ソング大陸最大の都エクスペリメント。そのホテルの一室、ソファに深々と腰掛けリラックスしている一人の男の姿があった。黒い短髪、左の額にピアス、そして特に特徴的なのが首に掛けている銀色のドクロの形をしたアクセサリー。
ハムリオ・ムジカ
盗賊団の頭であり銀術師と呼ばれる銀を操ることができる力を持つ青年。そしてムジカはあるものを探すことを目的としている。盗賊団の頭をしているのもそれを成し遂げるため。だがムジカは一時的にそれを休業していた。それは
「だ、だからそんなことないって言ってるだろ……」
「嘘! ハル、絶対またあたしの言うこと信じてないもん! 分かるんだから!」
ムジカが座っているソファの後ろで騒いでいる二人組のせい。銀髪の少年と金髪の少女。対照的な色の髪を持つ男女が何事かで言い争っている。もっとも言い争っていると言うよりは痴話喧嘩のようなもの。ムジカはくつろいでいたのを邪魔されたことで大きな溜息を吐き、頭をかきながらもその場を立ち上がる。慣れた光景ではあるのだが流石にすぐ傍で騒がれるのはムジカとしても勘弁してほしいところだった。
「ったく……今度は何の騒ぎだ? ちょっとは大人しくしたらどうなんだお前ら。そのためにここに泊まってんだろ?」
ムジカは煙草をふかしながらあきれ果てていた。今ムジカ達がホテルに滞在しているのは休息のため。つい数日前、ムジカ達は大きなDCとの戦いに巻き込まれた。それは知識のレイヴを巡る争い。レイヴを手に入れんとするDCとの争奪戦。さらにその相手は普通ではなかった。
六祈将軍 『爆炎のシュダ』
DC最高幹部の内の一人。それを相手にしながらもムジカ達は勝利した。もっともシュダは消息不明という結果になったものの六祈将軍の一角を崩すという大金星。だがその戦いで深い負傷を負ったムジカ達はその静養のためこのホテルに、街に滞在しているのだった。
「そ、そうだけどさ……エリーが」
「あ、ひどい! あたしのせいにするの、ハル!? ムジカも聞いてよ。またハルがあたしの話を信じてくれないの!」
銀髪の少年、ハルがどこか罰が悪そうな表情を見せながらたじたじになり、それを金髪の少女、エリーが追いたてている。その内容も荒唐無稽なもの。ムジカは二人が何を言い争っているのか知らないものの恐らくは大したことではないと見抜いていた。短い付き合いではあるがハルとエリーがどんな人物でどんな関係であるかは知っている。だからこそムジカは二人と行動を共にしている。自らの目的を後回しにしてもそれに価値があると認めているからこそ。もっとも行き詰っている探し物について少し違う視点から取り組んでみようとする狙いもあったのだが。
「分かった分かった……何だか知らねえがそのぐらいにしとけって。あんまり騒ぐと部屋から追い出されるぞ、ハル、エリー」
「うっ……それは……」
「……ふん! いいもんいいもん。あたしシャワー浴びてくる。一緒にいこ、プルー」
『プーン』
ムジカの言葉によって一旦騒ぎは収まるもののまだエリーは腹の虫がおさまらないのか不機嫌そうにしながらプルーを連れそのまま風呂場へと去って行ってしまう。のぞかないでよ、というある意味お約束の言葉を残したまま。後にはどこか困惑したままのハルとそんなハルを見つめているムジカだけが残されてしまった。
「……一体何を騒いでたんだ? またあのアキとかいう奴のことか?」
「いや……それも関係あると言えばあるんだけどさ……」
どこか要領を得ないハルの姿にムジカは溜息をつくしかない。アキ。恐らくはそれがハルとエリーがひと悶着起こしていた原因であるとムジカは悟っていた。これまで何度かそれを見たことがあるからこそ。もっともムジカはアキという人物をハルとエリーが探していることは知っているものの詳しい経緯や人物像を聞かされていないため二人が何を言い争っていたのか見当がつかない。だが一つだけ確かなことをムジカは悟っていた。それはハルのエリーへの態度、その理由。ある意味分かりやす過ぎるもの。
「お前もそんなに気にすることないんじゃねえか? そのアキって奴はもうエリーとは別れてんだろ?」
「な、何でそこでアキの話が出てくるんだよ!? そ、それにエリーはアキとは別に付き合ってたわけじゃないって……」
ムジカの予想外に言葉によってハルは狼狽し真っ赤になってしまう。十六歳とは思えないんような純情な姿。その姿に笑いをこらえながらもムジカはアドバイスを送ることにする。年上の男としてのちょっとした忠告。
「でも二年近く一緒に暮らしてて何もないなんてあるわけないだろ」
「や、やっぱりそうなのか……?」
「十中八九な。でも気にすることもないだろ。そのアキって奴がいない間に告白しちまえばいいんだよ」
「なっ!? オ、オレは別にエリーのことをそんな風には……」
あくまでも認めようとはしないハルの姿にムジカは微笑みを通りこしてあきれ果ててしまう。純情もここまでいけば見ていてイライラしてくるレベル。これからこのおままごとをずっと見せられるかと思うとムジカは頭が抱えるしかない。
ハルがエリーに惚れていることは会った時からムジカは気づいていた。むしろ気づかない方がどうかしているレベル。もっともそのレベルに達しているのがエリー。好意に全く気づいていないわけではないのだろうが持ち前の天然さからどこまでが気づいているのかムジカにもまだ計り切れないところが多い。そしてハルがエリーに関してどこか遠慮している、距離を測りかねている原因がアキという人物のせい。どうやらハルはエリーがアキの彼女かもしくはそれに近い存在だと思い遠慮しているようだ。ある意味ハルらしいといえる状況。もっともそれをずっと見せられ痴話喧嘩に巻きこまれるムジカにすればたまったものではないのだが。
「……オレはちょっと外に出てくる。その間にちゃんとエリーと仲直りしとけよ、ハル」
「ちょ、ちょっと待てよムジカ!? 手伝ってくれねえのかよ!?」
「知るか。人の恋路を邪魔する奴は……って言うだろ。押し倒すぐらいの勢いみせろよ。その時は連絡して来い。夜まで戻ってこねえから」
「な、何言ってんだムジカっ!?」
狼狽し声を荒げているハルに背中を向け手をひらひらさせながらムジカは部屋を後にする。もっともそれは冗談。そんな度胸があるならとうに問題は解決しているはずなのだから。ムジカはそのまま去って行ってしまう。後にはハルが一人部屋に置き去りにされてしまった。
(なんだよ……ムジカの奴、好き勝手言いやがって……)
ハルは悪態をつきながらもそのままソファに座りこむ。だが心は落ち着かないまま。それは先のムジカの言葉、忠告のせい。己の状態を完璧に見抜かれていることに恥ずかしさを覚えながらもハルは自分自身でもそれが正しいことを自覚していた。
自分がエリーに好意を抱いていることに。
いつからだったか、何がきっかけだったかははっきりしない。だが一緒に旅をしている中で知らず惹かれてしまったというのが最もしっくりする表現。ハルにとってはまさに初恋。どうしたらいいのかも分からないような事態。もっともそれを伝える勇気もない。何よりもそれができない理由があった。
(アキ……一体今どうしているんだ……?)
それはアキ。金髪の悪魔、売人と呼ばれているDCの幹部。自分にとっては兄弟、家族の一員。そしてそんなアキと深いつながり、関係をもっているのがエリーだった。ハルは思い返す。それは数ヶ月前。エリーと出会った時のこと。
ハルはプルーと共に島を出発し、まずヒップホップタウンと呼ばれる街へと向かった。ガラージュ島からもっとも近い大きな街でありそこなら色々な情報が得られると思ったからこそ。だが街に入った途端異変が起こる。
それはプルー。それまで大人しかったプルーがまるで何かを見つけたかのように走って行ってしまったのだ。ハルは突然の事態に驚きながらもその後追うしかない。プルーはレイヴの使い。ならもしかしたらレイヴの手掛かりを見つけた可能性がある。だがそこにはレイヴに関するものはなかった。だがその代わりにそこには金髪の長い髪をした少女、エリーがいた。その姿に一瞬見とれてしまうもすぐにハルはプルーを探す。そしてようやくその姿を見つけたもののプルーはそのままエリー元へと駆け寄っていってしまう。しかもどんなに引き離そうとしても離れようとしない。ハルはそんなプルーの態度に困惑するしかない。それはまるでシバと会った時のよう。そんなこんなでハルはエリーと出会うことになった。
ハルにとっての初対面の印象は何だか変な少女。プルーのことを虫だの何だの言いだすのだからハルとしては関わり会いにならない方が良いと考えるのにそう時間はかからなかった。だが話をする中から思いがけないことをハルはエリーから聞かされる。
それはエリーがアキと知り合いだったということ。しかもつい最近まで一緒に暮らしていたということ。
金髪ではなく黒髪だったとのことだがエリーの話からそれが間違いなくアキであるとハルは確信する。だが喜んだのもつかの間だった。何故ならエリーも今、アキがどこにいるのか知らなかったから。なんでも突然エリーは一人この街に置き去りにされてしまったらしい。それに気づき後を追おうとしたもののヒップホップタウンはDCによって支配されている街であり、出るには高額な料金を取られる。必要最低限のお金しか残されていなかったエリーは街から出ることができずに途方に暮れていたところだった。そしてハルも自らの事情をエリーに伝える。
アキを探していること、そしてレイヴという石を探していることを。
それを聞いたエリーはアキを探すためにハルと共に旅をさせてほしいと頼み込んできた。それはハルがアキのことを探していること、そしてもう一つ、レイヴを探していると知ったから。
レイヴを探している。
それはエリーがアキから聞いた話。ならレイヴを追って行けば、ハルと共に行動すればアキを見つけることができるとエリーは考えたらしい。それを断る理由もなかったハルはそのままエリー共に旅を始めることになった。
だが結果としてはまだアキの手掛かりは何一つ掴めてはいない。何度かDCとの戦闘はあったものの誰もアキの正確な所在を知る者はいなかった。どうやらシュダから得た情報通り世界中を移動しているらしいことにハルは頭を悩ませるしかない。当初はエリーがアキと共に暮らしていたアジトをいくつか巡ってみたのだが全てもぬけの殻。まるでハル達にから隠れるようにアジトには一つも物がなくなってしまっていた。
だが収穫もあった。それはアキについての情報。それをアキはエリーから得ることができた。そしてやはりアキがDBを持っていたということに。しかも一つではなく複数。エリーの話では幻を作ったり遠くに移動することができるような力を持つもの、剣の形をしたものもあったらしい。だがどうしてもよく分からないのが『ママさん』と呼ばれる存在。どうやらDBらしいがエリーはまるでそれを人間のように話してくる。そこでようやくハルは悟った。それはエリーとの間にある恐ろしい程離れたDB,に対する認識の違い。
(DBがしゃべる……か……)
ハルは困惑しながらも小さな袋に目を向ける。そこにはいくつかの小さな石が入っている。だがそれは唯の石ではない。DB。それがその正体。ハルがこれまで戦ったDCから手に入れたものだった。もちろんハルはDBなど使う気はない。それと戦うことがレイヴマスターの使命。当然ハルはそれと戦い、そしてDBを破壊した。そこに間違いはない。だがそれによって想定外の事態が起きてしまう。
それはエリー。ヒップホップタウンで煙になる能力を持つDBをハルが破壊した瞬間、何故かエリーが怒りだしてしまったのだ。
『いじめちゃだめ!』
それがエリーの言葉。その言葉にハルはもちろんプルーも困惑した様子を見せるしかない。当たり前だ。DBは悪の存在。それを倒したにも関わらず何故そんなことを言われなければならないのか。褒められる、感謝されることはあれど非難されることなどハルはこれっぽっちも想像していなかったため呆然とするしかない。そんなハルの困惑を知らぬままエリーはそのまま捲し立てるように告げていく。
曰くDBには意志があるのだと。悪いものではないのだと。ちゃんと話をしないで壊すなんていけないことだと。
およそ信じられないような言葉の連続。もしかしたら自分は変な奴に目をつけられたのかもしれない、知らない人の言うことを聞いてはいけないという姉の教えがハルの頭をかすめるもののハルはエリーがそれを本気で言っていることに気づく。もっともそれが本当かどうかは半信半疑だったが。石と、DBと話すことができるなどいくら島暮らしのハルとはいえ信じることができるような内容ではない。実際にエリーに話してみるように言ったもののエリーはそれができなかった。何でもDBの声を聞くためのイヤリングが無くなってしまったらしい。(もちろんアキの仕業)
だが頑としてエリーは自らの主張を曲げようとはしない。悪いのはDBではなくそれを悪いことに使う人間だと。このままではずっと言い争いになると悟ったハルはそれからは極力DBを破壊しないように気を払うことになった。その結果がこの袋の中にあるDB。壊すこともできずどこかに捨てることもできないままのもの。そして先程言い争ってしまったのもそれが原因。DBがしゃべることを信じていない態度が出てしまったハルに対しエリーがへそを曲げてしまったという顛末。ハルとしてはどうしたらいいのか分からない難問だった。
(ま、まあそれは置いておくとして……)
ハルは大きな溜息を吐きながらも考える。それはアキとエリーの関係。これまでの旅の中で幾度もハルはエリーからアキのこと、そしてアキとの生活のことを聞いてきた。その中ではアキは自分が知っている頃と大きく変わっていないことが分かり安堵する一方焦りを感じずにはいられなかった。アキとエリーの関係の深さ。二年間一緒に暮らしていたということ。それはつまりアキにとってエリーは彼女のようなものなのだろうと疎いハルにも察しがついた。にも関わらず自分はそんなエリーに惹かれてしまっている。ハルは一度、思い切って聞いてみたことがある。アキは恋人なのかと。エリーはそれに対して違うと答えたもののその時の表情、雰囲気はどこかそうとは思えないようなもの。以来ハルはそれについて深く聞けないでいる。あまり詮索しすぎると自分の想いに気づかれてしまうかもしれないというのがその理由。だが気になって仕方ない。そんな葛藤の中
「ハルさん、準備が整いました」
そんな声がハルに向かって掛けられる。ハルは深く考え事をしていたため咄嗟に反応できずきょろきょろと辺りを見渡す。だがどこにも人影は見えない。一体誰が話しかけてきたのかハルは混乱するもすぐに気づく。それは自分の足元。そこに彼はいた。
「何だグリフか……驚かせるなよ」
ゼリーのような身体に二本の腕と無数の足を生やしている謎の生物。それがハル達の仲間の一人、グリフォン加藤。タンデモと呼ばれる乗り物の運転手として雇われたのがその出会い。プルー同様その正体が謎の存在だった。ハルは改めてグリフに目を向ける。そして気づく。それはグリフの恰好。それがいつもと異なっている。まるでどこかに潜入するかのような装備を身に纏っている。
「では行きましょうかハルさん」
そのままグリフはさも当然のように無駄のない完璧な動作で潜入任務を開始する。その方向は風呂場。覗きと言う名の潜入任務を果たさんとグリフは匍匐前進でじりじりとその距離を詰めて行く。軍人顔負けの動きだった。
「お、お前……一体何してんだ!?」
「お静かに。覗きに決まっているじゃないですか。ハルさんもずっとするかどうかで迷ってらしたんでしょう?」
「だ、誰がそんなこと考えるかっ! ちょっと考え事してただけだ!」
「そうですか……では私一人でも行かせていただきます」
「ちょ、ちょっと待てよ……バレたらどうするんだ、やめとけって……」
「いえ、これは私の使命ですので。ハルさんはお気になさらずに」
「い、いや……そうは言ってもな……」
我先にと進んでいくグリフの後にハルもまるで続くように着いていく。知らず小声で会話をしながら。名目上はグリフの監視をするために。もっともどっからどうみても覗きその2なのだがハルは心中で言い訳をしながらグリフと共に風呂場へと向かって行くのだった―――――
「もー何なのよ、ハルの奴―」
一糸まとわぬ姿でシャワーを浴びながらエリーはまだぶつぶつと文句を言い続けていた。言うまでも先のハルとの言い争いのこと。DBとしゃべれる、会話できることを信じてくれないハルへの不満だった。
(これも全部アキのせいなんだから……見つけたら文句言ってやらないと!)
エリーはここにはいないアキに対して不満、怒りをぶつけていた。今のエリーの状況の原因は全てアキにあると言っても過言ではないのだから。
始まりは数ヶ月前のヒップホップタウン。そこでエリーはアキとデート(アキはそんなつもりはない)をすることになった。珍しくアキの方から誘われたことでエリーは上機嫌になったもののそこでエリーはよく分からない話を聞かされることになった。何でもアキはレイヴと呼ばれるものを探しているのだと。エリーはそれが何なのかはよく分からなかったが納得する。それがきっとアキがいつも忙しく動き回っている理由なのだと。そして次の日、それは起こった。
置き去りにされた。
それがエリーの身に起こった事態。エリーはすぐにそれに気づいた。何故なら自分の部屋以外の家具やらなにやらが全てなくなってしまっていたのだから。まるで夜逃げした後のような有様。そしてさらなる驚きがエリーを襲う。それはエリーの所持金、エリーは基本的にアキにもらったカードによって買い物などを行っていた。だがその残高が本当に最低限生活できる程度しか残されていなかった。昨日まではカジノでの勝ち分もあったのにご丁寧にそれも没収されている手際の良さ。
エリーはそのまま慌てて街中をくまなく探すもアキの姿はどこにもない。DBたちの姿もどこにもない。既に街を出て行ってしまったのは明らか。しかもワープロードがある以上アキがどこに行ってしまったかは分からない。混乱しながらもエリーはとりあえず街を出て自分が知っているアキのアジトへと向かうことにする。もはやエリーにはそれしか手掛かりはなかった。だがすぐにその目論見は外れてしまう。それは街から出るには多額の料金を払わなければならなかったから。それによってエリーは街に閉じ込められアキを追うことができなくなってしまう。カジノで所持金を増やそうにも元手が少なすぎてそれも難しい。
まさに用意周到な逃亡、もとい置き去りにエリーは怒りを爆発させGトンファーで暴れまわるもののどうすることもできず途方に暮れるしかなかった。そしてそんな中でのハルとの出会い。アキとの知り合いであり、レイヴを探しているという少年。エリーはハルと行動を共にすることにする。レイヴを追って行けばアキに辿り着けると。
(アキ……ママさん……みんな、どうして……)
エリーは泣きそうな表情を見せながらもすぐにそれを振るいながらいつもの表情へと戻る。ここで泣いたらハル達に心配をかけてしまうからこそ。エリーには全く見当がつかなかった。
自分が置いて行かれてしまった理由。アキやマザーと喧嘩したわけでもない。自分の記憶を教えてもらったわけでもない。勝手に約束を破ったわけでもない。なのにどうして。
エリーは落ち込みかけた気持ちを何とか抑えながら、気持ちを切り替えながらシャワーを終え着替えを始める。それはハルの存在があったからこそ。
数か月であるがハルと一緒に旅をすることは楽しかった。もしそれがなければもっと自分は落ち込んでしまったはず。アキとはまた違う明るさを持った男の子。アキはひねくれたところがあるが対照的にハルは真っ直ぐな正義感が強い所がある。でもどこか似ている部分がある。小さい頃一緒に暮らしていたらしいからそのせいかもしれない。兄弟のようなものだとハルは言っていた。ならハルと一緒ならきっと大丈夫。アキを見つけることができる。自分の記憶のことを知っているのはアキだけ。でもそれだけではない。二年という短い間とはいえ一緒に暮らしてきた仲間。
それを見つけることを決意しながらもエリーは誓う。アキに会ったらまず一発叩いてやろうと。
「大丈夫? プルー?」
『プーン』
その時のアキの顔を想像しておかしかったのかエリーは笑顔を見せながらしおしおにしおれてしまったプルーを拭いていく。お湯に入るとしおれてしまうというとても犬とは思えないような体質。やはりプルーは虫に違いないとエリーが一人納得しながら自らも着替えようとした時
パキン、と
何かが割れてしまうような音が脱衣所に響き渡る。
「え?」
エリーは驚きながらもその音がした方向に目を向ける。それは足元。そこに何かのリングのようなものが落ちている。それは本来エリーの右腕にあったもの。
「ああ―――!?」
エリーは大きな声を上げながら慌ててそれを拾い上げるも既に手遅れ。そこにはいつも右腕に着けていたブレスレットがあった。だがそれは床に落としてしまったことで割れてしまっていた。何とかくっつけようと、直そうとするが叶わない。完全にブレスレットは壊れてしまっていた。
「そんなー……アキにもらった奴だったのに……」
エリーはがっくりと落ち込みながらもどうしようもない事態に途方に暮れるしかない。それはアキからプレゼントされたブレスレット。エリーにとっては記憶を失ってから初めて誰かからもらったプレゼント。今、エリーが持っている唯一のアキとの繋がりといってもいいもの。それが壊れてしまったことにエリーは落ち込み続けるも壊れてしまったものを直すこともできずあきらめるしかない。その残骸を集めながらもエリーは考えていた。今度は自分もアキになにかプレゼント、お礼をしなければと。
エリーは知らなかった。その意味を。アキが何を意図してそれを贈ってくれたのか。そしてそれが失われてしまったことで何が起こるかを――――
余談だがその後、覗きその2はエリーの大声と共に脱衣所に突撃し(弁明するならばエリーの身を案じたため)撃退されるというお約束が行われ
その尊い犠牲によって覗きその1は見逃され、
戻ってきたムジカは何故か出かける前より状況が悪化していることに頭を痛めるのだった―――――