ある男のガンダム戦記12
<眠れる獅子の咆哮>
宇宙世紀0080.06.22.束の間の戦争の休息が終わりを告げようとしていた頃の話である。
地球連邦軍によるヨーロッパ反攻作戦『アウステリルリッツ』が発動されたのが宇宙世紀0080.07.25であるが、その約一月前にジオン軍は連邦軍の先手を取り地球に第四次降下作戦を決行していた。
目的はこの連邦軍の大反攻作戦の頓挫。オデッサ工業地域の防衛。
その地球降下艦隊旗艦ケルゲレン。
サハリン家の当主にして技術少将でもあるギニアス・サハリン少将は幕僚の一人、ノリス・パッカード並び副官扱いの軍属にして妹のアイナ・サハリンと地球周回軌道にて合流する。
「二人共、無事で何よりだった」
地球の重力に引き寄せられたケルゲレンは第一警戒体制のままオデッサ基地の防空圏内部に侵入する。
自分たちの降下部隊は既にポーランドのワルシャワ市、チェコのプラハ、オーストリアのウィーン、フランスのパリに展開している。
こちらから伺いを立てる前に詳細な部隊配置命令を送れるマ・クベ中将。どうやら連邦軍の反攻作戦に対して詳細を手に入れているらしい。
(キシリア機関のトップと言う肩書は伊達ではないか)
と、どうやら艦が突入軌道から目的地のオデッサ総司令部に到着した。
そのまま紺色の軍服を着たノリス大佐、赤色の総帥秘書官の制服を着たアイナと共にタラップを降りてマ・クベの下へ向かう。その前に五月蝿い奴に出会ったが。
「ようギニアス! 久しぶりだな!!」
それは灰色を基調とした少将服を、独自の着こなしで着こなしているユーリ・ケラーネ少将だった。ジオン欧州防衛軍(第1軍)15万の指揮権を持つ。因みにジオン地上機動軍、通称、第2軍(ドム、ドム・トローペン、ドワッジのみで構成された打撃部隊)。
指揮官がノイエン・ビッター少将15万。
拠点守備軍として、ドイツのエルベ川防衛を主軸とするダグラス・ローデン准将の拠点防衛軍が存在する(兵力は10万)。
また、オデッサ近郊守備軍のマ・クベ中将直轄の5万、ジブラルタル要塞守備軍守備隊長のデザート・ロンメル大佐(総兵力5万)に、地中海方面軍にマッド・アングラー隊のシャア・アズナブル(度重なる功績で大佐に昇進)がいる。
これにウィーンとサンクトペテルブルグにそれぞれ75000名の守備隊が存在していた。
方や先の会戦で大勝利した為か、中近東には全軍合せて3万しかおらず、その大半もスエズ防衛(ガルシア・ロメロ少将が指揮を取る)に回っている。
これに補給部隊や特殊部隊、予備の予備などを合わせて70万近くがジオン地球攻撃軍の総兵力となる。
もっとも、連邦軍は120万の主力に10万の海上兵力、10万の海兵隊(渋る北米州からレビル将軍が無理矢理ぶんどった)備えているので戦力比率は2対1と連邦軍が凌駕しているので楽観は禁物である。まあ戦争に楽観を持ち込める奴は余程の大物である。
「ノリス、貴様もケラーネの指揮下に入るのか?」
ケルゲレンを降り、将官専用の特別列車に座っているギニアスは、副官にして執事と言って良いノリス・パッカード大佐に聞く。
彼の指揮下の部隊MS-08TXからX除いた、つまりギニアス・サハリンが完成させたMS-08Tイフリート部隊36機、ドワッジ72機がある。突破戦力しては申し分ない。
「は。自分はケラーネ閣下では無く戦略機動が可能なビッター少将の部隊に回されます。
ギニアス様の配下を離れる事になりますが軍令とあれば・・・・・申し訳ありません」
そうか。
ギニアスは関心を妹に向ける。
この妹は宇宙での連邦軍との遭遇戦以来何かを考える事が多くなった。まるで自分を捨てる直前の母様の様に。嫌な傾向だと思う。母様、また私を裏切るのか?
「アイナ・・・・アイナ・・・・・アイナ!!」
その言葉に漸く外を見ていた妹は反応する。一体何事ですか?
そう言う顔をするが逆に問いたい。お前こそどうしたのか、と。
「どうしたのだ、お前は例の補給部隊との交戦以来ずっと何かを考えている。まるで心ここにあらず、だ。それではサハリン家としての淑女として失格であるぞ?」
そう言う兄ギニアス。独自のスカーフをした軍服と装飾の入った少将専用の指揮杖。この姿が彼の権限の強さと脆さの両面を表している。
そもそも第四次降下作戦にギニアス・サハリンが抜擢されたのは彼がデギン公王派であったと言う点とジャブロー攻略用MAの開発拠点を求めたという二つの点がある。
ギレン・ザビとサスロ・ザビは私情で軍を動かすほど甘くは無い。無いのだが、ガルマを捕えられたデギン公王は今や往年の名政治家としての辣腕は完全にない。
彼は早期停戦を息子らに求めると共に、自分の出来る事を勝手に行っている。
その一つが没落したサハリン家の当主ギニアス・サハリンが自ら持ち込んだジャブロー強襲用MAアプサラスの開発だった。
ジャブローさえ落ちれば戦争は終わる、そんな幻想に騙されたデギン・ソド・ザビはギニアスの提案に乗る。彼がペズン計画を完遂させた事も好材料だった。
ペズン計画が終了した事で、ペズンで開発が終了したガルバルディαとアクトザク、ペズン・ドワッジがア・バオア・クーとグラナダ基地で生産を開始。これと並行してゲルググ量産型やその改良型の生産も軌道に乗った。
ギレンから見ればこれ以上デギン公王派閥のギニアスに功績を立てさせる訳には行かない、と判断した、と巷では言われている。真実は誰にもわからない。
ただデギン公王はギニアス・サハリンという戦場を知らないサハリン家当主に賭けた。南極条約締結時の様に、デギン・ソド・ザビはまたもや分の悪い賭けに賭ける。
父親のギャンブル運の無さを、或いはギレン・ザビは呆れたのかも知れない。
兎にも角にも、ギニアスは地球への大規模増援部隊の司令官として第四次降下作戦を指導、その後、地球侵攻軍のマ・クベ中将の指揮下に入る。
この時、ギニアスは一つの条件をつけた。
それは南欧のある地域、P-99とジオン軍が呼ぶ市街地兼鉱山基地、HLV打ち上げ基地に『アプサラス計画』を推進する為の拠点を設ける事。
意外な事にマ・クベ中将はそれを許可した。彼としてもデギン公王の悪印象を受ける気は無かったのだろう。
それにギレン・ザビとマ・クベは南極条約締結時どころか、ギレンの地球視察時代からの繋がりがあったのだから余計に波紋を立てたくないのか?
「とにかく、次の作戦会議にアイナも出席するのだ。サハリン家が再興されつつあると言う事を周りに知らしめる為にもな」
アイナはただ黙って頷いた。
全く、一体何を考えているのやら。
ジオン軍の地球攻撃軍は各地の戦線から将官らを集めた。宇宙世紀0080.07.07である。
ジブラルタル宇宙港守備のロンメル大佐、大西洋で通商破壊戦闘を継続中のシャア大佐を除いたものがオデッサ基地に集まる。
ノイエン・ビッター少将、ユーリ・ケラーネ少将、ガルシア・ロメオ少将、ギニアス・サハリン少将、ダグラス・ローデン准将、更にはノリス・パッカード大佐などである。これに副官らがつく。総勢30余名の大会議だ。
「作戦は知っているかな?」
前置きも無くマ・クベ中将は言った。無論、知っている。極秘文章として各司令官らに手渡されその将官らの中でも極めて有能かつ少数の幕僚の中で論議されていた。
地球侵攻作戦発動からこの方、絶えず論議されていたのだから全員が知っている。
「連邦軍の主力攻撃部隊はかならずヨーロッパ半島を西から東に横断してくる。そうしなければ政治的にキングダム首相は失脚するからな」
そう言ってマ・クベ中将の副官のウラガン大尉がコンソールを動かす。ヨーロッパ半島の地図だ。机型のモニターに映し出された。
これを見ると連邦軍の予想進路はベルリンを経由してポーランドのワルシャワとオーストリアのウィーンを突破、そのまま東欧諸国を抜ける。
推定10万から20万の戦力でモスクワや北欧方面を牽制しておく。
また、西欧やイベリア半島、南欧開放は20万程度軍を二つほど向ける。
そのまま主力部隊100万はオデッサ地域に殴り込みをかけると言うのが連邦軍の作戦であろう。
「なるほど。マ・クベ中将の考え、敵の案は分かった。俺もこれが正しいと思う。ついでに言えばパリやイベリア半島への攻撃は陽動だな」
ケラーネが知ったように言う。
忌々しいがやつはジオンでも陸戦の専門家の一人だ。一人になったと言うべきだが、仕方ない。傾聴に値する意見と言えるだろう。全く持って認めたくないがな。
ギニアスは将官専用席に座っている。全員の前には500mlのミネラル・ウォーターのボトルがグラスと一緒に置いてある。それを一口飲む。
書記官や秘書官が慌ただしく動いて軍の移動を見せている、赤のマークがジオン軍、青のマークが連邦軍。
「こちらからブリュッセルを攻撃すると言う案は?」
ダグラス・ローデン准将が聞いた。彼はルウム戦役で決定的な働きを受けながら地球に流されてきたダイクン派。ここで挽回したいのか? そう思っているとどうやら早とちりらしかった。
「いや、ローデン准将の意見も一理あるが、既に連邦軍のヨーロッパ半島の戦力を考えると得策では無い。
敵の戦力はイギリスとアイルランドに集結した上で、オランダやベルギーを守っている。こちらが防御側の利点を失えば一気に押し切られるだろう」
答えたのはビッター少将だった。
彼の指揮した第2軍は中近東で大戦果を挙げているので発言の重みがある。確かに攻撃側は三倍の戦力がいるとよく言われている。俗にいう攻者三倍の原則。こうなるとジオン軍が執る作戦内容も絞られてくる。
「ではやはり連邦軍をヨーロッパのどこかで迎撃をするしかないな。オデッサまで引くのは時間的にも物理的にも無理だ。」
ダグラス・ローデン准将の呟き。
ジオン軍は確かに精強だが、あの木馬が後方を荒らして荒らして荒らしまくったお蔭でMS隊や支援車両に不足が出ている。ガウを使った戦略機動にも限界はあるのだ。
と言う事は、ジオン側は出来る限りオデッサの前で連邦軍を誘い込み、後手の一撃で粉砕しなければならないのだろう。言うのは簡単。問題はそれが現実に実行出来るかどうか。
「その通り。我が軍は敵を迎え撃つ。これが基本方針だ。理由はビッター少将の語った通りである」
頷く将官ら。
「なるほどな。それで決戦の場所はどうするんだい? マ・クベ中将殿?」
ケラーネとビッター、ローデンに私ことサハリンの視線がマ・クベ中将へ向く。胸元のスカーフを少し直すと彼は地図を変えた。
地図はドナウ川を示す。
「決戦はドナウ川だ。ドナウ川を天然の防壁にして連邦軍の戦闘車両部隊やMS隊を対岸から攻撃する。
また、ドナウ川を渡って上陸してきたMSはグフを中心とした陸戦用MSで撃破していく。そして・・・・ビッター少将の第2軍はドナウ川河口付近に渡河専用の橋を作りそこを基点に機動防御を仕掛ける。
背水の陣を張るダブデ陸戦艇部隊と戦闘車両部隊が時間を稼いでいる最中に、我が軍のドム部隊が連邦軍を側面から突く。何か質問はあるか?」
さっそくその作戦案への煮詰め作業が始まった。
宇宙世紀0080.07.08、地球周回軌道上。
ジオン公国の第五次資源回収作戦が開始されていた。既に四度、膨大な物資がジオン公国内部に送られていく。その量は戦前の予想以上でジオンにとっては嬉しい悲鳴を上げていた。
もっとも生産力は戦前の予想通り、犠牲は戦前よりも上なので結果的にサスロ・ザビらジオンの後方部門は悲鳴を上げているのだが。
「右から左に流している」
この地球連邦非加盟国である中華、北インド、イランの非加盟国(枢軸国)に、オデッサ占領地域から打ち上げられる多数の物資はジオンの経済を支える生命線である。
これを維持する為、ジオン軍は月に一度、ジオン親衛隊の艦隊や正規艦隊を派遣して護送作戦を遂行していた。その規模はルウムにこそ及ばないモノの一週間戦争におよぶ規模である。
無論、連邦軍も黙ってはいない。嫌がらせ以外の何物でもないが、サラミス2隻を基幹とした偵察艦隊を出して少しでも妨害し、攻撃しようしている。
もっとも、それは無駄な犠牲を出しているとして、ルナツーの連邦軍からは『死の哨戒命令』として忌み嫌われていた。
その死の哨戒命令の象徴がこの戦闘であろう。4隻だけでジオン艦隊へ通商破壊を仕掛けるのだ。しかもMSは無い。敵にはあるにも関わらず。
「これで3隻目!!」
アナベル・ガトー少佐のリック・ドムがビームバズーカでサラミスの艦橋を撃ちぬく。
以前に使った傘による奇襲作戦でなく、今回は正面からの突撃。
ガトー少佐の卓越した機動とミノフスキー粒子の加護の下、弾幕を回避して一気に上甲板、前部砲塔、ミサイル発射管、艦橋、エンジンとビームを叩きこむ。
『悪夢だ! ソロモンの悪夢が出たぞ!!』
カラーリングを見て護衛役のボール隊が恐慌状態になる。それを絶好好機として90mmマシンガンで各個撃破する。
一機をロックオンし、そのまま撃ち抜く。爆発。装甲の弱いボール。故に、爆散してくるデブリを回避する為にボール隊は密集隊形を解除、そのまま距離を取ろうとして、更に一機がガトーの放ったマシンガンの餌食になる。
機関砲を乱射して逃げ出そうとするボールを、ガトー少佐はしっかりと見据えた。
リック・ドムを若干動かして敵の射線軸から回避する。そのまましっかりと狙いをつける。
マシンガンを6発、二連射叩き込む三度爆散。これで残りは二機。と思ったら、僚機のカリウス軍曹が上空とでも言うべき場所から一気に急降下して射撃、ボールを全滅させた。
これで残りはサラミスが一隻だけ。ガトー艦隊旗艦ペール・ギュントのグラードル少佐に連絡、するまでも無かった。艦隊の一斉射撃で残ったサラミスは逃げ出した。
「まあ仕方あるまいな。これだけの戦力差。戦えると思う方がどうかしている」
リック・ドムを帰還コースに乗せる。
周囲では幾つもの回収部隊がHLVやシャトルの回収作業に追われていた。と、その時、まさに着艦せんとした時に、ミノフスキー粒子と太陽を背にした連邦軍の別同部隊のサラミスが二隻、ガトーから見て左舷方突入をかけてくる。
最大船速。ただ弾幕を張って駆け抜けるだけのつもりだろう。だが効果的だ。放射能被爆しただけで物資は使えなくなるのだから。
「護衛部隊は!?」
ガトーが叫んだが、遅い。どの護衛も後方と思っていた左舷からの全速による突撃など考えてもいなかった。
明らかに間に合わない。
と、思ったらサラミス二隻の右舷に無数のメガ粒子砲のビームが突き刺さる。大爆発が二度起きた。
「何? 友軍がいたのか?」
ホッとするガトーに薄くなったミノフスキー粒子の影響を受けつつも、無線から連絡が入る。周波数を合わせる。
『こちら親衛隊第三戦隊のシーマ艦隊。第二戦隊ガトー艦隊、貴艦隊は無事なりや?』
シーマ艦隊とはあだ名であり、正式名はジオン親衛隊艦隊第三戦隊という。最近の再編成で結成された部隊で、第二戦隊のガトーとは同期になる。
シーマ艦隊は、ザンジバル改級機動巡洋艦『リリー・マルレーン』とそれを護衛するムサイ砲撃戦強化型が14隻。止めにいまはゲルググ量産型が主力のジオン親衛隊の中で唯一の改修型ゲルグルMを充足した部隊である。
ルウム戦役では最初に連邦軍に突入した、切り込み隊として『宇宙の海兵』として宣伝されていた部隊が前身である。
ちなみにギレン・ザビがもっとも頼りにしているという噂が流れているジオンの親衛隊でもある。
「ふ、シーマ大佐の部隊か。相変らず手際が良い。
グラードル、発光信号用意。色は緑と青。我が艦隊の全艦が撃て。感謝すると、な」
アナベル・ガトー少佐の命令で多数の発光信号弾が宇宙に生まれる。どうやらあの男は義にうるさいだけあって真面目な様だ。
(結構だねぇ。まあ暑苦しいんだけど)
あたしはそう思って特注のシートに腰かける。ノーマルスーツのヘルメットを取った。気が付けば艦橋の乗組員全員がノーマルスーツのヘルメットを外している。
戦闘はもうないだろう。そう思う。
「シーマ様。ガトーの旦那から返信あり。
救援を感謝する、貴艦隊に栄光あれ、です。相変らずの御仁ですな」
デトローフ・コッセル大尉が楽しそうに言う。
ガルマ・ザビの件で同時期に親衛隊に移ってきたガトーとコッセルは性格の違いからか最初は何かとぶつかり懸念していたが、どうやら今ではそれなりに良い関係を構築している様だ。まあ良い事だ。逆よりは良い。
「ふん、まああの男は戦場なら信頼できるさ。ちょっと戦争馬鹿なのが玉に傷だけどね。それより周囲の警戒、索敵怠るんじゃないよ!
こんなくだらない戦闘で死んだって補償金が精々2割増し程度にしか出ないんだ。全く持って馬鹿馬鹿しいたらあらしない」
ふと、ここでシーマは思い出す。シーマ・ガラハウ、彼女の運命を明確に変えたサイド6での潜入工作を。
彼女は上司のアサクラ大佐の命令で中立サイドのリーアに単身での潜入を命じられた。正直に言うが恐らく自分は殺される、いろいろルウム以来使い捨て寸前だったが今度こそ使い捨てにされると思った。しかも仲間とは離れ離れ。
だが、蓋を開けてみたら全く別だった。居たのは自分と同い年くらいの一人の女性。向こうはアリス・ミラーと名乗る。連邦の高官だと。
そして厳重に封をした封筒とメモリーディスクを渡すと去って行った。
『必ずザビ家の方、そうですね・・・・できればギレン・ザビ氏に直接お渡しください。それが身の為になります。
この青いメモリーディスクを見せれば必ずお会いできるでしょう。どうぞよろしく、シーマ・ガラハウ中佐』
と。全く、狐に化かされるとはあの時の様なことを指すのだろう。しかも偽名を名乗ったのに本名を当ててきた。あれには参った。次元が違う。
そして上司のアサクラ大佐は信用できなかったので、休暇を利用してサイド3のズム・シティに行き、セシリア・アイリーンを通してエギーユ・デラーズにアポイントを取る。
ここで初めて自分が連邦軍諜報部高官と思われる人物に、サイド6で接触した事を伝えた。デラーズの禿げは何事かを考えていたが決断は早かった。直ぐに総帥府に連絡を取る。
この青いディスクの件を知ったギレンは即座に執務室に二人で来るように命令した。
「何の用だ? 申してみよ」
偉そうにふんぞり返るのが独裁者の特権なのかとも思ったが取り敢えずは黙る。それにここで好印象を残せれば海兵隊全員の地位向上につながるのは間違いない。
そう考えれば今日の我慢など我慢にならない。
「は、ギレン閣下に重大な報告を持って参りました。
これを持参したのはこちらのシーマ・ガラハウ中佐からです。ガラハウ中佐、閣下に遠慮せずにその時の状況を述べよ」
デラーズの禿げ頭がとんでもない無茶ぶりをしてくるが仕方ない。自分が得た情報をギレンに渡す。
デラーズは腰かけるギレンからコーヒーを直接入れてもらった。それを嬉しそうに飲む姿はまるで餌をもらった警察犬のドーベルマンを思わせる。
実際にこの想像は合致しているだろう。
彼とギレンは江戸時代と呼ばれた頃の日本のサムライに近いのだから。義だのなんだの過去の遺物を現代の戦争に持ち込むのはデラーズ少将の悪い癖である。
「シーマ・ガラハウ中佐であります。この度は無理をお聞き下さりありがとうございます」
ギレン総帥は内密に会いたいと言う自分の意をくんで、ザビ家私邸にあたしを招き入れる。
これには前線で体を張ってきた自分も流石に度肝を抜かれた。
無論、何重ものボディチェックはあったが、それでも破格の待遇だ。独裁者が私邸に招き入れるなど普通はあり得ない。余程の重臣か親族ではない限り。
それもだ、マハルという貧困コロニー出身にも関わらず、である。
現在は戦時特需の影響で皮肉な事にジオン国内の経済格差は改善されている。
正確には開戦劈頭に占領したサイド1、サイド2、サイド4、サイド5からコロニーを移動したり、戦時を理由に搾取する事で改善させたと言える。
「デラーズ閣下からご報告があったと思いますが、こちらをご覧ください」
サイド6侵入の経緯とその後のアリス・ミラーと名乗った連邦の諜報部員との接触を簡潔に報告した。ギレン・ザビはその性格から脚色した報告よりも端的な報告を好む。
これ位は事前に知っておかないといけない。何故なら自分は独裁者の前に立つのだ。情報が死命を制するのは戦場と同じである。
それにしてもエギーユ・デラーズという男の影響力の高さが伺える。今は夜の12時35分。しかも執務室には総帥首席秘書官のセシリア・アイリーンがバスローブ姿でいる。
軍服姿のエギーユ・デラーズ少将と同じ軍服姿のあたしことシーマ・ガラハウ。
それに対してつい今しがたまでシャワーか風呂にでも入っていたと思わしきセシリア・アイリーン。その豊かな髪と胸から湯気が立ち上っている。
(あの噂。ギレン・ザビに私生児がいるっている噂とギレン総帥の愛人がセシリア秘書官というのは本当か・・・・・これはもう引き返せないな。しくじった!)
ここまであからさまに私生活を知った以上、もう進むしかない。下手に引けばそれだけで殺される可能性がある。いや、殺されるだろう。
そう思うが顔にも声にも出さない。この点流石は百戦錬磨のシーマ・ガラハウである。
報告しながら彼女はさりげなくザビ家賛美を忘れない。無論、露骨すぎれば警戒されるのだからあくまでソフトに行う。
「私は詳細を知りません。しかしながら連邦のCIA高官のIDカードを持った女が持ち込んだメモリーディスクです。必ずや閣下のお役にたつと思います」
シーマは賭けに出た。ここで何も聞かずに黙るのだ。敢えて黙るのだ。そうする事で独裁者に主導権を渡す。
渡した結果が吉凶いずれか分からないが、ここでシーマは神に祈る。戦場でも祈らなかった神様に。どうか私に加護がありますように、と。
そう、ここでギレン・ザビやエギーユ・デラーズの機嫌を損ねれば確実に地球戦線送りなのだ。それだけは避けたい。せめて死ぬなら故郷の宇宙で死にたい。
「シーマ中佐、だったな。君はこれに何が書いてあるか、この封筒に何が入っていたか知っているのか?」
ここで答える。あの封筒はテロが使う炭疽菌爆弾の可能性もあった。だから一度封筒を開けた。そして見た。
宇宙世紀0080.04の中旬の日付で、太平洋と言われている海を背景にしたホテルの一室に女と一緒に写っていたザビ家の御曹司の姿を。
(来たな。ここが分岐点!)
誤魔化しは効果が無い。ここはハッキリと見たと伝えるべきだ。そうしなければ要らぬ警戒心を持たれる。
「見ました。ガルマ様がイセリナ・エッシェンバッハ様とご一緒にプールサイドでお遊びになっているお姿です」
努めて冷静に。激情を抑えて。
捕虜になっておきながらのこの待遇の差に怒りを覚えながらそれでもそれを抑えてあたしはギレン・ザビと対談する。ザビ家のお坊ちゃんが! という怒りを抑えて。
「そうか・・・・相手も知っているのなら話は早い。この事は誰にも喋るな。よもや・・・・・既に誰かに喋ったのか?」
この問いは予想が付いた。だから直ぐに答える。
どうでも良いがいつの間にかデラーズ少将は寝室の一人使用のソファに腰かけている。
が、良く見ると指揮杖を持っており、あたしがギレン・ザビに何かしたら後頭部にそれを投げつけられる体制でいる。
ギレン総帥はベッドにおり、セシリア首席秘書官はいつの間にか部屋から出て行ったのか、部屋にはいない。で、あたしは直立不動で立っている。のどが渇いてきた。
「いえ、誰にも」
その時、セシリア・アイリーンがコーヒーポッドと茶菓子を持って来た。どうやら寝室の隣はプライベートキッチンの様だ。これも重要な秘密になるのだろうな。
「そうか」
短いやり取りが怖い。饒舌な人間なら良く会うし、それ故にその人が何を考えているか分かりやすいがこうも短いと何を考えているのかが分からず恐ろしい。
そうだ、あたしは怖い。
目の前の敵よりも後ろにいる味方に殺される方が余程恐ろしいのだ。何故なら味方を敵にする時点で何処にも逃げ道が無くなるのだから。
「デラーズ、ドズルを呼べ。それとな、彼女を親衛隊に移籍させる。意味は分かるか、シーマ・ガラハウ中佐?
この意味が分かるなら貴公を親衛隊に移籍させる上、本国のズム・シティ防衛を主任務とするが、どうだ?」
テストか。
それだけを思わされる。恐らく、いや、確実にあたしを試している。
そしてギレン・ザビ総帥は国内に不安を抱えているのだ。これは良い話だ。この試験に合格すれば最低でも切り捨てる側に回れるだろう。アサクラからも逃れられる。
「ガルマ様生存の口止め料、ですね」
鷹揚に頷く独裁者。そして顎で指示する。続けろ、と。
「ガルマ様が北米で生きておられると分かれば必ず軍内部で奪還作戦が立案されます。己の功名の為でしょうが。
また、この情報が下手にデギン公王陛下に伝われば独断で連邦政府との和平交渉を開始されかねないと思われます。
事実、デギン公王陛下のお受けになられた衝撃は自分が知るほどに大きかったと聞いておりますので、この可能性は極めて高いと思います。
ならば、デギン公王陛下を抑えつつ、国内の動揺を起こさない。もっと露骨に言いますと国内の情報管制を行うと言う事です。
ガルマ様は国内でも人気があります。
例の連邦軍武装解除作戦の英雄でもあります。その、今は公式に戦闘中行方不明(MIA)のガルマ様が北米州議員のエッシェンバッハ氏の令嬢と敵地で戦争中にバカンスなどジオン公国国内の良識派やギレン閣下らにとっては看過し得ない事態。
それを知ったのが自分。その口止め料が自分の親衛隊の移籍であり、前線から遠ざける事による情報漏洩の防止。つまりは監視であると考えます」
寝間着姿のギレンが右手を挙げた。そしてあたしは間抜けにも今ようやく気が付いた。スタンガンを構えたデラーズの姿を。
どうやらこの試験に不合格していたら死んでいたらしい。いや、スタンガンでは死なないだろうがその後は最前線送りだったのだろう。
そのデラーズがスタンガンをしまいつつ言った。
「合格だ。大佐。ガラハウ中佐は今から大佐だ。私の指揮下に入る。何か要望は?」
天啓が来た。この言葉を聞いたあたしは最後の賭けに出た。
「部下たちも親衛隊への移籍を許可して頂きたい。彼らも使えます。必ずや閣下のお役にたって見せます」
その後、親衛隊は精鋭部隊である事と国内向け宣伝の為に2週間に一度は出撃(ただし自軍制圧圏内なので実質は演習)を義務付けられた。
ガトー艦隊の様に毎週の様にソロモン方面から出撃しては戦果を挙げてくる部隊も居ればドロス、ドロワとその護衛部隊の様にゲルググへの換装作業と熟練化に追われて動かない部隊もいる。
ちなみに餞別だったのか、艦隊は13隻まで増強され、しかもムサイ級は新型艦で構成。とどめにMSもゲルググの改修型へ全機が変更。
あたしの指揮官機のみだが、ビームマシンガンと言う新兵装も配備された。正に至れり尽くせり。しかも月に一度は好きなコロニーで5日間の休暇が取れる。
『ギレン閣下は貴公を気に入ったようだ。大佐、貴公が忠義を尽くす限りジオン公国と総帥府は貴公の忠誠に答えよう』
そう言ったデラーズの言葉通り。左手うちわが止まらない。旗艦にアムール虎の毛皮を敷いてしまったほど金ももらった。
ちなみ元上司のアサクラは同格になった時に嫌味を言ってやろうと思ったら本国に移送したサイド2のコロニー「アイランド・ブレイド」の改装工事に携わっているらしく、会えなかった。何の工事なのかは知らない方が良いだろう。
現実に意識を戻す。
「さてと、残敵の掃討は終えたね? ルナツーから正規艦隊が来る前に仕事を終えな」
ルナツーの艦隊は第9次地球周回軌道会戦以来動いてない。
だが、それが今日もそうだとは限らない。指揮官は常に笑顔で最悪を想定するのだ。それが指揮官と言うモノだ。楽観は最悪の敵だ。
「なんだ、俺は出なくてよいのか?」
と、艦橋に真紅のノーマルスーツを着て、右手にヘルメットを持った金髪の少佐が現れた。
「は、真紅の稲妻の手を煩わせることはないってさ。ソロモンの悪夢は義にあついからね。あたしらとは大違いだよ」
その言葉に艦橋全体から笑みがこぼれる。
ちげぇね。ちがいねぇ。
「ふーん。まあ良いか。で、大佐、俺のスコア更新のパーティはいつやってくれるの?」
この性格は嫌いじゃない。寧ろ好ましい。
ジオン十字勲章ものの英雄がお目付け役で配属されると聞いた時はどうなるかと思ったがどうして良い奴だ。好きになりそうだ。女としてもね。
「あんたの撃墜スコア更新に構ってたら休暇が全部潰れちまうさ。それで、例の新型、高機動型ゲルググは使いやすいのかい?」
高機動型ゲルググ。ゲルググの宇宙戦専用仕様の機体。
ジオン軍の高機動型ザクⅡをエリオット・レム中佐らの開発チームが主体になってゲルググを改装した機体である。
現在はシン・マツナガ少佐の『白狼連隊』のみ配備されている。総数42機。ドズル・ザビの肝いり部隊だ。
その部隊から人と一緒に借りてきたのが彼、ジョニー・ライデン少佐。
「そうかねぇ。ま、俺も楽が出来ればそれで良いんだが。全員でサイド3に帰ろうぜ。長居は無用だわな」
その通り。長居は無用。いつ何時敵の正規艦隊が襲ってくるのか分からない今現在の宇宙情勢で地球軌道に留まるのは危険。せっかく命がけで手に入れた特権だ。大事にしなくては。
「艦隊反転。サイド3に帰還する!」
宇宙世紀0080.06中旬。ニューヤークにて。
ニューヤークは消費の大都市であるが、その一方で南側には大軍事工廠が存在する。ビスト財団やヤシマ重工業、ルオ商会、アナハイム・エレクトロニクス(AE)社などがその名前を連ねる一角があるのだ。
その一角で、ペガサス級第7番艦が完成する。
名前を『アルビオン』という。艦長にはリム・ケンブリッジ大佐が就任する。
これと前後してペガサス乗員の7割(MS隊並び関係者は全員)が移籍する事となった。訓練期間が1か月程。
それから一か月が経過した宇宙世紀0080.07.18.
地球連邦軍の北米州は流石に血を流す必要を感じていた。この大規模反攻作戦で血を流さない限り地球連邦での覇権確立は存在しない。
『ジャミトフ君に伝えたまえ。我が北米州の精鋭部隊を独立遊撃部隊として旧大陸の傲慢な者どもの救援に差し向けよ、とね』
とは、大統領であるエドワード・ブライアンとヨーゼフ・エッシェンバッハの会話の一幕である。
先の異動に伴って、ペガサス艦長職はヘンケン・ベッケナー少佐が任を引き継ぐ。
また、ジム・コマンド陸戦使用を配備したユーグ・クーロ中尉をペガサス隊隊長としたジャック・ザ・ハロウィン隊が艦載機部隊になる。
更に、である。キルスティン・ロンバート中佐がペガサス級のサラブレッド艦長として就任、MS隊もルウム戦役を戦い抜いたヤザン・ゲーブルとライラ・ミラ・ライラ中尉の部隊を中核にした精鋭部隊が加わった。
加えてアルビオンへの補充要員として不死身の第四小隊との異名を持つ部隊が配属された。また極秘に、極東州に亡命した(亡命理由は良く分かって無い。なんでもニュータイプを敵視し、その軍事利用に声高に反対して身の件を感じたというが何故そこまでニュータイプを敵視したのかは支離滅裂である。ダーウィンの進化論の様なことを言っている)クルスト博士の手がけたブルー・ディスティニー(BD1号機)と呼ばれる機体が護衛と共にペガサスへ配備される。
これらの部隊の最大の特徴はその将兵、将校、司令官の8割が極東州、アジア州、オセアニア州、北米州で構成された点にある。
事実上のブライアン大統領ら太平洋経済圏の私兵集団であり、指揮系統も独立していた。
『アルビオン』、『ペガサス』、『ホワイトベース』、『サラブレッド』の四隻。司令官はエイパー・シナプス准将。
搭載MS隊、BD小隊(モルモット小隊)、ホワイトベース隊、ホワイト・ディンゴ隊、デルタ小隊、タチバナ小隊、ジャック・ザ・ハロウィン隊、不死身の第四小隊(俗称)、ヤザン隊、ライラ隊である。
これらの機体は新型機のガンダムタイプかジム・スナイパーⅡかのいずれかに固められている文字通りの最精鋭軍団であり膠着した戦線を打ち破る突破兵力である。
ただ、この部隊は部隊間の訓練がまだ行われておらず、ベルファストで改修工事中のホワイトベース以外は大西洋横断中に出来うる限りの訓練が予定されていた。
「自己紹介も終わった事だし、乾杯と行くか!」
モンシア少尉が音頭を取って乾杯の合図を出す。ここはニューヤークの酒場。それもケンブリッジ家が代々使っていたパブだ。
そこで第13独立戦隊(戦隊と言う規模では明らかにないのだが、誰も指摘しない)の親睦会ならび結成式が行われた。
不死身の第四小隊のモンシア少尉と、軍楽隊出身故か、お祭り大好きのホワイト・ファング隊のマイク少尉の合同企画でやる。
飲み会の会場はウィリアム・ケンブリッジの親友だと言い張ったベイト少尉の言葉に押され、マスターが6時間貸切にしてくれている。
総数100名以上の大宴会だ。既に飲み始めてから30分以上。初期に用意された料理も摘みも全部ない。各テーブルに配置されているビールサーバですら空にしている位だ。
特に元ペガサス、現アルビオンのオペレーターらの飲みっぷりが異常だ。物凄い勢いでワインを空にしていく。
一方で佐官以上の面子は静かにウィスキーやバーボン、カクテルをチーズ片手に傾けている。
「さてそれではみなさん! ここで我らホワイト・ディンゴと青き伝説の合同芸をやらせてもらいます!!
全員拝聴!!! 敬礼!!!」
ファング3のマイクが楽しそうに言う。続けてライラが野次を飛ばす。
「おい貴様! 上官侮辱罪だぞ」
どっと起きる笑い。
マイクがバンド楽器を構えると、この日の為に訓練して来たのかマイク、レオン、レイヤー、ユウ、フィリップ、サマナの6人がバンドを演奏する。
楽しい一夜が過ぎていく時、幹事役にして盛り上げ役のモンシアとマイクは大ゲストを紹介する、と言って一旦、全ての電気を消した。
そして。
「では我らの英雄。この世で一番恰好が悪くて素敵なオジサマ。そしてそのオジサマの心を・・・・なんと生まれた時からずっと奪い続けた我らが副司令官。
ウィリアム・ケンブリッジ氏とリム・ケンブリッジ大佐です!! 皆さん盛大な拍手を!!! 音が小さい。声を上げろ!!!」
エレンとノエルとアニタとミユが大声でハモる。4つのマイクが彼女らの歌うような声を会場全体に流した。
と、扉が開き、あらかじめ用意していたスポットライトとクラッカーが一斉に浴びせられた。
「まずはケンブリッジ夫妻の大人の誓いのキス!! お二人とも熱烈なキスをみんなの前でどうぞ!!」
酒が入っているせいか、マオ・リャン少佐も悪乗りしている。
その言葉に一斉に反応する面々。公衆の前での羞恥プレイに流石に頬を赤くするがそれを見てまたもや大合唱。
『『『『『キス!! キス!! キス!! キス!!』』』』』
これは辛い。だが、楽しい。
兵士たちの皆が思う。今を生きよう。今を楽しもう。戦争中の兵士に明日があるかどうかなど誰も保障できない。保証しない。ならば今この瞬間が全てだ。
そうだからこそ、今は楽しめば良いのだ。難しい問題は明日考えれば良い。素面の時にでも政治家共がいる安全な場所で語れ。
「おお!!!!!!!」
リムとウィリアムは思いっきり熱い抱擁と口づけを交わす。
宇宙世紀0080.06上旬、ウィリアム・ケンブリッジは大統領執務室に入室した。大統領に呼ばれた自分はマーセナス議員と共に執務室の来客用ソファに腰かける。
(一体何の用なのだ? ついに前線勤務なのか? 或いはジオン本国にでも密使として送られるのだろうか?)
そう思うが顔には出さないようにした。ここでまたぞろ厄介ごとを押し付けられたら目も当てられない。久々に思う。
(ええい畜生!! またか!? またなのか!!! また厄介ごとを押し付けられて要らない評価を植え付けられるのか!? 畜生め!!)
きっとそうなのだろう。伊達に連邦の高級官僚試験を突破してない。伊達に開戦前からこき使われてない。特に嫌な予感ほど当たる。
だいたいマーセナスが横にいる時点で不味い。
彼は北米州でも有力な地球至上主義、国粋主義者である。故にブライアン大統領の片腕とも言われている。
しかもだ、何故ジャブローにいる筈のジーン・コリニー提督もいた。ジャミトフ・ハイマン准将がいないのが不思議だ。あと有名どころでいるのはジョン・バウアーか。
「やあケンブリッジ政務次官。いや、ウィリアム君。よく来てくれた」
人の良さそうな顔に騙されるな。青いスーツに白いシャツでクールビズという庶民的な良さに騙されるな。こう見えてジャブローからの援軍要請を尽く遮断して拒否してきた猛者だ。
「固くなるな。君と私の仲ではないか。リラックスしたまえ」
ジャブローにとってみればザビ家並みに、或いはそれ以上に脅威と見られている人物が目の前の北米州、州代表エドワード・ブライアン大統領なのだ。
部屋には白いスーツに黒いネクタイのジョン・バウアー、紺のスーツに黒ストラップネクタイのローナン・マーセナス(二人とも連邦議員の議員バッチを右の胸につけているが、更にアメリカの国旗、星条旗をモチーフにしたバッチもその下側につけている)がいる。そしてコリニー大将は軍服だ。秘書官らはコーラとピザを置いて下がっていく。
(いくらなんでもこのチョイスはないだろ・・・・常識考えろ)
そう思う。色々な場所に行ったせいなのか、舌が肥えたせいかこの如何にもジャンクフードですという摘みと飲み物は無い。
特に極東州の水やお茶を飲んだ事があるとそう思う。
まあ、ブライアン大統領が昔から好きだったから仕方ないか。コーラはともかくピザの方は本場イタリア職人の作ったマルゲリータピッツァであるし、良しとしよう。嫌々ながらも。
「さあみんな、食べようか」
そう言って30分ほど他愛のない雑談を行う。空気清浄器の音が若干耳に障るな。五月蝿い。
と、更に30分。一時間ほど過ぎて無理矢理ピッツァを食べきると本題に入ってきた。
「ウィリアム君、君はこの戦争をどう終えるべきだと思うかね?」
聞いてきたのは大統領本人だ。想定通り。驚く事じゃない。
大統領が野心家で連邦政府と敵対している事は有名だ。しかも大統領の任期はあと3年、宇宙世紀0084の1月まであるのだからこの戦争中は大統領閣下でいるのだ。
が、それまでには戦争は終わっている。
(いや、違う。終わらせなければならないのだ。地球圏全体の安定の為にはそれが絶対条件)
そう思って残っていたピザを飲み込み口の周りをナプキンでふき取る。
背筋を伸ばして、ネクタイを直して大統領の目を見て聞く。
「大統領、一つ確認したい事があります」
ん?
「それは北米州の、アメリカ合衆国の大統領としての発言ですか? それとも地球連邦政府の一員としての発言ですか?」
内心で思った。
言った。言ってしまった。言っちまった。ああ、くそったれ、これで退路は無い。どこにもない。どこに目をやろうと銃口しかない。
少しでも妙な真似をすれば即座に射殺される様な最悪の発言だ。だが、それが分からないと、大統領の本心を知らないと妻も子供も親も守れない。
相手が何を求めているのか、相手が何を求めてないのか、それを知る事が一番大事なのだ。政治と言うドロドロした暗闘の中では。
「ははは、過激だな」
最初はかわす。しかし、この言葉に秘書たちや補佐官たち全員が退出した。そして大統領とコリニー大将が盗聴盗撮防止用の小型モニター機器を作動させて机の上に置く。
大統領は新たにコーラを飲む。そして自分で今度はココアを用意する。アイスココアだ。
ミルクと砂糖は少なめ。バーボンデンのココア。伝統と格式あるココアだ。こういう所に出てくる無意識が、北米州の劣等感が隠し切れないと私は思うのだ。
「もちろん、北米州の考えが連邦の考えとなる事態だね。それでと、とりあえずは目の前のジオン公国との戦争だ。
どうなるべきかな? 逆に聞こうかな。サイド3のジオン公国はこの世から滅するべきと思うかね、ウィリアム・ケンブリッジ内務省政務次官殿?」
わざと自分の役職をフルネームで聞いた事はそういう事だろう。逃げるなと。逃がさないと、ここまで来た以上はしっかりと答えてもうと。
ええい、畜生め。きっと蜘蛛の巣に絡みとられた無視はこんな気分なんだな。逃げ道は無く、もがけばもがくほど落ちていく。ああ、なんでこんな事になった?
誰でも良いから俺の平穏を返してくれ!! 神様!!! く。仕方ない。言うか。
「ジオンは残すべきです。大統領閣下。我々はジオン軍の戦力を削ったうえで温情の名の下に講和すべきです」
簡潔にまずは答えから答える。
「ほう?」
続ける。残っていたコーラでのどを潤す。もうコーラの炭酸水と溶けて水となった氷とが混ざって不味いが贅沢は言ってられない。
「ジオン公国をテストケースにするのです。地球連邦政府の宇宙開発の新たなるテストケースに。
ジオン公国を独立に追い込んだのは単に連邦政府の失政の続きの結果でしかありません。
ジオン・ズム・ダイクンらの活動はその一要因でしかないと考えます」
続けたまえとコリニー大将が言う。
(どうやら彼も試験官の一員なのだな。畜生が! やはりこういう試験でこういう展開か。今度は一体全体何をやらされる?
ジオンとの単独交渉か? ジャブロー攻略作戦の立案か?
或いは北米州を中心とした太平洋経済圏のクーデターか? どうせ碌なモノじゃないだろう。人の好意を台無しにするのだけは得意な連中!!
こんなことしか考えられない輩は、政治屋どもとバカ軍人は、一度死んでこの世から強制退場した方が全人類の未来の為なんじゃないのか!?)
と、内心で罵倒しつつも取りアズ説明を続ける。いつの間にか握りこぶしになっているが気にしない。
「ジオン公国は既に国家としての体裁を整えています。スペースコロニー群の中で唯一重工業化を達成しております。その証拠が宇宙艦隊と宇宙軍を整備する能力です。
農業生産を行える基盤、5億5千万人と言う地球の一地域、いえ、このアメリカ合衆国に8割に匹敵する総人口に公王制と議会制による立憲君主制。
もちろん現実は独裁制ですが、ジオン公国独自の近代憲法もありその憲法は連邦憲法を模倣しただけあって人権問題にも合格点を与えられます。
ああ、言い方は悪いかと思いますが、宇宙の番犬としてはこれ程頼りになるコロニー国家は存在しません。
彼らに軍備の負担を任せる事で宇宙海賊への対応も出来ます。
そして、その国の存続を認める事は我が地球連邦の、引いてはアメリカ合衆国の寛容さを地球圏全土に知らしめるでしょう。
敵さえも許す。昨日の敵は今日の友。この諺通りに動く事でジオン公国と言う地球から最も遠いサイドに戦略拠点を持つ事も可能です。
また、唯一の工業化コロニーですから宇宙再開発にも適しているでしょう。
サイド7の再開発も彼らと共同する事で経済協調を深めます。実際はかつての米日安全保障条約下の米日関係が理想ですね。
そしてジオン公国が存続する事はもう一つの利点が、主に軍部にあります」
そこで一旦区切る。そして壁に掲げられた情報端末を起動させ、メモリーディスクを挿入する。画面が映し出される。
ジオン公国宇宙軍の想定と連邦宇宙艦隊再建案の二つだ。ジャミトフ先輩とブレックス准将が共同でくれた情報である。大事に使おう。
「地球連邦軍の軍縮です。正確に言えば軍の精鋭化です。
この戦争で地球連邦軍は肥大化しすぎました。正直に言いまして今の連邦はサッカーボールに空気を入れ続けているようなものです。
近い将来か遠い将来か分かりませんが必ず破裂します。今のままではそれは避けようのない現実です。
そして次の時代に来るのは軍縮失敗による各州の軍閥政治でしょう。各州はあの手この手で地球連邦の各地の駐留軍を味方につけようとするでしょうね。
またこの失態、軍縮失敗と軍部の権限拡張による連邦政府の統治機構低下という事態は非加盟国から見れば最大級の好機。
この事態を利用するとして蠢動するのは目に見えています。そうならない為にジオン軍を利用します。
ジオンの脅威をある程度残す事で急激な軍備縮小による戦後恐慌をある程度避けます。軍備縮小に伴うであろう治安の悪化にも対応します。
それにジオン公国を存続させる事は、ジオン軍の残党化やゲリラ化を防ぐ意味で大きな要素となると考えます」
要約したまえ、政務次官。
コリニー大将がそう言う。だから私は要約する事にした。
「ジオン存続の最大の理由は、連邦軍軍備の精鋭化と政治と経済の安定、宇宙の再開発による戦後経済需要のカンフル剤。この三点です。あとスペースノイドのガス抜きですか」
言っていて嫌になる。これでは政治家だ。一官僚の意見では無い。いくらこの質問に答える様にと事前に言われていてもこれでは政治家でしかないではないか。
それに、だ。北米州の利益と連邦の利益を一緒くたにされてしまっては困る。連邦と北米は別々の存在だ。
なのに。それにだ、コリニー大将らの自分に対する扱いも妙だ。まるで身内に対する扱いだ。これは困った事になってきた。
俺はただ平和に暮らしたい。確かに家族の為には何でもする覚悟があるが自分から火中の栗を取りに行きたいとも思わないぞ!!
「良く分かった。ところで、だ。特別補佐官には新しい仕事がある。これを見てくれ」
そう言って十枚ほどの書類が挟まった黒色のファイルを渡された。
大統領執務室の大統領執務用机の一番下の引き出し、そこからブライアン大統領が指紋照合で開けた。余程大切な書類らしい。
「これは?」
訝しげに見る。書類はそれ自体に鍵がかかっていて、古典的な南京錠で大統領自身が開ける。
鍵は大統領が個人的に持っていた。それを大統領自ら開けてくれる。ガチャリという音と共に鍵が開いた。
「見ればわかるさ」
今や同僚のマーセナス議員がそう言う。中には一冊の冊子が入っている。
黒光りに金箔でマークされた冊子を開いた。
立案者の名簿にはジャミトフ・ハイマン准将、ジーン・コリニー大将、ジョン・バウアー連邦議員、ローナン・マーセナス連邦議員、ヨーゼフ・エッシェンバッハ連邦議員という北米州出身の5名。
これに加えて、タチバナ中将とオオバ、リン、リーという極東州の最有力者の名前。
中には連邦軍への指揮権と軍権を保持する部隊もあり、止めに治安維持を名目に連邦軍から精鋭を引き抜き、対ジオン軍を名目に宇宙艦隊一個が配備されるという。MSも新型機が優先される。
(何なんだ、この冗談は?)
正式名称は『地球環境改善・戦後復興庁設立計画』。
通称・・・・・・『ティターンズ』計画
北米州の戦後を見据えた計画をこの時、私は知った。こうして逃げ場が無くなった事を私は知ったのだ。
そして私は宇宙世紀0080.06.10に追い打ちを受ける。
妻のリム・ケンブリッジがヨーロッパ半島反攻作戦である『アウステルリッツ』に参加する事が決まった。
しかも連邦軍本部と北米州と極東州の駆け引きの結果の政治的な生け贄という意味合いが強い連邦軍第13独立戦隊として。
確かに強力なMS部隊だ。それは認める。全て陸戦型ガンダムかBDかジム・スナイパーⅡか、ガンダム、ガンダム・ピクシー、ガンダムアレックスと新型機ばかりだ。パイロットもルウム戦役以来のベテラン兵ばかり。
これほどの密度で構成されたペガサス級四隻の艦隊は存在しない。ジオンのキマイラ隊とやらでも互角以上に戦えるだろう。
だが、感情は別だ。思わずリムに詰め寄った。
「本気なのか!?」
リムは軍用バッグに私物の整理をしながら聞き流す。聞き流す事しか出来なかった。
彼女は軍人。レビル将軍が北米州に不信感を持っていたが、それでも戦争に勝つためにと、使えそうな反レビル派を漁っている。その目に留まったのが第13独立戦隊。
レビル将軍は今や政治的に大勝利を求められるという政治的な窮地にあり、その中で中立派や戦力とみなせる部隊の移動、掌握に躍起になっているのは私はジャミトフ先輩とバウアー議員からの報告で知った。
(だが何故だ!? 何故リムの部隊なんだ!!)
考えてみれば当然でもある。兵器とはそもそも同一運用した方が効率的であるし、強襲揚陸艦部隊が今回の様な大作戦に投入されない方が可笑しい。不自然だ。
だからレビル将軍が第13独立戦隊に目を付けるのも当然と言えば当然の結果。いち大佐とその家族の事までいちいち計算していたら戦争は出来ない。
よって、レビル将軍もきっとリムの部隊と知って徴収したのではないだろう。しかし、だが、やはりそれとこれとは別だ。
「答えてくれ!」
私の夫は無茶を言った。
リム・ケンブリッジは知っていた。この一月の休暇の方が可笑しかった。例外的だったのだ。本当はペガサス級の艦長はその重要さから戦場に居なければならない。
(大佐と言う階級。ペガサス級の艦長、ルウム戦役の生存者、ガルマ・ザビを鹵獲した英雄の妻。誰が見ても後方にいて良い人物にはなれない。それが私なんだ。
夫は感情的になって分かって無い。私が後方にいればせっかくワシントンという安全な場所にいる夫の立場を危うくする。それが分かるから・・・・だから私はいくのに)
夫か私かどちらからが行かなければならない。そして行くならば軍人であるリム・ケンブリッジ大佐でなければならない。これが事実。これが現実。
「答える必要があるの?」
我ながら冷たい声だ。夫が錯乱しているのは分かっている。だが。それでも理解してほしい。
私だって死ぬのは・・・・・ウィリアムや子供たち三人と別れるのは嫌だ。
それでも。かつて夫が、ウィリアムがルウムでその義務を果たしたように自分も義務を果たすべきなのだ。それが連邦軍軍人の務め。その為に税金で養われたのだから。
「・・・し・・・しかし」
漸く冷静になって来たのか自分たち二人が置かれた立場が分かってきた様だ。そう、私は軍人。連邦の軍人で上官の命令は絶対。
第一、軍人が上官の命令に口答えしてしまえば、命令拒否を続ければ軍隊は機能しない。瓦解する。それが軍隊なのだ。
これくらいは体験入隊しか経験ない夫も、ウィリアムも分かっている。もっとも何でもかんでも理詰めで納得出来たらこの世から戦争は無くなるだろう。
なおも詰め寄る夫にいい加減にウザくなった、五月蝿くなったリムは夫を平手で叩いた。
唖然として見る夫に怒りが込み上げてくる。
「誰が好き好んで最前線に行くのよ!? 行きたくないわよ!! 私だって子供たちと一緒に居たい!!
それくらい分かってよ!! どうして分かってくれないの!!! 私の気持ちを一番理解してくれるのはウィリアムでしょ!?
私だって死ぬのはいやよ。あの子たちに会えなくなるのは一番嫌。でも仕方ないのよ。貴方は文官で民間人。私は武官で軍人。
義務が違うの。やるべきことが、与えられた任務が全く違う。だから・・・・・だからせめて・・・・・せめて笑顔で送り出して!!!」
そう言って、そう言われて泣きそうになった。いや、泣いた。
妻との喧嘩から一夜明けて。
レビル将軍の要請により、ペガサス級3隻を新たにベルファスト基地に派遣する事で合意した北米州とジャブローの連邦軍本部に連邦政府。
が、この合意は一人の政務次官に個人的な恨みを突き付け、憎悪の炎を燃やす。
(約束したはずだ、ルナツーで加えられた暴行や人権侵害問題を蒸し返さない代わりに妻には手を出さないと約束した。それを信じたのに)
そう思ってジャミトフ先輩の宿舎代わりに使っているホテルを訪ねた。
怒り心頭であり、もうかれこれ10分ほど黙っている。先に沈黙を破ったのは先輩だった。
今日は私用だ。関係ないか。お互いに。
今関係あるのはあのクソじじいのキングダムと戦争大好きのレビルがリムの前線勤務に関係しているのかどうか。
「どうした? 何か聞きたい事があるのではないのか?」
ジャミトフ・ハイマン准将はこの都度、少将へ昇進する。
北米にて300機を超す陸戦型ガンダムと100機のジム・スナイパーⅡの量産の功績で7月4日のアメリカ独立記念日に合わせて少将になる。
ちなみにこの前段階機体であるジム・スナイパーカスタムはジャブロー工廠で生産、第4艦隊と第5艦隊に配備されていた。
一方で彼のライバルでもあるブレックス准将も第3艦隊、第6艦隊再建の功績で少将に昇進。ゴドウィン准将と共に9月前に第3から第6までの艦隊と共に宇宙に上がる事が内定している。
これに加えて第7艦隊と第8艦隊、第9艦隊の合計7個艦隊が打ち上げられる。
MS隊はジム改とジム・コマンド、ジム、ジム・スナイパーにジムライトアーマーやジム・キャノンなど多彩なラインナップである。
これはコロンブス改級簡易空母が大量生産された事が大きい。戦闘艦も一個艦隊あたり60隻まで増設された。
ビンソン建艦計画はレビル将軍の強い(もしかしたら強すぎた)リーダーシップで当初の予定を大きく覆した。確かに艦艇の質は落ちた。
通常サラミス型が大半を占め改良型やサラミス改は少数しかない。しかし、MS隊はより強固になり戦闘用艦艇の総数も増えた。
「これならば『チェンバロ作戦』も『星一号作戦』も成功するだろう。そして・・・・ジオンを」
そうレビル将軍は呟いた。
無論、そこまで預かり知らない。彼が知ったのは妻が出兵する理由はレビル将軍が北米州にも派兵命令を下したと言う至極まっとうで偏った意見だった。
「先輩、この第13独立戦隊の出撃・・・・・・何故です?」
前置きも無く、宛がわれたホテルの一室でジャミトフ先輩を詰問する自分。ルームサービスのワインがあるが手を出さない。出せるか。それどころじゃない。
先輩はバーバリーの紺の仕立服。自分はいつものアルマーニのスーツ。両者ともネクタイはしてない。夏を迎えつつある北米東海岸は熱いからか。
「何故と言われても・・・・・命令としか答えようがないのだがな?」
煙に巻こうとするジャミトフ先輩だが今回ばかりはそうはいかない。
ケンブリッジ人権侵害問題とでも言うべき裏の事情を知りつつも、関係なくこの命令を出したクソッタレが連邦軍上層部に居る筈だ。もうルウム撤退戦の様な泣き寝入りはご免なんだよ。
だから聞き出してやる。
(これでリムが殺されたら俺は直接リムを殺すジオン以上に裏取引をご破算にした連邦上層部を恨む!!!
絶対に恨んでやる。憎んで憎んで憎み切ってやる!!!)
視線が交差する。
鋭い視線がジャミトフ・ハイマン准将を射抜く。これは誤魔化しきれないと彼、ジャミトフは悟る。
「ウィリアム・・・・・誰にも言うなよ?
命令を下したのは・・・・・・レビル将軍とキングダム首相だ。彼らがペガサス級の投入を要求した。例の裏取引は無かった事にされた。
そうだ。お前の想像通り、彼らは戦力集中を優先した。だがな、今回の戦力集中、それ自体は正しい。いいから黙って聞け。お前が怒っているのは分かっている」
いいだろう、先輩。なんて言う気だ?
「良いか、お前の妻が戦場に出る。それに怒りを感じるのは分かるが実際はより多くの、そう、140万の人間が前線に行く。
その事を考えろ。お前だって妻が軍人なのは最初から知っていたし覚悟している筈だ。こういう事態が来ることを。まさかずっと一緒にいられると思っていたのか?
もしもそう思っていたのなら甘すぎる。軍隊は、政府はそんなに甘くないのはお前自身が体験した筈だ。
諦めろとは言わない、いや言えない。だが、受け入れろ。お前は彼女の、奥方の覚悟まで汚すつもりなのだぞ?
彼女を、軍人として歩んできたリム・ケンブリッジ大佐の事を考えろ。妻や母、パートナーとしてのリム・ケンブリッジではなく、軍人としての彼女を。
ああ、関係ないがこの間、極東に配備された二隻も20日までにベルファストに到着する。第12独立戦隊としてな。これで良いか?」
そしてジャミトフは見た。ウィリアムが笑ったのだ。
それも今まで見た事もない、どこか抜けた事のあるウィリアム・ケンブリッジとは大きく違う嘲笑の笑い。いや、怒りの笑い。
「なるほどなるほど。そうですか。あのレビル将軍ですか。
サイド3で一緒ん仕事した時は良い将軍だと思った俺はなんて人を見る目が無いんだな。これじゃあ利用され続けて当然だ。
そんなに・・・・・そんなに戦争がしたいのか!? あのくそじじい共は!!」
思わず机を叩いた。ワイングラスが床に落ちる。
「良いだろう、戦争だ。これは、この戦争は、お前らが望んだ戦争だ!
お前らと俺と。どちらがしぶといか、どちらが正しいかを賭けた戦争をやってやる。俺は勝ってやる。勝って全て奪ってやる。勝って全て守ってやる。
今度は勝つぞ、クソじじいどもめ!!! いつまでもお前らの思い通りに行くと思うな!!!」
同時刻、ブレックス准将は宇宙港の会議室でシロッコ中佐と会った。
会って何を話したかはこの場では語らないでおこう。
ただ、ニュータイプ論やスペースノイドの自治権獲得について議論したのは間違いない。これは後に大きなうねりとなって連邦を襲うのかも知れない。
ヤケ酒をするウィリアム・ケンブリッジに付き合ったジャミトフ・ハイマンは次の日、後輩の為に将官の権限でケンブリッジ大佐の有給を無理やり申請させ、受領させた。
こうしてリム・ケンブリッジ大佐は夫と子供と両親と最後の休暇を楽しむ。それが件のパーティであり、その後の家族サービスだった。あっという間の3日間。
そして彼女は軍服を着てニューヤークの宇宙港に来る。
自らが拝領した新造ペガサス級の7番艦アルビオン艦長として。250名の乗員を預かる大佐として。その姿は清々しく、そしてどこか悲しげだった。
「ねぇお兄ちゃん、お母さんさ、ちゃんと帰ってくる?」
妹のマナが兄のジンに聞く。
泣いている。何処か悲壮な覚悟をしている面々が多い事が子供心に分かったのだ。恐ろしいのだろう。昨日まで妙に優しかった両親がそれに拍車をかける。
そしてこの雰囲気。恐ろしくて怖くて、だからここで聞くのだ。
『お母さんは帰って来るよね?』
と。
「ばか、帰って来るに決まってるだろ!」
お兄ちゃんが殴った。再び泣きそうになるマナ。だが、マナは涙をこらえた。
お父さんが昨日の夜、変な顔で泣きそうな顔で笑いながら言っていたのだ、こういう時は笑って送り出すのだ、と。
「本当だよね? 嘘じゃないよね?」
それでも彼女は、マナは信じられない面がある。幼いながらも分かっていた。
母親は決して安全な場所に行くのではない。凄く、子供心に分かるほど危険な場所に行くのだ。
それが怖い。きっとお兄ちゃんも怖い。でもお兄ちゃんはお兄ちゃんだから必死にそれを抑えてくれている。
「嘘じゃないさ」
お父さんがあたしの頭の上に手を置いた。それが心地よい。
だが、ウィリアムも手の震えを必死に抑えていた。
それがきっと自分に出来る、いやしなければならない義務だ。それが父親の義務だ。負けられない。恐怖に勝たなければならない、片親として。母親の代わりとして。
「お母さん!」
「母さん!!」
マナとジンがリムに抱きつく。ギリギリまで二人を抱きかかえるリム。まるでもう二度と会えない様な風景だと思った。
はっとなって顔を振る。
(バカな! リムは帰ってくる!!
リムだけじゃない、カムナ隊もホワイト・ファングもお嬢さん方も、デルタチームも、シナプス司令官らもみんな帰る。絶対だ。絶対にだ!!)
そうしている内にシナプス准将が歩いてきた。
敬礼する。まさに軍人としての鑑と言うべき敬礼に思わず胸に手を当てて頭を下げて返礼する。苦笑いするシナプス准将。軍帽を脱いだ。
「では次官閣下、奥様をお預かりします。必ず、私の命に代えてもお返しします」
その言葉が何よりもうれしい。そして私はもう一度頭を下げた。そしてゆっくりと言った。
「シナプス司令官、妻を、皆を、お願いします」
と、その時。軍帽を被り直したシナプス司令官が小型の無線機を取り出す。
『第13独立戦隊総員、注目!!』
アルビオンからペガサス、サラブレッドの三隻の全艦内に放送がかかった。
『手空き乗員整列!! 我らが守るべき連邦市民に対して捧げぇぇぇ礼!!!』
一斉にささげられる連邦軍方式の敬礼。これに歓声でこたえる見送りの人々。
これが幻影であっても良い。この景色こそ地球連邦が、地球連邦と地球連邦軍があるべき姿だと私は思った。
それから30分後、花束と共に、舞い散る花びらのなか三隻のペガサス級は出港していく。
宇宙世紀0080.07.22になった
ベルファスト基地はいよいよ最終段階を迎えつつある『アウステルリッツ』の準備に追われていた。
1000機を超すミデア輸送機と連邦非加盟国との軍備拡張戦争(第二次冷戦とも言う)の結果とミノフスキー学のキメラである超大型輸送機「ガルダ」、「スードリ」、「アウドムラ」の三機がピストン輸送でブリュッセル近郊の臨時拠点に兵力を展開していた。
700機を超すMS隊と2000両を超える戦車や戦闘車両の群、1400機と言う、宇宙世紀では空前絶後の大部隊が一斉にドーバー海峡を渡っている。
一方で、ジオン軍も負けては無い。第四次降下作戦で270機の陸戦型ザクⅡ(J型)とグフB型、グフA型がそれぞれ60機、イフリートが36機、ドムが72機、ドワッジが72機、ドム・トローペンが72機という大軍の補給を受けている。戦力比率は約3対1で連邦軍が優勢であるが防御側が有利な事を考えると予断は許さない。
「ブライト・ノア大尉であります」
ベルファスト基地に到着して早々、エイパー・シナプスは艦長会議を開くことにした。
切り札と見て良いホワイトベース。確かに戦果は異常だが、あくまで単艦でしか行動した事が無い。団体行動、と言って良いかは分からないが、それは経験不足の筈だ。
と言う事は、現時点で不安を解消するには艦長間の信頼関係を作るしかない。
用意された部屋には軍服姿の男女が幾人かいる。
ヘンケン・ベッケナー少佐(ペガサス艦長)、キルスティン・ロンバート中佐(サラブレッド艦長)、ブライト・ノア大尉(ホワイトベース艦長)、リム・ケンブリッジ大佐(アルビオン艦長)、マオ・リャン少佐(MS隊司令官)、そして第13独立戦隊唯一の将官にして総指揮官エイパー・シナプス准将。
最後に入ってきた一番年若く、階級も低い、しかも一年前は少尉でしかなかった若き連邦の英雄は完全に固まっていた。
この第13独立戦隊の面々は軍事通なら誰もが知っているメンバーなので緊張するのも分かる。
(そう言えば、彼の要望であったアムロ・レイ少尉とセイラ・マス少尉の精密検査は長引いているな。作戦開始までには間に合うだろうが。何かあるのか?
確か、ニュータイプと言っていたか? ケンブリッジ次官が言っていた、ジオンで研究が始まったと言うあれの事か?)
その後の挨拶も終わり、それぞれの役目を確認する。と言ってもこの大作戦ではやる事は決まっている。前線からの支援要請に毎回対応してジオン軍を駆逐するだけだ。
我々はかつての第14独立艦隊の様に戦場の火消し役として、遊撃任務にあたるのだ。この点はガルダ級から降下する陸戦型ガンダムで編成された空挺部隊と同じか。
「では作戦会議を始める」
特に問題も無く作戦会議は順調に終わった。
最後、室内に残ったブライト君が後片付けを手伝ってくれた。既に一級線の艦長なのだがまだ新米士官という気概が抜けないのだろう。それに最年少だ。
(手伝わなければならないという気持ちも分かるな。彼らホワイトベースは現地兵が大半だと聞いた。生き抜いて欲しいものだ。
無論、私の指揮下にいる間は無駄死にだけはさせない。いざとなれば私が個人的に泥を被れば良い。
汚名を被ってでも投降して部下たちの安全は保障させるだけだ。ペガサス級との交換なら無碍には扱わないだろう)
出されていたイギリスの紅茶をケンブリッジ大佐と共に飲んでいると彼が声をかけてきた。
「シナプス司令官にケンブリッジ大佐」
何かね? 目線で問う。そしたら敬礼してから話題にはいた。
「サイド7と地球周回軌道では援護並び救援要請に答えて頂きましてありがとうございます。
もしあの場にいたのが自分達だけではとてもここまで来る事は出来なかったと思います。本当にありがとうございました」
ああ、その事か。気にするな。友軍を助けるのは当然の事だ。
そう言って座ったまま応対する。相手は立っているがここで立てばこの若い大尉の事だ。また緊張するだろう。
宇宙世紀0080.08.01
ドドドドド。100mmマシンガンの徹甲弾が目前にいた一機のザクⅡJ型の正面装甲を貫く。
仰け反りかえるザク。
その後ろから120mmマシンガン、通称、ザクマシンガンの発砲光が見えた。バーニアーを噴かせて横に跳ぶ。
牽制にマシンガンを残り一マガジン分叩き込んだ。銃声が互いにやむ。夜の帷が下りた今、ビームサーベルはギリギリまで使えない。
下手に使って光で敵を誘う訳にはいかない。
『隊長、右200mにザクの足音!! 来るぞ!!!』
気が付くとザクがマシンガンを構えていた。
『隊長!?』
ガガガガガ。何かが割れて飛び跳ねる音。
それが彼の聞いた最後の音だった。
とある市街地では住民が必死に空爆に耐えている。
ジオン軍が当初の予定通り撤退したにもかかわらず、それを知らない連邦軍の航空隊は大型爆撃機の大部隊による絨毯爆撃を行ったのだ。
地下鉄やデパートなどの地下、防空壕に隠れてやり過ごした住人たちに聞きなれない足音らしき音が聞こえた。
連邦軍の先発隊、陸戦用ジム部隊6機二個小隊が市内に侵入したのだ。
これを見たジオン軍は超長距離から一方的な砲撃を開始。
開始したのはYMT-05 試作モビルタンクの一号機ヒルドルブとその簡易量産型MS-16M ザメル隊である。
余談だが地球連邦との開戦前夜、地上戦を最初から考慮していたジオン軍は非加盟国(北インド、中華、イラン)と共同で地上戦用MSの開発に着手した。
特にMSに懐疑的な非加盟国はダブデ級陸戦艇やギャロップ級陸戦艇の量産、一方的に敵軍を撃破できる戦車の様なMSを採用したかった。
その結果が試作モビルタンクのヒルドルブであり、その量産型MSであるザメルであった。その大口径戦車砲は地上戦力の質で劣勢な非加盟国を底上げするだけでなくジオンには無かった地上戦のノウハウを提供する事になる。
そしてそれは本来であればMS適正無しとして撥ねられたであろう人々に希望を与えた。開戦前の義勇軍降下作戦以来前線で活き活きと戦い続けているソンネン少佐などその典型例である。
「初弾命中。は、連邦のMSが。思いっきり上半身が吹き飛びやがった」
デメジエール・ソンネン少佐は指揮下の12台の部隊に命令する。ビッグ・トレーの正面装甲を貫通する大口径砲弾だ。MSの装甲など拳銃弾に対する紙か段ボール程度の扱いだろう。と、連邦側に動きがあった。
「散開する気か? させねぇよ。各機、焼夷弾発射。続いて徹甲弾! 個別射撃だ。各個に撃て!」
一機のジムが足を止めて今度は下半身が分解された。そのまま上半身が地面に落ちる。また別のジムはジャンプで回避したにだが、降りた場所がたまたま着弾後のクレーターだった為、そこに足を囚われる。そのまま第四撃がそのジムを木端微塵に砕く。運が無い奴だ、ソンネン少佐はそう思った。
「よし、最後に榴弾を撃って撤退する。全機照準。よーい。3,2,1、0.撃て!」
「た、助けて・・・・・誰か! 水が!! 死にたくない!! ここから出して!!!」
被弾した僚機のグフが河に落ちた。河川と言ってもコロニーの川のように浅くない。
水深がMSの全高よりもあるのだ。
このままでは彼女は死ぬ。なりゆきで何度も肌を重ねた位に仲が深いのだが助けに行かない。自分は助けない。助けに行けない。目の前の敵に後ろを見せたら自分が死ぬ。
「くそぉぉぉぉ」
掛け声を、雄たけびを上げてグフのヒートソードを振り上げるが、目の前のオレンジ色のジムはそれを左手のシールドで受け止めた。
シールドとヒートサーベルの接触音と衝撃が響いた。
次の瞬間、目の前に光が来た。彼は光の渦に一閃され、意識を刈り取られた。
真横からコクピットを陸戦型ジムが横一文字に両断した瞬間である。
続いて残った最後のグフを狙い、上空に12機のフライマンタが現れる。一斉射撃の対地ロケット弾。盾を構えて退避するグフ。
いつのまにか僚機の女性パイロットで士官学校をルウム戦役後に卒業した彼女の声は聞こえなくなった。そう言えばノーマルスーツを着用してなかったな。溺死か。それは嫌だなぁ。
その一瞬、先ほどのジムがシールドの尖端でグフのコクピットを押し潰し、この小隊の意識を全て刈り取った。
二機のドップがミデア輸送機の上空を取る。急上昇と急降下だ。戦闘機誕生以来の戦闘方法は宇宙育ちのジオン軍人でも使えた。
急降下でミデアのコクピットを20mmバルカンで撃ち抜く。もう一機は旋回して後ろから左翼エンジンに集中射撃をかける。
護衛のセイバーフィッシュに一機のドップが撃墜された。機首バルカン砲がドップの翼に命中してドップを空中分解させる。
また別のドップは低空に逃げ込んだが別のセイバーフィッシュの攻撃でコクピットを赤く染め上げ、墜落。森林が炎上。
と、ミデアからホバートラックが脱出した。次の瞬間、航空機用ガソリンに引火したのかミデアが爆散した。
別の戦線では61式戦車がマゼラ・アタックを駆逐している。戦車戦では連邦軍が圧倒している。このままいけば勝てる。そう誰もが思った。
が、ホバートラックのソナーマンは捉えた。6機のホバーの音を。
「ドムだ!!」
叫んだ時と120mmマシンガンの着弾は同時。一気に3両の戦車が廃車に追い込まれる。一斉に後退する戦車に追い付くドム。
戦車は当然ながら上空からの攻撃に弱い。と言う事はMSの持つ火器の攻撃にも弱いと言う事だ。
「援軍を。航空隊に支援要請を!!」
『敵の航空隊が来る前にかたをつける。60秒後に離脱する。マゼラ隊にもそう言え』
『了解しました、フレデリック・ブラウン少尉』
無線が交差する。ここぞとばかりにマゼラ・アタックも175mm砲を放つ。ドムも61式戦車隊を蹂躙する。
あるドムはヒートサーベルを上から突き立てる。あるドムは蹴りつける。あるドムはマシンガンで破壊する。
中には果敢にも反撃する戦車がいるが61式戦車の戦車砲に耐えきるドム。
流石は重MSだ。伊達に戦線の強行突破をコンセプトに開発されてない。
この地区のジオン部隊は当初の予定通り撤退していく。だが連邦も逃がさないと言わんばかりに即座に航空隊による爆撃を仕掛ける。爆弾が周囲の地形を変えていく。
「コジマ中佐。戦況はどうかね?」
ビッグ・トレー03のCICでイーサン・ライヤー大佐は参謀長役のコジマ中佐に聞いた。彼らの目的、フランス・イタリア解放方面軍(南欧方面軍)と言う名前からもフランス、イタリアの回復。
だが当初の予想とは異なりジオン軍抵抗は明らかに不自然である。CICではオペレーターや参謀たちがせわしげに働いている。
「はい、敵の抵抗は微弱です。ほぼ無人の荒野を行くがごとくです。
危険なのは地雷やブービートラップ、敵のゲリラ的な補給路遮断作戦くらいですか」
妙だな。右手を顎に当ててライヤーは呟いた。戦闘前の予想、つまり事前の情報。
ジオン軍の地球攻撃軍は面子を重視して、一度占領した地域全てを守るべくヨーロッパ全域に万遍なく戦力を分散しているというのがエルラン中将の話だった。
諜報部も管轄する作戦本部の報告だ。エルラン中将自身もベルファストまで前進して督戦している。しかし偵察機や先行した部隊の報告は違う。
『我、パリに敵影を見えず』
その後その機体のパイロット(リド・ウォルフ少尉と言った)から直接呼び出して聞いたうえ、数度の偵察隊を放ったが報告は同じ。
更に南の都市であるヴィシーにもジオン軍は少数しかおらず、そのジオン駐留部隊も制空権が確保してあるうちにガウ攻撃空母で脱出する気配を見せていた。
(これらを総合して考えれば敵はヒマラヤ山脈以南に陣取っているのか? だが、そうなると・・・・)
ライヤーとて無能では無い。派閥争いに敗れ、レビルが台頭したから未だ大佐だがその地上戦の指揮能力は高い。
現在イベリア半島開放を進めているイベリア解放軍のスタンリー・ホーキンス大佐も同様だ。彼は無派閥だったのでその影響を受けたのだが。
「ホーキンス大佐に連絡を取れ。司令部にも打電しろ、パリは空爆するな、と」
大規模反攻作戦である『アウステルリッツ』が発動して既に10日。第13独立戦隊も訓練を終えて作戦参加の為にベルファストから最前線に到達、途端に大規模なドップに通信では60機)の迎撃を受けた。
それをワシントンで知るウィリアム・ケンブリッジ。
(リム・・・・・頼むから生きて帰ってきてくれ)
ジャミトフ先輩は自分に対して精一杯の誠意を見せた。新造艦に新型機、独自行動の自由にルウムを生き残ったパイロットたち。
更には3隻のペガサス級強襲揚陸艦。40機近いMSは全て新型のジム・スナイパーⅡか陸戦型ガンダムに、エースのヤザン大尉らにはガンダム・ピクシーやブルー1号機にガンダム三号機。これでリムが死ぬはずがない。そう思っていた。思いたかった。
「次官、無理をなさらずに」
ダグザ少佐が慰めてくれる。彼も確か部下たち全員を戦地に送っているのだ。
自分を守る為に卑怯者の汚名を被ってまで護衛に残ってくれた。
感謝しなければ。
そうしている内にワシントンの国際空港に一機の特別機が降り立つ。そのまま車で待っていると待ち人が降りてきた。
『ようこそ、ワシントンDCへ』
私が待った待ち人はガルマ・ザビ。だが、次の瞬間、奴の喜色にあふれた顔を見てかっとなった。頭に血が上る。
あろうことかあのジオンのザビ家の御曹司は女性同伴だった。
しかもその女をエスコートする程の余裕を見せつける。
(あれがガルマ・ザビ!? 何だあの姿は!!
許せない。何人も、何十人も、何百人も、何千人も、下手したら何万人も、何十万人にもザビ家の為に死んでいるのに!! お前だってザビ家の一員だろう!!)
少なくてもかつて自分を護送してくれたランバ・ラル氏や第9次地球周回軌道会戦で壊滅したジオン側の将兵らはガルマ・ザビの為に死んだ。
その当事者であり守られた当人は呑気に連邦の有力者のお嬢さんとデート気分で敵地のリゾートホテルに滞在。しかも特別機と護衛付きの生活。
これに対して自分はルナツーで連邦上層部の失態隠しのための謂れなき尋問と人権侵害を受けた。
そして命からがら地球へ、故郷の北米に帰ってきてみれば帰って来たで、妻だけを再び戦地に送り出した。子供たちの泣き声をバックに。
(自分の妻は、リムは最前線で今まさに戦っているのに!!
その戦争を、この戦いを引き起こした当事者の一族は責任を感じず呑気に捕虜生活?
しかもあれはイセリナ・エッシェンバッハか? 何故そんな有力者と肌を重ねている!?
お前には自分の為に、いや、自分のせいで死んでいった将兵への懺悔の気持ちは無いのか!?)
連邦側から一斉に悪意が向けられた。一般兵も儀仗兵も仕事だからやっていると言う感じが強い。寧ろ馬鹿面を浮かべてないで俺たち連邦の中堅文官たちの怒りの視線を感じろ。
(ガルマ・ザビ、貴様は一体全体何様なのだ!?)
そしてあろうことか騎士の様にイセリナお嬢さんをエスコートした。皆の見ている目の前で。この点はジオン公国時代の感覚が抜け切れてないのだろう。
だがそんな事を冷静に見ていられるほど最近の自分の精神は安定してない。
(貴様!!)
この時、私は怒りと同時にリムが戦場で死ぬという鮮烈なイメージに囚われた。ずたずたになって判別さえつかないリムの死体。泣き崩れる子供たち。
棺おけに入った無言の帰宅。唖然とする義理の両親たち。全滅した戦友たち。可愛がってくれたシナプス司令官の死。賑やかだった艦橋の女性陣。
そして私の元に帰ってきたのは辛うじて判別がついた血塗られたリムの冷たい手。
それが現実になるかと思うと怖気がする。
気が付いたら体が動いていた。気が付いていたら体がガルマ・ザビの方を向いている。
「次官!?」
ダグザ少佐が慌てて引き留めようとしたが遅かった。私は州政府が用意したリンカーンから降りる。それを見やる連邦の官僚や軍人たち。驚きと戸惑いの嵐。
だが、私は未だに敵地でラブロマンスをしてくれたジオンのプリンスにその視線を集中していた。
タラップから降りてきて、あまつさえ私たちに手を振ったスーツ姿のガルマ・ザビに近づき、その襟首を掴みあげる。
この時の私は確かにおかしかった。妻だけ戦地に送り出していたので、きっと精神科に行った方が良い精神状態だったのだろう。それでも私は動いた。
激情で動いた。政治家も官僚も感情で動いてはいけないが、この時は違った。私はこの戦争が始まってはじめて『ウィリアム・ケンブリッジ』個人として行動したのだ。
「ガルマ・ザビ!! 貴様!! 一体全体何様のつもりだ!!! お前のその態度は一体なんだ!!! この卑怯者の恥知らずが!!!」