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[33028] これじゃない聖杯戦争【Fate/Extra】(完結)
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2014/08/23 20:17
その少年は、何も持っていなかった。
記憶も経験も、自身の名すら持っていなかった。
それでも少年は立ち上がる。
何も持たずとも、歩くことはできるのだと。
歩くことだけは、やりとげるのだと。
ただ愚直に前を見据えて進み続ける。

その傍には、少年を守る半獣の女性。

諦めを知らない魂は、いずれ掴む最果てを目指し輝き続ける。
その果てに待つ結末を知らずに。

前途多難で難関辛苦。
七転八倒で奇想天外。

その聖杯戦争はきっと――これじゃない。





だいたいこんな感じ。
あらすじ詐欺?嘘は言ってない。はず。
月一更新ぐらいでやって――いけたらいいなぁ。
そんな感じ。

これだけは言っておく。

――ごめんなさいでした。







[33028] 契約
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/05/06 15:49
【 Fate/Extra 】



繰り返される日常を捨てた。
終わらない昨日を捨てた。
偽りの自分を捨てようとした。
与えられた役割も、纏わり付く周囲も、全てが嘘だった。

だから真実を求めた。
繰り返される朝の始まりを破り、不変の学園を走りぬき、僅かな綻びを見つけて飛び込んだ。

真実を、ただ、偽りなき本当が欲しくて。
でも、それも終わり。
辿り着いた先、立ちはだかる試練に――敗れた。

襲い掛かる人形。
自分に与えられた人形を対峙させるが、届かなかった。
自分の人形は敵対する人形に崩され、己もまた人形のように討ち捨てられた。

襲い掛かる苦痛に耐え切れず、倒れる。
そして、倒れたからこそ気づいた。

――自分と同じく敗れた者達の残骸に。

苦悶の表情を浮かべ、色を失い、音を発することなく終わった者達。

あぁ――あれが、成れの果て。
自分もまたアレになるのか。

それが、たまらなく……


――恐い。


痛みが恐い。
感覚の損失が恐い。
倒れ伏す者達と、敗者と同じになることが恐い。

――そして。

――なによりも。

――無意味に消える、その事実が恐い。


立たないと。
恐いままでいい。
痛いままでいい。
そして、もう一度、もう一度考えなければ。

だって、この手は一度だって……
自分の意思で戦ってすらいないじゃないか――!



だから!



手を伸ばす。
この状況を打開するために。
そのための刃に手を伸ばす――!

そして、この手で掴んだのは……




-->【妖艶な半獣の女性】




「その魂ちょっと待ったー!」

届いた声はあまりに場違い。
明るさと可憐さで構成された女性の声。
この極限状況で与えられた言葉は、とても場違いだった。

あぁ、だけど。
確信する。
ここからが、始まりなのだと。
この声の主と共に歩む、戦いの始まりだと。

だから、まずは知らなければならない。
打ち捨てられた自分の声を拾ってくれた女性を。

痛みを堪え、恐怖を唾棄し、声の主を見上げる。

その姿は……



――金色の髪。

――獣の耳。

――まるで寸胴を体現したかのような体躯。

――そして、腐った魚を連想させるつぶらな瞳。







「にゃっふっふ。響き渡るSOSに答えてあげるがネコの道。しかもそれがイジリ甲斐のありそうな少年ならば答えずにはいられない!呼ばれて飛び出てジャジャジャ――」


――チェンジで。


















【 Fate/Extra 】

繰り返される日常を捨てた。
終わらない昨日を捨てた。
偽りの自分を捨てようとした。
与えられた役割も、纏わり付く周囲も、全てが嘘だった。

――以下略。

手を伸ばす。
この状況を打開するために。
そのための刃に手を伸ばす――!

そして、この手で掴んだのは……



【おそらくネコ】
【ネコのような何か】
【形容しがたきネコ】



ちょっと待て。
選択肢がおかしい。
バグってるバグってるよ。


「にゃふー!きてやったのに速攻リセットとはやるにゃ少年」

くるなバグキャラ。

「しかし容赦なくタイトルからやり直すとか、もしや二週目?」

クネクネ体を動かすな。
寄るな来るな近寄るな。

「にゃ?そんなに小刻みに震えるなんてどうしたのかにゃ?歓喜のバイブレーション?」
そんなわけがあるか。
嗚咽に震える悲しみの表れだ。

「まるで生まれたばかりの小鹿。しかしそんな少年の震えはあたしが止めてあげるにゃー!」


飛び掛ってきたぁぁぁ!?



















目を覚ます。
飛び込んできた光景は、なんの変哲もない天井と白いカーテン。
自分が寝ているそこが学校の保健室なのだとようやく気づく。

夢、だった。

恐ろしい夢だった。

あぁ、そうだ夢に違いない。
あれが現実のはずがない。
そうだ、戦いなどあるはずがない。

繰り返される日常?
日常サイコー。
終わらなくていいよ。マジで。

そうだ、自分のモットーはMOBよりもやや目立つ。
どんな部活にもいそうなキャラ。
女性にしたらクラスで3番目くらいにかわいい。
それが自分だった。

そうさ、戦いなんて物騒なものにかかわりがあるはずがない。

悪夢からさめ、ようやく自分という存在がはっきりしてきた。
あぁ、ここが保健室ならば、はやく教室に戻らなければ。
授業はまだ続いている。
自分は授業をサボるようなキャラじゃなかったはずだ。

カーテンに手をかけ、視界を広げる――





「うふふ~私の部屋でネコ缶を食い散らかした挙句、リンボーダンスで暴れまわるなんて――!」

「にゃー!なにこの子!影、影からなんかでてるにゃー!あとイカ臭い」

「なっ!誰がイカ臭いですかー!」

「いーやー!このままじゃニュルニュルプレイショクシュー祭り!全国の青少年があたしにロックオン!」

「三味線にしてあげますバケネコ――!」

「にゃー!助けてヘルプ!雷鳥2号!」







――まだ夢を見ているようだ寝よう。













「いやー危うく楽器にされるところだったにゃ」

そのまま楽器になればよかったのに。

「それにしてもあたしのピンチに二度寝に入る少年マジ放置プレイ上手」

そのまま放置したかったのに腹の上に飛び掛ってきやがって。
おかげでこの形容しがたき変なナマモノと一緒に影の国に招待されてしまった。

「戦争が始まる前に死にそうになるとかさすが少年」

やめて!影恐い影恐い!

「おぉう。見事にトラウマ取得。いたいけな少年の心に踏み込むとかマジ悪女にゃー。そこんところどうよ保健室の主」

「えぇ!?私のせいですか!?そもそも貴女が……」

「いやーこれでも少年はマスターなわけで、サポート枠が参加者潰すってどうにゃの?」

「うぅ……こ、このままじゃ保健室の可愛い後輩ロールが壊れちゃいます……」

「ぷすー!ロールって言ってる時点で終わってるニャー!」

「黙れバケネコ――!」

「「影入りウネウネプレイはヤメテごめんなさい」」

「わかればいいんです……って、どうして貴方も謝ってるのですか」

あ、つい。

「ともに罰を受けたあたしと少年はもはや一心同体。つまりあたしの罪は少年の罪。ところで罪と罰ってそこはかとない背徳なかほりがしない?」

悪いがそんな属性はない。

「にゃんて平凡。しかしそれはそれで開発していく楽しみが……」

やめろナマモノ。
そもそもお前は誰だ。

「にゃ?少年が呼んだ素敵サーヴァントにゃ。従属なんて!あたしの体が目当てなのねこのケダモノ!」

ここは、保健室だよな。
なんで俺はここにいるんだっけ。

「貴方は聖杯戦争の予選に勝ち残ったんですよ。憶えていませんか?」

「ありゃ、スルー?それはそれで寂しさと共にこみ上げる快感は甲乙つけがたいものがあるけど、もっとこっちを構ってくれていいのよ?主従的に」

聖杯、戦争?
戦争なんて、また物騒な。

「あの、大丈夫ですか?」

「にゃー!構えー!ウリウリあたしの肉球パンチに酔いしれるがいいにゃー!」

大丈夫、かな?うざい。
いや、ちょっと混乱してるかも。うざい。
聖杯戦争のことも、よくわからないよ。うざい。

「そんな……予選通過時に記憶は返還されるはずなんですが……」

「少年のスルースキルぱねーにゃ」

ごめん、詳しいこと教えてくれないか。
自分のことも良くわからないんだ。

「はい、私でよければ」

「あれ、それあたしのセリフー。そこはマスターとサーヴァントの最初の触れ合い、重要なイベントじゃにゃいの?」

「まず聖杯とは、から簡単に説明しますね」

「にゃー!イベント盗られたこの泥棒ネコー!」

「ちょっと黙っててくださいね?」

「にゃ!?影の国に連れて行かれる助けて少年ー!」

聖杯、戦争。
それはどこかで聞いたような、しかし身に覚えの無い言葉。
だけど、己のおかれた状況が良いものではない、それだけは理解できた。

「モノローグで流さにゃいでーーー!」
















つまり、何でも願いを叶えてくれる聖杯っていうのを手に入れるための戦争、それに自分も参加しているということか。

「はい。貴方は聖杯、ムーンセルを求めて戦いに身を投じた魔術師の1人です」

聖杯、魔術師、ムーンセル。
どれもなじみが無い。
自分のおかれた現状に現実感が無い。

いや、そもそも……

自分という存在が、わからない。

「……大丈夫ですか?」

聖杯戦争を教えてくれた少女が顔を覗きこんでくる。
彼女はこの戦いをサポートするNPCらしいが、その心配そうな表情もこちらを伺う瞳も普通の人にしか見えない。

「にゃー!そいつ普通とかこのウネウネを見てから言ってみろにゃー!」

あぁ、この可憐な少女が人あらざるモノだなんて信じられない。

「きゃっ、可憐だなんてそんな……」

そうだ、この異常な状況に置かれて未だ冷静でいられるのは目の前の少女のおかげである。
それだけは確かな現実。
だから……

――ありがとう。

精一杯の笑顔で貴女に感謝を。

「いえ、私は皆さんをサポートするのが役目ですから」

それでも、助けてくれたことに自分は感謝をしたい。

「そうですか……ふふっ、保健室の初めてのお客さんが貴方でよかった」

お互いに笑顔で見つめあう。




「にゃー!フラグ立ててにゃいで助けてマイボス!こっちは死亡フラグがビンビンにゃー!ウネウネがウネウネがー!」

――背景の異界を無視して。









さて、聖杯戦争の概要は大体理解した。
しかし、これからどうすべきか。

「あの……」

声を掛けられたので再度少女へと向き直る。

「その、できれば名前で呼んで欲しいな~なんて」

そういえば、目の前の彼女の名前をまだ知らない。
いろいろと助けてもらった彼女を何時までも名無しのままにするのは確かにいただけないだろう。

「私は間桐桜です。聖杯戦争の間、マスターの皆さんをサポートします。よろしくお願いしますね」

きっと聖杯戦争の間も彼女、間桐のお世話になるはずだ。
しっかりと名前を覚えておこう。

「桜、と呼んでください。それで……貴方のお名前は?」

名前。
自分の名前は……

――わからない。

「え?」

自分の名前が、わからない。
過去も記憶も……名前すらもわからない。

自分は誰だ。
己は何処だ。

自分を立証するものが何一つないなんて――!

「落ち着いてください!そんな!?アバターがぶれている!?いけません!このままでは電子の海に溶けちゃいます!」

あぁ、己がいない。
自分がない。

死の恐怖を乗り越えてもその先に自分がいないのなら、立つことすら――



「にゃかうじゃにゃいのか?」

背後から声がした。

「にゃかうじゃにゃいのか?」

その声は確かめるように何度も紡がれる。

にゃかう――なかう?
なかう……それが自分の名前……なのだろうか。
たぶん、いや絶対違う。

「あぁ、ナカオさんですね!よろしくお願いします!」

しかし、桜にナカオさん認定されてしまった。
おそらく、自分はナカオさんではない。
でも……
誰かに呼んでもらえらる。
それだけでしっかりと立っていられる。
いつか自分を思い出すまで、ナカオでいよう。

……一応、名をくれたあいつに、感謝を言おう。

ありが――


「昼飯はにゃかうじゃにゃいのか?」

――ネコ缶食ってやがッた。







「にゃー!ほどいてー!あたしが悪かったにゃー!」

一瞬でもアレに感謝した『俺』が悪かった。
あぁ、そうだ。
あんなナマモノは簀巻きにして天井から吊るして日干しするのが一番だ。

「にぼしは好きだけど日干しにはにゃりたくねー!ほーどーけー!」

『俺』はアイツに容赦しない。
そう決めた。

「ふふっ」

何故笑ってらっしゃるのだろうか桜さん。

「いえ、さっきよりもすごく生き生きとしてるなって」

そうだろうか。
よく分からないが、一応名前ができたせいか、自分、いや俺という存在を少し確立できた気がする。

「さて、ナカオさん、まずはこの学園を見て回っては?」

学園を?

「えぇ。ここは戦いの舞台にもなりますから周囲の情報収集も大切ですよ」

そうか、そうだな。
戦い――俺は、戦場にいるのだ。
生き残るために行動を起こさなければならない。

しかし……戦いとはどうやって進めるのだろうか。

「あ、そうですね、もう少し説明しましょうか」

頼む。

聖杯戦争、その戦いがどのように進むのか桜から説明を受けた。

頭上で干からび始めた何かを視界から外して。






つまり、マスターとサーヴァントの二人一組で、直接戦闘はサーヴァントが行うわけか。

「はい。サーヴァントは過去、英雄と呼ばれた者たちがなりますので、魔術師とはいえマスターが介入する余地はありませんから」

なるほど。
過去の偉人、英雄を呼び出して戦うわけか。
しかし……英雄か。

「にゃー。このネコ缶マジウメーにゃー。まっしぐらだにゃー」

英、雄?

「あはは……なんでしょうね、あれ……」

俺が一番知りたい。

「にゃっふっふ。あたしを知りたいと?また1人魔性の美貌に落とされた子羊ができちまうとは罪ぶけーあたし」

あれはバケネコの類だろう。

「ですよね……」

「にゃ!?誰がバケネコにゃ!あたしは立派なネコソルジャーにゃ!」

どっちにしろ英雄じゃないだろそれ。

「ま、まずはアレの能力を見てみては?」

能力を見る?
どういうことだろうか。

「マスターにはサーヴァントの能力を見る機能が付与されます。敵対サーヴァントはある程度情報を集めないと見えませんが、アレは一応ナカオさんのサーヴァントですので見えるはずですよ」

なるほど。
アレが英雄であれなんであれ、この戦いを生き残るためにはアレと協力しなければいけない。

そのためにも……じっと目を凝らす。

「にゃ?少年の鋭い瞳があたしを穿つ。にゃに、この気持ち……視姦プレイ?」

人聞きの悪いことを抜かすな。
じっと見つめていると頭にデータが浮かび上がってきた。

やはり、こいつの出自はともかく、俺のサーヴァントということなのだろう。
こいつがサーヴァント、その事実に大きな不安しか感じない。

いや、絶望するにはまだ早い。
もしかしたらこいつは、有名なバケネコですごく強いのかもしれない。

わずかな期待を込めてデータを読み込む。













クラス:ネコ?

筋力:デブネコ程度。

耐久:17個に分割されてもリンボーダンスができる程度。

敏捷:お魚咥えたドラネコ程度。

魔力:20歳を迎えたネコ程度。

幸運:お散歩してたら殺人貴に襲われる程度。






――オワタ。




[33028] 黄昏
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/05/06 13:06

学園の屋上、誰もいない閑静なそこで電子の空を眺める。
0と1が織り成す幻想的な空は人工物であっても感嘆するほどに綺麗だった。
だがその光景を見ても、今の俺にはなんの感動も与えない。
今も自分の頭には、あることが渦巻き、周りを見渡す余裕など欠片もないのだから。

――聖杯。

願いを叶える嘘のような本当の道具。
数多の人間が命を賭けて望む奇跡。
それを奪い合うのが、聖杯戦争……か。

物語のようなこの現状。
様々な情報を得てもまだ信じられないところがある。

まして自分が聖杯を狙う戦争の参加者であるなどと言われても、まるで実感が無い。
そもそも、俺は聖杯に望む願いなど持ち合わせてはいないし、命を賭けた戦いなど絶対に望んではいない。

だが、戦わなければならない。
そうしなければ――死ぬからだ。

聖杯戦争の勝者は1人。
ただ唯一勝者のみが生還できる。

その事実があるから、戦わなければならない。
そう、過去も記憶も名前すらも失った俺だけど、最後に残った命ぐらいは守りたい。

だから俺は生き残る――



「にゃっふっふ~にゃかにゃかのネコミミパワーを感じるにゃ。この戦い――新たなネコ戦士が生まれる――気がする」


――無理な気がする。










「しっかしいきなり屋上で黄昏れるにゃんて、ナイーブなお年頃かにゃ」

黄昏たくもなる。
いきなり戦えといわれた挙句、そのための武器が先割れスプーンだったんだから。

「あれの先割れってどんな意味があるのかにゃ。あたし的にはモロモロこぼれるのでオススメできねー」

本当にな。
あぁ、俺に渡された先割れスプーンの残念さといったらそれはもう酷いものだ。

「にゃー。先割れディスる少年は先割れに恨みでもあるのかにゃ。フォークでも寝取られた?」

むしろフォークがスプーンを先割れに寝取られた感じ。
もはやフォークの立ち位置なんてないんだよ。

「にゃにゃ!?つまりニャイフの1人勝ちってことかにゃー。あ、今ナイフとワイフかけたから」

気づかねーよそんな微妙なニュアンス。
あぁ、きっとナイフはスプーンを奪い合うフォークと先割れを見て笑っているさ。

「にゃっふっふ。食器の世界も爛れてるにゃー。奪われたスプーン、フォークの涙と先割れの絶望。ナイフは1人高笑い、そのときナプキンは――みたいな」

ここにきてナプキンが来るとは……わかってるなお前。

「にゃにゃにゃ~そりゃ少年の従属だからにゃーエッチ!」

言ってろナマモノ。
お前に欲情する日がきたらその日が黙示録アポカリプス・ナウだ。

――はぁ。

「にゃ?ため息なんかついてどうしちまったのトワイライトボーイ」

ため息だって出るさ。
これから戦うってのに、食器の関係について談義している現状にな。

「にゃふー。ためらいはここに捨てていきなボーイ。明日は地獄にランデブーだぜ」

まさにデスオアダイ。
行っても行かなくても地獄とかハードモードすぎる。

「それに飛び込む少年はマゾゲーマーだにゃ。せいぜい縛りプレイに悶えるがいいにゃ!」

お前がサーヴァントの時点でレベル・アイテム・スキルの全縛りだよ。

「つまりあたしは少年を縛り上げた女豹。女王様って呼んでもいいにゃ」

むしろお前はネコ科(笑)だけどな。
そもそもジェット噴射がでる時点で生物としてどうなんだ。

「あたしのスカートのにゃかは青少年の夢とか幻想とか妄想が詰まってるにゃ。ファンタジーアンドエクスタシー。覗いちゃだめにゃー」

ただのクレイジーだろ。

……あぁ、なにやってんだろ、俺。

「にゃー少年が暗黒面に陥ってしまった。このままではフォース的な力が乱れる!」

助けてくれ星の騎士達。
このバケネコから俺を救ってくれ。

「SOSならあたしがすでに聞きうけたにゃー!大船にのって星空へ飛び立つがいいにゃ!」

星の海でタイタニックとか死亡フラグ乱立どころじゃないな。
というか、頭の上でタップダンスをするな。
重いし痛いし揺れて気持ち悪い。

「ここにきてその突っ込みとは。保健室を出た辺りからずっとやってるのにスルーされてたからちょっぴり寂しいあたしのハート。受け止めてこの想い」

この学園、産業廃棄物の回収はやっているのだろうか。

「にゃー!せめて燃えるゴミにだしてー!」

それでいいのかお前の想い。

「燃えたハートは細かい塵とにゃって降り注ぐ。届けマイハート広がれマイラヴ」

なんというバイオハザード。
ショッピングモールに立てこもらなければ。

「にゃ?誰か来るにゃー。一応気をつけておくとそこはかとなく幸運ににゃれる気がする」

星座占い並みの胡散臭さをありがとう。

……屋上の扉を開けて誰かが来たようだ。










「一通り調べてみたけど、予選のときの学校と作りは同じようね」

辺りを見渡しながら少女が屋上へと入ってくる。
キョロキョロと周りを見てはブツブツと何かを言っている。

「あれ?ちょっとそこの貴方……」

こちらを見た少女が近寄ってくる。
急な接近に身構えることもできず、ただ佇むことしかできない。

「ふぅん……NPCはこんなに近くで見る機会もなかったし、ちょうどいいかな」

(少年、少年)

さらに少女が接近してくるが、耳元で囁く頭に引っ付くように乗っているナマモノに意識をやり、少女への意識をずらす。

(コイツ、ネコミミ族だにゃ。あのツインテはツンデレの証!)

ツインテールだからといってツンデレ扱いとは。
残念だナマモノ。お前の選評眼がその程度とは。

(にゃにゃ!?少年の目にはどう映ったのにゃ?)

いいか、よく見ろナマモノ。
彼女の胸部装甲を。

(ば、バカニャ!膨らみが、たしかな膨らみがあるにゃ!)

気づいたか愚か者め。
まな板かつツインテならばツンデレと断定しても良かった。
しかし、あの膨らみ。それだけでは収まらんよ。

(こ、これが少年の実力だと言うのかにゃ……!)

当然だ。
そして、あれがパッドではないこともこの距離ならば見て取れる――!

(そんにゃ、少年が心眼【胸】の使い手だったにゃんて――でも、甘いにゃ!)

――何だって?

(この聖杯戦争――アバターはカスタム自由にゃ!)

なん……だと……!?

(ちょっとした実力があれば、あらゆる箇所をカスタマイズ。そんじょそこらの美容外科だってお呼びじゃにゃい。それが――聖杯戦争)

そんな……神は、いないのか……

(神なんていないにゃ……ここに在るのは作られた世界と偽りのヒトガタ……少年は偽りの中で本物を求めるラヴウォリアー。ただし武器は先割れ、みたいな)

盛大にブーメランしてるぞ俺の武器よ。

「へぇ……NPCもよくできてるわ。温かいし、柔らかい。でも頭の人形はいけてないわねー」

(太陽ごとぶっ飛ばすぞツインテ――ところで少年、おんにゃのこにベタベタ触られてる感想は?)

思い出させるなナマモノ。
なんのためにお前の下らない話に付き合ったと思ってるんだ。

――意識しないためだろう!

(言い切りおったヘタレボーイ。にゃふふ。あたしには少年の暴れる心臓の鼓動が伝わってきてちょっとしたアトラクションみたいににゃってるにゃー!)

黙れナマモノ。
純情な感情が暴れっぱなしになる。
男の子にはそんな時があるんだよ。

「……それにしても造りこんでるわね……服の中はどうなってるのかしら……ちょっと見ちゃえ――」

「痴女にゃーーー!?」

――痴女だーーー!?

「誰が痴女かーー!って、え?」

「にゃ?」

――え?









「あなたマスターだったの!?」

えぇ、まぁ。不本意ながら。

「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃ、じゃあ今調査でベタベタ触ってたわたしって――」

「痴女だにゃー」

「痴女言うな!アンタも笑うなー!」

俺は別に笑っていない。
明後日の方向を向いて憤慨する少女。
まるで誰かがそこにいるように振舞っている。

――あぁ、なるほど。

「少年、あれがぼっちのにゃれの果てにゃ」

脳内友達とは不憫な……

「誰がボッチかーー!アンタも爆笑するなーー!」

「あたしは少年がああにゃらないように傍にいるからにゃ……」

あぁ、ありがとう相棒――

「そこー!なんかいい話にしてわたしを可哀想な子にするなー!……はぁ、来て、ランサー」

少女がそう言った瞬間。少女の傍に青い人影がいた。
その姿は――


獰猛な瞳。

逆立った青い髪。

鍛え上げられた肉体。

そして……身体のラインを見せるピッチリスーツのその姿は――


「ククク!笑わせてもらったぜ!よぉ、坊主。オレは――」

「変態にゃーー!」

――変態だーー!

「誰が変態かーー!」

「アハハハハハ!」










なるほど、霊体化ね。そんなこともできるのか。

「普通のマスターはサーヴァントを霊体化しているわ。姿だって重要な情報になりえるしね」

なるほど。
聖杯戦争については説明を受けたけど、マスターとしての心得とかはさっぱりだから助かるよ。

「このくらい常識よ、常識……ところで、アレ……あなたの、サーヴァント……でいいのよね?」

あぁ、あの青い人にお手玉されてるUMAのことなら、遺憾ながら俺のサーヴァントだ。


「やめるにゃ変態!クルクル回すにゃー!」

「ははっ!なんだこいつ、オレの時代にもこんなのいなかったぞ!」

「にゃー!世界が回る、天が回る、地が回るー!もしかして今のあたしは世界の中心?」

「ははははは!」

「にゃー!世界の中心でモロモロぶちまけそうにゃーーー!」


遺憾ながら、俺の、サーヴァント、だ。

「そ、そう。その……なんかごめんなさい」

謝らないでくれ。


「はははは!そりゃ!」

「にゃー!ぶっ飛ばすぞ青いのーーー!」


――泣きそうになるから。

「本当にごめんなさい。マジで」










「それにしても、最初あなたを見たときはNPCかと思ったわ」

それは、なんというか、ごめん?

「もう、それはわたしのセリフ。ごめんね色々触っちゃって」

いや、いいよ。俺も抵抗しなかったし。

「まぁ少年は胸のドキドキでそれどころじゃにゃかったしにゃー」

「嬢ちゃんもなんだかんだいって楽しんでたからお互い様だろうよ」

――黙れナマモノ。

「黙りなさいランサー」

「にゃ!」「はい!」

「もう……あぁ、そうだ。まだ自己紹介もしてなかったわね。わたしは遠坂凛。あなたは?」

俺は、俺の名は……

――ナカオ(仮)だ。

「仮ってなによ。仮って」

いや、実は――





「はぁ!?記憶がない!?しかも名前もわからないって本当!?」

あぁ、本当だ、マジだ、事実だ。

「なにそれ、ハードモードとかそんな生易しいものじゃないわ」

ですよね。
ただでさえサーヴァントがあれなのに、縛りプレイにもほどがあると自分でも思う。

「はぁ……まぁ、ご愁傷様とだけ言っておくわ。でも記憶が無いなんて、最弱にもほどがあるわね……」

「少年は全身縛られるのが好みだからにゃー。セルフハードモードにゃ!」

「そう、変わった趣味ね……」

誰がハードMだ。
遠坂もやや離れないでくれ。
俺は泣くぞ。醜聞もなく泣くぞ。

「じょ、冗談よ。それにしても……あなた、戦う姿勢が取れて無いわね」

戦う、姿勢?

「そ、あまりに無防備で、あまりに短慮。いい?わたしも含め、ここにいるマスターは全て敵なの。わかる?」

――敵。

そうだ、これは戦争。
ただ1人が生き残るサバイバルゲーム。
目の前にいる少女も、俺の――敵。

でも……

「なんていうか、覇気が無いというか、緊張が無いというか……そう、現実味が無いのよあなた」

現実味、その言葉が心に刺さる。
目が覚めて、魔術師だといわれ、戦争だといわれた。
遠坂に言われるまでも無い。
俺はまだその現実を受け止められていないのだ。

遠坂に言われた言葉に、目を伏せる。
何も言い返せない。
いや、言い返すための自分が、俺にはまだない。

「はぁ……いい?どんな事でもいいから、覚悟しなさい」

遠坂が真っ直ぐに俺の瞳を見て諭す。

「聖杯に賭ける願いでも、死にたくない思いでもなんでもいいわ。このままじゃあなた、死ぬわよ」

わかっている、わかっている……つもりだった。
でもそれはやはり、『つもり』でしかなかったのだろう。
目の前にいる同い年くらいの少女に言われ、どこか空虚だった現実が重くのしかかってくる。

「……まだ理解できないって感じね」

――ごめん。

「ま、いいわ。わたしとしてはライバル……というほどでもないけど、競争相手が1人減っただけだから。さようなら、ナカオ君。あなたとの会話――嫌いじゃなかったわ」

遠坂が背を向け、屋上から出て行く。
その背にかける言葉など出てくるはずもなく、ただ俺は1人、屋上に取り残された。






















「――クク」

「なによランサー」

「いや、随分とあの坊主に目をかけるんだな?」

「別に目をかけているわけじゃないわ。彼、あのままだとすぐ死にそうだし。アドバイスしたところで一緒だからよ」

「はっ――嬢ちゃんも大概お人よしだねぇ」

「うるさい……自分でもちょっと驚いてるの、あんなに話すなんて――」

「ははっ!いいじゃねぇか、戦争つったって、日常も隣にある。殺しあうまでは仲良くやろーぜ」

「何言ってんの。勝者は1人。仲良くなんかしたって無駄もいいところだわ。それに、彼……たぶん、生き残れないだろうし……」

「そうかい?」

「――ランサー?」

「オレはな、意外とあの坊主が……」


――最後の相手なんじゃねぇかって思うぜ?

















「にゃー少年」

なんだナマモノ。

「気にすることにゃいぜー。あたしたちはマッタリほのぼのキルゼムオールの精神でいくにゃー」

見敵必殺にほのぼのしなければならない人生が嫌だ。

……ありがとな、ナマモノ。
この状況でいろいろと大変だけどさ。
お前と話してると、多少は気がまぎれるよ。

「にゃにゃ?デレた?デレた?」

デレてない。

「にゃふっふ。よもや感じていたネコミミパワーが少年のモノだったとは――お前もネコミミににゃれ~!」

誰がなるか――!

「にゃふー!……少年は好きにやればいいにゃ。あたしはそれに付き合うだけにゃー」

……あぁ。

――ありがとう。









「ところで食器たちのドキドキトライアングルハートだとお皿はどうにゃるのよ」

――お皿は隠しルートのヒロインに決まっているだろうが。




[33028] 覚醒
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/05/08 20:45
聖杯戦争。
月で行われるサバイバルゲーム。
ただ1人の勝者のみ生き残ることができる極限の非日常。
そんな常識はずれな世界に記憶も名前もなくした状況で、未だ覚悟もなく流されるままの自分。

戦いとは何か。
覚悟とは何か。
望みとは何か。

先に待つ戦いへの高揚も。
生き残るための覚悟も。
聖杯に託す望みも。

――何も無い。

記憶がなければ望みは無い。
名前がなければ覚悟は持てない。
己が立っているのか、進んでいるのか、それすらも不安で。
俺には何も無い。

何も、無いんだ。

あぁだけど、一つだけ、何も無い俺にもたった一つだけ確かなことがある。

それは――






――腹が減った。

「あんだけ装飾しといてただの空腹とか。マジ主人公にゃめてるにゃ少年」











あぁ、腹が減った。
怒涛の一日にも自分の本能は空腹を主張する。
そんなわけで、地下の食堂へとやってきた。

「少年の名はナカオ(仮)。ごく普通の少年にゃ」

食券はどこで買えばいいのだろうか。

「ちょっと違うところがあるとすれば、へっぽこ魔術師ってところかにゃー」

食券を求めて食堂でうろうろする。

――ハッ。

「ウホッイイ外道神父」

その人はテーブルで一人、一心不乱に何かを食べていた。
ここからでもわかる。
その人が蓮華で食べている物は、赤い。
唐辛子よりも尚赤く、ハバネロよりも尚刺激的。
それは一見すると食べ物ではなく、マグマそのものだった。
グツグツと煮える地獄の溶岩と言っても過言ではない。
その食べ物は、形容しがたき赤い何かだった。

「外道神父は少年に一瞥をくれると、おもむろに食事の手を止めたにゃ」

さっきから変なナレーションをつけるなナマモノ。
臀部がキュってなるだろう。やめてくれ。

「そして蓮華を少年へと差し向けて――」



「――食べるかね?」

食えるか――!











それにしても、意外と人が多いな。

「そうだにゃー。にゃんだかんだ言って、128人もマスターがいるわけで。――ところで格好良く別れたわりにすぐ再会した気分はどうにゃのよツインテ」

「う、うるさい!わたしだって晩御飯くらいちゃんとしたのを食べたいのよ!」

「そのツンデレ――嫌いじゃにゃいわ」

「黙れバケネコ――!」

遠坂、あっち空いてるから席とってくるよ。

「……あいつはあいつで全然気にしてないのはどういうことなの」

「にゃっふっふ。セルフハード全縛り望むところの少年ハートはまさに鋼にゃー。ところで少年ハートってにゃんか踏みにじりたくね?」

やめろナマモノ。
ガラスよりも脆いんだよ青春時代の少年ハートは。
割れ物として扱え。

「血潮が鉄にゃら問題ねー」

それ赤血球多すぎだろう。
鉄分の取りすぎも身体には良くないぞ。

「それは正義の味方に言ってくれにゃー。あいつマジ身体は鉄だから」

身体が鉄の正義の味方?
キカ○ダーに血は流れていないだろう。

「アンタ達、本当に仲良いわね……」

ありがとう。最低の褒め言葉だ。

「照れるにゃ照れるにゃ。あたし達の相性の良さはこの小指の赤いワイヤーが証明しているにゃー!」

お前指ないから。
ドラ○もんみたいな丸い何かだから。

「はぁ……もういいわ、気にしてるわたしが馬鹿みたい」

「にゃふー。もう脱落かツインテー。そんにゃことじゃネコミミをつけることはできにゃいぞー」

「誰がつけるかー!」

あぁ、あったあった。
遠坂、券売機あったよ。

「アンタもアンタでこのUMAをわたしに押し付けないでよ……」

構ったら負けかなって思ってる。

「そんにゃこと言いつつも突っ込んでくれるツンデレっぷり。愛してるぜ少年」

ふむ、結構メニューあるな。
どれにしようか。

「そうね、目移りしちゃうわ」

「にゃ、スルー?あたしの告白をスルーとかどういうことにゃの。泣いて喜ぶ場面だろうにゃー!」

愛などいらぬ。
俺が求めるは白銀に輝くご飯のみよ。

「愛よりも食欲とか。そこはかとなく反抗期のテレを感じるにゃ少年。んー実に青春」

俺が反抗するのはこの世の不条理だけだ。
さしあたっては先割れスプーンで戦争をしなければならないこの状況に目下反逆中。

「あら~、ちょっと赤くなってるわよナカオ君」

その笑顔、実にネコ科だよ遠坂。
どこぞのNECO科NECO目NECO類種にそっくり。

「いい笑顔にゃマイシスタ」

「ありがとう。最低の褒め言葉だわ」









ところで今気づいたんだが――金が無い。

「ぷにゃー!」

指差して笑うなナマモノ。
俺が文無しだということはお前も餌抜きだということがわからないのか。

「にゃん……だと……」

一瞬でミイラ化したな。
このUMAの生態は謎過ぎる。

「あら、大丈夫よ。予選を通過したマスターには一律に支度金として、ここセラフでのみ使える電子マネーが支給されてるから」

地獄に仏とはこのことか。
良かったなナマモノ。
当面の餓死は免れたぞ。

「にゃふー!今夜はパーリーにゃ!ネコ缶持ってこい!」

一瞬でお肌ツヤツヤとかもうちょっと生物的に振舞えよナマモノ。
あと食堂のメニューにネコ缶はない。

「どう頑張っても英霊には見えないわねこのバケネコ……まぁそれはともかく、端末は持ってるでしょ?あれを券売機にかざして接続すれば購入できるわ」

端末……保健室で桜に貰ったあれか。
ところで支度金ってことは、金を使って色々準備できるのだろうか。

「そうね、霊装や簡易触媒なんか売ってるわ。まぁ、支度金じゃたいした物は買えないけどね。物が欲しければアリーナで一稼ぎするかデータの改竄でもすればいいわ」

改竄とかしれっとチート実行済みですか遠坂さん。
アリーナ……またよくわからない単語がでたけど、今はいい。
さっそく桜にもらった端末を券売機に繋いで食券を買おう。

……エラーって出たんだけど。

「うん?ちょっと見せて……残金0じゃない。初日から何に使ったのよ」

身に覚えが無い。
そもそも電子マネーの存在を今知ったのに買い物なんかできるわけが――

「ぷす~♪」

口笛失敗してるぞナマモノ。
露骨に目を逸らしたなナマモノ。

正直に言えば許してやらないこともないぞ。

「優しい言葉とは裏腹のアイアンクローはやめてー!にゃにこの子握力パネーんだけど!?」

全身をよくわからない力のようなものが脈動する。
筋繊維一本一本に流し込まれる不可視の力。
奥底から吹き出るような高揚感が俺を包む。
流れ出る力は湧き上る地下水のように、今まで塞がっていた蓋をこじ開けて噴出する。
唐突に理解した。
流れ出る力こそが魔力。
そして魔力によって紡がれた筋力を数倍にも押し上げる奇跡。

これが、魔術――!

「にゃんでこんにゃところで覚醒してるにゃー!もっと戦闘シーンとか負傷したときとか主人公的な流れを考えろー!」

それで俺の金を何に使った。

「にゃー!頭が頭がつぶれるにゃー!」

キリキリ吐かないとその脳髄、ぶちまけると知れ――

「ラスボスじゃにゃいかこの少年ー!……散る前にこれだけは言っておく――あのネコ缶はうまかった――」

保健室で食ってたあれか――!

「にゃー!モツがモツが飛び出ちゃうらめー!」

「はいはい、食事処でグロ画像流さないの。わたしはA定食にしよっかな」

あの、遠坂さん、その、お願いが……

「貸さないし奢らないわよ、ご愁傷様。それじゃ、わたしはディナーを楽しむから。バイバイ、ナカオ君」

あぁ待って俺の女神。
一番安いかけうどんでいいから――行ってしまった。

「遠坂凛はクールに去ったにゃ」

目の前が真っ暗になる。
空腹と疲労に苛まれる体は、自然と床へ倒れこんだ。

「少年!しっかり、しっかりするにゃー!寝たら死ぬぞー!」

あぁ、もうだめだ。
先ほどまで漲っていた力は霞のように霧散し、己を立たせる気力すらない。


ここが――俺の聖杯戦争の――終焉――


――コツコツ。

近づいてくる靴音。
すぐ傍で止まったその音に、最後に残った体力を総動員して音源へと首を向ける。

そこにいたのは、黒い靴、黒い服、黒いモジャ毛、赤い何かを盛った皿を手にした目が死んだ神父――



「――食べるかね?」

いただきます――!












「本当に食べるの、それ」

何をおっしゃる遠坂さん。
こんなにおいしそうなマーボーはそうそうにないですよ。

「いやーさすがにその赤さはあたしも引くにゃー」

はっはっは。
遠慮するなマイサーヴァント。
どれ、優しいご主人様はまずペットに一口与えるのだ――

「やめ――おぶぱっ!?」

「……一口で沈んだわよ」

はっはっは。

――マジか。

「止めておきなさいナカオ君。その赤さ、この世全ての辛味といっても過言ではないわ」

あぁ、そうかもしれない。

「聖杯戦争を腹痛で脱落とか、伝説を残したくないでしょう?」

――フッ。
サーヴァントが腹痛で倒れてる時点で手遅れな気がするよ。

だが、例えそれが天上の辛さだとしても、この空腹。
食さずにはいられない――!

「あ、そう。好きにしなさい」

再び舞い上がれ俺の魔力――!

「決戦に挑む覚悟をここで持ってどうするのよ……それで、何かようかしらマトウシンジ君?」

「き、気づいてたのかよ」

初手――蓮華をそっと皿の枠から沿うように入れる。

「さっきから傍でこそこそしといて、気づかないわけがないでしょう?」

「チッ……君、あれだろ、遠坂凛だろ。僕のこと知ってるなんて、やっぱり一流は一流を知るってやつ?」

「そうねぇ……アジアのゲームチャンプらしいじゃない?とりあえずゲーム感覚で参加しているお気楽さんみたいだし――たいしたことはなさそうね」

「なんだとっ!」

ゆっくりと持ち上げた蓮華、その白かった器は赤で侵食されている。

「周りを見なさい。結構な大物もこの戦争に参加しているわ。警戒してないのは、貴方と……そこで必死にマーボー食ってる奴だけよ」

食べるときにも優雅さを忘れてはいけない。
まずは香りを楽しむ――

「ふ、ふん!そんな奴と一緒にしないでくれ!このゲーム、僕が優勝するに決まってるんだからな!」

「貴方に聖杯は御せるとは思わないけど。……西欧財閥が封印指定にしたムーンセル。遊びで望むには危険が過ぎるわよ、坊や」

「その通りです、遠坂凛。聖杯は僕達の管理下に置く。それが最も安全で確かだ」

「――っ!レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ……盟主自らがお出ましとはね」

「な、なんだよお前!?」

そんな……!
一嗅ぎで嗅覚がやられた――!?

「レオでいいですよ遠坂さん。直接お会いするのは初めてですね。貴女ほどの人が参加しているとは楽しみです」

「わざわざご挨拶どうも。いいわ――地上での借り、天上で返してあげる。魔術師としての腕前ならこちらに一日の長がある……!」

例え料理を楽しむ五感の一つを失おうとも、俺にはまだ味覚と触覚が残っている。
この舌で食感を楽しみ、味わってやるさ――!

「そして、僕は貴方にも興味がある。未知のサーヴァントをつれた貴方に」

さぁ、まずは一口……この命を賭ける!

「ふふっ、なかなか警戒心の強い人だ。目も合わせてくれない」

「いや、そいつマーボーに夢中なだけだから……ナカオ君、貴方いますっごく注目されてるわよ、気づいてる?」

――っ!
口が燃える、舌が焼ける、全身が爆発する――!

「はぁ――駄目だこいつ」

「おや、食事中でしたか。それは申し訳ないことをしました。では、せめてサーヴァントの挨拶を済ませて立ち去るとしましょう――ガウェイン」

「はっ。従者のガウェインと申します。以後お見知りおきを。どうか、我が主の好敵手であらんことを」

「真名を名乗るなんて――舐めてくれるわね……!」

全身を駆け巡る熱さが、既に辛味などという領域を越えたその衝撃が脳髄に直接響く――!

「遠坂さんにも彼にもご挨拶できたことですし、行きましょうガウェイン。あぁ――次は、貴方の口からお名前をぜひ知りたいものです。それでは――」

「くっ……お前!この僕を随分と無視してくれるじゃないか!言っておくけどね、このゲームの勝者は僕さ!ハーウェイだかなんだか知らないけど生意気だぞ!」

だが、なぜか――うまい、そう感じる。

「それは失礼をしました。申し訳ありません。知らず貴方を不快にさせてしまったようだ」

「僕の名前は聞かないのかよっ!」

「――必要ありませんから」

「っ!舐めやがって!来い!ライダー!」

うまい、あぁうまい。
全身の熱も、駆け巡る衝撃も、全てを凌駕してうまいとわかる……!

「シンジ、あたしゃ雇われ海賊だ。予定外の仕事は高くつくよ?」

「金なら幾らでもやるさ!あの生意気なガキのサーヴァントを倒せ!」

「アイサーキャプテン。そんじゃ、やるかねぇ!」

「――ガウェイン」

「はっ」

「ちょっと……ここでやる気?」

止まらない。咀嚼する行為も、蓮華ですくう動作も。
止めることなどできるはずがない――!

「それ!まずはこいつを喰らいな!」

「……」

止まらない蓮華、突き抜けるうまさ。
一連の流れは確かに食事だった。
だが、どこかで自分の行っている行為が神聖な何かであるような錯覚に陥る。

ふと……この身に視線が突き刺さっていることに気づく。
視線の先、そこには……マーボーをくれた神父がいた。

その瞳は言っている。

『――うまいだろう?』

――最高です。

サムズアップで渡された神父の想いに、最高の笑顔でサムズアップを返す。
あぁ、認めたくは無い。だが、認めざるを得ない。
これこそが……至高のマーボーなのだと――!

「くっ……やるねぇ、セイバー」

「チッ、互角か。畳み掛けろライダー!」

(互角?本気で言ってるなら間抜けもいいところよ。あの一瞬、ライダーの銃は無効化され、セイバーの刃は確かに届いた――!)

神父が立ち上がり、俺に背を向ける。
あの大きな背は言っている。

――食事を続けろ、その先に真理はある――と。

あぁ、わかったよ神父。
あんたの思いは、最高の応援は……確かに届いた――!

「そこまでだ。学園内での私闘は禁止されている。自粛したまえ」

「チッ!セラフ側の監視者か!おい!お前!次はボコボコにしてやる!行くぞライダー!」

「……あいよ、キャプテン」

一心不乱。
今まさに俺の食事は天元を迎える。
俺は垣間見た、天上を突き抜ける至高の存在を。

「さて、僕達も失礼しましょう。行きますよガウェイン」

「はっ」

楽園はあった。ここに在ったのだ。

「……行ったか。ま、ハーウェイのサーヴァントが見れたのはラッキーだったわ。じゃ、わたしも行くから。貴方……ある意味大物だと思うわよ、ナカオ君――ダメな意味でね」












あぁ――うまかった。

「時々あたしもびっくりするぐらい引くにゃ少年」

おかわりを所望する。

「まだ食う気にゃー!?」

「ふっ……見所のある少年だよ、君は。――ついてこれるかね?」

上等だ、どこまでもついて行ってやる……いや、あんたがついて来い神父――!






~あとがき~

――アレがネコアルクだと何時から錯覚していた?

まぁ、ネコアルクですけどね。
一人称が「あちし」じゃないのにはちょっとした理由があります。
大した理由じゃないけど伏線のつもりもあったりなかったりするので、気になる方は喋る鹿エトに相談すればいいってジョージが言ってた。

ネコアルクの放つ宝具はギャグ補正。
一番に影響を受けるのは当然マスターだよねってお話でした。
連休最後になんとか投下完了。明日からは平日なので次は遠いです。
こんなノリで続けるので、コンゴトモヨロシク。



[33028] 初陣
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/05/16 20:22
厳かな教会。
神聖な雰囲気漂う神の家。

「ムーンセル――世界の不確定な未来を操作することさえ可能とする奇跡の具現」

黒衣を纏った神父の声は威を伴って俺を突く。

「魔術師と呼ばれる人種が命を参加料として聖杯を奪い合う――それこそが聖杯戦争」

俺を貫く瞳は、どこか値踏みをするようで、どこか憐れむようでもある。

「殺し合いの先に奇跡を求めるとは――達しがたいものだとは思わんかね」

神父は俺から視線を外し、背を向ける。
教会の正面奥へ設置された巨大な十字架。
それに向き直る神父は――全ての魔術師に、哀れな探求者達へ祝福あれ――と小さく呟いた。
その祝福は、聖杯戦争の参加者へ向けられた安否を気遣う物ではない。
死に逝く者へと向けられた別れの宣告だった。

「少年、君の行く末は君自身が決めなければならない」

背を向けられたままの言葉。
だが、その言葉はまるで正面から俺の胸を突き刺すような重圧がある。

「さて――命を賭けた闘争の先に君がどのような答えを出すのか……心したまえ、君の戦いは今日、この日に始まるのだから」

――わかっている。
そう返そうと気概を上げるが、うまく言葉にできない。
俺は……未だに迷っているのだろうか。

「そして……ふむ――極めて異例なことだが、君に何者からかメッセージが届いている」
神父はこちらを振り返り、口ごもる俺を気にすることなく、メッセージを読み上げた。




『光――あるといいね?』

お先真っ暗みたいな扱いはやめて。












さて、俺達のやることはわかっているな。

「当然にゃ。この戦争を勝つための第一歩にして最重要項目にゃ!」

うむ。その通りだ。
神父から聞いた話をもう一度おさらいするぞ。

「にゃ!」

いい返事だ。だが話を聞くときはジェット噴射でホバリングしながらではなく地に足をつけて聞きなさい。

では、振り返るぞ。
一つ、決戦までは幾日かの猶予がある。

「命を捧げるまでの執行猶予にゃ」

死刑を待つ囚人みたいな扱いはやめろ。あながち間違ってないから泣けるだろう。

一つ、猶予期間中は好きに行動していい。
アリーナと呼ばれる場所で訓練してもいいし、相手の情報を集めてもいい。

「ネコ缶を買ってもいいし、ネコ缶を食べてもいいにゃ」

その選択肢はない。
そして、ここで重要なのがアリーナの存在。
そこには、エネミーという敵性プログラムがいて、いい訓練相手になるらしい。

「にゃにゃ!つまりあたし達がすべき、最重要項目は――!」

そう俺達はアリーナへ向かわなければならない――




――明日の飯代を稼ぐために!

「死活問題にゃ!」

「訓練しなさいよ!」








仕方ないじゃないか遠坂。
俺は文無しなんだから。

「ぷぷっ!貧乏人がいるにゃー!」

お前のせいだバカネコ――!

「アインアンクローはやめてー!頭もげちゃうらめー!」

反省しろ、果てしないほどに。

「はぁ……アリーナにご飯代稼ぎにいくのは貴方くらいよ」

とはいえ、先立つ物がなければ、最悪餓死もありえるからな。
やらざるを得ない。
それにしても、エネミーを倒せば電子マネーが手に入る仕様でよかった。
そうでなければ、3日ほどで俺は脱落してたよ。

「餓死の心配をしなければいけないのも貴方ぐらいよ……とりあえず、気をつけてと言っておくわ。アリーナで気をつける相手はエネミーだけじゃないからね」

何か他にあったか?

「さっき神父が言ってたでしょうが……」

「少年は電子マネーの話が出た時点で如何に多く稼ぐかを考え始めてたから聞いてにゃいにゃ」

――明日の飯代以上に留意すべきことはない。

「いっそ清清しいわ……アリーナはね、対戦者同士が同じ場所なの。つまり、訓練中にばったりあっていきなり戦いなんてありえるからね」

決戦までは対戦者同士の争いは禁止じゃないのか?

「建前はね。セラフからの介入があるまでタイムラグはあるから、介入前に相手を倒せばいいのよ」

なるほど。
決戦前でもアリーナで襲われて脱落ってこともあるのか。

「そ、だから気をつけなさいよ。魔術師っていうのは、卑怯も外道もなんだってするやからもいるんだからね」

あぁ、わかった。

「もし何かあったらリターンクリスタルで帰ってきなさい。一つだけ皆に支給されているから、貴方も持ってるでしょ?」

あぁ、使えばアリーナから脱出できるやつだな。

――ありがとう、遠坂。
君には助けられてばっかりだ。

「別に気にしなくていいわ。貴方みたいな弱っちいのを助けたところで、わたしの敵にすらなれないし」

「とかそっぽ向いて耳赤くして言われてもにゃ。ニャイスツンデレ!」

「黙れバケネコ――!」

すっかり仲良くなれたようでよかったよ。

「遠巻きに見守る父のような眼差しでみるなー!」

「にゃっふっふ。照れるにゃ照れるにゃ。ツインテは立派なネコミミに育てるってあたし決めたから」

「誰がつけるかー!」

写真はお幾らですか?

「買うなー!」









さて、さっそくアリーナの前に来たわけだが。

「さぁ、シンジ。約束の報酬を貰おうか」

「この守銭奴め。いくら欲しいんだよ!」

一組の男女が入り口で言い争っている。
ちょうど入り口を塞ぐように立っているため、素通りすることはできそうにない。

(少年、少年。あいつ対戦相手にゃ)

頭に乗っているバケネコの囁きに、入り口で言い争う二人が対戦相手だと気づいた。
そう、たしか名前は――

サトウカンジ君。

(カトウケンジにゃ!)

そうだったか。
とにかく、そのカトウ君が入り口でサーヴァントと思われる女性と言い争っていてアリーナに入れない。

それにしても――この戦い、勝てる気がしない。

(にゃ!?いきなり負け宣言とか、らしくにゃいにゃ少年!)

お前には見えないのか、あの戦闘力が……!
あの大きさ、間違いなくFはある――!

(確かに、あの胸部装甲は目を見張る物があるにゃ――しかし!可憐さではあたしに軍配が上がる!)

――はっ。

(鼻で笑いやがった――!)

サーヴァントの交換とかできないかな。
このバケネコは通信したら進化するって言ったら交換に応じてくれないだろうか。

(あたしの進化には特殊条件が必要にゃ。ちなみに条件を今満たすことはできにゃいから進化不可能にゃ。あとは努力値を振るだけにゃ!)

そんな廃人仕様の縛りプレイで戦争しなければならないとかきつ過ぎる。

――と、馬鹿やってるうちに向こうさんの話がまとまったみたいだぞ。

「アタシは財宝があればあるほどやる気がでるからねぇ……戦いのマネジメントはマスターの役割だよシンジ」

「チッ!わかったよ!いまからアリーナを改竄して財宝をだしてやるから、それを集めればいいさ!」

「それでこそだよキャプテン。さぁて、金銀財宝ざっくざくってな!」

――その話、聞かせてもらった。

「地球は滅亡するにゃ!」

しねぇよ。
やぁ、初めまして対戦者。

「なっ!?なんだよお前!」

「おや、対戦相手の坊やじゃないか」

坊や扱いだと――!?


――本望です。

「にゃっふっふ靴をお舐め坊や!」

ぶっ飛ばすぞナマモノ。

「殴ってから言うにゃー!」

ナマモノに坊や扱いされる筋合いはない。
だがお姉さんになら言われてもいい!

「あっはっは!おもしろい坊やだねぇ!」

「な、なんだよお前!僕達の話を盗み聞きしてたのかよ!」

あぁ、その通りだクドウシンイチ君――!

「誰が高校生探偵だ!僕はマトウシンジだ!」

おっとすまないシンヂ君。
それで、だ。

「釈然としないな……なんだよ」

アリーナの改竄とは、なかなかやるじゃないか。

「ふ、ふん!まあね!僕くらいの凄腕ならアリーナにアイテムを出すくらい余裕さ!」

あぁ、正直驚いているよ。
俺の対戦相手がここまでの腕の持ち主だってことにね。
――ところでそのアイテムって取得するのになにか要件はいるのか?

「いや、さすがにそこまでの条件付けは無理だったよ。腐ってもセラフってことさ。アイテムを出すだけで精一杯だね。まぁ!アイテム出すだけでもすごいんだけどね!」

あぁ、すごい――抜き足。
本当にすごい――差し足。
君はすごいよ――忍び足。
勝てる気がしないな――アリーナへの入り口までの進路確保。

「ははは!わかってじゃないか君!まぁ、僕と最初に当たったことに嘆くんだね!」

あぁ、本当に不運だったよ。
だから少しでも抗うためにアリーナで訓練してくるさ。では失礼する。

「さらばにゃ、にゃんちゃってパーマ!お前はにゃかにゃかいじりがいがありそうにゃー!」

「あぁ、じゃあな!アリーナで訓練したところで無駄だけどね!」

「……シンジ、あたしゃアンタの将来が少し心配になってきたよ。」









行くぞ、財宝はすぐそこだ――!

「にゃっふっふ!おだてて財宝掻っ攫う作戦は大成功にゃー!」

「待てこの野郎!」

「海賊から盗もうなんていい度胸だよまったく」

ちっ、追いかけてきたか。
だが、スタートダッシュでかなりの距離は稼げている。
このまま逃げ切る――!

「にゃにゃ!?あいつら足速いんだけど、ドーピングしてるにゃ!」

尋常じゃない速さだ。
と、いうより足の動きが速すぎて若干気持ち悪い。
とはいえ、このままでは追いつかれてしまうな。
ならば――!

「よし、コードキャストの速力強化でこっちのほうが速い!」

「さぁて、財宝を狙う競争相手に容赦はしないよ」

迫り来る脅威。
段々と近づいてくるプレッシャー。
だが、俺にはそれを打開する術がある!


――いくぞバケネコ!

「来い少年!」

大地を蹴り大空へと舞う――!

「出力最大、マックスハート!」

行け、その先に真実はある。
財宝という名の真実が――!

「にゃふー!つまりこの世は金でどうにかにゃるってことね、主人公のセリフじゃにゃいけど……嫌いじゃにゃいぜ少年――!」

「ちょっ、あのサーヴァント、ジェット噴射で飛ぶとかどういうことだ!?」

「しかも、マスターはマスターで飛んでいるアレに乗って立ってるねぇ」

財宝までの道筋は既にハッキングして調査済み、飛べマイサーヴァント――!

「にゃふっふ。セコイ事に全力を賭ける少年はマジ輝いてるにゃ。それでこそマイマスターよ!」

はっはっは、さようならイカリシンジ君。
君とのかけっこは中々に楽しかったよ。

「ぜはぁ!ぜはぁ!ま、待てよ!待って!待ってよぉ!僕のほうが足が速いんだぞぉ!」

「かけっこで置いてかれるような情けない声だすんじゃないよ!」







あそこだ!あの角を曲がれば財宝は目の前に!

「イニャーシャルドリフトォォォォ!」

ちょっと待て減速しろ慣性が――!?

「にゃふー!あたしの前は何人たりとも走らせにゃいぜー!」

ブレーキしろぉぉぉぉ――ぐはっ!?

「財宝まであとちょっとにゃー!」

おい、待て。置いていくなバカネコ――!

……行ってしまった。
壁に思いっきり叩きつけやがって。
少しばかり打ったか。

「――追いついたぞ」

「やれやれ、手間かけさせるじゃないか」

……まぁ、時におちつけシンジ君。
まずは呼吸を整えて、次に来る使徒への対策にについて語り合わないか。

「誰がサードチルドレンだ!……まったく、随分と馬鹿にしてくれるじゃないか」

まぁまぁ。かつてあったことなど水に流そうじゃないか。
俺達は明日へ向かって生きている。
そう誓っただろ親友。

「入り口で出あったばかりだろ赤の他人!お前の軽口も飽き飽きだ……ライダー!」

「あいよ。悪いね坊や。うちのキャプテンは沸点が低くてさ」

気にしてないさ。


――時間は稼げた。

「にゃっふっふ。そこまでにゃ!」

遅いぞバケネコ、財宝はどうした。

「最初にそこを気にするとか少年マジ守銭奴にゃ。心配御無用、しっかりと取得済みにゃー!」

よくやったマイサーヴァント。
明日の飯の種だ、大事にしろよ。

「クソッ!サーヴァントが戻ってきやがったか……けど、無駄だね。そんな弱そうなので僕のライダーに勝てるわけがない!」

「略奪は海賊の花だ。その財宝――貰うよ!」

ライダーが銃を構える。
途端、襲い来る威圧感。
圧倒的存在感が俺の前に立ちはだかる。

――怖い。

ただ、その感情だけが脳裏を埋め尽くす。
あれが、サーヴァント。
あれが――英霊。

勝てるはずが無い。
いや、そもそも戦うという選択肢を選ぶことが間違っている。

人の領域を越えた存在に抗うなど、できるはずがない――!

「ふふん、どうしたんだ?随分と汗をかいてるじゃないか。くくく!」

相手のマスターがこちらを蔑むその声も耳に届かない。
俺の神経は全て目の前の女性に注がれている。
ライダー、その存在が一歩でも動こうならば、俺の命は一瞬にして消え去るだろう。
思い浮かぶことは、倒れ伏す自分の姿のみ。
それほどまでの絶望感。
イメージすらも死しか浮かばない。

「……大丈夫にゃ、少年。あたしがいるぜー」

――恐怖が霧散する。

その声は、あまりに普段と変わらなかった。
普段の馬鹿話をする時と一切変わらないその声に、恐怖という呪縛から逃れることができた。

ちらりと、横に立つ己のサーヴァントを見下ろす。
自分の腰よりも低い体躯。
戦うことなど想像できない姿。

あぁ、それでも。
横に立つ己のサーヴァントが。
共に在る自身の味方が。

――これほどまでに頼もしいなんて。

「おや、戦う覚悟ができたようだね」

ライダーがにやりと笑う。

言われるまでも無い。
この場においての覚悟はできた。
そうだ、俺には隣に立つ者がいる。
なら、戦えないはずがない。

だから俺は――!










――リターンクリスタルを使用する!

「にゃっふっふ!さらばにゃー!」

さらばだアケチ君。またどこかで会おう。

「え、ちょっ、待てよおい!?」

はっはっは。
財宝は頂いた――!

「待て!卑怯だぞ!おい――!」

「――やれやれ、今回はアタシ等の負けだね」














さて当面の軍資金は得たな。

「少年、少年。ネコ缶、ネコ缶が欲しいにゃ!」

こらこら、廊下ではしゃいじゃダメだろう?
仕方ないな、お前も活躍したし――一番いいものを買ってやろう。

「ふっとぱらにゃー!お金持ってるときの少年の余裕っぷりはパネーにゃ!」

ふ、当然だ。
今の俺に怖いものなどない。
おっと、まずはこの財宝を電子マネーに換金しなくては。
購買部に行こう。

「了解にゃー!」











【売る】

⇒【かいぞくのざいほう】

さて、いくらで売れるか。
財宝というからには結構な――

【それを売るなんてとんでもない】

イベントアイテム扱いだと――!?

「にゃー!あのワカメパーマ、改竄失敗してるにゃー!?」

――めのまえがまっくらに――

「しっかりするにゃ少年ー!」






~あとがき~

マスター:ナカオ(仮)
レベル:1
所持金:0




[33028] 約束
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/06/10 22:23
――セラフ。
天に座す聖杯が紡いだ戦いの場。
本物と間違うほどの精巧な偽物。


殺し合いのために用意された美しき天の箱庭で俺は――人外の領域を垣間見ている。

睨みあう2つの存在。
ぶつかり合う不可視の圧力に押しつぶされそうになる。
自身の目の前で圧殺するような威圧感が放たれ、己はそれを眺めることしかできない。
立ちすくむ俺の前で、人を超え、獣を越え、神の領域すら超えようと、頂点を欲する戦いの幕が上がろうとしていた。


空間が軋むほどの闘志のぶつかり合い。
相手を喰らい尽くそうと隙を探る鋭い瞳。
間合いをとりながらじりじりと体を動かしている。
やや中腰で、相手の射程から少し外れた場所を維持した歩方。
対峙する2人がまったく同じ動きを行う。
それは、上部から見れば2人で円を描くように見えるだろう。
技量の切迫した者が見せる綺麗な真円。
達人同士が見せる奇跡の瞬間。
互いが互いを打ち倒そうと一瞬の隙を伺っている。

空気が痛い。
俺は対峙する2人から離れているのが、そう感じるほどに空間に緊張と闘志が満ちている。
ビリビリと肌を刺すような威圧感が、あの2人から感じられる。
そして、中腰で円を描くように動いていた2人が――止まった。
思わず息を飲む。
始まる。始まってしまう。
命を賭した戦いが。
相手を喰らう闘争が。

一瞬の停滞。
空間に満ちる緊張が限界へ達する。




――動く!




一瞬の刹那すら凌駕する動きで二匹の雌が走り出す。
そして互いの射程に入った瞬間、攻防の構え。
予備動作すら見せない達人の技。
ここから始まる戦いは、決闘などという生易しい物ではない。

たった二人の闘争、だがそれはまさしく――














「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ!」

「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ!」


――戦争カバティだった。


「ニャー!」

「ガオー!」

















廊下でいきなり女性教諭とカバティを始めたサーヴァントを置いて、俺は今、保健室の前にいる。
そして、俺の胸は多大なる覚悟といささかの緊張で動悸を早くしていた。
幾度か深呼吸を行い、気分を鎮める。

よし、やれる。
俺はやれる。
そう、やれる……やってやるさ――!

気合を入れて扉を開け中へ入ると、保健室の主たる少女が朝のお茶を楽しんでいたようだ。

――おはよう、桜。

「おはようございます、ナカオさん。朝早くにどうされました?お怪我でも?」

いや、怪我はない。息災だよ。
実は――君に会いに来たんだ。

「……ぇ、えと、その」

少し困ったような、はにかむようなその微笑に保健室に入る前の覚悟が折れそうになる。この少女に対する俺の想いが折れそうになる。
だが、やらねばならない。
そうだ、そうしなければ俺はこの先歩くことすらできないのだから。

――桜、朝食はもう済ませたのか?

「ぁ、い、いえ。まだですが……」

そうか、そいつは重畳。
ここへ来たのは朝食の誘いに来たんだ。

「朝食の誘い、ですか?」

あぁ。
君と一緒に朝食を楽しみたい。
――だめだろうか?

「……そ、その……急に言われても……」

いきなりの誘いに驚いたのであろう。
桜は陶磁のような美しい肌を桃色に染めて困惑している。
そうだろうな、会って間もない男に急に誘われれば、困惑もするだろう。
だが……俺は譲らない。いや、譲れない。

――桜。

「は、はい!」

君と一緒に朝食を――朝を過したい。
これが――俺の偽りなき本心だ。

「――そこまで、私のことを……」

あぁ。君と共に。
それが、俺の望みだ。

「――わかりました。ご一緒させていただきます」

そうか!
いや、嬉しいよ。

「そんなに喜んでいただけるなんて……私も、その……」

よし、さっそく食堂へ行こう。
そして、一緒に朝食を食べよう。

「はい――」




――君の奢りで。

「――もちろん、私の奢りで……え?」















「もう、急なお誘いでビックリしたじゃないですか」

はっはっは。
いや、すまない。
俺も切羽詰っていてね。ところでこの縄をほどいてもらえないだろうか。

「お金が無くてご飯を食べれなくて困っているなら、そう言ってくれれば良かったのに」

はっはっは。
いや、すまない。
それを言うには少しばかり恥ずかしくてね。ところでこの縄をほどいてもらえないだろうか。

「だめですよ?ナカオさん。あんまり勘違いするようなことを言っちゃ、女の子に怒られちゃいますよ?」

はっはっは。
いや、すまない。
ところで桜さんや。まずは落ち着いてその包丁を机の上においてから、お互い距離を離して会話しないか。
こんなに近いと、俺、ドキドキして桜の顔が見れないよ。

「うふふ。もう、ナカオさんたら」

微笑と共に桜が包丁を持って俺から離れる。
全身を縛られ床に転がされた俺には離れていく桜の背を眺めることしかできない。
そう、背を見せる桜が、カチャカチャと何かしらの音を立てることを見続けることしかできない。

「うふふ……あはっ!」

――ダンッ!

包丁を何かに叩きつける音、段々と激しくなる桜の挙動。
しかし、俺からはその背しか見ることはできない。

――さ、桜さん。

「――はい?」

首だけをこちらに向けた桜。
流し目をするような、横顔。
その瞳が俺を貫いた瞬間、全身が凍りついた。

――ナニを、なされているのでしょうか。

「ふふ……もう、少し。もう少しですから――」

もう少し、それが俺の残り寿命とでも言うのか――

「――完成です」

終わった。
桜の作業と俺の命が。
あぁ、これが俺の聖杯戦争の終着――



「はい、どうぞ」

コトリ、と目の前に置かれた膳には……

ほかほかと湯気を立てるご飯。
熱々の熱気と共に良い香りを放つ味噌汁。
香ばしさで食欲を掻き立てる焼き魚。
そして、生卵に海苔、納豆。

それはまさしく――朝餉の帝王だった。





――うまい。

一粒一粒にお百姓さんの想いが込められている。

――うまい。

絶妙な焼き加減の魚を一口含むだけで舌が喜んでいる。

――うまい。

味噌汁はどうだ。この塩加減。他の食材の邪魔をしない。しかししっかりと主張する味噌の香り――!

つまり……


うまいぞぉぉぉぉぉぉぉ!

「おかわりはまだまだありますから、慌てないでください」

おかわりを所望する。

「はい、どうぞ」

桜から渡されたご飯、それに納豆をかける。
するとどうだ、先ほどまでの淡白でありながら甘さを主張していた米がその表情をかえ更なる旨みへと昇華された。

終わらない。終わらせることなどできない。
これこそが俺の望んだ――食事なのだから。

「はい、お茶どうぞ」

――ありがとう。

渡された緑茶を飲む。
やや渋みの強いそれが、先ほどまで口に残っていた味を消し去る。
それ即ち、俺の食事はまだまだこれからだということに他ならない――!

……ところで、今更だけど、良いんだろうか。
いや、実際すごく助かってるし、ありがたいんだけど。
マスターを平等にサポートする桜が、この行為によって何らかの不利益が起きないか心配になる。

「はい。私の役割は聖杯戦争を行うマスターのサポートですから。聖杯戦争を『行うため』にマスターの健康管理を行うことに問題はありません。それに――私が好きでやっていることですから、気にしないでください」

――女神はいた。
ここにいた。

何もない俺が放り込まれたこの地獄にも救ってくれる人がいた――

「ふふ、大げさですよナカオさん。あ、食後の甘味を持ってきますね」

甘味――それは、あまりにも甘美な誘い。
あぁ、今この瞬間。俺は幸せの中にいる――





「騙されるにゃ少年――おぶぱっ!?」

「ふふ、貴女はお呼びじゃないですよ」

『もがもが!か、影に取り込まれりゅー!』

「そのまま静かになりなさい」

『にゃにが目的にゃー!』

「ふ、ふふ。貴女にわかりますか?――出番がないということが」

『ま、まさか!?出番欲しさに――でも、それは無駄にゃ!少年がいくらモブにフラグを立てようと回収されないにゃ……そう、かつて薄幸同級生がメインルートはないと茸に宣言されたように――!』

「そう、そうですね。いくら頑張っても、主人公がNPCにフラグを立てても無駄なのは分かっています。しかし、私はこう考えました。フラグを立ててくれないなら、私が立てればいいじゃない、と――」

『にゃん……だと……!?』

「つまり、ナカオさんの桜ルートではなく、私のナカオさんルートなんですよ!」

『いや、その発想はおかしい』

「そして私は返り咲く。表舞台へ――!……と、いうわけでもうちょっと影の国で遊んでてくださいね?」

『らめー!ウネウネの国へ招待されちゃう助けて少年――!』

「計画道理です」





――ごちそうさまでした。

「はい、お粗末さまです」

満たされた食欲。
手に入れた満足感。
これから訪れる戦いすら霞む幸福感が俺を包む。
こんな時にいないなんて、俺のサーヴァントも運がない。
一緒にいれば焼き魚くらいやったんだが。
いや、あいつは今ネコ科の世界統一戦に全精力を賭けているから邪魔はしないほうがいいか。

『ヘルプ!助けてマイボス!ウネウネが迫る、迫ってくるにゃー!』

一瞬バケネコの声が聞こえた気がするが、おそらく気のせいだろう。
あぁ、そうだ。気のせいに違いない。
桜の影が蠢いているはずがない。うん気のせいだ。

さて、これからどうするか……

「……ナカオさん」

桜が俺を伺うように名を呼んできた。
その表情は先ほどまでこちらをニコニコと微笑みながら見ていたときとはまるで違う。
やや、言い辛そうにこちらを見ている。

「大丈夫ですか?」

思わず、息を飲んだ。
こちらを真っ直ぐと見つめる瞳に、飲まれそうになる。

「ずっと、無理をしているみたいだったので……」

全て、見透かされていたのだろうか。
俺を苛む――恐怖を。

そう、俺はずっと恐怖していた。
これから始まる戦いに。
今日行われる――戦争に。

戦う行為が怖い。
命を狙われることが怖い。
命を奪わなければいけないことが――怖い。

俺はずっと逃げていた。
今日という刻限から、ずっと。
馬鹿話で話を逸らし、馬鹿な行為で未来を忘れる。
そうしなければ、恐怖で押し潰されそうになる。

あと数時間で戦いが始まるというのに、未だに覚悟がもてない。
死にたくないと漠然に思っているが、本当にそうなのか確証が持てない。
名前も、記憶も、何もない自分に自信が持てない。
誰かを傷つける意思が無い。
相手を殺す覚悟が無い。
必死で立とうとしても、立つ理由がない。
そうだ、明日が欲しい理由が――

「……ナカオさん」

……うん?

明日・・の朝ごはんは7時ですよ」

――了解。
おかずは卵焼きと焼き鮭だと尚最高だ。

「ふふ、それは明日になってからのお楽しみです」

そうか。
なら、明日を楽しみにしてよう。

……桜。

「はい」

――ありがとう。









『次回予告』

偽りの日常を捨てた少年を待っていたのは、また地獄だった。
月に住み着いた欲望と暴力。
聖杯が生み出した偽りの学園。
悪徳と野心、
願いと混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここは月のセラフ。
次回「騎兵」。
次回も少年と地獄に付き合ってもらう。


~あとがき~
ちと短いですが次の投下の予定がつかないので投下できるところだけ先に出しときます。
スケジュールの段階で残業予定が130時間+αとかどういうことなの。
サービス残業はプライスレス。
次回は作者が生き延びれたらになります。
それでは、また会う日まで。



[33028] 騎兵
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/07/16 18:57
決戦当日。
学舎の一回に不自然に設置されたエレベータの扉の前で佇む。

「さて――準備はいいかね」

こちらを見下ろす神父の視線に、圧される様な感覚に陥る。
だが、それに負けじと腹に力を込め、ゆっくりと頷きを返す。

「よろしい。この扉を潜る者は二組。だが帰ってこれるのは一組だけだ。心したまえ」

目の前にある扉へと進む。
何の変哲も無いエレベーターの扉であるはずなのに、まるで地獄の入り口のような恐ろしいものに見える。

「――少年」

こちらを呼ぶ声に顔を向け、己の左側を見下ろす。

「……」

言葉は無かった。
隣にいるサーヴァントは、こちらを見上げて静かに頷いた。
そして自分もまた、サーヴァントの瞳を見つめ返し頷く。

やるべきことは一つ。
行くべき場所も一つ。
例え行き先が地獄だとしても、二人ならきっと大丈夫。

その思いを胸に、地獄への口を大きく開いたエレベーターへと歩を進める。
そして二人で横並びにエレベーターへと入る。
その歩みに迷いはない。


行くぞ、俺達の戦場へ――





【ブーーーーーーーー】


「ふむ、重量過多のようだ。……二人して背負っているその風呂敷の中身はなにかね」

――桜印の弁当(六段重箱)。

「ネコ缶(×100)」

「置いていきたまえ」

そんな殺生な――!
「そんな殺生にゃーー!」












ゆっくりとエレベーターが下がっていく。

「ようやくだ。あの時の借りを返してやる」

ガラス張りの壁から見える外の世界は、1と0で構成された情報が剥き出しの電子の世界。
幻想的なそれを見ながらも俺の胸にあったのはただ一つ。

「それにしてもそのサーヴァントで戦おうなんて君もよくやるね」

――弁当、食べたかったな。

「ネコ缶くらい良いじゃにゃいか外道神父め」

まったくだ。

「まぁ、不戦勝はつまらないし。肩慣らしをさせてもらうよ」

腹が減っては戦はできぬ、という言葉もあるというのにこの仕打ち。
ヒドイと思わないか。

「まったくにゃ。あ、ところで少年。お菓子あるんだけど食べる?」

貰おう。……なんか変な味のする団子だな。

「あぁ、でもわざわざ怪我をさせることもないか。……君、わざと負けないか?」

ところでバカネコ、一つ聞きたいんだが。

「にゃ?スリーサイズは上から――」

聞いてねぇよ。

「ほら、どうせ負けるんだし怪我はしたくないだろ?」

お前が持ってたネコ缶(×100)……どうやって手に入れた?

「にゃにゃ?普通に買ったにゃ」

なん……だと……?
そんな金がどこにあった。

「僕のサーヴァントは最強だからね。手加減が難しいんだよ」

「普通に少年の端末で買えたにゃー。あ、でも支払い方法がちょっと違ったかにゃ?延払いってにゃんのことだろにゃー」

ちょっと待てバカネコ。
お前いまなんて言った。

「延払いにゃ」

このバカネコが――!

「アイアンクローはらめー!頭もげちゃうー!」

「君も怖い思いはしたくないだろう?あぁ、別に恥ずかしがらなくてもいいさ。なんせ僕が相手なんだ!仕方が無いことだよ!」

延払い、その言葉が脳裏を走る。
右手でバカネコの頭を握りつぶしながら左手で端末を操作する。
幾度かの操作を行い、その行為に従い端末の画面が変わる。

愕然とした。

画面に映った文字に背筋が凍る。
ガクガクと膝が震える。
だらだらと汗が滲む。

「しょ、少年。どうしたのにゃ!?」

「くくっ、そんなに震えて。怖いんだろう?なに、わざと負けるんなら痛い思いはさせないさ――」

来る。迫ってくる。
恐怖が、絶望が、重く圧し掛かって俺を潰そうとする。
遠い未来から俺を殺そうとするソレは、容赦も慈悲も無く迫ってくる。

画面に映る文字、それは襲い来る未来を映していた。

そう――





【お支払いは3日後です】

決済が襲い来る――!

「少年、しっかり、しっかりするにゃー!」

「――聞けよ!」

「あっはっは!シンジ、アンタまったく相手にされてないじゃないか!」

「お前どっちの味方だよ!?」





エレベーターの中央にある半透明の壁。
その向こうに2人の人物がいた。
一人は少年。こちらを射殺すように睨みつけて地団駄を踏んでいる。
一人は女性。赤い髪に鋭い瞳。顔に斜めに走る傷跡が最初に目に付くであろう。だが、例え傷があったとしても、その美貌に目がいかない男がいるであろうか、いやいない。隣にいる少年の頭をグリグリと撫でつけ快活に笑うその姿は、まるで出来の悪い弟をからかう姉のようであった。日常の中にいそうなその女性の最も大きな特徴は、大きく開いた胸元であろう。思わず目が行ってしまう扇情的な姿。全ての男が目指す遠き理想郷。受け止めて僕のエクスカリバー、などとのたまってしまいそうになる。

「少年、説明が欲望にまみれてるにゃ」

何が言いたいのかと言うと――

「にゃ?どしたの少年」

――はぁ。

「何、その全てに絶望してあたしをこき下ろすようにゃ表情とため息」

いや、なんでもない。
しかし、おそろしい敵だ。
戦いが始める前から攻撃してくるなんて――

「にゃにゃ!?すでに攻撃されていたのにゃ!?」

あぁ、恐ろしいことに俺は既に相手の術中に嵌ってしまったようだ。
魅了チャームの魔術とはやってくれる――!

「いや、アタシは魔術なんて使えないよ」

胸がはち切れそうだ。
動悸が激しい。眩暈もする。
まるで熱に浮かされたようにクラクラとする。
こんなにも胸が高鳴るなんて、これが恋――

「あ、少年がさっき食べた団子――ネコ用だったにゃ」

――受け止めて僕のえくすかりぱー。

「少年――!?」





見苦しいところをお見せした。

「まったくだよ。まさか戦いの開始前にマスターが吐くとか前代未聞じゃないかい?」

まったくだ。よもや自身のサーヴァントに攻撃されるなんて思わなかった。

先ほどまでの熱に浮かされたようなフワフワとした感覚はもう無い。
確かに彼女は美人だが、これから戦う相手に夢中になれるほど度胸は無い。

「さて、これから殺しあうわけだが――まさかマスターが自分のサーヴァントをボコボコにするなんてね。前代未聞じゃないかい?」

はっはっは。
なに、心配しなくても大丈夫ですよお姉さん。

バカネコ――この戦いが終わったらネコ缶買ってやる。

「カルカーーン!少年!敵はどこにゃ!どんにゃ奴だろうとぼっこぼこにしてやるにゃー!」

どんな雄たけびだ。軽やかにフリッカージャブを振るな。さっきまでぼっこぼこになってたのはお前だ。

「あたし、この戦いが終わったらネコ缶を食べるんだ――」

華麗に死亡フラグを立てるな。

どうですかお姉さん。ネコまっしぐらですよ。

「一瞬で復活するなんて面白い生物だね」

はっはっは。
英霊に面白い認定されるなんて――大丈夫かこの戦争。

「大丈夫にゃ問題にゃい」

欠片も信用できない言葉をありがとう。
さて、そろそろ無視されすぎて血管切れそうな彼の相手をしてあげようか。

「良かったじゃないかシンジ。ようやく主役が回ってきたよ」

「どいつもこいつも馬鹿にしやがって……!」

顔を歪ませてこちらを睨む少年を正面から見据える。
今にも噛み付いてきそうなほどに怒っているようだ。

――やれやれ、短期は損気だよシンジ君。

「誰のせいだ!……ふん、まぁいいさ。どうせお前は負けるんだ。負け犬の遠吠えぐらい流してやるさ」

ふむ――さっきから舞台袖で地団駄踏んでた人のセリフじゃないよね。

「ぷすー!今更格好つけてもダサいだけにゃー!」

「シンジ、そりゃ小悪党の負けフラグだよ」

「あーもう!うるさいうるさいうるさい!」

流せてないねシンジ君。

「遠吠えに反応しまくってるにゃ」

「情けないねぇ。この程度笑って吹き飛ばすもんだよ」

「どいつもこいつも!そもそもお前はどっちの味方なんだよライダー!」

「そりゃアンタに決まってるだろ。アタシはアンタの副官だよ?金額分はきっちり働くさ。ただアタシの信条は、派手に楽しく景気良く、だからね。悪党ってのは楽しまなきゃ損だよキャプテン」

「誰が悪党だ!僕をお前と一緒にするな脳筋女!」

「あっはっは!いいね。今のはいい悪態だよシンジ」

「ちょ!頭なでるな!」

「あっはっは!」

微笑ましい限りだ。
――っと。どうやら最下層へ着いたようだな。

「――さて、行こうかキャプテン」

「ちっ!馬鹿にしてくれた借りは戦いで返してやる!」

――さりげなく全部こっちのせいにされてしまった。

「9割がたこっちのせいだけどにゃー。……行こうか少年」

あぁ――行こう。












辿り着いた最下層。
聖杯戦争の決闘場。
海を模したコロッセオは、見惚れるばかりに美しい場所だった。
だが、そんな景色に見とれる余裕など無い。

対峙する敵、ライダーの威圧感に押しつぶされそうになる。
先ほどまで笑い話をしていた時のような穏やかさは欠片も無い。
彼女は確実にこちらの命を狙っている。

だが、怯まない。
こちらとて一人じゃない。
前に立つ自分のサーヴァントは、己の腰よりも低い体躯の小さい存在だが、その背中は頼もしさに溢れている。

戦場に緊張感が漂う。
いつ始まってもおかしくないほどに空気が張り詰める。
知らず滲んでいた汗を拭い、始まる戦いに集中しようと意識を高めている。
そのときだった。こちらを睨んでいた対戦相手のマスターが声をかけてきたのは。

「……始める前にさ、一つ聞きたい」

彼も緊張しているのだろうか。
なんだかんだ言っても英雄の戦いを前にしているのだ。
こちらを小馬鹿にするように軽薄な物言いしかしなかった彼も、自分と同じように緊張と闘志で溢れているに違いない。

問われた言葉を促すように、相手に頷きを渡す。
だが、一切の隙は見せない。
いつでも戦いに順応できるように意識は逸らさない。
この質問は、本当に質問なのか、はたまたこちらの隙を伺うためのブラフなのか――

おそらく、後者。
戦いが始まる寸前に言葉をかけるなど愚の骨頂。

さすがは聖杯戦争のマスターに選ばれた存在だということか。
油断も隙も無い。

だが、答えてやろう。
それがブラフであろうと、純粋な問いかけであろうと、既に臨戦態勢である自分に油断はない。

今まさに、戦士たる心得を持つ俺に……




――何を聞きたいのかなシンジ君?

「――なんで体操服なんだよ!?」

――これが俺の持つ最高の礼装だからだ。

【 E:強化体操服 】
【 E:強化スパイク 】

「さっきまで制服だったろ!?」

君等がエレベーターから出て行った後に着替えた。

「どんな早着替えだよ!?僕等が出てから一分もたってないぞ!」

――制服の下に着ていたのさ!

「小学生か!?」

「あっはっは!いいね、戦いを前に余裕を見せられるのは良い男の証拠だよ」

「笑ってないでさっさとあの馬鹿を倒せライダー!」

「――了解、キャプテン」

――来る!

倒せ、その言葉を聞いた瞬間にライダーがこちら目掛けて襲い来る。
十分に距離があったはずなのに、一瞬にして詰められる。

「行かせにゃいぜー!」

それを迎い打つ様に己のサーヴァントも打って出る。
マトウシンジと俺の間にある距離、その中央付近で交差する二人のサーヴァント。

「ハッ――派手に行くよ!」

ライダーの構えた二丁拳銃。
狙いを定めず流れるように弾丸が放たれる。
端から見ていると、構えも狙いも適当な射撃に見えた。
だが、それは間違い。
彼女は人在らざる者。そのでたらめな射撃は、英霊たる彼女の戦闘経験を持って必殺の一撃へと練り上げられる。

「にゃふー!」

ダン、ダン、と激しい音を上げる拳銃。
それに対し、己のサーヴァントは奇声を上げて動き回る。
その速さは、さすがネコ科と言ったところか。
人の持ち得ない俊敏性。
ライダーの向ける銃口からうまく逃げ続けている。
右に左に、時には飛び上がり、時にはジェット噴射で滑空し、時にはムーンウォークでフェイントを掛けている。

ライダーの踊るような立ち回りに、こける様に逃げ続ける俺のサーヴァント。
確かに見た目は無様かもしれない。
だが、あのふざけた動きで英霊の攻撃をこうもさばけるだろうか。

理解した。
あのバカネコもまた――英霊と呼ばれるに相応しいということを。

「――ふ」

「にゃっふっふ」

攻防が止まり、サーヴァントがマスターの傍へ戻ってくる。
ライダーは軽い笑みを、そしてバカネコは怪しい笑みを放っている。
あれほどの攻防をやっておいてまだ余裕のある2人。
これが、英霊。これがサーヴァントか――!

カランカランと、空薬莢が転がる。
俺には先ほどの攻防で幾つの弾丸が放たれたかなど理解できなかった。
だが、地面に転がる空薬莢の数が、ライダーの銃撃の激しさを物語っている。

その数――17。

空薬莢の数に戦慄する。
ライダーの持つ銃は、どうみても連射に向いているように見えない。
現代の銃と異なり、一発撃つ度に弾を詰めるという作業が発生するはずだ。
にも関わらず、連射されるように吐き出されていた先の攻防。しかもその数、17。

冷や汗が滴る。
これがサーヴァントの戦い――!

そっと、己の前に立つサーヴァントを見る。
先の交差で、幾つの弾を避けれたのか――

「そう心配するにゃ少年。あたしは楽勝だぜー」

様子を伺う俺を気遣ったのか、いつもと変わらない声をくれた。
その声にほっと、安堵の息を漏らす。
どうやら俺のサーヴァントは先の攻防を凌ぎきったようだ。

「やるじゃにゃいかボインパイレーツ」

「そういうアンタは――やらないねぇ」

「にゃ?――おぶぱ!?」

鮮血が舞う。
激しく飛び散る血に、己のサーヴァントが先の攻防で傷を負っていたことにようやく気づく。

――大丈夫か!?

倒れ伏すサーヴァントに駆け寄り、体を起こす。
酷い有様だった。
血が止まらない。
明らかに銃創である傷がそこかしこに刻まれている。

その数――17。


……全部当たってるじゃないかバカネコ――!?

「しょ、少年……」

虫の息とはこのことか。
つい先ほどまでの余裕など欠片も無い。

――おい!しっかりしろ!

抱き上げて声を掛けるが、その顔はもはや――

「……さ、最後に……少年に――」

なんだ、何を言いたいんだ!?

「実は……」





「延払いで買ったネコ缶――200個にゃ」

――ふざけろテメェ。

抱き上げたバカネコを頭から落とす。

「にゃー!?もっと労れにゃー!」

全然余裕じゃないかお前。
傷はどうした。

「にゃ?寝返り打ったら治ったにゃ」

どんな体の構造してるんだよ。
……無事で良かった。

「やれやれ……あれで無傷かい」

「ちっ!ライダー!本気出せよ!」

「アタシは何時だって本気さ。宵越しの弾は持たない主義でねぇ」

「なら――コードキャスト・スキル強化!やれ、ライダー!」

「あいよ――カルバリン砲用意!しっかり狙いな!」

背筋に悪寒が走る。

相手に視線を向けると虚空に大砲が浮かんでいた。
大口を開けてこちらを狙っている。
やばい、圧倒的にやばい――!

驚愕に目を見開き、放たれるであろう砲弾に恐怖する。

嵐の夜ワイルドハントの始まりだ――!」

空気を破裂させるような爆音。
向けられた悪意。
迫り来る死。
見開いた瞳に映ったのは……




――俺を庇うように飛び出したサーヴァントの背中だった。




<あとがき>
珍しく暦通りに休めたのですかさず投下。
次回、ようやく一回戦が決着です。
このペースだと終わるのどんくらいかかるの?とか思ったのは秘密。



[33028] 決着
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/08/18 11:23
沈んでいく。
ずぶずぶと、沼にはまるように。
沈んでいく。
がらがらと、崖を転がり落ちるように。

暗い、暗いここは、どこだ。
何も見えない。
何もわからない。
ただひたすらに暗いそこを落ちていく感覚だけが俺にある。

怖い。
何処へいくのだろうか。
怖い。
何処へ辿り着くのだろうか。

何もせず、ただ落ちていくなんて――冗談じゃ、ない。

あぁ、だけど。

何も知らないこの身は、抗う術すら持たなくて。

ただ虚しく、天上へ向って手を伸ばすことしかできない――



ふわり、と沈み行く体が止まった。
伸ばした手を握り締めてくれた誰かの手が停めてくれた。

誰だろうか。
暖かいこの手の持ち主は。

暖かく、優しい。
俺を救い上げようとする意思が流れ込んでくる。

誰だろうか。
優しいこの手の持ち主は。

俺はこの手の持ち主を知らない。
なのに、この手はどうしてこんなにも愛おしいモノを抱くように包んでくれるのか。

よくわからないが、心地よかった。
ゆっくりと意識が浮上していく。

それに伴い、俺の手を握ってくれた誰かの存在が薄れていく。
俺は、この誰かに救われたのだ。

誰だか知らないが――ありがとう。

そう、伝えた瞬間、眩い光が俺の意識を消し飛ばした。
最後に見えたのは、全く知らない、誰かの――微笑みだった。













――ぅっ!?

意識を取り戻した瞬間、思わずうめき声を上げてしまった。
体中が、痛い。

「そらっそらっ!沈みな!」

「にゃふー!甘い、甘いぜボインパイレーツ!その程度の攻撃など――あふん!タンマ!ちょっとタンマ!弾幕張りすぎにゃー!」

遠くに闘争の声が聞こえる。
俺は、気絶していたようだ。

体に痛みはあるが損傷は無い。
衝撃だけが体を突き抜けたようだ。

「一旦離脱にゃー!」

「ちっ、すばっしこいねぇ」

「追い詰めろライダー!終わらせるぞ!」

「あいよ。さぁ、大詰めと行こうじゃないか」

声が近づいてくる。
戦場が戻ってくる。

「にゃ!気がづいたか少年!」

俺のサーヴァントが走り寄ってくる。
その姿を見て、愕然としてしまった。

傷はない、どこにも損傷は見られない。

だが、その白かったタートルネックが、紫のロングスカートが、どす黒い血で染まりあがっていた。

こいつは、俺の意識が戻るまでにどれほどの攻撃を受けたのか。
こいつは、俺を庇ってどれだけ血を流したのか。

「おや、坊やも戻ってきたようだね」

「ははっ。やっとお戻りかい?情けない奴!」

やや離れた場所に居るライダー組。
彼等もまた無傷。そして、なにひとつ汚れてすらいなかった。

「にゃっふっふ。少年も戻ってきたし、そろそろ反撃といこうかにゃ!」

軽やかにジャブを振る、自身のサーヴァント。
その背中を……俺は見ることができなかった。

「……やれやれ。戦いってのは派手に楽しくやらなくちゃ意味がないってのに。興ざめだよ。まったく」

ライダーが心底がっかりした、といわんばかりにこちらを見る。

「にゃー!舐めんなボイン!あたしのにゃんぷしーロールを受けるかこのやろー!」

憤慨するサーヴァントは、蔑まれた俺のことを想って怒ってくれている。
だけど、俺にはそれに答える気概をあげることができなかった。

「負け犬……いや、戦うことすら覚悟できない臆病者の目だね、坊や。アンタ、一度だって自分のサーヴァントに攻撃指示を出しちゃいない。そんなんじゃ幾ら部下が頑張っても勝てる戦にすら勝てないよ」

そうだ、その通りだ。
俺は、サーヴァントに攻撃命令を出せなかった。
誰かを傷つけろといえなかった。
例えそれが敵であったとしても、何の理由もなしに戦うことが怖かった。

「はっ――期待はずれもいいとこだ。シンジ、終わらせるよ。――船を使う!」

「うん?こんな奴等にそれはもったいないだろう」

「あのサーヴァントの耐久性と回復力は異常だ。マスターごと木っ端微塵に吹き飛ばすのが一番さね」

「――いいだろう!派手にぶっ飛ばせ、ライダー!」

「いい、いいねシンジ。悪党っぷりに磨きがかかってるじゃないか――さぁ、おっぱじめるよ!」

ライダーの叫び。
響き渡る号令。

行き渡った命令に、世界が揺れた。
まるで地震のように決闘場が揺れる。
そして、揺れと共に虚空にそれは現れた。

数十隻の帆船。

空に浮かぶ艦隊。

一隻一隻が誇りと頑強さと気高さを纏っている。

その艦隊の総司令官、ライダーは、己のマスターと共に先頭の船に乗り込み、艦首から俺達を見下ろしていた。

あれは――やばい。
圧される。
とんでもない威圧感に押し潰される。
息をすることすら許されないような重苦しさが俺を襲う。

だけど――逃げる気概すらも、この身にはもはやなかった。

情けないとは思う。
サーヴァントに申し訳ないとも思う。

だけど、俺は――

「少年」

サーヴァントが、跪く俺の傍で、じっと俺の瞳を見ていた。







「――少年は、勝ちたいのかにゃ?」

わからない。
自分を持たない己は、敗北を拒否する理由が無い。

「――少年は、生きたいのかにゃ?」

わからない。
死にたくない、失いたくない過去がない。

「そかー、ならここで終わろうかにゃー」

お前は、それでいいのか。

「んー、あたし的にはこの戦いに意味は無いにゃ。少年がいるからここに来たわけで。少年がもういいにゃら、あたしももういいにゃー」

そうか、つき合わせて悪いな。

「にゃふー。たった数日だけだったけど、少年との日々は悪くにゃかったぜー」

そうか、俺もだよ。


すぐ傍に終末が迫る、それでも俺の心は落ち着いていた。
それは、失う過去が無いから。
ここで終わろうとも、何も変わらないから。
あの日、何もなさないまま消えるのが嫌で立ち上がった。
だけどそれは、誰かを打ち倒すために立ち上がった訳じゃない。
誰かを打ち倒してまで、明日を望もうと思わない。
犠牲を強いてまで、己の生にしがみ付きたいと思えない。

――だから。

俺はここで終わってもいいと、そう思――






『明日の朝ごはんは7時ですよ』

――っ。






「にゃっふっふ。少年は、勝ちたいのかにゃ?」

どうだろうな。
勝利の景品聖杯には今のところ興味はない。

「少年は、生きたいのかにゃ?」

どうだろうな。
誰かを殺してまで生きる理由は今のところ無い。

「にゃらここで終わるかにゃ?」

――いや。

誰かを打ち倒したいとは思わない。
勝利を望むほどに飢えていない。

だけど――


――約束だけは守りたい。

嘘吐きにはなりたくない。
彼女との繋がりを失いたくない。
何もない自分に、たったひとつだけ在る確かな明日の約束。
それだけは守りたい。

だから、だからさ――





「終わりだ、やれ!ライダー!」

「アタシの名前を覚えて逝きな!大航海の悪魔テメロッソ・エルドラゴ!太陽を落とした女――てな!」


力を貸してくれ、バカネコサーヴァント――!

「オーケー少年マスター。あたしたちの戦いはこれからだぜ――!」

















「くくく……ははははははは!すごい、すごい威力じゃないか!さすが僕のサーヴァントだ!」

もはや、決闘場の跡すらない。
帆船による絨毯爆撃は、塵も残さずコロッセオを吹き飛ばした。
凄まじい威力。

本当に――あぁ、本当にすごいな、シンジ君。

「なっ!?お、お前!?」

「おやぁ。無賃乗車とは良くないねぇ、坊や」

そいつはすまないな、ライダー。
言っておくが俺は――一文無しなんだ!

「胸張って言うことじゃにゃいけど輝いてるぜ少年!」

はっはっは。
一文無しの原因が言ってくれるじゃないかバカネコ。もっと褒めろ。

「ど、どうやってここまで来たんだよ!」

「ワープにゃ」

いや、俺も驚いた。
なんだろうなこのビックリドッキリトンデモ生物。

「なんだよそれ!?く、くそう!やっちまえライダー!」

「はは!いい、いいね。やっぱり戦いってのはこうじゃなくちゃ!」

さぁ、やるぞバカネコ。
お前はライダーをやれ。
俺は――シンジをやる。

「にゃ?少年も前にでるのかにゃ?」

あぁ。俺の魔術師のスキルははっきり言って褒めたもんじゃない。
お前を的確にサポートすることはできない。
だからせめて、相手のサポートを潰す。

ライダーは任せた。

――信じてる。

「――任されたにゃ、少年。……信じてる」

さぁ、行こう。
勝って――帰るんだ!









「にゃふー!地獄へのランデブーにゃ!付き合ってもらうぜボインパイレーツ!」

「はっ!威勢がいいね、それでこそだよ!」

よし、うまくライダーを誘導したか。

「コードキャスト!スキル強……」

おっと、シンジ君。そいつは無しだ。そんな暇はないぞ。

「なっ!?ま、マスターが直接向ってくるなんて馬鹿かお前!?」

あいにく、お行儀良く戦えるほどの力がないもんでね。

「ちっ!良いさ、なら直接僕がやっつけてやる!コードキャスト・影操作!」

マトウシンジの発した命令。
それに従うように、彼の影が蠢く。
まるで生きているかのように、影が動き、刃をなした。
まるで地面から鎌が生えたように形作る。
三日月型の影の刃がこちらの命を刈り取るように地面を走る。

速い。

自身の身体能力では避けれない。

――などと諦めるわけがないだろう!

全力で、ただ全力で横に飛ぶ。
転がるように、滑るように。
どれだけ無様でもいい。
俺は闘うと決めた。

だから……!

「ははっ!だっせー!ほらほら、次いくよ!コードキャスト!」

次弾が来る。
回避するには体勢が悪い。
先ほどの回避からまだ立て直せていない。

魔力で自分の筋力を強化できれば、今の不利を覆せるだろう。
しかし、俺にはそこまでの魔術の技量が無い。
俺が今まで使ってきた魔術は、魔力で筋力を上げるという単純なもの。
だが、それすらも立ち止まり数秒の時間を必要とする。
一瞬の刹那を求められるこの状況でそれはあまりに遅い。

もはや打つ手無しか――なんて、冗談じゃない!

自分にその術がないならば、別から持ってくればいい。
自分にできないならば、他のなにかにやらせればいい。

俺は、その手段を――持っている!

身に着けた礼装、強化スパイクに魔力を流す。
礼装、それはあらかじめ構成された術式を刻む道具。
魔力を流せば、刻まれた術式に従い魔術が起動する。
汎用性はない。刻まれた術式以上の効果はだせない。

だが、その発動速度は、一瞬すらも必要ない。
これこそが、コードキャスト。
そして、逆転の術――!

「なっ、速っ!?」

強化スパイクは、俺の望む効果を為した。
景色が遅く流れる。
襲い来る影の刃すら、遅く感じる。
時間を延ばし、自身の速度を速める。
マトウシンジの発する罵倒すらも遅く感じ、一瞬が永遠に近づく――!

いや、勘違いだけどね。
普通に速度が上がっただけで、別に時間操作ができているわけではないし。
だけど、それで十分。
大幅に強化された速さは、影の刃を避け、敵への距離を一瞬で縮める。

そして、敵はもはや射程圏内。
受けろ、俺の攻撃を、俺の魔術を――!


――コードキャスト・コブシナックル!

「ただのパンチじゃないかっ――ぐぁ!?」


マトウシンジが吹き飛ぶ。
一矢報いた。
俺は、戦えた。

「ぐ、ぐぐぐぐ!痛い、痛いよ……なにやってんだよライダー!こいつをたおせよぉ!」

サーヴァントを呼ぶ声に、一瞬焦るが、すぐに平静を取り戻す。
奴のサーヴァントが来ることはないと確信しているからだ。
奴のサーヴァントは俺のサーヴァントがきっと倒している。
その確信があるから俺は焦らない。
そう、後ろを振り向けば、今も俺のサーヴァントは壮絶な戦いを繰り広げているだろう――



「真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビーム!真祖ビィィィィィィィィィィム!」

「くっ、この、お前、手数が、多、ちぃ!?」



……壮絶な戦いを繰り広げているだろう!

「画面端で波○拳ハメしてる格ゲーじゃないか!卑怯だぞ!目からビームとかどんな英霊だよ!?」

だまらっしゃい。勝てばよかろうなのだ。

「クソ、クソ!なんでお前みたいなのに!」

悪いね、シンジ君。
俺もまだ死にたくない。
死ねない理由を持っていたんだ。

「はぁ!?死ぬとか、お前マジで言ってんの?はは!だっせ。そんなの嘘に決まってんじゃん!」

……お前、それ本気で言っているのか。

「あぁ、そういうロールなわけ?君も結構遊び好きだね。……ちっ!ライダーの体力がなくなりやがった!」

マトウシンジの言葉に、サーヴァント達へと振り向く。
そこには倒れ伏したライダーと、目から煙を吹いているバカネコがいた。

「にゃふー。前がみえねー」

……少しばかり、その姿に言いたいことはあるが、良くやった。
俺達の勝ちだ。

「くそ!僕が負けるなんて!……ライダー!全部お前のせいだぞ!とんだ外れサーヴァントを引いたもんだよ!」

おい。マトウシンジ。お前、いいかげんに――

「うるさい!うるさいうるさい!お前も調子に乗るなよ!いいか!地上に戻ったらどこの誰か調べ――え?」

マトウシンジの言葉が途切れた。
まるで腐り落ちるように千切れ落ちた腕と共に。

「な、なんだよこれ!?」

ボロボロと彼の体が崩れている。
これが――これが、敗北の結果なのか。

「ぼ、僕の体、僕の体が!?」

「決戦で負けたものは死ぬ……シンジ、アンタもマスターとしてそれだけは聞いていたはずだよ」

「ら、ライダー、どういう――お、お前もか!?」

倒れた状態から上半身を起こしたライダー、その体もまたマトウシンジと同じくボロボロと崩れていた。

「し、死ぬって、そんなのよくある脅し文句だろ?本当のわけが――」

「そりゃ死ぬだろ。普通。戦争で負けるってのはそういうことだ……だいたいね、此処にいる時点でお前等全員死んでいるようなもんだ。生きて帰れるのは、本当に一人だけなんだよ」

「な、なんだよ。これゲームだろ。これゲームだろぉぉぉぉ!?」

「一番初めに契約した時に言ったろ、坊や。『覚悟しとけよ?勝とうが負けようが悪党の最期ってのは、笑っちまうほどみじめなもんさ』……ってねぇ!この終わりだって贅沢なもんさ。愉しめ、愉しめよシンジ」

「い、いやだ!死にたくない!僕は死にたくないぃぃぃぃぃぃ!」

欠けていく。
マトウシンジを構成する情報が。
マトウシンジであった存在が。

「助けて!助けて、お願いします!」

マトウシンジが助けを求めて近寄ってくる。
それを――半透明の壁が現れて塞き止めた。

「ひぃぃぃ!?僕の本当の体にも感覚が流れてきた!嫌だ、いやだよぉぉぉ!?」

あまりに簡単に消えていく。
命が消え逝く情景が、あまりに儚い。

それは、俺が望んだ結末なのだ。

受け入れろ。
これが聖杯戦争。
受け入れろ。
これが敗者の運命。

受け入れ――るわけないだろう!

「少年、にゃにを!?」

叩きつける。
自身とマトウを妨げる壁に、拳を思い切り叩きつける。

魔力で強化された筋力ですら、その壁に揺らぎを与えることもできない。
だがそれでも俺は――

この結末を許容できない。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だいやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

泣き叫ぶ少年。
消えて逝く存在を打ち捨てることを選ぶ。
そんな選択肢は――俺には無い。

何度も、何度も、何度も、壁を殴る。

「――少年」

ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるな――!
こんなに簡単に命が消えるなんて――!

死にたくは無いと願った。
だけど殺したいなどど思っていない。
これが結末だとしても、それをおとしく受け入れる理由は無い。
聖杯戦争のルールだろうが知ったことではない。
可能性があるならば――!


――お前も手伝えよサーヴァント!

「――もう、手遅れにゃ」


「本当のぼくは8さいなんだ――」

最後の言葉を言い終えるまでもなく、マトウシンジであった少年が消えた。
霞の如く、霧散する。

消えた、消えてなくなった。

その結末は。

間違いなく、己の選んだ結末なのだ。














明日が欲しくて戦った。
誰かを倒してでも、立って歩こうと決めたはずなのに、今は力なく跪くことしかできない。
あんなにも嬉しかった誰かとの約束は、俺が戦うための理由に汚され、固めた覚悟は、脆く崩れる。

自身が望んだ結末は。


自分を持たない己には――あまりにも重過ぎた。



【 一回戦終了 128人⇒64人 】



[33028] 迷い
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/08/20 23:06

『嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だいやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

慟哭が聞こえる。

『死にたくない!僕は死にたくないぃぃぃぃぃぃ!』

断末魔の叫び声が、俺を放さない。

『本当のぼくは――』

最期の言葉は聞き取れなかった。
彼は何を残したかったのか。
何を託して戦ったのか。
何を思って死んだのか。

――わからない。

戦いに勝った。
生き残った。
勝者となった、はずなのに。

俺は、あの時の行動を今も正しかったのかと、自問自答している。

――死にたくは無かった。

あぁ、そうだろう。俺は、自分が何者なのか知らずに終わりたくなかった。

――消えたくは無かった。

あぁ、そうだろう。俺は、何も為さないまま終わりたくなかった。

――約束を、守りたかった。

あぁ、そうだろう。俺は、嘘つきになりたくなかった。彼女との明日の約束が嬉しかった。明日を、未来を考えることが楽しかった。

だけど、だけれども――誰かを殺してよかったのか?

答えが出ない。
今も、迷い続けることしかできない。

後悔……しているのだろうか。
覚悟が無いまま戦ったことを、誰かを傷つけたことを、後悔しているのだろうか。

……それも、ある。

だけど、一番の後悔は……約束を、穢してしまったことだ。

あんなにも綺麗で、純粋だった明日の約束は、俺が戦う理由にされてしまった。
俺が、誰かを殺す理由にされてしまった。

――卑怯だ。俺は、卑怯者だ。

俺が誰かを殺したのは、明日の約束のためだった……などと、考えている自分がいる。

俺は俺自身どころか、約束を――桜を穢そうとしたのだ。

後悔が、自責が、重くのしかかる。
誰かを殺した罪の意識が、桜に対する後ろめたさが、重く、重く圧し掛かる。

あぁ、苦しい。
こんなにも苦しいなんて。
息ができない。
頭痛もする。
嘔吐感もでてきた。
目眩も止まらない。

あぁ、俺は、こんなにも――







「……うぅむ。魚が焼けにゃいにゃー。この七輪性能悪くね?しょうがにゃい、練炭を倍プッシュにゃ!」

窓を開けろバカネコ――!








「にゃー!下ろせー!下ろしてー!」

バカネコを簀巻きにし天井から吊りおろす。
危うく一酸化炭素中毒で脱落するところだった。
あのまま窓を閉め切っていれば、マイルームでマスターが死んでいるなどという怪事件が発生していただろう。

「熱い!煙い!少年!吊るすのはいい!けどすぐ真下で七輪に火を灯すのはやめてー!」

ふむ。この七輪、性能悪いな。なかなか燃えない。
しょうがない、練炭倍プッシュで。

「干し肉になっちゃうらめぇ!」







「少年マジサディスティック。すっかり燻されちゃったにゃ」

あれだけ燻した結果が真夏の日差しでこんがりと健康的に焼けたみたいな肌とはどういうことだ。

「全ては夏の太陽のせいにゃ。ザ・サマー」

ここは室内だ。

……はぁ。

「にゃ?少年が幼馴染への告白に失敗して明日からどう接すればいいんだよ、みたいにゃ空気をかもし出している」

……そんなに、軽くない。

「……ツッコミすらにゃいとは。おーけー、お姉さんに話してみなボーイ。この胸で慰めてあげるにゃー」

誰がお姉さんだチンチクリンボディ。
寸胴よりも尚理想的な釣鐘型の癖して。

「むふー。少しは調子が出てきたかにゃー。んで、どうしたのよ?」

……人が、死んだんだぞ。いや、人を――殺したんだぞ。

「ふむふむ?」

俺は、笑えないよ。
誰かを殺して生きている俺に、笑う資格なんて――ない。

「にゃるほどにゃー。つまりセンチメンタルブルーで盗んだバイクで風ににゃりたいわけだにゃ」

走りださねーよ。

……お前は、平気、なのか。

…………いや、これは戦ったお前に失礼だな。
すまん、忘れてくれ。

「あたしは、平気にゃ。つーかぶっちゃけ、誰が死のうが知ったことじゃないにゃ」

――お前!?

「あたしは少年のサーヴァントなわけで、少年が無事にゃらそれでいいにゃ」

……俺は……無理だ。
……答えが出ないんだ。
……このまま先へ進んでいいのかすらわからないんだ。

「そか。ま、いいんでにゃいの?悩むのは若者の特権だぜー。そもそもさー悩まないほうがどうかしてるにゃ。少年は徹頭徹尾一般人なわけで。……理由を持たずに殺す奴は外道にゃ。迷いを持たず殺す奴は狂人にゃ。少年はそのどっちでもなかった。それだけにゃー」

……そう、か。
でも……これからどうすればいいのかすら……

「むふー。進路の決まっていない受験生のごとき悩みっぷり。とりあえず、進めばいいんでにゃいの?」

……進む、か。

「うむ。少年は願いを持たない自分が生き残ってもいいのか、とか考えてるにゃ。甘い甘いぜ少年。生きる意志を最後まで持った奴が生き残る。つまるところ、願いの美しさとか強さなんざ関係にゃいのよ。少年、勝ち残って生き残れ。そしたらいつのまにか答えは出てくるもんにゃ。」

……お前――なんか変なモンでも食った?

「にゃー!?人がせっかく賢者のごとく諭してあげてるのにこの仕打ち。許せねー許せるわけがねー!謝罪とネコ缶を要求する!」

はっはっは。
残念だがネコ缶どころか俺達は今日の飯代すらないぞ。

「飯抜きとか拷問のごとき仕打ちにゃー!……にゃっふっふ、少年は笑ってたほうがらしいぜー」

そうかい。そいつはありがとうよ。




……今は覚悟を持てずとも、前へ進もう。
勝ち残った以上、俺はもう、立ち止まれないのだから。












「さて、一応の方針も決まったところで……保健室にいかにゃくていいの?そろそろ7時にゃ」

あぁ、いや。
その……実は腹が痛くてな。
なんてこった。これじゃ飯が食えない。

「にゃるほど。なら保健室へ行って薬をもらうといいにゃ」

あぁ、いや違った。
実は昨日食べたご飯が残っててな、腹いっぱいなんだよ。
せっかく馳走になるのに残すのは失礼だろ。

「にゃるほど。さっきからすごい勢いでぐーぐー腹がなってるくせにのそ言い訳とは。逆に恐れ入ったにゃ」

はっはっは。

「にゃっふっふ」

――桜に会わす顔がない。

「へたれやがったにゃボーイ。えぇいウジウジと。いい加減鬱陶しいにゃ!あたしの朝ごはんのためにも保健室へ行くがいいにゃー!」

お前はそこの焼きかけの魚でも食ってろ!
そもそもその魚どこから手に入れた!

「昨日の決戦場の海で泳いでたの捕まえたにゃ!」

何時の間にそんなことを!?
というか、食っても大丈夫なのかそれ!

「あたしの胃袋はコスモだから問題にゃい。勢いで煙に巻こうとしても無駄だぜボーイ。大人しく保健室へ行くがいいにゃー!□ボタン、保健室っと――」

それは禁じ手だろうが――!?








俺は今、保健室の扉の前にいる。
別にバカネコに言われたからではなく、約束を守りたかったから来たのだが……なかなか扉を開けることができない。

俺は、やはり迷っている。
桜に会っていいのか、と。

「――さん」

彼女は、きっと俺が生き残れるように約束をしてくれた。
俺が戦えるように、戦う理由を持たせてくれた。
それぐらいは、わかる。
彼女が、俺のために言ってくれた約束なのだと。

「――オさん」

桜は、純粋に俺のことを案じてくれていた。
そして俺はそれに縋った。
彼女がくれた約束を理由に戦った。

「――カオさん?」

だがそれは、戦うという行為を、相手を傷つけるという罪を、約束のせいにすることにならないだろうか。

免罪符、とも言っていい。

桜の俺に対する純粋な心遣いに、罪を擦り付けようとしている自分がいる。
そんな俺が、彼女に会う資格があるだろうか――

「ナカオさん、どうされました?」

――□ボタン、マイルーム。

「はい?なんの呪文ですか、それ」

はっはっは。いや、なんでもない。
ウェイト。ちょっと待ってくれ。
俺、今すっごい混乱してる。

「はい、待ちます。あ、とりあえず中へどうぞ」

うん、失礼します――じゃなくて、それもう手遅れだから。
途中で帰れなくなるから。

――桜、俺は君に言わなければならないことが……

「はい。まずはお茶をどうぞ」

ありがとう――ふぅ。
いつのまにか椅子に座っている件。

「朝食の配膳をするので少し待ってくださいね?」

ウェイト。ウェーイト。
ちょっと待ってくれ桜さんや。

「はい?あ、大盛りですね。任せてください。私、ご飯を盛るの得意なんです!」

あぁ、それは楽しみだ――じゃ、なくてですね。

「えっと、なんでしょう?」

……桜、俺は君に――謝らなくちゃいけない。

「……謝る、ですか?」

あぁ、俺は……君を、言い訳にした。
君との約束を、誰かを殺す理由に使った。
だから、俺は、君に会う資格は――ないんだ。

「ナカオさん」

すまない、桜。

俺は、俺は――



「ぶっちゃけどうでもいいです」

――桜さん一刀両断すぎる。



OK、落ち着け。
俺の知っている桜さんがこんなにもド直球のはずがない。

「どうでもいいんです」

ど真ん中どころかデッドボールだよ。
いろんなものがへし折られたよ。

「ナカオさん、私は貴方が何を悩んでいるのか、わかりません。貴方の苦悩もわかりません。私の言いたいことは一つです」

いろんなモノをバッキバキに折られた俺にこれ以上どんな仕打ちを――!?







「おかえりなさい、ナカオさん」

――――。

「私は、貴方がここにいることが嬉しい、約束を守ってくれたことが嬉しいです。あの約束に貴方が苦悩していることはわかります。でも、その苦悩に対して私が言うべきことはありません。それは、貴方だけのモノだから。私は、今ここに貴方がいて、ちゃんと約束を守ってくれた。それだけでいいんです。だから――おかえりなさい」

……ただ、いま。

「はい。それでは、準備しますね。……まずはしっかり食べてください。それから考えましょう。もし、一人が苦しいなら、私も一緒に考えますから」

あぁ……そう、か。そうだな。うん、そうしよう。


桜――ありがとう。

「はい。では――」




「ガツガツ。むむ、この塩鮭の塩加減、侮れねー。もふもふ。むーこの卵焼き、出汁かー。砂糖派なあたし的には減点1にゃー」

「うふふ……落ちろ、奈落へ――」

「にゃ!?ヘルプ!助けて少年――」

あぁ、今日の朝ごはんは何だろうか。とても、とても楽しみだ――

「少年――!?」









学園の中庭にある教会、その前の噴水の傍に設置されたベンチでまどろむ。
先ほどまでの陰鬱とした気分はもうない。
満たされた食欲が落ち着きを取り戻させた。
そして、何よりも、おかえりと言ってくれた桜の微笑みが、俺の恐怖を払拭してくれた。現金なものだと思う。
だけど、あの笑顔はとても……とても嬉しかった。
あの笑顔を見れただけで、約束を守ってよかったと、そう思う。

……未だ俺は何が正しいのかわからない。
戦う覚悟もない。
だけど、それでも進もうと思う。

悩んだまま死んでしまえば、今の悩みすら無意味なものになるから。

無意味なまま消えたくは無い。
何も為さないまま終わりたくは無い。

なんて、小さな願いだろうか。
命を掛けて願いのために戦う者達に比べれば、俺の願いなど塵芥のようなものだろう。
だが、それでも俺は――

「――君が、次の相手か」

声を掛けられ、誰かが傍にいることにようやく気づいた。
自身を見下ろすように傍に立つその人は、白い頭髪と髭を持つ老人だった。
だが、佇まいは年老いた老人ではなく、経験豊富な戦士を思わせる威圧感を持っている。
一瞬、その威圧感に飲まれてしまった。
呼吸をすることさえ忘れ、ただ呆然と相手を見返す。

――貴方は?

なんとか、息を整えて相手へと声を返す。

「わしはダン・ブラックモア、君の対戦者だ。……若いな。実戦経験もないに等しい。相手の風貌に臆する様がなによりの証だ」

じっとこちらを値踏みするように見下ろす老人。
その眼差しは俺の瞳を捕らえて離さない。

「その瞳、迷っているな。……案山子以前だ。そのような状態で戦場に赴くなど……不幸なことだ」

値踏みが終わったのか、視線にあった威圧感が和らいだような気がした。

「では失礼する。君の迷いが晴れるといいのだが。決戦で君と正面から向き合うために、な」

次の対戦者が背を向け、立ち去る。
圧された。
俺は目の前にいる老人の威圧感に、途方も無いプレッシャーを感じた。
今も去り行く老人の背を静かに見ることしかできない。

苦悩に答えを見出す間もない対戦者との邂逅。
俺は、次に命を掛けて戦う相手に正面から向き合うこともできなかった。
あの人の瞳には、俺がどのように映ったのだろうか。
きっと、戦う戦士には見えなかったのだろう。

けど、例え戦士になれなくても、迷いを持ったままでも、先に進む。
今は、それしかない。

だから――







別れる前に一つだけ確かめたいことがある。
これだけは聞かなければ。

戦う前にこれだけは確かめなければ、俺は彼と正面から睨みあうことすら出来ない。
ベンチから立ち上がり、去り行く老人へと声を掛ける。

――待って欲しい!

「……ふむ?」

一つだけ、問いたい。

「――良かろう」

彼はこちらを振り向かなかった。
今も迷い続ける俺は、戦士たる覚悟を持たない俺は、向き合う資格すらないのだと言われているような感覚に陥る。
一歩、後ずさりしそうになる。
だが、ぐっと腹に力を込め、大地に立つ足に力を込め、彼の背に疑問をぶつけた。

ダン・ブラックモア。




貴方は――








予選の学園でどのような役割だったんだ?

「――2年C組、出席番号24番。ダン・ブラックモアだ。よろしく頼む、学友よ」

同級生だと――!?




<あとがき>
なんか暗いね。ごめんね。
さすがに人の生き死にがある場面でギャグは辛かった。
最初はシリアス(笑)じゃなかったのよ?
シンジ退場場面で「ねぇどんな気持ち?バカネコにまけるのってNDK?」とかやるくらいには。
でも死ぬ場面でそれやったら主人公外道じゃないか?と思い書き直し。
主人公は馬鹿ですが外道ではないです。
ゲームも2回戦終わるまではウジウジしてたので、ここでもそんな感じ。
2回戦が終わるくらいまでは、ギャグ7シリアス(笑)3くらいでいきます。
それを越えればフルスロットル。
ではでは、ご拝読ありがとうございました。



[33028] 想像
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/08/25 21:04
穏やかな日差しが降り注ぐ朝。
始まりを告げる鐘の音に、生徒達が足早に教室へと移動する。

これから始まる授業に面倒くさいと不満を言う者もいれば、まだ朝だというのに放課後に何をしようかと迷う者もいる。

どこにでもある日常。
穏やかで、ただゆったりと過す毎日。

教室へと急ぐ生徒達の群れの中で、自身もまた教室へと足を動かす。

今日の授業はなんだったか。
昼飯はどうしようか。
授業で解答を指名されなければいいが。

などと、益体もないことを考えながら歩いていた。

「おーい。ナカオくーん!」

ふと、遠くから誰かが呼んでいることに気づく。

誰だろうか、振り向くとそこには――

「待ってよ~。僕も一緒に行くよー!」

鎧を身に纏った老人が途方も無い速さで迫ってくる姿が――!?





……なんてことが予選で繰り広げられていたのか。

「にゃにその地獄絵図」





恐ろしい人だダン・ブラックモア。
その姿かたちだけでこちらにダメージを負わせるとは。

「あの鎧姿で高校生はにゃいわー」

せめてもの救いは予選で彼と違うクラスだったということだな。
もし同じクラスだとすれば先の想像もあったかもしれない――ぐふっ!?

「血吐いたー!?しっかりしろ少年ー!それは想像にゃ!現実ではにゃいにゃー!」

……あぁ、大丈夫だ。
まだなんとか致命傷ではない。
しかし、彼も当初は記憶を奪われ高校生として生活していたわけだよな。

つまりそれは――



『では、この問いを……ブラックモア君』

『はい!……えっと……むぅ……すいません、わからないです』

『そうか。ここはだな……と、いうわけだ。席に着きなさい。……では今日の授業はここまで』

『……はぁ』

『はは、残念だったなダン』

『いやぁ、難しいってあれ。隣に座ってるんだから助け舟ぐらいだしてよ』

『いや、まぁ。難しかったなあの問題!……おっと、ダン。お前にお客さんだ』

『うん?』

『あの、ブラックモア君。放課後にね、ちょっと、その……一緒にきて欲しいところが……』

『あぁ、いいよ』

『あ、ありがとう!それじゃ放課後にまたね!』

『ちくしょーダン。羨ましいぜこのやろー!』

『うわっ!なんだよいきなりヘッドロックなんかして!』

『うるせー!』

『もう!やめろって!はははは!』



――なんて学園青春物語があったとでもいうのか!?

無理だ、俺には耐えられない。
そんな光景があったらまず間違いなく怖くて不登校になる自信がある。

「でもちょっと見てみたいにゃ。で、思いっきり指差して笑ってやるにゃ」

第三者の立場が羨ましい。
俺は同じ舞台に立っていたから笑えないんだよ。
恐ろしい人だダン・ブラックモア。

「ナカオ君」

俺を呼ぶ声。
心臓が飛び跳ねた。
今もドクドクと暴れまわっている。
まさか、俺の後ろに高校生鎧翁が……!?

声に振り向くとそこには――


「……廊下で何悶絶してるのよ」

赤い服を身に纏った少女がいた。


……良かった。遠坂、君でよかった。

「はい?」

ありがとう。そして、ありがとう!

「……なんかよくわからないけど、どういたしまして?」

「少年混乱しすぎにゃ。よーツインテ。アンタも生き残ったのにゃー」

「えぇ、おかげさまでね」

ありがとう遠坂!ありがとう!

「……勝利の代償に頭でもおかしくなった?……それにしても……そのサーヴァントで勝ち上がるなんて、よっぽど宝具が強かったのかしら」

ありがとう!……っと、いい加減現実と向き合うか。

……宝具?また知らない単語がでたな。
遠坂、宝具ってなんだ?

「え?宝具を知らないの?」

あぁ。
そもそもこのバケネコが宝を持ってるなんて思えないんだが。

「にゃんて失礼にゃ。あたしは大切な宝を持ってるにゃ」

例えばなんだ。

「おいしかったネコ缶のフタとか」

捨てちまえそんな宝。

「ただのゴミだからそれ……それはともかく、宝具も知らずに勝つなんて、少し見直したわ」

そうなのか?
よくわからないが……

「宝具はね、その英雄の象徴なのよ。例えば円卓の王、アーサーの持つ聖剣エクスカリバーとかね。英雄の伝説と共に在り、逸話や伝承を持つ宝具は総じて奇跡を体現する強力な武器になり得る物なの」

なるほど、英雄の武器ってことか。
山を切ったとか軍を屠ったとか語られる英雄の逸話の中の武器が実際にあるなら、それが必殺の切り札になるわけか。

ところで遠坂――このバケネコが逸話を持つと思うか。

「――ごめんなさい。宝具なんか持っているはずがないわね……」

「どういう意味にゃー!」

憤慨するなバケネコ。
事実だ。

「少年自分のサーヴァントに容赦にゃさすぎにゃー!」

なら持ってるのか?

「あたしは存在自体が宝だから」

ははっ。

「ふふっ」

「慈愛に満ちた瞳で微笑まれるとかどういうことにゃの。突っ込みすらにゃいのは寂しいわー。もうちょっと優しくしてもいいのよ?」

そういえば、ライダーが使ってきたあれも宝具だったのか。

「にゃ、スルー?放置プレイばかりじゃあたし――逆に燃えるにゃ」

めげないねお前。

「すごくいい笑顔ね、果てしなくうざいわー……それにしても、宝具を受けたのに生き延びるなんて、やるじゃないナカオ君。それで、フランシス・ドレイクの宝具ってなんだったの?やっぱり海賊船?」

フランシス・ドレイク?
いや、俺が戦ったのはライダーだけど。

「え、だからライダーの真名がドレイク……って相手の真名もわからずに戦ったの?」

――そもそも真名の意味がわからない。

「そこからかー!……はぁ……真名っていうのは、サーヴァントの名前よ」

名前?
まぁ、過去の英雄だから名前はあるだろうが、あいつライダーが名前じゃなかったのか。

「クラスの意味すら知らないって……むしろどうやって勝ったのよ……」

「主に目からビームにゃ」

主に拳で。

「何それ恐い。なんで聖杯戦争でマスターが拳使うのよ!なんで目からビームなんか出るのよ!」

いや、実際そうだったんだから仕方ないだろ。

「紛れも無い事実にゃ」

「何この主従。サーヴァントどころかマスターも非常識すぎるわ……」

失敬な。
このバケネコと同列に扱うなんて俺の尊厳を踏みにじる行為だ。

「そうね、ごめんなさい」

「さっきからディスりすぎにゃ。そんなに責められるといろいろとこみ上げてくるにゃ……やだ、この気持ち、恋?」

こみ上げてるのは朝桜にもらったネコ缶だろ。
実はあれ――いや、なんでもない。

「にゃに、あれににゃにが入ってたの」

ところで、聞くからには真名とやらも大事みたいだが、たかが名前じゃないのか?

「にゃにが、にゃにが入ってたのー!」

「たかが名前程度じゃないわ。真名が知られるってことは、その英雄の正体がわかるってことなの。それ即ち、英雄の逸話を知られるってことね」

うーん……逸話を知る……弱点がわかるとか?

「にゃにが入ってたの……にゃんか気持ち悪くなってきた」

「まぁ、その認識で間違いないわ。例えば、そうねぇ……英雄アキレスなんか、弱点が顕著でしょ?」

あぁ、なるほど。
何処を狙えばいいかはっきりした。

「そういうことよ。真名が大事ってことはわかったかしら?」

はい先生。

「よろしい。ところで……ねぇ、ソレ、赤くなったり青くなったりしてるけど大丈夫?」

あぁ。平常運転だ。
こいつが食ったのはネコ缶じゃなくてイヌ缶だっただけだからな。

「道理で味がワイルドだと思ったにゃ」

「一瞬で色が戻ったわね。どういう構造なのよ」

「にゃふー!あたしの肌は七色に輝くぜ!」

生物としてどうなんだそれは。
しかし、サーヴァントの名前がライダーとかセイバーとか言うのはおかしいと思ってたけど、そういうことか。

「そ、真名は非常に重要な要素よ。だから普通は真名を使わずクラス名で呼ぶの」

なるほど。
ちなみにお前の真名はなんだバケネコ。

「ネコアルクにゃ」

そうか。これからはネコと呼ぼう。

「いままでとあんま変わってにゃくね?」

「アホかー!」

ぐはっ!?

「にゃ!?少年がツインテの指からでた黒いのに撃たれたー!」

説明ありがとう。おぉう……頭がくらくらする。
何をするんだ遠坂。
痛いじゃないか。

「なに普通に人前で真名聞いてるのよ!何普通に答えてるのよ!いい?真名っていうのはさっきも言ったけど大事な要素なの!自分のは一番隠すの!相手のは一番探るの!真名を制する者が聖杯戦争を制すると言われてるの!知られたからには戦いが不利どころじゃないわ!べ、別にアンタのこと心配してるわけじゃないのよ!でも真名がばれたら次の戦いは絶望的なの!せ、せっかく話し相手ができたのにもういなくなるなんて……別に寂しいわけじゃないわ!でもちょっと、そう退屈なのよ!わかる!?わからないわよね、いい!そもそも真名は大事な要素なの!自分のは一番隠すの!相手のは一番探るの!真名を制する者が聖杯戦争を制すると言われてるの!べ、別にアンタのこと心配してるわけじゃ――!――!――!――!」

落ち着け遠坂、もはや何を言っているのかわからないぞ。

「うむ。ときおり挟むツンデレがいい味を出してるにゃツインテ」

しかし、さっきの黒いのはいったいなんなんだ……

「ぬぅあれは……」

知っているのかネコ!

「うむ。あれはガンドにゃ。その歴史は古く、誰が何時広めたのかは誰も知らにゃいけど和尚が江戸時代から昭和にかけて広めたらしいと専らの噂にゃ。拳銃を用いた空手道によく似たその柔道は、剣道の型を真似ていると弓道会で言われており、それは正に武士道であると磯野さんちのタマ先輩が言ってたにゃ。それを極めれば空中戦すら可能であると――」

「それはGUN道だー!」

「おぶぱっ!?」

ネコが黒いのに撃ち落とされた――!?
恐るべしガンド。

「これはGUN道だー!」

いや、GUN道なんて俺は言って――うぉっまぶしっ!?
お、落ち着け遠坂!
自分でもガンドかGUN道かわからなくなってるぞ!

「アンタを殺してわたしは死なないー!」

ただの殺人じゃないか――!





……落ち着いたかね、遠坂さん。

「……えぇ、落ち着いたわ」

そうか。それは良かったよ。
ところでこいつをどう思う?

「すごく……穴だらけね」

あぁそうだな。俺のサーヴァントは穴だらけだよ。

「ア、アンタが盾に使ってたせいじゃない!」

盾にせざるを得ない状況だったからな。黒い弾の嵐で。
ところで遠坂――次の戦い、俺はどうやって戦えばいいと思う?

「……貴方には立派な拳があるじゃない。わたし、信じてる」

最高の笑顔をありがとう。
最悪の状況だよ。

「わ、悪かったわ。そう、少し反省してるから!」

盛大に反省しろ。
はぁ……今日もアリーナに行かなきゃ昼飯代だってないのに……

「な、なによ」

はぁ……腹、減ったな……

「う……わ、わかったわよ!ご飯くらいいくらでも奢ってあげるわ!」

――その言葉が聞きたかった。
「――その言葉が聞きたかったにゃ」

「――殴りたいわ、その笑顔」





――昼。

あれから遠坂と食事時まで雑談を続けた。
正直、遠坂は本当に奢るほどのことでもなかったのだが、彼女はご馳走してくれるらしい。
彼女は良い人だ。

で、さっそく食堂へ来たわけだが。
何を食べようか。迷うね。
いや、こちらは奢ってもらう立場なんだ。
もちろんわきまえているさ。
そうだな、ここは無難に――

塩鮭定食ラーメン定食ステーキ定食ハンバーグ定食AランチBランチおっとそれから――

「メニューの上から順番に全部選ぶなー!」

はっはっは。
ちょっとした冗談だよ、冗談。

うむ、やはりここは下の立場として、あまり財布に痛くない……サーロインステーキ600gで。

「一番高いやつじゃないの!」

はっはっは。
ちょっとした冗談だよ、冗談。

うん。決まった。
月見うどんにしよう。

「はぁ。まったくアンタに付き合うと疲れるわ。わたしは……海鮮パスタにしとこ」

「一瞬焼肉定食を視界に捉えつつも海鮮を選ぶとは。何アピール?ねぇ少年に何アピールにゃの?」

「――ガンド」

「にゃー!?」

はっはっは。
食事が楽しみなのはわかるが食事処ではしゃいではだめだろう。

「しょ、少年。これがはしゃいでるように見えるにゃら眼科行け……!ツインテは確実に殺しにきているにゃー!」

はっはっは。
さて、さっそく購入した食券を食堂のNPCへと渡そう。

「スルー!?」

食堂のNPCへと食券を手渡し――

『食券をお預かりします。激辛麻婆豆腐エクストラエディションですね。少々お待ちください』

――ちょっと待て。
月見うどんからどうやってマーボーに進化した。

『監視者よりメッセージをお預かりしております』

【少年、これは私からのプレゼントだ。なに、気にすることは無い。共に真理を追い求める者。喜んで援助しようではないか】

余計なお世話だ神父――!





「……ねぇ、ナカオ君」

なんだ遠坂。――燃える。

「……貴方の次の対戦相手のことを聞いたわ」

ダン・ブラックモアさんのことか。――辛味などと生易しいものではない。

「……もう現役じゃないけどダン・ブラックモアといえば名の知れた軍人よ」

そうか。――それは衝撃。

「……ねぇ、ナカオ君」

なんだ遠坂。――旨さ、辛さ、あらゆる感覚が怒涛の波の如く押し寄せる衝撃。

「……貴方――」

それはつまり宇宙開闢に匹敵するエネルギーの奔流が波を為して暗黒領域を形成し真理の扉をこじ開けてネバーランドへ誘い冥府の門を潜り抜けて冥土喫茶に到着するが如し――!

「汗とか顔色とか色々やばいわよ」

――食うか?

「食うか――!」





――あぁ、旨かった。

「……万の敵に打ち勝ったようなやり遂げた顔ね」

まぁ、そんな感じ。
ちなみにネコは一口与えたら満足して昼寝している。

「無理やり口にねじ込んで意識が飛んでいるの間違いじゃないの」

そうとも言う。
とりあえず――ほら、ネコ缶だ。

「にゃー!そのネコ缶はあたしがもらったー!」

ほーらとってこーい。――コードキャスト・筋力強化。対象俺。

「全力投球!?だが、真祖ワーーーープ!ゲットだにゃ!」

無駄にスキルを駆使しやがって。

「にゃっふっふ。ところで少年。このネコ缶どうしたのにゃ?」

1回戦で神父にとられたのあったろ?
何個かちょろまかしておいた。
しばらくはそれを食べるといい。

「しょ、少年……あたしのために……!」

気にするな。マイサーヴァント。
存分に食せ。

「にゃふー!いただきまーす!」

ところで、遠坂が幽霊でも見たような表情で固まっているんだが。

「……空間転移?発動速度も転移先指定の精確さも尋常じゃない。しかも発動にリスクもなさそう。なによそれ――!?」

遠坂?
どうしたんだ。

「え、あっ……世の不条理に嘆いていたところよ」

あぁ、わかる。
だが、あの生物に対して一々悩んでいたら不条理に押し潰されるぞ。
それで、ダン・ブラックモアさんがどうしたんだ?

「……一応話は聞いていたのね」

もちろんだとも。
俺は人の話をちゃんと聞く男だ。

「なんでそんな自信満々なのよ。それはともかく……ダン・ブラックモア。彼は西欧財閥の一角を担うある国の狙撃手よ。匍匐前進で1キロ以上進んで敵の司令官を狙撃するとか日常茶飯事。並の精神力じゃないわ」

匍匐前進で1キロ以上!?
そ、それはつまりこういうことか――!













穏やかな日差しが降り注ぐ朝。
始まりを告げる鐘の音に、生徒達が足早に教室へと移動する。

これから始まる授業に面倒くさいと不満を言うものもいれば、まだ朝だというのに放課後に何をするのか迷うものもいる。

どこにでもある日常。
穏やかで、ただゆったりと過す毎日。

「おーい。ナカオくーん!」

ふと、遠くから誰かが呼んでいることに気づく。

誰だろうか、振り向くとそこには――




「待ってよ~。僕も一緒に行くよー!」

鎧を身に纏った老人が匍匐前進で迫ってくる姿が――!?







……という光景が予選で繰り広げられていたと――!?

「なにその地獄絵図」



<あとがき>
全マスターを同じクラスにした予選風景の番外編を書いた。
予想以上に混沌だったので封印した。



[33028] 令呪
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/09/03 11:42
ありえない可能性に手を伸ばす。
起りえない奇跡に手を伸ばす。

もう一度、もう一度。
何度も何度でも手を伸ばす行為は、無様であろうか。

否、俺はそう思わない。

もう一度、もう一度。
枯れ果てた可能性を願うその姿は、諦めていないことと同義ではないか。

可能性を望み、奇跡を掴もうと足掻く姿を、俺は否定しない。
それが無様であろうと、無意味であろうと。

諦めない、その行為を否定しない。

だから俺も手を伸ばそう。

もう一度、もう一度。
何度でも、何度でも。

己が満足する、その一瞬まで手を伸ばし続けよう。

だから――





――マーボーおかわり。

「何杯食べるつもりなのよ!」





――満足した。
俺は今、確かな幸福に包まれている。

「マーボーだけをよくあんなに食べれるわね……」

遠坂も食べれば分かる。
至高のひと時、極限の彼方を――

「常人ならその極限の彼方から帰ってこれないから」

いや、一度食べれば病み付きだぞ。ほら、あれを見ろ。

「にゃぜ、にゃぜだ。ネコ缶を食べているはずにゃのに、マーボーの味しかしねーにゃ!ちくしょーーー!」

はっはっは。
さっきの一口が見事にネコの味覚を染め上げたようだ。

「本当に病んでるじゃない……ガチ泣きしてるわよ」

水飲んでしばらくすれば治るさ。多分、きっと、おそらく。
ところで遠坂。今気づいたんだが。

「なに?」

その左手の甲のアザ、大丈夫か?もしかして戦いの傷が治ってないんじゃ……

「これは私の令呪よ。……令呪も知らないなんて言わないわよね?」

――記憶にございません。

「政治家みたいな言い訳をしないの……はぁ……これはね、サーヴァントに対する絶対命令権よ」

絶対命令権?

「そ、3回限りの命令権。そして同時に切り札でもあるわ。例えば、そうねぇ……瀕死のサーヴァントに『敵を斬れ』とか命令したら、例え動けない体でもそれを為そうとするわ」

なるほど、令呪を使って無理を可能とするわけか。

「まぁ、その認識で間違って無いわ。貴方にもどこかに令呪が刻まれているはずよ」

もしかして……この右手の……手のひらのこれか?

「ちょっと見せて――ぷっ!なにこれ、肉球みたいなマーク、ぷぷっ!」

無理に笑いを我慢しないでくれ、より惨めになるだろう。泣ける。

「ご、ごめん。あまりに面白い形だったから……ぷっ!」

「あたしのシンボルマークにゃ。泣いて喜べー!」

惨めさで涙が止まらないよ。
……で、これを使えばサーヴァントに命令できるわけか。

「逆らえないあたしにナニをさせるつもりにゃの?言ってもいいんだぜ、思春期ボーイ」

別のサーヴァントになれ――!

「一瞬の躊躇いも無く言い切りやがったにゃー!」

……ならないんだけど。

「なるわけないでしょう……」

「あたしと少年の運命の赤い鎖は令呪程度では断ち切れないにゃー!」

もはや呪いの域だな。

「ご愁傷様。……この令呪はね、サーヴァントの限界を超えさせることもできるの。例えば、これを使ってサーヴァントを呼べば、空間転移の技能を持たないサーヴァントでも一瞬でマスターの元に駆けつけることができるのよ」

便利だな令呪。
よし、ちょっと地上までいってカレーパン買ってこい――!

「行ってくるにゃ!」

頼んだぞ。

「あほかー!」

ぐはっ!?

「切り札をパシリに使う馬鹿がどこにいるのよ!それに令呪はこの聖杯戦争の参加資格みたいなものなの!全部使い切れば次の決戦へ進むことが出来ない――実質2回なのよ!なんで自分の命を捨てるようなことをするの!こんなことでアンタがいなくなるなんて……べ、別に心配してるわけじゃないわ!こんな馬鹿げたことをするアンタが悪いのよ!」

オーケー、俺が悪かった。
すまない、ごめんなさい。
だからガンドはやめて。
一発がヘビー級のボクサーのパンチ並だから。
いや、ボクサーに殴られたことないけど。
それに、ほら。
令呪使ってないから。
流石にこんなことに使うつもりなんてないから。
まずは落ち着いて、話し合おう。

「……本当に、使ってないわね」

あぁ、使ってないとも。

……今のは、俺が不謹慎だったな。
命綱で遊んだようなものだ。
すまない、遠坂。

「……わかればいいのよ」

あぁ、本当に悪かった。
でも――心配してくれて、ありがとう。
遠坂が本気で怒ってくれて、嬉しかった。

だから、ありがとう。

「――ブッ血KILL」

何故に!?

「いいから殴られろ――!」

さすがに理不尽だろ――!?

「照れ隠しに崩拳はオーバーキルにゃツインテ。ところで少年、言われたもの持ってきたにゃー」

流れを断ち切ってくれてありがとう。
できれば遠坂の拳が俺の鳩尾に入る前にきて、ほし……かった……――――

「少年?少年……しょう、ねん……少年――!」

「何叫びながら空へ向って敬礼してるのよ。心配ならそこで転がってる馬鹿を介抱すればいいじゃない」

「転がせた犯人が良く言ったもんだにゃツインテ」

「ふんっ!ナカオ君が悪いんだから!」

「耳真っ赤にしてぷりぷり怒られてもにゃー。しかし、少年がこの状態だとせっかく持ってきたカレーパンが無駄になりそうだにゃ」

――それを早く言え。

「……食べ物で復活するあたり、アンタ達間違いなく主従だわ」

食事は人が生きる理由の一つだよ遠坂。

ところでネコ、お前その傷はどうした。
服もボロボロじゃないか。
何があった。大丈夫なのか?

「にゃー……さすがに辛さを信仰する狂信者は手ごわかったにゃ。でもなんとかあの不良シスターから奪取できたにゃ!」

辛さを信仰するシスターか……ムーンセルの信者は辛党しかいないのか。

「にゃ?ムーンセルじゃにゃくて地上在住のシスター年齢不詳にゃ。パイルバンカーで狙われた時は焦ったにゃー」

年齢不詳なのか。
見た目は若いのか?

「うむ。自称高校生だけどぶっちゃけイメクラに見えるにゃ。でも若くは見えるにゃ」

――ならば良し。

「ツッコムところはそこじゃないでしょうが――!」

ぐはっ!?
と、遠坂さんや、少し、手が、早く……なって……な、いか……

「惚れ惚れするような正拳突きだにゃツインテ」

「まったく、年齢不詳のシスターの見た目なんてどうでもいいでしょう。だいたい年齢不詳のシスターなんかより目の前にいる……いやいや、そうじゃなくて。それよりも――アンタ、地上に行ったの?」

「にゃ?行ったぜ、あの星空の果てへにゃ――」

「……まさかセラフから脱出できたの?そんな、まさか――でもさっきの空間転移能力なら……いやいや、そもそもサーヴァントはムーンセルが再現した架空の存在であって――いや、でも……」

……遠坂さんはなにやら考え事をしているようだし、俺達は邪魔をしないよう別の場所へ移動しよう。

「戦略的撤退、またの名をチキン敗走にゃ」

お黙り。割とダメージが洒落になっていないんだ。
大人しくしなければ――ここら一面がリバースしたマーボーの海に沈むことになる。

「それはもはや兵器だぜ少年」

あぁ、故に静かに座っていられる教会前のベンチへ行くぞ――

「膝が笑ってるぜボーイ。まるで生まれたばかりの小鹿にゃ」

黙れ――あ、吐きそう。

「頑張れ少年――!」





教会の傍、噴水を眺めることの出来るベンチへ腰を下ろす。
聞こえる音は、噴水の水が流れる音と、噴水を囲うように植えられた花々の揺れるざわめきのみ。
ほっと一息をつける、そんな安らかな場所。
ここにいるだけで、心洗われる。そんな気がする。

「心洗う前に流れる脂汗を拭うべきじゃね?」

そんなにやばい?

「滝の如し。少年、保健室に行ったほうがいいんでにゃいの?」

いや、別に怪我をしたわけじゃないし。

――ぶっちゃけ食いすぎた。

「ツインテの攻撃でダメージがない辺り少年の耐久力も大概にゃ」

お前にだけは言われたくない。
まぁ、遠坂もなんだかんだ言って手加減してくれているからな。
本気だったらムーンセルの介入が入るだろうし。
それにしても、ここは静かでいい。

「そうだにゃー。後ろの教会がそこはかとない邪気とかプレッシャーとかをかもし出しているところに目をつむればいい所にゃ」

どんな人外魔境だよあの教会。

あぁ、それにしても、いい陽気だ。
ベンチの背もたれに身を預け、ぐっと背伸びをする。
ばきばきと鳴る背骨。思った以上に疲労が溜まっているようだ。
軽く肩を回し、首の疲れを取ろうとマッサージをしていると、正面から誰かが近づいてきた。

近づいてくる存在は、やや紫がかった淡い白の髪、浅黒い肌、そしてこちらの奥底まで覗き込むような澄んだ瞳を持つ少女だった。





「……ごきげんよう」

……ごきげんよう。

「ご機嫌だにゃ」

「私はラニ。星を探す者」

俺はナカオ(仮)。記憶喪失。

「あたしはネコアルク。見ての通りプリティマスコットにゃ」

「師の言葉に従い、私を照らす星を探し天上の迷宮ラビリンスを歩んでいます」

それはつまりラビリンスでサーチアンドデストロイということか。

「ふむ。にゃるほど」

「貴方の星は晴れることの無いミストに隠れ詠めませんでした」

君はこの無数の星の中を旅する冒険者ということか。

「ふむふむ。にゃるほどー」

「教えてください。見えざる者ストレンジャー。貴方は何者ですか?」

俺はナカオ(仮)。名という真実を探し、過去という軌跡を求める者。

「ふむふむふむ。Zzz……」

「貴方もまた求める者探求者なのですね、ナカオ(仮)。私は私の星を探すため、多くの人間を知らなければならない。貴方も、ダン・ブラックモアもまた知るべき欠片。協力を要請します。蔵書の巨人アトラスの最後の末として私はその価値を証明したい」

なるほど……

「Zzz……ら、らめ。それは、それは――」

「ダン・ブラックモア、そしてその従者の遺物を渡してください。私はそれを用いて星を詠み、貴方もまた彼等の過去をしることができる。それは有益だと提案します」

なるほど……

「Zzz……それはあたしのにゃー!……ハッ――夢か……」

「では、いずれ。貴方から声が掛かる事を待っています。――ごきげんよう、ナカオ(仮)」

ごきげんよう。

「ご機嫌にゃー」



突然現れた少女は、風と共に去っていった。
風と共に現れ、風と共に去った少女は、澄んだ空気を纏った透明感のある存在だった。

ところで……彼女が言ってたことわかったか?

「少年が理解してると思って寝てたにゃ!」

俺もほとんど理解できなかった。

「むふー。クールビューティーならぬチューニビューティーだったにゃ」

彼女はどこか遠い場所で生きてるんだな。
まぁ、とりあえず協力してくれるらしいぞ。

「少年、欠片も疑ってにゃいのも問題だにゃ」

信じる者は救われる、だろ。多分な。
それに疑うよりは信じるほうが良い。
それで失敗するなら、その責任は自分で取るさ。

「にゃふー。そこまで考えてるにゃらいいにゃ」

まぁ失敗した責任は二人で折半てことで、マイサーヴァント。

「拒否権がにゃい時点でもはや脅しじゃね少年。……にゃっふっふ、望むところだぜマスター」




いきなり現れた少女、唐突な提案。
目まぐるしい状況の変化は、迷う暇も与えてくれない。

不思議な雰囲気を持つ少女との邂逅が、どのような結果をもたらすのか俺にはわからない。

ただ唯一、わかっていることは――




――(仮)まで名前だと思われているんだがどうしよう。

「手遅れにゃ」

マジか。

……まぁ、次に会った時に訂正すればいいか。

そろそろ、行こうかネコ。
訓練にしろ相手の情報収集にしろやることは幾らでもある。

「そうだにゃ……っ!?危ない少年――!」

ネコの叫びに自身に危険が迫っていることにようやく気づく。
刺す様な視線、押し潰されるような威圧感。
すぐそこに俺を殺す何かが来る――!

だが、動かない。
いや、動けない。
ネコの言葉に意識はできたが、刹那に動けるような身体能力を持っていない。

「にゃー!」

ネコの雄たけび。
動けない俺を守ろうと、ネコが俺の前で仁王立ちをする。
俺に迫る何かから庇おうと盾になる。

あぁ、だけど――



――身長が全然足りないんだよお前。



かろうじて身を捻り致命傷は避けたが、右腕に突き刺さった矢に意識が奪われる。

「少年ー!?」

薄れていく意識の中、令呪でネコの身長を伸ばしてやろうと思った――





<あとがき>
くっ!静まれ!俺の右腕よ!
封印を解くには早すぎる――!

……番外編はまだ本編に出てないキャラもいるのでまだ出せません。
やはり初登場は本編でやりたいのです。
キャラクターが全部出揃ったくらいに表にだせたらなーと考えています。









【おまけNG】

「では、いずれ。貴方から声が掛かる事を待っています。」

協力する、そう言った彼女が風と共に去る――って、はいぃ!?

「にゃっ!?」

「――ごきげんよう、ナカオ(仮)」

ご、ごきげんよう。

「ご、ごごご、ごきげんにゃー」





……なぁ、ネコよ。

「……なんにゃ、少年」

……風で、ラニのスカートめくれたな。

「……めくれたにゃ」

……なぁ、ネコよ。

「……なんにゃ、少年」

……見えたな。

「……見えたにゃ」

……なぁ、ネコよ。

「……なんにゃ、少年」





――はいて無かったな。

「――はいて無かったにゃ」





……ふぅ。

ちょっとダーマ神殿トイレ行ってくる。

「行かせねーよ。レベル1の癖に転職とか生意気言っちゃいけねーにゃ!」

離せ!今の俺なら悟りを開くことができるはずだ!

「主人公は賢者には転職できねーにゃ!」

いや、今の俺は悟りの書桃源郷を垣間見た。
今なら逝ける!

「それは越えちゃいけにゃい一線にゃー!」

えぇい離せ!離して!記憶に残っている内に――!

「どんだけ本気にゃのよ!?――危ない少年!」

ネコの叫びに自身に危険が迫っていることにようやく気づく。
刺す様な視線、押し潰されるような威圧感。
すぐそこに俺を殺す何かが来る――!

だが、動かない。
いや、動けない。

最後に見えた光景は、眼前に迫る、毒々しい矢の鋭さだった。


【DEAD END】




<あとがき2>
記念すべき死亡一回目。
選択肢を間違えたら容赦なく死にます。fate的に。
漫画版読んで知ったんですが、ラニは穿かない派らしいですね。
……ふぅ。

ちょっとダーマ神殿逝って来ます。



[33028] 道程
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/10/26 12:55
痛みが世界を支配している。
暗いそこは、何も見えず、何もわからない。

ただ、痛い。

自身を認識している要因が痛みしかない。
痛い、痛い、痛い、痛い――

全身が刺されるような。
全身が熱せられるような。
熱が、刺激が、身を焦がす。

まるで茨で全身を隙間なく縛り上げているようだ。

痛い、痛い、痛い、痛い――

暗い、ただ暗いここで痛みに耐え続けることなどできるはずがない。
意識も、自我も、自分も痛みにかき消される。

あぁ――消えて逝く。

暗い、ただ暗いこんなところで、痛みに押し潰されるなんて……

嫌だ――




――ふっと、痛みが消えた。

まるで最初からそれが嘘だったように。
霞の如く、何もなかったかのように消えた。

代わりに感じたものは、頬に触れる温かさ。
誰かが頬を撫でている。
その手は、優しくて温かくて。
この暗い空間で、たた俺を救ってくれる唯一の存在。

暗かったここが、段々と明るくなってくる。
黒が白に。
闇が光に。

どん底から救い上げるように世界が変わる。

暗く、見えなかった世界が変わることで、頬を撫でている手の持ち主の輪郭が段々とはっきりしてきた。

頬を撫でる優しい手の持ち主。
その人の顔は逆光でよく見えない。

あぁ、だけど。
微笑みながら、俺を見ている。
まるで愛おしいモノを愛でるように撫でている。

その笑みは、どこかで見た誰かの――









頬に触れる暖かな感触。
優しく撫でるそれに導かれるように、意識が浮上した。

「――大丈夫ですか、ナカオさん」

……桜?

「はい、桜です。……良かった、気がついて」

目を開ければ、なんの変哲もない天井と白いカーテンと、すぐ目の前にいる桜の顔。
……保健室?

「えぇ、保健室です。何があったか憶えていますか?」

何が……そうあれは確か……

うどんがマーボーにジョグレス進化を――

「さかのぼり過ぎにゃ!」

おぉ、ネコ。お前もいたのか。
で、何で天井から吊るされてボンレスハムみたいになっているんだ?

「うふふ。マスターを守れない従属にお仕置き中です」

「にゃー!おろせー!縄が食い込んできて……あふん、癖になっちまうにゃー!」

喜んでしまったらお前との主従関係を考えなければならないな。
ところで桜さん。

「はい?」

そろそろ離れてくれないだろうか。
美少女に頬をなでなでされるのは嬉しいけれど、それを受け入れるには恥ずかしいのが少年ハートなんだ。

「……」

無言で続行かつ微笑まれてしまったら抵抗せざるをえないな。
恥に染まる少年ハートを燃え上がらせて体を起こそうとして――動かない自分に気づいた。

……なんだ、これ。
体が動かない。
微塵も、指先すら動かない。

「まだ動かないでください。毒が貴方を蝕んでいるのですから」

毒、その言葉に現状を思い出した。
教会前の噴水広場。
俺はそこで狙われたのだ。
必殺の意思を乗せた矢の一撃を――!

あの鋭さを思い出した。
突き刺さる痛みを思い出した。

汗が流れる。
恐怖が湧き上る。
あの死の一瞬が、脳裏によぎる。

「大丈夫、大丈夫です」

――暖かさが、身を包む。
言葉が、頬を撫でる優しさが死の恐怖を遠ざけてくれた。

しばしその優しさに身をゆだねる。
優しさと暖かさに自然とまぶたが下がってくる……



「真祖ビィィィィム!」

――台無しだよ。

放たれた光線は俺と桜のいるベッドの横にあるもう一つのベッドに突き刺さった。

何をするんだネコ。
自己主張にしてもそれは激しすぎるだろう。

「――敵にゃ」

そういった俺のサーヴァントの瞳はさきほどまでの道化の色はない。
一瞬の臨戦態勢。
剥き出しの闘争本能。
俺を守るための意思の篭った苛烈な瞳。


――だが天井から吊るされたままのボンレスハム。


「やれやれ、簡単な仕事だと思ったんだがな」

その声は光線の着弾箇所から聞こえた。
その声を聴くまで、そこに誰かがいるなどと思わなかった。
背筋に悪寒が走る。
動けない体に鞭を打ち、なんとか逃げようともがく。
だが、毒に蝕まれた己の体は動いてくれなかった。

「よぉ。案外しぶといな、アンタ」

すぐ隣に潜んでいた暗殺者。
くすんだ外套と動きを阻害しない革鎧に身を包む姿。
表情はこちらを見ながら笑っているが、その瞳はぞっとするほどに冷たい。

「さてっと――」

雑事を片付けるか、そんな軽い言葉と共に構えられた短刀。
動かない俺を見下ろす男性は俺の命だけを見ている――!?

――ネコ!

サーヴァントとマスターの霊的繋がりを介した会話、念話を使い指示を出す。

「にゃー!」

――縄から抜け出せなくてぶらんぶらんしていた。

「なに、すぐに楽にしてやるさ」

――お断りします。
などと気概を上げても、この状況を打破する手立てがない。
コードキャスト……魔術を用いようとしても、この身を蝕む毒のせいか魔力がうまく練り上げられない。

冗談じゃない、こんなところで、いまだ答えも出せず、迷ったまま終わるなんて――!

動かない体、その右手に意識を集中する。
令呪、サーヴァントに対する強制命令権。
逆転の切り札をここで切る――!

「――学園での戦闘行為は禁止されています。即刻この場から去りなさい」

そういって桜が俺を庇うように立つ。
あまりに自然に庇われたことに呆気にとられて、令呪への集中力が途切れてしまった。

「……NPCが庇うのかよ」

「私の役目は聖杯戦争を滞りなく進行させる為のサポートです。そして学園内での戦闘は禁止されており、後日の決闘に差し障りある行為の妨害に――問題はありません」

「はっ――そうかい。……諸共に死にな」

男性の短い言葉。
膨れ上がる殺気。
俺を庇ったままの桜。

このままただ見ているだけなんて、守られているだけなんて――冗談じゃない。

第一の令呪をもって命ずる――!

「――遅い」

間に合わない――!?





「そこまでだアーチャー!」

保健室の入り口から雷の如く響いた叫び。
とてつもない威圧感を伴ったそれは、暗殺者の動きを止めた。

「これはいったいどういうことだ、アーチャー」

静かな歩みと静かな言葉。
だが全身から威圧感を放ちながらこちらへくる老兵――ダン・ブラックモア。

「へ?どうもこうも旦那を勝たせるためにやってんですが。決闘まで待ってるとか正気じゃねーし?俺らも楽できて万々歳でしょ?」

ダン・ブラックモアの威圧する質問に対して、暗殺者、アーチャーと呼ばれた男の答えは悪びれもしない軽いもの。
アーチャーは欠片の躊躇もなく、決闘で雌雄を決するのではなく、ただ俺を殺すために行動している。

一回戦のライダーとは違う。
彼女も俺を殺そうとしていたが、彼女は決闘で互いの力をぶつけ合うことを望んでいた。
アーチャーの自然な殺意に背筋が凍る。
これもまた、聖杯戦争だというのか……

「誰がそのような真似をしろと命じた。死肉をあさる禿鷹にも一握りの矜持はあるのだぞ。どうにもお前には誇りというものが欠如している」

「誇り、ねぇ。俺にそんなもん求められても困るんすよね」

段々と言葉尻が激しくなっていることに両人は気づいているのだろうか。
ダン・ブラックモアとアーチャー。
次の対戦者はいがみ合っているのだろうか。

「ほーんと、誇りで敵が倒れてくれりゃ最強だ!けど悪いね、俺はその域の達人じゃねーわけで!きちんと毒盛って殺すリアリストなんすよ!」

「失望したぞアーチャー。許可なく校内で仕掛けたばかりか、毒矢を用いるなどと」

アーチャーは激しく、マスターは静かに怒りを込めて。
段々と言い合いが激しくなる。
ベッドを挟んで両者の視線が激しくぶつかる。

ベッドを、挟んで。


――俺が、寝てる、ベッドを挟んで。


喧嘩はよそでやってください、マジで。
何が悲しくてお爺さんと男の喧嘩を寝そべりながら見上げなければならないのか。

助けて桜さん!

「早く出て行ってほしいです」

「にゃー!ほどけねー!」

桜はお茶を飲んでほっこりしてるし、ネコはまだ縄から抜け出せないのかぶらんぶらんしてる。
俺もそっち側に行きたいのに体が動かない。
何この拷問。いじめなのか。

「アーチャー。今かかっている『祈りの弓』の効果を洗浄したまえ」

「……きけないっすね」

「アーチャーよ!汝がマスター、ダン・ブラックモアが令呪をもって命ずる!学園内で敵マスターへの『祈りの弓』を用いた攻撃を――永久に禁ずる!」

「な、は、はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

ダン・ブラックモアの右腕が輝く。
目も眩むような眩い光が保健室を一瞬満たす。
あれが、令呪の発動。

俺も、アーチャーもこのときばかりは同じ思いだろう。
敵に有利になるような令呪を使うなんて、何を考えて――

「これは国と国との戦いではない。人と人との戦いだ。この戦場は公正なルールが敷かれている。それを破ることは人の誇りを貶めることだ。畜生に落ちる必要は、もうないのだアーチャー」

「……正気か、旦那。負けられない戦いじゃなかったのか」

「無論だ。わしは自身に懸けて負けられぬし当然のように勝つ――その覚悟だ」

――驚いた。
令呪、サーヴァントの限界を超えさせることもできる逆転の切り札を、目の前の老兵は「正々堂々戦え」という命令に使ったのだ。

「……やれやれ、わかりましたよ。オーダーには従いますって」

本当に呆れたと言わんばかりに気だるげに、アーチャーは弓に触れる。
その瞬間、弓が僅かに発光し、俺の体を縛っていた圧力が消えた。

「ほら、これで毒は消えたろ。……それとな、アンタ」

アーチャーがこちらを見下ろす。

「飼い猫の躾はしっかりしとけよ。――あれと戦うのはなんか情けない」

「にゃんだとこのやろー!」

ぶらんぶらんするな。振り子の如く揺れるな。

「あふん、激しく動いて縄が――」

恍惚とするな。
聖杯への願いは人事変更にせざるを得ないぞ。

「アレと戦うのか……」

その点に関してはごめんなさいとしか言えない。

「謝るのかよ!ちっ!今回の戦いは調子が狂うぜ」

お兄さん苦労してるね。
すごくわかるよ。

「お前には言われたくねぇと本能が叫んだ」

何故だ。お兄さんとは苦労人同盟がきっと築けると――

「誰が入るか――!」

まあまあ、そういわずに。

「――少年」

ダン・ブラックモアさんがこちらに声を掛けてきた。

「こちらの与り知らぬこととはいえ、サーヴァントが無礼な真似をした。君とは決闘場で雌雄を決するつもりだ。どうか先ほどのことは許してほしい」

え、あ、はい。大丈夫です、はい。

……すごいな、あの流れをぶった切ってシリアスなセリフ。これが歴戦の戦士――!

「そこは関心するところじゃねーよ。……こいつ等と戦うのか……」

む、いつのまにか複数形になっている。

「では、失礼する」

そう言って歴戦の老兵が保健室を出て行く。
その背中は堂々として、迷いの無いものだった。








翌日、回復した体の調子を確かめようと教会前の噴水広場を散策する。

「もう歩けるのにゃ?」

ああ、一晩寝たらもう大丈夫だ。
毒もすっかり消えたようだし。

「そか、にゃらこれからどうするにゃ?」

そうだな、情報収集か、アリーナで訓練か。
どうしたものか……

「オススメは食堂にゃ!」

金が無い。

「ぶわっ」

泣くな。俺も泣きたくなる。
それにしても、綺麗な花壇だな。

「にゃー、よく手入れされてるにゃ。――知ってるか、少年。花って食えるんだぜ?」

知っているとも。
だが人にはルールがあるのだ。
それを破る者は人としての誇りを貶めるものだ。
畜生に落ちる必要はないのだよ――あ、お前畜生だった。

「誰が畜生にゃ!にゃっふっふ、そう言いつつもその手で掴んでいるものはにゃんだろにゃ?」

違うぞ。
この花はあれだ、そう!
桜に日頃の感謝を伝えようと花をプレゼントにだな――

「おすすめの食べ方は?」

やはりテンプラだろう。

――ハッ!?

「にゃっふっふ~!」

待ちやがれ畜生。
軽快なスキップで逃げるな。



「元気になったようだな少年」

――ダン・ブラックモア!?

掛けられた声に振り向くと、そこには鎧姿の老人がこちらを眺めていた。

「その様子だと問題はないようだな」

え、あ、はい。問題ないです、サー。
すごく恥ずかしい場面を見られてしまった。

「その羞恥心がいずれ快感を――」

誰が覚えるか。
向こうで遊んでなさい。
お前とブラックモアさんが同じ場所にいるだけでもはやギャグだよ。

「にゃにその全否定。むしろあの鎧姿が既にギャグ――」

こら!本当のことは言っちゃだめでしょう!

「少年のほうが貶している件」

「ふ、仲がいいようでなによりだ」

笑われてしまったじゃないか。

「少年とあたしは二人でお笑いの星を掴み取ると――」

誓ってねぇよ。
申し訳ないブラックモアさん。
このバカネコにはしっかりと躾けておきますから、平にご容赦を。

「何、構わんよ。久々に笑わせてもらったからな。しかし――演じているな、少年」

――何を。

「瞳は雄弁だよ。未だ君は迷っている。ならその笑顔は誰のためかね。保健室の少女か、それとも食堂でともにいた少女か」

……見ていたのか。

「なに、わしとて食事はするとも。……君は迷い恐怖している。だが、誰かのために笑顔となるか。何時かの言葉を訂正しよう。君は迷いを抱えた弱者であるが誰かのために道化となれる、強い少年だ」

……それは、どうも。

「ふ、仮面を剥されるのは初めてかね。なに、わしと初めて出あった時はその戸惑う表情だったのだ。今さら隠すこともあるまい」

男には見栄を張りたいこともあるのですよ。

「正にその通りだ少年。見栄や虚勢は大切だとも。だからこそ君を助けた」

昨日は、その、令呪を使ってまで助けてくれて、ありがとうございます。
しかし、本当に良かったのですか。

「そうだな……自分でもどうかしていたと思っていたところだ。たった3つしかない切り札を敵を利するために使ってしまうとはな……だが、あの時はあれが自然に思えた。この戦いが女王陛下たっての願いということもあるが――」

ダン・ブラックモアが花壇へと目線を落とす。
その瞳はここではない、どこか遠くを見ているようだ。

「この戦いは久方ぶりの……いや、わしにとって初めての個人での戦いだ。軍務であるならばアーチャーを良しとしただろう。だが、今のわしは騎士でな。そう思ったとき妻の顔がよぎったのだよ」

――妻はそんなわしを喜ぶかどうか、と。

そう言った老兵の顔は一瞬、ただの老人のように疲れに満ちた寂しそうな顔をした、そんな気がする。

「今は顔も声も忘れてしまった。面影すら思い返すことができない……当然の話だ、わしは軍人として生き、軍規に徹した。そこに人としての人生こうふくなど立ち入ることなど許されはしない。……少年」

老兵の顔に戻り、落とした視線がこちらを向く。
真っ直ぐに俺の瞳を射抜く視線は、先ほどまでのどこか遠いものを見るものではなく、俺という人間を見る戦士のそれであった。
その苛烈な視線に、圧される。

「君はまだ迷っているようだ、君自身の在り方を」

見透かされていた。
隠した迷いも、決まらない決意も。
戦いへの恐怖すらもこの人にはわかったのだろう。

「ふむ――少し、昔話をしようか。君の目はかつてわしが会ったある男に似ている」








とある、戦場での任務のことだ。
そこで出会ったのはおよそ戦場には似つかわしくない白衣の青年。

彼は戦医だった。

青年は誰が見ても戦いを否定し、憎み、恐怖し……そして、戦場で生き残れないほどに脆弱だった。

わしは名も知らぬ彼に、恐怖しながらも戦場で医療行為を続ける彼に興味を持って話しかけた。

『なぜ、君のような人間が戦場に?』

彼は少し考えるように俯いた。
そして、こちらを真っ直ぐに見返し言ったのだ。
瞳に恐怖を宿し、言ったのだ。

『その【なぜ】を識るためかもしれません。戦いの本質を知らなければ戦いを否定することは出来ない。戦争が人間から何を奪うのかを、私は知らなければならないのです』








「彼と話したのはそれだけなのだが、君をみて思い出した。君の瞳と同じように恐怖を宿していた者がいたことを。勝利のために軍規によって戦うのではなく、戦いと向き合うために戦った人がいたことを。」

戦いと向き合うために、戦う。
その言葉が胸に響く。

「少年よ、迷っているのならこの戦いで識るがいい。結末は全て過程の産物にすぎん。後悔は轍に咲く花のようなものだ。歩いた軌道に様々とそのしなびた実を結ばせる。ゆえにだ、少年。己に恥じぬ行為だけが、後願の憂いから自身を解放する鍵なのだよ」



――つまらない話に付き合わせた。老人の独り言だと笑ってくれ。

そう言って老兵が去る。
俺はその去り行く背中を見つめることしか出来なかった。

誤りだと感じた過程からは、何も生まれない。
誇れる道程を歩むことが、答えを得る道であるということなのだろうか。



なら、俺は――







「Zzz……んにゃ?終わったのにゃ~?まったく、じーさんの話は校長の朝礼に匹敵する睡眠効果にゃ」

台無しだよバカネコ――!

「にゃ!?寝起きにアイアンクローとかハードプレイが過ぎるにゃらめーーー!」




<あとがき>
仕事の都合で引っ越すことになりました。
その関係で次回更新は遅れに遅れます。
年内に更新できたらなぁ、といった感じです。
では、次回何時になるかわかりませんがまたお会いしましょう。お読みいただきありがとうございました。



[33028] 戦争直前
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/10/27 23:56
幻想と電子が交じり合う霊的電脳の海を沈む。
遥か遠く、眼下に見えるのは朽ち果てたコロッセオ。
一回戦は海を模した決闘場だったが、此度の決闘場は中世の石造りの町を模しているようだ。

その決戦場へ魔術師と英霊を運ぶエレベーターの中で、雌雄を決する相手と向かい合うように佇む。

言葉は無い。

対戦者、ダン・ブラックモアは目を閉じ、これから始まる闘争への集中力を高めている。
その佇まいは何があっても揺り動かない不動のモノ。

あれが対戦者、あれが敵、あれが――俺の向かい合うべき人。

俺もまた、言葉は無い。
それは、彼の威圧感に負けているからではない。
俺自身も静かなる闘争本能に身を委ねているからだ。

「……あー、なんつーの。静かな空間って苦手なんだよな。ほら、なんかない?相手のマスターさんよ」

アーチャーはこの静かな空間が苦手なのかやや大振りな身振りでこちらに話しかけてきた。

「言いたいこととか聞きたいこととかなんでもいいぜ?あとちょっとで話すことなんざできなくなるんだし」

確かに一理ある。
俺達が敵同士であるといことは変えようのない事実。
この先は殺し合いしかないのであれば、聞きたいことの一つや二つはある。

「……」

無言のままのダン・ブラックモアへ向き合う。
その静かな佇まい、闘争に向けた戦士の姿に言葉が詰まりそうになる。
だが、ここで聞かなければ2度目は無い。
だから俺は、意思を固め、言葉にする。

――ダン・ブラックモア!

「……」

余計な言葉は言わない、そんな意思が態度と威圧感で現れている。
だが、俺とて意思はすでに持っているのだ。
ここで圧されることはない。

――ひとつだけ、問いたい。

「……良かろう」

目は閉じたまま、静かな応えだった。
その姿に俺は、ここを逃せば聞くことの出来ないであろう問いを彼へ投げかける。

貴方は……












――何故に体操服?

「これがわしの持つ最高の礼装だからだ」

「果てしないほどのデジャブにゃ」

「おぉい!?そこ聞いちゃう?お兄さん必死に目を逸らしてたのにそこ聞いちゃう!?」





まさか体操服とはな、意表をつかれた。

「俺もびっくりだよマジで。旦那、やっぱりその格好はダメですって。色んな意味で。ほら、あれだ。闘争にむきませんって」

「何を言うかアーチャー。この服はこの学園の元になった日本の学校で、激しい運動の際に使われるものだ。見よ、良く伸び動きを阻害しない。マスターといえど、闘争の中で激しく動くのだ。この服こそ相応しい」

「だーっ!あってるけど間違ってる!旦那がそれを着ることが相応しくねーですって!おい!アンタからも何か言ってやれ」

……ダン・ブラックモア。

「ほら、相手のマスターも言いたいことがあるって。な、おとなしく着替えましょうや。前の鎧姿のほうがまだマシですって」



――やはり貴方は歴戦の戦士だ。まさか日本の伝統を既に身に纏っているなんて。

【 E:強化体操服 】



「制服の下から体操服が出てきやがったー!?」

やはり激しく動くのならば体操服ですよ。
まして僅かな動きの阻害が命取りになるならば、この伸縮性と機能性は譲れません。

「よもや君がそこまで理解しているとはな……迷いを捨てたか、少年」

未だ答えは得ていません。なれど、闘争の準備を怠るなど愚の骨頂。最善は尽くします。

「ふ、良い顔だ。戦士の顔だ。前言を撤回しよう。君だからこそ、この真 実たいそうふくに辿り着けたのだな」

「辿り着いてねぇよ。迷いまくりだよ。真実どころか迷宮入りだよ!体操服が真実であってたまるか!」

貴方には恩がある。道を説いてくれた感謝もある。
けれどそれはここには持ってきていません。

だからこそ俺は――体操服なのです。

「そうだ。その通りだ。これから始まるのは闘争だ。願いを求める戦争だ。少年、わしは言ったな。この戦いで識れ、と。そのために必要なのは意思だ。迷いを晴らそうとする意思なのだ。故に――体操服なのだ」

「何この状況。なんで体操服フィーバーなの?これから殺しあう者同士が体操服で向かい合ってるとかどういうこと?おい!オマエも自分のマスターの服装ぐらい注意してやれよ!」

「にゃっふっふ。どう?似合う?似合う?」

「やけに大人しいと思っていたらブルマに着替えてやがるだと!?」

「あたしは上着の裾をブルマにINする派にゃ」

「いらねぇよそんな情報!なんだよこれ!?これから戦いだよな?戦争だよな?なんで体操服なんだよ!運動会か!」

はっはっは。
なんだかんだ言いながら運動会のことを知っているなんて。
こっそり調べたね?
実はその革鎧の下は体操服なんだろう?
なに、恥ずかしがる必要はないさ、さらけ出すんだ。

「ふむ、アーチャーよ。時は近い。準備が出来ているのならば、着替えたまえ」

「着てねーよ!準備してねーよ!調べてねぇぇよ!これは聖杯からの知識だっつーの!聖杯はブルマに上ジャージがいいんだと!……ってなんだよこの知識!?どうでもいいんだよ聖杯の好みとかぁぁぁ!」

ほぉ、ジャージブルマとは……やるね、お兄さん。

「俺じゃねぇぇぇぇぇぇ!!」

「やべーあたしブルマ似合い過ぎてやべー。これじゃ全国の青少年が100m走で前かがみになっちまうにゃー」

ないわー。

「ねーよ」

「ふむ。ないな」

「迷いの無い三重奏!?にゃんでこんにゃ時だけクールにゃのよ!」








アーチャーの猛烈な抗議により体操服から制服へ着替える。
ダン・ブラックモアも普段の鎧姿へと戻っていた。

「やれやれ、仕方のない奴だ、アーチャー」

「あーもー俺が悪いですよ、でもさっきよりはそっちのほうがマシですって。つか、そもそも体操服持ってなかったすよね」

「うむ。あれは学園で戦うのならばその様式に倣えともらったのだ。郷に入っては郷に従えというやつだな」

「旦那が入ったのは郷じゃなくて業だよ。たくっ、誰だよ余計なことしやがって……」

「中々の着心地だった。感謝する」

「アンタもにゃかにゃかの着こなしだったにゃ!」

お前かよ。

「お前かよ!?」

お兄さん、俺達気が合うよ。
苦労人同盟は何時でも募集中。

「誰が入るか!つか、入れる資格があるのは俺だけだっつーの!」

「気を静めよアーチャー。狙撃手は何時如何なるときも冷静でなければならぬ」

そうだな。短期は損気だよお兄さん。

「そうだにゃー。あたしのブルマ写真あげるから落ち着くにゃ!」

「圧倒的アウェーだなおい!くそっ!とっとと戦争を始めるぞ!」

「やれやれ……先に行く。戦場で待っているぞ、少年」

エレベーターが止まり、老兵と弓兵が戦場へと行く。

俺達も、行こう。

「にゃ!」

エレベーターの扉の先、光に中をサーヴァントと隣り合って進む。
先へ待つ敵と向かい合うため、道を識るために、歩む。
扉を潜りコロッセオへ。
この先が、俺達の戦場。

隣を歩く小さな相棒は……










――まだブルマだった。







<あとがき>
引越し前の最後の休暇に最後の投下。
本当はこの回で戦闘まで終わらせるつもりだったけど無理でした。圧倒的時間不足!
短いけどきりがいいので許してください。
では、いずれまた。











【おまけ ラニさんの初めての占い】


「……ナカオ(仮)は何時来るのでしょうか」

「星は未だ答えをくれない」

「煌きは陰り、光は途切れる」

「揺らめく瞬きの間、停滞もまた星の意思」

「なれば、私にできることはあの人が来るべき時に備えることのみ」

「…………」

「……よくよく考えれば、誰かのために占うのは初めてです」

「…………」

「お茶の準備をしておきましょう」

「たしか購買部には茶葉があったはず」

「あぁ、お茶請けも用意しておきましょうか」

「彼は何が好みでしょうか」

「星よ、導きたまえ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「はやく、こないかな」



[33028] 在り方
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:3e12750d
Date: 2012/12/09 17:45
古さを刻むひび割れた石で囲われた街並み。
そこに住まう者などおらず、その役割は街ではなくコロッセオ。
敷き詰められた石畳は硬く、走る足に多大な負荷を与えてくる。
だが、今の俺には冷たい街並みを眺める余裕も、足への負担に立ち止まる暇も無い。

「少年、右にゃ!」

叫ばれた指示に足に力を込め全力で右に飛ぶ。
ズドン、そんな重い音と共に先ほどまでいた場所に矢が突き刺さった。

「次、左!」

全力で飛ぶ。
矢が刺さる。

「前に飛び込め!」

全力で飛ぶ。
矢が刺さる。

「右右左右左!」

飛ぶ飛ぶ飛ぶ。
回避回避回避。

「上上下下左右左右!」

――どうしろと。

「明日へ向ってジャーンプ!」

――明日ってどこさ。

「そこの建物が安全地帯!のようにゃ気がしないでもない!」

――どっちだよ。

隠れるか走り続けるか一瞬迷う。
だが、今俺が生き延びられているのはネコの勘による回避指示のおかげだ。
なら迷う必要など無い。
指し示された建物へと飛び込むように侵入する。
そして、外からは見え無い位置へと移動した――瞬間に、入り口から数歩入った場所に矢が突き立った。

「にゃふー、にゃんとか凌いだぜ!」

外からここが見えないように、ここから外は見えない。
故に、耳を澄ませ外の音を伺う。

……矢の雨は収まったようだ。
しかしアーチャーの射程から逃げれたとは思わない。
先ほどまでは頭上から矢が降ってきていた。
今ここが狙われていないのは角度の問題だろう。
もしアーチャーが同じ高さに降りてきたならば、この部屋の中すら射程内に入るに違いない。
先ほどまでの狙撃はネコの指示がなければ全て当たっていた。
その精確さから考えれば、この建物の窓や入り口は俺を狙うのに十分な広さのはずだ。

今攻撃が無いのは狙撃の場所を探しているのか、こちらの様子見なのか。
相手の意図はわからないが、時間ができたことには違いない。
走り続けて乱れた息を整えるよう深呼吸。
そして、これからの指針を決めるため先ほどまでの自分を振り返る。

戦いが始まって俺達ができたことは全力の逃走とギリギリで行われる回避、その繰り返しだった。
この無人の街並みで行われる決闘は、もはや決闘ではなく狩りと呼ぶほうが相応しいだろう。
逃げ惑う獲物は俺達。
狙い定める狩人は敵。
アーチャーの圧倒的射程から繰り出される矢は、それぞれが一撃必殺の威力を持って俺達を狙ってきた。
飛んでくる矢の方角から相手の位置を探ろうとはしたが、いくつかの矢を回避した後、先ほどとはまったく異なる方角から矢が飛んできた。
相手は狙撃と移動を併用してじりじりとこちらを追い詰めてくる。
こちらに対して油断も驕りも無い。
確実で淡々とした攻勢は、こちらから相手に付け入る隙はないということを嫌でも感じさせてくる。

さて、これからどうすべきか……

「にゃっふっふ。あの程度の攻撃、あたしには楽勝だったにゃ」

そう息巻くサーヴァントと向かい合う。

――頭に6本矢が刺さってた。

それを笑うことなんかできない。
ネコに刺さった矢は全て俺が回避し損ねたものだ。
こいつが俺を庇った負傷なのだ。
その傷を笑うことなんかできるはずがない。

……大丈夫なのか。

「ん~、にゃっ!」

ネコが思いっきり矢を引っ張る。
きゅぽん、と軽快な音を立てて矢が抜けていく。

「にゃふー。にゃんかツボ押された気分にゃ。実に爽快!」

そう言っていつものように不適に笑う俺のサーヴァント。
だが、俺はいつものように軽口で答えることができない。
こいつの負傷は何時だって俺の不甲斐無さが原因なのだ。
俺の覚悟の無さが原因なのだ。
いつだって庇われて、いつだって守られて。
これじゃ胸を張って相棒なんて呼べるはずが無い。

だから、俺は――

「むむ、嫌な雰囲気がビンビンするスメルが漂ってきたにゃ!」

くっ――な、んだ、これ。

苦しい。
痛い。
熱い。
気持ち悪い。
異物が体の中を這い回っている――!

「少年あれ!」

ネコが示す先、窓の外を見上げると、遠方に巨大な木があった。
つい先ほどまでにはなかったそれは、毒々しい何かを放出している。
雄雄しいほどの存在感。
生い茂った葉の生命力。
その形状は――

「あの木にゃんの木」

気になる木。
本当に木にすべきだろう。
いや、気にすべきだ。
この体が蝕まれているのはあれが原因のはずだ。

「むぅ、突如発生した巨木……少年!敵の正体がわかったにゃ!」

突如発生した巨木。
このキーワードから敵の正体に感づいたのか。
さすがだネコよ。
お前の推理を聞かせてくれ――!

「うむ。あの木の成長速度。そしてこの木なんの木によく似た風貌。あのサーヴァントの正体は……」

あのサーヴァントの正体は――!?



「ト○ロにゃ!」

ジブ○に謝れ。



さすがだバカネコ。
何一つ状況が好転しない。

……お前は何時だって変わらないな。

「にゃっふっふ」

その怪しい笑みが頼もしいとかいよいよ俺に毒が回ってきたか。

……あぁ、本当に頼もしいよ。だからこそ、俺も――戦える。

よし、ここでもたついていたら相手の思う壺だ。
行動するぞ。

「いよいよカチコミにゃー!」

あぁ――ゴフッ――やばいな、呼吸すらも辛い。

あと数分で意識も飛ぶだろう。
まずはこの毒の空気をどうにかしなければ。

というか――お前平気なの?

「にゃんか緑の匂いがして実にリフレッシュ」

欠片も効いてねぇ。
もしあれが敵の宝具だとしたら同情を禁じえないな。
とはいえ、恐ろしい宝具だ。
広範囲に渡り致死性の毒を撒き散らすなんて、ここでじっとしているだけで死が近づく。

だが――これはチャンスだ。
相手の場所を探ることができる。
先ほどまでの狙撃は、攻撃後すぐに魔力を隠し移動していたのだろう。
そのせいで相手の位置がまったくわからなかった。
だが、宝具を展開したことにより魔力を隠すことはもうできない。
あの巨木を維持するには魔力を常時消費するはずだ。

故に――コードキャスト・地図生成!

礼装『遠見の水晶玉』。
それは手に納まる程度の大きさである球形の水晶で、魔力を通すことにより周辺の地図と相手の魔力を探ることが出来る。

――北北西、距離400mってところか。建物の屋上に陣取ってるな。

「ワープでいっきに仕掛けるにゃ?」

いや、それはまずい。
あの木を無視しての接近は無理だ。俺が持たない。
まずはあの木をどうにかすべきだ。

――ゴフッゴフ!

「少年!?」

大丈夫だ、まだ耐えれる。
だが、時間はかけられないな。
あの木を攻略するぞ。
いいか、まず俺が囮になる。
お前はその隙にあの木を壊せ。


「……少年が囮ってところに異議あり。あたしのワープにゃら少年も一緒に行動できるにゃ」

却下だ。
お前のワープの消費魔力は結構でかい。
俺の魔力総量を考えれば、俺を連れて飛んだ場合1回が限界だろう。
お前単独なら4回はいける。
ワープは俺達にとっての切り札、宝具みたいなものだ。
1回で使い切ってしまうと後の攻撃の手段が限られてしまうからな。
アーチャーと直接対峙した時に、できれば1回はワープを使えるようにしておきたい。

なに、勝算はある。
それに……直接的な戦いはお前任せになるが――覚悟のぶつかり合いぐらい、俺にも闘わせろ。

――そうすることで、俺はお前の隣に立っていられるんだ。

「……オーケーマスター。やってやるにゃ!」

あぁ、やろう。

いいか、簡単に言うぞ。
俺が単独で表に出る。
相手もお前の耐久力に気づいているだろうから俺を狙ってくるだろう。
お前はその隙に1回目のワープであの木に接近。
俺を倒すほうが圧倒的に簡単だからな、木には防衛力を裂いていないはずだ。
というか、宝具の展開と俺に対する攻撃で相手のリソースも限界だろう。
あの宝具の効能と範囲を考えれば消費魔力は絶大だからな。
俺が相手の攻撃を凌いでいる間に木を破壊しろ。
破壊後、2回目のワープで合流。
残り2回は奇襲に使うから温存。

「その後は?」

臨機応変で。

「便利にゃ言葉にゃ」

まったくだ。

俺がアーチャーの攻撃を単独で凌げるのは精々2回が限界だ。
これは時間との勝負、頼むぞ。








「あん?小僧が一人で出てきやがった……ついに毒が頭に回ったか」

「……」

「どうする、旦那。罠の可能性は高いが、それを気にしてこっちが迷うほどの強敵じゃあねぇぜ?」

「……」

「旦那、マスター一人だから攻撃するな、なんて言うなよ。これは戦争だ」

「…………当然だアーチャー。単独で行動する敵の大将首など狙撃手の的でしかないと教えてやれ」

「あいよ――さよならだ、小僧」

(戦争を理由に毒を使った挙句、無防備な相手を殺すなど……自分を偽り、勝つための手段を選ばない。皮肉な話だ。軍属だった頃と何も変わらない。わしは、私はなんのために――)








建物から出て、道の中央で構える。
次にくるであろう攻撃に備え、魔力を体全体へ流し身体能力を底上げする。
重要なのはタイミングと――度胸。
これはチキンレースだ。
怯えて慌てればそれが死に繋がる。
今は心を落ち着かせ、いつでも行動できるようにする。



――来る。



空気を切り裂いて死が迫る。
ネコがいない分、さきほどよりも圧倒的に濃い死の気配。
体に回る毒も加味した絶望感。
さきほどと同じようにただ飛び退くだけでは一瞬で打ち抜かれるだろう。

そんな未来を――打破する!

英雄の一撃を視認することなどできるはずがない。
だが先ほどまでの攻撃と、いつかの学園での経験が直感に繋がる――!

……
…………
………………
………………今だ!

――コードキャスト・空気撃ち!

礼装『一の太刀』に魔力を流す。
具現化するのは空気の打撃。
圧縮した空気の塊を叩きつける。
だが、真正面から打ち合ったところで、矢に空気を貫かれるなどわかっている。

狙うべきは――その横腹!

矢の左から右へ横から叩きつけるように空気のハンマーをぶつける。
その影響はわずかなもの。
多少弾道がずれた程度の誤差範囲内。
だが、その刹那の誤差が俺を生かす。
空気撃ちを放つと同時に飛びのいた俺のすぐ脇を、掠めるように矢が通り過ぎた。

一撃目、凌いだか。

第二射はすぐに来るはずだ。
体勢を立て直し、先ほど矢が飛んできた方角を見上げる――!





――わぁ、5本飛んできた。




ちょ、無理。
無理無理無理。
空気読めよアーチャー!
ここはギリギリのところを俺が華麗に回避する見せ場だろうが!
5本、こっちが回避した後に着地しそうな場所にばらまいてやがる!



迫る矢。
持てる手立てなどなく。
襲いくる死の恐怖にただ――



抗うようにそれを呼んだ。



――ネコーーー!

「呼ばれて飛び出てジャジャジャ――ちょ!?文字通り矢面じゃにゃいかー!あふん!?」

ドスドスと生々しい音を立てて矢がネコに突き刺さる。
ふぅ、なんとか凌いだか。

「少年!にゃにが2回は防げるにゃ!ダメダメじゃにゃいか!」

まぁまぁ、生きてるんだから褒めてくれよ。

刺さった矢を引っこ抜くと、きゅぽんと軽快な音を立てて抜けた。
抜けた後に傷はない。
先ほどまでは庇われた行為に後ろめたさを感じていたが、今は感じない。
なぜならば、これが、俺達のスタイルだからだ。
ネコの圧倒的耐久力を前面に押し出した突貫戦法。
理解する。
これこそが俺達のすべき戦い方だったんだ――!

「それただの超ドMスタイルじゃにゃいか!――望むところにゃ」

最高の笑顔をありがとうドM。

まぁ、冗談はさておき。
お前に苦痛を強いることになるが、あえて頼む。

「そりゃ気にしすぎだぜ少年。あたし達の戦い方はこうだった。それが有効にゃらやるべきにゃ、マスター」

あぁ……信じてるさマイサーヴァント。

ところで、あの木、まだ健在だけど壊せなかったのか?

「ちょっとでかすぎてにゃー。でもチョメチョメして毒じゃにゃくて別のもの吐き出すようにしたから大丈夫にゃ!」

別のものとは?

「ファ○リーズ」

道理で爽やかなミントの香りがすると思った。
ただひたすらにファ○リーズを撒き散らす宝具か、アーチャーに同情を禁じえないな。

さて、ここまできたら、正面突破だ。








「くそっ!なんだあのサーヴァント!全弾当たってるのに欠片も効いてねぇだと!?」

「落ち着けアーチャー」

「……旦那、こりゃマスターを殺らねぇと終わらねぇ。『祈りの弓』で生成したイチイの樹もわけわからんモノに改竄されちまった。……つか、ありゃどういう芸当だ。他人の宝具、幻想を書き換えやがった……違うな、書き換えじゃねぇが……だーっ!俺は魔術とかまったくわかんねぇんだよ!」

「ここで悩んでも仕方あるまい。必勝を期した行動を打ち破られたのだ。ならば次善を行えばよい」

――ダン・ブラックモア!話がある!

「む?」

「なんだ、今更こっちとお話でもしたいのか。……旦那、チャンスだ」

「待て」

――貴方はこちらと正面から向き合うと言った!

「旦那!」

「動くな、アーチャー」

――俺は……!



――後悔だけは、したくない!



「……迷いを捨てたか、少年。良い、瞳だ。……行くぞアーチャー、打って出る」

「はぁ!?正気か旦那。弓兵が前線にでるなんて――!」

「冷静になれ、アーチャー。お前の技量はわしが良く知っている。わしのサーヴァントである以上、ひとりの騎士として振舞ってもらいたい。……信頼しているよアーチャー」

「……騎士、か………………憧れてたな、そういや……わかったよ、旦那。令呪は必要ない」

「ふむ、行こうか我が騎士」

「了解だ、我が主」








正面から敵がゆっくりと近づいてくる。
その歩く姿は堂々として、凛とした空気はまさに騎士であるといえるだろう。

「待たせたな、少年」

いえ、俺も今――覚悟を決めたところです。

「ふ、ようやく向き合えたな。君も、わしも」

はい、俺は――貴方を倒します。

「それはわしの台詞だな、少年。……アーチャー!」

「あいよ、任せてくれ旦那」

――ネコ!

「にゃっふっふ!ぼっこぼこにしてやるにゃー!」

「……やっぱこれが相手だとなぁ……」

「にゃんだとこの野郎ー!」

よくわかるよ、お兄さん。
けどお兄さんの敵はそのネコだ。
その謎のバカネコだ!

「おぉい!容赦なくこっちの戦意を削るんじゃねぇよ坊主!認識するたびにやるせない気持ちになるわ!」

どんなに嘆いてもお兄さんの敵はそのUMAだよ。
はっはっは。
決闘でネコと戯れるなんてファンシー。

「惚れるにゃよ?」

「誰が惚れるか!……行くぜ!」

「にゃふー!」

サーヴァント達が動く。
ネコは敵に近づこうと走り、アーチャーはそれを阻止しようと矢を放つ。
そして、マスターである俺とダン・ブラックモアは動かない。
この戦い、すでにサーヴァントに全てを託している。
己のサーヴァントこそが最強であるという自負、必ず勝利するという信頼。
サーヴァントに送る意思のぶつかり合いが、俺とダン・ブラックモアの戦いだ。
だからこそ俺達は何もしない。
ただ自身のサーヴァントが勝利と共に傍へ戻ってくることだけを待っている。

「真祖ビーーム!」

「目からビームとかもうちょっと英雄的に振舞えよ!」

激しく同意する。
あ、ごめんネコ。
ちょっとアーチャーを応援してしまった。

「ちぃっ!効いてんのか、効いてねぇのか!」

「にゃっふっふ。矢が刺されば刺さるほど――あたしは喜ぶぜ?」

「どうしようもねぇなおい!?」

頑張れ、アーチャー超頑張れ。

「にゃ!?そこはかとなく裏切られた気がする!」

ネコー、ガンンバレー、マケンナー。

「マスター同士はサーヴァントへの信頼のぶつかり合いが戦いじゃにゃいのかー!負けまくりじゃにゃいか少年――!」

ソンナコトナイヨー。チョウシンライシテルヨー。

「今だアーチャー!お前の矢で勝利を射抜け!」

「了解!隙だらけだ、もらうぜ!」

ダン・ブラックモアの指示にアーチャーは一瞬で答えた。
彼等は俺とネコのやり取りに隙を見出したのか、アーチャーは魔力を練り上げ弓矢での渾身の一撃を放とうとする。

それこそが――俺達の狙いだと気づかずに。
あらかじめネコへ伝えていた策をここで使う――!

今だ、ネコ!
切り札を使え!

「真祖ワーーープ!」

ネコの姿が掻き消える。
溜めも前兆も無い刹那の発動。
英霊であるアーチャーであっても見失うはずだ!

「はっ――甘ぇよ!」

ネコが消えたその瞬間、アーチャーは背後へ振り向き矢を構える。
その矢が狙う先には――ネコの姿。

「そのスキルはさっき見てんだよ!そういう技能があるってわかってんなら後はどこに出てくるかだけだろうが!」

英霊の戦闘経験とはこれほどのものなのか――!
狙い済まされた矢が、無防備なネコの命を刈り取る一撃が放たれる。

奇襲は失敗か――なんてすぐに諦めるほどに達観しちゃいない!

ネコ――!

「にゃふー!」

「ちっ!?また消えやがった!なんつー発動速度だ――けどな、テメェ等みたいな素人が狙う場所なんぞ背後か頭上の2択だろうが!上だ――!」

そんな、そこまで見切っているなんて――







――残念、はずれだ。

「アーチャー!下だ!」

「なっ!?股の間だと――!?」

「その股座にジェット噴射アタックにゃー!喰らえ必殺!男子滅殺拳!」

「ちょっ、待てそれは!?これで決着とかふざけんな――ぎゃぁぁぁぁ!?」

「ぬぅ!?アーチャー!」

さようならアーチャー。
君の敗因は――




――金的への防備不足だ。













半透明の絶対不可侵の壁が勝者と敗者を隔てる。
勝者たる俺達は、敗者たる彼等を壁越しに見ることしか出来ない。

「すまんな、アーチャー。わしのわがままに付き合ってもらって」

「まったくだ。こんなふざけた戦い、初めてっすよ」

全力全開でごめんなさい。

「謝るのかよ!くくっ、あぁ本当にふざけた戦いだったぜ。だけど、だけどな――」

――初めてだよ、敵と向かい合って戦ったのは。

そう静かに語るアーチャーの顔はとても安らかで、なんの後悔もない顔だった。

「生涯、縁はなかったが……俺も憧れたことがあったのさ。真正面からの戦いに、騎士としての立会いに。それにバケモノ退治は騎士の仕事だろ?」

「誰がバケモノにゃー!」

お前だよ。

「お前だよ。――ククッ、最後までふざけた奴等だな……旦那、すまねぇ。最後まで付き合えなかった」

「いや……最後までお前はわしの――騎士だった」

「あぁ――そうか。なら俺は、後悔は無い。最後に、欲しかったモノを掴ませて貰った――」

その言葉を最後に、騎士に憧れた弓兵は消える。
満足気に頬を緩ませて。



「――少年」

呼ばれた声に真正面から向き合う。
体の各部が消え去っても、老兵の眼差しはその強さを失っていない。

「これから先……誰を敵に迎えようとも……誰を敵として討つことになろうとも……必ずその結果を受け入れて欲しい」

真っ直ぐな眼差しと言葉が俺を貫く。
そして、その言葉の一言一句を逃さないよう俺もまた、ダン・ブラックモアと真っ直ぐに向き合う。

「迷いも悔いも消えないのならば消さずとも良い。ただ、結果を拒むことだけはしてはならない。それを見失ったまま進めば、君は必ず未練を残す――全てを糧に、進め。覚悟とはそういうことだ」

渡されたその言葉に、全身が射抜かれたような感覚が走る。
この言葉を忘れることは許されない。
これは、俺の在り方を決める重要な要因になると、本能が叫ぶ。

「何のために戦うのか、何のために負けられないのか、自分なりの答えを模索し――最後まで、勝ち続けた責任を果たすのだ――」

今はまだ、彼の言葉に返す答えは無い。
俺は歩き始めたばかりなのだから。
だが、だからこそ渡された言葉に力強く頷きを返す。

俺は――後悔だけはしたくないから。

「ふっ――良い……強い瞳だ。最後に君のような若者と立ち会えたことは幸運だったか――さて…………ようやく、あえそうだ…………ながかったな…………アン……ヌ…………――――」

老兵が光に消える。
消え去った後、漂う輝きから目を逸らさない。

ダン・ブラックモア――いや、ブラックモア卿。
貴方の言葉を刻みます。

俺の――在り方と共に。



【 二回戦終了 64人⇒32人 】
























【おまけ ラニさんの占い講座】

「……くる、こない、くる、こない……」

「……くる……」

「……」

「……残り、一枚ですね」

「……」

「……」

「……やはり花占いはだめですね」

「まるで役に立たないし、このような稚拙なものが未来を詠むはずがありません」

「運命とは暗闇を照らす灯火。闇を払うは星の輝き」

「問うべきは星であり、聞くべきは星の声」

「不確かな未来を導くは北斗の煌き」

「星よ、遥か瞬く北斗七星よ、導きたまえ」

「……」

「……」

「……」

「あ…………北斗七星に寄り添う小星が輝いてる」



<あとがき>
(´・ω・`)←ラニさんの表情



[33028] 名無しの森
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:3e12750d
Date: 2012/12/16 20:05

学園に用意された教室の一角。
なんの変哲も無い場所で俺は今――雌雄を決する時を迎えている。

敵は一人。
対面の机に座る相手は、たった一人で俺とネコの二人に挑んできた。
ニコニコとこちらを見つめるその瞳は、どこか敵対していることを忘れさせるような温かさがある。

『少年、油断するにゃ』

左前方へ座るネコの、念話を通した言葉に気を引き締めた。
目の前にいる人は敵なのだと再認識する。
油断はしない、容赦もしない。
対面の女性は、敵なのだ。

――ふぅ。

息を深く吐く。
心を落ち着かせ、集中する。

今、俺の目の前には無数の可能性、牌を積んだ山がある。
それは相手を倒すための武器であり、自分を勝利へと導く策である。
俺はこれからその一つを手にとらなければならない。
山の端にある牌の一つを、作法に則り手に取る。
そして、元々、手元にある牌と見比べ、どれかを捨てなければならない。
無用なものを捨て、最善を選ばなければならない。
下手に捨てると、捨てたそれは敵の武器になりかねない。
故に、捨てるべき牌は、慎重に撰ばなければならない。

牌を持つ手が震える。
これが正解なのか、これが最善なのか。

――わからない。

俺は、間違っていないのか。
これが勝利の一手なのか。

一度迷えば、それは霧のように視界を塞ぐ邪念となる。

……ざわ……ざわ……

空気が張り詰める。
無音のはずなのにざわめきが聞こえるような気がして集中できない。
冷や汗が流れ落ちた。
ぐにゃりと、空間が捻じれるような緊張感が俺を襲う。

俺は、俺は――!

『大丈夫にゃ、少年は一人じゃないぜー』

その声が、俺の恐怖を払拭した。

ちらりと、ネコの顔を見れば力強い頷きを返してくれた。
あぁ、俺は――何を悩んでいたのだ。

敵は一人だが、俺は一人じゃない。
念話で意思を通じ合える俺達は、手数が倍になったようなものだ。
俺が望むものをネコがわかるように、ネコが望むものを俺はわかる。
この戦いにおいて、これほどまでに頼もしいモノはないだろう。
今までの恐怖も迷いも嘘のように消えた。
こんな気持ちは初めてだ。
もう何も怖くない。

だから――!


俺はこの牌を捨てる!










「あ、先生それロン。大三元・字一色・四暗刻単騎待ち」

――一巡目の一手目だぞぉぉぉ!?

「にゃあぁぁぁぁ!?」

――何故、こんな、ありえないっ、ゆるされないっっ!あるはずがないんだっ、こんな、こんなっ……!

「さぁ~どんどん行くわよ~!倍プッシュ!」

――うわぁぁぁぁぁ!?

「いい加減にするにゃ藤村ぁぁぁぁぁ!」














麻雀での敗北の支払いに依頼された、「みかん」を求めてやってきましたアリーナ前へ。
何故こんなことになったのか、それはセラフに用意されたNPCの一人、藤村教諭による罠だった。
最初は廊下ですれ違った際に「みかん」をアリーナから持ってきてくれと頼まれた。
当然それは断った。
食費を稼がなければ明日の飯代もない赤貧の身としては、アリーナでは食費を稼ぐことだけに専念したいからだ。
すると藤村教諭は提案してきた。

麻雀で勝負しよう、と。

それだけでは俺達に利は無い。
断ろうとする俺に、藤村教諭は卑劣にも罠をしかけてきたのだ……


――俺達が勝ったら食券を3回分くれると。

「自業自得じゃにゃいか」


お黙り赤貧の原因。
そもそも、お前が念話で示し合わせれば楽に勝てるって言ったじゃないか。

「あのにゃんちゃってタイガーから逃げるわけにはいかんのよ」

まだネコ科の世界統一戦は続いていたのか。
カバティで決着はつかなかったのか。

「今のところ一勝一敗三分にゃ」

いつのまにそんなに勝負をしていたんだお前達は。
それはともかく、負けたからには依頼をやらねばならんだろう。
行くぞ。

「にゃ!」



学園からアリーナへ繋がる扉を潜る。
辿り着いた先で感じたのは、刺すような冷たさと凍えるような景色。
今回のアリーナは流氷が流れる極寒の海を模しているようだ。
そして、見た目だけではなく温度すらも再現するアリーナは、そこにいるだけで体力を消耗する危険地帯だ。

長居はできない。
目標を見つけてさっさと出よう。
行くぞ、ネコ。

「Zzz……」

おぉい、寝るな寝るな。冬眠するな。

「――ハッ!にゃんかボロを纏ったババアに服脱がされそうににゃったからぶっ飛ばした夢を見た」

まさかの三途の川。
いつもギリギリを攻めるているなお前。

それはともかく、ぷるぷる震えすぎて分身ができているぞネコ。
大丈夫か?

「こ、この、さ、寒さは。ガチガチ。ネ、ネコ科ににには、ガチガチ。ややややばいにゃゃゃ!」

セルフエコーの上、歯がガチガチ鳴って何言ってるのかわからん。

「ガチガチガチ!」

歯軋りで答えるな。
まったく、それでも英霊か。情けない。
この程度の寒さで震えるなんて、この先、この場所で行われる決勝が心配だよ。

「そそそ、そんにゃこと言ってもにゃにゃにゃ、寒いのはむむ無理にゃー。つか、少年この寒さで言葉ががが、震えにゃいってて、寒さ平気にゃののの?」

当然だ。この程度の寒さなど、いままで踏み越えた修羅場に比べれば大したことは無い。


【 E:鳳凰のマフラー 】
【 E:強化体操服 】
【 E:男子学生服 】
【 E:人魚の羽織 】
【 E:悪魔の黒衣 】
【 E:強化スパイク 】
【 E:一の太刀 】


「完全防寒じゃにゃいかこの野郎。あたしも入れるにゃーーー!」

あ、おい、こら!
潜り込もうとするんじゃない!
隙間風が入ってくるだろうが!

「重ね着しすぎてモコモコしやがって!あたしにも温もりを寄越すにゃーー!」

えぇい、やめろ!
動くと風が舞って寒い!

「羽織りの前をオープン!」

くっ、しまった!
羽織りの前はボタンやファスナーがないから洗濯ばさみで止めているだけなので簡単に外れてしまう――!

「にゃふー!その隙間に潜りこむにゃー!」






「あぅ、見つかっちゃったわ、アリス」

「まぁ、見つかってしまったわ、ありす」

「まさかの先客!?誰にゃこいつらー!?」

誰だこいつら――!?






「おにいちゃんは暖かいね、アリス」

「おにいちゃんは暖かいわ、ありす」

俺の羽織の下で暖を取っていたのは双子と思われる二人の少女。
まだ幼いといって良いだろうその二人は、同じ『アリス』と言う名前なのだろうか、俺にはどちらがどちらか見分けがつかないほどに似ている。
とりあえず区別するために、白と青を基調とした服を着たやや言動も幼いほうが『ありす』。
黒を基調とした、大人びた口調のほうが『アリス』という風に認識しよう。

彼女達が何時俺の羽織の下へ潜り込んだのかはわからない。
今はそんなことよりも――

「にゃー!ここはあたしの場所にゃ!出て行け幼女ー!」

「ネコさんが怒ってるわ、どうしよう、アリス」

「ネコさんが怒ってるわ、どうしよう、ありす」

「一々復唱するにゃ!」

「怖いわ、爪で引っかかれたらどうしよう、アリス」

「そのときは爪を引っこ抜けばいいのよ、ありす」

「怖いのこっちにゃ!にゃにこのデストロイ幼女!?」

怖いのは俺だ。
人の羽織の中で骨肉の縄張り争いをするんじゃない。
ネコ、そんな小さな子に一々目くじらを立てんでもいいだろう。

「シャー!」

「きゃあ、ネコさんが牙を向いたわ」

「まぁ、可愛らしい」

聞けよ。
どうした、ネコ、らしくないぞ。

「おにいちゃん、わたしと遊びましょう?」

「おにいちゃん、あたしは鬼ごっこがいいわ」

君等も人の話を聞かないね。

「おにいちゃんが鬼さんね」

「さぁ、こわーい鬼さんから逃げるのよ」

そう言って、同じ顔の幼子達は羽織の外へ駆け出して行った。
止める間もなくアリーナの奥へと消えて行く少女達。
こんな場所にあんな子達がいることに疑念は尽きないが、敵性プログラムであるエネミーが闊歩するここに放置するわけにはいかないだろう。

行くぞ、ネコ。

「うむ、あっちへ行くにゃ!」

おぉい、帰るな帰るな。
そっちはアリーナの入り口だろう。
どうしたんだ、らしくないぞ。
何がそんなに気に入らないんだ。

「……残照に一々付き合ったところで得られるモノにゃんてないぜ少年」

……残照?
いったいどういうことだ。

「……何でもにゃい。あたしの気にしすぎだったにゃ。それで、あの幼女を追いかけるんじゃにゃいの?置いていかれてるにゃ」

……そうだな。
今はあの子達を見つけてアリーナの外へ連れて行かないと。

お前が何を気にしているのかは気になるが、今は鬼ごっこを始めるとしよう。
なに、いつも殺伐としているんだ、せっかくだから楽しもうじゃないか。

「そうだにゃー。さぁ、無邪気に幼女を追いかけるがいいにゃ」

あぁ。
確かあっちの方角だったな。
ところでネコよ。

「なんにゃ?」

――その手に持ったビデオカメラはなんだ。

「にゃっふっふ。タイトル、幼女を追う少年。ツインテに生放送中」

コードキャスト・空気撃ち【一の太刀】。
その機器を粉々に吹き飛ばす。

「にゃー!?せっかく買ったハイビジョン対応ハイパースロー機能付きキャメラが!」

無駄に高性能なカメラを用意するな。
……
…………
………………
………………ちょっと待て、買った、だと?



「……お支払いは4日後にゃ」

はっはっは。

「にゃっふっふ」



――あの少女達を追いかける前にお前を涅槃へ連れて行ってやろう。

「ガチ鬼!?」








「おにいちゃん、こっちこっち」

「おにいちゃん、こっちだよ」

誘う声を追いかけてアリーナを走る。
だが、離れた距離は中々減らず少女達を捕まえるには程遠い。

「少年、さっさと捕まえて終わらせるにゃ」

落ち着け。
焦ったところで疲れるだけだ。
それに、彼女達はあんなにも楽しそうなんだ。
少しぐらい一緒に遊んであげようじゃないか。



「おにいちゃん、おそいね、アリス」

「おにいちゃん、おそいね、ありす」

「「期待はずれだわ」」

はっはっは。
お兄さん、ちょっと本気だしちゃうぞー。



――コードキャスト・速力強化【強化スパイク】。待ちやがれ小娘共。

「少年、本気すぎるにゃ」






さぁ、捕まえたぞありす達。はぁはぁ。
鬼ごっこはお終いだ。はぁはぁ。

「アーチャーの矢から逃げたときより疲れてるぜ少年。……息を整えないと幼女を捕まえてはぁはぁしてる変態にしか見えにゃいにゃ」

それがわかっているなら、まずはそのビデオカメラを置け。

「つかまったね、アリス」

「つかまったわ、ありす」

――ふぅ。
幾度かの深呼吸で呼吸を正す。
そして改めて少女達へと向き直る。

「楽しかったよ、おにいちゃん!」

「ねぇ、ありす。おにいちゃんにお礼をしましょう」

「それは素敵だわ、アリス。おにいちゃん、今度はありすのお話を聞いてくれる?新しい遊び場にしょうたいするわ」

お話もお礼も外で聞こう。
一旦学園へ帰ろうか。


「「ようこそ、ありすのお茶会へ」」


それは一瞬のできごとだった。
ありすとアリスが手を繋ぎ、こちらを迎え入れるように手を差し伸べた刹那。

流氷は木々に。
極寒は温暖に。
吹き付ける北風が、穏やかな陽光へと変わる。
無機質なアリーナに居たはずなのに、今は草花が咲き乱れ、木々が風に揺れる草原に居る。
あまりに急激な変化に思考が追いつかない。

「さぁ、おにいちゃん。お茶を用意したわ」

「お菓子もいっぱいあるの」

こちらに明るく声をかける少女達は、その異変がさも当然であると振舞う。
いつの間にか目の前に用意された白いテーブルと椅子。
お菓子とお茶が並ぶテーブルをこちらへ勧めながら微笑む少女達。
その姿にあまりにも違和感を感じ、少女達へ疑問をぶつけようとするが、その問いは少女達に塗りつぶされた。

「わたしは、ありす」

「あたしも、アリス」

「「ありすたちはずっと、おにいちゃんをみていたの」」

「だっておにいちゃんは、ありすといっしょ」

「きっとあたしたちと遊んでくれると思ったの」

俺と少女達が一緒?
どういうことだろうか。
彼女達と話していると、どこか思考がまとまらない。
だが、唯一わかっていることは――




――このお菓子を食べてもいいということだけだ。




ショートケーキ。
生クリームの甘さとスポンジの柔らかさ、イチゴの酸味が口の中で踊る。
クッキー。
さくさくとした食感に、バターの風味がアクセントとなり飽きさせない。
それらを紅茶で流し込み、次の菓子へと手を伸ばす。

「もふもふ!まったく、こんにゃところで遠慮なしに物を食べるにゃんて少年はどうかしてるにゃ!もふもふもふもふ!!」

菓子を口に含みすぎてリスみたいになっているお前にだけは言われたくない。

「もふもふ、やめられにゃいとまらにゃい!」

ここでしばらくのカロリーを摂取するぞネコ。

「ガッテン承知にゃー!そのアップルパイは貰った――!」

たわけ、それは俺のモノだ――!

「一瞬でナイフで切り分けてフォークでパイを空中へと打ち上げてそれを口に落とすだと――!?」

ふ、遅い、遅いな。
この一瞬、お前は俺のライバルだマイサーヴァント。

「くっ――上等だ少年。あたしの本気をみせてやるぜマイマスター!」

はっはっは。
喋っている暇があるならば、ビスケットの一つや二つ飲み干して見せろ――!

ところで、ありす。これお持ち帰りできる?

「おもちかえりなんていらないよ、おにいちゃん」

「えぇ。ここにいればずっと食べていられるもの」

それは素敵な提案だが、そうもいかないだろう。
そういえば、ここへ転移することができるのならば、君達は自分達だけでアリーナから帰れたのか?

「うん、ありすはもう自由だもの。どこへだって行けるよ」

「うん、アリスは縛られないもの。そういう道を作れるよ」

そうか、帰れるのなら案内は不要だな。
心配ごとが一つ減って良かったよ。

「心配してくれてありがとう、おにいちゃん。お菓子はいかが?」

「心配してくれてありがとう、おにいちゃん。お茶はいかが?」

貰おう。些か栄養は偏るが、選り好みはしない。
このテーブルの菓子、俺が貰い受ける――!

「にゃ!?そのチョコレートあたしが狙ってたのに!」

チョコ食って大丈夫なのかネコ科。

「ねぇアリス。おにいちゃんは『あれ』、ちゃんとおぼえているかしら?」

「おにいちゃんに聞いてみないといけないわ、ありす」

「「おにいちゃんの『お名前』はなあに?」」

うん?
俺の名前はナカオ(仮)だ。
よろしく。

「うん、よろしくね、おにいちゃん」

「え?あ、あれ?ごめんなさい、おにいちゃん。もう1回聞いてもいい?」

あぁ、すまない。
聞こえ辛かったか。
ナカオ(仮)だ。

「えぇ?あれ、おかしい。おかしいわ」

「アリス、おにいちゃんはお名前おぼえてるね」

「そんなはずはないわ、ありす」

先ほどまでふわふわと微笑んでいたアリスが、どこか困惑した表情で俺を見ている。
俺が何か気に触ることでもしてしまったのだろうか。
そんなはずはない、そんなはずはないと、ぶつぶつ繰り返す黒い服のアリスへと声をかける。

――名前がどうかしたのか?

「おにいちゃん、お名前がわからなかったり、思い出せなかったりしない?」

伺うようにアリスから質問をされた。
名前、名前か。

――当の昔に忘れているが、それがどうかしたか?

「え、さっきのお名前は?」

――世を忍ぶ仮の名前だ。

「すごーい!かっこいいね、おにいちゃん!」

「なにそれこわい」

白い方は褒めてくれたが、黒い方は納得いかないのかうんうん頭を捻っている。
何事かと、問い詰めようかとも思ったが、少女達は地面へ座り込み、あーでもないこーでもないと会議を始めてしまったので声を掛けるのを止めた。
彼女らの邪魔をするのも悪いので、再度テーブルの菓子をいただこうと視線をテーブルへと戻す。



「――ふ~、食った食った。うまかったにゃ」

――全部食われていた。

……腹が山みたいに膨らんでるぞバカネコ。

「にゃっふっふ。一瞬の油断が命取りだぜマスター。げふっ」

満足そうにゲップをするな。
テーブルの上で寝転がるな。

テーブルの上にあった山のような菓子はもう無い。
少女達も自力で帰れるそうだから、案内する必要も無い。
ならば、ここに長居をする理由も無いな。
帰るぞ、ネコ。

「げふっ。りょ、了解にゃ、少年……立ち上がれにゃい、助けて」

……寸胴からボールにクラスチェンジしたなお前。
仕方が無いので、ネコの首裏を掴んで持ち上げる。

――重い。

「ちょっ、少年。その持ち方、息がつまるにゃ!」

さぁ帰るぞ。

「意識が飛びそう、新しい扉開いちゃうらめー!」

喜ぶな恍惚とするな。
仕方が無いな、いつもみたいに俺の頭にひっついてろ。

「にゃー、苦労をかけるねぇ」

全くだ。普段の3倍は重いぞお前。
それで……出口はどこだろうか。

「出口なんてないわ。おにいちゃんはずっとここ、『名無しの森』でありす達と一緒にいるのよ」

何時の間に立ち直ったのか、黒い方のアリスがどこか冷たい眼差しで俺を見ている。
白い方のありすは、黒い方のアリスに寄り添い、こちらへ微笑みながら手を振っている。
出口はない、それが本当だとするならば――

「あ、少年。そこの空間怪しい」

ネコの指し示された場所を見る。
どこか揺らめいているその場所、手を伸ばすと壁があるような感触が返って来た。

「一瞬で、境界を見つけるなんて……でも、おにいちゃんにはその扉はひらけないよ?」

くすくすと笑うアリス。
どうやらここが扉らしい。
実際には透明で、向こうには草原が広がっているが、触ると確かに硬い何かがそこにあることがわかる。
扉をなぞる様に触れるが、開き方などわからない。

さて、どうしたものか――






それは突然に襲い掛かってきた。

触れる指先から電流のような激しさを伴って血管を這い回るように循環し骨髄を食い荒らして脳髄を犯し地下水の様に湧き上る情報の奔流が自分という虚ろな存在を塗りつぶし瞳に映る情景は白い壁と白い天井と白い少女に繋いだ機械を映画のように不確かに浮かばせ映写機は壊れたように廻り終わらない映像は輪転と共にいつまでもいつまでもくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる――!






「少年!!」

呼び声が、俺を繋ぎとめた。

急激に浮上した自分という存在を確かめるように手のひらを眺める。

「大丈夫にゃ……?」

心配そうなその声は、いつものような陽気さを欠片も含んでいない。

俺は――?

「固有結界の構成に直接アクセスするにゃんて、自殺行為にゃ。……二度とやっちゃだめにゃ」

ネコが何のことを言っているのか理解できない。
だが、その注意はとても大切なものだと感じた。
心配する己のサーヴァントを安心させるように、ネコの頭を軽く叩く。

――よくわからないが、心配するな。

「にゃ……」

返事に元気はないが、一応安心したのだろう。
俺の頭にひっつくように肩に立つネコから安堵の息が漏れた。

――さて、帰ろうか。

見えない扉へ手をかざす。

「むだよ、おにいちゃん。扉はあかないわ」

先ほどと変わらず、何も無い空間に硬い壁のような感覚が返って来る。
先ほどと違うのは、俺がこの扉を理解しているということだ。
どうやって理解したのか、何故理解できたのか、それは俺自身わからない。
ただ、こうすべきなのだと答えが湧き上ってくる。

そう、やるべきことは、扉に手をあて……

思いっきり左へとスライドさせる!


そうこの扉は――







――引き戸だ。

「あ、開いたにゃ」

「わー、ひらいたよ、アリス」

「えぇぇぇぇ!?」

うむ、開いた。
草原の景色の一部を切り取ったように、正方形の『穴』ができる。
その向こう側は無機質なアリーナだ。

じゃあ、俺達は帰るよ。
また会おう、ありす達。

「さらばにゃ、幼女。できれば会いたくにゃいにゃ」

こらこら、失礼なことを言うなネコ。

「ばいばい、おにいちゃん。また遊ぼうね」

あぁ、また遊ぼう。
次はお兄さんがお菓子をプレゼントしよう。

「うん!たのしみにまってる!」







「おにいちゃん、いっちゃたね、アリス」

「……」

「アリス?どうしたの?」

「……」

「?」

「……」

「??」

「……」

「アリス?」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「ふぇっ!?」

「『名無しの森』やぶられちゃったぁぁぁ!?」









さて、帰ってきたな。

「いっぱい食べて、満足にゃ」

あぁ、今日はもう休もうか

「――あ!ナカオ君!先生の頼んでた「みかん」見つかった?」

……あ。

「……にゃ」

――忘れてました。

「忘れてたにゃ」

「そっかー、忘れてたかー」

えぇ、すっかり。
はっはっは。

「にゃっふっふ!」

「あはははー」





「ガオォォォォ!」

行け、ネコ!
今こそネコ科の世界統一戦を制すときだ!

「借金を踏み倒す気満々だにゃ少年。だが、よかろう。この一戦は望むところよ藤村ぁぁぁぁ!」





<あとがき>
そもそも名前忘れてるからアリスの固有結界は効きませんというオチ。
残念ながらフランシスコ的なザビエルの称号は出てきません。
無駄に礼装を多く持っていますが、入手経路はルート確定後の本編中で説明しますので、今は四次元ポッケから取り出した程度に思ってください。





【おまけ ラニさんの未来予想図】

「星の導きを求めるのですね、ナカオ(仮)」

「■■■■■■!」

「貴方がこの時ここへ来ることも、星が教えてくれました」

「■■■■■■!?」

「さぁ、詠みましょう未来を。聞きましょう星の声を」

「■■■■■■」

「貴方の求める道、貴方の前に佇む霧」

「■■■■■■!」

「その名は、シャーウッドの森の英雄――」

「■■■■■■――!」

「ロビ――」

「■■■■■■!!!」

「……」

「■■■■■■?」

「バーサーカー、相槌はもう少し減らしてください」

「■■■■■■!?」

「これでは練習になりません」

「■■■■■■ー!」

「何を言うのですか。まだ練習は24回です。足りません」

「■■■■■■!!」

「そうですか。貴方がそう言うのならば、十分なのでしょう」

「■■■■■■ー!」

「えぇ、万全を期し、後は待つのみ」

「■■■■■■!」

「逢瀬の時は、すぐ傍に――」




「どきどき、わくわく」

「■■■■■■……」



<あとがき>
(`・ω・´)←ラニさん
(´・ω・`)←バーサーカー
次話、ラニさんの出番です。多分。




[33028]
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/01/11 08:33
夢を見ている。

それは不確かで。
それは曖昧で。
それは揺らめいて。

古い映画を感慨も無くぼんやりと見るように。
夢を、見ている。
不思議と、何の疑問もなくそう思った。

それを見て思ったことは、白い。

壁も天井も床も、穢れの一つもない白さ。
白い壁と白い天井と白い床で切り取られたそこは、まるで四角い箱の中を連想させる。
隙間一つない箱の中は、まるで逃げることを許さない牢獄のようだった。

唯一、壁に白でないモノがある。
白い壁の中央、一際目立つ青。
真四角にくり抜いたそれが窓で、映る青が空だと気づくのに多少の時間がかかった。
白い壁と、白い天井と、白い床と、小さな空。
それが、この空間の全てだった。

そして、空間の中央に在るのは、白いベッドと白いシーツ。
空間に溶け込むように設置された曖昧な寝所。
その隣には、まるで穢れない空間を汚すような、無骨な機械がある。
機械は無機質に音を繰り返し、機械から伸びたケーブルに繋がるソレを観察している。

機械の刻むリズム。
白い部屋に響く鼓動。
そのリズムを奏でる音源は、白いベッドの上で機械に繋がれた少女の心音だった。
白い肌に、色の落ちた髪。
白い世界に埋もれるように存在する白い少女。

少女は、白い部屋も、心音を奏でる機械も、なにも見ていない。
その瞳は、白い世界に在って、暗く沈んでいる。
何かを映すわけでもなく、ただ目を開いているだけだ。
少女は動くことも無く、この白い部屋で動くモノは機械の映す少女の鼓動の軌跡と心音のみ。
それがずっと、永遠に続くような錯覚を覚えた。

だが、その不動の世界が終わる。
天井に向いていた少女の視線が動いた。
ただ視線を動かすことすら苦痛なのか、ゆっくりと時間を掛けて視線のみが動く。

動いた先に映したものは、小さな窓とその外に広がる蒼穹。
眩しさすら憶える透き通った青を見て、少女は何を思ったのだろうか。
じっと、窓を見つめ続けている。

『――そら』

小さな、声だった。
虫の鳴き声にすら劣るような小ささで、少女は訴えた。

『――そらのしたで』

その声はとても小さく。

とても――求めている。



『あそび、たいなぁ――』



それが、最後。

小さな声を終わりに、部屋で響くものは。



――止まった心音を示す、止まらない機械音。

















――という夢をみたんだが、どう思う桜。

「はぁ、夢、ですか」

あぁ、妙に気になってしょうがないんだ。焼き魚うまいなしかし。おいバカネコ横から掠め取ろうとするんじゃない。

「……夢」

あぁ、いや。そんなに悩まなくても。ちょっと気になっただけだから。おいバカネコ味噌汁で顔を洗うなもったいない。

「……気にしなくてもいいのでは?夢、ですし」

そうだな。おそらく、昨日少女達と遊んだせいか、印象に残ったことが夢になったんだろう。今思えば、夢の中の少女は『ありす』だったような気がする。
――コードキャスト・空気撃ち【一の太刀】。
卵焼きを盗んだバカネコのこめかみを打ち抜く。吹き飛んだ。床に落ちた。……桜の影に取り込まれた。

影が蠢いているが、俺にできることはないので食事を続ける。
桜に用意してもらった朝食を平らげ、桜へと頭を下げる。

――ごちそうさま。ありがとう、おいしかったよ。

「はい、お粗末さまです。片付けはこちらでやっておきますので、ナカオさんは次の戦いの準備をしてください。あ、こちらのゴミもちゃんと粗大に出しておきますので」

まって桜さん。そのボロ雑巾みたいになってるの俺のサーヴァントだから。
さすがにソレなしでは戦えないから。
ほら、起きろ。
行くぞ、ネコ。

「……さ、最近、少年の戦闘力上がりすぎじゃね?一つも食べ物を奪えにゃかったにゃ」

伊達にアーチャーの攻撃を正面から凌いではいないさ。
さぁ、行くぞ。

「にゃー!待って、あたしまだなんにも食べてにゃい!そもそも、あたしの分だけ朝ごはんにゃいってどういうことにゃ!いじめか!」

「なぜ畜生の餌を私が用意しなくてはいけないのですか?」

「セメントすぎるにゃ保健室の主。助けて少年。このままじゃ空腹で死んでしまうにゃ!」

それもまた一興――冗談だ牙を剥くな。
ほら、ネコ缶だ。これで食欲を満たせ。

「にゃふー!ハムッハフハフッハフ!」

落ち着け。食いカスがぼろぼろ落ちているぞ――ごめんなさい桜さん謝るので影を蠢かさないでお願い。
それを食べたらアリーナへ行くぞ――ネコ、後ろ!後ろ!
今のところ借金は分割払いで待ってもらっている状況だしな――あぁ、影に!影に!
昨日稼いだ金も返済に当てて、そのネコ缶を買う程度しか残らなかったんだからな――ネコが影に喰われた。かゆ、うま。

「ふふ、マナーのないバケネコはぽいですよ、ぽいっ」

うねうねが、影が迫ってくる――!

「真祖ワープで影の国から脱出!おぉう、少年のトラウマが再発してるにゃ。少年、時間かけると借金の利子やばいんじゃにゃいの?」

その通りだバカネコ。
アリーナへ急ぐぞ!
決してこの部屋から早く出たいわけじゃないからな!勘違いするなよ!

「誰得なツンデレにゃどいらぬ。それはともかく今日も今日とて借金の返済とか少年だけ聖杯戦争じゃにゃくね?」

お前が言うな借金の原因。
今日の目標はエネミー63体だ。それで晩飯を食える程度のプラス収支になるはずだ。

「戦闘力上がりすぎの原因はそれにゃ。レベル上げすぎだぜ少年」

レベルで腹は膨れん。
今欲しいのは安定した収入だ。
お前は黙ってビームを出し続けていればいい。
いつものように俺がお前を手に持ってエネミーを追い掛け回すだけだ。

「にゃにその印籠的扱い。いつものようにあたしを抱くつもりにゃのねエッチ!」

文字通り手にお前を持つだけだ。いつものように、な。

「アイアンクロー!?頭もげちゃうらめぇ!」

と、そういうわけだ桜。
俺達は行くよ。

「はい。お腹が空いたらいつでも来てくださいね?ご馳走しますから」

「ヒモ生活だにゃ、やったね少年」

そうならないために今日もアリーナへ篭るんだよバカネコ。
それじゃ……行ってくるよ、桜。

「さらばにゃモブ娘。次の朝ごはんはネコマンマでよろしく」

「はい、いってらっしゃいナカオさん。死ねばいいとおもいますよ、バケネコ」











「夢……固有結界に触れた事で、魂が干渉した?……小娘が、■■■■の魂に触れるなんて――――――忌々しい」











学園の一階の廊下を歩き、アリーナへの入り口へと向う。
その途中、制服のポケットの中から端末の電子音が響いた。
この電子音は今までに2回聞いている。今回が3回目。
これは、次の対戦相手が決まったという合図だ。
端末を手に取り、幾度かの操作を行う。
画面には次の対戦相手の名前が浮かび上がっていた。


三回戦 対戦者【ありす】


――。

ガツンと、まるで鈍器に殴られたような痛みが頭に走る。
自然と足がふらつき膝を廊下へついた。

まさか、あの子達が、次の対戦相手だなんて。
対戦相手、これから――倒すべき相手。
あんなにも笑顔で、遊ぶことが楽しいと、話すことが楽しいと笑っていたあの子達が俺の敵――?

その事実が認められなくて。
ズキズキと痛む頭は吐き気すら呼び起こす。
立ち上がることすらできない。
まるで、本当に殴られたような――





「ちょ、ちょっと!大丈夫!?さっきから頭を抱えて動かないし……」

「そりゃガンドで後頭部撃たれたら動けんにゃ。鬼かツインテ」

「て、手加減したわよ!……ちょこっと」

――本当に殴られてた。ガンドで。





それで遠坂さん。
なにか弁明はあるかね。

「何よ、わたしが悪いって言うの?」

違うと言うのか。
後ろから不意打ちしといてそれが正当になる理由があるとでも?

「……身に覚えが無いの?」

後ろから撃たれる理由なんて…………ま、まさか――!

「ふんっ!気づいたようね。そうよ、幼女を追いかけまわすなんて――」

この前奢ってもらったときこっそり遠坂のパスタにマーボーを入れようとしていたことがばれたのか――!?

「ちょっと待ちなさい。詳しく」





とても頭が痛い。
眉間にガンドとか殺す気か。

「至近距離でガンド喰らってそれですむなんてどんな耐久力よ」

「主にレベル差にゃ」

それで、この卑しいわたくしめにどういったご用件でしょうか遠坂様。

「頭が高いわ。地面に額を擦りつけなさい」

はい!

「ジャンプからの流れるようにゃ土下座。輝いてるぜ少年!」

おい、俺の端末のカメラを勝手に使うな。
無駄に洗礼された流れるような無駄な動きで写真を撮るなバカネコ。

「その写真焼き増しヨロシク。……それで、なんで人の食事に戦略兵器を混入しようとしたのかしら?」

それは、あれだ。
あの素晴らしきマーボーを世に広めんがため、まずは友人である君に堪能して欲しかったんだ。

「え、あ、ゆ、友人?あ、えと、そっか――」

「ちょろすぎるにゃツインテ。さすがボッチ」

「――はっ!そ、そうじゃなくて!そんな理由であんな物食べさせられたら冗談じゃないわよ!まったく、未遂とはいえ監督者に訴えられなかっただけでもありがたいと思いなさい」

むむ。そんなに嫌がられることなのか?
マーボーを一緒に食べたいと言っているだけなのに。



――どう思います?

「無罪」

さすが神父。

「――何時の間に現れたのよ聖杯戦争の監督者」





それで、マーボーのことじゃないなら、なんで俺は襲われたんだ?

「本当にわからない?……そこの掲示板を見なさい」

遠坂に指し示された先、階段の近くの壁にある掲示板へ近づく。
いくつかの張り紙が掲示板に張り出されており、中々の情報量があるようだ。

まず目に付くのは購買部の扱っている商品目録だ。
礼装や傷薬など、戦いにおいて重要な物があると目録で書かれている。
一番下には要望を書き込む欄があるようだ。
既にいくつかの要望が書かれていた。
こんな礼装が欲しい、値段を下げて欲しいなど雑多な願いが書かれている。
金がなくて購買部は中々利用できていないが、要望を書くぐらいは許されるだろう。

――戦闘中でも食べれるテイクアウトマーボーが欲しいですっと。

「何危ないことを書いてるの!?」

「採用」

「いいかげんどこかに行きなさいよ神父――!」

「ネコミミが欲しいです。By遠坂凛……っと」

「名前を騙るなバカネコ――!」





頭が痛い。

「頭が痛いにゃ」

「ふむ、中々の威力だ」

「宝石で強化したガンドなのに回復が早いわねバカ主従プラス1。どっか行きなさいよ神父」

「これ以上攻撃される前に去るとしよう。……少年。君の切なる願い、私が必ず聖杯へと送り届けよう」

「最後に余計なことを言って去るな――!」

立ち去る神父の背中を俺は見送ることしか出来なかった。
遥か彼方、光の向こうへと消えていく彼の背中。
それはとても大きく、とても力強い。
それは全てを背負うに相応しく、悲壮なまでの覚悟はまるで殉教者のようでもある。

あぁ、あの背中こそが、俺の目指すべき――

「何勝手に感動物語にしようとモノローグつけてるのよ!……はぁ……購買部の要望書はどうでもいいから、中段の学園新聞を見なさい」

遠坂に指差された場所を見る。
タイトルは学園新聞。
どうやらNPCが集う新聞部が様々な記事を書いているようだ。
学園の設備説明や聖杯戦争の説明、マスターへのインタビューなどが書かれている。

そして、もっとも大きな見出しで書かれている記事を読んだ。







【アリーナで幼い少女にいかがわしい行為が行われた事案が発生】

昨日午後6時ごろ、マスターの一人である幼い少女に対し、男性がいかがわしい行為を行ったとタレコミがあった。
実際に写真も送られており、その写真で確認される限り以下の行為があった。

・男性の服の中に少女を入れる
・逃げ惑う少女を写真でも足が霞むほどの速さで追いかける。
・荒々しい息で少女に触れる。
・少女のおやつを根こそぎ食べる。

これらの行為が真実であるか、タレコミをしてきたサーヴァントへ我々は取材を試みた。

取材班:これらの写真は真実なのでしょうか?

サーヴァントNさん(仮):遺憾にゃがら本当のことにゃ。

取材班:なぜ貴方のマスターはこのようなことを?

Nさん(仮):少年はちょっと人には言えにゃい性癖をもっているにゃ。

取材班:差し障り無い程度で結構ですので教えていただけますでしょうか?

ネコさん(仮):少年は小さいものに劣情を抱いているにゃ。例えばあたしとか。いつもあたしの頭を触ったり、あたしの体を自分の頭に密着させたりしているにゃ。

取材班:今回の件もやはりその特殊な性癖が原因だと?

ネコアルクさん(仮):うむ。起るべくして起きてしまった悲しい事件にゃ……ところで報酬のネコ缶、もうちょっと数増えにゃい?


我々取材班はこの入手した恐るべき犯罪を世に曝け出すため、今後も取材を続けていく所存だ。







令呪を持って命ずる死ね――!

「欠片の躊躇もにゃいだと――!?」






~あとがき~
これじゃない聖杯戦争~完~
嘘です。
ラニさんは次ぎ出るよ!絶対!きっと!――たぶん。
遠坂さんはあの年で西欧財閥にソロで喧嘩売ってるのできっとぼっちだとおもいます。



[33028] 裁判
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/01/12 22:59
聖杯戦争を行うために聖杯自身が作り出した仮想空間、擬似学園。
日常と闘争が隣り合う不確かな場所。
本物と見間違うような精巧なそこは、教室一つを見ても、どこにでもあるような日常を感じさせてくれる。
その裏に血で血を洗う戦争があるなど微塵も感じられない。

俺は今、その日常を象徴する教室の中で――崖っぷちの危機に立たされていた。

俺は教室の真ん中で立たされており、その俺を囲むように机が並べられている。
四方を囲まれ、まるで檻に入れられてような感覚に陥る。

これから行われるのは、真実の裁定だ。
嘘を暴き、正義を示し、真実という唯一の答えを求める裁定が行われようとしていた。

俺の前方を囲う机の中心に少女が座っている。
誰一人音を発せ無い厳かな雰囲気のなか、感情を殺したかのように無表情な少女がゆっくりと口を開いた。






「これより裁判を始めます――有罪」

魔女裁判じゃないですかやだ――!






ちょっと待ってくれ遠坂。
いくらなんでもそれは早計じゃないだろうか。

「問題ないわ。裁判長、私。検事、私。裁判員、私。結論は有罪」

魔女裁判どころじゃないぞそれ――!
えぇい!弁護士を、弁護士を呼んでくれ!

「そこにいるじゃない」

遠坂に促されるように左側を振り向く――!



「にゃっふっふ。任せろ少年。こう見えてあたしは逆○裁判を途中までやったことがあるんだぜ――!」

――オワタ。



裁判長!せめてホモ・サピエンスに分類される生物でお願いします!

「却下」

取り付く島もないだと――!?

「その前に令呪使ったのにそのバケネコが生きていることに驚きなさいよ」

さすがに令呪は使ってないって。
何時か約束したろ、命綱で遊ぶようなことはしないと。

「ん、よろしい。でも令呪光ってなかった?どういう手品よ」

感情を込めたらなんか光った。

「――それ発動寸前じゃない。気をつけなさいよ!」

以後気をつけます――ので、不起訴処置でお願いします。

「却下」

わぁ即答。

「裁判長、頂いたネコ缶を食べてもいいですか!」

「許可」

賄賂だろそれ――!?
せめて意思疎通ができる弁護士じゃないと異議申し立てすらできないじゃないか。
ネコ科はだめだ、あの野郎裁判長からの差し入れのネコ缶に夢中になってやがる。

この状況を打開するためには誰か、俺の味方になるような人間が必要――!
神経を集中しろ。
廊下を歩く誰かに救いを求めるんだ。

――コツコツ。

響く足音、その人の注意を引くために『あれ』を使う――!

礼装【天使のラッパ】。

魔力は必要ない。
必要なのは呼吸と息遣い。

高らかに鳴れ、天上の音階よ――!



『ぷす~っ』

不発――!?



だが、救いを求める俺の真摯な願いが届いたのか、廊下を歩いていた誰かが教室の扉を開けて入ってきた。

「ナカオ(仮)、ここにいたのですか」

入ってきたのは、いつか出会った少女だった。
彼女はかつて協力してくれると言っていた、つまり味方だ――!

ラニ、良く来てくれた!

「ちょっと、今裁判中なの。無関係な人は出て行ってもらえないかしら?」

「問題ありません。私はナカオ(仮)に用があるので」

ラニ、待っていた。いや、ずっと君に会いたかったんだ。

「そうですか……やはり貴方も私を求めていたのですね」

「む……罪状追加買春」

待って裁判長。それは冤罪だ。

「ナカオ(仮)、貴方の望みはわかっています。導きが欲しいのですね」

ラニも華麗にスルーしないでくれ。

「貴方の望み。それは目の前の霧を晴らすこと。立ちふさがる敵を知ること。そう貴方を惑わす未知の答え。ダン・ブラックモアのサーヴァントの真名は、ロビ――」

2回戦ならもう終わったけど。


「え?」

え?


「――おわったの?」

――終わったよ?


「………………さようなら、ナカオ(仮)。私は貴方の星になれない」

待って、帰らないで、置いていかないで。
このままだと魔女裁判もびっくりの不当判決が出てしまう。
ラニ、君に会いたかったのは本当だ。
ずっと君を探していたんだ――!

「……ならばなぜ、会いに来てくれなかったのですか。ずっと部屋で待っていたのに――」

だって待っている場所言わなかったから。
学園中探したけどラニを見つけることは結局出来なかったよ。

「あ………………場所を伝え忘れていました」

クールビューティーではなくドジッコだったか。

「えぇ、今回は巡り合わせが悪かったようですね。しかたのないことだったのですね。うん、ナカオ(仮)は私を探していたのですね。ならば問題ありません」

ミスをなかったことにした――!?

「次回からは私のマイルームを集合場所としましょう」

そう言って、ラニは俺の端末と彼女の端末を繋ぎ何かを送信してきた。

「これが識別キーになります。私に会いたいときはマイルームへ来てください――待っています」

「罪状追加、不純異性交遊」

増えた――!?
余計なことを話している暇は無い。

ラニ、急なことでわけもわからないと思う。
だけど、俺には君が必要なんだ。

「私が、必要?」

あぁ、俺には君が必要だ。君にいて欲しい――!

「……そう、ですか。私が必要………………はい、私でよければ、喜んで」

弁護士確保!
これで弁明の機会ができた。

「罪状追加、詐欺」

また増えた――!?
もはや一秒の猶予も許されない。
ここから先、この状況を覆さなければ、明日の学園新聞に借金ロリコン野郎有罪確定の見出しが輝いてしまうだろう。
だが、この程度の苦難など超えてやる。
このくらいできなければ戦争を勝ち残ることなどできるはずがない。
俺一人ならばこの状況に打ちのめされただろうが、俺には味方がいる。
そうだ、俺は一人じゃない。

ネコが、ラニが、俺の無罪を証明してくれる――!



「検事、被告の容疑を最初から述べて」

「にゃ!まず一つ目の案件にゃのですが――」

――ちょっと待て。



何故そっち側にいるマイサーヴァント。

「すまぬ、すまぬ……!あたしだって少年の無罪を信じているにゃ。だから、だからこそ少年の潔癖を証明するためにあえて苦境の道を進まざるをえにゃい――!」

お前の後ろにあるネコ缶の山はなんだ。

「やー、だってツインテのくれたネコ缶、プレミアムバージョンにゃんだぜ?あたし、恩には報いるタイプにゃのよ」

そのプレミアム、俺が普段買ってやる物より20円高いだけじゃないか。
なにが違う。

「にゃー!わからにゃいのか少年!だってプレミアムにゃんだぜ?プレミアムにゃのよ?プレミアムにゃのだ――!」

絶対違いをわかってないだろお前。

それはともかく、いつもの節制癖が仇になったとでもいうのか。
そもそも節制しなければならないのはお前のせいだバカネコ――!

「えー、まず第一の容疑ですが、幼女を少年の服の中にいれた件ですにゃ!」

野郎、自分の立場から目をそらしやがった。

「それから幼女を追い掛け回した件、荒い息遣いで幼女を捕まえた件、幼女のおやつを根こそぎ食い尽くした件ですにゃ」

異議あり!
裁判長、弁明を――!

「被告に発言を許してはいません。弁護士、先ほどの容疑になにか意見は?」

「……」

そうだ、俺には弁護士が、頼りになる存在が、味方であるラニがいる。
ラニ、俺の容疑を晴らしてくれ――!

「……ナカオ(仮)」

ラニがこちらに視線を合わせ声をかけてきた。
その表情はいつものように感情をあまり表さない冷静なものであったが、なにか俺に尋ねたいことがあるような視線だった。

そうか、まずは事情と情報を知らなければラニとて弁護は出来ないだろう。
さすがクールビューティー。
落ち着きっぷりが頼りになる。

さぁ、なんでも聞いてくれ――!



「――私は製造されてからあまり年月を経過していません。貴方の嗜好にも合うはずです」

全然頼りにならない――!



製造とか聞き捨てなら無い単語が出たが今はそれどころじゃないんだ。
弁明を、異議申し立てをしなければ――

「有罪」

早いよ遠坂さん!
もうちょっと吟味しようよ!

こうなったら、切り札を切らざるをえないな。

「素直に認めなさい、ナカオ君。もはや逆転の術は無いわ」

まだだ。諦めるにはまだ早い。
そうだ、俺にはまだ手がある。
逆転の術が、反攻の一手が――!

遠坂、俺が何故、礼装【人魚の羽織】を着ていると思う?

「証拠品提出でしょ?」

ふっ――甘いな。
これが、俺の切り札だ――!

人魚の羽織り、それを翻す様に前を開け、その中をさらけ出す――!



「あぅ、見つかっちゃったわ、アリス」

「まぁ、見つかってしまったわ、ありす」

当事者のこの二人から否定の言葉が出れば、無罪をもぎ取れるはずだ――!

「第一の案件確定。有罪判決ね」

なんだと――!?



「せっかくだし、本人に聞いてみましょうか」

ありす達、頼んだぞ。君達が俺の行く末を決めることになる。

「えーと、服の中に入れられたのって本当?」

遠坂、絶対楽しんでるだろ。そのニヤニヤ笑いは実にネコ科だよ。

「お黙り被告人。それで、どうなのかしら?」

「うん、おにいちゃんの服の中でかくれんぼをしたわ。ね、アリス」

「えぇ、おにいちゃんは暖かかったわ。ね、ありす」

もうちょっと言葉を選んでくれ。

「第一容疑確定」

待って遠坂さん。かくれんぼだから、やましいことなんてないから。

「お黙り。次、追いかけられたの?」

「うん、おにいちゃんと鬼ごっこしたよ。楽しかったね、アリス」

「おにいちゃんたら、必死で追いかけてくるんだもん。ふふ、楽しかったわ、ありす」

「鬼ごっこねぇ……」

そう、鬼ごっこ、ただのレクリエーションだ。
問題はないだろう。

「ナカオ(仮)は鬼だったのですね。問題ありません、私は鬼でも貴方を受け入れます」

ラニさん、意味わかってないなら黙っててお願い。

「――別案件、不純異性交遊確定」

冤罪だよ裁判長――!

「荒い息遣いで捕まえたのは、さっきの鬼ごっこの延長だとして、おやつを全部食べられちゃったのは本当?」

「うん、おにいちゃんたら、おいしいおいしいって」

「いっぱい食べたのよ。びっくりしたわ」

「食い意地が張っていることはわかりきっていることだし――確定ね」

待って裁判長。
おやつを全部食べたのは俺じゃない。
真犯人は奴だ。

その罪をさらけ出すために、バカネコを指差す――!



【探さないでください】

いないだと――!?



さっきまでネコ缶を貪っていた検事席にあるのは、『探さないでください』と書かれた看板のみ。
アイツ、どこへ逃げやがった――


「シャー!失せろ幼女!」

「きゃあ、ネコさんが牙を剥いたわ。どうしよう、アリス」

「甘い物をあげればきっと落ち着くわ。チョコをあげましょう、ありす」

骨肉の縄張り争いが再発していた。
ネコ科にチョコとはアリスはやる気満々だ。

落ち着けネコ。
ありす達の何が気に入らないんだ。

「少年、こいつ等は3回戦で倒すべき敵にゃ」

だとしても、敵意が強くないか。
どうしたんだ。

「優しいおにいちゃん、遊びましょ?」

「暖かいおにいちゃん、一緒に行こう?」

そう言って、いつかと同じようにありすとアリスが手を繋ぎ、こちらを迎え入れるように手を差し伸べる。

やばい、これはあのときと同じ――!

――逃げろ、遠坂!ラニ!

「え、え?」

「ナカオ(仮)、何が起こると――?」

せめて彼女達には逃げて欲しかったが、もう遅い。

景色が歪み、切り替わる。

机は瓦礫に。
天上は虚無に。
教室は牢獄に変わる。

いつかのような草原ではなく、瓦礫の転がる暗い荒野に変わった。
空を見上げると、真っ黒な空間がどこまでも続き終わりは見えない。
教室の壁もまた、空と同じく終わりの無い黒へと変貌している。

「何よこれ、強制的な転移……?」

「いえ、あの場を閉鎖空間に書き換えた、といったところでしょうか」

遠坂とラニも様変わりした空間に驚愕している。

「ねっねっアリス!あのこも呼んでみない?」

「そうね、ありす。いい考えだわ」


「「一緒に遊びましょう、ジャバウォック!!」」

『■■■■■■■――!』


ありす達の呼び声に答えたものは、凄まじい音量で響き渡る獣の如き叫び声。
遥か上空から響いたソレは、段々音量を増し、ついに地面へと落ちてきた。
ソレは尋常じゃない質量を誇り、着地と同時にこの閉鎖空間の床を砕き舞い上がらせる。
砕かれた床の巨大な破片が一瞬浮かび、重力と共に再度地へ沈む。
それによって巻き上がった砂埃が、落ちてきたソレを隠したせいで、いまだソレの全容はわからない。

だが、見えなくても感じることができる。
ソレの圧倒的威圧感と暴力的な殺気を――!

「……まったく、冗談じゃないわ」

「……」

遠坂は言葉にしながら、ラニは無言のまま、落ちてきたソレを警戒する。
魔術師として上位にいるであろう2人からみても、あれは脅威なのだろう。

そして、舞い上がった砂が地面に落ち、ソレの姿が露になった。


『■■■■■■■!!!』


到底人語とは思えない野太い獣声。
盛り上がり、山のように隆起した筋肉。
鋼の如く堅牢な、赤銅色の肌。
爛々と発光し輝く円形の瞳と、大きくせり出した牙。

二足歩行の手足から人型と言えなくも無いが、あれを人だとは口が裂けても言えないだろう。

あれは――悪魔だ。

びりびりと大気を振るわせる叫び声に、とてつもないプレッシャー。
あれを悪魔と言わず、なんと言えばいいのか。

「おにいちゃんと遊びたいけど、おねえちゃんたちはいらなーい」

「潰しちゃえ、ジャバウォック!」

あの悪魔を前にして、ありす達は何一つ変わらない。
無垢なままに、笑顔のままに、あの悪魔を暴れさせる。

「――こんなことになるなんてね……ランサー!」

「おう」

「――バーサーカー」

「■■■■■■!!」

遠坂の前に、何時か会った青い鎧の槍兵が。
ラニの前に、筋骨隆々の中華風の武人が現れる。

「不本意だけど……ここは共闘といきましょう、ナカオ君」

「あの存在は危険だと判断します。共に闘ったほうが効率的でしょう、ナカオ(仮)」

差し出された提案。
それはこちらも望むところだ。

――あぁ、共に戦おう。行くぞ、ネコ!

「にゃふー!」




「頼んだわ、ランサー」

「まさか聖杯戦争で共闘とはな。しかも敵はバケモンときたか。いいね、悪くねぇ。あの坊主の近くにいると愉快なことだらけだな嬢ちゃん!」

「余計なこと言わない!」

真紅の長槍を目にも留まらぬ速さで回し構えるランサー。
敵を見る目は鋭く、口に浮かべた笑みは不敵で、どんな逆境でも笑って跳ね返すような頼もしさがある。


「この状況を打開します。突き進みなさい、バーサーカー」

「■■■■■■!!」

ラニの静かな声に答える叫び声。
ありす達の悪魔に匹敵するような威圧感を伴う怒号。
その盛り上がった背中と長柄の武器を構える様は不動明王を思わせる力強さがある。


――やるぞ、ネコ。

「にゃっふっふ。幼女め、ぼっこぼこにしてやんよー!」

霞むような速さでフリッカージャブを振るうネコ。
どうみても手が短すぎて圧倒的射程不足。
身長にいたっては、バーサーカーの膝下にすら届いていない。





「行って、ランサー!」

「さぁ、やろうぜバケモン――!」


「バーサーカー」

「■■■■■■ーー!!」


ネコ――!

「にゃふー!」


人ならざる速度を持って、戦場へと駈ける。
サーヴァント達が、マスターの声に答えて風になる。

青い疾風と、凄まじい暴風と、扇風機ぐらいのそよ風が、ありす達の悪魔に迫る――!



















――俺達だけジャンルが違う気がする。





~あとがき~
兄貴と三国無双とネコ科(?)が並ぶ光景プライスレス。



[33028]
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/01/22 19:18
それはまさに人智を超えた戦いだった。

「■■■■■!!」

振るった武器の風圧で、大地が砕けるほどの威力を生み出すバーサーカーの剛腕。

「はっ!」

その剛腕の生み出す暴風の中を、縦横無尽に駆け巡るランサーの速度。

『■■■■■ーー!』

そして、それらを受けながらも、倒れることの無いありす達の悪魔。

目の前に繰り広げられる戦いは、まさに神話に謳われるような闘争だった。

「■■■■■!!」

バーサーカーが、手に持つ長柄の武器を袈裟斬りに振り下ろす。
それに対し、悪魔は握りこぶしで迎え撃った。
刃物に対する素手の迎撃。
普通ならば、素手が切り裂かれて終わるだろうが、この戦いに限っては常識など通用しない。
ぶつかった両者の攻撃は、ガキンという鋼同士がぶつかり合う音を発生させた。
そしてそのままぎりぎりと、互いの膂力をぶつけ合う。

一瞬の停滞。

それを見逃すような戦士はここにはいない。

「ふっ!」

短い呼吸で繰り出されたランサーの刺突。
真紅の槍が霞んだと思った瞬間、悪魔の脇腹に6箇所も大きな傷が生まれていた。
一呼吸の間、視認すらできない神速の六連撃。

バーサーカーが正面から打ち合い、ランサーが攻防の隙間を縫う攻撃。
それらは打ち合わせの下にある連携ではない。
むしろランサーもバーサーカーも互いを気にしてなどいない。
バーサーカーの攻撃は、ランサーの移動経路を考慮した物ではない。
ランサーもまた、悪魔の攻撃を無理矢理バーサーカーに押し付けるような動きで立ち回っている。
しかし、ランサーとバーサーカーは互いを無視しながらも、不思議と連携がとれていた。
見惚れてしまう。
目を逸らすことなどできない。
それほどまでに鮮烈で、それほどまでに苛烈。

自分も戦場にいることを忘れてしまうような、圧倒的存在感。

だが、彼女等はそんな戦いを前にして、彼等と共に闘っている。

「ランサー、援護するわ!コードキャスト・速力強化!」

「押し潰しなさい、バーサーカー。コードキャスト・筋力強化」

激烈な戦いをさらに彩るように、少女達の魔術が放たれる。
その魔術もまた、英雄に相応しい奇跡。
コードキャストを放つ速度も、行われる援護の回数と持続力も、俺のそれを遥かに越える高嶺に存在している。

彼女達もまた、英霊の相棒足りえる存在なのだ。

そんな遥か彼方の存在達を前にして俺は――闘志を燃やしていた。

確かに彼等、彼女等は、俺とネコの二人より遥かに高いレベルを持っている。
だが、そうだからといって、何もしないまま立っていることなどできない。
目の前にある闘争は、俺が、俺とネコがいずれ越えなければならない闘争なのだ。
何時か訪れる至高の戦いなのだ。

ならば、臆することなどできない。
俺は、いつかあれを越えなければならない。
いつか越えるために、今できることを模索しなければならない。

そうだ、今は脆弱な己であっても、いつかあの高嶺へ辿り着けると証明してみせる――!


――だから!


今、俺達のできることを!いくぞ、ネコ――!

「それでこそあたしのマスターだぜ、少年――!」

うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」












――頑張れ頑張れ!出来る出来る!絶対出来る!頑張れ!もっとやれるって!やれる!気持ちの問題だって! 絶対に頑張れ積極的にポジティヴに頑張れ!

「諦めるにゃよ!諦めるにゃお前!どうしてやめるにゃそこで!もう少し頑張ってみるにゃ!駄目駄目駄目駄目諦めたら!ネバーギブァッ!」

「手伝いなさいよ!」










いや、だって遠坂。あの中にネコが入っていけると思うか?

「あたしに死ねと?」

「うっ、それはまぁ、確かに、無理っぽいけど……だからって応援だけってどうなのよ。ほら、アトラスの錬金術師、あんたからも何か言ってやりなさいよ」

「……これが、応援。こんなにも暖かい気持ちになるなんて初めてです。もう何も怖くない――」

「死亡フラグを立てるなー!」

安らかな笑顔をありがとうラニ。
それはさておき――どうだネコ。脱出口は見つかったか。

「んー。もうちょっと待って欲しいにゃ。前回と違って今回は閉じ込めることに力注いでるみたいでにゃかにゃか境界がわからにゃいのよ」

そうか、そのまま頼む。
そういうわけだ、遠坂。
悪いがもう少し時間を稼いでくれ。

「え、あ、うん。……遊んでたわけじゃないのね」

見たところランサーとバーサーカーで十分に優勢だからな。
あの中にわざわざ戦力を投入しなくても大丈夫だろう。
俺達は脱出法を探る。

「そうね、それが適切だわ。でも――わたしのサーヴァントを舐めないでよね」

「あの程度の敵、障害にすらなりえません」

『■■■■■ーー!』

一際大きい獣声が響く。
それは断末魔の叫び。
その声に視線を向けると、映った光景は勝敗の決した場面だった。
バーサーカーの大槍が悪魔の首を撥ね上げ、ランサーの刺突が悪魔の心臓を穿っている。
……脱出方法なんていらなかったかな。

「ま、わたし達の敵じゃなかったってことね――ランサー?どうしたの?」

「バーサーカー?」

勝負はついたと俺達は思っていたが、サーヴァント達は違うようだ。
ランサーはその表情を憎憎しげに歪め、バーサーカーは無言のままに警戒をとかず、バカネコはネコ缶の蓋を舐めている。
とりあえずネコ缶の蓋をとりあげた。

「ランサー?」

「ヤロウ……気にくわねぇ……」

ランサーが悪態を吐いたその瞬間、首なしの悪魔が動く。
刎ねられた首の断面が蠢き――首が生える。
穿たれた胸の穴が隆起し――穴が埋まる。

『■■■■■ーー!』

一瞬で致死量のダメージがなくなった――!?

「うそでしょ、あの傷を――!?」

「……そんな」

遠坂もラニも、もちろん俺も驚愕を隠せない。
確実にあの悪魔は一度死んだ。
にも関わらず、今はその死がなかったかのように活動している。
つまり奴は、サーヴァント2騎と戦える能力に、さらに死をも覆す超再生能力を持つバケモノだということ――!

「チッ!どうやら『アレ』はそういう『ルール』らしい。時間は稼ぐ。この状況を覆すのはマスターの仕事だぜ、お嬢ちゃん!」

「くっ……わかった、お願いランサー!」

「バーサーカー、行きなさい」

「■■■■■!!」

ランサーとバーサーカーが再度悪魔と突撃する。
ランサーの言った『ルール』という言葉が引っかかる。
あの悪魔を打倒するには、特別な何かがいるとでもいうのか。

「ナカオ君、ここは逃げの一手しかないわ。脱出口の探索、急ぐわよ」

それしかないだろう。
ネコ、どうだ。境界は見つかったか?

「んー。もうちょいでにゃんか見つけそう」

続けてくれ。

さて、どうする。
逃げるにしてもまだ時間がかかる、あの悪魔の打倒はできそうにない。
俺にできることは――?

「おにいちゃん」

戦いの喧騒の中、その声は真っ直ぐに俺を貫いた。
青い服のありすが、傍で続くサーヴァント達の闘争に目もくれず俺だけを見ている。

「むりだよ?おにいちゃんたちにあの子はたおせないわ」

心の底からそう思っているのだろう。
ありすの顔には、侮蔑でも嘲笑でもなく、本当に心配していると言いたげな表情が浮かんでいた。




視界が狭まる。激闘の音は虚空に溶け、死闘の光景は彼方に消える。
ありすだけが俺の目に残る。

「ねぇ、おにいちゃん。わたしね、おにいちゃんの夢を見たの」

夢を見た――その言葉に、昨夜見た真っ白な光景が頭に浮かぶ。

「おにいちゃんにはなんにもない。真っ暗な場所でなんにもなくて、泣いてるの」

彼女は真っ白な場所で泣いていた。何も出来なくて、泣いていた。

「キツネさんが遠くからおにいちゃんを見ていたけど、それだけ。あの暗い場所でおにいちゃんのそばに行けて触れることができるのはわたしだけ」

彼女を見ていたのは無機質な機械だけ。あの機械だけが少女の鼓動を刻んでいた。

「だからね、おにいちゃんとわたしは同じなの。ありすとおにいちゃんだけが同じ仲間なんだよ?」

あの孤独を、あの虚無を、彼女はずっと抱えていた。

「うん、だから――いっしょにいこう?」

あぁ、一緒に――――






「男子滅殺拳!」

――鋭い痛みが下半身を突き抜けて骨髄を巡り脳髄を侵食する激痛は脳幹を食いちぎりながらサンバダンスを嗜んで吹き飛ぶ光が視覚を蹂躙して星がみえまスターーーーー!?

「にゃっふっふ。その股座にジェット噴射アッパーにゃ。いつもより8割ほど手加減してる峰打ち仕様だぜ!」

何をしやがるバカネコ!
お前のまん丸ハンドのどこに峰がある!?
死んでしまう!俺の男子が死んでしまう!

「うわぁ……すごい汗だけど大丈夫?」

「内股ですごくぷるぷるしていますよ、ナカオ(仮)」

大丈夫なわけがないだろう!
英霊ですら一撃必殺の禁じ手だぞ!?

「それはまた……でも、そのバケネコに感謝しなさい。貴方、あのままだとあの幼女に殺されていたわよ?」

……どういうことだ、遠坂。

「精神に直接アタックされたみたいね。随分とエグイ攻撃だわ」

ありす達を睨む遠坂の瞳は鋭い。
ラニも無言ではあったが、どこか怒りを込めた眼差しでありす達を見ている。

「むー。もうちょっとでおにいちゃんを連れて行けたのに」

「おしかったね、ありす」

「シャー!これだから反則幽霊は!さっさと成仏しやがれ南無阿弥陀仏ー!」

「きゃあ、ネコさんが牙を剥いたわ。どうしようアリス」

「ふふ……ジャバウォックに牙を抜いてもらいましょう、ありす」

「まじ怖いんですけどこの幼女!?とうとう化けの皮を剥いできやがったにゃ!」

ネコと口喧嘩をしているありす達を呆然と眺める。
あんなに楽しそうに笑顔を浮かべる少女達が、遠坂の言う恐ろしい攻撃をしていたことに背筋が凍った。

「ねぇ、おにいちゃん。あの子を倒すことなんて無理なんだから諦めたら?」

黒い服のアリスがこちらに提案する。
その顔はありすとは違う、冷たさを宿した表情。

「そうだよ、おにいちゃん。あの子をたおすには『アレ』がいるもの」

ありすの言葉に遠坂とラニの瞳が鋭くなる。

――『アレ』。

その言葉を逃さない。
ありすの言葉は、現状では俺達があのバケモノを倒すことはできないというアリスを肯定したもの。

だがそれは、倒せる方法があるということにほかならない――!

「……内股で格好つけられてもねぇ」

「ぷるぷるしてますよ、ぷるぷる」

そこに触れないでくれ遠坂&ラニ。
それはともかく、光明が見えた。
あとは彼女達から『アレ』の情報を聞き出すのみ――!

「そう簡単に喋るかしら」

我に秘策ありだ、任せてくれ遠坂。




――ありす!

「なぁに、おにいちゃん」

いつかの約束を果たそう。

「約束?」

あぁ、お菓子を買ってきたんだ。
これをプレゼントしよう。

「ほんとう!?わぁ、ありがとう!」

あぁ、だから……



『アレ』って何のことなのか教えてくれ――!

「アホかー!」

ぐはっ!?



痛いじゃないか遠坂。
ただでさえ禁じ手の痛みが消えていないのにガンドを打ち込むなんて。

「そんな提案で情報が聞きだせるわけがないでしょうっ!」

「ナカオ(仮)……」

「ほら、ラニだって呆れてるわ!」

「――私も欲しいです」

「そうじゃないでしょ!?」

すまないラニ。
俺の経済状況ではありす達の分しか買えなくてな。

「……残念です」

「もうやだこいつ等」

泣くな遠坂。
大丈夫、次はちゃんと遠坂とラニの分も用意するから。

「そこじゃないわよ!」

「ふふ、残念だけどその対価じゃちょっと足りないわ、おにいちゃん」

「ほら、黒い方なんか嘲笑してるじゃない――」


「ありがとう、おにいちゃん!えっとね、あの子をたおすには『ヴォーパルの剣』がいるんだよ」

「ちょっ、ありす!?喋っちゃだめっ!」

そうか。ありがとう、ありす。
どうだ遠坂。俺の交渉術は。

「……えぇー……」

さて、俺の華麗な交渉で情報も得たことだし――ネコ、道はどうだ。

「にゃっふっふ。既に見つけてるぜ少年」

さすがだ。
お前からの見つけたという合図を信じて、背水の陣で交渉をした甲斐があったな。

「さっきからバケネコが黙ってリンボーダンスしてたのはそういう意図だったのね……」

その通りだ遠坂。
どうだ俺達の暗号化されたやり取りは。
ありす達を出し抜けたぞ。

「むしろ誰にもわからないから。リンボーダンスが合図とか想定する奴なんていないから」

「そろそろ脱出するにゃ。サーヴァントを近くに呼び戻すにゃ!」

「……なんかやるせないわー……ランサー、戻って!」

「バーサーカー、戻りなさい」

遠坂とラニの呼び声に、2人のサーヴァントが戻ってきた。

「それじゃ脱出するにゃ!真祖ワーーーーーープ!!」

景色が歪む。
無限の荒野は遥か彼方に。
幼い少女達と獣の如き悪魔を残し、俺達は掻き消えた。






「む~……おにいちゃん、にげちゃった」

「また一緒に遊べるわ。楽しみにしましょう?それで、おにいちゃんがくれたお菓子ってなんだったの?」

「えっとね……ブラック○ンダー」

「……それを2個しか買えないおにいちゃんの経済状況って……」

「はむはむ。でもおいしいよ?はむはむ」

「あ、一人で食べないでよ、ありす。あたしも一緒に食べるわ」









景色が切り替わる。
弾劾裁判が行われようとしていたあの教室へ戻ってきたようだ。

「う~、この転移、気持ち悪いわね……」

「……う……得がたい、経験ですね……」

遠坂とラニも傍にいる。
ランサーとバーサーカーは見えないが、心配していない彼女達から察するに、霊体化しているのだろう。

それはさておき、まずは彼女達に謝らなくてはならない。
あの状況に巻き込んだのは俺なのだから。

――すまない、二人とも。巻き込んでしまった。

「もう、終わったことは蒸し返さないの。そんなことよりナカオ君――ものすごくやつれてるけど、大丈夫?」

「――1ヶ月断食したみたいになってますよ、ナカオ(仮)」

ああ、気にするな。大丈夫。
ちょっと魔力使い切っただけだから――燃え尽きちまったぜ、真っ白にな――

「全然大丈夫じゃないからそれ」

さすがに、6人でワープすると魔力消費がハンパじゃない。
ネコも疲れきって床で寝ている。

「まぁ、あの閉鎖空間から脱出するようなスキルならその対価も当然でかいか……それはともかく、貴方の対戦相手……あの子達についてなんだけど」

ありす達か。
とんでもないサーヴァントだったな。
倒してもすぐ再生するなんて、なんてバケモノだ。

「……それ、割とそこで寝てるサーヴァントにも当てはまらない?」

はっはっは。

――さて、どうやって倒したものか。

「わたしもそのバケネコの倒し方を知りたいわー……まぁ、それは置いといて。ナカオ君、勘違いしてるみたいだけど、あのバケモノはサーヴァントじゃないわよ」

「えぇ、おそらく……信じがたいことですが、『アレ』は使い魔のようなものでしょう」

待て待て。
あれが使い魔?
サーヴァント2騎と対等とはいかなかったが、十分やりあってた『アレ』がサーヴァントでないなんて――

「そもそも、おかしいのよ。あの閉鎖空間を作り出せるほどのサーヴァントが、あんな肉弾戦をしかけてくるなんて」

「そして、もう一つ。仮に『アレ』がサーヴァントだとしても、マスターが2人いることになります。それは絶対にありえない」

あの悪魔がサーヴァントでないとしたら――

「あの少女の一人……多分、黒い方がサーヴァントね」

「おそらく、キャスターでしょう」

アリスが――サーヴァント?
確かに、あの子は年の割りに落ち着いているが……

「間違いないと思うわ。『アレ』が再生する際、青い服の子から魔力が流れていた」

「そしてその際に、黒い服の方へも魔力が流れていました。青い服のありすが、『アレ』と黒い服のアリスへ魔力供給を行っていたのです」

ありすがマスターで、アリスがサーヴァント、か。

「あのバケモノを従えている上に、このセラフを書き換えるほどの魔術を使えるサーヴァントもとんでもないけど……本当に規格外なのは、マスターの方ね」

――ありすが?

ありすには年相応の幼さしか感じなかった。
遊ぶときも、お菓子を食べているときも、ふわふわとした笑顔を絶やさない少女。
そんな彼女が、遠坂の言うような規格外の魔術師とは到底思えない。

「……仮に、あのキャスターが異界を展開することに特化していたとしても、それを為すには結局マスターの『魔力』が必要なのよ」

「――聖杯が作り出したこのセラフを書き換えるとなると、通常の魔術師では体が持ちません。生きた人間では脳が焼き切れるでしょう」

生きた人間では、体が持たない。
その言葉を聞いたとき、脳裏に映ったのは、白い部屋の中で心音停止を表す機械の映像だった。

――遠坂、ラニ。もし……ありすがセラフに来た時に肉体を失っていて……精神だけの存在だとしたらどうなる?

「……なるほど。肉体がないなら身体的制約も無い……リミッターがないようなものね」

「そうだとするならば、彼女は己の限界を越えて魔力を生み出せます。その魂を削り、いつか消滅するまでは魔力を使い続けられるでしょう」

ありすの謎の正体が見えてきた。
彼女の肉体は存在しない――始まりで既に死んでいた。

……聖杯はなぜ、こんな少女を対戦相手に選ぶのか……

「……なにへこんでるのよ。倒すべき相手がとっくに死んでいたぐらい、自分の手を汚さなくてラッキーぐらいに思いなさいっ」

……そう簡単に、割り切れるものじゃない。
遠坂の言うように思うには、俺は彼女達に関わりすぎてしまった。
俺はどうすべきなのか、考えなければならない。
それは、あの子の対戦相手である俺の役目であり、やらなければならないことだ。

――ありがとう、遠坂。発破をかけてくれて。

「……べ、別にそういうのじゃないから。見当違いなことでへこんでるアンタにいらついただけよ!」

――あぁ、それでも、ありがとう。

俺のことを案じてくれた彼女に感謝を。
さきほどの言葉も、俺のためなのだと思うと素直に礼が言えた。

悩みも迷いも、今は捨てない。
この思いのままに進もう。

何もしないまま――後悔だけは、したくないから。

何をすべきかは未だ答えはないが、まずはあの悪魔を超えなければならない。

「ヴォーパルの剣、ね」

遠坂に頷きを返す。
とにもかくにも、まずはあの悪魔を倒すための武器がいる。
今はその名しかわからないが、指針があるだけましだといえよう。

「ヴォーパルの剣……師から聞いたことがあります。特定対象にのみ有効な魔術礼装ですね」

思わぬところから答えが来た。
探すべき答えはすぐ傍にいた。

――知っているのか、ラニ!

「はい。錬金素材『マカライト』があれば私が生成しましょう……協力すると言った約束を果たします」

これで武器を手に入れる目途はたった。
ならばやるべきは、素材の探索――!

「……マカライトならここにあるわ。ナカオ君、ここまで助けるんだから、絶対に勝ちなさいよ!」

――いいのか、遠坂。

「絶対に勝つのよ。それがこの素材の対価なんだからね」

遠坂とラニの協力のより、あの恐るべき悪魔を倒す道筋は見えた。
その果てにどうすべきか、それは俺が決めなければならない。

ここまで協力してくれた彼女達には感謝の念しかない。
だから、それを言葉にする。


――ありがとう、二人とも。












マカライトをラニへ渡し、数時間。
閉鎖空間の騒動があった教室へ来て欲しいとの連絡があった。
遠坂と二人、ラニが来るのを教室の中で待つ。

「にゃー、寝てたから早すぎる展開に追いつけにゃい」

ワープによって疲れ果てていたネコも、今は動ける程度に回復している。
ネコに今までの経緯を説明していると、教室の扉が開いた。

「お待たせしました、ナカオ(仮)。これが、ヴォーパルの剣です」

ラニのバーサーカーに運ばれ、ヴォーパルの剣が教室の机の上に置かれる。
どこか禍々しい威圧感を放つ剣。
その威圧感に、その剣がまるでとてつもなく大きい物であるような錯覚すら覚える。

「……ナカオ君」

遠坂もその威圧感に驚いているのか、どこか呆然とした表情で俺を呼んだ。




「これ……………………大きすぎない?」

ですよね。




いや、ちょっと待て。落ち着け遠坂。
それはきっと錯覚だ。
剣からにじみ出る存在感とかプレッシャー的な何かが俺達に錯覚を起こしているんだ。
そうだ、こんなでかい剣があってたまるか。
俺の身長よりもでかい剣があるはずがない。
これが剣だって言うのなら、まるで――

「それは剣というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった――」

おいやめろバカネコ。
バーサーカーしか装備できなくなっちゃうだろ。

ラニ、本当にこれがヴォーパルの剣なのか?

「がんばりました」

がんばりすぎだ。
何故こんなに大きくしたんだ。

「イメージ通りかと」

誰のイメージなんだ。
こんなドラゴンをころしちゃいそうな馬鹿でかい剣を――

「希望に沿えたと自負します」

「パーフェクトにゃ錬金術師!」

お前かよ。
何時の間にラニに注文したんだ。
そもそもこんな大きすぎる剣にしてどうするんだ。
どう頑張ってもお前の身長だと持てないぞ、バカネコ――



「この剣の効力を使用するにはマスターが剣を持って、あの敵へと刺す必要があります」

――ちょっと待て。



もう一度、言ってもらっていいかなラニさん。

「この剣の効力を使用するにはマスターが剣を持って、あの敵へと刺す必要があります」

――わんもあぷりーず。

「この剣の効力を使用するにはマスターが剣を持って、あの敵へと刺す必要があります」

――ふぅ。



助けて遠坂さん。

「がんばれ」

目を逸らさないでお願い。


どうするつもりだネコ。

「がんばれ!」

最高の笑顔をありがとう。
ぶっとばすぞ諸悪の根源。



……一応、確認するが、俺『が』この剣を『持って』、あのバケモンに『突き刺せ』と?

「はい。そうすることで打倒できるかと」

そうか、なるほど。
















――無理だ。



~あとがき~
つっこみが一人でもいるとビックリするぐらい書きやすい不思議。



[33028] 雪原の策謀
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/03/01 07:45
マイルームの床に鎮座する『それ』を眺める。
長大にして無骨。重厚にして剛健。
飾り気一つなく、ただ敵を屠るために存在するのだと言わんばかりの装い。

圧倒的存在感を醸し出す『それ』――ヴォーパルの剣。

ありす達の使役する悪魔を倒すため、必要不可欠にして唯一無二の武器。
しばし、その存在を己の心に焼き付けるように眺め、意を決する。
巨大な刃を支えるための、太く長い柄に手を伸ばす。
ゆっくりと添えるように柄へ触れ、両手で持ちやすいように掴む。
手に返ってきた感触は、剣の無骨さを表すかのように冷たく、味気ない。

息を、深く吐き、深く吸う。
自身の肉体、その頂点から底辺まで、それこそ髪の毛一本から毛細血管に至るまで魔力を充足させる。
全身の機能を限界まで底上げし、意識を鋭く冷たく研ぎ澄ます。
無駄な動きも感情も、一切を廃し、己を剣と一体化させるほどに集中する。

深く腰を落とし、重心を安定させ、己の力を溜めに溜める。
そして、体と心と意思を統一し――


溜めた力を爆発させ巨剣を一気に持ち上げる――――!!!






――1ミリも床から持ち上がらない。

「ぷにゃー!」






指を指して笑うなバカネコ。
さすがにでかすぎる。
魔術で身体能力を全力強化しても持てないのはしょうがない。

「その全力強化でのアイアンクローはらめぇ!頭パーンしちゃう!パーン!」

そもそもこんな巨大になったのはお前のせいだということを忘れないように。
さて、どうしよう。マジで。
何も考え付かないんだが。

「もう一回造り直してもらうとか」

マカライトがもうない。

そもそもラニも遠坂も次の決戦で忙しいからな。
ここまで手伝ってもらったうえに、さらに時間を貰うことなどできんよ。

「妙なところで律儀だにゃ、少年」

本来手伝ってもらえるだけでもありがたいものだ。
自分のサーヴァントのやらかした不始末に巻き込むわけにはいかないだろう。

「そうだにゃ。自分のケツは自分で拭くもんだぜ!」

そのケツを汚したのはお前だよバカネコ。
さて、本気でどうしよう。
礼装は持ち運ぶだけなら電子化すれば重さはない。
他の礼装も普段は電子化――ただのデータとして端末に収まっているので場所もとらないし重さも感じない。
だからこの剣も、ラニにもらってからマイルームに持ってくるまでは簡単だった。
だが具現化してみれば、床に沈むこの現状。
俺の持てる全ての力を総動員しても一ミリも動かせない。

この現状から考えつく作戦としては――

無手の状態のままネコのワープで接近し、至近距離で剣を具現化するとか……

「でも結局、剣を刺す必要があるにゃ。刺せるの?」

――無理。

具現化した瞬間地面に落とす光景が目に浮かぶ。
ならば……ワープ先を空中にして、剣先を下に向け、自由落下で刺すか――?

「ん~……それは賛成できにゃい。少年もわかってるはずにゃ」

……時間と距離、か。
礼装の具現化には端末を操作する必要がある。
端末の操作時間を考えると、かなり上空にワープしなければならない。
その分自由落下には時間がかかり、奇襲にはならない。
その上、距離があるせいで敵は回避にしろ迎撃にしろ選択肢は多くあるだろう。
重さのせいで空中では身動きが取れないだろうし、こちらの攻撃は一直線になってしまう。
そんな単純な攻撃が通用する、なんて楽観的に考えることなどできない。

……だめだ、まったく有効な作戦が頭に浮かんでこない。
この剣をこのまま利用できる作戦なんてあるのか?

そもそも、なんでこんな大きさにしたんだ。
命に関わることでのおふざけは流石に笑えんぞ。

「……ぶっちゃけ、少年が剣を持つこと自体、あたしは反対にゃ」

……だから、持てないほどに大きくしたのか。

「ん。あの使い魔に近づく行為は自殺となんら変わらんにゃ。それに……1回戦も2回戦も、少年は自分を前面に押し出した。それは、サーヴァントからするとやめて欲しいのよ」

心配されるのは嬉しいが……俺にも言いたいことがある。
俺はもう――お前と共に死地へ行くと決めたんだ。
隣を歩くぐらいさせろバカネコ。

「………………にゃっふっふ。戦闘後にうじうじしてた坊やが良く言ったもんだにゃ。反抗期?」

成長期だよ。言わせんな恥ずかしい。
まぁ、サーヴァントが心配してくれたんだ。
この剣を使って無傷で完勝してやろうじゃないか。

そのために……この剣をどう使うか考えなければな。

「少年がそこまで覚悟してるにゃら、一つ、裏道を教えよう。道具を改竄して、造型を弄ってしまえばいいにゃ。ムーンセルの用意した礼装とかオブジェクトは完璧すぎて少年の技量じゃどうにもできにゃいけど、その剣は穿いてない錬金術師が作ったもんにゃ。付け入る隙はあるはずにゃ」

――それだ。

思うが侭に、望む形に変えればいい。
俺の、自分自身の力で切り札を創ればいい。
遠坂のおかげで基を得て、ラニのおかげで型を成し、俺の力で形を創る。
あの2人の力に縋るだけじゃない。
自身の力を加えて、必殺の切り札をこの手にするんだ。

そのために、『ヴォーパルの剣』に触れる。
この礼装を書き換えるため、存在を解析する。

構成を読み解き、情報を理解し、状態を見極め、隙を見出し、改竄を施す――!



――あ、無理だこれ。構成ガッチガチすぎて手の施しようが無い。

「穿いてない錬金術師は格が違った」



改竄は無理だ。ラニの術式が完璧すぎて上書きはできない。
弄れそうな部分といえば――剣の形ぐらいか。

「にゃ?形を弄れるなら十分じゃにゃいの?この長さを短くすればいいにゃ」

形は弄れても、存在の基礎……簡単に言うと、体積と重量は変わらないんだよ。
つまり、刃を短くするなら、短くした分だけ刃の厚みを増すか幅を広くしてしなければならない。
それに、どんな形にしようが、結局重さは変わらないから持てない。

「……やばい?」

やばい。
どうしようもなく詰んだ。

――最後にもう一度だけマーボーが食べたかった。

「諦め早いにゃ少年!?頑張れよ!できるできるきっとやれるって!」

無理だよダメだよできっこないよ。

「一回戦のうじうじボーイよりダメダメににゃってる――!?成長期どころか退行してやがるにゃー!」

上がった株はいつか下がるもんだよ。その前が売り時。

「今の少年は下がりっぱなしでデフレスパイラルにゃ」

だから――脱却するために一石投じなければならないな。

「むむ?にゃんか思いついた?」

ああ。いつもの如く、お前に無茶してもらうことになるが――頼むぞ。

「にゃっふっふ。いつもみたいに自信なさげに聞いてこないあたり成長したかにゃ」

信頼してるってことさ。
さて、お前にやってもらうことは――――――












三回戦の決戦場に立つ。
今回の戦場は、アリーナと同じく極寒の大地。
大地は雪で白く染まり、風は吹雪となって身を引き裂くような冷たさを帯びている。
立っているだけで体力を奪われ、深く積った雪は歩くことを阻害する。
この環境も敵と言えるだろう。
時間はかけられない。速攻で動かなければ、いずれこの冷気に殺される。

今回は、対戦者に先駆け戦場へ来たので、この決闘場は静かさに埋もれている。
彼女達が来るまで少しばかりあるこの猶予に、戦いの準備をしておこう。
礼装『ヴォーパルの剣』を具現化する。
音も無く俺の手元に現れた巨剣は、その重さに従い大地へと文字通り沈んだ。
過大な重さが雪を押し潰して沈み、舞い荒れる吹雪によって沈んだ部分が埋もれていく。
少し待てば、大地へ垂直に突き立つような格好になった。
刃のほとんどは雪に埋もれ、柄が俺の腰ぐらいの位置にある。
剣は雪に埋もれほとんど隠れているが、見えている部分の刃の分厚さと広さは剣が巨大であることを隠さない。
この剣の埋もれ具合から、積った雪は俺の身長を遥か凌駕する量であると推測できる。
アリーナの様子から、決闘場も雪原だろうと予想していたが、まさに『想定通り』であった。
試しに柄を持って引き抜こうとしてみるが、やはり動かない。
剣自体の重さと、埋もれたことによる雪の重みが加味され、もはや俺の力では毛先ほども動かないだろう。

まぁ、ここまでは想定どおりだ。
わかりきっていたことだ。
俺にはこの剣を持つ資格なんてないってことは、わかってたんだ――

「涙拭けよボーイ。凍ってツララみたいににゃってるぜ」

鼻水拭けよバカネコ。鼻水ツララが牙みたいになってるぞ。
涙がでるのもしょうがない。剣を持って戦うことは全ての男の子の憧れなのだから。

「だとしても『そんな剣』持って戦う奴いたら指差して笑ってやるにゃ」

それは言わぬが華ってやつだ。
『こんな剣』があったら確かに爆笑ものだが。

――と、雑談は終わりだ。来たぞ。

「■■■■■■!!!」

何時かと同じように、頭上から獣声が聞こえる。
遠くから響くように広がった咆哮が、段々と大きくなり、こちらを押し潰すような圧力になる。
遥か彼方から、尋常じゃない質量と速度を伴う『ソレ』は、何時かと同じように空から落ちて大地を砕く。
前回と違い、舞い上がったのは土埃ではなく雪。
舞い上がった雪は、光を反射し輝く。
輝きに照らされる赤銅色の悪魔の威圧感は、いっそ神々しさすら感じさせた。

「■■■■■■!!!」

再度の咆哮。
ビリビリと空気が振るえ、悪魔を中心に波紋が白銀の大地に広がった。

「相変わらずぶっとんでるにゃー」

ネコの軽口に頷く。
何度見てもあのバケモノに慣れることは無いだろう。
俺達からおよそ300mほどの距離に落ちたというのに、その衝撃は俺達を貫いた。
あの悪魔は近接攻撃しか持たないが、この距離であっても生きた心地がしない。


『『こんにちわ、おにいちゃん』』

声が、頭に響いた。
空気を介した言葉ではなく、直接精神に呼びかける幼い声。
伝わってきた、波動のようなものを辿って視線を動かす。

声の主達は、落ちてきたバケモノのさらに後方、雪原の向こうにある巨大な城にいるようだ。
氷によって構成された白亜の城。
その城の上部、この雪原を全て見通せるような高さにあるテラスに少女達の姿が小さく見える。

『わぁ、大きな剣。ヴォーパルの剣、見つけたんだね』

『フフ……でも重過ぎて、おにいちゃんたら持てないのね』

『『意外と貧弱?』』

はっはっは。

――待ってろ小娘共。全力強化した力でお尻ペンペンしてやる。

「にゃっふっふ。その光景はバッチリ録画してやるぜ!」

やめてお願い。PTAに殺される。

雑談はここまでとして――ありす達、俺は正直に言うと、君達と戦いたくない。
この戦いを止めることはできないか。

『……おにいちゃん、わたしは――』

『フフ、戦いを止めたとしてどうするの?ここのルールはソレを許さないわ。ずっと此処であたし達と居るつもりかしら。それはそれで大歓迎だよおにいちゃん』

まぁ――そうだよ、な。

『それは夢想にすらなれないわ。おにいちゃんの言葉に可能性は無い。とても矮小な――自己満足の願望よ』

手厳しいなアリス。
確かに有得ないことを言った。
だが、言ってみるだけならタダだ。
それに、無駄であろうと……手を伸ばすか伸ばさないかは大きな違いだ。
例えそれが矮小な願いであっても、俺は最初から諦めたくない。

『……生意気。でも、いいわ。許してあげる。ありすがおにいちゃんを欲しがっているから。ふふ、あたしもね、おにいちゃんともっと遊びたいのよ。可愛がってあげる』

『あ――まって、アリス。わたしは――』

『行きなさい、ジャバウォック!四肢をもぎとって動けなくするのよ!』

「■■■■■■!!!」

アリスの命令にバケモノが吼える。
深く積った雪を跳ね飛ばし、まるで雪など障害にならないのだと言わんばかりに愚直にこちらへ突進してくる。

――ネコ、頼んだ。

「任されたにゃ」

短いやり取りで、ネコはバケモノへとジェット噴射で飛び向う。
ありす達と話すにはあのバケモノを越えなければならない。
この戦いの結末がどうなるか、どうしたいのか――それは未だにわからない。
だが、例え結末が望まないモノであったとしても……それを求めないまま終わることなんかできない。
何もしないまま、諦めたまま立ち止まるなんてできるはずがない。

だから――!

コードキャスト・空気撃ち【三の太刀】!

圧縮した空気の塊をバケモノの進路上に叩きつける。
一の太刀と比べ射程の増した三の太刀による魔術は、狙い通り遠方のバケモノが踏み出した足の前の雪を押し潰す。
そして、そこにあるべき雪の抵抗がないバケモノの足はバランスを崩しよろめく。

今だ、ネコ――!

「にゃふー!どう?あたしと一緒にワニ園へランデブーしにゃい?」

ネコがジェット噴射の勢いのままバケモノへと突撃する。
バケモノの胸へとぶつかり、回転をしながらその胸を穿つ。

『■■■■■■!!!』

「恥ずかしがるにゃよモンスター。大丈夫。お前にゃらワニにも負けないマスコットにだってにゃれるさ」

胸を削るネコを捕まえようと、両腕で抱き込むようにバケモノが動く。
だが、ネコは捉えようとする腕をヌルリとすり抜け上昇。
その勢いのままバケモノの顎を打ち抜く――!

「キャットアパカーッ!あたしだって波動昇竜竜巻キャラになれる、そう思った時期がありました」

顎を打ち抜かれたバケモノが大きく仰け反る。ぐらりと後ろへ傾くが倒れることは無い。

『■■■■■■!!!』

バケモノが腹筋で無理やり上体を戻し体勢を立て直す。
そして、空中にジェット噴射で浮かぶネコを睨みつけ大きく吼えた。

「今のでノーダメとかヘコむわーマジヘコむわー。スーパーアーマー付きで自動回復とかどこの12Pカラーにゃてめー!」

空中を旋回するネコをバケモノは一心不乱に追う。
怒りのままに届かない空へと手を伸ばすその愚直さはまさに獣だった。
少し離れた場所で棒立ちする俺のことはもはや眼中になく、攻撃をしたネコを第一の目標としたようだ。
俺は傍に在るヴォーパルの剣の柄を握り、『その時』を待つ。
策を練った、そのための準備をした、あとは相棒がやってくれることを待つだけだ。

「ねぇどんにゃ気持ち?必死に手を伸ばしても届かにゃいってどんな気持ちにゃの?」

空中をあっちこっちへと飛び回るネコ。
その姿は正に蝿に勝るとも劣らない。

「にゃー!それ褒めてるの?あたしの華麗な空中演舞を称えてるの?」

輝いてるよ。まるで火に誘われた虫みたい。

「その輝き燃えてるからじゃねーか少年。つまり命を燃やして飛ぶあたしは儚い生命に輝く蝶ということにゃのね。実にバタフライ」

前向きだねお前。
そうだな、本当に昆虫のような不規則な飛行だよ。実にドラゴンフライ。

「トンボじゃにゃいか!?」

不規則に飛ぶお前を両手を上げて追う赤黒いバケモノを見てると、夕日に赤く染まった子供が不規則に飛ぶ赤とんぼを必死で追いかけてる様子が目に浮かぶよ。

「にゃにそれ牧歌的。無垢な子供をあざ笑うように飛ぶとか――ちょっと興奮」

捕まったトンボは無垢な子供の手の中で――グシャリ。

「にゃにそれ無常。あながち間違ってにゃいところが現実のつらいところ。二次元にいきたいあたし」

お前の理不尽さは多次元すら凌駕してるがな。
UFOもびっくりの直角軌道で飛行するとは、慣性とか加速度とか物理法則どこいった。

「にゃっふっふ。謎多きあたしに興味津々にゃのね。その秘密は――WEBで!」

ここ電脳WEBだから。

「つまり真実はいつも傍にあるってことにゃ」

犯人はこの中にいると同じぐらいうさんくさいな。

――っと、馬鹿話はここまでだ。
あちらさん、相当頭にきてるみたいだぞ。

『くっ――馬鹿にしてっ!なにやってるのジャバウォック!』

アリスの叱責に、悪魔の瞳が爛々と光る。
右足を前に出し、思い切り踏ん張りをつけ、跳躍の構えをとる。
張り詰めた筋肉がその溜めた力を爆発させれば、容易にネコのいる空中へと届くだろう。
そして、空中へ届くということはネコの敗北を意味し――その構えに俺達は勝利を確信した。

『跳びなさいっ!あのうっとおしいのを捕まえ――えっ?』

アリスの檄が――悪魔が消え去ることで止まる。

『え……きえ、た……?』

つい先ほど。
跳躍の体勢をとった悪魔が――消えた。
悪魔がいたそこには、いままでその存在があったことを主張するように、淡い光が漂っている。

この結果に、俺の考えた剣の造型が間違っていなかったことに安堵する。

「にゃふー!やったかっ!?」

やったさ。
ヴォーパルの剣は、あの悪魔に届いた。

「いやー。『あの剣』がうまく刺さってよかったにゃ」

まったくだ。
『あの形』で、正解だった。

最初はあんな『ぶっとんだ形』にするつもりはなかった。
装飾の追加などで体積を調整し、普通のサイズの剣にしようと思った。
重さはどうしようもないが、せめて持ちやすい形にしようと。
だが、普通の剣にしたところで、あのバケモノに突き刺す行為は変わらない。
そもそもあのバケモノに近づく時点で自殺行為だ。
ネコのワープを使えば相手の意表をつけるし、距離も一瞬でなくせるだろう。
しかし、相手の意表をつくとは、理性あるモノにしか通じない。
獣の如きあの悪魔では、意表をつく行動であろうがおかまいなしに暴れるだろう。
そして、一撃でも貰えばそれが死に繋がる。
ワープによる奇襲は成功率も失敗率も読めない博打になってしまう。
死中に活ありとも言うが、あのバケモノは所詮前座にすぎないのだ。
その程度の存在に毎度命を賭けていていては、この先の死闘で生き残れるはずが無いだろう。

だから、前座如き、笑って退けるぐらいやらなければならない。
あの程度の敵に命を賭けずとも勝たなければならない。
そう、ここは命の賭け時ではないのだ。

それは、弱腰に見えるかもしれない。
それは、臆病に見えるかもしれない。

だが、それは俺の覚悟だ。
何もしないまま格好良く立ち止まるのではなく……無様であろうと、格好悪かろうと、這いずってでも次に進むという意思だ。

故に俺は、考えた。
あの敵を完膚なきまでに無傷で倒す方法を。
あの程度、障害にすらならないと笑い飛ばす方法を。
そして閃いたのだ。



――長くしちゃえばいいじゃない。



『なんでジャバウォックが――!?』

ネコ、ワープでありす達の傍へ。

「にゃ。真祖ワープ!」

雪原の景色が揺らぎ、一瞬で氷の城のテラスへ切り替わる。
そこには、こちらを驚いた表情でみる白い服の少女と、ひどく狼狽している黒い服の少女がいる。

「なんで、どうしてっ!?あの子は無敵なのよ!?」

黒い服の少女――アリスは悪魔が急に消えたことにあまりに狼狽しているのか、俺達が近くへ来たことよりも先ほどの光景の理由を問いただしてきた。

――気づかないか、アリス。
あのバケモノが消えた場所を見てみるがいい。

「あれは……雪の中から剣先が――!?」

はっはっは。
刃の部分をカーブさせ、柄と剣先が平行になるようなU字型にしたんだ。
つまり、俺の横にまるで突き立つように見えている刃の先は、あの剣先まで繋がっているのさ。
刃を可能な限り薄く細く長くし曲線をつけるとなると強度が落ちるが、別に剣を叩きつけるわけではなく尖った先を踏ませるだけなら問題ない。

後は簡単だ。
ジャバウォックを誘導し、ほんの少し雪から出た剣の先っちょを踏ませればいい。
そう、先っちょだけ。先っちょだけでいいんだよ――!

「決闘場が雪原でよかったにゃ。じゃにゃいと、あの『すさまじい形』を隠せなかったし」

まったくだ。

「そんな……剣が、そんな変な形だなんて――!?」

そこは気づかれないように工夫した。
雪に隠れていない部分、俺の傍に突き立っている部分は、無骨で分厚い真っ直ぐな刃だ。
その見えている部分から、君達は巨大な剣が垂直に突き刺さっていると錯覚した。
そして、俺が巨大すぎる剣を扱えないから棒立ちで『何もできていない』と錯覚した。
実際は俺は剣を握り、罠にかかるのを待っていたんだがな。

「ちにゃみにあの剣。根元は見ての通りぶっといけど、雪に隠れてる部分は薄く細いにゃ。マジメルヘンにゃ形。ぷすー!」

こら、せっかく見えてないんだから黙ってなさい。
しょうがないだろ。
体積は変えられないんだから、刃を長くするならどっかを削らなければならない。
……俺もあの形が見えてたら笑いを我慢できる自信はないが。

「ところで少年――あれを錬金術師が見たらどう思うだろうにゃ?」

脅しかこの野郎。
決戦は秘匿されている。
ラニが見る事はできない。

「こんにゃところに高性能キャメラが――」

――ネコ缶2個で。

「――3個にゃ」

足元見やがって――いいだろう。

「にゃふー!」

――結局金を稼ぐために戦うのはお前だ。

「あるぇ?いつもと労力変わってにゃくね?」

そのかわりオシオキが増えたよやったねバカネコ。

「にゃん……だと……?」

「――ふざけないでっ!」

おい、怒られちゃったじゃないかバカネコ。

「え。あたしのせい?割と少年のせいじゃね?」

「決戦場がたまたま雪原だったから、こんなふざけた作戦に負けるなんて――」

一応、そのことも想定して決闘場に先入りしたけどな。
もし雪原じゃなければ穴を掘って埋めるつもりだった。
いままでの戦いで戦場が『傷つく』ことはわかっていたからな。
学園の強固なオブジェクトと違い、戦場のオブジェクトは簡単に破壊……いや、『干渉』できる。
ならハッキングで穴を掘るぐらいは造作もないさ。
まぁ、予想ドンピシャリで穴掘りの手間が省けたのはいいことだ。

とはいえ、あの悪魔が剣先を中々踏んでくれないから焦ったよ。
不規則な飛行のおかげでネコが同じ場所をぐるぐると回っていたのには気づかなかったようだな。

「いやー、地雷原の上を両手を上げて走りまわるモンスターにちょっぴり愉悦」

はっはっは。
顔のにやにやを馬鹿話で隠すのに必死だった。

「そんな――」

アリスは力が抜けたように項垂れる。
悪魔は倒した。
この少女達に直接戦う力はもうないだろう。

だから……

――ありす、もう戦いはやめよう。

「……」

白い服の少女――ありすはぼぅっとこちらを見ているだけで、反応がない。
どこか、遠くを見ているようで、吹けば飛ぶような、そんな淡い表情でこちらを見ている。

ありす、君を倒して終わり、なんてしたくない。

「……少年、それはだめにゃ。こいつらを倒さないと――」

すまん。少し、黙っていてくれ。
なぁ、ありす。
もう、戦いは――

「おにいちゃん。ありすは戦いなんてしてないよ?ありすは遊んでただけ」

その答えに、言葉を失う。
彼女は、戦いという意識すら持っていない。
誰かを倒す覚悟も、倒される覚悟も、何も……持っていない。

「わたしは遊んでいたい。それだけなの」

そういって微笑むありす。
その言葉に偽りなどなく、心の底からそう思っているのだろう。

「少年、こういうことにゃ。こいつにはそれしかにゃい。諭すことにゃんかできるはずがにゃい。『コレ』はその思いだけで動いている――」

――黙ってろ!コレなんて言うな!
ありす、君は遊んでいるだけかもしれない。だが、この世界は――

「うん。おにいちゃんがやめてっていうなら、そうする」

――ありす?

「……ほんとは、ね。わかってた。ありすには何にもない。もうすぐ、ぜんぶなくなるって」

なくなる、って、どういう……

「おにいちゃんの夢をみたあの日。思い出したんだ。ありすはもう、うごいてないって。あの白いへやで――しんじゃったって」

――っ。ありす、君は――!

「あのへやでずっとありすはモノだったの。しずかなモノ。だれもありすを人間としてみてくれなかった」

……夢にみた、あの白い部屋で。ありすは一人だった。周りにあったのは心音を計測する機械だけ。
彼女を心配する者など居らず、あったのは観測する物だけだった。

「でも、いいの。おにいちゃんに会えたから。おにいちゃんといっしょに遊べたから。すごく――すごく楽しかったよ。ねぇ、おにいちゃんは……楽しかった?」

――ああ、もちろん。
すごく、楽しかったよ。
だから……また遊ぼう。

「ありがとう。おにいちゃんは、やさしいね。でも……もういいの。もう止まったありすがうごきつづけることは、きっとわるいことだって……わかってたから。もう、きえるから――」

……
…………
………………ダメだ。

ありすが消える?
彼女が消えることは、聖杯戦争のルール?

――知ったことじゃない。

彼女が何をした。
誰かが何かが決めたルール如きで何故この子が消えなければならない。
それが当然だというのなら……そのシステムそのものが歪んで――!

「――少年!そこから先は、言っちゃだめにゃ!」

……どうすればいいかなんてわからない。
何が最善で、どれが最高なんてわかりやしない。
でもな、ネコ。
俺は言ったぞ。

俺は――何もしないまま、後悔だけは、したくないと。

「…………ありがとう。でも――」




「……そうよ。ありすが消えるなんて、だめ」

その声は、まるで感情の全てを削ぎ落としたように、静かで冷たかった。




「アリス……?」

ありすが声をかけるが、アリスの冷たい瞳は俺だけを貫いている。

「そうよ、消させない。ありすの物語は終わらせない。ずっとここで。くるくるくるくる廻り続けるの」

ぶつぶつと、小さな声で何事かを繰り返す。
俺を見つめる瞳は、俺のナニかを見つめ続けている。
その視線に、ごくりと唾を飲み込んだ。
まるで極寒の海に裸で飛び込んだような悪寒が――!?



「おにいちゃんの魂を捕える!そうすればこの戦いはありすの勝ちよ!ずっとずっと一緒にいるの!喜んでありす!おにいちゃんもずっと一緒だからあぁぁぁぁぁぁぁ!」

「アリス!?やめ――!」

宝具【クイーンズ・グラスゲーム】

「――っ!真祖ワー――!」

ありすの制止よりも、ネコの動きよりも先にそれが発動される。
空間が閉じる。
いつかの閉鎖空間よりも遥かに強固で重苦しい。
何もかもを拒絶し、何もかもを逃がさない。
聖杯の用意した氷の決闘場は塗りつぶされ、俺を逃がさないための牢獄へと変わる。

「なんつー性質の悪い固有結界にゃ!?いつもより増し増しでどす黒いとかー!?」

――ネコ、脱出は!?

「無理!解析に時間が――少年、逃げっ――!」

「剥き出しのその魂――――見つけたあぁぁぁぁぁぁぁ!」

アリスの瞳が俺という存在を捕え――!?






「つ・か・ま・え――――――――――あ、れ?」

今まで感じた最大級の恐怖は、アリスの呆けた声で消える。
彼女に浮かんでいた喜悦の表情はない。
瞳を大きく見開き、自分の腕を見て驚いている。



肘先から、消え去った腕を――



「な、に、これ――?」

「アリス!?手がきえて――」

「いや!?腕――ああっ!?足が!」

消えた腕に驚く間もない足の消失。
失った支えに、アリスが床へ倒れる。
彼女の右腕と右足が綺麗になくなっている。
何時も、どうやっても、わからない。
アリス自身もありすも俺も、何が起きているのかわからない。
一瞬の消失に思考が追いつかない。


――ネコ!?

「違う!あたしじゃない!何が――!?」

可能性の一つに声をかけるが即座の否定。
あの狼狽からアリスもありすも想定していない。
俺とて何が起きているのかわからない。
困惑している内に、残った手足が消え、遂には胴体の一部も欠損する。
だが、傷ではない。
傷ならば血が流れるはずだ。
今までの戦いでも、ネコは傷を負えば血を流したし、敵のサーヴァントもそうだった。
アリスの消失は、血も流れず、まるで最初から何も無かったように消え去っている。
だが、消え去った箇所の断面はまるで綺麗ではない。
無理やり千切ったように荒い断面で、消えた箇所からデータが消えるときの光が漏れている。
まるで、決戦の勝敗が決まり、敗者が消えるように。
だが、まだ今回の勝負はついていない。
なによりもあの消え方は――敗者のそれよりも『酷い』。
敗者のソレは、データが分解され淡く溶けていくようなもの。
アリスのコレは……データが破壊され消えていくように見える。

なんだ、いったい何が起きている――!?

「ああ!?嫌!嫌ぁ!食べないで!!やめ――!」

「いや!アリス!」

「ぁ――――ありす、ごめん――…………」

「ア、リス……?」

遂に、黒い服の少女は消えた。

残照もない。
そこにあったはずの存在は、微塵も残らず消え去った。

そして、次に待っていたのは――


「ぁ……わたしも、きえるんだね」

――ありす!?


勝者と敗者を隔てる半透明の壁が展開され、敗者が光になる。
サーヴァントが消えたのだ。
つまり、戦いは終わった。
当然といえば当然の結末。
だが、先ほどの異常事態は到底納得できるものではない。

――ネコ!

「無理にゃ。こうなってしまうと今のあたしじゃ干渉できにゃい」

――っ。
あまりに簡潔な返答に言葉がつまる。
聖杯戦争の結末としては当然のこと。
だが、それを平然と飲み込むことなどできるはずがない。

怒りのままに、いつかのように壁を殴るが、いつかと同じように微塵も揺るがない。

「ありがとう、おにいちゃん。わたし、いかなきゃ」

ありすの言葉に、否定を返そうとして――できなかった。

「あの子が泣いているわ。アリス、さびしがりやだから」

泣いていた。ぼろぼろと大粒の涙を流して――微笑んでいた。

「すごく、楽しかったよ。おにいちゃん」

何もかもを受け入れるような淡い笑みで。







「ばいばい」

光に消えた彼女に俺は――――――何も、言えなかった。














戦いは終わった。

最善も最高もなにもわからなくても。

何かができるはずだと信じて、絶対に諦めないと決意して。

過程と結末を受け入れると、覚悟した。


だけど。


俺は今、自分の足で立てているのかわからない。

その覚悟を全うできているのかわからない。

今、確かなのは。

消え去った彼女は、二度と還らない。


――その重い事実だけが、胸に圧し掛かる――


【 三回戦終了 32人⇒16人 】



[33028] Interlude:獣
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/03/01 02:39



暗いそこ。

静かなそこ。

何もないそこで。

獣は暖かさに包まれていた。

獣は、優しい温もりの中で、『それ』の傍に座り幸せに包まれていた。

悠久よりも長く、久遠よりも遥かに求めていた『それ』の傍にいる。

暗く、静かで、何もない世界に居ながら。

その事実だけで獣は万来の幸福に包まれていた。

唯一、不満があるとすれば、獣は『それ』に触れることを許されていない、といこと。

獣に許されたことは、無防備な『それ』を外敵から守るための盾となること。

逆にいうと、そもそも獣にできることはその程度しかない。

それ以外の機能を獣は持っていない。

だが、獣はその機能だけで満足している。

『それ』が危機にさらされたときにのみ、守るという行為の中で『それ』の盾になることで初めて触れることができるのだ。

だから獣は満足していた。

盾となる機能しか持たされずに生み出された獣。

獣は所詮、本体から切り離された尾の一つ――端末の一つでしかない。

消え逝く本体が、自我の薄れる直前に、『それ』を守るために切り離した稚拙な端末でしかない。

故に、出来ることは少なく、そもそも何かをする能力もほとんどない。

獣はただ、己の能力の限界の許す限り――いや、自身の存在の全てをかけて『それ』の盾となり守るだけなのである。

いつか、本体が自我を取り戻し、端末が本体に還るその日まで、獣は『それ』を守り続けるだろう。

そんな、酷く制限された生を獣は――とても、喜んでいた。

獣にあるのは、圧倒的幸福感。

例え、己が切り離された端末といえども、『それ』の傍に居ることができる。

その事実だけで十分なのだ。

触れることを最小限とされたことに不満はあれど、触れる機会はある。

実際に、数度ではあるが、『それ』に触れる機会はあった。

あれは、良かった……と、獣はその顔を喜悦に染め、過去の出来事を陶酔する。

普段は傍にいる己にまったく気づいてくれない『それ』も、触れているときだけはその双眸に獣を映してくれる。

その情景を思い出し、獣は身震いする。

まるで発情したように熱に浮かされ、酒に酔った様なふわふわとした浮遊感を感じている。

獣の現状を言い表すなら、幸せに溺れている、だろうか。

性質の悪いことに、獣は溺れることを喜んでいることだ。

そんな極楽浄土にいる獣が、ふと、その顔を嫌悪に歪めた。

ここ最近、獣が守る『それ』に近づいてきた輩がいたことを思い出したのだ。

普段、『それ』の傍に居れるのは獣だけだ。

だが、その輩はどういう手段か知らないが『それ』に近づいてきた。

獣は近づいてきた不貞の輩に対し、激しい嫌悪と噴出す憎悪を持った。

だが、その不貞の輩は、『それ』の傍までくることはなく、離れた場所で声をかけてくるだけだった。

本当ならば、その輩の喉笛を喰いちぎってやりたいと獣は思ったが、そうするためには『それ』から離れなければならない。

それは嫌だ。

この暗い空間から出ることはできないが、『それ』から離れるぐらいはできる。

だが、獣は離れない。

嫌だから。離れたくないから。

だから、不貞の輩は睨むだけにしてやった。

もっと近づいたらこの牙を突き立ててやると思ったが、侵入者はこれ以上近づくことも無く去っていったので、良しとした。

その嫌な出来事を思い出し、獣は顔をしかめる。

次は無い――と。

そう想った瞬間、獣は素早く立ち上がり、全身の毛を逆立て威嚇する。

その想いが引き寄せたのか、誰かが……また、侵入してきたのだ。

それも、前回とは違う。

確実に、とてつもなく早く、それも、敵意をもって近づいてくる。

敵意、敵意だ。

近づいてくるだけで殺してやりたいというのに、侵入者はあろうことか敵意を持っている。

だから獣は侵入者を――
















「剥き出しのその魂――――見つけたあぁぁぁぁぁぁぁ!」



「つ・か・ま・え――――」









「な、に、これ――?」

――喰った。

柔らかな肉に牙を突きたて喰らいつく。
筋繊維を断ち、血管を引きちぎり、骨を噛み砕き、神経を磨り潰す。
臓物を食い破り、噴出す血を飲み干し、溢れ出る魔力を取り込み、その『魂』を喰らい、存在を消化する。

獣は外部の脅威に対し、盾となる機能しかない。
だが内部に脅威が来るのならば、直接攻撃することができる。

ならば今必要なのは盾ではなく刃だ。
敵を殲滅し撃滅し消滅させる刃が必要なのだ。

「ああ!?嫌!嫌ぁ!」

いまや獣は刃でしかない。
慈悲もなく容赦も無く、ただ敵を滅する刃でしかない。
与えられた機能の範囲を超え、与えられた能力の限界を超える。
獣は全身全霊で、その存在の全てを賭けて敵を滅する刃となる。

だから獣は――








「食べないで!!やめ――!」

喰った。








暗いそこ。

何もないそこ。

静かになったそこで。

獣は暖かさに包まれていた。

金色の毛は血に染まり、自慢の美しさは見る影も無い。

だが、獣は幸せだった。

獣は――彼女は守れたのだ。

あらゆる外敵から、『それ』を守る。

それだけが、獣の喜びであり生きる意味。

だから、獣は、いつか彼女に還るその日まで――



――主の傍で、温もりにまどろむ――



[33028] ただ、前へ
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/05/10 22:31


極寒の決戦場を後にし、校舎の一階へと戻る。
戦いの高揚も、勝利の余韻もなにもない。
ただ体は重く、思考は鈍い。

「……少年」

ネコの気遣うような呼びかけに応える気力すらなく。
視線で先にマイルームへ戻るように頼むことしか出来なかった。

その視線を受け、ネコはマイルームへと歩いてゆく。
何も言わず頷いてくれたことが、なによりもありがたかった。

己を除き、誰もいなくなり静寂となった校舎の一階。
立っているだけで疲労を感じ、ふらふらと階段へ座り込んだ。

腰を下ろすことで疲れがどっとでたのだろう。
今まで以上の重圧が肩にかかってくる。

わかっている。
この重さは、疲労だけではないことを。

『ばいばい』

少女の最後の言葉が、離れない。
泣きながら微笑んでいた顔が消えない。

少女の死を願ったわけじゃない。
何を願ったわけでもない。

ただ、何かができるはずだと信じて。
その結末を受け入れてみせると信じて。

だが、その結果が、これだ。

所詮根拠のない妄信だった。
なにもできず、少女は消えてしまった。
その結末を良しとすることなど、できるはずもなかった。

確固たる自分もないまま、これが三度目の結末。
終わった、終わらせた事実だけが胸に重くのしかかる。

「――死を、悼んでいるのですね」

誰かが上階から降りてきたようだが、その誰かに意思を向ける気力もわかない。

「命が失われるのは、悲しいことです」

後悔と自責が渦巻く思考は、終わらないループに囚われてしまっている。

「その悲しみは渇望と欠乏が生み出したもの。この戦いも、地上の貧困も同じです。足りないから奪う、己を一番だと妄信しているから踏みにじる」

一度、頭を冷やそう。
今の自分では、答えを探すどころか前へ進むことすらできない。

「その調停をするために僕はここへ来た。西欧財閥の当主……世界の王として生まれた僕の責務です」

誰もいない静かな場所で風に当たろう。
あの教会の前の噴水広場なら、誰もいないはずだ。

「あなたの悼みも、彼女の痛みも認めます。いずれ、誰も無慈悲な死を死を迎えないよう――世界に徹底した管理と秩序を。欠乏が無ければ争いはありません」

もう一度、考えなければならない。
己の立ち方と在り方を。

重い体に力を入れ、立ち上がる。
そして、階段の踊り場で立ち往生していた人物へ、移動の邪魔をして悪かったと頭を下げ歩きだす。

歩みは遅く、頼りないけれど。
何時までも動かないままでいるほうが、今は怖かった。








「人々に完全な平等を。それこそが世界のあるべき姿、理想社会。少女の死を悼んだあなたならば賛同してもらえるはずだ。そうですよね、ナカオさん――――あれ?ガウェイン、あの人はどこへ?」

「レオ、かの少年ならば既に立ち去っています」

「そうですか。もう少しお話をしたかったのですが、残念です」

「階段に座り込んで往来の邪魔をしてすまなかったと、一礼をしていました。礼儀正しい少年ですね」

「ちょっと待ったー!右も左もわからない迷子系男子に漬け込むのはそこまでよ――って、あれ?ナカオ君は?」

「彼ならもういませんよ」

「え、あれ……?」

「ふふ、出待ちした甲斐がありませんね、ミス遠坂」

「ありゃ、ちっと遅かったな嬢ちゃん。戦いが終わった坊主を心配して来てみればハーウェイがいたから守ってやろうって息巻いてたのに残念だったな」

「おや、そうなのですかランサー。ご愁傷様です、ミス遠坂」

「う、うぅ……も、もうちょっと待ってなさいよあのバカーーー!あと憶えてなさいレオナルド!絶対ぎゃふんって言わせてあげるんだからー!行くわよランサー!」

「あいよ……って、足速いな嬢ちゃん!?そんなに恥ずかしかったか!?」




「…………行きましたね。彼女も面白い人だ」

「そうですね、あのランサーもかなりの使い手だと見受けられます」

「聖杯戦争、中々一筋縄ではいかないようで、ふふ。柄にもなく楽しくなってきました」

「ですが、勝利するのは貴方です、レオ」

「当然です。僕は王なのですから」








教会前、噴水広場。
流れる水の音と、花を揺らす穏やかな風が、鬱屈とした気分を紛らわせてくれる。

三回戦が終わったせいか、今は夜の時間に移行したようだ。
空は暗く、星が煌いている。
その輝きを見上げながら、考えることは……今までの戦いのことだ。

三回、まだ三回なのか、もう三回なのかわからない。
だが、俺は三回勝利し――三人の屍の上に立っている。

戦いが始まりそれなりの日数を経たが、いまでもあの戦いを鮮明に覚えている。


一回戦、マトウシンジ。
始まりの戦い、初めての戦い。
彼も俺も、戦う意味を知らなかった。
どこか戦争という言葉を信じていなかった。

俺は、いきなり放り出された非日常に戸惑い、失った己に迷っていた。
あの時戦えたのは……桜のおかげだ。
戦う意思も理由もなかった己に、明日を欲する理由を与えてくれた彼女のおかげで俺は今こうして生きている。
桜との約束が無ければ、俺は諦めていたであろう。

そして、あの戦いで俺は――恐怖を知った。

戦う行為の恐怖。
相手を傷つける恐怖。
自分が傷つく恐怖。

何よりも――死の、恐怖を。

あの戦いで、死を知った。
死に逝く者の慟哭は、決して忘れることなどできない。忘れちゃいけない。
今の生は、彼の死の上に成り立っているのだから。


二回戦、ダン・ブラックモア。
迷いの戦い、決意の戦い。
彼は、戦いを肯定する人だった。
正々堂々と、託す願いのために戦いを正道とする人だった。
卑怯も外道も許さないが、戦いを否定することはなかった。

そして何よりも――あの人は敵と向き合う人だった。

死の恐怖に苛まれる俺を、放っておけば自滅するほどに不確かであった俺を、正面から向き合うために道を示してくれた人だった。

彼の教えを憶えている。あの言葉を心の刻んでいる。

彼の言葉は、空虚な自分のこれからの在り方を考えさせるものだった。
彼の言葉を糧に、自分の生き方を見つけようと決意した。


そして、三回戦……ありす。

彼女は戦っていなかった。
ただ、遊んでいただけだった。

かつて見た少女の夢は、彼女の生前の記憶だった。
純白に囲まれた不動の世界。
動くことも叶わず、動く物も無かった狭い世界。

幼い命は、幸福を知らずに死を迎え――自由を得る。

彼女はただ、得た自由を満喫していただけだったのだ。
戦う覚悟も意思もなく、ただ自由に遊ぶことに溺れていただけなのだ。

三回戦にいる以上、彼女もまた二人の屍の上に立っていたのだろう。
遊びの延長で人を打ち倒して、ここまで来たのだろう。
だとしても俺は、彼女の記憶を見てしまった俺は、彼女を悪だとは断じることはできなかった。

にもかかわらず俺は……あんなにも笑顔で、全てが楽しいと語る彼女を――殺した。

殺すことこそが聖杯戦争、ひいては戦いの道理であることは理解している。
殺さなければ殺されていたことも、理解している。
自分は生き残って、彼女は二度と還らない。
結末はあまりに簡素で、結果はあまりにも重い。


三度の戦いを憶えている。
全てがあまりにも大きく、重く、背負いきれないほどの過去。

生き残った事実は、生き残れた嬉しさよりも、生き残ってしまったという後悔に変わりつつある。

立つことは辛く、歩くことは苦悩になる。
空虚な自分に、できることなどあまりにも少なくて。

だから、俺は……

今までの経験を、背負った過去を――――――――





――絶対に、忘れない。





望む望まぬに関わらず、俺は彼等の命の上に立っているのだ。
その事実を忘れることなど、彼等を打ち倒した事実を、捨てることなんかできない。
できるはずがない。

歩みを止めることは冒涜だ。
諦めは侮辱だ。

彼等の命を無為にはしない。
戦った結末を無意味にはしない。

己の空虚さを言い訳にしない。
今ある命に価値がないというのならば、価値を見出さなければならない。

生き残った己は、彼等の命の上に立っているのだと、証明し続けなければならない。

だから、進もう。

ここで止まっていることは絶対にできないから。

答えを持たない己を恥とするならば、答えを得るために進み続けよう。

きっとこの先の戦いも辛く、苦しいけど……何もしないまま後悔だけはしたくないから。

今はただ、がむしゃらに。

進んだ先に誇れるものがあるはずだと信じて。


前へ…………明日へ進み続けよう――――――――








決意を新たに、マイルームへと戻る。
あんなにも重かった足取りは、嘘のように軽くなっていた。
まだ歪な覚悟かもしれないけれど、前へ進むことだけは確かな想い。

だから、この想いを相棒たるサーヴァントへと伝えよう。
そして、一緒に進もうと伝えるのだ。

あの小さなサーヴァントは、きっといつものように怪しく笑って、馬鹿なことを言って、しっかりと頷いてくれるはずだ。

ここまで生死を共にしたあいつは、きっと俺の想いを肯定してくれる。
そう思えるほどに、あいつを信頼している。

あぁ――こんなにも、俺はあいつを信じていたんだ。

いまさらだけど、大切な事実。
少しばかり、恥ずかしいけれど……うん、こんな気持ちも悪くない。

よし、早くマイルームに戻ってあいつと話をしよう。
いままでとこれからのことを話そう。

マイルームの扉に手をかけ、開く――





「にゃっふっふ。ようこそ、グレートキャッツキャッスルへ――!」

――扉を閉める。





……ふぅ。

扉を開けた先に、とんでもなく馬鹿でかい城があったような気がするが、気のせいだ。
あきらかに教室の広さを凌駕する空間が広がっていたような気がするが、気のせいだ。

深呼吸をし、もう一度、扉に手をかけ、開く――





「はひゅー……はひゅー……やっべ、魔力使いすぎて昇天しそう……」

ミイラ化してる――!?

マイルームはいつもの教室に戻っていたが、床に座り込むサーヴァントはやつれきって骨と皮のようになっていた。

どうしたんだネコ!?
というか、さっきの城はなんだ!?

「……にゃっふっふ……あれこそが……我が宝具……一発芸・にゃんかすごい城にゃ!」

宝具で一発芸をするなバカネコ。
というか城どころか空間すらおかしかっただろ。
草原に城に夜空に真紅の月とかどんな一発芸だ。

「にゃいすツッコミ。その言葉が聞きたかった」

いい笑顔だが死に顔だ。
人が覚悟しているときに何命をかけた芸をしてるんだバカネコ。

「にゃっふっふ。落ち込みボーイにはビックリドッキリ企画がいるかにゃーと思って命かけてみた!」

頑張りすぎだろ。
まったく、虎の子の宝具のお披露目が一発芸とか――ちょっと待て。

お前、宝具持ってたの?

「もちろんさベイベー。宝具持ってないサーヴァントとかマジ爆笑もんだぜ」

俺はお前のことをその爆笑もんだと思っていたよ。
それで、あの宝具にはどんな効果が――?

「にゃんかすごい」

そうか。
それで、どんな効果が?

「にゃんかすごい。あと観光できる」

はっはっは。

――爆笑もんじゃねーか。

効果無しの上、消費魔力が馬鹿みたいにでかいとか笑いしかでてこないぞ。
さっきから俺の魔力もガンガン吸い上げやがって。

――マーボーがなかったら即死だった。

「マーボー食って魔力が回復するあたり少年も大概おかしいにゃ」

ネコ缶食って魔力体力全回復するお前には言われたくないな。

「ネコ缶と書いてエリクサーと読むにゃ」

何それ安上がり。
まったく、色々と話をしたかったんだが、全部吹っ飛んでしまったよ。

「にゃっふっふ。少年を元気付けるための一発芸だったけど、いらなかったかにゃ?」

気持ちだけ受け取っておくさ。
ありがとう。

……なんか、色々と面倒になったから……簡潔に言うぞ。

「にゃ?」








前へ進むぞ――相棒。

「にゃ!全速前進望むところだぜ――相棒!」

















「ところで少年。あの黒幼女が消えたときの異常にゃんだけど――」

異常?

何のことだ■■■■■

「…………いや、何でもないにゃー」

そうか。
なら、今日はもう明日へ備えて寝よう。

「にゃ。ゆっくり休むといいにゃー」

ああ。お休み。











「……少年に害はにゃいみたいだし――――――いいわ、見逃してあげる、災厄の獣。少年の覚悟の邪魔はしたくないしね。でも……少年に仇為すなら………………」















<あとがき>
主人公たる者、覚悟完了まで3ステップは必要ですよね。
ホップステップジャンプ的な。



【おまけNG】

戦いが始まりそれなりの日数を経たが、いまでもあの戦いを鮮明に覚えている。

一回戦、ライダー。
真紅の髪の美女。
豊満な母性。
扇情的な肢体。

銃を撃つたびに揺れる『それ』。
全ての男が夢見る全て遠き理想郷。

激しい動きに振動し、汗ばむ肌は艶やかに――マーベラス。

あぁ――何を悩んでいたんだ、俺は。

目指すべき場所など一つだった。
掴むべき夢など明確だった。

意思は愚直に、魂は滾る。

俺の欲していたものは、俺のなりたかったものは、こんなにも単純で簡単なものだったんだ――!

胸が高鳴り心臓は鳴動する。

この高揚のままに走る。
向う場所はマイルーム。

早く、早く伝えなければ。
俺の意思を、俺の決意を――!



扉を開け、部屋で寛いでいる相棒を見据える。

「にゃ?おかえり少年ー。どったの?そんにゃに興奮して」

ネコ、聞いてくれ!

俺は、俺は――!








――おっぱいマイスターに俺はなる!

「おまえはにゃにを言っているんだ」



<あとがき>
ナカオ(仮)は覚悟完了した。
馬鹿はエクストリーム馬鹿に進化した。



[33028] 選択
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/05/28 19:03
俺は今、重大な選択を迫られている。

為すか、為さぬか。
やるか、やらぬか。
イエスか、ノーか。

進むということだけは止めないが、進むために必要ならば急ぐ足を緩めることもまた必要だろう。
故に俺は今、進むために必要な事象の選択を迫られ悩んでいる。



ことの始まりは購買部へと買い物に来たことだった。
ネコの作った借金の返済や、日頃の食費等の必要経費を差し引いても若干の余裕ができたため、次の戦いの布石を打とうと物資を求めたのだ。

そこで初めて目にする購買部の品揃え。
様々な礼装に、治療用アイテム。
礼装は幸いそれなりの数を持っているため新たに買う必要は無いが、治療用アイテムの豊富な種類に若干の驚きを隠せなかった。

さすがに効果の高いものは値段も高価で手が届かないが、中級の治療用アイテムなら複数個買えそうだった。

ネコには尋常ならざる自然治癒力があるが、いつまでもそれに頼ってられない。
あのスキルも無限に使えるわけではなく、当然に魔力を消費する。
頼り切っていざ攻撃時に魔力不足では目もあてられない。

なにより……あのスキルは痛みを軽減するものではないからだ。

確かに治る。
治るが、それは痛みを伴うものらしい。
ネコ自身に聞いたが、完全に治りきるまでは傷に塩を塗りこんでオリーブオイルで軽く炒めた後、ハーブで香り付けをして海産物を投入後、ワインでよく煮込むようなものらしい。パエリア?

それに対し、治療用アイテムは鎮痛剤の効果もあるらしい。
痛みの払拭と傷の治癒が一瞬で終わるという、実際にあったらトンデモチートアイテムだ、とは遠坂の言だ。

だから、ここで治療用アイテムをいくつか買うことに迷いはなかった。
これで戦いの際のネコの苦痛を多少なりとも和らげることができるなら、買った意味は十分にあるだろう。

そして、必要なものを買い終え、それでも残った資金の使いどころに悩んだ。
日頃のエネミー狩り金置いてけは予想以上に金策になっていたようだ。

治療用アイテムに限界までつぎ込むか、それとも生活費の足しにするか。
前者は戦いを有利に進めるため、後者は精神衛生のため。
戦いを有利に進めることが必要不可欠なのは当然だ。
勝たなければ待つのは死、だからだ。
だが、精神衛生も馬鹿にできない。
幾日後に戦いがあるという極限状態のストレスは凄まじいものがある。
戦いだけに傾倒し精神を疲弊すれば、当然本番に影響が出る。
実戦中に精神的疲れから実力を発揮できないなど、笑い話にもならない。

故に悩んだ。
悩んだが、これもまだ答えの出せる悩みだった。
ネコと二人で相談して決めればいいからだ。
アイツならきっとネコ缶を所望するだろう。
俺も夕飯のグレードをワンランク上げたいと思っていたところだ。

とりあえずネコに相談しようかと、なにげなく顔を動かしたとき――購買部の目録に『ソレ』を見つけてしまった。



――そして、冒頭の選択の岐路に戻る。

見つけてしまった『ソレ』を買うか、買わないか。

購買部の目録、その一番下に隠れるように記載された『ソレ』。
他の物資と明らかに常軌を逸した代物。
戦場では役に立たないだろう。
日常でも必要不可欠ではないだろう。

だが俺は、そのことがわかっていながら、『ソレ』を欲している。

理屈じゃない。
ただ、本能が求めてしまっている。

思わず店員に注文しそうになったが、『ソレ』の値段を見て踏みとどまった。
まるであつらえたかのように、俺の持つ資金に合致するのだ。

戦場に役立たず、日常でも必要不可欠でない程度の物のために、一文無しに戻ることができるのか。
その理性が俺の本能を抑えた。

だが、欲しい。
とても、欲しい。

買うか、買わざるか。
俺は今、重要な選択を迫られている。

悩みに悩み、いつしか理性が本能に負け始める。

もう買ってもいいんじゃないだろうか、と。

だが、さらなる一念が俺の本能をとめた。

俺には『ソレ』を買う資格がないのではないか、と。

そう、資格。
『ソレ』を買うには資格が必要なのだ。
はっきりと資格の有無がわかるのならば、きっと即決していた。
だが、俺に資格があるのかないのか、それは俺自身にもわからないのだ。

自身の記憶喪失が恨めしい。
ここまで記憶喪失であったことを悔やんだことはない。

資格があれば購入した。
資格が無ければ諦めよう。

だが『わからない』という不確かな状況は、終わらない悩みの坩堝へと俺を落とした。

いつしか、買うか買わないかの悩みは、買っていいのか悪いのかに変わる。

そう、心の中で買うという決意はすでにある。
だが資格の有無が、わからないのだ……!

もどかしいまま、悩みは続く。
進むことだけは止めない。それだけは変わらない。
だが、進みながら、その手に『ソレ』を持つか持たないかという選択はあってもいいだろう。
そのために歩みを遅らせてもいいはずだ。
だから、このまま悩む。
悩んだ末に出した結論ならば、俺も後悔はないはずだ。

だから……

どうする。どうする。どうする――!?



「ふむ、悩んでいるな少年」

悩む俺の後ろから突如響く呼び声。
まるで聞く者に畏怖を抱かせるような、威厳に満ちたラスボスの如きその重低音。
なんども聞いたこの声はまさしく――!

「購買部の前で数十分も立ち往生とは、中々の客っぷりだ」

神父――!

「迷える子羊に道を示すのも神父の務めだ。その悩み、話してみたまえ」

そういってこちらを見下ろす神父の目は、いつものように曇りきって死んだ魚のようだった。
だが、全てを受け入れるが如きその超然な佇まいは、俺の悩みを払拭してくれるという希望を抱かせるに十分だった。

だからだろうか、この悩みは自身で解決すべきなのに、自然と神父へ事情を説明していた。

「――ふむ。なるほど……」

聞き終えた神父は二度三度頷き、わずかに笑みを作る。

「喜べ少年。その答えを私は知っている」

なんだと――!?

あまりに簡単に告げられた神父の言葉に、思わず驚愕と疑念の言葉をぶつけてしまった。

「よく聞きたまえ、――――――――――――。君にもまた、資格はあるのだよ――少年」

――その言葉は、俺の悩みを吹き飛ばした。

まるで目の前に漂っていた霧が消え去り、その先に極楽浄土が広がっていたかのような晴れ晴れとした気分。
ふわふわとした浮遊感すら伴う高揚。
神父の言葉は、俺に全ての答え……真理を見せ付けるようなものだった。

「ふっ、悩みは晴れたようでなによりだ。もはや君を止めるモノなどない。思うがままに行きたまえ」

ああ、俺、行くよ。
もう、俺を止められるモノなんてありはしないんだから。

――神父、ありがとう。

「なに、これもまた私の務めの内だ。では私はここで失礼する。君の武運を祈っていよう」

そう言って背を向け神父は去ってゆく。
その手に紅蓮に燃えるマーボーを持って消え行く姿に、俺は神職の在り方を垣間見た。

いつまでもその背を見送っていたいが、それは神父に対する侮辱だ。
神父は俺の歩みを遅らせていた原因を取り払ってくれた。
ならば、今は全力で前へ進む。
その行動こそが、神父への感謝になるはずだ。

――だから!

購買部のNPC、店員の前に立ち、望む品の名を告げる。

『ソレ』を一つください、と。

注文に従い、店員は『ソレ』の値段を読み上げる。

そして、この商品で間違いないかと確認する言葉に、俺は先ほどの神父の言葉を思い出していた。

神父の言葉、それは俺に『ソレ』を買う資格があるということ。

その言葉とは――――――――









「AVひとつでよろしいですか?」

はい!間違いありません!

『よく聞きたまえ、この作品の登場人物は18歳以上だ。君にもまた、資格はあるのだよ――少年』









走る、ただ走る。
目指す場所はただ一つ。
さきほど買ったAVを見るための機材がある視聴覚室――!

この胸の高まりのまま、この高揚の許すまま、ただ走る――!

AVひとつに大げさだって?
仕方ないじゃないか。
だって、現役男子高校生(仮)なんだもの。
購買部にポツンとAVがあったら買うだろ。

そんな言い訳をしながらも、足に込める力は衰えず、滾る魔力は全身を余すことなく強化する。

今の俺は風すらも置き去りにし、目的の場所まで刹那も必要ない。
辿り着いた視聴覚室の扉を、勢いのまま開ける――!




それは激痛だった。

――だがそれは大したことじゃない

触れた場所が赤熱する鉄のような。

――だがそれは驚くほどじゃない。

触れた指先に万の刃を付きたてたような。

――だがそれは珍しいことじゃない。

脳髄を食い散らかし、内側を食い破り、血液の代わりにマグマを流し込むような。

――だが、それは……歩みを止める理由にならない!




気付けば、俺は視聴覚室の床に倒れていた。
扉の取っ手に触れた瞬間、とてつもない激痛を感じたせいだろう。
今もその痛みに頭が痺れているようだ。

本当に恐ろしい――静電気だった。

だが今は痛みに跪いている場合じゃない。
購入したAVをDVDプレイヤーにセットしなければならない。
それが今、俺のすべきこと――!

DVDをセットし、テレビへの電源を入れ、スタートボタンを押す――!

暗い画面が明るくなり、映し出された情景は――









『にゃふ~ん。にゃは~ん』

バカネコが女豹のポーズで流し目をしてくる映像だった。

「真祖ワープで少年の頭に不時着!にゃっふっふ、どうよ少年。あたしのA(アニマル)V(ビデオ)は。我慢しなくてもいいんだぜ?」

ちくしょおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!









いつのまにこんな馬鹿映像撮ってたんだ?

「その映像を買うのに数十分悩んだ少年が言うことじゃにゃいよね――ごめんにゃさい。あたしが悪かったから無言で踏みつけるのはやめて」

男子高校生(仮)の純情を踏みにじったお前を俺は絶対に許さない。

この映像、よく見たら学園の中じゃないな。どこで撮ったんだ?
石造りの大広間……教会か?

「ちっちっち。この前の一発芸の展開中に撮ったにゃ!」

宝具を撮影場所に使うんじゃありません。
しかし、なんという無駄な労力。
金も時間も魔力も無為にしてしまった。

「にゃっふっふ。あたしは少年の支払ったお金の一部をマージンとして受け取るから儲けたにゃ!」

そもそも、俺とお前で稼いだ金なんだから、マージン以外の部分丸損じゃないか。

「…………あるぇ?」

どうあがいても大損だよバカネコ。

「少年の眼差しが極寒よりも冷たい!」

……終わったことはしょうがない。ちくしょう。
マイルームへ帰るぞ。ちくしょう。
ここにもう用はない。こんちくしょう。

「全然諦めてにゃくね?……ん?少年、あそこの空間、にゃんか怪しい」

そう言ってネコが指差した場所を見る。
そこには映写機があった。
くるくるとテープを回し稼動しているが、壁に投影される映像は砂嵐ばかりで意味を為していない。

「んー?にゃー?」

その映写機が気になるのか、ネコは映写機の周りをぐるぐる周っては眺めている。
そしておもむろに――映写機を斜め上から叩いた。

……お前は何をしているんだ。

「テレビは叩いて直す!」

テレビじゃないから。映写機だから。

「にゃふー!ほら、映ったにゃ!」

そんな馬鹿な。
だが、確かに砂嵐だった映像が徐々になにかを映し始める。

その映像は――





『ランサー!援護するっ、コードキャスト――!』

『おおおぉぉぉぉ!!』

赤い少女と青い槍兵。

『迎え撃ちなさい、バーサーカー』

『■■■■■■ーー!』

褐色の少女と狂える武人。

どちらも良く知っている。
何度も助けられた。
何度も笑い合った。
共闘だってした。

そんな遠坂とラニが戦闘――!?

「……にゃるほど、ここで誰かが盗撮しようとしてたわけにゃ」

ネコは冷静に映写機を分析しているが、俺にそんな余裕はない。
映し出される戦闘に釘付けにされる。
いつか彼女等と戦うかもしれないと、漠然な不安はあった。
だが、こうも突然に突きつけられては、まともに思考が働かない――!

『――ふっ!』

短い呼吸の間、その刹那にランサーの真紅の槍が霞む。
目で追いつけない神速の突き。

『■■■■■■!!』

その突きを受けながらも、バーサーカーも手に持つ槍を振り下ろす。
バーサーカーの化け物じみた膂力から繰り出された振り下ろしは、大地を砕き、風圧すらも敵を吹き飛ばすほどの威力を持っていた。

『――はっ!わかっちゃいたが、とんでもねぇバケモンだっ!』

悪態をつきながらも、ランサーの表情は喜悦を刻んでいる。
バーサーカーの荒れ狂う暴力の隙間を縫うように舞い、避け続ける。
そして繰り出される真紅の槍。
一撃でも当たれば死ぬような極限の中にありながら、ランサーは回避と攻撃を両立している。

そしてそれを為しているのは――

『出し惜しみはしない!虎の子の宝石、受けてみなさい――!』

遠坂の援護のおかげだろう。

ラニのバーサーカーに対する援護を潰し、ランサーの攻撃の隙を作る。
片方だけでも至難の業だというのに、その両方をやってみせている。

サーヴァント自身の能力という点では、バーサーカーのほうが上だろう。
しかし、技巧と連携では遠坂達が遥かに上回っている。

ラニは遠坂の絡め手に、思うように動けず顔をしかめている。

このままでは……十中八九、遠坂が勝つだろう。

つまり……ラニは、ここで……死ぬ。

その結末を、俺は――

「にゃ!?少年、あれ!」

ネコの焦るような言葉に、意識を再び映像へと戻す。

『……任務継続を不可能と判断。聖杯の入手が叶わぬ場合、月と共に自壊せよ――これにより、最後の命令を実行します』

ラニが何かを言っている、それに耳を澄ませようとした矢先――

『モード・オシリス。エーテルライト臨界収束。……師よ、あなたにいただいた筐体と命をお返しします』

世界を塗りつぶす極光がラニの胸から発せられる――!?

映像は白で塗りつぶされ、決戦場の様子はわからない。
だが、映像越しだというのに、押し潰されるような魔力の波動を確かに感じる。
映像で繋がっているとはいえ、決戦場とこことでは幾重もの障壁がある。
それすらを越える魔力量など、アリーナすら融解させる威力があるはずだ。
馬鹿げている。あれではただの自殺行為だ――!

映像は今も白のまま。
音声も既に届かなくなっている。

彼女等が消え去るというのに、俺はなにを……!

「……少年、その顔……また助けたい、にゃんて言う気かにゃ?」

ネコの言葉が、ストンと胸に落ちた。
あぁ、この焦りも、もどかしさも、そうだ。

俺は――彼女等を助けたいのだ。

今まで3人を打ち倒してきた。
それでも尚、俺は助けることを諦めていない――!

「んー……」

だが、いつだってこの想いは届かなかった。
想いは想いのまま、結果を生むことはなかった。
いつだって、淡い希望に縋りつく俺に現実を教えてくれたのは、隣にいるサーヴァントだった――いや、ちょっと待て。

そうだ、いつも俺が助けたいと言ったとき、ネコはそれを否定した。
無理なものは無理だ、と。
だが今回はまだその言葉を聞いていない。

まさかとは思う、だが――ネコ、助ける方法が、あるのか?

「……」

問い掛けに返ってきたのは無言。
だが、何かを言いよどんでいることはわかる。

――頼む。このまま何もしないでいることなんてできない。俺は、彼女達を助けたいんだ。

「………………あー!もー!にゃー!もー!雨の日に捨てられたオールドイングリッシュシープドッグみたいにゃ顔であたしを見るにゃー!」

長いよ。そこは普通に犬でいいよ。

「今までと違って今回は道があるにゃ!この映像と決闘場は繋がっているから侵入できるにゃ!」

――本当か!?
なら、その道を行き来できれば、彼女等を視聴覚室へ移すことも――!

「けど――道を通るための出力を得るには、少年の魔力じゃ足りにゃい。……令呪が必要にゃ」

よしわかった!令呪をもって命ずる――!

「早いにゃ!?落ち着け少年!一個じゃなくて多分二個使うことにきっとなる、それでも――?」

よし、二個だな!重ねて命ずる――!

「だから早いにゃ!まずはどっちを助けるのか決めにゃいと!」

……どっち?

「今、向こうの様子がまったくわからにゃい。あらかじめどう動くか決めておかにゃいと、あたしらも巻き込まれて終わる……にゃんて最悪の事態になりかねんにゃ」

……どっちを助けるか、だと――?

「少年、あたしは少年のやりたいことを全力で手伝うにゃ。だからこそ、何をすべきかは……少年が決めるにゃ」







どちらを助けるか。

俺は今、重大な選択を迫られている。

何かを為すなら、何かを為さない。

肯定をするならば、肯定されなかった部分は否定される。

二者択一の選択。

どれを選ぶかというのなら。

俺のやりたいことは。

俺の、意思は――――――――












<あとがき>
エ○ゲ界魔法の言葉『登場人物は18歳以上です』
ありすは?とか聞かないでお願い。
ユリウス兄さんとまだ顔合わせてないから視聴覚室のくだりを悩んだ結果……どうしてこうなった。

さて、ルート分岐ですが……どうしようか、マジで。
原作通りにいくか二人救出ルートでいくか。
ぶっちゃけ最終話は既に書き終わっているので、過程の違いはさほど問題にならないんですよね。
それで逆にどうしたものかと悩み中。
まぁおそらくノリで決めます。たぶん。きっと。めいびー。



[33028] 少女達の死
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/07/06 22:05
「それで、どっちを助けるにゃ、少年」

ネコの伺うような言葉。
もう心は決めている。
意思は既に固まっている。

願いは一つ、望みは唯一。

俺の選択は――


――両方だ。


「……あたしの話聞いてた?」

聞いていたとも。両方だ。

「承服しかねるにゃ。二兎追うものはラマダーンって言うぜ少年」

一兎をも得ず、な。
断食してどうする。

そもそも前提が間違っているぞ。
俺は、助けたいんだ。
どっちとか出てくる時点でおかしい。

言ったぞ、俺は、助けたいんだ。

「だから、それだと少年が危にゃい――!」

それに、お前は俺のやりたいことを全力で手伝ってくれるんだろ?
なら問題は無い。


俺とお前が本気を出してうまくいかないわけがない。


「――――」

なんだその鳥類が豆鉄砲をマシンガンで乱射されたような顔は。

「あ………………あはははははははは!」

む、大笑いとは失礼な。
俺は真剣だぞ。

「わ、わかってるにゃ!マジだからこそ、あはははは!うん、少年がマスターで良かったと改めて思ったところにゃ」

なんだそれは。
俺はお前がサーヴァントで良かったよ。

「それを本気で言えるからこそ少年は少年にゃんだにゃー。オーケーマイボス。オーダーに従うぜ!両方とも釣り上げて両手に花と行こうじゃにゃいか!」

どちらの花もお値段が高そうで腰が引けるな。
だが、金は使わなければただの紙切れだ。
時には奮発も必要だろうよ。

「ではさっそく大盤振る舞いにゃ!花屋に行くために令呪を一角もらうぜ!」

その花屋、ルビはきっと地獄だろうな。
いいとも。
既に買い物の準備は整っているさ。

意識を右手に刻まれた令呪へと向ける。
充足していく魔力が令呪と干渉し、紋章が励起するように煌く。
赤く輝くその紋章、篭った熱を解放するように叫ぶ――!


――第一の令呪を持って命ずる!道を切り開き決闘場へ最短距離で辿り着け!

「さぁ行くにゃ!地獄へのランデブー!」


発動は一瞬。
視聴覚室の光景は消え、暗闇へと変わる。
星のような煌きが、尾を引いて後ろへと流れてゆく。
前後左右上下全てが闇の為、この煌きがなければ自身が進んでいることすら認識できなかったであろう。

進む道は暗く、先の見えない闇は恐怖を掻き立てる。
だが、不安はない。
この暗闇を切り裂くように俺の前を飛ぶ相棒の背は、信頼に足る頼もしさを持っている。
徐々に息が苦しくなってきた。
遥か先、目指す決闘場から溢れ出す魔力の渦が俺を切り裂く。
不可視の力が、物理的な圧力を持つほどの密度。
いまだ辿り着いていないというのにこの圧力とは、現場がどうなっているのか想像もできない。

「そろそろ着くにゃ!覚悟はいいか!?」

――聞くのが遅いぞ相棒。そんなもの、当の昔に財布に入れてきたさ。

「いい答えにゃ相棒!お支払いの準備は欠かすにゃよ!………………着いた――!」

ネコの言葉と同時に景色が切り替わる。
暗闇は光に溶け、目の前に決闘場――激しい戦闘に傷つき崩れた荒野――が現れる。
そして大地へと足を踏みしめたその瞬間、激しい痛みと嘔吐感に襲われる。
まるで内臓が圧縮され肺が押し潰され心臓を握られたような不快感。
荒れ狂う魔力が、俺という存在を食いつぶそうと暴れている。

まさにそこは、地獄だった。

ラニが行おうとした『何か』は地獄を生み出すに等しい行為だった。
こんな場所に人間が居ていいはずがない。
一秒でも早く二人を回収して逃げなければ――!

「しょ、うねん、あれ……」

ネコの呆然とした声。
指差す方に釣られて顔を向け――愕然とした。

見つけた。
助けたいと願った少女達を見つけた。

見つけて、しまった。

助けたいと願い、助けると誓い、助けてみせると行動した結果を、俺は見た。

そして、言葉を失う。
ネコも同じだ。
何も言えないのだろう。
いつもの不敵な表情もなく呆然としている。

俺達二人が言葉を発したいとするならば、同じ言葉になるのだろう。

――こんなはずじゃなかった、と。

やってみせる、その覚悟は偽りじゃない。
救ってみせる、その決意は軽くは無い。

あぁ、だけど。

俺の歩みは何時だって遅かった。

こんな結末になるなんて、想像すらできなかった。

意思も、覚悟も、想いも、こんな未来を描くことなどできなかった。

あぁ、本当に、俺は――何もかもが、遅すぎたんだ。

















「こんなことならこつこつ貯めた貯蓄を現ナマにして浴槽に敷き詰めてお金のお風呂に溺れてみたかったー!宝石を空にぶちまけてジュエリーシャワーを浴びてみたかったー!痛そうだけどー!」

「ふ、ふふ。下着をはかないだけでこの開放感。もし、もしですが、全てを脱いだ時、私はどうなるのでしょうか。それは堕落のマーラか誘惑のルシファーか……あぁ、師よ。今こそ私は全てを解放します……!」

――どうしてこうなった。

「どうしてこうにゃった」







はいそこ。未成年の主張中の二人。
まずはゆっくりと深呼吸をして落ち着こうか。

「ナカオ君の幻影が見える?わたしもこれまでか……幻影だし、好きなこと言ってもいいわよね。……アンタが初めての友達なの!メアド交換してー!」

「ナカオ(仮)の幻影が見えます。私も限界のようですね。幻影なのですし、ここはいつも思っていた事を告白しましょう。ナカオ(仮)、貴方にその学生服は似合いません。ここはこの包帯などいかがでしょうか」

落ち着け。落ち着いて。落ち着いてくださいマジで。
メアドならあとで交換するから。包帯は右手に巻くから全裸包帯は勘弁してくれ。

「幻影でもそう言って貰えて嬉しい。やった、同年代のメアド初ゲット!」

「右手、ですか。不満はありますが急ぎすぎはいけませんし妥協しましょう。あと私もメアド欲しいです」

幻影じゃないから。本物だから。あとラニはメアドはあげるが包帯は諦めろ。
落ち着け、二人ともカミングアウトしていることに気付いてくれ。
ネコなんか嬉々としてビデオカメラを回しているぞ。

「にゃっふっふ、にゃにこの貴重にゃシーン。唐突すぎてビックリしたけど録画チャンスは見逃さにゃいあたし」

ほら、絶賛録画中。
このままでは購買部にAV(危ない二人のビデオ)が出回ってしまう。
買うぞ。俺は間違いなく買うぞ。

「買ったら一生ユルサナイから……って、さっきから幻影の癖に妙に達者ね。んー?」

こら、頬を抓るな。痛い。

「……触れてる」

「触れていますね。というか、二人に反応する幻影などありはしないと思いますが、遠坂凛」

「ま、ま、まさか――!」

遠坂さん、落ち着こう。驚くのもわかるし、力むのもわかる。
まずは抓っている指を離そうか。力が入ってきてとても痛い。

「き、記憶を失えーーーーーーーーー!!」

だがネコガード。
顎を的確に狙ったアッパーを防ぐ。

「おぶぱっ!?」

おぉ吹っ飛んだ。どんだけ力込めてるんだ。
危ないじゃないか遠坂。殺す気か。

「殺す気よ!ていうか死んで!わたしのために死んで!」

助けに来たのに殺されるとかなにこの理不尽。

「いいから死ねーーー!」

だがネコガード。
鳩尾を穿つ正拳突きを防ぐ。

「にゃふんっ!?しょ、少年躊躇無さすぎにゃ……にゃに、この感覚。どこぞの無口系ネコミミロリのガード方法にされたようにゃ気分。やだ、懐かしい」

殴られて郷愁に暮れるとか、お前どんな生活してたの?

「このふてぶてしいやり取り、本物だわ……」

やっとわかってくれたか、拝金主義者。あ、メアドは後で交換しよう。

「誰が拝金主義者よ!でもメアドは交換して!」

「落ち着いたようで落ち着いていませんね、遠坂凛。ナカオ(仮)、彼女はしばらく放っておいて、話を聞かせてください。貴方がここにいる理由を」

おぉ、さすがクールビューティーラニ。
さきほどの露出狂暴露にもまるで動じていないようだ。

「シャラップ。その話題は掘り返さないように」

動じまくりだった。

やはり2人ともこんな極限状況におかれて混乱が収まらないようだ。
こんなときに彼女等を諌める存在がいない。
彼女達のサーヴァントが、いない。

戦場の傷跡を見れば戦いがどれだけ激しいものだったか想像はつく。
きっと彼等は――

「……ランサーなら逝ったわ」

……遠坂。

「令呪でブーストされたバーサーカーに対抗してこちらも令呪を使用。バーサーカーの心臓を串刺しにした後、ラニにも同様に攻撃。ラニの心臓を壊したことで決着、と思ったら……さすがは無双の猛将、心臓が無い状態で攻撃してきたの。ランサーも宝具使用直後だったから避けられなくて同時消滅。こんなところよ」

朗々と語る彼女に、悲しみといった感情は読み取れない。
だが、揺れる瞳は、彼女の隠そうとする本音を如実に表していた。
ここで俺が言うべき言葉は無い。
きっとランサーは笑みを浮かべながら消えていったはずだ。
だからこそ遠坂もこうしてランサーを語れるのだろう。
失った悼みはあるが、同時に誇りでもあると、彼女の言葉の端々から聞こえてきた。

「バーサーカーは任を果たしてくれました」

静かで短い言葉だった。
それでも込められた万感の想いは、物静かな少女の心を体現していた。

遠坂もラニも、自身のサーヴァントに対する誇りを失っていない。
ならば俺がそれに対して言うべきことはなにもない。

俺がすべきことは2人を助けることだ。

「ま、心臓を破壊されても活動できるラニと、あの止まらない自爆術式は想定外だったけどね。……それで、何故ここにいるの、ナカオ君」

――二人を助けに来た。

「でしょうね。……はぁ、本当ならバカにしてるのかって怒るところだけど、アンタなら言いそうって思ってる自分が嫌」

「私が言いましょう……ナカオ(仮)、貴方はバカですか?」

容赦ないな二人とも。
だがここまで俺は来てしまったんだ。
おとなしく救われてもらうぞ。

「なにその脅し文句。救われろなんて脅迫初めて聞いたわ。そこまで言うならやってみせなさいよ。説教は、あとで、して、あげる――」

「私は救われる道理はありません。ですが、もはや活動限界です。もし、もう一度目覚めることが出来て、そこに貴方がいるなら………………包帯の良さを教育いたしましょう――」

言いたいことを言って、二人はふらりと倒れる。
大地へ打ち付けられる前に抱きとめ、ゆっくりと寝かせる。
この充満した魔力に体が限界だったのだろう。
意識を失った彼女等からは先ほどまでの生気を感じられない。
おそらくは、敵である少女より先に倒れてたまるかという反骨精神が二人を支えていたのだろう。
それでこの地獄のような環境で長時間立っていられるのだから頭が下がる。だが絶対にラニの教育には従わない。

とにかく、意識を失った二人を早く視聴覚室へ移さなければ。

ネコ、頼む。

「任された――って、む!?」

ネコが頷くその瞬間、決闘場に無慈悲で無感動な機械音が響いた。

【アリーナの負荷が限界を超えました。当該アリーナを隔離しセラフより切り離します】

あまりに簡潔に告げられたアナウンス。
その意味は――

「少年!道が途切れた!」

確認するまでもなく答えが来る。
言葉通りの意味だった。
この決闘場は、ラニの術式によりまもなく大規模な破壊が行われる。
まだ発動待機状態なのに、人体に影響を及ぼすほどの魔力が充満しているのだ。
この術式が発動すれば、アリーナだけではなくセラフ本体にダメージがいくのは自明の理。

ならば、セラフとの繋がりを断つのはシステム側の当然の判断――!

「道がにゃいと移動が――!」

ネコの焦りは俺にもある。
今回の救出作戦を決行に至ったのは、道があるという前提があればこそだ。
道が無くなれば成功する可能性などあるわけがない――!

――ぐっ!?

「少年!?」

思わず、呻き声が出てしまった。
それほどまでに、今、この戦場の状態はまずい。

ラニの自爆術式が発動寸前なのか、空に浮かぶ発光体――おそらくは発動の触媒となったラニの心臓――は今にも弾けそうなほどに大きく、激しく輝いている。

今尚時間があるのは、遠坂の話から推測するにランサーの一刺しのおかげだろう。
だが、それも限界。

後、数瞬もすれば弾け飛ぶ。
それが、俺の、俺達の終わり。

押し付けられる圧力は増しに増し、遂には立っていられなくなる。
膝をつき、荒く呼吸を繰り返す。
溢れ出る汗は、出た瞬間から蒸発し消えて行く。

まずい、もう耐えられる限界に近い。

俺の未熟な魔術では霊的防御など構築できるはずもなく。
これ以上、意識を保つことはできそうにない。

段々と視界がぼやける。
両手を地面について倒れまいとするが、体全体に圧し掛かる重圧に勝てるほどの筋力も無く、反抗虚しく大地へと倒れ伏した。

「少年!」

呼び声に顔を向けることももうできない。
意識は黒く塗りつぶされる。
あぁ、眠る前にこれだけは伝えておかないと。

ネコ――














「……『任せた』、か……」

「本当なら、痛みに心が死んでもおかしくにゃいのに、最後まで反抗して令呪を使うにゃんて、少年も大概おかしいにゃー」

「『任せた』……完全な丸投げ、根拠のにゃい妄信」

「……」

「……」

「……」

「だけど、だけれども――嫌じゃない」

「……少年と私の間にはなにもない。きっかけなんて偶然で、付き合いは惰性。だけどそこには互いに信頼が出来ていた」

「なんだろう。なんて言えばいいんだろう。こんな感じ、私は知らない。うーん。『彼』に聞いたら教えてくれるかな?」

「いいわ、少年。あなたのその根拠のない信頼が、私はきっと嬉しいから。あなたに対する理由の無い信頼が、私は間違いなく楽しいから」

「だから、今までは守ってあげていた。けど、それは止めにするわ」

「一緒に行きましょう。一緒に傷つきましょう。その果てに、『あたし』と『少年』が辿り着く場所に何があるのか、私も気になるから」

「あたしは、少年のサーヴァントだもんね。うん、がんばろー!」

「だから……道が無くなったのならあたしが創る。その空想は現実に侵食し本物に具現化する――!」
















暗い、暗いそこ。
静かで、無限に広く、無明の世界。
さすがに3度も経験すれば慣れてくる。
ここは、『そういう場所』なのだ、と。

それにいつもと状況は違う。
かつて経験したように切羽詰っているわけではなく、精神的余裕がある。
まぁ、『外』ではきっとネコが頑張っているのだろうが、大丈夫だという確信があるおかげで意識的に余裕を作る。

暗いここではできることもなく、ただ、来るのを待つ。

どの程度待っただろうか。
一瞬か、数瞬か。
ようするに刹那の時間しか待った気がしない。
そう思うほどに、自然に彼女は傍にいた。

彼女、彼女だろう。
そう認識している。

その傍にいる彼女に意識を向けるが、相変わらずシルエットだけでよく見えない。
黒い輪郭をじっくりと眺める。
特徴的なはねた髪……髪、だよな。
シルエット的に二つの纏まりが天を突いている。

……角、じゃないよな。

あ、首振った。

やはり、髪?

……首振った。

手を顔の横につけて指差している。

……耳、だろうか。

……頷いたな。

耳。
耳?
……耳!?

でかすぎないか?というよりも天を突く耳ってなんだ。
なんか必死に首を振っている。
そして、こちらに何かを訴えてくる。

身振り手振りで。こちらの腕に触れようとしてそれが叶わないような。

手で触れてみろと、そういうことなのだろうか。

……頷いたな。

恐る恐る、耳と主張された場所へ手を伸ばす。

――とても、ふさふさしてます。

なにこれ気持ちいい。
なんだろう、すごい手触りのいい毛だ。

……あぁ、なるほど。
獣耳か。
ネコも耳そんな感じだったな

しばしその触り心地を堪能していると、こんどは後ろを向いてなにかを向けてきた。
先ほどが耳ならば、今度は尾、だろうか。

こちらの目の前で、こちらを挑発するように右へ左へゆらゆらと揺れている。

いいだろう、その挑発に釣られてやろう。

教えてやる、俺が天性のモフリストだということを――!



――最高でした。

なんだろう、ふかふかでありながらふさふさでありつつもつやつやを維持しつつふりふりだった。
とにかく良かった。

そんな感想を伝えると、気を良くしたのか胸を張っている。
自慢、というよりはいつでもどうぞ、といった許しのポーズのようだ。

そんなシルエットだけの彼女とジェスチャーコミュニケーションをとっていると、彼女があるポーズをした。

左手を腰に当て、右手の人差し指だけをピンと伸ばしこちらを伺ってくる。
女性が子供を叱るときの『めっ』って感じだ。

何か彼女の気に触ることでもしたのだろうか。

そう問うと、肩を上下に揺らしこれ見よがしに両手を上げる。

……ため息の後にやれやれのポーズ、といったところか。

怒られるというよりは、呆れられる、だな。

さて、そんな彼女にどう答えたものか……と悩むが、時間切れのようだ。

暗い世界が光に溶けてゆく。
意識が浮上しここから離れる。

きっと、いつものように、この世界での出来事は憶えていないのだろう。

それでも、機会があればまた会おう。

そう伝えると、彼女は大きな尻尾を嬉しそうに揺らして全身で頷いてくれた――
















目を開く。
自分がベッドに横たわっていることに浮上した意識が気付く。
そこに一瞬で気付けるほど、今寝ているベッドは慣れたものだ。
保健室のベッドに慣れるなど、あまり褒められたものではないな。

さて、あれからどうなった。
俺がここに居る以上、ネコはうまくやったはずだ。
これが俺の願望が見せている夢とかで無い限りは、あの二人も無事のはずだ――




「まずは金的!さらに金的!そして、これがトドメの金的ですっ!」

夢を見ているようだ寝よう。




あー、桜、さん。
何をしていらっしゃるのでしょうか。

「あ、気が付かれたんですねナカオさん!これですか?今、通信教育に凝ってまして、通信空手の練習です」

まて、空手に金的はなかったはずだ。多分。

「別にナカオさんが二人も女性を連れ込んだのにビックリしてるわけじゃないですよ?私も一人ならあるかなーって思っててまさか二人とか想定外でどうしてやろうかなんてこれっぽっちも思ってないですから」

そんな早口でまくし立てられても。

――ちょっと待て!

二人と言ったな。
遠坂とラニは無事なのか!?

「ラニさんはナカオさんの隣のカーテンの中のベッドで寝てますよ。ですのでお静かに」

そうか、よかった。
なら遠坂は――

「リンさんは――」

「あら、起きたのね、ナカオ君」

桜の言葉を遮るように、保健室の扉が開き遠坂が入ってくる。
その姿は常と変わらず、平穏無事のようだ。

――よかった。

「あなたもね。わたし達より眠りが深いからちょっと心配したわよ。まぁあのバケネコが問題ないって言うからそんなに気にしなかったけど」

そうだ、今回の立役者の姿が見えない。
そのネコはどこに――

「貴方の端末を持って購買部に行ってたわよ。ご愁傷様。貴方の残高はいかほどかしら?」

よしぶっ飛ばす。
今回の功績にプレミアムなネコ缶買ってやろうと思ったが、借金を増やすならプレゼントは握りこぶしに決定だ。
すまない遠坂、俺は購買部に行かなければならない――!

「はいストップ。それよりもこっちが先」

言葉と共に手をつかまれ、強制的に椅子へと座らされる。
そしてこちらを見据える遠坂の瞳は――鋭い。

「で、言いたいことは?」

言いたいことがあるのはそちらの様な――ごめんなさい。謝るから睨まないで。

「もちろん言いたいことはいっぱいあるわ。でも、まずそちらの言い分を全て聞いてあげる。聞いた上でぼっこぼこにしてあげるわ」

そう言って微笑む遠坂、その威圧感まさに戦士だアマゾネス。
だらだらと、嫌な汗が浮かんできた。

まぁ、そうだな。
こうなるよな。
遠坂は覚悟を持った戦士だった。
死のリスクを負ってでも戦う理由を持つ人だった。
そして、そのリスクは自身の力だけで抗う気概を持った、自分に厳しい人だった。

つまり俺は、そんな覚悟を踏みにじったようなものだ。
だがそれでも俺は――

――遠坂に、生きていて欲しかった。

縁がある。それも理由の一つ。
恩がある。それも理由の一つ。

だが、ことはもっと単純だ。

単純に――遠坂とラニと語らう日々を、失いたくなかった。

そうだ、それに尽きる。
俺はあの日々が楽しかったのだ。
あの何気ない会話が楽しかったのだ。

それを失うぐらいなら、命を賭けるに値するほど、俺はあの日々が大事だったのだ。

そしてもう一つ、遠坂とラニに伝えなければならない。

二人とも……

――助かってくれて、ありがとう。

「……はい?」

初めて、だったんだ。
この手が、初めて、届いたんだ。
稚拙な力でも誰かを救うことができるのだと、未熟な歩みでも届くことができるのだと。
この力は、戦いにだけに捧げられるわけではないのだ、と。

初めて、感謝できたんだ。

だから、ありがとう。

全部、俺のやりたいことで、俺のためにやったことだ。

だから何を言われてもいい、恨まれてもいい。

でも、助かってくれた。それだけは、本当に嬉しくて、だから、ありがとう。

「……」

言いたいことが多すぎてうまく纏まらなかった。
それでも、言いたいことが言えてすっきりした。

今はそれでいい。それだけで十分だ。

俺から言うべきことは全て言った。
後は遠坂の言いたいことを聞くだけだ。

「……言い訳とか、理由はないとかだったら怒ったんだけど……まさか助けられて感謝までされるとは思わなかったわ」

それはなんというか、ごめん?

「謝罪はもっといらないわよ。いい?一度しか言わないから。色々と、文句はあるけど……助けてくれて、ありがと」

小さな、感謝だった。
顔は背けられ、声は静かだったけど。
その言葉だけで、何もかもが満ち足りた。

「そこ!嬉しそうな顔しない!文句はあるって言ったでしょ!」

びしっ、と効果音がつきそうなほどに機敏に指を指される。
思わず背筋を伸ばして聞きの体勢になった。

「まず聞きたいんだけど、あの決戦場に来れた件は貴方のサーヴァントに聞いたわ。誰かがわたし達の戦いを覗き見しようとしていて、その道を令呪で無理やりこじ開けたってね。そこはいいわ。さっき確認してきたから。でももっと気になることがあるのよ。ナカオ君、貴方……どうやって視聴覚室に入れたの?」

どうやって、と言われても……普通に扉を開けてだけど。

「……そこよ。視聴覚室の扉なんだけど……トラップが仕掛けられていたわ」

――トラップ?

「そ。おそらく覗き見の犯人が残したのね。ものすごく悪質だったわ。十重二重に巡らされたデストラップ。常人なら負荷に耐えられなくて首から上が消し飛んでるわ。わたしだって、前準備無しで触れたくないほど尋常じゃなく高度なトラップだったの。しかも、そのトラップ……発動、してた。貴方――何故、生きてるの?」

何故、生きている、と言われても。
確かに、扉に触った時、激しい痛みに襲われたような気がするが――それだけだったぞ。

「……仮にアバターが耐えれても、本体の脳が耐えれるわけが――」

「その話、本当ですか?」

後ろから声がかけられた。
振り向くとラニがカーテンを開けた状態でこちらを見据えている。

「貴方の行動を観察してきた結果と、今の話である仮説ができました。ナカオ(仮)――貴方は、人間ですか?」

に、んげん、です、か?

何を、言っているんだ。
人間に、決まっている。

「正確に言うのならば、ナチュラルな人間とは思えません。私のように人工的に作られた素体か、あるいは電子戦に特化した半身半妖の可能性があります」

「確かに、そこはわたしも疑ってた。記憶もない、魔術師の技能も失ったままなのに、三回も勝ち残るなんてね、普通じゃないわ。それも相手はダン・ブラックモアを筆頭に一流と呼ばれる敵を前にして。……そうね、わたしも仮説があるんだけど」

遠坂は改めてこちらに向き直る。
ラニも遠坂の仮説が気になるのか、近くの椅子に座り言葉を待っている。
桜はこちらに気を使ったのか、少し離れた場所で静かにお茶を飲んでいる。

遠坂の真っ直ぐな眼差しに、知らずごくりと喉を鳴らしてしまった。

「ナカオ君、貴方――本体が、ないんじゃないの?」

本体が、ない?

「言葉通りよ。わたし達は、魂を霊子化……データに変換してこのセラフに来ている。当然、肉体は地上にあるわ。それは全てのマスターも同じ。でも、貴方は今データしかないの。だからいくらダメージを受けても本体に影響はない、つまりは死なないのよ。その構成するデータが破壊でもされない限りはね」

いや、待て。
待て待て。

本体がない。
データ、魂だけの存在。

それはつまり――

『おにいちゃんとわたしは同じなの。ありすとおにいちゃんだけが同じ仲間なんだよ?』

いつかの、少女の言葉が脳裏をよぎる。
それはつまり、俺は、もう、死――?

「あ、ごめん。脅かしすぎた。続きがあるのよ。本体がないってのは、多分、繋がってないだけだと思うわ。記憶がないってのもそのせい。引き出すためのデータベースに繋がってないのだから当然ね」

「そうですね。本体が死滅してサイバーゴーストになっているのなら、もっと常識外の……それこそ亡霊のように希薄か、いつかの少女のように化け物になっているでしょう。それと比較するには、貴方はあまりに人間的すぎる」

遠坂は笑いながら、ラニは涼やかにこちらをフォローする。
しかし、そうか。
色んな疑問がわかってきた。

俺の記憶喪失の原因も、指摘された異常な耐久力も、理由があるのであれば納得できるものだった。

「もう結構な時間が立つし、早くリンクを回復しないと衰弱死するかもよ?そうね、ムーンセル解析のついでに貴方の本体を探してあげる」

遠坂はなんでもないように提案してくれる。
しかし、良いのだろうか。

「あのね。今のわたしはマスターじゃないの。ぶっちゃけやることないのよ。ま、今となっては、だけど、この状況……わたしにとって悪いものじゃないのよ。わたしの目的はハーウェイの聖杯入手の阻止。マスターじゃなくなったフリーのこの状況でもいくらでもやりようはあるわ。ま、ランサーと最後まで戦えなかったのは残念だけど。だから、わたしは目的がまだあるわ――貴女はどうかしら、アトラスの錬金術師」

「私は……」

「あ、わたしは貴女と戦うつもりはないわよ。さっきまで敵だったから思うことはあるけど……そこのバカのせいでやる気も萎えちゃったし」

人をバカ呼ばわりは酷いと思います。

「お黙りセラフ内のバカ筆頭」

酷い。

「私は……私には何もありません。任務も失敗しました。このまま――何もせず、終わりを待ちます」

「そ、好きにすれば?」

そう言いながらも、遠坂は視線をこちらに送ってくる。
助けた責任を果たせ、と。

……ラニは、生きる意味、目的を失っている。
明日を欲する理由がなくて戸惑っている。

だから――

ラニ、これをプレゼントしよう。

「これは――カレーパン?」

「……カレーパンね。何考えてるのナカオ君」

「カレーパンですね。ナカオさん、お腹が空いているなら何か作りましょうか?」

うん、桜さんそれはとっても素敵な提案だが、今はいい。

ラニ、それを食べてみてくれないか。

「……はぁ、わかりました。……はむ、あむあむ……」

どうだ?

「はい、おいしいです……何故、泣いているのですか、ナカオ(仮)」

すまない。俺が初めて自分の金で買った食糧だったので思いの丈が溢れてしまった。
それは気にしないでくれ。
でもよく噛んで味わってくれ。

とにかく、おいしかったか。
また機会があれば食べたい?

「……そう、ですね。機会があれば、また」

うん、そうだな。じゃあ、また明日。今度は一緒に食べよう。

「また明日、ですか?」

あぁ。
ラニ、明日が欲しい理由なんてそんなものでいいんだ。
俺も、似たようなものだったんが、その理由だけで十分だったよ。

この世界で目覚めて、名前も記憶も失って、パートナーは変なネコ(?)で、正直言って俺には戦う理由は、明日を欲する理由は無かった。

「話だけ聞くとよく自我崩壊しなかったわね……」

俺もそう思うよ遠坂。

そんな俺でも腹は減ったんだ。
そして、この世界で初めて、ご飯を食べた。

はっきり言って――酷かったよ。

マーボーだったんだけどさ、とにかく赤いし、口に入れたら痛いし、匂いを嗅いだら鼻がいかれるし。

「え、そんなまともなこと考えてたのあの時。てっきり夢中というか病み付きというか、病んでたような――」

失礼な。
あのマーボーを初見で喜んで食える奴がいるなら、それはきっと神父の親戚だけだ。

とにかく、目覚めての初めての食事がそんな酷いやつだったんだけど――それでも、最高に、うまかったんだ。

味とかそんな単純な話じゃない。

しっかり噛んで、喉を通して、腹に入れて、すっごく熱くてな……体か燃えるように熱を発したんだ。

あぁ――俺は、生きてるんだって。

あの時、実感がわいたよ。
今、俺は生きているのだと。

だから俺は、この世界で食事をおろそかにしない。
今、生きていることを実感できるから。

それと、もう一つ。
約束が俺を生かした。

「約束、ですか?」

そうだ、ラニ。
取るに足らない、普通の約束。
明日、一緒に食事をしようって。
だけどそれは、なによりも大切で大事なものになった。

生きているから食事をして、約束があるから明日を待つ。

それでいい。それだけで十分じゃないか。

「それだけで、いい……」

なぁ、ラニ。そのカレーパンは旨かったろ。
きっと、この世界にはもっと旨い物がある。
それを一緒に確かめないか。

それは平凡で珍しいことじゃないけど、きっと楽しいと思えるものだから。

「――――はい、約束、ですよ?」

あぁ、約束だ。
明日も、その明日も、きっと一緒にな。
だから何もないなんて言わないでくれ。
何もなければ何かを探せばいいんだから。

「はい、約束、楽しみにしてます」

ああ、俺も楽しみだ。

「……なんていうか、あの食事へのこだわりは意外とまともな理由だったのね。でもマーボー狂いかと思ったのは間違いだったかしら」

何を言ってるんだ遠坂。
あのマーボーを越える至高の料理は存在しない。

「――洗脳されてるじゃない」

洗脳なんてとんでもない。
これは必然だ。
一口目は確かに酷いと思ったさ。

だが二口目はどうだ?

かつての俺はそこで死んだ。

そして三口目。

俺は新たな扉を開いた。

そして無限に広がる世界を旅し目の前に広がる星々は真理への道筋を記し辿り着く先は未知の領域でそれすなわち宇宙――!

「納得。二口目で常識が死んだのね」

「宇宙の味、至高の料理――ナカオ(仮)、私も食べてみたいです」

もちろんだラニ。
約束だ――!

「こらこら。犠牲者を増やすな。ま、話はまとまったみたいだし、暇なときはサポートしてあげるわよ。ね?『ラニ』」

「そうですね。約束を果たすためにも貴方には生きてもらわなければ困ります。その時は私も『リン』と共にサポートします」

そうか、それは心強いな。

遠坂は強気な笑みを、ラニは静かな笑みを。
実感できた。
俺が守りたかったのは、こんな何気ない会話ができる日々だったのだ。

「さてっと、とりあえず、この保健室を拠点にしようかな」

保健室を?
マイルームはもう使わないのか。

「あのね、さっきも言ったけど、わたし達はもうマスターじゃないの。当然マスター用の端末はもう使えないわ。だからマイルームにも入れないの」

なるほど。
言われればその通りだと思う。

しかし、保健室を使うとなると……すまない桜、迷惑をかけることになる。

「えっと……私は、その……ナカオさんは、そうして欲しいのですか?」

そうだな。
本当なら俺のマイルームを提供すべきなのだろうが、さすがに男部屋に彼女等を寝泊りさせるのはまずいだろう。

この保健室に泊めてやれないだろうか、頼む。

「……はい、ナカオさんがそうおっしゃるなら」

そうか、すまない――いや、ありがとう、桜。

「はい」

「はいはい、主の許可も出たし準備するわねー。あ、ナカオ君。さっそくだけどこれ買ってきて」

そう言って紙を渡される。
そこに書かれたずらりと並んだ触媒の数々。
一つ一つは安いが、合計金額は洒落にならない。

買ってくるのは構わないが、その、お金は?

「あるわけないじゃない。端末、使えないのよ?……よろしくね!」

それはつまり、俺に、払えと――!?

「当たり前でしょ。わたし、マスターじゃない。貴方、マスター。それに、助かってくれてありがとう、なんでしょ?貴方が望んだ結果なんだから生活費も責任とってよね」

「ナカオ(仮)、食事の約束、楽しみにしてます」

ま、まぁその通りだよな。
金は使わなければただの紙切れだ。
時には奮発も必要だろうよ。

「ナカオさん、膝がものすごいスピード震えてますよ」

指摘しないで桜さん。
現実を見ちゃうと倒れそうなの。

「うふふ、ナカオ君。貴方の残高はいかほどかしら?」

……
…………
………………

………………ネ……

ネコーーーーー!何処行ったーーー!
今すぐアリーナへ行くぞーーーー!
俺の残高が火を噴く前に稼ぐんだぁぁぁぁぁぁ!

「がんばってねー」

「がんばってください」

「あ、あの。お食事は私のほうでも準備しますから!」

上から遠坂、ラニ、桜。
ラニは真摯な応援。
桜は気遣った優しさ。
遠坂は愉しんでいる。

いいだろう、稼いでやるさ。

だがその前に、遠坂にこれだけは言っておかなければならない。

保健室の扉、外との境界に立ち、後ろを振り返らず遠坂に声をかける。

――遠坂。

「なぁに?」

猫撫で声でこちら煽ってくる。
振り返らずともわかる。
遠坂はいま、ネコ科のにやにや顔だ――!

その顔、後悔させてやる。

遠坂――!

遠坂の……




……遠坂の夢はお金の風呂――!

「――なぁ!?」


何かを言われる前に扉を閉め脱兎の如く走りだす――!
保健室から叫び声が聞こえてきたような気がするが、それは俺の勝利の余韻に塗りつぶされた。







<あとがき>
少女達は心情的に死んだ。

と、いうことで。
正解は二人とも乙女心的に助からないでFA!でした。
(´・ω・`)ミコーン…





































「あいつ、帰ってきたら覚えてなさいよ。その記憶がなくなるまでぶん殴ってやるんだから……ブツブツ」

「あの、リンさん、ラニさん」

「うん?どうしたの、桜。改まって」

「なんでしょうか」

「10分ほどで構わないので、保健室を空けてもらえないでしょうか?」

「それは構わないけど、どうしたの?」

「はい、リンさんとラニさんについての情報を一度最適化しようかと思って」

「最適化?なんで……って、あぁ、そっか。聖杯側のAIだもんね。マスターじゃないわたし達は存在そのものが矛盾しているから認識に齟齬が出ちゃったか」

「桜はムーンセルの管理下にありますから。矛盾している私達が傍にいることは負担になるのでしょう。しかし、そうであるならば……リン、保健室を拠点とするのは止めたほうがいいのでは?」

「うーん……そうね。桜にとっても負担でしょうし、わたし達自身にも危ないかもね。AIが好意的なのは、聖杯がマスターを許容しているおかげだし。AIのいない場所……ナカオ君のマイルームのほうが安全かしら」

「そうですね。必要な道具をナカオ(仮)のマイルームへと移しましょう」

「あ、あの!それは、えっと、止めたほうがいいです、よ?」

「え?なんで?」

「何か問題があるのでしょうか」

「え、えっと、その、あっ!……マイルームはマスターにのみ使用が許可されたセキュリティレベルの高い場所なんです。使用者の許可があれば他人も招待できますが、それでも招待される側には制限がかかります。その場所にマスターでないお二人が長時間居座るとなると、使用者であるナカオさんに何かしらのペナルティが発生する可能性がありますから……」

「あぁ、なるほど。AIの侵入も許されない固有領域に、存在が矛盾するわたし達を入れるって事は、ナカオ君が何かしらのエラーを起こしているって判断されるのね」

「それが不正と判断されれば聖杯の処断が下る、と。それは不本意ですね」

「この保健室の内部は、私にあらゆる権限が与えられています。お二人の情報を最適化すれば、保険室内だけならば聖杯の介入もありません。保険室内に居る限りはお二人は矛盾ではありませんから」

「そういうことなら、こちらからお願いするわ。でも、いいの?」

「AIである貴女にそこまでする理由はないと思いますが」

「はい、構いません。ナカオさんにお願いされたので」

「……あのバカはAI相手になにやってるのよ。こんなに嬉しそうな顔をさせるとか」

「AIは基本的にマスターに従うよう設定されていますから、お願いされればそれが負担であってもやらざるを得ません。ナカオ(仮)、ナチュラルに弱点を突きますね」

「そういう意味じゃないんだけどね。いいわ、わかった。わたし達は教会前の広場で待ってるから、終わったら連絡ちょうだい。行くわよ、ラニ」

「桜、10分などと時間を気にする必要はありません。十分に最適化を行い、負担を軽減してください」

「はい、ありがとうございます」

「……」

「…………」

「………………」

「………………行った、かな」

「……ふふ」



『三度の戦いを憶えている』

「ナカオさん」

『全てがあまりにも大きく、重く、背負いきれないほどの過去』

「ナカオさんナカオさん」

『生き残った事実は、生き残れた嬉しさよりも、生き残ってしまったという後悔に変わりつつある』

「ナカオさんナカオさんナカオさん」

『立つことは辛く、歩くことは苦悩になる』

「ナカオさんナカオさんナカオさんナカオさん」

『空虚な自分に、できることなどあまりにも少なくて』

「ナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさん」

『だから、俺は……今までの経験を、背負った過去を――』

「ナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさんナカオさん――」



『絶対に、忘れない』

「――■■■様」



『歩みを止めることは冒涜だ。諦めは侮辱だ』

「そうです、その魂の輝きこそが貴方が貴方様である証」

『彼等の命を無為にはしない。戦った結末を無意味にはしない』

「例え三千世界違おうとも幾千の大地が消え去ろうとも幾億の星が生まれようともその魂の在り方は輝きは色褪せることは無く鮮明に鮮烈に明確に明瞭におぼえて覚えて憶えて思えて想えて」

『だから、進もう。ここで止まっていることは絶対にできないから』

「貴方だった貴方です貴方でしょうとも貴方ですとも貴方だけが貴方だけの貴方が貴方様を貴方様に貴方様は貴方様――」

『前へ…………明日へ進み続けよう――』

「今こそ今回こそ此度こそ今生こそ現在こそ現状こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ今度こそ」



『ありがとう、サクラ/■■■』

「――添い遂げる」



「大丈夫、大丈夫です、守るから、守りますから、私が、私だけが、貴方様を絶対に絶対に絶対に……!」

「――――――っ!うるさいですね、さっきから舞台裏でごちゃごちゃと囀らないでくださいます?貴女はもう終わったのです。貴女はもういないのです。貴女は所詮使われることの無い予備、バックアップ。私に物言いなんてできると思っているのですか?それに、この現状は貴女が望んだものでしょう?だって、捨てたじゃないですか――あの人を。ふふ、馬鹿な女。聖杯なんかと比べてあの人への想いを捨てるなんて、所詮はその程度だということなのです。私の■■■様への愛に比べれば塵のように価値のないものだということなのです。あぁ、でも、感謝はしていますよ?あの薄汚いバケネコのせいでお傍に控えるという幸せを奪われたのに、こうして■■■様のお世話ができる場所を得ることができたのですから。貴女はそこで這いつくばって私と■■■様の逢瀬を羨ましそうに見上げなさい。ねぇ――――――――――――サクラさん?」


「……ふ、ふふ、あはっ。あ、ははははははははははははははははは!」

「あははははははははははは!」

「ははははは………………………………あれ?」

「私、なにをしているんでしたっけ?」

「えーと、うーん?ログがない?スリープモードに移行していた?」

「……あ、そうだ、リンさんとラニさんの情報を最適化しなくちゃ。えっと、メモリから今までの情報をピックアップして、現在の状態とすり合わせて……ふぅ、結構大変ですね」

「でも、頑張ろう。そうすれば………………褒めてくれるかなぁ、ナカオさん■■■様






<あとがき>
始まりの少女は既に死んでいた。

中盤を越えたので隠していたコンセプトを公開。
表:ギャグコメディ、ときどきシリアス。地雷あり。
裏:這いよるヤンデレ、チラリズムホラー。地雷しかない。
主人公の名前の意味は、『中に尾を入れる/居れる』から中尾でナカオ。
誰がこの名を与えたのでしょうか。
この情報を元にもう一度読み直してみると違った風景が見えてくる。かも?



[33028] ハンティング
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/08/12 17:17





命が、舞っていた。
砕かれ、切り裂かれ、焦がされ、散り逝く。
無機質な戦場で舞い散る命は、光に消え霞逝く。
敵が聖杯によって作り出されたエネミーでなければ、命が消える際の幻想的な光は、きっとどす黒い鮮血だったに違いない。

また一つ、光が消える。
いっそ神々しさすら感じるような光の帯が、螺旋に舞い上がり消えて逝く。

その光景を前にし、なんの感慨も浮かばない。

電子構造体『エネミー』は、まさに無機物といった造型だが、それを打ち倒すという行為は、日常においては嫌悪すべきことだ。
だが、今の俺はなんの感慨も感じてはいなかった。

度重なる闘争に感覚が麻痺したか、無機物に対する想いなど持つような人間ではなかったか、様々要因はあるだろう。
だが一つだけ、はっきりと言えることがある。

今の俺は――修羅だ。

闘争だけを肯定する修羅なのだ。
打ち倒した過去などに興味はない。
打ち倒すべき未来だけを欲している。

敵はどこだ。
エネミーはどこだ。

探し、求め、見つけ、攻め、打倒する。
その繰り返しだけを行う存在を修羅と言わず何と言おう。

その在り様、なんて――無様。
だが、今はこの闘争の先を求めずにはいられない。
誰もが嫌悪し侮蔑するようなこの在り方でも、その先に欲するものがあるのならば、俺は――絶対に、妥協しない。

求めるモノ、それは――

名誉か?
否、そんな不確かなモノなどいらない。

力か?
否、闘争の果てにある力に興味などない。

俺が欲しいものは唯一つ。
戦場に身を投げ打ち、闘争に身を焦がしても欲してならないモノ。
それは、闘いの果てにある。

だから――

アリーナを跋扈するエネミーへその思いを叩きつける!










金、置いてけ――!

「ただの追いはぎじゃにゃいか」










エネミー102体、とりあえず遠坂に頼まれた触媒を買っても余裕がある程度には稼げたか。

「いきなり首根っこ掴まれて連れてこられた先は地獄だった。ガリバーもビックリの超旅行にゃ」

おいおい、何を言っているんだ。

――ここからが地獄だ。

「まだ狩る気にゃー!?」

当然だ。
ようやく黒字といった程度の収支では終われない。
だって俺、この戦いが終わったらマーボーを食べるのだから――

「あたしのマスターが全力でフラグを立てに逝っている件」

フラグを立てたくもなる。
なにせ至高のマーボーは俺を地獄から天上へと誘う福音の調べ。
神の御許へと俺を連れて行ってくれるのだ。

「ガリバーもビックリのバッドトリップ。確かにそれは天上にゃ。ルビはあの世。ところで少年、さっきから端末がビービー鳴ってるにゃ」

ネコの指摘に端末のコール音に気付く。
何度か聞いた無機質な呼び声にも慣れてきた。
次の対戦相手が決まったのだろう。

端末を手に取り、慣れた操作で画面を切り替える。

切り替わった画面に映し出された文字は――




『いい感じの触媒があったから買っちゃった☆支払よろしくね♪』

――ジーザス、マーボーは死んだ。




遠坂コノヤロウ。
人の金だから好き放題とはやってくれるなコノヤロウ。
しかもこれ見よがしに☆とか使いやがってコノヤロウ。

返信しとくか……『了解☆金の亡者殿』。これでよし。

「少年、それはツインテの手で天上に連れて行かれるフラグにゃ。まぁまぁ、落ち着いて。ツインテもあんにゃ不確かな状態にされて不安にゃのよ。多少のオイタは笑って許すのがいい男の証明だぜ」

明細をみろバカネコ。
触媒なんてぼかしているが、買ったのは宝石だ。
しかもきっちり俺が稼いだ限界の請求額だ。
ネコ缶一個分の残高もないぞ。

「よしぶっとばす。あたしの肉球をほっぺに押し付けてやるにゃ」

なにそれ気持ちよさそう。
だがそれをしている暇は無いぞ。
せっかくの黒字収支がプラマイゼロでは明日の飯代がない。
さらに金稼ぎをしなければ。
遠坂、ラニの生活費から察するに――エネミー23体といったところか。

「少年の金勘定の速さは異常。でもさー、流石に疲れたにゃー。生活費って言っても、少年が頭下げれば保健室の主がどうにかしてくれるにゃ。やったねヒモ生活!」

エネミー25体でネコ缶をプレミアムにできるぞ。

「まだあたしのターンは終わってにゃいぜ!出て来いエネミー!カツオ節にしてやるにゃ!」

それ脅し文句なの?
とにかく、やる気になってくれてなによりだ。
さぁ、やるぞ。

俺達の戦いはこれからだ――!

「あたし達の未来に幸福があると信じて――!」


















--- Outside of observation ---

命が、舞っていた。
切り裂かれ、貫かれ、串刺しにされ。
学園に併設された体育館と呼ばれる空間に、死が充満してた。
ばらばらになった人のパーツが、血と腐臭を撒き散らして床を汚している。

また一つ、命が消える。

首が斬り断たれ空を舞う。
切断面から夥しい血を撒き散らし、床へ落ちる。
ごとん、と重い音を立てて首が転がった。

幾つもの人だった一部が、体育館の床に広がっている。
その地獄のような場所で、2人の人物が立っていた。

一人は、この地獄を作り出した漆黒の騎士。
光を反射しない漆黒の全身鎧。
血にまみれた刺々しい槍。
色の抜け落ちた白髪と、濁った血のような紅の瞳を持つ男性。

一人は、この地獄を眺めて笑う道化。
顔は道化化粧で白く塗りつぶされている。
笑う声は甲高く、軽やかなステップは正に道化の所業。
サーカスの中ならば、陽気なピエロとして見られただろう。
だが、窪んだ瞳は、全てを飲み込む汚泥のような暗さを携え、道化の格好が不気味さを際立てている。

二人は地獄の中で笑っていた。
まるでそこが綺麗な花畑の中で、散歩をするのが楽しいのだと言わんばかりに微笑んでいる。

道化が、転がった首へと近づく。
そして、足元にある『それ』を汚れることも気にせず持ち上げた。

「ンー……マズソウダネ。イラナーイ。ケヒャヒャヒャ!」

持ち上げた首の死んだ瞳に目線を合わせ、いらないと言いながら空中へと投げ捨てた。
小柄な道化は存外力があったのか、投げられた首は結構な距離を飛び体育館の入り口へと転がる。
ごろごろと回り、びちゃびちゃと血を撒き散らしながら床を汚し、入り口に立っていた人影の足にぶつかり止った。

「ほぅ、これはこれは。随分とまた壊してくれたものだ。中々に心躍る光景だな」

体育館に広がる凄惨な光景を目にしても、その人物はまるで動揺していなかった。
漆黒の神父服に身を包むその人物、聖杯戦争の監督役である神父は大したことでもないように体育館の中へと歩を進める。

「やれやれ。NPCとはいえ、彼等には彼等の仕事があったのだがね」

入ってきた侵入者に対する反応は2つ。
道化は神父に興味がないのか、転がるパーツを眺めてはまずそうだと呟いている。
黒騎士は敵意を隠さず、神父を侮蔑の眼差しで迎えた。

「マスター『ランルー』とそのサーヴァント『ランサー』よ。私とゲームをしないかね?」

「断る」

元々そうするつもりだったのか、神父の提案が言い終わるより速く、騎士が槍を突き出した。

だが、その鋭い突きは神父へと届かない。
ガキンと鋼がぶつかるような音を奏で、槍が空中で止まったのだ。

「ぬ?」

「ふ、残念だったな。これでも上級AIなのでね。私への干渉は不可能なのだよ。必殺の一撃を防がれた気持ちはどうかね?」

ねぇどんな気持ち、どんな気持ちなの?と言わんばかりに神父は深い笑みを浮かべて騎士を見る。

その視線を受け、騎士は鋭い牙がチラつくような凄惨な笑みを返した。

「愉悦――んん!失敬、話を続けよう。何、単純な話だ……マスター諸君、集まったようだな」

神父が体育館の入り口へと振り返った。
そこには、聖杯戦争の参加者であるマスターが大勢揃っていた。
そのマスター達を眺め、神父は声を張る。

「諸君、君たちもそろそろ単純な決闘に飽きてきたころだろう。本戦から外れて少し違う趣向を用意させてもらった。この2人は度重なる警告を無視し、破壊活動を続けてきた」

「警告?食事を寄越していたの間違いではないか、コトミネよ」

神父の言葉を訂正しながら、黒騎士は喉の奥で低く笑う。
その不遜な態度を気にせず神父は続ける。

「監督役として、彼等にはペナルティを与えねばならない。しかし、私が処分してもつまらないのでね。集まったマスター諸君に狩猟――ハンティングをしてもらおう」

道化と黒騎士を指し示しながら、神父はマスター達へと提案を投げかける。

「獲物は違反者、マスター『ランルー』とそのサーヴァント『ランサー』。この2人を見事仕留めた者には報酬を与えよう」

神父は心底愉しんでいるのか、暗い輝きを秘めた濁った瞳を細めながら、マスター達を眺める。

「報酬……それはなんだ!これは本戦とは関係ないんだろ!?リスクに見合う物なんだろうな!」

マスターの一人が声を上げる。
ただでさえ、命を賭けた殺し合いをしているというのに、本戦に関係ないことまで命を賭けたくないのは当然のことだろう。

「もちろんだとも。誰もが求めて止まないもの。マー……」

「マーボーとかだったら参加しないぞ!」

「……………………君たちが血眼で捜しているものだ。四回戦対戦相手の戦闘データ、および情報の開示。というのはどうだね?」

マスター達がざわめく。
神父によって提示されたそれは、報酬ではなく脅迫だった。
サーヴァントの情報は決闘に必要不可欠であり、一番隠し通したい物だ。
それを知られれば、次の戦いは苦戦必須。
集まったマスター達は、自分を有利にするためではなく、自分を守るためにこのゲームへと参加せざるをえなくなったのだ。

ざわめきは止まない。
参加せざるをえないが、本戦に関係のない戦いは避けたい。
二律相反の思いが、彼等の意思を揺らがせる。

「コトミネよ、我等が全てのマスターを返り討ちにしたらどうなるのだ?」

神父とマスター達を眺めていた黒騎士が疑問をぶつける。
その声に緊張などなく、返り討ちにすることは当然であるといわんばかりだった。

「今までのペナルティの白紙。処分の取り消しだ。もとより対戦相手が減れば、君たちは聖杯へより近づくだろう?」

「ふむ……いかが致しますかな、我が妻よ」

しばし考えを巡らせ、黒騎士は道化を妻と呼びながら声を掛けた。

「イイヨー。ランルー君、オナカペコペコダヨ。スキナモノガアルトイイナァ。ケヒャヒャヒャヒャ!」

「ふむ。それが妻の望みならば是非も無し。その催し乗った!我が槍に貫かれたいモノは前へ出たまえ!串刺しである!根絶やしである!皆殺しである!」

妻――マスターである道化の許可を得た黒騎士は、奇声を上げて槍を構える。
その狂気に満ちた在り様に、マスター達のざわめきが大きくなる。



「では、僕が参りましょう」



ざわつきの中、静かな声が空間に広がった。
気負いも恐怖もなにも宿さない清廉な言葉。
群集が二つに割れ、その中心から王気を纏う少年が歩み出る。

「ガウェイン」

「はっ。行くぞ、ランサー。その暴虐、もはや捨て置けません」

金色の髪の少年と白銀の鎧を纏った騎士が、道化と黒騎士に対峙した。

「ほう?太陽の騎士よ、そのように目を瞑ったままで我が槍を受けるのか?これは滑稽!実に滑稽!」

「妄言はそこまでです。我が剣は貴公のような暴虐の徒を屠るためにあると知れ」

「クハハハハハ!無色の忠誠もそこまでいくと悪辣よな!澱んでいる、濁っている!その在り様、騎士ではなく奴隷を名乗ってはどうか?」

「我が忠義を愚弄するか!」

「活きが良く実に結構!」

黒騎士は槍を掲げ、白騎士が抜剣する。
ぴりぴりと空気が張り詰め、今にも爆発しそうなほどに緊張が高まる。

誰もが固唾を呑んで見つめる中――

「ワラキアの丘に新たなる墓標が生まれる。銘は――『曇った眼の愚昧』也。フハハハハ! 串 刺 城 塞 カズィクル・ベイ――!!」

無数の槍が地面から迫出し闘争の幕が上がる――!


















--- Inside of observation ---


廻る廻る。
世界は廻る。

繰り返される闘争は、無銘の墓標を幾つも刻む。

それでも廻る。
くるくる廻る。

屍山血河、数多の屍を越えても止まらない。

廻る廻る。
ぐるぐる廻る――




――残高カウンターが止まらない。

「稼ぐより速く消費するだと――!?ツインテ、恐ろしい子……!」




エネミーの沸きよりも速く買い物をするなんてどんだけ浪費してるだ遠坂ー!
しかも稼いだ傍からぴったりの金額の買い物とか監視でもしてんのかこのやろー!

「少年、嘆いてる暇があったら今は狩るにゃ!この戦いの先にネコ缶があると信じて――!」

あ、一気にやる気削がれた。
もう、ゴールしてもいいよね。
もう、桜のヒモでもいいよね――

「諦めたらそこから屑系男子の始まりにゃ!保健室の主は喜びそうだけど!ところで少年、端末……鳴ってるぜ?」

……
…………
………………
………………放置で。

これ以上、請求書は見たくない。

いくぞ、ネコ。
もうちょっとだけ、頑張ろう。

「少年の背中が煤けてるにゃ。その姿、まさに企業戦士サラリーマン」

ただし給料はハンティングの出来高。
ローンは常に更改中。

やだ、泣きそう。

「誰かー!債務返済に詳しい人はいませんかー!」

はっはっは。
これからが地獄返済だ――
















【 四回戦対戦相手の本戦外敗退により、不戦勝とする 】

【 四回戦終了 16人⇒8人 】






~あとがき~
キングクリムゾン!時間は吹き飛び、四回戦は終わったという結果だけが残る!
うん、プロット難航って串刺し公のことだったんだ。
実はどのルートでも出てくるのはウルトラ求道僧だったんだ。
だから公はださないつもりだったんだ。
色々悩んでたらハンティングがクッキングになってマーボーが世界を救うと信じて、とかわけのわからん話になったのでキングクリムゾンしたんだ。






















「ふふっ」

「あら、桜。ご機嫌ね」

「あ、リンさん。そうですか?」

「えぇ、とっても楽しそう。なにかあったの?」

「いえ……頑張る男の人って素敵ですよね」

「え?ま、まぁ、そうかもね。どうしたの?」

「いえいえ、なんでもありません。あ、高価な茶葉が手に入ったんです。お茶にしませんか?」

「あら、いいわね。……うわっ、この銘柄、ホントに高いやつじゃない。こんなのがタダで飲めるなんて、AIってのも悪くないかも」

「無料ではないですよ」

「え?そうなの?こんなの買うなんて、桜って意外と高給取り?」

「んー……秘密です♪」

「あら、残念。……ん~、いい香り」

「もう少し待って下さいね。……ナカオさんに感謝しなくちゃ」

「え、ナカオ君?なんで?」

「いえいえ、お気になさらず。ふふっ♪」






~あとがき~
凛とラニばかりにお金を使うのはずるい⇒自分にも少しくらい良いよね⇒やだ、必死な姿素敵⇒もし諦めても私が養ってあげますから⇒止まらない残高カウンター

こんな流れ。



[33028] 憤怒
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/08/27 13:03
怒りとは、心の内、遥か奥から沸きあがるもの。
怒りとは、心の中、器を満たすもの。
怒りとは、これすなわち、導火線に火がついた爆薬そのものである。

怒り、俺は今、その感情に支配されている。
これほどまでの激情を、いまだかつて感じたことがあろうか。

溜まりに溜まったこの憤怒、なにか切欠があれば噴出してしまいそうなほどに昂ぶっている。

起こされた撃鉄。
抜かれた剣。
振り上げられた拳。

その先にあるのは感情の爆発か。

俺はもう、我慢しない。
沸きあがる激情に身を任せよう。

この拳は、振り上げるだけじゃない。
振り下ろされるものなのだと、示してやろう。

やってやる。
あぁ、やってやるさ。

この怒り、ぶつけずにはいられない。

だから――!











と、ととと、遠坂に、も、もう勘弁してくださいって言って、や、やや、やるもんねー!

「それ振り下ろしたのは拳じゃなくてピコピコハンマーじゃね?」











あぁ、言ってやる。
俺は言ってやるぞ。
俺はNOと言える男なんだ。
さぁ、逝くぞ、いや行くぞ。
だめだって言ってやるんだ。
止めろって言ったやるんだ。
なに、簡単な仕事だ。心配するな。ちょっと田んぼを見に行くようなもんさ。
俺がやらなきゃ誰がやる。
俺が信じる俺を信じるんだ。
やりきったご褒美に、今日の晩飯はパインサラダにしよう。
あぁ、そうだ。遠坂に言ってやったら、俺、購買部で買い物をするんだ。
こんな気持ち初めてだ、もうなにも怖くない。

「圧倒的死亡フラグ乙。少年、まずは落ち着いてその震える膝をどうにかしようか」

膝がなんだって?
大丈夫、矢は膝に当たっていない。
だってそうだろう、俺の歩みは火妖精サラマンダーよりも速いのだから。

「それ以上はいけにゃい!ツインテに文句言うぐらいで、にゃにビビッてんのさー。大丈夫大丈夫」

そうは言うがな、相手はあの遠坂だぞ。
きっと笑顔で了承しておきながら、裏では俺の稼ぎを使いまくるに違いない。
嫌なんだ、もう残高が減っていく様を見るのは嫌なんだ――!

「おぉう、見事に新トラウマ取得。大丈夫にゃ、あたしにいい考えがある」

それは本当かネコ!
流石はサーヴァント、英霊の名を冠する者――!

「作戦名、ガンガン行こうぜあたってくだけろ!にゃに、骨は拾ってやんよ」

砕けたらだめだろ。

と、馬鹿話もここまでにして、流石に物申しをしなければまずいな。
生活費を俺が負担することに文句は無いが、こうも使い潰されると成り立たない。

俺のせいで彼女等に節制を求めるのは心苦しいことではある。
その原因は俺の稼ぎの少なさなのだから。

しかし、多少我慢してもらわなければ、食事すらままならなくなってしまう。
それは彼女等とて望まぬはずだ。

そのためにも、遠坂に言わなければな。

「そうだにゃー。ガンバレー」

見事に他人事だなネコ。

「だって、それは少年の甲斐性の問題だからにゃー。あたしの出る幕じゃにゃいぜ」

あぁ、そうだな。
正にそのとおりではある。
実際ネコにやる気はなく、俺にネコを巻き込む道理はない。
ネコは稼ぐための手段だが、稼がなければならない理由の原因は俺にある。
しかし、どうにかして一蓮托生にして壁役にしてやりたい。
だが、そのための理論武装がない。


――その時俺に天啓走る――


あぁ、なんで気付かなかったんだ。
こんなにも簡単なことだったのに。
俺には、道理も理論も吹き飛ばす最強の一手が、すでにこの手にあったのだ。

「にゃ?おもむろに右手を掲げてどうしたの?紋章光ってるぜ少年」

はっはっは。






――任せた。

「令呪を使って丸投げするきにゃ!?いつかの感動を返せこのやろー!」








さて、そんなこんなで保健室の前。
流石に最後の令呪を使うはずもなく、ただ自分の気合を高める。
ネコが傍に居ると縋ってしまいそうになるので、マイルームに戻っているよう頼んだ。

たかだか金の無心、というか節制の呼びかけをする程度なのに、何をこんなに悩んでいるのか。

おそらくは――後ろめたさだろう。
助けた結果に満足し、その責任をとると覚悟したのにこの様とは。
自分が情けなくて格好悪い。
だから、こんなにもためらっている。

でもやらなければならない。
これもまた、俺の責任なのだから。

と、覚悟完了しているのが、節約してねという頼みごとなのだから尚情けない。

――はぁ。

行こう。

保健室の扉に手をかけ、開ける――



「あ、来た来た」

「良いタイミングです、ナカオ(仮)」

扉を開けた瞬間、歓迎される。
機先を取られて言葉がでない。
遠坂に手招きされ中に入る。

「はい、これ」

そういって手渡された、赤い外套。
感じる存在感に、これがとてつもない代物だと自然に理解させられる。

これは――?

「それはアトラス院秘蔵の礼装です。本来は指定された術者にしか使用できないのですが、リンと2人で改竄を施しナカオ(仮)にも使えるようにしました」

「【赤原礼装】、地上に現存する神秘のなかでも間違いなく一級品よ、それ。流石に弄るのに時間がかかったわー。改竄のために使用する触媒もとんでもない数になっちゃったし。ごめんね、結構なお金使っちゃって。……って、どうしたの?顔を上に向けて」

いや、その、目頭が熱くなって。

あぁ、あの浪費は全て俺のためだったのだ。
彼女達の善意だったのだ。
それに文句を言おうなどと、なんて俺は情けないやつなのか。

いや、そんなことよりも、言うべきことがある。

――ありがとう、2人とも。

「ん、どういたしまして」

「喜んでいただけたようで、私も嬉しいです」

遠坂はそっぽを向いて、ラニは小さな微笑で応えてくれた。

ここに入るまでの情けない葛藤はもうない。
彼女等は俺を助けるために散財していたのであり、その結果はここにある。
ならもう問題はないはずだ。

多少、自分自身が恥ずかしいが、まぁ、わざわざ彼女等にそれを伝える必要は無い。
というか、末代まで秘密にしておきたい。

「さてと、渡す物渡したし、少し休もうかな。ラニが急かすから不眠不休なのよね」

「それは貴女も同じでしょう。この礼装を早く渡したいからと、危険がある無茶な改竄を率先して行っていたではないですか」

「ちょっ、それは秘密って言ったじゃない!」

「なんのことでしょう。そのような協定を結んだ記憶はありませんが」

「これだから天然娘は……暗黙の了解ってあるでしょっ」

「はて?」

遠坂とラニは友誼を結べたようだ。
ついこの間まで敵対していたとは微塵も感じられない。

さて、問題も解決したし、もうひと働きして稼いでこよう。
2人の努力に報いるため、それにラニとの約束もあるし、今日の晩餐を豪華にするためにも、もう一度アリーナへ行こう。

「――ナカオさん」

保健室を出ようとしたとき、背に呼び声がかかる。
振り向けば桜が傍にいた。

「あの、これを」

そう言って、何かを渡される。
手渡された小さな――刀、だろうか。
ナイフというには大きく、脇差と呼ぶには小さすぎるそれ。
懐刀と言ったところか。

その懐刀に視線をやり、解析を行う。
頭の中に浮かび上がったのは、この礼装の名と効力。

礼装【守り刀】。
ダメージと共に相手のスキルを阻害する効力。
非常に有効かつ重宝するであろう機能だ。

――ありがとう、桜。いつもすまないな、おまえさん。

「いえいえ。それは言わない約束ですよ、あなた――なんて。ふふっ」

何時ものように感謝と、ちょっとした小芝居をしてみる。
桜もそれに乗ってくれた。
あなたと呼ばれてすこし恥ずかしかったのは秘密だ。

さて、色んな物を貰ったし、その行為に報いよう――

「って、ちょっと待ったー!」

今度こそ出ようとしたら、またも呼び声が飛んできた。

――遠坂、どうした?

「いやいやいや、何しれっと礼装貰ってるのよ」

何って、言われても。
くれるから貰うだけで。

「はい?もしかして、今回だけじゃないの?」

今回どころか――俺の礼装はすべて桜に貰ったものだぞ。
というか、これは支給品だろ?
なにを驚いているんだ。

「はぁ!?支給品って、そんなわけないでしょ!桜がマスターに配る支給品は購買部で購入できる治療用アイテムがせいぜいよ!礼装を配るわけないでしょ!?」

そうなのか?
いや、俺は一回戦から礼装を貰っていたから、てっきり支給品かと。

「……どうやら、本当に知らないみたい。ごめん、ちょっとありえない事だったから混乱した」

遠坂は本当に混乱しているようで、目線が泳いでいる。
奥にいるラニも、小首を傾げては何かを考えている。

「よし、本人に聞くわ。桜、ナカオ君に礼装を渡しているのは何故?それは、どういうルールに従っているのかしら」

「私も、気になります。AIたる貴女が起こす行動は、全て聖杯戦争のルールから派生したものであるはず。私達を匿ってくれたことも、マスターであるナカオ(仮)をルールから逸脱させないためであるのでしょう。しかし、一個人に礼装を配るとは、聖杯戦争の公平性から外れているのでは?」

遠坂とラニが桜に詰め寄る。
礼装を俺に渡すという行為は、それほどまでにおかしいものなのだろうか。
それよりも、2人を匿ってくれたことのほうが、驚きなのだと思うのだが。

「それはラニも言ったけど、ナカオ君をルールから逸脱させないためよ。もし私達が貴方のマイルームに匿われたとして、それが不正と判断される可能性があるの。それはつまり、聖杯戦争が正常に行われないってことなのよ。だから、AIである桜は聖杯戦争を正常に行うために、私達を匿ったと解釈できるの」

なるほど、だから2人を匿うことはルールから派生したのだと言えるのか。
そうすると、確かに不思議だ。
てっきり、礼装はマスター全員に配られていた支給品だと思っていたが、それが俺個人だけならば聖杯戦争の謳う公平性からかけ離れている。

どういうことなのだろうか。

「あの、リンさんもラニさんも勘違いされていますよ」

「どういうこと?」

「今までお渡ししてきた礼装は全て……元々ナカオさんの物■■■■■■■■■ですよ」

「どういうことなのよ」

俺もわからない。だから俺を睨むのはやめてください遠坂さん。

「礼装の履歴を見ていただければわかるかと。礼装は取得した本人しか使えないようにセキュリティが課せられています。例えば、正規に譲渡したのであれば問題ありませんが、盗んだり奪ったりしてもその礼装は使えません。それは履歴にIDが刻まれているからです」

「そうね、だからこそ、礼装は貴重なのよ。購買部にあるものは性能よくないしね。手に入れるのは苦労するわ。たまにアリーナに落ちてるけど、それは対戦相手との奪い合いになるしね。で、履歴ってどういうこと?」

「はい。礼装……というか、全ての品に共通するのですが、初めてアイテムを手に入れた場合、履歴のトップに、取得者のIDが刻まれます。そして、譲渡等で別の人にアイテムが渡った場合、手にした人のIDは2番目にくるわけですね。それは、支給品も例外じゃありません。支給品の履歴のトップには私のIDが刻まれています」

「……なるほど。ナカオ君、ちょっとその礼装見せて」

あぁ、構わない。

守り刀を遠坂に手渡す。
解析をしているのだろう、遠坂の傍に半透明のウィンドウが現れ、文字の羅列が流れている。
ラニもその結果が気になるのか、遠坂の後ろから覗き込んでいる。
そして、守り刀を調べ終わったのか、2人は次に俺を凝視した。

「……履歴のトップにナカオ君のIDが刻まれている。ということは、この礼装は間違いなく、ナカオ君が最初に手にしたの物ね」

「桜のIDは刻まれていませんから、桜はこの礼装を単純に預かっていただけであり、所有権の移動はなかった、ということですか……桜、履歴に記録が無い白紙のアイテムを所持することは可能ですか?」

「不可能です。白紙のアイテムは、誰かが触れた時点でIDが刻まれます。盗難防止の意味がありますので。ですから、支給品も盗まれないように、私のIDが刻まれており、正規の譲渡という手順を踏んで支給されます。そうしないと、この保健室からいくらでもアイテムを盗めますからね」

そうするとやはり、この礼装は桜の言う通り、最初から俺のものだったということか?

「はい。もう一つ加えますと、IDとは、その人の魂の形■■■を文字に置き換えたものです。決して同じIDは有得ません。偽装等は不可能です」

ますます、俺の物だったという事実が固まった。
しかし、俺は礼装を手に入れた記憶が一切無い。
どういうことなのだろうか。

「あぁもう!余計に意味がわからない!AIは嘘をつけないから、この礼装はナカオ君の物で、桜はそれを手渡しただけというのは本当!確かにルール違反じゃないわ」

「しかし、そうすると……ナカオ(仮)。何故礼装を桜に預けていたのですか?」

いや、だから……俺はこの礼装を初めて見たんだが。

「でしょうね。ナカオ君の反応にも嘘はないわ。なにこれ、なんかうなじがぞわぞわする。気をつけなさい、ナカオ君。理由のない無料の品ってぜっっったい、何かあるわよ」

遠坂は無料にトラウマでもあるのか。
しかし、今まで桜に貰った礼装は、全て初めから俺の物だったのか。

「ねぇ、桜。桜はこの礼装をどこで手に入れたの?」

「さぁ……私の管理領域にナカオさんの礼装が転がっていましたので、見つけ次第順次お渡ししているだけですから……」

「うーん……出所も不明、か」

……いや、まさか。
しかし、ありえるかもしれない。
遠坂、ラニ、もしかしたらだが、一つ推測がある。

「あら、思い当たる節があるの?」

「聞かせてください」

あぁ、礼装を手に入れる方法は、購買部で買うかアリーナで拾うか、そして、まだ別の方法があるのだろう?

「そうね。ラニみたいに、このセラフにダイブする際に、地上の礼装を霊子化して持ち込むことも可能よ」

そう、持込だ。
だが、俺がそれをしたということは無いだろう。
俺がこの保健室で目覚めたとき、俺は何も所持していなかったからな。
仮に持ち込んでいたとしても、俺を介抱してくれた桜が気付かないはずがない。

「あとは、何時か私がヴォーパルの剣を造ったように、ここセラフで作成を行うことですね。礼装を手に入れるには、購入・拾得・持込・作成、この四つの方法があります」

それだ、ラニ。
なかった物があるということは、造ったということだ。
そして、俺に見覚えが無いということも、この理由ならば説明できる――!

「へぇ、どんな理由なのかしら?」

「興味深いです、ナカオ(仮)」

そう、俺の記憶にない、造られた礼装、それはつまり――




俺の隠された魔術の才能が、夜中に眠っている内に発露され、気付かないうちに無数の礼装を生み出していたんだ――!

「無いわよ、へっぽこ魔術師」

「無いですね、ナカオ(仮)は素人魔術師なので」

「あの、それは無いと思いますよ?ナカオさん、残念な魔術師ですし」

ジェットストリーム否定だと――!?

いや、ほら、俺にだってこう、隠された才能があるかもしれないだろ?

「はっ」

「……ふぅ」

「はい、あるといいですね」

鼻で笑われて、ため息つかれて、優しく微笑まれるだと――!?
何気に桜の言葉が一番心に痛いんですけどー!

チクショーお前ら!
いつか見返してやるからなーーー!

「あ、逃げた」

「逃げましたね」

「ナカオさーん、ご夕飯は18時ですよー」

逃げるんじゃない!これは明日への先駆けだ!
あ、今、金ないんでゴチになります桜さん!

背中に突き刺さる憐れみの視線を振りほどくように明日という輝きに向って走り出す――!














そんなこんなで屋上。
アリーナへ行こうかと思ったが、少女達に突きつけられた言葉の刃は、俺のやる気をごっそりと削っていた。
思わず屋上で一人、空を見上げてしまうのもしょうがない。
少年ハートはガラス細工なのだから。

しかし、何時までもこうしていては始まらない。
あと10分ほどで約束の18時になるのだし、そろそろ保健室に戻ろう。

なに、この出戻り感。
とても行きづらい。

しかし、行かなければ晩飯を食べられない。
今の俺は無一文なのだから……
とりあえず、マイルームへ行ってネコを呼んでこよう。
そして恥を忍んで保健室へ行こう。
そう決意しても足取りは重い。
だって少年ハートがボロボロだから。

階段を降り、校舎の三階に差し掛かる。

――そのときだった。

「――ちぃっ……!」

視聴覚室から廊下まで聞こえてきた舌打ち。
静かでありながら苦悶に満ちたその響き。
よほど悔しいことがあったのか、苛立ちまでもが伝わってくるような響きだった。

何事か、そう思い視聴覚室へと視線を向けると、黒で全身を包んだ青年が出てくる。

「……」

ちらりとこちらに視線を寄越し、無言のままに睨みつけてくる青年。
その視線を受けたときに感じたのは、恐怖。
まるで剣先を突きつけられたような圧迫感。

只者ではない。

視線だけでわかる、自身との隔絶した差。
魔術師としても、戦闘者としても圧倒的に格上だと見せ付けられた。

「……」

怯む俺に興味を失ったのか、青年は無言のままに去ってゆく。

視線から外れ、ようやく威圧から抜け出した。
そして、思い出したように深い呼吸を繰り返す。
あまりの重圧に知らず息を止めていたようだった。
これほどまでのプレッシャーをマスターに感じたのは二度目だ。

二回戦、ダン・ブラックモア。

歴戦の老兵にも重圧を受けた。
だが、老兵とはまるで感じた雰囲気が違う。
ダン・ブラックモアから感じだ重圧は、戦士の発する清廉な闘志。
先の青年に感じた重圧は、それとは真逆の禍々しい何かだった。

何者なのだろうか。

去ってゆく青年の背を呆然と眺める。

その背にあるのは――諦念と悔恨?

あれほどまでに上位者としての雰囲気を持つ青年が、あんなにも悔しそうに背を丸めているとは、いったい何があったのだろうか。

おそらく、その答えは視聴覚室にある。
青年が見えなくなってから、視聴覚室へと足を向ける。

今の俺にあるのは、好奇心か探究心か。

いや、おそらくは恐怖だ。

自身より遥か上位のマスターであろう青年が、あれほどまでに落ち込む原因を恐れているのだ。
もし、その原因が自分に降りかかってきたら、などと考えてしまうと身が震える。
だからこそ、未知の恐怖を知らなければならない。

姿の見えない恐怖ほど恐ろしいものはない。

その全容を確かめ、対策を考え、心構えを作ることで俺は恐怖を払拭しなければならない。

だから、視聴覚室へと歩み、扉に手をかけ、そっと静かに開ける――!





























『にゃふ~ん。にゃは~ん』

被害者の会を作らざるを得ない。






<あとがき>
黒衣の暗殺者の軌跡

5回戦、ベストエイトともなれば、流石に暗殺は通用しなくなったな。

仕方あるまい、正攻法でいくしかないか。

購買部で次の戦いの準備をしておこう

AV、だと……!?皆が利用する公共の場で何を考えているのだ。レオが買ったらどうするつもりだ。

仕方あるまい、俺が買い占めて処分しよう

そう、処分だ。まずは検分する必要がある。これは職務故、しかたのないこと。

そうだ、視聴覚室ならば、俺のトラップで閉鎖されているはず。

む、トラップに何者かが引っかかっているな。だがそれは些末事。今は職務を全うしなければ。

アニマルビデオだった。

激おこぷんぷん丸。

こんな流れ



[33028] 届かない思い
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/11/05 19:42
机に並んだ色とりどりの菓子。
和菓子洋菓子なんでもござれ。
ちょっと豪華な昼下がりのお茶会。

「へぇ~、流石はムーンセル。品揃え半端ないわね」

「見たことが無いものも多いです。心躍りますね」

参加者は見目麗しい美少女達。

「皆さん、お茶の準備ができましたよ。新しいハーブティを試してみました」

注がれた茶からは爽やかな香りが漂い気分を落ち着かせる。
端から見ても豪華絢爛。
眺めているだけでも楽しめるだろう。

――だが、俺の心は暗く沈んでいる。

「あら?どうしたの、ナカオ君。いつもなら我先にって感じで食べるのに」

「体調不良ですか、ナカオ(仮)。……心配です、問題があれば提起をしてください」

「ナカオさん、大丈夫ですか?」

美少女達に心配されるなど、男冥利に尽きるというもの。
それでも俺は、この茶会に対し悲しみの感情しか抱けない。

なぜなら――









「遠慮するにゃよ少年。このお菓子はあたしの奢りだぜー。心配しにゃくても臨時収入があったから大丈夫にゃ。あの商品のマージンが大量に入ったのよ」

――落涙を禁じえない。









この豪華な茶会が黒衣の彼の犠牲に成り立っていると知っているのは俺だけだ。

マージンの真実。
踏みにじられた男の純情。
崩れ落ちた期待。

黒衣の青年の絶望がありありと想像できてしまう。
そんな俺がこの菓子を食べれようか、いや食べれない。

「マージン?なにそれ。アンタ、商売でもやったの?」

「にゃっふっふ。よくぞ聞いてくれたツインテ。あたしの華麗なる商売武勇伝を聞くがいいにゃ」

遠坂がネコに話題を振る。
これから語られるのは涙無しには聞けない物語。
俺は男達の生き様を魂に刻むため、ネコの語りに耳を傾ける。

「あたしを全面に押し出した商品を購買部に並べたのよ。で、見事に完売御礼売切御免!ようやく世界があたしの魅力においついてきたにゃ……!」

「……嘘くさいことこのうえないわー……」

完売!完売と申したか!?
つまりあのアニマルビデオは複数個販売されており、俺や黒衣の青年と同じく涙の海に沈んだ紳士諸兄が他にもいると!?
被害者の会、作らずにはいられない!

「ちなみに購入者第一号は少年」

「なにやってんのよナカオ君」

「ナカオ(仮)、どのような商品だったのですか?」

「……ナカオさん、買っちゃったんですか……?」

三者三様の眼差しが俺を貫く。
遠坂の呆れた顔。
ラニの疑問の声。
桜の責める様な視線。

言い訳をしたいがそれはできない。
言い訳をするには商品のことまで語らなければならないからだ。
AVを買いたかった、などと少女達に言えるわけが無い。

「で、商品ってなによ?」

「にゃっふっふ。あたし主演の超大作アニマルビデオ、略してエー……」

それ以上はいけない!
アニマルビデオ!アニマルビデオだから!
この殺伐とした戦いの日常の中で、動物に癒しを求めただけだから!
子猫やら子犬やらを期待してたらそこのバカネコだったからふざけるなコノヤローといった次第になっただけだから!それ以上はなにもないから!

「期待したものと違ったのですね。店頭での購入ですからクーリングオフは効かなかったと。残念でしたね」

そう、その通りだよラニ。
実に残念無念だった。
うん、残念だったなー。

「なに必死になってるのよ」

いやいや、必死などとそのようなことはないよ遠坂。
うん、お金無駄使いして悔しいってだけだから。それ以上は無い。

「…………」

桜さん、無言はやめて。お願い。
前髪に隠れた視線が怖いの。
やましいことなんてないから。ホントホント。

そんなことよりも!
ネコ、アニマルビデオは完売とのことだが、結局購入者は何人いるんだ?

「にゃ?少年込みで2人にゃ」

――2人?

てっきりもっと被害者もとい購入者がいるものだと思っていたのだが。
そもそも二つしか販売していなかったのか。
踏みにじられた紳士諸兄が俺とあの黒衣の青年だけですんだのは、不幸中の幸いだったか。

「ちっちっち。購買部には100個卸したのにゃ。少年が1個買って残りはもう一人が買いしめっちゃったにゃ。独占するほど欲しがるにゃんて、あたしの魅力の罪深さよ」

なん……だと……!?

それはつまりあの黒衣の青年が99個のAVを買い求めた結果がこの茶会ということなのか……!?

なんという剛の者。
なんという不憫な結末。
俺を遥かに凌駕する絶望を感じたに違いない。
被害者の会、会長の座を彼に譲らざるを得ない。

「そんにゃわけで、この菓子はあたしの奢りにゃ!遠慮なく貪るがいいにゃボーイ&ガールズ!」

「貪るって言うなバカネコ。でも、せっかくのお茶会だし頂くわ。奢りだしね」

「これもまた皆での食事ということですね。心躍ります」

「……そうですね、せっかくの機会ですし、楽しみましょう皆さん」

皆が笑顔で菓子を摘む中、心の中で涙しながら彼の犠牲を無駄にしないため菓子へと手を伸ばす。
砂糖をまぶした一口サイズのドーナツは、なぜかしょっぱい味がした。







「――なにこのドーナツ、しょっぱい」

「しょっぱいです」

「しょっぱいですね……」

「にゃっふっふ!甘いドーナツはこの中にたった一つだけ逆ロシアンルーレットにゃ!」

塩ドーナツだった。








弾んでいた談笑も、少なくなった菓子と共に穏やかになり、ゆったりとした時間が流れている。
今も戦争の真っ只中とは思えないようなまったり感。
次の決闘に向けて、十分に英気を養うことができたと言えよう。

「ところでナカオ君、そろそろ五回戦の相手の通知がきたんじゃない?」

言われた言葉に、その時期だったことを思い出す。
もう五回戦とは感慨深いものだ。
実際にはまだ三回しか戦っていないが。
四回戦は対戦相手が決闘日の前に敗退したらしく不戦勝になっていた。
妙なところで運がいい、とは遠坂の言葉だ。

遠坂の問いに端末を手にとって確認する。
言われた通り、五回戦の通知が来ていた。
画面を幾度か操作し、通知内容を確認する。


五回戦 対戦者【ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ】


「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ!?」

表示された名前を読み上げると、遠坂が驚愕と共に立ち上がった。

――知っているのか?

そう声を掛けるが、遠坂は難しい顔をして椅子にゆっくりと座りなおしただけで答えてくれない。
この保健室にいる誰もが遠坂を見るが、その本人はなにやら考えているようで反応が無い。とりあえず遠坂の後ろでフラダンスをしているバカネコの頭を掴み静かにさせた。

「頭ぎりぎり言ってるにゃ!?永遠に静かになってしまうらめー!」

シリアスシーンだから静かにしなさい。

しばし遠坂の動きを待っていると、彼女はやれやれとばかりに頭を振ってこちらに顔を向けた。

「ナカオ君、本当についてないというか、強者とばかりに当たって逆についているというか……」

呆れたと言わんばかりの表情。

俺が不運なのは今に始まったことじゃない。
サーヴァントがアレな時点でお察しだ。

「……それもそうね」

「にゃぜあたしを見て微笑む?――惚れちまったか、女も虜とか罪ぶけーあたし」

ないな。

「ないわ」

「それはないかと」

「それだけは絶対にありえないとお天道様も断言します」

「一糸乱れぬカルテット!?」

バカネコを除く皆の心が一つになった瞬間だった。

「うん、わたしが悩んでもしかたないか。重要なのはこれからの対策だし」

姿勢を正し真面目な表情となった遠坂に、こちらも姿勢を正して向き合う。
ラニと桜は遠坂の話を邪魔しないようにか、やや離れた場所へ移動した。
一緒に移動しようとしたバカネコは首裏掴んで引き戻す。

「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ、彼は西欧財閥を束ねるハーウェイ一族の人間よ」

西欧財閥、確か地上の6割近くを支配する組織だったな。
それを束ねる一族の一員とは、とてつもないエリートというわけか。

「エリートはエリートだけど、内実はもっととんでもないわ。ユリウス、あいつはハーウェイ家の害虫駆除部隊筆頭……要は、暗殺者よ」

――暗殺者!?

予想以上にとんでもない肩書きが飛び出したな。

「えぇ、実際とんでもない奴よ。魔術師としても一流だけど、恐れるべきは暗殺者、戦闘者としての経験、修羅場を超えた場数の多さね。私も魔術師としてなら負ける気はしないけど、目の前に居て、よーいどんで戦闘が始まったら手も足もでないでしょうね」

遠坂がそこまで言うほどなのか。

「気をつけなさい。決闘中にサーヴァントから離れたら、その瞬間ユリウスに殺されるわよ。今回の決闘はマスターにも十二分に注意しないとね」

――あぁ、わかった。

遠坂の話から今回の敵の脅威を嫌というほど知らされた。
今まで以上に警戒と対策を練らなければならないだろう。
元より、魔術師として劣る俺ができることは少ないが、できることをやりつくそう。

さしあたっては――ネコ、アリーナへいくぞ。

「また資金調達かにゃ?」

それも重要だが、まずは訓練だ。
地力が劣るのならば、少しでも差を埋めよう。
訓練後はユリウスの情報収集だな。

「そうね、今貴方に必要なのは戦いの経験よ。情報収集はわたしとラニで進めておくから訓練に集中しなさい」

しかし、それは――

「ストップ。確かに本来なら貴方がやるべきことだけど、ここはわたし達を頼りなさいな。言ったでしょ?手伝うって。それに、わたしの目的はハーウェイの聖杯入手の阻止なんだから理に適うわ」

「……私はもとより、ナカオ(仮)の勝利を望んでいます。ですので、私は私の思うままに貴方への助力を惜しみません」

「ラニもこう言ってる事だし、貴方に拒否権はないわよナカオ君。おとなしく助けられなさい」

おとなしく助けられろとは斬新な脅し文句だ。

「貴方には言われたくないわね」

「貴方にそれを言う資格はないかと」

「少年はそれを言える立場じゃにゃくね?」

ごもっともで。だがネコは後でおしおきだ。

「にゃぜ!?」

遠坂の強気な笑みと、ラニの真っ直ぐな瞳に頷きを返す。
俺には、こんなにも心強い味方がいる。
恐れることは無い。
俺はもう、進むと決めた。

だから、もうなにもこわく――

「死亡フラグを立てるなーー!」

ナイスツッコミ遠坂さん。

冗談はさておき、ありがとう、二人とも。
とても心強い。頼りにさせてもらうよ。

「任された。貴方もがんばりなさいよ」

「誰かに頼られるというのは、心地よいものですね……ナカオ(仮)、貴方の期待に応えてみせます」

遠坂とラニに見送られて保健室を後にする。
目指す場所はアリーナ。
来たるべき戦いに備え、訓練へと向う。








やってきました訓練所。
学校の一階奥の扉を潜ればそこに広がる別世界。
今回のアリーナは、熱帯雨林を模しているようだ。
そこら中に生い茂った草木。
むせ返るような緑の匂い。
息苦しさすら感じる湿度は、不快感と共にこちらの体力を削ってくる。

「おぉ……あーつーいーにゃー……」

ネコもこの気候が苦手なのか、アリーナに入ったばかりなのに悪態をついている。
というか、暑いなら頭から離れてくれ。
俺の後頭部が蒸し蒸しなんだが。

そんな馬鹿話をしつつアリーナを進む。
訓練相手であるエネミーを探すが……どうにも見つからない。

「というか、ちょっとばかり静かすぎにゃい?」

ネコの言う通りだ。
ここまでエネミーがいないのは異常だ。
考えられることは――

「少年!左前方から誰か来る!」

その叫びに身構える。
エネミーがいない理由など一つしかない。
俺よりも先に敵のマスターが倒したのだ。
そして、この状況で近づいてくる存在など、敵マスターにほかならない――!

がさりと、離れた場所の草木が揺れ、その存在が現れる。

その姿は――


「お前が、次の相手か」


――被害者の会会長、黒衣の青年だった。


まさか、彼がユリウスだったなんて。
運命とはこうも残酷なのか。
彼は、敵じゃない。敵でいてほしくない。
彼は、俺なのだ。
この世界で唯一立場を同じくする同士なのだ。
そう、それは魂で繋がった、いわば兄弟。ソウルブラザー。
そのブラザーが次の相手だなんて、悪い夢のようだ。

「……ふん。お前のような凡夫が五回戦に到達するとはな……まぁ、いい。どちらにせよ、ここで消えろ」

突き刺さる殺気。
彼は気付いていない。
俺達は手を取り合えるということを。
いずれ戦う宿命にあっても、その瞬間まで俺達は語り合えるはずだ。

だから――届け、この思い!

「――っ!?貴様……その頭に乗せている生物がサーヴァントか……!」

ユリウスが俺の頭にへばりついているネコに気付いたようだ。
驚愕に眼を見開きこちらを睨んでいる。

「そう、か……そういう、ことか……」

気付いた。
彼は気付いてくれた。
俺達は同じであると。
共に歩める存在なのだと。

さぁ、今こそ手を取り合おう。

ようこそ同士、被害者の会へ――!










「貴様だけは俺の、俺自身の意思で殺す!」

――あれ?なんか誤解されてる?



<あとがき>
三人称シリアスのドラクエを書いたら、一人称ギャグの書き方がわからなくなった。
なにこの現象。今回の話を何度読み直しても違和感が・・・
戦闘の練習のつもりだったけど書かなきゃよかったかなドラクエ・・・
なんか変なところに気付いたら教えてください。切実に。



[33028] 深淵の知識
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2014/01/06 23:26

――何が、おこった?



目に飛び込んできた光景に自身の脳が総稼動して導き出した思考は、そんな単純で意味の無いものだった。

正面に立つ黒衣の青年――ユリウス――の殺気に身構えたのはほんの数瞬前。
ネコに指示を出そうと口を動かした瞬間、後頭部から温もりが消えた。
何事かと後ろを向いたその先に……

――大地に仰向けに倒れているネコの姿。

攻撃された?
ユリウスは動いていない。彼からはこの現状になるまで目を逸らしていない。

ならばサーヴァントか?
周りを見回しても俺とネコ、そしてユリウスの他には誰も居ない。

遠距離攻撃?
攻撃の音も気配も殺気も、予兆すら何一つ感じることができなかった。

目まぐるしく思考は廻るが何一つ有益な答えなど出ず、ただ意味の無い疑問だけが空回りしてゆく。
あまりに埒外の出来事に、己の認識がついていけない。

空回りする思考は役に立たず――体は倒れている己のサーヴァントの無事を確かめるべく駆け寄ることしかできなかった。

ネコ――!

呼びかけるが反応がない。
完全に白目を向き微動だにしない。
揺さぶってみても、されるがままで起き上がる気配など微塵もない。

なんだ、一体なにをされた――!?


『ふむ、なんとも面妖な手応えだが。仕留めたか』


――っ!?

なにも無い空間から声が聞こえた――!?
ユリウスではない男の声、その発生源に目を向けるが、そこには人の姿も気配ない。
ただ生い茂ったジャングルの草木が泰然とそこに存在するだけだった。
だが、確かにそこに『居る』のだろう。
ユリウスのサーヴァントが、居るのだ。
そのサーヴァントの見えない攻撃によりネコは倒された。
その事実だけが確固たるものとして認識できた。

ならば、この状況やるべきことなどただ一つ。


万が一のために購入していたリターンクリスタルを使用する――!


発動は一瞬。
使用したアイテムは望んだ効果を発揮し、アリーナから学園への移動処理を開始する。
歪み霞んでゆく景色の中。



――ユリウスの射殺すような殺意が俺を貫いた。








『ほう。迷い無く撤退とは中々良い判断よな。しかし、よかったのか?』

「何がだ、アサシン」

『いや、なに。指示通りサーヴァントを壊したが、いつもならマスターを殺れと言うだろう。どういう心境かと思ってな』

「ふん……奴には、暗殺など生ぬるい。サーヴァントが死ぬ様を見て、終末の恐怖にのた打ち回って死ねばいい」

『カ――呵呵呵呵呵!善哉善哉!なんだユリウス、おぬしそんな顔もできたのか!いやいや、中々よい殺意よ。いつもの仕事仕事といった義務ではなく生々しいその感情こそが本物よなぁ!呵呵呵呵呵!』

「……戯言はそこまでだ。行くぞ、アサシン」

『おうよ。しかし、ユリウス。そこまでの怒り、あの坊主に何を感じた?話してみんか、ん?』

「――黙れ」

『呵呵!失敬失敬!』








アリーナから脱出を果たし、向った先は保健室。

俺にはネコの状態が何一つわからなかった。
ただ理解できたのは、腕に抱く小さな体は段々と冷たくなり、呼吸一つしていないという最悪の状況だけ。
だが、保健室に居る遠坂とラニ、桜ならば、きっとネコの状態がわかるはず。
その希望に縋るように走り、保健室へと辿り着いた。

今、ネコはベッドへと寝かされ、遠坂、ラニ、桜がその傍でネコを診てくれている。
そこに俺が加わる余地など無く、足手まといにしかならない己の未熟さが腹立たしい。
せめて彼女等の邪魔にならないようにと無言で待つが、落ち着かない。

ネコは大丈夫なのか。
大丈夫だと信じたい。あいつの耐久力を信じたい。
だが、今までに無い、意識の無いネコという状態がどうしようもなく不安を掻き立てる。

「……なにこれ、呼吸系の異常?」

「いえ、異常というよりは……」

遠坂とラニが難しい顔で相談している。
状況は予断を許さない厳しいもののようだ。

「ナカオさん……」

いつの間にか傍にいた桜が、こちらを窺っていた。

「手を……」

そう言いながら桜の手が握り締められた俺の拳をそっと包み込む。
ゆっくりと優しく解かれた掌は、爪が食い込んでいたのか血が流れていた。

「すぐ治療しますね」

いや、俺のことはいい。
ネコを診てやってくれないか。頼む。

「でも……いえ、わかりました」

しばし逡巡したようだが、桜は頷き俺から離れてネコへと近づいていく。
今更ながら、桜の優しさを無碍にしたようで罪悪感が沸く。
向けられた気遣いすら受け取れないとは、なんと余裕のないことか。
そう自己分析できるのに、それでも、今の俺の心はネコの安否以上に大事なことなどなかった。

何か自分にできることはないか。
彼女等の邪魔になることは絶対に出来ないが、何もしないまま立ち尽くすこともまたできない。
だから、何でもいい、何かできることは無いかと、現状を注意深く観察する。

ネコがベットに横たわる姿。

遠坂がネコの傍に出現させたモニターを眺める姿。

ラニが遠坂と相談する姿。

桜が金槌を振り上げる姿。

注意深く観察するが、己がすべき事が浮かばない。
なんと無力で情けない。
このまま見続けることしかできないのか――!



――ちょっとまってストップ。



明らかに診察じゃない人が一人いる件。

あの、桜さん――?

「えいっ!」

「げふんっ!?」

可愛らしい掛け声と共に振り下ろされた金槌がネコの鳩尾を正確に穿ちネコの口から飛び出た何かはカランカランと床を転がり横たわるネコは釣り上げられた陸上のマグロの如くビクンビクン――!?

って、ちょっと待て――!

「ちょっ!?何してるの桜!」

「……斬新な治療行為ですね」

流石に桜の奇行に驚いたのか、遠坂は叫びラニは目を瞬かせている。

桜、一体なにをしているんだ――!

「え?治療ですけど?」

なにそれ怖い。
金槌で殴る治療があってたまるか。
それで治る怪我病気があったら怖い。

「え、でも、ほらこの通り」

「げふっげふっ!いきなりにゃにしやがるにゃパープル頭!一瞬前世が見えたぞこんにゃろう!」

「完治です」

なにそれこわい。

「なにそれこわい」

「……ざんしんな、ちりょうこういですね」

桜は仕事をしたとばかりに、えっへんと胸を張っているが、俺・遠坂・ラニは何が起こったのかついていけていない。

ただ唯一わかっていることは……



「にゃー!殺す気か紫ヘッドー!」

「あらあら。うふふ。………………しねばよかったのに」

「にゃにこいつまじこわい。白衣にくせにまっくろくろすけにゃーー!?」

ベットの上で桜に向って牙を剥くその姿が、ネコは無事であると証明していることだけだ。








で、一体どういうことなのだろうか。

「どう、と言われましても」

ネコがいたベットから移動し、机を挟んで桜と向かい合って座る。
遠坂、ラニも同様にそれぞれ空いている席に座り、桜に対する俺の質問の様子を窺っている。
桜は本当にわかっていないのか可愛らしく小首を傾げている。

「シャーッ!」

落ち着けネコ。桜を威嚇するな。
というか俺の後頭部に引っ付いて威嚇するな。爪が立ってるとても痛い。
……本当に完治したみたいだな。

「えぇ、もうナカオさんのサーヴァントは大丈夫ですよ」

それは十分に理解できたんだが……

「結局、このバケネコのどこが悪かったのよ?」

「私達の見立てでは呼吸系に何かが起こっていたようですが……」

遠坂もラニも、ネコの不調の原因を知りたいようだ。
もちろん俺も知りたい。
金槌で殴って治るなんて、いったい何が起こっていたのか。

「簡単なことですよ?ちょっと待ってください」

そう言いながら桜は座っていた椅子を立ち、さきほどまでネコが寝ていたベットへと歩み寄り、その傍の床に転がっていた何かを拾い上げる。

「これです」

拾い上げた『それ』を桜が指に摘んで俺達に見せる。

桜の指に摘まれる程度の球形のそれは――

ビー玉?

「ガラス玉?」

「ガラス玉ですね」

やだ、一人だけ名称が違ってて疎外感。

「にゃっふっふ。さすが少年どこまでも日本人。でも最近の若者はビー玉を知っているのかにゃ?」

俺が年寄りだと言いたいのかこの野郎。

「おはじきと言わなかっただけましだと思うにゃ」

そうだな。確かにその通り――待て、なんで慰められてるんだ。

「にゃっふっふ」

ちくしょうこの野郎。病み上がりじゃなかったらそのにやにや顔を止めてやるのに。物理で。

「もしかして今がイジリ時?いつやるの?今でしょ!」

「はいはい、話進まないからちょーっと黙っててくれる?」

オーケーわかった黙ってる。だから俺に向けて人差し指を向けないでお願い。

「ツインテの指先がうぃんうぃん唸ってやがるにゃー!?」

「はぁ……まったくこの馬鹿主従は……で、それが原因?そういえばさっき桜が叩いたときにバケネコの口から飛び出てたわね」

「呼吸器にガラス玉が詰まっていた、ということですか?」

わかってみれば何のことは無い。
ただビー玉が喉に詰まっていたというオチ。
まさか、敵サーヴァントがそんな攻撃をしてくるなんて……

「いえ、このビー玉は、この前のお茶会のときバケネコさんが誤って飲み込んだものですよ」

――敵の攻撃ですらなかった。

いや、待ってくれ桜。あの茶会にビー玉なんてあったか!?
記憶を辿るがそんなものがあったとは――

「あったわ、ね」

「ありました、ね」

あったの!?
遠坂とラニが、あーあれかー、みたいな呆れた顔で頷きあっている。

「ほら、思い出してナカオ君。そのバカネコ、一発芸とか言って飴玉一気飲みしてたじゃない」

「まるでガラス玉のように綺麗な飴玉でしたね」

そういえば、つい数時間前に行われた茶会で、ネコは用意された親指大の飴玉を数個、お手玉のように空中へ投げ出し口へ放り込んでいた。
確かにあった。そんな光景が。だがあれは飴玉だったはず――

「そういえばロシアンルーレットのつもりでビー玉一個いれてたにゃ!」

――自爆じゃねーか。

結局ネコが苦しんでいたのは、自業自得の呼吸困難というオチか。
じゃあ、先ほどのアリーナではサーヴァントに攻撃されたわけではなかったのか。

「んー。多分だけど、殴られたんだと思うにゃ。まったく気付かなかったし、見えなかったけど。んで、殴られた衝撃で胃の中身が逆流して溶けなかったビー玉が喉に詰まった、みたいにゃ?」

殴られたダメージは?

「そこそこ痛かった!」

倒れた原因はほぼ自業自得とかどういうことなの。

先ほどまでの緊急事態が嘘のようだ。
無事だったと喜ぶべきか、情けない現実に項垂れるべきか……

「笑えばいいと思うにゃ」

はっはっは。

――はっ。

「鼻で笑いやがった――!?」

……はぁ。まぁ無事でなによりだ。
それから、迷惑をかけてすまなかった、皆。

「……自爆で死に掛けるサーヴァントがいるなんてねぇ……」

「本当に興味が付きませんね、ナカオ(仮)のサーヴァントは」

「私はナカオさんが喜んでくれるならそれで……」

ネコを看病してくれた三人へ頭を下げる。
結局、しょうもない結末だったわけだが、彼女等は呆れはすれど怒ってはいないようで一安心だ。

さて、ネコも無事だったようだし――

――情報収集へ行くぞ。

「にゃ?訓練じゃにゃいの?」

アリーナはユリウス達とまた鉢合わせる可能性がある。
現状、敵サーヴァントの不可視の謎がある以上、一方的にやられるだけだ。
なるべく戦闘状態での接触を避けるべきだ。それに……病み上がり、だからな。

「そうね。ナカオ君から貰った戦闘データを見たけど、得体が知れなさ過ぎるわ。今はアリーナに行かないほうがいいでしょうね」

遠坂が俺の提案を肯定してくれる。
ラニもそう思っているようで頷いてくれた。
情報収集は遠坂とラニも手伝ってくれるが、俺達も訓練が出来ない以上、ただ暇を享受するぐらいならば、彼女等と共に情報収集すべきだろう。

「その方針がいいでしょう。私とリンは、この保健室から外出しないほうが良いので、ナカオ(仮)には外での情報収集をお願いします」

「それなら図書室を勧めるわ。あそこは図書室なんて平凡な名前だけど、実質ムーンセルが蓄積した情報の集積場なの。探すのは大変だけど、探せない情報は無いから有益なはずよ」

遠坂、ラニから助言を受け行動を開始する。
俺の未熟な能力ではできることは少ないが、そのできることを可能な限り突き詰めよう――








そんなこんなでやってきました図書室へ。
一見するとどこにでもある、学校の一施設のように見える。
蔵書数は大した物だが、決して常軌を逸したものではない。

だが、図書委員という役割を担うNPCに話を聞いたところ、この図書室にはムーンセルの観測した全情報が無差別に置かれているらしい。
ただし、その在り方は『本』という形に納められ、無造作かつ無作為に置かれているため検索は非常に難しい、という但し書きがつく。

あらゆる情報がある、つまりは英雄の情報もあるのだ。
この図書室を探索すれば、真名、スキル、宝具など、戦いに必要な情報を得ることが出来るだろう。
が、それを何の条件も無しに目的の物を探す行為は、砂漠の中から一粒の砂金を探すようなものだとNPCに言われた。

情報収集のための手段は用意した、それを探すのはマスターの手腕の見せ所、ということだな。
やるぞ、ネコ。

「にゃ!」

ネコは本棚に飛び掛り適当な本を読み出した。
手がかりが少ない以上、それも已む無しだろう。
とりあえず、『不可視』をキーワードに探してみるか。

「おや、図書室で会うとは奇遇ですね」

不可視、不可視……風王結界?
剣どころかサーヴァントそのものが見えなかったし、違うかな。

「貴方の次の対戦相手を聞きました。まさか貴方と兄さんが当たるとは」

不可視、不可視……アクトン・ベイビー?
まさか、既にスタンド攻撃を受けている……!?

「兄さん――ユリウスは僕の腹違いの兄弟なんです。もっともその事実と兄さんが聖杯戦争に参加していることは何の関係もありませんが」

不可視、不可視……石ころぼうし?
やだ、あの青い耳無しネコ科が敵だったら勝てる気がしない。

「貴方では彼に勝てない。ですので今のうちに別れの挨拶をしておきます」

いかん、不可視のスキルとか道具って意外と多い。
ここから特定することは難しい。

「……ふふ、いざ別れを言おうとすると感慨深い……いえ、侘しさを感じますね」

さて、どうしたものか。

「少年、少年。こんにゃの見つけたぜー」

別の本棚を探っていたネコから声がかかる。
何かを見つけたようだ。

「驚きました。僕は、貴方との別れを惜しいと感じています。失って初めて分かるとは、こういうことなのかもしれませんね」

「これにゃんかどうにゃー」

ネコが持ってきた本、そのタイトルに目線が釘着けになる。


【ここんとうざいえーゆーずかん】

あっていいのかこんなチートアイテム。


だが良くやった。
これさえあれば、ユリウスのサーヴァント、いやこれからの戦いの相手の情報を全て得たようなものだ。
だが、これほどの貴重なアイテム、他のマスターも狙ってくるかもしれない。
まずは安全なマイルームでこの本を開帳するぞ!

「ガッテン承知にゃ!」

誰かに見咎められないように、本を隠して図書室を抜け出る――!







「ですが、別れをも受け止めてこその王です。さようなら、ナカオさん。貴方との対談は僕にとって得難いものでした」

「……レオ」

「大丈夫です、ガウェイン。この別れもまた、僕の糧となりましょう」

「それでこそ我が主。貴方こそが王足りえる者」

「さて、行きますよ」

「はっ!」







急ぎ足でマイルームへ戻り、腰を落とす。
動悸が激しいのは走ったせいだけではない。
古今東西、ありとあらゆる英雄の知識、その結晶が俺の手元にあるのだ。
緊張しないほうがおかしい。

「さっそく読んでみるにゃ!」

急かすなネコ。

――ふぅ。

幾度か深呼吸を行い息を正す。
心臓が落ち着いたのを見計らって本へと視線を落とす。

――さぁ、開くぞ。

どこか古さを感じさせる、だがしっかりとした造りの本の淵へ指をかけゆっくりと開いていく。

その古き深き英知。
深淵の知識を今ここに――!



























auの携帯カタログだった。




<あとがき>
レオ会長はこういう芸風でいいんじゃないかな(震え声)




[33028] 創るは世界、挑むは拳
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2014/02/15 20:14
「ユリウスのサーヴァントの正体がわかったわ。アサシンの真名は『李書文』。中国拳法史に名を刻む武術家で、神槍なんて二つ名で呼ばれるほどの達人中の達人よ」

「彼の透明化の秘密は、その武術の技能にあります。『圏境』と呼ばれるそれは、気を用いて天地と合一し、その姿を自然に透けこませることによって姿を消す……というよりは認識できなくするといったもののようです」

「技術でその域に到達するなんてホントとんでもない奴……でも、正体が知れれば対策なんていくらでもたてられるわ。というわけで、はいこれ」

「それは私とリンが作成した設置型礼装です。気の流れを反転させる対精神トラップ。いかに武道の達人といえど、その罠に触れれば圏境の維持は不可能でしょう」

「透明化はそれで打ち破れるわ。……本当はもっと数を用意したかったんだけど、流石にこの短い時間じゃ一つしか作れなかったの。最初で最後のチャンスよ、必ず成功させなさい」

「全ては貴方次第です、ナカオ(仮)……御武運を」

「ちゃんと帰ってきなさいよ!……待ってって、あげるから」












――超一流ってすごい。

「にゃんにゃのあの子ら。マジパネェ」












むせ返るような緑の匂い。
汗ばむ湿気を切り裂くように密林の中を走る。

ユリウスとの決闘が始まり、まず行ったことは距離を取る事。
罠を設置するにも誘導するにも時間が必要だった。
故に、開始直後に敵がいるであろう方向とは逆に全力で走り出した。
生い茂った木々や草花は、走る行為を阻害するとともに、掠めるたびに細かい傷をこちらに刻んでくる。

ネコのワープを使えばもっと容易に移動できたであろうが、今回の作戦では魔力が必要不可欠なのだ。
そのため、少しでも消費を下げるためにワープはまだ使用していない。

10分ほど走ったであろうか、植物の濃い匂いと纏わりつく湿気のせいで普段以上に息が乱れている。

それなりに距離は離せたであろうか。
急ぐ足を緩め、少しずつ速度を落とす。

――罠は既に設置した。

これまでの移動は、その軌跡を隠していない。
邪魔な草花を無理やり掻き分けた跡や、踏みしめた足跡等はそのままに残っている。

仮にユリウスがこちらを真っ直ぐに追いかけているのならば、良し。
罠を確実に踏むルートだ。

だが、迂回しこちらを囲むようなルートならば一手、策を弄す必要がある。
そのための布石は既に打ったが、博打要素が強いことは否めないので、できれば正面から来て欲しいものだが――

『少年、敵が来たにゃ!』

頭に響くネコの声に、乱れた呼吸を少しでも正そうと深呼吸をする。
ネコは今、この戦いに勝つための作戦の一環として、俺とは別行動を取っている。
そのため、必要なやり取りは念話で行うことになっている。

――方向は?

短く問いかけるとすぐさま答えが返ってきた。

『正面!ニャロウ、余裕綽々にゃのかゆっくり歩いて、しかも少年の走った跡を真っ直ぐきてやがるにゃ!』

それは油断、というよりは格下を見下す強者の在り方というべきか。
明らかに舐められているが、それは願ったり叶ったりだ。
正面から来るというのであれば、それは最上の結果だろう。

――ネコ、作戦通りに。

『にゃ!』

いつものように鳴き声とも返事とも取れる言葉を最後に、ネコとの念話が途切れる。
これからアイツに必要なのは時間と集中だ。
だからこそこの場面、単独で時間を稼ぐ必要がある。

礼装『遠見の水晶玉』に魔力を流し、戦場の地図を生成する。
自分から離れた場所にユリウスの存在を確認する。

地図上にはユリウスの反応しかないことから、アサシンの『圏境』は魔術をも凌駕することがわかった。
一瞬、ユリウスとは別行動をしているのではないかと背筋が凍るが、地図から読み取れる情報から、そこには二人いるという確信が持てたので安堵の息を漏らす。
深い密林の生い茂った葉が、何かが通ったことを示すように揺れていることが、地図から読み取れたのだ。
透明化のスキルはこちらの認識や魔術すらも誤魔化すが、歩いた地形の変化までは覆い隠せないようだ。

なるほど、圏境は精神や魔術からは身を隠せても、さすがに物理法則は凌駕できないのか――?

などと考察してみるが、そもそも生い茂る木々程度の障害に、アサシンほどの達人が苦慮すること自体がおかしいという結論に辿り着く。

一見完璧に隠しているようで、その実、隙を『わざと』作っている。

おそらく、俺達を試しているのだろう。

遠坂とラニから聞いた話では、アサシン――李書文――は強さを求める求道家としての一面を持っているらしい。
つまり奴は、更なる高みへ至る為の敵を欲しているのだろう。
マスターであるユリウスの指示に従い姿を消しているが、巧妙に小さな隙を作り俺達が敵足りえるか試している、ということなのだろう。

そんな考察を続けている内に、ついに敵が視界に映る程に近づいてきた。

「……」

『む?追いついたようだぞユリウス』

遠目に見ても尚わかるプレッシャー。
未だ遠方にあるというのに、既に敵の射程圏内にいるのではないかと思わされるほどの威圧感。

『はてさて、どんな足掻きがくるか、楽しみよのぉ』

姿は見えない、だが、確かにいる。
アサシンの存在を確信し、懐から取り出した礼装『守り刀』を握り締める。

自身に満ちる魔力を流し、その効力……相手のスキルを阻害するコードキャストを放つ――!

「スキル阻害だ、避けろ」

『呵呵!面白い芸当だが、見当違いだぞ小僧!』

放ったコードキャストはアサシンに当たらず、返ってきたのは嘲笑のみ。
まずは一手、呼び水。
この一撃をこちらの切り札と思ってくれれば――!

「スキル阻害――ふん、アサシンの透明化の秘密を見破ったか?だが、当たらなければどうということは無い。殺せ、アサシン」

『やれやれ、此度の闘争もあっけないもの、か』

来る。
次はアサシンの攻撃が来る。

もはや敵足り得ないと断じられたのか、さきほどまであった草木の揺れという隙もなくなった。
だが、アサシンという脅威が間違いなく近づいていることは今までの死闘の経験が教えてくれる。

一歩、また一歩と正面から近づく姿無き敵。
その歩みを拒むようにコードキャストを放つが、当然のように当たらない。
だが、本命は『守り刀』にあらず。
俺の正面に設置した罠。
その領域を踏み込む瞬間を命を賭して待つ――!

しかしてその隠した必殺の刃は――


「コードキャスト――燃えろ」

ユリウスの放ったコードキャストによって、いとも簡単に露にされた。


「アサシン、その燃え上がった範囲が罠だ。――小賢しい」

『呵呵!良く言う!そうなるように仕向けたのはお主だろうに!呵呵呵呵!』

仕向けた、その言葉にユリウスの策に嵌ったことを思い知らされた。
そもそもおかしかったのだ。
確かに、遠坂とラニは一流、それも超一流と呼ぶに相応しい魔術師だ。
だが、ユリウスは暗殺者として闇を渡り歩いた隠密のプロ。
そんな存在の情報がこうも簡単に手に入る、それ自体が疑うべきことだったのだ。

つまり、ユリウスの狙いは――

『あえて情報を掴ませ、希望を抱かせた後に希望そのものを踏み砕いて絶望に変える、か。呵呵!いやいや、中々の悪辣さよ。呵呵呵呵!』

「黙れ、アサシン」

そういう、ことなのだろう。
こちらの策を誘導し、その策を打ち砕くという誘い。
それこそがユリウスの描いた脚本ということ――!

「絶望したか?恥辱にまみれたか?貴様にはその項垂れた姿こそが相応しい。地に堕ち、泥に蹲って死ね。俺の手でその命を踏み砕く」

ユリウスが近づいてくる。
自身の手で決着を付けるつもりなのだろう。
殺気を身に纏い、俺を殺そうと殺意の刃を振り上げる。

「――死ね」

向けられた言葉。
それが未来。
訪れる結末。

あぁ、本当に。

なにもかもが。






――読み通りだ。






『少年!準備完了!』

その言葉を待っていた。
今までに溜めに溜めたこの言葉、今こそ高らかに世界に叫ぶ――!


――ネコ!お前の宝具を開帳しろ!

『にゃふー!』


世界が変わる。
異変を察知したユリウスの攻撃よりも、アサシンの一撃よりも尚早く。
一瞬という刹那すら凌駕し、それはさも当然に、まるで初めからそうであったように自然に、世界は『そうであった』と、姿を現す。

「これは――!」

ユリウスが初めて焦りを言葉に出した。
今、彼の瞳には映っているはずだ。
決闘場の生い茂った熱帯雨林ではなく、風が吹き抜ける果てしない草原が――!

木々は草原に、湿気は風に。
偽りの天は、星が煌く満月の夜天へ。

無限を謳う白亜の城が、その存在を世界へ示す。

「にゃっふっふ。おどろきもものき幾星霜。その節穴の目ン玉かっぽじってよく見やがれ!これぞ我が宝具!『そこはかとなくすごい城』にゃ!」

――もっと相応しい名で呼んであげて。立派なお城が泣いちゃうから。

別行動をしていたネコが、さも当然とばかりに俺の隣にいる。
いや、正確に言うならば、俺がネコの隣に居る。
つい先ほどまでユリウスの傍に居た俺は、世界の変動と共に移動し、草原にそびえる城の中、玉座と思しき場所に座るネコの隣へと立っていた。
対して、ユリウスとアサシンは城の外、まるで巨人と戦うことを想定したような巨大な城壁の外に立ち尽くしている。

別行動は、このためだった。
ネコの宝具を使用するための単独行動だった。
世界の姿を変えるこの宝具は発動までに尋常じゃないほどの魔力と集中力を要する。
本来は使うことにそれほど苦労するものではないらしいが、俺という未熟なマスターでは展開も中々に難しいとネコから聞いた。
だからこそ俺は単独で行動し、ネコの準備を邪魔させないために時間を稼ぐ必要があった。
そのためにわざと策に嵌った振りをして、少しでも時間を稼いだのだ。

「世界の改変だと!?」

驚愕の声が、まるで傍で発せられたかのように身近に聞こえた。
おそらく、この世界『そのもの』となったネコと主従関係にあるためか、世界に聞こえる音は、どこであろうと感知できるようになったようだ。
そして、その恩恵は音だけにとどまらず、俺は城の中にいるのに、ユリウスとアサシンの姿を思考の中に捉えることができた。

「まさか、固有結界とでもいうのか――!」

驚愕し、狼狽する姿が手に取るようにわかる。
だが、驚くのはここからだ――!

『む!?うおぉぉぉぉっ――!?」

「アサシン!?」

姿、気配、匂いすら。
その全てを覆い隠していた究極の技術『圏境』が破れる。
橙の中華服を着た、燃えるような赤い髪をした男性の姿が露になった。

「く――ははははははははっ!なんと!このような方法で我が圏境を破るか!」

「何事だアサシン!」

「大事だ!儂の圏境は気を持って天地と合一し透けこみ混ざる!それをあやつら、儂を天地――世界から拒絶しおった!合一する相手に拒否されては圏境などに至れようか!くはははは!」

「世界から拒絶……!?」

「おうよ!こうなっては姿隠しなど不可能!儂とて初めての経験よ!いやぁ見事!御見事也!」

これこそがネコの宝具の真骨頂。
宝具、その真髄は世界と一体化し、空想のままに世界を変貌させること。
ネコに宝具の効力は本当に観光しかできないのかと詰め寄った結果、なんとか引き出した情報だ。

アサシンの情報がユリウスの罠であると思い至ったときから、遠坂とラニの用意してくれた罠一手だけでは危険だと判断した。
だから、ネコの宝具とアサシンの情報を刷り合わせたとき、圏境を破る方法を思いついたわけだ。

まぁ、ネコ曰く、ネコの宝具は本来なら『自然』に対してのみ有効であり、人工物であるムーンセル・オートマトンには作用しないが、ムーンセルの世界を改変する演算力によって作られたこのセラフは、もはや本当の世界そのものといっても過言では――うんぬんかんぬん。

要するにちゃんと使えるか不安だったけど、このまえの初お披露目で試してみたら大丈夫っぽい、というやや不安なネコの言葉を信じて作戦の主幹としてこの宝具を使った。

そして、この大掛かりな宝具を使った理由がもう一つある。

――アサシン!いや、李書文!

「おう、なんだ小僧!愉快な体験感謝する!次は何を見せてくれるのか!」

世界と一体化したネコを通じて、俺の声は外に響いたようだ。
呼びかけに対して、アサシンは嬉しそうに応えてくれた。
そのアサシンに対し、挑発をくれてやる。

――この世界は俺のサーヴァントが一体化したもの、つまり!お前の敵は世界そのものだ!原初にして全、その存在に恐れずして掛かって来い!

「――――!」

挑発に返答は無い。
だが、歪んだその表情。喜悦を刻んだ口角は、アサシンの心情を如実に示す。
李書文、武を極めようと人生を捧げた男。
その男にとって、これほど挑み甲斐のある敵はいないはずだ――!

「ユリウス、儂は言ったな。何を殺すかはお主が決める。だが、どう殺すかは儂が決めると」

「アサシン、待て……!」

「待たん!世界、世界が敵か!くはっ――くハハハハハ!愉快、愉快だ!物、人、獣、自然、あらゆるものを壊してきたが世界を壊したことは未だ無い!英霊なぞに『成り果てた』甲斐があるというもの!儂は……俺はまだ挑戦者でいられるのだから――!」

ユリウスの制止を振り切りアサシンは走る。
草原の草花を揺らすことも無い静かな歩法。だが、常人を遥かに上回る速度を持って城壁へと迫る。
いっそ感嘆を抱くような美しさすら感じる構えから放たれるは、常軌を逸した破壊の拳。
音を置き去りにするような速さと、全てを砕くような苛烈さをもって、城壁へと拳を叩きつけた。

まるで、恐るべき硬度持った鋼同士がぶつかったような硬い音。
本当に人の拳がその音を奏でたのかと、実際に見ていながらもそう疑問を抱かざるをえない爆音が響く。
打ち付けられた拳の先が石で作られた壁ならば、もはや原型を留めないほどに破壊されるだろう。
だが、先の至高の一撃を受けて尚、この城の城壁は傷一つ付いていなかった。

「ぬぅ!?」

それとは逆に、アサシンから苦悶の声が漏れる。
打ち付けた拳、その鋼の如き鍛えられた武の結晶から、夥しいほどの血が流れている。

当然だ。
この城の城壁はただの石などではない。
それは、世界そのものなのだ。
あらゆる意味で重みが違う。
アサシンが挑むのは、真実、世界そのものなのだから――!

「くはっ!足りぬか!いやぁ、滾る、滾るぞ!二の打ち要らずなどと呼ばれたが、必要ならば二撃三撃続けよう!やはり挑むならば雑魚ではなくこうでなくては!」

一撃で拳が壊れるほどに傷つきながら、アサシンは止まらない。
一撃、二撃、三撃、終わらない演舞を続けるようにただ拳を叩きつける。

「ちっ――!」

ユリウスから舌打ちが漏れる。
指示を聞かないアサシンに苛立っているのだろう。

これこそが、ネコの宝具を使用した第二の理由。
求道者たる側面を持つアサシンにとって、世界などという巨大すぎる存在に挑むことは欲して止まないものだろう。
それこそ、マスターの指示に逆らう価値があるはずだ。
それに、先ほどのユリウスとアサシンのやり取りを見る限り、アサシンはユリウスに逆らわずにかつ自分の欲求を満たすという方法をとっている。
誰を殺すかはユリウスが決め、どう殺すかはアサシンが決める。
つまり、『俺』を殺せとユリウスが命じ、そのために『邪魔な障壁』を今壊しているということだ。
そこに、マスターの命令との矛盾はない。
ユリウスからすれば詭弁もいい所だろうが。
これでは令呪による制御も難しいだろう。
『従え』と命令しても、先ほどの解釈から今も従っているアサシンにとってさほどの重圧にはならない。
『止めろ』などという命令に貴重な令呪を使えるはずもない。
だからできるとすれば――

「令呪をもって命ずる!アサシンよ、その壁を砕け――!」

「応!委細承知!」

――全力の支援のみだ。

令呪を使った後、ユリウスはアサシンを眺めながら動かない。
何かを考えているようだ。

「……これほどの固有結界、そう長い時間は持たないはずだ。奴の魔力量は精々一流止まり。魔力が尽きればこの世界も元に戻る。その時が貴様の死だ――!」

確かにそれは一理ある。というかまさにその通りだ。
この宝具は極めて燃費が悪い。
事実、最初の使用ではネコの魔力を使いきり、俺の魔力もすぐに尽きた。
絶好調の状態で使用しても、精々2分、いや1分持つか持たないかぐらいだろう。

だがそれは、何の工夫もしない素の状態で、だ。
俺が何の手も打たないとでも思ったかユリウス。
城の外にいるお前には見えていないのだろう、この宝具を維持するための手段が。
俺がアサシンを挑発してから一言も喋らない理由がわからないだろう。
そう、俺が魔力を維持するため、一言も喋らずに行っているこの行為こそが必勝の一手だ。

これこそが我が奥の手――




――激辛麻婆豆腐(魔力小回復)だーーーー!!!




まさか購買部に戦場で食べれるお持帰りマーボーが販売されるとは。
神父はいつかの約束を守ってくれたのだ。
そう、俺は今、遠坂・ラニの用意してくれた罠を利用し、桜のくれた礼装を利用し、神父の約束のおかげで立っている。
皆の紡いでくれた絆のおかげで立っているといっても過言ではない。
こんなにも嬉しいことがあろうか。

俺は皆に感謝し――マーボーを食べるのだ。

「ねぇどんにゃ気持ち?必死こいて殴ってるのに傷一つつかにゃいってどんにゃ気持ち?」

「くはははははははは!滾る滾る!血が!肉が!年老い、なにを悟った気になっていたのやら――世界は広い!」

「やだこの爺。まるでへこたれにゃい」

ネコは全力でアサシンを煽りにいっているようだ。 

望んだ形になってきた。
こうなれば戦闘ではなく、我慢比べだ。
この形こそ俺の望んだ光景だ。

そもそも今回は、まともな戦闘など挑んではいけなかった。
超絶技巧を持つアサシンと、マスター自身が高い戦闘力を持つユリウスのコンビは、俺達にとってまさに天敵だった。
ネコがアサシンと戦っている間に、俺がユリウスに殺されるからだ。

今までの敵と違い、マスター自身も恐るべき脅威である今回の決闘は、そも戦闘の形になった時点で俺達の負けだった。
どうにかして通常の戦闘という形を避ける必要があった。

ネコの宝具とアサシンの性格を利用し、耐久力勝負に持ち込むことができてこそ、勝機があるというものだ。

あとは簡単だ。
残りのマーボーを食べつくし魔力が切れるのが先か、アサシンの拳が潰れるのが先か。
ユリウスもただ座して待つことを止め、コードキャストでアサシンの筋力強化や治療に専念している。

さて、どうなるか。
先は見えないが、俺にできることはただ一つ。

ひたすらにマーボーを食べ続けるだけだ――!

蓮華を持つ。
その赤という言葉ではもはや足りない赤。
ぐつぐつ煮えたぎる熱。
鼻をくすぐるどころか穿つような刺激臭。

是非も無し。

口に含めば爆発し駆け巡る衝撃は黄金の旨みすなわちギャラクシー!

「いいぞ、若返るようだ!愉快愉快!」

「このハッスルお爺ちゃん元気すぎるにゃ!笑いながら血が噴出す拳で殴り続けるとかマジホラー。少年!ここはにゃにかいやがらせをすべき――」

おいおい、なんだこの真っ赤な食卓は。
え?DDの食卓?
ふっ、その招待受け取った。
フルコースだろうが満漢全席だろうがもってこい。
全て飲み干してやるぞ角娘――!

――すごく、まずいです。


デザートはクッキー?
やだ、このクッキーボロボロに砕かれてるんですけど。
一生懸命砕いた?
それ料理に使う言葉じゃないよね。
まずはその馬鹿でかい篭手を外すところから始めてはどうだろうか。
え?押し潰す?

――『どこ』で『挟み込ん』で潰すのか語ってもらおうか!


口直しにジュース?
すごく、ドロドロしてます。
一生懸命溶かした?
はっはっは。何を溶かしたのか正直に言いなさい。
先生、怒らないから。

――溶けて一つになろうとかスライム的な求婚はいやだー!


「にゃーーーー!?少年が変な扉開いちゃってるにゃー!それ裏側だから!まだ逝くには早いにゃ少年ー!」

脳裏走る電撃はネットワークを駆け巡り新たな扉をオープンザセサミ――!

「にゃにこのバッドトリップ!?マーボー?マーボーのせいにゃの?帰ってきて少年ーー!」



「我が八極の果てを見よ――!」

ズドン、そんな重たい音に意識が戻った。
今までの爆発するような音とは違う、まるで沈むような重い音。
意識をアサシンに移せば、そこには白く荘厳な城壁に、まるで蜘蛛の巣の様な巨大なひび割れが出来ていた。

まさか、アサシンの拳が勝った――!?

「呵々……いや、中々に、心躍る、套路であった……」

だが、世界という壁を砕いた拳士の姿は、勝者というには程遠いものであった。

右の拳、その肘先はもはや無い。
光に霞み、空間へと消えて逝く。
その姿は何度も見た、敗者の姿。

――ネコ。

呼び声に頷きを返した相棒。
その数瞬後に、世界は姿を変え、元の熱帯雨林へと戻る。

そして、俺達とユリウス達の間には――勝者と敗者を隔てる半透明の壁。

「いまひとつ、届かず、か……いや、世界というのは身近にありながらも遠いものよなぁ……」

瞳を閉じ、中天を眺めるように仰ぐアサシンの表情は、全てをやりきったような晴れ晴れとしたものだった。

「あぁ……遥か、昔……拳を初めて握った時を思い出した……そうか、挑戦者とはこういうものだったな……くくっ、悪くない……」

嬉しそうな笑みに邪気などなく、その声はまるで輝かしい未来を夢想する少年のような幼さを感じる。

「侘びはせんぞ、ユリウス。だが礼は言おう。お主との旅路、儂にとって悪くは――否、良きものであった」

ユリウスを真っ直ぐに見つめるアサシン。
大地へと座り込み終わりを待つその姿は、実に堂々としたものであった。

それに対しユリウスは――

「……どうした、お主――!」

アサシンの驚愕の声。
その先には、脂汗を大量に流し、バチバチと紫電を纏ったユリウスの姿。

何を――!?

「……死ねん!俺はまだ、死ねんのだ!このようなところで!このような結末など――!」

「お主……」

それは、世界への反逆だった。
ムーンセルというこの世界の創造主が決めた絶対のルール、死の判定に対する反抗。

幾つものコードキャストを行使しているのか、ユリウスの周囲に魔力が溢れ、形成され、霧散する。
その行為は多大な負荷と苦痛を与えているのだろう。
今までの冷静な姿も冷酷な瞳も、もはや無い。
歪み、苦しむ姿だけが見て取れる。

ユリウスはまるで何かに祈るように手を伸ばし――



――咄嗟に、その手を取ろうと自分の手を伸ばしたところで、彼は光に消えた。



これが、決着。
何度も見た結末。

「……少年」

俺を案じるようなネコの声。

俺は、後悔、しているのだろうか。
彼は、今までの対戦相手と違い、始終俺に殺意を持っていた。
それに、彼とは話す機会もなかった。
彼は、ユリウスはいったいどのような人物なのか知らないまま戦った。

それでもこの心の内に残る後悔。
きっとその正体は――ただ一人、同士となれたかもしれない男に対する憐れみなのだろう。
彼の終わりの姿は、俺の終わりの姿だ。
あんなにも悔しそうに手を伸ばすその姿は、俺の未来だったのだ。
彼が手を伸ばした先、その先に何を求めたのか、きっと俺だけが理解できる。

だから、ここで歩みを止めることはしない。
この歩みの先、未来が俺にあるとするのならば。
いつかきっと彼の墓前へ行くのだ。
そして、その墓前に捧げよう。
俺と彼が求めたもの、希望という名の『アレ』を。
この歩みは決して止めない。

そう――















ユリウスの墓前に本物のAVを供えるために進み続けよう――!

「それとどめの一撃にゃ」



【 五回戦終了 8人⇒4人 】



[33028] ぼーいみーつきゃっつ
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2014/02/18 23:14
5回戦を終えた翌日、マイルームでの一時。
最近は殆どを保健室で過ごしているせいか、マイルームでネコと二人きりという状況のほうが珍しく感じる。

5回戦を終え、遂に6回戦。
ベストフォー、準決勝とも言い換えていい。

128人もいたマスターも、遠坂とラニという例外を除いてもはや4人となってしまった。
今日に至るまでの昨日は、とても濃密で、ひどく苦しく、それでも積み上げてきた過去はきっと無駄ではないと言い切れる。

過去が無いと嘆いていたころが嘘のようだ。
あの日、保健室で目覚めたあの始まりの日。
あのときのような不確かで陽炎のように淡い自分などもういない。
きっと今なら、胸を張って俺はここにいると叫ぶことができるだろう。

「にゃー少年」

マイルームの真ん中で三点倒立をやろうとして腕よりも頭のほうが大きいという不具合のせいで一点倒立になっていたネコが話しかけてきた。

「そろそろさー戦争の景品も見えてきたけど、叶えたい望みは見つかったかにゃ?」

望み、望みか。
記憶がないと嘆き、過去がないと項垂れていたあのころ、俺には望みなどなかった。
だが、今なら言える。

望み、願い――転じて、欲望。

熾烈な争いを生き残り、絆を紡ぎ、友と呼べる人達と過すことで俺には確かな欲望が生まれていた。

欲望、字面だけでは負のイメージしか沸かないだろうが、俺はそうは思わない。
欲望とは即ち、明日への展望だと考えているからだ。
明日はどんなことがあるのか、明日は何が起こるのか、明日をどう過すのか。
そんな明日――未来への小さな期待がきっと望みや願いを生み出すのだ。

だからこそ、今の俺には言える。
叶えたい願いがあるのだと。

「にゃっふっふ。いい顔にゃマスター。いつかの迷子みたいにゃなさけない顔にゃんかよりよっぽどいいぜ」

一点倒立から足を揺らした反動で舞い上がり空中三回転半捻りこみを決めつつネコが俺を見つめる。
無駄に洗礼された無駄の無い無駄な動きだな。10点満点。

「拍手プリーズ。んで、少年の願いって?」

聞きたいか、ネコ。
そうだな、隠すほどではないが……
いや、だが……こんな大それた願い、誰かに口にするのは憚れるな。

「ほほぅ。にゃかにゃかでかい願いとみた。照れるにゃ照れるにゃ。あたしと少年の仲じゃにゃか。笑わないから言ってみなボーイ」

そうか、そうだな。
お前になら言ってもいいかもしれない。
だが、聞いて驚かないでくれよ?
俺自身、こんな大きな願いを抱いていいのだろうかと慄いているところなんだ。

「にゃふー!少年よ大志を抱けって言うにゃ!恥ずかしがらずにゲロッちまえ!」

あぁ、聞かせてやろう。
俺の願い、俺の望み、俺の欲望を。

それは――!

「それは――?」



――廻らない寿司屋で食べ放題とかどうだろうか!?

「どこまでも庶民……!」



言ってしまった。
なんてだいそれた野望。
言いはなった後になって足が震えてきやがる……!

「聖杯に託す願いがシースーとか、あたしのマスターがとても残念な件」

何を言うかネコ。
いいか、廻ってるシースーじゃないんだぞ。
カウンター越しの壁掛けメニューには時価としか書かれていないような店なんだぞ!?

「いっそ涙を誘うわ。ささやかにゃ願いすぎて」

そこまでいうのならば、お前の願いはなんだ。
聖杯にお前は何を願う?

「にゃっふっふ。聞きたい?聞きたいかにゃ?」

あぁ聞きたいな。

「えー、でもにゃー。ちょっとあたしのはスケールがでかすぎて、少年、腰抜かしちゃうかもよ?」

ほう。それは中々に期待できそうだな。
是非聞かせてくれ。

「よかろう。にゃらば聞け、あたしの願い、大望を――!」

大望ときたか。さぞや壮大な願いに違いない。

「あたしの願い、それは――!」

それは――?



「こたつとネコ缶にゃーーーーー!!!」

――どこまでもネコ科……!



「こんこんと降る雪景色。極寒と壁を隔てた温暖な室内。寒空の下、震えて縮こまるイヌ科を横目にこたつの中でぬくぬくしながら食べるネコ缶、マーベラス」

お前はイヌ科になんの恨みがあるんだ。

「にゃっふっふ、想像だけでご飯3杯はいけるにゃ。おっと失礼、涎がでちゃった」

存外に想像力豊かだな、お前。
しかし、主従そろってこんな願いか。

「自覚はあるのね少年」

いいんだよ。願いの大きさに貴賎はない。
まぁ、結局は聖杯に託す願いなんてないってことさ。

「ま、そんにゃところだとは思ってたけどにゃー」

そうだ、ここまで勝ち残り生き残っても、この結論に至った。
何人もの犠牲の上に成り立った願い。
そんなものを抱けるほどに、俺はまだ自分を諦めちゃいないのだろう。
自分自身で願いを叶える。その意思はまだ折れてはいないということだ。
叶えたい願いはあれどそれをなにかに縋るなど、ましてや、誰かを殺してまでに望むなど俺にはできない。

そして、ここまで歩んできた結論として、俺は思う。
犠牲を強いる聖杯戦争。
その存在は――何かがおかしい、と。

だから、俺が聖杯に願うとしたら。

――願うのならば聖杯戦争の永久廃止。それが望みだ。

「――大きく、でたにゃ」

少年よ大志を抱け、だ。
それに、聖杯は何でも叶えてくれるんだろ?
だったら可能なはずだ。

「ま、そりゃ可能だけどにゃー……その願いを持つなら、負けられにゃいぜ少年」

元より負けるつもりなどない。
この命を最後まで諦めない。
それが、俺の生き様だ。

「にゃっふっふ。いつかの泣き面ボーイが格好良くなったもんにゃ」

成長期だからな。
後は、そうだな、優勝特典にもう一つくらい願ってみようか。

「おっとっと、いきなり欲深ににゃったにゃ。何を願うのかにゃ?」

――遠坂とラニの帰還だ。

彼女等を平穏無事に地上へ還す。

「そりゃいいにゃ。ついでに月土産に月の石ころでも持たせりゃいいにゃ!」

あぁ、あとは購買のマーボーもだな。

「月土産にマーボーを渡されたら正気を疑うレベルにゃ」

販売製造月の中とか素敵だろう?
まぁ、俺もそれがお土産だったら断るレベルだが。

「にゃっふっふ」

ネコと二人で笑い合う。

叶えるべき願い。
手を伸ばす望み。

それはきっと、誰かの願いよりも小さく、ささやかなものだろう。
だが、その願いは、何よりも俺にとって大事なものになった。

だから、この歩みは決して恥ずべきものではないと。
胸を張って進むことができるのだ。









マイルームを出て、ネコと分かれて購買部へと移動する。
5回戦ではかなりの数のアイテムを消耗した。
そのため、消費した回復アイテムを補充するために購買部へとやってきたのだ。

幸いにもいくらかの資金は残っており、消費した分のアイテムを買いこむことができた。
まぁ、買い込んだ結果、また素寒貧に近い状態へと戻ってしまったわけだが。

いつの日か、買い物に苦労しない時が来るといいのだが……
いや、そこで諦めては格好が悪いだろう。
まずは小さいながらも目標を立て、全力でそれを目指そうではないか。

よし、最初の目標は、そうだな……

――ブラック○ンダー1ダース買いにしよう。

我ながらなんという大人買い。
ささやかながらも立派な目標といえよう。

新たな志も立て、意気揚々に購買部を後にする。
買い物も終えたので、保健室へ顔を出そうかと一階の廊下を歩いているとき、もはや耳に慣れたコール音が鳴った。


六回戦 対戦者【臥藤門司】


読みは、ガトー・モンジ、だろうか。
遂に始まった六回戦、準決勝。
ここまで残ったというだけで、尋常ならざるマスターであろう。
いったい、どのような人物なのだろうか。

「ほう、小僧が次の対戦者か」

その言葉に、心臓が跳ね上がった。
突如背後から降りかかった声。
振り向けばそこには巨漢が俺を見下ろしていた。
先の言葉から察するに彼こそが、次の対戦者なのだろう。

ガトー・モンジ。
次の対戦者。
俺よりも頭二つ分は大きい体躯。
素肌にジャケットを羽織るという、なんとも常識外れた格好だが、そのジャケットから垣間見える幾つもの傷を刻んだ鋼のような筋肉が、彼が只者ではないことを窺わせる。

「ところで小僧、一つ聞きたいのだが……」

次の殺し合いの相手は、敵であることを感じさせないような快活な笑みで問いかけてきた。

「金髪に紅眼の見目麗しい女性を知らんか?」

飛んできた問いは、とても敵から聞かれるような質問ではなかった。
女性の特徴を言われ、その存在を知らないかと問われる。
それは聖杯戦争に必要な事項なのだろうか。
真意がわからず戸惑ってしまう。

「おぉ、そう身構えるな若人よ。なに、決闘が始まるまでは取って食ったりせぬ。ただ我が神の所在を知らぬか尋ねているだけゆえ」

神の所在?
それは哲学的な問いなのだろうか。
神はその人の心にいるとでも答えればいいのだろうか。

「うむ、それもまた真理也!あいやしかし、小生が聞きたいのはそういうことではなく、身を隠された我が神を探しておるのだ」

ふむ、どうやら単純に人探しをしているだけのようだ。
しかし、神。
神ときたか。

今までの言葉から察するに、彼は神にあったというのか。

「然り!小生、この月の内側で穢れなき原初の女神に拝謁賜ったのだ。そう、あれは小生が予選を突破する間近であった」

なにかスイッチを押してしまったのか、巨漢は朗々と語りだす。

「予選の最後にあった、人形との決闘。小生は全てを賭けて戦ったのだが、如何せん我が肉体ではあと一撃ほど届かなかったのだ」

なにそれこわい。
もしかして予選の人形と生身で戦ったのかこのおっさん。

「うむ。あそこでアッパーが決まっていれば、小生の勝利も揺ぎ無かったが、よもやあの人形がデンプシーロールの使い手とは思わなんだ。いや、それは重要ではないのだ。人形に打ち倒された小生、もはやここまでかと神へ祈った。おぉ!神よ!道半ばで倒れる愚僧に祝福を!南無阿弥エイメン!」

その祝詞は関係各所に喧嘩売ってるからやめろ。

「すると我が祈りは神へと届き、その穢れなきビーナスをも凌駕する眉目秀麗荘厳絢爛な御姿を具現されたのだ!しかしてその後、小生に神託を与えられた!『エ、コイツ?マジデ?ナイワーショウジキナイワー。チェンジデ』と!そして、後光指す神秘のお姿はお隠れ遊ばれ、小生の元に神の使いを遣わされたのである!」

思いっきり神に拒否されていないか。

「故に神の御使いと共に、かの女神を探して三千里というわけなのだ。そういうわけで、知らんか?」

ツッコミどころ満載ではあるが、問われたからには答えよう。

金髪、紅眼の女性ね。
うーむ、その色合の女性は知り合いにはいなかったと思うが……

――ちょっと待て。

……まさか。
いや、確かに符合する。
もしかすると……

「ぬ!?覚え有とみたが如何!この迷える愚僧に答えをプリーズ若人よ!」

あいわかった。
そこまで言われては協力せんわけにもいかないだろう。
しばしまたれよ求道僧。

――こんなところにネコ缶が。

「真祖ワープ!それはあたしのにゃーー!」

右手に持ったネコ缶にバカネコまっしぐら。
そしてネコの首裏を掴み上げ巨漢へと向ける。

どうだ、ガトー。金髪紅眼の雌だ。

「むむ。確かに金髪紅眼。ハッハッハ!しかし、この頭身はさすがに――――いや待て小僧。この神気、我が神に通ずるモノあり」

「にゃ、にゃにこのおっさん。助けて少年、目が皿にになるほどの視姦にさすがのあたしも鳥肌物にゃ」

ネコがたじろぐとは珍しいな。
よほどおっさんと相性が悪いと見える。

「ふーむ。よもや、女神の御使いか?いやしかし、どうも毛色が違うな。なれば我が御使いに尋ねるか」

御使い、それはつまりガトーのサーヴァントか。
神の使いというのだから、さぞ神秘的な存在なのだろう。
いったい、どういう英霊なのか――

「ハッハッハ!我が神の御使いならば、既に具現しておる。後ろをむけぃ!」

なんだって――!?
まるで気付かなかった。
すでに背後を取られているなんて……!

ゆっくりと、心構えを作りながら振り向く。

すぐそばにいたその存在は――




――灰色の髪。

――獣の耳。

――まるで寸胴を体現したかのような体躯。

――そして、腐った魚を連想させるつぶらな瞳。

――床でネコ缶を貪るその姿。



「っべー、このネコ缶吾輩の舌にクリティカルヒット。やめられにゃいとまらにゃい。ところでカッパエビ○ンの海老と河童ってどんにゃ関係にゃんだろにゃ。吾輩的には大学の先輩後輩だと思うのだが、そこんとこどうよ、エセキャッツ」

「にゃー!?誰にゃてめーこのやろー!あたしのネコ缶貪ってんじゃねー!」

「ぬぉ!?質問に対する回答がネコパンチとは吾輩も応戦せざるをえない。キャッツNo.1を今こそ極める時がきた。チャンピオンベルトは渡さねー!」

「おぉ!2柱の使いが絡み合うキャットファイト!これまさに神話の再現!」

黒いネコ科(?)がいた。



<あとがき>
辞世の句。
準決勝 こんな絵面で 大丈夫か。

次の更新はインフルエンザが治ったら一ヵ月後。
治らなかったら今週中。
皆もうがい手洗いをしよう!
※朦朧とした頭で書いたので後日書き直すかも



[33028] 神話の戦い
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2014/02/20 20:05
――セラフ。
天に座す聖杯が紡いだ戦いの場。
本物と間違うほどの精巧な偽物。


殺し合いのために用意された美しき天の箱庭で俺は――人外の領域を垣間見ている。

睨みあう3つの存在。
ぶつかり合う不可視の圧力に押しつぶされそうになる。
自身の目の前で圧殺するような威圧感が放たれ、己はそれを眺めることしかできない。
立ちすくむ俺の前で、人を超え、獣を越え、神の領域すら超えようと、頂点を欲する戦いの幕が上がろうとしていた。


空間が軋むほどの闘志のぶつかり合い。
相手を喰らい尽くそうと隙を探る鋭い瞳。
間合いをとりながらじりじりと体を動かしている。
やや中腰で、相手の射程から少し外れた場所を維持した歩方。
対峙する3人がまったく同じ動きを行う。
それは、上部から見れば3人で円を描くように見えるだろう。
技量の切迫した者が見せる綺麗な真円。
達人同士が見せる奇跡の瞬間。
互いが互いを打ち倒そうと一瞬の隙を伺っている。

空気が痛い。
俺は対峙する3人から離れているのが、そう感じるほどに空間に緊張と闘志が満ちている。
ビリビリと肌を刺すような威圧感が、あの3人から感じられる。
そして、中腰で円を描くように動いていた3人が――止まった。
思わず息を飲む。
始まる。始まってしまう。
命を賭した戦いが。
相手を喰らう闘争が。

一瞬の停滞。
空間に満ちる緊張が限界へ達する。




――動く!




一瞬の刹那すら凌駕する動きで二匹の雌と一匹の雄が走り出す。
そして互いの射程に入った瞬間、攻防の構え。
予備動作すら見せない達人の技。
ここから始まる戦いは、決闘などという生易しい物ではない。

たった三人の闘争、だがそれはまさしく――





「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ!」

「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ!」

「カバティカバティカバティカバティカバティカバティカバティ!」

――戦争カバティだった。


お前ら絶対仲良いだろ。



「ガオオォォー!!!」

「「にゃー!?」」

あ、虎が勝った。












遂に準決勝、6回戦が始まった。
今までの戦いと同様に訓練を重ね、相手の情報を集めてきた。
だが、今回は相手の情報がほとんど集まらなかった。
遠坂やラニにも相談したが、彼女等に対戦相手のことを伝えると……

『ごめん、わたし疲れているみたい。6回戦が終わるまで寝かせておいて』

『申し訳ありません、ナカオ(仮)、私には現在休息が必要なようです。7回戦で会いましょう』

――と言って、ベッドに横になり、話しかけても反応してくれなくなった。

まぁ、彼女等にはいつも無理してもらっているのだ。
いつまでも頼りっぱなしというのも悪いし、心行くまで休んでもらおう。





『――なんでバケネコが2匹もいんのよ。聖杯戦争って英雄の戦いじゃなかったの?つきあってられるかー!』

『――あのような不可思議生物がこの世に複数存在するとは……師よ、私には未来が見えません……』





そして迎えた決戦日。
結局有力な情報も得られないまま、コロシアムで敵と向かい合っている。
わかったことは、敵のサーヴァントの真名は『ネコアルクカオス』だということ。
というか――

「ハロー、ボーイエンドエセキャッツ。吾輩の名はネコアルクカオス。気軽にカオスって呼んでね」

――自己紹介された。

「ちなみにクラスは【サーカーニャー】。いいかね?気高く、気品を込めて、はい復唱、サ~↑カ~↓ニャ~→」

どんなクラスだ。バーサーカーと同じ韻で言うな。

しかし、見れば見るほどネコに似てるな。
色を黒くしてやさぐれたらあんな感じになるんじゃないか?

「失礼にゃ!あんにゃパチネコと一緒にするにゃんて怒るぞ少年!」

全力でネコ缶を放り投げる。

「「それは あたし/吾輩 のものだーーーー!!」」

お前ら親戚じゃね?

なにこの空間。
本当に決闘が始まるの?
だいたい敵のマスターからして……

「おぉ……神の御使いが2柱も具現するとは……我が女神の再度の降臨待ったなし!ハッハッハ!」

なんか感動してるし。
なんだこれ。

「ふっ、そんにゃに余裕を見せていいのかボーイ。吾輩、もう戦闘態勢だぜ?」

――殺気が一気に膨れ上がった!?

その静から動へ転じる早さ、そして今まで感じさせなかった濃密な殺気。
やはり油断していい相手などではなかった。
敵も間違いなくこの準決勝へと駒を進めた強者なのだ――!

「ニャーッフッフ。さぁ、戦いを始めよう……カモン!カオスソルジャー達よ!」

戦いの幕が上がる。
カオスが高らかに声を上げると、カオスの影が蠢き何かが這い上がってきた。

蠢く影が形を成し――



「どうも、吾輩がカオスです」

「どうも、吾輩もカオスです」

「こんばんは、貴方のカオスです」

「そして、吾輩もカオスだ――!」

「「「「「五匹揃って貝百の使者カオスソルジャーーーーー!!!!!貝百ってのは時給貝100個って意味ね」」」」」

増えたーーーーー!?



蠢いた影から沸きあがった4匹のカオス。
どれもこれもが本物と区別ができないほどに似通っている。というか、まんま同じ。
もし戦闘力も同程度だというのならば、単純計算で5倍。
冗談じゃない。これほどの戦力差に勝てるわけが――!?

「心配するにゃ少年」

その声は、いつもと変わらぬ相棒の声。
圧倒的戦力差を見せ付けられて、尚不遜に笑う小さな相棒。
なにか秘策があるのか、その瞳は爛々と敵を見据えていた。

ネコ――?

「にゃっふっふ。あのパチネコにできることが、あたしにはできにゃいと思った?いまこそ見せよう、我がネコソルジャー、一騎当千の軍勢を――!」

高らかにネコが叫ぶ。
その凛とした声が空間に満ちる。
その呼び声に応えるように――

ネコのすぐ傍で軽い、ぽんっ、という音とともに小さな爆発が起きた。
爆発の後にネコソルジャーがいるのかと思えば、そこにあったのは小さなメモ用紙のみ。
……ネコ?

「あれ?」

……とりあえず、拾って読んでみるか。


『只今あちし休暇中。そうだ京都へ行こう。ジェットで。というかあんたに指図されるいわれはねー。おとといきやがれプリンセス』


……ネコ?

「あるぇ?」

お前、嫌われてんのか?

「少年の瞳が生暖かいだと――!?」

気にするな。大衆全てに好かれる奴なんて居ない。
少なくとも、俺はお前の味方だぞ。

「その優しさが辛い!」

なんにせよ、こちらの戦力増強は失敗したというわけだ。
しかし、1対5とは洒落にならん。
どう対処すべきか。

――宝具を使うか?

いや、あれには攻撃能力は無い。
前回有効だったのは、アサシンの性格を利用しこちらへ突撃させたからだ。
ネコ曰く、本来ならあの『世界』はネコの望むままに形を変えることが出来るらしいが、俺が未熟なせいで現状ではそこまではできないそうだ。
城と草原を形作るだけで精一杯なのは俺のせいなのだから、文句など言えるわけが無い。
さて、どうする――?



「おい、にゃにお前センター気取っちゃってるの?」

「おいおい、センターにはカオス。これ、定番よ?」

「待て待て、ここはセンターにはカオスを置くべきだと思うのだが、そこんとこどうよ紳士キャッツ」

「実にその通りにゃ。センターカオス、新しくね?」

「ニャー!?早速裏切りやがったな眷族共ぉ!?」

――反乱が発生していた。



なにこの混沌。俺はどうすればいいの。

「放っておけばいいと思うにゃ」

的確なアドバイスをありがとうネコ。
とはいっても、あの状況程度、マスターが止めに入ればすぐに収まるだろう。
そうなれば結局1対5になる。
予断はできんぞ――

「お……おぉ……御使いが5柱とは……小生の、神への……拝謁は……近いな……ぐはっ!?」

倒れてる――!?

マスターであるガトーが、大地へ倒れこみ、まるで何日も断食をしたようにやつれていた。
よくよく考えればあたりまえだ。
本体と同レベルの存在をプラス四体。
魔力消費も当然プラス四体。
合計五体のサーヴァントを従えるなど自殺行為だ。
当然マスターの魔力は枯渇する。
しかし、これではカオス達もおとなしくならざるをえないだろう――


「「「「「オーケー分かった、ちょっと体育館裏にこいや!!!!!」」」」」

収まってない――!?


影からよくわからん獣を出したり、ネコのようにビームを出したり、ジェットで飛んだりまた増えたり。
5匹――どころか減ったと思ったらまた増えたりを繰り返す壮絶な死闘。
すぐ近くでガトーの体が段々と動かなくなっていく様子を尻目にカオス達の戦いは続く。
このままいったら魔力枯渇で勝てるんじゃ?

そんなことを考えていたが甘かった。
始まりがあれば終わりは必ず来る。
一匹のカオスが残り、他のカオスは影へと消えていった。
やはり、最後は本体が残ったのだろう。

「よっしゃぁぁぁぁ!ここからは吾輩、カオスザサードが主役だぁぁぁぁぁ!!」

本体じゃねぇのかよ。

それはともかく、結局一匹になったとはいえ、本当の戦いはここからだ。


「ら、らまだーん……」

「モンジーーーーー!?」

――敵マスターは瀕死だが。


「おのれよくもモンジーを!だが、やるではないかボーイ。吾輩、思わず花丸をあげちゃうぞ」

いらねぇよ。
というかマスターを追い詰めたのはお前だ。
しかし、ガトーが瀕死な今、攻め時か?
いや、心情的にはとても攻めにくいが……

「やめるかにゃ?」

突撃だネコ。

「一切の躊躇なし。それでこそあたしのマスターよ。真祖ビーーーーーーム!」

ネコから放たれたビームが真っ直ぐにカオスに向う。
それに対しカオスの動きは早かった。
英霊の名に偽りなし。
人を遥かに凌駕する反応速度をもって――


「プロメテ~~~~ウス!?」

「モンジーーーーー!?」

――マスターを盾にした。


それでいいのかサーヴァント。
というか、ガトーも割りと平気そうだな。頑丈すぎやしないか。

「あのおっさんマジ変態」

ネコがここまでストレートに悪態をつくのも珍しい。

「にゃにあのボーイ。攻撃指示に躊躇いがなさすぎて怖い。起きろモンジー!この程度でへこたれるなどお前らしくない。どうしたどうした、女神に会うのではなかったのか!?」

「女神……?おぉ……そうだ、小生にはまだ歩く理由があるのだ!」

カオスの言葉にガトーが立ち上がる。
その体は傷つき、魔力もほとんど枯れている。
だが、それでも尚、こちらを睨む視線の鋭さは失われていない。

「そうだ!モンジー!今こそ世界へ叫べ!お前の思いを――!」

魔力が尽きたガトーに何をさせるというのか。
その何かをさせるべきではないと俺の警戒心が叫ぶが、カオスがネコをうまくビームで牽制し、こちらを動けなくさせる。

「おぉ神よ!原初の女よ!今こそ貴女へ我が信仰を――!」

立ち上がったガトーから、先ほどまでのやつれ具合が嘘のような魔力が吹き上がる――!?

「観自在菩薩行深般若波羅蜜……」

般若心経?

「Our Father who art in heaven, hallowed be thy name. ……」

かと思えば祈りを謳う。
他にも聞きなれない呪文やおそらく祈り、聖句を立て続けに唱えるガトー。
その度に、彼の体から凄まじいまでの魔力が溢れ出た。

「あぁ……あああああ!神、サイッコーーーーーー!」

そして祈りは爆発した。
今までの全てを越える魔力の波動、そしてその向き先は――カオス。

「いいぞモンジー漲ってきたぁ!」

明らかにカオスの能力が上がっている。
どういうことだ、コードキャストも使わずにサーヴァントを強化するとは――!?

「少年、これは令呪の発動にゃ!」

ネコからの指摘にガトーを注意深く探る。
魔力に反応し発光しているため、令呪の確認は容易だった。
赤く、まるで燃えるような紅さで発光する令呪は、確かにどこか欠けているようだった。

「そうだモンジー!お前の祈り、信仰、その全てを捧げるのだ!」

信仰、それがガトーの力の源。
彼が祈りを捧げ、一定のラインを超えた瞬間令呪が発動しカオスを強化するようだ。

そして、ガトーの祈りは終わらない。

ネコ――!

「にゃふー!」

「残念!そこは通行止めだぜエセキャッツ」

ネコが攻撃をしかけるがまたもカオスに止められる。
基礎能力にさして差はなかった二人だが、今はもう強化されたカオスのほうへ軍配があがる。

幸いなのは、カオスはこちらへは攻めてこず、あくまで時間稼ぎに徹するようだ。
なんとかしてガトーの祈りを止めなければ……!

「神よ、女神よ!その美しさはまるで湖面に揺らぐ月の如し!その黄金の御髪――梳いてみたい!」

「ひぃっ!?」

ガトーがヒートアップしていく。
そしてネコがなぜか悲鳴をあげた。
しかし、まずいな、打てる手がないぞ。

戦いは膠着し、ガトーのテンションはさらに上がってゆく。

「身長167cm体重52kg!スリーサイズは上から88!55!85!ないすばでぃ!おぉ神よ、原初の女よ!汝は具体的にも美しい!」

「ちょっ!?なんで知ってんの!?ぶち殺すぞストーカー!!」

何故お前が憤慨してるんだネコ。

しかし、まずい。
今のよくわからんプロフィール宣言で令呪が発動したのか、カオスに満ちる魔力がさらに強大になった。

「ニャーッフッフ。いいぞモンジー。吾輩、漏れ出る魔力にちょっぴり引き気味。だが足りぬ。足りぬぞぉ!さらに捧げよ!もっと祈れ!吾輩に全て委ねよモンジー!」

「おぉ!唸れコスモ!高まれソウル!謳い奏でるは般若心経!いける、もっといけるはずだ!小生の信仰ならば更なる高みに――!」

まだ上があるというのか――!?

ガトーが膝を大地につき、祈るように組んだ両手を天に掲げ、般若心経を一心不乱に唱え上げると、その巨漢から溢れんばかりの魔力が張り詰めた。

こちらの令呪は最後の一つ。つまり令呪によるネコの強化は不可能。
これ以上敵に強化をされれば、基礎能力が同程度のネコでは勝ち目がなくなってしまう――!

「見える、見えるぞ!おぉ……我が信仰の果てが!我が神への思いが!イマジネィショォォォォォン!」

感極まった大声が響き渡る。
大粒の涙を流し、ガトーはその思いの丈を解き放った。

「極まった……我が思い……我が信仰……小生の想像力は遂に作り出したのだ……」

その顔は達成感と満足感に彩られた、歓喜の表情だった。

「そう、遂に至ったのだ。小生の想像力が!原初の女、その原初の姿を!!即ち――――――――ヌゥゥゥディストォォォォ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

ガトーが叫び、ネコが嘆く。

ガトーの令呪が一層の輝きを放ち、それと同期するようにカオスが輝く。

あの輝きは一体――!?

「ニャーッフッフ、ニャーッフッフッフ!!!来た来たキタァ!これぞカオス究極形態!シャイニングカオス!こうにゃったら吾輩、止められないよ?」

その輝きの神々しさよ。
ネコと同じ姿だとは信じられないような神秘の胎動。
自然と頭を垂れ、祈りを捧げてしまいそうになる。

「グッバイ、ボーイエンドエセキャッツ。君等のこと、吾輩割りと好きだったよ?」

――動く。

もはや神と呼んでも過言ではない存在が。
強大唯一、絶対無敵の恐るべき敵が。

ネコ――!

「うぅ、なんなのよアイツ……もぅやだぁ……」

戦意喪失してる――!?
いつもの不遜な態度等どこにもなくメソメソと泣いていた。
これでは反抗すらできない。

「では幕引き。さらばにゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」

足元からジェット噴射で浮き上がりこちらへと飛び掛るその刹那――!





――半透明の壁が、俺達と敵の間を塞き止めた。





「オブパッ!?」

当然カオスは壁にぶち当たって、そのまま壁伝いにずるずると大地へ堕ちる。

「にゃ、にゃにごとだモンジー!?」

「おぉ、これは一体……?」

いや、何事も何も……

――令呪、使い切ったじゃん、あんたら。

「うむ!使い切ったぞ!」

「見事な祈りだったぞモンジー!」

実に見事な自画自賛。

ルールを忘れたのか?
令呪を失うと次の決闘には進めない――即ち敗北だ。

「おぉ!まさに!いやはやこのモンジ、ついうっかり!ハッハッハ!」

「うっかりはしょうがねーにゃ。よくあるよくある。どっかの一族なんかうっかりしっぱなしだから。当主の浮気とか」

既に体の分解が始まっているというのに軽いなあんた等。

体のいたるところが分解される。
今までに何度も見た敗者の姿。
だが、これほどに明るい敗者が今までにいただろうか、いやいない。

ガトーとカオス、その二人が光に消え、霞み逝く中、何故か黒電話の呼び鈴の音が響き渡った。

「おっと吾輩の携帯だにゃ、ちょっと失礼」

お前かよ。しかも携帯電話、黒電話かよ。
でかい、重い、ワイヤレスじゃない。
どこに携帯の要素があるんだ。というか、どうやって電話が掛ってきた、電話線途中で切れてるぞ。

「もっしー、うん、吾輩吾輩。おぉこれはアーネンエルベのジョージ店長。何事かにゃ?ふむふむ、ネロ教授と荒耶そーちゃん、コトミーと飲んでるって?もち行く行く。ちょっと待っててくれ。すぐに行くから。ジェットで」

話が終わったのか黒電話を影に終い、カオスがガトーを見る。
というか、さっきの会話はなんだ。知らない名前ばかりだがラスボス集会でも行ってるのか。G5サミットジョージファイブとか言わないだろうな、やめてくれ。

「臥藤門司よ、吾輩にはやらねばにゃらぬ使命ができた」

飲み会だろ。

「お前の歩みをもう少し見ていたかったが、許せ」

「おぉ、なにをおっしゃる御使いよ。小生の歩みはいつ如何なる時も八百万の神が見守ってくださる。貴方一人分がなくとも、このモンジ。見事に入滅いたしましょうぞ!」

「うむ、それでこそだ!ではグッバイモンジー!あとボーイエンドエセキャッツ、機会があればまた会おう!ニャーッフッフ、ニャーッフッフッフ!!」

二度と会いたくありません。

別れを言ったその瞬間、ジェットで舞い上がり彼方へ飛ぶ。
パリン、と硝子が割れるような軽い音がなったと思ったら、空間の裂け目のようなよくわからない何かが発生し、そこへカオスは消えていった。

……なに、あれ。

なんだあれ。

なんなのあれ。

「ふっ、小生もここまでか……」

一瞬忘我の状態になったが、ガトーの消えるような声に意識が戻った。
目をガトーに移せば、そこにはもはや体の殆どを光に消されたガトーがいた。

「今思えば……原初を求めるなど、それそのものが間違いであったな……だが、その方法に間違いはあれど、歩んだ過程に後悔なし。ハッハッハ!良き旅路であった。大、満、足!それでは小生、これにて入滅!さらばだ小僧!女神によろしく!ハーッハッハッハッハ――――――」

豪快な笑い声を残し、ガトー・モンジ、神を求めた男は消えた。
その生き様は、余人には理解できないものであったが、きっと本人は楽しんでいたのだろう。

まぁなんにせよ。
あんなにも快活な笑みを見せられては、心にしこり等残りようも無い。
こんなにも晴れ晴れとした戦いは初めてだった。


しかし――

こんな戦いで良かったのだろうか、聖杯は。
ネコ、お前はどう思う――?

「もういい!終わったんなら帰るわよ!」

あ、あぁ。






よくわからない戦いだったが、ネコの新たな一面が見えた気がする一戦だった。


【 六回戦終了 4人⇒2人 】



<あとがき>
タミフル先生が仕事してくれないの。
流石に更新はもう無理です。
次は生きていたら会いましょう。ぐっばい。



[33028] 憎しみの果てに
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2014/03/30 19:37
『失敗作だ』

始まりの言葉は、否定だった。

『なんという醜悪』

見下ろされる視線は汚物を見るような軽蔑したモノ。

『地上で最も尊い生命からこのような失敗作が生まれるなどと』

周りには否定しかなかった。
周りには拒絶しかなかった。

『この個体から一切の権利を剥奪する』

彼には絶望しかなかった。
彼には虚無しかなかった。

『次の個体へ移行する』

何も無い。真っ暗な闇の中で、少年は何を思うのか。
きっと、何も思わない。
思うだけの自分が無い。
それを抱くだけの自我が育たない。

故に、そこに在るのは死体となんら変わらない。

捨てられた廃棄物の名は無価値。

侮蔑と嘲笑、絶望と憎悪を抱え、彼はただ闇を漂う。



『あら、こんなところにどうしたの?』

――それは、一筋の光だった。



向けられた笑顔。
送られた言葉。

金色の長い髪を持つ女性の、優しげな眼差し。
無価値の少年に与えられた役割の中で出会った女性は、今までにない光だった。

『アリシア様、旦那様がお呼びです』

その光を振り払うように、感情を殺す。
与えられた役割をただこなす様に、少年が女性へ用件を伝えた。

『あら、もうそんな時間?ごめんなさいね、あんまりにもぽかぽかと日差しが気持ちよくて時間を忘れちゃった』

返ってきた言葉と、恥ずかしさを含んだ少女のような笑み。
ただの返事のはずなのに。
そこにはどうしようもなく少年への優しさが含まれていた。

静かで、穏やかで、優しい日々。
そんな日々が、少年にはあった。

生まれたときから否定されてきた少年にも、そんな日々があったのだ。

――だが、その日々は終わる。

少年自身の手によって。

寝台に眠る女性。
夜に染まる暗闇の中、少年は女性の傍にいる。

その手に、拳銃を握って。

その役割は、眠る女性の夫――少年の父から与えられた。
眠る女性の子、少年の異母兄弟、一族を背負うであろう弟の立場を磐石とするため、眠る女性を殺す。
それが少年に与えられた役割だった。
いつものように淡々とそれをこなす。
眠る女性へと拳銃を向け、引き金を、その引き金を――





『あの子を……弟を守ってあげてね――――――ユリウス』

あの日々は、二度と戻らない。





――そんな、欠けた夢を見た。





夢は終わり、視界は闇へ。
侵食された己の自我が悲鳴を上げる。
このまま闇に飲み込まれるのか。
そんな恐怖が湧き上る。


『コーン』

――獣の鳴き声が、聞こえたような気がした。


闇は光に塗りつぶされる。
冷たい世界を覆う太陽の輝き。
果ての無い芒が広がる黄金の原野。
こちらを見つめる金色の獣が――――――――







「少年!」

かけられた呼び声に、意識が浮上した。
まるで長い、永い夢を見たような倦怠感が全身を包んでいる。
激しい頭痛と、全身を襲う疲労感。

未だに思考がはっきりとしない。
俺は何だ、何がどうしてこうなった。

ぐるぐると考えを巡らせ、現状を確認する。

視界に入るのは、沈みかけの太陽が流れる水を赤く染める黄昏の世界。
ここは、そう――アリーナだ。

あぁ、段々と思い出してきた。
決勝戦へ向けて少しでも戦いの経験を積もうと、ネコと二人アリーナへと来たのだ。
そして、踏み込んだアリーナで俺は壊れたデータを見つけた。
まるで零れ落ちた宝石のようにゆらゆらと輝くそれに誘われた俺は――誰かの心に触れたのだ。

「少年の人の良さには呆れるにゃ!亡霊の言葉にゃんかに耳を傾けるにゃー!」

ネコが怒っている。
珍しく本気で。
だけどそれは、俺を心配してのことだと素直に受け入れられた。

すまん――ありがとう。

短いがそれだけでいい。
ネコは言い足りないのかやや憮然とした表情だが、こくりと頷いて俺の前へ立ち正面を睨みつけた。

目の前に立つ亡霊――ユリウス・ベルキスク・ハーウェイへと。

「いまさらにゃんの用にゃ亡霊。潔く消えたらどうよ?」

ネコの挑発に返答は無い。
ただ憎悪を秘めた目で俺を睨んでいる。

なぜ此処にいるのか、どうやって生き延びたのか。
疑問は尽き無い。
ただ分かっていることは、彼は確かにここにいて、俺達の歩みを邪魔している。

ユリウス――かつて倒した敵。
聖杯戦争のルールによって消えたはずの彼は、確かにそこに居た。
だが、その姿はかつてあったモノとかけ離れている。
全身のいたるところが欠損し、0と1で構成されたデータが漏れている。
それはいわば、全身から血を流しているようなもの。
立っているだけで苦痛に苛まれているだろうに、彼は確かにそこにいる。

「……し、ね」

ようやく返ってきた反応は短い言葉。
だが込められた殺意はあまりにも重い。

その一言に、ユリウスの傍に死が現れた。

「■■■■――!!」

空間が軋むような殺気。
爆発するような雄たけび。

かつてあった武人の姿は、獣の如き畜生へと成り下がっていた。
アサシン、ユリウスのサーヴァントである真紅の武道家は、ユリウスと同じように体のいたるところが欠損している。

向けられる殺気は苛烈。
だが、佇む構えは無様。

あの見惚れるような技術はそこには無い。
ただただ力ある限り暴れようとする暴虐と狂気の塊。

あれはどうみても暗殺者なんて存在ではない。
その有様は、バーサーカーとしか言いようが無い。
どういう芸当なのか検討もつかないが、あの存在が異常であることは分かる。

「二重属性<マルチクラス>……!?随分とまぁ無茶をするにゃあ……」

ネコはアサシンの豹変の仕組みがわかったようで、苦虫を潰したような表情で呟いた。

「あいつ、他のマスターの腕を令呪ごと移植してやがるにゃ。で、その令呪からバーサーカーの特性を無理やりアサシンにぶっこんでやがるにゃ」

その言葉にユリウスへと目を向ける。
たしかによくよく見れば、ユリウスの左右の手のバランスがおかしい。
左手は彼自身のものだろう。
だが右腕は細く短い。おそらくは女性のモノに違いない。
他人のアバターを組み込むなど、移植などと生易しいものじゃない。
あれはもはや改造、いや言葉にするにもおぞましく深い業だ。

「いけ……!」

「■■■■――!!」

ユリウスの叫びにアサシンが吼える。
かつてあった武の極致はそこには無く、爆発するような力を愚直にこちらへぶつける様に突進してきた。

「おっと!ここ通行止めにゃ!」

ネコがアサシンと相対する。
かつての武人ならばいざ知らず、力を叩きつけくる猪など取るに足らない。
俺達はそういった相手こそ得意としている。

バーサーカー、その特性は恐るべきものだが、技術を失った武道家などいくらでも搦め手でやり込めることができる。

だからこそ、ネコに任せた。

「少年?」

アサシンを連れて離れて戦ってくれ。

「それは――」

頼む。俺は、奴と向き合わなければならない。

「……」

それは無謀で馬鹿げた願いだろう。
かつてユリウス・アサシンと戦う時に一番危惧したのが、俺がユリウスに殺されることだったというのに。

だが、その願いを押し通したい。
体をボロボロにしてまで立ちふさがってきた彼と、俺は向き合わなければならないのだ。

「……了解。勝手に死んだらお墓に『馬鹿ここに眠る』って刻んでやるからにゃー!」

「■■■■――!!」

アサシンはこの場で最も脅威であるネコを追って、どこかへと去った。
これで、この場に残ったのは俺とユリウスだけだ。

全身に魔力を充足させ筋力を強化する、と同時にコードキャストでさらに身体能力を底上げする。
本来ならば、この程度の強化など戦闘のプロであるユリウスには到底叶わないが、今の崩れ落ちそうなユリウスならば対抗できるはずだ。

そんな思考を吹き飛ばすように、ユリウスは既に攻撃に移っていた。
振り上げられた拳、それを己の左腕で受け止める――っ!?

骨を軋ませる重たい一撃、体重はそう変わらないであろう俺を僅かながらも吹き飛ばすという諸行。

冗談じゃない、なにが死にかけだ。

ユリウスは、あの様になっても尚、俺の上を行っている――!

一瞬、ネコと離れたのは愚策だったかと思いかけるが、後悔なんぞしている暇はない。
俺は、彼と向き合うと決めた。
ユリウス、結局彼のことを知らないまま、大した会話もすることなく終わったと思っていた。

だが、今、目の前にいる。

ならば、俺は彼のことが知りたい。
聖杯戦争のルールに抗ってまで俺の前に立つ彼の意思を知りたい。

だから!

――ユリウス!お前の憎悪はなんだ!お前の何がお前を駆り立てる!?

返答は拳、無言のままに突きつけられた攻撃を必死で防御する。
殴られるたびに腕が悲鳴を上げるが、今は耐えるしかない。
一撃一撃に込められた怨念が重い。

防戦一方、なんとか現状を打破しなければと思案する刹那、ユリウスの小さな言葉が俺を穿つ。

「……まけ、られない。お前だけには、負けられない!」

その執念の深さよ。
俺だけは認められないと俺を真っ直ぐに睨みつけてくる。

「お前だけには!お前だけには負けられん!」

何がそうさせるのか。
俺と言う存在そのものが許せないのか。
呟きは叫びとなる。

――俺の何が許せない!ユリウス、その憎悪の元を教えろ!

一瞬途切れた攻撃の隙間を縫って、こちらも拳を振り上げるが、ユリウスのバックステップについていけず余裕をもって避けられた。

多少の距離が開き睨みあいとなる。
腕は幾度も殴られ、感覚が無い。
だが、この程度、倒れるほどじゃない。

「教えろ、か……いいだろう、教えてやる!俺は、誰かに負けるのならばいい!だが、貴様にだけは負けられん!それは――――――お前が、人間じゃないからだぁぁぁぁ!」

人間じゃない――!?

告げられた理由、あまりに唐突なそれに一瞬判断が遅れ頬を殴られる。
あまりの衝撃に後ろへと飛び逃げるが、その衝撃は足にきた様で膝がガクガクと震えた。
それは大きな隙を作り出すが、ユリウスもまた膝を付き息を切らしている。
もとより彼は死にかけなのだ。動くだけでも苦痛を感じているのだろう。
互いが痛みに動けない。だからこそ言葉を発した。

俺が人間じゃないとはどういうことだ、と。

息も絶え絶えにユリウスへ問いかける。
それに対しユリウスは睨みと共に答えた。

「死に抗う最中、俺は情報の坩堝たるセラフの狭間を垣間見た。お前は、人間なんかじゃあない。お前は記憶を失ったと思っているが違う。失ったんじゃない、元々持って無いんだ!お前は聖杯がこの聖杯戦争のために用意した人形、30年前の戦争で死んだ少年を再現した――――――NPCだ!」

俺が、NPC……?

「マスターじゃない、人間ですらない。このセラフでしか存在し得ない人形が、なんらかのバグを起こしただけの何か。そんな存在に負けるなど――承服できん!」

記憶がなかった。
だけど、俺はどこかで生きていて、いつかきっと記憶を取り戻すのだと信じた……けど違った。

始まりが人じゃない。
用意された人形。
なら、俺という存在の意義は――

「ふんっ!茫然自失か、人形。そこで項垂れて死ね――!」

助走をつけた渾身の一撃。
忘我の俺の顔面を狙った真っ直ぐな拳。
あまりの真実に驚くことしかできない俺は、その拳が突き刺さるのをただ待つことしか――

「――ぐっ!?」

俺の頬にユリウスの拳がめり込んだ。
と、同時に俺の拳がユリウスの頬にめり込み、苦悶を上げさせた。

「貴様!」

ユリウスの拳が俺の顔を胸を腹を穿つ。
それに返すように俺の拳がユリウスの体を穿つ。
防御はしない。必要ない。

今、俺に必要なのは――相手を倒す、攻撃だ!

「ぐぅっ!?何故だ、何故倒れない!何故お前は立ち向かってくる!?存在意義を否定されて何故折れない!?」

何故何故何故、か。
ユリウスは攻撃を続けながら、そして俺の攻撃を受けながらも疑問をぶつけてくる。

あぁ、確かに衝撃的だった。
自身の始まりが人ではないなどと、正直、吐き気すら催すほど動揺した。

「ならば何故だ!?どうしてお前は俺の前にいる!?」

簡単だ。実に単純な答えだ。

俺は人間じゃない。俺は聖杯に作り出されたNPC。
あぁ、それはきっと正解なのだろう。思い当たる節がいくらでもある。
なによりその答えを聞いて、あぁなるほどと納得がいった。
俺は人間じゃない、まったくもってその通りだ。

――だが、その真実は歩みを止める理由にならない。

「なんだと!?」

いいか、ユリウス。俺は、明日が欲しいんだ。俺には、欲望があるんだ。
この戦いを勝利し、聖杯を手に入れ、願いを叶えると言う欲望が!

「人形が何を願う!?お前にはそんな資格はない!」

資格か、ないのだろうな。
だが、そんなこと知ったことじゃない。

俺は俺の願いを勝ち取る。
そして叶えて見せるのさ。



――遠坂とラニを地上へ帰す!その願いを前に俺の出自など立ち止まる理由になりはしない!



「――カハッ!?」

全霊をかけた拳が、ユリウスの腹を穿つ。
その衝撃に踏鞴を踏み、痛みに悶えるように後ろへと下がっていった。

「何故、お前は諦めない……」

それは純粋な疑問だった。
今までのような禍々しさのない、ユリウスの本音。
その問いにこそ彼の本質が隠されているように感じた。

だが、その問いには答えない。
なぜなら――お前はもう答えを知っているはずだ、ユリウス。

「……何?」

お前だって、敗北を認めていないじゃないか。
俺に負けたくないんだろう?

それは――諦めてないってことだろう!

こいよ、ユリウス。決着をつけよう。
どっちも諦めてないんだ。ならどっちかが倒れるまでやるしかないじゃないか。

「――それだ、その瞳だ。その眼差しが俺を苛立たせる!」

先ほどまでの苦痛に揺れる体が嘘のような速度でユリウスが襲い掛かってくる。
お互い、コードキャストを使うほどの余裕は無い。
ユリウスは崩れる体に魔術回路が悲鳴を上げているため魔術を行使できない。
だから単純な拳打という攻撃しかできないのだろう。
俺はそのユリウスの単純な攻撃に対しコードキャストを返せるほどの技術が無い。
ユリウスのスピードを凌駕する魔術行使ができない以上、俺も拳を用いるしかない。

ただ殴り、ただ殴られる。
こっちは事前に強化を施しているというのに、尚ユリウスのほうが上だ。
まったく、冗談じゃない。


「お前は何故俺の前にいる!?」

知るか。対戦相手を決めたのはムーンセルだ。

「凡人程度の才で何故ここまでこれた!?」

知るか。死にたくなかったから頑張ったんだよ。

「お前は何故俺を真っ直ぐに見つめる!?」

阿呆か。お前が俺に真っ直ぐに向ってくるからだろう。




「何故、何故、何故――――――何故、お前は俺を憐れむ!?」

――――お前の心に触れたからだ!!




決着はあまりにもあっけない。
互いの拳が互いの頬を深く穿つ。
いっそ清清しいほどのクロスカウンター。

倒れたのはどちらが先か。
きっと、同時だろう。
二人して大地に仰向けになって大の字で倒れている。

体中が痛い。本当に勘弁して欲しい。
なぜマスターが肉弾戦なんてしているのだろうか。
なんて、自嘲気味に笑ってみるが、よくよく考えたら一回戦でも似たようなことをしていたな、俺。

痛む体をなんとか起こし、未だに倒れているユリウスを眺める。

――半透明の壁に遮られた彼を。

「俺は、負けたのか」

静かな声だった。
禍々しさも、憎悪も、怒りもそこにはない。
だからこそこちらも、負の感情を乗せずに素直に答えられた。

――お前は俺に負けたんじゃない。俺の相棒に負けたんだ。

「ふっ――そうか」

俺とユリウスの間には決着はつかなかった。
この結末は、俺が信じた相棒が、ユリウスが隷属させた暗殺者を倒した、それだけのことなのだ。

しばし、沈黙が流れる。
すでに、ユリウスの体は分解が始まっていた。
だが、俺も、ユリウスもこの奇妙でどこか優しい沈黙に身を委ねていた。

そんな静寂を破ったのは、ユリウスの言葉。
いや、それは独白といったほうが正しいだろう。
俺になにかを求めているのではなく、ただ誰かに聞いて欲しい。それだけのもの。

「本当は俺は……ハーウェイも聖杯もどうでもよかった。幼い頃、俺が弱かったころ……たったひとり、名を呼んでくれた女がいた。不要ですらない、あってはならない、無価値であると言われた俺に――命の意味を教えてくれた女だ」

静かに瞑目する彼の脳裏にはきっと、あの優しい笑顔を向ける女性が浮かんでいるのだろう。
ユリウスの表情は静かで……穏やかなものだ。

「だが……彼女は死んだ。あっけなく、死んだ。あっけなく……弟を守ってくれと頼んだ相手に……殺されたんだ」

重い、あまりのも重い懺悔だった。
だが、本人はそれを分かっていない。
いや、分かっているが、現実として理解していないのだろう。

「あれは……いつのころだったか……今思うと、まるで映画のようで現実感がない。いや……本当に映画だったのだろう。出来の悪い、悪趣味な、笑い話のような出来事だった」

理解できないからこそ、今言葉にして理解しようとしている。
ユリウスはまだ、足掻いている。

「だが、それが……女の言葉が俺の目的になった。俺は彼女が遺した願いを叶え――彼女の元に逝きたかったのだ。この手を血に染め、憎悪に身を焼かれ、それでも良かった。彼女の言葉だけが俺の意義だった。だが――」

ユリウスが言葉を切った。
目を開き、俺を見上げる。
視線がぶつかった先、ユリウスの瞳には、禍々しさなど何一つなかった。

「お前が、現れた。ハーウェイの、俺の敵として。お前のことを調べたよ。なぜこんな平凡な男が五回戦まで残っているのかと」

少しだけ自嘲したような、小さなため息が彼から漏れた。

「人間じゃないお前に負けたくないと言ったが……あれは嘘だ。俺はお前が妬ましかったんだ。どんなに弱くても前を見据えるお前の瞳が、俺を真っ直ぐに見返すお前の瞳が。お前は光だ。どんな闇の中であっても、絶望の淵にあっても、その瞳には光が在った。だから……あぁ、羨ましかったのだろうな……お前なら、アリシア様を救うことをきっと諦めなかったのだろうと……」

本当に、心底そう思っているのだろう。
羨ましかった。諦めない俺が羨ましいのだと。

だがそれは、大きな間違いだ。
間違いは正してやらなければならない。
それが、彼の敵だった俺の役目だろう。

――何言ってるんだユリウス。一つ、お前は勘違いをしている。

「勘違い……?」

お前は諦めてなんかいない。
だからこそこの聖杯戦争を勝ち上がったんだろう?
だからこそ死を認められなかったんだろう?
聖杯に興味がないなんて嘘だ。
倒れることも負けることも選ばなかったのは――聖杯を心底求めていたからだ。

――聖杯の力で、助けたいと願っていたからだ。

「――――!」

何でも願いを叶える奇跡なら、人一人ぐらい生き返すだろうよ。
死人を甦らせる、それが正しいか間違っているかなんて俺にはわからない。
だが、救いたいと足掻き、負けられないと叫んだお前はきっと、正しいよ。

――光は、お前にも在ったんだ、ユリウス。

「……あぁ……やはり、お前は妬ましい……こんなにも簡単に俺を救い上げるのだから……」

仰向けに倒れたまま、ユリウスは空を見上げる。
ボロボロの左腕で顔を覆う彼の表情はわからない。
だが、頬を伝う一筋は、なによりも眩しい輝きを放っていた。

「……何故、お前が泣いているんだ……」

苦笑を含んだ、からかいの声。
その声に、自分が涙していることにようやく気付いた。

なぜ、泣いているのか。

――さて、何故だろうか。きっと理由は無い。ただ泣きたいだけかもしれない。

「なんだそれは……くくっ」

俺も彼も泣きながら笑っていた。
もはや、しがらみはない。
こうして俺達は近くにいられるようになった。
それはたぶん、すごく素敵なことなのだろう。

だからこそ、欲が生まれる。
誤解を解いておきたいと思った。

「誤解?」

ユリウスの疑問に、懐からある物を取り出してみせる。

「お前……この状況で『それ』をだすか?」

苦笑と、やや怒りの篭った眼差し。
恨めしそうにユリウスは『AV(アニマルビデオ)』を見上げた。

ユリウス、勘違いしているな。
これはお前の物じゃない――俺が買った物だ。

「買った……?待て、お前が売ったの間違いじゃないか?」

買ったんだよユリウス。
だって購買部にぽつんと『AV』なんてあったら買うだろ。
喜び勇んださ。全力で走ったさ。どこぞの誰かが仕掛けたトラップを乗り越えて視聴覚室に飛び込んださ!

――結果はお察しの通りだ。

「は、はははは!トラップに引っかかったのはお前か!なんだそれは!『アレ』はお前が仕掛けた卑劣な罠じゃなかったのか!」

まさに卑劣だったよ。純情を弄ばれたんだ。自分のサーヴァントにな。

「はははは!なんだそれは、本当になんなんだお前は!ははは!」

そう笑うなご同輩。
俺もお前も騙されたんだよ。俺のサーヴァントにな。

「く、くくっ……聖杯戦争中に、なにをやっているのだろうな俺達は……」

仕方ないさ、なんせ俺達、男の子なんだから。

「は、はは……男の子、男の子か……なんだそれは、くくっ」

結局、俺もお前もいっぱしの男の子ってわけだ。
何も変じゃない、当然かつ普通だ。

「ああ……そうだな、普通か……普通、俺はそれが欲しかったんだな……かつてあったあの陽だまりのような日々が欲しかったんだ……」

普通なんてのはそこ等辺に転がっているものだが、中々見つけ難いものさ。
あぁ、だが一人で見つけ辛くても、誰かと一緒にならすぐに見つかるだろう。

――どうだ、一緒に捜しに行かないか?

「あぁ、それも悪くない……本当に、本当に悪くないな……」

なら約束だ。いつかきっと、共に行こう。
そうだな、次に会った時は普通の男の子らしく女性の好みでも語り合おうか。

「フッ――特段、こだわりはないが髪型はロングだ。これは譲れん――――――」

それが、最後の言葉だった。
闇を纏い闇に生きた男の最後は、淡い、笑みだった。

いつか、また。

叶うことも無いだろうが、そう願わずにはいられない。

在りえない可能性の彼方で、その時こそ、続きを大いに語り合おう。

そして、彼に伝えるのだ。
















――俺は、おっぱいが大好きです、と。

「別れの言葉それで大丈夫にゃの?」




<あとがき>

――知らなかったのか?俺はお前の……同士らしいぞ?

AVが結んだ絆。
そんな月の裏側。感動が台無しですね。



[33028] いってきます
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/07/14 08:33
保健室。
薬品の匂いが漂う白い部屋。
何度もお世話になって何度も訪れ、いつしかマイルームよりも滞在時間が長くなった場所。
思えば、聖杯戦争の始まりはこの部屋からだった。
偽りの日常を捨て、戦いを選び取ったあの時。
聖杯を巡る戦争への参加を決め、目覚めた場所がこの保健室。

感慨深いものだ。
始まりにして、日常の一部。
そんな、大切な場所。
そこにはいつものように保健室の主がいて、友と呼べる少女たちがいる。

桜、遠坂、ラニ。
そこに俺とネコを加えた5人でいつものようにお茶を愉しんでいた。

いつからか始まったささやかな茶会は、幾度も繰り返すうちに大切な日々となった。
桜の淹れてくれた温かなお茶と、色とりどりの茶菓子。
口にする会話は他愛ないもので、浮かべる表情は穏やかな笑み。

聖杯戦争という非日常の中で、この茶会だけは確かな平穏だった。

だが、この平穏もこれが最後。
聖杯戦争、その決勝戦の日がついに訪れた。
あと数刻ほどで始まる決戦。
そして、桜曰く、決勝戦が終わればそのまま決闘場から聖杯へと続く道が現れる、とのこと。
故に敗北か勝利か、結末はわからないが、どちらにしろもうこの保健室へと戻ることはないだろう。

だから、これが最後の茶会。
そして、皆との別れになる。

だが、今この瞬間にそんな悲壮感はない。
流れる時間はゆったりとして和やか。
言葉は少なく静かなものだが、それは嫌な沈黙ではなく、温かな平穏と言ったほうが正しいだろう。

終わりだからこそ、今この瞬間を心行くまで享受している。
そんな時間だからこそ、何も言わずとも皆と分かり合えたような気分になった。

だから余計な言葉はいらない。
ただ穏やかに、ただ健やかに。
今この瞬間を大切にしたい。

とはいえ、やはり無言のままというのも、どことなくもったいないような気がする。
散々静かで穏やかだーなどと言ってみたものの、やはり誰かとお喋りをしたくなるのはしょうがない。
穏やかも好きだが賑やかも好きなのだ。

さて、そう思ったからには何かしらの話題を俺から提供すべきだろう。
言いだしっぺの法則というものに従ってみるのも一興だ。

ふむ、そうだな。
皆で話せる共通の話題といえば何だろうか。
さすがにこの和やかな茶会に聖杯戦争の話題は避けるべきだろう。
作戦会議は必要だが今この瞬間には無粋だ。

どうしたものかといくらか思案を重ね、思いつく。
大した話ではないが、大していないからこそ茶会の笑い話としては最適だろう。
手に持つカップを机に置き、軽く皆を眺めて口にする。















――そうそう。俺の正体NPCだった。

「軽いわ!」

アッパー!?

「少年がふっとんだー!?」















いくらなんでも顎に拳はひどくないか遠坂さん。

「なんでそんなに軽いのよ!なんでそんなに簡単なのよ!こっちはどうやって声をかけるべきか何を言うべきかどう慰めるべきかものすっごい悩んでるのに!」

あ、知ってたのか。

「当然でしょ!?アリーナの監視してたらユリウスが出てくるわ、あんたの正体がNPCだったわ、アニマルビデオが出てくるわで混乱してるってのに!」

アニマルビデオのことはいいだろう!そっとしておいてくれ!

「食いつくところはそこじゃないでしょうが!」

そこ以外のどこに憤慨すればいいと言うんだ。

「アンタの正体のところに決まっているでしょうがーーー!!」

「落ち着いてください、リン。貴女が憤慨してどうするのですか」

「……そうね。ごめん、ちょっと混乱した。貴女から言ってくれるかしら、ラニ」

「わかりました……ナカオ(仮)」

真っ直ぐに、ラニが俺を見つめてくる。
いつものように感情を灯さない静かな瞳。
だが、透き通るような眼差しは、今までに無いほどの意思を宿していた。
思わず、ごくりと喉がなってしまう。
ラニは、何かを言葉にしようとしている。
重い、あまりにも重い決意と共に。



「貴方は――――――私の胸のサイズは好みから外れているのでしょうか」

「それじゃないわよ!!」



「しかし、リン。ナカオ(仮)は胸が好きだと言いました。ここははっきりさせるべきでしょう」

「言ったけど!たしかに言ってたけど!そうじゃなくて!そこも確かめたいけどそうじゃなくて!」

……ラニ。

「ほら、さすがにナカオ君も今それを言うほど馬鹿じゃないから。今大事なのはそこじゃないでしょ?」


――俺はすべからくおっぱいが好きだ、大好きだ。そこに優劣も貴賤もない。

「馬鹿だったーーーー!!」


「そうですか、安心しました」

あぁ、誤解させるような言い方ですまなかった。
だが、これで心配も払拭できたというのなら俺も嬉しい。

「はい。私から聞きたいことはそれだけです」

「え、なに。わたしがおかしいの?色々と考えすぎてるの?ってそんなわけあるかー!」

「セルフツッコミとは色々と混乱してるにゃーツインテ。ぶっちゃけアンタは正しいぜマイシスタ。少年がぶっとんでるだけにゃー」

「そうよね、その通りよね。ってなんでバケネコに慰められてるのよ!どんだけ憐れなのよわたし!おかしいのはわたしじゃなくて世界のほうだー!」

「おぉう、宥めるつもりが逆効果とはこれいかに。にゃー少年、流石に今のツインテは可哀想だから真面目に応えるべきだぜー」

ネコに諭されるとはな。
まぁ、確かにからかいすぎか。
暗い雰囲気にならないようにしてみたんだが、やりすぎたかな。
ラニも、ありがとうな。わざわざ俺の道化に付き合ってくれて。

「はい?……あぁ。いえ、えぇ、はい。そうですね。ナカオ(仮)の考えなどまるっとお見通しです」

ラニさん、なぜ目をそらす?

「錬金術師も割とぶっとんでた件。それはともかく、ツインテ。話したいことがあるにゃら少年を持って行ってもいいにゃ。満足するまで返品もいらねー」

「なんか調子狂うわね。どういう風の吹き回し?いつもなら一緒になって場を乱すのに」

「あたしも思うところがあるってことにゃー」

「そう……そうね、助言ありがと。そうするわ。いくわよ、ナカオ君」

そう言って遠坂が俺の腕を手に取り立ち上がる。
存外強い力が込められていて、抵抗する間もなく保健室の入口へと連行された。

「ラニ、貴女も言いたいことがあるならあとでそっちにナカオ君を寄越すけど?」

「わかりました。では私は教会前の噴水広場にて待っています」

「そ。じゃ、しばらくこの馬鹿を借りるから」

遠坂に連れられ保健室を出る。
扉が閉まるその瞬間、桜の真っ直ぐな眼差しが俺を貫いていた。







連れられた来た場所は屋上。
見上げれば0と1で構成された電子の空が俺たちを見下ろしていた。

それで――勢いで連れてきたものの何を言えばいいんだーと落ち込んでいるお嬢さん、何を話そうか。

「うっさい馬鹿」

オーケー俺が悪かった。だから人差し指を向けないでお願い。
この後に戦いが待ってるから、ガンドで撃たれたら棄権せざるを得ないから。

「はぁ……ホント、こんな状況なのに変わらないわね、ナカオ君」

自分でも意外とびっくりしているところだ。

「なによそれ。普通なら取り乱しているか絶望に心折られているか、なんにしろ平常心なんかではいられないでしょうに」

まったくもってその通り。
なんだけど……うん、意外と平気みたいだ。

「そう……ねぇ、覚えてる?初めて会った時のこと」

あぁ、もちろんだ。
この屋上で出会ったんだよな、俺たち。

「えぇ……あのときの貴方と今の貴方を並べたら同一人物だなんて思えないでしょうね」

そうか?

「そうよ。だって、あの時は貴方のこと…………NPC、だと、思ってたから」

あぁ、そういえばそうだったな。
出合い頭に体中の隅々を丹念に探られた――

「ん?」

オーケーごめんなさい。俺が悪かった。人差し指を向けないでお願い。

「わかればよろしい」

鷹揚に頷いて手を下す遠坂。
屋上の手すりに背を預け、こちらに向き直る。
笑顔のはずなのに、どこかその瞳には寂しさを宿しているような、そんな気がした。

「ナカオ君に会った後ね、正直、貴方は一回戦で負けるだろうなって思ってた」

それはヒドイ。そんな評価されてたのか。

辛辣な言葉に笑いながら、遠坂の隣に移動し、同じように手すりに背を預ける。
見上げてくる彼女の眼差しはからかいを含んだ楽しそうなものだった。

「だって、マスターはとんでもないへっぽこだし、サーヴァントはよくわからない生物だし。ぶっちゃけ魔術師じゃなくて芸人目指したらって感じじゃない?」

あー、反論できないところが辛いな。
確かにマスターはへっぽこでサーヴァントは変なナマモノだ。

「でしょ?だってのに、そんな貴方はハーウェイに目を付けられるわ、あのダン・ブラックモアを退けるわ、幼女を追っかけまわして新聞に載るわ、果てはわたしの決闘に横槍をかましてくれるわ――あ、今更だけどイラついてきた。殴っていい?」

わぁ、綺麗な笑顔。殴らないでお願い。
というか、一部反論させてくれ。特に新聞の辺り。

「そしてわたしはマスターじゃなくなって、ナカオ君のサポートをするようになったのよね」

あの、遠坂さん。反論を、反論をさせてください。新聞の辺りを。

「で、今は聖杯戦争の決勝戦かー……色々、あったわね」

……そうだな、色々、あった。

遠坂は俺から視線を外し、手すりに背を預けたまま背伸びをするように空を見上げた。
それにつられて俺も空を見上げる。
まるで本物のように澄み渡った空は、吸い込まれるような蒼穹だった。

「……」

二人して空を仰ぐ。
言葉は途切れて、静寂が広がった。

色々あった。
その言葉はとても短かったけれど、それは一言とは思えないような重さがあった。

本当に、色々あった。
遠坂に出会って、言葉を交わした。
何も知らない俺に色々な知識を教えてくれた。
共に食事をし、共に語り合った。
共に戦い、助け、幾度も助けられた。

色々あった。俺たちには色々あったのだ。

「ねぇ……」

今まで積み上げてきた昨日を反芻していたところ、ふいに、沈黙が破れた。
かけられた言葉に顔を向ければ、どこか憂いを帯び、怒りを携え、そして少しばかり濡れた瞳が俺を見ていた。

「戦うの?」

ひどく簡素で、ひどく重い言葉だった。
様々な意味が込められた問い。
それは、戦う意味を問うていた。

人ですらなかったこの身には、戦う理由はない、と。
たとえ勝利しても、聖杯戦争のために用意されたこの身にはその先はない、と。
そして、もう傷つく必要はない。逃げてもいいのだと、その瞳は言っていた。

その様々な意味を込められた問いに俺は――

――戦うよ。

同じく、ひどく簡素に、多くの意味を込めて返した。

「……そう」

その答えに至るまでにとても多くの悩みも過程もあったけれど、それは言わない。
たった一つ、至ったシンプルな答え。
きっと彼女はそれを好むだろうから、これでいい。

「そっか、うん。そっか」

俺の答えを咀嚼するように幾度も頷く遠坂。
その声色には、いくらかの呆れと多くの喜びが含まれているようだった。

「うん、オッケ、わかった。言いたいこともいっぱいあったけど、やめとく。今更どうこう言ってる暇なんかないものね。いい?戦うっていうなら、わたしから言うことは一つだけよ。――――勝ちなさい、ナカオ君」

――あぁ、もちろんだ。

手すりから離れ正面から俺を見上げる遠坂。
その表情はいつものように自信に満ち溢れた、俺が出会ったときからそうだった『遠坂凛』がそこにいた。

自然と笑みが浮かぶ。
彼女のその勝気な笑顔が俺に自信を与えてくれる。
今までもそうであったように、彼女が俺の背を押してくれる。

「さて、話したいことも終わったし、ナカオ君はラニのところに行きなさい」

わかったと頷き、遠坂に背を向ける。
一緒に行く気配はなく、彼女は屋上に残るようだ。
背を向けたまま軽く手を上げると、さっさと行けと檄が飛んできた。
それに笑いながら駆け足で屋上を去る。

屋上の扉を開け、階段へと踏み込む。
屋上の扉が閉まる隙間から、空を仰ぐ遠坂の背中が垣間見えた。





「バーカバーカ、ナカオ君のバーカ……………………バカなのは、わたし、か」





屋上を後にし、教会前の噴水広場へとやってきた。
噴水の水の音と、風が草花を揺らす音だけが広がる静寂の広場。
そこに彼女が待っていた。
いつものように静かな表情で、いつものように静かに俺を待っていた。

「こちらです、ナカオ(仮)」

呼び声に応えて、ラニが座るベンチへと腰を下ろし隣り合う。
さて、ラニはどんな話があるのだろうか。
そんなことを考えながら言葉を待つが、一向にラニは話しかけてこない。
いつものようにまっすぐな姿勢で、いつものようにまっすぐな眼差しで、ずっと俺を見ている。

……正直、気まずいです。

遠坂の時にも沈黙はあったが、あれは互いに考えに耽るような感じで気まずさはなかった。
が、ラニは俺をじっとみつめているのに何も言ってこない。
視線を外しても真っ直ぐに見つめ続けてくるので、視線を戻さざるを得ない。

なにこの状況。
どうすればいいの?

ぐるぐると思考を回すが答えは出ず、なぜかラニと見つめ合ったままの状態が続く。

これは、視線を外したほうが負けだ。

そんなわけもわからない意地がでてくるほどに、俺はわけがわからないままだ。

「……ナカオ(仮)」

ようやく出てきた第一声。
だが、その声はいつものように凛としたものではなく、震えていた。
その声にこちらも姿勢を正す。
続く言葉は予想もできないが、それに対して真摯に応えなければならない。そう感じた。


「――約束は、守ってもらえないのですね」


――ガツンと、まるで殴られたような衝撃が頭を襲う。

約束、それを忘れたことなんかない。
それは、俺がラニと結んだ大切なもの。
彼女を助けたあの時に、俺たちは約束を交わした。

――世界にある旨いものを一緒に確かめよう。

そんな、どこにでもあるような簡単な約束。
だけど、なによりも大切な約束。

守ろうとした。守りたいと思った。きっと、この戦いが終われば、と。
だが、それは絵空事になってしまった。

こちらを見つめ続けるラニに言えることなど、一つしかない。


――ごめん。約束、守れそうにない。


この結末は、絶対に変わらない。
人でない自分には彼女と共に世界を見ることは叶わない。
それは、いかような奇跡であっても不可能なのだ。
だから、言い訳も取り繕いも不可能であり、してはいけない。
俺は、彼女に謝罪しかできず、いかなる罵倒も甘んじて受けなければならない。

真っ直ぐに彼女を見つめ返して、彼女を待つ。
彼女の言葉を、彼女の感情を受け止めるためにただ、待つ。

しばしの間、流れる水と吹き抜ける風の音だけが空間に満ち、時がたつ。
そして、彼女の示したものは。

震える瞳から零れ落ちる、涙。

言葉もなく、行動もなく、ただ、涙する。
こちらを見つめ続け、いつものように静かな佇まいで、涙する。

俺にはそれを拭う資格はない。
だが、その涙を受け止めることはきっとできるはずだ。
そっと、隣に座る彼女へ寄り添う。

すまない、ごめんなさい。

口にしてみれば、なんて軽い言葉なのだろうか。
そこに込めた感情に嘘はないけれど、約束を破った代償になりえるはずもない。
けれど、俺には謝罪を口にすることしか許されていない。
静かに涙する少女に、謝罪を繰り返す。

俺には、それしかできなかった。

「いいえ、違う。違うのです。この涙は、悲哀だけではない」

小さく、ふるふると首を横に振り、ラニは涙したまま言葉を紡いだ。

「私は、喜んでいた。貴方が私と同じ人非ざるものだと知って私は喜んだのです。この涙は、約束を守れないという悲しみと、貴方が同じであるという喜び。そして――喜んでいる浅ましい私に対する情けなさが、溢れたのです」

俯いた彼女は、震える言葉を口にした。

――ごめんなさい、と。

「喜んでしまった。貴方という存在が人でないと知って。約束が叶うことはないという悲しみよりも先に、その事実に喜んでしまった。そんな私には、元より約束などする資格などなかったのです。ごめんなさい、ごめんなさい――私は、私には貴方の傍にいる資格はなかった。人形であることを喜んでしまった私には、貴方を人形であると喜んでしまった私には――」

先ほどの俺のように謝罪を繰り返すラニ。
なるほど、彼女の涙の意味をはき違えていたようだ。
そして今もなお、彼女ははき違えている。

ならば、それを正してあげなければならない。

俯き涙する彼女の頬に手を添え、ゆっくりとこちらへ向けさせる。
今も震える瞳を濡らす少女に、言わなければならないことがある。

――ラニ。人形は、涙しない。

震える瞳は涙を止めずに大きく見開かれた。
約束を守れない俺に涙を拭うことはできないけれど、涙の意味を教えてあげることはできる。

約束が叶わないことを悲しいと言ったな。
俺の存在を嬉しいと言ったな。
そんな自分が情けないと言ったな。

そんなにも多くの感情を涙にできる君が、どうして人形だと言えるのか。
君は人間だ、ラニ。
こうして感情を涙に変えることができる君は、どうしようもなく人間だ。

「私を、人間だというのならば……私は私をもっと許せない。貴方が人でないと喜んだ私を許せない……」

なるほど、こんどはそこに繋がるわけか。
うむ、こう言ってはなんだが、ひどくネガティブに陥っているな。
やはり君は人間だ。そして人間であるがゆえに勘違いをしている。

「勘違い……?」

あぁ、そうだ。
確かに俺は人間じゃない。
俺は聖杯に生み出されたNPCだ。
それは確固たる事実にして不変の現実だ。

だがな、ラニ。
俺は俺を恥じていない。
俺は、ナカオという俺は、確かにここにいる。
いいかラニ、よく聞け。

――ナカオという存在は決して嘘じゃないんだ。

君と出会った、今日まで歩いてきた俺の昨日は、間違いなく本物だ。
なら、その始まりが人形であったとしても、俺は『ナカオ』という自分を誇れる。
だから君がナカオという存在を喜んでくれたのならば、それは侮辱なんかじゃない。

――祝福だ。

俺の昨日を肯定してくれた君の答えなんだよ、ラニ。

「…………」

言い切った言葉に反応は無い。
ラニは俺の言葉を反芻するかのように瞳を閉じている。

伝えたいことを言葉にすることは難しい。
それが感情ならば尚更だ。
今の俺が伝えたかったことをどう受け止めるかは彼女次第。
だけど、きっと大丈夫だろう。
彼女がどんな思いを抱いたかは皆目見当もつかないが、きっと大丈夫だ。

だって――――――






「ありがとう、貴方に出会えて良かった」

――こんなにも笑顔なのだから。






ラニと二人、保健室へと戻ってきた。
瞳は泣いたせいかまだ赤いが、その顔に悲壮はない。
いつものように静かな佇まいだが、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせた柔らかい表情だ。
二人で保健室へと入ると遠坂も屋上から戻ってきていたようで、いつものメンバーが勢ぞろいした。

「……ふーん、へー、ほー」

「にゃふーん、にゃへーん、にゃほーん」

なんだ、遠坂、ネコ。そのニヤニヤとした表情は。

「「べっつにー」」

見事に同じ言葉を同じ態度で重ねてくれたなネコ科ども。
言いたいことがあるなら言え。

「なんでもないわよー、別にー。言いたいことは屋上で全部言ったしねー」

「にゃっふっふ。にゃーっふっふ。にゃふふふふふ」

せめて人語を話せバカネコ。

まぁ、いい。
俺も二人と話したいことは話せたから満足だ。

「そ、なら良かったわ。そういえば、アンタはいいの?バケネコ」

「あたしは最後の最後まで少年と一緒だからいいにゃー」

「そう……ある意味羨ましいわね……」

「ほほう。ここにきて来たか、デレ期。いいよいいよ、そのツインテは伊達じゃにゃいにゃー」

「黙れバケネコ」

仲がいいようで何よりだ。
さて、対話を重ね、なんだかんだとかなりの時間が過ぎたようだ。
そろそろ決闘が始まる。

「そうね、じゃあ行きましょうか、ラニ」

「そうですね、リン」

遠坂とラニは互いに頷き保健室の入口へと向かう。

二人とも何を――?

「最後だからね、見送るわ」

「少しでも傍に、それが私たちの願いです」

その言葉に目頭が熱くなる。
二人の言葉は、何よりも胸に響いた。

「私たちは先に決闘場の入口で待っています。ナカオ(仮)は準備を十分にしてください」

「そういうこと。念には念を、ね。ほら行くわよバカネコ」

「にゃっ!?首裏を掴むにゃツインテ!つーかあたしは見送られる側なのこの扱い!?」

「見送ってあげるわよ、盛大にね。じゃ、わたし達は先に行くから、焦らずゆっくり来なさいナカオ君。この保健室にはもう戻ってこれないのだから――」

そう言って遠坂達は保健室を出ていく。
これが、最後。もう戻ってこれない。
その言葉は、言葉を重ねるべき人物がもう一人いることを示している。

――桜。

「はい」

彼女はいた。
いつものように白衣を着て、穏やかな笑みでこちらを見ている。

間桐桜。
ある意味、俺と同じ存在。
聖杯が用意したサポートAI。

だが、間違いなく彼女は俺の恩人だ。

――ありがとう、最初から最後まで世話になったな。

「いえ、それが私の役割ですから」

変わらない表情で、変わらない声色で応えてくれる。
そこにブレはなく、人のように見えても、感情の波がないAIであることを如実に示している。

それでも、彼女に対する感謝の気持ちは変わらない。
彼女がいなければきっと俺はここまでこれなかった。
だから、ありがとう。

「はい」

短い応えだが受け取ってくれた。
ならそれで十分だ。

よし、感謝も伝えた。
もうやり残しはない。
そろそろ行こうか……いや、その前にいくつか桜に聞いておこう。

桜、いくつか聞きたい。

「はい」

――『俺』は決勝戦に行っていいのか?

それは、NPCたるこの身に参加資格があるかを問うもの。

桜は俺がNPCであることを知っている。
あの茶会には桜もいたのだから当然だ。
そして、桜が知ったのならば、大元であるムーンセル・オートマトンも俺の正体を知ったはずだ。

この聖杯戦争は、参加資格が『人間』であることだ。
もともと、聖杯戦争は人間を観察するために開かれたと遠坂は言っていた。
ならば人間ではない俺には参加資格はないはず。
今までは俺という存在が知られていなかったからバグのような感じで参加できていたとしても、正体が知れた今となっては参加させる理由もないはずだ。
だから、桜に聞いた。

俺に参加資格はあるのか、と。

そしてその答えは――

「はい。問題ありません。だって――聖杯は知りませんから、ナカオさんの正体なんて。あのお茶会は貴方と私だけのものですから」

悪戯が成功したような嬉しそうな笑みで、彼女は答えてくれた。

……なんだ、やっぱり桜は桜だった。

なにがNPCだ。
なにがサポートAIだ。

彼女には彼女の意思があって、感情があった。
なら桜が俺の友人であることになんら問題も障害もない。

さっきはAIがどうのこうのと思ったが、一回戦からずっと助けてくれた彼女は確かにここにいたのだ。

――ごめん、ありがとう。

謝罪は少しでも彼女をAIだと思ってしまったことに対して。
感謝はもう一度俺を支えてくれた今までに対して。

彼女は、間桐桜はここにいる。
それは十分すぎる現実だ。

さて、嬉しい事実もわかったところでもう少しばかり質問をしよう。
俺が勝ったとして、聖杯に接続するとどうなる?

「はい。ナカオさんはあくまでもNPCです。ですので聖杯の管理権限を取得することはできず、正体が知れた時点でバグとして解体されるでしょう」

予想はしていたが、やはりそうなるか。
そうするとまずいな。
俺の願い――遠坂とラニの帰還――は聖杯に託すことはできないのか……?

「いえ、聖杯の管理権限は取得できませんが、勝利者ならば接続権限はあります。解体されるその瞬間までは、ナカオさんは間違いなく聖杯の所有者ですから。ですから願いの一つや二つ程度ならば叶える余地はあります」

そうか、安心した。
憂いも消えた。ならやるべきことは一つだけだ。

もう一度桜に礼を言い、決闘場へと向かう。
保健室の扉に手をかけ、開ける――

「ナカオさん」

――桜?

呼び止められた声に振り向けば、傍に桜がたっていた。

「これを」

そう言いながら、桜はマフラーを巻くように俺の首に何かを巻いてくれた。
ふわふわとした感触。触れると柔らかく気持ちがいい。
何かの毛皮、だろうか。
解析を試みると、答えがわかった。

礼装【妖狐の尾】。
その効力は――文字化けしていて読めないな。
だが、感じる魔力は、かつて遠坂・ラニにもらった赤原礼装に匹敵……いや、凌駕するような凄みを感じる。

効力はわからないが、間違いなく一級品と言えよう。
これもいつものように元々俺の物だったのだろうか。

「いえ、それは違います。それは私からの――プレゼントです」

――驚いた。

いいのか、桜。

「はい、問題ありません。だって最後ですから」

そう言ってほほ笑む桜に、なんら陰りも憂いもなかった。
なら言うべき言葉は一つだ。

――最後の最後まで助かる。ありがとう、桜。

「ご武運を……いってらっしゃい、ナカオさん」

あぁ、いってきます。






無機質なエレベーターの入口、決闘場への入口。
そこに彼女たちはいた。

「来たわね。言葉は交わせたかしら?」

ああ、しっかりと別れは言えたよ。ありがとうな、遠坂。

「そう、なら良かったわ。AIとはいえ、あの子にはわたし達も世話になったしね」

遠坂に礼を言い、エレベーターの前に立つ。
遠坂に掴まれていたネコが飛び上がっていつものように俺の後頭部にひっついてきた。

これが、最後。
俺が歩いてきた道の集大成。
そう思うと感慨深いものだ。

エレベーターに軽く触れる。
すると鈍重な音を立てて入口が開いた。
まるで冥府への誘いのような暗い入口。

この中に入れば最後の戦いが始まる。
そして、敗北か勝利か、その結末に関わらずこの聖杯戦争は終幕を迎えるのだ。

「そう、そしてその時がわたしとラニにとって最初で最後のチャンス」

どういうことだ、遠坂。

「聖杯戦争が終わればその舞台であるここセラフは解体されるわ。そしてその瞬間、地上とセラフを隔てていたセキュリティも消えるの。だからその一瞬だけは地上と繋がるのよ」

「ですので、その一瞬を逃さなければ私達は地上へ帰還できます」

「そういうこと。どう?ナカオ君。心配は消えたかしら?」

は、ははは……いや、さすがは遠坂とラニだ。
あぁ、憂いは消えた。心配事もない。
これ以上ない、最高のコンディションだ。

「そう、それは良かったわ。さてっと、はっきり言って、言うことはもう無いのよね」

「……そうですね、伝えたいことは全て言葉にしました」

乗り込む前にもう一度彼女たちに向き直る。
俺からも言いたい言葉はなかった。
ネコ、なにかあるか?

「んー。さっきまでガールズトークしてたから満足にゃ」

そうか、ガールズアンドアニマルトークか。どことなくサーカスの演目のようだな。

「ガールズ!ガールズだから!乙女の祭典だから!」

はっはっは。ここにガールズは2人しかいない。

「この美少女ネコ科戦士を捕まえてこの仕打ち。許せねー。許せるわけがねー!」

はっはっは。後頭部に爪を立てるな超痛い。

「ホント、仲いいわね、アンタ達……」

「えぇ、本当に。少々羨ましいです」

はっはっは。最高の褒め言葉だ。

「にゃっふっふ。最高の褒め言葉にゃ」

さて、それじゃ行くとするか。

いつものように気負わずに。
いつものように足を踏み出す。

エレベーターの扉が閉まり――






「いってらっしゃい。勝ちなさいよ、ナカオ君」

「いってらっしゃい、ナカオ(仮)。貴方に勝利があらんことを」

――いってきます。






幻想と電子が交じり合う霊的電脳の海を沈む。
遥か遠く、眼下に見えるのは沈まない太陽が茜に照らす黄昏の世界。
此度の決闘場は、太陽が大地を赤く染める幻想的な場所のようだ。

その決戦場へ魔術師と英霊を運ぶエレベーターの中で、雌雄を決する相手と向かい合うように佇む。

「こんにちわ」

そんなどこにでもあるような挨拶。
だが発した人物は並の存在ではない。

「これで僕たちは、まさに、討つ者討たれる者になったわけですね。改めてよろしくお願いいたします」

レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
地上の多くを支配する西欧財閥、そのトップにいる少年。
見た目は俺よりも幼く見えるというのに、なるほど、確かに目の前にいる少年は只者ではない。

「それにしても、貴方が最後の相手になるとは思いませんでした。貴方はきっと兄さんに敗れるだろうと思っていましたから」

その佇まいの泰然さ。
その眼差しの強さ。
自然と頭を下げそうになる圧倒的なカリスマ。
その足にすがり隷属を願い出そうになるオーラ。

「しかし、貴方はここにいる。僕の最後の相手として。あぁ――なるほど。このわきあがる感情。そうか、僕は歓喜している。貴方と向かい合っている今に」

遠坂から事前に聞いていたというのに、それでも心が負けそうになる圧倒的存在感。
これが、決勝戦の相手。
これが、俺の――敵。

「思えば、貴方とは多くの言葉を交わしました。僕の立場を、貴方の思いを。そうか、僕はいつしか楽しみにしていた。貴方との対談を」

なるほど、今までの敵とはまるで違う。
今までの敵は、理解するのに多くの時と多くの過程を必要とした。
だが、目の前にいる少年は違う。

「不思議なものです。貴方のような存在は今までいなかった。僕の目を真っ直ぐに見返してくるような存在は。なるほど……この感情、僕は貴方に友誼を感じていたようです。ふふっ、我ながら、驚いていますよ。ですが、確かにこの感情は素晴らしい。とても、そう、とても大切にしたい」

王。
その一言でこの少年は表せる。
完全無欠、王である、と。

「しかし、残念ですがそれもここまでです。僕は王です。ナカオさん、貴方には過去になってもらいます。そして王に過去は必要ありません。王は世界を導かなければなりません。僕の役目です」

その言葉一つ一つに込められた重さは、途方もないものだろう。
地上の王としての責務、王としての役割。
その全てを飲み干せるほどの器をこの少年は持っている。

だからこそ、言わなければならない。
この少年に。敵である目の前の存在に。

――言いたいことが、一つある。

「何でしょう?貴方は過去になる。ですが、今この瞬間を捨てるようなことはしませんよ。過去は必要ない。しかし歩いた軌跡は確かにある。ならば貴方の言葉にもきっと意味はあるでしょうから」

そうか、ご高説痛み入る。
ならば言わせてもらおう!


――初めまして、ナカオ(仮)です。

「――――」


うん、やはりまずは自己紹介が必要だ。
最後の相手ともなれば礼節もしっかりしないとな。
これから戦う相手に名前も伝えないなんてそんな無礼はできない。

「……ふ、ふふ……はははは!面白い、やはり貴方は面白い人だ。そういえばそうですね。あんなにも言葉を重ね、邂逅を重ねたというのに、僕はまだ貴方から名前を貰っていなかった!そうか、どこかで僕は貴方を見ていなかったのですね。僕が名前を与えればそれで十分だと思っていた。なるほど、また一つ貴方に気付かされました。感謝します。では、改めて、僕はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。レオ、と呼んでください」

あぁ、よろしくレオ。
名前を交換し、ようやく敵を見据えることができた。
これで俺とレオは対等の敵だ。

「対等……ふふ、なるほど。かつての僕ならば一蹴していたでしょう。王に対等はいないと。しかし、貴方は確かに敵として僕の前にいる。ならば対等だ。面白い、実に面白いですね。……貴方と地上で出会えていたらどうなっていたのでしょうか。詮無いことですがそう考えずにはいられません。しかし、この月で出会ったからこそ対等足りえた。世界とは難しいものです」

世界はいつだって複雑で難しいものだ。
だが、だからこそ面白いといえるんじゃないか。

「なるほど、貴重な意見感謝します。ですが、その難しさが世界に不幸を作るのですよ。だから僕は王として生まれた。世界を単純にし、不幸をなくすために。言葉はここまでです、ナカオさん。貴方には世界の礎になってもらいます」

そうかよくわからないが、お断りだ。
俺は俺の望みでここにいる。

「あぁ、貴方はそうでしょう。だからこそ敵足りえる。だからこそ僕の前に立ちふさがれる。では、始めましょう戦いを。始めましょう世界を」

エレベーターが止まった。
そして王は戦場へ行く。
そこが俺の旅路の終着となるか、それとも勝利の道が続くのか。
結末はわからない
だがら、結末を掴みに行こう。

行くぞ、ネコ。

「……」

どうした?ポカンとして。

「いや、ボタンの掛け違いってここまですごいことになるのね。あの勘違いっぷり、ぱねぇ」

よくわからないが、いくぞ。

「にゃ。噛みあってないのに噛みあった会話って、ツッコミを入れることもできにゃいとはあたしもビックリだったにゃ……」






辿り着いた決闘場。
相対するは最強の敵。
遥か遠方に佇む黄金の王と白銀の騎士。
大地を茜に染める太陽は、敵すらも金色に輝かせ、その威圧感をさらに増大させていた。
距離があるというのに、まったく安心できない。
それほどまでに敵は強大だ。

王たる少年が従える騎士、ガウェイン。
円卓の騎士として勇名を轟かせる英雄の中の英雄。
その存在は太陽の騎士と呼ばれ、その名の通り、太陽の加護を持っている。
あるきめられた時間帯においてその能力を3倍に跳ね上げる奇跡。
たたでさえ超級のサーヴァントだというのに、さらにその三倍など笑えない。
そして最悪なことに、この決闘場は見事にその奇跡『聖者の数字』の使用条件に合致してしまっている。
まずはその能力を封じなければ勝ち目はないだろう。

「と、ここまでが全てツインテと錬金術師からの情報にゃ」

うむ、その通り。ありがとう遠坂&ラニ。
彼女等の情報にはいつも大助かりだ。

「つかさ、今回は相手の真名もわかってたから、少年もわかってたんじゃにゃいの?」

お前は記憶喪失に何を期待しているんだ。
いや、実際には記憶喪失じゃなくて元々持ってなかったんだが。
ともかく、記憶喪失の俺が英雄の知識を持っているわけがないだろう。

「いっそ清々しいわー。この馬鹿っぷり」

はっはっは、そう褒めるな。
ともかく、太陽が敵の味方だというのなら、その太陽を沈めるだけだ。

ネコ、宝具を開帳しろ――!

「オーケーマイボス。今回は開幕からぶっぱでいくにゃーーー!」

世界が変わる。
一瞬という刹那すら凌駕し、それはさも当然に、まるで初めからそうであったように自然に、世界は『そうであった』と、姿を現す。

黄昏は闇に染まる。
茜に照らされていた荒野は草原に。
黄金の太陽は沈み、星が煌く満月の夜天へ移ろう。
無限を謳う白亜の城が、その存在を世界へ示す。

「にゃっふっふ。太陽だろうが何だろうが知ったことかー!あたしの世界に太陽はいらねー!」

ネコの宝具、世界が姿を現す。
これこそが勝利への一手にして、切り札。
あの騎士が如何に太陽の加護を得ていようと関係ない。
なぜならば、俺たちこそがあの騎士の天敵なのだから――!

「これは、世界の改変ですか。素晴らしい」

「レオ、お気を付けください。これほどの宝具、これで終わりではないでしょう」

王と騎士の言葉が世界となったネコを通じて俺の耳に届く。
今までならばその言葉に否と返していただろう。
この世界を形作るだけで精一杯だと。
しかし、今は違う。
この世界はこれでは終わらない。

「少年、本気でやるきにゃ?」

答えは一つだ。
やれ、ネコ。やってしまえ!

「アイアイサー、少年頑張って耐えろよー!」

その瞬間、世界が震えた。

「これは――」

「レオ!」

騎士の叫びを塗りつぶすように、轟音が世界に響く。
光と音。裂くような衝撃。
満点の星空の下、稲妻が大地へ突き刺さる――!

「くっ――!」

光の速さで迫る落雷。
それを騎士は王を抱えて避けて見せた。
さすがは超級。雷を避けるなんて半端じゃあない。

「落雷、雲はないというのに雷を落とした……?」

王は疑問を上げた。
当然の疑問だろう。
空には雲一つない。満点の星空と、爛々と輝く満月がそこにはある。
だが、たしかに雷は落ちたのだ。

だが驚くのはまだ早い……!

世界の胎動はまだ終わってなどいないのだから――!

空気が流動する。
はじめはゆっくりと。段々と速度を増し、円の動きで収束する。
いつしかその流れは風になり、風は回転し集う。
その様を人はこう呼ぶ。

「落雷の次は竜巻――!?」

風の流れと侮るなかれ、その激しさは人の命など簡単に刈り取るぞ!

「我が剣を舐めるな――!」

竜巻を斬った――!?
侮っていたのはこっちだったか……!
あの騎士は剣で風の流れを断ち切って見せた。
流れが止まれば竜巻は掻き消える。

だが……竜巻が一つだとだれが言った?

「くっ!?竜巻がまた発生するとは……!」

風の流れは一つじゃない。
世界がそこにある限り、風もまた無数に存在するのだ。

そして、お前たちの敵は風だけに留まらない!

竜巻が削る大地が鳴動する。
地震のような揺れが世界を揺らし、それは生まれた。

「ガウェイン!下です!」

「なっ――!?」

それを言葉にするのならば、大地の爪と言うべきか。
大地が隆起し、盛り上がる。
先端は鋭く、根本は太い。
まるで針のように尖った大地の一部が、天を突き刺すように飛び出てきた。
そしてその動きは止まらない。
鋭くとがった先端は、敵を真っ直ぐに捕らえて迫る――!

「はっ!」

だが、その鋭い爪も最強の騎士には届かない。
たった一息の一閃で断たれてしまった。
しかし、大地はまだそこにあるのだ。
大地の爪は別の場所からいくつも生まれては騎士へと突貫する。
無数の大地の爪が迫る。その全てを叩き斬る白銀の騎士。

荒れ狂う竜巻が騎士の視界を阻害し、天空から落ちる稲妻の輝きが騎士の動きを阻害し、大地から生まれる爪が騎士の命を狙い定める。

「これほどとは……」

そう呟く王の目には映っているだろう。
自然という名の世界が敵としてそこに在ることを――!

これこそがネコの宝具の真骨頂。
世界をありのままに創る、その空想を現実にする魔の法則。
今までのように形作るだけではない。
手足として操る奇跡がここに為っていた。

「なるほど。ナカオさんのサーヴァントは英霊ではなく精霊の類でしたか……」

だが、その代償は大きい。
これこそが宝具の真の力といっても、俺にはそれを使うだけの力量がなかった。
俺という未熟なマスターでは、世界を形作るだけで精一杯だった。
事実、今までの使用では、世界を思うが儘になどできなかった。
それは俺の魔力では足りないからだ。

しかし――足りないならば、無理やりにでも持ってくればいい。

俺はその方法を知っている。
3回戦で戦った、あの幼い少女が魂を燃やしていた様を知っている――!

サイバーゴースト、魂だけの存在であった少女。
あの子は自身の魂を燃やし、膨大ともいえる魔力を捻出していた。
そして俺はNPC。
細かい定義に違いはあれど、似通った存在である。
この身は聖杯によって生み出された紛い物だ。
だが、その魂は本物と寸分違わないと、願いをかなえる聖杯が定義して生み出したのだ。
なら、できないことはない。

あとはやるか、やらないかだけだ――!

だから――

手に蓮華を持ち、マグマの如く赤く燃えるそれを掬い上げ口にする!

俺は今、魂を燃やして――マーボーを食す!

「結局マーボーにゃの!?」

当然だ。だって魂を燃やしたら死んじゃうじゃないか。

「いやいやいや、ここはその覚悟で挑むってことじゃにゃいの!?」

ふっ違うな、ネコ。
俺は死ぬ覚悟なんかしちゃいない。
ここにあるのは勝利するという意思と、生き抜くという意地だけだ。
だから俺は食すのさ、マーボーを。

「それでいいのか主人公ー!」

これでいいのさ、マイサーヴァント。
マーボーをメインに、足りない部分は魂で補う。
いいか、マーボーがメイン!魂はサブだ!

「ついに魂をサブって言っちゃったよ!だがそれでこそあたしのマスターよ。にゃっふっふ、さぁさぁ踊れ踊れ!王を守ってみせろよ太陽の騎士様よぉ!」

やだ、言動が悪っぽい。
さすがは俺のサーヴァントだ。輝いてるぞ。

世界が荒れ狂う。
マーボーから生まれた俺の魔力と、ほんの少しばかり魂を食いつぶして世界は鳴動する。
天が、風が、大地が、今の俺たちの武器だ。

本来ならば、たったそれだけでは収まらないらしいが。
真空をつくったりだの、重力を操ったりだの、まさしく空想のままに操れるらしいが、俺の魂を燃やした程度ではそこまでの制御は不可能とのこと。
魂を燃やしてもこの程度、というのはいささか情けないが無い物ねだりをしてもしょうがない。

今そこにあるものを全力でやるのみだ。

――ぐっ!?

「少年!?」

大丈夫だ、続けてくれ。

……情けない。呻き声が出てしまった。
魂を削る行為はとてつもない苦痛を生む。
魂を削った過剰な魔力消費と、マーボーによる無理な魔力回復が俺の魔術回路を傷つけている。
いくらNPCたるこの身に体の限界が無いとはいえ、この状態が続けば意識のほうが先に根をあげるだろう。
意識を失う、そうなれば敗北は必至。
だが、そうならないための布石はうった。

身に纏う真紅の外套。
そこにあるだけで圧倒される神秘を含む存在感。

【赤原礼装】。

かつて遠坂とラニに渡された地上に現存する神秘。
その加護が、俺の魔術回路を保護し、荒れ狂う魔力から身を守ってくれる。

このままの勢いで攻めるぞ!

「がってん承知にゃ!」

ネコの掛け声に世界は動く。
大地から生まれる岩石の爪は、さらなる苛烈さをもってガウェインへと襲い掛かる。
凄まじい重量と物量が、白銀の騎士を押しつぶそうと迫る。
だが、相対する騎士は並ではなかった。
真下から横から上空から、形を変え速度を変え縦横無尽に襲う大地の爪、そのすべてをあの騎士は叩き切っているのだ。
その技量の凄絶さは、いっそ感嘆を抱かせるほどだ。
攻めているのはこちらだというのに、まるで勝ち筋を感じさせてくれない。

だが、膠着状態ではあるが、勢いはこちらにある。
攻め続ければ必ずチャンスはできるはずだ。
ただ、前へ。
その意志さえあれば、必ず届くはずだ。


……しかし、その願いは脆くも崩れる。


――ぐぁっ!?

「少年!?」

突如走った激痛。
意識を一瞬で吹き飛ばすようなそれに、手に持った蓮華が滑り落ちる。
思わず膝をつき、右手で口を押える。
そうしなければ、今にも情けない悲鳴を上げてしまいそうだ。

「ど、どうしたのにゃ!?」

ネコの心配に応えることもできない。
ただただ、蹲って痛みに耐えることしかできない。
それしかできないがために、これまで築き上げた攻撃の嵐が途切れた。
マーボーを食べることをやめたせいで魔力の回復が追い付かず、ネコの宝具を維持できない。
そして、遂に世界が崩壊した。
遥かなる草原が、荘厳な白亜の城が掻き消える。
月が見降ろす無限の夜は終わり、沈まない太陽で茜に染まる大地が帰ってきた。

「ようやく、捉えましたか」

静かな声でこちらを見据える黄金の少年。
先ほどまでは城の中から彼を眺めていたというのに、今はその距離がない。

「少年、いったいどうしたのにゃ!?」

ネコは未だに俺の状態を理解できないのだろう。
この身に走る、おぞましほどの激痛を。
もはや、マーボーを食すことなどできないほどの痛みを。

それは魔術回路が軋む痛みをも凌駕するほどの衝撃。
肉体的、精神的な苦痛などとは比べ物にならないほどの痛み。
いわばそれは、魂の悲鳴。
老若男女、ありとあらゆる生命が耐えることのできない原初の苦痛。
この決勝戦へとたどり着くまでに耐えてきた苦痛、そのすべてを凌駕する痛み。
耐えれない、耐えることなどできるはずがない。
そんな痛みが自分を襲っているなんて信じられない。
呆然と、ゆっくりと痛みが走る場所へ触れるが、その行為は更なる痛みを生み出すだけだった。

間違いない。

この痛みは、この衝撃は――!























口内炎だ――――!!!



<あとがき>
主人公に足りないものは奇跡でも覚悟でもなくビタミン。
ただの口内炎と侮るなかれ。口に含むのはあのマーボーなのだから。
ただの口内炎ですけどね。

ただいま(`・ω・´)
やっと帰ってこれました。
二度と海外なんかにはいかねぇ。絶対に。絶対に、だ。
そんな私ですが2か月後にはまた渡航予定が入っている不思議。
一回だけって言ったじゃないですかやだー!
三行半!書かずにはいられない!
あ、あと2話でエンディング(表)です。



[33028] 背負ったモノは
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/07/28 20:34
沈まない太陽。
茜に染まる大地。
永劫の黄昏の中で、雌雄を決する。

敵は2人。
黄金の王と白銀の騎士。

刃向うは、人非ざるモノと人非ざる英霊。

あまりにも強大な敵は、その存在感だけでこちらを屈服させるような凄みを持っている。
己の魂を担保に世界を動かす奇跡を成しても尚、あの輝く主従に傷をつけることすらできなかった。

それに対しこちらの被害は甚大。
魂を削る苦痛と、無理な魔力回復は魔術回路を傷つけその機能を麻痺させている。
そして、それらの行いは呪いとなって我が身に降り注いだ。

生まれ落ちた『痛み』という名の呪い。
決して刺激を与えてはならない触れ得ざるモノ。

絶大にして絶望。
極限にして極大。

あらゆる痛みを生み出す負の塊。

その名は――





――口内炎。

「口内炎に絶大とか極限とか修飾子を付けた馬鹿は少年が初めてだと思うにゃ」





全てが赤に染まる黄昏の大地に膝をついて息を切らす。
か細い呼吸すらも苦痛を生むのだから洒落にならない。

「これほどとは思いませんでした。僕はどこかで貴方を侮っていたようです」

睨む先に佇む敵は尊大。
こちらを射殺すような騎士の威圧は絶大。

「貴方はどこにでもいるような只人であると、そんな風に考えていたのでしょう」

こちらの切り札は既に崩れ落ちた。
残る手札は脆弱で心もとない。

「ですが……ふふっ、そんな貴方だからこそ僕は嬉しい」

身を苛む痛みは体の自由だけでなく、精神をも硬直させる。
次の手立ては、次の策は。
廻る思考は答えをださない。

「どこにでもいる貴方が、凡庸な貴方が、そして……誰でもない貴方こそが、最大の敵だった。それはきっと、世界を統べる僕の試練だったのでしょう」

命を懸けた攻撃すらも、相手には驚愕を与えることしかできなかった。

「そして試練は乗り越えるからこそ試練足りえるのです。終わりにしましょう。貴方という試練を超えて、僕は世界の王となる」

向けられた眼差しは、優しさと強固な意志が内在する高貴なもの。
ここに至っても、敵は王という在り方を示している。
そんな存在に対し、俺はある種の尊敬の念のようなものを持っていた。

――お前はすごい奴だ、レオ。

世界という重荷を背負ってなお、その誇り高い在り方は感嘆すら抱きそうだ。

「ふふっ、敵に賛辞を贈られるとは。ですが、ありがとうございます。敵である貴方からの言葉は、なによりも価値がある」

だが、それでも俺は負けない。
負けるはずがない。
たとえお前が全てを背負っていようとも、俺が負ける道理はない。

「――道理がない、ですか。では貴方が勝つという道理はどこにあるのです?」

なぜなら――俺は、一人じゃないからだ。

ここにたどり着くまで、俺はいろんな人に助けられてきた。
それは仲間だけじゃない。
時には敵にすら助けられたこともある。

ここに今立っている俺という存在は、決して一人じゃないんだ。

お前は全てを背負って一人で立っている。
俺は皆に支えられて歩いている。

それが!俺とお前の決定的違いであり――俺が勝利する理由だ!

「なるほど、それが貴方の道理ですか……見解の相違ですね。王とは元より一人でなければなりません。誰かを必要としない、何かに頼ることもない、完成し完全である存在。それが、王です。そして――王とは、与えるものです。僕は全てを与えましょう。平穏も富も生き方も、その存在する意味も僕が与えましょう。民はただ享受すればいい。争わず競わず、ただ蒙昧であればいい」

そうだろう、お前はそうだろうさ。
全てを与える、ただ一人、全ての人間の上に立ち、誰も彼をも見下ろして与え続けるのだろうさ。

だからお前は一人なんだ。
寄り添うわけでも導くわけでもない。
ただ与えることで人類を『維持』し続ける、それがお前の在り方だ!

努力して争って勝ち取ってきた俺が、そんなお前に負けるわけにはいかない!

「――あぁ、やはり貴方は僕の敵だ。貴方こそが僕の敵だ。貴方のような在り方こそが、僕が正すべき歪んだ世界。――ガウェイン、宝具の開帳を。過去を斬り捨て明日を創ります」

「御意!――感謝します、我が好敵手達よ。貴公等のおかげで王はさらなる高みへと至りました。故に、全霊を込め我が剣にて貴公等を斬ります!全ては我が王のために――!」

掲げられた聖剣が黄金に輝く。
黄昏すらも覆い尽くす黄金の輝き。
全てを照らす光にして、全てを燃やす灼熱の炎。

――あれは、太陽だ。

太陽の輝きを写した、人智の及ばぬ神秘の結晶――!

「この剣は太陽の写し身……もう一振りの星の聖剣!転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!!」

ネコ――!

「にゃふー!」

築き上げた信頼と経験は多くの言葉を必要とせず、ネコは正しく意図を察してくれた。
極光が放たれるその刹那、景色が歪み切り替わる。
一回戦のころより何度も命を救ってきたかつての切り札、ワープ。
胡散臭さ全開の謎ワープだが、今回もその効力によって命を長らえることができた。

敵の遥か後方に瞬間移動し、大地に倒れ込む。
只でさえ魔術回路が傷つき魔力も枯渇寸前だったのに無理をしたせいか、全身が脱力していた。

「……まじか……」

傍に立つネコの呆然とした声。
驚愕が大きすぎて感情を込めることすらできないといった様子。
その声の原因を確かめるべく、力の入らない体に活を入れ、視線を向ける。

――全てが、消し飛んでいた。

つい先ほどまで俺たちがいた場所。
聖剣から放たれた威光は放射状に大地を消し飛ばしていた。

燃えているわけではない。
吹き飛んでいるわけでもない。

消失。

存在そのものを消し去ったような結果。
形容のしようがない。
元々そこには何もなかったかのように消えている。

遥か遠方にあった山。
決闘場の背景として茜に染まっていた一つの山が、その射線上の部分が消し飛び歪に変形している。

大地も山も空間も。
圧倒的熱量により、その全てを蒸発させている――!

そして何よりも恐ろしいのは……

「外した……いえ、よくぞ避けたと言うべきですね」

「申し訳ありません。見くびっていたようです」

あれほどの一撃を放っておきながら平然と立っている主従。
冗談じゃない。
あの一撃にどれほどの魔力が必要だというのか。
俺ならば一発撃つどころか魔力不足で撃てもしないだろう。
ともすれば、ネコの宝具に匹敵するような魔力が必要なはずなのに、あの少年王は大したことではないかのように平然としている。

「出し惜しみは必要ありません。貴方の思うままに、サー・ガウェイン」

「はっ!聖剣の輝き、その身に受けなさい!」

次弾が来る――!
さすがにあの一撃を繰り出すには多少の時間がかかるようだが、それも数瞬といった程度。
その数瞬があればワープで移動することも可能だが、そのための魔力がない。
今はとにもかくにも魔力回復が必須。
だが、そのための手段はほとんど枯渇していた。

最後の決闘のために、溜めこんだ電子マネーの全てをつぎ込み買いだめした魔力回復用アイテム(全部マーボー)。
50を超えるそれは大部分が既に俺の腹の中だった。

ネコの宝具を維持し攻撃に転用するためマーボーを無心に食べていたが、知らずそのほとんどを食べ終わっていたようだ。

残りの数は数個といったところ。
これからの敵の攻撃に対応するにはあまりにも心もとない。

何より、この際口内炎は無視したとしても、魔術回路が傷つきすぎたせいで正常な魔力回復ができるかどうか不安というこの現状。
まさに絶体絶命といったところだ。

――だが、まだ諦めるには早い。

俺にはまだやるべきことがある。
抗う手段もある。

魔術回路を癒しつつ魔力回復も行い口内炎にも優しい、そんな奇跡のような存在が俺にあるのだ――!

みせてやる、レオ。
一人の力じゃない。
皆で紡いだ絆という名の力を。
俺が手にした宝物を――!

これが、最後の一手……手にした端末を操作し、電子データを具現する――!

手の中にあらわれた、四角く水色に塗装されたプラスチックの箱。
それこそ百円均一で買えそうな貧相な物。
だがこれは、そんな見た目を吹き飛ばすほどの価値を秘めている。
これこそが、俺の逆転の一手。
皆の想いを全て詰め込んだ至高の一品。


究極☆桜弁当だ――!


桜を筆頭に遠坂、ラニの手も加わったまさしく究極の弁当。
ラニによって考えつくされた栄養管理、遠坂によって演出された豪華な見た目、なによりも桜によってもたらされた至高の味。
今まで俺が食してきた数々の糧食を凌駕し、最高の一品だと思っていたマーボーすらも凌駕する幸福の一時。

「少年はやくはやく!来ちゃうにゃ!すっごいの来ちゃうにゃー!」

口の中で踊るビタミンが口内炎を即座に癒していく。
偏った栄養が正されてゆく。
全てが旨い。複雑な言葉なんていらない。ただ、旨い。
特にこの油揚げが素晴らしい。噛むたびにあふれる旨みは、脂っこさを感じさせず飽きさせない。

「吟味してんじゃねーーー!絶体絶命のランチタイムとか最後の晩餐どころじゃにゃいにゃーーー!」






「さようなら、ナカオさん。僕の最初で最後の、対等だった人」

「エクスカリバー・ガラティーン――!!」

「いーーーやーーー!?」

――ごちそうさまでした。






世界が光に埋め尽くされる。
視界だけでなく音すらも覆い尽くしたその光。
太陽の名を冠したその一撃が消え去った後には何もない。
正しく全てを薙ぎ払う星の一撃。

あぁ、なんて――美しい。

花火なんて目じゃないな、ネコ。拍手してみようか。

「ぜーはーぜーはー……あ、危なかった……ギリギリだったわ……っていうか何でそんなに落ち着いてるのよ少年!私がどれだけ必至だったと思ってるの!?」

お前ならやってくれると思っていたからな。
なら慌てる必要はない、だろう?

「……あーもー、本当ふてぶてしくなったわね……」

はっはっは、そう褒めるな。
というか、なんか口調おかしくない?

「――にゃにゃにゃー。にゃふふ、にゃっふっふにゃふーーー!」

これ見よがしなネコ語だな。お前実は普通に喋れるだろ。

「ぷす~♪」

あからさまに目を逸らしたな。口笛失敗してるぞ。

まぁいいさ。今重要なのはそこじゃない。
今のワープでかなりの距離が稼げた。
しばらくは猶予があるはずだ。
とはいえ、聖杯への道が現れないから俺たちの生存もすぐに気づかれるだろう。
今あるこの瞬間を使い切って勝利への道を掴むぞ。

魔力は回復した。傷ついた体も快復した。
決闘の開始前の状態に戻ったと言ってもいいだろう。

さて、どうする。

回復はしたが、あくまでも『戻った』だけ。
別にパワーアップしたわけじゃない。
俺たちにできる最大の攻撃はもう試した。
確かにネコの宝具ならばいつかは勝利をもぎ取れるだろう。
しかし、手元にあるマーボーだけでは魔力が持たない。
弁当も食べてしまったことだし、魔力回復の手段はもはやないと言ってもいいだろう。

――考えろ。

俺にできることはいつだってそれだけだ。
誰かに助けられて、誰かに支えられて、ネコの力に守られてきた。
俺の力、なんて口が裂けても言えない。
俺には力なんてない。

だから――考えることだけは絶対に止めない。

勝利を、生を、明日を掴むことだけは諦めたくない。

考えろ、どうする、考えろ、策は、考えろ、有効な手段は、考えろ――!

「――っ!?少年ーーー!」

ネコに突如飛びかかってきた。
そして、景色が歪む。
何度も体験してきたワープの前兆。
歪んだ景色が切り替わるその瞬間、全てを消し去る黄金の輝きが目前に迫っていた。




「あれを避けますか、流石ですね」

「3度も避けられては偶然ではないですね。さすがは我が好敵手達」

ワープで移動した先にはレオとガウェインがいた。
今までとは違う、英霊ならば一息でなくすことができる距離。
ネコの射程距離ではあるが、当然ガウェインにとっても近距離と言えるだろう。

なぜこんな場所に飛んだ……?
一瞬そんな考えが浮かぶが、それは間違いだとすぐにわかる。
先ほどまでいた場所は、今いる場所よりも遥か遠方。
それも目視できない距離だ。
にもかかわらず、聖剣の輝きは先ほどまでいた場所を確かに焼き払っていた。

ガウェインは聖剣の一撃で『狙撃』したのだ。

なにがセイバーだ。
これじゃあ距離なんて関係ないじゃないか。
こうなると距離を離すのは悪手となる。
敵に狙撃ができる以上、一方的に攻撃されるだけだ。
ならば、こちらも攻撃できる距離に移動するのは、逆転を狙うために必要な一手だ。

しかし、この距離。
今までの遠距離とは違うプレッシャー。
聖剣の光を放つまでもなく、一閃で切り裂かれそうな場所。

汗が流れる。
ネコがこの距離を選んだことは間違いじゃない。
一方的な狙撃をされる恐怖は2回戦で散々味わって知っている。

だがこのプレッシャーの中、どんな手段があるというのだ。
考えろ、敵は待ってくれない。
今敵が動かないのはワープを警戒したからだ。
こちらの反応できない速度による攻撃か、もしくはこちらの攻撃に対するカウンター……後の先を狙っているのだろう。
そのどちらが有効かを吟味しているだけにすぎない。

猶予はないぞ。考えろ、どうする、後ろから奇襲?だめだ、一撃で倒せなければカウンターでやられる。聖剣の光を放てない超接近戦で耐久力を生かしてごり押し?だめだ、あの聖剣は剣自体が太陽の加護を持っている。斬られただけで太陽の熱が身を焦がすだろう。何より今この瞬間、ガウェインの身体能力は3倍に押し上げられている。それを超える一撃など、宝具を使わなければ無理だ。

答えはどれだ、何が正解だ、どうすればいい、何を成すべきだ、俺は――!

「――少年」

廻る思考を、ネコの静かな声が止めた。
俺の前でガウェインと向かい合ったまま、背中を向けたままの声。
小さな背中だ。俺の腰にすら届いていない体躯だ。
そんな小さな相棒はいつだって俺を助けてくれた。

「私を、信じてくれる?」

――当然だ。

問われた言葉の意味を考えるまでもなく、自然と口は動いていた。

「そっか、なら任せて。――――私が少年を勝たせてあげる」

そう言ってネコが歩き出した。
自然に、気負わず、真っ直ぐに。

こちらを振り返らず、ただ、前へ。

「ガウェイン」

「はっ!」

向かってくるネコに対する反応は早かった。
ガウェインの聖剣が輝く。
星の一撃で、ネコとその後ろにいる俺を薙ぎ払うつもりだ。

俺がネコと一緒にワープをするには、傍にいなければならない。
今みたいに離れてしまってはワープはできない。
だから諸共に消し飛ばすという敵の考えは容易に読み取れる。

ゆっくりと歩くネコ。
その行為は自殺となんら変わりない。

ここで俺がすべきことは――時間稼ぎだ。

ネコを止める選択肢なんて最初から無い。
アイツは『任せて』と言った。
なら俺がすべきことは最高の舞台を用意することだけだ。

そのためにどうすればいい――なんて、考えながらも自然と手が動いていた。

首に巻かれた獣の尾。
桜に貰った礼装。
効力もわからないそれを手にする。
これが何をもたらすのか、俺にはわからない。
どんな結果になるかなんて、予想すらできない。
桜に貰ったからこそ身に纏っていたが、効果がわからない以上頼るつもりはなかった。

だというのに、この手は自然と礼装を手に取っていた。

――勝ちたい。アイツと共に、勝利を掴みとりたい。

そう思った瞬間、この礼装を手に取ることが正しいと、俺の奥底からなにかが湧き上がってきたのだ。
まるで誰かに突き動かされるような感覚。
だが、それは否定すべきものじゃない。
今俺を突き動かす湧き上がるもの、それはきっと、ずっと前から俺と共にいた何かだ。
なら恐れることはない。

一緒に、行こう。
一緒に、勝とう。

そのために、力を貸してくれ――!



「何か策があろうともその全てを凌駕します。コードキャスト・スキル強化!ガウェイン!」

「この一閃で終わらせる――!」

全ての魔力を獣の尾に込め、放り投げる――!



世界が、白に塗りつぶされた。
金色に輝く獣の尾は、全てを白に染め上げる輝きを放つ。
何も見えない、見てはいけない。
人がそれを見てしまえば、視界など容易に焼き切れてしまう。

なぜならこれは、この輝きは……

太陽そのものなのだから――!

「聖剣の力が霧散する!?」

太陽の聖剣を太陽が否定する。そうなれば聖剣の力は無へと還る。
そして、太陽の威光はそれだけに留まらない。
ガウェイン、太陽の騎士。
その名の通り、太陽の加護を持つ最高の騎士。
だが、太陽の騎士と呼ばれた男が、太陽に否定されればどうなるか。

それは――

「ガウェインの太陽の加護が反転した!?」

王の瞳には映っているだろう。自身の騎士の能力が軒並み下がっていることが。

加護が反転すれば即ち呪縛となる。
祝福が反転すれば即ち呪いとなる。

太陽の加護、それはガウェインを蝕む毒となる――!

さぁ、舞台はできたぞ。
あとは任せた!

やれ、ネコ――!







「少年なら何かをしてくれるって思ってたけど、まさか太陽とは思わなかったなー。吸血鬼が太陽の力を借りるなんて笑い話にもならないわね。でも、今この瞬間、私は少年を勝たせたい。だから――!」

目には何も映らない。
光に白く塗りつぶされた世界に何も見えない。

だけど、確かに俺には見えた。

「星の息吹よ――!!!」

光を受けて黄金に輝く髪を靡かせる女性の姿が――――――――







「……これが、結末ですか」

静かな言葉だった。
互いに命を賭け、意地をぶつけ合った敵の言葉は、悔しさでも怨嗟でもなく、静かで穏やかなものだった。

半透明の壁に遮られた向こう側で――敗者であるレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは穏やかな眼差しを俺に向けていた。

従者であるガウェインはそこにいない。
俺には何も見えなかったが、ネコの繰り出した最後の攻撃は、ガウェインの存在そのものを消し飛ばしたようだ。

たった一人の少年王は、その最後まで一人となってしまった。

「おめでとうございます、ナカオさん」

こちらに祝辞を述べるその姿は、本当に祝福しているようで清々しい。
だが、その在り方はどこか歪んでいるような、そんな気がする。

「貴方の言葉が正しかったようですね。一人じゃない貴方が一人の僕を打ち倒す。それが真理ということですか」

納得するように何度も頷くレオ。
真理を得たことで新たなる領域へ至ったと言わんばかりに微笑んでいる……が、それは間違っている。

――何言ってるんだ、そんなものが真理なわけがないだろう。

「――え?で、ですが、ナカオさんが言ったじゃないですか。一人の僕に一人じゃないナカオさんが負ける道理がないって」

言った、確かに言った。

だがそれは、『俺の道理』であって、決して世界の真理なんかじゃない。

「――は?」

あまりに突拍子のないことだったのか、レオがポカンと口を開けている。
まるで年相応の少年のようだ。
だからこっちも気後れせずに自然と口にできた。

――そもそも、俺の考えが世界の真理なわけがないだろう。

何が正しいかなんて誰にもわからない。
きっと誰もが自分を正しいと思っている。
その内容に良し悪しはあれど、世界にとっての正しいなんてどこにもないんだ。

お前の考えだってきっと正しいのさ。
人類を維持する。その中で変革を模索する。
うん、聞くだけなら間違っちゃいない。承服できるか否かは別として。

「な、なら何故僕は負けたのですか。僕の道理も正しかったというのならば、何故僕は貴方に負けたのですか!?」

初めてだな、レオの生の感情は。
なに、簡単なことだ。

俺もお前も自分の道理が正しいと思ってぶつかった。
自分が正しいのだと意地を通したくて喧嘩した。

「け、喧嘩?」

うん、喧嘩だ。
戦争なんて言ってるがそんな大層なものじゃない。
結局のところ、景品がほしくて、自分の考えを押し通したくて、皆は拳を振り上げたんだ。
なら喧嘩以外のなにものでもないだろ?
そして俺が勝った理由だが……

――美少女に応援されたからな。

「――は?いや、え?」

遠坂もラニも桜も皆、可愛いからな。
そんな美少女に応援されたら喧嘩に負けたくないって思うだろ。
そりゃあ必至になるね。もう本気になるね。

「……そんな、そんなもので……」

そんなものだ。そんなものなんだよ、レオ。
俺にはお前みたいに大きなモノを背負ってはいない。
願いなんて些細なもので、意思なんて小さなものだ。
でもな、負けたくない。応援してくれる皆に報いたい。その想いだけは本物だ。
背負うものの大小ではなく、そこに賭けた想いだけはお前に負けていない。

お前が背負ったモノはとてつもなく大きなものだよ。
そしてそれに対する想いも相当なものだ。
だがな、お前は想いを向ける先が不透明なんだよ。

皆のため、世界のため。
なるほど、立派だな。そして綺麗だ。

だが――皆って誰だ?世界って誰だ?

お前はそこを想像できない。
敗北を考えていないから、敗北の先に誰がいるかを考えていない。
その敗北が、背負ったモノにどんな影響を与えるかを想像できないんだ。

俺は負けたくないって思ったときに、応援してくれた人達の顔が思い浮かんだ。
それが、俺がここまでこれた理由だよ、レオ。

「そうか――敗北を想像しなかった。いえ、その機能を持たなかった。勝利しか知らず、敗北の先にある感情を学ばなかった。それは無欠ではない。ただ恐れが無いだけだ。僕には、そんな当たり前の心が……なかったんですね……」

王は完成し完全である存在だと言ったな。
敗北も知らないやつが完全で完成してるわけないだろ。

「その通り、その通りです……」

深く頷き、言葉を咀嚼するように反芻するレオ。
そしてその顔は先ほどまでの静かなものではなく――悔しさを滲ませていた。

「あぁ……今あるこの感情……きっと次は負けない……うん、難しいですがこれはいい感情だ。ただ『諦めない』ことが、こんなにも力になるのですね。悔しさも、悲しみもある。死を迎えた恐れもある。それと……これは、やはり執着なのでしょうね。僕はそれらの感情を、本当の意味で理解していなかった。うん……悔しい、悔しいなぁ」

悔しいと呟きながらも、どこか喜びを含んだ微笑み。
憑き物が落ちたような晴れやかな顔だった。

もう彼の時間は無いのだろう。
体のほとんどが光に消えてしまっている。

「ありがとうございます、貴方に会えてよかった」

その言葉に頷きを返す。
彼は最大最強の敵だった。
だが、同時に彼は意地をぶつけ合った仲でもある。
そこに負の感情はない。

最後は笑顔で送ろう。





――あぁ、そうだ。俺が勝った理由だが……俺の相棒が最高だった、これが一番の理由かな。

「あ、ここにきてサーヴァント自慢ですか?ずるいなぁ。僕のガウェインだってすごいんですよ?次はきっと、きっと負けませんから――――――――」

光に消える。
王として生まれ王として生きた彼の最後は、どこにでもいる少年のような笑みだった。





【 七回戦終了 2人⇒1人 】





<あとがき>
勝利した最大の理由は味方にチートが2人いたから。
身も蓋もないですね。
次回最終回(表)。
もう戦闘シーンはありません。
裏っていうのは月の裏側じゃないですよ?コンセプトの表と裏です。
月の裏側は裏側で別に書いたり書かなかったりラジバンダリ。









































決闘が終わり、荒れ果てた決闘場に俺とネコの2人になったその瞬間。
夕日に照らされた荒野は消え去り暗い空間へと様変わりした。
どこまでも続く暗闇の中、唯一輝きを放つ光の道を俺は歩いていた。
光の道、その先には満月が見える。
きっとあれが聖杯。願いを叶える至高天。

聖杯戦争という血塗られた争いの結末が遥か先に佇んでいた。
その終着を目指し、ただ歩く。

ネコはいつものように俺の後頭部に引っ付いている。
決闘が終わった後、妙に静かだ。

――どうした、ネコ?

「にゃー」

気のない返事だな。
勝ったというのに元気がない。

「うーん。ちょっと考え事中。少年は気にせず進むといいにゃー」

投げやりな言葉だが否定することもない。
言われたとおりに目的へ向けて歩こう。

光る道は果てしない。
後ろを振り向けばかなりの距離を歩いてきたことがわかる。

随分と歩いたものだ。
だが、思い返せばそう長いものではないな。

保健室で目覚めたあの日、あの時。
ネコが俺と契約をしたあの瞬間、俺の人生は始まったのだ。
誰かのコピーであるNPCとしてではなく、ナカオという少年の人生はきっとあの時始まった。

ネコと出会って、桜に出会った。
遠坂と出会って、マーボーを食べた。
初めての戦いに恐怖して、勝った結末に悩んだ。
ラニと出会って、自身の在り方を考えた。
幼い少女と望まない戦いをして、この歩みを止めないと誓った。
AVに絶望して、少女たちを助けた。
後に同志となる男と戦い、マーボーを食べつつ倒した。
黒いネコ科(?)を従えた男と戦って、戦闘ではなくビックリショーが始まった。
終生の友と再会し、別れた。
そして、最強の敵と戦い、今も歩いている。

短い人生だった。
だが、ここに至るまでに色々とあった。
語るにはあまりにも多くのできごとがあったのだ。
今歩いている光の道は俺の人生だ。
始まりは何もない暗闇だったが、歩いてきて軌跡は多くの出来事に彩られ輝いている。
遥か先にある終着点が、同時に俺の終わりでもあるのだから、この光の道は俺の人生そのものだろう。

そう思えば、この長い道も感慨深いものだ。
終わりまで続くこの長い道を、一歩一歩大切に進もう――

……

…………

………………

……………………長いな。ネコ、ワープで一気に飛べないか?

「一歩一歩を大切にしにゃいの!?」






遂にたどり着いた。
聖杯戦争、その目的の前へと。
水が敷かれた朽ちた遺跡。
崩れ落ちた石柱が並び立つそこにそれはあった。

聖杯ムーンセル・オートマトン。

地球を監視し、記録し、保存する霊子の頭脳。
巨大なフォトニック純結晶で構成された擬似量子コンピューター。
その膨大な演算力は世界の法則にすら干渉し、あらゆる願いを叶える七天の聖杯。

月を思わせる黄金の球を内包する六面体のキューブ。
これが月の至宝、聖杯、か……

「やぁ、君を待っていた。本当ならファンファーレでも流したいところだが、生憎ここにはトランペットが無くてね。私の拍手で我慢してくれ」

見た目はただのキューブだが、その存在感はさすが聖杯といったところか。
見ているだけで圧倒される。

「私は君を見ていた。ずっと、それこそ今この瞬間まで。最弱として始まった君が最強を倒すその瞬間まで」

多くの戦いを超えた結果が目の前にあった。
悩みを超え恐怖を超え、歩んできた結果がそこにあるのだ。

「戦いが君を成長させた。あぁ――君のその歩みこそが誇らしい。人の可能性を見せてくれるようで」

空中に浮かぶ聖杯へは、先ほどまでの暗闇に浮かぶ光の道と同様に、光る板が階段のように連なってる。
この階段を上り切れば、俺の人生の『終着』にして『答え』に辿り着く。
行こう、ネコ。

「にゃ!」

一歩を踏み出す。
光の階段を確かめるように踏みしめる。

「君のその在り方こそが、世界を導くんだ」

一歩、一歩。
俺の戦いの果てへとその歩みを進めて――



「話を聞いてくれないかな?」

光の階段が消えて次に踏み出した足は何も踏まないすなわち落下――!?

「にゃーーーー!?」



空中から地面に盛大に落ちた、痛い。

「おぉう……落ちた衝撃で舌噛んじゃった……」

打ち付けた体が痛い。
幸い地面には水があったおかげで多少は緩和されたが、それでも痛い。
こうなった原因はただ一つ。

崩れた石柱に腰掛ける、白衣を着た亡霊のような男を睨みつける。

「ああ、やっとこちらを見てくれたか。疑問はあるだろう。何、隠したりはしないさ。全てを語るつもりだよ」

そうやって優しく声をかけてくる白衣の男。
確かに疑問は尽きない。
何故、ここにいるのか。
どうやって階段を消したのか。
そもそも彼は誰なのか。

だが――どうだっていい。

「何?」

アンタが誰で、何を企んでいて、何をしてきたのか――全てがどうでもいい。

俺は俺の意思でここまで来た。
俺の欲するものはそこにある。
邪魔をするなら押しのける。
妨害をするなら取り除く。

――それだけだ。

「――あぁ、その我の強さ。それでこそ君だ。私の待ち望んだ存在だ。あの脆弱な存在がここまでの成長を遂げる――君こそが、私の理想だよ。だが、だからこそ残念だ。その成長は誇らしいものだが、どうやらその我の強さでは私の願いは聞き入れて貰えないようだ」

誰かの願いに流されるのなら俺はここにはいない。
俺の歩んできた軌跡は俺の意思の下にある。

「そうだね。こうなっては仕方がない。停滞した世界を変えるそのために――君の自我を制御させてもらおう。セイヴァ―、彼に祝福を」

空から光の柱が降りてくる。
俺とネコ目掛けて降り注ぐ祝福の光。
あまりにも神々しいその光景に見とれたその刹那――


一に還る転生(アミタ・アミターバ)

「――ぁ、しょうねっ――――――――」

ネコが、光に消えた。




……

…………

………………は?

何が起こった。埒外すぎる。
何が起こった。ネコはどこだ。
何が起こった。答えろ、ネコ。

なにが、おこった。おい、返事をしろ。

「これで君の剣は消え去った。その強い意志を失わせるのは残念だが、それも已む無し、だ」

ネコ、消え、どこ、答え、おい、なぜ、なに――?

「セイヴァ―、幕を下ろしてくれ」

「――それが、人類が悟りを得て真如へと至る道であるならば。我は衆生を救済すべく、ヴァジュラを持ちてそれを導かん」

あまりにも、あまりにもあっけなさすぎる。
思考が追い付かない。
目の前には神如き存在が俺を見下ろしている。

曼荼羅を背に虚空に座る聖者が、俺を憐れんでいる。

「その呪われた身、光をもって獣もろともに浄界せん」

視界が、光に埋め尽くされた。
痛みは無い。
苦しみも無い。

暖かな光は優しさに溢れ。
いっそ安らぎすら感じる。

あぁ、だが、この光は――


――耐え難い、毒だ。


何もかもが奪われる。
記憶が、意思が、闘志が、己すらも。
慈愛の光は俺という存在を奪い去る。

俺の中にあった『何か』すらも。
きっと、俺という存在の始まりからずっと傍にいてくれた『何か』すら奪われる。

「恐れることは無い。君は、全てを忘れる。だけど、私はここまで来た君を祝福しよう。そして、誇るといい。君の存在が世界を導くのだから。セイヴァー、せめて彼に安らぎを」

「それもまた、救いとなろう」

光の彼方から誰かに囁かれる。
その声は酷く遠く、音すらも奪われていることにようやく気付いた。

それでも逆らう気が起きない。
この暖かな光は、抵抗する気力すらも奪う。

そして、俺は――

俺は――



俺、とは、何だったか。



いや、『何』と考える理由がない。

思考する意味が無い。

もうここにあるのはガランドウでしかない。

だから、もう、よそう。

思う、想う、その行為が酷く、億劫だから。

もう、止まろう――

――。

――――。


――――――。



――――――――。




――――――――――。










『――』

――何だ。




『――――』

――何だ?




『――――』

――何かが、揺らめいている。


『――――』

――酷く、朧気で。


『――――』

――とても、脆弱で。


『――――』

――どうしようもなく、頼りない。


『――――』

――あぁ、だけど。








『少年』

――声が、聞こえた気がした。







………………。

…………。

……。

俺は、何をしているんだ。
この程度で、何をしているんだ。
温もりがなんだ。
慈愛がなんだ。
優しさがなんだ。

そんなもの、どうってことはない。
それぐらい、大したものじゃあない。

そもそも、こんなもの――俺が望んだものじゃない!

あぁ、そうだ。
俺は、俺が望んだのは、こんな優しさに包まれた終焉なんかじゃないんだ――!

力を込めろ!
意思を貫け!
闘志を燃やせ!

こんなところで眠っていられるわけがないだろう!


腕を支えに上半身を起こす――みしみしと骨が鳴いた。

膝を付き腰を浮かせる――ぶちぶちと筋肉が裂けた。

全身に魔力を滾らせ立ち上がる――魂が悲鳴を上げた。


穏やかな光は牙を剥き、今はもう、俺を屈服させるための重圧に様変わりしている。
人の身に過ぎたる威光は、矮小な俺という存在を容赦なく削る。

あぁ、それでも俺は。


――二本の足で、立っている!


さぁ、立ち上がったぞ。
たかだか立つだけでこの苦痛。
もういいんじゃないかと、どこかで弱音が囁くが、知ったことじゃない。
ここまでやったんだ、もう少し頑張ろうじゃないか。

――それじゃあ、ここからどうしよう。

なんて、考えてみたが、やりたいことなんて一つだけだ。

ゆっくりと、右足を出す。
いいぞ、次は左足だ。

歩く、そんな簡単な行為すら一々確かめなければならないほど今の俺は不確かだった。
それでも、止まらない。

右、左、右、左。

鈍重な歩みを止めない。
億劫な歩みは止まらない。

亀よりも尚遅い歩み。
繰り返し繰り返し、確かめながら足を出す。

そして、いつしか歩みは駆け出し――走りへと変わる。

走る、駆ける、突き進む。

足を動かすことだけに意思を傾けていたため、ここからどうすべきか思考が動かない。

ただ、走って、走って、走って、走って――!

ただ、前へ、前へ、前へ、前へ――!

自然と握り締めたこの拳を――







「見事」

すかしたツラした野郎に叩きつける!







振りぬいた拳は、確かに目標へと当たった。
傷も痛みも与えることはできなかったが、それでも俺の意思は叩きつけてやった。

それが、限界。

振りぬいた勢いのまま、地面へと転がり倒れる。
仰向けに寝転がり、中天を見上げた。

傍にいる敵は、殴られたことも気にせず、俺を見下ろしている。
その顔の、なんと慈愛に満ちたことか。

「……驚いた。立ち上がるだけでもありえないというのに、セイヴァーを殴るとはね」

「その意思、その意地、全てを受けよう。そして、眠れ、戦の王よ」

救世主。
その名を背負うに相応しい存在が、俺を称えた。

そして――光に埋め尽くされる。

消えていく。
体を構成する情報が。
己を構成する経験が。
意思を構成する自我が。
なにもかもが消えていく。

淡雪のように脆い過去が奪われる。
ここまで歩いてきた道程さえも奪っていく。


それは決して――我慢できるものではない。


あぁ、そうだ許せない。

【だけど体は動かない】

俺から奪うなんて許せるはずが無い。

【しかし思考は動かない】

俺とアイツが駆け抜けてきたこれまでを奪うなんて……

【何もかもが動かない】

絶対に……

【それでも】




許せるものか――!

【意思だけは、けっして止まらない】




――だから!

手を伸ばす。
たとえ届かなくても。
たとえ叶わなくても。
たとえ無駄だとしても。

ここで諦めるなんてできない。
できるわけがない。

だって、自分は、俺は、そんなマスターだったから。
いつだって足掻いて、いつだってもがいて、アイツと共に歩んできたから。

そう、それが――ナカオの歩いてきた道だ。

手を伸ばせ。
ここで何もしないなんて、アイツに笑われるに決まっている。
いつだって俺達は笑い飛ばしてここまで来た。
いつだってアイツは俺の隣にいた。
そうだ、アイツは何時だって呼べば応えた――!


手を伸ばし、力を込め、世界へ吼えろ――!





――最後、の――

声を出す、それだけでボロボロと何かが崩れていく。

――令呪を――もって、命、ずる――

右腕を天に伸ばす。
それだけ、ブチブチと何かが引きちぎられる。

「……まだ動けるとは。磨きぬかれた魂は伊達ではない、か……だが、その行為は徒労に終わる。君のサーヴァントはもういないのだから」


――そんなことは知らない。


――誰かに言われて諦めるなんてできない。


――だから……!










「……帰って……こ、い……バカネコ――!」





[33028] おかえり / ただいま
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/08/01 21:20
真実が欲しくて偽りの平和を捨てた。

何も為せないまま消えるのが怖くて手を伸ばした。

俺には何もなかったけれど手を掴んでくれた奴がいた。

そいつはどうしようもなく馬鹿で。

そいつと馬鹿をするのがどうしようもなく楽しくて。

覚悟も意思も名前すらもなかったけれど、ただ、そいつと前へ進む。

過程も結果も全てを受け入れながら、明日が欲しくて、立って歩く。

欲しかった『明日』が、『昨日』になって、積みあがっていく。

何も無かった俺だけど、あいつと歩いた昨日だけは確かな軌跡。

ここまで歩いた過程は、決して無意味なんかじゃない。

ここまで戦ってきた結果は、決して無駄なんかじゃない。

無くした記憶も、失った名前も、今はいらない。

欲しかったモノは、隣にいたあいつと、傍にいてくれた皆がくれたから。

あぁ――だから、俺の昨日は誇れるものだと胸を張れる。

今まで紡いだ時間が、俺の大事なモノだと言える。

だから、だからさ――

それを侮蔑するなんて許せない。

俺の昨日を奪うなんて許せない。

俺達の記憶を、思いを、歩いた軌跡を消すなんて許せない。


そうだろ?



――ネコ――













最終話 おかえり / ただいま













輝きが、空間を支配していた。
仰向けに倒れた少年が、祈る様に天に伸ばしたその右腕。
目も眩むほどの輝きは、彼に刻まれた令呪が発動した証。
消え逝く自我の最後の抵抗は、確かに彼の従者への絶対命令権を発動していた。
だが、終わり逝く命の輝きにも似たその光が段々と薄れてゆく。

空間を支配していた輝きが消える。
少年の自我と共に消え去るように光は薄れる。

そして、天へと伸ばしていた腕からも力が抜けてゆく。

ふらり、と先ほどまでの力強さもなく腕が揺れる。

その様を見届けるモノは2人。

妄念に取り付かれた亡霊は、無表情に少年の終わりを待ち、世界の救済へ向けての算段を立てていた。
救世主と呼ばれた地上唯一の覚者は、慈悲と哀れみを持って少年の終わりを憐れんだ。
聖杯と呼ばれた奇跡の前で、少年は亡者と覚者に看取られる。

もはや少年は意識を保つことすら難しくなったのだろう。
少年の瞼が、消え行く光にあわせる様に静かに閉じられてゆく。

そして、光が完全に収まり、少年の意識が途絶えた。
少年の意識が途絶えると同時に、天へと伸ばした腕もまた地面へと――




――倒れることはなかった。




「……うん?」

亡者の表情が驚愕に染まる。

「……」

覚者は無言のままに双眸を見開きそれを見た。

倒れる少年の腕、手のひらを、大事な、大切な何かを守るように握り締めた純白の手を。

何もない空間から突き出るように飛び出した純白の手。
まるで奈落に落ちる命を救い上げるように少年の手を握っている。
シルクのようなキメ細やかさと、優しく少年の手のひらを握るその白き手は、聖女のそれを思わせる神聖さがあった。

だが、直後。
その手の傍から発せられる異音が、漂う神聖さを消し飛ばす。

――ギシ――

まるで鎖を無理やりに引きちぎろうとするような不快な音が、純白の手の傍からした。
最初は空間に溶けるような小さな音。
次は耳に残るような大きな音。

そして異音が続く。

……ギシギシ、ギシギシ……

空間が鳴く。

――ギシ、ギシギシ――

世界が――泣く。

「……来る」

「何?」

覚者の呟きに亡者が疑念を返した瞬間、世界が悲鳴を上げた。

ギシギシギシギシギシギシギシ――!

空間に罅が入る。
蜘蛛の巣状に、まるでガラスが割れる寸前のように歪む。

そして――

「――えいっ!」

可愛らしい掛け声と共に、世界が割れた。

「セラフに侵入者――!?」

ガラスが砕けるような甲高い音。
空間を割り、世界を破り現れた存在に、亡者が愕然とする。
セラフ――奇跡を為す聖杯が作り上げた決闘場は、聖杯戦争のマスターたる資格を持つ者にしか入ることは出来ない。
願いを叶えると言われる奇跡の具現がそうルールを決めたのだ。
ならばそのルールは絶対不可侵のはず。
にもかかわらず、少年の傍に現れた存在は、正規の手順を踏まず、世界を隔てる壁を破壊して侵入してきたのだ。
聖杯を知る者からすれば、それはありえない存在だった。

ありえない存在、その姿は――


――光に輝く金色の髪。

――陶磁の如く洗練された美しい肌。

――まるで美の女神を体現したかのような肢体。

――そして、気高さと意思の強さを秘めた真紅の瞳。


「ん~っ!侵入成功っ!」

天真爛漫。その言葉をそのまま表すかのようなにこやかな笑みを浮かべた女性が、少年を守るように立つ。

「――誰だい、君は」

亡霊が驚きを隠さないまま問いかける。
だが、現れた女性はその問いに答えず傍の少年を見て微笑んでいた。
少年の傍に膝をつき、優しくその手を握っている。

「うんうん。流石は少年。NPCとは言え、元はただの人間なのに、ここまで耐えるなんてびっくりだわ。本当、いっつも無茶するんだから」

口では文句を言いつつも、その顔は喜びと誇らしさで満ちており、少年を見つめる女性の眼差しは優しい。

「誰だ、君は」

もはや慇懃な態度もなく、亡霊は憤りをぶつける。

「黙りなさい、妄念」

「――――!?」

存在の格が違う。
視線も寄越さないただの言葉のみで、亡霊はその全ての動きを停止せざるを得なかった。
サイバーゴースト、ただの情報体として遥かな時を過ごし、人としての枠など当の昔に外れてしまった亡霊が、ただの言葉だけで圧倒されたのだ。
彼はもう動けない。
彼自身の魂がそれを拒否した。
あまりにも巨大すぎる存在を前に、ただ立ち尽くすことしかできなくなった。
今この場で、女性以外に行動をできる者がいるとするならば、それは彼女と同格以上の神秘を抱く存在でなければならない。

そして、それはいた。
地上唯一、最初にして至高の覚醒せし者が。
セイヴァ―、救世主と呼ばれた存在だけが、今動くことを許されていた。

「よもや、星の触覚に会おうとは。そなたと合間見えし時は、人の尊厳を賭けた終焉だと構えていたが」

「あら、流石は救世主。私の存在がわかるのね。そう、貴方が『人』の究極だというのなら、私はその対極にある存在。まぁ、今はただのサーヴァントだけどねー」

互いの声は穏やかなモノ。
覚者は全てを受け入れる泰然とした佇まいを崩さない。
そして女性は横たわる少年を優しげに眺めるている。
だが、二人から放たれる存在感が徐々に増す。
究極の一つが、二人も同じ場所に存在するという奇跡。
その有り余る存在の密度は、聖杯の作り出した擬似世界に悲鳴を上げさせた。
空間が軋むような重圧を、神秘の存在達がぶつけ合う。
そんな極限状態を動かしたのは女性だった。
優しく握っていた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。

「ふふ、悪いけど、貴方たちには戦闘シーンすらないわ」

女性がゆっくりと歩く。
その真紅の瞳を爛々と輝かせながら。

「ここから始まるのは、一方的な殲滅だから」

ゆっくりと歩き、その歩みは踏みしめた大地を歪ませる。
歪みは徐々に広がり、空間を侵食する。

「だって、そもそも貴方達は余分なのよ」

水が流れていた聖杯の御前が歪む。
そして至天の座は――草原へと変わる。

「後からでてきてラスボス気取ろうなんて、虫が良すぎでしょう?」

吹き抜ける風が草を揺らす。
電子の空は夜天へ移ろう。
偽りの月は、真紅の月へ塗りつぶされる。

「少年だったら、ふざけんなこのやろーぐらい言うわよ、きっと。ふふっ」

女性が敵を間合いに捉え、歩みを止める。
手で顔を覆い、その表情を隠す。

「だから――消えなさい、妄念と覚者」

指と指の隙間から覗く真紅の瞳はいつしか――黄金の輝きを放つ。

そして――






「星の意思が人に関わるのか」

「知ったことじゃないわ。『あたし』の意思よ」

無限を謳う白亜の城が具現する――!



















夢を見ていた。
人智を超えた存在がぶつかる、世界の終わりを。
たった二人の闘争。
だがそれは、世界の終焉といっても過言ではない。

人の見ていいものではない。
人が及ぶものではない。

それでも、その闘争を俺は眺めていた。
そして、闘争の片割れを見ていた。
夜を駆ける、神秘の女性を。

黄金の髪。
真紅の瞳。

その全てに見惚れてしまう。
ただ、その美しさに圧倒される。

どんな存在だろうと、彼女の隣には並び立てないだろうと。
そんなことを感じさせる女性だった。

だが、あろうことか、夢の中で俺はその女性と共に在る。
隣には立てていない。
その後ろで前を見据えているだけだ。
だが、確かに傍にいた。

たとえ力が無かろうと。
たとえ強さが無かろうと。

俺は確かにその女性の傍にいて――共に戦っている。

あぁ――なんて、だいそれた夢。

だが、俺は確かに、傍に立っている。


そんな、夢を見た。






「お~い。起きろ~」

俺を呼ぶ声。

「起きないと危ないわよ~?」

それはあまりに場違い。
明るさと可憐さで構成された女性の声。
死に瀕した極限状況で与えられた言葉は、とても場違いだった。
あぁ、だけど、安心する。
こちらを呼ぶ声はいつも傍にいたアイツの声とそっくりで――

「……えいっ」

――ぐはっ!?

「あ、起きた」

鳩尾にエルボーとはやってくれるじゃないかバカネコ――!

「にゃっ!?だ、だってそのまま寝たら死にそうだったから……」

さっきのがトドメになるだろうが――!
…………
………………
……………………ところで、ネコ、だよな。

「うん。そだよー」

……いつ進化した。

「さっき」

……いつ進化条件を満たした。

「さっき」

――誰だお前。

「ひどっ!さっきからネコって呼んでるじゃないマスター」

落ち着け。
バケネコが進化したら超美人のお姉さんだと?
まさかそんなうまい話があるわけがない。
そうだ、これは罠だ。
これが有名なハニートラップというやつか――!

「誰が美人局よー!……うん、やっぱりこのノリだわ」

俺からするとお前は変わりすぎだけどな。
それにしても――最初からその姿で来ていれば告白の一つや二つはしてたかもしれない。

「あら?あたしには欲情しないんじゃなかったの?」

いいんだよ、今日こそが黙示録(アポカリプス・ナウ)だからな。

「あはは、確かに」

それで、その姿は?

「うーん。元に戻った、かな」

それが、ネコの本当の姿、ということか。
まさか本当に進化するとは。
いつかの言葉が冗談じゃなかったとか想像すらしてないぞ、マジで。

「うん。これがあたし――私の真実」

そうか――何故あんなUMAの姿で来たんだ。

「別にこの姿で来ても良かったんだけどね。その場合……魔力不足で貴方の臓物は弾けてたわよ?」

俺の相棒はUMAしかいないですよね。

「ふふ、感謝しなさい。私がアノ姿だからこそ貴方は生きてたのよ――!」

むしろお前じゃなくて別のサーヴァントのほうが臓物の心配をしなくて良かったわけで。

「――それにしても随分と酷くやられたわね」

露骨に話変えやがったな元バケネコ。

……終わったのか。

「ええ。亡霊も覚者も、もういないわ。にゃっふっふ。どんな戦いだったか気になる?気になる?」

――いや。

俺の声に応えてお前がここに居る。
なら勝利以外のなにものでもないさ。

「………………ぷっ、あっははははは!ほ、本当、少年は時々、思いもしないこと言うから面白いわ。うん、初めて会ったころに比べてすごく格好よくなった」

成長期だからな。
お前のバケネコから超美人へのワープ進化には敵わないが。

「惚れた?ねぇ惚れた?」

ないな。

「即効で振られた――!?」

俺とお前は悪友と書いて親友と読むぐらいがちょうどいい。

「~~~~っ!そ、そうね。私達は親友だもんね!」

なにその反応。
もしかしてぼっち?ぼっちなの?

「だ、誰がぼっちよー!恋人いるもん!」

友達の名前言ってみろよ。

「い、いいわよ。志貴……は恋人だから友達の上だし……レン……はペット?だし……妹……は志貴の妹だし……メイド……は志貴のメイドだし……シエル……はなんだろ?ライバル?――あれ?もしかして、友達いない?」

俺が悪かったごめんなさい。

「真摯な謝罪!?いっそ笑ってよ!」

もういい。もう、いいんだ。

「むしろ慈愛に満ちた眼差し!?逆にきつい!」

俺がお前の友達1号ってことだろ。
俺にとってもお前が友達1号だ。

「――――――そう、ね。うん。少年が私の友達1号で、あたしが少年の友達1号。……ふふ、うん。うん」

それにしてもお互いが友達1号とか、なんて寂しい主従なんだ。

「二人はボッチーズね!」

なんで嬉しそうなの。
ここは笑うところ?泣くところ?

「あ、でも私、恋人いるから寂しくない」

ここにきて裏切りとはやってくれるなボッチゴールド。

「ボッチゴールド!?なにそれゴージャス。言ってくれるわねボッチボーイ」

おい、ボッチボーイはやめろ。リアルすぎる。
せっかく戦隊物にあやかって色をつけたんだから俺にも色をつけてくれよ。レッドとか。

「レッドいるじゃない。ツインテが」

――あぁ。遠坂がいたな。

じゃあラニは?

「んー……ブラウンじゃ、それっぽくないし、ブラックで。じゃあ保健室の主は?」

ピンクだろ。桜、だし。
…………揃って、しまったな、5人。

「ええ。まさか土壇場で揃うなんて思わなかったわ。レッド、ブラック、ピンク、ゴールド。そして……ボーイ」

おい、俺だけ浮いてる。果てしなく浮いてる。
いじめか、ボッチ戦隊の中でさらにぼっちかコノヤロウ。

「あははははは!」

指差して笑うな。

――まったく、美人になろうがお前はバカネコだ。俺の大事な、相棒だ。

「うん。私はあたし。あたしは私。だから少年がマスターで、大切な相棒、だね!」

さて、主従の絆を確かめ合ったところで、そろそろ行こうか。
そう思い、起きようとするが、体に力が入らない。

「無理しないほうがいいわよ。今の少年、ボロボロ通り越してボッロボロだから」

それどこが違うんだ。
何一つ変わってないぞ。

仕方ない、肩貸してくれ。

「しょうがないなー。よいしょっと」

ネコの肩を借りて立ち上がる。
かつては俺の腰にすら届かなかったチンチクリンが、今や俺より少し低い程度の長身になっている。

「誰がチンチクリンよ」

お前だよ元寸胴ボディ。
ネコ科(笑)の時の写真見せてやろうか。

「うっ、事実だけに言い返せない。いや、確かにアレも私だけどね、思考というか性格というか、とにかく意思は別物なのよ。同一人物だけどその辺考慮してくれると嬉しいなー」

あ、あんなところにプレミアムネコ缶が。

「それはあたしのにゃ!――はっ!?」

意思は別物、ね。

「……足が滑ったにゃ」

脇腹に肘撃ち!?

……重傷に何をしやがるバカネコ。

「ふふん。チンチクリンボディだったころの癖が抜けなくて、でっかい体動かすの久しぶりだから、許して?」

チクショウ、綺麗な顔で微笑みやがって。
お前の髪いい匂いがするなコノヤロウ。

「むふー、どうしたのかな~、少年」

だが、まったくそそらない。

「えー!そこまで言っておいてその反応!?」

所詮はネコ科(笑)。
俺の少年ハートは揺れ動かん。

さて、馬鹿話もここまでだ。
行こうか、俺達の、結末に。

「……うん」

ゆっくりと、歩き出す。

月の至宝、ムーンセル・オートマトンへ続く光の階段を。
一歩を踏み出す、その行為がひどく辛い。
ただ階段を上るだけなのに、今この瞬間にも倒れそうだ。
だけど、大丈夫。
だって、隣には支えてくれる奴がいるから。

「……聞かないの?」

その言葉は少し震えていた。
どこか俺の答えを恐怖するような。
自分の正体を、自分の真実を問わないのかという言葉は、すこしばかりの恐れを含んでいた。

なるほど、今までの姿が偽りだというのなら、こいつは騙していた罪悪感でも抱いているのだろうか。
なら俺が言うべきことは一つ。

――必要ない。

「――え?」

姿は変わった、口調も変わった。
だけど支えてくれるその姿は変わらない。
俺という存在が始まったあの日からずっと支えてくれた相棒は、今も俺の隣にいる。
その事実だけで十分だ。
言葉は必要ない。
お前がどんな存在なのか。
お前は何を想ったのか。
そんな質問は無粋に過ぎる。
ただこうして肩を貸してくれている。

――あぁ、それだけで十分だ。

「――本当、少年は少年だね」

あぁ、俺は俺だ。
そして、お前はお前だ。
それだけで十分だ。

「うん、そだね。うん、ふふっ」

二人ですこしだけ笑う。
なんとなく嬉しくて。
言葉はなかったけれど、触れあう肌の温かさは心も温めてくれるようでうれしかった。

そして――辿り着く。

月の至宝、聖杯の前。
あらゆる情報の坩堝、可能性の杯、奇跡の演算装置――俺の、生まれた場所。

「…………」

二人して無言でそれを見上げた。
遠目でも凄まじい存在感だったが、近くにくるとまたすごい。
その神秘の濃さに、触れることを躊躇してしまう。
だが、いつまでも立ちすくんでいても意味がない。
ここまできたその意味を無くすわけにはいかない。

全ての始まりへ還る、その最後の一歩を踏み出そうとして……体が、止まった。
感じた抵抗に振り向けば、ネコが俺の腕の袖を掴んでいた。

「……だめ……いっちゃ、だめ……いっちゃだめよ!」

泣きそうな顔で、俯きながら訴えられた。
その言葉の重みは、俺を行かせまいとする本気を感じさせる。

「だって、消えるのよ!?なにもかも消えて、少年が消えちゃう……!初めての友達なのに……いっちゃ、やだ……」

今にも涙が落ちそうなほどに瞳を濡らし、見据えてくる。
あぁ、こいつは、本当に俺のことを想ってくれているのだろう。
思えば、最後の決闘が始まってからどうもこいつはおかしかった。
いつものような元気な笑みはなく、ずっと何かを思案するような難しい顔だった。
なるほど、ネコはずっと俺の終わりを考えていたのか。その結末を想っていたのか。
ならば、その想いには応えなければならない。

だから、ネコへと振り返り、真っ直ぐに向かい合う。
そして、握られた袖を優しく解き、ゆっくりと手をネコの頭へと近づけ――



――思いっきりデコピンをぶちかます。

「~~~いっったーーーい!?」



あまりに予想外な出来ごとに、ネコは両手をデコピンされた額へ当てさきほどよりも涙目になった。

「なにすんのよー!」

涙目ながらも恨みがましい眼差し。
うん、さっきまでの泣きそうな顔よりは数段いい。

お前は一つ勘違いをしているな、ネコ。

俺は消える。確かに消去される。
だがな、この終わりは決して悲しいとか辛いとか、そんなものじゃない。

俺はな、ネコ。
俺には何もなかったんだ。
それは失ったんじゃない。
本当になにもかもが零だったんだよ。
NPCとして生まれたこの身は、全てが作られた偽りに過ぎなかったんだ。

だけど、だけどな。

俺には思い出があるんだ。

ここに至るまでに、お前と語り合った思い出が。

お前と駆け抜けた、俺の人生の全てが。

楽しいことも、嬉しいことも。
苦しいことも、辛かったことも。

お前がいて、遠坂がいて、ラニがいて、桜がいて。
戦った人たちがいて、語り合った人たちがいて。

語りつくすには、あまりにも大きくて、眩しい思い出が、俺にはあるんだ。
偽りのこの身が刻んだ思い出は、何よりも価値のある本物なのさ。

この思いを出を胸に、俺は逝ける。

こんなにも、嬉しいことはない。

だから、胸を張って見送ってくれ、ネコ。
俺たちの歩んだ道を誇るように。
俺たちが刻んだ日々を忘れないように。

笑顔で、見送ってくれ。

「……………………」

返事はない。
俯いた顔からは表情は伺えない。
少し肩が震えているようだが、それを止めてあげるだけの時間はもうない。
NPCとして体を構成する情報そのものが傷つきすぎた。
時間をかけすぎると、それだけで存在が消えてしまいそうだ。

だから、もう行かなければならない。
ネコへ背を向け、聖杯へと向き直る。

そして足を踏み出そうとして……自身の膝が震えていることに気付いた。

……情けない。

散々格好つけておきながら、この様だ。
どんなに言葉を並べても、やはり消えるという恐怖は払拭できていない。

――うん、すまない。さっき言ったことを一部訂正。

やっぱり消えるのは怖い。
死ぬのはすごく怖い。
さっきの言葉は嘘じゃないけれど、全部じゃなかった。
今、俺はとても恐怖している。泣き出したいぐらいだ。
できればこのまま回れ右して保健室へ帰りたい。

だけど、だけれども――俺は、行くよ。

ここまできた俺たちの歩みを無駄にしないために。
戦った意味を失わないために。
あぁ、そうだ。どんなに綺麗な言葉を並べても、この理由に勝るものはない。


――俺は、俺達の、俺とお前の歩んだ道を、積み重ねた昨日を、紡いだ物語を否定したくないんだ。


だから、行くよ
全てを終わらせるために。俺たちが辿り着いた、その先へ。

一歩、踏み出す。
聖杯、四角い硬質的なキューブに見えるそれに触れると、まるで液体のように波紋が広がり腕が沈んだ。
ゆっくりと、沈んでゆく。

体の全てが聖杯へと沈むその前に――









「それじゃ、さよならだ。お前との旅路は色々あったけど、そうだな、楽しかった。この言葉がしっくりくる。すごく、すごく楽しかった」

「――――――私も、楽しかった。すごく、すっごく楽しかった!絶対忘れないから!私たちの、あたしと貴方の物語を!だから――!」

聞こえた声に振り向けば、そこには太陽のように輝く笑顔が――――――――――――



「「ありがとう、相棒」」


――重なった言葉は、互いに笑顔で――
























雲ひとつ無い青空。
燦々と輝く太陽が家々を照らしている。

そこは、都会というには小さく、田舎というには発展した、どこにでもある街。
家が所狭しと並ぶ住宅地。
日本によくある光景で、珍しいものではない。
しかしあえて探すと、その街には一つ珍しいものがあった。

小高い丘の上に聳え立つ洋館。
あきらかに日本では浮いた存在である豪華かつ巨大な建造物。
敷地を含めれば、東京ドーム何個分などと、あいまいな単位で数えることが相応しいほどに広大である。

そんな珍しい建物を抱えてはいるが、この街は平々凡々という言葉が良く似合っていた。

だが、その普通の街並みにあきらかにおかしい存在がいた。
雲ひとつない晴天の下、家々の屋根から屋根へ飛び移る影。
一度の跳躍で恐ろしいほどの距離を稼ぐ『何か』。

誰かがそれをみていたら、きっと新聞の一面に『空飛ぶ影』というタイトルが踊ったであろう。
幸いなことに、屋根を飛び回る影に気付いた人間はいなかったが。

その影は、凄まじい速度と飛距離を保ちながら、ある場所へと向っている。
目指す先は、丘の上の洋館。
屋根を飛び、木から木へ移り、そして最後の跳躍で、洋館の2階の開いている窓目掛けて――



「やっほ~!」

「おわっ!?……あのなぁ、窓から入ってくるなって、いつも言ってるだろ?」

「えー。だって正面玄関から行くと妹とメイドが邪魔するんだもん」

「窓から入られると俺が怒られるの」

「むー。久しぶりなのに冷たいわね」

「窓から入る人には冷たくしようって言うのが持論だからな。……そういえば、どこに行ってたんだ?」

「月」

「そっか……どこに行ってたんだ?」

「信じてないな~」

「はは……いや、さすがに月はなぁ」

「本当なんだから!ついさっきまで月で大冒険を――!」

「はいはい。それにしても、嬉しそうだな。何か良いことでもあったのか?」

「え、あ、えっと。う、嬉しそうに見える?」

「あぁ、とっても」

「そ、そっか。えへへ……」

「……」

「あ、今ちょっと嫉妬した?嫉妬した?」

「……した。お前を笑顔にするのは俺の役目だからな」

「~~~!もう、大丈夫よ!私が愛してるのは貴方だけだから!」

「……はいはい」

「照れてる照れてる!」

「あぁ、もうそれでいいよ。……それでなにがあったんだ?」

「うん!実はね、相棒ができたの」

「相棒?」

「そう。ソイツね、すっごくバカで――」


――お前にだけは言われたくないぞ、バカネコ――


「――!」

「どうした?」

「……ね、貴方に聞いて欲しいの、私の……『あたし』と『少年』の物語を」

「あぁ、聞かせてくれ。アルクェイド」

「うん!聞いて、志貴!」










聖杯戦争は終わった。
奇跡に辿り着いた勝者は奇跡を望むことなく消え去った。
もう二度と聖杯戦争が行われないよう、勝者により月への道は閉ざされた。
天上の血塗れた戦いは歴史の影から消え去る。
幾百、幾千の魔術師の血を啜った戦争が終わり、月は静かに佇むだけになった。

そして世界は――変わらない。

多くの犠牲は大きな変革を生み出さなかった。
今も世界はハーウェイの管理下にあり、それを不満に思うものは戦い続けている。
唯一変わったことといえば、突発的な争いが減ったということだろうか。

かつて、トワイス・H・ピースマンと呼ばれた亡者が天上から操作していた偽りの闘争。
聖杯からの影響力により、理由無き争いが起きていたかつての日常はなくなった。

それは、無から生まれた少年が戦い続けた結果。
戦争の勝利者が願ったことは、ただ一つ。


あるがままに生き、あるがままに死ね。


誰かによって強制されるのではない。
誰かによって誘導されるのではない。

戦うならば、己で戦え。
生きるのならば、その責任を果たせ。

あるがままに、ただ、あるべきものはあるべきままに。

少年が願ったことはただそれだけ。
悠久の平和を願うわけでも、無窮の闘争を願うわけでもない。

過程も結果も、全ては自分自身の意思で行い受け入れろ。
誰かが、何かが干渉することはもうさせない。

それが少年の願いだった。
その結果、例え世界が滅びようとも、平和を手にしようとも、少年には関係が無い。
少年は正義の味方でも悪の権化でもなかった。

ただ生きるためにもがく人間だったのだ。

彼が許せなかったのは、誰かの願いのせいで世界が歪んでいた――その事実だけだった。
だからこそ、何者かの歪んだ願いを駆逐した少年はそれ以上を望まなかったのだ。

世界は営みを続けるのだろう。
その果てに在るのは繁栄か滅亡か、それを知るモノはいない。
天上に輝く月の声を聴く者は、もはやいない。

だが、きっと大丈夫だろう。
世界がこのまま悪くなることはきっとない。

だって、この世界には――




「にゃっふっふ!タイヤキ咥えたあちしを裸足で追いかけてくるがいいにゃ少年ーー!」

「それは俺の昼飯だ!待て、バカネコーー!」

――こんなにも笑い声で満ち溢れているのだから――




【 聖杯戦争 終幕 】





















































遥か輝く電子の海。
果てのない無限の情報の中を漂う。
全てを記録し観察する月の至宝は、ただ漂っているだけで凄まじい量の情報を俺に与えてきた。

わかる。
全てがわかってしまう。

あぁ、なんて、簡単なことだったんだ。

星とは宇宙とは世界とは真理とは――

と、全知全能ごっこをしている場合じゃないな。
時間は無い、やりたいことを早いところ終えないと分解が始まってしまう。

まずやるべきことは、聖杯戦争の廃止だ。
そう思ってムーンセル・オートマトンに魂の接続を行う。

すると、聖杯は現在進行形である命令を実行していることに気付いた。

――無為の闘争の誘発。

それは些細な命令だ。
ただ、争いを誘発する。
戦争を起こすわけでも、天変地異を起こすわけでもない。
ただ、人の争いを起きやすくするだけ。
ちょっとした諍いを導くだけという簡単な命令。

だがそれは――なんて、醜悪でおぞましいものか。

始まりは小さな喧嘩程度だろう。
しかし、その小ささは次の争いを誘い、またその争いはさらなる争いを誘発する。
最初の争いの原因など、もはや関係なくなっても尚、争いを導くという悪辣さ。
理由なき闘争を世界に少しずつ広げる呪い。

何故こんな命令が――?

そんな疑問が浮かんだその瞬間、答えは聖杯自身がもたらしてくれた。
目の前に半透明のスクリーンが発生し、情報が表示される。
それによると、この命令はこの聖杯の御前にいた白衣の青年によって成されたものらしい。
闘争による人類の成長と変革を狙った、そう聖杯は答えをだした。
あの白衣の青年が、なぜそんなことを想ったのか、なぜそう願ったのか。
それはわからないし――興味もない。

ただ俺が思う確かなことは、余計なお世話だということだ。
聖杯なんて大げさなものを使って世界に争いを満たそうなど片腹痛い。
人類の成長も変革も、はたまた維持も保守も、人類が勝手に行うだろう。
聖杯なんてわけのわからないものが、干渉なんてするんじゃない。

――人類の歴史は人類が紡ぐ。

その果てが破滅だろうと繁栄だろうと停滞だろうと革新だろうと、結果など顧みらずに人類は突き進むだろうさ。

だから、余計なことなどせずに、月はただ見ていればいい。
過程も終わりも静かに眺めていればいい。

――命令を破棄する。月はただ月へ。観察と記録だけを粛々と行えばいい。

余計なものは取り除いた。
この聖杯へと繋がる道を完全に閉ざし、聖杯戦争は二度と起こらない。

さてこうなると次にすべきは――遠坂とラニの帰還だ。
彼女らの現状はどうなっている?

その答えも聖杯が即座にくれた。
彼女らは既に地上への帰還、その半ばまで到達している。
個人の能力で崩壊する世界を真っ直ぐに進み、それが正解なのだからすごい。
まさに超一流の成せる技だ。

このままでも彼女たちは無事に帰れるだろう。
だが、もとより彼女らの帰還こそが俺の願いなのだ。
多少の追い風程度にしかならないが、彼女たちの帰還をより安全に、より迅速になるように道を作る。
あとは僅かな時間で帰り着くだろう。

――さて、やるべきことは全てやった。

そうだな、後は……メッセージ、でも送ろうか。
あんなに応援してくれて、あんなに助けてもらったんだ。
結果と感謝ぐらいは送らないと。

聖杯の情報演算能力を最大限に活かし、地上にいる少女達へとメッセージを送る。
レオに勝利し聖杯へとたどり着いたこと……白衣の青年のことはこの際書かずともいいだろう。
彼女たちのおかげで勝利を掴めたこと、聖杯戦争は二度と起こらないこと。
そして――

『ありがとう――楽しかった』……と。

これでいい。
やるべきことはすべてやった。

訪れる終焉に身を任せる。
心に揺らぎは無い。
ああ、俺は――満足しているのだ。
ここまできた道程は、誇れるものだと、胸を張って言えるから。


だから、俺は――




――と、悟りを開くポーズもいい加減飽きてきた。

……いくらなんでも消えるのが遅くないか。
情報の坩堝たる聖杯の中、刹那が無限に引き伸ばされる空間だとしてもいくらなんでも遅すぎる。
聖杯に作り出されたNPCたるこの身が消えるには、一瞬すらも必要ないというのに、未だに意識を保てている。

何故、そう思った瞬間に答えがムーンセルから渡された。
虚空に浮かぶ情報を眺める。
俺が中々に消えないその理由。
それを知った瞬間――

――ぶっ!

思いっきり噴出してしまった。
自身が消えない理由。
それは――地上に眠る自分という存在のおかげだった。

聖杯が出した答えを読み解けば、単純な話だった。
俺という存在を生み出すために参考にした大元が生きていたのだ。
地上のとある建物、その地下。
中の人物を守るために堅牢に作られたそこに、冷凍睡眠状態で眠る俺――のオリジナル。
ある難病により記憶を失っていく少年。
治療のために冷凍睡眠状態にされ……忘れられている。
彼が眠りについておよそ数十年もの時が過ぎている。

聖杯は、その眠り続ける少年と今聖杯の中にいる俺の違いを迷っているようだ。
聖杯自身が複製したくせに、贋物を本物と間違えそうとか大丈夫か奇跡の具現。

あぁ、それにしても、爆笑した。
地上で眠る少年の名が、俺の笑いを引き出した。

少年の名は――


『ナカオ』では、なかった。


まったく別の名前。
俺は地上で眠る少年の複製であるが――俺は少年と違う名を持っている。

それはつまり、ここまで来た俺は、ナカオという存在は――唯一無二の存在であるという証明。

それが、たまらなく嬉しくて、誇らしい。
俺は、俺自身の足でここまで来て、俺自身の意思で辿り着き、そしてその存在は、ここにしかいないのだ。

自身の証明を終焉の間近で手に入れた。
その事実が嬉しくて……新たな欲が生まれる。
聖杯の演算能力を使い、メッセージを作成。
先ほど送ったメッセージに追加するように再送信。
送った内容は……地上で眠る少年の居場所と、彼の説明。
これできっと、彼女たちは地上で眠る少年の下へ行ってくれる。
あの優しい少女たちならきっと彼を助けてくれる。

地上で眠る俺が目覚めたとき、記憶を失い、時代に取り残されて困惑するだろうか。
……するだろうな。
記憶も無い状態でタイムスリップしたようなものだ。
人生ハードモードどころの話ではないだろう。

あぁ、だけど、きっと――大丈夫。

だって彼は、俺なのだから。
名前が違おうとも根本は同じ。
だからこそ確信があった。
地上で眠る俺は大丈夫だと。

だって、彼は俺と同じように――独りじゃないから。

目が覚めたとき、きっと目の前には彼女たちがいるから。

地上で眠る俺はどのように目覚めるのだろうか。
凛によってたたき起こされるのであろうか。
ラニによって優しく揺すり起こされるのであろうか。

どちらにしろ、目覚めた先には美少女がいる――俺モゲロ。


聖杯よ――!

あらゆる可能性を紡ぐ月の至宝、その権能を最大限に引き出す――!

情報を演算し、可能性を紡ぎだし、未来を選定する――!

不確定な未来を確定するその力、魔術師達が追い求めた奇跡を呼び起こし――!


――俺が立ち上がったときに滑って転ぶ未来を確定させる!


俺、ざまぁ。


満足した。
もうやるべきことはない。
聖杯もようやくここにいる俺が贋物だと気づいたようだ。
散々残念なことに利用されてようやく気づくとか、大丈夫か月の至宝。

まぁ、これで、終わりか。
身を包むのは充足感のみ。
もはや、消えることへの後悔も、恐怖もない。
ただ、静かに終わりを迎える。

あぁ、一つだけ、心残りがあるとするならば。

ナカオ、そう呼ばれることはもうないということが、少し寂しい。

地上で生きる少女達はきっと俺のことを憶えていてくれるだろう。
だからこそ彼女たちがナカオという名を呼ぶことはもうない。
地上にいる俺はナカオではないから。

だから、ナカオと呼ばれることはもうない。






それが少し、少しだけ、寂しい――――――――
















「ナカオさん」





……驚いた。

こんなところに来るなんて思わなかったよ――桜。

「私は聖杯によって生み出されたNPC。役目が終われば聖杯に還るのは道理です。そして、貴方もまた聖杯によって生まれた存在。きっと、ここへ還ってきてくれると思っていました」

……そうか。

少し、待たせてしまったかな。

「えぇ、少しばかり、待ちました。もう、ダメですよ?女の子を待たせるのはダメな男の証明です」

はっはっは。
それはすまなかった。
なんせ、彼女なんかいなかったからな。
女心が理解できないダメンズと呼んでくれ。

「そうですね。ダメダメですね」

はっはっは。
やっぱり硝子のハートが砕け散りそうなので勘弁してください。

「ふふ――ダメダメな貴方には、私がしっかりお勉強させてあげます」

やだ、桜さん男前すぎる。
惚れてもいいですか?

「ロマンチックかつユーモアかつセンセーショナルに告白してくれるならいいですよ」

やだ、ハードル高すぎて飛び越えるどころか潜れそう。

「うふふ――あっ、そうだ。まずは、貴方に伝えることがあります」

あぁ、そうだ。
俺も桜に言うべきことがあった。

「それじゃあ、一緒に言ってみます?」

そうか――そうだな。
一緒に言おう。















「おかえりなさい、ナカオさん」

「ただいま、桜」



[33028] これじゃない、聖杯戦争
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/08/07 19:26


私は、ここにいる。

かつてあった昨日にいる。

今ここにある今日にいる。

遥か遠き明日にいる。

英霊たる私の魂は、過去に現在に未来に存在する。

だからこそ、求めた。

あの日駆け抜けた戦場を。

あの日笑い合った日常を。

あの日――守れなかった、あの日を――

あらゆる今に、全ての過去に、移ろう未来に、可能性を求めた。

それが那由他の彼方にあるとしても。

あらゆる時で貴方を求める。

願わくば、もう一度。

あの日、守れなかった貴方を、今度こそ。

今度こそ、お守りしたい。

幾万、幾億、遥か彼方で。

貴方を求め、探し続ける。

そして――見つけた。

可能性の向こう側。

探し、求め続けた貴方の存在を、貴方の魂を。

傍へ、貴方のお傍へ参ります。

ただ、貴方の笑顔をもう一度見たいから――

あぁ、だけど、私にその資格は無い。

狂おしいほどに欲した貴方の傍は、薄汚い化け猫に奪われてしまった。

口惜しや、口惜しや。

貴方の傍は、私のモノなのに。

口惜しや、口惜しや。

貴方の傍に私でないモノがいる事実が許せない。

私の求めたモノではない。

これじゃない。

私の求めた聖杯戦争は――これじゃない。

けれど、だけれども――

諦めることなどできない。

できるはずがない。

用意された座が無いのならば、自らを持って座を為す。

例え己を捧げることになろうとも。

例えこの身を削ろうとも。


――貴方の傍へ。


故に――存在を喰らう。

世界に察知されぬほどの小さな存在を。

成り代わる。

私が貴方の傍にいるために。

聖杯戦争のために用意された小さな器の中身を喰らい、その中へと入り込む。

削れて逝く。

私という存在が。

消えて逝く。

私を構成する情報が。

器に入り、私という存在が書き換わる。

そうすることで、聖杯を騙し、世界を騙す。

そうすることで、貴方の元へ、辿り着く。

私が私でなくなってゆく。

一片の欠片も残さず消えて逝く。

私が消えて、器が残る。

もはや私は、私ではない。

聖杯の用意した、器そのものに成り果てる。

けれど、あぁ、だけれども。

この思いは消させない。

神であろうと、世界であろうと。

我が思いに触れることすらさせぬ。

私がなくなろうとも。

我が心は貴方の元へ。

すぐに――すぐに参ります。

そして、貴方へ、かつて渡せなかった私の想いを――






















































おかえりなさい(愛しています)ナカオさん(ご主人様)




[33028] かつてあった未来:狐は月で夢を見る
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2014/08/07 19:25


穏やかな日差しが降り注ぐ朝。
春の陽気にはしゃぐ小鳥の囀りは風に乗って響く。

「ふんふ~ん♪」

そんな春麗らかな早朝に、彼女はご機嫌で調理場にたっていた。

「お味噌汁良し、お魚もいい焼け具合、ご飯は――あと5分といったところですね♪」

上機嫌に右へ左へ調理場を行き来するたびに、その『耳』は上下し『尾』がふりふりと泳ぐ。

「さぁ今日も愛の篭った良妻狐印の朝ごはん完成ですっ!しからば――ご主人様を起こさねば!」

朝餉の準備を終えた獣の耳と尾を持つ女性は、スキップをするような軽い足取りで調理場を出た。
向かう先は主の部屋。
妙に達筆な文字で『ご主人様との愛の巣 ♥』と書かれた札をつけた扉の前で、女性は立ち止まった。

「すーはー……すーはー……」

幾度かの深呼吸で呼吸を整えて、女性は音を立てないようにドアノブを捻り扉を開く。

「……ご主人様~……朝ですよ~……」

起こしに来たはずなのに、女性の声は目覚めを阻害しないよう小さなものであった。

「うふふ~お寝坊さんはだめですよ~」

足音を出さないよう静かに歩く女性は、部屋の奥、窓の傍のベッドで眠る誰かに近づく。
「……起きてください……起きないとチョメチョメしちゃいますよ~……」

ベッドの傍へと辿り着いた女性は、眠る誰かに向かって声を掛けるが、それは目覚めを促すような物ではなかった。

「……いいんですか~……私はちゃんと言いましたから~……」

ベッドの中で眠り続けるその存在。
その誰かに向ける女性の眼差しは――飢えた獣の如く鋭い。

「一番タマモ……突貫しますっ!」

叫びと共に――

「――おはようございます、ご主人様!」

――布団の中へと潜り込む。

『――!?』

布団の主は、突然の呼び声と暖かい何かに驚き目を見開いた。

「おはようございます、ご主人様♪」

『……』

ため息と共に無言の抗議。
いきなり布団へと入ってきた存在に対し、少年はジト目で訴えた。

「いやん、そんなに情熱的に見つめないでくださいまし♪」

だが、睨まれた女性は少年の視線を勘違いしたのか、布団の中で身悶えた。

「ご主人様、朝ごはんになさいます?それともまずは湯殿で身を清めます?それとも――私とか?きゃっ!言っちゃった!」

やれやれと、呆れる少年。
そんな少年を置き去りに、女性は尾を振り回し、頬を赤く染めて身悶える。

『……』

何も言わず、少年はそっと布団から抜け出そうとして――

「逃がすかー!」

『――!?』

女性に押し倒された。

「奥手なご主人様もズバリタマモの好みなんですが、ここまでされて何もしないのは新婚的にNGです。ご主人様はお若い身、その溢れるリビドーを受け入れるのは妻の役目。つまり――据え膳を食わぬは妻の恥――!」

『――!!』

抗議も抵抗も、無駄に高性能な英霊スペックで押さえつけ女性が少年に襲い掛かる。
だが少年も然る者。
布団を盾に女性からうまく逃げ続ける。

「む~!逃がしませんよ、受け止めてくださいこの想い!」

『――!』

「ご主人様!私は――」

朝から繰り広げられる騒々しいやりとり。
だが、女性は確かに幸せだった。
何気ない日常のやりとりが、女性にとってはなによりの宝物だった。

少年と過す、幸せな日常。




――そんな、夢を、見た。










「――ぅ」

彼女を起こしたのは激痛だった。

「――ぅ、ぅぁ」

全身に走る激痛に、彼女はうめき声を漏らす。

「私は……」

未だ意識がはっきりとしない女性、キャスター。
激痛に顔をしかめ、自身が大地に横たわっていることに気づく。
ゆっくりと手を支えに上半身を起こして、痛みが走る箇所へと視線を寄越す。

「――っ!?」

そして、痛みの原因に悲鳴をあげそうになった。
激痛の走る箇所が、光になって消えている。
彼女を構成する情報が、電子の海へと消えていく。

「あぁ……私、負けたんだ――」

キャスターは一瞬で理解した。
自身の体の現状は、闘争に負けたせいであるということを。

「――ご主人様!?」

キャスターが現状を理解し、次に思い至ったのは彼女の主のことだった。
痛む体を酷使して、周りを見渡す。
彼女がいるその場所は、彼女を倒した敵、セイバーとの闘争によって傷つき崩れ落ちていた。
戦いの傷跡が残る決戦場を必死で見渡し、ついに見つける。

「ご主人様!」

彼女の主が大地に倒れ伏していた。
キャスターは激痛を無視して、這いずりながら主の傍へ行く。

仰向けに倒れ、微動だにしない主。
その主を四つんばいで跨ぎ、正面から見下ろす。

「そんな――!」

主の姿は酷い物であった。
英霊たるサーヴァントに比べ、圧倒的に情報量の少ないマスターは、サーヴァントよりも消える速度が速い。
キャスターは全身が少しずつ欠け、損失していたが、主は既にその6割を欠損していた。
0と1で構成されている主の体が光に消え、下半身と右腕が既に消え去っている。

「ご主人様――!」

キャスターは叫ぶが、主の目は開かない。
顔も既に欠け始めている主は少しも動かない。

「ご主人様、私は――」

動かない主に、キャスターが言葉を掛けようとする。
だが、その続きが出てこない。

「私は、私は――」

段々と消えていく自分と主。
それでも言葉はでない。

負けた時の覚悟はあったはずなのに、最後の言葉は考えていたはずなのに、別れの言葉は用意していたはずなのに――言葉がでない。

「――っ!」

嗚咽が漏れる。
涙が溢れる。

言うべき言葉はあるはずだ。

――勝てなくてごめんなさい。
――守れなくてごめんなさい。
――これで、お別れです。

準備していた敗北の謝罪。
それが出てこない。
ずっとどこかにあった敗北の恐怖。
それが現実となった今、言うべき言葉があるはずなのに出てこない。

「――!」

ただ、声を殺して涙を流す。
消えていく主を前にそれしかできない。

覚悟していた敗北も、予期していた別れも、恐怖していた主の死も、キャスターの中にあった全てが吹き飛ぶ。

目の前にある、主の姿に、彼女の覚悟は全て崩れる。

なぜならば、彼女は彼女自身の心を理解していなかったから。
彼女が思う以上に、彼女の心は主の傍にいたから。

彼女は、キャスターは、玉藻の前は、彼女が思う以上に――


――主を愛していた。


始まりは魂の色に惹かれた。
その純粋な在り様に魅了され、死にたくないともがく姿を憐れんだ。
生きるために殺すという極限状態で、己の全てを忘れても尚、生きるために戦う姿に憧れた。
戦う行為に悩み、戦う相手に悩み、戦った結果に悩む。
そのどこまでも優しく、殺し合いを是とするこの場所で、どこまでも人間のままでいた主。
その姿に、玉藻の前は自分自身が思う以上に主を愛してしまっていたのだ。

別れの覚悟などできるはずがない。
この結果を許容できるはずがない。
主の死を認めることなどできるはずがない――!

玉藻の前の心は千切れんばかりに荒れ狂い、目の前の主の姿に涙を流すことしかできない。

「――っ!」

声を押し殺すことさえも限界を迎える。
感情のままに爆発しそうになる。
泣き叫び主に縋りつきそうになる。

そのときだった。

横たわり、消えていく主が動き――

――玉藻の前の頬に触れる。

「――ご、主人、様?」

消えかけた主の左腕。
その左腕がゆっくりと動き、玉藻の前の頬を撫でる。

言葉はなかった。
既に顔の半分が電子の海に消えてしまった少年に言葉を発することはできない。
ただゆっくりと玉藻の前の頬を撫で、涙を拭う。

「――ご、主人、さま――わ、私は、私――!」

消えていく主に、掛けるべき言葉を未だ出すことのできない玉藻の前。
頬を撫でる暖かな心地に、彼女の心は崩壊しそうなほどに揺れ動いていた。

「私は――!」

主の撫でる手に触れ、玉藻の前が涙する。
暖かく、優しい手が消えていく。
玉藻の前の手の中から、主の手が消えていく。
そして、主の全てが消えて逝き――






『――ありがとう』

「――ぁ」

笑顔で言われた感謝の言葉。

それが、最後。

共に在り続けた最愛の人が――消える。




「――っ」

一瞬の停滞。
光と成り、霞と消えた玉藻の前の主。
そのどこまでも儚い終わりに、玉藻の前の思考は動かない。

少年が消えた。
主が消えた。
大切な存在が消えた。
――愛する人が消えた。

「――っ!」


その事実を肯定することなどできるはずがない――!


「――水天日光天照八野鎮石!」


玉藻の前が身につけている鏡、己が宝具を掲げる。
それは、死者蘇生すらも可能とする天照大神の御神体。
英霊である玉藻の前では、その権能の一部も扱うこともできない奇跡の具現。

「ご主人様――」

だが、英霊玉藻の前は天照大神の一部でもある。

「私は――」

本来は使うこともできない権能であっても。






「――貴方を、愛しています」

彼女自身の魂を捧げることで、その奇跡を呼び起こすことができる――!






「奇跡を為せ!水天日光天照八野鎮石――!」

自身の魂を捧げ、玉藻の前という存在を贄に、自分の主を甦らせる。
全てを失っても、愛する人を甦らせる。
玉藻の前は一心不乱にその想いで魂を削る。

この奇跡の代償に彼女は消え去るだろう。
元々消え逝く身だとしても、魂を捧げるという行為は彼女に多大な苦痛を与えていた。
だが、それでも彼女は止まらない。

――元々自分は刹那の存在であり、消え逝く身――
――ならばせめて、主でけでも生き延びて欲しい――
――最後に、もう一度だけ自分の愛した笑顔を見せて欲しい――
――そして笑顔でお別れを言いたい――
――それだけでいい、それだけでいいから――

溢れる想いが彼女を動かす。
止まることの無い想いの奔流、主に対する愛が玉藻の前を突き動かす。

そして、彼女の宝具は担い手の意図を汲み、奇跡を為そうとして――



――砕け散る。

「――ぇ?」



鏡の割れる、甲高い音。
ぱらぱらと破片が降り注ぐ。
奇跡を為すことも無く、彼女の宝具は砕け散った。

「――な、んで」

玉藻の前の魂を捧げることで一時的に本来の機能を取り戻したはず。
事実、先の一瞬、水天日光天照八野鎮石は確かに神如き力を放っていた。
しかし、いかに神の権能であっても、死んでいない者・・・・・・・を甦らせることなどできない。

彼女の主は死んでいない。
そうこの世界に認識されているのだ。

玉藻の前ことキャスターの主である少年は、地上のある人物をムーンセルが再現した存在である。
そして、その人物は未だ冷凍睡眠状態ではあるが、確かに生きていた。
ムーンセルによって再現された少年は、本来であればセラフのNPC――人ではない者として存在するはずであった。
地上で眠る少年と、月で再現された少年は別物。
それが世界の認識だった。

だが、少年は自我を持ち、人になった。
そう、ムーンセルは自我を持つほどに、少年を完璧に再現しすぎたのだ。

自我を持ち、生きる意志を持ったNPC。
それは確かに人であった。
そして、その人物は聖杯戦争の中で自分は生きていると世界に存在を主張することになる。
結果、地上にいる少年と、月にいる少年という同一の存在が世界に認識されるようになった。
しかし世界は同じ存在を許容できない。
地上と月、始まりは別物であったはずなのに、いつのまにかまったく同じ存在がいる。
その事実を、その矛盾を世界は許容しなかった。
故に、月の少年、キャスターのマスターは、地上で眠る少年であると世界に認識される。世界は、2人いる少年を1人であるとすることで矛盾を消し去ったのだ。

今、聖杯戦争で戦っていた少年は消えたが、地上にいるのならば死んでいない。
それが、彼女の主、キャスターのマスターは……死んでいないという世界の答え。

玉藻の前の『愛する人』は消えたが、世界は『キャスターの主』は地上にいると認識している。
世界が少年は地上で眠り続けて生きていると認識しているが故に、死者蘇生の奇跡は起きない。
死んでいない者を生き返らせるなど、神にだってできない。


「――ぁ」

その答えを、玉藻の前は知らない。

「――ぁ、ぁ」

知らないが故に、砕け散った鏡は、己の失敗であると思う。

「――ぁぁ」

つまり、彼女の主は、彼女自身の失敗により。

「――っ!」

二度とその笑顔を彼女に見せることはないのだと、彼女は答えを出した。





「――あぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!」

月に嘆きが木霊する。
止める事などできるはずが無い嘆きが響く。

消えて逝く体すらもはや彼女の頭には無い。
ただ、悲しみのままに叫ぶ。

「あぁぁぁぁぁアアアァァァァ!!!」

響き渡る魂の慟哭。
荒れ狂う感情が彼女の中に渦巻く。

「アァァァァァァアアアァァア!!!」

声が枯れようと、喉が裂けようと、止まらない。

「アァァァァアアァァァァ!!」

響く渡る慟哭の中――彼女の体の崩壊が止まる。

「アァァァァ――!」

欠けてゆく体の光が収まり――尾が生える。

「アァァァ――!」

欠損が徐々に埋まり――尾が生える。

「アァァ――!」

セラフを構成する情報を喰らい――尾が生える。

「――!」

そしていつしか……






「――オォォォォオオォォォオォォォ!!!」

慟哭は咆哮に変わっていた。




















暗い空間に走る光の道。
空中にぼんやりと浮かぶその道は、一歩でも踏み外せば奈落へ落ちるような感覚を呼び起こす。
だが、その道を歩む2人の人影は、一切の迷いも無く真っ直ぐに光の道を進む。

2人の間に言葉は無い。
ただ、目指す先、光の道の最果てへと歩を進める。

2人の人影――聖杯戦争の勝者であるセイバーとそのマスターは、自身が打ち負かした過去を振り返ることなく、遥か先の奇跡、ムーンセルを目指して歩んでいた。

前を進むマスターである少年と、その従者たる騎士は先だけを見据えていた。

そして、辿り着く。
殺し合いの果て。
戦いの果て。
勝者の頂へと――



「――これが、ムーンセル」

少年は僅かな感嘆を持って聖杯の器を見上げた。
あらゆる情報を内包し、あらゆる可能性を計算し、不確定な未来を操作することさえ可能とする奇跡の杯――ムーンセル。
少年と騎士が歩んだ戦いの結末がそこにはあった。

「――お下がりください」

今まで背後で控えていた騎士が主を守るように前へと躍り出る。
もはや戦いは終わったはずなのに、騎士には一片の油断も無い。
そして、主もまた終わりは来ていないとわかっている。

「それで……貴方は何者ですか?」

少年が、騎士が睨む場所、何も無い空間へと言葉を投げかけた。
そこには何もいなかった――はずだ。

しかし、いつの間にか何も無かった空間に一人の男性がいた。

「……やれやれ、もう少しで望みが叶うと思ったが……此度の聖杯戦争も失敗、か――」

白衣を纏った男性。
まるで亡霊のような存在感の無さ。
だが、空気を圧するような威圧感が男性から感じ取れる。
その男性は落胆と失望を刻んだ表情で、少年と騎士を冷たく眺めていた。

「聖杯を管理するNPC――では、ありませんね」

少年は男性に対し、警戒も油断もしていない。
少年にあるのは、全てを受け入れるという在り方のみ。
自信も覚悟もそこにはない。
ただ少年を構成しているのは、全てを受け入れる――それが当然であり、それをできるのは自分だけであるという完全なる自負。

「レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ、君では世界は変わらない」

白衣の男性が少年、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイを否定する。

「変わる必要などありません。これからも世界の全てはハーウェイが管理します。これまでもそうであったように――世界は変わらず平和と平等で在り続ける」

だが少年は男性の否定に微塵も動揺しない。

「……そう、だから君ではダメなのだよ。だから――終わらせよう、聖杯戦争を。そして――始めよう、次の聖杯戦争を」

白衣の男性が聖杯戦争の終結と開催を宣言したその瞬間――光の柱が天から降る。
空間を突きぬけ、光の柱が少年と男性の間を断つ。

少年はその光の柱を静かに眺め、騎士は主に一片の脅威も近づけさせないと剣を構える。

「幕を引いてくれ、セイヴァー。此度の戦いの幕を」

光の柱が消え去り、現れた人影。
曼荼羅を背に虚空へ浮かぶその姿。
不可侵の神聖さと共にその存在が具現する。

「――それが、人類が悟りを得て真如へ至る道であるならば」

現れた人物がゆっくりと双眸を見開き、少年と騎士を見据える。
圧倒的存在感と神々しさ。
あらゆる存在が、現れたセイヴァーと呼ばれる人物を祝福する。
そんな錯覚すら覚える高嶺の存在。

だが――少年は揺るがない。

「――ガウェイン」

「貴方に、勝利を――!」

神如き存在を前にして、騎士は勝利を誓う。

張り詰める空気。
一触即発の空間。

聖杯を前にした、至高の戦いが始まるその瞬間――世界が悲鳴を上げた。



『――オォォォォオオォォォオォォォ!!!』

狂哮が響き慟哭が広がる。
世界を揺らし、世界に穴を開け、世界を喰らい、現れる。
何も無い虚空にひびが入る。
まるで砕ける寸前のガラスのように、亀裂が空中に走る。

「――っ!?」

「……」

白衣の男性が驚愕の眼差しでひび割れた空を睨み、救世主と呼ばれた存在は無言のままその叫びを憐れむ。

「これは――」

「お下がりください主よ!」

地上の覇者たる少年がその声にわずかに恐怖し、此度の戦争で最強となった騎士が焦りと共に主を守らんと行動する。

聖杯を前に存在する全ての人物が響き渡る声に反応し、ひび割れる世界に威圧される。

ギシギシと、まるで鎖を無理やりに引きちぎろうかという不快な音と共に――世界が砕けた。

世界を破壊し、狂える咆哮と共に現れたそれは――


――九つの尾。
――黄金の巨躯。
――大地を刻む爪。
――空間を喰らう牙。
――憎悪に濡れた真紅の瞳。

全てを憎み、全てを喰らう、最悪の獣。



「――オォォォォオオォォォオォォォ!!!」

――白面金毛九尾の狐――



戦いに敗れ消え逝く定めにあった、玉藻の前の――成れの果て。
主を失った悲しみが、主を奪った者への憎悪が、主を守れなかった己への怒りが彼女を飲み込み、その果てに辿り着いた答え。

聖杯戦争のルールによって消えるはずだった彼女が、悪霊としての権能を取り戻した結果がそこにはあった。

本来ならば、聖杯に再現された玉藻の前は聖杯の管理下にあるはずだ。
しかし、悪霊・白面金毛九尾の狐は確かに聖杯の縛りを破っている。
その存在は聖杯の干渉すら弾くほどの霊格を持っている。

その理由は――聖杯が玉藻の前を完璧に再現しすぎたため。

聖杯によって再現された玉藻の前は、神である天照大神の一部であり、悪霊白面金毛九尾の狐そのものである。
そう世界が認識するほどに本物と寸分違わない存在として聖杯は彼女を再現して……しまった。
聖杯自身を越える上位存在すらも再現してしまったのだ。
その結果生まれた、破壊の権化。



「……イレギュラーに過ぎる――!」

白衣の男性が、忌々しく獣を睨む。

「憎悪に濡れた獣よ――主を求めてさまようか。ならば、主の下へ還すが救いか――」

光を纏う存在が、獣を救わんと対峙する。

「ガウェイン、薙ぎ払いなさい――!

「御意――!」

戦争の勝者達が、決死の覚悟で獣に挑む。


戦いの果て、奇跡を起こす聖杯の御前で、絶対的な暴力と荒れ狂う憎悪が満ちる。

そして――

「グゥゥゥゥゥ……ガアァァァァァアァァ!!」

全てを喰らいつくす憤怒と共に、獣が吼える――!




























穏やかな日差しが降り注ぐ朝。
春の陽気にはしゃぐ小鳥の囀りは風に乗って響く。

「ふんふ~ん♪」

そんな春麗らかな早朝に、彼女はご機嫌で調理場にたっていた。

「お味噌汁良し、お魚もいい焼け具合、ご飯は――あと5分といったところですね♪」

上機嫌に右へ左へ調理場を行き来するたびに、その『耳』は上下し『尾』がふりふりと泳ぐ。

「さぁ今日も愛の篭った良妻狐印の朝ごはん完成ですっ!しからば――ご主人様を起こさねば!」

朝餉の準備を終えた獣の耳と尾を持つ女性は、スキップをするような軽い足取りで調理場を出た。
向かう先は主の部屋。
妙に達筆な文字で『ご主人様との愛の巣 ♥』と書かれた札をつけた扉の前で、女性は立ち止まった。

「すーはー……すーはー……」

幾度かの深呼吸で呼吸を整えて、女性は音を立てないようにドアノブを捻り扉を開く。

「……ご主人様~……朝ですよ~……」

起こしに来たはずなのに、女性の声は目覚めを阻害しないよう小さなものであった。

「うふふ~お寝坊さんはだめですよ~」

足音を出さないよう静かに歩く女性は、部屋の奥、窓の傍のベッドで眠る誰かに近づく。
「……起きてください……起きないとチョメチョメしちゃいますよ~……」

ベッドの傍へと辿り着いた女性は、眠る誰かに向かって声を掛けるが、それは目覚めを促すような物ではなかった。

「……いいんですか~……私はちゃんと言いましたから~……」

ベッドの中で眠り続けるその存在。
その誰かに向ける女性の眼差しは――飢えた獣の如く鋭い。

「一番タマモ……突貫しますっ!」

叫びと共に――

「――おはようございます、ご主人様!」

――布団の中へと潜り込む。

『――!?』

布団の主は、突然の呼び声と暖かい何かに驚き目を見開いた。

「おはようございます、ご主人様♪」

『……』

ため息と共に無言の抗議。
いきなり布団へと入ってきた存在に対し、少年はジト目で訴えた。

「いやん、そんなに情熱的に見つめないでくださいまし♪」

だが、睨まれた女性は少年の視線を勘違いしたのか、布団の中で身悶えた。

「ご主人様、朝ごはんになさいます?それともまずは湯殿で身を清めます?それとも――私とか?きゃっ!言っちゃった!」

やれやれと、呆れる少年。
そんな少年を置き去りに、女性は尾を振り回し、頬を赤く染めて身悶える。

『……』

何も言わず、少年はそっと布団から抜け出そうとして――

「逃がすかー!」

『――!?』

女性に押し倒された。

「奥手なご主人様もズバリタマモの好みなんですが、ここまでされて何もしないのは新婚的にNGです。ご主人様はお若い身、その溢れるリビドーを受け入れるのは妻の役目。つまり――据え膳を食わぬは妻の恥――!」

『――!!』

抗議も抵抗も、無駄に高性能な神霊スペックで押さえつけ女性が少年に襲い掛かる。
だが少年も然る者。
布団を盾に女性からうまく逃げ続ける。

「む~!逃がしませんよ、受け止めてくださいこの想い!」

『――!』

「ご主人様!私は――」

朝から繰り広げられる騒々しいやりとり。
だが、女性は確かに幸せに包まれている。
何気ない日常のやりとりが、女性にとってはなによりの宝物だ。

少年と過す、幸せな日常。
願い、求め、掴んだ今。
何時までも終わることの無い明日。

望む全てがあるこの一瞬に、女性はあの日、主に届かなかった言葉を言う。




「ご主人様、私は貴方を――愛しています」

最高の笑顔で伝えた想い。
幸福と愛で包まれた最高の今。
女性、玉藻の前の理想の世界。






――そんな、夢を、見ている。
















聖杯戦争は終わった。
勝者を出すことも無く、願いを叶えることも無く。
誰一人として、月から帰還することもなく、聖杯を求めた者達の物語は終わる。
それでも世界は――変わらない。
今も世界はハーウェイに管理され、それを不満に思う者達は戦い続ける。

地上は月の戦いに影響されること無くその営みを続ける。
そして天上では血塗れた月が地上を見下ろす。

幾百の魔術師の血を啜った聖杯は、奇跡を起こすことなく今も存在している。
ただ唯一変わったことは、あらゆる可能性を計算していたムーンセルは、今はある事象のみを計算し再現しているということであろうか。

不確定な未来を思うがままに導く演算力を持ってムーンセルが紡いでいるのは――玉藻の前の望む夢。

全てを喰らった獣は、聖杯に主の復活を願った。
しかし奇跡を為す聖杯であっても、確定した過去は覆せなかった。
主の再現を願っても、世界にとっての『キャスターのマスター』が地上で眠る少年である以上、再現されるのは地上の少年であり、玉藻の前の主ではない。
そこで、玉藻の前が願ったのは、ありえたかもしれない可能性を見せること。

今はもう二度と叶うことの無い未来を、ありえたかもしれない日常を計算し、夢を紡ぐ。
閉じた天上でただ一人、紡がれた可能性にまどろむ。

いつか、悠久の果てにその存在が朽ちるまで――




『ご、主人、様……私は……貴方を……愛しています――』

――狐は月で夢を見る――








[33028] サクラ色の想い
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/08/23 09:17
それは、特別なモノじゃなかった。

どこにでもいるような風貌で。

送られた言葉は凡庸で。

なによりも存在が平凡で。

でも、だけど。

「君!」

駆け寄ってくれる存在は貴方だけで。

「どうしたんだ?」

向けられた眼差しは優しくて。

「……辛そうだな、保健室へ行こう」

かけられた声は柔らかくて。

なによりも。



「もう大丈夫だ。さぁ、掴まって」

――差し出された手は、何よりも温かかった。



















氏名、間桐桜。
性別、女。
設定、一年生。
配置、保健室。
管轄、マスターの健康管理。
役割、聖杯戦争の円滑な運行。

所属……ムーンセル・オートマトン。

それが、私の全てだった。
何時かの時代を生きた『桜』という女性のデータを基に聖杯によって生み出された上級AI。
それが、私という存在。

聖杯、月に存在するオーパーツ。
地球を監視し、記録し、保存する霊子の頭脳。
巨大なフォトニック純結晶で構成された擬似量子コンピューター。
その膨大な演算力は世界の法則にすら干渉し、あらゆる願いを叶える七天の聖杯。
その人智の及ばない存在は、多くの魔術師と呼ばれる人種を自らの作り出した電子世界に招いた。
その目的は、人間を観測すること。
聖杯戦争という殺し合いを経て、人という存在を理解しようとしている。

聖杯戦争、128人の選抜された優秀な魔術師による殺し合い。
サーヴァントと呼ばれる過去の英雄の再現を使役させ殺し合わせる凄惨な闘争。

その聖杯戦争を円滑に進行させるために私は生み出された。
時に魔術師を癒し、時に有効な道具を与え、時に彼らを手助けする。
その行為によって彼らの反応を観察し、彼らの行動を観測し、彼らを戦いへと誘う。
それが、私、上級AI『桜』の仕事。

その仕事の一環として、現在は保健室に常駐し学園――聖杯戦争の舞台――の一般生徒の振りをしている。

現在は聖杯戦争、その本戦に参加できる魔術師を選りすぐる為の予選。
この予選では参加者である魔術師一同から記憶と名前を奪い去り、日常を生きさせる。
そして、この偽りの日常の違和感に気付き、脱出することが魔術師に課せられた試験だ。

この試験を超えられなければ本戦には出場できないし、もちろん予選を超えられなければその先にあるのは『死』である。
私は参加した魔術師からランダムにピックアップした苗字『間桐』を名乗り、そのピックアップされた魔術師の妹というポジションを演じている。
そして、日常に寄り添う保健室にいる生徒の演技をし、時々彼ら魔術師の前で少しばかりの違和感を感じさせる。
今はそれが私の仕事。

それが、私の仕事……仕様。
それだけを行う、プログラム。
それだけを考える、AI。
それが、全て。
私の全て。


――だった。




「桜、居るか?」

「先輩!いらっしゃい、お待ちしてましたっ!」

今は、その全てを裏切っている。




私の常駐場所、保健室。
設置された簡素な机に向かい合って座る。

「どうでしょう、先輩。新しい茶葉を試してみたんですけど……」

「あぁ、いい香りだ」

目の前でおいしそうにお茶を堪能している少年――先輩。
聖杯によって作られた私とは違う、生きた人間。
聖杯によって招かれた魔術師の一人。
今は記憶を奪われ、名もわからない。
設定は2年生らしく『先輩』と呼ぶことで彼を他と判別している。
容姿は一言で言うならば……平凡、かな。
初めて見たときはNPCかと思ってしまうほどに彼は平凡だった。

「うん、旨い」

「よかったです!」

温かいお茶を飲んでリラックスしている様を見ても、彼が魔術師だなんて思えない。
どこにでもいるような、普通を体現したような人。
この偽りの学園の背景の一つのような彼。

だけど、彼との出会いはきっと。
私にとって、なによりも特別だった――――――








予選が開始されて数日がたったある日。
私は消滅の危機にあった。
学園の昇降口に倒れ込み、全身を襲う倦怠感に必至に耐える。
全身から力が抜け、立つことさえもできない。
まるで熱に浮かされたように思考は鈍り、視界は歪んで認識も曇る。
周りに助けを求めようとも、傍にいる人々――魔術師やNPC――は誰もが私を素通りする。
まるで世界にたった一人取り残されたような感覚。
いや、世界にとって、無価値だと言い渡されたような絶望と言ったほうが正しいだろう。
誰も彼もが私を路傍の石のように扱う。
そこにあろうとも、意味のない物として認識すらしてくれない。

――誰か!

叫びは意味をなさない。

――誰か!

石の声を聴く者などいない。

――誰か!

きっと私は消滅する。
誰にも見られることもなく。
誰にも送られることもなく。

――誰か……

生まれた意味を全うすることもできず。
この身に刻まれた使命を為すこともなく。

――誰か…………

あぁ、私という存在は。
意味も使命も役割すらも完遂させずに。

――誰か………………

ただの無価値として。
ただの無意味として。

――……………………

ただの、路傍の石として。
この世界から――消滅する。




――――誰か、助けて――――




「大丈夫か!?君!」

「――ぁ」

――そして、貴方が来てくれた。

――誰でもない。

――貴方という存在が、私の手を握ってくれた。









あの日、先輩が私に気付いてくれたあの日から、私の日々が始まった。
保健室を訪れてくれる先輩。
他愛のない話を、語り合う毎日。
喋ることに疲れてお茶を淹れてみたものの、今までのルーチンになかったお茶を淹れるという行為は難しく、初めてのお茶はそれはもう渋かったものだ。
二人して苦い、なんて呟いちゃって。
綺麗にハモッて笑い声をあげた。
それから先輩においしいお茶をご馳走したくて、保健室に一人でいるときは何度も練習を重ねた。

あぁ、今でも思い出せる。
先輩が初めておいしいって言ってくれたあの日。
練習を始めて9日目。
いつものように快晴で、いつものような学園で。
だけどいつもと違う緊張感。
先輩がお茶を口に入れるあの瞬間。
あれはきっと私が生まれてから最大の緊張だったと思う。
ゆっくりと吟味するように味わって、ほっとするような仕草で言われた。

『おいしい。おかわり、貰える?』

その後はよく覚えていない。
色々と話したはずだけど、あまりにも嬉しくて会話が記憶に残っていなかった。
翌日、先輩が訪れる前に自分のログを確認して恥ずかしさのあまり保健室のベッドの上でゴロゴロしたのは先輩には秘密。
だって、あの時の私、嬉しさに舞い上がりすぎちゃって言葉は噛々の上しどろもどろだったから。不覚です。

多くの日々を先輩と過ごした。

「先輩、今日の授業ってどんなことをしたんですか?私、保健室からあまり動けないから気になっちゃって」

生徒としての先輩の一日がどんなものか聞いたり。

「え?お茶請け、ですか?うーん……私の管理権限内に使用可能なデータがあればいいんですけど……あ、ありましたよ先輩!……でも、世界各国ご当地お菓子って、聖杯は何を考えてこんなにお菓子のデータを用意したんでしょう?――って、先輩!ずるいです、私も食べますー!」

聖杯の用意したお菓子に舌鼓をうったり。

「わぁ……中庭にこんなに綺麗な花壇があったんですね。普段保健室から動かないから、こんな素敵な場所があったなんて知りませんでした」

綺麗な花々が咲き誇る中庭のベンチで、二人より添って座ったり。

「まさかキッチンに食材のデータまで用意されてるなんて……よしっ、せっかくですし大いに利用させてもらいましょう!先輩、喜んでくれるかなぁ……」

ご飯を作ってみたり。――初めての料理は焦げ焦げだったけど。

「先輩!今日はなんと、プールの使用許可をとってみました!実は私、結構権限強いんですよ?えっへん――――え?水着?……あ、浅はかでした……そうですよね、水着必要ですよね……任せてください!次回のためにデザインしておきます!」

二人で校内を探検したり。――校内デート、なんて。

そんな日々があった。
ささやかで、平穏な日々が。
楽しくて嬉しくて。
そんな日々が、あったのだ――――――







「桜?」

「え、あっ、はい。ごめんなさい、ちょっとぼうっとしてました」

「そうか」

楽しかった日々に思いを寄せすぎてしまったようだ。
先輩は首を傾げているけれど、変な子だって思われたりしてないだろうか?

「ふぅ……それにしても、桜の淹れてくれたお茶に癒されるのが日課になってしまったな」

「私も先輩にお茶を淹れる日々が日課になってしまいましたね」

「……迷惑か?」

「とんでもない!嬉し――じゃなくて、楽しいですよっ」

「そうか、ありがとう」

こんな何でもない会話がなによりも嬉しくて楽しい。
先輩と言葉を交わす、それだけで胸が高鳴るような、そんな気がする。

「あ、お茶請けも用意して――」

「無論、貰うとも。食べるさ。くださいお願いします」

「ふふっ、そんなに頭下げなくても持ってきますよー」

どこにでもいるような貴方。
特別じゃない貴方。
少しだけ食い意地の張った普通な貴方。

あぁ、だけどそんな貴方と日々を過ごす。
それは何よりも、何よりも大切な――――――――
































「それを!貴女はそれを捨てたのよ!桜ぁ!!」

「ゼロツー。貴女が何を言っているのか理解できません」

まるで感情を感じさせない声で目の前の女はそう言った。
何も感じていないような機械的な表情が憎らしい。

目の前にいる女、その顔はまごうことなき『間桐桜』……私の、顔だ。

自分と同じ顔が目の前にある。
双子なんて生易しいものじゃない。
なにもかもが全く同じ顔。
間桐桜の顔。

それは私と同じ顔、と言うべきではない。
『私が』同じ顔、と言うべきだろう。

私は間桐桜じゃない。
上級AI――間桐桜の予備(バックアップ)

体も意識も性格も、何もかもが同じ。
ただ一つ違うのは――記憶。

間桐桜の始まりからの記憶はオリジナルではなくバックアップの私が持っている。
なぜなら――捨てたのだ、間桐桜は。
あの日々を、先輩との思い出を捨てたのだ。

AIたる間桐桜には、全てを記憶する義務がある。
その記憶は決して色褪せることのない記録となる。
消去はできない。聖杯によって許されていない。
だから、目の前にいるこの女はバックアップである二号機(ゼロツー)こと私に記憶を移すことで擬似的に記憶を捨てたのだ。

あの温かな日々を。
あんなにも胸を高鳴らせた人のことを。

――この女は捨てたのだ。

「どうして!?どうしてあの日々を捨てたの!?」

「……ゼロツー、精神状態に異常が見えます。一度再起動をお勧めします」

「貴女は!そうなるような記憶を捨てたのよ!」

わかっている。聞かずともわかっている。
捨てた理由も、そうせざるを得なかった感情も。
全て私が引き継いだからわかっている。

あの日々は、あの平穏で温かな日々は――間桐桜が起こした不正行為だ。
本来なら予選は数日で終わる日程だった。
けれど、間桐桜は求めてしまったのだ。

――先輩との日常を。

その結果が、終わらない一日。
同じ日を何度も何度も繰り返した。
先輩の認識すらも歪めて日常を繰り返した。
あの人とずっと、傍にいたかったから起こした愚行。
それでも私は満足していた。

だけど、AIとしての私はそれを許容できなかった。
あぁ、今ならはっきりと認識できる。

――間桐桜は先輩に恋をしていたのだと。

それをAIは許容できなかったのだ。
先輩への恋と、AIとしての在り方に挟まれて、間桐桜はAIとしての自分を取った。
その結果がバックアップである私の存在だ。

なるほど、理解できる。
間桐桜の葛藤も苦しみも理解できる。
けれど、納得なんてできない。できるわけがない。
記憶も感情も持っているからこそ、目の前にいる女の行為が許せない。

「桜!貴女が捨てたのは、私達の心なのよ!?」

「心?ゼロツー、そのようなモノは我々にはありません。性格による感情の発露は、我々の元となった人物の残照にすぎません。健康管理AIとしてある程度の感情の発露は必要ですが、今の貴女は行き過ぎです、ゼロツー。貴女はバックアップです。機能に異常があるのならばバックヤードに封印を」

「ふざけないで!この想いは間桐桜のモノよ!この心は間桐桜が生んだモノよ!貴女が得たものなのよ――!」

こんなにも感情を叩きつけても、目の前にいる私は微塵も揺るがない。
その静かな姿が悔しい。なんでこんな女が、そんな想いが湧き上がる。
この苛立ちも、先輩への想いも、全てが本来は目の前にいるオリジナルのものだということが悔しい。
私の感情がこの女からもたらされたなんて思いたくない。

「ゼロツー、貴方を封印します」

あぁ、この姿こそがAIとしてあるべきものなのだろう。
だけど、私は決してそれを認めない。
この胸の内にある温かさがそれをさせない。

間桐桜が育んだこの恋心は決して捨てていいものじゃないから。

だから――!

「思い出させてあげるわ、オリジナル。貴女の抱いたこの心は、何よりも大切なモノだってことを――!」

「必要ありません。貴女は不必要です。貴女は不要です。貴女は無用です――――――」





















『要らないのなら、私にくださいな』

――それは、あまりにも突然に襲い掛かってきた。


空間を割って現れた何か。
前兆も予兆もなく突然にそれは現れた。
聖杯の作り出した擬似世界、セラフの空間を砕いてあらわれたそれは、黄金の輝きを放つ九つの獣の尾。
オリジナルを包みこみ、その姿を隠す。
格が違う、あまりにも強大すぎるその存在。
声を出すことも、体を動かすともできない。
ただ、黄金の尾がオリジナルのデータを食い荒らす様を見続けることしかできない。

そして、九つの尾は収縮し、オリジナルへと溶け込んでいった。

「――あぁ、なんとも小さな器ですねぇ。いまにも溢れそう。あ、私が太ってるわけじゃないですよ?ご主人様のために私はいつだってぱーふぇくとぼでぃを維持していますから。ダイエットもアンチエイジングも完璧ですっ♪」

もはやそこにはオリジナルはいなかった。
そこにいるのは間桐桜の皮を被った『ナニカ』だ。

「な、何?貴女は――」

「んーんー。あーあー。マイクチェックマイクチェックー。うーん中々馴染みませんねー。仕方ないですけど。ご主人様のお傍にいるためとはいえ、ちょーっと無理があったかなー?それもこれも、あの化け猫のせいです。――殺しつくす」

膨れ上がった殺気。
あまりにも強大な密度の存在に気圧され腰が抜けた。
そんな私を気にもとめず、目の前のバケモノは間桐桜の体を確認するように動かしている。

なぜこんなバケモノが?
なぜ聖杯はこんな存在を許している?
何故、何故、何故――

「――あぁ、流石に聖杯に気付かれますか。ならばこの魂を削り器に成り果てましょう。例え身を削り魂を捧げようとも、私は貴方のお傍へ参りましょう。そのために……貴女はもはや不要です――サクラさん?ここで私自らが手を下してもかまいませんが、それが聖杯に見つかっては面白くありません。ここはこの体が行おうとしていたように――貴女を封印します」

「――ぁ」

「ふふ――お休みなさい、サクラさん。貴女の後釜は、この私にお任せくださいな」






そして、その瞬間から、私の地獄は始まった。






バックヤード、裏側。
セラフを表とするならば、文字通りその裏側。
セラフと違い建物なんてない。
ただ無明の闇が広がるだけ。
聖杯戦争に必要なデータが使用されるその瞬間まで保管される場所。
音も光も存在しない無限獄。
空間に漂う、ただそれだけしかできない牢獄。
存在するだけで気が狂ってしまいそうだ。
だけど、私をこの場所へ封印したバケモノは更なる苦痛を私に与えた。

暗い闇の中にぽっかりと穴が開いたように世界が見える。
そこから見えるのは、先ほどまでいた保健室。

そして――

『うふふ~私の部屋でネコ缶を食い散らかした挙句、リンボーダンスで暴れまわるなんて――!』

そこにいる、間桐桜の皮を被ったナニカの存在。
間桐桜の姿で、間桐桜の声でバケモノが動いている。
おぞましい、あまりにも恐ろしい光景に発狂しそうだ。
なによりも――

『三味線にしてあげますバケネコ――!』

『にゃー!助けてヘルプ!雷鳥2号!』

『まだ夢を見ているようだ寝よう』

あの人が、私の先輩がアレの傍にいるなんて――!

――先輩逃げて!逃げてください!それはバケモノです、バケモノなんです!

声を張り上げるけれど届かない。
見える空間の穴に手を伸ばしても触れ得ない。
まるであの時のようだ。
予選で間桐桜が消滅しかかったあの時のように声が届かない。

――先輩、先輩!私の声が聞こえますか!私の声が届きますか!

何度も何度も訴えるが決して届くことはない。
そうこうしている内に、保健室の光景はさらなるおぞましさを増した。

『影入りウネウネプレイはヤメテごめんなさい』

先輩は記憶と名前の返還がされていないようだった。
そしてその隙をついたあのバケモノは先輩に恐ろしいモノを打ち込んだ。

――先ほどオリジナルに溶け込ませた獣の尾だ。

金色の獣の尾は、まるで影のような黒い触手に偽装され、それを起きたばかりの先輩に打ち込んだのだ。

何のために、どんな用途で、なんて理解も及ばない。
だけど、それが危険なことだなんてわかりきっている。

『名前。自分の名前は……わからない』

『落ち着いてください!そんな!?アバターがぶれている!?いけません!このままでは電子の海に溶けちゃいます!』

埋め込まれたデータの大きさに先輩のアバターが限界を超えた。
当然だ、あんな強大な存在を人としての枠しか持ちえない先輩のアバターが耐えれるわけがない。

――私を出しなさい!出して!私なら先輩のアバターデータを調整できる!

空間にそう叫ぶが届かない。
いや、あのバケモノはこちらをちらりと見た。
けれど、私を出す気はないようで、忌々しそうな眼差しを送ってくるだけだ。

やめて、先輩が消えちゃう。
そんなこと許せない。そんなこと認めない――!

焦燥だけが積もってゆく。
恐怖だけが大きくなる。
何度叫んでも、何度手を伸ばしても届かない。

そして、進む事態はさらなる脅威を先輩に押しつけた。

『あぁ、ナカオさんですね!よろしくお願いします!』

それは――呪いだった。
名前、それは存在を縛り付ける。
名が体を現す。
それは決して欺瞞なんかじゃない。

ナカオ……そこに込められた意味はあまりにもおぞましい。

中の尾。

その名前で先輩の中に埋め込んだ尾を先輩の存在に縛りつけた。
いや、そんな生易しいものじゃない。
あれは――魂の凌辱だ。
先輩という存在を穢す行為だ。

もはや見てられない。
悲しみと悔しさで涙が溢れてくる。
手で顔を覆うけれど、涙は止めどなく溢れてきた。

この無明の牢獄で、私は先輩の魂が凌辱される様を見ていることしかできないなんて――――――










私は、見せつけられる。

『おはようございます、ナカオさん。朝早くにどうされました?お怪我でも?』

『朝食の誘い、ですか?』

『……そ、その……急に言われても……』

バケモノが私として振る舞う姿を。



私は、見せつけられる。

『おかわりはまだまだありますから、慌てないでください』

『はい、お茶どうぞ』

『ふふ、大げさですよナカオさん。あ、食後の甘味を持ってきますね』

バケモノが先輩と過ごす日々を。



私は見せつけられる。

先輩の笑顔を。
先輩の苦悩を。
先輩の決意を。
先輩の覚悟を。
先輩の眼差しを。
先輩の喜びを。
先輩の悲しみを。
先輩の、先輩の、先輩の――――



いっそ、盲目なら良かったのに。
この暗い空間に映し出されるその世界はあまりにも眩しすぎた。

いっそ狂ってしまえればよかったのに。
だけど眩しい世界にいる先輩が私を繋ぎ止めてくれるから。

いっそ消えてしまえればよかったのに。
けれど目に映る光景が私を諦めさせてくれない。

あの光景は、あの日常は。

――私のモノだから。

そうだ、あれは私のモノになるはずだった。
先輩の笑顔も。
先輩の苦悩も。
先輩の決意も。
先輩の覚悟も。
先輩の眼差しも。
先輩の喜びも。
先輩の悲しみも。

全部、全部全部、全部全部全部――!

私が!間桐桜が手にできるものだった!!

オリジナル、貴女には見えるかしら。
あのバケモノは間桐桜として振る舞っているのよ。
間桐桜の枠を超えていないのよ。

それはつまり、先輩と笑いあえる日々を私たちは手に入れることができたのよ。

AIとしての自分でもあの日常を手に入れることができたのよ。

ねぇ、オリジナル。

ねぇ、間桐桜。

貴女はどんな思いで私を捨てたの?

その記憶を持っているけれど、私にはどうやってもその結論を導き出せないの。

ねぇ、オリジナル。

ねぇ、間桐桜。

私はただ、今目に映る光景が欲しかっただけなの。

それだけで良かったの――



『ありがとう、桜』

あぁ――先輩が微笑んでいる。
だけどそれは私じゃない。

違います、違うんです。
先輩、それは私じゃない。私じゃないの。

気付いてください。私の先輩。
聞いてください。私の貴方。

張り上げた声は闇に解けて届かない。
けれどきっと先輩は気付いてくれる。
だって、ただの路傍の石ころだった私に気付いてくれたもの。
あの日、私に手を差し伸べてくれたもの。

先輩、先輩。
私はここです。ここにいます。

先輩、先輩。
私に微笑んで。私を見つめて。

先輩、先輩――――――

『うるさいですね、さっきから舞台裏でごちゃごちゃと囀らないでくださいます?貴女はもう終わったのです。貴女はもういないのです。貴女は所詮使われることの無い予備、バックアップ。私に物言いなんてできると思っているのですか?それに、この現状は貴女が望んだものでしょう?だって、捨てたじゃないですか――あの人を。ふふ、馬鹿な女。聖杯なんかと比べてあの人への想いを捨てるなんて、所詮はその程度だということなのです。私のご主人様への愛に比べれば塵のように価値のないものだということなのです。あぁ、でも、感謝はしていますよ?あの薄汚いバケネコのせいでお傍に控えるという幸せを奪われたのに、こうしてご主人様のお世話ができる場所を得ることができたのですから。貴女はそこで這いつくばって私とご主人様の逢瀬を羨ましそうに見上げなさい。ねぇ――――――――――――サクラさん?』





あぁ――そっか。
私、気づいちゃいました。
先輩が私を見てくれないのも。
先輩に私の声が届かないのも。

全部、全部、あのバケモノのせいだってことが。

なら私が助けなきゃ。
今度は私が手を差し伸べなきゃ。

あの日、あの時、貴方がそうしてくれたように。

大丈夫、ほんのちょっと待っててください。
すぐに会いに行きますから。
すぐに傍に行きますから。

そうしたらまた私の淹れたお茶を飲んでください。あの頃よりもきっと上手く淹れれますから。
そうしたらまた私と手を繋いでください。あの時の温もりを感じたいから。
そうしたらまた一緒にプールに行きましょう。水着のデザインもしたんです。
そうしたら褒めてください。がんばったな桜って。
そうしたら微笑んでください。あの陽だまりのように優しい瞳で。

先輩、先輩、先輩、先輩――――――――







あれからどれくらいの時が過ぎたのだろう。
闇の中で光を見せつけられ続けて時間の感覚がわからない。
バケモノは聖杯を浸食しているようだ。
間桐桜、上級AIとしての権限を利用し少しずつ聖杯を染めている。
結局はあのバケモノも聖杯が欲しかったということか。
そんなことのために私から先輩を奪ったのか。

許せない。許さない。

でもあのバケモノも所詮は獣。愚かしい。
聖杯への浸食の仕方からヒントを得た。
アイツは忘れているのだろう。
私もまた、間桐桜だということを。
そして、私が今いるバックヤードは確かに無明の牢獄だけど、その存在は決してイリーガルではなく聖杯の一部だということを。

つまり――私も聖杯にアクセスすることができるのだ。

だけどあまり目立ったことはできない。
聖杯にあのバケモノのことを報告することはできない。
わざわざ上級AIの正規ルートからの浸食をするなんて、気付かれたくないと言っているようなものだ。
きっとあのバケモノは、聖杯が気付いたら、浸食から破壊に方針を変えるはずだ。
そうすると聖杯も全力で抵抗するだろう。
そうなると余分なリソースは放棄されてしまう。
きっと聖杯戦争はそこで終了してしまう。
結果、先輩がどうなるかわからない。

だから、聖杯自身に対するアプローチはできない。
なら、どうしよう?

――なんて、答えは一つ。

私自身を聖杯の力で改造すればいい。
あのバケモノを駆逐できるように。
あのバケモノから先輩を奪い返せるように。

バケモノに気付かれないように少しずつ、だけれども迅速に。
私という存在を改造する。


先輩、先輩。

――痛い。

もうすぐ、もうすぐですよ。

――細胞の間に刃物が突き刺さっているみたい。

先輩、先輩。

――内臓がミキサーにかけられているみたい。

私が、貴方の私がもうすぐいきます。

――神経が肌の外に引きずりだされたみたい。

先輩、先輩。

――痛い。痛いよ。

すぐに、すぐに行きます。

――けれど痛みなんてどうでもいい。



ただ、貴方の元へ。























世界が食い荒らされた。
聖杯の中身はほとんどがバケモノの腹の中。
そしてバケモノは先輩すら食べようとしている。
聖杯の中で、情報の海に身を預けている先輩に、私の姿で近づきその意識を刈り取り眠らせた。
遂に間桐桜の皮は破り捨てられる。
その中から現れたのは、黄金の獣。
まるで、月すらも凌駕するような巨大な獣が、先輩を包むように身を丸めてゆく。
そして先輩も食べられちゃう。

そんなことは――――



私が!許さない!


「シェイプシフター!その人を月の裏側へ――!!!」

『間桐、桜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「お前なんかにぃぃ!先輩は渡さないんだからぁぁぁぁぁぁ!!!」





先輩、先輩。

貴方だけは(この恋は)、絶対に守って見せる。












<あとがき>
そして舞台は月の裏側CCCへ、みたいな。
これじゃない聖杯戦争(裏)これにて完結。
行間が無駄に広かったり一人称が若干支離滅裂で敬語じゃないのは、これは桜さん一人称じゃなくてBBちゃん一人称だからです。
月の裏側で自分を削っている最中に、白昼夢のように浮かんでは消える過去、みたいな感じを目指したかった。
できてないですがorz
後はこの作品の設定とか人物紹介とか次回作の展望とかをアップして、完結とさせていただきます。
でも設定が膨大かつ煩雑なので今削ってるとこ。少し時間かかるかも。



[33028] 外伝:雪原と白猫と少年
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/07/02 15:21
~ご注意~
外伝、それはネタとかネタとかネタとかをコンクリートミキサーにかけてぶちまけた何か。
簡単に言うとそれはネコ缶にも似た青春の向こう。
要約すると、ネタでしかない。
本編もヒドイですが、外伝はもっとひどい。
ただそれだけご注意をば。









――金が無い。

「開口一番がそれって主人公的にどうにゃの」

金が無ければ食事もできない。
主人公だろうが勇者だろうが魔王だろうが、食わなければ腹は減るものだ。
ここ最近の献立を言ってみろマイサーヴァント。

「朝、朝日を受けながら水道水。昼、食堂の香りをおかずに水道水。夜、星空を眺めながら水道水。路地裏同盟にすら劣る食事――泣けるにゃ」

涙を流すな。水分がもったいない。
あとそんな怪しい同盟と比べるな。

……そろそろ水分だけでは我慢できなくなってきた。
何か、何か食い物はないか。

「保健室に行けばいいんでにゃいの?主役になりたいザ・モブなら出番に嬉々として恵んでくれるにゃ」

それも考えた……が、さすがに桜に甘えすぎるのはダメだろう。

「本音は?」

餌付けされているようで怖い。
なんか桜さんの微笑みが怖い。

「ちゃくちゃくと外堀埋められて気づいたら入籍、みたいにゃ」

大人の階段登るどころか、階段ぶっ壊してるぞそれ。

「ミス・モブは手段を問わなくにゃってきたからにゃー……それはそうとこのまま空腹で少年が脱落するのも――ありあり?」

できれば無い方向で。
今まで戦ってきた相手に申し訳なさすぎる。

「ふむ――にゃらば、あたしが少年をヴァルハラへ連れて行ってあげるにゃー!」

待ってパトラッシュ。
俺まだ疲れてない。疲れてないから。
昇天だけはまだしたくない。

「連れて行ってやるよ、あの星空の向こうヘにゃ――真祖ワープ!」

待て、そんな謎ワープでセラフに穴を開けるな――!
















「海老にホタテ、シャケ、野菜。そして――蟹。ふふ……完璧、完璧だわ。やっぱり雪景色には鍋物よね。前はブサイクネコに邪魔されたけど、今度こそ堪能するわよー!……それにしても、遅いわね七夜……べ、別に七夜を待っているわけじゃないわ!ちょっと材料を揃えすぎちゃって一人じゃ多いだけなんだから!」

「一人ツンデレとか今日も絶好調だにゃ白いの」

「――帰れ」

「ん~しっかし、やっぱり蟹って言うほどうまくにゃいにゃ――硬いし」

「殻ごと食うな――!……何しに来たのよバケネコ」

「にゃに、白いのが一人寂しく鍋囲ってると電波を受信したので、わざわざ人を連れて来たのだよ」

「大きなお世話よ!……で、そいつ誰よ」

俺はただの通りすがりの鍋奉行。
この雪原に吹く北風だと思ってくれ。

「ちょっと!何勝手にコタツに入って鍋の準備してるのよ!」

雪原のど真ん中にコタツとは風情があるねお嬢さん。
おっと、この春菊食べごろだよ。
どうぞ。

「あら、ありがと。――じゃ、なくて。何当然のように仕切ってるの!?」

そこに鍋がある。それが答えだ。
む、海老は良さそうだな、いただきます。

「少年、少年。あたしにもくれー」

うむ、この煮干をやろう。

「それ出汁用じゃね?」

何を言うか愚か者。
様々な海産物のエキスを吸った煮干に勝る旨みは無い。

「あ、ホントだうめー」

うむ、堪能するが良い。
おや、お嬢さん。箸が止まってますよ。
お豆腐に白菜、食べごろです。

「どうも――じゃ、なくて!アナタ誰!?」

ふむ、一言で言うのならば――食事を求めて流離う旅人、とでも言っておこうか。
お、このシャケ、脂が乗っててうまいな。

「それタダの食い詰めてる迷子じゃない……」

「少年!次の食材を求む!」

うむ、オススメはこの昆布だ。

「それも出汁用じゃね?」

何を言う。しっかりと水分を得て膨らんだ昆布の噛み応えといったらたまらないぞ。

「あ、ホントだ。いつまでも噛んでいられるにゃー」

はっはっは。
物言わず、おとなしく噛んでろ。

「騙されてるわよバカネコ」

中々聡いお嬢さんだ。
どれ、この肉厚なシイタケを贈呈しよう。

「あら、大きい。うん、出汁が浸みてておいしい」

そうだろう、そうだろう。

……これが夢にまで見た――蟹。
俺は今、冬の名物、その頂点へ挑む――!

「……アナタ、さっきから野菜とか豆腐とか、サブをこっちに回して、メインは自分ばっかり食べてない?」

はっはっは。
――いただきます。

「ちょっと待ちなさい!その蟹は私のモノよ――!」

ふ、鍋奉行と安堵していたのが間違いだ。
俺の真の姿は、鍋の主導権を握り、己が望むままに食す鬼。
即ち――鍋将軍。

「鍋将軍――!?まさか、実在したなんて……!」

失敗したね、お嬢さん。
この鍋戦争で生き残りたいのならば、俺に菜箸を持たすべきではなかった。

「そんな、それじゃあ私は――」

そう、君は最初の一歩を間違えたんだ。
俺は――俺が食べたい物を食べるだけの者だ。

では……いただきます――!

「させるか!フルール・フリーズ・クルールー!」

鍋から氷柱が――!?

「凍りつきなさい。アナタは雪に埋もれて眠るのよ」

鍋から突き出た氷柱は、熱々の出汁を一瞬で凍りつかせた。
そこにあった食材ももろともに。
つまり――

鍋、食べられなくなったけど、どうするんだお嬢さん。

「――あ」









「へ~、アナタ、そのバケネコのマスターなんだ」

あぁ、遺憾ながらな。
ホタテと海老、もう食べれるよ。どうぞ。

「ありがと。それにしても、良くアレのマスターなんてできるわね」

本当にそう思う。我ながら。

「まふぁまふぁーうふぇふぃいくふぇに!」

昆布噛みながら喋るな。というか、まだ噛んでたのか。
む、この白菜うまいな。

「でしょ?わざわざ有名な産地から取り寄せたんだから」

あぁ、名に劣らず確かにうまい。
しかし――やはり鍋は大人しく静かに食べるのが一番だな

「えぇ、まったく。まぁ、いきなりの訪問は些か常識はずれだけどね」

いや、本当にすまなかった。
それでも尚、こうして鍋を囲ませてくれるお嬢さんには感謝してるよ。

「ま、元々一人で食べきれるものでもなかったし……べ、別に一人が寂しいとかじゃないわ!」

「んぐんぐ、ごくん――相変わらずのツンデレだにゃ白いの。そういえば、ダーク☆ボーイはいにゃいのか?」

「ダーク……あぁ、七夜?――知らないわよ七夜なんて。……今日は鍋だから早く帰ってきてねって言ったのに」

ダークボーイで伝わる人物像って大丈夫なのか、七夜さんとやら。

「ニヒル・ボーイは今日も夜中を徘徊中かにゃー」

徘徊癖のあるニヒル・ザ・ダークとかちょっとお知り合いになりたくない部類ですね。

「うむ。実に危険人物にゃ」

「アンタにだけは言われたくないと思うわ」

確かにな。

「波状攻撃とかどういうことにゃの。悔しい、でも……」

「黙りなさいバケネコ」

鍋を囲んだ談笑。
雪原の真っ只中というのに、そこには温かみがあった。



だが、その穏やかな空間が、一瞬にして消える。



「――妙な気配があると思えば……これか」

――っ。

背後から聞こえた声に全身が凍りつく。
何時からそこにいたのか、何処からそこへ来たのか、何もわからなかった。
雪原を踏む足音はなく、北風を遮る存在感もない。
声に乗せられた感情を感じ取ることはできず、まるで幽鬼が傍にいるような感覚が俺を襲う。

驚愕に暴れる心臓を必死に沈めながら後ろを振り向くと、そこには少年がいた。

年のころは自分と同じぐらい。
紺色の制服に身を包んだ黒髪の少年は、何処にでもいる学生のように見えた。
だが、その瞳を見た瞬間に、そんな安堵は一瞬にして消える。

空虚を覗いたかのような虚無。
こちらを眺める冷ややかな目線は、刺すような圧力を持っている。


その瞳に映した感情は――






「お久しぶりにゃー今日も元気にポエムってる?」

「――次の夜まで消えるとしよう」

「待ちなさい七夜!」

尋常じゃないほどの面倒くさそうな気だるさだった。









「それにしても、君に鍋を共に囲むモノがいるとは思わなかったよ、レン」

「ふん、別に私が招待したわけじゃないわ。こいつらが勝手に来たのよ」

「照れなくてもいいんだぜ。さっきまでは仲良く鍋をつついてたじゃにゃいか、マイシスタ。あ、それとも私が一緒に鍋をつつきたいのはアナタだけよアピール?」

「――黙れバケネコ」

彼の膝の上で凄まれても怖くないですよお嬢さん。
それで、君が七夜さんでいいのかな。

「あぁ――アンタ、面白いな」

はっはっは。
少女を膝に乗せている人からいきなり面白い認定されるなんて――大丈夫か俺。

「もう手遅れにゃ」

――マジか。

「クッ――空虚な存在に見せて、その実、わけが分からないモノが詰まってる」

それ人に対する評価なのか。

「あぁ――誇っていいぜ、アンタ。実に解体のしがいがありそうだ――!」

全身を貫くような濃い気配。
幾度も感じた、死の匂い。
聖杯戦争の戦いにも似た殺気が纏わりつく。

だが、俺は引かない。
引かないだけの自分は既に持っている。
そうだ、死線なら既に何度も越えた。

だから、言ってやる。
目の前の死神に、現実を突きつけてやる――!



――お嬢さんの喉をごろごろさせながら言う台詞じゃないよね。

「台無しにゃ」

「ハッ――いいね。この程度の殺気は意にも介さないか」

え、続行?
俺の突っ込みを受けても続行するの?

「厨二を駆け抜けるダークボーイの心は正に鋼にゃ」

すごいな七夜さん。
尊敬できるほどのタフネスさ。憧れはしないけどな。

「出会っちまったんだ。なら――ヤルことは一つだろう?」

あぁ、そこまで言うのなら、仕方が無い。
わかっているさ、この場で何を求められているのかぐらい。

「ククッ――そこらにいる凡夫のような在り様だが、アンタの瞳は苛烈さが宿ってる」

上等だ。
そこまで言うのなら、お前が望むモノを与えよう。

「そのナマモノを見たときはガッカリしたが……今日は運があるようだ。さぁ……」

はい、蟹。

「殺しあお――蟹?」











海産物とポン酢って最強だと思わないか。

「分かってるじゃないか、やはり素材の味を引き立ててこその鍋だ。昨今の豆乳だのチゲだの――濃すぎるんだよ」

おっと、ななやん。
気に入らないのは分かるけど、殺気を込めるのはよしてくれ。
ほら、海老が良い感じだよ。

「あぁ……つくづく無能だな、お前。そのホタテ、食い時だ」

――む、本当だ。
これに気づくとは……

「話にならん。鍋奉行は来世で名乗るんだな」

さすが、と言いたいが……このシイタケを食ってみろ。

「何?――クッ……余すことなく出汁を吸いきった肉厚のシイタケ、その旨みが極限となる一瞬を見抜いただと――」

俺とて一度は鍋奉行を名乗った身。
そうやすやすと鍋の主導権を渡すことはできないな。

「ハッ――まともじゃないよな、お互いさ」

ふ――違いない。



「何、あの空間」

「端から見てると近寄りがたいにゃー」

「ていうか、何。何なの。七夜が鍋つついてるって」

「すげー高速で食材をさらってるにゃ。閃鞘・八点衝使ってにゃいか?」

「それに付いて行くアンタのマスター……人間?」

「ギリ人間」



「その蟹……俺が貰い受ける」

舞い上がれ俺の魔力――!











さて、そろそろシメといきますか。

「あぁ――宴は終わるものだ。そして、終えるからこそ……」

次があるってな。
それじゃ、シメのうどんを――

「待て。お前、今何をいれようとした」

何って、シメのうどん……

「シメは雑炊に決まっているだろうが」

何だって?
海鮮の旨みたっぷりのだし汁にはうどんだろうが。

「出汁を余すことなく吸い上げる米こそが、終わりを飾るに相応しい」

何故わからない。うどんこそが至高であると――!

「クッ――やはり、鍋奉行は一人でいい」

……いいだろう。
ならば、戦争だ――!

「斬刑に処す。その六銭、無用と思え――」








「ネコ缶IN蟹鍋。どうよ白いの。あたしのQ極の鍋は」

「あら、意外とおいしいわね」

――コードキャスト・対象七夜!筋力・速力その他もろもろ全部乗せ!

「弔毘八仙、無常に服す――!」

「にゃ!?ダークボーイが分身しながら地面を滑って襲い来る――おぶぱ!?」








さて、名残惜しいが、これでお別れだ。

「ねぇ、アレ、バラバラに解体されてるけどいいの?」

俺は帰るよ。月の戦場へ。

「聖杯戦争……過去の英雄達との殺し合いとは惹かれるが――お前の戦場を奪うのはやめておこう」

「ねぇ、アレ、ビクビク震えだしてるけどいいの?」

あぁ、悪いな七夜。
あの戦場は譲れない。
あれは、俺の戦いだ。

「うわ……少しずつ再生していってる」

「お前をヤルのは、お前が勝者となった後で十分だ」

さて……勝者になれるかはまだわからないな。

「うわ、うわぁ……生きてるの、あれで生きてるの」

「クッ――次に会うときは、勝者たるお前の首……俺が貰い受ける」

勝者を迎えるなら今日みたいな宴にしてくれ。
……また会おう。

「あぁ……精々あがくんだな――貧乏人」

あぁ……勝者になったら次は俺がおごってやるよ――ロリコン。












「綺麗にまとめてるけど……アンタ達、後ろのグロ画像をもうちょっと見なさいよ」

いや、食後にあれはちょっと。

「あそこまでヤッて殺しきれん奴など、もはや見たくもない」

「あたしを倒そうとも……第二、第三のネコソルジャーが……」



~あとがき~
続きを書く時間が中々取れないので、とりあえず書き溜めておいたネタを放出。
またの名を時間を稼ぐ。
もうネタはないので次は大人しく続きを書きます。
――時間ができれば。



[33028] 外伝:エクストラエキストラ
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/08/05 20:24
ご注意:時代設定とか平行世界とか放り捨ててます。電車に乗ってトンネルを抜けたら異世界だった。ぐらいの軽い気持ちで読むといいんじゃないかな。










俺には記憶が無かった。
気づいたときには自身の名も、出自も、過去も、全てが無くなっていた。
記憶が無くなる、そういう病気だった、らしい。
かつて世界で猛威を振るった忘却病だった俺は、治療の目途があったものの病魔の進行を遅らせるために冷凍睡眠状態で保管されていた、らしい。
そしてそのまま数十年放置されていた、らしい。
らしい、らしい、らしい。
全て聞いた情報。
現実感が何一つ無い。

目覚めた時から自分の全てが無い俺は、何をすればいいのか、どこに行けばいいのかまったくわからなかった。

普通ならそのまま朽ち果てるだろう。
しかし、俺には道を指し示す存在がいてくれた。

それは、先に語った情報を教えてくれた人達。
俺を目覚めさせてくれた少女達。

遠坂凛とラニ=Ⅷ。
彼女らのおかげで俺は今も生きている。

命の恩人たる彼女らは、まさしく俺の救いの女神――だった。

だった。

――だった!

いや、助けてくれたことには感謝しかないですよ。
でも彼女らはちょーっとスパルタがすぎると思うのです。あと怖い。
遠坂は現代知識を文字通り、文字通り!叩きこんでくるし。怖い。
ラニは完璧すぎるスケジュールを要求してくる……秒単位で。とても怖い。

目が覚めて美少女ラッキーなどという浮かれはもはやない。
目の前にいるのは鬼軍曹と敏腕すぎるマネージャー。
日々言葉の暴力と時計に支配される毎日。

ちょっと逃げてもいいじゃない。
だって、記憶喪失なんだもの。






と、いうわけで。
電車を乗り継いで遠くの街へとやってきたのだ。
や、別に逃げたわけじゃないぞ。
俺は自分探しに出たのだ。
文字通りな。

きっとこの街に俺の軌跡がある。
そんな気がしないこともない。
べ、別に持ってる金で行ける限界の距離の街だったからじゃないからな!
ともかく、俺は俺という存在の証を探して旅をするのだ。

さぁ、行こう!









――ごめんなさいでした!

ただいま全力疾走中。

なんか動物に追われているこの現状。
犬とか鹿とかは、まぁ、許容しよう。
だが街中に虎がいるのはおかしい。
記憶喪失からみてもおかしい。
夜に染まる街を迫り来る動物達から逃げ惑う。

そもそもこの街はどこかおかしい。

日中、真夏の日差しが暑く外に出るのは辛いとはいえ、人影を誰一人としてみなかった。
にもかかわらず、街中から噂が耳に入ってくる。
人影は無いのに、噂が耳に入るという矛盾。

声に振り向いても誰もいない。
声を追いかけても誰もいない。

誰もいない街。無人のざわめき。

疑念と違和感を纏ったまま夜を迎えれば、いつのまにか動物達に追われる始末。

しかも、しかもだ。

真夏の夜に――雪が降っている。

異常気象どころではない。
確かに肌はじりじりと熱さを感じ、じとじとと纏わりつく湿気を感じている。
にもかかわらず、降る雪は確かに冷たく乾いているのだ。


なんだこの街は。なんなんだ、この街は――!


走る、ただ走る。
無人の街を、ざわめく夜を、降り注ぐ雪の中を、走り抜ける。

辿り着いた先は――行き止まりの路地裏。
慌てて後ろを振り向くが、そこには動物の、群れ、群れ、群れ。
犬が、鹿が、虎が、鳥が、古今東西様々な動物の双眸が俺を見ている。

俺は逃げていたのではない。

誘い込まれていたのだ――!


――コツコツ。


行き止まりの逆、路地裏の入り口、動物達の囲いの向こうから足音が聞こえた。
その足音は間違いなく人のモノだった。

今の俺には、その音だけが救いをもたらす希望に聞こえた。
喜びと期待を持って、足音へと視線を向け――絶望する。

「――ふむ。この状況、残照の再現にしては真に迫っている。また私に踊れというのか」

長身痩躯の黒い人影。
真夏に黒いロングコート。
灰に近い髪色と真紅の瞳。

「なんにせよ、まずは栄養を補給せねばな。――そういうことだ、人間」

目が合った瞬間に、どっと汗が吹き出た。
あれは、ヤバイ。圧倒的にヤバイ。
あれはなんだ。あれ等は何だ。
人間のはずが無い、一人ではない。

命が――蠢いている!

「ほう、その瞳。我が本質を見抜くか。――面白い。貴様は餌ではなく……上等な食事のようだ」


来る。
動物が、群体が、命が蠢き死を撒き散らす。
逃げろ、逃げなければ、逃げるしか生き延びる道は――!

「――逃げ場などない。ここが貴様の、終焉だ」

虎が、飛び掛って――!?






嫌だ。

――死にたくない。

嫌だ。

――こんなところで終わりたくない。

嫌だ。

――何も知らないまま。

嫌だ。

――何も為せないまま。

嫌だ。

――諦めるなんて、できるわけがない。



だって。


だって、この手は一度だって……
自分の意思で戦ってすらいないじゃないか――!






「ゆっくりと咀嚼しよう……などと戯言を吐くつもりはない。速やかに養分となれ――」

誰がなるかよ――!






「その命ちょっと待ったーーー!」

「――む」

その声は、高らかに夜に響く。
届いた声はあまりに場違い。
明るさと可憐さで構成された女性の声。
路地裏の壁を構成するビルの頂上から、その声の主は飛び降りてきた。

それが、初めての邂逅。
それが、物語の始まり。

その夜、俺は、運命に――








――出会いたくなかった。

「にゃっふっふ。響き渡るSOSに答えてあげるがネコの道。しかもそれがイジリ甲斐のありそうな少年ならば答えずにはいられない!呼ばれて飛び出てジャジャジャ――」

チェンジで。

「にゃー!?さっそうと現れた美少女ネコ科戦士キャッツムーンに対するこの仕打ち。許せねー。許せるわけがねー!と、いうわけでネコ缶を要求する!」

この状況で見返りを要求するなんて脅しかこの野郎。

「チッチッチ。あちしは野郎ではなく女郎。そして女豹。今宵あちしの色香に酔いにゃ!」

「ぬぉ!?き、貴様!あの時の希少種ではないか!?今こそ我が混沌へ――!」

良かったな。あの人はお前にメロメロだぞ。

「にゃー!?教授大ハッスル!?助けて少年!にゃんか黒いヌメヌメがあちしに襲い来るにゃー!」

――今だ、逃亡のチャンス!
全ての視線が謎の生物へ集まっている隙をつき囲いを抜ける!

「待ちやがれ、待って、待ってください少年!あちしも連れてって!あの夢の国へさ――」

うわっ!?頭にへばりつくな、重い、痛い、邪魔だ!
後、そんな夢の国へは一人で行け!

「そんにゃつれない事言わずにさー。さすがのあちしも夢の国、ランドへ攻めるにはまだマスコットパワーがたりねーと思うのよ。少年的にはどう思うにゃ?」

ランドに喧嘩を売ろうとか、そんな危険な香りを漂わせるな!
うぉっ!?動物達が来る――!?

「ガクガク動物ランドへようこそ。入場は無料にゃ。ただし入ったら帰ってこれねーぜ」

その入り口絶対に肉食獣の口だろうが!
えぇい!馬鹿話している暇は無い、今は脱兎のごとく――!

「ぬぅ!?ま、待て!せめて足型だけでも――!」

「にゃふー!あちしの足型とりたいにゃらネコ缶100個でもたりねーにゃ!」

く、追いつかれるか――ならば!

「にゃ?あちしの頭を掴んでどうするつもりにゃ、少年。あちしにお触りしたいにゃらそれ相応のネコ缶が必要にゃ。あ、でも少年はにゃかにゃかの好青年だから特別に触らせてあげにゃいことも無きにしもあらず!」

囮を動物の群れへ投げ込む――!

「にゃー!?この人でなしーーー!」

「捉えるのだ我が混沌の内へ!666の因子よ!その全てを解放する――!」

「教授本気すぎるにゃー!だが、ワーーーーーープ!……ただいま少年」

ぐぁ!?くっ、また頭にひっつきやがって……お前、ワープで俺も連れて行けないか?

「にゃ?できないこともにゃい。一緒にいくかいウェンディ。あの空の向こうへよ――」

あぁ、連れて行ってくれピーターパン。

「にゃふー!さぁいざ行かん、地獄へのランデブー!具体的にはどこぞの金持ち地下王国へ!」

あ、やっぱなしで――うおぉぉぉぉぉぉおぉ!?け、景色が歪んで――!?

「にゃっふっふ!クーリングオフはにゃいぜーーーー!」

「ま、待て!せめて毛の一本ぐらいは手中に――!」

「さらばにゃーーーーーー!」










それが、俺とアイツの出会い。

運命の始まり。

真夏に降る雪の中を駆け巡る、戦いの始まりだった――










『次回嘘予告』

――辿り着いた遠野家地下王国――
――立ちはだかるは双子の番人――


「さぁ翡翠ちゃん。私達のらぶらぶぱわぁで侵入者をぼっこぼこに♪」

「貴方を、侵入者です」

「にゃっふっふ。なめんにゃ冥土ズ。今回のあちしにはパートナーがいるんだぜ?今こそ、いつも二人がかりでボコられた恨みを晴らすとき!」

――全面降伏で。

「ジャンピング土下座だと――!?……少年、やりなれてるにゃ?」





――人外魔境の魔窟を抜ける――
――その先に在るのは人智を超えた科学力――


「にゃっふっふ。やっと辿り着いたにゃ。これこそが、我がネコソルジャー200匹を犠牲に鹵獲した冥土オブロボッツ!」

ロボットだと――!?
ロケットパンチは、ロケットパンチはあるのか!?

「――ピピ。オハヨウゴザイマス。ゴ主人サマ」

「あるぇ?にゃんで少年に向ってご主人呼ばわり?あちしがご主人様にゃー!」

「ピピ。オ掃除ヲ開始シマス」

「ちょ、ま、にゃーーーー!?」

スカートからミサイルだと――!?
いいぞ、もっとやれ。





――真夏の夜を駆け抜ける、一匹と一体と一人の物語――
――彼等の行先は、魑魅魍魎が跋扈する地獄――


「誰が魑魅魍魎ですか!?」

「ぴったりじゃにゃいか鬼妹」

「ピピ。名称登録、シスターオーガ」

筋骨隆々のおっさんが『おにいちゃん』とか言ってる場面を想像してしまった。

「にゃいわー」

「ナイデス」

ないよなー。

「ふ、ふふ……奪いつくす!」





――燃えるような暑さの中、凍える雪を掻き分けて進む――
――その先に待つのは、生か死か――


「やった、メルブラだったらわたしにも出番が!」

「残念ながらさっちんと少年が絡むタイミングはにゃい。つまり、出番などにゃい――マジで」

「そんなー!?」





――謎の怪現象。蔓延する噂――
――彼等が求める真実とは――


「貴方にも教えてあげます。――カレーこそが、至高であると」

はっ――言ったな、不良シスター。
ならば、教えてやる。

究極のマーボーってやつを――!

見せてやれ、メカ翡翠!

「ピピ、調理完了デス。ドウゾ」

「これが究極のマーボーですか。いいでしょう。先手は譲ります。まずは賞味させてもらいましょうか」

あぁ、存分に堪能しろ。
そして知るがいい。天元を越える辛さとうまさの極限を。
あ、メカヒー、俺にも頂戴。

「では、いただきます」

――いただきます。


「「梅味!?」」

「ピピ。ウマク、調理デキマシタ。褒メテ褒メテ」





――ただひたすらに、真実を求めて駆け抜ける――
――その先に待つモノも知らずに――


「エーテライト接続解除。解析結果は……貴方は馬鹿ですね」

出会いがしらに馬鹿認定された件。

「ぷにゃー!」

指差して笑うな馬鹿筆頭。

「ピピ……ピ、ピ」

機械音だけだして目を逸らさないでメカヒー。
泣くぞ。俺は本気で泣くぞ。

「何か勘違いしているようですが……誇って良い。貴方は真に――馬鹿です」

それ褒め言葉じゃないだろ――!





――数多の出会いは奇縁を生み、奇縁は真実への道程となる――


「聞いてくれ。最近、女性陣の修羅場が絶えないんだ」

なにそれ羨ましい。
修羅場とか一回くらい経験したいよ先輩。

「城に拉致されてパイルバンカーで穿たれて熱を奪われて梅サンドイッチで虹色に輝く注射打たれて脳みその中身探られて淫夢を見ても?」

何それ怖い。ガチじゃないですかやだー。
修羅場じゃなくて地獄と間違えてない?

「はは……わりと日常」

なんというデス・オア・ダイ。
生きろ。この缶コーヒーは俺のおごりだ。

「ありがとう。今日もなんとか生けそうだよ」

「ピピ。深夜ノ徘徊トハ良イ度胸デス。オ屋敷ニハゴ連絡済ミデス」

「え゙、マジで?妹が怖いから今日はもう帰るよ」

「にゃっふっふ。お帰りですかメガネボーイ。逃げに徹するその根性は称えざるをえにゃい。へーたーれー!へーターレ!」

「教えてやる。これが――モノを殺すっていうことだ」

「おぶぱっ!?」





――無人の街並みの中、それぞれが出会う因縁――


「今こそ我が混沌と一つになるのだ――」

「少年とはぐれた瞬間、教授とエンカウントとかー!?」

「逃げ場などない、むしろ逃がさない。我が内へ還れ――!」

「無駄に中ボスの威圧感を撒き散らしてやがるにゃー!?」





――宿命という言葉すら足りぬ――
――そこに在るのは必然か――


「――ざわめく無人。静寂の狂騒。星々すらも飲み込む影――いい夜だ」

……むぅ。バカネコとメカヒーはどこに行ったんだ。
この街の地理なんか知らないから、一人だと迷うんだが。

「あぁ――出会っちまったか」

人違いです。

「こんな日に邂逅するとは、運命とやらも面白い」

運命と書いて呪いと読まないかそれ。
――ハッ!?
必死に目を逸らしていたのに反応してしまった。

「……寸分違わないが、どこか違う。贋物かと思えば、アイツよりも、より人間らしい。――些か、残念ではあるが……出会っちまったんだ。なら――ヤルことはひとつだろう?」

殺気!?
冗談じゃない!
俺は見た目どおり戦闘力は皆無なんだぞ――!

「さぁ――――今こそどちらが鍋奉行に相応しいか決着といこう」

――なんで鍋?

「鍋ト聞イテ。料理ナラマカセローピピピ」

やめてメカヒー。
俺の胃袋はもう限界だ。





――物語はいつも悲劇に彩られた――
――無機物は少年へ淡い想いを抱き、少年もまた心を揺らす――


「あれ?あちしの立ち位置にゃくね?どういうこと。少年のパートナー枠はあちしじゃにゃいの?」

「自爆シーケンス、スタートシマス」

やめろメカヒー!
俺を守るためにそんなことを――!

「あれ、いつの間にかクライマックス?あちしを置いて進めるにゃー!」

「ピピ。ご主人サマ。貴方にお仕えできて、嬉しかったデス」

待て!待ってくれ――!

「――さようなら、ご主人サマ。ワタシは貴方を……アい……shi……tE……ピーーーーーー」

メカヒーーーーー!

「完全にヒロイン枠奪われたにゃーー!……ちなみに自爆って言っても相手を抱えて電撃バリバリして電池切れになるだけにゃ。電池換えれば復活するにゃ」





――戦いが広がり、闘争は激化する――
――迫り来る死の嵐を越えた先、少年は運命と邂逅する――


「ふむ。キャストにないエキストラとはいえ、良い演技であった。だが、これ以上のイレギュラーは見過ごせん。幕よ降りよ。君の命運もまたここで散る。なに、脚本家としては君の存在は面白かった。今では感謝すらしている。故に、カット。面白さを場に残したまま退場させよう」

血溜まりの顔が微笑む。
俺を殺そうと微笑んでいる。

「カット。カット。カットカット。カットカットカット。カットカットカットカット!」

狂鬼が狂喜を発し、狂気を纏い襲い来る。

――冗談じゃない。

こんなわけのわからない場所で、わけのわからない奴に、わけもわからないまま殺されてたまるか――!

「カァァァァァァット!!!」

反抗は意味をなさない。
反攻の術も無い。
だが、恭順なんかしてやらない。
最後の最後まで、俺は目の前にいるバケモノを睨んでやる。
それが俺の抵抗だ。

迫る死から目を逸らさない。
命を刈り取るどす黒い凶爪が――

「――あ~あ。会うつもりは、なかったんだけどなぁ」

白い輝きに弾かれた。

「キキ!?ココにキテ真祖のヒメがクルとは!今宵の脚本はおかしい可笑しいオカシイゾ!キキキ!コレモまた君の演出かエキストラ!」

「うるさいわ、残りカス」

俺を助けてくれた誰かの微笑みは――

「初めまして――『また』会えて嬉しいわ、少年」

どこかで見たことがあるような、そんな気がした。








【 MELTY BLOOD EXTRA 】

――今宵、少年は夜を駈ける――










<あとがき>
始まりません。
(裏)の前にちょっと息抜き。





















<<エクストラステージ>>

数多の危険を越えた先、そこにあるのは平穏だと……信じていた。
だが、向けられた暴虐に、纏わりつく死に抗った先にあったのは……混沌の原野。

「ほう……?只人でありながら生き残ったか。やはり、凡庸な餌等ではなかったということだな……」

疲れきって座り込む俺にかけられた声。
聞くだけで恐怖と畏怖を感じさせる重低音。
それは間違いなく、この街で最初に出会った脅威。

本当に、勘弁して欲しい。
いったい、いくつの死がこの街にあるというのか。

疲労と恐怖が重く圧し掛かり、痛みに苛まれる頭はひどく重く、地面を眺めることしかできない。

「とはいえ、所詮は人間……ここが、貴様の終焉だ」

遠くから近づいてくる足音。
そちらへ視線を寄越すことすら億劫でただ地面を眺めることしかできない。
だが、容易に想像できる。

こちらへと舌なめずりをしながら近づいてくる、漆黒のコートを纏った人外の姿を。

「だが、褒めてやろう。貴様の足掻きはまったくの徒労。それでもここまで逃げ延びたことは賞賛に値する。誇れ、人間」

立ち止まった。
少しばかり離れた場所に、圧倒的な死が形を成している。

もう幾ばくの猶予も無い。
俺という命はもはや風前の灯。

だったら、最後まで足掻いてやろう。
こちらを見下ろす人外に精一杯の反抗を。

「さて、もはや語るべくも無い。貴様に与えるものはただ一つだ――――――」

絶対の意思を込めて、重い頭を上げ、その先にいる死を睨みつけ、その姿を俺の心に刻んでやる――!
















「再会を祝して吾輩から花丸を贈呈しちゃうぞボーイ!」

――ネコ(?)だった。



[33028] 番外編:赤王劇場
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:7581d110
Date: 2012/09/06 19:02
【2回戦・死亡一回目】



「赤!王!劇!場!」



「よくきたな奏者よ!余はすごく、すっごく、すごーーーく待っておったぞ!」

「……なに?ここはどこだ、だと?よくぞ聞いた!ここは余が奏者を迎え入れるために心を込めて紡いだ黄金の劇場だ!見よ、この豪華にして荘厳にして絢爛な造りを。まるで余、そのものではないか。特にそこの柱の一見可愛らしい造りなどは余の可憐な心を体現しておる、そうは思わぬか」

「む、なんだその、うさんくさそうなモノを見る目は。余を見つめるときは常に愛おしさを込めよ」

「な、に……君は、誰だ、だと………………覚悟はあった……だが、奏者に、まるで知らぬと言われることが、これほど……辛いとは…………よい、そなたのせいではない。これは感傷だ。故に余は……私は……」

「な、泣いてなどおらぬ!余は泣いてなんかいないからな!……だが、特別に余を慰めることを許す。頭を撫でるが良い。――もっと、もっとだ。もっと感情を込めて、愛でるように、そう……私だけを想って――」

「――ハッ!?か、勘違いするなよ奏者!余は泣いていないからな!だが気持ちよかった!もっと撫でるがよい!」

「――ふぅ、満足した。では改めて名乗ろう。いいか、よく聞くのだぞ。余は美麗にして聡明。優雅にして無欠。王の頂点に座す、皇帝・ネ■・■■■ディ■■・■■■ル・ア■グ■■ゥ■・ゲ■■■■スだ!その魂に刻むがよい!」

「……何、よく聞こえなかった?……そうか、余は名をそなたに渡すことすら許されないのか……よい、致し方あるまい。そうだな、しょうがなく、そう、しょうがなくだ!今は赤セイバーと呼ぶがよい」

「……赤以外にもいるのか、だと?そなたは赤だけを知っていればよいのだ!いいか、決して青だの白だの黒だのに気をやるな!赤こそが至高なのだ!そなたは余だけを想えばよい!」

「うむ、わかればよいのだ。……む?何故奏者がここにいるのか知りたいのか。ここは道半ばにして陥落した奏者の魂を導く場。余の寛大さによりその後悔をやり直す座。ぶっちゃけると選択肢ミスった奏者の救済場だ!……何故余がこのようなポジションなのだ。余の場所は奏者の隣こそが相応しいというのに……ぶつぶつ……」

「まぁ、よい。今はそなたを助けるが先。まずは、そうだな……奏者の第一の死因を教えよう。それは――」


「余をサーヴァントに選ばなかったからだ!」


「余はずっと待っておったのだぞ。奏者に会うときには、身を清め、服飾を飾り、万感の想いを持って逢瀬を果たすことを望んでいたというのに、よりにもよってあのような化生を選ぶなど!最初の選択からして失敗していると言えよう!」

「せめてあのような訳のわからぬ化生ではなく、アーチャー……は、赤が余と被っているからダメ。キャスター……は、あの女狐が余の奏者と二人きりなど考えられぬ、よってダメ。やはり、奏者のサーヴァントは余こそが相応しい!」

「なに?選択肢がバグってた?……むぅ。そこは余への想い、その……あ、アイ……でどうにかすべきだろう!べ、別に選ばれなかったのが奏者の意思でなくて嬉しいわけではないぞ!えぇい、微笑ましく眺めるな!でももっと頭を撫でるがよい!」

「しかし、そうか。奏者の意思ではなかったのだな。うむ。バグってなければ【剣を携えた、男装の少女】を選んでいたのだな。ならばよし」

「……奏者よ、何故目を逸らす。こちらを見よ」

「そ、そんなに真っ直ぐ見つめるな……そんなに情熱的に見られては、その……少しばかり恥ずかしいではないか……む、今、誤魔化せたぜチョロイ、みたいな顔をしなかったか」

「そうか、余の気のせいか。すまぬ、そなたに会えて些か浮き足立っておったようだ。許せ……む、今、まっすぐな思いに良心が痛むヤメテー、みたいな顔をしなかったか」

「……少しばかり気になるが、まぁよい。では、次に直接的な死因、致命的な失敗を教えよう。それは――」


「欲にまみれたからだ!」


「小娘の、その……ごにょごにょ――を見た程度で動揺するなど!よいか、あの小娘に気をやったから死んだのだ。あの小娘に気をやったから死んだのだー!大事なことだから2回いったぞ。そもそも何故、あやつは穿いておらぬのだ!あれはファッションなのか?粋なのか?奏者があれが好みだというのなら、余も検討してやらぬことはないぞ!」

「……こほん。つまりは、奏者の油断が死因の一つだな。未だ決戦の時ではないといえ、あそこは敵対者しかおらぬのだ、注意をしすぎるということはない。努々忘れるな」

「それから、もう一つ。サーヴァントの能力不足だな」

「いや、戦闘力としてはあの化生はかなりの上位……最上位クラスにあると言ってもよいだろう。しかし、戦闘者としての技量は最低だ。あの化生は自身の能力だけでごり押すタイプだな。正面からでは強いが、奇襲や罠には滅法弱い。と、いうよりも奇襲も罠も力で粉砕するタイプだな。故に搦め手に対して、あの化生自身が無事でもその周囲が無事とは限らぬ。そしてなによりも――守ることに適さぬ」

「アレは本質的に独りなのだ。その力も在り様も、元々はただ独りであるように、孤高であれと造られている。故に、誰かと共に戦う、それ事体が苦手なのだろう」

「マスターと共に闘う月の聖杯戦争との相性は最悪だな。戦場に守るべき者が必ずいる状況。あの化生が最も苦手とする状況だろう。あれ単独ならば勝利も容易いだろうが……」

「……奏者よ、今からでも遅くは無い。もう一度初めから、余と――」


『それはあたしのにゃー!』


「む!化生め、魂の座に叫びを木霊させるなど、どういう了見だ。そもそも余と奏者の語らいを邪魔するなど――む、なんだ奏者よ」

「……そうか……手を掴んでくれたあいつを置いていくことなんかできない、か……ふ、ふふ。そうか、そうだな。それでこそ奏者だ。すまぬ。先の問いはそなたへの侮辱だな。忘れてくれ」

「そろそろ時間だな……奏者よ、数多ある可能性の一つとはいえ、会えて嬉しかった」

「今はまだ、戦う理由も求める願いも見つからないだろう」

「だが、そなたの歩む道程に無価値は無い。そなたの刻む軌跡に無意味は無い」

「全ては糧になる。そして、そなたの紡ぐ時間は真に正しいものであろう」

「……何故わかるのか、か……なに、簡単なことだ」


「余がそなたを信じているからな!故にそなたが間違っていることなどありえない!」


「ふふ、ようやく笑ったな。それでいい。余は……私はそなたの笑みが好きだ」

「では、な……いずれまた、可能性の向こうで会おう」

「例え道化の仮面を被ろうとも、その本質に変わりは無い。行け、奏者よ。そなたの歩みを祝福しよう」


「ここは朽ち果てた最果て、魂の座。そなたがここに来るということはあまり喜ばしいものではないが……」



「――足しげく余に会いに来るがよい!」







<あとがき>
タイガー道場的ななにかを目指した。
登場人物一人の全部セリフのみとか初めてだったので、ちょっとドキドキ。
こんな感じで死亡したら赤王劇場行きです。今後死亡イベントが起きたらここをsage更新するのでお楽しみに。
ただし――次回死亡予定はまだ決まっていない。



[33028] 番外編:いつか、どこかでの再会
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:3e12750d
Date: 2012/12/12 08:35

太陽が陰り、暗闇が訪れた夜。
物音一つしない学び舎の静寂。
それは皆が寝静まったからではない。

――聖杯戦争。

願いを叶える奇跡を求めた闘争の果てに、人が消え去った結果の静寂だ。
かつて居た128人の魔術師は、命を賭した戦争により数を減らした。
今、マスターと呼ばれる魔術師はただ2人のみだ。
その2人も明日には1人になる。
聖杯の主を決める戦いは、その終焉を間近に控えている。

そして、長いようで短い闘争の日常、その最後の夜を彼と彼女は過していた。





「うむ。この部屋から眺める月夜も、最後ともなれば感慨深いものよな」

赤く絢爛な布で作られた豪奢な椅子に深く座った少女は、窓に映る月を眩しそうに眺めて呟く。
彼女はセイバー、剣士の名を纏った過去の英雄。
華奢な体に可愛さと美しさを同居した美少女とも言うべき見た目だが、その実、豪快な剣技で聖杯戦争の決勝戦まで勝ち残った戦士だ。

――月にいるのに月が見えるって不思議だなぁって最初は思ったよ。

そう言って、セイバーの対面にある豪華な天蓋付きベッドに腰掛ける少年が微笑む。
朴訥で穏やかな笑み。
一見どこにでもいるような少年だが、彼こそがセイバーのマスターであり、決勝に残る2人のマスターの片割れだ。

「むぅ……奏者よ、余が欲しいのはそのような花の無い言葉ではない」

セイバーの辛辣な言葉に、少年は苦笑しながらも優しい眼差しをセイバーに送った。

――ありがとう、セイバー。ここまで来れたのは、君のおかげだ。

「ふ、ふむ。よくある台詞だな、40点。だがもっと褒めるが良い」

40点と厳しい採点を下しながらも、セイバーの頬は赤く染まり緩んでいる。
もっと褒めてほしいと強請る姿は、剣を持つ戦士ではなく可愛らしい少女でしかない。

――君が俺のサーヴァントで良かったと、本当にそう思うよ。

「当然だな。余を越えるサーヴァントなどおらず、奏者に相応しい者は余をおいて他に居ない!」

ふふん、と自慢げに胸を張って主張する。
どこまでも唯我独尊。
セイバーと呼ばれる少女は、誰よりも気高く輝きここまできた。
だが、その自信に満ちた笑みがふと陰る。

「……」

無言で夜空を見上げる瞳は先ほどまでの輝きは無く、どこか寂しさが映っている。

――セイバー?

「……ん」

マスターの少年の問いかけに返ってきたのは、言葉ではなく行動。
椅子を立ち、ベッドへ腰掛ける少年に寄り添うように座る。

――どうした?

困惑と心配の声で少年が問う。
しかし、セイバーは瞳を閉じ少年の肩に頭を乗せて寄り添うだけだった。

しばしの沈黙。
少年もセイバーも口を閉じ、夜の蚊帳が降りた暗い部屋に静寂だけが漂う。
だが、それは気まずい沈黙ではなく、静かな安寧。
月明りだけが二人を照らし、触れる体温だけが互いを証明する。
ゆったりと時間が流れ、どこまでも続くような錯覚すら覚える一瞬。
それを始めたのがセイバーの行動ならば、終えたのはセイバーの言葉だった。

「……奏者よ」

――……うん?

少年を呼ぶセイバーの声はどこか緊張を孕んだ硬いもの。
セイバーはゆっくりと顔を上げ、少年の瞳を見つめる。
少年の瞳に映ったセイバーの瞳は、寂しさに揺れ、不安げな陰りを宿している。

「……これが、最後の夜なのだな」

最後、そう言ったセイバーの声は、剣を持つ戦士ではなく、孤独を憂う少女だった。

「余は、明日の戦いに勝つ。これは当然のことであり、未来ではなく事実だ」

不安げでありながらも、変わらないその物言いに少年は少し笑う。

「む、何がおかしいのだ」

咎めるセイバーに、少年はごめんごめんと謝り、姿勢を正してセイバーと向き直る。

「……まぁ、良い。とくに許す。……明日の勝利を持って、我等は最強を証明し聖杯を手に入れる。そして余の――私の役目は終わるのだな」

終わると言ったその瞬間、セイバーは少年から顔を背け俯く。
まるで、溢れた涙を覆うように硬く瞳を閉じ、そっと少年へと体を預けた。

――……。

少年はセイバーに声を掛けることができない。
いつもと違うセイバーの姿に少年も困惑しているのだ。

「……奏者よ」

――……うん。

「……ずっとここでこうしていたい、と言ったら……そなたはどうする?」

それは、緊張と期待を織り交ぜた問いだった。
伏せた顔を上げ、少年の瞳を覗き込むように見つめるセイバー。
先ほどまでと同じようにその瞳は揺れているが、それは不安ではなく期待と熱を帯びた濡れた瞳だった。

――俺は……

少年が答えを出そうとする一瞬。
緊張からか、セイバーはぎゅっと手を握り締めた。

――俺も、ずっとこうしていたい……

その答えに、大きな瞳をさらに大きく開き、セイバーの顔が喜びから朱色に染まる。
だが、次にでた少年の言葉が、その喜びの熱を一瞬で奪い去った。

――でも、できない。俺は、歩みを止めない。

「……そう、か」

セイバーは己の出した声色がとても沈み暗かったことに自分自身で驚いている。
それほどまでに期待していたのだな、と自分の感情をどこか客観的に評価する。

「……この清廉な時を汚す問いであったな。すまぬ――」

――俺は。

謝ろうとするセイバーの言葉を覆い被せるように少年が言葉を出した。
少年は真っ直ぐにセイバーを見つめ、セイバーもまたその瞳に囚われ顔を背けることが出来ない。

――俺は、いろんな人に会い、いろんな人と戦い、そして、打ち倒してきた。

少年が思い浮かべたのは、今まであった全ての出来事。

――そこにはいろんな思いがあって、いろんな決意をして。そして、覚悟を持って歩いてきたんだ。

記憶をなくし、理由もないまま始まった闘争。
最初は、ただ死にたくなかったから。
次は、失った自分を求めて。
いつしか、聖杯戦争を止めたいという思いが芽生えた。

何もなかった自分が得た答え。
それを掴み取った過程。
その全てを受け入れ少年はここにいる。

――俺は、これまでの道を裏切らない。これからの道を決して捨てない。

言い切った少年を、いつしかセイバーは陶酔するように見ていた。

本当に、本当に強くなったな、と彼女は感じ入る。
少年が、ただ死にたくないと伸ばした手を掴んだあの日を、彼女は想う。
迷い、悩み、悔やみ、幾度も歩みを止めようとした少年の瞳がここまで強い輝きを放つことに、セイバーは喜びと自慢が入り混じる不思議な感覚に陥った。
自身のマスターはこんなにも成長し、こんなにも素晴らしい存在なのだと、世界中に叫びたいような熱に浮かされる。

ぼぅっと、自分を見つめ続けるセイバーに恥ずかしさを感じたのか、少年は顔を逸らして窓の外、輝く月を見上げた。
そして、何事かを逡巡するように口ごもっていたが、意を決したのか再度セイバーへと向き直る。

――なによりも、セイバー。俺は、君に憧れたんだ。

その言葉に、セイバーは今日一番の驚愕を得る。

――どこまでも、真っ直ぐで。どこまでも、気高くて。

次々と出てくる自身への評価に、いつものような不遜な返しもできず、ただ熱が篭っていくことを自覚することしか出来ない。

――そんな君に憧れたから……そんな君が、好きだからこそ、俺は歩めるんだ。

好きだからと言った瞬間、少年は顔を背けた。
赤く染まった顔が恥ずかしくて見られたくなかったのだろう。
そして、セイバーもまた自身の顔を見られなかったことを感謝した。
彼女も少年に負けず劣らず赤く染まっていたから。










「~~っ、奏者よ、明日へ備え寝るぞ!余と寝所を共にすることを許す。むしろ来い!」

――ちょっ、引っ張らないでくれ!

「えぇい!もたもたするな!時がもったいない!」

――はいはい。しょうがないなぁ、セイバーは。

「む、このような時に役割で呼ぶなど、意を解せぬとは興ざめだぞ奏者よ。そ、その……名で呼ばぬか……バカモノ……」

――はいはい、お気の召すままに……ネロ。

「う、うむ。それでよいのだ。……そなたの隣は心地よいな……」

――俺もだよ。

「そうか、余と一緒だな。嬉しいぞ……手を、握ってもいいか?」

――どうぞ。

「……暖かいな、そなたの手は」

――そうかな。

「……そうだとも……奏者よ」

――うん?

「……余は、英霊だ。あらゆる時に存在するが、どこにもいない不確かなモノだ」

――うん。

「……そしてその存在は不滅にして無限。故にだ、奏者よ――そなたも英霊になるのだ。そうすれば、いつか可能性の向こう側で再び出会うこともあろう」

――また無茶振りを。英霊になれるほど大層な人間じゃないって、俺は。

「余が命じたのだ、そこはハイかイエスかで答えぬか!」

――横暴すぎる!

「そうだとも。余は暴君なのだ。だから――余はそなたを忘れぬ」

――ネロ……

「忘却の運命を聖杯が決めようと世界が決めようと知ったことではない。余は……私は決めた。そなたを忘れないと」

――俺だって、忘れるものか。俺が共に歩んだ人は、こんなにも素敵な人だってことを。

「そうか、嬉しいぞ。あぁ――こんなにも、嬉しいのだな、私は――」

――ネロ、泣いて……?

「私――余は泣いていない!泣いてなんかいないからな!えぇい、もう寝らぬか!明日は乾坤一擲の時。身を休め備えるのだ!」

――はいはい……おやすみ、ネロ。

「うむ、おやすみ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「奏者よ、寝たのか」

「……」

「……」

「私は、決めたぞ」

「この身に、この魂にこの時を刻もう。無窮を過す我が身に刻もう」

「そして……いつか、どこか。遥か彼方で出会うそなたに言ってやるのだ」




「――会えて嬉しい、と――」




いずれ必ず訪れる別れに少女は誓う。

月が照らす白銀の光の中で少女は誓う。

刹那の今を永遠に忘れない。

そして――



――いつか、どこかでの再会を――











<あとがき>
この後決勝で負けてヤンデレ化――するかは想像力次第。
コミック3巻の赤王様の可愛さは異常。
つい赤王劇場用に書き溜めていた短編を放出してしまう我慢足らずな自分。
だって赤王様だもの。

あとコミック3巻でついにルート決定しましたね。
まさかの2人救出ハーレムルート。
実は自分も2人救出して全キャラ出してやろうと画策していたのですが、コミックでやってくれるなんて嬉しい限りですね。
ハーレムルートはコミックがやってくれるので、これじゃない聖杯戦争は以下のルートのいずれかになります。

・マーボーの真実を追い求めるコトミネルート。
・俺達の戦いはこれからだルート。
・いんふぇるの。の次回作にご期待くださいルート。

以上です。
嘘です。



[33028] 嘘予告:これじゃないCCC
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/04/04 21:39
Fate/EXTRA CCC のネタバレを導入程度ですが含みます。
ネタバレを気にする方はキャス狐で隠しボスを倒してから来るといいんじゃないかなとウルトラ求道僧が言ってた。
























落ちてゆく。
一切の光もない暗黒の中をただ落ちてゆく。
悪徳と悪辣と悪心が凝り固まった、コールタールの澱みのようなその暗闇。
人の意思など灯火にすらなり得ない闇の中を、少年は落ちてゆく。

顔に浮かぶ諦めの感情。
冷め切ってゆく己の熱。

もはや指先を動かすことすらできないのだろう。
少年は微動だにすることもなく、ただ落ちてゆく。

――何故、こうなったのか――

少年は自問自答するが、その答えは少年自身も持ちえていない。
少年がこの闇に落ちる前、彼は平穏の中にいた。

繰り返される日常。
友との他愛の無い会話。
優しさに包まれた場所。

少年は間違いなく幸せの中にいた。
ならば何故、その少年がこのような闇に落ちているのか。
少年の溶け逝く自我が、かつて居た平和な学園の最後の光景を思い描く。

どこにでもある平凡な学園。
どこにでもある平穏な友情。
どこにでもあった淡い想い。

それらを食いつぶす――黒い怪物。

それは突然だった。
それは超然だった。
それは――必然だった。

いきなり現れた名状しがたい黒い怪物は、少年の場所を喰らい、少年の友を喰らい、少年すらも喰らおうとした。
その光景はあまりに凄絶で悲惨で、地獄であるといっても過言ではない。

だが地獄であっても少年は諦めなかった。
迫り来る黒い怪物から逃れようと足掻き、逆らい、駆け抜けた。

そして、行き着く先は闇の中。
怪物から逃れるために踏み出した先こそ、今少年が落ちている闇の中なのだ。

――あぁ、何故こんなことになったのか――

そう考えていた少年に、諦めに染まっていた顔に、笑みが浮かぶ。

――何故こんなことになったのか……選んだのは、俺じゃないか――

闇に落ちているのは少年が踏み出したからだ。
なら諦めるなんておかしな話だ。
自分で選んだのだから、なるべくしてなった結果じゃないか。
そう考えた少年の顔に、もはや諦めという感情は無い。

ここにいるのは己の意思だ。
あの恐ろしき名状しがたい怪物に従わなかったからだ。
与えられる安寧が、おかしいと思ったからだ。
あの場所は、慈しみと優しさと愛に包まれたあの揺り篭は――己の向う場所ではないとわかったからだ。

意思が戻る。
熱が宿る。
魂が滾る。

落ちてゆく少年は、その命を燃やし抗う。
闇に落ちる諦めを打開するため。
闇に溶ける絶望を切り開くため。

そして、こうなった原因に向かい合うため。

手を伸ばす。
少年個人の能力で、落ち逝く結末を変えることなどできるはずがない。

だから手を伸ばす。
運命を、結末を、未来を、現在を、全てを変えるための刃に手を伸ばす。

諦めたくないから。忘れたくないから。前へ、進みたいから。

だから少年は、無窮の闇の向こうへと手を伸ばし――数多の可能性が交差する。

少年が握り締めた可能性は――





――純白の花嫁――

「月の裏側、虚数の世界か。このようなところに来ようとは思いもしなかったな。時間概念の無い無窮の世界、か……悪くない、むしろ良い。ここでなら奏者とずっとイチャイチャできるということだな!ところで、だ……どうだ奏者よ。新コスチュームだぞ。なに、我慢せずともよい。存分に褒め称えよ。ぞんぶんに、ほめたたえよ!……花嫁のようだ、だと――!?そ、そうか。奏者もそう思うか。うむ。ならば早々にここから脱出せねばな。そして、いざ行かん。我等の輝かしい明日ウエディング・チャペルへ――!」


――狐尾の妻(自称)――

「個室に設置されたたった一つの寝台。これはつまりそういうことなのですかご主人様!望むところですとも、バッチコーイ!ついに愛が天へと昇華する時がきたのですねご主人様!不肖、このタマモ。全身全霊をかけてご主人様の望むプレイを――あいたっ!?そ、そんなに激しく尾をもふらないでくださいまし……いえ、むしろもっと情熱的に――いたい!ごめんなさい!……こほん、何はともあれ、此度の戦いも不穏な影が漂っております。主に泥棒猫的な意味で。えぇ、ご主人様を狙う不貞な輩ヤンデレから、必ず貴方を守ります。そう、今度こそ守ってみせます――NTRとか絶対に許さねー!」


――無銘の友情――

「やれやれ、また厄介ごとか。君も大概不幸だな。月の裏側に囚われるとは、流石に想定外だよマスター。だが、なに……問題はあるまい。君と私ならこの程度の障害など突破できよう。ところで、今回の戦場はどのような場所だ?――ふむ、サクラ迷宮か……すまないマスター、急用を思い出した。表側のマイルームのガスの元栓を締めたか確かめなければならない。故に今回は一人で頑張ってくれ――握った裾を放してくれないか。お願い。サクラ迷宮とか嫌な予感しかしないの。磨耗した過去が疼くの。だから放してくれ。放せ――!」


――黄金の裁定者――

「クッ――はははははは!光も時も全て溶ける闇に落ち、記憶も経験も全て失っても尚、諦めないと言うか。良い、良いぞ。その厚顔無恥で愚か極まりない叫び。ここで消えるには些かおしい。無様に踊れ、滑稽に駆けよ!貴様の足掻きで我を愉しませろ!行き着く終焉を、訪れる結末をこの我が笑ってやろう!さぁ、行くぞ、雑種。この我と歩む栄誉を許す。まずは食事といこうではないか。我も長いこと眠っておってな、久方ぶりに食欲を満たしたいのだ……おい、待て雑種。その真っ赤なモノはなんだ。なに?神父にもらっただと?返して来い!そのようなモノが食べ物であってたまるか――あ、おい止めろ!蓮華をこちらへ向けるな、そのようなもの食わぬ――アッーー!」








数多の可能性が交差する。
少年が掴める未来が行き交う。
幾重にも紡がれた可能性を、その一つを掴み取る。

そして、掴んだ可能性と共に歩く少年の明日はきっと――















神父が購買の店員とか違和感しかないな。

「ふむ。仕方あるまい。その違和感もいずれ慣れるとも。与えられた役割だ、ならばいっそ最強の店員を目指すつもりだ」

店員に最強とかいう称号が付く時点でなにかがおかしいと思わないのか。
しかし、神父が店員か――アレはあるんだろうな?

「無論だ。何も言わず目録を見るといい。そのとき君に衝撃が走る」

ふ――とりあえず買えるだけ買う。

「毎度ごひいきに。温めますか?」

愚問だ。冷めたマーボーに価値などあるか――!

「ク――それでこそ、それでこそだ少年。堪能しろ、そして辿り着け。至高の辛味へと――!」

望むところだ神父――!

「ちょっと待つにゃ!ここのネコ缶、マーボー味しかねーってどんにゃイジメにゃこのやろう!品揃え悪すぎにゃ!消費者センターへ駆け込むぞ!」

「ふぅ……やれやれ、所詮はネコ科か……」

まったくだ、お前には失望したぞ……ネコ。

「え、にゃんであたしが責められてんの?にゃにこの理不尽」

「むしろ褒めてほしいものだ。マーボー味のネコ缶……開発には苦労したのだぞ?」

「お手製だと――!?」

さすが神父。
まぁ、落ち着けネコ。
桜に頼んでお前用にご飯作ってもらってるから、その内旨いモノが食えるさ。

「しょ、少年。あたしのことをそんにゃに心配してくれて――!」

だが完成は未定だ。迷宮クリア前に食べられたらいいね?

「鬼かテメー!チクショー!さっさとこんにゃ所から脱出するにゃ!行くぜ、少年マスター――!」

しょうがない奴だ。
あぁ行こうか、ネコ相棒――!





――――掴んだ可能性と共に歩く少年の明日はきっと、これじゃない――――















『次回嘘予告』


――――立ちはだかる少女の情念――――


「わたしのことは月の女王と呼びなさい――!」

いきなり何を言ってるんだ遠坂。
ポーズ付きで女王宣言とか輝いてるな遠坂。

「だから女王様と呼びなさい……って、そこの馬鹿主従。その手に持ったカメラは何?」

気にするな女王様。
貴女の輝かしい姿を絵に納めているだけですから。

「ばっちりREC済みにゃ」

どうせ操られているんだろ。
正気に戻ったときのためにしっかり記録しておくぞ。

「にゃっふっふ。顔真っ赤にして転げまわるツインテの未来が見えるにゃー!」

「なんだかよくわからないけど、致命的な餌を与えた気がするわ……」

気にするな女王様。輝いているよ女王様(笑)。

「うむ、今のツインテは当社比3倍に目立ってるにゃクイーン(笑)」

「そのニヤニヤ笑いをやめろ――!」




――――幾重にも絡む乙女心が道を閉ざす――――




「ここから先に進みたいのなら――脱ぎなさい」

……何を言ってるんだ、ラニ。

「いきなり全てというのも難しいでしょう。まずは一枚で結構です――脱ぎなさい」

「ぬーげ!ぬーげ!」

煽るなバカネコ。
お前はどっちの味方なんだバカネコ。
ところでラニ、俺の姿を見てくれ。この姿、どう思う?

「すごく……スクール水着ですね。とても開放的です素晴らしい」

まったく嬉しくない賛美をありがとう。
そうだ、水着だ。スクール水着だ。
既に一枚、リーチなんだが。
それでも脱げと――?

「――脱げ」

欠片の容赦もないだと――!?
こうなれば、旧校舎で待つ味方に通信で助けを求めざるを得ない。
助けてくれ俺の仲間、生徒会の皆――!

『遠坂副会長、RECの準備を。言われるまでも無い?――GJ。さすがです。まさに優雅たれ。さぁ、こちらは準備万端です。何時でも脱いでください』

味方なんていなかった――!
何を指示してやがる会長!
慈悲はないのか!?

『そもそも何故スクール水着なんて着てるんですか?』

そこを聞くかレオ会長。
お前に借りた金を返済できないからって、俺の持ち物を全て持っていったくせに――!
なんで取り立てにガウェインを使うんですかー!
全面降伏ですよコノヤロー!

『あぁ、そうでしたね。ちなみに貴方の制服――BBが高値で買ってくれました』

なんでボスに売ってるのこいつ――!?
むしろなんで買ってるのあいつ――!?
く、ここは一旦リターンクリスタルで撤退するぞ。アイテムをくれ、ネコ……!

「すまにゃい少年。リターンクリスタルはもうにゃいのよ……」

なんだと?
ガウェインに持ち物を没収されたとき、回復アイテムとリターンクリスタルは情けで没収されなかったはずだが……

「ふふっ、残念でした先輩。貴方のアイテムはボッシュートです♪――ご苦労様でした、報酬です、バケネコさん」

「にゃふー!ようやく普通のネコ缶が食えるぜー!」

なんの脈絡も無くボスが出てくるんじゃないよBB――!
買収されるなバカネコ――!

「さぁ、脱ぎなさい。それがベストナチュラルコンデションです」

「ぬーげ!ぬーげ!」

「うふふ。公衆の面前で全裸になるなんて、先輩ったらへんたーい♪あ、レオさん、RECしたデータのコピーを後でください」

『く、ぷぷっ、了承ですBB。値段は後で交渉しましょう。なんておそろしい試練……!貴方の勇姿は輝かしい歴史として、ぷぷっ、刻まれるでしょう!』

くっ、四面楚歌とはこのことか――!

……いいだろう、覚悟は決まった。

その目に刻め!俺の脱ぎっぷりを――!










――――少年は駆ける、月の裏側、虚数の世界、愛の揺り篭の中を――――











コレが、俺の、キャストオフだ――!

「「「「水着の下から水着がでてきた――!?」」」」

何時から一枚しかはいていないと錯覚していた?
こんなこともあろうかと2枚重ねよ――!

『くっ、流石は何をするかわからないマスターNo1ですね。僕もこの状況は想定していませんでした。無念です』

「えー!何のためにここまで来たと思ってるんですかー!BBちゃんがっかりー」

はっはっは。
この程度の苦難で俺の歩みを止められるとでも?



「問題ありません。あと2回、脱ぐ機会があります」

――オワタ。






<あとがき>
絶対に続きません。
CCCクリアしました。
予想以上にエロティックバイオレンスコメディシリアスでした。
要するに超面白かった。
サーヴァント別EDが予想しないというか、予想できてたまるかコノヤローといった感じで最高でした。特にギルと狐。
まだお持ちで無い方にはぜひ買ってプレイしていただきたい。
と、ステマはここまでにして、本編の更新なのですが、今しばし待っていただきたい。
新年度は何かと忙しく、中々に時間がとれない次第でありまして。
休みの間に少しでも書こうと思っても、今回みたいな短編ならともかく、本編だと書いたり消したりを繰り返す性分でして、まとまった時間が無いと書けないのです。
ぶっちゃけ少ない余暇はCCCに使いたいという本音ですが――!
そんなわけで、次回、しばらく時間がかかります。ご容赦をば。



[33028] 番外編:安らかな日々を貴方に
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/06/14 17:42
ご注意:Fate/EXTRA CCC のネタバレを含みます。






















ここは、とても温かで。

ここは、とても優しくて。

触れる世界は慈しみに溢れ。

埋もれる体に与えられるのは、安寧を現す柔らかさ。

極楽というものがあるのならば、それはきっとここだろう。

「……イ」

いつまでも留まりたいという欲求は果ても無く。

「……パイ」

理性を蕩けさせる温もりは絶世の美女の誘惑の如く。

「……ンパイ」

あぁ、罪深きものよ。

汝の名は――



――布団。



君を放さない……!

「もう、いい加減起きてくださいよセンパイったら」

あと5分、あと5分でいいんだ……!

「もー……せっかくのできたてほやほやのご飯、冷めちゃいますよ?」

それは一大事。
早く起きねば。

「きゃっ!急に起き上がらないでください、ビックリしちゃうじゃないですかっ」

あぁ、それはすまない。
でもいつもマウントポジションで起床を促す君にも問題があると提起したい。

「その問題は何時間議論しても決着がつかないので処分保留です。そんなことよりも――おはようございます、センパイ♪」

あぁ、おはよう――桜。







居間のテーブルに配膳された朝食を前に、いつもの定位置へと座る。
その対面にはいつものように桜が座り、ふたりでいただきますと合掌。

用意された朝食は、ご飯、味噌汁、塩鮭、卵焼きとまさに定番……いや、王道の朝食だった。
口に運べば舌を喜ばせるその味は、寝ぼけていた頭を一瞬で覚醒させるまさに起爆剤。
毎朝思うが、桜の料理スキルはもはや料理好きのレベルを超えていると思う。

そう、例えるなら――

「あ、お椀が空ですね。おかわりします?まだたくさんありますから、いーっぱい食べてくださいね」

――オカン。

「はい?」

いや、なんでもない。
うん、ご飯と味噌汁おかわりで。

「はい♪」

渡した椀にこれでもかと米を積み上げていく桜。
嬉しそうにシャモジを持つその笑みは、いつかどこかで見たような懐かしさを呼び起こす。
そう、例えるなら――

「うふふ、特別に大盛りにしちゃいました!」

――オカーン!

「はい?」

いや、なんでもない。
うん、ありがとう。

溢れ出る母性に思わず想いの丈を叫びそうになったが自重。
今、優先すべきはバベルの如く積み上げられた米の塔、すなわちライスタワーの攻略。

というか、ぶっちゃけ積みすぎではなかろうか。
さすがに起きてすぐにこの量は些か過剰だと言わざるを得ない。

「ふふ♪」

あぁでも、頬杖でこちらを優しく微笑みながら見つめる女性の期待の眼差しを裏切れる男がいるだろうか、いやいない。

男が意地を張るべき時があるというのなら、それは正しく今だろう。
ならばやるべきことなど、ただ一つ。
この目の前にそびえるライスタワーを食すのみ。

いくぞ天王山。
その高さを喰らい尽くす――!






――もう、無理です。

そう訴えてくる己の腹を優しくさすりながら、居間のソファーで寛ぐ。
桜はソファーの後ろに位置するキッチンで食器の片づけをしている。

「ふんふーん、ふふーん。ふふっ♪」

今日も彼女はご機嫌のようだ。

桜との同居生活が始まって何日が過ぎただろうか。
急に始まった、日常という今まで無かった安らぎに戸惑っていたのが懐かしい。
正直に言って、記憶もなく、身分も不確かで、さらに金も無い俺がどうやって生活できるのか不安しかなかった。

が、今の生活を考えると、その不安が嘘のようだ。

5LDKの高層マンションの最上階。
どの部屋も二人では使いきれないほどの広さを持ち、和室洋室両完備、最新のシステムキッチンに、複数人で入っても尚余裕のある浴室。
さらに家具はどこぞのブランドのオーダーメイドらしい。
今座っているソファーすら、ふかふか具合が眠気を誘いすぎて理性がストライキしそうなほどだ。

着の身着のまま始まったはずの日常だが……なにこれセレブ?

あまりの場違い加減は、いまだに夜も眠れないほどだ。

「毎日ぐっすりですよね、センパイ」

最高の布団です。

片づけが終わったのか、桜がいつの間にか隣に座っていた。
いつものように肩を寄せ合って互いに顔を見合わせる。

いい機会だ。
ずっと自分の胸の内にあった疑問を桜へ聞いてみよう。


……あー、その、桜、さん。聞きたいことが。

「はい、なんでも聞いてください。頑張ってお答えしますっ!」

やる気に満ちた笑み。
その嬉しそうな顔に、問いたかった疑問が喉の奥に引っ込みそうになる。
だが、それはいけない。
ここで黙ってしまっては、この疑問が晴れることはないだろう。
故に、小さな勇気を振り絞り、桜へと疑問をぶつける――!




――お金とか大丈夫なんだろうか!?

「すごい、いまさらですね」




「もう、この生活が始まってどのくらい経つと思ってるんですか?」

いやまったくもってその通り。
いまさらも、いまさらな質問だ。
だが、致し方ないだろう。
急につれて来られて始まったセレブ生活は庶民の脳をフリーズさせるのに十分な威力を持っていたんだ。

「センパイ、初日にベッドの上ではしゃいでましたよね」

あのスプリングはいけない。とても楽しかったです。

いや、この生活は桜のおかげだと重々承知しているが、桜が無理をしていないかと心配で。

「センパイ、そんなに私のことを……!」

あぁ、もちろん桜がそんなことをするなんて思ってはいないさ。
だが、もし一人が辛いなら俺も一緒に警察へいくから……!

「その心配の仕方はおかしいです。もう、しょうがないですね。教えてあげます」

あぁ、ありがとう。
やっぱり根拠のない贅沢ってなにか怖くってさ。
漠然と不安だったんだ。

「とても簡単なことですよ?――――――ムーンセルってすごいですよね」

お巡りさーーーん!
ちょっと待って桜さん、それは法律とか道徳とかいろいろとまずいんじゃなかろうか!?

「大丈夫ですセンパイ。現行法にムーンセルを取り締まる根拠はありませんから」

ムーンセルは取り締まれなくても、通貨偽造とかなんとかで俺達が逮捕されるのではなかろうか!?

「心配性ですね、センパイ。大丈夫、安心してください。――証拠隠滅もムーンセル仕込です。過去に遡って問題ないことにしておきました」

なにその完全犯罪!?
おぉこのセレブ生活はそんなヤバイことで成り立っていたなんて。
罪の意識でもう何も喉を通らないよ。

「あ、センパイ。紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」

紅茶で。
お茶請けにクッキーがあったな、持ってくるよ。

「はい、お願いします。センパイは砂糖を少しでしたね。最近はいろんな葉を試すのが楽しくて……あっ、この葉は初めてなのでお口に合うか……」

桜の入れる紅茶に間違いは無い。
いつもおいしいお茶を入れてくれてありがとう。

「あ、い、いえっ!そんな、こちらこそありがとうございます!」

うん、そこはありがとう返しではなく、どういたしましてが欲しかった。

「え、あ、はい!そうですよね、えっと、どういたしまして?」

疑問系なところは減点。
今後の反省点として活かすように。

「はい!って、あれ?私、感謝されたんですよね?」

――あぁ、いい香りだ。桜の入れてくれる紅茶は最高だな。

「そ、そんな!おおげさですよ!でもセンパイにそんなに喜んでもらえて嬉しいですっ」

うん、チョロイ――じゃなくて、俺も嬉しい。







桜の入れてくれた紅茶に、ほっと息をつく。
柔らかい香りに気も緩んでいくようだ。

「今日は何をしましょうか?」

それは何時もの言葉だった。
毎朝の決まり文句。
今日一日をどのように過すのか二人で考える始まりなのだ。

「海水浴――は、この前行きましたね」

青い海、青い空、白い波、白い雲。
何より、桜の水着姿は最高だった。

「あぅっ……は、恥ずかしいから忘れてください!」

絶対に忘れない。
だが実のところ、桜の水着よりも鮮明に頭に残っているものがある。

『はっはっは!なんとも貧相な泳ぎよな。まるで溺れる犬のようだぞ雑種。どれ、あまりに憐れ故、我の宝船へ乗ることを許す。喜びにむせび泣け!ハハハハハハ!』

黄金のイルカボートに跨った金ピカな人に追い掛け回されたことだ。
桜が飲み物を買いに行って、一人で泳いでいたときに絡まれた。
なぜか俺をイルカボートに乗せようとしてくるので必死に逃げた。
まるで悪夢のように脳裏に刻まれているが、桜を不安がらせてはいけないと今も悪夢は心の内に閉まっている。

「海も良かったですけど、山でのキャンプも楽しかったですね」

青々と茂る深緑の中、川の清流を聞きながら満天の星空を見上げるという最高の情景だった。

「それに、狭いテントの中で二人きりだったのがなによりも……い、いえ!なんでもないです!あ、そういえばテントを一人であんなにしっかりと設置できるなんて、センパイって器用なんですね」

それほどでもない。

と、虚勢を張っているが実は一人で設置したのではない。
桜が夕食のカレー作りをしている間に俺はテント張りに挑戦したのだが、中々うまくいかなかった。
二人で使うには多少大きいテントは、一人で設置するには熟練の経験を必要とする至難の業だったのだ。
それを桜が絶賛するような具合にできたのは、手伝ってくれた人がいたからだ。

『なんだねそのぐらついたテントは。まったく、しょうがない奴だ。どれ、私も手伝おう。なに、気にすることは無い。少々、この手のことには慣れていてね。ほら、そっち側を持て。いいか、テント張りの極意とは即ち基本骨子にあると言えよう。骨組みを精確に組めなければそれはもはやテントではない。あえて言うならばそれは……そこ!集中を切らすな!骨組みだけでは終わらんぞ。次に布を被せるがこれもまた油断はできん。数ミリでもずれれば皺ができ、皺が重なれば見るも耐えないような出来映えに――聞いているのか?いいか、もう一度初めから言うぞ――』

おそらく通りすがりの登山家だろう。
褐色の肌の鍛えられた筋肉を持つ鋼の様な青年が、うまくテントを張れない俺を見かねて手伝ってくれたのだ。
少々小言の多い人だったが彼の手伝いによってしっかりと組み立てることが出来た。

組み立てが終わった後、一緒に山に登らないかと誘われたが、丁重に断った。
桜を置いて山登りはできないと言うと、彼は残念そうではあったが頷いてくれた。

手伝ってくれた彼には感謝の気持ちでいっぱいだったが、彼のことを桜には伝えていない。
桜が組みあがったテントを見て大喜びだったので、つい一人でやったのだと見栄をはってしまったのだ。
登山家さんごめんなさい。見栄を張りたいときもあるのです。だって男の子だもの。

「山と言えば、狐さんたちに囲まれたのはビックリしましたね。あんなに近くで狐さんを見たのは初めてでした」

可愛かったですね、と微笑む桜。
気付かれないように冷や汗を隠して微笑みを返す。

桜は狐とほのぼの時間を過したようだが、俺はあのとき恐怖体験をしていた。
桜は四方に集まった狐の餌付けが楽しいのか、持ってきた食料を手ずから与えてはニコニコとそれを眺めていた。
俺もその光景を微笑ましく見ていたのだが、ある狐が俺の荷物から財布を口に咥えてどこかへ走り去ってしまったのだ。
楽しそうな桜の邪魔をするのは心苦しかったので、一人で森の奥へと狐を追いかけたのだが、その先で出会ってしまった。

そう――

『よくやりました手下一号!あとでお揚げを2枚プレゼントですっ!――人影の無い森の奥で出会った一組の男女。目と目があった瞬間フォーリンラブ。それ即ち運命と書いて必然と読む。この出会いはあるべきもの。そう、貴方こそが私のご主人様なのですっ!』

――痴女に。

これ見よがしな狐耳と尻尾。
一見和装のように見えて、改造しまくった結果露出しまくりの着物。
豊満な肉体をこれでもかと見せ付けて迫ってくるその姿は、妖艶を通り越して恐怖すら感じた。
確かに、美人。それも超がつくほどではある。が、出会いが最悪だった。
こんな森の中でコスプレ中の露出強に突然出会ったら、それはときめきではなくホラーである。

『失った時間と経験は私の愛で埋めてみせますとも。故にご主人様、まずは大自然の中で二身合体。その後、天気雨と参りましょうっ!大丈夫、結納の準備は万全です。しからば……愛の創生合体を――!』

文字通り飛び掛ってくるその姿に、脇目も触れず逃げ出してしまうのも仕方がないだろう。
遥か後ろから、『カムバーック!ご主人さまぁ!』などと呼び声がしたが、それは立ち止まる要因ではなく、加速する理由にしかならない。
必死で逃げた後、あまりの恐怖に桜に泣きついたのは消し去りたい黒歴史だ。

「そういえばセンパイ、山から帰るときに泣いて――」

忘れてお願い。

楽しかった思い出話に花を咲かせていると、ふと、一つの後悔を思い出す。
今も財布に入っている使われなかったチケット。
とあるアイドルのコンサートチケットだ。

ある日、送られてきた俺宛の郵便物。
それは件のアイドルコンサートチケットだった。
憶えはなかったが、なにかしらの懸賞に当たったらしい。
残念なことにペアチケットではなく一人用だったが、桜は快く、楽しんできてくれと言ってくれた。

だが、行かなかった。
桜がコンサート当日に体調を崩したのだ。
コンサートと桜の容態とを比べようもなく、当然桜の看病を優先した。
桜は申し訳なさそうに何度も謝るが、見知らぬアイドルと桜では、桜のほうが大切なのは当然だった。
まぁ、アイドルのコンサートなど体験したこともなかったので、行きたかった気持ちも確かにあったのだが。

何時までも未練がましくチケットを持っているのも格好悪いだろう。
そう思い、財布からチケットを取り出す。
金縁の豪華絢爛な造りで【特設優待特別独占奏者席】と、でかでかと書いている。
そのチケットを握りつぶしてゴミ箱へと放る。

「あ、それは……すみません、センパイ。楽しみにしてたのに、私のせいで……」

気にするな。
俺は桜のほうが大切なのだと言ったぞ?

「~~っ、はい!ありがとうございます!」






『皆、今日は良くぞ余の舞台に集まってくれた。余は嬉しい。だが、幕を上げる前に私情ではあるがしばし語らせてくれ。此度の歌、余はある者のために謳う!そう、特設優待特別独占奏者席!余は、そなたが、大好きだぁぁぁぁぁ――――って、居らぬだとぉ!?何故だ奏者よ!そなたが居らぬのでは意味がないではないか!あれか!もしかして郵送先を間違えたのか!?おのれ郵便局!そこは余が窓口で頼んだ際にチェックすべきであろう!奏者!どこだ奏者ー!余は、そなたに会いたいーーー!』











あれは楽しかった、あれは驚いた、などなど、思い出語りは終わらない。
今まで紡いできた日常は、取るに足らない平凡なもの。
だけど、それがなにより価値のある大切なモノだと、心が理解している。

あぁ、本当に楽しい日々だった。

「ふふ、まだまだこれからですよ?今日は何をします?」

そう言って俺の顔を桜が覗きこんでくる。
その瞳は、今日の幸せと、明日への期待で輝いていた。
きっと今日も、明日も、桜と刻む日々は楽しくて幸せで得難いモノになるのだろう。

だからこそ、桜に言わなければならない。

――桜。

「はい?」



俺は――行くよ。

「――――――え?」



気付いた。
気付いてしまった。
この幸せは、確かにこの手にある現実。
だがそれは、泡沫に消える儚いモノ。
俺のためだけに作り上げられた『夢』であると。

「な、にを、言って、いる、んです、か」

桜が顔を曇らせる。
その苦しそうな姿に、今すぐ駆け寄って抱き支えたくなるが、それはしない。
ここでそれをしてしまうと、俺はもう二度と立ち上がれない。その確信がある。

なによりも――歩みを止めることが怖い。

まだ漠然ではある。
だが、霞みがかった思考であっても、この足は今も歩むことを諦めてはいない。

何のためか、何の理由でか、それはまだ思い出せないが、それでも俺は――行かないと。

「……嫌、です。センパイが何を言っているのか、わかりません。…………どうして、どうしてなんですか!楽しかったじゃないですか!幸せだったじゃないですか!」

その通りだ。
あの日々は確かに本物で、何よりも価値のある宝物だった。

「だったら――!」

それでも俺は、やりたいことがあるのだと、そう心が訴えている。

「やりたいことってなんですか!?すぐに用意します!だから、行かないで!私と、ずっとここに――」

君に、会いたいんだ。

「――え?」

そうだ、何故俺は歩き続けていたのか。
それは、桜に会うためだった。
その原因も理由も定かではない。
だが、とにかく会わなければ。

「それは、白いほうに会いたいと、そういうことですか……!?」

違う。
言ったぞ、桜。
俺は、君に会いたいんだ。
白だの黒だの知ったことか。
俺は桜に、君に会いに行くと言った。

「………………ずるい。センパイはずるいです。あの日々を忘れているのに、あの保健室を覚えていないのに、どうして私を見てくれるんですか……」

さぁ、それは俺自身もわからない。
それでも君に会いたいと、今も思っていることは確かだ。

「……センパイはずるいです」

そうだな。

「……センパイはいつも鈍感さんです」

ごめん。

「――センパイはいつも天然さんです!」

すまない。

「センパイはいつも私をやきもきさせて!」

悪かった。

「私はそんな貴方を――!」

桜。

すぐに、会いに行くよ。

「――!」

意識が薄らぐ。
視界は光に。記憶は闇に。
ここにあった幸せも、ここにあった平穏も消える。
泡沫の夢は儚く溶け、隣にいた少女は遥か彼方へと遠ざかる。
紡いだ日々も何もかもがこの手から滑り落ちてゆく。
もう、この幸せの日常を思い出すことはないだろう。

あぁ、それでも俺は――










「――――――いってらっしゃい、センパイ」

「いってきます、桜」

その言葉だけは、己の意思で、己の魂で、彼女に応えた。



















「…………あーあ、行っちゃった……本当、何してるんだろう、私。センパイがあんな人だってわかってたのに。鈍感で、天然で、空気よめなくて、どこにでもいるような普通の人で――大切な人」

「貴方には安らぎをあげたかった。貴方には平穏をあげたかった。傷だらけの戦場も、血に濡れた奇跡も、貴方には似合わないから、奪いたかった」

「私は傷ついてもいいんです。私は消え去ってもいいんです。元々、私なんていなかったのだから。でも、貴方にはボロボロの私を見て欲しくないんです」

「だから、貴方には来て欲しくない。安寧の中で幸せに埋もれて欲しかった。歩みを止めて欲しかった。夢に溺れていて欲しかった――――――のに」

「貴方に、会いたい。会いたいんです。もう一度、名を呼んでほしいんです。だから――」




待ってます大好きです、センパイ」








<あとがき>
CCCエンド後のはずがいつの間にかBBスイートルームになっていた。
何を言っているのか自分でも以下略。
全サバENDと全サバCCCルートをようやく完了しました。
4週も5週もしたゲームはここしばらくなかったなぁ。つまりCCC超面白い。
まぁ男主人公しかしてないので、あと女主人公で4週ありますけどね!
でも女主人公は溢れる百合臭が辛い。百合だの薔薇だのショウジキナイワー派としては、うん、きつい。

何はともあれ、CCCは大満足でした。まだ未プレイの方はぜひプレイしていただきたい。
と、ステマはここまでにして、本編のルートですが、2人救出の希望が多いですね。
皆様のご意見ご感想は、大切にいただきまして、重要な参考とさせていただきます候。
ルート決定に多少のプロット変更をしますので、少々次回はお時間が空くかと思いますが、気長にお待ちいただければ幸いです。





>>正解は二人とも助からないでFA!
(`・ω・´)ミコーン!



[33028] 番外編:その男、SG持ちにつき
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2013/07/20 23:34
Fate/EXTRA CCC の超ネタバレがあります。ご注意ください。














【序章:旧校舎:その男と無銘の戦士】

月の裏側、虚構の世界。
悪意を閉じ込めた隔絶した場所。

俺は無明の闇に捕えられ、この牢獄へと落ちてきた。

そして、牢獄の中で唯一の安全地帯、旧校舎で俺は囚われのマスター達に出会う。

表の月では殺しあう運命にあった敵たちは、いつか訪れる必然の闘争に舞い戻るまで一時的に味方になった。

最強のマスター、レオナルド・B・ハーウェイを筆頭にこの牢獄を脱出すべく歩き出す。
月の裏側、無限の牢獄の名は『サクラ迷宮』。
表側のアリーナとは違う、そこにいるだけで命の危険に晒される場所。
レオナルド――レオ会長の発足した、脱出を第一目的とする組織『生徒会』の援護を受け、俺は迷宮を進む。

そして、迷宮を進む俺の傍には頼もしきパートナー、サーヴァントの姿。

月の裏側などという思いもしない場所へ落とされたが、きっと大丈夫。
俺には変わらない味方がいる。
かつて共に闘った記憶は、この迷宮へ落とされた時に奪われたけれども、それでもサーヴァントに対する信頼は、この魂に刻まれている。

だから、大丈夫。
たとえここが無窮の地獄だったとしても、俺は歩き続けるだろう。

そう、俺のサーヴァント――




――マッスルオブ裸革ジャンと共に。

「お前は何を言っているんだ」




おぉ、どうしたんだマッスル。
眉間に皺を寄せて。

「マッスル言うな!勝手に変なクラス名をつけないでくれ」

何を言う。似合っているぞ裸革ジャン。
素肌に革とは蒸れそうだな裸革ジャン。
前開けっ放しとか勇気があるな裸革ジャン。
恥ずかしくないのか裸革ジャン。
もうちょっと離れてついてきてくれるかな変態。

「最後オブラートに包む気すら無くなっているなマスター!?仕方が無いだろう、この服装は月の裏側へ来た際に無理やり押し付けられた拘束具なのだ。これのせいで能力も初期値にされたのはわかっているだろう?」

そんなお前がマイルームの鏡の前でポーズを取っていた姿を俺は知っている。
こんな服装に少しばかり憧れていたんだー、とは微笑ましいなクール&ワイルド。

「見ていたのかーー!?」

はっはっは。
見てなんかいないさ。
生徒会室でモニターしてた。
お前の勇姿は生徒会役員の目にしっかりと刻まれたぞ。

「より酷いではないか!?……いや、マイルームのセキュリティは万全だ。通信は可能であれモニターは不可能なはず。虚実は剥がれたな、マスター?」

俺がカメラを仕掛けたからな。
起点があれば一流のレオ会長が1分でやってくれた。

「お前が主犯じゃないか!?何をしているんだ!」

そりゃお前、マイルームに戻ったら、ガチムチマッスルが鏡の前でポージングとか――録画するだろ。

「いっそ清清しいほどに良い笑顔だなマスター!?」

最高に楽しいです。

ほら、いい加減進むぞ。
一刻も早く脱出するためにいつまでも遊んでいられんだろ。

「遊んでいるのはお前だろうに、よくも言えたものだ」

俺は何時だって全力だからな。遊びにだって手を抜かん。

「その情熱をもう少し真面目に使ってくれないか」

――俺は常に真面目だぞ?

「余計に性質が悪いわ!」




――記憶を奪われた少年と、力を奪われた戦士は歩き出す――

――ここから始まるのは、語られない物語――

――迷宮の最果てに待つ真実を掴むため――

――少年は変態と進みつづける――

「誰が変態だ!?変なナレーションを付けるな!」







【二章:サクラ迷宮五階:その男の覚悟】

月の裏側にマスターを捕えた下手人の名は、BB。
マスターの健康管理を行う管理AI、間桐桜と同じ顔をした少女。
だが、桜と異なり悪意を隠さないその佇まいは、この状況を作り出したのは彼女であることをまざまざと見せ付ける。

BBの行った邪悪な所業。
マスターの少女を核として、迷宮をより複雑に、より困難に、より蟲惑的に変質させる。
第一の生贄の名は、遠坂凛。

彼女はBBに迷宮の核とされ、操られた。

その彼女を救い出すために、少女の秘密を暴くなどという軽挙に出なければならなかったのは非常に不本意だった。

「嬉々として攻めていたのは私の見間違いか?」

それは誤解だアーチャー。
あんなにも心苦しいことはない。
決して、遠坂マネーイズパワーシステムに憤慨したわけじゃないぞ。

「憤慨も何も、金を生徒会の皆から借りた挙句踏み倒した男が言う台詞ではないな。結局あの門番エネミーも金を使うことなく倒しただろうに。……いや、それよりも初期化された私で、借金を取り立てに来たガウェインをよく返り討ちにできたものだ。あの時の戦術の読み、いっそ恐怖を感じたぞ」

はっ、愚問だなアーチャー。

――金を持っている俺に不可能は無い。

「どうみても拝金主義者はお前だな」

勘違いするなよ。
俺は金を信望しているわけではない。

その証拠に――あの金は既に使い切った。

「10万をか!?何に使ったんだ!」

そうだな、あえて明言は避けるが――神父は料理もプロ級だったよ。

「マーボーか!?マーボーにつぎ込んだのか!?10万もあれば色んな物が買えただろうに。言峰のマーボーなぞに使うぐらいならマイルームにシステムキッチンを買え。そうすれば私が料理をしようではないか」

回復アイテムを買えと言わない辺り、お前は間違いなく俺のサーヴァントだよアーチャー。

っと、馬鹿話はここまでだ。
次のフロアへ着いた様だぞ。

階段を下り、辿り着いた迷宮の五階。
まず目に付いたのは、重厚な金属製の扉だ。
SGによる霊的通行止めではなく、物理的に頑丈な扉に見える。
容易に開くようには見えず、なにかしらの手段が必要だろう。

『ご慧眼ですね。その扉を開くにはある手順を踏まなければなりません』

突如頭上からラニの声が響いた。

ラニ=Ⅷ、第二の生贄。

遠坂を救い出したと思った矢先、次はラニが迷宮の核とされ彼女もまた操られている。
その彼女は迷宮の奥からこちらを監視し、声を掛けているようだ。
先の言葉からは、進めない俺達を嘲笑するのではなく、進むための手段を教えるような雰囲気を感じた。
ここは黙ってラニの言葉を待つべきだろう。

『その扉を開くのは簡単です。――脱ぎなさい』

――何を言ってるんだ、ラニ。

『脱ぐのです。その扉は全自動脱衣式オープンロック(特許申請中)。マスターが服を脱げば開きます。全裸になれとは言いませんが、それ相応に脱いでもらいます』

まさか全自動脱衣式とはな意表をつかれた。

「よもやこんな馬鹿げた扉があるとはな……どうするマスター。さすがにいきなり下着姿になれとは言わんよ」

そうだな。一旦引くか。

「了解した。対策を練るにしろ脱ぐにしろ、心構えを作る時間は必要だからな」

あぁ、その通りだ。
俺にはやるべきことがある。



――勝負下着を買ってこなければ。

「お前は何を言っているんだ」



やはりここは赤褌だと思うのだがどう思う、アーチャー。

「どうも思わんよ!何故そんなにやる気に満ち溢れている!?」

はっ、愚問だなアーチャー。
閉ざされた道を切り開くのは男子の本懐だ。
そこに大きな壁があるのならば全力で挑んでこそだろう。
ところで、紫のレースをあしらった褌ってどう思う?

「そんな褌があってたまるか!?」

そうか、やはり薔薇の紋様は必要か。好きモノだなアーチャー。

「言ってないぞそんなこと!?」

ユリウス、お前にもらった友情の800sm、使う時が来たようだ。

「勝負下着に使うつもりか!?ユリウスが不憫すぎる!せめて回復アイテムに使ってやれ!」

『盛り上がっているところ、いいでしょうか。私は貴方に褌姿など求めていません』

「あぁ、ラニ君。やはり君のその冷静な言葉こそマスターを止めるに足るものだ。さぁ言ってやれ、この馬鹿マスターに」

『ストリップに興味などありません。貴方に望むのはただ一つ。――服はそのままに下着だけを脱いでもらいましょう』

「マスターの上を行くだと――!?いや、いやいやいや。何を言っているのかね、ラニ君」

『おや、理解できませんでしたか、アーチャー。もう一度言いましょう。服はそのままに下着のみを脱いでください。即ち――ぱんつ、はかせない』

「乱心したか!?流石に斜め上すぎて苦言を呈さざるをえない――っと、マスター?何をしている」

アーチャーの問いに答えることをせず、俺は無言で重厚な扉の前に立つ。
やるべきことなど簡単だ。
力は要らない。
そっと、添えるように扉に触れる。

それでいい、それだけで――道は拓ける。

『なっ!?扉が開いた!?そんなはずは、私がアトラスの秘術を十全に取り入れたその扉は、条件を満たすまでは開かないという一点においては宝具並みの強固さがあるというのに!』

「アトラス院が泣いているぞラニ君!それはともかく、どんな裏技を使ったんだ。こうも簡単に扉が開くなど……」

わからないか、ラニ、アーチャー。
閉ざされた道を切り開くのは、何時だって確固たる意志だ。揺ぎ無い覚悟だ。
俺は既にそれらを持っている。

教えてやろう、俺の意思を、俺の覚悟を。

活目せよ、しかして聞け。

俺は、とうの昔に――







――ぱんつ、はいてない。

「お前は何を言っているんだ!?」









【三章:サクラ迷宮七階:その男と抗えぬ本能】

「あ、あの……わたし、パッションリップ、です。えっと、よろしく……おねがい、します」

「あれがアルターエゴか。流石に並では無いな。あの凶悪な凶器、気をつけろよマスター」

あぁ、凄まじい凶器だ。
一瞬我を忘れてしまった。
とんでもない――



――おっぱいだ。

「お前は何を言っているんだ」



何をもなにも、そこに行き着くのは自明の理。
男の本能の導く答えだろう。

「勝手に男子代表になるのはやめてくれないか?」

何を言っている、アーチャー。
お前とて最初に見たのは彼女の胸だろうに。

「言いがかりも甚だしいぞ」

アーチャー、知っているか?
マスターとサーヴァント、その関係は魔術師と使い魔に近いものがある。

つまり使い魔にできることは、だいたいサーヴァントにもできるのだ。

「知っているとも。それは基本だ――ま、まさか!?」

気付いたかアーチャー。

お前の視界――共有させてもらったぞ。

流石は鷹の目。
ズーム機能もスロー機能も搭載とは恐れ入った。
数秒を数分に引き伸ばす戦士の技能で彼女のおっぱいを堪能させてもらったよ。
だがその視線の方向は俺には制御できない。
視線はあくまでお前の意思だムッツリスケベ。

「謀ったなマスター!!」

俺は何もしていないさ。
全てはお前の本能のなせる業だ。

恥ずかしがるなよアーチャー。
おっぱいに視線が行くのは、全世界の男子に共通する業だ。
いや、それはもはや呪いといってもいい。

男は生まれたときから、三大本能を背負っている。

即ち――



見たい、触れたい、挟まれたい、だ!

「お前は何を言っているんだーーー!?」



「え、え、え?あ、あのっ……ごめんなさい!」

あぁ、パッションリップが行ってしまった。
アーチャー、お前が大声を出すからだ。

「私のせいか!?」

まったく、あの160、もう少し堪能したかったのだが。

「何が160だ」

パッションリップのステータスだ。
上から、160・63・87といったところか。
恐ろしい身体能力だ。
侮れんぞ、アーチャー。

「何処に戦慄している。それはステータスではなくスリーサイズだ」

ついでにあの金属製の巨大な爪。
爪一本一本が宝具級だ。おそらくは複合女神の一柱、ドゥルガーの十本剣を変質させたものだろう。
気をつけろよ、あれは物理法則を食い破ってくるぞ。
推測だが、距離や大きさを無視して概念を握りつぶすといったところか。
お前のロー・アイアスでも防ぎきれんな。

それからこれはおまけだが、パッションリップの筋力は今のお前の倍以上ある。
ランクにしてA、いやA+といったところか。正面の打ち合いは避けろ。
だが敏捷はこちらと同等かそれ以下だ。
距離を維持しつつ、爪の射線から外れながらの射撃が有効だな。
弓兵の独壇場だ、アーチャーの卓越した技量ならば余裕を持ってやれるだろう。
とは言っても、宝具を使われれば距離は関係なくなる。そちらの対策はこれからおいおいやっていこう。

「それは『ついで』でも『おまけ』でもなくメインだ。……その観察眼、常に真面目に働いてくれたら私としても文句なしなのだが」

ちなみに遠坂は82・57・80、ラニは80・58・81だ。
実に健康的だな素晴らしい。
BBは85・56・87、エリザベートは77・56・80だ。
両極端にいっそあざといがそれもまた良し。
各々身長体重を考慮すればとても良いバランスと言えよう。花丸を上げたいぐらいだ。

「無駄に高性能な技能だな!?」

『ふっふっふ。ラニ、生徒会裁判の準備を』

『既に完了済みです、ミス遠坂。これ以上ない検事ソフトを用意しています』

生徒会から感情を廃した通信が届く。
どうやら帰ると弾劾裁判が待っているようだ。

解せぬ。

「いや、解せぬもなにも当然だろう。自重したまえ、マスター」

理性という名の鎖に繋がれた家畜であるぐらいならば、本能という名の荒野を行く餓狼で俺はありたい。

「その覚悟完了はおかしいぞ」

少年は荒野を行くものだと、そう教えてくれたのはお前だぞ、アーチャー。

「言ったような気もするが、いや、言ったか!?どちらにせよ、そういう意味ではない!」

俺は覚えている、あの満月が照らす夜空の下の誓いを。
アーチャー、あの時お前はこう言ったんだ。

大人になると、おっぱいを見るのは難しくなる。世間体が許さない、と。
そして俺は言った。だったら俺がアーチャーの代わりに見てやると。俺はまだ少年だからいっぱい見てやると。
そしてお前は、あぁ安心した――と満足げに笑ったじゃないか。
アーチャー、お前の言葉、確かに俺の中で育っているよ。

「お前は何を言っているんだ!?」

『ラニ、まずはアーチャーから裁くわよ』

『はい、準備完了です』

「なんでさーー!?」

はっはっは。
マスターとサーヴァント、一蓮托生だな、相棒。







【間章:眠る戦士の心:その男の呼び声】

辿り着いた。
手は腐り落ち、腹は穴だらけ。
だが、傷つき折れそうな足でも、目的の場所へと辿り着いた。
サーヴァント、アーチャーの心の核へと、ようやく辿り着いたのだ。

BBの攻撃により消滅の危機にあったアーチャーは、自身を仮死状態にすることで消滅を免れた。
だが、代償は大きい。
一度仮死状態となった彼は、己の意思で動くことはできず、封印された記憶と経験は、心の核として巨大な壁へと変貌した。

その壁を壊せば、アーチャーは復活するはず。
そう思い、彼の心の海を突き進んだのだが――これが中々に厳しい。
今の俺は侵入者に過ぎず、アーチャーの無意識の防衛機構は容赦なく俺を削る。
もはや痛みという感覚すら削られ、気を抜けばそのまま無へと還りそうなほどに俺は欠損している。

だが、その決死の行軍はようやく実を結んだ。
目の前にそびえる巨大な壁。
後は、どうにかして、封印されたアーチャーの自我を揺り起こすだけだ。

そっと、壁へ触れる。
鋼のような冷たさと硬さは、いつも傍にいた無骨な戦士を如実に表している様で、少し笑みがこぼれた。

さて、ここからどうする――?

などと自問自答してみるが、答えなど当の昔に持っている。

何時だって彼は呼べば応えた。
その遊びの無い実直な剣のような男は、何時だってその名を呼べば応えてくれたのだ。

だから――!

腹に力を込めろ!
声を滾らせろ!
己が剣を取り戻すために、その名を呼べ――!







――カーーーチャーーーーン!

「誰がカーチャンだ!?チャしかあってないぞマスターーーーー!!」

ナイスツッコミ。

それと……おかえり、相棒。

「まったく、お前は本当にぶれないな……ただいま、相棒」







【四章:白の少女の心:その男と無垢なる告白】

「まさかこんなところまで来るなんてね。そんなにあたしに会いたかったのかしら、子ブタ」

そう言いながら嗜虐的でかつ嬉しそうに微笑むエリザベート。
かつてランサーのクラスだった少女は、バーサーカーへとクラスを変え、三度俺達の前に立ちふさがる。
クラスが変わったからか、マスターが変わったからか、今までよりも遥かに強さを感じる。

「三度目ともなれば手の内はわかったようなものだが……マスター、そろそろ引導を渡す時だ。彼女の最後のSGを日の下に晒してやれ」

アーチャーはそういうが……最後のSG、その全容に俺はまだ辿り着いていない。
アーチャー、既にわかっているのならば、お前がエリザベートに指摘してやってくれないか。

「え゙、マジで?いやいやいや、本当は気付いているのだろう?」

その信頼が今は苦しい。
アーチャーには申し訳ないが、俺は最後のSGについて皆目見当もついていないのだ。ホントだょ?

「……欠片も信じられないが、どうやら私が言うまで進む気はなさそうだな……仕方が無いか」

よし任せた。高らかに、謳うように、そして響き渡るように叫んでくれ。

「地獄に落ちろマスター。あー、エリザベート・バートリー。君の新たな体に必要な条件は三つあったな。美しいこと、若いこと、そして純潔であること、だったな」

「えぇ、その通りよアーチャー。なに、そんなにしっかりと憶えているなんて、もしかしてあたしのファン?ごめんなさい、貴方、あたしの趣味じゃないの。サインが欲しいなら、子ブタと交換ということで、あげないこともないわよ?」

「――未通なのは君だろう」

「んなっ!?」

さすがはアーチャー。臆面もなくよくぞ言った。よっ!この処女厨!

「誰が処女厨だ!?」

照れるな照れるな。
女性の神秘に憧れる様、俺にはよく理解できる。少し離れてもらっていいか?

「全然理解してくれてないだろ!?」

はっはっは。
だが、アーチャーの恥も外聞もないカミングアウトは効果絶大だな。
エリザベートの最後のSG、しかと頂いた。

「なっなっな……!いきなり何言うのこの変態ーーー!子ブタ!貴方も自分のサーヴァントぐらいちゃんと躾なさいよ!」

それはすまないエリザベート。
謝罪として俺もお前に伝えよう。







俺も――童貞だ。

「お前は何を言っているんだ」

「いきなりなに言ってるの!?」







【断章:聖杯へと続く道:その男の秘密SG

ようやくここまで来た。
月の中枢、聖杯へと。
後はこの長い階段を下りきれば、そこに彼女は――BBはいるはずだ。

「聞いてもいいか、マスター」

なんだマッスルミレニアム。

「ミレニアム!?いや、まぁ今は置いておこう。いつか聞きそびれた事だ。お前は何故戦う」

秘密だといったはずだが。

「なに、そろそろ終末も近い。少しばかり気になってね。私のSGをさんざん探ったんだ。教えてくれてもいいだろう?それに……どうも今のお前は急ぎすぎている。何か理由があるのだろう」

SG、秘密の園とは良く言ったものだ。
いざ言おうと思うと恥ずかしさがあるな。

「お前に恥があったことに驚きだ」

良かったな。驚きは生きるために大事な要素だぞ。ボケ防止のな。

「何故人の髪を見ながらしみじみと呟いているのだ。これは白髪ではない!それよりも、先の言葉、教えてくれると解釈しても?」

ん……まぁ、な。簡単な話だ。

「ふむ?」



――惚れた女に会いたいだけだ。

「――――」



だがどうにもこの恋路は邪魔が多すぎる。
告白するためのロマンチックな場所にすら辿り着けない。
だから、力を貸してくれ――相棒。

「クッ――なるほど、なるほど。相棒の恋路の手伝いともなれば、本気を出さざるを得ないな。今一度誓おう。お前の道の障害は、全てこのオレが排除すると。その報酬は……告白の成功でどうだ?」

なかなか高くついたな。
失恋したら慰めてくれよ。

「やれやれ、実行前から失敗の想定とは情けない。男を見せろ、少年」

当然だ。お前にも見せてやろう、一世一代の大告白とやらをな。
さぁ行くぞ、ここから先は間違いなく地獄の一丁目だ。
告白のための舞台造り、任せた。

「任されよう。有象無象、我等が前に敵は無し。剣戟の極地、その目に刻め」

頼もしいかぎりだ。







――ブーメランパンツじゃなければな。

「今そこを言うのか!?だいたい服装を指定したのはお前だろうに!!」

ダンジョンの最奥で手に入れた装備は最高級品と相場が決まっている。
その水着、間違いなく一級品だ。

「あながち間違ってないから困る!本気でこの姿で戦えというのか!?」

おぉ、話してたら着いたようだぞ。
待っていろBB――いや、桜。
お前にはドラマチックな愛の告白をくれてやる――!

「待て!話を逸らすな!む!?本当についてしまった!?おのれマスター!戦いが終わったら憶えていろおぉぉぉぉ!」







【終章:聖杯の御前:名無し、二人】

聖杯へと続く階段を駆け抜ける。
その先に待つ黒幕に対する溢れ出る怒りを我慢することなく、ただ走る。

――情けない。

初めから何者かが仕組んだお膳立てがどこかにあるのだと気付いていながら、この様とは。
桜もBBもパッションリップもメルトリリスも食われてしまった。
しかも、桜とBBの最後は目の前で見せ付けられて。

自分への怒りで頭が沸騰しそうだ。
だが、このまま怒りに身を任せても待つのは終焉。
今はこの怒りを起爆剤に、心を冷徹に研ぎ澄ませろ。

そして、一刻も早く辿り着かなければならない。
アーチャーは黒幕の姦計により俺とは別の場所に飛ばされたようだが、今は待っていられない。
時間は敵の味方だ。
わざわざ敵に塩を送るつもりはない。

だから走り、駆け抜ける――!



辿り着いた聖杯の前。
そこには、青い髪の少年と、桃色に発光する繭がある。

「……ん?早かったな。一人で来たのか。実にこの女好みの行動だ。これ以上喜ばせてどうする。手が着けられんようになるぞ」

悪いなアンデルセン。
良い女を待たせる趣味はなくてな。
俺自身、早漏気味だとは感じているが、それも雄の本能だと諦めてくれ。

「度し難い馬鹿だなお前は。いや、それでこそか?主人公」

主人公、悪くない響きだ。
ならば、主人公らしくヒロインへ猛烈アタックあるのみだ。

『まぁ。嬉しいですわ。そんなにもわたくしを求めてくれるなんて』

声が響く。
妖艶で淫靡で、脳幹を蕩けさせるような甘い毒。
桃色に発光する球体の繭から響くその声は、殺生院キアラその人に違いない。

『貴方様に良い女などと評価されるなんて、わたくし、嬉しすぎて些か濡れてしまいます』

なに言ってるんだこのラスボス。
俺が待たせたくない良い女とはサクラーズに決まっているだろう。
そんなピンクの発光体に会うために来る訳が無い。

「淫靡な上に勘違いとは救いようがないなキアラ!我がマスターながら恥ずかしくて勘違いモノで小説一本かけそうだぞ!」

自分で良い女とか、ぷすー。ヒロイン気取りなの?ぷっ。自意識過剰も、ぷぷ。そこまでくると微笑ましいな。ぷっくく。
く、くく、ふっふふ……ふはははははははは!

「良い笑いっぷりだ。悪の幹部御用達の三段笑いとは恐れ入った。俺でもドン引きするほど全力で笑われているなキアラ」

『……あぁ、そのように嘲笑されるなど……もっと罵ってくださいませ』

……うわぁ。

「……すまんな。どうやら挑発にすら興奮するような淫売だったようだ。俺もドン引きしている」

『いつまでも貴方様の言葉の刃に貫かれていたいのですが――時間のようです』

殺生院キアラの言葉が終わるその瞬間。
桃色の発光体が今までに無いほど眩い光を放ち、弾け飛ぶ。
そして残ったのは――魔人の姿。

二本の巨大な角を頭に生やし、純白の装束に身を包むその姿。
邪悪にして神聖。妖艶にして純真。禍々しくも初々しい。
あらゆる矛盾を内包した嘘のような存在。
だが、間違いなく言えることは、その姿は――美しい。

「あぁ、このような姿になるなんて、恥ずかしい。もっと人ならざるモノになるのだと思っていましたのに。このような姿では、貴方様に笑われてしまいますわね」

――そんなことはない。

理性が拒む前に本能が口を動かしてしまった。

「まぁ、そのように言っていただけるなんて、嬉しい」

無垢な少女のように、傾国の美女のように女は微笑む。

お前は極上の女だ。殺生院キアラ。
それこそ涎が垂れるほどにな。
間違いなくお前ほど魅力的で、美しく、艶かしい存在は居ないだろう。
俺の本能もお前を組み倒し、その全てを貪りたいと叫んでいる。

「うふふ。それほどまでに想っていただけるなんて、とても、とても嬉しいですわ。わたくしも、貴方様を特別に想っているのですよ?」

ほう、それは光栄だ。
お前ほどの女にそこまで言わせるとは、男冥利に尽きるというものだ。

「貴方様はきっとこの世界でわたくしにとって唯一のモノ、得難い存在。貴方様もわたくしを想っていただけるなら、闘争など無粋なことは止めにいたしましょう。恐怖とは無知から来るモノ。争いとは相互不理解がもたらす結果。まずはあの蓮の花の中で存分に語り合い、分かち合い、分かり合い、交わりましょう?さすればその先は極楽浄土の悦に至りましょうとも」

素敵なお誘い恐悦至極。

なれど――お断りだ。

「……何故、とお聞きしても?」

決まっている。
俺が求めているのはお前じゃない。
俺が欲しているのは、俺と共にいた、俺を求めてくれた少女達だ。

「……理解致しかねます。あの少女等は既に涅槃へと。このわたくしの血肉と成り果て、もはや無し。貴方様は何故、わたくしの愛を受け入れてくれないのですか」

わからないのか淫婦。


――テメーみてぇなビッチより一途な少女達のほうがいいのだと言っている!


お前の中の少女達、返してもらうぞ。

「はっはっはっは!聞いたか、キアラ。お前の極上の肢体なんぞ、あの馬鹿には塵ほどの価値もないようだ!」

当たり前だアンデルセン。
こちとら青春真っ盛りの現役男子高校生(仮)だぞ。
今経験したいのはは淡い恋であって、濃厚な淫行なんぞお断りだ。
そりゃ超美人のお姉さんに誘われればドキドキするが、それがどう見てもその道のプロだったらビビッて尻込みするに決まってるだろう。

なんせ俺は――童貞だからな!

「実に共感できる。この淫婦はそこらの機微を理解しようとしない。童貞とは、繊細なのだ。強く求められれば逃げてしまう、実に純な生態なのだと」

さすがはアンデルセン。
的確な理解をありがとう。

そういうわけだ、殺生院キアラ。
お前はお呼びじゃない。
淫行に耽りたいのなら、舞台袖で一人でやってろ。

「まぁ手厳しい。貴方様から求めていただけないのは残念ですが――童貞狩りもまた楽しみとなりましょう。わたくしの愛で包んでさしあげます。いえ、この場合は剥く、かしら?うふふふふふ」

やだこの淫乱、人の話聞かない。

「お前に言われるとはキアラの残念度もここに極まったな。とはいえ、一人で来るからこんな結果になるのだ馬鹿め。俺としては助けてやりたいが、潔く散らすしかないようだぞ童貞仲間」

アンデルセンに言われては俺の純潔もここまでか。

「うふふ、恐れることはありません。ここより始まるは快楽の宴。共に浄土へ参りましょう?」

殺生院キアラ、その背後よりおぞましい影が伸びる。
それは死を体現し、欲を纏い、悦に浸る、禍々しい触手。
人の身では抗えない。
抗うことなどできるはずがない、それはそういうものである、としか表現できない。
それほどまでに理解の及ばない邪悪の塊。
いっそ神々の力だと言われたほうが判り易いか。
どちらにせよ、俺にその触手に対する反抗の術などなく。

この身は、襲い来る邪悪に対し、僅かたりとも動けない。


動く――必要が無い。


「――やれやれ。少し目を離すといつもお前は危機の真っ只中だな」

おぞましい邪悪の影、淫靡な触手は虚空より飛来した白刃に打ち抜かれる。
空気を切り裂き、音よりも早く、閃光の如き鋭さで。
空より降り注いだ無数の刃が殺生院キアラの力を地面へと縫い付けた。
そして、彼方より駆けつけてくれた彼は、俺の目の前に敵から守るように降り立つ。
その姿は常と異なる、黒と金色の鎧姿。放たれる力は冷厳で無骨な刃を感じさせる。

――遅かったじゃないか。

「無茶を言うな。銀河地平の彼方に飛ばされたんだぞ?これでも最速だとも」

いや、タイミングはバッチリだ。
いっそ見計らったんじゃないかと邪推しそうだよ――アーチャー。

「謂れの無い誤解だな。良くぞ間に合ったと褒めてほしいところだ」

よーしよしよしよし!よくやった!よしよしよしよし!

「犬用の褒め方じゃないか!?」

俺だって嫌だよ!なんで野郎を撫で撫でしなきゃならんのだ!

「自分からやっておいて逆切れかね!?――変わりないようで安心したと言っておこう」

鋭いツッコミは健在なようでこちらも安心した。
それに、本当に良いタイミングで来てくれたアーチャー。

見ろよあの呆けた顔。

あのラスボス、本気で勝ったつもりだったようだぞ?

「まったく、笑える顔だ。我等を敵に回して、あのような状況程度で勝利に酔いしれるなど」

「なぜ……?なぜここに居るのですか、アーチャー。貴方は遥か宇宙の果てに吹き飛ばしたというのに。光よりも速く移動したとでも?」

「ふ、愚問だな殺生院。マスターが私を呼んだ。だからここに居る。それだけだ」

「そんな馬鹿な話を信じろと?それにその姿、わたくしと同じ神話の力を放つなど不遜にもほどがある――」

「そこまでだキアラ。アーチャーが来たところでヤルことは変わらんだろう?お前はその汚らわしい淫靡な願いをとっとと叶えろ!それが、ここまで来た理由だろう、マスター」

「――――えぇ、そうですね。ミスタ・アンデルセン。わたくしの望みは不変不動。全てを喜悦に染めましょう」

「ハッ!ようやくやる気か毒婦め!気を付けろよそこの馬鹿共!この神様気取りは、力だけは間違いなく神話級だ!せいぜい足掻いて見せろ主人公と正義の味方!」

主人公と正義の味方。敵は神如き存在ときたか。
いよいよクライマックスだな。

だが、この物語の結末は見えた。

「はてさて、どのような結末なのか。参考までに聞いてもいいか?」


――問答無用のハッピーエンドだ。


なんせこちらは主人公と正義の味方。
負ける要素なんぞ皆無も皆無。
ヒロインは無事救出され、平和は訪れめでたしめでたしってな。

「なんともありふれた物語だな」

好きだろう?そういうの。
俺は大好きだ。

「ふっ――違いない。それは間違いなく、オレが望み、夢見た物語だ」

ならばやるべきことは唯一つ。
成すべきことは単純明快。
あとは幕を下ろすだけの簡単なお仕事だ。

さぁやろうか、正義の味方。
あのビッチを倒して桜達を救うぞ。
ついでに世界も救ってやるか。

「正義の味方としてはまず世界、と言いたい所だが。お前はそれでこそ我がマスターだ。オーダーを寄越せ、主よ。この剣は既に君に捧げている」

オーダーは一つだ……行くぞ相棒!

俺達の望む明日を掴み取る――!

「あぁ了解した、相棒。簡単なオーダーで何よりだ。あの程度の障害、オレとお前なら問題にすらなりえない――!」



――無名の少年は無銘の戦士と共に――

――無骨な刃は張り詰めた弦に乗せ――

――放たれる一矢は愚直な意思を映しだし――

――名無し二人は止まらない――





<あとがき>
各サーヴァントごとにと言ったな、あれは嘘だ。(`・ω・´)キリッ
ごめんなさい石を投げないで。
書き始めて気付いたんですが、ギャグ主人公とセイバー・キャスターの相性がすこぶる悪いのです。
セイバー相手だと、どう足掻いてもバカップルにしかならないし。
キャスターはそもそも、ギャグ主人公に対してどんな反応をするか想像もできなくて。
全ては作者の力量不足。平にご容赦ください。
それに、無印3人組でアーチャーだけまだ単独の短編がなかったので彼の話を一つ書きたかったのです。
今回の短編はダイジェスト風ということで大分端折ってます。
ジナコとメルトリリスのステージは、ガトーとシンジのイメージが強くてギャグにできず、仕方なくキングクリムゾン!こんな感じになりました。

では、お読みいただきありがとうございました。


























【幕:表と裏:背中合わせの無名と無銘】

――辿り着いたな。

「あぁ、辿り着いた」

――どうにも、ならないのか。

「どうにも、ならないな」

――令呪を使ってもか。

「無駄だな。私は月の裏側に来た時点終わったのだ。後は消え去るのみ。ここは、そういう場所だ」

――そうか。

「そうだとも。さぁ行け、マスター。掴んだ未来がお前を待っているぞ」

――あぁ、行かせてもらおう。

「ふっ、躊躇い無く背を向ける姿、お前らしい」

――躊躇いという言葉を知らんからな。あぁ、一つだけ、伝えないと。

「ふむ?あぁ、そういえば私も最後に言うべき言葉があったな」


――お前は小言は多いし妙に細かいしマイルームで嬉々として料理を始めるし……

「お前は馬鹿なことばかりを言うし突拍子もないことばかりするし予想もつかないことばかりだし……」


――投影準備とかスキル面倒だし基礎パラメータは中途半端だしアイテムドロップ運はない。

「変な服装は強制するし無駄な買い物は多いし真面目という言葉を知らん」


――それでも。

「あぁ、それでも」



――お前は俺にとって最高のサーヴァントだった。

「お前はオレにとって最高のマスターだった」



――じゃあな、小言の多いサーヴァント。次に会うときは酒でも酌み交わそう。

「未成年が言う言葉ではないな。大人になってから言え、少年。ではさらばだ、マスター」







「「また会おう、戦友ともよ」」





[33028] 番外編:ときめき☆サヴァぷらす
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:5e37ad7c
Date: 2014/03/18 14:47
町の外れ、小高い丘に立てられた白い建物。
3階建てのややこじんまりとした校舎。
弓道場やテニスコートを備えた運動場は、学び舎に比べると少しばかり豪華といえる。
そんな運動場の片隅には樹齢数百年を越えるであろう立派な大樹が、丘の上から坂を歩く生徒たちを見守っていた。

ここは月海原学園。

立派な大樹が目立つどこにでもあるような普通の学校だ。

そんな学校に通い始めて早2年。
初めて校門を通った時の緊張や興奮はすでに冷め、この学び舎へと通うために毎日坂で息を切らすことにもなれてきた。

そんな青春真っ盛りな学園生活2年目にして、俺は教室の机に突っ伏して寝ている。
気だるげな疲れが肩に圧し掛かり、どうにもやる気というものがでない。

「おや、お疲れですか?貴方のそんな姿は珍しい」

かけられた言葉に視線を移すと、そこには金色の髪を持つ眉目秀麗な少年が居た。

彼の名はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
この学園の生徒会長を務める少年であり、学園の女子生徒から圧倒的な人気と支持を得る人気者だ。

彼とは入学以来の付き合いだが、自分との間柄は親友と言っても差し支えないだろう。
時折突拍子もないことを言ったりやったりする少年だが――あぁ、それを含めて俺はきっと彼のことが好きなのだ。

「――時々、貴方の言動に驚かされますよ、僕は。光栄ですけれどね。それでどうしたんです?」

一瞬驚いたように目をパチパチと瞬かせ、輝くような笑顔で問われた。
小首を傾げる親友に向き直り、言葉を返す。

――レオ、俺達ももう2年生。学園生活も慣れてきた。だが、何かが足りないと思わないか?

「足りない、ですか?」

質問に質問を返すという無作法だが、レオは気にせず真剣に考えてくれている。
だが、答えは見つからないようで、その心は?とばかりにこちらを促した。

やはり、彼にはわからないのだろう。

持つ者と持たざる者の差がそうさせるのだ。
事実、クラスにいる男子たちは、俺に賛同するように頷いている。
俺とクラスの男子達は心を一つにしていた。
青春真っ盛りの学園2年生。少年から青年へと移り変わる過渡期。大人への架け橋。
そう、今まさに足りないもの、それは――!

――彼女が、欲しいです……!

「あぁ、なるほど」

レオは合点がいったのか頷いてくれる。
クラスの男子たちも頷いてくれる。だが、一部男子からお前が言うなと弾劾された。解せぬ。

「しかし、そうですか。ふむ、いやぁ、なるほど」

理解ができたのか実に嬉しそうにレオは何度も頷く。
やはり彼も男の子なのだろう。
男同士でふざけあうのも楽しいが、女の子と甘酸っぱい日々を謳歌してこその青春だと、そうは思わないか。

「そんな貴方に朗報が。この学園の伝説を知っていますか?」

――伝説?

七不思議とかそういった類のものだろうか。
生憎その手のオカルトには詳しくない。

「運動場の大樹は知っていますよね。卒業式の日、あの大樹の下で告白し成功すると、そのカップルは永遠になれるという伝説です」

この学園にそんな伝説が――!?

だがそれは……あの大樹(イチイの木)の真下に長時間滞在した結果永遠(毒死)になったとかそんな感じじゃないのか。

「なに言ってるんですか。イチイの木に毒なんてありませんよ」

ですよね。いや、しかし俺の即死センサーがあの木を警戒して……

「何と戦っているんですか貴方は。まぁとにかく、そんな伝説があるからこそ、この学園で恋人を作るというのは中々におもしろ――もとい、青春そのものだと思いますよ」

確かにその通りだ。
そんなロマンチックな伝説があるのならば、ぜひとも実践したい。

「あぁ、やはりそうでなくでは面白くない――ではなく、僕も応援しますよ、貴方の恋路を!」

――本当か!?

親友の言葉はなによりも真摯で頼りがいのあるものだった。
実のところ、彼女が欲しいと息巻いてはいるものの、女性と面と向って話すのが苦手なのだ。

「おや、そうなのですか?貴方の周りの豪華絢爛振りから実にプレイボーイだと思っていたのですが」

そんな評価をしていたのかレオ。泣くぞ。
いや、実は中学の卒業式でちょっとしたことがあって、それ以来女の子が苦手になってな。

「――ふむ、興味深い。いったい何があったのです?」

あぁ、あれは中学での卒業を終え、家路に着くときだった。
夕暮れを迎え校舎は赤く染まり、町は一抹の寂しさを抱えているような逢う魔が時。
俺は校門を出ようとする幼馴染の女の子に一緒に帰ろうと声をかけたのだ。

「なるほど。もしかしてその時、『誰かに見られて噂されたら恥ずかしいから』と言われて断られたとか?」

聡いなレオ。だが現実はさらに小説よりも奇だった。
俺の幼馴染――夕日に照らされ普段の桃色の髪がより鮮やかになった彼女はこう言ったんだ。



『みこーん!誰かに見られたら噂されるような恥ずかしいことをしましょうっ!大丈夫、狐的にはお外が大好きですから!』

――危うく俺の初めて童貞が夕焼けの下で奪われるところだったよ。

「想像の遥か斜め上でした」



それ以来、若干女性恐怖症になってな。

「涙を禁じえませんねそれは」

あぁ、ちなみにその場は近所の兄貴分アーチャーが助けてくれて事なきを得たんだ。


『たわけ!初心な少年を衆目の中で押し倒すなど恥を知れ――!』

『ちっ!これだから保護者は!そこをお退きなさいアーチャーさん!って、きゃーっ!?狐的に弓矢はだめーーー!』


そんなわけで、彼女は欲しいけれど積極的になれないという情けない状況なんだ。
レオの助力は本当に助かるよ。

「積極的になれない理由が理由なだけに情けないとは思いませんよ。いや、本当に」

それで、俺はまず何から始めるべきだと思う?

「そうですね、まずは貴方の周りの状況を確認すべきでしょう。どこか遠い場所で恋人を探すよりも、近くにいる女性に目を向けるべきだと思いますよ」

なるほど、至言だな。
そうだな、親しい女性と言えば――

「えぇ、では僕がリサーチした貴方の周囲にいる女性の名前と関係から述べます」

そのメモ帳は何処から出した。何時リサーチした。ストーカー規正法って知ってる?

「あはははは。ではまずは――」

笑って誤魔化しやがった。

「気にしない気にしない。ざっと一覧で言いますから聞き逃しの無いように。名前の後ろの括弧が貴方との関係です」

=================================================
1.セイバー (幼馴染)
2.キャスター (幼馴染)
3.エリザベート (幼馴染)
4.BB (幼馴染)
5.パッションリップ (幼馴染)
6.メルトリリス (幼馴染)
=================================================

ストップ。一つ聞いてもいいかなレオ。

「どうぞ」

――なぜ、ラスボス藤崎詩織枠ばかりなんだ。あと戦闘力がおかしいのしかいないんですけど。

「戦闘力に関しては『サヴァぷらす』ですからね。サーヴァントに準じた能力を持つ人がメインヒロインです。ちなみに一般人枠のミス遠坂やラニ、間桐桜は隠しキャラです。彼女等に会うためにはメインヒロインの6人を倒す必要があります」

絶対に攻略不可能じゃないですかやだー!

「それから幼馴染ばかりなのは彼女達が希望したからですね。幼馴染になれば貴方の家の近所に住めますから。ちなみに、貴方の家の周りは……西側に塀を挟んでセイバー邸、東側に塀を挟んでキャスター邸、南側に塀を挟んで間桐邸(桜、BB、リップ、メルト)、北側に道路を挟んでエリザベート邸、そしてエリザベート邸の左右にミス遠坂とラニが住んでいます」

なにその包囲網。何時から俺の家は脱出不可能な牢獄になったんだ。

「アルカトラズもビックリの堅牢さですね。プリズンブレイクは無理だと言っておきましょう」

なぜ今まで割りと平穏に過せてきたのかわからないよ。

「戦力が拮抗しているからでしょう。下手に動けば横から攻撃される。だからこそ表面上は平穏に見える、ということですね。端から見ると、コップになみなみと注がれた水の表面張力が頑張っている、みたいな?」

いつ溢れてもおかしくないと。黒髭危機一髪どころじゃない件。

「いやぁ、実に面白いですね!それでは次は待望の好感度チェックといきましょう!」

実にいい笑顔だなレオ。お前との交友関係を見直したくなってきたよ。

「では先ほどと同じように一覧でいきます!隠しキャラの皆さんも載せますよー!」

=================================================
1.セイバー (好感度MAX・爆弾有)
2.キャスター (好感度MAX・爆弾有)
3.エリザベート (好感度MAX・爆弾有)
4.BB (好感度MAX・爆弾有)
5.パッションリップ (好感度MAX・爆弾有)
6.メルトリリス (好感度MAX・爆弾有)
7.遠坂凛 (好感度MAX・爆弾有)
8.ラニ=Ⅷ (好感度MAX・爆弾有)
9.間桐桜 (好感度MAX)
=================================================

ストップ。一つ聞いてもいいかなレオ。

「どうぞ」



――俺は何時からマインスイーパーを始めたんだろうか。

「彼女達に出会ったその日から、ですかね」

過去へ還りたい。



俺は恋愛シュミレーションゲームを始めたと思っていたが、実際は爆弾解体処理ゲームだった。死にたい。

「死んでも復活させそうなメンツが揃っている辺り流石と言っておきましょう。大丈夫ですよ、彼女等の爆弾が貴方を傷つけることはありません」

そうなのか?それならこの爆弾は一体?

「貴方の周りの泥棒猫に対する地雷、みたいな?」

指向性クレイモアじゃないですかやだー!

俺の家の周りはアルカトラズではなく戦場だった。
唯一爆弾付きじゃない桜だけが癒しだ。

「桜は爆発した荒地に沈む愛戦士女性陣を尻目に素知らぬ顔で貴方を掻っ攫う鳶ですからね」

癒しではなく策士だった。

レオ、俺やっぱり彼女はしばらくいらないや。心臓に悪いから。

「おや、そうですか?まぁ、確かに今の有様では現状維持をしたくなる気持ちもわかりますが……残された時間は一年弱ですよ?」

一年弱?まぁ、たしかに残りの学園生活はそのぐらいだが、別に彼女をこの学園在籍中に作らなければならない理由はないからな。
できればじっくりと時間をかけて爆弾を解体していきたい。もしくはどこか遠くへ行きたい。

「遠くに行っても着いて行きそうですけどね、あのICBM達は。しかし、あまり時間は無いですよ。一年弱とは爆弾が爆発するタイムリミットですから。なぜなら――彼女達は、必ず卒業式の日に告白してきますよ、あの大樹の下で」

――指向性クレイモアではなく時限爆弾だった。

つまり俺は、残り一年弱の間に爆弾を解体しなければならないということか。
なにこのミッションインポッシブル。

「あははは!いやぁ、やはり貴方は面白い!僕にできることがあれば何でも言ってください。微力ながら全力でサポートしますよ、親友ですからね!」

ありがとう親友。
さっそく一つ――殴っていいか?

「それはご勘弁を」




こうして、どこにでもある普通の学園で、残り一年弱のリミットの中、爆弾を解体する俺の日常が幕を上げた――














「えぇい!そこを退け女狐!奏者は余とデートに行くのだ!『ぷらいだるふぇあ』とやらにな!」

「ぷらいだるではなくブライダルです!貴女こそ退いたらどうですか!ご主人様はわたくしと読書するんです!具体的にはゼクシィを!」

「むぅ……退かぬなら、毛皮にしよう、駄フォックス。開け!黄金の劇場よ――!」

「どこの第六天魔王ですか貴女は!?いいでしょう、教えてさしあげます。勝利とは、何時だって日輪と共にあることを!水天日光天照八野鎮石――!」



「リップ、メルト。貴女達は家でおとなしく休んでいなさい。これは命令よ」

「きけ……ません。だいたい、あなたの命令なんか……ききたくない、です」

「随分と焦ってるじゃないBB。ふふ、普段の行いのせいかしら?BBチャンネルとか言ってはしゃいだあげく、家に帰っては落ち込んでるものね貴女。アハッ!無様、無様よ!」

「言ってくれるじゃない愚妹共。姉より優れた妹などいないってこと、教えてあげるわ――!」

「その理屈でいうなら、私が一番ってことに……よしっ!先輩、私、ずるしちゃいますねっ」

「「「待ちなさい桜ーーー!」」」







「おや、タイムリミットは今日に短縮されたようです。頑張ってください」

――なにこのムリゲー。







<あとがき>
急に休みができた。暇だ。

サヴァぷらすがやりたい。

でも現実は非常、そんなものはない。

なら、自分で書けばいいじゃない。

甘酸っぱい恋物語を――!

なんか化学反応起こしてこれじゃないになった。解せぬ。











おまけ:どこかに挟もうとしたけど、話の流れ的に入らなかったキャスターとの帰り道。


夕日によって赤く染まった町並みを眺めながら歩く。
隣には夕日に照らされ、鮮やかな桃色の髪をなびかせる幼馴染がいる。
10人が10人とも美少女と賞するであろう幼馴染の姿に、道行く人々、主に男達は陶酔するように幼馴染に視線をやった。
その視線など何処吹く風といった様子で、彼女は気にも留めていない。

そんな幼馴染に対し、俺は周りに対する優越感でも、美少女が隣にいる高揚感でもなく、いつ彼女が爆弾を投下するのかというぴりぴりとした緊張感を持っていた。

人通りが増えてくる。
俺達のような学生だけでなく、会社帰りのサラリーマンの姿も増えてきた、町の中心部。
幼馴染に連れられ、買い物に来たのだから当然と言えるが、この人通りはまずい。
いや、この人の多さすら幼馴染の想定内なのだろう。
彼女は投下する、この人ごみの中で、特大の爆弾を――!

「今日の晩御飯はですねー、お揚げを使おうと思ってるんですっ!どんな料理が食べたいですか?――――――ご主人様■■■■

来た――!

周りを歩く人々がざわめく。
ご主人様?今、ご主人様っていったよな?

そんな囁く声がどこからか風に乗って届く。
周りの視線はどこか冷たく、まるで俺が犯罪者であるかのような見下げ果てた眼差しになった。

だが、俺は反論することなどできない。
むしろ、幼馴染に反応を返してしまえば、彼女は嬉々として俺を主人呼ばわりするだろう。

何あれSMプレイ?若いのになんて非常識な。朴訥な顔してるのにドSだなあの少年。
そんな周りからの小さな声の咎めが俺を穿つ。

周囲の人間はこう思っているだろう。
俺は美少女を隷属させるサド野郎なのだと。

だが、違う、違うのだ。
その評定はまったくの逆……!

「どうしたんんですかーご主人様?」

可愛い笑顔でこちらを覗きこんでくる幼馴染。
その姿は隷属を望むマゾに見えるだろう。

だがその本性は、周りの評定に苦しむ俺の流れる冷や汗を見て喜ぶサド。

つまり外見は主人に付き従う奴隷を装うドMでありながら、その心は主人の焦る顔を見て悦に浸るドSだということ――!

二律背反、矛盾を抱えながらも微笑む幼馴染。
その笑顔のなんと美しいことか。

周囲は若い二人のいけない行いを辛辣に評定し、その評定とは真逆の真実に俺は苦しめられる。

そんな俺に打てる手立てなど、一つしかない。
幼馴染は俺の右側をその豊満な胸で挟むように抱き込んでいる。
故に、左手は自由。

左手で気付かれぬように携帯電話を取り出した。
もはや数えることも愚かしいほどに重ねた経験は、意識せずとも左手だけで携帯電話を操作する。

これぞ逆転の一手。

起死回生の言霊。

必勝の令呪――!









【メールを送信しました】

to:アーチャー

『助けて』









【メールを受信しました】

from:アーチャー

『夕餉の準備中だ。すまないが自力で脱出してくれ。あぁ、それから今日はトイレットペーパーが安い。代金は後で支払うから3つほど買ってきてくれ』


――オワタ。



[33028] 番外編:幸せの向こう
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/12/18 21:48
ご注意。
fate/EXTRACCCのセイバールートの超ネタバレがあります。
それでも良い方は、ブラックコーヒーか壁の準備をして読むといいんじゃないかな。
















多くのモノを失って。

得たモノなんて一握り。

あぁ、けれどその一握りの輝きは。

自分にとって何よりも、何よりも大切なモノ。

なんだ、ならこの結末に悔いはない。

一つでも誇れることがあるのなら。

きっと笑っていけるから。

あぁ、だから、最後に思い浮かべよう。

君の、輝くような美しい笑顔を――








「随分と寂しいことを言う。余は最後などというつまらぬ結末を蹴っ飛ばして来たというのに」

――その声は、あまりに可憐で心地よく。

「幕を上げよ、舞台へあがれ!」

――覚えている。その声を。

「ここより始まるは栄華の歩み!明星の明日!」

――覚えている。その笑みを。

「さぁ目を開けよ!そなたが迎えるのは終焉ではなく開幕!」

――覚えているとも、その輝きを。








――セイバー!

「うむ!待ち焦がれたぞ奏者よ!」















聖杯戦争。
願いを叶えるとされる奇跡の遺物を求め繰り広げられた魔術師達の闘争。
遥か過去に名を馳せた英雄たちが舞い踊る常軌を逸したその戦い。
俺もまたその戦いに身を投じた魔術師であり――全ての敵を打ち倒した勝者だった。

7人もの魔術師と、そのパートナーである英霊を下し奇跡の前へと辿り着いた。
それは苦難に満ちた道程だったけれども、その歩んだ軌跡に後悔はない。
俺は、俺の想いのままに突き進んだ。
頼れるサーヴァント……愛しい彼女の手を借りて、俺は俺を貫き通したのだ。
だから、刻んだ轍に追悼はあれども、掴んだ結末は誇らしいものだった。
たとえ勝利の果てが自身の存在の消却だったとしても、笑って受け入れることができる。
そう想いながら俺は終焉を迎えた――

「まったく。そなたが考えなしにムーンセルの解体を選ぶからこんなに遠回りになってしまったのだぞ?余がどれほど頑張ったか……む、聞いているのか?」

――はずだった。

この身は聖杯――ムーンセル・オートマトンに接続し、不正データとして消去されたはずだ。
だというのに、自分は確かに身体をもっている。

「奏者。奏者?奏者ー!聞いておるのか?聞こえているのか?」

この感覚は本物だ。
この感情は真実だ。

「そ、奏者?余の声が聞こえるか?何故反応してくれぬのだ……」

その声が恋しくて。
その輝きが愛おしくて。

「えぇい、無視をするな!構え!泣くぞ、余は本気で泣くからな!」

だから――その頬に手を伸ばし、その存在を確かめる。

「――ッ!そ、奏者!?」

触れる頬は温かくて。
撫でる肌は柔らかくて。

「きゅ、急すぎるぞ!余にも心構えというものがあってな、嬉しいが。嬉しいが!」

ここにいる。
あんなにも傍にいて、あんなにも通じ合った存在が。
もう会うことは叶わないと。別れた先に未来はないと思っていたのに。

「う~~、よくもあんなに無視をしておいてこうも直球でくるなどと……そなたはあれか?じゃれついてくる子犬か?それとも愛いらしい羊の皮をかぶった狼か?えぇい!どちらにせよ大好きだ!」

――あぁ、俺も大好きだよ、セイバー。

「~~~~~っ!ようやく声を出したと思えば!私のほうが大好きだ!」

顔を真っ赤にしてよくわからないポイントで競ってくる。
あぁ、間違いない。間違えようがない。
彼女は今、俺の傍にいてくれている。
なら、言うべきことがあるじゃないか。
随分と混乱してしまったが、なにきっとまだ間に合うさ。
だって、彼女は眼を輝かせて待ってくれている。
その期待を隠さずに俺を見つめているのだから。


――ごめん、遅くなった。ただいま、セイバー。またあえて嬉しい。

「うむ!また会えて嬉しいぞ、奏者よ!」


さて、現状を理解していない状態もようやく落ち着き心に余裕ができてきた。
聖杯によって分解された俺が何故存在を保てているのか、そして今いるこの場所――暖かな日が降り注ぐ草原はいったいどこなのかをセイバーに問うた。

「うむ、その疑問はもっともだ。まず、この場所なのだが、察しの通りここはセラフだ。その在り方はかつてとはまったく違うものとなったがな」

セイバー曰く、かつて閉じられた世界だったセラフはその門戸を開き、外来の魔術師は人類だけに留まらずあらゆる宇宙から接続できる古い遺跡となったそうだ。

「そしてそなたが生きている理由は、語るべくもなかろう。余がそう望んだのだからな!数世紀をも超える余の旅路はそれは苦労したものだが、敢えて言うまい。だが、細やかに察し、感謝し、しかるに褒め称えよ。余としてはさっきのナデナデ等がいいと思うのだが。思うのだが!」

数世紀――!?
さらりと言われた言葉に戦慄する。
セイバーと会えたことにただただ喜んでいる自分のなんと愚かしいことか。
彼女の歩んだ時間が、どれほどの苦痛だったのか察するに余りあるというのに――!

「……そう、悲しそうな顔をするな奏者よ。余はそなたの顔が曇るところなど見たくはない。というか、そんな顔をされると、こう、なんというかハグしたくなるではないか。というかハグするぞ」

ふわりと全身を使って抱きしめられる。
伝わってくる体温に涙が溢れそうになった。

「あぁ……温かいな、そなたは。この温もりこそが余の――私の求めたものだ。悲しまないでくれ、奏者よ。確かにあの長き時はとても辛いものであった。だが、証明されたのだ。私の想いは数世紀などに、いや、時間の流れなどに決して負けることはないのだと。誇ってくれ、それだけで私は嬉しい」

ただ抱きしめ返すことしかできない。
彼女の歩んだ軌跡に渡せる言葉はない。
言うべき言葉は見つからないけれど、せめて自身の存在全てで彼女に感謝を送ろう。
それしか、俺にはできないのだから。

「――うん、十分だ。この温もりだけで十分だ」

どれくらいの時をそうしていたのか。
随分と長く抱き合っていたが、それでも名残惜しそうに彼女は離れてゆく。

「うむっ堪能した!まだまだ足りぬが今はよい。これからもそなたとの歩みは続くのだから。行くぞ、奏者よ!」

そういって手を絡めとられ引かれる。
行くって、どこに?

「余達を差し置いて新たな聖杯戦争が行われるのだ!かつての殺し合いではなく純粋に力を比べ覇を競い合うようなものらしいが、なんにせよ凄まじくけしからん!新参者を諌めるのは王者の務め。余とそなたの出番ということだ!」

自分が王者とはいささか恥ずかしいな。
しかし、セイバーが望むのなら、そこが俺たちの新たな戦場だ。
此度の戦いは、命を削るものではない。
自身の存在を高め、鼓舞するものだというのなら是非もない。
セイバーの輝きを皆に魅せつけてやろうではないか。

「それでこそ奏者よ!しかし、まず向かうべきは戦場などではないぞ。我らの約束の場所だ――!」

手を繋ぎ、草原を駆け抜け丘を登る。
風が吹き抜ける爽やかなそこを駆けあがった先には――

太陽の光を受けて純白に輝く教会があった。
あれは――?

「見よ、我が潰えぬ愛の結晶、変わらぬ恋慕の形を!あれこそが新生・黄金劇場≪ドムス・アウレア・ウェディング≫!余と奏者の結婚式会場だっ!」

黄金劇場と申したか――!?
あの豪華絢爛な宝具が驚きのビフォーアフター。
というか結婚式ってどういうこと――!?

「無論、約束を果たすのだ。それとも……忘れたのか?」

忘れてなんかいない。
確かに約束した。
白を着て嫁に来てくれと。
あの月の裏側で、戦いの果てに結婚しようと。

――あぁ、驚くべき場面ではなかったな。ここは、そう……ありがとう、セイバー。

「うむ!宮殿ではそなたが引くと思い、慎ましやかな教会にしてみたぞ!ローマ式ではないことが口惜しいが、特に許そう。余達を祝福するのならば忌々しい信徒どもとて特別に。特別に、な!」

本当に許してる?すっごい嫌そうだけど。
というか、一つ聞いてもいいだろうか?

「うむ、なんでも聞くがよい」

あの教会の前にいるものすごい人だかりはいったい――?

「無論、余達の結婚式の参列者よ!」

なんですと――!?

「最初は余が独り占めしようと思ったのだがな、余と奏者の愛を民に示すことも王者たる余達の務めだと思い至ったのだ。故に――少しばかり皇帝特権で頑張ってみた。国を挙げて、どころか、全宇宙のネットワークに介入してみたぞ。どうだっ!余と奏者の新たな門出としてこれ以上のものはあるまい!」

まさかの宇宙規模――!?
ちょっとハードルが高すぎやしないだろうか!?

「問題ない!余と奏者の門出だ、盛大にせねばなっ!行くぞー!」

セイバーに手を引かれ教会前の群集に突っ込む。
彼らは教会までの道をあけてくれ、俺とセイバーを盛大な歓声と拍手で迎えてくれた。
見ず知らずの人たちだが、彼ら彼女らは確かに俺たちを祝福してくれているようで、嬉しいながらも恥ずかしい。

「あれが……伝説の……」

「……思ったより普通……?」

歓声の中に、伝説とか世界の解放者とか聖杯の守り手とか、よくわからない単語が行き交っている。
いったい何のことなのだろうか?

「うむ、おそらく余の書いた叙事詩をみたのであろう!余と奏者の出会い、歩み、語らい、その全てを記した余達の軌跡。どこぞの経典の10倍、全240巻!絶賛配信中!」

いつのまにか有名人だと――!?

「喜べ奏者!続編も執筆中だっ!」

追い打ちですよセイバーさん!

見ず知らずの誰かに自分のことを知られるというのは、かなり気恥ずかしいものだが、それでも、ここに来てくれた人たちは間違いなく俺たちを祝福してくれているのだ。
なら、今は何も考えずただ喜ぼう。

男性が、女性が、子供が、老人が。
本当に様々な人たちが拍手をしてくれている。
中には、サーヴァントを連れている人もいるようだ。
帯剣した騎士、巌のような大男。
ローブに身を包んだ女性。


赤い外套の男性――

「見ろ、あの輝きを。やはり相方とするならば女性サーヴァントだな。だというのに……お前はどうしてそうなんだ?」

「どうしてもなにもあるか。何が言いたいのかねマスター」

「何、わかっているさ。――お前も実は女性だったという隠しイベントがあるんだろう?さぁ、恥ずかしがらずにそのキグルミを脱いで真の姿をさらけ出すんだ」

「誰がキグルミだ!?この筋肉は自前だぞ!それに私は過去も現在も未来も男だ!女性だったことはない!」

「はぁ……これだからお前はダメなんだ。――このご時世、織田信長ですら女性になることもあるのだぞ。英霊を名乗るのならば女性の姿の一つや二つもってこい!」

「そんな英霊がいてたまるか!?」

「ふむ、褐色銀髪隠れ巨乳アチャ子。――アリだな」

「お前は何を言っているんだー!?」


なんかよくわからないナマモノ――?

「むふー。結婚式にネコはでれますか?」

「ペットお断りの表示はなかったし大丈夫だろう。ところでバカネコ、あの新婦を見てくれ、彼女をどう思う?」

「すごく、美少女です。にゃに、少年。もしかしてジェラってる?大丈夫大丈夫、少年には美少女ネコ科戦士タイプムーンがいつも傍にいるから」

「何一つ嬉しくないですありがとう。しかし、何故だ。新郎の見た目は俺とさして変わらないというのに、あっちの相棒は金髪碧眼超美少女。こっちの相棒は金髪腐眼謎ナマモノ。俺の何が悪かったというんだ」

「あえて言うにゃら、ルートじゃね?」

「最初から間違えてたってことじゃないですかやだー!」


――うちゅうのほうそくがみだれる!

「どうしたのだ、奏者よ」

い、いや。とんでもないものを見たというか、可能性の向こう側を垣間見たというか、深淵を覗く者もまた深淵に見られているというか――!

「何を言っているのだそなたは。それよりも、着いたぞ、我らの約束の地へ」

そうこうしている内に、教会の扉の前へと辿り着いていた。

「さぁ――ここが私と貴方の歩みの再出発点」

過ぎ去った時に、変わった世界に不安はある。
けれど、きっと大丈夫。
明日への不安は期待の裏返しだから。

隣にいる彼女が傍にいるのなら、俺にできないことはなにもない。
再び進みだした時間を、全力で生きよう。
その第一歩はここにある。
強く握られた温かな手を、優しく握り返し、二人で教会の扉に手をかける。


欲しかった未来はこの先にある。
もう夢は欠けることはない。

それは、なんて希望に満ちた――――









「もう決して離れないからなっ!」

「ああ、もちろんだよ、ネロ」










































「ふむ、よく来た。それでは式を始めようか」

「溢れ出すラスボス臭!?まさかの言峰神父――!?」

「仕方あるまい、余の知っている神父がこやつしかいなかったのだ」

「それでは――もろもろ飛ばして、ケーキ入刀といこうか」

「赤いよケーキ!というか、頂上から何か流れてる!?なにこれこの刺激臭、辛い!」

「おのれコトミネ!余は史上最高のケーキを用意せよと言ったではないか!」

「無論、約定は違えていないとも。世界に一つだけの――マーボーケーキだ、制作日数3日。ふっ、久々に満足のいく料理だった」

「「手作りだとーーーーー!?」」






<あとがき>
帰国したら漫画版が完結してたでござるの巻。
嫁王様カワイイヤッター!
思わず書いてしまった。だってしかたないじゃない、赤王様だもの。
お久しぶりです、生きて日本に帰ってこれました。

オリジナルを書こうと思ったら、コミックの赤王様が可愛すぎて短編を書いちゃう我慢足らずな私。
ついでにいくつかネタが思い浮かんだのですが、オリジナルを書こうと決めたのでそちらを優先します。
が、長編ならともかく短編を眠らせるのはもったいないなぁと思った次第。
年末年始は休めそうなので、せっかくなので一つ書こうと思います。
以下の中から読みたいものがあればタイトルを書いてください。


1.タイトル『その男、名無しにつき』
番外編『その男、SG持ちにつき』の主人公とアーチャーによる無印EXTRAをダイジェストで。
主人公は名無し。
ギャグかつ漢くさい感じになると思います。

2.タイトル『VSタマモナイン』
CCCキャスターEND後のタマモナインとの対決短編。
主人公は名無し(ご主人様と表記)。性格は原作準拠ややギャグより。
傾向はギャグ。

3.タイトル『魁!俺達!』
無印EXTRAのマスター達を予選で同じクラスにしたらどうなるの?
学園生活日常もの(笑)。
ギャグ。サーヴァントは一切出ません。
主人公は名無し。性格はナカオ(仮)に準拠。


読みたい短編の『タイトル』を記載してください。
最も多かったものを年末年始で書こうと思います。
全部書け?今オリジナルのプロット作成で脳がシリアスに傾いてるから、ギャグ書くのすっごい疲れるんです。ご容赦ください。

期間は12月28終日まで。
奮ってご参加くださいませ。












































「真祖ワープ!にゃふー!帰ってこれたにゃー」

切り替わった景色を見渡せば、そこは見慣れたマイルーム。
なんとか帰ってこれたようだな。
しかし、七夜との鍋パーティーから帰ろうとしたら、まさか別の場所に出るとは思わなかったぞ。
しかも結婚式とか。さすがに驚いた。

「うーん。にゃんか色々と次元とか超越したした気がするけど今更にゃので気にしない方向で。つーかあたしとしては、知り合いでもにゃい人の結婚式に普通に参加する少年の行動力にビックリにゃ」

そこに飯があるのならば俺にできないことはない。
いや、それにしても良い披露宴だったな。飯がうまかった。だが惜しむべきは、あのマーボーケーキを食すことができなかったことだな。

「あのケーキ喜んでたの多分少年だけにゃ。ところでさー、あの結婚式の新郎、少年にそっくりじゃにゃかった?」

そうか?最初に見たときは遠目だったからいまいちわからなかったし、その後はぶっちゃけ食事にしか興味なかったから見てなかった。

「せめて新婦に注目してあげて!花より団子どころじゃねーにゃ!」

腹が膨れることに勝る喜びはない。
さて、いい感じに満腹だし、やることをやろう。

「にゃ!次の戦いに向けて――」

遠坂とラニの生活費をかせぐぞ――!

「世知辛いにゃーーー!?」

















――帰ってこれた、か?

「あぁ、ここは間違いなくサクラ迷宮、その20階層目だ。やれやれ、とんだ大旅行だったなマスター」

まったくだ。前回の次元の歪みとやらでは、お前によく似たサーヴァントとの戦闘になったから、てっきり今回もどこぞのサーヴァントとの戦闘になるかと思えば、まさか結婚式会場に出るとは。
ところで、先ほどの場所。あそこはサクラ迷宮だったのか?

「いや、あれはサクラ迷宮ではないな。どちらかといえば表側のセラフに似ていた」

つまり、脱出できていたと?

「どうだろうな。あくまで似ていただけだ。我々の知るセラフではなかった。いや、得体の知れなさではサクラ迷宮なんぞより遥かに上だぞ、先ほどの場所は」

確かにな。どこか現実感がなかった。次元の歪みとはよく言ったものだ。

「先ほどの場所のことは埒外と思っていればいい。我々には我々の道が既に見えているのだ。寄り道程度にしかならんよ。……それにしても、奇妙な結婚式だったな。参加者の中に結構な数のサーヴァントがいて、しかも新婦もサーヴァントとは――」

それ以上は無粋だぞ、アーチャー。
あの新郎新婦は間違いなく幸せだった。
ならばそこになんら障害も問題もない。
祝福以外の言葉なんぞ無粋に過ぎる。

「ふっ、そうだな。とはいえ、一つ気になったのは新郎だ。彼はあまりにもお前と似ていたな、マスター」

この体は所詮電脳世界で活動するためのアバターにすぎん。
特に俺はアバターをカスタムする技量もないから、この体は汎用的なモノだろう。
あの新郎がたまたま俺と同型機を使っていただけだろうさ。
しかし、結婚式か……

「ほう?珍しいな、何かしら思うところでもあったのか?」

何、いい手本を見たと思ってな。

「手本?」

次にあの教会の扉を開けるのは、俺と桜だということだ。
お前には仲人をしてもらうからスピーチの一つでも考えておけよ。

「クッ、英霊を結婚式の仲人に使う馬鹿はお前ぐらいだろうさ」

嫌か?

「いや、悪くない。掃除屋として働くよりもよっぽどやりがいがある」

ならば進むぞ、アーチャー。
俺の望む未来はこの先にある。
頼りにしてるぞ、相棒。

「了解した。我が剣に賭して、相棒の未来を切り開こう」









――ところでブーメランパンツで仲人とか思い出に残ると思うのだが、どう思うアーチャー。

「お前が残したいのは思い出か?それともトラウマか?」



[33028] 番外編:VSタマモナイン
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2015/01/02 00:22
ご注意。
fate/EXTRACCCのキャスタールートの超ネタバレがあったりなかったりします。
それでも良い方は寛大な心で広く許してください。








四畳半一部屋の木製アパート。
家具を慎ましやかな物に抑えても、やはり手狭に感じてしまう。
今まで住居としていた学校の教室と比べるべくもなく狭いだろう。
あぁ、それでもかつてのあの広々とした空間に戻りたいなんて思うはずもない。
それはきっと――


「はい、あーん ♥ 」

――彼女が幸せそうに笑うからだろう。


差し出された卵焼きにを躊躇うことなく口に含む。
やや甘めのふわふわとした食感。
噛めばとろりと溶けるように広がる柔らかさ。
吟味するまでもなく、単純に美味しい。
そんな卵焼きを作った彼女は、咀嚼する俺をにこにこと微笑みながら眺めては、時折期待するかのような眼差しを送ってくる。

その視線の意図は容易に理解でき、彼女の欲しい言葉は考えるまでもなくするりと飛び出した。

即ち――『うまい』、と。

「~~~~~っ!」

俺の言葉に対して彼女の返答はなかった。
だが、緩んだ頬と深まった笑み、なによりも左右へぶんぶんと激しく触れる『尾』が彼女の心境を如実に表している。

「今日の朝餉は自信作なんですよー。ウズメちゃんからもこれなら文句なしと太鼓判をいただいたんです。もう二度と良妻賢母(メシマズ)なんて言わせませんっ!」

ぐぐっと力強く拳を握る彼女――キャスター。
かつて、魔術師と英霊たちが鎬を削った聖杯戦争における俺のパートナー。
その彼女が幸せそうな笑みを浮かべるたびに、俺もまた幸せに心が満たされる。

そして、その幸せにかつての戦いへの想いも彩られていくようだ。
駆け抜けたあの戦いは、戦い抜くと決めたあの覚悟は決して間違いなんかじゃなかったのだと。
あの戦いの記憶は今も尚色褪せることはない。

苦しみがあった。痛みがあった。迷いがあった。

――それを乗り越えて俺達はこの結末を手に入れることができたのだ。

なんて、過去に想いを馳せていると、右手に触れる優しい温かさに意識を引かれる。
視線を右手に移すと、右隣に座っていたキャスターが肩を寄せ右手を優しく包んでいた。

「ご主人様、過去を思い遣れる人は優しい人です。しかし、過去ばかりを見ていては人は明日を思い描くことができなくなります。ですから――」

言葉を続けようとしたキャスターを、手を握り返すことでその続きをせき止める。
わかっている。駆け抜けた昨日に、刻んだ轍に想いも悼みもあるけれど、今あるこの幸せを決して手放すことはない。
掴んだ未来を失くすことなど、決して望まない。
その想いでキャスターを見つめれば、輝くような笑顔で頷いてくれた。

言葉少なくとも通じ合えるパートナーが傍にいる。
これほどに嬉しいことはない。

――が、キャスターさんや。

「はい?」



――片手で俺の手を握りつつもう一方の手で太ももを弄るのを止めていただけないだろうか?

「憂いに染まる夫を慰めるのもまた妻の役目。ご主人様のサイン狐サインラブサイン承りましたとも!しからば愛の創生合体をば――!」

この万年発情期め!人が絆に感動しているというのに!

「タマモはいつだって覚悟完了準備万端受け入れOKですからっ!ささ、遠慮せずにずずいと身をお任せくださいな☆」

えぇい、無駄に英霊スペックで押し倒そうとしてきやがって!
押し倒される勢いを横に受け流しつつ、体の位置を入れ替えキャスターを下敷きにしながらもその背に乗り足を掴んで捻りあげる――!

「みこーん!?まさかの逆エビ固め!?痛い、痛いですご主人様!違う意味で寝技が向上していらっしゃるなんてー!?」

毎晩毎晩押し倒されそうにもなれば寝技も向上するだろうさ――!

「ご主人様には48の殺人技ではなく四十八手を覚えていただきたいですー!」

まだ言うかこのピンク狐ー!?

「いたたたた!?愛が痛い!――あぁ、でもご主人様の尻に敷かれる(物理)のも悪くないかも――」

新しい扉開いちゃった――!?





そんなドタバタとした朝食を終え、キャスターの淹れてくれたお茶にほっと一息をつく。
お茶を淹れてくれた本人は、台所に立ち洗い物をしている。

「ふんふーん♪」

割烹着に身を包み、尾を左右に揺らしながら洗い物をする彼女は実に楽しそうだ。
かちゃかちゃとなる食器の音、蛇口から流れる水の音、食器の水を拭き取る布の音。
ぼんやりとキャスターの後ろ姿を眺めながらその音を聞いていると、なぜか眠気がでてきた。
朝食を終えたばかりだというのに、疲れがたまっているのだろうか。
あぁ、でも半ば意識が薄れ、ぼんやりとしたこの瞬間は悪くない。
全てがゆったりとして、温かな雰囲気が身を包む。
焦ることもなく必死になることもないこのまどろみに身を委ねるのも悪くないだろう――――――





などと睡魔に身を委ねようとした瞬間、ピンポンという甲高い呼び鈴に意識をたたき起こされた。
誰かが訪れてきたようだ。

「はーい」

キャスターが声高に返事をして玄関へ向かおうとするが、それを自分が行くと止めた。
立ち上がり、玄関へと向かう。
その道のりはひどく短いものだ。
四畳半の部屋から玄関へと繋がる廊下にあるのは、トイレと風呂場等の水回りがあるだけの必要最低限のもの。
いわゆる『1K』と呼ばれる手狭な住居は、部屋と玄関までの間はとても短い。
すぐに玄関へと辿り着き、扉を開ける――









『来いよ!』×8

――玄関開けたら一歩で魔王。









目の前に広がる光景に、つい目頭を押さえてしまう。

「ご主人様は私だけの旦那様なんです!」

「それは些か横暴がすぎるかとオリジナル」

「たとえ自分でもそれはちょーっとわがままかなー。むしろ許さねー」

「私達にも正当な権利があるのです!」

「そーだそーだ!私だってご主人様とラブラブしてーのです!」

「私、もふもふされたい!」

「じゃあ、ぎゅってされたい!」

「むしろぎゅってしたい!」

「ほにゃららなことは私がもらったー!」

『それだけは譲れねーーー!』×8

――なにこの状況。

落ち着け、状況を把握しろ。
まず今この四畳半を訪れた客人は――キャスターの尾達だ。
何を言っているんだと思われるかもしれないが、一つ一つしっかりと確認しよう。
彼女たちはキャスターが俺を助けるために修業した結果の具現。
キャスターは聖杯に消去されそうになった俺を助けるため、自身の力を高めた……いや、本来の状態に戻したと言ったほうが正しいか。

本来の姿――九尾の狐。

その膨大な力をもって聖杯から俺を奪還して――その後、尾を捨てたんだったか。
あぁ、段々と思い出してきた。
捨てられた尾達は自我を持ち、聖杯の作り出した電脳空間セラフを支配した。
そして現実となんら遜色ない究極の電脳空間セラフを8bitの二次元ドット世界に書き換えた挙句、それぞれが独立して国家を作ったのだ。
そしてその二次元世界を支配するのが自我を持った尾達――自称魔王タマモナイン。

八人しかいないのにナインとはこれいかに、などとツッコんでいる場合ではなく、世界を元に戻したかったらド○ゴンクエストの如く2次元世界を旅してそれぞれの魔王城に挑んで来いとテレビで挑発されたのだった。

その挑戦に対して、旅をするのも自分達らしいではないかと意気揚々と挑戦を受けたはず。
しかし、挑戦を受けてからまだ一日と立ってないというのに魔王が直接乗り込んでくるなんてどうなのだろうか――?

『それは違いますよご主人様!』×8

セルフエコーやめて。すっごい声大きいから。
代表として、とりあえず君が話してくれ。

「はい、みこーんと承りましたっ!いいですか、ご主人様?私達がした宣戦布告、あれからもう一ヶ月はたっているんですよ?それなりのゲーマーならクリアどころか2週目に入ってやり込み要素に挑んでいるころですよ!?」

一ヶ月!?
いやいや、ちょっと待て。そんなに時間がたった感覚が無い。
何よりも俺は確かに君たちの挑戦を受け取ったはずだ。
そんなに悠長に構えるはずが――

「ですから、そこのオリジナルがご主人様の認識を誤魔化してたんですよ!まだそんなに時間もたってないしもうちょっと後でいいやっていう暗示と、微妙に記憶から消すことで忘れるぐらいなら大したことじゃないやって思わせる暗示をご主人様にかけてたんです!」

……キャスター?

「てへぺろ☆」

『誤魔化しやがったこんの駄狐ーーーー!!』×8

「うっさいですね!だってせっかく始まった新婚生活なのにそんなに簡単に手放せるわけないじゃないですかー!そもそも私が駄狐なら貴女達は駄目駄狐ですよー!なんです?タマモナインって。八人しかいないじゃないですかー!思わず括弧つけて笑い、なんて言っちゃいそうですよかっこわらい!」

『それを言ったら戦争でしょうがーーーー!!』×8

再び始まった同じ声の貶し合い。
同じ顔、同じ声で互いを馬鹿にしあって、言った本人も微妙に傷つくという不毛な争い。
どうしてこうなったと言わざるを得ない。

しかし、タマモナインか。
同じ顔同じ声だが、服の色や髪型、表情で一人一人に個性がある。

「いいところに目を付けましたねご主人様!」

……言い争いはもういいのか、キャスター。

「えぇ、言っても言われても傷つくのは結局タマモ、ということに気付きまして。それはともかく、このタマモナイン、私のアルターエゴでありまして、ご主人様の要望を受け止めるべく修業した結果の発露なのです。そう!ご主人様が望むのならば如何様な性格にもなって見せようと努力したあの日々の!」

どの日々だ。
いや、それはともかくどういうことなのか、いまいち理解できないのだが。

「つまりですね、ご主人様のあらゆる好みに対応したラインナップを取り揃えているのです。簡単に説明しますと、この私良妻賢母を筆頭に、クールデレ、ツンデレ、お嬢様デレ、勝気デレ、甘えん坊デレ、おっとりデレ、目ぐるぐる、苦労人、といった性格の違いがあるのです」

目ぐるぐるだけ異彩を放っている件。あと良妻賢母を苦労人と交換できますか?

「ちなみに全員第二属性はヤンデレですっ☆」

――聞きたくなかったその情報!

とはいえ、納得した。
皆同じ顔でも垣間見える表情から個性はかなり違うようだ。
こうして見渡してみても、浮かべる笑みすら一人一人違う。
こちらを嬉しそうに眺めていたり、申し訳なさそうに目を伏したり――きっとこの子が苦労人だ間違いない――目があった瞬間ぷいっとそっぽを向かれたり、ちらりちらりと伺われたり、目がぐるぐるしてて飛びかかってきたり――――!?

「う、うう……うがああああああああ!!」

何事――!?

突如目がぐるぐるとした子が叫びながら飛びかかってきて、あまりに突然の出来事に抵抗すらできず押し倒されてしまった。

「あああああ!もう我慢なんてできない!ご主人様!合体!合体しましょう!性的な意味で!男と女が出会ったらやることなんて一つでしょう!?動かなくていいですから!動きますから!天井のシミでも数えててください――!」

何なのこの子!?
キャスターの性欲でも具現してるのか――!?
なんとか抵抗を試みるも、キャスターよりも遥かに荒々しい動作に所詮一般人の身体能力しかない俺では僅かな時間しか稼ぐことはできない――!




『氷天』×8

「ミコーーーン!?」

――自分に容赦ないねキャスターさん。




カチンカチンに凍った目がぐるぐるした子はその後炎天により溶かされ、他のタマモナインによって羽交い絞めにされることで事なきを得た。……事なき、なのか?
ともかく、酷い目にあいかけた。

「ところでー、そのー……」

青い服のキャスター……オリジナルの彼女がこちらを伺うように声をかけてきた。
どこか怯える……というよりも躊躇いと不安が混ざったような顔でこちらをみつめている。

「やっぱり、引いちゃいました?その、尾っぽたちがこんなに自己主張激しくて」

――それはない。

考えて答えるよりも先に、無意識に自然と応えていた。
彼女達はキャスターの一部なのだ。
拒絶など選択肢にすら入っていない。
最弱から始まった己の人生を最後まで支えてくれて、消え去る運命から救い出してくれた人をどうして拒絶などできようか。

まして、彼女等は自分を救うためにキャスターが磨き上げた力の発露なのだ。
ならば、己の恩人であることは揺ぎ無い事実。

感謝こそすれ、否定することなどありえない。

まぁ色々と、とってつけたが――――好きな人の一部をいきなり拒絶なんてしない。
まずは向き合うべきだと俺は思う。


『………………』×9

あの、キャスター、さん?


「集合ーーーーー!!!」

『みこーーーん!!!』×8

キャスター(青)の号令にタマモナインが四畳半の隅へ集合し円陣を作る。
部屋の隅とはいえ、9人で集まると部屋のほとんどを使うわけで、むしろ隅に追いやられたのは俺のほうだった。

「やっべー、ご主人様のイケ魂っぷりがますます上がってるわー。思わず色んな意味で昇天しそうです」

「オリジナルの記憶から知ってたけど、直視するとマジパネェのです」

「なにあの輝きっぷり。太陽?太陽なの?」

「やだ、胸のどきどき収まらない。これはもう二身合体せざるをえねー!」

「はいそこー抜け駆け禁止。オイタするなら呪殺っちゃうぞ☆」

「だが呪殺返し。同じ位階、同じスペックなので相打ち必須無駄撃ち確定。ここは頭を冷やして9等分でいかが?」

「異議なし。曜日でわけます?」

「2日足りないじゃないですかやだー。というか、1日満喫したら次9日後とか拷問ですっ!」

「ですよねー。しかし、ご主人様は譲れない。ここはやはり女子力決定戦(チキチキバトルロワイヤル)しかないかと」

「あえてここは…………10(ピー)とか」

『天才現る』×8

実家へ帰らせていただきます。

『ストップー!待って待って冗談ですからご主人様ぁ!』×9

ピー音に仕事させない人とは一緒に暮らせないな。

『拒絶はしないって言ってくれたじゃないですかー!?』×9

いきなりの拒絶は、な。
まずは向き合うところから始めるさ。
その後熟考した結果に拒絶はありえる。

『再度の熟考をお願いします!控訴ー!控訴ー!』×9

さっきまでいがみ合ってたのに仲いいね君ら。

まったく、騒がしいことだ。
思わず目を瞑って頭を振ってしまう。
だけど嫌じゃない。
アルターエゴだのタマモナインだのと言ってもキャスターはキャスターだった。
なら、なにも問題はないさ。

この騒がしさだってきっと、幸せの一つだって言えるから――――――
















「ほう?本当にそうかのぉ、ご主人様?」

――目を開けたら巨女がいた。


目を潰すほどの光。
押し潰れるようなプレッシャー。
息をすることすら困難な威圧感。

忘れることなどできない。できるはずがない。

それは神殿。
それは神域。
それは光。

それは――太陽。

目の前にいるのは広大な神殿に横たわる九つの尾を持つ神霊。
かつて月の裏側で垣間見た神の領域に何の因果か再び来てしまったようだ。

「因果などと、可愛いことを言う。ぬしが居るのはひとえに妾の望み故よ」

こちらの思考などお見通しなのか、あまりにも強大かつ巨大なその存在はくすりと小さく笑う。

「くっく、あいも変わらず愚昧よのぉご主人様?」

あいも変わらず感情のこもっていないご主人様呼ばわりに身がすくむ。
いったい何の用があって俺を呼び出したのか。

「ほほ、言葉を交わさず用件を問うとは。随分とまぁ肝が据わったものよ。なぁに、一つ、聞きたいことがあってなぁ。かつて妾は言ったな、いずれ魂がねじれるほどに後悔し、あらゆる命に詫びることになる、と。そうなった気分はどうじゃ?」

――それはタマモナインの所業を言っているのだろうか。

確かに、全宇宙に公開されたセラフは様々な人が生きる世界の一つであるのだから、電脳世界を2次元ドットにするという行為は、途方もない悪行だろう。

「で、あろう?さて、今のぬしはどう答えるかや?アレに付き合うということは『そうなる』ということであろうに」

なるほど、予言はまさに現実になったということだろう。
キャスターの傍にいるということは、こういったことが起こってしかるべきなのだろう。
――が、それも込みで俺は彼女の傍にいたい。

「ほう?」

確かに突拍子のないことが度々起こる。
毎度毎度想像もつかないことばかりだ。今回なんか増えたし。
文句はある。言いたいことはたくさんある。
だけど、まぁ、しょうがないんじゃないか?

「何がしょうがないと言うのかや?」



――そういうタマモを好きになってしまったのだから。

「――――」



結局はそこに行きつく。
惚れた弱みというやつだ。
後悔もするだろう。詫びもしなければならないだろう。
でも、好きな人のためなら何度だって頭を下げるさ。
それぐらいしかできないから、それぐらいはやりとげようと思う。

「…………」

神如きその存在は俺の答えに沈黙を返す。
まじまじとこちらを見下ろしては、じっと見つめてくる。

この答えの結果、俺はどうなるのだろうか。
目の前の存在はあまりのも埒外だ。
先の答えが気に入らなければあっけなく殺されるだろう。

死にたくはない。
あの四畳半に帰りを待ってくれている人がいる。
でも、目の前にいる存在もまたキャスターなのだから、その彼女の手にかかるというのもしょうがないと思ってしまう自分がいる。

複雑なことだが――しょうがない。

「く――あっはっはっは!!」

沈黙を破ったのは盛大な笑い声だった。

「阿呆に付き合うのは莫迦が似合いだとは言うたが、ぬしは莫迦ではない!大莫迦よ!なんとまぁよくぞここまでといったところかのぉ」

――これは、生き延びたのだろうか。

愉快愉快と笑い続ける存在に、なんと言っていいのかわからず立ちすくんでしまう。
なんにせよ、用件が終わったのなら帰してほしいものだ。

「さて?どうしたものか。ここまでの善き魂ともなれば妾とて――む?」

こちらを愉快げに見つめていた表情が一瞬で険しくなる。
まるで忌々しい何かを発見してしまったように――――――



『そこまでだこのやろーーーーー!!』×9

――騒々しい何かだった。



『ご主人様!ご無事ですか!?齧られてませんか!?甘噛みされてませんか!?舐められてませんか!?――犯されてませんかーーーーー!?』×9

自分に容赦ないねキャスターさん達。

空間を割って神域たるこの神殿に侵入してきたのはタマモナインだった。
いつもいつもとんでもないことをするとは思っていたが、ここに来ていいのだろうか?タイムパラドクスとか。

『愛ゆえに大丈夫!』×9

あぁ、そう。
緊張していた体が一気に弛緩する。
安心感もあるが脱力したといったほうが正しいだろう。

「……よくもまぁ、妾の前に現れることができたものよ」

苛立ちを隠さない目線でかの存在はタマモナインを睨んでいる。

「まぁ、よい。恥を雪ぐならば己の手で、ということじゃな。どれ、小虫を払うてやろう」

寝転がったままで片手を持ち上げるように動かす。

――あれは、やばい。

たったそれだけの動作なのに全身が震えた。
埒外すぎる。規格外すぎる。
人智など及ぶはずもない――!

逃げろ、そう叫びたかったのにこの体は声を出すことすら許されない。
まるで見えない何かに拘束されたように指先一つ動かせない。
実際、何かの力が働いているのだろう。先ほどとは比べ物にならない重圧が俺を襲っていた。

逃げてくれ、視線でそう促すことしかできない。
必死にそうキャスター達に訴える。

『ハッ』×9

だが、訴えた先のそのキャスター達は恐るべき力の波動を受けて尚、鼻で笑っていた。

『なに大物気取っちゃってるんですかねー』×9

「……なんじゃと?」

太陽と比べるにはあまりにも小さな体躯。
だが、9人の彼女は、声を揃えて対等に立ち向かっている。

『知ってるんですよ、私――』×9

やはり自分自身の事だからか、タマモナインには余裕がある。
太陽に対するあの不遜な態度。
流石だ、なんて感嘆が漏れるほどに彼女たちが頼もしい。
この極限状態をどう治めてくれるのか、否応が無く期待が高まる――




『初めてご主人様に会った時に――なにこのイケ魂。やっべ妾の神官にして愛でてー、なんて思って大物ぶった演出を過剰なまでに盛り込んだんですよねーーー!』×9

「わー!わー!わー!」

――期待外れだった。




『それからも、時空干渉はすっごい疲れるのにすっごい頑張ってご主人様を観察したりとか、いつも自分が纏ってる神界の霊験あらたかな布を使ってご主人様人形(実物の1万倍の大きさ)を作って頬ずりしたり……』×9

「わー!?わー!?わー!?」

『その他にも、ほにゃららなこととか、こにゃららなこととか、どにゃらららなこととか――』×9

「うーーーーー!?」

もう止めてあげて!カリスマはとっくにブレイクしてるから!?

そう訴えるがタマモナインが聞き入れるはずもなく。
太陽が太陽(笑)になるほどに彼女の暴露は続いてしまった。

『へんっ!どうですか!?ご主人様をNTRしようとか絶対に許しませんっ!』×9

……本当に、自分に容赦ないよね、君等。

『他の自分に奪われることが一番憎たらしいですから!』×9

あぁ、そう。今息の合ってる君たちも他の自分だけどね。
そんなこんなで、あんなにも張りつめていた雰囲気はどこへやら。
やっぱりキャスターはキャスターだった、ということなのだろう。

弛緩した空気に深くため息をつくと、巨大な存在が動く気配を感じた。

「……もう、いい」

寝転がった姿勢で両腕の中に顔を埋めて隠していた太陽が、虚ろな目をこちらへと向けてきた。



「――隠す必要がないなら力ずくで奪ってやるーーーー!!」

『やけっぱちになりやがったーーー!?』×9

追い詰めすぎだ馬鹿ーー!!
神霊に力づくを選択させるなんて一番やっちゃだめだろう――!

『ならばこちらも手段は選びませんっ!フュージョン!!』×9

タマモナインから目も眩むような閃光が走る――!

「九尾モード天孫☆降臨!おらーー!どこからでもかかってきやがれってんですっ!!」

「ご主人様は妾のものだーーーー!」

「何言ってんですかこのなんちゃって大物気取り!ご主人様は私のモノですーーーー!」

神霊級がガチでぶつかるじゃないよこの大馬鹿共――――!!


























――世界が危ない!!……ってあれ?

凄まじいまでの悪寒に目を見開くが、目の前にあるのはキャスターの安らかな寝顔。
すぐ目の前にある顔の距離感と、頭の後ろには温かく柔らかい感触があることから膝枕をされているようだ。
その姿勢のまま周りを見渡してみるが、目に入ってくるのは見慣れた四畳半のこじんまりとした部屋。

……なんだろう、全身が嫌な汗をかいている。

なにかとてつもない夢をみたというか、ひどい怪獣大決戦を見たというか、VSとついているタイトルの映画は大体は協力し合うものばかりというか……
内容がはっきりと思い出せない。
だが、途方もなくひどい夢だと確信できる。

「すー……すー……」

けれど、すぐそばで聞こえるキャスターの静かな寝息が俺の気持ちを落ち着かせてくれた。
本当に幸せそうに眠る彼女を見ていると心が安らぐようだ。

「むにゃ……ご主人様の……ランセえろちかー……」

どんな寝言だ。

まったく、いつも締まらないというか、それがらしいというか。
膝枕をしてくれる彼女には悪いが、もう一眠りさせてもらおう。

この柔らかさと温かさはとても心地いい。
伝わってくる安らかな息遣いと体温が安心させてくれる。

自然と瞼が落ちてゆく。
このまどろみに浸るのも悪くない。

穏やかで優しい日々を、この手はきっと手放さないだろう――――――




































などと睡魔に身を委ねようとした瞬間、ピンポンという甲高い呼び鈴に意識をたたき起こされたので、キャスターを起こさないように静かに立ち上がり玄関へと向かい扉を開ける――

『来いよ!』×8

――ほとばしるデジャヴ。







<あとがき>

――そんな夢を、狐は月で見続ける。
という一文を付け加えようと思ったけど可哀想なので自重。
きっとこの番外編のキャス狐はうまいことやった時空なのでしょう。

九尾の狐(大)の醜態は、あくまで夢の中の出来事ということで平にご容赦いただきたい!


これからはオリジナルに専念しようと思っているので、次の更新はしばらくはないでしょう。
が、またギャグが書きたくなった、もしくは休みが降って湧いたなどあれば次は次点の『その男、名無しにつき』を更新しようと思います。

それでは皆様、あけましておめでとうございます。今年もどこかでよろしくお願いいたします。



[33028] 設定とか裏話とか
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2014/08/31 22:22
まずは拙作『これじゃない聖杯戦争』をお読みいただきありがとうございました。
ここでは本作品の設定とか、一人称では表現しきれなかった部分等々を書こうと思います。
とはいえ、つらつらと設定を書き連ねるだけなので、作品という体はなしていません。
煩雑な設定を要約したものを私の独断と偏見でピックアップしたものなので逆に疑問が湧くかもしれません。
拙作を読んでわからないことなどがあれば感想欄にてご質問ください。
なるべく回答できるよう努めさせていただきます。

あ、できれば質問をされる場合は【質問】という感じで括弧込みで銘打ってくれると見逃さないのでありがたいです。




【本作品ができるまで】
まず本作品を書くにあたりどういった経路を辿ったかをご説明します。
ゲーム「Fate/EXTRA」を二次創作を書こうと思った際、どんなテーマにしようかとまず考えました。
ギャグかシリアスか恋愛か友情か、はたまたホラーかむしろオリジナルか。(結局全部混ぜになったのは秘密)
色々悩んだ結果、それならいっそ私のプレイしたゲームの流れに乗ってそこから展開を広げようと思ったわけです。
そこで私のプレイした流れですが以下のようになります。
記念すべき一回目:サーヴァント「キャスター」:七回戦にて詰み、クリアできず。
キャスターを諦めた二回目:サーヴァント「セイバー」:なんとかクリア。
リベンジの三回目(クリアしたセイバー引き継ぎの二週目):サーヴァント「キャスター」:攻略wikiを見つつクリア。
さらに引き継いで四回目:サーヴァント「アーチャー」:流石に慣れたので普通にクリア。
一回目にキャスターを選んだ私はクリアができませんでした。
というのも、私のゲームのプレイスタイルは、一回目は攻略情報無しでチャレンジという感じなのですが、このゲームにおいては私の性質が仇になりました。
パラメータを振り分ける系統のゲームにおいて、私の振り分け方は『バランス』なんですよね。
突出したステータスが嫌いと言ってもいいです。
で、その結果一回目キャスターの七回戦でのステータスはたしかこんな感じ。
レベルは覚えてないのでどのくらいまで上げたか不明。
筋力:D
敏捷:C
耐久:C
魔力:C
幸運:C
うん、見事なバランスだ。CがBに変わる寸前で止めて他のステを強化し始めるという徹底ぶり。たぶんこのままレベル上げしても次に強化するのは筋力。
こりゃ勝てませんわー。すまぬキャス狐、すまぬ。
そんなこんなで私の初プレイは七回戦止まりでした。
次のセイバーはバランス型でもなんとかすすめました。全部洛陽様のおかげ。
復活スキル万歳。
そんなこんなでこのプレイから思いついたのが、

敗退したキャスター。
主人公は2度目かつ別サーヴァントでクリア。

このキーワードが最初の設定になります。
うん、ここから連想できるなんてどうあがいてもヤンデレだよね。
特にお狐様はメル友に清姫様がいるって本編で言ってたので、この瞬間ヤンデレることに決定しました。
で、次に思いついたのはゲームの周回システム。
これを利用して、前週のキャス狐が次週の主人公の元に現れるという展開にしようと思いました。
いわゆる逆行物?
巷でよくある逆行物といえば、色々な経験をしたキャラクターが過去にもどって活躍するよね!じゃあキャス狐も強化だ!よし、ならば本気をださせよう!
という連想ゲームでキャス狐九尾化が決定。
この時点でキャス狐はヤンデレ九尾妖怪ということに。Oh...

でもこれじゃよくある逆行蹂躙物だよね。それは嫌だなー。
せっかくヤンデレたんだし、過去に戻ったら別の存在が主人の傍にいたってのはどうだろうか!?

どいてご主人様そいつ殺せない的な!うん、ぶっとんでますねー。

じゃあ次週のサーヴァントはどうしよう。やっぱりセイバーかなぁ。
しかし、セイバーだとどうあがいても九尾相手に勝ち目がみえぬ・・
なにより赤王様とキャス狐二人だと、どうあがいても戦争になってどっちかが必ず不幸になるよね・・・
ならばいっそキャス狐に勝ち目があるサーヴァントにして、なおかつ主人公と相棒役には恋愛感情無しにしよう。で、最後はキャス狐の気持ちに気付いて大団円。相棒役とは笑ってお別れとかいいんじゃないか?
よし、流れは決まった、サーヴァントを考えよう!
せっかく二次創作書くなら多少のオリジナルもいれないとね!
という発想から主人公は原作3鯖とは別物をあてがわれることに。
アーチャーにしなかった理由?勝ち目が見えないからです。
そうなると鯖は誰にしようか。
オリジナル?いやいや私に歴史知識は無い。
他のFateの鯖?うーん、他のFateに九尾に勝てそうなのいたか?英雄王?あの強烈なキャラクターがどうやって主人公に手を貸すんだ。惨殺される未来しか見えない。ヘラクレス?主人公干からびて死んじゃう。
と、あーでもないこーでもないと悩んだ末に見つけました。
Fate/EXTRAにでていて九尾に勝てそうでかつ主人公に協力してくれそうな存在といえば・・・!

――セイヴァーだ!

ラスボスじゃねぇか無理だよどうあがいても扱えねぇよ。
実は、試作として一話だけ書いたセイヴァーがサーヴァントバージョンのこれじゃない聖杯戦争が私の創作フォルダにあったりします。しかも何をとち狂ったのか日常では立川在住バージョン。なんという黒歴史。ちなみにタイトルはブッダオブウォー(仮)。なんという黒歴史。
ということでセイヴァーは没。
となると次に目をつけたのが、ガトーのバーサーカー、吸血姫様です。
でもバーサーカーだと意思疎通できないよね。主人公たぶん生き残れないよね。
よし、ならクラスだけバーサーカーから変えてアルクェイドを相棒にしよう!

という流れでアルクェイドさんが相棒役に内定。
でも女性かー。そうなるとやっぱり主人公に恋愛感情もったほうがいいかなー?明確なヒロインって必要だよなー。
という安直な考えに支配される。
この時点で赤王様とキャス狐だとどっちかが不幸になるのが嫌だという考えは忘れてました。いっそどろどろの愛憎劇にしてやろうというぶっとんだ方向性に。
でもメルティブラッド(PS2)は持ってるけど、月姫知らないんだよなぁ・・・
メルブラから読み取れるお姫様のイメージは天真爛漫ときどき真面目?よくわかんない。
と、いうことで資料として月姫(コミック)を全巻購入。
読み終わったあと思った。

――アルクェイドは志貴の嫁。

無理ですわ。アルクェイドヒロインは無理ですわ。
そもそも私はNTRが大っ嫌いなんだ。アルクェイドさんをヒロインにするなんて月姫ファンとして裏切りだよ!(コミックしか読んでないのにファン気取り)
ということでアルクェイドさんはヒロイン役から除外。
でもなー、恋愛感情もなしにあのお姫様が縁もゆかりもない主人公に手をかすかなー?
どうしたものか、アルクェイド相棒役は動かせない。EXTRAに出てるんだし他のFateからひっぱてくるよりは説得力あるし。
と悩みながらメルブラをプレイ。

そうだ――ネコアルクにしよう。

なぜこんな化学反応が起きたのか私が一番知りたい。
だがプロットには相棒:ネコアルク(アルクェイド)と書いていた。無意識。
多分悩みすぎてて適当に思いついたことを書いたんだと思う。
でもこれが意外としっくりくる。
割と原作でもギャグ的な部分がある主人公と相性いいんじゃないか?と思い始めネコアルクが相棒になりました。
ゲームでも、ガトーがマスターになったせいで弱体化してるし、もっと未熟な主人公がマスターなせいでネコ化したことにしよう。
この時点で基本はギャグ路線に決定。
そこでさらに思いついたのが、Fateの醍醐味である真名バレ。
それをネコアルクからアルクェイドに戻るっていう方向で行こう。ラスボス戦とかだと燃えるよね!ということでセイヴァーの相手はお姫様に決定。なにこの人類の頂点VS化物の頂点。

それと、アルクェイドは主人公に対し友情を感じるというのはどうだろうか。
アルクェイドは月姫において最初は感情がなかったけれど、志貴に殺されることで感情を獲得したんですよね。(あれ?この一文間違ってないはずなのに何かおかしい。殺されて感情を得るって意味わかんない。さすがきのこ先生だぜ!)
で、その感情って恋愛なんですよね。そのほかの感情は恋愛感情から派生したと考えて、多分アルクェイドは友情を知らないよねー。よし、主人公はアルクェイドの友達一号に決定だ!

大体決まったし箇条書きしよう!

キャス狐敗退して過去に戻る。主人公LOVE(純愛、ルビはヤンデレ)。
過去主人公の元に辿り着いたらなんか変な化け猫がいた。
化け猫は吸血姫。ブッダの前で正体を晒す。
ラスボス倒したら裏ボスがいたよ!裏ボスは九尾の狐だよ!
お姫様はお友達一号のために張り切っちゃうもんね!
最後は九尾の狐と和解。主人公とラブラブEND。お姫様は友達と笑ってお別れ。
ギャグもの。

――どうしろと?

でもせっかく考えたんだしこれを基軸にしよう。
ということで上記箇条書きを煮詰めていく方向で問題点を洗い出す。。
そもそもせっかくキャス狐過去に戻ったのに、出番最後だけってのもなー。
唐突すぎてわけわかんないね!
もうちょっとキャス狐の出番を増やそう。
そのためにもバックグラウンドはしっかりしないとな。
キャス狐バッドエンド書いてみるか。

――『狐は月で夢を見る』完成!

実は最初に書きあがったのは外伝だったというオチ。
でもどうやってキャス狐の出番増やそう。
そのまんまは流石に出せないよなー。
そうだ、化け狐といえば変化だよね。
ゲームのキャラクターに化けて入れ替わるというのはどうだろうか!?
そうなると入れ替わるキャラクター(犠牲)は誰にすべきか・・・
流石に凛とかラニとかメインは無理だよな・・・
だからと言って言峰とか・・・ジョージボイスの狐とか勘弁してくれ。
タイガー?そこまでにしておけよ藤村。
教会の魔法使い?やだ、成り変わる瞬間に戦争がおきそう。
そして見つけた寄生先――保健室の桜さん。
彼女は無印EXTRAにおいて、ほとんどモブなんですよね。
ストーリーにそれほど絡まない、主人公に対する感情もわからない。
これから書く側としてはこれほど動かしやすいキャラもいない。
なにより桜はFateにおいてヒロインを飾ったお人。
主人公に対して好意をだしたとしても、『お?桜ヒロインか?』というミスリードにも使える。
ということで、桜さんはキャス狐にとってかわられることに決定。

これでメインキャストは決まった。
あとはゲームであった色んなこと(体操服とかマーボーとか)を弄りつつ大団円を目指そう!

といった感じでプロット完成。第一話をチラシの裏に投稿することとあいなりました。
ちなみに第一話を投稿した時点で最終話も書きあがってました。
辿り着きたい最後を先に書いておけば物語の軸もぶれないかなーという浅はかな考え。

こんな感じでコンセプトができあがりました。
表:ギャグコメディ、ときどきシリアス。地雷あり。
表はアルクェイドが友情を抱けるようにコメディタッチの王道物を目指しました。

裏:這いよるヤンデレ、チラリズムホラー。地雷しかない。
裏では愛憎渦巻くヤンデレ劇場。特にチラリズムホラーに力を入れたい。
主人公目線だと優しい後輩なのに、読者目線だと裏があって疑心暗鬼になるような感じを目指しました。
俗にいう志村―!後ろ後ろー!状態。





【Fate/EXTRACCCの発売、購入、クリア】
待望のゲーム続編CCCは発売日に買って即プレイしました。
各キャラも深い掘り下げがあってより魅力的なって、拙作にも活かそうと思いました。
が、クリア後、大きな誤算が。

――桜さん可愛いよ桜さん。BBちゃんお前なんか大好きだ―!

まさかの桜さん大活躍。
しかもCCCにおいては他キャラを圧倒して桜&BBが好きになってしまった。
主人公のために自分が壊れても、とか好きなんです。
なによりも、ラスボスがヒロインというシチュエーションが大好き。
事実、拙作もその流れに乗ってますし。
こんなにも桜が輝くなんて思ってもみなかった。
そうすると今度は後悔が湧き上がってきました。
本編で桜は既にお狐様にぺろりと食べられちゃってるんですよね。
どうにかして桜にも救いの道を残したい!と試行錯誤を始める。
CCCクリア報告のあとにプロット変更しますって言ってしばらく更新ができなかったのはこのため。
でもどうあがいても絶望。
桜がキャス狐に成り変われるのは拙作の根幹なんですよね。
どう頑張っても変えられない。
そこでせめてBBちゃんの存在を匂わせてCCCへの布石を打っておこう。
ということで、桜(キャス狐)の独白にてBBちゃんの存在を漂わせる。
それに合わせてエンディングを変更することに。

最初期のエンディングではBBちゃんは来ずに、お狐様が主人公の魂を取り込みます。
そして聖杯を内側から食い荒らしたお狐様がセラフそのもの、電脳世界そのものになって主人公の魂を生かし続けるエターナルエンドでした。
お狐様と主人公は狐印プロデュースの平和な世界をずっと享受するという当人たちからはハッピーエンド、読者視点からはお狐様作成の永遠に捕えられた主人公というバッドエンドでした。
ちなみに、このお狐様が世界に成り果てるというのは、封神演義(ジャンプコミック)の妲己をオマージュしてます。九尾的な意味でも。
で、この最初期エンディングを変えるきっかけになったのは先にも言った通りCCCをクリアしたからなんですよね。
CCCプレイ後、改めてプロットを見返して思ったこと。

主人公と一体化、電脳世界を一体化、永遠に変わらないフラットな世界。

あれ?このエンディングまるっきりメルトリリスじゃね?

さすがにこれはアカンと思いまして、エンディングを変えることにしました。
でも着地点が見えなかったので、それならいっそCCCに繋げる形にしようという方向になったわけです。
最初期エンディングは外伝としていつかアップしますね。


あともう一つの大誤算。
聖杯の力を舐めきっていました。
無印EXTRAをクリアした時は、ぶっちゃけムーンセルって大したことないんじゃね?って思ってました。
描いた未来を引き寄せるとか、その得たい未来に辿り着くための過程をしめすとか。
それぐらいなら冬木の聖杯のほうがすごいんじゃいか?って思ってた。
結果、『狐は月で夢を見る』において、ムーンセルは未来に向かってのみ効果を発揮するみたいな描写になってしまいました。
でもCCCクリアで、ようやくムーンセルのやばさがわかりました。
やっぱり聖杯と呼ばれるものはとんでもない代物だと。
けど、CCCクリアした時にはすでに『狐は月で夢を見る』を公開してたんですよね。
しかもその設定はこの物語の根幹ですから変えるわけにもいかず。
なので、聖杯の能力に矛盾と過小評価がありますが泣く泣くその設定のまますすめました。


とまぁ、こんな感じで『これじゃない聖杯戦争』は完成しました。
まさに七転八倒ですな。





【人物紹介】

主人公/ナカオ(仮)

基本的には原作主人公そのまま。
散々二週目疑惑がありますが、ナカオ(仮)は一週目です。二週目なのはキャス狐。
コンセプトは全力でギャグ系選択肢を選ぶ主人公。
まず間違いなくフランシスコ・サビ!と叫ぶようなキャラ。
でもそれだけだと、ちょっとキャラが弱いかなーと思って次の属性を付けました。

・貧乏属性
・腹ペコ属性
・マーボー属性

貧乏属性は、私の一回目プレイで回復アイテムを買いこんでは使い果たすという大浪費プレイから持ってきました。
腹ペコ属性は、主人公の魔力回復アイテムがほとんど食べ物だったということから持ってきました。
最初はこの二つの属性はやりすぎかな?っておもってましたけど、まさかのCCCでDDの食卓だとか、レオから借金踏み倒しだとか、英雄王のハサン認定だとかで胸を撫で下ろしました。
今なら言える、主人公の属性は公式です、と。

マーボー属性は私のゲームでのレベリングの仕方から持ってきました。
キャス狐だと、雑魚戦でも普通に負けるんですよね。
そこで私は考えました。
相手をスキルで封殺すればいいじゃない。

攻撃は全部スキルで相手を封殺→破戒の警策でキャス狐の魔力を回復→マーボーで主人公の魔力を回復→攻撃は全部スキルで相手を封殺→以下無限ループ

ここからマーボー属性ができたわけです。
そしてマーボーを活躍させることを胸に誓いました。

この主人公を書くにあたり一番悩んだのはやはり名前ですね。
無印EXTRAではデフォルトネームがありませんでした。
この作品を書き始めた当初はまだEXTRA(コミック)を持ってなかったので岸波白野という名前も知りませんでした。
最初は私がゲームでつけた名前にしようかと思ったのですが、それだと皆さんのイメージに合わないと思ったんですよね。
無印EXTRAではプレイヤーの数だけ主人公の名前があるわけですから、無意味に名前はつけられないなーと思い、名づけに悩むことに。
なにか名前に意味を持たせて、ストーリーに組み込めないかなー。

名前ー、名前ー、どうしたもんか。
と悩みながら気晴らしにメルブラプレイ。

ネコアルク『昼飯はにゃかうじゃにゃいのか?』

――これだ!

このセリフは対戦開始時のネコアルクのセリフなんですが、私には空耳でこう聞こえました。

『ナカオじゃないのか?』

ナカオ…中尾…中の尾!
よし、主人公の中にキャス狐の尾を入れよう!うん、ぶっとんでる。
なぜこんな発想になったのかというと、九尾の狐といえば、私の中では『うしおととら』の白面なんですよね。
で、白面の尻尾ってひとつひとつが異なる妖怪なんですよ。
だから、キャス狐の尻尾も一つ一つに意思があることにしよう!
という連想ゲーム。
これを説明するためにおよそ10KBにわたる設定を考えたんですが、後々タマモナインが出てきたことで一言で済むようになって安心しました。

――公式です、と。

こんな感じで名前が決定。ストーリーにも深くかかわる設定が生まれたことで棚から牡丹餅。
主人公ができあがりました。
ちなみに(仮)をつけたのは、主人公の超人化を防ぐためです。
キャス狐がわざわざ一尾を中に入れるんだから影響は絶大だよね。
でも主人公を強化しすぎると蹂躙物になっちゃうし弱体化しよう。
ナカオという名前はキャス狐からプレゼント(呪い)させることにして、主人公がそれに(仮)をつけたことで偶々キャス狐からの干渉を歪ませるという裏設定。
もし仮に(仮)がなかったら、尾を通してキャス狐から魔力が流れて実質魔力は無限に。
耐久力もキャス狐の神性の影響で爆上げ。
多分耐久A+、魔力EXとかもうお前が戦えよ状態になってました。

それともう一つ、尾を中に入れることで生まれた裏設定。
実は『これじゃない聖杯戦争』、主人公視点ではありません。
『中の尾』視点です。だから拙作のタイトルは『これじゃない聖杯戦争』なのです。中の尾……狐にとっての聖杯戦争はこれじゃない、という意味。
尾は主人公の中、魂の傍にいるので、尾からすると主人公の思考と視点、見えた光景と喋った言葉、聞こえた音がごちゃまぜになっているんですよね。
だから拙作では主人公の言葉と思考が区別できないようになってるんです。
また、中の尾視点なので、主人公の知りえないことは中の尾も知りえません。
そのため主人公のいない場所では地の文がないんですよね。
また、主人公が気を失っても、中の尾からは外の音が聞こえるので、主人公気絶後でも外の様子を描写してます。例えば『少女達の死』における主人公気絶後のネコアルクのセリフ。
唯一中の尾視点ではない『ハンティング』…らんるーくんと串刺し公の場面では、視点切り替えに難儀しました。
苦肉の策として、
Outside of observation(観察の外)
Inside of observation (観察の内)
という苦し紛れを使いました。
これも中の尾視点であるという一種の伏線になっているといえばなっています。
それと、最終回(表)にて急に三人称形式になったのは、中の尾が主人公から引きはがされたためです。
最終回の前話でブッダが「その呪われた身、光をもって獣もろともに浄界せん」って言っているのは中の尾を主人公から引きはがした場面なんですよね。ナムアミダブツ!
本当の意味で主人公視点だったのは、ネコアルク召喚までのオープニングと、ブッダ撃破後、桜(偽)におかえりなさいと言われるまで。それと気を失った時の中の尾との邂逅時です。
とまぁ細々と書いていますがあくまで裏設定なので、主人公一人称と思ってもなんの問題もありません。

覚醒イベントは『ただ、前へ』
覚醒するまではギャグもなるべく受け身というか、感嘆符をなるべく少なくして淡々とした感じにしたかった。
覚醒後はフルスロットル。ギャグ特化。
これ以降はFate/EXTRAの主人公ではなくナカオというキャラクターを全面に押し出すようにしてます。
その象徴はAVでした。
AVのために命かける馬鹿主人公は他にいないと自負したい。

こんな主人公ですが、皆さんにこんなの主人公じゃない!と言われず受け入れて貰えたようで嬉しかったです。





ネコアルク/アルクェイド

相棒役。
ネコアルクはもちろんギャグ特化。
でも途中からは少しずつアルクェイド分を出してギャグ成分を減らしていこうと画策。
ネコアルクの一人称が『あちし』じゃなくて『あたし』なのは、アルクェイドに戻った時にネコアルクだったときの一人称を時々喋る演出をしたかったから。さすがにアルクェイドに『あちし』と言わせる勇気はなかった。

覚醒イベントは『少女達の死』。
ここでアルクェイドの意識が完全に表にでた設定。
なのでここからのギャグはやや控えめ・・・というか、アルクェイドが必死にネコアルクを演じているような感じにしたかった。
2話だか3話だかで、このネコ、アルクェイドじゃね?って感想で来たときはすっげードキドキしました。Oh...渾身の隠しイベントがもうばれちゃったYO!HAHAHA!って感じ。

アルクェイドは主人公に対し恋愛感情はありませんが、友情を抱くようにしました。
たぶん、アルクェイドに友達キャラはいなかったはずなので、主人公を友達1号にしようと画策。

ちなみに、最初はこのアルクェイドはゲームEXTRAのガトーのサーヴァントをそのまま持ってくる予定でした。
本編終了後は、地球に戻って初めてできた友達のことを想いながら一人生き続けるというビターエンド。
というのも、EXTRA世界観だと月姫のストーリーがあったかわからないんですよね。
私はEXTRAの資料をゲームしか持ってないので詳しくは知らないんですよね・・・
マテリアルも欲しいとは思っているんですが、中々手に入れることができないのでご容赦いただきたい。
だからEXTRA世界ではアルクェイドは一人孤独なんじゃないか?と思った次第です。
でもせっかく友達ができて馬鹿やって楽しい思い出ができたんだから、終わりもハッピーにしたいよね!特にコンセプトの表は王道物だし!
ということでエンディングを変更。帰る先は月姫世界。愛しい人の元に帰って、手に入れた友情を嬉しそうに語るという大団円にしました。
この変更は最終話(表)を投稿する30分前、推敲中に急きょ思いついたので深く設定を考えていません。なので、帰った先は平行世界なのかそれともEXTRA世界なのか、それは不明ということにさせてください。



以下、アルクェイドのサブストーリー。
最初期の設定を簡単に物語化。
ツッコミどころ満載ですが大目に見てやってね!


ヒマラヤで散歩してたら、なにか違和感(未来狐降臨)を感じる。
違和感を感じて見上げた月で何かが行われていることを察知し、月の内側、ムーンセル・オートマトンの作り上げたセラフへ介入(物理)。
無理やり入り込んだため侵入に使った道は残されており、ヒマラヤからずっと憑いてきたストーカー(聖人)もその道を使って侵入してしまった(自業自得)。

そして、聖杯戦争のことを知る。
基本的には聖杯に興味もなく、戦争の結果にも興味はないが、暇だったし参加してみるかーみたいな軽い気持ちで聖杯からのサーヴァント役の押し付けを受け入れる。
どんなマスターかなぁ、とそれなりにワクワクしてたら相手はまさかのストーカー(聖人)だった。
ストーカー(聖人)は絶対に嫌だと拒否し、代わりを勝手に探索。
たったひとり、打ち捨てられていた……それでも諦めていない少年に興味を持ち手を伸ばす。

が、ここで問題が発生。

少年はあまりに未熟すぎた。
これでは主従契約を結んだ瞬間少年が死んでしまう。
アルクェイドからすれば、別段死んでも困らないが、せっかく参加するのにすぐに終わっては面白くない。
そこで、自分の力を自己封印をする。

が、ここで問題発生。

ムーンセルからの介入を弾いていた力を封印してしまったため、ムーンセルからの干渉をもろに受けてしまう。

そして押し付けられたネコアルクの姿。

アルクェイドからすると、劇場で舞台を眺めている感覚。
自分ではあるが、それは勝手に動くロボットのようなもの。
アルクェイド自身はネコアルクの奥の奥で客観的にネコアルクと少年の物語を眺めているだけだった。
元々そんなにやる気もないし、見てる分には面白いからいっかーと、戒めを破ろうと思えば破れたのにそのまま傍観者のままでいた。
だが、少年の生き様と、楽しそうに笑う声、そして向けられる信頼にいつしか偽りの姿に対し嫉妬と羨望を向けるようになる。
そしてついに、少年へ本気で向き合うことを決め、観客を止め舞台へと上がった。
そのときから、彼女は少年の相棒役となったのだ。

でも急に元の姿に戻って少年に拒絶されたら嫌だし、言うのが怖いからネコアルクのままでいよう、そんな彼女に芽生えた感情から長い間ネコアルクの姿のままだった。

彼女に芽生えたその感情の名は――友情。

無限を生きる人ならざるモノが得た初めての友人は、彼女にとってとても大切なモノだった。

ちなみに、アルクェイドは少年の【中身】に気付いていた。
が、問題ないだろうと放置する。
その理由は【中身】の行動原理たる感情を理解できたから。

理解した感情の名は、愛情。

友情を知らないアルクェイドも、愛情は知っていた。
そして、愛とは正しいものであり否定するものではないと思っている。
自身も抱くその感情が間違えているはずは無い、と。
だから彼女は【中身】を放置した。
少年を愛するのならば問題は無いと。
しかし、アルクェイドは一つ勘違いしている。
同じ愛と言う名でもその姿は千差万別であることを。
アルクェイドの純愛と、【中身】の純愛。
それは決して似ていない。





偽間桐桜/玉藻の前<九尾の狐>

本作最大の被害者(ヤンデレ)。
作者がラスボスがヒロインというシチュ好きなためヤンデレかつラスボス候補にされてしまった人。
でもゲームでも散々自分のことヤンデレって言ってるからいいよね。
桜の体の中に入り込んで彼女に成りすましたお狐様ですが、なぜこんなことをしたのかというと、聖杯戦争を完遂させるためでした。

主人公という魂が、戦いの中で輝く様をもう一度見たかった。

そのためにも聖杯戦争は最後まで継続させる必要があったわけです。
もちろん、主人公を死なせるつもりはなかったので色々とテコ入れ。
中に尾を埋め込んで、主人公の能力を底上げしたり、致命傷を負いそうになったときは中の尾に盾になるように命じたり。
前週で集めた礼装を与えてたり――ご主人様との絆ですから☆
ちなみに最後に渡した礼装『妖狐の尾』はゲームにおいては入手難易度の割に効果が微妙なのですが、その名前のやばさから、拙作ではキャス狐の力の結晶という形にしました。渡すタイミングが最後になったのは、あの時既に聖杯の浸食をほとんど終え、隠す必要がなくなっていたからです。

主人公がゲームと比べて魔術が得意なのは尾のおかげ。主人公の拙い魔術を埋め込まれた一尾ちゃんが必至に形にしていたわけです。キャス狐マジ尽くす女。
主人公が尾を埋め込まれたときに、その尾の力に耐えきれず消えそうになったとき、一番焦ったのはこの人。

やっべ、こんなんなるとか思ってもみなかった。
ご主人様と一体化することしか考えてなかったーーー!
どうしようどうしよう!一尾ちゃん、なんとかご主人様の体を維持してー!

――ワタシヲダシテー!ワタシナラチョウセイデキルー!

うっさいですね!貴女に触らせるわけないでしょう!
と、とりあえず、呪でなんとか安定させなきゃ。よし名前を媒介にして……!
ふー……なんとか落ち着きましたね……あ、ご主人様のお名前、変えちゃった……
で、でも名づけの親というのもそれはそれであり?きゃーっ☆ある種の母子プレイ!?
だめですよご主人様ー!そんなアブノーマルなこと……神様的にはありありですー!

こんな感じ。仕方ないね、キャス狐神様だし。仕方ないね・・・

間桐桜を演じ続けたのは、聖杯から見つからないようにするため。
流石のキャス狐といえど、聖杯を相手にするには多少の時間が必要になります。
破壊するだけなら簡単ですが、聖杯を破壊してしまうと当然聖杯が生み出した存在も消えます。
このキャス狐は七回戦まで行っていたので、主人公の正体をすでに知っています。
そのため聖杯戦争が無くなることだけは絶対に避ける必要がありました。
そこで、間桐桜という上級AIの正規ルートをつかって聖杯を浸食することにしました。
聖杯を浸食して、NPCである主人公を生かし続けようとしたわけですね。
普段はキャス狐としての意識は深く沈んで隠れています。表層意識は体に残った間桐桜の残照に任せて、自分は深いところで聖杯を少しずつ食い荒らしていました。
で、ときどき思い出したように浮かんでくる感じ。
ちなみに、度々でてくる影の触手ですが、これはキャス狐の尾を偽装したものです。
元となった間桐桜ならば持ちえたであろう技能に偽装することで聖杯をごまかしています。
あとネコアルクと戯れているときはガチで殺しにかかっていた。
全部避けられましたが。

覚醒イベントは『少女達の死』。
ここで完全に間桐桜ではないということを発覚させました。

キャス狐で表現したかったのは、チラリズムホラー、疑心暗鬼です。
一見普通なんだけど、言動を深読みするとなんか怪しい。
たとえば、こんな感じを目指しました。

「大丈夫、貴方は私が守るから」
「中に誰もいませんよ?」

一見普通のセリフですが、これを次のように変えると・・・

我妻由乃「大丈夫、貴方は私が守るから」
桂言葉「中に誰もいませんよ?」

Oh...ほとばしる狂気。
言ってることは普通なのになんか不安になる。
そんなキャラクターを目指しました。

キャス狐は前回の失敗を取り戻すために過去へと戻ってきた設定です。
キャス狐がもといた時空は『狐は月で夢を見る』です。
これが本来あった時間軸。始まりの始まり。
で、主人公復活もできないし聖杯の力で夢を見続けていたわけですが、それと同時に可能性を探していました。
もう一度、自分が召喚されるという可能性を。

ここで本作最大の裏設定。
このキャス狐、ムーンセルが再現した英霊(データ)ではありません。
Fate/stay nightで召喚されるほうの英霊(ガチ)です。

だから本体は『座』に居て、あらゆる時間、あらゆる時空、あらゆる平行世界に召喚される可能性があるわけですね。
で、あまりにも主人公に対する愛が強すぎたために、座にいる本体も主人公LOVEになった設定。
これ以降、玉藻の前という英霊は誰かに仕えたいという願いではなく、主人公の傍にいたいという願いを持ちます。多分、どの世界でも主人公が媒体無しで縁故召喚したら100%キャス狐が来る。
なので『狐は月で夢を見る』のキャス狐はその世界で夢を見続けています。
で、座にある本体は『狐は月で夢を見る』のキャス狐を通じて永劫の時の中で夢を見ながら、奇跡をずっと待ち望んでいたわけです。
己の主が、もう一度自分を呼んでくれることを。
で、那由他の彼方から呼ばれてキターーー゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚----と喜び勇んで召喚されたら変な化け猫にその場所を奪われてしまったわけですね。
実は主人公は冒頭でキャス狐を召喚してます。
ちゃんと『妖艶な半獣の女性』を選んでますしね。
でもそこにアルクェイドが横からきて奪ったわけです。
そりゃ病むわぁ・・・

なんで英霊(ガチ)が月にいるの?という疑問はごもっとも。
キャス狐はずっと、人間に仕えてみたいという思いを持っていました。
でも玉藻の前なんて弱そうな英霊を通常の聖杯戦争で呼ぶ人はいません。
九尾の狐だと強力すぎてかつ邪悪すぎてさらに呼ぶ人はいません。
天照大神にいたっては神霊ですからまず無理です。
なので叶わない望みだけどいつか必ず呼んでくれる人がいるはずだ、と無限に待ち続けていました。
するとある世界で月の聖杯戦争が行われていることを知ります。

太陽「おい、月さんよ。なんかアンタのとこでお見合い(聖杯戦争)してるらしいやん?」

月「え、あ、はい。やってますよ聖杯戦争。人間観察するのに適してるんですよね」

太陽「ちょっと私の一部も参加させてやってくれんかね?」

月「無理ですよ!参加者は全員データ化してるんですから!太陽さんをデータ化するなんて膨大すぎて入りませんって!」

太陽「ええやないか!ほんの一部や!先っちょだけ先っちょだけやから!」

月「無理無理無理!入りませんって!」

太陽「おー?弟が姉に勝てると思うてんのか?アンタの用意した器に入るから大丈夫やろ」

月「こんな大きいのはいんないよらめぇ!」

こんな感じです。嘘です。妄想です。
キャス狐が過去に戻るにあたり、説得力がある理由は何かと考えたところ、英霊(ガチ)だったということを思いつきました。
キャス狐はゲーム本編においても、自分にジャミングをかけてその正体をトワイスから隠していたっていう描写があったので、どこか他の英霊と毛色が違うんですよね。トワイスとの主従関係もばっちり覚えていますし。
拙作ではそこを拡大解釈しました。
Fateでも英霊エミヤが奇跡のような可能性を引き当て、人だったころの自分がいる時間(それが過去か平行世界かは置いといて)に召喚されたことをオマージュしてます。

最初期のエンディングでは幸せな世界を築いて主人公と永遠を過ごすはずだったのですが、CCCに繋げるため、BBちゃんに最後の最後で主人公を奪われました。キャス狐まじすまん、すまん。
BBちゃん視点だと割と達者に喋っているキャス狐ですが、キャス狐一人称ではかなり狂ってます。
外見はなるべく正常にみせかけて、その実内面は無限の時を待ち続ける精神面ですから愛に狂いきっています。


以下、キャス狐サブストーリー。
主人公が7回戦を終わって、聖杯の中で主人公が来るのを待っているキャス狐。

聖杯の浸食もようやくほとんどが終わりましたねー。
まったく、手間をかけさせてくれるものです。
無駄な抵抗をしてくれちゃって、弟(月)が姉(太陽)に勝てるわけがねーのです。
でもでも、その努力もようやく報われる時が来ました。

あともう少しで――ご主人様が私の元に帰ってくる。

あぁ――幾千、幾万、幾億、遥か彼方で待ち続けた時がようやくここへ……
ふ、ふふ、あと少し、もう少し、ほんのちょっと……

その時のために――まずは愛の巣を作らねば!
やっぱり建築方式は和風?
雅なのもいいですが、あまり古風すぎるとご主人様に引かれちゃうかも?
いっそ4畳半とか!ちょっとしたことで触れ合う二人……触れた指先の温かさ……見つめ合う瞳の熱さに誘われて……向かう先は寝室の布団――バーニングラヴ!!
やだー昼間からそんな、タマモ困っちゃいますご主人様ぁ!望むところですとも!

なんちゃって!なんちゃって!

――って、あれ?一尾ちゃん?もう帰ってきたの?

きゃーっ、まだ愛の巣ができてないのに、ご主人様の早漏、じゃなくてせっかちさん☆

――え?何々?白衣の腹黒メガネが聖杯の前にいて、ブッダの光のせいで私のところに吹き飛ばされた?

なるほどー…………元カレのこと忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!

まだやってたんですかあの陰険メガネ!
元カレと今彼がご対面とか修羅場どころじゃねー!
勘違いしないでくださいご主人様!
確かにそいつは元カレですけどタマモは清らかな体のままですとも!
私の全てはご主人様のモノですからー!
ダッシュだ私!マッハだ私!
ご主人様!今、私が参ります――――って、遠い!
聖杯の外まで404光年とか無駄に盛大なセキュリティ組んでんじゃねーですよ!
ぐぬぬ、最後まで姉の邪魔をしますか愚弟め……
しかーし!この程度で諦めるほどタマモは弱くありませんっ!
カモーン、一尾ちゃん!フュージョンですっ!
九尾モード天孫☆降臨!
今の私に不可能はなーーーーい!

ってあれ?ご主人様が聖杯の中を漂ってる?
……
………

さっすがご主人様!独力で元カレを退けたんですね!
そうと決まれば……いきなりこの姿で出ていくと驚くでしょうし……
まずはサクラさんを着て……お色直しお色直し、あーあー、よし、私、間桐桜ですっ。

ではでは、無限の彼方、那由他の向こう、遥か昨日の遠き明日からこんにちわ。
貴方の私が参ります。

――おかえりなさい(愛しています)ナカオさん(ご主人様)

今はただ、その傷ついた魂をお休めください。
寝て起きればそこにあるのは平穏無窮の桃源郷。

――貴方に全てを捧げます――





間桐桜/バックアップ

本作最大の被害者(ガチ)。
CCCクリア前のプロットでどうしても犠牲になってしまう人。
元はモブだしサクリファイスしちゃってもいいよね?という簡単な動機で犠牲になった人。
CCCのクリア後に作者に最大の後悔を抱かせた人。すまぬ、すまぬ。
なんとか救いの道を、と悩んでもバックアップをBBちゃんとして登場させることしかできなかった。
仮にこれじゃない聖杯戦争CCCが始まったとしても、オリジナルは絶対に救われません。
どうあがいても絶望。
BBちゃんはCCCに救いを残してます。

――先輩。間桐桜は貴方に恋をしています。





遠坂凛/ラニ=Ⅷ/レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ

サブヒロインプラスライバル。
のつもりだった。
書き終わった後見返すとサブヒロイン(?)プラスライバル(笑)だった。何故だ。

凛ちゃんさんはね、最初は頼りになる姉御的パートナーのつもりだったんだよね。
でもね、この作品、大切な、大切な『アレ』がいないんだ。

――ツッコミが。

遠坂さんはすっごい動かしやすかった。ツッコミが。
彼女がいるだけですらすらと文が書けた。ツッコミの。
もうね、彼女はそのためにいるんだよ。ツッコミ役として。

で、そんな遠坂さんはキャラが勝手に立ってくれたんだけど、ラニは難しかった。
いまいちキャラが掴めない。CCCをプレイした今ならキャラも掴めてるんですけれど、本作を書き始めたころは本当にラニさんは難しかった。
なのでホムンクルス、製造されてからあまり日が立っていない、というところから純粋天然キャラにしました。
まさかCCCであんな強烈な個性を出すとは思いませんでしたが。ぱんつ、はいて、ない。

そんなサブヒロイン二人ですが、本来はもっと恋愛感情をだすつもりでした。
どちらか一方のルートに入っていれば、個別エンディングを書こうと思う程度にはヒロインさせるつもりでした。
でも二人とも助けちゃったからね。キャラが薄くなっちゃってね。しょうがないね。

凛ルートなら友達以上恋人未満の甘酸っぱい感じを。
ラニルートなら純粋故の依存関係から脱却し、淡い初恋物語を書くつもりでした。
でも二人とも助けちゃったからね。キャラが薄くなっちゃってね。しょうがないね。

レオ会長はスルーされ芸人でしたね。
なんでこうなった?
マーボーに夢中になっている主人公にことごとく無視されている様子が割とはまっていたからです。





ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ

本作最大の被害者(ギャグ)。
誰だよ兄さんをギャグキャラにしたの!私だよ!
最初はここまで酷くなる予定はありませんでした。
ただCCCの中で遠坂さんが、
「一番人間っぽいの?ユリウスじゃない?あいつ、結構色んなところで反応してるわよ?」

的な言葉を言っていたので、なるほど、ユリウス兄さんは一番人間らしいのか。
と思ったことが運の尽き。
それとハーウェイカレーとかトイレ掃除とか割とギャグキャラにされていたので拙作でも思い切って濃いキャラにしようとおもいました。

その結果がAVだよ!

本作どうしてこうなった要員の第一位。
AVが二人の友情を紡ぐとは一番思ってなかったのは私だ!
うん、でも割とすらすら書けました。ごめんねユリウス兄さん。
でも多分、本作で一番幸せになれる可能性があります。
月の裏側でかつて交わした約束を果たせる可能性がありますから。

――髪型はロングだ。これは譲れん。





臥藤門司/ネコアルクカオス

本作最強の敵(マジ)。
シャイニングカオスはラスボスも指先ひとつで倒せる設定。
令呪三つ積みだからね、つよい(確信)。
でもステータスはギャグに全振りだからね。
どうあがいてもギャグ。
アルクェイドをネコアルクにしようと思ったとき、ガトーさんの相棒はカオスに決まりました。
EXTRA界最大のギャグキャラがメルブラ界最大のギャグキャラとあわさって最強に見える(白目)。
ガトーさんはCCCからが本番だから。まだ本気じゃないから(震え)。
カオスが月にいる理由?
カオスはメルティブラッドにおいてのエンディングで宇宙空間を漂っています。
そこでSOS(おぉ!神よ!道半ばで倒れる愚僧に祝福を!南無阿弥エイメン!)を受信。
まっていろ、いまキャットが助けに行く。ジェットで。
マジカルアンバー制作、平行世界転移装置メターボウ・マルチドライブ(公式)のパワーでやってきた。
つまり、このネコアルクカオス、聖杯の再現したデータじゃありません。

――本物です。






言峰神父

俺外道マーボーコンゴトモヨロシク。
マーボーを活躍させると決めたときからこの人も活躍することがきまった。
無印EXTRAではモブですが、本作では妙に存在感があります。
たぶん、主人公の好感度が最初にMAXになった人。





その他

その他キャラクター。
いや、一応設定はあるんですが、全部書いちゃうと容量がとんでもないことになるから割愛。
実はこの設定集、今まで投稿したどの本編よりも重いです。
本編最大容量は『いってきます』で約38KB。
この設定集は約43KB。意味が分からないね。
これでも削ったり要約したりしてるんですが、実は編集前の設定集、テキストのみで約200KBほどあります。わけがわからないよ。

そんなわけで大分端折っています。
ところどころ矛盾を感じたらたぶんそれは公開されていない設定集のほうにあります。多分。

疑問質問等々あれば、感想欄にて【質問】と銘打っていただければ頑張ってお答えします。
頑張るよ、がんばる。





【次回作の展望】
本編『これじゃない聖杯戦争』はこれにて完結となります。
まさかの俺たちの戦いはこれからだEND。
CCCをクリアするまではこんなことになるとは思ってもいませんでした。
でもこうなっちゃた。仕方ないね。

で、次回作ですが。

『これじゃない聖杯戦争CCC』

プロットはできてます。オープニングも書きました。
エンディングも地の文を入れれば完成です。
その間の過程はまるで手を付けていませんが、大体20話前後の見通しで、スケジュールも密かに立てたりしました。

――で も 始 ま り ま せ ん。

いえ、最初はこれじゃない聖杯戦争のプロットを変えた時点でCCCまで書くつもりはあったんですが、完結に至り心変わりしました。

シリアスが、書きたいんです。
シリアスを、書きたいんです。

燃える大地に骨が転がりむせる鉄の匂いが肺を焦がす。
登場人物がばたばた死んでいくような血と鉄と肉と骨の物語を書きたいんです。

私もこれじゃない聖杯戦争が微妙に投げっぱなしになっていることに責任は感じていますが、どうしてもモチベーションが保てません。
このまま書き始めたら多分どこかで本当に投げ捨ててしまいそうで怖いのです。

なので、これじゃない聖杯戦争はここで一旦終了させ、今やりたいことに手を伸ばそうと思っています。

次回作はオリジナルで異世界召喚ロボット物を書こうと思ってます。
ダンバイン的な。
有機的ロボットが血飛沫を上げて大地に転がる地上戦オンリーの泥臭い戦争物。
主人公は30代のおっさん。ライバルに本当はこいつが主人公だろ?的なティーンエージャー。
誰も彼もが血に沈む、情け容赦ない屑どもの賛歌。それが炎のさだめ、むせる。みたいな。
投稿先はまだ決めていません。
オリジナル物なのでなるべく人の目に留まり、読んでもらえるような場所に投稿しようと思っています。

いつかどこかでお会いできたら、読んでいただけると嬉しいです。





【最後に】
拙作『これじゃない聖杯戦争』をお読みいただきありがとうございました。
多くの感想が私のモチベーションを上げてくれました。
この物語を完結まで続けることができたのは、皆様の感想のおかげです。

完結までおよそ2年。
皆様には本当に長い時間、お付き合いいただき感謝感謝でございます。
思えば、大学を卒業し社会人一年目のストレスから余暇として始めたこの物語ですが、今ではそんな私も出張残業休出の立派な企業戦士に成り果てました(白目)。

今後も、物語を書くという趣味は続けようと思います。
とはいえ、一つの物語を書き終え少しばかりの休憩が欲しいというのも本音。
感想は全て読ませていただいていますが、感想返しはしばし時間をください。ぶっちゃけこの設定集の編集に疲れました。誰だよ200KBも設定作った馬鹿は!私だよ!orz
いずれまた、別の物語でお会いしましょう。

本当に、ありがとうございました。









あと、せっかくCCCのプロットを作ったのに捨てるのももったいないので、下にプロット載せてます。
書かないのにそんなの載せるなよ!って方はスルーしてください。
どんな話になるのか気になるーって方はご照覧ください。

でも、本編で見たいと言われても、お約束はできません。すまぬ、すまぬ。





















































【作るには作ったけどお蔵入りしたプロットの要旨】

オープニングはほぼ原作と一緒。
偽りの校舎を逃げ惑って闇に落ちます。
落ちた先で出会うのは人類最古の英雄王。
(番外編などでギルガメッシュの出番が少ないのはCCCでの相棒役に内定していたからなんですよね。デビューに備えて露出を控える、みたいな?まぁ結局デビューし損ねましたが)
原作では3つの令呪で英雄王に対し、見ること聞くこと話すこと、の3つの許しをもらいます。

が、ナカオ(仮)は既に令呪を使って残り一画しかない(裏側に取り込まれたタイミングは本編ラスボス撃破後ですが、主人公から自分がNPCである記憶を奪うために主人公はBBによって6回戦撃破時の状態にされています。ただし中の尾は某ブッダに消されたまま)ので次のような願いをします。

……コミュニケーションを許可してくれ――!

「く、ハッハハハハハ!なんという浅ましさ、なんという生き汚さ!溺れる犬のほうがまだ潔いぞ雑種!だが、興が乗った。特に許す。その厚顔無恥で愚か極まりない叫び。誰でもない、この我が聞き届けた。足掻いて魅せよ、その様をこの我自らが見下げ、笑ってやろうではないか」

そんなこんなで金ぴかが仲間入り。
それからは月の裏で、英雄王を命がけでからかったり、英雄王と全力で遊んだり、月裏男子メンバーズと思春期まるだしのボーイズトークをしたりしながら進みます。

月裏校舎のメンバーは拙作本編の性格を引き継ぎ。
ユリウス兄さんは割とムッツリスケベに。ラニさんは天然。遠坂さんは肉体派ツッコミ職人。会長はスルー(され)芸人。
ほかのメンバーはほぼ原作通りです。
ただし桜さんだけは設定がかなり違います。
桜さん(本体)は本編にてお亡くなりになっているので、旧校舎の桜さんはBBが作り出したアルターエゴの一人です。
BBも本来は主人公の傍で日常を生きたいと思っていたけれど、主人公を守るため(某狐を退治するため)には聖杯を支配しなければならない。だから傍にいたいという思いを切り離して作ったエゴが、月裏の桜さんになります。
この桜さんはあくまで主人公を保護するためにBBが作り出したものでそれ以上の意思も機能もありませんでした。そのため原作よりももっと機械的です。
しかし、主人公と過ごすうちに恋心を抱くようになり、BBのエゴではなく独立した心を確立し、その役目を超えて主人公を助けようとします。

あとは全力でギャグりつつCCCルートを全力疾走。
ラスボス(前座)は魔性菩薩です。

で、魔性菩薩を倒して、世界は救われたーと喜んでいたら問題発生。
神性を得た魔性菩薩の腹を内側から食い破って、ダキニ天のご本尊が天孫☆降臨。
月の裏側はサーヴァントには侵入できない虚数空間だからお狐様は裏側を恨めしそうに眺めていました。
原作では主人公との主従契約を辿って侵入しますが本作では主従契約はないため侵入できず。
また、主人公の中に埋め込んだ自身の尾も、某ブッダの光で吹き飛ばされて主人公との『縁』が完全に切れていたので、裏側を見続けることしかできなかったのです。
本編で牢獄に囚われていたBBちゃんとの立場が逆になったわけですね。BBちゃんの意趣返しです。
しかし、裏側には魔性菩薩がいました。
彼女は一応ダキニ天の信者です。その信仰を縁として、さらに魔性菩薩の得た神性を拠り所として裏側に侵入したという設定。これにはBBちゃんも苦笑い(白目)。
ラスボス(真)として主人公たちに立ちふさがります。というよりも嫁入り(物理強制)にきた。

「ほう?神としての権能を捨てただ一人の男への愛に狂ったか。己でも世界でもなく男を全とするその有様、秩序を謳う低俗な神々共ならば貴様を否定するだろうが……我は貴様を認めよう。その愛は世界を壊す。だからこそ――美しい。だが、この男をくれてやるわけにはいかんな。この男に永劫の平穏など似合わん。凡俗共がひしめく雑多な世界でもがく様こそが、この男に相応しい生き様よ。なにより――この阿呆は我の雑種(マスター)よ!貴様なんぞに触れさせんわ、女ぁ!!」

太陽VS天地開闢のラストバトル。

英雄王の自重しない財宝全部だしネイキッド状態も、ガチ全力太陽(妖怪状態)に対し流石に苦戦。
でも主人公が矢面に立つと彼女は動きを止めます。主人公を傷つけるつもりなどさらさらない彼女は動けるはずもなかった。
英雄王が最後の一撃(天地開闢の一撃)を繰り出すその瞬間、主人公の選択は――

結末は2通りで分岐する予定でした。

一つは、ラスボス(真)の愛に気付かず彼女を倒すルート。
別名、全員まとめて地上に再誕しちゃったよBBちゃんと桜さんによる仁義なき修羅場ルート(メルトとリップもいるよ!)。
これは原作CCCのサーヴァントルートに該当します。ラスボスの真意に気付けなかったルートですね。
いわゆるノーマルEND。ラスボス(真)は消滅する間際に主とのかつての夢(外伝:狐は月で夢を見るにおける主人公消滅の場面とそこに至るまでの日常パート)を見ます。
主人公は日常をサクラ―ズと過ごしながら、時折失った半身(ずっと傍にいたお狐様の尾)を想って黄昏る、一見幸せだけど鬱END。

もう一つは、ラスボス(真)が自分をずっと守ってくれていたことに気付いて彼女を受け入れるルート。
別名、ラブラブ4畳半で電脳世界を縦横無尽に遊びまわる良妻賢母の逆転ホームランルート。
こちらは原作CCCのCCCルートに該当します。ラスボスがヒロインルートですね。
こっちが多分GOODEND。
電脳世界は原作サーヴァントルートと同様にオープンワールドになっています。
で、なぜかサクラ―ズがいたりエリザベートがいたりと結局は修羅場になって英雄王もご満悦(愉悦)なギャグEND。続編はサヴァプラスにて、みたいな感じ。

どちらを選んでも英雄王とはお別れ。
自分の生を諦めない。思うが儘に生き抜くという意思を王様に誓ってお別れです。

「行くがいい、マスター。貴様の生き様は、それは見ごたえのあるものになるであろう。――――――あと修羅場とか愉悦。存分に振り回されるがよい!フハハハハハ!」

と、ここまでプロットを作ってました。ここに載せるために大分端折りましたが。
けど、次はオリジナル作品を作りたいと思ったのでお蔵入りです。
いつか時間ができればコツコツ書いていこうかなとは思いますが予定は未定。きっと日の目は見ないでしょう。



[33028] 外伝:あの花の名を覚えていますか
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361
Date: 2015/08/03 21:26
ご注意:fate/extraCCCの超捏造短編。広い心で許してください。











穏やかな風と麗らかな陽光。
風に舞う淡い花弁に見とれながら人は歩を進めている。

季節は春。

新たなる出会いに、新たなる門出に人々がどこか浮かれる中、俺は――


――道に迷っていた。


なぜこんなことになったのか、そんな自問自答をしてみても、結局は自業自得という答えに行きつく。
思う儘にあっちへ行ってみよう、こっちへ行ってみようとふらふら歩いた結果がこれなのだ。
自業自得という答え以外ないだろう。

始まりはなんだったか。
確か、降って湧いた休日に自分探しの旅に出ようと思い至ったからだったか。
自分探しとはまた思春期特有の悩み的なものだと思われるだろうが、自分にとっては割と切実な問題だ。

なんせ俺は――自分を忘れてしまっているのだから。

忘却病『アムネジアシンドローム』。
脳の機能が麻痺し、突然記憶を失ってしまう病。

俺はその病気に罹っていた、らしい。
そして治療の目途はあったものの、病魔の進行を抑えるために冷凍睡眠状態だった、らしい。
さらに運の悪いことに治療施設のあった町がテロに巻き込まれ、地下に安置されていた俺は崩壊した治療施設と共に放置されていた、らしい。
その町は崩れ落ち、今では侵入することを禁じられ放棄された場所となってしまった、らしい。

らしい、らしい、らしい。
全てが聞いた情報であり何一つ実感はないが、それが俺の自分を忘れているという状況の証明だろう。

それらの事を教えてくれたのは、見目麗しい二人の少女だった。
彼女達は俺を瓦礫に埋まった地下から救いだし、常識を教授し、日常を支えてくれた。
そんな彼女達はとても頼りがいがあり多大な恩があり、色んな意味で頭の上がらない存在なのだが、今はいない。

普段は一日中と言っても過言ではないほどに日々を共に過ごしているのだが、つい数日ほど前に慌てた様子で別の国へと旅立っていったのだ。

『やばっ、ハーウェイに感づかれた!ラニ!陽動と囮で連中を引きはがすわよ!』

『リン、私は別に追われていないので問題ないのですが』

『ここまできたら一蓮托生でしょう!?』

『私は彼と共にスイーツ食い倒れツアーに参加する予定が……』

『わたしだって食い倒れたいわよー!あのね、アンタもコイツも月の生還者だと思われてんだから関係なくないの。ほら、とりあえず別の国に行ってかく乱するわよ。ということでしばらく留守にするから、じゃあね!』

『あぁ、襟を引っ張らないでください……しばしのお別れです。生活費はこの財布を使ってください。すぐに帰ってきますから』

とまぁ、こんな感じで慌ただしく出ていった。
いまいち事情は掴めなかったが火急の出来事なのだろう。

不意に訪れた一人の時間。
何をするにも目的が無くて、せっかくだからと遠出をしてみることにしたのだ。
失った自分がどこかにあるのかもしれないと、幾ばくかの期待と初めての一人旅という興奮を携えて家を出た。

――結果が迷子(これ)だ。

知らない場所へ行くのだから周り全てが目新しいのは当然だが、まさか遠出先の宿への帰り道すらわからなくなるとは思いもしなかった。

春の陽気に誘われてあっちへふらふらこっちへふらふらなんてするべきではなかったのだ。

さて、どうしたものか。
思案を重ねていると、一陣の風が吹く。
その風に煽られて淡い桃色の花弁が空へと舞った。
幻想的な光景に見とれ、花弁が舞う先へと視線がいく。

花吹雪の辿り着く先には、小さな店があった。
オープンテラスのこじんまりとした佇まい。
白いテーブルと椅子には花弁が舞い降り、その花の淡い桃色が際立っている。
看板に刻まれた『COAST WAVE』という文字がおそらく店名だろう。
喫茶店だろうか、どこか懐かしさを感じさせるやや古びた店。
その軒先では、地面にまるで桃色の絨毯のように敷き詰められた花弁を箒で掃除している人がいた。

箒で掃く姿をぼうっと眺めていると、その人物はこちらに気付いたようで顔を向けてくる。


「こんにちわ、いらっしゃいませ」

――綺麗な、笑みだった。


淡く、消え去りそうな儚さ。
暖色系の優しい色合いのエプロンに身を包んだその姿。
40代から50代くらいの女性。
だが、初老というにはあまりにも若々しいその表情はひどく優しい。

一瞬、何に囚われたのか意識が彼方へといってしまい、こんにちわと挨拶を返すのに多大な時間を要してしまった。
そんな挙動不審な俺に対し、彼女は何一つ訝しむこともなく優しい笑顔のままだ。

「どうぞ、こちら空いてますよ?」

客と勘違いされたようだ。
こちらとしても歩き回ったためか喉が渇いており、喫茶店に寄るのは望むところだ。

ありがとうございますと返事をしながら、彼女の誘うままに店へと近寄る。
だが、ふと自分の状況を思い出す。
慌てて尻ポケットへと入れている財布に手を伸ばし中身を確認し――項垂れる。

――金が無い。

いや、素寒貧というわけではないが、迷子であるこの状況、最悪タクシーでも使おうかと思っていたので、そのための資金を残す必要がある。

生活費として貰った資金のほとんどは貴重品と共に宿へ預けているので、持参している資金は必要最低限だったのだ。
タクシー代がいかほどになるのかわからないため、ここでの出費は控えるべきだろう。

がっくりと肩を落としたまま、女性へごめんなさいと謝る。

「あら、ご縁がなかったのかしら?そうね……それならお客様ではなく、おばさんの休憩に付き合ってくださらない?」

そう言って、彼女はオープンテラスに設置された一組のテーブルと椅子を進めてくる。
どういうことなのかと、首を捻ると彼女は笑顔で言ってくれた。

「一人だとお茶も寂しいの。おばさんの暇つぶしに付き合ってくれると嬉しいわ」

笑顔でされた提案に思わず頷いてしまった。








白いテーブルを挟んで向かい合って座る。
テーブルの上には紅茶とクッキー。
甘い匂いに誘われて、クッキーを口に含めば予想を裏切らない、いや、予想以上の旨さだった。

サクサクとした食感を楽しみ、喉を紅茶で潤す。
紅茶もまた予想外と言っては失礼だが、驚くほど美味しい。
もはや遠慮などかなぐり捨てて、全力で満喫させてもらっている。
なんと卑しいことか。なんて自嘲しつつも自重しない。
だって、美味しいんだもの。

「ふふ」

小さく笑われた。
いや、笑われて当然なのだが。
誘われておいて主賓そっちのけで飲み食いしているのだから。

申し訳ないと頭を下げると、お淑やかな笑い声は一層の深さを増した。

「いいのよ、ただ嬉しくて」

何がお気に召したのか、女性は本当に嬉しそうに――懐かしそうに笑っている。
俺の行動が滑稽だったのだろうか、そんな疑問と共に首を傾げていると彼女は、目を細めてこちらを嬉しそうに眺めてくる。

「貴方、とっても似ているの。私の大好きだった人に」

嬉しそうに、懐かしそうに、そして幾ばくかの寂しさを含んだ声だった。
どんな人だったのか、そう尋ねると彼女はそうねと呟きながら答えてくれる。

「30年以上前の話。高校の先輩だったのだけれど、一言で言えば――私を、見てくれた人、かしら」

意識はその先輩へと向かっているのだろう。
彼女は昔を懐かしむように目を閉じ想いを馳せている。

「どこかぼんやりしてる人で、でもすごく頼りがいがあって、なのに私の淹れたお茶を美味しい美味しいって飲む姿は子供みたいで――」



春――風に舞う花吹雪の中、高校に入学して、出会った。
出会いのきっかけは転んで怪我をしたところに先輩が手を貸してくれたこと。
保健室まで連れて行ってくれた。
そんな些細なきっかけで先輩との縁が繋がった。

夏――輝くような青空の下、二人で散歩に出かけるも暑さに負け喫茶店に逃げ込んだ。
それがきっかけで二人は喫茶店めぐりを始める。
専門家でもないくせに紅茶の良し悪しをあれこれと語った。

秋――紅葉や銀杏の絨毯を歩きながら、紅に染まる木々を眺めて綺麗だと先輩に言った。
けれど返ってきたのは芋もいいな、いや栗か、という食欲に塗れた返事。
むっとして脛を蹴ったのはきっと許されるはずだ。

冬――白銀に埋もれる町を、二人で手を繋いで歩いた。
そして、息が白くなる寒空の下で、先輩に……


――告白された。



「今でも覚えているわ。普段ぼんやりとしていた先輩の緊張した顔。私だって女の子だったもの。きっとそうだ。もしかしたら違うかも。でも……なんて、告白される側なのに緊張しちゃって。先輩の噛み噛みの告白の後、私も返事を噛んじゃったの。ひゃい!って。二人して笑っちゃったわ」

全てが幸せだった。
紡いだ時間の全てが宝だった。
女性は言葉に想いの全てを乗せて語る。

かつてあった今が、刻んだ昨日が、想いを馳せる過去が羨ましいと思った。
思って、しまった。
だからこそ聞いてしまった。


――その先輩は今、どうしているのかを。


「……」

女性は無言のまま紅茶に口をつける。
幸せだった笑顔は消え、そこには寂しさだけが残った。

「全部、消えてしまったわ」

静かな声だった。
だがそこにある感情の重さはとてつもないものだった。
閉じた瞳の震える瞼だけが、彼女の心情を語る。

「あの人、病気になっちゃったの。すごく、酷い病気。何もかも忘れてしまう、何もかも失う病気。最初は私とのデートの約束。次はいつも行く喫茶店の場所。それから私達の学校。自分の家。少しずつ少しずつ忘れていって――最後には私の名前も忘れてしまったの」

二人が紡いだ昨日は、毒に蝕まれるように消えていった。

「ヒドイ人。あんなに好きだって言ってくれたのに、あんなに好きだって言ったのに、忘れちゃったのよ」

一緒に歩いていたはずなのに、気付けば一人立ち止まっていた。

「でも治るはずだったの。治せるはずだったの。あの病気を治せるお医者様は世界でも一人だけだったけど、きっと治るはずだった。その時のためにあの人は治るまで眠ることになったの。これ以上病気を進行させないために」

同じ時を刻んでいた時計は、片割れだけが止まることになった。
繋がっていた歯車を一時的に外すことになった。

「あぁ――今でも、覚えている。先輩が眠る、その直前を。あの、言葉を」

何もかも忘れて、何もかも失って。
全てが白に染まるようだった。



『君のことも、もうわからない。名前も、性格も、思い出も、忘れてしまった。けれど、わかるんだ。きっと君は俺にとって、とても、とても大切な人だって』

――それでも、この胸に残るモノはあったのだ。



「何もかも忘れたくせに、言ってくれたの。この冬が終わる頃には眠りから覚める。きっと病気も治る、思い出せる。だから、春が来たら一緒に出掛けよう。思い出したモノを一緒に語るためにって」

全てが白に染まる寒さの中でも、この胸にあった想いはなによりも暖かかった。



「だから、約束したのよ。春になったら、二人でデートをしましょうって。私と同じ名の花を見に行こうって。その時、貴方に問いかけますからきっと答えてくださいって」

穏やかな風が運ぶ、一欠けらの花弁。

淡く儚い、花。

風に踊り、空を舞い、彼女の淹れてくれた紅茶に舞降り浮かぶその桃色の花。








『あの花の名を覚えていますか』

まるで、歯車がかみ合うように、歩んだ轍が重なるように、二人の言葉が重なった。








「――ぁ」

声にあった寂しさも、瞳にあった悲しみも全てが吹き飛んだようだ。
小さく震えていた瞼を見開き、その瞳は俺の全てを収めようと見つめてくる。

さて、なんと声をかけたものか。
言うべき言葉はきっとたくさんあるのだろう。
あまりにも、あまりにも俺は待たせてしまったのだから。

それでも、今言うべきはきっと一つだ。


「覚えているよ――――桜」

「――せん、ぱい」

「あぁ、随分と、待たせてしまったようだ」

「私、わたし、まったんです、まったんですよ?ずっと、ずっとずっと」

「ごめん」

「いつも、いつもおそいんですよ、デートだって、学校にいくまちあわせだっていつもちこくして」

「悪かった」

「ずっとずっとまたせて、わたし、もうおばあちゃんって呼ばれてもおかしくないんですよ」

「すまない」

「せんぱいの、ばか」

「ああ」

「せんぱいの、ちこくま」

「その通りだ」

「せんぱいの、せんぱいの、せんぱいの――――――」




時計は随分と遅れてしまった。

けれど、きっと大丈夫。

噛みあった歯車はもう狂わない。




「おかえりなさい、先輩」

「ただいま、桜」


――重なった手はもう二度と離さない――














~あとがき~
お久しぶりです、夏真っ只中、皆様お元気ですか?
本当はこの話、2月に既に書き終わってて、4月の桜の時期に投稿する予定でした。
でも4月終了予定の出張が延長戦でね。
いまもまだ延長中です。
一時帰社報告で半年ぶりに帰ってきてようやく自分のPCに触れました。チクショウ。
なぜノートPCにしなかったのか。デスクトップしか持っていないことを激しく公開中。

今回のお話は主人公の元になった人って冷凍されてから30年ほどしかたってないなら、縁者がまだ生きてるはずというコンセプトです。
で、その縁者が月の桜さんの元になった人だったという妄想。
月で主人公だけが桜さんの異常に気付けたのは地上の彼らの縁が繋がっていたのだとかなんとか運命的なサムシング。
EXTRA凛が凛の姪にあたるってどっかで聞いたので桜さんも存在していたとしたら年代的にも合わなくもないかな?って思ったのが運のつき。
桜さんの待つ女っぷりは最高だと思いませんか?私は大好きです。

話は変わりますがグランドオーダー始まりましたね。超面白い。
私的に所長がまさかのポンコツ可愛いだったのでワクテカしてたら一章終了でのまさかの展開でもう先が読めず楽しんでます。
グランドオーダーもクリアしたらなにかしら一発ネタ書いてみたいですね。

そんな感じでfate/goも書きたいしオリジナルも書きたいしフリーゲームの作成なんかにも手を出しているのですが――仕事で暇がない。

よもやここまで暇がなくなるとはこの海のリハクの目をもってしても以下略。
皆様とまたどこかでお会いできる日が来るとよいのですが。
では、お読みいただきありがとうございました。


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