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[3332] 螺旋の中で 【現実→FFX】
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:35
  タイトル:螺旋の中で

  原作:ファイナルファンタジーⅩ

  ジャンル:【現実→】

  備考:原作知識有り

  注意:地雷要素とご都合主義を多分に含みます。

  以上のことを踏まえたうえでお読みください。
  楽しんでいただければ幸いです。



[3332] 螺旋の中で 0-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:14
 植物と布を利用して造られた小屋の中。
 今日も、男は寄せては引く波の音に起こされる。
 のそのそと上半身を起こして背伸びし、あくびをしつつ寝ぼけ眼をこすって起床。
 ぼやけた視界でおもむろに小屋内を見回す。
 視線の先にはみずぼらしい小さな木のテーブルに置かれたナイフ。
 男はナイフを手に取り、テーブルへ刃を向けた。
 
「おはよう」
「ああ」
 
 突然かかる少女の声。
 男は驚く素振りも見せずに生返事して小屋の入り口を見やる。
 そこには肩にかかる程度の黒髪に青眼、日に焼けた健康的な肌を独特な模様が目を引く衣服で覆った少女が、ムスッとした顔で佇んでいた。
 
「やってもらいたいことがある。それにもう昼よカガヤ。あと、挨拶くらいまともにできないの」
「そうどやすな。すぐ終わる」

 カガヤと呼ばれた男は少女のキツイ言葉を気にもせず、軽く返して作業を開始。
 ギリッとゆっくりテーブルを切りつける音が小屋に響く中、それを見て不機嫌な顔をいくらか緩めた少女が口を開く。
 
「今日でどのくらい?」
「ちょうど1年だ。ん、終わった」
「そう……じゃあ、行こうか」

 寝起きは辛いもうちょっとダラダラしたいとぼやきつつもナイフを置いて小屋を出る。
 カガヤの短めの黒髪を暖かい風が撫でた。
 まだ眠たそうな黒眼の先、一面に広がる薄く碧がかった綺麗な海。
 その反対には鬱蒼としたジャングル。
 すぐそこに見える小道の先には、貧しくも強かに生きる人々が暮らす村がある。
 
 ビサイド。
 それがこのスピラという世界の南方に位置する島の名前。
 
「ボケッとしてないで早く」 
「おう」

 いつの間にか小道にいる少女。
 カガヤは少女に追いつくべく歩を進める。
 少女はテクテクと、カガヤはふらふらと小道を歩いて村へ向かった。
 
 誰もいない小屋の中、テーブルに刻まれた文字。
 それはスピラでは文字として認識されない5本の線で印された何か。
 
 「正」というカタチが無数に刻まれていた。


 
 村への小道。
 カガヤの足取りもしっかりしてきた頃、眉間にシワを寄せイライラしながらも呆れたように少女が言う。
 
「村の男達はダメ。酔いつぶれて眠ってる」
「仕方ないだろ。昨日念願のナギ節が訪れたんだ。夜通し騒ぎたくなるのも無理はない」

 スピラには、約600年前に突如現れたシンという巨大な魔物がいる。
 それは昔人々が機械に頼ったことへの罰として存在していると、この世界の最大組織エボン寺院によって伝えられている。
 人々は幾度と無く災厄を振り撒くシンに絶望したが、希望までは捨てなかった。
 シンに対抗する事が唯一可能な者、召喚士。
 彼等がいつかシンを倒してくれる、ナギ節という平和をもたらしてくれると信じていたから。
 そして昨日、1人の召喚士ガンドフがシンを倒した。

「そうね……でも、シンはまた現れる」
「シノ……」

 俯いて言葉をなくす少女、シノ。
 その顔には眉間に寄せられていたシワも呆れていた表情も消え、代わりに不安が浮かんでいた。 
 


 それから2人に会話はなく、重苦しい雰囲気のまま村に到着。
 大きな石造りの神殿の前。
 相当な賑わいを見せてたであろう祭りの後、広場の中心には燃え尽きた薪。
 せっせと食べ物や酒の片付けをする女達。
 そして、照りつける日差しの下、寝転がる男達……
 その光景にシノから状況は聞いていたが顔を顰めるカガヤ。

「見ての通り男手が足りない。やって」

 シノに先程までの不安に苛まれた表情はなく、視線を広場の方へやり意地の悪そうな笑みを浮かばせて言った。
 彼女の目線の先には、片付けられずに残っている重たそうな沢山の酒樽。
 
「俺が、片付けるのか……」

 何当たり前のことを言っているの? おバカさんと言わんばかりの表情でカガヤに目を向けるシノ。
 ますます歪むカガヤの顔。
 ため息をつきながらもさて、片付けますかとやる気なさげにおばちゃん達のところへ。
 それを見て満足気に微笑むシノ。
 
 年が離れている少女に使われる男。
 
 ……尻に敷かれていた。  




 

「本当、助かったわぁ。ありがとうねぇ」
「いいえ、俺も普段お世話になってる身です。これくらい当然ですって」

 おばちゃんのお礼に答えて、いい仕事したと気分よく首を捻って関節をパキパキ鳴らす。
 そんな爽快な気分を台無しにしてくれるようなシノの声が耳に入る。

「調子の良い返事ね。広場の惨状を見たとき物凄く嫌そうな顔してたのに」
 
 もう少し言い方もあるだろうに、こいつはいつもツンケンしている。
 俺に対する発言には漏れなく棘が付いてくる。
 そんなサービス要りませんよと口にした日には、だいたいアンタはとまるで母親のように欠点をペラペラ挙げてくるだろう。
 少し太って年を取れば完璧。何て死んでも言えないことは思考のかなたに置いといて。
 
「まぁ、そうだけどさ。でも、あんなの見たら誰だって嫌な顔するだろ」
 
 あんなのに目を向ける。
 俺が片付けを手伝い始めてから結構時間が経っているのにも関わらず、今もなおダラダラと惰眠を貪る野郎共。
 何人か片付けの邪魔だから家に帰って寝なさいと怒鳴られ連れて行かれたが、結構な人数がまだゴロゴロしている。
 
 たまに上がる変な唸り声やら歯軋りが俺に、いや皆に生理的嫌悪感を与える。
 シノも顔を顰めている。

「はぁ、それはそうと俺もう帰るよ? 片付けも終わったし」

 やることはやった。誰が好き好んでいつまでも男達を観察するんだ。

「ねぇ……」

 唐突に暗くなるシノの声色、表情にも覇気がない。
 今日は良く見るなと思いつつ目で先を促す。

「スピラに永住する気はないの?」
 
 ――その話はここでは出来ない。

「これから俺の小屋に来な。それから話そう」
 
 暗い顔で頷くシノ。
 とりあえず、おばちゃんに帰ると伝えなければ。

「じゃ、俺帰りますんで」
「あら、夕飯はいいのかい?」
「せっかくですけど、すみません」

 気を付けてねと見送るおばちゃんに軽く頭を下げ、俯いたままのシノと共に昼に通って来た小道を戻って、自分の暮らしている小屋に向かった。



 家に帰って来たわけだが、依然として暗いままのシノ。
 どんよりとした空気を少しでも晴らすために飯でもどうかと勧めてみる。
 
「夕飯食べる?」
「いらない」

 即答されてしまった。
 朝飯も昼飯も抜いて腹が減っている俺は、一緒に何か食べながら話をしようと思ったのだが。

「答えて」
 
 シノが実に率直に問う。
 別に悩むことでもないので俺もストレートに返答。

「永住する気はない」
「どうして?」

 半ば俺の答えを予想していたのか、間髪入れずに返してくるシノ。
 決して強い口調ではないが、納得できる説明をと妙に凄みのある目で睨まれる。

「それは半年前に話したろ。俺は自分のいた世界に帰りたいのさ」
 
 そう、俺はこの世界の人間じゃない。
 シンとか召喚士は空想のモノで、絵本や小説でしか見られない絵空事として存在する世界にいた人間。
 そして、ファイナルファンタジー10というゲームをプレイしたことがある普通の人間。

「でも、どうやって帰るつもり?」

 帰る方法がない。
 そんなことは分かっている。だからといって諦めるわけにはいかない。
 別段、絶対に帰らなければならない大層な理由はないけれど、郷愁というのだろうか? やはり、無意識に故郷へ帰りたいと思ってしまう。
 だけど、それはとても大切な気持ちだ。帰る意志まで無くしてしまったら、そこで全てが終わってしまう。
 
 もちろん永住を考えたこともあるが、この世界は危険が多すぎるしそれを回避する力が俺にはない。
 すぐそこのジャングルに生息している凶暴な魔物。
 ゲームだったらなんの苦戦もせずに倒せる魔物でも、大学生をしていた俺が勝てるほど弱い筈も無く。
 ここらで一番弱いだろうオオカミに似た魔物ディンゴすら、俺は倒せない。
 
 安心できる自分の世界に帰りたい。

「賭けをする」

 一つだけ帰れそうな、とても方法とは呼べないけど、希望がある。
 それは成功する見込みなど全く持てず、失敗すれば永遠にやり直せない大博打。

「ちょっと、まさか……あの時話したこと本気でするつもり?」

 シノが目を見開く。
 あの時、それは半年前のこと。
 シノに俺がこの世界の人間ではないと打ち明けて、帰る方法はないかと聞き、そんなのないと言われて落ち込んで、どんな小さな希望でも可能性だけでもと話したあの日。

「ああ、そうさ。なにもせずにこの世界で終わるつもりはない」

 馬鹿だ、頭がおかしいんじゃないかと言われるだろう。
 分かっているさ。
 だが、やってもやらなくても結果が同じなら、やって朽ちた方がいい。
 
「あんた、馬鹿じゃないの!? 寝言は寝てから言いなさい!」

 激昂するシノ。
 
 こいつのここまで大きな声を聞いたのは初めてだな。
 しかし、もう決めていることだ。
 
「近いうち、やってもらおうと思う」
「……冗談じゃないわよ」
 
 俯いて拳を固く握り、震えながらも言葉を紡ぐシノを見る。
 
「誰がやると思ってるの。あんた、本当に召喚獣になれると思ってるの?」

 望みは薄く、決して叶わずとも、やらずにはいられない。
 
「迷惑だろうが、やってもらいたい。召喚獣になって自分の夢を叶えてみせる」

 頭を深く下げる。

「頼む、俺を祈り子にしてくれ」

 今の俺はシノの目にどんな風に映っているのか。
 決まっている、情けなく映っているだろう。だけど形振りかまっていられない。

「わかったわ……」

 その言葉に顔を上げる。
 シノに見つめられた。どことなく疲れ諦められた表情で。

「3日後に、やるわ」

 そう言って、小屋を出て行った。



[3332] 螺旋の中で 0-2
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:15
 約束の日。あれからシノとは一回しか会っていない。
 お互い何を話せばいいのか分からず、そういえば何時ごろ祈り子の儀式をして貰うのか聞てないなと思い立ち、時間を指定して貰ったのを最後に見かけてすらいない。
 
 指定された時間は夜明け頃。
 微かに青い空の下、俺は今日で見納めになる小屋の中を見る。
 そこあるのは、3日前まで1日も欠かさず文字を刻み続けたテーブル。
 この世界での長い1年を、ゆっくりと思い出す。



 これといって特別なこともなく、それなりに勉強して大学生をやっていた普通の生活。
 それがある日突然、目が覚めたら南国の島だった。
 
 綺麗な海はまだしも、鬱蒼とするジャングルや明らかに文明が遅れている家々の造り。
 拉致・誘拐にしては不自然すぎる状況に、喚き散らすことなどできないほどの無気力感に襲われて、膝を付き呆然としていたところビサイドの村人に保護された1日目。
 不思議なことに全く日本人に見えない人々としっかり会話ができ、この世界について説明してもらって、ここがスピラだと認識しそれが俺の知るファイナルファンタジー10の世界で、しかも原作から400年も前だと理解した2日目。 
 村人達から村から少し離れたところにある空き家を貸してもらい始めた3日目……
 
 ビサイドの生活にそれなりに順応しやっと落ち着き始めた頃、魔物に襲われて脇目も振らず逃げたこともあった。
 
 生きることに必死だった。

 そして、この世界で一番重要なできごと。
 スピラに来てもう少しで半年、俺がジャングルの近くで魔物にビクビクと怯えながら果実を採っていたとき。
 茂みの中から痩せ細った体で息も絶え絶え出て来たシノを助けた。どうして助けたのかなんて良くわからない。
 だけど、シノの孤独を塗り固めたような目を見たとき、なぜか仲間を見つけたような気がしたのは憶えている。
 
 体調が整うまで面倒を見て体も大分良くなった頃、シノは自分の生い立ち、エボン寺院の疑問、挙句の果てに自分は反逆者だと色々なことを自嘲しながらぶちまけた。殆ど見ず知らずの俺に。
 自分はスピラ最大の街ベベルの召喚士で年が2桁になる頃には基本的な魔法を全て使える程だったとか。
 天才と呼ばれ将来を期待され、エボン寺院の薦めによって様々な知識とそれを操る術を学んで、知識を身に付ければ付ける程エボンの教えに疑問を持つようになったとか。
 そもそもシンとはなにか、なぜ機械を使ったことが罪に直結するのかと、疑問は増えるばかりでなに一つ解決することがなく、ベベルに存在する召喚獣バハムートを手に入れもう学ぶことがなくなって。
 
 教えを信じることができなくなり、エボン寺院から抜け出し差し向けられた追っ手を振り切るために、監視が薄い辺境の島ビサイドへ逃げてきたと。

 色々ぶちまけられて、俺もその時おかしくなったんだろう。
 自分はこの世界の住人じゃないと、ぶっちゃけた。
 
 後から考えたら便乗する形でひどく情けないものだったけど、それはこの世界に居場所が無いお互いの距離を近づけた。
 そしてシノに帰る方法はないかと聞いたとき、呟かれた言葉。

 ――万に一つも無理だろうけど召喚獣にでもなれれば――
 
 それがこの世界でなによりも大切な、今の俺の決意に繋がる言葉だった。
 召喚獣は祈り子の思い描く夢を核として具現化する聖獣。
 俺がいた世界に帰ることができる力を強く夢見れば、もしかしたら。
 やり方もわからなければ根拠もない。
 最初から無理なことだったとしても、諦めたくなかった。
 失敗してもこの世界で死ぬのが早いか遅いかだ。
 何てことない。

 シノの調子が完全に良くなってからは地が出てきたのか、俺に対してキツイ言葉が見られるようになった。
 最初に会った頃はもう少し控えめな子だったのにと思いつつ、まぁ元気になったからそれでいいかなんて。
 
 それからは魔物に襲われるにせよ、シンに襲われることはなく。
 それなりに平和な日々の中、自分が世界に帰ることを夢見ながら生きてきた。



「準備ができたわ、ついて来なさい」
 
 シノが迎えに来た。
 物思いに耽るうち大分時間が経っていたようだな。さっきまで暗かった空はもう白んでいる。
 
「わかった」

 はっきりとした口調で答えそれからは黙ってシノについて行く。
 村へ続く小道ではなくジャングルの中を淡々と進むと、広く空けた場所に出た。
 シノは真ん中で立ち止まり、俺の方を向く。
 
「ここでカガヤを祈り子にして神殿を造るわ。でも、造るといってもたいした物はできない。エボン寺院が関与するなら話は変わるけど、そうもいかないし」
「いいさ、雨風凌げて風化さえしなけりゃ。だけど、エボン寺院に解体されるかどうかは運だな」
 
 現存する祈り子はすべて、エボン寺院によって設置されたものだ。
 祈り子がいない場所に再設置されるだけなら別にかまわないが、最悪解体されてしまったら目も当てられない。
 いや、もともとこれは賭けだ。覚悟はとうに決めている。

「そうね、じゃあ始めるわ。そこの石版が敷いてある場所に立ちなさい」

 俺の前に立つシノの先。皿のような円形の石版の上に立つ。

「最後に、何か言いたいことは?」

 最後か……
 
「俺さ、この世界に来て少し経ったとき、たまたま浜辺で記録スフィアを拾ったんだ」
「そう、そういえば夜中に記録スフィアに向かってボソボソ喋ってたわね。良く聞き取れなかったけど遺言?」
「ああそんなものだ。お前は真実を知りたがってたよな。スフィアには俺が知るこのスピラという世界の真実を録音してある。別に半年前のあの日に話しても良かったんだけど、長い話になるし説明するの大変でさ。ウダウダまとまりのない話し方だったら、お前に怒鳴られるしな。それは置いといて。頭の良いお前なら真実なんて予想できてそうだけど、答え合わせとして使ってくれ。小屋の隅の木箱に納めてある」

 偶然砂浜で何個か拾った未使用の記録スフィア。
 いつか役に立つんじゃないかと思い、頑張って本編思い出して記録する内容をまとめて静かな夜に少しずつ撮っていた。
 シノにならスピラの「真実」を教えても別に問題ないだろう。

「なによそれ、どういうこと!?」
 
 そんな大声出すなよ。
 まぁ仕方ないか。シノには俺がこの世界の人間ではないとしか話していない。
 いままで思っていた疑問の答えを、スピラの住人ではない俺が知っていると言ったのだ。
 
「そうだ、一番最後の所は祭の音が入ってるけど簡便な」
「ちょっと、答えなさいよ!」 
「さぁ始めてくれ」

 シノの怒声を無視して話を進める。
 これ以上長引くのは良いとは思えないしな。
 
「っ、わかったわよ。これを持って目を閉じてなさい」

 二股に分かれた門を思わせる凝った装飾の銀細工を乱雑に手渡される。
 
「これは?」

 なんだろう、祈り子の儀式に必要なものなのだろうか。
 疑問を顔に浮かべてシノを見る。
 シノは珍しくどもりながら答えた。

「カガヤが元の世界に帰れることを願っているのは、あんただけじゃない……」

 頬をほんの少しだけ赤く染めて照れている。いつもそんな風に可愛くしてればいいのに。

「お守りか。ありがとう」

 でも、シノも願ってくれていると思うと、心強い。

「お礼なんていいわよ。じゃあ、今度こそ始めるわ」

 シノが目を瞑り詠唱を開始した。
 俺も目を瞑り、夢を思い描く。
 願うのは、元の世界の平凡な生活。

 頭がぼんやりする。
 
 遠のく意識の中、右手に握った銀細工が、熱くなった気がした……






 植物と布を利用して造られた小屋の中。
 今日も、私は寄せては引く波の音に起こされる。
 ゆっくりと上半身を起こして背伸びし、あくびをしつつ寝ぼけ眼をこすって起床。
 ぼやけた視界でおもむろに小屋内を見回す。
 視線の先には継ぎ足されあの頃より大きくなった木のテーブルに置かれたナイフ。
 私はナイフを手に取り、テーブルへ刃を向ける。
 
 彼がやっていた日課。

「今日でちょうど5年……」
 
 テーブルを切りつける音が小屋に響く。
 刻み終えてナイフを置き、身なりを整えて小屋から出る。
 長い黒髪を暖かい風が撫でた。
 一面に広がる薄く碧がかった綺麗な海。
 その反対には鬱蒼とするジャングル。
 すぐそこに見える小道の先には、ここ数年で以前より活気付いた貧しくも強かに生きる人々が暮らす村がある。
  
 彼は、毎日この景色を見ていた。故郷に帰ることを願いながら。
 
 あれから4年経つ。
 
 あのとき私が施した秘術に問題などなく、完璧なものの筈だった。
 でも、彼は一度も召喚されていない。
 やっぱり前程からして無理だったのか。
 それとも彼が自らの意志で召喚士を拒絶しているのか。
 
 誰も召喚できない召喚獣。
 幸いエボン寺院が神殿を取り壊すことはなかったけど、今では壊れた祈り子様なんて言われている。 
 
 私も自分が傷つくことなど厭わず神殿に行ったけど、他の召喚士と同じように扉すら開かなかった。
 予想はしていたけど、辛かった。
 
 彼に会えない寂しさは、私を苛む。

「異世界、か……」

 彼と私たちとでは、在り方そのものが違う。
 果たして彼を召喚できる者は現れるのだろうか。
 
 あの遺言まがいのスフィアを見た限り、彼はエボンの秘密だけではなく、未来も知っているらしい。
 
 彼のスフィアに、祭りの音と共に録音されていた言葉。
 
 ――スピラは400年後に救われる……
 
 今まで召喚されなかったことは、それが関係しているのではないか。

 400年後。そこに答えが、あるのだろうか……



[3332] 螺旋の中で 1-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:16
 何度も誰かに呼ばれた気がした。

 でも、それは聞き取れなくて。

 数え切れない程の人たちに呼ばれた気がした。

 でも、やっぱりそれらは聞き取れなくて。

 大切な人にも呼ばれた気がした。

 それも、聞き取れなかった……






 ――夢を見ている……






 いつのまにか、スピラに来る前の自分が寝ていた部屋にいた。
 ベッドから起き上がり、ボーっとしながら狭い寮内を見回す。不思議なことに、懐かしさは湧かない。
 見覚えのあるテレビ、本棚、パソコン、ゲーム機……
 窓からは、いつも見ていた住宅街が見える。

 部屋の外に出てみるか。
 立ち上がって、ふらふらとドアに近づきドアノブを……

 ――回せない。

 何度も回そうと試みるが、ドアノブは音を立てる事すらない。
 まるで、そのカタチをしているだけのオブジェと化してしまったかのように。
  
 ドアから出ることが出来ない。
 じゃあ窓は。狭い部屋なのにも関わらず急いで窓へ。
 手を伸ばし、錠に触れる。
 
 抓みを、下に。
 錠は、開いた。

 次は、取っ手に手を掛けて……

 ――引けない。

「……」

 なぜだ。
 それにしても気持ち悪い。
 部屋から出れないなんて、悪い夢みたいじゃないか。
 
 悪い夢……
 
 夢?
 
 そういえばなんで俺は自分の部屋にいるんだろう。スピラにいたんじゃなかったか。
 ビサイドで暮らしていた。そして、祈り子にしてもらった筈だ。
 なんで自分の部屋にいる……

「夢……」

 さっきまでボケていた思考はもうない。
 今は、冷水をぶっ掛けられたようにはっきり覚醒している。

「そうか、夢だからか」

 祈り子は、夢をみる。もう滅んでしまったザナルカンドの最盛期を。
 でも、俺は正規の祈り子じゃない。
 思い描いた夢はザナルカンドじゃなく、馴染みが深い帰るべき場所の自室。
 ザナルカンドに行こうと願っていないのだ。道理だろう。
 
 しかし、俺では帰るべき部屋の見た目が限界だったのか。
 多分部屋にある物は全て見せ掛けだろう。本の内容もパソコンやゲームのデータも再現されていることはない筈だ。
 
 何故かそう思える。
 
 ためしに本棚からマンガを手に取り開いてみる。
 中はほとんどが白紙で、稀に自分が深く覚えていた場面や言葉が描かれているだけ。
 
「ここは、俺の記憶でできているのか?」

 それなら一応納得できる。でも部屋くらいは出れるんじゃないか。
 いくらなんでも毎日見ていたドアの先にある廊下を忘れることなどない。
 何かしら制限があるということなのか。
 
 というか、通常祈り子は自らが封じられた寺院へ留まる筈だ。
 いったいなぜ俺は自分の部屋にいるんだ。誰かが俺の部屋を召喚して、閉じ込めたのか。
 
 わからない。謎だらけだ。
 
 不意に、何かがパリンと割れる音がした。
 目の前にある窓に皹が入っていた。
 触れれば割れてしまいそうな、皹の入った窓の中心へ無意識に手を当てる。
 亀裂が走った窓ガラスは、力もなにもいれないで触れたのにも関わらず大きな音を立てて割れた。

 キラキラ舞い散るガラス片の先、

「あ……」

 いつの間に挿げ変わったのかはわからない。
 部屋に朝日を差していたはずの空は夜に、住宅街は眩いばかりの塔が数多にそびえ立つ、大都市になっていた。
 
 吹き込む夜風を肌に感じる。
 生暖かい。夢ではないと思えるくらいリアルに。

 割れた窓から見えるのは、眠らない街、ザナルカンド。



 この風景が俺のいた世界で言う夢だったらどれだけよかったか。
 そして、俺は祈り子になれたのか。召喚獣になれるのか。ちゃんと力を有しているか……
 気になることばかりだ。

 考えているだけじゃなにも分からない、か……
 外の世界を認識した今、この部屋から出ることは可能な気がする。
 眼下に広がる独特な街並みを見るのを止め、部屋から出るべくサンダルを履きドアの前へ。ドアノブに手を掛けた。
 
 ――ガチャリと、回った。
 
 ゆっくりとドアを開く。
 先にあったのは見覚えのない、少しだけアジアンテイストな、それでいてどこか近未来的なデザインの狭く出口までそれなりに距離がありそうな長い階段。
 パタパタと音を立てながら、どんな素材で出来ているか想像もつかない階段をゆっくりと降りる。
 5分ほど降りただろうか? 出口に辿り着いた。行きかう大勢の人々。そして赤、青、緑と様々な電光が目につく煌びやかな建物。
 やっぱりザナルカンドか。
 
 しかし、考えるだけじゃ埒が明かないと部屋から出てきたはいいが、正直なにをしたらいいのか。
 というかボケッと突っ立ってたらさすがに間抜けだな。
 とりあえず、ザナルカンドをブラブラしてみよう。


 
 行く当てもなく人の流れに乗って適当に街を見物していると、いつのまにか馬鹿でかいコロシアムのような建造物が見えてきた。
 大きく開けた門の両脇には、青い円形のスフィア。
 その前には、棍棒を構えたこれまた大きな石造が向かい合いそびえ立っている。
 
「あっ」

 既視感なんてもんじゃない。
 俺はこの光景を画面越しにだが見たことがある。ここは、ブリッツスタジアムだ。
 スフィアに映し出されているロゴをよく見てみる。
 左側のそれに見覚えはないが、右側のロゴは覚えている。
 刺々しくデフォルメされた銀の「J」、その前には赤色で自己主張する文字。

「ザナルカンド・エイブス……」

 嫌な予感がする。
 ファイナルファンタジー10という物語は、この夢の街ザナルカンドがシンに襲われるところから始まらなかったか?
 いや、襲われるのはたしか記念トーナメントの決勝戦中だ。今がその時期とは限らないじゃないか。
 もし襲われたとしても、魂みたいな存在の俺は死なないんじゃないか?
 ……止そう、安易な考えは。大体、自分が今どんな状態で存在しているかもわからないんだ。
 だが、力のないこの身になにができるというのか。
 そもそも最初から打つ手など無い……

 それにしても寒いな。
 身の危険を意識したからだろうか。
 自分の服装は――上は白い長袖シャツ、下は黒い薄手のジャージ――それなりに暖かいこのザナルカンドでは寒さを感じる格好ではない。
 なのに、この背中をざわざわと撫で付けるような寒気は一体……

「あの~、もぉ少し速く歩いて下さ~い」

 後ろから、急に掛かる声にビクつく。
 振り返って見ると、ラフな格好をした女性がいまにも「私、ムカツイテマス」と噛み付いてきそうな顔で俺を睨んだいた。

「すみません」

 考え込んで、歩く速度が落ちていたらしい。
 悪いのは俺の方だ。だけど、もうすこし言い方があるだろうお嬢さん、と喉もとまで出掛かったがなんとか飲み込む。
 平謝りをして目を背け足早にスタジアムの中へ進むが、お嬢さんの愚痴が聞こえてきた。

「まったく、良い場所がなくなったらど~してくれるんですか~? 決勝戦なんですよ~?」

 今、この女はなんて言った?

 いよいよもって、寒気は最高潮に。
 歩が、止まる。
 身体がカタカタ震えだす。
 冗談じゃない。俺がビサイドに飛ばされたのは本編400年前。
 そして、今この時期が本編開始直前だとしたら……

「ちょっ、なに立ち止まってる、ん……って、顔真っ青ですよ~? 大丈夫ですか~!?」

 俺の顔を横から覗き込む女の声が遠くに感じる。
 あぁ、もう最悪だ。これからシンが来るのかよ。ブリッツボールなんて見に行く場合じゃない。
 逃げれる場所はないか。安全な所は。そんなの思いつくわけないだろう!
 どこか、開けた場所に出よう。人ごみの中じゃ満足に逃げることすら出来やしない。
 
 指先まで震える体を無理やり言い聞かせ、情けない動作で振り返る。
 人の流れに逆らって、今まで来た道をフラフラ人にぶつかりながら引き返す。

「キャー!!」 
「うおっ!? 気をつけろ馬鹿野郎!」

 何回もぶつかって、何回も文句を言われたが、そんなの気にする余裕はない。
 早く人ごみから抜け出したい。
 俺は脇目も振らず、体にまとわり付く怖気を拭い去るように、駆けだした。



 どれくらい、スタジアムから離れたのだろう。
 いつの間にか、喧騒が大分遠くにしか聞こえないところまで来ていた。
 一度も振り返ることなく、必死に。

「はぁ、っう、ぁ」

 胸が苦しい、すっかり息が上がっている。
 喉はヒューヒュー音を立てて、呼吸すらままならない。
 
 そういえば辺りを確認していない。じっくりと荒らんだ息を整えながら見回す。
 ここは港だろうか。自分のいた世界にもありそうな長い波止場がある。
 皆スタジアムに行ったのだろう。誰もいない。
 少し休もう。時間がないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
 もう立っていられない。俺はドカッと尻餅をついて地べたに座る。
 遠くからより一層大きな歓声が聞こえる。試合が始まったのだろうか。
 だとしたら、本当にもう時間がないな。

「来るよ」

 不意に聞こえる子供の声。
 まて、今さっき辺りを確認したとき誰かいたか?
 疲れ果てている俺は返事をすることも、その声が聞こえた方へ向くことすらも辛い。
 だが、確認しなければ。
 だるく重い体に鞭打って、なんとか声の方を見やる。

 その容姿を見て、絶句する。
 おいおい、勘弁してくれよ。
 紫色の民族衣、褐色の小さな体、顔を覆い隠すフード。

 ――バハムートの祈り子――

「なっ!?」
「驚かなくてもいいよ」

 馬鹿言うな、物語のキーパーソンがいきなり現れたんだ。驚かずにいられるか!

「君を、迎えに来た」

 勝手に話を進めないでくれ。こちとらまだ驚いてる最中だ。
 まぁ、冷静になろう。息もそこそこ整ってきたことだし、ここらでなんか聞いとくか。
 ……というか、来るってなんだよ。

「迎えに来たってのはまぁ置いといて、なにが来るっていうんだ。シンか?」

 シンだよな。このタイミングで来そうなモノはシン以外思い浮かばない。
 少年はコクリと頷き、

「来たよ」

 そう結んだ。

「え?」

 さっきまで我武者羅に走ってきた道を見る。

 ――そこには、とても大きな、水を纏い浮遊する化け物がいた――

 街をねじ壊しながら、ゆっくりスタジアムの方へ進んでいく。
 
 なんだ、いま纏った水からなんか飛び出さなかったか?
 
 刹那、視界は白く染まった。反射的に目を瞑る。轟音が鳴り響いた。
 閃光は一瞬で、すぐに目を開くことが出来た。
 目に映るのは、崩壊するザナルカンドの街々。

「行こうか」

 少年は動じた様子を欠片も見せず、俺に向かってそう言った。
 どこに行こうというのか。
 さっきからこの少年の発言は、言葉足らずなものばかりで要領を得ない。

「どこに、行くんだ?」
「君の場所に」

 君の場所、ねぇ。
 君の場所って言うのが、どこで何なのかチャキチャキ説明して貰いたいが、今はそんなのんびり出来そうも無い。
 
 結局のところなにも解決しなかった。
 ザナルカンドに来た訳も。俺の部屋があった理由も。そして、なぜ長い間意識が無かったのかも。
 だいたい、寝て起きたら400年経ってましたなんて、まったく笑えない。
 クソッ、もう自棄だ。

「そうかい。もう、どこえなりとも連れてってくれ。アンタの言葉を聞く限り、俺に拒否権は無さそうだしな」

 少年はしっかり頷いた。
 なんか面白くないな。

「そ……ゃ……また……」 

 急に意識が曖昧になる。バハムートの祈り子がなにか言っているが、聞き取れない。
 
 意識が途切れる瞬間、虹を見た気がした……





 
 ――夢を見ていた……



[3332] 螺旋の中で 1-2
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:17
 長い間眠っていた気がする。
 
 目が見えているかいないかわからない程の暗闇。
 だが、はっきりと自分の意識を感じることが出来る。そう、意識だけは。
 瞬きをする感覚も、呼吸をする感覚も、自分がどんな体勢かもわからない。
 魂だけの存在というやつだろうか。
 
 夢のザナルカンドに行って以来、わからないことばかりで正直考えるのが面倒くさい。
 何一つ答えが出ず、半ばどうにでもなれといった感じでバハムートの祈り子に飛ばされたわけだし。
 
 俺は考えることをいい感じに放棄している。
 でも、今できることは考えることのみ。
 気だるげながらも新しく出来た疑問を考えてみる。手近なことから行ってみよう。
 ここは、どこだろうか。
 バハムートの祈り子が言った言葉をよく考えてみる。
 
 ――君の場所に。

 あのなにかと要領を得ない祈り子の言葉を推察するに、恐らくここは俺が祈り子になった後、シノの手によって造られた寺院なのではないか。
 俺の言葉を聞いてくれたなら、頑丈な造りになっていて、それこそ日の光一つ通さない密閉された物になっているだろう。
 あぁシノに感謝しないと……
 そして何より、そこは俺が最後に居た場所だものな。それ以外の場所であるとは思えない。
 
 おお! なんか答えっぽい。
 今がいつ頃なのかは分からないし、確かめることも出来そうに無いけど、なんかとても清々しい気分だ。 
 
 しかしそうだとして、これからどうしようか。
 いや、祈り子のようなこの身に何かできるとは思えないが。
 そもそも祈り子としてきちんと俺が召喚獣になれるかも分からないし。
 
 そういえば、祈り子は召喚士と心を通わせて契約を結ぶんだったな。
 なら俺はここに留まり、いつか来る召喚士を待たなければならないわけだ。
 待つのか、どれくらい待つのだろう。どうやって暇つぶししよう。というかちゃんと声聞こえるのかな。

 そう思い始めた時、声が聞こえた。
  
 ――……ンドに帰りたい。それは、このスピラっていう世界に来たときから変わらない願い。

 くだらない思考は止めて、俺は耳を澄ました。
 声を聞き逃してはならない。
 
 ――ブリッツボールの試合中、いきなりあの化け物が現れて街を滅茶苦茶にして。

 男の声だ。
 それにしても、どこかで聞いたことのある声だな。

 ――化け物に吸い込まれて気がついたら不気味な廃墟にいて。魔物に襲われたり、アルベド族とかいうのに捕まえられたり……
 
 化け物に吸い込まれて、廃墟に飛ばされ、魔物に襲われ、アルベド族に捕らえられたか。
 あぁ、誰だかわかった気がする。

 ――シンの毒気とか、もうわけわかんねーって! 本当、ザナルカンドに帰りたい……

 ザナルカンドに帰りたいか、確定だな。声の主はFF10の主人公、ティーダだ。
 まぁ相手が誰だったとしても、たとえ召喚士でなくとも俺の声が届くかどうか試してみよう。

『どうやって、帰るんだ?』

 まずは興味を引きそうな言葉を返してみる。

 ――え? なんか聞こえるッス……

 案の定、ティーダは中々あれな感じの反応をしてくれた。

『どうやって、帰るんだ? 帰ったとしても、あそこはもう廃墟じゃないのか?』

 ――違う! 1000年前のだ!

 おぉう、声が大きいなぁ。だが、しっかり意志の疎通は出来ているようだ。
 引き続き興味を誘うような感じで。

『1000年前のか。過去に行きたいなんて面白い奴だな』 
 
 ――だーかーらー違うって! 帰るって言ってるだろ!
 
 よく考えてみると、面白い奴だと言ってはいるが俺はもっと面白い奴になるんだよな。
 異世界から来たなんて、面白いどころか馬鹿馬鹿しいくらいだが。
 
『まるで1000年前のザナルカンドから来たような物言いだな』

 ――そうだよ! 俺はザナルカンドに帰りたいんだ! 
 
 尚も興奮する主人公のティーダ。
 思えば、俺もそんな気持ちで祈り子になったんだよな。今だってそうだ。
 
 故郷に帰りたいと願う意志。祈り子は召喚士と心を通わせて契約する。
 なら、今後ティーダ以外に心を通わすことが出来る物は現れないんじゃないか?
 
 そして、失念していたがティーダがスピラにいるということは、近いうちエボン=ジュが倒されることに他ならない。
 そうなれば、召喚獣の必要性は無くなり、夢を見る祈り子は全て、眠りにつく。
 祈り子はそれぞれ独立しているから大丈夫とか、自分は正規の祈り子じゃないから消えないとか。そんな安易な考えなど持てない。
 夢のザナルカンドで痛い目に遭ったんだ。
 
 あぁ、そうだ。これは限られたチャンスなんだ。
 主要キャラに関わると碌なことにならないが、贅沢など言ってられない。
 
 俺が帰るための一歩は……
 
 今、この時しか踏み出せない!






 今日で見納めになる、密林に囲まれた質素な村ビサイド。
 私はそれをしっかりと目に焼き付ける。
 ここにはもう二度と戻れない、私の旅は決して振り返ることの出来ないものだから。
 
「早く行こうぜ~!」

 急かす声が聞こえる。
 声の主は昨日知り合ったばかりの、私が未熟な所為で掟破りの扱いをされてしまった少年、ティーダ。
 
 これ以上皆を待たせるのはダメだよね。
 私は踵を返し、ティーダとガードのワッカさんの下へ向かう。

「もう……いいのか」
 
 少しだけ悲しげな顔で重たそうに口を開くワッカさん。
 
「うん」

 村への未練を振り切るように、皆に心配を掛けないように。出来るだけ力強く、そう答えた。
 


 ビサイドから出る船、リキ号に乗るため長い坂道を登る。
 途中、何回か魔物に襲われたけど、召喚士の私を護ってくれるガードのワッカさんやルールー、キマリに倒して貰って難なく進んだ。
 ティーダもちょっと及び腰だったけど手伝ってくれた。
 
 坂道をもう下り終える頃、見えてきたのはとても頑丈そうな大きな岩の塊。

「スゲー、なんだよこれ!」

 はしゃぐティーダとそれを見てそうだろ、と自慢げに答えるワッカさん。
 そびえ立つそれは巨大な岩石を組み上げて造られた、試練の間が無く召喚獣が一度も召喚されたことの無い神殿。

「この神殿はな、スピラの中で一番気高い召喚獣がおわすって言われてるんだ」

 何でもすごく気位が高くて、いまだかつて召喚獣に見合う召喚士がいない。
 そして召喚士は祈り子様の心を感じたこともないって言われている。

「ホントかよ! あの、村で見たユウナの召喚獣みたいのが!?」

 村では気高き祈り子の神殿と言われているこの遺跡は400年も前からあるらしい。
 岩石にこびり付いた苔がその長い年月を思わせる。

「ああ、エボンの教えだ。間違いない」

 そんな不思議で神秘的なこの遺跡は、いつしか島から出る者たちが無事を祈願する神殿になった。
 そして、私達召喚士にとってはもっと大切な場所だってエボン寺院から伝えられている。 

「そしてな、この神殿の祈り子様はシンの本当の倒し方を知ってらっしゃるんだ」

 それは、スピラの民が夢見る最高の望み。

「一度も召喚して確かめた者はいないけどね」

 ピシャリと放たれるルールーの言葉。
 でもそれは真実で、この遺跡の召喚獣が召喚されたことが無いから、いまだにシンは存在している。

「なんだ、つまんねー」

「おい、バチが当たるぞ!? まぁ記憶がグチャグチャだから、しかたねーかもしんないが。とりあえず、お前もお祈りしとけ。古い習慣でな、島を出る奴はこの神殿に無事を祈っていく」

 ワッカさんはお祈りをして、少し間を置いてから再び口を開いた。

「あの日、チャップは祈らなかったんだ。船の時間に間に合わないってな」

 その言葉で察したのかな。ティーダもエボンの祈りを静かにしていた。
 私も深呼吸してエボンの正式な形式のお祈りをする。
 多分未熟な私には答えてくれないだろうけど、答えてくれたらいいなって淡い期待を持ちながら。
 
 でも、どうしてこの神殿の祈り子様は召喚士の気持ちに答えてくれないんだろう。
 スピラを救いたいっていう想いは同じ筈なのに。スピラを救う意志だけじゃダメなのかな。
 それとも、祈り子様には別の願いがあるのかな。
 だとしたら、この祈り子様の想いは何なんだろう。
 
 人としての生を諦めてまでするスピラを救う以外の願い。
 私には想像つかないな。
 
 結局、祈り子様は答えてくれなかった。やっぱり私もダメだったね。
 お祈りし終わって港に続く道につこうとしたとき、まだお祈りしていたティーダが声を上げた。

「え? なんか聞こえるッス」

 どうしたのかな?

「違う! 1000年前のだ! だーかーらー違うって! 帰るって言ってるだろ! そうだよ! 俺はザナルカンドに帰りたいんだ!」

 いきなり怒鳴り散らすティーダ。どうしたんだろう。
 まさか祈り子様と話しているのかな?

 突然、今まで400年もの間開かなかった扉が、大きな地響きを上げて、開いた。

 私達は皆驚愕して目を剥き、言葉を失った……



「あ、開いた」

 いち早く驚愕から立ち直ったルールーが、しどろもどろに言葉を漏らしている。
 私もなんとか仰天した気持ちを落ち着けようとするけど、頭の中が真っ白で中々立ち直れない。

「え……あぁ……」

 当の扉を開けたであろうティーダは、口を魚のようにパクパクさせている。そうだよね、それが普通の反応だよね。

「開いたぞ……おい」

 次に立ち直ったワッカさんがティーダに声を向けるけど一向に反応しない。
 しばらく、私達は沈黙したままポッカリと開いた入り口を前に立ち尽くした。

 ようやく皆自分を取り戻して余裕が出来た頃、ワッカさんが再度口を開いた。

「ティーダ、お前が開けたんだから中見て来い。な?」
「え? 俺が!? ユ、ユウナの方がいいんじゃないか? しょ、しょーかんしなんだし……」
「えぇ、でも、開けたのは私じゃない、し……」

 いきなり言葉を振られた私は、召喚士なのにも関わらず拒絶の意を示してしまった。
 で、でも仕方ないよね。何せ400年開かなかった扉が開いたんだもの。驚いて戸惑うのも無理無いよね。
 
 意味の無いことだとわかっていながら自己弁解を心の中でする。
 そんな嫌な思考を拭うため考えを改めようとしたとき、不測の事態に情けない言動しか出来ない私達の中で、ルールーとキマリが冷静にその状況へ対処するべく動いた。

 キマリが先導し中を覗き安全を確認し頷いた後、続いてルールーが神殿を覗く。
 確認し終わったのかな。ルールーは私の方を向いて言った。

「大丈夫よ。中の造りはただ岩を組み合わせただけの物で危険は無いわ。でも、神殿の中央に何か浮いてる」

 そして、恐らく彼の意思に反応して開いたんでしょうけど、と置いて続けた。

「召喚士であるユウナが行くべきよ」

 そう、なのかな……
 400年も開かなかった扉。その中はまるで未知の世界のようで、少しだけ不安になる。

「たぶん、大丈夫ッス。なんか、からかってるようなもの言いでムカついたけど、悪い奴じゃないと思う」
「祈り子様の言葉よ。口を慎みなさい」

 ルールーの静かな指摘が飛ぶ。
 このままじゃ、ダメだよね。リキ号の出発もすぐだし、急がないとだよね。

「行きます」

 私は意を決して、深淵に足を踏み入れた。
 中はビサイド寺院の祈り子の間みたいな装飾もましてや明かりすら無く、本当に簡素な造りだった。
 
 そして、神殿の中央に浮遊するなにか。それからは何故か祈り子様の気配がする。
 恐る恐る手を伸ばしてそれに触れた。
 手にとって、薄暗い神殿から出る。私は手に取ったそれを見て息を呑んだ。
 
 ――すごく綺麗。

 日に照らされキラキラと輝く、複雑な模様を施された門のように見える、淡く虹色を帯びた銀細工。

「ユウナ?」

 ルールーの呼びかけを聞いてハッとする。
 見惚れちゃったんだね。今でも少し呆っとする。
 でも、この銀細工はなんだろう。唯の装飾品じゃないよね。

「遺品かな? 何だろう……」
「本当、何でしょうね。でも、残念だけど時間が無いわ。リキ号の出発はもう直ぐよ」

 でも、この神殿の祈り子様はスピラの民が願って止まないシンの本当の倒し方を知ってるんだよね。

「ちゃんと、契約を結んだ方がいいんじゃないのかな?」
「そうかもしれないわね。けど、私もまさか開くなんて思ってもみなかったし。一日遅らせて、試練を受けてみる?」

 そうした方が良いのかも知れない。私もそう思う。
 だけど、私が召喚士になった理由は全ての人たちに一日でも早く平和な日々をすごして貰いたいから……
 それに、ワッカさん達が出場するブリッツの大会も、今日の連絡船を逃してしまうと出れなくなってしまう。

「諦め、ようかな」
「ユウナ、ブリッツのこと気にしてんなら構わないぞ?」

 どうしよう。でも、やっぱり本当のシンの倒し方というそれは、皆が心から願うことで……

 そんなせめぎあう気持ちの中、声が聞こえた。

『時間は船に乗ってからでもある。港に行くんだ』
「えっ」
「どうしたのユウナ?」
「今、声が。時間なら船に乗ってからでもあるって。港に行けって……」
「祈り子様の声が聞こえたの?」

 うん、と。私は頷くことでルールーに答えた。

「そう、じゃ行きましょ」

 私達は釈然としない面持ちで、港への道につき先を急いだ。



[3332] 螺旋の中で 1-3
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:18
 扉が開いた。
 差し込む光が闇を裂く。
 視界を覆う眩い光。どういうわけか、目はすぐに慣れて先を見ることが出来た。
 縦長に切り取られた四角い風景の中心には、杖を握り着物姿を意識させる出で立ちの少女がいた。

 突然、視界がほの暗く染まる。
 入り口の横からヌッと出てきた大柄なシルエットが日を遮っているからか。
 逆光で顔は判別できないが、右往左往する頭はおおよそ人間のそれとは思えない。
 しばらくキョロキョロとこの寺院であろう建物の中を見回した後、引っ込んでいった。
 
 日差しを遮断する者がいなくなり中に光が入ったと思いきや、再び視界が陰る。
 今度は先ほどのシルエットよりもかなり小柄なものだ。
 それはすぐに引っ込んで、三度差し込む日の光。

 確認していたのか。
 そりゃそうか、400年も開かなかったんだもんな。
 内容が把握できる程ではないが、声が聞こえる。
 
 それにしても、体が動かない。もとより感覚がない。
 
 謎が謎を呼び過ぎだろ……
 
 何かと投げ出したくなる状態の中、目を瞑るような感じで思考する。
 それと共になにも映らなくなる視界。
 あぁ、意識すると瞬きみたいのは出来るのかね。
 ううん、どうでもよさ気なことだ。

 またいい感じで思考を放棄しようとした時、浮遊感のような物を感じた。
 引っ張られ連れ去られる、そんな感じの。

 さっきまでとは比べるまでもない光に晒される。
 ギラギラ照りつける太陽を背にするのは、とても不思議そうに俺を見つめるオッドアイ。
 
 ユウナだった。

 ――すごく綺麗。

 え、綺麗って……
 口は半開きで動かした様子は無い。
 あぁ心の声なんだろうか?
 そうか、聞こえるという事はユウナとも意思疎通をすることができる可能性があるということだ。
 うん、俺頑張れば召喚獣になれそうな気がしてきた。
 
「遺品かな? 何だろう……」
「本当、何でしょうね。でも、残念だけど時間が無いわ。リキ号の出発はもう直ぐよ」
「ちゃんと、契約を結んだ方がいいんじゃないのかな?」
「そうかもしれないわね。けど、私もまさか開くなんて思ってもみなかったし。一日遅らせて、試練を受けてみる?」
「諦め、ようかな」
「ユウナ、ブリッツのこと気にしてんなら構わないぞ?」

 感動に打ち震えている間に話が進んでいたらしい。
 ユウナは契約のことで悩んでいる様子。

 それはそうとして、なぜユウナがこんなにも近くに見えるのだろう。
 祈り子の間に封印されている筈の俺がなぜ寺院の外にいるのだろうか。
 わからない。何一つわからない。
 そろそろ我慢の限界だ。自分の状態すら認識できないとは。
 
 あぁ、どうせ答えなど出ないのだ。考えるのが堪らなく面倒くさい。

 ――どうしよう。

 流れるように聞こえてくるユウナの声。
 時間がないんだったな。一先ずこの状況を打破しなければ。
 そもそもの原因は俺が呼びかけに答えたことだ。
 幸いユウナとは話すことが出来そうだし、船に乗ってからでも遅くは無いだろう。
 さっきティーダと言葉を交わしたように、念じるような感じでユウナに語りかける。

『時間は船に乗ってからでもある。港に行くんだ』
「えっ」
「どうしたのユウナ?」
「今、声が。時間なら船に乗ってからでもあるって。港に行けって……」
「祈り子様の声が聞こえたの?」

 通じたようだ。良かった。
 しかし、どうしたものか。時間はあると言ったものの、この後すぐ船上でシンに襲われる筈だ。
 まぁガードの皆は強いだろうし大丈夫だろう。
 
 それにしても、このまま何も分からずに行くのだろうか。
 それとも、バハムートの祈り子に会うことが出来ればどうにかなるのだろうか。
 そう言えばおぼろげだがまた、と言っていたような気がする。
 本当、どうにかならないものか。

「そう、じゃ行きましょ」

 静かで凛とした女の声が、投げやりな思考を中断させた。
 突然遮られる視界。
 埋めるのはユウナの細く繊細な指。
 
 俺は一体何なんだ……
 
 歩を進めるユウナ一行。
 俺は上下動する感覚の中、静かにすることしか出来なかった。



 俺の視界はさっき袋のような物に入れられたため機能していない。

「ユウナさまぁー」
「ナギ節を……楽しみにしております」

 ユウナの旅立ちを惜しむ声や嗚咽が聞こえる。

 召喚士はナギ節をもたらすべく、遥か彼方にある滅びた都市ザナルカンドへ向かう。
 そこには、シンを唯一倒すことのできる究極召喚があるからだ。
 もちろん簡単に辿り着けるような場所ではないし、この辺境の島ビサイドに巣くう魔物とは比べ物にならない化け物が生息している。
 志半ばで果てる召喚士も少なくない。
 更にそれらの試練に耐え究極召喚を会得することが出来たとしても、シンを確実に倒せる保証などない。
 
 そして、究極召喚を使ってシンを倒した召喚士は命を落とす。
 
 全ての人たちに少しの間でもいいから安心して暮らせる日常を今すぐ届けたい……
 ユウナはそれを願って旅に出る。
 仮初の平穏の中に、自分はいないとわかっていても。

 村の皆は当然それを知っている。
 しわがれた声の老婆はナギ節を楽しみにしている、と言ってたがそれはユウナへの心遣いだろう。
 声が震えていた。

 泣きじゃくる子供の声を掻き消すように、ゴウゴウとリキ号の汽笛がこだまする。
 
「……さようなら」

 もう二度と見ることが出来ない景色に向かって呟くユウナの声には、悲しみとほんの少しだけ力強さが感じられた。


 
 出航してしばらくの間、誰も口を開かず葬式みたいな雰囲気だったが、今はもうブリッツ選手達が練習したり、ティーダが馬鹿やったりと賑やかになっている。

「あの、祈り子様」

 さっきまでしていたティーダとの会話で、ユウナも気持ちが落ち着いたのか話しかけてきた。
 心なしか本編よりもユウナが落ち着きなくティーダとの会話を進めた感じがしたが、恐らく気のせいだろう。
 
 よし、そろそろ溜め込んだ疑問の一つ二つ消化したいところだ。
 ユウナも疑問があるだろうが、まず自分の状態を知りたい。
 自分勝手なことだとわかっているが、それだけはなんとしてでもおさえたい所。
 その前に……

『すまない。話す前にやってもらいたいことがある』
「え、あ、はい! なんでしょうか?」
『とりあえず、袋から出してくれ。なにも見えないんだ……』
「……あ、はい。わかりました」

 ユウナは少しだけ沈黙した後、俺を袋から出してくれた。

 明けた視界に入るのは澄み渡る青い空を背景にしたユウナの顔。
 目の前に美少女の顔とは中々得がたい状況だが、今はそれよりも自分の姿のほうが大事だ。

『すまないが、もう一つ。今の俺の姿はどうなっている』

 我ながら漠然としていて答えづらいような問いかけだが、他に良いのが思い浮かばない。

「え? えっと、銀細工……です。 門みたいな作りでとても綺麗な装飾のなされた……」

 銀細工、門のような作り、装飾……
 思い当たるのは、あの時シノに渡された銀細工。俺は何かの間違いで祈り子像にではなく、シノの銀細工に宿ってしまったのか?
 シノは失敗したのだろうか。それとも何らかのイレギュラーが発生したのか……

 情報が無さ過ぎる。
 だが今は自分の姿がわかっただけでも良しとしておこうか。
 わかりにくく変な質問に面食らいながらも答えてくれたユウナに礼を言わなくては。

『そうか、ありがとう』
「え、いえ、それよりも、聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
『あぁ、いいぞ』
「祈り子様は……」

 ユウナが間を置く。
 そんなに聞きにくいことなのだろうか。
 さすがに400年も眠っていた祈り子に聞くことなどなにもないと思っていたんだが。

 いや、あるな、契約か。
 だから、ティーダとの会話を少し端折った感じがしたのか。
 まぁ内容はそんなに変わっていなかったと思うし問題はないだろう。
 だがしかし、まずいな。俺には超常的なことなど一切わからない。
 
 考えあぐね沈黙する俺に、ユウナは予想だにしない言葉を放った。

「祈り子様は、シンの本当の倒し方を、知っておられるのですよね?」

 なんだ、それは。俺がシンの本当の倒し方を知っている?
 なにをまかり間違ったら、俺がそんなことを問われる存在になるんだ?
 おかしいぞ。俺が祈り子になったことで、この世界に何が起きたんだ。
 
 少なくとも、祈り子になる前の俺は、決して特別視されるような存在ではなかった。
 異世界から来たと唯一打ち明けたシノからしてみれば、俺はそんな風に見えていたかもしれないが。
 
 あの記録スフィアが関係しているのだろうか?
 いや、あの大らかなビサイドの村人達とすら、壁一枚隔てて接していたような娘だ。
 シノがスフィアを村人達に渡したとは思えない。
 エボン寺院に渡したなど、それこそ有り得ない話だ。

 これも情報がないな。
 だが、そんな訳のわからない怪しい伝承がついたのは、俺が祈り子になって眠っている400年間……
 眠っている間、ビサイドで何かあったのか。

「知って、おられるのですよね?」

 再び問われる。どう答えたものか。
 もしかしなくても、俺がこれから言う答えがユウナに大きな影響を与えることは様子をみる限り間違いなさそうだ。
 真剣でどこか危うさを湛えたその瞳は、俺がそんな物知らないと言おうものなら、たちまち絶望に染まってしまうように思えてならない。

 シンの本当の倒し方。
 知らないわけではないが、それはこれからユウナ達が行き着く先にあるものだ。決して裏技とかチートの類ではない。
 いっそ開き直って知っていると言い全部ゲロッてしまうか? それはダメだ。論外だ。
 ただでさえ俺が放った言葉がユウナ達へどんな形で影響を与えるか分からないのに。

 大体、方法を教えろと言われたらどう対処すれば良いんだ。機械を使ってシンに突撃だなんて言える筈がない。
 この件は、当たり障りのないように返答しよう。

『知っている。だが、今は教えることが出来ない』

 ずるい言葉だ。

「そう、ですか……でも、いつか……お願いします」

 スピラを救いたいのだろう。瞳の危うさは消えないが、同時に強さも伺える。
 ユウナは強い娘だな。

『わかった』

 そういえば、シノも強い娘だった。
 疲れ果てて擦り切れてしまいそうに見えたときもあったが、それでも気丈に振舞っていた。
 シノは、俺を祈り子にした後どうしたのだろうか。止そう、今となっては400年も前の過去だ。
 
 待てよ。この世界には死者が集う場所があったな。
 異界だったか。ユウナ達に問題なくついていくことが出来たら、そこへ行くことが出来るだろう。
 運が良ければ会えるかもしれない。
 400年前、何があったのかわかるかも…… 
 
 それにしても、俺は自分の世界に帰る力を手に入れたのだろうか。
 現状はシノの銀細工に宿った単なる不思議アイテム。
 今は静観するしかないか。自分から動くことなど出来ないのだ。
 どうしようもない。

「ありがっ!?」

 突然、船が大きく揺れた。
 俺に礼を言おうとしていたであろうユウナは揺れに耐え切れず、叫び声を上げながら不思議アイテムな俺を手放した。

 青い空と白い雲、茶色い甲板の色が綯い交ぜになり、激しく視界がシェイクされる。
 5、6度大きくバウンドする気持ち悪さを体験し甲板に投げ出される俺。

 なにが起きたんだ?

 不意に、ザナルカンドで感じたあの怖気が去来する。

 激しく揺さぶられ、ままならない視界に移るのは灰色にくすんだマスト。
 空の青さとは違う深みのある藍い、日を覆い隠すほどの高波。
 そして、海を割る轟音と飛沫を伴い、空を裂くように現れた巨大な壁。
 
 あぁ、もうその時間か……

「シーーーーン!!」

 誰のだかわからないが、叫び声が響いた。



[3332] 螺旋の中で 1-4
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:19
 子供の頃から、他の人より少し違うものが好きだった。
 最初の内は他の人と同じものを持つのが何となく嫌とか、そんな子供らしいちょっとした対抗心みたいなものだったんだろう。

 別に大したことじゃない。好きな物なんて人それぞれだし、皆だって少なからず変わっている筈だ。
 自分は少数派なだけ。

 実際おかしいわけじゃなかったし、問題もなかった。
 でも、大きくなるにつれて興味を惹く物がより変わった方へ向くようになった。

 持った趣味は大っぴらに言えるほどの物じゃなく。
 だけど別段社会的にまずい物でもなく、日常に影響を与えるほどの物でもなく。

 しかし、それは夢を召喚獣というバイパスを通して顕現できるこのスピラでは違っていた。
 自分が興味を持ったものが所謂王道じゃないから、こうなったんだろう。

 肥大化した願いは、この世界じゃとても手に負えるようなモノじゃなく。

 そもそも夢を現実にする力は、俗的な人間には過ぎた物だ。
 
 自分は愚かなことをしたと、今更ながらに理解した。






「待てよ! 本気かよ!」

 甲高い男の声が聞こえる。それと共に聞こえる何かを打ち込むような音。
 船が、何か途方もない力に引っ張られた。

 ザリザリと甲板を滑り視界がグチャグチャになる。
 まずい、まずいな。なにより自分の意志で動けない俺の生存率がまずい。
 ユウナ達は原作どおりならば、問題なくこの危機を乗り越えることが出来るだろう。
 しかし、吹き飛んで海の藻屑になりそうな銀細工でしかない俺は、運が悪ければここで終わってしまう。

「祈り子様ーー!」

 再び甲高い男の声が聞こえる。それと共に視界がブラックアウト。
 俺は、終わってしまったんだろうか? 
 短い旅だった……

「ご無事ですか!?」

 再び聞こえる声に我を取り戻す。終わっていないらしい。だが、視界は尚真っ黒のまま。
 誰かに握られているのだろうか? なら、まぁ安全だろう。

「祈り子様、申し訳ありませんが俺はユウナのガードで今すぐ助け行かにゃなりません。代わりの者に護らせますので、すいません」

 その提案はとてもありがたいものだけど何かやるせないです。
 まぁ俺は役に立てないから仕方ないのだが。
 なんかすごい置いてけぼりだ。もう戦闘が始まっているのか?
 
「おぉーい! ジャッシュ! 頼む」

 まるで壊れ物を扱うかのごとく手渡される。

「わ、わかりました!」

 ジャッシュって誰だっけか。
 メインのキャラは覚えているが、サブキャラは記憶の彼方だ。
 
 しっかりと握られているため視界は真っ黒だが、手渡されるとき一瞬見えた姿はワッカと似たような格好だった。
 ブリッツボール選手だろう。

「クソっ 埒が明かない!」

 加勢に行ったワッカの悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。
 苦戦しているのか? 確かコケラくずが三体とヒレが出てくるだけだったと記憶しているが、今のを聞く限りなんかヤバそうだ。

「祈り子様何とかなりませんか!?」

 俺を護るように言われたジャッシュに懇願される。そこまで事態は切迫しているのか?
 状況を確認しようにも視界は塞がれているし、俺になにが出来るというのか。
 魔法を使えれば話は違うかもしれないが、少し前まで一般人だった俺にどうしろと!?

「祈り子様!!」

 なにかできないか。些細なことでもいい。海の藻屑になりたくない。
 ここで終わったら、自分の世界に帰るどころか召喚獣にもなれやしない!
 なんでもいい! 今この危機から生き残る力を!

 刹那、思考にナニカが入り込んだ。



 七色にスパークする視界。おびただしい情報が思考に激しく流れ込んできた。
 飲まれる。流される……
 だが、少しずつだが流れる量が少なくなっていく。

 収まった。
 流れ込んだ情報は、今この危機を脱するモノではあったが、酷く気持ちの悪いモノだった。

 願い与えられた情報は召喚獣としての力。
 しかし自分が願ったのはスピラの民を救うための力ではなく、自分の世界に帰るためのどこまでも自己中心的な力だ。
 俺のような甘ったるい日本で生きてきた俗な人間が、崇高な夢を持つ他の祈り子のように立派な姿へなれる筈もなく……
 
 だが、道まで閉ざされたわけではない。
 自分の願いと趣味がしっかり掛け合わさっているのなら、この姿にもまぁ納得できる。

 手始めに目の前に溢れかえるコケラくずを一掃しよう。
 まずは試しだ。

「うわっ」 

 浮遊しジャッシュの手から無理やり出る。

 得た力、モデルに成ったモノの力は……

 ――曰く、ソレは固体、液体、気体の形態を取ることができる。

 銀細工の俺は虹色の霧になり、一番前にいる手ごろなコケラくずへ向かった。

 ――曰く、ソレは触れた物を変質、又は破壊する。

 そして取り巻く。

 コケラくずは、グシャッと弾けた。
 
 確認は済んだ。危機から逃れるべくドンドン壊して行く。
 新たに飛んでくる敵は俺が射線上にいるだけで霧に巻かれ、弾けて海へ消えた。
 もうストックがなくなったのか。コケラくずはもう来ない。
 
 まだ、やることがある。
 力が足りないこの身は、幻光虫を取り込まなければならない。
 船上に散らばった幻光虫を取り込んでいく。

 足りない。

 唖然とした顔で俺の方を向く一行。
 仕方ないか。だが、今はそれより大事なことがあるだろう。

『早くヒレを攻撃するんだ』

 流石にあんなでかいのは壊せない。
 
 しかし、もっと膨大な量がなければならない。
 それこそシンを構成する程の幻光虫が必要だ。

 じゃないと帰れない。

 幻光虫を吸収したからか
 再び流れ込む召喚獣としての知識。

 なぜ、顕現できたのか。

 ――曰く、ソレは力を蓄えるために、渇きを潤すために現れる。

 ここに来てやっとそれなりに明確な答えが得られた。
  
 ――曰く、ソレは門に■て■、時■の■■者。
  
 そう、シンを倒せば自分の世界に帰れるかもしれない。

 ――其は、其は……

 意識が、情報の奔流に飲まれた。 






 本当に埒が明かない。
 得意とする黒魔法を放とうにも、船上な手前威力が低い物しか唱えれない。
 ユウナの召喚獣も同様、圧倒的な破壊力を持つが故に船を壊してしまう。
 ワッカは戦闘スタイルの性質上、乱戦ができない。
 あのなにかと気に食わないティーダは戦闘のシロウト。
 頼みの綱のキマリも、ユウナを護りながらでは十分な働きが出来ない。
 
 八方塞だ。

 今もシンのヒレからは続々とコケレくずが飛んで来ている。
 このままでは、船上がコケレくずに占拠されるのは時間の問題。

 そう思い、どうやってこの状況を切り抜けようか考え、焦りが表にまで出そうになったその時だった。

 一番手前にいる一体のコケラくずがどこからか現れた淡い虹色の霧に覆われて……

 ――グシャリと爆ぜた。

 バラバラになった虫のような身体は、幻光虫となって解放され船上を漂う。
 その異様な光景に私達だけでなく、明確な意思さえ持たないコケレくずまでもが動きを止めた。

 それからは早かった。
 コケラくずの軍団は虹色の霧に覆われていき、次々と爆ぜていった。
 新しく飛んで来るコケラくずにいたっては、船上へ落ちることさえなく空中で霧に巻かれて爆ぜる始末。
 私達は、眺めているだけで何も出来なかった。

 背ビレのコケラくずが尽きたのか、もう異常な現象は収まった。
 
 突然、船上を漂う幻光虫がざわめき一箇所に集まり始める。その中心に在るのは、虹色に輝き浮遊するあの銀細工。
 
 幻光虫が銀細工に取り込まれていく……

『早くヒレを攻撃するんだ』
 
 異常でどこか神々しいその光景は、何者かのこの場にそぐわない現実的な言葉で幕を引いた。

「は、はい。分かりました! お願い、ヴァルファーレ!」

 誰が発したかわからないそれにユウナは従った。もしかして、あの銀細工の祈り子様かしら?
 だけど、なんとおぞましい力だろうか。敵を壊した虹色の霧も、幻光虫を取り込む能力も……
 本当に祈り子様なのだろうか……
 どちらにせよ、目を離さない方が良さそうね。

 それよりもその言葉にいち早く反応したのは私達ガードではなく、あろうことかユウナなのが問題。
 これではガード失格だ。私はまた繰り返すというのか……

「そんなこと……」

 ――あってはならない。
 
 詠唱するは私が使える中で最も威力がある魔法、ファイガ。
 私は自分の不甲斐なさをかき消すように、半ば八つ当たり気味でヒレへ魔法を放った。

 大気が震えるほどの爆発。
 爆煙が流れるように消えていく。シンはまだ退却する素振りを見せない。
 もう一発放ちたいところだが消耗が激しい。 
 私にもっと力があれば……

「力を、貸して下さい」

 ユウナがヴァルファーレに指示を出した。しっかり使いこなせているようね。
 
 ヴァルファーレの鋭いクチバシに魔力が収束する。一気に溜め込まれたそれは、ヒレへ一直線に放たれた。
 私が放ったファイガとは比べ物にならないほどの威力。
 それはヒレに確かな傷を与えた。さしものシンも堪えたのかしら?
 暴れ始め、今までで一番大きい揺れが私達を襲う。
 
 転覆しないのが奇跡だと思えるほどの揺れは、不意に収まった。
 原因はすぐに分かった。
 船とシンを繋いでいたワイヤーの巻取り機が、根こそぎ持って行かれたのね。

 静けさを取り戻した船。けれど皆に落ち着きがない。
 辺りを見回してみると、あの少年、ティーダがいない。海に投げ出されたのかしら?

 どうやら、そのようね。
 状況を理解したワッカは海に飛び込んだ。

 まったく、先が思いやられる……
 
 ユウナの旅も……
 
 あの祈り子様も……






「あぁ~酷い目にあったぁ」

 奔流が、収まった……

 息も絶え絶えといった声にハッとする。
 いつの間にか大分状況が進んでいるようだ。
 声は海に投げ出されたティーダを助けたワッカの物だろう。耳に残りやすい甲高い声だ。

「ホントッス。死ぬかと思った……」

 ティーダは、かなり堪えているようだな。本当に酷い顔色だ。

「なにかあったんですか?」
「海の中にシンのコケラがいたんだ。……危なかった」

 ワッカもまだ辛そうだ。
 そうか、そんなボスもいたっけか。細部までは覚えてないからな。
 本筋だけは掴んでいるが、後は大分忘れてしまっている。

 それと、自分の力を把握したといっても不明瞭な点も多い。
 そしてまだ理解できていない、流れ込んでいない部分がたくさんあるように思える。なにか引っかかっているような……
 
 今の内しっかり情報を整理しなきゃならないな。
 何よりも原作との差異が激しい気がする。いや、理不尽度が増しているというか。
 少なくともゲームのようにポンポン進むような甘さはない。
 そしてルールーが唱えた、とてもファイアのような初期黒魔法では出せない威力の魔法。

 ゲームでは感じられない、異様なリアリティ。 

 本当にユウナたちはシンを倒せるのだろうか……

 今後のために、思考の海に埋没した。


 
 これからの展開と自分の能力について考えている内に大分時間が経ったのか。空はすっかり赤くなっていた。
 誰も喋らない。ユウナの見送りの時よりも深く暗い静けさが、リキ号を包んでいる。
 
 鮮烈な夕日の下、ユウナが静かに口を開いた。

「私、シンを倒します。必ず倒します」

 シンの猛威が振るわれたキーリカの港に、ユウナの決意が響いた。



[3332] 螺旋の中で 2-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:20
 崩壊したキーリカを目にして、改めてシンの脅威を感じた。
 夢のザナルカンドやリキ号で感じたあの怖気が、頭にこびり付いて離れない。
 今になって思う。あの時なんで冷静になれて、次々とコケラくずを倒していけたのか。
 
 不安だ。本当に飛空艇一機だけで、あの化け物に対抗できるのか。
 いくら機械を有効活用しようと、シンを落とせる気がしない。
 単純に戦力が足りないのではないか。
 いや、あんな化け物と正面切ってガチるのだ。戦力など、いくらあっても足りやしない。

 俺が加勢したとしても、小型の相手くらいしかできないと思うし。
 確実にシンを倒すため、何か手を打たなければならないかもしれない。
 
 この世界は、ゲームのように親切設計ではない。
 味方の能力もその人物の経歴に見合うものになっているよう――ルールーをみる限り――感じたが、それならば敵にも当てはまるだろう。
 本筋を辿れるようにだけではなく、有利に進めれるようなんとか誘導しなくては。

 そんなことを黙々と考えていたら、いつのまにかルールーの手によって袋詰めにされてました。

 ビサイドの時と同じように、キーリカの民から俺を隠したのだろう。
 もう重い期待の中にいるユウナが、これ以上負担を負わないようにと思ってやったのかね。
 唯でさえ大召喚士ブラスカの娘という期待を背負っているのに、シンの本当の倒し方を知っているとされている俺まで加わると、その期待は益々重くなる。だからだろうか?

 でも、俺がそんな存在だって気づく人はいないと思うんだけどな。
 単にヒュンヒュン飛び回られると邪魔くさいからか……

 袋に入れるとき、ルールーは申し訳ありませんと言っていたが。なに対して謝罪しているのか……
 まぁいいか。

 そんな感じで視界ゼロの中、ユウナの異界送りを見ることなく、シンの脅威から免れた宿の一室のどこかに放置されてるっぽい俺。
 ユウナたちは明日早くからキーリカ寺院へ向かうらしい。
 だから皆もう眠っている。が、俺は別段眠気を感じず正直暇を持て余している。

 現状の整理はできる所までやったつもり。当然穴は在るだろうが、その都度対処して行けばいい。
 これからのことは、正直どうしようもない。ケースバイケースだ。
 
 そういえば、いつの間にか皆に対して声を発せるようになってたな。
 うーん、自分の力の確認くらいはした方が良いか。
 
 そう思い行動に移そうか考えていると、突然持ち上げられる感覚がした。

「祈り子様、失礼と承知でお話があります」

 ルールーの声だ。他の者を起こさないような密やかな声で話しかけられた。
 なんだろう。早く倒し方教えろボケと脅されるのだろうか。
 それとも、お前怪しいよと言われるのだろうか。
 
 どちらにせよ、話を拒否する気はない。

『あぁ、いいよ』
「では、場所を移させて頂きます」

 自分で動けるんだけどな。
 俺はルールーに持たれどこかへ連れて行かれた。






 あの祈り子様は怪しすぎる。
 能力もさることながら、召喚されてもいないのに自ら動き異能を発揮した。
 
 祈り子のあり方から見ても不自然な所が多い。
 本来祈り子様は自らが封じられた祈り子像から離れず、契約を申し出る召喚士を待つよう留まっている筈。
 なのにあの祈り子様はあろうことか銀細工に宿っている。

 確かに神聖さはある。けれど、それはどことなく暗い何かを孕んだモノ。
 触れただけで敵を破壊した虹色の霧……

 今まで見たことのない、召喚獣らしくない力。
 私達スピラの民に対して敵意はないようだけど、油断できるモノではない。

 どうやら銀細工の形態をとっているときは、物を破壊する力は働いていないらしいし。
 ユウナに危険が及んでからでは遅い。護りきると決めたのだ。
 
 もう皆寝静まっている。ちょうど良いわね。

 ベッドから起きて、祈り子様の置かれたテーブルへ向かう。
 私は意を決して、袋に入れた謎の多すぎる祈り子様を手に取り話しかけた。

「祈り子様、失礼と承知でお話があります」
『あぁ、いいよ』
 
 返って来た声は酷く気だるげなものだっだ。
 私など歯牙にもかけていないと、そういうことだろうか。
 伊達に気高き祈り子と呼ばれていない。そう言うことかしら。

「では、場所を移させて頂きます」
 
 相手は触れただけでモノを壊すのだ。馬鹿な真似は、最悪死に直結する。
 私は一切の隙を見せないように気を引き締めて、祈り子様の入った袋を手に宿を出た。






 肌に当たる温い夜風。
 今日の昼にはまだ賑わっていたであろうキーリカの港。
 今はもう、半ば廃墟と化している。
 月の光に照らされ、儚げに水面を漂うブリッツボールと残骸となってしまった木片が、シンの恐怖を呼び起こす。

『それで、話とは』

 今は、隙を見せてはならない。
 
「私はユウナのガードを務めております。ルールーという者です。……率直に聞かせていただきます。貴方は本当に、祈り子様ですか?」

 ここで即答しようものなら、少なくともユウナの害になるモノではない。
 だが、詰まるようなら、考えを改めなければならないだろう。この銀細工は良くないモノだと。
 いくらエボンの教えでも、この銀細工の祈り子様がシンの本当の倒し方を知っているなど、そう簡単に信じれるものではない。

 もしそれが真実で実現可能なものならば、どうして今までノウノウと眠っていたのか。
 この祈り子様はスピラなどどうでも良いと思っているのか。
 そしてなぜ銀細工に宿っているのか。

『そちらがどう思っているかは知らないが、俺は確かに祈り子の儀式を受けて、ビサイドのあの場所で封印されたよ』
 
 返答は直ぐだった。だが、釈然としない。
 祈り子様の言葉は続いた。
 
『祈り子像に封印されていないのが不思議なんだろう?』

 不思議だ。そんな祈り子様なんていない。

「はい、なぜでしょうか?」

 私には考えも及ばない。
 けれど、この何の召喚獣かもわからない祈り子様が、極めて特殊な存在だということは言わずもがな。
 
 答えてくれるか。
 本来祈り子様は、私のようなしがないガードなど話すことさえ出来ない存在。
 
 それにしても、この祈り子様は本当に気位が高いのかしら。
 さっきから何の違和感もなく私の言葉を聞いてるけど、エボンの教えと食い違う。

『どこまで言っていいのやら……まぁ、普通の祈り子はスピラの民全てを救いたい一身でその身をささげる』

 それは私でも分かる。
 しかし、普通、とはね。やはりこの祈り子様は普通でないということか。

『俺は違った。自分のことを考えて祈り子になった。皆のためを思って儀式を受けたわけではない……だからだろう』
「スピラのために祈り子になったわけではないと、だからあの銀細工に宿ったと……」

 信じられない。
 自分の願いを叶えるためになんて……
 人として生きることを止めて、この祈り子様は何を願ったのかしら。

『なぜ銀細工に宿ったかは俺も詳しくわからないが、そんな自分勝手な所が影響しているのかもしれない。あぁ、あと心配しないでくれ。ユウナの邪魔は、しない』

 ユウナの邪魔はしない。
 私としてはそれだけ聞ければ十分だった。

 祈り子様の言葉からは誠意を感じ取れる、そして慈しみも。まるで、全てを理解しているかのように。
 今まで必要以上に構えていたことが馬鹿らしくなる。

「わかりました。お答えいただきありがとう御座います」
『いやいや、シンを倒すのに協力しよう。俺の願いはシンを倒した先にある。今はまだ教えられないことは多いが、いずれ話す』
「えっ……」

 以外だった。
 祈り子様の願いは結果的にスピラを救うもの。
 真意は恐らく違うのでしょうけど……
 
 そしてエボンの教え通りならば、この祈り子様はシンの本当の倒し方を知っている筈。
 本当の、と言うことは、二度と復活させないということを指しているのか。それとも別の何かなのか。

 この祈り子様に限っては、エボンの教えと噛み合わない部分がある。
 でも、これだけは教えどおりになっていて欲しい。

 シンを倒せるという希望を、抱かずにはいられない。
 あわよくば、その倒し方がユウナの命を失わせない方法でありますように……

『こちらも聞きたいことがあるのだが良いだろうか?』
「はい、どうぞ」

 全てを見通してそうなこの祈り子様は、なにを聞こうというのか。

『俺がシンの本当の倒し方を知っていると伝わったのはいつ頃か分かるか?』

 さっきまでの頼もしさを感じた風ではなく、妙に所帯染みた感じで問われる。
 
「はい、たしか400年頃前ビサイドがシンに襲われて以降、そう伝えられるようになったとか」

 なぜ今更そんなことを聞くのかしら。
 
『伝えたのは、エボン、寺院か?』
「はい」
『そうか、ありがとう』

 まさか、祈り子様から礼を言われるとは。
 でも、今の声を聞く限り何か焦っているように思える。不都合なことでもあったのかしら。

『そうだ、カガヤと呼んでくれ。いつまでも祈り子様なんてむず痒い。敬語もやめてもらって構わない』

 冗談で言ってるのかしら。
 所帯染みているのを通り越して、失礼だけど少々間抜けな気がするわ。
 だけど、なんと人間味のある祈り子様だろうか。逆にどうしてあのようなおぞましい能力を持ったのか疑問に思う。

「すみません。祈り子様の手前、礼節を欠いた言動をするわけにはいきません」
『そうか、まぁ無理にとは言わない。そういう決まりだものな』

 カガヤという名前だったのかしら? きっとそうね。
 変わってる。自分のことを人としての名前で呼んでほしいなんて。 
 
 信頼することはまだ出来ないけれど、信用ならできる。 
 この祈り子様の謎はまだ多いけど、あの時ティーダが言ったように悪い人ではないわね。

「これから、よろしくお願いします」
『お、おう。わかった』

 本当に、不思議な祈り子様……






 なんというか、疑われていたんだろう。まぁ怪しいのは疑いようもない事実。
 何よりそれは、ユウナを思うからこそだろう。原作を鑑みれば、すぐにわかることだった。
 妹分思いの良い姉ちゃんだな、ルールー。
 まぁ最後の言葉を聞く限り、信用くらいはしてもらえただろう。
 
 それよりも気になるのはエボン寺院だ。俺の知りもしないところでやっぱり何かやったらしい。
 些細な差異程度ならまだしも、年表とかに記載されてしまう程の大事になっているのだ。
 気持ち悪いな。 

 もう一度整理してみよう。
 俺が来てすぐの、400年前のビサイドでは、エボン寺院は今のように確固たる立場を持っていなかった。
 現在の体勢になった切欠は、ガンドフがシンを倒したからだ。
 
 あのときのビサイドは異様だった。
 エボンの教えは本当だったとか、正しかったとか言って騒いでいたな。俺はそれが嫌で祭りに行かなかったのだし。

 それまでは、エボンの教えに疑問を持つものはそれなりにいた。
 だが、究極召喚の有効性をその身で感じた民々は、疑問を呈する動きを治め沈静化。
 そして今の体勢に落ち着いた。

 民心を繋ぎ止めるために希望は多い方が良い。
 ルールーから聞いた、俺が封印された後、ビサイドがシンに襲われたことも関係しているよう思える。よく俺のいた神殿が吹き飛ばなかったものだ。
 そして俺が遺したスフィアも、もしかしたら……
 シノにもなにかあったのかもしれないな……

 俺はどさくさに紛れ、エボン寺院に利用されたのだろうか?
 スピラの希望として機能するように担がれたのか?
 
 だが、大分昔のことだ。今となっては真実を知ることは難しいだろう。
 可能性はあるにしても異界にシノがいるかわからないし……
 
 この件はこれ以上進展しない物として、今は放置した方が良さそうだな。
 過去よりも、これからを考えなければ。 
 

 あれから、ルールーは俺をどこかに置いてさっさと寝てしまった。
 この時間を有効活用しよう。
 
 ルールーと話す前にしようと思っていた能力の確認でもするか。
 自分の力くらい使いこなせなくては、この先とても生き残れない。
 いまはまだ魔物のレベルが低いかもしれないが、後半ベヒーモスやらガーディアンやら、怪物がたくさんいる。

 いくらモデルになったモノの力が絶大でも、劣化品も大概な俺ではこの先不安で仕方がない。
 しかし、本当に馬鹿みたいだ。神を真似るなど愚かの極みだ。
 もし俺が劣化品でなく、完全にあの存在をコピーしていたら、今頃スピラは……
 
 基になったのは、知った者に強烈な印象を刻み付ける創作神話だ。少なくとも、俺にとってはそうだった。
 その神話、クトゥルフ神話の中に、あらゆる時間と空間に存在することが可能な神がいる。
 俺がモデルにした神性の名は、ヨグ=ソトースと言う。

 本来これを召喚してしまったら、数多の世界の境界と時間を滅茶苦茶にする、とんでもない事象がひき起こる。
 そもそも、クトゥルフ神話に登場する神々は人間のことなど虫けらとも思わない。
 有名なギリシャ神話や北欧神話などとは一線を駕する、神話とは名ばかりの宇宙的恐怖小説群。
 俺は、危ない橋というレベルで推し量ることの出来ない、大博打をしてしまっていたのだ。

 普通なら、見ただけで発狂してしまうような存在をモデルにして、正気を保てる筈はないのだが。
 補正でも働いたのか、それとも祈り子になる時無意識にストッパーを掛けたのか……
 ……何にせよ、不完全で良かった。

 俺は帰りたいと願っただけで、時空を支配したいとは考えもしなかったのに。
 だが、道理なのだろう。時間と空間を超越した力を願ってしまったのだから。
 自分のいた世界に帰るという願いが、こんなカタチになるとは。
  
 それはそうとして、ヨグ=ソトースの特性を理解していても、使って確かめないと分からないこともある。
 正直危険なモノばかりで行使したくはないが、そうも言ってられない。

 俺は姿を気体に変え袋から出て――無機物は触れても壊れない――能力を試すべく宿から抜け出した。



[3332] 螺旋の中で 2-2
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Date: 2009/05/01 03:21
 シンがもたらした破壊の跡。
 宿から少し離れた港の惨状を目に、自分のことを思い返す。

 あの時流れ込んだ力と知識は、俺が人間の時には得よう筈もないモノばかり。
 他の祈り子のように神聖なモノではないけれど、欲にまみれた現代人故に得られた力。
 
 人間を止めた代償は不可解で不完全なモノ。
 
 それよりも、仮に地球へ帰れたとして俺の身体はどうなるんだろうか。
 帰ることばかり考えて、肝心の人間を止めてしまっている。
 400年前のあの時は、最善の選択だと思ったんだけどな。
 これでは本末転倒だ。

 帰る方法は漠然とだが少しだけわかる。シンを倒すという馬鹿みたいなことを前程としてだが。
 しかし人間に戻る方法は、残念ながら頭に知識として流れていない。そもそも頭など無いがそれはそれ。
 大体、基にしたヨグ=ソトースが人間になる必要などない存在なのだ。

 にしても、ヨグ=ソトースといえば、思い浮かぶのは虹色の球体の塊だろう。俺だってそれを思い浮かべる。
 だがなぜ一般的に言われるその形態を取っていないのだろうか。
 いや好き好んで泡立つゲテモノになりたいとは思わないが、不自然ではある。

 自分が不完全であることが関係しているのか……
 だとしても腑に落ちない。
 どうしてヨグ=ソトースの普通の姿ではなく、特典みたいな三態の姿を取っているのか。
 わからない……

 それよりも、どうにかして人の姿になれないか。
 ヒンズー教の神格のような姿や黒い無定形の怪物になる記述はあるものの、完全な人間になる記述はなかった気がする。
 少しずつ考えていこう。
 
 俺が宿った銀細工は固体として存在を示しているが、気体、液体になることも出来る。 
 とりあえず決まった形を取れるかやってみよう。
 何においても、まずヒトの形を取れないと始まらない。
 銀細工の形態を取っているのだ。これは固体化にあたる特性を用いたものだろう。
 ならば、ヒト型の形態を取ることも不可能じゃない筈だ。

 銀細工になる時は、自然とその形に落ち着くような感じがする。
 もしかしたら、自然に固体化するのではなく、自分のなりたい姿を思い描いて固体化すれば良いのではないか。
 思い立ったが吉。

 視界を閉じて、集中する。
 思い描くは、人間のカタチ。
 触覚が無いから直接感じることは出来ないが、自分の存在が広がる感じがする。
 しばらくすると、広がる感じが無くなった。
 恐る恐る視界を開け、月に照らされる水面を見る。

 ――そこには虹色のヒトガタがあった。

 ヒトの形が、虹色のシルエットになって写っている。視線は目のある所だ。
 うっ、目が凄いよ。ドギツイ虹色だ。
 自分ので言うのも何だが、不気味だな。
 ヒトの形をした虹色が絶えず漂うように蠢いているのだ。気色悪いったらありゃしない。
 気が滅入る。

 はぁ、どうにかなりそうだが、とりあえず要練習と言ったところか。
 形を取るまでに大分時間がかかる。戦闘では命取りになるだろう。
 実用化を考えるならば、すばやく出来なくては。
 
 他も試してみた結果、気体状態でも液体状態でも、一応ヒト型を取ることが出来た。
 気体化時はまぁまぁ綺麗な淡い虹色が集まったようになるのだが、液体化時はキツイ虹色が蠢いているような状態になった。 
 固体化時とあんまり変わらない感じだが、心なしか発色が良い分より気持ち悪い。しかし霧の形態を取った場合、気体化時のような淡い虹色になった。うん、液体化時は霧になろうそうしよう。

 だが、気持ち悪いのに変わりはないな……本当に気が滅入る。
 そして、問題もあった。形作った身体を自由に動かせないのである。

 触覚が無いときから薄々感じていたが、なんともはや。
 触覚が無いということは、つまり神経が無いということで。もっと言えば肝心の脳も無いのだ。
 味覚はまだ試してないからわからないが恐らくないだろう。
 視覚と聴覚があっただけでも良しとしなければ。ちなみに嗅覚はない。
 
 感覚が物を言う身体になってしまっているのだろう。
 自分のさじ加減一つで、形作った指があらぬ方向に曲がったり、拳を強く握りすぎたら手のひらに食い込んだり。

 痛覚が無い分まだいいのかもしれないが。なんというか、ままならない。
 常に意識して身体を動かさなければならないのだ。これも要練習か。
 まさか、リハビリまがいのことをやるはめになるとは。わからないものである。

 そしてもう一つ。水面に姿を映したからこそ分かったことがある。
 リキ号では特に気にせず状態変化を行使していたが、何も考えず変化した場合、基本球体の形を取り浮遊することがわかった。
 大体人間の頭くらいの大きさだろうか。
 だが、なにも考えず固体化した場合はどうあっても銀細工になる。なんでだろ。

 それから暫くの間、ヒト型への変化と体を動かす練習をした。

 あぁ、疲れた。精神的に。
 明日のために今日はこれまでにしておこう。時間も結構経っていそうだし。
 
 俺はもと来た道を目立たないように移動し宿へ戻った。



 さっそく腕試しの場というか、試運転がてら弱い奴の相手をして戦闘に慣れようとしてたのに。
 いきなりボスと殺りあうとは思わなかった。

 ことの始まりは、金髪が大丈夫ッスよとか言いながら、興味本位で森の主の下へ突撃したのが切欠だ。
 討伐隊が倒せない相手を大丈夫とか言っちゃう辺り、ジェクトさん家のティーダ君はまだ自分の状況を良くわかっていないらしい。
 いや、俺もゲームで突っ込んで行ったのを覚えているけど、それを現実でやる勇気は無い。
 ワッカに戦いの素人と言われたのがトサカに来たのかね。

 だがこの後、シンのコケラとの戦闘がある。
 セーブポイントなんて当然無いこの厳しい世界での消耗は、死を意味する。
 ポーションとかあるけど……回復魔法だって魔力を使う。
 無駄な消耗は極力省かなければいけない。

 なのにティーダ君は……
 過ぎたことを言っても仕方が無い。今は逃げ惑うティーダを助けなければ。
 しかし良く避けられる。戦闘の素質が十分にあるらしいし。羨ましいことだ。
 もうワッカとキマリが加勢に行ってる。
 俺はルールーのぬいぐるみに――袋に入れられて――持たれてるが気体になり抜け出して、目の前で暴れ狂う巨大な植物型の魔物、二対四本の触手を持つオチューの下へ向かった。

 我武者羅に振り回される触手をまずどうにかしよう。
 あれが無くなるだけで、こちらがかなり有利になることは明白だ。
 破壊できればいいのだが。
 そう言えば、三態の内どの形態が一番破壊力を持っているのだろう。
 ここは無難にコケラくずをいとも容易く破壊した霧の形態を取ろうか。

 霧に変化し新しく現れた俺に気づき、金切り声のような鳴き声を上げ太い触手を二本交差させ俺に振り落とすオチュー。
 人間のままだったら、グシャッと潰されて死んでしまうだろうが、この身は不思議生物だ。焦ることは無い。

 オチューの攻撃は霧状の俺に当たることなく、大きな破砕音を伴い草が生い茂る地面へめり込んだ。
 俺は巻き起こった風によって中に上げられる。不思議と霧は拡散することなく、一箇所にすばやく集まった。

 視界を下にやると。
 めり込んだ触手は俺に触れたであろう部分だけ、茶色に変色していた。

 大きい物は、侵食は出来るものの破壊までは無理なのか。
 だが、侵食のダメージが大きかったのか触手の動きが鈍い。まだ地面にめり込んだままだ。

「むんっ!」 

 その機会を見逃すことなく、キマリが唯でさえ大きいその身の丈以上の槍を、侵食された部分へ豪快に振り落とした。

 ズバシュと音を立てて切断される二本の触手。
 流石キマリだ。伊達に未来の族長ではない。
 その卓越した槍捌きもさることながら、状況判断能力もすばらしい。

 残る触手は本体のやや後ろ側左右に位置する二本。もう一度同じことを繰り返すのは難しいだろう。
 オチューは中ほどから切断された触手から体液を振りまき暴れている。
 鳴き声はさっきよりも大きい。
 
 突然、オチューが飛び上がった。
 強烈なスタンピングによって地震が起きる。
 緩い地面が捲れ上がり、腐葉土が弾け舞う。

 浮いている俺は何ら影響を受けることは無かったが、皆体制が崩れているだろう。
 地割れに伴い倒木したそれによって、視界がかなり制限される。
 しかし、木々の重なりはすぐになくなった。
 少し遅れて後方についたユウナがヴァルファーレを召喚し、風の刃を起こし木々を小間切りにしたのだ。 

 すぐにオチューの方を見る。
 まずい、まだ体勢を回復していないティーダへ触手を二本とも振り上げ狙っている。
 間に合うか。移動速度を全開にし、助けに向かう。 

 ティーダへ振り落とされる触手。

 あぁ全然間に合わない……

 しかし、触手が振り落とされることはなかった。

 片方は本体の根元から吹き飛ばされ。
 もう片方は膨大な魔力で編まれた氷に閉じ込められたのだ。

「さあっすが、オレ!」

 ワッカの勝ち誇った声がよく響く。

 ルールーの放った魔法の威力はまぁ理解できるが、まさかブリッツボールがあんな破壊力を持っているなんて……
 魔法も、下級のブリザドでは無いだろう。氷は本体まで巻き込んでいるのだ。

 半身を氷付けにされたオチューは身動きを取ることが出来ず、ヴァルファーレがユウナの指示に従い繰り出した撃波により、氷ごとズタズタに引き裂かれ幻光虫に還った。

 ……ガードの皆さんとヴァルファーレが凄く強いです。

 取り合えず幻光虫を取り込もう。
 む、あんな大きな奴を倒したのに量が少ない。いやオチューを構成していた幻光虫の密度が低いのか。
 そういえば、シンは高密度で圧縮された幻光虫で出来てるんだったな。故にシンから剥がれ落ちたコケラくずも同じ。
 だから少なく感じたのか。あの時のように情報も流れて来ない。
 うーん。どちらにせよシンを倒さなければ道は開けないのだが、こう、収穫が寂しいと残念ではある。

 まぁ、次のコケラ戦では大量に吸収できるだろう。
 しかし、ボス連戦か。負ける気はしないが、皆が無傷で勝てるかどうか……
 
 というか、ボスよりティーダを叱るルールーが怖い。
 さっきから目を背けていた方向を見やる。
 ユウナがまぁまぁといった感じでルールーをいさめているのが和む。
 
 説教はすぐ終わった。
 そして、なぜかルールーの冷ややかな視線を感じる。
 眉間にシワを少し寄せ、俺へ向かって腕に抱えるぬいぐるみを示した。
 早く袋に戻れと、そういうことですね。
 俺は銀細工に戻りのそのそと袋に入った。



「ふふふふふ。この石段はな、由緒正しき石段なのだ。オハランド様が現役時代にここでトレーニングしたのだ!!」

 ワッカの観光ガイドが聞こえるが、悲しいかな俺は袋の中。
 この布で遮られた視界の先には、自分が住んでいた住宅街では見ることのできない長い石段があるのだろう。
 観光しに来たわけではないが、見れないのが残念である。

 この先で、シンのコケラに遭遇する。
 オチューは問題なく対応出来たが、シンのコケラはどうだろうか。
 とりあえず、油断など出来ない。
 いくら物理攻撃を無効化できる身体でも、どんなイレギュラーがあるかわからないのだ。
 
 まぁ死にそうになれば、ルールーのぬいぐるみが抱える袋へ逃げ込めばいいのかもしれないが。
 そういう訳にもいかない。

「ようい! ふふっ」
「あ!? ずっこい!?」

 ユウナの無邪気な笑い声とワッカの焦る声が聞こえる。

「えっ? えぇっ!?」

 ティーダの困惑した声が当たりに虚しくこだまする。
 あぁ競争なんてイベント忘れてたよ。本当、俺はこれから先大丈夫だろうか。
 旅はまだ始まったばかりだというのに……

 ティーダが階段を駆け上る音の中、ルールーのやれやれといった風の呟きが聞こえた。

「いつまでも子供ね」

 ワッカに対しての言葉だろう。彼女も色々複雑だな。
 原作のように八方丸く収まればいいが。
 もしすれ違ったままでも、俺は人間関係に口出しできるほど立派な奴じゃない。
 二人の間を取り持つことなど無理だ。
 
 その前に、ユウナ達が原作どおりに旅を出来るかもわからないのだ。
 ユウナ達の内、誰か一人でも欠けたら、物語りは瓦解する。 

「まずいっす~!!」

 ワッカ達と先に行ったブリッツ選手の悲鳴が聞こえた。

「行きましょ、キマリ」

 戦闘が始まる。
 誰一人、絶対に失ってはならない。この世界のためにも。
 なにより俺のためにも……

 シンのコケラなどで躓いてはならない。
 俺は静かに決意を固めた。



[3332] 螺旋の中で 2-3
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:21
 円状の広場。
 先にある階段の手前横に陣取るは、強固な外殻で身を覆うシンのコケラ。
 そして、シンのコケラ本体の前方左右から床面を吹き飛ばし突き出している四股に分かれた触手。
 
 俺は袋から抜け出してルールーの近くに浮遊する。

「祈り子様……」
『でしゃばって悪いが加勢する。消耗している者もいるしな』

 先のオチュー戦は苦戦を強いる物ではなかったが、それでも皆少しくらいは消耗しているだろう。
 中でもティーダと、ヴァルファーレを使役したユウナに疲労が見える。

「わかりました。お願いします」
『おう』
「ユウナは私と後ろへ」

 召喚士を護ることがガードの勤め。

「はい、わかりました」

 ユウナもそれを理解している。
 だからこそ後衛に付き、仲間が傷ついてら助けられるよう回復魔法や補助魔法の用意をする。
 そして、召喚獣の使役をする。
 今はまだ召喚になれてないのか、それとも疲労のためか、ヴァルファーレを呼んでいない。

 まぁ仕方ないだろう。俺は自分の出来ることをするか。
 まずは身体を霧に変え、物理攻撃を無効化できるようにする。
 たしか、このシンのコケラは物理攻撃が主体だった筈だ。 
 そのまま前衛へ移動。

「しまっていくぜえっ!」

 威勢良く檄を飛ばすは、ブリッツボールを手に構えるワッカ。
 そして気合を入れ、ワッカは本体に向かってボールを放つ。
 陸上で放たれるブリッツ選手のボールは強力な破壊力を秘めている。そしてさっき気づいたが、ワッカのボールは所々改造された特別製。
 しかし、外殻は思いのほか固く、鈍い音をたてボールを跳ね返した。 

「なんて硬さだ!」
「その前に触手よっ!」

 皆が両脇に突き出る触手へ目を向ける。
 聞くが否や、キマリが人の身では決して生まれ得ない脚力で触手へ駆け出す。
 対する触手は目など付いていないだろうにも関わらず、猛スピードで迫るキマリへと四股に分かれた触手の先端を繰り出す。
 だが、キマリはそれを意に介した素振りを見せず勇敢に立ち向かい、

「ふんっ!」

 懐まで一気に入り込んで触手を槍で薙ぎ払った。

 斬り飛ばされた四本が幻光虫となり中を漂う。

 キマリを危険視したのだろう。
 枝分かれを全て切り飛ばされた触手と、もう一方の触手が死に体のキマリへ襲い掛かる。

 無傷の方は俺が対処しよう。位置的にそれができる。

「まかせとけ!」

 キマリが攻撃した方は、既にティーダが気づき駆け出している。

 触手の鋭い先端がキマリへ迫る。
 俺はすぐさま液化し、キマリを守るべく触手の前へ移動。
 
 今回はオチュー戦の時のように遅れを取らない。
 液化した自分の身体を少し大きくし、繰り出される刺突の前へ躍り出る。
 キマリへの攻撃を阻むように現れた俺に対し迫り来る触手。
 しかしそれは、俺に食い込んだ先からグシャグシャと破裂するように裂けた。
 体内という表現が正しいかはわからないが、中で弾けるのは正直簡便。気持ち悪い。

 だが、コケラくずのように小さい、又は細い物はいくら密度が高かろうと破壊出来るらしい。
 刺突の勢いと破壊できるかが心配だったが、上手く殺せたようだ。勢いを削げたのは変化時の液体の粘度がそれなりにあるためか。
 そういえば今の俺みたいなボスがいた気がする。スフィアマナージュだったか。しかし気持ち悪い。

 もう一方はどうなったか。
 後ろを見やると、死に体だったはずのキマリは体制を立て直し、あろうことか触手を根元から斬り飛ばしていた。

「そりゃないっスよー」

 助けるために頑張ったティーダが可哀想だ……

 しかし、斬り飛ばすことが出来たということは、つまりは背後から迫る触手も回避することが可能だったという訳で。
 やはりロンゾは伊達ではないということか。それにキマリはアーロンからユウナを託される程の実力の持ち主。出来て当然か。

 だったら俺も、いらない子なんじゃないだろうか……
 更に言うとチームワークを乱しているかもしれない。
 自重すべきか……

 ルールーにしてもワッカにしても、正式なガードの力は半端ではない。
 この先俺が役立つことはないかもしれん……
 まぁ、今はそんなことを悠長に考えていられるほど余裕はない。

 俺は向き直り、半ばまで破壊された触手を霧になり覆って破壊する。
 残るは本体。
 だが様子がおかしい。何か、魔力が渦巻いているような……
 何をしようというのか。全く考えが及ばない。

 魔力の流れは、俺の真下に収束。

 なにか来る!?

 回避を試みるが間に合わず。
 俺は地面に収束した、夥しい魔力で編まれた水によって突き上げられた。
 強制的に銀細工の形態に戻り後方へ吹き飛ばされる。

「祈り子様!?」

 ルールーの声が聞こえる。
 グルグル回る視界の中幻光虫が舞うのを見つつ、なんとか地面にぶつかる前に態勢を立て直し浮遊。

『……大丈夫だ』

 本当は大丈夫じゃない……
 しかし、なにが起こったんだ? 水が吹き上げてきたということはウォータか。
 それにしてもおかしい、力がザックリ削れたような感じがする。
 変化も、できない。

 混乱しながらもシンのコケラの方を見やる。
 だが、視界は緑に輝き消えゆく幻光虫によって遮られた。
 
 そうか、変化が出来ないのは、幻光虫が抜けた所為か。
 物理は無効化できるが、魔力ダメージはまともにくらうと。
 そして幻光虫が抜けると力を失う。
 そういうことか。
 
 今出来るのは、浮遊のみ……

 自分の弱点を理解できただけでも良しとしよう。
 それにしても高い授業料だ。たかがウォータで三態変化を失うとは。
 今はもうこのまま後衛にいよう。もう一度受けたら、どうなるかわからない……
 
「一気に押し切った方が良さそうね。ユウナ、辛いだろうけどヴァルファーレを」
「はい、頑張ります」

 ルールーの指示に従い、ユウナは詠唱を始める。ユウナを中心に展開される巨大な光り輝く魔方陣。
 その魔方陣を目掛け空から現れ出でるは、女性的なラインを伴った聖鳥ヴァルファーレ。

 目の前のヴァルファーレを改めて見る。なんと神々しいことか。
 それに比べ、この身はなんと醜悪か。
 これが、利己的なモノと利他的な者の差なのだろう。そして思い描いたモノの差か。
 自らのあり方を嘆いているわけではないが、羨ましいと思ってしまう。

「ある程度ダメージ与えて、召喚獣で止めを刺しましょう」

 再び飛ぶルールーの指示。
 ルールーが詠唱を開始した。かなりの魔力を感じ取れる。

 そして、放たれた魔法は、シンのコケラの身を守る外殻の内側に炸裂した。

 爆散する強固な筈の外殻。下部を守る殻以外の全てが吹き飛んだ。
 付け根からもぎ飛ばしたら固さなど些末ということか。
 しかし、まさか内側に魔法を放つとは。恐れ入る。
 経験から来るものなのだろう。

 暴き出されるコケラの内部。
 尚も火炎に飲まれているソレは、植物のような緑色の体色を持つ上半身だけの化け物。
 コケラには先ほど倒した触手に酷似した腕がある。
 
 爆煙の中、両腕の触手が炎上しながらも突き出される。
 繰り出された数は八本。
 だが、余にもダメージが大きいのだろう。その攻撃に勢いはない。

「はあっ!」

 繰り出された触手は、なんとティーダが斬り払った。
 水を凝縮したような刀身のフラタニティが、右腕から伸びて来た触手の全てを、まとめて斬り飛ばしたのである。

 本当、羨まずにはいられない戦闘センスだ。
 そしてブリッツボール選手の体は、かくも強靭なものなのか。

「ほらよ!」

 そして左側にあたるもう片方は、ワッカの攻撃によって二本吹き飛ばされ。

「むんっ」

 ワッカが打ち漏らした触手は、キマリによって危なげなく斬り払われた。

「皆さん下がってください。ヴァルファーレ!!」

 ユウナが退避するように言い、ヴァルファーレに指示を出す。
 前衛のティーダとキマリが後方に下がった刹那、放たれるは、シューティング・レイ。

 オーバードライブか。そういえば俺にオーバードライブはないのだろうか。
 ないのだろう。知識としてこの頭にはない。少なくとも今は使用不可。
 いや、俺は召喚されてもいないのに力を行使できるのだ。これ以上求めるのは贅沢に過ぎるというもの。
 まぁヴァルファーレが持つソニックウィングのような固有技がある分まだ救いはあるが、派手さに欠けるな。
 ほんの少し残念だ。

 シンのコケラはレーザーのような攻撃を受け、身を焼ききられた後、爆散し幻光虫に還った。
 気分はさしずめ薙ぎ払えっ! か。

 広場に漂う幻光虫。
 後半、俺はなんの役にも立たなかった。
 いや、それは良いことなんだけどさ。曲がりなりにも召喚獣なのに、立つ瀬がない。

 俺は気落ちしつつも、幻光虫を取り込む。
 取り込むことで、なんともいえない充足感を得た。
 三態変化能力が戻るのがわかる。それと共に、また、流れ込む知識……
 量が少ない。やっぱりあのダメージの所為か。
 まぁ仕方ないだろう。

 試さなきゃならないことが増えたな。
 また夜な夜な検証すれば良いか。

 ワッカに戦闘の才があると褒められ労われるティーダを視界におさめつつ、俺はルールーの抱えるぬいぐるみへ向かった。
 また睨まれたくないしな。



 黄色や赤色の暖色が目を惹く、どことなく温かみのあるキーリカ寺院。
 今回は袋から少しはみ出る形で収まりぬいぐるみに抱えられているため、残念な思いをせずにすんでいる。

 途中、ワッカとルールーのいざこざやルカのブリッツチームへの宣戦布告があったが、まぁ原作どおりのようだ。
 戦闘方面では色々差異が見られるが、俺が直接関与しない限りイベントに変化は生じない模様。良かった良かった。

 それはまぁ良いとして。
 俺はユウナたちと一緒に寺院へ行って良いのだろうか。
 ガードでない者は入れない。ならばそれは俺にも適用されるだろう。

 そして、俺も一応立場的には祈り子だ。召喚士と祈り子との交感は、非常にデリケート且つ過酷なものだと記憶している。
 ならばイレギュラーな祈り子の俺は、いないほうが良いような気がするな。
 ルールーに相談しよう。そうしよう。

『ルールー。ガードでない者は試練の間へ踏み込んではならない。それは俺にも適用されると思うんだが、このまま一緒について行っていいものなのだろうか?』
「はぁ、なにぶん前例がありませんし……」

 ルールーが考える素振りを見せる。
 だよな。寺院に他の祈り子が来るなんて、普通考えられないことだろう。

「大体このようなことは本来起こりえないことです。ですが、試練は大変繊細な儀式。祈り子様には申し訳ありませんが、どこか別の場所でお待ちいただけないでしょうか」

 そのほうが良いだろう。
 もしも俺の存在によってユウナがイフリートと契約できなかったら洒落にならない。

『おう、異存はない。だが、どこで待ってればいいんだ?』
「どう、しましょうか……」

 気を遣っているのだろうか。
 俺に自覚が足りないだけで、祈り子のという存在はやはり重いものなのか。

『俺の扱いをあまり意識しなくてもいい。まぁ無理かもしれないが……少なくとも俺は気にしない』

 ルールーは再び考え込むが、良い答えが浮かんだのか気負った様子もなく口を開いた。

「でしたら、祈り子様にはビサイドのブリッツ選手と一緒に、先に連絡線へ行って待っていてもらいます。よろしいでしょうか?」
『うん、それで良いさ』
「わかりました。では、オーラカの者にぬいぐるみごと預けさせていただきます。……それよりも、さっきの攻撃、本当に大丈夫ですか?」

 気にかけてくれるのか。優しいなルールー。

『ん、大丈夫だ』
「そうですか」

 俺はルールーの思いやりに感謝しつつ、オーラカの選手によって連絡線へ向かった。



 オーラカの選手に預けられ連絡線ウイノ号へ運ばれたんだが、暇だ。
 ちなみに運んだのはジャッシュ。
 他の者は俺の存在に気味悪がったが、ジャッシュはそういう素振りを見せず、自分から進んで俺を運ぶと言った。
 リキ号ではかぶりつきだったもんな。耐性でも付いたのだろうか?
 どうでもいいんだけどさ。俺自分で動けたんだけど。

 このままオーラカの練習風景を見ているのも吝かではないが、新しく得た力の確認もしたいなぁ。
 だが祈り子な手前、フラフラするわけにもいかないし……
 大人しくしていないと後でルールーにチクられるだろうしな。 
 ここは我慢だ。

 それにしても、幻光虫を取り込むことによって、力を行使する知識が開示されるのは一体何なんだろう。
 こんなところだけゲームらしいのは納得いかん。
 
 引っ掛かりも知識を得る度なくなって行くのだろうが、まだまだ多い。
 そして、やはりなにか重大なことが抜けている気がする……

 それがどんなモノなのか、いつかわかるモノなのかもわからない。
 とにかく情報が足りないことは確か。
 今は地道に力を蓄えていく他ないだろう。

 なんとなく考えることが億劫になった俺は、練習するオーラカの選手達をただボケボケと鑑賞していた。



[3332] 螺旋の中で 2-4
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:22
 キーリカ寺院の控えの間。
 薄暗い部屋を申し訳程度に照らし揺らめく火のスフィア。

 ユウナはこの先にある祈り子の間で、新たな召喚獣を得るべく試練を受けている。
 キーリカの祈り子様の召喚獣は、炎を宿す魔人イフリート。

 ビサイドのヴァルファーレよりも強靭な身体を持ち、強力な物理攻撃ができる聖獣。
 そして火の属性を持っているから、相手の弱点を突くこともできる。
 ユウナがうまく使いこなすことが出来ればいいけど。

 それにしても、改めて考えてみるとやはりあの祈り子様は異常だ。
 リキ号の時よりも滑らかに敵を攻撃した姿は、やはりおぞましいモノ。
 多少攻撃を受けたようだけど、大丈夫そうだったし。問題ないでしょう。 

 悪い存在でないにしても、早く知っていることを教えてもらいたいものね。
 いずれ全て話すと言ってたけど……

 今はユウナの契約がうまくいくように祈ろう。
 ガードの私がこの場で出来ることは、それしかないのだから。

 静かにユウナが試練を終えるのを待つ最中、不意にこの控えの間へ続く試練の間から仕掛けの駆動音が聞こえた。
 まさか、ティーダがまた入って来たのかしら。

 ビサイド寺院でも彼は掟を破り、ずかずかと控えの間へ入って来た。今回は入ってくるなと強く言ったのに。
 いくらユウナからガードになるようお願いされたとはいえ、ガードになっていない彼が入ることは赦されない。

 重苦しい音を上げながら、試練の間の扉が開いた。
 その先にいるのは案の定、ティーダ。
 
「おいおいおい!」

 それにいち早く反応しティーダへ非難の目を浴びせながら歩み寄るワッカ。
 私も自然と彼を見る目をきつくしてしまう。
 彼は、私が言ったことを、理解出来なかったのかしら……

「ドナと筋肉男が無理やり、さぁ……」

 ティーダは悪びれた様子もなく言う。
 たとえそのことが本当だったとしても、なぜ大人しく昇降機のある間で待っていなかったのか。
 そして誰がその掟破りの罪を負うのか、わかっているのか。

「理由はどうあれ、罰を受けるのはユウナよ」

 責を負うのはユウナ。
 ティーダはユウナの負担をまだ増やすと言うのか。

「罰って……どんな?」
「寺院立ち入り禁止もありうる」

 唯でさえ大召喚士の娘という期待を背負っているのに。
 運が悪ければ、期待は失望に変わり、ユウナが押し潰されてしまう。

 このティーダという少年は、シンの毒気にやられて記憶が滅茶苦茶になっているというが、本当は何も知らないのではないだろうか。
 昨日ユウナが執り行った、死者の魂を異界へ送る儀式、異界送りすら知らないと言うし。

 まぁいいでしょう。この何も知らない、無知な少年とも次のルカで別れるでしょうから。
 それにしても、ワッカも無茶な提案をしてくれたわ。
 ルカにティーダの知り合いがいなかったらどうするつもりなのかしら。
 後で話す必要がありそうね。

 だけど、どうしてユウナはこの少年をガードにしようと思ったのか。
 憶測に過ぎないけれど、やはり父ブラスカ様のガードを勤めたジェクト様の息子というのに興味を持ったからかしら。
 そしてユウナは、ティーダのザナルカンドから来たと言う世迷いごとを信じている節がある。
 たしかジェクト様もザナルカンドから来たらしいと聞いたことはあるけど……
 それが関係しているのか。はたまた別の何かがあるのか。

 ある意味、ティーダはあの祈り子様よりも謎の多い存在かもしれない。
 今はもういないチャップの面影を醸し出す少年……

 別れるまでもう少しだけど、その間ティーダが問題を起こさないとも限らない。
 この先生きていく上でも、最低限くらいは教えておいた方が良いわね。

「ここから先は、召喚士だけの聖なる場所よ」
「ガードも入っちゃダメなのか?」

 それにしても、この少年は考えることを知らないのかしら。
 私達ガードがなぜここに留まっているのか見てわからないというのか。
 
「掟だ。静かにしていろ」

 ワッカは半ば諦め気味でティーダに答えている。

「この中、なにがあるんだ?」

 ティーダはこの場の雰囲気とワッカの様子を気にもせず、尚も口を開く。

「祈り子様がいらっしゃる」
「あぁ、それそれ。さっきも言ってたよな」

 ワッカも答えてはいるが、その声は低い。
 そういえばさっき、昇降機のある間で祈り子という言葉に反応していた気がする。 
 控えの間で会話をする物ではないのだけれど、本当に仕方ない。話しておきましょうか。

「シンを倒すために進んで命をささげた人たちよ。エボンの業で、生きながらにして魂を肉体から取り出されて……」
「あ?」

 やはり、何も知らない。

「祈り子像に封じられて永遠の時を生きる……祈り子様の魂は召喚士の祈りに招かれて姿を現す。それが……召喚獣よ」
「この部屋の中に?」
「そうよ」

 ここまで話せばもういいでしょう。でもこれはエボンの基本的な教え。
 この分だと、これからこの少年は苦労するでしょうね。

「でもさ、あのビサイドの遺跡の祈り子はなんなんだ?」
「あの祈り子様は……」

 私自身、あの祈り子様については良くわからない。
 それに言い伝えはビサイドでワッカから聞いた筈。
 いくら話をした私でも、言い伝えでしかあの祈り子様を知らないに等しい。

「それは俺も気になってた。さっきも話してたけど一体どういう祈り子様なんだ?」

 ワッカが会話に入ってきた。
 気になるのはわかる。でも私もそれは同じ。
 
「私もよくわからない。でも、祈り子様はいずれ全て話すと言っていたわ。そしてシンを倒すのに協力してくれるとも」
「本当か!」
「静かにしなさい」

 ワッカが喜びたくなるのはわかるけれど、もう少し警戒心を持ったほうがいいのではないか。
 ……無駄ね。ワッカにそんなのを期待しても。
 本当、いつまでも子供なんだから。

「でも変わってるよな。召喚されなくても戦える祈り子様なんて」
「詳しくは私も知らないけど、それがあの祈り子様の力なのでしょう」
「そうか、流石気高き祈り子様だ」

 少しは、疑うと言うことを知ってもらいたいわね。

 それきり会話は終わると思ったが、ティーダが再び口を開いた。

「ユウナは中でなにをしてるんだ?」
「必死で祈ってるんだ。シンを倒す力を貸してくれってな」

 あの祈り子様のことを聞いて少しだけ機嫌を良くしたワッカがティーダに答える。
 
 シンを倒す力。召喚獣の力は確かに強力だけどユウナに大きな負担を掛ける。
 けれど召喚の負荷に耐えられる強靭な精神力を得なければ、その更に高みにある究極召喚に耐えられない。

 究極召喚に耐えうる力をつけるために各地にある寺院へ赴き、祈り子様の試練を受ける。
 ユウナはこの先、旅の過酷さと重度の期待を背負って進んでいく。
 私達はただそれを支えることしかできない。 

「もう、静かに待ちましょう」

 その言葉でようやく控えの間に静寂が戻る。
 これ以上騒いでユウナの試練に影響が出ては目も当てられない。
 話なら連絡線に乗ってからでも出来るのだし。

 しかし、ようやく訪れた静寂は祈り子の間へ続く扉が開くことで破られた。
 どうやらうまくいったようね。

 疲れきってフラフラになりながら、覚束ない足取りでこちらに向かってくるユウナ。
 ビサイド寺院の時よりは幾分か余裕があるように思えるが今にも倒れそう。
 ユウナの体が傾ぐが、門のすぐ脇に待機していたキマリによって支えられた。

 祈り子様との交感は過酷なもの、そして戦闘での消耗も相まって酷く疲れている。
 私は、疲れ果てキマリに支えられながも笑顔をみせるユウナの下へ歩み寄った。

 ユウナの旅はまだ始まったばかり……
 でも、今は試練を終えたユウナに労いの言葉をかけましょう。

「頑張ったわね。ユウナ」






 ブリッツ選手の練習風景も見飽きてきた頃、ようやくユウナ達が寺院から戻ってきた。
 ユウナに気落ちした様子が見えないところうまくいったのだろう。イフリートか、見てみたいな。

 もう傾き始めた日の下。
 ユウナ達を乗せた連絡船ウイノ号が、ルカを目指し出航した。

 俺は……何の違和感もなくぬいぐるみごとルールーに抱えられている。

『……保護者かよ』
「何か?」
『いや、何でもない』

 ルールーあなたは俺の母親かと……
 うまくいけば、近い未来ぬいぐるみではなく赤子を抱くことになるのだが、そんなこと欠片も思っていないだろうな。

 それはそれとして、次の街ルカではどう立ち回ろうか。
 戦闘以外介入しない形で進むのがベストだと思うが、どうしようかね。

 たしか内容はユウナがアルベドに連れ去られて、助けに行って機械をぶっ壊すんだったかな。
 あとブリッツの試合とルカ強襲、アニマ召喚だったか。
 そして最高の戦力アーロンの登場。

 アーロンの目的はジェクトを倒すまでティーダとユウナを導く、ただそれだけであるように思える。
 しかし、彼は俺をどう見るだろうか。
 邪魔な存在、有益な存在……少なくとも、間違って真実をフライングして教えようものなら斬って捨てられるだろう。
 スピラの真実に関しては、やはりアーロンに丸投げするべきか。俺は黙っていた方が良いに決まっている。

 それよりも問題なのが俺の生存率だ。決定的な死を予感させる存在、シーモアとアニマ。
 アニマには絶対に近寄らない。ペインをされたら、正直助かる気がしない。一撃必殺だろう。たしか即死効果もあった気がする。
 そしてそれを使役するシーモアはもっと恐ろしい。
 シンになるとか言い出す、もう大分歪んでしまっている奴だ。俺がどうこう出来るレベルの人物ではない。
 目など付けられたらたまったもんじゃないし。物理は効かないが魔法はやばいだろう。これも一撃必殺か……
 そしてシーモアは幻光を操ることに長けた種族の血を引いていた筈だ。もしかしたら蓄えた幻光虫をぶちまけられるかもしれない。
 相性悪すぎだ。一方的な展開になること請け合いだろう。というか秒殺か。
 
 しかし、シーモアも救われない奴だ。
 グアド族と人間のハーフとして生まれたシーモアは、幼少時から迫害を受け人間の母と共にグアドから追い出された。
 更に追放された後、母と共に訪れたザナルカンドで、唯一の拠り所である母を究極召喚として失う。

 幼くしてシーモアはこの世界の真実を知り、その時から酷く歪み始めたのだろう。
 ルカでは老師として登場するが、それは自らの父である老師を殺しての成り上がり。
 彼を救うことは、出来ないだろう。もうシーモアの物語は半ば終わってしまっている。  

 ユウナが婚姻に答えれば話は違ってくるかもしれないが、それが成ることはないだろう。
 すでにティーダに惹かれ始めている。ほとんど一目惚れではなかったか。そのようになっていたと思う。
 キーリカの森でもティーダにガードになるよう頼んでいた。一緒にいるだけでも良いと。
 もう告白染みているようにも思えるが、中々ティーダも鈍感なようで逆に困惑していたな。

 ユウナを執拗なまでに欲するシーモア。
 原作では、彼は自ら求めたユウナの手で最期を迎える。
 シーモアの救いは、どこにあるのだろうか……
 
 今は……他人よりも自分、だな。 
 物語の進行上、戦闘が多々あるティーダの近くにいた方がいいのだろうが、奴はブリッツに出るしな。
 そうだ、ルールーの近くにいよう。彼女もたしか戦闘に参加していた。
 ……このまま、抱えられてればいいか。

 考え込んでいる内、空はすっかり暗くなっていた。時間が過ぎるのは早いな。
 ルールーは俺を抱えたぬいぐるみをいつの間にかデッキへ置き、腰を下ろしていた。

 対面にはワッカ。とてもしょげた顔をしている。ルールーに説教されたのか。
 確かルカにティーダの知り合いがいなかったらどうするとか、無責任だとか。そんな内容だった気がするな。
 仮にも俺がいるのにそんな話して良いのか。

『……俺は空気かよ』
「何か?」
『いや、何でもない』

 何というか、丁寧な感じの返しだがどことなく高圧的ですねルールー御姉様。

「そろそろ休みましょ。行くわよワッカ」
「……先に行っててくれ。俺はブリッツの練習する」
「そう」

 ぬいぐるみをひょいと持ち、暗いワッカに声をかけ階段を下りるルールー。
 何事もなかったかのような態度が素敵だね。

 ぬいぐるみに抱えられたまま寝床の近くに置かれた俺は、皆が寝静まった頃を見はかりコソコソと袋から抜け出した。
 新たに手に入れた力を試さなければ。

 俺は潮風と月の光の中、船尾に陣取り検証を開始するべく集中した。



[3332] 螺旋の中で 2-5
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:23
 シンのコケラから解放された幻光虫を吸収したことによって得た知識。
 今回の情報量はリキ号の時に得た量より遥かに少ない。
 あのウォータによって失くした幻光虫はそれなりの量だったらしい。
 
 それにしても減りすぎだ。
 物理は無効、魔法は常時クリティカルな気分です。
 だが基にしたヨグ=ソトースが魔法に弱いなど考えられない。
 ならば魔法に弱いと言う性質は俺が祈り子になった時、そうなるように設定しささったということなのか?

 十分に考えられる。
 帰ることばかり考え思い浮かべて、ヨグ=ソトースの特性ばかりに目がいき、戦闘のことなど何も考えていなかったのだから。
 物理攻撃を三態の恩恵で凌ぐことが出来るだけマシということなのか。

 何にせよダメだ。どうして魔法に弱いのかわからない。
 とにかく魔力的な攻撃を受けないように上手くやっていこう。
 
 本当はっきりしないことばかりだが、まぁ早速得た力の検証でもしていこうかね。

 得た特性、取り合えず言えることは……地味。
 使い方は至ってシンプル。少し離れた所の空間を少々歪ませると……
 ヨグ=ソトースの持つ力の一端であることは間違いない。
 使ってみないことにはわからないが、そこはかとなく危険な香りが致します。
 試しになんかやってみよう。
 
 何かいらない物はないか。辺りを見回すがどうにかなって良さそうな物はない。
 仕方ない、床にこびり付いている砂で試そうかね。

 ゆっくり時間をかけしゃがみ砂を右手にし、またゆっくりと立ち上がる。
 そして前方の空間を歪ませてみる。歪む速度は非常に遅くとてもじゃないが実戦で使えるような速さではない。
 右腕を挙げ、砂を慎重に歪みへ放る。

 砂は、歪みに触れた瞬間、跳んだ。

 消えたのではない。跳んだのだ……

 これは、かなり危ないんじゃないか?
 無闇に行使しようものなら、本当にアホなことになるんじゃ……
 なまじ自分がどこに跳ばしたかわからないのが更に危険を掻き立てる。

 本物なら移動に使ったり出来るんだろうが、俺は精々触れたモノをどこかへ跳ばす程度なんだろうな。
 移動に使えたりすると良いんだが、俺にそんな危険な一歩を踏み出す勇気はない。
 ヨグ=ソトースに接触を試みた魔術師やら学者を、次元の何所かにブッ跳ばすっていうのに起因してるんだろうか。
 はたまたヨグ=ソトースの崇拝者が用いる、時間と空間の限定制御能力によるモノなのか……

 危険だが、時と場を考えればかなり使える能力だ。
 咄嗟に歪ませることが出来たら魔法も防げたかもしれないが残念だな。
 だが驚異的であることに変わりはない。設置型の攻撃と解釈して、考えて使っていこう。
 能力の確認も済んだし色々練習をしようか。

 今更だが、ちゃんと皆寝てるよな。
 もし誰かに気づかれて何この異常とか騒がれたら、俺ルールーに消されそうだ。

 ということで、あたりを見回して見る。よし誰もいない。
 ついでに耳も澄ましてみる。聞こえる音はマストのはためき、波の音、夜風、足音……
 
 足音?

「い、祈り子、様」

 背後から、まるで怯えて出なくなったような擦れた声で呼びかけられる。
 ゆっくり振り返るとそこには……






 中々寝付けないな。
 皆は明日のブリッツボールの大会に備えて眠っているけど、私はさっきティーダに見せもらったジェクトシュート3号のおかげで、興奮が収まらなくて寝付けない。
 明日のブリッツの試合でも見れるかな。

 あと寝付けない理由がもう一つ。
 昔ジェクトさんが話してくれた、眠らない街ザナルカンドに想いを馳せる。
 ジェクトさんもその息子のティーダも、私たちの目指しているザナルカンドじゃないザナルカンドの住人。
 いつか、行って見て見たい。
 
 そろそろ寝ないと、明日ブリッツの大会を見るのが辛くなる。
 でも、やっぱりティーダやジェクトさん、ザナルカンドのことを考えると眠れない。
 夜風にでもあたって少し涼もう。私はこの胸の高鳴りを少しでも静めるために船内から出た。

 潮風と澄んだ海の空気が、私の気持ちを落ち着かせる。
 でも、心地良さの中、何かがざわめく気配がした。涼んで落ち着いたからわかる程度の異質さ。
 その異様な気配は船尾の方から感じ取れる。なんとなくあの祈り子様のような気がする。多分そう。
 
 こんな夜中に何をしているのかな。
 私は気になり、気配の方へ歩みを向けた。

 一歩ずつ近づく度に異質さは増して、圧迫感も強くなる。
 指先が冷たい。足に力が入りにくい。怖い。
 私は壁に隠れるようにして船尾を確認する。

 案の定、そこには祈り子様がいた。
 でもそれは戦闘の時には見たこともないカタチで、酷く気味の悪い物だった。

 無理やり形作ったかのような虹色のヒトガタ。

 祈り子様に対してとても失礼なことだとは思うけど、すごく歪に感じてしまう。
 理性なんかじゃ抑えられない本能みたいな物が私の心を大きく揺さぶる。

 ヒトガタの祈り子様はしゃがみ込み、船床に散らばる砂を手にし立ち上がって、虚空を見据えた。

 ――何もない空間が、ゆっくりと歪んだ。

 なに、あれ……
 重力魔法? そんな感じはしない。
 グラビデならもっと強力な力を持っている筈。それこそ船を壊してしまうくらいに。
 でもあれは違う。まるで、虚空に穴を開けるような、そんな感じが……

 ヒトガタは歪みに対して砂を放る。
 砂は音も立てず、とても自然にどこかへ消えた。

 その光景を見た途端、立ち眩みがした。どうしてかな、気分が悪い。
 アレが銀細工の祈り子様の力。
 あの歪みは危ないモノなのかな……

 私は祈り子様を見るのを止めて隠れる。アレは、見ちゃいけないモノ?

 ……祈り子様は本当に召喚獣?
 たしかに召喚獣は、私達人の身じゃ出来ないことを実現する。
 だけどアレはどの召喚獣にもないナニカを持っている。

 シンの本当の倒し方を知っているってだけでも相当変わってるのに。
 あの能力は、危険だと思う。戦闘のときも、他の召喚獣とは一線を駕す特性を用いていた。
 やっぱり異常に見えてしまう。魔物に近い存在なのかもしれないと考えてしまう。
 何もかもが変。そうとしか形容出来ない……

 思えば私はあの祈り子様のことを全く知らない。
 ルールーがそれとなく話していたから、私達に対して危ない存在ではないのだろうけど、本当に大丈夫なのかな。
 だけど、話さないことにはわからないよね。ティーダも悪い人じゃないって言ってたし。
 ルールーに聞いておけば、よかったな。

 丁度良い……雰囲気じゃなさそうだけど、話してみよう。
 私は少しだけ荒らんだ息を整えて祈り子様へ声をかけた。

「い、祈り子、様」

 声がうまく出せない。息苦しい。
 虹色のヒトガタはゆっくりと私のほうへ振り向いた。
 絶えず蠢く虹色の表体。焦点の定まらない極彩の目。

『ユウナか……良かったぁ』
「えっ?」

 私で良かった? どういうことなのかな。祈り子様はヒトの形から銀細工の姿に変わりつつそう返す。
 それと共に、さっきまでのざわめきと圧迫感は消え失せた。
 急に軽くなる空気に、私の緊張が解れる。

『いや、なんでもない。それで、こんな夜更けにどうしたんだ?』
「いえ、別に。ちょっと寝付けなくて、涼みに外に出たら祈り子様が……」

 それよりも、祈り子様は何をやってたんだろう。
 夜な夜な外へ出て……
 喉のつかえもなくなり、私は祈り子様に質問する。

「祈り子様こそどうして外に? それにあの姿は……」
『うっ……』

 返答に詰まっている様子。やっぱり、答えずらいこと……

『いや、召喚獣としての能力だ。まだ慣れてなくてな、練習してたんだ』

 そういえば、祈り子様は400年呼び出されたことがなかったんだよね。
 どことなく動きもぎこちなかった気がするし。しゃがみ込むだけでもかなり時間がかかっていた。
 じゃあ、あの虚空を歪めたのも召喚獣の能力なのかな。聞いてみよう。

「あの、その、歪めたヤツも召喚獣としての能力ですか?」
『やっぱり見てたか。まぁそういうことになる』
「どんな、能力なんですか?」

 危ないモノに思えてならない。でも、聞かずにはいられない。

『んー、話していいものか……まぁいいか。精々触れたものを何処かへ跳ばすと言ったところか。因みにどこへ跳んだかは俺にもわからない』
「そ、そうですか……」

 危険なんじゃ……
 どんな魔法でも空間を歪めて触れたモノを跳ばす力を持つものは無い。
 空間に影響を与える程度の力を持つ魔法はあるけれど、それとはまた異なったものだし。
 明日、ルールーに聞いてみようかな。  
  
 それにしても、この祈り子様は悪い人じゃなさそうなのはわかるけど、やっぱり変わってる。
 言葉に詰まったり困ったり、ヴァルファーレやイフリートの祈り子様よりも親しみやすい感がする。

『そういえばルールーから話は聞いたか?』

 え? ルールーはこの祈り子様とお話した?
 だからあんなに落ちいて会話してたんだね。
 
「いいえ、まったく」
『そうか、そういえばお互いしっかり自己紹介してないな。俺のことはカガヤと呼んでくれたら嬉しい。まぁ体面もあるだろうから無理にとは言わないが、よろしく頼む』
「あ、そうですね。もう知っていると思いますが私はユウナと申します。でも、やっぱり祈り子様を軽々しくお呼びするわけにはいきません。それと今まで名乗りもせず申し訳ありませんでした」

 本当、今更だよ。祈り子様に失礼だよね。
 あと、カガヤさん、ですか。少しだけ変わった名前な感じがします。

『いや、気にするなって。初日からシンに遭遇して大変だったしな。異界送りも。それと、シンを倒すのに協力しよう。ルールーには言ったがユウナには言ってなかったしな』
「えっ、あ、はい。よろしくお願いします」

 そうか、祈り子様はシンの倒し方を知っているだけじゃないんだよね。力も持ってるんだもんね。

『そんな畏まんなくていいって』

 変わっているけど、召喚獣なんだよね。でも、契約しなくても良いのかな?
 協力してくれて、いつになるかはわからないけどシンの倒し方を教えてくれるって約束してはくれたけど。

「あの、祈り子様とは契約しなくてもよろしいのでしょうか?」

 祈り子様は暫し沈黙して、唸り声を上げつつ答えた。

『俺は正規の祈り子とは違う。一応他の召喚獣みたいに戦うことは出来るけど、そんなに戦闘能力は無い』

 一呼吸置いて、とても言いにくそうに言葉を紡ぐ。

『だから、契約はしなくても良い……という訳にはいかないだろうが、俺と契約しても利点は恐らく無いだろう』
「そう、なんですか……」

 何がどうして利点がないのかわからないけど、理由があるらしい。私じゃまだ未熟だから、なのかな。

『更に言えば、契約しない方が良いのかもしれない』
「えっ……」

 しない方が良い? それはどういうことだろう。私じゃダメってことかな……

「私が、未熟、だからですか?」

 言葉が、漏れてしまう。

『いやっ、違う! ユウナの所為じゃない。問題があるのは俺の方なんだ』
「本当、ですか?」

 でも、どちらにせよ。この祈り子様とは契約することは出来ない。
 私に責任があるんじゃないってわかっても、とても残念に思う。

 思い出す。うまくいかなかったヴァルファーレの祈り子様との交感。 
 あの時の焦燥感が再来する。

『それより明日はブリッツボールを観戦するんだろ? もう寝た方が良いんじゃないか』

 祈り子様は半ば強引な形で話題を変えた。不器用だけど、気を遣ってくれてるんだよね。
 でも、祈り子様の言うとおり。
 もともと涼みに外へ出ただけなんだけど、ずいぶん時間が経っちゃったな。
 でも、まさか祈り子様がいるとは思っても見なかったし……
 
「そう、ですね」
『おう、お休み』

 予想外のことがあって驚いたけど、残念なこともあったけど、良かったと思う。
 祈り子様とお話も出来たし、ちょっと不気味だけど悪い人じゃなかった。返って気も紛れた気がするしもう大分眠たい。

 でも、一つだけ聞いてみたいことがある。
 あの時、ビサイドの神殿でティーダの祈りに答えたのはどうしてなのか。
 従召喚士で、ましてやガードですらない彼に答えたのにはどんな理由があるのか。
 もちろんこの二つはとても気になることだけど、一番気になるのは、あのザナルカンドはあるのかということ。

「最後に一つだけ良いでしょうか?」
『ん、いいよ。答えれる範囲であれば』

 根拠もなんにもないけど、この不思議な祈り子様なら何か知っているかもしれない。

「祈り子様は、眠らない街ザナルカンドを知っていますか?」
『あぁティーダが言っていたザナルカンドか』
「はい」

 やっぱり知らないのかな。
 神殿の扉が開く前ティーダと話したから、言葉自体は知ってるんだね。

『……すまないが、知らないな』
「そう……ですか」

 やっぱり、知らないのが普通なんだよね。だけど、あのザナルカンドはきっとある。

『力になれなくて、すまない』
「いえ、答えていただき、本当にありがとうございました。……では、お休みなさい」

 私は祈り子様にそう返し船内に戻り床に就く。
 変わった祈り子様だけど、シンの本当の倒し方を知るとされている祈り子様だけど、やっぱりこればかりはわからないのかな。

 静けさの中、私はまたあのザナルカンドのことを考える。このスピラのどこかに存在しているかもしれない。
 いつか行けることを夢見ながら私は眠りについた。






 危ない危ない。見られたのがユウナで、そして騒がれなくて良かった。
 しかし大分時間が経ってるな。これから能力の練習をするにしても半端になりそうだ。
 まぁいい、空間を歪める練習をしよう。今行使できる能力の中で一番使えそうだし、少しでも慣れておきたい。

 それにしても、契約の話を持ち出されたときは焦った。
 どうすれば契約できるかわからないなんて言う訳にもいかないし。だからといってユウナとは出来ないと言う訳にもいかず。
 それにもし出来たとしても、今の俺はあのヨグ=ソトースを模したモノだ。
 訳のわからない、それこそ予測不能なナニカがユウナに起こったら不味い。今回はなんとか誤魔化すことが出来たが…… 

 ザナルカンドのことは仕方ない。フライングをしないと決めた手前、おいそれと真実に繋がる事柄を明けるわけにはいかない。
 あの懇願し、泣きそうな顔はかなり堪えたが。
 ユウナは気が付かないかもしれないが、何が切欠で真実を知るかわからないのだ。もし原作よりも俺が切欠で早く気づいたならばアーロンに何かしらされるだろう。
 
 ……眠らない街ザナルカンドか。
 半日もいなかった場所だけど本当にいい思い出がないな。本編開始時に居合わせるなんて最悪だ。
 今はもう考えるのを止めて練習をしようか。いざという時使えなくては、宝の持ち腐れ以外の何物でもない。
 俺は虚空を見据えただひたすらに空間を何度も歪めた。

 ふと思う。
 ばれたのがユウナで良かったとか言ったけど、ルールーにチクられたら結局ダメじぁないか?
 あ~ぁ、過ぎたことは仕方ない。今度からは周囲の確認を小まめにしてから練習しよう。
 俺は気落ちしつつも、練習を再開した。

 明日はルカ。死なないように頑張ろう。



[3332] 螺旋の中で 3-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:23
 徐々に見えてくるルカの街並み。ビサイドやキーリカとは全く違うその外観に圧倒される。
 どことなくあのザナルカンドで見た景色とダブって見える。
 街全体は白を基調とし電光などの機械はないが、あの降り階段で見た独特な模様がチラチラと垣間見えるからか。
 
<全スピラのブリッツボールフリークが待ちかねた日がやってきました!>

 やけに声の良いアナウンサーの放送が流れてくる。ほんの少しだけ故郷を思い出す。
 思えばこの世界のブリッツ選手は、俺のいた世界で言うプロのスポーツ選手みたいなものか。
 子供の頃一度は夢見る存在、なんだろう。スピラ唯一の娯楽、ブリッツボールを引き立てる選手はヒーローか。

 目の前にはとても大きな、ガラス製の浮き球に似た建造物。
 どうしても観光気分が抜けない。だけどやはり見たことのない物を見るのは楽しい。 
 キーリカの時もそうだったが、見るもの全てが新鮮なのだ。子供ではないがこればかりは仕方ない。

<シーズンの開幕を告げるビッグトーナメント!>

 馬鹿でかい浮き球はブリッツボールの試合場。
 ザナルカンドで観戦することのできなかった試合を見たいが、イベントの進行上それが叶うことはないだろう。

<今年はエボン寺院の後援をうけて開催されます。総老師ヨー=マイカ様の在位50周年記念トーナメント>

 む、もう停泊場か。昨日考えたとおり、シーモアとアニマに注意を払いうまくやっていこう。
 速度を緩め入港するウイノ号の揺れの中、例によって例の如くルールーに保護されている俺は、思考するのを止め気を引き締めた。



 出場チームが続々と入港しアナウンサーに紹介され、港もやっと落ち着いたと思いきや再びざわめきだした。

「マイカ総老師がご到着だぞ!」
「3番ポートへ急げ!」

 忙しなく駆け出しマイカ総老師の下へ行く民を目に、やはり何も知らないようにティーダが疑問を呟く。

「マイカ総老師って?」
「マイカ総老師はエボンの民の頂点に立つお方。聖ベベル宮からご観戦にいらしたの。総老師の在位50周年記念大会だからね」
「50年!? いいかげん引退した方がいいんじゃないの~?」
「おい! 言葉を慎めよ」

 ティーダのもの言いに対し語気を荒らげ指摘するワッカ。
 なんというか、色々ままならないものである。狂信者とは言わないが、ワッカの教えに対する熱心さは筋金入りだ。
 掟によって禁忌とされているアルベドの機械を用い展開された、一年前のジョゼ海岸防衛作戦に参加し死んでしまったワッカの弟。最愛の弟の死が、ワッカを熱心な信者にした。

「私たちもお迎えに行こうよ」

 少々強引にユウナがその場の空気を払拭する。
 マイカ総老師の歓迎をすることはエボンの民の義務なのか。一行はマイカを出迎えるべく、3番ポートへ向かった。


「グアド族……だよな」
「誰かしら?」

 船から下りてくるに覚えの無い人物に、民たちがいぶかしむ。
 特徴的な頭髪と胸の大半を埋める刺青が目を引く者。グアドと人間のハーフであり、存在そのものが罪とされた悲劇の体現者。
 幼少時より召喚士としての才を持ち、今は老師にまでなったシーモアだ。

 シーモアは船から降りて向き直り、跪いてエボンの正式な形の祈りをする。
 民等も同じくエボンの祈りをする。俺を抱えるルールーも言わずもがな。
 船室から出てきたのは、エボンを束ねる者マイカ総老師。
 
「盛大なる歓迎、まこと感謝にたえぬ。立たれよ、シーモア老師」

 威厳たっぷりに言葉を発する老人。
 まさか、誰もマイカが死人だとは思うまい。たしか寺院内部でも秘匿されてなかったか。
 それで間違いないだろう。エボンを総括する者が教えに反した存在だと少しでも広まれば、マイカは今この場にいないだろうからな。

 マイカが死して尚ここに留まり続けるのは、スピラを真に案じるが故。だが、それは究極召喚に依存したものだ。
 大召喚士という生贄の下成立する束の間の平和を、永遠に続けられるように願い死にながらも生き留まる。

「皆も、顔を上げよ」
 
 救われないと思う。だけど、仕方ないことなのかもしれない。
 元凶であるエボンだって、最初はそんなに狂って無かった筈だ。永遠の繁栄を夢見て、何が悪いと言うのか。

 スピラは……エボンの願いを叶えられる力があったから、悲劇が起こったんだろう。
 その恩恵によって今存在する俺は……エボンと何ら変わりないのかな。
 欲望のために道を踏み外している自覚はある。

 それでも、エボンはやり過ぎたんだ。1000年前に起きたベベルとの戦争で勝利が不可能となり、生き残ったザナルカンドの住人全てをガガゼトで祈り子にしたのはやっぱり不味かったんだ。
 けれどそれを拒まず、今も最盛期のザナルカンドを夢見続けている祈り子達にも問題がある。

 永遠の楽園に存在するか、跡形も無く消滅するか。
 そう聞かれれば、当然前者を選ぶだろう。祈り子になったザナルカンドの住人も人間なんだ。
 死にたくない、消えたくないは皆同じ。
 ティーダとユウナ、そしてアーロンが運命に立ち向かうことで、やっと1000年も座したままだった重すぎる腰を上げるんだ。

「この青年は、先頃異界の住人となったジスカル=グアド老師の遺児である」

 マイカに紹介され優雅にお辞儀をするシーモア。
 ぱっと見、中々の好青年に思えるが頭の中では何を考えているのか。

「すでに知る者も多いが、こたび正式にエボンの老師となった」
「恐れ多くも老師の位を授かりました。シーモア=グアドと申します」

 静かに、だがよく響く豊かな声をもって発せられる言葉。

「生前、父ジスカルはヒトとグアドの友好をなによりも望んでおりました。志半ばで倒れた父の理想を実現すべく、身命を賭して職務に励む所存に御座います」

 その言葉に感銘を受けシーモアに向かってエボンの祈りをする民。
 そんなこと、ほんの少しも思っていないのによく口が回る。だが、カリスマと言うヤツか。
 その溢れ出る高貴さを武器に皆の心を掴んでいく。
 しかしその中で、俺ともう一人例外がいる。

「ほら、お前も祈っとけ!」

 聞こえるは、ワッカのどやす声とそれに対する嫌そうな唸り声。
 唸り声の主は、もう一人の例外のティーダ。最後には皆を残して消えてしまうスピラの夢。
 一時的にでもいなくなってしまうのは辛いな。けれど原作の流れを踏破しユウナとしっかり結ばれたなら、何も気にすることはないだろう。10-2で祈り子とユウナの想いによって復活するし。

 マイカ等が解散し始める中、不意にシーモアがユウナをまるで品定めでもするかのような視線で見つめた。
 あぁ、野望を果たすための計画に利用できるかどうか見ているんだったか。自分に向けられている訳ではないが気分の良いものではない。
 ユウナはキョトンとして視線の意味を捉えていない様子。このスピラの常識じゃ老師は尊敬すべき存在で、ユウナはまだエボンの教えの中だ。脱却するまでシーモアの真意に気づくことは無いだろう。

 シーモアはそのままマイカの後を追い立ち去るかと思いきや、再びこちらへ向きルールーを見た。
 
 いや、違う……ルールーを見てるんじゃない。

 俺、だ……

 シーモアは、鋭い視線を俺の方へ向け、しかし直ぐに逸らし、去って行った。

 あいつは、気づいたのか!? だとしたら、どこまでわかってるんだ!?
 ただ、視線を向けただけか? ……あの視線は理由無く向けられた物じゃない。
 これは、本格的に不味い。
 大体よく考えてみろ。今の俺は普通では考えられないほどの幻光虫を蓄えている。そんな存在を疑問に思わない筈が無い。
 更に言えばシーモアは幻光に関してその道のプロフェッショナル。気付かない訳が無い。

 今はまだ、俺がどういう存在かまではわかってないかも知れないが、時間の問題と考えた方がいいだろう。
 待てよ。わかってしまったらお終いじゃないないか? シーモアの野望はシンとなりスピラを滅ぼすという物だ。
 そして俺は言い伝えでシンの本当の倒し方を知るとされている祈り子。
 そんな存在を、自分の野望の障害になり得る可能性がある存在を、奴は放っておくか? 

 否、だ。間違いなく消される……

 さっきまではまだ注意してれば良いなんて甘い考えを持っていたが、そうも行かない。
 笑えない。上手くやるどころか、目論み事態が早々に瓦解した。
 クソッ……せっかく祈り子になって可能性が見えたというのに、旅の序盤で大きな問題が出来た。
 しかもそれは終盤まで引きずり解決できない問題。どうすれば良い、どうすれば回避できる。

「気合い入るよなぁ! うっし! 試合前のミーティングだ。行くぞ!」

 啖呵を切るワッカの声を気にする余裕がない。対策を考えなければ。
 気を逸らすことは間違いなく不可能。ならばこちらから存在を明かし牽制するか? そうすれば表立って俺を消すことは出来なくなるだろう。
 しかしそれが効果を成すのは中盤までだ。マカラーニャへ着いた頃には、いつ消されてもおかしくない状態になってしまうだろう。
 ユウナがエボンに反逆すれば、もう完全に対立するし。なんて大きな障害だ。

 まったく、エボン寺院も余計なことしてくれたよな。ここまで動きにくくなるとは思いもしなかった。
 いや自業自得なのか?
 とにかく先が見えない。シンを倒すどころか、シーモアを倒すことが出来るかもわからない。
 
 他にもユウナレスカという厄介極まる存在もいる。敵が多すぎるんだ。問題が多すぎるんだ……
 もうすぐユウナのガードになるアーロンに、おんぶに抱っこではまかり通るものではない。
 現に10年前ではあるが、アーロンはユウナレスカに殺されている。
 アーロンは強いが、一人でどうにかなる敵ではない。そしてただ倒すだけじゃなく、ユウナ達が力を合わせ誰一人死ぬことなくあの化け物を倒さなきゃならないんだ。
 
 一歩一歩確実に進まないといけないのに、強大なまだ見ぬ存在に目を奪われまともな思考が出来ない。
 ゲームだけど、よくユウナ達はシンを倒せたよな。本当に、まるっきり、奇跡だろ……いや、ゲームだから倒せたのか?

 自分もユウナ達も死なないように、すべての障害を取り除くことが出来るのだろうか。
 やはり本筋を辿るようにではなく、危険だが改変し状況を有利に持っていく力が必要?
 だが、そんな都合のいい力など考え付かない。

「聞いて! カフェでアーロンさんを見たって人がいたの」
「アーロン!?」

 あれこれテンパッている内に、大分イベントが進行したらしい。

「そう、アーロンさん! 会いに行こう!」

 いつの間にオーラカの選手控え室にまで場面が移っていた。俺は変わらずルールーに抱えられているっぽいな。
 このまま何もせず、戦闘になるまで黙っていよう。そうすればなるようになる。

「おい、おいおいおいおい! シアイカイシはスグダッ」

 暗い気持ちがワッカの情けない声で少しだけ紛れる。悪いとは思うが心が軽くなった気がした。

「は、早く戻ってきてくれよ?」
「まかせとけよ」

 本当に少しだけ、だが。
 そういえば、俺の力は機械相手に役立つのだろうか? 効果がない気がしてならない。
 これは……役に立てないかもしれん。出来ることと言えば助言くらいか。

 まだ本編に介入して何日も経っていないのに、心労が半端じゃないな……



[3332] 螺旋の中で 3-2
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:24
 アーロンに会うためカフェへ行ったユウナとティーダ、そしてキマリ。
 言い方が悪いが、予定通りユウナがアルベド族にさらわれた。実際見たわけではないが、カフェでキマリが昔馴染みともめている内に、なんだろう。
 今はこうして、ユウナが囚われたと見えるアルベド族の船へ向かっている。

 これまた予定通り、道すがらティーダ達の行く手を阻むべく襲い掛かる、アルベドの機械。
 俺は、やはり役に立たなかった。何も、これっぽっちも、塵芥ほどにも役に立たなかったのだ。無機物に干渉できないのはわかりきっていたが、寂しいものである。
 打撃攻撃が出来れば話は違ったのだろうが、変化も行動もままならないこの身でそれは不可能。
 
 相手は機械だから液体に変化し接触すれば壊せるかと思ったが、しかしそれは出来なかった。世の中そんなに甘くないと言うことなのか。
 助言くらいはと思い立ち口を出そうと試みたが、物知りなルールーは当然そんなの必要とする筈もなく、機械をサンダーで次々とスクラップにしていった。
 俺、いなくても大丈夫……

 もう大分進みアルベド族の船が見える所まで来た頃、ティーダはブリッツの試合を映し出すスクリーンを見て口を開いた。

「おし! 頑張ってんな」

 何かもう色々ダメっぽい雰囲気を醸し出しているが、スクリーンに映し出されているワッカの目は、諦めていない様に見える。

「あまり長続きしないわ。ワッカはいつもそう」

 本当に毒舌ですね。
 ユウナを返して欲しくば勝利を譲れという条件の中、アルベドの猛攻を耐え凌ぐワッカは大した奴だ。
 しかし23連敗という快挙を持つオーラカに、そんな取引を持ち出すのはおかしな話である。弱小チームを強敵として見ることなどありえない。いや、場合によっては優勝する程の能力を秘めてはいるんだが。

 アルベド族の真意は、召喚士の旅を止めさせ保護することにある。
 このスピラを憂い、召喚士の宿命に異を唱え、強大なエボン教に反する者シド。彼の指揮の下、アルベドは持ち得る力を使い計画を遂行している。

「キツイッスね~」
「行くわよ」

 オーラカの戦況確認を終え、一直線にアルベドの船へ向かう。
 人質に取られているユウナが、傷つかない対称だからこそ行える強引な手段だ。ハラハラするな。

「乗り込むわよ」

 こちらに気付き出航するアルベドの船へ飛び乗り、ユウナがいないか確認。
 流石に見えるところに置いてはいない。俺は場所も知ってるし、大型の機械に襲われることもわかっているが、当然それを明かすことは出来ない。
 ただでさえ怪しくおかしい存在と見られているのに、未来のことも知ってるとなれば輪をかけて疑われる。
 真実を知り先を知っていても何一つ活かすことが出来ない現状、このまま流れに身を任せなあなあに進むしかないのか。

 突如鳴り響く機械の駆動音とともに、船室手前の床が開き大型の機械が出て来た。
 ズングリムックリとした不恰好なそれは、アルベドが造り出したブリッツ選手養成マシーン。中央にボールを打ち出す機構であろう溝が付いた円柱状の装置が、二本見受けられる。 

「このクレーン、使えっかも!」

 備え付けられているクレーンを使用することによって大ダメージ与えられる。それに気が付いたティーダはクレーンへ向かう。
 しかし、完全にバッテリーが切れていて動かないとわかり、どうにかならないかとルールーへ意見を求めている。
 実は抜けているようで、ティーダはそれなりに機転が利く。ブリッツのエースに登りつめる過程で、状況判断能力も身に付いたということなのか。ゲームでは何気なくコマンド操作していたが、それを現実で見ると別物だな。

「魔法を使って充電するわ。キマリは相手の牽制を」

 ルールーの指示に無言で頷き、気を引くべく機械へ向かうキマリ。流石にあの外装の前には槍も効果を成さないのか、攻撃はしない。
 自慢の身体能力を用い、絶え間なく打ち出される豪速のブリッツボールを回避、或いは槍でいなしやり過ごす。

「ティーダ、クレーンから離れなさい!」

 ティーダが退避した後、放たれるサンダーで充電されるバッテリー。しかしクレーンは作動せず。
 まだ足りないのかと険しい表情を浮かべ、再度詠唱を開始するルールー。そして尚も回避に専念するキマリ。いくら歴戦の戦士といえども、あの近距離で休み無く放たれるボールをいつまでも凌ぐことは難しいだろう。

 俺はこのまま、ただ抱えられているだけでいいのか? 今の状況を見る限り、俺が何もしなくてもことは解決するだろう。
 しかし、どうにかしてルールー達の負担を減らしたい。

 本当に何も出来ないのか?

 いや、出来ることがあった。さっきのシーモアのことがあって、すっかり忘れていた。
 ……違う。考えられなかった、だな。
 相手はその場から動かずただボールを放つだけの機械。そしてボールを打ち出す箇所は十箇所。 

 見据えるはボールを打ち出し高速で回転する二本の円柱の間、十個のボール射出口。
 こうもうまく役立つ機会が来るとは予想だにしなかった。発動に時間がかかるにしても、今は大体の安全が約束されている。

 更に、昨日練習していて気付いたことが一つ。
 あまり範囲は拡げられないものの、歪みはある程度の範囲指定が出来る。

 俺はゆっくりと、暗く影が射しボール射出口がギリギリ見える所の空間を、縦長に歪めた。

 あらゆる物を接触した瞬間何処かへ跳ばすその歪みは、絶え間なく放たれるボールを二本の円柱で打ち出される前に、暗がりの中消し去るように跳ばし続ける。
 ボールによる猛攻が収まり手持ち無沙汰になるキマリを見て、まぁまぁ役立つことが出来たとちょっとだけ悦に浸る。 

「玉切れ? それとも故障っスか?」
「……さぁ……とにかく、チャンスよ」

 あぁ、役に立てたのに、このなんとも言えない気持ちは何だろう。
 それはいいとして。何度目かによるサンダーで、バッテリーの切れたクレーンが作動した。 

「まかせろっ!」

 充電が完了しエンジンのかかったクレーンを、ティーダが操作しアルベドの機械へ攻撃。
 ご都合主義だが原作通り進む。このまま何事もなく、シンを倒すところまで進んでくれたらどれだけ救われるか。
 だがあの時感じたシーモアの視線や、俺という存在そのものが与えたスピラの民への影響。そしてまだ見ぬアーロンやユウナレスカの反応。アーロンはまだどうにかなるかもしれないが、ユウナレスカは問答無用で俺を殺しにかかるだろう。

 しかし何よりも重要視しなければならないのは、やはりエボン寺院かもしれない。400年前何があったのかわからないのがな……
 過去のことはスピラの真実を知るアーロンに聞けば何かわかるかもしれないが、その聞くということでさえも危険な可能性がある。
 いきなり消されることは無いだろうが、この先確実に相見える豪傑に対し、俺は上手くことを進められるだろうか。 

 クレーンによって大破し機能を止め爆発する機械を見つつ一息つき、ユウナを捜索しようとする一行。
 だが、船室の扉がいきなり開いた。その中から現れるのは、人質に取られていた筈のユウナ……
 なんというか、骨折り損のくたびれもうけではないが遣る瀬無い。ケロッとした顔のユウナに頭を抱えるルールーを視界に収め、無事救出を出来たことにホッとする。
 
「痛めつけてやった?」
「ちょっとだけ」

 ちょっとだけ、などで済まない気がしないでもない。
 ユウナにぶちのめされデッキに伸びている、見張っていたのだろうアルベド族が哀れだ。 
 なかなか痛そうな装飾が成された杖を見ながらそう思う。あの杖でやられたんだろう……南無。
 人質にボコられるなんて、思いもしなかっただろうな。 

「どうしたの?」

 どこか物悲しげな面持ちでデッキを見回すティーダへユウナが心配し問う。

「俺、スピラに来てすぐにアルベド族に助けてもらったんだ。船に乗せてもらって飯も食わせてもらったし。そん時の船かなって思ったけど……違うみたいだ。皆やられちまったのかな……」

 俺もそれに関しては心配でならない。サバイバリティー溢れるアルベド族のリュックが仲間ならないと、武具の改造やアイテムの調合をする能力が手に入らない。そして何よりも場の空気を良くする天性の才能を失うのは惜しい。過酷な旅の中、彼女はティーダやユウナの心強い支えになる。

「何かあったの?」
「船の近くにシンが出たんだ。俺は助かったけど船は、どうなったかわからない」

 リュック達が無事に生還していて、仲間になることを切に願う。

「あのさ……その船にシドって人、いなかった?」
「わっかんないなあ……言葉も通じなかったしさ」

 シドは確かその船には乗っていなかった筈だ。恐らく彼等の拠点であるビーカネルのアルベドホームにいたと思われる。
 そういえば、どうやってユウナ達はビーカネルへ行ったんだったか。少し考えて、これは不味いと思い至る。
 ユウナ達はマカラーニャでシンに襲われ、ビーカネルに流れ着いたのではなかったか? 地図を覚えているわけではないが、ビーカネルは離島だったと記憶している。
 
 いや、もっとよく考えろ。海を経て皆一緒に流れ着くことは不可能だ。いくら何でもご都合主義にもほどがある。
 シンに襲われたのではなく、取り込まれたのか? ティーダが夢のザナルカンドからスピラへ来たときと同じように、ジェクトの意志が関係しているのだろうか。原作を所々忘れてしまっているのが痛い。

「その人、知り合い?」
「伯父さんなの、会ったことはないけど……」

 まぁ今は心配で仕方ないだろう。しかし無事だと伝えることはもちろんダメだ。 

「ふーん。あれ? ……ってことは、ユウナもアルベド族?」
「お母さんがね、そうなの。シドさんは、お母さんのお兄さん。お母さんが結婚するときに縁を切ったんだって。でも、困った時には相談しなさいってお母さんが……」

 現状では相談しに行きようものなら、二度と旅には出してもらえないだろうがな。

「そりゃ心配だよなあ……」 
「ユウナの生まれのことは、ワッカには言わないで。あの人、アルベド族ってだけで毛嫌いしてるから」

 ワッカがアルベド族を真に理解するのは、旅も終盤になる頃だ。
 そしてアルベドを理解すると言うことは、スピラの真実に触れるのと同義である。

「あっ! ワッカに知らせなくちゃ!」
「ワッカには内緒にって言ったじゃない!」
「そっちじゃないよ! 試合!!」

 まぁ結局のところ、スピラを想うユウナが旅を続ける限り、彼等は決して折れないだろう。

「あ!?」

 さっきまでの暗い空気はすでに霧散し、コントのような掛け合いをする一行。
 慌てて上空にブリザドを放ち弾けさせ、試合中のワッカへユウナを救出したと知らせる合図を出すルールー。
 しかし、珍しい物が見れた。ドジッ娘なルールーを拝めるのは後にも先にも今回しかないだろう。
 注意して見ないとわからないほどだが、頬が赤らんでいる。うん、本当にいいものが見れました。

「……どうかしましたか? 祈り子様」
『ん、何か?』
「いえ、何でもありません」

 怖い。だが、一勝二敗か。……心底どうでもいい。

 次は仕組まれた魔物強襲とアニマ召喚、そしてアーロン。






 あの面妖な人形が抱えた、小さな袋の中身。
 少しだけ袋の口から垣間見えた、あの銀色から感じとれた幻光の密度は異常だ。
 更にあれから微かに漏れだす神気からすると、ただの代物ではないと考えられる。
 人間の彼女等には、あの存在が内包するナニカを正しく測ることは不可能なのだろう。
 故に、隠された毒々しさに気が付かない。

 一体何なのかはわからないが、あれからは意志も感じ取れた。
 だが、私の願いの邪魔になるほど大きな存在とは思えない。
 障害にすら成り得ないだろう存在だ。もし出張るようなら、片手間程度に屠れば良い。
 
 そういえば、最近良くない噂を耳にした。ほんの数日前から囁かれだしたものだ。
 ビサイドの気高き祈り子の神殿が、何者かによって開け放たれたと。
 それが事実であるならば、私の願いにとって邪魔な存在が出来たということになる。

 ……あの袋の中身が、それなのか。
 アレの所持者であろう魔道士が護る召喚士、ブラスカの息女がビサイドから旅立ったのも数日前。

 時期が重なる。
 シンの完全消滅を諭すとされる祈り子が、その娘によって呼び起こされた?

 あの袋の中身を祈り子と仮定し、伝承を基に推測する。
 何らかの形態を取り神殿から離れ、たった一人の召喚士に付き従うのは、まともに闘う力が無く言うなればシンの完全消滅を諭すだけの存在だからではないのか。
 もしかすると、アレは通常の召喚獣という枠組みから外れることによって、完全消滅の法を得たのだろうか。
 何にせよ、そうそう何度もやり直しが利くものでないのは明白だ。

 そしてもう一つ、これは重要だ。
 400年もの間沈黙していた、秘伝を持つとされる気位が高い祈り子が認めし娘は、シンを倒し得る可能性を秘めているということだ。
 如何様な方法かは考え及ばぬが、シンに対抗するのだ。究極召喚を使役し得る程度の胆力は必要だろう。

 決め付けるには早計だが、決して無視できる事柄ではない。
 排除すべき敵が出現したが、それ以上に収穫が大きい。大召喚士の息女ということもあり、目を付けていたそれが正しいと言うことの証明。
 ……考えすぎだろうか。

「シーモア様、そろそろ頃合では」

 決勝戦が終わったか。ほぅ、弱小チームが優勝とは中々な展開ではないか。この後遂行される計画の良い余興だ。
 副官のグアド族の声を聞き、指示を出す。

「……始めなさい」

 スピラ中の民が集うこの時この場所では、相応の結果を出すことが出来るだろう計画。
 それは老師になって間もない私の、脆弱な権力基盤を固める為に行うものだ。 
 品定めと謀略の為だけに来た心算ではあったが、身のある一日になった。

 もっとも伝承そのものに偽りがあれば、これまでの考えは殆ど無駄になってしまうのだが。
 しかしまぁ、地位を手に入れた今、確認することは容易い。行く行くは気高き祈り子を排除し、ブラスカの息女を手中に収めることになるだろう。
 その内ベベルへ赴き、気高き祈り子について探ってみるか。聖ベベル宮ならば資料の一つや二つ当然あるだろう。
 それと、近い内ユウナ殿に接触する必要があるな。

 ……いっそうこの場で祈り子を排除するか?
 いや、あれがそうだと確認した訳でもないのだし、排除できる機会もまだまだある。それに、ユウナ殿に何らかの被害が出てしまった場合、ことが面倒になる。今回は静観するか。直接姿を現せば話は別だが……

 私の指示に応え、共に来たグアド族が次々と魔物を生み出していく。後はこの作られた魔物強襲を、私が治めることで完遂される。用意された特別席から腰を上げ、逃げ惑い泣き叫ぶ観客を見つつ、詠唱を開始した。 

 詠唱を終えると、天から禍々しき碇が降り深き混沌へ突き刺さる。そして引き摺り出されるは、鎖によって幾重にも拘束された醜い姿の召喚獣アニマ。召喚獣は、己を召喚する者の魂を反映する。
 
 あの日味わった、全ての希望を失う喪失感と、無比の絶望を忘れない。

 私は、悲劇の螺旋を断ち、人々を解放するのだ……



[3332] 螺旋の中で 3-3
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:25
 ユウナ救出後、俺達はアルベドサイクスに辛勝したオーラカの控え室へ急いで向かった。
 猛攻を耐え抜き、ボロボロになったワッカは次の決勝戦には出れないと、ティーダへ後を託したのだが……
 結果的には、あれ程の男気を見せたワッカに感化された観客が猛烈なワッカコールをして、傷だらけの身体を引き摺りながらも決勝へ出場。

 念願というほどではないがやっと観戦できたブリッツは、残念ながら余裕の無い心情じゃ楽しむことなど出来なかった。
 内容も、ほとんど覚えていない。

 その後オーラカが常勝ルカを下し興奮も頂点に達したその時、スタジアムの中に魔物が出現。
 シーモアの自作自演が始まり、混乱の極みに陥るスタジアムを尻目に、俺はやはりどうすることも出来なかった。

 試合終了後息つく間もなく、球状の水中試合場に現れた魔物に襲われたティーダとワッカは、何とかそれを退けアーロンと合流。彼等はこちらと合流しようと向かってきているが、魔物によって足止めされ中々動けないでいる。

 そして今俺達は、目の前で繰り広げられている光景に動揺し動けない。
 シーモアの究極召喚、今はその用途で喚ばれた訳ではないが、高密度の幻光で編まれた圧倒的すぎる存在感に目を奪われてる。

 ただ強い存在なら畏敬の念を持つだけで、ここまで固まらなかっただろう。
 あれは、異常なのだ。出で立ちはもちろん、攻撃方法もどうかしている。自らを痛めつけて攻撃など、狂気の沙汰だ。
 今もなお攻撃……左目から血を飛沫かせながら、立て続けにペインを放っている。

 アニマが苦しげにペインを放ち続け、魔物が殲滅され事が収束。
 知っているのと、体験するのとは全く別物だとわかっているつもりだ。シンを見た時の恐怖を、忘れたわけでもない。
 だが俺はこの惨事の中、満足げに天を仰ぐシーモアを、純粋に恐ろしいと思った。



 魔物が大量に現れたというのに、その被害は奇跡と言っていいほど少ないルカの街。
 皆はシーモアの迅速な対応によって、事なきを得たように思っているんだろうが……
 
「もういいの?」

 ワッカはオーラカのメンバーに別れを告げ、ミヘン街道に続く広場へやって来た。

「ああいうの弱いからな、俺」

 皆疲れながらも安心しゆとりを持った感じだが、俺はまだ緊張が解れない。流石にアニマ召喚時のように竦んで動けないほど固まっているわけではないが、無理もないよな。もうすぐ、アーロンが来るのだから。

「待たせたな、ユウナ。モヤモヤにケリつけてきた。これからはユウナのガード一筋だ」

 ブリッツを引退して、ガードに専念か。過酷な旅の中、最も死亡率が高いのはやはりガードだろう。

「じゃあ、ワッカさん。改めて……よろしくお願いします」
「こちらこそ、何とぞよろしくお願いいたします、と」

 召喚士を命に代えても護るのが務め。軽いノリだが本当はもっと悲壮感が漂うものだと思う。
 しかし、ワッカがユウナに向けている男臭い笑みは、そんなものを少しも感じさせない。

「んで、あの魔物ども、なんだったのかわかったか?」

 まぁ、今はそれどころじゃないか。今問題なのは、アーロンが俺に対してどのように接してくるのかだ。
 特に何もない、ということはありえないだろう。アーロンは昔、パキパキにお堅いエボンの僧兵だった筈だ。スピラを知らずわが道を行くジェクトを、冷ややかな目で見ていたこともあるのだ。

 それはともかく、俺に対して良い印象を持っているということは無いだろう。どう考えても、何故今まで目覚めなかったとか、今頃出て来てなんのつもりだって思われる気がしてならない。伝承を信じてしまっていたなら、そう迫られても何も言えないのだけれど。
 
 だが、迫られるだけならまだ良い方だ。逆に、全てを知っていたとしたら……
 どうなるかわからない。

 この問題は、この後来るアーロンの俺に対する反応を見て対処するしかない。
 
「全然。魔物がどこから入り込んだのか不明。シーモア老師の活躍でマイカ総老師は御無事。情報はそれぐらいね」

 スピラの真実をほとんど知っているアーロンのことだ。
 俺がどういう存在か、もう知られてしまっているとして対応をしよう。

「祈り子様は、何かわかりませんか?」
『ん?』

 突然ルールーに話を振られる。全く会話を聞いていなかった俺は、間抜けな声色で返してしまった。
 なんだったっけ。

「魔物が、どこから入り込んだのか」

 シーモアがやったのだと言える訳が無い。はぐらかそう。
 知らないとでも言えば、疑われないだろうか。

『すまないが、俺にもわからない』
「……そうですか」

 会話もひと段落、この場に静けさが満ちる。
 この短時間で色々あったんだ、皆疲れているしな。だが、沈黙に包まれているのは疲れているからだけじゃない。
 ティーダがここに、いないのだ。

 あの騒ぎの後、合流したのはワッカだけ。
 ティーダはアーロンに呼び出されて、停泊場でシンの正体を聞かされているんだろう。
 しかし、いつの間に連れ去られたのか。

 あまり良いとは言えない雰囲気の中、ワッカが言いづらそうに口を開いた。

「アイツ、ここに残るのかな?」
「アーロンさんと知り合いなんでしょ? たしかに、知り合いと会えたわね」

 相変わらずキツイ言葉で返すルールーも、どことなく暗い面持ちだ。

「でも……ザナルカンドに帰れるのかな」

 帰るか。俺は帰れるんだろうか……
 実際のところ、本当に漠然とだが、帰る方法はわかっている……気がするのだ。しかし、それはどうすれば明確になるのかわからない。
 やはり幻光を蓄えていけば、開示されていくのだろうか。

 仮にエボン=ジュを問題なく倒せたとして、その先に答えがあるのかね。
 そして、もしシン撃破前に帰還方法がわかったとして、エボン=ジュの召喚獣に乗り移る特性はどう対処すればいいのか。乗っ取られたら、帰還も何もあったもんじゃない。

 ……今は、深く考えるのを止めよう。まだ流れ込んでいない知識が沢山あるんだし。
 せめてもう少し情報が整ってから、考えていこうか。対処法と結論を急いて出したところで、予測の範囲を超えない以上なんの解決にもならないしな。

 それに、もしもではあるが、帰れないという結論にたどり着いてしまったら……恐らく、俺は足掻くことすらせず、どうしようもなく腑抜け、帰還を諦めるだろう。
 唯一得られた希望なんだ。焦って冷静さを無くして潰したくない。

 しかし、力を持つようになってからずっと引き摺っている、この引っ掛かり……
 
「どっちにしても、寂しくなるな」
「まだ街にいるよね。私、挨拶してこようかな」

 ん、そろそろアーロンが来そうだな。 
 緊張してきた。人間の体だったなら、ガタガタ振るえて変な汗を噴出し、さぞ情けない状態になっているだろう。
 しかし悲しいかな。今の俺はそんな上等な物でもなければ、人体機能のほぼ全てを失っている。
 俺の気が持つかどうかだな。今更ではあるが、取り合えず何よりも早く行わなければならないことがある。

 それは、腹を括ることだ。

「あっ!」
「おお!」

 皆が驚き声をあげた先にいるのは、鮮やかな朱色の着物のような衣を纏い、額から右目を通り頬まで少し斜めにある傷の跡が残る顔、そしてサングラスをかけたのが特徴的な壮年の男。
 如何にも豪傑然とした雰囲気に、ガードの二人は萎縮し固まっている。キマリは、そうでもないようだ。10年前既に会っているからか、はたまた元々動じないような性質なのか。……後者だな。

「アーロンさんも?」

 ユウナがアーロンを見て、心底驚いたように言葉を漏らす。
 アーロンの背後には、随分とヘコんだティーダがいる。親父がシンと言われたのだ。そうなるのも当然だろう。
 しかし、それでもこの後ユウナに慰められて持ち直すだろうから、心配要らないか。

「ユウナ」
「はいっ!」

 よく響く、渋い声でユウナに呼びかけるアーロン。

「今この時より、お前のガードを務めたい」

 ついに、この時が来た。

「えっ?」
「マジですか!?」

 正直に言ってしまえば、逃げ出したい。

「不都合か」
「いいえ! ね! みんないいよね?」

 アーロンが俺の正体を知っているとして、それを安易に暴露するとは思えないが……どうなるだろうか。

「当たり前っす! 文句なんかあるわけないっす!」
「でも、なぜですか?」

 自分で蒔いた種だとしても、まさかここまで大きな負担になるとは思わなかったな。 
 
「ブラスカとの約束だ」
「父が……そんなことを……ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 ……成り行きに身を任せよう。

「それから……コイツを連れて行く」
「……ども。よろしく」
「こっちは、ジェクトとの約束だ」

 ティーダは、頑張ってるんだな。泣き喚いてはいるけれど、それでも立派になっていく。
 言動は子供臭いが、本当、立派だよ。

「ジェクトさんは、お元気なんですか?」

 俺も泣き喚きたいけど、ティーダみたいに巻き込まれた訳じゃない。
 シノに迷惑を掛けてまで、自分で選んだ道なんだ。そんなのは赦されない。

「知らん。10年前に別れたきりだからな」
「そう……ですか」

 赦されないんだ。

「その内会えるさ」
「はいっ! 楽しみにしてます」

 ユウナ達の会話が途切れ、空気が途端に張り詰めた。
 重くなった空気の中、そんなのを全く気にしたような素振りを見せず、アーロンが口を開く。

「気高き祈り子と、話がしたい」

 緊張などとは無縁なその声が、俺に重く圧し掛かる。
 断ることなんて、出来やしない。

 アーロンは、俺を取るに足らない物であるかのような目つきで見ている。
 出来るだけ平静を保ち、潔く返答しよう。そしていっそ開き直って、偉そうに堂々としていようじゃないか。

『そうか。じゃあ、話そうか』

 俺はアーロンに手渡された。
 アーロンは皆から少し離れ、俺に話しかける。
 皆に聞かれて不味いということは、そういうことなんだろうな。

「お前に言いたいことが、一つだけある」

 正体、知ってるんだな。多分。

『一思いに、言ってくれ』

 アーロンは眉一つ動かさず、言葉を紡いだ。

「ティーダやユウナ達の物語は……」

 しかし、そこで一度区切り左目を細め険しい表情で、

「お前の物語ではない」

 威圧し、結んだ。

 怯むまではしなかった。
 たしかに顔は険しい。けれど、細められた左目は、怒りや憤りを映してはいない。

『やっぱり、正体……知ってるんだな』

 あの目は……そう、哀れみだ。ほんの少しだが、そう感じられた。

「……」

 沈黙を持って肯定するアーロンは、俺に向けていた目を緩めティーダ達の方へやった。
 どこまで知っているのかまではわからないが、少なくともティーダ達の行く末を知っているということは、割れているんだろうな。

 ――お前の物語ではない――

 それは、先を知った気でいる俺に対しての忠告か。それとも身の程を弁えろとの警告か。
 どちらも当てはまるな。大分オブラートに包んで言ってくれたのだろう。
 奢り高ぶるのも大概にしろと言われた方が、気が楽なんだけどな。

 しかし、それならばこれからどうしよう。
 このまま傲慢に進み、シンを討ち取るため行動するか。それとも今後一切、皆に介入せず諦めるか。
 
「……悩めばいい」

 見透かしたように呟かれたアーロンの言葉で、何故か少しだけ、心が軽くなった気がした。
 しかし、曇った胸の内は晴れず。

「戻るぞ」
『おう』

 ゆっくりとした足取りで皆のもとへ向かうアーロン。何故俺を哀れんだのか。
 曲がりなりにも、祈り子だからだろうか。アーロンが祈り子に対して持っている感情は哀れな死者というものだが、それが俺にまで適用されるとは思えないんだけど。

「これからの予定を説明してくれ」

 ユウナ達に予定を聞くアーロンを見る。表情からは、何も読み取れない。

 俺がアーロンと話している内に、慰められたんだろうティーダに視線をやる。
 大分持ち直したようだ。やはり心配要らないな。
 
 話し込む皆を尻目に、俺は視線をすぐ先に見えるミヘン街道へ。
 アーロンがいるのだ。戦闘面では問題なく進むだろう。
 しかし、問題は終盤に直接会うシーモア。まだ考える時間はある。どうにか手を打てないだろうか。

 少し違うが……言われたとおり、精々悩み考えて行こう。



[3332] 螺旋の中で 4-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:25
「あの残骸が、何だかご存知ですな?」

 ミヘン街道は、現存する討伐隊の創始者ミヘンが組織を拡大し過ぎエボン寺院に疑われたため、その誤解を解くべく申し開きに行く時歩んだとされる道。

 残骸を見て立ち尽くすティーダへ問いかけたのは、真っ白な髭をたくわえ、眼鏡をかけた背の低い老人。
 その顔に、満ちるは悲哀。

「昔の都市?」

 老人に返すティーダを見つつ、ザナルカンドを思い出す。
 残骸は、幾多にもそびえ立つ独特な塔を思い起こさせる。

「そう、古の都市の残骸」

 滅んだ高度な文明の名残は、風化し植物に浸食され、かつての栄光を失っている。

「こいつらを見るたびに、あたしはシンの大いなる力を実感するのです。それに比べると、人間なんぞ虫ケラ同然ですわ」

 本当に虫ケラだった。壊れ行く大都市と、キーリカの有り様を思い出す。
 いくらヒトの身で絶大な力を見に付けようと、その枠組みにおさまっている以上特別な手段を持たない限り、決して打倒出来ない絶対的存在。
 神と言われているのに、納得せざるを得ない。

「けれども、シンを倒せるのも人間だけだと思います」

 強い意思を持って発せられるユウナの言葉に、老人は悲哀の表情を笑みに変えた。 

「良いお答えです。安心しましたぞ、召喚士様」
「えっ?」

 この老人は、スピラのことをどれくらい知っているのだろうか。
 エボンの僧ではなかった筈だし。

「失礼。申し遅れました。あたしはメイチェンという者です。スピラの歴史や……そうですな、真実の姿を知ろうと旅をしております。研究のため、各地を旅しとるんですが……いや、痛ましいものですわ。どこでも、人々の笑顔は偽りの笑顔。シンの名を聞けばサッと消える。……民の笑顔を本物に。召喚士様、頼みますぞ」

 しかしである。この老人、メイチェンは、死人だ。
 だから1000年もの長き時を、真実を求め歩み続けたこの探求者ならば、400年前のことも知っている筈。

「はい!」

 自らを肯定されたユウナも笑顔を浮かべて、答えている。
 俺は、メイチェンと話がしたくてたまらない。
 アーロンに今すぐ消されるということはなくなっただろうが、苦手意識とあの雰囲気も相まって聞き難い。
 更に言うならば、ことスピラの表向きの歴史に関しては、メイチェンのほうがアーロンよりも詳しく知っているだろう。

『ユウナ、すまないが、この老人と話をさせてもらえないだろうか』
「えっ!?」

 ユウナが驚き、大きな声を上げる。
 他の者はどうかと見回すと、キマリとアーロンが無表情なのはいいとして、ルールーとワッカは目を見開いていた。
 ティーダは、まだ残骸を見ている。

『先に行ってもらってかまわない。心配しなくていい。ちゃんと追いつくから』

 決めあぐね、どうしたものかと思案するルールーとユウナ。旅は先を急ぐもの。立ち止まってはいられない。
 けれど、この先にある休憩所にて一晩過ごすことを知っている俺は、それを見越して先に行ってもいいと提案したのだが、かえって悩ませてしまったようだ。

「申し訳ありませんが、今の声は、なんでしょうか?」

 そう言えば、そうだな。
 俺を知らないものからしてみれば、いきなり声が聞こえてきたことを疑問に思うだろう。
 しかし、俺の存在を、民に明けてしまって良いものか? 今のところはユウナに余計な負担をかけないよう、ルールーは俺を隠すスタンスを通している。

 ルールーとユウナが相談する中、その会話にアーロンが加わった。
 アーロンが何を吹き込んだのかはわからないが、いい案でもでたのか。

「私の方からお教えしたいと思います」

 ルールーがメイチェンへ答え、

「祈り子様。私も残って話を聞かせて頂こうと思うのですが、よろしいですね」

 そして俺のほうを見やり、小声で話しかけた。
 よろしいですか、でないあたり選択の幅がないことを理解する。あと、拒否権もない。

『ああ、悪いな』

 別に歴史を知る程度のことだ。聞かれて何ら問題はない。
 俺とルールーを残して先へ進んでいく一行を見、一息つく。

「先ほどの声ですが――」

 取り合えず、この場を取り持ってくれたのであろうアーロンに感謝しつつ、話を切り出すルールーの声を聞く。

 400年前、ビサイドで何があったのか……



「何と! あのビサイドの……」
 
 ルールーが俺の説明を終えた。
 メイチェンは、驚き言葉を失っている。本当にやり辛い。

『驚いているところ悪いが、教えて貰いたいことがある』
「……わ、わかりました。あたしにわかることでしたら」
  
 反応を見る限り、メイチェンは俺の正体までは知らない様子。
 スピラの真実に、かなり深いところまで入り込んでいるように思えるメイチェンが知らないということは、俺に関しての事実はエボン寺院によって厳重に秘匿されているということなんだろう。

『400年前、ビサイドはシンに襲われたと、聞いた。そのことについて知っているならば、どうか教えて貰いたい』
「はぁ、しかし、本当に……いや、今はビサイドのことでしたな。400年前のことでしたら、知っておりますぞ」
『頼む』

 メイチェンの顔が曇る。
 明るい話題ではないのだ。当然といえよう。

「大召喚士ガンドフ様が倒したシンが、復活した時期のことですな。実に600年ぶりのナギ節が終わり、歓喜に満ち溢れていたスピラは、再び絶望に染まりました。最南の島ビサイドも……」

 メイチェンは少しの間を置く。

「復活したシンは、ナギ節の間栄えたビサイドを襲ったらしいですわ。襲われたのがスタジアムのあるルカや、エボン寺院の総本山ベベルならば、討伐隊を用いシンから命に代えてでも護ります。しかしです、辺境に位置するビサイドはそうも行きませんでした」

 そこら辺は今のスピラと大差ないか。現にキーリカは不意打ちではあるにせよ、討伐隊から護られることなく襲われ港は壊滅状態だ。

「そんな中、ビサイドを護るべく、一人の召喚士様が現れたんですわ」

 その言葉で、半ば聞き入っていたメイチェンの話から現実に引き戻された。
 召喚士、もしかして……

「その召喚士様、名は……シノ様と言いましたかな」

 やっぱり……
 務めて、先に続く話を冷静に聞く。 

「シノ様は、ベベルの召喚獣バハムートを持ってシンの気をビサイドから何とか逸らし、危機から救ったとか」

 中々無茶なことを……
 そうまでして護りたいものが出来たのか。しかし何故避難せず、そんな無謀なことをしたのかね。

「何分辺境の島で起こったことです。このミヘン街道のようにスピラ全土に影響を与えたことならまだしも、あまりに局所的な出来事だった為、真偽の程は定かではありませんが。あたしの知っていることはそれだけですわ」

『そんなことが……あったのか』

 400年前。ビサイドであったシン襲来の顛末は聞くことが出来た。
 そして予想外だったが、シノがビサイドを護るため勇敢に戦ったことも。

『話してくれて、ありがとう。メイチェン』
「いえいえ、御気になさらず」

 シノはその後、どうしたのだろう。ビサイドで、一生を終えたのだろうか。
 今は、やっぱり異界にいるのかね。わからないにせよ、俺が祈り子になった後、辛かっただろうか。
 それなりの信頼関係は、結べていたと思う。傷の舐め合いのような物だったけど。

 安易に、真実を残さなければ良かった。今更後悔しても本当に遅いことだが……
 シノに、お前の考えた最も良くない推測が正解だと言ったも同然なのだ。
 あの時の俺は、ただ知った気でいるどうしようもない子供だったんだろう。今そうだが、自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 ……やめよう。過ぎたことだ。
 だが、メイチェンはシノについて、どれくらい知っているのだろうか。

『その召喚士、シノについて、詳しく知っているだろうか?』
「はぁ……シノ様については、あたしは良く知りませんですわ。ただ、ビサイドを危機から救った後、シノ様はぱったりと姿を眩ましてしまったとか……」

 消息は不明か。反逆者な手前、派手なことをしたらエボンの僧兵が消しに来る。
 姿を眩ませたのは、そのためだろう。

 話も終わり、ルールーに皆の下へ行こうかと言おうとしたとき。
 突然、ルールーは口を開いた。 

「言葉を、残しました」
『何?』

 言葉を残した? そしてルールーが何か知っている?
 いや、彼女もビサイドで育ったのだ。何かを知っていてもおかしくはない。

『いや、すまない。教えてくれないか?』
「実のところを申しますと、その言葉を残したのがシノ様と言う召喚士様かはわからないのですが」
『続けてくれ』
「メイチェン様のお話をお聞かせ頂いて、思い至ったのです。その召喚士様、おそらくシノ様がビサイドに言葉を残したのは、大体400何前とビサイドに伝わっております」

 俺は無言を持って先を促す。

「言葉というより、忠告のようなものです。ただ一言……――罪を償いたくば栄えるな、と。その言葉を残した後、メイチェン様が仰ったとおり姿を……」

 それは、ビサイドを案じて言ったことなのか……

「ですが、この言葉は、公の場で発すことを固く禁じられております」

 なるほど、あまりにも危険な言葉だ。シンがなぜ街を襲うのか。ほとんどそのままじゃないか。
 栄えるな。あまりにも漠然としていて、エボン寺院を信じる民らには真意を察すことが難しいだろう。
 シンは機械や大勢の人に反応して出現する。栄えるなとは文字通り、文明を発展させるなという意味でもあり、また、村を大きくするなという意味でもある。
 これはスピラの真実の一端だ。エボン寺院に知られたら、ただで済まされないだろう。

『禁じたのは?』

 それにしても、よく隠してこれたな。

「そのシノ様だと。心の内にしまい、伝えていくようにと……それは、今日も受け継がれております」

 ということは、村人全員がグルになって、口伝として隠し守ってきたのか。
 やはり、どんなものか理解して教えたのか。シノがどんな目的でそんな言葉を伝えるよう、ビサイドの民に言ったのかどうかはわからない。ビサイドを護りたかったのかね……
 でも、どうしてそれを俺に?

『話して、良かったのか?』
「ええ、私には祈り子様とシノ様に、繫がりがあるのではないかと思えてなりません」

 ですからお教えしました、とルールーは言った。
 俺が祈り子になった時期と、シノが闘って言葉を残した時期。二つのそれは、あまり年を経ずに起こったことだ。
 ルールーは勘が良い。真相まではわからないにしても、関連性のようなものを感じたのか。
 関係を聞いてこないが、ルールー達に関わり続けるならば、いずれ話さなければならないだろう。

『とにかく。ルールー、大事なことを教えてくれてありがとう。そしてメイチェンも』

 ……もう、これ以上のことは、わからないだろうな。

「いえいえ、さっきも言いましたが。どうぞ御気になさらず」
「私のほうも、お気遣いなく」

 返す二人の言葉を聞いて、気を持ち直す。

『面倒をかけた。ルールー、皆を追いかけよう』
「はい。では、メイチェン様。私たちはこれで失礼します」
 
 ルールーは、メイチェンに俺のこととビサイドの伝承を内密にと言って口止めし、足早に皆の下へ向かう。

 この先のアルベド族が経営する宿泊施設で一夜を明かした後、少しの戦闘とシーモア対面か。
 予想外のことがあったが、時間は一晩ある。
 幸いと言える方面のことじゃないが、俺は人間を止めたおかげで、睡眠をとらなくても何ら差し支えなく動ける。
 精神的に疲弊したりはするが、肉体的疲労がないからそうなっているのか。いや、寝方がわからないってのもあるけど。

 ボケボケそんなことを考えていると、ルールーに話しかけられた。
 
「祈り子様。お話があるのですが、よろしいですね」

 ルールーの言に、もう俺の扱いの改善は見込めないということを悟る。

『ん、なんだ』

 疑われるようなことはしていないと思うが、何かあるのか。

「アルベド族の船へ乗り込んだとき出てきた大型の機械。祈り子様、何かしましたね?」 
『ああ、負担を減らせればと思って』

 眉をしかめいぶかしむルールーの顔は、明らかに俺を疑うものだ。
 まずかったのか? というより、ルールーは気付いてたんだな。

「あの寒気……いえ、怖気はボールの射撃が止む少し前の瞬間、訪れました」

 何のことだろう。
 力を行使した時なのはわかるが、俺は別段何も感じなかった。

 少し考えて、思い至る原因。それは、俺の模したモノだろう。
 今まで何気なく行使していたけど、やっぱりなんだな。発狂作用、しっかり反映されてたのか。

 ウイノ号で、なぜユウナが怯えて引きつっていたのか、ようやくわかった。姿を見ただけでは、あそこまでならないだろう。
 通常時は神気に相当するナニカが振りまかれることはないが、能力使用時は正気を乱すナニカが漏れる、ないし解放される。
 そして俺は、自ら振りまくそれを感知することが出来ない。
 本物じゃないから、大分力が弱まっているようだけれども。

『俺だ、原因は』
「それはわかっております。今聞きたいのは、それではありません。あの力は、あの怖気は、一体何なのでしょうか」
 
 力については、ユウナにも話したし、隠すことは得策じゃない。
 しかし発狂云々に関しては隠して伝えないと、ユウナ達との関係は断たれてしまうかもしれない。
 一先ず、周囲に神気を振りまいてしまうと逃れようか。上手くいくか……

『力に関してはユウナに話してあるから、それを聞いてもらいたい。怖気、それに関しては、俺はどうしてか能力行使時、周囲にそのような影響を与えるナニカを出してしまうらしい。こればかりはどうしようもない』

 だが、力を使いにくくなった。三態変化はまだしも、歪みは軽く発動しただけで周囲にいる者の正気度を削る。
 なんだ、最早使いどころなど、無いじゃないか。

『でも、これからは可能な限り使わないようにする。皆に悪い影響を与えるようだ。事後だが、すまなかった』

 そしてもう一つ。懸念していた契約については、絶対にしてはならない。
 間違いなく契約した者に対し、破滅に繋がる影響を出す。今をもって、契約による召喚で帰還の線は、ほぼ断たれた。
 漠然とした、シンを倒して帰還というわけのわからない可能性に賭けるしかなくなった。

 しかしティーダとキマリは、何の影響も無かったのだろうか。
 ティーダは何も感じていなかったようだが、キマリは……読み取れん。
 何か条件があるのだろうか?

 ルールーは顰めていた顔を緩め、気を遣った声色で返した。

「いえ、祈り子様もこちらの事を思って行動されたのでしょう。今回のことについて、追及はもう致しません」

 しかし、次の瞬間には眉尻を上げ、

「ですが……失礼と承知で申し上げます。その力はとても、危ういモノです」

 更に、

「仰られた通り、行使の程は控えていただきたいと思います」

 そう結んだ。
 
『わかった』

 強くはっきり答えることで、約束を違えることは無いという意思を表に出す。
 
「ありがとうございます。そして……申し訳ありません」

 垣間見える申し訳なさ。本当、皆には迷惑を掛けっぱなしだな。
 しかし、おそらくこれからも皆に関わり続ける限り、迷惑を掛けてしまうんだろうな。
 
 日が沈み始め、橙に染められたルールーを見つつ、自分の立場を考える……



[3332] 螺旋の中で 4-2
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:27
 私はあの祈り子様を、信じきってるわけじゃない。
 怪しい部分は数え切れないほどあるし、力も怖気を振りまく能力も異常。
 唯一疑いなく思えるのは、誠実な対応と態度だけ。

 性格から鑑みるに、隠していることは沢山あるにせよ、裏表があると思えない。
 私たちに本当に直接作用することに関しては、話してくれる。

 道すがら考える。400年前、祈り子様とシノ様の間に何かがあったのは間違いない。
 あの夜キーリカで初めて話したときから感じる、エボン寺院との食い違い。
 400年前ビサイドがシンに襲われたと言った時の反応。
 決定的なのは、シノ様についてメイチェン様に問うたこと。

 それに祈り子様の反応も引っ掛かる。
 だから、カガヤ様とシノ様は、何らかの関係が必ずある筈と思い、あの口伝を話した。
 
 ビサイドの口伝については、私は詳しく知らない。
 けれど、ずっとビサイドにいた筈の祈り子様が知らないことからすると、祈り子様、カガヤ様が祈り子になった後伝わった物だと考えられる。

 何故口伝が今もなお信じられ、守られているのか。それは、たしかな効果があるからに他ならない。
 栄えないことが、どうして罪を償うことになるのか。機械を絶対に使ってはならないとでも言えば、良かったのでは。
 エボン寺院が伝えていないことでもあると? まさか、それに意味があるとは思えない。

 それはそうとして、信じられないことだけど伝を守るようになってから、ビサイドはシンに襲われる回数が目に見えて減ったらしい。
 辺境に位置しているから、もともと襲われること自体多くは無かったけど、やはり効果はあったのだ。
 偶然かと思う。馬鹿馬鹿しい事だとも。でも、事実は曲げられない。
 
 正しいかどうか判断できないけど、シノ様はビサイドを護ろうとしたのでなく、カガヤ様を護ろうとしたのでないか?
 何せ、シンの本当の倒し方を持っているのだ。そう考えるのが、自然だし普通。
 ただ一つ、どうしても考え及ばないのは、公にするのを禁じられていること。

 私ではわからない、大きなナニカがあるのかもしれない……

 すぐそこにある休憩所、見ればユウナが手を振っている。
 カガヤ様が残って話を聞きたいと言った時、私たちはどうすれば良いか考えていたところ、アーロンさんが先に休憩所へ行って待っていると仰った。

 休憩所の入り口、朗らかな笑みを浮かべるユウナは、夕日に染まって茜色になっている。
 キーリカで、シンを倒すと誓った時のユウナを思い出す。
 思ってはいけないことだけど、ガードの私は弱みを見せてはいけないけれど……あの笑みを、失いたくない。






「思ったんだけどさぁ。どうして気高き祈り子……様はシンの倒し方教えてくれないんだ?」
「おい! なに聞いてんだ!」

 何でいきなりこんなことになるのか。
 祈り子に対し失礼に当たるティーダの言葉に、きつく注意するワッカ。
 嫌いなアルベド族が経営している宿にいるから、ワッカはかなりピリピリしている。
 そんなに気を遣わなくても、俺はかまわないんだけど、ねぇ。

 アルベド族が経営する休憩所で宿を取る。そのことを、あの時アーロンから聞いていたらしいルールーから話をして貰い、落ち着いたし、シーモアどうするかなと考えようとした時、ティーダが入り口のドアを開けるや否や俺に問うてきた。
 幸い経営者のアルベド族、リンは外に出ている。来客者も俺たち以外いない。

 眉間にしわを寄せ、似合わない顰め面をしたティーダの後ろには、困った顔が様になっているユウナ、そして渋すぎるアーロン。
 原作で夕日を見ながら会話してたのを覚えてはいるが、どんな内容だったか。沈黙が痛いが、頑張って記憶の奥底からひり出す。

「何か言ったらどうなんスか」
「お前!」

 いや、もういいから冷静に話そうじゃないか。

『ワッカ、かまわない』
「っ、……祈り子様がそう仰るんなら」

 取り合えず少し待ってくれ。何だっけな。ヤバイ、思い出せないぞ。諦めず頑張りたいところだが、ほのぼの考えられる余裕は無い。
 ここは、どうしてそんな話になったのか経緯を聞き返せば良いだろうか。

『ユウナと何を話したんだ』
「今聞いてるのはこっちっス! シンは何回倒しても復活する。なんでどうにかしてやんねぇんだ」

 聞く耳持たずか。直情的だなティーダ。
 話の内容の想像は、ついた。ティーダはスピラの予備知識が全く無い。旅もまだ、ようやく序盤を抜け出したところ。
 更に言えば、ティーダはスピラに来て一周間も経っていないのだ。多分。
 スピラとシンのことを聞いたんだろう。シンは民が機械を使った罰として存在し続けていること。究極召喚でしか倒せていないこと。ナギ節とはシンが倒されてから、復活するまでの期間だということ。そしてシンは何度も復活していること。
 他にもあったと思うが、そんなところだろう。今は裏など知らないのだし。

「俺、さっきも似たようなこと言ったことなんだけど。皆困ってるのに、なんで助けてやんねぇんだ」

 それらと、俺の存在を照らし合わせれば、当然現れる疑問。
 いつか聞かれるだろうと思っていたが、こうも直接的で、しかもそれがティーダとは。
 ……そうじゃない。スピラではないところから来たから、聞けるのか。むしろ遅いくらいなのかもな。
 こういうところが皆に影響を与え、アーロンの手伝いもあり、ユウナ達をエボン寺院から脱却させ、真実を掴むよう促す。

「あんたがシンの倒し方教えれば」

 俺が動いてどうにかなるならそうしているが、何も出来ないし言えない。
 けれど、立場上自ら蒔いた種によって起こったこと全て、吐かれる苦言も全て、甘んじて受けなければならない。

「全部解決するんじゃ――」
「止しなさい!」

 ティーダ言葉をルールーが遮った。皆沈黙し、空気は緊に。
 ルールーが怒鳴るのは意外だったが、どうやって収拾つければいいのか。
 しかし肌を刺すような雰囲気を、アーロンが破った。

「ククッ」

 室内で静かに静かに響く、喉から発せられた笑い声。 

「本当、お前はジェクトに似ている。皆困っている、な。ジェクトがここに来たとき同じ台詞を言った。それはさっき話したな」

 こんなときでも堂々としていられるアーロンは、どうかしているとしか思えない。 

「ああ」

 不満そうに返すティーダ。大嫌いな父親と同一視されるのが嫌なんだろう。

「ジェクトは、その祈り子にも同じことを言っていた。皆困っているのに、どうしてソイツは助けないんだ、と」

 俺は本当に、大層な存在になってしまっていたらしい。
 ユウナたちだけじゃない、もう俺は、スピラ全てに影響を与えてしまっている。迷惑とかそんなレベルじゃないな。
 キーリカの時にも思ったが、今更か…… 

「明日は街道のチョコボを襲う魔物を倒すんだろう? 俺は疲れてるんだ」

 最後に一言休む、と言ってアーロンはスタスタと寝室へ向かっていった。
 皆もそれに従い寝室へ。俺はいつものようにルールーの手によって。
 不貞腐れたような顔のティーダもなんだかんだ言ってベッドへ。

 問題山積みだ。
 今回はアーロンがはぐらかして有耶無耶にしてくれたが、俺という存在が皆に不和をもたらしてしまった。
 うまく立ち回れない。これじゃ原作には無い、余計な諍いが起きてしまうかもしれない。
 どうにかしたいが、不和を解消するための信頼関係など、結べないだろう。
 打ち解けてこそ仲間になれるのに、俺は隠し事だらけ。
 アーロンのように、何かしら確固たる実績が無い限り、俺みたいな存在は疑われ続ける。

 というか、やっと落ち着いたかな。問題を棚上げにして、危ないところを考えよう。
 シーモアに、どう対応するか。静まり返った寝室の中、考えをめぐらす…… 



 崖を背に、長大な腕を持ち下顎が二つに割れた大きな怪物、チャコボイーターが無様にひっくり返ってもがいている。
 足をじたばたさせ、必死に起き上がろうとしている姿に、哀愁を覚えてしまう。
 本来、こんなにほのぼの観察していて良い魔物ではないんだが。

 チョコボイーターに醜態を晒させたのは、アーロンではなくキマリでもない、ルールーの魔法でもなくワッカの攻撃でもない。
 ましてやティーダのものでもなく。
 
 原因は、その身に炎を纏い、黒く鋭い角とツメを持つ獣に似た魔人イフリート。
 チョコボイーターの弱点は火属性。
 ルールーから助言を貰い、ユウナは試運転がてらキーリカで得たイフリートを召喚した。
 
 ユウナはいたって冷静にイフリートへ指示を出した。
 それを聞きイフリートが大きく息を吸い吐いた瞬間、炎の塊が放たれチョコボイーターにそれが直撃。
 今に至るわけである。

 可哀想なチョコボイーターを囲う面々。最早苛めである。
 チョコボイーターはそんなに弱いとは思えなかったが、旅はまだ中盤に差し掛かった所なのだ。
 ユウナ達もティーダを除きそれなりの力を持っている。アーロンに至っては、それこそ強くてニューゲームレベルだ。
 ここにいる皆は少数精鋭。小さな油断も許されない旅で、相応の力が無いわけがないんだろう。
 
 この分だと、後半までそうそう苦戦することは無いか?
 怖いのは、中盤以降の中ボス、ボスくらいと考えていいのかもしれない。

 見れば、動きが大分良くなったティーダが、チョコボイーターの固い外殻に覆われていない、ひっくりかえって剥き出しの腹にフラタニティーを突き立てていた。
 大きく一度跳ねた後、四肢を弛緩させ動かなくなったチョコボイーターは、なんかもうズタボロだ。
 ゲームでは三人しか戦闘に参加できなかったが、現実では当然そんな制約など無い。
 皆にボテクリ転がされたんだろう。止めに腹をザックリと……ご愁傷様です。

 呆気なかったなと思いつつ、幻光へ崩壊するチョコボイーターの下へ。
 因みに、幻光回収については、ルールーから事前に許可を貰っている。
 こればかりはどうしても必要なことだと頑張って説得。というわけで食事。
 普通の魔物より量は多いが、シンのケコラ程幻光の濃度は高くない。新しい情報は手に入らず。

 これから皆は一度リンの休憩所にて準備を整えてから、ジョゼ寺院へ向かうとのこと。
 俺は何事も無く、ルールーのぬいぐるみへ。
 この先の検問で、シーモアが来る。既に手は打ってあるが、吉と出るか凶と出るか。
 少なくとも、その場で即排除という惨事にはならない筈だ。

 だが、何分稚拙な手だ。自分にとって付けられた物が上手く機能することを願う。



「噂は、真だったのですね……!」

 シーモアは驚いた素振りを見せてはいるが、恐らく気付いているだろう。
 そうでないにしても、ルカでの反応を見る限り当たりくらいは付けていただろうし。

 リンの休憩所で一息つき、俺たちはキノコ岩街道へ続く検問所へ。
 ミヘンセッションが展開されるということで、通行許可が下りなければ先に進めないのだが、突如現れたシーモアの計らいにより、検問所を通ることが出来た。
 そして今、シーモアが先に行くところをユウナが呼び止め、話している。

「う、噂……ですか?」

 ユウナの負担に、気高き祈り子に認められたという物が追加されてしまった。
 余計な責を背負わせて、俺は如何すればいいのだろうか……

 それは追々考えるとして、策といえる程の物じゃないがシーモアに対し俺の打った手は、単純に俺が目覚めたことを老師という立場にあるシーモアへユウナから打ち明けて貰うことだ。
 最もユウナが反逆するまでの期間しか働かない物だけど。
 しかし老師である手前、すぐさま表立って俺を消すことは出来なくなる筈だ。

 そして消せるような証拠、ないし確証を得る頃には、ユウナ達は反逆者と見なされ俺も消すべき者として排除される立場になるだろう。
 要は、シーモアがユウナ達の超えるべき壁となり立ちふさがるまで、消されなければいい。共通の敵になるまで、凌げればいいのだ。
 姑息だし他力本願。ユウナ達を利用するような手段ではあるが、心苦しくも自らに架せられた消すべき者とされるまでのリミットを確実に生き残るため、そうせざるを得ない。

 逆に、老師という立場の者に俺を隠すのは、今のユウナ達じゃおかしいと思うだろうし。
 チョコボイーターと戦う前、俺はそれとなくユウナとルールーへ老師達に俺が目覚めたこと言わなくて良いのか、と尋ねた。
 相談の末、老師達に俺のことを打ち明けると決まった。ユウナが過度の期待を負わないよう、公にせず内密にだが。
 けれどもう噂として流れてしまっているのは、痛いところだな。
 それにこの相談も、もう少ししたら全く意味の無い物になる。……言い訳も考えておかなければな。

「ええ、ですが。喜ばしいことです」

 笑みを向け、シーモアはユウナへそう返す。
 絶対にそんなこと思ってないだろうが、良い演技をしてるじゃないか。
 
「お聞きしたいことがあるのですが……どのような方法であのシンを?」

 倒すのですか、と。いきなりだな。
 疑念を浮かべユウナへ問うシーモア。ユウナには答えられない。教えているわけじゃないし、な。

「あ、あのっ、それは……」

 案の定、どもるユウナ。どうにかしよう。
 ここで俺がよっぽどの馬鹿をしない限り、シンの倒し方のことは誤魔化せるだろうし。

『今はまだ、教えられないさ』

 俺が教えられないと言うのだから、それ以上は突っ込んでこないだろう。
 目を細め考えるような顔色を見せ、しかし次には心底残念がるようなものへ。

「そうなのですか……お教えいただければ、良かったのですが」
 
 器用だと思う。しかし、思ったよりも敵は多いシーモア。
 俺は別として、ティーダ、キマリ、アーロンは、シーモアのことを信用していない。
 改めて考えてみると、持っている願いは当たり前として、個人としても嫌われるんだな。
 俺は哀れとは思わないし、蔑ずむこともしない……いや、出来ない。俺のやっていることは、シーモアと何ら変わらないのだから。

 アーロンには俺がどういう風に映っているのか。愚かだろうか、滑稽だろうか……
 取り合えず考えるのは止めて、成り行きに任せるか。失敗が約束されたミヘンセッション。
 沢山の命が一瞬で消える……

 ――■い■会だ――

 ん? 言葉が聞こえた、気がする。何だっていうんだ。聞き取れなかったから内容がわからない。
 幻聴だろうか。うん、そうだろう。自分に一つや二つ、おかしなところが出ていても不思議ではない。
 もとより聞き取れなかったのだ。考えようも無いか。

「では、これで」

 シーモアはそう言って、彼のガードを伴い海岸にある拠点へ向かって行った。
 それから皆に会話は無く陰鬱とした雰囲気の中、先へ……






 思えばこの声が、引き金だったんだ。



[3332] 螺旋の中で 4-3
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:28
「シーモア=グアド老師、ご来臨!」

 次の目的地ジョゼ寺院へ向かうには、現在作戦が行われるこのキノコ岩街道を通らなければならない。
 ユウナ達は、シーモアが討伐隊へ激励を贈っている所に居合わせた。

「スピラノ各地より集いし勇敢なる討伐隊諸君。己の選んだ道を信じ、存分に戦うが良い。君達の勇戦、エボンの老師このシーモアが、しかと見届けよう」
「はっ!!」

 各隊員は声高々に返し、シーモアへ敬礼。もう直ぐ行われる大規模な作戦。この中で、一体何人生き残れるのか。
 ミヘンセッションは、大きな火力を持つアルベド族の機械、ヴァジュラを主軸に展開される。
 作戦の内容は、予め捕えておいたシンのコケラを囮に、己から剥がれ落ちたコケラを回収するシンの特性を利用し誘き寄せ、至る所に設置されている機械と、突き出た崖の端に設置された突撃槍を思わせる巨大な円錐二つを横に据えたオブジェ、ヴァジュラで撃破するというもの。

 上手くいくのかどうか。
 実際のところ、この作戦に成功は期待されていない。むしろ失敗を前程に計画されている。

 では、なぜ失敗が確約されいるのにも関わらず行うのか。それは総老師マイカの思惑によるものである。
 ミヘンセッションへ参加する兵士を教えに反する者としてシンへぶつけ、手元に従順な僧兵のみを残すためだ。
 討伐隊は、純粋にスピラを思い参加する者のみで構成されている。しかしそれを切り捨て、エボン寺院の体勢を優先。 
 今回監視として派遣されているシーモア=グアドも、ウェン=キノックもそれを遂行するために危険なこの場へ来ている。最も、安全な場を確保した上での話ではあるのだが。

「どういうことだ、あれ。どうしてシーモア老師は討伐隊を応援するんだ? アルベド族の機械を使う作戦だぞ? 教えに反する作戦だぞ?」

 アルベド族を嫌うワッカが疑問を言う。教え自体を疑問に思うことすらせず、半ば声を荒らげて。
 ジョゼ海岸防衛作戦で弟を失ったことが全ての切欠。エボン寺院への信仰はより厚くなり、今のワッカは教えを絶対としている。
 マイカの思惑通り、全ては暗く進んでいる。

「教えに背いてはいるけど、皆の気持ちは本当だと思うな。シーモア様も、そう思っていらっしゃったんだよ。きっと」

 シーモアとしては建前で説いた言葉であっても、老師へ尊敬の念を抱くユウナからしてみれば心を打つ言葉へと変わる。
 
「おい、ルー!」

 ワッカは同意を求めルールーへ。尚も声を荒らげ、それに焦りも交えて。

「……ただの視察じゃない?」

 しかし同意は得られず。落ち込みつつも最後の希望と、アーロンへ。

「本人に聞くんだな」

 聞く前に察せられ、言を発すことも出来ず。
 悔しげに落ち込むワッカの背後、討伐隊への手向けを終えたシーモアが現れアーロンに声をかけた。

「やはりアーロン殿でしたか。お会いできて光栄です。先ほどは挨拶もせず、申し訳ありませんでした。ともかく、是非、お話を聞かせてください。この10年のこと等……」
「俺はユウナのガードだ。そんな時間は無い」

 友好的に接してくるシーモアを構いもせず突き放し、アーロンは横を通り過ぎる。

「それはそれは……アーロン殿がガードとは心強いですね。そして、気高き祈り子様も」

 意に介すことなく、やはり友好的に、ユウナへ親しみを持って話しかけるシーモア。

「は、はい!」
「どうか、そんなに緊張なさらずに」

 老師としては尊敬、召喚士としては憧れを持つ相手に対し萎縮するユウナ。
 シーモアは紳士的に振舞っているが、それは何の考えも無く行われているわけではない。
 彼はユウナの見極めも含め、気を惹こうとしているのだ。心証を良くすることで、近いうち行えると目論んでいる計画が円滑に進むように。

 シーモアの計画、野望にはパートナーが必要である。それも心を通わせ互いに信頼し合えるような。
 上手くいく、必ず。
 今の彼の頭に、失敗と言う文字は無い。立場も力も十分なのだ。悲願のため、歩みを止めないだろう。

「あの……シーモアサマは……何故にここに、いらっしゃられ、マスのでしょうか?」

 重い作戦の前にしては軽い口調で、アーロンに言われたとおり本人へカタコトで意見を述べるワッカ。
 
「普段の言葉でどうぞ」

 ワッカの態度に、傍らではルールーが頭を痛め抱えている。対しシーモアは緊張を解し先を促す。

「ええと、エボンの教えに反する作戦。止めないとマズくないっすか?」

 普段の通りの口調と言われたのだが、礼節は重んじても作法はまったくなワッカは、田舎者のような態度で持って問う。

「確かに……そうですね。しかし……討伐隊もアルベド族もスピラの平和を真剣に願っています。彼等の純粋な願いが一つになってミヘンセッションが実現するのです。エボンの教えに反するといえど彼等の志は純粋です。エボンの老師としてではなく、等しくスピラに生きる者として……シーモア=グアド個人として、私は声援を惜しまないつもりです」

 表に出すは偽りの誠実さ。
 何も知らない物が聞けば、差別と言う壁を越え討伐隊を激励する様は慈悲深く映るであろう。
 ユウナはその言葉に静かに感銘を受け、シーモアを嫌っている節のあるティーダでさえもどこか納得したような表情を浮かべている。

「でも、アルベド族の機械はマズイっすよ」

 だが、ワッカはそれでも折れずに異を唱える。

「見なかったことにしましょう」

 シーモアは口を袖で隠し、返した。

「えっ」

 その言葉に、流石に一行は驚きの声を上げる。
 先ほどの個として述べた意見と討伐隊の志を汲むような言葉だけでも、スピラの民からしてみればあり得ないことなのだ。
 さらに、ほぼ最高位に位置するものが、禁忌を見逃すと言う。

「老師様がそんなこと言ったら、皆に示しがつかないっすよ!」
「では、聞かなかったことに」
「マジっすか~!」

 ワッカの問い詰めを軽やかに切り返し、そろそろ頃合だと思い司令部へ歩みを向けるシーモア。
 彼は内心ユウナとの邂逅が良いものとなり満足したと考え、そして彼女は自分の隣に立つ者だと決めた。
 司令部へ招き、更に親交を深めるか。そう画策しつつ用意された場へ。



 忙しなく行き交う討伐隊隊員。
 シーモアは、もう直ぐ死に行くであろう彼等を、何でもないように見つめていた。
 全て上手く行っている。不確定要素も、些細な問題だと考えている。油断でも慢心でもなく。
 確固たる力を持っている彼は、何も恐れるものがない。

 あのシンでさえ、その気になれば倒せるのだ。しかし支払う代償は、己の命と母の安らぎ。
 自分の命を失えば、悲願を成就できないのは当然。
 そして母を究極召喚の祈り子としているシーモアは、それ故にシンを討てない。

 シンの核は、究極召喚でありその祈り子なのだ。
 核として取り込まれれば、次に討たれるまで自ら救おうとしたスピラを壊し続けるシンとなってしまう。
 愛する母親に、そのような辛い思いはさせられない。 

「そこの者」

 シーモアは隊員の流れを見るのをやめ、一人に声をかけた。

「は、はい! なんでしょうか!」
「ユウナ殿とそのガードの者達へ、ここへ来るようにと伝えて貰えませんか」
「はい!」

 おどおどしながらも威勢良く返事をする青年に、貼り付けた笑みを持って伝えを頼むシーモア。
 青年が彼の視界から消える頃には、表情は冷徹なものへと戻っていた。

 シーモアは視線を眼下に広がる砂浜の先、淀んだ雲と濁った海の境へ。
 先にいるであろうシンに成れることを願って……



 シンをおびき寄せるべく檻に捕らえられ、悲鳴を上げさせられたシンのコケラ。
 それがあろうことか、檻を壊しユウナ達がいる司令部へ襲い掛るという不足の事態が発生した。
 しかし、伝説のガードと将来を期待された召喚士の活躍により問題を解決。

 そして曇天の下、唯でさえ色彩の暗い海が更に黒く淀んだ。
 浜辺では既に黄色い巨鳥、チョコボに跨った騎兵隊は臨戦態勢。
 キノコのように、幾重にも皿のような岩が重なり突き出した岩場には砲撃部隊が。
 そして崖の先、ヴァジュラが音も無く佇んでいる。

 来たのだ。コケラの悲鳴を聞いて。しかしそれは、今回に限っては意味のない行為だった。
 だが、それを知るのはアーロンのみ。彼は司令部に招かれて来た時、呟いていた。

 ――そんなことをしなくても、シンは来る。

 黒く淀みに淀んだ海中から、それはゆっくりと、飛沫を伴い現れた。
 巨躯に黒く蠢く模様を纏い、悠然と浜へ何対もの目を向ける怪物。
 それはスピラの罪とも神とも言われる存在、シン。

 砲撃部隊は現れたシンに向け、一斉に砲撃を開始。
 シンの身体に砲弾がぶち当たる。直撃し、弾け削れた部分の外皮が海に落ち、最初は効果があるように思われた。
 しかし、外皮は海に落ちた先から形状を変え、水中戦に適した形のコケラへ成り、チョコボ騎兵隊の下へ。
 それを見て黙っている討伐隊ではない。褐色の肌を持ち赤い長髪を頂いた女、騎兵隊指揮官のルチルは意を決し声を張り上げる。

「突撃!!」

 雄たけびを上げ、特攻する騎兵隊。
 シンは、纏った黒い模様を解除し、身構えた。そして自らを護るようドーム状に紫色の重力場を張る。
 それは絶えず張られる弾幕を打ち消し、海水までも押しのける。
 突然、シンは重力場の形状を変えた。どこか志向性を持たせたような変化をさせ、それを騎兵隊へ向ける。
 
 騎兵隊は止まらない。既にコケラくずと戦闘を開始している者もいる。
 シンは止まらない。紫色は緩やかに延び、しかし今にも力が放たれようとしている。

 愛する者のために、家族のために、我が子のために、故郷のために、スピラのために。
 大切な何かを想い闘う戦士達は、命を懸けてシンに挑む。

 対するシンは、何対もの目をただ無機的に海岸の方へ向け、四肢に力を。
 瞬間、動きを緩やかにしていた紫色が急激な動きを持って討伐隊へ放たれた。
 海を割り音を消し大気をも押しのけて放たれた、全てを無に帰す野太い重力波が向かう先。 
 勇敢に立ち向かいシンを倒そうと駆けた者達は、シンが放ったそれに飲み込まれ、応戦していたコケラくず諸共一瞬で消滅した。

 海岸に訪れたのは、暫しの停滞。






 こうなるのは知っていた。必要のない犠牲だということも、わかっていた。
 これを良しとし、遂行したエボン寺院と何も出来なかった自分に憤る。
 俺は例えこれから動き難くなり、自分の世界に帰ることが出来なくなったとしても、何かしようと動くべきではなかったのか。
 英雄願望もなければ、救世なんてのも望む柄じゃないけど、力があれば。

 この意志はなんと軟弱か。この力はなんと矮小か。
 はなから無理でも、足掻くことすら出来ぬこの身のなんと脆弱なことか。
 こんなことでは、何も出来ずに終わってしまう。
 立ち上り漂うおびただしい量の幻光が、己の無力を自覚させる。
 たった一撃で、討伐隊の前衛が消えた。そして、シンを打ち破り撃破する筈のヴァジュラは、呆気なく大破。

 黒煙を上げ漏電するガラクタの前。シンは、ジェクトはやはりティーダへの見せしめとしてあの光景を創ったのか。
 これがお前の立ち向かう力だと、倒し乗り越えなければならない存在なのだと。ふざけているし、馬鹿げている。
 俺はあれをどうにかしなければならないのか? 無理だろう。ああ、絶対に無理だろう。

 ――そんなコトはない――

 何を考えているんだ。対峙すれば、あれは即座に消し飛ばす力を持っているんだぞ。
 どうせ俺はこれからも精々知った気でいて、しかし何も出来ず近いうち消えるんだろう。

 ――そんなコトもない――

 しかし、何だこの誰のものとも知れぬキモチ悪い声は。さっきも聞いたあれだろうか。はっきり聞こえる。
 幻聴だろう。大分打ちのめされたのかどうなのかよくわからないけど、おかしくなってしまったらしい。
 身の振り方もクソもなく、もう諦めまで感じてしまっているものな。仮にユウナ達なら倒せる可能性を持っているとしても、絶望的だ。
 酷いものだな。希望を知っておきながら、それ故に愕然とするのは。

 ――前を見ろ――

 ……考え直そう。全てを決めるには、俺はまだ知らなすぎる。
 そして知ってる見えない先じゃなく、感じてる知らない今をよく見るんだ。
 まだ、大したことしていないじゃないか。ここで死んではいられない。

 そう、シンが、俺を見ているのだから。
 差異が、大きな事象として目の前にある。

 ――良い機会だ――

 今度はノイズもなく、あの時の言葉を聞き取れた。
 シンが何個もの目をこちらに向け、惨めな俺をあざ笑うかのように射抜いてくる。

 そして、煽ってくる。
 
 ジェクトは何を考えているのか。そんなことはわからない。エボン=ジュの防衛機能による行動なのかもしれない。
 けれど、大事なのはそれじゃない。シンが俺に向かって、馬鹿でかい口を開けているコトが重要なんだ。
 次にとる行動は、討伐隊を掻き消した重力波を超える一撃だろう。既に紫電を迸らせ、四肢に力を入れ構えている。
 俺を待っている。

 ――良い機会だ、寧ろ丁度良い――

 再度声が聞こえてくる。どこがちょうど良いのか。
 環状列石も石の塔もない。祝詞を上げる者もいなければ、眷属との繋がりもない。
 現状をどうにかする希望はないんだ。

 ――スベテ消えたワケではナイ――

 ああそうか。眼下、荒れた砂浜から呻き声が聞こえる。
 そうか……知性ある人間を、生贄に?
 ダメだそれは。最後の一線だ。本当に人間をやめることになる。 
 それにこんな所で顕現したら、ユウナもティーダもアーロンも、皆狂ってしまうじゃないか。

 ――ナニヲイマサラ――

 どうしようもない力に、意識が呑まれる。
 だけど、強く保とう。ここで抗うこと止めれば、取り返しが付かなくなってしまうから。
 内から呼びかけてくるナニカから、自分を見失わないよう意志を強く持つ。

 いきなり、視界が侵された。
 最初は赤、次に橙。更に続く黄、緑、青、藍、紫。
 それらが絶え間なく入れ替わり最後に見えたのは、形容し難い綯い交ぜの黒。
 意識はまだ途切れていない、どうにかできないか……どうにか……

 視界はまた極彩の赤に転換。そしてまた絶えず入れ変わる中、気が狂いそうになる。
 だけど、狂わない。どうしてか、それが普通に思えてしまう。
 異常にも鮮明な意識の中。知識が、情報が流れ込んできた。
 これまでとは比べ物にならない程の量。ともすれば、全て流れきってしまうくらいの勢いで。

 入り乱れる流れの中、一つ、光るものが見えた。それはどうしてか、この場をどうにかできるような気がして。
 見て、理解し、それを行使した。

 視界が、白くなる……






 今起こっていることを忘れることが出来るならば、一体どれだけその者にとって幸福か。
 一瞬で狂ってしまった者はいないまでも、一生を狂わされた者は少なくないだろう。

 最初は極彩の虹。次に歪んだ空。
 浜を漂い立ち上っていた幻光はいつの間にか消えていた。浜にいた今にも息絶えそうな人間も、人知れず消えていた。
 そして今、歪みは虹に裂け、原初の粘液が海へ降り注いでいる。
 現在満たせる条件は全て成った。が、■空の支配者は未だ現れ出でず。代わりに海岸へ五芒星が舞い降りた。
 中心の五角形には、火の柱とも、葉のついた枝とも瞳ともとれるような文様が描かれている。
 
 それは旧き印と呼ばれるもの。
 その輝きが世界を砕いた旧き女神が発明した印。グレート・オールド・ワンから保護するべく展開される旧き神の印。
 印はカガヤの模倣したアウターゴッドに通用するような大それた代物ではないのだが、それはカガヤが真にアウターゴッドであったならばの話。
 カガヤはスピラのルールと神話の一端を借りただけの、基はただの人間だ。ましてやレッサー・オールド・ワンに勝る存在でもない。

 それ故、可能なこと。
 発狂を促す神気だけはいくら劣化し落ち込んでいても、常軌を逸している。力を増した今、それはより強くなっている始末。
 けれどもそれを抑えなければ、大切な主役達が失われてしまうのだ。それだけはなんとしてでも防がなくては。
 そして見つけた、ヨグ=ソトースに取り込まれた魔術師ならば知っているであろう旧き印。
 カガヤは思い出す。ヨグ=ソトースは、能力を与えた者の知識を取り込み最終的に自分の物にするということを。

 石に刻まれていたり、クトゥルフの墓に刻まれていたり。
 人間だけが描くことが出来たり出来なかったりと、曖昧で矛盾が多々あり確かなことは何一つ定かではない。
 逆に暗黒の力を解放するという可能性も秘めているという危うさ。
 しかし色々な解釈があり混沌とした意味合いの中、一つだけ決め付けられたことがある。

 それは保護的な印章であると。

 カガヤは祈り望んだ。自分の思い描いたモノが展開されるようにと。
 かくして、成果は現れ出でた。カガヤが激流の中で、展開できた奇跡。
 不完全なその身だからこそ旧き印によって放射される神気を緩和し、意思持つ生き物への負荷を減少させて現れ出でた。

 ――其は戸口に潜む者――

 ――其は虹色に輝く球体の塊――

 ――其は泡立つ永遠の吐瀉物――

 ――其の名は、ヨ■=ソトース――

 何故召喚されたのか。そんなことは誰であろうと理解出来る筈もなく。
 全て満たさなければ不可能と言う規約は、有って無いようなもの。
 逆に何も満たさなくても良いのだ。尤もその逆もまた然り。
 今はただ、散った星の命と、生きた知性を糧にしただけ。此処に理屈は何も無い。

 海上。

 螺旋の神と、外なる偽神が対峙した。




※主人公が「エルダーサイン/旧き印」を使えるのはこの作品独自の設定です※



[3332] 螺旋の中で 4-4
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:30
 本来ならば永遠に泡立ち永劫を約束されている其の身は、あろうことか朽ち始めていた。
 予想以上に、印の力が強いのだ。そして其の身はまがい物で不完全。
 湧き出た気泡が破裂する先から幻光を散らし、崩壊している。
 制限時間は残り少ない。偽神、カガヤが行動を開始した。

『――』

 シンと相対する間に、大きな歪みを生じさせる。まるで準備は出来たとでも言うように、崩壊しながらも悠然と泡立つ。 
 四つんばいに構えるシンは、元より準備が出来ている。口前は過度に圧縮された重圧で歪み、紫色の粒子を散らしている。 
 片や螺旋を創る破壊の意。片や時空を統べる窮極の偽。二柱は己の持つ力の一端を示す。

 放たれる紫色の一撃。それは海を消し浜を抉り、大気をも滅し突き進む。
 しかしその熾烈な力は、カガヤが歪ませた空間に触れる先から跳ばされ消えた。
 海岸など何もなかったかのように平らげるそれを消し去ったのだ。
 だが天地を壊す攻撃を受けて、歪みを与えられた空間はあるべき姿へ戻ろうと安定していく。

 互いに膠着し静寂が訪れようとした海岸の空、それは突然落ちてきた。

 遥か上空。カガヤはもう一つ歪みを与えていた。
 シンに気取られぬよう二つ目の歪みを天空に生じさせていたのだ。
 己の手前に生じさせていた最初の歪みを入力とし、二つ目の歪みを出力として、重力波、ギガ・グラビトンを返す。

 落ちる紫の柱。

「――!?」

 気付き、シンは瞬時に己を中心として重力場を展開。

 暗雲を円に割って降り注いだ紫線は、シンの力場によって少しのせめぎ合いを見せた後、V字に捻じ曲がり反転し街道上空の肉厚な雲にまた一つ円を穿ち天へ。
 展開されたシンの力場は消滅し、双方動かず膠着するかと思われた。しかし、カガヤはまだ歪みを消していない。
 瞬間、シンの眼前にある薄れ行く歪みから、ギガ・グラビトンが放たれた。

 二度反したのだ。
 力を得、ある程度の制約から解放されたカガヤは、歪みを展開する速度も上がっている。
 力場から返り、天へ至ろうとしたそれを捕捉し先に歪みを展開。今度は最初に展開した安定しようとする歪みを出力とした。
 だが、やはり威力はかなり減衰し、反したそれは本来の半分ほどの威力も無い。

 そして安定しようとしていた歪みの制御は効かなくなり、ゼロ距離で反された重力波の角度が甘くなった。

「――!!」

 紫線が逸れる形でシンの左顔面をねじ抉り今度こそ天へ。
 二度ギガ・グラビトンの影響を受け最初の歪みが掻き消えた。シンとカガヤの間を隔てる境界がなくなる。
 シンは己から散った幻光を、重力制御により回収修復しつつ浮遊。カガヤへ突撃をかけようと押し迫った。
 
 対しカガヤは崩れ行く其の身に構わず更なる力を使う。泡立つ無定形の身体を、ヒトのようなカタチへ急速に変化。
 それに伴い、体色は虹を混ぜ込んだような無雑作な黒に。
 幻光が足りないためか、はたまた不完全であるが故か、シンの巨躯と対抗できるようなモノには見れない。
 カガヤはシンよりも二周りほど小さいヒトガタで海上に降り立つ。

 スピラの生命とは思えない、膨れ上がった泡立つ肉塊はまだ変化を続ける。
 ヒトの右肩甲骨にあたる部位から無数の腕を生えさせる。黒腕に大小の統一は無く歪な物ばかり。
 カガヤそれら全てを振りかぶり、シンへ打ち込んだ。

 放たれた腕の群は、重量と数と歪みに物を言わせた愚直なもの。
 突撃を仕掛けたシンとカガヤの無数の腕が激突。
 布を打つような、こもった数多の打撃音が海岸全域を揺るがす。  

 カガヤの拳は、浮遊するシンの顔、首、肩を打ち据え突撃を止めた。
 だが衝突の衝撃で細い物は全て四散。幻光を散らして崩壊した。
 その中で残った豪腕はシンの体表に突き刺さる。更に体表を削りながらゆっくりと、しかし確実に内へ進んでいく。

 カガヤはまだ闘えると思いつつも、身体の崩壊までもう時間が無いことを悟る。
 故に、次で決定的な一撃をシンに与えるべく、最初に生やした腕を左にも出す。右側にも補充。
 今度は全て豪腕で、万全を期し胸部を逸らして両の複腕を叩き込めるよう構えた。
 既に刺さっている腕はそのままで、今この瞬間もシンの身体を抉り幻光を撒いている。

 そのままシンへ繰り出そうとしたその時、

『――!』

 カガヤの動きが止まった。

 何本かの右腕が突き刺さっているシンの顔面下部。巨大な口が、僅かな紫電を帯び、開いていた。
 放たれようとしている重力波の威力は先の物とは比べ物にならない程弱い。
 だが、眼前の存在を撃破するには十分な威力を秘めている。

 歪みを展開しようと眼前を見据えた時にはもう遅かった。
 だが、カガヤにはもう一つ回避手段がある。
 歪みの展開よりも早い行使が可能な形状変化を用いれば、何のことはないのだ。

 しかしその選択は、背後、崖際にいる者達の存在によって選べない。
 そしてもう一つ。印の内にいる今、もし場を仕切りなおせたとしても制限時間が零になる。
 手詰まりだった。
 
 シンの一撃は、カガヤの胴体部へ音も無く放たれた。
 せめてもの抗いで、両の複腕を前に持って行きクロスさせ、後方へ重力波が貫通しないように防御する。  

 其の身は、穿たれるまではしなかったが、胸部から上は爆散。

『――……』

 偽神が飽和した。

 其の身は幻光へ崩れ、小さな輝きに収束し崖へ。
 同じように、空にある七色の亀裂が閉じ、エルダーサインも消えていく。
 それを見てシンが動いた。海岸に背を向け、海原に。
 去り行く巨躯はまるで、何かを確かめて、満足したように。

 崖の下、穿たれた空から射す陽光に照らされた銀細工が、虹色に煌いていた。






 何をやったのかは覚えているし、理解もしている。
 不完全ながらも自発召喚したことによって、流れるべき知識はほぼ全て得た。
 己のあり方も、漠然とではなくしっかりと認識できる。帰る方法も、条件は厳しいが一応可能。
 しかし、抜けている。一つだけ、在るべき知識が抜けているんだ。
 初めて力を持ったときからあった違和感は、とんでもない物だった。

 時を、支配できない。

 今まで幻光を取り込んで、空間に作用するものしか得られなかったのはそのためか。
 シンの一撃も歪みの展開を時間を超えて操ることが出来ず、好きなタイミングで返せなかった。
 重力波を跳ばした先、上に展開した歪みから直接放出されたのだし。

 時をどうこう出来ないのは、わからないことだらけだったというものあるし、深く考えもしなかったのもある。
 けれど想いは虚しくも打ち砕かれた。
 確かに自分の世界に還ることは出来るだろう。空間はどうにかできるのだし。心なしか安定しないが。
 けれども時間を指定せず世界に戻ったら、一体いつの時間軸に辿りつくのか想像も出来ない。

 最初から無理だったのだろうか。
 シンを倒さなければならないという前提条件も変わらなかったし。
 なまじスピラ側の召喚方式も踏んでいるから、都合良くはなっていない。

 顕現したときカタチが崩れ幻光が散っていったのは、印によるものだけではないだろう。
 そしてヨグ=ソトースの召喚に必要な手順が、自分の中で強く影響した。
 固定観念と先入観の下、そうなるべく無様にも自分でそう設定してしまったのだ。
 魔法に弱いのも同じように、戦闘を視野に入れていなかったのと、俺自身が魔法を知らないということもあったから。

 もちろん印が思ったより働いたのもある。自壊をあそこまで促すほど強力になるとは思いもしなかった。
 情報は開示されたから使える能力は増えて力は増した、が燃料不足でほとんど使用不可。
 幻光の量をレベルとすれば、要するに経験地不足ということだ。

 全く持って無様だ。結局俺は、400年も前からスピラを無意味に掻き回した大馬鹿者。
 死ぬのが早いか遅いかそれだけなんて考えて行動したからか、やっぱり後悔するのかね。
 この身は祈り子なんて、大層なものじゃなかったしな。

 一応その形式に法ってはいるものの、少し外れたモノだ
 祈り子は本来、召喚主がいなければ実体を得ることはできない。しかし、俺は顕現した。
 召喚獣は強い思念によって、具現化する場合がある。
 プラスであれマイナスであれ、強い思いの影響下であれば、俺の場合ヨグ=ソトースの特性も相まって召喚される。
 要するに、魔物とそう違いはないということだろう。

 それにしても、あまり意識はしてなかったけど、俺は相当引き摺るタイプらしい。
 たしかに郷愁の念は強かったし、家族にだって会いたい。何より、安心したかった。
 それなりの条件を満たせば自発召喚できる異能を手に入れられたのは、不幸中の幸い。
  
 懸念すべきエボン=ジュの乗っ取りだが、それはどうにかなるんだがな……
 こちらの能力を使えば、移られる前にエボン=ジュをどこにでも跳ばすことが出来る。
 歪みは設置型だ。もしユウナ達と体内へ行き対峙したならば、乗り移られ俺が顕現してしまう前に展開すればいいだろう。
 こちらへ来たら、歪みに当たるよう自分を中心に張れば何のことは無い。

 知性を持っているならば、それこそ贄にでもしてしまえばいい。
 重力魔法も問題ない。こちらは旧神の重力効果でやっと封じられる存在を模しているのだから。
 さすがに規格外のギガ・グラビトンは耐えれないけれども。
 しかし、こちらは進んでやりたくない。呪いとして存在する者だとしても、あれもまた幻光として成り立つもの。

 半ば反則もいいところだが、それでもなお目的を達することができない。
 それに今まで何回か幻光を取り入れていたが、よく考えてみれば命を貪っていたんだよな。
 さっき生きた人間も取り入れたのも、覚えている。それと違いは大してない。

 抜けてしまった討伐隊の幻光も、ヒトとしての意識があった。
 一瞬にして消えてしまった民たちの無念。負のそれを受け入れて俺がどうにかならないのは、やっぱりズレてしまったからか。
 そういえば、囮に使われたコケラも一緒に取り込んだ気がする。無駄な戦闘を省けたから良しとしたい。
 が、もう幻光を取り込むのは止めだな。命を弄び冒涜するのはもういやだ。
 ああリハビリに不眠症、それに断食か。正確なそれではないし他にもあるが、本当貴重な体験だらけだ。

 今なら全部投げ出して、一応自分のいた世界に還れる可能性はなきしにもあらず。
 けれどもうそれは諦めよう。還るべき部屋に戻れることは、万に一つも無いだろうから。
 そして、腑抜けるにはまだ早い。せめて、スピラとその命を滅茶苦茶にした落とし前だけはつけよう。
 それにいくら邪神を真似ていても、精神構造まで完全にそれになったわけじゃない。
 ヒトを殺したのだ。負の幻光はある程度受け止めれても、自責の念は激しく俺の心を掻き乱す。
  
 だから、贖罪じゃないけど、後腐れなく、やることやろう。
 殺人のそれ背負ったまま存在し続けるなんて、気が狂わないとしても耐えれない。
 結局は逃げでも、すべて内に閉まったままなら、誰にも迷惑かからないし。
 呆れを通り越して笑えるな。こんな状態になっても自分のことしか考えないなんて、いっそ清々しい。

 長い思考に一息つき、ふと思う。全ての原因は銀細工なんだろう、と。
 情報の源泉は、疑いようも無くこの銀細工だとわかってしまったんだから。
 シノに何気なく手渡された、ただのお守りの筈の銀細工。
 門を模した形をしているのに、疑問を持たなければならなかったんだ。
 しかしなんで門のカタチなんだろうか。普通は鍵じゃないのかね。
 
 わからないことは、まだあるな。
 ヨグ=ソトースに関する事柄と拡大解釈が出来そうなモノが流れてきて、しかし肝心な部分が抜けている理解できない代物。
 シノが何らかの意図を持って渡したとは思えないが、この銀細工が俺に何かをもたらしたのは疑いようも無い。
 結果を見れば、祈り子にすらなれず、出来損ないの劣化品。
 あともう一つあるが……

 これからを考えよう。どうすれば効率よく確実にシンを倒せるか。
 取り合えずユウナ達は、少なくとも印に護られた者達は、間近で俺を見たもの以外はそれなりにまともに見える。
 印にかなりの効果があったのは言うまでもない。
 後先考えない暴走が、主人公達に及ばなくて良かった。

 あの時内から呼びかけてきた声は、もう聞こえない。聞こえる気がしない。
 もう、どうでもいいことか……

 思考が逸れた。とにかくシン撃墜に用いたファーレンハイト一隻では、中々上手くはいかないだろう。
 実力は今回の戦闘で大体把握したのだ。まだシンにはテラ・グラビトンなんてものを隠し持ってはいるが……
 中身は何とかなりそうだが、攻防一体の外殻を沈めるのは遥かに難しい。
 撃墜されればそれでお終いなのだし、もっと高火力な機械が欲しいな。それとあともう一隻あればいいのだが。

 ……あるじゃないか。

 どうして今まで気が付かなかったのだろう。そうじゃない、見ないようにしていたんだ。遠慮みたいなものがあったんだ。
 しかしだ。アルベドを上手く引き込めるかわからないし、より悪い結果になるかもしれない。
 なによりサルベージできる時間はあるのだろうか。
 リスクがあまりにも大きい分、リターンはそれ以上だが。
 やはり問題なのは信用と確実性、時期と時間。

 戦力も欲しい。それらに接触するのは、危険かもしれないが。
 上手く関係を結べるかもわからない。けれど、やれる所までやってみよう。
 知っている未来は、もう辿ることができない所までズレてしまっているかも知れないのだから。
 あのシンのイレギュラーな行動は、明らかに俺という異物によるものだ。

「皆……どこ?」

 あの時俺から漏れ出た幻光を異界に送るユウナの背後、スフィアを持った銀髪の女の声が聞こえた。
 そう、やれる所までやってみよう。
 もし引き込めなくても、知識の大安売りくらいすれば、少しならこの世界にとってプラスに働きそうだし。

「祈り子様、どこへ?」

 舞を止め、俺に問うユウナ。その顔には畏怖と嫌悪の色が浮かんでいる。
 仕方の無いことだ。どうとも思わない。

『少し、用事が、な。その内戻る』
「わかり……まし、た」

 現状よりは良い方向へ持って行きたいと思う。
 姿を銀細工のまま、俺は走り去る女の後を静かに追った。

 無理が集らぬ程度に、引っ掻き回していこう。空虚を埋めるため、丁寧に八つ当たろう。

 ――あと少し、頑張ろう――

 その声は、自分のモノ……






 あの一瞬、何が起こったのかなんて理解できない。
 今ここにはあの強大な存在が引き起こした事象の名残は無く、シンの破壊の後だけが確かな形として存在している。
 ミヘンセッションは失敗した。それはとてもままならないことだし、古傷を抉る。
 私たちはやはり機械などに頼らず、罪を償っていかなければならないのか。
 でもそんなことが、些細なことに思える怪異が生じた。あの祈り子様が恐らく、目覚めた。

 鈍色の雲の下、何も無いところが虹に裂けそこから顕れたのは、あのシンが綺麗に見えてしまうほど醜いモノ。
 形容しがたい色の粘液を滴らせ海を汚し、幻光を貪り顕れ出でたモノ。 
 何もかも理解できない状況下、私達が感じ取れたのは、アレが出てくる前に降りてきた五芒星が護ってくれたということだけ。
 私の体は、震えている。腕で身体を掻き抱いていて、震える身体を押さえつけている。 

「なんだよ……アレ……」

 私の隣、膝を折り頭をたれるワッカが言葉を漏らす。
 
「アレが……気高き祈り子様だっていうのかよ……」

 小さな声。しかし嘆きと失望を感じさせるものだ。

「でも、あの力があれば、シンを倒せるかもしれないわ」

 アレは、完全な形で召喚されて絶えず崩壊していたのにも関わらず、拮抗した。
 そして、能力を用いシンへ大きなダメージを確かに与えた。
 それ以上の傷は与えることが出来なかったにしても、もし本当のカタチで召喚されたのならば……

「そんなわけあるか。あんなおぞましいモノが……」

 ワッカが顔を上げて、崖を見て呟く。
 異界送りをするユウナの背後、射光を浴びて反射する虹色へ。

 シンに対峙し退かせた祈り子様は、カガヤ様は確かに私達を護った。
 裂け目から顕れた見たことも無い印だって、多分カガヤ様のもの。

「エボンの教え、でしょう?」

 そうだけど、といってまた深く俯くワッカ。

「教えって、なんだろうな」
「さぁ、わからないわ。少なくとも、エボンの教えとあの祈り子様には、何か食い違いがあるわ」

 伝えられていた教えに、やはり綻びがある。
 400年前の口伝と、カガヤ様。そしてシノ様。一体何があったのかしらね。
 見れば、ユウナは舞を止め、あった筈の虹色が消えていた。

「わけわかんねぇ」
「私も……」

 人知れず想う。どうすればアレほどの力を手にすることが出来るのか……



[3332] 螺旋の中で 5-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2009/05/01 03:32
 暗い岩間の中、駆ける影が三つ。
 前を行く一つは青く光る球体を右手に持ち、振り返ることなく懸命に走る。
 後ろに付く二つ。片方は直剣を右手に、もう片方は銃を両腕で持って。

「ちょこまかと!」

 銃を持つほうが、青い球体、スフィアを持つ影へ声を張り上げた。若い男の声だ。
 決して友好的でない男の言葉を、前を走る影は気にも留めず駆ける。
 男は銃を走りながら構え、碌に狙いも付けず前へ放つ。しかしそれは命中せず、影の足元を穿つだけ。
 尚も走り続ける三つ。

「生意気な、記録係りの分際で」

 しかしそう言う銃を持った男の声に憎らしさは無く、口元に笑みを張り付けている。岩間の先は、広い行き止まり。
 前を行く影が岩肌を背にこちらへ振り向き、スフィアを持つ手を後ろにし身構えた。

「残念だったな、詰みだ」

 直剣を持つ男が、嗜虐的な表情で終わりだということを伝える。
 少しの間。空にある円を穿たれた分厚い雲の上、陽光が三つの影へ降り注いだ。
 振り返り身構えた影が暴きだされる。銀色の上げられた髪、赤色の目を持つ少女。
 しかしその顔に年相応のあどけなさは欠片も無い。

「死んで貰う」

 少女は何も答えない。よりいっそう腰を深く落とし警戒を高め、男二人の出方を伺っている。双方に距離はあまり無い。
 銃を持ったほうが前、直剣のはその背後控えるようにいる。
 男は銃を構えなおし先を少女へ向ける。もう一人は直剣を弄び、歪な笑みのまま。

 引き金が絞られ、発砲される刹那。少女は体制を更に低くし前へ。
 少女の持つ表情が普通でないように、その身のこなしもまた普通ではなかった。
 彼女はエボン寺院が持つ、少数精鋭部隊アカギ隊候補生の記録係。しかしただの記録係ではない。
 過酷な任務の中、ただの非戦闘員ではとてもでないが生き残れないだろう。しかし彼女は今こうして生きている。
 戦場で記録をしていても、自分の身を守ることができる。それが示すことは、少女には力があるということだ。

 少女が持つのは、最低限の装備のみ。
 低姿勢の中タイトなズボンの腰、ベルト左側に納めさげられている小ぶりなナイフの柄を、左手で逆手のまま持ち男に肉薄する。
 男には油断があった。相手はそれなりに腕が立つ者と知っていたが、所詮は記録係。そして性別は女、と。
 エボン寺院には女の僧兵がいない。軍隊において、女性を戦力として認めていないのだ。
 男はエボンの僧兵。故に慢心した。

 放たれた弾の先赤い飛沫は舞い上がらず、黒い岩肌を削るだけ。
 そして視界の真下、少女が逆手のナイフをためらい無く降り抜き腹を一閃。
 
「がぁっ……!?」

 男は口から息と苦悶を漏らし、切り裂かれた腹の痛みで銃を落とし前屈みに。
 少女は既に半歩身を引き、そして下へ落ちた男の顎に右ひざを放った。
 
「ごっ……」

 骨の砕かれる鈍く粘る音が響き、倒れる音が重なる。

「この……!」

 もう一人、後ろに控えていた男は顔を赤くし憤る。対する少女はいたって涼しい顔色だ。
 男は直剣を上段に少女へ斬りかかった。
 冷静さを欠いた直線的な縦斬り。それに対し、身を右へ軽くやってかわす。
 直剣が地面へめり込み、大きな隙ができた。
 少女はその無防備をすばやく確認。
 ナイフを握ったままの左拳を、血走った両目の間少し上へ。

「やめっ……!?」

 眉間を打ち抜いた。ご、と先ほどとは少し違う鈍い音が響く。
 白目を向き崩れ折る男を確認した少女は、スフィアの無事を確認しナイフの血糊を払いシースに納る。

「早く皆と……」

 戦闘時の表情とはかけ離れた焦りを含む声色。
 少女はまた、駆け出した。

 遥か空、銀が煌く。



 最後、不気味というのもおこがましい事象が引き起こったものの、ミヘンセッションはマイカ総老師の思惑通り進んだ。
 惨事の中生き残った者は、多くない。後方に控え砲撃に就いていた者は大方生き残ったが、前衛はほぼ壊滅。
 ヴァジュラは何も成果を生まず、操縦を行ったアルベド族諸共倒壊した。

 視察、監視の赴きで来ていた小太りの中年男、ウェン=キノックが撤収の指示を出している。
 キノックの下へ、整った衣装の腹心が報を耳打ちし伝える。そして忌々しいと吐き捨て、表情を更に歪めた。
 彼はミヘンセッションのためだけにここへ来た訳ではない。その裏で彼は一つの作戦を展開していた。

 最近力をつけてきた新しい老師シーモアに対し焦りを覚えた彼は、兼ねてより計画していた物を実行に移したのだ。
 失敗が決定付けられた作戦の中、私兵化した精鋭部隊、アカギ隊候補生をある場所へ送り込んでいた。
 
 キノコ岩街道の谷底にある洞窟。そこに恐ろしいナニカが潜んでいるという噂が流れている。
 そのナニカに襲われた者の内、何名かが不可解な幻覚を見た。巨大な機械の幻覚を。
 エボンの最高機密の中に、古の兵器ヴェグナガンという物がある。
 その全貌は闇に包まれはいるものの、一つだけわかっていることがあるのだ。それはシンに勝るとも劣らない力を持っていると。

 キノックは噂と機密を直感的に結びつけ、候補生を秘密裏に噂の洞窟へ最終先発試験と称して送り込んだ。
 もし失敗して隊が被害を受けようとも、表で行われるミヘンセッションの戦死者として偽装すれば問題ない。
 試験合格者から情報を聞き出した後、表の作戦へ派遣すればそれこそ上手くまとまるというもの。

 しかし、全ては成功せず。送り込んだ候補生は、たった三名と記録係一名を残して壊滅した。
 その生き残った者等の証言は、何の役にも立たず。キノックは試験官に任務の真意を知った三名と記録係の始末を任せていた。
 だが、全員に、逃げられたという。
 苦々しい表情を隠そうともせず、腹心に向かって指示を出した。何としてでも消せと。

 今まで長い時間をかけて、最高の権力を手に入れたのだ。
 汚い手など数え切れないほど弄したし、それでも決して楽な道のりではなかった。
 嘗ての友に負けぬよう築いた立場が、危ぶまれている。

「どんな手段を使ってでも殺せ」
 
 キノックは肩を怒らせ、声を押し殺しながらも再度命令した。



 ユウナはカガヤの用事というものを気にしながらも、舞を再開した。
 耐え難い恐怖と、常軌を逸したあの光景が胸中を掻き乱す中、務めて平静に。
 召喚士の多くは、志半ばで果てる者が大半だが、その他にもう一つ旅から脱落する要因がある。
 それは、シンがもたらした災いの痕だ。
 ここより大分先、ナギ平原という広大な草原がある。
 歴代の大召喚士がシンと相対し、打ち破った闘いの場。
 絶大な暴力が色濃く残るその光景に、多くの召喚士は心を折られるのだ。

 しかし、ユウナはそれを超える光景を、つい先ほど間近で垣間見た。
 今も杖を持って振るう腕は震え、指先の感覚も少し曖昧。
 この先、眼前に顕現した泡の塊は別として、シンには立ち向かわねばならない。
 そして打ち破り、ナギ節を。

 ユウナは言いようの無い恐怖と不安を湛えながらも、前へ進もうと舞を確かな物に。
 今すぐ拭える物ではないが、それら全ては超えられる、私には頼れるガードがいると心を強く持って。
 舞にキレは戻らない。けれど震えた腕は伸びやかに、力なくも振るわれた杖の軌跡はしなやかに。
 ユウナは先へ進もうとしていた。

 その傍ら。虚脱したティーダが膝を抱え浜に座りユウナの舞を眺めている。
 多くの者の死。それを送るユウナを見て、悲しい舞だとティーダは思う。

「帰れなかったな」

 突然かかるアーロンの言葉に、ユウナから視線を外し生気の無い顔を上げる。
 ティーダの隣にアーロンがいた。

「あ?」
「たくさんの物語が終わった。が……お前の物語は続くようだ」
「あ……」

 それだけ言って、アーロンはユウナのほうへ。
 それにつられ視線をやると、いつの間にか舞は終わっていた。

 ティーダはあのどうしようもなく規模の違う攻防の後、泡立つアレが消えた後、去り行くシンを追いかけたのを思い出す。
 穢れの消えた海へ飛び込み、ガムシャラに。シンへの怒り、父親への想い、ザナルカンドへの帰還、色々な感情を持って行ったのを。

 海の中意識を失って、浜に打ち揚げられ気が付くまでの間。ティーダは見た。
 どことも知れない青い世界と首を横に振る紫の衣を纏う少年。
 場面を変えるように視界へ向かってきたブリッツボール。
 そして思い出したくない父との語らいと、なぜか感じられたその存在。
 
 陰鬱とした内心を誤魔化すように勢いよく立ち上がる。そしてそのままユウナ達の下へ。
 それをアーロンは一瞥し空を見た。視線の先、ナニカが煌いている。
 
「お前の物語は、誰の物だ……」

 誰にも聞こえない呟きが、悼んだ風に消えた。



 海の上、夕日に映える都市の残骸。
 断崖の近くにある休憩所手前、三人の男達が疲れた顔で声を交わしている。
 そこから少し離れた所で、青い球体を構えた少女が呟いた。

「記念撮影ー」

 キノコ岩街道を必死に駆けていた少女だ。
 構えた記録スフィアで録画されている男達は、最終試験と称された裏の任務で低のいい使い捨てとして扱われた者達。

 洞窟の中、酷いものだった。
 候補生は次々と味方同士で殺し合い、三人も己の持つ長銃を向け合ってもう少しで撃ち合うところだったのだ。
 しかし、それは少女の叫びによって止まった。命からがら、皆で洞窟から脱出した。
 その後のキノックによる抹殺からも逃れ、彼等と彼女は合流。しかし、追っ手を完全に振り切ったわけではない。
 このまま真意を知った者達が集って行動していては、見つかってしまう。
 だから、しばらくは別行動をとろうと、今別れるところである。

 別れる理由はそれだけではない。彼等は幻覚を見た。巨大な機械の幻覚を。それを効率よく調べるためにも、散った方が良い。
 この中で唯一その幻覚を知らない少女にも、いずれ謎を解き明かしたら説明すると彼等は約束して。
 だが一度別れればいつ会えるとも知れない今、少女はこの光景を残したかった。

 手に持つ記録スフィアは、別れ行く三人を捉えている。
 赤い独特な衣を纏い、その左半身を機械で補う眼鏡の男ヌージ。
 所々にエボンの文字を刺繍された衣の、銀の髪を逆立てた褐色の男バラライ。
 忌み嫌われるアルベドの装飾が見受けられる、右目に眼帯をした男ギップル。

 彼等はいつかの再会を約束し、追われているのにも関わらず穏やかな表情で背を向け歩き出した。 
 しかし、その中で一人振り返る者がいた。その者は別れ行く仲間に声をかけるでもなく、別離を惜しむ表情でもない。
 振り返った者はヌージ。彼はおもむろに携帯していた銃を手に取って、背を向ける二人へ向けた。
 二人は気付かない。少女もスフィアの視界外でヌージを捉えていない。

 どこか虚ろな目で、ヌージは引き金へ指を。






 流れた情報は、ただ単に知識だけではない。神気はともかく、己の体の律し方も同時に流れ込んでいた。 
 今までいかんともし難いかった身体は、素早く変化出来るようになり、形状もそれなりの精度で再現できるようになっている。
 動きも人間だった頃とあまり変わりなく、欠点といえば体色をヒトのモノに出来ないことのみ。
 ヨグ=ソトースとしての能力は、時間――過去・未来――に関係するもの意外ならば大規模なものを除き行使できる。

 転移もこのスピラの内ならば、概ね自由に出来る。しかし、シンの体内や特定できていない場所への転移は例外。
 外界への干渉はなぜかフィルターみたいなモノがかかっていて、実質スピラから簡単には脱出できない。
 強引に行えば出来ないことも無いだろうが、精度は全く無く今は幻光が足りない状態だ。

 これが今の俺の状態。自己分析を終えたところで、眼下を見やる。
 形態はデフォルトの銀細工で、現在リンの休憩所上空だ。
 彼等を味方につけたい。ユウナ達の敵はシンだけじゃないからだ。
 エボン寺院そのものも敵になるし、ユウナレスカだって手ごわい相手である。
 シンの体内へ突入するのならば、それこそ戦力は多くあったほうが良いだろう。

 戦力はあればあるほど、有利になる。
 そして四人は間違いなく、ユウナ一行の力になり得る存在である。
 協力関係にするのも、そこまで無理なことではないだろう。もう少しでアルベド族のリュックが仲間になるのだ。
 彼女はギップルと縁があったと記憶している。恋人関係だったとか。
 わだかまりがあるにしても、切っても切れぬ関係の二人だ。大きな問題は生じないと予測できる。

 だが彼等四人を引き込むにあたって、解決しなければならない問題が二つある。
 一つは言わずもがな、俺への信用と協力を勝ち取れるか。
 もう一つは、1000年の妄執、幻光に焼き付いたシューインの存在だ。

 前者は己の立場と情報を用いれば興味くらいは引けるだろう。
 後者、やはりシューインがネックだ。どうやれば彼等から引き剥がすことが出来るだろう。
 乗り移る場面に遭遇できれば幽閉することはできるが、都合よくその状況になるとは考えられない。
 クトゥルフ神話の中、それをどうにかできそうな印はあるにはあるが。

 「妖蛆の秘密」を書したことで知られるルドウィク・プリンが、過去を知覚できるようになるという秘薬、遼丹使用の際に用いた防護の印。
 それは外部からの存在による侵入に対して有効であり、ハイパーボリアの人々が魔術師の蘇りを防ぐために用いたとされる、ナコト五角形。
 拡大解釈が効くのであれば、その者の正気を保つ効果がある印。もしくは精神に作用し正常化する印だとも思える。
 思ったとおりならば、俺の神気緩和にも効果がありそうな淡い期待も持てる。

 展開は、今の自分であれば可能。知識として内にあるのだから。
 しかし効果が有るかどうかはまでは、予測の範囲外。もし通用しなければ、シューインが中にいるヌージは戦力外として見るしかないだろう。リーダー格の損失は痛手だが、背に腹は変えられん。それよりも、ヌージを外すことによって、他のメンバーまでも引き込めない事態になるのは出来るだけ避けたいところだ。

 ヌージが銃口をバラライへ向けた。頃合だろう。
 何事も状況が大事である。俺の存在は、控えめに言っても信頼を勝ち取れるようなキモチのいいものじゃない。
 あまりに早く接触すれば、それこそ洞窟であった怪異の原因と見られてしまうだろうし、遅くに出てしまったら戦力が分散してしまう。
 唯でさえ疑われやすい身だ。気高き祈り子と言って信じてもらえるだろうとは、とてもじゃないが思えない。
 姑息に行こうと思うが、何分考える時間なんてなかったから、当然策も何もない行き当たりばったりの行動だ。
 接触しないという選択のほうが、安全なのだろう。だが、大きな成果は、多大なリスクの下にこそ得られるというもの。

 俺は射線上に小さめの歪みを発生させる。
 気付かれることはないと思いたいが、念のため目立たないところに旧き印を展開。
 これならば、不意打ちをバラライが食らうことはないだろう。

 ヌージが、引き金を引いた。

『なにっ!?』

 放たれた。しかし銃弾は、バラライの方、歪みへではなく、俺のほうへ。
 弾は中ることなく、大きく横を逸れていった。
 ああ、気付かれたのか。高度はそれなりにあるから大丈夫と思っていたんだが、シューインに対する認識が甘かったか。

「そこにいるのは何だ!」

 これでは、完全に俺が悪役じゃないか。やはり思い通りに行かないのかね。
 眼下、こちらへ向けられている視線は計四つ。見る限り、視認されている模様。
 思いつきで何でもかんでもするもんじゃないな。もう遅いが、まぁいいか。
 潔く、そして正面からぶつかって行こう。
 俺は歪みと印を消して、皆の視線が水平になる位置まで下降し見回してから言った。

『俺は、気高き祈り子と呼ばれているモノだ』

 一息つき、ヌージを見やる。
 試験的に揺さぶりをかけてみよう。相手の武器は銃のみ。
 もしヌージの固有技を行使する素振りを見せれば、届かないところに転移すればすむ話だ。

『まずは初めまして……そして、お前はシューインだな?』

 ヌージ、シューインは息を呑み、そして大層表情を歪ませおもむろに俺へ銃を連射した。
 何度も射撃されるが銀のこの身は欠けることも、吹き飛ばされることもなく。逆にその弾丸を弾き反した。
 兆弾はランダムで、しかし幸い誰にも中らなかった。
 効果があるな。

『どうした、そんなに焦って。お前の名前はシューインだったか? もしそうなら俺の言った名前をお前は認めたことになり、違うのならばその身体の持ち主は気高き祈り子かもしれぬ存在に対し、背信行為を行ったとして裁かれるわけだ』

 今ならば、どんな嘘でも無理でも押し通せる気がするな。行こう、このまま高慢に。そして最低に。
 シューインを叩き出せれば、どうしてやろう。幽閉してしまおうか。
 だが、このまま見逃すというのも一つの選択だな。
 どうせ、碌なことなど出来はしまい。乗り移るためには強靭な精神力と肉体を持つものという条件を満たした器を見つけ、隙を突かなければいけないのだから。
 しかしながら、X-2に関することは大分覚えているらしい。長い物語でもなく、そこまで複雑なものでもなかったからだろうか。

『そんなにあの兵器を手に入れたいのか?』
「あああぁぁぁぁぁ!!」

 揺さぶりが効いたのは最早明確。突然、ヌージが頭を抱え屈み悶え始めた。
 上手くいきそうだ。もう少し、といったところか。

『生者に乗り移ってまで』

 こんなこと言える資格はないが、それはもう気にしない。
 止めを刺そう。

『スピラを滅ぼしたいか』
「あああぁあぁぁ――」

 絶叫を上げ、ヌージは幻光を纏いながら、うつ伏せに倒れ込む。
 直後、滲み出るようにヌージの身体から幻光が漏れ出した。
 シューインが出てきた、か。こちらへ向かってくるか、それとも逃げ果せるか。
 それにしても、手間が省けて大変よろしい。印を試すまでもなく、引き剥がすことに成功したわけだ。
 果たして幻光は、退避を選んだ。この際だ、いらないことをされては困る。逃がしはしない。
 歪みを展開しようとしたその時だ。

「勝手に話進めてんじゃねぇ!」

 誰かにムンズとつかまれ、視界を塞がれた。しかし捕捉はしている。
 シューインの意志が焼き付いた幻光を転移するべく歪みを展開。もちろん同時に旧き印も。
 手応えあり。転移先はパインをつけてこの場所へ来る前に上空から確認をした、封印の施されたキノコ岩街道にある洞窟の中。
 元いた場所へ戻しただけだ。戻したところで、意味はないが。
 いくつもの分身を作れるシューインの意志は、別に一つくらい消してしまっても問題はないだろう。
 洞窟の中、夥しいほどのストックがあるのだから。が、少しは気が引ける。好き好んで生命を弄ぶ程狂ってはいない。

 取り合えず、ヴェグナガンに関する物語は進行しないだろう。
 シンとヴェグナガンのことを同時に解決しなければならない、なんて事態に陥ったら正しく噴飯ものだ。
 あの洞窟からふらふらどこかに行くなんてことはないだろうし、ヒトは寄り付かないだろうから乗り移るなんて事態にもならないと考えられる。
 しかし、気持ちが悪いくらい上手くいく。

「色々……話して貰おうか」

 そうでもないか。どうやって説得しようものかね。
 起き上がり息を乱しながらこちらに問うヌージの声を聞く。

『そうしよう。少しでも、互いを理解し合うために』 

 握られたまま答えた。締まらないことこの上ない。



[3332] 螺旋の中で 5-2
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:c10263ee
Date: 2009/05/02 16:16
『そろそろ放してもらって構わないだろうか?』
「いいやダメだ」

 リンの休憩場裏側にて、相互理解という名の尋問が開始されそうな雰囲気である。

「やはり俄かには信じがたいことですね……」

 別に、現状に不満を持っているわけじゃない。四人ともこちらの話を疑惑の視線を向けながらも聞いてくれたわけだし。
 だが話に信憑性は無いものと見ているのが明白で、俺はギップルに捕獲されアレな扱いになっている。
 話したのはまだ触り程度で、洞窟であった同士討ちの種明かしのみ。

「お前の話が本当だったとして、それを証明することはできるのか? 気高き祈り子であることと、あの洞窟であった怪異の元凶は1000年前非業の死を遂げた者の焼き付いた意志によるものだと」

 ヌージが根本的なことを確認しようと聞いてきた。しかし残念ながら自分に関しては明確な証明ができない。
 俺は現時点ではヴェグナガンよりも胡散臭い。シューインに関しては、如何にかなりそうだが。

『前者は信じてくれとしかいいようが無い。後者については、聞かなくてもわかるんじゃないか?』

 三人は困惑しながらも首肯して、更にこちらへ問う。
 口を開いたのはバラライ。

「ええ、あの時感じた怒り、恐怖、後悔、絶望……あなたから聞いた、その幻光に焼き付いた狂気に耐えれなかった故同士討ちを始めたということについては、幾分か納得できます」
「それよりも、どうして気高き祈り子サマとやらが、そんなこと知ってるんだ。それに祈り子ならなんで寺院から出てこれんだよ」

 今度は俺を捕獲したままのギップルが。

『シンの倒し方を知ってるんだ。それくらい常識外れで、おかしなことを知っていても何の不思議も無いと思うが、どうだろうか?』
「まるで話しにならないな。存在すら曖昧な者の言葉など……」
「そうです。大体、あなたが元凶であると考えた方がまだ理解できます。今こうして話しているのも、私たちを唆し利用するためだとも思える。あの時光る星のような印で幻光を消したのもそれに拍車をかけます」

 色々と勝ち目が無いような。説得など、やはり無理なのだろうか。
 印も悪い方へ解釈されているし、いっそう歪みだけにしておけば良かったか?
 派手に展開しなかれば、すこし怖気を誘う程度の影響しか出ないし。
 いや、印は展開して正解だろう。
 後々しっかり説明する機会を得さえすれば、あらぬ誤解は解ける筈。

 それに交渉材料が尽きたわけでもない。
 手の内を明かそう。でなければあちらが邪推して、唯でさえこの有り様なのに益々酷くなる。
 だが、利用云々は全く持ってその通りなんだよな。

『利用するというのは間違っていない。そのようにとられるだろうことは予想できていたからな』
「本性を表しやがったか?」
『いや、こちらが接触した理由を明かしておこうと思って』

 皆が息を呑むのがわかる。一息つき、声を発す。

『何故接触したか、それは簡単だ。俺はシンを倒すのに戦力を必要としている』

 更に間を置く。

『シンを倒すのに、協力してもらいたい』

 皆は驚き、目を剥いた。

『これからこちらは一方的に情報を提供する。それを信じシンを討つことに協力するかどうかはそちらの判断に任せる。もちろん聞かないという選択肢もあるが流石にそれは、だろう? そして一つ約束する。俺は真実のみを述べると。その上でそれとは別に、あの洞窟で見たであろう機械についても話そう』

 ユウナ達への協力者として味方につけることはできるだろうか。
 例え俺の直接の仲間として引き込めずとも、各々ユウナに協力するよう促せば御の字だが。
 ひとえにこの四人が俺を信じないのは、俺が直接目覚めた場面を見たわけでないのが一番の理由だろう。
 ならばその場面に居合わせたユウナ達と、伝説のガードアーロンに接触すれば表向き偽者だという線は消える。
 最悪でも薄くはなるだろう。
 だが肝心のユウナ一行に疑われているような現状、苦しいかもしれない。そこは、どうにかしなければならないだろう。
 まぁ今はそれは考えずにいこうか。
 
 彼等はユウナのガードにはなれないだろうが、関わっていれば多少なりとも協力する筈だ。差し当たりギップルだけは何としてでも引き付けたい。
 主戦力のアルベド族である彼は、元恋人リュックの存在でユウナ一行とのパイプになる。
 ギップルが協力するようになれば、他の三人も動きくらいは見せる筈。
 そして何より族長シドの協力を仰ぐにあたって、色々有効な人物にもなるだろう。

 リーダー格のヌージもどうにかしたいが、何分思考が読めない。
 死にたがりという特徴は、この説得の材料としては機能しない状態。
 アーロンほど難しい相手ではないと思うが、彼もまた大きな要因である。

 目下、ヌージ、ギップルの勧誘を優先し話を進めようか。

「話す前に、一つ聞かせて欲しい」

 今まで閉口していたパインが問うてきた。
 
『ん、構わない』
「どうして、私達に目をつけた?」
『狂気に打ち勝つほどの強さを持っているから。そしてシンを倒すためにはその意志と戦闘力が必要だ』
「じゃあ俺たちは、気高き祈り子サマのお眼鏡に適ったってわけだ」
『そう解釈して貰って構わない』

 我ながら随分と高慢なこと言ってるな。だが、興味は引けただろうか。

「じゃあ、私は聞かないほうがいいかもしれない。狂気に打ち勝ったわけでも、大きな機械を見たわけでもないから」
『いや、折角だから聞いていって欲しい。本当ならスピラの皆に話して聞かせたい内容なのだから』

 肝が冷える。手探りで中々大変だ。
 皆に聞かせたいとは言ったものの、本当にそんなことをすればアルベドを筆頭にスピラは乱れるだろう。

「はン、どうにもその偉そうな態度が気に食わないが、俺は聞いてやろう。気高き祈り子の言う真実とやらを」

 信用は未だゼロ。しかし、警戒は少し解けただろう。

「私も聞きます。真偽はともかく、話自体に意味があると思える」
「俺も聞くぜ。このままホームに帰っても、どうにもスッキリしないからな」
「私も聞こう。皆が何を見て、何をしようと思ったのかを知るために」

 各々の返答を聞き、十分に間を置く。
 全てを話してしまえばもうこちらの物だと自分に言い聞かせつつ、思考を前向きにする。
 話すのはシューインとヴェグナガンのことだけではない、寧ろそれを正しく理解する上で必要なスピラの真実を重点的に。

 彼等は自由に選ぶことが出来る。
 深入りしても生き残れるであろう実力もある。
 今の俺の力ならば、少しくらいのフォローも出来る。

「少しでも何か余計なことをすれば、こちらはそれなりの手段を取る」
『理解してる』

 警戒が解けるほど、かわいい相手じゃない、か。
 しかしこれだけの気概がある者達だ。気負うことはない。

『――では話そう。まずは、螺旋に至るあらましを』






 つい先刻まで持っていた余裕は、今の私にない。
 アレは究極召喚でしか成し得ないことを、後何歩かで実現しようとしたのだ。
 私の立てた推測はやはり推測でしかなく、先に起こった事象の前に棄却された。

 アレはシンを倒す法を知識として持っているだけではなく、能力をも兼ね備えていた。
 気高き祈り子と呼ばれるアレは諭すだけなど、そのような生ぬるい、ましてや大人しいモノではない。
 不完全でありながら、完全なシンを打破しうる可能性を見せた。

 もし完全ならば、まさか……
 外殻としてのシンは下より、核として在るエボン=ジュも伝承の通り完全に滅すことが出来るというのか!?
 そんなことがあっていいのか? これでは、アレを完全に屠らぬ限り私の悲願が成就することはない。

 認めよう。アレは、シンと相対せし異形の神は、最大の障害足りえる存在だと。
 同時に思う。禍々しく醜悪ながらも、何と輝かしいのだろう。
 伝承がその通りで、絶対の死であるシンを本当に滅ぼせるのならば、私のやり方以上の安らぎが……
 
 ……早急にベベルへ赴き探りたい所ではあるが、ユウナ殿をグアドにて迎え妻とするべく婚約を取り付けたい。
 中々難しいところではある。明日にはマカラーニャで僧官長の務めをするべく移動しなければいけない。
 トワメルをベベルへ送り探らせるのもいいが、ユウナ殿をグアドで歓迎する上で彼の能力は必要になる。
 私自身がベベルへ直接行き気高き祈り子を暴く機会は、ユウナ殿と婚姻を挙げる時期しかない。
 時間も余裕も一度に失った。悠々とことが進められるかどうか、よく吟味して実行しなければ。
 優秀な、それでいて使い捨てられる駒がいれば全て難なくこなせるのだが。

 思考を止め、眼前を舞っていたユウナ殿へ歩みを向ける。

「顔色が優れませんね」

 更に歩み、彼女の前まで。

「しかしユウナ殿。このような時こそ、気丈に振舞わねばなりません。普通の人間ならば、時には悲しみに浸るのも良いでしょう。――恐怖に苛まれ絶望してしまうかもしれません。けれどもあなたは召喚士。人々の希望そのものなのです。シンを倒すまで弱音は許されません。良く心得て置くことです」
「はい……努力します」

 目の前で悲しみを湛え、両腕で身を浅く抱く少女のために、

「不安ですか?」
「……はい」

 告げよう。

「ならば私が支えとなりましょう。ユウナレスカを支えたゼイオンのように」

 尚も悲しみを湛えたままに目を見開くこの少女もまた、眩しいものだ。

「続きはいずれお目にかかる時に。気高き祈り子が目覚めた今、近いうち必ず合間見えることでしょう。それでは」

 彼の輝き、此の眩しさ。如何様にすれば手に入るのか……






 その女は、例えようの無い恐怖の中にいた。
 一瞬にして消し飛んだ同胞。今でも紫色の光と虹の蠢きが、頭の中でフラッシュバックする。
 そして奇跡的に逃げ延び、しかしそこで顕れた狂気の存在が胸中を乱す。

「ルチル隊長……お休みになられて下さい……」
「いや、今は少しでも人員が必要な状態だ。それに、休んでいては……死んでいった兵達に示しがつかない」

 部下の、赤色の軽装を装備している少女エルマの気遣いを、ルチルはありがたく思いつつも断った。
 だが語気に覇気などは欠片もなく、エボンの教えに背いてまでシンに立ち向かった隊の長らしさは失われている。

 ルチルはアレが顕れた光景を思い出す。思い出すだけで、呼気は乱れ汗が噴出し、酷い眩暈に襲われる。
 傍から見ていても、とても警備が勤まるような状態でない彼女が何故ここに、ジョゼ=エボン寺院へ続く街道にいるのか。
 それはアレを連れて来た召喚士が、ここに来て試練を受けるからに他ならない。

 空が虹色に斬れる常軌を逸した光景の少し前。ルチルは遠くまで退避していたが、そこから一つ見たものがある。
 まだ息のある部下が助けを求めるかのように、苦しげに手を空へ翳しているのを。
 そして空が虹に染まったと同時に、まるでどこかへ連れ去られるよう、部下が消えてしまったのを……

 アレが出てきた時、今も己を蝕む恐怖と狂気に苛まれながらも、わかったこと。
 
 ――幻光を、命を、貪った。

 気高き祈り子と言われているが、そのような存在を連れて来た召喚士、ユウナへ問いたいことがある。
 教えに反した立場のルチルでは、召喚士にそのようなことを問うことなど許されない。
 しかしルチルは心身共に極限状態でも、この場にいる必要があった。

 部下達を、命を取り込んだアレは、一体何なのかを知りたいがために……


 ジョゼ=エボン寺院の召喚獣は、雷光を帯し一角獣イクシオン。ユウナはそれと契約すべく、疲弊した身ではあるが寺院へ赴いた。
 寺院は岩で固められ、まるで他の者を拒むような外観になっている。

「ユウナ様」

 ユウナ一行を阻むように、寺院への桟橋へ佇む力ない影。

「ルチルさん」
「皆さん、ご無事で何よりです」
「あなた方も、よくご無事で……」

 エボンのたまものと一礼するユウナを尻目に、憔悴した表情でルチルは口を開いた。
 それを見てユウナは心を悼める。シンの一撃で屠られた者達を思い、そして散った者達を率いたルチルの今を見て。
 無理をしないで下さいと言いたいが、ユウナはルチルのどこか鋭い視線を感じ言いよどむ。

「我々は命拾いしましたが、戦力としては全滅同然。教えに背いて参戦した挙句にこの有り様です……」

 ユウナは覇気もなければ語気に強さすら感じられない声を、何故か遠くに感じる。

「死んでいった兵達に、合わせる顔がありません」

 彼女が言いたいことは何か別にあると、ユウナ直感的に感じた。
 
「あの、何か……?」

 ルチルは訴いかけるかのように、しかし力なく問うた。

「このような立場の私が問えるような事柄ではありませんが」
「いえ、どうぞ」

 ユウナに促されるルチルの背後。部下のエルマとクラスコが心配げに隊長、と呼びかける。
 それを聞こえていないかのように、言葉を結ぶ。

「……シンと対峙した、虹色の……あの異形は、一体何なのですか……?」
「それは――」
「気高き祈り子様だという噂は、ここ数日で聞き及んでいます」

 ユウナの言を遮り尚も続く言葉。しかしルチルの顔色は、思いを紡ぐたびに悪くなり。

「……どうかお教え願いたい。本当にあれがシンを倒すと謡われる存在――」

 捲くし立てようとして、

「ルチル隊長!」
「ルチルさん!」

 気を失った。

「隊長……」

 崩れ折るルチルの身体を支える、眉尻を下げたエルマの声が静かに響く。
 居た堪れない空気の中、地響きが起きた。

「あ」

 見れば、寺院を覆っていた岩壁が剥がれ、雷を帯びて浮遊した。
 召喚士が祈り子と交感した時、このような現象が寺院に起こる。
 
「お急ぎ、ですよね……?」

 目を伏せつつ、ユウナへ寺院へ行くよう促すエルマ。

「ごめんなさい……今は、お答え出来ないことばかりで……私たちにも、わからないこともあって……」
「いえ、いいんです。隊長も知りたいとは思っているでしょうが、無理に聞き出すとは考えられませんし」

 どうぞ寺院へ行ってと、次に試練を受けるべく行って下さいとエルマは言い、ルチルを背負い隊の休憩所へとクラスコを伴って消えた。

「ユウナ。気にしないでとは言えないし大事なことだけども、今は」
「うん、大丈夫。私は、大丈夫だから」

 ルールーの言葉を聞き、暗い表情で入り口へ向かうユウナ。
 自分はスピラの希望で、このような時こそ気丈に振舞わねばならいと、シーモアのそれを思い出す。
 だが強くあろうとして心も前へ向いた筈なのに、しかし新たな辛労が架せられたことに、また不安が訪れる。

「カガヤさん……」

 誰にも聞こえないよう呟かれた祈り子の名前。
 何故彼は色々なものを隠し、そしてあのような姿なのか。

「どうして……」

 ユウナのどこか縋るような問いかけは、やはり誰にも聞こえることなく……



[3332] 螺旋の中で 5-3
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:c10263ee
Date: 2009/07/26 05:46
 気を失ったルチル、エルマ、クラスコとなし崩し的に別れた一同はジョゼ寺院での試練を済ませ、次の目的地グアドサラムへ続く幻光河へ来ていた。広大な河の向こうへ行くためには、シパーフという巨獣を用いなければならない。
 だが全て向こう岸へ出払っているためか、一頭も見当たらず。急ぐ旅ではあるがこればかりは仕方ないと、ユウナ達は河を眺めていた。

 夕日の中、幻光を立ち上らせ淡く銀に波打つ水面。
 岸辺に咲く紫の花弁を持つ幻光花を眺め、多少眉尻を下げたティーダが口を開いた。

「シンを倒したら、ゆっくり見に行こう」

 夜になれば更に美しくなるであろう風景は、旅を急ぐユウナ達が観ることは叶わない。
 しかしいつかは観て見たいと、ミヘンセッションから暗い面々を元気付けるためにティーダはそう言ったのだが。

「……」

 皆から声は返ることなく、ただただ時間が過ぎるばかりだった。
 ティーダは知らない。ユウナの旅は自らを犠牲にすることで終わるものだと。究極召喚は術者必滅の法だと、知らないのだ。
 そして、気高き祈り子と呼ばれる者の存在の意味。ユウナ達にとって、気高き祈り子はシンの復活を止めるだけの存在ではないということも。
 沈黙を破ったワッカの声は、それ以上の沈黙を生み出した。

「紫に銀……不吉な色だ……」

 それはシパーフがこちらに来て皆がその背に乗り、河の中頃へ行くまで破られることはなかった。






「辻褄は合っていると思います。ですが、やはり今すぐ信じられるものではない」

 やはり1000年で積み重なった教えは、真実を語っただけで崩れるようなものじゃないか。
 証拠はエボン寺院総本山、聖ベベル宮の奥底にて厳重に管理されている筈だ。
 それに真実を知る者は老師の地位にいる者達と、ザナルカンドにいるユウナレスカ。
 アーロンも知っているが、彼が自らそのことを打ち明けることは決してない。

『そうだろうな。大体前程からしておかしいのさ。怪しい俺が言うことなのだから』
「だから信じる信じないは、私たちの自由ということなのか」
『それもあるし、もし俺がマトモな存在だとしても、話自体を信じるかは四人しだいさ』

 そうそう信じられる内容で無い程、物事が捻じ曲げられスピラに根付いてしまっている。
 今の時代の誰が聞いただけで信じられるだろう。
 1000年前のザナルカンドとベベルが対立し、大戦争が起こっていたなどと。
 そしてザナルカンドの滅亡間際、支配者であるエボンがシンを生み出したと。
 スピラは永久に続く停滞を保つため、エボン=ジュとユウナレスカ、代々の総老師等によって調律されてきたと……
 
 ユウナ達は、評議会の面々から直接言い渡されることによって真実を知る。
 立場あるものから言われ、機械で出来たベベルの有り様を見たからこそ信じた。いや、思い知らされただな。
 それと直接ユウナレスカと対峙したからこそ、螺旋を断とうと立ち向かう。

『ともかく、この話を聞いてもらえただけでも、俺としては一仕事した気分だ』

 四人に話を出来ただけで満足してはならないし、現状ではとてもでないが信用はしてもらえないだろう。
 それにしても結構長く話した。日も沈み、あたりは暗くなっている。
 街灯なんてこの世界には無いから、街道を照らすのは月光しかない。
 新鮮だなと思いつつ、少し気を緩めた。

「ありえない話でもない、か」

 そう呟くヌージの声は、先ほどまでの剣呑さが少し消えたもののように感じる。

「だけどよ、それが本当の話なら……俺達アルベド族の扱いは一体何なんだろうな」

 ままならないと、そう思っているのだろう。全てエボン=ジュを倒し、寺院の真実を暴けばマシになるのだが。

『色々考えるのもいいんだが、もう一度問おう。解放して貰えないか?』

 ギップルはどこか力無い顔で答えた。
 無理も無いか。1000年前の文化を使っているだけで、侮蔑の対象として一族が吊るされているのだから。

「あいよ、腹でなに考えてるかはわかんねーが、流石にアンタがこっちに敵対する気がねーことはわかったからよ」

 そう言って、他の三人にも確認を取り賛成を見て、ようやくギップルは俺を手放した。

「四人固まってたらマズイってのに、俺たちは何してるんだろーかね」
「ソイツの所為だ。だが、どうする。流石にこのままたむろして、続きを聞くわけにもいくまい」
「ええ、少し冷えてきましたし。どうしましょうか」

 三人の傍ら、男達のやり取りを見てパインが頬を緩めていた。
 どこに行っても、俺の空気っぷりは大して変わらないな。






 キノック直属の部下等は、日も落ち込み寒さで身体が冷える頃を見計らい仕掛けた。
 部下を仕切る法衣を纏った男は、確実にキノックの命を遂行するため念を入れ夜襲を。
 法衣の男は愉悦と、命を完遂出切るだろうことへの安堵を感じていた。
 キノックは平気で人を使い捨てる。故にこの命をやり遂げることが出来なければ、自分は確実に切られるだろう。
 
「皆油断するなよ。気を決して緩めるな」

 包囲する兵は皆長銃を構え、話し込む4人を確りと捉えている。
 人数も一人あたり五人付く形で狙っており抜かりはなく、いつでも発砲出来るように。
 下手に動くことは不可能であり、いくら強者であろうと無傷での逃走もまた不可能。

 見れば、彼等は場所を移そうと意見を交わしている。
 このまま散られてみすみす逃がすなどはしない。男は兵等に発砲の指示を出そうと試みた。
 試みただけで、終わった。

『すまない』

 男は暗転する意識の中、囁きと、強烈な怖気を感じて。
 
 

「あぁ、クソッ! 本当祈り子サマのせいで、俺たちはつくづくヤバイな!」

 辛らつさを隠そうともせずぶちまけるギップル。
 彼等はカガヤの話の続きを聞くべく、今も自分達を追っているだろう刺客から隠れる所を探そうとしていたのだが。
 休憩所から動こうとして、しかしすでに包囲されていた。

「私たちは乱されっぱなしですね」
「全くだな」

 だが、彼等には余裕があった。
 もちろん包囲されここまで追い込まれていたことへの焦りは感じているし、この場を切り抜ける有効な策は無い。
 そう、四人では。

 この場には、カガヤがいた。魔法のような派手さは持ち合わせていないが、そんなことなど瑣末に思えてしまう程の異能。
 召喚獣としても異常な力を行使できる存在が。
 カガヤが模した神々は例外なく、人との交感を可能としている。大抵の場合、人は神の干渉に耐え切れず発狂するが。
 だが加減によっては操ることができるし、中には言葉巧みに唆して破滅に導くモノもいるのだ。

 気配を察知しようと思えば出来ていた筈なのにどうしてこう鈍くさいのか、とカガヤは内心情けなく思いつつも異能を行使。
 気が乗らないし、キモチのいい手段ではない。初めてということもあり、加減を間違えて精神を壊してしまうかもしれない。
 けれども、あの場を切り抜ける為には己の異能を発揮するのが最も効果的かつ効率的であり、何より安全だとカガヤは理解していた。
 結果はカガヤの異能が確りと機能し、現在4人は皆そろって逃走中である。

 だが、キノックの手の者も馬鹿ではない。現状を理解し逃走者を殺すべく数多の凶弾を繰り出す。
 しかし計画的な夜襲は今この場に置いて逆に働き、四人を助けるものとなった。月光程度のそれでは、まともに照準を定められるものではない。
 だからといって諦めて逃がすわけにもいかないのだ。兵たちは尚も乱射する。

「鬱陶しい!」

 黙って見ている訳にはいかないと、カガヤは追っ手に片っ端から干渉し無力化しているが、精神を壊さぬよう慎重になり手間取っている。

『捌き切れない……!』

 果たしてその弾幕は、効果があった。
 
「散ります!!」
「話を聞いてないってのによ!」

 四人は散り散りになり、カガヤの思惑は失敗に終わる。

『上手く、行かないな。やはり、付け焼刃では……』

 単身上空へ上がり、カガヤは一人に的を絞る。そしてその者をつけるように行動を開始した。
 己への苛立ちと、ことが進まぬ現状を不満に思いながら。



「はぁ、ああクソッ……」

 荒れた息を整えつつ、ここ数分で胸中に溜まった鬱憤を零す。
 しかしこの程度では気分が晴れよう筈も無く、声の主ギップルは潮騒の中顔を顰める。 
 仲間はちゃんと逃げることが出来たのか。いけ好かない祈り子はいったいどうしているのだろうかと考えながら。

 あの最終試験と称された地獄から逃げ出し、祈り子の突拍子も無い話を聞かされ、そして夜襲だ。
 いかに歴戦たる戦士であるギップルでもさすがに疲れが溜まったのか、岩肌に腰を下ろした。
 ギップルは、祈り子に会わなければ今頃自分はアルベドのホームへ向かい、海原へ出ていただろうにと一人ゴチて前を見やる。
 
 そこにはアルベドの船があった。アルベドのホームがビーカネルは島国である。
 ギップルはアカギ隊へ入隊すべくここに来るために、ホームから一人船でやって来た。自らを慕う者達の声を振り切って、シンを倒すためにやって来た。
 スピラを守りたい。その一身で、アカギ隊先発を受けに来たのだが。

 念のため隠しておいた機械の船。まさか使うことになるとは、ギップル自身思っていなかった。
 討ち死にする気で来た自分は一体なんだったのだろうと、情けなく肩を落とす。

「はぁ……」

 身体の疲れは休めばとれる。しかしあの過酷な訓練と最終先発、何よりもそれが無駄だったことに対する心労はそうそう癒えるものではない。そしてのうのうとホームへ帰ることしか選択のない自分に、嫌気が差していた。
 だがホームへ帰ったとして、自分は何をすればいいのか。大体出来ることと言えば、族長の召喚士攫いに協力するくらいなのだ。
 そしてヴェグナガンを調べようと思っても、ベベルへ行かないことにはどうしようもないと祈り子の言葉から判断している。
 明確な目的を失ったギップルは、ホームへ帰る気にもならず落ち込んでいた。

「こんなシケたツラして、戻れってか」

 そこに、いつも陽気なムードメーカー然とした姿はどこにも無く。
 だからだろう、ギップルは本心から助けを請うた。訳のわからない希望に、手を伸ばした。

「なぁ、助けてくれよ。祈り子サマよぉ。あんたは何でも知ってんだろ?」

 あの時祈り子が言った言葉を、強く思って。

 ――シンを倒すのに協力してもらいたい。

「教えてくれ。俺はどうしたらいいんだ」

 こんな姿誰にも見せられないと、ダサすぎるとギップルは自嘲した。
 しかし、乾いた笑みに答える声が響いた。

『そうだな。取り合えずホームへ案内して欲しい。あと、酷な申し出になるが族長と話が出来るよう取り計らって貰いたい』

 ふてぶてしく、そうのたまう声が。

『よろしく頼む』

 駄目押しに、ギップルの頬が痙攣する。
 ギップルは、いかにも全て知っているような祈り子の態度と、どこか諦めを感じさせる声色がどうも好きになれないのだ。
 誠意はあるよう思えるのだが、疲れを感じさせる口調がどうも受け付けない。
 腹いせに、声の方を向き闇に浮くそれをムンズと掴み凄む。

『おいこら』

 勢いよく立ち上がり掴んだそれを船へ投げ込んで、憮然とした態度で口を開いた。

「わかったよ。だから洗いざらい吐いてくれよな」
『なんだよ、この扱い。あんまりだろ……』

 文句などまるで聞こえていないとでも言うように、船へ乗り込み出航の準備を始めるギップル。
 そして喚いている声をバックに、下がっていた気分を持ち直し、微笑みながら呟いた。

「色々頼むぜ? 祈り子サマ」



 今頃ユウナ達は、幻光河でアルベドの召喚士攫いを退けリュックを仲間にし、グアドサラムへ付いているだろう。
 夜空の下、波を裂き進む小さなボートに揺られながら、カガヤは別れた彼女達の動向にあたりを付けていた。明日には雷平原の半分は進み、次の日にはマカラーニャの森まで進むだろうかとも予想している。すべて上手く行けばという文句がつくが、仲間も増えるしガードも強いから大丈夫と考えて。

「遅くても、明後日にはホームに着く。ったく夜通し操縦する俺の身になれってんだ」

 グチの止まないギップルではあるが口調はいたって軽く、カガヤへのからかいそのものだ。

『悪い。それに感謝してるよ。だが、時間との勝負なんだ』
「あいよ。だけど本当に北の海で飛空挺が氷付けになって沈んでんのかい?」
『あるさ。無いなんてこと、ありはしない』
「ま、そこまで言うんだ。もう疑わなねーよ」

 本来ならば、シンを討ってから2年の時を経て登場する飛空挺セルシウス。カガヤはそれを求めてアルベドのホームへ交渉しに行く。
 ゲームの中、最終決戦時にシンの腕をブチ抜きもいだ、今着々と準備がされているであろう飛空挺ファーレンハイト。それが撃墜されない保障はどこにもないし、保険という意味と移動手段の側面からみても決して無駄ではない。
 同等かそれ以上の性能を持つセルシウスを、戦力の足しにしようとカガヤは考えていた。

「まだビーカネル島まで時間がある。ヴェグナガンのことは、納得出来たわけじゃないけど大体わかった。だからスピラの真実、特にベベルのことを詳しく話して欲しい」

 ここ数時間、ギップルはヴェグナガンに関する事柄をカガヤから根掘り葉掘り聞き出していた。
 1000年前、まだエボンとベベルが二つに分かれて大戦していた時に創造された狂気の産物であり、あまりの凶悪さに運用されることなくベベル自らが封印した欠陥品。自らの敵意に反応して暴走する機械兵器であると。

『わかった。おさらいになるが、1000年前ベベルは機械都市として繁栄し、現在の機械禁止を掲げるエボンに成り代わっている』

 考え込むように視線を下げるギップルを無視し、カガヤは続ける。

『量産が容易な重火器を扱うベベルは、一体一体は強力な力を持つけれど数の少ない召喚獣に頼り切ったエボンを押しのけ、滅ぼしわけだ。このことは当然僧兵に広まっていないし、老師クラスの者でなければ知りえない。故に現総老師マイカ、それに列なるキノックやシーモア、あと……ロンゾの老師は真実を秘匿しエボン寺院を取り仕切っていることになる』

 視線を下げつつも、舵を誤らず確りとっているギップルはさすがといえよう。

『アルベドが老師の席を持っていないのは、機械を偶々好んで使っていたから。それと、吸収したエボンの教えなる機械禁止を教義にする上で、禁忌の象徴にされたからだろう』
「俺達は、シンが復活する口実にされたわけだな。アルベドが機械を使うから罪は償われないって具合によ」

 そう答える顔は憤りを浮かべており、渦の模様がある左の瞳はベベルへの怒りに震えていた。

『心苦しいが、そういうことになる。そして機械禁止を掲げているが、その実ベベル自身が銃や大砲などの機械を使うのは黙認している。アカギ隊先発でも銃を使っただろう? それが証拠さ』
「加えて、使えないにしてもヴェグナガンまで抱えてるなんてな。本当胸糞悪いぜ」
『……詳しくとは言われたが噛み砕けば案外単純な話で、休憩所で話したことの補足にもならない程度だったが、いいだろうか?』

 怒りを噛み殺し、深いため息を吐いてギップルは答える。

「ああ、十分さ」

 会話に一段落つき、両者はボートが波の飛沫く音とエンジン音の中黙した。
 雰囲気は良くない。しかし考えを巡らすには丁度いいと、カガヤはこれからどうするかを考え始めた。

 明後日にはホームまで行けるというギップルの言葉を思い出し、長い時間だとカガヤは考える。
 その間何も出来ない役立たずである。ユウナ達はもうカガヤが把握できる距離にいないし、幻光河もグアドサラムもカガヤ自身行ったことのない所が為に転移出来ない。
 出来たとしても、ギップルと別れるわけにはいかないのだ。やっと話すくらいまで警戒を解いてもらったのに、今別れてしまえば今後アルベドに協力を仰ぐのが難しくなってしまう可能性が高い。
 カガヤは時間を持て余すことに焦りを覚え、不安を募らせていた。

 身動きが取れなくなっていることに今更気付き、思考の中でのた打ち回っているカガヤなど知らず、ギップルは口を開いた。

「なぁ祈り子サマ。あんたはどうやってシンとエボン=ジュを倒すんだ?」

 カガヤという異常な祈り子と関わりを持った者なら、聞かずにはいられないことだろう。
 スピラの災厄を屠る究極召喚ですら成し得ない最高の可能性。エボンに反するアルベドであるギップルだが、スピラが召喚士の犠牲なく救われるのならば願ってもないことである。
 だからおいそれと明かしてはくれないだろうと思い、興味本位で聞いたのだが。

『あれは、俺だけの力でどうにかなるモノじゃない』

 適当にはぐらかしてくるだろうと思っていたギップルは、返ってきた暗い声色にどんな顔をすればいいかわからなかった。

『究極召喚だって召喚士と祈り子二人が犠牲になって、しかも成功率は極めて低い。五回……いや、四回しか成功してないんだ』

 銀の門にため息を吐くような器官はないが、今にも聞こえてきそうなそれをかもし出している。

『俺がやろうと思っている倒し方は、それよりも難しいやり方で犠牲者も多く出す』
「見返りが最高な分、ベットがデカ過ぎる、か……」
『ああ、そういうやり方さ……まったく面倒な奴だよ。シン、エボン=ジュは』

 まるで悪かったとでも言うように、あんたも苦労してんだなとギップルは呟いた。

『そうだな。にしても、ギップルは俺の話をやたら真面目に聞くな。ヌージやバラライはいかにも胡散臭いなテメェって目をしていたのに』
「俺だって、そう変わんねーよ。ただ……」

 少しの間を空けて、言葉を選ぶように続けた。

「ただ、あんたも必死だっての、理解しただけさ」

 月の光を照り返す海面を、小さな船が進んでいく。

『少し、疲れた……』
「休んでいいぜ? あんたが生身だったら、とっくに倒れてるだろうよ」
『かもな。何故か、眠い。甘えさせて貰おう。何か、あった、ら――』

 果てなく大きな虚しさを、一筋の光が進んでいく……

「……やれやれ、随分頼りない祈り子サマだ」 



 吹き荒ぶ風は白く冷たい。ここはマカラーニャの寺院より遠く離れた吹き溜まり。
 その中で激しく肉を打つ音が風のそれに紛れて響いている。それだけではない。理性など感じられない化け物そのものといった雄叫びと、何かが吹き出る音も聞こえる。
 風が少し止み舞う雪が弱まると、そこは地獄と化していた。

 二つの巨大な、どこか人のように見える赤色のナニカが対峙して睨み合っている。
 両の化け物の周りは血に見える赤色で覆われており、真っ白な雪は見る影も無い。
 風がまた弱まった。暴かれた姿は、血に濡れ元は黄色だった体毛を赤に染めた、鬼の如き風貌と巨大な両腕を持つ怪物だ。
 両の鬼は血を滴らせ、真っ赤な瞳に狂気と闘志を内包し、殴るのに最適化し発達した豪腕を構えた。
 硬く握られた拳は見るのも憚られるほどに赤黒く染まっていて、見て取れる親指の大爪には肉がこびり付いている。

 本能で動く鬼、二匹。互いに深い傷を負い、次の一撃で決着がつくだろう。

『――■■■■■■■■■!!!』

 二匹は吼え猛り、がむしゃらに腕を振り上げて互いに殴り合う。
 顔面を打ち合い、筋骨の軋みと破砕音が辺りにこだました。音は降り積もる雪に吸収されてもなお響き、熾烈さを物語る。

『――……』

 相打ちだ。

 崩れ折り倒れ、幻光に還り始めた人を喰いし野獣。
 本来、人喰鬼は同種を敵にすることはあまりない。個体数もそれほど多くは無いため、縄張りを侵し合うこともないのである。
 しかし、ここ数時間でこの怪異が始まった。マカラーニャの鬼達は凶暴化し、更にガガゼトに生息する上位の鬼アシュラをも上回る力をつけていた。

 殴り合い死んだ二匹の人喰鬼。名を、其の名を……

 ――ウェンディゴと云う。

 スピラは一部、変調を来たしていた。



[3332] 螺旋の中で 5-4
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:c10263ee
Date: 2010/01/01 03:25
 海上に、悠然と浮遊する巨大な化け物がいる。
 その手前。化け物から遠く離れた浜辺には、無手で佇む人影があった。影は風に長髪を靡かせ、化け物を見上げてナニカを呟く。
 言葉が風に乗る。次の瞬間、人影の右手には青銅の偃月刀が存在していた。
 刀身は鈍く輝き、それに刻まれた術式は禍々しく絶えず発光している。
 影はそれを振り下ろし刃を浜へ沈め、また呟いた。
 浜には刃を中心に何重もの円形が開き、その弧へ沿うように、エボンの印とこの世のものではないナニカがない交ぜになった式が浮く。
 線円と印、そしてナニカは強い輝きを帯び、その上に立つ影は光に埋もれる。
 声を大にし、閃光の中で喚ぶ。

「来なさい!」

 女の声で、それはさざめく波に消えることも、吹き荒ぶ潮風に溶けることもなく空へ響く。
 陣が光爆し、淡い粒子となって四方へ弾け跳んだ。
 浮遊する化け物の向こう側、日を背負い女の方へ向けて何かが舞い降りる。
 人と竜を掛け合わせたようなシルエットの、逆光の中なお映える硬質な漆黒。暖色の翼を生やし、黄金の環を背負った聖なる獣だ。
 聖ベベルが祈り子の召喚獣、竜王が舞い降りた。

 女は偃月刀を砂浜から上げて柄を両手で持ち、呪を唱え刃に魔力を纏わせて、化け物へと横薙ぎに払う。
 偃月の刃が眩い白銀と化し、鉄を斬るような切断音が鳴り、金きりの爆風が生じる。
 爆風は長大な緑色の刃として放たれ、幾重にも重なり化け物の顔面へ吸い込まれるように消えた。
 一瞬の間を持って響くのは、やはり、切断の音。

 だが、顔面が百を超える刃で刻まれたのにも関わらず、化け物は幻光を撒き散らしながら前進を始めた。
 ズタズタにされ剥がれた体表が、海中へ落ちて変態する。甲殻をくねらせ泳ぎ、女の方へ急激な速度と膨大な数で押し迫った。
 女は既に察知して竜へ指示を出している。ただ一言、放て、と。

 竜は一つ羽ばたき前に出て、人の如き二足をやめ浜を力強く踏みしめる四足に。
 鋭い翼を大きく広げ、背の環を回して大気の幻光を取り込み口を開いた。
 一息吸い、そして放出。
 大きな口よりもなお大きい白亜の柱が、浜辺を震わし横に直進して大海を抉る。

 それは海中から泳ぎ来るそれを無に帰して伸びに伸び、化け物まで迫ったところで、阻まれた。
 壁がある。ドーム状に展開された高出力の重力壁が、竜王最大の攻撃をいとも容易く無力化した。
 竜は直撃出来ぬことへの不満に喉を鳴らして立ち上がり、ついていた前足を腕として組んで女の指示を待つ。

「唸らなくてもいい。気は引けたのだから」

 女は竜へ優しく語りかけ、気負うことはないとでも言うように大きな足元へ寄り添った。

「私を乗せて飛びなさい。ビサイドから逸らす」

 竜は逡巡し、しかし己を見つめる強い視線に答えるために迷いを払って屈む。
 黒く無骨な両手を重ね合わせ、甲を下にし平を女の前へ下ろした。
 手の平へ、女は迷いもなく足を置いて身を入れる。

「落とさないように、ね」

 女は鎧のような親指を見て、自らのたおやかな手で触れた。
 右手に握られていた偃月刀は、いつの間にか消えている。

「……護りたいの。もう一頑張り、お願いするわ」

 儚げな言葉に竜は強く頷いて女を大切にしながら立ち、前かがみになりつつ両手を胸へ寄せた。
 女を抱いて、竜が飛び立つ。化け物の視線を釘付けに……



「ギップル! 生きていたのか!」
「よかった……本当に良かった……」

 発せられるのはスピラ語ではなく、学ばなければ理解できない言語。エボン寺院によって忌み嫌われているアルベド語だ。
 ミヘンを発ってから二日目の昼。ギップルはカガヤを持ち徒歩でホームへ向かっていたのだが、サヌビア砂漠で巡回していたアルベド族に偶然発見されて今に至る。ギップルはホームの門を前に、自分を慕っていた者との再会を複雑な心境で、しかし喜んでいた。
 
「あたりまえだろ? 俺がそう簡単に死ぬかってんだ」

 自分に弱音は似合わない。だからギップルは強気にそう言い放つ。
 再会を喜ぶのも程々に、故郷へギップルが入ろうとしたその時だった。

「へっ! くたばっちまえばよかったのによ」

 不遜に吐き捨てる声が響いた。
 門の向こうから現れるは禿頭の男。アルベドを統べる者、シドだった。

「どのツラ下げて戻ってきた? あぁ?」
「うっせえな。戻ってきたのは用事があるからだよ!」

 返す言葉に棘を乗せ、だがギップルはハッとして、熱くなった頭を冷やす。

「なんだぁ? 今更用事だとぉ? とっとと失せやがれってんだ!」
 
 このまま罵り合いをしても利益はなにも生まれず、この後もっと面倒なことをカガヤが話すのだ。馬鹿をやっている場合ではないと、ギップルは今だ悪態をやめぬシドへ言い聞かせるように話を切り出した。

「……族長よ、真面目な話をしに来たんだ。俺っていう個人的な話じゃない。もっと大事な話だ」

 その言葉に尋常ならざる何かがあるとシドは感じ、顰めていた顔を無にして先を促した。

「ここじゃ出来ない。それに、話すのは俺じゃない」

 ギップルは懐へ収めていた銀細工、カガヤを取り出して言い放つ。

「すげぇぜ? 気高き祈り子サマにご高説して頂くんだからな!」

 そして「なぁ? 祈り子サマ?」と続けるギップルに、カガヤは答えた。

『そう言うことだ。族長シド、話がある』

 当然のように、流暢なアルベド語で。
 故郷へ帰りその言葉でもって思わずスピラ語ではなく、アルベド語で話をふったギップルは目を丸くして驚く。
 そしてシドと周りにいたアルベドの者は、突如響いた言葉に辺りを見回した。
 一様に言葉を失い、熱砂の荒ぶ音だけがよく聞こえる。
 


「それにしても、アルベド語を知ってるとは。本当変わった祈り子サマだな」
『そうか? だが今更だろう。俺は何を知っていても可笑しくないのだから』
「違いねぇ」

 ギップル等はホームの中へ入り応接間へ招かれ、一息ついている。
 吐き出される言葉はアルベドのもので、だがカガヤは詰まる素振りも考え込む間も持つことなく、当然のように返している。

「話は変わるけどよ。祈り子サマ、今朝はどうしたんだ? 折角島が見えてきて呼びかけたってのに、何も反応しないで」

 カガヤはあの夜どうしてか眠り、今日ホームへ着く頃になってようやく起きた。
 
『すまない。疲れていたんだと思う……』

 しかしそれだけが理由ではないと、カガヤは確信している。夢を見たのだ。
 思い出す。海を覆う巨大な影、シン。偃月刀を振るう女、シノ。舞い降りた漆黒の召喚獣、バハムート。
 その三つによる攻防を、おぼろげではあるが確信を持って理解した。400年前のビサイドであったシノの闘いであると。

 なぜ見たのか。そして見れたのか。わからないが、カガヤが模したモノは何でもありの神様だ。
 それに目覚めたということもあり、自分の意志では見れないが過去視くらい不思議ではない。
 シノとも、もしかしたら繋がっているのかもしれないし、可能性というものは今の状態ならば無限である。
 いくら理解できないことが起こっても、否定できる要素はカガヤという存在そのものの所為で無いのだから。

 それを裏付けるのは、何においてもシノが振るっていた偃月刀。シノは偃月刀の特性を理解し、杖の役割として正しく使っていた。
 アレはスピラに在ってはいけないモノだと、カガヤは知っている。バルザイの偃月刀と云われる、儀式に用いる触媒。
 たしかに、FF-Xはカガヤがいた地球の神話に登場する獣や武具が多数登場する。けれどもバルザイの偃月刀など、そんなモノは登場していない。
 なぜ在るかは及びもつかないし、なぜ振るうに至ったのかも。しかし、シノは何かしらの要素の影響を受け、カガヤと同等かそれ以上の関係があるのは自明の理。

「すまねぇな。待たせた」

 と、くつろぎ気だるげな雰囲気の中、シドが応接間へやってきた。
 カガヤは思考を断ち、シドへ視界をやる。

「部下どもに指示を出しに行くところに、いけ好かねぇ奴が帰ってきたって聞いたもんでな」

 そう言って、椅子へ大層疲れた風に腰を下ろし、顔を堅にして腕を組んだ。
 ギップルも姿勢を正し、カガヤを鉄製のテーブルへ置き口を開いた。

「さぁ、面倒な話でも始めようぜ。そしてちゃっちゃと終わらせて、休ませてくれや」

 軽口を叩くように、しかしその顔は真剣そのもので、これから始まる話の重さを持ったものだ。

『そうだな、早く終わらせよう。時間がもったいない』

 シドはテーブルへ置かれたカガヤへ強い視線を送る。
 カガヤはそれに怖気づくこと無く、ましてや押されることも無く、名乗りを上げた。

『俺はビサイドが祈り子。400年経った今目覚めた、気高き祈り子だ。――率直に述べよう』

 カガヤは続ける。ここで一息に言わなければズルズルと長引くし、シドは族長で束ねる立場にあるものだが直情的で、回りくどい言い方は良い印象を持たれない。
 それにカガヤの最終目的はアルベドの民にとって、なによりシドにとって一番の釣り餌である。

『シンを討たないか? 機械の力で、討ちたいと思わないか?』

 シドは息を呑み、少しの間を持って答えた。

「いいねぇ、楽しそうじゃねぇか」

 凶暴な笑みを貼り付けた、誰よりも男らしい顔になりながら。



『機械の力は、ミヘンセッションで成果を出せなかったものの、そんな物ではないと俺は思っている』

 今だにやつき、カガヤの言葉を一字一句逃さぬように聞くシドと、口を硬く結ぶギップル。

『俺はヴァジュラがシンの重力壁を後一歩のところで破るのを見ていた。あの力は重力壁によって阻まれなければ、相応の効果を持ってシンへダメージを与えることができるだろう。しかしその一瞬のタイミングを掴み、放つには――』
「飛空挺、か」

 説明する傍ら、カガヤはシドのこの発言を期待していた。
 カガヤは、すでにファーレンハイトへのヴァジュラ換装に手をつけていることを知っている。それに同じことを考えているのが解かれば、互いの方向性は同じものだと強く認識でき、これからの話を進めるにつきスムーズになる。

『そうだ。旅人に、アルベドがバージで飛空挺を引き上げていたと聞いてな』

 カガヤは本当のこと、召喚士ユウナのガード、ティーダの話からそれを知っているとは言わず明かさないでおいた。 
 本当は話した方がいいのだろうという思いもある。シドの姪にあたるユウナに深く関係していることなのだ。
 後々になってシドの助力が得られない状況になるかもしれない。
 だが、カガヤは急く現状への焦る気持ちを抑えられるほど立派ではなかった。

「おうそうだ。俺の娘がな! だが、言いてぇのはそれだけじゃねぇな?」
『ああ、大事なことだ。もし、飛空挺がもう一隻沈んでいると解かったら、どうする?』

 シドはそれが本題かと呟き、カガヤはそうだと肯定する。

「……本当か?」
『ああ、本当だとも。嘘などついて、何になる』
「そうだな、そうだ。だがよ、アンタがエボンの回し者だったとしたら、どうよ」

 カガヤは押し黙り、問われるだろうと思っていたそれへ冷静に返す。

『俺がアルベドの本拠地をリークして、もう一隻のサルベージへ人員を割いている所に僧兵を送り込むと?』
「おうよ。アンタまだ信用すらされてねぇこと、忘れちゃいけねぇよ」
『ああ、わかっているさ。だから話そう。スピラとアルベドのことを』

 ギップルは姿勢を正し、固くしていた口を開いた。

「長い話になる。その光ってボケる頭に理解できるかわからねぇが……いや、わからされるだろうよ」

 シドは顔を緊にしつつも、黙って頷いた。頑固親父であり聞き分けのない自分ではあるが、小僧に言われて諭されるほど耄碌してはいないと。

「話を、頼む」

 知ろうとする強い視線と語気に、カガヤは答え始めようとしたのだが。

『思う所があるだろうし、憤ることもあるだろ――』

 シドは顔に疑問を貼り付け、カガヤの言葉を遮った。

「ちょっと待ってくれ。なぁあんたミヘンでシンと正面切って殴り合ったって聞いたんだけどよ? そこんとこどうなんだ?」

 その言に、ミヘン・セッションの表を知らないギップルは驚愕し、カガヤは沈黙した。

「詳しく聞きてぇなぁ? おい、祈り子様よぉ?」
 
 表で行われていた作戦をギップルは把握していない。カガヤは彼の視線を小さな一身に受け、声を放ち始めた。

『……わかった。まずそちらから話そう』

 重苦しい声色で。



 氷付いた湖面。そこにはぶら下がるように、紫を基調とした結晶のように澄んだ建造物が静謐さを纏い存在している。
 ここはマカラーニャ寺院。凍気放つ召喚獣、シヴァの祈り子が夢見る場である。
 清廉さが溢れんばかりの幻想的な外観を際立たせる、地上から円を描いてある氷の階段の先、寺院の入り口に人影があった。
 長い二房の髪を揺らし入り口に陣取るのは、法衣の者とそれに付き従うように背後へ添う者の二人。
 シーモアと、彼に従うガードという名の僕が、シヴァの祈り子と契約するために訪れるユウナ達を迎えるために。
 
 ユウナ一行より一足先にグアドを出て二日。
 シーモアは僧官長としての務めを終え、短いようで長いユウナとの別れに気を持て余している。
 元は計画のため利用するのみを理由に接触したが、シーモアはそれとは別に、ユウナに焦がれているのを感じていた。
 自らと似たような境遇――禁忌とされる多種の交わり――であるにもかかわらず、歪むことなく無垢なままの姿を羨望する。

 シーモアは焦るような事象があったものの、それを有利に進められるであろうこれからに気分を持ち直していた。
 ミヘン・セッションの影で行われていた、キノックによる私兵増強の失敗によって転がり込んできた者。アカギ隊先発部隊の生き残りが、気高き祈り子の調査へ向かっている。
 ことは、シーモアがユウナ達をグアドサラムに招き婚姻を一方的に取り付けここへ向かおうとし、一息ついていたときだった。
 そこに現れたバラライという青年。彼はキノックの手から逃れる為に、対なすシーモアの勢力下へ降ることにより身を守ろうと考えた。気高き祈り子を知ろうとするバラライに、シーモアは利害の一致を見て調査の結果を報告するのを条件に数人の部下を就けた。

 上手く行けば情報が手に入り、失敗しても使えぬ下僕と葬られて当然のそこそこ使える者が失われるだけ。
 だが問題など起こらないだろう。ただの調べ物であり、送った者を消そうとするのはキノックしかいない。
 故に殺される心配はせずともいいだろうとシーモアは考える。バラライは元精鋭部隊でもあるし、就けた護衛はシーモアの私兵。
 バラライも私兵という扱いで、暗殺しようものならキノック自身が自滅する形となる。己の失脚を恐れ何も出来ない三流と、シーモアは現状のキノックをその様に見ていた。
 身動きが取れない中で出来る最高の選択を、シーモアは決行している。

 もうそろそろユウナ達が来るだろうと、心証をよりよくするためにこうして待っっている所。不意にシーモアは身震いした。

「シーモア老師?」

 シーモアのそれに部下が気付き伺うが、答えることなど出来ない。
 呟きはなおも止むことなく、ついには呼気も乱れるほどになり、指先は筋張って震えだす。

「老……師!?」

 強張る右腕を挙げ、手で額を覆い隠した。
 部下を見れば、彼は自分以上に苦しみ悶え、膝を付きうずくまっている。
 シーモアは余裕のない思考で考える。思い当たることは一つあった。

「祈り子、か……?」

 こちらが探ろうとしたからか、何か別の意味があるのか。
 警告とも取れるが、それならばベベルへバラライ等をやった時にこうなるはずである。
 きっかけは、一体何か? 思考は疎らで定まらず。

 だが、収まった。始まりは不意に、終わりもまた。シーモアは立ち尽くすが、突如。
 
「――!?」

 寺院が揺れた。マカラーニャ全域が震える。
 遠くで何かが爆砕した。



[3332] 螺旋の中で 5-5
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2010/06/16 22:54
 ユウナ達は、雷鳴止まず豪雨降りしきる雷平原を経て、透き通るクリスタルの樹木が茂るマカラーニャの森も越え、寺院へ続く泉への道へついていた。
 旅を始めて短い期間なのにも関わらず、大き過ぎることがたくさんあったとユウナは思う。

 奇妙な少年ティーダとの出会い、それに伴う形で目覚めた気高き祈り子。ミヘンでのシン討伐作戦と、そのとき伝えられてグアドで明確になったシーモアとの婚約。
 ユウナは覚悟を決めて結婚の決意をしたが、それは心から喜べることではないと感じている。芽生えたティーダへの想いを、スピラのために無いものとして自分を誤魔化すのは、いかに召喚士であろうとも17の少女には難しい。

 森を出る頃には、すれ違う人々に結婚を祝福されて、笑顔でそれに返すユウナは身を削る思いだった。唯一つユウナが嬉しかったことは、雷平原の終着地点で自分が決意をしたときに、納得できないと言ってくれたティーダの言葉。しかし嬉しいと思う反面、その先が叶わないことに落胆する。
 けれど、この想いもつらい感情も、旅を終えれば消えてなくなる。それにシンを倒すこと以外で、スピラに幸福を届けることが出来るのは魅力的で得がたい機会なのだ。

 だが結婚への決意に至る理由は、決して良いものではない。
 それはグアドを出るときに現れた、死んだはずのジスカル元老師との邂逅にある。彼は死人という形で現れ、ユウナはそのことに衝撃を受け戸惑いつつも異界送りをしたのだが。ジスカルは幻光へ還り消え去るときにスフィアを遺した。

 内容はまさしく遺言といったもので、しかし穏やかなものではなく。まもなく息子であるシーモアに己が殺されると云い、全てを悟ったジスカルの言葉は、ユウナの心を激しく乱した。
 シーモアの、今に至る心の歪みは父である自分の不甲斐なさが原因。その歪みにより、シーモアが災いを齎す前に止めてほしい。

 決意の裏には今は亡きジスカルの慟哭と、その真偽を確かめた上でもし本当であるならば、純粋にシーモアを止めたい気持ちがある。
 悲痛な願いを胸に、ユウナは結婚を話し合いの場としシーモアの説得を考えている。
 
 それとは別にもう一つ、ユウナは気に病むことがあった。
 ジョゼ寺院で相対し倒れたルチルが失踪したという。部下のエルマとクラスは、何日も経っていないのに憔悴して足取りも覚束ないほどだった。ルチルが会いに来なかったかと訊ねるエルマに、ユウナ達は何も返すことが出来ず、一様に沈黙。
 そうですかと、顔を俯かせ立ち去るエルマは、あの橋で問うたルチルを思わせるどこか鬼気迫るものだったのを、ユウナは強く覚えている。
 去り際、頭を下げるクラスコに言いようのない申し訳なさを感じて、どうすることも出来ないユウナはその時己の杖を強く握り締めた。
 
「ユウナ」

 視線と肩を下に落とし雪の道を踏みしめ進むユウナに、すぐ横についているルールーが気を遣うように声をかける。
 しかし気遣った本人であるルールーもまた、不安を感じさせる色を含んでいた。
 彼女は優秀なガードであるが、そこに至るまで取り返しのつかない過ちを犯し、今もそれを引き摺っている。
 
「ルー……」

 心配して声を漏らすワッカに、何も言うなと視線を飛ばし噤ませた。悪いとは思うが、万が一ユウナに気付かれ慰められでもしたら笑えない。
 今度こそ守る為には、強くなるためには、ユウナを常に助けることが出来る存在でなければならないのだ。

 ルールーは過去、二度ガードを務め失敗している。
 ガードの最低任務は命にかえても召喚士を守るというもの。一度目はそれすら果たせずギンネムという召喚士を、スピラの希望を失った。
 二度目はそんな自分を変えるために、一度目で痛感した己の弱さを克服するためガードになったが、召喚士が旅の半ばで挫折して果たせず。
 だが三度目の今回だけは、どうあっても完遂する。そこらの魔物にやられてやるような温い修練を積んだわけではないし、ユウナのためならばそれこそ命であろうと惜しくはない。
 使命を果たした先にある、弱い自分を克服した何者かになれるのならば……

 雰囲気に、歩みまでもが重くなる一行だが、その中で明るさを失わず声をあげる者がいた。

「ユウナん」

 幻光河で新しくガードに加わった、金髪を纏め上げた幼さの抜けない快活な少女リュック。
 いきなりユウナんと、独特のアクセントで呼ぶそんな彼女にユウナは少し驚き、さらに、

「ねぇ、見て」

 と、促された先を見た。

「シーモア老師の……」

 そこには好々爺然とした風貌の、グアド族であることを示す長い腕と硬質さをみせる頭髪の者がそこにいた。

「トワメルで御座います。お待ちしておりました」

 彼の背後にある機械、スノーモービルをいぶかしみながらも、一行は歩み寄って行った。


 
『解かっているだろうが、俺だけではシンに勝てなかったよ……』

 ある程度、カガヤは自身の深いところまでは明かさずそう締めくくった。 

「ああ、知ってるよ。零距離でかまされたそうじゃねぇか。それでまだ生きてんだから、不思議でならねぇよ」

 シドは心のうちに期待を持って、しかしそれを上回る疑念を持って問うている。
 未知の部分が多すぎる。しかもエボン寺院という敵勢力、といっても過言ではない存在が産み出したとされる祈り子。
 その中で一際異様であり、究極召喚をも上回る可能性を持っているかもしれないのだ。
 ミヘンでの活躍を聞くに、シンが放った重力の一線を無効化するどころか逆に利用し確かな傷を与えた。
 それだけではなく、真っ向から相対し無数の腕で殴って進撃を止めるなど、どうかしている。

「それだけの力を持つあんたが、どうして俺達アルベドと手を組むってんだよ?」

 疑念ばかりが浮かぶのだ。
 圧倒的な力を持つ者が、エボン寺院の反勢力であるアルベドに来るということは、今度こそ潰しにかかっているのではと。
 シドは思う。
 もしこのカガヤという得体の知れない化け物が、エボンの息がかかった者であったならば、もうアルベドは終わりじゃないかと。
 ギップルを責めることは出来ない。
 彼も裏で色々あり、カガヤがまさかそれだけの力を持っているなど、伝承と化した400年前のそれでは判断など不可能。

 見据える先の鈍く輝く銀細工は、一体なんなのか。カガヤは熟考しているのか、返事をださない。
 煽って急かし、何か聞き出そうとシドが思案しようとしたところ、ようやく声を出した。

『それを説明する為に、色々話したかったんだけどな』
「今聞いてるのは、そんなんじゃねぇよ」
『わかっている』

 カガヤはまた少し沈黙し、考える。どう言ったものかと。
 つまるところ、個人の力でどうにかなる問題ではないとシドの方もわかっているのだ。
 問うているのは、何故アルベドの力が絶対に必要で、何故カガヤ個人ではシンを滅せないのかである。
 必要だから必要で、倒せないから倒せない。しかしそのような単純な回答では満足する筈もなく。
 そもそも根拠のないことに、明かそうとしない者に、信が置けよう筈もないのは道理。
 そして何よりも大事なのは、カガヤがアルベドに対して災厄を齎す存在ではないことの証明だ。

 内心カガヤは、エボン寺院やベベルの話をするのが一番いいと思っている。
 だが堅物でありエボンを敵視しているシドは、明白な返答を求めているのだ。
 きっちりとしたやり取り、所謂筋を通せというのだろう。やり難い相手だとカガヤは思いつつ、返答した。

『何故アルベドが必要かは、先ほども話したが機械の力が必要だから。俺個人でシンを倒せないのは、ミヘンでの戦闘力が限界だからだ』
「嘘じゃあ、ねぇんだな?」

 答えになっていないとカガヤは思うが、思いのたけを伝えるならばそう言うしかない。

『ああ』
「エボン寺院とも、繋がってねぇのか?」
『証明できるものもなければ、それどころか祈り子でもある。だが、決してそのようなことはない』

 そうか、とシドは腕を組んで踏ん反り返り続けた。
  
「知ってること話しな。俺様が聞いてやるよ。気高き祈り子様よぉ?」

 信じた訳ではない。シドは疑うことをやめてはいないが、少なくとも歩み寄る意志だけは偽物ではないと感じた。
 今この瞬間も、アルベドを滅ぼすべく人知の及ばぬ画策をしているかもしれない。
 だが、協力することでスピラを救えるならば。亡き妹の娘を、召喚士というしがらみから救えるのならば。
 このような賭けは、族長として失格である。しかし、その危ない橋を渡ろうとするのは、自分らしいとシドは思う。

「洗いざらいな。それで全てを、見極めてやるよ」

 偉い奴だと思いつつ、やっと聞いてもらえる状況になったことをカガヤは安堵した。

「勘違いするんじゃねぇぞ? 仮に認めたとしても、あんたが俺達を使うんじゃねぇ。俺達があんたを使うんだ」
『わかっているさ。じゃあ改めて。まずは、1000年前の戦争からだな……』



 なぜこんな化け物がと、目の前に現れた存在に対しユウナ達は戦慄いた。
 歴戦の戦士であるアーロンやキマリ、強固な精神力を持つルールーでさえもソレの前では蛇に睨まれた蛙の如く。
 
「な、なに……コイツ……」

 気丈に振舞おうにも、冷たい地面に尻をつき、ふるえる華奢な身体を両の腕で抱くリュックの声は震えていた。
 後方、迎えのために来たトワメルは意識を失い痙攣している。
 皆が皆動けない状況を作り出したソレは、雪を纏った巨人であり、爛々とした赤い瞳で一行の行く手を遮り今はただ立っている。

 トワメル先導のもとユウナのみを連れ、禁忌とされる機械を用いマカラーニャ寺院へ向かおうとした時だ。この化け物が強烈な気配と共に顕現した。
 ユウナ達はいきなり発せられた狂気に中てられた。しかし、少しばかりその存在と距離があるのが幸いしたのか、一行は発狂までは至らず。だが生命を司る幻光に敏感な、グアド族のトワメルは失神。

「――!」

 アーロンは、表情をよりいっそう険しいものにし、畏縮しようとする身体に力を入れる。
 ソレが一歩、踏み出したのだ。

 そしてまた一歩。
 歩む毎に剥がれ落ちる、巨躯にこびり付いた雪の中身。
 人の頭など軽々と圧壊する豪腕。並みの斬撃など通そう筈もない胸板。半開きにされた口腔にある黄ばんだ歯。

「いったい、なぜ……」

 顕になったソレを見て、力なくルールーが呟いた。
 なぜそれほどでもないこの魔物が、抑えきれない程の狂気を内包してるのか。
 解かろう筈もない疑問が彼女の頭に浮かぶが、ソレの更なる歩みの前に思考は乱れる。
 歩みの先、向かう先。接触を試みる先は、一層の輝きを持つ、ユウナの方だ。

 それに気付き、誰よりも早く行動しようとしたのはルールーだった。
 アレは絶対にユウナに近づかせてはいけない。アレがたとえ敵わぬ存在だと解かっていても、好きにはさせない。
 まだ距離はある。詠唱は間に合うだろう。無理やりに自身の魔力を汲み上げようとしたその時。

「――■■■■■■!」

 ソレは氷の地面に向かって咆哮した。
 一拍の間を持って、厚い氷床がソノ化け物ごと、何か大きなモノに突き上げられて吹き飛んだ。

「――ま、さか!」

 突き上げたそれは茶の色彩を持つ強固な壁。ビサイドからキーリカへ渡る時に遭遇した風景が、ルールーの中で再生される。  
 そんな彼女を気にすることなどなく、壁は地上へ。ユウナ達も化け物も、全てを巻き込んで、身を乗り出した。
 崩壊する足場を、狂気による束縛から解放されたユウナ達は、気絶しているトワメルを救出し退避。

 光の粒子を帯びた寒風が荒び、氷床を突き破り存在するそれは――
 
「――シン……」

 顔面のみを出したシンの複眼が捉えるのは、先手を打たれた化け物。
 ミヘンで負った傷は未だ生々しく残り、左側の目はいくつか修復していない。

 ソレは――ウェンディゴは本能の赴くままに拳を構え咆哮し、風のような速さでシンに肉薄。そしてその損傷が残る顔面を拳で打つ。
 だが殴られたシンはものともせず、ウェンディゴの背後へ球状の重力塊を過剰な数で展開。そして照射。 

「――……」

 一方的な攻撃が始まった。



 ただ心に持つ疑問を解消する為に、自らを慕っていた存在をも捨て置いて、女はベベルを目指している。
 仮にも隊長という地位にいた自分の姿を隠すべく、薄汚れた外套で全身を覆っているルチル。彼女は休むことなく徒歩でマカラーニャを越え、ベベルを視界に捉えるところまで来ていた。もう少しと逸る気持ちを抑えることなく、足を強く踏み出すが――

「…………うッ」

 もつれ倒れた。ルチルの身体は既に限界に達し、休息を必要としている。狂気的といえるほどの精神力ではあるが、身体まで人の基準を上回ったわけではない。冷たい地に伏し最早これまでかと、部下に何も告げに出て行った己を、今になって恥じる。
 思えば、何故ここまで探求する気になったのか、ルチル自信不思議に思った。もちろんあの光景は忘れることが出来る物ではないし、消え去った幻光の行く先に憤怒したことも大きな要因である。
 しかしそれを差し引いても、ここまでした自分は可笑しいと、ルチルは擦れ行く意識の中思う。

「アレは本当に……祈り子か……」

 自分はここで何も解からぬまま終わるだろう。力なく口にした言葉の真偽すら判明せずに、無様に幻光へ還るだろう。
 せめて無念を感じぬよう、死して魔物に成り下がり他の者に迷惑を掛けぬよう、ルチルは心を空にする。
 だが、視野が黒で埋め尽くされる前に救う者が現れた。

「まったく、面倒な……」

 その声を聞くことなく、ルチルは意識を失った。身体は幻光に還ることなく、声の主に抱えられる。

「お前もなかなか死ねないくちか……」

 吐き捨てるように呟かれた言葉は、男の声だ。彼もまた、真相を知る為にベベルへ赴いた人間。
 男はルチルを担ぎ、ぎこちない動作で大都市へ。左右の異なる足音が行く。



[3332] 螺旋の中で 6-1
Name: お蔵之助◆7eaf6560 ID:ed4bc006
Date: 2010/06/16 23:00
「今のスピラがこんなんなのは、真実を隠してシンを中心に世界を弄るエボン寺院があるから、ねぇ……」
「……一概に悪いとは、言えないがな」

 アルベドに、もう現在のスピラに至るまでを隠す必要はない。カガヤはシドに対し真実を打ち明けた。
シンが復活する理由として、アルベドが機械を利用することは襲撃される原因にはなるものの、何の関係もない。一族が忌諱されてきたのは、エボン寺院が押し付けた勝手な都合によるもの。今を持って繰り返されている大召喚士の犠牲による悲劇の螺旋は、エボン寺院の老師達、ザナルカンドに死人として存在し究極召喚を授けるユウナレスカ、そしてシンの核であるエボン=ジュの3つが織り成している、と。

「俺らだってよ、今までの大召喚士に感謝してるさ。シンがいねぇナギ節の間は、一族の風当たりも少しゃあマシになる」

 頑固で厳つい男に似合わない弱々しい声色に、カガヤもギップルも口を噤む。

「だけどよぉ。やっぱり復活する時期になると、また嫌われちまう。ブリッツくらいだよ、そこそこマトモな扱いされるのはなぁ」

 ギップルは俯きどこか悔しさを湛えて、カガヤはただただ聞いている。

「仮に、あんたが言った真実が、本当に真実なら……。救われねぇよ、誰も彼も……」

 シドは思う。
 将来有望な召喚士を夫にし、やはり報われない形で異界へ旅立った妹を。

「浮かばれねぇ……」

 アルベドであることを理由に、従姉妹に合うことすら出来なかった娘を。

「ままならねぇ……」

 そして亡き妹の忘れ形見であるのに、一度もこの目で見たことすらない召喚士である姪を。

「シンを、エボン=ジュってヤツをどうにかすれば、いいんだな……」

 シドは問いただすような語気ではなく、ただ確認を取るような言葉はカガヤに向けた。

「そうだ」

 カガヤの短い、しかし明確な答えにシドは男臭い笑みを浮かべてかえした。

「俺達にしか出来ねぇなら仕方ねぇ。やろうじゃねぇか」

 本当に偉い男だと、薄い人生しか歩んでいないカガヤは羨望する。

「スピラを、救ってやろうじゃねぇか……!」

 悲痛さを含んだ決意を形にするのは、並みの意志では成らないだろう。そして、それを成そうとする思いを持つのはさらに難しい。強さと重さをひしひしと感じ、カガヤは自分の立場を考える。
 自分はこれから何をして、何を成せばいいだろうか? 自分は思いも意志も最低限しかない足りない者だと、カガヤは理解している。
 だが、アルベドのもとなら、シド達のもとなら、上手くやっていけるだろうか? 自分の持ちうる全てを活かすことが出来そうな環境に、カガヤは立場を見つけようと思いをめぐらす。

「族長!!」

 だがそれをする時間などカガヤにはなく、

「うるっせぇな! 人がせっかくいい感じになってる所によぉっ!」
「申し訳ありません! ですが、また召喚士の保護に成功しましたので!」
「おぉ! 立て続けにやるじゃねぇか!」

 鉄の扉を開け放ち、焦りと喜色を見せる顔のアルベド隊員の言に、

「ビサイドの召喚士、ユウナ様をマカラーニャ湖にて保護し、現在は船でホームへ向かっているとのことです」

 思考する余裕までも失った。

 ユウナのガード達を保護したのなら、カガヤの知っている展開と差異はあるものの、フォローせずともどうにかなっただろう。しかしユウナまで保護したという状況に呆然とする。
 どうしていいかわからなくなったカガヤとは対照的に、シドは深い笑みを顔に浮かばせていた。

「起こしてもらって、一緒に旅もしてたんだろ? よかったんじゃねぇか? カガヤ?」

 ギップルの言葉で我にかえるが、まともに返すことなどカガヤには出来なかった。

『ん、あぁ、そうだな……。しかし上手く行かないな』
「どうしたんだ? 嬉しくなさそうだな?」
『いや、まぁ、考えることが増えたんでな……』
「そうかい。まぁ、ガンバッてくれや」

 力なくそうするさと答え、上手く行かない展開にカガヤは苛立ちと非情さを感じて、ひとりごちる。

『模したのが、曲がりなりにも全知全能の神様なのに、何をしたら良いのかわからない』



 油断していたわけではない。警戒する程度の気力すら残っていなかったのである。
 気を張ることすらできぬほど、消耗していたのだ。
 保護対象であるユウナは軽く、ガードはアルベド族であることが判明したリュックも含めて、しっかり拘束されている。

 何故こうなってしまったのか。
 ユウナ達は、神の鉄槌を目の当たりにし――己が敵わぬと嫌でもわからされる存在を塵と還したその光景に、考える力を失い呆然としていた時だ。ユウナ達はアルベド族に捕らえられた。
 ここ最近、アルベドが召喚士を誘拐しているというのはよく理解していたし、ユウナは一度ならず二度までも攫われかけている。
 
 いつもならば、決してこのような失態を犯すなど考えられない。
 ティーダやリュック、ユウナがミスをするのは旅の経験が浅いのだからどうしようもないが、ガードを務め歴戦と謡われても不思議ではない者達までがそれをするのは許されないのだ。
 苦悶に満ちた表情でルールーは項垂れる。

「そろそろ海だ」

 そう言うのは、スピラ中で忌み嫌われる衣装の者。アルベド族の青年である。
 彼らは絶妙とも言えるタイミングで、ユウナ達を自慢の機械で奇襲。
 その作戦に、ウェンディゴの狂気とシンの猛威に中てられた一行が十分に応戦できる訳もなく、一番の戦力であるはずのアーロンも……

 何を考えているかも知れない、肉厚のゴーグルをかけたアルベド族をルールーが力なく一瞥し、視線を落とした。
 ユウナはアルベドの族長であるシドの姪だから、悪いようにはされないだろう。だがガードである自分達は、殺されないにしても長期的に拘束され、身動きがとれない状態になるだろう。
 しかしそれよりも、ルールーは心に思うことがある。

 ウェンディゴが垂れ流していたあの怖気を、狂気を、自分はつい最近感じている。正確には、自分達だ。
 戦闘用の大型機械に揺られながら考える。最早疑う余地はない。あの化け物は、気高き祈り子が目覚めたが故に現れたのだ。
 疑念は確信に変わる。理屈や根拠ではない、感じることで得られた関係性の有無。
 カガヤ自身に、スピラを滅ぼす意思が無いことなど、ルールーはわかっている。
 しかし、先ほど現れたおかしなウェンディゴと同じモノを持つカガヤは、永遠のナギ節に繋がる存在であるとは考えたくない。 
 あのような醜悪極まりない存在が、高潔である平和に結びつくなど考えられないのだ。

 最早疑うことしか出来ず、これ以上はカガヤ自身から直接聞かなければ解からないだろう。ルールーはそう結論を出し、頭を上げた。クレーンが目を引く、そこそこ大きな機械の船が視界に入る。
 これから連れて行かれるのは、アルベドの本拠地。ユウナが契約すべき召喚獣は究極召喚を除いてあと二体。だが、それらと相対することすら叶わず、旅は終わるのだろうか。
 ルールーの僅かに諦観を含んだ瞳は、いつのまにか船に乗り移る皆を捉えていた。

「早く乗り移れ」

 アルベドの青年が発する、拙さを感じるスピラ語を聞き流し、彼女は気だるげに腰を上げた。

 ――やはり自分は、何者にもなれないのだろうか?



 膝を抱え座り込むリュックは眉尻を下げつつも、自分の兄の親友にあたるアルベドの青年へ、力なく声をかけた。

「アハハ、捕まっちゃったよ。あんなことがなきゃ、どうにかなったんだけどなー」
「俺達も驚いたさ。落ち着くまでは動けなかった、がどうやら運は良かったようだ」
「そっちはそうだけど、こっちは最悪だよ……」

 そう愚痴るリュックではあるが、疲れを滲ませる表情の中に安堵を見せていた。あの窮地を達したことは勿論、旅の続行を不可能とさせる事態でありユウナにも悪いと思うが、彼女はこの状況を内心喜んでいる。
 幻光河でユウナのガードとなったとき、リュックはなんとしてでも守ろうと強く誓った。従姉妹同士だというのもあるし、ユウナを死なせないために自然に旅を止めさせようとも考えていたのだ。
 エボンの民から見れば、召喚士の使命を踏みにじり心を折る最低の行為に映るだろう。だがリュックは、スピラの幸せのために生贄となる召喚士を、どうにかして守りたかった。

 エボンの民は、ナギ節のためなら仕方ないと諦めている。だがそのような思想は、つねに物事を考え続けるアルベドで生まれ育ったリュックには、とても同調できるものではない。禁忌とされた機械を用いるのは、アルベドが自らの手で道を切り開いていく手段としてに過ぎず、反エボンとなってしまっているのも合理的に行動して来たからである。

「かなりとばしているからな。1日かそこらで着くだろう」
「そっか」
「それにしても……」

 言いよどむ青年、ダチが顔を向けた方には、疲れと苛立ちを見せる拘束されてているワッカがいた。
 それを追うようにリュックが視線をやると、ワッカが憎さを隠そうともせず敵意を向けてくる。

「嫌われちゃった……」
「リュック……」

 アルベドに捕らわれた際、兄のアニキがリュックに声をかけたためなし崩し的にバレたのだ。
 幻光河ですぐアーロンに見抜かれたのだから、いつかはそうなるだろうと思っていた。その時が今来て、しかしここまで過剰に嫌悪されるのは、さすがにどうかとリュックは思う。

 それよりも、今にも消えてなくなってしまいそうな程落ち込むユウナと、唯でさえ渋い表情に険しさを見せるアーロンが気になる。
 陰りが見えるルールーも心配だ。

「あたし、大丈夫かなぁ」

 亜人であることで表情が読めないキマリと、バージで出会った時のようにダラダラとするティーダをなんだかなぁと見つつ、これからどうなるだろうかと空を仰いだ。

「さぁな。族長に叱られるのは覚悟しとけ」
「うわぁ、頑固だもんなー。勘当されちゃうかも」

 リュックは心底、めんどくさいなぁと呟く。だが気の抜けた言葉とは裏腹に、その瞳は力強さを湛えていた。



 捲れ上がった氷床。穿たれ崩れた氷山。

「一体……何が……」

 気が触れそうな狂気も収まり、ガードもどうにか行動できるようになった頃。シーモアは彼らを伴い、シンがウェンディゴを蹂躙した、未だ空気の淀むこの場へ来ていた。

「トワメル様は、その……」
「息はあるが……もう目を覚ます可能性は、ないか」
「はい、どうしてこのような……」

 シーモアは、そう悔やむガードと抱えられているトワメルを一瞥した。次に破壊の跡を見てひとり考える。
この場所とマカラーニャ寺院は結構な距離があり、それでもなお異常な狂気を自分達は浴びた。至近距離で中てられたであろうトワメルが正気を失い、また精神が破壊されたとしても何ら不思議ではない。

「しかし……」

 トワメルと一緒にいたであろうユウナ殿が、なぜこの場にいないのか。ここはユウナ殿を待つよう指示した場所あり、スノーモービルで移動した様子はない。機械の使用を嫌い、シヴァを得ずにベベルへ行くなどありえない。

「やはり……」

 気高き祈り子が関係しているのだろう。この場にこびり付いた覚えのある残り香に、シーモアは確信を持つ。

「シーモア様、そろそろ戻りましょう」
「そうだな」

 これ以上ここにいても得る物はないだろう。そうして寺院の方へ歩を向けようとしたその時、シーモアの視界へこの場にそぐわないであろうものが入った。

「大型の、機械」

 視線は海の方へと続く、真新しい車輪の跡を捉えた。
 どういうことかはわからないが、どうやらユウナ殿はアルベドに攫われたようだとシーモアは理解する。
 相次ぐ召喚士誘拐というのを口実に、西方の砂漠から本拠地を割り出し攻め落とそうかと脳裏に置き、シーモアは寺院へ帰り始めた。 



 機械の技術により自動化された扉の先、何かを保管している薄暗い部屋がある。
 あまり管理が行き届いていないのか、保管されている何か――資料の大半は埃濡れだ。
 その中で動く人影は埃臭さに眉を顰めつつ、手にしたいくつかの記録スフィアと、紙媒体の資料を見て呟く。

「間違っては、いなかった……」

 あの祈り子は間違っていなかったのだと、豪奢な装飾が見受けられる机にそれらを置きながら、青年はため息を吐いた。
 シーモアの司祭卿という、老師の中でもさらに選ばれた者だけが得る立場を利用し、青年――バラライは普通では知りえない情報を調査。カガヤとの邂逅は、バラライの中にあるベベル象に少しだけ影響を与えていた。シーモアに利用されるだけに、修羅場を潜ったバラライが収まるはずもなく、カガヤの言は正しいのもなのかと隠れて調べたのだ。もちろんカガヤ自身がどういったものなのか、というのについても。

 バラライは机に置いた、錆付き損傷が見られるスフィアを起動する。

「400年も前に、どうなるかを知っていた」

 流れるのは、生前のカガヤによるスピラの真実だ。音声は乱れに乱れ、所々聞き取れない。カガヤ自身が言葉に詰まり、濁したり言いなおしたりする場面もあるため、他の資料と照らし合わせるまで理解出来なかった部分も多々ある。それとは別に、真実を知っておきながらどうして生きている内に行動しなかったのかと、若干の失望をする。しかし先を知るが故の、なる筈の未来を変えてしまうことの危険性も感じた。

「ですが」

 カガヤは軽く予言まがいの事を言っている。今この時代でなければ、エボン=ジュを倒せない理由もあるらしい。
 だから彼も祈り子になったのだろうかとバラライは思い、しかし止まった。

「スフィアのもの言いは、どこか現実味がない」

 ミヘン街道で聞いた内容は、ヴェグナガンのことを除いて概ね合っている。それにカガヤからは危機感も感じられたし、一応誠実さも感じられた。

「この時の彼は何を思い、何を成そうとしているのか、わかりません」

 そのことから考えられるのは、400年前と今ではカガヤ自身の状況が変わった、ということなのだろう。
 今は確かめようのない考えにバラライはそう見切りをつけ、スフィアの横にある資料に手をつける。
 それにはある召喚士のことが記されていた。

 ベベルに生まれ、幼少時に両親をシンによって亡くしているのがまず目に入る。召喚士を志す者には多いもので、そこから読み取れるものは特にない。しかしそれ以降は目を見張るものがある。所謂天才であったらしくベベルの召喚獣を得る年齢もやけに若い。
 だが、それを含めても別段気に留めることなどなく、本当に普通でないのは次から記されている事柄だ。資料には反逆者とし断罪しようとするが逃亡とある。そしてビサイドに潜伏していたのを発見し捕縛、処刑場である「浄罪の路」へ処分されている。当時はまだ、ベベルの体制は整っていなかったから、反逆行為はありえないことではないのだろう。しかし――。

「ビサイドには、彼がいた。関係があるのでしょう……」

 流したままだったスフィアが少しの沈黙の後、損傷を感じさせないクリアな音を発した。

『色々迷惑をかけて本当に悪かった。ごめん……ありがとう』

 バラライは言いようのないもの悲しさを感じ、そっと目を瞑った。

「悲劇は、今も昔も等しくあり、皆死の螺旋に囚われているのですね」

 反逆者として断罪された者と、スフィアの音声が一致する。

『シノ』

 もう調査できることは何もない。肝心のヴェグナガンについては、存在を揶揄するものしか発見できなかった。
 別れた全員と合流するのは難しいだろうが、ベベルで得たものは大きい。仲間のうち一人でも多く、このことを伝えたいのだ。

「彼の言っていたことは、間違いではなかったのです……」

 持ち出す物の確認を終え左腕にそれらを抱えたバラライは、機械仕掛けの扉へ歩を向ける。
 ここへはもう来ることなどない。バラライは空いている右の掌へ力を入れる。

「このようなことは、したくないのですが」

 そして開き始めた扉の先にいる、グアドの監視へ踊りかかった。監視へ放たれた掌底は、普通の打撃攻撃ではない。
 対象の精神力を空にし、文字通り動きを止めるストップを伴わせた攻撃だ。
 自分の一撃で命を奪うわけではないが、この監視は任務を失敗したことになる。当然処分されるだろう。

 重いか軽いかは、バラライには量れない。しかし庇護を求めた先にいたシーモアは、自分のことを冷ややかな目で見さえもせず、ただただ無関心であった。噂に聞く好青年のような様は少しも感じられないどころか、よくない者ではないかとバラライは思った程なのだ。そしてエボン寺院の仕組みを理解した今では、シーモアは真っ当な者ではないと結論づけている。

 素早く事をなし、驚愕の表情で佇む監視をそのままに、忍ぶような足取りで急ぐ。去り際、ふと疑問が頭をよぎった。
 思えばどうしてか、散乱していると思った情報は、容易くバラライの手へと蒐集された。

「予め、資料はまとめられていた……?」

 そんな筈はないと思いつつ、ありえないことでもないかと考え直す。カガヤが目覚めたのだ。総老師やキノックあたりが調査していたのだろう。バラライは軽く頭を振り、先を急いだ。

 人気のなくなった資料保管質。
 バラライが持ち出した、カガヤにまつわる物があった棚板は、資料のシルエットをした清潔さを見せている。
 資料は埃濡れとなるほどの過去に、まとめられていたのだ。何者かの手によって。
 














 
 そもそもベベルに資料を保管する部屋があるかが疑問ですね。
 でもそういうのがないと、キノックたんがヴェグナガンの情報を街道の噂だけで信じたことになったり…
 詳しい資料があればいいけれど、どこにも載ってないですorz


 何かすごく忙しい感じなので、書く時間がとれない状態っぽいです。
 次話は凍結したんじゃね?って感じの頃に投稿するんじゃないかと思われます(土下座)


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