※当SSは小説家になろう様にも投稿しています。
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドはトリステイン王国の魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長を務めるスクウェアメイジである。二つ名は『閃光』、家柄も子爵とよく、容姿端麗にして武芸全般に通じた麒麟児とも呼べる逸材であった。
彼はレコン・キスタのスパイでもある。なぜなら彼の愛していたトリステインはとっくの昔に腐敗しきっていたから。行き場をなくした国に捧げようと誓っていた杖も、レコン・キスタの掲げる大義のため今は振るっている。
そんな彼は今日もせっせと情報収集に励んでいた。杖のみをもって争う時代は過去の遺物だ。情報を制する者こそ戦を制する。グリフォン隊隊長ともなればそのくらいきちんと弁えていた。
気になる情報を得たのは土くれのフーケを勧誘し、その話を聞いたときであった。
「ルイズ、か……」
懐かしい名前を聞いた。あれからもう十年近くもたつかと、希望にあふれた若かりし頃を思い出してしまう。
さておき、フーケの話によればワルドの婚約者が呼んだ使い魔は人間である。その上剣の達人で、トライアングルクラスのゴーレムを前にひるまず主人をかばい、挙句の果てには破壊の杖を使ってみせたらしい。
ワルドは直感した。それ、ガンダールヴじゃね?
よくよく考えてみると、彼女は幼いころから系統魔法が使えなかった。それどころかコモン・マジックもほとんど爆発してしまう始末。
これはいよいよ特別な属性で、彼女こそ虚無である可能性が高い。
確証はないけれどきっと間違いないとワルドは決め込んで、さらに件の少女が自身の婚約者であることを喜んだ。
ずっと昔、親同士が飲みの席でかわした約束であろうともまだ有効だろう。そうに違いない。そうと決まれば今すぐルイズを迎えに行こう!
テンションアゲアゲになって真夜中にもかかわらずひゃっふーと歓声をあげたワルドは、しかしはたと思い直した。
それはフーケから話を聞いているときのことであった。
「あんた、女を口説くの下手だね」
ぐさっと来た。
控えめにいって、自分はイケメンだとワルドは自負している。しかも地位まであって強い。お金だってそれなりにある。
こんなモテモテ要素を詰め込んだ自分のなにがいけないのか、その場でフーケに聞いてみた。
曰く、トークが下手だ。
確かに美形の部類で家柄もよく若さとかに満ち溢れている。でもそれだけだ、あんたのトークはうまく言えないけど下手だ。
なんというか童貞くさい。
こうボロクソに言われてしまったのだ。そのことを思いだしてワルドは少し冷静になる。
いかに婚約者であれど好感度はあげておくにこしたことはない。彼女を自分の魅力にメロメロリンにしておけば虚無の力をスムーズに借りられるだろう。
とは言っても彼はあまり女性と話した経験がない。精々が先輩や同輩連中といった飲み屋くらいのもの、もしくは目上の女性に対する礼儀作法を弁えている程度であった。
なんたってこの歳になるまで修行三昧だったし、そのせいで魔法学院にもいっていない。いわばこの実力は青春を代償にしたものなのだ。
しかし過ぎ去ったときを取り戻すことはできやしない。ワルドはヒゲをじょりじょり触りながら考え、答が出ないので寝ることにした。
転機は翌日、虚無の曜日に訪れる。
気分転換とばかりに彼はブルドンネ街を歩いていた。相変わらず人が多く、露店もたくさん出ている。
目が留まったのはそのうちの一軒、平民の書いた本を並べている店だった。
吸い込まれるように一冊の本に手を伸ばす。その表紙には極端なまでに顔の中心へ眼が寄った人物がと題名が書いてあった。
『女に惚れさす名言集』
ピンと来た。
一エキューと割高な本をワルドは迷いなく買った。
―――地獄のワルド―――
「これだ。これを習得すれば問題ない」
宿舎の隊長室(魔法衛士隊は実力依存なので王都に屋敷をもてない下級貴族も多く、宿舎が存在する。ワルドは通勤時間をスパイ活動にあてるため利用している)に戻り、早速本を読みまくった。一文字一文字、どんなシチュエーションで使えばいいか、応用系はないか食い入るように見入った。
その結果ワルドはこの一日で『女に惚れさす名言集』をマスターしてしまった。
そしてその成果を発揮する機会はすぐに訪れた。
アンリエッタが魔法学院に来訪するということで、その護衛任務をマザリーニから命じられたのだ。
これは僕にルイズを口説けと言う始祖の意志に違いない! ワルドは勝手にそう思い込んでいた。
だが人生というのはなかなかうまくいかない。グリフォン隊隊長である彼に王女の傍から離れる時間など許されるはずもなく、すぐそばにルイズがいるというのに会いに行けない、なんとももどかしい気分で護衛をしなければならなかった。
しかし、捨てる神あれば拾う神ありという言葉もある。じっと耐え忍んでいたワルドに始祖が微笑んだのか、最高のチャンスが訪れたのであった。
「このアルビオンいきでルイズを落とす。ラ・ヴァリエール公爵が文句をつけられないくらいめろめろりんに惚れさせてやる!」
がんばれーとフーケがやる気なさげなエールを送ってくれた。
そして翌日、まずはルイズに襲い掛かるジャイアント・モールを撃退して強さをアピール!
続いて精強なグリフォンに彼女を乗せ、「悪いな。これ二人乗りなんだ」というお決まりの台詞を放ってからワルドonステージは始まった。
ルイズを前に座らせ、ふわりと両腕で包むようにしながら攻略手順を考える。
まずはジャブ、ルイズの心をときほぐすためちょっぴりドジな大人を演出する。ルイズに断ってから腰に下げてある金属製水筒に口をつけた。
「おっと」
「どうしたの?」
突然声をあげたワルドに、ルイズが振り返りつつ聞き返す。
ワルドは苦笑いしながら水筒をかるく振った。
「いや、紅茶と間違えてルイ十三世を入れてきてしまったみたいだ。いけないいけない」
ルイ十三世とは超高級ブランデーである。その飲み口は至高の一言、天上の美酒とも謳われる味わいのコニャックだ。どうがんばっても紅茶と間違えられる代物ではない。
だけど今のルイズは多分に乙女フィルターがかかっていた。幼いころの憧れの人、それがグリフォン隊隊長となって、しかも自分と婚約者であることを忘れずにいてくれた。夢見がちなお年頃な彼女にはどんな行動すら眩く見える。
「もう、ワルドったらうっかりさんっ」
「ははは、これは失敗してしまったよ」
――流石『女に惚れさす名言集』と銘打ってあるだけのことはある。完璧だ!
布石は打った。次は仕事をがんばっていることを強調しよう。
そう決めてワルドは頭の中から該当する場所を引っ張り出す。見つけた。
「そういえばルイズ。この任務は重要なものだと聞いていたね」
「ええ、姫さまのためになんとしても成し遂げないといけないわ」
「なら睡眠もきっちりとってきたかい?」
「勿論よ。大体八時間近くは眠ったわ」
――来た、このタイミングだ。
「そんなに寝たのかい! 僕は二時間しか寝てないよ」
「二時間!? だいじょうぶなの?」
「なに、魔法衛士隊は激務だからね。このくらい普通さ」
言わずもがな、ウソである。彼もたっぷり六時間は睡眠をとった。
そしてワルドの目論見通り、ルイズはびっくりした顔で心配している。ここで一気に押し切る。そう決めた彼はさらにちらちらルイズの顔を見ながらまくし立てる。
「しかし、少しつらい。二時間とは言ったけれど昨日は実質一時間しか寝てないからね。一時間は流石の僕でもつらいな。ホントつらい」
「ワルド……」
ルイズの瞳が不安そうに揺れている。
――ここだ、ここで僕の考えた台詞を組み合わせれば!
「だからきみの冷たい手を額にあててくれないかい? そうすれば辛さなんて吹っ飛んでしまうから」
「……わかった。ワルドのためだものね」
言って、ルイズは振り向いた体勢のままそっとワルドの額に手をあてた。彼が言ったとおり、ルイズの手は少しひんやりしている。
「はは。やっぱり思ったとおり気持ちいい。ところでルイズ、知っているかい?」
「なにを?」
「手が冷たい人は心が暖かいという話さ」
「もう、ワルドったら口が上手いんだから」
――すごい、これ以上なく順調だ。これでフーケにも童貞くさいなんて言わせないぞ!
密かに気にしていたことを吹っ切ることができた。ルイズを惚れさせれば次はフーケだ、あの女もメロメロにしてやるぜ!
すっかり上機嫌のワルドとルイズはその後も楽しくお喋りを続ける。
魔法学院のこと、グリフォン隊のこと、ラ・ヴァリエールで昔あったこと。十年もあっていない二人の間に会話の種はつきない。
気づかれないよう下を走る使い魔に目をやると、悔しそうな顔で必死に食らいついている。
いい気分だ。ここでもう一押ししておこう。
「それでね、クックベリーパイが……ワルド?」
「おっと、すまない。ロマリアのことを考えていたよ」
なんの脈絡もない唐突すぎる言葉。それすら生来アレなところがあって乙女フィルターを何枚も重ねているルイズは好意的に受け取ってしまう。
――ロマリアと言えば光の国、ブリミル教の総本山ね。こんなときにまで始祖のことを考えるなんて、素晴らしく敬虔なブリミル教徒だわ!
「そう、ロマリアかぁ……」
「トリステインの初夏はなんでこんな涼しいんだろうね。いや本当になんでこんなに涼しいんだろうね」
いったこともないくせロマリアの気候を語るワルド。それに眼をきらきら輝かせるルイズ。
「ロマリアは海にかこまれているせいか輝きが違うんだよ。ロマリアはすごい。うん、すごい綺麗」
なんともよくわからない好循環のスパイラルが続いていた。
「……と、ほらまた僕だけが話している。本当にきみは僕からロマリアの話を引き出すのが上手い。まったくルイズは困った子だなぁ」
言ってちょんとルイズのほっぺをつつくワルド。
ルイズは全然引き出そうとしていない。むしろワルドが語りたがっていただけだ。
しかし、そんなことにも乙女補正は崩せなかった。
「すごいわワルド。わたしロマリアなんていったことない」
「もしかして……ロマリアにいったことないのを気にしてたりするのかい?」
自分もいったことがないのを棚にあげて、爽やかな笑みを浮かべてワルドは言う。
「なら新婚旅行はロマリアがいいかな。綺麗な大聖堂がたくさんあるんだ」
その後も旅は順調に進んだ。
ラ・ロシェールで一等の宿を無事にとり、夜は同室で眠り、翌朝にはガンダールヴを試合で打ち破った。その夜に魔法学院生徒たちを分断する作戦も、ガンダールヴだけはついてきてしまったがうまくいった。
フーケはよかったねーとやる気ないエールを送ってくれた。
さらにフネに乗ればなんとウェールズ皇太子が向こうから招き入れてくれたのだ。もう始祖が微笑んでいるに違いない。
これぞ人生の絶頂と言わんばかり、残すところ明日の結婚式となって意気揚々とワルドはたっぷり六時間も眠った。
そして運命の結婚式、ウェールズが微笑みながら始祖ブリミルの像を前に佇んでいる。
ワルドは颯爽とマントを翻し、ルイズを導いていく。
「汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
ウェールズの言葉にワルドは左手を胸にあてる。握られた杖はまっすぐ天を衝いていた。
返事は簡潔に、ただ誓いますと言う。
その次にウェールズはルイズに意志を確認するが、彼女は首を縦に振らなかった。
「わたしはこの結婚を望みません」
はっきりとした言葉だった。
「きみが必要なんだ。世界を手に入れる、そのためにはそばで支えてくれる君が!」
「……わたしはいらない。世界なんて必要ない」
ワルドの計算が一気に崩れる。あたふたと彼女に問うも、すべて気のない返事で返される。ルイズはまったくその気でないと見たウェールズは式を打ち切ろうとする。
――これはマズい!
ここでルイズを手中にしておけば多大なアドバンテージが得られる。半ば強引にでもいいから押し切らねばならない。
一秒にも満たぬ間にワルドは必死に思索する。
なぜルイズが断ったか。自分のどこがいけなかったか。このような状況を打破する言葉はないか。
すべての点が一直線につながった。
――そうか。そういうことだったか。
ワルドは自分が仕事をできる男だとアピールしてきた。また少し抜けているところもあると母性もくすぐり、ロマリアの知識もひけらかした。
なにが足りなかったのか。答えは簡単だ。
――彼女はきっと、アレに不安を覚えていたに違いない。だからまだ早いと思い断ったんだ!
そう、きっと間違いない。それに当てはまる言葉も『女の惚れさす名言集』は網羅していた。
ワルドは確信を抱いて服を脱ぎ去り、高らかに叫ぶ。
「僕はちんちんがでっかいです!」
シンと、静寂が礼拝堂を覆う。
――性の不一致は夫婦の不仲につながると聞いたことがある。そんな不安を解消してやるのも新郎の役目だな。
「今日の僕のちんちんは……はい、でっかいです!」
もう一度叫ぶ。
でかいとアピールしておきながらワルドのそれは普通だった。ウェールズの方がむしろ大きかった。
「oh……」と勇敢な皇太子は痛々しく顔に右手をあてた。
「その結婚式ちょっと待っ……変態だーッッ!!」
バタンと礼拝堂の扉を蹴り開けてガンダールヴが姿を見せ、叫んだ。
「子爵、きみは疲れているんだ……」
そして首筋に感じる衝撃、薄れ行く意識の中振り返ると、ウェールズが同情的な視線で見ていた。
消えつつある思考で最後に思ったことは――。
――でっかすぎてもダメなんだ……。
最後まであの本を頼った自分がダメだとは気づけなかった。
了
後書き
口調変えたらマジあのウザさ出ないわーいやマジ出ないわー困ったわー(チラチラ
かと言ってアレに徹すると流石にワルドっぽくない。
やはりあの絵柄と口調あってこそのミサワだと強く実感しました。ちなみに筆者はすなお(27)が一番好きです。
あと、小説家になろう様でアンバーハウス様が同じミサワネタで「地獄のアンリエッタ」を書かれたので、そちらもあわせてどうぞ。