隊としては拒否のしようがない。
にもかかわらず、私は負けた。AICは途中で見切られて以降まったく用を為さなかった。
言い訳はできなかった。あいつは私を上回っていた。

さすがは織斑教官の弟だ、と目を輝かせた隊員の頬を私は張った。なぜ、なぜまだ何も理解していないんだ。本人がシャワーに行っているのをいいことに私は好き放題ぶちまけた。
あれは織斑千冬とはまったく別の意味での化け物だ。
小手先の戦闘技術とせせこましい小技であんなに戦闘力を底上げしている。何の才能もないくせに。なのに私たちを追い上げ、追いつい、追い抜き、置き去りにしていく。
その恐縮すべき勝利への執念を、私は怯えのこもった目で見ていた。

「違います! イチカは、そんな怖い存在じゃない! 彼は人間です!」

逆に私が頬を張られる番だった。
私をビンタしたのは、部隊の落ちこぼれだった。『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の移植により一時期遅れを取った隊長と違い、元から落ちこぼれていた少女。そのことを受け入れ、半ば定着していたから、本人も黙っていた。
彼女は、織斑と最もよく一緒にいた。
彼女は、織斑との訓練を経て、私に匹敵するほどの技量を得た。部隊のナンバー3だ。
普段の彼女からは想像できないほどの激昂。私は頬を押さえて呆然と突っ立った。

「アンネ、ちょっと落ち着いて!」
「やだっ!」

普段は寡黙か、壊れたように立て続けて喋る極端な性格の少女。
ここまで感情を発露したのは初めて見かけた。

「……アンネ、何暴れてんだ?」

本人が、来た。
私は織斑すら怒鳴り散らした。
彼は錆びた笑顔を貼り付け、ただ機械のように喋りだした。

一度命を落としたこと。
心臓をISコアと取り替えることで蘇生したこと。
彼が起動できるのはISではなく『白雪姫』だけであること。

その語りが終わった所で、我々にスクランブル発進の指令が下った。出撃しようとしたのは、私とアンネ。
皆気まずい雰囲気だった。織斑本人も、話すタイミングを間違えたかなと苦笑していた。

ISに乗り込む前に戦闘が基地内で始まった。
敵の狙いは私のツヴァイクだった。
『ラファール・リヴァイヴ』に『ソニックバード』や『打鉄』。イグニッション・プランにおける対抗馬を潰すための刺客だったのだろう、出元の分からない多国籍機で構成された強襲部隊が我々の基地に接近していた。
迎撃し、各個撃破が目標。
ただあまりに敵の展開と侵攻が早すぎた。
隊員たちも銃を手に応戦したが、戦力差は覆しがたかった。全員の左目が金色に変わろうとも、戦況は覆らない。
迫る死。アンネは歯を食いしばった。
情けないことに私は悲鳴を上げた。ある男の名を叫んだ。

「織斑アアアァァァァァーーーー!!」
「呼んだっすか?」

瞬間、来た。

鎧袖一触。
そんな日本語を思い出すほど、あの戦いぶりはーー相手の立場に立てばーー圧倒的で、瞬間的で、一方的で、絶望的だった。
覚えているのは、白い残映、振るわれる巨剣。
目の前にいたのは二機、まるで羽虫を払うかのような手際で織斑はそいつらを蹂躙した。確か『ソニックバード』と『リヴァイヴ』だったはずだ。最後はスクラップとなり果てて、命からがら逃げ出していたのだが。
彼は言った。

「殺しはよくねーよな。あの感覚はマジで気持ち悪い」

聞けば、スクランブル発進した『アンファム・アインス』二機が基地の外で足止めされている間、織斑が単騎で敵勢力を駆逐していたらしい。
その戦果より、織斑は名誉ドイツ人の資格と中尉への昇進を得た。

「つっても俺が劇的に変わるわけじゃないんだけどな」

……あの襲撃事件には様々な憶測が飛び交っている。
一般的には、資金やISの出所が分からない以上は他国お抱えの機密部隊だろうと言われている。汎用性だけでなく普及率も高い『ラファール・リヴァイヴ』『ソニックバード』『打鉄』はそういった部隊によく採用される。『アンファム・アインス』がそういった面で選ばれないのは甚だ不本意だが。
一方で、少数派ながら、こんな説もある。
狙いはツヴァイクではなかった。
狙いは『白雪姫』と織斑だった。
しかも彼の拉致や殺害ではなく、純粋に彼の実戦的訓練のためだった。
バカバカしい話である。どこに、彼一人の訓練ために複数機のISとパイロットを動かす組織があるのだろうか。
実にバカバカしい話だ。

でも……その説を否定できないのも、確かだ。
織斑のバックボーンに、天災と世界最強の名がチラつく限りは。

織斑が国に帰る日、みんな泣いた。
空港まで見送った者、ジープでジェット機を追った者。
一番ひどかったのはISで追いかけ、あわやユーロ空軍のスクランブル発進を招きかけた馬鹿者だ。使用されたのは『アンファム・アインス』とツヴァイク。何を隠そう私とアンネである。上官も苦笑いで、私たちを厳重注意に留めた。

最後の日、織斑は『越界の瞳』を、私たちの目を綺麗だと言ってくれた。
だからこの金色は、部隊の、私たちの誇りだ。隠す必要などない。
そうだったんだ。

みんな織斑が好きだった。あいつを嫌う人間なんかいるはずがなかった。
当然、私も。

そして誰より何より、アンネも――――





「……マジかよ」

織斑が顔を引きつらせた。
墓前で、私はトリガーを引いた。
でも、弾丸は届かなかった。

風が吹いた。
それで十分だった。私の視界を覆うように木の葉が散る。鉛玉は織斑の頬を掠るに留まった。

「……アンネが、止めてくれたんです」

隊員の一人が言う。
でも織斑は首を横に振った。

「んなワケねーだろッ、あいつは死んでんだよ、俺みたいに生き返りもしなかった亡者に何ができるッ」
「でも、織斑君を今助けてくれたのはきっと……!」
「違う! いつまでも引きずるわけにはいかねえんだよ、俺たちは!」

両手を広げて織斑が叫ぶ。
その眼光が私を射抜いた。

「俺さ、いつかアンネのこと、どっか記憶の片隅にやっちまうかもしれねえ」
「何だと貴様……!」
「覚えてるんだ、きっといつまでも、どこか頭の中じゃない――胸の奥底に、いつまでも沈みこんでるんだ。……自分で言っといて、なんだか、悲しくなるな」

寂しげに笑う。

「いつまでも念頭に置いているわけじゃない。きっと名前を出されて、ああそういうヤツもいたっけ、ってなるかもしれない。でも忘れるわけじゃない。忘れねえよ。あんな可愛い子」

その場の空気が凝縮する。
後悔はしねえよ。

「なあ織斑」
「……なんすか」
「また来てくれるか?」
「当たり前っすよ」

今度は朗らかに笑う。
その笑顔が好きなんだ。私も、アンネも。
だから。

「いつ帰るんだ?」
「明日の朝。今日の夜は、――実は泊まるアテないんすよねぇ」

チラッチラッとこちらを見てくる。
全員顔を見合わせて、噴き出した。

「今晩は月が綺麗だ。宿舎から月見でもしよう」
「団子があったら完璧なんすけど」
「お団子なら副隊長が大きな大きな団子を二つぶら下げてボグゥ」

口を慎めレディ……いやいやちょっとコークスクリューはやりすぎたかもしれん。
さすがに頬を引きつらせる織斑に、私は笑いかけた。
今日の夜は久々に憂鬱でないかもしれない。
そう思って。







・没エピソード(セシリア登場編)

数コマを無難に過ごして、昼休み。
昼食時間とあって、廊下の人通りが増え、ついでに俺を珍獣のごとく見ていく人々も増えた。正直いい気はしないが。

クラスの皆が持ってきた弁当や食堂のメニューで腹ごなしをする中、俺は――自分の席でおでんを煮込んでいた。
自前のコンロに土鍋を置いて、大根や糸こんにゃくを煮込む。今回は醤油ベースなのでさくっと食べられるはずだ。
ちなみに教室の後ろ側を向いて立って煮ているため、皆こっちをガン見している。注目を集めるのは嫌いじゃねーが、一人ぐらいお客さんが来てもいいんじゃねえか?
と、今の今まですごく微妙な表情でこっちを見ていた箒が、俺の席に座って真正面に陣取った。

「そろそろ大根が煮えたころか」
「……あいよ」
「いくらだ」

指を一本立てた。
箒は顔をしかめた。

「高いな、百円か」
「ちげーよ、どれも十円だ」

今度は驚きが箒の表情を彩った。

「安いな……じゃあ大根と卵とちくわを。ほら」
「あいよ」

底の深い皿に汁と一緒に盛り付けて出す。
品物を先に渡してから代金を受け取った。金に頓着する暇があったらおでんの道を更に極めるのが、真のおでん職人ってモンだ。

『え、あれ売ってるの!?』
『篠ノ之さんすごく美味しそうに食べてる……』
『行きたいな……行ってもいいかな?』

いくらか声が上がる。まだ見ぬお得意様がたに向かって、俺は一応の注意を促すことにした。

「釣り銭は用意してねーから、小銭のない人はお断りだよ」

数秒おいて、皆一斉に財布を取り出した。

『あった、十円玉サイコー!』
『何で百円玉しかないのよぉぉぉ!』
『谷本さん、ごめん、ちょっと三十円貸して!』

最前列で箒と、いつの間にか陣取っていたやたらだぼついた制服を着ている女子が、満足げな表情で後ろを見ている。

「おりむー、私は卵とちくわと牛すじがいいな~」
「あいよ」
「皆まだまだ速さが足りないな」
「まったくだね~」
「……その態度は見せかけか、あざといな」
「うーん、何の話?」
「たわけ、ここを陣取った時の素早い動きをごまかせると思うな」

何やら眼前で剣呑な雰囲気が。
まあ店主は客の会話に水は差さねーもんだ。静かに煮込むとしよう。

「それにしてもこの大根は至高だな。味の染み込みといい絶妙な崩れ加減といい、どこで仕込まれたものなのか」
「牛すじもいいね~。牛すじマスターの私が言うんだから間違いないよ、ベリーグッド~」
「私は大根の方が好きなんだがな」
「牛すじの方が良くないー?」
「は? どこがだ? 一点も勝っている箇所が見当たらないぞ」
「は? しののん頭おかしくない? 逆に大根のどこがいいの?」
「あ?」
「あ?」

こいつら勝手にキャットファイト始めやがった。
後ろの並んでる客がドン引いてるのに気づいてねえのか、メンチの切り合いを続行してやがる。
やべーな放置したのはミスだったわ。このままじゃ今後の客足にも支障が出かねねえ。
しゃーねえ、面倒だが仲介してやるか。ったく高校生なんだから少しは慎みを持てって

「ちょっとよろしくて?」

突然聞こえた声。
真後ろに振り向けば、そこに弾が好きそうな金髪の見知らぬ女子が立っていた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――

・久々の投稿、本編?何それ?

・いや第二部の構想は正直ありませんでした
 続けたいなーと思って、でも思いつきでやったら間違いなく詰まるなーと思って、しばし考える時間をいただいたわけです

・おかげさまで着地点見えました
 今後もバカな文ばかり載せていきますがよろしくお願いします



[32959] ハニトラの夏、ISの空/Disc2
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/03/01 20:47
・BLOWIN'

「リブート? いや知らねえし。まず言葉のチョイスもっと大衆向けにしてから出直してきて。リスタートとかリメイクとか色々あんだろ。……あとはまあ、ね、出塁率は高くなってきてるんだからきちんと守備力を高めてからもう一回来てね」

俺は靴をはきながらそうつぶやいた。
今日は3DSのソフトを買うべく外に繰り出すのである。

「キミ、どこの野球チームのオーナー?」

後ろから不意に声をかけあれて、俺は思わずその場に飛び上がった。靴を履こうとしている最中に人間は30センチ近くも飛び上がれたのか……
人体の神秘に驚嘆しつつ、俺は背後に佇む私服姿の楯無へと振り向いた。デニム生地のホットパンツにボーダー柄のタンクトップ、日よけのためか半そでのカーディガンを羽織ってるのが女の子っぽくて一夏ドキドキしちゃう。

「お、おう」
「私のPSPのソフト追加しよーと思ってたんだ。ちょうど良かった」

そう言ってこいつはごく自然に俺の横に並んだ。
そのまま二人そろって仲良く海上モノレールに乗り込む。何買うのか聞いたらスーパーダンガンロンパ2って返された。
財布に余裕はあるし、ついでにPS3のソフトも積んでおいていいかもしれん。トータルイクリプス欲しいな……クリスカに会いたいよクリスカはぁはぁ。

「レゾナンスってどういう語源なのかしらねえ」
「さーな。ほらはぐれんなよお姫様」

目的地に到着。休日だからか意外と混んでる。まあ楯無は(いい意味で)目立つ容姿なので、見失うことはないだろう。
すれ違う人々からの怨嗟の視線が逆に心地よい。こういう時イケメンは得である。ほら、羨望の声がこんな風に『すげえモデルさんみたい……』『雑誌の写真に載ってそうだな』『隣の半端面はなに?』『邪魔だから死んで欲しいよね』うっせぇ余計なお世話だ黙ってろバーカ!!
憤慨しながらも目的のゲームフロアまで進んでいく。かなり上の階だ。メタルギアライジングとかすげえバカゲーのかほりがするんですけどなにこれ素敵。

「ちょっとちょっと、そんなに目を輝かせてゲームの山見つめてるなんてお姉さん寂しいなー? ちょっとは私の方を注視してくれてもいいんじゃない?」
「どっか行けチェシャ猫」
「はい拗ねたー私拗ねたからねー」

たったったと立ち去る音がした。
構うもんか。俺は俺なりにやらせてもらいますよーだ。
体験版コーナーを探して右往左往してると、ふと人影が少なくなっていることに気づいた。どうやら俺の無駄スキル、極限集中《アンリミテッドフォーカス》が発動しちまったらしい。
これやると授業もすぐ終わってる。どうでもいいことを考えてるときに限って集中力を無駄遣いしてるんだからざまぁないよな。
ふと顔を上げると、悲鳴を上げながら多くの人々が走り去っていった。その後を銃を構えた男たちがどしどし走って追いかけて、どっかに追い込んでいる。
ん?
んんっ? なんぞこれ。

「このデパートは俺たちが占拠したっ! 一階に下りろ、指示に従わない場合は殺してやる!」

急展開過ぎワロタ。
俺は物陰に慌てて屈むと、『白雪姫』を介して姉さんの『暮桜』にコアネットワーク通信をかける。緊急事態だ。

『おかけになった電話番号は、現在電波の届かない場所に……』

電話じゃねーし電波飛ばしてもいねーよ!
内心盛大にシャウトして、俺は思わず天井を見上げた。





ひとまずは移動である。画面越しにスネークから伝授された潜入技術、いやもはや俺が技を盗んだと言っても過言ではないレベルだが、とにかくいい感じに死角を進みながら俺は誰か別の人と合流を目指していた。
『白雪姫』を展開できたら楽なんだが、生憎我が姉上様によって機能に制限がかけられている。……俺のナノマシン侵食を抑えるための処置なんだろうが、今は単なる足かせだ。
姉さんの了知ななけりゃ『白雪姫』は起動できねえ。俺はちょっと運動神経が良くてイケメンで女にモテるただの男子高校生に成り下がったわけだ。

「あ、あれ? 一夏?」

こそこそ動いてる俺の真正面に、なんか同じようにコソドロの如く這い回っている鈴がいた。
私服姿を見るに、どうやらこいつも休日をつぶしに来ていたようだ。

「何やってんだお前」
「あたしはセシリアとシャルロット連れて服買いに来てたのよ。たまには女の子だけで買い物に行こ! ってシャルロットが言うから……あんたこそ誰と来てたのよ」
「楯無。はぐれちまったけどな」

鈴は横で頬を膨らましながらそっぽを向いた。不機嫌アピールかこの野郎。
肩をすくめて俺は辺りを伺う。足音は聞こえない。どうやら下の階に追い込むため犯人も一緒にエスカレーターで下りているようだ。

「甲龍は?」
「ダメよ。あたしも、他の専用機持ちも、こないだの無断出撃が原因で没収されてるの」
「使えねぇー……」

まあ俺も人のこと言えないんですけどね。
このままにしておくのもヤバいので、ちょっと動いてみる。

「ねえ一夏、ヒマだしこのおもちゃで遊んでみない?」
「緊張感ねーなオイ。んだよそれ……クイズか」

ファミコンみたいな本体が立体ディスプレイを投影し、控えめなBGMと共に『当たり前クイズ~答えられなきゃブタ箱行き!~』が始まった。物騒なタイトルである。

「クイズに答えられなきゃ前科持ちか、重いなオイ」
「世界観が垣間見えるところね……警察組織に迫害される市民の姿が目に浮かぶわ」

鈴がお得意の妄想を膨らましている。なるべく生温い視線でそれを見守りつつ、ディスプレイに『手をかざしてね!』と表示されたのでバカ正直に従ってみた。
ガチャン×2。
なんか銀色のブレスレットが俺と鈴にはめられた。チェーンでゲーム機本体とつながっていて離れられない。
ずい分オシャレなブレスレットだな。

「なんか前衛的なデザインね」
「ああ……先進的だぜ」
「なんか外れないんだけど」
「ああ……拘束されちまったぜ」
『ってこれ手錠じゃねーか/じゃないのよ!!』

一斉に叫んだ。
なんかクイズ始まる前にパクられてるんですけどぉ!

「オイ誰かいるのか! 出で来なきゃ撃ち殺すぞ!」

っと、どうやら一応上の階の様子を見に着たのか、フル装備の男が一人歩いてきた。
どっかに隠れたいがあいにくオシャレなブレスレットのせいで身動きが取れない。

『第一問!』
「さっさと正解してこれ外すわよ!」
「オーライ」

俺たちは勢い込んで画面に食って掛かった。
問題が表示される。

『シイゼエボオイwエンドゼエガアルwwwスピンアトップスピンアトップwスピンスピンwww』
「……?」
「オイやめろこれホントだめマジでだめこれはマジでうわあああああああああ」

首をかしげてなにこれ知らないオーラの鈴。俺はその横で頭を抱えてのた打ち回った。相川や谷ポンと受けた大昔のリアルチャレンジのトラウマが復活する。本当にこの年は意味不明だった。

「えっと……4番、3番、4番」

鈴がぽんぽん答えていく。四択なんて珍しいわねじゃないぜ鈴さん。日本の誰もが通る茨の道なんだぜ四択は。

「よし解けた!」
「お前ら何してる!」

ブレスレットが外れると同時、俺たちを見つけた男が銃口を向けてきた。
鈴が陳列棚の向こうに飛び込もうとする中、俺は見事に俺のトラウマを掘り当ててくれたクイズ機を持ち上げた。
このヤロウには盛大なお祝いとして、男には『白世』代わりに受け取って欲しい。

「食らえアラクネバスターMkⅡ!」
「それただのおもちゃでしょ」
「MkⅠはどうしたのなんでいきなりⅡなの」
「……なんて蜘蛛と、戦うのが前提?」

全力の投擲が直撃した。カッコつけて残心をとる俺を背後からグサグサ言葉のナイフで刺してくる淑女が三名いらっしゃる。いつの間に増えてんだお前ら。
ぶっ倒れて動かなくなった男を適当に縛り上げ、俺はしくしくと泣きながら鈴&デュノア嬢&妹さんに向かって怒鳴りつけた。

「いいじゃないかカッコいいんだから!!」
「正直ちょっとダサいかなーって」

苦笑いするデュノア嬢。さすがの俺も力尽きた。





鈴とデュノア嬢、俺と妹さんに分かれて行動することになった。
みんなこのフロアにいたらしいが、デュノア嬢が妹さんと合流して俺たちを助けようと飛び出す寸前だったらしい。下に降りる階段は二つあるので手分けするのだ。

「妹さんさ、何しに来てたの?」

鈴とデュノア嬢を見送って、俺は横を歩く妹さんに話を振った。
人気のないデパートというのはなかなか不気味で、ホラーゲームみたいな雰囲気がしてゾクゾクする。チェーンソーを構えたウサギちゃんとか出てきそう。三角頭出たら妹さん囮にして逃げるわ俺。

「……箒、と映画を見に来た」
「へぇ、なんか意外な組み合わせだな」
「臨海学校……で、連絡先もらった、から……誘ってみた」

しかもお前から誘ったんかい。
だがここにいるということは、どうやら映画が始まる前にここまで来たようだ。

「箒とはぐれちゃった……心配」
「あいつなら大丈夫だろ」
「せっかく……コズミックステイツの布教、が捗りそうだったのに……」

……何の映画を見に来ていたのかはツッコまないことにした。





二つほど下のフロアに行くまでに、俺と妹さんは三名の不審者を拘束し無力化していた。
妹さんも俺も奪い取ったハンドガンを手に持ち進んでいたが、妹さんが少し顔を赤らめながら席を外してしまった(お花摘みである)ので俺一人でフロアを散策中だ。
専門店街らしく、ファッションショップが右にも左にも並んでいる。
カラーGジャンとかいいな……小遣い足りたら是非買いてぇ。
と、向こう側から何か足音が聞こえた。また雑魚かと思い銃を構えようとし――違和感。

「はッッ」
「ひょぉっ!?」

足音と歩みが合致しなかった。段位が2つ違えば生物が違うらしいが、確かに俺は今、同じ床を歩いていたはずの少女――篠ノ之箒の足の運びを捉え切れていなかった。
もうお前早くアネックス1号の艦長になれよ……

「む、一夏か。すまない」
「すまないじゃねぇぇぇッ」

咄嗟に避けた俺の顔のすぐ横を箒のパンチが通過して、背後の壁に見事な大穴を開けていた。
おっかしいな……O.M.手術でも受けたのかなこいつ。開放血管系の強度すげー。

「簪とはぐれてしまってな」
「ああ、妹さんならこのフロアにいるぜ」
「む、なら三人で下まで行くのが安全、――ッ!」

足音が聞こえた。箒とは違う、何か重いものを抱えた足取り。
俺と箒は瞬時にアイコンタクトをとったッ! このままノコノコしていれば発見されるのは自明の理!
右にはビジネスシューズコーナーがある。棚は確かにあるが、金網タイプなので見つかりやすいだろう。
一方左を見れば、デパート内でも有名どころに分類される服屋がある。ショーウィンドウにマネキンが4つ並んで思い思いのポーズを取っていた。
これだッ。

「なんだ? こっちの方から物音が……」

フル装備の男が角を曲がって来る寸前、俺と箒は店内に滑り込む! 音もなくマネキンを2つ引き倒し、空いたスペースに躍り出たッ!

(待て一夏! 棒立ちはマズいッ)

そ、そうか!
確かに俺と箒を挟む2人の先輩方は、いかにもモデルさんらしいポージングだ。余計なことしてんじゃねーよ。
時間がない……すでに銃を構えた男が頭だけ見えている。
意を決して俺たちはポーズを取った――――

バアアア~~~~ン!!

男が見るッ! ショーウィンドウの中に佇むマネキンが4つ!
だが不思議なことにッ……真ん中の2つ、やけに血色の良い2体が今にも奇妙な冒険に出てしまいそうなポージングを取っていたッ!

『な、なにをしているだァァーーッ!!?』

俺も箒も同時に小声で叫んだ。器用だな俺たちってオイ! 
なんで俺はギャングスターになることを夢見てんだよ!? 箒にいたってはファントムブラッドだよパーで顔を隠そうとしてるけど半分以上見えてるよ!
不自然極まりない姿勢ではあったが、なぜか銃をもった男は一瞥するだけで他の場所の警戒に行ってしまった。
ふぅ一安心と俺も箒も息を吐く。

「ああ!? 人手が足りねぇってお前、明らかに連絡が取れてないやつがいるだろ! そいつらは何してんだよ!?」

と思ったら不意打ち気味にまた男が走ってきた。
慌てて姿勢を整えるッ。

「そうかな」

小声で箒がなんか言い出した。背後に『ズアッ』とか文字が見える。俺の目がおかしくなったのかな……
かく言う俺も今すぐWRYYYYYYYYYYYYYYって叫びたい感じのポージングだ。これ普通の人間には無理だと思うんだけど大丈夫か俺の人体構造。ああ心臓がISコアの時点でもうダメですか。

「一夏……私はヤツの背後を突く! お前にはその援護をして欲しい……援護とは言っても、要は周りを見ていて欲しいんだ!」
「あ、うん、ああ、分かった」

なんだ、今の箒からは何かを感じる。そう……やると言ったことはやるという凄みを感じる!
ショーケースを出て箒は足音を殺しつつ男に接近し、丁寧に無線をブチ切ると同時に男をねじり飛ばした。何をどうしたら人間はあんな風に吹っ飛んでいくのか俺には理解できない。古武術怖いよぉ……
その後、お花摘みから戻ってきた妹さんに箒を半ば押し付け、俺は一人で階段を駆け下りた。





そろそろ1階である。
地味に人影が増えてきていた。今いるフロアは家具販売がメインなので、物陰が多いのがせめのもの救いか。
タンスや観葉植物の間をすり抜け一人一人背後から狩っていく。時々物陰にもう気絶させられた先客がいるのは、多分楯無か鈴デュノア嬢ペアかの仕業だろう。
ベッドがあったので中にもぐりこむ。予想以上にふかふかでちょっと眠くなってきた。
っべー。眠い。普通に眠い。なんかあったかいし。

「……すー、すー」

寝返りを打ったらオルコット嬢がいた。
……!!??
何ぞこれぇ!
お、落ち着け織斑一夏。何を動揺することがある。訓練された童貞からすればこんなパツキン美少女ちょっと髪がさらさらで唇が柔らかそうでまつ毛長くて肌キメ細やかで抱きしめたいけど抱きしめたら折れそうな線の細さなだけじゃないか。
……もう俺はダメかも分からんね。

「んっ、ん……」

吐息がエロイ。これは違う。罠だ。ハニトラだ。
きっと俺がこうしてベッドに隠れることを見越して彼女はここにいたんだ間違いない。クソッタレ汚ぇぞ、こんなシチュエーションに遭遇したら童貞がまともな精神状態を保てるわけがないだろ!
俺は音もなくベッドから抜け出た。精神的に危ない。これ大変危険な状態。

「う、ううんっ」

と思いきや袖をオルコット嬢につかまれていた模様。
なんなのお前吸引力の変わらないただ一人の代表候補生なの?
本格的にこの状態はヤバイので周囲を警戒しながらどうにか手を外す。慎重に慎重に……やばいオルコット嬢の指やわらかああああああああい。

「織斑一夏はクールに去るぜ」

バックバックと心臓が本業にリキ入れ始める中、俺は真っ赤になってるであろう顔のままこのフロアの雑兵全滅を目指して進み始めた。
ハニトラめッ! 俺は惑わされんぞッ! 孤高のパーフェクトソルジャーはいかなる誘惑にも屈しないのだッ!





なんとか1階にたどり着いた。
視界の隅で、出る機会を伺っているのかひょこひょこ動く銀髪が見える。

「お前まで来てたのか……」
「む。織斑一夏か」

ラウラ・ボーデヴィッヒはタンクトップにワークパンツというラフな格好だった。
バックパックを買いに来てたらしい。んだよこのブッキング率高すぎだろ。

「相手は何人?」
「このフロアにいるのは5人だな」
「デュノア嬢と鈴はまだ下りて来てないのか……しばらく待とうぜ」

箒と妹さんにオルコット嬢もいるし、と言ってやるとボーデヴィッヒはぶったまげていた。
今からここを焦土にしようって言ってもすぐさまできるような戦力が揃ってんだよな。
しばし待機ということで死角に潜り込みつつこそこそやり過ごす。暇になったのかボーデヴィッヒが口を開いた。

「なあ織斑」
「あン?」
「……お前は、守ると言ったな」
「ん……ああ。まあ、な」
「何を、お前は何を守ったんだ?」

概念的で抽象的な質問だ。
少なくとも、かつてこいつに直接その言葉を吐いたときは、俺はこの問いに答える術を持たなかった。
だが今なら。
今なら、答えられる。

「俺は――」
「ふざけるなぁっ!!」

フロア中に怒号が響いた。
俺もボーデヴィッヒも弾かれたように同じ方向へ視線を飛ばす。男が電話機に向かって怒鳴りつけていた。どうやら要求が通らなかったか何か、交渉にトラブルが発生しているらしい。

「この場で人質を間引きしてやってもいいんぞ……!? こっちは本気だ! おい、そいつ連れて来いッ」

泣きじゃくる女の子が一人、電話機を持った男のところへ連れてこられた。
男は躊躇うことなく拳銃を女の子に向けた。
――思考回路が白熱する。

「ボーデヴィッヒッ!!」
「任せろ、行け!」

物陰から飛び出たボーデヴィッヒが俺を援護するようにハンドガンをぶっ放す。瞬時に二人ダウン。
俺は呆気にとられる女の子を抱きかかえ、まさに俺を撃たんとする男のこめかみをハイキックで打ち倒した。昏倒したリーダー格に動揺が走る。

「織斑こっちだッ!」
「わーってッ……ボーデヴィッヒ伏せろ!」

ボーデヴィッヒが逃げようとした方向の階段を、武装した男たちが6人ほど降りてきやがった。
このフロアに残っている2人も俺たちに狙いを定めている。絶体絶命。

「ぐッ」
「やべぇ――ッ」

包囲され、銃口が突きつけられる。本来なら女の子に覆いかぶさるようにしてせめてこの子だけでも守るべきなんだろうが、生憎そんなことをする必要はなかった。
コアネットワークを介して、バカからメッセージが届いてくる。

『貸し一つよ、帰りがけにココア奢りなさい』

次の瞬間、天井をぶち抜いて『ミステリアス・レイディ』を展開した楯無が突っ込んできた。





制圧まで10秒かからなかった。流れ弾も全部巨大な槍で弾き落として、結果的にレゾナンスの占拠事件は軽傷者3名、重傷者並びに死者ゼロでなんとか幕を下ろした。

「いやー気づいたら私以外に人いなくてびっくりしちゃったわよ」

朗らかに笑いながら楯無が語る。俺たちは最初のホビーコーナーに集合していた。驚きの専用機持ち集合率にみんな呆れている。妹さんなんか萎縮してしまってもはや影だ。

「ま、無事で良かったんじゃねえの」
「一夏君が私を置いていったりしなきゃあもっと簡潔に済んだかもねぇ」
「いや……俺、終わったことは振り返らない主義だから」

ていうか楯無、こいつ何処に行ってたんだ?
こんだけの騒ぎに気づかなかったとなると、俺と同様に極限集中スキル持ちと見て間違いない。一体何に集中してたんだか。
答えは妹さんがあっさりとバラした。

「お姉ちゃん、またプリキュアコーナーにいたの?」
「はうわああわわわわわわわわ~~!」

楯無が超速で妹さんの口をふさいだ。青峰みたいな動きだったんだがパーフェクトコピーでもしたの?

「懇意にしていただけるようでしたら、この度の感謝も含めこちらのスマイルプリキュアカレンダーを……」
「ふざけないで! もらうに決まってるじゃない!」

半ギレで楯無がカレンダーをかっさらう。みんな揃って生温い視線でそれを見守っていた。

「他の皆様は……」
「私はこれで」

妹さんがRGのデスティニーを持ってきた。他のみんなもあれがいいこれがいいと騒ぎ立てる。どうでもいいがラウラ、美顔ローラー付きの木刀はやめとけ。みんな引いてる。鶴屋さんが苦笑いするレベル。
そんな中、ぼーっとしてた俺に店員さんが視線を向けた。

「お客様はいかがされますか?」
「楯無と同じので」

……俺が時を止めた……!
思わずロードローラーの上で余裕かましてしまいそうになる程度の凍りつき方だった。DIOは楯無。

「一夏、お前まで……」
「ほ、本当によろしいのですか?」
「うるせぇ! もらうに決まってんだろッ!」

半ギレでブツを奪い取る。
生温い視線がムカつく。味方なんていない、戦場はいつでも孤独だ……
そんな中、楯無だけが慈愛に満ちた眼差しを向けてきた。もう信じられるのはこいつしかいない。
求道者として、先達として、彼女は唇を開いた。
俺も満面の笑みで言葉をかぶせる。

「やっぱれいかが一番だよな!」
「やっぱりウルフルンが一番よね!」

なんか戯れ言が聞こえた。

「……あ?」
「……は?」

一気に俺たちの関係は崩壊した。求道者? なにそれクソくらえ。
その後、姉さんとなぜか軽く変装した束さんが保護者として迎えに来るまで、俺と楯無は一昔前の経営者と労働組合みたいな勢いでガチンコバトルファイトを繰り広げたのだった。





なんか色々話をつけて保護者組と共に開放された俺たち。
楯無への奢りはまた今度にして、専用機持ちはすぐに帰宅命令。俺は束さんを送るべく一つ便をズラして港まで来ていた。
どうやら『灰かぶり姫』で海中を潜行していくらしい。

「いやーいっくんのトラブルメーカーっぷりはますます磨きがかかってきたねえ」
「俺がトラブル作ったわけじゃないっすよ……」

俺は唇を尖らせ反論する。
一歩進み出た姉さんが、束さんと真正面から向き合った。

「トラブルメーカーだが、こいつは私の唯一の肉親だ。もう無茶はさせん」
「あのさあ姉さん、人命救助の時ぐらいは使ったっていいだろ」
「いっくん、ちーちゃんは今回、デパートで人質にとられた何十人の命といっくん一人の命を比較して、いっくんを取ったんだよ」

……余計なことを言うなといった表情で、姉さんが束さんをにらみつける。
俺が緊急連絡取ろうとした時、意図的に無視しやがったなこのバカ姉。
しかし俺が文句をぶー垂れる前に目の前の二名のレディの喧嘩は口汚い罵り合いに変貌していく。すっげぇ巻き込まれたくない。

「表に出ろ雌兎」
「かかってきなよ万年発情期」
「いい加減息の根を止めてやる」
「上等、いっくんと見れば誰彼構わず股を開く尻軽の分際で」
「自分の日本語が破綻していることにも気づけないとは、愚かな認知能力だな」

ぎぎぎ、と世界が軋むような音を立てながら、世界最強と世紀の天災が嗤い合う。
スプラッターフィルムでもお目にかかれないようなグロ画像が出回らなかったのは奇跡に等しいことであると関係者(15歳・IS操縦者・♂)は語った。





束さんはどこかに消えちまった。
俺はダークスーツ姿のとんでもない美人と話をしている。

「姉さん、俺とみれば股開いてくれるんだ?」
「あの馬鹿の戯れ言だ……」

頭が痛い、とでも言うように姉さんが額を押さえた。
俺は素早く姉さんの前に出るとじっとその目を見る。

「……何の真似だ」
「実験」

まあこれで股開かれても困るんだけど。ここ屋外だし。寮のまん前だし。

「せめて私の部屋ならな……」
「え? なんか言った?」

やべっ、ぼーっとしてた。
姉さんは少しうつむいて、顔を上げる。なんか目が据わってる。

「お前の気持ちは分かった」
「は?」
「目にしっかりと焼き付けろ」

そう言ってスカートの裾をつまみ――そろそろと持ち上げ出す。……!!?
何シちゃってんの姉さんんん!?

「なんだその表情は。お前が望んだことだろう」
「や、いや、ちょっ、ま……!」

ストッキングに覆われてて柔肌は見えないがそれが逆にエロい。黒い繊維越しの膝、フトモモ。
肝心な箇所が目に映る前に、俺はバッと顔を逸らした。

「ああああああのね姉さん! そういうのやっぱ良くねえと思うんだわ! だから落ち着いてくれっ!」
「おい、こっちを見ろ」

恐る恐る顔を正面に向ける、瞬間、凄まじい衝撃を額に受け俺はのけぞった。
デコピンでこの威力かよ……姉さんマジベルセルク。

「愚か者め。色欲に浸る暇があったら自分を磨け」
「……耳赤くするぐらいなら、最初からやらなきゃいいのに」
「忘れろっ!」

ひょっとして俺の記憶でもトばそうとしたのか、その時振るわれた拳は、確かに記憶喪失になってもおかしくない威力の増し方だった。





・ゆるぎないものひとつ

「よう弾。元気にしてるか?」
『ああ、今は五反田弾じゃなくて佐々木霙だけどな』
「偽名にしちゃセンスがねえな」
『俺じゃなくて政府に言え』

「なあ弾、お前は夢についてどう思う?」
『総理大臣になること』
「そっちの夢じゃねえよ。寝てる時に見る夢の話だ」
『フロイトに聞け』
「先生をつけろ先生を」

『唐突だな。いやな夢見だったか?』
「まあな」

『一夏、そもそもお前は自分が見たのが夢だってどう判断してるんだ?』
「どうって、そりゃ、目が覚めたら、ああ夢だったかって分かるだろうが」
『じゃあ仮の話をするぞ。仮に現実そっくりの夢を見て、夢の中でもそれを現実だと思い込んでいたら、どうやってそれを夢だと判別する?』
「起きたら分かるだろ」
『目が覚めないとしたら?』
「……マトリックスかよ」
『高校生なら胡蝶の夢と言ってほしいところだな』
「生憎、うちの学園に漢文の教育課程はねえよ。選択式だがな」
『サンスクリット語なんてどうだ。意外と面白いぞ』
「IQ200オーバーの化け物め……」

『それはともかく、たとえ話をもう一つ重ねてやろう』
「あ?」
『せっかくサンスクリット語がでてきたんだ、仏教の話を引き合いに出そうか。お前、物質の発生と消滅は断続的に続いてるって知ってるか?』
「おいおい無常観ってやつかよ」
『ちげーよ。そうじゃない、さっきまでの自分は消滅して新しい自分が発生してるんだ』
「さすがにムリがあるんじゃねえのそれは」
『そうだってなぜ言い切れる? 消滅したかどうかなんて本人には分かんねぇんだよ』
「……夢と関係ないぜ」
『現実を認識するには目覚めなくちゃいけねえ。夢に飛び込むには寝なくちゃいけねえ』
「世界の差異は、異なる世界を味わうことでこそ分かるってわけか」
『ざっくり言っちまえばそうだな。起きながら夢を見たり、寝ながら現実を知ったりできるのはそれこそ神様だけだろうよ』
「あがー」

『で、何の夢見たんだよ?』
「俺の左半身がズタズタに引き裂かれる夢」
『現実になりゃいいのに』
「ふざけんな」

『悪い悪い。ああそうだ、蘭が会いたがってたぜ。おっと蘭じゃねえ、雲雀だった』
「政府のセンスが手遅れな件について」

「じゃあ今度学園に来いよ。文化祭なんてどうだ。案内してやるぜ」
『おう、よろしく頼むぜ』


『……なあ、お前、大丈夫か?』
「…………何がだよ」
『いや、いい。じゃあな、また連絡する』
「……おう」





・ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜

夏休みの最中に差し込まれる夏期講習。
昼過ぎまでの4コマを華麗にこなし、自由時間をさっさと部屋に引きこもってソロ逆鱗マラソンで過ごそうと思っていた矢先、俺の行く手を試験管ベビーがさえぎった。
鬱陶しい。

「織斑一夏、お前は何を守った?」

いきなり過ぎんだろ。唐突ってレベルじゃねえ。
いや……そういやこの間のデパートでも、はっきりと答えを返してやれなかったな。
真摯な眼差しを真正面から受け止めた上で、俺はボーデヴィッヒを嘲笑った。

「オイオイ、言わなきゃ分かんねえのか?」

大仰に肩をすくめてみせる。みんながざわめいている。
ったく、クラスの雰囲気を大切にしようぜ。

「テメェの目に映ってるもの総てだよ」

……なんとなく、ボーデヴィッヒの視線が動いた気がした。
先には俺の見知った顔が並ぶ。どうやら俺の知らないところで仲良くなってたらしく、谷ポンや相川、着ぐるみの美少女はボーデヴィッヒのことをラウラやラウラちゃんと親しげに呼んでいた。

「そうか」

簡潔な返答。
俺は彼女の目を見た。眼帯に隠されていない真っ赤な目。
気づけば言葉がこぼれた。

「お前、あの専用機トーナメントの時さ、姉さんはお前を殺す気だったって分かってんだろ。なんとも思わないのか?」
「あれが正しい判断だった」

即答されるとこっちの立場がねえな。
しかも正論だし。

「変なとこでドライだな」

自分でも、正直食い下がるような発言だった。

「事実は事実だ」
「……そう……か」

……なんだか、寂しい。なんだ、なんだこれ。
こいつ、こんなんでいいのかよ。

「織斑」
「……あ?」
「私と、今一度戦え」

びしりと人差し指を突きつけてきた。
断る是非もない。





「はあああああああッ」

裂帛の手刀をいなす。
ワイヤーブレードは前回の戦闘を踏まえたのか、あくまで補助的な攻撃しか行っていない。
カウンターの斬り返し。肩から手首にかけて各関節を回しコンパクトに剣を振る。

「くッ……なめるな!」

余裕がない。それはボーデヴィッヒも、俺もだった。
レーゲン型の第二形態『シュヴァルツェア・ツァラトゥストラ』は基礎スペックの底上げはもちろん、その特異な単一仕様能力によって第三世代機の中でも群を抜いた存在となっていた。
紅椿さえなければ現行機最強の名を欲しいままにしていただろう。

「『ヴァルプルギスの夜(アドヴァンスド・アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』か……」

AICの遠隔化バージョンみてぇなもんだろうと当たりをつける。
ついでに、圧縮した大気をぶつけるなり特殊な磁場を利用して重力を新たに増したりすることもできるようだ。
過度の圧力を受けた生命体は液体化するというが、さすがに生命のスープになるのは嫌だ。

観客席にはクラスメイトがたくさん並んでいた。
いくら夏休みだからって暇すぎんだろお前ら。実家帰れ実家。うちの学年の帰省率が低すぎて両親への愛の薄さがヤバい。
でも、まあ、なんだ。
こんなに可愛い子たちがいっぱい見てる中で、醜態を晒すわけにはいかねえよな。
……ああクソッ。我ながら低俗的な考えだぜ。

「ほらほらかかって来いよッ。俺はここだ逃げも隠れもするぜッ!!」
「堂々と言えることかァァァーーーー!!」

ルナティック弾幕にも等しいAAICの雨あられをすり抜け、俺はボーデヴィッヒに接近する。
当然こいつもそれを待ちかねていたのだろう、準備は万全だ。だがこの距離でこそ俺は勝負に出れる。
召還――『虚仮威翅:光刃形態』を握る。『白世』と二刀流の形だ。

一閃。あいつが練り上げた格闘技術の権化たる両手のプラズマ手刀を、一撃で砕く。
さらに『虚仮威翅』と入れ替わりにハンドガンを召還。小型破裂裂傷弾を腹部アーマーに撃ち込む。起爆させようとしてから、この距離だと自分も巻き込まれると気づいて、止めた。

「……!?」

チェックメイトだ。
至近距離で『白世』を振り上げようとして、動けない。

「あ?」

俺の両手を縛るワイヤーブレード。

「AAICのちょっとした応用で、空気摩擦の音を取り除いた。今やっと気づいただろう?」

鼻と鼻がこするような距離でボーデヴィッヒが犬歯をむき出しにする。
だが、まだ全身を止められたわけじゃない。
AAICで動けなくされる前に真横へブースト。ワイヤーに引っ張られ急制動するが加速はやめない。ワイヤーの根元を中心にして円を描くような軌道。ボーデヴィッヒが舌打ちした。

「有象無象め、鬱陶しい。潰れろ」

右肩に備えられ、未だ沈黙を保っていた巨砲が稼働した。
ゴガンッ! と俺の顔面を砕く形で。

「――っつァァッ」

おい。
射撃武器だろ。砲撃装備だろ。鈍器扱いしてんじゃねーよ。
絶対防御を貫く痛みにもんどりうつ。そのまま自然と重力落下。
着地間際にどうにか体勢を立て直す、が瞬間にもうAAICの効果が現れた。俺が地面に縫い付けられ、俺を中心に円状のクレーターができあがる。

「チェックメイトだな」

降下してきたボーデヴィッヒが、その巨砲をゼロ距離で突きつけてきた――テメェふざけるなこのヤロウクソクソクソッ。
俺は、砲口の奥の奥のスパークを直視した。





「強いんだな、お前は」
「……皮肉かよ?」

残存エネルギーゼロ。
その表示が、モニターに二つ。
すんでのところで、俺は小型破裂裂傷弾を起爆させた。
爆発はボーデヴィッヒを吹き飛ばし、弾丸は逸れてアリーナのシールドに直撃し、余波で俺も吹っ飛んだ。
それがこの戦いの顛末だ。俺の自爆に近い。内容を見ても追い込まれていたのが俺なのは明白だ。

「負けかぁ、ちくしょッ」
「いや、お前の勝ちだ」

ISスーツ姿でアリーナに寝そべっていた俺は、ぎょっとしてボーデヴィッヒを見た。
灰色のスーツと艶やかな肢体を惜しげもなく披露する少女の言葉に驚く。

「お前、クラリッサ達と仲良くしてやってくれてたんだな」
「まあ、な。お前ももうちょっと仲良くしろよ。こないだドイツ行って来たけど、みんなちゃんと隊の結束を守ってたぜ」
「だが、私は……そう、かもな、ははっ」

やがて、どうでもいい会話に切り替わっていく。
これでいいんだ。
立ち上がり、連れ添ってロッカールームへと向かう。

「そういやさー、昨日、相川がトルココーヒー淹れようとして案の定失敗してさー」
「バカが、だからあれほど止めろと……」
「でも飲んだよ、飲んだ、あいつにもう二度と淹れさせねえ」
「それが妥当な判断だ」

高校生の男女の会話なんて、くだらなくたっていいじゃないか。
試験管生まれだろうと何だろうと、俺たちは青春を謳歌する学生なんだから。まあ俺はハニートラップとかいう障害を取り除かなきゃいけないんだけどな。

「なあ」
「あ?」
「すまなかった、な」
「……いいんだよ。福音との時に、助けに来てくれてたじゃねーか」
「呼んだのはお前だろう」
「ははっ、多分そりゃ、『白雪姫』だよ」

そうか、とボーデヴィッヒは頷く。
実際にはきっと、一度『つながった』回線に必死に呼びかけていただけだろうけど。それが原因でボーデヴィッヒが目覚めたのなら……それは素直に祝福するべきことなんだろう。

「お前は、強い」

繰り返される言葉。
ボーデヴィッヒが何か吹っ切れたように笑う。
可愛い。

「強さとはなんなのか、わかった気がする。お前のおかげだ、礼を言おう」

いいって。そんなの。
それより良かったじゃねーか、見つかって。これから、それを曲げんなよ? また捩れて負けたりすんなよ?
御託だけは相も変わらず口から滑り出る。

俺自身はほとんど前進できていないのに。



[32959] ハニトラの夏、ISの空/Disc3
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/03/17 18:29
・ultra soul

「一夏……当たってしまった」

困った表情で箒が俺を見てくる。
箒の手によってゲーム三昧だった自堕落的夏休み(エンドレスエイト寸前)から引きずり出された俺は、捕獲済みの宇宙人が如くレゾナンスに連れてこられていた。
大騒ぎだった前回に比べ静かなモール内を色々見て回ったのだが、あの客の入りの少なさはやはりまだ占拠事件が後を引いているんだろうか。

……何はともあれ、箒も満足したらしく、昼食も済ませたりしていよいよ帰宅というところで福引き会場が目に入った。誰も並んでねーんだけど大丈夫なのかレゾナンス。
偶然にも衣服購入の時に福引き券を一枚手に入れた箒は、ホイホイとガラガラに手をかけてしまい――見事一等賞当選と相成ったのである。

「一泊二日、温泉旅館ペア招待券だと……」
「コッテコテの内容だな。山菜メインってことは内陸の方か?」
「出雲大社への御参りもできるみたいだな」

手渡されたパンフレットとにらめっこを始めてしまった箒。俺はやれやれと首を振ってプラットホームのベンチに、つまり箒の隣に腰かけた。
IS学園行きのモノレールが来るまで2分ある。

「何を悩んでんだよ。行けばいいじゃねーか」
「うむ、そのだな……ペア、だろう?」

言いよどむ箒は、視線をさまよわせながら言葉を続けた。

「ペアで行ってくれそうな友達が、いないんだが」

寒々しい風がホームを吹き抜けた。俺の幼なじみは友達が少ない。

「おィィ……」
「な、なんだその目は! こればっかりは私のせいではないだろう!?」

いやたぶんお前のせいだろ。確かに言われてみれば、みんな結構お前のこと『みなつ……篠ノ之さん』とか『しののののさん』とか『しののーん!』とか呼ばれてるもんな。最後の一つはもれなく正解。
と、ホームにモノレールが滑り込んできた。車両へ入るのにIDカードのパスが必要な特別製のモノレールは、学園の生徒以外は乗れない仕組みになっている。というわけで車内にはIS学園の生徒がたくさん。結構こっちを見てきてるな……みんな私服かわいい。

「妹さんはどうだ? こないだ映画見に行ってたじゃねえか」
「あれは半ば簪に引きずられていただけだ。結局見れていないしな」
「オルコット嬢とか、デュノア嬢とか、鈴とかボーデヴィッヒとか」
「ぶっちゃけそんなに仲良くない」
「束さんは……」
「まだ、少し、早い。……それは、な」

まあそりゃそうだよな。
最終兵器の姉さんがいたりするがさすがに論外だろう。
箒の望みは、分かっている。そして箒の望みの奥にある目的も予想がつくから俺は頷けない。
いい加減まともな青春を送らせてほしいもんなんだがな……
少しばかり目尻に涙を溜めて、箒は俺にすっと視線を上げてきた。なにこいつかわいいなおい。

「一夏」
「ダメに決まってんだろ俺は別にいいけど世間的にあれだよ年頃の男女が二人でとかマジでダメだから常識的に考えて」
「できれば専用機持ちやクラスの誰かを一人紹介してほしいんだが……えっ?」
「えっ」

普通にまともな提案だった。
暴走してたのは俺ですねハイやべえすっげぇ恥ずかしい。

「な、なんだその、ええと……行きたかったのか?」
「はい?」
「だ、だからだな」

モノレールが停車した。
ぷしゅー。

「おっ、お前は私と二人で温泉旅行に行きたいということなんだな!?」
「……オワタ」

聞き耳を立てていた車内の女子全員がすっ転び、俺は天を仰いで自分の不運を嘆いた。
己の身を呪えってことですかハマーン様ァッ!





帰ってから女子たちのヒソヒソ話(当社比16倍)に晒されるという度し難い罰ゲームを受けた俺は部屋で不貞寝していた。
それだけでなく、『織斑一夏が篠ノ之箒を泊りがけデートに誘ったらしい』という噂が修正不能レベルで学園中に広まってしまったらしい。さっきから部屋のドアがガンガン鳴ってるのは気のせいだろうか。
箒からメールを受信。

『すごく居辛い。肩身が狭い。今すぐ出発しよう』
「大賛成だよバカヤロウ」

とりあえず、40秒で支度しなと返信しておいた。
荷物をさっさとまとめ、お泊りセットを準備。窓から飛び降りると同時部屋の扉が破られた。巨大なアクアランスって楯無お前かよォォォォーーーーッ!?
一気に決死の逃避行と相成ったわけだが、落ち合った箒が『紅椿』の最大速度で俺を引っ張って飛行してくれたおかげでなんとかなりました。展開装甲の応用で俺を守ったらしいがこいつの応用力高すぎ笑えない。

「なあ箒……外泊許可とってねぇけど、大丈夫かな?」
「う、うむ……駆け落ちということだな……」

頬を赤らめながら箒がそんな世迷いごとを口にした時点で、俺はこの先の外泊がロクなものではないと知って絶望した。
どーすりゃいいんですかね。あ、詰みですかそうですかチクショウ。





旅館に着く前にアポだけ取った。急な予約に驚いていたが、どうやら部屋は空いているらしい。
バレたらヤバすぎるのでずっと空中にいた。目撃者はいない。旅館に着く前に箒が買ってきたニット帽とマスクで適当に変装してる。芸能人のお泊りデートかよ。
荷物を下ろし、部屋を見渡す。いい部屋だ。
若干挙動不審になりながら箒が荷物を整理している。とにかく今夜は眠れない。こいつの出す飲食物一切を警戒しつつ夜を徹してこの危機を回避しなくてはならない。
なんでこんなことになってんだ……女の子と外泊ってもっと楽しくてドキドキするもんじゃないの? いやドキドキしてるけどな。ドキドキしすぎて一夏心臓破裂しそう。ああ破れるのは胃か、ストレスでマッハ的な意味で。

「風呂まで少し時間があるな……急な移動で疲れたし、何よりお前は『紅椿』かっ飛ばしてて汗でもかいたんじゃないのか。少し早めに入るか?」
「ん、いや……もう少し経ってからでいいぞ」

となると暇だ。トランプやUNOも急いで準備したので入れ損ねている。
なんか暇つぶしはないものか。

「勝負事がいい。ジャンケンでもするか。私のチョキはすごいぞ、なんといってもパーに勝てる」
「お前実はテンパってるだろ」
「はうぅ」

ダメだこいつ。
俺はどうにかこうにか頭を働かせて、なんとか案を振り絞ってみた。

「そうだな……野球拳なんてどうだ」
「バカのいい見本例だなお前は」

倒置で罵られた。というか俺の煩悩漏れやすすぎワロタ。
箒がいつの間にか冷たい視線でこっちを見てきてる。まあ確かに今の俺の発案クズすぎてワロエナイ。

「じゃあ何するんだよ……」
「私は、そうだな……うむ、私のしたいことは」

箒はそっと顔を伏せた。

「茶が、飲みたい」
「今すぐ淹れます淹れさせていただきます箒サマっ!!」
「一夏っ!? いきなりすごいスピードで急騰ポットにしがみついてどうしたんだ!?」

そういう魂胆かよッッ!
きたないハニトラきたない。
俺は箒に一部の隙もみせず、一切合切を俺の手で行った。100%メイドイン俺。
安心して飲めるぜはふう。

「一夏、おまんじゅうが食べたい」
「イエスマムお手を煩わせる必要もありませんんんん!!」

この一夏が箒サマの忠実なるしもべですからねハハッ☆
クロックアップもかくやという速度でまんじゅうをかっさらう。つぶあんこしあん完備だ。今の俺に隙などない。ハニトラ回避のエキスパートたるパーフェクトソルジャーをなめるなよ。
もちゃもちゃとまんじゅうを咀嚼する箒。クスリを注入された痕跡もないので俺は安心して甘味を楽しめるぜはふう。

「一夏……」
「はイイイイなんでございま」
「お前、何を隠してる?」

目前に切っ先を突きつけられた。全身を突き抜けるレッドアラート。頭蓋骨の中で『白雪姫』が思い切り警戒警報を鳴らした。
網膜に数十のウインドウが同時に投影される、『空裂』の展開、篠ノ之箒を敵性存在と断定、緊急展開の推奨。
なんだよこれ。
なんだよこれ。

「私よりお前の方が挙動不審だ。お前は何かに怯えている。お前が、怯えている」

お前以外の何に怯えてるんだよ。逆になんで自分に思い当たらねえんだよ。
この子怖い。目がレイプ目なんですけど。光が宿ってないんですけど。

「お前、私と戦え。いつか絶対にお前と戦わなくちゃならないと思っていたんだ。だからここで戦え」
「テ、メッ……何ワケ分かんねーこと言ってやがんだ……!?」
「戦え――織斑一夏ァァァッ!!」

斬撃。思考がスパークする。
極彩色の混迷は一瞬で果て、俺の身体は迎撃の姿勢を取った。
封印解除――『白雪姫』、起動。俺の全身を白い装甲が覆い、箒の肢体を紅色の甲冑が包む。
互いに激突。弾きあうようにして部屋の反対側の壁を突き破った。俺は屋外へ、箒は隣の部屋へ。すぐに体勢を整えた彼女は俺を追撃しようと迫る。

「私はッ、お前の強さの秘密を知りたい! お前のルーツを知りたいッ!」
「いや特にないんですけど」

二刀の連撃を『白世』と『虚仮威翅:光刃形態』でいなす。
無茶苦茶なスピードすぎるだろ……スペックダンチすぎて『白雪姫』涙目。
まあ速いってことはさ。
攻撃をぶつけさえすれば、相対速度のおかげですごいダメージが跳ね返るってことなんですけどね。
ではICHIKAの華麗なクッキングをご覧あれ。

「言いたい放題勝手にぶちまけてんじゃねえぞオラァッ!」

まず前蹴り。あっさりいなされる。
箒はカウンターに斬りつけてくるがそれを『虚仮威翅』の実体剣部分で受け止めた。箒がちらりと視線を逸らす。お返しに『白世』の切っ先で抉るような突き――箒の姿は、俺の視界になかった。
消えた。そうとしか言いようがない。
でも、さ。

「そいつのスペックを完全に引き出すことで起こる瞬間移動にしか見えない高速移動……確か束さんは『超間加速(オーバー・イグニッション)』って呼んでたな」

俺が振り向いて一回転分の勢いをつけて振り抜いた『白世』は、俺めがけて攻撃しようとしていた箒の横腹を思いっきり斬りつけた。

「か……ハッ……!?」
「視線が移動先に向くよなお前。『福音』の時もそうだった」

ISアーマーを砕き散らしながら墜落していく箒。まあ死にはしないだろ。
俺はふうと息を吐き出した。こりゃ姉さんにめちゃくちゃ怒られるな。
と、『白雪姫』がなぜか警戒アラートを鳴らした。
ゾッとしながら、地に蹲る箒に視線を落とす。
まさか。まさか、まだやれるのか。

「まだだ……『紅椿』、まだ私は……戦える……お前だって、お前だってそうだろうッ!!」
『承認――――』

爆発的な光の奔流。
第二形態移行が、目の前で始まる。

「『絢爛舞踏』……それが切り札か、私たちの」

笑みを漏らして、箒は立ち上がる。
装甲から傷が消え、粒子から追加ブースターが生成される。頭部に二本のブレードアンテナが顕現し、進化が完了した。
おいおいおいおいおいおい。マジでやめてくれ。もうこっちは半泣きなんだよ。

「『人魚姫(ストレンジ・ガール)』――行くぞッ!!」
「行かなくていいんだよォォォォォッ!!」

俺は生命の危機とか敗北とかに直面してたっていうのに、なぜか、箒のことを。
綺麗だと、思ったんだ。

「――っ、やられるかよォォッ」

すれ違いざまの一閃。俺の反応速度の限界を、『白雪姫』が底上げする。
対する箒も『超間加速』でランダムに自分を飛ばす。今度こそ予測などできない絶対の一撃が飛んでくる。だが反応する。できなくてもやれる! 俺と『白雪姫』なら!

「篠ノ之流剣術・陽ノ型・極之太刀――『真:天叢雲剣』」

俺は。
振るわれる『空裂』も『雨突』も――真正面から断つ。
上段から振り下ろす『白世』に、クロスさせるように閃いた二刀が激突。インパクトが、俺の手元から相棒たる大剣を弾き飛ばした。
二刀には限界を超えた出力でエネルギーが充填され、刀身は黄金色に輝いている。出力通常の3倍とかメじゃねえ。
でもさ。
『白世』があんまりにも軽く弾かれたって、今お前だって気づいてんだろ?

「ッッ」

一瞬の呼吸すら許さず、箒は次の斬撃に移ろうとする。だが遅い、はるかに遅い。
準備ならこっちがとっくの昔にできている。
片手に握っていた限界出力の『虚仮威翅:光刃形態』を神速で抜刀。真一文字にレーザーブレードを振るう。
二刀の、柄。
エネルギーの溜め込みがなされていない持ち手を俺は断った。

「な、ァ――ッ?」

刀身を失った『空裂』と『雨突』。輝きを失い鋼鉄の刃が地に突き刺さる。
残った柄だけを握り、半ば呆然とする箒。行き場を失ったエネルギーがあふれ出し、柄が内側から弾け飛んだ。
俺はハンドガンを召還し、額にポインティングした。

「俺の勝ちだ」
「――ッ、まだ負けてない!」

その猛りに呼応するかのように『人魚姫』が鳴動する。いやもういいって! マジでもういいって!
いい加減にしろと思いながら、またヴンという音だけ残して掻き消える箒を感覚的に追う。
とにかく全身の神経を集中させ――ようと思った瞬間、ボチャンと何かが水に落ちるような音が聞こえた。

「ん?」

来ると思った攻撃が飛んでこない。こういう時が一番ヤバい。俺に予測できない攻撃である可能性が高く、俺には反応できないレベルの速度の必然性が出てくる。
俺のエネルギー残量と速度的に一撃もらったら終わるな……
だが来ない。
いくらなんでも遅すぎる。実は退避して機を窺っているのか?
確かに箒は主な攻め手を失っている。その可能性は十分にあるだろう。
なら話は早い。こちらから仕掛けてやる。

「『白雪姫』、スキャン」

システム、スキャンモード。なんてな。
周囲のISの反応を探る。ステルス機能とか『紅椿』についてたっけな……『人魚姫』になって追加されましたとかだったら笑えない。

「反応なし……? 生体反応はどうだ」

こっちはビンゴ。
どうやらISを解除しているらしい。俺かよ。
箒らしき人がいる方向へ行く。俺と箒が使う予定だった部屋だ。
確か一部屋ごとに露天風呂があるんだっけ……でもよ。

「箒、お前、そんなに風呂入りたかったの?」
「ち、違うっ! いきなり『人魚姫』が解除されたんだ!」

ISスーツ姿で風呂につかる箒の姿がそこにはあった。





「一夏……」
「んだよ」

旅館の、露天風呂。
空中での戦闘を終えて、俺たちは二人で絶景のお風呂を堪能していた。

「私はアメリカに使われたり、日本に召還されたり、正直言ってつらいことばかりだった」
「そうか」
「それでも私には才能があった。ISで戦う才能だ。適性もSで、時間さえあれば千冬さんにだって追いついてみせるさ」
「そうか」
「……でも。才能なんて欠片もないお前に、私は勝てない」

箒のIS『紅椿』改め、『第二形態:人魚姫』はその単一仕様能力によって戦闘継続可能時間を極端に伸ばしていた。
『絢爛舞踏』というのは、端的に言えば普段は使えないエネルギーを戦闘用に回すものだ。
ISの装甲や基本機能を維持するための非常用エネルギーを戦闘用に回すことで総エネルギー量を通常の3倍にまで高めることができる。よってよりえげつない展開装甲の使い方もできるが、如何せんエネルギーが尽きたら本当に終わる。装甲形成もできずISスーツ姿になってしまう。
でも学園での試合だとそのデメリットもほとんどないから実質チートはなはだしいんじゃないですかねぇ……

「まるで魔法使いだな、お前は」
「俺の勝利は偶然や奇跡じゃなくて、きちっとした技術と確信に裏打ちされたものですー」

背中合わせの箒に向かって文句をつける。
『人魚姫』のエネルギー残量はゼロ。帰るんなら俺の『白雪姫』を使うしかねーんだなコレ。

「本当に、勝ちたかったな……」
「そうかよ。でも、まだお前には早かったな」
「むう」

半ば箒の自爆に近いとはいえ、勝ちは勝ちだ。学園に帰ったら即効で修理だな。
なんでもダメージレベルDだそうです。若干箒が睨み付けてきているのは本当に申し訳なく思っている。
『紅椿』は急激な進化と急激な酷使に耐え切れず、極端にエネルギー放出をしてしまったらしい。箒の操作ミスと言い換えることもできるが本人が断固として拒絶したのでこの言い方は封印。まあ確かにあんなバカげた量のエネルギーを同時に扱うテクニックとか前人未到だよな。逆説的にそれをマスターすれば箒は一つ上の世界にいけるってわけだ。

「才能がなくても、お前は、強い。強くなった。すごいよ」
「……結局お前、何がしたかったんだ?」
「生きていたかった」

箒は即答した。

「怖いんだ。最近、ずっと自分が死んでいるような気がして。『福音』と戦っている時、私は最高の気分だった。生まれてから、あんなに自分の生を実感したのは初めてだった。だから、まるで自分が死んだまま生活しているようで、そのまま腐り落ちてしまいそうで、怖かった」
「…………」
「あのスリルが、私を生かしていたのかもしれない」

ああ、そう、だ。
こいつはずっと死んでいた。束さんのせいで家族と引き離され、名前を変えられ、アメリカでISを動かし日本でもISを動かすパーツとして扱われ。
死んだような生きているような、その区別すらつかない人生。
だから。

「でも今お前は生きている」
「……ああ」
「死人っていうのは、俺や姉さんや束さんのことさ。お前は生きているじゃないか」
「……どういう……ことだ?」

俺は目を閉じた。

死という言葉に、俺は世界で一番馴染んでいる。その自覚がある。なにせ二回死んでるからな。二度あることは三度あるというがそれは勘弁してほしい。
一回目に俺が殺された時。第二回モンド・グロッソ決勝戦当日。
決勝戦を投げた姉さんとすべての技術や情報網を駆使して駆けつけた束さん。その目の前で俺は射殺された。
ぶっちゃけよく覚えていないが、誘拐グループの中で仲間割れがあったらしい。それで俺は殺された。犯人たちは束さんが皆殺しにした。
姉さんと束さんがいくら呼びかけても俺は応じなかったらしい。その時の俺の瞳や、肌、口元から滴る血などを正確に思い出せると束さんは言う。姉さんも同じなのかもしれない。
そして束さんは俺の心臓を、その場で摘出した。
代わりに『白騎士』のコアが、俺に埋め込まれた。

あとは、ずっと、倉持技研と協力して、戦う日々だった。
姉さんも束さんも、俺の訓練には協力を惜しまなかった。国家代表と戦うことも多々あった。
そして今の俺がいる。

でも……姉さんと束さんは。
あの二人は。
まだ、俺が死んだところにいる。あの時から一秒も、彼女たちの時間は動いていないんだ。

「束さんさ、変わっただろ? 俺何回か会った時、あの人先生か保母になりたいって言ってたんだぜ」
「ほ、本当か!?」
「ああ。今も先生やってるみたいだし……変わったんだよ、本当に」

あの人は世界を嫌っていた。
俺が死んだ。
あの人は世界を悲しんだ。
自分のせいでいかに世界が歪んだのか、その時あの人は自覚した。
それ以来、束さんの行動原理はほとんどが罪滅ぼしだ。
少しでも世界の役に立ちたい。少しでも世界の救われない人々を救いたい。その気持ちだけが彼女を動かしている。名を隠して、発明を世間に広めていることだってある。
でもISは……ISにだけは、もう携わらない。そう誓っていた。

「私は……こいつを手に入れて、本当に良かったのか?」

手首に巻いた紅色の紐。水の滴るそれを見やり、箒は憂鬱そうに端整な顔を歪めた。
俺は迷うことなく頷く。

「ああ。それがお前の望んだ道なら」

そうか、と箒は笑った。
……おいそろそろ言わせてもらうがお互いちゃんとタオルは巻いてるからな!? こいつが一緒に入りたいって馬鹿力で俺を引きずってもそこだけは譲らなかったぞッ!?





旅館ではてんやわんやの大騒ぎ。らしい。
俺と箒は風呂から上がって、謎の爆発が発生したらしい旅館のニュースをテレビで見ていた。
今俺たちがいるのは別の旅館で、滑り込みで予約を入れて泊まっている。
これ見る人が見たらIS同士の戦闘の跡だってすぐバレるよなぁ……部屋に泊まっていた身元不明の男女は行方不明とか言われてるし。岩本夫妻? 偽名かって夫妻って何だおい箒テメェ。
修理代として、俺と箒で合わせて300万ほど旅館に送りつけることにした。もちろん岩本名義で。

「寝るか」
「せやな」

若干疲れた。あんなに緊張感を持って戦う羽目になるとは思わなかったぜ。
布団を敷いて電気を消す。疲れていたんだろう。体が泥みてーに動かない。
ああ、眠いぃ……
……
…………
………………オイ。

「箒ィ」
「んっ」

なんか布団の中に潜り込んでくるバカがいた。
つまみ出そうとして、彼女の顔を見て、動きが止まる。
寝ながら、泣いていた。
……ずっと死んでいた、か。
なら、生きた人間と生きた人間が二人で寝るなんて、こいつからしたら雲の上の話だったのかもしれない。
俺も甘い。本来なら容赦せずつまみ出すべきだが、なぜか、そうはしたくないと思えちまってるんだからな。

「寝苦しくなりそうだな……」

苦笑して俺はふと横を見た。
暗くてよく見えないが、箒の荷物がある。急な話だった分、やっぱりあんま整理されてない。
なんか袋みたいなのがはみでてるしな……常備薬か?
錠剤っぽいのが落ちてる。自重に負けたのか、ちょうど別のものが袋から零れ落ちた。
目薬。
俺は思わず箒のほうを見た。

「――出ろこのメギツネがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ふみゃっ!? な、なんだいきなり本気できゃぁっ!?」

華は華なりて華のごとし――ならば、蜜は蜜なりて蜜のごとし。
オレは生まれてはじめて よろこんで女の子を投げ飛ばす!!

……ホント、いつになったら童貞卒業できるんですかねぇ……





・IT'S SHOWTIME!!

「8巻が売れたら、新装版の特典としてイズルのブロマイドカードを配布しよう」

私のお姉ちゃんの元カレさんは、昼下がりぐらいにそんな頭の沸いたことを言い放った。
こないだ無断外泊で死ぬほど怒られたらしく、保健室に来たのは不貞寝目的だったのかもしれない。

「イズルはゲーマーズの特典で、メイトは新しい絵師さん、とらのあなは……okiuraでいいんじゃないかな」
「さすがにそれはダメ」

学戦都市から怒られちゃう。

「うおおお楯無の妹さんかよビビったァッ」
「……ずっと隣で寝てたのに……」
「ごめんちょっと誤解を招いちゃいそうだからヤメテ」

ずっと隣のベッドで寝てたのに。
私は頬を膨らませて、カーテン2枚越しに織斑君を睨んだ。
どうして彼が再起動プロジェクトをでっち上げていたのかは知らないけど、私の安眠を邪魔されたのは腹立たしい。

「保健室睡眠って俺と同類じゃねえか……」
「……私のは病気、総合病院の……診断書付き」

カーテンをシャッと開けると、あっちも同様にシャッと開けてきた。
上着を脱いでYシャツ姿の彼が問う。

「何の病気なんだ?」
「……オーバーラップアレルギー」
「おい」
「新装版と……『黒鍵編/ワールドパージ』は、そっちのアニメ組でやって……」
「バッカお前、ぬるぬる動けなかったからって拗ねんなよ。倉嶋が最終的には更識姉妹描いてくれてたじゃねーか。ていうか八巻以降の内容は俺にはどうにもできん」

割と必死感満載で織斑君がまくし立ててきた。私が来た朝早くは静かだったのに、うっとうしい。
私はカーテンを閉めた。

「おいっ! コミュニケーション放棄かよ!」
「せっかくの……休暇、寝てゲームしてネットして寝て過ごしたい」

ダメ人間でごめんなさい。
あんまりな発言に織斑君は絶句する。
ていうかそろそろ部屋に戻ってパソコンを開こうかな。ルームメイトも一緒に歌い手漁り。

「せめて外に行くとかさあ……」
「何で?……ああ、CDショップとか?」
「へぇ、どんなの聞くんだよ」
「神聖かまってちゃん」

…………
こういはう沈黙慣れてる。私は少しも動揺せずベッドに潜り込んだ。
いざ口を開こうとしてもどもりまくって無駄に三点リーダーを量産するのは私の美点。
その瞬間、私の懐がブブッと震える。

『時をッ、越~え~ろ空をッ、駆~け~ろこのほーしのーためー』
「!」
「!?」

夏休みのIS学園保健室に突如響き渡るてつをボイス。
私のメール着信音だ。

「また……お姉ちゃん」
「ていうかBLACKかよ、せめてRXにしてやれよ」

織斑君が『光の、オーロラ、身に纏い~』と口ずさむ。そのサビの盛り上がりは異常。
……!? ひょっとして織斑君って昭和イケる口!?
ガバッ! と私は毛布を弾いて跳ね起きた。

「おおおお織斑君さん様男爵」
「あ?」
「しッ、しし知ってるの!?」
「え、あ、うん。てつを好きだしな」

ベッドを飛び降りる。必死の形相で織斑君の肩を掴むーー多分私の表情怖い。

「すごい……仲間がいたなんて……」
「今までいなかったのか?」
「見てるだけ……みたいな人、なら。でも……そこまで……自分で言うのもなんだけど、私ぐらいディープなの、は……」
「お、おう」
「普段は、正直私……その、コミュ障だし、あんまり他人と喋らないんだけど」

彼は、あー大体分かった、といった表情になる。
趣味のことになるといきなり饒舌になるパターンだからか、中学の時からあんまり友達はいない……私は友達が少ない。ポジション的に開発者になって理科室登校しなきゃ。あ、でもBLそんなに好きじゃないや……

「別にいいんじゃねえの? 好き嫌いっていうよりその辺は個人の趣向の違いだろ。俺は昭和も好きだけど平成だって面白いと思うし。暇な時は一組に来いよ。話し相手ぐらいにはなる」

なんだか不憫に思えたのか、織斑君は頭を撫でてきた。
……少しくすぐったい。

「うわおッすみません!」
「……、?」

私は首をかしげる。
真っ赤な顔で手をさすりながら、織斑君は「落ち着け……冷静に考えたらこいつ同年代じゃねーか……」と何やらブツブツ呟いていた。

「まあなんだ、お互いもう元気みたいだしさ、ほら、保健室出ようぜ」
「……まだ寝たい」
「オラッ起きろッ。部屋で寝やがれ、保健室の戸締まり俺が任されてんだよッ」

力づくでベッドから引き剥がそうとしてくる。これは訴訟して勝てるレベルの狼藉。どうにか必死にベッドにしがみつく。
リアクション的に、織斑君は本当に休養に来てたっぽい。普通にベッドの寝心地を求めて来た私とは大違いだった。
部屋に戻って歌い手漁りもいいけど、今はMOVIE大戦が見たい。1人で劇場に乗り込むのはまだ慣れないけど。……どうせならついて来てもらおうかな。

「出ーろー」
「やだー」
「出ろよッ」
「MOVIE大戦アルティメイタムに連れてってくれたらいいよ」
「分かった分かっただから早く出ろ」

言質は取った。
そこからは素早かった。
猫のようなしなやかさでベッドから飛び出し、私は鮮やかに着地する。
呆然とする織斑君に振り向き、イタズラっぽく微笑んだ。

「約束」
「……お、おう」

織斑君のケータイをさっと抜き取りアドレスを見る。覚えた。並行して私のアドレスも打ち込んであげる。
戸惑いながらも、彼はケータイを受け取った。

「なにこの急展開……まさかこいつハニー……オイ妹さん、どういうことなのか説明をッ」

織斑君がそれ以上言葉を続ける前に、私はじゃあねと手を振って走り出した。
前回のMOVIE大戦とHDDに溜め込んであるウィザードを最初から見直して、復習しないと!





待ち合わせ当日。
さすがに恥ずかしい格好はしたくないので、私はそれなりにおめかしした格好で外出していた。
待ち合わせ場所にはもう織斑君がいた。やっぱりイケメンだし、周りからチラチラ見られてる。……さっきニュー速で『男のISパイロットがうちの最寄り駅にいたwwww』ってスレ立ってたのはここなんだろうなぁ。

「よっ」
「……待った?」
「特に待ってねーよ」

夏だし、涼しげな格好。ドットデザインが入った白いポロシャツにカーゴパンツ。ループタイがちょっとお洒落でむかつく。ブレスレットとかしてるし生意気。
見に行く映画がラブロマンスや感動巨編だったら完璧かもしれない。

「んじゃー行くか。最近レゾナンス行きっぱなしだな……」
「便利、だから……仕方ない」

連れ添って歩きながら、どうでもいいことばっかり話し続ける。
でもこういう何の生産性もない会話が、織斑君は楽しいみたい。荒んだ心を癒す清涼剤ってやつなのかな。……昨日読んだSSの表現を使ってしまった。

「んで、前売り券は?」
「はい」

劇場に着く。もうすでにかなりワクワクしている自分がいる。
織斑君はどうなんだろう?

「いやー映画って言うかなんていうか、すげー緊張するわ」

ジト目でそんなことを言ってきた。

「そんな態度、してたら……女の子に……モテない、よ?」
「…………そうだったのか……!」

雷に打たれたみたいな表情で織斑君は呟いた。本気にしてるっぽい。
おかしくなって笑う。彼は憮然として私に食って掛かってくる。

「テッメ、からかったのかよ」
「いいから、行こう……予告も、見る派だから……私」
「はいはい」

連れ添って私たちは歩き出す。
横で織斑君が、割と深刻な声色で聞いてきた。

「さっきのって、マジ?」
「……私みたいな粘着質でジメジメしてて冗談を冗談と取れなくてジメジメしたコミュ障の意見は参考にしないほうがいい」
「お、おう」

静かになった。





席はもちろん隣だった。
間違って手が触れたりとか息がくすぐったかったりなんてイベントもなく、私たちは淡々と映画を見終わった。
なんともいえない雰囲気で外に出る。

「……なあ」
「皆まで言わないで」
「俺は懐古厨なんだ……仕方ないだろ……こんなの……ッ」
「私は!!」

思わず大声を上げてしまった。

「私は……オチは、それとフォーゼの部分だけは……評価できると思う、からッ!!」
「分かってるよ……」

私たちはどこか哀愁漂わせながら、近場のロッテリアに転がり込んだ。
絶品チーズバーガーとか美味しすぎて財布が軽くなりがちだよね。倉持でのテスパのお小遣いとかお母さんからのお小遣いも結構カツカツだし、ここは頼むしかない。

「男気じゃんけんしない?」
「えっ」

織斑君は呆気に取られたように私を見た。頬張っていたバーガーからハンバーグの欠片が落ちる。

「最初は」
「え、ちょ、え」
「パー!!」

私は意気揚々とパーをかかげた。
咄嗟に織斑君が出したのは、チョキ。……ん?

「あ、俺勝ったわ」
「……私の『暴虐の壊邪符(パー)』が、負けた……?」
「すっげぇルビの振り方だな……まあ、なんだ。俺の『断世の衝罪剣(チョキ)』に勝つのはまだ早かったってことだな」

一拍置いて、同時に笑い出した。
下らない……でも、結構、楽しい。

「お前なんかホント、あれだな。他のヤツらとは違うわ」
「?」
「いや雰囲気っていうかさ。最初は警戒してたけど……いや、なんでもねーよ」

そう言うと、彼はすごくリラックスしたように椅子に浅く腰掛けた。
少し考えてみれば、彼がこんなに脱力しているのを見たのは初めてかもしれない。
食べ終わり、映画の感想を言い合って、帰ってからオンラインで他の劇場版を見ることにした。彼のオススメはアギトらしい。確かにG4は素晴らしい。

「でも龍騎も捨てがたいな……」
「私は、カブトを……推す」

カバンの中に入れていたタブレットでオンラインのDVDショップを適当に漁る。
学園に戻るモノレールを待つ間、私と織斑君は同じベンチに座って楽しく話していた。
だから気づかなかった、結構距離が近かったり普段あまり笑わない私が笑っていたり織斑君もいつになく自然体だったが故に――傍から見れば『そういう関係』に見えてもおかしくなかったことに。

「ねえ……携帯鳴って、ない?」
「うわ、俺か」

織斑君が電話に出た。
近かったからか、その声は私にも聞こえた。



『 か ん ち ゃ ん の 隣 は 居 心 地 い い で す か ? 』



気づいたら私たちは、身を寄せ合って必死に震えを誤魔化していた。
見えないよ。私見えない。ホームの外、どう考えても床がない空中からお姉ちゃんが顔をのぞかせているなんて知らない。あんな光のない瞳の人なんてお姉ちゃんじゃないし。ねえ織斑君。

「あああああうんそうだよなHAHAHAHAHAHA」
「そそそそそうだよねはははふふふふふふふふふふ」

あはははふふふふ。
壊れた笑い声がホームに空しく響いた。


(2人はこの後更識家当主がおいしく頂きました)





・もう一度キスしたかった

「ああ? 俺と楯無がまた噂になってる?」

食堂で遅めの朝食を取っている時、俺の正面で豆乳を啜りながら鈴が提供してくれた話題に、俺は思わず水の入ったグラスをテーブルに叩きつけた。水がいくらかこぼれる。斜め前に座るオルコット嬢は突然不機嫌になった俺に少し驚いたようだった。
まあ理由自体は分かる。簪と出かけた後、帰る時にはなぜか楯無のヤツが引っ付いてきやがって……妹さん以上に目立ってんじゃねーよ。

「……お姉ちゃんは、満更でも、なさ……そう」

横でシーザーサラダをザクザク噛んでいた簪がふとつぶやいた。
この間の外出でハニトラの香りを感じず、俺の中での株価がストップ高になった簪。本人が『妹、じゃ……個人だって判別、できない。名前で……呼んで』と言ったので下の名前で呼ぶことにした。本当に親友みたいでなんか楽しい。

「ねえ……一夏」
「あん?」

今日は少し時間にゆとりがある。というか訓練以外にあんまりない。
最近は鈴やオルコット嬢と共にやってるし、暇ではない。
でも今日は。

「お姉ちゃんと、どうして知り合ったの?」





レゾンデートル。所謂存在意義。
私にはそれがない。『更識楯無』にはあるかもしれないが、私にはない。
IS学園生徒会室で一通り書類整理を終え、私はふうと息を吐いた。
正面の席には織斑先生が座っている。

「ずっと前からの約束でしたね」
「ああ」

その約束を果たす条件は、彼が自分で前に進もうとすること。私は彼が入学して一年以内に自分を取り戻すと賭け、織斑先生は半年以内に賭けた。
結果はもちろん先生の勝ち。

「でー、なんでしたっけ?」
「ロシアであいつに何があったのか教えろ。まだ私の知らないことが何か眠っているはずだ」

うげー、勘よすぎでしょ。
でもまあ確かに、話さなくちゃいけないことがある。
私、生きて帰れるのかなぁ……





「あれはそう、ロシアに俺が着いてすぐだったかな」
「あれはそう、ロシアに彼が来てすぐでした」





俺は寒がりなんだよ……なんでロシアなんかに来なきゃいけねえんだ。
まだ中坊に過ぎない俺が一人でこの極寒の地に飛ばされてきたのにはワケがある。人類最強の名を欲しいままにする姉さんのせいで色々大変な目にあった俺は、まあ要は色んな人と戦ってISパイロットとして強くなりなさいと命じられているのだ。
さっきまではアメリカにいた。コーリングさんにボコボコにされた体がまだ痛むレベル。マジで人間じゃねえよ国家代表は。

「こんにちは、織斑一夏君だね」

厚い毛皮のコートを着込んだおっさんが出迎えてくれた。
俺がISを動かせるというのは各国の一部の人間にしか知らされておらず、俺がIS学園に通えるような年になるまでは極秘扱いの情報なのだ。
事実、このことを知ってしまった俺の親友は名を変えさせられ妹ともに国内を転々とする羽目になっている。

「どうも」

ロシア語にはまだ慣れない。結局はペーパー上の勉強ではなく実地での会話こそ最高の練習だと英語のケースで学んだ俺は躊躇なく話し掛けまくった。

「急な話で、ええと、すみませんね。ああそうだ、例の、あー、えー、サラシキさん? はどこですか?」

日本語にするとこんな感じ。俺キョドりすぎワロタ。コミュ障感満載ってレベルじゃねーぞ。
おっさんは赤ら顔を朗らかに微笑ませながら、背後にそびえる軍事要塞を親指で指す。

「中でお待ちかねだ。もう早速やりたいとさ」
「了解。飛行機はノロくて我慢ならなかったんだ、存分に暴れさせてもらうぜ」

今度はうまく話せた。独り言だとうまくいく。あれ……ひょっとして俺のぼっち力、高すぎ……?





「で、私、織斑君に結構やられちゃったんですよ」
「初対戦でか」
「もちろん最終的には勝ちましたよお。でもかなりヤバかったですね」

私はコーヒーを織斑先生に出した。
多分先生はここまでは知ってる。
でもここからは。

「話を、続けますよ」





私はシャワーを浴びながら、唇をかみ締めていた。
――あそこまで追いつめられるなんて、不覚。
ISを動かして2年も経っていない素人に、負けそうになった。
濡れた髪もそのままに、適当に服を着て更衣室を出る。そこに彼がいた。

「あー、サラシキさん? だっけ?」
「……日本語でいいわよ」

ぎこちないロシア語で話しかけてきた彼に私はそっけなく返した。
こんな限界寸前まで追い込まれたんだ、正直下に見られても仕方ないかもしれない。

「さんきゅ。こっちの方が気楽だわ。……いやーさすがロシア代表、すげえ強いんだな」
「ハァ……ッ!?」

皮肉か。
この更識家次期当主を、初対面でありながら皮肉でなじる気か。
カッと頭に血が上り、平手を振り上げる。

「ふざけんじゃ――!」
「だから、頼む」

私がぶつ直前。彼は、床を水平に腰を折っていた。

「俺に、戦い方を教えてくれ」

息を、呑む。
彼はまだ強くなりたいという。何故。
存在自体がイレギュラーの彼はまだ強くなりたいという。何故。

「な、んで」
「守れるようになりたいんだ。今度こそ。守られるんじゃなくて守る存在になりたい。だからここにいる」

顔を上げる。
その瞳に、思わず魅入ってしまう。何もかもを飲み込むようなその深い色。その奥の暗がりが、私を招いてるように見えて。





冷静に思い出したら俺のセリフ恥ずかしすぎだろ……
両手で顔を隠しイヤイヤとしている俺に対し、食器類を片付け終わった専用機持ちは続きを急かしてきた。いつの間にか箒とボーデヴィッヒまで来てるし。
仕方ない、よな。

「それでさぁ、それからなんだけど」





訓練は熾烈を極めた。ぶっちゃけ死ぬ。アホじゃねーの考案者。
身体を苛め抜くという面ではコーリングさんの訓練も大して変わりなかったが、ここでの訓練は一味違う。最高速度で針葉樹林を抜けたりリアルスターウォーズじゃねえか。

「そういえば君のIS、『白式』だっけ? まだ第一形態なのよね? 待機形態いい加減見せてよ」
「やだね。ていうか形態移行ならそっちもそうだろ。『ミステリアス・レイディ』だっけ」
「まだ未完成だけどね」

こうして気兼ねなく話せるようになったのも大進歩ではないだろうか。
ぼっちからのブレイクスルー。さよなら過去の俺。こんにちは美少女侍らせ体質の俺。

「……本当に君、なんていうか、自由だよね」
「あん?」
「私ほら、対暗部用暗部だよ? 人殺しとかしてるんだよ?」

いつもどおり基地の外で射撃訓練を終え、俺と彼女は連れ添って帰還するところだった。
突然言ってきてテンパる俺。
いや噂には聞いてたけどいきなりどうしたの。

「んなこと言われても、別に関係ねえだろ。お前は俺からすればただの鬼教官だ」
「……うるさい!」

後で聞いたことには、こいつの親父さんが後を継ぐように手紙で言って来ていたらしい。
ロシア国家代表として華々しく表舞台に立つ自分。
更識家当主として裏の世界を駆け抜ける自分。
どちらが本当の自分なのかなんて、そりゃ混乱しちまうだろうよ。俺の不真面目というか適当な発言も後押しだったんだろう。
彼女は、俺に銃口を向けてきた。
発砲、直撃。
突発戦闘が始まった。





先生は普通にキレてた。

「……ほう。一夏を撃ったのか、お前」

いやあれですよ。IS展開してたんですよ。悪意があったんじゃなくて、なんていうか、自分でも何してるのか分かんなかったっていうか。
ああダメだこの人私がなんて弁明しても、私を三枚に卸す気だ。私オワタ。

「ああでも、話終わってないですから。ほら、ね?」
「チッ」

話し終わったら『ミステリアス・レイディ』展開して最速で逃げよう……

「まーでも。結局私、その時、負けたんですよ」





純白の刃が、私の喉を突いた。全身を覆っていたISアーマーが形状を失い粒子に還元されていく。

「あ、え……?」
「これがァァァッ、第二形態――『白雪姫(アメイジング・ガール)』ッ」

息も絶え絶えに彼は宣言した。大剣とハンドガンを巧みに操り、彼は私を見事打ち倒してみせた。
PICの効力を失い、私の体は雪原に落ちる。ISスーツ姿だとさすがに寒いな、なんて変に世俗じみた考えがよぎった。

「ハァッ、ハァッ、強ぇッ、どンだけ強いんだよあんたァッ……ハッ、ハッ」

傍に降り立った彼は、そのままアーマーを消すと私と同様に倒れこんだ。

「あー無理無理。動けねーって。『白雪姫』になって一気に扱いピーキーになってるし。ちょっと待ってくれよ本当にさあ」

笑いながら彼は言う。

「てゆーか、自分が更識家だって簡単に言っていいもんなの?」
「……いいじゃないの別に」

私は顔を横に向けた。耳が雪に触れる。ひんやりとした感触。違和感。
彼と視線が合った。違和感。
何かが足りない。違和感。
――自分の拍動がいやに大きく聞こえる。拍動? そう、雪を伝って彼からも聞こえる拍動。聞こえるはずの心音。
聞こえない。

「俺も秘密を教えるよ」

彼のその時の雰囲気を私は忘れない。彼のその時の無表情を私は忘れない。彼のその時の――聞こえるはずの拍動がない、静寂に包まれた心音を私は忘れない。
本当に彼は、壮絶で、悲壮で、切実で、何より永久だった。

「俺さ――前に一度、死んでるんだ」

時が、止まる。
私の呼吸が、止まる。
彼の心臓は、止まったまま。

「『白雪姫』の待機形態、気になってたろ? こいつの待機形態は俺の心臓だよ。こいつは俺の心臓の代わりなんだ」





そこまで言って、食堂で聞き耳を立てていた生徒たちが気まずげな表情になった。
俺の想定以上に聴衆が多いんだが。
ていうかこっから先は割とマジで語りたくない。でも雰囲気的にここで逃げるのはムリっぽいな……正面の鈴が視線が先を促した。
やれやれだぜ。





基地に接収されたからは適当に事情聴取を受けた。
さほど年を食ったわけではない男が、取調室で俺の対面に座っている。

「災難だったねぇ君も。今頃更識さんは大目玉だろうさ」
「まあ俺が怒られたら、そりゃ筋が違うってもんでしょう」

半分ほどは雑談だったと思う。
やはりISを動かせる男、という肩書きは俺との接し方に大きく影響する。この人みたいに気さくに話しかけてくれる人や、露骨に嫌悪――嫉妬と言い換えてもいい――の色を瞳に滲ませる人だっている。
知っちゃこっちゃない。俺は俺の道を進むだけだ。強くなる。何者にも負けず、何物だって守りきれるぐらい、強くなる。

「……うんまあ、気にすんなよ」

独房にぶちこまれた彼女を訪れた。何て言ったらいいのか分かんねえから、とりあえず鍵使って中に入った。ここは割と堅牢というか、規律の厳しい要塞なので今現在俺たち以外に独房入りを果たしているヤツはいない。無論外に見張りの衛兵はいるが。
俺はボチシチの皿を差し出した。とにかく赤ぇ。
彼女は無表情で俺を見てくる。
その目尻に、涙がたまり始めた。

「ごめん、ね」
「うっせぇな食え食え」

お前がどうやって『お前』になるかなんざお前以外の誰が決めるんだよ。
俺にそんなことで当たってくんな。
ISの待機形態である奥歯を抜かれ、いまや彼女はただの少女だ。

「私、私ね、『楯無』になるよ。名前変わるとかそんなんじゃなくて、在り方も変えるでも、ロシア代表だって諦めない」
「……そっか」
「可愛い妹もいるから、日本に帰る。帰って、それで、それでね」

堰を切ったように、これからのことを話し続けた。
彼女の生き方が切々と綴られていく。俺は一つ一つに相槌を打っていった。

「……まだいつか、会えるよな」
「うんっ」

俺らしくもない弱気な発言だった。

「会える。会えるわよ。だから……会えるように、おまじない」
「…………」

彼女はじっと俺を見てきた。
唾を飲み下す。

「なまえを、よんで」

消えて無くなる彼女の名前。世界の暗がりに埋もれていくそのたった一人の少女の名前。
俺は、その名を呼んだ。
お互いに目を閉じて――――






織斑先生はそこまで聞いて息を吐いた。
……ああ、どうしよう。すっっごく顔が熱い。

「キス、は、初耳だな」

先生の目は据わっていた。生命の危機を告げるアラートが頭の中で鳴り響いてる。
どーすんの私。

「だが、それでどうしたんだ?」
「いえ……翌朝になったら一夏君、消えてたんですよ」

そう言うと、先生の眉が跳ね上がった。
何かまずいことを言っちゃったのかな……?

「逆に聞くが、お前、知らないのか?」
「え?」

先生は、また息を、深く深く吐いた。





うっわヤベェマジやべぇ。顔熱い。どうしよう。
俺は自室のベッドで枕を抱え悶々ごろごろという乙女チック大勝利な行為に及んでいた。この様子を録画しといて後で見せられたりしたら俺は迷うことなく『白雪姫』と共に太陽に突撃するだろう。
にしても。

「女の子の唇って、柔らかいんだな……」

つーっと、自分の唇を人差し指でなぞる。うわ俺キメェ。この様子を録画(ry

「やめだやめ! 乙女おりむーなんざ需要ねぇよ!」

そう叫んで俺はコートを引っ張り出した。外に走り出る。意味もなく走り回る。
青春とかそんなん、縁がないと思ってた。でも……うああああああ。
雪に足を取られすっ転ぶ。
ははっ。
明日からどんな顔して会えばいいんだよ……
顔面を雪原に押し付ける。

ざくっ

あーあ、結構勢いにノせられた感はあるな。

ざくっ

でも確かに彼女は美人だしな。

ざくっ

嬉しいよ、すっげぇ嬉し……

ざくっ
ざくっ
ざくっ

……誰か、いる。
『白雪姫』が感知した。三人いる。基地の人かと思ったが、基地とは逆方向であることに気づいた。

「止まれ! 何者だ!」

ロシア語で叫んだ。『白雪姫』自体を起動し、絶対防御を発動させる。
どうするべきか。

「――!!」

男たちは身を翻すようにして、コートの中から得物を抜き放つ。サプレッサー付きのサブマシンガン。
発砲して来やがった!
体が反応する。パワーアシストの恩恵を受けて俺はその場から跳ね退いた。傍の草むらに飛び込む。

「チクショウ、見られた!」
「どうする!? 始末しに……」
「落ち着け、俺が確実に殺す。お前らは早く目標を片付けろ」

息を潜める。できれば『白雪姫』を使わずに済ませたい。ISを動かせる男子の存在などありえないのだから。
不幸なことに今の俺は基地との連絡手段を持っていなかった。
よく耳を澄ませば、足音が増えていく。車の駆動音まで聞こえてるじゃねえか……多分、強襲部隊だ。武装もまちまちだし、男たちも色んな人種から構成されている。どっかの企業お抱えの多国籍部隊ってとこか。

「更識家への牽制だ、あの家は厄介という言葉では言い切れん」
「監視カメラによれば対象は独房にいる。お遊びは抜きだ、すぐに殺せ」

その言葉だけが、俺の耳を上滑りしていった。
ロシア語に不慣れだからだろうか、どうも、おかしな言葉が聞こえた。
まるで俺の意思を汲んだかのように『白雪姫』が周囲のマップを表示させる。推定戦力もある。
今基地に攻め込まれたらどうなるだろうか。
独房入りということで、楯無はISを没収されている。もし、もしこいつらの狙い通りにことが進めば。
それは。
それは。

許容できないと、感じた。

全身を純白の装甲が覆う。『白世』とハンドガンを召還。
男たちの視界に、躍り出る。
驚愕に瞳を見開く男たち。
俺は。
剣を、振るった。



その晩。
フランスからの差し金だったらしい強襲部隊は――ロシア代表候補生の中でも抜きん出た実力を持つ少女を殺すために送り込まれた部隊は――あるISの手によって殲滅された。
生き残りはいなかった。
ロシア政府は事態の処理と共に非公式ながらフランス政府を強く非難した。
また情報の漏洩、並びにフランス政府の報復を恐れ、今回の事態に深く関与した当事者――織斑一夏は、夜が明ける前に音速旅客機でロシアを脱出した。国家が総力を挙げて隠蔽したこの事件。
もちろん、彼女が、俺の出国を知ることはなかった。





やれやれだぜ。
俺はアリーナへと歩を進めながら、あまりにシリアスな雰囲気にドン引きしていた食堂のみんなの表情を思い出した。
いや話しすぎだろうか……俺守秘義務とかあんま守らないタイプだからさぁ。
『白雪姫』の調整に余念はない。鈴やオルコット嬢も後で付いてくるだろう。とにかく彼女たちの訓練もだが、俺だって欠かさず鍛錬だ。真の強者は油断慢心の一切を嫌うものなのだ。

「ん?」

男子更衣室、実質俺の専用スペースとなっている部屋の前に、見慣れた少女が立っている。
なにしてんだよ、暇人か?

「よう」
「あ、うん……」

少し息が乱れている。どっかから走ってきたのかもしれない。頬も火照ってるし。

「あ、あのさ」
「あん?」
「全部、聞いたから。ロシアでのこと」

すぐに思い当たった。妹さんだろうか。
女子高生間の情報の伝達早すぎだろ……もはや次世代のコミュニケーションツール筆頭と言っても過言ではないレベル。

「……別にいまさらだろ。俺は大して気にしてねーよ」
「名前!」

ビクゥと肩が震えた。いきなり大声出すなビビる。

「名前……覚えてる?」
「そういう聞き方、卑怯だろ」

忘れるわけねーだろバカか。
俺は懇切丁寧にその名前を呼んでやった。口にするのも久々だ。
いくらこの名前が人に見えない影の中に沈んじまったとしても、俺は覚えてんだ。

「……一夏君」

後頭部をがしっと掴まれた。え?
え。
えっ?

「大好き」

ズキュゥゥゥゥゥン!!





この光景を偶然見かけた布仏によっていよいよ俺と楯無のデキてる話が真実味を帯びてきたり。
俺の睡眠が夜な夜なドアを叩いて詰問に来る少女たちに削られたり。
姉さんが割と本気で楯無を真っ二つにしようとしたのも、まあ、夏休みにはよくあるこった気にすんな。










・熱き鼓動の果て(第二章嘘予告)

「同士諸君、審判の日がやってきた」
「流した血を、零した涙を無駄にするな。それらが撃鉄を起こし、我らの炸薬を弾けさせる」
「一発の弾丸となり、女神の心臓を射抜くことこそが諸君の宿命だ」
「時は満ちた――ここに、ワールドパージ計画の発動を宣言しよう!」

投げられた刃は、明快なまでに、凶悪なまでに、世界に突き刺さる。

「これが、私に足りなかったもの……理の向こう側、篠ノ之流最終秘奥義へのッ……最後のピース……ッ!!」

少女が顔を上げた時、眼下に広がるのは夢の海か結末の荒野か。

「この『アルカディア』は、疑似ISコア20個を搭載した戦略兵器だ! 貴様一人で何ができる!」
「一人じゃねえよ……そうだろ、『白雪姫』」

希望を貫く槍に立ち向かい得る、無二の戦士。

「そうか……君が、そうなんだな」
「ああ。織斑千冬の実の妹にして、クローン体として生まれたお前、織斑一夏のコピー元。……初めまして。愛する、私の兄さん(フェイク)」

本物の家族が、その携える銃口が、彼を撃ち抜く。
開かれた災厄の箱に、希望は在るのか、それとも、その希望こそが最大の絶望なのか。

「織斑一夏を、国家反逆者と断定。駆逐する」
「飯島さんッ、なんであんたが……!」

迫る陰謀。

「一夏。お前はもう、私の弟ではないし、IS学園の生徒ですらない……去れ。そして、好きに生きろ」

訪れる別れ。

「はろー、いっくん。また世界を救えなかったみたいだね」

零落する英雄。

『始めまして、イチカ。私は『白雪姫』と呼称される人工知能――あなたの力になるため生み出された存在です』

総てを巻き込んで、『ものがたり』は『おわりのはじまり』へと突き進む。



「さよなら織斑君。もう織斑君は戦わなくていいんだよ……もう二度と、目を覚ますこともなく」
「何でだッ、何でお前がそこにいて、俺に剣を向けてやがんだよぉッ……相川ああああああああ!!」

Coming Soon...








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・五巻と六巻はマドカ編です

・七巻からオリジナルになります
 え? もうオリジナルだって? 大きな変更はないつもりですよ?(ゲス顔)



[32959] はにとら・ぶれいかあ/織斑マドカは兄妹をあいしている
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/03/17 20:47
「さよなら織斑君。もう織斑君は戦わなくていいんだよ……もう二度と、目を覚ますこともなく」
「何でだッ、何でお前がそこにいて、俺に剣を向けてやがんだよぉッ……相川ああああああああ!!」



《YOU LOSE》



昼休み、一年一組教室で行われるPSPファイト大会にて俺は見事13連敗の新記録――つまり13連続準優勝を達成した。
またもや相川がドヤ顔で『騙して悪いな』プレイをしたせいで3対1だった。第1回大会から『忠告しておくね。強い方につく……それが私のモットーよ』とかのたまっていたのはダテじゃない。今のところ13回連続裏切りプレイだ。もうチーム組まずにバトルロワイヤルした方がいいんじゃないかな。
使用ゲームは『IS/VS』のPSP移植版。追加要素で隠し機体に『白雪姫』が入っているがピーキーすぎて誰も扱えていない。実は俺も使えない。動画とか見てもあいつら人間じゃねぇとしか言いようがない。仕方ないので『メイルシュトローム』で妥協した俺に死角はない。

「清香ちゃんマジ自重」
「背中刺す刃っていうか背中以外狙う気ないよね」
「モウダレモシンジラレナイ」

ヤツの度重なる裏切りのせいで多くのプレイヤーが精神的に大きな傷を負った。
第14回大会では俺と谷ポンと、一組のリーサルウェポンたるしずちゃんの三人で相川に裏切り返しをする予定なので乞うご期待。

「ちょっと皆さん! というか特に一夏さん! なぜそのようなテレビゲームに夢中になっておられるのですか、まだ文化祭のクラス出し物を決めていないというのに!」
「そーだよ織斑君、クラス代表なんだからしっかりしなって」

オルコット嬢が黒板をバンバン叩きながら俺に指を突きつけてくる。しずちゃんも呆れたように頬杖をついていた。
クラスメイトの半分ほどを巻き込んで行っていたこの大会も、終わってみれば昼休みの半分を無為に過ごしただけである。この調子なら時間跳躍も夢じゃないぜ。

「一夏。明日のLHR(ロングホームルーム)までに決めておかねばならないのだろう。早くやってしまえ」

二回戦で俺とブレオン合戦の末に敗れた箒が、俺の背後から抱きつき、顎を俺の頭に乗っけながら言う。
性別逆転あすなろ抱きとか誰得だよ。俺得だよ。後頭部がふにょんふにょんした感触に包まれて幸せナリ~。

「……ッ」

オルコット嬢がギリギリと歯を食いしばりながらこちらを見ている。先を越されたのがそんなに悔しいのか。温泉旅行以来吹っ切れたかのように箒は俺にベタベタしてくる。スタイルがスタイルなだけに毎回俺の『白世』がエラいことになっているのは、まあご愛嬌だ。
しかし正直俺にあまりやる気はない。ぶっちゃけ何が楽しいの? こういう青春イベントは彼氏彼女ができる見込みのある人間だけでやってくれませんかねぇ。
俺みたいなバリバリ童貞NO.1な人間には縁遠い話なんで。いやホントに。

「織斑君、やる気さえ出せばすごい行動力なんだけどねー……」
「今回はずいぶんと英気がないな」

フランスドイツ組が冷静に俺を批評していた。

「んもうっ! 我が一組は他クラスに負けないような出し物をするべきですわ! きちんと考えてくださいっ!」
「四組はメイド喫茶らしいね~」
「集客率によっては豪華商品もあるらしいしな」

オルコット嬢のご高説などどこ吹く風、箒と布仏の雑談に周囲を混ざる。

「今年の商品ってなんだっけ? 去年がキャノンボール・ファストの特等席だったよね?」
「えーと会長さんが決めてなかったっけ?」
「うんうん、確かぷれいすてーしょんふぉーって言ってたよ~」

……俺は静かに立ち上がると、教壇に登った。

「全員着席しろ。俺たち一年一組は今期学園生の頂点だ。1位以外許されない。いいか……王者は一組! 絶対にだ!!」

力説する俺。
クラスの全員は、『やっぱりな』という視線を容赦なく突き刺してきた。違う。俺は商品に釣られてなんかいないんだからねっ!
とにかく出し物を決めなくてはならない。

「集客率という面では、確かに飲食店はいいアイデアだろう。だがそれでは4組と被る。集まる客をわざわざ分散させるのは愚の骨頂だ。みんな、何でもいい。考え付く限りのアイデアを出してほしい」
「はいはーい! 南極レストラン!」
「相川、お前が堺雅人ファンなのは分かった、飴やるから黙れ」
「チェリーパイ」
「欧米か」
「チェリーパイ投げ」
「ドリフかよ」
「toおりむー」
「俺に投げるのかよ止めろ!!」

思い切り怒鳴りつけてやった。なにこのコンビネーションアタック。お前ら早くスパロボ参戦してこいよ。
呆れたようにしずちゃんが俺を制止する。

「はいはい。私は劇がしてみたいかな」
「劇か……一考の余地ありだな」

こんな感じでチャカチャカ決めていく。
明日のLHRには決まるだろう……そう思っていた俺に吉報が届いたのは、その日の夜だった。





翌日のLHR。
用事でいないという姉さんに代わり、俺は教壇に立ち、意気揚々と宣言する。

「しずちゃん案、採用」
「やたっ」
「ただーし! あたしたちも噛ませてもらうわよ!」

ガラッ! と勢いよくドアを開けた鈴が、そのまま部屋に乗り込んできた。
突然の事態の推移に、皆訳も分からず目を点にしている。
俺がきちんと補足を入れる。デキる男はフォローが上手って昨日マツコが言ってた。

「一組と二組で合同の劇をするってワケだ。会場は二組を使う。キャストは今から決めるから小ホールに集まってくれ。合ってるよな、ニクミー?」
「ちょっとその呼び方すっごい悪意感じるんだけどー!」

犬歯をむき出しにして鈴がガルルと唸った。上等だやんのか。勝負ならベッドの上でやろうぜすいません冗談です。
俺は威嚇してくる鈴を適当に落ち着かせると、教室の隅に佇む巨乳先生に目配せをした。
移動を開始したクラスメイトの最後尾で、巨乳先生と二人で歩く。

「……二組との合同案、通してくれてありがとうございます」
「いえ。意外でしたよ、織斑先生じゃなくて私に頼むなんて」
「融通が効きそうなのって言ったらどう考えても、ねぇ?」

ばっちりウィンク。先生は少し呆れたように笑った。
そんな俺たちを一組女子ズがガン見してることに遅れて気づく。

「んだよ」
「なーんか怪しくなぁい、あの二人?」
「デキてますねぇ……」
「これはデキてますよとっつぁん……」
「誰がとっつあんよ」

相川から妙な渾名で呼ばれたしずちゃんが、ムッとした表情でこっちに近づいてきた。
横で巨乳先生は困ったように視線で俺に助けを求めている。

「ほら織斑君、行きましょ」
「へーへー」

ホールにもう入ってる二組の方々は、俺の姿を見た瞬間色めきたった。
一組は慣れてたけど、こいつらは俺という存在にあまり近しくないからな。久々の珍獣扱いに気分が悪くなる。……こいつらの中にもハニトラがいたりすんのか。疑いだすとマジで際限がねえな。

「一組代表の織斑一夏です。えーと、この場での司会進行を務めさせていただきます」

ホールはそれほど広くないので、マイクを使う必要はない。
俺は部屋に搭載された空間投影筆記ボード……まあ電子黒板を起動させると、授業中の先生のように生徒全体を見回した。教卓からだと内職やサボリがすぐ分かるって言うけどこうして上から見るとガチで分かる。こないだ携帯没収された相川ザマァ。

「えー来たる9月の……13日ですかね、IS学園文化祭の出し物として僕ら一組と二組は合同で劇をすることになりました。そのため、様々な役職を2クラス合同で決めなければなりません」

あらかじめインプットしておいたデータを表示させる。まあ監督とか演出とかに始まりエトセトラだ。

「じゃあこういうのは様式美でまず立候補と」
「私が監督を務めさせていただきますわ!」

オルコット嬢がいきり立った。
落ち着けよ……立候補してくれるのはありがたいけどさあ。

「えーと、挙手制じゃないです。やりたい役職があったら、皆さんの端末からチェック入れてください」

恥じ入ったようにオルコット嬢が座り込んだ。耳真っ赤だ。まああんだけ大きな声で名乗り出たんだ、もう監督志望のライバルは軒並み潰したことになるだろ。ここまで計算してやったのなら恐るべしオルコット家当主だが。

「えーと……じゃあランダムに選びますね」

はい。
ランダムです。
決して俺が意図的に操作とかしてないです。
そもそもこんなワードソフトにランダム選択機能あるわけねーだろバーカとか思ってません。

「監督オルコットさん。脚本ナギちゃん。演出谷ポン。背景……」

とりあえず最重要ポジ3つは一組で固める。俺からの伝達がスムーズに行えるように。
まあ交友関係広げてもハニトラの確率上がるだけで他クラスと絡みたくない絡むのが欝なだけなんですけどね。
ナギちゃんの脚本がある程度仕上がるまではまあ、キャストも決まらないのでしばし間を空けることになるのかな。

「ま、焦んなくてもいいぜナギちゃん」
「多分放課後には仕上がるよ?」

「なん……だと……?」





本当に仕上げてきやがりました。
どうやら劇の話をしずちゃんがした瞬間から妄想が止まらなくて夜を徹して練りこんでいたようです。陰キャラの底力ってやつなのか。そもそもナギちゃん陰キャラじゃないけど。
というわけでまたもやホール。
一日に二度もこんな視線に晒されるとなると俺の心労がマッハ。今すぐ大空めがけてフライアウェイ(物理)したいところだがPS4が俺を待っている。後退の二文字はない。

「キャスト決めまーす。基本的な設定とあらすじ、プロットを送っときますね」

表示された文書データを閲覧してキャッキャッ騒ぐ女子たち。
あのさぁ……主演が男性の時点で一択だよねナギちゃん。悪意しか感じないんだけどナギちゃん。これもう名指しでやったほうが良かったんじゃないのナギちゃん。

「様式美だから」

テヘッとわざとらしく自分を小突くナギちゃんがすげー可愛くて俺は顔を赤くして黙らざるを得なかった。俺の女子耐性が低すぎて俺の貞操がヤバイ。
いやキスとかの経験もあるんですよ? でもこうね……ふふふ、下品な話、勃起したら一周回って逆に落ち着くんですがプラトニックな感じだとどうも弱いんですよねふふふ……
というわけで投票率100%を記録した俺が主演、ヒロインは熾烈な戦争を潜り抜けたというかちゃっかり部屋の隅で不参加で事態の推移を見守っていた箒が掻っ攫っていった。コミュ障バリヤーがここで効力を発揮してやったね箒ちゃん! 出番が増えるよ(舞台上的な意味で)!





それから数日。俺は二組の教室の隅で我が親友に電話をかけていた。
五反田弾、もとい……なんだっけ、佐々木、希? なんかグラドルっぽい名前だったのは覚えてる。AV女優にもいなかったっけ。

「で、文化祭のご招待なんだが、来るか?」
『行きたいのは山々だが……招待できるのは一人なんだろ? 蘭を行かせてやってくれよ。寂しがってんだ、お前に会いたくて』
「そりゃ光栄だねぇ。鬼の阿修羅お兄様がいらっしゃらなけりゃすぐ娶りたいとこだ」
『ハッハッハ燃やすぞお前』

やばいこの声色マジだ。
俺は高速ヘルプを発動することにした。どっかのキセキと違って助けられる側だが。
一旦通話を切る。

「おいちょっと注目」

小休止を挟んでいる教室ではステージの調整をする谷ポンら演出組や、進行を確認するオルコット嬢とナギちゃんの監督組、水飲んで休む相川に布仏に箒に鈴にデュノア嬢にボーデビッヒに二組のティナ・ハミルトンさんがいる。

「この中で招待チケット使う予定のないヤツいないか?」

このままだと俺は燃えるゴミに分別されて捨てられかねん。
むしろ燃えたゴミだな。

「ん。私のを使っていいぞ」
「いいのか?」

あっさりと見つかった。我が幼馴染箒だ。やっぱ持つべきは巨乳の幼馴染だな。

「招待する友達が……いないからな」
『…………』

震え声で箒が呟いた。
空気が……死んだ。
教室の酸素分子が一つ残らず凝結したような感覚。あっこれやばい。

「む。織斑に先を越されてしまったか。私もチケットの追加が欲しかったのだが……」

そんな状態を打破したのはボーデヴィッヒだった。多分無自覚。
彼女は少ししょんぼりしながら、両手の指を順に折っていく。

「一枚二枚三枚……ええい全員は無理だとしても、やはり2ケタは欲しかった……」
「シュヴァルツェ・ハーゼか」

俺が問うと、ボーデヴィッヒは憂鬱そうに頷いた。
力になりたいのは山々だが、生憎俺もチケット乞食側の人間だからなぁ。
……こんな風にして普通に会話して、普通に助け合おうとしているのが、ボーデヴィッヒにとっても俺にとってもさりげない最大の進歩なんだろう。

「あ、ラウラちゃん私の使っていいわよ?」

谷ポンが声をあげた。

「私も大丈夫」
「はいはーい、私のもあげちゃう!」

ナギちゃんに相川が便乗した。お前ら何なの? 箒と同じぼっち畑の住人なの?

「あ、し、しかし、お前たちにも誘う相手が……」
「いないよ?」

相川が答えた。あっさりと。
それがなんだか俺には、ひどく無機質な色に聞こえた。
ボーデヴィッヒはすまなさそうにしながら、次々にチケットの予約を取り付けていく。おいおい代表候補生除いたらほとんどがあげてるじゃねーか。

「お前ら息ピッタリだな……」
「とーぜん。私たち同期だもんね!」

相川が隣で大道具の材料発注をまとめている夜竹に絡みだす。
困ったように笑いながらも、夜竹は同期だもんねと同じ言葉を返した。同期だったらこの場にいる連中全員そうじゃねえかバカ。

「無駄口叩いてる暇はありませんわよ!」

椅子にふんぞり返り偉そうに台本をペラペラめくっていたオルコット嬢が立ち上がった。
ベレー帽にメガホンと形から入るタイプかよお前。そのフリフリした制服と全然似合ってねえぞ。あのフリフリ具合からして多分コイツの下着もフリル付き(童貞にありがちな妄想)。
鬼監督オルコットの再起動により、俺たちキャストはあえなく練習再開となった。
まあ、五反田兄妹を二人揃って久々に眺められるってのは楽しみにカウントしてやるかな。





そんなこんなで当日。
一般公開してるワケじゃねーので派手な宣伝はない。まあ海上施設で花火鳴らしたり風船上げても仕方ないが。
上映は1時間に1回のペースが基本で、昼休憩を挟んだりする。
1回目の公演前に、俺は正門で五反田兄妹を待っていた。モノレールを降りてくる人々が俺を指差してヒソヒソ喋ったり写メってたりする。ちゃんと盗撮するときはバレないようにしようぜ! なまじ気づける分俺が気まずい!
やはり男性率は圧倒的に低い。時々誰かのお父さんっぽい人やお兄さんっぽい人や彼氏さんっぽい人が来るがめちゃめちゃ居づらそう。俺と視線が合う度に『正直羨ましがってすまんかった』『この地獄に耐えるとは、貴様伝説の……!?』『もう無理ぽ』とアイコンタクトを送ってくる。普段の俺の苦しみを一部でも味わうんだなこのアホどもが!!

「よう一夏」
「いっ、一夏さんお久しぶりです!」

と、人ごみの中を抜けて赤髪の二人組がこちらにやって来た。
待望の再開だ。弾とがっちり握手を交わす。

「久しいな。腕はなまってねえか?」
「まさか。そっちこそ、腑抜けて思考鈍らせてんじゃねえぞ?」

日本の内閣総理大臣を目指す男。
この女尊男卑の風潮に真っ向から唾吐くような絵空事を、このIQ200オーバーの天才は本気で実現させようとしてる。正直感服するばかりだぜ。

「私、生徒会長やってるんですけど……この文化祭の運営方針はさすがに反映しづらいですよねぇ……」

蘭もやはり五反田の血を引くのか、早速興味の対象から俺がフェードアウトしてた。
あれ……俺に会えなくて寂しがってたんじゃないの? 逆に俺がすっげぇ寂しいんですけど?

「おい蘭。バカが泣きそうだぞ」
「ハッ! すいません一夏さん、こういうのついよく観察しないと気がすまない性分で……!」

知ってるよォーッ!
もういい。とりあえず初っ端から俺たちの劇を見せつけちゃうもんね!
二人を引き連れてずんずんと後者に向かっていく俺。
だから、その時俺は、物陰からこちらを伺っている影に気づくことはなかった。





ふぅー、を息を吐く。
公演初回は緊張するものだ仕方ないよってデュノア嬢が言ってた。頼りになるぜ。
即席の幕が引かれたステージの袖には各キャストが揃っている。
出だしに登場するのは俺。つまりツカみが俺にかかっているってワケだ。なにこれ荷が重い。

「では、一、二組合同クラス劇――『不倶戴天のベストフレンド』、どうぞお楽しみください」

オルコット嬢が開演前の挨拶を終えたらしい。パチパチと拍手が鳴る。
ここで谷ポンがこだわった、本当に劇場で使用される開演ブザーが響いた。ああやっべぇ割と緊張するわこれ。
まあ、あれだ。俺のやることは決まっている。それを為すだけだ。
俺は袖から飛び出ると、身に纏った舞台衣装――普段の制服の上から白衣を着るという目に悪いほど真っ白な格好で中央に躍り出て、そのままビシィと決めポーズを取る。ついでに白衣をきちんとはためかせて、叫ぶ。

「フゥーハハハ! 今日もこの今世紀最大の狂気のメァーーッドサイエンティストゥ! 織斑院狂夏に放課後がやって来たぞゥ!!」

観客が噴き出す音が教室にこだました。キャスト陣も袖で笑いをこらえている。
ていうかオルコット嬢、バンバン床叩いて笑い転げてんじゃねーぞこの野郎。
やっぱり脚本に悪意しか感じないんですけどねぇ腹抱えて笑ってるナギちゃァァァァァン!

「トゥットゥルー☆ あれぇおりむー、また一人でカッコつけて何してんの~?」
「む、本音か」

反対側の袖からのそのそと歩いてきた布仏に俺は声をかける。
何を隠そう、この劇はキャスト名がそのまま役名になっているという何とも言い難い手抜き仕様なのだ。

「あ、織斑さんおはようございます」

デュノア嬢が巫女服姿で登場する。似合っているなと声をかけてやると、顔を赤らめて照れ出した。
観客も見とれている――ごく一部はふぉぉぉぉと昂ぶっている――が、俺は劇の進行上冷たい事実を吐き出した。

「だが男だ」
「? ……どうかしたんですか、織斑さん?」

デュノア嬢が顔を引きつらせながら聞いてくる。投票で自分にこの役割が回ってきたとき、『天罰なのかな……やっぱり悪巧みをしちゃった時点でもうダメなんだよねあはははははは』と壊れた笑いを見せていただけあって、ピクピクをこめかみがひくついている。
やべぇ楽しい。追撃。

「こうやって上目遣いで俺を見てくるとたまらないアングルになる……だが男だ」

途中までうんうんと頷いていた観客たちが、途中で『えっ?』ばかりに口をポカンと開けた。
俺が一番『えっ?』てなった。ナギちゃんひょっとしてエスパー?
もうMK5(死語)なデュノア嬢はほっといて、俺は次の闖入者に向き直る。俺が視線を向けたことでやっと観客もその存在に気づいたらしい、二組のティナ・ハミルトンだ。なんでも鈴のルームメイトらしい彼女は、携帯をカチカチといじりながら登場。同時に俺の白衣の中で携帯が暴れだす。

「む……『こんにちは織斑君! 明日提出の課題やった!? また私終わってないよ~(泣)』……いや指圧師、いい加減面と向かって会話してみてはどうだ」

かちかちかちかち。

「『恥ずかしい、キャッ♪』……ではないわァ! いい加減携帯取り上げるぞ!」

コミカルな台詞回しと俺たちのオーバーリアクションに観客もクスクスと笑う。
次は確か鈴だったか。

「ニャ……ニャンニャン、フェイリンの登場ニャン!」

めっちゃ恥ずかしそう。
まあ可愛いから許す。
可愛いは正義。なんてこった俺の幼馴染がトゥヘァーなのか。善悪相殺の方じゃなくて良かった。

「登校した登校した登校した登校した登校した私は登校した登校した登校した登校した登校した登校した登校した登校した」

やべえ雰囲気なのはボーデヴィッヒ。なんだっけドイツ戦士って呼べばいいんだっけ。
どう見ても引きこもりが久々に外出しただけです本当にありがとうございました。

「フヒヒッ、今日も十香たん可愛いおフヒッ」

物陰でパソコンいじってる相川は清香。
普段なら照れが入ってしまいそうだが、画面に映った美少女の画像を見て涎を垂らしながらハァハァ言ってる雌豚に対しては残念ながら一片たりとも照れなど混ざりこまない。

「なんなんだ騒々しい……またお前か、織斑一夏」

最後に箒がやって来て全員集合だ。

主にストーリーは俺と箒と軸として進む。有数の進学校に通う俺たちは、少し前にやって来た箒という転入生を巻き込んで『次世代ガジェット開発倶楽部』を立ち上げ、時にはぶつかり合い、時には手を差し伸べあいながらも夏に行われる全国科学コンテストの1位を目指していくというものだ。
……実はこの箒の役名は篠ノ之束、つまり彼女がISをこれから作り上げていく、むしろ劇中で開発されているパワードスーツがISの雛形であるという裏設定があるのだが、それは閉幕後にナギちゃんが語ることだ。
今は劇に集中しよう。
そうして第1回公演は過ぎていく。





やれやれだぜ。第1回公演は大盛況の元に幕を閉じた。第2回、第3回、と数を重ねても集客は衰えていない。
この調子なら総合的に多くの観客の来場を見込めそうだ。他のクラスに引けを取らないだろう。
俺は白衣姿のままベンチに座り込み、出店で買ったペットボトルのジュースをごくごくと飲み干した。空の容器を傍らのゴミ箱に投げ捨てる。
弾と蘭はしばし二人だけでめぐってみるそうだ。用済みとリストラされた俺はこうして青空の下しょげている。本当に首切られたリーマンみたいになってるんですが大丈夫ですかね俺。
やっとの思いで得た昼休みだ。楽しんで過ごしたい。

「あー疲れた……なんか見るもんあったけなぁ」

手に持ったパンフを適当に見る。各クラスごとに個性的な出し物があるが、一人で行くもんじゃねーな。こうしてる間も俺に対する視線がハンパないし。
と、悪戯な風(古風)が俺の手からパンフを奪い去っていった。オイマジかよ、それ一人につき一部しか発行してくれねーんだぞ。

「あ、ちょっ」

バサバサと吹き飛んでいったパンフが、見知らぬ人の足元に転がる。
慌ててそれを拾いに行こうとして。
ベンチから立ち上がって。
一歩踏み出し。
歩みを止め。
凝視する。
止まる。
見る。

今俺の目の前に佇むその少女を。

私服だということは、学園の内部生じゃない――待て。待て。なんで。
帽子にメガネと変装じみたことはしている――だから皆気づかない。俺はすぐに分かる。俺だから。分かる。

そこにいたのは、まさしく姉さんだった。

幾年か前に、若返ったかのような外観の少女が。いた。

「君、は……」
「!? ……!」

少女はバカな! といった表情で自分の顔を触って、慌てて辺りを見回し、また俺を凝視する。
俺は咄嗟に大丈夫だというジェスチャーを送り、彼女に習って周囲を警戒する。

「こっちへ」
「ああ」

そそくさと早足で物陰まで歩いた。
少し落ち着く間を置く。……こうやって近くで見ても、ますます姉さんだ。ぶっちゃけ若いころの姉さんが写真から飛び出てきたと言われたら信じる。

「……すまない。手間取らせたな」
「い、いや。……なあ、君は何者なんだ?」
「答えることはできない。そもそも今、お前と接触していることすら予想外なんだ……視覚偽装は完璧のはず、直感? いや、『白雪姫』の補助のせいか……」

少女は冷たく答えた。最後の方は口ごもっていて何も聞こえなかったが。
でも俺はそんな言葉だけで退くことはできない。なぜ姉さんと同じ容姿なのか。どこから来たのか。

「答えることはできない」

冷淡な跳ね返りは変わらない。俺はじっと彼女の目を見つめていた。……どうも無駄っぽいな。時間の浪費は好きじゃない。
なら質問の趣向を変えるとしよう。

「なんで来たんだ?」
「……見てみたかった、から。IS学園を」

その言葉を零したとき、少女の瞳は、光の切れた蛍光灯のように、何か途方もない深淵であるかのように、底知れないほど――輝きを失っていた。
そんな目を俺は見たくない。
姉さんの顔で、そんな目をしているのを、見たくない。そう心から思う。だから。

「なら、見に行くか」
「え?」

ベンチから立ち上がる。パンフを見ればどこで何をしてるのかはすぐに分かる。
この上ないナビゲーターになってやんよ。

「行こうぜ、あ、えーっと……」
「……マドカ、でいい」

マドカちゃん、か。
俺は彼女を引き連れて、珍しく本気で遊び倒すことにした。





2年生が教室を神社っぽく飾り付けていた。
すげぇ涜神な気がしなくもないが、アリっちゃアリだ。許可を出すあたりこの学園は完全にイカれている。
それっぽい社を潜り抜け、俺とマドカちゃんは本殿にたどり着いた。

「おっ、織斑君じゃない!?」
「本物だー!!」
「女の子連れてるけど……誰?」

騒々しいなオイ。俺はマドカちゃんを若干引き寄せ離れないようにする。
戸惑ったように耳を赤くし、マドカちゃんは距離を取ろうとしたが、周囲からビンビン飛んでくる殺気に気づいたのかされるがままになった。少し香水がいい具合に香ってやべぇ……女の子すごいよぉ……
適当に手を打って黙礼。
できる限り具体的に願うといいって誰かが言ってた。多分箒。かつて巫女の経験もあるという我が幼馴染は圧巻の頼りがいだぜ。

「何を願ったんだ?」
「私は別にいいだろ。お前はどうなんだ」
「ああ……自分の国がほしいですってお願いしといた」

俺の国があればハニトラ被害とか心配せずに済みそうなんですけどねぇ。
あまりにもバカバカしすぎたのか、マドカちゃんは呆れたように嘆息するだけだった。
めっちゃ悲しいんですけど。失意に沈みながらおみくじとかお守りとかが置いてるコーナーに向かう。

「あの、おみくじ二つください」
「はひっ! ろっぴゃきゅえんです!」

緊張しすぎだろ。俺は財布の中から小銭を引っ張り出そうとして、横でマドカちゃんが懐から諭吉を抜き出すのに間に合わなかった。
ピン札じゃねーか。

「これで」
「オーバーキルだバカ」

リバースカードオープン、強制脱出装置! 諭吉をマドカちゃんの手に戻すZE!
代わりに俺が野口を通常召喚してみた。バニラで申し訳ない。凡骨ビートをなめるなよ。

「織斑一夏……」
「いいだろこんぐらい、カッコつけさせやがれ」

おみくじを箱の中から引く。マドカちゃんも不満そうにしながら、一枚引いた。
周囲からの視線が痛い。どうやらここで開けろということらしい。
のり付けされている紙面を剥がす。出た――末吉。微妙だった。
何々……願望、辛抱せよ。金運、拾う幸あり。恋愛、諦めろ。最後ふっざけんなバーカ!

「そっちはどーよ?」

おみくじを覗き込む。途端にマドカちゃんは首を真っ赤にして顔を逸らした。

「っ! い、いきなり近づくな!」
「あ、ああ悪い……凶か……」

不自然なほどに驚かれ、こっちまでビビった。
おみくじの内容は非常に悪い。それを淡々と見てから、マドカちゃんは鼻を鳴らす。

「元から神など信じていない」
「いやここ神様じゃないぜ。見てみ」

俺は親指で社にかかった掛札を指した。マドカちゃんがほっそりとした首を上げる。

「……千冬教?」
「新興宗教団体感丸出しだな」

もはや呆れるばかりだ。この神社っぽい教室では姉さんを神として崇めているらしい。本殿の奥には姉さんの生写真でも御神体として飾られているのだろうか。
俺はやれやれと肩を竦めると、マドカちゃんに視線を向ける。
バカバカしいだろ、と声をかけようとして。

「……織斑……千冬……」

また、あの目。
迂闊だった。この外見で、姉さんと何の関係もないはずがない。強いて言えば、まず間違いなく常識的ではない関係だ。
浅慮にもほどがあるぜ俺。こんなパッパラパーだから彼女ができねーんだ。

「悪い。腹減っちまった。飯にしようぜ」
「あ……」

マドカちゃんの手を引いて結構強引に連れ出す。周りが一気に騒ぎ出し写メの音もしたが、無視。
後日が怖いなと思ったけれど、なるようになるさ。
なにせ俺には『癒憩昇華』があるからな!(希望的観測)
教室を出て手を放した時、少しマドカちゃんが名残惜しそうな表情をした時はズキューンときた。

「まあせっかくだし、どっかの喫茶店にでも入るかな」
「織斑一夏。あれはなんだ」

そう言ってマドカが指差したのは一年四組だ。
簪がメイド喫茶をやってるところか……いや全然欲望のままに行動してるわけじゃない。確かに彼女のメイドコスも気になるが、喫茶店を名乗るからには美味いコーヒーと軽食があってこそなのだ。それを確かめにいかねばならないだろう(ここまで2秒)。

「いいぜ、行くか」
「今度は私が払うぞ」
「自分の分だけでいいって」

そうか、とマドカちゃんは残念そうにする。ピン札どんだけ使いたいんですかねぇ。
教室には結構人だかりができていた。しばし列に並んでから入店する。俺が入ったとたんの歓声が耳を衝いた。
リアクション的にマドカちゃんの外見には誰も気づいていないのか……? すぐ思い当るのは血筋による直感。
んなワケあるか。妥当なとこで、まあ、『白雪姫』のおかげかな。

「申し訳ありません、相席になってもよろしいでしょうか?」
「俺はいいですよ。マドカちゃんは?」
「構わない」

というわけで教室の隅のテーブルに案内された。教室中から飛んでくる視線が痛い。
席の相手は見たことのある人だった。ダッフルコートを椅子に引っ掛けて優雅に紅茶を飲んでいる。ダージリンティーの香りが俺のいる場所まで漂ってくる。
背後でマドカちゃんが一瞬歩を止めた。

「下僕お前、何しに来てんだよ」
「君を探してたんだよー」

手をヒラヒラと振る彼女は、冷静に見れば美人だ。まあ胸ないし、オーラないし、ミステリアスさもないから残念。
下僕は視線を俺から僅かにずらし、ほんの少し眉を跳ね上げ、不機嫌そうな声色を搾り出した。

「後ろの子は?」
「ん、ああ……知り合いで、招待したんだよ。マドカちゃんっていうんだ」
「どうも」
「ちょっと帽子上げてもらってもいい? ……あれー? 私の従兄弟に似てる気がしたんだけど」
「完全に気のせいだ」

軽く会釈してマドカちゃんは席に着いた。俺も倣って着席。
店員さんがメニュー表を持ってきたので、簪はどこにいるのか聞いてみる。どうやら厨房での仕事らしい。

「いや絶対あの子はホールに出るべきなんですけどね……みんなあんまり話したことなくって、ルームメイトの子とか一部が説得したんですけど納得しなかったんです」

メイド服姿の女生徒がそう教えてくれた。この子も十二分に可愛いので来た甲斐はあった。
だが折角なら簪のも見てみたいという欲が出てしまう。

「私はコーヒーとたまごサンドイッチを」
「俺はアップルティーとオムライスで。あ、悪い少し席外す」

互いに初対面の女性二人を放置というのは紳士としていただけないが仕方ないね、だって簪のメイド服がかかってるんだもん。
彼女できないんだしこういうところで青春っぽさ味わさせろよオラァ!

「さぁーて、料理中に口出しという名目で侵入しようかなっと」

厨房とホールは簡易的な仕切りで区切られている。といっても別に天井まで届くほどじゃあない。せいぜい俺の腰あたりまでしかない本当に簡単なものだ。

「よっ、簪って……」
「にゅひゃぁっ!? いいいい一夏、何でッ!?」

厨房で料理しているにもかかわらず、簪はメイド服姿だった。
どうでもいいけど汚れたりしないのか大丈夫なのか。ちょっとドジって服を汚して『ふぇぇ……服汚しちゃった、ご主人様に怒られちゃうよぉ……』なメイドさん。
……断然アリだと思います。

「客だっつのこっちは。オムライス頼んで、ついでに様子見に来た。似合ってんぞ」
「ん、んんっ……ありがと」

少し頬を染めながら、彼女は俯いてしまった。
……おおいっ!? 俺が求めてるのはそんな乙女チックな反応じゃなくて、いかにも親友らしく軽く笑いながら流すような対応だぞ!?
これは少し簪との距離感を考えてみたほうがいいかもしれん。そういえば最近すっかり気を許してベタベタし過ぎだったような気がする。

「あ、悪い俺ツレがいっからさ」
「うん……また、ね」

席に戻る。下僕とマドカちゃんが少しも喋らず黙々とコップの中の液体を飲み干している。
空いた席に置かれた瑞々しいアップルティーのグラスが教室の照明を反射して眩しい。ていうかあの席、殺伐とし過ぎだろオイ。本格的に戻りたくねぇ……

「悪い、待たせたな」
「気にしてないよー」
「別にいい」

マドカちゃんは帽子を被ったままコップを傾けている。シュールな光景だが、どうにも周囲からそれに対する興味はない。
……起動済みの『白雪姫』が情報を送ってくれた。視覚の阻害エフェクトがかかっているらしい。そんなことができるということは――マドカちゃんは、マジでこの学園に潜入するために来ているのかもしれない。個人でこんな魔法みたいなことができるんだったら束さんの再来と言わざるを得ねぇし、背後に組織の影がちらつくな、これ。
そんな子を案内するとかいまさらだけど俺危ない橋渡りすぎワロタ。

「あーそーだ織斑君、しばらく私この学園にいるね? レールガンシリーズの最終作品、『呪(かしり)』がそろそろ完成しそうだから、ラボよりこっちで引きこもってる方が都合良いんだよね」
「ふぅん。んじゃ時々様子見に行くぜ。ついでに『白雪姫』のメンテも頼みたいしな」

ずぞぞぞぞぞ……とアップルティー一気飲みにチャレンジ。思ったよりグラスが大きくて3分の1ぐらいで諦めた。
仕方ないので黙々とオムライスを食べ進める。時々下僕と話すぐらいで、マドカちゃんはまったく声を発することなくいつの間にかサンドイッチを食べ終わっている。

「じゃあ私は、行くね。マドカさんも、もしどこかで会えるならまたいつか」
「ええ」

仲が悪かったわけではないらしく、最後にマドカちゃんに挨拶して、下僕は店を去っていった。
……なんか、違和感が、拭えない。なんだろう。何か、おかしくないか。
アップルティーの底には茶葉の粉末が沈殿しつつある。
オムライスもなくなってしまった。

「織斑一夏。まだか」
「ん、ああ」

グラスの中身をまるごと飲みこむ勢いで喉に流し込んだ。
席を立ち、お勘定。案の定マドカちゃんの分はピン札だった。
外に出てからパンフを開いた。やってるのは……近いとこで美術部と弓道部か。

「美術部行ってみるか」

マドカちゃんは頷いた。
やっぱり彼女と連れ添って歩いていると、指差されたり、なんか話されたりと落ち着かねぇ。だが俺とマドカちゃんの関係を邪推するものばかりで、その外見について触れたものはない。
……正直、その視認阻害エフェクトの発信源について聞かなきゃいけないんだろう。まあ会った瞬間の時のことを考えると明らかに教えてくれなさそうだけど。

「何をするんだ?」
「着いてからのお楽しみだぜ」

美術室への道のりの間も、ふと彼女が見かけたものについて説明を加えていく。
そうこうしている内に美術室に着いてしまった。ドアには『芸術は爆発だ!』と書かれた張り紙があった。

「……爆弾の解体、か」

部屋に入るなり周囲のテーブルには集中して箱型の機材にピンセットやらニッパーやらを駆使して立ち向かう人々がいた。
明らかに部外者っぽい人たちは頭を抱えながら部員の指示を聞いて、暇つぶしに来た生徒はサクサクと解体していく。

「マドカちゃんは」
「経験はある、こんなもの子供の遊びだろう」

言ってから、マドカちゃんはしまったといった表情をした。
……とにかく席に着いたが、本当に、マドカちゃんはテキパキと解体作業を始めた。
それを見守りながら、いよいよこの子が何者なのか、俺には分からなくなる。
一体全体どこから来たんだ? 何をしているんだ? 何で爆弾解体の技術があるんだ?

「最終段階だ」
「ん、ああ」

完全無効化段階に入る。赤か青かってコナンかよ。一番最初はジャガーノートだっけ、映画あんま見ないかわ分かんねぇけど。
マドカちゃんは請うように俺のほうを見てきた。

「好きなほうにしろよ」
「分かった」

迷うことなくマドカちゃんは青を切った。無情なブザー音がビビーッ! と響く。
あれま、なんか青に恨みでもあるのか。
と、ブザーの際に何か不具合があったのか、マドカちゃんの頬に機材の破片が飛んだ。ピッと切れて少し血が垂れる。

「大丈夫か?」
「ん? ああ……このぐらいなら」

マドカちゃんはティッシュで血を拭って、そのまま放置していた。
残念賞の飴玉をもらって外に出る。階段を上がったところに弓道部の部室があるのでそこも行きたい。

「……弓か?」
「んーいや、今日はグレードアップ、期間限定射撃部だってさ」

露骨に嘲笑うような笑みを浮かべるマドカちゃん。そういう嗜虐的な笑みも似合ってるあたり姉さんの造形はマジで万能なんだなあと思う。

「ちわーっす」
「あ、織斑君だー! こっちこっち、今ちょうど4番が空いてるよ」

見知らぬ生徒が手招きする。
銃撃なんてなかなかできない体験だからか、来ている客の大半は招待客だった。

「お連れさんは銃を扱った経験はあるかな? なかったらこのハンドガンがおすすめなんだけど……」
「これでいい」

マドカちゃんは迷うことなく、壁に立てかけてあったライフルを手に取った。今や骨董品もいいところのボルトアクション式小銃だ。多分現物じゃなくて、それを模したモデルガンなんだろう。俺は無難にアサルトライフルを借りた。
目標は空間に投影されたダミーターゲットなので、距離は自在に調整できる。最長2キロらしい。
俺はまず550mに設定。撃つ。当たる。50m伸ばす。当たる。100m伸ばす。当たる。周囲から感嘆の声が漏れた。
直感的に分かる。今の声は俺に向けられたものじゃない。

「……織斑君、あの子、何者?」
「俺が聞きたいっすよマジで」

マドカちゃんはモシン・ナガンで俺と同じ距離のターゲットを撃ち抜いていた。名高い傑作アサルトライフル、M16に対して、モシン・ナガンはスコープすらない旧式だ。ちょっと頭がおかしいなんてレベルじゃねーぞこれ。

「射撃には自信がある」

リロードしながらマドカちゃんはそう言った。

「ドヤ顔で語っちゃって可愛いなオイ」
「っ」

あ、外した。そのまま銃の銃身にがつんと頭をぶつけた。
そのまま俺とマドカちゃんは同じ距離を撃ち続け、めでたく新記録を樹立することとなった。
すごいすごいと褒めちぎる弓道部部員に、俺も悪い気はしない。

「あ、じゃあ記念写真撮らせて! 現像したら二人にも渡すからさー」

部長という腕章をつけた少女がそう言ってきた。

「いや、別にいいっすよ。写真苦手なんで」

申し訳ないが断ろう。そう言葉をかけたとき、マドカちゃんがポケットから小型のデジカメを出した。
え。撮影希望者さんですか。

「このカメラでも、撮ってほしいんだが」
「はいりょーかいっ。じゃ、二人とも並んで!」

なし崩し的に撮ることになった。写真とか苦手なんだけどなぁ……
部長さんの一眼レフが数回、マドカちゃんのデジカメが1回フラッシュを焚いた。
デジカメがマドカちゃんに返される。
すぐにデジカメをかちゃかちゃいじると、彼女は少し笑った。

「仏頂面だな」
「悪かったな……って、あん?」

デジカメの画面に映し出された写真をまじまじを見る。
不機嫌そうな俺と、その横で、満面の笑みを浮かべて俺に腕を絡ませてるマドカちゃん。……腕を絡んでる覚えはないので多少不思議だが、それより表情だ。
姉さんがこんなにイイ笑顔を浮かべるのなんか見たことないし、それに、こんなにふんわりとした美人を見たこと自体人生上初めてだった。

「……なんだ、すっげぇ笑顔じゃん」
「ん、写真は、好きだからな」

少し照れたようにマドカちゃんは視線をそらした。

「ずっと昔に言われたんだ」
「え?」

マドカちゃんの目が、ずれる。どこかピントのおかしなものを見ている。この場にないものを懐かしんでいる。

「写真を撮れと。写真を撮ったとき、隣に誰がいたのかをきちんと覚えておけるようにと、言われたんだ」

脳天を、鉄塊で殴りつけられたような、そんな錯覚がした。

「……ぅ、え?」

何て言った。何故その言葉を知っている。
それは。
それは姉さんが俺に言い、俺が守っていない、数ある教示の一つのはずだ。
なんでお前が知っている……?

「ぁ……」

pipipi! とマドカちゃんの腕時計がアラームを鳴らした。
彼女は少し表情を歪め、小さく、すまない、と呟いた。そのまま風のように駆け出す。咄嗟のことに俺は反応できない。

「ちょ、ちょっ?」

慌てて俺も廊下に飛び出した。
開きっぱなしの窓から無遠慮な風が俺を殴りつけてくる。他に人などいない。
おい、ここ、4階だぞ……?

「織斑君、はい写真。……あれ、お連れさんは?」

追いかけてきた部長さんの問いに答えることもできず、俺は呆然と立ち尽くすばかりだった。





考える時間がほしい。
あまりに姉さんと酷似した外見。
姉さんに親しいもの以外知る由もない言葉。
どれをとっても謎が多すぎる。いや、少しだけ分かることならある。

「まず間違いなく、織斑の血筋に関係がある」

男子更衣室。第1アリーナに拵えられた俺専用のロッカールームでベンチに寝っ転がり、俺は思考を回す。
そもそも俺に接触することが予定外とか言ってた。つまり何かの予定があったということに他ならない。
どうなってる……? 何をしに来たんだ?

もしかして俺は、何か致命的な破滅の根源を招いてしまったんじゃないか?

「分かんねぇ」

ごろんと寝返りを打つ。ベンチから落ちた。
この部屋にいるのは俺と『白雪姫』ぐらい。
マジで分かんねー。
そうしてごろごろごろ。暇だな。3DSでも持ってくりゃ良かったな。ルイージマンション2に備えなくてはならない。

「……ここにいたのかよ」
「あ?」

部屋の扉がバシュッと開いた。
出てきたのはスーツをカッチリ着込んだ女性。メガネかけてたけど外して投げ捨てた。
……! 俺は弾かれたように立ち上がり、瞬時に権限させた『白世』を振り下ろす。理由などない。ただ防衛本能の警鐘に従うだけ。

「んなっ!?」

女性が驚愕したように口を空ける。俺に向けて放たれたのは網状に張られたエネルギー体。
まるで蜘蛛の巣のようなそれは『白世』にまとわりつきどうにか俺まで伸びようとしていたが、あまりに大剣が長大で届いてねぇ。
即時攻撃とか割とムチャクチャだ。最も合理的ではあるがな。我ながら対応できたのは素晴らしい。箒との一件でもやったが、『白雪姫』は俺のためなら割と勝手に姉さんの封印を破ってくれる。

「テメェッ、大人しくしやがれ」

女性の背後から無骨な機械腕が生えるようにして現れる。
蜘蛛の網に続いて蜘蛛の足か……の、割には2本だけってのは肩透かしだな。
自分の左腕はだらんとぶら下げて、女は右手にサブマシンガンを召還した。互いに武器のみ持った状態。

「『白雪姫』ゥッ!」
「アラクネェェェェッ!!」

ただ、互いに全身を鎧で包むのに1秒もかからない。パーソナライズされた俺の白衣と女のスーツは粒子と散り、その中で踏み込み、激突する。
純白のISアーマーと黒に黄の縞々を描いた毒々しいISアーマーが擦れ鈍い音を立てた。
手狭な更衣室の中じゃ『白世』を十分に振るえない。おまけに手数じゃあっちが完全に勝っている。
サブマシンガンも鬱陶しいが、最大の難所は背部に取り付けられた蜘蛛っぽいアーマード・アームだ。先端が鋭い爪のように尖っており、実体剣の体を成している。おまけに内側には仕込みライフルも備えていて、モードチェンジとか高速切替(ラピッド・スイッチ)とかを必要とせずに刺突に銃撃にやりたい放題だ。
この野郎鬱陶しいぜッ!

「うらっ」

メインアーム2本をまとめて弾き飛ばす。返す刀でマシンガンを両断。
よく3本も腕を操るぜこいつ。

「でも練習の甲斐あっても3本が限界なんだな。……左腕、全然動いてねぇぞ」
「!」

ギクリとしたように、女が動きを止めた。
隙を逃さず全力の加速をもってして蹴りを叩き込む。壁をぶち抜いて女は隣の部屋、アリーナのピットに転がり込んだ。

「何が目的だテメェ」
「……ハッ、答える義理はないねェ」

さすがに衝撃が通っているのだろう、女は苦しそうに表情を歪めながらPICで姿勢を整えた。
女のアーマーがスライドする。腰部から出てきたのは、何か液体がたっぷりと溜め込まれた注射器。
躊躇なくそれが細い首筋に突き立てられる。

「う、おっ……きたぁっ。キタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタキタァァァァァァッッ!!!」

ぎゅううと中身が注入される。
マジかよアブない薬でも入ってんのかよ。

「ヒュキキキキ、ひゃははははははははははっ! 並列思考用の特注品って言ってたけど、こりゃ市場に流せば並のドラッグよりぽっぽどキクぜスコォォォォォルゥゥゥゥゥゥゥ!!」

……これはさすがの俺でもちょっと引くわ。
涎だらだら垂らしながら、白目剥いて、髪を振り乱し身悶えする美女さん。ちょっと弁明の余地がないレベルでキチってますねぇ。

「ああ、あぁ……『アラクネ』、出力全開(フルバースト)ッッ!!」

次の瞬間、メインアームがまたにょきにょきと生えてくる。いや蜘蛛を模した兵装腕だけじゃねえ、人間の腕のようなサブアームまでご丁寧に増えやがった。
蜘蛛足型メインアーム8本、サブアーム2本、元々あるので2本。計12本。

「きひひひひひひ、ひきっかっかきききっきゅくくくひゅかっかいひゅかひゅくひゅくひゅくひゅくひゅくひゅくひゅ」

今時ホラーゲームでも聞けないほどのマジキチボイスをあげながら美女さんが突っ込んでくる。
メインアームはブレード部分での攻撃と射撃を使い分けてきてて鬱陶しい。サブアームが握るマシンガンやレイピアもいい感じに俺の動きを制限してくる。突かれ突かれ俺のエネルギー残量が地味に削られ続けているんだがこのチマチマ削り本当にイヤだ。

「何が目的だって聞いてんだろうが答えろタコ!」
「そのアィエスとォッ、テメェを捕まえに来てんだァァァァァァァァよッッ!!」

メインアームの刺突を凌いで首を傾げるだけで射撃を回避、サブアームのマシンガンを蹴り上げそのまま前蹴り、メインアームに阻まれ一旦距離をとる。ここぞとばかりに8本ともが集中砲火してきた。『白世』を盾代わりにしてやり過ごす。
こうも狭いところじゃ地の利が向こうにあるし、何より『白世』の取り回しじゃ手数的にムリゲーなのは明白。

「12本も腕並列して使うにはまともな脳みそじゃ無理だろうけどよ、クスリキめなきゃ扱えないISとか欠陥機にも程があんだろ!」
「スコールがこォの私のために作ってくッれたッ、専用のッ、私専用のISにィィッ……ケチつけてんじゃねェェェェェェェ!!」

突撃してくる美女さん。
8本のメインアームが踊る。火を噴く物、突き出される物それぞれだ。
俺は『白世』を地面に突き立てると、見えないように『虚仮威翅』を展開させた。体を傾け、居合いの姿勢。懐剣で居合いというのも変かもしれないが、こいつはただの懐刀じゃねぇ。
イメージしろ、鞘に収められた剣を。あらゆる闇を裂く一振りの閃光を。
こんなところでこんなワケ分かんねぇ奴にやられてやるほど……俺は甘くねぇんだよ!!

「あ?」

刺突が『白世』を弾き飛ばす。
がら空きの俺本体に対しありったけの弾丸を叩き込む算段だったのだろうが、美女さんは、疑問に首を傾げているようだった。
ガシャンガシャンと鉄塊が落ちる音がいくつも響く。
それが『白世』と同時に吹っ飛んだ自分のメインアームの成れの果てだと、美女さんはまだ理解できていない。
抜刀の要領で『虚仮威翅:光刃形態』を顕現させ振りぬき、メインアームを溶断してやったのだ。

「まだまだァッ!」

すぐさま高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)へとつなぐ。
美女さんの周りを飛び回り、メインアームを断ち切っていく。

「ッ、テメッ」

やっと彼女が反応したころには、すでにメインアームは全て地に落ちていた。
厄介なのは全滅させてやった。俺は光の刃の切っ先を突きつける。

「投降しろ、あんたには聞きたいことが山のようにある」

……戦闘でヒートアップしていた思考を一旦埋没させてみれば、疑問は湯水のように湧いて出てくる。
こいつは何者だ。何をしにきた。
俺が睨み付けていると、窮地のはずのこいつは突然笑い出した。……念のため一旦『白世』を量子化し回収しておく。

「きひゅひゃひゅひゃはははははききゅひゅひぇ、てめぇみたいなガキにこのオータム様が負けるわけねェェェェェだろこのボケナスがァ!!」

刹那、赤い衝動が地面を叩く。思わず顔をしかめてしまうほどの熱量が、ピット内の床をひしゃげさせた。
なにッ、が……起きてる!?

「『ボルケーノ・ラァァァァァァッシュ』」

オータムと、自分の名を明かした美女さんの背中には、8本のメインアームの根元がまだ残っていた。
それをパージ。デットウェイトだった機材が転がる。
そして粒子から結集し、新たに顕現する後付装備。
それは、まるで。

「『銀の鐘(シルバー・ベル)』……!? なんでここに!?」
「あ゛ぁン!? あれのデータを元にスコールが直々に改良したもんだ、こっちの方が強いに決まってんだろッ!」

恐らく『銀の鐘』のデータを何らかの形で入手したのだろう。形状自体は大幅な変更は見られない。清潔だった銀色は赤銅に塗り潰されている。
戸惑いや恐怖より、怒りが先行する。なぜ俺は今怒っているのかも分からない。なにか、思考が感情に追いついていない。一歩先駆けて感情が俺を突き動かしている。

「ヒュキキキきケッキュキュキュきゅきゃああああはははあああああ!!」

全方位砲撃。……本物に比べたら、温い。赤いエネルギー弾の隙間を掻い潜り接近、狂笑をあげ続けるオータムの顔面に多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)の勢いを乗せた蹴りを叩き込む。
吹き飛んでピットの壁にめり込む敵を追撃。『虚仮威翅』で『ボルケーノ・ラッシュ』とやらのウイングスラスターの片方を切り落とす。

「テンメッ」

何か叫ぼうとしたオータムの顔面に腕部装甲を叩き付け黙らせる。
……嗚呼、ああ、そうか。やっと追いついた。理解した。この激情は決して防衛本能なんかじゃない。どこか冷静な思考がやっと仮説を提示する。

「『福音』を暴走させたのはお前らか?」

壁から体を起こし再び『ボルケーノ・ラッシュ』を展開したところで至近距離から『虚仮威翅』で薙ぐ。ついにウィングスラスターはどちらもぶった斬った。入れ替わりに両手に召還したハンドガンを撃ち込み続ける。

「ぐっ、ぎゃっ、ぎゅっ」
「お前らが『銀の福音』の暴走を誘発したのかって聞いてんだよ!!」
「がっ……あたしらは悪の組織だぜ? あったりまえだろーがよォッ!」

オータムが隠し玉に温存していたのだろう、追加のメインアーム2本が俺の胸元に突き立った。
……こいつら、が。
こいつらがこいつらが……ッ!!

「こ、のっ……?」

もういい。ぶっ飛ばす。
そう思って武器を替えようとして、くらりと眩暈がした。ただの眩暈じゃない。頭痛というか、瞼が重い。ハンドガンを取り落とす。手で頭を押さえる。がんがんがんと内側から頭蓋骨を殴られてるみたいだ……
なんだ、なにをしやがった。

「ヒャーーッハッハッハ、ここまで見事にひっかかるもんなのか! 『アラクネ』ってのは毒蜘蛛だぜ、それも知らずにあたしの爪を受けてたのか!」
「ぐ、っ……あんた、メインアームの爪先に何か……!」
「神経毒の注射針があるのさ。こんな細い針じゃ絶対防御は発動しねぇからな。安心しなァ、命には及ばねーよ! あんたは殺すなってスコールに言われてるからさぁ!」

やら、れた……ッ! もう立つことすらままならない。俺は後ろ向きにひっくり返った。強かに打ちつけた後頭部が死ぬほど痛い。
こらえ切れないほどの眠気。これが眠気なのか分からないが、ただ、視界が黒く塗り潰され始めたのは確かだった。



「あーあ、こいつは殺しちゃいけないんだよねェ……クスリの効果も切れちゃったし、このまま帰るってのも面白くない。しゃーねえし、適当なガキでも嬲り殺してから帰るか」

…………?

「誰にすっかな、やっぱコイツのクラスメイトにしとくか。あー探すの面倒くせーな……番号順に呼びつけて殺してくか。お前はしばらく動けないから、そこで這いつくばってみとけよ間抜け! きゅひゃきひひひひひ!」

……何を、言っている。
……お前は、何を、言っている。

脳裏にフラッシュバックするは出席番号1番の少女の笑顔――――――


ふざけんな。


『単一使用能力『癒憩昇華』の発動を確認』
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァッッ!!!」

雄叫び。俺は立ち上がる。体中の血液が沸騰しているような感覚。
それでも分かる。今、俺の体を蝕むウィルスは『白雪姫』の手によって排除されているというのが分かる。

「ン、なァッ……!? まさか! まだ立ち上がれるハズがッ」
「もういいんだよ――いい加減黙れよクソ野郎ッ!!」

瞬時に召還、『白世』を脳天に叩きつける。勢いでオータムがつんのめる。俺は片手だけ離して『虚仮威翅:光刃形態』を呼び、追加のメインアームを薙ぎ払った。
ふらつくオータムにとどめ。一回転加えてから、全力の『白世』の逆袈裟切りを、顔面に叩き込んでやった。
クリティカルヒット。
ピットの端を起点に吹っ飛んでいき、オータムはアリーナへのカタパルトデッキ半ばまでごろごろと転がっていく。どうやら意識はないらしい。
空を見上げれば、異常を感知したのか、ISをまとった教師陣が飛んでくるところだった。





弾は帰っていたらしい。
突発戦闘で疲れた体を引きずり俺は何度か公演をこなすと、鈴が封筒を渡してきた。なんでも弾から俺へプレゼントらしい。『寂しい夜のお供だぜ☆』という言葉と共に渡されたらしい。

「これは期待せざるを得ない」

俺はそう呟いて、誰もいない物置と化した1組の教室で封を破った。
封筒から出てきたのは、ポストカード。
思わずイラッとしてしまうようなポージングで弾が写っていた。大きめのフォントで文字が刻まれている。

『釣られたな イチカー』

迷わず破り捨てた。
風に吹かれてカードの残骸が飛び去っていく。

「やろう、ぶっ殺してやるフォイ」

俺は静かに呟いて地球破壊爆弾を取り出そうとしたが、ネズミ退治より下らない理由であることに気づいてむなしくなった。ていうか四次元ポケットがなかった。ハハッ、ネズミーランドは砕けないよ。……ハハッ。
弾≦ネズミの不等式を新たに学習した俺は、やれやれと肩をすくめて極めてクールに去ることにしたのである。スピードワゴンもびっくりのクールさだ。
これはまさに……そう、復讐に全力を傾ける時だ。手始めにあいつの自宅に着払いでホモレスリングのDVDを送りつけてやる。妹モノは洒落にならないので却下。
この織斑一夏容赦せんッ!

「おりむーどこ行ってたの~?」
「ちょっとな、あれだ、色々とな」

というかマジで疲れたんですよ。
騒ぎに騒いでる一組の教室から抜けて、俺は屋上で一人空を見上げていた。夕暮れの空に月が薄く顔を出している。
俺にオルコット嬢は千客万来パーティー、つまり客数ぶっちぎりナンバーワン祝勝会を抜け出して擦り寄ってきた。

「侵入者のこと、お聞きいたしましたわ。一体どうして一人で突っ走るんですの?」
「いやいや俺は悪くねえよ。あっちが勝手に」
「一夏さん」

ふんわりとした金髪が俺の頬をくすぐる。オルコット嬢が俺の肩に頭をのっけてる。
淑女からこのアプローチは童貞なら誰もが夢見るシチュエーション。

「離れろよ」

それをにべもなく断るのが俺様さ!
こいつは完全にキマっちまったぜ……これ以上ないというほどにな……!

「ヤ、ですわ」

器用なことに頭を俺に預けたまま、オルコット嬢はぷいとそっぽを向いた。
あるぇ……? 俺の奥義、『厨二感満載の痛々しいクールキャラ』がまったく効いてない。

「いいから。少し、一人にさせてくれ」
「鈴さんたちもみんな、貴方が心配上の空ですわ。監督として由々しき事態ですもの、戻っても面白くありませんし」
「へーへー」

オータムとやらは気絶したまま、学園の独房にぶち込まれている。独房あるってどんな状態を想定してんだこの学園は。
その内降りるよ、多分。俺はまだうまく頭が回っていないんだ。
『福音』を暴走させた要因がやっと見つかった。
あの時警告された、俺たちを滅ぼそうとする意思。それに抗うためには俺にも意思が必要だと、『彼女』は言っていた。
まだ足りないのか、俺には、意思が。

「あー悪い、ちょっと出るわ」
「え?」
「すぐに戻る」

屋上を降りる。喧騒が響く一年の廊下を通らないように迂回して、一階、地下へ。
レベル4の権限が必要な地下への進入も『白雪姫』のアシストがあれば容易い。
話を、聞きたい。
あの女が所属する組織の話が。
俺一人じゃ何もできないだろう、でも、少しでも真実に近づきたい。あの惨劇を引き起こした連中に一発食らわせてやりたい。

「……ん? 機密回線か?」

プライベート・チャネルで俺に通信が飛んできた。
姉さんからだ。SOUND ONLYの画面が開かれる。

「はいもしもし?」
『一夏逃げろッ!!』

……あ?
瞬間、爆音。もっと深い深い下の階からだ。
ッ!

「『白雪姫!』」

アリの巣のように入り組んだこの地下構造で爆発源に接近するのは困難だ。
この音は明らかに爆弾とかじゃあない。ISか、それに順ずる兵器による破壊音。断続的に聞こえるそれは階層をぶち抜いて地上を目指している。
俺も全速力で階段を上がり地上を目指す。

『敵性IS反応確認。コアネットワーク照合、ユナイテッド・キングダム製第3世代IS『サイレント・ゼフィルス』の改造機と推測』
「改造機ッ!? つーかUK製ってことはァ……ッ」

地上に飛び出す。
瞬間、すぐそばの林から大地を貫くようにして幾つものエネルギーレーザーが立った。
地面を破砕して飛び出してきたのは、漆黒のIS。シュヴァルツェアシリーズよりさらに深い、底の見えない宵闇。当然のごとく周囲に展開されているのは――BT兵器!

「オイテメェェェェッ!!」

俺の叫びに反応したのか、『サイレント・ゼフィルス』を操る女はこちらを向いた。顔のほとんどを隠す黒いバイザーのせいで素顔は見えない。各部装甲は楯無ほどではないものの露出しており、守りは薄いようだ。
女はオータムを放り投げる。呆気にとられる俺の目の前で、オータムの体は宙に浮いた。

「もう一機……!?」
『感知不可』

ハイパーセンサーをもってしても見えない何かが、そこにはいた。
そいつはオータムを抱えたまま飛び去っていく。

「ッ、待てよ!」

俺の足止めをすると言わんばかりにBT兵器が四方を囲んできた。総数6つ。
いずれのレーザーも俺の急所を狙ってくる。バレルロールで、『白世』で打ち消し隙間に滑り込みやり過ごす。

「…………」

が、瞬間、回避したはずのレーザーがぐにゃりと曲がった。
直撃、寸前で回避。また曲がる。

「『偏光射撃(フレキシブル)』……!? できるやつがいるのか!?」

確かBT兵器の運用効率を極限に上げなきゃいけないんだろ。オルコット嬢が最先端突っ走ってるんじゃないのか。
どんだけの修練を積めば、この領域にたどり着く。そう考えただけで怖気が走る。

「この……!」

回避しても仕方ない。対ビームコーティングのされた『白世』と背部ウィングスラスターで受けてどうにかやり過ごす。
すると女は少し距離を取り、両手に大型のライフルを召還した。解析――『スターブレイカー』。
それだけじゃ、ない。
各所の装甲が独立し始める。浮いて、飛行する。今俺の周囲を囲むBT兵器も、それぞれが二つや三つに分裂し始めた。

「は、はぁッ……!?」

小さな浮遊射撃兵器がその銃口を俺に向ける。
総数――32機。

「う、お、おおおおおおおおお!?」
「…………」

女は無言のまま、32機のBT兵器を操り、時折絶妙なタイミングでライフルを放ち、俺の体を打ち抜く。すさまじい勢いでエネルギーが削られていく。
く、そ……どうする!? どうする!? とにかく近づかなきゃ!
だかBT兵器が鬱陶しいってレベルじゃない。
ひたすら撃つだけじゃない。シールド代わりのもの、牙を剥いて装甲に突き立ってくるもの。今俺の腕部と脚部には計7つのBT兵器が刺さっている。

「……はあ」

女がため息をついた。
まるでガッカリだと言わんばかりに。

「もう止めろ。お前は戦うな」

BT兵器が、そのレーザーの雨が、止む。それぞれ合体し女の下へ戻って行った。BE兵器だけで黒い翼が形成される。ライフルも粒子に還して、女は謡う。

「弱すぎる。戦いに向いていない。その程度なら、我々と抗っても死ぬだけだ」
「……だからといって、見過ごせるワケじゃねえんだよ……!」
「大人しくそのISを引き渡し、投降しろ。次に来る時までに準備しておけ。キャノンボール・ファストだったか……くだらん遊戯大会の当日だ、迎えに来るぞ」
「うっせんだよ上からモノ言ってんじゃねぇ!!」

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)!
俺の限界、四重の加速。エネルギーが具現維持限界(リミット・ダウン)すれすれにまで減少する。

「近づけば私に勝てると思っているようだな。……逆だ、愚か者」

俺の純白の大剣の斬撃は一矢報いるどころか、速度の乗りからして相手の意識を刈り取る、はずだった。
女は面倒くさそうにその一撃を受けた。
瞬間的に召還してみせた一刀によって。

「『黒陽甲壱型』――それがこの剣の銘だ」

ぶんと、振り抜く。そのまま剣戟へ。
強い。
『白世』が、追いつかない。気づけば劣勢に、そして劣勢だと理解した次の瞬間には、『白世』が弾き飛ばされていた。
俺が、剣で、負けた。
なんだこいつは。
なんなんだこいつは。
箒を凌駕する剣術、オルコット嬢より遥か高みにいる射撃技術とBT兵器の扱い、鈴のような機動、デュノア嬢を髣髴とさせる機転、恐らくボーデヴィッヒや俺ですら及ばない戦闘経験。

「弱い、弱すぎる」

バイザーと俺の鼻先が擦るような距離。

「そもそもあの剣とお前は合っていない。お前の獲物は……この『黒陽甲壱型』のような、野太刀のはずだ」

ギクリとした。
俺は確かに、そう思う。俺の剣術の根底にあるのは幼い日から親しんできた篠ノ之流剣術、すなわち大太刀での戦いだ。両刃の大剣は俺がISを手に入れてからの経験しかない。

「もう戦うのを止めろ。向いてない。お前のような人間は……戦場で見ているだけで、不愉快だ」
「……君、は」

機械で声にエフェクトはかかっている。だが、ここまで近づくと気づく。
頬に残る浅い、まるで今日できたかのような傷。
髪型。
ほのかに香る香水。

「なん、でッ」
「私のコードネームはエム。……そして、織斑マドカとも呼ばれている」

突き飛ばすようにして女は、マドカちゃんは距離を取る。
バイザー越しでも、その射干玉の瞳が見えた、ような気がした。

「そうか……君が、そうなんだな」
「ああ。織斑千冬の実の妹にして、連れ子としてやって来たお前、織斑一夏の腹違いの妹。……初めまして。愛する、私のお兄ちゃん」

ぶっ飛んだ設定キタコレ。
そんなふざけた思考を打ち払うように、マドカちゃんは指を鳴らした。
突き立っていたBT兵器がすべて自爆する。すさまじい衝撃が絶対防御を通って内臓を叩く。純白のISアーマーが砕け散る。エネルギー残量ゼロ。
――地に堕ちてゆく俺を、マドカちゃんは、最後まで見下ろしていた。





覚醒する。
目が覚める。
かけられていた白い羽毛布団を跳ね飛ばして俺は立ち上がった。

「織斑君、起きましたか」

椅子に座っている巨乳先生がいた。スーツ姿で、どこか疲れたような視線を眼鏡越しに向けてくる。
どうなってんだ。どうなったんだ、あいつは、俺は、マドカちゃんは。

「敵は逃げました。織斑君は、戦闘後墜落していたのを保護されたんです。オータムを名乗る女には逃げられました。『サイレント・ゼフィルス』は大分前に強奪されていたようで、UK政府も強奪犯と襲撃犯が一致していると述べています」
「犯人って」
「『亡国機業(ファントム・タスク)』」

初めて聞く名前だった。
そうか……ってことは、俺は。

「俺は、負けたんですか」
「……ええ」

言いにくそうに先生は顔を背けた。
……う、あっ。

「クソォッ!!」

枕を壁に投げつける。
無力だ、俺は弱かった。ぼこぼこに痛めつけられた。
巨乳先生が慰めるようにして後ろから俺を抱きしめる。

「大丈夫です。私や、織斑先生もいますから……」
「……すみません、ありがとうございます。もう、大丈夫ですよ」

俺は柔らかく笑って、腕を解いた。
俺は負けた。そのことは否定のしようがない。
負けたんだ。不覚にも……いや、今までずっと目を背けていたせいで。
ずっと放置していた弱点。ずっとずっと無視していた、それのせいで。

妹キャラ可愛すぎるだろ……

『……初めまして。愛する、私のお兄ちゃん』

ウヒョォッ! フヒヒヒヒ……
はっ! 昼間の相川のキャラみたいになってたぞ俺。

「うあわああああああああああ」

思わずベッドに飛び込んだ。ルパンダイブ並みの高高度からのダイビング。これは高得点が期待できそうだ。
俺は白いベッドの中で泣いた。
泣いた。

俺……シスコンだったんだ。

妹、姉、そういう響きだけで性的興奮を覚える変態。正直マドカちゃんが妹キャラいきなり使い出した時は本当に、ええ下品な話ですが、勃っておりましたハイ。
俺自身でさえも知らなかった、否、目をそらしていたこの性癖。ここをマドカちゃんは絶妙に突いてきやがった。あの美少女にお兄ちゃん呼びされて興奮しないシスコンはいない。興奮しないシスコンは、いない。

「……織斑君。みんな、講堂にいます。織斑先生が事件を説明しているところです。良くなったら、来てください」

深刻そうな声色で先生は退出した。
俺はベッドの中で、息苦しいまま呻いていた。俺は変態だよ確かにそうだ。童貞こじらせた変態だ。
でもシスコン。
ってことはさ。
姉さんだって、そういう対象に見ちまうってことなんだ。
それが辛抱ならん。今までどんだけ姉さんに頼って生きてきたと思ってる。その挙句の果てに性的対象として見るとかマジで救えねぇよ。
ダメだとかダメじゃないんだとかそんなことばかり頭の中でぐるぐる回ってる。

「そうじゃ、ない。だろ」

まずは受け止めろ。事実は事実として胸にストンと落とせ。
そこからなんだ。
そこからの行動で示さなきゃならないんだ。
ああそうだよ『銀の福音』。俺には意思が足りてない。よく分かった。

「だから今から、それを見せに行く」

立ち上がる。部屋を出る。
迷うことなく講堂へ。
バンと、扉を蹴り開けて中に躍り出る。ステージの上で姉さんがマイクを持って座っていた。横には他の先生方も並んでパイプ椅子に座っている。
全生徒の視線が俺に突き刺さる。

「どこまで話してる」
「え? えっと、織斑君を不審者が襲って、逆に捕まえたけど仲間が助けに来て、その時織斑君がケガしちゃったって……」

すぐ傍の席に座っていたしずちゃんに事情を聞く。近場の一組の生徒が俺を心配そうに見てきていた。
俺は大体話していいラインを把握して、でも、守らない。
正面を向く。歩きながら姉さんに向けて話す。この場にいる他の存在は、今はおまけだ。俺の決意表明の添え物だ。より多くの人間に話してこそこういう意思宣言は意味があるってなんかの本に書いてあった。

「姉さん……もう嘘は止めよう。俺も確かに隠し事はあるけど、姉さんがここまで特大の嘘をついているとは思わなかった」
「なんだ、何の話だ」
「いや姉さんは悪くないのかな。悪いのは、俺だ。俺はずっと逃げてたんだ……俺自身(の性癖)から」

姉さんの眉が跳ねた。
不愉快そうな表情に、さらに切り込んでいく。

「俺の、家族から、逃げていたんだ」
「……黙れッ!!」

普段なら背筋を震わせるような一喝も、今の俺には効果がない。
……そう。俺が度し難いシスコンであると、薄々気づいていたから。それを認めてしまえば、姉さんの罵倒とかご褒美だし。
だから逃げた。姉さんに歪んだ情欲をぶつけてしまいそうで、それで唯一の家族を失うのが怖くて。
だけど。

「マドカ、って子と会ったよ。それで事実を……(俺がシスコンだっていう)俺の知らなかった真実を、突きつけられた」
「――――ッ!!?」

ガタリと椅子をすっ飛ばして姉さんが立ち上がった。
ここにきて目に見えて動揺している。心なしか会場全体が静かになってる気がする。ヤメテ! 俺の性癖暴露話なんか聴聞しないで!
……だが、これも俺にとっては当然の罰なのかもしれない。
大きく息を吐いて、吸って、ついに致命的な核心へと触れる。

「姉さん、俺は、家族が大好きだ」

……ん? なんかこれだと小学生の作文みたいだな。

「姉さん、俺は家族が大好きだ。姉さんのことが大好きだ。いつまでも一緒にいたいって思う。でもそれは……『妹』に対してだって同じなんだ。お兄ちゃんって、呼ばれたよ。あの瞬間俺はやっと気づいたんだ……俺のバカさ加減に。なんで今まで気づかなかったんだって責められてる気すらした!」

俺の性癖を把握しておきながら、『亡国機業』は今まで静観していた。俺が自発的に気づくことに期待してくれていたのかもしれない。
でも俺は逃げるだけで、なにもしなくて……だからああしてマドカちゃんを送り込んできた。
妹キャラという最悪にして最強の刃で、俺を狙ってきた。
だから俺は改めて向き合わなくちゃいけないんだ――じゃないと、俺は、だって、俺は、

「俺はもうあの子に負けたくない! 姉さん……時間をくれ。俺は必ずあの子に、俺の妹(を名乗るハニトラの誘惑)に勝つ!」

ダンと床を踏み、ぐらつく体を引き絞り、震える拳を握り締め、俺は吠えた。

「いくら妹(キャラが魅力的)でも敵は敵だ、必ず倒す――それが俺の覚悟だ……ッ!!」







--------------※以下閲覧注意---------------







マドカは自分のISを待機形態、黒い四角フレームのメガネに変換した。
ISスーツも脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
適当にタオルで体を拭き、シャツとスラックスに着替えて自室に戻る。
上司であるスコールには後で報告に行けばいい。オータムの生死などどうでもいい。

「はぁ……お兄ちゃん」

部屋のドアにIDカードを認証させる。扉が開いて、マドカは滑り込むようにして自室に入った。

そこには、織斑一夏がいた。

織斑一夏が、こちらを見ている。あらぬ方を向いた織斑一夏もいた。服屋に入っていく織斑一夏、携帯電話をいじる織斑一夏、レストランで注文を頼む織斑一夏制服を着ている織斑一夏『白雪姫』の調整をする織斑一夏クラスの女子とカタログで後付装備を見る織斑一夏女子とゲームで盛り上がる織斑一夏織斑一夏織斑一夏織斑一夏――――

「――――――――はふぅ」

同じ顔が壁中に張り巡らされている。ごくごく最近のものまで、ありとあらゆる織斑一夏が、そこにはいた。ただ共通しているのは、どこにも小学生ほどや幼稚園児ぐらいの一夏はおらず、中学の時かIS学園に入ってからのものであるということ。
笑顔だったり泣き顔だったり、様々な表情がある。明らかに隠し撮りと思われるアングルのものしかない。時折、横流しされたのか、集合写真も混ざっていた。一夏以外全員黒く塗りつぶされるか画鋲で刺し潰されていたが。
それらを見回して、マドカは恍惚の表情を浮かべる。

「今日は、これ」

棚に並べられた多くの私物。
どれも男物だが、それらは博物館に展示された貴重な出土物のように保全されている。
その名からマドカが取り出したのは、

シルバーカラーの、ゲームキューブのコントローラ。

手に持つだけで持ち主の温もりがよみがえって来るようで、もう達しそうになる。
服を脱いで下着姿になり、マドカはベッドに潜り込んだ。
彼女の夜は長い。





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・前回の予告には嘘なんてありませんよ?(迫真)

・本作一番の魔改造チートISが出てまいりました
 次話もBT兵器無双が止まらんぜ……



[32959] はにとら・ぶれいかあ/織斑マドカは世界をこわしはじめる
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/04/01 20:13
『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれる軍事要塞がある。
どの国にもある非公式の軍事要塞、ユナイテッド・ステイツが数多く誇るその中でも、最もIS研究に特化していると言われる基地。
そこを今、宵闇の悪夢が襲っていた。

『ふうん、大分順調そうね。制圧率も予想より高いわ』
「……そうか」

最初にやって来たのは地対地ミサイルによる攻撃。それらを基地の防衛システムが迎撃した後、接近する1機のISをレーダーが捉えた。
基地を真正面から攻撃し、機甲部隊を皆殺しにし、視界を過ぎる人間を残らず蜂の巣にしながら、『サイレント・ゼフィルス改』を操る織斑マドカは突き進んでいた。
通信相手であるスコール・ミューゼルから指示されたとおりに進んでいく。

「そろそろか?」
『向かって右側、今いるとこから2つ目のドアよ。強引に破ってあげて』
「了解」

言われたドアを『スターブレイカー』でぶち破る。
部屋の中に押し入ったマドカは見たのは、中央に置かれたシリンダー。中には液体と、それに浮かぶ水晶が浮かんでいた。
全てを透き通してしまいそうな水晶体はマドカの掌に収まる程度の大きさしかない。
シリンダーを叩き割り、そのクリスタルを手に入れる。

「福音の、コア……」
『これよ。これが欲しくて、あんな手の込んだ真似をしたのよ』

スコールが興奮気味に声を荒げた。
ISのコア、マドカも初めて見る。内部に浮き上がっている黒い結晶が目に付いた。
これが目標のか、と頷いたところで――部屋の壁をぶち破り、虎模様が飛び込んでくる。

「!」
「テメェッ!!」

殴りかかられ、それを受け流し、二人そろって壁を突き破った。
廊下に転がり出ると同時に周囲を素早く警戒する。

『ちょっと、エム! 応答しなさい!』

耳元でうるさい、と言わんばかりにマドカは目元をひくつかせた。
少し離れたところでイーリスが起き上がった。

「なんだ、なんの用だ」
『そっちのモニターがいきなり切れちゃって心配してるのよ。エム、相手は誰?』
「『ファング・クエイク』のイーリス・コーリングだ。実力差もまともに掴めない、頭に血の上った豚とも言うが」
「いい度胸だぜ小娘ェッ!」

イーリスの拳は空を切る。ミリ単位で回避挙動を取るマドカは顔色一つ変えずに攻撃をいなし続けていた。
事実、『銀の福音』専属パイロットであったナターシャ・ファイルスの仇とも呼ぶべき存在を前に、確かにイーリスは冷静さを失っている。
だがそれでもアメリカ代表は伊達ではない。的確な部位への打撃やこちらのBT兵器を無力化する間合いの取り方など、はっきり言って舌を巻くほどだ。

『せっかくの機体を失うわけにはいかないわ。見逃したところで計画に支障が出るわけでもないし』
「なら、帰投すべきか」
「逃がさねえぞ『亡国機業』ッ!」

徒手空拳でよくやる、マドカはその程度の感想を浮かべた。
確かにこのレベルなら問題にはならないな、とも思いつつ。

『ええ、退きなさい、エム。…………って言いたいとこなんだけどねぇー』

いきなり通信先の声色が変わる。
綱渡りのような至近距離での攻防の最中に、マドカの通信相手――『亡国機業』首領であるスコールと名乗る女は、相手を思わず和ませるような声音で言う。

『どっちかって言うと私よりエム、ううん、マドカちゃんの方が判断したほうがいいんじゃないかなって』
「……どういうことだ」

鉄をも砕く拳の一撃を銃身で逸らすという離れ業をやってのけながら、マドカは問うた。
スコールは勿体ぶるように笑い、答えを口にする。

『アメリカはさ、今のところお兄ちゃんに対して一番過激なアクションを起こしてるんだよ』
「…………ッ!?」
『誘拐未遂もあるし、圧力については一番ひどい。アメリカ国営の企業から兵器の提供を押し付けられるって周りにも相談してるみたいだし。お兄ちゃんにとって、アメリカは害悪なの』
「おい……お兄ちゃんってのは誰だ、お前ら何者だ!?」

イーリスの叫びを無視して、マインドコントロールのようにマドカの中でピースが組み上がっていく。
アメリカは害悪。アメリカは兄の害悪。なら排除しなければならない。目の前にはアメリカ代表。害悪組織代表。
害悪は、排除しなければならない。

『ねぇマドカちゃんマドカちゃん。私としては『ファング・クエイク』は別に見逃してあげてもいい。だから決めるのは、君だよ』
「戦闘を続行する」
『やれるー?』

マドカは動きを止めた。油断することはない。イーリスはむしろ不気味な沈黙に落ち着かない。
カタカタと、自分の手が震えていることにイーリスは気づいた。
……得体の知れない不気味さ。
マドカは顔を上げた。

「話にならない」
『そっか……』

スコールは、顔こそ見えないが、明らかに笑っていた。
ひどく歪んだ嗤い。
悪意をパンパンに孕んだそれから、邪悪にまみれた言葉を吐き散らす。

『じゃあそいつぶっ殺して、『銀の福音』とついでに『ファング・クエイク』も手土産に持って帰ってきちゃってー』
「……了解。お兄ちゃんの邪魔はさせない……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺す殺してやる殺してやる殺す殺してやる殺す殺してやる殺す」
「簡単にやれると思うなよォッ……!」

黒と虎模様が、激突する。
衝撃波で周囲の隔壁がひしゃげるのにも構わずイーリスは殴り、殴り、殴る。
冷静にマドカは防ぎ、打ち、撃ち、打ちつけ、撃ち抜く。ビットを巧みに操り拳を妨げ、関節部に射撃を撃ち込み、隙あらば装甲にビットを突き刺す。
しかし相手も然る者。合間に片手間ながらビットを打ち払い、妨害をフェイントですり抜け、本命の一撃を叩き込む。
どちらも人為的にリミッターを切った、全開出力のIS。エネルギーが切れるか戦意が折れるか、はたまた過負荷に人体が限界を迎えるかいい勝負だ。

「オラオラオラッ! 口ほどにもないぜッ、お前ッ!」
「……チッ」

裏拳気味な左の手甲でシールドビットを払い、そのまま腰の捻りを活かして右ストレート。32の銃口をものともしない洗練された一撃が『スターブレイカー』を砕いた。
そのまま、イーリスはカチンと引き金を押し込む。

「――『盾殺し(シールド・ピアース)か』」
「デュノアじゃないぜ、USA(うち)の最新鋭、『背水の猛進(エンドレス・マーチング)』だ」

腕部装甲に仕込まれた炸薬式の鉄杭が弾ける。爆発的に乗せられるありったけの運動エネルギーが唸りを上げた。連射故にトリガー音が先行した。
マドカは焦らない。基本理念は変わらないのだ、対処法も変わらない。
一撃目は『スターブレイカー』の破片を完全に粉砕した。
二撃目を半身に避ける。
三撃目はかがんでやり過ごす。
意図して作り出した前傾姿勢。スターブレイカーの残骸を手放し同時に量子化し、ごく自然に両手を後ろに回す。
まるでそこに剣があるかのような握り手。否、在る。暗闇に紛れて危うく見逃してしまいそうな宵闇の太刀が、いつの間にかマドカの手にあった。

――あ、れ?

ひどくスローテンポに世界が動く。最速の四撃目を放っているはずの自分の動きさえもがすっとろい。
対照的に加速し続ける思考は、挙げ句の果てに今ではない過去を描き出した。代表候補生時代、訓練生時代、スクール、出生、一周回って、恋い焦がれた唯一の男性IS操縦者。なぜ今になって一夏を思い出すのか。なぜ自分が何度倒れても立ち上がる彼の姿を熱に浮かされた瞳で見つめている情景が浮かぶのか。
全てがコールタールの中に沈んでしまったような世界の中で、イーリスはこの感覚の名を思い出した。ただ一人の日本人男性の知り合いが、ただ一人認める自身の弟子が、ただ一人自分が身を預けてもいいと思った男がいつか教えてくれた言葉。

走馬灯。

黒太刀が根元から裂け、深紅の刃が顕れる。まるで持ち主の血潮すべてを凝縮させ形成したかのような禍々しい紅。
一閃。
居合いの姿勢から抜刀されたそれは、イーリスの右手を肘から断つ。
返す刀がその細い首筋に当たり、詰め、押し広げ、食い破り、切り裂いた。
視界が宙に浮く。一瞬また一夏の笑顔を幻視して――それきりイーリスの世界は絶えた。

「言い忘れていた、私は、銃より剣の方が強い。……ふん、聞こえていないか」

無感情に言葉を続ける。

「『零落極夜』終了。いくらなんでも燃費が最悪すぎる、早くなんとかしろ」

ごろごろとイーリスの首が転がっていく。体は装甲を失い、そのまま倒れ伏せた。
真紅の太刀が形状を失い、元の宵闇の実体剣になる。
『サイレント・ゼフィルス改』を動かし、マドカはイーリスの生首を踏み潰した。熟れた果実が落下したように、頭の中味が硬質の床にぶちまけられる。脳漿は壁まで飛び散り、血と得体の知れない体液が混ざりながら床に広がった。
それらを一瞥し、マドカはイーリスだった肉塊をスキャンする。『ファング・クエイク』の本体の位置を探る。

「……へそにあるな」
『じゃあよろしくー』

蹴り飛ばして遺骸をひっくり返す。
無心のままマドカは手に待機形態の『ファング・クエイク』を掴んだ。へそにピアスとしてとめられているそれを引き抜く。
パワーアシストの恩恵を受け、苦もなく腹の肉ごと引きちぎるようにして『ファング・クエイク』は手には入った。勢いあまって内側の内臓まで外に溢れてきた。視覚的に気分が悪い。
適当にBT兵器で体を焼き切る。マドカの想定とは裏腹に、今度は肉の焦げる異臭が漂う。
もう面倒だ。
マドカは32機全てをイーリスの残骸に向けた。
一斉射撃。床が抉れ肉片が散り血が蒸発し、わずかな欠片を残し、イーリスは完膚なきまでに悉く殺し尽くされた。

「予定外の手土産ができたな」
『本命は?』
「内部に『黒鍵システム』の存在も確認した、万事滞りない」

帰投すべくマドカは来た道を戻り始めた。残っていた兵は残らず射殺し、基地内を抜け空に上がる。
朝焼けは、血染めのように赤い。





アメリカ。フロリダ州郊外の軍人墓地に、喪服を着た軍人が大勢集まっている。
女性も、男性も、そろって悲愴な面持ちをぶら下げてやがる。号泣してるのもたくさんいる。かく言う、今俺の腕にしがみ付いているバカも泣きっぱなしだ。

「一夏ァ……いちかぁぁっ……」

おい、俺が死んだみたいになってんだけど。
いい加減腕放せよアメリカ代表候補生、もとい次期代表。

「イーリスさんが、だって、赤かったんだよっ。イーリスさんなんてここにいないっ。ここに埋められてなんかないっ」

そりゃそうだろうよ。超音速ジェットで駆けつけた俺が見たのだって、えぐれた床とコーリングさんのごく一部の欠片だったんだ。
吐くことすらできず、泣くことすらできず、俺はずっと立ち尽くしていた。
コーリングさんが、死んだ。
基地にいた人間は皆殺しにされた。監視カメラによって犯人は、UK製の第三世代機、奇しくも俺がついこの間戦った『サイレント・ゼフィルス』の改修機であることが分かった。
俺の知る限り、最強の一角に数えられるべき人が死んだ。死んだんだ。
マドカちゃんの手によって。

「大丈夫。大丈夫」

アメリカでコーリングさんに次ぐ腕を持つ少女。彼女を必死に慰めながら、俺は空を見上げた。
『亡国機業』による突然の襲撃。
世界最強の一角の敗北。
奪われた2機のIS。

「だいじょ、うぶ。……俺が、いるから」

マドカちゃんは、俺が倒す/止める。





「一夏っ!」

教室に入るなり箒が駆け寄ってきた。アメリカから帰ってきて、シャワー浴びてスーツから制服に着替えただけだ。
まだ考えもまとまってねぇ。
ぐるぐるする。

「大丈夫だ」
「アメリカに行っていたんだろう。その……」
「コーリング代表がお亡くなりになられたというのは本当ですの?」

言いにくそうに言葉を澱める箒に代わって、オルコット嬢が言葉をつなげた。
教室の他のみんなも静かにこちらを見ている。

「ああ」
「……ッ」

驚愕に、みんなの表情が固まった。
俺が一番信じられねぇよ。

「箒。放課後、道場行くわ」
「あ、ああ、部長も喜ぶ。だが、ISの訓練はどうする」
「優先順位があるから」

それだけ言って俺は自分の席に着いた。
鞄からメモリーカードを取り出し机に挿入。昨日までの板書データが教科ごとに振り分けられた状態で表示される。
そいつらを無感動に眺める俺の頭の中では、黒い閃光がびゅんびゅん飛び回っていた。





あれよあれよという間に放課後。

「面ェッ!」
「ぐっ」

箒の上段からの切り下ろしを受ける。ギギギ、と鍔迫り合いは一瞬。離れ際の切り払いもとい胴は互いに空振り。箒のは弓手に構えた小太刀だ。
体勢を立て直してから、もう一度構えを取る。

「……一夏、確かにお前は少しばかりイカれた感性の持ち主だ」

おいおい、いきなり罵倒かよ。この幼馴染容赦ねぇな。

「二刀流の私が奇特なのも確かだ。だがな、その八双もどきは何なんだ!?」

俺の構えは、刀身を地面に垂直に突き立てるような角度で持つ八双、その切っ先を相手に向ける形で変化させたものだ。

「このっ、何も返事なしか!!」

面を叩きにきた箒に対し、俺は突きを放つ。箒はほんの少し体の軸をズラすだけで避け、逆にカウンターの胴を打ち込んできた。
あっさり対応されて大変悔しいでござる。

「実を伴わないまま奇をてらうからこうなる。きちんと相手の動きを見てカウンターを仕掛けろ。相手ありきなんだぞ、フェイントに引っかかったりしたら目も当てられん」

ボロクソ言われすぎだろ俺。
カウンター一辺倒でやってみたが、特に成果はない。むしろ自信なくすわーこいつ剣強すぎだわー。

「ふぅー、シャワー借りますね。あ、あと箒ありがと」
「……部長。私、今慌しそうに立ち去っていく男に、いいように使われている気がするんですが」
「それは、完全に、気のせいじゃないね」

シャワー浴びたら次は第3アリーナだ。
オルコット嬢ら代表候補生が待ち構えている。

「織斑、何を急いでいるんだ」
「ボーデヴィッヒか。ついでに来てくれ」
「っ? え、あ?」

その場にいたドイツ代表候補生を拉致ってみる。
アリーナで待ち構えるはUKフランス中国とそれにドイツも加わって俺の身がもたないレベル。

「何がしたいんだ、お前?」

俺もボーデヴィッヒもISスーツを着込んでいたので、同じロッカールームでさっさと上着を脱ぎ捨てた。

「強くならなきゃいけない」
「何故だ」
「気持ちだけじゃ何も守れない。だから俺は意思を手に入れた。今度はまた、力が必要が場面なんだ」
「……『サイレント・ゼフィルス』のデータなら」
「もうオルコット嬢からもらったよ」

ピットでISを展開。白と黒が並び立つ。

「でもダメだ。データ見ても、ますます勝てる気がしない。ていうか改造されすぎだろBTの数が20ぐらい増えてたぜ。こないだボッコボコにされた時だって手も足もでなかったし」
『ちょっと一夏、遅いわよ!』
『ラウラも連れて来たんだ』
『あらあら、4対1ですの? 皆さんこの『ブルー・ティアース』とセシリア・オルコットの邪魔にならないようせいぜい隅っこで立ち尽くしておいてくださいね』

アリーナで適当に射撃練習をしてたっぽい三人が、思い思いの言葉を投げかけてくる。

「……多数の敵からの方位射撃か。確かにBT兵器と戦うに当たって正しいやり方だな。で、あいつは?」
『ちょっと、いきなりこの私を指差すとはどういう了見ですの!』
「『サイレント・ゼフィルス』については強奪されたことから知ってたぜ。誰が強奪したのかも、多分今回のも同一犯だろうってのまで知ってた。お前はやっぱ、代表候補生だとそういうのも回ってくるのか」
「ああ。お前が情けなくボロボロにされたところまでしっかりとな」
「そりゃ恥ずかしい」

ボーデヴィッヒと連れ添って空に上がる。
自動的に『白雪姫』がタイムカウントを刻み始めた。30分、姉さんが設定した俺の一日のIS起動制限だ。
みんなには『俺、一日30分以上IS使ったら死ぬ奇病にかかったから』って言ったらやる気なさ過ぎってツッコまれて終わった。人間としての俺が着々と死ぬから嘘は言ってないんだぜ。俺の周囲からの信頼度が測れるね!

「近接攻撃はほどほどに、ひたすら俺を撃ってくれ」
「了解した」

そして振る銃弾の雨。メインは弾幕係のデュノア嬢、隙間をBTが抜いて隠し玉の衝撃砲。先日まではこれだったが今回は一撃即死級の特大レールガンが追加された。なにこのアップデート素敵。素敵過ぎてリタイアしてぇ……
ハンドガンでBT兵器を撃つ。特訓の成果か、一つ一つの動きが俊敏でおまけにオルコット嬢自身も積極的に攻撃してきてる。
でも……これ以上に苛烈で凶悪な攻撃を、俺は知っている。
それに比べたら生ぬるい。

『余所見するなんて余裕ね一夏っ!』

不可視の砲撃を『白雪姫』がアラートで警告。回避。反撃はせずにスルー。

『こっちもだよ織斑君!』

デュノア嬢がミサイルをぶっぱしてきた。ホーミング性は低い。バレルロールしながら全部撃ち落とす。煙幕代わりにはなるだろ。
インファイト主体の俺としてはこの回避訓練のミソはいかに攻撃を捌くかではなく、いかに攻撃を掻い潜り接近するかだ。
――と言いたいとこだが、近年の俺の射撃武器の強化改修っぷりは異常。よって動くことなく手に新たな武器を召還する。

「一名ご招待だぜっ!」

爆煙越しに小型破裂裂傷弾を撃ち込む。目標はオルコット嬢。一番厄介なデュノア嬢は最後まで残しておく。じゃねえと訓練の意味がねぇ。
ここんとこ学園に居座ってる下僕のおかげで、俺の射撃武器にフランキ・スパス12をモデルにしたセミオートショットガンが追加されている。
そいつに装填された弾丸は、すべて小型破裂裂傷弾。セミオートで連射されたそれを片っ端から爆破させていく。

『きゃああああああああああああああああああ!!?』

黒煙を上げながら墜落していくオルコット嬢を見て、大体みんな顔を引きつらせた。
そして俺の手の中でショットガンがボン! と爆発した。
ホント俺に渡される新兵器の耐久性のなさには定評がある。やったね下僕! 仕事が増えるよ!

「らぁっ!」
『!?』

デュノア嬢に思いっきりスパスを投げつける。スパススパス連呼してたらすぱすぱ思い出した。アダルト鈴(中華代表候補にあらず)に狙い撃ちされたいヤツはIS学園集合な。
まあ何はともあれ、厄介な弾幕係の視界は一瞬ふさいだ。
瞬時加速で鈴との距離を詰める。自分がロックオンされたと感づき、鈴はすぐさまバックブーストしながら衝撃砲を放ってきた。

『ナメんなっ!』
『こっちもだよ!』

スパスを物理シールドで弾いた後、デュノア嬢は両手のライフルと肩部のショットキャノンで精密射撃を乱打してくる。なんだ精密を乱打っておかしいだろいい加減にしろ。
なんかもう嫌になるぐらいの密度の弾幕を乗り越え、どうにかこうにか鈴へとカチこむ。二刀持った彼女と、空中で得物を叩き付け合い――そこでブザーが鳴った。

「今日はここまでな」
『む、そうか』

背後に回ってプラズマ手刀を振り下ろそうとしていたボーデヴィッヒへ振り向きざまにハンドガンを向けながら、俺はそう言った。
ちなみに続行していた場合、ボーデヴィッヒの手刀か鈴のゼロ距離衝撃砲のどちらかを確実に食らっていた。体勢崩れてるしデュノア嬢の掃射に晒されて一気に終わっていた可能性が高い。オルコット嬢だってエネルギーゼロにされたわけじゃないからまだ残ってたしな。
ま、まあBTにマシンガンとか搭載されてないですしおすし……(震え声)

「んじゃ晩飯にすっか」

着替えてISスーツはランドリーの洗濯機にぶち込み、食堂に向かう。

「あ……一夏」
「おっ、簪じゃねーか」

サラダを皿に取っていた簪とばったり遭遇。
楯無が辺りにいるんじゃないかと思わず周囲を見回してしまうぜ。

「……お姉ちゃん、会いたがってた」
「メシ食ったら行こうかな……どうせ『ミステリアス・レイディ』の調整だろ」
「高機動、パッケージ……『ルーンヌィ・スヴィエート』が、ロシア……から、来た……から……」

ふーんと頷いて、俺はそばを一皿テーブルの上に置いた。
つゆに万能ネギをぶち込んで、俺は正面に座った少女の目を見る。

「お前はキャノンボール・ファストに出るんだよな?」
「う、ん……倉持が、『翠雨(すいう)』を、つくって……くれた、し」

高機動パッケージのことだろう。実は個人的に優勝候補は簪じゃないかと思っていたりする。
なんせ超高速戦闘の最中にミサイル48発を容赦なくぶっ放してくるんだ、ミサイルカーニバルとか悪夢以外の何物でもない。

「ごちそうさま」
「……ごちそうさま、でした」

二人で食器を片付け、第二整備室へ向かう。
あいつが自分のISの調整を一人でやってるのは昔からだから特に違和感を覚えないが、冷静に考えると何気にすげーよな。
自動ドアにIDカードを触れさせる。バシュッと扉が割れると、水色のISを装着しながら自分でキーボードを打ち込み続ける楯無の姿があった。

「よう」
「あら一夏君じゃない」

『ミステリアス・レイディ』の特徴であるアクアナノマシンを用いたヴェールはなく、彼女は二つのキーボードに指を走らせながら視線だけこちらに向けてきた。
見る限り、どうやら出力の振り分けはもう終わってるみてーだ。今やってるのはオートクチュール(専用機のために作られたオンリーワンの後付装備)の調整か。

「調子はどうよ」
「まぁまぁね。仕上がればかんちゃんぐらい一発でコースアウトにできるわ」
「……簡単には、やられない……」

姉妹の間で火花が散る。お願いなのでぼくを挟まないでくれませんかねぇ。
というかなんでこいつら直接対決があるみたいに言ってんだろ。

「何? お前ら戦うの?」
「そういえば一夏君は参加しないから詳しく知らないのね。各学年の一般機同士のレースが終わった後、最後に学年関係なしでの専用機レースがあるの。これが最大の見所よ」
「一夏……出ない、の?」
「姉さんが許可出してくれなかった」

だから授業で高速機動演習とかやってる時もグラウンドの木の下で体育座り+見学のぼっちコンボでした。あれ本当につらい。
巨乳先生のπをひたすらガン見したり、箒の展開装甲の調整に付き合ったり、暇すぎて管制担当までしたりと本当に暇だった。

「な、ん……で?」
「ナノマシンがうんたらかんたらだとさ。俺にとっちゃ専門外だ、理由なんぞ知らん」
「私のアクア・クリスタルはそんな暴走起こさないのにねぇ」
「そりゃお前のはコピーだからだろうよ」

……んん? と楯無は首をひねり出した。
あ、これあれですね。これ以上言ったらマズイパターンかもしれませんね。

「確かにこの技術はロシア政府から送られてきたもので、開発のブレイクスルーになったんだけど……ひょっとしてどこかの国の技術をパクってきたってこと? いや、私以外でナノマシン技術を使ってるのはいない……まさか」

ハッとした表情で楯無は俺を見てくる。無駄に頭の回るやつだぜ。

「まさか『白雪姫』の……ッ!?」
「いいや、ISじゃなくて、俺の体に埋め込まれたナノマシン生成技術がロシア政府に寄贈された。まあ、俺を逃がしてくれた礼みてーなもんさ」

といっても夏休み中に束さんが教えてくれたことだ。
『癒憩昇華』はそのナノマシンを医療目的に使う上で必要なワンオフアビリティだ。固形化とかを命令する機関の役割を持っているらしい。
逆に言うと楯無の『ミステリアス・レイディ』に搭載されたそれは、擬似的な水分の状態だけしか維持できないということ。

「……そっかぁ」

ぼそりと、隣で簪がどこか安心したかのような息を漏らしていた。
あんだよ。

「お姉ちゃんのISも、誰かに助けられてるんだなぁって」

……少し、それを聞いて、怖くなった。
もし俺がかかわってなかったら、もし『白雪姫』のデータ流用がなかったら、この子はどんな風な見聞を持っていたんだろうか。

「当たり前でしょ。……私、こう見えて寂しがりやなんだから」

ああでも、この姉がいたらなんとかなったのかもしれない。
笑いあう姉妹を見て、俺はそう思えた。





しばらくして、整備室で俺は簪の火器装備の相談を受けていた。
今朝はお天気お姉さんがいい笑顔だったので俺も晴れやかに朝を迎えられた。機嫌がいいので簪に対しても明るく振舞う。

「んんwww高機動戦においてヤケット非装備はありえないwww」
「……? なん、で?」
「ヤイフルでは連射性……もとい必然力が足りませんなwww貴殿の信仰度にもよりますがヤイフルは基本的に役割を持てませんぞwww」
「でも、『翠雨』……には、ロケットランチャー……は、ない」
「んんwww異教徒のつくる装備は難解ですなwwwただ倉持が我の言うことに従わないのはありえないwww」

非誘導性のロケットの方が常時VOBみたいな戦闘中はやりやすい。下手にホーミングしてもあっさり振り切られちまうが、ロケットなら撃ちながら平面的に弾幕を張るだけで大体当たる。その点だと簪の『山嵐』は例外で、キチガイ極まりないホーミング性なわけなんだが。
というわけで下僕を呼んで、連射性に優れたロケットを適当に見繕ってもらうことにした。同じ倉持なんだしさっさとやれよ。デュノア嬢はこのあいだクナイ射出装置とかもらって喜んでたぞ。お前らのセンスマジでどうにかしろ。

「あーもう、織斑君、最近人遣い荒いんだから」
「んんwwwこの装備は簪氏のヤーティに相応しいですなwww」
「……んんwwwさすが織斑氏wwwこれは装備以外ありえないwww」
「あなた、も……同類……!?」

とまあ、俺と下僕の二人がかりで簪と論者に仕立て上げたり、鈴の訓練を見学して改善点を適当にコメントしたりしてたらすごい勢いで時間がたった。
簪が実戦形式で稼動チェックをするので、俺に管制官として付き合ってほしいと言ってきた。
付き合うって恋人としてですかね?(難聴)

「すごいゲス顔してる……」
「うっせぇ」

隣で管制官役をやってる相川が若干引いた。1組の一般生徒も練習中らしい。確かに画面を飛び回る『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』には見知った顔もいくつかあった。
他にも何人か代表候補生や一般性とがびゅんびゅん飛んでいる。交通事故が発生しそうで怖いぜこのアリーナ。
管制室の無駄にフカフカな椅子に座り込み、モニタリングしつつ、アリーナ内で模擬レースに打ち込む少女たちへ声を飛ばす。

「オルコット嬢ー! いい加減にブルー・ピアス当てろぉー!」
『で、す、が、っ! このGでは銃口がブレて……ッ!』
「デュノア嬢は当ててきてんじゃねーか! 射撃スキルは俺の知る限りお前の方が高ぇーんだしっかりしろ!」

マイク越しに怒鳴りつける。次!

「鈴テメェッ! キャノンボール・ファストはあくまでレースなんだよ! 衝撃砲当てるのに躍起になってんじゃねぇ!」
『あんたさっきセシリアに言ったことと全然違うじゃない!?』
「衝撃砲を拡散仕様にしたのは何のためだ! 当てるんじゃなくて牽制用だろーが! しっかり出力も上がってんだきっちり理解してやれ!」
『なーによ偉そうに!』
「出たくても出れねーヤツの身になってみろよ! そんな口叩けんのか!? あぁ!?」
『!!』

鈴は少し黙った後、アクセルをさらに踏み込んだ。

『分かった。やってみる』
「オーケーだ。スペック的には優勝狙えるんだ、ちゃんとやってみろ」
『う、うん……それで、もし優勝できたら、私と』

そこで俺は通信をブチ切った。隣の相川がギョッとした表情で俺を見てくる。

「……えーっと、切って良かったの? 今の」
「え? 何だって?」
「いやだから、鈴ちゃん何か大事なこと言おうとしてたんじゃ」
「え? 何だって?」
「いや、ちょっ」
「え? 何だって?」
「うわぁ……」

KDK先輩直伝のフラグブレイクは本日も健在です、まる。
俺は何も気にすることなくモニターに眼を戻した。なんか鈴がヤケになったみたいに衝撃砲を虚空にぶっ放しまくってたけど気にすることではないな。
次のアドバイスに移行する。

「んんwww簪氏www必然力が足りませんなwww」
『……命中率の、低下は……PICの反動上、仕方……ない……』
「ヤケットランチャーの薬莢排出の反動計算がズレておりますなwwwこれは修正以外ありえないwww」
『…………んんwww』

かんちゃん他人に染まりやすくてきっとお姉ちゃん心配してる。俺色に染め上げてやんよ。
……あ、ちょッ、ごめん楯無から通信あったわ。もうそんなの行くしかないじゃない!
多分逝かされるんでしょうけどね。優しくイカせてほしいな(マジキチスマイル)





昨日は楯無と時間制限無しのリアル鬼ごっこをしたので疲れてすぐ寝た。
食堂の隅っこでオルコット嬢がタブレット端末を凝視していた。
一緒に歩いてた谷ポン、相川、ナギちゃんとすぐさまアイコンタクト。かなりんは危ないので待機。背後から回り込んで画面を覗き込む。

「およおよー? セシリアが何かしてるなー?」

谷ポンがわざとらしく顔を近づけた。俺たちも便乗してみる。
移っていたのは、舞い踊る白と黒。
『白世』と『黒陽甲壱型』。
俺とマドカちゃん。

「うっわ……なに、これ」
「!!」

相川が思わず呻いてしまうような映像、だった。
蹂躙という言葉をとっさに思い浮かべたぐらい。第三者から見るとここまで痛めつけられてたのか俺……マドカちゃんえげつねぇ。

「す、すみません! これは極秘映像なので、お見せできませんわ!」

慌てた様にオルコット嬢はタブレットを机の中に叩き込む。大丈夫か割れてねぇか今の勢い。
何をしていたのか、なんてのはすぐに分かる。同じBT兵器を扱うのだ、何か参考にしたり、技術を盗めたりはできないかと観察していたのだろう。
だが違う。違うぜ、そのデータは。あいつは人間を止めてるよマジで。

「偏光射撃(フレキシブル)怖いわー」
「あんな急な角度で曲がるものなんだ……」
「ふぇぇ」
「てゆーかBT多くない?」

かなりん含め四人が顔を青くしてた。
どうでもいいけどお前ら物知りすぎるだろ、なんでBTについて知識深いんだよ。





今日は剣道部がお休みなので道場を思う存分使えるよ!
キャノンボール・ファスト直前ということもあって箒はアリーナで調整中。『紅椿』は背部の展開装甲を常時展開、脚部をちまちま展開するらしい。
姉さんが最前列のVIP席を俺用に取ってくれたらしいが、どう考えても勝手な真似しないように縛り付けるための餌ですよねこれ。
まず基礎的トレーニングを終わらせてから、居合いの姿勢をとる。

「……………フゥーッ」

頬を一筋の汗が伝う。
今の俺には意思がある。自分でそう信じている。
だから戦う。
限界以上に張り詰め、今にも千切れ飛びそうな緊張の糸を意図してさらに引き伸ばす。
まだだ。
居合いの姿勢で目を閉じる。感覚のセンサーを広げ、五感以外の『何か』に手を伸ばす。
俺には天性のものなんて何一つない。
適性もないし、格闘戦だって劣るし、射撃の才能もないし、剣じゃ箒やマドカちゃん、姉さんのいるステージから一つも二つも下にいる。
それでも。

「…………フゥーッ」

コーリングさんと戦ったころから、実質的に俺は何も成長していないのかもしれない。
それでも。

「……………フゥーッ」

呼吸を深く。深く。深く。
息を吸い、吐くというこの動作が戦闘術における基本にして究極。
自分の中に沈みこんでいく感覚。周囲の世界が混濁し明滅し遅延し、俺だけが潔癖し灯燭し加速する。
今までにない感覚。
呼吸が思考に追いつかない。
それでも!

「――――――――――――――――――――――フゥッ」

一刀。
目の前に浮かべた仮想敵を裂く。

「ゼッ、ぜぇっ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ハァッ」

残心のまま、俺は、その場に倒れ込んだ。





『イチカ……私は、あなたに』

『会いたい』





声が、聞こえた気がした。





その後酸欠で保健室に運び込まれた俺は、オルコット嬢が見舞いという名目でサンドイッチを作ってきたり相川がおしるこを喉に流し込んでこようとしたりしたせいで、天井を見上げて『ブラックジャックを呼べェェェェェッッ!!』と叫ぶ羽目になりましたとさ。
めでたくねぇめでたくねぇ。





はーい、キャノンボール・ファスト当日でーす。
風荒び狂う上空幾kmの世界から、俺はキャノンボール・ファストの会場を見下ろしていた。バカでけー会場だ。ここを満員にできるのは多分全盛期の72ぐらい。あっいや僕はいおりんに命捧げてますけど。
一般枠では相川がさりげに一年生の部で優勝してた。あれ、あいつ普通に操縦上手くね?

「今度高速機動教えてもらおうかな……」

姉さんの封印とかコピー紙みたいに破って、『白雪姫』は全装甲を顕在してた。
全力稼動とあってもうすでにナノマシンが生成されつつある。体を大分蝕んでくれたおかげか、今までは無理だった超過負荷人外鬼畜機動もこなせるようになった。
姉さんがさっきコアネットワーク経由で俺のことをゴミカス間抜けと罵り、今すぐ『白雪姫』を解除しろと泣き叫んできたが無視した。
ちょっと、こればっかりは、譲れない。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

敵機の出現。こちらに向かっていた姉さんに対して攻撃を始めた。
機動力を強化し燃費の効率化も図った『暮桜改』なら瞬殺だろう。なんでわざわざ姉さんを狙ったんだか。
……まさかマドカちゃんじゃないよな?

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

「……杞憂だったみてーだな」

俺よりはるか上空から放たれたレーザーを『白世』で弾く。
下ではついに専用機持ちのレースが始まった。沸き立つ声援とは対照的に、雲に手が届くこっちの世界は静謐に満ち満ちている。
同高度まで、宵闇が舞い降りてきた。
『サイレント・ゼフィルス改』がその身にまとった自立兵装を起動させる。

「姉さんの方は、別の人がいったのか」
「スコール・ミューゼル。私たちの首領だ」
「おいおい……ラスボス様が瞬殺されちまっても知らねーぞ?」
「それはこっちのセリフ、だ……ッ!」

マドカちゃんが先制してくる。目にも留まらぬ速さで疾走するBT兵器を、俺は適当にハンドガンで牽制。
とにかく、俺の目的はザル過ぎる警備を責めることでもなく、一般客に避難を促すことでもない。正直下の方に被害が出ようと知ったこっちゃない。
俺は今、マドカちゃんと話すためにここにいる。

「お前の意思はッ」
「変わんねぇーよ!」

BTの一機を『白世』でスライス。爆炎をバックに俺はマドカちゃんへ切っ先を突きつけた。

「なら、無理矢理にでもお前を捕まえよう。世界で唯一ISを使える男子は我々が保護する。織斑一夏は……お兄ちゃんは私のものだァァァーーーーッ!!」
「ヤンデレ妹とかいつの時代だよてめぇええええええええええええええ!?」

お兄ちゃん、という甘い響きに折れそうになる膝。底なしに甘い誘惑を振り切るべくッ、俺はスラスターに火をぶち込んだ。
ビルも空も人ごみも、まとめて絵の具でぐちゃぐちゃにしたみたいにマーブル模様に溶けていって――――俺とマドカちゃんの二人だけのステージが、始まる。




[32959] はにとら・ぶれいかあ/織斑一夏は全ての絆をあいしつづける
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/04/10 21:36
眼下に無数の観客を見据えながら、俺はマドカちゃんの放つレーザーをひらりひらりとかわしていく。
彼女が手に持っているレーザーライフルは『スターブレイカー』ではない。あれはコーリングさんにぶっ壊された。ロシア製、一般的なモデルだ。
高機動戦では出力で劣る俺が圧倒的に不利だ。だが地上まで行かせるわけにはいかない。
『白世』でBT兵器をチマチマ削っていると、痺れを切らしたのかマドカちゃんが各部の装甲をパージし始めた。それら一つ一つは浮遊し、新たなBT兵器となる。

「一気に決めさせてもらう。時間もないのでな!」
「こっちはまだ時間だだ余りなんだ、折角のデート、しばらく付き合えよ!」

多方向からの射撃への対応は『白世』ではなし得ない。なら答えは簡単だ。
得物を変える。
純白の大剣を格納し、代わりに召還するは――

「――『雨月』!!」

箒から借りた、俺にぴったりの野太刀。
あちこちから一息に俺を押し切ろうと、数十の閃光が煌く。軌道を捻じ曲げ、俺の身体を撃ち抜かんと駆け抜けるレーザー群。

「せッ、ハッ、ハッ」

呼吸のリズムを合わせて三振り。最低限、直撃コースのレーザーを弾く。今や俺の斬撃は光速に迫ろうとしている。それが何を意味するのか、束さんにも、姉さんにも、誰にもまだ告げていない。
そのまま次々とレーザーを『斬る』。超常的かつ非現実的な出来事に、思わずマドカちゃんは動きを止めた。

「な……」
「そこォッ!」

剣術の腕で負けてるんなら、『白雪姫』とナノマシンにおんぶにだっこで戦うしかねーだろ!
この作戦はビンゴみてーだ。剣域に入ったBTを切り払う。瞬く間に3つ4つ! ペース上げてこうぜ、置いてかれんなよマドカちゃん?

「……面倒だ」

BT兵器が戻っていく。それらだけで漆黒の翼が形成された。竜の顎のようにぱっくりと開いたそれは、スラスター代わりに火を噴く。
同時に手に呼び出すは、姉さんがかつて使った名刀のコピーと思しき野太刀『黒陽甲壱型』だ。

「そうこなくっちゃァ」
「やはり決着はッ」
『刀(こいつ)でェッッ!!』

片手に持った『雨月』で『黒陽甲壱型』の鋭い袈裟斬りを捌く。返す刀を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。

「チッ……!」
「……悪いけど、『亡国機業』ってやつについて詳しく調べさせてもらった」

空いた手にハンドガンを召還。マドカちゃんがすぐさま腕を掴んでくる。
火花散らしブレードが互いを食いちぎろうとする中、俺は口を開いた。

「WW2の時代からあるそうじゃねぇか。俺の勝手な予想だけど、組織的な目的は設立してから今までずっと変わっていないんじゃないか?」
「……だったらなんだ」
「『亡国』は国を滅ぼすこと。『機業』は布を織る、機織りの仕事」

剣戟を再開する。
ブレード同士の激突の合間にハンドガンをぶちこんでも、絶妙な角度とタイミングで割り込むシールドビットが通さない。
擬似的なゾーンに足を踏み入れる。『白雪姫』が生成したナノマシンが脳内を侵し冒し犯し尽くしていく。
……体が熱い、灼熱地獄にでも突き落とされたんじゃねえかってぐらい熱い。これで俺の手先が溶けずに残ってるってのが信じらんねーよ。

「面倒だッ! 直球で聞くぞ、お前らの目的はなんだ!」
「言うと思っているのか!」

BT兵器が物理的に牙を剥く。
俺の装甲を食い破ろうと多方向からピラニアのように襲いかかってくる黒い群れを、振り払って宙返りしながら距離を取る。一応ハンドガンでBT兵器を撃ってみるがシールドバリアを張るタイプに阻まれ通らない。
ったく、嫌になるレベルの操作精度だ。

「想像はつく。国を滅ぼして何を織りなすのか」

高度は俺の方が上だ。
まあISとISの戦いは用意に音速に迫るから高度差なんて関係ないし、さらに言えばマドカちゃんの装備はレーザー系メインだからそんなのお構いなしである。
気持ち的に俺が格上なんだぜと言わんばかりに、俺はマドカちゃんを見下しながら推測を口に出した。

「お前らの目的は――――世界平和なんじゃないのか?」







熱気に包まれるキャノンボール・ファストの会場。
その会場の片隅、薄暗い物陰に、荒々しく息を吐き、片や床に汗の雫を垂らす二つの影があった。

「……ぜぇっ、ぜぇっ、テンメッ、いい加減に諦めろよ」
「いいえ。ここは通しません。申し訳ありませんが、あなたにはここで果てていただきます」

漆黒のISスーツの上からネイビーの装甲を纏う女性――山田真耶が、『ラファール・リヴァイヴ』のセミカスタムモデルで敵性存在を見下す。
物理的な圧力を持っているのかと思うほど重い視線が、『亡国機業』のエージェントと思しき女性に圧し掛かる。彼女がまとうパワードスーツはゴーレムⅡの改修モデルのようだ。

「……模倣だけでなくそこからの自己発展ですか。あなどれませんね」
「あン? なに一人でブツブツ言ってんだよ」
「いいえ。その機体は我々の方で回収させていただきます。なるべく傷つけたくないので大人しく降伏してください」

真耶が女性を見つけ出したのは、顔に見覚えがあったからだ。一夏が撃破した『アラクネ』のパイロット、変装こそしていたが、真耶の観察眼はそれを見抜いた。人ごみから力ずくで引っ張り出し、階下に叩き落して、戦闘を始めた。
『レッドパレット』を両手に携え告げる。少なくとも真耶は、相手と自分の間で自分が敗北する要因を見つけられなかった。
勝てる。

「――ハン、言ってろ狸が! このオータム様の撃墜数(キルスコア)に大人しく埋もれとけ!」
「……残念です。あなたをこの場から排斥します。戦闘行動、開始」

背部に備えたサブアーム一本をうならせ、オータムが迫る。真耶は迷わずバックブースト、牽制に何度か発砲する。会場の歓声が銃声を打ち消した。もうレースはクライマックスだ。
真耶は舌打ち一つ。弾切れ。リロードの間にサブアームの先端に備わる鋭い爪が閃く。空になったマガジンを地に捨て自ら競る。
予定外の踏み込みをされ、オータムの目は驚愕に見開いた。両手のサブマシンガンでは取り回しの効かない距離に詰められている。
銃を持った真耶を狙う凶刃。だが今や己の動きはは先ほどまでの疾さとは比べようがない。避けられぬ道理もなく掻い潜る。ニアイコール零距離。

「ッッ」
「詰みです」

いつの間にか『レッドパレット』と入れ替わりに握っていたのは、一夏が扱っているのと同じモデルの二丁拳銃。異なるのは銃剣が取り付けられている点ぐらいか。
真耶は知っている。――――目の前の機体に、絶対防御はない。
冷徹で鋭利な瞳が貫き錯綜した。
勢いを乗せて銃剣の切っ先を黒光りする装甲に刺し込む。
トリガー、フルオート、フルバースト。
くぐもった炸裂音と破砕音が同時に鳴り響く。

「が……ッ!?」
「……」

衝撃が体の内側を襲ったのか、オータムの口内から血と唾液がまとめて飛び出る。
メガネを血で汚しながら真耶は、レフティの引き金を押し込んだまま、空いている右手の銃を眉間にポインティングした。
チェックメイト――の刹那。

『そこまでよブリュンヒルデの飼い犬。残念だけど退場願うわ』

見上げる。双方共に消耗状態に割り込んできたのが如何なる愚か者だったか。
結論から言えば、相手を確認することなく真耶は会場裏の壁に吹き飛ばされた。

「ぐ、ぅっ……!?」

黄金色の翼が、比喩でもなんでもなく輝きを放ちそこに顕在している。自分を弾いたのは恐らくそれなのだろう。痛む体に鞭打ちかぶりを振り、顔を上げた。
――絶句。
なんだ、これは。

「ふふ、ふふふふふふふふっ。イイ表情よ、イイわあなた、すごくイイ」

ISもどきなどではない、れっきとしたISの存在を『ラファール・リヴァイヴ』が伝えてくれる。
その機体は異様だった。悠然と構えているようで、しかしその実鮮やかなまでに隙を無くし佇んでいる。特徴的な黄金の翼は無機物的な印象ではなく、今に増えたり、スラスターとして火を噴くのではなくはためいで風を起こそうとも違和感がないほどだ。目に痛いほど派手な異形の翼とは異なり、本体のカラーリングは少しくすんだような、落ち着いた金色だった。
パイロットは顔の大半を隠すバイザーを装着し、微妙ではあるが変声効果も加えているようである。
女が軽薄な笑みを浮かべる。

「……山田真耶ちゃん、だったっけ? お勤めご苦労様」

だ、が、待て。待て……あれは本当にISなのか? 自分の知る世界最強の兵器は、あんなにも、禍々しかったというのか!?
言葉にならない違和感と気配なき焦燥が真耶を焦がす。上滑りを始めた思考はもはや巻き戻ることを知らない。

「ほらオータム、今のうちにさっさと逃げなさい。その『ジークリフート』だってタダであげてるわけじゃないのよ? 貴重なんだからそれ以上壊さないでちょうだい」
「まだあたしは戦えるッ!」
「いいから、帰りなさい」

有無を言わさない態度に、オータムは少し歯を食い締めた後飛び立った。
真耶はそれを見ているしかできない、間に入った新手の女に背を向けることを防衛本能が許さない。

「あなたは……」
「『亡国機業』が首領、スコール・ミューゼル。亡者の誘いに導かれ世界の理を識ってしまった、しがない反逆者よ」
「あの子を、織斑マドカを……利用して……ッ!!」
「やあねえ、あの子が志願してるって言うのに」
「!?」
「お兄ちゃんは今の世界じゃ生きていけない、お兄ちゃんが幸せになるためには世界を作り変えることが必要だ、世界を壊すことが必要だ。そう言ったら味方になってくれたの」
「――人でなしッッ!!」

自分の知る姉弟の悲しげな表情が脳裏を閃き、真耶は歯茎が裂けるほど歯を食いしばった。
衝撃で銃剣が折れ銃身の歪んだハンドガンを二丁とも破棄、常人の反応も許さぬ神速でミサイルポッドを四つ召還。それぞれ内蔵するのは小型破裂裂傷弾のノウハウを生かしデュノア社が製造した破裂裂傷弾頭ミサイル。
ポッド一つにつき二発。計八発の大型ミサイルが噴煙で軌道を描き殺到した。――だが。

「これの20倍はないと、私には1ダメージも入らないわよ?」

背中から、黄金が噴出した。
一対だった翼が増殖する。二対、三対――ミサイルを薙ぎ、貫き、裂き爆ぜる。
爆音が響く。さすがに今度は気づかれた。観客がざわめき、自分たちの背後で争うISたちを見つけ悲鳴を上げた。我先にと逃げ出す。

「じゃあバイバイおっぱいちゃん。今後ともよろしくね」

言葉と同時、衝撃。視覚も予覚も知覚もできず、真耶は無抵抗に吹き飛ばされた。
呆然と、ある一つの事柄を思い出しながら床を転がる。
気配が飛び上がり、遠ざかるのを感じながら。
――アレと戦っていたのは、織斑千冬ではないのか?







沈黙が、風に流されていく。
会場上空は、先ほどまでの剣戟の音すら止んで深い静けさに沈んでいた。

「…………」
「だんまりは肯定って、日本には偉大な言葉があるんだぜ」

手にした『雨突』の切っ先を突きつける。
攻性エネルギーの放出はオフにしてある。あんなもん使ったら即効でエネルギー切れるわバカ。

「だとしたら、どうする?」
「お前らは間違っている。俺には分かる。こんな、誰かを犠牲にして成し得る平和が、正しいはずがない!!」
「我々は秘密結社だ。世界を裏側からひっくり返すことしか、今やもう、方法はない」
「やるなら正面からやれよ! こんなテロリストみてーな真似してんじゃねぇッ」

マドカちゃんがスッと目を細めた。
来る。

「それでもッ……私にはこれしかない! これしかできない!!」

『雨突』が手元から弾かれそうになるほどの衝撃。本気の太刀筋だ。PICの力場を応用しているのか、擬似的な固形床を形成し踏み込んでいる。
真っ向勝負で受け止めるのは分が悪い。バックブーストと牽制射撃で間を開かせる。

「逃げか、愚策だな」

と、彼女の背部に連結されたBT兵器の翼が蠢動した。バラバラに飛び立ち、追撃してくるかと思いきや新たな形を成し『黒陽甲壱型』を包み込んでいく。『白世』を上回る大きさ。
おい、おいおいおいおいおい。何だよそれ。そんな何でもありのキチガイ装備だったっけかそれ。【終焉の剣】とか言われても困りますよ俺。

「――灼け、『零落極夜:怒りの日(ディエス・イレ)』」

答えは明快なまでに凶悪だった。
あらゆるスラスターの出力を転換し、あらゆる熱量の恩恵を転化し、あらゆる悪意の矛先を転向する。
マドカちゃんが『それ』を構えた。距離を詰めずとも刃先が容易に俺に届くほどの長大さ。いやレーザーなら、出力を変えればもっと伸びるかもしれない。
鮮血を髣髴とさせる真紅が刀身を形作る。先ほどまで発火点だったものが吐き出すレーザーの塊が、絶えず光り明滅し大気を刺し貫く。目に痛い赤が俺の身体を叩き切ろうと振るわれる。眼前に迫る致死の刃は、触れるだけで『もっていかれる』と直感的に分かるほど禍々しく神々しく何か諦められるほどに絶望的で。
避けろ避けろ。避けなきゃ死ぬ。一発でやられる。

「う゛っ」

袈裟切りを回避。返す刀も回避。剣技という面では負けていても、反応速度なら俺を上回る人間などいない。ひたすら反射に任せて避け続ける。

「はあああああああああああああっ!!」

マドカちゃんが切り下ろす。俺はサイドブーストで回り込み、ハンドガンを速射。削り続けるしかない、地道な戦い方だ。
だがその膠着も許さない。隙を見てブースト、通り過ぎざまに胴払いをお見舞いする。

「おいおい、野太刀でもない得物で扱いきれてないとか言ってきたのはお前じゃなかったっけなぁ!?」
「チッ……調子に、乗るなぁ!」

極太極悪の一閃を飛び上がって回避、とんぼ返りに接近。レーザーブレードの範囲は過ぎた、今剣を振るわれてもBT兵器なので棍棒代わりになるぐらいか。
マドカちゃんは瞬時に大剣を飛び散らせた。だが俺のほうが疾い!

「せッ!」

上段からの斬り下ろしが直撃する。『雨月』は、実はこれ単体で凶悪な攻撃力を持つ名刀なんだぜ。

「ぐぅ……ッ」

痛みにあえぐ彼女を見るのは忍びないが、我慢だ仕方ない。
振り向きざまの一閃でBT兵器をまた一つ削る。
……いける。いけるぞ、これなら。ちょうどレースも終わったらしい。詳しくは見れないが、電光掲示板にはデカデカと簪の名前が載っている。ほら見ろ、俺の目に狂いはなかっただろ。
じゃーこっちもケリつけるとしますか。
そう思って刀を構え直した俺に対し、マドカちゃんは一転し酷薄な笑みを浮かべる。迷わず突撃。BT兵器の動きが鈍い。今なら……ッ!

「……なんてね」

刹那、生涯最大レベルの悪寒が俺を襲った。
また巨剣が形成される。だが俺はそれより早く踏み込み、もうレーザーブレードの領域にはいない。

「俺の勝ちだな!」

『雨月』のレーザー放出機能をオンにする。この一撃で終わらせてやる、終わらせないと、何かヤバイッ!
俺が加速しさらに距離を詰める。1秒にも満たない視線の交錯。追い詰めているはずの俺は寒気に震え、追い詰められているはずの彼女は勝利の確信を瞳に滾らせていた。

「捕まえたよ、お兄ちゃん」

先の割れた剣が、レーザーブレードの噴射口としてぱっくり開いた口が、そこにあった。

「――ッッ!?」

がぶり。そんなファンシーが効果音がついてしまうほど綺麗に、俺の腹を漆黒の大口が縫い止める。
しまった……ッ! 身動きが取れない。このままレーザーを放出されたら……!

「……この状態で『零落極夜』は、命にかかわる……ダメ……なら」
「は、はァッ……!? なんつった今!?」
「お兄ちゃん、痛いのは嫌い?」
「人より耐性があるぐらいだッ! さっさと放せボケ!」

事実今俺詰んでる。こいつ強すぎて笑えないんですけど。どーにかしてくれよ姉さん。あれ応答ねぇ。

「じゃあごめん、しばらく寝てて」

視界を、閃光が塗り潰した。
一瞬で全身の痛覚が焼け付く。俺を飲み込もうとしていたBT兵器全てが自爆したのだと気づいた時には、俺はもう会場に落下していた。観客席じゃなかったのが幸い、か? どこだ、電光掲示板の、段差? バチバチ火花散ってるしなんかの機材に落っこちたのか。
は、はは……ヤベ、意識が朦朧としてきた。赤いウィンドウがいくつも開いてる。おいおい、ぼろぼろだな……あれ、これ、俺……か……?
歓声が悲鳴に塗り替わるのを聞いて、それきり俺の世界は閉じた。



……
…………起きろ、俺。
ぱちり。目を開く。『白雪姫』が叩き起こしてくれたみてーだ。
どんくらい経ったよ。

『15分』

まだ全身を白いISアーマーが包んでいる。かなり砕けて俺の血が滲んでいるが、あの爆発絶対防御抜いたのかよマジえげつねぇ。
電光掲示板の出っ張りに引っかかっていたらしく、俺の体は少しばかり宙に出ている。この状態で放置ってさりげにひどくねーか。
そう呟こうとして、声が出なかった。代わりに喉を逆流して、生暖かい液体が溢れ出す。こらえ切れず吐き出す。鉄の味がする。

「…………、ぅ」

上体だけ起こす。観客席はもう物理シールドとエネルギーシールドが二重に包んでいて、どうやら避難は大分進んでいるようだ。

『一夏君っ! 動いちゃだめ、すぐ人を送るから……ッ!』
「……ぁ、ぅ」
『気持ちは分かる、君が何しようとしてるのかすぐ分かる、でもダメッ! 今自分がどんな状態か分かってるの!?』

楯無、ちょっとうるせぇ……『白雪姫』、おい、仕事サボってんじゃねぇ。
モニターでチェックした限り右腕が粉砕骨折。あとは体の中にダメージが通ってる。
ハイパーセンサーだけで視界を回す。マドカちゃんがステージに降り立って、候補生達をまとめて相手していた。
うっわすげぇ、あの数を捌いてんぞ。まあBT兵器がかなり役立ってんな……まだ10機近くあったのかよ。

『セシリア左ッ!』
『くぅっ!?』

オルコット嬢の高速戦闘用装備『ストライク・ガンナー』は普段使えるブルー・ティアーズを全部推進力に回してるから、武装はレーザーライフルしかない。BT群を薙ぎ払うには火力不足だろう。
一方、かなり善戦してるのはデュノア嬢か。弾幕を張るという点では散々俺相手にトレーニングしたからか、効率よくピラニアみたいな黒いビットの群れを追い払ってる。だがいまいち動けていないのは確かだ。箒と鈴のように近接主体なんていいように弄ばれている。
マドカちゃん本人は、楯無を相手取り、その剣術で圧倒していた。

「箒……行って!」
「ッ、はあああああっ!」

ビットを簪が撃ち落とす。できた間隙に箒はすかさず躍り出た。
一瞥し、マドカちゃんは楯無をランスごと蹴り飛ばす。
『空裂』と『黒陽甲壱型』がぶつかり合う。至近距離でにらみ合い、ブレードの物理的な火花と視線の激突がスパークした。

「一刀流も嗜んでいるんだ、ナメるな!」
「……ふん」

箒の剣先が振るわれる。マドカちゃんは刀のみで、他の装備はすべて他の連中の足止めに使っている。
タイマンとはいえBTを扱いながらのマドカちゃんは不利だ、不利のはずだ。

「――な、るほど、なるほど。篠ノ之流を修めているのか。いい腕だな」
「ハッ、当然だ。免許皆伝をナメるな」
「だが遅いはるかに遅い。私には敵わない!!」

返す刀の激突。スパークの最中、太刀筋の読み合いと剣戟が並行する。
箒が押されだした。互いの神速の斬撃が火花を散らす、箒が後ろへじりじりと下がりだす。

「くッ――篠ノ之流剣術・陰ノ型・弐之太刀――『薙伏』」
「『零落極夜』」

そこが分かれ目だった。
箒の薙ぎをマドカちゃんは大きくかがんでやり過ごす。続けざまに箒が剣を振るおうとしたところで、マドカちゃんの瞳が閃いた。
宵闇の太刀が裂け、真紅の刃が顕現する。ヤバい、逃げろ。

「ッッ!」

直感か、箒はその危険性に気づいたらしい。追撃をキャンセルしバックブースト、マドカちゃんの一閃をかろうじて回避。
いや……肩部のアーマーに掠ったらしい。それだけで箒の目が驚愕に見開かれる。

「このダメージ量……!? まさか、『零落百夜』!?」
「違う、『零落極夜』だ」

かつて姉さんが使っていた愛機『暮桜』の単一仕様能力――『零落白夜』。
それに類似した力を、持っているのか。

「く、ぐっ」

口を開けると血が垂れ出す。いい加減にしやがれこの腑抜け、ここで動けないんじゃマジで役立たずだぞ。
ああ、クソ、クソッ、立てよ!
候補生あんだけいて膠着状態とか、あり得ねぇけど! 目の前でやられてんだ、ぼうっと見てるだけで済むと思うな!

「らァァァァッ!!」

血を吐くようにして出た、俺の喉を振り絞る呻き声に『白雪姫』が応える。
そうだ、俺はこんなとこでくたばってる場合じゃない。
そうだろ、そうだよなァッ、おい! 『白雪姫』!
力を貸してくれっ!
あの子を止めたい!
あの子を助けたい!
俺が、この手でッ!

「う、ぅぉおおおおおおっ」
『単一使用能力『癒憩昇華』の発動を』
「うるせぇっ! もっと簡潔に!」
『起動:癒憩昇華』

ボロボロな装甲はそのままに、力なくぶらさがっていた右腕を光が駆け抜けた。動く。体が、動く。
瓦礫を押しのけ立ち上がる。マドカちゃんを包囲し、そして蹂躙されている専用機持ちを見据える。意識が朦朧としてPICが定まらない。自分がどこにいるのかすら分からない。

「邪魔だ、どけ雑魚共……ッ!」

マドカちゃんが複数のBT兵器を自爆させた。どうやら地面に突き立てていたらしい。まとめて代表候補生たちが吹き飛ばされる。
どいた。
俺とマドカちゃんまで一直線、間に障害物は何もない。

「うご、けっ」

体は動く。過負荷にまだ脳みその回路がショートしっ放しなんだ。
バランスがとれずPICが切れる。その場にすっ転ぶ。芋虫のように這いずりながら、俺は必死に顔を上げた。
マドカちゃんが、悲壮な表情で、アサルトライフルを構えていた。射線上をたどって行けば、きっと箒たちの中の一人なんだろう。
また、誰かを殺す。
殺させられる。
俺の目の前で、そんなこと看過できるわけねぇよ。

「……!」

歯を食いしばり瞬時加速。地面を削りながら突撃する。
タックルのような勢いでマドカちゃんにぶち当たり、直角転換し上へ突き上げ、飛ぶ!
破れ果てた遮断シールドを貫いて俺たちは空まで飛び出した。

「離せ、私はまだ戦う必要がある」

膝蹴りが俺の体をくの字に折った。絶対防御を抜く衝撃に妙に鉄の味がする唾液が口から飛び出る。
一人じゃ飛べない。もう俺はマドカちゃんにしがみついてやっと滞空していられる程度の力しか残ってなかった。

「弱いっ、弱すぎる。そんなんじゃ戦場に出てもすぐ死ぬだけだ。だからもう、ISなんか降りてこっちに来い。死にたくないなら、選ぶべきは『亡国機業』だ。早く解除して、私の元に来いっ」
「イヤだ!」
「子供か!」

ぶんぶんとマドカちゃんは俺を振り落とそうと体を揺らす。

「例え目的が世界平和でも、それでも、それでも俺は、お前らのやり方には賛成できない!」

下からは箒たちが追いすがるようにして上昇してきていた。
ついに俺は振り落とされる。一人ではまともに慣性制御もできず落ちて行く。
すれ違うようにして彼女たちは天空へと駆け上がっていった。ちょうど太陽を背においてマドカちゃんがこちらを見下ろしている。俺は成すすべなく堕ちて行く。
このまま戦えば、きっとマドカちゃんに誰か殺されるだろう。

「ダメだ……っ」

それは、ダメだ。
誰も死なずに済む方法が、あるはずなんだ。
どうしてなんだ――どうしてなんだっ! どうして俺はこんなにも無力なんだっ! また守れないのか、アンネみたいに、目の前で誰か死ぬのを見てるだけなのかっ!?
なんでもいい。なんでもいいんだッ!
この場を突破する、マドカちゃんを救う手立てが! 方法が!
力が!! 欲しいッ!!



――――頭の中に響く声。



『名前を、呼んで』
「!?」
『あなたの求める力を、叫んで』

迷うことはなかった。
宵闇を裂く純白の一閃。
全てを覆す天武の剣戟。
絶望を断ち切る希望の一撃。
一瞬たりとも忘れたことのない情景が、憧れが、脳内で氾濫し思考を塗りつぶす。
幾重にも重なる閃光が真っ白な世界を創り上げる。
重力を全身で受け止めていた身体を動かす。
それだけで激痛が走る。それでも、右手に『白世』を召還する。

「う、おぁぁっ……!!」

マドカちゃんが、俺の方を見る。
ナノマシンがさらに脳髄の深くに染み込んできたらしい。人間として致命的なものが飲まれ飲み込まれ欠落していくのが感覚的に分かるが、構うもんか。体が灼熱の波に揉まれる。血液が沸騰して皮膚が爛れているんじゃないかと思うほどに、体が熱い。
PICを再起動。体を宙ぶらりんに縫い止める。
俺は絶対に君を止める/助ける。
だから……ッ!

力を貸してくれ、『白雪姫』、束さん、――姉さんっ!

俺はBTの群れを振り払うと、居合いの構えで『白世』を持つ。計10以上の銃口が俺に狙いを定める。

「寝てろ、お兄ちゃん!」

閃光が迸る。それが外界のものなのか俺の瞼の裏のものなのか、分からなかった。
でも言えるのは。
今この瞬間、『白雪姫』は、俺に応えた。



銘を叫ぶ。

君の名は(ユア・ネーム・イズ)――



「――――『雪片』!!」



瞬間、形を成す。否、そいつは元からあった。
俺が居合いに持つ『白世』が、その刀身がガシュ! とスライドする。ロック機構を全て放棄し、内部に封じ込めていた『何か』が滑り出る。
それは、それは、あたかも今まで『白世』だったものを鞘とし、中のものを刃とした抜刀術のようで。
白銀の刀身が鞘走る。目で追えない、光や音だって逃げ出すようなスピードを叩き出し、眼前に迫るレーザーを悉く打ち払った。
大剣だった鞘を放り捨て、そのまま俺は高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)を踏み込む。レーザーの隙間を掻い潜り、瞬時にマドカちゃんへと肉薄する。

「ッッ、その、剣は……ッ!?」
「俺のだっ!」

表示される剣の名前。

「――――『雪片弐型』ッ! こんなもん託されたんじゃやるしかねえよあ!」

負けない、俺は負けない!
剣戟。漆黒の『雪片甲壱型』を打ち払う。
勝てないのなら、勝てないなりに時間を稼いで逃げ回るのが賢いやり方かもしれない。でも俺は負けたくない。
負けられないんじゃない! 負けたくないんだ!

「このッ!」

マドカちゃんの太刀筋は真っ直ぐだ。上段からの切り下ろし。俺はそれを鍔迫り合いに持ち込み、無理やり肩を入れて弾き飛ばす。
距離が開くと同時にぶち込まれるBT兵器を切り払い爆散させ、俺は例の構えを取る。八双の変化形。

「いい加減退いてくれ、お兄ちゃんっ!」

真正面から『雪片甲壱型』を構えるマドカちゃんを見据える。道場での、箒との訓練がフラッシュバックする。
あの時も、俺は。

『きちんと相手の動きを見てカウンターを仕掛けろ。相手ありきなんだぞ、フェイントに引っかかったりしたら目も当てられん』

箒の言葉が血に溶け込み、俺の身体を動かす。みんなと鍛えた感覚が神経を迸り、俺の思考を回す。
マドカちゃんはほんの少しPICを傾けて、俺の突きを避けた。
そして俺に向かって胴を狙い斬り払うところまで、もう、経験してる。動きが読める。
だから――二度目はねぇよ!
俺は、伸ばしきった右手はそのままに、『黒陽甲壱型』の太刀筋を読む。
左手を、合わせる。ナノマシンによる補修を重ね、すでにこの身は人を半ば振り捨てている。ならもう、恐れるものは何もない。
『虚仮威翅』を呼び出す。剣道ではあり得ない武器の緊急追加召還(ラピッド・スイッチもどき)。
並行するのは、突きから薙ぎへの移行。PICをぶつけるようにして『雪片弐型』の刀身を無理矢理方向転換させる。
刹那を永劫に引き伸ばし、無限を瞬間に回帰させる感覚。

「ッ!?」

宵闇の太刀は俺の懐剣を砕き。
俺の薙ぎはマドカちゃんの首を捉えた。







墜落していく『サイレント・ゼフィルス改』を見て、誰かが歓声を上げた。
それに伴って人々がやっと、自分たちが勝利したことを知る。
俺は荒く息を吐きながら視線をぐるりと回した。

「……無事なんだろーな」
『あッたりまえよ!』

鈴を筆頭に、全員健在。良かった、と思わず息を漏らした。
マドカちゃんが墜落する。衝撃で砂煙が上がり、それが晴れれば、ISが強制解除されたのかISスーツ姿の少女が一人、地面に横たわっていた。
……彼女は拘束される。しまったな、ここだと日本の管轄になるのか。
どうにかできないものかと思案していると、ふと姉さんのことを思い出した。
全員でステージに降り立ち、ひとまず状況確認。

「姉さんも戦闘中のはずだ。大丈夫なのか?」
「織斑先生が!?」
「いや、さすがに大丈夫じゃないの?」

無傷の人間はいなかった。箒はエネルギー切れ寸前、鈴は爆発をモロに食らったのか装甲の半分以上が剥がれ落ちている。EU組は割と損傷も少ない。簪はミサイルポッドをいくつかパージして軽装になってるし、楯無もところどころISアーマーに皹が入っている。
一番ヤバいのは俺かもしれん。装甲はところどころ俺の吐いた血がついてるし、アーマーブレイクとか一番多い。なんだかんだマドカちゃんが鬼強かったのは事実のようだ。

「コアネットワークで位置を特定した。動いていないな……ん?」
「どうしたんだ」

ウィンドウを開き訝しげに眉を寄せるボーデヴィッヒ。箒がウィンドウを覗き込むと、同じように怪訝そうな表情をした。

「あんだよ、どーした」



瞬間、来た。



「織斑千冬のバイタリティが消失してるから、不安そうにしてるんじゃないの?」
『――――!!?』

上空ッ! 俺たちの中央に割って入るように、新手の女が落ちてきた。ブロンドの長髪が靡き、少しくすんだような金色のISを纏いそこで優雅にくるりと回る。
瞬時に解散し武器を展開。ハンドガン、レーザーライフル、衝撃砲、レールカノン、アサルトライフル、攻性エネルギー放出ブレード、荷電粒子砲、大型槍内臓ガトリングガン。これだけの重火器に身を晒されても、落ちてきた女は髪を書き上げ日の光を背に堂々と居住まいを正した。

「初めまして、の人も、そうでない人もいるわね」
「て、め、ぇっ……!?」

ハンドガンの銃口がブレる。言葉にできない、感覚的な重圧が目の前のISから発せられている。なんだ、こいつ。
ボーデヴィッヒが一歩進み出た。

「貴様、教官をどうした」
「やーね、『暮桜』の改修機だったかしら、あれ。エネルギーがゼロになったからトドメ差そうと思ったら他の先生が持って行っちゃったわよ」

――――は?
ぷんすか、といった感じでそれを口にされ、俺たちは凍りついた。
なんつったんだ、この女。

「うそだ」

ボーデヴィッヒが呆然と呟いた。
俺もそれに全力で同意した。他のみんなもそうに違いない。でも、目の前の女は、哄笑を上げると俺たちを視線で嘗め回す。それだけで鳥肌が立つ。

「認めてよぉ。――織斑千冬はね、私に負けたの」
「嘘だッッ!!」

少女が吼えた。銀髪を逆立て、ボーデヴィッヒが飛び込む。プラズマ手刀のインファイト。
おい、と止めようとしても間に合わない。

「ダメ、上っ!!」

後ろで簪が悲鳴を上げた。それに釣られボーデヴィッヒは視線を上に向ける。
上空から先ほどの焼き直しのように落下してくる機影。ボーデヴィッヒはバックブースト、先ほどまでいた地点を自由落下の慣性を乗せた巨大ブレードが砕く。

「こいつは!?」

レールカノンを牽制に撃ちながら、ボーデヴィッヒはその金色の瞳を驚愕に見開いた。
漆黒の機影には皆見覚えがある。例の無人機だ。ただ大きく造形が変わっていた。以前の巨大なものではなく、流線型のなだらかで女性的フォルム。おっぱいおっぱい……ハッ! 幻術に惑わされていた! あれは硬い金属だしっかりしろ俺!
よくよく見れば両腕が凶悪に改造されている。右腕は肘から先が巨大なブレードになっており、左腕はまた丸太。掌の穴はビーム砲かまたバカ出力かよ勘弁してくれ。
一番ヤバそうなのは攻撃でなく防御面だ。機体を中心にして衛星みたいにくるくる回るユニットは、『白雪姫』の解析によるとエネルギーシールドを張るユニットのようだ。
続けざまにドスン、ドスンと後続がやって来る。同じ機体が計5機、7機、10機……まだ増えていく! 何機いんだよマジでッ!?
おまけに『白雪姫』が真っ赤なウィンドウを開いた。絶対防御の発動阻害を感知。……はいはい、福音の時の焼き増しかよ。ああもうッ、命の価値勝手に軽くして楽しいのかテメェらッ!!

「ゴーレム……! また作ったっていうの!?」

楯無が悲鳴を上げる。目の前にある異形の無人機は、確かに今までとは明らかに違う。
……これは面倒な展開になりそうだぜ。『雪片弐型』とハンドガンを油断なく構えながら、俺はバイザー越しに女と視線をぶつけ合った。

「『セスルムニル』と『エインヘリヤル』をあっさりと撃破してくれちゃって、かわいげのない人たちよねぇまったく」
「……ゴーレムⅠにゴーレムⅡのことか?」

油断なく『空裂』を構えながら箒は疑問を呈した。恐らく彼女の言葉通りだろう、ゴーレムというのは俺たちが勝手につけたコードネームなのだから。
スコールと名乗る女は、バイザー越しに自分を守る無人機たちを見回した。

「でも次は。量産中の『ワルキューレ』はともかく、開発中のそのセミカスタム機『ノルン』は違うわよ」

ギラリと、無人機たちのバイザー型アイカメラが赤く鳴動した。
殺気とも悪意ともつかない、無遠慮で不気味な気配に鳥肌が立つ。専用機持ちたちもじりじりと後退している。

「まあ今日はあいさつぐらい。この子はまだあなたに渡すわけにはいかないから、連れて帰らせてもらうわね」

その時になって、器用にも一つの翼がマドカちゃんの小さな体を摘み上げていることに気づいた。
頭の中が沸騰する――思考が追いつく前に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を踏み込んでいた。
俺の進路に無人機の一機が瞬時加速で割り込む。
邪魔だ。シールドユニットを殴って無効化、『雪片弐型』で頭部を撥ね、遅れて振りかぶられた腕部ブレードを返す刀で断つ。瞬時加速の勢いのまま用済みの巨体を蹴り飛ばし、スピードを落とすことなくスコールに肉薄した。

「あら、あら」

黄金色の翼が逆袈裟の太刀筋を妨げる。
至近距離で、半分も見えないスコールの表情がわずかに驚愕しているのが見えた。……『雪片弐型』に耐えるこの翼も大概おかしいが、今のスピードをあっさり止めるこいつもヤバい。

「無人機が瞬時加速ってのも驚きだが、その翼。本当にあんたが使ってんのか?」
「まさかあ。今のに普通の人間が反応できるわけないでしょ。『ワルキューレ』のAIをちょちょっと弄って使ってるの。人あらざる力を用いてあらゆる人を打倒する、それがこの『ワールド・パージ』のコンセプトよ」

『ワールド・パージ』――このISの名前か。
超至近距離から離脱。置き土産の切り払いは新たに生成された翼に防がれた。計六対に膨れ上がった異形の翼。
今までは盾として使われているが、これが攻撃に転用されたら。

「避難はッ」
『済んでいます』

巨乳先生の映る画面がポップアップされた。良かった。ていうかマドカちゃんが来た時から避難始まってたしな、当然か。
ちなみに巨乳先生も戦列にいた。かなりダメージを負っているが、本人は無事のようだ。

「マドカちゃんか首か、置いてくモン選べよ」

『雪片弐型』の切っ先を突きつけながら、俺は告げた。
スコールは笑う。ひどく歪に、笑う。

「じゃあ私も聞くわ。世界か愛する人一人か、どちらか選んでみなさい」
「巨乳童顔黒髪ロングなら世界ぶっ壊してやるよ」

即答してやったぜ。

「…………」
「…………」
『…………』

沈黙が、痛い。

「……いる訳ねぇだろッ、そんな奴……!」

俺は血の涙を流す勢いで吐き出した。みんなからの視線がマジで生ぬるい。童貞にありがちな思考で悪かったなバァーカ!
このままだと『キャハハハ童貞ー!?』『キモーイ!』『童貞許されるのとか小学生までだよねー!』とか言われるに決まってる。ハニトラとして訓練された皆様は素晴らしいテクニックで俺をリードしてくれるんでしょうなあ。
まあゲス顔でそんなこと妄想してても仕方ない。いや別に今の一瞬でオルコット嬢とデュノア嬢から筆おろしついでに搾り尽くされる妄想とかしてませんよ? してませんったら。

「あなた、守る守るって言うけどさあ……何を?」
「全部だ」

今度も即答。同時に高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)で踏み込む。黄金色の盾を抜いてマドカちゃんを必ず取り返してみせる。

「じゃあ」

一発目の加速。
しかし翼は、俺など意に介さないかのように刃先を見当違いな方向に向けた。『白雪姫』が自動的に行き先を拡大表示――待て待て待てッ!
急制動。高速連続瞬時加速のスラスター角度を再計算して上書きした数値を叩き込む。俺の体は想定外のGを受けながら、翼と『そいつ』の間に割り込んだ。

「あの子を殺させてくれたら私は退くって言えば、どうするの?」

『打鉄』を纏って一般人の誘導を終え、ほっとしたように間抜け面をさらすバカ。
この場にいる全員のウィンドウには、もれなくそのバカ、相川清香が映り込んでいた。

「ふっざけんな! させるわけねーだろそんなこと! 守るために守りたいモン差し出すとか本末転倒にも程がある!!」
「あなたが守りたいのは彼女一人ではなく『みんな』なのでしょう? 彼女を切り捨てさえすればその願望は叶うわ」
「ありえねぇ! そもそもなんであいつだ、なんで一番関係ねぇ奴に!」
「なんとなく、かしら」
「じゃあ俺にしろッ!」
「思ったより決意は固いのね、感心しちゃう。まあたとえ話よ。なによ必死になっちゃって、可愛いわね」

おちょくってんのかこの野郎……ッ!

「清香逃げろ! そこは危険だ!」
『ふぇ?』

ボーデヴィッヒが相川の『打鉄』に通信を送る。
待ってましたとばかりにスコールは口元を釣り上げた。

「あらぁ、一番危険なのはここよ?」
『……!』

新型のゴーレム――Ⅰ、Ⅱと来たらⅢか――が動いた。リーチの長いブレードをぶん回して、専用機持ちの中に躍り出た。
もちろん即対応。拡散型衝撃砲、マシンガン、レーザーライフルが火を噴く。がしかし、それらの射撃武器を、ゴーレムⅢの周囲を衛星みたいにビュンビュン回るビットが弾き飛ばした。

「……!?」
「こいつっ!」

あちこちから狼狽の声が挙がる。ゴーレムⅢが細身のシルエットに反してゴツい左手を掲げる。掌に備えられた砲口が、全てを押し流してしまいそうな勢いの熱線を放出した。

「ぐぅ……っ!」
「この程度ではやられませんわ!」

専用機持ちは飛び散るようにして避ける。俺も瞬時に捌いた、が、避けたということは別のものに当たるということ。

「やべえっ」

俺も気づくのが遅かった。熱線は、観客の消えた会場を瞬く間に破壊していく。おまけに見境なく連射しやがって、当てる気ねーだろクソが!
火器管制システムぐらいちゃんとしとけよオラァ!
だが無差別乱射は意外なところに直撃した。ピットの奥、相川の左胸。

『きゃあぁっ!? な、なに今の……!? なによ、こいつ!?』
「ッ!」

ゴーレムの一機がピットに乗り込みやがった。
熱線を撃ち込まれ、閉所故に相川は回避できない。初期装備の物理シールドは二秒も保たず、続けざまの連射が直撃し『打鉄』が強制解除される。

『う、うそ。うそでしょ、なんなのこれぇっ!! こっち来ないでぇっ!』
「相川ァァァッ!!」
「私が、ッ……行く!」

俺が相手のゴーレムを蹴り飛ばしピットに飛ぼうとすると、横手から一人先行してくれた。
『打鉄弐式』、簪だ。
背後から薙刀で一突き、ゴーレムⅢをあっさり機能停止に追い込む。

『……大丈夫?』
『は、はひっ』

良かった……本当に、良かった……
思わず涙ぐみそうになっていると、スコールは俺に視線を向けてきた。

「じゃあ私は行くわね、千冬さんによろしく」

ズパッと片手だけ挨拶し、数機のゴーレムⅢと動かないマドカちゃんを引き連れスコールが飛び立つ。
殿役か、こちらを警戒し熱線をぶっ放してくる奴が2機。

「テメッ、逃がすわけねーだろ!」

瞬時加速でスコールを追う。2機はすれ違いざまに『雪片弐型』で首を落とし胴を断った。
爆散する2機を後目に、もう一発瞬時加速を叩き込む。
追いつける!

「ああそれと」

その時、まるでポーチか何か忘れ物をしたみたいな空気で、スコールが振り向いた。何か、どうでもいいことを言い忘れていたから一応言っておかなくてはならないとでも言うように。
唇が開く。
告げた。

「一番危ないのはステージ真ん中だけど――次に危ないのはあの子のいるピットよ?」
「!?」

俺はわずかに一秒ほど、下唇を噛んだ。
ウイングスラスター角度変更。真後ろへ瞬時加速。
加速度的に遠ざかり、小さくなっていくスコールとマドカちゃん。悪態を吐き捨てる余裕すらない。自由落下を遥かに上回るスピードを叩き出し俺は地面に向かう。
あのクソアマがピットに何かしやがったのかどうかは知らん。急げ。だが早くしないとまずい、何があるか分からん。急げ。
急げ。急げ急げ急げッ!


『あ、織斑君。どうしたの?』


急げ。


『何見上げてるの? ひょっとして待っててくれたとか?』


頼む。何もないでいてくれ。


『――――死なないで』


頼む、頼む。


白雪姫が会場を拡大した。ステージでゴーレム群を各個撃破していく専用機持ち。
そして。そして、そして、そしてそれとは別に。

大挙してピットになだれ込んでいく黒い機体。

「――――――――――――――――ッ」

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)――限界を超え五重掛け、体はそのままに内臓だけ吹っ飛びそうな感覚。
神経があっという間に断絶され、『白雪姫』がそれをナノマシンで紡いでいく。その代償の、体中を炎が舐めるような痛みを無視して俺は叫んだ。

「相川ああああああああああああああああああああ!!」

ピットからせりでたカタパルトに、半分床を貫きながら着地。目の前でうじゃうじゃしてる黒い群を一手に薙ぎ払う。片手に『虚仮威翅:光刃形態』も持ち二刀で我武者羅に腕を振る。

「テメェらッ、どけ、どけッ! 邪魔なんだよ! 死ねどけクソどもが!」

切る。

「止めろ、止めろぉっ! 止めろよ、そいつは関係ないだろ! 止めてくれっ!」

斬る。

「止めろって言ってるだろ! 殺すぞクソが! どけ! どけ! どけどけどけ、どけっ!」

Kill.

払い、
払い、
払い、
払い続ける作業。
終わらない。
群れが終わらない。
俺の背後からも新たな機体が俺にブレードを振るって来る。避ける隙間などない。
切り、切られ、切り、切られ、出血流血失血を繰り返し、世界がぐらぐらとかき回され、それでも歩みを止めない。
だが終わらない。
ふざけるないい加減にしろ殺す殺す殺してやる全員殺してやる残らず殺してやるまとめて全て全て邪魔するものはそんなもの全て全て残らず切って切って切って切って殺してやる――――――――

『新規起動:零楼断夜』
「あああああああああああぁぁあぁあああぁああぁああああああぁあああああああああああああああああああああああ!! ああああああああああぁあああぁぁああああぁああああああああぁあぁあぁあああああぁぁあああああああ!!!」

刀身が軽くなる/『雪片弐型』が割れる/蒼いツルギが顕現する/知るかそんなもの。
一閃しただけで視界が拓ける。勢いに任せてコマのように回る。背後に居た軍勢もまとめて真ッ二つになる。
二振りで、片付いた。
でも。
刀が手から滑り落ちる。爆発することすら許されず沈黙した鉄屑の山の中で、俺は自分の目がガラスか何かで作りかえられたんじゃないかとさえ思った。
眼前の光景が理解できない。


戦いが終わった時には、

全てが終わっていた。


「一夏君ッ! そっちは……ッ………………」
「……ん、ああ…………ステージ、終わった、のか」

エネルギーエンプティの表示とともに、『白雪姫』が勝手に解除された。制服にパーソナライズされるが、そんなこと気にもならなかった。
敵を撃破した(一機一機自体は大したことなかった)専用機持ちが続々とやって来る。

「一夏っ」
「一夏さん、無事ですの?」
「ああ、イヤ、イヤ、イヤッ!」

箒とオルコット嬢は最後尾だからか、まだよく見えていないらしい。
見えている人間は皆、黙った。
楯無だけが、今、口を開く権利がある。普段の余裕などくしゃくしゃになっていた。
『ミステリアス・レイディ』を粒子に還して、楯無は少女に駆け寄った。ISを身に纏い、背後でガタガタ震える相川を守るため戦い続けた少女。

「いや、かんちゃん、いやっ……いやあああああああああッッ!!」

戦い敗れた少女は、更識簪は、そこに倒れていた。血を流しすぎていて、どこから出血しているのかも分からない。
背後から切って進むだけだった俺と比べ、この閉所でこれだけの数を正面から、おまけに背後に丸腰の人間を抱えて戦うことはどれほどの絶戦だっただろう。
背後で誰かが胃袋の中身をぶちまける音が聞こえた。
簪の体は、真っ赤で、ISスーツと素肌の見分けがつかなくて、でも何か決定的に足りないものがあって。
俺の足元に転がる、血を垂れ流す足と、潰れた何か。『白雪姫』がすぐに解析した。視神経の残骸があった。眼球が潰れたものらしい。体液と血液がマーブル模様をつくり俺の足元に広がる。履いてる靴が濡れる。やっと理解した箒が目を背けオルコット嬢が歯を食いしばる。
足。眼球。誰かの足と眼球だ。誰の足と眼球だろう。誰の足と眼球なんだろうか。

「……医療班が来たな」

ボーデヴィッヒの言葉通り、担架を持った大人たちが走ってやって来た。
俺も簪のそばに駆け寄る。

「オイ簪ッ、しっかりしろ。助けが来た、助かるんだ! オイッ!」
「……いち、か、……うる、さ……い」

うるさいぐらいじゃないと、お前が寝ちまったらどうするんだ!
腰から下、簪を抱えようとした救命隊の人がおかしなことに気づいた。顔色が悪くなる。運べよ、仕事をしろよ、てめぇの。

「この……がんばり、は、一人で……超元気玉を、つくれる……レベル……後ろに、いた……子には……PS4を、請求、したい」
「オーケー……そんだけ言えるんなら上等だ」

ガチャガチャと応急処置を受けつつ、簪は運ばれていく。俺たちはそれを見ているだけだった。
俺の傷は、すでにナノマシンが修復している。正直自分でも気味が悪い感覚だ。
隣で楯無は医療班の後ろ姿を見つめていた。ぶつぶつと呟き続ける。前髪を垂らし、何か気でも触れたように。

「だめ、だめだめ、そんなの絶対にだめ。許さない、許すもんですか」
「……ッ」

簪は大丈夫、大丈夫のはずだ。

「見に行ってやれよ、そっちの方が、簪も喜ぶ」
「……うん」

瞳を濁らせ、楯無が立ち去っていく。

「……クラスの皆さんも心配ですわ」
「会場の外に集まってるはずでしょ、場所ちょっとティナに聞いてみるわね」
「分かった、じゃあ僕らである程度の事情は説明しとくよ……ごめん、簪さんとか色々、よろしく」

鈴とオルコット嬢とデュノア嬢が去り、静かになった。
まあ確かに棒立ちになってるより、何かをしたほうがまぎれるかもしれない。

「……教官は、大丈夫なのか」
「分かんねぇ……運び出されて、それっきり」

視線が、簪のいた床から離れない。
血溜りに目が吸い込まれているような感覚だ。
言ってるそばから通信が来た。

「姉さん」
『一夏……そっちは無事か』
「ああ」
「教官ッ、ご無事ですか!」
「千冬さん、大事無いですか」

箒とボーデヴィッヒがISを解除することもせず俺の腕にかじり付くようにして画面に顔を出した。
背景の壁からして、医療室にいるようだ。服装も上着を脱いでワイシャツだし、何かの検査を受け終わったのだろう。

『不覚を取った……相手は確かに申し分なかったが、私の落ち度で、お前たちを危険に晒してしまった。許してくれとは言わん』
「……武士かよ」

負けてなお潔し、か。
つっても姉さんの敗北はまだ公に露出したわけじゃない。関係者に緘口令が布かれるのは当然だろう。
なんとなく、頭が、姉さんが負けたという事実をまだ拒否しているような気がした。

『私の『暮桜改』はダメージレベルE、ただの鉄屑だ。もしまたあいつが攻めてくることがあれば、私は出撃できないことになる』
「……別に、その分は」
「私たちでなんとかします、私たちしかできない、それ以外にない」

ボーデヴィッヒが俺の言葉を取った。

「そのための専用機持ちです。あなたの教え子の実力、この期に刮目してみてください」

箒も少し不恰好な笑みで告げる。
お前ら、何無理してんだよ。さっきの見て気分悪いんならおとなしくしてろよ。箒とかカッコつけてるくせに涙止まってねーし。

『……くっ、くははははっ。お前ら、イイな。イイぞお前ら、よく言った』
「は、ははは……俺のクラスメイトは逞しすぎて困るぜ」

肩をすくめる。両隣の二人はお前も何か言えと言わんばかりに視線ビームをグサグサ突き刺してきた。
誰がビームは抉るように撃つべしっつったよ。痛いよ。分かった分かったもうおなかいっぱいです止めて。

「姉さん、ひとまず状況報告は後でまとめてする。生徒に負傷者が出た、さすがに看過できねぇ」
『ああ』
「また学園で」

通信を、切った。

「多分学園に戻れば、全員に説明がある。その時に俺たちも情報を公開しよう」
「ああそうだな。私もレーゲンの映像データに多少はあのゴーレムⅢのデータが残っているかもしれん」
「うむ。ではボーデヴィッヒ、私たちは生徒たちを早く学園に戻そう。どうせ今日町に今から繰り出す阿呆など居まい」

二人はあれこれと話しながら、途中で話題をゴーレム対策の戦術に変えつつ歩いていった。
心の底では、多分、簪が……普段はあまり我を通さない女の子が、戦い、傷ついたことを気に病んでる。この場に居た人間はきっと皆そうだ。自分がもう少しやれていたら、そう思うに決まってる、あんなもの見せられたら。
ちらりと箒が視線で気を遣ってくれたのは、ありがたかった。二人とも多分、こいつの対応は俺に任せてくれたんだろう。
そのことに感謝しながら、俺はゆっくりと膝を折った。

「相川」
「ごめん……ごめん、ごめん、だって、だってだってだって、私、どうしようもなかった。何もできなかった。怖かったけど逃げたくなかったけど。でも私どうしようもなかったんだよ。本当に信じて、信じて」

目の前にいるのが俺なのか、他の誰かなのか区別できていないんだろうか。空ろな瞳で、相川はそう言った。自分を責めるなという予防線を張った。
……そりゃ誰もお前を責めることなんかできねぇよ。当たり前だろ。

「大丈夫だ。あの黒いのは全滅した。お前も休めよ」

制服の上着を被せてやる。立たせて、それから少しどこか静かなところで休もう。
お前のせいじゃない。
お前のせいじゃないんだ、相川。
俺がもっと強ければ……簪だって、相川だって、傷つかずに済んだかもしれない。

だから。

だから……俺はッ!





【報告書】
一般学生被害
軽傷9名
重傷なし
死亡なし

その他学生被害
更識簪……切断による両足欠損、頭部外傷による失明
更識楯無……PTSDの可能性、深刻な情緒不安定
織斑一夏……重傷を何度か負うが、ナノマシンにより全快





後日。
更識楯無はIS学園生徒会長を辞し。

彼女の推薦により後釜を務めることになったのは、世界で唯一ISを使える男子――織斑一夏だった。







生徒会長就任スピーチはまた今度だ。時期が時期だし、まだキャノンボール・ファストの事後処理だって終わってない。
あれ、事後処理って響きエロくね? ティッシュとか使うといいと思います。

「ぼーくたーちはー、まッよいながらぁー」

たどり着く場所は探し続けるまでもないでござる。
一般学生立ち入り禁止の特別棟、特別治療室。特別尽くしじゃねーか。

「かーなしーくて、なッみだ流してもぉー」

……輝きに変わる日は、まだ遠い。
イヤでも沈みがちになる道のりを盛り上げるために歌ってたのに自分で落ち込んでどーすんだアホか俺。

「皆雰囲気変わっちまったしなぁ」

箒は自分の剣技がマドカちゃんに通じなかったのがよほど悔しかったらしく、部活も休部願い出して基礎から篠ノ之流をやり直してる。
オルコット嬢は偏光射撃がなんたるか、自分やらBTシステムやらに向き合って考えてみるらしい。
鈴、デュノア嬢、ボーデヴィッヒも今まで以上に訓練に打ち込んでいる。まあ、あそこまで封殺されたらプライド的にもキツいもんがあるわ。
まあ、皆が一番気にしてるのは、俺の訪ね先の子なんだろうけどさ。

「失礼しまーっと。アブねアブね」

部屋に一歩踏み込んだ瞬間口をふさぐ。部屋の主である簪に加え、授業サボって部屋に居座り続ける楯無も寝顔晒してくーくー寝てる。レアショットだ。脳内保存脳内保存。
つーかもう秋真っ盛りなんだぞ、少しは毛布かけたりしてから寝ろや。
仲良く夢の世界に浸かっている姉妹を見ていると、ふと相川のことを思い出した。
キャノンボール・ファスト以来、あいつはろくに部屋を出ていない。一回俺が授業休んで簪の部屋の掃除しに行く途中、食堂でこそこそ飯食ってるのを見ただけだ。

「やれやれだぜ」

タオルケットを楯無にかけてやる。簪にも布団をかけ直し、楯無の隣の椅子に座る。
2人は本当に穏やかで安らかな寝顔だ。こうした状況になることで、やっと互いの気持ちを伝え合えたのだろう。そのことは、俺としても嬉しい。

「……守れたんだよなあ、お前は、相川を」

手を伸ばし簪の髪を解く。滑らかな手触りだ。
微笑みながら、けれど俺は、どうしようもなく胸が痛かった。

俺は見てしまった。
誰かを守った人間の結末を。
誰かに守られた人間の末路を。

相川を見てたら分かる。誰かを守るという行為がその守られた人間をどれほど苦しめるのか。知っていたくせに、今やっと理解した。
さんざん姉さんに守られ、追い詰められていたくせに、誰かを守ろうとしている。
守られた人間は決して無傷じゃない。痛みを押しつけることになるのだ。

「俺は……俺が、するべきだった……」

……正しいのか、守るという行為は?
……俺はこれからも、誰かを追い詰めるのか?

「どうせ俺なら治るんだ……やっぱり、あの時俺が行くべきだったんだ……」

俺なら大丈夫だ。
俺ならすぐに治るから。八つ裂きにされようと五臓六腑ぶちまけられようと、皆の前なら、皆を守るためなら何度だって立ち上がれる。
俺の傷と誰かの傷は等価値じゃない。

もう俺の目の前で、誰も傷つけさせない。誰も守らせない。

守るのは、俺だ。

例え痛みを押し付けようと、俺の見えるところで誰かを守るのは、俺だけだ。



守られる側の苦しみを理解して、それでも――いや、だからこそ俺は、踏みとどまるのを、止めた。






――――――――――――――――――――――――――――――――



・『セスルムニル』は原作のゴーレムⅠと比べ圧倒的雑兵です
 『エインヘリヤル』は原作のゴーレムⅠと同格です
 『ワルキューレ』は原作のゴーレムⅢに少し劣ります
 『ノルン』は原作のゴーレムⅢが可愛く見えるキチガイ仕様にするつもりです
 候補生もちゃんと強化されてるから大丈夫のはず(白目)

・第二部そろそろ終わりです
 吹っ切れた主人公ほど怖いものはないと思い知らせてやる



――――――――――――――――――――――――――――――――
追記

・絶対防御妨害描写を追加

・簪の負傷の描写を某所とか知人とかに突っ込まれたので修正
 ホントだよ眼球飛び出すような衝撃食らったら即死してるよゴーレム器用すぎワロタ

・簪「主人公と仲良くなるのはフラグ(キリッ」



[32959] 7秒後のハニトラさんと、俺。/蠢動
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/07/21 21:27
「うっへぇ、人いねーなオイ。景観の無駄遣いだろ。IS学園は紅葉の名所100選に可及的速やかに立候補すべきレベルだぜ」

すっかり木の葉も紅く染まっていた。
両手に持つグリップを握り直し、俺は中庭を歩き回る。自然豊かなここはあちこちに秋の色を落としている。木の実とかあるぜ。自然公園かよ。
車椅子がころころと進む。紅葉を踏んでいく音は聞いていて心地よい。
校内を出歩くときは基本的に制服だが、簪は患者衣の上からショールカーディガンを肩がけに羽織っているので俺も私服にした。秋物のブルゾンをオックスシャツの上から着込み、チノパンを履いて準備万端。他人が見たらデートだぜ! やったね俺! 人生初のガールフレンド(仮)だ!

「簪ぃ、どーだよ、寒くねぇか?」
「う、ううん……だいじょう、ぶ」

俺からは水色の頭しか見えねえから、彼女がどんな表情をしているのか分からない。
せっかくの休日ということで外出している生徒も多いだろう。実はこの中庭の景観を知っているのは中々少ない。……まあ校舎が多すぎるだけか。ここも中庭って呼んでるの俺ぐらいだし。

「んじゃ飯にしようぜ。今日の弁当には自信があるんだ」
「…………」

頷くのが頭の動きで分かった。
ベンチに寄せて車椅子を停める。自分はベンチの端に腰を下ろした。

「あーと、卵焼きは塩派? 砂糖派?」
「………………甘いのが、好き」

今の空白なんだよ。どんだけ迷ったんだよ。表情も苦笑というかなんともいえない笑い顔だし。
念のため2パターン作っておいたのが功を奏したようだ。

「ほれ、あーん」
「ん、ん」

箸でつまんだ卵焼きを可愛らしく開けた口に運んでやる。
つっても誰も見てねえか。恥ずかしいのは、きっと、こういうことに少なからず憧れていたからだ。美少女にあーんしてあげるとかそれなんてラノベだよ。
え? インフィニット・ストラトス? ……なにそれぼくしらない。

「美味しいよ、一夏」

そう言って笑う彼女の顔にメガネはかかっていない。
もう必要ない。
視力なんて彼女にはないのだから。
視神経はズタボロにされ、回避しそこなった斬撃の余波は脳髄に深刻な障害を残していた。医者が俺に直に説明したわけじゃないが、楯無が泣きじゃくりながら生徒会室に転がり込んできた。物理的破損だけではなく、視神経が機能不全に陥っており、復活は難しいと。両足も、義足について考慮はすべきだが、本人の意思次第であると。

「お姉ちゃん……も、来れば……よかったの、に」
「あいつはねぼすけだからな。仕事がなくなって暇してるっつーか、仕事がないことに違和感感じてるワーカーホリックだぜ」

楯無本人にはPTSDの症状が見られている。夜中突然激しい号泣を始め、部屋のものを見境なく破壊し、ルームメイトは逃げるように引っ越した。
今彼女は一人部屋だが、ひどい時はISを展開して暴れだす。
そういう時は俺が呼ばれて、俺が止める。
その繰り返し。

「うっし、デザートだぜデザート。……ま、コンビニだけど」
「この香り……ティラ、ミス?」

当たりでーす。
本来なら事前リサーチで楯無から簪の好物聞き出しとくべきだったが、まあ仕方ない。本人があの調子じゃあな。

「今度俺の会長就任スピーチがあっけど、来るんだっけ?」
「う、ん……迷惑じゃ……なけれ、ば」

迷惑なわけ、ねーだろ。
俺は笑った。例え彼女に見えなくても、笑ってさえいれば、何かが変わるような気がして。





簪をベッドに横たえ、毛布をかぶせてやる。
もうすでに眠たかったのか、か細い声で「お休み」とだけ言ってきた。

「じゃあな。明日も来る」

病室を出る。ここの看護師さんたちともすっかり顔なじみだ。
ナース服越しにお尻様がふりふりと揺れるのを見て悦に入りながら、俺は病棟を歩いていく。
と、向こう側から簪の担当医が歩いてきた。白衣の下はだらしないしわしわのシャツだが、豊かな二つの双丘が存在感を示していて眼福眼福。先日の事件では鋼鉄の胸に惑わされかけてヤバかったがやはり現物は違う。惜しむらくは思う存分揉み尽くすことができないことだ。

「ん? 織斑か」
「どもっす」

ズパッと手を上げて挨拶。癖になってんだ、爽やかに挨拶するの。
担当医さんは眠そうな目でこちらを見てきた。こう見えて簪の大手術を成功させた凄腕だ。噂では日本で人気のない丘に立つ小屋に住むつぎはぎ顔の無免許医と会ったこともあるとか。手塚分注入されたら俺片腕になっちゃうよ……

「簪の調子はどうですか?」
「それは君もよく分かっているだろう。もしかしたら、私よりよく知っているかもしれないね?」

なぜ疑問系。薬品の香りを漂わせながら彼女は首を傾げる。角度が傾きすぎて俺を下から覗き込む形になった。この人身長あんま俺より変わんないんだよね。
目の下にどっぶりとくまをかかえて、彼女は言葉を続ける。

「なら気をつけてあげたまえ。無理をさせはしないと思うが、君は少々他人の心の機微に疎いところが見受けられるからね」
「はい?」
「ん? 彼女が今、とてもつらい時期というのはさすがに分かっているだろう。彼女の脳へのダメージは深刻でね……味覚もほぼ消失したと言っていい。今まで感じていた世界が一気に闇に包まれたんだ、その恐怖は私たちには量りようもない」
「、……、っ、は、?」
「うん? 君なら気づくか、もしくは彼女本人が告げていると思っていたが……」

『美味しいよ、一夏』

ガツン、と頭が揺れた。

「あー、……そっすかそっすか。あはは、了解っす」
「……すまないが、私はこれで戻るよ」
「あ、了解ッス。失礼します、あはははははははははははははは」

担当医さんは不憫そうに眉を落とし、去っていった。
……あーそうですかー。俺って、そうか。バカなんだな。簪も侮りやがってよぉ。俺のことが信用ならんか。
ふと壁に目を見やる。

「あああああああああああああああああああああああ!!」

ぶつける。頭をぶつける。
がんがん。
ぶつける。
がんがんがんがん。がんがんがんがんがんがん。
ぶつけて、ぶつけて、がんがんがんがんがん。

ああクソックソックソクソクソクソクソッ!! 

俺は何なんだ! 何様気取ってたんだ!?
打撃音以外何も答えてくれない壁から頭を離し、ずるずると床に座り込む。頭を抱え込んで、俺は泣いた。
誰も俺を糾弾しようとはしないだろう。それでも、自分で自分が許せない時が俺にもある。
うずくまっている俺に人影が近づいてきた。

「……おり、むら君よね? 何してるの、ってッ、頭から血が出てるじゃない! 壁にぶつけたの!? と、とにかくちょっと……」
「……別にいいですよ。これぐらいもう治ってます」

ふらりと立ち上がる。引き止める声を適当に聞き流し、ふらりふらりと歩き出す。もう限界だった。楯無は部屋で寝込んでる。
医療棟を出る。もう傷は完治している。ナノマシンの働きが、俺は誰とも痛みを共有できないと声高に叫んでいるようで、また自傷したくなってくる。

「ああ、ああクソッ……こんなこと本人に言える訳ねえだろーが」

生徒会長になった俺の初仕事は、日本政府から送られてきた書類の処理だった。
それは――更識簪の代表候補生資格の無期限凍結というものだった。
ISがない以上、もう、簪は世界を見ることはできないということだった。

「どうして……俺が守りたいと思った人たちは、みんな傷ついていくんだ……」





今日は朝のHRから一時間目の時間を使って、ホールでの全校朝礼だ。
全校生徒ひしめく大ホール。その壇上に俺は立ち、全校に向けてスピーチをしなければならない。今はまだ先生方の話なので俺は椅子に座っているだけだ。
とはいえステージ上、いろんな人の顔が見える。箒半笑いじゃねぇかぶっ飛ばすぞ。簪が最後尾にいるな。制服姿は久々だ。
椅子を押してるのは楯無。なんかあの落ち着いた表情久々に見たわ。

「……では、続いて生徒会長から所信表明があります」

と、俺の番か。立ち上がり一礼。演説用の演壇に進み出る。

「皆さんこんにちは。この度更識楯無さんの後任として生徒会長に就任することとなった、織斑一夏です」

人前でのスピーチとか慣れてない怖い。自分でもきちんと口が動いているか分からん。
壇上に並ぶ生徒会メンバー、布仏のやつ寝かけてないかオイ。布仏の姉さんはキリッとしてるのになんだこの差は。

「最初に言っておきます、前の会長の時みたいに、四六時中挑戦を受ける余裕は俺にはありません」

言葉を途切れさせない。
俺はあんな風にして生徒たちの挑戦を受け続ける暇はねぇんだよ。お前らみたいな暇人とはやることも違うし、見ている世界も違う。

「悪いがここから先は他言無用の極秘情報だ。……オイ姉さん、睨むなよ……あー、キャノンボール・ファストに妨害勢力が来てたろ? あれは世界制服を狙う悪の組織だ。普通ならヤッターマン辺りががんばってくれるんだろうけど、生憎向こうはISを持ってる。そして俺たちを狙っている。だから戦うしかない」

ざわざわ、ざわざわ。
それでも布仏は目を開けない。

「だからお前らみたいな暇人にかまってる余裕はない。俺は世界を守らなくちゃならない」

嘘だ。世界なんてどうでもいい。

「まあついでにお前らも守ってやるよ。……だから必要以上に俺に干渉するな。事務仕事もやる、世界平和も守る。こんだけやってあげてんだ、もういいだろ。頼むから、俺にかかわるな」

女の子に対してこういうこと言うのはとてもつらい。でもここらで一発言っとかないとな。
分かる人間なら分かるはずだ。


これはお前ら(ハニートラップ)への警鐘だ。


「お前らの相手をする暇はない。繰り返し言う、俺に干渉するな。……以上」

一歩下がって礼。生徒はみんな呆気に取られてる。
あらかじめスピーチ内容を伝えてた生徒会の面々はやれやれって感じの表情だ。布仏は……鼻ちょうちんがきれいにできていた。割るぞテメェ。
同様に内容を伝えていた姉さんも指先で眉間を揉んでいる。悪いな頭痛の種を増やしちまって。
この警告で少しぐらい俺の生活が楽になればいいんだけどなぁ。

「……では、続いて生徒副会長の布仏虚さんから、来月行われます専用機持ちタッグマッチバトルの説明が行われます」
「はい」

副会長の布仏の姉さんが壇上に立った。ひとまずは生徒も静かになる。

「参加条件は専用機持ちに限ります。ペアで登録してもらい、全組総当たり戦です。優勝者には……」

説明が続く。
ふと更識姉妹に眼をやった。いちゃいちゃしていて話なんざこれっぽっちも聞いてなかった。あいつら後でシメる。





放課後、第一アリーナ。

「遅い! 超間加速(オーバー・イグニッション)は無駄にエネルギーを食うんだ、ここぞという時以外使うな!」
「私のワンオフアビリティなら気にしなくともいいはずなのだが……」
「稼働率80%でわめくな」
「十分高めたほうだろう……なあ?」

AAICで壁に縫いとめられた箒が困った表情で俺に助けを求めてきた。
ISを展開せず制服姿のままの俺は、IS用の長刀を肩に預けて首を振る。この教官モードに入ったボーデヴィッヒが厄介なのは相川や谷ポンで実証済み。友達が少ないからそういう情報が入ってこないんだぜ、箒。自分の身を呪えや。

「なんかあんたの機体、少し色が濃くなったわね。コバルトに名前負けしてないじゃん」
「鈴さんこそ固定浮遊部位(アンロックユニット)が随分肥大化しましたわね」
「『覇龍砲』だなんてちょっと中二っぽくて恥ずかしいわよ。まあこの武装だけで貫通型と拡散型の切り替えができるのは嬉しいけど」

抜本的な改造には至っていないが、鈴もオルコット嬢も機体に改良が加えられている。年度最後のイベントだ、有終の美を飾りたいのはどの国も同じなのだろうか、それとも、謎の組織のワンマンアーミーにいいように嬲られたのが我慢ならなかったのだろうか。
オルコット嬢は全体的にカラーリングが深くなっている。『ブルー・ティアーズ』を発展させた『コバルト・ティアーズ』は燃費の効率化による長時間のビット使用を可能にしており、ここ数ヶ月で目覚しい進歩を見せたオルコット嬢の操作技術に見合うものとなっている。新たに支給されたレーザーライフル『スターライトmkⅤ』も出力向上と実弾装備を果たしている。

「あたしだって負けないからね!」

鈴がオルコット嬢に切りかかる。うまく距離を調節しながらオルコット嬢はダンスを開始。リズムを乗せられないよう裏拍を打って鈴が追いすがる。
確かに『覇龍砲』は厄介かもな。今までは直線コースオンリーだったから空間歪観測回避余裕だったけど、これからはそうもいかない。

「あ、あのさ織斑君。ISは使わないの?」
「ん? デュノア嬢はそのブレード使いこなしたいんだろ? かかってこい、相手になってやんよ」

デュノア嬢の片手には社長さんがデザインしたという新型のロングソード『ゲット・ライド』が握られている。
対して俺は『打鉄』などが装備する純日本製の一般的な長刀を構えた。名前は……『74式長刀装備』とかでいいんじゃないかな。

「さすがにバカにしすぎじゃない?」
「そういうことは俺と打ち合えてから言えよ」

構える。切っ先の延長線上にデュノア嬢の左目。

俺の体はもうボロボロだった。
『白雪姫』の侵食率が二割を超えた。
ISの展開が自由にできない以上は、こうするしかないんだ。我慢してくれよデュノア嬢。

「……行くよ」

デュノア嬢がブレードを振り上げた。加減された一閃。ナメんな。
腰だめからの抜刀、真横に『ゲット・ライド』を弾き飛ばす。

「ふぇ?」

返す刀で二撃目。
切り裂くのではなく削り取る。手首の返しで刀身を傾け、デュノア嬢のショルダーアーマーを裁断する。

「甘々だぜ、作ってくれた父ちゃんに恥ずかしくないのか?」
「え、あ、ぅ」

まだ頭がついていっていないのか、眼前に突きつけられた俺の切っ先にデュノア嬢の焦点が合っていない。
『ゲット・ライド』を握りなおさせる。
さあ、楽しい特訓の始まりだ。





「今日空いてる?」

デュノア嬢をボロボロにし続けて早一週間。近接戦闘についてはやはりこれから次第だろうか。
朝食の時間に納豆を混ぜながらそんなことを考えていると、最近になって少しずつ授業に出始めた相川が俺の正面を陣取ってきた。
うーん……やっぱりメンタルケアというより女子同士でのシンパシーというかテレパシーじみた慰め合いが有効なのだろうか。

「せっかくの休日だってのにデュノア嬢がダウンしてっからな。暇で暇でなんだかなあ」
「織斑君はシャルロットとペア組むの?」
「こないだあみだくじで決めた」

俺、箒、鈴、オルコット嬢、デュノア嬢、ボーデヴィッヒでやった。
正直俺は誰でもいい感じだった――ボーデヴィッヒ以外は俺を狙ってたのは思い出したくもない――ので、適当にくじにしたのだ。
結果として俺&デュノア嬢、オルコット嬢&ボーデヴィッヒ、箒&鈴となった。

「て、テキトー……」
「うるせえなこの野郎」

和食セットを着々と平らげていく。
相川はココア味のシリアルをもぐもぐしてた。

「リルフォートにでもいかない?」
「お前何なの? 引きこもっている間アニメばっか見てたの?」

勝手にオレンジジュースで酔ってろよ。俺は鈴から正中一本突きもらっとくから。
メインヒロインである弐型のデモンストレーターカラーが部屋に飾ってあると言えば、見に行く見に行く! とはしゃぐ相川。

……いつも通りで、本当によかった。

「へへっ、とにかくご飯食べたらどっか行こう! 私あれ欲しい、帝国軍仕様の弐型!」
「……自腹切れよ?」





紅葉生い茂る遊歩道を歩く。
数歩前を歩く相川はキュロットバンツから健康的な素肌を晒し、タンクトップとレースカーディガンのアンサンブルをひらひらと揺らしていた。
シャンブレーシャツにワークベストを重ねた格好の俺は、彼女がぶら下げているやたら角ばったビニール袋を見て嘆息した。

「おいテメー、いろんなもん買いすぎなんだよ。どう考えてもシナンジュとフルアーマーユニコーンは一度に買い込む量じゃねえだろ」
「いいじゃんいいじゃん、次の外出とかいつできるか分かんないし」

大概お前も言うことテキトーじゃねえか……
軽い変装用にかけた黒縁メガネとキャップのせいで、視界に違和感がある。インテリアピールは俺にはまだ早かったかもしれん。

「ねえ織斑君」
「んあ?」
「教室で話してた、『零楼断夜』の起動実験はどんな調子なの?」

……ああ。
『キャノンボール・ファスト』会場のカメラに映っていた、俺が振るった剣。
俺のログには何も残っていなかったが、監視カメラは捉えていた。
ウィンドウに表示されていたのは『零楼断夜』の文字。恐らくはワンオフアビリティの一種だろう。
ただ、ここで致命的な矛盾がある。

ワンオフアビリティはIS一機につき一つのはずである。
俺の『白雪姫』は『癒憩昇華』をすでに持っている。にもかかわらず発現したこの能力。
実際のところ、デュノア嬢と連携訓練をしている合間にどうにか起動させようとはしてみたが、うんともすんとも言わねえ。

「まあ仕方ないかな。これで自在に発動できるようになったらISの常識がひっくり返っちゃうし」
「まーな」

特に隠す理由もないしってことで、俺は教室というか学校で広く意見を募っている。
どんな能力かも分からんが、レーザーブレード二刀流っていうのはなかなかに魅力的だ。ロマン的な意味で。初トランザム直後かよ。もしくはスーパーパイロット君。
(性的な)無差別爆撃しか能のないハニトラの悪魔は、俺と『白雪姫』が分子に還元してやる!

「ん……あれ」

話題が打ち切られた。
相川の視線が一点にフォーカスされている。
つられて俺もそちらを見れば、公園で自販機と睨み合いをしている女の子が一人。EU系っぽい鼻筋のすっきりした美少女だ。テーパードのジーンズにスタッズ付きのライダースジャケットを着ている。背も高いしえらいモデル体系。

「あれは……うちの先輩か?」

頭の中に叩き込んでいた学園全体の専用機持ちの一覧にヒット。
二年生だ。ベルギー代表だったはず。
フォルテ・サファイア。

「……今度戦うんじゃないの?」
「なんで知ってんだよテメェ」

確か三年の別の人とコンビ組んでたな。
詳しくは知らん、さすがに専用機の詳細なスペックまでは分からなかった。
どうもシルエットから推測するに、汎用性はそこまで高くないだろう。腕部に何かを仕込んでいるっぽい。
噂ではあるが、ワンオフアビリティを発現させているらしい。もしそうならかなり厄介な相手だ。

「挨拶ぐらいはしといてもいいんじゃないかな?」
「へーへー。……っと、おい。向こうから来てくれてんぞ」

向こうも俺たちを見つけたようだ。ひょこひょこ歩いて、人懐っこい笑顔を貼り付けて近づいてくる。
耳につけたリングタイプのピアスが、彼女の専用機『コールド・ブラッド』の待機形態のようだ。『白雪姫』が解析結果を送ってきた。

「どーもどーも、織斑一夏クンっスよね?」
「はあ、はじめまして」
「お隣は彼女さんっスか?」
「はい!」
「堂々と嘘ついてんじゃねーよ」

相川の頭をはたく。
この野郎! ダンカンこの野郎!

「ははは、仲よさそうっスね。割と余裕あるじゃないスか」
「……どーも。先輩こそ、あんま油断してると俺以外の一年から喉食いちぎられちゃいますよ?」
「その辺は気をつけておくっス」

やる気ねーなこの人。
仕方ないので、ちょいと誘ってみる。

「まー俺とデュノア嬢のペアは基本的に無敵なんで、当たったらご愁傷様です」
「会って数分で挑発しないでよ……」

相川が呆れたように俺を見上げてきた。
先輩の顔からビキバキと華の女子高生が鳴らしてはいけない音が響く。
沸点低すぎだろオイ。

「ナメんなよルーキー。言っとくけど、学園最強の名前、事実としてどうかは今度思い知らせてやるっスよ」
「……簡単には譲れませんよ、こいつだけは」

そうだ。
個人的なコネでもらったも同然の、この有名無実の称号。
けれど、譲れないんだ。
あの少女が戻ってくるまでは。
あの姉妹が復活するまで。

この座は誰にも穢させない。

「……んじゃあ」
「本番に」

もう言葉はいらなかった。

立ち去る彼女の背中を見つめ拳を握る。
総当たり戦は一日に連戦を行うことになるから、ペース配分も重要だ。
けれど。

「容赦せずに勝たせてもらうぜ、先輩方」

隣で、相川がクスリと笑った。





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・よう……五年ぶりだな……(和訳:エタりかけてました本当にお待たせしました)

・四ペアでトーナメントとかバカかよ総当たり戦でいいだろもう

・フォルテ「主役と仲良くなったらみんなが不憫な目で見てきたっス。ふらぐってなんスか?」



[32959] 7秒後のハニトラさんと、俺。/暗躍
Name: 佐遊樹◆cd88ba13 ID:1877ee4a
Date: 2013/08/05 16:25
「はろはろはろはろーー! いつもより多めにはろはろしてます、束先生だよーっ!!」

一組の教室に束さんのテンションクッソ高い声が響き渡った。

「……姉さん、何をしてるんだ?」

頭が痛そうに箒が表情を歪めた。
まあ、何の予告もなしに座学の特別講師とか言って世紀の大天才兼実姉がやってきたらビビるか。

「先週のハルフォーフ大尉といい、一昨日のアメリカ代表といい、最近妙にゲストが豪華じゃない?」
「実戦形式の訓練が、しかも全学年合同で行われることなんて学園の設立以来初だろう。しかもそれがここのところ連続しているとなると、な……」

デュノア嬢と箒がわざとらしくジトっとした視線を向けてきた。
そう言われると俺としても……責任者としてすごく、冷や汗ものです。

「強くなっているから、それでいいんじゃないか? 全生徒の技術が向上しつつあると、私も保証するぞ」
「ほらテメーら、ドイツ最強の特殊部隊隊長がこうおっしゃってんだ、別にいいだろ結果オーライだ」
「よせよせ。そう褒めるな」
「なお指揮能力は……」
「張っ倒すぞ貴様」

ボーデヴィッヒと至近距離で睨み合う。

「ほらほらそこ、この束さんの授業だってのにギスギスした雰囲気つくらないの!」
「「……チッ」」

まあ……ケンカ仲間ポジションができて実は嬉しかったり。

「ケンカ仲間ができたからっていっくんはしゃぎすぎなんだからー」
「うわあああああああああああああ」

普通にバラしやがったァァァッ!! この人マジで容赦ねーな!

「へぇぇ……友達増えて嬉しいんだー、織斑君ってー」
「わーかっわいー」

ニヤニヤニヤニヤしながら俺の方を見てくるクラスメイツ。お前ら大概にしろよ。
唐突な恥辱すぎて机に顔を突っ伏す。

今まで、生徒会長になって俺のやってきたことなんざ、本当に学校のためを思ってやったことなんて一つもない。
諸君、この学園は最悪だ。
構造改革だとか、なんとか改革だとか、俺はそんなことには一切興味が無い!
あれこれ改革して問題が解決するような、もはやそんな甘ちょろい段階には無い!
こんな学園はもう見捨てるしかないんだ、こんな学園はもう滅ぼせ!
――とまでは言わないけれども、学園運営にはこれっぽっちも興味がない。
今んとこは布仏の姉さんをこきつかってるだけだし、楯無が復帰したら副会長辺りのポジションを押し付けて馬車馬のように働かせてやる。

んでも、学校運営とは別のところで、権力とか権力とか色んなもん使ってやりたい放題やらせてもらった。
まず全校を巻き込んで行った実戦形式の演習。学校中のISを総動員して、数少ないとは言え一般生徒をランダムに選出して演習に参加させた。
……名義上は、ランダムだ。俺がどういう基準で生徒を選抜したのかは、姉さんにも、楯無にも伝えていない。

次に外部講師の召還。これについては俺個人のコネをふんだんに活用している。
ハルフォーフ大尉率いる黒ウサギ隊を呼びつけたり。
コーリングさんの後釜として正式にアメリカ代表となった少女を呼びつけたり。
今日は束さんを呼びつけたり。

「あ~クッソ、雇い主をからかわないでくださいよね。金払いませんよ?」
「ふうん?」

意味ありげな視線を向けてくる束さん。
……やめてくれよ。いまさらになって罪悪感が芽吹いてくるだろ。

外部講師には金なんざ一銭たりとも渡してねえ。
このことについては、全員同意してる。


けれど、学園の予算には、生徒会の組んだ予算には、しっかりと講師への謝礼金がかかれてる。
大物であるがゆえに、莫大な謝礼金の額が連ねられている。


意味は、まあ、そういうことさ。

束さんはすぐにその視線を教室に散らした。
息をついて、ふとボーデヴィッヒの方を見やる。

「そ、そうか……友達か、私と貴様は……ふふっ」

テレてた。
えっ……えっ。
俺の視線に気づいて、ハッと表情を引き締めなおす少女。うーんこの。
……可愛いじゃねえかチクショウ。

「最近は第四世代のISをより簡略化した、量産型の『紅椿』にばっかり手をかけててねー。あ、今は『人魚姫(ストレンジ・ガール)』か」
「そ、そんなのを作ってるんすか……」

初耳なんだが。

「もう少ししたらできるから、プレゼントするねっ」
「どこにですの?」

素でオルコット嬢が首をかしげた。
デュノア嬢とボーデヴィッヒは息を呑んだ。
箒は心配そうに俺のほうを見てきた。
クラスメイト達が沈黙した。
俺は、笑って誤魔化した。





「よ、元気してるか? 姉さん」

放課後。
タッグマッチ戦に向けて今日もデュノア嬢と訓練の予定だが、俺はその前に姉さんの部屋を訪れていた。
こないだの戦いで散々に痛めつけられたわけだが、対外的には体調不良による病欠となっている。生徒のみんなも心配しているが、俺だって心配だ。

「そういや聞いたんだけど、福音ってあれ、副機にもコアを使ってたらしいな。計3つが海中に沈んだってんだから、そりゃコーリングさん駆り出して捜索するわな」

沈黙。

「そういや束さん、『紅椿』を量産化するんだとさ。姉さんの『暮桜改』の修復はいつになるんだろうな」

沈黙。

「あーなんだっけ、そうだ、イチから作り直すとか言ってたな。『暮桜』の完全上位互換機体で、まーた1つコアを新規に製造するんだと。愛されてるねえ」

沈黙。

……話題尽きちまったぞ。
なんだよこの姉。弟とコミュニケーション取る気ゼロかよ。拗ねるぞ、だって俺シスコンだし。

「……スコール・ミューゼルは、奴は、剣で私を打ち倒した」
「…………」

唐突に語りだしやがった。

「覚えておけ、奴に篠ノ之流剣術は通用しない」
「……なんで、だよ」

今の今までずっと黙り込んでいた姉さんが、その目に暗い光を点して、唇を動かす。
まるで死に掛けている病人が、最後の力を振り絞って今際の言葉を遺すように。

「何故なら――――奴が、私以上の、篠ノ之流剣術の使い手だからだ」

そう言った。

「……ッ!?」

どういう、ことだ?

「なんで……『亡国企業』のボスなんだよな? なんでそいつが、篠ノ之流を」
「分からん。だが、まったくありえない訳ではないだろう」

……姉さんは、首を回して窓の外を見た。
美しい海景色が見える。孤島であるがゆえの絶景。

「有事の際は私も動く」
「ISもないのに?」
「変わりに、パワードスーツを一つ、真耶に仕入れさせた」
「ISスーツに追加機能をつけただけだろあんなもん。こっちの技術科で勝手に手ぇ加えさせてもらってるぞ」

俺がそういうと、姉さんは驚いたように視線を飛ばしてきた。

「どうして知っている? 誰にも言わないように命令していたはずだが」
「勘違いしてないか姉さん、今の俺は、IS学園生徒会長だ。学園のことはすべて俺の耳に入る。そうさせている。ここは俺の国みたいなもんだ」

ぽかんと、情けなく姉さんは口を開けた。
技術科も久々にIS以外がいじれるということで結構ノリノリだったりする。
少しして落ち着いたのか、逆に一週回っておかしくなったのか、姉さんは突然笑い出した。

「……ふっ、ははははは! あっははははは! 私のいない間にまあ、ずいぶんと頼もしくなったものだな!!」
「痛ぇ! 背中叩くな! マジで痛ぇ背骨折れるっての!」

ベッドに寝たまま、姉さんはバシバシと俺の背を叩いてくる。
ったく……久々に笑ったよな、姉さん。
やっぱ美人だよアンタ。

「ん? どうかしたのか、私の顔に何かついているのか?」
「ああいや、なんでもねえよ。んじゃ俺は訓練行ってくるから」

まさか見蕩れてたとか言える筈もなく、俺は素早く後ろに振り返るとそのまま退室した。
なんだか今、すごい『白雪姫』を乗り回したい気分だ!


「……はあ、照れ顔一夏ぺろぺろしたかった……」





そして、当日が、やってきた。
会場である第一アリーナのピットで待機。第二アリーナでは、ボーデヴィッヒ&オルコット嬢ペアと箒&鈴ペアが戦っている。

「調整になると、このパッケージは重いよ……ねえ一夏聞いてる? 本当にこれ使うの?」
「まあまあ、全部は展開しなくてもいいさ。二門ぐらいあれば十分な脅しになるって」

ISスーツ姿で、デュノア嬢が眼前のウィンドウを睨み合いをしていた。
装備の打ち合わせの際、かなり極端な指示を出している。
彼女自身も初めて扱う後付装備が含まれていて、訓練をこなしてはいるものの、いざ本番となれば不安なようだ。

「ていうか、これを使う暇あるの? だって……」

デュノア嬢は俺と彼女の間に一つウィンドウをポップアップさせた。
今回の大会の対戦表だ。

「あー……まあ、使うときはあり得るぜ、そうならないようにするのが作戦なんだがな」

第一試合。
俺たちの対する相手は三年生ダリル・ケイシーの『ヘル・ブラッドver2.5』と二年生フォルテ・サファイアの『コールド・ブラッド』だ。どちらも上級生にして代表候補生、おかしいな一回目にして一番ヤバイ相手と当たってるぞ。
機体名も中2っぽいし……二つ名は『煉獄の猟犬』と『凍てつく血潮』に決定。命名俺。
そんなことを考えていると、横合いからデュノア嬢がじとーっとした視線をぶつけてきた。

「一夏? なーんか変なこと考えてない?」
「エスパーかよお前」
「考えてたことは否定しないんだ……」

呆れた様子で機体の最終チェックに取りかかる彼女に対し、俺は休日に見かけたサファイア先輩の様子を思い出す。ベルギー代表、やる気のなさそうな言動、意地になりやすいちょろさ。
今思い出しても愉快だぜあの性格。

「一夏、もうチェックしなくていいんだね?」
「ああ……構わねえよ。行こうぜ」

ピット内からカタパルトに移動する。ここからでも満員の客席が見える。
まあデュノア嬢なら大丈夫でしょう。ケイシー先輩相手に勝てるとは言わなくても粘ることはできる。俺はちゃっちゃとサファイア先輩を撃破しさえすればいいんだ。

「シャルロット・デュノア、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』! 行きます!」

完全にアークエンジェルのカタパルトみたいな雰囲気だった。あ、ネェル・アーガマですか。俺はピースミリオンがいいんだけど。
ま、向こうはもう2人揃ってて後は俺だけみたいだし、さっさと行きますか。


……どうでもいいけど、デュノア嬢、俺のこと一夏って呼ぶ時、若干照れるのやめてくれないかな。
あみだで適当に決めたって相川に言ったよな、騙して悪いが、あれは嘘だ。
俺が意図的にあみだくじを改竄して組んだ。『白雪姫』の偏光技術があれば軽い軽い。
その時、デュノア嬢にお願いしたんだ。一緒にペアになってくれって。選んだ理由は単純に勝ちたかったら。倉持技研とのコネもあってこいつの装備が一番合わせやすい。他の連中はアクが強すぎんだよ。
まあその時、ペアを努めてもらう条件として二つほどお願い事を聞いてやらねばならなくなったんだが。
性的なお願いとか来たりしませんよね……?(震え声)


『一夏』
「はいはい一夏さんです。なんですかもう出るんですけど」

姉さんが管制室から通信を飛ばしてきた。最後の最後まで出場に反対してたからなあ。
俺はにらむようにしてポップアップされたウィンドウに目を向ける。姉さんは少し悲しそうな表情で口を開いた。

『まだ私はお前の参加に反対だ。30分を過ぎたり重大なダメージを負ったりすれば、試合を強制中止する』
「あ゛? 世界中から来賓がいるのにいいのかよ?」
『知るか』

ふぇぇ……この姉怖いよぉ……

『だから絶対に無理はするな。いいな』
「無理せずに勝てるんならな。もういいか? 向こうも待ちくたびれるみたいだしよ」

姉さんは黙って目を伏せた。
自分でも、俺と姉さんのどちらが悪いかなんてすぐに分かる。自分で自分を殴りたくなる。今の俺は、バカなガキだ。勝手にイライラしてるだけだ。姉さんは俺の心配をしてくれてるのに。

「織斑一夏、『白雪姫』……行きます」

カタパルトが俺を射出する。PICで姿勢制御。2on2で向かい合う形。
両手に大剣とハンドガンを召還する。
さあ先輩方。愚か者の八つ当たりに、せいぜい付き合ってくださいよ。
試合開始のブザーが鳴る。四者共に、飛び出した。

「一夏ッ!」
「作戦通り行く」

通り過ぎざまに耳打ちするような格好でデュノア嬢に方針を伝え、そのまま加速。俺が引き受けるのはサファイア先輩だ。
予想通りあちらも一直線に俺めがけてかっとんで来る。『白世』を振り下ろす。サファイア先輩は絶妙なサイドブーストで勢いを殺さず回り込み、背後からサブマシンガンを乱射。俺もランダム機動で回避しつつ適当な距離でハンドガンを構える。
一方のデュノア嬢もきちんとダリル先輩をひきつけているようだ。

「へへっ、ちゃんとこっちに来てくれたっスね」
「ええまあ……ケイシー先輩のほうが強そうだったんで」

俺は一切表情を崩さずそう告げる。
勝負は心理戦が基本だぜ、先輩。

「そりゃそーっスよ。能力的にも相性悪いし」
「……あれま」
「残念っしたねぇ。こういうことに関しては、プライド低いんスよ」
「そりゃぁ残念です。揺さぶられてくれれば、先輩がボコボコにされてもそれを理由にできたんすけどねぇ」
「――本当に面白い一年坊ッスよ、あんた。ここまで口先と実力が比例してるヤツなかなかいないっス。下手に吼える三下と寡黙な格上しか本国にはいなかったんで」
「……おいおい先輩。口先が達者な代表候補生とかウチの学年に結構いるぜ? それも先輩と同じEU出身が」

誰とは言わないけどな。UKとかドイツとかさぁ……少しは反省してくれよ。もうね、おこ、どころじゃないから。激おこぷんぷん丸だから俺。笑っていられないレベルだから俺。
あと敬語ダルいから投げた。向こうはデュノア嬢が完封され始めたから、そろそろこっちもピッチ上げよう。

「んじゃ行くぜッ!」
「ざーんねんっス、そっちとは全く同じ戦術を取らせてもらうっスよ」

そう言うとサファイア先輩はバックブースト。なるほど、俺たちの短期決戦で2対1に持ち込むのと同じ方向性か。
デュノア嬢がケイシー先輩を押さえている間に俺がサファイア先輩を撃破するか。
サファイア先輩が俺を釣ってる間にケイシー先輩がデュノア嬢を嬲り殺すか。いや死なないけど。

「オイオイオイオイオイオイオイ……そんなことしたらっ」
「したら?」
「ガチで負けちゃうだろォがああああああああああああ!!」

器用にも俺のハンドガンの射撃を避けながらサファイア先輩は空中でずっこけた。PICの応用かな。
心理戦は捨てることにした。
勝負の基本? 腕力だろ。

「おらぁっ!!」
「あんたの戦い方、勉強させてもらったっスよ! インファイト主体なら負けねぇっス!」

俺の一閃に対しサファイア先輩がとった行動は、単純明快――剣を掴み取る。
衝突音。

「ぐっ!?」
「はん、この程度とは、随分と軽いんスねぇ――IS学園会長って!」

何が起こったのか。俺はサファイア先輩のことを詳しく知らない、それはもちろん戦い方にも言える。
だが『白雪姫』は見逃さない。瞬時に事象を解析する。俺はバックブーストで距離をとると、凍りついた大剣をまじまじと見た。
『コールド・ブラッド』の単一仕様能力、『アブソリュート・ゼロ』が、俺の攻撃を受け止めていた。
氷の膜で衝撃を受け止め、そのまま『白世』を介して俺の腕を凍らせようとしたようだ。

「なるほど。その左手に冷却機能が付いてるのか」
「弾丸も凍らせたりできるんスよこれ。便利なもんで――こういうこともできちゃったり」
「ッ!?」

彼女の周囲の空気が凝結する。瞬時に生成された槍を、彼女はPICの応用で射出した。重力転換を受けた氷の槍が俺めがけて殺到する。
まあ、所詮氷だ。あまり強く勢いづけて折れてしまうことを恐れてか、大したスピードではない。

「まだまだァ!」
「!?」

いつの間にか瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰めてきていた。
多分、あの左腕に直に掴まったらやべえ。……ならッ。

「篠ノ之流剣術・陰ノ型・弐之太刀改――『薙狩』!!」
「うおっ!?」

薙ぎだけに終わらず、下からの切り上げを誘導する、俺なりに改良を加えた剣術。
その斬撃はサファイア先輩の氷槍を砕き、続く逆袈裟切りをクリティカルヒットさせた。

「ぐ、ぅっ」
「まだまだァ!」

のけぞった隙に『白世』で一閃、平行して召還した『虚仮威翅:光刃形態』で連撃を与え続ける。

「ぐ、クソッ……先輩、プランDに変更っス!!」
「なるほど、いわゆるピンチだね」

大声でそんなことを叫び、サファイア先輩はバックブースト。逃がすかよ。

「ナメんなよルーキー!」

こっちの台詞だッ、あんた達とは年季が違うんだよ!
内心ではき捨てて、サファイア先輩のマシンガンの掃射を迂回して回避。

「お譲ちゃん、悪いがあたしとのワルツはここまでだ。ちょっくら用事ができちゃってね」
「くっ……ごめん一夏……」

横目に会場の大画面を見る。
表示された残りエネルギーは、俺とケイシー先輩がほぼ同率で9割残し、サファイア先輩が4割ぐらいに減らせていて、デュノア嬢は格ゲーでいう赤ゲージ。

「ケイシー先輩どんだけ強ぇんだよ……」

最初と大体同じ構図になる。2on2のチームプレイになると不利なんだけどなぁ。
そもそも個人の技量では、デュノア嬢<<<先輩二人なのは明らかで、俺がタイマンでケイシー先輩に手こずるのはおいしくないからさっさと2対1に持ち込みたかったんだけどなぁ……

「『貴様の攻撃パターンなど……お見通しよ!!』とか『うわっ!? や、やられた……!!』とか言ってたのがまずかったのかな」
「明らかにそれだな」

こいつ何一人でエリート兵ごっこしてたんだよ。そりゃボロボロにされるわ。
せめて『踏み込みが足りん!』だったら良かったんだけどな。

「どーする?」
「事前のリサーチ通り、相手さんの連携は厄介だ。それに持ち込ませない算段だったんだが……」
「となると……そういうことかな?」

デュノア嬢がニヤリと笑った。
おいお前、本番前あんなに不安そうにしてたか弱い女の子だったじゃねえか。どこやったあの可愛い子。ふざけんな出せよオラ。

「ま、そーだな、っと!」

デュノア嬢がアンロックしたライフルを俺に投げ渡す。デュノア社製、『ヴェント』一丁。予備弾倉は6つ。

「貸し一つだよ」
「あ? マジかよ……」

そうこうしているうちに、向こうはとっくに陣形を整えていた。
上級生タッグの代名詞、コンビネーション名――『イージス』。

「難攻不落とかいう伝説も今日までだぜ、先輩方」
「要塞なんて根こそぎなぎ払っちゃいますからね?」

そう言ってデュノア嬢が顕現させたのは、超大型のガトリングガンを備えた追加装甲――オートクチュール、『クアッド・ファランクス』の部分展開。
25mmガトリング砲二門が右腕に貼り付けたような格好で、彼女はターゲットをロックオン。

「ハッ、その程度で!」
「私たちの牙城を崩せるなんて甘甘っスよ!」

まあそうだろうな。
デュノア嬢の飽和射撃を受け、いなし、避け、彼女たちは徐々に距離を詰めようとしてくる。
合間合間に俺が三連バーストを放てば大抵当たるが、エネルギーを削れても勢いまでは削げない。動くなよ……お前のシールドエネルギーを綺麗に削げねぇだろうが(CV神谷)。
まぁ――

「なあ先輩方、俺が何を狙ってるか分からんか?」
「っ?」
「よせフォルテ、耳を貸すな」
「まあ聞けっての」

弾切れ、俺は3つ目の予備弾倉をライフルの銃床に叩き込み、不適に笑みを見せた。

「目的は当初と変わんねえよ――サファイア先輩。俺は最初っからあんた一筋だ」
「は、は、ハァッ……!?」
「おいフォルテ違う違う、多分そういう意味じゃない」

サファイア先輩の顔が綺麗な白から一瞬で真紅に染まり、ケイシー先輩がツッコミを入れた。
そして横合いからガトリングガンの圧倒的弾幕が俺を襲うゥーッ!

「おいおいおいおい!? ちょっと待て蜂の巣にするのはあっち! 俺じゃない!」
「あ、ごめん」

てへぺろするデュノア嬢。
オイお前の持ちネタじゃねえだろ、パープル2の持ちネタだからそれ。

「きゅ、急になんてこと言うんスかあんたって人は!」
「一筋過ぎてさあ、俺からのラブレター、大分早くて凶暴に仕上がっちまったよ」

片手に持つ『虚仮威翅』を、その切っ先をサファイア先輩に向ける。

『虚仮威翅:光射形態』のお目見えだ。

デュノア嬢との訓練中に『白雪姫』が提案してきた、『虚仮威翅』の新規形態。俺が承認し、実現された新たな射撃兵装。
短刀の切っ先が割れ、柄が直角に折れ曲がるようにして延長される。
割れた剣先から光の束が伸び、形を成すのは――弓。

「やっちゃえ一夏!」
「射抜けよおおおッ」

デュノア嬢が砲門を追加した、計4門。これ見よがしな飽和攻撃。

「ぐっ、うまく捌けよフォルテ!」
「チィッ、ちょっとこいつは……!」

『イージス』が役割通り、弾丸の雨を捌く体勢に入るが、さすがにぎこちない。
これだけの弾幕なんだ、そりゃ盾にヒビぐらい入るだろうよ。むしろよくもってる方だ。がんばれと観客なら応援したくなるところだが、俺は遠慮なしに、光の矢をぶっ放した。
矢? ――否。こいつは砲撃と言ってもいい。とびきり早くて凶暴な、を前置きにつけるなら。

「え?」

隣の相棒がいきなり吹っ飛んで、ケイシー先輩の口から間抜けな声が零れた。
『イージス』による連携をぶち抜いて、俺が放った一条の閃光は、サファイア先輩の喉下に直撃した。
苦悶の声を上げながら、『コールド・ブラッド』が落下していく。

「なっ、このッ……」
「やだな先輩、しばらく僕とワルツ付き合ってください、よ……ッ!」

デュノア嬢の弾幕がケイシー先輩を縫いとめる。
その隙にもう一発。別に本物の弓矢みたく引き絞ってから放つわけじゃない。粒子で形作り、体勢を立て直そうとするサファイア先輩にポインティング。
トリガー。閃光。
撃墜判定のブザーが鳴る。

「一夏!」
「気ィ抜くなよ!」

ケイシー先輩のISは軽装備ながら、火力に優れたキャノンを着実に当てて削ってくる。
それ以上に……あの右腕、何かある。

「やれやれ、初戦から使う羽目になるとはな」

『白雪姫』がアラート。
ケイシー先輩の右手に増設されている装甲がスライド。ウィンドウに『インフェルノ・ゲート』の文字が浮かぶ。

「撃てェッ」

俺とデュノア嬢は同時にトリガー。
まず先行するのは俺が放った光の矢、遅れてデュノア嬢が大口径の鋼の弾丸をバラ撒く。
先輩の右手が白熱する。周囲の空間が歪曲するほどの、熱源――サファイア先輩と対になってるってか!?
どんだけ高熱なんだ、デュノア嬢の弾丸が融解して、俺のレーザーは捻じ曲げられて手塚ファントムみたいになってる。逆になんで腕部装甲は溶けねえんだよ……弾丸溶かすし直接的な攻撃になるし、完全にサファイア先輩の『アブソリュート・ゼロ』の上位互換じゃねえか。

「効いてないっ!?」
「まだだ! 撃て! 撃て! 全部の銃を試せ!」

俺もショットガン型の小型破裂裂傷弾を呼び出し連射。大口径ハンドガンからも同様にぶっ放した。
隣でデュノア嬢がガトリングガンをパージし、サブマシンガン二丁で銃弾のシャワーを降らす。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、やった……?」
「あー……今のお前の発言でやってないことは確定したわ」

今日のこいつなんなの? なんで自分でフラグ建てまくってんの?
案の定、白煙が晴れた先には健在のケイシー先輩の姿が。

「ふ、ふははははははははっ!! おいおい、そんな雑な手数で突破できるとでも?」
「デュノア嬢……プランDだ」
「オッケー、いわゆるピンチだね」

射撃武器を投げ捨てる。
デュノア嬢は腕部取り付け式のモーターブレードを両手に展開し、俺は『白世』を取り出して切りかかる。

「俺の領域で勝負しようぜ、先輩!」

背後にぴったりとデュノア嬢をくっ付けて吶喊――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。
高熱をいまだはき続ける右手にオーバーヒートの兆候は見られない。かなりの持続時間を持っているようだ。
まともに打ち合えばこっちの得物が溶かされちまう。

「バカを言うな、ここは私の――ッ!?」

そう。
真正面から最高速度でかっとんでくる俺へのカウンターなら、俺の『白世』に狙いを定めてくるだろう。まず最大級の得物を潰してから俺を仕留める。デュノア嬢一人ならどうにでもできる腕だろうしな。
――けど甘いはるかに甘い。これはタッグマッチで、俺はまだカードを伏せていた。

「行くよ一夏ッ!!」

多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)で、デュノア嬢が俺ごとかっ飛んでいく。このご令嬢、訓練中に俺からパクりやがった。
想定外の加速にケイシー先輩の動きが乱れた。
俺は『白世』を振り上げた。上段からの切り下ろし。

「チィィッ――!!」
「――るァァァ!!」

激突。インパクトの余波が互いの装甲を軋ませる。俺の全運動エネルギーを叩き込んだ一撃に耐え切れず、ケイシー先輩は右手に左手を重ねて踏ん張らざるを得ない。
1秒とたたずに『白世』の刀身が融解を始めるが、初撃を俺に向けた時点で、あんたの負けだよ先輩。

「しばらく耐えてね、僕のメイン盾」
「――ったり前だろうが!」

俺がデュノア嬢の盾代わりなのは確定的に明らか。
でもよ、耳元でそんなこと囁くのは良くないなあ。他の男だったら獣性をむき出しにして襲ってくるかもしれない。以後気をつけろ(この辺の心配りが人気の秘訣)

背後の美少女が悪魔のような笑みを浮かべていることは、想像に難くない。
空いた俺の脇の下から細い両腕が突き出された。出力全開で稼働するモーターブレードが凶暴な光を湛えて牙をむいた。
――ギュイイイイイイイイイイイイッッ!!
左右から閉じるような斬撃だ。両刃が先輩の装甲を一瞬で引き裂き、そのまま火花を散らしながらエネルギーを削り取っていく。

「ぐ、ぉぁぁぁぁッ」

至近距離での破砕音と悲鳴が俺の脳髄を揺らす。知るか。このままキメてやんよ。

「――突っ込めッ」
「エッ、ああうん!」

デュノア嬢がさらにブースト。俺は白世を手放し、ケイシー先輩の右腕と顔面を掴んだ。

「おおおおおおああああああああああああああああああああ!!」
「テメェェッ、代表候補ナメんなああああああああああああ!!」

互いに至近距離で眼光を交わす。
両腕のふさがった俺。
ケイシー先輩は左腕に大型のナイフを召還。俺の右肩に突き立てた。さらに『インフェルノ・ゲート』の出力をさらに上げ、余波だけで俺を焼こうとする。
装甲が溶け始め、ナイフを突き立てられた箇所から火花が散る。
構うな。
行け。
反撃に手一杯で、ケイシー先輩は高度確認をできていなかった。
勢いのまま、落下――衝撃。
肺の中の空気が搾り出され、頭がチカチカと明滅。全身の末端神経が軋んで悲鳴を上げる。

「終わりです!」

砂煙も晴れない中、重なった状態でぐったりしていた俺とケイシー先輩。半分死体みたいだったが、デュノア嬢は俺の肩越しに新たなガトリングガンを構えた。
トリガー。





勝者とは思えないボロボロ具合である。
ひとまず次の試合の前に休憩時間はあるし、その時にでも修復しよう。

「……一夏、僕の言いたいこと分かる?」

ピットにすら戻っていない、アリーナ中からの歓声に答えている中、デュノア嬢がじとっとした視線を向けてきた。

「あんだよ」
「あのさぁ……」

と、そこで『白雪姫』がアラート。つっても警戒シグナルではなく、単なるお知らせだ。

「大丈夫すか、お二人方」
「……あー、なんとかな」

まだ意識がはっきりしてないのか、ケイシー先輩が頭を振りながら俺たちを見上げる。
隣でサファイア先輩が、ちょっと頬を赤くして俺に回線を開く――顔を赤くして?

「あ、あの、あんたって戦闘中、あんたテンション高くなるのか普通なんスか?」
「……ま、まあそうですね。えっと、それで?」
「あーいやーなんというかそのー」

そこでサファイア先輩は人差し指をもじもじさせると、意を決したように俺の目を見る。

「ら、ラブレターちゃんと受け取ったっスよ!?」
「……このバカ」
「……いちか?」

デュノア嬢、目。目が笑ってない。『クアッド・ファランクス』の展開兆候が確認されてるから。この状態と距離でそんなん食らったら絶対防御あっても死ぬわ。

「やめとけこの男は。戦ってみて分かったが、相当なキチガイだぞこいつ」
「ちょっ、誹謗中傷はやめてくださいよ。これでも生徒会長なんで、スキャンダルとかホント勘弁なんで」

そう言うとケイシー先輩の目が細まった。

「あんた……パートナーと合流した後、ずっと私とパートナーの間にいたろ? それで危ないときはすぐ射線上に飛び出してた」
「……ッ」

気づく節があったのか、隣でデュノア嬢がハッと俺を見る。
……で?

「私が『インフェルノ・ゲート』を発動した後も常にあんたが盾だった。普通怖いだろ、これ。私だって怖い。実際にあんた、装甲が焼け落ちてんだぞ?」
「別に……絶対防御があるんで」
「絶対防御通ってたろ? こいつ、それとフォルテの『アブソリュート・ゼロ』、本国で使用禁止くらったからここに流されてきたんだよ」

無言。
確かに数十秒間、俺の片腕は大火傷を負っていた。
……で?

「そもそもあの戦法は、傷つくのは自分だけだ。何をどうしたらそこまで極端な発想に行き着くのか、私には分からん。だから、あんたは私からしたら立派なキチガイだ」

……いや、おいおい。オープンチャネルでそんなこと言うなよ。会場ドン引いてるじゃねえか。ほら、隣のデュノア嬢だって青ざめてる。
まあ確かにISスーツ融解してるけどさ。
というか今の発言、国際IS委員会仕事しろよ。ああ仕事した結果これなのか。まあ属性攻撃は絶対防御に相性良さそうだもんな。

「い。ちか。何で、そんな」

それはともかくとしてこの空気どうしよう。デュノア嬢半泣きだし観客の中の見知った顔もすげー青ざめてるし。
しゃーねーな。生徒会長として一発、ビシッっと場を収めてやりますか。
人懐っこい(と思われる)笑顔を浮かべ、俺は明るく言ってのけた。




「別に、それのどこがおかしいんですか?」




もっと沈黙が重くなった。
あれ、俺ハズした?





第二試合、織斑一夏&シャルロット・デュノア VS セシリア・オルコット&ラウラ・ボーデヴィッヒ。

――道を踏み外す、その過程は誰にも知られず。
――ただ泥沼を進む一人の男の姿が、やっとサーチライトに照らされた。









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・ワンサマは政治家になると利益誘導しまくるタイプ

・簪メインヒロイン……ワンチャンあるで

・フォルテ先輩のフラグはつよい(確信)



[32959] 7秒後のハニトラさんと、俺。/悪鬼
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/08/08 23:14
食堂へ行く。
食欲がなくても行く。
諸事情(溢れ出すこのマイハート)で三大欲求の内一つが根こそぎ破壊されていても行く。
世間体があるのだ。あの織斑さんの弟さん、物を食べなくても生きていけるんですってよ。とか言われても困る。
故に行くのだ。

「…………飯島さん、そこはさすがのVIPでもヤバいっす」
「!!?」

食堂へ向かう途中、IS保管庫の扉の前で突っ立ってる飯島さんを発見。
『安保守護隊(インペリアル・ロイヤルガード)』のエースらしい。エースだって情報は束さんから聞いた。

「お、おぉ。織斑一夏……ゴホン、久しいな」

――瞬間、『白世』を展開。
音速に等しい速度で振り、彼女の首元で寸止めする。

「……ッ」

……おいおい、なんで俺の首筋にも日本刀が添えられてるんだよ。今のになんで生身からの部分展開をぶつけられるんだよ。反応速度おかしいんじゃねえの。

「今の俺は生徒会長としてそれなりの権限を持っているんです。貴女を即時拘束することだって」
「できるのか、君に」

眼前から飯島さんの姿が消える。と思いきや、四方八方から俺に向けられる銃口。識別、『87式突撃砲』――日本製。
飯島さんの部下か、同じ制服を着込んだ女性達が、俺を取り囲んでいた。さすがに汗が出てきた。これやばいかも。
姿を消したのはISに搭載されたイメージ・インターフェース兵装なのか、飯島さんが涼しい顔で俺の後ろから出てきた。
そちらに向き直る。

「……ッ。日本からの干渉にしちゃ、先例のないレベルですね」
「それだけ君の就任後から、不穏な動きが見られているということだ」
「ハッ。篠ノ之束と個人的なコネクションを持つ俺がそんなに妬ましい……いや、怖いんですか」

思いっきり殴られた。勢いのあまり床に叩き付けられる。
口の中に鉄の味が滲む。

「…………ってぇな、このやろう」
「動かなければ邪険には扱わないさ。今回の調査の後には、正式な査察が――」

ふと、飯島さんが周囲を見回す。
なんだ、いきなり俺から注意を逸らした? ……さっきから頬を伝う汗がうざい。邪魔。俺プレッシャーに弱すぎ……汗? この秋に?

「――や、べっ」

俺は飯島さんを仰ぐ。

「逃げろ! ぶっ殺されるぞ!」
「はあ?」



瞬間、銃を構えていた女性のうち一人が、『爆砕』した。



『…………!?』
「うおわっ!?」

さすがエリート軍人と言うべきか、ビビるというよりは、驚愕の色のほうが強い。俺? 心底ビビった。
その女性だったものがぶちまけられる。内側から張り裂けた軍服の上に、ぶよぶよした肉塊が乗っかった。
とはいえ……大して見知りあいでもないし、俺からすればどーでもいい人だったからか、さしてショッキングでもない。

「やりすぎだろーがコレ……壁にまで飛沫かかってんぞ。『淑女(レイディ)』のすることかよ」

遠方。廊下の向こう側から、ふらふらと幽鬼のような足取りで歩いてくる少女。

「……ろしてやる……一夏君に……銃を……にして…………ゆるさ……」

更識楯無。――大切な人が傷つけられることを、極度に恐怖するようになった少女。
俺の、同類。

「日本政府は簪よりあいつのISを先にどーにかするべきだと思うぜ? 実質キチガイみたいなもんだし、あいつに預けておくヤツの気がしれんね」
「……管轄外だ」

やれやれ、偉い人はすぐにそうやって逃げる。

「とりあえず、あんた達の命は俺が保障してやる。今日は大人しく観戦しとけ」
「――チッ」

銃をしまい、女性方は逃げるようにして立ち去っていった。
追撃しようと身構える楯無。俺は制服をはたきながら彼女に近づくと、耳元で魔法の言葉を囁いた。

「大丈夫。俺と簪はもう安全だ」
「――――――」

膝から、崩れ落ちた。

……姉さん。多分、監視カメラで見てるんだろ?
この飛び散った邪魔な肉の処分は任せてもいいよな?
俺は今から、昼食抜きで、この女の子を寝かしつけてやらなきゃいけないからさ。





第二試合。
少しばかり離れたところの第一アリーナでは、先輩ペアVSファーストセカンド幼馴染連合が戦いの準備をしているはずだ。
俺とデュノア嬢は、すでにISを展開してアリーナに浮遊している。

「い~ち~かぁ~」
「わ、悪かったって、昼飯すっぽかしたのはあれだぜ、事故なんだよ。だってほら、俺がデュノア嬢みたいな可愛いガールとのご飯をすっぽかすワケねえだろ?」

誤魔化し半分。ぶっちゃけ欲望というか本音が先走った。ヤッベ、こんな風に情報封鎖がダダ甘だからハニトラに狙われんだ俺。
戦闘直前、対策も戦略も十二分。後は、運。

「つーか余裕だな……油断してる?」
「『クアッド・ファランクス』がないだけで、大分動きが自由だからね。あんなの使う機会ある方がおかしいよ」

先の試合では4門で済んだ。もしフルバーストとかなったら、全20門のメインガトリングと8門の小型サブガトリングガン、さらには無数のマイクロミサイルを展開することになる。
そうなったら……考えたくもないね。

『一夏。楯無が『散らかした』件については処理が完了した』
「どーせ山田先生パシったんだろ」

涙目で死体処理する巨乳先生か……アリですね(脳内判定)
まあ今のあの人はクール入ってるから涙目とかじゃないだろうけど。キュートでもパッションでもいけるはず。

『職権だ。それよりもう始まるぞ。……先ほどの戦闘、結局どうなった。片腕の融解があまりにも短くて感知されないと思ったか? 大間違いだぞ』
「もう完治してるっての」
「一夏ッ!!」

隣でデュノア嬢がいきなりかんしゃくを起こした。

「なんでそんなこと言うの!? 一夏が傷ついて、僕たちがッ――!」
「――あっちが来たぞ口を閉じろ。試合開始だ」

黙れ。

黙れ。

それを、言うな。

俺はそれに気づいてはいけない。

気づいてはいけないんだ。

『護られる側の痛み』の概念は理解した。

それでも進むって決めたんだ。

だから。

無視するしか、ないじゃないか。

そんなものないって。

そう、自分に言い聞かせるしか、ないじゃないか。


「待たせたな」
「レディーは色々時間のかかるものですわ」

不遜な態度で相手方がやって来た。
デュノア嬢は舌打ち。おいレディーいいのかそれで。

「……今は、試合に集中する。でも一夏、僕は」
「……分かってんよ」

きっといつか向き合うだろうと、デュノア嬢は思っている。
俺は、そうは思わないけどな。
試合開始のブザー。左右に飛び散る相手チーム。
俺とデュノア嬢は互いの相手を確認し、それぞれ追いすがった。

俺はボーデヴィッヒ。デュノア嬢はオルコット嬢。

「あらあら、一夏さんではなく貴女が相手ですか……ですがまあ、」
「ごめんねっ、一夏じゃなくて……でもまあ、」
『すぐに終わらせて差し上げますわ/あげる!』

言葉と同時、オルコット嬢は『スターライトmkⅣ』を速射。デュノア嬢も負けじとランダム機動で回避するが、反撃のタイミングを与える間もまなく『コバルト・ティアーズ』六機が切り離された。
蒼い光が飛び散る。

「くっ! 射撃とビットを同時に……ッ!?」
「かつての私とは違いましてよ!」

舞踏曲でもバックに流れてるのか、優美に優雅に蒼が舞い踊る。
オルコット嬢本人も含め七方向からの攻撃回避するデュノア嬢は、ライフルの引き金にかけた指を動かす余裕すらない。

「よそ見する暇が貴様にあるか!?」
「っと」

『白雪姫』がアラート。左右から叩き潰すような偏向重力。AAICの応用力も大分向上してやがる。
飛び上がって回避し『虚仮威翅:光射形態』で狙い撃つ。この弾速はさすがに驚異に感じていたのか、ボーデヴィッヒは光の切っ先の延長線上に絶対ぶつからないよう高速機動を開始した。

「まだですの!?」
「あと少しだ!」

飛び交う閃光と怒号。聞き取れた言葉からして何かの作戦があるらしい。
それはこっちも変わらない。
状況はどっちもどっちだ。

「ボーデヴィッヒを撃ち落とすより先に、お前がやられんなよな!」
「分かってる! 心から信頼してるよ、もし僕が間違えちゃったらその時は、一夏の炎で包んでね!」
「ざっけんな、お前は誰よりも美しくなんかねぇよ!」

一瞬だけデュノア嬢とすれ違う。軽々しい言葉の応酬が肩の荷の助けになりゃいいが。
とにかく、俺の相手はボーデヴィッヒだ。レーザーだけじゃ芸がない。そろそろこの単調な攻撃にあちらさんも慣れてきただろう。だからリズムを崩すチャンスはそこにある。

「いい加減本番と行こうぜッ――かかってこい!」

懐剣を消し大剣を呼ぶ。
インファイトにおいてAAIC並びにAICは天敵だ。二人がかりで対応できたらいいが、相棒がオルコット嬢に付きっきりな以上は俺がどうにかするしかない。

「フン、いい度胸だッ――かかってこい!」

向こうもプラズマ手刀を展開し距離を詰めてくる。近接戦闘のタイマンでAICは鬼門だ。
攻略の糸口を見つける前に俺がぶっ殺される可能性だってある。

『一夏、どうにか僕と立ち位置を変われないかな?』
『どういうことだ?』

個人秘匿回線が唐突に問う。
桃色の閃撃を捌いて俺は転がりどくようにローリングサイドブースト。わずかに俺の足先を掠めて重力の柱が真上から突き立つ。

『同時に虚を突くってこと!』
『オーライ。向こうも何か企んでるみてーだがどうする?』
『それにタイミングを合わせる。多分狙いは君だよ、厄介者は先につぶした方がいいからね』

何その言いぐさ、一夏傷ついちゃう。まあ言い分は分かるけどさあ……
ともあれ方針は決まった。仕掛けてくるのを待つだけだ。

「よく立ち回るものだな!」
「こいつが本業なんでね、俺の剣域でそう自由に戦えると思うなよ!」

ボーデヴィッヒは獰猛な笑みを浮かべる。心臓の弱い子がそんな目で見られたら失禁しちまうぜ。かなりんとかな。
…………お漏らしかなりん、か……

「! そこだ!」
「ファッ!?」

今まで息を潜めていたワイヤーブレードが、思い出したように躍り掛かってきた。テメェ人が妄想に浸ってる至福の時を邪魔しやがって!
四本まとめて『白世』で打ち払う。こういう時に幅のデカい剣は便利だ。斬撃倍加がありゃいいんだけどな。多分デュノア嬢は射撃倍加。速射貫通のクライムライフルとかそんなん。
ふと、俺の眼前でボーデヴィッヒが呟く。

「狙いは?」
「完璧ですわ!」

それに何故か、離れた空間でデュノア嬢とやりあってるオルコット嬢が答える。
刹那――俺の身体はあらぬ方向へと叩き飛ばされた。

「ふんもっふ!?」

ヤロウッ、AAICをあらかじめ設置してやがった! タイミングを任意に設定しとけば、『白雪姫』が感知する前に俺を弾き飛ばせるって寸法か!

「ぐあッ」
「きゃあっ!? もう一夏、そういうのは二人きりの時に……」

勢いのままデュノア嬢に激突する。計算通りってワケかよ。

「うっせえ妄想超特急! 勝手にニュージェネの狂気引き起こしてろ!」

それよりヤバいッ、固まってしまった俺とデュノア嬢を包囲するようにしてBT兵器が配置されてやがる。
アイコンタクトすら不要。互いにやるべきことは分かっていた。
俺とデュノア嬢は同時に互いを蹴り合う。作用反作用を絵に描いたように弾かれる。さきほどまでいた地点を幾重もの光跡が埋める。コンマ数秒前の俺たちを狙った攻撃だ、ならば俺たちが動きさえすれば当たらないのは明白。

だ、が――放たれたレーザーは一直線に過ぎることなく、俺たちに追いすがるように急転換してきた。

「ッ!?」

俺に三発、デュノア嬢に三発、直撃。
装甲が吹っ飛び焼け付く。鉄の焦げる臭い。
こいつッ……いつの間に偏光射撃(フレキシブル)を習得してやがったんだッ!?

「いただきましてよ!」

『コバルト・ティアーズ』が全出力を持って残存エネルギーを撃ち出す。
死角などないその一斉砲火。

「避けるんじゃなくて打ち払えッ」
「言われなくてもッ」

モーターブレードと『白世』が踊る。
交差する閃光を弾き散らす。
ロックオンアラート。最悪のタイミング。狙い澄ました一撃。
ボーデヴィッヒのレールカノン。

「まだだッ」

まだ負けてない。
『白世』を量子化し、『虚仮威翅:光刃形態』を呼び出す。狙いは一点、レールカノンの砲弾。
切り裂く。

「だらぁっ!」

迎撃成功! 弾丸はレーザーブレードとまともにぶつかり合い、蒸発した。
俺が追撃すべくアクセルを踏み込もうとしたところで、ボーデヴィッヒが表情を変えずに告げる。

「終わらせろ、セシリア」

あらぬ方向からのアラートが重なる。配置された『コバルト・ティアーズ』は俺を取り囲んでいた。
や、べっ。
スローモーションで世界が動き出す。
あ、これ、対処できねえや。

……

…………ちょっと待て。

俺の相棒は、何してんだ?

さっきデュノア嬢は俺に、相手の虚を付く作戦を提案した。
そんなやつがさっきから息を潜めてどっかに逃げ出してやがる。

無意識のうちに言葉が出た。

「狙いは?」
『――完璧だよ』

瞬間引き金を絞る間すらなく、横合いにオルコット嬢が吹き飛ばされた。
悲鳴すら上がらないらしい。オルコット嬢のバイタルサインを確認すれば、半ば失神状態なのが分かった。頭部に攻撃をモロに食らったらしい。しばらく行動不能だろう。

「ちゃんと左右を確認してから銃を撃たなきゃ、ね?」

オルコット嬢の死角に潜り込んでいたデュノア嬢――左腕に取り付けられたのは、見間違うことなく、デュノア社製の。

――――『鉛色の鋼殻(グランド・ダイバー)』ッ!!

「お父さんからの、初めてのプレゼントだよ」

あの時、社長さんが送るって言ってた武器。射出機能を備えた、ロマン低下型パイルバンカー。
ただ、威力は折り紙つき。

「トドメ刺してくる。……一夏」
「分かってんよ」

『白世』を消して両手にハンドガンを召還。
ここから先は、デュノア嬢も俺も、単なる狩りに過ぎなくなる。
AICもAAICも無意味だ、だって二対一だし――もう距離とって削りまくるだけだし。
ボーデヴィッヒの表情が、引きつった。





ドイツ製第三世代機を削りきって、俺とデュノア嬢は辛勝に苦笑いを浮かべた。
ピットに戻る途中で反省会。

「正直セシリアを見くびってたよね」
「あー確かにな。まさか偏光射撃が来るとは……つーかお前、『鉛色の鋼殻』あんなら最初っから言っとけっての」
「隠し玉だったし、その……お父さんが、一夏を驚かせてやれって」
「……あんのヤロウ」

膝をつかせてISから降りる。
妙な入れ知恵をしたあのオッサンにはしかるべき報いを与えてやる。次会った時にイナゴの佃煮でもプレゼントしてやろう。絶妙な甘味の中で悶え死ね。

「次は鈴と篠ノ之さんかぁ……」

……今の言葉で、ふと気づいた。
専用機持ちは、全員が全員仲良しってワケじゃねえんだ。全員とかかわりがあるのは……俺。俺をハブ空港みたいなポジションにおいて、多少交流しているだけ。
EU組、アジア組、俺と3グループぐらいできてんな。オイ、俺はどこの大陸出身だよ。なんでアジアから弾かれてんだよ。オセアニアかどっかか?
そんな中で際立つのが鈴の存在。あいつホントに、人の輪に馴染むのが早いというか。今だってデュノア嬢、鈴のことは名前呼びしてたし。

「休憩ぐらい考え事せずにとろーぜ」
「うわっ」

デュノア嬢の顔に真っ白なタオルをかぶせる。
唐突に視界を遮られて、彼女は驚いたように声を上げた。

「……もう。で、休憩はあとどれくらい?」
「んー、ざっと10分かな」

試合開始までは一時間ある。
50分間は、作戦タイムだ。

「デュノア嬢」
「ん? どうしたの?」

俺は――



「……いや、なんでもねえよ」



お前が笑顔で生きていける世界が、ほしい。
俺がハニトラに怯える生きていける世界が、ほしい。
俺の手の届く範囲で、俺の知る人が誰も傷つかない世界が、ほしい。

だから。

だから俺にとって、邪魔なものがある。

お前の親父さんにとって、邪魔なものがある。

それをぶっ壊す。

俺は。
俺たちは。

「……恨めよ、飯島さん」

ここからは見えないVIP席に陣取るであろう女性。
あの人には悪いと思う、が――

俺たちは、日本をぶっ壊す。



[32959] 7秒後のハニトラさんと、俺。/踏破
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:c2459600
Date: 2013/10/06 11:10
「おりゃああああーーーー!!」

開幕のブザーが鳴るか鳴らないかの刹那に、鈴がマイティキックを打ち込んできた。前方宙返り付きで。
専用機持ちタッグマッチバトル、最終戦。
これで勝てば優勝確定というところでの、箒&鈴タッグとの戦い。

「うおッ!?」

すんでのところで飛びのく。封印エネルギーとかぶちこまれたら半径3キロを巻き込んで大爆発しちまう。
一秒とおかずに、構えていた箒が攻性エネルギー波をバラまいてくる。
……最初っから手厚い攻撃だ。
鈴はそのまま俺をスルーして、デュノア嬢に切り込んでいった。
まあ俺もよそ見してる暇はないけどさ……ッ!

「武装の一つも出さないのか!」

『雨突』から弾丸のように攻性エネルギーが放たれる。追尾性能がなくて良かった、『偏光射撃(フレキシブル)』発現とかされたら――いや、『紅椿』ならやりかねない。下手にフラグを立ててしまうことなないようにしなければ。
アリーナの地面すれすれを滑空しつつ左右に揺さぶる。赤いエネルギー弾が俺の周りの地面を穿ち、火花と土煙を上げる。その中を突っ切りながら、俺はバレルロール、太陽を背にする箒を睨む。

>そんな直線的な攻撃じゃ当たらないぜ!
>刀なのに射撃武器とかwww
>篠ノ之家ってすげー! 今じゃ当たらない攻撃を延々うち続けられるんだぜ!
>そっとしておこう……

「そっとしておこう……」

というかこれ以外全部煽り煽りアンド煽りかよ。ふざけんな。
まあ、方針は間違っちゃいない。
『白世』も、『虚仮威翅』も、ハンドガンも召還しない。

「だから! どうするつもりだ貴様! まさか、あちらの決着がつくまで逃げ切る算段ではないだろうな! 私がこの日の再戦をどれほど心待ちにしてきたかッ」
「どーするつもりだって? 問答無用だ、逃げるんだよォォォーーーーッ!」
「きッさッまァァァアアアアアアアアアア!!!」

『天裂』が追加された。その名に恥じない範囲攻撃でアリーナを斬る抉る裂く貫く焼く潰す――だが俺には当たらない。
ほらあれ、ヒイロのマシンキャノンがエピオンに全然当たらないのと同じ理屈。

さぁて、こっちはいい具合に膠着状態だ。
向こうはどうかね。

「どっち見てるの!? 僕はここだよ!」

デュノア嬢がアサルトライフルをぶっ放す。銃声が鳴った瞬間に反応、鈴は軽微なダメージに抑えつつその双眸で敵を捉えた。貫通型衝撃砲は、しかし先ほどまでデュノア嬢がいた虚空を貫くに過ぎない。数秒前の彼女を狙った砲撃なら、すでにポイントを移している彼女に当たらないのは明白だ。
鈴を囲う籠を描くようにして、デュノア嬢はあちらこちらへ高速連続瞬時加速(アクセル・イグニッション)。いつの間にかできるようになっていた。
俺の動きを真似したらしい。最初の試合の多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)といいこんな簡単に技術を盗まれちゃうと俺の立つ瀬がないんだがな……
一方の鈴も拡散型衝撃砲の牽制で距離をキープしつつ隙を逃さず踏み込んでいる。デュノア嬢のリカバリーが神懸かりすぎなだけで並みのパイロットならあっという間に姿勢を崩されて終わってんぞ。

「蚊とんぼみたいにうっとうしいわねッ!」
「簡単にはやられてあげないから!」

二人が得意とする距離はものの見事にカブっている。中~近距離を自在に調節し相手のリズムを狂わせ、こちらの土俵に引きずり込むのが常套手段。
射撃兵装の数ならデュノア嬢が勝ってるけど、そんなもん一年足らずで代表候補生にのし上がった天才である鈴にとってはハンディキャップたりえない。

「そこ!」

衝撃砲が轟音を響かせる。拡散型と貫通型の二種類をうまいこと距離によって使い分けてんな、鈴のヤツ。
デュノア嬢は貫通型を最小限の動きで逸らすように回避し、拡散型は大きく動いて避けていく。
俺なら拡散型は多少の被弾も覚悟して距離を詰めに行くが、リヴァイヴ・カスタムⅡはそういった戦法が取れるほど厚い装甲ではない。

「そろそろかな……」

俺が箒から逃げ続け、デュノア嬢が鈴と壮絶なドッグファイトを繰り広げる試合。観衆の目の大半はデュノア嬢たちの戦いに向いているだろう。
この単調な鬼ごっこに箒もイライラしているんだろうなあ。
――けどな、飽き飽きしてんのは俺も同じだぜ。
仕掛ける。個人秘匿回線でデュノア嬢に簡潔に告げる。任せて、と頼もしい返事が返ってきた。

「散布開始、カウンターナノマシンを3、6、9の順で任意起動」

俺のウイングスラスターが蠢動する。獲物を求める巨龍の顎のようにガチガチと歯噛みする。
『白世』を握る。

「ッ、やっとか。待ちくたびれたぞ」
「待たせたな」

相対し、互いに譲らず眼光がせめぎ合う。他方の発砲音がうるさい。ドンパチやりすぎだがら。ナオトが熱く歌い上げちゃうレベル。
訝しげに箒が問う。

「どうした、抜け」

箒は知っている、この巨剣に内蔵された俺の本来の得物を。
だがな。

「俺はこいつでお前を倒す」

純白の大剣の切っ先で箒の喉元を狙う格好。
バカにされていると感じたのか、箒の額にビキバキと青筋が走った。
おいそれ華の女子高生がしていい表情じゃないから。放送コード引っかかんぞ。

「太刀は」
「必要ない」
「……早く、抜け」
「何度も言わせんな。こいつで俺はお前に勝つ」

箒の真っ赤な眼光が動いた。超間加速(オーバー・イグニッション)の予兆。
最速で『白雪姫』に命令を下す。
ガシュ! と『白世』の表面装甲がスライド。内側から隠しきれないほどまばゆい輝きが漏れ出す。発生し暴れ狂うバカ出力の電磁の渦を、『白雪姫』の助けを得て抑え込む。
一撃必中一瞬必殺。

「去ね」

ヴン、と箒を見失う。
そして彼女は俺の斜め後ろで、二刀を振りかぶった格好のまま現れて――そのまま凍りついた。
箒の眼前に何重ものレッドウィンドウが開かれる。一時的な操縦系統の混線。

「ッ!?」

そこら中に撒き散らしたナノマシンは、俺の神経でもあり、そして対IS用の妨害機雷でもある。
だから名前はカウンターナノマシン。命令俺。

「逝っちまえッ!」

振り向きざまに『白世』を振り上げ、振り下ろす。単純な操作を裏打ちする綿密な電磁の計算。時として磁力は巨大な鉄塊を飛ばす。

結論として。

音速を半ば突破しようかという速度で、『白世』の本体――つまり『雪片弐型』の鞘が――打ち出された。

「ゲブグッ!?!?」

想定外の攻撃を腹にまともにくらい、箒はすっ飛んでいく。エネルギーを一気に削りきり、彼女の脱落を告げるブザーが鳴った。
砂煙を上げながらアリーナの地面に落下する箒を指差し俺は哄笑を上げる。

「アーッハッハッハッ! 俺の新必殺技『レールガン・穿』の威力はどうかな!? お気に召したんなら今後もワンショットキルしてやんよ!」

こうもうまく行くと笑いが止まんねぇぜッ!
ただ賭の要素があったのも確かだ。
カウンターナノマシンは俺から一定距離離れると効力を失うから、箒が距離を殺してくるタイミングに合わせる必要があった。
さらにいえば、俺以外のISすべてに対し効力を発揮するこいつは、乱戦には向かない。デュノア嬢にはあらかじめ説明していたから、彼女は十分に距離をとっていてくれていた。
だから、あんな大振りな『レールガン・穿』がキマった。

「ふぅー……次ッ」

まだ試合は終わっちゃいない。
ウィンドウに『白雪姫』が歯噛みする箒の表情をズームした。悪いな、学園最強を襲名した以上そう簡単に負けてやるワケにはいかねえんだ。
じゃないとあの姉妹に申し訳が立たねえ。
『雪片弐型』はむやみに使わないと自制しているので、そこらへんに転がってる『白世』を量子化してすぐに再召還、着装。白い巨剣が再び姿を現した。

「ニーハオ!」

挨拶と同時、瞬時加速で距離を殺し切りかかる。
鈴は即時反応でデュノア嬢への牽制を放棄し、俺の斬撃を逸らし受け流す。
勢いよく突っ込んだ分勢いよくすっ飛ばされそうになったが、俺はウイングスラスターを前方に向けての逆瞬時加速(アンチ・イグニッション)で『白世』の剣域に踏みとどまった。

「あんたマジで大概にしなさいよ……あたしの土俵にずけずけと!」
「こーこーは、俺の領域だッ!」

剣戟を開始。巨剣と巨剣が互いを引きちぎろうとせめぎ合い火花を散らす。
あちらは二刀、こちらは一刀、手数で負けてる分は技術でカバー。振りかぶる腕を直接攻撃し切り下ろしを防ぐ。
『白世』の横薙ぎを向こうは腕部衝撃砲を俺の腕に当てて止める。割と威力高いじゃねえかこの野郎!
仕返しの前蹴りが直撃。体勢を崩した瞬間左側の『龍砲』に『白世』を突き刺す。デュノア嬢には悪いが援護の隙間がないレベルだ。

「僕もいるよ、忘れちゃダメッ」

普通に援護射撃が来た。
なんで俺たちの剣の応酬の間隙狙えるの? 千里眼スキル持ちなの?
鈴のエネルギーバリアーに直撃が重なる。慌ててランダム回避運動に入る鈴を視線だけで追う。
一気に決めてやんよ。

「行くぜッ! 『虚仮威翅:――光射形態』!!」
「うん……来て、『クアッド・ファランクス』!!」

『白世』が粒子に飛び、デュノア嬢の両手のライフルも光と散る。
入れ替わりに召還されるのは白い懐剣を起点として描かれる光の弓と、大砲を束ねたようなキチったガトリングを十門備えたオートクチュール。

「なッ!? あんたたちそれは……!」
「ごめんね、もう」
「近づけさせねえよ!」

徹底的な飽和射撃――数に勝る場合、誰しもが思いつく代表的戦術。
デュノア嬢が強烈な弾幕を張り、間を縫って俺が光速の一撃で屠る。必殺にして抜け目なく逃げ場のない陣。

「ハン! こんぐらいどうってこと……!」
「ファランクス・フルバースト!!」

弾幕ゲーなら鈴にも突破口はある。ただ今回は違う。
俺のレーザーがリズムを崩し、だめ押しにデュノア嬢が全砲門を解放した。オール実弾装備で、ガトリングにキャノンにミサイルにショットガンにニードルガン――総数100を上回る銃口が鈴に群がる。
PICで作り出した力場にアンカーを打ち込んで自身を固定、回避機動をまったく考慮せずただただ彼女は砲台と化す。
鈴の引きつった表情をロックし、俺とデュノア嬢は同時にトリガーを押し込んだ。

『再見(ツァイツェン)!!』







「優勝おめでとう。一夏」

簪が拍手しながら出迎えてくれた。
閉会式で表彰を受けて、俺はその足で医療棟に来ていた。楯無の姿が見当たらないというのは意外だったが。

「お姉ちゃん、一夏と……入れ違いになっちゃった、のかな……」
「あー、マジか。申し訳ねえな」

俺を探してくれてたのか。そう考えるとあいつも可愛い……いや、日本のトップガン連中を平然と爆殺してるしやっぱヤバイわ。

「おめでとう。頑張ってたね」
「うん、まあな」

ベッドの隣のテーブルに花束とトロフィーを置く。
しばらくはここに置いとくか。

「ごめん俺、人を待たせてるから」
「わざわざ顔出してくれて……ありがと」

ベットに横になる簪は笑った。


……不敗であることだけが、俺がこの姉妹にできる唯一の贖罪なんだ。
……俺は目についた人すべて救うなんて芸当はできない。
……『救う』という行為はただの暴力だ。
……俺は誰かに暴力をふるって、誰かを『救う』んだ。

……だから、暴力を振るわれる相手は……俺の敵は……切り捨てるしかない。
……敵はすべて殺すしかない。


バカバカしい。
ハニートラップ候補の連中すら守りたいだなんて、俺はどこの聖人君子だよ。
引っかかりたくないから彼女たちを遠ざけて。
傷つけたくないから彼女たちを守って。


「……難しい表情、してるね」

病棟を出る。寒空の下、制服姿のデュノア嬢が俺を待っていた。
生徒会長で学園最強だからな、俺。考えることいっぱいあるんだよ。
本来俺はこの大会にでるべきじゃなかった。姉さんや束さんの言う『白雪姫』との融合率云々じゃなくて、ハニトラ的な意味で。
……仲良くなりすぎたと、誰でも分かるレベルだ。俺自身が最も痛感している。
だからここで突き放す。

「言ってなかったけど」
「?」
「タッグの相手、お前だったから、ああいう形で優勝できた」
「……いきなりどうしたの?」

喜びというより、困惑する表情。
言葉を続ける。

「お前じゃなかったら、もっとうまく勝ててた」
「!」
「それは初めから分かってた。だから、お前を選んだのは、そういう理由だ。一種の、ハンデみたいなもんだ」

事実、箒やボーデヴィッヒと組んでいればさぞ恐ろしい結果が待っていただろう。

「お前が期待してるような理由で選んだわけじゃねえよ」
「…………そっか」

デュノア嬢は笑った。

「勘違いすんな、俺はそんなにお人よしじゃあない。俺は、俺は、お前らが考えてるよりずっと」
「一夏」

ニコニコと笑ったまま、彼女は俺の背中に腕を回した。ぎゅうと、体がきつく締められる。
え、なにこれ。プロレス技に移行したりすんの? 多分バックドロップ。シャイニングウィザードだったら即死だった。
にしても無駄のない動きで俺に組み付いてきやがったぜ。もはやグラップラーシャルをチャンピオンで連載していいレベル。

「一夏はね、一人じゃないんだよ。僕を、みんなを頼っていい」
「……はい?」
「ここのところ、みんなを遠ざけてたでしょ? あんなことする必要ないよ。みんな、一夏の傍に居たくて居るんだから……もちろん、僕も」

俺の胸元に顔を埋めていて、デュノア嬢の顔色は分からない。
体が震えるぜ、この感触。すげー柔らかい。女子の体はホンマブラックホールやでぇ……ってそうじゃねぇ。
ある意味震えるわこれ。正直、狙いすぎだろ。いくらなんでも露骨だろこれ。

「……気持ちは嬉しいけど、無理だ。俺の人生は俺だけのもので、それで」
「一夏の痛みは一夏だけのものだって言うんでしょ? 僕はそんなの受け入れられない。一夏の痛みを、少しでも背負いたいよ」

嗚呼。
この野郎。
本当に、嗚呼、抱きしめ返したい。可愛すぎるだろ、健気すぎるだろ。シャルロット可愛いよシャルロットマジ天使いや本当に。シャルロットが可愛すぎて世界と俺の人生がヤバい。
正直にぶっちゃけよう。
俺、デュノア嬢ならハニトラで騙されてもいいかなって思った。

「僕を隣に居させてよ。僕は一夏が思ってる以上に力持ちだよ? 荷物も、痛みも、一夏が思ってる以上に背負えるから。だから……」

ああああああああヤバいやめてやめてやめて。俺の心に入ってくるなああああ。BGMはハレルヤ。
誰か早く助けて、本当に助けて。ポジトロンライフルが効かないのこの子。
そうして俺が公道で気持ち悪く身悶えしていると、救いの手、もといロンギヌスの槍は思わぬところから投げ放たれた。

「シャルロットちゃん?」
「あれれ、これはカップル確定ですか~!?」

不意に声をかけられ、ビクッとデュノア嬢の肩が跳ねた。慌てて俺から離れた彼女の頬は赤い。
バッと声の発信源に顔を向けると、茂みからこちらを覗いてる相川と谷ポンがいた。
この野郎……マジ助かったですありがとうございます。

「織斑君も隅に置けないねぇ~。金髪美少女を捕まえちゃうなんて」

捕まえられそうなのは俺だっつーの。立場が逆だ逆。
真っ赤に燃えて相川にデコピンをしろと轟き叫ぶ右手を必死に押さえつけ、俺は一瞬で不機嫌そうな面に転じたデュノア嬢に視線を向ける。

「で、どーすんだよ、後払いは」
「ふぇ?」
「参加の先払いは済ませたろ。後払い、さっさと決めちまえよ」

パツキンの美人さんから一夏呼びは正直とてもクるものがあって赤面ものだが、まだ後払いが残っている。きちんとリポ払いしとけよ俺。ご利用は計画的に。
……箒あたりが一括まとめて払いで肉体関係求めてきそうでヤだな。

「あ……えっと……う、うん。じゃあ」

両手の人差し指を突っつき合わせるという乙女ちっくド真ん中な仕草と共に、デュノア嬢は言った。







「俺をランプの魔神か何かと勘違いしてるみてーだな」

翌週月曜日、専用機バトルマッチの振り替え休日。
多くの生徒がモノレールに乗って外へと繰り出す中、俺もご多分に漏れず私服でモノレールの座席に座り込んでいた。秋っぽくオックスシャツにVネックセーター。足組んで仏頂面、額に青筋の姿はどう見てもゴキゲンナナメだ。実際そうだし。
対照的に鼻歌交じりなのが俺の隣のデュノア嬢だ。

「いーちかっ」
「ああ? なんだよ」
「一夏?」
「はいはいなんでございましょうか」
「一夏っ」
「ったく、何度も呼ばなくても」
「……一夏」
「…………なんだよ、シャルロット」
「! な、なんでもなぁーいっ!! んふふっ」

う、うぜぇ……
淡い色調のシャツの上にざっくり編み込んだニットワンピースを重ねて、シャルロット――もとい、デュノア嬢が嬉しそうに目を輝かせる。いちいちあざと可愛い。
しかし後払いの内容はあざといを越してせこかった。



『あのね、僕だけ一夏って呼ぶのは不公平だと思うんだ……だから、僕のことをシャルロットって呼んでほしい』
『は、はぁ……ッ!?』
『あっ、待って待って! 今度の月曜日、ぼぼ僕と出かけようよ! うん! 出かけよう出かけよう出かけよう出かけよう!!』
『オイ待て勝手に増やすな』
『じゃあ2つ言うことを聞いて! それがお願い!』
『小学生かよお前』



ごり押しにもほどがあんだろ。剛力かよ。あいつアイマス実写化したら絶対出そうだよな。出すなよ! 絶対出すなよ!
つーか何が悲しくて計三つの願いを叶えなくちゃいけねえんだ。空飛ぶ絨毯とか言われても『白雪姫』のウィングスラスターに乗っけて終わりですが何か。

「……で、何すんだ」
「箒とか相川さんとかと一緒に出かけてるんでしょ? 場数を踏んでる一夏にエスコートして欲しいなー」

チラッと擬音をつけてデュノア嬢がのたまう。なんか不機嫌アピールしてんぞこいつ。嫉妬のサインか?
理由っつったら……ああ、俺が他の女とデートしたことがあるっていう事実にムカついてるって設定か。

「何不機嫌になってんだよ、俺なんかしたか?」

まあここは華麗にスルー。

「……一夏のばか」
「なッ、日本じゃバカって言った奴がバカなんだぜ?」
「そういうところがばかなんだよ! 一夏のばーかばーか!」

止めろバカバカ連呼するな。それはデレ期に片足突っ込んだAAAランクの精霊にのみ許される禁断の技だから。
え? ドイツ代表候補生? ……うっ、頭が…………

「……」
「……」

少し落ち着き、互いに窓の外を眺めて時間をつぶす。
考えている今日の予定はデートプランとしてはありきたりで、映画見てメシ食って店見て終わりな具合だ。シンプルイズザベストって姉さんが言ってた。突き詰めすぎて刀一本で世界取ってたんだから間違いない。

「はぁ……部屋にちゃぶ台がほしいぜ」
「ちゃぶ台? 日本のインテリアだよね、機能性も十分の和装だって聞いてるけど……なんなら見てみようか? まだ映画まで時間があるみたいだし」
「おお。まだ俺たちはメトロン星人に狙われる心配はないしな」
「め、メトロン……?」

通じないか。まあ通じたら困るし。
メトロン星人が狙うほど、俺たちは信頼し合ってねぇってことだよ、デュノア嬢。







インテリア含む雑貨店を適当に冷やかした後、俺たちは映画も見終わって近くのファミレスに入っていた。
映画の内容は単純なラブロマンスで、俺の専門外な内容だった。童貞があんなん見てもちっとも共感できねぇ。女の子の反応ってそんな劇的じゃないだろ。
つーか主演は何なんだよあんなイケメンで運動できて勉強もできる人類最強スペックの男とかいるわけねえだろ。多分いても一人。名前は織斑一夏。

「うーん、やっぱり一夏はああいうの嫌い?」
「嫌いってワケじゃねえけど、なんつーか共感できねえ。必要性に著しい疑問を感じる」

ちなみにこれモテない男がよく使う言い訳。
だからといって俺がモテない理由にはならない。2つの事象は必要十分条件じゃないからな(必死)
そう言ってアイスコーヒーを口に含むと、目の前でメロンソーダをストローでかき混ぜながらデュノア嬢が俺を見ていた。

「んだよ」
「……ダメだよ、そんなの。一人で生きていくことなんて誰もできないんだから」
「はあ? ……悪い、注ぎ足してくる」
「人を遠ざけるのは、人の温もりが怖いから? 慣れてないから? だから最近になって一夏は……」

席を立ってもデュノア嬢は思考の海に沈んでる。なんかぶつぶつ言ってて怖い。
ドリンクバーに行って、グラスを変えてコーラを注ぐ。
ふと、前にみんなでファミレスに行った時のことを思い出した。夏休み明け、専用機持ちの5人で行った。巨乳先生にパシられた帰りだったっけ。
懐かしくなって笑う。鈴はくだらねーことしてたし、ボーデヴィッヒはお子様ランチに興味津々だった。
あのころは毎日バカなことばっかしてたな……

「一夏?」
「ん、ああ」

メロンソーダもなくなったのか、空のグラスを持ってデュノア嬢が俺の横に来た。

「悪ぃ悪ぃ」
「……何してたの?」

また思い出した。染み抜きの技術を披露したらおばあちゃん扱いされてマジ拗ねしてた箒。
やっべえ笑いそう。

「少し昔のことだよ」

デュノア嬢から顔を背け唇を噛む。
思い出し笑いとか俺最高にキメェ。

「……ッ!」

と、デュノア嬢が俺のセーターの袖を掴んだ。
見れば目に涙をためて恐る恐る俺の顔をうかがっていた。小動物チックな動作が保護欲をそそる。

「ぼ、僕らじゃだめなの……? 今一夏の傍にいる僕らじゃ、一夏の役には立てないの?」
「は?」
「あのね、あのね、僕らは一夏に一人で戦ってほしくない。一夏に孤独になってほしくない。だって、一夏は僕の――」

鬼気迫る言葉にリアクションが取れず、俺がフリーズしていると、デュノア嬢も動きを止めた。
視線が俺からズレる。俺の背後。
振り向けば、さっきまで俺とデュノア嬢が座っていた席に追加の来賓がいらっしゃった。

「一夏、まだドリンクバー以外に注文はしていないのだろう? 早くしろ。私はミラノ風ドリアが食べたい」
「あたしはハンバーグステーキでいいわよ。チキンはみんなで分けましょ」

マイ幼なじみタッグ。いつの間に来たんだテメェら。

「……一夏」
「行くぞシャルロット。行きざまにこけてあいつらにジュースぶっかけてやろうぜ」

シャルロットさん、ドジっこアピールですよ、ドジっこアピール!

「…………ふふっ、何それ。女の子にしていいことじゃなくない?」
「あそこにいるのは未知の敵だと思え。目標をセンターに入れてずっこけ、目標をセンターに入れてずっこけ……」

迫真の表情で水かけアクシデントをシュミレートする。完璧な演算だ。これなら「バカ! 目標が見えない!」と理不尽に怒鳴られることもあるまい。
俺は一足先に席に戻ろうと足を踏み出す。通り過ぎざま、デュノア嬢はぼそりと呟いた。

「ごまかせたと思わないでよ」

……
…………女子怖ぇぇぇぇ。
席まで戻り、ひとまず足の震えをごまかしながら箒に言い放つ。

「後でイタリアンジェラートお前の顔面に叩きつけるから」
「何ゆえっ!?」

八つ当たりに決まってんだろバカ野郎。







――夜月輝く丑三つ時。
俺は毎度のごとく、自分の部屋を抜けて楯無の部屋に来ていた。
今日は彼女が暴れたわけではなく、本人から呼び出されたのである。

「結婚に、興味はないかしら?」
「ファッ!?」

初級から剛速球ど真ん中ストレートだった。
何言ってんだあんた一体。

「かんちゃんを任せられる相手は、あなたしかいないの」
「……はあ」
「まあ、手持ち無沙汰でこういう話をするのもあれよね」

そう言って彼女はベッドの下から瓶を取り出した。
焼酎やん。

「お、おい。何してんだお前」
「え?」

グラスにからんころんと氷を落とし、ロックに割る。
こいつマジかよ。

「ほらどうぞ」
「えぇー……」

吹っ切れたというか一周回った感のある笑顔でグラスを手渡された。
月明かりが部屋に差し込む。

「もうあなたが学園最強だという意見に異論を挟む者はいないわ。それはもちろん、卒業後のあなたへの期待につながる」
「……立場を、姉さんみたいな立場を、自分で得ろってことか? その上で、妹さんを守れって?」

口の中に流し込む。液体と触れる口内の粘膜が熱い。
楯無はグラスの中身を、ごっごっごっと一口に飲んでいってしまった。大丈夫かよこいつ。

「……気づいているんじゃ、ないの?」
「あ?」

「ハニートラップ」



――例えば、文化祭の時。
――俺のクラスメイトたちは、みんな、チケットを渡す相手がいないと言っていた。
――それはつまり、学園の外に、彼女たちの家族がいないということで。

――例えば、俺がマドカちゃんと初めて戦った時。
――その映像を見て、クラスメイトたちは、『サイレント・ゼフィルス』を知っていたかのようなコメントをしていた。
――それはつまり、こういった情報を与えるバックボーンが彼女たちの背後にあるということで。



「捕まるわよ、このままじゃ」
「……何のことですか?」
「鈍感難聴にしなかったのは失敗よ、一夏君。もう通じない。あなたは逃げられない」

月明かりが楯無の顔を照らす。

「更識は、日本を守るための一族。対暗部用暗部。だから、日本の機密情報を調べるのは骨が折れたわ」

ウィンドが展開される。青いそれに映るのは、俺のクラスメイトの一覧。

「代表候補生、篠ノ之箒、そして一夏君本人。――それ以外は、全員、クロ」

俺は何も言えなかった。

「肉親が政治犯なのが主ね。報道こそされないけど、反政府的運動の取り締まりだって私たちの管轄だし」
「………………」
「ねえ一夏君」

あなた守るって言ったわよね?
全員を守るって言ったわよね?
あなた、味方なんていないわよ?
全員敵よ?
あなたが守ろうとしてるものは、全部あなたの敵よ?


俺は、何も言えなかった。







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諸事情で春先まで更新を凍結します。
お騒がせしてしまい申し訳ありません。



[32959] ハニトラのためなら俺は…ッ!!/序
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2014/05/22 17:41
季節は冬。
山へスノー、海へ寒中水泳したくなる季節だ。俺は行かねーけど。
代わりに学校内の売店で、新しく入荷してた本を買った。可愛い女の子が表紙に写っていて即買い。
読んでみて、俺が金をドブに捨てたことがよく分かった。

「この『放課後バトルフィールド』ってラノベ、いくらなんでもクソすぎだろ」

俺はラノベを一冊窓から放り棄てた。マジで金の無駄だった。
これ書いたやつカス過ぎるだろ……間違いなく駄作メーカーだな。多分連作書いたとしても、その連作が数ヶ月延期した末に最新刊出したとしても、絶対クソだと思う。なんか前触れもなく潜入ミッション始まったりバトル飛ばしたり場面転換を『……』で済ませたりしてると思う。三行表示のノベルゲームかよ。


さて。


俺は電灯の消えた薄暗い部屋で、ベッドからのそのそと起き上った。

ちょっとページの上のほうを見てほしい。



【この中に1人、ハニートラップがいる!】



タイトル詐欺じゃねえか。

「ォオラァァアッ!!」

俺の怒りのナックルパンチが壁を砕き部屋を揺らした。

な~にが『この中に一人』だ!
一人じゃねーじゃん!
むしろ一人なの俺じゃん!
捕食者多数VS被捕食者とか完璧に地球防衛軍じゃん!
早く来いやストーム1!

「……あ゛ー……クソがアアアア!」

殴る! 殴る! 代行にも負けず劣らず殴るッ!
現実クソゲー過ぎてシンデレラガールズに会員登録しちまったわ!(ガチャガチャ
ちひろてめぇ! 水鉄砲イベ第二弾はいつだ!(ガチャガチャ
あーちひろさんに水鉄砲ぶっかけてぇ……(ガチャガチャ
……違うぞ? 今のは別に俺のブツが水鉄砲並みであることを比喩したわけじゃねーぞ?(ガチャガチャ
むしろ巨砲だから、大和に搭載されてたヤツみたいなレベル(ガチャガチャ

しかし腹立たしい。クラスのあの子もあの子もビッチだときた。
ハニートラップなのだ。
俺をハメるために俺にハメられようとしていたのだ。
ベッドテクを仕込まれた後、つまり調教済みなのだ。
全員非処女、中古品なのだ。クラスメイトは全員中古とかなにそれニッチ方面走りすぎだろ。ブックオフかよ。

ちょっと口調がハム太郎みたいになってきたのでここらでまとめに入ろう。

つまり。

つまり!

いかにも経験なさそうなかなりんがおっさんとギシアン済みで!
いかにも小中通して図書委員でしたみたいなナギちゃんがおっさんとギシアン済みで!
いかにも耳年増っぽかった相川もおっさんとギシアン済みで!

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

俺は再び拳を壁に叩きつけた。亀裂が四方につたう。あと何回か殴れば向こう側と行き来できるようになるなこれ。
楯無との逢瀬以来、何度枕を濡らしたことか。
こんなNTR経験を味わうことになるとは、入学当初の俺は夢にも思わなかった。というか味わいたくなかったわこんな屈辱。


まあ楯無の作り話という可能性も多少はあるので別方面で探りを入れている所ではある。


しかし俺はそれほど事態を深刻に捉えてはいない。

だってハニートラップってことはさ――頼んだらヤらせてくれるんだぜ?

いやいやいやいや、もちろんヤバいってのは知ってる。そりゃ罠だって知ってて飛び込む、もといぶち込むほど俺だってバカじゃねえ。

だが冷静に考えてほしい。

本番直前まではイケる。

本番は代表候補生か箒か巨乳先生に捧げよう。最悪姉さん。奥の手で束さん。

イケる。

当初の計画に修正は必要だが、挫折するほどじゃあない。

イケる。

まずクラスメイトはセクハラに留めておこう。
具体的に言うと生で胸揉んだり(かなりんを所望)スカートの中に頭突っ込んだり(しずちゃんがいいなあ)一緒に風呂入ったり(これは相川)――
え? ラインナップに無理があるって?
リトが出来るんだ、この俺にできないはずがねえ!

「というわけで本日のトゥドゥリストは《スカート捲り(トリッキー・ウィンド)》と《臀部撫で(トレビアン・フェザータッチ)》です」

自室を出て廊下を歩きながら訳の分からんリストを読み上げる俺は、誰かが見ていたらさぞかしアブナい男に見えただろう。
今の俺に触れると火傷するぜ、性的な意味で。

「いやアブナいってそういうアブナいじゃねえから」

1人でボケツッコミを成立させた所で、前方に獲物を発見。
我が1組の生徒、相川清香ちゃんと谷本癒子ちゃんだ。
共にスカートは短め。これは《トリッキー・ウィンド》の刑ですなあ(ゲス顔)

「織斑一夏……ユニコ――じゃねえや、『白雪姫(アメイジング・ガール)』、行きます!」

小声で叫ぶ。
『白雪姫』、俺に力を貸せ!

音もなく2人の背後に忍び寄る。
ていうか今更だけど今日は相川授業出るのな。



ふと、頭の中をよぎる映像。

俺の妄想。

安いAVのワンシーンみたいな光景。

薄汚い部屋にベッドが並んでいる。

それぞれのベッドで、可憐な少女に薄汚い雄が覆い被さって腰を振っている。

教育係の、そういう仕事の男が、俺のよく知る少女たちを陵辱していく。

白いベッドシーツが破瓜の血に染まる。

悲鳴と怒号が混ざる。ベッドが軋む。

肉と肉がぶつかり合う音。

彼女たちは体を拘束されていて、繋がれた鎖をガチャガチャと鳴らすだけ。

泣き叫ぶ悲壮な表情は、男たちの劣情を加速させるだけ。

男が一層腰を進め体を震わせる。欲望の塊が少女の体内に吐き出されていく。

喉を枯らす悲鳴。

男は一息ついてベッドをどき、しかしまた別の男が少女の股を割って腰を突き出す。あちこちで地獄が繰り広げられ、繰り返される。

聞き慣れた声なのに、俺はこんな悲鳴を聞いたことがない。

焦点の合わない目で相川清香が呟く。

『助けて、誰か、助け……』



バキリ、と。

俺の奥歯が砕ける音が廊下に響いた。

「うわっ」
「織斑君いつの間に……まさかニンジャ? ハイク詠ませちゃうの?」

慌てて2人が振り向いた。
ふざけた言葉が相川の唇から零れる。
俺はまだ彼女の唇に触れたこともない。
それが何故か、無性に腹立たしい。

「相川」
「ひゃうっ!?」

両肩を掴んで逃げられないようにする。
顔を同じ高さにまで下げて瞳を覗き込む。俺の顔が映っている。うん、今日もイケメンだぜ俺。

「え、え、え」

首からデコまで真っ赤にして/生娘みたいなリアクションしてんじゃねえよ/相川がテンパっている/俺のことずっと騙してたんだろ。
なに可愛い/わざとらしい反応してんだよこのバカ/ビッチ。

「お前って――」

ハニートラップなのか?
……バカバカしい。
何してんだ俺。こんなんキャラじゃねーだろ。
みっともねえぐらい童貞ぶりを晒しちゃって。
もっとクレバーに行こうぜ。

「今日何色のパンツ穿いてんの?」

瞬間、相川の鋭いアッパーカットと谷ポンのガゼルパンチが俺の顎と脇腹に吸い込まれた。
俺は劇画チックなタッチになりながら床に倒れ伏す。
ていうか見えた。谷ポンはフリルがあしらわれたライムグリーン、相川は……

「スパッツかよ……相川頼むから次は無地の水色を穿いてくれ」
「死ね!! 死ね!! 死ね!!」
「変態!! 変態!! 変態!!」

スタンピングの嵐が俺を襲った。
ちょ、顔はやめろよッ! ボディにしてくれボディにッ!

激おこぷんぷん丸ですとばかりに2人は肩をいからせながら歩いていった。
もし俺がエンディングの作画担当になったら俺→相川→谷ポン→しずちゃん→ナギちゃん→かなりんの順番で走らせる。それで7フレームに一回ぐらい相川のスパッツチラ入れる。
やだポジション的に考えるとかなりんにビンタされちゃう。そこらのラッキースケベよりはるかにレアだぜ。

「あー……」

授業出たくねえ、なんて床に転がりながら考えてる内にチャイムが鳴る。
復帰した姉さんが教室に入る頃合いだろう。
どこでサボろうかな。
俺は頭を掻きながら、サボリ場所を探すために立ち上がった。
もう冬だ、寒い。屋外は向かないだろう。
うーん……まあないことはないか。






「冬に向けてモミの木を伐採してきたわ!」
「返してこい馬鹿野郎ッ!!」

楯無が満面のドヤ顔で、何百本というクリスマスツリーをバックに笑っていた。講堂がいっぱいになっている。なんだこれ。
講堂で授業サボって寝るという大胆不敵かつ灯台下暗しな作戦に打って出た俺は、本当に灯台下暗しを実践してる馬鹿を発見した。いやまあ把握自体はしてたけど、改めて見るとすげえなこれ。注文書のコピーが手元にきたときはなんかの間違いだと思って見なかったことにしてたもん。
というか業者に発注した覚えはないぞ。

「クリスマスなのにクリスマスを祝わないなんてイエスが泣くわよ。会長なら会長らしく、生徒を楽しませないと」
「あの、予算」
「(顔をそらす)」
「テメェ」

俺がズズイと詰め寄ると、泡を食ったように楯無は弁明を始める。

「ち、違うのよッ、これはあのね、私のポケットマネーで」
「……ったく」

頭をガシガシと掻く。
まあ、クリスマスパーティーはやるつもりだったし、渡りに船ではあるんだよなあ。楯無のことなら、この中に大量の爆弾が入ってるってわけでもないだろうし。念のため後で生徒会直属の警備委員にチェックさせとこ。

「まあ、クリスマスぐらいは楽しまなきゃ、だめだよな」
「そう! 話が分かるじゃない!」

……本音を言えば。
最近様子がおかしかった楯無が、かつての彼女自身のように突飛な行動をしてくれて、嬉しかったのだ。
そうだよ、これが更識楯無だよ。

「……あなたも、だいぶん元気になったみたいね」

おお? 元凶がなんか言ってるぞ?

「悪ィかよ。あんな話、そう簡単には信じられねえからな」
「ま、仕方ないわよね」

彼女は扇子を広げて口元を覆った。

「でも私は簪ちゃんをひたすら推すわ。義足の接続も決まったし。申請すれば、代表候補性の資格の凍結も解除されるはずよ。だから今のうちに決めちゃいなさい」

一理ある。ただ気になる点が一つ。
扇子に『姉妹丼』って書いてある。

「テメェ妹のおこぼれもらう気満々じゃねえか!!」
「あらあら、そんなことはないわよ」
「扇子に欲望が漏れてんぞ」

俺が人差し指をびしりと突き付けると、彼女は――かつての学園最強、生徒会長の座に君臨していたころのように――不敵な笑みを浮かべたのだ。

「おこぼれどころか一夏君自身をかっさらう気満々だから」
「ハイエナじゃなくてライオンだった!?」







さて、彼女が話題に上げたクリスマス。
イエス・キリスト云々の日であり、(名目上は)日本に所属しているIS学園の生徒が祝うことなど間違ってもありえない記念日である。

昔からこの日には様々な異名がある。
曰く、『メリー・クルシミマス』。
曰く、『メリー・サミシマス』。
曰く、『メリーさんとイチャラブエッチしたい』。

最後は俺の願望である。

まあそれはともかく。
メリーさんの都市伝説って最後語り部が死ぬみたいになってるけど、実は性的に襲われてるとかだったら燃えるよなとか、
襲ってきたメリーさんを返り討ちにするとか興奮するよなとか、
というかメリーさん実はビッチだったら正直勃起するよなとか、
それはそうとロリ巨乳ビッチのパーフェクトストライクみたいな属性過多っぷりは一周まわってめちゃシコ案件だよなとか、
そんな童貞にありがちな妄想はどうでもいいのだ。童貞は寿司でも食ってろ。
あ、俺ネギトロの軍艦一丁!

とまあ脳内で回らない寿司屋の大将に注文していると、俺の後ろから谷ポンが歩いてきた。
昼休みの教室に一歩足を踏み入れてソッコー固まってた俺を邪魔そうにどつく彼女は少し上機嫌だ。
ちなみに午前中の授業は楯無とモミの木の点検してたら終わった。中に爆発物とか入ってたら困るしな。

「はろーっ!」
「おざーッス……んで、何スかこれ」
「何って、クリパよクリパ。織斑君もしたことあるでしょ?」
「…………」
「あっ(察し)」

当然みたいに言ってんじゃねーよバーカバーカ!! やったことなくて悪かったなオラァ!
大体なんだよクリパって。マリオの敵キャラかよ。しかも4-2とかに出てくる中途半端に強いヤツ。
俺は折り紙やら電球やらで華やかに飾られた教室を見回して、これ姉さんが見たら血管沸騰するな、なんて無体なことを考えていた。

「へぇ……何? プレゼント交換会でもすんの? こちとらどーせ今までしたことないから分かんねえけど」
「拗ねないでよー」

ナギちゃんが後ろからやってきた。タックルみたいな勢いで背中に乗りかかってくる。ノイゲラかよお前。
最初はぼっちだった子が成長したなあという感慨と、柔らかい肢体がふにょんふにょんな感激が混ざっていちかヘブン状態!

「ったく……ほらナギ離れなさい!」
「うぇあー」

珍妙な声をあげて引き剥がされるナギちゃん。
ぶっちゃけもう少しだけ感触を楽しみたアッごめんなさい睨まないで箒さん!

「飯の匂いにつられて熊とか下りてくるかもな」
「そんな日本昔話みたいな手法で連れるのは織斑君だけよ……」

しずちゃんが冷たい視線を向けてきた。
俺は村に出てきて悪さをする狸かよ。

「そうだな。このバカを釣るためにはご馳走でも用意していれば簡単だ。女体盛りなんかが適当だろう」
「姉さんそれさすがにセクハラッ…………」

後ろを見て、全くの無表情で教室を見回す姉さんを直視してしまった。

「……オイ」
『…………』
「さっさと片付けろ、このお祭りバカ共!!」
『イエスマム!』
「それと織斑、お前は一発殴る」
「いや俺全然関与してなふげりゅ!」

俺は死んだ。スイーツ(笑)




……活気が戻ってきた。
亡国企業の襲撃から、専用機タッグマッチトーナメントを通して、IS学園に活気が戻ってきた。





「一夏、今日はお前の好きなから揚げを作ってきたやったぞ」

箒が弁当箱を出す。
机に胸が乗っかってる。なにそれセックスアピール? 上等だ部屋に来いよ。

「ほう、これがから揚げか。祖国では肉といえばソーセージが多かったんだが、揚げ物は万国共通で人気なのか」

ボーデヴィッヒが興味深そうにのぞき込んでくる。
銀髪が俺の肩にかかる。近い。良いかほり。シャンプー教えろ。

「今度みんなで、自分の国のお料理を作ってみてもいいかもね」

シャルロットが隣の席で弁当箱を突っついていた。
フランス料理か、しかも女の子の手作りときたら、さぞ旨いだろうな。美少女ってペットボトルのお茶を3倍おいしくするらしいし。



「ふっふっふ。今日はこの私もランチを作っておりまして」



「オルコット。テメェは二組に帰れ」
「独断でクラス移動っ!?」







あ~~雲になりてぇ~~~~

午後の授業も終了して、俺は屋上の柵に寄りかかってぼうっとしていた。
臨界学校の時は鳥になりたいって言ったけど、今は雲になりたい。何も考えたくない。雲と雲の合体をセックスと見なして快楽に浸かりたい。

そんな無体なことを考えてると、扉を開く音が聞こえてきた。
振り向いて、背中を柵に預ける。
ミニスカートを翻しながら、相川がヤって来た。

「よッ」

ズパッと手を挙げ、爽やかに挨拶。

「よッ。……ふふっ、私、男の子みたいだね」

相川はにこやかに笑って、同様に挨拶を返した。
可愛らしい/わざとらしい/でも可愛らしい。

「今日どーしたの? 授業サボっちゃってさ」
「別に……実は俺、浮き沈みが激しいタイプだからな。クラスでも浮いたり沈んだりしてるだろ」
「何それっ。自虐キャラ似合ってないよーぅ」

頬が突っつかれた。俺の美肌に触れて、こいつの人差し指も喜んでることだろう。
端から見たらイチャイチャしてるんだよなあ、まさに青春イベント/好感度稼ぎ。

「ったく。俺、これから用事があるんだけど」
「どっか行くの? ゲーム? ギャルゲー? タッグフォース?」
「最後のは確かにギャルゲーだけどさあ……」

正確には『カードゲームもできるギャルゲー』である。
まあなんつーか、こいつも元に戻ってきた。相手にお構いなしでボケ倒すし、どっか無駄に常識人だったりするし。
(……じゃあ今まで苦しんでたのはなんだ、俺の気を引くための、演技だったのか?)

「ちょっと知り合いに会うだけだ」
「へぇ」
「……簪んトコに、行くんだよ」

相川の笑顔が剥がれ落ちた。
まあ当然と言えばそうだよな。
(それも俺に心配させる演技なんじゃないのか?)

「……来いよ。向こうだって会いたがってるし、お前も会いたいだろ」
「…………ぁ」

俺は相川の手をつかんだ。
ハニトラかどうかなんて、今はどうでもよかった。
(本当にハニトラなら、俺はまんまと罠にはめられてるな)





「楯無」

病室のドアを勢いよく開く。振り返った楯無は、俺を見て頬を緩ませた。
どうもこの部屋、俺と更識姉妹が一番定着してるメンバーな気がする。

「一夏君、どうかし……」

俺の背後で小さくなっている相川を見つけたのだろう。言葉が尻すぼみに消えていった。
ていうか袖をガッチリ掴みすぎ。中のシャツが皺になっちまうっての。

「悪い、ちょっと、俺と付き合ってほしいんだけど」
「……」

普段なら即答だ。『あら、恋人としてかしら』なんてカウンターパンチ付きで返ってくる。

「別にいいだろ、ちょっとぐらい。な?」
「…………かんちゃん」
「大丈夫」

チラリと、視線が簪に向けられた。
彼女は即答した。雰囲気で感じ取っているのだろう。まだ目は見えていないが、そのうち義眼だって入るはずだ。
義足を接続する手術までは、まだしばらくある。

「じゃ、行こうぜ」

俺と二人、連れ添って病室を出た。

「……お互いがお互いを気に病んでるなんて、妙なもんだよなあ」

少し離れたところまで歩く。リノリウムの床から出て、コンクリートで固められた渡り廊下へ。
空を、鳶が飛んでいた。

「まるで片翼の鳥ね」

その言葉が、やけに響いた。
守りたいものを守るため、災いの炎に翼を焼かれた少女。
その少女の聖なる輝きを直視し、翼を溶かされた少女。
神話みたいな言い方だな。

「どっちも悪くないわ。私は、あの子を責めるつもりなんてないし」
「当たり前だッ。誰もあいつを責められない、責められるはずがないッ。責めるような阿呆がいたら俺が――」

そこまで一気に喋って、不意に口をつぐんだ。何を熱くなっちゃってんだ俺は。ガキかよ、ったく。

「…………ずいぶん、熱心に、かばうのね」

半ば呆然とした表情で、楯無が口を開いた。
やめろ、なんだその表情。

「別に俺の自由だろ。色々、あいつには借りがあるんだ」

視線を蒼穹に戻した。
鳶は変わらず羽ばたいていた。





「織斑君」

呼びかけられ、俺は視線を落とした。
何分経っていたのだろうか、数えていない。
目を赤くして、相川が立っていた。

簪は優しい子だ。
許しをもらったんだろう。
だからこそ、涙する。
許されたからこそ、自分の無力さに涙する。

「じゃあ、私は戻るわ」

聞き分けよく楯無が相川とすれ違い、病室へ戻っていった。
靴が床を蹴った。
相川の体が少し跳んで、そのまま俺と激突する。手すりをつかんで踏ん張った。

「おまッ、飛び込んでくるにしても、もっと丁寧に――」

殺しきれない嗚咽が、耳を打った。
……そうか。そうだよな。

自分の腕がそっと動いた。
抱きしめてやるのが、男の義務なんだろう。

(何考えてんだ。こんな見え見えのアピール、まともに取り合ってんじゃねえよ)

相川は今、泣いてるんだぞ。

(知ったことじゃねえ、女の涙なんて信じられるかよ)

(考えろよ、誰かを守りたいなら、まずお前の身を守れ。ここでヤられちまったら、もう何もできなくなるんだぞ)

うるせえよ。変に理屈をこねくり回しやがって。

でも。

でも……


結局俺は、相川の身体を抱きしめることなんて、できやしなかった。





……なんか、自分でもワケ分かんなくなってきた。俺、どうしたいんだろうな。
疑ってばかりで、言いたいことも言えない。
どっちかに絞った方が、楽なんだろう。
嘘と断じるか、真実と受け入れるか。
けど、俺は……

…………俺は楯無に嘘をついた。

あいつの話が信じられないんじゃない。

俺は、信じたくないだけなんだ。

思い出を意図的な演出に汚されることを。

身の回りの善意を悪意に塗り替えられることを。


何より、目の前の、俺にしがみついて泣くこいつが――






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お久しぶりです。
コンスタントに投下を再開できたらいいなあ……(希望的観測)

あと9巻はホント焼き捨てたほうが良いレベルでした。



[32959] ハニトラのためなら俺は…ッ!!/破
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2014/06/25 16:29
学校全土で実施されるクリスマスパーティー。
その準備に向けて、生徒会室はてんやわんやの大騒ぎだった。

「だから! モミの木を動かすためにIS使用させろって言ってんだよ!」
「アホなんじゃないのか君!」

呼びつけたIS整備担当の教師は青筋を立てて怒鳴り返してきた。
いやまあ……反発する気持ちもわかるけど、別にいいだろこんぐらい。

「いちいち専用機持ち招集できるわけじゃねえんだよこっちも! いいじゃん! いいじゃん! スゲーじゃん!」
「すごいのは君の訳の分からん思考回路だ!」

唾を飛ばしあうが、議論は平行線だ。俺としてもこんなところで時間を無駄にしたくはない。

「……じゃあ、これでどうだ。明日に、全ISのモデルチェンジがあるだろ。明後日にその試験運用を前倒しにする。その運用科目の中で運搬させる。これでいいか?」
「ふむ……まあ、一応は、構わんが……他の試験もきちんと行いたまえよ」

最初っからそう素直に許可出しときゃいいんだよ。無駄に時間使わせやがって。

「さすがにきちんとやるさ、その一環として作業を追加するってだけだ」
「物資運搬のテストという形で追加の計画書を提出するように、今日中だぞ」
「実はもうできてる」
「……最初から落としどころをここにすると決めたうえで私を呼びつけたんだな? 会長が変わって少しは楽になるかと思ったら、こちらも食わせ者か」

苦虫を噛み潰したような表情で、先生は俺の手から計画書をもぎ取った。

「ま、よろしく頼みますわ」
「やれやれ。形式上は問題ない、というのは君と楯無のどちらもがこだわるところだな。そのせいでこちらとしても不承不承頷かざるを得ない……まったく分かったよ、ここの生徒会長は厄介者ばかりだ。こちらでスケジュールの調整をしておこう」

鬼ババアと素晴らしい二つ名を持っている三船先生は、なんとか納得し、呆れたような笑みを浮かべながら帰って行った。



『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』の性能を底上げする。
基礎フレームの見直しに始まり、新規兵装の追加、――『展開装甲』の一部導入。
この試みは、日本本国から大きなバッシングをもって受け入れられた。実際に、この試みが予定通りに終われば、IS学園が保有する戦力は、日本の自衛隊と米軍基地に所属しているIS部隊を上回る計算になる。そりゃ嫌がるだろうな。
んで今は、査察を拒否して、本国がお怒り状態。だが他国からは特に介入はない。EU組はドイツを筆頭に親学園派が多いし、アメリカもロシアもそれぞれ国家代表が協力なパイプとなっている。中国はよく分からんが、少なくとも学園を敵対視はしていないようだ。

まあこちらには『ISを使う武装集団からの襲撃に対する防衛のため』っていう名目があるわけだしな。

大体査察だって、こちらにまったくの無許可で強行しようとしてたじゃねえかと言えば向こうも黙るわけだが。
この情報はEUやアメリカに流している。どう考えてもIS学園を私物化しているわけで、ぜひ外交カードとして役立てていただきたいところ。

「かいちょ~、パーティーの司会進行用原稿が終んないよ~」
「うるせえぞ布仏、少しは自力でやれ」

鼻を鳴らし俺が会長席に座りデスクに足を投げ出すと、布仏が泣きついてくる。
……こいつもハニトラ疑惑があるわけだが微妙なところだ。更識家のような暗部とかかわりのある一家だそうで、逆に言えばその所縁でハニトラに抜擢された可能性もある。何はともあれあまり積極的に関わりたくはない。

多くの主人公を敵に回した気がするが、考えすぎだろう。……なんでモブキャラなのにこんだけ人気なんだろうな。
まあ多少はいたわってやろう。

「布仏ァ!」

俺は大声で怒鳴りながら立ち上がり、壁際の机に置かれたポットを手に取った。

「コーヒーでも飲んで少し休めァ!」
「角砂糖三つ、ミルクはたっぷりでー!」
「アッハイ」

ゲロ甘だな……俺も結構好きだけどさ。MAXコーヒーとか。

「会長大好き~」
「おっ、そうだな」

はいハニトラ決定。
コーヒーカップ片手にほっこりとした表情。袖が余ってるのでいつカップを取り落すかと見ている方がハラハラする。

「ただいま戻りました。食品の発注は滞りなく。……本音、あまり会長を困らせないで」

布仏姉が帰ってきた。虚(うつほ)、だったっけか。難しい名前だな。
みんなが食べるもんは問題なく注文できたようだ。ターキーとか俺も食べたい。ケーキとか俺もつくりたい。

「いっそウェディングケーキを注文してみたらどうかしら」

『婚約発表』と書かれた扇子を広げて、奥に置いてある応接用のフカフカな椅子から楯無が立ち上がった。
まだ復職したわけでなく――俺としてはそのうち副会長あたりに就かせたいところだが――こいつは名誉会長を名乗って生徒会室と病室を往復する日々となっている。
あの、そろそろ授業出たらどうですか。こいつのことだから留年して国家代表やめさせられても、俺のとこに転がり込めば大丈夫とか考えてんだろうなあ……まあ拾うけどさ。

「誰と誰の結婚だよ。あ、俺と姉さんか?」
「へぇ~~~~~~」

アッごめんなさい楯無さん! その目で見るのやめて!
ことあるごとに簪をゴリ押ししてくるその姿は結婚詐欺師のそれに近い。お前パワータイプじゃないだろ、むしろテクニック派だったろ……

「会長、そろそろ」
「ん」

虚さんに促されて、俺は組んでいた足を解き立ち上がった。各部活へ下りる予算を決定する最終会議があるのである。
ここからは俺のステージだ!

と意気込んで生徒会室を出て二秒後。
俺の視界の隅から矢が飛んでくる。俺が裏拳気味に打ち払う前に矢が楯無に掴み取られる。
あ、これヤバいな。

「……また……一夏君を……死……せない」

楯無が『切り替わる』。そりゃ分かってるさ、最近のこいつは、無理してかつての自分を演じていただけだって。
でも、こいつのこんな姿を。
前髪越しに眼光を赤く光らせ、全身から殺意を迸らせながら学園の生徒を見据えるような姿を。
俺は見たくない。

「楯無」

俺はしっかりと肩を抱いた。アイコンタクトで、虚さんに生徒を逃がすよう指示。
まあこちらが何かする前に、真正面から更識楯無の殺気を浴びた弓道部の少女は、泡を食って逃げ去った。
……俺が何を言おうと、やっぱり会長の座を狙うやつってのはいるもんだ。

正しい姿だろうし、誰にも責められないんだろうけど。
それでも俺からすれば、そういう行為をする連中は全員邪魔だ。きちんと応えてやるのが生徒会長の義務だとしても、それは『俺』の義務ではない。

「俺は大丈夫、大丈夫だ」
「……ぁ」

床に膝を着いた楯無は、掴みどころのない自称名誉会長でもなく、赤い衝動を身に滾らせたキリングマシーンでもなく、ただ一人のか弱い少女だった。

「頼みます」
「……会議は一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。俺が信用できないっていうなら、俺の手元にあるあなたが作った書類を信じてください」
「分かりました」

女の子二人に背を向けて歩き出す。
廊下を一歩進むたびに自分で拳を握りしめる力が強くなる。

あいつをああしたのは誰だ/俺だ。
あいつを傷つけたのは誰だ/俺だ。
あいつの傍にいなきゃならないのは誰だ/俺だ。

でも俺は進むしかない。
あいつだけでない、俺の信じるみんなを守るために。

(でも、お前が守ろうとしてるのは、お前を狙う人間かもしれないぞ?)
――うるせぇ。知るかよ。俺には俺以外の人間が何を考えてるのかなんてわかんねえよ。だから、俺のよく知る俺を信じるしかねえだろ。

(そのあとどうする? お前の言う『みんな』を守って、そのあとお前はその『みんな』とやらから背を刺されるかもしれないぞ?)
――別に刺されたぐらいじゃ死なない体なんでね。もうそのあたりは割り切っちまえよ。

(割り切れないから、こうして自問自答してるんだろう?)
――…………

会議室の空気はひんやりとしていて、それでも俺の頭は、どこかが白熱したままだった。








「あァ~~~~~~」

自販機から出てきた缶コーヒーを一気に流し込み、空き缶を屑籠に投げ入れる。
癖になってんだ、屋上で一人黄昏るの。

夕焼けのことを『世界の終りのよう』だなんて言うことがあるが、オレンジ色が好きな俺としてはネガティブなイメージはない。むしろ光を浴びて理想や夢が膨らむばかりまである。
……まあ、世界の終りっていうのは、壮絶な美しさを言う表現なんだろうけどよ。

陽光に手をかざす。この光を簪が再び感じるのは、いったいいつになるのだろうか。

義肢技術は、かつてに比べれば発達している。けれどまだまだだ。
忘れてはならないのは、俺たちの世界においてISというのは異質な存在であるということだ。空飛べるしビームも撃てる。でも俺たちの車は宙に浮かばないし、レーザーガンをもった科学特捜隊は存在しない。
ISだけが浮いていて、他の分野を無理矢理にけん引しているだけだ。
義肢技術への貢献? ほとんどねぇよそんなもん。

せいぜいISが簪を救えるとしたら――眼だ。
ボーデヴィッヒやハルフォーフ大尉のように、義眼にハイパーセンサーを移植する。そこが活路だ。

まだ俺は、簪に何もできていない。
俺の代わりにあいつを救ってくれたってのに、何も返せて――

「……ハッ」

どうした。なんだよ、今の訳分からん思考は。
いつから俺は相川の保護者になった。
余計な気を回しすぎなんだよ。なんでもかんでも相川越しに考えやがって――いやいや、別に相川を介して考えてるわけじゃあねえだろ。
ああクソッ、今考えりゃ、あいつが一番ハニトラっぽいじゃねーか。冷静に考えて入学式の時点で気付くべきだった。いきなりIS使って式典を荒らし、クラスメイト全員の前で詰問して恥かかせるような男と仲良くつるめるわけがねえだろ。

『――――死なないで』

……臨海学校のときのことを思い出した。
そっか。俺に死なれたら、困るもんな。仕事を果たせないもんな。

ぎちり。俺が握りしめた鉄柵が潰れた。







pipipi…

「……で、なにこれ」

クリスマスを明日に控え、ほとんどの準備も終わり――というか事前の指示をすれば、後は生徒会直属の下部組織である運営委員会が取り仕切ってくれるので、今頃は一般生徒も駆り出されて飾り付けなりをしているだろう――暇になった俺たち生徒会メンバー。
布仏や虚さんは生徒会室でスケジューリングの最終確認、楯無はいつも通り病室でシスターコミュニケーションのお時間としゃれ込んでいるらしい。

そして俺は、『白雪姫』の専任整備士である下僕のラボを訪れていた。
黒板ほどもある大きなウィンドウに表示されているのは、3Dモデリングされた銃器だ。どっかで見たことある気がする、というか俺が使った『レールガン・禍』や『レールガン・威』に似てる。

「レールガンシリーズ最後の作品、『レールガン・呪(かしり)』よ」

スタンダードな『禍(まがつ)』。
威力重視の『威(おどし)』。
速度重視の『呪(かしり)』。

この三つが倉持の商品となるようだ。

まあ相川が編み出した『神風』とか、俺が使う『穿』とかもレールガンの名を冠しているわけだが。

「前なんか言ってたな……んで、俺はこいつのテストすればいいわけ? いつすんの?」

研究室の隅にあるポットからお湯をカップに注ぐ。置いてあったインスタントコーヒーの袋は購買のワゴンで安売りされてたのを見たことがある。生徒会室だと豆挽いてんだぞ、見習えよ。

「んーん、これはもういいや。テストする暇もないし、データ自体はちゃんと取れてるし」
「前、データ取れてた兵器の砲身が融解したことがあったよなァ」

呆れた。数字だけで満足する節あるよな、お前。

「じゃあなんで俺は呼び出されたんだよ」
「久々に構ってほしいなーなんて」
「帰るわ」

俺は湯気を立てるカップを置いた。ブラックのままでも何の苦味も感じない。
確かにやることはもうないと言ったが、一応最後の確認みたいな作業は残ってんだよ。各部署を回って最終報告書を出させたりとかさあ。

「ちょっとタンマ! 冗談! ほ、ほら、ゲームキューブあるよ? スターフォックスアサルトやろうよ」
「……ったく」
「あ、これで居座るんだ」

当たり前だ。
テレビの画面をつける。大画面でやるゲームは一味違うな。
アサルトは神ゲーだからな。グラフィックとかBGMとかストーリーの密度とか。もっとミッションが多かったら本当に最高だった。

バトルモードを選択。俺は基本フォックスだ。アーウィンの扱いは一流なんだぜ。
俺の横に座り、バイオレットのコントローラーでウルフを操る下僕はランドマスターで俺のアーウィンを撃ち落そうとしてくる。バカめ、ウルフは唯一ランドマスターの扱いが平均値を割ってるんだよ。
上空からレーザーでハチの巣にしてやっているときに、不意に下僕が口を開いた。

「……依頼されてた、調査の件なんだけど」

……画面の中で、狐と狼が動かなくなった。

「日本の中に、そういう、『ハニートラップ』専門の養成施設、みたいなのがあるのは確認できた」
「…………」
「名簿の中に、君の知ってる名前もあったよ」


「鷹月静寐」

「四十院神楽」

「谷本癒子」

「鏡ナギ」

「夜竹さゆか」

「岸原理子」

……もう、いい。
……やめてくれ。

下僕はどんどん名前を吐き出していった。
そして、最後に。

「――相川清香」


やめてくれ!!!


……俺はゲームキューブのコントローラーを床に置いた。当たり前だ。そんな気分じゃない。
下僕が俺の通信端末に何かの座標を送ってきた。その施設とやらの位置なんだろう。だがここに行って確かめろと? それを、俺にしろと。……無理に決まってんだろ。

「……多分俺は、織斑としてまがいものだからさ、こういう時、カッコよくみんなを助けたりできないんだよ」

その時、なぜそんなことを下僕に言ったのか、自分でも分からなかった。
ただ下僕の肩がビクリと跳ね上がったのだけは、視界に入っていた。

「姉さんと俺は、母親が違う。俺は父さんの浮気相手との、不義の子……ってやつらしい。だから姉さんの『零落白夜』と俺の『零楼断夜』は、そういう意味で、真っ向からカチ当たったらこっちが負けるんじゃないかなって思う」

マドカちゃんの『零落極夜』にだって勝てないだろう。

俺を生んだ母親については、ほとんど知らない。写真もない。
姉さんを生んだ母親については、写真を見たことが一度だけ。すっげえ貧乳だった。姉さんとの相性はあんまり良くなかったのだろう――かつて姉さんが自分の母親の話になると表情を歪めていたことから、なんとなく分かる。あれは自分が捨てられたからとかじゃなくて、平時から仲が悪かったのだ。

しばしの、沈黙。

「……あー、そういえば、さ。『黒鍵システム』って、聞いたことある?」
「ん?」

黒鍵。ピアノのあれか。白鍵の間にあるやつ。

「白鍵と白鍵をつなぐから、黒鍵の名前を取られたんだって。『銀の福音』に内蔵されてたシステムなんだけどね」

重苦しくなった雰囲気を吹き払うために、あえて俺が興味を持ちそうなメカニックの話を出してくれたのだろう。こういうところで無駄に空気が読めるのはこいつの美点だと思う。

「で、白鍵っていうのはISコア。黒鍵はそのコアどうしをつなげるために、ISコアの機能の一部分を再現したものらしいんだ」
「再現……? ISコアもどきにISコアのサポートをさせるってことか?」
「その通り! これがあるから福音は3つのコアを同時に使うことができてたらしいんだよねえ。アメリカもこんなの作るなんてなかなかすごいよねえ」
「ほーん」

……福音のコアにそれが使われていたってことは、その、複数のコアを同時に操ることのできるシステムは、亡国機業の手元にあるんだよな。
結構危ないんじゃねえかなあ……まあ、ゴーレムどもが何機かかってこようと負ける気はしないけどな。

俺は再びコントローラーを手に取った。
クラスメイトは全員ハニトラ。出来の悪いラノベのタイトルみたいだ。絶対作者の頭は悪い。

もういい。もうたくさんだ。
奴さんを撃ち殺す、それから、難しいことを考えよう。

「あ、君がコントローラー置いてた間にウルフェンに乗り換えてるから」
「えっ」

壮絶なドッグファイトは普通に俺が撃ち落されて終わった。






クリスマスパーティー当日。
開始のスピーチも適当に終えて、俺は生徒会室の会長席に体を沈み込ませていた。
今頃は様々なオリエンテーションが行われているはずだ。学園中に隠されたプレゼントを探すものから、トナカイっぽく改造したISで生徒の乗るソリを引くアトラクションなどなど。
こういう娯楽で肩の力を抜くのは大事だからな。うんうん。

「…………」

デスクの上に置いた写真を見つめる。
文化祭の時に撮った、俺とマドカちゃんの写真。

いつか彼女と笑いあえる日は来るのだろうか。俺の妹キャラという設定で籠絡に来た彼女だが、おそらく姉さんとは何らかの因縁があるのだろう。外見が何より物語っている。ひょっとしたら姉さんの実妹だったりな。
まあ、姉さんの方の母親は家を出て行っちまってるから、真相は姉さんしか知らないし、俺も簡単には聞けないって分かってるんだけどさ。

「邪魔するぞ」
「ん?」

銀髪が翻る。眼帯を付けたドイツ代表候補生が入ってきた。意外な来客だった。
俺は来客用の椅子に座るよう促し、コーヒーを淹れる。

「砂糖は?」
「少しでいい」

ブラックのイメージだったが、そのあたりは俺の先入観だったようだ。
ボーデヴィッヒの向かいに腰を下ろす。ていうか何にも参加してねえのかよ。

「あまり興味がわかん」
「そう言われちまうと困るな。こちとらない頭を精一杯ひねって、ひねり出した珠玉のイベント集だってのに」

肩をすくめてコーヒーをすする。俺も淹れるのは下手ではないが、この深い苦味は豆の良さに起因しているのだろうって楯無が偉そうに言ってた。知るかよ。

「む、すまないな、お前の努力を否定したわけではない」

……丸くなったな、こいつ。
カップを口元へ運ぶ。俺に見える片目は、少し見開かれた。

「おいしい、な」

きっと以前は不必要なものとして切り捨ててきたのだろう。飲食の悦びは人間にとっちゃ大きな比率を占めてるってのに、今までの人生を無駄にしてきたのだろう。
まあすべてが無駄ってわけではない。ただ、手に入れられるはずのものを無視し続けてきた女なのだ、こいつは。

「どうしたんだよ、いきなり」

本題に入ろうぜ。
なんで今日、このタイミングでここに来た。
恐らく俺以外は現場で奔走してるだろう――つまり、ここに俺だけがいる時間に。

「みんながお前のことを心配していた。『どこか遠いところへ行ってしまいそうだ』と」

ふうん。『遠いところ』、ねえ。……間違ってはいないのかもな。

「俺だって生徒会長だ。今まで通りにはいかないさ」
「そうか。なら、仕方がないのかもな」

互いに無言でコーヒーをすする。静かな時間だ。
ボーデヴィッヒがカップを置いた。

「シャルロットたちを待たせている。そろそろ行かせてもらう」
「なんだ、結局参加するのかよ」
「お前のない頭で絞り出した余興を楽しませてもらうぞ」

ニヒルな笑みを浮かべて彼女は立ち上がった。綺麗な立ち振る舞いだった。俺はそれをただ見ている。彼女の背中を見ている。
背中を向けたまま、ボーデヴィッヒは口を開いた。

「……最近になって、私にも分かってきた」
「あん?」
「お前がクラスにいないと、物足りない。これは『寂しい』と言うらしい」

俺が目を見開く番だった。
わずかに彼女は振り返る。頬が赤く染まってる。

「あまり、心配をかけるな。適度にクラスにも戻ってこい」
「授業中はいるだろ」
「それ以外ではここに籠りきりだろうに。適度に構ってやれ、クラスの生徒や、まあ……私も、だな」

それだけ言うとボーデヴィッヒは出て行ってしまった。取り残されたのは呆けた表情の俺。
多分なかなかにひどい間抜け面を晒していることだろう。

……確かに、最近、みんなとあまり話せてないな。いや、避けているのだ。この俺が、ハニトラを怖がって。

「ハッ、馬鹿馬鹿しいな」

下僕が言うには、もうクラスのほとんどはハニートラップだ。
逆に地雷しかない。すごい。潔すぎるだろこの構成。

「今更何だってんだよ、ったく。ハニトラには引っかからない。でも彼女はつくる。それだけだろ」

コーヒーを一気に流し込む。缶コーヒーとは違う苦味が胸の内に広がるはずだったが、俺はただ水を飲み干したようにしか思えなかった。







人が肉と血の塊であることは、少し年を取れば分かることだ。魂がどこに宿るのか、なんて問いは哲学者にぶん投げるべし。
では肉も血も失いつつある俺は、はたして人と言えるのか。

「……侵食率、40%か」

味覚はもうほとんどない。嗅覚も危ない。
束さんの話では、ISを起動しなければ目が見えなくなるかもしれないということだ。簪のこと心配してる場合じゃねーんだな。

ここがきっと、帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)だ。

俺が人間であるという概念を捧げて戦うか。束さんが何らかの対策を施してくれるのを待つか。





クリスマスパーティーでの大騒ぎを終え、学園は祭りの後の静けさを湛えていた。窓の向こう側では、役員たちは有志のボランティアを率いて片づけに奔走しているのだろう。
役員たちの片づけを適当に見て回りながら、そういえば俺もまったくエンジョイしてなかったなと思う。こういうところがみんなを心配させているのかもしれない。
でも、正直、今あのクラスに居ても頭がおかしくなりそうになるだけだ。相川もきちんと出席するようになったし、色んなイベントを経てある程度は元の状態に戻りつつあるのだろう。

……元の状態? 何がだよ、簪は病室で、楯無は病んで、それで何が元通りだ。何寝ぼけたこと言ってんだよ織斑一夏。

真正面から足音が聞こえた。
顔を上げる。

「難しい顔をしていますね」
「……ああ、三船先生か」

モミの木を運ばせようと直談判しているときは言葉遣いも互いに荒くなっていたが、普段はこういう風に礼儀正しい人だ。
俺はぼうっと外を眺めるのをやめて、見回りを再開した。

「無事終わりましたね。……生徒会など、生徒に任せすぎなのは、この学園の欠点だと私は思うのですが」
「まァそういう校風ですしねー」

三船はすまなさそうな表情で隣を歩く。
……まあなんだ、こういう表情が映えるから年上の美人さんは卑怯だよな。
だから美人は嫌いだ。何をしても許されるから、それでつけあがる。だから嫌いだ。つけあがらなくても、そういう人は大抵優しさを誰にだって振りまくような人間だから、嫌いだ。モテない男子が一番勘違いするパターン。
いや別に教師とどうこうしようとしてるわけじゃねえけどよ。

「気にしないでくださいよ。俺がいじめてるみたいな気分になってくる」
「実質的にはその気しかしませんけど、っと」

突然三船が歩みを止めた。
つられて俺もその場に足を縫い止める。
彼女の視線の先には、何か決意した表情で俺たちの進行を阻む少女がいた。リボンの色からして一年だ。

「ああ……今日でしたか」
「は、はぃ?」
「すみません、私は邪魔者のようですから」

スススッと三船が俺から離れる。
入れ替わりにあんま見覚えのないその子が近づいてきた。

「あ、あのッ、織斑君これ……!」
「えっ、あ、はい」

便箋を渡される。薄い水色。書いてる内容は、まあ封がハートのシールな時点でお察しだ。
三船のババア知ってたのかよ。

「よ、よろしくお願いしまう!」
「はあ」

派手に噛んだそのまま、少女は走り去ろうとして、しばらく駆けてからすっころんだ。三船が慌てて引き起こしてやる。
二人して顔を見合わせ、笑い合った。……ああなるほど、担任なのか。恋愛相談とか受けてんのな、意外だぜ。
お返事については、ごめんなさい。立場が立場だし。てかこの子ハニートラップじゃないだろうな……ラブレターもろくに楽しめねえ。ある意味ドキドキだけどよ。

「けどまあ」

立ち上がってスカートをはたく少女と、優しく見守る三船。
その表情はなかなかどうしてレアモノだった。普段からそれなら鬼ババアとも呼ばれずに済んでるのによ。
笑顔の似合う美人なのにもったいねえなあ、ったく……
そこまで考えて、小さく苦笑。なんてことない、男子高校生にありがちなちょっと邪な考え――――――――






目の前で三船と少女が千切れ飛んだ。






「……あ?」

な、んだ?

いきなり二人の立っていた地面が爆発した、それで二人は空中でバラバラになって、俺のほうに飛んできた。
指とか足とかがばらまかれた。血が降りかかって俺の制服に染みる。

なん、だ、これ。

三船がかけてたメガネのフレームが足下に落ちた。レンズは砕けていた。

なんだよ、これ。

恐る恐る辺りを見渡す。三船と少女だったものがぶちまけられている。原型の思い出せない肉片。

な、んだよ、

なんだよ、

何なんだよ、

「――――ッ!!」

見上げる。太陽がただ照っている。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

アラームが学園中に鳴り響く。

『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 生徒は所定の位置に避難ッ』

放送が爆音にかき消される。破壊音が空を割る。

何が……起きてるんだ。


【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】


陽光が、消える。
偽装が、解除される。ぎしぎしと世界を軋ませながら、それが姿を現す。
大胆にも太陽光を遮り、おそらく疑似的な太陽の光を降らせていたのだろう。学園を覆い尽くすような影が現れる。

「……なんだ、これ」

空中母艦。
上空に浮かぶそれは、学園全土を覆い尽くすようなそれは、各部に備えた砲門を俺たちに向けていた。

「ッッ!! やめ――――」

一斉掃射。







ダンボールを抱えると、小柄な鈴とラウラは前がほとんど見えなくなる。

「一夏の奴、嫌がらせであたしたちにダンボール運べって言ったんじゃないでしょうね~~!」
「あいつならやりかねんな……」

えっちらおっちら、危なげな動きで廊下を進んでいく。パーティーの後片付けを頼まれ、意気込んで了承したはいいものの、女子に容赦なく荷物運びを命じるとは思わなかった。

「……ん?」

ふとラウラが足を止めた。窓の向こう側、突然陽光が消えた。雲がかかったというよりは、突然太陽が消えてしまったかのように。校舎の外がやけに騒がしい。
背筋を悪寒が走る――『シュヴァルツェア・ツァラトゥストラ』が警告している!

「鈴ッ!」
「分かってるわよ!」

『甲龍』から同じように警告を受けていた鈴が叫び返す。
次の瞬間、廊下の壁を砕き、漆黒のISが突入してきた。

「ッ!?」
「こいつは!」

壁を突き破って現れた黒いIS。
手にした巨大な突撃槍を、なんの前触れもなく突き出す。
鈴とラウラは咄嗟に荷物を投げ捨て転がって避けた。反射的に対応できたのは、彼女たちの代表候補生としての才覚の賜物だろう。

「な、なによコイツ!?」
「……今までの無人機と同系統なんだろう。まさか学園に攻め込んでくるとはな」

振動。悲鳴と破壊音がそこら中から聞こえた。
ラウラはIS――『ノルン』が飛び出してきた壁の向こう側を見た。
血だまりが、広がっている。生命の気配が感じられない骸が、その中に転がっている。学園の制服が赤く染まっている。
目の前のISの仕業と見て間違いない。容赦なく人間を突き殺してきたのだ。内心の警戒レベルを引き上げた。

「あまり手加減していい相手ではなさそうだな」
「誰がそんなことするのよ」

間髪入れず次のアタック。黒槍が鈴の喉元に殺到する――が、刹那の間に2人はISの着装を完了している。ラウラがAAICで槍を止め、踏み込んだ鈴が超至近距離で覇龍砲を叩きつけた。
左右それぞれ拡散型と貫通型に切り替えられるが、鈴は通常型を放った。
直撃したゴーレムは火花を散らしながら後退。床を削りながら停止したところへ、ラウラのワイヤーブレードが追撃にかかる。ゴーレムは背負ったバックパックから同様のワイヤーブレードを放って迎撃。

「なにあの触手みたいなの、気持ち悪いわねえ」
「……私にも装備されているんだが、なッ」

AAICによる重力の柱が、『ノルン』を叩き潰さんと左右から迫る。
身動きをとれなくさせてからの大型レールカノン+衝撃砲、仕留めきれなければトドメに『双天月牙』とプラズマ手刀で切り裂く。鈴とラウラは言葉を交わさずとも、同様の戦術を組み立てていた。

だが。

『……!』

スコールの自信作であるゴーレムⅢカスタム――『ノルン』は、その想定の上を行く!
バックパックに取り付けられた漆黒のウィングスラスターが火を噴く。機体出力に任せ、挟み潰す形の重力力場を無理矢理突破、前進し、驚異的な加速を乗せて槍を突き出す。
そこは青龍刀でもプラズマ手刀でもなく、突撃槍の距離だ。

(しまっ……!)

そこでやっと、『絶対防御』がカットされていることに気付く。
かつて『銀の福音』と刃を交えた時と同じ現象だ。

ワイヤーブレードも打ち払い衝撃砲も切り裂き。
槍の切っ先が、鈴の体を貫いた。







「ガハッッ」

壁に叩きつけられ、衝撃が内臓を破裂させ、箒の口から血を吐き出させた。

『……』

天井を突き破って突如落下してきた黒いISは、廊下を歩いていた女子生徒を踏み潰し、辺りの生徒を手当たり次第に斬って捨てた。
すぐさま『人魚姫(ストレンジ・ガール)』を起動させ応戦した、が。

歯が、立たない。

隻眼のISがじっと彼女を見ている。手に持った太刀には、血がべったりとついていた。
貫かれた脇腹を抑え、箒は眼前の敵をにらみつける。おそらくは、今まで戦ってきた無人機と同じ系統の機体だ。
かつて亡国機業の首領を名乗る女が漏らした名前。『セスルムニル』と『エインヘリヤル』、『ワルキューレ』。順に一夏らと戦ってきた無人機。
では。
推測するに、こいつは恐らく彼女が最後に言っていた、『ワルキューレ』のセミカスタムモデル――『ノルン』。
あまりにも、レベルが違いすぎる。

それよりなにより、箒を驚愕させる事象が一つあった。

「そ、の、太刀筋……! 貴様、どこでそれを――――ッ!?」
『シノノノリュウ・インノカタ・キョクノタチ――』

あまりにも完成された剣技。『銀の福音』が見せた、まがい物のコピーではない。

それは篠ノ之流の奥義。
箒が焦がれ、追いかけ続けた理想の姿。


「なぜ貴様が、母様と同じ動きをできているッ!?」
『ゼツ:アメノハバキリ』


斬撃が、空間を切り裂いた。







蒼い『コバルト・ティアーズ』が爆散する。
戦域を制圧しているのは、同様に飛び回る漆黒のビット。

「『サイレント・ゼフィルス』のフィードバックまで……!?」

動きに見覚えがあった。自分の挙動もあれば、かつて戦った同系統の新型機のものもある。
中庭で生徒の避難を手伝っていたセシリアの目の前で、いくつものビットから放たれたレーザーが生徒たちを蒸発させた。自分はとっさにISを展開させて無事だったが――自分が誘導していた生徒たちは一人もいない。見当たらない。消えてしまった。
たった一人で、辺りの量産型の無人機たち、加えて上から降ってきたカスタム型の『ノルン』を相手取らなければならない。もう気が滅入ってしまいそうな状態だった。

「ぐぅっ」

また一つ、蒼穹が散る。
『ノルン』の装備するビットは、シールドビットにソードビットなど『サイレント・ゼフィルス』の特色を反映したものだった。
セシリアがスターライトmkⅤまで使用して戦況の均衡を保たせているというのに、『ノルン』は両手に持ったビームガンをだらりとぶらさげたままだ。余裕の表れか――セシリアの焦りが加速する。

『…………』

ここで黒いISが動いた。ビットのバインダーでもあるウィングスラスターに火を入れる。両手のビームガンを乱射しながら接近。
無人機を一般生徒から引き離すためにBTの操作を割いていたセシリアは対応できない。
両肘からビームトンファーを展開し、『ノルン』の致死の刃が迫る。

(しまッ――)
「セシリア退がってぇぇぇぇl!」

上空から声と弾丸が降ってきた。

「きゃぁっ!?」

緊急回避行動、ランダムにバレルロールしながら縦断の雨から逃れる。『ノルン』も人間なら失神しかねない勢いで急制動、バックブーストして避けた。対応できなかった周囲の無人機が蜂の巣になっていく。
IS反応。フランスのデュノア社製、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』、その身にまとうは『クアッド・ファランクス』の部分展開したもの。
左腕に装備した二門のガトリングガンが硝煙を上げている。

「待たせたね!」

ビットがシャルロットに狙いを定める。放たれたレーザーを回避し、シャルロットは右手に出現させたロングソード『ゲット・ライド』で切り込んでいった。

「援護を!」
「ッ、お任せください!」

動きに精彩を取り戻した『コバルト・ティアーズ』が相手のビットを撃ち落していく。

「セイヤアアアアッ!!」
『……!』

ロングソードとビームトンファーが、互いを食い破ろうと火花を散らしてぶつかり合った。







学園所属の量産型IS『打鉄』を身に纏い、一年三組の担任はブレードを振るっていた。
かつてイタリアで代表候補生を務めていた彼女の一撃は容易く無人機の首を落とす。とどめにシールドビットの隙間へショットガンを滑らせ至近距離で撃ち込み、完全に沈黙させる。

「数が多すぎるわよ……!」

一機の戦闘力は大したことはないが、あまりにも膨大な数が彼女を焦らせていた。
生徒たちの避難もまったく進んでいない。事実、力なく血だまりに沈んでいる生徒の姿があちこちにあった。

「いい加減に――しなさいッ!」

雄叫びと共に斬撃を放ち無人機をスクラップにする。
あまりにも唐突な襲撃は指揮系統の混乱をもたらし、教師がISの下にたどり着けない内に襲われ斬殺されることもあった。
空を塞ぐ巨大な空中戦艦を見る。あれから無差別に放たれる砲撃も厄介だ。生徒に直撃せずとも、周囲に着弾するだけで生徒たちの体は弾け飛んでしまう。

「せ、せんせッ……」
「ああもう、あんたらはこっちに避難するっス!」

たまたま居合わせたフォルテ・サファイアが一般生徒の避難をさせ、教師は周囲の敵勢力を掃討する。
ベルギー代表候補性の専用機『コールド・ブラッド』の特色は冷凍能力であり、その戦闘力は極めて高いが、この場で発動してしまえば生徒を巻き添えにする可能性がある。

「3時方向!」
「あいよっ!」

指示に従い氷の槍を撃ち出す。角を曲がってこちらに迫ろうとしたゴーレムたちはビットごと槍に貫かれ、壁に縫い付けられた。
だがそのうちの一機。他とは形状を異にする期待が、ウィングスラスターから炎を噴き出し猛然と突っ込んでくる。

「ンなぁっ……!?」

両腕に備えられた、亀の甲羅のようなシールド。それが氷の槍を阻んでいた。
ただの瞬時加速ではない、織斑一夏が得意とする多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)を無人機が活用してきていた。
フォルテの判断は一瞬で終わった。回避だ。『絶対防御』のない状態では、まともにぶつかればまず間違いなく即死する。体が千切れ飛ぶだろう。

――だが。

背後には、生徒がいた。
臨時の相方は外の掃討でこちらには来れない。ISの加速に生徒が反応できるはずもない。


(あ、はは。任せたっスよ、織斑一夏クン)


――だから。

正しい判断と、誤った行為が同時に行われた。

前面に氷の障壁を多重に張る。自身も物理シールドを展開し、腰を落として構えた。

結果からいえばフォルテ・サファイアの死は無駄死にであり、障壁を貫き彼女の体をぐしゃぐしゃにひき潰した『ノルン』は、その勢いのまま、フォルテの後ろにいた生徒たちにぶつかった。

悲鳴の上がる間すらない。

「……ぇ?」

アサルトライフルのトリガーを引く指を止め、教師は背後を見やった。
困惑した。生徒たちがいた辺りが血の絨毯に埋め尽くされ、何か小さな肉塊が散らばっている。
そのただ中に悠然と立つ、両腕にシールドを持った無人機。体は真紅に染められていた。

『…………』
「ぇ、ぁ」

距離が殺されるのに刹那もかからない。
間近に迫った『ノルン』がシールドを振り上げるのが教師の瞳いっぱいに写る。

その一撃は教師の頭蓋骨を砕き、背骨を粉々にし、軟体動物のようになったその体を地面に叩きつけた。







無人機が、破裂する。
赤い眼光をひらりひらりと回避し『ミステリアス・レイディ』が舞う。
間髪入れず次の爆破。シールドビットも水蒸気の形で迫る『クリア・パッション』を防げない。黒い装甲の隙間に滑り込んだ水蒸気が爆破され内側から無人機を破砕する。
アリーナエリアから校舎、特に病棟方面へと向かう屋内通路。天井や壁に焦げ跡と血痕を残しながらゴーレムは侵攻し、学園側のISは応戦している。

「この辺りは……オッケーかしら」

楯無は油断なく周囲を警戒しながら、楯無は簪のいる病室を目指ていた。
襲撃してきた組織の目的は不明であるものの、あちこちで無差別な破壊と惨殺が起きている。

踏み潰されて路上に赤をぶちまけていた少女。
首を落とされて力なく横たわっていた教師。

――それがもし、簪や一夏だったら。

「ッ……」

きつく奥歯を噛みしめる。ISを展開したことで一本抜けている。
楯無は眼を血走らせながら辺りを見回した。とにかく目につく敵はすべて破砕して回る。そして突破して二人を保護する。最悪の場合は脱出用シャトルを使って学園から逃げ出すことも――

「……?」

何か、いた。
辺りに残骸を散らせている無人機とは違う異質な存在感。背負ったウェポンコンテナに対し『ミステリアス・レイディ』が警鐘を鳴らす。

(大量の重火器――爆破した場合周囲に甚大な被害? 厄介ね……)

大型ランスを構えなおして相対する。敵は両手に単発式のロケットランチャーを呼び出した。それだけでない。各部のアタッチメントに取り付けられた砲門が照準を定める。
かつての楯無なら余裕を崩さず、笑みすら浮かべていただろう。だがここにいるのは悪鬼であり、殺戮人形(キリングマシーン)だ。
床を軋ませるような轟音と共に砲弾が放たれる。狭い廊下に逃げ場はない。
それでも。

「――――ッ!!」

更識楯無に後退の二文字はない。迷うことなくブーストし、その砲弾の雨の中へ身を躍らせた。







空を覆う黒い影。
地は、地獄の一幕さながらの光景。悪夢のような現実が、俺の足元にぶちまけられている。

「……『白雪姫』」

ISを展開させる。
右手に扱いなれた『白世』を握る。
左手に顕現させるはショットガン。装填されているのは全て小型破裂裂傷弾。

我を失っていたのは数秒。
バカみたいに呆けていたのも数秒。

もう俺の手には武器がある。沸騰する感情が体中を駆け巡り、燃焼し、爆発の原動力となる。

許すな。

こいつらを、許すな。

一機残らずぶっ壊す。

視界に移った黒い影を『白世』で叩き斬る。雑魚の方のようだ。
まだゴーレムⅢはそこらにうじゃうじゃいる。レーザーで建物を破壊するやつ、その腕力でそこらの障害物を薙ぎ払うやつ。この辺りには人影はない。
さっきまでいた二人の人間は、もうそこらじゅうに散らばってしまった。

手当たり次第にショットガンを撃ちこんでいく。そして弾丸を破裂させる。ISほど固くないこいつらは、あっさりと上半身を吹き飛ばし行動を停止していく。
黒い津波の中へ躍り込み、剣を振るう。破砕された残骸が散らばり、その中をまた突っ切って剣を振り下ろす。

「山田先生ッ、避難誘導を! 学園にあるIS全部を起動させろ!」
『……了解』

先生の通信先からも爆発音がした。安全な場所はないようだ。
約30機の量産型+専用機たちが俺の手元にある戦力。過剰戦力と言ってもいいところだが、敵は空を埋め尽くすばかりの数だ。いくらあっても足りない。

「楯無ッ! 聞こえるか!」
『…………』

破壊音が断続して聞こえる。ダメだ、スイッチが入っちまってる。
じゃあ……

「布仏! 今どこだ!」
『会長ッ!? 今これどうなってるのー!?』
「連中が攻撃してきやがったんだろうよ! で、今お前どこにいるんだ!」
『5番シェルターにみんなを誘導してるとこ!』

普段のだらっとした声色はない。焦燥感からか、早口になっている。
5番シェルター……ちょうどいいか。

「誘導が終わったら、簪を頼む! 37番倉庫からラファール引っ張り出せ!」
『うんッ!』

あとは他の専用機持ちと連絡を……

「きゃあああっ!?」

振り返る。8時方向。逃げ惑う女子生徒が二人。俺が加速する寸前に、まとめて首が飛んだ。
彼女らの背後には、そこらじゅうにいるゴーレムⅢとは違う形状の無人機がいた。フォルムは寸胴で、両手に鋭いクローが加えられている。
地面に落ちた少女らの首が少し転がり、そいつに踏み潰され、脳漿を地面に飛び散らせる。
片方は見た顔だった。

…………四十院神楽だ。

「ぁ」

少し気の強そうな顔立ちだった。
礼儀正しいふるまいを心がける少女だった。
箒と、確か仲良くしてくれていた少女だった。

今、斬首され踏み潰され、絶命した。

「――――――――――――――――――ッ!!」

感情が暴発する。引き金が押し込まれる。
装備を『白世』だけに変更。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!」

テッメッエェェェェ!! 俺の、目の前でッ、俺のクラスメイトを……ッ!
瞬時加速で距離を殺し、衝動のままに『白世』を叩きつける。敵は両腕をクロスさせてガードした。
押し込んでいけば、俺の腕部アーマーと相手の両腕が過負荷に火花を散らし始める。

まだだ。

左手も柄に添えて一気に押し込む。相手は床を削りながらも踏ん張り、真紅の双眸を俺に向けた。
そこから放たれる熱線を首を振って回避。髪の焦げるにおい。『絶対防御』は発動してないようだ。
まあいい。
俺には関係ない。
さらに加速する。

ここだ。

俺は手から『白世』を放し、ゴーレムの背中へ抜けた。
お互い全力で拮抗していたバランスが唐突に崩れ、向こうは大きく体勢を崩し、俺は緊急追加召喚(ラピッド・スイッチもどき)で呼び出した『虚仮威翅:光刃形態』を手にしている。

「――るアァァァァ!!」

振り向きざまに遠心力を乗せた一閃。
レーザーブレードはゴーレムの体をバターのように裂く。俺が半回転終えて停止し、数秒の静寂があった。『白世』が床に突き刺さる音が響く。
俺が切り裂いた線にそって、ゴーレムの上半身と下半身が斜めにズレる。寸胴のボディが転がり、二本の足は直立したままだった。

かつて鈴と俺との戦に割って入って来た時は、真っ二つになっても活動を続けていた。
俺は念のため上半身下半身それぞれに小型破裂裂傷弾を打ち込んで爆散させる。もう回収して解析することすらできなさそうな残骸になってしまったが、まあ良しとしよう。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】
「次ッ!?」

レッドアラート。
背後に降り立ち、地に身を沈み込ませる無人機。たった今四十院を殺し、俺に破壊された『ゴーレムⅢカスタム』――確か『ノルン』とか言うんだっけか――のうち一機だろう。学園の情報網がうまく機能していない現在、このカスタムタイプが何機いるのかが分からない。

「オオラァァっ!!」

振り向きざまに『白世』を叩きつける。

『……!!』

細い腕を突き出し、『ノルン』はその刀身を掴み取る。
……!? こいつ、俺の斬撃を受け止めた!?
至近距離で俺とそいつの視線がぶつかり合う。赤い眼光、そこに光が集まり――

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

レーザーか!
『白世』を量子化しながら飛びのいた。
俺のいた地点が吹き飛び砂煙が立ち込める。待て……今、レーザーが見えなかったぞ? 弾丸みたいなものも視認できなかった。こいつ今、何を飛ばして攻撃したんだ?

続けざまに眼光が煌めく。俺は直感に従って避け続けた。地面が爆発し背後の校舎の壁が一瞬で融解する。
回避に全力を費やしながら叫んだ。

「『白雪姫』ッ! あいつは一体……!?」」
『観測:空間歪曲、疑似的なレンズ』

そうか……あの赤い複眼、センサーアイじゃないな。太陽光を虫眼鏡で屈折させれば火を起こすことができるというが、そのスケールを大きくしたんだろう。
赤い複眼から強烈な光を放ち、それを発生させたレンズで屈折させ対象に照準を合わせる。レンズを生成することが自在なら、距離を選ばずに攻撃することが可能だ。厄介な兵装じゃねえか。

「ぐっ」

『絶対防御』がない今、あれを食らうとかなりヤバイ。
俺がひょいと横にどけば、背後にあった壁が消え去る。生徒の姿が露わになる――避難中か、なんつー間の悪い……ッ!?

「相川、谷ポン、しずちゃんッ!? みんな!?」
「お、織斑君ッ!」

一組連中かよ!?
相川は改造した『打鉄改』、谷ポンは『ラファール・リヴァイヴ』を展開している。血で汚れているのを見て発狂しそうになるが、おそらくこれらは拾い物だ。そこらで戦闘が拡げられている。元々のパイロットの血だろう。
……ISは破壊せずにパイロットだけ殺す。福音とパターンが似通ってるな。

「早く逃げろ! この辺りにもまだ、搭乗者が死んだISが転がってるはずだ! あっちに反応があった!」

俺が指差す方向には、『打鉄』が二機ほどあったはずだ。
少女たちが頷いて走り出す。

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

「ぐっ……!?」

ウィングスラスターから小型のミサイルがばらまかれる。ハンドガンで迎撃しようとするが、なぜか途中で上方へそれて見当違いな方向へ飛んで行った。
着弾、爆音。上から瓦礫の雨が降る。

「きゃあっ!?」

巻き込まれそうになったかなりんやナギちゃんがしゃがみこんだ。

――ぁ。


【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】


――は、は。


【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】


――そういう、ことか。


【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】


赤い複眼が怪しく発光する。


【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】


相川が飛び出した。かなりんたちとゴーレムの間に割って入る。


【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

【CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!! CAUTION!!】

悪い、『白雪姫』。
アラートは無視させてもらう。

放たれた不可視の熱線は、ぎゅっと目をつむった相川にも、悲鳴を上げた谷ポンにも、うずくまるかなりんたちにも当たらなかった。

ただ正確に、相川の前に躍り出た俺の左腕を焼き払った。

背後で谷ポンが生徒と相川をまとめて蹴飛ばす。冷静な判断だ。

バシン。
そんな間抜けな音と共にもう一発。左肩から先が内側からはじけ飛ぶ。これで両腕がナノマシン製になるわけだ。

バシン。
左ひざから先が落ちる。
バシン。
左太もも。足の付け根まで吹き飛ぶ。

……おかしい。
PICを制御できず仰向けにひっくり返る。


再生が、始まらない。


『妨害電波を確認。ナノマシン生成の阻害効果有』


……ッ!?
吹き飛んだ腕と足のあった場所を見る。光の粒子が集まろうとして、弱弱しくうろうろしている。
あ、れ、もしかして、これ、相当ヤバいんじゃねーかな……?

バシン。

「ぐアアッ!!」

俺の顔の左半分が吹き飛んだ。眼球が内側から破裂し、皮膚は爛れて剥がれ落ち、奥歯までむき出しになっている。
視界が明滅し始める。誰かの悲鳴が聞こえる。はは、前にもこんなことあったっけな。

クソッ、ふざけんな、何俺専用にチューニングしてやがんだよッ、こいつ、クソがッ……

床を踏み砕きながら、『ノルン』が寝転がる俺の視界に侵入する。
真紅の眼光が俺を見下ろす。

暗転。






世界の終焉が、そこにはあった。
オレンジ色の夕焼けなんて生易しいものじゃない、ひび割れた青空が崩れ落ち、向こう側には漆黒の深淵が見える。

倒れ伏す少年と少女がいた。
近くには剣に寄りかかり座り込む、虫の息の女騎士が一人。

「ぅ、ぁ……!」

血を吐きながら、少年は芋虫のように這って手を伸ばす。少女へ差し伸べる手も、身に着けた白い制服も、どれも残らず鮮血に染まっている。

「『■■■』……!」

名を、呼んで。

それきり、その世界は『おわる』。







[32959] ハニトラのためなら俺は…ッ!!/Q
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2015/06/07 17:25
空を覆う絶望が在った。
陽を齎す希望なんて、無かった。

「同士諸君、審判の日がやってきた」

女の声が響く。

「流した血を、零した涙を無駄にするな。それらが撃鉄を起こし、我らの炸薬を弾けさせる」

女の声が世界を回す。

「一発の弾丸となり、女神の心臓を射抜くことこそが諸君の宿命だ」

暗い恩讐の刃が煌めく。

「時は満ちた――ここに、ワールドパージ計画の発動を宣言しよう!」

そうして、この恐怖劇(グランギニョル)の幕が引き上げられた。







戦場に、火花が散る。
戦場に、生命が散る。

天を覆う黒い影が、神の怒りの如く雷撃を打ち下ろす。防ぐ術を持たない人々は打ち据えられて灰燼と化す。
蜘蛛の子のように逃げ惑えど雷の死角はない。

地面を這いずる黒い影が、人々を切り裂いていく。骸を踏み潰し、また次と、視界に入る人々を屠っていく。
必死に走れども黒い影のいない逃げ場はない。

「織斑君ッ! 織斑君ッ!」

誰かの悲鳴も。誰かの懇願も。
すべては砲火と銃声に飲み込まれて消えていく。

『――――!』

織斑一夏の目の前に立つ無人機『ノルン』が、その特殊兵装『熱歪焼却砲』を起動させた。
実に単純かつ至極明快で、子供ですら呆れかえるほど筋一本のみが通った、その兵器としてのコンセプト。即ち、陽光をレンズで絞って当てて敵を焼き尽くす。
レンズが砲塔の前に展開され、太陽のように眩しい輝きが収束されていく――その刹那。

「おりゃァァァァァァァッ!!」
「あああああああああっっ!!」

左右からの絶叫。『ノルン』が反応する前に、瞬時加速で突っ込んできた二機の『打鉄』――相川清香と鷹月静寐が、IS用ブレードを『ノルン』に突き立てた。

織斑一夏がわずかながら稼いだ時間――それは、各所に散らばる戦うための人間(ランナー)を失くしたISに、新たなパイロットが乗り込むことを可能にしていた。

血みどろの機体と無傷のパイロット。対照的にすら写るその機体と担い手。
極限状況の集中が、人馬一体――否、人機一体の境地まで、二人を誘っていた。

『……!?』
「ぶっ壊れなさいよォッ!」

静寐がブレードを抉りこむ。火花が散り彼女の髪を焦がす。それでも構わない。
一方の清香は冷静にブレードを手放すと、新たに展開した短刀を『ノルン』の頭部に突き刺した。熱の余波とスパークした火花で右手が灼かれるが、無視。

「――――ツアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「やああああああああああああああああああああ!!」

二人の絶叫が重なり――『ノルン』が無理矢理身体を振るい、二人を弾き飛ばした。壁に激突し血を吐く静寐と、受け身を取って新たなブレードを構える清香。

静寂。
物音ひとつで戦闘が再開される。緊迫し張り裂ける寸前の酸素。三者三様に体中から火花を吹きあげ血反吐を撒き散らしながら睨み合う。
その戦場の中で、静かに眠る最大の切り札が――その指を少しだけ震わせた。







「りィ――――んッ!!」
「ぅ……ぐ……」

腹に大穴が空いた。気持ち悪い。あるべきのものがない。まだ動く左手で必死に感触を探すが、何もつかめない。あるべきはずの肌もない。ぐちゅぐちゅと、気持ち悪い、何か濡れたものがつかめる。
それが自分の臓物だと気付いた瞬間、鈴は血が混ざりこんだ胃の中身をすべて逆流させて吐き出した。

「げぇッ……がッ、がはっ、げほっ、げっ、げぇぇっ…………」

目の前がちかちかする。銀髪が翻る。視界を黒と白が交互に埋め尽くす。
ラウラは背後に仲間を庇った状態で『ノルン』と相対した。

(AAICが通用しない……なら火力で、いやッ! 鈴から引き離すためにはッ)

両手のプラズマ手刀を展開。果敢にインファイトを挑む。
対する『ノルン』は槍のリーチを保ちながら高速で突く、穂先の壁がラウラの前に顕現する。

「しゃらくさい真似をッ……!?」

一撃。穂先の壁に掠っただけで、プラズマブレード発振機が粉々に破砕された。
舌打ちと共にワイヤーブレードを再展開――AAICの恩恵を受けて先端のブレードが岩盤を掘削するかのように回転する。同時に足下に転がった『双天牙月』の片割れを蹴り上げキャッチ。

(正面から打ち合えないのなら、回転させて逸らす!)

螺旋を描き猛るワイヤーブレードと巨大なランスが激突、火花を散らしながら互いに弾き飛ばされた。

『……!?』

好機――ラウラは即断と共に前へ踏み出した。
プラズマ手刀はない。だが、その手にはすでに必殺の武器。

「切り裂かれろッ!」

逆袈裟斬りに振り上げた刃は、しかし堅牢な巨槍の柄に阻まれた。
得物のリーチはあちらの方が長い、ならばこれ以上離されるわけにはいかない。
バックブーストをして距離を置こうとする『ノルン』に追いすがりラウラも加速。

(最優先事項は無論、安全を確保した後に鈴を運ぶことだ――がッ、こいつをどうする!? 撃破とはいかずとも撃退はしなくては……ッ!)

自分以外の生命も背負うという耐え難い重荷。
ラウラは軍人として培ってきた思考を最大限に回転させながら、その刃の柄を握りこんだ。







「ハァッ、ハァッ」

生死の境界線、止まらない鮮血。刀を支えにかろうじて立ち上がり、箒は鋭くえぐられた自身の体を見やった。もう右半身は使い物にならないだろう。

視線を戻せば、『ノルン』が悠々と納刀してこちらを見ている。余裕綽々のその態度に思わず頭に血が上るが――すでに逆転の目はないと言っても良かった。

放たれた篠ノ之流奥義『絶:天羽々斬』は、後出しの最速。カウンターでありながらその刃が自分より先に相手を切り裂くという、因果すら断ち切る究極の剣技である。
その真骨頂は先読み、即ち相手の呼吸、血管の動き、重心移動、それら全てを観察し精査し掌握することで完成する完全なカウンター。
斬られる前に斬るのではなく、斬らせて斬られる前に斬り捨てる。

(なぜ無人機が、これを、母様にしか成し得なかった""私への""カウンターをできるッ!?)
『…………』

沈黙。互いの間合いを測り、勝機を見定めなければならない場面。
片やそんなそぶりもなくただ相手を見つめ、片や満身創痍の半死半生で必死に酸素をかき集める。

不意に『ノルン』が抜刀した。
箒の生存本能が、彼女の両足に力を込めさせた。

斬撃。どうにか転がるようにして回避。
どこかの筋繊維と神経が千切れる。『人魚姫』も悲鳴を上げている。

「カハッ」

血の塊を吐き出す。
一つに束ねたポニーテールは毛先が血に濡れた。頭部からの出血が滴り、右目が開かない。

何もかもがビハインド。
初手で――篠ノ之流の奥義である極之太刀同士の激突の時点で、すでに勝敗は決していたのかもしれない。

本来はありえない、存在し得ないはずの""カウンター同士の激突""、それは実に単純な論理により引き起こされた。

「フゥーッ、フゥッ」

視界の隅に転がる『雨月』。
すでに感覚のない左手はもう刀を握ることすらできない。右手がかろうじて『空裂』を保持していたが、十全に振るうことなど到底不可能だった。

――初手を仕掛けたのは箒だった。
カウンター主体の篠ノ之流が当然の論理として抱える弱点、即ちそれは互いが手を出さないことによる千日手。
篠ノ之流が第一に相手の力を受け流し転換し返すことだとすれば、第二には相手に如何に攻撃させるかが主題となる。
小手先の技術――切っ先の微妙なブレ、呼吸や視線誘導による硬直の打破、間合いの錯覚による誘い込み――などは存在する、そして彼女自身、全てをマスターしていた。

そしてそれら全てが『ノルン』に通用しなかったからこそ、箒は自ら仕掛けたのである。

(は、ははは……面白い、冗談だ。なんだこいつは、まるで、【篠ノ之殺しの篠ノ之流】じゃないか)

箒が選んだのは篠ノ之流・陽ノ型・極之太刀――カウンターへのカウンター。

自らが放った初撃、それに呼応して放たれる敵の反撃。
そこで初撃を切り返し、相手のカウンターが決まる前に弐ノ太刀を以て切り裂く――篠ノ之流の真骨頂、後出しの最速。
それが篠ノ之流・陽ノ型・極之太刀『真:天叢雲剣』。

『……』

無人機は何も語らない。
それはある意味では当然の理屈だった。

一撃目を見て放たれた二撃目を、それに対してまた振るわれた三撃目が切り裂くのなら――『ノルン』が放った四撃目が、箒の三撃目を破るのもまた、明快な真理である。

「極之太刀に……同じ極之太刀を合わせてくるとはな。母様のその技術、一体どこでデータをインプットした?」

『空裂』を杖代わりにして何とか立ち上がる。
乾いた笑みすら浮かばない。ここまで完膚なきまでにのされるのは幼少のころ以来だ。マドカに完封された時よりも焦りがひどい。

『……!』

納刀したまま、黒い太刀が振り上げられた。
まともに顔面を打ち据える。クリーンヒット。歯が数本まとめて飛んだ。体が浮いて、数メートル後ろに弾かれてから地面に激突する。手から放れた『空裂』は風切り音を立てながら回転し、そのまま箒と『ノルン』の間に突き立った。

「ガッ、ゴボッ、うぐ……」

内臓が引っ掻き回され、喉から飛び出すのではないか――箒は一瞬本気でそんなことを考えた。
鼻からあふれる血を拭う力もない。垂れ流される鮮血が頬を伝って床に広がっていく。
美しかった白い肌は青あざだらけになり、彼女の気高い美しさは地の底に墜とされ辱められていた。

(……すまない、一夏)

目を閉じた。結局最後の最後で、彼女は彼に恩を返しきれなかった。
背中を守ることも、自分を守ることもできず、ここで朽ち果てていく。

太刀が煌めきながら、振り上げられた。







額から伝って来た汗が、頬を過ぎて床に落ちた。
限界稼働のブルー・ティアーズがエネルギーを使い果たしセシリアの下へ舞い戻る。各部スラスターに接続、大型コンデンサから稼働用電力が補充される。
入れ替わりに二機のレーザービットが切り離され、左右の無人機に攻撃を開始した。

「シャルロットさんッ!」

すでに銃口が焼け落ちるほどに撃ち続けたレーザーライフル『スターライトmk-Ⅴ』を構える。
照準を自身と同様にビットを備える無人機『ノルン』――の前に立つシャルロットの背中に合わせトリガー。

「ッ!!」

『ゲット・ライド』を振るいレーザーを弾きつつ突撃していたシャルロットは即座にインメルマンターン、彼女の背中スレスレを飛翔したレーザーが『ノルン』に突き刺さる。

「まだ!」
「ぐぅッ」

相棒であるスナイパーの叫び――まだ敵機は倒れていない――を聞いたシャルロットは上下反転した体を起こすことなくそのまま次のマニューバへ移行。減速せずにインメルマンターンからスプリットS――常軌を逸し狂気の連続マニューバ、もはや曲芸の域。
ラファールの対G機能を貫通したGがシャルロットの臓物をかき回す。不快な圧迫感を無視し、彼女はしっかりとロングソードを握った。
ちょうど空中で後方宙返りをした形。結果として、レーザーの直撃を受け体勢を崩した『ノルン』の眼前にシャルロットが出現する。

「てやああああああああああああああっ!!」

雄叫びと共に背部ガンラックのライフル二丁を展開、連射。『ノルン』は慌てることなくそれらを左右に不規則な動きをして回避――その先に『ゲット・ライド』が待ち構える。
ビームトンファーが煌めく。シャルロットが歯を食いしばる。

結果――ビームトンファーは空振り、『ゲット・ライド』の切っ先は割って入ったシールドビットを砕くに終わった。

(失敗したッ)
「離れてくださいまし!」

上空からレーザーの雨が降る。
転がるようにしてシャルロットはランダム回避機動、すぐそばの校舎の中に退避した。

「敵は!?」
「二時の方向150、すぐに応戦してきますわ!」

舌打ちしてロングソードを量子化、新たにライフルとマシンガンを握る。撃ち尽くして空になったマガジンを床に捨てる。量子化していたマガジンを直接銃に組み込む形で顕現させる。オートで弾丸が装填され、FCS(射撃管制装置)を再起動。
辺りの無人機はセシリアが数を減らし、シャルロットは強敵である『ノルン』に挑む。その構図は意図して作り上げたものだったが、ここまであの無人機がしぶといとは思わなかった。否、一つでも間違えればこちらが殺されるのは想像に難くない。

(強い、今まで戦ってきた相手の中でも各段に強い。正直、一夏君の方がまだ可愛げがあったぐらいだ――けど)

硝煙の臭いを振りまきながらシャルロットは空に駆けた。
追いかけてくるビットをマシンガンで振り払い、敵の機影を視認。

「ここで負けてあげるわけにはいかないんだよねぇ!」

彼女達の後ろ、距離600――そこにはまだ避難中の生徒達がいる。
せめて彼女達がシェルターに入るまではここを死守しなければならない。
たった2人の最終防衛ラインが、再び砲火を燃え上がらせた。







「シッッ」

息を吐いて大槍を突き出す。
アクアナノマシンの恩恵を受け鋭さを増した穂先が黒い装甲を削り取る。
無人機『ノルン』は肩部と腰部の機銃を連射しながらバックブーストし距離を取った。

「……!」

相対し水のヴェールを身に纏う少女――更識楯無は、鷹のように鋭く目を細め間合いを測る。
牽制も兼ねて放つガトリングガン。『ノルン』の強固な装甲にダメージは与えられないものの、それは次の一手への布石。

「――跪きなさい」

蒼流旋を投擲。大質量の大槍が宙を裂いて疾走。慌てることなく無人機は無反動砲でそれを迎撃する。
砲撃音と、それに続いて槍が弾かれる金属音が響いた。

それらを聞きながら――楯無は既に蛇腹剣『ラスティー・ネイル』の剣域に『ノルン』を捉えていた。

「――聞こえなかったかしら、跪きなさいッ」

蛇腹剣が唸る。曲線の軌道を描いて刀身がしなり、そのまま『ノルン』の頭部へ吸い込まれる。
全身に重火器を備えているのなら、コントロールの中枢部でもあり比較的誘爆の規模が小さいであろう頭部を狙うのは当然の帰結であった。
――故にその攻撃は、無人機のAIに見抜かれる。

『――!』
「……ッ」

頭部を叩き潰すはずだった蛇腹剣が、その中程から分離し地に落ちる。楯無はすぐに柄を捨てた。
『ノルン』の肩部内蔵のレーザーが、蛇腹剣の継ぎ目を焼き切っていた。

そのままレーザーが振り回される。直撃を受けたら身体が分断されるのは避けられない。空中に飛び上がり『ノルン』の体を飛び越え、さらに蒼流旋を掴み取る。
曲芸じみた体捌きを見せながら、楯無は振り向きざまに槍を突き出した。

『――!!』

無人機『ノルン』は、その槍の一閃を甘んじて受けてみせた。
槍を突き立てられた背中がスパークを起こす。赤いラインアイが不気味に明滅する。そのリズムはまるで嗤っているようにも見えた。

(浅い!? ……しまったッ!)

誘爆の可能性、避難の済んでいない簪のことを考慮した無自覚の手加減。
鈍く照る黒腕が、背中に突き刺さる蒼流旋を持つ楯無の手を掴んで動きを封じた。

『ノルン』の背部に備えられた火器――機銃十数門、レーザー十数門、無反動砲数門、パルスキャノン数門、腰部のガトリングガン四門も旋回しエイミング。全てが楯無に向けられた。

「く、うッ……!」

咄嗟に蒼流旋に回していたアクアナノマシンを全て解除、水のヴェールを再構成。

殲滅すべくばらまかれた弾幕と水分を凝縮した城壁が激突し、爆音と炎が辺りを包んだ。







引き絞られた戦場の空気。汗を流すことすら躊躇われるその空間。
破ったのは清香だった。叫びが廊下に響き渡る。

「シールドビットを潰す! 静寐は後衛(フォロー)!」
「了解、前衛(アタック)は任せたッ!」

清香が身体を大きく前傾させる。背後から静寐が二丁のライフルを発砲。シールドビットがその弾丸を撃ち落した瞬間、清香がスラスターに火を入れる。
左手で握るIS用ブレードを、勢いを乗せて叩きつける。『ノルン』はシールドビットを解除しその両手で斬撃を受け止めた。

(だよねぇ、織斑君の『白世』すら受け止めるんだから、これぐらいなんともないよねぇ……けどッ!!)
「こっち!」

ブレードを握ったままの清香の脇の下から、不意に二丁のライフルが突き出された。清香という盾を挟んだ接射、静寐がトリガーを引く。
くぐもった発砲音――脇を抉られ火花を散らし、『ノルン』が膝をついた。

「やった!?」
「まだ!」

清香が相方の首根っこを掴んで飛びのいた。『ノルン』の頭部が白熱し、廊下が溶解音を上げ崩れ落ちる。

「まだアレが使えたの!?」
「破壊したはずなのにッ」

自立行動プログラムにエラーが生じているのか、無人機は出鱈目に頭部を振り回す。右左上下、見境なしに『熱歪焼却砲』が放たれ――それは当然、彼女達が背後に庇っていた一組生徒にも襲い掛かった。

「あ」

バシュッ、と嫌な音。ランダム回避機動を取りながら清香が振り向けば、誰のものかも分からない下半身が廊下に転がっていた。液状化した上半身だったものがゆっくりと広がっていく。悲鳴が響く。

(こッ、のッ――これ以上好きにやらせない、やらせるわけにはいかないッ!)

判断は一瞬。

「静寐、みんなを連れて退避!」

壁を蹴って疑似的な三次元機動――その勢いを乗せて『ノルン』の頭部を蹴り飛ばす。接触した左足がスパーク、激しい痛みが痛覚を通って脳髄に突き刺さった。ISが自動的に痛みをシャットアウトするまでの数瞬の間、それだけで死よりも耐え難い激痛に清香が崩れ落ちる。

「ちょ、ちょっと! こんな状態の清香を置いていけるわけ――」
「大丈夫ッ」

赤く染まった痰を廊下に吐き捨てる。口元の血を腕で乱雑に拭い、足腰に力を入れて無理矢理起き上がる。
まだ戦える。まだ守れる。なら、立ち上がるしかない。

だって彼はそうだったから――

「早く、織斑君とみんなを連れて退避!」
「でもッ」
「私はみんなの班長だったでしょッ!?」

静寐の肩が跳ね上がった。
それだけで、その場は決した。

「……しずちゃん」
「みんなを連れて避難する、それですぐ戻ってくる! 絶対に無茶しないでよ!?」

帰って来たのは儚い笑みだけだったが、それでも静寐はそれを信じた。
いつだって自分達を奮い立たせてくれて、先陣を切ってくれたリーダーだったから。
それがどんなにつらく薄汚れた記憶だったとしても、今の彼女達の根幹を成すのはそれだから。

しかし彼女達が分断される前に、その廊下の天井を吹き飛ばされた。

(敵ッ!? このタイミングで!?)

絶望の上に重ねられる絶望に、清香が悲壮な表情を浮かべる。
だがそれとは裏腹に、ぽっかりと空いた穴からは、実に緩慢な動きで――それはまさに、雲の上に住む者が降りてきた、神話のワンシーンのように――一機のISが降り立った。

「ぇ……」
「あ、あぁ」

光。
救済。
差し伸べられた手。

黄金色の輝きがその身体を覆う。

「……いっくん」

戦場に斃れた戦士を迎える女神――語り得ぬ荘厳な響きを以って、展開装甲の翼を広げた篠ノ之束は彼の名前を呼んだ。

「篠ノ之、博士」
「うん、そうだよ。ありがとね、彼を守ってくれて」

清香に名を呼ばれ、束は柔らかな笑みを浮かべる。
それと同時、背部のウィング、展開装甲から光が放たれた。
矢となって放出されたエネルギーが『ノルン』の各所を貫く。反応する暇すら与えられない超光速の疾走。織斑一夏の『虚仮威翅:光射形態』を複数乱射すれば、この光景を再現できるかもしれない。

「……こんな風になっちゃったんだね、いっくん」

彼女が身に纏う『灰かぶり姫(シンデレラ・ガール)』は織斑一夏の体を精確に分析した。
すでに常人なら生命活動をとっくの昔に終えている、それにもかかわらず未だ生存しているのは、彼の生来のしぶとさと愛機の必死の延命作業のおかげだろう。

「邪魔だよ」

背後でゆっくりと立ち上がろうとしていた『ノルン』めがけて再び神の怒りが降り注ぐ。
全身を貫かれ光のハリネズミと化したその機体は、ゆっくりと崩れ落ちた。赤いセンサーアイが消え、完全に沈黙。

「ナノマシンの新規生成機能が破壊されてる……? 敵からの妨害、いや、その妨害下における戦闘のダメージみたいだね。君は決して無敵じゃないんだから、無茶はしちゃいけないのに」

元より、織斑一夏のワンオフ・アビリティである『癒憩昇華』は、決して人体を癒すものではない。
彼の体内で生成された人体を構成する物質――ナノマシンを変換し、彼の体の欠損を代替するだけのものだ。
つまりは、ナノマシン、あるいは彼の体を再構築できる物質がなければ意味がない。

「いっくん」

彼の体を抱き起こす。

「『灰かぶり姫』、『白雪姫』、――――――――」

篠ノ之束は天才だった。

頭が回るし、計算もできる。取るべき手段もすぐにはじき出せる。そして思い切りが良かった。

何の躊躇いも見せずに、一夏に口づけした。

愛、賛美、憧憬、総てを詰め込んだ、この世で最も美しいキス。時を永遠に止めてしまう甘美な時間。

しかしそれを断ち切って、篠ノ之束は生涯最後で最高の笑顔を浮かべた。



「私のすべてを、いっくんにあげる」



彼女の総てが、粒子に還った。

主を失ったISスーツとウサミミだけが力なく床に落ちる。誰もがその光景に目を疑った。
彼女だった光の粒子は宙に浮かび、輝きを増すと――彼の体にそっと重なった。

装甲が、『白雪姫』が創造される。

欠けた装甲を追加し、
千切れた身体を再生し、
燃え尽きた魂が黄泉返り、

織斑一夏が新生する。



『形態移行――第三形態:■■姫(■e@;[9※k▼s・ガール)』


「え?」

清香の口から間抜けな声がこぼれた。
英雄の再誕、華々しく神々しいはずのそれに、突如としてノイズが混じった。

その時、一夏の脳裏に、どこか聞き覚えのある女の声が響いた。





――うふふふふふふふふふふふふ、だぁーめでしょぉぉぉぉぅぅ? 勝手にこんなことしちゃったらァ!!





『しろ』が、反転する。

「あッ、がぁぁッ……!?」

一夏の喉から苦痛の声が迸る。
体中を光が走り、白い装甲が反転する。
黒く、黒く、どこまでも深い宵闇の装甲へ変換される。四肢を黄金色のラインが奔る。

「があああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアッ!?」

雷撃が駆け抜けたように一瞬跳ね上がり――それきり、彼は沈黙した。

刹那。

束が空けた穴から、新たな無人機が舞い降りる。

個々に武装を持ち一芸に特化した、ISで例える所の第三世代に該当する『ノルン』。
それとは違い、乱入者は特に武装を持っていなかった。小型化され、よりISに近づいた外見。人間と同様に五本の指がある両手両足。背部には浮遊ユニットのウィングスラスター。

模しているのは明らかに――第一回モンド・グロッソ優勝機『暮桜』。

「新しいゴーレム……ッ!」

清香が絞り出すように言った。
Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、ⅢカスタムとくればⅣか――否、その無人機の左肩には、いっそ誇らしげともいえるほど堂々と『Ⅴ』の刻印が施されている。
そのゴーレムⅤが、左腕を振り上げた。黒い腕部装甲がスライドし、エネルギーを放出。腕そのものがレーザーブレードと化す。
全員が目を疑った。明らかにこれは、展開装甲の模造品――第四世代機!

振り下ろされる先には沈黙した織斑一夏。

「やらせない!!」

実体シールドを二重に展開し清香が割り込む。レーザーブレードアームが猛る。
が、そのブレードアームを正面から睨んだ瞬間、清香の全身を悪寒が奔った。

(――ッ、ダメ!)

シールドのみPICで相手に向かって弾き出し自身はバックブースト。足で一夏の体を蹴り上げながら距離を取る。
目潰しとしても射出されたシールドは、ブレードアームの一閃をを受け真っ二つに両断された。

「清香ちゃんッ!」

銃撃音。ゴーレムⅤの体に火花が散る。
見れば『ラファール・リヴァイヴ』を身にまとった夜竹さゆかと、『ソニックバード』を装着した岸原理子。手に握った

「ッ……予定変更! 3人でこいつを押さえ込む! 清香はみんなと織斑君を!」

静寐の声。
ブレードを展開しながら理子が前に出た。
前衛一人、後衛二人のフォーメーション。

「――――ッッ! ダメ、下がってぇっ!」

清香の叫びと、ゴーレムⅤの姿がブレるのはほとんど同時だった。

背部展開装甲を使った『多重瞬時加速(ターボ・イグニッション)』――の、瞬間的な開放。
箒が使う『超間加速(オーバー・イグニッション)』には劣るものの、ハイパーセンサーをもってしても残像すら捉えきれないそのスピード。

言うなれば『瞬間瞬時加速(イグニッション・ジャンプ)』。

間合いを詰めただけではない、スラスターの微調整がゴーレムⅤの体を跳ね上げた。

「ぇ、ぁ」

空中で横向きに一回転。右足の展開装甲が発光し攻性エネルギーを放出する。
ローリングソバットに近い動作で、ゴーレムⅤがその右足を振るう。

「――ッ!!」

咄嗟の反応でバックブーストをかけたことが、理子の命を救った。
レーザーブレードと化した脚部は、理子の構えていた近接実体ブレードを両断し、彼女の右腕を斬り落とすに留まった。

留まった、とはいえ、片腕を斬り落とされたのだ。

「ヒッ」

理子の喉から悲鳴がこぼれる、その暇すら与えない追撃。理子の背後へと抜けていったゴーレムⅤが180度ターン。遠心力を乗せて水平に足が振るわれる。
必殺抹殺の追撃、生命を容易く刈り取るその閃き――が、理子の体に殺到するその寸前。

「調子に乗らないでッ!」

展開装甲が駆動していない胴部を、夜竹さゆかが瞬時加速の勢いを乗せて蹴り飛ばす。
ゴーレムⅤが壁に激突したその隙に陣形を組み直す。一時的なショック状態に陥っている理子を引き下がらせ、改めて清香と静寐、加えてさゆかの三人で背後の生徒たちを庇う。

(展開装甲のレーザー部分、あれはヤバい。絶対防御がない以上、触れたら即死のゲームオーバー……何これクソゲー過ぎない? 頭大丈夫……?)

手負いの自分と少ない仲間と庇うべき級友たち。
あまりに絶望的な状態。めまいがする。どうやって切り抜けろと言うのか――

思わず清香は、倒れ伏す織斑一夏を見た。
半身を失い、すでにヒトとしての形を保てていない異形の肉塊。
そんな織斑一夏に、縋ってしまった。



――――人間をやめたバケモノが、一体全体どうして、手足をもがれ顔半分を焼かれた程度で諦めるというのか。

――――彼に対して、ほんのわずかでも救いを求めることを、それを示唆するような真似をすれば、彼はどんな傷をも瞬時になかったことにして駆けつける……否、駆けつけてしまう。

――――そんなことを、きっと相川清香は、無意識のうちに思っていたのかもしれない。




だからこそ、織斑一夏は。



……
……
……休む暇もねえのかよ。

体の半分を吹っ飛ばされたことだけは覚えている。全身の感覚がないのはあれか、ついに死んだか。
いや違う。知っている。ナノマシンが新規に作れなくなったって、簡単にあきらめるほど『白雪姫(あいぼう)』はなまくらじゃねえし、俺の魂もそこまで曇ってねぇ。

ここがどこで、俺は何をしているのか、そんなことを考える暇もなく。

声が、響く。

声が、聞こえる。

『誰を守るのか。どうやって守るのか。何から守るのか。――漠然としすぎで、何も分かっていないじゃないか、お前は』
『そもそもあの戦法は、傷つくのは自分だけだ。何をどうしたらそこまで極端な発想に行き着くのか、私には分からん。だから、あんたは私からしたら立派なキチガイだ』

拒絶。
かつて言われた、俺の総てを否定する呪い。
それが何で今更フラッシュバックしやがる。どうでもいいことだって、そんなものは振り切るって、そう決めたはずなのに。

それを俺自身が思い返しているということが、振り切れていない、今もなお、鎖につながれているということを露呈していて。

……やめ、ろよ。
美しかった、だろ?
憧れ、たん、だろ?
ああなりたいって……心の底から、願った、だろ?

――それを、否定するなよ。

俺自身が、それを否定するなよ。だって、そうしたら、一体誰が、俺を肯定してやれるんだ。

言い返してやれよ。見せつけてやれよ。
こんなにも、こんなにも美しくて荘厳な渇望を、一体どうして否定するって言うんだ。

『これ』を失くしたら、俺はどうやって生きていけばいいんだよ。


「いつ、だって、俺は……そうありたいと、そう、思ってき、た、だろ……?」


【さあ、どうだったっけな】


心のどこかが冷めた声を出した。


【守るとか救うとか……大言壮語、できもしないことばっか語って、結局味方の血に濡れて、俺だけは無傷で、戦って、戦って、戦って、何が何だか忘れちまった】


――…………


【守る者と守られる者。それが幸せな結果になんかつながらないって、よく分かったじゃないか。結局は俺の自己満足になっちまう。それに一体何の意味があるっていうんだよ】


――……でも


【もっと自分のことを考えてもいいんじゃないか、どんなに重い荷物を抱え込んだって、それでお前が得をするわけじゃない、荷物の方も幸せにはなれない。ただお前の錯覚で、それが正しい姿に見えるだけだ】


――それでも


【それでも、何なんだよ】


――それでも


【具体的に言えよ、誰のために何を以て何を成すのか言えよ! 言えッ! 言えよ、言うんだ、織斑一夏ッッ!!】


――それでもッ!!



「お、」

黄金色が、上書きされる。
見る者の目を灼く眩しい金から、世界の果てを抱きしめる温かい緑色へ。

「おおおおおおおッ、」

ゴーレムⅤが、恐怖したように――無人機が臆することなどありえないのに――俺から一歩下がった。
周りを固めていたクラスメイト達も、驚いて俺から離れた。

「おおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァァァァッ!!」


――それでも俺は、まだ、未来を諦めない。

――それでも俺は、俺を捨ててもいい、皆のために、どんな疑念があってもどんな欺瞞があっても。

――それでも俺は、皆のために戦いたい!

ああ、そうだ。中途半端だからダメなんだ。
俺の生身とナノマシンの身体、双方のバランスを取らなきゃいけないからダメなんだ。なら、もう、すべてを捨てろ。すべてをあきらめろ。

俺の望む結末(みらい)のために、俺自身を捨てろ。

ギリギリで形を保っている右手に『虚仮威翅』を展開し、思い切り自分の腹に突き立てた。そのまま刃を横に滑らせ、自分の体を破壊していく。
悲鳴を上げて俺に飛びつく相川。心配するな、俺は、大丈夫だから。緑の輝きが強まる。足元からせり上がって来る黒い装甲。

『侵食率:50,55,57,61,66――』

何もいらない。何も……いらない。
唯ひとつだけ、『それ』があればいい。

だから、もっと。――もっとだッ!
オラどうしたよナノマシン、束さんの最高傑作! もっと俺を塗り替えろ!
俺をバケモノにしてみせろッッ!

呼応して漆黒の装甲が蠢動する。俺を食らうべく、最高の相棒がその牙を剝く。いいぜ、来い。それでいい。

「こい……」

痛みを感じることすらできなくなった脳髄に、膨大な計算と信号が流れ込んでくる。

オレノカラダ/各部フレームの分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解、量子化、再構成、装着、分解量子化、再構成、装着、分解量子化、再構成装着、分解量子化再構成装着、分解量子化再構成装着、分解量子化再構成装着、分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着分解量子化再構成装着、



着装――完了。



『新規形態起動:識別名『黒雷姫(アルティメット・ガール)』』
「――――あああああああああああああああああッッ!! ああ、ああ! 分かってんぜ、『黒雷姫』ッ!!」

織斑一夏はもう迷わない。
織斑一夏はもう躊躇わない。

捨てるものは捨てた。
手に残ったのは、擦り切れて焼け落ちてボロボロになってしまった守りたいものだけ。

それでも/今度こそ。

「さあ――――」

左腕が、ゴーレムⅠのように肥大化している。各部に武装を搭載したそれは、全距離対応機械化兵装腕《マルチレンジ・アーマードデバイスアーム》――なんつー御大層な肩書を持っていた。
ウィンドウが表示する名は至ってシンプルに、『雪羅(せつら)』。

吹っ飛ばされた左足には、出来の悪い義足のように剣が生えていた。人間の足を上回る長さで、今も床をひっかくそれ。
ウィンドウが表示する名は意外と小洒落て、『木枯羅翅(こがらし)』。

不意に視界が拡張されていることに気付く。というよりウィンドウがすべて網膜に投影されている――否。
俺の左目がISと一体化している。
色こそ変わっていないが、ボーデヴィッヒと同じだ。ナノマシンによる目のIS化、それによる戦闘能力の向上。もっとも、俺の場合は欠損を埋めるためだったのが大きな目的みたいだが。

呼び出すは漆黒の大剣。『白世』よりも肥大化し、人間の身体を軽々上回る巨大さを得たそれが、鈍く照明に照り返した。
切っ先を向けられたゴーレムⅤが怯えるようにセンサーアイを点滅させた。
銘は決まっている。黒く染まった『白世』、ならば。

「『黒世(くろよ)』、起動」

使い方が、理解(わ)かる。なぜならこれは俺の身体の一部だから。
構成しているのは多重ナノ結合ハイブリッド・ハニカム装甲でも流動量子組成装甲でもない、俺の体と同じナノマシンの積層体――だからこそ『黒世』は俺の思うままに姿を変える。

「――飛べ、啼け」

巨大な刀身に亀裂が奔り、そこを起点として緑色の輝きが漏れ出す。弾きだされるように飛び出した各部の刃が浮遊し、『黒世』はほとんど『白世』と変わらないサイズに収まった。
俺の周囲を浮遊する計7つの、『黒世』から分裂したナノマシン積層体。わずかに切っ先が上下へずれ、そこが銃口として形を整えた。
機敏な動作でそれらは一組連中を囲い、ビットとビットからレーザーが繋がれる。そこを起点に面として顕現する守護結界。

「び、BT兵器……なんで、織斑君がッ!?」
「しかもこれ、エネルギーバリヤー!?」

360度視界クリアー、可聴域再設定クリアー。ウィングスラスター並びに全身の装甲再形成クリアー。オールグリーン。

『非承認:第三形態『輝夜姫(ライジング・ガール)』』
「なら、第二形態でいいだろ」
『亜種:第弐形態『黒雷姫(アルティメット・ガール)』』
「はは……いいセンスしてんな、お前」

純然たる進化の結果ではない。
元よりISの進化――いわゆる第二次形態移行のこと――は、単なる移行(シフト)に過ぎない。
篠ノ之束が用意した既定路線、行き着くべくして行き着くだけの、予想外も想定外も存在しないただの既定路線。

だが――『黒雷姫』は違う。

既知も既存も既成も超え、世界の総てを置き去りにし疾走する俺だけのIS。

「往くぜ……ッ!」

超加速。『ブリュンヒルデ』との距離をゼロに。ウィングスラスターだけでない、俺の背中そのものをスラスターに作り変えて点火。凄まじいGが俺の体を叩くが、もはやブラックアウトなど""ありえない""。

超疾走。音を置き去りにして、ただ左の拳を叩きつける。加速を乗せた一撃は人逸の境地。元より俺そのものが常軌を逸した以上、その一発がただの一発に収まらないのは至極明快な原理だ。

ワンパンで、それだけで、ゴーレムⅤが壁をぶち破って吹き飛ばされた。
外から差し込む光が俺の体を照らす。
食い破られたようにISスーツがボロボロになっている。そこから見えるはずの素肌が、肌色の人間の領土が、漆黒のISアーマーに侵食されている。それは顔面も同じようで、黒曜石が生えた人間の醜いオブジェクトがここには立っている。

不意に『黒雪姫』から送られる映像。再生せずともすべての内容がインプットされる異様な感覚。
篠ノ之束の、俺が知り得る限り最も聡明な女性の決断。

ナノマシンを生成できないがための最終手段――彼女自身をナノマシンに変換してしまい、俺と融合させる。
以前から、あの人の体はナノマシン製だったようだ。それが今完全に俺と『黒雪姫』に取り込まれ、あの人の意識は消滅している。

そうか、死んだのか、あの人。

涙が出ない。ひどく悲しいことだとアルゴリズムが解析しても、それに体が追いつかない。
ロボットが感情を得るっていうのはハリウッドでよく見るしボリウッドですら見るド定番SFだが、人間が感情を失っちまうっていうのはどうなんだろうな。いやこれもよくあるディストピアものだわ……
それに、俺だって完璧に感情を失ったわけじゃない。大丈夫だ。そうやって、自分の心配をできるうちは、大丈夫だ。

「おり、むらくん……」

大丈夫だ。
相川に向かって意識的に柔らかく微笑み、視線でそう諭す。

さあ――気を取り直していこう。
俺は『黒世』を握り直して、彼女に背を向けた。

点火《イグニッション》――闘争が再開される。

瓦礫の下から飛び出てくるゴーレムⅤ。
俺が上段から振り下ろした『黒世』を奴の両腕が受け止め。
火花、閃光が視界を塗り潰した。






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ぼちぼち最終章に向けて更新再開。
まあこんなクソみたいな切り方をしてしまったので次は早めに更新します(早めに更新するとは言ってない)



[32959] IF:童貞がIS学園に入学したら、主人公補正でハニトラハーレムを作っちゃいました!?
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2015/07/25 13:54
※本編とまるで関係ないIFの話なので色々世界線が違います
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「誰がオーバーラップ文庫の宣伝しろっつったよオラ」

 開口一番に俺はそう言い放ち、教室の黒板に拳を叩きつけた。
 今は文化祭の出し物を決めるお時間で、一組代表、つまり委員長みたいなポジションの俺は議論を取りまとめている。やっぱ委員長であるからには黒髪おさげに眼鏡をかけなきゃいけねえと思ったが箒に全力で阻止されたので泣く泣く諦めた。

 兎にも角にも、今黒板(というかまあテキストファイルを拡大表示している電子ボードなんだが)に表示されているクラスメイツが案として出した出し物はひどいものばかりだった。

・ありふれたハニトラでIS学園最強を目指すVRMMO
・人工島学園の最深部を目指すVRMMO
・聖剣と魔竜の世界(直球)
・とりあえず異世界に行って魔法が遅れてるとか禁呪が読めたりするアレ
・グリムガルは割とガチで面白い

「とりあえずVRMMOか異世界転生なら許されるみたいな風潮やめろ! 大体後半適当に感想言ってるだけじゃねーかッ。ふざけんな真面目にやれよ真面目によォ、でもグリムガルは面白いよなアレ」

 俺が教卓をバンバン叩きながら叫ぶと、クラスメイトは顔を見合わせてうんうん唸りだす。

「兄様」

 不意に手を上げたのは、クラスの一員であり俺の腹違いの妹である織斑円(オリムラ・マドカ)だ。
 なんか一時期家族間の不和から謎の組織に入りそうになっていたが俺と姉さんがノリでその組織を壊滅寸前まで追い込んで『お前に認められなくたっていい! 押しつけでもいい! でもお前は俺の妹なんだよ、お前の力になるのが、お前を支える存在になるのが、俺がすべき――いいや、したいことなんだよッ!』とか言ってたら家に戻ってきてくれた。
 『白雪姫(アメイジング・ガール)』が三次移行して『輝夜姫(ライジング・ガール)』になったのもあの時だった。世界の命運をかけた戦いに勝利して人類を救ったのに世間には知られていないとか俺マジダークナイト。

「おしマドカ、こいつらにガツンと言ってやれ」
女子にしか扱えないはずの兵器を何故か男が動かしてしまった――という設定でやってきた人に周囲に女子しかいない学校生活を味わってもらうというのはどうだろうか」
「なんだそのクソ陳腐な設定は。明らかに時代遅れな上に大して面白くなさそうな題材じゃねーか」

 俺がそういうとクラス全員からシラーッとした視線が突き刺さった。

「ご本人があそこまで言うあたり、不満がたまってそうですわね」
「まあ間違いなくストレスはたまりやすいだろうしねえ……」
「まったく、少しは私達相手でいいからガス抜きをすべきだというのに」

 上から順番にUK代表候補性、フランス代表候補性、ドイツ代表候補性のEU組の発言だ。
 余計なお世話だカス共。

「オラオラ案を出せよ、時代が時代なら税を重くするぞ」
「それ間違いなく後で反乱を起こされるタイプの悪徳領主だろう……」

 箒が頭痛が痛いって感じの表情で眉間を揉んでいた。ちなみに書記担当なので教卓傍でポチポチと端末を弄ってもらっている。
 そういった反乱ごとに馴染み深そうなデュノア嬢が苦笑いを浮かべている。

「重税だけなら大丈夫なんじゃないかなあ、若い娘子供を差し出せって言いだしたらアウトだけど
「お前の国の貴族って山に住む妖怪かなんかか?」
「さすがシャルロット、多面的に造詣が深いな」

 なぜかボーデヴィッヒがドヤ顔で薄い胸を張っていた。
 ええいテメェらはどうでもいいんだよ、今は出し物を決めなきゃならねえんだよッ。

「おりむー、二組は中華喫茶で四組はメイド喫茶だってー」

 手元のスマホをポチポチと袖の余りまくった手で弄っていた布仏が手を上げて発言した。

「なるほど、飲食関連はライバルが2つか」
「どうせならそこで潰し合ってくれればいいのだがな」

 マドカの発言にクラス一同が頷く。

「なら飲食関連は捨てたほうがいいだろうな。うちのクラスの強みを生かせるモンが理想だが」

 改めて既出の選択肢を見ると目を覆いたくなる惨状だなコレ……うちのクラスの強みって異世界転生なのか?

「強みって言ったら……」
「本人に自覚はないようですが……」
「愚兄で本当にすまないとは思うが……」
「まあ圧倒的パラメータ補正があるしな……」

 気づけば全員が俺を見ていた。

「ン? おいおい、いくら俺がイケメンだからってそうまで見つめられるとこのビューティフルフェイスに穴が空いちまうぜ?」

 どこからともなく薔薇を取り出して俺が口にくわえると、視線が絶対零度のそれになった。おいやめろ傷ついちゃうだろうか、そういうメンタル攻撃には弱いんだよ。デバフにも弱いんだよ。基本的にはステレオタイプなパワープレイだからな。
 飛鳥文化アタックと一迅社文庫アタックってなんか響き似てね?

「……まあこいつの妄言は置いといてだ」

 箒が仕切り直しと言わんばかりに声を出した。
 しれっと俺のアピールがなかったことにされてるんですがそれは……

「こいつを生かす方向性にすべきなのは、まあ、正直どうかとは思うが、本当にできれば避けたいところだが、まあ、せざるを得ないだろう」
「そこまで忌避することある?」
『わかる』『それな』『ホントそれ』『ゆーてそれ』
「なあ泣いていい? 畜生ッ、お兄ちゃんを慰めてくれルリィイイイイイイイイイイイイイ!」

 俺は半泣きで愛する妹の所へ駆けていくと、その薄い胸の中に飛び込んだ。
 マドカは頬を赤く染めて「し、仕方ないな本当にこのゴミ兄は! 今回だけだぞ! でもどさくさに紛れて他の女の名前を叫ぶ兄様は嫌いだ……」とか言って俺の頭を撫でてくれる。今回だけってこの下り俺が織斑家に預けられてから五億回ぐらいやってるってそれ一番言われてるから。

「彼女は瑠璃ではない(無言の腹パン)」
「グフッ!! ゴホッガハァッ、ボーデヴィッヒやめろッ! AAICの応用で俺の腹部に腹パンするんじゃないッ!」

 あぶねえ、危うく作画が崩壊するところだった。
 AICが自己進化を果たしたAAICになって、なんかこいつが距離を問わず腹パンみたいな衝撃を与えてくるようになってしまった。俺がセクハラするたびに涼しい顔で天誅下してくるからやばい。
 かつてのようにBT兵器と龍砲で狙われていた方がまだ回避できて良かった。今やクリティカルで撃ち込んでくるからなあ……

「とにかくそこのゴミを生かす方向で頑張っていこう」

 立派に俺の代役を果たしてくれる幼なじみのほうを見ると、箒の瞳からハイライトが消えていた。
 ふぇぇ……やっぱ……ヤンデレ幼なじみって最高やな!







 そんなことがあった、と大体のあらましを語ると、目の前であんパンを頬張りながら更識の妹さんが引きつった笑みを浮かべた。

「れ、冷静に考えて、一組って……すごく、キャラが濃いね……」
「やっぱり一夏君ってそういうのを引き寄せる体質なのかしら?」

 妹さんの隣でパスタをちゅるんと啜る更識が、『類友』と書かれた扇子を片手で器用に広げてみせる。余計なお世話だ。
 汁無し担々麺に舌鼓を打ちながら、俺は半眼で水色シスターズを睨んだ。

 混雑している時間の食堂は、ソロプレイをしていると誰と机を共にするか分からない。
 今日はたまたまこの姉妹と一緒になったわけだ。すったもんだはあったが仲直りできてて良き哉良き哉。
 まあスムーズに二人の仲を俺が取り持つことができたのは、ロシアで更識と知り合ってて、加えて、学園に入学する前から、倉持技研のつながりで妹さんとは仲良くさせてもらってたからってのがデカイな。
『打鉄弐式』の調整のため二人で技研の研究室に泊まりこんでたのはいい思い出だ。冷静に考えて俺の社畜適正ヤバすぎませんかね……

「それで結局、出し物は決まったのかしら?」
「……メイド、来てね……?」

 無論四組には行く。妹さんに奉仕(意味深)してもらうまでは死ねないって古事記にも書いてあるから。

「や、方向性を定めたはいいがどうするかは決まってねえんだよな。なんかいい案あったりしない?」
「それ……ライバルに、聞いちゃうの?」

 妹さんが苦笑する。
 結構行き詰っていることがまるわかりのようだ。まあ仕方ない、隠してたって何にもならんしな。

「うーん、一夏君を推すんなら、君と何かができるっていう形を取るのが当然だよねえ」
「でも……飲食関連は多いし……」
「オイオイ確かに俺はぶっちゃけ大体のことは平均以上にこなせるハイパー天才イケメンだがな」
「ちょっと黙って」
「ハイ」

 俺は汁無し担々麺と向き合って食事を再開した。

「一夏の……取り柄…………うん、あんパン美味しい……」
「一夏君の取り柄か…………今日も、太陽が眩しいわね……」
「ブッ殺すぞお前ら」

 黙らせといてこの扱いって何殺しに来てるでしょ。納得できねェ!

「俺にだって取り柄ぐらいあんだよ! シティトライアルだったら結構な高確率でスタジアムを的中させるし、スマブラならルイージの下投げサイクロン完璧にかまして相川を泣かせたりできてるんだぞオラ!」
『それよ/それッ!』
「……え?」



 一年一組出し物。
『公開休憩スペース~織斑一夏とゲームもできるよ!~』に決定しました。
 あの、俺、完全にサブなんですけど……






 予想外に盛況だった。
 ちなみに色んなゲームを用意している。
 現に、俺のセカンド幼なじみとは今現在デュエル中である。

「んー、懐かしいわねこういうことすんの、よくあんたとか弾からデッキ借りてやってたわー」
「すいません遅延はやめてください(パチパチパチパチ」
「……エマコ打ちます、ありますか(パチパチパチパチ」
「ないです(パチパチパチパチ」
「チェーンマスチェ対象ミスト(パチパチパチパチ」
「チェーン聖槍対象ミスト(パチパチパチパチ」
「チッ……エマコサーチ入ります(パチパチパチパチ」
「どうぞ(パチパチパチパチ」

 なんでだろう、可愛い幼なじみと二人で遊んでいるとか言うギャルゲ展開なのに、心がすさむ一方なんだけど……
 ちなみにデュエルには勝った。

「負けたー!」
「おい大げさに声上げて机に突っ伏すのやめろ。なんか中学時代のクソキモオタイチカを思い出すじゃねえか」
「何それ学名? まああんた珍しい生物だもんね」
「それってISを動かせる男子だからだよな? 元々珍しい、人間じゃない生き物扱いされてたワケじゃないよな?」
「次は魔術師使おーっと」
「聞けよカス」

 鈴は冗談よと手をパタパタ振って言った。
 当たり前だ、じゃなきゃ困る。







 わざわざ珍獣扱いされてご苦労な事だ、と姉さんが俺に缶コーヒーを投げてよこした。

「おっ、サンキュ」

 プルタブをカシュッと開けて、カフェオレをごきゅごきゅと飲み下す。
 疲れた体に糖分が染み渡るぅ~~~~。

 休憩時間にうろうろしていたら実姉とのデートが始まっていた。
 簪のメイド服はクッソ可愛かったし鈴のチャイナ服は……なんかこう……ちんちんがイライラした。

「一組連中はローテーションで休憩スペースを運営しているだけで、手が空きがちのようだな。あちこちで見るぞ」
「まあエンジョイしてるんならそれに越したことはないんじゃねーの? って一夏的には思うけど」
「千冬的にはややお前に負担が集まりすぎだと思うんだがなあ」

 そう言って姉さんは、手に持ったブラックコーヒーをちびりと口に含んだ。
 俺は相好を崩し、姉さんの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「うンッ!? い、いきなりなんだ……!」

 顔を赤くする姉さんの手から缶コーヒーをかすめ取り、代わりにカフェオレを握らせる。

「いや、気を遣ってくれてありがとってことだよ。でも気難しいこと考えすぎるのも姉さんの悪い所だからな。糖分取ってシカクい頭をマルくしなって」
「か、間接キスなんだが」
「ッッ」

 まさか真正面から言われるとは想定していなくて、俺の首元から一気に熱がせり上がる。
 姉さんはちらちらと、手元の缶コーヒーと俺の顔を見比べて、意を決したように唇をスチール缶につけた。
 ……あの、目を閉じて、じっくりと、なんかこう……キスしてるみたいに、何してるんですかね。
 やばい実姉相手なのにちんちんスゲーイライラしてきた。やばい。雪片弐型がやばい。このままだとワンオフ発動しちゃう……

「……うん、甘いな」

 一口をじっくり味わった後、姉さんは、珍しいぐらいの笑顔でそう言った。
 普段は『フッ』って感じのクールさなんだが今は『クスッ』って感じの、一夏的にもレアな笑顔だった。
 あ^~千冬会になる^~

 そんなことを考えて、いたら。

 すっげー爆発音と共に、窓の外で火柱が吹き上がった。

「……連中か」
「……連中だな」

 姉弟で顔を見合わせ、溜息をつくと、俺たちは踵を返して別方向へ走り出した。

「私は避難指示ッ」
「俺は現場制圧ッ」

 示し合わせたかのような役割分担。
 確かな絆を感じて、俺は左胸に手を叩きつける。

「来いッ、『輝夜姫(ライジング・ガール)』……ッ!」
『起動』

 光と共に、俺の体に白いISアーマーが着想される。
 背部ウィングユニットは『白雪姫』時代と比べ小型化、しかし燃費と出力は度重なる性能向上により格段にアップしている。
 廊下の窓を丁寧に開けてから空中へ躍り出る。すでに迎撃に何名かの代表候補性達が出撃していた。
 俺も手早く『白世』を展開。

「どこだ――『亡国機業(ファントム・タスク)』!」
「一夏さん、こちらですわ!」

 スターライトmkⅤを構えたまま、オルコット嬢が俺を呼んだ。
 見れば箒などの専用機持ちが集合して陣形を組んでいる。

「一夏君注意して!」

 更識からの掛け声に身を固くする。何が起きてやがる……?
 破壊されたのは今日は使われていない特別校舎。もうもうと黒煙が吹き上がる中、空中には一機のIS。趣味の悪い金ぴか一色の、なんかこう、セブンソードに撃破されそうなデザイン。

「やっぱりテメェか、スコール・ミューゼルッ!」
「久しぶりねえ織斑一夏君! オータムの仇を討ちに来たわよ!」

 別に殺してないんだよなあ……

「あの子はまだ、君にタコ殴りにされた挙句『レズでババアとか救いようがないからマジで現世は良いことないと思うよ』って真顔で言われたのを気に病んで寝込んでるのよ……!」
「オイ皆俺にそんな冷たい視線を向けるのはやめろ、やめてくれ」
「ちなみに私も傷ついたわ!」
「知らね――――――ンだよババア!」

 思い切り大剣を振りかぶり突貫。
 待て一夏! とファースト幼なじみの静止の声が聞こえたが無視。

「お・ば・か・さ・ん」
「は?」

 瞬間、俺の体を凄まじい衝撃が叩いた。
 何の前触れもなく、眼前の空間が爆発した。

「アッハッハッハ! この『ワールド・パージ』が新たに装備したイメージ・インターフェース兵装はね、ステルス機能付きのBT自爆兵器よ! それもナノマシンから無限に製造できる! しかも脳波コントロールできる!

 なるほど、専用機持ちが集合していたのはそれでか、どこに透明な爆弾が潜んでるか分かんねえから集まって弾幕を張って近寄らせないようにしていたのか。どうでもいいけどBT自爆兵器って語感悪すぎだろ。

「一夏ァァァァァッ!」

 鈴の悲鳴が聞こえた。
 だが――――


「カスが効かねえんだよ(無敵)」


 腕の一振りで爆煙を吹き飛ばす。顕現するのは無傷の俺。

「なッ……!? な、なんで、どうして!?」

 肩に『白世』の刀身を乗せながら、俺はフンと鼻を鳴らして、動揺する亡国機業の首領を見やった。

「ぶっちゃけ何かがあるのは分かってたから、対策するのは簡単だったぜ――ナノマシンにはナノマシンを、ってな?」
『起動済:ナノマシン防護被膜バリヤー』

 俺の問いに呼応し、ウィングスラスターが上下に揺れる。

「ぐぅっ、でもまだ、ここら一帯には無数のBT自爆兵器が――」
「まずネーミングセンスがダメダメ過ぎる。もっと正田作品やりこんでから出直せ」

 切っ先を突きつけて言い放ち、俺は続けて不敵な笑みを作った。

「大体俺がナノマシン使った時点で気づけ、次の一手を考えろ、俺に断りなく俺の敵が思考停止してんじゃねえよ」
「ッ!? ……ナノマシン、まさかあたりに散布して、BT自爆兵器の位置が!?」
「だから五億回ぐらい言ってんだろ、遅ェんだよ」

 瞬間、天空から降り注ぐレーザービームの雨。
 俺が散布したナノマシンはしっかりとステルス状態のBT自爆兵器に付着し、その位置情報を彼女――上空で本物のBT兵器を展開し待機していたマドカへ送り届けていた。

「狙いは?」
「完璧に決まっているだろう、兄様とのコンビなわけだからな」

 翼をはためかせ、『いばら姫(サイレント・ガール)』とマドカが舞い降りる。
 一体のBT自爆兵器は全てぶち抜かれ、爆発、あるいは推進力を失って地面に落下していた。
 専用機持ちも俺たちへ合流し、もう今からリンチ始めますって感じだ。

「こ、今回は私の負けね! でも覚えておきなさい、次こそこの私が織斑一夏、君の首を――」
「『レールガン:穿』」

 俺は『白世』を振り上げて、振り下ろした。瞬時に計算され徹底的に出力を増した電磁波が、純白の刀身をはじき出す。残るのは細身の刀――『雪片弐型』のみ。

「ひでぶっ!!」

 果たして、射出された刀身はものの見事にクリティカルヒットした。
 スコール・ミューゼル、撃破。
 そのまま金ぴかのISは空のかなたに消え、最後にキラッと一等星よろしく光を残した。
 無茶しやがって……






「えーそれではですね、今回の文化祭の集客数ランキングを発表します!」

 夏草や 兵どもが 祭りの後
 とはよく言ったものだ、いや言ってねえけど。
 文化祭の全プログラムが終了し、閉会式が現在講堂で執り行われている。
 生徒会長である更識楯無の進行の元、ざわめきもそこそこに進む中――聞き覚えのない言葉が聞こえた。

「え、なにそのランキングは」
「知らなかったの? なんかランキング一位だと賞品があるらしいよ」
「前回のようにデザート一年フリーパス系統ではないのか?」

 隣のデュノア嬢とその奥の箒と、三人で小声で会話する。
 もう教師陣も大分疲れているらしく、姉さんは教師席で鼻提灯を作っていた。オイそれでいいのか世界最強。

「面倒だからサクっと行くね――第一位、一年一組ッ!」

 ズビシ、と更識が俺たちが座っている辺りを指さした。そこそこに拍手が沸く。とりあえず俺も拍手しといた。
 ていうかこいつ今面倒って言いやがったぞ。まあ俺も面倒なんだけど。

「というわけで代表者一名が賞品を受け取りに来てください」
「え、俺かよ……」

 けだるそうなクラスメイトらに見送られ、俺は講堂の壇上に上がる。ン~~めんどくせえ。ぶっちゃけどうでもいいんだよなあ。

「賞品は……」
「…………」
『…………』

 ……ドラムロールぐらい流せよッ!!

「…………」
「……ダ、ダララララララ……」

 まさかの俺がドラムロール役だった。

 満足そうに楯無が微笑んだので、俺は適当なところでドラムロールを切り上げる。

「ラララ……ダンッ」
「わ・た・し・でーす!」

 は?

「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」

 講堂中が「は?」で満たされた。
 姉さんの鼻提灯がパンッって音を立てて割れた。

「ほらほら一夏君、お姉さんが賞品なんだよー? 何したって……いいんだぞ?」
「マジ? じゃあとりあえず二期不人気の責任を負って腹切れよ
「えっ、何それは(ドン引き)」

 何でもじゃないじゃないか(憤怒)

 しかし壇上での会話など意に介さないのか、専用機餅が大声を張り上げて待ったをかけた。

「ちょ、ちょっとターイム! いくらなんでも権力の私的濫用が過ぎるんじゃないの生徒会長ッ!」
「ふふふ、鈴ちゃん……権力って言うのはね、正義なのよ」
「腐ってる……この学園腐ってるわよぉ、生徒会長が腐ったみかんじゃないのよ……私達もこのままだと……ッ!」

 歯噛みする鈴の肩に、ポンと手が置かれた。
 いつの間にかISを展開したデュノア嬢だった。

「ファシズムはね、暴力で打倒するしかないんだよ?」

 ほんと……フランス育ちは言うことが違うなァ……
 ちなみにボーデヴィッヒは少し気まずそうに顔を背けていた。

 まあ、アレだ。
 何はともあれだ。

「今宵の『人魚姫(ストレンジ・ガール)』は、血に飢えているぞ?」
「あははー、そっかー、人って衝撃砲で撃てば死ぬんだー」
「その傲慢さ、私が撃ち抜いて差し上げますわ」
「じゃあラ・マルセイエーズ合唱しようか! 伴奏は生徒会長の断末魔ね!」
「なんか色々とすまないとは思うが、今回は同盟を結ばせてもらうぞ!」
「……日独伊、イタリアはいないけどよろしく、ね?(ニッコリ)」
「残念だ、兄様の目に付くところで乱暴な真似をすることになるなんて……」

「あらあら、学園最強がどれくらい強いのかそんなに知りたいのかしら……いい機会ね、教えてあげる、一夏君のキスの味もねっ」

 IS展開組の頭から血管が切れる音が聞こえた。

 とりあえず講堂が戦場になるのだけは分かった。
 俺はすばやく全校生徒に合図を出すと、全員一斉に駆けだした。
 同時に銃声レーザー音爆発音斬撃音すべてが響き、俺もまた、耳をふさいで駆けだした。







「……疲れた」

 案の定更識は敵対する連中を手早く仲間割れさせて、乱戦に持ちこんでいた。
 まああの人数相手は流石に一人じゃ勝てねえからな。そらそうよ。

 ちなみに乱戦は最終的に姉さんに鎮圧されていた。なんかもう爆発オチレベルで安定感あるわ。
 更識だけすげえ執拗に痛めつけられていたような気もするが……まあ気のせいだろハハ……

「お疲れッ、色んな意味で」
「ホントだよ」

 寮のバルコニーに、俺と相川清香は二人で並んでいた。
 淹れたばかりのホットココアを二人で飲みながら、星空を見上げる。
 今日は色々とありすぎた。いやホントに……

 専用機持ちはたっぷりと絞られた反動か、部屋で速攻で寝てるっぽい。クラスメイトもさすがに疲れ果てていて、結果としては俺と相川が二人きりというわけだ。

「一夏君が一番疲れてるはずなのに、最後まで騒動の中心だったね」

 苦笑しながらそう言われては素直にうなずくしかない。
 なんかこう、こいつにはあんま逆らえないんだよな。

「まあ人を引きつけちゃうからね、良くも悪くもだけど」
「うっせーな……」

 ココアを啜りながら減らず口を叩く、そんな様子の何がおかしかったのか、相川は口元を手で隠してクスクスと笑った。

「でも、良かったよ」
「あ?」
「楽しそうで、さ」

 そう言ってこちらを向いて笑う、その瞳の色は、やっぱり俺が苦手な――誰にでも優しい女の子の瞳だった。
 苦手なのに、どうしてこんなに惹かれるんだろう。こんなに惹かれるのに、どうしてこんなに遠く感じるんだろう。

 世界最強の称号なんかより、俺にとっては、相川清香の瞳を手に入れることの方が難しいとさえ思えた。

「一夏」

 ノックと共に姉さんの声が聞こえた。

「見回りお疲れ、そろそろ寝るよ」
「そうか、今日はご苦労だった。ゆっくり休めよ」

 反射的にそう声を返すと、多分姉さんも疲れてるんだろう、ドアを開けることすらせずに立ち去っていった。
 だがしばらくは全ての部屋を回るため廊下に居続けるだろう。

「……どうする?」
「……床、貸して」
「いや別に……ベッドでいいけど」
「え、いやそれは」
「俺床でも気にしないしさ」
「付き合ってもないのに同衾は」

 相川が人差し指をツンツン突き合わせながら何か言ってた。
 自分の勘違いに気付いたのか、相川の顔が首元から順に赤く染められていく、俺もつられて頬が熱くなる。

「じゃ、じゃあ……ベッドで、寝るか」
「え、ええと……うん、うん、そうだね」

 我ながらやや強引に話を進めてしまったが、今この体を満たす衝動は誰にも止められない……!
 一緒にベッドに入って、背中を向け合った。

 やれやれ、色々と疲れる一日だったが……最後の最後にいい思い出ができたぜ。役得役得。
 俺は少し頬を緩めると、そのままゆっくりと睡魔に身をゆだねていった。








 この後事態を改めて確認してメチャクチャ目が冴えた。

 そして朝になって俺と相川がお互い顔を真っ赤にしながら部屋から出てきたところと専用機持ち絶望の起床がたまたまかぶって寮が7割吹き飛んだ。

 爆発オチなんてサイテー!



[32959] IF2-1:休日ハニトラフィールド
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2015/07/25 13:53
 デート。
 世の中の男性諸君は、その言葉の響きだけに騙されていないだろうか。
 果たしてデートとは本当に良いものだろうか。そう言って疑う観点をどこかに忘れていないだろうか。

 人とは疑い、思惟する動物である。懐疑主義は神の死をもたらし、近代への道を切り開いた。
 常に眼前の限界を疑い、それを超えるための努力が、文明の進化を導いてきた。

 進歩を止めてはいけない。
 進化のために、躊躇ってはいけない。
 人間だけが神を持つ。その可能性という名の神を信じる限り、世界を諦めるな。

 俺は諦めない。
 俺以外のどんな人間が挫けて立ち止まろうと、振り返ることなく前進する。
 置いて行かれた連中は、所詮その程度だってことだ。

 俺は走り抜ける。誰にも追いつけないほどの、光すら振り切るスピードで。

 ……俺にしては長い前置きだったな。

 と、いうわけで。




 織斑一夏、そのあたりを確かめるために、束さんに紹介してもらったロリっ娘クロエ・クロニクルちゃんとちょっくらデートすることになりました。







 舞台はIS学園とかいうハニトラの監獄からモノレールで脱出し数十分の街並み。
 デート用にマドカコーディネートの服を身に纏って、俺は満を持してモノレールの駅から出た。
 この服を見繕ってくれたのは一週間ほど前に外出した時だが、『ふふふ、次に私とデー……が、外出する時には、ちゃんと着て来てほしいな兄様』とか言ってたからちゃんと着たぜ!

 ちなみにさっき寮を出る時ふと振り向いて建物を見上げたらマドカがこの世の終わりみたいな顔色で俺の事をみてたけど、やっぱイケメンすぎたか? 実妹すら魅了してしまうとかちょっと織斑一夏クン罪深すぎんよ~

「一夏さん」
「よッ」

 駅前の時計柱に背をもたれて待つこと十分弱。
 淡いパステルブルーのワンピースで着飾った美少女ロリが、俺の目の前に顕現した。

 世紀の天災こと篠ノ之束は人格破綻者であり――一部の身内を除いて――他者に対して一切の興味を持たず、人間として認識できないという。だが実際は違う。アレがこうしてこうなって、あの人はどっか東北らへんで私塾を開いちゃうレベルで丸くなっているのだ。
 そんな彼女が荒れていた時期から目をかけていて、隠居している間も傍に置いていた少女が一人いる。

 クロエ・クロニクル。

 ボーデヴィッヒを思い出させる、翻る長い銀髪。眼帯を付けていないのは、眼球に埋め込まれたナノマシンを自分の意思でオン・オフの切り替えができる証拠。とはいえ失敗作を自称していた時期もあるらしい。束さんがふしぎなことを起こして今は体も安定しているそうだ。

 爽やかにズパッと手を上げた俺に対し、クロエちゃんはぺこりとお辞儀を返してきた。

「今日はよろしくお願いします」
「ん、まあそんなに緊張しなくてもいいんじゃないかな」
「……緊張せざるを得ないと思いますが」

 突然クロエちゃんがウィンドウを投影した。表示されるのは可視化されたコアネットワーク。

「『人魚姫(ストレンジ・ガール)』と『コバルト・ティアーズ』と『甲龍』と『R-リヴァイヴ・カスタムⅡ』と『シュヴァルツェア・ツァラストゥラ』と『打鉄弐式』と『ミステリアス・レイディ』がステルス状態になっています。恐らく私達を監視しているのかと」
「なんだそのオールスター。ここで大乱闘ISシスターズでも始める気かよ……」

 順に箒、オルコット嬢、鈴、デュノア嬢、ボーデヴィッヒに妹さんに更識と日本滅ぼす気かよって感じのメンツだ。多分実際滅ぼせる。

「まあ連中については気にするだけ無駄だ。行こうぜ」
「あ、はい。どこへ行くのですか?」
「プランなんてあるわけないだろ」
「人生ノープランですものね」
「…………」

 不意打ちでいきなり言葉のナイフを刺され、俺はちょっと涙目のまま彼女をけん引して歩き出した。
 実際プランないし何すりゃいいのか分からん。
 ホント、恨むぜ束さん……







 束さん曰く、俺には警戒心が足りないらしい。
 普段から言動がガバガバ過ぎることは知っているが、まあISコア心臓に埋め込まれた時点で人生ガバガバになったわけだし許してくれてもいいだろって感じ。

『というわけで、今週末、●●駅に10時半集合! うちのくーちゃんとデートしてもらうよ!』
「え~~~~~……ちょっと女子と出掛けると疲れるっていうか、なんかこう、女子高生ってめんどくせえなっていうか」
『くーちゃんは肉体成長促進剤こそ投与されてるけど、実年齢と精神年齢はせいぜい13「行きます」ぐらい……Oh……』

 違う俺はロリコンじゃない! やめてくれその憐れみの視線!

『なんか別のベクトルでも色々と心配になってきたけど……とにかく! くーちゃんにはハニトれorハニトるなの命令を下しておくよ。果たしてどっちなのか、デートが終わったら答え合わせをしてね! 束さんは新発明で忙しいけど行けたら行くよー』
「新発明って第五世代機でも作ってるんですか?」
『ラーメン向け小麦の品種改良』
「DASH村の見すぎでしょ」

 束さんの不意の通信から、あれよあれよという間にデートが決まったわけだ。
 全然、13歳とかいう青い果実とデートできる事案に興奮なんかしてないブヒ!

 後で電話してる時途中から俺の鼻息が強くなってたと束さんが引き気味に報告してきて割とマジで凹んだ。







「とりあえず俺のホームに行こうと思う」
「なるほど。罠にかけて一気に火計ですね」
「思考回路が諸葛亮過ぎるだろ」

 会話をしながらそこらへんの適当なショッピングモールに入る。
 そもそも俺この駅で降りたことないし全部アウェーなんだけどそこには触れない。
 さっき通り過ぎざまにちゃんとフロアマップを確認したので、場所は分かる。

 ぶっちゃけほぼ初対面のロリ。
 割と深刻なレベルでノープランの俺。

 ここから導き出される結論は一つ……ッ!

「じゃあ俺ちょっと本見たいからなんでも見てていいよ」
「はい」

 なんか背後の柱の裏とかでずっこける音が複数響いた。
 本屋。
 俺が文学コーナーに足を運ぶと、クロエちゃんは周囲をきょろきょろ見回した後、別のコーナーへ向かった。
 実際気になる本はいくらかあったので、週末を利用してまとめて買いこむ。本を読め、じゃないとお前は生きてないぞ。

 好きな作家の新作ももちろん買うが、まだ若干16の俺はまだまだ読めていない本が多すぎる。
 古典的とすら言われる作品を、是非生きている間に網羅したいもんだぜ。

「あれ、SF読むのか」

 国内小説を一通り眺めた後でSFコーナーを覗くと、クロエちゃんが本を物色していた。

「以前から興味があったので……」
「そりゃいいことだ。ISショック以降落ち目だったけど、ISがあろうとなかろうと昔のは面白いからな」

 ISの登場はフィクションとノンフィクションの境界線をぐちゃぐちゃにかき乱した。
 何せその技術力はSFに登場するパワードスーツそのものだったのだ。
 フィクションだったものが現実に突如現れた時、人間の思考は空想を空想だと認識できなくなる。
 多くのSF作家が筆を折ったというISショック。当たり前だ、作者にとっちゃ『こんな世界お前ら想像できる?』って作品を出そうと思ってたらそれが現実の世界になっちまったんだから。

「一夏さんも?」
「おう」

 二人揃って真剣な表情で本棚をなめるように見続ける。
 刹那が永遠に引き延ばされ、体感時間が無限に拡大する。
 本屋にいる時特有の謎の現象に襲われたのか、俺がふっと時計を見ると45分経っていた。
 そろそろ昼飯にはいい時間だ。

「クロエちゃん」
「はい」

 横で未だ無敵モードに突入していたクロエちゃんが、呼ばれてこちらに顔を向ける。

「そろそろお昼ゴハンはどうよ」
「いいですね」

 それだけで意思疎通を終えると、俺と彼女は連れ添って本屋を出た。
 モールの上階にあるレストラン街を目指す旅はこれからだ!


 ……よし、とりあえずだが、5億パーでハニトラ確定だ。


 いや怪しいでしょ。
 こんなクソつまんねえデートで顔色一つ変えずについてくるとか俺の顔色をうかがってるとしか思えないハイ終わり。
 驚くほど俺の行動パターンに適応してくる奴は大体恣意的にしてる。ソースは俺。

 まあそもそも俺がデートのメソッドを知らなさすぎるっていうのはかなりデカいとは思うが、それでも論外。付け加えるなら俺の経験値のなさも論外。

 ちなみに俺のこの灰色の脳細胞冴えわたる『わざとつまんねえデートして反応を見よう大作戦』、その根幹がそもそも真面目なデートプランを思いつかなかったからっていうのがクソ過ぎる……

 らしくもない自虐思考を引きずりながらエスカレーターに乗る。
 なんかイライラする。隣にロリ美少女がいるのに俺なんでこんないつも通りの日常過ごしてんの? 馬鹿なの?

「普段、クラスの皆さんと出掛ける時もこういったショッピングをされるのですか?」

 いつの間に買ったのか、新書をぱらぱらめくりながらクロエちゃんが尋ねる。

「あー、どうだろうな。あんま外出しねえから何とも言えねえけど、こんな感じな気がする」
「回答が適当すぎませんか……」

 呆れ顔でそう言われてもなあ。
 この子はちょっと俺の休日に適応し過ぎてて怖い。怖いよ(迫真)
 あ~こういう幼な妻と穏やかな休日を過ごしてェ~

「でも良いと思いますよ」
「あ? 何が?」
「こういった、何の変哲のない日常は……一夏さんも、束様も、きっと強く渇望していらっしゃるものだと思います」
「……かもな」
「誰だって幸せになりたいと、そう思うものですから」
「…………」

 幸せ、か。
 昔の人は言った。『善く生きよ』と。

 俺にとっての『善く』とは何か、まだ俺は、誰かを守ること以外にそれを知らない。

 でもひょっとしたら、他にもあるのかもしれないな、なんて……そう、思った。

 織斑一夏は、機械ではない。
 織斑一夏は、ただの人間だ。

 柄にもなくそんなことをしんみりと思いながら、エスカレーターがゲーセンの階を通り過ぎていった。

「騒がしいですね、あそこは何ですか?」
「動物園」







 レストラン街で適当な洋食屋に入ると、俺は迷わず本日のランチを選んだ。クロエちゃんはハンバーグセット。

「…………」
「……なんですか」
「や、なんか苦労してんなあって」
「このコーンが……とりづらくて、ですね……ッ!」
「そんなんじゃ甘いよ(嘲笑)」

 フォークの取り回しに困っているクロエちゃんをおかずに、俺は本日のランチであるエビフライを貪る。うまいッ!

「ほれほれ」

 箸でコーンを掴んで器用さアピールをする。
 クロエちゃんは俺が掲げるコーンを見て、なんか逡巡した後、身を乗り出してパクりと食べた。

 は?

「ありがとうございます」

 ごっくんとコーンを飲み込んで、丁寧に頭まで下げられてしまう。
 一方の俺は気づけばロリにあーんしていたという事態に戦慄し、完全にフリーズしていた。

「最高かよ……」
「え?」
「いや、生きてて良かったって……ッ!?」

 なんだ――俺は今何を言っていた!?
 ダメだ、口が俺の意思と関係なく動いてるのは突かれてる証拠だ。別にロリ特有の身長差とかそんなの全然気にしてない。その理屈だとボーデヴィッヒとこれから顔を合わせて話せない。

「生きてて良かったとまではいきませんが、私もうれしいです」

 にっこりとそう微笑まれて、俺は何と返したらいいか分からず困惑する。
 女の子の笑顔を真正面から見たのがあまりにも久々過ぎてなあ……
 だってあいつらすぐ喧嘩するし。仲良くしろって言っても仲良くしねえしお前ら小学生かよ。

「……なら、良かったけどよ」
「はい。だから、お返しです」

 クロエちゃんが何の前触れもなく俺のエビフライにフォークを突きだして、俺の口元まで持ってきた。

「どーぞ」
「いただきまァす!」

 条件反射で物凄い勢いで貪ってしまった。
 しかしいかん……いかんなあ……左手もちゃんと下に添えてのあーんはいかんなあ……ちょっとお兄さんの雪片がねぇ……うん……いかんなあ……

「うんおいしいおいしい……あっそうだ、トイレ行って来ていいかな?」
「ええ、どうぞ」

 満足げにムフーと鼻息を吐くクロエちゃんを席に置いて、俺はトイレに赴いた。
 
 あ~おじさん零落白夜しちゃうよ~(意味不明)

 正直もう全てを許せる。ちなみに俺には腹違いの妹がいたような気がしたがそんなことは全然あったぜ! とソードマスターヤマトすらしのぐテンションで俺はシコ……じゃない、トイレに向かった。



 ちなみにだが零落白夜は燃費悪いのですぐ(エネルギー切れの表示が)出ます。
 俺から言えるのは、これだけだ。



「「ふぅ……」」

 俺が賢者タイムでトイレを出ると同時、隣の女性用トイレから出てきた女の人が全く同じタイミングでまったく同じ声を漏らしていた。
 ちらりと見ると視線がぶつかり――ってこいつスコール・ミューゼルだわ。

「「……ッ!?!?」」

 同時に距離を取って右腕を振るう。瞬間、光の粒子が弾け飛び、一秒とかからず互いにハンドガンを召喚、発砲。2つの射線が交わり銃弾が激突、互いに潰し合いそのまま落下する。物理学者が白目を剥きそうな光景だ。
 反動に蹴り上げられた腕をそのままに俺とスコールは左腕にもう一丁のハンドガンを形成。並行してその場を駆け出し疾走しながら、腋の下から差し込むようにしてエイミングし銃撃。俺の背後の窓ガラスが次々に割れて飛び散る。スコールの向こう側でモールが並べていた壺が順番に破砕されていく。

「いきなり俺の日常シーンに現れてんじゃねえよ窓ガラス割れてるかと思ったじゃねえか!!」
「大丈夫、君の後ろでバンバン割れてるわよ!!」

 並走してモールの通路を駆け抜け、角に差し掛かる。スコールがインコーナーを取る形だ。

「いい加減目障りだったんだよッ、ここらでぶっ殺して死体画像をSNSにアップロードしてやるッ!
「モラルハザードを起こさないでくれるかしら!?」

 自分でも主人公とは思えない最悪な発言をして、俺は一気に加速。スコールを置き去りにしてコーナーに差し掛かる。
 背後からビュンビュン飛んでくる銃弾、ぶっちゃけ怖くて泣きそう。
 加速したままコーナーに突入、理想的なアウト・イン・アウトの形で疾駆。そのまま体を反転させ靴底で地面を削りながら停止。

「チィッ!」
「死ねッ――――!!」

 角から飛び出したスコールめがけてトリガーを引きまくり、二丁拳銃が火を噴く。タイミング・エイミング全てが揃った射撃。
 スコールは減速もコーナーリングもせず――そのまま直進、壁に右足を叩きつけて跳躍した!

「死ぬのはそっちよォッ!!」

 空中で俺の銃撃を棒高跳びよろしく避けながら、奴もまたトリガー。マズルフラッシュが互いの目を焼き、弾丸が交錯。俺の足元で火花が散り、たまらず転がって後ろへ下がる。
 間髪入れず跳ね起きた俺に向かってスコールが右のハイキック――食らうかよッ。即死しかねない死神の鎌を潜り抜け左のハンドガンを突き出す。だが発砲の前にスコールの右手が俺の腕ごと銃を弾く。並行して俺の脳天に向けられる銃口、同様に右のハンドガンをぶつけ射線から逃れる。
 超至近距離での射線の奪い合い。一瞬でも気を抜いた瞬間に頭を吹っ飛ばされるのは明白だ。

「シッ!」

 スコールが腕を振るうと同時に、奴のハンドガンのグリップ部分から打撃用の棘が飛び出した。
 そのままハンドガンが俺の頭部へ吸い込まれる。泡を食って叩き落とし、バックステップで距離を取る。
 今のまま攻防を続けていたら、劣勢に追い込まれていた可能性が高い。そしてその劣勢を仕切り直すのは、状況が長引けば長引くほど難しくなる。ならばここで一旦リセットする。

「今までの動き、あなたも少し齧っていたようね」
「何……?」
「見せてあげましょう、皆伝の戦い方というものを」

 スコールがなんかやたらノリノリで腰を落とし両腕をクロスさせ銃口を床に向けた、訳の分からん構えを取った。
 まあ訳が分からんと言っても、その体勢は巧緻極まる、あらゆる角度から打撃と銃撃を叩きこむため計算され尽した構え。

「篠ノ之流接近銃撃術・攻の型――『掃魔破邪の構え』」

 スコールがその名を口にした瞬間、俺は反射的に構えを取っていた。
 両腕をクロスさせることなく折り曲げ、そのまま胸の前で構える。体は半身にして重心を落とす。
 篠ノ之流接近銃撃術・攻防一体の型――『柱月滅我の構え』。
 ほう、と目の前の女がごく自然に防の型『万力鉄芯の構え』に移行しながら息を漏らした。

「あらやだ。あなたも篠ノ之流をかなり深いところまで学んでいたようね」
「いや……テメェ、なんでこれができるッ!? 皆伝ってどういうことだよッ!?」

 この篠ノ之流接近銃撃術は箒の父がなんかノリで作り上げた、そのくせして各国の特殊部隊の格闘術にすら影響を与えたというデタラメ極まりない戦闘術のはずだ。
 俺がかじったのは篠ノ之流剣術と戦闘術、加えてこのインチキ・ガン=カタ術のみ。
 開祖たる箒パパ直伝である以上、ぶっちゃけ俺はこの三つの中だとこれが一番得意だ。というか俺以外誰も真面目に習ってなかった。俺はエアガン二丁拳銃がカッコ良すぎてやってただけだしな。

 箒パパ曰く、攻→防→攻防一体→攻、みたいな感じで三すくみが成立しているらしい。
 さっきから俺もスコールも決して止まることなく次々と構えを変え続けているが、それはこの流派における攻略法を忠実に行っているだけだ。
 端から見たら凄い中二病患者同士の演武みたいになるんだけどな!

「……お姉ちゃん、この人達なにしてるのー?」
「シーッ、ほっといてあげなよ、今楽しんでるところなんだから」

 ……ギ・ギ・ギと、錆びついたブリキのように俺とスコールは顔を横へ向けた。
 そこには俺がよく見知った少女――五反田蘭と、見覚えのない小学生ほどのロリっ子がいた。
 視線があった瞬間、『あっヤベ』みたいな感じでバッと蘭が目をそらす。

「……いつか見てた?」
「窓ガラスの下りあたりからですかね」
「死ぬわ」
「私もお供するわよ」
「わァァァッ待って待ってッ! 早まらないでください一夏さんと美人さんッ!!」

 あんな意味不明の演武ノリノリでやってるとこ見られたら誰だって死ぬしかねーだろッ!!
 割れたガラスの向こう側は吹き抜けの広場となっており、余裕で飛び降り自殺できる高さだったので普通に死のうとしてしまった。あぶねえあぶねえ。
 黒歴史ノートをオカンに見られたがごとく発狂していた俺とスコールをなだめる女子中学生と興味なさそうにその辺のガチャガチャを眺めている女子小学生(推定)の絵面は、多分果てしなくカオスだった。

「お久しぶりですね」

 落ち着いた俺が廊下の隅に座り込んでうなだれていると、背後から蘭が肩を叩いてきた。
 成長期の女子らしい、なんか爽やかで……こう……ちんちんがイライラする女の子の香りがする。んだコレ。そうやって童貞殺しにかかるのやめろ。ホント弾がいなけりゃ何回即ハボしてたか分かんねえな。

「……で、蘭は何やってたんだよ」
「いや、この子が迷子だったんで一緒にお母さんを探してあげてたら、途中でこんなことになっちゃったので隠れてて」
「こんなこと?」
「……ねぇ」

 立ち直ったスコールが、不意に口を開いた。

「おかしいと思わないかしら」
「あ? 何がだよ」
「私達、メチャクチャに銃撃戦を展開してたわよね」
「ああ、それがどうし……ッ!?」

 あ、これおかしいわ。誰も俺たちをしょっぴきに来ない。
 気まずそうに蘭が口を開く。

「もしかして、聞いてなかったんですか……?」
「えっ何が」
「今このモール、テロリストに占拠されてるんですよ」
「…………」

 なんかこんな展開前にもあった。

「そういえばレゾナンスも前にテロリストが――」
「やめろ。その話はどうでもいいだろ」

 スコールの話をぶった切って俺は口を開く。

「俺のツレはどうなってんだ」
「私も今日はデートだったのだけれど、皆何処へ行ったのかしら」

 隠れていたという蘭と幼女以外、周囲には人影がまったくない。

「多分、人質として、一階に……」
「は? 温厚な俺もこれはキレるわ」
「テロリスト許せないわね、殺すわ」

 それお前も死ぬんじゃねえかな。
 世界を又にかけて暗躍する秘密組織の首領とは思えぬセリフに、俺は内心のツッコミをどうにか飲み込んだ。
 こいつは敵に回せば厄介この上ない敵だ。ただし、味方になれば、この上なく頼もしい。

「オーケーだ。蘭、その子のお母さんもそこにいるんじゃないか?」
「たぶんそうだと思いますけど……」
「なら、迎えに行くしかねえだろ」
「織斑君の言う通りね」

 スコールがその金髪を風になびかせ、俺は首を鳴らす。

「ずっと思ってたんですけど、あの人どなたですか?」
「あー……えっと、あれだ。俺のハーレム要員その8」
「その辺のチョロインと同じにしないで頂戴」

 ガチギレスコールににらみつけられ、俺は失禁しそうになりながら肩をすくめた。
 まあ失禁しそうになったのは隣で「え……8……? 私を含めたとしても7人ぐらいオトしてるんですか一夏さん……?」とハイライトの消えた瞳で俺を見つめブツブツ言ってる蘭のせいっていうのが大半だけどな!



[32959] IF2-2:インフィニット・ロリトキス
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2015/07/26 14:08
 蘭と、蘭と手をつなぐ幼女の先導で階を降りていく。先導っつってもエレベーターだけど。
 なんかおかしいのは、幼女の反対側の手を俺が握っているということ。

「パパみたいで安心するー」

 幼女が俺を見て、少し笑ってそう言った。

「ぱ、パパみたいって、それじゃあまるで私と一夏さんが夫婦みたい……ッ!? も、もう、そんなこと言われても困りますよねえ一夏さ……」
「あ^~」
「まるで聞いてないわよこのロリコン」

 パパかぁ……こんな娘がいたら即ハボ……っていやいやいやいやいやいやいやいやいや!?!?
 クロエちゃんと会ってから思考回路が良くない方向に突き進んでいる。やめよう。
 深呼吸して自分を落ち着かせて状況を確認すると、エレベーターの中にはシラーッとした白い目で俺を見るスコールと、ニパニパと笑う幼女と、完全にL5状態の蘭がいた。

「ヒィィィィィッ!?」
「パパ、くすぐったい」

 怖いッ! この子怖いよォッ!? 俺は反射的に幼女の背中に隠れた。まあ隠れるのなんて無理だから背後から抱き付いて顔を首筋に埋めてるだけなんだけど。
 やっばこのロリスメルやっば。なにこれ。ロリスメルやっば。これでご飯6杯ぐらい平らげられちゃうよ~

「鼻をヒクヒクさせながら幼女に後ろから抱き付くってもう織斑一夏の名声なんて地に堕ちたも同然ね」
「パシャパシャ写メってる暇があったらその人を引き剥がしてください」
「アッハイ」

 二人がかりで男を幼女から引き剥がすってお前ら恥ずかしくないの?
 蘭とスコールによって幼女と離れ離れになった俺は、半泣きでエレベーターの隅に蹲っていた。

「ホラーに弱かったり想定外の女の子からのアタックに弱かったり、一夏さんって結構弱点だらけですよね」
「実際に敵として剣を交わすと厄介この上ないんだけどねえ」
「は? あなた一夏さんの敵だったんですか? 殺しますよ?」
「じょッ……冗談、冗談ッ! 私は超織斑クンの仲間よ!? さっきの銃撃戦だって悪ふざけの延長! 悪ふざけであれだけできるなんて仲の良い証拠じゃない! ねえ!」
「そう言えば君、名前なんて言うの?」
「……ひな」
「そっかーひなタン……ひなちゃんかー。早くお母さん見つけような」
「うん」
「無視しないで頂戴よッ!?」

 なんか蘭とスコールが騒いでたけど、それはともかくとして、俺はひなちゃんの頭をなでながらほんわかとしていた。
 チーン、と間抜けな音と共にエレベーターの扉が開く。
 目の前にはモールにいた人々が座らされ、それを取り囲む数人の男たち。
 休日故か家族連れがたくさんいて、多くのロリたちが不安そうに周囲を見回していて――許せねェな、おい。

「……女の子をあんなにも怖がらせるのは、言語道断だよなァ?」
「……女性をこれだけ集めて恐怖させるのは、言語道断よねェ?」

 俺とスコールの視線がかち合う。
 テロリスト達の困惑の目が俺たちに向けられる。
 瞬間――

「『輝夜姫(ライジング・ガール)』ッッ!!」
「『ワールド・パージ』ッッ!!」

 純白と黄金のISが、並び立つ。
 隣にたたずむ金色の羽を背負った天使は、不倶戴天の敵にして、かつ、今現在は最強の仲間。

「え、えッちょッ、いきなりIS展開しちゃうのッ!?」
「オオオオオラァッ!」

 人質の中に紛れていた鈴が困惑の声を上げる中、俺は容赦なくスラスターに点火した。生身の人間相手に行うのはさすがに引いちゃうレベルの連続瞬時加速(アクセル・イグニンション)。アイコンタクトすら要することなく、スコールは俺と別方向へかっ飛ぶ。
 未だ状況を理解できていない男の頭へ加速を乗せた膝蹴り、きりもみ回転しながらそいつが吹っ飛んでいく。

「おッ、お前――」
「死ねェエェェェッ!!」

 すぐ隣のテロリストには、裂帛の掛け声とともに回し蹴り。首が折れやしないかとちょっと心配になったので腹に思いっきりブチ込む。内臓破裂するかもしれないけど許してネ☆

「ホラホラホラホラ」

 視界の隅ではスコールが男四人を相手取って、ラスボスらしくメチャクチャな性能のISとメチャクチャな技量の本人とメチャクチャなホラホラダンスとで圧倒してる。まあ生身とISで戦うってもはやその辺の最強系オリ主じゃなきゃ勝てないだろうけどさ。
 金の羽に吹き飛ばされた男がもんどりうって転がり、殴られたおっさんは柱に激突して気を失った。エレベーターの傍で蘭は幼女の目をふさいでいた。まあ教育に悪いしな。

「一夏ッ」

 同様にすぐさまISを展開して、代表候補性組が無双を始めた。さすがにもう勝ち確だろ。目を凝らすとオータムもアラクネを呼び出して男たちをその八本の足で吊し上げていた。
 俺の名を呼んだ箒は殴り掛かってきた男を篠ノ之流戦闘術で受け流し床に叩きつけて踏み潰し、俺の下へ駆け寄ってくる。今の一連の流れ綺麗すぎて引いたわ。

「無事だったのか!」
「うるせェよストーカー」
「そういうお前はロリコンだろうに」
「ロロロロリコンちゃうわ!」

 飛び交う銃弾。俺は素早く腰部と背部に設置されたBT兵器モドキを飛ばすと、人質たちを囲むエネルギーバリヤーを展開する。
 ここまで器用な真似ができるのも人類初の三次移行(サード・シフト)到達者たるイケメンこと織斑一夏様のおかげだな。やっぱロリを泣かす奴はワンサマ法に基づき死刑だ死刑。

「大体なんでお前の行くところ行くところこんな風になるんだ! 疫病神だろうお前ッ!」
「知るかよォ! 俺だって好き好んでこんな目に遭ってるわけじゃねえよ!」

 背中合わせに雑兵と雑兵と雑兵をなぎ倒しながら、俺と箒の幼馴染口論が炸裂する。
 証人プラグラムもどきによって引き離されこそしたが、普通に電話とかでやり取りしまくってて仲の良さは全盛期を引き継いでるからな……

「一夏ッ!」

 箒の合図ですべてを察し、俺は振り向きざまに腕を振るう。間髪入れず箒がの太刀が俺が対峙していたテロリストの顎を打ち、俺は箒の背後の覆面にハンドガンのグリップを叩きこんで昏倒させた。互いの腕が頬すれすれまで接するスーパータッグプレイ。
 間近で見る箒の顔は、戦いに臨む戦乙女の顔だった。

「綺麗だ……」
「この砲煙弾雨を美しいと言い切るなら、お前は狂人だろうな」
「違う、お前がだ」
「え? ……え、あァッ!?」

 キメ顔でなんか言ってた箒が瞬時に顔を赤く染めた。
 ごく自然に口説き文句を言い放った俺は、しかしちょっと気分が良いので変わらず箒に背を預けて眼前の雑魚を殴り倒す。ISのパワーアシストがあったらちょろいちょろい。
 瞬く間にテロリストたちが床に倒れ伏す。

「ひ、ひいいいいっ」

 最後に残った、覆面に黒ずくめの服装と怪しさ満点のデブは、情けない悲鳴を上げて傍の柱に縋りついていた。アブねーな、そこで迂闊に幼女を人質に取ったりしていたら俺がブチ殺してたぜ。

「こうなると哀れですらありますわね……」

 部分展開した『コバルト・ティアーズ』のBT兵器を棍棒代わりにしてテロリストを殴るという英国淑女にあるまじき野蛮さを発揮していたオルコット嬢がこちらに振り向いた。
 いや今更お嬢様っぽい口調で発言しても無駄だから……ほら隣の更識とか妹さんとかドン引きしてるから……

「ふ、ふふふふ。どうせ無駄だッ! ISがいくら集まったって、もう俺たちを止められはしない!」
「は?」
「へぇ?」
「試してみるか?」

 鈴が刃を首に突き付け、デュノア嬢が銃口で頭部を突っつく。トドメにボーデヴィッヒがワイヤーブレードで包囲した。信じられるか? これの相手、生身の人間一人なんだぜ……?
 その、三人の代表候補性に囲んで棒で叩かれているデブは、顔面蒼白でしめやかに失禁していた。まあそらそうなるわな。

「ああいうことするから年食った女はダメなんだよな」
「えっ」

 いやホント幼く瑞々しいころの女の子特有の聖人っぷりは異常。それからいじめをしちゃう子されちゃう子とかに成長の方向性が分かれていくから学校教育ってクソだわ。
 俺がそう言うと横で太刀を引き抜いて今にもテロリスト残党いじめに加わろうとしていた箒が顔を引きつらせた。お前元いじめられっ子だよね? なんでそんないじめにノリノリなの?

「制圧完了ってところね」
「ッ! スコール・ミューゼル!?」

 いつの間にか俺の隣にいたスコールが『ワールド・パージ』をかき消しながら言った。その姿を見て楯無が警戒心露わに大型ランスを構える。他の代表候補性組も鋭い視線と殺気を以てスコールに相対した。
 俺は慌てて両者の間に割って入る。折角丸く収まりそうだってのに面倒事増やしてんじゃねえよ!

「待て待て待て! 今は敵じゃねえ! なんなら制圧すんの手伝ってもらったろ!」
「だが、そいつは『亡国機業(ファントム・タスク)』のッ!」
「あらやだ、今日はオフの日なのよ。まだ大人のレディーらしくオンオフもできないの? お子様ねえ」
「挑発してんじゃねぇよババア」
「ねえ今いきなり罵倒されたんだけど」

 ボーデヴィッヒに対して余裕ぶって煽り始めたババアを黙らせ、俺は視線を巡らせる。
 先ほどまで蘭が保護していた少女は、お母さんと思しき女性に抱きしめられていた。どうやらあまり事態を理解できていないようで、頭の上にハテナマークが浮かんでいた。
 まあいずれ、分かる時が来るさ。ワケ分からん争いの場に巻き込まれたこと、涙ながらに駆けずり回って自分を探してくれた親のこと、そして自分を助けてくれたウルトライケメンスーパー爽やか好青年である俺のこと。

「良かったな」
「ええ」

 蘭の呟きにこめられた、そこはかとない哀愁。まだまだこの子も中学生だ。若干ババアの世界に踏み込みつつあるが、まだやっぱり蕾なのだ。

「いつかまた会えますよね」
「いや、十中八九会えないと思うぜ。世の中そんなもんだろ」
「……そう言うと思いました」

 慰めるのが下手なんですよ、ホント――蘭はそう言って、苦笑しながら、頭を撫でようとした俺の左手を回避した。

「あとそういうことする男の人はホントにモテないんで注意してください」
「あっヤベ今の言葉すげえ胸に刺さった」

 俺が胸を押さえてうずくまるのを尻目に、蘭が小声で何かボソボソ言う。

「まあ、一夏さんの場合は、誰彼かまわずやるから問題なのであって、ちゃんとそういうことは好きな人だけにしてあげるのがいいと思うんですけど……」

 ……好きな人、ねえ。
 それは好きだから触れ合いたいと思うのか、触れ合いたいから好きになるのか、一体どっちなんだろうか。
 まあ俺は好きな人というのは今のところ全ての女性だからなんとも言えないし――

 不意に、教室でバカ騒ぎをする、アホ面の少女が浮かんで、俺は慌てて頭を振ってそのイメージを消し飛ばした。

「それで、一夏さん。なんか向こうで騒いでますけど、行かなくていいんですか?」
「あ? 何してんだあいつら」

 蘭が指さした方を見れば、確かになんか候補生組が大騒ぎになっていた。マドカも、オータムさえもが顔を青くして何か叫んでいる。

「何やってんだお前ら~、俺も仲間に入れてくれよ~(キチスマ)」
「一夏さん大変です……彼らが人工衛星を操作して東京に落とそうとしています」
「…………ゑ?」

 クロエちゃんがかすれた声でそう言った。
 軽いノリで混ざったらなんかすげえこと話してた。
 なんですかそれ……え、えっ?

「デュ、デュフフ。これでもうすべてがおしま」
「「うるっせェんだよ引っ込んでろピザデブ!!」」
「たわば!」

 俺とスコールが同時に放ったパンチに顎を打ち抜かれ、男がもんどりうって倒れた。
 どうやらこの事態は世界最強のテロリスト集団『亡国機業』的にも想定外らしい。

「何だ、何しやがったんだテメェッ」

 発言からしてどうもこいつらの企みらしい。
 男の首元を掴んで、俺は鼻と鼻がこすり合うような距離で問い詰めた。

「ちょ、ちょっと衛星落下させて、新型のウィルスを拡散させちゃおっかなって……ハハハ……」
「「話の風呂敷広げ過ぎなんだよ死ねッッ!!!」」

 再びのダブルライダーパンチが今度こそ男の意識を刈り取る。
 素早く『輝夜姫』がNASAやらにアクセスし、全コアネットワーク上に同じウィンドウをポップアップさせた。

『解析:落下阻止限界点到達予測時間まで00:15:49』

 日本オワタ。







 ISを展開してものの数分でIS学園グラウンドにたどり着くと、滅多にお目にかかれないだろう壮観な光景が広がっていた。
 すぐさま連絡したのが功を奏し、準備はすでに完了している。

「『スターライトmk-Ⅰ』……よくもまあ、こんな骨董品を引っ張り出してきましたわね」

 オルコット嬢が感心したように呟きながら、もはやスナイパーライフルというか個人携行火器とは呼べない大砲サイズのそれを手に取った。
 IS黎明期、英国はまあいつも通りっちゃあいつも通りに爆発的な火力を求めた。というより当時はエネルギー兵器の開発が一ミリも進んでいない状態だったので、レーザーが対象に到達するまでに拡散しないようとにかく出力を上げるしかなかったのだ。
 その結果生まれたのがこのおバカ兵器『スターライトmk-Ⅰ』――現在でもIS用エネルギー兵器の中では火力はぶっちぎり、ただしISコア1つではエネルギーを賄いきれないって言う滅茶苦茶な致命的欠陥を持つレーザーカノン。

 何より目を引くのは、それを構えたオルコット嬢の『コバルト・ティアーズ』にケーブルで接続された学園が所有するIS数十機だろう。
 電池にしてはちょいと規模とか出力が大きすぎるが、まあ致し方あるまい。むしろISを起動させるためだけに駆り出されて今エネルギーをオルコット嬢に送りこんでいるパイロットの生徒たちが可哀想なまである。

「でも、この出力でも一撃で撃破できないだなんて」
「どうもこいつらコソコソと衛星を改造してたらしくてな。質量が十倍近くに膨れ上がってやがる」

 展開した『打鉄』で開示情報を拾っていた相川が顔を上げる。
 衛星はテロリストが積み重ねた改造により半端じゃない堅牢さを誇っており、加えて中に入ってるウィルスも日本政府が出所を掴んだが、かなり凶悪なものであるようだ。
 手はずは、別働隊が宇宙にISで上がって衛星をある程度の大きさまで破砕し、そこをオルコット嬢が叩くというもの。
 この作戦は各国政府が手を貸す暇すらないので日本政府と学園、加えて緊急時ということで『亡国機業』すら助力している。ほらオータムが居心地悪そうにしながらオルコット嬢へエネルギーを転送してるし。

「エネルギーに混ぜてウィルスなどを送らないでくださいね?」
「ハン、悪いがここで日本に滅びてもらっちゃ困るんでな」

 いかいもヴィランらしい邪悪な笑顔で、オータムがオルコット嬢の煽りに返した。

「まああの気に言ってた雑貨店が消えたりしたら残念だものね」
「そうそう、まだ買ってないぬいぐるみとか――ってスコォール! それは関係ないだろうッ!?」

 こいつぬいぐるみ趣味とかあんのかよ……ババア無理すんな。

 何はともあれ、役割分担ははっきりしている。
 ①箒をはじめとする潤沢なエネルギーを以て衛星をぶち抜くオルコット嬢。
 ②宇宙にあがって衛星を一口サイズならぬ一撃サイズに切り分ける別働隊――俺とスコール。

 すでに大気圏突破用外部取付式大型ブースターは装備している。IS学園の探せば何でもある感じ好き。
 俺とスコールは急造の射出台に並んで、空を、その向こう側の宇宙を見上げた。

「こんな形でISを本来の用途で使うなんて、なんだか皮肉ね」
「そう言うなよ、これがなけりゃヤバかったんだ」

 宇宙に吹っ飛ぶまで残り15秒ほど。

「一夏、死ぬなよ」

 姉さんの言葉に親指を立てる。

「一夏さん、まだ、デートの続きがありますから……」
「分かってんよ」

 不安そうに顔を曇らせるクロエちゃん。
 隣にいた束さんが、彼女の手をそっと握った。

「大丈夫だよ。いっくんは殺しても死なない、ゴキブリみたいな男なんだから
「……はいッ、そうですね」

 幼女を笑顔にしたのは良いとしても他に言い方ありませんでしたか?

「遺言は済ませたかしら?」
「おいおい、いかにもなラスボス発言はやめてくれよ」

 ニヤリと笑ったスコールに対し、俺は肩をすくめた。
 これから共同で衛星をぶっ壊そうって言うのに、なんで敵対フラグ立てなきゃならねえんだよ。

「カウントスタート。15,14……」

 数字が減っていく。
 俺もスコールも口を真一文字に引き締めて空を見る。

「一夏君」

 相川の声。
 俺は返事もせず、瞳を閉じて返した。
 それでも、ハイパーセンサーは彼女が、彼女が頷くのを見せてくれた。

「3,2,1――発射」

 凄まじいGが俺を叩く。
 同時、体が『輝夜姫』ごと空中に放り出された。濛々としたミサイル煙を空に残し、俺の体が地球圏を抜けていく。
 大気圏を突破する際に急ごしらえの追加装甲が焼け落ちていく。構わず加速、体が弾丸のスピードで疾走。

 いまだ人類の到達せざる未踏破領域、宇宙。
 篠ノ之束が夢見たその大いなる暗闇に、俺と輝夜姫は飛び込んだ。
 その漆黒に飲み込まれるような感覚――

『ブースターパージ』
「ッ、パージ!」

 オペレーターの声を聞いて慌てて叫ぶ。いつの間にか体は重力を見失っていた。
 背部ウィングスラスターに接続されていた大型ブースターが切り離され、流れていく。きっと宇宙の彼方へ行くのだろう。

「調子はどうかしら」
「悪くない」

 すぐ傍までやって来たスコールは、俺の様子を確認すると体を反転させた。
 あらかじめ地球上の重力を仮想数値として組み込んでいるので、地上と同じ感覚でPICを起動させることができる。

「時間がないわ、早く――」
「ああ、分かってんよ」

 俺もスコールと同じ方向を向き、絶句した彼女の背に危うくぶつかるところだった。

「っぶね……何やってんだ、お、ま……え……」

 文句を言いながら、というか言おうとして、スコールが凍り付いている理由を俺は直視してしまった。
 視界を塞ぐ、黒い宇宙空間とは別の鈍色の人工物。
 全体としては太いシルエットだが、その頭部は極めてコンパクトに収まっている。額から生えた2対のブレードアンテナが太陽光に照り返す。瞳は人間と同じ数だけあり、グリーンの光がその奥から敵意を以て俺たちを貫いた。

「なんだこの巨大ロボット!?(驚愕)」

 俺たちの目の前に立ちふさがっていたのは、四肢をしっかりと持った巨大ロボットだった。
 こんな人工衛星があってたまるか! いい加減なことしてんじゃねえぞカス!

「ねえ、日本って一応私の祖国のはずなんだけど、いつの間にこんなクリエイティビティを手に入れたのかしら」
「国民性は割と創造的だろ、ていうかお前スコール・ミューゼルなんて名乗っておきながら日本人だったのかよ……ッ!?」

 なんか突然明かされた衝撃の真実。
 戸惑いながらスコールの顔を見ていると、俺の頬をレーザーが掠めた。

『障害物を排除します』
「「――――ッ!」」

 互いに突き飛ばし合う格好で、俺とスコールはその場を離脱。瞬間、その空間をレーザーの雨が穿つ。
 こいつ、全身にレーザー砲塔を備えてやがるのか。

「どうするッ」
「やることなんて一つだけよッ」

 スコールが獰猛な笑みを浮かべた。オーライ、やってやろうじゃねえか。

「主人公をッ、」
「ラスボスをッ、」
「「ナメんなァァ――――ッッ!!」」

 レーザーの機銃掃射をかいくぐって、俺達はすれ違い様にロボットへ斬撃を叩き込んだ。
 俺は純白の大剣『白世』、スコールは銘の分からん紅い太刀。それぞれの得物が、あっさりと四肢を断つ。視界の隅でこっそりと流れていくその腕と足――無論、大気圏で燃え尽きるような半端なサイズではないそれら――を左腕に展開した荷電粒子砲『雪羅』で一気に薙ぎ払う。これで最低限までにはリスクを削れたはずだ。

 残るは四肢をもがれ、最期の足掻きとばかりにレーザー機銃を垂れ流す本体のみ。
 もはやこのサイズになれば、『スターライトmk-Ⅰ』での撃破は容易い。

「オルコット嬢ッ」

 これで、終わりだ。

『ターゲット……ロックオンッ……!』

 閃光。
 地表から成層圏を切り裂いて、一筋の光が解き放たれる。
 俺とスコールは素早く散開。絶対致死のその輝きが――

 ――ロボット本体に激突し、シャワーのように光の粒子をまき散らした。

「……ッ!?」

 貫通できていない。表面装甲に直撃した端から辺りへと拡散し、その威力を無力化されていく。
 アンチ・ビーム・コーティングか! しかしここまでの堅牢さを実現してるなんざ聞いてねえぞッ。

『充填済エネルギーがッ……もう……!』
「クソッタレェッ!」

 閃光が飛び散るあの空間に飛び込めば、まず生きては帰れない。
 さすがのスコールも、眼前の光景には沈黙を貫かざるを得ないようだ。

『諦めてんじゃあないッスよ!』
「フォルテ先輩ッ!?」
『オルコット、シゴきが足りねえみたいだなァ……もっと腰に力を入れろ!』
『ッ! ……ハイ!』

 ポップアップされたウィンドウの中で、超遠距離狙撃用バイザー越しにオルコット嬢の瞳が再び燃え上がる。

『織斑一夏、あんたもッ』
「分かってますよッ! アンチ・ビーム・コーティングも無敵じゃないはずだ……これなら!」

 左腕の『雪羅』――装甲と一体化した多武装搭載型全距離対応兵器――をガトリングモードに変更、巨大ロボットの表面装甲に撃ち続ける。コーティングされた装甲を物理的に剥がせば問題ねえだろッ!
 ものの数秒で装甲がボロボロになり、そのままレーザーが腹部を貫く。届いた。

「おしッ」
「まだよ!」

 スコールの叫び。
 体を貫かれた人工衛星ロボットが砕け散り、しかしそのカメラアイに光を宿したまま、ゆっくりと地球の重力に引かれていく。

「なッ、撃ち漏らしたッ!?」
『違うッ! 衛星が自壊――ううん、本体の半分ぐらいをパージしてる!』

 相川の声に、目を凝らして衛星の残骸を見る――こいつ、貫かれた腹部を起点にバラバラになりはしたが、どうやら一緒に木端微塵にされる前に下半身をパージらしい。
 衛星本体は落下を続け、まき散らされた装甲の破片もまた、大気圏を突破しかねない大きさのまま重力に引かれていく。
 本来だけならともかく周囲の残骸は手が届かねえ……! 
 さっきみたく荷電粒子砲でまとめて――エネルギー残量確認、もうほとんどない。ンなことしたら俺が地球に帰還できなくなるッ! さすがに考えるのはやめたくねえよッ。

「万事休す、ね……」
「クソがッ……」

 隣のスコールが、『亡国機業』首領さえもが、諦めの色が混じった呟きを漏らした。

 瞬間。
 地表から突如放たれた閃光が、その衛星の欠片をまとめて薙ぎ払った。
 コア・ネットワークが束さんの愛機名と地上の映像をを表示した。

「『灰かぶり姫(シンデレラ・ガール)』……にしては、あれ、デカくね?」
『急ごしらえのオートクチュールだけど、『十二時までの魔法(ドレス・イン・ザ・パーティー)』の仕上がりは良好だったね!』

 映ったのは全長15メートルはあろうかという巨大なロボット。今日はやたらロボットを見る日だ。
 束さんと、その傍にいるクロエちゃん。

『破片はまとめてこっちで引き受けたよ! だから!』
『申し訳ありません、一夏さん。こちらはエネルギーが切れています……だから』
『後は、任せたッスよ』
『地球を頼むぜ、エロガキ』

「……誰がエロガキだ」
「信頼されているみたいで良かったわね」

 地上からの通信。
 スコールが乾いた笑みを浮かべる。

「でも、これをどうやって処理するのかしら?」
「撃破するしかねえだろ」

 だが、大気圏を突破し、全力で戦闘機動を行った代償は大きい。
 恐らくここで継戦すれば――俺もスコールも地上に戻れない可能性が高くなっていた。

「怖いか」
「……そっちこそ、手、震えてるわよ」
「武者震いだ、察しろ」

 右手を無理矢理に左手で握りこむ。
 もうちょっと頑張れよ俺。

 すでに俺もスコールもロボットも、あと少しで大気圏突入コースだ。
 阻止限界点まではもう時間がない。だからと言ってここで躊躇いなく特攻するほど俺は人間性を捨てていない。

『一夏君』
「ッ」

 相川の、声。

『無理しなくても、いいよ』
「バッ、そんなことしたら、日本が」
『それでもいいよ、一夏君が死ぬより、そっちの方が、ずっといいっ。けれどッ』

 きっと俺を励ますためではない。
 きっと俺を促すためではない。
 それでも彼女は伝えようと、涙目で、俺に語り掛ける。

『君自身が決めて、君自身が成すべきと思ったことを成して』
「……俺自身が、成すべきと思ったこと」
『うん! だって、私の知る織斑一夏は、そんな人間だから』

 そう言って相川は笑った。
 あ、多分、俺こいつのこと好きだわ。

『だから、君自身が願うのなら。君が迷うことなく選べるのなら』
「…………」
『一夏君、世界を――』

 それは。
 それはきっと、いつか聞いた言葉。

『私達を、守って』
「……ああ」

 諦めかけていた心に決意の炎が宿る。不退転の戦士がこの宇宙に君臨する。
 開眼――四肢を力が満たし、俺は。

「ああ、ああッ! やってやる、やってやんよ相川! 俺は、俺は――お前を、守るッッ!!」

 スラスター点火。
 もはや帰還など考えない。この命、ここで燃やし尽くす使命だと思え。
 愛する少女のために、命を懸けて世界を救うなんて――嗚呼、俺、最高の主人公じゃん。

『スコール……』
「……オータム」
『うまいもん作って、待ってるからな』
「……ッ。ええ、そうね、待っていて頂戴ッ!」

 隣の女もまた、バイザー越しでも分かるほどにギラついた瞳で顔を上げた。

「さっさと行こうぜ、ラスボスよォ」
「ええ行きましょうか、主人公さん」

 白と金が爆発的に加速、瞬時に視界が白熱しISアーマーを含む俺たちの体が灼熱に包まれる。大気の層が俺たちを摩擦死させようと凄まじい負荷をかけてくる。
 だが、もう止まらない。この体が焼き尽くされたとしても、俺たちの魂は永遠に加速し続ける。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァイカワアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!」
「オオォォォオォオオオォオオオオオォオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオタムゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!!」

 愛する人の名を叫びながら流星と化し――俺とスコールは、衛星本体の眼前に躍り出た。
 握った『白世』から外装をパージ、形状を一新。
 青眼に構えるは姉から引き継ぎ、そして俺の精神を司る最高の相棒――『雪型弐型』ッッ!!

 同様にオータムもまた、長大な太刀を構えた。
 二人の視線がかち合い、互いにやるべきことを確認した。レーザーが直撃しエネルギーを根こそぎ持っていかれる。だが、ここで回避運動を行えるほどの余裕はもうない。
 ただ一刀の下に。
 眼前の衛星を、真ッ二つに切り裂いて――愛する人のために世界を救うッ!

「「篠ノ之流剣術」」

 太刀を腰元に構え。

「「陽ノ型」」

 PICにより足場を固定し。

「「壱之太刀」」

 一刀に全身全霊を叩きこむ。

「「――『水面滑螺子(みなもすべらし)』ッッ!!」」

 俺とスコールが声を合わせ、二人で太刀を振るった。

 まあ、なんだ。
 ウエディングケーキ入刀にしちゃ、規模がデカ過ぎるし、花嫁はこいつじゃねえよな、って感じだ。
 二つに切り裂かれたその衛星。ツインアイの眼光が明滅し、消えた。
 俺とスコールはそれぞれ荷電粒子砲を展開すると、雀の涙のエネルギーを総動員して叩き込む。直撃、爆散。このぐらいの大きさなら中のウィルスごと燃え尽きてくれそうだ。

「ハァッ、ゼェッ、ハァッ……なんとか、なった、のか……」
「はあ、はあ、ふう……どうやら、そうみたいね」

 周囲に浮遊する衛星だったデブリ。
 もう完全に限界だ。俺は脱力して、大気との摩擦で融解していくISアーマーを見やった。

『お疲れ様、一夏君』
「ああ。とにかく、こっから離脱しないと……」
『織斑、いったん重力圏から離脱しろ。そうすればどうとでもなる。間違ってもそのまま流れ星になるなよ?』
「俺が流れ星になったらちゃんと結婚相手が見つかるように3回お願いすればいいんじゃね? あっごめん冗談そのマジギレ顔やめてくれ」
『ほんと、ちゃんと帰って来なさいよね』
「安心しろ、クロエちゃんとのデートも残ってるしこの世にはまだ見ぬロリがたくさんいるんだ、こんなところで死ねるかよ」
『……今の発言が全世界に中継されていると知ったら羞恥心で死にそうですわね、この人』
『セシリア、それは酷だから黙っていてあげよう?』
「あ? なんか言ったか?」
『何でもないぞ安心しろ』

 EU組が気の毒そうに俺を見ていた。なんだこいつら。
 エネルギー自体は放っておけばある程度回復する。十分回復してから大気圏に突っ込み、エネルギーバリアーを使って突破。そうすれば、全員無事でハッピーエンドだ。

 だが。
 不意にアラート。ウィンドウが立ち上がる。表示されたのは美しい蒼の惑星と、そこに力なく引かれていく金色のIS。
 俺の相棒が、『輝夜姫』が、臨時のパートナーであった『ワールド・パージ』がエネルギーを失い、落下していくのを見つけてしまった。

「スコール!? おい、どうした!」
「……気にしないで頂戴。エネルギーがゼロになったのよ。どうやら、私はここまでみたい」

 ふざけんなッ!
 ここに来て誰かが死ぬなんて、許せるかよッ!
 スラスター点火。『輝夜姫』の警告を無視して加速しスコールに近づく。

『一夏ッ!? 何をしている、早く戻れ! 一夏、一夏ァッ!!』
『一夏君ダメぇっ! 戻って、戻ってよぉっ、お……く……』
「ダメだぁぁぁっ! ダメだ! ダメだスコールッ、こんなところで無駄死にすんじゃねェッ」
「もう遅いわよ……あなたこそ、バカなことをしたわね」

 つないだ手。だがそこで、俺も自分の状況に気付く。エネルギー残量ゼロ――背部ウィングスラスターが完全に停止した。通信がノイズだらけになり、やがて遮断される。すでに俺たちの体こそが、阻止限界点を超えていた。

「バカな子……」
「……ハッ、主人公とラスボスが相討ちなんて、陳腐すぎてコメントもできねえな」
「あら、私はそういう陳腐さは好きよ」

 軽口の叩き合いをしている間にも、凄まじい負荷が俺の体を蝕む。視界がぐらぐらと揺れて、白と黒の境界線が曖昧になる。
 やばい、意識がもうろうとしてきた。ごめん、相川、ちょっと、言いたいことあったんだけどな。
 帰れない、かも。

 スコールが俺の体を引き寄せる。抵抗する術もなく、俺はすっぽりと彼女に抱きしめられる形になった。

「ねえ一夏、あなたはどこに落ちたい?」

 そう言ってほほ笑んだスコールの微笑と、誰かのそれが、重なった。

「かあさん……?」

 体が流星と一体化する。
 俺の意識は、それきり焼け落ちた。







 目を開けると、満天の星空が広がっていた。
 俺の体は砂浜に打ち上げられていて。
 なんだここ。天国かよ。

『私のワンオフが間に合って良かったわね、危うく巻き込まれて死ぬところだったわ』

 スコールからの通信。秘匿回線教えてくれたのかよちょっと得した気分。

『位置情報は教えてあげたから、すぐに救助が来ると思うわ』
「おう……俺、なんで助かったんだ……?」
『私も驚いたのだけど、『ワールド・パージ』のワン・オフ・アビリティが発言したのよ、あの土壇場でね』
「は?」
『起動条件が愛だなんて、タチが悪いと思わない?』
「えっ……えっ、えっ」
『大丈夫安心して頂戴、あなたを取り巻く女の子たちとは、また違ったものだから』

 それきり、通信は終わった。
 遠くから俺の名を呼ぶ声が聞こえる。

「一夏君っ!」

 一番最初に俺の下へ駆けつけて、泣きながら体にしがみつく相川の頭を見て、俺は、なんだかすごく安心した。
 良かった。俺、こいつのこと守れたんだ。

「良かったぁ……戻ってきてくれた……もう、心配、したんだからね!?」
「悪い……許せよ……」
「……うん」
「ホント……なんていうかさ……」
「うん、うんッ」
「お前……結婚したらいい奥さんになるよな……」
「うんッ……うンッッ!?」

 面白いぐらい真っ赤になる相川。
 自分でも何言ってんだかなあ、とは思う。
 遠くからヘリの音と、他の候補生たちの声が聞こえる。
 しかし、疲れた。俺は耐えがたい睡魔に身をゆだね、最後に、何か口をパクパクさせながら耳まで赤くした相川を見て、笑った。







 誰とも目が合わない一組教室。
 みんな俺から意図的に視線をそらし、本をさかさまにして持っていたり、自分の腕を抱きしめて俯いたりしている。
 誰だってISを起動できる男子のレイプ目なんて見たかねえと思いますよはい。

「実は俺、いじめを受けてるんです」

 教壇に立つ俺が口を開いた瞬間、視界の隅でファースト幼馴染が噴き出しで机に突っ伏した。

「町を歩けば後ろ指を指され、ネットを見れば世紀のロリコンと叩かれています」

 どこかの英国淑女が「と、当然ですわ……」と小声で呟いた。

「俺のWikipediaのページを見たら、『地球を救ったロリコン』なんていうネットスラングが付けられていると書いてありました」

 ドイツとフランスから来た金銀コンビがひっきりなしに机に頭をガンガンぶつけて何かをこらえ始めた。

「全世界が敵になってしまい、俺はこれからどうやって生きていけばいいのでしょうか」

 二組代表とか生徒会長とその妹とかがどこかで『擁護できない……ッ!』と叫ぶ。

「こんなことになったのも俺が独身貴族なせいだと思うのです。俺が結婚済みだったらこんな目には遭わなかったはずなのです」

 何故か出席番号一番の少女が顔を赤くしてもじもじし始めた。

「早く……早く、彼女がほしい……」
「授業を始めるから席につけ馬鹿者」

 姉さんの出席簿アタックを受けて、あえなく地球を救ったロリコンはきりもみ回転をしながら吹き飛んだ。

 こういう感じのは萌将伝で山ほど見てるんだよ。
 やっぱ暴力オチってクソだわ。



[32959] IF3-1:寮部屋ハニトラプリンセス
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2015/07/29 18:24
「俺冷静に考えたら女の子好きになったことはともかくまともに告白したことも付き合ったこともねーからこれからどうしたら良いのか分かんねーよッッ!!」

 中身のたっぷり入った湯呑を机に叩きつけ、俺はそう叫んだ。
 当然中身がこぼれて俺の手にかかる。アツゥイ! なんだこの茶番。馬鹿じゃねえの俺。
 俺の真向かいで、深夜の食堂にてうどんをすすっていた山田先生は、それはもう大層に顔面を真っ青にさせてアタフタしていた。

「え、え……えぇ? 鈍感難聴系主人公だと思って油断してました……」
「オイオイ、俺は何でもできるハイパークール系主人公ですだよ? ちょっと多分恐らくきっと相川って俺に気があるんじゃねえかなって薄々気づいてましたよ?」

 言葉にして出すと全然自信ねえじゃねえか俺。
 しかし、深夜に食う豚骨ラーメンの暴力的な旨みたるや、これほど男子学生の胃袋を掴んで離さないものはないだろう。オルコット嬢の作る料理は胃袋をひっつかんで殺すからダメ。
 絶句する山田先生の手元から箸がころりと落ちる。

「そ、それで……どうするんですか、告白とか」
「んー……しようかな、とはおぼろげに考えてるんですが」
「ははは……これは血が降りますね……」
「いや、そういうわけじゃないと思いますよ」

 メンマを頬張りながらの俺の発言に、先生がパチクリと瞬きした。

「え?」
「候補生連中の話でしょう? あいつらだってバカじゃない。むしろ、俺が一人の女の子を好きになって、その子にアタックして付き合えたとして――その後あいつらのフォローを俺がするってのはお門違いな傲慢ですよ」
「……意外と、考えてるんですね……」

 当然だろうに、俺は織斑一夏だぞ?
 まあ問題はアタックの段階では邪魔が入るかもしれないってとこだが。

「つーわけで色々と考えたんですけど」
「はい」
「まず『亡国機業』を殲滅します」
「……はい?」

 まあこれじゃさすがに分かんねえよなあ。
 俺は人差し指を一本立てて、きちんとした説明を始めた。

「まずですね、俺が今躊躇ってる最大の理由はズバリ、俺自身の経験不足からくる不安です」
「まともですねえ」
「次に、ハニートラップに対する警戒心です」
「まともじゃないですね……」

 いやいや俺の学園生活に置いて心配しなけりゃならねえこと筆頭だぞコレ。
 仮に相川がハニトラだったら、もう俺、心が壊れて人間でなくなってしまう。虹の向こう側に到達しちゃうから。

「ハニートラップである場合を考慮すると、俺に対して手出しできないような状況を作り出すほかありません」
「……なんとなく、話が見えてきました」

 さすが元日本代表候補生、バカじゃない。

「今の俺は『唯一ISを起動できる男子』以外に価値がありません。いやまあ数回世界を救ってはいますが、それでも足りていないのが現状です。だからここで、明確に立場を作り上げなきゃならない」

 自分を国王とした国家をつくる、なんて案も思いついたが、そこまで俺は精神キマってない。追い詰められたらやっちゃうかもしれないけどな。

「そのために、今度こそ完璧に世界を救う、ですか」
「前回の人工衛星の時は、あんまりにも事態が早く進んで参加できなかっただけで、参加すればウチでもできたと各国が思ってる節がありますからね」

 現実問題として、あのレーザー弾幕を潜り抜けて一撃当てるのはエリートたる代表候補生ですら難しいだろう。たまたまあの場でそれに対応できそうな俺とスコールが突撃したからいいものの、あの場面で少しでも人選を間違えていたら今頃日本が滅んでいた。
 だが現場の声が上に届かないのは世の常だ。

「いちゃもんを挟み込む余地なんてないぐらい、完全完璧完膚なきまでに世界を救ってやりますよ――あなたが一発で惚れるぐらい」
「そこです」
「は?」

 山田先生がキュピーンを眼鏡を光らせた。

「それだけやった後に告白して、『実は織斑君のこと別に好きじゃありませんでしたー』とかになったら、もう生きていけないんじゃないですか?」
「――――――!?!?!?!?!?!?」

 ななななななななんてことを……ッ!?
 いやそんなことないでしょ。あいつ俺の事好きでしょ……ねえ、ねえ?

「そうならないためにも、ちょっと立ち止まってチェックしたほうがいいかもしれませんね。先生が大人の視点で言えることは、これぐらいです」

 ごくごくと出汁のスープを飲み干して、先生がにっこりと笑う。
 いや全然笑ってる場合じゃないんですけど……
 まあ、いいさ。

「要するに愛を試せってことでしょう? ――楽勝ッ!」

 俺は一気にラーメンのスープをかっこむと、勢いよく器をテーブルに叩きつけた。
 うーんそういうことじゃないんだけどなー、と先生がぼやくのを尻目に、俺はダッシュで食堂を飛び出した。

「うおおおおおおおおおおおおっ! 待ってろよ相川ァ!!」

 校舎の窓を突き破って跳躍! 両腕をクロスさせイケメンフェイスはガード!
 着地ッ! 片膝を立てての完璧なヒーロー着地――キマっちまったぜ……この上なくな!

「あれ? 一夏君?」

 天上から降臨した瞬間に隣に相川がいた。制服姿なのでトレーニングではなく図書館で調べ物でもしていたのだろう。
 もうこれ運命だな。

「よう元気か?」

 挨拶と同時、屈んだ体勢のままスカートをピラリとめくる。
 珍しくスパッツがない。爽やかなオレンジ色にフリル付。うんうんいい感じだな。

「こういう風にして俺の好みドストライクのパンツ穿いてくるってお前俺の事好きなの?」
「…………??」

 自分が今何をされているのか分からないらしく、目が点になったまま彼女は事態を把握しようとじっと俺を見ている。

「えっと……」
「お? どうした?」
「これって、暴力オチでもいいのかなあって……」
「カモン! お前の本気を俺に見せてくれ!」

 まあ正直ちょっと好きな子に殴られたい願望があったのは否めない。
 相川は俺の言葉を聞くや否やスカートを掴んでいた手を振り払い、そばに植えてあった木を壁ジャンプの要領で蹴って跳躍。遠心力とか瞬発力とか精神力とか諸々を乗せた膝蹴りを俺の横っ面に叩き込んだ。

「ぐびゃっ!?」

 想像以上の熾烈な攻撃だった。
 ちょッ、顔はやめろ顔は! せめてボディにしてくれッ! などと言う叫びもむなしく、俺の体は吹き飛び茂みの中へとぶち込まれた。
 南無三。






「痛いぃ~~これは相川に膝枕してもらってなでなでしてもらわないと治らないタイプの痛みだ~~」

 人を馬鹿にしてるとしか思えない低脳発言をかましながら、俺は自室にて相川の膝に頬をスリスリしていた。
 ベッドに二人で腰かけている姿勢。どう考えてもこの後はおセ●クスでしょこれ。

「ちょ、ちょっと一夏君、くすぐったいって」

 嫌がるそぶりを見せながら、その実質として相川は俺を拒まない。
 あ^~~~~~~~~~~
 ごめん白世が雪片弐型になって零落白夜してる。どうにか下腹部については誤魔化し切りたいところだが、これだと難しいかもしれん……

「なでなで」
「うぅ……」
「なーでーなーでー」
「よ、よしよし……」

 あ^~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 相川はオギャれる(確信)
 もうこの子に『上手にお射●できましたね~』とか超絶言われてえもん。畜生……言ってくれよ……

「なでなでしてもらったから速攻で痛みが引いたわ、ありがとな」
「いやそもそも痛みを与えたの私なんだけどね」
「それも含めて、俺を傷めつけてくれて、本当に、本当にありがとう……!」
「うっわキモ」

 相川に痛めつけられて相川に慰めてもらうってなにこの永久機関。俺が世界のエネルギー問題を解決するのは必然だったのか……

「んでも、まあ普通に考えて俺をぶん殴って帰るのが正しいのに、こうして俺を部屋に連れて来て手当てまでしてくれるから、相川は優しいよな」
「えー普通のことだよ。あのまま朝になって冷たくなった織斑君が発見されたりしたら目覚め悪いし」
「お、おう……」

 この子の普通の気遣いって、メチャクチャ広範囲を網羅してるよな……
 つーかこれ何? 俺ひょっとして男女のイチャつきとしてでなく、本当に手当てのためだけにここに連れ込まれたの?
 瞬間的に俺の灰色の脳細胞がその結論を弾きだしてしまい、物凄い勢いでヘコんだ。思わず相川の膝に顔を埋めて深呼吸してしまう。

「もう、変態ッ!」
「いやほらこうマイナスイオンがですねぇ……」
「出てないよそんなの!」
「うるせーよ出てんだよ俺専用のマイナスイオンが!」
「これ逆ギレするとこ!?」

 半ギレで俺が言い返すと、相川は呆れたように笑って俺の頭をなでた。
 この包容力、プライスレス。
 あーもう相川ママ~~~~。

 さて。
 ここらでいい加減、彼女の好感度を図らなければなるまい。
 ちょうどよくお互いの緊張感もほぐれてきたしこれエッチなこととかできそう。いや違うから。好感度確認だけだから。

「なあ」
「ん?」
「おっぱい触っても――ぶべらッ」

 肘が顔面に振り下ろされた。

「いやいやお前安易に暴力を振るうなよヒロインの座から転落するぞ」
「こんな変態主人公のヒロインになんて誰もなりたくないよ」

 あまりに辛辣なコメントに、俺の涙腺が決壊した。

「で、なーに? いつもみたいに真面目な話の前にジャブ挟むとかいらないから」

 なんか思わぬところで普段の言動に救われた。
 いやでもジャブじゃなくてガチだって思ってくれていたら胸を揉ませてくれた可能性が微レ存……? こいつ部屋着から透ける体のラインからしてスタイル良いしな、可能性が昂ぶっちゃう。

 だがまあ、これは思わぬ形で転がり込んできた好機だ。
 俺は相川の膝から発せられるハイパー癒しアトモスフィアを胸いっぱいに吸い込んでから、意を決して顔を天井に向けた。後頭部に感じるやーらかい感触がとても良い。

「にゃ、なあ、お前ってしゃ……」

 思いっきり噛みまくった。
 おおおお落ち着け……! 別に好感度を直接聞こうとしたからこうなったんだ。なら質問を方向性を少し変えるしかあるまい。
 そう、なんかこう、俺じゃない、別の男相手にどう思ってるとか、そういう切り口からやっていこう。うん。
 まあ間違っても俺以外の男に惚れたこととか生涯においてあるわけねえんだけどな! 何せライトノベルのヒロインだし!

「あ、あ、あ、相川ってさあ……」
「ん? なーに?」
「彼氏、いたりすんの?」


「ううん、""今は""いないよ?」


「 、 ッ @gりえs ? 」
「日本語でおk」
「…………………………今は?」
「中学の時は野球部の彼氏がいたけど、ここに入学する前に別れちゃった」

 ――……
 ――…………
 ――………………ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!

 好きな子に恋愛経験があっただけで精神崩壊するクッソ情けない童貞の姿が、そこにはあった。
 ていうか俺だった。

 え、なに? やっぱ野球部ってブチ殺すしか無くね? 俺が世界中飛び回って必死こいて死にかけて血を吐きながらISの操縦技術を会得してる間に野球部は大してキツくもないトレーニングを自慢して大して良い結果も残せてないのにカースト上位ぶって女の子を次々に食ってるじゃんこれおかしいだろ。甲子園なんてテメェらみたいにクラスの猿山のボス気取ってる連中がいけるわけねえだろ本物の球児達に謝れゴミ共。全員死ねよマジで。ホントぶっ殺してやる。あいつらなんで白いカッターシャツの中に黒いタートルネックのインナー着てんの? それカッコいいと思ってるんだったら感性が絶望的過ぎるからマジで死ねカス共。私服も大体ダセェしよ。変な英字ロゴの入ったTシャツごと燃やしてやる。あと気取って付けてるサングラスごと顔面を破砕してやる。クソが。死ね。殺してやる。畜生。机の下に置いてる邪魔なエナメルバッグ何とかしろ、お前がそこに置いてるから邪魔なのにこっちの足が当たったら露骨に舌打ちして睨んでくるんじゃねえよホントぶん殴って顔の原型が分からなくなるまでいてこましてやるぞオラ。かかってこいよ。こっちは『輝夜姫』展開するけどいいよな? なにせクラスの中心でいつも笑いを取るひょうきんなお調子者ですもんなァ?? オイ、そうだろ? ならこっちみたいな根暗陰キャラはIS展開してテメェらを48に切り分けて煮て焼いて焦がして炭化させるぐらいに惨殺してもいいよなァ??

「告白されて付き合ったけど何か違うなーって、1日で別れちゃった。向こうも割とスッパリ割り切ってくれて、おかげさまで恋愛をしたとはカウントできないんじゃないかなー」

 信じてたぜ野球部ッッッ!!! サイコーだぜ甲子園でもメジャーでもどこでも行ってきてくれ!!!!

「ほーん」
「うわ何その興味ありませんって感じ」

 すみませんメチャクチャ興味あったし内心の動揺ハンパなかったです……タイタニック号が沈没しちゃうぐらいの荒波だった。もはや氷山を浮かせてポルターガイストよろしくぶつけられちゃうレベル。一つのオブジェクトにつき150ダメージな。

「だからこうして、一夏君とこんなことしてるの、すごく不思議なんだー」
「まあ、そうかもな」
「モテモテの一夏君には分かんないかもしれないけど、いつだって私は怖くて、手探りなんだから」
「俺だって……正直女子とのふれあい方とかよく分かんねえし、だからこうやって極端なことばっかしかできねえし……」

 これは正直な感想だ。
 中学の時からモテモテな俺様だったが、その実経験値はまったくない。まったくない。悲しいぐらいにない。

「あ、やっぱり? なんか変なとこで緊張するしてるもんね」
「うっせ」

 上体を起こす。俺らしくもない。
 こんな弱弱しく、まるで庇護欲をかき立てるような男じゃないだろう俺は。どうも調子が悪いようだ。

「うん。だから、私も少しは見習おっかな、って」
「は?」
「当たり前じゃつまんないって、一夏君を見てて思った。ずっと見てるから、本当にその信念を貫いて生きてるんだってよく分かって、カッコいいなって思った」
「……ハッ、俺がカッコいいなんて絶対不変の真理だろ、何をいまさら」
「だからそういうのがダメなんだよ?」

 人差し指を当てられ、強制的におくちがチャック。
 そのまま相川は俺の右肩に手を置いた。ほんの少し力を入れられただけで、事態についていけず脳がフリーズ状態の俺はあっさりベッドに押し倒される。
 彼女のショートヘアー越しに、その耳が赤くなってるのだけがやけに印象的だった。

「……え、え?」
「そういう風にして強がっちゃダメ、私の前でぐらい、それをやめてよ。じゃないと悲しくなっちゃう」
「は、うん? なに、えっと、は? どうした? いや、あ? え? は?」

 髪をかき上げる仕草がやけに扇情的で一瞬見えた首筋の白い素肌と首元からせり上がっている緊張の赤がコントラストを描いて俺の視界に飛び込んで脳裏を埋め尽くして思考を凍り付かせて。

「ねえ、一夏君」

 眼前の愛しい少女の双眸が決意の炎を揺らめかせてそこに映る俺の間抜け顔が情けなくてそれでも彼女は俺にのしかかって軽い体重を預けて来て俺の肩から頬へと手を伸ばしてそっと肌が触れ合って。


「私だって、好きな人と触れ合いたい――」


 唇を、奪われた。



[32959] IF3-2:アイエスアドベンチャー ぼくらのハニートラップ!
Name: 佐遊樹◆b069c905 ID:0c51c30d
Date: 2016/10/17 13:51
「ハニトラだろあれ」

 俺は布団にくるまって、唇を指でなぞりながらガタガタ震えていた。
 いやなんだあれ……タイミングとかが神がかりすぎでしょ……あんなん普通回避できねえよ俺じゃなかったら即エッチシーン突入だよ、CG回収率上がっちゃうよ……

「いつまでそうしてんだよお前」

 ベッド脇で興味なさそうにテレビを眺めていた男――五反田弾が声を上げた。
 ここは弾の自室。壁一面に本棚が並び、埋め尽くすのは小難しく分厚い書物ばかりだ。
 学問として数えられるものなら全て修めたと言わんばかりの、というより実際に修めているんだろう、天才の名にふさわしい部屋だ。

「いや怖くね? いきなりキスだぜ? ちゅーだぜ? マウストゥマウスだぜ? 何のイベントもこなしてねえのに」
「ギャルゲ脳にもほどがあるだろ……そこらへんのカップルなんて数回メシに行ったら成立したりしてんだぜ? もういい加減恋愛に夢見るのやめろよ」
「そういう辛辣なコメントこそやめろよォ!」

 枕を投げつけると、ぼふっと柔らかい音と共に着弾。
 子供かよと嘆息しつつ、弾がチャンネルを切り替える。

「つーか無断外泊だよな。俺も共犯扱いされたらキレるぞ」
「あ、外泊届は出してきたから安心しろ」
「律儀かよ」

 そこらへんの義理は通さねえと姉さんに申し訳が立たん。
 普段弾が使っているだけあって完璧にベッドメイキングされていたので、それをグチャグチャにしつつ布団から顔を出す。

「で、だ。さぞおモテになってんだろ五反田君。そこんところのアドバイスをしてくれよな~頼むよ~」
「うぜえきめえ……女々しい、男らしさのかけらもねえ」

 アドバイスを頼んだら言葉のナイフが無数に投げられた。
 気持ち血を吐いて突っ伏す。クソが、俺が何したってんだ。女の子の告白にビビって逃げ出したか。うん、女々しい!

「まあ心配する気持ちは分からなくはねえけどな。ほれ、気分転換といこうぜ」

 弾は棚からゲーム機を取り出すと、コードでテレビに接続し始めた。
 まさかこの俺にIS系のゲームで挑むつもりか? 仕方ねえ、雑魚を叩き潰すのもノブレス・オブリージュってか。

「何やんだよ」
「サマーレッスン」
「あもう分かったわお前モテないだろ」
「ブチ殺す!!!!!」

 IQ200オーバーの男が放った怒りのインテリパンチを皮切りに、夜通し続く殴り合いが始まった。
 最後は親父さんのお玉と中華鍋に鎮圧されたが、中華鍋の盾性能高過ぎィ!





 朝日が昇って、そしてしばらくして、太陽が空の真ん中で俺たちを照らしている。とはいっても秋めいてしばらく経ち、アウターなしには外出できない季節だ。
 隣を歩く弾は高身長に映えるチェスターコートで、紅葉を見上げつつ足取りは軽い。
 一方世界オンリーワンのイケメンたる俺は実家から引っ張ってきたショートダッフルで可愛い系アピールバッチリ。ちなみに「俺って可愛い系だよな?」という問いに対して同意が得られたことはない。クソが。目とか二次元みたいにくりくりしてて可愛いだろ。二次元みたいにくりくりしてて。

「おっ、ここだここ」

 公園の遊歩道を突っ切って、道路をまたいだ先。こじんまりとしたカフェが、手書きのメニューを店先に出して佇んでいた。
 味のある店だな、と一瞥して思う。そもそも五反田弾を惹きつけたというだけで良い店なのは分かる。ただものじゃないヤツだし。
 大して車の通りもない信号を二人して待ち、青いランプが点灯してから歩き出す。

 昨夜果たせなかった気分転換を改めて申し込まれ、俺たちはこうして学校をサボり散策している。
 中学時代はまるでサボらない超優良児だったのにな……姉さんごめん、ワルくなっちまったよ俺。いや修行で世界中飛び回ってたからサボりまくりだわ。
 いや、これ、洒落になんないけどな。学園に戻ったらブチギレられそう。

 店のドアを引くと、からんころんと軽い鈴の音。中はカウンターがL字に構えられ、その外側にテーブル席が4つ。客は俺たちの他にはいない。
 カウンター席に座ろうとしたら、弾に首根っこを掴まれた。

「こっちだ」
「……あいよ」

 一瞬呼吸停まったぞテメー。抗議代わりににらみを利かせて、弾の向かいに座る。奴さんが壁側の椅子だ。ソファー席はない。コートを脱いで椅子にかけると、俺のダッフルは思ったよりくたびれていた。

「いらっしゃい、お連れさんがいるのは初めてだね」

 カウンターの内側で雑誌を眺めていたおじさんが気さくに話しかけてきた。あごひげと丸メガネが顔に乗っかっている、フランクな印象の人だ。

「たまにはいいかなと。いつものを2つお願いします。お前ブラック飲めたっけ?」
「ナメんな」

 さっきから子ども扱いされてないか俺。
 おじさんが豆を焙煎し始める。専門店らしい大型の焙煎機だ。詳しいことは知らんが、ボタンを押してコーヒーがゴーッと出てくるわけじゃないのは久々に感じる。

「いい天気だと思わないか? 紅葉狩りにうってつけじゃんか」
「ああ、そうだな」

 マフラーを解いて、傍の荷物入れに入れる。赤マフラーは主人公の鉄則だよな?
 首を鳴らして、肩を回して、指一本一本を解きほぐす。なんとなく、ここに来るまで肩肘を張っていた。それが何故なのかは自分でもよく分かっていない。心構えが必要な気がしたような、そういう感じだ。

「鈴はいつもの調子なのか?」
「ああ。バイオレンスさに磨きがかかってるよ、文字通りの鉄拳だ」
「ISを展開して殺りに来るのか、よろしくねえな」
「やるたびに説教フルコースだけどな。姉さんの」
「そりゃそうだ」

 コーヒー豆が混ざり合う音。

「これからの世界を背負っていく羽目になるんだから大変だろうよ」
「気負ってるやつとそうじゃないやつがいるけどな。大事なのは塩梅だろ」
「違いねえな。何事もバランスが大切だ。バランスを崩すと人間はすぐダークサイドに堕ちる」
「フォースの導きを信じろってか?」
「ハイパーセンサーだったか、ありゃ実質フォースを科学的に解明したものじゃねえのか」
「どういうことだ?」
「360度知覚できるって言われても、人間が普段使ってる処理能力を超えてるだろ。そういうものを手渡されることで、お前らの脳が活動領域を広げている、って解釈するのが自然な気がするぜ」
「フォースってそんな設定だったっけ」
「知らん。ただ言えるのは、ISと人間は互いに独立した存在って言うことだ。片方をハード、片方をソフトと定義することは難しい。少なくともISはそれ自体の中でハードとソフトが確立されている。拡張パックとも言い難い」
「話を小難しくするのは天才の癖か?」
「このぐらいが小難しいと感じるならお前は本当にノリで生きてるだけだな」
「当たり前だろ。人生はノリだ。俺の行動もノリだ。俺はそれでいつでも正しい選択をしている」
「後悔することはないのか?」
「あるさ。それでも起きちまったことを悔やむことは、プライオリティの関係上人より控えめだな」
「俺は後悔ばっかりだよ」

 コーヒー豆を挽く音。

「お前がドイツに行くのを止めればよかった。お前が全然学校に来ない理由を探るべきだった。お前がISを嫌うように仕向けるべきだった」
「……ざっけんなよ。俺の人生のかじ取りを他人に預ける気はねえ」
「それこそふざけた発言だ。お前の人生はお前がどうにもできない領域から操られている。強いて言うならまあ、運命って奴だな。神でもいいぞ」
「超常的存在の定義なんざ哲学者にやらせてろ。俺の人生は俺の人生だ。誰が何と言おうと、世界は俺を中心に回る」
「相も変わらず主観主義の亡者だなお前さんは。だから前しか見えねえ」
「俺の向く方が前だ、当たり前だろ」
「カックイーね織斑一夏君。じゃあ見てる方向と進む方向が違う時、前はどっちだ?」
「銃を構えるとき銃口の先と視線を合わせるのは鉄則だ」
「嘘だな。或いは鉄則を知りながら守れてないビギナーだ。お前は不注意で何人も撥ね飛ばしてる」
「なんだって?」
「相川清香、だったっけか」

 コーヒー豆を挽く音。

「お前の都合で振り回される人々に対して、お前はきっとこう言う。『知るかどけ、俺の通る道だ』ってな」
「……だったらなんだよ」
「問題が発生する」

 コーヒーを注ぐ音。

「ならばその問題とはだ。お前にも、自分を省みなきゃならない時が来たんだ。一人分の道を一人で突っ走るのはお前らしいぜ実にお前らしい。まさに主人公だ。ただしヒロイン不在の主人公無双確定クソラノベストーリー限定でな」
「俺は」
「うるせえ黙れ口を閉じろ。俺の妹は一人の人間だ。間違っても舞台装置じゃねえ。お前の人生の邪魔にならないよう立ち位置をインプットされたロボットじゃねえ。いい加減に自分とその他で十把一絡げにするのはやめろ。俺はお前の親友じゃない、五反田弾だ。俺の妹はサブヒロインじゃない、五反田蘭だ。お前の意中の女はメインヒロインじゃない、相川清香だ」

 机の上に、コーヒーカップが2つ置かれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます、コーヒーは熱いうちに飲むに限るぜ。ほら、冷めないうちに手ぇつけろ」
「…………ああ」

 一口、舌に染み込ませる。黒く、熱く、悪魔で地獄って感じだ。
 タレーランの馬鹿野郎。天使も恋もねえぞこんなの。

「一ついい話を教えてやる」
「おう」
「経験則じゃねえ。妹からの受け売りなんだがな。何かがしたいから……例えばキスがしたいから、好き、ってのは矛盾だ。好きの前に理由として何かが来た時点でそれは偽物だ。好きだからキスしたくなる。だそうだ」
「すげえ含蓄があるな」
「殴るぞテメー」
「傷一つつかねえよ」
「嘘つけ、殴られるたびに傷つくだろ」

 弾は俺の胸を指差した。

「さっきも言っただろ。人間がロボットになろうとしても無理だ。テメーの心がそれを赦さねえ。お前は、傷つかない無敵の主人公じゃない」

 突き出した手をグーに握って、弾が身を乗り出し俺の胸を叩く。

「お前は、織斑一夏だ」

 ――――――――そうだな。

「……さっきの言葉、訂正しろ」
「あん?」
「お前は五反田弾だ。それはそうだ。だけどな、お前は、五反田弾で、俺の親友だ」
「気味悪ィこと言うなよホモか? ホモだな?」
「ガバガバ認定すんのやめろ」

 コーヒーをすする。
 やっぱり、黒くて熱くて悪魔で地獄だ。
 でもやっぱりまあ、コーヒーは熱いうちに飲むに限る。

 pipipipi!
 緊急コール。毎度恒例だな。俺はさっとコーヒーを飲み下した。

「次はちゃんと味わいに来ます」
「うん、待ってるよ」

 初対面なのにこのおじさんメチャクチャ印象いいな。好印象の秘訣があったら教えてほしい。
 赤いマフラーを巻き、ダッフルコートを着込む。

「勘定は」
「次は奢れ」
「了解」

 扉を開き、外に出て、後ろ手に閉める。

「――『輝夜姫(ライジング・ガール)』」
『起動』

 光が交錯し、俺の身にまとうものを分解して格納。
 瞬時に鎧が形成され、戦闘態勢に入る。
 ホバリングし、高度を上げてから一気に加速。街並みが流れていく。

 守りたいから――俺の原初、俺の起源。守りたいから守る。幼馴染も、クラスメイトも、学園にいる人も、この町に住む人々全ても。
 そこに嘘偽りはない。だからこそ、気づく。

 一人だけちげーじゃん。
 あいつだけ、俺、『守りたい』の前があんじゃん。

 好きという気持ちを理論立てて説明するのは難しいなあ。童貞には荷が重いや。やっぱフィーリングが一番だよ。
 でもきっとこれからは、それだけじゃダメなんだ。
 俺は、俺だから。俺が俺の気持ちを大切にしなけりゃ、その気持ちがあまりにも報われねえ。

 織斑一夏は舞台装置じゃない。そのことは知っていた。
 織斑一夏は人間だ。そのことを、今やっと、実感を伴って落とし込めた。

 じゃ、やりたいようにやるだけだろ。

 背部ウィングスラスター最大開放。現行IS最速の座は伊達じゃない。

『――――聞こえるか!』
「姉さんサボリの説教はちょっと後にしてくれるとありがたいというかですね、はい」

 学園が近づくにつれ、とりあえず現状把握だけしとくかと思って通信を受けたら姉さんだった。あかん、殺される。

「どうせ亡国機業だろ? さくっとぶっ飛ばすからその後で」
『ああ、それはそうなんだが――今回の奴ら、本気だ』
「おん?」
『代表候補生が全滅した』

 そマ?

 眼下の陸地が途切れ、蒼海に切り替わる。人工島まであとわずか。
 視線を上げる。変わらぬIS学園と、コバエみたいに飛び回る黒点。無人機か。
 加速を緩めることないまま『白世』を召喚。

「らアアァアアアアアアアアアアアッ!」

 超スピードで突撃、連中が気づく前に、その群れの中を大剣を振り回しながら突っ切る。背後で爆発音が連鎖する。一体一体は大したことねえな。

『マドカと楯無がなんとか持ちこたえているが、それもいつまでか……! 教師陣は生徒を守るので手一杯だ!』
「姉さんは何やってんだよ!」

 片手にハンドガンを持ち、とにかく片っ端から撃ち落とす。

『私は――地下だ! 地下の中枢機関の防衛で手が離せない! 地上の本体を、やれるか!?』
「ああクソッ、了解した!」

 上空で雑魚無人機どもを掃討しているうちに、見つけた、見つけてしまった。
 猛進してきたゴーレムを一刀に切って捨て、そして急降下。

「スコォオオオオオオオオオオオオオオオオオオル!!」

 上段に『白世』を振り上げ、一直線に学園の大地――グラウンドへと落下。
 めがけるは金色のIS。向こうが気づいていないはずもなく、奴は一瞥もせずにサイドブーストをふかして跳ねるように回避した。
 俺の一閃がグラウンドを裂く。砂埃が舞う中――俺は大剣を、スコール・ミューゼルは翼の切っ先を突きつけ合った。

 もとより当てるための攻撃じゃない、こいつを引き下がらせるための攻撃だ。
 だって――俺の背後には、『打鉄改』を着装した相川が、ぺたんと座り込んでいた。

「いち、かくん」
「無事か、怪我は!」
「……ないよ、でも、セシリアちゃん達が!」

 どうやら代表候補生がまとめて叩き落とされたって話はフカシじゃなさそうだ。
 油断なく眼前の敵を見据えながら、じりじりと間合いを測る。

「ちょーっと本気を出しただけで総崩れ。様子見半分だったのに、肩透かしを食らった気分だわ」

 肩をすくめて、スコールが嘲笑う。
 ほざいたな、この野郎……!

「カトンボをぞろぞろと引き連れて、よくもいけしゃあしゃあと!」
「私たちが作り上げたゴーレムたちをカトンボよわばりとは、傲慢が過ぎるんじゃないかしら」
「こんな兵器を無数に引き連れていきなりやって来れば、誰だって怯える! そんなこと分からないはずがない!」
「人々を怯えさせるのが私の存在意義よ、お分かり?」

 分かってるさ。それぐらい。
 でも、お前は、本気でやる気なのか? 本当に、世界を滅ぼしたいのか?

 視線に込めた疑問は、奴の攻撃に弾かれた。
 翼が猛る。屈指のAIによって編まれた、未来予測じみた連撃。
 この得物じゃ無理だ――素早く本命を抜き放ち、鞘であった刀身をPICの変換で打ち出す。一対の翼がそれを叩き落とすと同時、残りを俺が切り伏せる。

「甘いわね」
「甘いんだよ」

 だがここで終わるはずがないのは、俺も向こうも同じ。
 こいつ/俺なら攻撃を防ぐと確信しているが故の弐ノ太刀。神速の踏み込みから繰り出される、俺の純白とあちらの深紅。

 果たして、いつの間に抜いたのかもわからない紅い太刀が、俺の肩から腰に掛けてをばっさり切り裂いた。

「――――――ッ!」

 ように見えた。
 咄嗟の判断でバックブースト、散布したナノマシンが俺を鏡像化し、その分身が両断された。
 どう激突したのかも分からない。ただ言えるのは、こちらから仕掛けた場合に、スコールのカウンターは狙い過たず俺を捉えるということ。
 そのまま後ろに引き下がり、相川の隣に並ぶ。

「お遊びは今日でおしまい。まあそろそろ引き上げようかしら、大体のデータは取れたわけだし……まさか今のを見て、まだ続けるなんて言わないわよね。どこかの誰かさん」
「…………」
「取るに足らないわね。有象無象、名前を覚える価値もない、名乗りを挙げさせる暇も惜しい」
「俺は」

 真正面からいけば、正直勝率が低すぎて笑える。

 それでも。

「やるつもり? なら前言撤回。あなた、誰?」
「俺は」

 相川に、視線を向ける。
 このタイミングで見られるとは思わなかったのか、彼女はきょとんとしていた。オイオイ、お前が好きな男に見られてんのにそのリアクションはないだろ。

 まあ、いいんだ。
 関係ない、俺自身の意思で、今、戦いたい。
 心の底からそう思えた。
 義務でも責務でもなく、俺はそうしたいと思った。

 だってさあ。

 だってさあ、俺、確かに童貞だけど、それでも一人の恋する男なんだぜ。

 好きな女の子にカッコイイとこ見せてえよ。
 バカ騒ぎを起こす面白いやつだって思われたいし、コーヒー飲みながら浮かべる沈んだ表情にギャップ感じてほしいし、君のために叫ぶ愛に胸をキュンキュンさせてほしい。

 これだけでも欲張りでわがままなのに、俺はあと一つ、一つだけは、絶対に捨てられない。

 君に俺を、『織斑一夏』を見てほしい。俺を好きになってほしい。俺は君に愛されたい。

 嘘つきでよわっちくて見栄っ張りでクソガキで負けず嫌いですぐ泣く俺だけど――そんな俺を君に愛してほしい。

 世界を救ってからだなんて言い訳はズタズタに破いて捨てちまおう。
 俺がなすべきは、ただ直進することだけ。

 だから、こそ。

「俺は」

 その全部を君にぶつけたいからこそ。

「俺はッ」

 今この瞬間だけは、最高に最強に、カッコよく演らせてもらう。

「俺はッッッ!! IS学園一年一組、クラス代表兼、相川清香の彼氏候補全一名中堂々のオンリーワン――」

 構えた刀を、震えるほどに握りこむ。



「――――織斑一夏、それがッ、俺の名前だァァァァッッ!!」



 絶対不動の構え。
 隣で相川がぼーっとして、少ししてから顔が真っ赤になり、湯気が立ち始めた。

「えっ、ちょ、え……え?」
「この女を血祭りにあげたら結婚するぞ」
「はいぃ!?!?」

 突如として混乱に陥る出席番号一番。ほら、俺の名前とつながりあるくない? これもう運命じゃない?
 スコールは俺の叫びに、余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべている。

「そう、それが正しい答えよ、一夏」
「スコール・ミューゼル! テメーが何者かなんて正直すげえ興味はあるけど、今この瞬間だけはどうでもいい! 今は、相川清香以外の存在全て平等に興味ゼロオブザゼロだ!! さっさとくたばって世界平和の礎になりやがれ!」

『雪片弐型』を突きつけ、叫ぶ。

「その意気込みや良し。けど勝てるかしら?」

 うんまあ微妙。ISなしの剣道勝負なら百回やって百回負けると思う。

「い、一夏君、結婚するなら無事でいてほしいなあって……」
「安心しろ」

 ウィングスラスターが鳴動する。

「またナノマシン? いい加減ワンパターンよ飽きたわ」
「芸がなくて悪かったな」

 そう言いながら、スコールを取り囲むように俺の分身が発生。
 ランダム機動を行い俺との見分けをつかなくさせて――俺だけ吶喊。
 舌打ちと共に、動いていない分身たちをスコールが薙ぎ払う。突撃している俺がダミーで、カウンターを仕掛けた隙に攻撃されるのを防ぐためだろう。

 まずこれで、翼の大半は逸れた。

 問題はこいつの剣術だ。
 紅い太刀が振るわれる。一見すればなんてことない、突撃に馬鹿正直に合わせた袈裟斬りだ。
 だが俺は知っている。その肩・肘・手首が連動して行われる加速、こちらの剣筋を鈍らせる威圧。嫌というほど知っている。幼少期に叩きのめされまくった記憶は伊達じゃない。

 手に握る白い太刀。俺の精神の象徴を言ってもいい相棒――が、かき消える。
 スコールが瞠目した。
 同時に瞬時加速を逆向きにかけ、猛スピードで突っ込んでいた身体を静止させる。凄まじいGに、喉奥からせり上がった血の塊が唇から漏れる。

「――しゃらくさい!」

 スコールは振りぬきかけた腕を急停止。恐らくPICを使って無理矢理止めたのだろう。そして、流れるように太刀筋が線から点へと移行する。牙突じゃんそれチートやめろよ。
 俺の喉元めがけて繰り出された必勝の突き――を、首を振り、体そのものを斜めに滑らせて回避。ぞるっ! と俺の体が地面とほぼ水平になる。

「ッッッ」

 コンマ数秒と置かずに、突きが振り下ろしに変換される。三段構えってか。
 でもここまで来たら、相手の裏をかくカウンターじゃあないよな。
 深紅の刃が俺を真っ二つにする寸前、俺の両足がスコールの腕を絡めとり、体そのものを押さえつける。くるりと回転し、空中で腕挫十字固の格好。

「ハ――――――」
「―――――らァッ!!」

 ぐぎり、と、人体破壊につきものの音が聞こえた。





 腕が折れたぐらいでスコールは諦めない、ので、空中腕挫十字固から上体を起こすと同時に召喚した『白世』で顔面をぶち抜いた。
 もうその後はヤりもヤったりだ。いやくっ殺みたいなことはしてない。自立稼働する翼をひたすら叩き切っている内に、AIの自動判断だろう、ぐったりしたままスコールは離脱していった。それからゴーレムを全て撃ち落としたころ、地下の敵を掃討した姉さんと合流。適当に石破ラブラブ天驚拳みたいなことしてフィニッシュした。正直スコール相手に集中力使い果たしててよく覚えてない。マジで目標をセンターに入れてスイッチを繰り返してた。

 そして、だ。

 俺は今――完全に針の筵に立たされていた。

「おいお前正気か……? 何全校放送で俺の愛の告白流してくれちゃってんの」
『あらあら、もうこれで後には引けなくなったでしょう? 我ながらいい仕事をしたわ』

 授業中とかマジでもう無理が無理過ぎて、適当な言い訳をして屋上でサボってしまっている。くせになってんだ、ことあるごとに空を眺めるの。
 前回真正面からブチのめしたラスボス様は、あろうことかあの場の会話を学園の放送ラインに割り込ませて校内放送していやがった。
 おかげで代表候補生組からの視線がやばい。『お前こんだけひっぱといて最終的に一般人に着地するんかーい!!』という感じ。問題は相川だけど、まあ意外にも普通。特にいじめられたりしてない。ナギちゃんとかいわく、なんかもうお熱い感じにも程があるのでからかうぐらいがちょうどいいとのこと。無意識のうちに地雷をケアするあたりさすが俺だ。

「あ」
「あ」

 不意に扉が開いて、相川がやって来た。

「……よっ」
「ふふっ、よっ」

 互いにズパッと片手を挙げて挨拶。
 なんだ? 夫婦か?

「あーあ、もう人生メチャクチャだよ」
「惚れる相手ミスってんだよ」
「かもなあ、どうにかできないかなあ」
「あちょっナシで今の」

 俺の隣で柵にもたれかかりながら、相川が冗談だよと笑う。
 今なんかヒエラルキーが確定する音が聞こえた。

「いい天気だね」
「……ああ」

 澄み渡った青空。空気は乾燥していて、息を吸うだけで体の内側が痛む。というか胸が今やばい。ドックンドックンいってる。
 俺は隣に視線を一瞬だけやって、相川がほけーっと空を見上げているのを確認してから。



「そのさ、いいか。彼女になってもらっても」
「いいよー」



 即答された。
 瞠目して、彼女の顔を見る。数拍おいて、彼女もこちらを向き、柔らかくはにかんだ。

「一夏君と一緒にいられるなら、なんでもいいよ?」

 そそうか。何か言うとボロが出てテンパってしまいそうで、何も言えない。
 けれど、安堵と喜びが、じんわりと胸のうちで滲みだす。

「あーでも、他の子たちとはちゃんとケジメつけてね」
「ウッス。分かってるッス」

 それ言われるとマジで何も言えない。
 しばらく俺と相川は、二人並んで空を見上げていた。

「この空も、空の下で暮らす人々も、一夏君が守ったんだよね」

 それは、この間の人工衛星のことだろうか。

「もうあんな真似したらダメだよ」
「いや、する」

 断言。瞬時に答えられる理由は、他ならぬ相川自身。

「不特定多数のためじゃなくて、次は、お前のために、俺は流星になる」
「……一夏君、時々謎のキザ台詞ぶっぱするよね。恥ずかしくないの?」
「そう返されたときが一番ハズいわボケ!! 流してくれや!!」
「言わなきゃいいのに……」

 本当にその通りだと思いました、まる。





 無限の空は、続く。

 空、ソラ、宙。

 どこまでも際限なく広がる青空に、俺は未来を浮かべた。

 世界だって同じだ。俺にとってのIFは、向こうからすれば俺こそがIF。

 ならば『俺』の物語は、ここで一度幕を閉じるとしよう。

 何せここから始まるのはアフターストーリー、単なるファンディスクに過ぎない。

 きっとまだ戦っている人(オレ)がいる。

 きっとまだ絶望しかけている人(オレ)がいる。

 ならば、俺が主役の物語は仕舞いだ。

 

 どこかの青空を、漆黒のISが切り裂いた気がした。


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